やがて我が身は剣となる。 (烏羽 黒)
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第一振り。始まり
道は一つに決められた


ダンまち初投稿です!

ちなみに言うと衝動書きです。


 必死だった、そんなことも忘れ、ただ茫然と眺めていた。

 視界に映っているのは自分と然程年が離れていないであろう少女。

 あまりにも突然の出来事だった。だが、驚くことは無かった。

 視界が歪み、体に力が入らなくなり、地面へと倒れた所為で。

 そして、視野が狭まっていく。徐々に、徐々に視界も薄れ、遂には何も見えなくなった。

 朦朧(もうろう)とする意識の中、場違いなことを思ってしまった。

 

 

――――――――――――あぁ、なんて美しいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、偶然だったかそれとも必然だったのか。わからない。

 

 ()()が酷い熱を出してしまい、私は森に薬草を取りに行った。

 薬草は村の近くには見つからず、どんどん森の奥へと進んで行く。

 そして、薬草を見つけた時には、村人たちが普段入らないであろう場所まで進んでいた。

 周りは木々が生い茂り、足元は整備されておらず、獣道とすら呼べない有様。足を取られないように注意が必要な程だ。

 昼などとっくに過ぎていた。もう夕方に差し掛かろうとしている。

 見つけた薬草を取り、持ち運ぶための入れ物に入れ、帰路を辿ろうとした時だ。

 

「グゥゥゥゥ」

 

 背後から声が聞こえた。その声が何なのか理解できた私は途端、恐怖を感じた。

 この声は『モンスター』のものだった。

 

 『モンスター』それは、遥か昔から存在する異形の物。

 古代と呼ばれている時代にダンジョンと呼ばれる大穴から無限に地上へ出て来たそうだ。

 今ではその大穴は塞がれ、モンスターが地上に出てこなくなったらしい。

 だが、それまでに地上へ出たモンスターは、いなくなった訳ではなかった。

 弱体化しながらも今でも生き続けている。

 そして、モンスターは弱体化しても、一般人には相手にならない。

 

 私は振り返る間もなく走り出した。武器も持っていない私には勝ち目など存在しないと分かりきっていた。だから全力で逃げようとした。

 だが、整備もされてない道、冷静でない私が普通に走れるわけが無く、木の根に躓き、転ぶ。脚に痛みを感じるが耐え、また逃げようと足を前に出す。

 そして、また転ぶ。足が前に出せなった。足を見ると木の根と木の根の間に挟まっていた。

 抜こうと力を入れても足は抜けない。そんなことをしている間にもモンスターの足音は迫ってくる。

 逃げなければ! 内心がそう叫び続けている。でも、逃げるための足が挟まり、動かない。

 手を使い足を抜こうと上体を起こした。そして、入ってしまった、視界に。モンスターが。

 モンスターを見たのは生まれて初めてだった。今までは話で聞いて、存在を認識していただけ、とても恐ろしい存在だと。

 ただ、その考えは甘かった。恐ろしい。果たして、そんな言葉でいいのだろうか。

 私は見てしまった。そして向けられてしまった。その目を。

 身体が凍った。いや、全身が恐怖に竦んだ。その目には私が今まで見てきた感情など存在せず、知らない感情が一つ見えた。その感情は今まで向けられたことなどなかった感情。

 そして、知らなかった感情を私は理解した。それは、『殺意』。()()()()()の話でしか聞くことが無く、どんなものかを知らなかったもの。

 

 右手に武器を持ったモンスターが高々とそれを上げ―――――下ろす。

 その動きを私は目で追うことしかできなかった。だんだんと私へ下ろされていく刃。強まっていくのを感じる『殺意』。その攻撃を避けることが私にはできなかった。

 刃はあっけなく落ちた。途端、体の竦みが解ける。その代わりとして襲ってきたのが強烈な()()と浮遊感。

 浮遊感はすぐに消え、後頭部に痛みが走る。だが、すぐに感じなくなった。左足から感じる()が、そんなものを消してしまう。

 

 何が起きたか。それを理解するのに時間を要した。

 寝てしまった上体を起こし、前を見る。わかるのは、さっきまで目の前にいたはずのモンスターが数M(メドル)先で振り下ろし地面に食い込んだ武器を抜こうとしている。そして、その武器、その周りには大量の血が飛び散っているということ。

 モンスターが地面から武器を抜く。武器で隠れていた先にも大量の血が飛び散っていた。武器が下ろされた場所の真横に何か(物体)がある。それは木の根と木の根の間に挟まっていた。

 片方の先が赤く染まり何か(液体)があふれ出ている。そして、もう片方の先には所々に泥がついていた。()()には見覚えがある。記憶を少しあさると案外簡単に見つかった。それは、私が今日履いて来た靴ととてもよく似ていたのだ。脱いでしまったのか。と思いながら()()()()()()()足に目を向ける。

 

 途端、()()()へと変わった。

 

 左脚が半ばまで無くなっており、血が溢れ出している。ドクッ、ドクッと心臓が脈打つ度、吹き出すように流れる。そして、理解する。

 あそこに落ちているのは、私の脚の半分なんだと。

 さらに痛みが増す。状況を理解すればするほど痛みが増していく。

 

「ぐ…ぁぁ……なん…なんだょ……」

 

 痛みで(ろく)に声も出ない。助けを呼ぼうにも叫べない。逃げようにも片脚が切断されて立てない。それ以前に痛みで悶えることしかできない。

 モンスターがこちらを見ている。はっきりしている視界の中、見た。

 

――――――――――――口角が微かに上がったのを。

 

 背筋が凍り、痛みを一瞬忘れた。ただそれも一瞬だった。

 

「オォォォォォ!」

 

 叫びながら私の方へ、走ってくる。

 そして拳を振り上げる。

 ギリギリだった。反応が数瞬遅れていたら押しつぶされていた。

 拳が振り下ろされた瞬間右へ体を傾けた。拳は少し掠り地面に、そして衝撃。

 また浮遊感を覚える。それもまた一瞬。木にぶつかり背を預ける形となる。逃げられた、そう感じられたのもまた一瞬。思考を遮る形で激痛が走る。脚だけでは無く、全身から。

 元々少なかった肺の空気も吐き出され、口の中で鉄の味がする。

 声を出す――――――――そんなこともできない。何よりも痛みが勝った。

 少しずつ視界が歪む。そんな中でも近づくモンスターは(とど)めと言わんばかりに武器を振り上げる。 

 死にたくない。それでも死はやってくる。

 武器が振り下ろされた、だが途中で止まる

 モンスターに横一文字の線が走る。次の瞬間モンスターが灰となり、消えた。

 消えたモンスターの先には剣を持ち、綺麗な金の髪を靡かせ、少女が立っていた。

 そして少女は、私を襲ってこなかったモンスターたちに目を向ける。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】―――【エアリエル】」

 

 瞬間、少女は風のように消えた。でも私には()()が見えた。

 時間としては一秒にも満たなかっただろう。少女がモンスターを切り刻んだ。

 モンスターは灰となり消える。ただ一人の少女の手によって。

 でも、そんなこと、どうでもよかった。痛みも忘れ、ただ眺めていた。

 

 その光景は美しかった。

 それは、素人の私にでもわかるほど洗練されていた、剣。

 驚くこともできず、ただ、()かれた。

 そして、倒れる。意識が薄れる。そして私は思ったのだった。

 




どうでしたか?

ちなみに、何故『少女』が居るかは次回!

おかしな点、誤字脱字等がありましたら、ご指摘いただければ幸いです。


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定まる思い

今回の一言
 タイトルって考えるの難しいですよね…

ではどうぞ。


「アイズ、終わったか?」

 

「うん。終わった」

 

 私たちは今、ロキの命令で、とある村の近くに群れを成していたモンスターの群れの駆除をしていた。

 ギルドへ、村の人たちから依頼されたらしい。その依頼が【ロキ・ファミリア】に回ってきたそう。

 そして今、駆除を終わらせたところ。

 

「それでは帰るとしよう、報酬はギルドからもらえるそうだしな。アイズも早く迷宮(ダンジョン)に潜りたいだろ?」

 

「うん」

 

 実際、こんなところまで来るより、迷宮(ダンジョン)に居たかった。

 私は強くなりたい。自分の中のその悲願(おもい)を遂げるために。

 でも、誰かが助けを求めているのに、それを放ってはおけないのだ。

 

「オォォォォォ!」

 

 帰ろうとリヴェリアの後をついて行っていると、モンスターの吠声(ほうごえ)が少し遠くから聞こえた。

 

「まだ残っていたか。アイズ、先に向かってくれるか? ベートを呼んで後を追う」

 

「わかった」

 

 言われた通り、声が聞こえた方へと向かう。魔法は使わず、木々の間を縫うように走った。

 私の魔法は時間が周りを巻き込むと言う自覚がある。ましてや、こんな道すらない森で魔法を使えば、破壊活動を働くようなもの。そんなことできない。

 根が隆起し、土も踏みしめずらいが、それでも止まることなく進む。

 そして、見つけた。モンスターは一人の少年を襲っていた。今にも殺そうと武器を振り上げている。

 振り下ろした時、抜剣。ギリギリでモンスターを横一文字に斬る。魔石を両断され、モンスターは灰となって、あっけなく消えた。

 今斬ったモンスターの他にもいる。その数三。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】―――【エアリエル】」

 

 すぐに終わらせるため魔法を使う。後ろに居る少年が怪我をしているからだ。

 剣に風を纏わせ、踏み込む。

 一体のモンスターの首と四肢を胴体から切り離す。

 一体のモンスターを上下に分かれさせ、さらに細かく刻む。

 一体のモンスターの肩から脇腹に剣を走らせ、四つに分かれさせる。

 そして、三体が灰となる。

 魔法()を解き、剣を鞘に収める。

 それと同時にバタンッと音がした。

 音のした方を見ると、さっきまで襲われていた人が地面に倒れ、その呼吸は荒く、細い。今にも消えてしまいそうなほど。

 近寄って気付いく。左脚が半ばで切断されていて、周りには血が飛び散っていた。

 出血が酷く、放っておけば恐らく死ぬ。

 こんな怪我を治すには万能薬(エリクサー)か回復魔法を使うしかない。

 

「リヴェリア!」

 

 呼んだが返事は無い。万能薬(エリクサー)を持って無い、ならリヴェリアの回復魔法しか頼れるものがない。

 倒れている少年は瀕死。そして、リヴェリアはいない。

 一刻を争う状況、どうすればいいか考える。

 周りを見る。もう半分の少年の左足が、木の根と木の根の間に挟まっていた。

 それを取り、少年のことを持ち上げる。

 【ステイタス】によって強化された筋力により、自分より体の大きい少年も持ち上げられた。

 急いで辿ってきた道を戻る。魔法()を使いたかったが少年が耐えられない可能性もあるから、使えなかった。

 そして、さっきモンスターを駆除した場所に出る。丁度良くリヴェリアとベートさんがその場所に戻ってきた。

 

「リヴェリア!」

 

「どうかしたか?アイズ」

 

「この人に、回復魔法」

 

 そう言いながら連れて来た少年を地面に降ろし、脚も置く。

 目を見張るリヴェリアと、感情の読みにくい瞳で少年を見下すベート。いつもみたいに、『雑魚』とこの少年を見ているのだろうか。

 

「これは……かなりの重傷だ。ベート、確か来るときに乗った御者台に高等回復薬(ハイ・ポーション)を置いてきたよな? 直ぐに全部持ってきてくれ。それまで魔法で持たせる」

 

「チッ、わかった」

 

「助かる、アイズ切れた脚を切断面で合わせておいてくれ。向きを間違えないようにな」

 

「わかった」

 

 斬れた脚を持ち少年の左足にくっつけ、押さえる。そしてリヴェリアが回復魔法の詠唱を始めた。

 

「【集え、大地の息吹―――――我が名はアールヴ】」

 

「【ヴェールブレス・ブレス】」

 

 詠い終わり少年を透明な膜が覆う。リヴェリアの魔法。本当は防御の魔法だけど少し回復効果がある。

 

衰弱(すいじゃく)しかけているが、これで多少体力が回復するはずだ。傷も止血くらいはできよう」

 

「ありがとうリヴェリア」

 

 私がもう少し早く気づいていれば、群れが一つじゃないことも疑っていれば、この少年は傷を負わずに済んだのだから、私の落ち度。被害者であるこの少年は、どうあっても助けてやらなければ、心の片隅に僅かな(わだかま)りを残しそうで怖い。

 

「何故お前が礼を言う。それに、まだ助けられたとは限らんぞ」

 

「え?」

 

 思わず声を出して首を傾げてしまう。あとはベートさんが持ってくるであろう高等回復薬(ハイ・ポーション)を飲ませればいいだけのはず。

 

「血が足りてないかもしれん。それに、怪我は脚だけではないようだしな」

 

「助かる?」

 

「最大限の努力はしよう。それで出来なかったら、残念ながらそれまでだ」

 

 そして、静寂が訪れる。聞こえるのは浅いが荒い少年の呼吸する音。

 その静寂を破るように足音が段々と近づいて来た。

 

「おい、持ってきたぞ」

 

「ありがとうベート。ではそれを、この少年に何本か残してかけてくれ。残したものは飲ませてやれ」

 

「こんなに掛ける必要あるのかよ、明らかな無駄じゃねぇか」

 

 その疑問は当たり前、ベートさんが持ってきた高等回復薬(ハイ・ポーション)は全部で二十本、数本残しても十五本はかけることとなる。一度にそんなに使うことは普通無い。

 それに、この高等回復薬(ハイ・ポーション)はギルドからの報酬紛いの前払いのようなものだ。今ここで使ってしまえば利益が無くなると考えたのだろう。

 

「必要だ。この少年は【神の恩恵(ファルナ)】を持っていない。あまり知られてないが【迷宮都市(オラリオ)】で売られている回復薬(ポーション)の大半は【神の恩恵】に作用し、効果を増幅させているんだ。【神の恩恵】を持たぬ人が【神の恩恵】を持つ人と同じ回復力を得られるわけではない」

 

 と、その疑問をあえなく断ち切る。流石勤勉なリヴェリアなだけはある、こういった情報も専門外のはずなのに知識として持ち合わせているのだから。

 

「初めて知った……」

 

「まぁそうだろうな。さぁ早くしろベート」

 

「チッ、めんどくせぇ」

 

 文句を言いながらもベートさんはしっかりとやってくれる。やるなら文句言わなければいいのに……

 

「飲ませんのはあんたがやれよ」

 

「やるなら最後までやればいいものを」

 

「うるせぇ」

 

 そして、ベートさんは少年に高等回復薬(ハイ・ポーション)を掛け、リヴェリアは少年の口から高等回復薬(ハイ・ポーション)を飲ませる。

 二人の作業が終わると少年の怪我は治っていた。脚も切断面からくっついた。でも、不可解なことがある。

 

「リヴェリア、この子まだ冷たい…」

 

「……やはり、血が足りんか……高等回復薬(ハイ・ポーション)で何とかなると思ったんだが……」

 

 先程の懸念はどうやら肯定され、少年がまだ生死の狭間を漂っている状態であることを知らされる。

 

「おい、どうすんだよ」

 

「確か、近くに村があったよな。そこに行けば輸血するための道具があるかもしれん」

 

「輸血?」

 

「アイズは知らないか。なに、簡単なことだ。血を分け与えるのだよ。問題は誰の血か、ということだがな」

 

「じゃあ、私の血を分ける」

 

 そういう事なら、私がかって出るべきことだ。

 私の責任であり、失態なのだから。

 

「はぁぁ!?」

 

「アイズ、それは……」

 

 私の言ったことに二人は驚いていた。何故? と首を傾げる。するとリヴェリアが答えてくれた。

 

「アイズ、血を分けるということは自分を差し出すようなものなんだぞ……普通、見知らぬ人にそんなことはしない」

 

「……でも、あげなかったらこの子が死ぬ……」

 

 自分を安く見るつもりはないが、血くらいは分けてもどうとも思わない。それに、死に際の相手にそんなことを気にしてなどいられないのだ。どっちにしろ。

 

「アイズ、何故そこまでする」

 

「……私がもう少し早くこの人を助けられてたら、この人は怪我なんてしなかったと思うから……」

 

「……はぁ~。どうせ駄目といったところであきらめないのだろう……」

 

「うん」

 

 それに頷く。やっぱりリヴェリアは私に甘い。

 『あめとむち』みたいな言葉が合った気がするけど、その体現者のように思えるくらいだ。

 

「わかった、この少年をその村まで連れて行くぞ。ベートこの少年を運んでくれ」

 

「はぁ!? なんで俺が!」

 

「じゃあ、アイズにやらせるぞ」

 

「ぐ……わかった」

 

 何故か渋々承諾するベートさんは明らかに面倒そうに顔を(しか)めていた。私が運ぶのに。何か問題でもあるのだろうか。

 

「御者台に乗って向かうより走った方がおそらく早い。全力で走るぞ」

 

 そう言われると、私たちはベートさんのペースに合わせて走り出した。

 

 暗き森は月夜とはいえず、黒雲から漏れ出るように光が射すのみ。

 それはさながら祝福のように、何かを運び込む道のように、ある場所、村を照らしていた。

 

 

   * * *    

 

「……ここは」 

 

 見覚えのある天井、何時だったか、大怪我をしたときにここに来たことがあった。

 でもどうしてだ? 私は森に居て、薬草を取って…

 そうか、モンスターに襲われたんだった……でも、あの子が助けてくれたのか……

 

「目覚めたか、シオンよ」

 

「あっ、お祖父さん」

 

「傷は治っとる。起きても大丈夫じゃよ」

 

「……どうやら、そうみたいですね。脚もくっついてますし。どうやってくっつけたんでしょか?」

 

 体を起こし見てみると、怪我は無く、斬られたはずの脚も綺麗にくっついていたのだ。疑問に思うのは当たり前だろう。

 

回復薬(ポーション)でも使ったんじゃろ」

 

回復薬(ポーション)ですか。なら納得ですね。あの、お祖父さん。いきなりですが聞いてもいいですか?」

 

 この村に回復薬(ポーション)は一応存在する、話に聞く万能薬(エリクサー)とやらは流石に無くとも、これくらいはできるのだろう。

 

「なんじゃね?」

 

「『あの子』……金髪の女の子は、まだこの村に居ますか?」

 

 その疑問はどう捉えられたか。今一番気になり、心から知りたい、(はや)る気持ちすらあるこの質問。

 

「女の子か? あぁ、あの子のことかの。もう行ってしまったわい」

 

「そうですか……いろいろとお礼をしたかったのですが……」

 

 そのほかにも、聞きたいことがあったし、話しても見たかった。結局は一瞬のうちの出来事だったけど、それは無限に等しく引き伸ばされて私の心に焼き付いている。

 

「安心せい、お礼はいらんと本人が言っとった」

 

「そうですか……少し話もしてみたかったんですけどね……」

 

「話をか? なんじゃ、惚れたか?」

 

「……確かにそうですね。惚れたのかもしれません」

 

 今自分の中にあった、(うず)くようなこれは、惚れた―――つまりは恋をしたということか。

 そのことを自覚すると、何かがこみ上げて来る。表現し難いそれは、(おも)いというものか。

 

「ほぅ、一目惚れか。いいのぅ、男らしいわい。で、どんなとこにじゃ?」  

 

「……剣」

 

 聞かれ、答えたのは、焼き付いた光景の中、一際鮮烈なそれ。

 あの鋭く、速く、輝いていた、唖然とするほどの剣技。

 私は、彼女の剣に惚れ、惹かれていた。何も知らない私でもわかるほど美しく、研ぎ澄まされたあの剣技に。

 

「……ハハハハハッ! そうかそうか。剣に惚れたか! 面白いのう!」

 

「お祖父さん。私は本気でそう思ってるのですから馬鹿にしないでください」

 

 高笑いを浮かべるお祖父さんに、むすっとした表情を返す。これは本気で言ったことなに、なんだか馬鹿にされているように思えて。

 

「馬鹿にはしとらん。ただ、シオンらしいと思っての」

 

「私らしい? 私は今まで剣なんて握ったことありませんよ?」

 

 可笑しな発言だ。そもそも、この村に剣なんて限られた人しか持って無いのに、私がそれを見る機会すらないと分かっているはずだから。一層変に思える。

 

「そういうことじゃないわい。お前はいつも変ったことをしてたからの。剣に惚れるなんて変わったとこが、お前らしいと思ったのじゃよ」

 

「私、今まで変なことしましたか?」

 

 首を傾げそう問う。自分で言うのも何だが、真面目に生きているのだ。自分に誠実でいて、変なことなどしている筈はない。

 

「してたじゃろ。木に手を使わずに登ろうとしたこともあったし、手だけで野菜を切ろうとしていたこともあったじゃろうが」

 

「それって変なことですか?」

 

「普通はそうじゃよ」

 

 あっけなくそう返されるが、納得いかない。

 

「でも、英雄譚に出てくる英雄は軽々とやってました」

 

「そうじゃの。でも、英雄は普通じゃない。言ってしまえば変わっているから英雄に成れたのじゃ」

 

 酷い言い草だが、それで納得しているのだから何ともいえない。

 

「……そうですね。初めて気づきました、私って変なんですね……」

 

「そう落ち込むな。英雄は他と違った。そしてシオンは他と違う。つまり、英雄に成れるということかもしれんぞ? 英雄に成るお前の夢が叶うかもしれないと言うことじゃ」

 

「英雄はそう簡単に成れるものじゃないですよね……まぁ、私はもう英雄は目指しませんが」

 

 英雄なんてもう止めだ。憧れているが、それに成ることは望まない。

 

「ほう。じゃあ何を目指すのじゃ?」

 

「言ってしまえば、剣士、ですかね」

 

「ほぅ。剣に惚れたからかの?」

 

「はい。私は彼女の剣に惚れました。ですから私は、彼女を剣で振り向かせたいのです」

 

 身勝手なことだけど、自然と、こうしようと思った。

 それは独りよがりになるかもしれないけど、私はそれでもやるのだ。

 

「そうか。なら、強くならんとな」

 

「はい。ですが、この村には私が使える剣なんてありませんし……教えてくれる師もいません……」

 

「その考えは間違っとるぞ、シオン。この村には剣もあるし師もいる」

 

「それは本当ですか!」

 

 思わず声を上げて詰め寄ってしまった。それに若干引かれるが、知ったことでは無い。

 

「あぁ。剣は家にある。そして、師は儂じゃ」

 

「お、お祖父さん。剣が使えたんですか!?」

 

 興奮気味になってしまい、少し上擦る声。

 

「まぁの。じゃあ明日から稽古(けいこ)じゃ」

 

「はい! よろしくお願いいします。師匠!」

 

「やめんか、いつも通りお祖父さんでいいわい」

 

「はい! お祖父さん!」

 

 そう声高に放ち、硬い感触の気持ち悪いベットから降りる。

 ぐいぃと背を伸ばして、違和感の感じる体を動かす。

 

「では、帰るぞ。ベルが待っとる」

 

「あ! そういえばお祖父さん。ベルの熱は」

 

 その違和感が気になるが、突如思い出したベルのことでその違和感を気に掛けることは無くなった。

 

「もう引いたわい。薬草を使わずともな」

 

「はぁ、私が薬草を取りに行った意味、無かったですね……」

 

 思わず出た安堵(あんど)と気苦労の溜め息。森の奥深くまで潜ると言うのは、意外と疲れるし気力も使うのだ。

 

「よいではないか。おかげで出会えたのじゃろ?」

 

「ははっ、そうですね。意味はちゃんとありました」

 

 言われ気づく、確かに無駄ではなかった。彼女に会えた。恐怖と怪我の代償は、彼女との出会いと言うべきか。

 そういえば彼女の名前聞いてないな……

 

「お祖父さん。彼女の名前を知っていますか?」

 

「知っとるぞ。あの子の名はアイズ、アイズ・ヴァレンシュタインじゃよ。思い人の名じゃ、忘れるでないぞ」

 

「もちろん。当たり前です」

 

 そして、私の道が始まる、長く、狭く、今では終わりの見えない道が。

 

 

 

 




 ベートって本当はこの時別ファミリアにいたけど、そのあたりは、ね。

7/5 加筆修正(暇つぶし)


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変化と真実、それは始まりの印。

  今回の一言
 【ステイタス】の内容考えてない! 

それでは、どうぞ~


「もっと力を抜け! 余計に力を入れれば切先がぶれるぞ!」

 

「はいっ! はっ! はっ!」

 

 私は今、お祖父さんから木刀での素振りを命じられていた。

 真剣もあったがまだ危ないとのことだ。

 

「シオン! 右腕に力を入れすぎるな! バランスが崩れているぞ!」

 

「はい!」

 

 私が今使っている木刀は、どうやら極東発祥の『刀』という物を木で作り、練習や稽古のために使う物だそう。

 家にあった剣は全部で三本。全部刀だった。

 

「やめ! どうだシオン。疲れたか」

 

「はい……予想以上です……こんなに疲れるとは……思いませんでした……」

 

 実際、肩で息をするほど疲れていた。体力にはかなり自信があったのだが。

 無駄に力を入れたことが原因か、加減を見誤るとこうなるらしい。

 これでは長く持たない。

 

「そりゃそうじゃ。お前はまだ構えもなっとらんし余計な力や動作が多すぎる。疲れるのも当たり前じゃ」

 

「斧を振るう……感覚で……いけると思った、んですが……そう甘くは……無いですね……」

 

 刀と斧では同じ振るうでも力の入れ方、振り方、握り方、重さが全然違った。

 お祖父さん曰く、重心の位置ももう少し考えろとのことだ。

 

「先は遠そうじゃの」

 

「頑張ります……」

 

「お前は自分で決めたんじゃから諦めるんじゃないぞ」

 

(はな)から……諦めるなんて、選択肢……私は……持ってませんよ……」

 

「いい心がけじゃ。じゃあ、本気の素振り百回! 直すべきところは自分で見つけい!」

 

「は、はい!」

 

 私の鍛錬は苛烈を極めた。だが、唯の一度として諦めると思ったことは無かった。

 それは執念、そういっても齟齬(そご)はなかろう。

 怖いまでに、私はひたすら努力し続けた。

 

 

   * * *

 

 あれから三年と経ち私の体に著しい変化を遂げていた。

 全身に無駄なく筋肉がつき、手の皮は何度も剥けたことで厚く硬い皮となっていた。服を着ている上からでは全く分からないが。

 だが服を着ても隠せなかった一番大きな変化と言えば、髪と瞳の色が変わったこと。そして、不思議な力が使えるようになったことだ。

 

 家族そろって白髪だった髪の毛が私だけ()()が混じり髪色が二色となった。

 瞳は、村の人たちからも夏の若葉のように綺麗、と言われてた瞳の左目が()()に変わり、お祖父さん曰く『オッドアイ』というものになったらしい。

 変化してからはお祖父さんの()()()()()により基本布で隠している。

 無論、このことをベルは知っている。

 

 大きな変化の最後、これは本当に驚いた。始まりはある日、お祖父さんと模擬戦闘をしていた時だ。本気を出し全力でお祖父さんを倒そうとして、全力で踏み込んだ時に、風に乗せられたかのよう――――いや、風に乗せられた。そして、今までに無い程の踏み込みをし、制御できず岩に突撃した。その後模擬戦闘の際、本気を出すと風に乗ることが出来るようになり、今では少しだが、その風を制御できるようになった。

 

 お祖父さん曰く、それは魔法だそうだ。お祖父さんからベルには言わないようにと口止めされている。

 何故口止めされたかはベルを見れば誰でもわかる。ベルは英雄に憧れていて、昔から『僕も魔法が使えたらいいのにな~』と言っているほどだ。それに私としてもあまり言いたくは無かった。

 私の大きな体の変化は、魔法()が使えるようになってからのものだ。この魔法に何かあるとしか思えない。万が一にも危険なことなら、ベルのことは巻き込みたくなかった。

 ベルは大切な家族だ。危険に(さら)したくないと思うのは兄として当然だろう。

 

 だが、たとえ変化が訪れようと私のすることは変わらなかった。

 朝起き、朝食の準備をして、あまり時間を掛けずに摂り終え、走り込みをする。毎日村を三周した。

 家に戻り、木刀を持っていつもの場所へ。真ん中に立ち刀を構える。そして振り続ける。修正点を見つけそれを直す。そして、また一つ、また一つと直していく。だが、その度に新たな修正するべき点が生まれる。

 問題を直し、また生まれる。そんな一進一退を繰り返す。完璧には程遠い。だが、極稀に二進し一退することがあり。ほんの少しずつ、近づいていく。

 それをお祖父さんが来るまで繰り返す。

 お祖父さんが来たら、模擬戦闘。対人戦でお祖父さんの指摘を聞きながら、剣技を磨いていく。

 休憩と昼食を挟めながら模擬戦闘を日が沈むまで繰り返す。

 家に帰っても夕食を取ったらすぐに外へ、一人で素振りを五百回を二回し計千回。

 終わったら風呂に入り布団に入る。ベルと一緒に毎日お祖父さんがしてくれる英雄譚を聞きながら眠る。

 ただただ、それを繰り返す。

 偶に模擬戦闘の相手がベルになることもあったが……それは例外だ。

 

 そして、私は剣第一となっていった。常に剣のことを考えていて、剣に必要のないことは一切しない。髪を切る時間も惜しいとまったく髪を切らなくなったりもして、今ではばっちり長髪だ。

 村の人たちからは怖がられ、段々と人は私を忌み避け、結局家族以外、誰一人として近寄らなくなったが、そんなことも気にせずひたすら剣を磨いた。

 

 そして、変化が訪れてから五年、私の15歳の誕生日。私は祖父からたくさんのことを聞かされた。

 その内容はとても驚くべきものだった。そして、強い悲しみにも襲われた。

 お祖父さんは(ゼウス)であり、私やベルの祖父では無かったということ。

 お祖父さんは明日、身を隠すため崖から落ち、失踪すること。

 お祖父さんとはもう会えないかもしれないということ。

 私は、アイズ・ヴァレンシュタインさんから血を分けてもらい九死に一生を得たこと。

 私の、髪や瞳の色はその血の影響で変化したこと。

 アイズ・ヴァレンシュタインさんが精霊の血を継いでいて、その血が輸血により私にも引き継がれていること。

 アイズ・ヴァレンシュタインさんは【迷宮都市(オラリオ)】いること。

 

 その他にもいろいろ教えてもらった。大切なこと、忘れてはいけないこと、肝に銘じておくこと。様々だった。

 私はその全てを疑わず、受け入れた。

 お祖父さん―――――いや、本当は違うのか。でも、私にとってはお祖父さんだ。そこに変わりは無いからお祖父さんと呼ぼう。お祖父さんが神であり祖父でないこと、失踪してしまうことは、とても悲しかった。でもお祖父さんは私に言った。

 

「ベルを頼んだぞ。お前が頼りだ、シオン。兄として導いてやれ」

 

 私は任された。そして、受け入れた。だから、兄として、ベルは正しい道を進ませてやろう。ベルには可能性があるとお祖父さんは言ったのだ。一つに決めた私とは違い。

 だから、後押ししよう。可能性への道へと向かうベルを。

 

 驚くこともあった、特に精霊のなんたらは。だが、やることは決まった。 

 驚いている暇はないのだ。進み始めたら止まらない。

 私はまだ開始(スタート)地点にも立って無かったのだ。だから立とう。そして、進もう。

 スタートは明日だ。お祖父さんの最後の言葉ベルに伝えて、向かおう。

 

「可能性と未知に溢れた【世界の中心(オラリオ)】へ!」

 

 夜に独り、近所迷惑にもなりそうなその声は、虚空へあっさりと失せた。

 

 




3/23.ちょっと修正させてもらいました。
7/5 加筆修正(暇つぶし)


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幸運、それは小さな出会い

  今回の一言
 短くなっちゃった。

では、どうぞ。


 お祖父さんと最後の会話を交わした次の日。言っていた通りお祖父さんは崖に落ちたそうだ。実際に私は見ていない。現場に居たらいつもと違った行動をしている私を、ベルが怪しむかもしれない。という理由だ。

 その日の夜、ベルは一晩中(言葉のまま)私に抱き着いて泣き続けた。それに私は付き合い、(なぐさ)めていた。

 そして、『自分が死んだらベルに伝えてくれ』と、言われていたこと伝える。お祖父さんが言いそうなことを勝手に追加して。

 簡単に内容を言うと

 

「覚悟があるなら、【世界の中心(オラリオ)】に行け」

 

 というものだ。勿論ベルはそれに従い、その日のうちに【世界の中心】に向かう準備を整えた。

 私はベルに『何を求めにベルは行くのですか?』と聞いたら、『可愛い女の子との出会いを!』と元気よく即答された。

 曰く、お祖父さんから【迷宮(ダンジョン)】で女の子を助けたら仲良くなれるかもしれんぞ。とか、男ならハーレムを目指さなきゃな!。などと言われていたらしい。私はそんなことを言われたことが無かったかが、私の気持ちを一番知っているお祖父さんは、言う必要が無いと思っていたのだろう。

 そして、現在は村から出る御者の人たちと交渉をしている。今まで、二度交渉し、全部断られた。現在は三度目の正直と言わんばかりに交渉しているところだ。

 

「お願いします!」

 

「う~ん、そうだ。条件を飲んでくれるならいいよ」

 

「本当ですか⁉ では、その条件とは」

 

 思わず大声を出してしまったが、まだ油断はできない。気を引き締め直して慎重に問う。

 

「条件は三つ。一つ目は二人で千ヴァリス払うこと。二つ目はモンスターに途中で襲われたら、全身全霊を持って撃退すること、そして三つ目がお前のさんの髪を切ること」

 

「よかったぁ、そのくらいなら……え? 髪を切る?」

 

 一つ目や二つ目の条件なら、意味も理解でき、実行も可能だ。だが、三つ目の条件の意味が分からない。

 

「お前さんのその髪、長すぎて車輪に引っかかるかもしれないからね。危険はなるべく無くしたいんだよ」

 

「そういうことなら……」

 

 私はあまり気にしてなかったが、実際、髪の毛はずっと伸ばし続けたせいか、身長が高い方である私が背伸びしても地面に髪の毛が着く、と言うくらい長かった。

 

「じゃあ来な。私が切ってやる」

 

「はい?」

 

「私は孫がいるんだけどね、そいつらの髪の毛をよく切ってやってるから慣れてんのよ」

 

「そうですか、ではよろしくお願いします」

 

 刀で適当に切ろうと思っていたが、やってくれるならそれに従っておこう。別段、髪型にはこだわりは無いが、変にはされないことを願っておくが。

 そう思いながら私は御者のお婆さんについて行った。

 

 

   * * *

 

 結論から言うと、本当に任せてよかった。

 髪は綺麗に整えられ、髪型は偶然か、子供の時に見たアイズ・ヴァレンシュタインさんと同じような髪型にされていた。

 髪を切り終わり、その後、ベルの所に御者台に乗せてもらえることを伝えに行くとベルに驚かれ『お兄ちゃんって見た目で男ってわからないよね…』と言われたが、正直意味が分からない。

 そして今は、ベルと共に御者台に乗っていた。御者台の乗り心地は良くも悪くもない、と言ったところらしいが、道が酷かったようで、途中でベルが二度ほど吐いていた。

 ユリシアさん――――御者のお婆さんの名前――――によれば、【世界の中心】までの所要日数は(おおむ)ね一ヵ月だそう。

 

 

 

 一週間が過ぎた。 

 始めは、長い! と思っていたがそうでもなかった。移動中は睡眠と会話と食事、時々戦闘。という具合だったし、夜、移動していないときは他の人たちは寝ていたが、私は素振りや走り込み、時々戦闘と言う具合だった。

 暇と言うことは無く、むしろ得になったくらいだ。情報も手に入り、実戦もできた。

 実戦で使ったのは、お祖父さんから託された刀。業物ではないが、三年ほど使い続けている。素振りもこの刀を使い、今では相棒のような()()だ。

 

 

 二週間目。 

 最近はモンスターが姿を見せなくなった。少し残念。

 でも収穫があった。ユリシアさん曰く、モンスターが落とした『魔石』と言う物は【世界の中心】にもある『ギルド』と言う場所でお金に換えられるらしい。物珍しかったので拾っていたが、どうやら役に立つようだ。

 

 三週間目。

 ベルに私のことを名前で呼ばせるようにした。「お兄ちゃん!」と元気よく呼んでくれるのは嬉しいが『迷宮(ダンジョン)』で一緒に戦う際には名前の方が短くて呼びやすいだろうという理由に納得してくれた。

 そして、四週間目

 ついに【世界の中心】に着いた。

 

「やっと着きましたね。待ちわびました」

 

「そうだね! たのしみだな~」

 

「そうですね。楽しみですね」

 

「次の方、どうぞ」

 

 門衛にそう言われ、ユリシアさんが門の前に向かっていく。

 

「はい、通行証だよ。あと、後ろに子供が二人乗ってる。冒険者志望だそうよ」

 

「わかりました、では冒険者志望のお二方、こちらへ」

 

 そう言われ、制服を着た人たちが立っている場所へ促された。私たちは最後にユリシアさんへお礼を言い、促された先へと向かうと、上半身の服を脱ぐように言われた。ベルと私が服を脱ごうとすると、何故か私だけ個室へ案内された。おかしなことでもしたのだろうか?

 そして脱ぎ終わると、何か不思議なもので背中を照らされた。どうやら【神の恩恵(ファルナ)】の有無を調べる【魔道具(マジックアイテム)】らしい。

 直ぐに調べ終わり解放されると、外にはベルが待っていた。私に気づきやってくる。

 

「ねぇ、なんでシオンだけ別の場所なの?」

 

「私が聞きたいです」

 

 そんな会話をしながら門を抜けると私たちは唖然とした。

 まず。人が多い。

 村では年に数回お祭りが行われ、人が一挙に集まるが、そんなのが(かす)むくらいの人の量だ。

 そして、様々な種族が居る。

 視界に入っている者だけでもヒューマンは勿論のこと、エルフに犬人(シアンスロープ)猫人(キャットピープル)小人族(パルーム)狼人(ウェアウルフ)やハーフエルフまでいた。

 何より、外からも見えた白亜の巨塔、外壁越しにも見えたので、かなり高いと思っていたが、外壁で隠れていた部分も見えるとさらに高く感じた。

 

「ねぇねぇシオン」

 

 と、ベルが早くも回復し、私の服の裾を引いていた。

 

「【世界の中心(オラリオ)】ってすごいね!」

 

「当たり前でしょう。世界の中心ですよ。さぁ、早いところギルドに行きましょう」

 

「うん!」

 

 ようやくその日から、私たちの【世界の中心】での生活が始まった。

 

 

 




  オリキャラ紹介!
この後書きでは、新たに出て来たオリキャラの紹介をしたいと思います!
今回のオリキャラは
御者のお婆さんこと、ユリシアさん!
この名前になった訳は、
御者→リゼロ→ユリウス→白鯨→テレシアと脳内でなり。
ユリウスのユリ、テレシアのシアを合わせてユリシア。
つまり、思いつきです。理由は無い。

それでは、これからもよろしくお願いします。

3/23.ちょっと修正させていただきました。
7/5 加筆修正(暇つぶし)


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第二振り。大きな出会い
眷属、それは家族の証。


  今回の一言。
 動きを表すのって難しい…… 

では、どうぞ


「ここがギルドですか」

 

 私たちは今、白い柱で作られた万神殿(パンデミオン)の前にいた。この建物もそうだが、この町にある物は驚くものばかりだ。特に『じゃが丸くん』という揚げ物には、非常に興味を惹かれた。一日一個は食べたいと思った程だ。

 

「さぁ行きましょうか、ベル」

 

 でも、いつまでも驚いているわけにはいかない。私にも目的があるのだ。

 歩みを進めギルドに入ると、外ほどではないが、多くの人で混み合っていた。

 

「ベル、少し失礼」

 

 返事を待たず、ベルの手を掴み、引き寄せる。そして、人の合間を縫って『受付嬢』と言われる見目麗しい女性達がいる場所に向かう。幸い、人が並んでいないところがあり、そこに止まる。

 そして、ベルを離し一息。人混みはやはり慣れない。

 

「あの、冒け……」

 

「ちょっとシオン! いきなり引っ張らないでよ! びっくりしたじゃん!」

 

「いいえ。一言ちゃんと言いました」

 

「あのー、ご用件は……」

 

 私が受付嬢に話しかけようとしたらベルに大声で遮られ、反射的に言い返すと受付嬢が困った声を出していた。

 

「すみません。冒険者……」

 

 流石に公の場、物事はなるべく早急に終わらせるべきだろう。だが、ちょっと面白いことを思いついた。思わず続きを述べる口を止める。視線は一点に固定、目の前の受付嬢にだ。

 

「ベル、今のうちに女性に慣れておきましょう。ベルは村であまり女性と関わることが少なかったですよね? ですから、少しでも多く女性に関わって慣れましょう。まずは会話からです」

 

「えぇっなんでぇっ⁉ シオンがやってくれないの⁉」

 

「援護はします。頑張りなさい」

 

「で、でもさ、な、なんというかぁ……」

 

「ほら、受付嬢の方も困っています。早くしてください」

 

 渋りに渋るベルを見て、このままだと長引くと簡単に予想が付く。長ったらしく待つのも嫌だし、良心をくすぐる催促をかけた。

 

「うぅ~わかったよ…」

 

「あの、そろそろ、ご要件を…」

 

 あっけなくそれで承諾するベル。諦めたように項垂れると、待つのに懲りたのか受付嬢が申し訳なさそうに笑みを引きつらせて聞いて来た。

 

「あ、はい。初めまして。僕はベル・クラネルと言います。ここで冒険者登録ができると聞いて来たんですが……」

 

 意外と普通に対面できているのに驚きかけたが、目が合ってない。なるほどそれならまず納得だ。

 

 『冒険者登録』これはユリシアさんから教えてもらったことだ。なんでも、魔石の換金など、様々なことが便利になるらしい。

 そう、私たちは、ユリシアさんからたくさんのことを教えてもらった。今現在ベルが知ってるオラリオの知識の大体はユリシアさんから教えてもらった知識だ―――私はがお祖父さんから事前にいろいろ聞いていたから、大体とは言えないが。

 

「はい。冒険者登録ですね。それと、申し遅れました。私は、ギルド受付嬢兼冒険者アドバイザーのエイナ・チュールと申します。以後お見知りおきを」

 

 承諾ついでに礼儀正しく礼をして、簡単に自己紹介を混ぜる彼女に、ベルはした自己紹介を私がしていないことを思い出し、念のためにとしておく。

 

「あ、因みに私はシオン・クラネル。ベルの()です。以後お見知りおきを」

 

「はい、こちらこ……えぇぇ⁉ 男性の方だったのですか⁉」

 

 何故か盛大に叫ばれ衆目を集めるが、気にしないで置いた方が吉か。

 

「はい、そうですが。女性と勘違いしてました?」

 

「え、えぇ。とても綺麗な方だなと……」

 

「それはありがとうございます。あなたもとても綺麗ですよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 社交辞令的に返しに若干頬を赤らめると言う純粋さ。こういうことを言われるのは慣れてそうなのに、一体どうしてだろうか。

 

「シオン、なんか手慣れてるね」

 

「手慣れる?何がですか?」

 

「自覚無いんだ……」

 

 考えは謎めいたベルの発言に中断され、戻ってくることはない。

 呆れが垣間見えるのは気のせいでは無い様で少し気になってしまう。

 

「さぁ、早く登録を済ませましょう」

 

 だが今はこちらが先だ。早々に澄ませて早いところ活動を始めたい。

 

「あ、冒険者登録でしたね。でしたら、この書類に名前とファミリアの記入をお願いします」

 

「あ、あの……まだ僕たちどこのファミリアにも所属してないんですけど……」

 

「そうなんですか……でしたら、登録なさらないことをお勧めしますが……」

 

 悪びれるように引け腰でそう聞くベルは、少し悩んだ様子を見せた彼女の様子に何故か焦りながらも、聞こうと言う姿勢は保っている。

 だがそこではなく、私は別の所が引っかかった。

 

「どうしてでしょうか? 上層くらいなら【神の恩恵(ファルナ)】を持たぬ一般人でも問題ないと思うのですが……」

 

―――――上層、それは【迷宮(ダンジョン)】を大きく三つに区分分けした内の()()()簡単な層。詳しく言うと1~12階層のことだ。

 上層程度なら簡単に潜れるだろうと思っていた。なにせ、お祖父さん曰く地上のモンスター100体分がだいたい上層のモンスターの強さと言っていたのだから、想像に難くない。つまりは雑魚だ。

 

「許可できません」

 

「あはは、それはシオンだからだよ」

 

「そうでしょうか?」

 

 何故か頑なに思える声で突っぱねられ、ベルにまで苦笑を返される始末。疑問を覚えてしまうのは仕方のないことだが、聞く前に続く声。

 

「シオンさんの実力を私は知りませんが、いくら強さに自信があっても【迷宮】を甘く見ないでください。私はそれでここに姿を見せなくなった冒険者を何人も見てますから……」

 

 そう語る彼女は何処か辛そうに思えた。

 実際にそうなのだろう。受付嬢はギルドの顔らしい。そしてギルドの中で最も多く冒険者と関わる役職であり、冒険者をよく知ることになる役職だ。

 つまりは、だれが死ぬかも知れて、誰が生きているかも一番知っている。一番判らせられ、嫌々言っても()(まと)うかのように記憶に残るのだ。

 優しい心の持ち主だと目に見えて判る彼女は、こういったことに心底弱そうで、多分ずっと引きずってしまう性質(たち)

 

「わかりました。ベル、仕方がありません。どこかのファミリアに所属してからまた来ましょう。女性に辛い思いをさせることは良くないです」

 

 『女性に辛い思いをさせるな』お祖父さんからの教えだ。お祖父さんの言うことは大体が正しいので従っておく方が良い。 

 

「うん……そうだね。それじゃあ、エイナさん。また今度来ますね」

 

「はい。お待ちしております」

 

 そして、私たちはギルドを後にした。

 

 

   * * *

 

 結果から言おう、ダメダメだ。なんでこう上手く事が進まないのやら。

 

 私たちはギルドを後にして様々なファミリアの元へと向かった。

 そして、今は裏路地にて座り込んでいる。

 

「「はぁ~」」

 

 私が溜め息をつくと同時にベルも溜め息をついた。その行動に二人で顔を見合わせ、苦笑い。今はそんなことしかできない状況であった。

 

「ごめん、シオン。シオンだけならどこのファミリアにも入れたのに……」

 

 そう。私は今まで言ったファミリアすべてから入団の許可を得ていた。

 体格は身長以外ただ痩せているようにしか見えないだろう。実際は鍛えているお陰で結構なことになっているのだが。だから判断基準は判りやすい。

 武器だ。

 私はそれを持っていたから良くて、見た目だけで駄目と判断されたのは、武器を持ち合わせていないベルだ。

 

「気にしないでください。私はベルと同じファミリアに入りたいですから」

 

 だが、全て断ってきた。その訳は、全てのファミリアがベルの入団を許可しなかったから。

 それに。見た目だけで人を判断する程度の所など、こちらからお断りである。実際全部断って来た。()()()()()()()だけは正直名残り惜しいが。

 

「ですが、どうしましょうか。このままでは路頭に迷いますよ」

 

「そうだね……まだ諦めていられないよね!」

 

 ベルが気合を入れなおしたかのように立ち上がる。だが、私は立ち上がっただけではなく、腰に帯びていた刀に手を掛け、ある一方向に視線を向けていた。 

 

「どうしたのシオン?」

 

「誰だ」

 

 警戒しながら、向いている方向、影の中から聞こえる足音の主に問う。普通に足音が近づくだけなら私も警戒したりはしない。だが、そこから漂う()()()が私をそうさせていた。

 足音が近づき、影の中からその主が姿を現した。

 その正体は、身長は子供と同程度で不釣り合いなまでに大きいものを持ったツインテールの女の子だった。

 それを見て一瞬警戒が緩んだが、再度警戒する。()は見かけによらないのだ。

 

「初めましてだね。早速で悪いんだけど」

 

 良く響く綺麗な声を発しその()が動いた。空中へ跳び、頭を前へ出すと手をその横に、そして、脚を綺麗に折りたたみ、地面と激突。その間一秒。奇妙な行動をとったことで少し警戒を強めたが、次の一言でそんなものは無くした。

 

「ボクのファミリアに入ってくれ!」

 

 そのお願いに対する私たちの返事など、言うまでも無いだろう。

 

 

 




まぁ土下座についてですが、表すのが下手ですみません。

それと、ヘスティアとタケミカズチはこの頃にはもう下界で会っていた。と言うことで。


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己、それは【ステイタス】

  今日の一言
 チートキャラの完成かな?

では、どうぞ


 

 私たちは今、幼女()に連れられ裏道を歩いていた。どうやら本屋へ向かっているらしい。

 目の前の幼女()は本人曰く、ヘスティアと言う無名の神らしい。

 ヘスティア様曰く、下界に降り立ってあまり経っておらず、ファミリアがいないため勧誘をしていたそうだ。そこで私たちに出会い勧誘を受け入れたため、ファミリアの証として、今から【神の恩恵(ファルナ)】を授けてくださるそう。

 

「さぁ着いたよ。おじさん! 二階の書庫を借りてもいいかい?」

 

 中に入ってみるとそこは、沢山の本が所狭しと並べられた書棚が幾個も存在する、木の香りがほどよい雰囲気を与えてくれる場所だと知れた。入り口の横にあるカウンターの席には、どこか合っていると感じる一人の老人が座ってる。

 

「ヘスティアちゃんかね。それは良いが、本は元の位置に戻しておくれよ」

 

「わかってるって。さ、行こうか」

 

 そう言われ二階へ上がると、そこにもまた本が広がっていた。一階にあった本の数よりも多いだろう。

 ヘスティア様はその中央、部屋の円模様が縫われた絨毯(じゅうたん)の中央へと座り、私たちに手招きをしていた。

 

「じゃあ、早速【神の恩恵】を刻もうか。上着を脱いでくれ」

 

 そう言われ上着に手を掛け脱ごうとすると、何故かヘスティア様が私の手を掴む。訝し気に視線を送ると、それに応える現在の体勢を堪えているせいか、若干苦し気な声。

 

「シオン君。君が脱ぐのは少し待ってくれないかい」

 

「何故でしょうか?」

 

「いやさ、いくら家族だからって年頃の男女が二人とも上半身裸になるのはねぇ…」

 

「……ヘスティア様、どうやら貴女にも勘違いされているようですね」

 

「へ?」

 

 神だと言うからこれくらいは見通していると思い込んでいた私が悪いか。誰もがお祖父さんのように神格者ではないのだとこの時知れたのは、少しばかりは感謝を送っておこう。

 

「しっかりとした自己紹介をしなかった私が悪いですね……では、改めて。私は、シオン・クラネル。ベル・クラネルの()です」

 

 呆けた面を(さら)し硬直するヘスティア。それを数秒見守っていると、はっ、と意識を取り戻したかのように硬直が解け、認めたくない現実を否定して欲しくて聞くかのような語気で問うてくる。

 

「……兄、と言うことは……君は男なのかい?」

 

「そうです。これで何度目でしょうか……」

 

「どんまい、シオン」

 

「ご、ごめんよシオン君」

 

 悪びれる気はあるようで、それで一先ず不問にしておこう。

 呆れはするが、実際自分の容姿が女性に近いと言うことはよくベルから言われているからある程度気づいてはいる。仕方のないこととは言わないが、それで激しく怒ったりはしない。

 

「いえ、お気になさらず。それより、【神の恩恵】を刻んでください」

 

「うん。じゃあお詫びとして、シオン君からね」

 

「はい、わかりました」

 

「ベル君。少し待っててね」

 

「はい! 神様」

 

 別に順番を気にする気は無いのだが、まぁ詫びと言っているのだ、素直に従っておこう。

 

   * * *

 

 今、羊皮紙に写されたステイタスを互いに見合って思った。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 

 力:I 3

耐久:I 2

器用:I 5

敏捷:I 8

魔力:I 0

《魔法》

【 】

《スキル》

【 】

 

シオン・クラネル

 Lv.1

 力:I 82

耐久:I 39

器用:A873

敏捷:B746

魔力:D587

《魔法》

【エアリエル】

付与魔法(エンチャント)

・風属性

・詠唱式【目覚めよ(テンペスト)

 《スキル》

剣心一体(スパーダ・ディアミス)

・剣、刀を持つことで発動

・敏捷と器用に高補正

 

 

――――――――私って異常(イレギュラー)なのではないかと。

 

 

「ずるい! なんでシオンが魔法使えるの!」

 

「気にするところがそこですか……普通、この異常な【ステイタス】の方が気になると思うのですが……」

 

 他の人がどうかは知らないが、明らかだろう。これはオカシイ。

 魔法の発現は目に見えていたが、スキルは変わらず私だなと思わせられる。そしてなにより、アヴィリティの数値だ。

 ベルと比べてみれば歴然としている。異常なまでのこの差は一体どういうことなのか。昔から鍛えていたとしても、ここまで差が付くものなのだろうか。

 

「僕も魔法使いたい!」

 

「日々努力してください」

 

「うぅー」

 

 と言っても、日々の努力で魔法を使いたいのなら、魔法の勉強をして自分で作る他ないのだが。

 それに、私に発現したこの魔法はただの魔法では無いことを、もう既に理解している。

 

「ヘスティア様。私たちはこれからギルドに戻り、冒険者登録をしようと思っているのですが、どうしますか?」

 

「どうするというとなんだい?」

 

 押し黙ったベルを放っておき、話を一転させて聞いたが、今一真意は伝わらなかったらしく首を傾げて逆に聞かれてしまう。

 

「私たちは待ち合わせることが出来る場所など知りません。ですので、一度離れたら合流できなくなると思うのですが、どうしますか? と言うことです」

 

「あぁ、そういうことかい。ならもう少し付き合ってくれ。ボクのホームに案内しよう」

 

 意外なことに、ファミリア設立数分の神でもホームは存在するらしい。無いと思って待ち合わせ場所を聞いたのだが、まさかこう返されるとは思わなかった。

 

「わかりました。ベル、行きますよ」

 

「うん……」

 

 落ち込みが消えないベルを慰めながら、落ち着いた雰囲気の本屋を一つ挨拶を告げて去ったのだった。

 

 

  * * * 

 

 ついて行くこと三十分。現在、西と北西のメインストリートの間に存在する区画にある廃教会の中に居た。

 まさか、ここがホームなのか……と思っていると、ヘスティア様が正面奥右下部の壁に手を掛け、押した。すると、彼女の右側にある壁が動き、奥に階段が現れる。

 

「「おぉ~」」

 

 思わず声が出てしてしまう。このような仕掛けはお祖父さんから聞いた英雄譚でしか知らなかったので、実物を見て、興味を惹かれるのは当たり前だろう。

 

「この先だよ」

 

 そういってヘスティア様が階段を下りて行く。その後を私たちが軽い足取りで追う。

 二十何段か降りると、そこには部屋があった。

 決して綺麗な部屋と言うわけではないが絶対的に汚いというわけでもない。いや、結構汚いけど、それはこの神の性格のせいか。

 ベットやソファ、テーブルなどもあるため、日常生活には問題なさそうな部屋だ。

 そして、地下にあるということは……

 

「ベル、隠し部屋ですよ。昔から欲しがってましたよね」

 

 そう。ベルは昔から隠し部屋が欲しいと言っていた。これも男の浪漫(ろまん)らしい。私も中々にそう言う系統には興味を示す性質(たち)のせいで、今少しばかり高揚している。

 

「うん! 心が躍るなぁ」

 

「ヘスティア様。ここが私たち【ヘスティア・ファミリア】のホームですか?」

 

「うん、そうだよ。ここがボクたちのホーム。これから住む場所さ」

 

 なら一安心。これで動かない集合場所が確保できた。

 道中風景も憶えたし、これで迷うことはないだろう。

 

「ベル、道はちゃんと覚えましたか?」

 

「え……う~ん……憶えてない、かも……」

 

「やはりそうでしたか。憶えるまでは単独行動禁止ですね」

 

「……わかった」

 

 妥協するしかない点だ。道が分からず歩き回られて、知らないうちに気づいたら消えていたなんてことになったら、大惨事間違いなしである。

 

「では、ベル。ギルドに行きますよ。走れば間に合うと思いますから」

 

「うん。では神様、行ってきます」

 

「早めに戻ってくるんだよ~」

 

「わかりました!」

 

 元気よくベルが返事をしてホームを出る。そして共にギルドへと走り出した。

 

 温かく照らされる道、それは彼らの第一歩を称えているかのようだった。

 

 

 




【ステイタス】について。
今回、二人のステイタスは初めから上昇させましたが、原作ではどうか知りません。
なぜなら、【神に恩恵】を授かったばかりの人の【ステイタス】について示されて無かったからです。
 と言うわけで、経験を変換して強くなる【ステイタス】は、【神の恩恵】を授かる前までの経験が影響される、ということで。

  後書きの後書き
 コメントありがとうございます! どうやら、【ステイタス】はゼロから始まるようですね。ゼロから始める成長記録、のような感じかな? それはどうでもいいか。
 とにもかくにも、こういった指摘はとてもありがたいです。是非是非、気になること、『わけがわからないよ』と理解不能なところ。あればどうぞ、コメントにて。
 答えられる限り、答えますから。


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日常、それは大切なもの

  今回の一言
 殆ど会話になってしまった。

では、どうぞ。


 ホームから十数分走り、北西のメインストリートにあるギルドに到着。本気を出す必要もなく―――――と言うより出せなかった。

 ベルと共に走って来たが、途中からベルの息が上がり始め、現在は手を膝について、肩で荒く呼吸している状態だ。

 私が本気を出せなかった理由は、ベルとの【ステイタス】の差にある。私の敏捷値とベルの敏捷値とは大きく差があり、普通に走ってもベルの全力より少し遅いくらいだった。

 そんな差の中、同じスピード且つノンストップでここまで来たのだ。疲れるのは当然だろう。

 

「ベル、歩くことはできますか?」

 

「うん……大丈夫……」

 

「無理はしないでくださいね」

 

 そう言い、ギルドへ入る。午前中とは違い人は少なかった。

 ベルがついてきていることを確認し、エイナさんの所へ向かう。そして丁度良くエイナさんと会話していた冒険者が居なくなった。今日は少し運がいい。

 

「エイナさん。こんにちは」

 

「こんにちは……」

 

 私が挨拶をするとベルも続いて挨拶をする。疲れていても礼儀を欠かさないのは良いことだ。

 

「あれ、ベル君にシオン……(くん)。何かあったの?」

 

「何故間があったかは聞かないでおきます。エイナさん、冒険者登録をしに来ましたよ」

 

「え!? 数時間でファミリアに入って来たの!?」

 

「そうですよ。ちゃんと私もベルも入ってます」

 

 普通は何日もかけて手続きを踏み、漸く入団できるのだろう。だがそれはある程度の基準を達したファミリアだけであって、新生の我がファミリアにはそんなものなどない。というか、あの神は来る者拒まない、という性質(たち)にみえるから条件など付けなさそうだから、どっちにしろ即入団が可能なのだが。

 

「そう、なら大丈夫ね。二人とも、この書類に名前と所属ファミリアを記入してね」

 

「わかりました」

 

 ペンを持ちそそくさと記入する。簡単な読み書きと計算は、お祖父さんから教えてもらっている。ベルも呼吸を整え終わり落ち着いたのか、記入を始めていた。

 

「終わりました」

 

「あ、僕も終わりました」

 

「はい。では冒険者登録はこれで終わりです。後はアドバイザーですが、希望はございますか?」

 

「ありません。ですが、ベルの方には美人で世話焼きのいい優しいアドバイザーでお願いします」

 

「ちょ、ちょとシオン!? 何言ってるの!?」

 

 これは別に心配とかそういう類の配慮ではない。単にその方が面白そうだし、ベルも女性に対してある程度の耐性をつけられるようになるだろうから。

 

「あ、エイナさんとかそれっぽいですね。お願いできますか?」

 

「ちょっと! 勝手に話進めないでよ!」 

 

「あ、はい、わかりました」

 

「了承してくれるの!?」

 

「突っ込みが大変ですね、ベルは」

 

「誰のせいだと思ってんのさ!」

 

「私のせいですよね」

 

「やっぱり自覚あるんだ!?」

 

 怒濤(どとう)の突っ込みラッシュに思わず笑みを浮かべてしまう。良い反応速度だ、戦闘にも役立つだろう。

 

「シオン……(くん)のアドバイザーは……此方(こちら)で決めてもいいでしょうか?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。その間を無くせる人であれば」

 

「あはは、ではシオン君。今度ギルドへ来た時にアドバイザーを紹介しますので私の所に来てください」

 

 苦笑を浮かべたが、それをすぐに取り繕って仕事の顔を作ると落ち着いた様子で述べる。どうにもエイナさんは、私相手だとペースを崩されるらしい。それ程やりにくい相手だろうか?

  

「わかりました。では、明日伺いますね」

 

「はい。それとベル君、これから私は君のアドバイザーになる訳だけど……そうね、明日、時間あるかしら?」

 

「デートですか?」

 

「ち、違います! ダンジョンについて教えておきたいんです!」

 

「ベルと二人っきりで?」

 

「そ、それはそうなりますが……」

 

 言及して出てきた肯定。それは実に面白いことに、少し別に意味に捉えることもできる訳で……

 

「よかったですね、明日はベルの記念日になるかもしれません」

 

 と、あえて明文化せず、あやふやな言い方をしてやる。

 ベルも想像力は非常に高い。どうその意味を捉えるのやら。

 

「ちょっと待ってシオン。それってなんの記念日?」

 

「ご想像にお任せします」

 

「シ、シオン君! 揶揄(からか)うのはやめてください!」

 

「怒られてしまいましたか」

 

 でも、それにしては少し顔が赤いような……

 それは彼女が純粋だからか、いや、純粋だったらこんなこと気づかないだろうか。ただ慣れてないだけかもしれない。それで受付嬢として大丈夫なのだろうか。ナンパも多いだろうに、エルフ……いや、ハーフエルフなだけあって美人なのだから。

 

「まぁいいでしょう。ベル、今日は帰りますよ。エイナさん、また明日」

 

「なんか疲れた……あ、エイナさんこれからよろしくお願いします」

 

「あ、はい。こちらこそ」

 

「それでは!」

 

 挨拶を終え、ギルドを出る。時間はもう夕日が見える頃になっていた。そして思う

 

 

―――――――――魔石の換金忘れてた。

 

 

  * * *

 

「ただいま戻りました」

 

 私たちは帰りは道を歩きで辿った。ベルに道を覚えさせるためだ。

 途中寄り道もしたが、何事もなく帰ってこれた。

 胸には仄かに湯気を放つ、かぶりつきたくなる見た目をしたものが沢山入った紙袋を抱えていた。伝わる熱は案外心地よい。

 

「おっかえりぃ! ベル君、シオン君!」

 

 帰宅早々ヘスティア様が飛びついて来るという事が起きる。私は難なく(かわ)せたがベルは反射的に動けず、抱き着かれ押し倒されてしまう。流石に押し倒されるまではいかなかったが、あたふたと戸惑っているのは目に見えたことだ。

 

「ヘスティア様、帰宅早々抱き着こうとするのはやめて頂きたいのですが」

 

「いいじゃないか、家族同士のスキンシップだと思ってくれ。それに、シオン君は避けたじゃないか」

 

「私ではなくベルのために言っているのです。ベルは女性に触られるのに慣れていないのですから」

 

 もっと言うと、彼女のその双丘がベルの顔を埋まらせて、いずれ圧死か窒息死でもしてしまいそうで気が気でならない。 

 いやね? 今にも死にそうで何度もヘスティア様の腰を叩いてるんだけどね?

 

「ん? その言い方だとシオン君が慣れているように聞こえるのは気のせいかい?」

 

「慣れてはいませんが耐性はあります。それと早くどいてあげてください」

 

「へ?」

 

 本当は、耐性がある訳では無く、興味がないということなのだが。そんじょそこらの有象無象になんて、正直どうでもいい。私が興味を持つ女性は、ただ一人だ。

 アホ面を浮かべるヘスティア様に、とうとう脱出できたベルが苦し紛れにやっと声を出す。

 

「神様、少し重いです……」

 

「あ、ごめんごめん」

 

 乗っかかる形となっていたので、そりゃそう言われるだろう。体格的には小さいのだが、アレがな。分不相応にデカい、邪魔なくらいに。

 

「あ、あと手を洗ってくださいね。夕飯の代わりですが、じゃが丸くんがあります」

 

「本当かい!? 何個あるんだね!?」

 

「十個です。全部揚げたて塩味です」

 

「おお~! なら早く夕飯としよう!」

 

 相変わらず消えない元気を鬱陶(うっとう)しく感じないのが不思議と思いながら、買ってきたじゃが丸くんを持ち、そのままソファに座ったのだった。

 ぱくっと一口目から次を欲しくなるこの味、堪らんッ……

 

   * * *

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

 美味しくいただいた塩味のじゃが丸くん。揃った声で食事の終わりを告げると、満足げに一息を吐くのは二人、ヘスティア様とベルだ。丁度二人が食べ終わったころなのだが、私はその随分と前に平らげている。

 

「いや~やっぱり揚げたてはおいしいね~」

 

「そうですね。あ、ベル、少し話したいのですがいいですか?」

 

「うんいいよ。で、話って?」

 

「今後についてです」

 

「今後?」

 

 抽象的で理解できないのは当たり前で、首を傾げているベルに対して、更に続けて言う。

 

「ええ。ベル、あなたはこれからどうするか決めましたか? 私はある程度決めていますが」

 

「決めてないけど……」

 

 弟の無計画性に若干浮かび上がった落胆を胸中に留め、かなり限定的に絞って問う。最も、これだけ聞ければよかったのだから。

 

「そうですか。なら、【迷宮(ダンジョン)】にはいつから挑戦しますか?」

 

 腕を組み首をかくっと傾げて、(うな)り声を上げながらあからさまに考えている風を装っている。実際(ほとん)ど考えてないだろうな。

 

「とりあえずエイナさんの説明を聞いてから、かな。シオンは?」

 

「私は一週間ほど剣の鍛錬と情報収集に励んで、その後挑戦しようと思っています」

 

 何が何でもまずはそれだ。ダンジョンに挑むにしても、結局は情報が無ければ私とて簡単に死ぬだろう。必須事項なのだ、情報収集と剣の鍛錬は私にとって。

 まぁ大半は情報収集となるだろう。ギルドに恐らく資料庫はあるだろうし、そこを漁るという考えだ。情報屋なんかもいるそうだが、不必要にお金を使いたくはない。

 

「へ~じゃあさ、一週間たったらさ一緒にダンジョンに行こうよ!」

 

「はい、わかりました。それより前に潜っていても構いませんからね」

 

「うん!」

 

 その時に、ベルがどれほどの実力を有しているか、どれほど成長できたかを確認すればいいだろう。

 昔っから臆病で碌に私へ斬り付くこともできていなかったが、モンスター相手に戦えるだろうか。外のモンスターで少し手間取っていたから心配なのだが、まぁ大丈夫だろう。

 

「話は終わったかい? じゃあボクから一つ相談なんだけど……」

 

「なんでしょうかヘスティア様」

 

 神妙そうな顔になり、腕を組んでその大きなものを意図せず強調しているがそれは無自覚のことで、一つ頷くと、覇気の(こも)る語調でいう。

 

「寝る場所って、どうする?」

 

「「あっ」」

 

 私たちが居る教会地下隠し部屋、そこにあり眠れそうなのは、ダブルベットとソファの二つ。誰かが一人床で寝るか、ベットで二人寝るか、と言うことになる。

 普通に忘れていた。どこでも寝れる私にとって寝床は気にしたことがない。嫌はあるが良いは無いのだ。好ましいものはあるがな。

 

「神様はやっぱりベットですよね」

 

「異議無し」

 

「えぇェッ!? そんな簡単に譲っていいのかい!?」

 

 即決の私たちに思わず驚くヘスティア様。彼女とてソファや床でなど寝たくは無かったろうが、自分だけが独占して一番良いと自分は思っているベットを使うのは気が引けるのだろう。

 

「当たり前ですよ神様。神様は神様なんですから一番眠りやすい場所で眠るのは当たり前です!」

 

「そうですね。私も同意見です」

 

 というのは話をややこしくしないための上辺だけであって、私はそんなこと露ほどにも思っていないのだが。

 

「……そうかい。君たちは優しいね」

 

「いえ、本音を言ってしまえば私はベットが嫌い、と言う理由ですが」

 

「あはは、そこは隠しておいてくれるともう少し感動に浸れたかな……」

 

 実際そうなのだ。私は初めてベットで寝た時からベットが嫌いだ。

 あれは九年ほど前、好かれていた一つ下の村長の娘に呼ばれてその屋敷に泊まったことがあったのだが、そのときに()()()()()のがベットだった。

 ベットは確かに暖かいし、柔らかい。でも何故だろうか、私は硬い床の方がまだよかった。体に沿う感触は気持ち悪くて、その日ずっと眠れなかった。

 しかもその日は半ばトラウマじみている。そのことも相俟(あいま)って、ベット自体に好ましい印象を持っていないのだ。

 

「では、ベル。あなたはソファで寝てください。私は壁に寄りかかって寝ますから」

 

「えっ! でもシオン……」

 

「気にしなくていいですよ。私の身長ではそのソファに収まりきらないというだけですから」

 

 見たところ、横たわってベルがギリギリ納まるレベル。私では足がはみ出てしまう、寝(にく)いったらありゃしないだろう。

 

「う、うん。そういうことなら」

 

「では、おやすみなさい」

 

「え、もう寝るのかい!?」

 

「えぇ、明日から色々しますからね。休息は取れる時から取っておきたいのです」

 

 ヘスティア様は正直言えばもっと新しい家族と話したいのだろう。親睦を深め、もっと親しくなりたいとか思っていそうだ。

 だが、私はそれほどでもないし、別に努めて親しくなろうとは思わない。

 それに、疲れた。精神的に。人が多すぎるんだよこの街……

 

「そういうことかい。じゃあ、お休み、シオン君」

 

「おやすみなさい」

 

 挨拶を交わし、腰に帯びていた刀を外して、抱きながら壁へ(もた)れかかると、静かに、瞼を閉じた。

 雑音同様に声を潜めて話し出す二人の会話を聞きながら、意識は次第に遠のく。

 案外、寝付くのは早くなりそうだ。

 

 

 

 

 



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再会、それは偶然

  今回の一言
 シオン、チートキャラの予感

では、どうぞ


 

  一週間でしたことのざっくり説明。

鍛錬をした。

【ステイタス】についての情報を集めた。

神聖文字(ヒエログリフ)の読み方を憶えた

ダンジョンについて調べた。

モンスターの出現階層と攻撃方法を粗方憶えた。

ダンジョンの階層について調べ、憶えた。

ギルドでアドバイザーを紹介された。担当はミイシャさん。

アイズ・ヴァレンシュタインさんについて調べた。

 

 と、こんなところだ。

 

 そして今は、ベルと共にダンジョンに潜っている。私は初挑戦、現在一階層。まだモンスターはいない。

 

「ベル、今日まで数回潜ったようですがどうでしたか?」

 

「う~ん、まだ三階層までしか行ってないから断言はできないけど、シオンの方が強かった」

 

「はい?」

 

「いや、モンスターも強かったよ。でも、僕、シオンに一撃も当てたこと無かったでしょ? だけどモンスターには当たるから」

 

「そんな理由で判断されるとは……モンスター達も気の毒に。まぁ、実際に試してみますけど」

 

 そういうと同時にピキッと音がした。それはダンジョンの壁から、モンスターが生まれる前兆だ。

 壁が壊れ、出て来たのは三体、ダンジョン最弱モンスターであるゴブリンだ。

 此方に気づくと向かって来る。それを見てゆっくりと抜刀。

 飛びながら攻撃してきたゴブリンたちを一閃、魔石ごと断ち斬ってしまった。

 断末魔すら上がらない。横を素通りするゴブリンに力はなかった。

 

「しくじりました」

 

 そして、モンスターが灰へと変わる。魔石は一つも残らなかったがドロップアイテムが落ちていた。

 ドロップアイテムとは魔石以外にもう一つ換金できるものであり、モンスターの魔石を傷つけても落ちることがある。大抵はそのモンスターが落とす魔石より高価だ。因みにゴブリンの場合、ゴブリンの牙というもの。稀少とは言い難く、一般人でも入手ができるほどのモノで、換金しても少しマシくらいだ。

 

「あっけないですね」

 

 そう思うのも仕方のないことだ。こうも容易く斬れるとは、正直期待外れだ。

 用意していた小袋にドロップアイテムを仕舞ってベルの方を向くと、わなわな震えながら俯いていた。

 

「シオン……今の、力の何割」

 

 平坦な声で、そうとだけ訊かれる。 

 

「というと?」

 

「今の攻撃、どれくらい本気でやった」

 

「本気? いえ、力の一割も出してませんよ? ただ斬っただけです」

 

 何を馬鹿なことを、内心呟きながらも答える。

 それを言った途端、ベルの顔が青ざめた気がしたのは気のせいだろうか。

 ハハハッ、壊れたかのような失笑らしき声が届く。 

 

「シオン、これからは別行動にしよう。シオンはもっと下の階層に居るべきだよ」

 

「確かにそうですね。このあたりのモンスターでは手応えが無い。ですがベル。大丈夫ですか? 一人で」

 

「うん。だいじょうぶだよ。そこまで深く潜らないから」

 

「そ、そうですか。では、私は下の階層に行きます。またホームで会いましょう」

 

「うん」

 

 言えない。ベルの声が何故か怖かったなんて口が裂けても言えない……

 歩き立ち去る時に振り返ってみたが、その目は空虚、漏れ出る声がただ繰り返されるだけの笑い声。 

 何が原因なのかは、全くもって分からなかった。

 

   * * *

 

「よっ」

 

 私は今、ダンジョンの十階層と九階層を繋ぐルームに居た。いつもは十二階層あたりで戦うが、今は事情が異なった。

 仕方あるまい、十二階層で戦うよりも良い獲物がいるのだから。

 

「そいやっ」

 

 今私が戦っているのは牛頭人体のモンスター、ミノタウロスだ。

 本来、ミノタウロスは中層の十五階層から出現するはずなのだが、何故か居たためイレギュラーだと思い対処しているところ。

 ミノタウロスは推定Lv.2、だが正直、そこまで強くない。実際、相対しているのは全九体だが問題なく対処している。

 技も駆け引きも無い純粋な力だけの攻撃など、私には無意味だ。

 

 屠り続けていると、だが問題が起きた。

 五体ほど倒すと突如、ミノタウロス達が逃げ出したのだ。それも多数に分かれる通路へ。

 あぁ、逃げたか。そう嘆息するも束の間、思い出す。ベルが上層、この階層より上に居ることに。

 もし、ベルとミノタウロスが遭遇したら? 考えるまでもなかったことが体をすぐに動かした。

 全速力でミノタウロスを追いかける。だがミノタウロスは上へ上へと上がっていく。七階層あたりで一体倒しさらに上へ。

 そして、五階層についた。懸念が現実となる。

 ベルの叫び声が五階層で反響した。音の発信源を追って、助けに向かう。

 途切れることなく響く悲鳴を追って走っているうちに気づく。この先の道には一つ行き止まりがあることに。

 さらに速度を上げる。すると私の横に()()ぎった。

 思わず足を止めてしまった。過ぎった()()()に見覚えがあったからだ。

 いや、それは正確ではない。その風の主が随分と成長していた。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 そしてベルのまた違ったが絶叫が聞こえ、今度は()()()()が私の横を通る。血の臭い、ミノタウロスの血でも被ったのであろうベルだ。

 普通なら追いかけるだろうが私の足は逆の方向、ベルがいたほうに向かっていた。確かめたかったから、求めてしまうから。

 そして、見つけた。()()()、それはやはりアイズ・ヴァレンシュタインさんその人であった。

 随分と変わり、成長している彼女。横顔しかはっきりと見ていなかったが、見紛うことはない。あれほど神秘的な美少女など他に居ないだろうから。  

 私が近づくと彼女もこちらに気づいた。そして目が合う。

 待ちにも待った再会。一日千秋の想いで待ち続けたこの時。。八年前のお礼を言おうと、自然と前に出る足に従い近寄った瞬間――

 

――視界が歪んだ。同時に全身が熱くなり、胃の内側が暴れるかのような猛烈な吐き気。

 頭が突き刺されたように痛い。ただ苦しい、呼吸が辛い。吸う量と吐く量が釣り合ってない。

 八年前のあの時を思い出すが、それとは何処か根本的に違っている気がした。

 歪む視界の中、彼女も私と同じく苦しんでいた。証拠に膝で体を支え、片手で頭を押さえている。俯き顔は見えないが、あの顔が歪んでいると考えると別の所が苦しくなってしまう。今この状況が私の所為であるのならば。

 私は彼女よりも症状が酷かった。全身に力が入らず地面に倒れ、握っていた刀も握力が無くなったかのように握れない。視界の歪みも酷くなってきた。同時に全身の熱も増していく。

 そして何故か声も出ない。悶えて苦しみを誤魔化したくとも体が言うことを聞かない。

 だんだん意識も薄れてきた。感覚も無くなっていく。それだけは八年前とよく似ていた。

 でも、何故か今度も怖くは無かった。私はそれよりも再開の喜びに浸っているらしい。

 薄れゆく意識の中、今回も彼女のことを見ていた。

 朧気な視界の先で、驚きに染まった彼女の顔が最後の光景となる。

 理由は、知れない。

 

 



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反応、それは血

  今日の一言
 ソード・オラトリア一巻ネタバレ注意

では、どうぞ


 

 物語を読む声が聞こえた。優しく、透き通った、聞き覚えの無い声。

 でも、不思議と耳に馴染む。

 目の前には物語が絵描かれた本。頭上からはそれを読む声。

 不意に、物語を紡いでいた声が切れる。もう、名残惜しくも物語が終わっていた。

 

『この物語は好き?』

 

 その問いに私は(うなづ)く。そして聞き返す。すると女性も頷く。

 

『私も、あの人のおかげで幸せだから』

 

 笑む。とても美しいその顔。形容するのに相応しい言葉が見つからない。だが美しい。ただそれだけは言えた。

 でも、あの人とは誰だろう。わかるようでわからない。姿が浮かぶが(もや)のようなもので見えない。今すぐにでも知りたいのに、知れない。

 そしてまた微笑み、言う。

 

『あなたも素敵な相手()に会えるといいね』

 

 その言葉に何故か私は頷いていた。

 場面(シーン)が変わる。

 さっきまでとは異なり、薄暗く居心地の悪い雰囲気。あまり長居したくないと思わせる情景。

 怪物の吠声(ほえごえ)が響く。

 その声は残響し離れない。こびり付くように耳で残留する。

 空が見えない、周りは隘路(あいろ)で入り乱れている。ここが地下迷宮(ダンジョン)であることを理解する。

 そこで私は醜い怪物(モンスター)に襲われていた。

 反撃しようとする。だが思うように体が動かない。そこで気づいた。

 私は今、恐怖で涙を流していた。白く華奢(きゃしゃ)な体中にすり傷があり、服は汚れ、裂けてまでいる。

 そして何より、腰を抜かしていた。その場から動こうにも動けない。

 あり得ない。こんな無力であるはずがない。

 そんな私を露知らず、関係ないと言わんばかりに黒い影が近寄る。

 そこで私は無力だった。何もできない、非力なニンゲン。

 影が、歪な爪を振りかぶる。

 次に走ったのは私に迫る爪の光ではなく、綺麗で鋭い銀の光だった。見慣れたように思えてしまうその光、安堵(あんど)をどうしてか覚えている。

 私の前で怪物が崩れ落ち、代わりに青年が現れた。

 黒い襟巻に薄手の防具、銀の長剣。一目で強者だと理解させられる体つき。戦って勝てるか定かではない。

 普段なら警戒する、だが私はその青年に飛びついていた。

 彼は私を(とが)めることなく頭に手を乗せ、ぎこちない動作で、ただ優しく、私を撫でる。酷く嬉しい、何故かなんてわからない。

 彼を見上げると、心配させないようにか、無理をしているのがわかる不器用な笑みを浮かべる。

 そんな彼を見て一層強く抱き着いていた。

 甘えるような私に彼は言う。

 

『私は、お前の英雄になることはできないよ』

 

 既にお前の母親(お母さん)がいるから。そう続ける。

 私は青年の言っていることが理解できなかった。私に母親はいない。 

 そんな私の考えをなど気にしないかのように青年は続ける。

 

『いつか、お前だけの英雄にめぐり逢えるといいな』

 

 その言葉が合図のように、全ての光景が遠ざかっていった。

 

 

   * * *

 

 瞼をゆっくりと上げる。映る光景は記憶に無く、殺風景な光景。

 記憶に整理をつける。何度となる夢、その中でもあの夢は初めてであった。

 夢の中ではどうしてかわからないことも、覚めれば理解できるようになる。

 頭を振って、一つ嘆息。

 

「ここは……」

 

 体を起こし見渡す。ダンジョンに居たはずだが、私はベットの上に寝かされていた。

 ベットの横には愛刀の刀。着ている服は戦闘衣(バトル・クロス)ではなく、全体的に白い服。戦闘衣(バトル・クロス)はベットの横の小さな机の上に置かれた籠に入っていた。親切心からかは解らないが着替えさせられたのだろう。

 とりあえず、外へ出ようとベットから降り着替える。少し体が(だる)いが。

 必要な物を持ち、ドアを開けるとそこには数名の人が居た。私はこの人達を知っている。少し驚いて一歩引いてしまったのは仕方ない。

 

「お、目を覚ましたようだね」

 

 【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ 

 

「大丈夫か? 精神疲弊(マインド・ダウン)に陥ってたぞ」

 

 【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ

 

「立ってるということは大丈夫なんじゃろ」

 

 【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック

 

 【ロキ・ファミリア】のLv.6が揃っている。古参組の超有名人。普通はお目にかかる事すら困難で、こうして対面することなどあり得るのだろうか。

 それと

 

「大丈夫?」

 

 私の思い人、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。首を傾げているその姿は実に愛らしい――じゃない。

  

 どういうことだ、思い出せ。何が起きたらこうなる。

 確かダンジョンでミノタウロスを倒してて……逃げたのを追って……ベルが襲われているのを助けようとして……あ、そこでアイズ・ヴァレンシュタインさんと遇ったんだ。それでどうこの状況に直結するんだ……えぇっと――

 

「小僧、何とか言わんかい」

 

「あっ、すみません」

 

 って、小僧? ちょっと待てどういうことだ。

 私のこの容姿だ。誰が見たって女に見えるのは当たり前、だがしかし、男に見られるなどそうないことだ。多少なりとも警戒し、疑うのは仕方ない。

 

「私が男だと分かったんですか?」

 

「あはは、最初は女性かと思ってたんだけどね……着替えの時に、ね……」

 

 あぁ、なるほど。それなら強制的に理解させられるはずだ。見てしまったのなら仕方あるまいが…… 

 

「……お見苦しいものを見せてしまって申し訳ございません」

 

 流石に頭は下げてしまう。一人一人謝意を籠めて。

 余計な迷惑を掛けてしまった……どうお返ししたものやら。

 

「いや、気にすることは無い、気づけなかった僕たちが悪い、こちらこそ間違えて悪かったね。謝るよ」

 

「いえ、いいですよ。間違われることにはもう慣れましたから。それより、どういうことですか? それと、ここは何所ですか?」

 

 謝れたら立場がない。どれだけ人が良いのだか。

 いろいろ感謝はするべきなのだろうが、今はそれよりも、だ。

 

「ここは、バベルの三階、魔石換金所の隣の医療室だよ。あと、どういうことと言うと?」

 

「一介の駆け出し冒険者に過ぎない私の所に、何故、【ロキ・ファミリア】の幹部であるあなた方が居るのかの理由が聞きたい、ということです。【勇者】」

 

 あえて警戒を露わにして、嘘は吐かせないようにした。そんな人柄には見えないが念のためだ。

 

「フィンでいいよ。あと理由だけど、君に聞きたいことがあるんだ」

 

「なんでしょうか。答えられることなら答えますよ」

 

「ありがとう。じゃあ聞くけど、君は何だい?」

 

()、ではなく()、ですか。まるで私が人では無い……本当にそうじゃん……」

 

 あはは、思わず漏れる苦笑。確かに私は半ば人ではないのだ。あまり実感はわかないが、お祖父さんから伝えられていることが事実ならばそうなる。 

 

「やはりそうかい、改めて聞くよ、君は何だい?」

 

「【ロキ・ファミリア】の方々には教えても大丈夫ですね。私は精霊……いえ半精霊です。因みに言うと風属性のね」

 

 無為に言いふらしたりはしないだろうし、アイズ・ヴァレンシュタインさんになら知ってもらった方が良い。

 驚きに目を見開くのは見逃さなかった。だが、その理由を聞くまでには至らない。 

 

「そうか、だからアイズの血に強く反応したのか」

 

「反応?」

 

 聞き捨てならない単語に聞き覚えの無い単語が繋がり、首を傾げて聞き返す。理知的な双眸を正面に受け。だが慄くことはない。

 

「あぁ、君は精神疲弊(マインド・ダウン)になっただろう。それは精霊の血同士が反応した影響だ。そして、同属性となると強く反応してしまう。ただの反応だと生理的嫌悪だけらしいからな」

 

「あぁなるほど。あの異常な吐き気や熱はそれが原因ですか。ですが、どうして精神疲弊(マインド・ダウン)になったのが私だけなんですか?」

 

 どうやら【九魔姫】は彼女が精霊の血を持ち、且つ風属性であることを知っているらしい。何故かと言うところまではしらないが、今はそれ以上に気になる突っかかりをそのまま訊いた。

 

「それは私にもわからない、アイズは分かるか?」

 

「たぶん、わかる」

 

「説明できるか?」

 

「……その人は、今回の反応が初めてだと思うから、それが原因」

 

 そうも心配するのは何故か、とは思ったが。どうやら会話が苦手らしい。言葉を探しながら話している感じに見て取れた。

 

「なるほど、慣れですか」

 

「うん」

 

「と言うことは、慣れるまで私はアイズ・ヴァレンシュタインさんに会う度に精神疲弊(マインド・ダウン)になると……」

 

 この懸念通りならばかなり危うい。具体的に言うと私の精神に異常をきたしてしまうレベル。

 

「それは無い。私とは一度反応したから大丈夫。それとアイズでいい」

 

「わかりました。つまりこれからアイズさんと会っても大丈夫だと言うことですね」

 

「うん」

 

 よかった……毎回なっていたら彼女に私の剣技を見せることができなくなってしまうところだった。何よりもこれからも会うことを大丈夫だと肯定されたのがかなり嬉しい。というか本当に精神疲弊(マインド・ダウン)はもうごめんだ……ん、精神疲弊(マインド・ダウン)? あ―――

 

「――そういえば、動けない私をここまで運んでくれたのは誰なんですか?」

 

「あぁ、アイズだよ」

 

 目を向ける。こくんっ、と恥ずかしげもなく頷かれた。然も当たり前のことをしたと言うかのように。

 

「……そうですか、()()借りが出来てしまいました」

 

「また?」

 

「いえ、お気になさらず。ありがとうございましたアイズさん。それでは失礼します」

 

「うん。またね」

 

「はい」

 

 アイズさんへの借り、増えてしまった……いつになったら返せるのか……

 またね、とは非常に嬉しいお別れだ。次が楽しみでたまらない。

 気分よく、彼女たちに背を向けた。

 

 

   * * *

 

「なぁフィン、彼をどう思う?」

 

「うーん、そうだねぇ……親指の疼きが半端じゃないこともあるし、少し警戒するべき存在なのは確かかな」

 

「いい体つきだったしの、相当の実力者じゃわい。駆け出しと言っとったが、にわかに信じがたいの」

 

 彼が去った医療室前で古参組三人がそれぞれに意見を交わす。

 一人混ざっていない金髪の少女は、思案顔でいた。

 だがしかし、あっ、と思い至ったように声を漏らす。

 

「どうしたアイズ?」

 

「あの人の名前聞いてない……」

 

 残念そうに、しょんぼりしたのを彼女たちは珍しそうに見た。

  

 

 

 




書いて思ったけど、ガレス必要だったかな……?


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普通、それは異常

  今日の一言
 タグに主人公チートを加えようかな……

では、どうぞ


 外へ出ると、太陽がもう沈みかけていた。怠さがある程度抜けた体を動かしホームへと向かう。

 魔石の換金はバベルで済ませて来た。今回も運良くすんなりと済ませて。

 帰宅途中、じゃが丸くんのお店がまだ開いていたため五個ほど買った。勿論塩味。

 アツアツのじゃが丸くんを抱えたままホームに戻ると、階段の中途で鉢合わせたヘスティア様とベル。二人はとても深刻そうな顔をしていた。

 

「二人ともどうなされたのですか? 深刻そうな顔をして」

 

 気になり、聞いてみる。すると答えは言葉では無く、

 

「シオ~ン!」

「シオンく~ん!」

 

 泣きそうな顔になりながら飛びついてくると言う非常に面倒なスキンシップだった。後ろに下がり、避ける。すると二人とも階段に頭をぶつけて転げ落ちて行った。

 溜め息一つに下りて行くと、奥の壁に二人が張り付いていた。

 

「どうして避けるんだい! いつもより帰りが遅いから心配してたのに!」

 

「心配? 何に対してですか?」

 

「もちろん、シオン君の無事をだよ!」

 

 私が下りてきたことが分かると体勢を整え、ぷんすかと叫びかかってきた。

 頬の膨れ方が異常なのは彼女の特性だ。怒る時に頬を膨らませることも。

 

「無事? 上層程度で私は死にませんよ。それよりもベル、あなたの方が心配です。ミノタウロスに襲われたでしょう。血まみれでしたが、大丈夫ですか?」

 

 ヘスティア様の心配性は筋金入り、それはもはやされる側が溜め息を吐きたくなるほどだ。今も、首を傾げる程度しかその心配を理解してない。理解が及ばないほどの情とは、恐るべしヘスティア様。

 

「うん!あれ、ミノタウロスの血だから。僕は怪我してないよ」

 

 変わらず元気がいいベルが、しょうもない思考に陥る私を現実世界へ引き戻す。ふるふると小さく頭を振るって正気を取り戻し、無駄な憂いを溜め息と共に吐き出した。

 

「そうでしたか、よかったです。それと、夕飯は食べましたか? じゃが丸くんがありますよ、塩味で」

 

「お! さすがシオン君。でも、今日はね……ボクもじゃが丸くんをもらってきたんだよ! バイト先の店長がくれたんだ~」

 

「なら、今日はじゃが丸くんパーティーですね」

 

「そうだね! シオン君、今夜は君を寝かさないぜ……!」

 

 そう言いヘスティア様は決め顔をしている。ベルが苦笑いを浮かべていたが気にすることなくテーブルにじゃが丸くんを置き、ちゃっちゃと手を洗い終えるとソファに三人が座り、

 

「「「いただきます」」」

 

 ぎゅうぎゅう詰めに並んで、楽しくじゃが丸くんを味わった。

 因みに言うとヘスティア様が調達したじゃが丸くんも塩味だった。

 

――――――――

 

幼女食事中……少年食事中……

 

――――――――

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

「さあ、【ステイタス】を更新しよう! シオン君は初めてだね!」

 

 やけに調子が上がっている幼女が唐突に手を上げて叫ぶ。煩く思える甲高い声を我慢して、今日は素直に従うことにした。正直なところ、更新自体は案外楽しみにしていたりする。

 

「そうですね、半月でどれほど【経験値(エクセリア)】が貯まったか気になります。少し自信もありますし」

 

「そうかい。じゃあ本命は後、と言うことでベル君から!」

 

「はい!」

 

 ベルは早速上着を脱ぎ、ソファアに横たわる。その上にヘスティア様が乗った。

 もう見慣れた光景で、ベルも動揺しなくなっている。始めは酷い有様だったが、もうそんな馬鹿らしい姿は曝さないようだ。

 

「そういえばシオン。どうして今まで【ステイタス】の更新をしなかったの?」

 

「それはですね、私の元々高い【ステイタス】だと、上昇しにくいと思ったので、【経験値】をため込めばちゃんとした変化が出るかと思いまして」

 

「ふ~んそうなんだ」

 

 あ、その反応、どうでもいいと思っているな。なら聞くなよ本当に。

 

――――――――

 

只今更新中……只今会話中…

 

――――――――

 

「じゃ、じゃあ次はシオン君!」

 

――――――――

 

更新中……更新中…

 

――――――――

 

「お、終わったよ……」

 

「どうしたんですかヘスティア様、浮かない顔して」

 

「いや気にしないでおくれ、はいこれ、【ステイタス】。シオン君は神聖文字(ヒエログリフ)のままでよかったんだよね」

 

「はい」

 

 羊皮紙に写された複雑怪奇な象形文字、規則を理解していれば実は誰でも簡単に読めてしまう神聖文字(ヒエログリフ)の羅列でぎっしり埋められていた。

 だが読み進めるうちに、段々と頭が痛くなってくる。何も、文字が難しいからではない。

 

シオン・クラネル

 Lv.1

 力:I 82→G257

耐久:I 39→H103

器用:A873→S913

敏捷:B746→A860

魔力:D587→C629

 《魔法》

【エアリエル】

・付与魔法エンチャント

・風属性

・詠唱式【目覚めよ(テンペスト)

 《スキル》

剣心一体(スパーダ・ディアミス)

・剣、刀を持つことで発動

・敏捷と器用に高補正

一途(スタフェル)

・早熟する

・憧憬との繋がりがある限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果上昇

 

……絶対おかしい。自分が異常(イレギュラー)であることは理解していたが、ここまでとは。しかも、新しいスキルまである……アイズさんと再会したのが原因か? いやでも、他の人の【ステータス】の上昇具合を知らないからな……これが普通かもしれない。確認するか。

 

「ベル、少し【ステイタス】をみせていただけますか」

 

「う、うん。はい」

 

ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I 77→I 82

耐久:I 13→

器用:I 93→I 96

敏捷:H148→H172

魔力:I  0→

 《魔法》

【 】

 《スキル》

【————】

 

 私が貯めた【経験値】は初日から更新してない。つまりベルの上昇を初日の【ステイタス】から考えると、

『力が79,耐久が11器用が91敏捷が164魔力が0』→『トータル345』

それに対し私はトータル435

……意外と普通だった。今、心底安心している自分が居る。何故だろうか。

それにしてもベルに敏捷や器用の上昇が抜かれるとは……負けていられないな。

魔法やスキルは相変わらず発現――スキルの欄に消されたような跡があるな、もしかしなくても……

 

「ありがとうございました、ベル」

 

「気にしないで。それで、シオンは自信あったみたいだけど、どうだった?」

 

「丁度いいくらいですよ。普通です。それとヘスティア様」

 

「なっ、なんだい!?」

 

「おはなしがありますいますぐそとへでてください」

 

「シ、シオン君!? こ、ここじゃダメなのかぃ」

 

「イイカラハヤクデテクダサイ」

 

「わ、わかった…」

 

「では、ベル。盗み聞きはしないでくださいね」

 

「は、はいぃぃ!」

 

 若干怯えているような気がしたのは気のせいだろう。私は足早に出て行ったヘスティアを()()()()()()()()外へと向かう。

 階段を上りきるとそこには、極東発祥の座り方、正座をしたヘスティア様がいた。

 どうやら自覚があるらしい。

 

「さて、ヘスティア様。私の言いたいこと、わかりますか?」

 

 あくまで聞いているだけだ、決して他の感情など込めていない。決して。大事なことなので二回言おう。 

 

「さ、さぁ、なんのことかな~」

 

 白を切るつもりのようなので、少し、怒りを込めた目で、ヘスティア様を見る。少し、だ。流石にこれで――とは思ったが、コレでも尚しらばっくれる。

 このままだと永遠に続くだけで、もう率直に聞くことにした。

 

「どうしてスキルを隠したんですか。手元が狂ったとほざいた時点で確定したことだが、主神がやる事じゃないだろ」

 

「あはは、やっぱりシオン君には気づかれたか……」

 

「あたりまえです。さあ、理由を答えてください。あるのでしょう、私が納得するくらいの理由が」

 

 苦い顔をして詰まったように見えたが……気にし過ぎか、神経質になっているのだろう。少しは許容できる寛容なニンゲンにならないと。

 

「あ、あるさ。理由は二つ、一つ目は、レアスキルだったということ。名前は【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】」

 

「それを言うなら私のスキルも両方レアスキルですが」

 

「それは理由の二つ目の理由にある。シオン君、ベル君が嘘が下手なのは知っているだろう」

 

「そうですね。昔から下手でした。根っからの善人ですから、嘘に罪悪感などを感じてしまうのでしょう」

 

 お菓子をつまみ食いしたときも、大人に黙って森へ遊びに行った時も、いつだってその証言はベルからとれていた。まぁ、皆ベルの性格を理解していたから、どうこう責め立てることも無かったけれど。

 

「そうだね。だから、ベル君がスキルについて言い寄られたら、多分ばれてしまう。そうすると娯楽に飢えた神々が絶対ちょっかいをかけてくる。でも、ベル君がスキルについて知らなければ、言い寄られてもばれることは無い。その点シオン君はしっかり嘘が付けるからね、隠す必要が無いんだ」

 

 納得はできるが、その言い方だと私がまるで人を騙すことになれている、とでも言いたいような気がするぞ。

 

「そういうことですか。因みに【憧憬一途】の効果は」

 

「……早熟する。懸想(おもい)が続く限り効果が持続し、懸想(おもい)の丈で効果が向上するっていうものさ」

 

「そうですか。私の【一途(スタフェル)】とあまり変わらないのですね」

 

「はぁ~ベル君もだけど、君もほどほどだよ。Lv.1の時点でスキルが、しかもレアスキルが二つあるなんて、かなりどころか激レアなんだから」

 

「よかったですね、ヘスティア様はその激レアの主神ですよ。いずれ有名になりそうですね」

 

「それはいいことだけど、無理はしないでおくれよ」

 

「お断りします。無理をしないと剣技が磨けないので」

 

「うぅ~じゃあ、ほどほどにね」

 

「わかりました」

 

 譲れないことというのは必ずある。今の私にとって、剣を磨くこと、その道を進むことは生死にかかわるほど重要なことだ。

 

「では、戻りましょう。ベルも待ってます」

 

「うん。それと、なんであんなに怒ってたんだい?」

 

「それは、冒険者にとって、己の把握は大切なことだからです。知らずに死なれたら困りますので」

 

「それもそうだね。君の意見はもっともだ」

 

 こちらの言い分もしっかり理解してくれたらしい。

 のんきな会話をしながら、ベルの待つ地下室へと戻っていった。

 

 

 



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酒、それはトリガー

  今日の一言。
 書いている私がシオンの性格を理解できなくなりそうです…

では、どうぞ


 ヘスティア様との『おはなし』の後結局スキルについては秘密にすることになり、ベルは何も知らないままだ。

 そして今日は久しぶりにベルと共にダンジョンに潜ることにしていた。待ち合わせ場所は二階層始めのルーム。

 早朝鍛錬後、敏捷のトレーニングついでに全力ノンストップでここまで来た所為か、少し疲れた。今は壁を壊し、朝食&休憩中だ。

 そして、修復され、壊す、その作業を十分ほど繰り返すとベルがやってきた。

 

「おはようございます。ベル」

 

「うん。おはようシオン」

 

「今日は何階層まで潜るんですか?」

 

「五階層くらいかな。けどその前にご飯食べていい?」

 

「食べてなかったのですか。構いませんよ」

 

 それにしても、昨日()()不始末だったとは言え、昨日、五階層で死にかけたのに、よくもまぁその階層で潜っていられるものだ。その度胸には感心してしまう。

 壁を壊し、ベルの隣に座ると、ベルが荷物を入れたバックパックの中から、弁当を取り出した。それを包む風呂敷は見覚えが無いことから、ベルの物では無いことがわかる。

 

「ベル、それは誰から頂いたのですか?」

 

「う~ん。名前はわからないんだけど、綺麗な女の人」

 

「知らない人からもらったのですか…何か対価は要求されましたか?」

 

「されたよ。『夕食は是非当店で』って言われた」

 

「そうですか。よければ私も一緒していいですか?できればヘスティア様も」

 

「もちろん!あ、でもお金足りるかな…」

 

「安心してください。私とヘスティア様の分は私が払います、ベルは自分で払ってくださいね」

 

「がんばる」

 

「いい心がけです」

 

――――――――――

 

少年朝食中…朝食中…

 

――――――――――

 

「ごちそうさまでした」

 

「では行きましょうか。今回はベルの成長を見るために来たので援護しかしませんよ」

 

「え…」

 

「いつもソロでしょうから殆ど変わりないでしょう。さ、行きますよ」

 

「わかった…」

 

 今日の目的は、ベルの観察だ。さて、どれほどかな。

 

 

   * * *

 

  観察によるベルの情報。

 武器は短刀(ナイフ)一撃離脱(ヒット&アウェイ)型で最も高い敏捷を利用した戦い方。

 攻撃を受け流す事も無く、型も技も駆け引きも無い。言ってしまえばただ殺しているだけ。

 基本逆手で短刀(ナイフ)を持ち、状況に合わせて持ち替え、刺突もする。

 モンスターとは戦えているが、無駄が多く、体力の持ちが悪くなる戦い方だ。

 それからいえること。ベルは、完全な素人と言うことだ。

 因みに言うと、偶に愛を叫びながら戦闘している。 

   情報おわり。

 

 酷いまとめだが私はこれが限界だ。

 観察は得意だがそれを言葉にすることが苦手なので、仕方ないと諦めている。

 

 そして現在ベルの【ステイタス】の更新中だ。

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】の効果がどれほどのものなのか少し興味がある。  

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

【ステイタス】の値を映した羊皮紙を見て突然ベルが叫んだ。

何かと思いベルの持っていた羊皮紙を見て思わず出てきそうになった叫び声を堪える。

 

ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I 82→H120

耐久:I 13→I 42

器用:I 96→H139

敏捷:H172→G225

魔力:I  0→

 《魔法》

【 】

 《スキル》

【————】

 

トータル160オーバー

 まじですか…【憧憬一途】恐るべし…これは本当に口外したらいけない。

 どうしてか頭痛がして、顳顬(こめかみ)を押さえているとヘスティア様が突然立ち上がり

 

「知るもんかっ」

 

 ぷいっ、と頬を膨らませ、ベルからそっぽを向く。

 ヤダ可愛い。そう思った私は悪くない。そして浮気でもない。断じて。

 そしてクローゼットへと向かい服を取り出しながら怒り気味の声音で吐き捨てるように言う。

 

「ボクはバイト先の打ち上げがあるから、それに行ってくる。君たちもたまには()()で羽を伸ばして、()()()豪華な食事でもしてくればいいさっ」

 

 そう言い残し、特注品の外套(コート)を羽織って、地下室から姿を消した。

 というか、二人で食べるのなら、寂しく食事をすることは無いと思うのだが。

 それより、

 

「ベル、どうしてヘスティア様は正常な判断ができない程怒っていたんですか?二人なのに寂しいと言っていましたよ」

 

「わかんない。【ステイタス】の上昇について聞いてたらいきなり怒って…」

 

 あーなるほど。【憧憬一途】か。懸想(おもい)の丈により効果向上ってところに秘密があるなんて言えないだろうし、ましてやヘスティア様はベルのことを好いているように見えるしな。どんまいヘスティア様。

 

「ベル、一つ言えることは、それは地雷になった。ということです」

 

「踏まないように気をつけます…」

 

「それでいいです。ではベル。豪華な食事にでも行きますか」

 

「え?あ、そうだった。神様は来なくなっちゃったけど、いこうか」

 

「ええ、因みに何て名前の店なんですか?」

 

「知らない」

 

「は?」

 

  

   * * *

 

 店の名前を憶えてなかった間抜けな我が弟ベルは、どうやら場所は覚えていたらしく、辿り着くことができた。名前は『豊饒の女主人』。『穣』ではなく『饒』とするところが飲食店らしいな。

 

「冒険者さん!」

 

 そう言いこちらにやってきたのはウエイトレスの服を着た、鈍色の髪の少女。

 

「来てくれたんですね」

 

「はい」

 

「自己紹介がまだでしたね、私、シル・フローヴァです」

 

「僕はベル・クラネルです。そしてこちらが」

 

 そう言いながら私に自己紹介を促してきたので答えようと口を開くと

 

「ベルさん、彼女がいたんですか」

 

 さっきまでとは比べ物にならない位低く、暗い声でそう言った。そういう彼女の顔は嫉妬と嫌悪が滲み出ていた。性別を間違えられたことは何度もあったが、彼女と間違われたのは初めてだ。

 

「ち、違います!この人は僕の兄です!」

 

「どうも、シル・フローヴァさん。シオン・クラネルです。ベル・クラネルの兄ですよ」

 

「そ、そうなんですか!失礼しました!ベルさんのお兄さんだとは知らずに!うぅ~…」

 

 ?…あぁ、そういうことか。なら少し

 

「あはは、気にしないでください将来の義妹(マイ・シスター)。この無礼は借りとしてベルに返してもらえればいいので」

 

「どういうこと?」

 

 意味が理解できず、首を傾げているベルに対し、

 

「な、ななななにいってるんですかぁぁっ!!」

 

 シルさんは顔を真っ赤にしていた。見た目は魔女っ娘だったが普通に恥ずかしいこともあるのか。

 …何でだろうか、いじりたくなってきた

 

「嫌ですか?そうでしたかぁ~残念です。なら他の…」

 

「それはだめです!」

 

「なにが駄目なのですか?できれば詳しく『ベルに』いってくれませんかね~」

 

 わざとらしく『ベルに』を強調したが効果はいかほどか。

 シルさんは真っ赤。効果は抜群のようだ。追撃しようと口を開く、

 

「あの、そろそろそこから避けて頂けませんか。他の方々の邪魔になるので」

 

 そして、声が割り込んできた。それは()()聞いた声に引けを取らない美しい声、若干怒気が含まれているがそれがわかる。声の発生源を見るとそれが納得できた。その声を発したのはエルフの女性だった。

 この店の制服であろうその緑色の服がとても似合っており、彼女のためにここの制服が緑なのではないかと思わせるほどだ。

 でも、何故だろうか、彼女のことを『綺麗』と思うことができない。どうしてだ?

 

「…オン…シオン!」

 

「…ッ…どうかしましたか?ベル」

 

「刀…」

 

「刀?」

 

 何のことかと思い、腰の刀を見ると、私は柄に手を添え鞘を掴み、抜刀の姿勢を取っていた。

 

「おっと、申し訳ございません。無意識でした」

 

「無意識でそのようなことはやめて頂きたい。この店の人たちは()()()()()に敏感だ」

 

「そういう…なるほど、以後気をつけておきます」

 

「そうしてください。では、どうぞ中へ」

 

 中に入り、私とベルは端のカウンター席に案内された。

 ベルが私の左隣に座り、刀は外し、右側に倒れないように掛ける。

 

「あんたらがシルのお客さんかい?冒険者の癖に可愛い顔してるねえ!」

 

「「ほっといてください」」

 

 反射的に反論した相手は、ドワーフの女将さん。

 

「何でもアタシ達に悲鳴を上げさせるほど大食漢なんだそうじゃないか!じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってくれよぉ!」

 

「⁉」

 

「ベル?大食漢だったんですか?初耳です」

 

「僕もだよ!いつからそうなったのさ!」

 

 その瞬間、ベルがシルさんの方を向く

 

「……えへへ」

 

 なにこれ可愛い、けどこれは罠だな。

 

「えへへ、じゃねー⁉」

 

「見事に嵌りましたね、ベル。それで、どうしてこうなったんですか?」

 

「その、ミアお母さんに知り合った方をお呼びしたいから、たっくさん振る舞ってあげて、と伝えたら……尾鰭がついてあんな話になってしまって」

 

「絶対に故意じゃないですか⁉」

 

「私、応援してますからっ」

 

「私はシルさんを応援してますよ」

 

「ちょっとシオンさん!」

 

「シルさん⁉ シオンと言い合いしてないでまずは誤解を解いてよ!」

 

 ベルはなにを躍起になっているんだろうか?

 

「絶対大食いなんてしませんよ⁉ただでさえうちの【ファミリア】は貧乏なんですから!」

 

 あぁそういうことか。心配性だな~ベルは

 

「安心してください」

 

「なにを⁉」

 

「幸い、まだ私の懐が暖かいですし、中層にサポーターを二人ほど連れて本気で潜れば、貧乏生活も脱却できると思うので」

 

「それじゃあ問題ないですね」

 

「問題あるよね⁉」

 

「まだ中層に潜る気はありませんけど」

 

「だめじゃん!!」

 

「まぁまぁ落ち着いてください。シルさん、私には魚料理とそれに合うお酒をお願いします」

 

「はい、わかりました」

 

「ベルはとりあえず女将さんが出してくるであろうもの食べてください」

 

「え?僕まだ何も」

 

「はいよ!」

 

 ベルの言葉を遮るように出て来たのは、女将さんの声と大盛りの料理であった。それが出された瞬間に言葉で表せないような悲鳴がベルから聞こえた気がしたが、女将さんはそんなの関係なしと言わんばかりにまた次のものを持ってくる。

 

「シオンさん。魚料理は本日のおススメ、それに合うお酒も持ってきました」

 

「ありがとうございます、シルさん」

 

「ねぇシオン。お酒なんて飲んだことあったっけ?」

 

「無いですよ。これが初めてです」

 

「ふ~ん。大丈夫なの?」

 

「わかりません。ですけど、飲んでみればわかります。ではベル、乾杯でもしましょう」

 

「乾杯?なんかいいことあったっけ?」

 

「私たちの冒険者になった記念です。していなかったでしょう?だからそれについてです。それと今度、【ヘスティア・ファミリア】結成記念もしましょうね」

 

「そうだね。じゃあ冒険者になった記念に、乾杯」

 

「乾杯」

 

 そういい、私たちが乾杯したのは醸造酒(エール)。ベルが赤色で私が白色のものだ。

 お酒は詳しくないが、おいしいと思えた。さらに魚と一緒に飲み込むとまた味わい深い。

 ベルの方にさらに料理が追加されて青ざめていたが、そんなのは気にしなかった。

 

「楽しんでますか?」

 

 シルさんがこちらにやって来ながら問うて来るが相手はベルに任せるとしよう。

 そう決め黙々と食べ、飲む。さらに追加、食べ、飲む。次第に思考回路が落ちていく。

 ベルのことを大食漢と言っていたが、意外と私がそうなのかもしれない。

 そうして食べていると、体に電気が走るような感覚を覚える。一時的に手が止まり、

 

「ニャ~。ご予約のお客様、ご来店ニャ」

 

 猫人(キャット・ピープル)の少女が大声を出し、【ロキ・ファミリア】の有名所が店内に入って来た。

 

 

 




 シルさんの自己紹介について。
シルさんが自己紹介をするタイミングは原作とアニメで異なっています。
なので今回は自己紹介のタイミングをアニメに合わせました。
 
UA一万突破!やっとだ…


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緒、それは斬ってはいけぬもの

  今回の一言
 初のベル視点!

では、どうぞ


 (Side Bell)

 

 心臓がとび跳ねた。

 その原因は今入って来た種族が統一されてないが全員が実力者だと分かる集団、その中に居た。

 視界に飛び込んできた砂金のごとき輝きを帯びたシオンの髪の一部と同じ色をした金の髪。

 瞳はシオンの左目―――――普段は隠している―――――と限りなく似ていて、透明で澄んでいるが、大きく際立っている所為かシオンとは、全く違う印象を与える。

 さらに、触れれば壊れる、そう思ってしまうほど儚く、細い、手足や体の輪郭、精密な人形などと思う人もいるかもしれないが、御伽噺に出てくる精霊や妖精といったものの方が合っていると思わせる。

 整った眉を微動だにせず、無表情に近い静かな表情で落ち着きを払った美少女。

 それは、僕の思い人、アイズ・ヴァレンシュタインさん。

 酒場の他の人たちからも様々な意見が聞こえてくる。その中には畏怖の声も含まれていた。

 

 憧れている人との再会、まさかこんなに早くできるとは思わなかった。

 

 どうする?昨日のお礼を言う?…いやいや、こんなところでは晒し者にされるだけだ。そもそも行ったところでどうすんだよ。何もできないだろうが。冷静になれ、僕なんて少し助けてもらえたくらいで、赤の他人に近いんだ。

 でもどうすれば………よし決めた!

 現状維持!様子を見よう!だって何もできないし!

 どうなっているかはわからないが絶対変になっているであろう顔をカウンターに突っ伏し、あちらの動向を窺う。幸いシオンがいい隠れ場となり、暗殺者のように身を潜めていた。

 奇行なことをしている僕にシルさんが声を掛けて来るけど、構っている余裕はない。

 

 【ロキ・ファミリア】の人たちは、予約していたのか、ぽっかりと空いた席に座っていった。

 全員座ったところでジョッキを持ち、僕に背中を見せている人が立ち上がり、乾杯の挨拶。どうやら遠征の祝賀会らしい。乾杯を終え、食事をとり始めた。そういえば自分も食べ終わっていなかったことを思い出し、残っていた物に手を付ける。それでも見ることは()めない。

 

「【ロキ・ファミリア】はうちのお得意さんなんです。彼らの主神であるロキ様に、私達お店がいたく気に入られてしまって」

 

 誰が見ても分かるほど興味全開で【ロキ・ファミリア】を見ていた僕にシルさんが耳元で囁いてくれた。

 

「それ、本当ニャ?」

 

 と、今まで食事に夢中だったシオンがいきなり聞いて来た。そんなシオンにシルさんが少し驚いたが様子で首肯した。その時何故かカウンターの下で見えた拳と、変になっていた口調は気にしないでおこう。

 でも、いい情報を得られた。絶対忘れない。

 

 

 そして、【ロキ・ファミリア】の方々が入ってきて二十分程経った。

 その間も絶え間なくヴァレンシュタインさんを見ていたが食事はちゃんとしていた。僕はこれ以上は食べられないけど。

 でも、さっきからシオンの食べる速度と量が尋常じゃなかった…もう既に作っているミアと言う女将さんさえ驚くほどだ。どれくらいお金がかかるのだろうか…

 

「よっしゃあ!アイズ!そろそろあの話をみんなに聞かせてやれよ」

 

 そんな思考を巡らせているとヴァレンシュタインさんと向かい合わせに座っている狼人(ウェアウルフ)の青年が突然大声を出し、ジョッキをテーブルに叩きつけた。その音で、酒場の視線が獣人の青年に集まる。僕もそれにつられて青年に目を向けたる。青年を一言で言うと格好良い。同性の僕からでも分かるくらいだ。顔は美形、シオンほどではないがその代わり男らしさを漂わせていた。

 

「あの話?」

 

 そんな青年に対し、ヴァレンシュタインさんは何のことかわからないのか首を傾げていた。カワイイ…

 それを見て、青年は思い出させるように続ける。

 

「あれだって、帰る途中で何体か逃がしたミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ⁉そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

 

 瞬間、全身が凍ったように感じた。思考は止まる。でも反対に、心臓の刻む音は速さを増す。

 

「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に行きやがってよっ、俺たちが泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ~」 

 

 でも、声はしっかりと耳に入ってくる。嫌になる程鮮明に。

 

「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しのひょろくせえ冒険者(ガキ)が!」

 

 その言葉で思考停止が終わる。できるなら止まっていてほしかった。だってわかるから。

――――言われているのが、僕だって。

 

「抱腹もんだったぜ、兎みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ!可哀相なくらい震え上がっちまって、顔を引きつらせてやんの」

 

 今度は正反対、全身が燃え上がるように熱くなった。体の奥底の芯から燃やされるように、熱い。

 これは、なんだ……そんなこと、言うまでもないくらいわかっている。

 

「アイズが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」

 

 歯を食いしばる、でも歯は噛み合わない。酷使して普通なら感じるであろう顎や歯の痛みは全く感じられなかった。それよりも強い感情が僕を支配しているから。

 それは、怒りだ。誰でもない自分に向けた。 

 

「それでそいつ、あのくっせー牛の血全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹痛えぇ……」

 

 さらに怒りが増していく、無論自分に対しての。

 わかっているから、自分が弱いのを、笑われてしまうくらいに。

 

「アイズ、あれ狙ったんだよな?そーだよな?頼むからそう言ってくれ……!」

 

 怒りが増え、そんな中で見る。獣人の青年は笑いを堪え、ヴァレンシュタインさんは眉をひそめていた。他のメンバーは失笑し、部外者の冒険者達は笑いを噛み殺すためか、手で口を押えていた。

 

「それにだぜ?そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまってっ……ぶくくっ!うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」

 

 その言葉で失笑していた他のメンバーのうち数名が吹き出し、笑い出した。その反応にヴァレンシュタインさんが顔を伏せる。

 それを見て、彼女を見てられず、僕も顔を伏せてしまった。

 悪いのは僕だ、助けてもらったのに礼も言わず、逃げた。そのせいで迷惑をかけている。

 なんて僕は愚かなんだ。今更ながら、そう思った。

 誰かがそんな僕に声を掛け気がしたが、なんて言ってるかなんてわからなかった。

 そして彼らがまたにわかに騒ぎ出す。

 そんな中僕は下を向くことしかできなかった。

 そして、見た。

 シオンの左手から、ポツ、ポツ、と何かが垂れ、床に落ちていた。

 カウンターの下だから影のせいで見えにくく、何が垂れているかわからない。

 そしてその手が僕に迫り、肩に置かれた。

 その手を目で追って気づいた。

 シオンの(てのひら)から血が出ていた。その血で僕の右肩が赤色に染まっていく。

 垂れていたのは、シオンの、血、だった。

 

「シ、オン?」

 

 思わず困惑してしまう。どうしてシオンがそうなっているのかわからない。

 

「しかしまぁ、久々にあんな情けねぇヤツを目にしちまって、胸糞悪くなったな。野郎のくせに、泣くわ泣くわ」

 

 困惑の中、追撃された。また自分に怒りが込み上がってきそうになるが、肩に感じた少しの痛みで我に返る。

 

「黙ってろ、ファミリア間でも問題をおこしたかねぇ」

 

 そう言われた。そして気づく。シオンの口調が、聞き覚えはあるが、もう聞きたくないと思っていた口調に変わっていた。

 シオンがこの乱暴な口調に変わるとき、それは怒っている証拠だ、しかも心の底から本気で。

 昔、村で年上の人たちが年下の子を苛めていたときがあった。それに気づいたシオンが本気で怒り、苛めていた人たちを木刀で半殺しまで追い込んでいた。その際の口調がとてもシオンとは思えない程乱暴だった。

 それと今の口調が同じ、つまり本気で怒っているということ。

 

「ほんとざまぁねえよな。ったく、泣き喚くくらいだったら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なぁアイズ?」

 

 その言葉は心を削いでいく。でも耐える。そうしないと、多分シオンが爆発する。それだけは止めなければいけない。  

 

「ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」

 

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。巻き込んでしまった少年に謝罪することはあれ、酒の(さかな)にする権利などない。恥を知れ」

 

 これで収まってくれるといいんだけど…

 

「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねえヤツを擁護して何になるってんだ?それはてめぇの失敗をてめぇで誤魔化すための、唯の自己満足だろ?ゴミをゴミと言って何が悪い」

 

 やばい、シオンの手にさらに力が入ってる…

 

「これやめえ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

 

 お願いします!これで止まって!じゃないとヤバい!

 

「アイズはどう思うよ?自分の前で震え上がっているだけの情けねえ野郎を。あれが俺たちと同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」

 

 止まってよ!本当に!ヤバいから!

 

「……あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」

 

 ちょっと心に来るところがあったけど、そんなこと気にしてる場合じゃない!

 

「何だよ、いい子ぶっちまって。……じゃあ、質問を変えるぜ?あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

 

 手が僕から離された。

 

「わりぃベル。言っときながら俺が我慢できねぇ」

 

「ま、まってシオン」

 

「シル、食事代だ。多分多く入ってっから迷惑料だと思え」

 

「え、でも迷惑なんて」

 

「だまれ、これからかけんだよ」

 

 ヤバイ、オワッタ。

 

「……私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」

 

「無様だな」

 

 そんな会話が聞こえてくるが正直、もうどうでもいい。

 シオンの鎮静、どうやろうかな…

 僕はもう、そちらの方に思考を使っていた。

 

「まぁ、やるだけやったら終わるかな。止められないし」

 

「と、止められない?ベルさん。それはどう言う…」

 

「すぐわかりますよ…残念ながら」

 

「え?」

 

「ベート避けろ!!」

 

 そんな叫び声が聞こえた。見るとシオンは剣を鞘に収めたまま、横に振っていた。鞘に収めていつもより遅くなっているにも関わらず、その軌道は、目で追えないほど速かった。

 ベートと呼ばれた獣人の青年は、それを椅子から落ちるようにして避けていた。さすがは【ロキ・ファミリア】の人だと感心する。

 

「てめぇ!なんのつもりだ!」

 

「なんのつもり?わかんねぇかなぁ~お強い第一級冒険者なら、さぞかしいいだろうその頭で考えてみろよ~。そ・れ・と・も、そんなのもわかんねぇくらい、頭が悪りぃのか?」

 

「アアッ⁉」

 

「あはは!苛立ってるぅ~もしかして、本当にわかんねぇの?はぁ~呆れた。第一級冒険者がみんな凄いわけじゃねぇんだな。戦闘ばっかしてるから、おつむがいっちゃってるのか?それとも、犬っころは知性が低いのかな?」

 

「誰が犬だゴラァ!」

 

「あ~うっさい。吠えんな駄犬。酒で頭に響くんだよ。あ、けど騒ぐことしかできないなら無理言うわけにもいかねぇか」

 

「あ?お前、喧嘩売ってんのか?上等だクソッタレが」

 

「いいの~?明日から外に出れなくなるかもしれね~よ~」

 

「はぁ?どういう意味だ」

 

「あぁそうだった。馬鹿な駄犬は理解力も低いのか。なら教えてあげんとな~」

 

「テメェェ」

 

「簡単だよ。ただ、心身共にズタボロにされて、何もできなくなるだけだから」

 

 あ、本気(マジ)でそうする気だ。

 

「クソが、死ね」

 

「止めろベート!!彼はまだ!!」

 

 叫び声の途中で青年(ベート)が消えた。そして、()から音が響く。

 

「「「「「「「え?」」」」」」」」

 

 





 あはは、会話のほとんどが原作のままです。


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戦闘、それは圧倒

  今日の一言
 やり過ぎた、かな?

では、どうぞ


 (Side Fin)

 

 普通ならこう思うだろう。()()()()()()()()()と。

 でも、現実は違う。彼はそこに居た。

 

「な、何が起こったんですか⁉」

 

 レフィーヤが今の一瞬を理解できないのか、質問してきた。それをアイズが答えてくれる。

 

「ベートさんが…()()()()()()()?」

 

「……それは…どういう…」

 

 やはり理解できないのだろう。正直、僕も理解が追い付いていない。見えただけだ。

 ベートが彼の顔面を殴ろうとしたら、彼が少し動き、ベートが別方向に向かって行った。 

 

「ロキ、少し外へ出る」

 

 断りを入れ外へと向かう。その時にはもう彼が外に居た。

 僕の後をアイズたちが出てきて、その後に酒場に居た冒険者が続々と出て来た。

 そして、問題のベートと彼は酒場から出て右前方に居た。

 彼はベートへまっすぐ向かい、ベートは壁を使いながら困惑した表情で立っていた。

 

「テメェ…何しやがった…」

 

 当然の疑問だ、ベートが()()()()()で壁に突っ込むとは思えない。なら、ベートは知らないうちに操られていた?でも精神支配系の魔法を駆け出し冒険者が使えるはずもないし、たとえ使えたとしてもLv.5のベートには効果が無いはずだ。

 

「ん?わかんなかった?本当に馬鹿なんだな~まぁ教えてやるよ。俺は親切だからな。単に受け流しただけ、お前が自分から壁に突っ込んでいったんだろ?自殺志願者も驚きの速度だったぞ」

 

 彼の言ったことに顔には出さなかったが内心、驚愕した。普通、Lv差のせいで攻撃が見えないし、そんなことにベートが気づかないはずもない。第一、()()()()()()()()()()()()

 

「受け流した……Lv.1がLv.5の攻撃を?」

 

 当然の疑問だろう。声に出したくなるリヴェリアの気持ちも分かる。

 

「「「「Lv.1⁉」」」」

 

 そんな疑問に驚いた表情を浮かべるティオネ達。

 

「リヴェリア様、何故あの人がLv.1だと知っているのですか?」

 

「いや、昨日少しばかり話してな、彼は自分を駆け出しと言っていた。だがどうやって…」

 

 恐らく、リヴェリアも彼が受け流した動作が見えていなかったのだろう。

 Lv.6の目でも捉えられない動き、彼は本当にただの半精霊なのか…

 

「あの人、すごい」

 

 そんな中アイズが賞賛の意を口にした。

 凄い?何故それが…

 

「アイズ、まさか、見えたのかい?」

 

「うん。少しだけ」

 

「彼は何をした?」

 

「本当に一瞬、私にはベートさんの肩と脇腹に柄、脚に鞘をあててるように見えた」

 

「それで受け流す事は?」

 

「できる、と思う。私には、無理」

 

「つまり彼はアイズより技術が上だと」

 

「たぶん」

 

 半精霊で、剣の技術はアイズより上…ますます彼が何なのかわからなくなってきた…

 

「そろそろ復活したかぁ?早くしろよ~痛めつけられんだろーが」

 

「チッ、舐めんな!」

 

 考えていると一時止まっていた戦いがまた始まった。今度のベートは本気に見える。さすがにそれでは死んでしまうと介入しようとしたら、

 

「うそ…」

 

 ティオナからそんな言葉が漏れた。見ると彼らは()()に戦っていた。

 

「あの人、目、開けてない」

 

 そして、それは事実だった。彼はベートを見ず、目を瞑ったまま戦っていた。対するベートはその所業に苛立ちを覚えたのか、さらに激しく数と力の暴力を振るい続ける。

 でも彼には一撃も当たらない、それどころか反撃していた。

 互角ではない。彼の方が優勢だったのだ。

 しかも、よく見ると彼は限られた動作しかしていない。

 蹴りはバランスを崩すように逸らす。

 拳は関節が動きにくいほうに逸らす。

 動きにくいように納刀したままの鞘を動こうとする方向に突き出す。

 そして、隙ができる度に鞘で叩く。

 そのうちのどれかをしているだけ、しかも彼は刀を抜いていない。さっき言った通り痛めつける気なのだ。

 そして数分が経ち、戦況が変わった。

 傾いたのではない、終わったのだ。

 ベートが全身痣だらけになり、膝をついた。数ヶ所骨折が見られる。

 

「うんだよ、根性ねーな、不完全燃焼なんだけど」

 

「クソッ…何で…あたんねぇ…」

 

「はぁ~お前も人のこと言えねぇくれぇの雑魚じゃねえか、本気も出してねぇ酔っ払いの駆け出し相手に、なんだ?このザマは」

 

「月さえ…出りゃ…」

 

「月かぁ?テメェはそれさえありゃぁ、全力が出せんのか?」

 

 ベートのスキル、【月下狼哮(ウールヴヘジン)】の事だろう。それだけベートは追い詰められてる。実際彼は全く疲れた様子を見せてない。

 

「あ~。不完全燃焼だしねぇ~いいか。もう少し痛めつけられんなら」

 

「あ?」

 

 彼は何をする気なんだ?

 

「【ロキ・ファミリア】の中で不壊属性(デュランダル)が付いた剣を持ってるやつ居るか~」

 

 不壊属性(デュランダル)?何のために…

 

不壊属性(デュランダル)?それならアイズが持ってるよ~」

 

「アイズさんが?そうか。ならアイズさん。それ、少し貸してもらえますか?」

 

「フィン、いいの?」

 

「……許可する」

 

 彼が何をするのか少し拝見しようか。

 

「ありがとうございます。アイズさん」

 

 口調が変わった気がするが気のせいか?

 

「うんじゃ、やるか、雲も少ないし、いけんだろ」

 

 雲?…まさか!

 

「止めろ!そんなことできる訳が!」

 

「少し黙ってろ、フィン・ディムナ。俺のやることが見たいんじゃないのか?」

 

「…気づいてたのか」

 

「だから黙ってろ」

 

「…わかった」

 

 そして彼がいつの間にかできていた人だかりの中に空いたスペースの中心へと行き、

 

「少し邪魔だ」

 

 そこにいる疲労したベートを容赦なく蹴り飛ばしてから剣を構える。

 自分の刀を腰に帯び、アイズの剣の切っ先を下にして上を見上げる。その先にあるのは空。

 彼が深呼吸をした。その瞬間彼の雰囲気が大きく変わる。そのせいか場が静まり返り

 

「【目覚めよ(テンペスト)】―――【エアリエル】」

 

 その()()()()()詠唱式と魔法名がよく聞こえた。

 だが驚く暇もなく、彼が空へと跳んだ。同時に突風が吹く。

 Lv.1ではあり得ない程の跳躍力で空を上り、止まる、そして叫んだ。

 

「吹き飛ばせ!【ブレイク・ストーム】!」

 

 それと同時に剣を振る。空中で自由が利かないはずなのに、彼の振るった剣は軌道が見えなかった。

 数秒後、彼が着地し、光が差した、上を見上げると月、本当にやったのだ。

 

「ありがとうございました、アイズさん」

 

 気づくと、彼がアイズに剣を返していた。

 

「さっきの魔法って…」

 

「そのうち教えますよ、では」

 

 そういい彼はベートの所へ向かった。既にベートにはスキルの条件を果たし、強化されている。

 

「さぁ、来いよ駄犬、躾けてやるよ」

 

「やれるもんならやってみろ。一発当ててぶっ倒してやる」

 

「そっちこそ、やれるならな」

 

 そう言い動き出す、だが。

 

「ちょっと待て」

 

 接近する寸前、彼が静止を呼びかける。素直にベートが従ったが

 

「なんだよ」

 

 当然の疑問を投げかける。

 

「…やばい、吐きそう…」

 

「「は?」」

 

 僕とベートは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 そもそも僕たちは酒場に居たのだ。そして食事をしていた。彼もそうだろう。

 その後に戦闘、胃に入れた物が出てきそうになってもおかしくない。

 しかも彼は空中であんなことまでしたんだ。ならない方がおかしい。

 

「少し…外す」

 

 そう言い、彼は裏路地に走って行く。人だかりは飛び越えていた。

 

「少し外す、ね。帰ってくるといいけど」

 

「あ、あの…」

 

 独り言を呟くと、誰かが話かけて来た。

 声からして少年。振り向き、見たときの印象は兎、話しかけて来たのはヒューマンの少年だ。

 

「どうかしたのかい?」

 

 戸惑っているようなのでこちらから質問を投げかける。

 

「これって…ファミリア同士での問題になったりしませんよね…」

 

「ん?君はもしかして彼と同じファミリアなのかい?」

 

「は、はい」

 

「因みに何所の?」

 

「ヘ、【ヘスティア・ファミリア】です」

 

「ふ~ん、聞いたことないファミリアだね。最近できたのかい?」

 

「はい。半月前にできました。まだまだ弱小です…」

 

「そうかい。あぁ、さっきの質問だけど、ならないと思うよ。多分ベートが悪いし。そちらが問題にしない限り大丈夫さ」

 

「よかったぁ~」

 

「はは、それで、君の名前は?」

 

「あ、ベル・クラネルです」

 

「じゃあさっきまで闘ってた彼は?」

 

「シオン・クラネル。僕の兄です」

 

「シオン・クラネルか…何故彼があそこまで強いか知ってるかい?」

 

「そうですね…本人に聞くと毎回『日々の鍛錬とお祖父さんと命の恩人のおかげですよ』って言われます」

 

「命の恩人?誰か分かるかい?」

 

「いえ、シオンはそこまで教えてくれませんでした…」

 

「そうかい」

 

 手がかりが掴めると思ったんだが、何か他にはないのか…

 

「フィン」

 

「どうしたアイズ」

 

「その子、ミノタウロスの…」

 

「…もしかしてこの子がベートの言っていた被害者かい?」

 

「たぶん」

 

「そうか、ベル・クラネル」

 

「ひゃっ、ひゃい!」

 

 顔が真っ赤だが…何かしたか?まぁいい。

 

「ミノタウロスの一件、こちらの不手際で危険な思いをさせてしまって、すまなかった。代表して謝罪する」

 

「い、いえ!そんな!僕が弱いのは事実ですし…」

 

「…もしかして、君も酒場に居たのか?」

 

「…はい」

 

「そうか…重ね重ね本当にすまない!団員が迷惑をかけた!」

 

「い、いえ!いいんです。それについては多分こちらの方が後々謝罪しなければいけなくなるので…」

 

「謝罪?どうしてだい?」

 

「多分ですけど、シオン。吐きそうにならなかったら本気で言った通りにしてましたよ…」

 

「言った通り?」

 

「『心身共にズタボロにされて、何もできなくなるだけだから』ってやつです」

 

「…あれ、本気で言ってたのかい?ただの挑発かと思ってたんだけど…」

 

「本気だったと思います。証拠に刀、抜きませんでしたし…」

 

「痛めつけるために?かな。でもそうしたら刀で切り刻んだ方がいいんじゃないかな。彼ならできただろう?」

 

「切り刻むかどうかと言うより、シオンは刀を抜いたら、ほとんどの場合、痛めつける前に、楽に殺す、と言う感じですから…」

 

「あはは、おっかないね」

 

 その後、【ロキ・ファミリア】の幹部全員と準幹部、そして、ロキとベル・クラネルで談笑を繰り広げた。幹部の大体はベートを叱っていたが、アイズとティオナは基本ベル・クラネルと一緒に居た。

 何十分か経ち、待つのに疲れたのか、さっきまでの観衆は無くなり、人だかりは消えていった。それでも僕たちは、豊饒の女主人の前で待機していた。

 

「それで、ベート。反省はしてるかい?」

 

 そして、現在は、僕がベートを叱っていた。知らないうちに順番性になっていて、何故か最後だ。

 

「してねぇ。というより、するつもりもねぇ」

 

「まあそうですよね、私が勝手にキレたんですからね」

 

「そう……お前、何時どっから来やがった…」

 

「今、屋根の上から飛び降りてきました」

 

 その途中、いつの間にかシオン・クラネルが僕の隣に座っていた。

 僕が気づけないって…彼は本当に理解できないよ…

 

「それより、フィンさん」

 

 何故かする頭痛に堪えながら、彼と向き合う。

 そんな彼が、いきなり跳んだ。何かと思い目で追うと空中で一回転、その後手刀を構え僕の方に突き出す。そして、綺麗に体を折りたたみ、何度か見たことのある姿勢になって、

 

「すみませんでした!!」

 

 大声で謝ってきた。しかも、最大級の反省の意を込めた土下座で。

 

「さっきの戦闘は八割方あの駄犬が悪いですが「アァッ⁉」残りの二割は私が悪いと思っています。しかも貴重な戦力である第一級冒険者をサラッと永久退職させようとしてましたし、吐きそうにならなければ本当にしていました。ですけど…その…ファミリア間での問題にはならないようにお願いしたく…」

 

 本当にやろうとしてたんだな…

 

「まあまあ落ち着いて、僕も問題にする気は無いから」

 

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 

「いや、気にすることないさ。それより、君たちはまだ続けるのかい?」

 

「あはは、できれば今日ではなくまた次の機会に回して欲しいのですが…」

 

「なんだよ、テメェ、ビビってんのか?」

 

「何を言ってるんですか、駄犬にビビるほど私は弱いつもりはありませんよ」

 

「フィン、こいつのこと一発殴っていいか?」

 

「当たるんですか?」

 

「当ててやる」

 

「ベート、君少し落ち着いた方がいいね」

 

「…チッ、気に入らねぇ」

 

「それとシオン・クラネル君、話があるんだけど」

 

「またですか?いいですけど」

 

「ありがとう。じゃあ少し待っていてくれ、人を呼んでくる」

 

()だけですよ」

 

 

 

 

 




 原作ではこの時アイズはデスペレートを【ゴブニュ・ファミリア】に整備に出していて持っていませんが、持っているのはあくまで自己設定です。
 因みに、デスペレートを整備に出したのはこれの翌朝です。
 


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誓、それは新たな繋がり

  今回の一言
 なんか強引な気がする…

では、どうぞ


 

 

 (Side Out)

 

 現在、豊饒の女主人二階。そこに数人と一柱が集まっていた。

 そこにいるのは、私。ベル。フィンさん。リヴェリア・リヨス・アールヴさん。ガレス・ランドロックさん。アイズさん。そして、神ロキ。

 そして何故か全員がベットの上に正座していた。本当に何でだろうか。

 さらに言うと、ベルは完全に空気に委縮してしまっている。

 もっと言うと、 

 

「私、人だけと言ったはずですが」

 

「まぁまぁええやないか、一人くらい増えとったって」

 

「一人じゃなくて一柱ですけどね」

 

 何故神が居る。

 フィンさんに視線を向けてみたが苦笑していた。どうやら本意ではなかったらしい。

 

「…もういいです、諦めます。それで、私に聞きたいこととは()()()()()でしょうか」

 

「何のこととは言わないんだね、わかってるみたいだから遠まわしに聞く必要もないか。じゃあ率直に聞くけど、さっきの()()は何だい?」

 

「技術ですよ、剣技です」

 

「それも気になってたけど、それとは別のことだよ」

 

「…はぁ~。魔法について聞きたいんですか?」

 

「そうだね」

 

「で。でも、フィンさん、【ステイタス】の詮索はマナー違反なんじゃ…」

 

 よく言ったベル。でももう少しはきはき言おうか。

 

「普通はそうだね。でも、今回はどうしてもね」

 

「どうしても?」

 

「フィンさん。それはもしかして、僕の魔法とアイズさんの魔法が同じだから、と言うことですか」

 

「君はアイズの魔法を知っているのかい?」

 

「予想ですけど、名前は【エアリアル】風属性の付与魔法(エンチャント)。合ってますか?」

 

 そう言った途端、ベル以外の全員が驚いた顔をした。同時に探るような目を向けられる。

 

「これは、アイズさんと()()()()で話した方が何かと都合がいいのですが」

 

「ふ、二人きり⁉」

 

「ベル、せっかくの機会なんですから邪魔しないでください」

 

「ず、ずるい…」

 

「それで、良いですか?」

 

「う~ん、どうしたものか…」

 

「因みに、私はアイズさんにしか話しませんよ」

 

「なら最初から決まってるじゃないか。仕方ない、ガレス、リヴェリア、ロキ、ベル・クラネル、外に出るよ。アイズ、終わったら呼んでくれ」

 

 フィンさんが指示を出すと皆素直に従った。さすが団長と感心しつつ、出ていくのを待つ。

 そして、今は、ベットの上で向かい合い、正座している。

 有象無象の輩なら、ここで襲って返り討ちに合っているだろうが、私はアイズさんにそんなことをする気は無いため、ドキがムネムネしているだけだ。

 

「さ、さて。どこから始めましょうか」

 

 なんか意味深な発言だ…

 

「魔法」

 

「それの経緯ですか?」

 

「うん」

 

「わかりました。ならまず、アイズさんに言わなければいけないことがあります」

 

「何?」

 

「ありがとうございました。助けて頂いて」

 

「どういたしまして?」

 

「はは、やっぱり困惑しますよね、ですから説明します。アイズさん。八年前、と言われて何か思いつくことは?」

 

「Lv.2になった」

 

「そういえば最速でランクアップしたんでしたね。では、それ以外のことは」

 

 そう言うと思案顔になり考え込む。

 

「では、少しづつ条件を絞りましょう。まず、村」

 

「村……」

 

 まだ思い出せないようだ。

 

「次に、森」

 

「森……」

 

 そして着々と絞っていく。

 

「モンスター」

 

「瀕死」

 

「輸血」

 

 そういった途端、表情が変わった。気づいたのかな?

 

「…もしかして、脚を斬られた、男の子?」

 

「あはは、思い出してくれましたか、ちょっと変な憶え方ですけど」

 

「ありがとうって、その時の?」

 

「はい。今まで言えなかったので」

 

「…全然違うね」

 

「何がですか?」

 

「外見」

 

「確かにそうですね。女性に近くなりました」

 

「わざと?」

 

「偶々です。それより、魔法の原因わかりましたよね」

 

 と思ったが、首をこくりと傾げられた。うん。

 

「かわいい」

 

「?」

 

「いえ、なんでもありません。じゃあ、説明しますね。アイズさんは八年前、私を助けてた時に輸血をしてくださいましたよね。そしてアイズさんの血は、精霊の血を含んでいた。さらにアイズさんは、精霊の力によって魔法を使えるようになっている。その力が部分的でも、私に受け継がれた。わかりましたか?」

 

「うん。だいたい」

 

「よかったです。私、説明が苦手なもので」

 

「ううん。わかったから大丈夫」

 

 それから、沈黙。話すことが無くなり、そうなるのは当たり前だ。

 

「ねぇ、君はどうしてそんなに強いの?」

 

 その空気を破るためか、それとも初めから気になっていたのかはわからない、だが唐突にそんなことを聞いて来た。

 

「強い?私が?」

 

 だがその質問の意味が理解できなかった。

 私は強い訳では無い、弱くないだけだ。

 

「うん。普通なら、酔っててもLV.5をLv.1が圧倒できるわけがない」

 

「そうでしょうね。普通なら、ですけど」

 

「どういうこと?」

 

「私、普通じゃないので」

 

「普通じゃない?」

 

「はい。いろいろありますけど、わかりやすいので言ってしまえば外見ですね。普通なら人の髪は何かしらの色の単色です。そして、眼も」

 

 そう言いながら、私はオラリオに来てから初めて左眼を見せた。 

 その眼を見て、アイズさんは驚きを隠せないようだ。

 

「ほら、普通じゃないでしょ?まぁ、これは血の影響ですけど」

 

「血の、影響?」

 

「ええ。精霊の血の影響で、少し体に変化が生まれたんですよ。よく見てください。この眼と髪、アイズさんにそっくりでしょう?。正確に言えば、精霊アリアの髪や眼に、ですけど」

 

「え…アリアをしってるの…」

 

「まぁ、私たちの元ですから」

 

「ねぇ、君はアリアについて何を知ってるの?」

 

 そう言ってきたアイズさんの顔は真剣だった。

 

「それも話しましょうか?条件付きですけど」

 

「条件?」

 

「私を名前で呼ぶことです」

 

「それでいいの?なら話してシオン」

 

「わ、わかりました」

 

 なんかとても心にクるものがあるんだが、まあいい。

 

「精霊アリア、英雄譚にも出てくる有名な風の精霊、そして、アイズさんのお母さん。十年以上前から行方不明となっているけど、オラリオ、いや、ダンジョンにいる可能性が高い。そして、まだ生きている」

 

 これは半分がお祖父さんから聞いたこと、もう半分が夢からの推測だ。

 

「そんなに…どうやって…」

 

「とある神から聞いたのですよ。少ししか教えてくれませんでしたけど」

 

「その神の場所は分かる?」

 

「消息不明、でも、天界には帰ってないでしょうね」

 

「そう…」

 

 それがわかるとアイズさんはとても悲しそうな顔をした。もしかして、まだ探してる?

 

「アイズさん。デリカシーに欠けることを聞きますが。アリアを探してるんですか?」

 

「…うん。ずっと前から探してる」

 

「今も?」

 

「うん」

 

「そうですか……なら、私も手伝いましょうか?」

 

「え?今なんて…」

 

「手伝いましょうか?と言いました」

 

「…どうして」

 

「う~ん、そうですね。理由は二つあります。聞きます?」

 

「うん」

 

 即答ですか…かなり恥ずかしいけど、いいか。

 

「一つ目は、アイズさんの笑顔を取り戻したいから」

 

「笑顔?」

 

「はい、夢で見たんですけど、アイズさん。アリアと一緒に居る時はとてもうれしそうに笑ってました。でも、アリアが居なくなってから、あなたの笑顔は消えました。私は、笑顔のアイズさんを見たいので、手伝います」

 

 あぁ…恥ずかしい、顔が真っ赤になりそうだ。抑えてるけど。

 

「そして二つ目が、挨拶をしたいから」

 

「挨拶…なんで?」

 

 もうこれは告白になるな。

 

「…だって、結婚したい相手の親が生きてるなら、挨拶するのがルールでしょう」

 

 あ、だめだ。抑えられない。

 そう思った瞬間正座を解き、枕へ思いっきりダイブしてしまった。

 いやだってさ、告白だよ?完全にそうだよね?恥ずかしくないわけないじゃん!

 

「え…結婚?」

 

 あぁぁぁ!そこだけ抜かないでぇぇぇ!死にたくなるぅぅぅ!

 

「シオンは…私と…結婚したいの?」

 

 あ、ダメダ、オワタ。でも一応首肯する。

 

「…そう…なんだ」

 

 ヤメテ、ソンナコエ、キキタクナイ。

 

「シオ…」

 

「待ってくださいそれ以上言わないでください死にたくなります」

 

 枕に顔を突っ込んだまま続ける。

 

「わかっています。私があなたに釣り合ってないのは、ですから、言わなくていいです。言うのはアリア探しの協力に対し、いいか悪いかだけでいいです」

 

「……わかった。お願い」

 

「え?」

 

 思わず変な声と顔を上げてしまう。アイズさんは心なしか頬が紅潮していた気がしたがそんなことより。

 

「本当にいいのですか?」

 

 私はそっちの方が気になった。断られると思っていたから。だって

 

「アイズさん。私は、私利私欲のために手伝おうとしてるんですよ」

 

「うん、わかってる」

 

「何か裏があるかもしれないんですよ?」

 

「そう、かもね」

 

「本当はただの危険人物かもしれないんですよ」

 

「どうなの、かな」

 

「そんな人に、大切な人の捜索の手助けをさせていいんですか?」

 

「うん、人は多いほうがいい、それに」

 

「それに?」

 

「…私と同じ力を持ってる人、少ないから」

 

「少ないというより、いないんじゃないですか?」

 

「ううん、シオンが居るから」

 

「そうですか……では、アイズさん。これからもよろしくお願いします」

 

「うん、よろしく」

 

 …だめだ、今、凄い幸せ。絶対顔がヤバイ

 そう思いベットに倒れこむと突如体に怠さが襲ってきた。

 

「…アイズさん、精神回復薬特効薬(マジック・ポーション)持ってませんか?」

 

「…ゴメン、持って無い」

 

「そうですか…」

 

 恐らく今なりかけているのは精神疲弊(マインド・ダウン)。そりゃそうなるだろう、さっき雲を吹き飛ばすために、風に精神力(マインド)をほとんど使ったのだ。

 昨日より怠い体を少し起こし、左目を布で隠す、

 

「そろそろフィンさんを呼んでは?」

 

「うん、呼んでくる」

 

 言った通り、廊下に出る、トタトタと音がし、一度消え今度は増えて戻ってくる。かなり多いような…気がするがまあいいや、体動かすの怠いし。

 そう思い、枕に顔を埋め、うつぶせになっていると

 

「ぐはッ」

 

 突然、背中に衝撃、顔をずらし、誰かと見ると、それはベル。

 

「シオン、どうだった?」

 

「とても楽しく幸せな一時が過ごせましたよ」

 

「ちょっと待ってシオン。なんで幸せになるの」

 

 そうベルが聞いてくると丁度良くアイズさんが入ってくる。よし、少し遊ぼう。

 

「アイズ、先程のことは秘密ですよ。魔法以外」

 

「なっ」

 

「うん。わかってるよシオン」

 

「…シ、シオン。何で…名前で…しかも呼び捨て…」

 

「知りたいですか?どうしましょうかね~まぁ、アイズが私を認めた、とだけ言っておきます」

 

「ず、ずるい…」

 

「ずるいと思うなら、とりあえず今よりは強くなってみましょう」

 

「……ごめんシオン、ダンジョン行ってくる」

 

「無茶せず装備を整えて行ってくださいね」

 

「わかってる…」

 

 う~ん、流石にやり過ぎた…かな?声死んでたし。

 ベルは、今部屋へ入って来た人と入れ替わるように出て行った。すれ違った人たちがすごいギョッとしてたけど。

 

「随分長かったね」

 

「ああフィンさん。いえ、アイズさんといろいろ…」

 

 説明しようとすると、何故かアイズさんが鞘で突いてきた。それ、私の刀の鞘なんですが…

 

「どうかしましたか?」

 

「名前…呼び捨てにしてない…」

 

「さっきからそうでしたが?」

 

「ううん、ベルが来た時呼び捨てにしてくれた」

 

「あ~あれはベルを揶揄うために…」

 

「だめ?」

 

 そう小首を傾げられた。

 

「わかりましたアイズ。これからは呼び捨てにします」

 

「うん」

 

 あれは卑怯、逆らえない…

 

「アイズさん!」

 

 私が先ほどのアイズの顔を脳内のアルバムに記録していると、甲高い声が響いた。

 

「なんでですか!なんで会って数時間の人とそんなに仲良くしてるんですか!」

 

 声の方を向くと、そこにはエルフの少女が、私に指をさしながらアイズに問いかけていた。どっかで見たことあるような…

 

「レフィーヤ、落ち着いて」

 

 レフィーヤ?…あぁ【千の妖精(サウザンド・エルフ)】か。確か、アイズを慕って…な・る・ほ・ど。面白いじゃないか。

 

「そうですよ、落ち着いたらどうですか【千の妖精】。人に指をさすなど、エルフのする所業ではありませんよ」

 

「あなたは黙っていてください!」

 

「お断りします」

 

「うぅ~」

 

 うん、やっぱり面白いわ、特に反応。

 

「あ、いいこと教えてあげましょうか?【千の妖精】」

 

「いいです!あと、レフィーヤでいいです!」

 

「そうですか…アイズのこと少しだけ教えてあげようと思ったのですが…拒否されたのなら別に教えなくてもいいですよね~」

 

「ぐぬぬ…」

 

 あはは、表情が多彩だな~

 

「そのあたりで終わらせてあげたら?」

 

 もう少し遊ぼうとしたら、フィンさんに止められた。わざわざ無視してまでやることでもないので、また今度にしよう。

 やることが無くなり、とりあえず部屋を見渡すと…なんでこんなに人いるの?

 まず酒場に居た【ロキ・ファミリア】と神ロキ、それにシルさんと、エルフのウエイトレスの人が居た。

 どうしてこうなった。

 

「って顔してるね」

 

 悟られたのか考えが読まれた。

 

「説明もらえます?」

 

「簡単になら」

 

「お願いします」

 

「ここにいる全員が君に聞きたいことがある」

 

「シルさんはベルについてですか?」

 

「なっ!なんでわかったんですか⁉」

 

「勘です。それとフィンさん。もちろん拒否権はあ…」

 

「無いね」

 

「あの、即答しないでもらえます?下さいよ、拒否権」

 

「本当はあげたいんだけどね…全員の目が本気なんだよ…」

 

 …本当にそうだった。特に駄犬。ていうかフィンさんまで本気じゃないですか。

 

「…アイズ、ちょっと私の刀を取ってもらえますか?」

 

「…?うん」

 

 疑問に思いながらもちゃんとやってくれる。いい子だなぁ~

 でも私のやろうとしていることは最悪。

 刀を持ち、ベットの()()()近いほうに降りる。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 そして、少し空いていたドアを風で開け、即ダッシュ、精神疲弊(マインド・ダウン)に近いからって魔法が使えないわけじゃない。

 逃がさんとばかりに、いろいろな攻撃が来たが、風で逸らし、同士討ち。

 出たらドアを出てすぐ閉める。風圧を使い、ドアを開けにくくするのを忘れない。

 一様謝礼として、千ヴァリス置いていき、一階から外へ。

 メインストリートでに出たら裏路地に入りホームに直行。尾行はおそらく無し。

 そして、ホームに着き一安心。それと同時に

 アイズを利用してしまった。と言う罪悪感と

 【ロキ・ファミリア】から逃げ切った!と言う達成感。

 それを感じながらも、隠し部屋へ行く。

 中に入るとヘスティア様が一人寂しくソファに居た。

 ベルのことを心配していたので、何かと思うとベルの防具がそこにあった。

 あいつ無茶したな。そう分かると、ベルが返って来そうな時間帯を予測しヘスティア様にその頃になったら外に出るように言って壁に寄りかかる。 

 するとあら不思議精神疲弊(マインド・ダウン)で即落ち。

 意識が途切れたのはそこだった。

 

 

 

 

 



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日常、それは後遺症

  今回の一言
 タグ、追加しました。

ではどうぞ


 

「って!もう寝てるし~!」

 

 声が聞こえ、目を開ける。瞼を上げるのも億劫になるくらい体が怠い。

 あぁ、昨日の精神疲弊(マインド・ダウン)の後遺症か…

 

 精神疲弊(マインド・ダウン)で体が受ける後遺症はその精神疲弊(マインド・ダウン)の度合いによる。

 最も軽い場合は、意識を保ったまま、数十分体が動かなくなるくらいで、最も酷い場合は

精神枯渇(マインド・ゼロ)』と言う、精神力、体力が極限まで酷使された状態で、軽く2,3日は意識を失う。

 

 恐らく、今は朝の六時頃。気絶していたのは八時間くらいだろうか。そうなると、中の下くらいの後遺症だ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 それより、今が六時頃となるとベルも帰ってきているはずだ。

 私は昨日、五時半頃にベルが帰ると予想してある。

 私の予想や勘は、地上の生物で最も神に近い精霊の血を持っているお陰か、中々鋭いものとなっているため、慢心しているわけではないが、自信を持って『そう』と言えるくらいのものだ。

 と、どうでも良い思考を巡らせながら視線を漂わせていると、ベットから飛び出ている下半身があった。服の色からベルだと分かる。

 何かと思い立ち上がると、眩暈と頭痛。危うく倒れかけたが、反射的に出した足で体を支え、堪える。

 そして見えたベットの上では、倒れているという形容が適切なベルと何とも形容しがたい格好のヘスティア様が居た。

 

「なんて格好してるんですか、ヘスティア様」

 

「あ、シオン君、起きたのかい」

 

 そういい、変な格好のまま、首だけ動かしこちらを向いてきた。動かし方が気持ち悪い…

 

「はい、おはようございます。それで、ベルはどれくらい無茶してました?」

 

「全身傷だらけで足取りも覚束ず意識もはっきりとしてなくて突っ込みも満足にできないくらいに無茶してたよ」

 

「おお、それはすごいですね。【ステイタス】もかなり上がったのではないですか?【憧憬一途(スキル)】の効果も合わせて。これは、そろそろ言い訳を考えた方が良いかもしれませんね」

 

「言い訳?何故だい?」

 

「考えてみてください。ベルは言ってしまえば農民出の戦闘素人です。特筆するものの無いベルが急成長しているんですよ。何かしら疑われます」

 

「そのための言い訳、と言うことかい」

 

「はい。まぁ、成長期とか才能があるとか言えば、本人は納得するでしょうけど」

 

「他は納得しない、か」

 

「そちらの言い訳は任せましたよ」

 

「任された!」

 

 元気良い返事と共に、気持ち悪い体勢から正座に変わる。やっと普通になった…

 ちょっとした解放感、それを邪魔するかのように頭痛と眩暈。また倒れそうになるが今度は根性で耐える。

 

「どうかしたのかい?シオン君」

 

 そんな私に疑問を覚えたのか心配するような声で聞いてくる。

 

「単に頭痛と眩暈がするだけです。原因は分かりませんが」

 

 まぁ、原因として精神疲弊(マインド・ダウン)が考えられるが、こんな後遺症は聞いたことが無いから原因は違うのだろう。

 

「…シオン君、昨日お酒は飲んだかい」

 

 と、何か確信に近い問いかけをしてきた。

 

「確かに飲みましたが…それがどうかしたんですか?」

 

「どれくらい」

 

醸造酒(エール)八杯程」

 

「飲みすぎだろ!ただの二日酔いじゃないか!心配した僕が損したよ!」

 

 正直に答えた私に大声で怒鳴ってきた。同時に先程より酷い頭痛。

 

「くぅぅ…」

 

 思わず変な声を上げてしまう。それくらい痛い。

 

「あ、ゴメンよシオン君。二日酔いなら響くよね…」

 

「二日酔いって……こんなになるんですか…」

 

 お酒飲んだこと無かったから知らなかったけど、飲み過ぎは良くないんだな…

 

「もしかして初めてなったのかい?」

 

「えぇ、お酒を飲んだのがそもそも昨日が初めてですから…」

 

 反省をしている私にヘスティア様は驚いた顔を浮かべ、一言。

 

「シオン君って、偶に後先考えないよね…」

 

 呆れ全開で顳顬(こめかみ)を押さえながら言ってきた。事実なので反論できない…

 

「と言うか、それで何ヴァリスかかったのかい?」

 

「さぁ。醸造酒(エール)だけの値段は分かりません」

 

「じゃあ昨日の夕食にどれくらいかかった?」

 

「確か十万ヴァリス払いました」

 

「…………」

 

「ヘスティア様?」

 

 返事が無い、唯の屍のようだ。神が屍なのはあり得ないけど。

 

「…な」

 

 お、反応あり。

 

「何を無駄使いしとるんじゃぁぁぁ!!」

 

「くぅぅぅ」

 

 痛い!響くから!ヤメテ!大声ダメ!絶対!

 

「ヘスティア様…響きます…痛いです…」

 

「あ、ゴメン」

 

「今後気を付けてください…」

 

「うん…じゃなくて!」

 

 この神、どうしてやろうか。

 

「…ヘスティア様、気を付けろと言ったはずですが」

 

「す、すまない、で、でもね、殺意を飛ばさないでほしいな…」

 

「こっちは毎度激痛がするんです、斬らないだけマシだと思ってください」

 

「シオン君、神は斬っちゃだめだよ、駄目だからね、一応言っとくよ?」

 

「馬鹿にしないでください。さすがに()()斬りませんよ。()()()は斬りますけど」

 

「いや、それもだめだから」

 

 と、突然声がした。ヘスティア様ではない。

 

「起きましたか、おはようです、ベル」

 

「うん、おはよう。戻ってたんだね」

 

「えぇ。何とか戻れました。一歩間違えば死んでましたけど」

 

「あはは、僕もそうかも」

   

「ベル君が死にかけたのは分かるけど、何でシオン君が死にかけるんだい?」

 

「あぁ、言ってませんでしたね。私昨日、【ロキ・ファミリア】の幹部たちから質問攻めにされそうだったので、逃げて来たんですよ。その際手加減無しの攻撃が来たので、逸らせなかったら死んでました」

 

「なにそれ聞いてない」

 

「ベルが行った後ですから」

 

「そういえば、喧嘩の理由も聞いてない」

 

 喧嘩?そんなものしてない気がするが…

 

「私、喧嘩なんてしました?」

 

「してたじゃん。ほら、狼人(ウェアウルフ)の人と」

 

 あぁあれか、でもあれは…

 

「ベル。勘違いしているようなので訂正しておきますが、あれは喧嘩ではなくただの躾けです」  

 

「…それはそれでどうなの…じゃあ、何で躾けたの?」

 

 どうなのと言っておきながらベルも躾けると言ってるんだが…それもどうなのだろうか

 

「まぁ、理由を言うと、家族を愚弄した駄犬を躾けようと思ったのが一つ。アイズを笑いものにしたのが一つ。あとは、血がビリビリして気持ち悪かったのでやったのが一つ。と言うところでしょうか」

 

 もっと言うと、駄犬がアイズに言い寄ったのがイラついたとかあるけど、そこは言わなくてもいいだろう。

 

「よくそんな理由で【ロキ・ファミリア】の人と戦えたね…」

 

「そんではありません。私にとっては十分すぎる理由です。それと戦ったのではなく躾けたんです。最後までできませんでしたけど」

 

「そこは譲らないんだ…」

 

「あ、あの~二人とも~僕を置いて行かないでほしいな~」

 

 あ、忘れてた。

 

「神様、疲れも取れたので、【ステイタス】の更新、お願いできますか?」

 

 お、期待度満点の更新。さてどれくらいの化け物数値かね~

 

「…よし、わかったよ。あとシオン君、何でニマニマしてるんだい?」

 

 おっと表情に出てたか。やはりポーカーフェイスは意識しないとできんな。

 

「まぁいいや。ベル君、上着脱いで」

 

――――――

 

少年更新中…更新中…

 

――――――

 

「「…………」」

 

「え?なに?なんで黙るの?」

 

 これはないだろ… 

 それが第一感想、神聖文字(ヒエログリフ)が解読できる私は直接背中の文字を読んでいたが、そう思うしかない結果だった。

 

ベル・クラネル

 Lv.1

 力:H120→G221

耐久:I 42→H101

器用:H139→G232

敏捷:G225→F313

魔力:G  0→

 《魔法》

【 】

 《スキル》

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する

懸想(おもい)が続く限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果向上

 

 

トータル340オーバー。

 確かベルが半月かけて上げたのがトータル345だったはず。

 それくらいの成長を一晩でするとなると……はは、負けてらんねぇ

 

「ヘスティア様、ちょっと鍛錬に行ってきます。何かあったら外に呼びに来てください」

 

「うん…わかった…」

 

「説明…頼みましたよ…」

 

「わかってる…」

 

 ははは、これはいつか追い越されるかもな…

 一抹の不安を抱えつつ、刀を持ち、外へ別の頭痛に堪えながら出た私であった。

 

 

 





今回みたいに何もない日常の物語の時は『日常』から始まります。


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第三振り。強者との出会い
懇願、それは武器


  今回の一言
 二つ名より、ランクアップについて考えてない…

では、どうぞ


「「すみませんでした!!」」

 

 只今、豊饒の女主人内、土下座謝罪中。

 何故かって?昨日の謝罪さ。暴れすぎたから。

 そして何故こうなっているかと言うと。

 

―――――――遡ること五時間。廃教会内

 私がベルに少しの対抗心を宿しながら、いつも以上に苛烈に鍛錬していると、地下室からツインテールロり巨乳が出て来た。

 何かあるのかと思い、鍛錬を中断。ヘスティア様の所に向かうと、何故か正座させられた。

 その後、一時間に亘るありがた~い神様の説教が始まった。

 内容をざっと言うと、店に謝りに行け、神に気を付けろ、これから2,3日留守にする、だ。

 留守にするのはどうやらヘスティア様の神友?である神ヘファイストスに武器を作ってくれと懇願しに行くらしい。ヘスティア様は私の分もお願いしに行くつもりらしかったので、遠慮しといたが。

 因みにいうと、この一時間、一度も大声を出していなかった。ありがたい。

 そして、その後は四時間ほど鍛錬して、ベルを呼んだ。

 その目的は、一緒に謝りに行くためだ。勿論ベルを連れて行くのにはしっかり意味がある。

 最悪、ベルをシルさんに引き渡して許してもらうためだ

 

―――――――そして、現在に至る。

 

「別にいいさ、あんたは昨日、しっかり迷惑料払っただろう。あれで十分だよ」

 

「ありがとうございます。因みに、昨日のお代はいくらだったんですか?」

 

「確か、八万ヴァリスくらいだったはずさ、二万ヴァリスの迷惑料は初めてだよ」

 

 余計だったか…まぁまた稼げばいいだろう、貯金もあるし。

 

「そうでしたか。では、これで失礼します。ダンジョンにも行きたいので」

 

 出ていこうとする中、立ち上がったベルの前に、一人のウエイトレス。シルさんだ。

 

「ベルさん。今日もダンジョンに行かれるんですか?」 

 

「あ、はい。今日は別行動ですけど」

 

「そうなんですか。でしたら、これを持って行っていただけませんか?」

 

 そういってシルさんが出した物は、昨日ベルが持っていたのと同じ風呂敷に包まれた弁当。

 

「え、いや!そんな!悪いですって!なんで僕なんかに」

 

 それを見て、訳が分からないようなベル。少し考えれば分かるだろうに。

 

「差し上げたくなったから、では駄目でしょうか?」

 

 そう言いながらの上目使い&頬の紅潮アタック!これは卑怯だな。

 

「……すいません。じゃあ、いただきます」

 

 やはりベルはそれに抗えず、受け取る。そしてシルさんの満面の笑み。若干頬を赤らめるベル。なにか空間が出来上がってる。

 

「おい坊主!」

 

「は、はいぃ!」

 

 そんな空間をぶち壊すがの如く、女将さんの一声。それにビビるベル。なんか熊と兎に見えるな。

 

「冒険者なんてカッコつけるだけ無駄な職業さ。最初の内は生きることだけに必死になってればいい。強くなったら死なない程度にカッコつけるのさ。背伸びしても碌なことは起きないんだからね」

 

 さすが、ベテランが言うことは違う。  

 

「惨めだろうが、笑われようが、生きて帰ってきた奴だけが勝ち組なのさ。死んだら何の意味もない」

 

「だから、頑張りな」

 

 そう言われベルが中々の気持ち悪い顔をしていた。

 

「気持ち悪い顔してんじゃないよ、あんた等は店の邪魔だ、行った行った」

 

 女将さんも同じことを思ったらしい。口に出さなくていいんじゃないかな?

 でも、ベルを激励してくれるのはありがたい。

 

「ベル、お邪魔らしいので早く行きますよ」

 

「うん、でもシオンは待って無くても良かったんじゃない?」

 

「それは何となくですよ」

 

 

   * * *

 

 デナトゥス――――それは神々が集まる行事の総称。

 これは大まかに分けて三種類ある。

『神の宴』…開きたい(ヤツ)が開きたいときに開き、招待状をもらった(ヤツ)の中で行きたい(やつ)が行く行事―――いや催し。

『神会』…三ヵ月に一度行われる定例会。眷族にLv.2以上がいないと参加が許されない会だ。主に情報交換、命名式が行われる。

『神会』…此方は、緊急時に行われる会。どんな神でも参加可能だ。

 そして今回のデナトゥスは『神の宴』だ。

 今回は【ガネーシャ・ファミリア】が主催している。会場はオラリオでも一度見たら忘れられない三大建築物に数えられるという、『アイアム・ガネーシャ』。【ガネーシャ・ファミリア】のホームだ。

 オラリオでも指折りのファミリアである【ガネーシャ・ファミリア】が大量の資金を使い、建築した物。

 形は主神であるガネーシャが胡坐をかいて座っている姿を模した巨人像だ

 入り口は、賛否両論だが、その像の股間の中心にある。

 

 その宴にボクは、とある目的を持ち、やってきた。

 本当は二つあったのだが、片方はシオン君に『みっともないからやめてください』と言われ渋々断念。もう片方の目的も、『私の分はいいですよ』と言われ、ベル君の分しかお願いできない…

 シオン君のために少しは役に立ちたかったが、無理そうだ。

 シオン君には、掃除洗濯たまに料理と結構苦労を掛けている。しかもその全部が

 『上手い』『早い』『無駄がない』

 の三点張りだ。文句のつけようがない。

 しかも実力もあり美形、さぞかしモテそうだ。

 

 おっと、話が逸れたね。

 今僕は、味が物足りない料理を食べながら目的を果たそうとしている。

 その目的はヘファイストスにベル君の武器の制作をお願いすることだ。

 そのために、ヘファイストスを探しているところだ。

 

 そして、会場に入り十分ほど経った頃。見つけた。

 

「やっと見つけたよヘファイストス、君を探していたんだ」

 

「あら、ヘスティア、お金ならもう一ヴァリスも貸さないわよ」

 

「君はボクを何だと思っているんだい!」

 

「私の神友で、堕落している駄女神。という認識よ」

 

 否定できない…

 

「そんなことより、君にお願いがあるんだ」

 

「お願い?さっきも言ったけどお金はダメよ」

 

「違うって!ボクからのお願いは」

 

「あら、ヘスティアじゃない」

 

 懇願しようとしたら、見事なタイミングの邪魔。狙ったとしか思えない声のかけ方をしたのは

 

「フレイヤ…」

 

「あら?何故そんなに嫌そうな顔をするのかしら?」

 

「ボク、君のこと苦手なんだ…」

 

「うふふ。私は貴方のそういう物怖じしないところ、好きよ?」

 

 美の神の好きは信用できないから向けられても困るんだけど…

 

「おーい!ファーイたーん、フレイヤー、それとドチビー‼」

 

「はぁ…最も、ボクは君より苦手な奴が居るんだけどね」

 

 なんでここにいるかな…

 

「あっ、ロキ」

 

「何しに来たんだよ、君は……」

 

「なんや、理由がなきゃ来ちゃあかんのか?『今宵は宴じゃー!』っていうノリやろ?むしろ理由を探す方が無粋っちゅうもんや。はぁ、マジで空気読めてへんよ、このドチビ」

 

 はぁ~こういうところもほんとムカつくな…

 

「それより、ドチビ、お願いがあるんやけど、ええか?」

 

「何だい?君がボクに胸以外をせがむなんて珍しいじゃないか」

 

「ムッカつくな…でも今日は我慢や。おたくのシオンっちゅう子、うちにくれんか?」

 

「は?何を言ってるのかな?あげる訳ないじゃんか」

 

「くっ、やっぱりそういうよな~」

 

「そういえば最近、ヘスティアもファミリアが出来たらしいわね。おめでとう」

 

「ありがとう、まだ二人しかいないけどね」

 

「へ~その二人はどういう子?」

 

 う~ん、そうだな…

 

「ベル君とシオン君って言うんだけど、二人は兄弟でね、まぁ、見た目だけで言うと姉弟なんだけど…それは置いといて、ベル君は白髪で赤い目のヒューマン。とってもいい子だよ。優しいし強くなろうと頑張ってる。シオン君は白と金の髪に緑の右目、左目は眼帯をしてるからわかんないけど。それでね、シオン君を一言で言うとは兎に角凄い、だね。偶に後先考えない行動することを除けば非の打ち所がない子だよ」

 

 まぁ、もっと言うと()()()()凄い可能性を持ってるとかあるけど言わなくていいよね。

 

「へ~。だからロキが勧誘したのかしら」

 

「せやで。なんかいろいろ面白そうやし、アイズたんが興味持っとったし」

 

 ?アイズたんって、ヴァレン某のこと?と言うことは…

 

「ロキ、君の所のヴァレン某はシオン君に好意を抱いているのかい?」

 

 そうならベル君は…ボクに…

 

「は?アホか?そんなわけないやろ」

 

「チッ!」

 

「そんじゃ、用事済んだから帰るわ。じゃあな~」

 

「それでは私も失礼するわ」

 

 あれ?フレイヤここに来た意味あった?

 

「ヘスティア、あなたはどうするの?帰る?私はもう少し回ろうと思ってるけど」

 

 あ、やばい。忘れてた。今日の目的。

 

「もし残るんだったら、どう?久しぶりに飲みにでも行かない?」

 

「あ、あのさヘファイストス…お願いの事なんだけど」

 

「あぁそういえばそんなこと言ってたわね、何かしら。一応聞いてあげるわ」 

 

 さぁ、懇願しよう。ボクは諦めないぞ!

 

「ボクのファミリアのベル君に!武器を作って欲しいんだ!」

 

「は?」

 

 訳の分からないような声を出されたが、ボクは土下座でお願いした。   

 

 

 

 



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嫌悪、それは視線

  今回の一言。
 ほどんど伏線をちらつかせる回。

では、どうぞ


 現在、ダンジョン十五階層、中層と呼ばれている場所で、基本Lv.2になったらパーティーを組んで挑む階層だ。だが、私はLv.1あろうことか単独(ソロ)だ。それでも余裕をもっていられる。本当に私にここの常識は通用しないな…

 因みに装備は我が愛刀『一閃』―――オラリオに来てわかったが、【ヘファイスト・スファミリア】製第二級装備と同等らしい―――とミノタウロスの攻撃すら耐えるプロテクター―――実際に試した―――と急所を守れる最低限の防具と念のために短刀(ナイフ)を服の中に仕込んでいる。

 今日は稼ぐためにバックパックも少し大きめの物を使っている。勿論戦闘時は置いているが。

 そして、魔石と偶にドロップアイテムを回収していた時だ。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 遠くからの悲鳴、少し耳を澄ましてみる。私は風に音を乗せることで、かなり遠くまでの探知が可能だ。

 そして、聞こえたのは怒鳴り声―――多分男―――が三人分。そして、荒い足音、恐らく二十や三十はいる。

 こりゃ稼ぎになる。あんまり目立ちたくないけど……見捨てるのも良くないし。

 

 そう思ってからの行動は早い。魔石回収は終わっていなかったが、とりあえず落ちていたドロップアイテムだけバックパックにに詰め走る。勿論抜刀して補正もかける。

 そうしたらすぐに着いた。そこは私の来た道に向かい、一本道になっている。

 此方に向かってくるのは、三人の冒険者を先頭にした、モンスターの大群。

 多数から順に、アルミラージ、ヘルハウンド、ミノタウロス。そして少し下の層から来たのかライガーファングまでいた。後、音からして恐らくダンジョンワームもいる。

 これくらいなら、風を使えば一瞬だ。一本道だし()()()で全部斬れる。

 そして、納刀。だが刃を入れただけで()()が入る程の隙間は空いている。

 

「そこの方々、伏せてください」

 

 そう警告した。実際伏せないと()()()()()()

 私の編み出した技【虚空一閃】。刀が強く摩耗するため、また砥ぐまで使えないがとても強力な技。

 【ブレイク・ストーム】とは異なり、風を刃全体に纏わせる訳では無く、刃の先にだけ纏わせる。

 それを居合いの要領で抜刀し、横に一閃し剣圧を風圧に乗せた実態を持たぬ刃で斬る。

 一見何もない虚空を斬っているように見えるためこう名付けた。

 そして、先頭との距離5Mまで来てやっと伏せる冒険者。

 その瞬間、抜刀。ミノタウロスは()()()()()()が斬れ、魔石が欠ける。

 アルミラージは頭が無くなったりヘルハウンドは背中が抉られたりと(むご)いことになっていた。

 ライガーファングは魔石を消し飛ばしたのかすぐに消えた。

 ダンジョンワームは丁度良く頭を出していたため、見事にパッツン。

 ……これ、一般人が見たら確実に吐くレベル。

 まぁ、私は大丈夫なんですがね。それより魔石とドロップアイテムが大量 

 

「おい、あんた」

 

 そんなウキウキして回収を始めた私に、冒険者の一人が話しかけて来た。

 

「何ですか?魔石やドロップアイテムは渡しませんよ」

 

 これは私が倒した物です。なのでもう回収を始めている私です。

 

「いや、お礼が言いたくてな。助かった。魔石やアイテムはそっちのでいいさ」

 

「勿論です。そのつもりで助けましたから」

 

「それはどうなんだよ…まぁいい。俺はボールス・エルダーってんだ、あんたは」

 

「私はシオン・クラネルと言います。以後お見知りおきを、ボールス・エルダーさん」

 

「おう。そんじゃな。行くぞお前ら」

 

 あぁやっぱりあの人がリーダーだったか、一番強そうだし。どうでもいいけど。

 それより回収~ 

 

   * * *

 

 そして換金~ 

 あの後、バックパックがいっぱいになりそうだったので戻ってきた。道中でも回収し、満杯だ。

 昨日から約一日潜り、現在正午近く。

 

「さて、何ヴァリスになるでしょうかね」

 

 とりあえず、十万は超えるだろうな。あわよくば十五万…

 

「あいよ、23万6千ヴァリス」

 

「は?」

 

「なんだい。なんか文句でも」

 

「え、いや。多すぎませんか?」

 

「ドロップアイテムが多いからな。普通なんだよ」

 

 まじかよ、中層一日潜ればこんなに稼げんのかよ。私の上層での半日による地道な稼ぎで頑張ってた努力返せよ。それでも一日八万は稼いでたけど。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 それにしても、これなら新しい装備買えるか?研磨に使う砥石を買ったとしても余るし、問題ないか。

 うーん、でも何を買うか…さすがに一級装備は買えないし…でも『一閃』以上の刀が欲しいよな…

 いやでも、刀じゃなくて両刀の武器でもいいかもな…

 そんなことを帰り道、歩きながら考えていた。

 そして、豊饒の女主人。夕食はここにしようと決めていた時だ。

 

「…ッ!誰だ!!」

 

 私はいつでも抜刀できる構えになる。ある方向に向かって。

 ()()を感じた。私が、だ。

 私は基本、この目立つ見た目であるため、気配を周りに紛らせ、探知しにくいようにしている。隠密(ハイド)と言われる狩りの技術だ。

 その私を見つける。つまりは私の隠密(ハイド)を見破れるだけの()()()

 視線を感じたのは背後。しかも唯の視線ではない。好意、奇異、悪意、殺意、害意。そんなものならまだよかった。でも感じたのは全く違うもの、()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな視線。

 正直言って、気持ちが悪い。そんなもの

 

 でも、私が向いた方向、裏路地へ入る道。そこには誰一人としていなかった。

 念のため音の探知を行う。でも、周りが騒がしくていつもの効果が発揮できない。

 

「何だったんだですか…」

 

 そうつぶやいた私に、『こっちのセリフだよ』と言わんばかりに冷たい視線を向けられた。この視線の方が、まだましだ。そして戦闘態勢を解く。念のため警戒は忘れない。

 

「あ、あの~シオンさん?」

 

 戦闘態勢を解いた私に誰かが話しかけて来た。声からしてシルさん。

 

「どうかなされましたか?シルさん」

 

「いえ、大声を出されていたので、何かあったのかと…」

 

 あぁ、そりゃ店の前で大声出せば聞こえるよね。

 

「お気になさらず。もう大丈夫ですので。あと、今日も行かせてもらいます」

 

「そうですか。では、お待ちしています」

 

「ありがとうございます。それでは」

 

 それにしても、さっきの視線。あれは誰のなんだ… 

 

 

   * * *

 

「ただいまです。ベル」

 

「あ、お帰りシオン。神様見なかった?」

 

「ヘスティア様?帰ってくるのは明日では?」

 

「いや、わかってるけど…心配でさ…」

 

 良かったですね、ヘスティア様。心配してもらえるほど思われているようですよ。あ、でもベルは知人なら誰でも心配するか。

 

「あ、そうだシオン。なんかミアハ様からシオンにって渡された物があるんだけど…」

 

 渡された?何か頼んだか?

 

「これ何?なんかミアハ様が『一応持っておきたまえ』って言ってたけど」

 

 そして出されたのが何かが入っているであろう箱。

 

「心当たりがありませんね…開けてみましょう」

 

 そしてその中身は、

 

「胃薬…」

 

 あぁ、だいたい分かった。

 私は、先日、吐きそうになった時、【ミアハ・ファミリア】のホーム兼店である、青の薬舗に行った。そこで消化剤を買うためだ。恐らく、そのことを心配に思い無償でくれたのだろう。ミアハ様、本当の人格者だよな…

 

「本当に、あの()はお人好しですね。ベル並みです」

 

「え⁉僕ってお人好しなの⁉」

 

 自覚なかったのかよ…そっちの方が驚きだよ。

 

「まぁ、そんなことより、ベル。昼食(ランチ)は終えましたか?私はまだなので今から作りますが」

 

 現在、かなり空腹。冷蔵庫―――には一応食材を入れてあるし大丈夫だろ。

 

「まだ食べてない!シオン作って!」

 

 子供かよ。その反応はちょっと幼稚過ぎませんかね…作りますけど。

 

「わかりました。では、七分程お待ちを」

 

――――――

 

男の娘料理中………少年料理中……

 

――――――

 

「完成です。さぁ食べましょう」

 

「うん!」

 

「「いただきます」」

 

 今日の料理は極めて普通。臭みを抜いた焼肉に、オラリオに来てからすぐに作った、クラネル家特性のソースを使って味付けしたのと、肉の油を使い、炒めた野菜。それに安定のじゃが丸くん。

 じゃが丸くんはいらない?ベルもヘスティア様も始めはそう言った。だがじゃが丸くんを嘗めるなよ!これはな、最後にクラネル家特性ソースを少し浸けて食べるとかなり上手い!塩味と同等だ!

 その証拠に―――――――

 

 

 

――――――十二分後。

 

「やっぱり美味しい!」

 

 ほらな!()()()()()()()凄いだろう!

 

――――――三分後。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 結局、じゃが丸くん、三つ食べてしまった…

 

「シオン、今日はこれからどうるの?」

 

 私が食器類を片付けているとベルがそんなことを聞いてきた。やることと言えば

 

「研磨、それと鍛錬。夕食は豊饒の女主人で、その後就寝。ですかね、ベルは」

 

「僕はギルドに行ってくる。聞きたいことがあるんだ」

 

「そうですか、では行ってらっしゃい」

 

「うん。あ、でも、洗い物…」

 

「気にしないで下さい。私がやっておきます」

 

「わかった。じゃあ行ってくる」

 

「はい」

 

   * * *

 

 夕方、豊饒の女主人内、カウンター席。手持ち六万ヴァリス。

 

「女将さん。今日の手持ちは六万なので昨日よりは少なくお願いします」

 

「あいよ!ちょっと待ってな!」

 

 そして待つこと数分。

 

「クラネルさん。あの、お話があるのですが」

 

 来たのは料理ではなく、エルフのウエイトレス。

 

「あなたは?」

 

 実際誰か知らない。

 

「申し遅れました。私は、リューと言います」

 

「では、知っているようですがこちらも。シオン・クラネルですファミリーネームだとベルと被るので、ベルが居る時は名前でお願いします」 

 

「わかりました、シオンさん」

 

 あれ?ベルが居る時でいいと言ったはずだが…まぁいいか。

 

「それで、何でしょうか」

 

「はい。先日のことです」

 

 やっぱりね。それしかないと思った。

 

「シオンさんはご自身を、駆け出し、つまりLv.1と言っていましたが、本当ですか?」

 

 そこか、普通思うだろうね、当たり前の疑問だ。

 

「勿論本当ですよ」

 

 て言っても信じてもらえないだろうから、

 

「リューさんは、私が駄犬を倒したから信じられないのでしょう?駄犬はあれでもLv.5ですからね。それは仕方ないです。()()()()()()()()、ですけど」

 

 私の言い分を聞いているリューさんは頭の上に疑問符が浮かんでいたので続ける。

 

「つまり、私に()()()()()()()()。と言うことです。そもそも、Lvが高い=強い。とオラリオ(ここ)では思われているようですが、そうではありません。Lv(強さ)を覆すだけの技量。それがあればいいんですよ。私にはそれがあっただけです」

 

 まぁ、これは私が普通じゃないから言えることなんだけどね。

 

「そんなの無茶苦茶だ…」

 

「でも、実例がここにいます。自分の目を信じてください」

 

「……そうするしかないようだ。それでは、シオンさん」

 

 リューさんが去って行くのと同時に料理が出される。今回は大胆な骨付き肉からだ。

 それを食べる、出された酒を飲む。そしてまた追加される。

 追加、食べる、飲む、そのローテーションが何十回か続いた。

 

「あんた、ほんとに食うね…」

 

「美味しいですから。それと、ごちそうさまです」

 

「あいよ!代金六万ヴァリス丁度だよ」

 

「いい調整です。これ、六万ヴァリスです。また来ますね」

 

「あいよ、また大金使っておくれ」

 

 はは、それは客に対して言い方を改めたほうがいいかもしれないよ?

 

 

 ふー。今日も食べた食べた。醸造酒(エール)も五杯に抑えたし、二日酔いも大丈夫だろ。

 そして、帰路を辿った。

 自分に向けられる視線に気づかぬまま。

 

 

 

 

 




 今回の原作との違い。
ベルが二日目の昼にホームに居る。
原作では昼頃はダンジョンに居ましたがこの作品では異なります。ご注意ください。

 それと悩みです。

 リューさんをどうするか。
原作通り?それともシオンに片思い?
 リューさん好きだから何とかしてあげたい私です…

あと、魔法発動に修正加えました


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発見、それは正体

  今回の一言
 リューさんの道は決められた。

では、どうぞ


 剣士の朝は早い。

 習慣付いていた朝の四時起き。久しぶりにできた気がする。

 そのため今日はいつもはできない、朝のノンストップランニングをしようと思う。納刀状態だからね?

 勿論、気配を紛らわすことは忘れない。だって、朝から全力で走ってる人なんてただの変人じゃん。普通ばれないようにするでしょ。

 そして、一時間ジャストでホームに帰宅。鍛錬を始める。

 村では、朝は素振りのみをしていたが、オラリオ(ここ)に来てからは、架空戦闘も行うようになった。

 架空戦闘――――一度戦った相手を思い浮かべ、もう一度戦うこと。

 私の場合は、一対多数の架空戦闘を行うことが多い。 

 それ等を終え、大体六時半前後、ベルが起きる時間となる。

 一度、地下室へ戻り、料理を作って、食べる。

 因みに、今日は軽い物で、パンを切り、一口サイズにしたものを、揚げ、クラネル家特性ソースをちょっと浸けただけのもの。

 そして今日はベルから、一緒にダンジョン行こうと誘われた。なんでも、九階層まで行ってみたいそうだ。

 私はそれに応じ、ベルと共にダンジョンへ向かっていたが…

 

「おーいっ、待つニャそこの白髪頭と異常者。頼みがあるニャ」

 

 その()()()()()()()()()()()()()()言葉に私たちは足を止めた。

 白髪頭、それは確実にベルの事だろう。それは分かった。

 異常者?ハハッ、誰の事かな~ハハハッ。心当たりがあるから困るな~。

 なんて思いながら声のする方向に振り向く。

 

「あ、おはようございますニャ」

 

「「おはようございます」」

 

 って、異常者扱いされた人に、何を律儀に挨拶しているんだ私は!

 そして、手招きされたので素直に向かう。なんか本当の猫だな…猫人(キャットピープル)だからか。

 呼び止めたその人はベルに手を出すように言い、出し手に財布が一つ置かれた。

 

「おミャーにはこれをシルに届けてほしいニャ」

 

 …?どゆこと?なんでシルさんに財布?

 ベルも同じようなことを思っているのか、首を傾げていた。

 

「ニャかりゃー。おミャーはこの財布をおっちょこちょいのシルに渡すのニャ」

 

 いや、わからん。ベルが渡す理由は大体わかるが、なんで今?

 

「えっと…ごめんなさい、意味が分かりません…」

 

 そんなことをいったベルに猫人(キャットピープル)の人は心底不思議そうな顔をした。もしかして、伝わると思ってたの?

 

「アーニャ。それでは説明不足です。クラネルさんも困っています」

 

 堂々巡りが始まりそうだった所に、助け船が入った。リューさんだ。

 

「リューさん。私も居ますよ」

 

 言外(げんがい)に、ベルを名前で呼べと告げる。

 さて、ベルの反応はいかに

 

「そうでしたか。ではクラネルさん。説明させていただきます」

 

 あれ~?意味が伝わらなかったのかな?

 

「その財布はシルが忘れていった物です。そして、シルは今。怪物祭(モンスターフィリア)に行っています。今頃財布が無くて困っていると思うので、届けてほしい。と言うことです」

 

 うん。そっちは分かった。でも何でベルを名前で呼ばんの?反応見れないじゃん。

 

「わかりました。シオン、ダンジョン行けなくなるけど…いい?」

 

「いいですよ。ベルはシルさんを探しに行ってください。私はリューさんと少し。お話がありますので」

 

「話?まぁいいけど。じゃあね」

 

「はい。頑張ってください」

 

 そして、ベルは東のメインストリートへと走って行った。

 さて。

 

「リューさん。私言いましたよね?私とベルが二人でいる時は()()で呼んでくださいって。大事なことなので二回言いますよ。()()で呼んでくださいって」

 

「わかっています。ですから名前で呼びました」

 

 は?どゆこと?クラネルが名前……って

 

「…そう言うことですか…リューさん。言い方を変えます。今度私たちが二人でいる時はファミリーネームではない名前で呼んでください。いいですか。ファミリーネームはダメですよ」

 

「…念を押す必要ありますか」

 

「あります。ベルの反応が見れません。私はそれを()()楽しみにしているので次はお願いしますよ」

 

「…わかりました。善処します」

 

 善処ですか…まぁいいけど

 

「お願いします。それでは」

 

「はい。それでは」

 

 さて、私も行きますか。怪物祭(モンスターフィリア)

 

 

   * * *

 

 さて問題。私は今、何処を移動しているでしょうか?

 大通り?

 裏路地?

 いえいえ違います。

 正解は、屋根の上です! 

 大丈夫。気配を紛らせてるから、誰も私に気づいてない。

 何故かって?

 人が多いからだよ!

 普段のオラリオ以上なんだよ!おかしいでしょ!ただ歩いてるだけで疲れそうだわ!

 主に精神的に!

 と、そんな理由で屋根を跳び回ってる私です。

 まぁ移動楽だしね。欲しい物見つけたら、降りて買えばいいし。

 そんな大道芸―――誰も気づいてないけど―――紛いの方法で移動していた時だ。

 ビリッ。と体内に電気が走るような感覚を覚える。この感覚は…

 原因を探すために辺りを見渡すと、見つけた。

 それはある店の中。そこの二階に、神ロキと共にいた。当の本人はキョロキョロと(せわ)しなく首を動かしている。

 そして、私の方を見て、首の動きを止めた。どうやらあちらも気づいたらしい。

 それが誰かって?アイズだよ。

 小さく手を振ってみる。するとあちらも返してくれた。自然と笑みが零れてしまう。

 あっそうだ。

 魔力を使わなくても動かせる風を動かし、自分の口元から、アイズの耳元へ風を動かしながら告げる。

 

「今度会いに行きますね」

 

 そういった時、アイズはとても驚いていた。その反応で声が届いたことを確認する。

 私との距離は6Mも離れているのに、()()で聞こえるのだ。驚くのは当然だ。

 因みに、これはちょっとした技術だ。風で音を運ぶ。ただし強弱の操作を間違えると音が届かなかったり消えてしまったりとちょっと難しい。

 そして、アイズは首を縦に振った。恐らく『良い』と言うことだろう。

 良かった~と内心思った。

 いろいろ決めないといけないことがあるから断られたらどうしようかと思ったわ。

 アリア捜索の打ち合わせ日とか。

 まぁ、それはさておき、確認が取れた私はその場を去った。

 

 

 

――――――そして約二十分後。

 跳び回っていた私はとある人達を見つけた。

 その人達は、円形闘技場(アンフィテアトルム)裏口。そこから入っていった。

 それだけでは不思議に思わないだろう。それが【ガネーシャ・ファミリア】の人やギルドの職員なら。

 だが、明らかにその人達は違った。不審に思い。気配を追う。

 気配からして、入ってすぐの所に二人。そこに向かう一つの気配。そして、その後ろに一人。気配を()()()ついて行っている。

 気配を探知しているのに気配を消している人を見つけるのは変だろうが、別にそうではない。

 私の気配探知は、捉えたい場所すべての気配を探知する。気配を消している人を見つけられるのは、その人が居る場所の気配だけがぽっかり無くなっているからで、その人の()()()見つけていない。だが、存在は確認できる。

 探知を続けていると。向かっていた人が入ってすぐの所に立って居た二人に近寄る。

 そして何秒か留まり、去った。瞬間、()()()()()()()()()()()()()

 わからなかった。理解できなかった。

 ただ単純に、何をしたかが。

 その二人は、なにもされてないはずだ…なのにどうして…

 そんなことを考えている内にもさらに奥へと向かって行く。

 さすがにそんな遠くまでは探知できないので、私も後を追うように中へ入る。

 入ってすぐ、崩れ落ちた二人を見つけた。息はある。だが、体に力が入ってないし仮面から見える目の焦点が定まってない。

 益々わからん。何をしたんだ…

 原因を探るために、さっきの二人を追う。

 そして、視界内に入れた。直線距離約12M。

 その人は物陰に身を潜めある場所を見ていた。そこには数人の【ガネーシャ・ファミリア】の人が倒れている。

 数十秒経った。すると、一人のギルド職員が、倒れている人たちに向った。それと同時に、物陰からその人が出る。背後に近づき耳元に顔を近づける。

 

「動かないで」

 

 その人がそう言うとギルドの職員は動かなくなった。

 

「鍵はどこ?」

 

「ぇ……」

 

 その声に力は籠っていなかった。とても弱々しいものだ。

 

「檻の鍵は、どこ?」 

 

 檻の、鍵?なんの……まさか!いやでも、何のために。

 そう考えてるうちに、ギルドの職員は檻の鍵を渡していた。

 何故渡す!そう言ってやりたかったが、その人が立った途端に、バタリッ、と崩れ落ちた。

 するとその人は奥へと向かう。そこにはモンスターの気配。

 さすがにまずい。そう思ってからの行動は早かった。

 気配を紛らせながら接近。距離8Mを保つ。

 武装して気配を消している人、猪人(ボアズ)からその人が離れるのを待つ。

 数十秒後。モンスターが捕らわれているであろう場所の通路に入るところで、離れた。

 だが、そこに行く入り口には猪人(ボアズ)が留まる。その人に隙は無い。

 一か八か…やってみるか…

 

 風を動かす、気にならない、その程度の風。

 その風を猪人(ボアズ)の頬を撫でるように動かす。

 さっきからここには微弱ながら風が吹いている。だが、私の動かした風はそれよりほんの少し弱くした。この変化は人間では気づけない変化。でもそれは意識的なことの話。無意識は別となる。

 無意識の隙。それは人ではどうにもならないこと。それを突く。

 即座に動く、気配は紛らせ、足音を消し、心音も最小限に。呼吸も止め、できる限り音を消す。入り口に立つ猪人(ボアズ)の横、そこを通り過ぎる。

 そして、奥へ。振り返っても、私のことに猪人(ボアズ)は気づいていない。

 急ぐ、間に合うか、間に合わないか。その境目。抜刀

 その人が出していた鍵を、斬る。

 キンッ。と金属同士が()()()()()()()()()()

 それを認識するのと同時に後ろへ跳ぶ。次の瞬間、私の居た場所に斬撃が走る。

  

「あら、オッタル。誰も通さないように言ったはずだけど?」

 

 オッタル⁉都市最強Lv.7の【猛者(おうじゃ)】かよ!ちょっとやばいな…

 

「申し訳ございませんフレイヤ様。刀の音が聞こえるまで、気づけませんでした」

 

 フレイヤ。確か都市最大派閥の片翼に【フレイヤ・ファミリア】なんてのがあったな。

【猛者】もそこの所属だったか。

 

「オッタルが…ふ~ん。やっぱり面白いわね、あなた」

 

 やっぱり?つまり前から目をつけられていた?

 

「どうなされますか?フレイヤ様」

 

「そうね……」

 

 神フレイヤと思われる人物が私を見てきた。その瞬間()()()()()()()()()()()()()

 

「…なるほど、あのときの視線の人ですか」

 

「視線?私が見ていることに気づいてたのね、すごいわ。…それより、聞きたいことがあるのよ」

 

「ほぅ。いいですよ。あなたの持っている檻の鍵を今すぐ破壊するなら」

 

「あら、それは無理な相談ね。でも言わせてもらうわ」

 

 この人…人の話を聞かないタイプ?めんどくさいな…

 

「あなた、()()?」

 

 ()()か。まだまだだな。フィンさんの方がいい質問をする。

 

「わたしはね、魂の()を見ることができるのよ。それは、唯の一つの例外が無かった。でもね、あなたの魂の色が、()()()()()()

 

 魂の色が見える、か。面白い能力だ。でも私の魂は見えない、か…こりゃまた。

 

「もう一度聞くわ、あなたは何者?」

 

 その質問には答えない。単に答えるに値しない質問だからだ。 

 

「…答えないのね。じゃあ少し、話したくなるようにさせてもらうわ。オッタル」

 

「はっ!」

 

 名前を呼ばれた【猛者】はその場から、()()()

 

 

 

 




 原作との違い。
 リューさんの説明!
 フレイヤとオッタルが一緒にいる!
 以上!
 
 オッタルの一人称って、俺?それとも私?

  結果
 感想により『我』にさせていただきます。


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刹那、それは絶対なる力

  今回の一言
 タイトル違うけど前回の続きですよ。

では、どうぞ


 

 名前を呼ばれた【猛者(おうじゃ)】はその場から()()()

 

 いやそれは適切ではない。視認できない速度で移動した。と、言うべきか。

 移動した先は私の横、大剣を横に薙ぐ構えをしている。

 何故視認できないのに分かるか、それは簡単なこと。私の領域に入ったから。

 

 私は戦闘時、とある三つの領域を作っている。これは【神の恩恵(ファルナ)】を授かる前からできたことで、お祖父さんは【知覚領域】【絶刀(ぜっとう)領域】【断頭領域】と呼んだ。

【知覚領域】敵の場所、動きを感知できる領域。大きさは半径 10M

【絶刀領域】私が刀での対処が可能な領域。  大きさは半径 3M

【断頭領域】私が相手を殺すことが可能な領域。大きさは半径1.5M

 そして、今【猛者】が居るのは【断頭領域】。つまり殺せる領域。

 

 大剣が振るわれる。狙いは右腰。振るわれる大剣の刃に刀を()()()。刀の反りを利用し、大剣を上方向に滑らながら、腰を落とす。逸らした大剣は髪の毛が触れるか触れないかのギリギリを通る。剣を振り、死角となった場所から左肘を狙う。関節を切断し戦闘不能にさせるためだ。だが【猛者】は甘くない。腕を少し引き、プロテクターで防御され、キンッと軽快な音が鳴る。

 防御はされた。だが私とて、それを利用しない程甘くない。弾かれた反動を殺さず、一回転。あえて大振りにし、遠心力による威力上昇。狙いは右膝。刃が届く寸前、大剣で弾かれ鈍い金属音。その衝撃をまた利用。今回は大振りにせず最小限且つ威力を殺さない軌道で、狙うは左腕。

 やはりと言うべきか、プロテクターで防御される。だが、()()()()

 パキッ、と()()()()が響く。音源は【猛者】のプロテクター。

 刀は弾かれた。だがプロテクターを割ってやった。

 それでだけで、攻撃()()めない。

 下方向に弾かれた刀の刃の向きを上から下に変え、そのまま振り下ろす。狙いは左脚。振り下ろした刀は【猛者】の耐久を突破し、腸骨筋から大腿直筋に刃が入る。さらに力を込め、関節まで行かせようとするが、左から大剣が迫り、やむ負えず刀を抜き、後ろへ回避。距離はギリギリ【絶刀領域】外。

 

 

――――――この間、約四秒。

  

 さすがに強い。いつ以来だろうか。抜刀状態の私と対峙してこれほど耐えられたのは。

 

「一つ聞こう。お前の名は何だ」

 

「私の名はシオン・クラネル。未熟な剣士ですよ」

 

「フッ…そうか。憶えたぞ」

 

 おや?これは…もしかして?認められた、とか?

 

「フレイヤ様。この者とは少し痛めつける程度では()()()()()()ありません」

 

「……しょうがないわね。聞き出すのは諦めるわ。気絶させなさい。本気でいいわ」

 

「御意」

 

 その瞬間、腕が本能的に動いた。そして、いくつものことが()()()起きた。

 刀が弾かれ、罅が入り、肋骨と頸椎と鳩尾に衝撃があった。

 吐血、それも夥しい量。骨折音、恐らく肋骨から。猛烈な痛みが走る。でも意識はまだある。

 魔法で反撃しようとするが、遅過ぎる。

 鳩尾に再度衝撃。後方に吹き飛ばされた。

 数瞬後、さらに、背からの衝撃。今ので骨が数十本砕けた。内臓も何個か潰れただろう。 

 痛みなんて感じなかった。いや、実際はあったのだろう。でも許容範囲を超えていたからか、全く感じない。

 体が動かない。視界は狭い。意識ははっきりしない。耳鳴りがする。

 体のありとあらゆるところが異常を訴えていた。

 だけど私はその訴えを聞くことは無く―――――

 

 

 

 

―――――――途絶えた。

 

 

 

    * * *

 

 視界が戻った。次第に目の焦点が合う。耳鳴りも消えている。

 ここは何所だろうか。少なくとも、あの場所ではない。 

 体を起こす―――ちゃんと起こせた。体は動く。外傷は見当たらない。痛みも感じない。

 周囲を見渡す。ベット、その横に机、机の上には籠、その中に刀と短刀(ナイフ)それと防具。壁には魔石灯。先日見たバベルの医療室と酷似している。だが恐らく違う。重傷だった私を態々遠くに運ぶ必要はない。重傷?

 …あぁそうだった。私は軽く死にかけたんだ、【猛者】攻撃で。

 探知できなかった…受け流せなかった…何より。

 

――――――負けた。

 

 一瞬で。圧倒的Lv()と言う名の暴力で。負かされた。

 はっ、何がLvを埋められるだけの技術だ。技術を発揮できなきゃそんなもん無いと変わんないじゃんか。

 でも、仕方がないのか…

 

――――――仕方がない?

 

「ばかかよ」

 

 そんなの言い訳だ。敗北を認められない自分への。

 私はは負けたんだ。まずそれを認めろ。現実から逃げるな。

 ……クソッ、認めれば認めるだけ嫌になる。

 そもそも何故負けた。相手はどこまで行っても人。それに変わりはない。なら勝てたはずだ。何が勝てなかった。

 装備?いや、破壊が出来た時点で違う。

 技術?いや、剣技は私の方が上だった。

 覚悟?いや、剣の打ち合いで覚悟を無くしたことは無い。

 体格?いや、傷を与えられた時点で関係ない。

 

 じゃあなんだ、考えろ。

 始めの数秒の打ち合いでは私が優勢だった。実際、私は無傷で【猛者】を負傷させた。その後、神フレイヤに『本気を出せ』と言われ、【猛者】は始めとは比べ物にならない強さを発揮した。つまりだ。

 始めは手加減して、後から本気を出した。

 なら勝機はあったはずだ。始めの手加減している内に、私が本気を出して攻めていれば、勝てた。なら何故そうしなかった。

 自分の技量に慢心していた?―――違う。

 相手の技量を見誤った?―――あり得る。だがそれだけで負けるか?

 なら、なんだ… 

 

 

 

―――――――私が【猛者】を嘗めていた。

 

「これだ、な」

 

 はは。ふざけんなよ。相手は都市最強だぞ。それを、嘗めてた?

 馬鹿だ馬鹿だ大馬鹿だ!

 都市最強?Lv.7?そう言われてんだぞ。つまりはそれだけ数多くの苦難を乗り越えている。そんな相手を嘗める?剣士として、いや生物として最低だ。生きる価値が無いと言われても可笑しくないぞ。

 あぁ、私は何時からこんなになってしまったのだろうか。

 この都市(オラリオ)に来て、自分が他とは違う。格上(強者)にだって勝てる。常識なんて通用しない。そんなことを思ったからだろうか。

 これは、慢心だな。自分の力に慢心してないと思っていたが、そうではないようだ。

 『力を手に入れれば人は堕落する。力を手に入れたいのなら、常に自分は無力だと考えろ』

 お祖父さんが稽古の度に必ず私に言っていたことだ。それすらも私は忘れていた。私は所詮無力なのだ。なのに私は自分に力があると思い込み、更にはその力を慢心した。これが堕落か…勘違いに近いんだな。

 

「なら、やることは一つだよな」

 

 無力な自分を抜け出す。堕落なんてもうしない。

 ()を追い求めろ。

 そして、

 

 【猛者】を倒す!

 そして、アイズを振り向かせる程の剣を持つ!

 

「なら早速、ダンジョンでも…」

 

 …なんか忘れてないか?なんか今、引っかかるものがあったような…………

 

「………あっ」

 

 ヤバイ…会いに行くってアイズに言ってた…

 体内時計……現在夜の八時少し前。

 さすがに…帰っちゃったかな?

 仕方ない。明日にでもホームに行けばいいか。

 

 いろいろ反省すべきところがあるシオンは。とりあえず、籠の中に入ってた、自分の装備を付け―――胸当ては無かったが―――その場を去ろうとすると、何かが落ちる小さな音が聞こえた。その音の方向には、黒色の封筒に、銀のシールが張られた物が一枚。何かと思い、開けると。神聖文字(ヒエログリフ)で書かれた一通の手紙。内容は、

『また会いましょう――――フレイヤより』

 

 簡潔に、それだけが書かれていた。

 

「どうやら気に入られてしまったみたいだ」

 

 迷惑な話だ。私はそれほど会いたくないのだが。いや少し会いたいかもな。

 

「【猛者】。あなたとはもう一度戦えるのなら」

 

 目的は、少し違くなるかもしれないけど。

 

 

 

 




  戦闘シーンの文句は勘弁してくださいね?

 あと、シオンが治ったのは勿論万能薬です。


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第四振り。日常の産物
日常、それは進展


  今回の一言
 オリキャラ登場!

では、どうぞ


 バベルの医療室に酷似した場所から出た私はギルドの職員に事情聴取された。

 一応、答えておいたが、犯人については知らないと言っておいた。念のためだ。

 因みにいうと、私が居た場所は円形闘技場(アンフィテアトルム)の医療室だった。

 外に出ると、人の量は格段に減っていた。その為、屋根を走らずに済んだ。

 じゃが丸くんを通りで買い、食べ歩きしながらホームへ戻ると、既に、ベルとヘスティア様が帰宅しており、何故か二人でそわそわしていた。

 片や、満面の笑みを浮かべながら体を左右に振ってる女神。

 片や、『何があったか聞いて!』と顔で訴えて来る兎

 …ここは乗ってやりますか。 

 

「ベル、何かあったのですか」

 

 『何か』ではなく『何が』で最後は断定してやった。

 

「あ、わかる~?あのね~神様が僕に武器をくれたんだ~」

 

 あぁなるほど。結局作ってもらえたんだ。

 

「そうですか、ベル、できれば見せてもらえますか?」

 

「うん!」

 

 満面の笑みで渡されたのは漆黒の鞘に納められた漆黒の短刀(ナイフ)。それを握り刀身を見ると、刃までもが漆黒。そしてよく見ると神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれていた。読みにくいが『力』『鋭利』『切断』などが書かれていて、推測だが【ステイタス】と同じ役割をしているのだろう。

 

「【ヘスティア・ナイフ】って言うんだ~!」

 

「ほ~う。誰が名付けたのですか?」

 

「神様だよ!」

 

 これはまた大胆なことを。

 

「ベル。この武器は絶対に手放してはいけませんよ」

 

「もちろん!」

 

「あ、ヘスティア様。【ステイタス】の更新お願いできますか?」

 

「うん~!いいよ~!」

 

 なんかめちゃくちゃ顔が緩んでもはや気持ち悪いレベルなんだが…まぁいい。

 

「さて!シオン君はどれくらい成長してるのかな~」

 

――――――――

 

ステイタス更新中……更新中……

 

――――――――

 

「…………」

 

 なんか、さっきまで緩んでた顔が引き締まってるんだが…

 

シオン・クラネル

 Lv.1

 力:G257→A  825

耐久:H103→C  611

器用:S913→SS1083

敏捷:A860→SS1021

魔力:C629→S  974

 《魔法》

【エアリアル】

付与魔法(エンチャント)

・風属性

・詠唱式【目覚めよ(テンペスト)

 《スキル》

剣心一体(スパーダ・ディアミス)

・剣、刀を持つことで発動

・敏捷と器用に高補正

一途(スタフェル)

・早熟する

・憧憬との繋がりがある限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果上昇

 

 

「…ヘスティア様。何間違えちゃってるんですか~さぁ、もう一回更新しなおしましょう」

 

「シオン君。残念ながらそれが現実だ。ボクは間違えてない。現実を受け止めるんだ…」

 

 …わかってるよ。現実なんでしょ、知ってるよ。唯おかしいだろ。

 何?スキルが強すぎるの?チートだ!!チート!!

 上昇のトータルが1700オーバーとか、ふざけてるだろ…

 

「シオン君…何があったらこうなるんだい?」

 

「説明します?ある程度はできますよ?」

 

「うんお願い。ベル君も聞く?」

 

「勿論ですよ神様!シオンの話、聞きたいです!」

 

「そんなに面白い物じゃありませんよ。なので簡潔に説明します」

 

「「ごくりっ」」

 

「毎日鍛錬する。中層に潜る。単身のモンスターとは素手で戦う。都市最強と戦う。です」

 

「「…………」」

 

 あれ?なんか変なこと言った?

 

「シオン君。何個か聞くよ。まず、中層に潜ってるのかい?」

 

「はい。十五階層まで潜りました」

 

「……じゃあ君は中層のモンスターと素手で戦うこともあるのかい?」

 

「はい、ありますよ」

 

「…じゃあ最後に、都市最強と戦ったって…もしかして()()都市最強?」

 

「はい。Lv.7の【猛者(おうじゃ)】です」

 

 いや、まぁ完膚なきまでに叩き止めされたけどね。

 

「……な」

 

「な?」

 

「なにをやっとるんじゃぁぁぁ!!」

 

 いや、【猛者】との戦いは不可抗力だ。私は悪くない。

 それでもヘスティア様は、問答無用で私のことを説教した。その間ベルは何故か全く動かず、完全に硬直していた。

 

   

   * * *

 

 やってきました翌日の朝!(日の出前だけどね)

 今日は残念なことに鍛錬が出来ません何故かって?刀に罅が入っているからさ。一応帯びてはいるけど。

 と言うわけで今日は、アイズを誘って武器選びでもしようかと思っている。

 そのためやって参りました【ロキ・ファミリア】ホーム。ここまで来てやっと日の出。

 さすがに早すぎたか?呼んでも来れないかな…

 

「ん?【ロキ。ファミリア】に何か用か?」

 

 と、考えながら正門へ向かっていた私に、門番らしき人が話しかけて来た。いつの間にか正門についていたらしい。

 

「はい。アイズ・ヴァレンシュタインさんに用があるんですが、呼べますか?」 

 

「は?無理だな」

 

「ですよね~」

 

 予想通り。呼んで来る以前に呼べないときた。なら、『あれ』を試しますか。

 自分が詠唱なしに操れる風をすべて動かす。何のためかって?こういう理論だ。

 

 まず、私とアイズは精霊の血、つまり、精霊の力に反応する。

 そして、私が風を操れるのは精霊の力。

 と言うことは、風を全開にしていれば、反応して気づくかも!

 

 という、ヘンテコ理論だ。

 そしてどんどん動かす風が多くなっていくと、ビリッと電気が走る感覚。成功だ。

 あとは待つだけ。

 

「…お前、何をしてるんだ?」

 

「お気になさらず。少し待つだけなので」

 

―――――十分後。

 足音が此方に向かってくる。見ずともわかろう。

 

「シオン」

 

「おはようございます。寝てましたか?」

 

「うん。でも、大丈夫」

 

 やってきたのは勿論アイズ。門番の人が凄い顔をしてるけど…どうでもいいよね。

 それより、

 

「よくここにいると分かりましたね」

 

「うん、大体の位置は、わかる」

 

 へ~熟練冒険者だからかな?

 

「そうですか。あ、そうでした。アイズ、昨日はすみません、あのあと少し問題事に巻き込まれてしまって行けませんでした」

 

「ううん。私もそうだったから、気にしてない」

 

「そうでしたか。ありがとうございます。で、ここに来た理由ですが、、今日一日空いてます?」

 

「…何かするの?」

 

「はい。買い物と街歩きとあとは話し合いたいことが少し」

 

「うん。なら大丈夫、私も行くところあるけど…いい?」

 

「勿論、大丈夫ですよ」

 

「わかった、用意してくる」

 

「待ってますね」 

 

 するとアイズは物凄いスピードで走って行った。速いな…

 

「では、門番さん。また少し待たせていただきます」

 

「…………」

 

 返事が無かったけど…いいよね。

 

 

   * * *

 

「うおおおおおおおっ!!大切断(アマゾン)、てめえっ、くたばりやがれえええええええええええ」

 

 ここは奇声と金属と槌がぶつかり合う音が聞こえる【ゴブニュ・ファミリア】のホーム『三槌の鍛冶場』。私たちはその中で、とある神物(じんぶつ)の前にいた。そして何故かアイズはとても肩身を狭くしている。

 ここに来たのは、整備を頼んでおいたアイズの愛剣。『デスペレート』を受け取るためだ。

 

「まさか、三日で使い潰すとはな…」

 

『デスペレート』は受け取った。そして借り受けた代剣の細剣(レイピア)を出したのだが…

 その代剣…台の上に置かれているのだが、柄のみが原型を保っていて、それ以外は粉々に砕けている。完全に修復不可能。これが数年とかなら納得できるだろう。だけどね、

 三日ですか…アイズ、もうちょっと大事に使おうね?

 

「お前等は本当に鍛冶屋泣かせだな」

 

「……ごめん、なさい」

 

 二人は台の上にある、元細剣(レイピア)を見下ろし、片や呆れ、片や落ち込んでいる。やばいカワイイ。

 周囲の人たちを見渡すと、『また【ロキ・ファミリア】かよ…』『ほんと散々だな…』などの声が聞こえてくる。ほんと何やったんだよ…

 

「……あの、お代は?」

 

「4000万ヴァリス、と言ったところか」

 

 高いな!私の手持ちより全然多い!

 

「そう、ですか…」

 

 それを聞いたアイズは分かりやすく落ち込んでいた。それすらかわいく見える。病気かな? 

 

「それとよ、そっちの()()()()は何なんだ?」

 

 あぁ、もう慣れた。慣れたよ。慣れちゃったよ。

 

「あの、この人は、男、です」

 

「「「「「は?」」」」」

 

「……アイズ。私ってそんなに女性に見えますか」

 

「うん」

 

 即答しないでよ。泣きたくなるじゃん。

 

「あ、私は単にアイズと出かけているだけなのでお気になさらず」

 

「デートか?」

 

「胸を張ってそう言えるようになりたいです…」

 

 ほんと、私たちの場合、デートじゃなくて、友達または姉妹にしか見えないからね…

 

「アイズ…行きましょうか…」

 

「うん」

 

 もう、やだ…

 

  

   * * *

 

 時は移り朝食時、絶賛食べ歩き中だ。

 いや~オラリオはいい。朝方でもじゃが丸くんが売っていた。

 私はシンプル・イズ・ベストの考えで塩味を三つ。

 アイズはクリーム多め小豆ましましの小豆クリーム味を二つ。

 因みにいうと、私が好きなじゃが丸くんの味は

 一位 塩味

 二位 クラネル家特性ソース味

 三位 小豆クリーム味

 である。

 私は既に三個すべて食べきっているが、アイズはまだ一つ食べきったところだった。私って食べるの早いのかな?

 それにしても、食べているところもかわいらしいね~小口だから少しずつしか減らないから長い間見てられるし。目福目福。

 そんなかわいらしいアイズを見ていると、頬にクリームがついた。自分で気づくと思っていたが一向に気づかない。

   ここで問題。

 クリームを私が取るか。自分で取らせるか。

 

 

 回答

 私が取る!

 

「アイズ、ちょっと失礼」

 

 一応断りは入れ、頬に手を伸ばす。ぷにぷにして柔らかい頬からクリームを取る、そして、()()()

 やった!やってやったぞ!かなり勇気がいるな、これ…

 

「すみません、クリームがついていたものですから」

 

「う、うん。ありがと…」

 

 おや?すこし頬が赤い。アイズとて恥ずかしいことはあるのか…当たり前だけど。

 

 

 

   * * *

 

 またもや時が移り、午前九時頃。あの後いろいろ食べ歩いてしまった。

 そして場所は摩天楼施設、バベルの四階。八階に行く予定だったがアイズから『シオンは一級装備を持った方がいい』と言われたので買えないが、貯金の目安を確認するために見ることになった。なんか、物凄い周りから視線感じるけど…めちゃくちゃ気配紛らわせたい…

 

「おや?」

 

 アイズを先頭に回っていた私はとある場所で足を止めた。それに気づいたアイズも足を止める。

 

「どうか、した?」

 

「いえ、この刀。素晴らしく良い物に見えたので」

 

 私が足を止めた原因、それはショーウィンドウに飾られた刀。一切無駄な装飾が無く、唯斬るためにある刀。しかも何か、変わった()()を感じる。

 

「アイズ、少し此処の店によっても?」

 

「うん、いいよ」

 

 店の中に入ると、そこには刀、何処を見渡しても刀。刀だけの空間。

 一本一本から変わった気配、そして何一つ同じ気配は無い。

 

「なんだお前ら、客か?」

 

 声を掛けて来たのは、極東出身の人に多く見られる肌に、黒髪赤眼、長身のヒューマン。

 

「客になりたい人ですよ。いい武器ばかりなので、思わず見てしまいたくなって。お金が足りないのが残念です」

 

「ほ~う。そうかい。と、そちらさんは【剣姫】かい?」

 

「どうも」

 

「アイズにはついてきてもらってるだけなので客じゃありませんよ?」

 

「わかってるよ。【剣姫】さんは刀を使わないようだからな、()()()()は使うみたいだけど」

 

 あはは…安定ですか…

 

「一応、言っておきます。私は男です。男ですよ。大事なことなので二回言いましたからね」

 

 そういった私に長身のヒューマンは『は?』と言いたげな顔をしていた。

 

「【剣姫】さん。こいつが言ってることは本当か?」

 

 その質問にアイズは首肯する。そしたらなんか申し訳なさそうな目で見て来た。

 

「大丈夫ですよ。慣れてますから。慣れたくなかったですけど」

 

「そ、そうか。じゃあ、ゆっくり見て行ってくれ」

 

 そう言い残し、長身のヒューマンは奥のカウンター席に座った。ここからは放っておくそうだ。

 それはありがたい。いろいろ見させてもらおう。

 そう思い、刀を見始めて数分が経過した時だ。

 ショーウィンドウの近く、角に寄りかかるように置かれた刀。その刀から他の刀とは系統の異なる気配を感じた。

 

「すみません。この刀、抜いてもいいですか?」

 

 刀の実態が気になり、抜刀の許可をもらおうと聞いた、だが返されたのは、

 

「お前さん、どうしてその刀にしたんだい」

 

 と、意味不明な質問だった。

 

「その刀は、周りにある刀と違った気配を感じて、気になったんですよ」

 

 意味は分からなかったが、答えられない質問ではないので、一応答える。すると、長身のヒューマンの目が人を観察するような目になった。

 

「いいぜ、抜いてみな」

 

「ありがとうございます、では」

 

 その刀を持つと、何故か自然と鞘と柄を固定していた紐が(ほど)ける。そんなのは意に返さず、数Cだけ鍔を上げ、刃を見る。その刃は鋭利に光っているように見えるだろう。だが、私には、死んでいるようにしか見えなかった。それを確認し、納刀。刀をもとに戻す。

 

「お前さん、確か、この店の客になりたいって言ってたな」

 

「はい、そうですけど、それがどうかしましたか?」

 

「なぁ、これは提案なんだが、お前さん、俺と契約しないか」

 

「…はい?」

 

 ……どうしてそうなった!

 

 

 

 




  オリキャラ紹介!!
 今回のオリキャラはまだ名前を公開してないので、名前は伏せて。

【ロキ・ファミリア】の門番 性別:男 種族:ヒューマン
【ロキ・ファミリア】のLv.3で一応美形。
 密かに、アイズ・ヴァレンシュタインに憧れている。

 長身のヒューマン 性別:男 種族:ヒューマン
【ヘファイストス。ファミリア】所属、Lv.4の刀鍛冶
極東出身で身長はシオンより高いが、筋肉質な訳では無い。  
ちょっと特殊な能力を持っている…  


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日常、それは約束

  今回の一言
 アイズを書くのが難しい!

では、どうぞ


 

 訳が分からん。どうして抜刀許可をもらうだけで契約しないといけないの?

 

「おっとすまねぇ。いきなり言われても訳が分からんよな。まぁざっと説明すると。俺は、契約者を探していた。自分の刀を使えるな。そして、それにお前さんが選ばれた、と言うことだ」

 

 うわ~なんか上から目線だし…てか、まだ意味わからん

 

「…もう少し詳しく説明すると、その刀の名は『選定の剣』。俺が契約者を探すために作った刀だ。そしてその判断基準が、三段階、まず一段階目、その刀を見つける。二段階目、その刀に触れられる。三段階目、その刀を抜ける。今まで二段階目までいったヤツはいたが、抜けたのはお前さんが初めてなんだよ。だから、提案した」

 

 ほ~う。つまり私はお眼鏡にかなったと。

 

「そうですか。あの、一つ聞きますが、契約する私のメリットは」

 

「簡単だ、うちの刀なら何でも使っていい。そして刀なら何でも直してやる。さらに言うとオーダーメイドも無料でいいぞ」

 

 まじですか…魅力的な提案…これは。乗った!

 

「わかりました、契約しましょう。ですが、気がかりがあります」

 

「なんだ?言ってみな」

 

「どうしてそんな、あなたにメリットの無いことをするんですか?」

 

 普通、これだけの優遇はしないはずだ。明らかにあちらが大損だろう。メリットが無い。

 

「メリット?おいおい、鍛冶にメリットなんか求めてんじゃねーよ。やりたいからやるんだよ。俺はお前さんに俺の刀を使ってほしいって思った、そしてお前さんの刀を俺が作りたいと思った。だからこうするだけだ。」

 

 ほーう。中々いいこと言うじゃん。まあ結局は自己満足がしたいだけか。なら

 

「いいですよ、そういう理由なら。もう問題はありません」

 

「そうか、ありがとよ。俺の名はカグラ・草薙。Lv.4。お前さんは?」

 

「私の名はシオン・クラネル、Lv.1です。よろしくお願いします、カグラ・草薙さん」

 

「よしてくれ。草薙でいいぜ、シオン。家名で呼ばれんのは嫌いなんだ」

 

「そうでしたか。失礼しました。では、草薙さん。早速ですが、この刀の修理をお願いできますか?」

 

 そう言い、差し出したのは愛刀『一閃』。やはり罅が入っても、直せるのなら直して、再度使いたい。

 

「この刀……二級品だぞ。それに()()()罅を入れるってどんな使い方したんだよ…」

 

 それは最もな意見で、実際『一閃』に入った罅は、剣先から、半ばまで無数の罅が入っている。下手に衝撃を与えれば、朝に見た、細剣(レイピア)のようになってしまう。

 

「シオン、この刀で何をした?もっと大事に扱えよ」

 

「いえ、私もそうしたいですよ。ですがね、流石にその刀も、第一級冒険者の本気の攻撃がまともに当たればこうなってしまうのですよ…」

 

「……シオン、確かLv.1だって言ってなかった?」

 

「そうですが、どうかしましたか?」

 

「なんで第一級冒険者と本気で戦って生きてんだよ…」

 

「いえ、死にかけましたよ。軽く」

 

「そうかよ、んで、その第一級冒険者てのは誰なんだ?【剣姫】さんか?」

 

 あはは、それ聞いちゃいますか…

 

「シオン、私も聞きたい」

 

 アイズまで入らないでよ…答えなきゃいけなくなるじゃん…

 

「…アイズが聞きたいのなら仕方ありませんね。私が戦ったのは【フレイヤ・ファミリア】所属の都市最強冒険者と謳われるオラリオ唯一のLv.7。【猛者(おうじゃ)】オッタルです」 

 

「「………」」

 

「シオン私聞いてない。いつ戦ったの?」

 

「昨日ですよ。問題事とはそのことです」

 

「……シオン。お前本当にLv.1か?」

 

「あはは、信じられないのなら無理に信じなくてもいいですよ。もう終わったことですから。それより、修理、可能ですか?」

 

「あ、あぁ。修理は可能だ。ついでに言うと強化も可能だ。どうする」

 

 ほほう、強化か…

 

「因みに強化の内容は?」

 

「属性付与。て言っても、不壊属性(デュランダル)は無理だが」

 

「…なら、どんな属性が付けられるんですか?」

 

「あー、珍しいで言うと、修復属性とか吸血属性とか非殺傷属性とかか」

 

「…なら、その効果を選ぶことはできますか?」

 

「ある程度は、何がいい?」

 

「では吸血属性で。一番カッコいいです」

 

「……シオンって、見た目は女だけど中身は完全に少年だな」

 

「見た目も男って言ってほしかったです…」

 

「いや、無理言うな。じゃあ、この刀は直しておく。明日の夕方にでもここに来てくれ」

 

「わかりました。では失礼します。また明日、草薙さん」

 

 

   * * *

 

 現在昼時、場所は南西のメインストリートにある『ウィーシェ』という洒落た喫茶店だ。『雰囲気が良い』『出されるスイーツが美味しい』等々の理由デートスポットとしても人気である。

『昼食にしましょうか』と言ったらアイズが『ここがいい』と言うことなのでお姫様のご要望に応えることにした。因みに、他意はない。うん、無いからね?

 

「それで、アイズ。ここにした理由は?」

 

「うん。前から食べたかったものがあるから」

 

「というと?」

 

「これ」

 

 そういい指で示されたのはとあるパフェ。ビックサイズのものらしい。それと…

 

「カップル専用……アイズ。これは大丈夫なのですか?」

 

「うん。食べれる」

 

「いえそう言うことではなく。この場合私とアイズがカップルですよね」

 

「うん」

 

「それはいいんです。むしろ望むところなんですが」

 

「うん」

 

「これ、いらぬ誤解を生みません?」

 

「誤解?」

 

 これ、正直言いたくないんだけど…

 

「私、見てわかる通り、見た目完全女性じゃないですか」

 

「うん」

 

「それとカップルと言うことは、所謂『百合』というものに、勘違いされてしまうと思うのですが…」

 

「大丈夫、シオンは男の子」

 

「男の子って言ってるのは分かるんですが、話の流れから、男の娘にしか聞こえません…」

 

「あの、ビックサイズパフェ、小豆クリーム味を小豆ましまし、クリーム多めで」

 

「あ、私はパンケーキのクリーム多め。それと苦めのコーヒーを」

 

「……はい。かしこまりました」

 

 ほら、店員の人私のこと見て苦い顔したよ、絶対勘違いしてるじゃん!

 というより、じゃが丸くんと同じ選択なのね。

 

「それで、シオン。話し合いたいこと、って何?」

 

「あぁ、そうでしたね。アリアについてです。情報共有と定期的な報告をするための周期と場所を決定をしようかと思いまして」

 

「…うん。わかった」

 

「…それでアイズはアリアの情報は入りましたか?何でもいいですよ」

 

「…無い、かな。でも、気になることは、ある」

 

「何ですか?」

 

「最近、ダンジョンがおかしい。それに、少しだけど、『反応』する」

 

「反応?ダンジョンで?何階層あたりからですか?」

 

「前の遠征で、五十階層あたりで戦った時、少し」

 

「何か異変はありましたか?」

 

「うん。変な芋虫みたいなモンスターが居た。黄緑色の、あと、それが巨大化したモンスターもいた、人型に近い」

 

 そんなモンスター、ギルドには登録されていなかった…

 

「新種…」

 

「うん、フィンもそう言ってた」

 

「でも、そのモンスターとアリアの関係性が見えませんね…」

 

「やっぱり、反応は関係ない?」

 

「現状では無いとは言い切れませんね。情報が少なすぎます。ですが、反応した場所、そして芋虫型に注意しておきましょう。私はできる限り情報を漁ってみます」

 

「うん、わかった。それと、新種でもう一つ」

 

「特徴と出現場所はどこですか?」

 

「花みたいだった、極彩色の。でも、ティオナ達は『最初は蛇みたいだった』って言ってた。あと、魔力がある方を狙う。それと斬撃に弱い。場所は()()

 

「地上?それはどういうことですか?」

 

「そのモンスター、昨日のフィリア祭の時に『地面から出て来た』ってティオナ達が言ってた」

 

「昨日?そんな情報届いてませんが…」

 

「多分、規制されてるんだろう思う」

 

「あれ?私に話して大丈夫なんですか?」

 

「うん、多分」

 

 テキトーだなおい。いいけどさ。

 

「では、出て来た原因は分かりますか?」

 

「わからない」

 

 と言うことは、極彩色の花形モンスターで出現原因正体共に不明。か。アリアとの関係は見えないな…情報が少なすぎるのもあるけど…仕方ない。

 

「あとはありますか?」

 

「ない」

 

「わかりました。では、情報共有は終わりにしましょう。タイミングよく、来ましたし」

 

「お待たせしました。……ごゆっくり」

 

 いや、また苦い顔で見ないでよ…一応男だから。

 

「「いただきます」」

 

―――――

パンケーキ完食。パフェ残り五分の四。

 

 やっぱり私って食べるの速いのかな…

 でも、食べているアイズを眺められるのはやはりいい。眼福眼福。

 そんな私の目線に気づいたのかアイズが此方を凝視してきた。

 

「どうかしましたか?」

 

「ごめん」

 

 そう何故か謝られ、手が伸びて来た。油断していたため反応が少し遅れ、頬を触られる。そして、スルッと指が通った。その指を見ていると、クリームがついていることに気づく。どうやら取ってくれたらしい。それをアイズは()()()()()()()()

 

「…………」

 

 ナニコレメッチャハズカシイ。

 やる方もやばかったけど、やられるとさらにヤバイ。とにかくヤバイ。何がヤバイかって?

 アイズがこれを恥ずかしがりながらやっているところがだよ!

 

「お返し、やられっぱなしは、いや」

 

 お返し?…あぁ小豆クリームのあれか。思い出すだけで恥ずかしい。と言うかやられっぱなしって…意外と負けず嫌いなところあるんだな…

 

―――――

パフェ残り二分の一 

 

 足りない。全然足りない。じゃが丸くんより燃費悪いぞパンケーキ。

 なんか頼むか…そんな気持ちでメニューを開いたことが始まりだった。目に留まったのは食べているカップル専用ジャンボパフェ。その下の欄には、味と注意事項が書かれていた。味はまだいい。だが注意事項が問題だった。

 

  注意事項

・この商品を注文されたペアは必ず一度は食べさせ合うこと。

・使うスプーンは一本まで。

・尚、事項を一つでも破れば、代金が全額の十倍となります。

 

「…アイズ、少しこれを見てください…」

 

「これ?」

 

 見せたのは勿論注意事項。それを読み終わったアイズの顔は中々面白かった…っとそんなことではなく、どうしてやろうか、これ…

 

「シオン」

 

 さすがに食べさせ合うのは私の心が持たなそうなので、切り抜ける策を考えていると。アイズが私を呼びながらスプーンを私に差し出す。その上には小豆クリーム。これは…まさか…

 

「あ、あーん」 

 

 ですよね~これはまずい。私の心も痛むし何より、視線が痛い。もはや殺気が込められているものまである。

 

「シオン、早く」

 

 やばい、戸惑ってるさまもカワイイ。見ていたいけど、視線が痛いので諦めて早く終わらせよう。

 

「…よし!いいですよ」

 

「うん。あ、あーん」

 

 差し出されたスプーンの上の小豆クリームを口内へ、味が全然わかんない。

 と言うかこれ、ヘスティア神が毎日狙ってる『関節キス』と言うヤツではなかろうか…

 

「次、シオン」

 

「は、はい」

 

 渡された―――アイズの手、ぷにぷにして柔らかい―――スプーンでパフェの小豆クリーム、それと白玉らしきものを掬う。覚悟を決め、差し出す。

 

「あ、あーん」

 

 差し出したそれをアイズはパクッっと一口、スプーンをその小さな口から取り出す。艶かしい音でも立てそうなくらいだったがそんなことは無かった。そしてアイズは微かに頬が赤い。私はそれ以上だろうが…

 渡されていたスプーンを返す。なんか気まずい空気になったので話題を提示しよう。あ、

 

「まだ決めてませんでした」

 

「?」

 

「定期的な報告の周期です。どうします?」

 

「……一週間?」

 

「まぁ、妥当ですね。短すぎたら伸ばせばいいだけですし。場所は?」

 

「ここ」

 

「ここ、ですか…まぁ大丈夫でしょう。時間はなるべく正午近く。私が【ロキ・ファミリア】のホームに迎えに行きます。いいですか?」

 

「いなかったら?」

 

「アイズに何か用事があったら門番の人に伝えておいてください。私は基本的何もありませんが、無いとは言い切れませんので、正午頃…昼の一時になっても私が来なかったら何かあると思ってください」

 

「わかった」

 

「決めることはこれくらいですかね。どうぞ食べてください。待ってますから」

 

「うん」

 

――――――――――

 

姫様食事中……食事中…

 

――――――――――

 

「お会計、1200ヴァリスです」

 

「え?安くないですか?」

 

 私の計算では、2300ヴァリスだったんだが。

 

「はい。少しサービスしました。お陰様で凄い儲けが出ましたので」

 

「儲け、ですか?」

 

「ええ。あちらのお客様が『いいおかずじゃあぁぁあ!!百合最高ぉぉ!!』と言いながらたくさん頼んでくださったので、儲かりました」

 

 店員さんが指示した方向には三人の男神が完全に逝った顔でテーブルに突っ伏していた。

 

「そ、そうですか…」

 

 ごめんなさい…私は男です…

 

「これ、1200ヴァリスです。またきます」

 

「はい、お待ちしております」

 

  

 その後、用事が済んだので、アイズは【ロキ・ファミリア】ホームへ、私は家へと向かった。

 

 

  今日の感想。

 収穫が多い日でした。

 

 

 

 




  オリキャラ紹介!
 前回に続き鍛冶師の彼。
 名前:カグラ・草薙。 因みに25歳
 刀鍛冶でありそれに関しては椿すら上回る。珍しい能力を持っていて、そのせいで、本当は使ってもらいたい自分の刀を使える人が限られていて、選定など面倒くさいことをしていた。そして、シオンに出会えた。
 何故か家名(ファミリーネーム)で呼ばれることを嫌っている。

 原作と日にちはそんなに変わってないよね?


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日常、それは鍛冶

  今回の一言
 刀の名前に一苦労
 
では、どうぞ


 時は約束の夕方。場所はバベル四階、草薙さんの店だ。

 

「ほらよ、ご希望通り、『吸血』が付けられたぜ。ひやひやしたがな」

 

 そう言いながら差し出された刀は、気配の変わった『一閃』。受け取り、確認のため抜刀。長さも重心の位置も以前と変わらない。だが見る限り、刃が本来の力を出したかのように鋭くなっている。それをやってのけた草薙さんの技術はかなり高いだろう。

 

「素晴らしいです。同じ刀とは思えません」

 

「だろうな。その刀、手入れしなかった期間があったんだろ?刃が鈍ってたぞ」

 

 ふ~ん。まぁ、お祖父さんがかなりの時間封印(物理)してたみたいだからな。

 

「ありがとうございました。あの、そういえば、吸血の効果を聞いてなかったのですが…やっぱりそのままですか?」

 

「まあな。その刀は血を吸う。それによって欠けても修復するぜ。折れたらさすがに無理だけどな。あと、扱いには気をつけろよ。『選定』を乗り越えられたから大丈夫だとは思うが、最悪、呪いに呑み込まれるからな」

 

「呪い?」

 

 あれか?呪詛(カース)とか言う使用中罰則(ペナルティ)が科せられる魔法か?

 

「あぁ、シオンは俺と契約するから教えておくべきか。少し長くなるがいいか?」

 

「問題ありませんよ」

 

「そうか。なら話すが、まずは俺についてだな。シオン、『呪術一族』って知ってるか?」

 

「字面から考えて、呪いを扱う家系、といったところでしょうか。もしかして草薙さんも?」

 

「あぁ、俺はその家系で生まれた。俺たちの家系は先祖代々、呪を使った封印とか、除霊とかをやってるんだが、俺は封印や除霊ができなかった。代わりにできたことが、呪いの『作成』『解析』『破壊』『解放』」

 

「それっておかしくないですか?」

 

「そう思うだろうな。シオンの言いたいことはこうだろ?『呪いの作成ができるなら、封印の呪いや、除霊の呪いを作れたんじゃないか』。あぁ、できなくはない。でも足りないんだよ。俺以外の一族(やつら)がやってるのは元々一ある呪いを十に増やして使う、効果の増幅。そして、俺がやっているのはその一を作り出す、作成。つまり効果が明らかに違ってくる」

 

「それなら、作成した呪いを、ご家族に増幅してもらえばよかったのでは?」

 

「あぁ、俺もそう思って、一族で神童と謳われた兄貴に頼んだんだが、できなかったんだ。兄貴からは『僕達が普段使っている呪いの系統と違うんじゃないかな』と言われたよ。実際その通りだった」

 

「系統が違う呪いを作ってしまうのなら、お兄さんの呪いでも真似て作ってみればよいのでは?」

 

「鋭いな。俺もその後そう考えたさ。だが、失敗した。作れなかったんだよ、兄貴の呪いの根本が。根本から違ったんだよ、俺の呪いと他の呪いは」

 

「そうでしたか…」  

 

「それがわかったら、俺は家から追い出されたんだよ。『使い物にならん奴は消えろ、一族の恥だ』って言われてな。そこで路頭に迷いそうになった時、俺はある刀鍛冶に拾われた。まぁ俺の鍛冶の師匠なんだが、俺はその師匠の元で三年間鍛冶を学んだ。そして、気づかされたんだよ、鍛冶の魅力に」

 

 鍛冶の魅力、ね…私で言うところの剣の魅力だろうか。

 

「俺は昔から、誰かの役に立ちたいと思ってたんだ。家では何もできなかったけど、鍛冶でなら役に立てる。それがわかったんだよ。だから俺は鍛冶をしているわけだ」

 

 うん、全然違かった。

 

「まぁ、これが俺の鍛冶をしている理由なんだが、次は俺の鍛冶で使う呪いについて説明する」

 

「鍛冶で呪い、ですか?」

 

「あぁ、その刀についている吸血属性も呪いだ」

 

 そういえば最初呪いとかって言ってたな…呑み込まれるとも

 

「俺は、師匠の元で三年間鍛冶を学んだ後、オラリオ(ここ)に来た。そして【ヘファイストス・ファミリア】に入団して【神の恩恵(ファルナ)】を授かって、できることが増えたんだ。それが、俺のスキル

呪詛刻印(カース・タテュー)】。俺が作ったものに呪いを付与できるようになった」

 

「…もしかして、その呪いに呑まれた人が過去に居たんですか」

 

 呑み込まれる、さっき草薙さんはそういった。選定を乗り越えたから大丈夫とも言った。つまり、選定を乗り越えず―――いや、選定せず、武器を使った人が呪いに呑み込まれた。その可能性が大きい。

 

「シオン、もしかしてとか言いながらほとんど断定してんじゃなーか、まぁ残念なことにそうなんだけどな」

 

 やはりか……だから選定なんて面倒なことを。

 

「因みに、呑み込まれると、どうなるんですか?」

 

「そりゃ気になるよな。呪いによって差はあるが、大体、狂う。例えばその吸血属性は、血を求めるあまりに、血を持つものはなんでも殺して吸っていく。それは刀が吸うんだが、最悪の場合、自分が吸血鬼紛いになって自分も血を吸うようになる。そうなったらもうどうにもできない」

 

「そうなったら、と言うことは、そうなる前なら何とかなるということですか?」

 

「あぁ、俺の魔法を使えば、呪いの解呪(破壊)ができる。呪いが刀だけに収まってればまだそれを解呪(破壊)すればいいだけだからな」

 

「つまり、刀だけではなく、使用者まで呪われた際、解除(破壊)しても、何らかの影響によって生存は不可、意味が無いということですか。因みに聞きますが…使用者まで呪われた際に解呪するとどうなりますか?」

 

「…あんまいいたかねぇが、植物人間になるか、狂人(バケモノ)になるかその場で精神肉体共に爆散する。全部もうみたかねぇ」

 

「…何と言いますか…ご愁傷様でした…」

 

「言うな、マジで」

 

「まぁ、その、ありがとうございます。お話聞かせてくれて。呑み込まれないように気を付けます。あと、オーダーメイドをお願いしてもいいですか?効果が付いた刀があと四本程欲しいんです。呪いも指定で。その効果があれば、ですが」

 

「おう、いいぜ。とりあえず、シオンは明日暇か?暇なら俺の工房で話し合って、その場で作ろうと思うんだが」

 

「はい。明日、予定はありません。なのでいいですよ。ですが、私は草薙さんの工房を知らないので、早朝…はさすがに早いと思うので、九時頃、此処で良いですか?」

 

「おう、問題ないぜ」

 

「ありがとうございます。では、また明日」

 

  

   * * *

 

  余談

 

「あ、シオン。『一閃』戻って来たんだ」

 

「はい。凄い能力もついてますから下手に触れないようにしてくださいね」

 

「うん!で、その凄い能力って…」

 

「刀が血を吸う、『吸血』です」

 

「な、何それカッコいい!」

 

「そうでしょう!」

 

   * * *

 

 早朝鍛錬――日が昇る前から始めてたが――を終え、朝食後、また少し鍛錬してから、草薙さんとお店で合流。向かったのは北東のメインストリートから小道(こみち)裏道を進んで行くと、とある煙突付きの工房の前に着いた。中に入るように促され、従うと、そこには大量の気配と、それを発する刀。槌などの鍛冶に必要な道具。それに炉。あとは見慣れない札らしき物。あれが呪いなのだろうか。

 

「んでだ。ここが俺の工房になる訳だが、わりぃ、座るとこがねぇな。立ったままになるが、いいか」

 

「問題ありません」

 

「そうか。んで、シオンの欲しい、刀の呪いは何なんだ?」

 

「それはですね…」

 

―――――――

 

「…まじか、シオンってかなり命知らずだよな、俺はお前を信じるが」

 

「ありがとうございます。あと、作業風景見て行っていいですか?少し興味がありまして」

 

「いいぜ、ただ俺には近づいたり、周りのものに触れないようにな。下手すれば失敗して、作成途中に呑まれる」

 

 まじかよ、どんだけ危険なんだよ…呪い。

 

 

   * * * 

 

 場所は同じく工房。現在上半身裸。何故かって?

 予想以上に熱がこもって()()()()じゃなくて()()

 風で冷やそうにも風が温い。 

 あ、因みにもう刀は二本完成しております。今は呪いを馴染ませてるとのこと。

 完成度は一級品。こんな物を無料でもらうとなると、少し背徳感が…今度、感謝の気持ちを込めて、酒でも奢ろうか…

 と、恩返しの方法を考えていると、等間隔で鳴っていた槌の音が止まる。水に入れ、冷やし、刃の仕上げに入っていく。全体的に砥ぎ、それを終えると、銘を刻む。普通の刀の工程はすべて終わらせ。最後に呪い。普通の気配だった刀が異様な、それも他とは比べ物にならない気配を纏い始める。いままで作ってきた呪いよりもだ。それに草薙さんも顔を顰めたが、ギリギリ耐えたようだ。

 三本目が完成したな。これまた一級品。この呪いは初めて試すらしいが。

 それを近くの机に横たわらせ、また炉の前に戻る。

 そして、同じ工程をまた行う。呪いも刻み終えた。刀を横に置く。すると草薙さんは、壁際へ行き、棒状の物を捻る。すると、ガシャ、と音を立てて光が差し込む。その光は陽光ではなく月光。すでに夜となっていた。

 すぐさま中の空気を、外に出し、涼しい外の空気を中に入れる。精霊の力をこんなことに使ってるのが、何と言うか、複雑な気持ちだ。

「……とりあえず、終わった。今回は本気でひやひやしたぞ、特に三本目と四本目。少し呪いが回って来たぞ」

 

「呪いって、製作者にも回るんですね、呑み込まれないんですか?」

 

「最悪呑まれる。だがな、耐えてると慣れた。そして何故か呪いで耐異常があほ高い」

 

「因みに、おいくつ?」

 

「Bだ」

 

「…お疲れ様です」

 

「気にすんな。それより、早くもってけ。最後の呪いも、もう馴染んでるはずだ」

  

 なんか早い気が…まぁいいか。

 

「ありがとうございました。私の我が儘に答えてくれて。この刀たちも大切にします」

 

「おう、うんじゃあな」

 

「はい。また何かあったら、お店に伺います」

 

「そん時も、我が儘を受け付けるぜ」

 

 

   * * *

 

  余談

 

「シオン君。その刀は何だい?」

 

「オーダーメイドの一級品装備ですよ。しかも特殊武装(スペリオルズ)です。凄いでしょう?」

 

「…道理で。君がヘファイストスの武器を遠慮した理由が理解できたよ」

 

「何か勘違いしてません?まぁいいですけど。あと、私の刀に下手に触れると、最悪それだけで死にますから気を付けてくださいね」

 

「君はなんて物騒な物を持ってきてるんだい!」

 

 

  

  

 

 

 




 刀の呪いが気になる方、次まで待とう!

 オリキャラまとめ
 カグラ・草薙  性:男  種族:ヒューマン 職:刀鍛冶兼冒険者
 元呪詛一族、特殊な能力持ち。
 Lv.4ながらも恐ろしい耐異常の持ち主。
 刀鍛冶の腕は一級、だが刀以外打てない。
 過去に何度か呪いによって辛く苦い経験をしている。  


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効果、それは呪い

  今回の一言
 紹介と伏線、面白いことは無いよ?

では、どうぞ


 私は今、ダンジョン12階層のとあるルームに来ていた。かなり凄い格好で。

 このルームは、繋がる道が一本しかなく、中々明るい。壁も階層内で比較的硬く、ちょっとやそっとじゃ崩れないため、トレーニングには最適なのである。

 だが今日はトレーニングの為ではない。目的は試し斬り。昨日草薙さんから作ってもらった刀と『一閃』のだ。

 道中で『一閃』は試したが、最高だ。特に吸血。カッコいい!。

 試すのは一本ずつ。刀身が漆黒の刀を抜く。これに付けてもらった呪いは『非殺傷』。どう足掻いても生物を殺すことのできない刀だ。だがその代わり、体力や精神力を吸い取るんだとか。因みに吸った体力や精神力は刀の使用者に移るらしい。まぁ、実際に試してみるのが早い。

 丁度よくモンスターがやって来る。ってレアモンスターじゃないですか!くっ、非殺傷なのが惜しい。いや、いいのか?

 現れたモンスターの名は『タンクマウス』。体長が2M程あり、皮膚が硬い。レアモンスターで、落とすドロップアイテムも高価で、魔石は上層で一番大きく、体長に見合わない速さと、アホみたいに高い体力を武器としている。そして、とにかく逃げる。面倒だが、『おいしい』モンスター。

 このモンスターの武器は()()と速さ。なら、それを奪ってしまえば?

 ……好都合じゃないですか!!

 

「ギュルゥゥゥゥぅぅ」

 

 あ、そういえば、気持ち悪いことにも定評がある。だがそんなこと関係ない。

 出入り口の前で構え、逃げられないようにする。勿論逃げるために向かってきた。そいつを()()

 手ごたえはあったが、斬った感触が無い。何とも不思議な感覚だ。

 何が起きたのか理解できてないタンクマウスは隙だらけ、更に斬っていく。ついでに三段突き。刀の耐久を調べるためだ。だが刀は余裕で耐える。さすが一級品。

 三十秒くらいして、突然タンクマウスが伏せる。何かの攻撃かと思ったが、眼が完全に逝っていた。こりゃ体力が全部持ってかれたからか?そういえば、私の体は活力が漲っている。これは凄い。

 さて、この刀の名前は何にしようか。

 …刀身が黒だから『黒鉄』?う~ん、もう少しカッコいいの…

 体力や精神力を吸う…体力や精神力を食べる?食べるモンスター……食物連鎖…龍?

 あ、『黒龍』にしよ。カッコいいし。

 

 じゃあ次、もう一本の『非殺傷』。刀身は青光りしていて、装飾が無いのに、誰が見ても美しい刀だ。

 試しに一振り。重心の位置は『一閃』と同じ。けどこっちの方が軽い。刀の通った道には青色の残光が見え、暗い場所でやれば幻想的だろう。

 う~ん。この刀は何て名前にしようか…これも『非殺傷』だから双剣みたいに似た名前にするか。

 …青が印象的だから、『青龍』でいっか。

 

 じゃあ次、【ステイタス】補正の呪いが付いた刀。刀身は雪を彷彿させる色。だが、光りを反射し、一部銀色に見えるところがある。

 抜いた瞬間に少し目眩がしたが、急激な【ステイタス】の上昇によるものだろうか。

 斬れ味は……お、丁度いいところに地面に突っ伏してる硬い物が。

 太い首に刃を当て、差し込む。硬いはずの皮膚にいとも簡単に刃が通り、あっさり切断。断末魔を上げることなく魔石とドロップアイテムになる。おぉ、収穫収穫。ていってもバックパック持ってきてないから角に寄せるしかないんだけどね。

 とりあえず、斬れ味の凄まじさは理解した。だが、これじゃや【ステイタス】の補正度合いがわからんな。

 う~ん…全部試すか。

 

――――――

 

 ほいっと大体わかった。こりゃ凄い。

 私の元々の【ステイタス】が高いのも相俟ってか、

 力はLv.3 耐久はLv.2 器用はLv.6 敏捷はLv.5 魔力はLv.4

 くらいはあるんじゃないだろうか。比較対象がいないからわからんが

 因みに調べ方は殴る、殴られる。()る。走る。使う。という単純作業。

 チートだろ!とか思いたくなるけど、これ結構体に負担がかかったりする。

 さ~て、この刀は何て名前にしようか。

 刀身が雪みたいだから『雪斬』…いや性能も名前に入れたいな。

【ステイタス】に補正がかかることで、戦いを逆転させ、乱れさせることができる…繚乱?

 普通にくっつけて『雪斬繚乱(せつざんりょうらん)』とか?いいやそれで。

 

 はい次!もう名前は決めていた『紅蓮』。何故かって?この刀の呪いは『煉獄』。簡単に言うと炎を刀身に纏わせる刀だ。こういう名前が合うだろ?

 あと安心していい。柄は耐熱性の素材と耐熱の呪いを使っているため、常に常温だ。

 因みに、呪いの二つ以上の同時行使はかなり危険だ。でもできてしまうのが私である。

 この刀は抜刀と完全に同時に発炎(はっか)する。つまり、ゆっくり抜くと鞘が燃える。中々恐ろしい刀。鎮火するには納刀しないといけないため、両方、神速でやらなければならない。

 その間、柄に熱が伝わらなくとも、炎からの熱は感じる。我慢できるレベルだが。

 さて、と

―――――

 少し試し斬りをして、戻ってきた。 

 うん、普通に強い。斬ったら火傷と切り傷のコンボで大体痛みに悶えてくれるから、楽。

 あと、試してみたいことが出来た。

 神速で抜刀、今回も大丈夫。 

 

「【目覚めよ(テンペスト)】――【エアリアル】」

 

 魔法を使い、風を炎を纏った刀身に重ね掛けで纏わせる。するとどうだろう

 炎の刃がより一層強い炎を纏った。そして、風を少し動かす。イメージは伸びた刀身に風を纏わせるような動き。それによって、炎の刃が伸びる。やっぱりできた。射程(リーチ)を伸ばせる炎の剣。しかも、この炎が伸びたところは実態が無い。つまり、防げない、と言うことだ。強い…

 こっちはできた。ならもう一つはどうだろうか。

 風を刀身から、前方。ルームの通路がある壁と反対側の壁に収束。約三十秒それを続け、風を、空気を溜める。

 収束が解かれないように維持しながら、『紅蓮』を大上段に構える。

 成功することを祈りつつ、叫ぶ。

 

「焼き尽くせ!【ブレイズ・インフェルノ】!」

 

 それと同時に全力で振り下ろす。

 炎が収束された風に当たり、次の瞬間。熱と光。思わぬ不意打ちに目を瞑ってしまう。

 そして閉じた瞼を上げる。するとそこには比喩で作った技の名前の通りになっていた。

 【炎の地獄】の文字道理。そのまま。他に例える言葉が無い光景。

 ルームがさっきより広くなっていて、ダンジョンの壁が()()()()ていて、『紅蓮』を振った方向。そこには2M強の風穴ができていた。

 ダンジョンはすぐさま修復に入る。でもさすがに被害が大きすぎるのか、遅い。

 と言うより風穴って…未探索領域見つけちゃったよ。

 

 この技はしばらく封印だな。それと、一応風穴の先の探索もしておこう。

 

   

――――――

 

 風穴は3M近く空いていて、その先には逆円錐状の超巨大闘技場のようなルームとなっていた。高さは階層またいでぶち抜いてるほど。広さは、オラリオの円形闘技場(アンフィテアトルム)より広い。所々にモンスターがいるけど、全部Lv.1だし問題ない。

 うん、此処は秘密にしておこう。【猛者(おうじゃ)】と戦うのはここがいいな。

 

 確認も済み、振り返ると、私が空けた穴は既に半分ほど塞がれていた。身を小さくし、通ろうとしたが刀が突っかかってしまったため、『雪斬繚乱』で【ステイタス】を強化し、壁を壊して通り、小さいルームに戻る。すると壁の修復はまた始まり、見ていて気付いたが、此処の修復は他よりも全然早い。

 今日の用事は済んだため、帰ろうと歩みを進め、ルームへ出る寸前、あることに気づく。

 タンクマウスのドロップアイテムと魔石……焼き払ってた…

 

 

 

   * * *  

 

  余談

 

「ベル、どうかしたのですか?」

 

「うん。今日七階層まで潜ったんだけど、ダンジョンが凄い揺れてさ…ゴゴゴッ、って凄い音が響いたんだ。あれが怖くてさぁ~」

 

「……安心してくださいベル。何も怖がることはありません。もうやりませんから…」

 

「やらない?」

 

 

 

   * * *

 

  余談2

 

「シオン君。その恰好はどうなんだい?」

 

「どうって、何がですか?」

 

「防具を外してその代わりに刀を五本、しかも全部一級品…駆け出しがもつものじゃないよ…それと、刀の持ち方がおかしい」

 

「そうですか?」

 

「うん。腰の二本はまだわかるけど、日本刀を背中に下げるって…普通しないよ?あと、帯びる場所が無いからって五本目を手に持つのもやめようよ。帯びる場所がないならおいていきなよ…」

 

「いえ、今日は試し斬りなので問題ありません。それでは」

 

 

 

 




 ネーミングセンスに文句があるヤツ!許してくれ!これが私の限界だ!
 
 あと、そこには人口迷宮があるんじゃない?とか思っている人たちへ。
 人口迷宮はダンジョンに沿うように作られていますが、それはダンジョンを囲むように、と言う訳ではありません。あくまで片側、つまりもう片方は不明。なのでこんなのがあってもおかしくない!という独自解釈&独自設定です。


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第五振り。進展地での出会い
謎、それは開拓


  今回の一言
 シオンのチート度が増えた気がする…

では、どうぞ


 

 翌日、私はギルドにベルと共に来ていた。

 ベルはエイナさんへの報告。私は情報収集のためだ。

 先日、アイズから聞いた。花や芋虫とその人型モンスターについて調べるためだ。

 希望は薄いが、情報掲示板を見る。やはり、情報規制の所為か、手がかりは無い。

 まぁ、わかっていたことだ、問題は、ギルド内でもこの情報が規制されているかどうか。と言うことだ。

 

「ミイシャさん。ちょっといいですか?」

 

 私が呼んだのはギルド受付嬢兼アドバイザーのミイシャ・フロットさん。私のアドバイザーと担当してもらっている。アドバイスは何もしてもらってないが、情報収集に役立つ人だ。

 

「あ、シオンくんじゃん。なになに?今度は何の情報が欲しいの?」

 

 それをあちらも認識しているらしく、私が来る=情報をもらいに来た。ということらしい。事実だが。

 因みに、ミイシャさんは私のことをちゃんと男と認識し、名前とくんを言う時間差(タイムラグ)が無い。

 

「今日はモンスターについてです。あと、個室で良いですか?情報規制されていることなので」

 

「それを私に聞くんだ…」

 

「ミイシャさんだから聞くんですよ」

 

「…わかった。それじゃあ行こうか」

 

「ななぁかぁいそぉ~⁉」

 

 私たちが個室に向かうとき、そんな叫び声がギルドに響いたが、気にしないことにした。

 だってあれ、エイナさんの声だし。

 

 

   * * *

 

「さて、シオンくん。そのモンスターってどんなモンスター?」

 

「緑色の芋虫型、それの巨大な人型、極彩色の花型。この三種についてです。恐らくギルドに登録されてない新種のモンスターです」

 

「う~ん。確かにそんな特徴のモンスターは登録されてないね。ギルドでもそんなこと言われてないし…ていうか、新種ってわかってて、私に聞くっておかしくない?」

 

 ギルドでの情報規制も有り、か。なら、

 

「おかしくありませんよ、情報収集が趣味のミイシャさんなら何かしら知ってるかと」

 

「え?私シオンくんにそのこと言った?」

 

「いえ、言ってませんよ?一方的に知っているだけです。あとミイシャさんはかなり有名ですよ」

 

「え、ほんとに?」

 

「はい、巷では『情報の魔女』とか『ギルドの情報変態』とか呼ばれてます。と言うか、自分についての情報は入ってこないんですか?」

 

「いや、そのことは知ってた。けどね、自分のことだとは思わないじゃん!」

 

「そうですか。で『ギルドの情報変態』ことミイシャさんに聞きますが、それについての情報は入ってませんか?」

 

「……あ!思い出した!昨日ギルドに【ロキ・ファミリア】の【勇者(ブレイバー)】が来て、そんなこと言ってた!そういえばそれも情報規制されてたっけ?なんでかな?あれ、なんで私情報規制されたこと話してんの?」

 

「まぁ、そんなことより、本当にフィンさんが昨日ギルドに来てそのことを言っていたんですか?」

 

「うん。それは確かだよ」

 

 なら今度、アイズに聞いてみようか。答えてくれるかはわからんが。

 

「ありがとうございました。その情報だけで十分です」

 

「そう?ならいいんだ、じゃあね~」

 

 

   * * *

 

  余談

 

「くしゅんっ」

 

「どうしたアイズ、風邪か?」

 

「たぶん、ちがう」

 

「誰かがアイズのこと噂してんのかもよ~」

 

「ティオナ。そしたらアイズはくしゃみがとまらないわよ」

 

「そうですよ!アイズさんは有名人なんですから!誰だって噂しちゃいますよ!」

 

「気を抜くな」

 

「はい団長!」

 

   * * *

 

 個室から出ると、すぐ近く、場所で言うとギルドの端っこにベルとエイナさんがいた。何やら背中を見せているが、【ステイタス】か?いやでもなんで。

 

「ぁ……も、もういいよ!」

 

 近づいていくと、見せ終わったのか、ベルが上着を着た。心なしか二人の顔が赤い。

 面白そうなので、気配を消す。それでこの二人くらいなら騙せる。

 少し傍観していると、ベルが着替え終わる。そして、着替え終わったベルをエイナさんは全身くまなく隙間なく嘗め回すようにじっくりと見た。いや、流石に言い過ぎか。

 

「な、なんですかっ?」

 

 そんな視線にベルは戸惑いを隠せない。元から見られるのに慣れていないのだ。私もだが。

 

「ベル君」

 

「は、はい?」

 

「明日、予定空いてるかな?」

 

「………へ?」

 

「デートですか」

 

「「うわぁ!!」」

 

 いや、いきなり気配を出したからってそんなに驚かないでもらえます?

 

「って、デートじゃありません!」

 

「いやデートですよ。男女が二人っきりで、お出かけ…なんて…」

 

 と言うことは、私はアイズとデートしたと言っていいのか?いいんだよね?

 いや、見た目上ないか…もう、ほんとヤダ…

 

「シオン、どうかしたの?」

 

「いえ、言ってて自分が悲しくなってきただけです。気にせず明日のデートを楽しんでください」

 

「ですからデートじゃありません!」

 

 

   * * *

 

 時は行き過ぎ、翌日の早朝。私は人のデートの邪魔をしたくないので、ダンジョンに来ていた。因みに、未開拓領域の十二階層超巨大ルームだ。

 入り方は簡単、風を『雪斬繚乱』に纏わせて本気で三段突き。それで壁をぶっ壊す。さすがに毎回『ブレイズ・インフェルノ』はやってらんない。 

 先日ここに来たときは、ただ見ただけなので、細かく探索をしていない。

 一応、未開拓領域なので、念のため、いろいろな物を持ってきた。

 (マーカー)、大きめの羊皮紙、ペン、刀一式。手入れ道具一式、バックパック、飲み物、携行食料、高等回復薬(ハイ・ポーション)

 そのほかにもあるが、まぁ、使わない可能性が高い。

 捜索をするにあたり、まずは(マーカー)。壊した場所の修復が早いことは知ってたので、帰り際に何処から来たかわからないなんてことを防ぐためだ。

 (マーカー)は全長1M、直径10Cの巨大針のようなものだ。

 それを地面に突き刺す。30Cくらいで問題ない。

 

 次に羊皮紙の下辺に点を書き、そこから見える範囲での簡易地図を作成する。

 

――――――― 

 見える範囲が広すぎて時間が掛かったが、しっかり終わらせ、バックパックへ。

 前よりモンスターが増えていたので注意しつつ、探索開始。

 武器は基本、『一閃』と何か。最近挑戦している手数で攻める二刀流だ。 

 普通なら荒くなる二刀流でも、器用値が高い人ならかなり強い。

 何故か集団になっているモンスターを殺しつつ、探索&簡易地図作成(マッピング)。死角で見えていなかったが、このルームはいくつもの道と繋がっていた。その道も地図に記していく。見つけられた道の入り口をすべて書き終えると。次はその先。念のため慎重に進みながらの簡易地図作成(マッピング)

 

―――――――

 簡易地図作成一旦終了!体内時計現在昼の一時。所要時間約八時間。

 できそうなところまでやり、休憩。昼食だ。

 持ってきたのは、サンドウィッチが三つ。短時間で簡単に作れる為、結構持ってくることが多い。

 まぁ、サンドウィッチくらいなら、二分もあれば食べきれる。これじゃあ休憩にならないので今までの探索結果をまとめよう。

 

 まず、ルームの広さ。歩数で測ってみたところ、直径は772Mとマジででかい。

 高さ、これは目測だが、中心地から天井まで約200M。バベルよりは全然低い。

 まぁ高いことには変わりないんだけどね。

 次、出て来るモンスターの特徴。

 基本的には上層のモンスター。だが、偶に中層のモンスターも見られる。

 さらに言うと、そこらのモンスターより強く、魔石が大きい。所謂『強化種』だ。

 一度しか遭遇しなかったが、『変異種』もいた。そいつは倒すのに少し手間取った。魔石もかなり大きい。恐らく下層レベル。下層のモンスターを見たこと無いからわからんが。

 次、めちゃくちゃあった道。

 すべての道を探索したが、ほとんどが行き止まり。数本の道には階段らしき物――段が(いびつ)過ぎてそう呼んでいいかわからず――があり、さらに奥があった。奥にはまだ行ってない。

 光源は意外と多く、中々明るい。

 道端には剥き出しの鉱石や水晶。偶にきのこなんかもあった。実に不思議だ。

 次こんなところがある理由。

 現在不明。第一、ダンジョンに存在理由を求めてはいけない。求めたところで意味が無い。

 

 っと、こんなもんか、まとめられてない気がするがいいか。本来の目的は休憩だ。

 数分できたしいいや、体力や精神力はモンスターから奪えるし。私にとっての休憩は気持ち的な意味しかないからな。

 と言う訳で探索&簡易地図作成(マッピング)再開。今度は奥まで進もう。

 

 

―――――――

 ほいっと。やってきました最後の道!結局、他の数本は長いだけで結局行き止まり。ここまで来るのに二時間もかからなかった。   

 最後の道は少し期待している。

 この道は、階段らしき物が比較的整っていて、その代わりなのか、少し暗い。

 入り口付近ではモンスターに遭遇せず、初めの捜索時、付近で生まれたモンスターが、本能的にか、ここから逃げた。

 モンスターが逃げる。その原因は、例外を除けば『本能的に勝てない』と思った時だけ。つまり、この先には今までのとは比べ物にならないくらいの強いモンスターがいる。

 変異種までここにはいるのだ。それは楽しみになるだろう。

 ぴょんぴょんする心を落ち着かせ、抜刀。抜いたのは『一閃』と『雪斬繚乱』。

 【ステイタス】の補正による目眩はもうない。何度もなり、慣れてしまった。

 警戒を強め、走る。簡易地図作成(マッピング)は後だ。

 曲がりくねった長い階段らしき物が終わり、先にあったのは直線の一本道。

 少し走ると、強い光。その先に異様な気配。気配を紛らわせながら、突っ込む。

 明るさの違いに目を細めたが、すぐ慣れさせる。その間に止まり、真正面へ構える。

 異様な気配の根源は真正面にあり、そこへの警戒は最大限だ。 

 そして、見た。異様な気配の正体。そして、この光景。

 

 青く生い茂った()()、そこに実る()()()()()()。天井や壁や木から生えているように見える()()()()()()。無色透明で透き通った川。話で聞く限りの十八階層のような光景。

 そして、真正面。気配の正体は、巨木。目測で高さ約140M、幹の直径が約5M程。

 巨木は綺麗な赤橙色(せきとうしょく)で曲がることなく直立している。

 周りの木のように水晶は生えておらず、葉の色は、紅。鮮血のような色。

 発する気配は依然弱まらず、その気配がこの木が生きているように思わせた。 

 

 索敵を全方向へ………生物の気配および気配を消している存在なし。

 もう一度巨木のみに集中……攻撃してくることは…恐らくない。

 それがわかり、警戒は解かずに『雪斬繚乱』のみ納刀。これは負担が大きいからな。

 

 まさか、こんな気配が()()()()から発せられるとは。驚きだ。

 というか、これがモンスターが逃げた脅威か。モンスターじゃないのかよ。

 とりあえず腰を下ろし、『一閃』を持ったまま巨木に寄りかかる。すると、背中から一定間隔で脈動を感じた。微弱だが、確かに動いている。

 それが伝わってきたのは巨木、耳を当てると音も聞こえた。液体が下から上へ流れていく。それは水ではない。水はもっと滑らかに流れる。

 試しに木の皮を斬る。刃が入るのに抵抗があった。地上にある木くらいなら、『一閃』を使えば抵抗なく切れる。わかってはいたが、地上の木とは全然違う。

 5Cほど斬ると、少し違った感触がする。恐らく目的の液体だろう。刃を抜き切れ目を見る。少し経つと、その切れ目が赤色変わった。葉と同じ鮮血の()()()色の液体。

 嗅ぎなれた(にお)い。鮮血ような、なのではない鮮血だ。

 確認のためその液体を『一閃』に浸ける。『吸血』が起きたら確定だ。

 浸けた液体は、刀に吸われ、消える。

 本当にこの巨木から出た液体は血だ。でもどうして。

 ……あ、もしかして竜血樹か?いやあれは樹液か、鮮血が樹液なんて思いたくもないしな。

 こりゃ考えるだけ無駄そうだ。わからん。正体不明。理解不能。八方塞がり。考えようがない。

 やめだやめだ。なんも考えるな、頭が痛くなりそうだ。別ことを考えろ。

 

 ……そういや、さっきからモンスターが出てこないな…もしかして、この木のおかげ?

 ここがダンジョンのエネルギーを吸って、周りにモンスターが生めない、のか?

 そういえば十八階層もモンスターが生まれないんだったな。やっぱり同じなんだろうか。

 確か、十八階層がその階層丸ごとだったらしいが、此処は精々一階層の四分の一くらいの広さだろう。

 十八階層が『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』って言われてるからな…何て呼べるかね…

 ここは楽園と言うには小さすぎるし、公園と言うには広すぎる。まず公共施設じゃなし。

 ……安楽地?それなら広さも関係ないし、実際安らぐから呼び方としても問題ない。

 『迷宮の安楽地(アンダー・レストポイント)』雑すぎるがそんなところか。

 

 さて、やること無くなったし、地図作りながら帰りますか。

  

  

 

 

 






『迷宮の安楽地』のネーミングセンスが雑なのは許してくれ


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祝杯、それは記念

  今回の一言
 最後、意味深な回です。

では、どうぞ


 時は行き過ぎ現在、日が傾き始める五時過ぎごろ。大荷物を背負いながら、邪魔にならぬよう、屋根上を移動している。

 ダンジョン帰還後、ギルドで換金を済ませ―――因みに35万260ヴァリス―――すぐにホームへと向かったのだが、途中、女の子の悲痛な声が聞こえ、その後に男の荒々しい声が聞こえたので、気になり、音源へ向かっているところだ。

 ぴょんぴょん、と数時間前に落ち着かせた心情を体現したかのように屋根を跳びはねる。気配は言うまでもない。抜刀していなくとも、これくらいならそれほど力を必要としない。

 屋根伝いに進むことで、入り乱れる裏路地も関係なく、最短距離で向かえる。

 程なくして、現場に到着。そこには倒れる小人族(パルゥム)の少女と直剣を構える雑魚そうなヒューマンの男。そして、何故かわからんが【ヘスティア・ナイフ】を構えるベル。

 

「はぁ?何言ってんだクソガキィ」

 

 お?ベルをクソガキ扱いとはいい度胸じゃないか。

 

「止めなさい」

 

 そこで、現れたのは、いかにもお使い中のリューさん。登場の仕方がカッコいいな。じゃあ私もそれに合わせて…

 

「あぁ?だれだテメェ」

 

「まぁまぁそんなことはお気になさらず。野蛮な雑魚ヒューマンさん」

 

 言葉を発するのと同時に『一閃』ので首の横、ギリギリ神経を斬らない所まで刃を入れる。出てきた血を『一閃』が吸い取っていくが、正直こいつの血などいらない。

 

「お前……どっから…」

 

 どうやらこの雑魚ヒューマンはこの程度で困惑するらしい。呆れるな。

 溜め息を堪える労力すらもかけるに値しない雑魚に呆れ全開で言ってやる。

 

「どうでもいいでしょう。私が現れた程度で困惑する雑魚ヒューマン。そんなことより、さっさと消えてもらえませんか?でないと」

 

 ここで、呆れを殺意に変え、一言。

 

「私が消しますよ」

 

「ひぃっ!」 

 

 その一言だけで、この雑魚は恐怖し、逃げ腰になる。と言うか全力で逃げてった。さっきまでの威勢はどうしたのやら。

 ほんと、呆れる。出した殺気は『強化種』のゴブリンくらいなのにな。

 弱者程よく吠えると聞くが、どうやら本当にそうみたいだ。

 

「……何その荷物」

 

 私が絶賛呆れながら逃げていく雑魚を眺めていると、こちらに訳が分からんかのような声で問うてきた兎がいた。まぁ聞かれたからには正直に答える。

 

「ダンジョン帰りなんですよ。かなり稼げましたよ」

 

「もしかして、また中層いってたの?」

 

「今日は行ってませんよ」

 

 実際、ばか広いルームと道と迷宮の安楽地(アンダーレストポイント)――かってに言っているだけだが――を探索しただけで、最初の死線(ファーストライン)は越えてない。中層レベルで戦ったが、それはあくまでモンスターが、と言う話だ。

 

「シオンさん。貴方はまた常識外れのことをしているのですか」

 

「酷いですね…ただ常識に囚われていないだけですよ」

 

「それにも限度がある。まず装備を改めるべきだ」

 

「大丈夫ですよ。これで生きていけますから」

 

 因みに今日の私の装備は、動きを阻害しない戦闘衣(バトル・クロス)を着て、左腰に『紅蓮』、右腰に『雪斬繚乱』を帯び、肩から柄が出るように、背中に『黒龍』と『青龍』を交差させ、『一閃』は基本抜刀したままで、鞘はバックパックに突っ込んでいる。

 回復薬(ポーション)などを入れるレッグホルスターは、服の上から右太股に巻き、バックパックは、サポータ顔負けの物を使い、戦闘時は勿論下ろしている。

 と、こんな感じだ。

 

「それよりシオン。かなり稼いだって言ってたけど、どれくらい稼いだの?」

 

 そう問われ親指と人差し指と中指を立てる。その行為にベルは少し首を傾げたが、理解したかのように『あ~』呟いた。さすが我が弟、言葉なしでも伝わるね~

 

「3万ヴァリス稼いだんだ!さすがシオン!」

 

 ダメダ、私とベルにに以心伝心なんて存在しなかった。

 

「ベル、私の稼ぎはそんなに少なくありませんよ…」

 

「え?何言ってるのシオン?3万だよ、3万。ソロでそれは凄い多いじゃん!」

 

「そうですか。なら切り捨てで30万稼いだ私は一体何なんでしょうね」

 

「え?…やだな~シオン。ソロでそんなに稼げるわけ…」

 

「リューさん。冒険者時代、ソロで何万稼げました?」

 

「そうですね…最高で60万は稼いだかと」

 

「ベル、これが現実ですよ、認めてください。ソロでもこれくらいは稼げます」

 

「うぅ…僕の努力って、なんなんだろ…」

 

「まぁ、それは私が異常なだけなんですけどね」

 

「なんなのさ!!」

 

 

   * * *

 

 現在夕食時、豊饒の女主人内前とは違うカウンター席、そこに二人と一柱。

 雑魚が逃げた後で会話をしている内に、助けた小人族(パルゥム)の少女は奥の方へ消えていった。気配を追ってみたが途中で面倒になり、結局リューさんに『今日も行きますから』と言って去ってしまった。

 何故あの女の子が追われていたかは知らんが、もう会わないからどうでもいいだろう。 

 

「さて、今日は手持ちを気にせず、沢山食べて下さいね。私が奢りますから」

 

「ほ、本当にいいのかいっ?お金は足りるのかいっ?」

 

「ですから、手持ちは気にしなくていいですよ。絶対に足りますから。ですよね、ベル」

 

「そうですよ神様。シオンは異常ですから、稼ぐ量も異常なので、問題ありません」

 

 実の弟に異常とか言われると、流石のお兄ちゃんも傷つくんだよ…

 

「因みに、ホームにシオンが作った金庫ですが、あれ、中身全部お金ですよ」

 

「なんだと!!あんなでかい金庫が⁉」

 

「まだ半分も入ってませんよ…あと、あそこには刀も入れてますからお金だけではありません」

 

 そんな私の返答に、ヘスティア様は呆れ半分驚き半分の表情を浮かべたが、『きゅぅ~』とかわいらしい音が聞こえてきたかと思えば、顔を真っ赤にしながら俯く。表情豊かな()だ。

 そんなヘスティア様は、やはり躊躇ってしまうのか、メニューに手を伸ばしたり…引いたり…はたまた伸ばしたり…と一人演劇をしていた。面白いが哀れに見えるのでリューさんにいつもの頼み方――メニューを見ずに頼むやり方――で注文し待つ。因みに内容は、醸造酒(エール)少なめ料理多め麺中心。

 私が頼んだことに気づいてないのか同じ奇行を繰り返す。そんなヘスティア様を見て、ベルは顔を引きつらせていた。なら止めてやれよ…

 

「はいよ!」

 

「うぉえい⁉」

 

「何奇声発してるんですか。そう言うことは酔っている人がすることですよ」

 

「いや、だってさ!ボク頼んでないよ!」

 

「安心してください。私が頼みました。じゃんじゃん来ますから覚悟してください」

 

「うぅぅ……もう!こうなったら食って飲んでやる!!」

 

 自棄(やけ)になったのか、置かれていたジョッキの中身を一口で呷る。ぷはぁ!とおっさん臭いがいい飲みっぷりのヘスティア様。ジョッキを料理を運んでいる途中のシルさんに渡し、もう一杯醸造酒(エール)をもらう。その頃にはもう全員分の料理と飲み物が準備されていた。まだ後から来るが。

 

「はい、では丁度良く全員分の料理と飲み物も来ましたし。乾杯でもしましょうか」

 

「乾杯?なんでだい?」

 

「あ!もしかして前に言ってた【ヘスティア・ファミリア】設立祝い?」

 

「よく思い出しましたね。そうですよ。その為にヘスティア様を呼びました」

 

 そう言った途端、ヘスティア様のツインテールがみょんみょん動き回った(比喩ではなく)。危なっかしいが、ヘスティア様のツインテールはありのままの感情を表す。数日の付き合いでは気づけないかもしれないが、一ヶ月も付き合ってれば、ツインテールからその感情を読み取れる。因みに今の感情は言うまでも無く歓喜だ。

 

「うん!うん!ありがとう!シオン君!ベル君!」

 

「僕は何もしてませんよ。全部シオンがやったことです。言い出したのも、お金を集めたのも、この店を選んだのも、全部。シオンのおかげなんですよ」

 

「それでもボクは二人にお礼が言いたいのさ!【ヘスティア・ファミリア】に入ってくれたのは君たち二人だけだからね!」

 

 瞳にあと少しで溢れてしまいそうなほど涙を溜め、元気いっぱい感謝いっぱいの笑顔で何度もお礼を言ってくる。このままだと止まらなそうだな…

 

「ヘスティア様。とりあえず座ってください…視線が痛いです…」

 

 その通り、今()()()()()()()()()には視線が注がれていた。私はヘスティア様が騒ぎ出してから気配を紛らわせている、勿論全力だ。

 ヘスティア様がベルに宥められ、ようやく落ち着いたのか、顔を赤らめながら座る。ようやっとのことで此方を見る視線は無くなった。そこで普通に気配を出す。

 すると小声でベルが囁いて来た。耳くすぐったい。

 

「シオン、どこ行ってたの、神様を落ち着かせるのはシオンの方が上手いじゃん」

 

「それはそうですけどね。ベルにも経験を積まそうかと思いまして。あと、私はずっとここに居ましたよ。一歩たりとも動いてません。ベルが私を見失っただけですよ」

 

 事実、私はずっと座っていた。気づいていたのは女将さんくらいだろか。【猛者】でも気づかなかった隠密(ハイド)に気づくって…あの人何もんだよ…

 

「……納得いかないけど分かった気がする。そういえば何度もこんなことされてたよね…」

 

 確かに。私は三年ほど前から、鍛錬の一環としてよくベルを脅かしていたものだ。あれは意外と楽しかったので今でも偶にやっている。

 

「そうですそうです。そんなことより、乾杯しましょう」

 

「うん!」

 

「乾杯の挨拶は誰がするの?」

 

 考えてなかった…まぁここは王道に沿って

 

「ヘスティア様でいいんじゃないですか?」

 

「ほぇ⁉」

 

「そうだね、神様にしてもらおう!」

 

「ほぇぇ⁉」

 

「ヘスティア様、早く早く」

 

 少し催促すると少し考え込み、ジョッキを持って立ち上がる。

 

「じゃあ!少し遅くなったけど!【ヘスティアファミリア】設立を祝して!乾杯!」

 

「「乾杯!」」

 

 木と木のぶつかり合う軽快な音が鳴り、次には中身を呷る。全員同時に「ぷはぁ!」と声を出して飲み切り、「おかわり!」と言う声も見事に被った。

 そこからはひたすら食べて飲んでしゃべった。はしたないと言われるかもしれないが、酒場でそんなの関係ない。

 ヘスティア様からは愚痴が、ベルからは()()()の事やダンジョンのこと、私は聞かれたことを答えているだけ、自分のことを全く話さない。だがそのことは悟らせない。場の空気を壊してしまう。こんなに賑やかで、楽しそうで、幸せそうなのだ。壊していいとは到底思えない。

 私はそれを今は見ているだけでいい。いつか、自分の力でつかみ取ろうと決めているから。

 私が望む幸せは、たった一つだけなのだから。

 

 

 

   * * *

 

「うは~!食べた食べた~」

 

「ははは~!そうですね~!久しぶりに~こんなに食べましたよ~!」

 

 私がお金を払っている間、外へ行くベルとヘスティア様のそんな会話が聞こえた。二人はもう完全に酔っている。とても幸せそうだ。

 対する私はどうだろうか。酒場に居た()()()()からすれば、とても微笑ましく、()()幸せそうに見えただろう。だが、本当はそうではない。一言で言うと、冷めていた。酔ってもない。何故かは大体検討が付く。自身のことだ、よくわかってる。でも()()()()()()わかるはずがない。

 だからこそ驚いた。

 

「次は、もっと楽しんでおくれよ」

 

 そう女将さんから支払いの際に言われた時は。

 本当に何者なんだろうか、この人は。

 

 私はその答えとして、渡した袋に、少し多めにお金を入れておいた。

 

 その意味が、伝わっていなくとも。

 

 

   * * *

 

  余談

 

「さてシオン君!お礼として【ステイタス】の更新でもしようか」

 

「わかりました。驚いて気分を落とさないでくださいね」

 

「まぁ、頑張るよ」

 

―――――――

 

ステイタス更新中……更新中…

 

―――――――

 

「ごめん、無理」

 

 

シオン・クラネル

 Lv.1

 力:A  825→S  970

耐久:C  611→B  712

器用:SS1083→SSS1385

敏捷:SS1021→SSS1339

魔力:S  974→SS 1061

 《魔法》

【エアリアル】

付与魔法(エンチャント)

・風属性

・詠唱式【目覚めよ(テンペスト)

 《スキル》

乱舞剣心一体(ダンシング・スパーダ・ディアミス)

・剣、刀を持つことで発動

・敏捷と器用に高補正

・剣、刀を二本持つことで多重補正

一途(スタフェル)

・早熟する

・憧憬との繋がりがある限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果上昇  

 

「おぉ、スキル新しくなってますね」

 

「もう慣れてるシオン君が怖い…」

 

 

 

 




 ハハッ、意味は自分で考えてみてください。そうした方が面白いでしょう?


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自爆、それは補正

  今回の一言
 毎日投稿きつくなってきた…

では、どうぞ




 

今は【ステイタス】を更新した日の翌日の朝九時頃。スキルに『多重補正』と言うのが追加されていたので、どれほどのものかを試してみるところだ。場所は最近おなじみ十二階層巨大ルーム。お金集めも兼ねてきている。

 装備は戦闘衣(バトル・クロス)とプロテクター。刀類一式、鞘と簡易地図が入ったバックパック、レッグホルスターに高等回復薬(ハイ・ポーション)二本。解毒薬一本を入れている。いつも通り軽装だ。

 今日は(マーカー)は持ってきていない。もう簡易とはいえ、地図を作ったのだ。必要ない物を持ってきたりはしない。

 …っと、やって来たな『強化種』!今回はコボルトか十体しかいない。

 強化種のコボルドは灰色の毛並みの一部が変色している。今まで見た奴が変色していた色は、赤、黄、緑。の三食だ。それ以外は知らん。

 本来、『強化種』と言うのはモンスターの魔石を食べることによって強くなった個体のことを示すが、此処は違う。『強化種』自体が生まれてくるのだ。おかげで、上層でも中層以上の稼ぎになる。

 ここまでの道中で一本分の補正は試してきた。今回の戦闘が初の多重補正だ。さて、どんなものやら。

 とりあえず、邪魔なバックパックを下ろし、『一閃』を持ち替え、左腰から右手で『紅蓮』を抜刀。抜刀速度は言うまでもない。それで一体切り捨て、燃えていくのを眺めながら後退。腰を低くし『一閃』を右下段に構え、左脇腹から右肩にかけて斬る、逆袈裟切りを狙う。よく使う技だから大体これで分かる。

 感覚はいつも通り、構えもいつも通り、残るは【ステイタス】のみ。違いはそこに現れる。

 距離は5M。全然問題ない距離。彼方が来ないため、此方から攻める。

 急接近からの逆袈裟斬りで決まる――――はずだった。

 確かに殺せた。だが、違う。死因は斬殺ではない。圧殺だ。

 急接近するために、私は地面を強く蹴った。いつもの感覚で。そしたらどうだろうか。

 

―――コボルトに突っ込み、それもろとも壁に激突した。

 『ぐちゃ』と言う音が鳴り、凹んだ壁が何とも言えないことになる。戦闘衣(バトル・クロス)はもう何というか……二度と着たくない。

 

 もうわかった。とりあえず鬱憤晴らしだ。

 

――――――

 

 さて、血祭りにしてやったところで。思いついたことがある。

 

『吸血って、もしかすると服の血も吸えたりする?』

 

 と。試しに、刀身を戦闘衣(バトル。クロス)に密着させる。するとあら不思議、本当に吸われていきました。不思議ではなく呪いなんだが。

 良かった…と安心したのもつかの間、臭いが消えていないことに気づく。直ぐに洗えば落ちるだろうか…ちょうどよく水場の心当たりもあるし。行動は早い方がいいよね。

 

 臭いを取る。それだけの為に全力で走っている人がそこには居た。

 あ、ちゃんとバックパックは持ってるし、刀も二本抜いたままだよ!

 

――――――

 

「ふぅ、これくらいで良いですかね」

 

 現在地は、『迷宮の安楽地(アンダーレストポイント)(仮)』である。結局こんな名前にしてしまった。自身のネーミングセンスが情けない…

 っとそんなことはどうでも良く、今は、戦闘衣(バトル・クロス)を洗い終わったところだ。多分臭いは消えている。それを木にかけ、『紅蓮』を近づける。熱で乾かすためだが、刀をこんなことに使ってよいのだろうか…

 とりあえず、乾くまで暇なので、此処まで来るまでに何があったかを簡単に話そう。

 

 

 

①、とりあえず、一旦巨大ルームに戻った。

②、此処へ繋がる道に行った。

③、途中で珍しい『変異種』に会った。

④、そいつに、勢いを利用して()()()

⑤、木っ端微塵となり、魔石とドロップアイテムを残して消えた。

⑥、一時間でやっと到着。

⑦、全てにおいて、止まれず、壁、または木に激突してた。

 

  

   感想

 うん、収穫もあったけど、酷かった。あと、使いこなせればこれ多分チート級。

 高等回復薬(ハイ・ポーション)も解毒薬も粉微塵。防具なんて、腕につけているプロテクターしか原型を保ってない。他は粉微塵…【猛者】のとき並…いや、それを越したぞ…

 というか、今回のことで絶対耐久上昇値おかしくなってるだろ…私はもう諦め、慣れたが、ヘスティア様はまだ慣れてないようだからな…でも、どうしようもないことだから、仕方ないよね!

 

 さて、高火力のおかげで、もう乾いたし満杯になるまで狩ってから、帰りますか。

 

 

   * * *

 

 突然だがここで、私が気配を紛らわさない、もしくは気配を現してしまうときについて教えておく。

Ⅰ、誰かと一緒に居るとき!

Ⅱ、買い物をするとき!

Ⅲ、説教中…

Ⅳ、換金のとき!

Ⅴ、めちゃくちゃ嬉しい時! 

 

 これを憶えておいていただきたい!

 

 ではここで問題だ。

 

「よっしゃっぁぁぁぁ!!!!」

 

 この時、気配を現した。それは何故?

 正解は………Ⅳ&Ⅴ、換金中めちゃくちゃ嬉しかった時!

 

「だ、大丈夫かね?」

 

「は!……申し訳ございません……」

 

 換金してくれる人に言われ、自身の失態に気づく。いやでも、こりゃ仕方ないだろ。

 あの後、7時間程あの場所に潜り、ひたすら斬って、体に補正を慣れさせていた。そして気づいたら満杯。体も慣れていた。

 そして、帰還したのは、日がもう少しで沈み始める夕刻。

 満杯のバックパックの中身を見せたところ、凄い驚かれたが、何のことかはわからず、とりあえず換金したところ、その額がなんと―――81万3790ヴァリス。…とドロップアイテム。

 冷静になってみると、何でドロップアイテムが?

 

「このドロップアイテムは換金できないよ。価値がわからない」

 

 不思議そうにしている私の顔が見えたのか、ちゃんと答えてくれた。因みに峰打ちで倒した『変異種』の皮である。多分…シルバーバック。一番それに似てた。

 でも価値がわからないとは…珍しい。

 

「そうですか、では、他を当たります。それでは」

 

 換金されたお金を小袋に―――二つ使ったが――入れ、シルバーバック?の皮はバックに入れた。換金所から帰る際にドロップアイテムを持つというのは新鮮な気分だ。

 

「お、お、落としたぁぁ⁉」

 

 ギルドから出ていこうとすると、先の私のように大声で叫ぶ人が、歓喜ではなく悲痛な叫びだったが、それを発したのは顔を真っ青にした、白髪のヒューマン。ベルだ。

 

「どうかしたのですか?ベル。何かを落としたようですが」

 

「え、シ、シオン!あ、あの、その…」

 

 答えるまで時間が掛かりそうなので、自分で探る。

 落とした。そのことで悲痛な叫びを上げるということは、相当大切な物。ベルが大切にしている物は、金、【ヘスティア・ナイフ】、エイナさんからもらったプロテクター。これくらいだろうか。

 

 金は…小袋があるし…プロテクター落とさない…と言うことは

 さっ!と後ろに回り込み腰を見る。そこにはあるはずの漆黒の短刀(ナイフ)が無かった。

 

「【ヘスティア・ナイフ】ですか…」

 

「う、うん!どうしよう!どこに!どこに落としちゃったのかな⁉」

 

 まず、その落としたという考えから捨てるべきだと思うが…

 

「ベル、焦らないでください。手分けして探しましょう。私は屋根伝いで気配を探してみますから、ベルは大通りを探してください」

 

「わかった!お願い!」

 

 気合の籠った返答をもらい、すぐさま飛び出す。相手には気づかれないよう気配は念のため紛らわし、裏路地中心に跳び回る。

 そして、二つの気配を捉える。その気配は何度もあったことのある相手だ。

 進行方向を塞ぐ形で降り立つ。迷惑だろうが、緊急事態だ。

 

「リューさん、シルさん。このあ辺りでベルの漆黒の短刀(ナイフ)を持った人を見ませんでしたか」

 

「…どうされたのですか、シオンさん。かなり焦っておられるようですが」

 

「実はベルがその漆黒の短刀(ナイフ)を落とした。は本人の言い分ですが、恐らく盗まれましてね。犯人を捜しているところです」

 

「そうですか…本当ならば協力したいのですが…お使い中でして…」

 

「わかっています。なので、見つけたら戦闘音でも響かせてくれればすぐに向かいます」

 

「わかりました。見つけられ…」

 

 会話途中、何故かリューさんの言葉が止まった。何かと思うと私の後ろをじっくり見ている。一応、気配を見ると、二つの気配が感じられた。そのうち一つは見慣れた気配。

 その気配が私の横を通る。暗くて見えにくいが、左手で袖の中に()()をしまった。だが、それが何なのかは確定している。

 

「「待て」」

 

 私とリューさんの言葉が被った。普段なら笑ってしまうだろうが、今はそんな状況ではない。

 

「そこの小人族(パルゥム)。左の裾に隠した武器、それは誰のだ」

 

 強めの口調であえて相手を見ず、威圧だけを飛ばす。

 

「誰のと言われましても…これは私の武器です」

 

 はぁ、ふざけた回答。セオリー中のセオリー

 

「抜かせ糞泥棒。それは俺の弟の世界に一つしかない武器だぞ!!」

 

 そう叫ぶと同時に刀は抜かない本気の後ろ回し蹴り。小人族(パルゥム)は物凄い勢いでフっ飛ばされ、闇の中へと消えてゆく。その途中で【ヘスティア・ナイフ】が落ちた気がしたので、リューさんに回収を頼む。

 私は、あの小人族(パルゥム)逃がすわけがなく、飛躍し屋根へ。それを伝い、気配が向かう方向、大通りに向かう。

 追いかけていると、気配が大通りに出た。そして止まる。好機とみて跳躍、屋根が凹んだ気がしたが気にしない。着地するのは気配の横。着地する前、滞空中でベルを見つけた。ベルは何故か私が追った気配の主である犬人(シアンスロープ)()()()を抱え、話していた。

 何故だ?着地後すぐに思った言葉。それは二つの疑問が重なった言葉だった。

 私が追っていた男の小人族(パルゥム)が確かにあいつなのに、目下に居るのは女の子で犬人(シアンスロープ)であるということ。

 そして、ベルがそいつのことをまるで知り合いのように呼んでいたこと。

 とりあえず、探ってみる。口調も戻せ。

 

「……ベル。どうして女の子を抱いているのですか?公衆の面前で」

 

「あ、シオン。なんでかわからないけど、リリが飛び出してきたんだよ」

 

 リリ?こいつの事か?

 

「その犬人(シアンスロープ)とはどういう関係なんですか?」

 

「あ、今日ね、サポーターをやってもらったんだ」

 

「サポーター?ベルから誘ったんですか?」

 

「ううん。リリから話しかけてきてくれたんだ」

 

 よし、大体わかった。

 こいつ――まぁリリとする。リリは確実にベルから短刀(ナイフ)を盗った。それも、気づかれない程巧みな技で。恐らく慣れてる。そしてリリは、はじめっから短刀(ナイフ)を狙っていた。それでベルのサポーターを申し出た。ってところか。

 

「シオンさん。それにクラネルさん」

 

 と、結論に至ったところで、リューさんと…少し遅れてシルさんがやってきた。リューさんの右手には漆黒の短刀(ナイフ)が握られていた、ちゃんと回収してくれたことに感謝せねば。

 

「リューさん?どうしてここに?」

 

「……違うようですね」

 

「はい?」

 

「いえ、なんでもありません。先程の質問ですが、裏路地で、シオンさんと会いまして…そうでしたクラネルさん。これ、どうぞ」

 

「え?」

 

 差し出したのは、今まで探していた漆黒の短刀(ナイフ)、【ヘスティア・ナイフ】である。

 

「ど、どうしてこれを…」

 

「先程、小人族(パルゥム)の男がそれを所持していまして、押収しました」

 

「そ、そうですかぁ~拾ってくれたのかな…」

 

 どんだけお人好し脳なんだよ私の弟は。美徳かもしれんがもう少し人を疑おうね?

 

「じゃあベル。私は先に帰ってますので、どうぞその犬人(シアンスロープ)と仲良くしていてください」

 

「え?その言い方なんか嫌な感じがするんだけど」

 

「気のせいですよ」

 

 さて…対策を立てなくちゃな。

 

 

 

 



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理由、それは少女

  今回の一言
 初の挑戦、第三者オンリー

では、どうぞ


 (第三者視点)

 

 日が沈み、月明かりが町を照らし始める時。独り、廃教会の中心で正座し、瞑目している人がいた。その者は、全くの不動で、冷たい夜風で金と白の髪が揺らめくことしかなかった。 

 その光景は、一枚の絵にしても、さぞかし栄えるだろう。それ程のもの。

 モデルとなった一人の少女に見える少年。その心もさぞかし美しかろう。

 

――――普通なら

 

 それは世間一般の常識。でも相変わらずと言うべきか。その者に常識は通用しなかった。

 

――――その者の心は現在進行形で荒れていた。それはもう焼き払われた森のように。

 

 その者の内心が、こちら。

 

―――――はははあいつマジでどうしてやろうか苦しめて殺してやろうか人生もっと後悔させて貶めてやろうか気絶させて下層に置いてきぼりにしてやろうか強化種の群れに投げ入れてやろうかいろいろあるけど結局は殺すことになりそうだなでも殺さずに生き地獄でも味合わせてやろうか植物人間なんてものもいいな呪いで侵してもやろうかははは面白そうだな悲痛な顔が目に浮かぶないおいあぁ楽しみだなハハハハハははははッ―――――

 

――――といった感じだ。お分かりいただけただろうか。

 

 心中不安定。爆発しないのは持ち前の理性が存分に発揮されているからだろう。 

 そんな安定しているように見えて全くそうではない人物は、暫しの時を経て、漸く動き出す。素人目でも分かる程軸をぶれさせなず、綺麗に立ち上がる。上を向いてその者が不意に独り言を呟いた。

 

「よし。殺しましょうか」

 

「いやいや、おかしいって!なんでいきなりそんな物騒なことを言うのさ!」

 

 いっそ清々しいくらいにあっさりと物騒なことを青年―――シオンは口にした。

 

「ヘスティア様、先程から居たようですが、どうかしましたか?私、今用事ができたんですが」

 

「待ってよ。その用事って絶対やっちゃいけないことだから、ね?」

 

 放っておくと本当に()りかねないシオンをヘスティアは止めにかかる。

 

「何故ですか?別にいいじゃないですか、泥棒の一人や二人くらい。証拠を無くせば、ばれないですし、罪にも問われません」

 

 だがそんなのを横目に、シオンは()も当たり前のように告げる。その声には、心の底からそう思っているのだと確信させるほど、疑念が含まれていなかった。  

 

「シオン君。君が殺しに行こうとしている人は誰なんだい?」

 

「本名は知りませんが、ベルは『リリ』と呼んでいました。悪辣なサポーターですよ」

 

「ベル君が?と言うことは、そのリリ君はベル君と知り合いなのかい?」

 

「そうですよ。残念なことに」

 

 その情報を聞いて、ヘスティアは一筋の希望が見えた気がしていた。

 

「シ、シオン君。ベル君なら、知り合いが死んだら、か、悲しむんじゃないかな」

 

 シオンは弟思い。所謂『ブラコン』であった。なら、弟が悲しむことをしない、()()

 

「……それもそうですね」

 

 作戦成功!と、言わんばかりにガッツポーズするヘスティア。そんなヘスティアを微笑ましく見るシオン。変な空間が形成されていたが、それを見事にぶち壊す声。

 

「ただいま戻りました~」

 

 ベルの声である。いつもタイミングよく現れるのが特徴だ。

 

「あ、お帰りベル君。さてシオン君、夕飯にしよう!用意してくれたまえ!」

 

「……仕方ないですね。わかりましたよ…」

 

 ヘスティアの要望に素直に応えるシオン。そこには()()()()()()シオンの顔があった。それに安心するヘスティア。だが、いつもの意味を真に理解できていなかった。

 

 

   * * *

 (シオン&第三者視点)

 

 翌日、いつも通り十二階層――ではなく、中央広場(セントラルパーク)にベルと共に居た。何故かって?殺す代わりの対策だ。

 あの後、どうやらベルはリリと契約したらしく、今日も一緒にダンジョンに潜ることにしたそうだ。リリにとっては、かなりの幸運(ラッキー)だろう。また盗れるかもしれない。まぁ、その為の抑止力として私が居るわけだが。

 

「と、言う訳で。今日はシオンも一緒に来るから」

 

 どうやら、リリへの説明も終わったらしい。まぁ、ベルに説明した理由は完全に建前なんだけど、ベルは全く気付かない。リリは表情を見る限り気づいたみたいだけど。おぉおぉ、いい顔してるね~あからさまに嫌そうな顔だ。

 そんなリリに私はあえて、人間の耳がある場所で囁いた。

 

「どうぞよろしくお願いします。犬の、いえ、小さな泥棒さん」

 

「…ッ!!」

 

 そんな私の囁きに、表情が一転。『なんで…』とでも言いたそうだ。それに微笑みを返すと、顔が絶望の表情に変わった。いい顔だ、ざまぁみろ。

 

「さて、行きましょうか。今日も私は援護しかしませんからね。あくまで、二人を見に来ただけなんですから。あ、自分の身は自分で守りますよ」

 

「わかってるって。そもそもシオンは上層で守られるほど弱くないじゃん」

 

「いえいえ。上層でも何が起こるかわかりませんよ。まぁ、ある程度は大丈夫ですが」

 

「それじゃぁ、行こっか。リリ。今日もよろしくね」

 

「…はぃ」

 

 

   * * * 

 

 ほいっと。結局午後四時まで潜ってました私たちです。

 今日の換金はバベルで行い。私とリリは換金に行ったベルをバベル簡易食堂で待っていた。

 さて、ベルが来るまで、リリについての情報をまとめますか。

 

 リリ、本名リリルカ・アーデ 性別:女 種族:犬人(シアンスロープ)

 年齢は15で、【ソーマ・ファミリア】所属。Lv.1の熟練サポーター。 

―――――標的(ターゲット)の前では。

 本来――私の知る限り――はこうである。

 リリルカ・アーデ 

 性別:元は女だが、性転換可能。 

 種族:元は小人族(パルゥム)だが、変身可能。

 恐らく、この変身は継続系魔法。一度かけたら解除するまで戻らないやつ。

 (ジョブ)はサポーター兼泥棒兼冒険者。

 泥棒は恐らく金目的、魔剣のような自分で使える物は所持したまま。

 手癖は良く、二つの意味で慣れていた。今までも数々の人に同じようなことをやってきたのだろう。

 

 と、言ったところだ

 お金を稼ぐ理由、【ソーマ・ファミリア】と言うことだから、大体は見当がつく。

【ソーマ・ファミリア】がお金を集める目的は二つしかないのだから。

 

 まず一つ、【神酒(ソーマ)】。自分()の名前が付けられた、人の身である神が作った酒。

 ミイシャさん曰く、

 『【神酒】を一滴でも飲んだら中毒になちゃって、おかしくなっちゃうから、絶対に飲んじゃだめだよ。まぁ、お店にある失敗作は別に大丈夫だけどね』

 

 お店にあるのは失敗作。つまり、成功した物、つまり完成品はお店に出ていない。じゃあ何故ミイシャさんが【神酒】の中毒症状について知ってるか。それは、【ソーマ・ファミリア】でその【神酒】を月々のファミリア貢献金上位者が微量ながらも与えられているからだ。

 一度飲んで、中毒になり、また飲みたくて躍起になる。最終的には手段を選ばなくなったりするおぞましい連中だ。

 

 もう一つの理由である二つ目、高い脱退金。

 【神酒】の中毒症状は一時的、長い間飲まないでいると自然と無くなるものだ。そして、中毒症状が無くなった団員が『こんなファミリア嫌だ』と言うことで、抜けようとするのだが、脱退金があほ高い。()()のLv.1冒険者が普通の方法で稼げる額ではないのだ。

 だから、本末転倒と言うことに気づかず、他のやつらと同じような事をする。

 

 リリは、理性を保って、冷静な判断ができている時点で、恐らく後者だ。

 

 っと、そんなことを考えている間に、戻って来たな。なんか凄い興奮してるが…

 

「リリ、リリ!凄いよ!!こんなに稼いだのは初めてだよ!」

 

「ベ、ベル様⁉どうなされたのですか?」

 

「うん。換金してきたんだけどね…じゃーん!!」

 

 完全に興奮しているベルは、その様子のまま、右手に持っている少し膨れた袋の(ひも)を緩め、口を開いて中身をこちらに見せて来る。

 中に入っていたのは2万6000ヴァリス。()()()()()()()()一般的にかなりいい稼ぎだ。

 

「に、2万6000ヴァリス⁉」

 

「うん!、あ、こっちはシオンのね!普通に換金してきたよ!」

 

 そう言って渡されたのはベルの持っている袋より、少し小さめの袋。多分、お願いしていた、私が自己防衛ついでに狩ったときに出てきたドロップアイテムの換金だろう。  

 中身を見ると……あれ?おかしいな…3万超えてる…

 それがわかると、そっと、袋の(ひも)を締めた。

 

「やったよリリ!!ありがとう!!リリのおかげだよ!!」

 

「いえいえ!全部ベル様のおかげですよ!!」

 

「あはは、そうかな~いやでもほら!兎もおだてりゃ木に登るっていうじゃん!!」

 

 ベル。兎じゃなくて豚ね。自分の見た目とかけてるのかな?

 

「何言ってるか全然わかりませんが!とりあえず賛同しておきます!」

 

「うん!ありがとう!リリ」

 

「いえいえ!ではベル様…そろそろ分け前の方を…」

 

「うん!はい」

 

「……へ?」

 

 分け前、1万3000ヴァリスを渡されたリリは、その金を目の前に困惑を隠せないようでいた。金が欲しいんじゃないのか?

 

「シオン!これだけあれば僕からも神様に何かお礼できるかな~!」 

 

 いや、お金が無くてもベルはヘスティア様の近くにいるだけでお礼になると思うが…

 

「ベ、ベル様!これは…」

 

「分け前だよ!決まってるじゃん!あ、そうだ!せっかくだしリリ!よかったらこれから一緒に酒場に行かない?僕、美味しいお店を知ってるんだ!」

 

 返ってきた答えにリリは困惑が最高潮に達しているように見えた。意味が解らん。

 

「じゃ、行こうリリ!」

 

「ベ、ベル様!」

 

 今すぐにでも行こうとしているベルを、リリが呼び止める。『どうしたの?』と聞き返されたが『あのぅ、その…』としか言わずに行き詰まる。流石にそれが続けばイライラしてくるので、ちょっと、圧を飛ばして、催促する。あくまで催促しただけだ。

 

「……ベ、ベル様は…独り占めしようとか…思わないんですか…」

 

 ……なるほど、そう言うことか。

 こいつ、冒険者の素質が無くて、サポーターになったはいいものの、今まで雇っもらった人たちに、分け前独り占めとか、かなりひどい目に合われてきたと。

 もしかして、恨んでたりしちゃってる人かな?それが発端で盗みを始めたとか? 

 

「え?どうして?」

 

 そんな思考も露知らず。ベルが心底不思議そうに言う。

 まぁ、ベルの辞書に『独り占め』なんて言葉は無いからな。当たり前っちゃ当たり前だ。

 

「僕はシオンみたいに一人で戦えないんだ。だから、誰かに助けてもらう必要がある。そして今日はリリが助けてくれたから、普通に戦えた。そして、リリも頑張ってくれたからこんなに稼げた。シオンにも少し手伝ってもらっちゃってたけど…まぁ、それは抜きとしても、リリが居て、僕と一緒に戦ってくれたからこんなに稼げた。だから、これはリリの正当な報酬。納得いかないなら契約金でもいいよ」

 

「…………」

 

 そんなことを言われ、唖然とするリリ。そんなリリの心情を理解できないのか初めから気にする気などないのか、そのまま手を掴み連れていく。

 

 …あれ?私は置いてきぼり?

 

 

    




 第三者視点オンリー。嫌だと言う人『だけ』返信ください。書きませんので。

 タイトル名、理由をリリルカ・アーデと読んだ人。かなりのダンまち好きだね。


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警告、それは泥棒

   今回の一言
 ブラコン青年育成計画始動。

では、どうぞ


 

 現在、豊饒の女主人前の屋根の上。独り気配を紛らわしていた。

 結局、ベルは私の存在を思い出すことなく、豊饒の女主人に着いてしまった。そこまで行くのにベルトリリが仲睦まじく手を繋いでいた。一見、少年>少女に見えるが、現実は少年<少女である。見た目に騙されてはいけない。それにリリは変身魔法が使える可能性があるのだ。

 余談だが、途中で聞き覚えのある叫び声が聞こえた気がした。

 そして一時間。ずっと姿勢を変えぬままいた所為か、完全に同化していた――気配が――頃にようやくベルとリリが出てきた。入り口で別れ、リリはそそくさと裏道へ、ベルはバベルとは反対側の方へ歩いて行く。私は、裏道へ行ったリリを追った。何故かって?そりゃ簡単。リリが変身魔法を使えるかどうか確かめるため。あとついでに用事。

 

 そして、三十分くらい歩き、とある宿屋の前に着く。そこでリリが頭の周りに手を置いた。そこで魔力の収束が見られる。

 

「【響く十二時のお告げ】」

 

 それは恐らく詠唱式である、解除式。その証拠に、魔力の収束が切れ、リリが小人族(パルゥム)の女の子になる。

 

「【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】」  

 

 それは恐らく魔法の詠唱式、どうやらごく微量の魔力で済むらしい。

 

「【シンダー・エラ】」

 

 魔法名だと思われる言葉を口にすると、リリが小人族(パルゥム)の男の子になる。なるほど

 

「これで確信できました」

 

「…ッ!!」

 

「そんなに警戒しなくてもいいですよ。()()()来たわけ()()ありませんから」

 

 今日は、だけどね。

 

「……見たんですか」

 

「ええ。大方検討はつけてましたが」

 

「…何しに来たんですか」

 

「一つ用件は済ませましたから、あと二つを終わらせに来ました」

 

「何ですか、早くしてくれますか」

 

 おぉ中々の強気で。ちょと、楽しみだな。

 

「とりあえず、女の子に戻ってもらえます?できれば種族は犬人(シアン・スロープ)で」

 

「な、何ですかいきなり…いいですけど…」

 

 文句を言いながらもちゃんと魔法で姿を変えるリリ。あれ?根はいい子なのかな?泥棒に根も糞も無いと思うけど。

 

「よし。じゃあ失礼して…」

 

「何です…ひゃぅっ!」

 

 私が今していることは、ケモミミの堪能(たんのう)である。

 いや~いくらアイズのことが大好きだからと言って、ケモミミを好きになっちゃいけない訳でも無い。

 ある神は言っていた。『ケモミミは人類の秘宝だ』と。私もそう思う。ケモミミは最高だ…

 だがしかし!この世界の獣人たちはどうだろうか!耳を触られるのは嫌と言い張っている!それは仕方ない。エルフが潔癖症なのと同じだ。

 だがな、今私が触っているケモミミは本物であっても偽物…どういうことかと言うと、この耳は本物、だけど元は犬人(シアン・スロープ)じゃない。と言うことだ。つけ耳と似たようなもの…なら、別にいいだろう!いくら触っても構わないではないか!  

 あ、因みに私はしっぽ派ではなくみみ派だ。

 いやでも~初めて触るが柔らかいな~もふもふしてて~ふわふわしてて~気持ちいな~

 

「うぅぅ…あ、あの!!」

 

「どうかしました~?今堪能中なんですが~」

 

「本当に……何しに来たんですか……」

 

 あ、怒りでしっぽが荒ぶってる…みみはたたまれちゃったし…潮時か。

 

「ふぅ…とりあえず、用件の一つは終わりました。では次の要件に移動しますか」

 

「…獣人の耳を触ることが用件って…どうなんですか…」

 

 『獣人の耳を触ること』ではない!ケモミミを堪能することだ!まぁ、この違いは一般人にはわからんか。

 っとそんなことより、最後の目的を済ませなくては…

 

「もういいですか…リリはシオン様のことが嫌いなのであまり一所に居たくないんですが…ッ!」

 

 リリが言い終える前に私は動いていた。

 今日一本だけ持ってきていた刀、『一閃』を音も無く抜き、背後へと回る。いつぞやの時とは異なり、後ろから刀を首に()()()。少し油断させたところからの、死の恐怖。この高低差は普通より大きくなり、更に高い効果が期待できる。

 そして、今度は頭から生えた耳に一言。

 

「言い忘れてたんですが、次はありませんから」

 

 そして、首を斬った。

 斬りと落とした訳では無い。声帯を傷つけてやっただけだ。

 

「ぁ…ぐぁ、あぅぁぁ、ぁぁ……」

 

 良い様だ。【ヘスティア・ナイフ】を盗んだ罰としては丁度いい。

 

「これば罰です。罪の制裁にはこれに限ります。あ、そのままでは死んでしまいますね。殺す気は無いので、これ、自由に使っていいですよ」

 

 そうやって渡したのは高等回復薬(ハイ・ポーション)の中でも品質の良い物。値段はそれなりだ。

 

「それでは。もう会うことは無いと願いたいですね」

 

 私が去る時、もうリリは高等回復薬(ハイ・ポーション)を飲み干して、ガラスの入れ物を苦し紛れの反撃とばかりに此方に投げつけていた。

 

 

   * * * 

 

  余談

 

「ミアハ様?」

 

「お、シオンではないか。丁度いい。ヘスティアを運んではくれないだろうか。飲み過ぎて酔ってしまってな、ぐっすり眠っているのだよ」

 

「ベルくんの…ばか…」

 

「ははは、なるほど、あのときの叫び声はヘスティア様でしたか…」

 

「ん?叫びとはなんだ?」

 

「いえ、お気になさらず。ミアハ様、後は私に任せてください」

 

「ああ、頼んだぞ」

 

 

   * * *

 

「ぬぅぅぁあぁぁぁ!!!」

 

 今響いたのは、二日酔いの頭痛による叫び。ここまでなると、同情を通り越して、哀れに思える。

 

「哀れなり、ヘスティア様」

 

「シオン⁉そんなこと言っちゃダメでしょ!神様?大丈夫ですか」

 

 本気で心配するベル。本人は知らないだろうが、こうなった根本の原因は多分ベルだよ?

 

「す、すまない、ベル君。こんな見苦しいところを……」

 

「い、いえ。お気になさらないでください、仕方がありませんよ…なってる人はかなり辛いみたいですから…」

 

 うんうん。とつい頷いてしまう。あれさ、痛みに慣れてててもかなり辛いんだよ。

 あ、そうだ。ミアハ様に…

 

「ヘスティア様、こんなものを買っておきましたよ。使ってください」

 

「ん?なんだいそれは………こ、これは…鎮痛薬…」

 

 昨日、ミアハ様にヘスティア様を受け渡された時、鎮痛薬を渡してきたので、流石に自業自得の駄女神の為にもらうのは気が引けたので、一様有り金――3万ヴァリスくらい――を渡しておいたから、買ったことになるだろう。

 

「ありがとうシオン君、助かるよ」

 

「お気になさらず、駄女神様」 

 

「う~ん?今ので感動の気持ちがきれいさっぱり無くなったよ?」

 

 別に感動の気持ちとか持たれたところで意味が無いんだが…

 

「あ、あの、神様。僕、最近稼げるようになったんですよ。ですから、日ごろのお礼として、シオンほどとはいきませんが、少し豪華な食事でも行きませんか?」

 

 お、前に言ってたやつか

 ……これは、一役買って出ますか。

 

「いいんじゃないですかヘスティア様。()()()()()()()()()()()でもしてきたら」

 

「ちょ、ちょっとシオン?何言ってるの?」

 

「デート…」

 

「神様?」

 

「行こう」

 

「へ?」

 

「今日行こう」

 

「はい?」

 

「今すぐ行こう!」

 

 元気良くベットの上で立ち上がるヘスティア様。マナーはしっかりと守ってほしいが…。

 ずどんと音をたて、ベットから飛び降り、私の隣を通ってクローゼットへ。酒臭い…

 

「あの…神様、二日酔いは…」

 

「今なおった!」

 

 ベル効果抜群。もはやヘスティア様専用万能薬(エクリサー)レベル。そんな物無いか。

 ていうか、もしかして自分が臭いことに気づいてない?アホかよ。

 流石に、()()()可哀相なので、耳打ちをしておく。それはただ一言。

 

「酒臭い」

 

「なっ!」

 

 驚きと同時にツインテールが逆立つ。うん、本当にわかりやすい。くんくんと、頻りに自身のにおいを嗅ぎ、自覚もしたようだ。  

 

「ベル君!六時に南西のメインストリート、アモーレの広場に集合だ!」

 

 ヘスティア様がそれに対しとった対策は、サムズアップしながら言ったことだった。

 

   

   * * *

 

  余談Ⅱ

 

「なあフィン。最近アイズが変わった気がするのだが…」

 

「何か気になることでもあるのかい?リヴェリア」

 

「あぁ、無茶をするところは変わらないのだが、以前は、『力量で倒す』が中心だったが、今は『技量で倒す』。と言う風に見えたのでな」

 

「ふ~ん。もしかしたら、技量で格上すら倒す、あの子に影響を受けたのかもね」

 

「そうかもしれんな」

 

 

   * * *

 

  余談Ⅲ 

 

「そうだシオン。今って金庫にどれくらい入ってるの?」

 

「見てみます?」

 

「うん、お願い」

 

「………………………はい、こんな感じですよ」

 

「ふ~ん。刀とお金……回復薬(ポーション)を入れる場所もあるんだ…」

 

「まぁ、一応万能薬(エクリサー)でも買った日にはここに保管しようかと」

 

「刀は?」

 

「危険ですので。うっかり触って死んじゃった、などを起こさないようにするためです」

 

「あはは、じゃあお金はどれくらいあるの?」

 

「…………見た感じ、930万ヴァリスくらいですかね」

 

「は?」

 

 

 



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日常、それはお話

  今回の一言
 登場人物たった二人。

では、どうぞ


 さてさて、時は行き過ぎ昼頃。私はある場所に来ていた。

 北西のメインストリート、【ディアン・ケヒトファミリア】所有の治療院。

 今日は、回復薬(ポーション)切れたので、調達をしに来た。

 回復薬(ポーション)の価格的には【ミアハ・ファミリア】などで買ったほうが良いが、ここの回復薬(ポーション)類は品質がとても良い。値段はそれなりだが、問題ないくらいの価格だ。

 まぁ、来る理由はもう一つあるんだけどね。

 入り口であるドアを動かすと、『チリン』と鈴が鳴り、それが合図となる。

 ここの治療院は、行くカウンターによって用件が決められている。

 入り口から見て、手前にある白樺のカウンターでは回復薬(ポーション)などのダンジョンで使える物の購入。その一つ奥、カーリーメープルのカウンターでは治療・診察の依頼。一番奥にあるマンガシノロのカウンターでは、診察後の薬の受け取り。と言った感じだ。

 一つのカウンターに就くのは一人。他二つは決まっていないが、白樺のカウンターでは九割方()()()()()()がいる。此処に何度も訪れていると自然と顔見知りになれる為、それ目的で来る不純な輩もいるらしい。まぁ、それ目的で来なくとも自然と顔見知りになれたが。 

 

「こんにちは、アミッドさん」

 

「あら、久しぶりですね()()()。何が欲しいですか?」 

 

「今日は高等回復薬(ハイ・ポーション)が三本、解毒薬が一本です」

 

「かしこまりました」

 

 さて、アミッドさんが用意をしている間に、アミッドさんを紹介しよう。

  アミッド・テアサナーレ 性別:女性 種族:エルフ 二つ名【戦場の聖女(デア・セイント)】 

 特徴は白銀の長髪の美少女。そして、高位治癒魔法の使い手。

 頭がよく、優しい気性。だが商売や交渉が関わると、かなり腹黒くなる。

 巷でもかなり有名で、一応実力者でもある。

 エルフではあるが、別に過度な潔癖症はない。

 友達はいるらしいが、ほとんどがダンジョンに潜っている所為で、基本一人になってしまい、休日などはかなり寂しい思いをしているそうだ。

 

 と、こんな感じだ。

 丁度よく()()()細い瓶が、白樺のカウンターに置かれる。…五本?

 

「あの、アミッドさん?一本多くないですか?」

 

「サービスですよ。この分の代金はいりませんから、計6万2000ヴァリスです」

 

 あと、言い忘れたが、稀にこういうことをしてくれる。ありがたいが申し訳ない。

 まぁ、これの対抗策として、小袋にちょっと多めにお金をいれて渡すのだが…

 

「シオン、少し多いですよ」

 

 毎回ばれる。当たり前だが、それでも受け取ってくれよ…

 

「因みに、サービスの一本は、何の薬なんですか?」

 

「私が作った万能薬(エクリサー)です。品質は保証します」

 

「いやいやいや、保証してる物サービスで渡しちゃダメすよね…さらに言うと、サービスとして50万近くする万能薬(エクリサー)を渡すのは商売的に大丈夫なんですか…」

 

「問題ありません。作成過程で少しミスをしてしまって、効果が少し落ちた物ですから」

 

「それでもアミッドさんが作れば20万くらいの価値はありますよね…受け取れませんよ…」

 

 アミッドさんは、オラリオでも神を除いて、指折りの薬師である。その為調合アビリティも高く、少し間違えた程度では、最上級が普通になるだけだ。

 

「私からの優しさなんですけどね…仕方ありませんね。条件を出せば受け取っていただけますか?」

 

「えぇ、できればそれ相応も条件でお願いします」

 

「わかりました。では、お話し相手をお願いできますか?」

 

 はは、安定ですねアミッドさん。寂しんですよね?

 

「お願いではなく条件でしょう…不相応ですが…それでいいなら」

 

「ありがとうございます。誰も私とお話してくれなくて、寂しかったんです」

 

「やっぱりそうなんですね…」

 

 そういえば、アミッドさんはファミリア内で崇拝されてた…神よりも…

 その所為か、ファミリアの誰かがアミッドさんに実務以外で話しかけると、後で報復が来るらしい。恐ろしや…

 あ、私が報復を受けない理由は、少し前に報復に来たやつらを、ボコボコにしてやったからである。  

  

 

   * * *

 

 場所は何故か移り、アミッドさんの私室。話すならカウンターでも良くね?

【ディアン・ケヒトファミリア】治療院では、ファミリア上位の団員に、こうやって私室を与えているそうだ。

 私室のある場所は、関係者以外立ち入り禁止と書かれている札を通り越したところにあり、私が入ろうとすると、団員の人たちからは奇異の目で見られたが、アミッドさんを見ると、向けられるのが奇異から殺意に早変わりする。実にわかりやすい。

 豆知識だが、アミッドさんの私室はファミリア内で聖域とさている。

 アミッドさんの私室は本と何やら薬の材料らしき物が多い。かなりの量だが、それがしっかり纏められ、整理されている。

 部屋の中央には背もたれ付きの椅子と円状のテーブル。アミッドさん曰く、自分を除いて、片手の指で数えられるほどの人しか使ってないそうだ。因みに私がここに来たのは初めてである。

 

「そこに腰を掛けていて。紅茶を用意しますから」

 

「手伝いましょうか?」

 

「大丈夫ですよ。一応シオンは立場的にはお客様なんですから」

 

 まぁ、人の厚意を無下にするわけにもいかんし、従っておく。

 黙々と作業を進めていくアミッドさん。それと共に部屋の中には特徴的な強い香りが充満する。その香りは心が落ち着くような、甘い香り。とても良い匂いだ。

 目下のテーブルにソーサーが置かれ、その上に、紅茶の入ったカップが置かれる。

 

「ダージリンのストレートよ」

 

 ダージリンって確か紅茶の茶葉の中でもかなり高いやつじゃなかったっけ?それを出してくれるって…本当に心優し人だ。

 

「ありがとうございます」

 

「少し飲んでもらえないかしら。シオンの好みを知っておきたいわ」

 

「では、遠慮なく」

 

 と言っても、好みも何も、紅茶は全然飲んだことが無いため、品種くらいしか知らない。飲んだことが無いのに知っているのはおかしいと思うが、見ていたら憶えてしまっだけだ。

 とりあえず、一口。

 

「どうかしら?」

 

「とても美味しいです」

 

 口の中に広がる深く、柔らかい味。少量の砂糖でも入れたのか、仄かな甘み。抵抗することなく喉へと運ばれ、すぐになくなってしまったが、美味しい、とだけは断定して言えた。

 

「ふふ、ありがとう。じゃあ、お話でもしましょうか」

 

「そういえばそうですね。何か話題でもありますか?」

 

「そうですね……いつも通り世間話から入りましょうか」

 

「いいですね。それで大体広がっていきますから」

 

―――――――

 

「アイズが来たんですか?」

  

「ええ。長期の探索に行かれるのだとか」

 

「そうですか……明日は無理そうですかね…」

 

「無理そうとは?」

 

「なんでもありませんよ」

 

―――――――

 

「初めて会った時から思っていたんですが、シオンはアイズに似てますよね」 

 

「どのあたりがですが?」

 

「性格はそれほど似てないんですが、顔立ちや、無茶をするところや、剣技が凄いところが似てますね」

 

「顔立ちや剣技は主観にすぎませんが、私って無茶してます?」

 

「世間一般ではそういいます。Lv.1のソロで中層に潜るところとかは」

 

「私にとっては無茶ではないんですがね…」

 

―――――――

 

「換金できないドロップアイテム?」

 

「はい。ギルドの換金所で『価値がわからないから、換金できないと言われました」

 

「そのドロップアイテムはどういう物なのかしら?」

 

「『変異種』の、多分シルバーバックが落とした、皮です」

 

「Lv.1で『変異種』に会い、討伐したんですか…運が良いのか悪いのか測りかねますね…」

 

―――――――

 

「その刀、やはり一級品ですよね」

 

「一度使い物にならなくなった二級品を直すついでに一級品にしてもらいました。これを直したのはとても腕の立つ刀鍛冶ですよ」

 

「そうなんですか…その刀、少し抜いてみてもいいですか?」

 

「あはは、やめておいた方がいいですよ。下手すれば触るだけで死にますから」

 

「凄い危険な物を持ち歩いてるのね…」

 

―――――――

 

「今日はこのあたりにしておきましょうか。良い時間を過ごせました。ありがとうございます」

 

「お礼を言うのは見当違いですよ。これは条件なんですから。まぁ、条件が無くても、暇な時などにまた話し相手に来ますよ」

 

「ふふ、シオンは優しいですよね」

 

「いえいえ、言ってしまえばただの暇つぶしですよ」

 

「それでも、シオンと話せるのは楽しいですよ。では、また今度」

 

「ええ、また今度」

 

 

   * * *

 

 治療院を出ると、陽光は既に途絶え、雲一つ無い空から下りて来る月光が、街に活気をもたらしていた。

 外の喧騒は相変わらず()むことを知らず、昼とは一風変わった賑やかさをもたらしてくれる。

 

 現在時刻は六時過ぎ、ベルとヘスティア様のデートはもう始まっている頃だ。二人にとっては残念なことに失敗するだろうが。

 ヘスティア様は三大処女神の内の一人。今まで男っ気何て無かったのだ。そんなヘスティア様がデートとなったら娯楽に飢えた神共が集まって来るに違いない。

 可哀相のな()だ。せっかくのチャンスを他の馬鹿()に邪魔されるとは。

 まぁ、考え無しに行動したヘスティア様が悪いか。

 

 そんなことを考えながら裏道を通り、ホームへと向かう。ホーム周辺の地図は既に憶えているため、迷うことなどない。

 まぁそんなわけで、すぐに着いてしまうホーム。勿論、誰もいない。

 普段は賑やかなことが当たり前の場所が静寂に包まれているというのは、多少の空虚さを感じてしまう。

 ()()()()()、だが。 

 いつも通り、生活の規則(ルーティーン)をこなす。私の行うことは、全て一人でできることだ。誰かが居ないとできない、なんてことは起きない。 

 その証拠に、二時間もすれば今日やることは全て終わってしまった。ベルたちは帰って来てない。

 別に、待たなくてもいいだろう。ベルだってもう子供じゃない。

 そんなわけで、いつもお世話になっている壁に寄りかかり、ゆっくりと目を閉じた。

  

 

 

 

 

 




 今回、独自設定はいってますよ。
 アミッドの種族を私が知らないため、魔法を使える。高位治癒術を使えて、美少女、と言うところから、エルフ、と勝手に決めました。後腹黒も。


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日常、それは思案

  今回の一言
 明日、投稿できないかも!

では、どうぞ。


 

 瞼が上がる。目の焦点が一瞬ずれるが、すぐに合い、視界が回復する。

 体内時計でしか分からないが、今は恐らく朝四時、日の出前だ。

 いつも通り刀を金庫から取り出し、ぐっすり眠っている二人を起こさぬように、外へ出る。自分が音を出さなくとも、ドアや扉の軋む音は消しようがない。今度直しておこうかな…

 外へ出ると、眠気を吹き飛ばしてくれる、少し冷たいくらいの夜風。それを受けて、私の一日は始まると言ってもいいだろう。

 寝起きで鈍る体を、とある神様が中央広場(セントラルパーク)で行っていた『ラジオ体操』とやらを真似して体を(ほぐ)す。これは簡単に、それほど時間を掛けず、老若男女問わずにできる、とても画期的な準備運動なのだ。そのため毎日朝に行っている。

 それが終わるとランニング。刀は抜かずに出せる全力で走る。大体20K程だ。

 帰って来ることには、汗が頬を伝い滴る程体は体が温っている。

 そこから、剣の鍛錬が始まる。流れは

 『素振り100回→剣舞約二分→架空戦闘5戦』の3セット。

 此方は一本で行う。それを終えると今度は二本で

 『ノンストップ連撃三分→剣舞二分→架空戦闘3戦』の2セット。

 これが終わるころには朝になっており、大体六時半頃、ベルも起きて来る時間帯になる。

 日が出たことで涼しいくらいになった風を、少し操作して、上がった体温を落ち着かせる。

 それを終えると朝食だ。用意は消去法で私となっている。

 用意が終わると、ベルがヘスティア様を起こす。毎回『朝チュンか!』と叫んでいるが、全く意味が(わか)らない。

 始めの内は朝食にも気合を入れて作っていたが、最近では、面倒になってきた為、かなり手を抜いて、時間が掛からず手間もかからないチョー簡単シンプル料理にしている。それでも『美味い!』と言うのだから問題ないのだろう。

 食べ終わった後の片付けも基本私がやっている。ベルは偶に手伝ってくれるが、ヘスティア様は全く手伝う気が無いらしい。その証拠の絶賛だらけ中だ。

 片付けが終わった後は、予定に沿って動く。予定がない場合は鍛練をしたり、暇つぶしに誰かに会いに行く、と言った感じだ。

 今日は予定が一つ決まっている。まぁ、すぐ終わることになると思うが。 

  

 

   * * *

 

   余談

 

「おはよう、リリ」

 

「ひっ……ベ、ベル様でしたか…」

 

「どうかしたの?大丈夫?」

 

「は、はい…今日は大丈夫みたいです…」

 

「?」

 

 

   * * *

 

 と言う訳で、その用事を済ませに来ました私です。

 現在正午少し前、【黄昏の館】正門に続く道だ。

 今日は、アイズと報告会をする日となっている。だが、アミッドさんの言うことが確かならば、アイズは今ダンジョンに居るはずだ。まぁ、帰ってきているかもしれないし、何かあったとしても、門番の人に言うっ決めてるからな。

 正門にはやはり門番が居た。今日は一人じゃなくて二人だが。 

 片方がヒューマンの男で、もう片方が猫人(キャットピープル)の女性だ。

 何やら雑談でとても盛り上がっているようで、二人は仲睦まじく笑い合っている。その空気を壊すのも憚られたので、盗み聞…ごほん、近くで()()()()()()()()()()()()()()()()()()。決して盗み聞いてなどいない。唯音が聞こえているだけだ。

    

「アキ、やっぱりベートさんがボコボコにされた噂って本当なんっすかね」 

 

「さぁ?でも、最近トレーニングが激しくなったらしいわよ。偶にファミリアの誰かと模擬戦もしてるらしいし」

 

 ほぉ~頑張ってるんだね~あの駄犬。努力は良いことだ。

 

「そういえば、そのボコボコにした相手が、Lv.1の冒険者らしいよ」

 

「マジかよ⁉Lvの偽装とかじゃ?」

 

 しません。そんなこと絶対しませんよ。

 

「ううん。確かだって。あっ、そういえば、今日のその冒険者が此処に来るらしいよ」

 

 なんで知ってんだよ!いや、アイズが事前に言ってたのか。

 

「それどこ情報っすか⁉」

 

「アイズさんから言われた。そして伝言も頼まれたわ」

 

 ほらね、やっぱりそうだ。

 

「へ~いつ頃来るかはわかってるんすか?」

 

「多分、あと少しで来るわよ。正午って言ってたし」

 

 これは、ベストタイミングでは?そうだよね?と言う訳で。

 

「呼ばれて飛び出てこんにちは」

 

「「……っ⁉」」

 

 あれ?反応が予想以上に悪い。なんかキャラに合わなことやってみたのが悪かったのかな?ていうか、お二人方が戦闘態勢に入ってるし。

 

「そんなにピリピリしなくても、襲ったりしませんから、安心していいですよ」

 

()()、何時からそこに…」

 

 ちょっと待て、この人たちも間違えるのかよ。アイズから聞いてるんじゃないの?教えられてないの?教えといてよアイズ…慣れているとはいえ、結構心にくるんだよ…

 

「ちょっと前からですよ。えっと…アキさん?」

 

「アナキティ・オータムよ。まぁ、アキでいいわ」

 

「ありがとうございます。それと、武器を納めてくれるとありがたいのですが…」

 

「それは、まだ無理そうね。()()が何所の誰で何しに来たかがわからないから」

 

 あれ?呼ばれて飛び出てって言ったんだけどな…

 

「わかりました。では、名乗らせていただきます。私は【ヘスティア・ファミリア】所属。Lv.1、シオン・クラネル。先程言っていた、アイズの伝言を受け取りに来ました。あと、勘違いしているようなので言わせていただきますが、私は男です。もう一度言います私は男です。もう間違えないでくださいね」

 

 要求されたこと+必要なことを言った私に、何故か二人は唖然としていた。なんか驚くようなこと言った?

 

「…アキ、この人の言うことが本当なら、ベートさんをボコボコにしたのも…この人ってことになるんじゃ…」

 

「そうね…勝ち目は完全にゼロよ」

 

 訳は分からんが、とりあえず武器を納めてくれたので良しとしよう。

 

「それで、クラネルさん。()()がここに来たのはアイズさんの伝言を受け取りに来たってことでいいのよね」

 

「はい。そうですよ」

 

「分かったわ。アイズさんからの伝言は、『ごめんなさい、今週は無理』よ。意味は分かるかしら」

 

 なんか告白後の返事みたいだなおい。そうじゃないことは分かるけど。

 

「えぇ、伝えて頂き、ありがとうございました。

 

「いいのよ。これが私たちの仕事でもあるのだから。あと、聞きたいことがあるんだけど、いいかしら」

 

「いいですよ。伝言を伝えて頂きましたし、答えられる範囲の事なら」

 

「じゃあ、聞かせてもらうけど、アイズさんとはどんな関係なの?」

 

 うっわ~超絶答えい(にく)い質問だなおい。そんな関係、ね~。残念なことに恋人でもなければ、残念なことに家族でもない。いや、血は繋がってるから家族なのか?定義上はそうかもしれんな…

 っとずれてしまった。関係か…友人…知り合い…顔見知り…ライバル…姉弟…いや、言うなら姉妹か。ダメじゃん…

 う~ん……わからん。でも答えられなくもない…

 

「曖昧な回答で良いですか?」

 

「それで構わないわ」

 

「私とアイズは、定義上は家族と言っても過言ではなく、現在は、友人ではありませんが、顔見知りと言うほど仲が悪いわけでもありません。知り合い、と言う言葉だけでは表したくはありませんし、顔立ちが似ていると、とある人も言っていた所為か、姉弟、と言うより姉妹に見られることがある関係です」

 

「なんすかそれ…曖昧どころか、意味わかんないじゃないっすか」

 

「当たり前です。言ってる私も半分以上何言ってるかわかりません」

 

「……つまり、表現不能なほど複雑な関係と言うこと、かしら」

 

「いえ、それほど複雑ではありませんよ」

 

 いや、一から語るとなると、かなり複雑なのか?

 

「まぁいいわ、ありがとう。全く訳が分からなかったけど」

 

「はい、それでは」

 

 あ、協力者って表現方法があったか。

 

 

   * * *

 

 時は行き過ぎ三十分後、本当に暇になってしまったので、なんとなくバベルに居る草薙さんに会いに来た。ベ、別に、バベルに向かえば偶々帰って来るアイズに遇えるなんて思ってないし…

 

 そんな私の心情など、今はどうでも良いのだ。実際空振りだったし…

 

「うんで、今日はどんな用件だ?」

 

「あ、今日は暇だったので何となく来てみました」

 

「おい、暇だったらここに来るって…ダンジョン行けよ」

 

 いやだって…ダンジョン行って低層でリリと遭ったら嫌だし気まずいし…ん?

 

「あれ?草薙さんって私と会うのがそんなに嫌だったんですか?ならキレイさっぱり消えますが」

 

「その必要なねーよ。というか消えるな。俺の刀を使えるやつがいなくなる」

 

 なんだよ、逆に気に入られてたじゃん。

 

「あ、そうだ。刀の使い心地はどうだ?」

 

「刀ですか。そうですね…一言で言うなら」

 

 まぁ、これが絶対的に適当な表現だろ

 

「チートです」

 

「おいちょっと待て、人の刀をそんな風にいうなよ」

 

「いえいえ、こうとしか言いようがありません」

 

「……まぁいい。んで、刀にはどんな名前を付けたんだよ」

 

「テキトーですよ」

 

「ちゃんとつけろよ可哀相だろ」

 

 いや、私にネーミングを任されても、センスの欠片もないし…

 

「んで、どうなんだよ」

 

「まず、非殺傷ですが、『黒龍』と『青龍』。どっちがどうだかは態々言う必要はありませんよね。そして、煉獄には『紅蓮』、補正には『雪斬繚乱』と言う名前を付けました」

 

「『雪斬繚乱』の意味がまったく理解できんが、まぁいい。んで、使い心地はどうだよ」

 

「最高の一言です」

 

「嬉しいこと言ってくれんじゃねーかよ。チートとか言ってた割には」

 

「実際そうですよ。『紅蓮』なんて私の魔法を少し合わせれば、無限に使える魔剣のような物ですから」

 

「なんだよ、シオン魔法が使えたのかよ。詮索はしないが」

 

「はい、使えますよ。効果は教えませんが、『紅蓮』と相性抜群とだけ言っておきます」

 

「全くわかんねーよ。いいけどな。呪いに呑み込まれても無いようだし」

 

 呑み込まれてたらここまで来れなくね?知らんけど。呑み込まれる?…あっ

 

「草薙さん…今、凄い試してみたいことができたのですが…」

 

「その試してみたいことが奇想天外で凄く危険なことの予感がするのは俺だけか?」

 

「危険にならないように草薙さんが居るんじゃありませんか~」

 

「シオン…何する気なんだよ…」

 

「まぁ、付いて来てください。道中で説明しますから」

 

 ふふふ、これは中々の名案だと思うな~

 

 

 

 

 




 明日、投稿できなかったら、明後日二話投稿します。すみません…


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挑戦、それは必死

  今回の一言
 大変申し訳ございませんでした…

では、どうぞ


 

 ほいほい。草薙さんと共にやって参りましたダンジョン五階層ルーム。

 このルームは、冒険者の間でもかなり有名で人気のある場所だ。上級冒険者もここに来るらしい。

 装備は、今日帯刀してきた『一閃』のみ。着ているのも私服だ。

 草薙さんの装備は漆黒の刀一本。名前は『黒牙(こくが)』と言うらしい。

 こんな軽装の二人でも、実力の所為か、ここまで来るのに歩きで一時間とかからない始末である。

 

「んで、本気(マジ)でやる気なのか?」

 

「はい。本気も本気、どういわれようと挑戦します。それに、不可能なわけでは無いでしょう?」

 

「そうだが…本当に危険だぞ」

 

「百も承知ですよ。さて、始めましょうか」

 

 抜刀。何かを斬る訳では無いため、構えず、ただ持つ。力を抜き、集中する。

 

「お願いします、草薙さん」

 

「……分かった」

 

 あまり気が進まないようだが、了承してくれた。

 人差し指を『一閃』に静かに向けた。その指には少しの迷いが存在していたが、少し経つと、その迷いがなくなり、覚悟が決まったかのように、指先を向ける。

 

「【其の身を侵し、其の身を滅ぼす、悪しき力を解き放たん】」

 

「【呪詛解放(リリース)】」

 

 草薙さんが行ったのは、魔法の発動。生まれたときから使えた呪いの解放が、【ステイタス】によって強化された魔法だ。

 その魔法の対象は、『一閃』。感の強い人はここまででわかるだろうか。

 私が行おうとしていることは、呪いに、故意的に呑み込まれること。そして、それを制御すること。

 何の為かと聞かれると、強くなる為、と答えるだろう。

 何故強さを求めるか。そう聞かれたら、必要だから、そう答える。

 その為に、こんな危険なことをするのだから。

 

 発動された魔法は、草薙さんの指から光のようなものになり、その光が『一閃』の刀身に纏わり憑いて、弾ける。

 それと同時に感じたのは、異様な気配と、異常な程に濃密な、自分のものでは無い感情。

 

「後はお前次第だ…」

 

 そんな声が聞こえた。草薙さんの声だろうか…解るのに判らない。

 あれ……視界が…ぼやけて……あっ…

 バタンッ、と言う音が聞こえた。何の音かは解る。でもやはり判らない。

 視界が途切れた。いや、視覚が遮断されたと言うべきか。

 音も聞こえない。周りで何も音を出さなくなったのだろうか、将又(はたまた)聴覚が遮断されたのだろうか。

 においもしない。何かに触れている感覚も無い。

 体が浮いたような錯覚を覚える。でもそれが自分の感覚なのか、解らない。

 はは、何も分からなくなってきた。ヤバイ、かもな。

 

 彼は現状として、地面に倒れていた。ただ一本の刀を強く握ったまま。

 

  

   * * *

 

 ここは、()()……

 気が付いて思ったことは、そんなことだった。

 体には感覚が無い―――いや、体が無いから当たり前か。

 地面も無い、空も無い、果ても無い。つまり、ここは場所としては存在しない。だから、何としか言いようがない。

 ふと、感覚が生まれた。何かに触れているという、当たり前の感覚。

 その感覚は広がって、次第には、他の感覚も生まれた。

 その時になって、初めて違和感に気づく。

 今まで()()()()()()()は、実際は見えていなかった。

 生まれた感覚の中に、視覚があった。その感覚によって伝わってきたものが証拠となる。

 地面、と言うより床もあり、空、と言うより天井もある。しっかり果ては存在した。

 少し見渡すと、此処は極東発祥の、和室、と言われる場所だった。

 床は畳。天井は木製。壁も木製。出入り口と思われるのは、角にある襖。

 室内には照明以外の家具が無く、その明かりすら朧気だ。

 そして、気づく。自分の目線がいつもより低いことに。

 襖が突然開いた。そこには、気持ちの悪い、下衆な笑みを浮かべ、此方へと近づいて来る男がいる。

 そして、宙吊りにされたような感覚を覚え、首元に痛みを感じた。

 見ると、金属で作られた首輪が付けられていた。それと同時に気づく。

 体中が痣だらけで、服は黒ずんだ紅一色。髪は伸びていて、その髪は、一風変わった金と白ではなく、赤みのかかった黒色だった。

 どうなってるんだ…そう思っていると、首にまた痛みを感じ、次には腰や腿が擦れる感覚を覚えた。引きずられているのだ。

 引きずられ、部屋から出ると、そこには長い廊下。そこには等間隔に並べられた襖があり、その奥から悲鳴、断末魔に似通った声ばかりが聞こえてきた。

 雑な扱いを受けながら、引きずられていく。暗い廊下の床が、軋む音を出す度に、長い廊下に叫び声が響く。

 それが幾度も幾度も繰り返され、永遠に終わりが訪れないのかと思い始める頃、一瞬の浮遊感が訪れ、次に衝撃が体を軋ませる。どうやら部屋に放り込まれたらしい。

 放り込まれた入り口は既に施錠され、塞がれていた。

 この部屋は先の部屋と異なり、血塗られていて、様々な武器凶器が所狭しと置かれていた。

 部屋には施錠された、出入り口と思われる場所が二ヶ所あり、そのうち一ヶ所は、鉄の格子で作られていた。檻や籠につけられる扉のようだ。

 体が勝手に動き、武器を持って、一つ一つを試していく。

 何種類か試したところで、置いていた武器がバランスを崩し、ドミノ倒しの要領で、床に散らばってしまった。それを直すのも億劫なので、無視しようとして、気づく。

 武器で隠れて見えなかったが、そこには鏡があった。

 その鏡には、この部屋と、()()()()が映っている。

 幼女はどう考えても、自身としか思えず、どうにも不信感を覚える。

 その幼女からは、不可思議な小さな角が生えていて、剥き出しになった歯は、とても鋭く、鋭利な針のようだった。

 現状にさらに困惑している私を、気にすることなく場面は進む。鉄格子の出入り口が開いたのだ。

 これまた体が勝手に動く。その動きはゆったりとしていたが、一歩、一歩と着実に進んでいた。

 部屋から出るとそこには、数えるのが罰ゲームになる程の人がいた。

 全員が興奮し、騒ぎ立て、耳障りな音の連続。生理的嫌悪すら覚える。

 そんな中、前へ前へと進んで行く。顔を上げると、進行方向に無数のモンスターが居た。

 そいつらは、私に気づき、瞬く間に襲ってくる。

 

『殺せ、裂け、吸え、殺せ、裂け、吸え』

 

 それと同時に、脳内にそんな単語が響いて来た。それは酷くわかりやすく、理解すら必要としないかのように、意味が伝わる。

 そして、気づけばその通りになっていた。

 無数のモンスターは殺され、斬り裂かれ、地面に倒れ伏している。

 その中の一匹、そいつに近づいていく。

 モンスターの心臓部分を斬り裂き、溢れ出る血を浴び、飲んで、途切れると他へと移り、皮の薄いモンスターは直接吸い、厚いモンスターは先と同じような方法をとった。

 そして、全てが終わった。その時感じたのは、快楽、と言うこのときに感じてはいけない感情。

 でもどうしてだろうか、この感情が然も当たり前のように感じた。

 

「はぁ…」

 

 それは何処か艶かしい、興奮した息。 

 自然と漏れたそれは、理性とは真逆の、自身の感情を現していた。

 それを見ていた下種な観衆共は、更に勢いを増している。

 無駄に多い下種共にはわき目も振らず、元いた部屋へと戻っていく。

 部屋に入り、背後で鉄塊が落ちる音がして、出入り口が閉まったのだと認識する。

 少し進むと鏡に自身が映った。そして思った。

 

『私…なんでこんなことしてるの…』

 

 そう思うと、視界が暗転した。

 

―――――

 

 暗転した視界に、ふと光が射す。

 視界が回復し、体の感覚もしっかりとある。

 見える光景は全く異なったものとなっていた。 

 天井、壁がなくなり、代わりに、終わりの見えない景色と、雲が無い青い空が広がっていた。

 床は地面となり、青く生い茂った草が心地の良い風に揺れている。

 辺りを一周見渡してみると、そこには背中を見せた、一人の()()と思わしいき()

 その近くに、深く濃い黒煙を纏った一本の刀。

 どちらも不思議な程、違和感がしなかった。

 見つけた方向へと足を向ける。一歩一歩と地面を強く踏みしめながら歩いていく、何故かはわからないが、足の感覚が薄いため、こうでもしないと感じられない。

 何十歩か歩いたところで、女性の近くに辿り着く。それ以上は進もうとは思わなかった。

 ふと突然、女性が此方に振り返る。そして、息を呑んだ。

 その女性は、夢でみた『アリア』と瓜二つであった。

 

「正気を取り戻せたみたいね」

 

 女性が話かけてきた。その声は夢で聞いた『アリア』の声と瓜二つ。

 もうこれだけで十分だろう。この人は『アリア』だ。でもそうして?

 

「それは私の一部があなたに住んでいるから」

 

 住んでいる?私に?と言うより、何で考えてることがわかるの?

 

「簡単、此処があなたの心だから」

 

 此処が?随分と何もないな…本当にそうなのか?でも、なんか納得がいく…

 

「どうして私が自分の心に居るんですか?アリアさん」

 

「アリアでいいのよ。前にもそう呼んだでしょ?」

 

 はは、全部知っていると。

 

「ええ。私があなたに宿り始めてから、ずっと見てたから」

 

「それって、五年前に『風』が使えるようになって、まだ制御できなかった頃くらいからですか?」

 

「ええ、その時に私が目覚めたのよ」

 

 なるほど、ならいくつかのことが納得がいく。

 

「それで、何故、私は自分の心に居るんですか?」

 

「貴方が入って来たのよ。自分から、ね。まぁ、原因はこの刀だけど」

 

 そう言いながら示したのは、アリアの近くに刺さっていた黒煙を纏った刀。よく見るとそれは、私の愛刀『一閃』だった。

 

「この刀の呪い、それに意識が吸い込まれて、正気を取り戻して、戻ってきた。だけど、呪いは体の中に入っちゃったから、これを克服するまで、あなたは自分の心に閉じこもったまま。二度と戻れない」

 

 随分と残酷な現実だな…心の中は現実なのか?まぁそれはいい。

 つまり、本当に呑み込まれたから、それを制御しろ、と言う本来の目的通りに事が進んでいるということか。

 

「わかりました。でもその前に聞かせてください」

 

「なに?」

 

「アリアは、何故アイズの前から姿を消し、アイズから、笑顔を奪ったのですか」

 

 私が心の中から抜け出す、そのことは大切である。だが、今はこちらの方が大切だった。絶対に聞いておかなければならない、そう勝手に思った。

 

「…それを知って何になるの」

 

「単なる自己満足です。私が知りたいだけですよ」

 

「……簡単、大切だったから、傷つけたくなかったから、それだけよ」

 

「そう、ですか…」

 

 大切なら近くに居てやればよかったのに、傷つけたくない?それは今のアイズを見て言っているのか?……いくら言っても無駄か。過去のことだ、どうしようも無い。

 それに、アイズをそうするしかない状況だったのは、夢で何度も見た。 

 

「それでは、アリア。またいつか会う日があるといいですね」

 

「えぇ。アイズを頼んだわ」

 

「それは、結婚していいって許可と言う風にとらえても?」

 

「いいわ。貴方なら問題なさそうだもの」

 

「それは元の風の精霊(オリジナル)から聞きたかったですね」

 

 軽い冗談を最後に、私はアリアの近くに刺さっていた『一閃』を抜いた。

 

 

―――――

 

『殺せ、裂け、吸え、殺せ、裂け、吸え』

 

 何度も繰り返し響くこの言葉、もう聞き飽きた。お蔭で正気も普通に保てている。

 何分何時間何日何ヶ月何年何十年。精神的には長い時間が経っている。()()ではどうだろうか。

 そんなことを考えるより、此処からの脱出方法を見つけなければならない。

 今まで様々なことを試してきた。脱走だったり、殺しだったり、混乱を起こさせたり。でも全てが空振り、残る方法は一つだけとなってしまったくらいだ。

 幼女が今では女性の年齢となっている。それほど長い間、この体で過ごしていた。

 身長も伸び、ベルより少し低いくらい。スタイルも平均以上に良くなり、容姿端麗と言える顔立ちになっていた。胸も大きくなり、ヘスティア様が、『偶に邪魔になるんだよ~』と言っていた気持ちが理解できるようになったほどだ。自分で言うのもあれだが、体の傷が無かったら、さぞかし綺麗だと思う。

 だが、時が過ぎたことによる影響か、オラリオに居たことが、思い出となりかけている。

 なら、すぐにその最後の一つを試せばいいと思うが、実はこれは本当の最後にしたいのだ。

 その方法は、再覚醒時から持っていた『一閃』を自身に突き刺す事。

 制御する。つまり、受け入れることは、拒絶しないこと。なら、こういう方法も有りかと思っていた。

 だが、これは捨て身と同義である。

 この体は、どうやら吸血鬼のようで、血が足りなくなると、制御できなくなる。

 そのせいで、何度か危うい時があったが、何とか殺して血を奪ってきた。

 『一閃』は吸血の能力を持つ。下手すれば自分の血が足りなくなり、正気が保てなくなるのだ。そうなったら最後。何もできなくなる。だから、今までやらなかった。

 あと、この体にも少しばかり愛着が持てて、あまり傷つけたくない。

 でも、やるしかないのだ。あと、此処の生活も正直うんざりなのである。

 

 覚悟を決め、この体の感触を憶えて――気持ち悪いけど――おき、自分の胸に『一閃』を突き立てる。

 

「さよなら、呪いの世界。おいで、『一閃』」

 

 もう聞きなれた女声で別れを告げ、同時に招待する。

 招待したのは刀。それはいとも容易く胸に刺さり、心臓を貫く。

 痛みは感じなかった。それは感覚が途切れたからかもしれない。

 

「合格」

 

 その一言だけが聞こえ、無いはずの体が浮くような、そんな感覚に見舞われた。

 

 




 今回はお詫びも兼ねて少し長くさせていただきました。


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日常、それは安息

  今回の一言
 TS?あり。

では、どうぞ


 覚醒する。その意識が持てるのは瞼が上がり、思考がはっきりしてからだ。

 

「ようやく起きたか、本当に大丈夫だったみたいだな」

 

 近くには黒い刀を持っている青年が居た、えっと…確か…

 

「草薙さん?ですよね…」

 

「おう、そうだぜ」

 

 どうやら本当に()()に戻れたらしい。確か、此処は五階層、だったか…

 

「お前、六時間くらいぶっ倒れてたぜ。そのままにするわけにもいかんから、枕は敷かせてもらったが」

 

 どうやら頭の下にさっきからあった柔らかい感触は枕だったらしい…なんの?

 

「お、なんのって顔してるな。それはな、とある魔道具作成者(マジック・アイテムメーカー)が作った携帯用枕でな、中に魔石を入れると、丁度いいサイズに膨らんで、高級枕並みの柔らかさになるんだよ。面白いだろ?」

 

 なんでそんな物買ってるんだよ…少し欲しいけどさぁ…

 

「んで、どうだった?」

 

「興味あります?」

 

「当たり前だ。こんなことしようと思ったバカは、シオンしか知らんからな。興味があるに決まってんだろ。もったえぶらずに、さっさと言え」

 

 あんまり人に話すようなことでもないんだが…試すついでにはいいか。

 

「じゃあまず、起きたことですが、呑み込まれて、正気を取り戻し、とある精霊()と会い、また呑み込まれ、そこで何十年か過ごして、やっとのことで出てきました」

 

「おいちょっと持て、今、何十年って言ったか?」

 

「はい。いいましたよ」

 

「……シオン、今何歳だ?」

 

「さぁ?()()に年齢を聞くものではありませんよ」

 

 ここで気づく、自分の発言の失態に。

 

「シオン。お前今、女性にって言ったよな。つまりお前は女性ってことか?」

 

「違います。断じて違いますよ草薙さん。今の私は女性ではありません。確かに何十年間の間は女性――幼女の時もあったが――でしたが、今は違うんです。誤解しないでください」

 

「おい、墓穴掘ってるぞ」

 

 あ……まぁ、仕方ないよね。うん、事実だし、結構気に入ってたし…

 

「まぁいい。んで、力は手に入ったのか?」

 

「その言い方、悪者みたいですね…いまから試してみますよ。草薙さん。刀、貸してもらえますか?」

 

「おう、いいぜ」

 

 素直に渡してくれる草薙さん。もう少し躊躇いを持った方がいと思いますよ?

 その刀と、ずっと握っていた『一閃』を持って、念のために数歩下がる。

 左手に持った草薙さんの刀で自分の右腕を少し()()()

 

「お、おい…」

 

「大丈夫です」

 

 草薙さんが戸惑った声を上げる中、左の刀を置き、『一閃』に集中。右手からは、何かが入り込んでくるような感覚がして、それがだんだんと全身を巡っていく。その感覚が止まったところで、右腕の傷を見ると、瞬く間に癒えていった。吸血鬼の自己修復能力。自己再生能力とも言うか。まぁそれだ。

 

「はは、もう人間辞めたも同然じゃねーの?」

 

 その光景を見ていた草薙さんは苦笑を隠さずさらけ出していた。仕方のないことだ。騒ぎ立てないだけまだましである。だが、問題ない。

 

「呪いの効果は刀を手放す、または納刀するのどちらかで消えると思います。なので、大丈夫だと思いますよ」

 

「そうかよ。ったく、お前はどんだけ常識破りなんだか」

 

「いいや~それほどでも~」

 

「褒めてねーからな?」

 

 

   * * * 

 

 あの後、草薙さんと『始まりの道』まで競争、と言うことで勝負したのだが、二人とも本気(ガチ)でやったので、通り道は悲惨なことになり、すれ違った第三級冒険者たちは腰を抜かしていた。お気の毒様である。

 因みに、勝ったのは一分差でシオンだ。スキルと呪いと魔法を贅沢に使っていたため、当たり前の結果である。

 

―――Lv.1がLv.4と勝負しているということは置いといて…

 

 とりあえず、記憶の中で擦れてきた地図を、懸命に解読しながら、ホームへと向かった。

 帰路で、『懐かしいな~』などと、思ってしまうのは仕方のないことだ。

 一応、勝負の対価として、じゃが丸くんを奢ってもらった。

 ホームに到着し、待っていたのはヘスティア様とベルであった。久しぶりの再会だ。私の主観でしかないが。

  

「お帰り、シオン」

 

「ただいまです、ベル。なんだか懐かしいですね」

 

「え?どういうこと?」

 

 おっと、口が滑った。

 

「お気になさらず。それより、じゃが丸くん食べます?」

 

「あ、一個ちょうだい!」

 

「ボクもボクも!」

 

 二人とも、もらった瞬間にさっさと食べ始める。腹が減ってたのかな?別にいいけど。

 私も残りの八個あるじゃが丸くんを、塩を付けて、頬張る。イモと油と塩の味が口の中に広がり、やはりじゃが丸くんはいいと、久しぶりに思うのであった。

 

 その後は何事も無く睡眠。あっちの世界では宙吊りや串刺しのまま寝ることが多々あったので、壁に寄りかかって寝られるのは、安息としか、言いようが無かった。ほんと辛かった~。ちょっと楽しかったけど…

 

   * * *

 

 起きた時間はいつも通り朝の四時。起床時刻はあっちでも変わらなかった。

 呪いの世界(あちら)今いる世界(こちら)では変わることが無かったものがいくつかある。

 起床時刻、剣の鍛錬、何かを殺す。

 事細かなことを上げればもっとあるだろうが、これが大きなことだろう。

 そのお蔭か、感覚的には剣の技術が落ちた気はしない。それどころか、上がった気がする。

 剣の鍛錬が終わり、こちらでは確か、朝食だった気がする。

 久しぶりの日常。そんな感じがして、なんだか心が和む。それは可笑しいのだろうか。

 まぁ他人の意見などどうでもいい。自分が可笑しいと思わなければよいのだ。

 

 朝食時に聞いたところによると、今日、ベルはダンジョンに潜らないらしい。何でも、リリがファミリアの集会で行けないのだとか。別の理由もあるだろうが。

 私は、今日の予定として、吸血を使い慣れるために、一狩り行こうと思っている。久しぶりである、十二階層のあそこにだ。

 装備は、『一閃』と隠し短刀(ナイフ)。サポーター顔負けのバックパックに戦闘衣(バトル・クロス)と超簡易装備――第一級武装が簡易かどうかは気にせずに――である。

   

――――――

 

 と言う訳で、やってきました十二階層。この道すら懐かしい。 

 道中のモンスターはもう雑魚同然だった。技術が上がった証拠だろうか。

 そして、ここに来てやっと『吸血』を自身にかけることが出来る。

 抜刀し、右手に集中。呪いの循環を考えて、操作する。

 全身に巡り、操作が終わったことを認識し、気は緩めずに、操作を手放した。

 それでも呪いは安定していた。内心安堵しつつ、モンスターを探す。

 少し歩いた所で、道からモンスターが現れた。接近には気づいていたのでバックパックは既に下ろして、準備は万端だ。

 突撃してくるモンスターはハードアーマードの『強化種』。特徴は甲羅に棘が無数に生えていて、腹も、普通のハードアーマードの甲羅並みに硬い。と言うところだ。

 硬さなど、刀の前では無力なので、魔石を斬らぬよう、一刀両断。即死亡。

 同じような奴が何体もやって来るが、容赦なく斬り付ける。でも魔石は傷つけない。

 視認してから、十秒と、いや五秒とかからず、殲滅した。

 感想を言おう。実感が無い。

 もう少しどど~んと強くなるものかと思ったが…それほどだな。回復力はまぁ凄いが。

 暴れてみれば少しは分かるだろうか…やってみればいいか。

 

 

――――――

 

 

 八時間後。

 私は魔石回収などせずに、ひたすら暴れ回った。

 魔法は使わず、刀だけで斬り殺して、気づけば全身血だらけだ。自分の血も少しは含まれているだろうか。

 何故このタイミングで止まったか、それはある変化に気づいたからだ。

 目線が低くなっており、歩幅に聊か違和感を感じる。

 歩くたびに、少しの重さがかかり、少し動きにくくなっていた。

 そして、刀に反射した自身の顔を見た。するとどうだろうか。

 

―――見覚えがあるが、あるはずの無い顔がそこにはあった。

 

 髪は長く伸び、赤みのかかった黒。眼は、鮮血のような赤。唇は鮮やかな紅。そこから剥き出しとなった鋭利な歯。無表情に近い表情を持っている顔。

 それは、あちらの世界での私の顔だった。

 自身を見ると、大きな胸部装甲もあり、全体的にバランスが取れ、筋肉により引き締まった体。

 どう考えても、あちらの世界の私の体…

 と言うことは…私って今、吸血鬼状態?

 

「……おかしい」

   

 声も完全に女声。確定である。マジかよ…でもマジなんだよ…。

 どうやったら戻れる?戻れないと完全に不味いぞ…

 

 あ、呪いを解除すれば戻れるかも…

 

 その考えが浮かぶと同時に行動開始。

 刀を持つ右手に集中し、呪いを操作する。

 順調に呪いは動き、刀へと戻っていく。その過程で気づいたが、呪いが始めとは比べ物にならない程格段に強くなっていた。

 呪いの移動が終わると、全身に力が入らなくなった。その所為で、ぶっ倒れる。

 瞬間、意識を失った。

 

――――

 

 はっと、意識が戻る。最近気絶が多すぎないか…

 多少の目眩と吐き気に耐えながらも立ち上がると、またもや違和感に襲われる。

 

――目線が高くなっていた。

 

 最終確認のため、刀に映った自身の顔を見る。

 金と白の髪に、緑と金の眼。この特徴が合うのは、他ならぬシオン・クラネルと言う人物である私ただ一人。

 どうやら一応戻れたらしい。

 良かったと安堵しつつも疑念を抱えた。

 

――何故私が吸血鬼になっていたか。

 

 私は、刀に呪いを戻すことで私へと戻れた。

 ならば原因は当たり前のように呪い。その呪いがどう作用したか…

 確か、呪いは各段に強くなっていた。なら原因はそれしかあるまい。

 呪いが強くなりすぎると、あの吸血鬼、もう一つの私になる。と言うことか。

 つまり、呪いを強くすれば何時でももう一つの私になれる。

 

 これは大収穫だな…態々体の感覚を覚えなくてよかったのか。

 

―――それ自体が、だいぶ気持ち悪い行動だけどね?

 

 

   * * *

 

  余談

 

「はいよ。92万760ヴァリス」

 

「いよっしゃぁぁぁぁ!!」

 

「またかね…」

 

 

   * * *

 

  余談Ⅱ

 

「シオン君、随分ご機嫌だね~」

 

「あ、分かりますか?今日はかなりの収入がありましてね」

 

「へ~、どれくらいなんだい?」

 

「90万ヴァリスくらいです。凄いでしょ?」

 

「Lv.1の稼ぐ額じゃないよぉ…」

 

 

   * * *

 

  余談Ⅲ

 

「ねぇ知ってる?最近夕方ごろのギルドで、大声を出して喜ぶ()()なヒューマンが、偶に見れるんだって~」

 

「へ~面白そうじゃない。今度見に行く?」

 

「いいの?フィンと一緒に居る時間が少なくなるよ?」

 

「あ、さっきの誘いはなしで良い?」

 

「うん。別にいいよ~」

 

 

 

 

 




  いつの間にかUA5万突破。ありがとうございます。


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日常、それはストーキング

  今回の一言
 不定時投稿開始しました申し訳ございません。

では、どうぞ


 時は行き過ぎ翌日。今日は特に用事は無いため、何の変哲もない日だ。

 『一閃』の呪いは、多用しないと心に決めたため、力試しにも行く必要が無い。

 と言う訳で、今日はベルをストーカーすることにした。

 

 朝は、私の作った朝食をとり、今日も休日なのか私服に着替える。

 その後はごろごろするなどだらけ始め、何かを思案しながら虚空を眺めていた。

 そんな時間が長い間続き、正午少し前。突然ベルが立ち上がり掃除を始めた。

 鼻歌交じりに掃除をしいて数分ほど経つと、ベルが突然硬直した。ある一点、棚の上を見たままで。

 その先にはバスケット。確かあれはシルさんのだった気がする。どうやら返してなかったらしい。

 そのことにベルも気づいたのか、バスケットを掴んで、大急ぎの様子で外へと出ていく。勿論、後を追って私もホームを後にした。

 ベルは、敏捷力全開で、裏道を着々と進んでいた。向かうは豊饒の女主人。

 十分とかからずに辿り着き、中へと駆け込む。

 覗いてみると、ベルとシルさんが向かい合っていて、厨房の方にはリューさんたちが固まって盗み見ていた。私も盗み見てるけどね?

 

「本っ当っに、ごめんなさいっ!」

 

 お見合い状態となっていたベルが腰を九十度に曲げ、両手を勢いよく合わせ、パンッと音を響かせる。土下座程ではないが、ちゃんとした謝罪だ。

 

「あははは……」

 

 そんなベルの様子に、流石のシルさんも苦笑い、そりゃ数日も返却するのを忘れていたのだ。こういう反応をされても可笑しくない。

 

「顔を上げてくださいベルさん。私は気にしてませんから」

 

「いや…でも…」

 

「過ぎたことは仕方がないんです。それに、ちゃんと謝ってもらえましたし、いいんですよ。ですが、ベルさんが納得できないと言うなら、これからの行動でそれを示してください」

 

 あ…何となく予想が付く…

 

「シルさん…」

 

「例えば、お店で沢山お金を使ってくれたり~」

 

「アハハ…ですよね~」

 

 うん。わかりきってた。まぁ本当は違うことを言いたかったんだろうけど。

 

「それより、何の音沙汰も無く、無事でよかったです。心配してたんですよ?」

 

「すいません……」

 

「いいんですよ別に。ベルさんが無事なら、それだけで」 

 

 あれれ~?おっかしいぞ~?なんで二人は目を見合わせて頬を赤らめているんだ~? 

 

「ベ、ベルさん。よかったら昼食はここで召し上がっていきませんか?」

 

「は、はい。そうさせてもらいます」

 

 そう言われて案内されたのは、やはりカウンター席。もはや指定席のレベルであそこばかりに座ってるな…

 座ると共に、シルさんがメニュー表を渡す。その際、おそらくベルは気づいてないだろうが、シルさんの指に、触れた。途端顔を真っ赤にし、厨房へと小走りで駆け込む。

 うん。耐えきれなくなったのか?好きな人から触られると、なんか、こう、ドキッとするものがあるからしょうがないよね~。

 因みに言うと、注文を取りにシルさんが戻って来るまで、厨房はとても騒がしかった。

 

「あれ?前にこんな飾りなんてありました?」

 

 そう言いながら指し示したのは、壁に掛けられていた、一冊の白い本。

 一見すると、ただ厚い本にしか見えないが、多分違う。

 普通ではわからない程のものだが、あの本からは魔力が感じる。それと、何処ぞで嗅いだことのある、甘ったるい微弱なにおい。

 それは間違いなく、神フレイヤのものだ。あの神、何が目的なんだよ本当に…

 

「ああ…それは…」

 

 そこで、やってきたシルさんが答えようとするが、何故かそこで言葉を途切らせた。だが、すぐに言葉を紡ぐ。もしかして、何か知ってたりする?

 

「お客様のどなたかが、お店に忘れていったようなんです。取りに戻られた際に気づきやすいようにと思いまして…」

 

 うん、嘘だね。一見真正面で見えやすいように思えるけど、影の所為で、若干視界に入りにくいし、人の死角になりやすい置き方をしている時点でダウト。

 あ、因みにダウトは、ヘスティア様から、『嘘を見破った時はこれを使うんだよ!間違うと恥ずかしいけど!』と元気よく教えられた。

 まぁ、そんなことどうでもいいか。

 

 

―――――

 

 あの後、ベルは、ケーキや紅茶を運んできたシルさんと取り留めのない会話をしていた。実に楽しそうで、追加注文をする度に、それを運んでいた人から冷やかしを受けていた。

 ベルは全く冷やかしだと気付いてなかったけどね。

 そして、会話が終わり、店を出る頃には、ベルの手に白く分厚い本があった。

 何故かって?

 話の最中に、休養の話題となり、『読書をしてみては?』とのシルさんの提案にベルが乗ったのだ。いや~これは神フレイヤの思うつぼですね~絶対シルさんなんか関わってんだろ…詮索はしないが。

 そして、ホームへと戻り、早速読書開始!即、寝落ちたようだが。幾らなんでも読み始めて数分って、ありえ無いだろ…

 あ…でも、あの神のやることだから、ありえるのか?

 何か、理由のない危機感を覚え、近づいてみると、ボサッと音をたて、ベルの持っていた本が落ちる。その本と見ると、始めのページから白紙になっていて、捲っていき、文字があったかと思えば、それが一文字ずつ消えていく。その速度は、丁度文章を読むくらいだろうか。

 待て。今、もの凄い嫌な単語が過ぎった。

 

 魔導書(グリモア)

 

 それは、奇跡を齎す本。制作自体が困難で、入手も困難。効果も絶大で、効果を知る者なら、欲しいと思うのはあたり前の本。

 そして、一度しか使えない。加えて言うと、超超超高価である。うん、まじで。

 この本の効果は、読んだ者に与えられる。心に訴えかけ、その者の、よく言えば秘められ力。悪く言えば本性が、魔法となって現れる。もしくは、魔法のスロットが一つ増える。

 魔法を最大限まで習得していたり、スロットが既に三つだと、効果が無いが。

 私は、元々スロットが三つの為、本を読んでも、魔法が発現するに限られる。

 

 そ・ん・な・こ・と・よ・り

 

 これどうすんだよ…読んじゃったから、どうにもならないぞ。

 あ、でもこれは明らかに神フレイヤからの贈り物だから、いいのか?間接的に渡されただけでそれは変わらんだろ。

 でも、ベルは、貸出って名目で渡されてんだよな……よし決めた。

 

 私は何も見ていない。 

 私は何も悪くない。

 悪いのは神フレイヤ。責められるいわれは無い。

 

 よし。もう関与しないぞ~魔導書(グリモア)なんて知らない!。

 

 私は、持っていたただの白い紙の纏まりを、そっと、ベルの手元に置いた。

 

 

   * * * 

 

  余談

 

「ヘスティア様、ベルの【ステイタス】を更新してみてください」

 

「ん?なんでシオン君がそんなこと言うんだい?まぁいいけど。ベル君」

 

「はい。わかりました」

 

 

――――――

 

ステイタス更新中……更新中…

 

――――――

 

「……魔法」

 

「え?」

 

「魔法が発現した」

 

「えええぇぇぇええええ⁉」

 

「ふぎゅぶ!」

 

「やっぱりですか…」

 

「「やっぱりって何⁉」」

 

 

   * * *

 

 翌朝、ではなく深夜。いつもより格段と早く私は起きた。それにはちゃんと理由がある。

 ゴソゴソっと音がしたので起きてみると、ベルがソファアから跳び起き、装備一式を持っていた。やっぱり我慢できないらしい。なら忠告くらいしてやるか。

 

「ベル、魔法は使い過ぎないように気を付けてください」

 

「え…シオン起きてたの?あ、気を付ておくね」

 

 ほんと、精神疲弊(マインドダウン)とかにならないといいが…

 

 

―――――

 

 結局、私は二度寝ができずに、あの後はずっと剣の鍛錬をしていた。

 いつも起きる時間帯になり、流石に何時間も帰ってこないベルは、精神疲弊(マインドダウン)確定だろうな。と思い始めた頃だ。

 

「あぁぁぁあぁああぁあぁあああ!」

 

 そんな近所迷惑と言っても過言ではない、というか、それそのものが、廃教会内に入って来たのは。  

 とりあえず、真正面から突っ込んできたので、鞘で一突き。『ごふっ』と空気が漏れる音がして、だらりと地面に崩れていく。

 

 暫し待つと、のろのろとベルは起き上がった。

 

「あれ……なんで僕…」

 

「ごめんなさいベル。突っ込んできたので気絶させちゃいました」

 

「そんな軽い気持ちで気絶させないでよ…」

 

「そんなことより、何で叫びながら走って来たんですか?」

 

「え、え~と、その…」

 

 ん?隠すつもりか?ふふふ、聞き出してやろうじゃないか。

 

「ベル。三日間朝食抜きにされたくなけれ」

 

「わかったわかった話すからそれだけは止めて!」

 

 どんだけご飯食べたいんだよ…

 

「あ、あのね…魔法を試してたんだけど、五階層まで行っちゃって…」

 

 よし、あとで説教確定だな。

 

「それで、なんか体の力が抜けて倒れちゃってね」

 

 はい、精神疲弊(マインドダウン)。これは仕方ないのかな?でもよく生き残れたな…

 

「何かわかんないけどね、アイズさんがね……膝枕をしてくれてたんだよ~~」

 

 そうデレデレしながら、ベルは言った。

 

 膝枕、と。

 

「わかりました。ベル、O★HA☆NA★SIでもしましょうか」

 

「え、ちょ、シオン?ねぇ、え、うわぁぁ!」

 

 

 



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日常、それは知らせ

  今回の一言
 エセ関西弁ってこんな感じかな?

では、どうぞ


 どうも~。あの後三時間ほど本気で説教して、ベルをガチ泣きさせた所為で、ヘスティア様から神威付きの説教で報復されたが、良いトレーニングになったとしか思っていない私だ。

 いや~、あれは中々辛かった。全身から力が抜けそうになるし、耐え抜こうとして、そっちに気力を回した所為で、呪いが身体に入ってきたし。危うく吸血鬼になるところだった。

 それで、今は豊饒の女主人の中。魔導書(グリモア)を読んだことが結局ベルとヘスティア様にばれてしまって、一悶着あったのだが、何故だろうか。私が責められた。うん、理不尽だよね完全に。

 と言うことで、謝りに来ている。何故か私まで、ね。 

 

「ベルさん…」

 

 シルさんが、申し訳ないと言わんばかりの視線をベルに送る。故意に渡して申し訳なく思うってかなり変だからね?それとも自覚ないのかな?

 そんな中、ボンッと、何か重い物が落ちる音が聞こえた。音の方向にはゴミ箱、その中には白紙で厚く重いだけの本。

 

「忘れな」

 

「はい?」

 

「読んじまったもんは仕方ない。置いてったやつが悪いんだ。気にすんじゃないよ」

 

「で、でも…」

 

「ベル、女将さんが言ってることは一応正しいですよ。もしかすると、自分が使えなくて、態と、置いていったのかもしれないのですから。まぁ、こんな高価な物なら、普通の()はしないと思いますが」

 

 あえて人を強調してみたが、反応したのは数名か……ここは【フレイヤ・ファミリア】に関わりのある人が多いのかな?

 

「……わかった。納得いかないけどわかった」

 

「よろしい。では、帰りましょうか。この後は【ミアハ・ファミリア】ですよね」

 

「うん、けど、ホームに装備を取りに行ってからね」

 

 

   * * *

 

「あ、ベル、シオン。久しぶり」

 

只今、【ミアハ・ファミリア】ホーム。【青の薬舗】。私は付き添いと、遅くなったが、ミアハ様へのお礼を言いに来ている。

 ついでに紹介しよう。カウンター席に座っている人は、ナァーザ・エリス。犬人(シアン・スロープ)の女性だ。現在の【ミアハ・ファミリア】ただ一人の団員でLv.2であり、頑張ってお金を稼ごうとしている。その理由はまだ知らないが、恐らく、右腕が関係あるのだろう。隠しているようだが、明らかにあれは義腕だ。かなり高い。【ミアハ・ファミリア】が現在貧困なのも、それが原因ではないだろうか。

 

「ナァーザさん。お久しぶりです。今日は回復薬(ポーション)と…精神回復薬(マジック・ポーション)?だっけ?それを買いに来ました」

 

「もしかしてベル、魔法が使えるようになったの?」

 

「はい!」

 

「よかったね。じゃあ用意するから少し待って」

 

「わかりました」

 

「ナァーザさん。ミアハ様は、何処に?」

 

「今日は私用で夕方まで帰ってこない。今日は私一人だけ…」 

 

 じゃあ今日はお礼言えないのか…残念だ。

 

「ナァーザさん。ミアハ様が戻られたら、『薬、有り難うございました』と伝えていただけませんか?」

 

「うん。わかった。はい、用意できたよ。全部で8700ヴァリス」

 

 その額を聞くと、ベルは一歩距離を取る。拒否を体現したのだろう。

 それに対し、ナァーザさんはイヌミミを垂らすことで、残念さを表現した。無意識的だろうけど。そして、カウンター下の棚から、二本の試験官を取り出す。

 

「これを8700ヴァリスで引き取ってくれたら、この二つの回復薬(ポーション)も合わせて9000ヴァリスで売ってあげる……どう?」

 

 おっと?それは詐欺じゃないか?取り出した回復薬(ポーション)は多分純度が他より低いし、効果も薄そうな割には高いし、うん、これはちょっと見過ごせないかな。

 

「じゃ、じゃぁ…」

 

「ナァーザさん。少し、回復薬(ポーション)の確認をしていいですか?」

 

「……どうして?」

 

「いえいえ、別に品質を疑っているわけではありませんよ。ただ、この回復薬(ポーション)が正当な価値になっているかと言うのをが気になったので。あ、もしかして、確認されたら不味いことでもありましたか?」

 

「……いいよ。はい」

 

 そう言って渡されたのは一本の純度の高そうな回復薬(ポーション)。あくどいな…

 まぁ、その作戦に乗ってやる必要も無いので、あえて、カウンターの上から取ったが、ナァーザさん。女性が舌打ちするものではありませんよ?

 取った試験官の蓋を外し、まずはにおいを嗅ぐ。別段臭いわけでは無く、どちらかと言えばいい匂いだ。溶液は、色が薄い。純度が低いのだ。これでは効果が著しく低下する。

 値段をつけるなら、頑張っても200ヴァリス。それくらいが正当な価格か。

 

「ベル、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()】の方が全然いいですね。そちらに行って勝ったほうがお得です」

 

「ぐぬぬ………わかった。追加二本で8500ヴァリス」

 

「可笑しいですね~そんな高いわけがないんですがね~4000ヴァリス」

 

「これとこれを入れ替えて、8000ヴァリス」

 

「あ、少しは良くなりましたね。5500ヴァリス」

 

「………8600ヴァリス。これ以上は無理」

 

「おや?こんなところに純度の低そうな回復薬(ポーション)が。そして、あっちには純度が普通の回復薬(ポーション)が。では、これとあれを交換して6200ヴァリス」

 

「うぅぅぅぅ………わかった……」

 

 大幅値引き完了。詐欺されずに済んだ~

 

「ありがとうございます。ベル、お金はありますね?」

 

「う、うん。でもさ、ちょっとやり過ぎじゃない?流石に引いたよ?」

 

 あれ?普通にやっただけなんだが…あ、価値観のズレと言うやつか。

 

「いいんですよ、相手方も納得したんですから。してなかったらお店を変えるだけですけど」

 

「かなり残酷なことするね…」

 

 

   * * *

 

 あの後、ベルはダンジョンへ向かうため、私とは別行動となった。

 ベルは、まだリリとの契約期間が続いているため、一緒にダンジョンに潜っている。多分、リリに警告したから問題ないと思うが、明日辺りにでもこっそり様子を窺いにストーキングしますか。

 ……ストーキングを然も当たり前かのように言う私ってどうなんだろ…

 まぁそんな私の人間性などどうでも良いのだ。

 それより今は、何か面白いネタが欲しいのだ。 

 事件が起こったり、【猛者】が襲ってきたリ、誰かとばったり会ったり… 

 とにかく、何でもいいから、暇をつぶせるようなことが起きてほしいのだ。

 なんか、こういうことを言ってると、そこらの娯楽大好きな神共と変わらん気がするのだが……気にしないことにしよう。

 ぶらぶら町を散策。オラリオは、豊富な店舗数と屋台によって、歩くだけでも、気づいたら色々な物に目が行って、時間を十分に潰せるのだ。まぁ、基本屋根の上を歩いている所為で、店の中とかは、見えにくいが。

 だが、屋根の上はいい。誰かにぶつかることもないし、通行人事態がいないため、気を使う必要もない。あと、道と比べて涼しい。人口密度の理由もあるだろうが、此方は風がよく当たるのだ。

 と、何やら珍しい顔ぶれがあるな。

 

【ロキ・ファミリア】主神、神ロキ。

九魔女(ナインヘル)】リヴェリア・リヨス・アルーヴ。

 ギルド職員兼冒険者アドバイザー、エイナ・チュール。  

 

 なんか面白そうだな。話しかけてみるか?いや、そうなると神ロキが邪魔だな……別にいいか。

 ひょいっと、屋根から飛び降りて、お三方の進行方向を塞ぐ形で着地する。

 

「な、なんや!」

 

「慌てなくていいですよ。こんにちは、皆さん」

 

「ん?君は確か、シオン・クラネルだったか」

 

「シオン君?どうしてここに?と言うより今どうやって来たの?」

 

「普通に屋根の上から跳んできただけですよ」

 

「それって普通じゃないよね…」

 

 マジで?いや、極当たり前のように今までやってたんだけど…。 

 

「それで、何をしに来たんだ?ただ用も無くそこに立っているわけではないだろう」

 

「はい。まぁ、面白そうだったので話しかけてみただけですが」

 

「君は神と同じような考え方を有しているのだな…」

 

 いや、ほとんど否定できないけど、神と同じはなんか嫌だな…

 

「なんや、シオンたんか、あ、せやせや。シオンたん、うちのファミリア入らんか?」

 

 たんってなんだよたんって。愛称か?気持ち悪いな…

 

「魅力的な提案ですが、前向きに検討すると言う形で現状維持させていただきます」

 

「お、これは中々いい返事、期待できそうやな~」

 

 だって、暗黙のルールとして、同じファミリア同士じゃないと結婚でき無いし。

 

「んで、面白そうなことなんてないんやけど、どうする?リヴェリア」

 

「そうだな、このまま客人としてシオンも黄昏の館に招待するか?」

 

「せやな、シオンたんにはいろいろ聞きたいことがあるしな~」

 

 ありゃ?なんか話が勝手に進んでるぞ?

 

「シオンたん、暇なんやろ?ついてきぃや。うちらのホームに招待したるわ。エイナちゃんと一緒にな」

 

 なんかわからんが、どうやらホームに招待されたらしい。

 

 アイズに会えるかな…

 

 

   * * *

 

 黄昏の館門前。ビリッと体に電気が走るような感覚を覚える。どうやらアイズはいるようだ。

 

―――ひそかにガッツポーズ。  

 

 門に居たのは、先日と同じでアキさんと男性のヒューマン。

 アキさんと知り合いのことにリヴェリアさん――本人からそう呼べと言われ、神ロキからは、ママとかお母さんと呼ぶといいと言われた――達が驚いた様子を見せたが、何も言ってはこなかった。

 正門を通り、ホームの扉を神ロキが開けようとすると、同時に内側から扉が開けられ、ゴツンッと鈍い音を鳴らす。それをしたのは、小首傾げる美少女。アイズだった。

 

「アイズたんひどいで~」

 

「ごめん、ロキ。シオン、こんにちは。おかえりなさい、リヴェリア」

 

「ああ、ただいま、アイズ」

 

「こんにちはアイズ、やっぱり気づいたんですね」

 

 その問いに首肯でアイズは答えた。他の面々の頭の上に、クエスチョンマークが浮かんでいるのは仕方のないことだろう。

 

「シオン、その人は…誰?」

 

 そう言いながら指し示したのはエイナさん。あれ?知り合いじゃなかったんだ。

 

「あ……わ。私はっ」

 

「この人は、エイナ・チュール。ギルド職員兼冒険者アドバイザーであり、ベルの担当職員でもあります」

 

 『ベル』と言った瞬間、落ち込んだ表情を見せたアイズ。やっぱり膝枕のこと落ち込んでるのか…あとでベルに説教追加だな。

 

「初めまして、アイズ・ヴァレンシュタインです」

 

「は、初めましてっ。エイナ・チュールですっ、以後お見知りおきを…」

 

 

 

 その後は何故かアイズに案内され、応接間らしき場所に着いた。

 紅茶などもアイズが用意しようとしていたが、リヴェリアさんに止められ、渋々ながらも引き下がっていた。その時の頬を膨らました顔は、絶対忘れない。カワイカッタ…

 

「さて、なんか聞きたいことがあるんやなかったか?」

 

 と、着いて早々、神酒(ソーマ)をグラスに分け、一気に呷った神ロキは、エイナさんが来た目的を話すよう求めた。

 

「はい。【ソーマ・ファミリア】についてです、神ロキ」

 

 あれ?エイナさん【ソーマ・ファミリア】について聞きたかったの?なんで?

 …あれか、リリだな。心配性だね~相変わらず。

 

「なんや、ソーマか。いいで、どんなこと聞きたい?」

 

「そうですね……では、【ソーマ・ファミリア】を取り巻く異常性について、なぜそうなったか教えて頂けますか?」

 

「おっけー。んじゃ、話す前に、これ飲んでみぃ」

 

 エイナさんに差し出されたのは、芳醇な香りを放つ、神酒(ソーマ)。の失敗作。

 少し躊躇した様子を見せたが、普通に飲んだ。エルフの人でもお酒って普通に飲むんだ…あ、エイナさんはハーフエルフか。

 でも、美味しそうだな~。ちょっと飲んでみたいかも…

 

「何や、シオンたんも飲みたそうな顔しとるな。ええで、飲みぃ」

 

 どうやら、私の心情を読まれたらしく、神酒(ソーマ)を入れたグラスを、机の上で滑らせて渡してきた。それを持って一気に呷る。

 

「美味しニャ~」

 

 口の中に広がるのは、香りと味が見事に混ざった、今まで感じたことのない味。これは一杯で出来上がるレベル。本物も飲んでみたいな…

 

「それを飲んで美味いって言える人、久しぶりに見たわ。てか、ニャってなんや?」

 

 おっと、また出てしまった。酔うと何故か口調が変わっちゃうんだよ…

 

「お気にニャさらず~」

 

「かわいい…」

 

 そんな小声がアイズから聞こえた。アイズ、嬉しいけど男にかわいいとか言っちゃだめだよ?傷つく人だっているんだけらね?

 

「いや、気になるから。まぁええけど、で、エイナちゃんはどや?」

 

「……………」

 

「エイナちゃ~ん」

 

「……はッ。……申し訳ございません。心ここにあらずの状態になってました…」

 

 え?確かに美味しいけどそれほどじゃないよね?

 

「やっぱりこれが普通の反応やな」

 

 え?これが普通なの?やばいな神酒(ソーマ)。そうならない私はやっぱり異常。

 

「続けるで。これが面白いとこなんやけど、今飲んだ神酒(ソーマ)は失敗作なんやって」

 

「え……と言うことは、完成品があると…」

 

「せやで、シオンたんが全く驚かないのがつまらんけど」

 

 いやだって知ってたし。後、面白味を私に求めないでね?

 

「【ソーマ・ファミリア】の異常性。ありゃ完成品の神酒(ソーマ)によるもんや」

 

「……それは、どういう…」

 

「エイナちゃんが言う異常性って、例えば金に執着してる、とかやろ?」

 

「はい。その通りです」

 

「なんでそんなに執着するかっちゅうと、神酒(ソーマ)が欲しいからや」

 

 説明不足じゃないか?もう少し詳しく言ってやれよ。

 

「【ソーマ・ファミリア】では、調達資金の成績上位者に、神酒(ソーマ)を配っとるんよ。完成品のな」

 

「それが、どうして…」

 

「【ソーマ・ファミリア】では、入団の儀として、完成品の神酒(ソーマ)を飲ませるんや。あれはヤバイで、心の底から酔える。文字通りの心酔しちまうんや。一酌、いや、一滴飲んだら忘れられず、また求める。そして、もらえる手段があるから……ちゅうことや」

 

 まぁ、もう一つの理由もあるんだけどね。エイナさんが知りたいのは()()()じゃないと思うけど、直接関係あるのは()()なんだよな~。

  

「つまり、あそこの子が崇拝してるのは、(ソーマ)やなく神酒(ソーマ)。求めてるのは作成者(ソーマ)であって神酒(ソーマ)。意味、わかるか?」

 

「…………」

 

 流石に、エイナさんは理解できないかな?誠実だから、仕方がないか。

 

「まだ聞きたいことはあるか?」

 

「いえ、もう大丈夫です。本当にありがとうございました」

 

「気にせんでええ。うちも美人で可愛いエイナちゃんと話せてよかったわ」

 

 話が終わり、のっそりと立ち上がる神ロキ。そして、ゆったりとした足取りで、此方に向かってきたかと思えば、目的は隣に座っているアイズだった。

 

「ほれ、アイズたん。気分転換に【ステイタス】更新でもしよか」

 

「わかりました…」

 

「シオンたんもついて来るか?アイズたんの裸が…やっぱダメや」

 

 チッ、見たかったのに…ケチだなこの神。

 

「いこか、アイズたん。あ、手元が狂って体触っちゃうかもしれへんが許してな~」

 

「変なことしたら斬りますよ」

 

「まじでぇ⁉」

 

「またね、シオン」

 

「またニャ~」

 

 と、そんな会話をしながら、応接間を後にする二人。残念ながら私はついて行ってはいけないらしい。 

 

「シオン君。ヴァレンシュタイン氏と仲いいんだね」

 

 そして、応接間の扉が閉まると同時に、エイナさんがそんなことを聞いて来た。

 

「少し縁があるだけニャ~」

 

「縁?シオン君ってヴァレンシュタイン氏の姉弟か何かだったの?」

 

「違うぞエイナ。シオンは昔、アイズに助けられているんだ」

 

 ありゃ?知ってたんだ。

 

「え?でもシオン君はオラリオの外から…」

 

「オラリオの外に出たときに、偶々な。昔とは随分印象が変わっているがな」

 

 昔との。印象?

 

「ちょっと待つニャ。ニャんで昔の…」

 

「アイズたんLv.6キタァァァァァァァァァァァァァァァァァッァァァ!!」

 

 私の質問を遮ったのは、とても良い知らせを叫ぶ声だった。

 

 ……あとエイナさん。口の中に入れた物を噴き出さないでください。

 

 

 

 




 途中で区切れず長くなってしまった…

 あと、念のために警告タグ追加しました。


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祝賀会、それは幸運

  今回の一言
 アイズに猫耳を生やしたいと思っている私である。

では、どうぞ


 

 

 アイズのレベルアップ後。黄昏の館で祝賀会を開くことになり、それに私も強制参加と言われ、更には、用意まで手伝ってくれと頼まれ、断ろうとしたが、『今日はアイズたんと一緒に居てえから!』と言われたので、従うことにした。

 だが、まだ酔いが完全に冷めてないため、少し休んでから行動しようと思っていたが、休むためにアイズが膝枕をしてくれたため、もうこのままずっと休んでいたい、と思ってしまい、現在に至る。

 

「大丈夫?」

 

「勿論、極楽です…」

 

 因みにいうと、とっくの昔に酔いは醒めている。

 

「嫌じゃない?」

 

「当たり前です。アイズに膝枕をしてもらえて、嫌と言う人は、恐らくいないでしょう」

 

「でも、ベルは逃げた…」

 

 やっぱり引きずってたか……繊細なんだよな…

 

「それは嫌だったと言う訳ではありませんよ」

 

「どういうこと?」

 

「簡単に言うと、恥ずかしかったんですよ。アイズは可愛いですし、そんな人に膝枕なんてされてたら、本来卒倒してても可笑しくないんですよ?実際、今私も卒倒しそうですし」

 

 嬉しすぎてね。だって、偶に頭とか撫でてくれたり、『カワイイ…』とか呟くからさ、マジでやばいんだよ。今意識があるのはこの瞬間を堪能したいと言う欲望が働いているお蔭かもしれない。

 

「よかった…」

 

「心配する必要はありませんよ。あ、そういえば、倒れているベルを護衛してくれて有り難うございました」

 

「ううん、気にしないで。やりたくてやっただけだから」

 

「そうですか………さて、もっと堪能していたいですが、準備がありますし、そろそろ始めないと時間的にやばいですし」

 

「わかった」

 

 アイズはそっと私の頭を持ち上げ、膝を避ける、それと同時に私も上体を起こし、立ち上がる。

 

「アイズ、また、膝枕お願いできますか?」

 

「うん、いいよ」

 

 即答言質獲得。やったね!

 

「では、また後で」

 

「うん」

 

   

   * * *

 

  余談

 

「よし、始めましょうか」

 

「クラネルさん、どうして厨房に?」

 

「祝賀会の用意を手伝えと言われたので、料理でもしようかと。参加人数は分かりませんが、とにかく大量に作っておきましょう。幸い材料はあります」

 

「はぁ、わかったわ」

 

「お手伝い願います。アキさん」

 

「勿論よ」

 

 

   * * *

 

「な、何じゃこりゃぁ…」

 

「凄いわね…」

 

「美味しそうだな~」

 

 はいっと。料理を作り終わって、今は夜の八時。

 やはり時間が掛かってしまったが、参加者は今頃になってようやく集まり始めた。

 因みに、集まったのは神ロキと【ロキ・ファミリア】幹部全員。それと準幹部数名。他は何故か集まらなかった。事情でもあるのかな?

 

「てか、何でこいつが此処に居るんだぁおい」

 

 ありゃ?説明してないの?一々全員に説明するのは面倒だよ?

 

「ベート。シオンは一応客として此処に来ているんだ。礼節を持て」

 

「リヴェリアさん。この駄犬にはまだ礼節なんて言葉は早いですよ。躾け終わってないんですから」

 

「犬じゃねぇ!!」

 

「いぬっころ?」

 

「だからちげぇ!」

 

 ちょっと煩くなってきたな……

 

「ベートその辺にしておいたら?またボコボコにされるよ?」

 

「アァ⁉」

 

「しませんって、酔わない限り」

 

「酔ったらするんだ…」

 

 いやだって、酔ったら正常な判断ができないかもしれないじゃないか。

 

「それより、ロキ。なんで僕たちは集められたのかな?それと、何だいこの大量の料理は」

 

「ふふふ、フィン。ええ質問や。みんな、耳ようかっぽじって聞きぃ」

 

 その呼びかけに、私とアイズ、リヴェリアさん以外は息を呑んだ様子を見せた。

 

「なんと!アイズたんがLv.6になったんや!!」

 

「マジか⁉」

 

「先に行かれたー!」

 

「そうね……私たちも頑張らなくちゃ」

 

「おめでとうアイズ」

 

「ようやくかのぅ」

 

「さすがです!アイズさん!」

 

 神ロキの知らせに、参加者の面々は、ショックを受けたり、ライバル心を燃やしたり、賛辞を贈ったりと十人十色の反応を見せた。

 

「と言う訳で!今回の主役はアイズたんや!」

 

 パチパチパチと拍手を送る。そして、アキさんがその間に、全員分の飲み物を用意した。行動が早いな…

 

「じゃあ、みんな!飲み物もちぃ!」

 

 指示に従い、全員が配られた飲み物を掲げる。

 

「アイズたんのレベルアップを祝して、乾杯!」

 

『乾杯!』

 

 それが合図となって、祝賀会が始まった。

 

―――――

 

「お、美味しい…」

 

「せやな…」

 

「これは何所から()()()()()んだい?」

 

「違うニャ~私が作ったのニャ~」

 

「シオン凄い……よしよし」

 

「えへへ」

 

「あぁ!ずるい!」

    

―――――

 

「お前ぇ!少しはアイズから離れやがれ!」

 

「そうですよ!さっきから羨ましすぎます!」

 

「許可ももらってるニャ。だから誰かにとやかく言われる筋合いはないニャ~」

 

「そもそも、何でお前はそんなにアイズと仲がいいんだよ!呼捨てだし!近くにいても嫌がられねぇし!何なんだよ!」

 

「そうですよ!私なんて、名前で呼んでもらえるようになるまでどれだけ苦労したと思ってるんですか!」

 

「ニャはは!そんなの私もわかんないニャ~」

 

「「ハァ⁉」」

 

「おぉ、怖い顔してるニャ~」

 

―――――

 

「シオンた~ん。自分、なんでそんな強いんや~?」

 

「私は強くはないニャ~。弱くないだけニャ~」

 

「それを強いと言うんちゃうか~?」

 

「全然違うニャ~。それを知ってて態と言わニャいで欲しいニャ」

 

「さすがシオンたんやな~」

 

 

―――――

 

 時と食事と会話が進み、作った料理も殆ど無くなり、静かになって来る終盤へと入った。

 あと少しで満月になりそうな月は、中天へと差し掛かり、雲によって隠されながらも、微量な月光を地上へと齎し、夜の賑わいを醸し出している。

 現在時刻は夜の十一時。普段なら既に寝ている時刻だ。眠気は気合で飛ばせるが。

 

「シオン、今日は泊まっていく?」

 

「大丈夫ニャんか?」

 

 その誘いは、別段悪い物でもない。アイズと一緒に居る時間が増えるし。何より、アイズからの誘いだ。本当は断りたくない

 

「駄目だよ、アイズ。僕も彼からは聞きたいことがいろいろあるけど、部外者である彼を泊めるのは問題がある。それに、泊められたとしても、聞き出せないだろうからね。ガードが固すぎる」   

 

「…わかった」

 

「そんな残念そうな顔しないニャ~また会えるニャ」

 

「うん…」

 

「それじゃあ私はもう帰るニャ」

 

「分かった、またね」

 

「またニャ~アイズ。みニャさんもまたニャ~」

 

「うん!またね~」

 

   

   * * *

 

  余談Ⅱ

 

「お帰り…シオン…」

 

「ニャ?ベル。どうかしたニャ?」

 

「リリのことで、ちょっと神様から言われてね…」

 

「あ、そうニャ。ベル、アイズが膝枕のこととっても気にしてたニャ。だから今度謝っておけニャ」

 

「へ?なんでシオンが気にしてるってわかるの?」

 

「今日、【ロキ・ファミリア】で祝賀会があってニャ~そこでいろいろ、ニャ」

 

「ず、ずるい!」

 

「楽しかったニャ~。アイズとあんなことやこんな…」

 

「うわぁぁぁ!」

 

「ベル君声でかい!」

 

「す、すいません…」

 

  

   * * *

 

  余談Ⅲ

 

「シオン君、サポーター君のことは知ってたかい?」

 

「ニャ?それがどうかしたニャ?」

 

「シオン君。わかって言うのは性質(たち)が悪いよ」

 

「ニャハ。問題ニャいニャ。明日は私が監視をしておく予定ニャし」

 

「そうかい。頼んだよ」

 

「頼まれるのは筋違いニャ」

 

 




 本来、こんなもの原作では無かったけど、シオンとの、ちゃんとした顔合わせ回が必要だったんだ!


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酒場、それは進展地

  今回の一言
 シオン猫化の反感が予想以上に高いのでもうやらない。

では、どうぞ 



 翌日。私は宣言通り、ベルを尾行することにした。

 起きる時間など、生活スタイルは変えず、なるべく怪しまれないようにして、朝を過ごす。

 ベルがダンジョンに向かう時間になったら、作戦開始だ。

 まず、金庫から私の装備を出す。

 『一閃』『黒龍』『青龍』『紅蓮』『雪斬繚乱』に防具一式。フル装備である。

 『黒龍』は右肩から、『青龍』は左肩から抜けるように背中で交差させて帯び、『紅蓮』は左腰、『雪斬繚乱』は右腰に帯び、『一閃』は鞘ごと手に持つ。

 防具は、一応中層レベルで通用する、動きを阻害しない物を、胸、脛、腕、に装備する。

 服の中に、仕込みとして、刃渡り15C程の短刀(ナイフ)

 靴は特注性で、外側は皮でできているが、内側を金属で作っているため、そんじょそこらの武器では貫けないという、便利仕様ようだ。少し重いが。

 太股にレッグホルスターを巻き付け、そこに、万が一の為万能薬(エクリサー)一本と高等回復薬(ハイ・ポーション)二本と解毒薬一本を入れる。精神回復薬(マジック・ポーション)を持っていないのが残念だ。

 

 そこから、ベルの後を追ってダンジョンへと向かう。

 数分して中央広場(セントラル・パーク)でベルを見つけた。そこからは、気配を追う。

 ベルは、どういう訳か、視線にとても敏感だ。いくら気配で認識しにくくしても、視線は隠せない。だから、見ないで追う。つまりは気配を追う。と言うことだ。

 

 十五分ほどして、ベルへ向かう向かう気配が一つ。確かリリの気配だ。

 一時停止し、また歩き出す。ベルも共に歩き出して、ダンジョンへと潜っていった。

 その後を時間差で追っていく。勿論、探知範囲から外さないようにだ。

 潜っていくスピードは私と比べて格段に遅い。その分慎重なのだろう。それは生きるためにはいいことだ。

 スピードは遅い。でもその分着実だ。どんどん下へと潜っていき、十階層までついてしまった。ここまで来る途中で、体に電気が走る感覚がしたため、アイズもダンジョンに潜っているのだろう。

 ベルたちは、十階層に入ってからペースを格段に落とした。恐らく、この階層にとどまるつもりなのだろう。

 十階層の今いる場所は、霧が濃く、10M離れたら見えない、というレベルだ。だが、気配は問題なく追えるため、尾行に支障はない。

 そして、ベルが数戦している間、リリがベルから距離を取った。ただそれだけなら、戦闘では普通だろうが、リリは、必要以上に距離を取り、剰え、九階層に繋がる高台まで行ってしまった。

 その時になって気づく。ベルの気配がある方向から、特徴的な臭いがした。

 この臭いは、確か狩りを効率化させる。罠道具(トラップ・アイテム)

 ベルはまだ大型相手に慣れていないはずだ、なのにこの階層で、これを使うのは…

 

 そこで一つの考えが浮かんだ。

 

 確定だろう。どうやら警告は全く聞き入れなかったらしい。

 

「リリ!何言ってるの⁉」

 

 そんな叫び声が響いた。その後に何度も、何度も、同じ名前を叫ぶ声が途切れ途切れで響く。

 流石に不味いと思い、ベルを助けに入る。その間、リリの気配は遠ざかって行き、次第には探知外へと出てしまった。

 それは後へと回して、ベルを襲っていたオークの魔石を『一閃』で貫く。

 

「大丈夫ですか?ベル」

 

「シオン⁉どうして⁉」

 

「そんなことはいいんです。それより聞きます。ベル、貴方はどうしたいですか?」

 

 この質問の答えにより、私の行動が変わる。

 

「僕は…僕は、リリを助けたい!」

 

 あぁ、言っちゃったよ。どうしようもないお人好しだな、やっぱり。

 

「わかりました。行ってください」

 

「え、でも!」

 

 戸惑いの声を上げると同時に、一筋の剣線が走った。それはベルの目の前にいたオークを断末魔を上げる間も無く殺す。

 

「問題ありません。早く行ってください」

 

「…わかった!」

 

 決意を固められたのか、しっかりとした、迷いのない足取りで、リリの気配が消えた方向にベルが走って行く。

 

「さて、片付けましょう」

 

「うん」

 

 その言葉に返事を返したのはアイズ。

 先程の剣線はアイズのものだ、潜っていたことは知ってたが、偶然会えるとは思ってもいなかった。まぁ丁度いい。

 私とアイズは、文字通り瞬く間に雑魚(オーク)を斬り殺した。

 

   

   * * *

 

「おはようございます。アイズ」

 

「うん、おはよう」

 

 こんな暖気(のんき)な会話をできるのも、二人に実力があるからだろう。

 

「それで、アイズは何しに来たんですか?やっぱりレベルアップ後の調節ですか?」

 

「それもあるけど、頼まれたから」

 

「誰からですか?」

 

「ギルド職員のエイナさんから」

 

「あ~なるほど」

 

 あの人、ほんと心配性だな……  

 

「シオンはどうして?」

 

「私はその原因その原因である人の監視を」

 

「今はいいの?」

 

「はい、多分大丈夫だと思います」

 

 あとはベル次第。まぁ、ベルは助けるって言ってたから、本当にそうするんだろうけど」

 

「それよりシオン、これって…」

 

 そう言いながら、アイズは地面を指さした。その先には、緑色のプロテクター。ベルがいつも付けている物だ。

 

「ああ、ベルのですね。どうしましょうか…」

 

「後で渡す?」

 

「そうですね。……アイズから渡してもらえますか?」

 

「どうして?」 

 

 アイズに渡してもらう、そうするにはベルと会わなければならない。その時に膝枕の一件のことをベルに謝らせればいい。

 

「まぁ、いろいろとあるんですよ、いいですか?」

 

「うん、いいよ」

 

 私の理由の言わないお願いに対し、快く返事を返してくれる。本当にいい人だ。

 

 ……さて、そろそろ出てきてもらおうか。

 私はとある方向を向き、眼差しを強くして、殺意を込めた。

 その方向からは草を分ける音がして、ニードル・ラビットが出て来る。アイズもそれに気づいていたようで、その方向を見ていた。

 だが、私が見ているのはその奥、あそこには()()が居る。 

 アイズも感づいたのか、同じ方向を向いて抜剣した。

 

『【剣姫】はともかく、そちらの御仁まで気づかれるとはな』

 

 その方向から出てきたのは、中性的な声を放つ漆黒の影のような、人物?

 肌の露出が一切なく、気配もなんだかおかしい。ウォー・シャドウの『強化種』に似ているが、本当に人間なのだろうか…

 

「何か、用ですか」

 

「その通りだ。だがその前にその剣を下ろして欲しい。君たちに危害を加えるつもりはない」

 

 そう言われ、アイズが此方を見てきた。目配せで合意を求めてきた。それに頷き、納刀する。だが手は刀に添えたままだ。

 

「まぁ、警戒を解け、と言うつもりはないからそのままでいい」

 

「貴方は、誰ですか…」

 

「なに、しがない魔導士(メイジ)さ。前回、ルルネ・ルーイに接触した人物、と言えばわかってもらえるだろうか」

 

 その言葉に納得したような様子のアイズ。なに?全くわかんないんだが。

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン……君に冒険者依頼(クエスト)を託したい」

 

「あの~。そろそろ状況説明してもらえますか?」

 

 置いてきぼりにされてなんかちょっと寂しいよ?

 

「おっと、これはすまないね。急を要するんだ。あと、確認だが、今から言うのは情報規制されているものだ。できれば聞かないでほしいのだが……無理そうだな。依頼の内容で理解してくれ」 

 

 どうやら私の発した殺意で拒絶を理解したらしい。ていうか、無茶苦茶だな…できなくはないと思うが

 

「二十四階層で怪物(モンスター)の大量発生、異常事態(イレギュラー)が起こっている。これを調査、あるいは鎮圧してほしい。報酬は勿論用意しよう」

 

 二十四階層での異常事態(イレギュラー)ね~。ていうか、報酬ってどのくらいだろうか…

 

「ことの原因の目星はついている。恐らく、階層の最奥……食糧庫(パントリー)

 

 おい、食糧庫(パントリー)は三つあるんだぞ……特定しておけよ。

 ていうか、それ以前の問題として、他派閥の人間に、ギルドを仲介しないで冒険者依頼(クエスト)をお願いするとか、どうなんだよ…

 

「実は、以前にも三十階層――――ハシャーナを向かわせた場所で、今回と酷似した現象が起こっていた」

 

「!」

 

 そう言われたアイズは、何故か肩を震わせた。完全に動揺している……どういうことだ…

 

「リヴィラの町を襲撃した人物……例の【宝玉】と関係している可能性が高い」

 

 【宝玉】とは何だろうか…ていうか、リヴィラの町って襲われんのかよ…

 

「事態は深刻だ。【剣姫】、どうか君の力を貸して欲しい」

 

 ありゃ?私は?忘れられてる?

 

「わかりました…」

 

「恩に着る。それと、君にもできれば力を貸してもらいたい」

 

 お、忘れられてなかった。

 

「勿論いいですよ。けど、報酬はくださいね?」

 

「はは、構わないさ」

 

 状況は理解できてないが、アイズから聞けばいいだろう。

 

「できれば今すぐ向かってほしい。いいだろうか?」

 

「私は構いませんが、アイズは…」

 

 アイズは、エイナさんから頼まれてきた。と言ってたから、恐らく、ファミリアの人には何も言ってない。大手ファミリアではそういうところに規制があると聞く。アイズがそれに当てはまるかどうかは知らないが。

 

「あの、伝言をしてもらってもいいでですか?私のファミリアに……」

 

 そう来たか。いやでも、そんなのできる訳……

 

「ん?あぁ……なるほど。わかった、それくらいは頼まれよう」

 

 良いのかよ!てかできんのかよ!あんた何もんだよマジで…

 そんな私の考えは置いておいて、アイズは早速、魔道具(マジック・アイテム)らしき羽根ペンで、即席の手紙を羊皮紙にしたためていた。

 少し時間を要て書き終わり、それを黒衣の人物が差し出した手袋(グローブ)に渡した。

 

「では、始めにリヴィラの町に向かってほしい。『協力者』が既にいる」

 

 ありゃ?そう言うのをちゃんと用意しててくれたのか。

 

「わかりました」

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

「待ってくれ、まだ伝えることがある」

 

「何ですか?」

 

 そして言われたのは、『協力者』の居る酒場の場所と、『合言葉』を言え、と言う指示だった。

 言い終えると、余計な会話などせず、後退し、さっさといなくなってしまった。

 それについては、とやかく言う気は無いが…一つ、言いたいことがある。

 『合言葉』、味変えようぜ?

 

―――――

 

「アイズ、状況が理解できないので、説明お願いできますか?」

 

「うん、いいよ」

 

「では、まず。【宝玉】から」

 

「……うん、分かった…」

 

―――――

 

「シオン、刀の帯び方、変えたら?」

 

「と言いますと?」

 

「背中の刀を腰に差して、両方二本ずつで、今もってるのを背中に帯びる……とか」

 

 指示に従い、『黒龍』を左腰、『青龍』を右腰に差し、『一閃』を右肩から抜けるように帯びる。

 

「こんな感じですか?」

 

「うん。そっちの方がいい」

 

「そうですか。なら、そうします」

 

―――――

 

「シオン、本当にLv.1?そうなら今の動きはありえない…」

 

「【ステイタス】に補正がかかってるんですよ」

 

「それでも十分おかしいと思う…」

 

「そのあたりは自覚があるので触れないでほしいです…」

 

「…わかった」 

 

―――――

 

「ここが十八階層ですか…似てますね」

 

「似てる?何処に?」

 

「今度教えますよ」

 

 結局、二時間とかからずここまで来てしまった。何気に到達階層も増やしている私である。

 

「さて、行きましょうか」

 

「リヴィラの場所、わかるの?」

 

「はい。ギルドで公開されている、地図(マップ)の情報は、大体暗記してますから」

 

「すごい…」

 

―――――

 

 着いたのはとある酒場。どうやらアイズも知らなかった穴場のようだ。

 『黄金(こがね)の穴蔵亭』。群晶街道(クラスターストリート)という、発行する水晶の群生地帯付近の裏道、硬そうな岩壁にぽっかりと口を開けた洞窟だった。

 看板も飾られていて、赤い矢印が斜め下の方向を向いていた。そっちにいけ、と言うことなのだろう。

 洞窟に入り、人工物である木製の階段を、ギシギシと軋ませながら下りて行くと、扉もない空洞に出た。そこには同業者がたむろしていて、騒いでいる酒場があった。

 洞窟の中央には、黄の光を宿す稀有(けう)な水晶の柱があり、その周りに、複数のテーブルや椅子が用意されていて、卓の上ではにやけた冒険者が賭博(カードゲーム)に興じていた。賭金(チップ)は大小の魔石だ。

 酒場は存外繁盛しているらしく、席はほとんどが埋まり、残りは、酒場の隅にあるカウンターだけだった。

 

「んん?あれっ、【剣姫】じゃないか⁉こんなところで、奇遇だな!」

 

「ルルネ、さん?」

 

 話しかけてきたのは、犬人(シアン・スロープ)の女性。アイズがルルネさんと言っていたから、この人が【宝玉】の運び屋を頼まれていた、ルルネ・ルーイさんなのだろう。

 

「前は世話になったな。おかげで死なずに済んだよ。あらためて礼を言わせてくれ」

 

「いえ……体は、大丈夫ですか?」

 

「あはは、この通り、ピンピンしてるよ」

 

 それを示すように、体のあちこちを動かして見せる。

 

「一杯奢らせてくれよ」

 

 と、好意的に提案もしてきてくれたが、今は飲んでいる場合ではない。アイズに黒衣の人物から指定された『隅から二番目』のカウンター席に座ってもらう。その時、彼女が訝ったような表所を浮かべたが、すぐに笑みを纏い直し、話かけて来る。もしかして……協力者って、この人?

 

「で、【剣姫】。そこに人は?」

 

「この人はシオン。一応男だよ?」

 

「え、マジで?」

 

 相変わらずだな…まぁ、もう性別自体が女に変えられるから、何とも言えない気持ちになるが。

 

「こんにちは。シオン・クラネルです。よろしくお願いします」

 

「へ?あ、うん。よろしく?」

 

 あれ?意味が伝わなかったかな?まぁすぐにわかるしいいか。

 

「注文は」

 

 と言ったのは、不愛想と言っていいドワーフの主人(マスター)

 合言葉はこのタイミングで言うことになっている。

 

「『じゃが丸くん抹茶クリーム味』」

 

 ガシャ―ンッ!!と盛大に音を立てて椅子がひっくり返る。

 

「あ、私も同じ()ので」

 

 今度はドンッ!と鈍い音を立て、誰かが尻餅をついた。

 その音に驚いた様子で反応していたアイズは、どういうことか理解できていないらしい。

 そして、その張本人は、信じられないという顔で放心していた。

 

「まさか、あんたらが、()()?」

 

 



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無双、それは二十四階層

  今回の一言
 何故か文字数が可笑しい。

では、どうぞ


 

 

「まさか……あんた等が、()()?」

 

「軍と言うほど人数は多くありませんがね」

 

「え、それって…ルルネさんが?」

 

「はい、恐らく『協力者』ですね」

 

 そう会話している間に、周りでは動きがあった。

 賭博(カードゲーム)に興じていた者たちも、普通に食事をしていた元達も立ち上がり、此方を見ていた。と言うことは。

 

「はは、どうやら『協力者』は彼女だけではないようですね」

 

「多いね…」

 

「彼女達で本当に間違いないんですか、ルルネ」

 

「ア、アスフィ……」

 

 ルルネ・ルーイが困惑したような表情を浮かべ、呼んだ名の人物は、アスフィ――アスフィ・アル・アンドロメダ。【ヘルメス・ファミリア】首領にして、魔道具製作者(マジック・アイテムメーカー)で幅広く知られる有名人。【万能者(ペルセウス)】の二つ名を要する程の人だ。 

 

「そうみたい……」

 

「貴女達も、依頼を受けたんですか?」

 

 アイズは確認の為か、そのような質問をした。答えは決まってるだろうが。

 

「ええ。この金に目のない駄犬の所為で、ファミリア全体が迷惑を(こうむ)っています」

 

「ア、アスフィ~」

 

 容赦ないなおい。でも、事実なんだろうからどうしようもないんだろうな…

 事情を説明しろ、という眼を向けると、決まりの悪そうな、あまり気が進まない様子で話してくれた。

 

「あんたらも会ったと思うけど、ほんの何日か前にあの黒ローブのやつが現れてさ、『協力してほしい』って。最初は『もうご免だ』って突っぱねたんだけど……」

 

 ……あれ?続きは?歯切れ超悪いよ?

 

「Lvを偽っていることをばらす、と脅されたそうです」

 

 途切れた先を代弁して【万能者(ペルセウス)】が続けた。

 てか、Lv偽装してんのかよ……ばれたら本当に不味いじゃん。それより、あいつ、そんな情報まで持ってんのかよ…警戒しておくべきかな?

 

「その挙句、私達に皺寄せまで…」

 

 呆れ、愚痴を吐くように、顳顬(こめかみ)を押さえながら彼女は言った。その顔からは、疲れとストレスが滲んで見える。……お疲れ様です。

 

「あ、【万能者】さん。因みに、どれくらいの偽装をしているんですか?」

 

「ファミリアの方針で、中立を保つために調節しているため、此処にいる全員が、最低でもLv一つは偽装していると思ってください。まぁ、それ以外にもありますが……」

 

 そう言って、また疲れた顔を見せる。ご苦労様です…

 てか、全員が偽装してるってことは、今の中核から、等級(ランク)が一気に上がり、上位派閥の仲間入りになんぞ…。こりゃ、罰則(ペナルティ)もすさまじいだろうな…

 

「はぁ……ほんと、この馬鹿っ、愚か者っ、貴女の所為で、更に仕事が増えるわ、疲れは溜まるわ……ほんっと、どうしてやろうかしら…」

 

「か、勘弁してくれよ~」

 

「もう完全に鬱憤晴らしですよね…」

 

「そうですが、何か」

 

 あ、自覚あってやってたんだ。まぁ、この原因を作ったルルネ・ルーイさんが悪いけど。 

 

「あの……これからのこと、なんですけど」

 

 おっと、忘れてた。冒険者依頼(クエスト)中だったな。

 

「……すいません、見苦しいところをお見せしました」

 

 目の前でやってる自覚があって、後から謝るっておかしくない?

 

「依頼内容を確認しますが、目的地は二十四階層の食糧庫(パントリー)。モンスター大量発生の原因を探り、それを排除する。間違いありませんか?」

 

「はい」

 

 アイズは肯定したけど、細かく言うと、排除じゃなく、鎮圧、なんだけどな…

 一応、首肯はしといたが。

 

「では、次にこちらの戦力を伝えておきます。私を合わせて総勢十五名、全て【ヘルメス・ファミリア】の人間です。能力(ステイタス)は大半がLv.3」

 

 普通にLv高いじゃねーか。大半がってことは、Lv.4もいるのかな?多分【万能者(ペルセウス)】だろうけど。

 

「あと、そちらの方の実力が、どれ程のものかを教えて頂きたいのですが…」

 

 あ、やっぱりそうなる?

 

「大丈夫?」

 

「ええ、問題ありません。この程度」

 

 アイズは、私のことを案じてくれたようだ。まぁ、Lv.1が中層に来ている時点で何かしら疑われることは明白だからな。心配してくれるのは嬉しいけど、必要のないことだ。だって…

 

「では、自己紹介を兼ねて。私の名前はシオン・クラネル、しがない剣士です。中層くらいなら、ソロでも問題なく闘えます」

 

 余計なことを言わなければいいのだから!

 

「そうですか。なら問題ありませんね」

 

 ほらね、追及もされない。戦えることだけを示せばいいのだ。

 

「では、準備、隊列決め、情報交換等を終わらせてしまいましょう」

 

 

   * * *

 

 あの後、準備と隊列決めまでは滞りなく進み、問題なかったのだが、情報交換の時に、何故か二つ名を聞かれてしまって、答えられず、問い詰められ、結局ばれてしまった。

 その後は、おぞましい程の質問ラッシュだ。マジで何なんだよ…こうなることを少しは予想してたけどさ…

 

 そして、ここはダンジョン二十四階層。質問攻めを何とか抜け出した後は、リヴィラの町で、足りないとされたアイテム類を補給し、この階層へ向かった。

 いや~、値引きの後のあの顔は、中々良いものだった。アスフィさん達が引いてたけど。

 更に言うと、今もかなり引かれている。意味は別だと思うが。

 

「貴方…本当にLv.1なんですか…」

 

「よく言われます」

 

 ここまでの道中。私とアイズが先頭で暴れまくっている所為で、後続の人を襲うモンスターは、後ろから襲ってくるものしかいない。

 だが、【ヘルメス・ファミリア】の人たちも弱いわけでは無い。落ち着いた様子で問題なく対処していた。 

 

「と、また来たみたいですね」

 

「シオンがやる?」

 

「またじゃんけんで決めましょうか」

 

「分かった」

 

 私とアイズが相対して、拳を構える。

 このじゃんけんのルールは、勝った方がモンスターを倒す、と言う簡単なものだ。

 でも、ただのじゃんけんではない。

 

「「じゃーんけーん」」

 

 その瞬間、二人の間に、戦意が宿る。

 じゃんけんで戦意を宿らせるのは可笑しい、と思うだろうが、この二人を見て、そう思う輩はいない。

 

 この二人は、じゃんけんを()()でやっているのだ。

 自分の動体視力、反射神経などなどの感覚を最大限利用し、後出しのようして、出し切るまでに何度も手を入れ替える。

 

「「ぽん」」

 

 そして、自分の腕がギリギリまで伸ばされ、出されたのは、グーとパー。今回は私の負けだ。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 因みに、いままでの戦歴は、8勝10敗で、アイズの方が勝っている。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい。4.6秒ですね」

 

「うぅ……勝てない…」

 

 この、『勝てない』と言うのは、モンスターを倒す速さである。私は最速で2.8秒、あの時数が少なかったことが幸いして、今のところ、こちらでは勝っている。

 

「ひゃ~。やっぱり強いなぁ~」

 

 そう言いながら割り込んできたのは、ルルネさん。

 

「ルルネさん達も、すごいですね…」

 

「ルルネでいいよ。結構、年近いだろ?あと、シオンも強え~なぁ~。Lv.1がモンスターの前でじゃんけんしてるなんて、普通はありえねーぞ?」

 

「私はその普通に当てはまらない異常なんです。何事にも例外は存在するでしょう?」

 

「そんな言葉で片付けていいのかよ…」

 

 別にいいんだけどね?それほどのものじゃないから。

 

「少しは私達にも戦わせてくれよ。ずっと闘ってて疲れるだろうし」

 

「「全然大丈夫です」」

 

「なんでそんなに息ピッタリなんだよ…」

 

――――――

 

「あ、いっぱいいますね。これなら一人で()るのが面倒なので任せますよ」

 

「そんな理由かよ…アスフィ。出番みたい、準備運動くらい」

 

「わかりました、いきますよ」

 

―――

 

「ふぅ、終わった終わった」

 

「中々のものですね~。特にアスフィさん」

 

「ルルネ、アスフィさんのLvって、いくつ?」

 

 こそっと、ルルネさんの耳元で、アイズがそんなことを囁いた。やっぱり気になるのだろう。

 

「Lv.4だよ」

 

 あれ?ルルネさん?もう少し躊躇ったりした方がいいんじゃないの?情報秘匿とか絶対向いてないよね?

 

「【ファミリア】の到達階層は?」

 

「三十七階層。モンスターがえらい強いし、流石に深入りはしてないけど」

 

 三十七階層って確か、アイズが倒した迷宮の孤王(ウダイオス)が出る階層だっけ?深層域で、区切りとしてよく言われる場所だ。

 

「よくそんな深い階層にもぐって、他の冒険者にばれないね……?」

 

 確かにそうだよな…アスフィさんみたいに、冒険者間でも有名な人がいるんだし、普通はばれると思うんだが…

 そんな疑問を浮かべていると、ルルネさんが、えっへん!と効果音が付きそうなポーズを取りながら、得意げに答えた。

 

「うちの団長はあの【万能者(ペルセウス)】だぜ?凄い魔道具(マジックアイテム)があってさ、()()()()()()()()()()………」

 

「お喋りは止めなさい、ルルネ」

 

 と、面白そうなことを口にするルルネさんを、アスフィさんが止めに入る。

 ていうか、得意げに話していたけど、自分の事じゃないよね?

 

「ご、ごめん。アスフィ」

 

「全く……」

 

 お疲れのご様子で。アミッドさんを紹介してあげようかな?

 そして、その疲れた様子を隠し、真剣味を纏って聞いて来る。

 

「【剣姫】、そしてシオン。あなたたちの率直な意見が聞きたいのですが、この依頼についてどう思いますか?」

 

 もうちょい具体的に言えよ。率直な意見も話せんだろうが。

 

「……どういう意味ですか?」

 

(リヴィラ)襲撃の件に関してルルネから大まかな経緯(いきさつ)は聞いています。シオンはその時いなかったようですが、話くらいは聞いているでしょう。謎の【宝玉】に執着する、黒ローブなる人物の依頼……今回の騒動も危険なものだと思いますか?」

 

 あぁなるほど、そういうことね。

 

「少なくとも、安全ではないですね。恐らく、例の赤髪の女性、その人も関わっているでしょう。最悪、死人が出るかもしれませんね、出すつもりはありませんが」

 

 そう私が言うと、アイズも二つのことに対し、首肯した。アスフィさんは、ため息を堪えるような表情を表情を浮かべ、一言。

 

「本当に厄介なことに巻き込まれてしまいましたね……」

 

 それが終わるとため息を吐いた、どうやらもう堪え切れないらしい。ルルネさんはその様子を見て、肩身が狭そうにしている。自業自得だね。

 

「もう、仕方がありません。行きますよ」

 

 その声は、疲れを一切見せない、凛とした声だった。

 

―――――

 

 あの後も、散発的に遭遇(エンカウント)するモンスターを、基本【ヘルメス・ファミリア】の人たちが倒して、順調に正規ルートを進んで行く。

 二十四階層は、『奇妙な階層』、と聞いていたが、本当にそのようだ。少し移動すれば景色が全然違うものになり、生えている植物すら、何が何なのか判別つかない。

 

「お、白樹の葉(ホワイト・リーフ)。アスフィ、ちょっと採取していかないか?」

 

 そして、何が何なのか判別できる人は、このように貴重な物を見つけられるのである。

 

「止めなさい。()()()()()()もモンスターに囲まれるのが落ちです。依頼の前に無駄な労力を費やさないでください」

 

 ん?てことは、取りに行かなければいいんだよな。

 

「今はどこの道具屋(みせ)でも品不足で高く売れるんだけどなぁ……もったいない」

 

「あの、ルルネさん。白樹の葉(ホワイト・リーフ)ってどれですか?」

 

「ん?あぁ奥のあの白い大樹だよ。でもそれがどうしたんだ?」

 

「まぁ見ておいてください。あと、先に言っておきますが、私のですからね」

 

「は?」

 

 『一閃』を鞘ごと外し、納刀状態で腰の位置に構える。

 鍔を上げ、隙間を作り、そこから風を流し込む。

 

【虚空一閃】

 

 基本大群相手に使う技だが、別に、こういうこともできるのだ。『一閃』に『吸血』がついてからは、手入れの必要が無くなり、バンバン使っても問題ないしな。

 準備時間(チャージ)が終わり、抜き放つと同時に呟く。

 

「【虚空一閃】」

 

 そして、右腕にかかる荷重に耐えつつ、幹を狙って斬る。

 刀を振り切り、数瞬時間差(タイムラグ)で幹の真ん中あたりがキレイさっぱり無くなり。かなり大きな音を立てて、白の大樹が倒れる。その時に舞っている白樹の葉(ホワイト・リーフ)を風を操り、此方に飛ばして、キャッチ。

 

「入手完了」

 

「な、な、なんじゃそりゃぁ…」

 

「シオン、やりすぎ。加減して」

 

「いえ、あれでも加減したんですよ。元の風が強いんです」

 

「なら、しょうがない」

 

「いやいや、これってLv.1で出せる火力じゃないから!」

 

「いや~それほどでも~」

 

「凄いけど褒めてないから!」

 

「ルルネ、シオン、言い合ってる場合ではありません。音に誘き寄せられて結局モンスターが来ています」

 

 あ~結局来ちゃったか~まぁ、殺せばいいか。

 

「それでは、アイズ~十秒」

 

「了解」

 

「ごー」

 

 その適当な棒読みの指示でいったい、どれ程の死体の山を築くことになったのだろうか。

 まぁ、殆ど魔石が傷ついて体が残ってないけどね。

 

―――――――

 

「こ、これは……宝石樹…」

 

 モンスターの斬殺が行われた後、移動してきて見つけたのは、『宝石樹』これは見分けるのが簡単で、単純に宝石の実が生っている。

 超豪華、超激レアの木である。そして、メッチャおいしい。主にお金が。

 

「採っていいですか。いいですよね」

 

「駄目です。いくら貴方でも、木竜(グリーンドラゴン)の相手は無理でしょうし、此方にまで被害が来る恐れがあります」

 

 ん?と言うことは…

 

「つまり、相手ができて、被害を出さない程度に加減し、瞬殺できればいいんですよね」

 

「はい?そんなことできるわけないでしょう」

 

 ははは、それはどうかな。

 

「アイズ、()りたいですよね」

 

「うん」

 

「と、言う訳で、行ってきます」

 

 私は、『紅蓮』と『雪斬繚乱』を、アイズは『デスペレート』を抜いて、疾走した。

 

―――――――

 

「収穫収穫」

 

「宝石、いっぱい…綺麗」

 

「加工してアクセサリーにでもしますか?」

 

「できるの?」

 

「恐らく、できると思いますよ。道具さえあれば」

 

 あの後、宣言通り、木竜(グリーンドラゴン)を瞬殺した。

 私が、最大補正を掛けた【ステイタス】を存分に使って四肢や鱗を斬り、燃やし、アイズが、麻痺して動けなくなった木竜(グリーンドラゴン)の魔石を、鱗が無くなって簡単に剣が通るようになった隙間から貫いた。 

 木竜(グリーンドラゴン)は成す術も無く、ただ灰へと変わっていった。

 その後は、唖然とする【ヘルメス・ファミリア】を気にせず、収穫祭だ。 

 

「半分くらいは売りましょうか。相当な額になると思いますよ」

 

「うん、資金の足し…」

 

「あ、あなたたちは何をやっているんですか!」

 

 と、暖気(のんき)に宝石を運ぶ私たちに、早く回復したアスフィさんが、驚き半分怒り半分で言ってきた。

 

木竜(グリーンドラゴン)の討伐と、宝石採集ですけど」

 

「なんでそんな平然と宝財の番人(トレジャー・キーパー)を倒してるんですか!Lv.1のする所業じゃありませんよ!それと!」

 

「それと?」

 

「その宝石、四分の一でいいですから分けてください…」

 

「あ、二十分の一ならいいですよ」

 

 やっぱり欲しいのか~わかる、だって欲しくてやったんだし。

 

「では、それでお願いします」

 

「はい、あ、この宝石類全部持ってくれたら、十分の一に増やしますよ」

 

補助役(サポーター)!今すぐ!」

 

「「「はい!!」」」

 

 お金に目が無いのね。アスフィさん。人のこと言えないじゃないですか。

 

――――――――

 

「全員、止まってください」

 

 と、指示が出されて止まったのが、とある巨大十字路の前。その十字路には数えるのが億劫になる程のモンスターの気配。

 

「うげぇ……」

 

 そう呟くのも無理ない。実際、それほど多いのだから。まぁ、それに突っ込みたいと思っているのが私を含めて二名いると思うのだが。

 それにしても、もしかしてこれが問題の異常事態(イレギュラー)

 でも、原因とされている食糧庫(パントリー)までまだ少しあるぞ。

 と、一つの個体が此方を向いた。どうやら気づいたらしい。

 しばらく様子を窺うと、そいつを先頭に、群れの一部が押し寄せてきた。

 

「アスフィ、どうする?」

 

「どうせ駆除しなければいけません。ここで始末します」

 

()るんですか?」

 

「ええ、全員戦闘準備」

 

「まって、私がやる。シオン、見てて」

 

 そう言うと、返事も聞かずにアイズは群れへと向かって行った。

 

「では、()()しましょうか。アイズの剣技を」

 

「ちょ、いいのかよ」

 

「何も問題ないじゃないですか。それとも、ルルネさんも突っ込みますか?」

 

「無理!」

 

「なら黙ってみてましょう」

 

――――――

 

「十分くらいですか。流石にあの大群ではこれくらいかかりますよね」

 

「すげ~、マジでやったよ」

 

「ほんと、あなたたちは何なんですか…」

 

 当たり前のように終わった殲滅。それを起こしたのは、一人の美しい剣技。 

 

「お疲れ様です。疲れてないと思いますが」

 

「うん、どうだった?」

 

 この質問は、戦いぶりのことを聞いているのだろうか。剣のことを聞いているのだろうか。

 

「綺麗でしたよ」

 

 その判断は私にはできなかったので、どちらにも当てはまる言葉を言う。事実だから問題ないだろう。

 

「で、モンスターは片付けてもらったけど……アスフィ、これからどうする?」

 

 と、これからの方針を、アイズが倒したモンスターの残骸から魔石をサポータ達が取り出す中、聞いていた。

 

「あの黒ローブのやつの話を信じるなら、食糧庫(パントリー)に何かあるんだろう?二十四階層にある食糧庫(パントリー)は三つ……南西に南東、後は北だ。どの地帯(エリア)から回る?」

 

 と言いながら、ルルネさんはごそごそと羊皮紙を取り出す。それには、入り組んだ二十四階層の地図(マップ)が書かれていた。

 それには、食糧庫(パントリー)の位置も書かれていて、そこは、赤い丸で囲われていた。

 北と南、それはかなり距離がある。普通に面倒だ。目星をつけてから動きたい。

 

「モンスターがいるところに進みます」

 

「?」

 

 どゆこと?ついにアスフィさんも、戦うの大好き!になっちゃった?

 

「モンスターが押し寄せて来る方面へ向かえば、その近辺に恐らく原因がある筈です。食糧庫(パントリー)大量発生の端を発しているというのなら、我々はモンスターが教えてくれる方角に進むだけでいい」

 

 なるほど、そう言うことね。と、言うことは、向かうべき場所は

 

「北ですね」

 

「では、行きましょうか。尚、これからは警戒を強めるように」

 

『了解』

 

 



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新種、それは敵

  今回の一言
 戦い無しえす。

では、どうぞ


 奥へと進んで行く。

 向かう方向が正しいのか、前方からは、モンスターの行列が断続的に襲って来る。

 そのモンスター達は、乱戦や精神力(マインド)の消費を嫌うアスフィさんの頼みで、()()()()であるアイズと、体力と精神力(マインド)を回復できる私が殲滅していった。

 さらに奥へと進んで行く。

 ある場所を境にして、周りの光景が変わった。

 樹皮で覆われていた壁面や天井は、その姿を露わにし、薄赤色の洞窟へと変わり果てた。

 これは食糧庫(パントリー)に近づいている証拠だ。ダンジョンが地形に使うエネルギーを減らし、食糧庫(パントリー)へと回している影響がこれなのである。

 モンスター大量発生の原因、それはこの先にあると推測されている。だが、感じる範囲内に、モンスターの気配は一切ない。近づいて来る音すらしない。

 今、そこに響いている音は、呼吸音と鼓動音。そして、微弱な風が横切る音。これ等の音以外は、消せる音の為、全員がそうしている。

 不気味な静寂が蔓延る中、その状態でしばらく進んだ。

  

「なっ……」

 

 そして、とうとう()()を目撃した。

 

「か、壁が……」 

 

「……植物?」

 

 目の前にあるのは、道を大きく塞ぐ植物のような大壁。

 一部蠢いていて、気持ち悪い色をした肉壁。周りの岩々とは明らかに性質が異なり、ダンジョンの自然物ではないように思える。

 

「アイズ、こんなもの私は知らないのですが、見たことありますか」

 

「ううん。見たこと無い」 

 

「……ルルネ、この道で確かなのですか」

 

「ま、間違いないよっ。私は食糧庫(パントリー)に繋がる道を選んできたんだ、こんな障害物は存在しない……筈なんだ」

 

 確かにその通りだ。私の記憶内の地図(マップ)でも、ここから食糧庫(パントリー)に迎えるはずだ。障害物など存在していなかった。

 

「アスフィさん。他の経路も調べてきますか?」

 

「貴方はダメです。ファルガー、セイン、他の者を引き連れて二手に分かれてください。深入りは禁じます、異常があった場合、直ちに戻って来なさい」

 

 指示された大柄な虎人(ワータイガー)とエルフの青年は、頷き、行動に移す。分岐点まで見送ると、誰に言われること無く捜索し始めた。

 まず、肉壁の周りの石壁を調べ、異常が無いことを確認する。肉壁は、やはりダンジョンの異常で生まれたわけでは無いようだ。

 次に、気になっていた肉壁。異臭を放つそれは、近づけば近づくほど嫌悪感が増していくが、それを放っておいて、表面に触る。

 感触は一番近いので言えば、脳味噌だろうか。いつぞやの時に握りつぶした感触を憶えている。

 微かに刻む、鼓動のような律動。体温のような熱。それはまるで生きているよう。

 私と同じことを、アイズもしていた。それをルルネさんは「うわぁ…」と言いながら引いている。まぁ、仕方ないだろう。

 

 あ、そうだ。本当に生きてるか試してみよ。

 『黒龍』を抜き、肉壁を斬り付ける。無生物ならぱっくり斬れ、生物なら無傷のはずだ。

 そして感じたのは、体に何かが流れてくるような感覚。肉壁に傷跡は無い。

 結果は生物だった。

 これで少なくともダンジョンの一部でないことは確定した。

 非殺傷属性では、生きていると言われているダンジョンを傷つけることはできる。何故かはわからないが、そこの理由を考えては()りが無いだろう。

 つまり、この壁は作為的に作られた人工物。迷宮の異常事態(ダンジョン・イレギュラー)ではなく、ただの(トラップ)と考えるべきなのだろう。

 やったのは多分例の赤紙の女性……だけでは無いだろうな。組織か団体か……それは追々調べるとして、何が目的かが問題だよな。

 敵が赤紙の女性とわかっているなら、アイズを一人にさせる訳にもいかんし。ていうか、私も風の精霊(アリア)であるから、十分危ないんだけどね。心の中にいるし。

 さて、偵察隊が戻って来るのを待ちますか。

 

 

   * * *

 

「アスフィ、戻った」

 

「どうでしたか」

 

 そして、状況説明に入る。 

 どうやら、他の道も肉壁で塞がれているらしく、食糧庫(パントリー)へと繋がる道は全て塞がれているだろう、と推測したらしい。

 それを聞いて、アスフィさんは思案顔になり、状況を整理し始めた。

 

「どうやら、あのモンスターの大群は大量発生(イレギュラー)……ダンジョンから急激に産み落とされた類のものではなさそうですね」

 

「ど、どういうことだ?」

 

 どうやら結論が出たようで、アスフィさんは眼鏡を押し上げた。

 

食糧庫(パントリー)には腹を空かせたモンスターが階層中から集まってきます。もし、とある食糧庫(パントリー)入れない事態に直面したら……はるばる来たモンスターの群れは、次にどのような行動をとると思いますか?」

 

「あっ……」

 

「そう言うことですか」

 

「別の食糧庫(パントリー)に、向かおうとする」

 

 つまり、これは生まれた訳では無く、生まれていたのが集まって、集団となり、大量発生のように思えた、と言うことか。

 

「この北の食糧庫(パントリー)までやって来たモンスター達は、致し方なく残る南の食糧庫(パントリー)に進路を転じたのでしょう。ここ数日冒険者達を苦しめていたのは、モンスターの大量発生ではなく、モンスターの()()()です」

 

 この意見には、皆納得したようで、様々な反応で肯定を示していた。

 当たり前だが、これに偶々遭遇してしまった冒険者はとても気の毒なのだろう。私のような人は、嬉々として迎え撃つが。

 

「モンスター達が動き回っていたのはわかったけどさ……じゃあ、この奥には何があるんだ?」

 

「少なくとも、良い物ではありませんよ。例えば、冗談では済まない程の強さを持ったモンスターとか」

 

 中層くらいの『強化種』や『変異種』だったら対処できるが、新種の、しかも『変異種』だったりしたら、もうアウトだよ、多分。

 

「この先は、碌でもなさそうですね」

 

「うぅ…アスフィ、ここからは…?」

 

「……行くしかないでしょう」

 

 アスフィさんがそう言うと、【ヘルメス・ファミリア】の面々が同時に溜め息。そして、ルルネさんが睨みつけられる。事の原因まで溜め息をしていたら、そりゃそうなるわ。

 

「入り口はやはりここですかね」

 

 そう言って示したのは肉壁の中心。花の花弁が折り重なったような、大型モンスターでも通り抜けられるほど大きい、入り口のような場所。

 待っていればいつか開いてくれるかもしれないが、流石に面倒である。

 

「確かに、『門』みたいだしな」

 

「やはり、破壊するしかなさそうですね」

 

「植物を思わせる外見から、炎が有効そうですが……」

 

「斬りますか?」

 

「斬り燃やしましょうか?」

 

「さらっと物騒なこと言うなよ……見てくれと全く違う性格してんなお前ら…」

 

 ありゃ?有効な手段だと思って提案しただけだけど?

 

「いえ、情報が欲しいです。魔法を試しましょう。メリル」

 

 アスフィさんに命じられ、前へ出てきたのは小人族(パルゥム)の魔導士。その少女が金属杖(ロッド)を構え、詠い始める。

 それは上位魔法、紡ぎ終えると、静かに魔法名を発す。同時に、炎の大火球が放たれ、着弾。

 入り口のように見えた場所は、焼け落ち、ぽっかり空いた通路となった。

 そこから奥へと進む。

 

「壁が……」

 

 全員が元肉壁を通り抜けると、気色悪い音を立て、通路が肉壁へと戻った。その修復速度は中々のもので、何処ぞの隠し通路並みだ。

 その光景を見て【ヘルメス・ファミリア】の人たちは、口を閉ざして、暗い表情をしていた。

 

「脱出できなくなったわけではありません。帰路の際は、また風穴を開ければいいだけのことです」

 

「その時は、私がやりますよ」

 

「お願いします」

 

 アスフィさんは、士気の低下を防ぐために声を掛け、気を張らせる。その効果もあり、誰一人として緊張と警戒を緩める者はいなかった。

 そんな中、周りを見渡す。

 壁、天井、地面。全てが緑色。それ等が生暖かさを放ち、脈打っているのだから―――嫌な記憶が甦って来た。

 それは、最近のこと。とある十二階層で起きたことだ。

 

 私の目の前には多数の『強化種』のフロッグ・シューターが現れた。

 そいつらは、別段強いわけでもないため、簡単に倒すことができた。

 一体、また一体と倒して行くと、不意にピキッと音が鳴ったのだ。

 その方向からは、一本のヌメヌメした何か。それは私の体に巻き付き、私をある場所へと向かわせた。

 そこには壁があった。それに叩きつけるように引き寄せられていくと、その壁から、巨大な顔が現れた。そいつは、大きく口を開け、止まる。

 その時は、とても嫌な予感がしたが、引き寄せる勢いは強く、ヌメヌメした何か――舌を斬ったのだが、引き寄せられた。

 そして、ぱくり。丸のみにされた。

 その後は脱出できたのだが、体に体液が付き、全身ヌメヌメになって……

 

 おっと、これ以上はもうダメだ。死にたくなる。

 

 私が思い出に耽ていると、アイズが緑の壁を斬っていて、その奥を確認し、思案顔になっていた。そして、アスフィさんから「行きますよ」と指示が出された。

 奥へと進んで行く。

 聞こえてくるのは、気色悪い音と、ルルネさん達獣人の呻き声。

 『未知』の場所である為、パーティ全体の足取りは慎重なものとなり、進む速度も必然的に落ちてゆく。

 そんな中、とある一人の獣人が、言葉を発した。

 

「なぁ、怖い想像してもいいか?もし、このぶよぶよした気持ち悪い壁が全部モンスターだったとしたら……私達、化物の胃袋(はら)の中を進んでるんだよな?」

 

『おい』『よせ』『止めてくださいっ』

 

 そんなことを言った獣人、ルルネさんは、団員たちから、非難轟々の嵐が降り注ぎ、心身ともに縮こまっていた。

 ルルネさんの自己犠牲で、緊張は薄れずとも、緊迫した空気が若干薄れたようで、パーティから張り詰めたような顔色は無くなり、落ち着きながらも騒がしいやり取りが交わされていた。

 そんな空気のまま進んで行くと、分岐点に立った。

 そこには、領域内をうっすら灯す燐光。壁や天井から生えたしおれた花々。 

 その花は極彩色。アイズからこんなモンスターが居ると聞いた気がする。

 

「アイズ、この花はあの新種と同じものですか?」

 

「わからない。でも、似てる」

 

 花から目を離さず、アイズはそう言う。その時の双眸は細まっていた。

 

「分かれ道……もう既存の地図は役に立ちそうにありませんね」

 

 そう呟くアスフィさん。本来なら、食糧庫(パントリー)へ向かう道は複雑では無く、ほとんど直進か直角の角である。だが、この道は枝分かれ式になっているため、明らかに道が違うのだ。

 地図もない道を、アスフィさんは進んで行く。念のために来た道を憶えておき、アスフィさんの後に続く。

 光量が足りなくなり暗がりが増えていく通路を、さらに奥へと進むと、とある場所へと出た。

 そこには、正面、左右壁面、上方と、計四つの通路が存在し、入り組んだ構造となっていた。

 その光景に、全員が足を止める。

 

「ルルネ、地図を作りなさい」

 

了解(りょーかい)

 

 

 

 アスフィさんが指示を出すと、ルルネさんが羊皮紙と魔道具(マジック・アイテム)である羽ペンを取り出し、黙々と地図作成(マッピング)を始めた。

 その地図を覗き見ると、驚いたことに、寸法もしっかりしていて、かなり正確に書かれていた。私のとは段違いである。

 しかも、手慣れていた。

 

「凄いですね。私が作るのとは正確さが段違いです」

 

「シオンも、地図、作れるの?」

 

「はい、簡易の物ですけど」

 

「お前、マジでスゲーな。こういうことするのって、私みたいな盗人(シーフ)とか、専門の地図作者(マッパー)だけだぞ。なんで知ってるんだ?」

 

「一応、技術として持っていれば、役に立つ時があるかもと思いましてね。ルルネさん程上手く書けませんが」

 

「二人とも、すごいね。私は、全然できない……」

 

「気に病むことではありませんよ。できないのが普通なんですから。できる方がおかしいんですよ」

 

「それ、自分も当てはまってること忘れんなよ」

 

 わかってるから。自分がおかしいことくらい解ってるから。

 

「では、少しペースを落としながら進みます。ルルネ、頼みましたよ」

 

「わかってるって」

 

 さらに奥へと進んで行く。

 器用な手つきで地図作成(マッピング)をこなすルルネさんを見ながら、私は、『来た道に水晶の欠片を置いて』と頼まれたので、それを行っている。

 

「それにしても、この調子じゃあ、(リヴィラ)で買い込んだ血肉(トラップアイテム)隠蔽布(カモフラージュ)はつかわなそうだなぁ」

 

「そのようですね……ん?」

 

「どうかしましたか?」

 

 私は、前衛の彼女たちが止まったことを不審に思い、聞いてみたが、帰ってくる答えが無かったため、自分から前衛へとでる。

 すると、そこには散乱した灰と、所々に見られるドロップアイテム。

 モンスターの死骸で間違いないだろう。

 恐らく、あの肉壁を突破できた比較的強いモンスター達が、この辺りで殺されたのだろう。と、言うことは。

 私は『紅蓮』を抜刀した。

 

「恐らく、例の『門』を破ることのできた複数のモンスターが、ここまで侵入してきたのでしょう……そして、何かに()られた」

 

 その発言で、察し良い者たちは、得物を抜き放った。

 アスフィさんの言いたいこと、それは、もう敵が近くにいると言うこと。

 気配を探る、すると、すぐに見つけられた。それは

 

「「――上」」

 

 私とアイズの重なった声に、はっと肩を揺らし、顔を上げるアスフィさん達。

 

「なるほど、これが新種ですか」

 

「オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォッ!!」

 

「各自、迎撃しなさい!」

 

 その叫びと共に、多数の巨軀の落下を回避し、戦闘が始まった。

 

 




 誰か、クエストの報酬をいつもらったか知っている人いませんか?できれば手段付きで、片方でもいいですよ。


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開戦、それは食糧庫

  今回の一言
 オリキャラ登場!

では、どうぞ


 

「レヴィス、侵入者だ」

 

 薄暗く、不気味な大洞窟で、男が警告を齎した。

 『レヴィス』と呼ばれた赤髪の女は、その警告に、蹲らせていた顔を上げ、『モンスターか?』と問うた。

 

「いや、冒険者だ」

 

 その言葉に、『やはり来た』、と続ける。

 周りが慌ただしくなる中、レヴィスはくだらなそうに一瞥し、無感情なまでに、ただ落ち着いていた。

 

「相手は中規模パーティ……全員手練れのようだ」

 

 そして、肉壁の一部には蒼白い水膜に、冒険者が戦う姿が映し出されていた。

 その水膜を無機質な目で見ている中、ふと、金髪金眼の少女が現れた。それを確認すると、レヴィスの目の色を変える。

 素早い動作で立ち上がり、一言告げた。

 

「『アリア』だ」

 

「なにっ!」

 

 比較的落ち着いていたその男は、『アリア』、と聞くと大きな反応を見せた。そんな中、レヴィスはその少女を見つめていた。

 そのことで、誰のことを指して『アリア』と言っているのかを男は理解し、顔を歪めさせる。

 

「【剣姫】が『アリア』……?信じられん」

 

「確かだ」

 

 男の確認のような疑問に、レヴィスは短く答え、雰囲気を豹変させた。

 それはとても冷酷なもの。目的の為なら手段を択ばない、狂人のようなそれをレヴィスは纏っていた。

 

「私が行く。『アリア』の周り奴等から引き剥がせ」

 

「……わかった」

 

 レヴィスは男の返事を待たずに動き出していた。男は、それを見送っていた。

 その二人は、もう一人のアリア(危険分子)の存在に気づくことは無かった。

 だが、ただ一人、危険分子の存在に気づき、恐れた者がいた。

 

「相棒、俺も行かせてくれ」

 

 それは男だった。顔を隠していながらも、そこから見え隠れする目は、武人のそれ。

 

「何故だ、お前が行く必要はないはずだ」

 

「いや、あいつだけは殺しておかなければ、後々厄介になる」

 

 男は、水膜の何もないように()()()部分を見続けていた。

 

「あいつ?誰のことを言ってるんだ」

 

「……やはり、()()()()()()()()

 

 その部分には、注視しても、何も()()()()。だが、男には見えていた。

 変わった髪をして、能力を持った刀を使い、向かって来る食人花(ヴィオラス)を瞬く間に殺していく、左目を隠した者。 

 その者の気配は薄く、捉えにくい。

 この水膜は、()に映る者の気配をそのまま映している。全ての気配を映すことはできても、その気配を捉えられるかどうかは、個人の技量次第なのだ。

 

「見えていない?どういうことだ」

 

「それはいい。とにかく、俺も行かせろ」

 

「……お前がそれ程う奴か」

 

「あぁ」

 

「仕方がない、行くぞ、相棒」 

 

 

  * * *

 

 とある蒼白い花に見下される中、激しい戦いが繰り広げられていた。

 モンスターの必殺(体当たり)盾役(ウォール)が防ぐ。

 無数に広がり、不規則にうねる触手(むち)迎撃役(中衛)攻撃役(アタッカー)が弾く。

 詠唱を行う魔導士へ、脇目もふらずに突っ込む食人花が、一筋の赤い炎に斬り殺され、焼却されていく。

 【ヘルメス・ファミリア】は一進一退の攻防戦を繰り広げながらも、悪戦苦闘していた。

 

「ルルネ、相手の魔石はどこですか⁉」

 

 現在の前衛であるアスフィさんは、いち早く戦況に順応し、声を出せるくらいにまではなっていた。

 多角度から押し寄せて来る触手を全て斬り飛ばし、相手の懐に入り込み、鋭く、深く斬り込む。

 その度に、空間に破鐘のような悲鳴が響き、相手の攻撃も激しくなる。

 アスフィさんは、相手への撹乱も兼ねて、素早く動き回っていた。

 

「えっと、確か、口の中!」

 

 少し間を置き、叫んだのは、相手の弱点がある位置。

 それを確認すると、魔道具(マジック・アイテム)らしきマントで、振り下ろされた触手を受け流し、(ホルスター)から一本の、緋色の液体が詰まった小瓶を取り出し―――投げた。

 それは食人花の口腔へ放り込まれ、爆発。

 

「―――――――ァッ⁉」

 

 食人花は悲鳴を上げたが、それは最後まで続かず、灰へと変わる。

 そして、私とアイズで、狙わやすい魔導士たちを守りながら、食人花を解体&焼却していく。

 

「アイズ、それそろ突っ込んでいい頃合いですよね」

 

「うん」

 

 全体的に安定もしてきて、退くことも無くなり、魔導士を守る必要もなくなって来たので、あとは殲滅だけだ。

 同意を得た私は、相手の懐に突っ込み、斬り刻みながらも焼却していく。

 アイズも、振り下ろされる鞭を難なく躱し、頭部を斬り落としていた。

 

 

 

 

「あらかた片付けましたね……」

 

 少し時が経つと、周りには食人花が一体しか残っておらず、その一体も、今ルルネさんに仕留められていた。

 食人花は強弱に差はありつつも、意外と弱く、簡単に屠れた。

 中に入っていた極彩色の魔石も、大小様々で『強化種』が居たことが予想できる。

 まぁ、同個体なのに強さに差があった時点で大方予想はしていたが。

 

「落ち着いて戦えば、何とかなるもんだなぁ」

 

打撃(こうげき)が通らなかった時はどうなるかと思いましたが……まぁ良しとしましょう」

 

 その後は武器の点検や魔石の採取を行い、進行を再開させた。

 

「聞いてはいましたが、あれが例の新種のモンスターですか……」

 

「固くて、速くて……しかも数も多い。やになるよなー」

 

「そうですか?あれくらい普通だと思いますが?」

 

 これは素朴な疑問だった。十二階層から繋がるあの巨大ルームに出て来る奴らは、これ以上の大群且連携も取れていて、個体差もあるが、大概速いし固い。刀の前では無力だが。

 

「シオン、これを普通と言うあなたは、今まで何と戦ってきたんですか?」

 

「知りたいですか?」

 

「いいえ、やめておきます。常識が崩れそうで怖いので」

 

 良い判断だ。私の常識はとっくに『世間一般=常識』では無くなっているからな。

 

「それと、あなた達はあの新種の性質を熟知しているようでしたが、知っていることがあれば、今のうちに教えてもらっていいですか?」

 

「いいですけど、それは私ではなくアイズから聞いた方が良いと思います。私はアイズから聞いたので。アイズ、説明をお願いしてもいいですか?」

 

「うん、分かった」

 

 そして、情報の提供が始まった。その間も進行は止まらない為、警戒は怠らないが、私は自分なりに考えをまとめることにした。

 

 まず、今回の事の原因。それは恐らく赤髪の女性だろう。食人花は、アイズによると従う怪物(テイムモンスター)らしく、その(テイマー)が赤紙の女性とされているからだ。

 そして、その食人花は『強化種』が多数存在し、個体により強さに差がある。

 基本的に、『強化種』になるには、魔石を食べる、と言う行為を行わなければならない。それは、恐らくあの肉壁を突破した比較的強い個体から得た物だろう。

 だが、一つおかしい点がある。

 食人花が『強化種』なら、何故、他の食人花を襲わないかと言うことだ。

 普通、『強化種』は誰彼構わず魔石を喰らっていく。それが同種のモンスターであってもだ。

 ……いや、例外は存在した。実際に見ているではないか。統率のとれた『強化種』の群れを。

 あいつらは、同種を決して襲わない。だが、他は問答無用だ。

 その性質とこの食人花の性質は酷似している。

 私の推測では、その性質は、『キラーアント』のフェロモンもように、同種にしかわからない何かを発しているのが原因ではないかと思っている。

 

「……あと、他のモンスターを率先して狙う習性が、あるかもしれません」

 

 アイズの情報提供はどうやら終わったようだ。最後に言っていたことは私も聞いたことが無かったが。

 恐らく、それはアイズが立てた推測だろう。『強化種』が他のモンスターを狙うことは当たり前だが、率先して、というのは珍しい。

 これまた推測だが、食人花が狙っているのは、モンスターでは無く、その魔石だろう。魔力・魔法に反応する、と言うのは、魔石と似ているからだ。

 魔法は、魔力が世界に干渉し、生み出される、非現実的な現象。その過程で魔力を放出するため、魔法に反応するのだろう。

 そして、魔石は単純な魔力の結晶体。それは魔力を放出し続けている。

 魔法も魔石も、魔力を放出する、と言う点では、量の差はあれど、同じなのだ。

 

「共食いのモンスターってことか?珍しいな」

 

「別に珍しくはありませんよ。同じようなモンスターは大量にいます。まぁ普通は『強化種』自体が珍しいようですが」

 

「その言い方だと、貴方にとっては『強化種』は珍しくとも何ともない、と言う風に聞こえますが」

 

「そう言ってますから正しいですよ」 

 

「……もしかして、貴方が普段闘っているのは…」

 

「常識が崩れるのでそれ以上は考えない方が良いですよ。アスフィさん」

 

「……そうですね。もう考えないことにします」

 

「ってことは、食人花(あいつら)は『強化種』だってことか?」

 

「そうでしょうね。さっき見た灰なんかが証拠だと思いますよ。魔石だけが消えてましたから」

 

「確かに、言われてみればそうだな~。あの食人花(モンスター)力がばらばらだったし」

 

 やっぱり、手応えなんかで気づけるくらいには強いのか。

 

「まぁ、『変異種』がいないことを望むばかりです」

 

「『変異種』?なんだそりゃ」

 

 あれ?知らないの?結構常識的なことかと……私の常識は世間一般じゃないんだった。

 

「『変異種』、『強化種』の個体が、更に強くなって見た目や能力までもが変わったモンスター。今のところ三体しか確認されていません。そのうちの一体はまだ生きていますが」

 

 アスフィさんが補足説明をしてくれた。知ってる人もいてちょっと安心。

 

「で、その三体って?」

 

「『古代』に地上に進出した、三大冒険者依頼(クエスト)の討伐対象です。陸の王者(ベヒーモス)海の覇王(リヴァイアサン)、黒龍…隻眼の竜と言った方が通じますか」

 

「え、『変異種』ってそんなバケモノ共なのかよ…勝てっこねぇじゃん」

 

「いえ、『変異種』と言っても、それだけではないんですよ。三大冒険者依頼(クエスト)の『変異種』は、元が強い特殊個体なんですよ。普通の『変異種』は、頑張ってもLv.5か6。その程度なら勝ち目はありますよ。苦戦を強いられることは確かですが」

 

「うへ~Lv.6を程度とか言っちゃったよ」

 

「一口にLv.6と言っても、強さはそれぞれですよ」

 

 実際、前に見たインファント・ドラゴンの『変異種』は潜在能力(ポテンシャル)はLv.6相当だったが、一刀で終わった。実に弱すぎた。

 

「さて、アイズ。肩の力を抜きましょうか」

 

「!……うん…」

 

 何故私がそう言ったか。それはアイズが必要以上に力を入れて剣を握っていたから。何が原因かは分からないが、あの状態のままだと、足元が掬われかねない。

  

「また、分かれ道か……」

 

 再び分かれ道に差し掛かり、パーティの足取りが止まった。

 ルルネさんがアスフィさんに指示を仰ごうとしたとき、私は『紅蓮』を抜き放つ。

 

「アスフィ、今度はどっちに―――――」

 

 私が刀を抜いた理由、ルルネさんの質問を途中で遮られた原因。

 それは左右の道から、そして後方からもやってくる。

 

「両方からかよ……」

 

「違う……後ろからも」

 

「げっ」

 

 遅れて気付いたアイズたちは、漸く得物を構えた。

 

「……【剣姫】、片方の通路を受け持ってくれますか?」

 

「わかりました」

 

 私は、その提案を、アイズに断らせるために、口を挟もうとしたが、アイズはそれよりも早く、了承してしまった。

 アイズは今現在一人にしてはいけない、あいつがやってくる可能性があるからだ。

 既に隊列は組まれている、アイズは勿論一人となっていた。

 そんな中、いち早アイズが飛び出した。

 

「アスフィさん、私はアイズの援護に回ります!」

 

「ちょ、勝手なことを!」

 

 それを追うように私も飛び出す。アイズが食人花を切り伏せた――次の瞬間。

 

 落下音が幾度も響いた。

 

 それは見計らったかのように落ちていく、勿論回避はできたが、懸念していたことが起きた。

 

「分断⁉」

 

 残念なことに、その通りだった。

 

「くそっ!」

 

 思わず、罵声が飛び出てしまう。この大きさで、この量だと、切り開くにも多少時間が掛かる。その間にアイズは襲われ、更に引き離されてしまうだろう。

 

「アイズ!気を付けてください!また合流しましょう!」

 

 その叫びに対する返答はなかった。でも、信じて行動する。

 

「アスフィさん!アイズと分断されました!早く移動しましょう!」

 

「どこへ!」

 

食糧庫(パントリー)ですよ!急いでください!道は開きます!」

 

「わかりました!全員!シオンに続いてください!」

 

『了解!』

 

 背後からそんな声が聞こえる頃には、私は食人花の斬殺を始めていた。

 速度を緩めることなく殺して進む。やって来るものをすべて灰に変えてゆく。

 進む度にやって来る食人花(モンスター)の数は増えていくが、お構いなしに殺していく。

 そして、系統の異なる光が見えた。

 

「もしかして、石英(クオーツ)の光?食糧庫(パントリー)が近いのか?」

 

 食糧庫(パントリー)と呼ばれる大空洞は、中央に石英(クオーツ)大主柱(はしら)が立っていて、それが発する神秘的な光が、常に大空洞を照らしているのだ。

 

「突っ込みます!いいですよね!」

 

「構いません!」

 

 食糧庫(パントリー)からは無数の気配を感じる。その中には、モンスターや人間の気配もあるため、ゆっくり行って、あちらから襲われるよりは、こっちから襲った方が、有利に事を運べる可能性が高くなる。

 そして、突っ込んだ。

 尽かさず、人間の気配がある方へ向かう。

 その過程で、見てしまった。

 巨大化した食人花が巻き付いた石英(クオーツ)の根本。

 (おんな)の胎児を内包した、緑色の球体を。

 全身の血の廻りが、急速に早まった。心臓の鼓動が刻む音の間隔が狭まる。

 皮膚の間に何かが通るような感覚、腹から込み上げてくる、猛烈な吐き気。

 頭痛と眩暈も遅れてやって来る。体の力が抜けてゆき、倒れそうになる。

 倒れなくとも、立つことはできなかった。片膝を地面に付き、口を抑えてしまう。

 この症状は、いつぞやのときと似ていた。

 それは、精霊同士の反応だ。アイズとの反応よりは弱いため、属性は異なるのだろう。

 

「え……?【剣姫】と、同じ?」

 

「シオン!大丈夫なんですか⁉」

 

 ルルネさんの呟きが気になる中、アスフィさんが焦ったような声で確認を求めて来る。

 それも当たり前だろう。さっきまで前線で無双していた人が、いきなり膝をついているのだ。

 さすがに負担になる訳にはいかないため、治まって来た症状に耐えながら、立ち上がる。

 

「……大丈夫です、戦えます」

 

「そう、ならいいです。全員、陣形を整えてください」

 

 さっきの()()、恐らく【宝玉】なのだろう。 

 気持ちが悪い。文字通りの意味で、生理的に無理だ。

 でも、視界に入れなければ問題ないはずだ。  

 

「侵入者どもを生きて返すなァ!」

 

 そんな怒号が、食糧庫(パントリー)に響くと共に、()()()()が始まった。  

 

 

 




 冒頭の一言、確かに登場はさせた、だけどね。
 私は、出番が多いなんて、一言も書いてないよ?

  オリキャラ紹介!
 今回は…
 『正体の不明の男』
 もう一人の男のことを、『相棒』と呼ぶ彼はいったい何者なのか…

 修正しました。4/28


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冷酷、それは吸血鬼

  今回の一言
 戦闘描写って難しすぎない?

では、どうぞ


「アスフィさん、どうします?」

 

「応戦しましょう。こちらとしても彼等がここで何をしているのか、聞き出さなくてはいけませんから……ね」

 

「では、一人残せばいいですね」

 

「は?貴方は何を言って」

 

 私は、アスフィさんの言葉を背に、向かってくる敵に突っ込む。

 相手は遅い。何か策がある訳でも無く、ただ愚直に突っ込んで来るだけで技術もない。

 ただ雑魚が集まっただけの集団。

 

「殺せ!!」

 

「無理ですよ」

 

 得物を振り上げ、叫びながら突っ込んで来る者を、斬り付ける。

――――はずだった。

 斬り付けること自体は簡単だっただろう。でも、できなかった。

 相手のローブの隙間から見えた、紅玉。

 あれは『火炎石』。深層域から入手できるドロップアイテム。下手に衝撃を与えたり、発火したら、爆発を起こす。しかも、相手はそれを最低でも三つは身に着けていた。

 さっき『紅蓮』で斬っていたら巻き込まれていただろう。

 

「危なかったですね……」

 

「本当です!なんでいきなり突っ込んでるんですか!」

 

「おっとアスフィさん、すみません。でも、情報は手に入りましたよ。ローブの奴等は『死兵』です」

 

「な……それは本当なんですか」

 

「恐らく、そうでないと『火炎石』を身に着ける人は想像がつかないので」

 

「『火炎石』、ですか。下手に攻撃できませんね」

 

「アスフィさん、敵から情報を引き出すことは諦めますか?その方が楽なんですが」 

 

「いえ、情報は引き出します。爆発させずに気絶させればいいでしょう?」

 

「簡単に言いますけど、気絶する前の最後の力を振り絞って自爆、ということも考えてくださいよ」

 

「そんなヘマ、貴方はしないでしょう?」

 

「随分と信用されましたね、では行ってきます」

 

「援護します」

 

 『紅蓮』を納刀し、『雪斬繚乱』を抜き放つ。

 今度は三人同時に襲ってきた。少しは考えたらしい。

 でも、甘い。

 左右の二人、そいつらの首を飛ばす。

 飛び上がっていた正面の一人、跳躍して、そいつの後ろに回り込み、峰で頸椎を打つ。

 自由落下の途中、ローブを斬り裂き、露わになった『火炎石』を斬り外した。

 武器も手放し、気絶して無力となったそいつを、回し蹴りでアスフィさんの元まで飛ばしておく。

 これで条件クリア。後は何も考えずに殺すだけだ。

 

 追加で『紅蓮』を抜く。二刀流となった私は、またもや無双状態に入った。

 やって来る敵を、今度はただ殺してゆく。

 個体の敵は、首を落とし、集団の敵は、『紅蓮』の炎で『火炎石』に引火させ、爆死させる。連鎖爆発を周りにも起こさせるため、効果は凄まじい。

 

「……っ、何なんだあいつはっ」  

 

「相棒、食人花(ヴィオラス)で嗾けてみてくれ」

 

「あぁ、食人花(ヴィオラス)

 

 男がそう発した、次の瞬間、一斉に食人花(モンスター)が動いた。

 沈黙していたものは動き出し、閉じ込められていたものは、黒檻を破壊して飛び出し、川のように蛇行して、ある一点へと向かった。

 

「面倒な」

 

 それに対し、彼の反応はただそれだけ。焦ることも、取り乱す事も無い。

 

「シオン!後退しなさい!」

 

「必要ないです」

 

 命令も、従う必要のないものは従わない。

 まだ爆発していない『火炎石』を拾い上げ、大群の中心へと投げる。

 『紅蓮』に風を纏わせ、炎を伸ばし、ある一点を狙い、振るった。 

 炎が向かうのは、落下していく、纏め上げられた『火炎石』。

 炎剣はそれに当たり、引火させ、大爆発を引き起こした。

 爆発は食人花達を瞬く間に呑み込み、滅却していく。 

 後に残ったのは、数体の瀕死の食人花と、所々に灯る炎だった。 

 食糧庫(パントリー)には、もう、巨大な食人花と、白い仮面と黒い仮面をつけた二人組、そして、生まれてきた食人花しか残っていない。先程、私が蹴り飛ばした人は、もう気配を変え、死者のそれとなっていた。

 一時後退し、情報の確認を行う。

 

「ルルネさん、相手の所属ファミリアは?」

 

「ゴメン、分かんなかった…」

 

「何故?死んでも屍体があれば、『開錠薬(ステイタス・シーフ)』で【ステイタス】を確認できるはずです」

 

「違うんだよ!こいつ、【ステイタス】を見せないために、薬を仕込んでやがったんだ」

 

「それはどんな?」

 

「効果は、体を腐らせる。その所為で、もうこいつ、骨になってやがる」

 

「さっきから臭っていた腐敗臭は、そいつのでしたか。なんという徹底ぶりでしょうかね」

 

 どれだけの徹底ぶりかは、白骨死体をみればわかる。それは、先端の方から浸食を続け、次第に小さくなっていくのだ。骨まで残さないとは、中々の残虐さである。完全に捨て駒扱いだ。

 

「シオン、どうしますか」

 

「そうですね……あそこにいる人たちを捕らえる、または殺して宝玉を奪取します。私はあの宝玉に近づくことが出来ませんから、ルルネさんにお願いしましょう。アスフィさん、突っ込めますか?」

 

「可能です、敵は粗方貴方が消し飛ばしてくれましたから」

 

「わかりました」

 

 少し会話をして作戦を立てると、私とアスフィさんは、仮面の二人組に目を向けた。

 そして、突っ込む。

 死兵でないことは、装備を見れば明白だ。なら、普通に戦えばいい。

 アスフィさんは白仮面、私は黒仮面を狙う   

 先に懐へ飛び込めたのは、私だ。【ステイタス】におぞましい程補正を掛けているため、身体能力だけでも既にLv.4は超している。   

 黒仮面の人物は、無手で動こうとしなかった。だが、その立ち姿に隙は無い。

 右手に持つ『紅蓮』で、首を狙い斬り込んだ。

 相手はそれを最小限の動きで躱してくる。 

 黒仮面の人物の動きは、戦い慣れていた人のもの。それも、対人戦闘の。

 追撃、『雪斬繚乱』での逆袈裟。またもや体を傾けて、紙一重で避けられる。

 そこから、連撃を続けるも、全て避けられていく。

 だが、ずっと同じようなことを続けるほど、私は愚かではない。

 『紅蓮』を突き出し、避けさせる。体勢は予想通り傾けられている。

 相手の重心目掛けて、『雪斬繚乱』で突く。それも避けられた。

 だが、想定内。避けられたと言っても、今までで一番大きな隙ができている。

 その瞬間を、『紅蓮』で斬り込む。だが、炎剣は肉を焼き斬ることは無かった。

 『紅蓮』を止めたのは、相手の湾曲刀(ククリナイフ)。鍔迫り合いに持ち込むことは無く、両者後退した。『紅蓮』で鍔迫り合いなんてしたら、体が焦げかねない。

 相対距離約5M、睨み合いなんて感情のぶつかり合いは無い。ただ冷酷な、殺す、と言う殺意を向けているだけ。

 

「やはり、お前は殺しておかなければな」

 

 そんな中、黒仮面の人物が言葉を発した。それは、男声であり、低いがよく聞こえる声。

 

「それは困りますね、私は死にたくありません」

 

 それを軽口で返す。そういえば、何の情報も得られてないのだから、情報収集が可能ならば、なるべく集めておきたい。……簡単に殺せなくなったな。

 

「お前の心情などどうでもいい。危険因子を消したいだけだ」

 

「おや?私のことを『危険』と言えるのですね」 

 

 相手に危機意識を持たせないのは得意だったのだが、どうやら、この人には適応されないようだ。

 

「一つ、聞かせてもらえないだろうか」

 

 ありゃ?敵からお願いされるなんて、珍しい。

 

「お前の名は、何と言う」

 

「それを言う意味が何処に?あと、相手の名を知りたければ、自分から名乗るのが礼儀ですよ」

 

「それもそうだな。だが、俺にはもう名が無い。一度()()()()()()()()

 

 名を失う?意味不明なこと言うな。【ステイタス】に真名が刻まれてんだろ。

 

「だが、そうだな……睡蓮(スイレン)と名乗っておこう。俺が一番好きな花だ」

 

 かなり悲しい花が好きなんだな。花言葉の中に『滅亡』なんてものがあったぞ。

 

「名乗られたら、私も名乗らなくてはなりませんね。私はシオン。シオン・クラネルと言います。憶えなくてもいいですよ。どうせ、憶えた意味がありませんから」

 

「いや、私は殺した人の名を一人一人憶えているのでな。全員強者(つわもの)だったさ」

 

「なら、よっぽど意味がないですね。私は殺されませんよ」

 

「ふっ、そうか」

 

「さて、そろそろ再開しましょうか。貴方の名前通りにしてあげますよ」

 

「やれるものならな」

 

 そして、一進一退の攻防戦が始まった。 

 結局、情報は得られなかったと同然だが、情報を得るために、手加減することはできないらしい。

 睡蓮(スイレン)が、攻撃を始めたのだ。

 相手は二刀、此方は持つは五刀、使うは二刀。 

 攻撃の速さは今は互角、鋭さは私が有利、重さは相手が有利。

 両者とも、攻撃は躱されるか受け流される。

 止まることを知らない剣戟は、今も尚苛烈さを増し続けるが、掠りすらしない。

 二人の間に声はない。声を発してできるわずかな隙すら、この二人は逃すことを知らない。

 超高速近接戦闘。今行われているのは、それの見本のようなものだった。

 超高速、などと言っているが、振られる刀は亜光速のレベルまで引き上がり、振っている者すら、眼で追うことは容易ではない。

 重さを乗せた刀は受け流され、隙を作るのに利用される。あえて隙を作り出し、誘い込もうとするも、それに乗る程の馬鹿は、この戦いで立っていられない。

 だが、その戦いにも、変化は生まれる。

 片方が大きくギアを上げたのだ。

 もう片方も、一刹那遅れてギアを上げる。

 だが、その一刹那で十分だった。

 光速で振られる刀は、視認なんてできない。ましてや、反応なんて追い付かない。

 一刹那遅れた彼は、両の腕を半ばで斬り離され、後退を強いられた。

 斬った男は追撃を試みるも、飛んできた、()()()()()()に阻まれる。

 その小瓶が飛んできた方向では、斬った男の()()が、小瓶を飛ばした女の胸倉を掴み、叩きつけ、背後から短剣を指していた。 

 

「シオン!アスフィ!」

 

 半ばまで腕を無くした彼と、短剣を引き抜かれ、倒れた彼女の名が呼ばれた。

 その二人は返事を返すことが出来ない。それほどの余裕がないのだ。

 ゴトゴト、と何かが落とされる音がした。

 その方向では、腕を斬られた彼が、帯刀していた刀をすべて落とし、しゃがみこんで、ある一本の刀を銜えようとしている。

 よくあの状態で動けるものだ、と睡蓮(スイレン)は思った。普通、あの傷では、痛みに悶えて、動けなくなるものだ。だが彼は、悶えることも、叫ぶこともなく、ただ落ち着いた様子で動いている。

 彼が刀を銜え、立ち上がった。あの状態では、碌に戦うことはできないはずだ。なのに、彼から闘志が薄れることはなく、殺意が途切れることなく押し寄せて来る。

 ふと、彼の口角が上がったのを見た。笑っているのだ。

 そして彼は、自身の腕を斬り離した相手を、真正面から見つめ、気配を豹変させた。

 同時に、何かが燃えたような音がする。それは斬り離された腕。  

 焦げた臭いが漂う中、黒仮面の男は見た。

 彼の体が、変わっていくのを。

 脚、胴体、顔、全身の筋肉が蠢き、浮き上がり、縮む。

 髪の色が眩しい色から暗い色へ。右眼の色も、明るい色から暗い色へ。

 数秒経つと、もう変化を終えていた。

 身長は縮み、筋肉の付き方も変わり、容姿、髪色、体つき、全てが変わっていた。

 斬ったはずの腕が、そこにはあり、戦える状態となっている。

 豹変した気配も普通ではない。

 それより気になったのが、()が、()()となっていたことだ。

 男が、彼女から目が離せない中。洞窟内に、大轟音が響いた。

 その大轟音の原因は、男の元までやってきて、回避を行う。

 だが、それは男にとって最悪手だった。

 男は飛んできた火矢を切り落とせばよかったのだ。だが、男は反射的に避けていた。その際に、彼女から目を離してしまったのだ。

 男も自身の失態に気づき、彼女がいるはずの場所を見たが、もうそこには何もない。 

 だが、代わりとばかりに、背後から尋常じゃない程冷酷な、『死』というものを感じた。

 男は、体を倒しながら反転し、湾曲刀(ククリナイフ)を振るった。

 ギンッ、と音が鳴り、防ぐことはできた。それは奇跡に近い。

 その衝撃は凄まじいものだった。受け流す余裕なんて無く、無慈悲に吹き飛ばされる。

 男は思った、次に彼女を見失えば、本当に、死ぬ、と。

 そして、今の自分では、歯が立たないことを。

 

「あまり使いたくなかったのだが、やむ負えん」

 

 男は彼女から目を離さず、腰へと手を伸ばし、極彩色に光る塊を取り出した。

 男はそれを口へと運び、()()()

 口に含んだそれを呑み込み、また齧って呑み込む。

 持っていたそれが無くなると、吹き飛ばされたことによってできた傷は、完治していた。

 即座に立ち上がり、構えをとる。相手も既に構えていて、二人の間に、先程とは比べものにならない程の殺気や闘志が交わされていた。

 

 合図がある訳でも無い、なのに二人は同時に動き出す。

 そこから始まった戦闘。それは、もう視認できるものなどいない、超光速戦闘。

 人間ではそんなことはできない。だが、この二人にはできた。

 この二人は、既に、人間では無かったからである。

 ぶつかり合う音が、途切れることなく響く。

 音と共にやって来る剣圧は、地面を踏みしめないと、碌に立って入れれない程。

 風に乗せられ飛び散る鮮血は、染み込むものと、蒸発するものに分かれる。

 そんな中を、二人の武人は認識し、戦っていた。

 『殺す』、それ以外のことは考えない。考える余裕もない。

 二刀の湾曲刀(ククリナイフ)と、一刀の刀が止まることは無い。

 相手を傷を与え、自らも傷を負う。負った傷から回復していき、振り出しへ戻る。

 そんな攻防戦が繰り返される。削られるのは、精神と体力。それが尽き、先に攻撃を緩めたほうが、殺される。

 

「そろそろ終わりにしますか」

 

 そんな音を、微かに捉えた。だが、意味を理解する余裕はない。 

 男は隙の無い彼女に、湾曲刀(ククリナイフ)を超光速で振るう。だが、彼女はそれを防ぐでも受け流すでもなく、()()()。そして後退していく。

 そんなことは最悪手に等しい。逃がすわけも無く、懐に飛び込み、振るう。

 殺した。

 そう思ったが、現実は異なっている。

 男が振るった湾曲刀(ククリナイフ)は、見事に切断され、切っ先が宙を舞う。

 胸を何かが横に切り裂くような感覚に見舞われたが、傷はない。痛みも無い。

 少しの困惑が生まれた。その瞬間が隙となり、突かれる。

 鳩尾に衝撃。当たった感覚はあるのに、痛みは全くない。不思議な感覚。

 次の瞬間、彼女が遠ざかって行く。そして、背中に衝撃と痛み。

 何かと思えば、壁に凭れかっかていた。

 彼女が遠ざかったわけでは無い、私が吹き飛ばされ、遠ざかったのだ。

 彼女はさっきまでとは違い、新たに一刀の漆黒の刀を握っている。

 彼女の足元には、男の湾曲刀(ククリナイフ)の切っ先。男の右手に握られている物は、もう使い物にならない柄。

 壁にぶつかった衝撃でできた傷が治る。その間に状況の整理を行った。

 だが、整理する間もなく、ある言葉が浮かぶ。

 『そろそろ終わりにしますか』

 美しい女声で告げられたその言葉。意味をようやく理解する。

 彼女は本気を出していた訳では無い。普通に戦っていただけ。 

 ふざけろ。

 そう思う。男は全身全霊を持って、本気で相手をしていた。なのに、相手は違う。

 男は武人だ。そんな侮辱に耐えられるわけがない。

 

「あぁァァァあぁアァァアァぁぁァっ!」

 

 男は叫んだ。

 この世の理不尽に

 

 男は嘆いた。

 事実を認めたくない自分の弱さを

 

 男は願った。  

 ただ一人の、目の前の彼女を殺すことを

 

 強い思いの元、男は一刀の湾曲刀(ククリナイフ)を振るった。

 そんな男を彼女は見つめ、微笑む。  

 その顔は酷く美しく、その眼は酷く冷たく、見る者を恐怖させるには十分だった。

 全身全霊の一刀。男の思いを乗せたそれを、彼女は漆黒の一刀で断ち斬る。

 無慈悲なまでに冷酷なその一刀に、男が斬られることは無く、生き延びた。 

 だがそれも刹那的なこと、もう片方の刀で、男の首が飛ばされた。

 それだけで、勝負は付いたはず。なのに彼女は斬撃を止めない。 

 漆黒の刀で男の首無しの体を空中晒し、もう一刀の刀でそれを斬り裂く。

 一瞬後。男の肉体は欠片も残っていなかった。代わりに、赤黒い液体の雨が降る。

 

「ふふ、ふふふ、サイコォ~」

 

 その中心には、高揚した女声を発する、全身を赤に染めた、美しい女性。

 狂ってるとしか思えない光景。

 その光景は、食糧庫(パントリー)に居た人たちの記憶に、鮮明に焼き付いた。

 

 




  オリキャラ紹介!
 今回もこちらの方!
 『私は名を既に失っている。だが、名乗るなら、睡蓮、だな』
 と言う訳で、睡蓮さん!
 彼は出番少なく殺されてしまいましたが、一応、ね。
 名は不明(睡蓮) 種族:元ヒューマン 性別:男
 武器は湾曲刀を使っていて、オラリオに一時期名を連ねたLv.5
 二十七階層の悪夢で消息不明となった人物の一人。
 黒髪黒目黒服黒仮面。湾曲刀まで黒色と、中々の黒好き。
 もう一人の男の相棒で、付き合いは長く、信頼を置いていた。
 旧ファミリアでは、団長を務めていたほどの実力の持ち主。


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決戦、それは崩壊

  今回の一言
 九千言ったどー。

では、どうぞ


 

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を番えよ】」

 

 大洞窟に来るや否や、レフィーヤは詠唱を始めた。まだ状況が理解できていない中、必死に叫ぶ顔見知りに、気圧されたからである。

 

「【帯びよ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】」 

 

 詠唱をしながら、周りを確認する。

 周りにいるのは、ベートさん、フィルヴィスさんを含め、十六人。

 石英(クオーツ)の根本周辺、そこには四人。

 全身白と全身黒の、仮面を付けた二人組。

 【万能者(ペルセウス)】の二つ名を持つ、殺されかけてる女性が一人。

 刀を銜えていて、赤くくすんだ黒髪を持つ、羨ましい程大きいものを持ち、角の生えた女性。

 食人花(モンスター)は、今も尚生まれ続けている。結構数が多い。

 

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】」

  

 少し妬ましい気持ちを持ってしまう中、詠唱は途切れさせない。

 魔力が収束し、山吹色の魔法円(マジック・サークル)が現れる。 

 

「前衛のみなさん! 逃げてください!」

 

 小人族(パルゥム)の魔導士が、レフィーヤの魔力量に怯えながらも、叫んだ。

 その叫びに応じたのは、ベートさんとフィルヴィスさんなど近くの前衛数名。奥に居る人にはその声すら届いていないようで、反応が無い。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】」

 

 それでも、撃てとせがまれているのだから、やるしかない。

 放った火矢は、前方に居た食人花を焼き払い、さらに奥の四人の元まで飛ぶ。

 奥の人たちには、一本も当たらなかったが、牽制程度にはなったようで、女性の一人が拘束から抜け出していた。

 

「おいっ、アイズはここにはいねえのか。答えろ」

 

 魔法を打ち終えると、ベートさんがルルネさんの胸倉を掴み上げ、此処に来た目的である人物の行方を聞く。

  

「け、【剣姫】はさっきまで一緒に居たんだけど……分断させられて」

 

「あぁ? 分断?」

 

「それよりも!頼むっ。アスフィとシオンを助けてくれ!」

 

 聞き捨てならない情報を話した後、ルルネさんは必死の懇願をしてきた。

 

「今アスフィは瀕死で多分碌に戦えないっ、シオンもさっき腕を斬られてた。だから――――」

 

 ルルネさんの懇願は、最後まで続かなかった。

 その理由は、ダンジョン内ではあり得ない程の強風が、体を叩きつけたから。

 

「アイズか⁉」

 

 一匹の狼が、地面に脚を踏みしめながら、そう叫んだ 

 そう思ってしまうのは仕方がない。彼が知る中で、これほどの風を出せるのは彼女しかいないからだ。

 でも、実際は違う。

 その風は、魔法では無く、剣圧。ただ振るっただけの力。

 だが、それに気づける者は、傍観者の中で一人たりとも存在しない。

 

「何だ……これ……」

 

 ルルネさんが、風で声を途切らせながらも呟く。彼女らは、今何が起きているのか、この風が何なのか、この響く音が何なのか。全く理解できていない。

 だが、比較的感覚の鋭い者が居た。その者は、何が起きているのかを辛うじて理解できていた。

 

「(戦闘……なのか……)」

 

 その者は、生まれ持って鋭い感覚を有する獣人。彼はその感覚で、何とか、重なり合って響く音の正体を理解し、そこから推測でここまで至った。

 

「(でも、どこで()ってやがる……同時に響きすぎてわかんねぇ…)」 

 

 でも、彼はそれを確認できていない。人間に過ぎない彼に見えるわけがない戦闘は、音で捉えるしかなく、その音すら、同時に多方向から響き続ける為、把握ができない。

 目を皿のようにして大洞窟内を見るも、剣を交える姿を確認できない。

 

「そうだ……今のうちに……」

 

「あぁ……? 何する気だ……」

 

 いきなり風の向きに逆らい、前へ進もうとする犬人(シアンスロープ)狼人(ウェアウルフ)が止めに入る。この状況で迂闊に動くのは危険だからだ。

 

「シオンに……頼まれたんだ……自分が戦っている間に……【宝玉】を回収しろって」

 

「【宝玉】……それって……あの時の……?」

 

「うん……レフィーアも……手伝って……もらえるか?」 

 

 それにぶんぶんと首を横に振るレフィーア。残念そうな顔をルルネは浮かべたが、それでも彼女は前に進む。それに続いて彼女の仲間も前へと進み始めた。唯一【万能者】の姿が見えないが、それを気にする余裕がある者は、風に逆らって進む者の中で、一人もいない。

 一歩一歩進んで行く。足取りは遅くとも、着実に。

 体を前に倒し風の抵抗をなるべく抑える。

 そうして進んでいるのを、三人はただ見ていた。

 

「ベートさん……」

 

 だが、そのうちの一人。心動かされた者がいた。

 その者の名はレフィーア・ウィリディス。彼女はルルネの顔見知りでもあったことから、その必死さが、他の二人よりも伝わっているのだ。

 

「あぁっ、クソ! 行けばいいんだろ行けばっ」 

 

「はい!」

 

「ウィリディス……お前も行くのか……」

 

「うん…あんなに……必死なんだから……」

 

「……わかった。私も行こう」 

 

「ありがとう」

 

 彼女たちも、【ヘルメス・ファミリア】に続き、風に逆らい始めた。

 だがやはり押し寄せる風は強く、容易には進めない。比較的に狼人(ウェアウルフ)の進む速度は速くとも、普段の歩く速度より遅い。

 彼らが一歩一歩進んで行く。前方の【ヘルメス・ファミリア】に狼人(ウェアウルフ)が追い付いた時、変化が生まれた。

 ドンッ! とダンジョンを揺るがす音が響いた。

 それと同時に押し寄せてきた強風が止む。前傾姿勢で進んでいた人は、全員地面に倒れ伏せ、狼人(ウェアウルフ)はバランスを崩す程度で済む。

 進んでいた彼らは、音のした方向を見た。そこには、血で服を染め、壁に凭れかかる黒髪の男。

 

「うそ……なんで……」

 

「フィ……フィルヴィス…さん?」

 

 その男を見て、フィルヴィス・シャリアは、擦れ、恐怖するような声を出した。

 さっきまでとは違うその姿に、困惑を覚えるレフィーア・ウィリディス。 

 

「ルキウス・イア……」

 

「嘘つけっ! あいつが生きてる訳がねぇっ!」

 

 血相を変えて反論するベート。その名前をレフィーアは聞いたことがあった。

 過去にベート・ローガが憧れ、目指した男。過去にファミリア内で、ベートはその人について語っていた。

 

「もしかして……『二十七階層の悪夢』の首謀者の一人?」 

 

「うるせぇ! 黙れっ!」

 

 ルルネが確認のように問うたことを、必死で否定するベート。認めたくなかったのだ、彼の憧れた人物がそのようなことをしたと。

 

「あぁァァァあぁアァァアァぁぁァっ!」

 

 男の叫び声が聞こえた。その声に反応し、全員がその方向を向く。だが、男の動きを捉えた者はいない。

 悲痛な叫びが大洞窟内を反響し、その音が消えた。同時に暴風。

 突如吹き荒れた暴風に、身をかがめ、堪える。暴風は数秒で終わりを告げ、視界が確保できると、そこにいた全員がそれを見た。

 血の雨を浴び、妖艶な笑みを浮かべ、二刀の刀を持った、角の生えた女。

 その美しく残酷な光景は、何故か目を離すことが出来ない。

 

「ふふ、ふふふ、サイコォ~」

 

 静かに思える洞窟内で、その女声は妙に響いた。

 

 

   * * *

 

 あぁ……やばい。興奮しすぎた……

 女、改めシオンは、現在進行形でとても後悔していた。

 周りは血で染まっていて、自身も紅で染まっている。

 吸血鬼のときの悪い癖である。戦いに興奮し、血を求めて、つい……と言った感じに。やり過ぎてしまうのだ。

 もう睡蓮(スイセン)と名乗った男は、赤色の液体しか残っていない。肉体は破片も残さず斬り刻んでしまったのだ。屍体を残せば多少は情報を得られるはずだったんだが、仕方ない。

 

「(強かったな~)」

 

 シオンはそう思った。彼を吸血鬼化させる程の実力の持ち主は、この世に何人存在するのだろうか。

 実際、人間のままだと勝てなかった。超光速で動くのだって、人間の反応速度では不可能だし、第一肉体が耐えられない。

 彼も人間を辞めていたのだろう。回復速度や反応速度は明らかに人間のそれとは異なっていた。

 シオンは落としてしまった刀達を拾い上げ、鞘へと納めていった。

 そして最後に『一閃』を――――とその時思い出す。

 彼が吸血鬼化を解いた際に、前回はぶっ倒れたのだ。今回は人外の行動で体を酷使しているから、反動はすさまじいものだろう。

 納めかけた刀を、再び抜く。 

 危うく忘れかけていたが、まだ一人敵はいるのだ。納刀しようとしている時点で可笑しい。

 

「さて、投降するか死ぬか、選んでください」

 

 私は、満面の笑みで笑いかけながら、残っていた男を見た。

 彼か完全に腰が引けている。恐怖だろうか。まぁ仕方ないだろう。目の前に自分では到底及ばないバケモノがいるのだ。しかも、そのバケモノが笑いながら彼にとっての死刑宣告をしてくる。恐怖以外のなにものでもない。

    

「ヴィ、巨大花(ヴィスクム)!」

 

 男が、苦し紛れの抵抗か。何かの名前を呼んだ。

 その呼びかけに反応するかのように、石英(クオーツ)に巻き付いていた食人花が動き出す。

 自分の何十倍も大きいそれを見て、一言。 

 

「意味の無いことを……」

 

 ただそれだけ。吸血鬼化したシオンにとって、この程度はただ大きいだけの的と同然。逃げもしなければ恐怖すらしない。

 高速でやって来る的を、シオンは光速で斬り返した。

 

「な……」

 

 一刀のもとに斬り落とされた、巨大な食人花の頭を見て、誰もが唖然とする。

 

「抵抗はおしまいですか?」  

 

 またもや笑いかける。

 含みのないその美しい笑みに、場にいた者達は恐怖した。

 

「なら、話してくださいよ。あなたたちの目的とやらを、いいですよね?」

 

「ことわ―――――」

 

 男がその申し出に拒否を示そうとすると、胸に衝撃と痛みが走った。次には背中にも衝撃が走る。

 耳の真横で、ギンッ、と何かか刺さる音がして、眼だけ動かすと、その方向には漆黒の刀。

 まだ痛みの続く胸を見てみると、修復は進んでいるものの、派手に凹んでいる。

 それを見て、男は何をされたかを理解した。 

 

「いいですよね」

 

 その申し出、もとい命令に、男は全力で首肯し、恐怖に負けて、話しだしてしまった。

 男の頭には愛しの声が響く。だが、男はそれを恐怖で塗りつぶす。

 聞かれたことをただ応える。聞かれていないことまでも話しているかもしれないが、そんなことどうでもいい。

 男はただ恐怖に駆られるまま、話し続けた。

 

「なるほど、大体理解しました。貴方は何も知らない役立たずだと」

 

「ちがう……」 

 

 男は知っていることを全て話し終えていた。その上で言われたことがこれである。

 だが、男改めオリヴァスの反論は口だけ、躾けられた子犬のように何もしてこない。

 脅し用に刺していた『黒龍』も既に納刀している。

 

「もういいです」

 

 シオンがそう告げ、動こうとしたその時。

 派手に音を立て、洞窟内の壁の一部が粉砕した。 

 その穴からは、赤髪の女性が、吹き飛ばされたかのような勢いで飛び出してきて、背中を叩きつけられ、地面を削っていく。

 その勢いが止まったのは、オリヴァスの真横。彼も驚きを隠せないでいた。  

 その後に、穴からはもう一人の人物が出てきた。

 金髪金眼の少女。アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

「ア、アイズさん⁉」

 

 彼女の登場に、レフィーアは安心と驚きを覚える。彼女が此処に来た目的が、今思わぬ形で果たされたからだ。

 アイズは周囲を見渡し、見たことのない女性に疑問と、同じファミリアの眷族(家族)がいることに驚きを覚えた。

 レフィーア達には大丈夫と言うように頷き、見覚えのない女性には、警戒をしておく。

 

「遅いですよアイズ。待ちくたびれました」

 

「……誰?」

 

「あ、この姿を見せるのは初めてでしたね。わからないのも仕方がありません」

 

 アイズは、彼女が何を言っているのか理解できなかった。だが、彼女の持っていた刀、そしてその刀の帯び方、それで該当する人物が一人いることを思い出す。

 

「……シオン? でも、え?」

 

 流石のアイズとて、このことに動揺は隠せない。シオンが今と昔で別人のように変わっていたが、これは()()()では無く完全に別人となっている。そもそも、性別が違うのだ。その証拠に目立つ双丘が視界内にある。

 

「まぁ、説明は後でしますから、それより、ね」

 

 その会話が行われている間に、もう一体の巨大な食人花こと巨大花(ヴィスクム)がまた押し寄せて来る。狙いは私では無くアイズだ。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】――――【エアリアル】」

 

 それをアイズは風を纏った剣で斬り落とす。当たり前だが一撃だ。  

 

「な、何なんだ……何なんだお前らはっ!!」 

 

「もぅ、うるさいですね……黙れよ」

 

 シオンがそう告げると、男は顔を蒼白させ、居すくまり、硬直してしまった。

 言霊(ことだま)

 取得している者が自体少なく、強力なその技を、容赦なくぶつけたのだから仕方ない。 

 

「チッ、使えねぇ」

 

 レヴィスはそんなオリヴァスを見て、吐き捨てるように呟くと、彼の前に立ち。

 

――――胸を貫いた

 

 貫手で取り出されたそれをレヴィスは口へ運び、喰らった。

 

「あーあ。やっちゃった」

 

 オリヴァスによれば彼女もまた『強化種』に近い存在。魔石を食糧とし、それを喰らえば強くなる。

 食事を終えたレヴィスは、睡蓮(スイセン)程ではないにしても、かなりの速さでアイズに突進する。

 接近し、紅の大剣と風の銀剣が交わる。

 

「「ッッ!」」

 

「(技量的にはアイズが上、でも単純な身体能力ならレヴィスが上、か)」

 

 そこから二人の超高速接近戦闘が始ま―――いや、再開した。

 

「(私たちの目的の半分は果たされた。後は【宝玉】だけ)」

 

 そんな中、一人冷静に状況を判断する。

 

()()()()()()、【宝玉】の回収を」

 

 シオンは、虚空に向かってそう呟いた。

 勿論、そこには何もない。だが、シオンは虚空を虚空とは捉えていなかった。

 そこには、少しおかしな気配の揺るぎがあるのだ。恐らく、ルルネさんが言っていた、誰にも見えなくなる、と言う魔道具(マジック・アイテム)なのだろう。

 気配の揺るぎは、【宝玉】がある方向へと向かった。

 

『!』

 

 だが、あと少し、と言うところで揺るぎはなくなり、はっきりとした気配となった。

 代わりに、新たにはっきりとしない気配が現れる。

 

「(隠蔽(ハイド)……私でも気づかないとなると、相当なもの……)」

 

 アスフィさんは隠蔽(ハイド)用の魔道具(マジック・アイテム)が壊された事についてか、自分の魔道具(マジック・アイテム)が二度も見破られたことにか、将又その両方にかはわからないが、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、後退してきた。その手に【宝玉】はない。

 

「完全ではないが、十分に育った、エニュオに持っていけ!」 

 

『ワカッタ』

 

 【宝玉】は、紫の外套(フーデット・ローブ)を身に着ける人物の手にあった。

 不気味な、不協和音に近い肉声で返事をした後、数ある出入り口の一つに疾走した。

 それを追いかけようと、足に力を入れるも、バランスを崩し、膝をついてしまう。そろそろ本当に限界が近いらしい。

 

「ルルネ! 追いかけなさい!」

 

 そう指示されたルルネさんは、驚きながらも、歯を食いしばり、駆け出す。

 

巨大花(ヴィスクム)!」

 

 だが、最後の一匹である巨大花に阻まれた。突っ込めず、後退を強いられる。

 その指示を出したレヴィスは、アイズを振り払い、更なる命令をする。

 

「産み続けろ! 枯れ果てるまで! 力を絞りつくせ!」

  

 瞬間、大地が鳴動する。

 ピキッ、ピキピキッと石英(クオーツ)から、鳴ってはならない音が鳴る。

 

「やばいですね……」

 

 天井、壁面、大洞窟内に存在する蕾が、一斉に花開いた。

 壁からも、ピキッ、ピキピキッ、と音が鳴る。

 モンスターが生まれる前兆。そうとしか思えない。

 モンスターが増えるだけなら問題ない。限界は近くとも、雑魚を殺す程度は可能だ。

 だが、モンスターが生まれるとなると、話が変わる。

 二次災害。この量だと、生まれた後に、この空間自体が崩れる。 

 

「アスフィさん、撤退です。二次災害が予想できます」

 

「……そうですね、全員、直ちに撤退準備!【剣姫】も急いでください!」

 

「……ッ!」

 

 アイズもその指示に従い、退こうとするが、レヴィスに阻まれてしまう。不意を突かた所為で、得物が飛ばされ、無手での格闘戦を強いられていた。

 完全に逃げきれてない中、大量の食人花(モンスター)が生まれた。

 それは一気に押し寄せて来る。シオンやベートは問題なく対処できても、瀕死のアスフィや、魔導士などは、碌に戦えない。

 その二人は、戦えない者たちを守ろうとして、アイズを助けに行きたい気持ちを必死に抑えている。 

 

「―――私を守ってください!」

 

 レフィーアがそう叫んだ。その叫びに対する意見が飛んでくる中、彼女は『私を信じて!』と叫び、気圧(けお)す。 

 

「さっさと詠唱してください。私はあっちに行きたいんです」

 

「わかってます!」

 

「全員! 方円(ほうえん)陣形を組みなさい! シオンと【凶狼(ヴァナルガンド)】は自由! とにかく食人花を殺しなさい!」

 

「適当ですね!」

 

「上等だっ!」  

 

 シオンは限界が近く、ベートは満足に動きまわれない。だが、二人は最大限に力を発揮できなくとも、高速(ハイペース)で食人花を殺していく。

 

「【ウィーシュの名の元に願う】!」

 

 山吹色の魔法円(マジック・サークル)が展開され、詠い始める。

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと(きた)れ】!」

 

 淀みなく高速で詠われ、紡がれていく詠唱。次第に増える魔力光。

 

「【繋ぐ絆、楽宴(らくえん)の契り。円環を廻し舞い踊れ】!」

  

 一言一言に含まれる感情。その思いをに乗せられる(うた)

 

「【至れ、妖精の輪】」

 

 押し寄せて来る数が増える。だが、届くことは無い。

 

「【どうか―――――力を貸し与えてほしい】」

 

 魔力が組まれ、収束する。

 

「【エルフ・リング】」

 

 山吹色の魔法円(マジック・サークル)が翡翠色へと変化する。

 

 召喚魔法(サモン・バースト)

 

 彼女しか持ちえない、稀少魔法(レア・マジック)

 強力な魔法を打つことだってできる。だが、それには相応の時間を要する。

 いくら彼女が高速詠唱を行っているとはいえ、まだかかる。

 

「【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)】!」

 

 時間稼ぎか、もう一人のエルフが超短文詠唱を行う。

 

「【ディオ・グレイル】!」

 

 叫ばれる魔法名。白い輝きを放つ円形障壁が出現した。

 その輝きは、押し寄せる食人花()を払いのけ、同胞を守る盾となる。

 それを好機と見た。

 シオンとベートは即座にアイズの元へ向かう。ベートは直接突っ込み、シオンは遠回りをして。

 

「―――――【まもなく、()は放たれる】」

 

 第二の(うた)が詠われる。魔法(砲弾)詠唱(装填)が始まったのだ。

 

「よこせ、アイズ!」

「【忍び寄る戦火、(まぬが)れえぬ破滅】」

 

 気流が吹き荒れ、力強い詠い声が高らかに響き、繰り広げられる死闘は激しさを増す。

 

「【開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】」 

 

 シオンは激しい戦闘には参加せず、ある物を探していた。

 

「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり】」

 

 そして、見つかる。銀に輝く剣。

 

「アイズ! 得物は手放さないでください!」

 

 叫びながら投げる。それは寸分たがわずアイズの横に向かい、通り過ぎようとする愛剣を、アイズは片手でつかみ取る。

 

「【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】!」

 

 その間にも詠い続けられ、戦いを苛烈さを増していく。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!」

 

 己を賭け、叫び、暴れる狼も、負けじとばかりに勢いを増していく。

 

「【焼きつくせ、スルトの剣―――我が名はアールヴ】!」

 

 詠唱(装填)を終え、翡翠色の魔法円(マジック・サークル)が、狼の下へ広がる。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!」

 

 魔法名が叫ばれ、魔法(砲撃)が放たれる。

 何もかもを溶かす広域殲滅魔法が、洞窟内を火の海に変える。

 

「るォおおおおおおおおおおおおおおおッッ」

 

 大轟音で満たされる大洞窟、その中で、一人の狼が叫ぶ。

 叫ぶ狼は力を増し、逆転の一撃を相手にぶつける。

 

「なっ⁉」

 

 それは決定打とはならない。だが、勝機()を作り出した。 

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

 その隙を、風の銀剣が斬り込む。

 振り下ろされるその剣は、防御に使われた紅の大剣を切断し、振り上げられたその剣は、胸部の魔石付近を抉り取り、宙に跳び、叩きつけられたその剣は、防御を気にせず吹き飛ばした。

 両足を地面につけるも、勢いは緩まず、弱々しい赤光を放つ大主柱(はしら)に激突した。

 

「はぁ、はっ……」

 

 全力を出し、満身創痍の剣士(アイズ)は、息を切らせながらも、相手の元へと向かう。

 

「……今のお前には、勝てないようだな」

 

 彼女(レヴィス)は、なにもない、無感情な声でそう呟いた。

 

「この大主柱(はしら)食糧庫(パントリー)中枢(きも)だ。これが壊れるとどうなるか……知っているか?」

 

「っ⁉」

 

 そう告げられ息を呑むアイズ。彼女のやろうとしているのことに気づいたのだろう。

 止めようとした、だが手遅れ。

 拳を握り、体重と遠心力を乗せた横殴りの一撃を、大主柱(はしら)に叩きこむ。

 亀裂が走り、新たな罅が生まれ、それが一気に増えてゆく。

 次には甲高い音を立て、盛大に破壊音を響かせた。

 大主柱(はしら)が破壊され、支えを失った天井も、みるみる内に倒壊が始まった。

 

「逃げなければ埋まるぞ? 特に、助けが必要なお前の仲間はな」

 

 碌に動けず、座り込んでいる人たちを見て、レヴィスは言い放った。

 岩盤が降り注ぐ。

 唇を噛み、自分の計算の浅さを恨んだ。

 慌てふためきながら、撤退行動に移っている冒険者達。

 指示に従い動く【ヘルメス・ファミリア】。

 罵詈雑言を交わしながら、肩を貸される狼。

 差し出したくとも差し出せないその手を捕まれ、体を支えるエルフ。

 その姿に、アイズも撤退を決める。

 

「『アリア』、五十九階層に行け」

 

 アイズが、背を向け走り出そうとすると、背後からそんな言葉を投げかけられた。

 

「ちょうど面白いことになっている。お前の知りたいものがわかるぞ」

 

「……どういう意味ですか?」

 

「薄々感づいているんだろう? お前の話が本当だとしても、体に流れる血が教えている筈だ」

 

「…………」

 

 その言葉に、アイズは何も返さない。いや、返せないのかもしれない。

 

「お前(みずか)ら行けば、手間も省ける」

 

 レヴィスは自覚していた。今の自分では彼女に太刀打ちできないことを。

 だから、誘導する。自分がやる必要が無いのなら、楽でいいから。

   

「地上の連中は私達を利用しようとしている……精々こちらも利用してやるさ」

 

 最後に言い放った、独白めいた言葉を、アイズは理解できない。

 

「おい、【剣姫】!」 

「アイズ、急げ!」

 

 彼女はルルネとベートに呼ばれ、交していた視線を切り、まだ塞がれていない出口へ向かった。

 レヴィスは一歩たりともそこから動かない。崩落で見えなくなるまで、彼女はレヴィスを見つめていた。

 岩で隠れる一瞬前、何かがレヴィスの前に現れた気がしたが、それが何かかはわからなかった。

 

 彼女たちは、二十四階層食糧庫(パントリー)を脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ一人を除いて。

 

 

 




  オリキャラ紹介!!
 本名、ルキウス・イア。
 ベートが過去に憧れていた男。強くなりたいと願っていたベートは、オラリオに来て、彼を知った。
 当時の都市で、指折りの冒険者に数えられていた彼は、ファミリアの団長としても名を馳せており、自分の戦闘スタイルと似通っていたことから、彼の憧れとなるには十分だった。
 だが、彼は、闇派閥と関わっていた。
 『二十七階層の悪夢』
 彼はその首謀者の一人だった。
 関りを始めたのは、その一年前。
 相棒となったオリヴァス・アクト。
 彼がどういった経緯で、どういった理由で闇に堕ちたかを知る者はいない。
 ベートは、彼がその事件の首謀者としてギルドに名が挙がった時、狂気に陥りかけたという。
 


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帰還、それは地上

  今回の一言
 レヴィスに上方修正入るかも。

では、どうぞ


 

 崩れ落ちる天井、塞がれる出口、埋まっていく大洞窟。

 支え合い、悔しがりながらも逃げていく冒険者達。

 石英(クオーツ)大主柱(はしら)が立っていた場所に佇む、赤髪の女性。

 悠然と立ち、その光景を眺める、紅に染まった吸血鬼。

 

 岩盤が落ちる。

 

 それは、残っていた出口の内の一つを塞いだ。冒険者達が逃げ、一人の少女が立ち止まっていた出口だ。

 その直前、吸血鬼が動き出す。向かう場所は赤髪の女性の下。

 吸血鬼が立ち止まったところで、岩盤が地面に着いた音が響く。

    

「ねぇ、レヴィス―――敬称は必要ありませんよね」

 

「…………」

 

 吸血鬼は赤髪の女性ことレヴィスに話しかける。だが、当の本人は口を開かない。

 

「別にそのままでいいですよ。情報を聞こうにもどうせ喋ってくれなさそうですし」

 

「…………」

 

 会話は成立しない、一方的に話すだけの形となる。

 

「ですが、気になることは、聞かせてもらいます。答えなくてもいいですよ」

 

「…………」

 

「どうして『アリア』に固執するんですか? 精霊なら他にいるはずですよね」 

 

「…………」

 

「風が必要だからか……強力な本物(オリジナル)が欲しい――――いや、アイズを狙っている時点で違いますし……『アリア』にしか持ちえない何かがある……としか考えられないのですが…」

 

「…………」

 

「教えてくれたりしません?」

 

「…………」

 

 彼女は質問にも微動だにせず、肯定も否定もない。もう少し反応した方が人間らしい思うが、モンスターに近い存在にそんなことを言ったところで意味が無いだろう。

 

「まぁいいです。情報がもらえないのなら、死んでください」

 

 光速の一刀が放たれる。それは簡単にレヴィスの首を斬り落とし、宙を舞う。

 吹き出す血を浴びながら、興奮しそうになるのを抑え、一つしか残っていない出口へと向かった。

 その途中で、首の切断面が蠢いていたのが見えたが。

 

「急ぎましょうか」

 

 そう呟き、吸血鬼も大洞窟を後にした。

 

 

   * * *

 

 大洞窟を脱出した冒険者達は、ペースは遅くとも、必死に、着実に進む。

 周りを気にする余裕のある者はいない。常に、前衛で道を斬り開く【剣姫】を見失わないようにしながら、比較的負傷の少ない者が、仲間を運びながら走っているのだ。  

 彼女等が周りを確認できるようになったのは、【迷宮の楽園(アンダーリゾート)】に足を踏み入れてからである。

 

「あれ……シオン、は……?」

 

 ある一人の少女が、不安げにそんな疑問を呟いた。

 

「そういえば……」

 

「いませんね……」

 

 その疑問は広がっていく。今回の戦闘で一番活躍したのは疑いようも無く彼だ。その人物の姿が見えないとなれば、何かあった、と考えるのが普通である。

  

「ねぇ、どこなの……どこにいるの……」

 

 その中でも、異常な反応を見せたのが少女(アイズ)であった。

 

「隠れてないで……出てきて……いるんだよね……」

 

 擦れ消えそうな声で、少女は呼びかけ、求めた。万が一の可能性を否定したくて。 

 

「ねぇ! どこにいるの! シオン!」

 

 とうとう少女は叫んでしまった。抑えきれない喪失感。また、取り残されたと、そう感じる孤独感。

 やっと見つけた、心から信じられる人。やっと出会えた、自分を知る人。

 それが、消えると思うことが嫌だった。

 

「生きてるんだよね! そうなんでしょ! 出てきてよ!」 

 

 少女は叫ぶ、必死に。考えたくもない可能性を、知りたくもない感情を、認めたくなくて、否定したくて。

 

「シオン!」

 

「はいはい、何ですか。叫ばなくても、私はアイズの元へ行きますよ」

 

「え……」

 

 突然聞こえた女声。空気を読まない気軽さに、アイズは一瞬困惑する。

 声の方向を見た。

 そこにいたのは、角と牙の生えた女性。双丘を持ち、左手に一本の刀を握り、腰の左右に二本ずつ刀を携えた女性。全身真っ赤の女性。

 少女の記憶に、ある時の光景がフラッシュバックした。

 

「シ、オン……」

 

「はい、二度目ですが、姿は違いますけどね」

 

「シオン!」

 

 少女は飛びついた。そこには安堵が浮かんでおり、先の感情など見当たらない。

 抱き着かれた女性ことシオンは、驚いた表情を浮かべた後、幸福に満ちた、緩みきっている表情を浮かべた。

 

「幸福……とか言ってる場合ではないのでした」

 

「え、どうかしたの?」

 

「まぁ……ちょっと言いにくいのですが……」

 

「なに?」

 

「十秒後に私は気絶します」

 

「へ?」

 

 間抜けな声を出してしまうアイズ、その間にシオンのカウントダウンは進み、ゼロ、と言って納刀した瞬間、本当に気絶した。地面にぶっ倒れ、うつ伏せ状態で、完全に無防備に見える。

 

『…………』

 

 その光景に唖然とする一同。

 

「なぁ【剣姫】、一つ確認したいんだが……こいつがシオンなのか?」

 

「多分、そうです」

 

「でも、シオンってあれでも一応男だったよな……けど、完全に女だよね」

 

「それは、後で教えてくれると言ってました」

 

「でも宣言後に気絶した……と」

 

『…………』

 

 黙り込む一同。状況がいまいち理解できないのだろう。

 静かな時間が過ぎる。

 それを破ったのは、気色悪い、何かが蠢く音。擬音語で表すと、『ぐちょぐちょ』とか『ぐちゃぐちゃ』とかそんな感じの。 

 音の発生源に視線が集まる。

 それは、倒れ込んでいる、シオンと思われる人物。

 シオンの体が―――と言うより筋肉が蠢いていた。

 隆起し、縮み、弾け、修復する。

 血が飛び散り、肉が浮き上がり、皮膚が破け、色を変えて戻る。

 

「うぇぇ……」 

 

 見ていて普通に気持ち悪いその光景からは、流石に全員が視線を逸らした。

 それでも音は聞こえる。その音から先程の光景が連想され、吐き気がする者もいれば、実際に吐いている人もいる。

 数分が経ち、漸く音が止んだ。

 おそるおそる視線を動かし、音を出していた方向を見る。

 そこにはぶっ倒れているシオンがいた。その姿は、血で汚れてはいるものの、確かに見覚えのある姿。

 

「元に、戻ったのかな?」

 

「彼は……本当に何者なのでしょうか……」

 

 アスフィの呟きに考えを巡らせる一同。だが、答えが出せないことを早くから気づき、皆が考えるのをあきらめた。

 

「で、どうするんだ? 誰がは―――」

「私が運びます」

 

 即答、とはこのことを言うのだろう。アイズはゼロタイムで発言した。

   

「いや、だったら誰が前衛で戦うんだよ」

 

「………私?」

 

「運びながら戦えんのかよ……」

 

「大丈夫です」

 

 アイズはそう告げ、倒れているシオンの方を持ち、自分の背中に乗せた―――瞬間彼女もうつ伏せになって倒れる。

 

「【剣姫】…何してんだ…」

 

「……ゴメン、ルルネ。手伝って…」

 

 クスクスと笑いが漏れる中、苦しそうな声を発すのは、やはり、倒れているアイズ。

 

「しゃーねーなー」

 

 ルルネが微笑を浮かべながら駆け寄り、アイズの手を掴んで引き上げようとしたが、上がらない。両手でつかみ、引っ張ってみても、上がらない。 

 

「うぅぅぅぅっ!」

 

 声を出しながら引っ張っても、全く持ち上がらない。

 

「だぁ……だめだぁ…ぜんっぜん動かない…」

 

 ついには息切れて、手を放してしまう。

 

「【剣姫】……なんでそんな重いんだよ……」

 

「私、じゃない。シオン……」

 

 ぬくぬくっと芋虫のようになりながら、アイズがシオンの下から這い出て来る。

【剣姫】や【戦姫】といった二つ名に見合わないその動きに、またもや笑いが漏れる。ぷぅっと頬を膨らましたその姿を、シオンが見ていたらなんと言っていただろうか。

 

「で、どうすんだ? 【剣姫】が運べないってことは、Lv.6の『(アビリティ)』でも運べないってことになるけど」

 

「………多分、重いのは刀です。そういえば、シオンが言ってました。一本だけ異常に重い刀があるって」

 

「へ~、何でシオンがそれを持てるかは置いといて、どれだ?」

 

 もう、シオンの人外さ――本当に人外なのに気づいているかは別――は承知なのか、一々そんなことを気にしない。もう、彼女らの常識は崩れているのだろう。   

 

「確か、『一閃』って名前です。愛刀だって言ってました。あと、下手に()()()死ぬ、とも言ってました」

 

「マジかよ。んで、結局どれなんだ?」

 

「………どれでしょうか」

 

「分かんねーのかよ⁉」

 

 思わず叫んでしまうルルネ。あれくらいの情報を知っていれば、どの刀なのかをわかっていても可笑しくないと思っていたのだから当然だろう。

 

「言い争う必要は無いでしょう。見た目がわからないくても重さが段違いのようですから、一本一本持ち上げてみればすぐわかるはずです。抜かなければいいのでしょう?」

 

 行き詰ったと思われたが、極普通のアイディアで解決策が生まれる。やはり、パーティに一人は普通を考えられる常識人がいるべきなのだろう。勿論、世間一般の常識を、だ。

 言われたことに納得して、すぐに一本目、シオンの背中にある刀を掴み、持ち上げる―――

 

「―――これだ」

 

「一発かよ!」

 

 持ち上がりはしたが、振っても無様になってしまうくらいの重量。シオンはこれを片手で持って振るっている、と考えると、少し目眩がしたアイズであった。

 刀を、シオンの背中から取り外し、一旦地面へ。シオンの肩を持ち上げ、背中に乗せてみた―――今度は多少の重みがあるだけで、問題なく動ける。

 

「【剣姫】、シオンを持てたのはいいですが、今度はその刀を誰が運ぶか、と言う問題が出てきたのですが」

 

「あ……」

 

 アイズはそこまで考えていなかった。周りに視線を巡らせるも、皆がそろって、手を左右へ小刻みに動かしている。

 

「はぁ、仕方がありません、私が持ちます。ルルネ、回復薬(ポーション)類の余りはありますか?」

 

 面倒そうに溜め息をつき、立候補したのはアスフィ。ルルネは、大洞窟から逃げていく中で、荷物を投げ捨てなかった内の一人である。

 

「あるよ。高等回復薬(ハイ・ポーション)が三本と、シオンからもらった万能薬(エリクサー)……でも、最大級の緊急事態でない限り、【剣姫】以外に使うなって念押しされてんだよな……」

 

 加えられた補足に、苦笑を浮かべる【ヘルメス・ファミリア】の面々。他の数名はその苦笑の意味が解らず、小首を傾げたり、『はっ?』とでも言いそうな顔をしている。

 

「……では、高等回復薬(ハイ・ポーション)を二本ください」

 

「ほいよ」

 

「…………、………ぷはぁ」

 

 飲み終わり、おっさん臭い声を上げるアスフィ。彼女の癖―――というより、ほとんどの人がこうしてしまうだろうが―――で、腰に手をあて、一気飲みをしたあと、声を出すのだ。

 これの面白いところが、毎回毎回変わるのである。

『ぷはぁ』『あぁぁ…』『くぅ~』

 などなど、その種類は豊富であったりする。

 

「では、リヴィラを経由して帰還します。自信を持って言えますが、私はこの刀が重すぎて、碌に動き回れないので、援護程度の戦力にしかなりません。ですので、【剣姫】を中心に、戦える者は前衛へ。負傷者を抱えている者は中衛、遠距離攻撃で援護が可能な者は後衛に。いいですね」

 

『了解』

 

 彼女らは気を抜かずに、地上へと向かったのであった。

 

 

 

 

 





  裏情報公開のコ~ナ~
 ここでは、その話の中に出て来る話の中での裏設定を公開しちゃうのです!
 今回は、『一閃』の裏設定。重量。
 アイズが辛うじて振るうことはできるが、無様な姿になってしまうほど程、異常な重量を誇る刀。
 その重量の秘密は、『血』
 質量保存の法則。これに基づいているのだ~
 吸血の呪いを持つ『一閃』は、吸った血を自らの糧としている。血の物質自体が変換され、刀の素材となり、自動修復を可能としている。そして、過剰に摂取した場合でも変換は行われ、ただ高密度の質量として溜まっていくのである。
  
   


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第六振り。常識破壊
異常、それは更新


  今回の一言
 タグ、変えました。

では、どうぞ


 

「貴方、何時までそうしてるの?」

 

「体の怠さが消えるまでですよ……」  

 

「ここには肉体が無いじゃない。体の怠さはないはずよ」

 

「では訂正を、心の怠さが消えるまでです」

 

「なによそれ」

 

 くだらない言い合いをするのは、『アリア』とシオン。片や見下ろし、片や仰向けになって見上げている。

 

「もういいわ。ここは貴方の心なのだし、貴方が自由にするのは当たり前よね」

 

 アリアが言った通り、今いる場所はシオンの心だった。草原のような空間、そこには、相変わらずの金髪金眼の精霊と、一刀の刀。

 

「それで、何故私はまた自分の心に?」

 

「貴方が呪いを使い過ぎなのよ。あんなに体に呪いを入れて、しかも態と強くして、正気かどうかを疑ったけど、七割くらい正気なのよね。三割は完全に興奮していたけど」

 

「め、面目無いです……」

 

 仰向けのまま顔に手を当て、恥じらいを表現するシオン。肉体は無くとも。『肉体のようなもの』はあるのだ。

 

「で、それと私がここに来たのがどう繋がるのですか?」

 

「呪いで外の貴方の体が変わるのは、実体験済みよね。三日前はまだ許容の範囲内だったけど、今回はダメ。超光速で動くなんて、死にたいの?」

 

「嫌です、死にたくありません。でも、あれくらいじゃないと死んでいたかもしれないので。神と同じ不老不死と言われている吸血鬼だからって、私もその不老不死の吸血鬼とは限りませんし」

 

「貴方の言い分はわかるわ。だから責めはしない。でもね、やり過ぎるとここに閉じ込められるわよ」

 

「閉じ込められる?」

 

 シオンにはその意味が解らなかった。自分の心に自分が閉じ込められるなど、完全に矛盾しているのだ。

 

「貴方、実際に体験してるじゃない。心ではなく呪いだったけれど」

 

「あぁ、なるほど」

 

 呪いの世界、シオンがそう呼ぶあの血塗られた残酷で残虐で非情な世界。名もない吸血鬼が住み着いていたその世界に、彼はその体を乗っ取る形で閉じ込められた。 

  

「でも、そうしたら外に出る手段もあるのでは?」

 

「貴方がそれに至るまであっちの世界で何十年過ごしていたの?」

 

「外とあの世界とでは、時の流れが異なります。外が加速度一倍に対し、あちらは約四十五万倍。前より倍の時間が掛かったとしても、外では一日も経っていません」

 

「あっちの世界では、だけれどね。貴方の考えを使って言うと、外の加速倍率を一として、この心の世界の加速倍率はどのくらいだと思う?」

 

「不明です。現段階でそれを調べる手段はありません」

 

「なら、教えてあげる。12.25倍よ」

 

「な……」

 

 それを聞いてシオンは、自分の考えが浅はかだったことを知る。12.25倍、一秒が約十二秒。時が経てば差は次第に大きくなっていくが、時間が掛かり過ぎる。しかも、あちらの世界と比べると、この差は誤差の範疇だ。あちらの世界のように長い時間を過ごしたら、多少は少なくなるかもしれないが何十年とかかるのは必須。

 

「これは……下手に吸血鬼化ができなくなりましたね……」

 

 残念そうに、寝っ転がったまま溜め息を()くシオン。彼は長い間いたあの体を気に入っているのだ。性別が違うと言うことは関係なく。

 

「いいえ、吸血鬼化事態に問題は無いわ。ただ、そのまま暴れないで、と言ってるのよ。力を酷使するからダメなの。吸血鬼化したままでも、いつもと変わらないくらいで戦えば問題ないわ」

 

本当(マジ)ですか」 

 

「ええ、だからそんなに悲しそうな顔をしなくてもいいのよ」

 

「よかったぁ……」

 

 悲しそうな顔から安心した顔に早変わりして、安堵の溜め息を()くシオンを、愛おしむように眺めるアリア。彼の表情は、彼女が愛する我が子の表情に瓜二つだからかもしれないし、他の訳があるのかもしれない。

 

「そろそろ時間かしら」

 

 と、唐突に彼女が呟いた。

 

「時間、とは?」

 

「貴方が今ここに留まれる限界の時間よ」

 

「限界なんてあったんですね。だったら、私が閉じ込められても出れるのでは?」

 

「今回は、気絶した貴方の意識を、私が此処に連れてきたの。勿論、呪いについて注意するためよ」

 

 と、漸くアリアはここにシオンがいる理由を話した。そして続ける、

 

「だから気を付けなさい。あと、最後に二つほど言っておくわ」

 

「何でしょうか」

 

 やはり寝っ転がったまま聞き返すシオン。起き上がる気は毛頭ないらしい。

 

「外に出ても、興奮して叫んだりしてはダメよ。黙っていた方が堪能できるわ」

 

 意味不明なことを口にし、更に一言。

 

「それと、【ステイタス】更新をしておくといいわ」    

 

「それは、どういう―――」

 

 シオンが途中まで口にしたところで、彼の視界は暗転し、感覚も消え失せた。

 

 

   

   * * *

 

 『コツ、コツ』『トン、トン』と(まば)らにに足音が響く。

 彼は目を覚ました。だが、完全に自然体で、瞼を上げず、気絶したふりをしている。

 指先から感じる、さらさらしていて、ぷにぷにする柔らかい感触。

 体が一定の間隔で上下に揺れる。腿辺りには、支えられるような感覚。

 顔を何かがくすぐる、滑らかで、心地の良い感触。

 近くから匂う、整備され、綺麗な、穢れなき森のような香り。

 私はその数少ない情報で、何が起きているのかを理解できた。

  

 誰かに背負われ、運ばれている。それは確か。

 そして、その人は女性、または少女で質感の好い長髪の持ち主。追加で言うと、いい匂い。

 もう確定だ。私が背負われているのは誰か、ではなくアイズ。 

 

 その時点で最高である。

 

 彼は心の中に感謝を送った。そして同時に、『親としてどうなの?』 とも呟いておく。勿論心の中で。

 それに返事が無いのは分かっている。だが、何故か耐えがたい頭痛がして、頭を反射的に抑えてしまった。どうにも頭痛には慣れない。

 

「シオン、大丈夫?」

 

 動いてしまったせいで、やはりばれてしまった。もう少し堪能したかったのだが……

 ばれてしまったのなら仕方ない。堂々とやるだけだ。

 瞼を上げ、覚醒したことを示す。と、左の視界が塞がっていることに気づいた。

 

「えぇ、大丈夫だと思いますよ。体も戻ってますし。あと、眼帯つけてくれたんですね。ありがとうございます」

 

「うん、シオン、左眼見られるの嫌がると思ったから」

 

「別に嫌ではありませんよ。ただ、あまり知られたくないだけです。この眼の存在を知っているのは、お祖父さんと、ベルとアイズだけなんですから。親しみの証としてわかりやすいでしょう?」

 

「そう、だね」

 

 肯定だけをして、親しみの証、と言うところにあまり反応が無いことを残念に思いつつ、ふと気づく。

 

「……『一閃』は?」

 

 自分の背中に愛刀の重みが無いことに。

 

「アスフィさんが持ってる」

 

 そう言われ、後ろを振り返ると、二人係で『一閃』を運んでいた。その顔には汗が浮かび、息も上がっていることから、疲労が見受けられる。

 

「大丈夫でしょうか……私が持った方が……」

 

「動けるの?」

 

「ここままアイズの体に密着していたいですが、一応動けると思います。過度な戦闘はまだできませんが」

 

「わかった……」   

 

 脚を支えていた感触が、強まった気がした。何かと思いアイズの顔を見るも、後ろから見ている所為で、髪で隠れた顔は見えない。だが、一瞬見えた頬が、微かに赤みを帯びていた気がしたのは、気のせいなのだろうか。

 

 

   * * *

 

 地上への帰還を果たし、事後処理を始める冒険者の面々。時は既に夜。

 負傷者重傷者共に多く、怪我をしていない者など、シオンくらいしかいなかった。

 彼らはすぐに【ディアン・ケヒトファミリア】の治療院に向かい、全員が五体満足の状態へと回復した。()()()()()()()()()()()

 だが、最も重症だったのは、恐ろしい重量を誇る刀を運んでいたアスフィ。瀕死になる程の傷を負っていたことと、本人も気づかぬ内に、腰の骨が折れていたことも相俟って、かなりやばかったそうだ。

 治療を終えた面々は、自分のやるべきことを済ませていった。

 約束を果たす者、別れを告げる者。帰還を祝う者。報告へと向かう者。

 様々なことが行われるが、最後には、皆、帰路を辿っていた。

 愉快に言葉を交わしながら、疲れに耐えながら、喜びに浸りながら。

 仲間(家族)と共に、帰路を辿った。

 

 だが、彼は一人だった。

 

 周りには誰もいない。彼が歩く裏路地には、何の音も響かない。

 

 彼は独りだった。

 

 同じ場所へ帰る仲間は存在しない。同じ道を辿る仲間も存在しない。

 彼を追いかける仲間も存在しない。彼に寄り添う仲間も存在しない。

 

 何もいない。何も感じない。何も響かない。何の影響も与えない。

 そんな時が過ぎていると、彼の足は、ある場所へと辿り着き、歩みを止める。 

 

 目の前の隠し扉を開けた。

 

 現れた、奥に続く(くだ)り階段を進んで行く。

 一段一段を音も無く歩くと、薄暗い階段の先に、灯りが見えた。

 階段を下り終わり、視界に入るのは、生活感あふれる一室。それと、くだらない会話で盛り上がる、白兎とロリ巨乳。

 音も無く、気配を捉えられない彼に、気づくことは無かった。

 彼はそのことに慣れているのか、動じる様子はない。

 一直線に、部屋の一角へと向かった。そこには大きめの金属扉。彼が三日かけて作り上げた、自信作である。

 『スライドパズル』と『暗証番号』で開錠されるその扉は、かなりの安全性(セキュリティ)だと彼は自負していた。

 扉の材質自体はミスリル。借金をして購入したそれを、ふんだんに使用している。硬いし対魔法用金属とまで言われるほど、魔法にはめっぽう強い。因みにいうと、彼はその借金の返済を終えている。

 開錠音や開閉音はなるべく抑えるように、防音素材も内側に使用している為、音は殆ど聞こえない。

 金庫内に武器防具道具(アイテム)類を置くと、着替えを持ち、浴室へと向かう。

 血塗れ、染み付いた戦闘衣(バトル・クロス)を脱ぎ、体や髪を洗う。その時、特に髪には気を使っているのは、別に可笑しくは無いだろう。

 洗い終え、体を拭き、髪の水気を、風を操って飛ばす。こういう時に、風の便利さを理解させられるのである。普段着に着替え、血が染みた戦闘衣(バトル・クロス)は捨てるしかない。シミ落としは面倒なのだ。幸い、戦闘衣(バトル・クロス)はあと二着ある。

 浴室を出て、『アリア』に言われた通り【ステイタス】更新を行う。

 主神ことロり巨乳ことヘスティアに声をかけるシオン。

 

「うぎゃぁ! シ、シオン君、帰って来てたのかい。相変わらずの隠密(ステルス)性だね……っと、【ステイタス】の更新だよね。わかったよ、今度こそ驚かない。絶対だ。驚いたら明日の朝ごはんは無し……よしっ! 驚かないぞ!」

 

 毎度のこと驚かれるのは、仕方のないことだと、彼ことシオンは既に割り切っている。

 ヘスティアは、服を脱ぐようにいってから、更に自己暗示を始める。失敗することが目に見えているシオンは、それを生暖かい目で見守って、ただ待っているのだ。

 自己暗示を終えたヘスティア様は、神血(イコル)を垂らし、【ステイタス】の更新を始めた。すると、【ステイタス】が異常に発光する。

 

「なっ……」

 

 それを見て固まるヘスティア。

 

「なんじゃとぉっぉおぉぉおぉぉぉぉっ!!」

 

 次には驚きのあまり、叫んでしまった。近くにいた白兎は、その姿を見慣れていて、もう驚いていない。

 

「明日の朝食抜きですね」

 

 更に言うと、シオンも全く動揺しない。冷静に考え、ヘスティアが自己暗示中に言っていたことを実行するつもりだ。

 

「そ、そんなぁ……じゃ、じゃなくて! シオン君! キ・ミ・は! 何をやらかしたんだ!」

 

「ちょっと冒険者依頼(クエスト)をやって来ただけですよ」

 

「ちょっとでこんなことになるかぁ!」

 

「知りませんよ。それで、何が原因で叫んでるんですか? 上昇値ですか? 新しいスキルの発現ですか? それとも魔法ですか?」

 

 呆れた様子で淡々と訪ねていくシオン。その様子に白兎も苦笑い。

 

「魔法以外全部だよ! 追加して言うと【ランクアップ】もできるよ!」

 

「「……は?」」   

 

 追加して言われたことを理解できない二人。流石のシオンもこれは想定していなかった。

 

「ヘスティア様、自分の耳を疑う訳では無いので、ヘスティア様が言い間違ったと思いますから、聞きますけど、何ですって?」

 

「だ・か・ら! 【ランクアップ】だって!」

 

 今度の声は、驚きでは無く、嬉々の色が窺えた。ヘスティアのツインテールはぶんぶんと動き回っている。本当にどういう原理なのか知りたいものだ。

 

「あはは、なるほど、そうですか、【ランクアップ】ですか……所要期間が約一ヶ月。アイズの記録を超大幅更新……ヘスティア様、偽装しちゃ……ダメですか?」

 

「ダメだよ! わぁーい! シオン君が【ランクアップ】したよ! やったねベル君!」

 

「そうですね。さすがシオン、って言えばいいのかな?」

 

 跳び回って喜びだすヘスティア。小指を机の角にでもぶつけないだろうか……と暖気(のんき)に思っているシオン。拍手と賛辞を贈るベル。賑わい? とでもいえそうな空間ができていた。

 

「もう……なんでもいいです。ヘスティア様、さっさと終わらせてください」

 

「うん!」

 

 

   * * *

 

「はい……冷静になってみてみたけど……流石だね…」

 

「褒めて頂いてありがとうございます」

 

「わかって言ってるだろ!」

 

 

シオン・クラネル

 Lv.1

 力:S  970→Z 4154

耐久:B  712→Z 3380

器用:SSS1385→Z 5241

敏捷:SSS1339→Z 4927

魔力:SS 1061→SSS1396

 《魔法》

【エアリアル】

付与魔法(エンチャント)

・風属性

・詠唱式【目覚めよ(テンペスト)

 《スキル》

乱舞剣心一体(ダンシング・スパーダ・ディアミス)

・剣、刀を持つことで発動

・敏捷と器用に高補正

・剣、刀を二本持つことで多重補正

一途(スタフェル)

・早熟する

・憧憬との繋がりがある限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果上昇  

接続(テレパシー)

・干渉する

・効果範囲は集中力に依存

・相互接続可能

 

 

 

「で、こっちが」

 

 

シオン・クラネル

 Lv.2

 力:Z 4154→I0

耐久:Z 3380→I0

器用:Z 5241→I0

敏捷:Z 4927→I0

魔力:SSS1396→I0

 《魔法》

【エアリアル】

付与魔法(エンチャント)

・風属性

・詠唱式【目覚めよ(テンペスト)

 《スキル》

乱舞剣心一体(ダンシング・スパーダ・ディアミス)

・剣、刀を持つことで発動

・敏捷と器用に高補正

・剣、刀を二本持つことで多重補正

一途(スタフェル)

・早熟する

・憧憬との繋がりがある限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果上昇  

接続(テレパシー)

・干渉する

・効果範囲は集中力に依存

・相互接続可能

 

 

 

 うん、おかしい

 上昇値も異常だし、てか、Zって何だよ。どういう法則で成り立ってるわけ?

 スキルも発現したはいいけど、説明不足。ベルの魔法並だよ。てか、発現する心当たりがないんですが~どういうことですか。

 

「あ、発展アビリティはあったよ……それすら異常だったけど……」

 

「一応聞いておきます、どんな異常性ですか?」

 

「二つの分岐があって、一つが【鬼化】って言いう意味の分からないレア・アビリティ。そしてもう一つが【精癒】()【耐異常】。どういうことか、分かる?」

 

「レア・アビリティが二つもあることと、【精癒】と【耐異常】、一度に二つのアビリティが習得できること。ですかね」

 

「で、どうするの?」

 

「【鬼化】で、それしかありませんね」

 

「即答だね……何か理由でもあるの?」

 

 理由か……吸血鬼のことを言うのはあれだし……久しぶりに一般論で……

 

「私が異常極まりないからと言って、流石にそこまではいくと、ヘスティア様が、神の力(アルカナム)を使ったと疑われかねませんから、心配してるんですよ」

 

「シオン君……」

 

 シオンが思う一般論に、涙を潤ませるヘスティア。彼は今とても複雑な気分だろう。

 

「じゃあ、そっちも早いとこ取っておこう!」

 

「【ステイタス】の更新ってそんな何度もやっていいんですか?」

 

「問題なし! 普通はしないだけだから!」

  

「はぁ、わかりました」

 

 

 



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報告、それはギルド

  今回の一言。
 黒衣の人物ことフェルズの口調が書きにくい。

では、どうぞ
 


 普段通り、愛刀を携え、屋根を歩くシオン。

 東の空から出てきた太陽が、姿を露わにし、点々と雲が浮かぶ空を悠々と動く中、彼はとある場所へと向かっていた。

 現在時刻は朝の九時、様々なお店の戸が開かれ始める時間帯だ。

 道行く人は、明るい活気を振りまき、聞こえる足音は、どこか軽快に思える。

 大通りを行きかう人々は、皆が皆、肩を逸らしたりと、ぶつからないように工夫しながら、進んでいた。

 彼にはその光景がとても非効率に思える。

 まぁ仕方のないことなのだろうとも、彼は思う。自分は【ステイタス】を授かっているうえに、魔力以外、普通のLv.5を優に超しているのだ。異常なことを自覚している彼は、自分と同じような移動方法をとれとは言わないし、実際とらないでほしい。単に自分の移動に支障をきたすからだ。

 幸い、今は誰も屋根の上を移動したりしない。おかげで、彼は移動が快適かつ素早い。

 目的地にはすぐ辿り着いた。そこは冒険者で賑わうギルド。

 中に入り、彼が向かうのは冒険者窓口。目的は担当のミイシャ・フロット。

 

「あ、シオン君。なになに、今日は何の情報が欲しいの?」

 

「あ~、とりあえず、あっちに」

 

 そう言って彼が指し示すのは、防音の個室。毎度のこと利用させていただいてる場所だ。

 

「うん、じゃあ先行ってて~」

 

「わかりました」

 

 彼女は相変わらずのスマイルでそう言う。

 あの顔が苦しみで染まると考えると……ちょっとぞくぞくするな…

 

 シオンは、自分が行うことが、結果的に彼女の苦しみを生むことを、理解していた。

 

 

   * * * 

 

「よいしょっと。さて、今日は何の情報が欲しい?」

 

「いえ、今日は情報をもらいに来たのでは無く、提供しに来ました」

 

 彼が個室に入ってから、数分経ち、彼女は部屋に入って来た。

 

「へ~、で、どんな情報? お金? 冒険者? 恋愛?」

 

「冒険者についてです」

 

 彼はあえて、それが誰なのかを言わない。ちょっとずつ蝕んでいく作戦だ。

 

「その冒険者は、昨日【ランクアップ】したんですよ。その情報を、ミイシャさんに教えておきたくて」

 

「【ランクアップ】なら後でギルドに報告に来るはずだから、別にシオン君が私に教える必要なくない?」

 

「いえ、ありますよ。まぁ続きを聞いてください」

 

 彼は、不審に思われたところを適当に返答し、話を進めていく。

 

「その冒険者の【ランクアップ】の所要期間が、凄いんです」

 

 あえて自画自賛をすることによって、自分だと思わせないようにする。

 

「へ~、どれくらい?」

 

「約一ヶ月」

 

「はぁ⁉ それホント⁉」

 

 興味を惹くことに成功した彼は、作戦の第一段階をクリアし、小さくガッツポーズ。勿論彼女の死角で行う。

 

「その冒険者の担当者はつくづく大変でしょうね。絶対的に神会(デナテゥス)のネタに上がりますから。資料制作、本人インタビュー、神々からの押しかけ……考えただけで同情レベルのことになることは必須でしょうね……」

 

「あ~大変そうだな……本当に考えただけで同情しちゃうよ……」

 

 彼女は暖気(のんき)にもそう言った。まさかその担当者が自分だと言うことは露ほどにも考えちゃいないのだろう。

 

「そして、その冒険者事態も中々面白いんですよ」

 

「どんなどんな!」

 

「容姿は完全に女性、でも性別は男。所謂『男の娘』なんですよ。そして、半月ほど前に、単身でLv.5を屈服させたんですよね」

 

「へ~、シオン君みたいだね」

 

 と、彼女は的の付いたことを言ってきた。無意識に勘の鋭い人だ。

 

「そして、その冒険者は、左眼を眼帯で隠しているんです。その下を見たことのある者は、限りなく少ないのだとか」

 

「へ、へ~。本当にシオン君みたいだね」

 

 ちょっと、疑わし気な表情を浮かべる彼女に、更に告げる。

 

「その冒険者の所属するファミリアは【ヘスティア・ファミリア】。立場的には副団長」

 

「そ、それって……」

 

 彼は、殆ど気づいた彼女に、追い打ちをかける。

 

「その人の名前は、シオン・クラネル」

 

「え、ちょっと待って……てことは、さ…」 

 

 そして、(とど)めに一撃。

 

「お仕事、頑張ってください」

 

 と、全力のドス黒スマイルで言い放つ。

 

「いやだぁぁぁぁっあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 彼女の顔は、苦しみを通り越して、絶望に歪み、泣き叫び始めた。

 それを見て、一言。

 

「いい表情ですね」

 

最低(クズ)がぁっ!」

 

 言い返されたその一言は、シオンの心にかなり響く一言であった。

 

 

   * * *

 

「ぐすっ……ひくっ……働きたくない……」

 

「駄目です。働いてください」

 

 泣き叫ぶのを()めたのは、十分ほど経ってからだ。目元は赤く腫れ、声にも覇気が無く、ソファから降りて床に座り込んでいる。

 

「ミイシャさん。ギルドの顔とも呼ばれる受付嬢ともあろう者が、働きたくないなんてぼやくんじゃありません。意欲と誇りでも持ってください」

 

「うわ~ん! シオン君がエイナみたいなこと言うよぉー!」

 

 と、棒読みで叫ぶミイシャ。それを聞いて、何で彼女は、忙しいと分かりきっているギルドなんかで働いてるのか不思議に思う、シオンであった。

 

「……わかった」

 

「何が?」

 

「嫌なことは早く終わらせる。そして、すぐ楽になる」

 

 その考え方は実にいいものだろう。嫌なこと、つまり仕事を早く終わらせる。そしてその後に楽になる。だが、ミイシャは理解していない。仕事と言うのは、終わらせれば終わらせる程、次が増えていくものだと言うことを。

 

「シオン君、ちょっと待ってて、必要な物取って来る」

 

「あ、その前に、目元をちゃんと拭いた方が良いですよ」

 

 シオンは彼女を呼び止め、いつも携帯している、白色のハンカチを取り出して彼女に渡した。因みに、彼は、白色と黒色のハンカチを、一枚ずつ持っている。

 

「あ……ありがとう」

 

 それを素直に受け取り、言われた通り目元を拭いてから個室を出るミイシャであった。

 

――――

 

「さて、ちゃっちゃと終わらせよう!」

 

「何をですか? 私何も知らないのですが」

 

「え、言ってなかった?」

 

「言ってません」 

 

 ミイシャは個室に様々な書類を持って戻って来るや否や、いきなり始めると言い出した。何をどうするか全く聞かされてないシオンは、少々戸惑い始めている。

 

「いやいや、自分で言ってたじゃん」

 

「…………あれって、本当にやるんですか?」

 

「は? どゆこと?」

 

「さっき言ったこと、あれって殆ど想像で言っていたのですが……」

 

「凄い的を射た想像だね。まぁシオン君の想像力の異常さは置いといて」

 

 ミイシャは既に適合を始めていた。軽く受け流せるようになっているのだ。

 

「まず、【ランクアップ】おめでとうございます。クラネル氏」

 

 と、彼女は敬語を使い始めた、普段の軽口に似合わないその姿に、シオンは一言。

 

「気持ち悪いです」

 

「仕方ないじゃん! 私だってこんな口調やだよ! 普段通りの方が楽だもん! でもさ! こうしないとダメってエイナに言われてるんだもん!」

 

 完全に逆切れしているミイシャ。シオンはただ率直な感想を言っただけである、別にキレられる言われは無いはずだが、それを言うと、ミイシャのストレスが増すことが確定しているので、彼は言い返すことをしない。

 

「もういい! 普段通りにやる。シオン君、なるべく正直に答えてね。まず【ランクアップ】の原因から話して」

 

「いや~どれが原因で【ランクアップ】したか、正直わからないんですよ。【ステイタス】の更新殆どしてませんでしたから」

 

 シオンは、普通なら【ランクアップ】しそうな偉業をいくつかこなしている。

 『強化種』や『変異種』との戦い。

 呪いの世界からの脱出。

 睡蓮(人外)との超光速戦闘。

 どれも偉業と言っても過言とならない。普通ならできないことをやっているからだ。

 

「じゃあ、一番最近のやつ」

 

「ある男との殺し合いですね。()()()()()だったので、本当に生と死が紙一重でしたよ」

 

「ふーん、()()()()()か~。確かに、死にそうなところから逆転して【レベルアップ】した例は過去に何度もあるしね。ていうより、殆どそれだし」

 

 シオンとミイシャは気づかない。微かな誤解が生まれつつあることを。

 ミイシャは、情報を何かの用紙に記入していく。それに沿って質問が行われているからだ。

 

「じゃあ次、到達階層は何回層?」

 

「二十四階層ですね」

 

 シオンは、言われた通り正直に答える。勿論そこには他意はない。

 

「ははは、馬鹿なのかな~? 可笑しいよね? 絶対おかしいよね?」

 

「真実です。何なら『宝石樹』から採った宝石見せますか? まだ保管してありますから」

 

「いいよ、もぅ……はいはい二十四階層ね。常識外れにもほどがあるでしょ……」

 

「常識外れたら程なんて無いと思いますが」

 

「いいの! ただの愚痴に突っ込まない!」

 

「は、はい」

 

 彼はこの時学習した。誰かの愚痴には付き合わない方が良いと。

 

「次! おおよその稼ぎ。最高どれくらい?」

 

「九十万ちょっとですね。ほら、私が換金所前で叫んでいたことあったでしょう? あの時ですよ」

 

「もうヤダ……何なの、私の常識が崩れていく……」

 

「そういうときのおススメは、崩れた常識を完全に取っ払って、新たに常識を再構築するといいですよ」

 

「できるか!」

 

 彼は、実際に行ってきた対処法を話してみたが、どうやら受け入れてもらえないらしく、拒絶を示された。個室に入ってから、よく叫ぶが、喉が痛くならないのだろうか、と、見当違いのことを心配するシオン。彼はもう叫ばれることには慣れているのだ。

 

「はぁ……次。必須項目は終わったから、担当者からの質問。幾つかするから答えてね」

 

「わかりました」

 

「シオン君は、いろいろ常識外れだけど、何でそんなに異常なの?」

 

「それは私が聞きたいです。いうなれば、(ゼウス)のみぞ知る、でしょうか」

 

「なんでそこで神々の王で、元都市最強派閥の主神の名前が出てくるの……」

 

 シオンは思っていた。『お祖父さんなら、何か知ってそうだし』と。気楽なものだ。

 

「次、主神のことをどう思ってるの?」

 

「ヘスティア様ですか? まぁ駄女神の象徴とかいう異名が似合いそうですね。あと、どこかのフレイヤ(色ボケ女神)並みに、我が弟に恋をしているが、何もしない。なんという根性なしでしょうか。人の事言えた義理ではありませんが」

 

 あの堕落した生活。強制じゃなければ碌に働かないであろう駄目さ。実に似合う異名である。都市最強派閥の片翼の主神を、色ボケ女神と誰かに沿って言うあたり、実に命知らずである。

 

「色ボケ女神? どの神のこと? 心当たりがあり過ぎてわからないんでだけど」

 

「追及しない方が身のためですよ。次の質問は?」

 

「あ、うん。次はね……モンスターの撃破数は? 稼ぎからして結構気になるんだけど」

 

「おおよそでしか答えられませんが、五万は超しているかと。無差別に殺しまくっていた時がありましたから」

 

「一ヶ月ちょっとでその撃破数は可笑しいよね。流石常識外れ」

 

 何故か、常識外れでミイシャのシオンに対するイメージは定着しているらしい。いや、何故では無く、理由は確定しているのだろうが。

 

「次、【ランクアップ】の秘訣ってなんかあるの? これ必須項目じゃないけど、結構大事だと思うんだよね~」

 

「特にありませんよ。と言うより、私のやり方を参考にしたら、死人が今の倍以上に増えますよ」

 

「どんなことやってるのか逆に気になってくる……まぁいいや。これで質問終了、帰っていいよ」

 

「わかりました。それではミイシャさん、また今度。お仕事頑張ってくださいね」

 

「わかってるよ……」  

 

 もう彼女には効果が薄くなってきたようで、先のような面白い反応は見せてくれなかった。

 

 

   * * *

 

 用件を済ませ、ギルドを出た彼は、そのままホームへと帰ろうと足を進めたが、二歩ほどで止まる。

 そして方向転換を行い、一本の薄暗い裏路地へと足を進めた。

 少し奥まで行くと、その足取りを止め、暗器として隠し持っている短刀(ナイフ)を、陰へ投げた。

 投げられた短刀(ナイフ)は、一直線に進み、音もたてずに陰へと消える。

 その陰からは、右手にナイフを持った黒衣の人物が現れた。

 

「昨日ぶりですね、何の用ですか? 態々殺意なんか飛ばして呼び寄せるなんて」

 

 彼が裏路地に入った理由。それは殺意が自分に浴びせられたから。

 

「すまないね。誰にもばれずに君を呼ぶ手っ取り早い方法は、これしか思いつかなかったのだ」

 

「殺意のことはいいです。それより、何の用ですか。用件次第では」

 

 彼は腰に携えている『一閃』の鍔を上げた。それでどうするかは理解できるからだ。

 

「いや、今回も危害を加えるつもりはない。前に言っていただろう、冒険者依頼(クエスト)の達成報酬の場所を教えに来たのだよ」

 

「自分で取りに行く……と言うことは、保管庫(セーフポイント)ですか」

 

「ご名答だ。これが君への報酬の鍵だ、取りに行く際は、何かしらの入れ物を持って行くと良い。君の活躍を聞いて、少し多めに報酬を用意した」

 

 そう言いながら黒衣の人物は、金色の鍵と、投げた短刀(ナイフ)を渡してきた。それを受け取り、確認すると、鍵には、666の数字が刻まれている。確か、貸金庫の中で六番目に大きい金庫だ。不吉な数字であまり利用されない金庫である。

 

「凄い金庫に入れましたね……」

 

「すまないね、あの量を入れられるだけの金庫の空きが、その金庫しかなかったのだ」

 

「いいですよ。金庫の番号は気にしませんから」

 

「そうか、ありがとう。それと、【()()()()()()()()()()()、シオン・クラネル()。私はこれで失礼する」

 

 別れ際に黒衣の人物はそう告げた。それは彼の中に疑念を残すことになる。

 

「何故知ってるのでしょうか……」

 

 二重の意味で発せられたその言葉は、誰も聞くことは無かった。

 

 



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報酬、それは魔法

  今回の一言
 詠唱考えるのに五時間かかった……

では、どうぞ


 黒衣の人物が去った後、シオンはホームに一旦戻り、言われた通りバックパックを持って、東地区にある『保管庫(セーフポイント)』へと向かった。

 

保管庫(セーフポイント)』とは、ノームが貸し出しを行っている金庫の総称であり、ギルドもその存在を認め、保護を行っているため、安全性は抜群と言えよう。

 だが、シオンのように、その金庫を利用しない人もいる。

 あそこは、金庫を貸し出すと言ってるだけあって、その分料金も取る。それは一ヶ月ごとに払わなければならず、更に言うと、金庫が大きければ大きい程高い。そして、収納量は、シオンがホームに作った金庫よりも少なく、利用すると、損しかないのだ。

 

 怪物祭(モンスターフィリア)の時よりは格段に少なくとも、人が多いことには変わりない道は進まず、人がいない屋根の上を跳び回る。

 心地よい風を身で受けながら、格段に上がった潜在能力(ポテンシャル)に体を慣れさせながらも、かなりの速さで進んで行く。どれくらい上昇したのかが分かっているのなら、大体の加減はできるのだ。

 程なくして、シオンは目的地にたどり着いた。

 中に入り、番号分けされている内の、600番台の奥へと行く。

 ここの金庫の大きさは、番号の下二桁で決まる。

 基本的に、99が最も大きく、次に、33と66。その次に11,22,44,55,77,88が大きい。それ以外の番号は全て同じ大きさである。

 例外的に、ある四つの保管庫はその法則に当てはまらず、0番、1番、100番、1000番。は他と比べて大きく、番号が大きいほうが、金庫の大きさは小さくなる。勿論、金庫が大きくなる度に、料金は高くなるのだが。

 600番台の、最奥から一つ手前、そこに666番の金庫はあった。鍵を刺し込むと、しっかりと回すことが出来た。

 

「さて、どれ程の報酬でしょうかね」

 

 取っ手を引っ張り、軽く感じる金属扉を開く。これくらいの重さなら、一般人でも頑張れば開けられるレベルだ。

 完全に扉を開き、中を確認すると、シオンは扉を閉めてしまった。

 即座に鍵を抜き、そこに刻まれた番号と、金庫の扉に掘られた番号を何度も見比べる。

 

「これ、何ですよね……間違って…ませんよね……」

 

 シオンは何故か、金庫を間違ったと思っていた。鍵が刺さった時点で、間違っていないことに気づけるはずだが、シオンはそんなことにすら気づいていない。

 震える手で、また金庫に鍵を刺す。そして、ゆっくりと鍵を回し、開錠する。

 取っ手をまた掴み、引っ張って開けると、中身をまた見た。

 二冊の分厚い本。自分の頭より大きい、魔法石と思われる石。赤青緑紫に輝く大量の貴石。不思議な気配を放つ指輪や腕輪などのアクセサリー。それと、一通の手紙。

 

「……………」

 

 驚きで声も出せなくなる、彼は初めてそれを体験した。 

 その状態から時間をかけて回復すると、見やすい位置に置かれていた手紙を手に取る。

 漆黒の手紙の封を開け、書かれている内容を読むと、そこにか簡潔に、

 

『君の自由にしてくれて構わない』

 

 とだけ書かれていた。彼のもらう手紙が毎回短文なのは何故だろうか。

 

「あはは……まじですか……」

 

 彼は唯一常識に近かった金銭感覚が、崩れていくような気がした。

 金庫の中身全てを、持ってきたバックパックへ詰める。幸い、黒衣の人物は気が利くらしく、金庫の奥に、梱包材が置かれていた。

 全て包み込んで詰め終えるのに、軽く一時間かかってしまった。

 シオンは、何度も残りが無いことを確認し、扉を閉める。ここの決まりとして、使い終わった金庫の鍵は、受付のノームに返却しなければいけないのだ。

 

「はいよ、またのご利用を待っております」

 

 と、文法が整っていない敬語を背中で受けた後に、シオンは、警戒度最大かつ、最高速度でホームへと戻るのだった。

 

 

   * * *

 

 シオンはホームの隠し部屋へ戻るなり、即座に自作金庫を開け、そこへ報酬を慎重に入れていく。傷つけると価格が下がってしまう恐れのある物があるからだ。

 金庫への収納を終えると、彼はソファに座って考え始めた。

 

 さて、どうしようか。

 さっき見て思ったが、あれを全部売ると、軽く十億ヴァリスを超す。それを用意できる黒衣の人物……本当に何者なんだ…

 いや、あの人の詮索はしないでおこう。結果が期待できない。

 それより使い道だ。帰る途中で考えて、少しは決めた。

 あの分厚い本、恐らく魔導書(グリモア)だ。一冊は自分で使うことにした。

 貴石、あれは何個か残して売ることにする。装飾などに使えるかもしれない。

 アクセサリーと人頭サイズの魔法石はまだ検討中だ。  

 アクセサリーに付いている思われる特殊効果は、鑑定士にでも見せて、確認した後にどうするかを決めるとして、魔法石はどうしようもない。あれだけの大きさとなると、売るのにも一苦労なのだ。そこあたりの情報は、ミイシャさんから貰えばいいだろうが、加工して使うと言うのも手だろう。効率的な方を選ぶべきだな。

 さて、億単位の収入が入ることは確定したから、早速魔導書(グリモア)でも使おうか。

 

 シオンは慣れた手つきで金庫を開け、赤の表紙の魔導書(グリモア)を取り出し、すぐに扉を閉じて、施錠する。

 寝落ちすることは分かっているから、壁に寄りかかって、本を読み始めた。

 題名は、『魔法と魔導』。珍しいことに、それは神聖文字(ヒエログリフ)で書かれている。

   

『世界には法則がある。その法則は、崩すこともできなければ、変えることもできない。だが、干渉することはできる。それこそが魔法だ。世界に干渉する(すべ)のこそが、魔法と言われているものなのだ。そして、基本となる火、水、風、大地、光。この属性を使い、魔法を作り出すと言う考えこそが魔導である』

 

 呼んだ先から文字が消えていく。だが、読み手はそれに気づかない。吸い寄せられるように本を読み進めていく。

 

『魔導と魔法、この二つに大差ないと思うのは間違っている。これ等は根本から異なっているのだ。魔導は、誰でも努力さえあれば習得が可能である。だが、魔法はそうではない。精霊の血を与えられると言う例外を除いて、先天的なもの、いわば才能で決まるのだ』

 

 シオンは半目のままで本を読み進めていた。本人はそんなことも気づかない。

 

『ならば、魔導を得ればいい。魔法を欲するならば魔導を選べ』

 

『さぁ、始めよう』

 

 そんな声がシオンの脳内に響いた。彼は力なく本を手放している。

 

『君にとっての魔法は何だい』

 

『風、大切な人との繋がりの示してくれる、貰い物の力』

 

『魔法は何だと思う』

 

『法則に干渉するもの、なのでしょう? 魔導書(グリモア)さん』

 

『へ~、君面白いね。僕に気づくんだ』

 

 シオンに新たに視界が現れた。それ以外の感覚が無いのだから、違和感が消えないのは仕方のないことである。

 一枚の鏡のような物の、その奥には自分の姿をして、話かけて来る魔導書(グリモア)

 

『勘ですよ、ただの』

 

『それで、僕の考えはいいんだ。君の考えを聞かせて』 

 

『魔法は世界の全て。世界の始まりであり、世界の終わりでもある。曖昧で、不確定で、でも一つ言えることは、願いを可能にする力』 

 

『ふ~ん。それで、君の願いは何だい?』

 

『そうですね……彼女の隣に立てるだけ強くなる、ということでしょうか』

 

『君はもうその資格を得ている、君は彼女を超す強さを持っているじゃないか』

 

『あれは私の力ではない。私は同じ立場に立ちたいのです。人間を辞めて立っても、同じとは言えない』

 

『つまり君は、人間のまま彼女に隣に立ちたいんだ』

 

『ええ、その為の力として、魔導書(グリモア)、あなたを選びました』

 

『ふ~ん。いいよ、力をあげる。これからは君の力だ。扱えるかどうかは君次第、だけどね』

 

『上等ですよ』

 

『じゃあ、頑張るんだよ』

 

 彼の視界は白光で包まれ、瞼を閉じたような気がした、

 

 

 白から黒へと変わっていく視界。完全に黒くなったところで瞼を開ける。

 居慣れた場所からの、見慣れた部屋の光景。  

 どうやら魔導書(グリモア)を読み終えたようだ。膝上に置かれている赤い本は、既に中身が白紙と化している。

 後はヘスティアを待ち、【ステイタス】の更新をしてもらうだけだ。

 現在時刻は四時。何処に行ったかもわからないベルと、バイトのヘスティア様はそろそろ帰って来るだろうか。

 

「ただいま……」

 

 案の定、ベルが帰って来た。その声には力が無く、顔にも疲れが浮かんでいる。装備をホームに置いていたから、ダンジョンではないはずなのだが、何処へ行ってこんなに疲れたのだろうか。

 

「おかえりなさいベル。何があったのですか?」

 

「ううん、ちょっと空振りが続いて心身ともに疲れてるだけだから……」

 

 それは何かあったと言うと思うのだが……別に追及するつもりはないが。 

 

「そうでしたか。『魔石冷蔵庫』に疲労回復の効果がある果実を入れてあるので、それを食べてソファで休んでいると良いですよ」

 

「うん、ありがと」

 

 そう言って『魔石冷蔵庫』から、表面が緑と赤の縞模様をした果実を取り出す。

 

 因みに、『魔石冷蔵庫』とは、魔石の魔力で冷気を内側に発する食糧などの保管に適した入れ物である。魔石の交換は、一週間に一回ほどが推奨されている。

 

「シオン、【ランクアップ】の報告してきた?」

 

「ええ、ミイシャさんの泣き叫ぶ顔はとても素晴らしいものでした」

 

「あはは、で、その本は何?」

 

 苦笑いを浮かべた後、膝上に置いていた本を指さしながら聞いてきた。 

 

「あぁこれですか? 魔導書(グリモア)ですよ。先程読み終わりました」

 

「え……それホント?」

 

「勿論。何ならこの全頁白紙となった本を見てみますか?」

 

 そういって膝上に置いていた元魔導書(グリモア)を見せびらかす。

 

「いいや……それより、どうやって手に入れたの? すっごく高いんだよね僕も前読んじゃったけど……」

 

冒険者依頼(クエスト)の報酬で入手しました。もう一冊ありますよ」

 

「ほんとに! じゃあ!………ごめん、やっぱりなんでもない」

 

 欲しがっているように見えたベルが、表情を一気に変え、諦めたような表情を浮かべた。

 それで思い出す。もしかすると、という可能性の範囲でしかない推測が出てきた。

 

「どうしたんですか? 私はあの魔導書(グリモア)の使い道に困っているので、何か使い方があるのなら言ってください」

 

 一応ベルの考えを聞いてみる

 

「あ、あのさ、僕が前魔導書(グリモア)読んじゃったでしょ……だから代わりとしてそれを返せればなーって、持ち主も分かってないのに、無理だよね……」

 

 予想通り。やっぱり負い目を感じていたのだ。このお人好しめ。

 

「無理ではありませんよ。あの魔導書(グリモア)の持ち主は特定済みです。渡しておきましょうか?」

 

「どうやったの⁉ いやそんなことより、シオンがやっても意味無いじゃん」

 

「いえ、流石にベルをあの()に会わせるのは……」

 

「え、なに? そんなにヤバイ人なの?」

 

「派閥、性格、勧誘方法、全部がヤバイです」

 

 都市最強派閥の片翼、最悪の浮気者という性格、魅了して引き込むという勧誘。

 正直言ってヤバイ。しかもベルを狙ってることも分かっているから、もっとダメ。

 

「シオンはその人に会っても大丈夫なの?」

 

「大丈夫です。多分……」

 

 私に魅了は効かない。【猛者(おうじゃ)】はともかく、他の構成員なら多分勝てる。

 神フレイヤに危害さえ加えなければ、【猛者】は攻撃してこないだろうし。問題ないはずだ。

 

「でもいいや。シオンに悪いし、自分で魔導書(グリモア)手に入れて、自分で探して渡すことにする」

 

 あまりそうしないでほしいものだが……ベルの意思は大体固いし、自由にさせておこう。

 

「ただいま~」

 

「あ、おかえりなさい、神様」

 

「ベルく~ん。ボクは君の笑顔が見れるだけで働いた甲斐があるよ~」

 

 ヘスティア様は、帰って来て早々ベルに抱き着いていた。それを軽くあしらっているベルは、完全に手慣れている。成長したな、我が弟よ。

 

「おかえりなさい、ヘスティア様。早速で悪いのですが、【ステイタス】の更新お願いできますか?」

 

「どうしてだい? 今日はダンジョンに行ってないんだろう?」

 

「そうですけど、まぁとにかく」

 

「う~ん。なんか怪しいけど、いいや、準備してね~」

 

 この間、ずっと魔導書(グリモア)を背中に隠しておいた。

 さて、反応は如何に。

 

――――――

 

ステイタス更新中……更新中…

 

――――――

 

「はい、魔法発現おめでとう。何をしたのかな?」

 

「反応がない、だと……」

 

 今回のヘスティアは違った。全く動じない。一瞬偽者かと思ったが、【ステイタス】の更新ができている時点で、本人であることは確定している。

 

「で、原因は?」

 

魔導書(グリモア)を読みました」

 

 今度こそ反応があるだろう。シオンはそう思っていた。

 

「ふ~ん、そっか。昨日言ってた冒険者依頼(クエスト)の報酬かな? まぁ強くなってくれて何よりだよ、はい【ステイタス】なんでダンジョンにも行ってないのに伸びるかな……」

 

 だが予想は大きく外れ、反応薄である。正直言って、

 

「つまらないです」

 

「面白さでボクを毎回叫ばせてたのか君はっ!」

 

「そうですそうです、その反応です。私が見たいのはその反応なんです」

 

「流石にあれだけのことがあればもうボクの常識は崩れたも同然さ」

 

「チッ、そうですか」

 

「それより、自分の魔法を確認してみたらどうだい?」

 

 

シオン・クラネル

 Lv.2

 力:I 0→I 24

耐久:I 0

器用:I 0→I 15

敏捷:I 0→I 83

魔力:I 0→I 59

 《魔法》

【エアリアル】

付与魔法(エンチャント)

・風属性

・詠唱式【目覚めよ(テンペスト)

【フィーニス・マギカ】

・超広域殲滅魔法

二属性段階発動型魔法(デュアル・マジック)

 詠唱式

【全てを無に()せし劫火よ、全てを有のまま(とど)めし氷河よ。終焉へと向かう道を示せ】

 

・第一段階【終末の炎(インフェルノ)

詠唱式【始まりは灯火、次なるは戦火、劫火は戦の終わりの証として齎された。ならば劫火を齎したまえ。醜き姿をさらす我に、どうか慈悲の炎を貸し与えてほしい。さすれば戦は終わりを告げる】

 

・第二段階【神々の黄昏(ラグナレク)

詠唱式【終わりの劫火は放たれた。だが、終わりは新たな始まりを呼ぶ。ならばこの終わりを続けよう。全てを(とど)める氷河の氷は、劫火の炎も包み込む。矛盾し合う二つの終わりは、やがて一つの終わりとなった。その終わりとは、滅び。愚かなる我は、それを望んで選ぶ。滅亡となる終焉を、我は自ら引き起こす】

 《スキル》

乱舞剣心一体(ダンシング・スパーダ・ディアミス)

・剣、刀を持つことで発動

・敏捷と器用に高補正

・剣、刀を二本持つことで多重補正

一途(スタフェル)

・早熟する

・憧憬との繋がりがある限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果上昇  

接続(テレパシー)

・干渉する

・効果範囲は集中力に依存

・相互接続可能

 

 

 

「一度使ったら憶えられますかね……」

 

 全部で合わせて、超長文詠唱。しかも特殊な二段階。憶えにくそうだ、と言うのがシオンの第一感想である。

 

「憶えてから使った方が良いんじゃない? 勿論ダンジョンでだけど」

 

「それくらい解ってますよ」

 

「シオン、どんな魔法なの?」

 

「すごく強い魔法です。詠唱からしてかなりヤバイと」

 

「へ~、今度みたいな~」

 

「見せられるような魔法だったらいいですよ」

 

 それは恐らく叶わないだろう。魔法は大体が詠唱の通りになる。魔法にかなり物騒な名前がついてる時点でもうアウトだけど。

 明日にでも試そうか、いや、明後日にしよう。明日は報酬の処理を済ませておきたい。

 一応場所は十二階層のルームにしよう。誰もいないのはあそこだけだ。

 

「シオンく~ん、おなかすいた~」 

 

「はいはい、作りますから待っててくださいね」

 

「わ~い!」

 

 今日はちゃんとした物を作ろうか。  



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売買、それは値段交渉

  今回の一言
 シオン大金持ち化計画始動

では、どうぞ


 太陽が一度沈み、また姿を現し始めた今日この頃。シオンはいつもとちょっと違った鍛錬の最中だった。

 彼が刀を振るう度に、周囲に暴風が吹き荒れる。

 彼がしていること、それは詠唱有りの魔法を使った架空戦闘。

 軽く一時間はその状態が続いている。そろそろ精神(マインド)も枯渇しそうなレベルだ。

 

「ふぅ……このあたりで……終わりにしておきましょうか……」

 

 軽い目眩がしたくらいで、魔法を解いて、一旦休憩に入る。

 周りには生物がいない為、『黒龍』『青龍』での即時回復はできないから、休憩は必要となるのだ。

 三分ほどで休憩を終え、今度はいつものセットを行う。勿論手は抜かない。

 

 魔法による暴風では無く、剣圧による風が吹く。

 吸血鬼の時ほどではないが、剣圧で風を起こしているのだから、どれ程の速さは想像に難くないはずだ。

 

 風が止んだ。彼は振るっていた二本の刀を納めている。

 教会の一角へと向かい、隠し扉を開いて、部屋へと戻る。

 

「いつも変わらないね」

 

「規則正しい生活を心がけてますから」 

 

 この時間には既に起きているベルが話しかけてくるのも、またいつものことだ。

 装備を金庫へ入れ、浴室で汗を洗い流した後、朝食の準備を行う。

『わざわざ金庫に装備を出し入れするのって、面倒じゃないの?』

 と、聞かれることもあるが、そこは単なる保険に過ぎないのだから、別に深い意味はない。

 朝食を用意し終え、ベルがヘスティアを起こし、毎度恒例のセリフを叫ぶ。

【ヘスティア・ファミリア】の朝は変わらない。流石に会話の内容や食事のメニューは変わるが。

 

 食事を終え、片付けも終え、それぞれの用事にはいる。   

 ヘスティアは安定のバイトで、ベルはダンジョンへ行くと言っていた。

 シオンはまずギルドへと向かった。情報をもらう為である。

 

「ミイシャさん。お仕事お疲れ様です」

 

「ほんとだよ……シオン君の情報を書き込んだ資料を渡しても、嘘を書くなとか言われて追い返されたし……エイナにと二人係でやっと受け取ってもらえたと思ったら、情報が少ないとか言われてやり直しだし、大体、謎が多いシオン君の情報をどうやって書けって言うのよ……」

 

「まぁまぁ、そこは持ち前の情報収集能力で、頑張ってください。無駄になることは目に見えていますが」

 

「なんか悔しい……で、何でシオン君が? もしかして情報?」

 

「はい。今日はここで大丈夫です、簡単なことなので」

 

「どんな事?」

 

「貴石や宝石の売買を行ってるお店と、腕のいい鑑定士が居るお店を教えていただけませんか?」

 

 魔法石の使い道は、昨日の魔法発現で決めていた。あれは売らずに加工して使う。

 

「えーとね。その二つの条件が当てはまるお店はあるよ」

 

「何処にですか?」

 

「北のメインストリートの真ん中あたりに、『夢の巣窟』っていう探索兼商業系ファミリアのホームがあるんだけど、そこに居る鑑定士の人がレア・アビリティ『鑑定』の持ち主で、確かBまであったかな。目は確かだから結構信頼されてるの」

 

「その『鑑定』は、特殊効果を見分けられますか?」

 

「あ、うん。できるみたいだよ」

 

 条件クリア、そこにしよう。あ、いっそのこと、金庫に溜まってる色々な物の鑑定を頼んでみようか。

 

「ありがとうございました。いつもすみませんね」

 

「別に情報のことは気にしなくていいよ。仕事のことは恨むけどね……」

 

 グルルルルゥと言いながらに睨みつけて来るミイシャさん。全く怖くないけど、その代わりなのか、顔が面白い。

 

「それでは、失礼します」

 

 睨むミイシャの殺意のない視線を背で受けけながら、ギルドを去った。

 

   * * *

 

 北のメインストリート。

 ホームへと一旦戻り、いろいろとバックパックに詰めた後、『夢の巣窟』と書かれた札が掛けられているお店のドアを開けた。

 少し狭く感じるそのお店は、天井が少し低めなのと、豊富な商品で場所が埋まっている所為なのかもしれない。

 その中の、区切られた場所へと向かう。そこには、天井から『鑑定所』と書かれた札が垂れさがっていた。

 

「また来るんだよ~」

 

 そんな女声が聞こえると、中から一人の男性が出てきた。

 その顔は、明らかに失敗したような感じ、もしかして値段交渉とかするの? 上等だな。

 

「初めまして。鑑定をお願したいのですが」

 

「あ、いいよいいよ。とりあえず座って。そして商品を見せてくれたまえ」

 

 水色の長髪、着る意味の解らない白衣、平均以上の容姿。そしてこの気配。 

 あ~あれだ、この人腹黒だ。

 早いうちから理解できててよかっただろう。この人の雰囲気は商談中のアミッドさんとどことなく似通っている。

 気を引き締めてやらないと、マジで足元掬われる。

 

「私からお願いするのは、このバックパックに入っている物全部です」

 

「はいぃ⁉ 大口の客! 凄い人が来た!」

 

「そう言うことは、物を見てから言った方が良いですよ」

 

 騒ぎ出す鑑定士の人を、宥めてから続ける。

 

「同じもののセットで行きましょうか。そちらの懐に余裕はありますか?」

 

 これを確認しておかないと、売る時の為の交渉が進まなくなる。

 

「問題ないよ、50億までなら何とかなるしね」

 

 どんだけ金あんだよ……でもこれなら何も気にせず値段交渉ができる。

 

「まずは貴石。赤青緑紫全部で72個」

 

「スゴ……全部拳より大きいし……何個か貴石の中でも稀少な『アレキサンドライト』があるし……君何者?」

 

「ただの冒険者ですよ、それで、値段交渉でもしましょうか」

 

「うん、いいよ。じゃあ9200万」

 

 高いな。でも、相場で考えたらかなり値切られている。

 

「安すぎますね。5億」

 

 あえて、相場以上の価格を突きつける。

 

「チッ、君には効かないか。切り返しも面倒なことを、1.2億」

 

 効く、それは恐らく値段に怯ませる、と言うことなのだろう。昨日までの私なら効いたかもしれんが、金銭感覚が崩壊した今の私には効果が無い。

 

「まだまだいけるでしょう? 4億」

 

「大きく下げるねぇ……1.8億」

 

 彼女は笑顔を纏っている、余裕の表れだろうか。

 

「限度ではありませんよね、3.5億」

 

「2億、これが限度かな」

 

「嘘は()かないでほしいですね。売っていた貴石の値段と、そこからの利益換算で考えて、差し引き0になるのがおおよそ3.7億。3.5億で買い取るのなら、単純に考えて2000万の利益。このくらいの利益が見込めるのなら、十分ではありませんかね~?」

 

「やるね……確かに2億が限度は嘘、3億、これで決めてほしいな」

 

 彼女の笑顔から、一滴の雫が滴ったのを見た。内心焦っているのだろう。

 

「そうですか……3.5億で買い取ってもらえないのなら、仕方ないですね。他を当たります。2000万でも利益は得ておいた方が良いと思うんですけどね~」

 

「………わかった、3.5億で買い取る」

 

「ありがとうございます」

 

 満面のどす黒い笑みを向ける。値段交渉はアミッドさんに教えてもらったのだ。そう簡単に負けるわけがない。別段、難しいことでもないしな。

 

「ちょっと待ってて、お金取って来る」

 

 そういう彼女の顔には、悔しさが浮かんでいた。負けたことが無かったのかな?

 貴石はとりあえず売れたし、次は宝石樹の宝石か…ざっと見て1.5くらいから始めるのがいいか。

 

「はい、3.5億。次は負けないから」

 

「頑張ってください。私は負けなければいいので。貴女の勝ち負けはどちらでも良いのですよ」

 

「なんかムカつく……で、次は」

 

「宝石、しかも宝石樹に生えていたやつです。手は一切加えてません」

 

 バックパックから色鮮やかな宝石を取り出す。それを見て彼女は一瞬目を見張った。

 

「稀少品……じゃあ1億」

 

 ありゃ? 以外といい値段出してきた。

 

「私は1.5億で売りたいのですが。稀少品とはどういうことですか?」

 

 そう問うと、彼女はある一つの宝石を手に持った。紅色の半透明な宝石。

 

「『運命の石』、石言葉は『永劫不滅の思い』と『唯一の希望』。ダンジョンでとれる石の中でも最上級の宝石。五本の指に入るね」

 

 へ~運が良かったのかな? それにしても、この石言葉、いいな……

 

「あの、その石を抜いて1億で良いですか?」

 

「お? 心変わりしたね。これが無いなら8500万くらいがいいんだけど」

 

「そう言わずに、9000万で諦めてくださいな」

 

「まぁそれくらいならいいよ。お金持ってくるね~」

 

 今回も負けではないか。強いて言うなら引き分け? 

 それにしても、『運命の石』ね~。自分で加工してみようかな。

 

「はい9000万。じゃあ次、まだあるんでしょ」

 

「ええ、次は値段交渉はありません。普通に鑑定で」

 

「了解、で、その物は?」

 

「今出します」

 

 バックパックの中から、箱に入れたアクセサリーを取り出す。

 白銀で、竜の文様が刻まれた指輪。薄紅の宝石が一つ埋め込まれた、瑠璃(るり)紺の腕輪が二個。眩しくないくらいに輝く、翡翠の宝石が先端に付いた黄金のネックレス。神聖文字(ヒエログリフ)が組み込まれている漆黒の手袋。

 どれも気配が普通じゃない物だ。

 

「……………」

 

「あの、早くしてもらえます?」

 

「あ、ごめんごめん。こんな凄い物早々お目にかかれないから」

 

「そんなに凄いんですか?」

 

「鑑定に出すくらいだから、どんな物か分からないんだよね。これは全部魔道具(マジック・アイテム)

 

 薄々気づいていたが、本当にそうだったか。

 

「効果は、この指輪が、遮断(シャットアウト)。認識阻害ともいうね」

 

 それなら、気配を紛らせれば同じようなことが出来るから必要ないな。

 

「腕輪は、反射(リフレクション)。ある程度のものは撥ね返せるよ」

 

 便利だな。でも、呪いまで跳ね返したら、ちょっと使えない子になっちゃう。

 

「このネックレスは、加護(グラシア)。いろいろ種類はあるけど、これは致死の一撃を一度だけ防ぐっていうやつだね。役目を終えたら直ぐに割れちゃうけど」

 

 これは使いどころさえ考えていれば、案外いいかもしれん。まぁ、致死の一撃をもらったところで、人間辞めればすぐ治るんだけど。吸血鬼化マジ最強。

 

「この手袋は、魔力干渉。魔法使用時に魔力の循環を良くして、魔力を操りやすくする効果があるんだ。上手くやれば、使う精神力(マインド)を減らせるよ。あと魔力事態を飛ばすこともできるかもね」

 

 へ~面白いな。魔力を操りやすくするってことは、並行詠唱や高速詠唱もしやすくなるってことかな? しかも魔力を飛ばせるって、波動技みたいなもんか。

 

「効果は全部一級品。誰が作ったのか気になるね……」

 

「鑑定ありがとうございます。私はこれを誰が作ったのかは知りませんからね?」

 

「そっか~。まぁいいけど。次もある?」

 

「ありますよ」

 

 アクセサリーを全部箱へ戻し、バックパックに入れてから、今度はドロップアイテムを取り出す。

 十二階層で入手した、シルバーバックと思われるモンスターの『変異種』の毛皮。何故かギルドで換金できなかったので、こういう手段を取るしかない。

 

「これは?」

 

「稀少モンスターのドロップアイテムです」

 

 『変異種』である時点で稀少だから、そう言っても齟齬(そご)は無い、はずだ。

 

「へ~、耐久性も抜群、伸縮性も問題なし、と言うより良い。軽いし、もふもふで暖かいから防寒性有り。特殊効果なのかな? 耐熱性もあるみたいだし、精霊の護布(サラマンダー・ウール)と似てるけど、完全にこっちの方が上。色も黒色だから目立ちにくいし、実用性は高いね」

 

 あんまり使い道は無いけど、ベルが中層行くときにでもプレゼントしてあげようかな。

 

「これってなんのモンスターのドロップアイテム?」

 

「名称不明って言うのが適切ですね。ちゃんとした名前がありませんし」

 

「てことは新種? ギルドに報告したの?」

 

「してませんよ、早々現れるものではありませんから」

 

 第一、現れてた場所がギルドに登録されてない資料上の未開拓領域だし。また生まれたとしても、遭遇するのは私だけだ。

 

「そのあたりはもういいや。他にはある? 鑑定して欲しい物」

 

「いえ、もうないですよ。今日は中々の稼ぎでした、ありがとうございます」

 

「うん、また来てね~」

 

「何か鑑定してもらいたい物ができたら来ますよ」

 

 そう言い残し、既にまとめ終えていた荷物を持って、店を後にした。

 

 

   * * *

 

 大きく一本ずれ、現在は北西のメインストリート。

 【ディアンケヒト・ファミリア】治療院内。そこに彼はいた。

 

「こんにちは、アミッドさん」

 

「こんにちは、シオン。今日はどんな用件で?」

 

高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)二本と、収集できた物を売りに来ました」

 

「用意するので少しお待ちを」

 

 高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)は新しい魔法の発動後に、魔力枯渇(マインド・ダウン)で動けなくならないように、という保険で、売りに来た物とは二十四階層で採れた白樹の葉(ホワイト・リーフ)である。 

 アミッドさんが高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)をカウンターに置くと共に、持ってきた白樹の葉(ホワイト・リーフ)をカウンターに置く。

 

「……二十四階層に行ってきたの?」

 

「諸事情で向かい、道中で発見したので採取しました」

 

 実際は採取なんて生ぬるい方法では無かったが。  

  

「まぁいいです、そこは追及しませんので、それで、いくらで売るつもりですか?」

 

「全部で240万 三十枚もあるんですからこれくらいが正当な額だと思いますが」

 

「それで引き取りましょう。よかったです、シオン相手に価格交渉するとなると、かなり苦労しますから」

 

「私も、アミッドさん相手に価格交渉はゴメンですね。さっきの人では何とかなりましたが、同じ腹黒と言っても、格が違いますから……」

 

 さっきの人の腹黒さが一だとすると、アミッドさんが二十。因みに、ナァーザさんは十五くらいだ。

 カウンターの上に置かれていた白樹の葉(ホワイト・リーフ)の代わりに、音からして、230万ヴァリスが置かれる。

 

「10万少ない気がしますが」

 

高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)の代金を引かせてもらいました。なので、もう代金は必要ありませんよ」

 

 ああそう言うこと。確かに二つの工程を踏むことは面倒だらね。

 

「シオン、この後用事はありますか?」

 

 と、荷物を纏めている途中に話しかけられた。理由は確定的にあれだろう。

 

「ごめんなさい、この後まだやることがありまして、話し相手になれないんです」 

 

「そうですか……シオンが気に病むことではありません。どうぞ用事の方を優先してください」

 

「はい、そうさせてもらいます。それでは」

 

「ええ、また今度」

 

 なんというか、アミッドさん。強く生きてください……

 

 

 




  オリキャラ紹介!!
 今回は、この方!
『夢の巣窟』、鑑定と値段交渉担当の。名称不明ちゃん。
 このななしちゃんは、実は、このファミリアの副団長だったりする。
 Lv.3の第二級冒険者でもあり、到達階層は二十階層。
 水色の長髪が良く目立つ、白衣を着た彼女は、『鑑定』のレア・アビリティの持ち主であり、腹黒だが、鑑定の信頼度は高い。
 
 っとこんなところかな?
 聞きたいことがあったら、気軽にどうぞ。勿論この話のこと限定ですが。


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作成、それは思い

  今回の一言
 面白味もない制作回

では、どうぞ


 

 ホームへと帰り、道中で買った物をテーブルの上に並べ、今日の収入を金庫へと仕舞い、使いそうな物を取り出す。

 準備物をテーブルに整理し終えると、紅い宝石を手に取り、それを『黒龍』で十六個に斬りける。

 分けた内の一つ。紅く淡い、半透明で、薄く自分を映す宝石を手に取った。

 それを、『黒龍』の切先で、ほんの少しずつ、慎重に斬り落としていく。

 丁度よい大きさになり、大体の削りの作業に入った。

 小さくなった宝石を、買ってきた『固定版』と言う、左右から板で押さえつける道具に挟みこむ。そして、これまた買ってきた、アダマンタイトを使っている、長く鋭く細い、(きり)状のピックを取り出す。

 固定され、宙に(とど)まる宝石を、鋭く尖った先端や、荒く作られているお蔭で、擦って削るのに適している横側で、想像している形へ近づけていく。

 長い時間を掛けて終えると、次には、細かい削りの作業に入る。

 用意していた水を入れ、削った時に砕けて粉となった宝石を洗い流す。

 半丸やすりという、滑らかな曲面を作り出すことに適しているやすりを使って、楕円型のドーム状にしていく。

 幸い、工具の使い方は概ね把握している。五歳の頃に、お祖父さんから教えてもらった。

 気が滅入りそうな作業を続けることによって、満足のいく形状になる。

 そして、磨き。まず削った所為で透明度が落ちているので、それを取り戻させる。

 粉となった宝石を洗い落とし、別の容器に入っている液体に入れる。

 その液体は、【万能者(ペルセウス)】作成の、古代魔法である錬金術を再現した再生液。再生速度は遅く、宝石しか再生できないと言う、変わった特性を持っているが、これは逆に考えると、宝石の加工にとても便利なのである。

 十秒ほど浸けて、取り出す。

 再生速度が遅いと言っても、再生することには変わりない。削られていない部分を作るために再生するのだ。ほんの数MMでもいいし、何ならそれより少なくてもいい。

 だが、保険は掛けるものだ。再生液をふき取り、透明度を取り戻した宝石を、磨いていく。

 布を取り出し、優しく、ただ拭いていく。

 この布もただの布ではない。完全艶出し専用の布だ。それなりの値段はする。

 磨き終えると、楕円型ドーム状の、紅く淡い、半透明の、元より輝きを増した宝石が出来上がった。

 

 第一工程終了、次に移る。

 宝石はハンカチで包み、邪魔にならない所へ。

 さきほど使った水は、流しに捨て、新しい水に入れ替える。

 そして、取り出すのは、厚さ7MM程の白金(プラチナ)と、耐熱性のレンガ。

 白金(プラチナ)をレンガの上に置き、『紅蓮』の炎で熱する。

 色が変わったところで、鍛冶で使う鉄鎚(かなづち)で、あまり力を入れずに打っていく。不純物を取り除く為では無いので、そこまで高温にする必要はないし、力を入れる必要もない。

 少しずつ慎重に行うため、白金(プラチナ)に伝わった熱も引いてしまう。その前に熱し、また打っていく。

 最後の一打ちを終え、長くなってしまったので、不必要な分を切断する。

 一旦水に浸け、取り出して水気を払い、今度は炙る。

 色が変わってからまた水に浸け、取り出し水気を払って、今度は鉄心棒に押し付ける。

 力を入れすぎて折れないように気を付けながら、形状をリング状に整えていく。

 木槌で傷つけないように、角度を考えながら打っていく。リング状になったところで、鉄心棒から取り外し、つなぎ目となる隙間を平らに削って、また鉄心棒に通し、つなぎ目の隙間が無くなるように曲げていく。

 あと少しでくっつきそうなところで止め、鉄心棒から取り外し、紙のように薄い白金(プラチナ)を、その隙間に入れ込み、『紅蓮』の炎を近づける。

 紙ほどの白金(プラチナ)は、熱でたちまち溶けていき、隙間を埋めたところで、水へ浸す。  

 水から取り出すと、はみ出た白金(プラチナ)が固まり、邪魔になっているので、ピックで大まかに削った後、肌触りを良くするために、滑らかに削っていく。

 そして、リングは完成した。第二工程終了である。

 

 最後の、第三工程へと入る。

 リングを固定板で固定し、接合部分の反対側である、少し幅が広く、厚い部分を抉り始める。

 ピックを使い、余計に罅が入って、跡が残らないように気を付けながら、火山の池(カルデラ)のようにしていく。

 抉り終えて、粉を落とし、抉った部分を綺麗にすると、そこに宝石を置いた。

 抉ってできたスぺースは、宝石よりも少し大きく、ひっくり返せば外れそうなくらいの隙間ができている。その隙間を埋めるために、再生液を隙間に満たすほど垂らす。

 中の液体が零れないように固定して、ピックを取り出す。

 1MMにも満たない先端で、リングの内側に文字を刻み始めた。

 慎重さを極めるその作業を終えたころには、既に宝石が再生して隙間が埋まっており、綺麗に融合していた。

 布を取り出し、全体的に磨いてから、問題が無いかを確認する。

 

「完成……ですかね……」

 

「お疲れ、シオン」

 

 シオンが呟いた言葉に、反応した者がいた。それはベルである。

 

「いや~凄い熱心だったね~。集中力が普通じゃなかったよ」

 

 更に言葉を重ねてきたのはヘスティア。二人はもう帰宅を済ませていた。

 現在時刻は夜の八時。やはり素人がやったらそれなりの時間が掛かってしまう。

 

「で、シオン君。その指輪を誰に渡すんだい?」

 

 と、シオンがが手に持っている『指輪』を示して言った。

 彼が熱心に作っていたのは『指輪』。誰に渡すか、そんなの一人しかいないだろう。

 

「私の恩人であり目標であり希望である人ですよ」

 

 本当はもっとある。シオンが彼女に対し思っていることなど、言葉を尽くしても足りない。

 だから曖昧なところで止めておく、そして、この時彼は気付いた。

 

「……指輪のサイズ……測ってない……」

 

 作ったはいい。だが嵌められなければ指輪である意味がない。

 大きくても落ちるだけだし、小さくても指が通らない。

 彼は自身の失態に、ようやく気付いた。

 

「あちゃ~。流石シオン君だね……後先考えないでやっちゃう」

 

「……サイズ、合ってるといいんですが……」

 

 別に、気持ちが伝わるだけでもいいのだが、作ったからには使ってほしい。

 冒険には邪魔になるだろうし、実際邪魔なら外してくれても構わないと思っているが。

 完全に矛盾した考えだが、それはシオンが決めることでは無く、彼女が決めることだ。第一、受け取ってくれるとも限らない。

 

「それより、シオン君……おなかすいた」

 

「ごめんシオン、僕も……」

 

「ごめんなさい、占領していた所為で食事がとれなかったんですよね。直ぐに片付けて用意します。お詫びとして今日はちゃんと作ります」

 

「ちゃんと作らないであの美味しさなの⁉」

 

「シオンが作る料理は昔から美味しかったですから、僕が六歳の時から作ってくれなくなりましたけど……」

 

 会話の声が聞こえてくる中、シオンは一人作業を進める。

『マジで……大丈夫、だよな……』

 渡すときのことを、不安に思いながら。

 

 

   * * *

 

「神様、シオン。今日ちょっと来て欲しいところがあるんだけどいい?」

 

 翌日の朝。【ヘスティア・ファミリア】の朝食中にベルがそんなことを言った。

 余談だが、この日シオンは碌に鍛錬ができていなかった。

 

「何時頃何処にですか?」

 

「北のメインストリートにあるカフェのオープンテラスに十一時頃」

 

「ボクは大丈夫だよ。その時間ならバイトもお昼休みだしね、シオン君は?」

 

「私は無理そうです。その時間帯には用事があります」

 

 今日は彼女との定期的な報告会を開く日だ。まだ初回の一度しか開けていないものだが。

 シオンはその時に指輪を渡そうと思っているのだ。

 

「じゃあ、シオンは今度で大丈夫かな」

 

「それよりベル君、どんな理由で呼び出そうと思ったんだい?」

 

「あの、前に言ってたリリのことで」

 

 パキッ、と音がした。その音を出した物は、二つに分かたれている。    

 

「シ、シオン?」

 

「いま、リリと言いましたか」

 

「う、うん。言ったよ」

 

「完全に忘れてました、()()()、またやったんですよね」

 

 彼は今思い出した。リリ、リリルカ・アーデのことを。

 彼は警告していた、次は無いと。

 ベルは許すと言った。だがら彼も盗みについては許す。だが、警告を無視したことは許さない。

 

「ベル、今度たっぷり時間を用意してくださいね」

 

「シ、シオン君。その笑顔が黒く染まっているように見えるのは気のせいかい?」

 

「いえ、実際そうなので気のせいではありませんよ」

 

 シオンはこの時、頭の片隅でリリルカ・アーデへの罰を考えていた。

 

…………普通ので人間では耐えられないようなモノを。

 

 

   * * *

 

 時は過ぎ現在朝九時。 

 服装は、戦闘衣(バトル・クロス)ではなく、白を基調とした軽めの私服。

 ポケットの中にはケースに入れた指輪を入れ、腰に『一閃』を携えている。

 お金は、念のため少し多めに用意してある。    

 落ち着かなくて早く出てしまった。そして既に辿り着いている。

 北のメインストリートの最端に位置し、一つ路地を外れれば正門へ辿り着ける、黄昏の館。

 

「こんにちは、アキさん」

 

 既に知り合いとなったアナキティ・オータムことアキさん。以前来た時も門番を務めていた。

 

「アイズさんかしら?」

 

「はい。でも自分で呼びますからいいですよ」

 

 反応によって呼び出す方法。ちょっと集中力を使ったりする。

 だが、風を操り始める前に、ピリッと電気が走るような感覚。

 

「っと、どうやら呼び出す必要はなかったみたいです」

 

 丁度よく、アイズが正門から見える館口を開け、姿を現した。

 白布に包まれた何かを抱え、すたすたと駆け寄って来る。

 

「おはようございます。アイズ」

 

「うん、おはようシオン。でも、どうして? まだ正午じゃないよ?」

 

「それは、ちょっと落ち着かなかったので、早く出てきてしまって。それより、アイズは何をしに?」

 

「これ、ギルドに行ったら会えると思ったから」

 

 白布を少し解きながらそう言った。解かれた隙間から見えたのは、緑色の金属。

 

「あ、プロテクターですか。でも、まだ早いですよ。ベルは今日午前中は予定が入ってますから、早くても正午ごろに行くことをお勧めします」

 

「そうなの? どうしよう……」

 

「なら、今日は少し予定を早めて、『ウィーシェ』に行きませんか?」

 

 手持ち無沙汰になりそうなアイズを、普通に誘う。デートに誘っているようで内心バクバクしてるし、その後にしようと思っていることを考えると、更に脈数が上がって、心臓が血圧に耐えられなくなって穴が開き、出血死してしまいそうだ。

 

「うん、分かった」

 

 まぁ、ただ予定を前倒しするだけなのだから、断られることは無いと分かっていたが。

  

「それではアイズさん。行ってらっしゃいませ」

 

「アキさんに敬語ってなんか合わないです……」 

 

「合うも合わないも礼儀なんだからやらないとダメなんです」

 

「知ってますよ。それでは、失礼します。アイズ、行きましょうか」

 

「うん」

 

 黄昏の館に背を向け、二人並んで歩いていく。

 普段は屋根を伝って移動するが、アイズと一緒に居られる時間は長い方が良い。態々早く移動できる手段を取ったりはしない。

 さて、今のうちに心の準備をしておきますか。

 

 




 原作と、アイズがギルドへ向かった時間が全然違いますが、そこはまぁ気にせずに、ね。


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贈呈、それは願い

  今回の一言
 まぁ、想像に任せるとしよう。

では、どうぞ


「濃いコーヒー、それとパンケーキあんこクリーム味。粒あん、クリーム多めで」

 

「私は、紅茶とイチゴタルトをお願いします」

 

 南西のメインストリート。

『ウィーシェ』着いて、前の時と変わらない店員の人に案内され、何故か一番周りから見られやすい席へと座らせられた。

 そして含みのある笑みを浮かべながら、注文を聞いてきた。

 

「本日のおススメとしてカップル専用パフェがありますが、どうなされますか?」

 

 注文を言い終えると、あの羞恥心を働かせるパフェを勧めて来る。

 これでシオンは相手方の目的を理解した。

 店内の一角には男神三人がニアニアしている。 

 グルだ。完全に乗せようとしている。

 それより、おススメが専用の物って言う時点で、かなり強引な方法を取ってることに気づいて欲しい。

 

「今なら半額ですよ」

 

「では、お願いします」

 

 半額、と言う言葉につられたのか、アイズが注文してしまった。

 男神たちがハイタッチをしていることで、少しイラっとしてしまうシオンである。

 だが、彼にとってはローリスクハイリターンの行動だ。得ばかりである。

 

「準備運動としては丁度いいですかね……」

 

 彼はそう捉えることで、気持ちを落ち着かせた。

 準備運動とは、この後の告白に近いことをする為の最後の心の準備である。

 

「シオン、一昨日は少ししか話してくれなかったけど、今日はいい?」

 

「何のことですか?」

 

「シオンが女になった理由。副作用としかいってくれなかった」

 

 それは吸血鬼化の事。シオンは、二十四階層からの帰還後、アイズに話す事を約束をしていたが、周りが煩かったので、全てを話す事ができなかったのだ。

 

「今は確かに大丈夫ですね。では、どこから話しましょうか」

 

「どうやってなったか」

 

「それは簡単ですけど難しいですね……」

 

「どういうこと?」

 

「私のあれ、副作用と言いましたが、それは真実です。ですが、言葉を付け加えて、体に取り込んだ呪いを強化した時の副作用、となりますが。あの現象を私は吸血鬼化と呼んでいます。呪いを強化すると吸血鬼化はできるのですが、どうしてそうなるの、と聞かれても答えようがありませんし、どうして女性になるの、と聞かれても私の吸血鬼化の体が女性だったから、としか答えられないのです」

 

「つまり、よくわかってない?」

 

「はい」

 

 何故呪いが強くなったら吸血鬼になるのかは、大体検討が付くが、どうしてあの世界の体になるかは答えられない。変わる仕組みそのものを理解できていないのだ。気づいたら変わっていた、という感覚。意図的に呪いを強化しても、自分の体が変わる瞬間のことは分からないのだ。

 

「あと、吸血鬼化って、吸血鬼になるの?」

 

「ええ、あの体はそもそも吸血鬼ですから。血を求めてますし、実際血を吸ったり、浴びるだけでもいいですが、そう言ったことで欲求を満たせます」

 

 実体験なので、これは確かだ。吸血鬼の体で、今の体の倍以上の時を過ごしているのだ。あっちの体の事の方が、よく知っている。

 

「じゃあ、『魅了』も使えるの?」

 

「『魅了』? といいますと、英雄譚などに書かれている吸血鬼の魅了ですか?」

 

「うん」

 

 英雄譚には、吸血鬼が、魅了の力を使って国を支配し、悪事を働いて、とある一人の青年(英雄)に殺された。と言う物語がある。

 その物語では、破邪の剣と言う剣で吸血鬼を殺し、国を救った。と言う結末が描かれているが、実際はその国は寄る辺となる吸血鬼の魅了が消えた所為で、滅びている。   

 物語で語られてた吸血鬼の魅了と言うのは、美の女神の魅了に近い。

 少し違うところは、対象を意志を持たぬ奴隷、人形ともいえる存在にしてしまうことだ。

 

「私はその対象がいなかったので何とも言えませんが、恐らく無理かと思います」

 

 その物語では、数々の吸血鬼が出てきて、その吸血鬼は純血種である貴族と、半人種(ハーフ)である吸血鬼が出てきている。

 物語の発端となった魅了を使えるのは、純血種である貴族のみ、シオンの体となった吸血鬼は、断定はできないが半人種(ハーフ)だろう。人間の魂が入った、と言う点から考えて。

 

「そう……」

 

「お待たせしました」

 

 と、早くも注文した品々が置かれていく。

 そして、スプーン一つが置かれ、それ以外のスプーンやナイフ、フォークやマドラーまで持って行かれた。なんという徹底ぶりだろうか。

 

「別にそんなことしなくてもいいのですがね……時間が掛かりそうだ」

 

「シオン、先に食べる?」

 

「いえ、アイズが先に食べてていいですよ。できればパンケーキを美味しいうちに食べたかったのですが……店員さんの思惑で、無理そうです」

 

 シオンはあえて大きめの声でそう呟いた。するとどうだろう、ナイフとフォークがテーブルに並べられたではありませんか。

 

「作戦成功。ではいただきましょうか」

 

「うん」

 

「「いただきます」」

 

 シオンはパンケーキ、アイズはタルトを黙々と食べ始める。

 シオンの食べるスピードはやはり早く、量が倍以上に違うのに、同時に食べ終わった。

 

「はい、あーん」

 

 そしてパフェの『あーん』タイムである。

 全く躊躇せずにスプーンを差し出せるのだから、恥じらいと言うものが無いのではないか、と錯覚させる程だが、頬が紅潮しているので、実際そうではないのだろう。

 差し出されたスプーンを口に含む。

 滑らかなクリームと、触感の好い小豆の甘さが見事に絡み合い、普通に美味しい。

 こうやって味が分かるのも、少しは心の準備ができているお蔭だろうか。

 

「次、シオン」

 

 スプーンを渡され、それに小豆とクリームを乗せ、ウェハースと言う、サクッとした触感が特徴の焼き菓子を半分乗せる。

 

「あーん」

 

 動揺を見せないようにしながらそれをアイズの口元へ差し出す。

 声は何とか隠せるが、恐らく顔は無理だろう。熱を帯びているのが分かる。

 

「もう一回」

 

「へ?」

 

「もう一回」

 

「あ、はい」

 

 何故かアンコールされ、パフェを一掬いし、また差し出す。

 

「あーん」

 

 言う必要も無いのについ言ってしまうのは何故だろうか。

 差し出したスプーンを口に入れられ、ゆっくりとスプーンを抜く。

 男神三人が騒がしいのは放っておいて、スプーンをアイズに返す。

 

「お礼、あーん」

  

 と、何が狙いなのかわからない行動をされながらも、パフェを減らしていく。

 何故か一度も自分で自分の分を食べることは無く、お互いに食べさせ合う状態が続いた。

 パフェが全て胃へと収まったころには、『あーん』による羞恥心はきれいさっぱり無くなっていて、その後にしようとしていることへの羞恥心も薄れている。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

「アイズ、ちょっと渡したい物があるのですが、いいですか?」

 

「どんな物?」

 

「これです」

 

 そう言って。ポケットから指輪の入ったケースを取り出す。

 

「理由や建前はなんでもいいので、とりあえず、Lv.6おめでとうございます、と言うことで、プレゼントです」

 

 渡せればいいのだ。指輪の意味は、いずれ理解してもらえればいい。

 

「私に?」

 

「ええ、受け取ってもらえますか?」

 

「うん。開けていい?」

 

「いいですよ」

 

 貰ったものを本人の前で開けるときは、どうしてか許可を得ようとしてしまう。人間の心理なのだろうか。

 

「これって……指輪?」

 

「はい、そうですよ」

 

 ケースから取り出した指輪を物珍しそうに眺めるアイズ。()()には気づいてくれるだろうか。

 

「あ………」

 

 と、ある一点を見て呟く。そこは、文字を刻んだ場所。

 

「シオン、これ………」

 

「解読はご自由に。そのまま意味を知らなくてもいいし、意味を知ってくれても構いません。私の口から意味を言うつもりはありませんから」

 

 刻んだ文字は、神聖文字(ヒエログリフ)共通語(コイネー)を使った暗号。三百年ほど前に使われていたと、ギルドの資料に解読方法と共に載っていた。

 今時それを知る者は少ないが、アイズもその大多数の一人だろう。

 

「わかった」

 

「あと、ちょっと試しに嵌めてもらっていいですか? サイズが合っているかわからないんです……」

 

 これはどうしようもなく情けのないことだ。後先考えずにやってしまう自分の性格が嫌になる。

 アイズが首肯し、指輪を嵌めた。それは()()()()()に丁度良く嵌り、運よくサイズが合っていたことを示している。

 

「ちょ……それは……」

 

「?」

 

 だが、シオンはサイズがあったことよりも、別のことを気にしている。

 左手の薬指。そこは結婚指輪を嵌める位置とされている場所。

 

「どうしたの? シオン?」

 

「もしかして……今自分が何をしているか気づいてないんですか?」

 

「?」

 

 どうやら、アイズは本物の天然らしい。それともこういうことに疎いのか?

     

「まぁ、私としてもそこに嵌めて頂けるのは嬉しいですし、何も意見したりはしませんが……」

 

「どういうこと?」

 

「お気になさらず」

 

「……わかった。シオン、ありがとう。大切にするね」

 

 と、アイズは指輪を嵌めた左手を抑えながら言った。

 その時に見せてくれた微かな笑顔に、シオンは幸福感と達成感を感じ、少しずつ取り戻せている彼女の笑顔に、彼は、自分と言う存在が彼女に良い影響を齎していることを知った。

 

 

 『君の笑顔のために』

 

 そしてシオンは、自分が指輪に刻んだ思いが、叶うことを願った。

 

   



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試射、それは魔法

  今回の一言
 分かる人にはわかるけど、ニブルヘイムじゃないよ?

では、どうぞ。


 

 満足感に浸りながら、ホームへと戻る。

 現在は昼時の十一時。北のメインストリートが一番賑わう時間帯である。

 用事があると言っていたベルは、ホーム内にいるはずもなく、私もそちらに向かおうと思ったが、途中から乱入と言うのは良くないことである。 

 と言う訳で、一昨日から予定していた。魔法の試射を行おうと思う。

 装備はとりあえず魔法特化。

 特殊効果付きの手袋。万が一の回復用に万能薬(エクリサー)。道中の雑魚()を殺すための『一閃』。精神力(マインド)回復のための、高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)と『黒龍』『青龍』。

 今日は軽装。魔法を撃ちに行くだけなのだから、これくらいで十分だ。

 昨日の内に憶えておいた詠唱式と魔法名を脳内で暗唱しながら、黙々と十二階層へと向かう。

 バックパックは持ってきてないため、魔石やドロップアイテムを持ち帰る気は無い。その為、容赦なく魔石を貫いて、灰へと変わる前に通り過ぎていく。

 そんなことをしていると、歩きで二時間もかからず着いてしまうのだ。

 力試しに壁の破壊は素手を使ったが、見事に粉砕してしまった。手も全く痛くない。手袋の素材が良いのだろうか。

 中は相変わらずだだっ広い。ここならぶっ放しても問題ないだろう。

 後ろの壁が修復を終えたところで、ルームの中央に立つ。

 超広域殲滅魔法だから、気を付けなければ自分も巻き込まれるだろう。

 

「さて、やりますか」

 

 レッグ・ホルスターを開け、即時回復が可能なようにしておく。

 打ち方は知らないが、想像で良いだろう。

 右手を前に突き出し、唱える。

 

「【全てを無に()せし劫火よ、全てを有のまま(とど)めし氷河よ。終焉へと向かう道を示せ】」

 

 魔力の収束が始まる。何とも素晴らしいことに、魔力の流れが手に取るようにわかり、思い通りに動いてくれる。収束が殆ど意識をしていなくともできる。

 

「【フィーニス・マギカ】」

 

 一次式完了。

 私の魔法は段階魔法。ベルと同じで希少魔法(レア・マジック)らしく、ヘスティア様の予想では、対応する詠唱ごとに魔法名を発せばいいとのこと。

 一次式はどうやら準備段階のようだ。

 

「【始まりは灯火、次なるは戦火、劫火は戦の終わりの証として齎された。ならば劫火を齎したまえ】」

 

 第二詠唱開始。足元に超巨大な真紅の魔法円(マジック・サークル)が顕現する。

 

「【醜き姿をさらす我に、どうか慈悲の炎を貸し与えてほしい。さすれば戦は終わりを告げる】」

 

 魔力の収束が足元へ一気に逃がされ、準備が完了する。

 

「【終末の炎(インフェルノ)】」

 

 格好をつけて、パチンッと指を鳴らす。物語で見た暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)の真似だ。

 地面から紅蓮の劫火が飛び出て来る。ものすごい音にちょっと驚いてしまったりするが、自分の魔法に驚くと言うのはおかしな話だ。

 劫火は自分を中心に視界内すべてを炎で包んだ。発せられた熱が自分にまで伝わり、出てきた汗を拭う。

 すると突然、魔力の収束はまた始まる。   

 

「【終わりの劫火は放たれた。だが、終わりは新たな始まりを呼ぶ】」

 

 急いで詠唱を繋げた。一次式の時はこんなことなかったが、二次式と第三詠唱は中断もできないらしい。下手に終わらせると、魔法爆発(イグニス・ファトゥス)が起きる。

 

「【ならばこの終わりを続けよう。全てを(とど)める氷河の氷は、劫火の炎も包み込む】」

 

 魔法円(マジック・サークル)は二次式に負けない程大きい。色は真紅から変わり、露草色と言う色へと変わった。

 

「【矛盾し合う二つの終わりは、やがて一つの終わりとなった】」

 

 先程よりも多くの魔力が収束する。目の前の炎は少しずつ小さくなっているが、依然伝わって来る熱の量は変わらない。

 

「【その終わりとは、滅び。愚かなる我は、それを望んで選ぶ。滅亡となる終焉を、我は自ら引き起こす】」

  

 収束していた魔力がまた一気に足元へと流れる。発動準備完了だ。

 

「【神々の黄昏(ラグナレク)】」

 

 物騒な魔法名を呟き、三次式が完成する。

 発動した魔法は、属性が氷。それは燃え盛る炎を一気に覆いつくす。

 一瞬で炎は消え、氷のみが残ると思ったが、その氷が盛大に爆発し、粉微塵となる。

 何が起きたか理解できなかった。ただ、急激に下げられた温度に、体を身震いさせるのみ。

 冷静に状況判断をすることにした。

 視界内はの地形は、完全にまっ平らの平面になっており、ルームの端の方は、深く抉れている。

 修復は始まっているが、あれほどだと十分はかかるだろう。

 自分の魔法のだいたいの威力は分かった。普通に撃ってこの威力だと、本気で撃ったらかなりの威力になるだろう。だが不可解なことがある。

 何故氷が消えた?

 急激に冷やされたことで、炎が消えたところまでは理解できる。だが、何故氷が爆発したのかが分からない。

 粉微塵となって破片が飛び散ることにより、威力が高まっているのは確かだが。

 ……メッチャ気になる。

 氷も急激な温度変化による影響?

 あり得るとすればそれだが、ちょっと矛盾してる気がする……

 でもいいのか? 【矛盾し合う二つの終わりは、やがて一つの終わりとなった】ってことに沿ってるし。

 炎と氷で二つの終わり。それがぶつかり一つの無と言う終わり、終焉ともいうのか。

 なるほど、詠唱に忠実な魔法であることが確定した。ならばこれ以上追及しても意味が無いだろう。

   

「もうちょっと性質を調べましょうか」

 

 右手を天に掲げ、呟くように詠う。

 

「【すべてを無に帰せし劫火よ、全てを有のまま止めそ氷河よ。終焉へと向かう道を示せ】」

 

 魔力の収束は行われている。だが、魔法円(マジック・サークル)は顕現しない。

 

「【フィーニス・マギカ】」

 

 そこで魔力の収束が一時的に終了する。このまま第二詠唱に入ると、【終末の炎】を撃てるが、あえて、詠唱をしない。 

 数分ほど待つ。体には何の異常もないし、魔法待機には集中力を必要とするが、全く集中していないのに魔法爆発(イグニス・ファトゥス)も起きない。

 恐らく、ここで第二詠唱に入らなかったら、魔法を中断できるのだろう。

 これはいい収穫だ。対人戦で使えるかもしれん。

 じゃあ次は、本気の魔法の威力を確かめておこう。 

 魔法が発動される範囲は視界内全域。それはさっき撃ったことで理解している。

 ならば、中心ではなく端で撃てば、かなりの威力が見込めるはずだ。

 端へと移動し、荷物を自分の後ろに置いて、右手を正面に掲げる。

 一度深呼吸し、気持ちを落ち着かせ、集中力を高める。

 

「【全てを無に帰せし劫火よ―――】」

 

 そして詠唱を始めて気付いた。魔力が全く収束しない。

 どうしてか、少し考えてみれば原因は一つしか思い当たらない。

 さっき一次式で終了したせいだ。ならばどうしたら解決できる……

 その時、ある一つのアイディアが浮かんだ。これができるならば、これは本当のチートとなる。

 

「【始まりは灯火、次なるは戦火、劫火は終わりの証として齎された】」

 

 第二詠唱を始めてみた。そうしたらどうだろうか、魔力が収束しはじめ、足元に真紅の魔法円(マジック・サークル)が顕現した。

 予想的中&チート確定。 

 これは魔法の持ち越しができる、しかも集中していなくとも。原理は知らん。

 

「【ならば劫火を齎したまえ】」

 

 収束する魔力を、さっきまでとは比べ物にならない段階まで上げる。これならば半端な威力で収まるはずがない。

 

「【醜き姿をさらす我に、どうか慈悲の炎を貸し与えてほしい。さすれば戦は終わりを告げる】」

 

 そろそろ収束量がやばくなってきた魔力が、一気に足元へと流される。

 

「【終末の炎】」

  

 やっぱり同時に鳴らしてしまう指。気持ちよくなったその音の後には、大轟音。

 効果範囲である視界内は、完全にある一色で染め上げられ、地面から吹き出る火柱が天井まで届く。

 威力はさっきと比べるまでも無く強い。実際に比較したとしても、約三倍近い威力がある。

 

「【終わりの劫火は放たれた。だが、終わりは新たな始まりを呼ぶ】」

 

 中断しようとせずに、第三詠唱を始める。劫火は依然、衰えない。

 

「【ならばこの終わりを続けよう。全てを止める氷河の氷は、劫火の炎も包み込む】」

 

 顕現された露草色の魔法円(マジック・サークル)は炎に負けず、光り輝く。

 

「【矛盾し合う二つの終わりは、やがて一つの終わりとなった】」  

 

 魔力の収束力が、堪え切れないギリギリのところまで上がっていくのが分かる。漆黒の手袋を付けていなければ、これほどまでの収束はできなかっただろう。

 

「【その終わりとは、滅び。愚かなる我は、それを望んで選ぶ。滅亡となる終焉を、我は自ら引き起こす】」

 

 一気に魔力が流される。限界前に詠唱を終えられたことに安堵しつつ、気は緩めない。

 

「【神々の黄昏】」

 

 そこで正面に掲げていた手を、振り上げる。こういう動作がある方が気持ち的に満足できるのだ。

 出現した氷は、威力こそ上がったが、先程と同じように視界内の炎を完全に包み込む。

 そして、爆発。爆風も冷気も飛んで来る破片の量も尋常じゃない。

 急激に冷えた体の筋肉の動きが鈍るが、破片を斬り落としていく。

 そうしないと、破片に一々体を貫かれる。痛みに耐えるのは慣れているが、痛み自体は嫌いだ。

 飛んで来る全ての破片を斬り終わり、納刀すると、少し経ってから急激に襲われる徒労感。

 急いで脚に手を伸ばし、一本の試験管を取り出して、飲み干す。

 消えていく徒労感。崩れ落ちる前に地面につけた手。マジアブナカッタ。

 今のは精神疲弊(マインド・ダウン)。持ってきておいてよかった……

 余裕ができたところで、魔法を撃った場所を見る。

 

「………本気で撃つの、やめようかな」

 

 そこには、そう思ってしまうほどの痕。

 硬いはずの地面は7M程抉れ、広大だったはずのルームの端まで魔法の損傷が見られる。と言うか、端っこまでもが抉れてる。

 壁は氷の破片が貫いた跡が所々に残っており、斬り落としておいてよかったと思わせてくれる。

 人に撃ったら塵も残さないだろうし、自分への反動も相応。

 本当の危機でしか使わない方が良いだろう。そう心に決めておく。

 

「さて、適当な補給相手(モンスター)はいないでしょうか」

 

 その後は、ルーム内が修復を終えるまで回復(殺戮)をしていたのだった。

 

 

   * * * 

 

「よし。完全に戻ってる」

 

 一時間程経ってからルームへと戻ると、完全修復を遂げていた。

 

「どっちから試しましょうかね……」

 

 彼が試そうとしていることは、並行詠唱と高速詠唱。どちらも同時に、という手はあるのだが、魔法爆発(イグニス・ファトゥス)が怖いので、片方ずつ試すつもりだ。

 

「早口言葉感覚で、高速詠唱にしましょうか」

 

 実際問題、そんな簡単な感覚でやっていいものでは無い。

 そもそも詠唱とは魔力を収束するための工程であり、それを高速で行うと言うことは、それなりの集中力と魔力操作技術が必要となるのだが、元々集中力が高く、しかも魔力操作は手袋の効果が支援してくれるため問題ない。

 

「【全てを無に帰せし劫火よ全てを有のまま止めし氷河よ終末へと向かう道を示せ】」

 

「【フィーニス・マギカ】」

 

 一次式の高速詠唱は問題ない。

 だが問題は次だ。息継ぎ無しで詠わなければならなく、正直辛い。

 まぁ本当の所は、息継ぎがあってもいいのだが。

 

「【始まりは灯火次なるは戦火劫火は戦の終わりの証として齎されたならば劫火を齎したまえ醜き姿をさらす我にどうか慈悲の炎を貸し与えてえてほしいさすれば戦は終わりを告げる】」

 

「【終末の炎】」

 

 高速詠唱中でも指を鳴らすのを忘れないこのこだわり。深い意味はない。

 

「【終わりの劫火は放たれただが終わりは新たな始まりを呼ぶならばこの終わりを続けよう全てを止める氷河の氷は劫火の炎も包み込む矛盾し合う二つの終わりはやがて一つの終わりとにゃ――】」

 

 噛んだ。

 収束していた魔力が膨張し、脳内で『ヤバイ』と全力で何かが叫んでいる。 

 膨張している魔力を足元へ急速に流す。この手袋には感謝だ。

 だが、それも完全には間に合わず、大爆発。

 元々使っている魔力量が多いのだ。爆発量もそれ相応になる。

 体内で爆発してたら、最高の回復方法である吸血鬼化もする暇が無かっただろう。

 だが、爆発したのは足元。右脚が半分くらい吹き飛んだが、死んではいない。

 地面からの爆風で体が宙を舞い、その間に『一閃』を抜く。

 万能薬(エクリサー)では無くなった物は戻せない。だが、吸血鬼化は問題なく無くなった物すら新たに生やす。

 呪いを体内に入れる。そして強化する。同時に何故か瞼が下りる。

 

 

 瞼を上げた。すると、足には地面の感触。二足で立っている。

 吸血鬼化ができたのだろう。一部を除いてさっきより体が軽いし、目線も少し低いし、右脚下半分も生えている。

 いつもこんな感じだ。変わった瞬間が分からない。 着地できているから、空中で変わったことは確かなのだが。深く追求しても無駄だろう。吸血鬼になれたのだからそれでいい。

 

「まさか、詠唱を噛んで命の危機にさらされるとは……情けない」

    

 死因:詠唱を噛んで魔法爆発(イグニス・ファトゥス)。なんて酒のつまみにはなるだろうが、そうなった側としては笑い話で済まない。

 回復も済んでいるため、吸血鬼化を解く。するとまた瞼が勝手に下がる。

 

 瞼を上げた。吸血鬼化から戻ったのだろう。

 だが、目に映る風景はダンジョンのそれでは無く、自分の心のような草原。と言うよりここは自分の心だ。

 

「もしかして、吸血鬼化する度に自分の心に連れてこられるのでしょうか?」

 

「いいえ、そうではない。ただ、いつまで経っても気づかないおバカさんに、直接引きずり込める吸血鬼化解除後に心へ連れてきて、お話しようと思っただけ」

 

 何をどう気づけばいいのか、それは言われない。

 シオンはそこは大して気にならない。だが、気に障るところがあった。

 

「誰が、おバカさんって?」

 

「貴方よ、何で気づかないかしら……」 

 

 二重の意味で言われたその言葉に、ちょっとムカつくシオンであったが、怒っても仕方のないことだと知っているため怒りはしない。

 

「それで、何ですか? その気づかなかったこととは」

 

「スキル、発現したわね。どうしてあれを使わないの」

 

「【接続(テレパシー)】の事ですか? 使うも何も、使い方を知りませんし」

 

「簡単よ、対象を思い浮かべて、その人と繋がっていると思うの。集中力は使うけど、集中力が人並み外れた貴方なら問題ないわ。一つのことに没頭して、周りが見えなくなる程だもの」

 

「褒めているのか貶しているのかはっきりしてもらえますか?」

 

「どちらの意味でも言っているのだからはっきりはしてるのよ? それと、私が何を言いたいかわかるかしら?」

 

「【接続】を使え、と言うことでしょう。でもそれがどうしたんですか? と言うより、何に対してですか」

 

 そもそも、何故アリアにスキルを使わなくて説教されるのかわからない。

 

「私に対してよ。一度使ってくれれば、今度から態々貴方を心に引きずり込む必要が無くなるのだし」

 

「それはどういうことですか?」

 

「【接続】に相互干渉っていう効果があったはず。それは、貴方が一回接続して回路を開けば、スキルを持っていなくても、集中すれば干渉された側から貴方に接続できるのよ」

 

 それってつまり、かなり優秀な情報伝達方法なんじゃ……

 

「っとそれは分かりました。外に出たらやります。それで、何故そんなことを?」

 

「いろいろ理由はあるけど、一番大きな理由は、ここが暇なの。一応貴方の視界から外は見えるのだけれど、誰とも話せないの。だからお話相手が欲しいのよ」

 

「なにアミッドさんみたいなこと言っちゃってるんですか。まぁそんな理由でもいいですけど」

 

「ありがとう。それじゃあ、外に戻すわね。直ぐ避けるのよ」

 

「はい?」

 

 視界が白光に包まれる。そして段々と暗くなっていき、瞼を閉じたときと変わらない暗さになる。

 瞼を開ける。するとそこには爪。

 

「……ッ!」

 

 咄嗟に右手で爪の力を横方向に受け流し、反対方向へ回避して立ち上がる。

 左腰の『一閃』を抜き、即座に踏み込んで、『強化種』のウォーシャドウを斬り裂く。

 幸い数は一体のみ、これ大群だったら多分死んでた。

 集中力を高め、アリアの姿をイメージする。

 

『流石ね。よく避けたわ』

 

『殺す気ですか、そうなんですよね』 

 

『あら? 直ぐに避けるように言ったはずよ?』

 

『その少ない情報で、起きたらウォーシャドウの『強化種』が爪を振り下ろしてました。なんて予想できる人がいると思うのですか貴女はっ』

 

『そんなことはいいのよ。実際生きているのだし、何の問題も無いでしょう?』

 

『結果論では確かにそうですけどねっ』 

  

『そう怒らないの。今度心に連れて来た時に膝枕してあげるから』

 

『私はアイズの膝枕のが良いですし、膝枕はアイズのしか受け入れられません』

 

『頑なね。一途とも言えるかしら。まぁいいわ。今後話したいことがあったらこれで話しかけて頂戴。私からもそうするわ』

 

『わかりました』

 

 そこで何かが切れるような感覚。地味にくすぐったい。

 過程はともかく、結果としての収穫はあった。

 今日はもう帰ろうか……いや、まだ精神力(マインド)は有り余ってる。一回ずつならいけるはずだ。 

 

 その後、詠唱を見事に成功させた彼が作った痕は、言うまでもなく凄いものであった。

 

 魔法、恐るべし…… 

 




 因みに、漆黒の手袋は片方だけである。


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日常、それは議論

  今回の一言
 完全に伏線を張る回です。

では、どうぞ


 

 襲われる。手を向ける。吹き飛ばす。圧死する。

 試し打ちと言うのなら、こっちもやってみるべきだろう。

 魔力の波動照射。やってみたけど本当にできた。

 あまり多用できないが、威力は調節しやすいし、射程も中々。

 牽制や威嚇、やり方次第で誘導なんかにも使えそうだ。 

 だが、欠点は存在する。

 やはり魔力量に依存してしまう。まぁこの欠点はどうせすぐに問題なくなるだろうが。

 そしたらもう必需品になるレベルじゃないですかーやだー。

 今現在もその欠点は『黒龍』『青龍』で補えるのだが。

 ていうか、このままだと他のやつもチート臭するな……使うことが無いと思ってたあの二つも、普通に考えて十分実用性のある効果持ってたし。今度使ってみようかな?

 

 と、そんなことを考えてると、始まりの道に足を踏み入れる。

 ここの道は嫌いだ。広い癖に人が多くて、通りたくないのに、この道を通らないと帰れない。別に周りを少しぶっ壊せば人がいない所を通れるのだが、ギルドに目を付けられてしまうからやる気は無い。

 そこで、有効的な対処法を考えた。

 一つ!

 人が比較的少なくなる深夜まで待つ。

 うん、全然効果的じゃないね。

 二つ!

 冒険者たちの上を飛び越えていく。

 幸い頭上には空きがある。目立つかもしれんが、そこはまぁ認識阻害(技術)で。

 以上。結局、有効? な方法は一つしかない。

 毎度のことやっていることだ。もう手慣れた。

 薄暗い通りから一転し、眩しいくらいの明るさが目を射す。

 数瞬で光に順応し。はっきり見える光景は、更に多くなった冒険者の波。

 風となり、隙間を縫うようにしてバベルの外へと出る。人が多いのは本当に嫌だ。

 そこから跳躍、屋根へと跳び移る。明らかに可笑しい距離を跳んだが、跳んだ本人は何食わぬ顔で同じことを繰り返している。

 曲芸師でも簡単にはできない芸当を平然とやってのけているのだが、そのことを認識できている者は皆無、と言っていいだろう。

 道なき道を通っている彼は、簡単に目的地へ辿り着く。 

 中に入り、ある場所へと向かった。

 

「あら、シオン。今日はどんなご用件で?」  

 

高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)を二本と、暇ができたのでお話を」

 

「今日は空いているのですね。承りました。私の部屋で待っていてください」

 

「流石にそれはまずいです。主に、女性の部屋に男が一人で入ると言う点が」

 

 外見面は措いといて、性別的にはおと――――女でもあるんだった……

 

「問題ないですよ。シオンはそんなことしないでしょう? 残念な程一途なのですから」

  

「よくわかってらっしゃる」

     

 まぁ外見面で騙せてるから、風評被害に遭うこともないはずだ。

 アミッドさんから鍵を貸してもらい、『関係者以外立ち入り禁止』の札を無視して通り過ぎる。

 歯ぎしりの音が静かな廊下に響き、殺意の視線が直接向けられる。

 物騒だな~、と暖気(のんき)に思っているが、このような歓迎を受けるのは彼だけなのである。

 以前入ったドアに鍵を刺し込み、回して開錠。

 普通に中へと入り、無断だが、茶でも淹れておこうかと思い、部屋の端にあるティーセットを取る。

 使うのは『アッサム』。ロイヤルミルクティにでもしようか。

 知識だけの素人がやってどれ程の物ができるか、多分不味くはない、くらいの評価だろうが。

 置いてあった魔石焜炉の上に小さな鍋を置き、水と牛乳を入れ、火をかける。

 その間にもう一つの魔石焜炉で水を沸かす。

 うん、人の部屋の物を勝手に使うって、人としてどうなんだろ……あ、半分人じゃない。

 水が湯に変わったくらいで、ティーポットに茶葉を入れ、蒸らす。

 ティーポットの隙間から漂う匂いは中々のもの。流石アミッドさん、いい茶葉を持っている。

 鍋の方が沸騰していて、多分もういいだろう、と思うくらいになったので、火を止め、ティーポットの中に追加。そこから更に、少しばかり蒸らす。

 その間にカップとソーサーを用意して、適当な時間だが、カップに出来上がっていてほしいロイヤルミルクティを淹れる。

 香りはいい。元が良いからだろうが、味はどうだろうか。

 

「遅くなってごめんなさい。あら、いい香りね。淹れてくれたのかしら?」

 

「無断なうえに、素人の戯れ程度のできだと思いますが、丁度入りましたよ」

 

「戴けるかしら? シオンが淹れたものがどれ程のものか、気になりますから」

 

「不味くはないと思います。どうぞ、ロイヤルミルクティです」

 

「ありがとう」

 

 お礼を告げ、優雅な動作でカップを口元に運び、一口。

 

「!……美味しいわ。本当に素人なのですか」

 

 評価は予想以上に上々。そんなにかと思い自分でも飲んでみたが、普通に美味い。

 

「自画自賛になりますが、確かに美味しいですね。かじった程度でこれくらいに成れるとは……正直驚いてます」

 

 目分量でやった上に、蒸らす時間とかも完全に適当だったけどな…… 

 

「普通はこうは成らないはずなのですが……美味しいからいいです。では、お話に付き合ってもらいますよ」

 

「勿論です。ただし愚痴は無しですよ、愚痴られるのはもう嫌です……」

 

「あらそう。それですと、言いたいことの半分くらいが無くなるのですけど」

 

 愚痴が半分って、どれ程のストレスを抱えて暮らしているのか。少しくらいは……とか思っちゃうけど、ミイシャさんの愚痴のラッシュを味わった身としては、もう愚痴は嫌だ。と感じてしまうのだ。

 

「じゃあ、今日私が聞いたお話についての議論でもしましょうか」

 

「お話じゃなくなりますが、いいですよ。どんなことを聞いたのですか?」

 

「ある冒険者のことです」

 

 何かが引っかかるような違和感がした。だがその違和感もすぐ消える。

 

「その冒険者は先日、【ランクアップ】したそうです。昨日、その内容がギルドの情報掲示板に貼られていたのだとか」

 

 自分と同じ時期に、【ランクアップ】した人がいたのか。と、別方向のことを考え始める。

 

「その冒険者は、どうやら最速記録保持者(レコードホルスター)になったようで、その期間が約一ヶ月」

 

 はい、もう確定ですね、お疲れ様。なんでこんなに情報が回るのが早いかな……。

 

「死にそうになったが、逆転して生き延びた。というのがランクアップ原因だそうです。何で死にそうになったのかは不明。何に逆転したのかも不明。情報が少なすぎる、なのにギルドは公式公開をそれで済ませました。どういうことだと思いますか? シオン」

 

「担当のミイシャさんが碌に情報を集められなく、更に言えば資料の作成を面倒くさがった所為ですかね」

 

「そんなことは聞いてません。シオン、貴方何をしたのですか? 貴方の常識外の強さは実際に見たことはありませんが、大体知っています。そんな貴方が【ランクアップ】するには、相当量の

経験値(エクセリア)】が必要になるはずです。つまり、それほどの強敵と戦った、ということですね」

 

 そこまでわかっているなら何故聞くのだろうか。そんなことは聞いてはいけないだろう。こういうことを聞くと大体会話が続かなくなる。

 

「確かに戦って、死にかけました。相手の追及はよしてくださいね? 多分情報規制が掛かることなので」

 

 睡蓮(スイセン)の過去と思われる時の名は、ルキウス・イア。『二十七階層の悪夢』と言われた事件の首謀者の一人。あの事件の後に首が発見されたことから、死んだとされていたらしい。

 だが、人間を辞めた状態で現れた。黄泉帰り、蘇生、名称は様々だがそれが起きたのだろう。

 人が生き返ることは本来許されないこと。世界の法則に逆らうことなのだ。だから、ルキウス・イアと戦ってランクアップしたなんて、情報規制の対象になるには十分なのである。

 

「そぅ……ならいいです。それと、まだ言ってませんでしたね。【ランクアップ】おめでとうございます。シオン」

 

「心機一転ですか? あと、賛辞をもらうほどの事ではありませんよ。所要期間が極端に短いのも、私が異常なだけですし、それは今に始まったことではありませんから」

 

「そうでしたね。単身(ソロ)で中層に潜っていることも、Lv.5を圧倒したことも、貴方のする事の殆どが異常なことですからね」

 

 何か馬鹿にされているように感じるのは気のせいだろうか。別に普通を貫いているだけなのだが。その普通が世間一般ではないことは措いといて。

 

「それと、シオン。先程から気になっていたのですが、その片手袋は何ですか? 魔術的何かを感じるのですが」

 

「あ、わかりますか? これは特殊な魔道具(マジック・アイテム)で、結構便利なんですよ。並行詠唱、高速詠唱何のその、高威力の魔法の収束だって簡単。さらには魔力の波動を放てるので、魔法さえ保有していれば、これ一つだけでも十分戦えます」

 

「それって、チート、という系統の物ですか?」

 

「今更ですね。私に関わる物は大体チートですよ? 刀もそうですし」

 

「シオンが【ランクアップ】したのも、そのチートに原因が?」

 

「あ~、原因ではありませんが、通過点には存在します」

 

 主に吸血鬼化。『一閃』のこのチート能力は本当に助かっている。草薙さんに遇えて本当に良かった。

 

「まぁ、そのチートは、使い手次第でゴミにもなりますけどね。私のような人が使うからチートなんですよ。ほら、私、特殊ですから」

 

「言い方を変えて異常と言った方が馴染み深いですね」

 

 ちょっとーアミッドさん? 馴染みって、周知の事柄のように言うのやめてくれます? 私の異常さは周りの人だけが知っていればいいんですよ?

 

「とりあえず、シオンの異常さについてはもういいです。何も得られなさそうなので。シオン、何か面白い話はありませんか?」

 

「それ、話しの振り方でしてはいけないことベスト3に入る言葉ですよ。まぁありますけど」

 

「どんなお話ですか?」

 

「性欲についてです」

 

「…………はい?」

 

 その後はちょっとした体験談を元に語った。

 性欲について熱心に語るのは、中々、勇気と恥じらいに耐えゆる心が必要な行為だが、羞恥心など、午前中に使い切っているし、勇気など知らん。

 私が語ったのは、自分のことが中心だ。まぁそれを直接は言わないが。

 一時間程語り、さらに一時間程ディスカッションをした。

 

「結論をどうぞ、アミッドさん」

 

「ええ、シオンは異常者では無く変態でした」

 

「ちょっと待ってください。話が全然纏まっていません。大体、何処をどう考えたら私が変態になるのですか」

 

「一から説明しましょう」

 

 こういう場合、長くなるのが鉄則である。気長に聞こう。

 

「まず言うと、振った話題が可笑しいです。女性に普通そんなこと言いますか? 言いませんよね? 大体、何で語れるんですか。男性は皆そうなのですか? それとも、やはりシオンだけが変なのですか?」

 

 何故か駄目だしされてる……というか罵倒も交じってるし。

 

「それと、何でシオンが性転換できるんですか、遠まわしに言ってあやふやにしようとしてましたが、体験談の質から言って無理があるのですよ」  

 

 ありゃ? 分かっちゃったんだ。流石アミッドさん、でもそれなら、変態呼ばわりされる謂れは無い気がするのだが。

 

「あと、性欲が殆ど消え失せたのは分かりました。そしてただ一人に感じる、と言うことも分かりました」

 

 因みにそのただ一人とは――――て、言うまでも無いことだろう。

 そして、性欲のことだが、これは一種の防衛本能だと考えている。

 男女の性欲とは、同じようで全く違う。それが一つの意識に集まるのだ。私の魔法のように全くの別ものに変異してしまうかもしれない。だから、どちらも消す。そして均衡を保つ。

 そしたら何故彼女が例外か、と言うのは、本能を抑えるのは昔から理性と決まっている。なら、恋愛感情と言う理性で抑えたに過ぎない。簡単なことなのだ。

 

「そこはまぁ許容しましょう。ですが、私が気になったのはその先です。吸血鬼の回復能力と回復手段についてですが」

 

 特に回復手段がある訳では無いのだが。感覚的には、痛みを感じてすぐ消える、みたいなものだ。勝手に治るのである。

 

「不死とまで言われる、無くなった物すら戻す回復能力。そこは人外だからこその所業と言えます。シオンがそれになってしまった事は許せませんが、それは後でいいのです。それより、回復手段が許せません。生き物の血を吸う? 見逃し難いことなのですが」

 

「いえ、血を飲まなくても回復はできますよ? ただ、力を使えば使うほど吸血の欲求が増大していくので、結局吸った方が良い、と言うだけです」

 

「殆ど変わりないではありませんか」

 

 いや、結構違うけど。実際、吸わなくても死にはしない。ただ、ちょっと理性が吹き飛んで、本能に忠実な怪物に成り果てるだけだから。だけで済まされることではないが。

 

「それに。その吸血鬼化でどうして性別が変わるのですか。原理が分かりません。しかもその所為でシオンの性欲が………」

 

 え、なに? なんでそんな無念そうな顔してるの? 性欲ってそんなに無くなっちゃいけないもの? ない方が平和で良いと思うんだけど。流石に皆無はダメだが。

 

「わかりました」

 

「何をどう分かったのか嫌な予感がするので聞かせてください」

 

「私がシオンの性欲を取り戻します」

 

 何言ってんだこの人。数秒はそう思ってしまった、実際問題無理に等しい。しかも、性欲自体は限定的だが存在しているので、取り戻す必要な無い。

 

「何故?」

 

「シオンを普通の年相応の人にする為です。そうすれば……」

 

「いえ、それは不可能です。まず私を普通にすることだけでもう無理なことは確定してますし、年相応と言われても、私は一応年相応に恋もしてるのですよ?」 

 

「不可能を可能にするのが医者です。私はその医者なのですから、問題ありません。絶対何とかしてみせます」

 

 どうしてそこまで必死なのか……医者の矜持とかでもあるのだろうか。

 

「と言う訳で、早速研究を始めます。シオン、楽しみにしていてください」

 

 いや、無駄な欲求が増えるから正直楽しみではないのだが……

 

「ではシオン。今日のお話は終わりですね。また今度もお願いできますか?」

 

「それはいいですよ。私もアミッドさんと話すの結構好きですから」

 

 まぁ今日はお話ではなく殆ど議論だったが。

 

「では、また今度に。失礼します」

 

 別れの挨拶を告げ、部屋を後にする。

 彼と彼女が背を向け合った時、二人がどんな顔をしていたかは、お互い知る由も無かった。

 

 



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日常、それは罰

  今回の一言
 リリが原作と大きく変わってしまうかも……。

では、どうぞ


 

 ぴょんぴょん跳んで、辿り着いたは【ヘスティア・ファミリア】ホーム。

 中には、既に用事を終えたのか、ベルがソファに座っていて、その隣には、リリ。

 

「ベル様ベル様。その後はどうなったのですか?」

 

「彼は最後に言葉を残して、その国から去ったんだ。『偽者の英雄は、君たちの願う英雄にはなれないのさ』って言葉をね」

 

「それが、英雄譚の中でも変わった話なんですか?」

 

 ベルは、どうやらリリに英雄譚を聞かせているらしく、リリもその話をちゃんと聞いていた。

 今ベルが話したのは、一風変わった英雄の話。

 彼は皆に願われ英雄となった。仲間と集い、力を手に入れ、最後には悪を絶った。

 最後に彼は英雄と言われ、崇め奉られるほどになった。だが、彼はそれを認めなかった。

『僕は何もしていない。僕はただ君たちと同じで救われただけだ。だから僕は偽者、君たちの言う英雄じゃない。偽者の英雄は、君たちの願う英雄にはなれないのさ』

 彼が国を去る前に言った正しい全文はこれだ。この物語は五回ほどしか読まれなかったから、流石のベルでも憶えられなかったのだろう。

 

「どうだった? やっぱり変でしょ?」

 

「えぇ……具体的にどのあたりかと言うと、彼は何故偽者なのかを言っていません。崇められる程なのに、どうしてそう言ったのでしょうか……」

 

「実際は言ってますよ。ただベルが全文を暗記していないだけです」

 

「……ッ!」

 

「あ、おかえりシオン。結構待ったんだよ?」

 

「もうベルは驚かなくなりましたね。あと、待った時間も有意義に過ごせたのでしょう? なら別に大丈夫ですよね」

 

 そう言いながら金庫にいろいろ仕舞って、代わりに『黒龍』を取り出す。

 『黒龍』は『青龍』より格が上の刀である。呪いの強さも違うし、物を斬る単純な切れ味ならば、私が持っている刀の中で一番鋭い。

  

「さ~て。ベル、席を外してもらえますか?」

 

「え? なんで?」

 

「リリにO☆HA★NA☆SHIがありますので。大丈夫です、死にはしません、酷くても満身創痍で終わらせます」

 

「ちょ、ちょっとシオン? 流石にそれは……」

 

「ベル、早くしてください。外にいるだけで良いですから。終わったら呼びます」

 

「う、うん」

 

 少しばかり声に圧を籠めて発したので、ベルも理解してくれたらしい。聞き分けが悪くなくてよかった。

 何度も振り返りながらも、とことこと階段を歩いていく。よほど心配しているようだ。死ぬことは本当にないから安心して欲しい。

 

「さて、リリルカ・アーデ。私の言いたいこと、分かりますか?」

 

「……ベル様にしたこと、ですよね……」

 

「はい、泥棒のことは、一応許します。被害者であるベルがそうしてくれって言いましたから」

 

 そう告げると、リリの顔に希望が見え隠れした。助かると思った反面、許してもらっていいのか、という後ろめたい気持ちがあるのだろう。

  

「ですが、私はリリを許しません」

 

「……え?」

 

「リリは警告を無視した。次は無い、そう言ったはずです。勿論憶えてますよね」

 

「……はぃ」  

  

「なので、リリには罰を受けてもらいます。異論反論抗議口答え一切認めません。ただし質問はいいですよ」

 

「その罰とは……どんなことですか……」

 

「選択制です、何個選んでもいいですよ」

 

 先日考えておいた罰。生と死が紙一重のものもあれば、簡単なものを用意しておいた。

 

「では、挙げていきます。絶食三日間、ダンジョン十八階層単身(ソロ)進出、ベルの下僕、三日間正座、神聖浴場への侵入、戦いの野(フォールクヴァング)への攻撃、ギルドへ自分の罪を自白、食糧庫(パントリー)竪琴(キタラ)を全通り弾く。どれにします?」

 

「……二つを除いて確定的に死にます」

 

「私は死にません。だから大丈夫、死んだらのならリリの実力不足が原因」

 

 実際、絶食&正座はやったことがる。まだ木刀を使っていたころだが、集中力の持続で耐えろ、とかでお祖父さんにやらされた。あれ、死なないけど結構辛いのである。

 

「絶食で水を飲むのは」

 

「禁止です。水でも腹は満たせます」

 

 結構酷いことを言っている自覚はあるが、罰なのだから酷いも人情も何もなくていいのだ。

 

「で、どうします?」

 

「……絶食と正座と……ベ、ベル様の、げ、下僕に……」

 

 おいちょと待て、何でそんなに恍惚とした表情になってるわけ? 正直気持ち悪いんだけど、なに、マゾヒスト? 君の表情見ても全く得しないんだけど。

 

「変態」

 

「だ、だれが変態ですか!」

 

「自分がさっきまで妄想していたことを思い出しながら考えてみてくださいな。直ぐに気づけると思いますよ」

 

「そ、それは……」

 

 はい、目を逸らした。邪な気持ちで罰なんて受けるなよ。

 

「では、絶食と正座を同時に行います。下僕はやっぱりだめです」

 

「そ、そんなぁ」

 

 あからさまにがっかりするなよ。ご奉仕精神が高まることは良いことだが、ベクトルを間違えてるぞ。

 

「他のやつはやらないのですか?」

 

「ギルドへの報告は刑罰くらいで済みますが、他は死にます。確実に、それはもう」

 

「神聖浴場以外は大丈夫だと思うのですが……」

 

「さっき自分は全部大丈夫だって言ってましたよね⁉」

 

「そんなことは言ってません。ただ、死なないとだけ言いました」

 

 侵入は罰せられるだろうが、吸血鬼化して女性になっていれば軽い罰で済むし、気配を紛らせていてれば、武神や何かしらの能力を持った神でない限り気づかれることは無い。

 あれ、できるんじゃね? やろうとは思わないけど。

 

「さて、今日から三日間ずっと不動の正座です。睡眠は構いませんが、正座を解いたら、また一からやり直しと軽い罰を与えます。初期状態は脚の上に漬物石を置いた状態です」

 

「し、死にます……」

 

「大丈夫です。人間ソンナヤワジャアリマセンヨ、最悪万能薬(エクリサー)がありますから回復できますし。脚の骨二・三本くらい折れてもいいでしょう?」

 

「駄目ですよ!」

 

「はい、アウト」

 

 即座に『黒龍』を抜き、普通だったら必殺の軌道を走らせる。

 

「がァ……」

 

 斬った衝撃でソファに押し付けられ、メキメキっと音を立てる。

 

「やば、壊れてませんよね」

 

 心配するのはソファの方、リリは生物なのだから斬り殺せるはずもないし、衝撃で死んだ様子もない。

 

「な、なに、が……」

 

「あ、体に力が入りませんか? 一応急所を斬ったので気絶しても可笑しくないのですが、意外に耐えますね」

 

 非殺傷は精神力と体力を吸い取る。それは急所、その中でも心臓に近ければ近い程強い効果を発揮する。今の一刀で急所を、心臓含めて三つ通った。それで耐えるのだから、意外と凄い。

 

「では外に行きますよ、さっさと立ってください」

 

 そう呼びかけるも、リリは立ち上がろうとしているだけで、立ち上がれそうになかった。

 仕方なく頭を鷲掴みにして持って行く。見た目通り軽いので苦ではないが。

 

「あ、シオンってええっ!」

 

「どうかしましたか?」

 

 外へ出ると待っていたベルが大声を上げて叫んだ。

 

「ちょ、ほんとに何したの?」

 

「何もしてません。今からするんです」

 

「犯罪宣言⁉」

 

 犯罪じゃねーよ。近いので言えば死刑宣告だ。まぁ死なないだろうが。

 

「そ、それで、何するの?」

 

「三日間漬物石を乗せた状態で正座を崩さず水なしの絶食。あれですよ、昔私がやっていたでしょう?」

 

「あれやるの⁉ あれはシオンだからできるんだよ! 普通は無理だって!」

 

「私は水を一回だけ飲んでいい一週間でしたがね」

 

 しかも睡眠禁止と来たもんだ。あれは本気で死ぬかと思った。

 

「あれは普通できないことくらい理解しています。なので、少し軽くしました」

 

「……ベル様、シオン様を人って呼んでいいいんですか?」

 

「それ、昔から解決できない難問だから」

 

 マジかよ。簡単だろ、答えは、人間辞めたけど一応人、だ。

 人は理性と心と本能があり、意思疎通ができる生物、って捉えてるから、吸血鬼化しても人ではあると思っている。人間ではないことに変わりはないが。

 

「さて、リリは何所で正座をしたいですか? 教会内ならどこでもいいですよ。できれば邪魔にならないように端でお願いしたいですが」

 

「では、あの隅っこでお願いします」

 

 そう言って指差したのは隠し扉の対角線上に位置する、廃教会入り口から入って左手に位置する角。天井に穴が開いていて昼時に日光がよく当たる場所。

 

「わかりました。ベル、リリをそこに置いて来てください。歩けないと思いますから、座る手伝い辺りまでお願いします」

 

「なんか、拷問の協力してるみたいで気が進まない……」

 

 安心しろベル。リリの方はその拷問すら志願するぞ。

 

「それでは、漬物石を取って来るので少々お待ちを」

 

 一旦隠し部屋へと戻り、キッチンに置いてある漬物石と、厚めの板を用意する。あと、凍死されても困るため、念のために掛布団を一枚。 

 外へ出ると既にリリは正座になっており、準備万端と言ったところだ。

 その上に容赦なく、板とその上に漬物石を置く。板は重さを均等に与える役割だ。

 

「お、重い……」

 

「それほどでもないでしょう。少し力の向きを変えれば苦痛でも何でもありませんし、一時間もすれば重さの感覚など無くなっています。リリの場合は、ベルからの罰と思えば気持ち良くもなるんじゃないんですか?」

 

「ちょ、シオン? それは無いんじゃ……」

 

「ベ、ベル様からの、罰……はぁはぁ」

 

「え?」

 

 現実とは非情なものだな。ベルも無意識のうちに半歩引いてるぞ。

 

「さて、今から三日です。ベル、水も食糧も与えてはいけませんからね」

 

「……わかった。それでいいんだよね、リリが選んだことなんだから」

 

「ふぁ、ふぁい~」

 

 ヤバイ、ものの十数秒で完全に逝ってる。麻薬レベルだ……

 

「ちょっと、見てると嫌悪感を覚えそうなので、戻りますか」

 

「う、うん」

 

 完全に逝ってる変態を背に、急ぎ足で隠し部屋へと戻った。

 あれ、肉体は耐えるだろうけど、精神は大丈夫なのか……

 

 

   * * *

 

 ~翌日~

 

「ははハハハハッ、ハハッ、ハハハハハはっ」

 

 完全に逝っている声が廃教会内から響く。

 その声は罰が始まってから止めど無く響いており、何故喉が嗄れないのかが不思議だ。

 体力も持っているのが奇跡と言えるレベル。同じことをやれと言われても、色々な意味で無理だ。

 その声は地下の隠し部屋まで響き、ヘスティアとベルは碌に睡眠がとれず、シオンに気絶させてくれとお願いしたほどだ。

 そしてその時、ベルは耳打ちで『明日、朝四時までに起こしてくれない?』とシオンにお願いした。その訳を彼は知らないが、何か事情があるのだろうと思い、尾行することにしていた。

   

「ベル、起きてください」

 

「う、うぅぅ……シオン? あ、そっか。ありがと」

 

「いえいえ、それより、早く用意をしては? 一応今は深夜三時ですから。何処に行くかは知りませんが、待ち合わせならば相手より早く行こうとするのが礼儀ですよ」

 

「うん」

 

 こんな会話中も響き渡る奇声。流石のベルも引いている感じが見て取れる。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「はい」

 

 とんとんと階段を上っていくベルを見送り、準備開始。いつぞやの時のようだ。

 だが今回はフル装備ではない。漆黒の手袋に、遮断(シャットアウト)の指輪。そして『一閃』と、かなりの軽装である。

 漆黒の手袋は右手にはき、指輪を左手の薬指へ。『一閃』は左腰に帯びている。

 遮断(シャットアウト)がどれほどの効力かは不明の為、気配を紛らすことは忘れない。そして、直接姿を見ないように気を付ける。まぁ気配を追っている時点で見る心配はないが。

 奇声の根源は放っておき、走っていると思われる速度で移動する気配を追っていく。

 深夜、しかも三・四時あたりは、中心都市と言われるオラリオとて外に出て来る人が少なくなる。南東という例外はあるが、それは気にしない方が良い。

 それに、ベルが向かっているのは南東では無く十六方位で西北西の方向。メインストリートでは無く裏路地を辿っている。

 かなり入り乱れている道を、よく迷うことなく進むな。と思っていると、突如ビリッと電気の走る感覚。近くにアイズがいるのだろうか。

 だが何故だ? こんなところに来る意味は……

 そしてふととある考えに至る。

 ベルが向かっているのは、アイズの所。待ち合わせ相手はアイズ。

 いつの間にそんな仲に…… 

 ちょっとした嫉妬の感情を覚えたが、アイズの友好関係を決める権利はない。

 首辺りが痒いままで追う。ベルが途中でエルフに追いかけられていたが、地の利で振り切っていた。そして、遂に市壁へと辿り着き、たどたどしい足取りで市壁の階段を上っていく。

 その後に遅れて続く形で階段を上る。一段一段が少し高めで、往復を繰り返すだけでも体力のトレーニングに効果的と思える。

 追い付かないようペースを落としながら上っていくと、市壁の上へと到着した。

 

「おはよう、ベル」

 

「お、おはようございます。ヴァレンシュタインさん」

 

「……アイズ」

 

「へ?」

 

「アイズ、でいいよ。みんな私のことをそう呼ぶから。シオンもそうだよ? ……それとも、嫌、だった?」

 

 そこでは、アイズとベルが向かい合って話していた。まぁ片方は完全に仰け反っているが。

 

「い、いえ! そうでは無くて。僕なんかがそんな……おこがましいと言いますか……い、嫌ではないんですよ!」

 

「なら、いいよね」

 

「……はぃ」

 

 もう完全に押されているベル。何をやっているんだ我が弟は。

 

「それで、僕は何をすれば……」

 

「……何を、しようか」  

 

「えっ」

 

 この会話から、完全に無計画なことが理解できる。というか、本当に何しに来てるの?

 

「シオン、何したらいいと思う?」

 

「ありゃ、ばれてました?」

 

 おかしいな……認識阻害出来てるはずなのだが……アイズには効かなかったのかな?

 

「シ、シオン⁉ い、いつから⁉」

 

「そんなことはいいのですよ。それで、何のためにここへ? 目的が分からないので、何をしたら良いか聞かれても答えようがないのですが」

 

「特訓、ベルに戦い方を教える」

 

「どういう経緯で?」

 

「昨日ベルに渡した後、色々話して、そしてこうなった」

 

 うん、全く経緯が話せてない。流石にこれだけじゃわからんよ?

 

「全く分からないですがいいです。兎に角、ベルが戦い方を知れれば良いのでしょう?」

 

「うん」

 

「なら簡単です。まず始めに――――」

 

「ちょっと待って! シオンの案はダメ! 絶対死ぬ!」

 

 案を出そうとしたところで、断固拒否の意を示される。戦い方を知るなら有効的な方法だと思うのだが……

 

「どうしてダメなの?」

 

「シオンが考える案は、大体人間のできる範囲を超えてるんですよ。昔から、ずっと」

 

 そこまでかな? ただ普通に自分に合ったやり方で案を提示していただけなのだが。

 

「……では、レベルを少し下げます。ベル、アイズと闘ってください」

 

「へ?」

 

「アイズ、ベルのダメなところを指摘しながら闘ってください。格闘技もアリで。それと、気絶させても構いません。ベルの得物は短刀(ナイフ)なので、それをちゃんと使える戦い方を身に沁み込ませてあげてください」

 

「分かった」

 

「では、後は頑張ってくださいベル。私はちょっと離れたところで鍛錬をしてきます」

 

「え、ちょ、シオン!」

 

「それでは~」

 

 後ろから何かが聞こえるが、知らないふりをして、市壁の上を歩いていく。

 ベルとアイズがいるのが北西側の市壁。私が移動したのが北側の市壁。

 見渡しが良く、あちらも見ることが出来る。

 丁度ベルがアイズの回し蹴りで吹き飛ばされていたが、あれくらいが丁度良いだろう。

 

「さて、始めますか」

 

 市壁の上では、風と剣と兎が、倒し、踊り、倒されていたのであった。

 

 




5/13 加筆修正しました。


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日常、それは特訓

  今回の一言
 二ヶ月経って漸くリュークロニクルを手に入れた私です。

では、どうぞ


「フレイヤ様、ご報告致します。シオン・クラネルが昇華(ランクアップ)を果たしました」

 

「あらそう。ふふふ、世界最速じゃない、流石、と言うべきかしら。ますます欲しくなったわ」

 

 とある塔の最上階。そこでは、一柱の女神と一人の猪人(ボアズ)が都市を見下ろしていた。

 何時にもまして人を惑わすような雰囲気を纏っている女神は更に続ける。

 

「原因は分かる?」

 

「ギルドで公開されておりました情報は、とても詳細とは言い難いものでした。【ランクアップ】の原因として記載されていた内容は、あまりにも普通すぎます。あの者に限ってそれは無いかと」

 

「原因は何て書かれていたの?」

 

「超高速戦闘によって死に(てい)になりながらも、逆転し生還。と」

 

「ぷっ、ふふふふ。そうね、超高速戦闘が普通かどうかは知らないけれど、ただ逆転して生還だけでは昇華は果たせない。神の認める偉業はそんな簡単なものじゃない」

 

 従者である猪人(ボアズ)は仁王立ちのまま動かず、ただ聞かれたことに答える。その光景は様になっていて、それが当たり前と言うことを現していた。

 

「やっぱりあの子は変わっているわね。本当にそれが原因なら、また私の常識が崩されることになるわ。見えなかった魂は、少しだけ見えるようになったけれど」

  

「そうでしたか」

 

「そうそう、魂と言えば、あの子の方もよね。輝きが一層鮮やかになった。きっかけは魔法かしらね、どんなものか少し気になるわ。ただのきっかけ一つであそこまで成長するのだから」

 

「やはり見込みがありますか」

 

「ええ、当然よ。でもね、今のあの子じゃ無理だと思うのよ」

 

 女神は、自分が見込んだ者が今まで素晴らしい成果を挙げていることを知っている。その象徴と言えるのが後ろに控えている従者だろう。

 女神には人を見る目があった。だからこそ、僅かな問題を見出すことが出来る。

 

「と、言われますと」

 

「そうね、言うなれば淀み。足だけが埋まった沼から抜け出せないように留められた枷。それがあの子の輝きを邪魔している」

 

 そこから女神は考える素振りを見せ、更に続けた。

 

「あの子の器は十分に大きい。それを支える主柱もしっかりしている。でも、その主柱ははっきりとしない。こう、靄がかっていて、曇って、見えにくい。邪魔なそれを払ってくれるものがないのよ。欠けているのか、それとも……ねぇ、オッタルは分かる?」

 

 女神は結論に辿り着けず従者を頼った。

 投げかけられた問いに従者は考え込み、一つの結論に辿り着いた。それは冒険者だから、武人だからこそ分かったのかもしれない。

 

「因縁かと」

 

「因縁……?」

 

「はい。フレイヤ様の話によれば、その者は過去にトラウマを作っておられます。例のミノタウロスの一件です。本人が気づかぬとも、それは(とげ)となり、自らを苛んでおりましょう。そのトラウマ、因縁こそがフレイア様の言う靄なのだと思われます」

 

 女神はその現場に居合わせた訳では無い。小耳にはさみ、そこから予想しただけだ。その一件がトラウマとなっていると従者が断定したのは、更に噂を集め、どれ程のものだったかを知っていたからである。傍から考えれば笑い話となろうが、本人からしてみれば、かなりの屈辱であろう。

 

「じゃあ、その荊を取り除くには、どうすればいいのかしら?」

 

「自らの屈辱、過去の因縁、恐怖(トラウマ)の対象。それらと決別するのなら、象徴たるものを打ち破る他ありますまい」

 

 従者は、投げかけられた問いに、以前から答えが決まっていたかのような即答をした。それは、彼の考え、と言うより、彼の常識、の方が適切だろう。

 

「……さしもの貴方もそうだったのかしら?」

 

「男はみな轍を踏む生き物だと、自分はそのように愚考します」 

 

「なら、あの子もそうだったのかしらね……」

 

 女神は考えた、でもしない答えを。女神は知りたいのだ、自分が愛すものの全てを。

 だが、まだ分からない。まだ知れない。

 

「ねぇオッタル。あの子たちはどうやったら引き入れられると思う?」

 

「様々な方法がありましょう。ですが、シオン・クラネルの方は手古摺るかと。あの者には魅了が聞きませぬ、実力行使を図ろうにも、生半可な戦力では返り討ちに遭います。手は限られるでしょう」

 

「そうなのよね……やっぱりまだ難しいかしら」

 

 女神は諦めるつもりはない。欲深い神は、その中でも殊更欲深い美の女神(フレイヤ)は、手を伸ばせる可能性が少しでもあるものは欲してしまう。そういう性なのだ。

 

「でも、何もしないのはつまらないわね」

 

「どうなされますか」

 

「あの子たちは他の子たちと違う。成長度合いもね。少し経てばまた一段と強くなっている。でもね、時の流れに任せるのはつまらない。だから、また新しいきっかけを与えましょう」

 

「どのようなきっかけに致しましょうか」

 

「貴方に任せるわ」

 

「……どのような風の吹き回しですか?」

 

 従者は疑問に思った。今までなら女神の詳しい指示の下に動いていたのだから、いつもと違った大雑把な指示に、しかも自分に一任するなど初めての指示に、多少の疑問を持つのは仕方のないことである。

 

「私は何もできないもの。それに、貴方も戦いたいのでしょう? あの子と」

 

「…………」

 

 その問いに従者は答えない。ただ、頭に生えている少し垂れていた耳が、小刻みに動くようになっただけだ。

 

「うふふ、よろしくね。オッタル」

 

「はい」

 

 部屋から巨体が消える。すぐさま行動に移したようだ。

 

「さて、私も準備しようかしら」

 

 そして女神も行動を始めた。愛しい彼らを覗くために。

 

 

   * * *

 

 西の空から陽光がはみ出る。暗がりに包まれていた街に光が射した。

 所々から聞こえる小鳥のさえずり、目を覚まし始める人々。

 

「今日は、終わりにしようか」

 

「は、はい」

 

 市壁の上で行われていた戦闘も終わりを告げた。事前に約束していた時間となったからだ。

 

「明日も同じ時間、いい?」

 

「はぃ……わかりました……」

 

 片や息も切らしていない。だが、もう片方は肩で息をしている状態。体も満身創痍に近い。

 

「大丈夫?」

 

「はい……何とか」

 

「ごめんね、教えるの下手で」

 

「い、いえ。シオンみたいに無茶なことが無かったので、全然大丈夫ですって」

 

「そう?」

 

 教えるのが下手、と言っているが、それは仕方のないことなのである。

 誰かに教えたことが無い。しかも、言葉より感覚で動くタイプ。

 彼女はそれを自覚しているため、そう思ってしまうのだ。

 

「で、では。明日もお願いします、アイズさん!」 

  

「うん、じゃあね」

 

「帰るのですか? 時間制限か何かで?」

 

「相変わらずの隠密(ステルス)……」

 

「うん、日が出たら終わりって決めてたから」

 

 誰もが初見で驚くシオンの隠密(ステルス)に、全く動揺しない二人。

 ベルはもう慣れているのだ。何度も同じことをやられているから。

 

「アイズは驚かないのですね」

 

「うん。気づいてたから」

 

 それにちょっと驚いた表情を見せるシオン。彼は自分の隠密(ステルス)性にそれなりの自信を持っていたからだ。

 

「流石ですね。あ、ベルはどうしますか? 帰りますか?」

 

「い、いや~。帰ることには変わりないんだけど……まだ、ちょっと、ね」

 

 ベルは帰ると言うことに少々渋っている。それが何故かは、あの廃教会に近づいてみればわかる。

 

「では、少し私とも特訓します?」

 

「無理、死ぬ、絶対」

 

 と、()()()提案に対し、断固拒絶の意を示す。

 

「少し闘うだけですよ?」

 

「だからそれが死ぬんだって!」

 

 シオンは死ぬようなことをするつもりはない。満身創痍にはなるだろうが、彼は村で行っていた模擬戦では、毎回そうなっていたのだから、仕方のないことだ。

 

「仕方ないですね……私は少し鍛錬していくので、巻き込まれないように気を付けてください」

 

「シオン、手伝う?」

 

「その申し出は物凄いありがたくて了承したいのですが、帰らなくて大丈夫なのですか?」

 

「あ……大丈夫じゃない」

 

 しゅんとした表情になってしまうアイズ。小動物のようで可愛らしいが、そのような表情をしてほしくないのがシオンである。

 

「こ、今度お願いできますか?」

 

「うん」

 

 一瞬で表情が変わり、分かりにくいが、喜んでいる表情となる。 

 その違いに気づいたシオンは、ふぅ、と小さく息を吐いた。

 

「じゃあね、シオン」

 

 左手を微かに上げ、小さく左右に振りながら彼女は去って行った。

 

「……ッ!」

 

 シオンは目を見開いた。

 彼女が振っている左手、青色の長手袋(ロンググローブ)の上で光を反射する、薬指に嵌められた銀色の指輪。

 紅の宝石が見えなくともわかった。あれが自分の作った指輪だと。

 

「また、今度。ありがとうございます、アイズ……」

 

 シオンは二人に背を向けた。

 彼が何故そうしたか、その後何をしていたのか。それを知る者は一人としていなかった。

 

 

   * * *

 

  余談

 

「……………」

 

「気絶してますね」

 

「そ、そうなんだ。大丈夫、何だよね?」

 

「罰が終わったら神ミアハの所に連れていきましょうか」

 

「う、うん」

 

 

   * * *

 

 何度か重なり、リズムなく鳴る金属音。度々聞こえる断末魔。

 

「ふぅ……どう?」

 

「意識はちゃんとしているようですね。まだまだですけど、頑張ってください。最初はそんなもんですから」

 

「うん」

 

 二人はダンジョンへ潜っていた。珍しく、二人一緒で。

 その理由は、ヘスティアが『ベル君を一人でダンジョンに行かせられない!』と煩いからである。

 ベルは、以前ダンジョンに単身(ソロ)で挑んていたが、潜る階層が深くなったため、同じようにいくとは限らない、ということだそうだ。  

 

「ベル、中層行きません?」

 

「無理言わないで、僕はLv.1なんだから」

 

「私はLv.1でも中層行ってましたよ?」

 

「僕はシオンと違うの。異常じゃないの、普通なの」

 

「いや、ベルもいろいろな意味で普通ではありませんからね?」

 

 成長度合いもそうだが、階層の進出速度、持っている武器、育った環境、友好関係、持っているスキル。どれをとっても普通ではない。

 

「お、また来ましたよ。頑張ってくださいね~」

 

「緊張感が欠片もないね……」

 

 ベルはそう言うが、シオンは全く油断をしてないし、緊張感だって持っている。 

 ただそうなっていると思わせない。これは中々役に立つ技術なのである。

 相手は三体のオーク。二体は天然武器(ネイチャーウェポン)を持っている。

 鈍重なオークに向かって、ベルは持ち前の俊足で懐へ飛び込む。

 紫紺の短刀(ナイフ)が胸を切り裂き、もう一刀の短刀(ナイフ)で剥き出しとなった魔石の周辺を抉り、魔石を取り外す。

 前に出ていた一体が灰へと変わり、そこで漸くオークが攻撃を始める。

 鈍重であろうと、力はある。技術のないただの力で振られた棍棒は、風を切る音が鳴るくらいの速度で振り回されていた。

 それをベルは避け、稀に、拙くとも軌道を逸らしている。

 少し時間を要しながらも、魔石を破壊せずに殺し終える。

 死体から魔石の回収を終え、隙無き立ち姿のシオンの元へ戻る。 

 

「お疲れ、と言うほど疲れてませんよね」

 

「うん、まあね」

 

「アイズとの闘いでの指摘もだんだんできています。その調子とは言いませんが、真剣に頑張ってください。そうすれば戦えるようになりますから」

 

 シオンにそう言わたが、ベルは、うんともすんとも言わず思案顔になった。

 

「……ねぇシオン、一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」

 

「答えられることならいいですよ」

 

「じゃあ聞くけど、アイズさんが左手に嵌めてたあの指輪って……シオンが作ったやつだよね?」

 

「そうですよ」

 

 神妙な顔で聞かれたことを、シオンはそっけなく簡潔に即答する。別段隠すようなことでもなく、回答は決まっていることだ。答えない方がおかしい。

 

「てことはさ、シオンとアイズさんは、その……」

 

 と、何か言いたげなのに、言うのを渋るベル。

 

「何ですか? 聞きたいことがあるのでしょう? 渋る必要はないですよ」

 

 そう言われ、ベルは何故か覚悟を決めたような目になり、聞く。

 

「付き合ってるの?」

 

「ははは、面白いこと言いますね。残念ながらそうではないのですが、それってもしかして、指輪の位置で考えました?」

 

「う、うん」

 

「あれ、深く考えな方が良いですよ」

 

「へ? どういうこと?」

 

「私が指輪を渡した時、アイズは何の躊躇いもなく左手の薬指に嵌めました。普通なら何かしらのアクションはあってもいいでしょう? でも無かった。それはつまり、意味を理解していない」

 

 あの時、シオンは『そこで良いのか』と思っていたが、アイズは首を傾げ『どういうこと?』と言っているようだった。それは意味を理解していないからこそだろう。

 

「じゃ、じゃあ……」

 

「はい。残念ながら、指輪通りの意味ではありません」

 

「よ、よあったぁ~」

 

 ダンジョン内だと言うのに気の抜けた声を出し、べたぁと座り込むベル。

 

「やれやれ」

 

「……っていうかさ、シオンって何時アイズさんに会ったの?」

 

「ベルがプロテクターを渡された日の朝ですよ。あ、ちゃんと謝りましたか?」

 

「うん。エイナさんに止められるくらいは」

 

 どんだけだよ、とシオンは思った。

 シオンは誠心誠意謝れと言ってあっただけなのだ。それくらいならエイナに止められることは無いのだ。だが、止められたと言うことは、かなりのことをしていた。と言うこと。

 

「それなら良いです。ではさっさと進みましょうか。一時間以内に中層にでも……」

 

「行かないから!」

 

 叫んだことでモンスターを呼び寄せてしまい。ベルが苦労することとなったのであった。

 

 

  



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日常、それは伏線

  今回の一言
 伏線回~

では、どうぞ


 

「【ファイアボッ―――――いったぁー!」

 

「はいはい、我慢我慢。実質やることは魔法名を発すだけなんですから、早くできるようになっては?」

 

「無理言わないで! うぅぅ、何でできないのかな……」 

 

 魔法名を叫ぶ声、痛みを堪える悲鳴。一名によって繰り返されるそれを、一人の青年が眺めている。

 ベルが行っていることは、並行詠唱に似たこと。

 ベルは魔法を放つときに、一回一回足を止めている。それは非効率極まりない、ベルの魔法の利点を最大限利用できていない使い方だ。

 そこでとある対策を考えたのがシオンである。

 速攻魔法と言う通り、速度重視の魔法であるため、速度は絶対落としてはいけない。ならば、並行詠唱が手っ取り早いだろう。と言うのがシオンの考えだ。

 

「魔力の収束が上手くできていませんね。感覚的な表現となりますが、魔力を血液だと思って、それが一点に集まるように想像(イメージ)すると良いですよ。血液は意識しなくとも流れます、なら魔力も同じはずです。さぁ走って、そして感じて、撃つのです。魔力の収束は感覚でわかりますから」

 

「う、うん」

 

 半信半疑で走り出す。といっても、加減されたマラソンレベルの速度だ。

 左手を突き出し、肘を右手で抑える。魔法発動の構えだ。

 

「急がずに、魔法名を発するのは、良いと言う確信が持ててから」

 

 先程とは異なり、ベルはすぐに魔法名を発したりせず、しっかりとした溜めの時間を取っている。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 魔法名を叫ぶと、左手から炎雷が飛び、空中で消える。 

 

「で、できた!」

 

 威力は乏しいし、発動速度が遅くなるという本末転倒状態だが、撃てたことには変わりない。

 

「とりあえずおめでとうございます。でも、今のままでは本末転倒なので、発動速度を上げていきましょう」

 

「わかってるってぇ」

 

 一発ほどで上機嫌になってしまうベル。何回かの苦労の末に漸くできたのだから、少しくらい喜ぶのも無理ない。

 

 突然走り出し、発動の構えをとる。

 走る速度、収束する魔力の速度。共に先程よりも早い。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 先よりの半分ほどの時間で放たれた魔法は、空中で消えず、ダンジョンの壁に命中し、多少なりと傷をつけた。

 

「どう?」

 

「さっきよりは全然マシですね。感覚掴むだけでこれとは、やりますね」

 

 と、言っているが、彼は感覚を掴む以前の問題で、並行詠唱を初発で成功させている。

 

「ですが、気になっていることがあります」

 

「なになに?」

 

「構えです。発動時に構えてしまうのは、何となく理解できますが、予測できてしまうのですよ」

 

 魔法発動の構えはどうしてもとってしまう。それはシオンも同じだ。だが、シオンは超広域殲滅魔法。狙ったところ一点に、と言う魔法では無いため、予測できても意味がないのだ。

 だが、ベルの魔法は構えの方向に撃っている。軌道が解ってしまうのだ。そして、対策もできてしまう。

 

「予測できても意味無くない?」

 

「いえ、ありますよ。試しに撃ってみます? 私に」

 

「うーん……」

 

「あ、私の耐久値から考えて死ぬことはありませんから問題ないですよ」

 

「そうなの? ならいいや」

 

 ベルが構えを取りながら走り出す。練習はやはりするらしい。

 シオンは手を腰の刀、『一閃』に添え、不動のまま。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 シオンの背後へと回ったベルが、魔法名を口にする。

 撃たれた魔法は、亜光速の速さでシオンへと一直線に向かって行く。視認はできても、その頃には着弾しているほどの速さだ。

 

「そぃっ」

 

 シオンはその向かってくる炎雷を、一刀の元切り伏せる。

 弾けるような爆発音。目を眩ますほどの光が刀を反射する。 

 飛んでくる場所、飛んで来る速度、飛んで来るタイミング。

 これらをシオンは既に理解している。だから簡単に対応できた。

 単にタイミングを合わせただけだ。そして、少し上の威力で抹消したに過ぎない。

 少し技術があれば簡単にできる技だ。誰にでもできる。

 

「なっ……」

 

「ね? 意味はあるでしょう?」

 

 シオンは何度も見ているから対応できた、と言えそうだが、彼でなくともできる。

 熟練の戦士ならば、相手の攻撃を一度見ただけで、それはもう通用しなくなる。二度目からは完全に対応されるのだ。最悪、あからさまなものであれば初めから対応される。 

 

「異常者」

 

「ちょっと待て、実の兄に向ってそれはどうなんだ? おい」

 

「あ、ごめんごめん。つい本音が出ちゃって」

 

「さらにダメでしょうが」

 

 シオンは自分が異常と言う自覚はあるが、自分と同じく十分異常な人に、しかも実の弟に異常扱いされるのは、流石にどうかと思っているのだ。  

 

「まぁいいや、シオンが異常なのは措いといて。どうしたらいいの?」

 

「そうですね……構えなくても魔法は撃てますか?」

 

「やってみる」

 

 リラックスした立ち姿で、魔力の収束を始める。

 集まる点は心臓の前、気持ちが入らないのか量は少ない。

 

「【ファイアボルト】」

 

 心臓前、数十Cのところに光が出現し、ベルから見て正面へ飛んでいく。

 だが、空中ですぐに消えてしまう。飛んでいた時の光りも弱々しかった。

 

「撃てはする、けれど弱い」

 

「イメージが難しくて……手から出すって考えたら、簡単に撃てたんだけど、()()()()()()()から撃つ、って考えるとね……」

 

「なら、何かあると思えばいいじゃないですか」

 

「は?」

 

 彼が考えたのは単純なことである。ないなら作れ、あるようにしろ。

 

「ではベル、今から私が指示するので、それに従ってください」

 

「どゆこと?」

 

「まぁ、いいからいいから」

 

「う、うん」

 

「では、想像(イメージ)してください。 頭蓋から生えた一本の角。………そこに集まる魔力。角に溜まった魔力は、先端へと移り、炎雷を出現させた。その炎雷は先から一条の光となって突き進む。さぁ叫べ!」

 

「【ファイアボルト】!」

 

 何を、と言わずとも理解できたようだ。

 ベルの正面頭上から光が発生し、それは壁へと突き進む。

 威力は死んでいない。速度事態も十分な速さ。

 流石ベルだ、シオンはそう思った。

 ベルは昔から想像力が豊かで、想像(イメージ)は得意なのだ。だから、自己暗示紛いのこともしやすい。

 

「……なんか釈然としない」

 

「そんなのどうでもいいんです。ベル、今の感覚は忘れてませんよね?」

 

「うん」

 

「ならそれを反復練習。発動時間が、構えた時と変わりなくなるまでですよ?」

 

「うーん、わかった」 

 

 釈然としないと言った通り、上手くいきすぎているのが納得いかないのだろう。そんな表情をしている。

 

「納得できなくてもいいですから、頑張ってください」

 

「それだけは分かってる」

 

「なら、いいです」

 

 それから数十分間。十二階層のルームに炎雷の音が轟いた。

 

 

   * * * 

 

  余談

 

「ヒャハッ♪ ヒャハハハハッ♪」

 

「おー、テンション上がってますね」

 

「そうだね~。……この環境に適応している自分が怖い……」

 

「もう、このままでいいかな?」

 

「ミアハ様の所には連れて行くからね」

 

「はいはい」

 

   

   * * * 

 

 夕暮れの光が刺し込む部屋。窓辺のみが明るいその部屋は、その部屋の主の性格に似ず、派手に散らかっている。

 その当の主は、部屋の端に設えられたベットの上に、上半身を投げ出し、心地よさそうな寝息を立てていた。

 銀の長髪は乱れており、着ている服には皺がよっていて、端麗なその顔には疲れが浮かんでおり、目元には隈ができ、その者の徒労が窺える。

 

「……シオン」

 

 主は寝言で、とある人物の名を口にする。

 すると、主の右手が僅かばかり力を増した。

 その右手にあったのは、赤紫色の液体が入った試験官。中の液体は不透明で、粘性を持っているように見える。いかにも『怪しい薬』と言う感じだ。

 

「……ふふっ♪」

 

 謎の喜声(きせい)を発し、口角が僅かに上がる。

 何故そうなっているのか、どうしてそうなったのか、

 

「……シオ~ン」

 

 その原因は、やはりその名の人物にあった。

 だが、その人物は、このことを知る術を持ち合わせていなかった。

 

 

   * * *

 

「くしゅんっ」

 

 そんな音が静かな部屋で鳴る。

 太陽は丁度沈み、夜天に独り顕現する月が雲で見え隠れし始める頃。シオンとベルはダンジョンからの帰還を終えていた。 

 お荷物となったベルを背負い、換金を済ませた後、すぐさまホームへと戻ったのだ。 

 

「ん? 今のはシオン君かい?」

 

「ええ。ごめんなさい、毛が逆立つような寒気がしたもので」

 

 体温までもが下がってしまったのか、二の腕を両の手でさすっている。その寒気の正体には気づかないが、知らぬが仏、というものだろう。

 

「それにしても、可愛らしいくしゃみをするね。本当に女の子みたいだよ」

 

「それについては自覚はありますし、別に否定はしませんが」

 

 と言うより、刀を抜いて呪いを入れてしまえば。シオンは『みたい』では無くそれに成れるのだ。

 余談だが、このくしゃみは幼児時代のシオンの悩みであったりした。

 

「ねぇシオン君。ボクちょっとだけ考えてみてアリだと思ったことがあるんだけど……」

 

「それ、あんまり気が進まないのでナシでお願いします」

 

 ヘスティアが考えていること、それは話の流れから見て女性に関すること。大方、シオンに女装させたらアリかも、と言った感じだろう。

 

「まだ何も言ってないけど?」

 

「大方、女装とかでしょう? できなくはないですが、風評被害に遭う可能性が捨てきれませんので、お断りします」

 

「君はなんで神の心を読めるのさ……」 

 

「経験則と勘ですよ」

 

 (お祖父さん)の考えていることを悟る、と言うことは散々やっていたことだ。そこで経験は身についているし、勘はやはり精霊の血の恩恵だろう。

 

「それでさ、シオン君。どうしてベル君は精神疲弊(マインド・ダウン)になっているんだい」

 

「あーそれはですね。単にベルが魔法を撃ちまくった所為で」

 

 ベルは自分の努力を(さら)すタイプでは無く隠すタイプだ。ならば、不必要に教える必要ない。それに、ありのまま言ったら絶対怒られる。その根拠のない確証がシオンにはあった。面倒事は例外を除いて極力避けたいのである。  

 

「どうして止めなかったんだい?」

 

「頑張っている人を止めるのは見当違いでしょう?」

 

「それにも限度があるじゃないか」

 

「その限度に達してませんよ。まだまだです」

 

 因みにシオンの言う限度とは、魔法の場合でいうと、精神枯渇(マインドゼロ)になって2,3日は気絶するくらいだ。

 

「はぁ~。もういいや、言っても無駄みたいだし。じゃあ話題変えるけど、シオンく~ん。君凄い人気者になったね~」

 

「はい?」

 

「いやさ、君の噂が結構耳に入って来るものだからさ。『凄腕()()()冒険者キタァー!』とか、『偽装してんだろ、【剣姫】を抜ける訳がない』とか」

 

「はは、馬鹿共がほざいてますね」

 

 凄腕、の基準が今一分からないが、それは別にいい。

 ふざけているのか? シオンはそう思った。

 貼り出された情報には性別も書かれていたはずなのだ。それなのに書かれていた似顔絵でそう思うなど、阿保神以外の何でもない。

 だが、偽装の疑いについては仕方のないことだろう。

 最高とされていた【剣姫】ことアイズの記録を大幅に塗り替えたのだ。しかも、常識破りのことを幾つも行っている。

 大方、『実は前から冒険者で、冒険者登録をしていなかったから、所要日数が短くなったのではないか』とか思われているのだろう。

 

「ま、直接関係のないことですし、どうでもいいですよ。言うだけで何もできないのですから。噂を振り撒いたりしている奴らは」

 

 自分に迷惑さえ掛からなければ他人事なのだ、どうでも良い。そう思うのがシオンである。

 

「最悪、何かしてきたら追い返してやればいいだけですから」

 

 シオンは、このオラリオの大体の冒険者に勝てる実力はあると自負している。

 【ステイタス】だけで見てもLv.5相当。第一級冒険者と呼ばれても可笑しくない実力を持っているのだ。

 それに、【猛者(おうじゃ)】に一刀与えているのだから、それだけでも十分凄いと言われるであろう。

 

「手加減はしてあげるんだよ。見る人が見ればシオン君の常識外っぷりは理解できちゃうんだから、実力がバレないようにね。変に疑われるのも面倒なんだからさ」

 

「わかってますよ、善処はしますから」

 

 それでもどうにもできないのが【ステイタス】である。ただ踏み込むだけでも通常(そこら)のLv.2と比べれば歴然の差があるのだ。

 加減をしようにも、その最底辺自体が一般的に高い基準にある。こういうとき、どうにも実力が隠せないのが【ステイタス】の難点だ。

 

「では夕飯にでもしましょうか」

 

「さんせ~い」

 

「ベルも何時までも寝そべってないで、色々終わらせてください」

 

 ソファに寝そべっているベルに言い放つ。精神疲弊(マインド・ダウン)で寝かせていたが、意識が回復したのなら、全然問題ない。 

 あと、ベルは今装備以外何も手を付けていない。

 汗も流せていないし、着替えも終わらせていない。はっきり言って不清潔。

 

「あ、気づいてた?」

 

「夕飯抜きで良いですか」

 

「ごめんごめん! 直ぐ終わらせるから!」 

 

「はいはい」

 

 ダッタッタッタッタと急ぎで浴室へと駆け込むベル。それほど夕飯が食べたいらしい。

 

「まぁ、作るの面倒ですから手は抜きますけどね」

 

 料理に対しての姿勢は不真面目極まりないシオンであった。

 

 

 



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日常、それは朝

  今回の一言
 ようやく十万超えたよ。

では、どうぞ


「ほげふっ」

 

「あ……」

 

 ゴトッ、ゴトッと地面とぶつかる音が鳴り、次にはドンッと壁に衝突する音が鳴る。

 

「……だいじょうぶ?」  

 

「は、はい」

 

 衝突時に頭をぶつけて、脳震盪でも起こしたのか、片手で頭を押さえ、ふらつきながら立ち上がった。

 

「受け身をとったらどうなのですか」

 

「ゴメン、今のは無理」

 

 防具を付けていない脇腹を擦りながら言い返す。その顔は、痛みと情けない、と言う気持ちで少しばかり歪んでおり、ベルはそれを誤魔化すように苦笑を浮かべた。

 

「今日は終わりにする?」

 

「いえ、最後までやります」

 

 すぐさま構えを取り、一気に踏み込む。

 スピード自体はそこらの奴に比べれば速いが、体重移動も上手くはないし、あれでは無駄も多く、体力を大きく削ってしまう。

 軽快な金属音が鳴る訳では無く、鈍器と鈍器がぶつかったような重い音が鳴る。 

 偶に、指摘の声と返事の声が飛び交い、指摘されているベルは息を荒げ、必死に立っていた。

 

「ぐはっ」

 

 打ち合いが少し続いた頃、ベルが刺突された鞘を鳩尾に無防御で受け、腹を押さえて蹲った。

 それと共に西の空から光が漏れる。それは徐々に地上を照らしていった。

 

「終了ですね」

 

「お疲れ、ベル」

 

「は、はぃ」

 

 痛みに堪えているのか、声は小さく擦れていた。

 腹に手を当てながらものっそりと立ち上がる。武器(ナイフ)を納刀し、アイズと向き合って一礼。

 

「ありがとうございました」

 

「うん」

 

「少しは上達してますね」

 

「ほんとに?」

 

「うん。成長速度が凄い」

 

 動きは鈍く、下手、と言う風に見えるが、それは変化を続けている。下手は下手でも上達はしており、しかもその速度が段違いなのだ。直ぐに下手からまともと言えるくらいには上達するだろう。

 

「では、今日は帰りますか? 気絶していることを祈って」

 

「僕はいいけど、シオンはいいの? 今日は鍛錬してないんじゃない?」

 

「しましたよ」

 

「え、何時?」

 

「ここに着いてから一時間程は鍛錬していましたよ。鍛錬をしっかり終えてから見ていたのです」

 

 ベルは闘いの方に集中していたから気づかなかったのだろう。集中するのはいいことだが、その所為で周りへの警戒を怠ることは良くないことだ。人のことを言えた口ではないが。

 

「ねぇシオン。昨日言ってたあれって、何時するの?」

 

「あれとは何のことですか?」

 

「鍛錬」

 

「あーそうですね……」

 

 言ってしまうと、シオンはそのことを忘れていた。不覚、と思いつつも、対応策を考える。

 何時やるかなんて忘れていたのだから決めている訳もない。 

 

「……5日後、はどうですか?」

 

 その日は定期の報告会の日。問題は無いはずだ。

 

「あ……その日遠征がある」

 

「遠征?」

 

「うん。五十九階層に」

   

 そこで少し引っかかる。いきなりの遠征、それに五十九階層。

 

「あっ、レヴィスか……」

 

 レヴィスが二十四階層で最後に発した言葉に、五十九階層、と言う言葉があった。

 相手の何らかの策略があることは解かっていながらも、やはり行かない訳にはならないのだろう。

 

「大変ですね」

 

「うん。けど、大丈夫。頑張るから」

 

 シオンには、その『頑張る』と言う言葉が、『無理をしてでもやる』と言う風に聞こえて、心配に思う気持ちが一層強くなってしまった。心配できる立場ではないことを自覚しながら。

 

「う~ん。でしたら、空いている時間がありますか? 遠征の準備とかがあったら、その日にお願いするわけにはいかないのですが」

 

「……全部空いてる」

 

 アイズはこの時嘘を吐いた。

 実際は、毎日午後に妹分(レフィーヤ)との特訓の約束をしているし、比較的少なくとも、遠征の用意があるのだ。

 

「なら、2日後とかどうですか? 明日は少し()()がありますので」

 

「うん、わかった」

 

「では、また明日。ベル、帰りましょうか」

 

「うん。明日もよろしくお願いします、アイズさん。それでは」

 

「うん、ばいばい」

 

 左手を小さく振られ、それにこちらも手を振り返しながら、市壁を後にした。

 

 

   

   * * *

 

「ねぇシオン、これはセーフなの?」

 

「脚は正座なので問題ありません」

 

 ホームへ戻った二人は、折りたたんだ脚の上に漬物石を板と共に乗せ、その状態で寝そべると言う中々器用なことをやっているイかれた少女(リリルカ・アーデ)を見て、始めにそう言った。

 

「でもさ、これ逆に辛いよね」

 

「今のリリにとっては快楽なのではないですか?」

 

 医師に見せることを確定している程、リリの精神は壊れているのだ。

 

「明日が最終日ですし、どうしようが勝手でしょう。罰の基本ルールさえ守っていれば問題ありません」

 

「ふぅ、やっと気絶しないで眠れる……」

 

 昨日一昨日と、ベルとヘスティアはシオンに気絶させられたことによって、睡眠のような休息をとっている。意識を刈り取られて気分が良い人など、早々いないだろう。

 

「さて、今日も一緒に潜りますか?」

 

「うん、魔法の練習したいから」

 

「わかりました。では、汗を流してくるのでその間に、ある程度の物を用意しておいてください」

 

「了解」

 

 静かな足取りで、シオンは金庫に物を仕舞った後、浴室へと向かった。

 ベルは疲れた様子ながらも、着替えと準備を済ませた。

 そして、部屋に料理をして出た良い匂いが漂い、それと共にヘスティアが毎度恒例の叫びを上げて起き上がる。

【ヘスティア・ファミリア】の朝は、とても和やかなものであった。

 

 

   * * *

 

 対し、【ロキ・ファミリア】の朝は少し荒れていた。

 

「アイズさん! それはどういうことですか!」

 

 市壁から戻り、集って行うと決まっている、【ロキ・ファミリア】の朝食で、アイズはレフィーヤにとあることの断りをいれていた。

 

「え、どうって……明後日シオンと鍛錬するから……」

 

「他派閥の人間でしょう⁉」

 

「そ、それは……」

 

 言い返すことはできない。暗黙のルールとして、他派閥の人間とは基本不干渉なのだ。基本、と言うだけで、例外はあったりするのだが。

 

「アイズぅ~どうかしたの?」

 

「朝から騒がしいわよ、レフィーヤ」

 

「ティ、ティオナさんティオネさん……」

 

 と、そこにアマゾネス姉妹が入り込んでくる。一触即発に近い雰囲気を纏っているレフィーヤが気になってのことだ。同眷族(家族)同士の喧嘩は好ましくないと思うのだろう。姉妹喧嘩は上等と思っていそうだが。

 

「……すみません、何でもありません」

 

 昂った感情が治まったのか、冷静な様子で答える。自分の失態にも気づいたのだろう。

 

「そっかぁ~ならいいや」

 

「アイズ、隣いいかしら」

 

「あ、私も私も!」

 

「うん、いいよ」

 

 と、既に座っていたアイズの両脇に、ティオナとティオネが座る。

 

「あぁ~」

 

 それを羨ましそうに見るレフィーヤ。本当は隣に座りたかったのだろうが、タイミングを逃してしまったのだ。

 

「ねぇアイズ! 気になることがあるんだけど、聞いていい?」

 

 座って早々、大食堂に響く声で話しかけて来る、元気の絶えない天真爛漫な少女。煩いくらいのその声は、騒がしい大食堂でも、全員が聞き取れた。

 

「うん、いいよ」

 

 特に断る理由もないアイズは了承する。

 

「じゃあさ! その左手の指輪って誰からもらったの~?」

 

 大声で聞いたその質問で、騒がしい大食堂は一転して静まり返った。 

 

「これ?」

 

 と、アイズは左手を差し出しながら聞く。

 

「そうそれそれ! アイズが買ったとは思えないし、で、誰からなの?」

 

「シオンからもらった。一昨日」

 

「はいぃ⁉」

「はァッ⁉」  

 

 と、また叫ぶレフィーヤ。そして、少し離れたところで叫ぶ狼。

 

「?」

 

 その様子に首を傾げるアイズ。彼女はこの問題の本質を理解していない。

 

「ア、アアアアアイズさんがぁ⁉ うわあぁっぁぁ⁉」

 

 叫び、喚き出すレフィーヤ。とてもエルフとは思えない所業。

 

「へ~アイズってああいう人が好みだったんだ~」

 

 物珍し気にしているが、表情は相変わらず笑顔のティオナ。

 

「残念だったわね、一匹狼君」

 

 別の方向を向いて言い放つティオネ。

 

「知るかっ」

 

 椅子を蹴飛ばし大食堂を立ち去る一匹狼。

 

「へ~、アイズさんって、クラネルさんと付き合っていたんですね。それとももう結婚? それなら今までの不自然なところも解消されますね。でも、それって問題アリでは?」

 

 決定的な語を口にするアナキティ・オータムことアキ。

 

「け、結婚?」

 

 その語に反応したのは、他の誰でもなくアイズだった。

 

「どうかしましたか?」 

 

 その様子に疑問を覚えるアキ。彼女も指輪の位置から判断した内に一人だ。

 

「シオンと、結婚?」

 

 そう発すると、顔を赤くして俯く少女。その反応に更なる疑問ができるアキ達。

 

「私、()()シオンと結婚もしてないし、付き合ってもない……」

 

 そう言われ、多少の疑問は残るものの、自分たちが思っていたこととは違ったことに安堵する団員達。

 

「まだ?」

 

 だが、意味深なその語を聞き逃さなかった者が一人いた。

 このような色恋沙汰に対して、執念深い彼女(ティオネ)である。

 

「何だい? この静けさは。さっきベートが壁を殴っていたけど、それと関係あるのかな?」

 

「団長ぉ~」

 

 だが、その語について追及する前に、彼女にとって、近くにいられるのならずっと居たい存在であるフィンが、大食堂に入ってきた。勿論彼女はすぐに団長(フィン)の元へ向かう。

 

「ティオネ、何があったんだい?」

 

「それがぁ~。アイズの指輪のことでぇ、ちょっと騒ぎになった後に落ち着いてぇ、その時に丁度よく団長が来たんですよぉ~」

 

 猫なで声を発しながら説明したティオネを避け、フィンはアイズの元へと向かう。

 

「その指輪かい?」

 

 とフィンはアイズの右手薬指に嵌められた指輪を示しながら聞いた。それに首肯するアイズ。

 

「……大方検討がついた。問題は、アイズがこれを自覚的にやっているかだが」

 

「?」

 

 神妙な様子のフィンにアイズは首を傾げる。何を言っているのか理解できていないのだろう。

 

「この反応を見るに、そういうことではなさそうだね。ならいいさ、問題ない。アクセサリーを身に着けることに規制は無いからね」

 

「うん?」

 

 話に追い付けていない少女を措いといて、ファミリアの団員たちは動き出した。問題ない、団長がそう言ったのだ。彼ら彼女らは全く疑わない。

 

「アイズ、君も少しは気を付けた方が良い」

 

「それって、どういう……」

 

「自分で考えるといいさ、じゃあね、僕もお腹が()いているんだ」

 

「団長! ご用意させていただきます!」

 

「ん、ああ、よろしく頼むよ」

 

「はい!」

 

 と、いつも通りの騒がしく賑やかな食堂へと戻る。

【ロキ・ファミリア】の朝は、和やかとは言い難かった。

 

 



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日常、それは鍛錬

  今回の一言
 ベル君の扱いが酷くなるかもしれん……

では、どうぞ


 

「【ファイアボルト】! 【ファイアボルト】!」

 

「連射もできてますね。漸くスタートに立てましたよ」

 

「これでスタートなの⁉」

 

 十二階層ルームに、炎雷と叫び声が今日も響いていた。

 並行詠唱ならぬ並行発射をこなし、手以外からも問題なく撃てるようになって、漸くスタート位置。シオンがやろうとしていることは、そこからの発展なのだ。

 

精神力回復薬(マジック・ハイポーション)を飲みながら聞いてください。今から私と闘ってもらいます」

 

「ぶはっ!」

 

 今後の方針についても話そうとすると、何故かベルが口に含んでいた液体を噴き出し、咽せて苦しそうにしていた。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、どうもこうも、僕、まだ死にたくないんだけど」

 

「加減は心得ています。それに、私は攻撃を直接当てたりしませんから。あと、使うのは『黒龍』ですし、万が一にも当てることはありませんが、(あた)ったとしても、装備だけが綺麗に無くなるだけで済みますので、傷や痛みはありませんよ」

 

 その為に、今日シオンが装備しているのは『一閃』と『黒龍』の二刀に加え、魔道具(マジック・アイテム)である漆黒の手袋。最低限必要な物だけを揃えている。

 『一閃』を納刀状態で闘う手もあるが、尋常じゃない重さの『一閃』では、少し突くだけでもおぞましい威力になってしまう。最低骨折最悪死亡だ。

 

「……わかった。でも、闘うってどうやって? 普通に闘ったら死ぬ未来しか見えないんだけど」

 

「あぁ、ベルは魔法を一発でも良いですから私に()ててみてください。今まで練習したことを駆使してです。私は隙を突いたり、ダメなところを指摘しながら避けて、偶に叩きますから」

 

「攻撃するじゃん!」

 

「攻撃では無く指導です。あと、痛みは感じませんから。ちょっとした衝撃と違和感を味わうだけです」

 

 非殺傷は相手に傷を負わすことも無ければ、痛みを感じさせることも無い。その代わりなのか物に対する切れ味はずば抜けているのだが。

 

「はい、さっさと掛かって来る。全然本気で良いですから」

 

「わかっ、った!」

 

 返事と同時に漆黒の短刀(ナイフ)と漆黒の刀がぶつかり合う。今回シオンは受け流す気は無い、どちらかと言えば受け流させてあげるのだ。

 

「ほぃっ」

 

「……ッ!」

 

 攻撃は流さず、威力をそのまま反転させて弾き返す。 

 ベルは手首を返してその攻撃をギリギリで向きを逸らし、反撃を仕掛けて来る。

 速度を増してきた漆黒の短刀(ナイフ)は尽く弾き返され、その度に反撃を受ける。

 その反撃を、ギリギリで受け流していたが、次第に慣れてきたのか、受け流しが上手くなってきた。

 

 攻防は完全にパターン化している。攻撃し、弾かれ、反撃され、受け流し、攻撃する。

 流石にこのままでは意味が無いと思ったのだろう。

 攻撃を受け流してすぐに、

 

「【ファイアボルト】!」

 

 足元から撃ち上げるように魔法が放たれる。

 

「そうそう、そんな感じです」

 

 そう言われながら、漆黒の刀によって相殺される。

 良い線だとは思うが、完全な隙を突けていない。これではまだダメだ。

 

「せいっ!」

 

 追撃として連撃を仕掛けるも、それも全て弾き返される。

 

「甘い」

 

「ぐはっ」

 

 それによってできた隙を容赦なく突く。この連撃を行うと必ず左脇腹ががら空きになるのだ。修正しなければ、何時か必ず痛い目を見る。

 痛みは無いだろうが、衝撃によって7M程吹き飛ばされる。恐らく、感覚の違和感で酔っている頃だろうか。

 衝撃はあるのに痛覚が反応しない。これは確かな矛盾だ。この処理は、眩暈を起こすことが多く、酔いに近い症状となる。

 数秒間地面に這いつくばっていたベルは、酔いから回復したのか、一気に仕掛けて来る。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 目くらましなのか、真正面から頭に撃って来る。

 

「ほいっ」

 

 それは勿論当たることは無く、寸前で斬り払われる。

 光で多少視界が白くなるが、視界だけに頼っているわけでは無いシオンはそんなことを気にしない。

 背後を斬り付け、気持ちの良い金属音が鳴る。

 作戦自体は良いかもしれないが、それが必ず利くわけでは無い。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 対応されることは想定済みだったのか、動揺することなく反撃を仕掛ける。

 

「まだまだ」

 

 だが、そんな単純な方法が効く程シオンは弱くない。

 焦りなく魔法を斬り払い、体勢が崩れているベルの鳩尾に一撃。

 

「ぐはっ……」

 

「何時でも油断も隙も無く。心がけましょう」

 

 鳩尾へと衝撃を与え、更に押し出すことで後方へと吹き飛ばす。

 

「つぅぅぅッ!」

 

 壁へと衝突し、痛みに堪えようと悶えるベル。

 『黒龍』は、直接痛みや傷を与えることはできないが、間接的になら与えることが可能だ。

 

「もう終わりですか?」

 

「……鬼」

 

 その罵倒は案外間違っていない。

 シオンはやろうと思えば吸血鬼という鬼に成れるし、性格面で見ても鬼畜と言う鬼だ。

 

「いや~、ありがとうございます」

 

 よって、今の罵倒は褒め言葉に聞こえるのである。

 

「褒めてないよ……うぅぅ……痛い」

 

「背中だけでしょう? 鳩尾は痛くないはずですが」

 

 ベルは腹を押さえ、蹲っていた。『黒龍』で突いた鳩尾に痛みはないはずなのに。

 

「なんか痛いって感じるの。本当は痛くないんだけど」

 

 妙な違和感が幻痛に近い症状を起こしているのだろう。仕方のないことだ。

 

「では、どうします? 終わりにします?」

 

「ううん、やる」

 

 終了の提案を一瞬で断るベル。これで了承していたら、容赦なしの斬撃が飛んでいたところだ。

 

「そうですか。ならさっさと起き上がる」

 

「うん」

 

 のっそりとした動作で、手放した漆黒の短刀(ナイフ)を拾いながら立ち上がる。

 その途中で、ベルが不自然に動いた。

 

「予備動作なしでできるなら尚良いです」

 

「……ッ!」

 

 瞬間、急接近して斬り付けた。だが、刃は届かず弾かれる。

 

「さ、頑張ることですね」

 

 そこから数時間。死に物狂いの兎と余裕な様子の鬼の闘いが見られたのであった。

 

 

   * * *

 

 太陽が中天を過ぎ、西の空から街を照らすこの頃。彼らはダンジョンから帰還し、ホームへの帰路を辿っていた。

 傷だらけで背負われているベルは、精神疲弊(マインドダウン)となって、疲れと相まってぐったりと体重をかけていた。

 対し、ベルを背負っているシオンは無傷で、息も切れていない。完全に余裕の状態である。

 

『吸収速度、上達速度。両方高いんだけどな……なんで一発も当てられないのか……』

 

『始めからレベルが高すぎるのよ』

 

 ビクッ、と肩が跳ね上がってしまう。

 

『いきなり接続(テレパシー)を使わないで下さい。正直驚きます』

 

 流石のシオンとて、完全無警戒の心の中から話しかけられると驚いてしまうのだ。

 

『ごめんなさい。貴方が分かり切った疑問を浮かべていたものだから』

 

『考えを読まないでください』

 

『嫌よ、そうでもしないとつまらないの』

 

『他に楽しめることとか無いのですか?』

 

 毎度毎度考えを読まれて突っ込まれるのは御免なのだろう。他に楽しめるものがあるならそっちで楽しんでほしいのだ。

 

『無いわよ。ここには何もないから』

 

『……ならいいですけど、一回一回突っ込まないで下さいね』

 

『善処しておくわ』

 

『その言葉って本当に便利ですよね』

 

 善処する。そう言ってしまえばたとえ間違ったり、約束を破ったりしても、『善処すると言っただけで必ずとは言ってない』。などの言い訳が通用するのだ。本当に(たち)の悪い言葉である。

 

『あぁその話は措いといて、レベルが高すぎるとはどういうことですか?』

 

『さっきの事ね。言葉の通りよ、貴方とその子ではできることが違うの。その子にとって貴方に攻撃を与えることは、今の私が外に触ることくらい難しいことなのよ』

 

『それって無理に等しくないですか?』

 

『そういう意味よ』

 

 シオンの心に住んでいるアリアは、引き籠り状態で外に出ることは不可能に近い。つまり無理なのだ。

 そこでふと、シオンはとある疑問が浮かぶ。

 

『アリア、できるなら、私の心から出たいですか? 外の世界に触れたいですか?』

 

 彼女がシオンの心に入ったのは、偶然であり、彼女が『そうして』と言ったわけでは無い。本当は『シオンの心になんて居たくない』と思っているかもしれないのだ。

 

『別にいいのよ? 気を使わなくても。私は望んで貴方の心で芽生えたの、だからここにいるのは私の意思で、私の勝手。気にされることではないわ』

 

『望んで芽生える?』

  

 シオンは、予想もしなかった回答に、多少の戸惑いを覚える。望んで芽生える、つまり意識的に動いて自らの意思で心へ閉じ籠った、と言うことなのだ。

 

『貴方が私の精霊の血を体内に入れたとしても、私はそれを何の効力も持たないただの血にすることだってできたのよ? でも私はそれを望んでいなかった。そして、貴方に力を与えたいと思った。だから芽生えたのよ』

 

『初耳です』

 

『言ってないもの。当たり前よ』

 

 今まで言わなかった結構重要なことを、聞いてしまえば平然と答えてしまうアリア。彼女には情報秘匿ができないのかと、ちょっとした心配の感情も浮かぶが、心の中にいる時点でそれ自体が秘匿と同一だと言うことに気づく。

 

『話を戻しますが、だったらどのくらいがベルのレベルに合っているのですか?』

 

『さぁ、貴方はそれを考えられない訳じゃないはずよ』

 

『……ですが、それだと物足りないです』

 

『全員が貴方のように、死に物狂いになるまで闘い続けようとはしないわ』

 

『でも、ベルは死に物狂いで闘いました。だから問題ありません。それに、己を鍛えるなら、手が届くか届かないか判らない目標があった方が、より良い結果が期待できます』

 

『貴方って、本当に鬼畜よね』

 

『それほどでも』

 

 シオンにとっては鬼畜も褒め言葉だ。というか、鬼のつく罵倒は褒め言葉になってしまう。 

 

『もう良いわ、会話はお終いよ。丁度着いたようだし』

 

『そうですね、到着です』

 

 会話をしている間も足は進んでおり、ホームへと辿り着いていた。

 

『では、また今度。此方から話したいことがあれば話しかけますね』

 

『ええ、いつでもどうぞ』

 

 そう言われたのを最後に、何かが無くなる妙な感覚を覚える、これが接続(テレパシー)が切れた時の影響なのだろう。

 今は静かな廃教会、次にまた煩くなるのはあと何分、何時間後だろうか。

 そんなことを気にしていても、意味の無いことだ。耳障りなだけで無視はできる。

 

「今日の夕飯何にしようかな……」

 

 つまらぬことしか考えることのない彼は、そんな呟きを吐いた。

 

 

 

   * * *

 

  余談

 

「シオン君、君はまた……」

 

「自己調整と自己管理のできないベルが悪いです」

 

「あはは、否定できないや」

 

「君たちは加減が無いのかい?」

 

「ありますよ。今日もばっちり加減しました」

 

「思いっきり本気でやりました」

 

「チートと準チートはここまで違ってくるのか……」

 

 

  



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日常、それは気絶

  今回の一言
 伏線回収したどー。

では、どうぞ



 

 点々と浮かぶ雲が、空からの微量な明かりを隠し、火照った体を涼ませる夜風が吹く。

 市壁の上で、東の空を眺めて佇む影。その影が眺める方向からは、僅かな光が溢れ出し、次第にその片鱗を顕わにした。

 佇む影は、その明かりに踵を返し、西の方角へと向かって行く。

 

「あ、ありがとうございました……」

 

「うん、お疲れ様。凄く上手くなってる」

 

 影だった者は、その姿をくっきりと現し、会話をしている二人の元へと向かっていた。

 

「お疲れ様です。ベルはどうでしたか?」

 

「うん、凄いよ。もう少しまとまった時間があればもっとできるんだけど……」

 

 いくらアイズとて、頑張っても二時間という短時間では多少の事しか教えられない。だからこそこの提案なのだろう。

 

「い、いえっ! そんな! 悪いですって!」

 

「アイズがそう望んでいるのですから、受ければいいのですよ。どうせ、ベルは暇人でしょう?」

 

 と言うより、ベルだけでは無く、冒険者の大半は暇人だ。だから冒険者だとも言えなくはないが。

 

「そうだけど……その言い方なんかムカつく」

 

「じゃあ、何時にするの? 明後日?」

 

 睨みつけて来るベルを放っておいて、アイズが日付を提案してきた。

 

「妥当ですね。ですってベル、勿論大丈夫ですよね」

 

「そうだけど……本当にいいんですか? アイズさん」

 

「うん、大丈夫」

 

 ベルが大丈夫か、と問うことは、恐らく派閥間での関係や事情についてだ。だが、アイズが答えた大丈夫は、別の意味について言っている気がする。微妙に噛み合ってないのだ。

 

「さて、帰りましょうか。アイズ、明日はよろしくお願いします」

 

「うん、またね」

 

「さようなら、アイズさん」

 

 彼ら別れを告げ、市壁を去った。

 東の空から射す明かりは、街を段々と照らしていく。

 今日と言う日の始まりが、それで告げられているようだった。

 

「明日、楽しみだなぁ」

「明日が楽しみですね」 

  

 二人が呟いたその言葉は、お互いに届くこと無く風に運ばれ、消えていった。

 

 

   * * *

 

  余談

 

「…………」

 

「目が死んでますね」

 

「これ、本当に大丈夫なんだよね……」

 

「専門では無いので判りません。まぁ神ミアハならばなんとかしてくれるでしょう」 

 

「うん、ミアハ様なら大丈夫だよね」

 

 

   * * *

 

「おーい。ベルー、シオーン」

 

 中央広場(セントラル・パーク)、冒険者だけだは無く、様々な人が行き交うその場所で冒険者である彼らに声が掛けられた。

 抑揚の少ない、大きくも無い声。

 人だけでは無く、多くの声も飛び交うここでは、その声は小さすぎて、Lv.1の彼には聞き取れなかったようだ。

 だが、Lv.2でありながらも超人である彼には聞き取れた。  

 

「ベル、誰かに呼ばれてますよ?」

 

「え、うそ……ほんとだ」

 

 ベルもどうやら気づいたらしい。呼びかけてくる声が何度も続いていたからだ。

 

「どうします? 本来見送りだけで済ませるつもりでしたけど」

 

 超人ことシオンは、本来ここに来る予定が無かったのだ。

 先日言われた通り、一緒に行かないとダメ! とのことで、ベルを一人で行かせようとすると止められるので、途中であるバベルまで同行して、ヘスティアを騙す魂胆だ。

 

「うーん……話くらいは聞いておいた方がいいんじゃない?」

 

「ま、それくらいなら問題ありませんけど」

 

 向かう方向を変え、声を掛けてきた彼女の元へ。

 上衣の、左が半袖右が長袖という少し変わった格好をしている彼女は、胸の前で小さく手を振りながら、彼らを呼びかけていた。  

 

「えっと、おはようございます。ナァーザさん、どうしてここに?」

 

「うん、ちょっとね……」

 

 音を立てながらポケットを漁り始め、更に続ける。

 

「ベルかシオンを待ってたんだよ。ここにいれば、会えるかなって」

 

 そう言い終えると、ポケットから一枚の羊皮紙を取り出した。

 

冒険者依頼(クエスト)。ちょっと頼まれてくれないかな……」

 

「ほほぅ、ギルドを介してではなく直接、ですか」

 

 普通、冒険者依頼(クエスト)はギルドが仲介役となり、その安全性と合法性が保証されて発注されるものだ。だが、それ以外の方法でも冒険者依頼(クエスト)は依頼可能である。

 今の様に、直接依頼するのがその方法の内の一つだ。

 だが、この方法の冒険者依頼(クエスト)は、受けることを推奨されない。

 態々ギルドを介さずに依頼すると言うことは、何かしらの裏があるからだ。

 危険性が高かったり、疚しいことがあったり、違法的な内容だったり。

 解りやすい例で言えば、あの黒衣の人物が依頼した冒険者依頼(クエスト)だろう。

 個人で依頼を行い、危険性は途轍もなく高く、情報規制が掛かることが普通に起きていた。

 と言う訳で、ギルドを介さない冒険者依頼(クエスト)は推奨されないのである。 

  

「で、その冒険者依頼(クエスト)の内容は?」

 

「『ブルー・パピリオの翅』を何枚か調達して欲しい……」

 

 ブルー・パピリオの翅と言えば、七階層に出現する『希少種(レアモンスター)』、ブルーパピリオのドロップアイテムである。

 遭遇率が他のモンスターと比べて低いモンスターの総称を『希少種(レアモンスター)』と言うが、ブルーパピリオはその中でも遭遇率が比較的高いため、簡単な方だろう。

 

「意外と簡単ですね」

 

「それはシオンだからでしょ……『希少種(レアモンスター)』だよ? 見つけるの大変じゃん」

 

食糧庫(パントリー)竪琴(キタラ)でも弾けばすぐ終わるでしょう」

 

「キタラ? 何それ」

 

「【万能者(ペルセウス)】作成の魔道具(マジック・アイテム)ですよ。値段はそれなりでしたが」

 

「買ったんだ……」

 

 まだ使ったことは無いが、あれは中々便利だと思う。

 狩りの効率も上げることができ、上手く使えば、モンスター同士を衝突させるという面白い遊びもできる。更にいえば、今回の用途のように、『希少種(レアモンスター)』を引き寄せることだって可能だ。

 

「で、どうします? ベルは受けるのですか? 私は受けませんけど」

 

「そこまで明確な案が出てるのに受けないんだ……」

 

「だって面倒ですし、今日は用事がありますし」

 

 何のためにシオンがアイズとの鍛錬を一日遅らせたと思っているのだ。

 それは下心満載の理由だ。鍛錬の後でデートでもしようと思っており、その計画(プラン)を立てるために今日中に下見でもしようかと思っていたのだ。

 

「うーん。僕一人じゃ難しいよね……でも受けた方が良いのかな……」

 

「報酬もきちんと出すから」

 

「……シオン、どれくらいの時間が掛かると思う?」

 

「私が行って先程提案した方法で行けば、帰って来るまで二時間かかりませんね」

 

 といっても、普通に行ってこの時間の為、本気を出せば一時間以内で終わらせられる。

 

「僕が行ったら?」

 

「往復路だけで六時間程、竪琴(キタラ)を使わないとなると、計半日以上はかかるのでは?」

 

 シオンとベルとでは【ステイタス】に天と地ほどの差がある。運動能力もそうだが、モンスターを倒す速度も段違い。つまり、圧倒的に必要時間が異なるのだ。

 

「……やっぱりシオンが行くのは」

 

「駄目です」

 

「うぅ……じゃ、じゃあ僕が代わりにシオンの用事を終わらせて」

 

「無理ですね。そもそも私の用事を知らないでしょう?」

 

「じゃあシオンの用事って何?」

 

「最適な場所を探す事です。例えば、美味しい料理が振る舞われる場所や、景色が綺麗な場所や、空気が澄んだ場所や、緑豊かで自然的な場所とか……」

 

 そこでふと、一つの場所が頭に浮かんだ。

 そこは十二階層最奥の更に奥。未開拓領域とされている場所に存在した、今あげた条件の殆どを達成している場所。

 シオンは以前アイズにその場所を教えると言った。

 道中で鍛錬も可能であり、それでいて最適な場所もある。

 

「条件クリア……」

 

「え?」

 

「用事が終わりました。案外あっけなかったです」

 

「じゃ、じゃあこの冒険者依頼(クエスト)は……」

 

「受けましょうか。報酬がケチられないことを期待して」

 

 本人に直接依頼する冒険者依頼(クエスト)では偶に報酬をケチったり、払わなかったりする輩がいるのだ。あの冒険者依頼(クエスト)ではいい意味でありえない報酬だったが、それは例外だ。

 

「では、ベルは普通にダンジョンへ潜っていていいですよ。後は私が終らせておきます」

 

「ありがと、って言うのもなんか変かな?」

 

「では、さっさと終わらせてきます。ナァーザさん、今日の夕方頃にお店の方へ伺わせていただきますので」

 

「うん、待ってるね」

 

 そう告げると、彼女は裏路地へと消えていった。

 

「ベル、今日は無理をなさらずに、運ぶ人がいませんから」

 

「うん、わかってる」

 

 一言ずつ交わし、シオンは風のように消えた。

 普通なら驚くだろうが、シオンの神業的所業に慣れているベルは、もう既手遅れな程の耐性がついている。

 驚くことのないベルは、ダンジョンへと再び足を進めた。

 

 

   * * *

 

 竪琴(キタラ)()が七階層で反響する。

 軽く、それでいて流れるように滑らかな音は、人間であっても引き寄せられそうな曲。

 付属の説明書に書かれていた、ブルー・パピリオを引き寄せる曲だ。  

 

「来ましたね」

 

 奏者である彼が、弾きながら呟く。  

 羽音の数からして、群れを引き寄せることが出来たようだ。

 そいつらが姿を現したところで、音を止ませる。

 

「気持ち悪っ」

 

 その感想と共に、ブルー・パピリオの翅だけ傷つけないように魔石を破壊する。

 ブルー・パピリオは個体として美しいとされているし、実際綺麗なのだが、それが二十や三十の大群となると、正直気持ち悪いのだ。

 ドロップアイテムが落ちて傷つかないように空中で掴まえ、持ってきていた袋に優しく放り込む。

 

「多いですね……」

 

 ドロップアイテムは十三枚の翅。『希少種(レアモンスター)』のドロップアイテムが一度にこれだけ採れるのは珍しい。

 考えてみれば、二十や三十の大群をなしていること自体が珍しい、というよりおかしい。

 

「偶々、なのでしょうね」

 

 だが、そんなことを気にしても意味が無い。ダンジョンは未知なのだ。常識は通用しない。

 

「さっさと帰りましょうか」

 

 そう言い残し、モンスターが一匹もいない食糧庫(パントリー)を後にした。

 

 

   * * *

 

 空が茜色に染まり、太陽が地平線へと消えようとしている頃。

 

「お邪魔します」

 

「お、お邪魔します……」

 

「邪魔するよ」

 

「ふにゃ~」

 

 変な声を出すリリと、それを右手で鷲掴みにして運ぶシオン。後ろから念のための同伴として付いて来るベルとヘスティアが、【ミアハ・ファミリア】ホームへと入店していた。

 

「あ、シオン。集め終わったの?」

 

「はい、十三枚集まりました」

 

「可笑しいでしょ……どうやったらそんなに集められんのさ」

 

「普通に?」

 

「うん、分かった。普通の方法じゃないんだね」

 

 もうお馴染みとなっている価値観の相違、何時になったら同じ普通を見つけられるのだろうか。

 

「シオン、その右手に掴んでる小人族(パルゥム)は?」

 

 リリとナァーザさんは今回初対面である。知らないのが普通だ。

 

「あぁ、精神異常患者です。神ミアハに治してもらいに来ました」

 

「そうなの? ミアハ様、シオンが呼んでる」

 

 カウンター近くに座っているナァーザが、店の奥側に向けてそう言うと、そこから落ち着いた足音がやって来た。

 

「久しいな、シオンよ」

 

「お久しぶりです、神ミアハ」

 

「先日渡した薬はどうであったか?」

 

「その件はありがとうございました。とてもよく効きましたよ」

 

 奥から出てきたミアハは、シオンから順に皆へ挨拶をして、二言三言交わす。

 

「シオンよ、それで、用件とはその少女か?」

 

「ま、そうですね。治せます?」

 

 そう聞くと、ミアハはリリの様子を見て、少し考える仕草を見せて答える。

 

「そうだな……こういうものならば、私よりはあの……」

 

「ふははははははははっ、邪魔するぞおおおおおおおぉー‼」

 

『⁉』

 

 だが、店のドアを蹴破る音と、呵々(かか)大笑の声で、ミアハの声が遮られる。

 店内にいた者は、一人を除いてその音に驚いた。  

 乱暴な入店を行ったのは、灰色がかった髪と(ひげ)を蓄えた初老の老人。その後ろには、控えている銀髪の美少女。

 

「シオン、適任がやって来たぞ」

 

「と言うと?」

 

「あそこに控えている【戦場の聖女(デア・セイント)】の方が適任だ」

 

 神ミアハが見ている先には、【戦場の聖女】ことアミッドさんが、呆れたような顔をしていた。

 確かに、アミッドさんは腕も本物の医者だ。これくらいなら簡単に治せるだろうが、一つ不思議なことが出来た。

 

「……適任と言うだけで、神ミアハ、貴方でもできますよね。何故そうしないのですか?」

 

 普通なら、利益を少しでも得るために、相手方を紹介したりはしない。

 

「なに、簡単なことだ。治るなら早い方が良いだろう?」

 

「……はは、そうでしたね」

 

 そう言えば、この()は本物の神格者であった。そして、ベルほどではないにしても、重度のお人好しだ。

 

「なら、そうさせていただきます」

 

「なにをこそこそ話しておる! もしや、また今月も払えんのかぁ⁉ 笑えるのぉ!」

 

「神ディアン・ケヒト。少し煩いので黙っていてください」

 

「なんだぁ⁉ 儂に命令するのかぁ⁉ おもしろ―――」

 

 ディアン・ケヒトがシオンを挑発しようとすると、後ろの控えていたアミッドが、鉄拳制裁を行った。

 

「な、何をするアミッド!」

 

「シオンに向かっての暴言等は見過ごせません」

 

「まぁまぁそんな怒らずに。アミッドさん、この精神異常患者をどうにかできますか?」

 

「できますが……そうですね、丁度良いです……」

 

「はい?」

 

 できるとの事ではあったが、何か嫌な気配を纏い始めたアミッドにたじろぐシオン。

 

「条件がります」

 

「ですよね~」

 

 もう解っているのだ。こういう雰囲気を纏う人は条件を出してくると。

 

「この薬を飲んでください」

 

「何ですか、これ」

 

 そう言って渡されたのは試験管。中身は、赤紫色をした粘性を持っている液体。

 

「シオンの為に作りました。これで性欲が戻せると思います」

 

『⁉』 

 

 その言葉に驚く一同、今回はシオンも入っていた。

 

「……別に性欲が無くてもいいのですが……」

 

「駄目です」

 

「どうして?」

 

「…………人間として、必要なものです」

 

「何ですか今の間は。ちょっと、目を逸らさないでください。あと、分かって言ってますよね、人間としてとか、分かって言ってますよね?」

 

 人間を辞めていることを彼女は既に知っている。それで言うとは、分かりやすく他意があると言っているようなものだ。

 

「兎に角、飲んでください。不味くはないはずです」

 

「…………私、耐異常を取得してないのですが」

 

「問題ありません。効果は少し弱めにしてあります」

 

「………」

 

 断る言い訳が完全に無くなてしまったシオン。強引に断って他に人にリリを任せる手段もあるし、リリを放っておく手段もあるのだが、無表情の中に不安が見え隠れしているアミッドを見て、それができるほどシオンは非情ではない。そして、放っておいたら後が怖いのだろう。

 

『アリア、アリア、聞こえますか』

 

 よって、自分の考えでは無く、第三者の意見に頼るのである。

 

『飲めばいいじゃない』

 

 と簡潔に返答される。勿論望んでいた答えではない。

 

『危険すぎません? 本当に性欲が戻って、淫獣と化したらどうすのですか。私の貞操はアイズにしか捧げませんよ?』

 

『精神力で何とかしなさい。それに、性欲が戻ったところで貴方にそれほどの性欲は無かったような気がするのだけれど』

 

『…………思い返してみればそうですね』

 

 あれは、約三年前のこと。昼間にランニングをしていた時に泉を通ったのだが、思春期を迎えたばかりくらいの少女たちが水浴びをしていたのだ。

 その時のシオンの反応は『無』。興味が無く踵を返して立ち去ってしまった。

 

「……いいでしょう、飲めば良いのですね」

 

「はい、お願いします」

 

 蓋を開け、何故か皆に見守られながら、一気に飲み干す。

 

「!」

 

 即効性なのだろうか、一気に異変が起きた。

 極度の眩暈。激しい頭痛。降りしきる雑音の嵐。辛さと甘さが気持ち悪いマッチングをした味。

 体が倒れていくのが分かった、反射的に足を前に出し、支えることはできたものの、それは一瞬。体から一気に力が抜け、地面にぶっ倒れる。

 

「また、か……」

 

 似たような症状を最近よく体験していた。明らかに気絶だ。

 それが解っている彼は、抗うのが面倒であるため、流れに任せて目を閉じた。

 

 

 



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不運、それは幸運

  今回の一言
 情報纏め回でも設けたほうがいいのかな……

では、どうぞ


 

 瞼が上がる。だがゆっくりと下がり、また閉じてしまう。

 そしてまた上がる、今度は一瞬で下がり、その動きを何度も繰り返す。

 視界の焦点が合い、はっきりとするが、灯りが無いのか周りは暗い。

 背中の感触が気持ち悪い。触り心地からしてベットだろうか。

 何故か動かしにくい体を起こし、ベットから降りて、体を伸ばす。

 今は大体夜の十時くらいだろうか。五時間は気絶していたことになる。

 服の感触は変わらない、そのまま寝させられたのだろう。

 ベットを整えながら、少し周りを見てみる。

 規則正しく並べられた物、簡素なベット、端に置かれたティーセット。

 この部屋には見覚えがある、多分アミッドさんの部屋だ。

 ぶっ倒れた私を運んでくれたのだろう、元凶はそのアミッドさんなのだが。

 ベットの横に寄りかからせてあった『一閃』を腰に戻し、部屋から出ようとノブに手を掛けると。

 

『待ちなさい、シオン』

 

 と、静止の呼びかけをされた。

 

『どうかしましたか?』

 

()()、今の状態に気づいてないの?』

 

『はい?』

 

『……窓を見てみなさい』

 

 状況が理解できず、言われるがままに従う。

 夜の外が見える窓を見ると、そこにはうっすらと()が映った。

 

『……何となーく理解できました』

 

 そこに映ったのは、彼では無く、()()であった。

 それは、自分と似ているようで似ていない姿。

 髪が白と金の二色から、銀の一色へ変わっており、右眼の色が緑から金色へ変わっていた。胸部は大きすぎず小さすぎない膨らみを保有しており、下半身を探ってみるも、やはり無い。

 色々変わってしまったが、念のために眼帯を外してみると、そこには金の眼があったため一安心。

 

「あーあー」

 

『何をしているの?』

 

『声の確認です。予想通り変わってました』

 

 声はやはり女声となり、吸血鬼化の時とはちょっと違った声だった。

 

『また性転換ですか』

 

『もう慣れたものかしら?』

 

『慣れてはいけないのでしょうけどね。原因はあの薬、性欲は感じないので効果自体が異なったものだったのでしょう。性転換をさせる薬とは、恐ろしい物です』

 

『そうね。でも、どうやって戻るのかしら?』

 

 そこが問題なのである。 

 吸血鬼化時の性転換は、体からある程度の呪いを抜き、納刀すれば戻れたのだが、今回は戻り方が不明である。もう一度同じ薬を飲むと言う手もあるが、先のアミッドさんの様子から、あの一本しか性転換の薬は無かったのではないかと思われる。同じものがある可能性も無くはないが、部屋を見渡す限り同じ薬は見られ無い。

 

『薬の効果が切れたら戻れることを願いましょうか』 

 

『切れなかったらどうするの?』

 

『最高一週間待ちます。それでもだめだったらいろいろ試し始めましょうか』

 

『でも、それって大丈夫なの?』

 

『何がですか?』

 

『明日』

 

 一瞬何かが引っかかった。だがそれは消えていきそうになる。 

 それを掴むように記憶を漁ると、すぐに出てきた。

 

『マジでどうしましょうか……』

 

 明日はアイズとの鍛錬がある。この状態で会っても、『誰?』と言われかねない。

 

『それは大丈夫よ。反応があるでしょう?』

 

『だから考えを読まないでください』

 

 だが、それなら身元確認は大丈夫だ。

 

『っと、なら鍛錬に必要な装備はどうしましょうか……ホームの金庫に入れっぱなしですし』

 

『取ってこればいいじゃない。気配を紛らわせれば何とかなるでしょう?』 

 

『そうできるといいのですが、ちょっと気配が違っている所為で、少し慣れないと気配を紛らわすことが難しいのですよ』

 

 吸血鬼のときは、気配が全く違うものでも、あっちの世界で何度も戦って、自分の気配に慣れていたからできたことだ。今の気配は前の気配に近いから、少し時間を要せば慣れるだろう。

 

『流石にもう帰りますか。人の部屋にずっと居るのはちょっと気が引けます』

 

『外にいる女の子には何も言わなくていいの?』

 

『アミッドさんにこの姿を見られたら、多分失神されますよ。自分の薬で人を倒れさせてしまった上に、効果が全く違うものだったなんて知ったら、ね』

 

『気遣いはいいことよ、でも、その本人が消えたとなればどうなるかしら?』

 

 普通ならそれを、逃げたや消えた、と思うのだろう。だが、気配の状態と、外から微かに聞こえるすすり声から考えて、『死んだ』と思いかねない。アミッドさんの医者としてのプライドはズタズタだろう。

 

『置手紙でもしたためましょうか』

 

『人の部屋の物を勝手に使うのは褒められた手段では無いのでしょうけどね』

 

『以前も同じことしましたけどね』

 

 置かれているものの中から、羊皮紙と羽ペンとインキを取り(盗り)、『また今度お会いしましょう。できれば、その時までに同じ薬を作っておいてくださいね』と記しておく。

 その手紙をテーブルの上へ置き、その手紙を記したと分かるように、神聖文字(ヒエログリフ)共通語(コイネー)で名前を書き加えておく。

 

「これでいいでしょうかね」

 

『最後に気障(キザ)なセリフでも書いておいたら?』

 

『私にそんなセンスを求めないでください』

 

『そう? 指輪の内側に書いていたあのセリフは中々気障だと思うわよ?』

 

『酷いですね。私はあれを気障とは思ってません』

 

『あらそう』

 

 そもそも、気障なセリフを大好きな相手に残すほどの勇気がシオンにはない。

 

『じゃあ、私の言ったことを書いておきなさい』

 

『変なことで無いのなら』

 

『変ではないわよ』

 

 その後に続き、変ではないがギリギリ気障臭いセリフを言われ、一応書いておく。神聖文字(ヒエログリフ)でだが。

 

『ギリギリセーフだから何も言えません……』

 

『えっへん』

 

『子供らしくて可愛いいですね』

 

『褒めても風しか出ないわよ?』

 

『風でも出るなら十分です』

 

 インクの付いた羽ペンを置き、インキの蓋を閉めて、窓の鍵を開ける。

 ぴょんと跳んで外へ出ると、すぐに窓を閉める。

 

『月下の剣みたいね』

 

『英雄譚の話はいいでしょう、それに私が恋をしているのは、アミッドさんでは無くアイズです』

 

『酷いこと言うのね』

 

『現実です、それに私が主人公だとしても、得物は大剣ではありませんよ』

 

『ヒロインが使っていたのは刀よ?』

 

『私は女では……今はそうなのでした』

 

 そういえば、ヒロインの彼女も銀髪だった。意外とあっているのかもしれない。

 

「今日、何処で寝ましょうか……」

 

『北西部の市壁内部に住むには十分な場所があるわ。貴女が上っていた階段の途中、少し奥へ行ったところよ』

 

『朝の鍛錬もそこで行いますし、丁度良いですね。装備取って向かいますか』

 

 月下で屋根の上を踊る(シオン)は、月明かりに照らされながら、優雅に街を跳び回った。

 

 

  * * *

 

 バタンッ、と部屋の中から音した。

 顔を歪ませ、目元が腫れ、台無しとなっている端麗な顔を、彼女は勢いよく上げた。

 ゆったりと立ち上がり、おそるおそるノブに手を掛ける。

 少し空いた隙間から覗いてみても、光が少し射すだけで、部屋の全貌、ベットまで見えない。

 恐怖心が残る、でも確認しなければと言う感情が勝った。

 決心し、ドアを完全に開き、自室に入る。魔石灯を灯し、部屋の照らし出した。

 真っ先に()を寝かせておいたベットを確認する。

 

「ぇ……」

 

 だが、そこは綺麗に整えられていているベットしかない。誰も寝てなどいなかった。

 

「嘘……うそ、いや……なんで……」

 

 彼女はそれを見ただけで、正常な判断ができなかった。

 

「なんでっ!」

 

 怒りに任せ、彼女は全力で拳を振り下ろした。

 その拳は近くにあったテーブルを破壊し、上に置いてあった物を、音を立て散らかす。

 

「!」

 

 彼女の脳が、一瞬冷静になった。彼女はテーブルの上に何もおいていなかったのだ。

 不審に思い、音のした方向を見ると、インキが転がっていた。ガラス製では無かったから割れなかったのだろう。

 そして、その近くには、先端にインクの付いた羽ペンと、一枚の羊皮紙。

 それらを拾い上げ、律儀に元あった場所へ戻そうとして、気づく、

 

「なに、これ……」

 

 羊皮紙に文字が書いてあったことに。

 

「『また今度……お会いしましょう。できれば、その時までに……同じ薬を……作っておいて、くださいね』」

 

 判断が追い付かない思考状態で、彼女は書かれていたことを読み上げた。

 

「『シオン・クラネル』」  

 

 神聖文字(ヒエログリフ)共通語(コイネー)で記されていたその名前も。

 

「いき、てる……の?」

 

 思考が混乱する。オーバーヒートでもしてしまいそうなほどに。

 そして最後に書かれていた、神聖文字(ヒエログリフ)を読み上げた。

 

「『私は……死なないさ。君と言う……最高の、医者が……いるじゃないか』」

 

 彼女はその意味を理解する前に、雫を頬に滴らせた。

 枯れるほど流していたはずのそれは、今も尚流れ続ける。

 

 その日の晩。彼女は叫びは良く響いたそうだ。

 だが、その叫びに文句を言う人など唯の一人もいない。

 先程までのものと比べれば、それは微笑ましいものだったのだから。  

 

 

   * * *

    

  余談

 

『……アリア、今思い返したのですが、先程のあれ、告白ではないですか?』

 

『あら、それはどういうことかしら?』

 

『死なない、その理由が君と言う医者が居るから。つまり、医者がい無くなれば、私は死ぬ』

 

『確かに、そう解釈できるわね』

 

『ということは、医者と私は命を共にしている。こういう意味の言葉って、よくプロポーズとかで使われますよね』

 

『気づくのが遅いわよ』

 

『やっちまった……精霊に嵌められた』

 

『二股ね』

 

『私は悪くないんだぁぁっ!』

 

   * * * 

 

 ビリッ、と体に電気の走る感覚で目を覚ます。

 薄暗い部屋の端で壁に寄り掛かって寝ていたシオンは、淀みない動作で立ち上がり、両手を上げて体を伸ばした。

 

「いつも、こんな早くから来てたのですね」

 

 今の時間は、特訓が開始される時間より一時間は早い。

 冷たい夜風に晒されながら待っていたと考えると、申し訳なさが出てきてしまう。

 

「さっさと着替えますか」

 

 シオンがアイズに気づけたように、アイズもシオンに気づいているはずだ。そして、何故かアイズはシオンの居場所を反応があれば特定できる。

 今着ている服を脱いで、丁寧にたたむ。

 着替える服は、黒色のシャツに、白を基調として、ラインと刺繍が施されている伸縮性抜群の戦闘衣(バトル・クロス)。この服は、吸血鬼化時の体の変化にも耐えてくれた、かなり優秀な物だ。

 何故かある姿見で自身を見てみるが、不思議なことに、結構似合っている気がする。

 

 余談だが、彼は自分が来ている戦闘衣(バトル・クロス)女性用(レディース)であることに気づいていない。

 

『可笑しくないのがおかしいわね……』

 

『自分でもちょっと驚いているところです。でも、この銀髪は嫌ですね。何処ぞの色ボケ女神を連想させます』

 

『あら、フレイヤの事かしら。ダメよ、そんなことを言っては。あの神は執念深いのだから』

 

『おぉ、怖い怖い』

 

 自分がその執念深い神に興味を持たれていることを知っているシオンは、他人事でないため自身の身を案じてしまうのだ。大丈夫であることを解っていながら。

 

『アリア、アイズになんて説明すればいいと思います?』

 

『普通に、包み隠さず全部話すのはダメなの?』

 

『ダメでは無いですが……理由が不確定な状態での説明は良くないと思うので』

 

『なら、適当な理由を考えておきなさい。最悪、吸血鬼化の後遺症とでも言ってしまえばいいのよ。もう教えているでしょう? 吸血鬼になって性転換することは』

 

『教えてはいますが筋が通らないような……まぁ、一時回避には問題ありませんね』

 

 そう会話しながら、装備を整える。

 右手には漆黒の手袋、左手には薬指に遮断(シャット・アウト)の指輪。

 刀を一式帯び、レッグホルスターには包装された縦長の箱を入れる。 

 念のために、髪を手串ながらも()いておくが、その必要が無い程質感が滑らかで、柔らかかった。自分のものとは到底思えない。

 用意を終え、部屋から出て少し奥にある階段を上り、市壁の上へと向かって走る。

 冷える体を温めるくらいには丁度良い準備運動だ。  

 数秒の内に、まだ月光で照らされている市壁上部へと到達する。

 

「シオン」

 

 すると、到着と同時に名前を呼ばれた。金髪の少女が此方をはっきりとみて、だ。

 

「こんばんは、でしょうかね、アイズ」

 

「うん」

 

「……変に思わないのですか?」

 

「今のシオンに?」

 

「ええ」

 

 そもそも、今のシオンと元のシオンは八割ほど別人だ。そこに気づくの事態も容易ではないし、気づいたとしても、変と思うのは当たり前なのだ。

 

「大丈夫、カワイイから」

 

「そっちじゃないのですが……」

 

 アイズから褒められることに悪い気はしないが、褒められている内容の所為でちょっと複雑な気分となってしまう。

 そして、シオンが言う『変』とアイズが捉えた『変』は少し違った。

 シオンが言った『変』とは、『この状態がおかしいとは思わないのか』という意味の変で、アイズが捉えた『変』とは『外見や服装は大丈夫か』という意味での変だ。

 

「シオン、触っていい?」

 

「え、な、何を?」

 

 突然の謎の提案に戸惑うシオン。嫌な予感がして一歩程距離をとってしまう。

 

「シオンを」

 

「はい?」

 

 そして、その嫌な予感は的中した。どうなっているのか理解が及ばず、聞き返すが、

 

「ありがとう」  

 

 意味の解らないお礼の語が返って来て、同時にアイズが此方にに飛びついて来た。

 

「うおっと」

 

 それを反射的に避ける。飛びついて来たアイズが、着地と同時にまたもや飛びついて来た。

 その顔には『不服』という表情が浮かんでおり、シオンの疑問が増すばかり。

 

「なにをっ、しているのっ、ですかっ」

 

「なんで避けるの……」

 

 飛びつくアイズを何度も避け、その状態で現状の把握を図ろうとするものの、段々速度を増しながら、不満を隠さず飛びついて来るアイズを見て、思考が混乱してしまう。 

 

『止まったらいいじゃない』

 

『嫌な予感がするのでお断りします!』

 

 最近よく話しかけて来るアリアの提案を即お断りするものの、このままでは永遠に避け続ける破目になることはシオンも解っている。

 

『……酷い目には遭いませんよね……』

 

『逆に最高の状態になれるわよ』

 

 念の為に聞いてみたが、返答は予想と全く違うもの。

 アリアを信じ、今飛んできたアイズを避けて、止まる。

 

「ひゃぅっ」

 

 だが、アイズの方はいきなり急停止されたことに完全には対応できず、勢いを軽減はできたものの、衝突は免れ得なかった。

 可愛らしい悲鳴を出して、アイズはシオンへとぶつかり、シオンはその勢いを完全に殺すために、アイズを受け止めた状態で後方へと倒れ込んだ。

 

「あっ」

 

 そして気づく。今自分がかなりヤバイ体勢であることに。

 シオンがアイズの下敷きとなり、アイズが、シオンに体を任せているようにも見えなくはない体勢で倒れ込んでいる。

 そして、アイズの片手はシオンの胸元にあり、もう片方の手はシオンの顔の真横。

 

「床ドン?」

 

「どうしてそんな単語知っているのですか……」

 

 アイズが言った『床ドン』は、神々が地上に伝えた『胸キュン』というものの一種で、告白手段としても用いられることもあれば、『ラッキ―スケベ』ということも起こせるらしい。

 だが、今はそのらしいが本当になっている。立場も性別も間違っているが。

 

『こういうことですか……』

 

『半分正解、でもまだよ』

 

『は?』

 

 またもや意味不明なことを言うアリア。だがその意味がすぐに理解できた。

 

「もふもふ」

 

「ふにゃぁ!」

 

 思わず変な声を上げてしまう。アイズが体に巻き付き、色々なところを触り始めたのだ。

 

「ひゃぁ……ア、アイズ……ちょっと……まっ」

 

「きもちいぃ……」

 

「ふえぇ⁉」

 

 それは段々と激しくなり、変な声もまた出てしまう。

 更にアイズが変なことをいい、混乱状態が続くシオン。

 

『アリアぁ……たすけてぇ……』

 

『無理ね』

 

 その混乱は、無理と分かり切っていることに縋ってしまう程酷くなりつつある。

 

『アイズは昔から小動物が大好きなの』

 

『私って小動物ですか⁉』

 

『身長を除けば雰囲気含めて全部そうね』

 

『ふざけるなぁー!』

 

 と、心中で叫ぶが、実際今のシオンの外見は庇護欲をそそる小動物のようであり、本人以外はその印象を否定しないだろう。

 

「ひゃぅっ! ひゃぁ……」

 

「やわらかぁーいぃ」

 

 珍しく間延びした声を出し、これもいいな、一瞬思ってしまうが、新たに触られたことによってそんな思考は吹っ飛ぶ。

 

「も、もうむりぃ……ひゃっ!」

 

「まだだめ」

 

 市壁の上では、その光景が長い間、とにかく長い間続いたのであった。

 

 




 裏情報紹介コーナー!
 『月下の剣』
 英雄譚の一つに数えられるその物語は、『迷宮の神聖譚』にも記されており、詳細な内容を知っているのはベルはシオンなど数少ない人のみ。
 
――――――――――――

 詳細内容は書こうと思えば書けるけど……こっちの方がさらに疎かになりそうで、無理に近い。
 あ、興味本位でみたいという方が居られたら、一応書きます。居たら、ね……


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開始、それは鍛錬

  今回の一言
 現実ネタも使っていこうかな……

では、どうぞ


 

 もう疲れたよ……

 

『パトラッシュ?』

 

『逝きませんよ。というか、どうして【フランダースの()()】なのですか。そして心を読まないでください』

 

『セリフ的にぴったりと思ったのよ』

 

 最近饒舌なアリアが話しかけて来るが、シオンの正直なところ、今は放っておいて欲しい状態だ。

 

「あ、あの。大丈夫、ですか?」

 

「全然全くこれっぽっちも大丈夫ではありません……」

 

 うつ伏せでぐったりとしている銀髪の少女に、白髪の少年が膝を折って話しかけてきた。

 少年が少女に対して敬語口調なのは、()()()()()()()にはそう言う口調で接してしまう少年の性格のせいだ。

 

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……」

 

 その少年の隣には、謝罪の語を繰り返しながら、何度も頭を下げている金髪の少女。

 

「アイズ、もういいですよ。ちょっとばかり体力と理性と尊厳と精神力を抉られただけですから」

 

「それはちょっとではない気が……」

 

「でも、その……やり過ぎた……」

 

「自覚がるのなら問題ありません」

 

 彼女が何故ぐったりしているかと言うと、あの時から少年が来るまで、金髪の少女に本能の赴くままに触られ、弄られていたからだ。

 アリアが彼女に言った『最高の状態』ではあっただろうが、彼女はそれを楽しむほどの余裕を作ることができず、更に言えばされるがままになっていたため、正直得なし。

 いや、残っている感覚やぬくもり、記憶は得だろうか。

 

「さて、気を取り直して」

 

 そう言いながら彼女は立ち上がった。その動作には滑らかさは無く、先程の行為(好意)がどれほどの疲労となっていたのかを目に分からせていた。

 

「私は体を休めてきます。日の出頃に戻りますね」

 

「……ごめん」

 

 その謝罪を背で受け、彼女はふらつきながらも、市壁北部へと足を進める。

 市壁の上を通る風は、先の戯れで火照った体を冷まし、何故かぼんやりとしていた思考を元に戻した。

 冷静となった状態で、自身を見る。

 来ていた純白の服は土埃に汚れ、乱れている所為でかなり際どい服装となっていた。

 服装を整え、外れかけていた指輪を嵌めなおす。そして、装備諸々の無事も確認する。

 一番の重要であるレッグホルスター内の物も無事であった。とりあえず安心だ。

 

『そうそう、聞いてなかったわね。楽しかったかしら?』

 

『全く楽しめませんでしたよ。何故頭に靄が掛かったように思考が真っ白になりましたし、体も妙に熱かったですし……いろいろあって楽しむことに集中できなかったのですよ。あぁ残念だ』 

 

『ならまたお願いすれば? 快く受け入れてくれると思うわよ?』

 

『アイズが受けてくれたとしても、此方が心の準備を整え、ある程度の耐性を付けていないと意味が無いのです。楽しめないので』

 

 主に、記憶が困難と言う理由で。彼女はあとにそう続けた。

 彼女は、先程の戯れの記憶の殆どが存在しない。朧気ながらも残っている記憶は、都合数分レベルのものだ。

 その記憶で幸福に浸ることもできなくないが、正直物足りない感じがする。

 

「ま、いいでしょう。とりあえず、体を慣らしておきますか」

 

『問題はなさそうなの?』 

 

『ありませんね。と言うより、気配に慣れてしまえばこっちの方が動きやすかったりします。何故でしょうね』

 

『吸血鬼の時は女だったのだし、女体の方が動かし慣れているのかもしれないわよ』

 

『喜ばしいことなのか悲しむべきことなのか……』

 

 悩んでも仕方ないことを斬り払うかのように刀を抜き放つ。無意識でも行えるその動作は、考え事の最中でも淀みがない。

 

「いつもより激しくいきますか」  

 

 その日鳴り響いた剣戟の音は、軽やかに、弾んでいるように感じられた。

 彼女の心情は、分かりやすく刀に込められていたのであった。

 

 

   * * *

 

  余談

 

「アイズさん、さっきの美人の方はお知合いですか?」

 

「え? 知らないの?」

 

「知らないって……有名な方なんですか?」

 

「……ベル、さっきのはシオンだよ」

 

「はははっ、アイズさんも面白い冗談言うんですね」

 

「本当だよ?」

 

「何言ってるんですかー。いくらシオンが異常だからって性別まで変わったりはしませんよー」

 

「本当なのに……」

 

 

   * * *

 

 力強く、だが荒くはない踏み込みと同時に、鋭く研ぎ澄まされた、静かな一振りが風を斬る。

 振られた刀は軌道の中途で一度勢いを完全に止め、一刹那後に再び風を斬り裂く。

 軌道は変わり、阻害も淀みも無く綺麗に鞘へと納まった。

 カチンッ、と鍔と鞘がぶつかる音と共に、東の空から光が溢れ出る。

 袖で額を伝う汗を拭い、火照った体を風を使って冷まし、一息。 

 

「お疲れ、シオン」

 

 すると、溢れ出る光を背にした金髪の少女が、何処から持ってきたのか蓋を開けた丸型水筒を差し出し、労いの言葉を送って来た。

 それを受け取り、一気に呷る。中は常温の果実液(ジュース)で、味も悪くない。

 

「ありがとうございます。ベルはもう帰ったのですか?」

 

「うん。今日は何か用事があるみたい」

 

「そうですか。それで、どうしましょうか」

 

 今日は鍛錬の約束をしているが、時間までも指定しているわけでは無い。それに、シオンはその後のデート―――今シオンが女であることは措いといて―――をするつもりでいるのだ。ダンジョン内でだが。

 その為、何かしら決めなければならない、元々無計画に近いのだから。

 

「どういうこと?」

 

 だが、その短い言葉では伝わなかったようで、アイズは小首を傾げていた。 

   

「大雑把に言えば、今日の予定です。アイズはこの後一度帰宅するのでしょう? なら、一緒に鍛錬を行うために、また合流しなければなりません。その為に、合流場所と時間を決めておかなければ、何もできなくなってしまいます」

 

「……じゃあ、付いて来て」

 

「?」

 

 何故か手を引っ張られ、連れられて行く。

 手を繋いでいることに少しの嬉しさと恥ずかしさを感じるも、アイズがそれに気づく様子は一切ない。

 というか、何も言わずに無言で連れられている。

 何が何だかわからず、繋いだ手を地味に開閉しながら問うた。 

 

「アイズ、どうして私は連れられているのですか?」

 

「ベルが言ってた。シオンの行方が不明だって」

 

 どうやら、姿を暗ましたことがもう伝わっているらしい。

 だが仕方のないことだ。流石に、ベルやヘスティア様、アミッドさんなどの人たちに、性転換したことがバレるのは今後の生活上不味い。アミッドさんには吸血鬼の性転換はバレているが。

 

「あー、そう言うことになっているんですね……それで?」

 

「シオンは今泊まる場所が無い」

 

「ありますよ?」

 

 それは勿論昨日の半夜を過ごした市壁内部の生活空間である。

 

「……食べるものが無い」

 

「懐は常に暖かいですよ」

 

 昨日の内に、金庫から十五万程回収してきた。問題なく飲み食いできる金額である。

 

「………」

 

「どうしました?」

 

 何故か黙りこくってしまったアイズ。ちょっと頬が膨らんでいるが、何か怒らせるようなことでもしてしまったのだろうか……。

 

「それで、何故私は連れられているのですか? 建前では無く本当の理由をお願いします」

 

「……シオンがファミリアまで来たら、待ち合わせする必要もない。時間を合わせる必要も無い」

 

 シオンが本当の理由を聞くと、意外と普通、だが大問題になりゆることを口走った。     

 

「それは本気(マジ)で行けないやつです」

 

「どうして?」

 

「ファミリア間の問題があります。前は偶々客人待遇を受けれたから入れただけなのです。普通は他派閥のホームに入ったりしませんから」

 

 ファミリアの【ステイタス】など秘匿情報が洩れる可能性もあるのだ。特に、【ヘルメス・ファミリア】なんて断固拒否するだろう。

 

「……じゃあ門の前まで」

 

「それならギリギリ大丈夫ですね。遮断(シャットアウト)も有りますし、不審に思われることは万が一には無いでしょう」

 

「よかった……」  

 

 ただ待ち合わせるだけのことをアイズが何故しなかったのか、それは分からない。

 本人も語らなければ、それを聞こうとする者はいない。

 だが、勘の鋭い神などは気付けただろう。

 彼女たちが、一見無表情な二人が、仲睦まじく手を繋ぎ、楽しそうにしているのを見れば。 

 

 

   * * *

 

 正門でアイズと別れて、待ち続けること約二時間。

 フル装備で出てきたアイズが、館口から小走りで此方へ向かってきた。

 

「ごめん、シ――――」

 

「さぁ行きましょうすぐ行きましょうさっさと行きましょう」

 

 来て早々、彼女の()()()発しようとしたアイズの口を、反射神経と身体能力を存分に使って塞ぎ、急かしながら逃げるように正門を後にする。

 何故そのようなことをしたか、それは正門に門番として就いている猫人(キャットピープル)に原因があった。

 彼女は結局暇だったので、指輪を外してその猫人(キャットピープル)と話していたのだ。勿論初対面の他人の振りをして。

 そして、当たり前だが偽名を使った。『テランセア』という花の名前を引用して。

  

『バレなきゃ問題ないのさっ!』

 

 と、何処ぞのロリ巨乳神はサムズアップしながらそう言った。

 バレたらいろいろとヤバイが、極論バレなければ良いのである。 

 裏路地を二本折れ、完全に姿を隠せたところで、アイズの口を塞いでいた手を下ろすと、戸惑っていたアイズが質問を投げかけてきた。

 

「……どうしたの?」

 

「ごめんなさいね、いきなり。アキさんと話していた際、念のために偽名を使っていたもので。バレると普通にヤバイですから」

 

「ごめん……シオンがシオンだってばれちゃダメなんだよね」

 

 しゅんとした顔になり、項垂れてしまうアイズ。一回一回反省することは良いことなのだが、その時の悲しい表情を見せられる側は、心中複雑になってしまうのだ。

 

「気を付けてくれればいいのです。アイズ、用意は終わってますよね、忘れ物はありませんか?」

 

「うん、大丈夫」

 

「じゃあ早速向かいましょうか」

 

「何処に?」

 

 張り切った様に片手を掲げるシオンに対し、疑問を投げかけるアイズ。

 そういえば、シオンが立てていた計画について、アイズには何も言っていないのだ。わかるはずもない。

  

「ダンジョンですよ」

 

「何階層?」

 

「十二階層前後」

 

「低くない?」

 

 この会話が成り立つのは、二人が実力者だからだろう。普通の駆け出し冒険者がこの会話に参加していたら卒倒しかねない。

 

「階層的には低いですけど、面白い場所があるのですよ。退屈はしません」

 

「わかった。鍛錬はルームでやるの?」

 

「ええ、場所と広さは着いてからのお楽しみですけど」

 

 そう言い終えると、丁度大通りへと差し掛かった。それと同時に遮断(シャットアウト)の指輪を嵌める。

 この二人が並んで歩くと、少なからずと言うより物凄く目立つのだ。シオンは気配を紛らわせることで認識阻害が可能だが、それは無差別行為であるため、アイズにかかる可能性もあるのだ。下手に使ってアイズを戸惑わせるような真似はしたくないのである。

 だが、遮断(シャットアウト)はアイズに効かない。そして、その他大勢には効果抜群である。いらないこだったこの指輪も、使い物になったのだ。

  

 方向転換し、南に(そび)え立つ摩天楼へと向かう。

 その途中、左手にやわらかい感触が、僅かながらも何度となく感じた。

 指先に少し触れ、離れていく。また触れると、また離れる。

 その状態が常にもどかしく、むず痒くて、耐えきれずに髪を()(むし)ってしまう。

 乱れそうで何故か全く乱れなかった髪を放っておいて、指先にまた触れたそれを、離れる前につかみ取る。

 

「ぁ……」

 

 誰かの口から洩れた声を無視して、掴まえたそれを放さないとばかりに強く、だけど痛くないように加減しながらしかっりと握りしめる。

  

「…………」

 

「…………」

 

 握り、握られる二人は、何一つ言葉を発しない。

 言えない訳ではない、言いたいことは多すぎる程ある。だけど言わない。

 ただその時だけを楽しむように、ただその温もりを味わうかのように。

 薄紅に頬を染めた二人は、ゆっくりと歩みを進めた。

 

 

   * * *

 

「というわけで、やって参りました十二階層」

 

「いえーい」

 

 という変なテンションの二人。

 何故か、と問うのは無粋である。単に説明し難い雰囲気を取り払おうとしているのだ。

 

「でもシオン、面白い場所なんて無かったよ?」

 

「今からあるのです。見ていてくださいね」

 

「うん」

 

 ルームの奥。一面の壁へと向かい、その中央へ立つ。

 諸手を拳にし、左足を前、右足を後ろにする構えを取る。

 体を少し半身にしながら、左拳を正面へ出し、右拳を引き絞って、一呼吸。

 

「せいっ」

 

 気合と共に、左拳を引き絞った勢いで、右拳を捻りながら放つ。

 ただ資料に載っていたことを真似しただけの『正拳突き』。身体能力にものを言わせたそれは、易々と厚い壁を粉砕し、風穴を作り出した。

 

「はい。未開拓領域の出入り口でーす」

 

「抉じ開けないとダメなの?」

 

「ええ」

 

 そのお陰でここはギルドにも登録されて無ければ、知っている人など皆無に等しいだろう。 

 つまり、二人しか知らない秘密の場所。

 

『……何か昂るものがありますね』

 

『貴方も男の子ね。男の娘かしら? いえ、今は女の子ね』

 

『うるさいから今日一日は黙っていてください』

 

『はーい』

 

 胸の中心、心臓辺りを拳で叩く。だいたい此処辺りに心があるだろうという勝手な思い込みであるが。

 

「どうしたのシオン?」

 

 その行為は普通に見れば変な行動である。疑問に思うのも可笑しくない。

 

「何でもありませんよ。さ、早く来てください。ここの修復は他と比べて速いですから」

 

「うん」

 

 小走りで向かって来るアイズ。

 とことこと音が鳴っても違和感が無い走り方だが、足音自体は全くの無音である。   

 

「広い……」

 

「第一感想はやはりそのようなものですよね」

 

 入ってすぐ目に付くのは、この広大な逆円錐状のルームだろう。

 一見だだっ広いだけのそこは、そのような感想を引き出しやすい。

 

「ここで鍛錬するの?」

 

「ええ、いくら暴れても誰にも文句は言われませんし、情報秘匿も全く問題ありません」

 

「じゃあ、しよ?」

 

「その言い方で別のことを考えてしまった私は悪くない……」

 

 男の子に邪な感情があるのは仕方のないことだ。今体は女の子だけどね?

 と、しょうも無いことを考えながら、距離を取る。

 

「アイズ、魔法の使用は自由です。本気で殺しに来てくれても構いません。全力で受け止めますから」

 

「うん、わかった」

 

 大声で言いったことに、首を一度縦に振ってから答える。

 何を言わずとも、同時に鞘から得物を解き放つ。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】――――【エアリアル】」

 

 静かに呟かれた魔法名と共に、闘いの幕は斬って開かれた。

 

 

 





  フランダースの猟犬
 うん。フ〇〇〇ー〇の犬ですはい。
 一応ね、一応変えておいた。


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闘い、それは喜び

  今回の一言
 戦闘回、一度やってみかった



 

 盛大に響き渡る、金属同士が衝突し、擦れ、弾ける音。

 暴風を纏い、風となって縦横無尽に駆け回り、神速の一刀一刀を放ち続ける風の刃。

 対し、身体能力と技術のみでそれを迎撃する、闇のような漆黒と透き通った川のような水縹(みはなだ)の刃。

 

「ハァッ!」

 

「……ッ!」

 

 一刀振るわれる度に、辺りに暴風が吹き荒れる。

 その風は地を斬り裂く程の鋭さを誇り、周りは無惨に荒れ果てていく。

 だが、その先から修復されていくので、いくら荒らしても問題ない。

 

 その所為か、刃を振るう二人は全力を出していた。

 その全力も、一振りとして同じものは無く、振るわれる度に苛烈さを増していく。 

 空気との摩擦で焼けてしまうほどの速度で動き回る二人。だが、二人の体には火傷の痕一つ無い。

 片や魔法で身を守り、片や摩擦を最小限に抑える動きをしているのだ。超音速を出したところで燃えることも無い。

 その証拠に、ギリギリ視認できる超音速で二人は闘っていた。

 

 長らく続くその戦闘。だが、両者とも身体に傷の一つも受けていない。逆に言えば、与えることもできていない。

 傷を負っているのは、着ている衣服のみ。襤褸切れのように、無数に大小の切り傷を刻まれていた。

 そんな状態でも闘い続ける二人、その顔は嬉々で満ちており、吐く息は何処か熱い。

 興奮しているのだ。誰が見ても分かりやすい程に。

 

 ピキッ、メキメキッ、バキッ。

 

 全力で楽しみ、興奮し、最高の気分である二人に水を差すように、割れるような音が鳴った。

 吹き荒れていた暴風が止み、軽やかな音は身を潜める。代わりに聞こえてくるのはその音。

 二人はその方向をゆっくりと向いた。忌々しいとばかりに、敵意も殺意も隠さずに。

 それは遥か上方、ルームの天井から響いた。

 

「グルォォォオォォッォォォォォォッ!」

 

 天井を突き破り、肩口まで姿を現したそれは、特大の咆哮を上げた。

 地を揺るがし、煩く響くその声に、二人はそろえて目を伏せた。

 さらに天井を破り、盛大に破壊して、咆哮の主はその姿を露わにした。

 自由落下に任せ、地へと向かうそれを、二人は見向きもしない。

 それと共に、自分たちに落ちて来る岩盤を、ただ無言で()()()()()()

 

「ねぇアイズ。私はこの()瀬無(せな)い気持ちをあのデカブツにぶつけようと思っているのですが」

 

「うん、私もそう思ってた」

 

 二人が言葉を交わし終えると、大轟音が空間内に響き、地面が割れ 粉塵がデカブツを中心にして舞い踊った。

 それを邪魔だと言わんばかりに、二人は一振りの風で吹き飛ばす。

 五本もの刀を携える彼女は、何故か一刀だけを抜き放っており、静かに構えていた。

 一本のサーベルを構える彼女は、纏う風を一層強く吹き荒らしている。

 二人が、伏せていた目をゆったりとした動きで上げる。 

 

 視界に映るのは、赤黒い皮膚で全身を包み、頭部には深淵と見紛いそうな黒色をした髪と思われる毛。

 猫背ながらも二足で地を踏みしめており、背筋を伸ばせは80Mは届く体躯。

 人型の巨大怪物(デカブツ)。巨人と言う表現が真にあっている。

 その巨人の顔には、鋼すらも砕いてしまいそうな、歯が剥き出しの口。殺意に満たされた紅の目。それに見合う鼻や耳などのパーツ。

 

 そこいらの冒険者、いや、第一級でも退いてしまうかもしれない巨人相手に、二人は全く引く様子を見せず、それどころか、相手を勝る殺意で見据えていた。

 なにか言ったわけでも無ければ、打ち合わせをしたわけでも無い。だが、二人は寸分たがわず同時に動き出した。

 

 

   * * *

 

「【虚空一閃】」

 

 一刀の、剣圧と風圧の塊が解き放たれる。

 

「【リル・ラファーガ】」

 

 針のように鋭い風が、ある一点目掛けて突き進む。

 

 放たれたそれは、抉られた痕のある巨人の脚の付け根を消し飛ばし、数瞬遅れて突き進んだそれは、落下する巨人の上体中央に風穴を空ける。

 

「ルガァァァァァッ!」

 

 致命傷を負った巨人は、咆哮と言う盛大な悲鳴を上げながら、首から地面へと衝突した。

 衝突により大地が揺れ、砕けた岩盤が宙を舞い、()(じん)が辺り一面に広がる。

 

「殺せた、かな」

 

「普通ならそうでしょうけど……ちょっと特殊みたいですね」

 

 風を纏いながら着地したアイズが、手応えから出した結論を述べた。だが、シオンはそれに肯定せず、不明瞭なことを言いながら、巨人が落下した方向を見ていた。

 その方向には、ゆっくりながらも、高く大きくなっていく影。

 風を纏った彼女が、風の剣を横に一閃させた。 

 

「……自己修復ですか、面倒な」

 

「魔石……貫いたはずなのに」

 

「実は魔石に似た骨だったりして、面白くないことですが」

 

 砂塵が払われ、晴れた視界の先には、失ったはずの脚で立ち上がろうとしている巨人の姿があった。

 上体の中央に空けた風穴も、既に塞がっている。

 

「でも、さっき回復してなかった」

 

「そこが疑問ですよね。条件付きか、将又死んだら蘇る的なものか」

 

 二人は巨人に多くの傷を与えていた。その傷は回復せずに、今までずっと残っていたのだ。

 

「そうだったら、殺せない」

 

「いえ、殺せますよ」

 

「……もしかして」

 

「ええ、相手の回復能力を上回る攻撃をすることです」

 

 と、簡単に言っているが、実際問題とても難しい。

 今の回復能力は、蘇生に等しいものだ。それに、相手の防御は見た目通りに硬い。

 シオンの【虚空一閃】を二度放つことによって、漸く脚を落とせたのだ。

 

「アイズ、ちょっと端にいてください。今から魔法を使います」

 

「この風でも、あれを一気に殺せないよ?」

 

「私が使うのはもう一つも魔法ですよ。威力と範囲が尋常じゃないので、離れていてください」

 

「魔法発現してたんだ……うん、わかった」 

 

 風を纏った状態で、アイズが後退していく。

 それを見届ける前に、質量と速度と重さから成される力の塊が、シオンへ迫った。

 流石のシオンとてそれを受け流す事はできず、避けるしかない。

  

「【全てを無に()せし劫火よ、全てを有のまま(とど)めし氷河よ。終焉へと向かう道を示せ】」

 

 だが、避けながらの装填なら可能である。

 

「【フィーニス・マギカ】」

 

 一次式を終えると同時に、地を砕いた巨腕を地面として着地する。

 

「【始まりは灯火、次なるは戦火、劫火は戦の終わりの証として齎された。ならば劫火を齎したまえ】」

 

 自身の腕へと乗った虫同然小さいものを振り落とそうと、巨人は腕を激しく動かす。だが、そんなのお構え無しに、銀髪の少女は肩へと走り抜けていく。

 

「【醜き姿をさらす我に、どうか慈悲の炎を貸し与えてほしい。さすれば戦は終わりを告げる】」

 

 地面に顕現する巨大な魔法円(マジック・サークル)が陽炎のように蠢く。

 

「【終末の炎(インフェルノ)】」

 

 肩を越え、巨人の頭を蹴って跳躍した少女は、巨人の姿全体を捉えた状態で指を鳴らしながら、魔法名を小さく発す。

 途端、彼女の視界内は、燃え盛る劫火一色で染められた。

 火柱のように上昇する劫火は、無差別に、無慈悲に空間を焼く。

 それの範囲には、もちろん少女も含まれていた。

 

「【終わりの劫火は放たれた。だが、終わりは新たな始まりを呼ぶ】」

 

 だが、少女は焼かれていない。

 剣圧による風で迫り来る炎を逸らし、空中で身体を捻らせ、尽くを回避する。

 

「【ならばこの終わりを続けよう。全てを(とど)める氷河の氷は、劫火の炎も包み込む】」

 

「グアァァァァァッ!」

 

 炎で焼かれ、無事では無いはずの怪物が吠声(ほえごえ)を上げ、憎悪に(まみ)れた瞳を少女へと向け、口内に魔力を宿した。

 

「【矛盾し合う二つの終わりは、やがて一つの終わりとなった】」

 

 そして、強力な魔力の砲撃(カタマリ)を、少女へを放つ。詠唱を続ける少女はそれを紙一重で躱し、巨人の頭に着地した。

 

「【その終わりとは、滅び。愚かなる我は、それを望んで選ぶ。滅亡となる終焉を、我は自ら引き起こす】」

 

 詠唱を続けながら、少女は巨人の頭を、できる限りの力を出し、威力衝撃共に鼻先の一点に集中させて、全力の蹴りを放つ。

 劫火の海へと巨人が倒れ、蹴りの反動で自らも吹き飛ぶ。

 

「【神々の黄昏(ラグナロク)】」

 

 吹き飛んだ先は、アイズのいる場所。そこに着地すると同時に顔を上げ、魔法名を発した。

 揺らめく露草(つゆくさ)色の魔法円(マジック・サークル)から、透き通る氷が召喚され、劫火の海を包み込むと同時に、盛大に弾け、砕け散る。

 やはり飛び散る氷片を、面倒がらずに全て斬り落とし、少女はまた走り出した。

 その先には、激しく蠢く一つの影。

 

「はい、終了」

 

 一部剥き出しとなっていた魔石を貫き、小さくそう呟く。

 巨人はあの魔法で死んでいなかった。確実に、今魔石を貫いたことによって、漸く灰へと帰った。

 一部(ひび)の入った特大の魔石が消えず、音を立てて地面へと落下し、追加で重低音が大きく響いた。

 カチンッ、と鳴らしながら、背に刀が納まる。

 

「凄いね、シオン」

 

 すると、納刀したアイズが、終わったことを感じ取ったのか、小走りで近づいて来た。

 

「まぁチート級ですから。アイズ、怪我はありませんか?」

 

「うん、大丈夫」

 

 そう言いながら一回転するという、可愛らしい仕草を見せるアイズ。ついつい舞う金髪に目が行ってしまい、傷のことを確認していなかったが。

 

「ねえシオン。この魔石とドロップアイテム……どうする?」

 

「持ち帰りたいですね、金になりそうです。ですが……ドロップアイテムの方は換金できないでしょうか」

 

「どうして?」

 

「今のモンスター、どう見たって新種でしょう? 私も始めて見ましたし。前に、新種のドロップアイテムが価値不明ということで、換金できなかったことがあったのですよ」

 

「……じゃあ、魔石だけ換金して、ドロップアイテムは持ち帰る?」

 

 それに苦笑してしまうシオン。確かに、見ただけで上物とわかるこのドロップアイテムは持ち帰りたいが、残念なことに置けるだけのスペースが無いのだ。

 

「ドロップアイテムは【ロキ・ファミリア】に譲渡しますよ。魔石の換金額は山分けですけどね」

 

「……いいの?」

 

「ええ、大丈夫です。ですが……どうやって持ち帰ります? やっぱり持ち上げて?」

 

「……そうするしか、ない」

 

「ですよね~」

 

 シオンは身をもって知っている。先程貫いた魔石のバカみたいな重さを。

 簡単に言うと、『一閃』の倍以上ある。並みの人間には持つどころか転がす事すらできない。

 それに、この大きさ。最も長い部分は、大の大人三人ほどが、目一杯両手を横に伸ばして。漸く端から端まで届くレベルの長さ。横に倒されている今の状態での高さは、シオンが背伸びをしてギリギリ届くくらい。

 ドロップアイテムは、色彩豊かな万華鏡のように光る骨らしき物。

 片腕ほどの直径を持ち、その全長は魔石の長さより全然長い。

 

「うーん。まだやりたいことがあるのですが……」

 

「ここで?」

 

「ええ。ここでしかできないことです」

 

 正確には、此処にしかないもの、だが。十八階層とあそこは別だ。

 

「また戻るのは?」

 

「時間足りますかね……恐らく結構かかりますよ」

 

「……急ごう」

 

「ですね」

 

 さっと動き、自分の持てそうな物へと向かう。

 シオンは魔石へ、アイズはドロップアイテムへ。

 それぞれゆっくりと持ち上げる。意外にすんなりと持ち上げられたアイズに対し、

 

「おっもい」

 

 巧みな重心移動と力の分散で、何とか持ち上げることができたシオン。

 

「大丈夫?」

 

「問題はありますが……大丈夫です。ですが、手を放すと本気で不味いので、壁の破壊と遭遇(エンカウント)したモンスターの駆除は頼めますか? 微量ながら援護はしますので」

 

「分かった」

 

 一旦ドロップアイテムを置き、容赦のない斬撃で魔石が通る程の風穴を空けるアイズ。

 

「なるべく急ぎましょうか」

 

「うん」

 

 歩くほどの速度でしかない、だが、ありえない重量を誇るそれらを持ったにしては、かなり早い進行速度であった。

 

 



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共有、それは秘密

  今回の一言
 今後どうしようか殆ど無計画です……

では、どうぞ 


   

  ~移動中~

 

「アイズ、この魔石どうやって上まで持って行きます?」

 

「リフトを使うのは?」

 

「あれ、実はギルドに書類提出しないと使えないのですよ」

 

 指輪を外し、遮断(シャットアウト)を解いたシオンは、極大の魔石を持ち上げながら、アイズと意見交換を行っていた。

 人でせめぎ合うこの場所、認識阻害を看破できない人が大多数のここで認識阻害を行ったりしたら、ぶつかられるなどの、事故の発端を作ること間違いなしである。

 その為、目立つことを承知の上で指輪を外しているのだ。

 

「じゃあ、普通に階段上る?」

 

「……致し方ありませんね。飛びます」

 

「へ?」

 

 中央の空いた螺旋階段、その中央に立ち、彼女は上を見据えた。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】―――【エアリアル】」

 

 風が荒れ始めたのと同時に、特大の魔石の重さを脚へと流し、引きちぎれそうな痛みに耐えながらも、反発する力を魔石に乗せ、更に風の推進力も加えて、上空へと投げた。

 それを追う形でシオンも飛び、上昇する魔石を追い越して螺旋階段を越えた。

 遅れてやって来る特大の魔石を、空中に在る状態で横から押し出す形で地面のある方へと移動させ、その下へと回り、推進力を受け流す事で殺し、魔石の重さを技術で何とか支えた。

 

「ふぅ……危ないアブナイ」

 

「最後棒読みになってる。反省してない」

 

 同じく飛んできたアイズが、そう言いながら乗っていた風を解除した。

 それと共にシオンも風を解除する。

 

「そんなことより、さっさと行きますよ。まずは魔石からです」

 

「わかった」

 

 そこにいる、唖然としている冒険者達を差し置いて、彼女たちはギルドへとゆっくり歩みを進めた。

 

 

   * * *

 

  ~換金中~

 

「ふぅ、まさか裏口から運び入れる破目になるとは……」

 

 特大の魔石を地面に置いて、滴る汗を艶かしく見えてしまう仕草で拭き取るシオン。

 疲労が溜まる肩を回しながら後ろを後ろを向くと、そこにはドロップアイテムを降ろし、一息吐き出すアイズ。

 

「仕方ないと思う。普通の入り口だったら狭すぎる」

 

「ま、漸く楽になれますから、別にいいのですが。あの、換金お願いできますか?」

 

「……っは、申し訳ない。今すぐ用意いたしますので少々お待ちを」

 

 目を点にしていたギルド職員に話しかけると、すぐさま動き出した。  

 これほどの魔石となると、置いてある換金用の金が足りない場合があるのだろうか。

 

 少し待つと、ギルドの魔石鑑定士がこぞって集まり、魔石の値を言い争っていた。

 やがて結論が出たのか、一人の鑑定士が此方へやって来る。

 

「いくらですか?」

 

「……8206万ヴァリスです」

 

「わぉ」

 

「すごーい」

 

 聞いて出た額に、表面上だけで驚く二人。

 正直言ってしまうと、二人の金銭感覚は、とある出来事によって粉微塵になっている。

 そのため、この程度なんともない。

 

「では、早速換金お願いします」

 

「は、はい」

 

 そそくさと去って行く鑑定士、それと入れ替わるように向かってくる、袋を抱えたギルド職員。 

 

「こ、こちらが換金額、8206万ヴァリスとなります」

 

「はい、ありがとうございます。アイズ、次はその骨を置きに行きましょう」

 

「わかった」

 

 口を半開きにしたり、疚しい視線を向けたりするギルド内の人々を目に掛けず、二人は裏口からその場を後にした。

 

   * * *

 

 ~【ロキ・ファミリア】ホーム、黄昏の館にて~

 

「あ、やっほー、セア」

 

「こんにちは、アキさん」   

 

 正門へと着くと、シオンに気づいたアキが声を掛けてきた。

 因みに、セアと言うのは『テランセア』からできた愛称である。

 

「アイズ、とりあえず中にでも置いて来てください。直ぐに出たいので」

 

「うん」

 

 ドロップアイテムを担いだまま、黄昏の館の庭を歩いていくアイズ。それを見送っていると、アキがシオンに話しかけてきた。

 

「で、セア。あれって何?」

 

「とあるモンスターのドロップアイテムです。私のファミリアのホームには置けるスペースが無いので、アイズもとい【ロキ・ファミリア】へ譲渡しようと思いしましてね」

 

「団長に怒られないかな……」

 

「大丈夫ですよ」

 

 アイズが持ってきたといえば、大体は通ってしまうだろう。それに、あれを武器に加工すればかなりの上物、一級品でも上位に位置するものを作ることが可能だろう。鍛冶師の腕にもよるが。

 

 そこから少し会話していると、アイズが意外と早く戻って来た。

 

「それではアキさん、さようなら。行きましょうかアイズ」

 

「うん、急いだほうがいいんだよね?」 

 

「ええ」

 

 簡潔に返答し、黄昏の館に背を向ける。

 

「あ、また行くんだ。じゃあね、セア。また今度」

 

「ははは……」

 

 背中から掛けられた言葉に、苦笑いが出てしまうシオン。

 セアがまた会うと言うことは、シオンがまだ性転換の状態であると言うことなのだから。

 

   

    * * *

 

「戻ってきました十二階層」

 

「ようやくだね」

 

「本当ですよ、往復で六時間かかるとは思ってもみませんでした」

 

 行きは地獄帰りは楽々。往復の殆どが行きに時間を掛けていた。  

 実際、帰りにかかった時間は一時間未満である。

 

「シオン、それで何をするの?」

 

「ふふふ、ちょっとついて来てください」

 

「? 分かった」

 

 シオンは目的地を言わずに、幾本もあるう内の一本の道を、鼻歌を口ずさみながら進んで行く。

 途中で遭遇(エンカウント)したモンスターは、壁から首を出した瞬間に灰へと変わっていき、酷い場合には、壁から出る前に魔石を貫かれていた。

 そうやって進んで行くと、少し風景の変わった階段らしき場所へ辿り着く。

 すると、アイズが腰に携えているサーベルに手を掛けた。

 

「大丈夫ですよ。この気配はモンスターのそれに似ていますが、モンスターのものではありません」

 

「そうなの?」

 

「ええ、このまま進みますよ」

 

 シオンも始めての時は存分に警戒したものだが、意外とあっけなくて毒気を抜かれた覚えがある。

 薄暗い階段を一段飛ばしで下りて行き、すぐに辿り着いた一本の直線道を進む。

 奥に見える光へと一直線に向かい、その光の中へ入ると見えるのは綺麗な自然。

 

「凄い……」

 

「えっへん、そうでしょう」

 

 自然に驚いたアイズが口から漏れたその言葉に、その大きくはない胸を張るシオン。その子供のような仕草は、あまり似つかわしくはないが、違和感はなかった。

 

「ここは、何?」

 

「さあ? 偶々見つけましたので、何とも言えませんね」

 

「……ねぇシオン。ここを知ってるのは、私とシオンだけなの?」

 

「今のところはそうなっている筈です」

 

 そもそも、ここに入れる入り口の存在を知っている人が少ないのだし、たとえ知っていたとしても、ここまで来れる実力の持ち主はそう居ないだろう。  

 総合的に考えて、此処を知っている人は二人以外存在しないに等しい。

 

「じゃあ、秘密の場所だね」

 

「というと?」

 

 理解できないシオンが聞き返すと、アイズは何も言わずに、中央の木の根元へ駆け寄っていった。

 その姿は、どこか楽し気で、軽やか。

 そのアイズを追いかけるようにシオンも歩み寄っていくと、根本に着いた彼女が振り返り、告げた。

 

「私とシオン、二人しか知らない、二人だけの場所。私たち以外、誰にも邪魔されない、誰も知ることのできない、何にも縛られない、二人だけの自由の秘密の場所」

 

 アイズは背で指を組みながらそう言った。その様子はとても嬉しそうで、その表情は曇りなんて無くて、その眼はとても澄んでいて。

 

「だから、誰にもいっちゃだめだよ?」

 

 そう言うと、アイズは相好を崩してはにかみ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

「!」

 

 それを見て、目を見張るシオン。

 目のあたりに熱が籠る。その熱は引くことは無く、頬を伝っていった。

 

「シオン?」

 

 視界がぼやける、それはいくら擦っても取れない。

 熱は止めどなく溢れる、頬を伝い、顎から滴って、一滴一滴消えていく。

 

「どうしたの?」

 

 アイズが駆け寄り、心配した表情になってしまう。

 

「いえ……何でもありません……ただ、願いが一つ、叶ったのが嬉しくて……」   

 

 熱を袖でぬぐい取ながら答える、その時にはもう目元が赤くなっており、袖は濡れていた。

 それを見て、アイズは優しく、温かく、シオンを包み込んだ。

 

「よかったね」

 

 そして、耳元でそう囁いた。

 

「あはは、だめだこれ」

 

 思わず出たその言葉と共に、苦笑と涙が洩れてしまう。

 それは情けない自分に対して向けた嘲笑だろうか。回りくどい方法でしか気持ちを伝えられない、勇気のない自分への嘲りだろうか。

 それとも―――――

 

「この場所を、私だけの場所に、しないでね」

 

「……しませんよ。アイズも、私だけの場所にさせないで下さいね」

 

―――――いや、そんなこと、どうでもいいか。 

 

 

   * * *

 

「シオンが泣いたところ、始めて見た」

 

「あ、あまり言わないでください……誰かに泣き顔見せたこと何て初めてでしたので……」

 

「大丈夫、誰にも言わないから」

 

 あの後、自分でも驚くほどに泣いてしまい、顔、特に目元辺りが酷い惨事となった。

 涙が止まると、アイズの顔を見ることが気まずく感じ、離れた場所で自分の顔を透き通った川に写しながら悶えたものだ。

 

「あ、そうだそうだ。アイズ、渡したい物があるのですよ」

 

「今日は何?」

 

 シオンはレッグホルスターの中から細長い箱を取り出して、それをアイズへと手渡した。

 

「まぁとりあえず開けてみてくださいな」

 

「うん」

 

 蓋で開け閉めする形の箱の蓋を外し、中身が露わになる。

 それは、金色の鎖に翡翠の宝石を繋いだネックレス。

 

「プレゼント?」

 

「ええ。遠征があるとのことですし、念のために渡しておこうかと」

 

「これ、もしかして魔道具(マジック・アイテム)?」

 

「ええ、加護(グラシア)というものが付与されています。簡単に言いますと、一回死んでも生き返る、という物です」

 

 遠征というものは危険なものだ。たとえアイズでも、死ぬような目に遭う可能性はある。

 念のため、と言っても、本当はその効果が使われないことを祈っているのだ。

 

「チート?」

 

「ええ、大当たりです」

 

「シオンって、いろんなチート持ってるよね」

 

「私自体がチートのようなものですから」

 

 その大半が、誰かしらにもらったものであると言うことは、言う必要あるまい。

 

「さて、問題のサイズですが、不具合はありますか?」

 

 このネックレスは、サイズも何も測っていない。小さいことは無いだろうが。

 アイズは箱からネックレスを取り、首へと回して、悩む様子を見せる。 

 

「……少し、大きいかな」

 

「少しばかり鎖を斬りますか?」

 

「ううん、服の中に入れれば邪魔にはならないから」

 

 そう言うと、首に回していた鎖を、何故かシオンへと差し出した。

 訳の分からぬままはシオンはそれを受け取り、首を傾げていると、

 

「付けて、欲しいな」

 

 と、背を向け髪を上げながら言った。

 

「え……私が、ですか?」

 

「それ以外に、誰かいるの?」

 

「いえいませんし誰かに譲るつもりなど毛頭ないのですが……良いのですか?」

 

「うん」

 

 少し混乱気味のシオンは、明確な許可を得ると、一度深々と深呼吸をして、覚悟を決めた面持ちになると、ゆっくりと手を回し、アイズの首に鎖を掛ける。

 首の後ろに留め具を回すと、カチッと音を立てて付けられた。

 

「ありがとう、シオン」

 

「い、いえ」

 

 覚悟した割には意外とあっけのない終わり。初めての経験と言うのは常にこういうものなのだろうかと思ってしまう。

 

「大切に、するね」

 

「……ええ、そう()()()くれると本当にありがたいです」

 

 それはつまり、アイズが死ぬような経験をすることが無くなる、と言うことなのだから。

 

 

   * * *

 

  余談

 

「そういえばシオンって、『魔導』のアビリティを習得したんだね」

 

「え? 習得してませんよ? どうしてそう思ったのですか?」

 

「だって、魔法円(マジック・サークル)が出てたでしょ?」

 

「え……魔法円(マジック・サークル)って『魔導』を習得していないと顕現できないのですか……初めて知りました」

 

「え?」

 

「え?」

 

   * * *

  

 うっすらと、小さな寝息を立て、隣に座る少女にもたれかかる金髪の少女。

 

「疲れてたのでしょうね……あれだけ闘えば普通そうなりますか」

 

 それを横目で見守りながら、おっとりとした表情をする銀髪に少女。

 中央に立つ大木の木蔭で休む二人は、静かにその場に留まっていた。

 実際のところ、アイズが眠そうにしていたから、休ませただけなのだが、転寝(うたたね)を繰り返していたと思ったら、知らぬ間に熟睡していた。

 

「起こすのも悪いですけど……アイズは帰らないとヤバいですよね……」

 

 シオンは今現在門限などないが、アイズにはある。先程、『夜までには帰らないと、フィンに怒られる』と言っていた。

 

「今から向かえば、日暮れまでには着きますかね」

 

 現在時刻は大体三時頃。じゃが丸くんの屋台があったら、つい寄り道してしまう時間だ。

 そろそろシオンの胃も、空腹を訴え始める頃である。

 

「運びましょうかね、失礼します、アイズ」

 

 支えを失い倒れ込まないよう、アイズの肩を支えながら立ち上がり、前に回って背負う。

 背中に防具の固い感触と、支える手から感じるやわらかい腿の感触に、悲しみながらも喜びを感じてしまうのは仕方のないことだ。決して疚しい気持ちで背負うわけでは無い。

 

「ん……」

 

 アイズが声を出して肩を跳ねさせるシオン。だが、次第に聞こえて来る小さな寝息によって安堵を覚える。

 

「これでは誘拐犯の気分です……」

 

 幼気(いたいけ)の残る少女を誘拐する銀髪美少女。なんというか、あのバカ男神共が興奮しそうなシチュエーションだ。 

 自分のことを美少女と言ったことは措いといて。

 

 一息吐いて、シオンは少しゆっくり目に歩き出した。

 

 

   * * *

 

  余談Ⅱ

 

「リヴェリア、これ、誰が置いていったと思う?」

 

「さあ、私に態々聞く必要はないだろう」

 

「団長、これ本当にアイズが持ってきたんですか?」

 

「恐らく、そうだね」

 

「流石アイズだね~でもさ、これって何なの?」

 

「帰ってきたら聞けばいいさ」

 

   

   

 



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日常、それは後日談

  今回の一言
 さて、そろそろ無計画さが深刻になって来ました!

では、どうぞ


 

「あれ、セア? 今日三度目ね、どうしたのって聞くのは可笑しいかしら」

 

「はは、無理もないですよ。普通に可笑しい状況ですから」

 

 ここまで来るのに、シオンは遮断(シャットアウト)の指輪を付けて、音と衝撃を殺し、アイズの気配も紛らわせながら走るという、頂上的な神経と技術を必要とすることを続けていた。

 何故か、と聞かれれば、アイズの名誉のためと答える。 

 アイズは今も尚シオンの背中で熟睡していた。その寝顔を誰にも見せたくないと言うシオンの独占欲が働いていたが、ここはどうしようも無いため、指輪を外して気配も普通に露わにしている。

 

「アキさん、アイズを自室まで運んであげて頂けませんか?」

 

「ごめんね、それはできない。ここを見張ってないといけないから」

 

「……どうしましょう」

 

 シオンがアイズを寝させた状態で運んできたのは、正門にいるアキに、アイズの自室まで運んでもらえるだろうと思っていたからである。

 シオンが黄昏の館に入ることはできないし、入れたとしてもシオンはアイズの自室の場所を知らない。

 更に言うと、自分の正体がバレるのが怖い。

 

「運べばいいんじゃない?」

 

「そもそも入れないでしょう」

 

「団長に許可もらってきましょうか?」

 

「ここから離れられないのではなかったですか」

 

「すぐそこに居るから大丈夫よ。じゃあ、行ってくるから、ここで待っててね」

 

 アキは、その返事を聞かずにそそくさと行ってしまう。

 どうすればいいのかわからないシオンは、言われた通りに待つことにした。

 

 

   * * *

 

「で、君がテランセアさんかい?」

 

「ええ、そうですよそうですとも。そうなのですが……どうしてこうなった……」

 

 シオンは今、かなり不味い状況に遭遇していた。

 正門で少し待っていると、アキが戻って来て、許可をもらえたと言う旨を伝えた。 

 多少疑問は残るものの、条件付きと言うことで納得したシオン。その条件とやらに従うために黄昏の館の中庭に向かったのだが、そこに待ち受けていたのが、今現在会ってはいけない人たち。

 例のドロップアイテムが置かれた中庭の中央に立つように促されて、それに従うと、やはりと言うべきか、即座に周囲を囲まれた。

 周囲には【ロキ・ファミリア】幹部と準幹部、シオンと見知った顔ぶれがそろっており、正面から時計回りに、

 フィン、ガレス、レフィーヤ、ベート、ラウル、アリシア、リヴェリア、リーネ、ティオナ、ティオネ

 と囲んでいる。

 正直突破できなくはないが、意味も無いことをする必要はない。これ以上不味い状況になったら流石に手段として選ぶかもしれないが。

 

「あの大きなもの……ドロップアイテムらしいね、何のモンスターだい?」

 

 フィンは、中にはの端に横たわっている例のドロップアイテムを指示しながら聞いた。それに渋い顔をしてしまうシオン。

 

「人型モンスターです」

 

「何回層だい」

 

「約十二階層です」

 

「十二階層にこれほどのドロップアイテムを落とすモンスターはいない。本当は何階層だい?」

 

「………」

 

 つい目を逸らしてしまうシオン。

 全て真実を述べているのだ。だが、信じられないのも仕方ない。

 そもそも、説明しようがないのだ。あそこ本当のことを言うと階層自体が不明であり、無理やりに定めたのと等しいのだ。

 それに、本当のことと言われても、シオンはそれを答える気など毛頭ない。

 

「何か疚しいことでもあるのかな?」

 

「はい、疚しいことしかありません」

 

「開き直っちゃった⁉」

 

 こういうことは、本当のことは堂々と言い、隠したいことはとことん黙秘すればいいのだ。

 

「じゃあ、話を変えようか。テランセアさん、君のLvはいくつだい」

 

「…………Lv.5です」

 

 答えるのが難しい質問を上手く投げかけるフィンにシオンは多少の苛立ちを覚えるも、それを隠して推定Lvを言う。

 実際、【ステイタス】的観点からして、シオンはLv.5前後である。

 

「団長、()()()嘘吐きました。断言できます」

 

「人をいきなりこいつ呼ばわりですか……一応初対面だと思いますが」

 

 と言いながらも、シオンは会ってもいない相手をアイツ呼ばわりしたことがある。

 

「団長が聞いてるのに嘘を吐く輩なんて、こいつで十分よ」

 

「まぁまぁ、落ち着きなってティオネ」

 

 怒気を孕んだ言葉を吐くティオネをなだめるティオナ。

 口を挟むと面倒そうなので、シオンはもうその二人を放っておくことにした。

 

「あの、早くアイズを自室に運んであげたいのですが」

 

 そして、面倒事を早く切り抜けるために、意見を申し上げる。

 

「あぁ、そっちについても聞きたかったんだ。君、アイズとはどんな関係だい?」

 

「人の友好関係に口出ししてはいけませんよ。忠告はともかく探るような真似は特に」

 

「やっぱり疚しいことがあるのかい?」

 

「ええ、それはもう。バレたら生活が辛くなるレベルには」

 

 主に風評被害的な面で。

 

「……仕方ない。じゃあ最後にしようか。君は何所のファミリアだい?」

 

「ふふ、秘密です」

 

「団長、こいつ殺しても良いですか」

 

「抑えろティオナ。本当にバレたらいけないことだらけなんだろう」

 

「話は終わりですね。では、私はアイズを運ぶので、自室の場所を教えて頂けますか」

 

 意外とあっけなく終わり、内心安堵の溜め息を吐くシオン。強硬手段に出る必要な無くなったらしい。

 

「私が案内しよう。なに、その間に疚しいこととやらでも聞き出してやるさ」

 

「できるものならどうぞご自由に」

 

 冗談とわかっていることを軽口で返し、リヴェリアの後について行くシオン。

 

「あぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 中庭からあと数歩で抜け出せるという時、背後から盛大な叫び声が響いた。

 何かと思いその方向を向く一同。

 皆が向く方向では、一人のエルフ、レフィーヤが指を指して固まっていた。

 

「どうしたの、いきなり大声なんか出して」

 

「あの人、あの人です! ようやく違和感が無くなりました!」

 

 指が示す方向は、他ならぬ銀髪の少女、シオンであった。

 そのシオンは、レフィーヤが叫んだ内容で、猛烈な『嫌な予感』を感じ取っていた。

 

「ベートさん! あの刀の携え方!」

 

「あぁ? 何言って……ハァァァッ⁉」

 

 更にベートまでもが叫びながら指を指し、シオンはその嫌な予感を確信へと変えた。

 

「ねぇねぇ、あの人って誰なの?」

 

「あの忌まわしきシオン・クラネルですよ!」

 

 その死刑宣告が聞こえると共に、シオンは背後に在る扉を勢いよく開け放ち、走りながら指輪を嵌めた。

 階段を駆け上がり、人の気配のない一室を見つけると、そこに飛び込み、壊れてしまった鍵を放っておいて陰へと潜む。

 アイズの気配を自分の気配を利用して周囲と同化させ、背から降ろして壁に寄り掛からせる。

 近くにあったモーフを掛け、アイズのポーチから羽ペンと羊皮紙を取り出す。

 魔道具(マジック・アイテム)である羽ペンは、血をインクの代用として使うことが可能だ。

 指から少し血を出して、羽ペンの先に浸けると、羊皮紙に共通語(コイネー)で文を綴る。

 羽ペンはアイズのポーチへと戻し、羊皮紙はモーフの上へ。

 急いで部屋の窓の鍵を開け、すぐさま飛び降りる。

 三階ほどの高さだが、手をつかず、音も無く飛び降りる。

 

「またこの逃げ方ですか……」

 

 昨日のことがフラッシュバックするが、それを振り払って逃げのを選択する。

 黄昏の館を囲っている壁を越えずに、あえて正面から逃げた。

 

 まぁ、アキさんに一応挨拶をしておくべきだと思ったからだが。

 

「はぁ……どうしてこうなった……」 

 

 分かり切ったことを呟き、シオンは風となって消えた。

 

 

   * * *

 

 今まで肌に感じていた温もりが、遠ざかって行く気がした。

 自然と上がった目が下がりそうになり、それを気力で保つ。

 視界がぼやけていたが、焦点が合ってはっきりとする。

 

「?」

 

 そして、少女の頭をまず疑問で支配した。

 少女は今まで緑豊かで、自然的な場所にいたはずなのだ。それが、今自分がいるのは茜色の光が射し込む質素な部屋。

 そこは、少女の自室であった。

   

「シオン?」

 

 と、一緒に居たはずの少年(少女)の名を呼ぶ。だが、それに応える声は無い。

 

「運んで……くれたのかな」

 

 だが、少女は取り乱すことは無かった。

 自分の左手に嵌めてある指輪をそっと触れ、落ち着きを保つ。

 掛けられていたモーフを剥いで、立ち上がると、紙が落ちる音がした。

 その紙を拾うと、文字が書いてあることに気づいた。

 

『ごめんなさい、不味い状況になりました。ちょっと逃げさせていただきますので、できれば沈めておいてください。無理ならやらなくても構いません。また明日、お会いしましょう』

 

 その紙には、整った文字でそう綴られていた。

 内容に疑問を覚えつつ、その紙を折りたたんでポーチへと仕舞う。

 彼女はフィンに帰還を報告しようと部屋の外へ出ると、どこか慌ただしいことに気づいた。

 

「ア、アイズさん⁉」

 

 と、そこに丁度よくエルフの少女がやって来た。

 

「レフィーヤ、どうかしたの?」

 

「は、はい! 今ファミリア総出でシオン・クラネルを捜索しています!」

 

 びくっ、とアイズの肩が跳ねた。

 ここで理解する、不味いことの意味を。

 

「ど、どうして?」

 

「団長が聞きたいことが増えたと言ってましたっ、それ以外にもいろいろありますけどっ!」

 

 何故か怒気の孕まれた声音でそう言うレフィーヤ。

 確定した、そして完全に悪いことをした。

 

 明日謝ろう。アイズがそう決意した瞬間だった。

 

 

   * * *

 

  余談

 

「やぁアイズ、僕の言いたいこと、分かるかい?」

 

「……分かりません」

 

「アイズ……お前は立場上他のファミリアの人間と過度に関われないのだぞ……」

 

「過度じゃない、適度です」

 

「アイズが、言い訳を、した……だと……」

 

「リヴェリア、アイズだって言い訳くらいするさ。でもアイズ、本当に適度かい?」

 

「……ちょっと少ない、かも」

 

「逆なんだね……」

 

  

   * * * 

 

 シオンは珍しく、目覚ましで起きた。

 その目覚ましは、小鳥のさえずりでも、風の吹く音でも、煩い叫び声でもなく、ビリッ、と体に電気の走る感覚だ。 

 立ち上がって体を伸ばし、ベットの上に置いてある服に着替える。

 

 真紅色のシャツに、昨日購入した女性用(レディース)である上下共に漆黒の戦闘衣(バトル・クロス)を着る。

 そして、これまた昨日購入した漆黒の長布で、自身の銀の長髪を布がリボンの形になるように後頭部の高い位置で結んで纏める。確か『ポニーテール』という留め方だ。

 今日は指輪の代わりに反射(リフレクション)腕輪を付け、右手にはやはり漆黒の手袋。

 やけに黒が多いが、別段問題は無い。

 刀も携え、準備完了である。

 

 用意を終え、『よしっ』と声を出すと、コンコンコンッ、と三度部屋の戸が叩かれた。

  

「シオン」

 

「入っていいですよ」

 

 シオンは別に声を掛けられなくても入って来てくれてよかったのだが、そこは礼儀と言うものだろう。

 部屋の中に入ったアイズは、戸を閉めるとシオンを見つめ、硬直した。

 

「……シオンがまた可愛くなってる」

 

「そうですか? 今はそう言われて嬉しいですが、男に戻った時に言わないでくださいね。心にきます」

 

 今は、自分が可愛いと言うことについて自画自賛となるが理解している。特にこの銀髪はそうだろう、昨日行った店の女性店員に羨ましがられた。だから、別に可愛いと言われて悪い気はしない。

 だが、男の時は可愛いと言われるのは正直嬉しくない。そもそも、見た目が男の娘だからといって可愛いカワイイと言う人たちは、言われる人の精神状態を理解してないのだ。

 

 あれ、結構辛いんだよ?

 

「あ、シオン。昨日は……ごめんなさい」

 

「バレたことを言ってるのですか? なら良いですよ。あれは防げなかった私が悪いですし」

 

 まさか、レフィーヤにばれることはシオンも予想していなかったが。

 

「ありがとう。それと……」

 

「……嫌な予感がしますが、何ですか?」

 

「さわって、いい?」

 

 やはり、と言うべきだろうか。目が完全に狙っていた。

 とりあえず、携えていた刀を外し、深呼吸をして心の(楽しむ)準備をする。

 

「……ほどほどに」

 

「ありがとう」

 

 その後は、昨日ほどではないにしろ、凄いことになった。

 まぁシオンからしてみれば、感触を楽しめたので良しとしている。

 

 それは三十分程続いたのだった。

 

  

   * * *

 

 乱れた服や髪留めを整え、アイズと共に火照る体を冷やしに市壁上へと出ると、そこには一人の白兎がちょこんと座り込んでいた。 

 

「あ、おはようございます。アイズさんと……」

 

 二人を見つけ、挨拶をする白兎。だが、銀髪の少女をなんと呼べばいいのか分からず、少女を見つめていた。

 

「テランセア、呼び方は自由で良いですよ」

 

「え?」

 

 銀髪の少女はそれに気づき、自身の名を名乗った。それに疑問を覚える少女を差し置いて。

 

「わかりました、テランセアさん」

 

「さて、アイズは今日()()と一日特訓ですよね」

 

「……あの、僕、名乗りました?」

 

 そこで、自分の失態に気づく。

 銀髪の少女ことテランセアは、ベルと一度会っているが、名乗り合ってはいないのだ。

 だが、シオンはベルと知り合っている。だから単純なミスを犯してしまったのだ。

 というより、癖に近いものである。

 

「……アイズから聞いていたのですよ」

 

 そのため、普通にあり得ることを理由とするしかない。普通はこれだけで疑われるだろうが。

 

「あ、そうだったんですか」

 

 何も疑われること無く、内心安堵する。ベルが人を疑えない人間だということが、この時は幸運だった。

 

「で、では、今日私は失礼しますね」

 

 この場に留まってはいろいろ不味いと踏んだシオンは、早々に退散しようとしたが、後ろを向いた瞬間に手を掴まれた。

 

「待って、シオ……テランセア。ベルの特訓を、手伝ってほしい」

 

「それは……」

 

 と、続きを述べようととしたが、ベルに聞かれては不味いので、耳元で囁く。

 

「私はベルに一応正体を隠しています。最悪、バレるかもしれないので、あまり留まりたくは無いのですが……」

 

「ダメ?」

 

「それは卑怯です……」

 

 渋るシオンに、アイズは上目使いでお願いしてきた。それにやはり弱るシオン。

 

「……居るだけですよ?」

 

「うん、いいよ」

 

 妥協点を提案したら、普通に通ったことにちょっと驚くテランセア。

 手伝ってと言ったのに、居るだけで良いとは中々可笑しい気がするが、別にそこの辺りは気にする必要はない。 

「あの、テランセアさんも、冒険者なんですか?」

 

 と、蚊帳の外にいたベルが、遠慮がちに聞いて来た。

 相変わらず、見ず知らずの人から一歩引いてしてしまう性格は治っていない。

 

「うん、そうだよ。とっても強い」

 

「実力があることはある程度自負してますが、今日は闘いませんよ。……あの、アイズ。少し鍛錬して来るくらいは良いですよね。二時間ほどで終わりますから」

 

 テランセアことシオンとて、一日でも刀を振らない日があれば、その力は格段に落ちてしまう。感覚と言うのはそれほど定まらないものなのだ。

 

「…………」

 

 だが、その返答なのか、所謂ジト目を向けるアイズ。  

 自分で提案したことと矛盾していることを理解しながら言っているため、それには苦笑しか返せないが、此処ばかりは譲れない。

 

「……わかった。でも、すぐ戻って来てね」

 

「ハイ、スグモドッテキマスヨ、タブン……」

 

 正直に言ってしまおう、シオン・クラネルという人物は、一つのことに集中してしまうと、それが終わるまで他が見えなくなる。

 そのため、すぐに戻ってこれる自身が無く、片言になってしまう。

 方向を一気に変え、逃げるように北側の市壁へと向かう。

 

「……今日はいろいろな意味で疲れそうですね」

 

 大きく溜め息を吐いてしまうシオン。その溜め息には、幸福感や疲労感など、様々なものが現れていた。 

 

『その倍楽しめると思うわよ。泣き顔見られちゃったシオ……テランセアちゃん』

 

『おい、殴られたいのですか? 今すぐにでも心の中に入ってその綺麗な頬に痣を作ってあげてもいいのですよ』

 

『やれるものならやってみなさい。この心は私の住処(すみか)よ、誰を入れるか決めるのも私なのだから』

 

『人の心を私物化しないでください……』

 

 話しかけてきたアリアに対して、呆れたようにまた溜め息を吐くシオン。饒舌になったアリアが、今度は生意気になりそうで、ちょっと怖い。 

 

「さて、なるべく早く終わらせますか」

 

『頑張りなさい、テランセアちゃん。ふふっ』

 

「あぁ、イラつく」

 

 そのイラつきをぶつけるように、抜き放った刀は、風を薙いだ。

 

 

   * * *

 

  余談Ⅱ

 

「ベル、あっちで何してるか、わかる?」

 

「……ただ移動しているだけにしか、見えないんですが……あれって鍛錬何ですか?」

 

「あれ、刀を振ってるんだよ」

 

「な……本当なんですか?」

 

「うん」

 

「へー、シオンみたいだなー」

 

「本当にシオンなのに……」

 

 

 

 

 




 
因みに、テランセアって言うのは、『変身』って花言葉も持つ花ね。
結構綺麗だよ?


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日常、それは心配

  今回の一言
 ランキングに載っている人たちって凄いよね。

では、どうぞ
 


 ここ、どこだ?

 

 初めての時、そんなことを思っただろうか。

 でも、その問いは、答えられることは無く、それ以前に聞くことすら叶わなかった。

 今思えば、それが何処で、どんな状況で、何故そうなったか。全て分かってしまう。

 

 忘れることのできない夢。知らなかったはずなのに、何故か見れた夢。

 それは記憶から成されたものでは無く、血からなされたものだった。

 血に刻まれたその記憶。それは、決して消えることの無い恐怖。

 その恐怖を、私は感じているようで感じていない。

 判ってはいるが、解っていないのだ。

 

 取り残される者の喪失感、孤独感。それを私は知らない。

 想像はできる。大切な人を失ったと思って、一晩中泣き喚いた少年を見たことがあるから。

 

 何かを追いかけて強くなる。その気持ちは良く解る。

 だが、彼女のその気持ちは、私と少し異なっていた。

 ただひたすらに、隣に居ることを願って強くなることを望む私。ただひたすらに、独りになるのが怖くて、独り取り残されるのが恐ろしくて、そうなりたくないから、逃げるように追いかけて、強くなることを願い、望み続ける彼女。

 その生き方は、酷く残酷な運命を残すことを知っている。

 

 私も始めはそうだった。

 彼女の隣に居たいから、誰にも盗られたくないから、次遇った時、彼女の隣を堂々と立てる存在になりたいから、彼女の剣に見合うだけの剣を持ちたいから。

 だから、早く、早く、もっと早く。誰よりも、何よりも早く、強くならなくてはならない。 

 そんな強迫観念に囚われ続けながら剣を振るっていた。

 それは、ある種の恐怖に近かっただろう。

 嫌な現実を認めたくなくて、ただ逃げていただけのことだった。

 追いかけているように見せかけて、全く違っていた。逃げていたら、偶々同じ方向を走っていただけに過ぎない。

 そんなことでは、強くなるどころか、成長という二文字が消えていく一方だった。

 

『肩の力を抜け、張り詰めすぎるでない。アイズ・ヴァレンシュタインという少女は、簡単にとられる程安くは無いのじゃろう? だからお主は追いかける。逃げているだけじゃ、何も始まらんぞ?』

 

 それは、私に成長の二文字を取り戻してくれた。

 自分ですら気づけなかったことに気づかせてくれたお祖父さんには、感謝してもし足りない。

 ずれかけた道を、正してくれた道標があったから、私は今ここに居る。

 

 だが、今の少女にはそれが無かった。

 私はそれを正してやりたいと思った。自らの剣を持って、濁った今でも鋭い光を放つ剣の濁りを、晴らしてやりたいと願った。

 酷く残酷な運命から、少女を解放してあげたいと思った。

 

 身勝手なのは百も承知。今のままではそんな大それたことをできないもの承知している。

 

 だから、少しずつ、本当に少しずつ。変えられる分だけ、変えてあげようと思った。  

 まずは少女に寄り添うことから始めよう。

 ただ追いかけるだけで済むように、その恐怖を消してあげよう。

 失ったものを取り戻してあげよう、失わないように繋いであげよう。

 

 最後には、彼女の望むとおりにしよう。

 

 それが、今の私の願いだ。

 

  

   * * *

 

 ゆっくりと、暗黙していた視界に光が射した。

 

 いっぱいに広がる蒼穹(そうきゅう)。悠々たるそこに堂々とした姿で顕現する光の塊。

 今は昼時の終盤を迎えた一時頃。胃がキュルキュルと訴えかけて来る声が聞こえてしまい、微量ながらも恥ずかしさを覚えて、その白く綺麗な頬を赤らめてしまう少女。

 

「……あはは、眠っちゃったのですね」

 

 そんな少女は、自分の肩口を横目で見てそう呟いた。

 少女の右肩、その上には、光を反射して輝く金髪と、その金髪の持ち主である少女の顔。

 ささやかに立てる寝息、気持ちよさそうに瞼を閉じている彼女は、身を預けて夢の世界へと旅立っていた。

 ついでなのか。別方向からも寝息が聞こえるが、それは聞きなれたもので、少年の寝息だろう。

 

「……()()()、見てないといいのですが」

 

 心配げに呟き、絡みの無い金髪にそっと手を添え、その手を優しくゆっくりと左右に動かす。

 そうしたとき、少女の顔が少し柔らかくなった気がしたのは、気のせいだろうか。

 

「……んっ」

 

 同じことを繰り返していると、少女からそんな声が漏れた。頭に乗せていた手を反射的に避けてしまう。別にやましいことをしている訳では無いのだが。

 

「…………」

 

 無言のまま、少女は瞼を上げて預けていた姿勢を正し、きょろきょろと忙しなく周囲を見渡した。 

 何度も動く首が、肩口を先程まで預けていた少女を捉えると、その動きを止めて落ち着く。

 

「怖い夢は見てませんか?」

 

 最初に掛けた言葉がそれだった。普通に考えれば可笑しなことだが、毎日のように記憶という悪夢を覗き見ている身からすれば、気にしてしまうことだ。

 

「ううん、見てない。大丈夫だよ?」

 

 だが、そんな心配は無用であったようで、空振りに終わったことを安堵する。

 

「で、どうしてこうなったのですか?」

 

「寝てたこと?」

 

「ええ」

 

 問いかけた少女は、金髪の少女が目を覚ます少し前まで夢の世界を漂っていたのだ。そして、寝る前まで金髪の少女と近くに寝そべって小さく(いびき)をかく少年は、特訓と言う名目で闘っていた。

 特訓と書いて、『しごき』と読むのかもしれないとどうでも良いことを考えてしまうが、別に関すべきことではない。

 

「……()()()を見てたら、眠くなっちゃって……」

 

 理由を答えた少女は、どこか恥ずかし気に身を縮めていた。別に相手を眠くする力など少女には無いのだが、少女が心地よさげに寝ていたのが原因だろう。

 そこに関してはもう何も言わないが、一つ言わなければならないことがある。

 

「アイズ、今の私はシオンではなくテランセア。一部にはもうバレてしまっていますが、あまり正体を晒すわけにはいかないのですよ。風評被害は困りものですからね」

 

「あ……うん、気を付ける」

 

 思うところがあったのか、目を斜め上方向に逸らしてしまうアイズ。第一級冒険者である彼女は、憧れの対象であると共に、嫉妬の対象でもあるのだ。その所為で風評被害に遭うことも多々あるのだろう。

 

「あと、呼びにくかったらアキさんみたいに、セア、で良いですよ」

 

「わかった、セア」

 

 すんなりと呼び方を変えられ、自分のネーミングセンスに疑念を感じ始めるが、それはどうでも良いことだ。

 パンッ、とセアが手をたたき、自分の気持ちを入れ替える。

 

「さて、ベルをたたき起こして続きでも―――――」

 

 だが、その入れ替えた気持ちは、すぐに崩れ落ちた。

 言葉が途中で途切れた原因。それは、ある場所から鳴った可愛らしい音。

  

「セア……」

 

 その音を鳴らした少女は、もう一人の少女に温かい目で見られてしまい、情けなさと恥ずかしさで頬を紅に染め、空腹も(あい)()って腹を押さえて小さくなってしまった。

 

「ごはん、食べに行こ? ね?」

 

「……はい」

 

 少女は、掛けられる言葉が何故か心にきて、小さく呟くように返事をした。

 

 

    * * *

 

 今の状況を一言で言うと? 

 

―――――ヤバイ。

 

「ベル君! 本っ当に君と言う子は! 君と言う子は!」

 

 あの後、結局ベルを叩き起こして昼食を摂ることになった。

 どうやらベルも空腹を感じ始める頃合いだったらしく、特に意見することは無かった。

 そして、アイズに連れられ向かったのが、北のメインストリート。

 この時から、少しは嫌な予感がしていたのだ。その為、気配を紛らわせることは欠かさなかった。

 そして、それは案の定のこととなった。 

 到着したのはじゃが丸くんのお店、因みに頼んだのは『小豆ましましクリーム多め』の小豆クリーム味と、シンプルに塩味。

 そして、その注文を請け負ったのが、ツインテールのロリ巨乳神。

 勿論、主神のヘスティア様である。

 ほぼ無心で注文した品を渡してきた後に、汗を心臓に穴をあけたときのようにだらだらと流すベルに掴みかかったのは、今の状況の始まりと言えよう。

 因みに言おう、この間は一切干渉していない。

 

「で、ですが神様! 僕、毎日強く成っているんですよ!」

 

「知ってるよ! そんなのボクが一番わかってるよ!」

 

 だが、流石にここまで騒がれるてしまうと、干渉しなければ色々不味い。主に視線が。

 裏路地に居たとしても、ヘスティアの甲高い声は良く聞こえるのだ。表通りまで

 

「お二人さん。仲良く喧嘩は良いですが、あまり騒がないでいただけますか? 表通りから向けられる視線が、イタいものへと変わっていますよ」

 

 ベルもそれに気づいていたのか、うんうんと強く首を縦に振っている。

 だが、この場に居る常識崩壊人たちは気付かない。普通は何もないはずの所から現れた人に驚くはずと言うことを。

 

「……それはすまなかったね。で、君は誰だい?」

 

 そういえば思い出す、ヘスティア様とはテランセアの状態で初対面なのだ。

 

「テランセアと言います。以後お見知りおきを、神ヘスティア」

 

 その為、他人行儀に、最低限の知識を持っていると言う前提で話す。

 でも、思い出した。神が自分たちの嘘を見抜けることに。

 

「うん、よろしくね。テランセア君。た・だ・し、ボクのベル君には手を出さないことっ、いいね?」

 

 だが、この嘘は見抜かれることは無かった。

 いや、そもそも嘘では無いのだろうか。

 一応この状態ではテランセアという名前を使っているから、それが本名となっているのだろうか。

 まぁ、そのあたりはどうでも良いだろう。

 

「ええ、私には愛して止まない人がいますから、安心していただいて結構ですよ」

 

 会話を繋ぐために、言い放った言葉。

 

『――――――』

 

 だが、その言葉の返答は返ってこない。

 潔く言い放ったことに対してなのか、押し黙る一同。

 一人はその堂々さに感心し、一人はただ唖然とし、一人は俯き長い髪で顔を隠している。

 

「どうかしました?」

 

「い、いや、何でもないさ。そんなことより! ベル君はテランセア君とヴァレン何某(なにがし)とは、どんな関りなのかい?」

 

 何故かはぐらかされ、話題が別方向へと変わってしまう。

 上目づかいで指を指しながら聞いてきたヘスティアに、若干後ろに下がってしまうベル。 

 

「い、いやぁ……それは、その……何と言えばいいのか……」

 

「あの……私が戦い方を教えています」

 

 誤魔化しが効く表現を探しているのか、言葉に迷っているベルを、支援するように事実を述べるアイズ。だが、それは逆効果だと言うことを、彼女は気付いていない。

 

「ふーん、そうかい。ヴァレン何某の言い分は分かったけど、テランセア君は?」

 

「私はいろいろ複雑な事情が絡み合っているのですよ」

 

「というと?」

 

「さぁ、言うと思います? でもまぁ、ベルにも分かるように言うならば、シオン・クラネルが関わっていますよ」

 

『⁉』

 

 テランセアがそういうと、ベルとヘスティアは驚きと疑念の混じった顔で固まった。それにちょっと笑みがこぼれそうになるが、ギリギリ耐える。

 今、シオン・クラネルと言う人物は行方不明という状態になっている。恐らく心配しているである二人は、テランセアがそれに関わっているとなれば、無理にでも情報を引き出そうと簡単には離れられなくなる。

 ヘスティアとベルがそこまで考えているかは知りようがないが。

 

「……そのあたりこそ、話してもらいたいんだけど、いいかい」

 

 引き締め、強張った表情でヘスティアは問うてきた。

 

「何故、シオン・クラネルという人物が行方を晦ましたのか、と言うことですか?」

 

「ああ、そこさ」

 

「端的に言えば、会える状況ではない、というのが理由です」

 

 姿性別共に大きく変わっているのだ、シオン・クラネルの姿で会うことは叶わない。

 この姿に文句を言う気は殊更無い。逆に感謝したいくらいだが、戻りたくない訳では無いのだ。できれば、何度でも替われる状態が望ましい。

 だが、今現在その方法は不明である。仕方のないことなのだ。

 

「それと、シオン・クラネルに代わって言いますが、心配せず、気にしないで、と思っています。変に心配しても精神が削れるだけで良いことはありませんよ?」

 

 心配されて悪い気はしないが、意味の無いことをやり続けているのはどうも見過ごせない。

 

「……一つ聞かせてくれ、シオン君は何事も無く無事なのかい?」

 

「何とも言い難いですね。ですが、余裕な表情で生きてますよ」

 

「そうかい……ならいいさ」

 

 ヘスティアが閉まっていた表情を緩めると、隣で顔を緊張させていたベルも、その顔を緩めた。

 

「でも、ちょっと気になるね。ベル君、今日はついて行ってもいいかい?」

 

「え⁉ いや、でも……」

 

 ヘスティアいきなりすぎる提案に、戸惑ってしまい、判断を仰ごうと思ったのかこちらを向いて来るベル。あえてそれを見つめ返して、黒い笑みを浮かべたつもりだったが、顔を赤らめ目を逸らされただけだった。 

 

「純粋ですね」

 

「セアが可愛いからしょうがない」

 

 その様子を見て、率直な感想を述べる二人。 

 本当はもう少し別の反応を見せてほしかったのだが、これも悪くはないので良しとしよう。

 

「で、どうしますか、アイズ」

 

「……巻き込まれないかな?」

 

「私が守りますよ。アイズがベルに与える加減した攻撃くらいなら問題ありません」

 

「じゃあ、大丈夫だね」

 

 仕事が増えたみたいで、何かと面倒かもしれないが、まぁ、別にいいだろう。

 

「ですが、神ヘスティア。バイトは大丈夫なのですか?」 

 

「大丈夫さっ! 今話を付けて来るから!」

 

 とたとたと表通りへ出ていくヘスティア。だが、その後に聞こえたのは、容赦のない罵声であった。

 

「神相手に、よくもまぁ……」

 

 そう呟いた少女がいたが、それは更なる罵声でかき消された。

 

 

 

   * * *

 

 カタカタカタッ、カタカタカタッ。その音が何度も繰り返される。

 トントントントン。その音も間隔を狭めながら繰り返される。

 部屋の灯りは仄かにしか光らず、光源の大部分は大窓から差し込む日光だった。

 その日光も、日が沈みかけている今は殆ど射し込まず、部屋は薄暗い。  

 

「……何かしらね、これは。嫉妬かしら」

 

 だが、その中でも目に見えない光を放ち、薄暗い部屋でもはっきりとわかる神物(じんぶつ)がいた。

 

「何かしらあの銀髪は、私より綺麗気がするのだけれど」

 

「フレイヤ様、そんなことはございません。フレイヤ様こそがこの世の美、それより美しいものなどある訳が無いのです」

 

「ありがとう、アレン」

 

 心から掛けられた全肯定の誉め言葉も、感情が高ぶっているフレイヤには全く気に掛けられない。

 

「それに、何であの子の魂も見えないのかしら。益々気に入らないわ」

 

「お望みとあらば、排除致しますが。どうなされますか」

 

「そうね……あの子とは知り合いのようだし、邪魔になりそうね。とりあえず、警告はして来て頂戴。消しても構わないわ。ついでに、あの子の邪魔をしているものにも警告をして来なさい」

 

「御意」

 

 忠実な従者は、命令を受けると迷うことなく行動する。

 音も無く青年が消えた部屋では、一人残ったフレイヤが、ただひたすらにイラついていた。

 

「魂が見えないのは、シオンだけで十分なのにっ」

 

 女神の目は、実は節穴な可能性が浮上したかもしれない。

 

   

 

 



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圧倒、それは闇討ち

 前回の最後、少し追加で書き加えました。
 今回の伏線的なものですが、気になる方はどうぞ、一話前から。

  今回の一言
 フレイヤ様の扱いをしっかり考えておこう。

では、どうぞ


 

 何度打ち込まれ、何度倒れそうになり、何度意識を刈り取られそうになっていたか。

 だが、そんなことは関係ない。

 今、少年は立っている。紛れもない、自分の足で立っている。 

 いつもならすぐに打ちのめされて軽く意識を飛ばしていた攻撃も、防ぎ、受け流し、反撃まで行っている。

 いつになく真剣な形相で、惨めな姿を見せないために、必死で抗っている。

 少年は、まだ負けていない。

 大切な人に無様なところを見せたくないから、失望させたくないから。

 必要のないことに怯え、少年は必死で闘っていた。

  

「頑張るんだベル君! 負けるなー!」

 

 たとえ直撃を受けたとしても、その所為で意識が飛びかけても。

 掛けられる言葉で背中を押され、意識を無理やり保ち、ひたすら闘っていた。

 

『あの子、頑張るのね』

 

『自分の気持ちに正直で、それに怯えて逃げているようなものですが。確かに、頑張ってますね。いつも以上に』

 

『でも、大丈夫なの? あと二時間も続けたら死ぬと思うのだけれど』

 

『それは私も薄々気づいていたので、本当にヤバくなったら止めます。多分、そんなことをする前に終わりますけど』

 

 心の中でそんな会話している間も、少年は抗い続けていた。

 だが、そこに変化が生まれる。

 

「ふぇ?」

 

 そんな間抜けな声を出して、ベルが足を滑らせた。

 自覚のない疲れが足に溜まって、踏み込みの力を見誤ったのだろう。

   

「ぐへっ」

 

 突然の予想もしていなかったことに対応できず、受け身をとれなかったベルは顔面から地面に衝突し、小さく奇声を上げた。

 

『…………』

 

 その光景に押し黙る一同。

 惨めな姿を(さら)したくなかったはずなのに、見事にそうなってくれたのだ。

 

「ふふっ」

 

 別に期待していたわけでは無かったが、予想通りすぐ終わったことと、その終わり方に対して、自然と笑いがこみ上げてきたのだ。

 

「な⁉ 失礼な! ベル君だって頑張ってたんだぞ⁉」

 

「し、知ってますよっ、ですがね、これは……あははっ!」

 

 口を押さえ、肩を震わせていたテランセアにヘスティアが取っ掛かるが、そんなの意に返さず笑いは大きくなっていくばかり。

 ついには声を上げて笑い出し、ヘスティアの全く力のこもっていない拳を何度もぶつけられていた。

 まるで昔の自分のような醜態で、兄弟案外似るもんだなぁ。とどうでも良いことも考えてしまい、何故か更に笑いがこみ上げて来る。

 

「……ふぅ、やっと納まりました」

 

 そして数分が経ち、漸く笑い声は鳴りを潜めた。

 

「全くっ、どうしてそんなに笑えるんだいっ」

 

「いえいえ、別にベル一人のことに対してではありませんよ。過去にこんなことが私にもあったので、それを思い出したら、更に笑えてきてしまって」

 

 盛大に笑ったことに対して、咎めはするものの怒る気は無いらしいヘスティアは、ふんっ、と鼻を鳴らした後に、ベルの元へと駆け寄った。

 羞恥でなのか小さく縮こまっているベルに、優しく語りかけているが、言っている内容が逆効果にしか思えないのは見当違いだろうか。

 

「今日はもう、終わりにしようか」

 

「は、はぃ……」

 

 発した声に、力は籠っていない。相当に、ヘスティアに言われたことが心にきているらしい。 

  

 日は既に沈み、美しい満月が、隠れるのを止めて星が輝く夜空に姿を現した頃合い。

 街は夜の活気に()まわれ、魔石灯で鮮やかに照らされるメインストリートは、冒険者と思われる人や、娯楽や酒好きの神でごった返していた。

 夕飯も取らずにいたので、そろそろ空腹を訴える音が聞こえてきそうである。

 

「じゃ、ベル君! さっさと帰ろうか!」

 

「はぃ……」

 

 ヘスティアに従い、二人は市壁内部の階段へと向かった。

 テランセアとアイズは二人を追う形で市壁内部へと向かう。

 

「アイズ、夕飯どうします? 私は食べに行くのですが、一緒にどうですか? 奢りますよ」 

 

「いいの? でも……大丈夫かな」

 

「ファミリアの事ですか? 夕飯は取れないかもしれないと伝えていたのでは?」

 

「うん、伝えてる。……なら、大丈夫なのかな」

 

 市壁内部の移動中、抜け目なく約束を取り次いだのは、相変わらずである。

 

 余談だが、テランセアは今現在も金はとにかく沢山有る。昨日稼いだ約4000万ヴァリスもそうと言えよう。これだけお金があれば宿を取ることも可能だし、ざっといえば、中くらいの一軒家が買えてしまう。

 ひとまずの独り暮らしは悪くないのだが、何故か虚しい気がしてならない。

 

 手を繋いで、ゆっくりと進んでいた二人を追い越して、テランセアとアイズは先に市壁から外へ出た。

 

「――――――」

 

 だが、その瞬間二人は足を止めた。目を見合わせ、ベルとヘスティアが追い付いたことを気配で確認すると、速度を落として歩き出す。

 背後の二人との距離は常に一定に保ち、視線を巡らせること無く周囲を確認した。

 

「猫一人、小人四人、人三人、狼一人。内五人が手練れですね」

 

 かき消えそうなほど小さな声を、隣に居るアイズに風に乗せたらギリギリ聞こえるレベルで伝える。

 テランセアは、気配の在り様でそう判断した。

 五人は完全に気配を消せているが、他四人はまだ足りない。

 気配の形や大きさで、大体どの種族かは判別できる。

 

「手練れの狙いが私とアイズ、他四人はベルでしょうか」

 

「先制仕掛ける?」

 

「私の方に僅かに殺意が向けられています。私から仕掛けましょう。それと、ベルには二人ほど相手をさせてください」

 

「どうして」

 

「ただの実戦訓練ですよ」

 

 彼女がそう呟くと、二人は同時に行動を起こした。

 アイズは即座に抜剣しながら後退し、気の抜けたじゃれ合いをする二人の元へ。

 テランセアは、前方で気配を消す五人に向けて、ただ殺意を放った。他四人を意に返すことはない。

 本気を出せば常人が諸に受けたらショック死してしまうレベルの殺意を放てるテランセアだが、流石に殺すわけにもいかず、加減をするしかなかった。

 だが、それだけでも効果は覿面(てきめん)

  

「クソッ! なんだこいつ!」 

 

 悪態を吐きながら、猫人(キャットピープル)の青年が身を潜ませていた家屋を破壊して飛び出した。

 

「知るかっ! さっさと()るぞ!」

 

 そんな声が聞こえると共に、屋根上から四人の小人族(パルゥム)が飛び降り、他四人の雑魚は遅れて飛び出した。

 五人の手練れは、即座に得物を手に執り、テランセアに襲い掛かる。

  

「上等、闇討ちとか面白いですね」

 

「余裕カマしてんじゃねぇぞ」

 

 一早く間合いまで詰めた猫人(キャットピープル)が、銀の長槍(ちょうそう)を鋭く一突。だが、その攻撃を、一本腰に携えられた刀によって受け流された。

 

「そう言うのは、余裕をなくせる程の力があって言えるのですよ」

 

 そう発すると共に、地面を砕く踏み込みと一寸の狂いも無く、超重量の刀が横一文字に振り斬られた。

 青年はそれを槍を縦にして防いだが、それは間違った防御方法だ。

 過重は、ものの見事に一直線の道の奥へと青年を吹き飛ばし、奥に立ち並ぶ家屋を破壊する音が響いた。

 だが、それでは終わらない。

 左右背後上空。そこから迫りくる剣、斧、槍、槌。

 音も無く、目配せだけでそれを行ったのは、素晴らしい連携力だ。

 だが、甘い。

 

「そいっ」

 

 軽い声の(もと)振られた刀は、一刀で全てに対応した。

 左右から攻撃は弾き返され、背後から攻撃は、受け流した力に刀の重さを加えて青年を吹き飛ばしたのと同じ方向へ吹き飛ばし、上空の攻撃は武器を断ち斬り、峰で地面に叩きつけた。

 

「うーん……あっ、思い出しました。【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】と【炎金の四戦士(ブリンガル)】ですね。【フレイヤ・ファミリア】の。通りである程度の手練れに感じた訳です」

 

 気の抜けたように聞こえる声は、とても今の常人離れした所業を行った人物のとは思えない程のものだった。

 後退する小人族(パルゥム)を追わずに、あえてその場に立ち止まる様は、余裕な表情と(あい)()って彼らの怒りをかった。

 

「クソがっ、バケモノめ」

 

 復帰した猫人の青年が、そんな悪態を吐いた。

 着ている服はボロボロで、全身が埃で汚れている。体自体は耐久のおかげなのか、傷一つ無いが。 

 

「バケモノで構いませんよ。自分がバケモノのように異常なことは理解してますから」

 

「そうかよっ、ならバケモノらしく黙って死ねっ」

 

 そう言い捨てると、猫は跳んだ。

 この猫は学習能力が高いらしく、真っ向から攻めて来るのを止め、縦横無尽に駆け回りながら長槍のリーチを生かして、果敢に攻撃を仕掛けてきた。

 だが、それすらも危なげなく対応する。

 相手の鋭い刺突、遠心力を乗せた切り上げや切り下ろし。薙ぎ、削ぎ落とす力を持った払い。

 それら全てを一刀で片付ける。

 反撃は全くしない。だが、相手は着々と傷を負っていく。

 

「俺たちもっ!」

 

「忘れるなよっ!」

 

「このバケモノめっ!」

 

「さっさと殺されろっ!」

 

 状況が不利なのを理解したのだろう。闇から現れた【炎雷の四戦士】が連携攻撃を仕掛けてきた。

 だが、それも無意味。

 無慈悲な超重量の刀はやはり一刀で片付けてしまう。

 流石に面倒だと思ったのだろう。反撃として【炎雷の四戦士】の残っていた武器防具を()()()にした。

 

「案外斬れるものですね」

 

 自分の行いに自分で驚いていると言う可笑しな状態のテランセア。今までは、流石に『一閃』とてアダマンタイトあたりから斬れなかったのだが、硬さからしてアダマンタイトを含んでいる武器を細切れにできたのだ。それは驚くだろう。

 分の悪さを思い知ったのか、ほぼ全裸の状態で後退する【炎雷の四戦士】。

  

「クソッ、完全に遊ばれてやがる」

 

「はぁ⁉ あれでかよ⁉」

 

「気づかねぇのか馬鹿が! あの女、左脚を一歩も動かしてねぇぞ。加減されてやがる」

 

 青年が言った通り、テランセアは左脚を軸足としているだけで、一歩も動かしていない。始めの踏み込みを除いて、だが。

 片や攻めようとせず、片や攻められない膠着状態が続く。 

 両者の間に衝突するのは、殺意と言う名の圧力。

 せめぎ合う見えない圧力が、手練れであるはずの五人が安易に攻撃できない理由の一つと言えよう。 

 五人の殺意を、一人で全て抑えているのだ。それも、加減した状態で。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 動かない戦況の中に、炎雷を放つ叫びが響いた。

 空中から(くだ)った炎雷は木材でできた周りの家屋に引火し、暗闇を照らす灯りとなった。 

 

「面倒なことやりやがってっ、おいっ! 撤退だ! 退くぞ!」

 

「チッ、仕方ねぇか」

 

 吐き捨てるように青年が叫ぶと、それに従って撤退していく。

 闇の奥へと音を無くして消えていく様は、撤退と言う名目の逃げとしか思えない。

 気配が探知外まで消えるのを待ち、確認を終えると、後ろで待っている二人と一柱の下へ向かった。

 

「どうでしたか? ちゃんと戦えました?」

 

「……テランセアさん、わざとですよね?」

 

「さぁ、何のことでしょうか」

 

 納刀して、話かけた時の言葉は、安否確認では無く、戦えたかどうかの確認。

 その確認で、テランセアが何を考えていたかベルは分かったのだろう。

 

「さて、私たちも逃げますか。ギルドか【ガネーシャ・ファミリア】が来たら本当に面倒ですし。特に身元確認とか。答えようがありませんからね」

 

「君は本当に何者なんだい……ま、ボクも面倒事は嫌いだから、ベル君、さっさと逃げようか」

 

「すごく悪いことした気分です……」

 

 オラリオでも、よく今の様に闇討ちはある。ギルドに目を付けられないために、多くは偽装可能なダンジョン内での話だが。街での襲撃は、襲われた側も罰せられる場合があるのだ。

 それは本当に面倒である。

 

「アイズ、このまま直で酒場にでも行きます?」

 

「うん、場所は?」

 

「『焰蜂亭(ひばちてい)』という酒場が南のメインストリートに周辺に在った気がします。そこの蜂蜜酒がとても美味しいそうです」

 

「君たちは何を暢気(のんき)に話しているんだい!」

 

 ゆっくりと歩いてる二人に向けて、ヘスティアが大声で呼びかけるが、依然二人に変わりはない。

 

「あ、神ヘスティア。早く逃げたほうがいいですよ。私たちは追手程度簡単に追い返せますから」

 

「うぅ~。君たちなら本当にできそうだからな……わかったよ、ベル君、さぁ逃げよう!」

 

「少しは悪びれましょうよ神様⁉」

 

 そう叫ぶと、ベルはヘスティアの手を引いて裏路地の闇へと潜んだ。

 テランセアとアイズは、跳躍し、南のメインストリートへと屋根を伝って走り出した。

 摩天楼に遮られながらも二人を照らす月光は、風に(なび)く髪の輝きを増長させ、とある場所から見下す女神の苛立ちをさらに強めた。

 

「あの女神……何が目的なんですかね」

 

「女神って、あの女神?」

 

「そうですよ。あの色ボケ女神です」

 

「私、あの()嫌い」

 

「ははっ、同感ですね」

 

 その二人がした会話を、その女神のファミリアの人間が聞いていたら、さてさてどうなっていたのだろうか。 

  

 



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偶然、それ変身

  今回の一言
 キャラ崩壊起こしてそうで怖い。

では、どうぞ


 夜街の屋根を伝う二つの影が、ある場所へたどり着くと共に動きを止めた。

 そこには、『焰蜂亭(ひばちてい)』と共通語(コイネー)で書かれている看板が飾られており、その先からは荒々しい声が洩れてきて、繁盛していることを知らせてくり。

 

「……今来て思ったのですが、多分誰かとっかかって来ますよね」

 

「うん。でも、ファミリアの証明章(エンブレム)があれば大丈夫だと思うよ?」

 

「流石にこれ以上【ロキ・ファミリア】に迷惑を掛けるわけにはいかないので、誰か声かけてきたら追い返しますか。問答無用で」

 

「わかった」

 

 酒場の出入り口でそんな物騒な会話をしていたが、喧噪(けんそう)溢れる酒場内には、その声は全く届かない。

 その酒場に二人が入ると、喧噪は数瞬の時を経て、静寂へと一転した。

 中で騒いでいた者たちは、堂々と歩く二人に見入っていたのだ。

 唖然(あぜん)として口を半開きにする有象無象を放っておいて、堂々と酒場の空いているカウンター席へと座る。

 酒場はやはり繁盛しており、空席は端の三席と、中央の一席しかなく、どちらもカウンター席。

 端の三席を選び、アイズに隣が一つしかない端の席へ座ってもらい、その隣にテランセアが座った。

 

「さてさて~、どんな料理があるかな~」

 

 正面にあるメニュー表を取り、それを開いてご機嫌の様子で眺め始める。

 静寂に支配された酒場内では、元々聞き逃すことが難しい程の美声は、更によく響いた。

 

 メニューには、如何にも荒くれ冒険者の料理、といった品が並んでおり、中にはゲテモノといわれる料理まで丁寧に挿絵付きで載せられていた。

 

「気になりますね」

 

「ダメだよ? 駄目だからね?」

 

 視線で何について言っているのか気づいたアイズは、何故か二度言う程の念押しで止めてきた。

 

「……わかりました、これは諦めます」

 

 その意味は分からなかったが、静止を無視してまで食べるようなものでもないので、簡単に諦めを付ける。

 

「では、私は蜂蜜酒とパスタ二皿大盛りで」

 

「私は、蜂蜜酒とじゃが丸くん三つ、ソース味をお願いします」

 

 カウンターの前で待っていてくれた亭主らしき男性にそう伝えると、一礼してすぐに厨房と思われる場所へと向かって行った。

 料理が運ばれるのを待っていると、酒場が次第に騒がしくなって、元の喧騒を取り戻す。

 自然と耳に入って来る内容は、自分たちに対してのことばかり。煩わしいことこの上ない。

 喧噪が回復する中、それに伴って下衆の卑劣で欲丸出しの視線を浴びるようになった。

 だが、二人はそんなの意に返さない。

 アイズはこういったものに慣れてしまっているし、テランセアはご機嫌の為、他人のことなど気づいていてもどうでも良いのだ。

 

「…………」

 

「お、きたきた」

 

 数分待っていると、料理と酒が運ばれてきた。

 無言の亭主らしき男性は、持ってきたものを置くと、一礼してすぐに定位置と思われる場所に戻って、食器を磨き始めた。意外と気の利く人だ。   

 

「それじゃ、特に何もないですが、乾杯っ」

 

「乾杯」

 

 祝うことでも何でもないが、ただしたくて乾杯する。

 軽くぶつかり合い、木同士が堅い音を鳴らした。  

 

「おー」

 

「……おいしい。久しぶりに、お酒飲んだ」

 

 一口飲むだけで十分わかる。確かにこれは美味しい。

 とろりと流れる舌触り、それと共に訪れる甘く、それでいてしつこくない蜂蜜の甘美な味。多く飲めるようにするための工夫なのか、少し温かくなる程度に調節された清酒(アルコール)量。

 これなら、一・二杯で酔うことは無い。

 

「――――こちらも中々美味しいですね」

 

 酒と別に口へ運んだパスタも、雑な見た目にそぐわない美味しさである。

 綺麗に盛り付けたら比較的安価であるこれは良く売れるだろうに、と思ったが、そこも工夫と言えようか。

 冒険者が何かしら物を食べる場合、気合を入れて綺麗に盛り付けられていると大抵気後れしてしまうのだ。気楽に食を楽しむには、少し荒々しいくらいが丁度よい人が多い。 

 

 少し言葉を交わしながら、がつがつと量を減らしていくその様は、見た目とそぐわず面白いくらいだ。

 小食のアイズに対し、大食テランセアは素晴らしい喰いっぷりだった。

 

「す、すげぇ……」

 

 そんな言葉が誰かの口から漏れた。酒場の人たちは先程とは別の意味で唖然としている。

 

「……ふぅ。ごちそうさまでした」

 

「!――――――ごちそうさまでした……」

 

 大盛り二皿を余裕で平らげたセアに、一瞬驚いた顔を見せると、アイズは半分程残っていたじゃが丸くんを急いでその小さな口に押し込み、しっかり噛まずに呑み込んだ。

 少し苦し気な顔をしたアイズにの背を優しく擦りながら、微苦笑を浮かべてしまった。

 

「アイズ、そんな急いで食べなくても私は待っていましたよ」

 

「普通は私の方が速く食べ終われるはずなのに……」

 

 何故か悔し気に頬を膨らますアイズを見て、テランセアはその顔が周りから死角になるように不自然に立ち上がった。

 それにアイズが首を傾げるが、『名誉のため、アイズの名誉のためだ。他意はない……』と呟くのみ。

 

「じゃあ、セア、帰ろ?」

 

「ええ、何事も無く終わってよかったですよ。あ、これ1800ヴァリスです、お釣りは面倒なのでいりませんよ」

 

 カウンターにお金を置いて、静かに酒場を立ち去ろうと出口へ向かう二人。

 だが、そこに五人の男が障害として立ちふさがった。

 

「……はぁー。命知らずが」

 

 思わず、心の中だけに(とど)めるつもりだった言葉が意に反して漏れてしまったが、それを聞いた者はいない。

 

「おぅおぅ嬢ちゃんたちぃ。もう帰っちまうのかい? 暇なら少し遊んでいかねぇかぃ?」

 

 先頭に立つテランセアと同じほどの身長を持つ、上半身をさらけ出した荒くれ者感を嫌と言う程感じる男が、下衆な笑みに似合った気色の悪い声音で、嘗め回すように声を掛けてきた。  

 

「問答無用で()ろうと思っていましたが、警告するくらいは礼儀ですかね」

 

「はぁ? どうしたんだい嬢ちゃん。おかしなこと言っちゃって」

 

「煩いですね、一応警告しますよ。―――十秒以内に退いたら見逃す」

 

 そう告げると、彼女はカウントダウンを始めた。九、八、七、と正確に発せられる秒刻みに、前にいた男たちは始めは笑っていた。だが、半分を切り、語気が冷徹なものへと変わっていることに気づいたのか、顔から段々と血の気が失われていく。

 

「ゼロ」

 

 一番後ろの男が漸く逃げ出そうとしたのと時を同じくして、死の宣告はリミットを告げた。

 瞬間、彼らが感じたのは、明確な『死』のイメージ。

 体が粉々になるかのような、訳の分からない感覚。共に感じる絶対的恐怖。 

 それらは、彼らの耳に、カチンッ、という鞘と鍔が当たる音で聞こえるまで纏わり憑いた。

 人生で二度体験することが無いようなことを受けた彼らは、全身を冷や汗で濡らし、床に這いつくばっていた。

 

「全身の神経を殆ど斬らせていただきました。綺麗に斬ったと思うので、回復薬(ポーション)でも飲めばすぐに治ると思いますよ。飲めれば、の話ですけどね」

 

 地に伏した五人を見下ろして言い放つと、興味を無くしたのように踵を返して、一枚の硬貨を投げ捨てながら酒場を後にした。

 それを追うように、地に伏した男を飛び越えて、アイズも酒場を後にした。

 

 静寂で包まれた酒場内。カウンターで鳴った硬貨同士がぶつかり合う音は、やけに響いた。

 

 

 

   * * *

 

 体がやけに重い。足取りがいつもより遅いのが実感できる。

 首が曲がったまま上げられない。視界が半分塞がっている。

 眩暈で度々倒れそうになるし、半身まで倒れてしまうと脚で支えられなくなる。

 その都度腕を近くの壁に刺し込んで体を支えるも、今ではその腕すら力が入らない。

『焰蜂亭』を後にすると、帰路の中途でアイズと別れて休息のため市壁内部の部屋へと向かった。

 その間、始めの内は屋根伝いに移動できていたのだが、だんだんと脚に力が籠らなくなり、地面を歩くようになってしまった。そして今は、階段一段一段上るのに多くの時を要している。

 思考までもが曇り始め、視界が点滅を始めると、気合で動かしていたようなものである体は、踊り場で簡単に崩れてしまった。

 何が起きたか理解はできたが、何もすることはできなかった。

 襲い掛かる意識の闇に、されるがまま呑み込まれた。

 

 

 

  

 

 ビリッと電気が走るような感覚で、スイッチを入れるかのように目を覚ました。

 微弱な頭痛とねっとりする吐き気を覚える中、ゆくっりと立ち上がる。

 その間視界に入ったのは、昨日とは異なった光景。

 隙間からの月光が射し込む、魔石灯しかないスペース。

 上りと下りの階段と繋がっていることから、踊り場であることは容易に理解できた。 

 

「どんなところで寝落ちしてるのですか……」

 

()()、憶えてないの?』

 

 誰もいない場所での独り言、自分に対する呆れのそれに返される言葉は無いはずだろうが、心の中に彼女がいることは忘れてはならない。

 

『おはようございます。それで、憶えてないとは?』

 

『……百聞は一見に如かず、部屋に戻って姿見の前にでも立ってみれば分かるわ』

 

 疑問を覚えながらも、部屋へと向かう。

 その間どういう意味かを考えてみたが、『あっ』と声を出して一つの心当たりに至る。

 

「あーあーあー……見るまでも無くありませんかね……」

 

 発声練習のように声を出すと、もう、一つに絞られた結論の完全立証の為に部屋の姿見の前に立った。

 その姿見に映ったのは、ポニーテールに纏められた銀髪では無く、ポニーテールに纏められた金と白の髪。金眼も左眼だけとなり、右眼には若葉のような緑眼。

 大きすぎず小さすぎなかった胸部装甲は、鍛えたおかげでできた僅かな膨らみへと変わり、少し中よりとなっていた肩も元に戻っている。

『テランセア』の姿は『シオン・クラネル』へと戻っていた。 

 

「やっぱりですか。戻れたのはいいのですが……原因は何でしょうかね……」 

 

『自分で考えてみたら?』

 

『考えてますよ、ただ思い当たる節が無いのです』

 

 一週間は放置しようと思っていたが、その前に戻ってしまった。何か意識的にアクションを起こしたわけでは無く、特筆して変わったことも起こしていない。

 

『仕方ないわね。ヒントを出してあげましょう』

 

『原因がわかっているのなら、さっさと教えて欲しいのですが』

 

『それじゃあつまらないもんっ』

 

『子供かよ』

 

 思わず突っ込みを入れてしまう口調を使ったアリアは、突っ込まれたことを意に返さずに続ける。

 

『昨日貴方が飲んだもの』

 

『蜂蜜酒ですか』

 

『早いわよ! つまらないじゃない! ヒントあと三つ残ってるのに……』

 

『だから子供かよ』

 

 ここまで来るとわざとだろう。少し可愛らしいが、アリアにそんなのは求めていない。

 と言うか、ヒントが分かりやすい。昨日しか飲んでないものと言えば、蜂蜜酒しかないのだ。 

 

『つまり、『焰蜂亭』の蜂蜜酒を飲めばもとに戻れると』

 

『もしくは、それに含まれている何か、ね』

 

『蜂蜜かアルコールか、それとも隠しで使われている何かか』

 

 そのあたりの判断は今のところできないが、おいおい判明させていけばよいだろう。

 問題を適当に結論付けると、コンコンコンッと三度戸が叩かれた。

 

()()、入っていい?」

 

「いいですよ」

 

 セアじゃないけどね? と心中で呟くが、声には出さない。

 戸を開け、入って来たアイズは、シオンの姿を確認すると、驚いた表情を見せてくれた。

 

「戻れました♪」

 

「そう……おめでとう」

 

 少し残念そうに何故かしているが、どういう訳だろうか。

 

「もう少し触りたかった……」

 

 その答えはアイズが呟いた独り言ですぐにわかったが、そこまで落ち込むほどのものだろうか。

 

「アイズ、あっちの体になる方法には見当を付けているので、そんな人形を捨てられた幼女みたいな顔をしないでください」

 

「私って……幼女に見えるの?」

 

「一見してはそうと言えませんが、深く見ていると時々」

 

 一緒に居ると偶に見かける幼さは、可愛らしさと愛らしさも含まって、年上の彼女が五つは下の女の子に見えてしまうのだ。

 

「さて、私はさっさと着替えますので、アイズは先に上へ行っててください」

 

「分かった」

 

 部屋からアイズが出たのを確認すると、クローゼットに勝手に仕舞った衣服を取り出す。

 髪を纏めている漆黒の長布の結び目を解き、十分良いはずなのに悪く感じてしまう髪を手串で()く。少し絡まっていた髪を整え終えると、その他に身に着けていた物を全て外した。

 着替えに必要な物を取り、素早く着ていく。見てわかるところで言えば、シャツは空色。戦闘衣(バトル・クロス)は純白が大々的に目立つ、紺色のラインが袖などの端に引いてあるローブに肌を広く露出させてしまう短いパン。

 動きやすい服装だが、脚はあまり露出させたくはないので、膝まで届くブーツを履くことによってカバーする。

 因みに、本人は気付いてないが、短パンは女性用(レディース)である。

 刀は『一閃』だけ帯び、漆黒の手袋と腕輪を身に着ける。

 最後に、左眼に眼帯を付けて準備完了だ。

 即座に部屋を出て、階段を駆け上がり、まだ月明かりに照らされる市壁上へと出た。

 

「お待たせしました」

 

「ううん、全然」

 

 一言交わし、胸壁に寄り掛かって座るアイズの隣に腰を下ろす。

 そこで少し物理的な間を作ってしまうのは、勇気が足りないからだろうか。

 手を伸ばせば届く距離、その間を保って西の夜空を眺める。

 夜風が通る音が良く響く程、静かで落ち着いた時間。

 誰かが来るまで一生続いてしまいそうなその時間を、ただ楽しんだ。

 

 

 密かに緩む口元に、二人そろって気づくことなく。 

 

    




 衣服の名称が思い出せない……
 そして、自分でわかっているが、コーディネートのセンスが無い。

 それと、名前出して良いか悪いか判らないので、全ては出せませんが、Yさん、誤字報告本当にありがとうございます。


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告白、それは残酷

  今回の一言
 前話四時間で書けたのに今回六時間かかった……

では。どうぞ
 


 

 軽く小さな足音が、階段の方向から聞こえた。

 その足音は段々と大きくなり、次第に近づいて来る。

 

「来ましたね」

 

「うん。ベル、驚くかな……」

 

「後ろから奇襲して驚かしてやりますよ」

 

 そう言い残し、気配を周囲に紛らわせる。

 階段で足音を響かせている兎は、その数秒後にやって来た。

 

「アイズさん、おはようございます」

 

「うん、おはよう」

 

 来て早々、腰を折って丁寧にあいさつをする兎ことベル。

 その動きを目で追わず、気配だけで判断する。そして、ベルの気配が狙いやすい位置まで移動するのをただ待った。

 アイズと言葉を交わしながら一歩一歩と進み、背を取りやすいところまで来たら、半分抜いていた『一閃』を音を鳴らさずに抜く。

 目視で確認せずに背まで動くと、瞬間行動を起こした。

 

「動くな」

 

「―――ッ!」

 

 『一閃』を首元に添え、ベルが怖がれるくらいの丁度良い殺意を出し、耳元で小さくそう囁いた。

 完全な虚を突いた不意打ち、確実に殺せる攻撃。

 それを行った理由が、驚かしたいというしょうもないもの。やられる側の身にもなるべきだと言うべきだろうが、彼にそう言う人物は一人もいない。

 

「右肘を顎に付けながら、左手で右踵を掴んで、左足だけでしゃがめ」

 

 おふざけついでに、人間ではどう頑張っても無理なことと、普通に難しいことを要求してみる。

 そして何故だろうか、ベルはそれを呑み込もうと、必死に右肘を顎に付けようとしていた。

 

「ぷっ」

 

 無謀な挑戦をしているベルを見ていると、堪え切れなくなった笑いを吹き出してしまった。

 首に添えていた『一閃』を納め、数歩後退しながら、口を手で押さえ笑いを隠そうとする。

 ベルはその時を好機と見たのだろう、腰に携えていた漆黒の短刀(ナイフ)を抜き放ち、即座に振り返って攻撃を仕掛けてきたが、難なく対応。

 笑いながらその攻撃を素手で止めると、始めは込められていた力が、次第に弱くなっていった。

 

「シ、シオン⁉」

 

「気づくのが遅過ぎです」

 

 度重なる予想もしてなかったことに、驚き戸惑い混乱するベル。慌てふためいたその様は、兎が自分を執拗に触ろうとする人間から逃げているときのようだ。

 

「アイズ、大成功です」

 

「うん、大成功っ、だね」

 

 何故かこちらに背を向けるアイズ。その声は途切れ途切れで、肩をわなわなと震わせていた。

 何かと思い見ていると、口を手で押さえていることが分かった。

 

 笑っているのだ。

 

「順調な証拠、ですかね」

 

「何言ってるの? 馬鹿なの? ねぇ馬鹿なんだよね?」

 

「それ以上言うと流石に怒りますよ?」

 

「止めて殺さないで!」

 

 何か酷い扱いを受けた気がするが、まぁ気にしないでおこう。

 

 今はとても、気分が良いのだ。

 

 

   * * *

   

  余談

 

「ねぇシオン、今までどこにいたの?」

 

「この世にはない何処かです」

 

「何言ってんの? あっ! そうだシオン、テランセアさんって、シオンの知り合いなんだよね? どこで知り合ったの?」

 

「え? あー、それは……いろいろあったのですよ。いろいろ」

 

「またはぐらかした。でも、あの人凄い美人さんだったよね、どういう関係なの?」

 

「…………」

 

「え? なんでそこだけ黙るの? ねぇなんで? ちょとシオン⁉」

 

 

   * * *

 

  余談Ⅱ

 

「あぁ⁉ シオン君⁉ 君は一体どこで何をしていたんだい!」

 

「さぁ何でしょうね」

 

「神様、協力してください。シオンがさっきからはぐらかすんです!」

 

「分かったよ、ベル君!」

 

「それで、シオン。テランセアさんとはどういう関係なの!」

 

「ふぇ⁉ そんなことを聞いていたのかい⁉ ボクも気になるけど! さぁ話すんだシオン君!」

 

「……もう面倒ですね。同一人物ですよ同一人物」

 

『は?』

 

  

   * * * 

 

 うららかな陽光が雲に僅かに遮られながらも街を照らし出す今日この頃。彼は治療院の前に居た。

 少しの迷いが残る手で出入り口を空けようとするも、最後の一歩が踏み出せない。

 勇気の無さにはうんざりする。彼は心底そう思っていた。

 

「すみません、そこを通して頂けますかな」

 

「あ、ごめんなさい。どうぞ」

 

 背後から老人がそう声を掛けてきて、反射的に横へずれてしまった。

 老人がここを通るのなら、それを切っ掛けに自分も出入り口から入ればよかったのに。

 

「……あぁ! もどかしい!」

 

 自棄になってしまえば簡単、その一歩は容易く踏み出せた。

 少し荒めに響く鈴の音。誰かが来たことを知らせるその音は、当たり前だが彼がここに来た目的の人物にも聞こえた。

 

「――――――」

 

 彼が足早に一つ目のカウンターの前に立つと、目的の人物である彼女に、ひたすら無言で直視された。

 

「あはは」

 

 それに乾いた笑いを出してしまう。

 気まずい空気が漂い始める中、彼女は突然立ち上がると、無言で彼の手を引きある場所へと無理やり引っ張った。彼もそれに抗うことなく従う。

 されるがままに引っ張られると、ある部屋の前でその足は止まった。

 彼女は鍵を刺し込み、開けると彼を一旦措いて、部屋へと潜りこんでしまった。

 彼の鋭い聴覚と気配探知によって中で何が起きているかはわかってしまうが、目を背けることにする。

 数分経つと、ドアが少し開けられ、そのままにされる。

 入れ、と言うことなのだろう。 

 

「し、失礼します」

 

 冷たい気がしてならない対応に若干の戸惑うが、仕方のないことだろうと割り切る。

 ()()()()部屋の中央に立つ彼女は、ドアに背を向け俯いていた。

 昼なのに窓に付けられたカーテンが閉められ、魔石灯が点けられておらず、部屋は薄闇に満たされている。

 魔石灯を勝手に点けてもいいのだが、態々暗くされているのには何か意味があるのだろうし、今は大きく動くことが憚られた。

 どちらのものか判らない心臓の音が、静かな部屋では耳障りな程聞こえる。

 動かない時がひたすら続いた。

 

「シオン、私の言いたいこと、お分かりですか」

 

 だが、その時に彼女の声が変化を齎した。

 それは問いかけ、分かるはずもない相手のことについての問いかけ。

 勿論彼ことシオンはその問いに答えられず、首を小さく横に振った。

 

「……では、私がどんな気持ちか、お分かりですか?」

 

 やはり分かるはずもないその質問、それにも首を横に振ることで答えた。

 

「……今から、私は自分の気持ちの一端を体現します」

 

 彼女はそう言うと、無駄の少ない動きで振り返りながら右手に拳を作り、その拳を捻りながら彼へ撃った。

 彼はそれを簡単に避けられたし、何なら反撃もできた。

 だが、彼は何もしない。それが何故かは、彼も理解できていない。

 それでも彼は、動かなかった。

 真正面からがら空きの鳩尾に撃ち込まれた拳。Lv.4が本気で撃ったその拳を諸で受けても尚、彼は一歩も動かなかった。

 

「馬鹿っ、馬鹿馬鹿ばかばかっ!」

 

 叫びながらいろいろな感情が入り混じった拳を、ただひたすらにぶつけて来る。

 何度も撃たれる拳を、彼はただ受け止めた。

 次第に拳は赤みを帯びてきて、力も弱くなっていく。だが、ぶつけられる感情は、治まるどころかその量を増すばかり。

 痛ましいまでになっても尚拳を握り、撃ち続ける。

 見かねた彼は、その手を優しく受け止め、包み込んだ。

 

「……私が何を言いたくて、何を思っているか、気づけましたか」

 

 それに、首を横に振った。

 

「なら、どうして止めたのですかっ」

 

「私を殴ってアミッドさんの気が済むのならいくらでもどうぞ。私は痛くもなんともありませんから。ですが、アミッドさん。貴女の体が持ちません。手、痛いでしょう?」

 

「……はい、とても痛いです。人を殴るのは、こんなにも痛いのですね」 

 

 俯いてしゃべる彼女の顔は窺えない。

 だが、声の力の無さ、次第に抜けていく拳の力み。

 そこから彼女がどんなことを思っているのか考えることはできる。でも、彼はそれをしなかった。否、したくなかった。  

 

「アミッドさん、貴女は何を言いたくて、何を思っているのですか?」

 

 優しく、優しいだけの声で、彼は彼女に問い返した。

 

「……怖かったのです」

 

 すると彼女は答えてくれた。足を崩れさせ、震える声で、一生懸命に答えた。

 

「シオンが私の前から居なくなるのが怖かった。シオンが段々普通の人から、人間からかけ離れていくのが怖かった。近くに寄ることすら許されない程、遠くに行かれるのが怖かった。何もできずに、気づいたら見捨てられているかもしれないと、そう思うことが怖かった。怖かった、ただ怖かったのです……」

 

 懺悔するかのように、彼女は自分の気持ちを言葉にして並べていった。

 

「ですから……私は私の為だけに、その恐怖を無くそうとしました」

 

「そうでしたか」

 

 声のトーンを落とし、合いの手を入れる。その声は中々どうして、無感情に近い物だった。

 彼女はそれに気づいたのだろうか、自嘲のように、口元に歪な笑みを作り出した。

 

「その手段の一つが、あの薬です」

 

「危ない薬感がびんびん感じられたあの薬ですか」

 

「ああなってしまったのは仕方ないのです……あの薬が、シオンの性欲を取り戻してくれるはずだったのに。直ぐに失敗を理解しましたよ……ちゃんと即効性にしておいたはずなのに、シオンは性欲魔獣にならなかったのですから……」

 

 さらっと、ありえたかもしれない恐ろしいことを口走る彼女に、冷たい視線を送りそうになったが、そこは自制心で耐える。

 

「知ってましたかシオン、私って最低なのですよ?」

 

「どうでしょうかね」

 

 人間が自分に正直なのは悪いことではない。それが最低かどうかなんて、所詮その人の観点でしかないのだ。

 

「正直なところ、私はあの場でシオンと性交を行い、既成事実でも作ってやろうかと思っていたのです。そうはなりませんでしたが」

 

「何やってるのですかマジで」

 

 そうならなくてよかったと本気で思った。あの場でそんなことが起きていれば、風評被害だけでは済まず、いろいろなものを確実に失っていた。

 

「私は、恐怖を無くすため、シオンを独占しようとしました。その結果が、最高潮の恐怖の海と、人生最大の後悔の嵐。置手紙が無かったら、どうなってたでしょうね」

 

「あ、そうです。あの薬は作ったのですか?」

 

「全く同じ製法の物を二本、用意はしてあります。役に、立てますか?」

 

「ええ、あの薬は効果は違いましたけど、結構凄い薬ですよ。売ったりしてはいけませんからね」 

 

「勿論です」

    

 確かな意志をもって彼女はそう言った。彼女は本当に何によって動いているのだろうか。

 

「ねぇシオン、そろそろ、私が何を思っているか、何を言いたいか、分かりましたか?」

 

「……わかりませんね」

 

 本当は気付いている。でもそれからは目を背けてしまう。

 知りたくも無い現実は、存在するものだ。

 

「いじわる」

 

 そんなことを言われたが、別に気にしたりはしない。

 

「ではもう私から言いますよ……シオン」

 

「はい、何でしょうか」

 

 暗く淀んだ笑みを浮かべながら、彼女は顔を上げ、シオンを見た。

 

「私は貴方の近くにずっといたいです。どんな方法を使っても、どんな苦難があろうと、私は貴方の隣に立ちたいです」

 

「はい」

 

「私の気持ちと言うのは、ただの恋心。儚く終わってしまわないように必死で足掻く、小さな思いです」  

 

 彼女は知っている、彼女は理解している。

 それがどんなに頑張っても、届くことの無いものだと。

 

「そして私の言いたいこと、それは―――」

 

 彼女は一度口を(つぐ)んだ、でもそれは一瞬。

 

「―――――身勝手ですけど、私を選んでくれますか?」

 

 黒く淀んでいた笑みは、儚く消える雪のような清々しい笑みへ変貌した。

 その笑みの隙間を流れる、細く濁ってしまった筋。

 いらぬ罪悪感が募る、心臓が握られた時のように苦しい。 

 だが、言わなくてはならない。七年前から定めた答えを。

 

「……ごめんなさい。貴女を選ぶことは、私にはできません」

 

 彼女の顔を見ることが出来ない。目を顔ごと逸らしてしまった。だが、残酷なことに、鍛えられて広くなった視野は、彼女の顔をはっきりととらえていた。

 だからこそ、不思議に思えた。

 

「ありがとうございます。そう言って頂いて」

 

 彼女が今までに見せたことの無い程、淀みなく済んだ表情をして、お礼を述べたことに。

 

「それは……どういう……」

 

「それではシオン……これがその二本の薬です。どうぞ、持っていてください。さっ、早く帰ってください。私は仕事があるんですっ。それでは、シオン。また今度っ」

 

 聞こうとするも、いきなり彼女が立ち上がって赤紫色の薬を二本押し付け、背を押してドアの外まで押しやられてしまった。

 いつもの冷静さとは全く違ったその行いに、動揺を隠せず少し呆然としていると、気づいた。

 

 ドア一つ隔てた向こう側、そこから漏れでる声は、嗚咽。

 微かに聞こえるだけのそれは、耳にこびりついて離れず、煩わしい。

 

「――――なんで、こんなに痛むのでしょうかね」

 

 彼は引きちぎってしまうのではないかと言う程力を込めて、自分の胸を掴んだ。

 痛むはずのその胸は、掴んだのとは別の、歪に突き刺さり離れない痛みが募る。

 

 吐き気を催すほどの気持ち悪さは、消えることなく纏わり続けた。

 

 

  

   

 



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私、それは狂気

  今回の一言
 あはは、どうしてこうなった。

では、どうぞ


 

 胸が『痛い』、蝕むように苛み、締め付けるように纏わり憑くその『痛み』は、依然薄れることを知らない。

 外傷内傷共に受けていない。体には何一つ異常なんてなかった。

 それは体の一部なのだろうか、だとしてそれは胸の中にあるのだろうか。

 『痛み』の根本、それは心。

 今私の心はどうなっているのだろうか。荒れているだろうか、静寂に包まれているのだろうか、何もかもが崩れているのだろうか。

 そんなことは、正直どうでも良い。

 どうしてこんなに『痛い』のか、どうしてこんなに苦しいのか。

 分からない、分からない。

 さっきからずっと『痛い』のだ、アミッドさんを切り捨ててから、彼女の嗚咽を聞いてから、彼女がかみ殺していた叫び声を、悲惨な小さき悲鳴を聞いてから。

 暗い部屋、ただ一人で考えていた。この『痛み』はどうしたら消えてくれるのか。

 いつから『痛い』かは分かる、でも何故『痛い』かが全く分からない。

 教えてくれる精霊(ヒト)はいる。でも、頼りたくなかった。

 これは自分一人で解決すべき問題だと、勝手な強迫観念に囚われている。

 自分が分かる限りのことを、自分でできる限りの思考を総動員してひたすら考える。

 でも、その『痛み』が何なのか、分かることは無かった。

 

 

 いたずらに過ぎてゆくだけの時間は、私の記憶と心に、『痛み』として刻まれた。

 

 

「チッ、なんなんだよ……」

 

 似つかわしくない彼本来の口調、それが示すのは怒り。

 何についてなのか、それは本人でも気づいていない。

 その悪態は、暗い部屋の陰へと消えていった。

 

 

   * * * 

 

 何一つ分からないことは、先程から感じている焦燥感に拍車を掛け、『痛み』と相俟(あいま)って最悪の気分となっていた。

 握っていた胸には、くっきりと残った手の痕と、果てに抉れた肉、そこから流れる血で惨状と化していた。

 握っていた手も、それ相応の惨状となっていて、指先は割れ、爪は砕かれるか剥がれ、隙間が無くなる程一色に染まっていた。

 いろいろな意味で、最悪の状態。今一人でいられることが本当に幸いした。

 

 のっそりとした動作で、階段を一段一段と上っていく。

 気付くと天井が消えていて、代わりとして黒雲が支配する夜天が広がった。

 その黒雲からは、誰かの気持ちが代替したかのように大粒の雫が降り注ぐ。

 その雫は、昂った感情と憤った気持ち、そして燃え盛る思考を洗い流し、冷ましていく。

 焦燥感は薄れていく、対し『痛み』は弱まらず、薄れない。

 無意識のうちに、また、引っ切り無しに胸を握りそうになった。 

 だが、今握っているのは、胸ではなく(つか)

 腰の一刀にしがみつく手は、一体どんな感情が籠っていたのだろうか。

 あるいは、何も籠っていなかったのだろうか。

 その答えは知らないし知る由もない。

 ただ、腰に携えた刀は鞘から解き放たれた。

 呪いが体内を通い、自然傷を修復していく。

 だが彼は、それを待たずに刀を振った。

 振った、振った、振った、振った、振った。ひたすら振った。

 それは次第に勢いを増し、空気を斬り、風を斬り、届いてないはずの地面を斬った。

 激しさを増す刃、その刃には一体何の意味があるのだろうか。

 でも、その意味の無さは、今の彼には救いに等しい。

 意味の無いことに意味がある。意味がなければ何もない。

 彼は何も考えずに、ただ斬るだけで済んだ。

 『痛み』も悲しみも苦しみも、何故か感じる恐怖さえも。

 全てが全て、振るわれる刀に斬られるかの如く消えていった。

 

―――自分の口が、歪に歪むのを自覚しながら、ただ斬り続けた。

 

 ただ彼は気付かない、自分の頬を滴る、自らが出した濁る粒に。

 

   

   * * *

 

 気づけば、降りしきる大粒の雫は諦めたかのように去っており、私は独り取り残されたまま斬り続けていた。

 空を(おお)いし黒雲は、慰めとばかりに隠していた光を露わにして、執拗なまでに、醜き私を照らし出しす。

 射し込む光は陽光、残酷なまでに眩しい槍のような光。

 その光は、私の周りを照らし出していた。

 廃れていても強度は十分だったはずの市壁上。そこは無数の斬痕(ざんこん)が重なり合っており、綺麗な切断面から反動だけでできた歪な破断面まで様々に及んだ。

 ボロボロにしてしまった市壁上。今誰かが近づいて来てら、無意識のうちに刻んでしまいそうだ。

 気付いたらこうなっていた、加減を大きく誤ったのだろう。  

 

「ねぇ、シオン」

 

 明瞭な意識を取り戻し、やはり止められない刀で周りを刻みながら自己判断を行っていると、ふとそこに自分の名を呼ぶ声が掛けられた。

 不覚にも、誰かが近づいてきたことに気づいていなかったらしい。

 声のした方向、市壁内部の階段へと続く道には、一人の少女が、様々な感情が重なり顰めてしまった端正な顔でこちらを見て立っていた。  

 それが誰かを理解すると、何故か胸の『痛み』、複雑な(わだかま)りが再度襲ってきた。

 自棄なのか、自分でも分からない。刀を振る力が増している。

 すると段々楽になった、何も考えない心が落ち着く。

 結局、ただひたすらに振り、ただひたすらに斬っていた。

 

「……シオン、どうして、そんなに悲しそうなの?」

 

 その問いは聞こえている、でも、応えられない。

 

「……シオン、どうして、そんなに濁った剣技を使うの?」

 

 ほんの僅かに切っ先がズレた、お陰で加減を誤ってしまい、意図せずとも多くを斬ってしまう。 

  

「……シオン、どうして、そんなに逃げちゃうの?」

 

 彼女が嘆くように、擦れるような声でそう呟いた。

 一体、私が何から逃げているのだろうか、私はただ斬っているだけだ。

 ただ、現実を斬っているだけだ。

 

 

―――――それを、逃げていると言うんじゃないの?

 

 

 不意に、脳裏がそんな言葉の通行を許した。

 精密さを大きく失うことの無かった斬撃は、初めて目に見えて狂い、剣士の恥と言えようか、刀が前方の地面に大きく斬痕を残しながら食い込んでしまった。

 斬り裂き続けた斬撃はその効力を失い、私のいらぬものを斬らなくなってしまった。

 必然的に、『痛み』が私を襲う。

 一層増した『痛み』。無性に感じる苦しみ、気持ちの悪い訳の分からない感情がただひたすらに、蝕み、苛み、逃げてしまいたいくらいに私を虐めぬく。

 嫌だ、嫌だいやだイヤだ。

 次第に湧いて来る嫌悪感、でもそれは殺すことなく増長させる。

 気持ち悪い、体内全てが煮えくり返る方が全然楽だ。

 痛みで『痛み』を消そうと自傷する。全てを塗りつぶしてやろうと痛みを味わう。

 狂っているとしか思えない行動、我ながら常軌を逸している。

 奇行に及んでいる私を見て、彼女はどう思うのだろうか。

 嫌われてしまうのだろうか、他人として扱われるようになってしまうのだろうか。

 でも、それは何故かこの『痛み』を消してくれそうな気がした。

 

 いいかも、しれないな。  

 

 

 

―――――本当に、それでいいの?

 

 

 

 またもや、脳裏に言葉が過ぎった。

 はっと、自分の考えていたことの愚かしさ、それに気づかされる。

 この声が何か、どうでも良い。自分の愚考、自分自身で自分の生きている意味のようなものまでも切り捨てようとしたのだ。

 そのことは、何よりも私を追い込んだ。  

 

「なんなんだよ……畜生……」

 

 地面に生えた刀に体重をかけ、額を(かしら)に乗せて、自然と自らの後悔を体現していた。

 たった一つ、様々な事が関わっただけのたった一つの出来事で、どうしてここまで追い込まれなくてはならないのだろうか。どうしてここまで苦しまなければならないのか。

 私が一体何をしたと言うのだろうか、ただ、自分に正直に生きていただけのだ。

 なのに……どうして。

 堂々巡りのようにその疑問は、望まなくとも反芻した。

 

 ふとそこに、温かく、柔らかく、包み込まれる温もりが割り込んだ。 

 何だろうか、わからない。でも、落ち着く。

 (いばら)に縛られたような心は、ぽろりぽろりと荊だけが枯れてゆく。

 安らかなそれは、心地よいなどと生ぬるい表現はできなかった。

 聖母のような、慈愛に満ち足りた者の抱擁とは、こういったものなのだろうか。

 無意識のうちに手が動き、その安らぎから離れたくなくて、勝手ながらも掴み、抱き寄せてしまった。

 それはまるで、母から離れたくない我が儘な子のよう。

 

「何があったか、話してくれる?」

 

 耳元に、そっと優しく囁かた。

 耳をくすぐる声、そっと耳を撫でるか細い風。 

 一つ一つが落ち着かせ、一つ一つが安らぎを齎してくれる、

 それは心を解し、追い詰められていた精神までも解してくれた。

 

「……いつのことから、話せばよいのでしょうかね」

 

 なので、しっかりと応えられた。意志をもって、『痛み』に真っ向から抗えた。

 

「じゃあ、はじめから」 

 

 弱々しい私の言葉に、彼女はやさしく()()()()、そう答えた。

 それが、私に冷静さを取り戻してくれたのかもしれない。

 

 そこから暫く、私は彼女に語っていた。

 勝手な私の、人生を。

 

 

   * * *

  

 私が彼女にどう自分の人生を伝えたか、正直言うと憶えていない。 

 冷静だった頭も、いつの間にかいらぬ熱を帯びていたのだろう。

 なので、詳しくは語れないが、不思議と憶えていることだけはある。

 

『罪悪感、じゃないかな。シオンはとっても優しいから、気にしちゃうの。そして、全部自分のせいだと思ってる……のかな。それはシオンのせいじゃない、悪いのは……私かな』

 

 彼女はそういっていた。私が感じているのは罪悪感だと、そして、悪いのは全て自分だと。

 

「……思ってみれば、そうかもしれませんね」

 

 彼女が悪い、と言うのは理解しかねるし、賛同などできようもないが。それ以外なら、なんとなくの心当たりもあれば、思い当たる節も在る。 

 

「案外、簡単な理由だったんですね……」

 

 今はもう、心に余裕ができて、冷静さを保っている。

 不安定な状態でもない、勿論、自傷なんてもうしていない。 

 着ていた服は今見ても本当に酷い、これを自分でやったのだと分かっているから、自分異常さにはとことん嫌になる。

 でも、今は問題ない。

 追い詰められてもいない、『痛み』も感じない。

 嫌々いっても消えてくれないほど強く私に刻まれてしまったが、それは一つの経験として大切にしよう、

 

 目を瞑り、漸くできるようになった自分の整理を行った。

 独りだけいるボロボロの市壁上。ただじぃーと整理していた。 

 

『答えは出せたかしら』

 

 ふとそこに、脳内に響く一つの声が割り込む。

 

『出せた、のでしょかね。何とも言えません。ですが、整理はつきました』 

 

『そう、ならいいわ。それと、できればの話なのだけれど、あまり荒れないでね?』

 

『というと?』

 

『貴方はとっても不安定なの。それの大半を保っているのが私。貴方が荒れるとそれだけ私が大変なのよ』

 

 と、さらっと初耳のことを言うアリア。しかもまた、かなり重要なこと。

 

『……ありがとうございます、といえばいいのでしょうかね。今までそれを言わなかったことは措いておいて』

 

『いいのよ、好きでやっていることなのだから』

 

 本当にそうなのだろうから何とも言い難いものを感じてしまう。彼女の目的が何で、何故彼女がそこまで私に拘るかは知る由もないが、こういうところは本当にありがたいし、助かっている。

 

「一日、ここにいたのでしょうかね……」

 

『感心したわよ? 休みもせずに全力で振るい続けていたのだから。貴方の人外っぷりは私が保証するわ』

 

『それも、大半は貴女のおかげなのでしょう? アリア』

 

 そんなの保証されても正直嬉しくないのだが、さっき言ったことが本当ならば、それもアリアのおかげということになる。というか、私ができることの大半が彼女のおかげになってしまう。

 なんともまぁ、難儀なものだ。

 

『ええ、勿論その通りよ。褒めてくれてもいいのだけれど』

 

『はいはい、ありがとうございます。上から目線が少しばかり頭にきますが、寛大な私は許してあげましょう』 

 

 目には目を、上から目線には更なる上から目線を。

 ちょっとした仕返しだが、その程度で怒る程アリアは小さくはない、はずだ。

 

『それはそれとして、早く帰った方が良いと思うわよ?』

 

『いきなりどうして?』

 

『アレ、見られてたわよ』

 

 何が、誰に、何を。そんなの言われなくても分かった。

 即座に顔を蒼白に変え、飛び込むように階段に突っ込んで、途中で部屋から置いてある荷物を全て持って、廃教会まで、出せる全力で走った。

 (むな)しく(むな)しい言い訳を考えながら。

 

 



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成長、それは戦闘

  今回の一言
 次回は絶対時間かかる!

では、どうぞ



 ホームについて、ようやく思い出す。

 ヘスティアとベルが、今時ホームを留守にしていることに。

 

「急いだ意味無かった……」

 

 持っていた結構量の荷物を置いて、一息吐く。

 とりあえず荷物一式を仕舞い、中に入っている私服等必要な物を取り出す。

 服は通気性が良く、薄手で、伸縮性も戦闘衣(バトル・クロス)程ではないにしろ良い。

 デザインは主体的な一色に何かしらの装飾が過度にならなように付けられた程度。

 私の私服は大体がそのような系統の簡単なものだ。

 汚れている戦闘衣(バトル・クロス)諸々を脱衣所で脱ぎ、優秀な洗剤を数滴混ぜた水の入った桶にそれらを浸しておく。 

 

 因みに、優秀な洗剤と言うのは、潔癖症冒険者御用達の『血などの汚れはこれ一つで簡単に消える!』という長文が商品名の【万能者(ペルセウス)】作成の日用道具(アイテム)である。

 ただし、効果が強すぎるため少し間違えれば悲惨なことになる。

 

 すべて脱いで再確認するが、やはり体には傷一つ無い。

 指も驚くほど肌理(きめ)細やかで、手入れなど全くしていないのにこうなっているのは、吸血鬼化が原因か、将又精霊さんの影響か。正直どっちでも良いのだが。

 だが、やはり固まって浅黒く変色した血は肌にこびり付き、胸周辺は特に酷い。そこを中心に体が無性に痒い。

 さっきまではそうでもなかったのだが、実物を見て理解したため痒いと思う気持ちが自覚できる程になった、というわけか。

 堪える、ビリッと一気に剥した痛み。面倒でもゆっくりやるべきだった。

 痛みごと洗い流すかのようにシャワーから出るお湯を頭から浴び、所々に残る凝固した血を優しく慎重に剥していく。

 さっさと終わらせたところで、今度は髪だ。

 人それぞれで洗い始める場所が異なるらしいが、私は髪の毛から洗う。

 まあそんなことはどうでも良いか。

 ささっと丁寧かつ念入りに洗い終え、全身もくまなく洗っておく。

 そんなこんなで洗い終え、浴槽には浸からず脱衣所へ戻った。

 

 目に入った桶では、汚れが浮かび上がって溶けているのが見えて、そこに浸けておいた衣服を全て取り出してから絞り、ある程度の水気は飛ばしてから物干しに掛ける。

 天井から吊るされた二本の棒に(くく)り付けられた物干し棒は、更に近くに一本天井から垂れている棒があり、それは刀を括り付けられるように形状が整えられている。

 そこには『紅蓮』が丁度よく付けられ、水気を()で飛ばせるようにしているのだ。

 

 セッティングを終えると、さっさと着替えて髪の水気をタオルと風でふき取り、飛ばす。髪の毛をずっと濡らしているのは、なんというか気持ち悪いのだ。

 

 もう乾いた衣服を取って、脱衣所を後にした。

 洗い乾かし終えた衣服は全て金庫に仕舞い、ふぅ、と一息吐いていつもは座らないソファに座り込んだ。

 すると、そこで()し掛かるような重みに襲われる。

 知らぬ間に疲れていたのだろうか。思えば、何があっても一日中刀を振り続けたことなどなかった。予想より遥かに疲れるものだ。

 今日はこのまま休もうか、また明日頑張ればいい。

 昨日続けで疲れているのだ、少しくらい休んだところで、誰から咎められるいわれは無い。

 

 ゆったりと滑り込んできた眠気に抗わず、流されるように意識は彼方へ飛んだ。

 

 

   * * *

 

 何かに触られそうな気配を感じたのだろう。半覚醒状態のままその気配を掴み、不確定だが足元へ押し付け首と思われる位置にあるはずの頸静脈に手刀を添える。

 更に手首、両足首を押さえつけ、結果的に上に乗っかり完全拘束となった。

 驚いたような声が聞こえた、だがその状態は崩さない。

 半覚醒でぼやけた視界は、徐々に覚醒していくことで目の前の影を明瞭なものへと変えていった。

  

「あ……」

 

「……そろそろ放してもらえるかい、シオン君」

 

 手刀を崩し、やってしまった感の見える足取りで数歩下がる。

 完全拘束から解放されたことに安堵したように溜め息を吐く彼女も立ち上がり、どこか同情心が籠った目をシオンへ向けた。 

 

「おい、なんだその目は」

 

「口調替わってるぜ、シオン君。まぁ、その、なんだろうね。聞かないでおくよ」

 

 目には更に哀れみまでもが籠められ、憐憫(れんびん)を露わにしている所為で無性に感じるこの感情は―――ああそうか、あれだ。

 

「ヘスティア様、ちょっとイラついたので一発殴っていいですか?」

 

「ちょ、拳を引き絞りながら言わないでおくれっ、死ぬ、死ぬからっ」

 

「シオン、いくら何でも神様を殴るのは良くないよ。……何があったかは僕も聞かないからさ、ね?」

 

「ベル、……貴方は本心から何の疑いも無く親切心で言っているのですからヘスティア様より倍以上性質(たち)が悪いですね」

 

 ベルには悪意というものが存在しないといっても良いし、人に悪意があること自体も知らないかのような人間だ。その分、人を疑ったりしないし人に対して悪意などの負の感情を向けることも無い。

 よって、今向けられている本物の心配と憐憫の感情はヘスティア様と違って一部の悪感情も孕んでいない。

 こういうものは、何も言い返せなくなるのだ。本当に性質が悪い。

 

「で、ヘスティア様、さっきまでのことは措いておき、何故私を起こそうと?」

 

「あ、それはね―――」

 

 きゅるぅと音がヘスティアの言葉を遮った。苦笑する彼女は『こういうことさ』と目で伝えてきて、言葉の代りに鳴った音の意味から察する。

 つまり言うと、こういうことだ。

 

「――――作りますから準備してください」

 

「わーい! 三日ぶりのシオン君のご飯だぞー! やったな、ベル君!」

 

「はい! 最近食事が味気なくてどうしようかって本当に迷ってたんですよ!」

 

 一気にテンションが上がる二人を、暖かな緑の目と()め切った布下の金色の目が眺める。その温度差には自分でも驚くが、今はどうでも良いことだ。

 

「テンション高い、そして煩い。口を動かすのは噛むときだけにしてください」

 

 とりあえず二人を黙らせ、早々に料理を作ることにした。

 まぁ、作る料理はいつもと同じで手を抜いてるけどね?

 

 

   * * *

 

「あ、そうだシオン君、ベル君。今日にでも【ステイタス】を更新しておくかい?」

 

「僕は明日でいいですよ、シオンは?」 

 

「では、済ませておきましょう。かなり溜まっていると思うので」

 

「また異常なスキルとか発現したりしないよね?」

 

「今回は無いと思いますよ。何もしてませんから」

 

「じゃ、早速――――――――」

 

 

 

 

 

 

「―――――――どうしてこうなった」

 

「いい顔ですね。で、どれ程の異常が?」

 

「自分で見ておくれ……」

 

  

  シオン・クラネル

 Lv.2

 力:I 0→Z 8659

耐久:I 0→Z 7168

器用:I 0→Z 12058

敏捷:I 0→Z 9275

魔力:I 0→Z 6371

 

【鬼化】I

 

 《魔法》

【エアリアル】

付与魔法(エンチャント)

・風属性

・詠唱式【目覚めよ(テンペスト)

 《スキル》

乱舞剣心一体(ダンシング・スパーダ・ディアミス)

・剣、刀を持つことで発動

・敏捷と器用に高補正

・剣、刀を二本持つことで多重補正

一途(スタフェル)

・早熟する

・憧憬との繋がりがある限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果上昇  

接続(テレパシー)

・干渉する

・効果範囲は集中力に依存

・相互接続可能

 

 

「これは……とうとう完全にニンゲン卒業ですかね」

 

「それ、ただ事じゃすまないよ……」

 

 

   * * *

 

 ルンルンの気持ちで屋根伝いに移動していく。

 異常に軽い体、少し間違えば町破壊になりかねない脚力、重さを全くと言っていいほど感じない。

 朝の内に全力で走ってみたが、オラリオ市壁沿いの侵入可能区域を一時間で約三周できた。自分の行いながら末恐ろしい。

 というか、それで息も上がらない自分が更に恐ろしい。

 今の自分の【ステイタス】は、【ランクアップ】の潜在能力増強(ポテンシャルアップ)を考慮してもLv.7、つまりはあの【猛者(おうじゃ)】と同等と思われる。

 

 今闘ったら、勝てるだろうか。

 

 そんな考えが過ぎった。領域は違えど同等の能力、いつほどか前のときとは違って、【ステイタス】差の不利(ハンデ)は無いと言っていい。

 私は超人レベルの剣技を扱えることを自負している。そのお陰で一刀加えられたのだ、ある程度の信頼を剣技に寄せている。といっても、私の信頼が信頼と呼べるかどうかは措いといて。

 【猛者】は私に剣技を見せていない。正直言ってしまうと実力不明、ただ頂上的な力を持つということだけが解っているに過ぎない。

 つまり、戦った場合勝負の分かれ目は剣技。

 どれだけ鋭いか、どれだけ洗練されているか、それだけ斬れるか。

 剣技とは何か一概に言えないが、斬るためのものという確定的な事実以外何とも言えないもので決まると言うのは、実に難しい勝負だ。

 極論、殺すか死ぬかの勝負になるだろう。

 

「はっ、こんなこと考えても意味は無いのですけどね」

 

 そう吐き捨て、意味の持たなかった思考を放棄する。

 既に足は中央広場(セントラルパーク)を越えており、一階層へ潜る螺旋階段は安定のショートカットでやり過ごした。

 漆黒のローブが風に音無く靡き、背を含め携えられた五刀が元気よく気配を揺らす。

 見かけたゴブリンは漆黒の手袋をはいた右手に跡形もなく消し飛ばされ、特注である光沢をもった茶褐色の靴は可笑しい程飛ぶ血を蹴った圧で飛ばしていた。

 そのお陰か、ローブの下に着る霞がかった淡黒(あわぐろ)の長袖と濃紺(のうこん)の長ズボンの戦闘衣(バトル・クロス)は一切汚れが見受けられない。

 

「そういえば、今日は【ロキ・ファミリア】が遠征でしたね……」

 

 ふと思い出したことが口に出た。

 軽く通り越した中央広場(セントラルパーク)には、何かを待つように立ち止まる一般人が点々と見受けられた。【ロキ・ファミリア】は流石都市最大派閥の片翼と言えようか、絶大な人気を誇っているのだ。良い意味でも悪い意味でも。

 つまるところ、【ロキ・ファミリア】のファンがこぞって遠征の見送りをしようと思ったのだろう。

 私もそれに参加したいが、アイズ以外の【ロキ・ファミリア】とは今現在関わり合いたくない。あれだ、何言われるか分かったもんじゃない。特にレフィーヤと駄犬あたりから。

 

「別に問題ないとは言いましたが……本当にどうしましょうかね……」

 

 今後関わっていく上で、この問題はかなり重要だ。

 真剣に検討しようか、今度な。

 

「今日はとりあえず気晴らし。狩るぞー!」

 

『おー!』

 

『貴方は狩れないでしょう』

 

『風で国一つを滅ぼすことくらいはできるのよ?』

 

『末恐ろしいなおい』   

 

『ちょー怖いのよ』

  

 気軽に割り込んで、できてしまいそうで更に怖いことをさらっとを口にする彼女は、やはり最近口調がおかしい気がする。 

 今心の中でふざけた笑いを浮かべてそうな彼女が、続けて口にする。

 

『でも、ここあたりじゃ狩りは無理そうよ』

 

『そんなことは気付いていますよ――――――どうしてこうなったのやら』

 

 今は七階層。上層だと言うことも踏まえても遭遇率(エンカウント)が低すぎぎる。

 本来ありえない静寂、人払いがされたかのように感じない人間の気配。

 

「さっさと下に行きますか」 

 

 とはいったが、別に走るわけでは無い。

 一応最大限の注意は払う、いくら【ステイタス】が上がったとはいえ、それによって慢心する気はもうない。それで前は負けたのだ。自分の力にはもう溺れないと決めたのだ。

 空振りに終わるならそれはそれでよし、何か起きたのなら―――真っ向から叩き潰すまでだ。

 

 落とした進行速度で七階層、八階層と下りて行き、九階層へ潜れる階段へ差し掛かった時に気づいた。

 先程までとは異なった、異様な静けさが立ち込めていることに。

 

「――――――」

 

 息を殺し、気配を完全に紛らわせ、警戒心を()()()。だが警戒は続ける。

 視界を消し、だが周囲は残すことなく捉える。緊張感も張り詰めたものでは無く和やかなものに。

 完全に周囲と同調させ、自分さえも自分の存在が分からなくなる程になる。

 これは、暗殺の技術。お祖父さんから教わった、使いどころを考える必要のある最高にして最低(外道)の技。 周囲と同化した無が感じる流れに抗うことなく進む。

 その流れが行き着く先、そこが恐らく今の状態の原因。

 厄介ごとであることは確かだろう。だが、何故か首をつっこみたくなった。

 いくつもの因子(ファクター)が集合した結果がこれなのだろう。自分で深く追求する気にはなれない。

 ゆっくりと着実に流れて、辿り着いた岸はルーム。

 そこの中央には、悠然と仁王で立つ一人の見るからに獰猛な猪。

 見た目は大剣のプロテクターなどの最小限の軽装。だが、そのあからさまな強靭(きょうじん)さを誇る肉体は、それ自体が金属鎧と等しい。

 2Mを超すその巨躯は、それ相応しいものを持っていた。

 気配は感じ取り難い、ここは慣れの差だろうか、私の方が隠密(ステルス)隠蔽(ハイド)も技術的には上だ。

 相手は恐らく私に気づいていない。今攻撃すれば相手がそれを防ぐのは容易ではなかろう。

 簡単にことはそれで終わる、でも、そうしたくはなかった。

 隠密(ステルス)を止め、自分言う存在を取り戻す感覚に見舞われる。

 すると、前方に佇む猪が、視線をこちらへ向けて、微かに口元の形を変えた。

 

「まだ未熟だな、気づけなかったぞ。久しいな、シオン・クラネル」

 

「気づいてたら本当にどうしようもなく私は死んでいたでしょうね。【猛者】」

 

 自然と圧が込められている言葉をぶつけ合い、互いが互いを本当の意味で認識し合う。

 

「貴方がダンジョンに潜るとは珍しいですね。Lv.7ともなれば、こんな浅層に留まる意味などないでしょうに」

 

「少しばかり用があったのでな。それと、ここらに居ればいずれ貴様とも出会えると思ったのでな」

 

 ゆったりと、背の一刀の大剣が握られた。それに同調するかの如く背の刀が握られる。

 

()る気で漲ってますね」

 

「少しばかり楽しみにしていたのでな。多少は気が上がる」

 

 互い見合い、不可視の『力』がぶつかり合う中、二人の気配は風に揺れ、一触即発の空気がルーム内に漂い始めた。

 何かの拍子で何かが起こる、だが何かは全くの不明。

 だが、それはふとした拍子に訪れた。

 

 コトッ、と掛けたダンジョンの石、それすら彼らには起爆剤となった。

 刹那、爆弾を遥かに超す暴風と波動が地を揺らし、二刀の刃が衝突した。

 

 挨拶代わりのその一刀は、どんな結果を齎したのだろうか。

 

 

 



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勝敗、それは闘争

  今回の一言
 独自設定発動!

では、どうぞ


「うわぁっ」

 

「な、何ですか⁉」

 

 リリから嫌な予感がすると言われ、進行速度を少し落としながらも進んでいたところ、リリの嫌な予感というものが的中したのだろうか、地面が、ダンジョンが大きく揺れた。

 その揺れは不意だったことも相俟(あいま)って、思わず尻餅をついてしまう。

 

「ベル様、大丈夫ですか⁉」

 

「う、うん。びっくりしちゃって……でも、今のなんだろ」

 

 ダンジョンが大きく揺れることなど、そうあること――――シオンがつい先日盛大に揺らしたことは別として――――ではない。

 いや、逆に考えれば……

 

「はは、ありえるかも……」

 

「?」

 

 つい呟いてしまい小首を傾げられたが、シオンが原因なら言う程の事でも無いだろう。

 

「じゃあリリ、もっと進もうか」

 

「はい、ベル様!」

 

 一度止まった進行を再開し、今度は先程よりかは足取りが軽い。

 その所為か、注意すれば気づけたであろうことが、全くの無反応になってしまった。

 

「ガハァッ」

 

 音なく訪れた衝撃が僕の体を軽々と浮かせ、瞬時、風切る音と凄まじい衝撃が順に僕に届いた。

 幸い、ライトアーマーのお陰である程度のダメージは消せた。まだ動くことはできる。代償として腕のプロテクター以外は木端微塵(こっぱみじん)に砕け、意識が混濁するような痛みに襲われたが。  

 

「ベルさ――――!」

 

 途切れてしまった甲高い叫び声が意識を現実に定着させてくれた。

 同時に走り出して、本当にギリギリだった。吹き飛ぶリリを何とか捕まえることが出来たのは。

 だけど、僕はシオンみたいに空中で衝撃を殺す事なんてできない。

 石ころのように簡単に飛んでいく中、できたことなんて全身でリリを守ることくらいだった。

 やはり襲われる衝撃、音にすらならない悲鳴が喉で詰まり、腕からころりと、意識を失って目を閉じるリリが(こぼ)れ落ちてしまった。

 

 何が起きたか、正直わかっていない。反射的に体が動かせただけ。

 再度揺れたダンジョン、それは目の前に居た濁った血のような皮膚を全身に持ち、前のめりで僕を見据える()()()()()()に竦んでいる僕の心境を現しているかのようだった。

 

「――――」

 

 静かに、そのミノタウロスは持っている血塗れた大剣を揺らめかせた。

 僕の感じるあらゆるものが全力で叫んでいる、死ぬ、と。

 本能が、逃げろ、避けろ、戦うな。その三点を繰り返し(わめ)き始めた。

 だが、理性はそれを決して許さず、僕はその場から安易に動けなかった。

 無防備な彼女が後ろにいることが、絶対的な理由となったが。

 抱えて逃げることはできるだろうか―――いや、無理だ。追い付かれる。

 殿(しんがり)となってリリだけでも逃がそうか―――いや、リリがすぐに起きるとは限らない。

 誰かが助けに来るのを待とうか―――【ロキ・ファミリア】の遠征もあるし、現実的。

 

 それがいいかもしれない。

 

 ふとそう思ったが、その考えは即座に捨てることになった。

 蘇るのは一月ほど前の記憶、憧憬(あの人)と出会ったあの日。

 体を竦ませていた恐怖が取り払われ、新たな恐怖が生まれた。

 言いようのない、意地のような恐怖。自分の弱さから引き起こされた虚弱であり軟弱であり脆弱でもある愚かしい僕の、小さな意地。

 

 だけど、その小さな意地でこそが、僕の体を動かしてくれた。

 試しているのか、見計らったようなタイミングでミノタウロスが急接近を図った。リリを抱えて横に全力で飛び、通路に近い場所へその勢いのまま投げた。

 

「ごめん、リリ」

 

 口から出た小さな謝罪は意味をなさない。謝ったところでリリは地面に擦られ傷つくし、彼女がすぐに逃げてくれるわけでは無い。

 また、ダンジョンが揺れた。 

 僕はそれを開戦の印として、腰と腕に持つ二刀を構えた。

 獰猛だと言うことを象徴するかのように、大きな歯を見せ汚らしく唾液を垂らしている猛牛は、それと共に咆哮を高らかに上げる。

 この戦場でもまた、遅れて刃を交えられた。

 

 

   * * *

 

 遠征隊は、長期にわたり深層まで潜る分それ相応の人数になる。

 周りの冒険者への配慮も踏まえて、仕方なく隊を二つに分け、十八階層で合流する手はずとなっていた。 

 先行部隊である精鋭組とそれに準ずる強力な冒険者の中に、私はいた。

 

「痒いな」

 

「やはり何か感じるか」

 

 緊張感が多少緩んでいる気がする中、二人は短い言葉で会話を成立させていた。

 だが、その程度の会話なら、私たちは誰でも成立する。

 

「いつもよりモンスターが少ない。何か……迷宮の異変(イレギュラー)でも起きないといいんだけど」 

 

「そうだな……」 

 

 微動だにしないほどよい緊張を保つ二人は、気など全く緩めていない様子。

 着々とその状態で進んで行くと、ふと、体内から熱がこみ上げて来る感覚。

 同時に見える、金色の髪の毛のような糸。それは地面へと向かい、埋まるように通っていた。

 それを目で追っていると、この状況だ、何か異変でも感じ取ったとでも思われたのだろう。

 

「アイズ、どうした」

 

「ううん、何でもない。シオンを見つけただけ」

 

「ん? ……どこにもいないように思えるのだが」

 

「二階層下にいるから、リヴェリアだと分からないと思う」

 

 本当は見えてなどいないが、金の糸が、何となく伝えてくれるのだ。

 ここにいるよ、そうとだけ。

 でもこれは、私とシオンだけの繋がり。他の誰も分からない。

 それがたとえ、リヴェリアであっても。フィンあっても、変わらない。

 

「……アイズ、それは―――」

 

 リヴェリアが我が子を心配するかのような顔で私に何かを言おうとしたが、それは途中で切られた。

 大きく揺れた、ダンジョンによって。

 前・中・後衛問わず、その揺れに驚きを隠せず、比較的経験が高い者以外は、怯え、果てには抱き着き合う者たちまでいた。

 

「―――嫌な予想は的中するものだな……」

 

 先程とは打って変わって冒険者の顔となり、自分の名相応の雰囲気を纏ったリヴェリアが、言いかけた言葉を続けずに、嫌々しくそう呟いた。

 

「フィン、どうする?」

 

「そうだね……今後も続くようであれば、危険性のあるものと見()し、鎮圧、または排除を行う。全員、念のために戦闘準備」

 

『了解』

 

「シオン、大丈夫だよね……」

 

 金の糸が、儚く揺らめいた気がした。それがどうしてなのかは分からない。

 でも、何故か嫌な気がした。体の熱がしみじみと感じている所為か、その熱が少し上がっているのが分かった。

 頬を撫でる風は、肌をわずかに逆立たせた。

 

 

    * * *

 

「セィッ!」

「ハァッ!」

 

 二つの気合が重なり、強烈な金属音と共におぞましい程の剣圧だけで辺りを震わせ、周囲を散々破壊していった。 

 鍔迫り合いなど死を現す。そんなことしている暇があったら、即後退だ。

 そうでもしなければ互いに互いを()()()()()

 要するに、共倒れ―――相打ちだ。

 

「器用、敏捷なら勝ててますかね……」

 

「貴様がどうやってそこまでの力を手にしているのか、興味が湧いて来た。それ程までの能力、Lv.2が持つ代物では無かろう」

 

「私はちょっと特殊でしてね、異常とも言いますけど」

 

 自分が何故ここまで異常な程【ステイタス】が高いか、大方の見当はつけているがそれが真実かどうかは別だし、分かったところで意味も無い。

 興味を持たれたところで自分で探せとしか言いようがないし、どうやったかなんて聞かれたら本当に答えようがなくなる。

 そのあたりのことは、【猛者(おうじゃ)】も弁えているのだろう。直接的に聞いて来ることはなかった。

 

 そこで一時の会話は途切れた、次に交わされたのは言葉でなく刃。

 超重量の一刀が横薙ぎに振るわれた大剣を足止めし、漆黒の刃が動きを止めた鈍色の大剣に迫る。

 刃同士のぶつかりでは斬れぬとも、斬られることを予測して作られていない(みね)、または(つか)は、多と比べて大概(もろ)い。

 無機物を斬る事なら他の追随を許さないその刀、だが軽快な金属音を弾けさせた。  

 体ごと移動し、二刀の刀をしっかり刃で受け止め、力だけは分散させているのだ。

 そこで止まる訳も無い。それ程甘い奴はこんなことできない。

 

「ふンッ!」

 

 途中で停止させられていた横薙ぎは体重と力による加重で動き出し、容易に、拮抗していた二刀を弾いた。  

 そうするだろうことは予測していた。弾かれた刀から伝わる力を後方への推進力へ転換し更に地面を強めに蹴って退避。迫りくる大剣は空振りとなったが、止まった訳ではない。勢いを増して後方へと跳ぶ私に追撃に迫る。

 後方に跳んだ私は()を蹴った。凄まじい勢いで迫った地を。

 後方への推進力を、脚を反発するバネとして使うことで前方への推進力へ反転させた。

 多少力は減少したにしろ、()を蹴ることでその穴を埋める。

 その推進力で【猛者】の追撃と迫る大剣へと向かい、推進力を上乗せした超重量の刀でそれを迎え撃つ。

 刹那もかからず刀は交えた。だが、先程とは結果が異なる。

 押し返したのだ、大剣を。そして追撃、陰から薄く走る漆黒がやはり大剣の峰へと向かう。

 それにも反応する流石の速度。だが、引き切る事は出来なかった。

 約三分の一、切っ先からそれだけの分を綺麗に切断することは成功した。

 両者ともに退()く、負傷は無かった、だが片やその損害は大きい。

 

「よく斬れる刀だ」

 

 剣呑(けんのん)な雰囲気が漂う中、致命的な被害を負った【猛者】が口を開いた。その声からは動揺など全くしていないことが解らせられる。

 

「でしょうね、一番切れ味の良い刀ですから」

 

 だが、(はな)から動揺など期待していない。この程度で動揺などされたら逆に私が動揺していただろう。この程度か、と。だが、そうはならなかった。軽口を返せるほどの冷静さをお陰で保てている。

 

「ふっ、そうか―――ところで、今貴様は本気か」

 

 唐突に、鼻で一笑した後にふとそう聞いて来た。

 

「ふふっ、()()ですよ」 

 

 返す言葉はそっけなく感じさせてしまうだろうが、言葉について、相手の感傷についてなどどうでも良い。

 今は、戦うことだけに専念しないと、下手すれば死ぬ。

 

「つまらん言い方だな。貴様がそうならば宣言しておこう。挨拶は終わった、()()()()()」 

 

 少し前から気持ちを通常より構えていたお陰と断定できる。その反応が追い付けたのは。

 ()()()からの、()()斬撃。

 明らかだ、その斬撃が超光速などとっくに至っているのは。 

 刹那もかからずギアを格段に上げた。でも、咄嗟に出せたのは精々光速、対処できなかった刃はいとも容易くに私を斬った。 

 左膝から下と別たれ、右横腹は鮮血を数瞬遅れてまき散らす。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】【エアリアル】!」

 

 致命傷は即座に回復できるレベルを超えていた。呪いを更に体へ招待しながら風を纏うことで、まだ迫り続ける()()()()刃を弾いて、何とか身を護る。

 だがそれでも、風を突破してくる刃を対処する必要があった。これでは満足に回復などできない。 

 

「【弾き返せ(テンペスト)】!」

 

 重複詠唱。付与魔法(エンチャント)特有の魔法強化方法。

 相応の代償(魔力)を必要とするが、そんなの気にしていられるほどの余裕はない。

 対価相応の風は、視認不能の刃の(ことごと)くを弾いた音と感触を与えてくれた。

 その合間、別たれた脚の斬断面(せつだんめん)同士を合わせ、右横腹を含め、傷口周辺に呪いを集中的に回した。

 一秒ほどで足を動かせるようになり、そのすぐ後に脇腹は元通りとなった。

 一呼吸入れ、低姿勢のまま飛び出す。全身に風を纏い、握る刀も漆黒から炎纏いし刀へ。

 実体無き炎刃(えんとう)。風によって刃の届かぬ場所をその(ほむら)で焼き斬ることができる。

 それが今意味を成すから分かりかねるが、無いよりはまし、というやつだ。

 

 キンッと、金属音が鳴る。立て続けにそれは鳴り、ただでさえ狭かった間隔が縮んでいく。

 もう余裕で風を突破してきた。剣も速度を増し、いつ反応が追い付かなくなるか気が気でならない。

 伴い私もギア・速度共に上げていく。手が軋むのを感じるし、全身を苛む苦痛が(ほとばし)るがそれを気にしてなどいられない。

 全てを感じ、【猛者】に反応しなければ、殺される。

 簡単に、あっけなく、回復する暇などなく、前に私がしたように、死体も残らず。

 消される。

 

 それから、多分数分が経った。

 体力はまだ余りある、刀も振れる、死んでもいない。

 でも、それは、いつまで続いたことだっただろうか。

 

 少しずつ、少しずつ。徐々に徐々に傷を負った。

 私も対応がまだ追い付いているから、大きな傷が与えられるわけでは無い。

 そのお陰か、今は無傷である。

 だが、体力、精神力、共に()り減る程削られていく。

 それ程までに、超音速の刃への反応はギリギリだった。

 本当はギリギリなどでは無い。一瞬、いや、一刹那で終わらせる方法はある。 

 でもそれは、絶対に使いたくない手だった。 

 

 そうも考えながら、ひたすらに刃を弾いて攻められないでいると、弾ける限度を超えたある一刀に吹き飛ばされた。

 おぞましい力、人間が出せる域を遥かに超えた力を持つ一刀。

 とうとう足が耐えられなくなり、体重移動もままならず、あえなく吹き飛ばされた。  

 全力の風で勢いを殺そうにも、それはほんの少しだけ。にべもなく壁へ激突し、盛大に音を轟かせると、ほんの少しだけ軽減した勢いで、更に激突。激突、激突、激突、衝突、衝突。

 そして衝突。それを最後に衝撃は止んだ。

 

「ブハッ……」 

 

 アホみたいな吐血量。尋常じゃない痛み。 

 いつかの時より遥かに強い力、それで粉々にならなかったのは異常な【ステイタス】のお陰だろうか。

 霞み朦朧(もうろう)とする意識、明らかに動かし(にく)くなった体。

 着々と治ってはいくものの、間に合う訳がない。

 その間に、殺されるだろう。

 

「貴様、まだ奥の手があるのだろう。何故使わない」

 

 壁に埋まり、今は(ろく)に動けないでいる私に、警戒など一切消さず、そう問いかけてきた。

 問いかけてきた人物、【猛者】は、全身のあらゆるところが焼け(ただ)れ、服に耐熱性を付けてないのか燃えて殆ど残っていない。

 長かった大剣は今や柄からほんの少ししか残っておらず、真っ黒に焦げていた。

 髪には燃えた跡が見受けられ、防具はもう一つも付けていない。

 本気を出し、酷使した結果の満身創痍。本気を出さず、全力しか出していない私が、恥らしく思える。

 

「……貴方は、人間でその領域に達したのですか」

 

「ああ、その通りだ」

 

 質問を質問で返してしまい、(いささ)か無礼ではあるが、どうしても呟いてしまった。 

 そして、返された答えに、情けなさを覚える。

 自分はあの領域より上に達している。ただそれは人間ではなく、それ以外。厳密にいえば吸血鬼。簡単に言ってしまえば化け物だ。

 極論、モンスターと何ら変わりない。

 だが、目の前の【猛者】は、その領域より下だとも、人間でその域まで達した。

 並ならぬ努力、並みならぬ経験、様々なことがあって漸く辿り着ける、限られたものの領域。 

 私は、人間の内にその域へ達していない。達せていない。

 だから、証明したかったのだろうか。自分が達したことを。無意識のうちにそう思っていたのだろうか。

 人間の内に領域へと達した【猛者】を倒して、自分がその領域以上に人間で達したと言うことを。

 それは、意地に近かったのかもしれない。

 

「【猛者】……先程の質問ですが、私は貴方に簡単に勝てます」

 

「そうか」

 

「それが奥の手です。絶対に使いたくない、奥の手。これは、単なる意地でしょうけど」

 

「そうか」

 

「私は貴方を人間で、同じ領分で打ち負かしたい。人間を辞めていたら勝ったところで意味なんてない。ですから――――」

 

 体の修復はまだ終わっていない。今のままだと満足に闘うことだってできないだろう。

 でも、やるのだ。

 

「―――私は奥の手なんて使わずに、勝たせていただきます」

 

 必死の笑みで、確たる意思を持って、正面に見える目を見て、そう言ってやった。

 

 自分の目が、死んでいる事に気付かずに。

 

()れるものならば、()ってみせろ」

 

 だが、【猛者】の反応は、ただ小さいものだった。文面で考えれば挑戦してみろとでも言っているように思える。だが、その語気から察せられるのはまた別。

 それを示すかのように、拳を絞り、冷徹に告げた。

 

「ただ、もう()()は、何もできない。諦めろ」

 

 刹那、(ろく)に動けぬ私に、無情な死を告げるであろう拳が迫った。

 だが、それは私に(かす)りもしなかった。

 

 その拳は、まるで見えない何かに弾かれたように、軌道を横へ逸らされ、壁を轟音を立て破壊した。

 

「諦める? それで、死ねって?」

 

 壁を破壊され、体の拘束は解かれた。

 まだ修復は終わっていない。少し動かすだけで軋み、痛みが走る。

 でも、今はそんなこと、どうでもよいくらいだった。

 『諦めろ』、無情に告げられた言葉が脳内を支配する。

 

「失礼ながら、申し上げさせて頂きます」

 

 手から二刀の刀が放されていない。全景姿勢でバランスは覚束ない。

 活力なんてものは感じない。

 だけど、戦える。斬る事はできる、目の前の存在を。

 だから、言ってやろう。

 

「諦めてなんかぁ! やるかあああああああぁッ!」

 

 声高らかに、腹の底から全力で、特大の咆哮(叫び)を上げてやった。

 共に動かす酷使した体。動かす力が入れにくい腕や手首。

 普通にやったら、勝ち目なんてある訳も無い。たとえ敵が満身創痍でも、あちらの方が文字通り格上だと言うことが嫌と言う程体に染み込ませられた。

 なら、普通にやらなければ、勝ち目はある。

 

 二刀が交差する袈裟(けさ)斬りを放ち、だがそれはまだ残っていた僅かな刀身に弾かれぬとも軌道を逸らされ、また右拳が迫った。

 だがそれも、軌道を逸らされる。

 何故そうなるか、簡単なことだ。まだ余力のある魔力を瞬時に圧縮して、その圧縮に耐えられなくなり爆発的に解き放たれた魔力を拳目掛けて放出しているだけにすぎないのだから。

  

「ハァッ!」

 

 炎刀(えんとう)を、地面に腕を突っ込んでいる【猛者】へ斬り付けた。

 確実に斬れる位置、だが、相手の反応速度はやはり速い。

 実体ありし刀は斬ることなく空振りに終わってしまう。だが、実体無き炎刀(えんとう)、風で伸びる(ほむら)は相手を捉え、その腕を斬り付けた。

 恐ろしい熱だろう、腕を焦がしながら斬り離せた。断面は歪で、焦げているから出血は無い。

 それで止めてもいいだろうが、【猛者】がこの程度で音を上げるわけがない。

 

 取られた距離を即座に埋め、二刀による光速連撃。

 秒間二桁は余裕のその連撃は、大剣と左腕を失った【猛者】には迎撃する術を持たないはず。

 なのに【猛者】はそれ以上の致命傷を負うことは無かった。

 火傷し、何度も斬られ、血を段々と奪われながらも、その拳で軌道をずらし、尽く刃を届かせないでいる。

 このままでは埒が明かない、そう見えてきた。

 二刀納め新たに二刀抜く。刹那で行われた交換(スイッチ)は雪白の刃と水縹(みはなだ)の刃の姿を露わにした。

 速度重視の組み合わせ、比較的軽い二刀は普通に光速を出せるレベル。

 一刹那すら隙を見出す【猛者】は、交換(スイッチ)すら見逃さず攻撃を仕掛けてきたが、その攻撃を斬り付けようと煌めく青。

 先程よりも格段に速度を増して振るわれたその刃を【猛者】は躱し切れず、手首に刃が走った。だが、その軌道に傷一つたりとも存在しない。

 違和感に襲われる初見殺しのその隙、雪白の刃が煌めいた。

 左肩から右腰への袈裟切り、それを行うために走った刃の速度は超光速に至っていた。

 自身で軌道が視認できなかったのがよい証拠である。

 流石に、深々と傷を与えることはできなかったが、肋骨は斬った。確実な致命傷。

 

「オォォォォォォォォォォォ!」

    

 この日初めて、【猛者】は吠えた。

 それと共に、それ自体が音速の拳が正面から堂々迫った。

 だが、今は体勢を多少崩している。満足な回避はできない。

 できたのは、二刀の刃を交差さえ、その拳に交点を誘導することのみ。

 その誘導は見事に成功し、拳は交点目掛けて一直線で迫った。 

 だが、次に訪れたのは予想してない結果。

 二刀の刃が()()()()()()、その衝撃で後方へと吹き飛ばされた。

 突然の出来事だった、だが、今回は受け身をとることに成功したことで、大きな傷を負っていない。

 剣士としての証が、二刀儚く砕け散ってしまったが。

 

「―――いい目になった」

 

 突然、証を破壊した張本人がそう言った。

 その声には、先程と変わって、求めていた何かを見つけたようなそれ。

 

「奥の手を使う気は無いようだな」

 

「言ったでしょう、それは使わないと」 

 

「ああ、そう言った。だが、こちらはそう言う訳にもいかない」

 

 意味の伝わらない、だけど何となく嫌な予感がした。

 体内から、警告のような熱が荒り、何かを必死で伝えようとしていた。

 

「奥の手を、使わせてもらおう」

 

 そう告げると、【猛者】は低姿勢となり、まるで突進のような、そんな構えをとった。

 

「【我本能に従い、敵を葬らん】」

 

 瞬間二刀の柄を手放し、最重量の一刀を抜き放って、振りかぶる。

 

「【猪の闘争(リミット・アウト)】」

 

 それと同じくして、魔力の収束を終えた【猛者】が、認識不能の速度で襲い掛かってきたのだろうか。

 私に解ったのは、本能的に動いた体が刀を振り、一瞬の衝撃を与えた後に、全身に一発極大のを()てられたことのみ。 

  

「――ァぁぁっ」

 

 口からありえないほどの吐血、一瞬で切れそうになる意識。

 世界が遠ざかって行く、体の感覚が消えていく。

 これはヤバイ、本気でヤバイ。今こうなったら死ぬ。

 

「―――――――――がはぁ、はぁ。……こればかりは、慣れんな」

 

 遠くで小さくそう聞こえた、【猛者】の声だろうか。

 

「さらばだ、シオン・クラネル。久方ぶりに本気を出せた、感謝する」

 

 何故か感謝され、水の底に沈んでいるかのように、その声が重く聞こえる。 

 

「次会うときが、死んだと思え」

 

 ただ最後に告げられたその言葉は、はっきりと伝わった。

 自分が見逃されたことも、生かされたことも、今勝てないと言うことも。

 嫌と言う程、伝わった。

 嫌と言う程、分からされた。

 遠くでまた誰かの声が聞こえる中、ゆったりと水の底へ落ちていった。

 

 

 

 



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他視点、それは闘牛

  今回の一言
 前回の別視点なので、読まなくても全く問題の無い話でけど読んで頂けるとありがたい。

では。どうぞ


 常に注意をして戦っていた。いや、戦えていたかは定かではない。

 ただリリに気が向かないように、ひたすらに斬りかかって、注意を向けさせていただけ。

 今のところ見上げた成果は無い。リリも起きないし、ミノタウロスを斬る事さえままならないのに、僕だけが段々と傷を負っていくのだから。

 またダンジョンが揺れた。もう三度目、あと何度続くのかは知らないが、その揺れが悪いものでないことを祈ろう。

 

「ベルさ、ま……」

 

 祈ったお陰か、それと関係がなくともそうなったのか、リリが目を覚ました。

 声には力が籠っていない、まだ意識が完全に戻っていないのか。

 

「リリ! 早く逃げて!」

 

 リリの意識を無理やり引っ張り起こすかのように大声で言った、 

 ピクンッと肩を跳ねさせるのが視界脇に映ったが、(なり)振りなど構っていられない。

 たとえリリが僕を怖がっても、リリが助かればそれでいい。

 今は、それが最優先事項だ。

 リリが大きく首を何度も振っている。明確な否定、何故かされた否定。

 

「早く!」

 

 でも、今はリリの意見に取り合っている時間がない。僕がいつまでこの状態で戦えるか分からないから。

 急かしても、一向に近くの逃げ道へ走り出す気配がない。それどころか、立ててすらいない。

 そう言う間も襲ってくる。間一髪の防戦が続くが、いつ崩れるか。

 誰かを護りながらだと、満足に戦えないのがこのとき身に染みて理解させられた。

 目の前の障害に専念できない、お陰で攻め切ることが出来ない。

 

「早く行けって言ってるだろっ!」

 

 焦燥が募り、声を荒げてしまう。普段の自分では考えられないことだ。

 でもそのことが、僕の気持ちをリリに伝えてくれたのだろう。

 悔しそうな涙が見えた、無力感に打たれる叫びが響いた。

 

「うわぁぁぁぁぁっ!」

 

 立ち上がって、やっと走って逃げてくれた。

 ダンジョンが揺れ、一度バランスを崩しても、またすぐ立ち上がって、逃げてくれた。

 

「これで……やっと……」

 

 自分が構う必要があるのは、自分を殺しに来る目の前の存在のみ、他は気にしなくたっていい。

 漸く、満足に戦える。やっと、

 

「お前を倒せる!」

 

 周りへの警戒を一切なくした。ただ目の前の存在に警戒を向ける。

 相手は僕より強い存在だ。侮っていい相手でもないし、全力、果てには本気で戦わないと、必死。

  

 両刀短剣(シュワイザーデーゲン)短刀(ヘスティア・ナイフ)をクロスして構え、正眼に大剣を何故か構えているミノタウロスの懐へ地を蹴り前へ跳んだ。

 敏捷だけなら自信はある。シオンにも言われた、それを生かした戦いをしろと。

 僕の長所を生かした戦い方、自分で勝手に考えた、僕の戦い方。

 

 止まることなく、斬り続けること。

 

 一撃離脱(ヒット&アウェイ)で戦うのはもうやめた。あれは自分以下の強さを持つものにしか通用しない。だから今の僕は走り続ける。逃げるようにでも別段構わない。ただ、勢いを付けられればいい。

 足を生かして相手の死角に入り斬り付ける、足を生かして相手の補足から逃れる。

 幸い、速さは僕が上だ。下手を打たなければ死ぬことは無くなったが、それだけ。

 厚く硬いミノタウロスの外皮は両刀短剣(バゼラード)の刃を通さなかった。薄く斬れる程度か、最悪弾かれている。何とか『ヘスティア・ナイフ』は通るが、一度斬っただけで執拗に警戒されている。

 その警戒は僕にとって痛手だ。実際、今僕がこのミノタウロスに決定打を撃てる手段はこれしかない。

 一瞬だけの攻勢、すぐに攻防戦に変えられてしまった。

 だがそれでも足は止めない、戦法は相変わらずの単純さだが、僕にできる最大がこれ。

 

 攻防戦は以前拮抗する、まるで変化を待つかのように、それはパターン化されていた。

 そして、待ちたくも無かった変化が訪れてしまう。

 それが相手にだったらよかった、だけど、それは自分にだった。

 

 懐に入った瞬時振り下ろされた大剣をプロテクターで受け流し、勢いそのまま攻めようとした。だが、足元を受け流した大剣が破壊した衝撃で浮き上がてしまい、無防備な空中で僕の左腕が、()()()()

 金属が砕ける甲高い音と、鳴ってはいけない低音が感触と共に耳に届く。

 

「あぅあっ⁉ ぐはぁっ……」 

 

 思わず漏れた、痛みを堪える悲鳴。左腕が(くわ)えられたまま数回振り回され、遠心力によって勢いを付けたせいで、放された瞬間地面に叩きつけられながら何十M(メドル)か飛ばされてしまった。

 左に握っていた短剣は落としてしまい、今や僕を護るものは無い。

 それでも立たなければ、戦わなければ、勝たなければ。簡単に死ぬ。

  

「あっぅ」

 

 立とうとしても、だらりと力が満足に入らない左腕の所為で、何度もバランスを崩し、止めどなく感じる苦痛が僕の行動を制限してしまう。

 必死の努力で立ち上がろうとして、漸く上体が起こせたとき、ふと頬に風が掠めた。

 それは日常でよく感じる、あったかくて、安心できて、それでいて鋭さを併せ持っている、不思議な風。

 ぱっと重い首を上げた、始めに映ったのは、輝く金の髪。次に映ったのは金の瞳。

 一瞬、本気でシオンかと思った。だが、違うことはすぐにわかる。

 

「頑張ったね、今、助けてあげるから」

 

 僕に背を、頼もしく感じてしまう背を向けて、最大の憧憬(アイズ・ヴァレンシュタイン)がそう言った。

 一度願い、すぐに否定し、絶対にそうならないようにと思っていたことが、今目の前で起きようとしていた。

 心の底から感じる、僕の気持ち。嫌だ、という否定。

 動かすことが出来なかった左腕に、しっかりとした力が籠った。

 脚も動く、腕も動く、意識もある。防具は無いけど武器はある。

 まだ、戦える。助けてもらう必要なんて、無い。

 だから!

 

 今すぐにでもミノタウロスを斬り付けそうなアイズさんの腕を、空いている左手で掴んだ。確かな意志を伝えるために、明確な否定を。

 

「邪魔、しないでください……」

 

 無茶苦茶なことを言いそうな気がしてきた。しょうもないことな気がする。

 でも、意志を伝えるには、十分なはずだ。 

 

「アイズさんの助けなんて、いりません。僕は一人で、勝てるんだ」

 

 驚き目を僅かに見開くアイズさんの顔を見ず、僕は彼女の腕を後ろへと引っ張った。

 

「僕はもう、貴女に助けられてばかりじゃ、無いんだ!」

 

 左手を放し、今度は僕が彼女に背を向けた。落とし、地面に突き刺さった両刀短剣(バゼラード)を拾い上げ、再度握り、アイズさんを警戒して攻撃を一時止めたミノタウロスと相対する。

 

『僕はもう、誰かに頼ってなんかいられないんだ』

 

『僕はもう、誰かを助けられる存在にならないといけないんだ』

 

『そのために、僕は初めての冒険をしよう』

 

『英雄となれる、第一歩を、踏み出してみよう』

 

 ゆっくりと、一歩ずつ歩き出した。

 足が地に着く間隔を段々と早くさせ、次第に走り出す。

  

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 叫びながら突進した。その僕に向かって正面から振り下ろされる大剣。二刀を交差させてその交点で大剣を受けとめ、右へと受け流すが、すぐに大剣を腕力だけで引かれて僕へとまた振り下ろされる。

 小さく横へ跳び、大剣が地面を大きく破壊すると反発も利用してすぐに振り上げられ、横に薙がれる。それをしゃがんで避けると、腹目掛けて斬り付けるが、余裕で回避されてしまう。

 

 正直キツイ、このままのペースでは五分も持たない。

 でも、やらなくちゃ、踏み出すって、冒険するって決めたんだから。

  

 何度も何度も弾き合い、何度も何度も受け返し、何度も何度も繰り返す。

 偶に大きく回避し、強く前へ跳んで一気に詰める。

 アイズさんがいる方向で何か聞こえるけど、気にしてなんていられない。

 新たな一手を、撃たなければ。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 懐に飛び込みながら、顔面への一撃。確実に当たった。

 だが、そのお返しとばかりに薙がれた大剣が、どれ程の効果があったかを教えてくれる。

 浅い、効いてはいるけど、かすり傷程度。外皮が厚すぎて内部に伝わってない。決定打にもならないし、目眩(めくら)ましにしては効率も悪すぎる。

 状況解析を行うも、結果は芳しくない。今も尚続いている現状は特に。

 薙がれた大剣には反応できたが、それは防御のみ。足が衝撃に耐えられずに浮いてしまったのだ。その所為で飛ばされ、石柱を一本破壊して跳ねながら床に転がった。

 左腕は更に酷く軋み、背中を始めとする全身の骨が動かす度嫌な音を立てる。

 立ち上がろうにもさっきと同じく(ろく)にバランスが取れない。痛みで悶えそうになるのを堪えてもいるのだ、立つことすら危うい。 

 

 やっぱり、僕には冒険なんて、無理なのかな……

 

 そう思えてきてしまった。弱音、感じてはいけないそれを、少しでも感じた。

 僕は、諦めようとしているのだ。

 

 そんなの、いやだ。

 矮小(わいしょう)な意地がそう漏らした。

 

「諦めてなんかぁ! やるかあああああああぁッ!」

 

 何かが、心の奥底まで響き(わた)る大きな声が、僕の小さな意地を膨れ上がらせてくれた。

 今思っていたことを全て否定した。次諦めるのは、死ぬ時だと今決めた。

  

「僕だって……諦めてなんか、やるかよ……」

 

 そう声を出すと、喉を込み上げてきて、何かが口から出た。

 かなりの量の吐血、肺も傷ついちゃったのかな。早く、終わらせなくちゃ…… 

 

 のっそりと立ち上がり、垂れさがる手を無理やり動かして、構える。

 ミノタウロスが動き出す前に、僕は地を蹴った。

 必死になれば、人間よくやれるものだ。 

 壊れかけの全身は、酷使することでいつもでは考えられない力を発揮できた。

 

 大剣はもう弾いてなどいない、全て躱して事足りる。

 しっかり攻められるようにもなった。致命傷までとはいかなくとも着々と傷をつけていき、深手を負わせられることも増えてきた。

 勝てる、無意識に希望が見えてきた。

 斬り付ける速度が段々と増す、相手の出血も普通の量ではない。

 筋肉の筋も斬ってやってる、さぞかし動かし難いだろう。

 

 そんな中、とある一刀が僕に振り下ろされた。それを両刀短剣(バゼラード)で逸らすと、嫌な感触が手に伝わった。それは手に持つそれが砕ける感触。

 だが、不思議と動揺はしなかった。極限だからか、する余裕が無かったのかもしれない。

 冷静に対処ができた。 

 大剣をギリギリ躱せる右横へ小さく高く跳び、回転して遠心力を乗せた『ヘスティア・ナイフ』を腕へと深々と射し込み、地面へと落とし込んだ後に、腕に力を思いっきり籠め、捻って嫌な音を立ててやった。

 ミノタウロスの悶えが聞こえ、抜くときに更に斬り付けてやりながら後退。

 腕を押さえながら立ち上がろうとしたミノタウロスは、上手く力を入れられないであろう右腕から大剣を零れ落とした。

 短刀(ナイフ)を持ち替え、それを、にべもなく奪い取る。 

 武器を奪われたことに流石に動揺したのだろう。目が揺らいでいた。

 

「はぁっ!」

 

 無慈悲と言われようがどうでも良い、そんなミノタウロスを中々重い大剣でがら空きの腹を二度斬り付けたやった。下手ということが解っていても。

 飛び散る血が顔にかかり一瞬目を塞がれるが、お構いなしに、よろけるミノタウロスを再度斬り付ける。魔石までは到達しなかったが胸を大きく刈り取り、腹にも深々と大剣を走らせた。

 そこで、腕が今までにない悲鳴を上げて、一時の限界を伝える。

 止む負えず止めた大剣が地を砕き、武器を失ったミノタウロスは、数歩下がった。

 いや、武器は失っていなかった。

 前傾の低姿勢、それが示す行動は必殺技(突進)

 ミノタウロス最大の武器が残っていた、それは片側を半ばまで失った角。

 

 これで終わる、瞬時にそう悟った。

 大剣を握る手に力を込める、最後なら、限界(悲鳴)なんて無視してしまえばいい。

 

 敵が、動き出す気配を感じた。初めての感覚だ、でも自然と従えた。

 その通り、ミノタウロスは僕に向けて全身全霊の突進を開始した。

 同時に僕も走り出す。真正面からの相対、普通にやったら負ける。

 だけど、僕が普通にやる道理はない。

 ぶつかる寸前、大剣を振りかぶって首横に全力で振り下ろした。それで大剣が砕け、前のめりになってしまうが足で支えて回転、その途中で遠心力を籠めた短刀(ナイフ)を腹に刺し込んだ。

 

「【ファイアボルト】」

 

 一撃、小さく呟いた魔法名で、切先(きっさき)から魔法を撃ち、内部爆発を起こさせた。

 

 でも、足りない。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 二撃目、叫び籠める魔力を増させて、撃った。

 

 まだ、足りない。

 

「【ファァイアァボルトォォォォォォォォォォォ】!!」

 

 三撃目、咆哮と共に全力の精神力(マインド)、魔力を使って切先から撃ち放った。

 

 やっと、足りた。

 

 内部爆発は内側から膨れ上がり、ありえない程ミノタウロスの上半身を膨らませた。次第に大きくなる膨れは、ある限度を持って、内部から火柱を上がらせて爆発した。

 熱風と爆風が頬を撫で、肉を貫いていた感触が消える。

 コトンッと、音が聞こえた。

 何なのかは分からない、だってもう、僕には意識が無かったから。

 

 

 

 

 



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第七振り。てんでおかしな神会に
日常、それは生還


  今回の一言
 書き方が曖昧になってきた……

では、どうぞ


 

 ゆっくりと上がり、数瞬を得て晴れる視界。

 気絶しなれた所為か、気絶から覚醒への適応が早くなっている気がする。

 本来慣れるべきことでは無いのだが。

 

 この気持ち悪い感触、ベットか。

  

 誰かが運んでくれたのだろうか。いや、確実にそうか。

 薄暗く陰気臭い場所は一転し、穏やかな静寂に包まれた潔癖感を強く感じる白壁に囲まれた部屋。薄く仄かに光る魔石灯は、淡い光を部屋に振り撒いていた。

 何処ぞで見たことのある、質素な部屋。いや、ティーセットが無いから違うか。

 華美な装飾どころか、両手の指で足りるほどしか色彩が見られ無い部屋は、分かりやすくここが治療院であることを告げていた。

 バベルの治療院ではない。あそこはもう少し適当、言ってしまえば粗雑だ。

 

 これ以上寝ていたくないベットから跳び起きて、華麗に着地―――できなかった。

 脚の関節が簡単に折れ、すらっと死に()く人のように崩れたのだ。おかげで無様に地面に這いつくばっている。手で支えることはできたから怪我はないが。

 

『あんまり無理しちゃだめよ? 傷は無いように見えるけど、実際全身ズタボロだからね』

 

『そういうのは早くから伝えてください……』

 

 床を押して、体を無理やり起こす。勿論足が耐えられずに崩れるが、分かっているなら対応はできるもので、腕を動かして重心の移動を行いベットの側面に背を預けた。

 

「ふぅ」

 

『曲芸師にでもなったら人気が出そうね』

 

『なるんだったら剣士か騎士になりたいです』

 

 軽口を交わしながら、部屋を見渡す。

 取り外されていた刀は私と同じようにベットに(もた)れかかっていて、()()の内の一刀がベットにめり込み、床にへこみを作っていた。

 もう一刀は、柄や鞘まで黒く、淡い光も力強く跳ね返していた。

 そして、耐熱加工によって地味さを極める一刀は、少し痛んだ様子で眠っていた。    

 

 更に少しばかり視線を巡らせる。 

 見つけたのは、低いテーブルの上。白布の上に置かれる金属片と柄、添えられた鞘。

 水縹(みはなだ)色と雪白色に光る金属片が丁寧に並べられていて、それは刀のように形作られていた。

 

「やっちゃったんだよな……」

 

 あの二刀での防御は愚行だってわかっていた。でも、そうしなければあの時に死んでいた。

 

「ありがとうございました。ゆっくりと、休んでいてください」

 

 あの刀たちは、しっかり(とむら)ってあげよう。頑張ってくれたのだから。草薙さんにも手伝ってもらって、呪いもちゃんと解放して、自由にしてあげよう。

 私の失態なのだ、私が責を負わなければならない。

 

『別に、そこまで気負いする必要はないんじゃない?』

 

『ありますよ。あの刀たちは、意志をもっていました。誰に従うか、誰を殺すか、決めていたんです。それが振っている私には身に染みて伝わりました。アリアは……感じ取れましたか?』

 

 意志を持つものを壊す。それは殺したことと何ら変わりない。

 何かを殺す事には慣れてしまったが、別に何も感じないわけでは無いのだ。

 自分が大事にしていたものとなればなおさら。

 

『ごめんなさい、私はそこまでわからなかったわ。一刀だけは、別だけど』

  

『ははは、それは吸血かな?』

 

『ご名答。私だって、死ぬのは怖いし、怖いものは怖いのよ』

 

 呪いの刀を抜く度に、イメージが伝わって来る。

 『非殺傷』は、何もかもを殺し、全てを殺した果てに見えてしまった、後悔。

 『吸血』は、欲望のまま血を求めた吸血鬼の、成れの果て。

 『強化』は、ひたすらに強さだけを求めた哀れな人間の、絶望。

 『煉獄』は、全てが(ほむら)に包まれ、自らまでもが焼かれたそれへの、憎悪。

 

 一番酷く残酷で、言葉で表す事すらおこがましい程のものは、やはり吸血。

 伝わって来るイメージは鮮明で、それはさながら実体験のよう。

 死なないのに殺され、死ねないのに殺され、その所為で消えてしまう理性。

 有のままで終わってしまう殺戮。いっそ無なら楽なのに。 

 

『それ以上考えるのは止めて頂戴。蘇って来るから』

 

『あ、ごめんなさい。以後気を付けます』

 

 流石のアリアとて、あれほどのものはきついらしい。

 なら私はどうなるかという話だが、そういうものに関する精神力なら他の追随を許さない自信がある。

 ただ一人を除く、という条件付きだが。

 

「また、ボコボコにされ、挙句の果てに刀まで失う。まだまだだなぁ、私も」

 

 自嘲を含んだ独り言、ぽつりと消える、小さき嘆き。

 侮ることは無かった、慢心もしていない。でも、自分のちっぽけな意地が敗北へと導いた。

 でも、そのことが間違いだったとは思わない。

 人間辞めて勝っても、意味なんて無いし、多分それで勝てても後悔していた。

 それに吸血鬼化していたら、殺していたと思うから。消していたと思うから。

 

「次、また戦えなくなるのは、つまらないですから」

 

『それ、負けた貴方が言うこと?』

 

『こういう事を、負けた人が言ってはいけない決まりでも?』

 

『そうね、無かったわね』

  

 たとえ決まりがあったとしても、私はこう呟いていただろう。

 【猛者(おうじゃ)】との戦い。たった二戦、されども二戦。

 それが私に大きな影響をあたえていることは確かだ。無くなるのが名残惜しくなるくらいには。

 

「さて、とりあえず帰りますか。何もすること無いですし」

 

『帰れるの?』

 

『今ちょっと脚に力入れてみたら少しは入ったので、一回跳んで、そこから飛び続ければ何とか』

 

 腿と足首、そして爪先(つまさき)は少しくらい力を入れられる。【ステイタス】の面から考えて。少し蹴るだけである程度の高さは稼げるはずだ。後は推進力を得られる何かがあればいいのだが、

 

『風はいる?』

 

『ばっちり使う予定です』

 

 それは、しっかりと心の中の精霊さんが与えてくれる。ここが何処かは変わらないが、オラリオの中であることは確かだ。なら、たとえ端の方だろうと問題は無い。何とか飛べる、はずだ。

 

『それは分かったけど、身支度までに時間が掛かりそうね……』

 

『あはは、頑張ります……』

 

 とはいったものの、実際かかった時間は三十分にも満たなかった。

 いや、十分長いか、長いよね。

 

 

 

   * * *

 

 ホームへと戻り、荷物を背負って匍匐(ほふく)前進で何とか階段を下りてから金庫へいつも以上に気を使って荷物を仕舞い、壁り寄り掛かって一息。

 それと共に、話かけて来る一つの声。

 

『私、空を飛んだのはあれが初めてだったわ。二度とゴメンね』

 

『いや、あれは私は悪くない。悪いのはあんなに高く塔を作ったダイダロスです』

 

 跳躍後の風による飛行。それはただの成功で終わった。決して大成功では無い。

 確かに飛べたし、移動もできた。しかもかなり早い。だけどそれが難点。

 早すぎるがゆえに即座に止まれない。無理をすればできるけど、今は制御が覚束ない。簡単に自分で自分をミンチにしてしまう可能性があった。結果的に無理なのである。

 別に問題なさそうに思えるが、今回は場所が悪かった。目的地であるホームは私が居た場所の反対側、私は後のことを考えず飛んでしまった。

 結果、それは自明の理だろう。バベルに(あた)った。それはもう、ちょっとした通り道を作ってしまうくらいに。

 

 即座に飛んで逃げたが、誰かに私の存在が目撃されていたらヤバイ。

 ダイナミック入室した部屋は神々の部屋。下界の者が、許可なしに侵入してはいけない領域である。

 無断なうえに破壊付き。罰金に牢獄入り、もしくは都市追放は確定だろう。

 目撃されたらの話だが。

 夜であることが幸いした。さらに言えば夜天は薄雲で隠れていたため、星を眺めに(そら)を見上げる人もいない。

  

『でも、飛ぶことは気持ちよかったですよね?』

 

『途中から視覚以外の感覚を切っていて、風の気持ちよさが感じられなかったわ。痛みも、ね』

 

『一人だけ逃げおって……結構痛かったんですから、何であんなに硬いのでしょうかね……おのれダイダロス』

 

 千年以上もっているのだから、それ相応の素材を使うのは当然だが、衝撃で背骨がぽきっ、と鳴ってしまったので恨み言の一つや二つ、吐いたところで悪くはない。

 

『死人を恨んでも仕方のないことよ? 恨むなら生きている子孫にしなさい』

 

『子孫いたんですか? 初耳です』

 

 名匠ダイダロス、奇人ダイダロスの方がまだ馴染み深いか。

 ()の一族は、二世代で滅びているとギルド資料庫に置かれていた『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』にも載っていたが、それはどうやら偽りだったらしい。

 お祖父さんにもダイダロスについての話は聞いていないから、詳しいことは知り様がない。

 

『あるじゃない、私。忘れないでほしいわね』

 

『おっと、忘れてました』

 

『酷いわね。じゃあ教えなーい』

 

『貴女最近子供のような態度になっていますけど全然似合ってませんからね?』

 

『えっ、そうだったの?』

 

 おっと、これはかなりやばいタイプだ。自分のしていることがどういう風に思われているか自覚のない後で後悔するタイプ。あれだ、『くろれきし』というものを作るタイプだ。

 

『……教えてくれた代わりに、私も教えるわ。といっても、見分け方だけよ』

 

『けち臭いな』

 

『う、うるさいっ』

 

 また幼子のような返答をしてくるが、これは意図的か、それとも素か。

 素だったら本当に問題だぞ。

 

『ダイダロスの一族は、眼に『こんな』形の痕が見えるわ』

 

 こんなと言われても、指示語で指すものが無いはずだが、それは脳に直接現れた。

 『D』という形。文字かどうかは分からないが、これが目印と言う訳だろう。

 だが、私はそれよりも気になったことがあった。

 

『アリア……何故私より私のスキルを使いこなしているのですか……』

 

『私がちょっと頑張って与えたスキルよ? 私が使えなくてどうするのよ』

 

『ちょっと待ってください。アリアが与えた? それはつまり、【神の恩恵(ファルナ)】のようなものと捉えても?』

 

『根本は違うけれど、大雑把に見て似たようなものよ。そう捉えていても構わないわ』

 

 それを聞いて、動く右手でガッツポーズ。 

 実にありがたいものだ、私はこの精霊さんからいくら恩恵を授かっているのだろうか。

 風だけではなくここまでしてくれるなど……明らかに稀少な事例だ。

 

『そこまで感謝しても何も起きないわよ? 私はただ、外の世界をもっと明確に見て感じたいだけだから。自分の為に貴方にそれをあげたのよ』

 

『あくまで譲りませんか。本心ですか? それとも、あれですか? 所謂『くーでれ』ですか?』

 

『ち、違うわよ!』

 

『何ですかその過剰な反応は? 図星ですか? そうなんですか?』

 

『もう、知らない!』

 

 ぶつっ、と糸が切れるような感覚が走る。無理やり切られたのだ。

 

 なんともまぁ、いじり甲斐が出てきたではありませんか。

 こちらだって、何時までも主導権を握られている訳にはいかないのだ。少しくらい攻めてやらなければ、あちらも飽きてしまうだろうし。少しくらいは楽しませてあげなければ。

 私が楽しみたいというのもあるが。

 

「さて……どうやって体洗いましょうか……」

 

 独りになったところで、今最大の問題を口に出してみた。

 

―――ほんとに、どうしよ……

 

 

  

   * * *

 

 時は遡り、日が沈むころ。

 

「フレイア様、ただいま戻りました」 

 

 致命傷まで負い、満身創痍となっていた彼は傷を癒してから、自らの戦いと、少年の冒険を『観ていた』主神の部屋へと現れた。

 

「フレイア様」

 

 いつもならあるはずの返答が無いことに、少しの疑問を抱く。

 深く一礼し、ゆっくりと部屋の奥へと踏み込んで、見た。

 

 

――――主神が、白目をむいて気絶していることに。

 

 

「フレイア様ぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」

 

 その絶叫は、はてさてどこまで響いたのやら。

 

 



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刀、それは弔い

  今回の一言
 ふくせんだどー! 

では、どうぞ


「―――――動きますね、問題なし」

 

 寄り掛かっていた壁から背を離し、珍しく他に誰もいない部屋で独り、大きく体を伸ばす。

 肩や腕、足や腰など体の様々なところを動かし、不調の確認。

 問題なしとは言ったが、筋肉が少しばかり緩いか。刀は振れるだろうし、歩けもするだろうから実際関係ないのだが。

 

 金庫から早々に必要な物を取り出し、着替え、身に着ける。

 今日は自然と一刀だけが手に執られていた。昨日のことを無意識に引きずっていたらしい。

 割り切りが悪いのは、相変わらずの悪いところだ。人間らしいとお祖父さんは言っていたが、切り捨てられないことは時に死を招く。こんな煩わしい性格こそ、切り捨ててやりたい。

 

 冷ややかな風を切り、暗がりの夜道を駆け抜けて、辿り着いたは見渡しの良い市壁上部。一段と冷えた風が服の隙間から入り込み、温まってすらいなかった体の熱が撫で盗られていく。

 何となくと来てしまったここ。自分の所為でボロボロになったこの場所は、以前と打って変わって歪で、崩れるかもしれないと心配してしまう程。

 ここでまた刀を振ってしまったら、壊れることは必然。流石にそれはダメだ。

 

 つまり、北側。西とは別方角の市壁方面へ移動するのは必須。

 北側も多少は壊してしまっているが、西側ほどではない。今は刀を振るくらいは恐らく問題ないはずだ。普通にやれば、だが。

 

「今後、剣舞は無理そうですね……」

 

 昨日、剣舞をホーム前の()()()()()()()()()で踊っていたのだが、【ステイタス】が上がったお陰と言うべきか、所為と言うべきか、終わったころには荒地と化していた。

 昔から、鍛錬は手を抜かない性質(たち)なのだ。加減をすれば問題は無かろうが、ご生憎(あいにく)様私にはそう言ったことが出来ない。

 仕方なくだが、強い土地を見つけるまで剣舞はできなくなってしまった。

 素振りはまだましな方ではある。恐らくあと二週間は持つだろう。

 

―――――結局ダメじゃん。

 

「自分専用の鍛錬場でも造りましょうかね……」

 

 無駄にお金はあるし、できなくもない。ギルド運営の鍛錬場はあるにはあるのだが、あそこは壊すと罰金(ペナルティ)を受けるのだ。毎回毎回そうでは面倒極まりない。

 

「今日にでも探してみましょうかね……」

 

 といっても、午前中は予定があるのだが。

 午後に空きを作ることが出来たらギルドにでも向かえばいい。あそこは大体の資料が置いてある、少し漁れば丁度良いのが出て来るだろう。

 

「さて、やりますか」

 

 本調子ではないが、鍛錬を欠かすつもりなど殊更ない。

 よって訪れたのは、下半身――主に裏全体――の苦痛と、腕の震えだった。

 

 

   * * *

 

 朝食などの日常習慣を終え、用意と移動で時が進むことと約一時間。

 

「お邪魔します、草薙さん」 

 

「お、シオンじゃねぇか。何日ぶりだ?」

 

「私が吸血の呪いを解放して欲しいと頼んで以来ですよ」

 

 バベル四階、カグラ・草薙の店にて、この会話はなされていた。

 

「で、今日は何だ? また無茶なこと言い出しそうで末恐ろしいな」

 

「無茶ではありませんよ。ちょっと手伝ってほしい事があるだけです」

 

「ん? そりゃ手に持ってる白布の中に入ってるものが関係してたりすんのか? ……てかそれ、まさかとは思うが……」

 

 草薙さんは呪いを『見る』ことができる。それは勿論、この白布の中に丁寧に仕舞っているものに憑けた呪いも例外ではない。

 

「はい、ご察しの通りです」

 

 そう言うと、草薙の居るカウンターに白布の結び目を(ほど)いて、中に仕舞っていたものを見せた。更に背から二本の鞘と、二刀の刀の残骸である刃が僅かに残った柄を取り外し、カウンターの上に並べる。 

 

「……お前さんが使えば簡単にこうは成らないと思うんだが」

 

「あはは、簡単にそうは成らないでしょうね、簡単には」

 

「マジで何やらかしたんだよ……」

 

 ごんッ、と鈍い音を額をぶつけて鳴らす草薙さん。それはまぁ仕方のないことで、自分の打った刀がこうも粉々になるとは思いもしなかったのだろう。

 

「で、何だ? 俺に手伝ってほしいことってのは」

 

「あ、本題ですね。私が手伝ってほしいことは、この刀たちの(とむら)いです」

 

「これまた可笑しいこと言うなおい。久しぶりに見たぞ、そういうヤツ」

 

 少し驚いたような顔をする二人、と言っても理由は別である。片や、いい趣味している気が合う人がこんな身近にいたことに驚き、片や、あたりまえだと思っていたことが実際している人が全然いないと言う真実に驚いたのだ。 

 

「……まぁ、とにかく。手伝ってほしいのです」

 

「具体的に、何をどう手伝えばいいんだ? 人によってやり方は違うだろ?」

 

 確かにそれもそうだと思い少し行き詰まるが、自分が考えていた方法は一応ある。

 

「私が考えているやり方は、刀たちを一旦元に戻して、呪いを解放したあとに、永遠に休ませてあげる、という方法です」

 

「また危険なこと言うな。呪いの解放はかなり危ないんだぞ?」

 

「そこを何とかするのが草薙さんでしょう?」

 

「完全に人任せかよ」

 

 仕方のないことだ。呪いに関して私は全然詳しくないし、スペシャリスト? が居るのだからその人に頼るのは間違っていないはずだ。たぶん。

 

「まぁいいけどな。だが、もう死んでも知らんぞ?」

 

「死ぬのは御免ですが、また何十年呪いの世界に飛ばされるくらいなら問題ないですよ。耐え抜いてみせます」

 

 絶望と後悔の世界、何度も見てきた。前とは違って、前準備ができている状態だ。恐らく、入ったとしても何十年とかからず戻ってこれる。

 

「どんな精神力だよ、相変わらずだな。ま、とりあえず場所移すか」

 

「分かりました。場所は工房ですか?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 と、そこで何故か苦い記憶が蘇る。

 だが、今ならその苦い記憶の通りにならない可能性が高い。制御も問題ないのだから。

 

「草薙さん、ちょっと変わった移動手段を体験してみたくはありませんか?」

 

「は?」

 

 荷物もって私たちは、早々に中央広場(セントラルパーク)へ出たのであった。

 

 

   * * *

 

「ま、まじかよ。速すぎだろ……」

 

「これでも加減はしていたので、もっと速く飛ぶことはできますよ」

 

 あの後、何も壊すことなく飛行を完了し、離陸着陸ともに問題なく終えられた。

 風の調節も上手くでき、昨日のような失敗は無く、気持ちよい空の旅だった。

 十秒にも満たなかったが。

    

「てか、なんだよあれ。どういう原理だ?」

 

「跳んで押して飛んで着地の流れです」

 

「いや意味わかんねぇよ」

 

 これは私だけではなく、アイズにもできることである。 

 跳躍して、風で推進力を得て飛行し、タイミングを見計らって勢いを風で殺し、受ける力を流しながら着地、というものだ。完全に風頼りだから、風さえ使えれば問題なくできる。

 

「それより、刀を早く戻しましょう。弔うのは早い方が良いです」

 

「んだな。言及はこれ以上無駄だろうし、諦める」

 

「正しい判断です」

 

  

   * * * 

 

 

「―――――」

 

「――――――――」

 

「――――――――――――」

 

「――――――――――――――――終わった」

 

「流石の腕でしょうかね……」

 

「まぁな。だが、流石にあれをちゃんとした刀まで戻すことはできねぇ。ここ辺りが限度だ」

 

「わかってましたから、悔やむ必要はありませんよ」

 

 粉々に砕かれ、誰かが破片は残ったものを回収してくれたようだが、流石に全部とまではいかないのが道理。足りない所はあった。そこから無理やり刀に戻したのだ。形状だけになるのは仕方のないことである。

 

「さて、次は呪いの解放です。準備はよろしいですか?」

 

「あぁ、封印符(ふういんふ)も用意してあるし、問題は無い」

 

「そういうのがあると言うことは早く言ってください……」

 

 お陰で覚悟がぽっきりだ。

 

   * * *

 

「【其の身を侵し、其の身を滅ぼす、悪しき力を解き放たん】」

 

「【呪詛解放(リリース)】」

 

 元二刀の刀に向けられ放たれた魔法。

 波動のようなものがそれらを包み、弾ける。前とはちょっと違う演出? だ。

 やがてガラスが割れるようなつんざく音が鳴り、気配がぐぅんと膨れ上がる。

 だがその気配は吸われるかのように封印符へ向かい、呑み込まれたかのように刀の異様な気配が封印符へ納まった。

 刀からは異様な気配などしない。ただの、刀の形状をした金属(かい)へと変わった。 

 

「これで終わりか」

 

「はい、後は私がやります」

 

 といっても、ホームの毎日目の付く位置に寝かせておくことしかできないが。

 

「ありがとうございました。それでは、草薙さん」

 

「ああ、また来いよ。無茶な願いでも聞いてやる」

 

「それはそれは。また無茶なお願いをもってきますよ」

 

 本当の意味で死んでしまった二刀と、封印符を持って、軽口を交わしながらその場を後にした。

 

 

 そして、

 

「……ここでいいでしょうかね」

 

 帰路で刀掛けを購入し、金庫の横、普段誰も使っていないが目にはよく入る場所に設置してそこに二刀を置いた。

 封印符は、箱に仕舞われ、大切に金庫の奥へと仕舞われた。 

 

   * * *

 

 中天から降りしきる眩い光が、(そら)を見上げる度に目を射す今日この頃。

 私は珍しくメインストリートを歩いていた。

 何故かと言われれば、今日はいつもより露店の並びが盛んで、つい手が伸びてしまって……食べ歩いてます、はい。

 じゃが丸くんを始めは片手で三つ持ちながら食べる荒業を行い、串焼きなどの食べ歩きやすいものを普通なら無理であろう指一本一本の間に三本ずつもつという技術の無駄な応用技を行っていた。

 持つこと食べることに夢中なせいで、面倒な気配を紛らわせることなんてしていない。お陰で凄い視線を感じて煩わしいことこの上ないが。

 

「お、着いた」

 

 歩くことを無意識で行っているためどこまで来ていたか正直把握していなかったが、判りやすいギルド本部は意識していなくともすぐに視界に入る。

 持っていた物を早々に平らげ、一息ついて静かにギルド内部へ。

 何か資料を見るには、ギルド職員の立ち合いが必要である。まぁこれは以前からの事なので、ミイシャさんにお世話になるのだが。彼女も『これなら仕事しなくても怒られないからいつ来てくれてもいいよ~というか来て』と言ってくれるので、遠慮なく利用させてもらう。

 

「ミイシャさん、ミイシャさん」

 

 冒険者窓口へ向かうと、カウンター前ではなく奥の方で忙しなく動き回っていたので、通り過ぎたところで呼び止める。

 

「あ、シオン君! 丁度よかった! 手伝って!」

 

「あ、私忙しいのでそう言うのは後で。それに、部外者にギルドの仕事手伝わせるのはダメでしょう」

 

 だが、何か面倒事を押し付けられそうだった。エイナさんにでも頼もうかと思いながら、とりあえず職務怠慢な彼女に忠告しておいて立ち去ろうとするが、腕を掴まれたのでとりあえず投げ飛ばす。

 

「ぐへっ」

 

「あっ……」

 

 ついいつもの感覚でやってしまった。そう言えば、ヘスティア様にも初めて触られたとき投げ飛ばしてしまったような気がする。条件反射でね? 剣士は一刹那ですら命取りになるからさ。迷う前にやってしまえが本文なのだ。

 地面のことも考えて一瞬で近寄り、息があることを確認。死んでない。

 

「ミイシャさん、大丈夫ですか?」

 

「うぅ……痛い。久しぶりに痛い……」

 

「ごめんなさい、つい。でも、悪いのはミイシャさんですよ? 私の手に迂闊に触ったから」

 

「シオン君、乙女じゃないんだから、手を触られてどうこうって……だったらいきなり男の子の手に触った私って……いや、シオン君は男の()だから問題ないのかな?」

 

 ぶつぶつ言うミイシャさんを起こしながら、冷ややかな視線を送る。

 普通なら聞こえない程の声量だが、残念なことに私には全部聞こえている。

 

「さて、ミイシャさん。私はギルドの資料庫に用があるので引率を頼みたいのです」

 

「あ、いいよ。仕事しなくて済むし」

 

「職務怠慢はいずれ倍になって代償が現れますよ」

 

 確か始末書とか、最悪職停なんてものがあった気が……私が気にすることではないか。

 

 

   * * *

 

「おっ、あったあった、良さそうなの」

 

「早っ、でシオン君、何探してたの?」

 

「私が使ってもしっかりと耐えてくれる鍛錬場ですよ。今丁度良さそうなものを見つけました」

 

・地面半径75M、外周壁高さ5M、どちらも素材は深上層のアダマンタイト。

・天井無しの吹き抜け、ミスリル準じてミスリル合金共に無し。 

・周囲に住居無し。

・日当たりは良好。

・周辺に治療施設在り。

・シャワー、料理場備え付け。

 

※学区があるため、その関係者準じて生徒等に現在貸し出し中。

 尚、購入者の希望により、撤廃も可。

 

※現在の学区との契約は、購入者により改正も可。

 

 購入金額、1億5700万ヴァリス

 

「場所は八分けで第六区画。行けば判るって、適当ですね……ホームからも近いですし、金額もまぁまぁ。別にいいですけど」

 

「いや、一億って一般人が手を出せるレベルじゃないんだけど……」

 

「ミイシャさん、私は決して一般人などではありません」

 

 そもそも、オラリオの一般人の基準は曖昧すぎて何とも言えんが。

 だが、たとえそうであっても、私を一般人など度言ってはいけない。たとえそうだとしたら、今頃オラリオは混沌と化している。

 

「さて、下見に行ってきます。ありがとうございました、ミイシャさん」

 

「早いよっ、もう少しさぼらせてよ。何で五分もかからず簡単に終わらせちゃうのさ」

 

「結構慎重に調べたので、やっぱり五分()かかってしまいましたか……」

 

 ちょっと気合を入れて本気でやれば、恐らく一分くらいで終わっただろうに。冒険者の身体能力と五感を無駄利用して。

 

「あ、そうだそうだ。シオン君、なんかわかんないけど、これ」

 

「? 何ですか、これ」

 

 思い出したかのように懐を漁り出し、何故か胸元の内ポケットから取り出す少しはしたない彼女が、真っ白の封に、神聖文字(ヒエログリフ)で『シオン・クラネルに命ず』と書かれたものを差し出した。

 

「これ、ウラノス様からだって。中身は見るなって言われてるから、私は見れなかったけど……」

 

 興味津々なミイシャさんの目は、『開けて!』と訴えかけて来る。明らかに見せてはいけないものだとは思うが、本人たっての希望だから、その後の責任も本人にとらせればいいか。

 

「仕方ないですね……」

 

 封を開け、中に入っている手紙を取り出す。

 よほどのことか、そこまで神聖文字(ヒエログリフ)で書かれていた。

 

「『シオン・クラネル。貴様には次回の神会(デナトゥス)への出席を命ず。万が一の為、武器の携帯は必須とする』」

 

 ミイシャさんは見るなとは言われていたが、聴くなとは言われていない。つまり、私が読めば問題ないのだが、読んだ私が正直言うとこの意味を解りかねていた。

 

「あーと、どゆこと?」

 

「私が聞きたいですよ……神会(デナトゥス)に出席なんて、人間がしていいことなんですかね……異例中の異例ですよ……」

 

「ねぇねぇシオン君。今度感想聞かせてね、気になるから」

 

「完全に他人事ですね。それより、万が一のための帯刀って、どれだけ危険なんでしょうか……」

 

 いや、万が一のことを言えば帯刀する必要もなく素手で十分なのだが。それに、普通はただの会議で武器携帯など危険極まりない行為として疎外されるものなのだが……

 

「まぁいいでしょう。ミイシャさん、このことは内密に」

 

「りょうかーい。んじゃあね、シオン君。今日は美味しい情報ありがとう」

 

「いえいえ、それでは、失礼します」

 

 ギルドの資料庫を後にしながら、考えていた。

 明日の神会(デナトゥス)、どうしたものか……

 

 

 

 




  草薙が今回出た理由。
 【ロキ・ファミリア】の遠征隊の参加条件は、Lv.3以上であること、武具を修理できること、戦えること、である。このうち二つは当てはまるのだが。残り一つは草薙に当てはまらなかった。それは、武具の修理。刀なら他の追随を許すことは無いが、防具は殊更無縁であり、作るどことか修理などもってのほか、ということで参加できなかった。
 草薙は、ファミリアの中でかなり珍しい部類に入る人物なのである。

  区画分け
 オラリオには何通りかの区画分け方法があり、そのうちの一つが『八分け』。
 メインストリートごとに区画分けをして、北から時計回りに、第一区、第二区……第八区となっている。
 これが最も知られている区画分け方法だ。
 ※独自設定です。 

  学区
 八分けでいうと第六区、その中に在る学校と居住地をまとめた名称。
 オラリオ外からも人が集まり、冒険者になるために来た人もいる。だが、やはりある程度裕福な家庭でないと入れない現状である。
 ※原作をもとにした独自設定です。 


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契約、それは鍛錬場

  今回の一言
 次回! 荒れる神会。

では、どうぞ


 

 目移りすることさえなければ、結局移動は秒単位で終わらせることが出来る。

 第六区画の外周寄り、見かけるのが大人より子供の方が多くなってきた。

 ここ辺りが学区、あの鍛錬場はその近くということになるし、周辺に住居が無く、行けば判るくらいに目立つものとはどれ程のものなのだろうか。

 とりあえず、第六区画を上から眺めてみると、あぁ確かに、判りやすい。

 周辺に住宅が無い、というより建物がない。そこで悠々と動かないくすんだ黒色をした建造物。

 だが、これは見つけるまでに苦労するだろう、普通は。

 とりあえず、見つけることはできたのでそこに向かい落下。風の力を得て落下地点を調節し、鍛錬場の中心へ。

 勿論勢いは最後に殺し、何も破壊することも、音も出すことなく着地完了。

 

「さて、耐久度チェックでもしましょうか」

 

 間が良いことに人はいない。

 まずは床と壁、ノック程度に叩いてある程度の耐久を確認。

  

―――――本気で拳を撃たなければ問題なし。

 

 次は斬撃。これに耐えられなければ全くもって意味がないが。

 

―――――直接斬らなければ問題なし。

 

 一応普段の鍛錬ならできそうだ。流石に模擬戦となると難しそうだが。

 

「よし、決定。買おう」

 

 大丈夫なら即決、流石に一億ヴァリスを普段から持ち歩いている訳がなく、ホームに取りに戻らなくてはならないが、その後ギルドの直行して、掛かるのは精々三分程度か。

 地を壊さない程度に蹴り、風で推進力を得てホームへと飛ぶ。

 凄く気持ちいが、流石にこれを何度もするのはアリアに悪いか。次からは屋根を走るので我慢しよう。

 

 さっさとホームに着くと金庫を開け、何故かそこに一番時間が掛かるのは可笑しい。

 金庫の戸を閉め、二刀に一瞥してから階段を駆け上がった。

 

 と言う訳で、四分でしたごめんなさい。

 まさか予想以上に金庫に時間を盗られた。1億ヴァリスは簡単だったが、5700万ヴァリスを取り出すのに手間がかかった。途中から面倒になって6000万ヴァリス持ってきたけどね。

 本日二度目のギルド、だが今向かうのは冒険者窓口ではなく一般窓口。

 土地取引、民間クエスト発行はここで行われる。 

 利用者は比較的少ないので、並ぶことなど殆どない。

 窓口前に立つと、窓口担当の受付嬢が一礼をしてきたのでこちらも返す。

 

「本日はどのようなご用件でしょう」

 

「土地取引、ある場所の買い取りを行う手続きをお願いします」

 

「はい、お承りしました。少々お待ちください」

 

 一度席を立ち、尻尾を右往左往させながら奥へと向かっていく。恐らく契約書云云(うんぬん)を持ってくるのだろう。

 それにしても、狼人(ウェアウルフ)って野蛮な奴等ばかりじゃないんだなぁ……一人しか知らないから決めつけていた。立ち上がる所作もしっかりとしていたし……ふと思った、獣人って座るとき尻尾をどうしているのだろうか。

 余談だが、一般窓口には冒険者窓口と違って椅子がある。 

 

「お待たせ致しました。まず、こちらの書類の記入をお願い致します」

 

 差し出されのは、『条項』と書かれた書類。意味わからん。

 だが内容を見るに、私が冒険者と言うことは判られているらしい。いつ死ぬかあやふやな私たちはこういったものが必要になるのだろう。

  

一、死した場合、後継人不在ならばギルドへの返還を命ず。

 

 しょっぱなから凄いの来るなおい。

 

二、土地管理、近所付き合い等は自己責任とする。

 

 なんだよこれ、こんなしょうもないこと書く必要あるのか……

 

三、以上を守ることを命ず。

 

「少ないなおい」

 

「申し訳ございません、ギルド長であるあの豚が適当なもので……」

 

 おいおい上司にそんなこと言っていいのかよと思ったが、この人はどうやらエイナさんと同じハーフエルフらしい。それは嫌悪感を抱くのも仕方のないことだ。

 とりあえず、名を入れて渡す。

 

「では、次にこちらにも記入をお願いいたします」

 

「今度はまともなものですよね……」

 

 差し出されたのは『土地関連重要書類』と判りやすく書かれた書類。

 重要なこともあってか、しっかりとした内容だった。

 名前、性別、所属ファミリア等々の身元証明。

 どこの区画の土地か、何の目的かなどの確認。

 最後に記入日と名前。

 余談だが、性別記入時に一瞬迷ってしまった。だって実質どっちもじゃん。

 逡巡(しゅんじゅん)の末男に丸を付けたが、受付嬢に確認された時にやはり定番のあれがおきる。

 もう嫌になる事すらなくなった。 

 

「で、では。少々お待ちを」

 

 資料を置き、更にまた新たに資料を持ってくるためか奥へと向かった。

 その間に思ったのだが、やけにギルドが騒がしい。

 情報掲示板の前には多くの人だかりが形成されいているし、ギルド奥でも人が忙しなく動いている。

 あっ、ミイシャさんが怒られてる。しかも理由が書類にコーヒーぶちまけたって……何と言うか、更に仕事が増えて後で縋りつかれそうな気がする。

 終わったらすぐ帰ろ。 

 

「お持たせしました、今から説明事項がありますので、こちらの書類に目を通しなが聞いてください」

 

 渡された書類を一瞬で目を通す。早く帰りたいからね。

 

「解りました。要するに今後の契約とかは直談判をしろ、ということですね」

 

「ふぇ⁉ そ、そうですが……」

 

 流石のギルド職員とて、これほど早く書類に目を通してしっかり理解できる人は知らないのだろう。間抜けな声がそう言っている。

 まぁただの能力にものを言わせた荒業だけどね?

 

「今から行っても大丈夫でしょうかね……」

 

「あ、あの。それともう一枚書類がありまして……確約書ですが……」

 

「あ、お金払っていませんでしたね」

 

「はい、支払方法ですが……」

 

 そうか、1億なんぞ普通は一括で払えないもんな。だけど、私は普通ではない!

 音を態と立てて1億5700万ヴァリスを置く。

 300万ヴァリスは既に移し終えている。

 

「一括で大丈夫です」

 

「な……」

 

 こには唖然とするしかあるまい。いや、そもそも1億とか持っていたとしても一括にする人などそういないだろうから。仕方のないことだけどね。

 

「……は、はい。では、こちらの確約書に記入をお願いします」

 

 半ば機械的な動作でそう言いながら二枚の『確約書』を差し出してきた。いろいろ書いてあるそれの下部にある一括の欄に丸を付け、記名。

 

「それでは、ありがとうございました」

 

「…………」

 

 確約書を一枚持ち、黙りこくってしまった受付嬢の人に背を向け、ギルドを早々に立ち去った。

 最後までミイシャさんに見つかること無く、ね。

 

 

 

    * * *

 

 

「へー意外と大きいですね」

 

 学区の校舎を見た第一感想がそれ。まだ日も落ちることがない今、学区中枢部、通称『職員塔』だったか、そこに私は向かっていた。

 学区と言っても外周または壁外、内部、中枢に分かれていて、外周は内部の周りに造られた7M程の壁の外側。内部が内側、そして中枢が生徒が基本的に立ち入らないらしい『職員塔』だ、

 内部に入るには正門を通るしかなく、しかも許可なく入れないという警備体制。警備自体は私からして見るからに脆いけどね。

  

「待て、そこを通るには許可が必要だ。通行証を見せろ」

 

 堂々と正門を通ろうとしたが、結局止められた。まぁ気配を紛らわせてない私が悪いけどね、態とだけど。

 

「断る! 持って無いですから」

 

 まぁ通行証などなくても確約書があるのでそれを見せて、内容を理解してくれたのか通してもらえたんだけどね。

 緩すぎだろ警備、偽造疑えよ。

 ここからは流石に人もいるだろうから、煩わしくなるのも嫌だし気配を紛らわせて進行。といっても数秒で着いたけどね。一本道だったし。

 

 中枢部には門はあったけど警備はいない。大丈夫かよ学区。

 何か一際大きい部屋が見えるからそこが責任者の部屋だろう。ダイナミック入室したら楽しそうだけど、直すが面倒だし止めておこう。

 戸を開け真正面に建物の構造が描かれた位置図があったのでそれを憶えて、さっさと予想通りの責任者の部屋へ向かう。

 だが、鍵が閉まっていた。取りに行くのも面倒、ならやることは

 

「一つ!」

 

 扉を蹴破ること。

 といっても加減はしたので錠を壊す程度で済んだが。

 中に突入すると、そこには執務机で寝こけていた責任者と思われる人物。口端から液体が垂れているのが寝ていた証拠だ。うん、汚い。

 

「だ、誰だね君は!」

 

「あ、どうもこんにちは。シオン・クラネルと言います。以後お見知りおきを」

 

 社交辞令的に恭しく挨拶する。敬意は欠片ほどしか持っていないが。

 

「誰だね⁉ 私は君のことなど……まさか、『世界最速保持者(ワールド・レコーダー)』?」

 

 そんな呼び方あったのかよ、どうでもいいけど。

 てか情報早いな、まだ公開されて……一週間以上経ってるじゃん、なら普通か。

 

「ま、そのことは措いといて。私がここに来たのは」

 

 そこで執務机に一瞬で迫って確約書を叩きつけ、続ける。

 

「直談判をする為です」

 

 一瞬で近づかれたことに驚きすぎて声も出ていなかったが、そこはどうでもいいことで、その状態で責任者? が確約書に目を通し始めた。

 

「ふむ……なるほど。クラネル氏はここを購入されたのか」

 

「ええ、必要だったので。それで、契約についてですが、条件付きで継続でも良いですよ」

 

 別に私が独占する気もないし、更に言うと金を稼げるチャンスかもしれん。

 

「本当かね? 実際それならありがたいのだが、その条件とは?」

 

「紙と羽ペンありますか?」

 

「あぁ、これだ」

 

 口頭で説明して忘れられるより、こうして現物を残した方が手っ取り早く、合理的だ。

  

 『条件』

 

一、利用時間は朝九時から夜九時まで。

 

二、利用後は必ず清掃する。

 

三、料理場およびシャワー等の内部施設の使用は禁ずる。

  

四、破損等が見られた場合、即時報告する。

 

五、壁への攻撃を禁ずる。

 

六、中規模以上の攻撃魔法の使用を禁ずる。

 

七、月々1000万ヴァリスの支払いを要求する。

 

 と書き記して、その紙を差し出す。

 

「……この程度でよいのか?」

 

「何ならもう少しきつくしても良いですよ?」

 

「いや、やめておくれ。月に3・4000万など払うことが出来ないからな」

 

 おや? 適当に妥当点を考えて書いてみたけど、案外良さそう。

 意外とすぐに終わるもかもしれん。 

 

「では、この条件を呑ませて頂こう」

 

「はい、では早速1000万ヴァリスを」

 

「了解した。少し待っていてくれ」

 

 やわらかそうな椅子から立ち上がり、隣室に繋がる扉へ向かう責任者?

 やがて持ってきたのが膨れた袋。

 

「1000万ヴァリス、丁度です」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 袋を手渡しで受け取り、持ちからえろうと半回転して背を向けたが、そこで気づく。

 

――――これ、1000万じゃなく1100万じゃん、と。

 

「あの、もう一度聞きますよ。これは本当に1000万ヴァリス丁度ですか?」

 

「ええ、そのはずです」

 

「…………」

 

 思わず押し黙ってしまった。いや、仕方ないだろ。

 私は心の中で、この学区に言ってやっることにした。

 

『お前等絶対馬鹿だろ』

 

 と。

 

 静かに背を向け、私は哀れなこの人物から離れることにした。

 本当に大丈夫かよ、学区。

 

 

 

   * * *

 

 日が落ち、久しぶりの独り夕飯を楽しんでいたころ。

 

「あ、シオン。帰ってたんだ」

 

「えぇ、おかえりなさい、ベル、ついでにヘスティア様」

 

「ついでとは何だいついでとは、失礼じゃないか」

 

「失礼と言うなら人の食事中に話しかけてきたことが本来失礼ですよ、二人とも」

 

 そこまで礼儀に関してしつこく言う気は無いが、正直言うと私は食事中の会話と言うのが嫌いである。宴などの宴席では別だが。あそこは喋ってなんぼのところだし。 

 

「それで、二人はどうして一日も留守に?」

 

「ベル君が寝込んじゃって、バベルの治療室に居たんだよ。ボクはそれの付き添い」

 

「ベル、何かやらかしたのですか?」 

 

「あはは、ちょっよ無茶しちゃってね。でも、そのお陰で『ランクアップ』で来たんだぁ~」

 

 言葉始めは苦笑気味だったが、進むにつれ段々と頬を緩ませ、喜びでか頭を掻き始める。照れているようにも見えるが、正直胸を張ってほしい。

 

「おめでとうございます。()()()()()世界二番ですね。私に次いで」

 

「そこ言わないでよ!」

 

「君たち二人は……はぁ、明日の神会(デナトゥス)が本当に怖いよ……」

 

 頭を抱えて縮こまっているが、一体何に懸念を感じているのだろうか。私もついていくし問題は……もしかして、知らないのか?

 

――――なら、面白いかもしれん。

 

「ヘスティア様」

 

「ん? なんだいシオン君」

 

「明日、頑張りましょうね」

 

「?」

 

 一応、ヒントは与えておいたが、気づくだろうか。

 はてさて、明日が楽しみになってきた。

 

  

  

 




UA、15万突破。ありがとうございます!


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決定、それは神会

  今回の一言
 別に意図してここまで長くしてわけではない。

では、どうぞ


 うん、中々いい。

 地面の感触も悪くないし、ちょっとやそっとじゃ壊れない。それに、市壁上より全然動き回れる。

 遠くなる分剣圧による斬撃は壁を斬らないし、地面も抉れない。

 実にいい場所だ。

 

「さて、帰りましょうか」

 

 陽は見えないが、光は東から差し込んでいる。既に日の出は終えたと言うことだ。

 移動時間も縮まり、その分鍛錬する時間を増やすことが出来ている。それに、何にも邪魔をされないこの場所を見つけられたのだから、最近はとてもいいことの連続だ。

 嬉しくないこともあったが。

 とりあえず、今日はお試しついでにここのシャワーを使ってから帰ろう。

 

―――――これ、シャワー室じゃなく風呂じゃん。

 

 まじかよ、贅沢だなおい。

 後で料理場も見ておこうか、ここを見るだけで地下室の小さな台所より豪華だという事は歴然だが。

 

―――――【ロキ・ファミリア】の調理場並みだったぞ。

 

 大手ファミリアの食事処に引けを取らないとか凄いところ買ったな。

 

 そんな感激に触れながら、数秒でホームへと帰宅したのであった。

 

 

   * * *

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

 昨日言ったことが効いたのだろうか、食事中誰も話す事は無かった。

 実に、いい。静かな食事は大好きだ。

 

「ベル君ベル君、アドバイザー君に報告に言ってきたらどうだい?」

 

「はい! わかりりました!」

 

「【ランクアップ】の報告ですか? なら私もついていきたいのですが」

 

 何か報告することがある訳では無いし、特別な用がある訳でも無いのだが。

 

「え、どうして?」

 

「エイナさんの驚く顔を見たい」

 

 と言う訳である。絶対面白い顔して『はぁ~⁉』とか言いそうだから。

 そこを逃さず見たい。そしてついでにミイシャさんが泣き喚くであろうからそれも見たい。

 ……だんだん性格がいけない方に曲がっている気がする。

 

「シオンって偶にというかよく変なところあるよね」

 

「失礼ですね。否定はしませんが」

 

「しないんだね……」

 

 というわけで、朝食後の今、護身程度に武器を持って来たのがギルド。

 そして起こったことと言えば。

 

『一ヶ月半で、Lv.2~~~~~~~~~~~っ⁉』

 

 と、やはり面白い顔で叫んだ人がいたことであった。

 叫んだ内容は全然違かったけどね。

 

「そして今に至る」

 

「一人で何言ってるの? それより作業進めて」

 

「あ、はい」

 

 何故かミイシャさんに手伝えと言われた。それに従う私も私だが。

 どうやら本当に昨日のコーヒーの落とし前らしく、しかも(こぼ)したのが神会(デナトゥス)の司会のみに渡される精密書類らしい。

 そして今私がまとめているのが、アイズの書類。

 アイズのことが書いてある書類にコーヒーぶちまけたことに対していろいろ言いたいことはあるが、まぁそれは追々。

 

「よりにもよって、まぁ。どうしてこうなるのやら」

 

 勝手にまとめていいものかと思うが、任されたのなら仕方がない。

 誠心誠意、他の書類に比べ物にならないくらい丁寧に仕上げてやろうじゃないですか。

 

「――――――」

 

「――――――」

 

 少しの間無言の間が続き、

 

「終わりました。次はどれを?」

 

「はやっ、仕事速いっ、速い、速過ぎる。しかも凄く見やすいって……というか絵上手い……」

 

「ちょっと強引な方法ですよ。凄い丁寧に気を付けて書いたお陰で時間が相応にかかりましたが」

 

 大体十二分くらいか、丁寧に書けたし不備も問題も無いはずだ。

 

「で、次は? 一枚やったら二枚も同じ、さっさと終わらせますよ」

 

「あ、ありがとぉ~」

 

「その代わり今度何かお礼を頂きたいものですね」

 

「ぐっ……じょ、情報で我慢してね?」

 

 書類の山をどさっと置かれて、こんなに【ランクアップ】した人がいたのかと感心していると、その山の中に『被害届』というものがあり……

 

「ミイシャさん? 私がやるのは神会(デナトゥス)に関わる資料だけですよ?」

 

「チッ、バレちまったらしょうがねぇ」

 

「何ですかその口調」

 

 渋々書類の山から一気に束を取り出す、五・六枚程度のそれが問題の書類だろう。やることは、基本的な【ランクアップ】した者の情報を纏め、更には挿絵を入れる。

 先程は、アイズの挿絵を描くのに時間を多く要したが、今度は正直どうでも良い赤の他人であるため、適当に手を抜こう。

 まぁそんなこんなでかかった時間がミイシャさんが終るのを待って十五分ほど。八割以上私がやらされたのだが、その分収穫はある。

 

「もぅ、これシオン君が担当すればいいんじゃないかな?」

 

「面倒です。というか、何故自画像まで描かなければならないのやら……」

 

 【ランクアップ】した人物の中には、勿論のこと私も居る。いい感じに情報をぼやかせたし、手を加えられたのはミイシャさんに感謝すべきか。    

 

「というか、シオン君。ベルって言ったっけ? シオン君の弟。その子もかなりの速度で【ランクアップ】したけどさ、何か秘訣はあるの?」 

 

「さぁ? 秘訣ではありませんが秘密はありますよ。勿論載せてませんが」

 

「ちょ、それって」

 

「あれ? 何のことですか? 部外者に仕事を手伝わせてそれがばれたら更に不味いことになるミイシャさん?」

 

「ぐはっ」 

 

 ベルの資料にも手を加えた、神々の餌になることもこれでない。

 勿論、スキルや【神の力(アルカナム)】についてその場で言及されることはあるだろうが、それについては対策を既に練っている。

 それに、たとえこのことがミイシャさんに知られても、結果的にダメージを負うのは彼女であって、私では無いから密告される危険性も無い。 

 

「では、ミイシャさん。私は戦場へ向かいますので、今日はこのあたりで」

 

「え? 戦場? ……なるほどね、感想待ってるよ。頑張ってね~」

 

 気楽に送り出されたが、こちらの気持ちはこれほど軽くはいかない。

 はぁ、覚悟を決めるか。

 

 

   * * *

 

 という訳で、対神武装(考案者私)で会場に潜伏してます私です。もうあの女神にはバレていて、凝視されているせいで寒気を終始感じているが。

 因みに、武装と言っても簡単な物で、『黒龍』に『一閃』。魔道具(マジックアイテム)である漆黒の手袋に指輪という軽装だ。

 重さだけで言うと、右腰の刀だけで重装備相当、というよりそれを超しているのだが。

  

 因みに、会場はバベル三十階。仕切りが取っ払われ、広々とした空間である。

 そこに巨大な円卓がぽつんと置かれ、椅子が備え付けられていて、神々がそこに座っていく形だ。

 奥には硝子(がらす)は張り巡らされていて、高々としてバベルの景色を一望できる。

 私が跳躍したら、これより高くの景色を一望できるのだが。

 

 会場には様々な神が入場しており、くだらない会話を交わすものや、悪ふざけに遊び回るもの、神ならではの行動がよく見られた。

 一般的に神会(デナトゥス)とは真剣な会議の場と言われているが、もうこれだけ見たら全然違うものにしか感じない。

 

 と、そこでヘスティア様がタケミカヅチ様と共に入場してきた。

 タケミカヅチ様はヘスティア様とは知己の仲らしく、本人は素晴らしい神格者ではるが、その容姿と無意識の言葉使いから、『オラリオ二大女たら(しん)』と不名誉なことを言われていたりする。 

 因みにもう一人はミアハ様だ。神格者に限って何故こうなるのやら。

 あと、私自身も知り合いであったりする。顔合わせた程度だから顔見知りかな?

 

 そんなことを考えていると、不意にタケミカヅチ様と目が合った。 

 流石武神、容易に隠蔽(ハイド)を破ってきますか。

 それで騒がれるわけにはいかないので、人差し指を唇の前に当て意志を伝える。頷き返してくれたので意味は伝わったはずだ。

 ヘスティア様はとある席、神ヘファイストスの隣へと座り、タケミカヅチ様はその隣へと腰を下ろした。

 二言三言交わしているのを見ていると、突然間延びした聞き覚えのある声が聞こえる。

 その声の主は席から立ち上がり、何やら何千回目云云(うんぬん)といいだした。

 どうやら今回の司会は神ロキらしく、資料に手間をかけた成果が出るかもしれない。

 

 ヘスティア様が悪態を吐いてそっぽ向いてるけど、そんなに嫌いなの?

 

 と、そこからテンションアゲアゲで始まったのは情報交換。これって私聞いてていいのかな?

 内容は酷いものばっかりだったけど、中には食人花(ヴィオラス)と固有名詞は出さなかったものの、それらしき情報を探るような動きも見られたから、しっかりと目的をもって行動している神もいるらしい。

 まぁこのあたりはミイシャさんへのお土産としよう。

 

「さて、唐突なんやけど、今日はゲストが来とるでぇ~」

 

 そこで神々がざわめき始める。てか、知ってたのね神ロキは。あの、タケミカヅチ様? こっち見ない。それと神フレイヤ、貴女もさっきからこっちを凝視しない。寒気がするから。

 

「といっても姿が見えんのやけど、どこいったん? 遅刻?」

 

「してませんよ。時間には厳しく生きていますから」

 

『!?!?』

 

 タケミカヅチ様と神フレイヤ以外は私の出現に大きくどよめき、椅子から転げ落ちるものまでいた。

 良い反応だ、真顔を保つのが辛いくらいに。

 

「で、神ロキ。私は何も聞かされてないので、何故ここに呼ばれたかも知らないのですが」

 

「シ、シオンたん。びっくりさせんといてや。あぁ何故ここに呼ばれたかやけど、うち含め、何(にん)かからギルドに要請したんよ。それが誰か、言う必要あるか?」

 

 会場内を見渡してみると、三柱の神がニマニマしていた。あの顔面、殴りたい。

 

「必要ないですね。はぁ、もう帰っていいですか。私あの女神にあまり関わりたくないのですが」

 

「あら、そんな寂しいこと言わないでほしいわね。私はいつでも歓迎よ?」

 

「私はいつでも遠慮させていただきます。というか嫌です」

 

 そう言い返すと、さらに神々がどよめいた。

 美の女神相手にこうも堂々としていられる人間はそういないから、珍しいものを見た程度の感覚で驚いているのだろう。

 

「シオンたん、相変わらずやなぁ……あ、席ついてええで。今は参加者と変わらん立場やし」

 

「いえ、立ったままで構いません。直ぐに逃げられるように」 

 

 そう考えるのは今の状況で当たり前。だって、神々の目が今『娯楽に飢えた獣』の目になっているのだから。直ぐに逃げられるようにしなければ。

 と言う訳で、入り口近く、ヘスティア様の後ろに立つことにした。

 

「じゃ、シオンたんをどうして呼んだかは後々説明するとして、次、いこうか」

 

『ま、まさか……』

 

「せや、命名式やー!」

 

 そう神ロキが言うと、場の空気が、変わってはいけないベクトルに変化した。

 一部の神が、にんまりと、口角を上げて、いやらしく笑っている。

 あぁ、あれだ。絶対悲劇が起きる。

 

「資料はいき渡ってるなー? 今回の資料はやけに綺麗やけど、ま、気にせずいくでー? トップバッターは……セトのところのセティっちゅう冒険者から」

 

 途中、『とっぷばったー』なる意味不明な単語が出てきて、正直戸惑っていますはい。

 これが神々の領域か……理解不能だ。

 それに、なぜこんなに盛り上がる? しかもあくどい顔して。

 更に言えば主神がどうしてそれほど悶えているのだろうか。

 

「うーん、なんかぱっとしたもんででこんかなぁ……シオンたん、なんかある?」

 

「へ? あ、あの……【暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)】、とか」

 

 セティ・セルティ。確か炎系統の魔法が得意だった気がする。というかそう書いたはずだ。

 と言う訳で、ぱっとでできた炎の何かといえばこれしかない訳で。

 

「あ、それもろた。決定や」

 

『おぉ~』

 

「ふざけるなぁぁぁぁぁっ⁉」 

 

 とその提案はすらっと呑まれ、絶叫するものが居る中殆どの神に『やるな』と言わんばかりの視線を送られた。

 え、なに? そんなに良かったの?

 

「シオン君、君は本当に人間なのかい?」

 

「それはどういう意味で?」

 

「主に考え方の面で」

 

「それはぁ……何とも言えませんね」

 

「じゃ、次いくで~。次はタケミカヅチのとこの、極東やから逆にして、ヤマト・命ちゃんやな」

 

 資料を捲る音が重なり、更に『ほぅ?』という関心の声も重なった。

 

「タケミカヅチ様、そう言えば命さんは元気ですか?」

 

「ああ、あれからも立ち直って頑張っているさ。それに、そのお陰でLv.2になれたとも言ってよかろう。感謝する」

 

「いえいえ、私はただ普通にやっただけですから」

 

 因みに、私が初めてタケミカヅチ様と会ったのはオラリオに来てから三日後の事であり、その日に何故か【タケミカヅチ・ファミリア】の人たち全員に模擬戦を申し込まれ、面倒なので一気に相手し、無傷で追い返してやったことがあった。

 木刀一刀で。

 そう会話している内にかなり可哀相な名前が並べられていて、それをタケミカヅチ様が必死で止めに入っていた。ちょっと面白いので、私も参加することに、

 

「あ、私は【忍び寄る影(アサシン)】で。命さんの特性に合っていると思うので」

 

「なっ」

 

「すげぇぞ、下界の子にこんなネーミングセンスの奴がいたとは……」

 

 見知らぬ神がそんなことを呟いたが、単なる悪乗りであり、別に決定されなくてよい。

 

「【儚き静寂の恋路(サイレント・ラヴ)】とかもいいかもしれませんね。ネタ的に」

 

「やめてくれぇぇぇぇぇっ⁉l 

 

 まぁ一時の楽しみだ。神をいじれる機会などそうそうないし、今のうちに遊んでおこう。採用されることも無いだろうから。

 

「よし、採用」

 

『異議無し』

 

 されちゃったよ。まじか、二つ目だぞ。人類史上初じゃない? 快挙だよ。笑えねぇけど。

 

「ふざけるなぁぁぁぁぁっ⁉」

 

 実際本当に笑えてない、目の前で首根っこ掴まれて揺さぶられながら叫ばれたらねぇ。

 

「シオンたん容赦ないなぁ。神より酷いんちゃうか?」

 

「神ロキ、私はただ良い機会なので少し遊んでいるだけですよ。採用したのは貴女なのですから、私の知ったことではありません」

 

「投げやりかいな。まぁええけど、じゃ次。ぬふふふっ、大本命、うちのアイズたんや!」

 

 そう聞いて少し反応してしまう。

 これは流石に下手な手は打てない。現状維持を図れるようにしなければ。

 周りも何か企んでそうだ。いつでも殺―――対処できる構えをとっておこう。

 騒がしく意見を飛ばし合い、とりあえず問題なさそうなものばかりでているが、あれはダメだった。

 

「―――――【神々(おれたち)の嫁】だな」

 

 瞬時、バキバキと可笑しな音が床から鳴った。

 それはある場所を中心点にして円状に広がっている罅。

 その中心にあるのは、私の足。

 

「……皆様方、場を冷ますようですが、一つ言わせていただきます」

 

 私から放たれる鬼気を感じ取ったのか、神々の顔が険しくなる。

 

「アイズに不名誉な名でもつけてみろ……あんたら、殺すよ?」

 

 瞬間、風が吹いた。

 その正体は私。腰の『黒龍』で、先程の不埒な発言をした神を全身斬り裂いたのだ。

 勿論、死ぬこと無く失神しただけだが。

 

「意味、わかりましたか?」

 

 そこに込めた意味とは、『私は容赦なく神すらも攻撃する』ということ。

 

『調子乗ってすみませんでしたぁっ!!』 

 

 先程までふざけていた神々が、円卓の上で見事な土下座をした。

 てか、神が人間に頭を下げるって、威厳とかないの?

 

「シオンたん、やりすぎやで……」

 

「まだ足りませんよ。天界に送還させないであげている辺り、私の優しさなんですから」

 

「げっ、それやったらシオンたん追放されるで」

 

「なら追放しようとするやつら全員消せばいいだけの簡単な話です」

 

 実際、情報さえあれば一日で片が付くだろうし、余裕だ。

 

「……今のは聞かなかったことにして、じゃアイズたんは今のままな」

 

 よし、一つ波を越えた。あとは懸案事項なんて無かったし……

 

「次、シオンたんやな」

 

「は?」

 

「【異常者(イレギュラー)】」

 

「【危険分子(イレギュラー)】」

 

「【異質(イレギュラー)】」

 

 速いなおい、てか全部同じ読みじゃん。意味違うだけで……なんでそんなこと判ったんだ?

 

「というか、本人の前でよく堂々とまぁ」

 

「シオンたん、脅しは無しや。こればっかりはなぁ」

 

「……はぁ、わかりました」

 

 流石に不名誉な名を付けられそうになったらとっかかるが、無難までなら許そう。 

 というわけで、ヘスティア様の後ろ待機だ。  

 

「……流石だな、良い動きだ」

 

「ありがとうございます。でも、まだまだですよ。服を斬り落とさずに全身刻めましたけど、一部服の糸が解れてしまい、斬った痕が残ってますから……これではバレてしまいます」

 

 想像(イメージ)では、武神であるタケミカヅチ様にすら認識不能な淀みのない完璧な動きで斬り付け、何事も無かったかのように戻っていることなのだが。

 

「高みを目指すことを諦めないのは良いことだ。それと、無粋かもしれんが、その刀は、大丈夫なのか」

 

「ええ、問題ありませんよ。この刀、絶対に生物を傷つけないので、たとえ枷が外れて先程のように斬り付けてしまっても殺すことはありません。それに、私がこの刀に呑まれることはありませんよ。打った本人からもそう保障されています」

 

「そうか、なら何もいうまい」

 

 言葉では心配しているように思えるが、目は完全に、そんな心配など露ほどもしていないと言った感じだ。これはある種の信頼なのだろうか。

 

「【前例破り(ニューレコーダー)】なんてどうかしら?」

 

 会話が終り、会議の方に耳を傾けると聞こえてきたのは明らかに無難な名。

 

「神フレイヤ、もう少し格好良い名が欲しいので、考えを改めてください」

 

「そうねぇ……私のことを、フレイヤ、もしくはフレイヤ様と呼ぶようにしてくれたら考えてあげなくも無いわよ?」

 

「どこまでも上から目線ですね……無性に腹が立ちます」

 

 どうしてこうも自分が絶対王者のように構えられるのだろうか。凄いのは貴女ではなく貴女の眷族だろうに。それを見出した自分に絶対の自信を持っているのかな? なんともまぁ粉々に打ち砕いてやりたい自信だな。

 

「というかシオンたん。この資料、情報少なすぎるって。そのせいで考えようもないんよ」

 

「おかしいですね、沢山載せた筈ですが。私から見てもどうでも良い情報ですけど」

 

「載せた? それって……まさか、これ書いたのって、シオンたんか?」

 

「他の方々に配られた資料よりよく出来てるでしょう? 特にアイズのは頑張りました」

 

 ミイシャさんにも言われたが、どうやら私の仕事ぶりは、速い、正確、上手い、らしい。

 要するに、よくできているとのことだ。

 しかもそれは、適当にやった仕事であって、その私が少し頑張ったら、普通以上のものができるのは当たり前である。

 

「で、結局私の二つ名はどうなったのですか?」

 

「せやから情報が……そういうえば、今ここに本人居るんやな……」

 

「それがなにか?」

 

「なら簡単な話やないかい! 聞きたい事は直接聞けばええやないか!」

 

 気づいて欲しくないことに気付かれてしまった。

 確かに資料の誤魔化しはできたが、この場で聞かれてしまえば正直どうにもならない。

 今、かなりやばい状況である。

 

「と、言う訳やから、シオンたん。今日こそはいろいろ答えてもらうでぇ……」

 

 そう言いながら指をうねうねと動かし、じりじり円卓に乗り上がって迫って来る神ロキ。しかも進み方がしゃがみながら歩くと言う地味にバランス感覚の必要な歩法(ほほう)

 

「はぁ、致し方ないですね。答えられることなら答えますよ」

 

「うぇえっ⁉ 大丈夫なのかいシオン君⁉」

 

「大丈夫です。それと、かえってヘスティア様は邪魔なので黙っていてくださいね」

 

 余計なことさえ言われなければ、恐らくうまい具合に乗り切れる。 

 最悪、逃亡が許されるわけだし、ギリギリまで問題ない。

 

「あ、それと、一神(ひとり)一つずつ。それ以上は答えませんからよく考えてくださいね」

 

「条件付きかいな⁉」

 

「あたりまえです。私にだって、隠し事の一つや二つあるのであすから」

 

 例えば『くろれきし』、例えば七年前の出来事、例えばお祖父さんの正体。

 正直、挙げれば際限が無い程ある。

 

「んじゃ、まずはうちから。シオンたんって、どうやってこんなに稼いどるん?」

 

「あ、資料に乗せた所持金のことですね。といっても、別に変わったことをしている訳ではありませんよ? 質の良いドロップアイテムや魔石を換金したり、ちょっとばかり難関な冒険者依頼(クエスト)を攻略したりしていたら、ぽんっと貯まってました」

 

 私の所持金は、正直偶然の重なりであり、参考にすらならない。というよりしない方が良い。

 

「次は私でいいかしら」

 

「いいですよ、神ヘファイストス」

 

「それじゃあ聞かせてもらうけど、その刀、【ヘファイストス・ファミリア(うちの子)】が打ったもので、あってるかしら」

 

「ええ、草薙さん、カグラ・草薙に打って頂きました。使い心地の良い刀です。ですが、どうしてそれに気づいたのですか?」

 

 神ヘファイストスの言い方は、疑問ではなく半ば確証していた風だった。何かといえば確認に近い。

 

「やっとあの子も、ちゃんとした使い手を見つけられたのね……」

 

 小さく、そう呟き。答えになってないと思ったが、それは答えなどではなくただ自然と漏れてしまったものなのだろう。

 

「あぁ、どうして気付いたかだけど、ただの勘よ。あの子の刀と似た感じがしたから、気になっただけ」

 

 やはりそういったことの勘は、鍛冶神なだけあって一際鋭くなるのだろう。

 

 

 そして、その後も順調と思われるペースで質疑応答は進展していった。

 やがてタケミカヅチ様で終わりを告げ、命名式へと戻ったのだが、その時の空気はとても気まずいものだった。

 それはもう、静かに自分の存在を消してしまうくらいに。

 流石に存在を消したら、鋭い例の二神(ふたり)も気づくことはできないらしい。まさかこんなところで暗殺技術が役に立つとは。多用しちゃ駄目だけどね。 

 因みに、なぜそうなったか、それにはある一つの質問が関わっていた。

 

 

―――――――時は数十分ほど前まで遡る。

 

「じゃあ次俺ね~あのさ、結局の話、【神の力(アルカナム)】でなんかされたりしてないの?」

 

 それは、この会議に出席している大半の者が聞きたかった内容かもしれない。その気持ちを代表したのが、無神経そうな男神だった。  

 実際、周囲は静かに眼光をちらつかせるものや、興味津々を体現したかのように身を乗り出しているものもいるが、一致していることはこの答えを聞きたがっていると言うこと。

 私は、(あわ)れな目で見下すことを抑えもしなかった。

 

「あの、一つ良言わせていただきますが」

 

 会場内が、久しぶりの沈黙に支配される。

 誰もが聞き逃さぬように耳を澄ませているが、別に大したことを言う訳ではない。

 ただちょっと、喧嘩覚悟で言っただけだ。

 

「たとえヘスティア様が【神の力】を私に行使したとして、それに気づけなかったあなた方は、どれだけ無能なのでしょうか?」

 

『は?』

 

 唖然とした面をさらけ出している。うん、実に滑稽(こっけい)なり。

 だが私はまだ言い足りない。

 

「実際そうでしょう。この駄女神(だめがみ)ヘスティア様ですよ? 計画なんて碌に練れるわけがありませんし、正直言ってバレないようにしていても、馬鹿の一つ覚え程度。まぁ使っていたらの話ですが、あなた方はそれに気づけていません。つまり、この駄女神以下、いえ、未満の無能と言うことを自分から表明していると、お分かりいただけますか?」

 

「シ、シオン君⁉ 酷いじゃないか! 僕が駄女神なんて!」

 

 それに対し、即座に言い返してきたのは、なんとヘスティア様だった。でも、言い返した内容があまりに可哀相に思えてきて、うん、うちの主神様、とても残念。

 なので、証人をもって教えてあげたのだ。

 

「神ヘファイストス。ヘスティア様が貴女に養われていたとき、どんな生活でした?」

 

「食って寝て遊んで食って寝る。可哀相なくらいの駄目さだったわ……」

 

「ヘファイストス⁉」

 

 ヘスティア様は、以前神ヘファイストスの下で衣食住を満たしていたが、自身の堕落さの所為で追い出されてしまったのだ。別の住居を与えられて。

 マジで神ヘファイストス優しすぎ。そうだけどそうじゃなくて。

 つまり神ヘファイストスが、この中で最もヘスティア様の堕落さを知っていると言う訳だ。

 よって最適の証人である。

 

「と言う訳で、ヘスティア様が私に何かをしたと言うことを疑うのは自由ですが、自分が憐れにならないように、精々気を付けておくと良いですよ」 

  

 

――――――というわけだ。

 

 私は悪くない。 

 結果からして、その後も責められることもそれに関することで問いただされることも無かった。

 そして気づいたら、命名式が終わり、神会(デナトゥス)も締めくくられるところだった。

 

 自分の名が何に決まったのか、聴いてなかったのは痛い。後でヘスティア様に聞けば教えてくれるだろうか。そうでなければ聞き出すまでだが。

 そんな訳で、後半ただそこにすらいるようでいなかった私は、終わりの挨拶だけを聞いて早々にその場を去ったのであった。

 

 空は、空しく淡い。揺れ動くほんわかとした紅が、数秒の間私を包んだ。

 

 

  

 

 『世界最速記録保持者(ワーストワン)』シオン・クラネル。Lv.2

  二つ名

 

絶対なる変わり者(アブソリュート・サイコパス)

 

 







  因みに 
 アブソリュート・(二重奏)。とサ〇〇〇ス(psychopath)。言われてピンときますかね?
 どちらもご存じの方はすぐ気づかれたと思いますが、はいその通りです。それらを参考にさせていただきました。
 、


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宴、それは一波乱

  今回の一言
 ふはは、リューの扱い方を決定したぞ。

では、どうぞ


「あ、シオン、おかえりって、大丈夫?」

 

「大丈夫ですよ、たぶん。自分の行動を振り返ってみて、少し後悔しているだけなので……」

 

 茜色の、雲雲から漏れ落ちる仄かな光がゆったりと街の空気を入れ替えていく中、音なく戻り、珍しくベットにへたり込んだシオンが、頭を抱えて(うめ)き始めていた。

 

「……また何かやらかしたの?」

 

「問題児みたいに言わないでください……実際そうですけど」

 

 神会(デナトゥス)での収穫はあるにはあったものの、肝心の二つ名を殆ど聞いていなかった。存在を消すと、後は本当に第六感しか頼れるものが無く、周りに気を配るなんて無理なのだ。

 その選択を取ったのも自分であるし、その選択に迫られる状況を作り出したのも結果的に私だ。せっかくの機会を無駄にして、後悔しないで何をしろと言うのか。

 

「ね、シオン。今日リリから【ランクアップ】のお祝いに誘われたんだけど、シオンも来る?」

 

「お祝いですか? 場所は?」

 

「『豊饒の女主人』」

 

 それには少し驚いた。てっきり、リリはシルさんに苦手意識を感じているのだとばかり思っていたのだが、まさか自分から会いに行くとは。いや、場所を決めたのはベルなのだろうか、それなら何も疑問を感じないが。

 

「では、私も参加させていただきます。この頃行ってませんでしたから」

 

 それも行く理由の一つなのだが、ベルが道中神々に狙われないとは限らない。一応その護衛でもある。あの場で、【神の力(アルカナム)】が行使されていないことを実質証明したのだ。なら秘密はベル自身にあると言うことになり、考えてみれば増々ベルが狙われることになるだろう。

 あぁ、なんで後先考えられないんだ……

 

「では、ヘスティア様に二つ名を聞いてから、行きましょうか」

 

「うん」

 

 その数十分後、二つ名とその意味を伝えられた二人がどのような心境となったかは、ご想像にお任せするとしよう。

 

 

   * * *

 

「なんで私が言うかは分かりませんが、とりあえず。ベル・クラネルの【ランクアップ】を祝して、乾杯」

 

「「「「乾杯っ」」」」

 

 ジョッキの鈍くも軽い音と、鋭く響くグラスの音が、その声と共に場を生き生きとさせる。

 透明な容器の中に揺れる薄橙の液体は、十八階層で採れる果実をふんだんに使い、それを氷で割った酒精無し(ノン・アルコール)のジュース。 

 ジョッキから喉へ運ばれている液体は、色は異なるもののどちらも酒精(アルコール)入り。

 広いテーブルの上に並べられるのは、色とりどりの料理。半ば強制的に、店で選りすぐりの高いものを頼まされていることもあり、見た目だけではなく、味も相応のものだろう。

 

「あの、シオンさん。シオンさんの【ランクアップ】は祝わないのですか?」

 

「祝う程のことでも無いでしょう? 私はベルみたいに偉業と言えるほどのことをしたわけではありませんから」

 

 ベルの【ランクアップ】の経緯は、()()()()()()()()()()()()()()()の撃破。

 対し私は単なる殺し合い、しかも人外で行ったもの。ベルのようにしっかりとした偉業とはいえない。

 これが資質の差なのだろう。私は単なる殺し合いで【ランクアップ】できる程度なのだ。元の器が小さすぎる証拠と言えようか。

 

「ねぇシオン、そういえば、なんでお酒飲まないの?」

 

「本当は飲みたいのですが、今日は少し無理そうでしてね」

 

 酒場に入って来た時から感じていたが、視線の集めようが凄い。私に対しても向けられているが、その視線がリューさん、シルさんにまで及び、しかも視線の色が変わってきている。

 恐らく何らかのきっかけで酔った奴の誰かが手を出してくる。そのとき私が酔っていたら、相手を最悪殺しかねない。冷静でいられるようにするためにも、酔う訳にはいかないのだ。

 

「あの、リリはお酒を飲みたいのですが」

 

「子供は飲んじゃだめですよ」

 

「ムキーィッ! これでもリリはベル様より年上なのですよ!」

 

「リリは体が成長してませんから、それに、お酒に弱いでしょう?」

 

「ぐっ、なぜそれを……」

 

「見れば分かります」

 

 リリは酒を飲んでいる訳では無いが、頬を赤らめさせ、座っていながらも軸がブレブレとなっている。酔っている証拠だ。つまり、リリは気化した酒精(アルコール)だけで酔っている訳だ。それが示すことはもはや自明の理だろう。

 それでも飲もうとしているのは、単にベルと同じものを飲みたいだけか。

 

「そうですベル、聞きたかったのですが、今後はどうするのですか?」

 

「え? どういうこと?」

 

「言葉が足りませんでしたね。ベルはLv.2になりましたが、ダンジョン攻略の方はどのようにするか、ということです」

 

 念のために聞いておくべきことだ。このままを継続すると言うのなら何も問題ないのだが、中層に行く気があるのなら、渡したい物もあるので、事前に知っておきたい。

 

「ん~、何日か上深層に留まって、その後中層に行こうとは思ってるかな。あ、でも、すぐにじゃないよ? 防具も壊れちゃったし、また買い直してから。他にもいろいろあるしね」

 

「そうですか、数日は期間があると言うことですね」

 

 それなら問題は無い。ベルも、下手を打たなければ問題なく中層を単身(ソロ)で潜れるレベルまで達している。過信して深く潜ったりしなければ、口出しすることはない。それに、準部期間があるなら()()の用意も追い付くはずだ。

 

「……クラネルさんは、中層に行かれる気なのですか?」

 

「はい、そうですよ?」

 

「……それは、シオンさんと一緒、という訳ではなく?」

 

「あ、私は中層ではなく深層に潜る予定もあるので、付き合えませんよ」

 

 リューさんはどうやらベルが深層に潜ることに乗り気ではないようだ。私に同行の有無を確認したことから、恐らく人数の問題を考えているのだろう。ベルは潜ることはできてもパーティは二人、スタイル上ベルが一人で戦うのが基本だ。つまり実質単身(ソロ)状態なのだ。

 私が参加するのも良いかもしれないが、ご生憎(あいにく)様私が次潜ろうと思っているのはその更に先、三十七階層である。道中留まる気も魔石を回収する気も無いため、ショートカットしながら進むのだからベルと共に進むのは、正直ベルが邪魔になるのだ。

 どうやら私の予想した通り、リューさんは中層の危険性とパーティーの有用性について説いていたが、それは突然止んだ。何故かと言えば、見るからに酔っている荒くれ者が、話かけてきたのだ。

 下心に満ちた下卑た目を、果てには私にまで向けて。

 

「【リトル・ルーキー】よぉ、パーティーを探してんなら、俺らの所に入れてやってもいいぜぇ」

 

「えっ⁉」

 

 ベルは突然の誘いに驚きを隠せないでいるが、どうか驚かないでほしい、この荒くれはベルが思っているような親切な人と言う訳では無いのだ。簡単に口先だけのことを言い、自分のことを中心に考える可哀相な類の人間。そういった種類だろう。

 

「ど、どういうことですか?」

 

「ベル、そんなこと聞く必要もありませんよ。分かり切ってるではありませんか」

 

「お、何だ? 気づいちまったか! そうだその通りだよ、善意さぜん――――」

 

「こんな糞みたいな目のヤツは、善意なんか欠片も無いただの悪人だ。その腐れた目をまともにしてから話しかけてこい」

 

 少々気が上がってしまったか、少し口調が荒くなる。私は今現在かなり有名なはずなのだ、性別も含めて。それでもこういう目を向けるヤツがいる。嫌気が差しているのかもしれない。

 

「何だと? よく言うじゃなぇか。『世界最速記録保持者(ワーストワン)』だか何だか知らんが、調子こいてんじゃねぇぞ? これでも俺はLv.3だ、()()()()()より上なんだよぉ」

 

 流石にそれは私の頭にきた。身の程も弁えないとはこのことだろう。

 私は全て言い終えるのを待ってから動こうと思っていた、だが、その必要な無くなる。

  

「お前、今何と言った」

 

 私の隣から発せられる、彼女の本気と思われる鬼気によって。

 

「私の聞き間違えかもしれない、だから確認する。お前は今、シオンさんを、『なんか』、と言ったか」

 

「そ、それがどうし――――――」

 

 その言葉が続くことは無かった、寸前まで首に迫ったフォークの先によって。

 

「――ッ! シオンさん! 何故⁉」

 

「殺す相手と殺さない相手、殺す場所と殺す理由。しっかりと考えてから行動してください。私の言えたことではありませんが」

 

 そのフォークとは、リューの左手に刺突のように握られているもの。そしてそれは、首を貫くために放たれていた。だが、フォークは血もつくことなく磨かれたことによる銀の光を放っている。

 何故止まったか、それは彼女のフォークを握る手を見れば分かる。そこにはシオンの手が優しく包まれており、彼が何かをしたのは確かだった。

 

 動きは見逃さなかった、そして無神経かもしれないが、そこにしか痛みを感じさせず完全に勢いを殺せる点が無かったのだ。

 リューさんの手を包むような形となるが、仕方ない。右手をリューさんのての甲に添え、小指に本当に僅かな力を入れて、私の腕を経由して力を全て受け流し、殺す。

 フォークは寸前で止まり、リューさんの速度に間に合ってよかったと安堵した。

 

「さて、完全にビビっている荒くれものさん、Lv.3の貴方様が見えてすらいなかった攻撃を私は止めましたけど、どうします?」

 

「ふ、ふざけてんじゃね―――――」 

 

「――――どうします?」

 

 更に言い返そうとしていたが、流石に面倒なのだろう。もう関わりたくも無いと言う意も込めて、抜き放った二刀の刃を首に添え、更には殺意を籠めた目でまっすぐ相手の目を見つめた。

 その目は即座に恐怖で染まって揺れ動き、次に目は視界から消えた。

 無くなったと言う訳では無い、耐えきれなくなり逃げていったのだ。 

 

「付けは利かないよ!」

 

「ひゃ、ひゃいぃぃぃぃ!」

 

 静まり返った酒場に、硬貨の入った袋が落ちる重い音がやけに響く。

 それでも尚、冷静でいる()()

 

「さて、仕切り直しましょうか」

 

「はい、そうですね♪」

 

「おや、シルさん。先程より機嫌が良いですね。どうしたのですか?」

 

「いえいえ♪ リューがねぇ……ふふふっ」

 

 リューさんが一体どうしたのだろうか? そう思い見てみると、胸の前で左手に右手を被せて、俯いたまま口の中で呟く彼女の姿が視界に入った。

 

「リュ、リューさん? 大丈夫ですか?」

 

「ひゃっ……申し訳ございません、シオンさん。大丈夫、です」

 

 素っ頓狂な声をあげたことに対してなのか頬を赤らめているのを見ると、正直心配になるのだが、本人が大丈夫と言うのだから大丈夫なのだろう。

 

「リューぅ、そんなに顔真っ赤にして、ど~ぅしたのぉ~?」

 

「な、何でもありませんっ!」

 

 シルさんの確実に裏のある言い方でそっぽを向いてしまうリューさんが、なんだか可愛らしく、思わず笑みを零してしまった。断じて気が変わった訳では無いが。

 

「あれれぇ? リューぅ?」

 

「うぅぅ……」

 

 それに更なる恥じらいを覚えたのだろうか、頬だけでは済まさず顔全体、果てには首の方まで真っ赤になっていた。隠そうと努力しているが、もう見えているのでその努力は実ることはない。

 

「……シオン、やりすぎじゃない?」

 

「あれくらいしないと、ああいった連中は止みませんから」

 

 と、ティオネさんが言っていたとアイズから聞いた。

 受け寄りの受け寄りであるが、それは正しいと思うので、私も実行している。

 

「さて、さっさと平らげましょうか」

 

「シオン、加減はするんだよ?」

 

「わかってますって、本気の四分の三ほどで終わらせますから」

 

「十分食べ過ぎだと思うけどな……」

 

 宴と言うものは、祝い、食べ、飲む、が本文だ。そのうち一つが封じられているのだから、その分食べるのは悪くないだろう。

 その為、私は遠慮なく食べまくることにした。加減はしたが。

 ワイワイと騒がしさを取り戻していく酒場、その中一層騒がしい私たち。

 

 今日は、少しくらい、楽しめたかな。

 

 

 以前と違い、胸の内にそう思えるようになっていた。

 

 

   * * *

 

  余談

 

「ところでシオンさん、シオンさんの二つ名を聞いていなかったのですが、何になったのですか?」

 

「【絶対なる変わり者(アブソリュート・サイコパス)】。私にとても合っています」

 

「それは、どういう意味で?」

 

「これは偶々知っていたことなのですが、『サイコパス』という言葉は、異常者のように、正常から逸した人に使われる呼び方なんですよ。実に私らしい。神たちもよく考えたものです」

 

「……シオンさんは異常者なんかじゃないです……」

 

「ははっ、そう思って頂けるとは、ありがたいですね」

 

「い、いえ、そんな……」

 

「はいそこー、そういう空気を作らない」

 

「?」

 

「つ、作ってません!」

 

 

 

   

 



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第八振り。愚かなり、人間
作成、それは装備


  今回の一言 
 内容が薄すぎるww。

では。どうぞ


 おおらかな陽が、さえずる小鳥の活気を付け、住宅街では、ガタンッ、ガタンッと立て続けに聞こえる窓を大きく開く音が、段々と広がっていく。

 寝台から体を起こし、陽を見ながら大きく伸びる者や、目覚めとばかりにコーヒーを啜る者。朝の規則が異なる人々が、皆それぞれに朝を始めていた。

 

 今日も地上は平和である。

 

 今日これからのために準備を始める大通りの店々。夜の栄えを終えた一角は、目が霞むほど煌びやかなその派手さが一転し、静かにその鳴りを潜めていく。

 昼夜を問わず、途切れることを是としない中央広場(セントラルパーク)は、相変わらずの人通り。この頃から既に、新たな何かを求めて挑み行く人は絶えない。

 

 今日の朝も、街は変わることを知らなかった。

 

 彼も変わることはない。することはひたすら同じであった。

 振るい、斬り、斬り続けた末、身を照らし始めた明かりと共にその刃を納める、

 毎度毎度と潰すかのように使ってしまう体の調子を整え、当たり前のように滴る汗を洗い流しにシャワー室へと向かうのだ。 

 清潔さを取り戻した後は、移動と言う些細な時間を除いて、朝食の用意である。

 せっせと動き、出来上がった料理は、本人は普通といえど、世間一般の観点では素晴らしいと評されるべき仕上がりだ。

 それでも手を抜いているのだから、彼の技術は計り知れない。

 

 今日は香ばしい匂いが漂い、それを印に兎のような彼がベットで寝ている彼女を起こす。もはやパターン化されている彼女の寝起きの一言は、相変わらずだ。

 テーブルを囲むように座る三人、ソファがあるのにも関わらずそこに座る事はなかった。座れなくはないのだが、床に膝をついてこのような形をとった方が皆平等、とはヘスティアの談だ。  

 

 食膳の号令をかけ、静かな食事が始まる。

 誰一人として、物を口に含むとき以外は口を引き結んでいた。

 そのお陰か、食事は早々(はやばや)に進む。ただでさえ速い彼はたとえ全てを食しても、他がそれを終えるまでひたすら無言で待ち続けていた。

 やがて食器が置かれる音と、食後の号令が静かな部屋の空気を入れ替え、各々が自分の行動に移った。

 

「ベル、両手を広げて少しそこに立っていてもらってもいいですか?」

 

「え? あ、うん」

 

 その中で彼は、インクの付いた羽ペンと羊皮紙を持ち、何やら書き込んでいた。

 角度を変えて見ると、書き込み、場所を変えて見ると、また書き込む。

 

「何やってるの?」

 

 不審に思われるのはもはや必至であった。だが彼はひたすらに紙に書き加えていく。

 数秒経ち、突然走っていたペンが止んだ。

 

「これくらいで大丈夫ですかね……」

 

「で、結局何やってたの?」

 

「ただ長さを測ってメモしていただけですよ。採寸、というやつです」

 

 あっけなく答えたが、それに驚きを隠せない者が一名。

 『さいすん?』といわんばかりに首を傾げる彼に対し、彼女はその言葉を知っていたからこそだろう。彼が行ったやはりあり得ない行動にそのような反応ができたのは。

 だが、彼女は自己完結をした。『シオン君だしなぁ』という根も葉もない、だが何故か説得力のある言い聞かせによって。

 

「さて、ベル。楽しみにしていてくださいね」

 

「な、何が?」

 

「だから、お楽しみです。悪いものではありませんよ」

 

 彼は左目を瞑り、そう笑いかけた。

 だが、眼帯によって見えることの無いそれは、全くの無駄であったりする。

 

 

 こうして朝は、過ぎて行く

 

   * * *

 

  余談

 

「ミイシャさん、おはようございます」

 

「あ、おはようシオン君。情報をもらいに来たの? それとも神会(デナトゥス)での出来事を聞かせてくれるの?」

 

「情報をもらいに来ました。神会(デナトゥス)のことはまた後日」

 

「うん、わかった。で、欲しい情報って?」

 

「裁縫道具や布などを取り扱っているお店を教えていただけませんか?」

 

「え、そんなことでいいの?」

 

「ええ、調べるのが正直面倒なので」

 

「どーせー三分も掛からないくせに。ま、いいけどね」

 

「ありがとうございます」

 

 

    * * *

 

 独り、鼻歌を歌いながら進められる作業。

 慎重かつ精密。それでいて素早い、相変わらずの手際の良さ。

 過程は脳内で描き終えている。ミスさえしなければある程度のできにはなるはずだ。

 皮を正確に決めている長さで斬り、確認し、また別の所を斬る。

 

 何をしているのか。と聞かれれば、装備を作っていると答えよう。

 耐熱性が高く防寒性も問題なし。サラマンダーウールと言う性能のわりに地味に高いものを買わずに済むし、しかも、それ以上に優れていると、どこぞの鑑定士が言っていた。

 その装備ならば、ベルの大きな手助けになるだろう。少しくらいは弟の背を押してあげたいのだ。

 

 だって、今まで殆ど何かをやってあげられてないし。

 

 といったことをおもっでいる間も、手を止めることはない。

 着々と進んで行く作業、そろそろ、集中し始めますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「完成……で良いでしょうかね」

 

 以前とは違い、その言葉に言葉が続くことも返されることも無かった。

 作業時間が圧倒的に縮んだのだ、おかげで陽すら沈んでいない。

 手には、闇色に近づいたように思える黒色の服。いやローブだ。  

 

 目元まで隠せるように作ったフードに、膝辺りまで隠すであろう長さ。露出を極力抑えるために長く作っているのだ、勿論のこと邪魔にならない程度。

 覆い隠せる部分が多ければ、それだけこのローブは有用性を増す。邪魔だと言われればまた調節すればよいだけのこと。本当は一発合格が望ましいが。

 

 留め具は一つだけ丁度首辺りの位置に付けており、『紅蓮』の柄と同じ素材を使ったので、溶ける可能性も焼ける可能性も無に等しい。それでいて留め具としての役割を果たすのだから、そこに関する問題などなかろう。

 そして、更なる利便性を考え、ローブの内側にポケットを用意した。

 20C程の剣または刀なら、ぴったり納まるステンレス製の柄状ポケットを左右に二つずつと、(てのひら)程度の大きさの物なら入る、斬ったことで出てきた皮を利用したポケットが左右三つずつ。計、十のポケットを用意した。

  

 一応、満足のできではある。その道一筋のプロと比べれば全然かもしれないが。

 だが、仕方ないだろう。作り始める数分前まで服作りの資料をひたすら読み漁ってやり方を憶えていたのだ。正直に言うと、何かを縫ったのなど今日が初めてである。

 素人どころか初心者。だが言う程酷くはないと思うから、大丈夫なはず。たぶん。

 

「あ、シオン。今日はずっとここにいたの?」

 

「いえ、外で必要なことを済ませて、ここで少し製作していただけですので。でも、丁度よかったです」

 

「え? どういうこと?」

 

 座っていたソファーから立ち上がり、綺麗に畳んでいたローブをベルへ渡し、『着てみてください』と催促する。

 受け取ったベルはそれを広げると、途端に目を輝かせ、再確認とばかりにこちらを向いて来たので、首肯する。すると、留め金を外し、数歩下がって、バサッと音を立てながら大袈裟に着れくれた。

 

「あぁ、わかります、その気持ち」

 

 私もローブ型の戦闘衣(バトル・クロス)を始めて着た時―――今も毎回だが―――あれをやってしまった。本能が教育上こう叫ぶのだ、『これに限る!』と。

 確実にお祖父さんの影響を受けていますね、はい。

 

「か、かっこいい……」

 

「それは良かった。着心地は? それと、邪魔なところは?」

 

「邪魔なとこなんてないよ、というかぴったり。それに、着心地もいいし、全然大丈夫。でもシオン、なんでこれを僕に着せたの?」

 

 それは事前勧告はしたが理解していなかったのだから仕方のない疑問である。

 

「ベルへのプレゼントだからですよ。近いうちに中層へ行きますよね、ならそれを着て行って下さい。始めは多少動き辛いでしょうが、慣れればかなり役立ちます」

 

「役に立つって、どんな?」

 

「そのローブは耐熱性、防寒性に優れていて、そんじょそこらのよりだいぶマシです。それに、ある程度の衝撃を吸収してくれますし、内側にポケットがあるので物を入れることが出来ます。ね、探索に便利でしょう?」

 

 私からすれば取るに足らない存在である『強化種』ですらないヘルハウンドは、冒険者の間では難敵として知られていて、その大きな要因は口から出す炎にある。 

 上層では例外を除き出現しないが、中層から遭遇(エンカウント)する。本格的な遠距離攻撃をするモンスターはヘルハウンドが初遭遇となるはずだから、普通は対処が困難になる。そして、そこで対策として使われるのが『サラマンダーウール』なのだが、これはそれ以上の性能であるため、といったわけである。そのための耐熱性だ。

 防寒性は端に寒くならないようにであり、衝撃吸収は元の素材がそう言ったものであるからだ。ポケットは省略しよう。

 

「うん、ありがとう。わざわざ()()()()()()()()

 

「はは、買ってませんよ。手作り、オリジナル、オーダーメイド―――ではないですね。でも、それは恐らくベルしか持っていないローブですよ。素材含めて」

 

「……………」

 

 目を丸にして硬直するベル、それほど衝撃を受けることでも無いだろうに、どうしたのだろうかと、心配していると、微かに口が動く。

 

「……シオンって、服作れたんだ……」

 

「やり方を覚えたので、なんとか作れただけですよ。それほど苦労はしませんでしたが」

 

 『敏捷』による機敏さと、『器用』による針さばきは完全に【ステイタス】に頼っていたが、別にそれくらいは問題ないだろう。

 作れたのだから、ね。

 

「……やっぱり多才だね」

 

「いえいえ、全てその場(しの)ぎ程度のものですよ。私は剣の才能もありませんから。ただの努力の結晶と応用です。所詮そんなもんですよ、私なんて」

 

 私は決して多才などではない、あるとしてもたった一つだ。それは『記憶』というもの。それだけには他の追随を許さぬほど長けているといえよう。

 だが、それだけ。他は才能なんて標準以下、それは才能とは言わない。

 本当にその程度なのだ。所詮、その程度なのだ。

 私はベルとは違って、才能なんてない。 

 

「そ……っか。ごめん、なんでもない。ありがとねシオン、大事に使うから」

 

「いえいえ、使って頂けるだけありがたいです」

 

 そこで顔を見合わせ、(ほの)かに笑った。

 それが何の笑いかは分からないが、自然と出たものであり、

 

――――決して、自分への嘲笑などではないはずだ。

 

 

 

   * * *

 

『グロォー オーオーオー オーオーオー オーオーオー リア♪』

 

『イン エクチェルシス デーオー♪』

 

 あと少しで半分まで削れる月は、中天に差し掛かってはおらず、今やっとのことで東の市壁上部から姿を(あらわ)にした。  

 たとえ月が主役でなくても、空に光るまばらの星々はその輝きを失っていなかった。いや、目立つ月がない分より一層増したといえるだろう。

 宝石箱のように爛々(らんらん)とする夜空の下、アルトとソプラノによるハーモニーを築いているのは、斜めの屋根に寝転がりゆったりと声で音程をなぞる兄弟。

 別段大きな声ではないが、その声は辺りに良く響いた。

 周囲に音はない、必然的に音の発生源は二人の歌声だけとなるのだ。

 それだけでは無いだろうが。二人の歌声は、男声とは思えない程透き通っており、片やソプラノの音域を出しているのだ。声変わりを起こしても尚その状態なのだから、不思議なものだ。

 しかも完璧に噛み合っている。心から聴いてしまう二重奏(デュオ)だった。

 

 これは、西の地域で崇拝されている神への讃美歌、らしい。実際に西の地域へ行ったことも無いので、聞いたことでしかないから断定はできないのだが。

 だが、この歌はいい歌だ。正直言うと歌詞の意味は断片的にしかわからないので歌詞についてではないが、メロディーについてである。それだったら曲でもいいのだろうか。

 

『グロォー オーオーオー オーオーオー オーオーオー リア♪』

 

『イン エクチェルシス デーオォ~♪』

 

 それを最後に歌を終える。 

 この讃美歌は、ある文の後に『ルフラン』だったか、それを歌って構成されている。

 十年前のことだが、お祖父さんの知人という人が村に三か月ほど滞在したのだ。その人が歌っていたのがこの讃美歌で、音が綺麗だったのでそのとき教えてもらえたのだ。案外簡単でベルもすぐに憶えることが出来て、偶にこうやって歌っているのだ。

 

「ふぅ、相変わらずシオンは歌が上手いね」

 

「ベルもですよ。それに、何度も歌っていれば自然と上手くなるものでしょう」

 

 この歌は、村で鍛錬している合間も安らぎに歌っていた。休憩の合間の気晴らし程度だが、それでもある程度は身に付くものなのである。

 

「じゃ、戻ろっか」

 

「私はここで少しばかり星を眺めてからにします。ベルは先に戻っていていいですよ」

 

「……いいの?」

 

「気づいているのでしょう? 心配の必要はありませんよ」

 

「分かった」

 

 早々に地下室に戻ろうとするベル、それが何故か、彼が何故意味不明な確認をしていたか、それは二人が共通で、歌っている頃から気づいていたことだ。

 ベルが屋根から飛び降り、つたなくも受け身を取らずに力の分散で着地。屋根上までの跳躍はシオンの助けが必要であっても、着地ならなんとかできるらしい。

 

 気配でベルを追い、地下室に繋がる階段に差し掛かったことを確認すると、私は寝転がっていた上体を起こし、そのまま声を掛けた。

 優しく、それでいて強制力のある語気で。

 

「隠れてないで、出ておいで」

 




 
 さて、次回どうなるかなぁ?

 歌:讃美歌106番 荒野の果てに。

 聞いてて落ち着く歌です、興味のある方は、ぜひ。  
 


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精霊、それは報復

  今回の一言
 解る人にはわかるし、わからないならそれはそれでいいと思う。

では、どうぞ


 

「隠れてないで、出ておいで」

 

「!」

 

 一瞬大きく気配が変動し、それは直ちに納まって、揺らいだ場を落ち着かせた。

 その気配は、ただのものではない。恐らく、普通の人間が諸に受けたら後遺症をそれだけで残してしまうレベルのもの。それに、揺らぎと言うか、音なき鳴動がおかしい。

 それで彼女が何なのか、確信が持てた。だが、それだと少し説明が付かないことがある。

 

「大丈夫、私は貴女と同じような存在、何もしませんよ」

 

 自分と同じということで無意識の安心感を与え、更に何もしないと言うことで、意識的な安心感を与える。よく使われる相手を信じさせる詐欺の手口だが、こんなところで役に立つとは。

 

「あなたは……わたしに、こわいこと、しない?」

 

 小さな声が、背後から耳へ流れた。

 幼さが残りながらも、凛として研ぎ澄まされている声。だが、それは何処か弱々しい。

  

「そう思うなら逃げてもいいですよ。私は追いかけません」

  

「いや、わたしは一人じゃなにもできない」

 

 打って変わって、しっかりとした意志が伝えられる。後ろから段々と近づいてくるのがわかった。

 

「――――貴女は、精霊ですね。それもオリジナルの」

 

「……そういうこと、なのかな」

 

 その言葉に確証なんて響きは相応しくない。迷いと疑念が含まれていた。

 

「何故?」

 

 いろいろな意味を込めて、そう問う。

 

「わたし、本当は君の言うオリジナルだった」

 

「だった?」

 

「うん、だった。今はそうとは言えないかな。だって――――」

 

 そう言いながら私の横に座った精霊が、小さく竦まった、

 声の調子が段々と弱くなり、代わりに別の、負の感情は見え隠れする。

 

「――――わたし、穢されちゃったから」

 

「穢れる?」

 

 そう呟いたことが失態だと、すぐに気づいた。『何でもありません』と即座に訂正したが、もう遅い。精霊は答え始めてしまった。

 

「わたし、他の精霊の魔力因子を心理障壁を強制的に破壊されれて埋め込まれちゃったの。その時反魔力(はんまりょく)も吸収しちゃって、内側から壊されちゃった。力は勝手に上がったけど、わたしがわたしでなくなっちゃった」

 

「――――正直に言いますと、殆ど分からないので、要約を」

 

 『魔力因子』・『心理障壁』・『埋め込まれた』・『反魔力』・『壊された』

 重要と思われるところは抜きだせたが、解らなければ意味がない。

 

「つまり、わたしは精霊だけど精霊じゃない。半端者なの、君より酷い、ね」

 

「……私は精霊の力を使える人間です。ただし、その精霊の力は借り受けたもののようなので、彼女の気分次第で使えなくなってしまいますが。でも、精霊同士の特性は受け継がれています」

 

「それって?」

 

「『反応』。私は貴女との反応を感じませんでした。どういうことですか?」

 

 これが説明のつかないこと。

 この精霊が少し特殊なのはわかった。だが、そうだからと言ってこの現象が消える訳ではない。大なり小なり感じるはずなのだ。

 ゼロは、ありえるわけがない。

 

「わたし、君より酷いって言ったでしょ。どこがっていうと、いろいろなんだけど。一番大きいのが精霊の力が不安定だってことなの。感情が大きく揺らぐと力が荒れる。普通はある程度安定してるけどね、分不相応に力をもつとこうなるの」

 

 自身の力に耐えきれず、力に呑まれる。まるで呪いの様だ。

 だが、それだからどうだと言うのか。不安定だと反応しないと言う事なのか、それとも、力を持ち過ぎた者は、精霊という領域を外れてしまっているのだろうか。

 段々とわからなくなってくる。 

 

「くちゅんっ」

 

 辛気臭い空気になる中、子供らしいくしゃみが隣から聞こえた。

 当の本人は、体を(さす)るような動きをしていることが音で判る。

 

「寒いのですか?」

 

「うん、何も着てないから」

 

「全裸で街中を歩くなよ……はい、とりあえずは」

 

 私は上着を脱いで、隣の精霊に被せた。

 薄手でも風よけくらいにはなるだろうし、一応目は細かいから熱も保持してくれるはずだ。

 無いよりはましだろう。一枚程度で変わる訳がないが。

 

 そのとき、自然と見てしまった。 

 

 私は今まで目を瞑っていた。それが目が疲れたなどと言った理由ではなく、現実を見たくなかったから。

 始めの一言でわかっていたのだ、何かをされていたことは。

 それから逃げ延びたことも瞬時に分かった、でも、目を逸らしてすぐに忘れた。

 

 私はこの精霊を初めて視界に入れた。

 精霊は、声の通り女、いや、幼女だった。

 荒れくすみ、元は綺麗だったろうに、今は見るも無残な伸びきった銀髪。右眼を閉じ、その上に色濃く残る斬痕(ざんこん)が目立ってしまう顔。淀みきった碧眼は、隻眼であることも相()って彼女の今までを物語っている。

 視界下部に映るのは、惨状。ベルと同じく処女雪のような肌は綺麗と言えようが、その他がそれを打ち消す。切り傷から滲む血、変色した腹部と胸部。人の手形の(あざ)がくっきりと見える腕と腿。

 『首』とつく人体の場所は、一周するの黒ずんだ跡が色濃く残り、何ヶ所かに焼け入れられた『S031Y11』という文字列が何なのか、似たようなものを見たことがある私にはわかった。

 そして、判らせられる人間の糞さ。成熟もできていない体のはずなのに、生殖器官と繋がる場所の(むご)たらしさを見れば一目瞭然となる程までのものとなっていた。

 『穢れた』というのは、彼女が言った意味だけでは無かったのだ。

 

「チッ」

 

 思わず漏れる、禁じ得ない心情。

 同情なんてしてはいけないと思う、慰めなんて(もっ)ての(ほか)

 彼女が感じていた苦しみ、恐怖、それを想像すること自体が失礼に値しようか。

 

「……ね、一つ聞きいていい?」

 

 上着を着せ終えると、彼女は儚げな声音で消え落ちそうにそう呟いた。

 

「……どうぞ」

 

 一瞬の逡巡(しゅんじゅん)、だがすぐに肯定を示す。

 何となくだが、何を聞かれてるかに検討をつけていながら。

 

「じゃあ、さ。わたしをみて、どう思った?」

 

「――――――」

 

 まるで彼女は、どう答えるかを解っているかのように聞いた。

 端的に、わかりやすく私の気持ちを答えられるし、彼女の思っているように答えることもできる。全てに絶望しているであろう彼女は、肯定より否定を求めているだろう。

『助けてあげたい』

 だが、確かにほんの微かな善意が私にそう思わせた。思わせてしまったのだ。

 でも、勝手なことはできないし、それ以前に私は彼女について無知と言っていい。

 何も、できないだろう。

 英雄でも勇者でもない私は、所詮無力でしかない。全てを救うことだってできないし、僅かに伸ばされる助けの声すら、見限って背を向けることしかできない。

 余計な真似なんて、できない。私は一言で、暗く淀んだ彼女という存在を切り捨ているしかできないのだ。

 

『見捨てるの?』

 

 突然彼女(アリア)がそう問うてきた。

 見捨てる、確かにそう言うことなのだろう。

 弁明をする気もないし、事実なのだから否定もできない。

 

『助けてあげないの?』

 

 無理だ、私には何もできない。

 第一、彼女がそれを私に望んでいるかすら知らない。

 

『じゃあ、望まれたら?』

 

 助けてあげる、のだろうか。

 でも、それを確かめる手段なんてない。

 彼女に直接聞くなんて、ただの押しつけであり、迷惑極まりないだろう。

 彼女は一人で何もできないと言ったが、衣食住を揃えることだって、彼女ならそう難しくはない。本人はうやむやにしたが、精霊ではあるのだ。ならばダンジョンで資金を稼ぐ程度造作もなかろう。

 助ける必要なんて、ない。

 

『うそつき、本当は分かってるくせに』

 

 一体何のことを言っているのだろうか。

 分かる? 何を。本当は? 本当って何のことだ。

 嘘つき? 私がいつ嘘を吐いたのだろうか。

 

『気づいてるわよね、この子が震えてること』

 

 そんなの、知らない。

 

『わかってるわよね、この子が苦しんでること』

 

 そんなの、わからない。

 

『もういいじゃない。助けてあげても』

 

 なら、どうしろというのだ。

 助ける? そんなのできっこない。助けようとしても、結局私は一色に染め上げることしかなできない。

 

 暗く汚い(あか)色に。

 

『それで、いいんじゃないの?』

 

 嫌だ、私だって本当は人間を殺したくなんかない。

 ただそうするしかなかった。ただそう言う風に動いた。

 ただその惨状(景色)が見たくて、そうしただけなのだ。 

 

 あ……れ?

 

『もう目を逸らすのは止めたら? もう貴方は普通なんて言えないの。はっきり言って異常なのよ。上辺だけでそう認めてるけど、心から、そうだってことをそろそろ自覚しないさい』

 

 あぁそっか、彼女は私の心にいるから、私以上に私のことがわかるのか。

 変な気持ちだ。自分より自分のことを知っている人がいるのは。

 

『助けたいんでしょ?』

 

 本当の意味とはかけ離れるだろうが、そうみたいだ。

 

『見たいんでしょ?』

 

 どうやら否定のしようがないらしい。私は本当に異常者(サイコパス)のようだ。

 

 長い長い沈黙の時間、一陣の風が髪を(なび)かせると、天を仰ぎ、呟く。

 

「――――新しい惨状(景色)をみたくなりましたね」

 

 正直に言うことは何故かできなかった、言っていることも理解されないだろう。

 

「……意味が解らないんだけど」

 

 (いぶかし)し気な目を向けられるが、それは無視だ。

 彼女の頭にそっと手を置き、ざらざらとした髪を数度撫でると、問う。

 

「貴女をそうしたのは、どこの誰ですか?」

 

 数瞬の間が空いた、それは理解できても現実を受け入れることが容易では無かったからだろう。 

 彼女にとっては、そうだったのかもしれない。

 

「……なんで、そんなこときくの」

 

 震える声、潤む瞳、色々な感情が濁流のようになっているであろう内心で、彼女はそう問うてきた。

 

「私の為にですよ」

 

 それにそっけなく答える。

 助けたい、でも助けることはできないかもしれない。だけど、結果的に助かった、ならあり得る。

 私は私のために人を殺しに行く。私は私のために愚かなる人間を駆逐し、似合った景色に変えてあげる。

 私は私の欲を満たすために、行動するのだ。

 

「……変な、人だね」

 

「私にとっては誉め言葉ですよ」

 

 皮肉にも近い言葉、でもそこには何故私がそんなことを聞いたかを理解している語気があった。張り詰めた何かが消えた、柔らかな声音が。

 (そら)では星々が光る中、私の隣では汚れたものを洗い流しているかのような、濁りを含む透明な雫が音なく流れ、滴り、あっけなく消えていく。

 止めどなく穢れを取り除いていく雫は、やがてその穢れを失い、澄み切って星々に負けない光を見せる大粒の涙となった。

 そして、何を言うことも無く、ゆったりと意識を落とした彼女が残った。

  

 見た目相応の、無邪気な子供のような頬を見せて。

 

      

   * * *

 

 文字通り、雲一つ現れない空。まだ暗くも日が昇ったら、さぞかし晴れ晴れとするだろう。そんな綺麗な蒼穹は、正直望んではいない。 

 簡単な話、私は曇りの日が好きだ。太陽が見えていないのが好ましい。

 逆に、快晴の日は大嫌いだ。暑いし、手などが簡単に日に焼けるせいで肌が痛痒(いたがゆ)くなる。

 幸い今は長袖もあるので、肌を左手と顔以外一切隠しているが。

 曇りの日は日焼けすることがない。お祖父さん曰く、日光に含まれる『しがいせん』というものが関係しているらしいので、曇りの日の『しがいせん』は、その影響に私の肌が耐えれる量だということだ。

 どうでもいいな、こんなこと。

 

 私は今、先日購入した鍛錬場、『アイギス』に居た。

 余談だが、『アイギス』と言うのはこの闘技場の名前であるらしく、語源は、兎に角硬いということから、神アテナの持っている盾『アイギス』が採用されたそうだ。

 というか、ネーミングの命知らずにも程があるだろ。

 この鍛錬場には何ともまぁ驚くことに、寝室と言うか、生活できるレベルの部屋があった。もうこの鍛錬場に引っ越しても問題ない程である。

 ホームで寝かせる訳にもいかず、だからといって外というのも些か気が引けたので、ここに辿り着いたという訳だ。

 落ち着いた寝息を立てる彼女を一瞥し、『そういえば』と、あることに思い至った。

 

『あーりあ』

 

『呼ばれて飛び出て何かしら?』

 

『忙しい人だな本当に……あ、そうそう。何を知っているのですか?』

 

 先程、彼女はこのぐっすりと眠っている精霊を助けるように促した。それが何故か気になるのだ。普段は私の行動にそういった口出しを自分からしないのに。

 ……いや、前にされたか。

 まぁそんなことはいい。普段しない行動を取ったのには、何か理由があるのだろう。そこで考えついたのが、彼女が何かを知っている可能性。

 

『いろんなこと。聞かれたら答えるわよ』

 

 逆手にとると、聞かれなかったら答えないと言う訳なのだが、答えてもらえるだけマシか。

 

『では、彼女の言ってた『魔力因子』・『心理障壁』・『埋め込まれた』・『反魔力』・『壊された』とは、どういう意味ですか?』

 

『まず始めに、『心理障壁』・『埋め込まれた』・『壊された』というのは、そのままの意味よ。『魔力因子』というのは、精霊が生まれながらにして持つ核のこと。そして『反魔力』というのは、私たちが私たちが普段使う魔力と違って、穢れた、そうね……簡単に言うと使えない魔力のことよ。そこら中に漂ってるわ』

 

 そのままの意味と言うことは、心理障壁は心の壁、この場合核を閉じ込まている心か。埋め込んだと言うのもその通り、壊されたと言うのもそのまま。

 つまり彼女は、他の精霊の核を心の壁を突破されて自分の核に埋め込まれて、そのときそこら中に漂っているらしい穢れた魔力が核と混ざって、結果して壊されたということか。

 何とも、勝手なことをする。本当に人間は愚かだ。

 いや待て、

 

『アリア、彼女をこうしたのは、人間ですよね』

 

『ほぼ断定してるじゃない。その通りよ、昔と変わらなければ』

 

 自分の勘違いでなかったことに安堵と更なるの殺意を覚えたが、それは喉に引っかかったものが打ち消す。  

 

『昔と変わらなければ?』

 

『ええ、二十五年前、これと同じような実験をしていた組織がいたのよ。尽く潰してあげた筈だったけど、まだ残っていたみたい』

 

 なるほど、今も昔もふざけたことを考える輩は後を絶たない訳だ。  

 全然平和なんかじゃない。

 というか、アリアが潰して回ったのね、お疲れさまだ。

 

『あ、そうです。その組織とやらが今も活動しているとしたら、何処に潜んでいると思います?』

 

『この子がオラリオに居るのだし、この中であることは確実だから……そうね、人口迷宮(クノッソス)かしら』

 

 と言われたが、聞き覚えの無い名称に首を傾げてしまう。人口迷宮といえば、『迷宮より迷宮してる』といわれるダイダロス通りしか考えられないのだが、名称が異なっているのだから別物だろう。

 

『半分は同じよ。人口迷宮(クノッソス)はダイダロスが()いた設計図からできているのだから』

 

『それはまた。と、話が逸れてます。それで、人口迷宮(クノッソス)は何所に?』

 

『真下、地下に広がってるわよ。ダンジョンの横に並ぶように』

 

 正直訳がわからないよ。地下に広がっているのは理解できたが、ダンジョンと並ぶ、ということは、阿保みたいに大きくなくてはならない。とても一生で作れる代物ではないはずだが……

 

 ダイダロスには、子孫が居る。

 

 その事実を思い出す。つまり、その子孫が造った、または造り続けていると言うことなのだろう。

 

『……ということは、ダイダロス一族がこんなことを?』

 

『その可能性は少ないと思うわ。あの一族は執念の塊よ、他に手を貸している暇なんてない。でも、協力関係ならあり得るかもしれないけど。あの一族、兎に角資金が必要だから、金に釣られたらもしかしたら、ね』

 

 理由は分からないが、アリアが言うのだからそうなのだろう。

 つまり、ダイダロスの子孫を殺す可能性もある、というわけだ。ただの資金収集だけで実験自体に関与してなければ殺しはしないが。私の理性が崩壊して、ちょっとばかり興奮したら巻き込んでしまい、殺してしまうかもしれないので断定はできない。

 

『さて、やることは決まりました。彼女が起きたら、ある程度情報をもらってから遊びに行くとしましょう』

 

『その遊び、世間一般では虐殺(ジェノサイド)というのよ』

 

 面白い言い方だ。確かに、虐殺でも良いだろう。

 本当は一瞬で雨を降らせようかと思っていたのだが、痛めつけ、泣き叫び、恐怖に溺れ、絶望にひれ伏した愚図共を見下すのは楽しいかもしれない。

 あぁ、これは認めるしかないな。紛れもなく私はイカレテる。

 いつからそうなったか大方見当はつくが、別にどうでも良いことだ。

 しかも今回はそのきっかけと思われる、例のアレで遊ぶつもりだ。

 

『待ちなさい、大体わかったわ。だから言うけど、それはダメよ。持たないわ』

 

『大丈夫ですよ、人間程度に超光速なんて出しませんから。それにあっちの方が破壊力がありますし、面白いことだってできます。血を吸ったり』

 

 そのほかにも、血を浴びて不快感を感じ無くなったり、暗闇が昼間のように明るく見えたりといろいろ便利なこともあったりする。

 だが、彼女はそれでも譲らなかった。

 

『相手は人間だけじゃないの。【廃精霊(アラヴィティオ)】、この子とは少し違う、自意識が実験中に消えて実験体から廃棄されたものもいるの。その子たちは実験体ではなく外敵を排除する道具として扱われているわ。戦闘力は十分にある。今もいるかは分からないけど、その子たちと闘ったら全力で仕留めるしかなくなるはず。私の言いたいこと、わかるかしら』

 

 要は心配しているのだ。だがそれも必要ない。

 

『私が人間に戻れなくなるのを案じているのですか? それとも、私の体がもたないとでも?』

 

『そうよ、貴方の体は今本当に不安定なの。その子に引けを取らないくらい。何度も何度も体が変異しているのだから、無理は駄目よ絶対。暴れるなら、そのまま、これは厳守よ』

 

『……はぁ、わかりました』

 

 【廃精霊(アラヴィティオ)】とやらが今存在しているかどうかは分からないが、もしもの時の為だろう。精霊の力は計り知れない。ちょっとまて、

 

『アリア、無粋かもしれませんが、アリアが見たその【廃精霊】は……』

 

『――――葬ったわ、ちゃんと、第一墓地に』

 

 やはりか。同じ精霊として心傷(しんしょう)ものだから、当たり前と言えばそうだろう。

 私も見つけたら、なるべく傷つけず、葬るべきか。

 

『というか、そこまで外道か、その組織は』

 

『えぇ、本当に。私も抑えられなかったから、あの時』

 

 それは二十五年前のことなのだろう。アリアの歳が少し気になったが、女性に歳を聞くものでは無い。それに、アリアほどの寛大な精霊でも抑えられないとは、当時も相応に酷かったのだろう。

 

『明日……いえ、今日中に終わらせてやりましょう』

 

『お願いするわ。最大級の助力はするから』

 

 目的は違えど、望む結果は同じ、殲滅。

 今まで最大級の結託を決め、それと共に聞こえてきたのは可愛らしい声。

 

「んっ……ふぁっ、あんっ……はぁ……はぁ……」

 

 いや、可愛らしい(あえ)ぎ声。

 

『――――目を瞑って耳を塞ぎ気絶しなさい』

 

『え、いきなりなんですか?』

 

『ダメよ、これは毒だわ』

 

 普通の欲求持ちし人間ならば、この時点で終わるだろう。毒とはよく言ったものだ。だが、彼は普通ではない。

 

『毒? ……あぁなるほど。安心していいですよ、私はこの子に手を出した糞共と違って、簡単に発情できませんから。意味の無いことはしませんよ』

 

 性欲なんて、いつぞやに言った通り、相変わらずのものである。

 

『……逆にこの子が可哀相に思えたわ』

 

『いや、同情の対象と理由がおかしいだろ』

 

 軽口を交わしているが、それは一体いつまで続くだろうか。

 彼女の今までを本当に知って、そのままでいられるのだろうか。

 

(そうでないと……いいのだけど)

 

 自分と同じ道を辿らないことを、そうするように促したのは自分ながらも、そう願うのだった。 

  

   

   




 あれね、闇派閥が現在求めているのは精霊ではなくアリアだからね? 

 次回:まっつりだまっつりだちまつりだ。


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決意、それはアソビ

  今回の一言
 といったな、アレは嘘だ。

では、どうぞ


「……………」

 

 長く続いた例の声は突然止み、そこから数十分が経つと、布団が(かす)れる音がして彼女が目をこすった。

 その手が口元へ運ばれ、手前で止まると小さく間抜けな欠伸(あくび)の息が吐かれる。

 すらっと手が腕ごとベットへと寝転がると、首を動かしあどけなく部屋に目線を走らせていた。

 

「……君、怖いことしないっていったのに、わたしを犯したでしょ」

 

「自意識過剰は相手を選んで表明した方が良いですよ。そもそも、私は貴女のような幼女に興奮するような性癖は持ち合わせていません。手を出してなんていませんよ」

 

「……そっか。君なら別にいいんだけどなぁ」

 

「こらこら、自分を大切にしなさい。今までは無理だったでしょうけど、これからは、ね」

 

 彼女は散々な目に遭って、恐らく自分を大切にすると言う意識が薄れている。仕方がないと措いておけることではないし、そう彼女が思い続けているのを、何故か私が嫌だと思ってしまう。

 布団を掴みよせて、まるで傷を隠すかのように体の多くをその下へ滑りこませた彼女は、私に澄んでいる目を向けて、こういった。

 

「ねぇ、これからどうするの? 君は」

 

 確認の様であり、それは懇願の様ですらあった。

 瞳はとても澄んでいて、やはり美しい碧眼だった。だが、その奥に潜む感情の揺れ。それは一体なんと表現するべきだろうか。

 淀んでも汚れてもなく、光を失ってなどいない。なのに、澄んだはずの瞳は何処か濁っているように思えた。 

 

「言ったでしょう、私は惨状(景色)作りに(見に)行くだけですよ」 

 

 その目を同じく片目で見返し、はっきりとそう告げる。

 助けるなんて言えない。それは一向に変わることなどない。

 

「……じゃぁさ、わたしはどうすればいいと思う?」

 

 そんな私から目を体を捻って反対側を見ることで逸らし、果てには頭まで布団を被って、籠る声で確かな恐怖を(にじ)ませながらそう聞いて来た。

 わかりやすい、『独り』ということを考えて生まれた、恐怖を。

 

「……人に道を委ねてはいけませんよ。自分の道は自分で決めて下さい、なぁに、助力はしてあげますよ。それで――――――貴女はどうしたいですか?」

 

 このまま私が『こうしろ』と言ったら簡単だろう。実際考えついていることはあるし、彼女が安寧の生活を危険なく遅れるようにする方法はある。

 だが、それは私の押しつけであり、強要だ。そんなものに彼女が生きる意味なんて見いだせないだろうし、私もそんなことさせたなくない。 

 だから彼女に問うのだ、彼女の意思を。

 たとえそれがどんな無茶苦茶なことであっても、聞いてあげよう。それが私に利のある事であり、更に言えば彼女が救われるのならば、私はその考えを、意志を、全力で肯定しよう。

 極論、可笑しなことに、彼女が助かることを望んでいるのだ。相手の意思よりも自分の意思が分からなくなってくる。一体本当はどちらなのだろうか。

 

「――――それ、本当に言っていいの?」

 

 布団から目だけをひっそりと出し、心配げに瞬きをしながら確認する。 

 それに首肯し、更にじっと見つめて催促していると、場都合(ばつ)が悪くなったのかさっと布団へと潜りこんでしまった。

 せせこましいだろうにそうするのは、彼女なりの理由があるのだろう。

 長々とした一秒が、幾度も幾度も積み重なり、それでも動かぬ二人は尚もそのまま居続ける。

 だがやがて、

 

「君と一緒に居たい……」

 

 ぼそっと、口籠りながら布団によって更に籠るというとてつもなく聞き取りにくい状況で彼女はそう呟いた。勿論聞こえたが、冗談に思えたし、籠って聞き間違えた可能性も考えてこういった。 

  

「私の目を見てはっきりとお願いします。正確に聞き取れませんでした」

 

「にゃぁっ⁉ 勇気を振り絞って言ったのに⁉ 初めての告白だったのに!」

 

 (なり)振り構わなくなったのか、突然飛び起き抗議の声を叫ぶ彼女。

 布団が飛ばされ、それが一瞬で灰へ変わり、近くから熱を感じた。

 

「……なるほど、火の精霊の力ですか」

 

「あ…………ごめん、なさい。燃やしちゃった……」

 

 感情が昂ると、彼女は自身の力がどうのこうのと言っていたから、それがこういったことなのだろう。今は何についてかは知らないが感情が昂り、偶々火の精霊の力が出てしまったわけだ。

 

「あと、どうでもいいことだけど、今のは精霊の力じなくて『微精霊(びせいれい)』の力だからね」

 

 ちゃっかり指摘されたが、どうでも良くはない。

 『微精霊』とはそのまま微かな力を持った精霊のことだ。それ自体は現在無数に存在していると言われ、だが人の目には見ることが出来ないものである。

 彼女がその力を使えると言うことは、人間に微精霊を埋め込まれたと言うこと。つまり組織には『微精霊』を発見できる輩が居ることになる。

 糞の癖に、生意気な。

 

「で、結局貴女はどうしたいのですか?」

 

「――――もういいっ、君に勝手についていくもん」

 

「は? いきなり何を」

 

 突然の可笑しな発言、すねたように投げやりに言ったが、かなりの問題発言である。

 

「君、今何にも知らないでしょ? わたしが教えてあげるから、その代わり私も連れてって」

 

 最初こそふざけ切った気配は消えなかったが、最後の語を告げた時には、しっかりと意志を持ち、真剣味を全身に纏って、何かを決めた目をしていた。

 

「……何のために?」

 

 同じように、私も聞き返してみた。

 

「わたしの為――――決着、つけないといけないら」 

  

 だからだろうか、彼女も同じように返してきた。 

 そこには真似をしたなんて感じさせない、彼女だけの意思があり―――

 

「やっと逃げられたんだから、絶対に復讐してやる」

 

―――彼女だけの、憎悪が、(うら)みが、悲しみが、そこにはあった。

 

 そして、にやりと上がった口角を見る。

 それに釣られて、私も同じような、だが負けることの無い狂笑(きょうしょう)を浮かべる。

 

 あぁそっか、彼女も歪んでしまっているのだ。狂っているんだ。

 彼女もまた、異常者(サイコパス)なのだ。

 

 同族を見つけたことに嫌悪を抱くことなく、喜びを浮かべてしまう程、私もまた、狂っているのだった。

 

 

   * * *

 

「で、いろいろ聞きたいのですが……まずはお風呂にでも入りましょうか」

 

 おぞましい雰囲気が、次第に止んだ笑みの後に消え、全裸の少女がベットの上に正座し、それを直視して眉一つ動かさない男の娘が居ると言う中々に異常な光景がみられるようになった中、彼はそう提案した。

 

「え、君ってそういう性癖(タイプ)なの? なら早く言ってよ。まだマシな方だからいつだって――――」 

 

「いいから、そういうの。単に貴女の体を綺麗にしておいた方が良いと思いましたね。幸いここにはお風呂が備わっていますから」

 

 ただ気になるから言ったことを、斜め上の解釈をして色々と不味い発言をしようとする彼女の言葉を遮って彼がその解釈を正す。

 そもそも彼は、自身のそれを捧げるのはただ一人と決めているのだ。どう言おうがどのような対価を示そうがその事実は変わらない。

 

「じゃあわたしの体洗ってね、念入りに体の隅々まで丁寧に堪能しながら……」

 

 冗談にならないことを口走っているが、その顔は如何にも本気と言った感じだ。流石にこの調子を続けられると厄介極まりないので、そろそろ納めておこう。

 

「じゃあそうしてあげましょうか? 気持ちよすぎて気絶しないで下さいね」

 

 あえて賛同することで、遠慮がちにさせてしまう人間の(さが)を利用したちょっと悪辣な手口。試す価値はあるだろう。

 

「え、ちょ、まっ、へ? 本当に? 本当にいいの?」

 

 ま、まぁ予想通りだし、この精霊が、この程度の手口が通用する程簡単に御しれる相手だとは端から思っていなかったからな。

 というわけで次の作戦だ。

 

「そこは恥ずかしがりながら『じょ、冗談だし!』とか言うと良いですよ」

 

 強引な思考回路の誘導。

 私はどうやらこの精霊に好かれたようだ。なら、それを利用しやすい手を取るまで。

 

「じょ、冗談だしっ! ……これがいいの?」

 

 正座のまま腕を組んで、ふいっと別方向を向いたのは、まさに子供の仕草。いじける幼子のようで、普通に彼女が行って違和感はなかった。

 その体が見るに堪えない疵物(ありさま)でさえなければ。

 

「まぁ及第点ですね。あと、冗談でそう言うことを言わないでください。私は自分を大切にしない人が、き・ら・い、なのですから」

 

「うぐっ……て、え? 冗談? ―――あ」

 

 普通に言う通りにして、あっけなく終わったことに安堵しながらそれを利用する。

 先程の発現を自ら帳消しにさせ、更にそう言ったことは嫌いだと表明する。

 『きらい』と実質言われたことに、盛大に仰け反った後器用にそのまま首を傾げながら、ぼそっと疑問を呟く。やがて気付いたのか、間抜けな声を出した。

 

「ううぅ、嵌められた……流石は()()()()()……」

 

「ふふ、そうでしょ? で、最上位精霊って何です?」

 

 聞きなれない単語だ。悔しがる彼女にそのまま放置はできないので気になって聞いた。

 

「君が言うには、力を君に貸し与えている精霊のこと。『アリア』様でしょ? 君に力を与えているのは。『アリア』様は最上位精霊の一角。多分一番有名だね」

 

 説明してくれた内容は理解できたが―――――何故彼女が()()について知っている。

 有名だと言っているし、同じ精霊同士で知りえたのかもしれないが、問題はそこではない。

 

「……何故、私が『アリア』の力を扱っていると」

 

「わかるもん、何となく。といっても、気づいたのはつい数分前だけどね」

 

「……そのあたりは後で話すとして、一角と言いましたね? ということは、それ以外に居るのですか?」

 

 少しこのことは気になった。

 アリアが最上位精霊なら、他の最上位精霊と関りがある可能性がある。

 

――――――現在も。

 

 少しでも可能性があるのなら、知っておきたい。

 アリアに直接聞いたとしても恐らく答えてくれないだろうし。彼女は何故か、自分のことを最低限しか語らないのだ。聞いたとしても、素知らぬ顔で『知らないわっ』と切られるだけ。

 

「いるわよ。そもそもだけど、最上位精霊は風・熱・水・光・闇の『世界構成因子』の力を扱える精霊の中で、属性ごとに最も力の強い、つまり神に近い存在のことを最上位精霊と言うの。わかっていると思うけど、『アリア』様は風よ」

 

「……ちょっと待ってください」

 

 風・水・光は何となくわかる。だが熱と闇ってなんだ。

 私が聞いたことのある世界構成因子は熱ではなく火と氷。それと闇は無かった。 

 

「あ、やっぱり疑問に思う? 火と氷って、熱量による変化でしかないでしょ? 火は熱量を上げて燃やし、氷は熱量を奪い、大気を冷やして氷を作る。ほらね、熱で十分でしょ。それと、闇はかなり稀少(レア)。『代行者』とも言われてるね。どの力でも使うことが出来るの。代わりに力を大きく消費するし、他と違って際限があるからどうしようもなく使いにくい精霊。でも、一番強い」

 

 あぁなるほど、と納得はできた。だが、何か引っかかる。

 なんだ、この(わだかま)りは。何故今それを感じた。

 ………『代行者』?

 

――――もしかして。

 

「『代行者』と、酷似した存在を作り出す……こと」

 

 突然出てきたその結論。だがそれは言葉にした瞬間に現実味を感じる。

 彼女は数々の精霊因子を埋め込まれたと言っていた、それが闇の精霊、つまり『代行者』のようにすべての力を使えるようにすることが目的だとしたら。

 彼女は大きく力を消費せず力を使っているように見えた。その代わり不安定ではあるが、闇の精霊より有能な存在になりえる可能性はある。

 

「……突然ね、確かにそうよ。私がこうされた目的は、疑似的な代行者を量産すること。私はその第二段階まで到達した貴重な存在。その頃から受ける待遇は多少マシになったわね」

 

 一瞬で暗く悲しい顔となる彼女。その顔は酷く儚げで、心傷(しんしょう)を振り返るその様は、まるでしとしと降り散る雪の一粒のよう。誰に知られる間もなく、消えるそれ。

 彼女の存在は、それと酷似しているように思えて仕方なかった。

 

「――――さっさとお風呂にでも入りましょうか」

 

「――――うん」

 

 それは見ていられなくて、場を変えるしか私にできることは無かった。

 彼女も、今はふざけることなく、あっけなく従ったのであった。

 

 

   * * * 

 

「―――――予想通り、結構可愛いですね、ティア」

 

「そうでしょ? シオン」

 

 長ったらしい髪を、肩より少し下、丁度肩甲骨(けんこうこつ)辺りまで斬り、ぼさぼさに荒れていたのを整え、全体のバランスを保つために横・前髪も斬った。

 勿論彼女に許可はもらっている。

 痛んでいた銀髪はその輝きを取り戻すことで、眩しい程見せつけ、いつしか見たものを思い出す。いや、それより美しいかもしれない。  

 全身に取り戻した処女雪のような肌、一つすら傷が無い。生き生きとする光を宿した碧眼、ぱっちりと開く()()()体型と関係なく大人びた凛とする鋭さを持っている。 

 

 今はしっかりと服も着ていて、それは漆黒と純白の対となる二色が使われた子供用ドレス。スカートは長いのが邪魔らしくショートになるよう斬り落として、即席で少しばかり補強してある。ついでとばかりに純白の長手袋(ロンググローブ)をはき、ヴェールまで欲しいと言い出した時は頭に指で一発キツイ喝を入れてやった。

 だが、完璧に彼女はそれを着こなしているため、文句をつけようとは思わない。

 ヴェールは結局買っていないが。

 

 因みに、これは数分で購入してきた8万ちょっとのドレスである。意外とお高い。

 

 何故彼女がこうなったか、それは主に浴室での出来事である。

  

 私は彼女を洗いながらふと思っていたのだ、この傷をどうにかできないかと。

 実際、彼女もそれを望んでいた。

 そのため、アリアにも許可をもらって試してみることにしたのだ。

 代々、御伽噺の吸血鬼には、超常的な治癒能力がある。それは、主に血の作用だそうだ。

 つまり、私が吸血鬼化したら私の血には治癒能力が宿る可能性がある、ということ。試す場面も無かったし、試せる状況なんて早々現れないだろうから。

 

 彼女に見られ無いように浴室から出てそっと吸血鬼化して、すぐさま用意した試験管に血を流し込んだ。そして安全な場所に一時試験管を避難させて、吸血鬼化を解く。

 その時、気絶することはなく。代わりに感覚の殆どが消え、なのに痛覚だけが異常に感じると言う気持ち悪い体験をしたが、それはどうでも良いことだ。

 

 そして彼女に血を飲ませると、それは即効だった。

 たちまち傷は癒え、痣は消え、失ったはずのものすらも取り戻した。 

 因みに、彼女は何を飲んだか知らない。

 そのときの反応は、『ひゃっ』と小さく悲鳴を上げ、小さく蹲り『見ないでっ!』と強く恥じらいを籠めて叫んだ。何故見ないでといったかは、後に音が聞こえた、ということで判断していただこう。

 勿論私は彼女にそのことを言及したりはしない。

 

 長ったらしく言ったが要するに、『血を飲ませて回復させた』わけだ。

 

 その後に情報交換は滞りなく進み、中々殺意を弾ませる内容だった。

 彼女の境遇、実験の更なる詳しい内容。今までの恥辱。生きるに堪えない生活。

 家畜の方がまだましだとすら思える始めの扱い。醜悪な獣共の目。

 

 一言一句逃さず聞き、全く頭から離れない。

 こういうところで発揮する無駄な記憶力の良さ。忘れたほうがまだ楽に楽しむだけで済んだだろう。

 だが、そう言う訳にはいかなくなった。

 目的を変えたのだ、遊びに行くではなく殺しに行くと。

 誰一人楽には殺さない。既に死んでいるものは、快く埋葬してあげるが。

 

 そして、互いにまだだった自己紹介もした。

 

『私の名前はティア。『世界の終焉(ラグナレク)』計画の実験体第『1145-31』番貴重体。唯一の第二段階(プロジェクト・セカンド)達成者。元は光系統雷属性を扱えたの。今は大体の扱えちゃうけどね』

 

 と、彼女は言った。 

 『世界の終焉(ラグナレク)』計画とは標的、つまりは組織が企てている計画(プロジェクト)の呼び名だ。標的自体の名は【カオス・ファミリア】。恐らく闇派閥(イヴィルス)の残りと考えられる。

 そもそも、神カオスは混沌大好きの変態神だ。かなり前から下界に君臨しているそうだから、アリアが潰したのもこの派閥なのだろう。

 私は確実に神まで消そうと思っているが。

 

 さて、時を戻すとしよう。

 現在は朝時の九時十分過ぎ、先程開店早々の店に突入して多大な迷惑をかけてきたところだ。

 それもこれもティアの所為なのだが。それは措いておこう。

 

 彼女は、とにかく地下から逃げ延びたらしい。

 アリアとも考えたが、その場所は本当に人口迷宮(クノッソス)で間違いなさそうだ。

 そして敵には【廃精霊(アラヴィティオ)】も存在している。彼女も戦闘実験で何度か戦わされたようで、その強さは身に染みているらしい。毎度のこと満身創痍だったと。

 敵勢は最低でも四十五人+一柱+八体。中には無駄な手練れも存在するそうだ。

 そして、敵は彼女の弱点を持っている。

 彼女はそれの所為で反撃もできず、されるがままだったそうだ。

 やっとのことで逃げられたのは、丁度昨日の実験で埋め込まれた精霊因子は、能力が偶々相性が良く、精霊の力の合わせ技で、何とか脱出できたかららしい。

 そしてその弱点というのが、純粋な彼女の精霊因子を封じ込めた、『神授破岩(しんじゅはがん)』という北西地域に稀に存在する岩の欠片だ。

 近づくだけで抗う力が無くなるらしい。反応の影響らしく、自分の力とは流石に反応できてしまうそうだ。

 一応彼女からは、それの奪取、最悪破壊を頼まれている。見た目はどういったものか知らないが、大体反応で気づくことが出来るだろう。

 

 他にも情報は山ほどある。普通ではあり得ない程長い時間浴室に籠っていたのは、それを全て余すことなく聞いていた所為だ。

 そろそろここを出ないと不味い。何が不味いかというと学区の子供がやって来る可能性があるのだ。

 ここは進入禁止を掛けている筈だから誰もここまで来ないだろうが、念には念をというやつだ。正直私は子供が苦手なのだから。

 だが、今はそれが憚られた。

 何故かって?

 

「――――で、唐突ですが、お腹空いてません?」

 

「そうでもないかな。さっきも言ったけど、わたしご飯そんなに食べないし」

 

 彼女は扱い上、始めは一日一食少量。少し扱いが良くなってからも、一日二食少量と言うさして変わらない量で生きていたそうだ。何故かと言えば単に食事の時間が与えられなかったから。

 彼女の強いられていた習慣は、気絶と言う名の睡眠と、目覚めてすぐの実験。その後の少量の朝食に、更に実験、そして生きた心地のしない戦闘と、その後の獣共からされる蹂躙の嵐。

 そしてまた気絶し、始めに戻る。 

 

 どうしようもなく最悪の毎日、死のうと思ったらしいが、やはり敵が甘くなくただひたすらに強制され、されるがままにするしかなかったそうだ。

 生物としてすら扱われず、ただ感情を持つ奴隷のように。  

   

「――――でも、少し食べたい、かも」

 

「――――そうですか。ならよし」

 

「え?」

 

 腰に手を当て、何故か許しを下す彼。その意味が理解できない彼女はただ首を傾げて思わず漏れる声を出しただけ。

 

「私が作りますから、一緒に朝食でもどうですか?」

 

「……いいの?」

 

「えぇ、私の料理は不味くはないはずですし、いくらでも作りますからじゃんじゃん言ってくださいね」

 

 それに驚いて目を見開き、僅かに光らす目。そこから縮こまったと思うと、突然跳び上がってばんざいを空中で行い、盛大に声も合わせて喜びを体現した。

 跳びはね回り、脱衣所を駆け回る彼女は、無邪気な幼子にしか見えない。

 しかし今は、それを軽視することなどできなかった。

 

――――たった一度の食事で、ここまで喜ぶのはそれだけのことがあった、何よりの証拠だから。

 

 部屋となっている脱衣所で、見えないはずの天と仰ぐ。

 そこはなんだか、暗い太陽が俯瞰しているように思えて、どことなく陰鬱になる。

 見えもしないし、そんなことはないだろうが、そう思った。

 

  

 嫌な痛みが、雷鳴のように身体(からだ)を揺らし続ける。

 

 じりじり、ごろごろ、びりびり。

 

 止めどなく響く不快感は、何が要因なのか、知りようもない。

 

 ただただ、嫌な予感のように、それが感じられるだけであった。 

 

 

 

 



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開始、それは喜劇

  今回の一言
 下手に想像しない方が身のためだ。

では、どうぞ


「さぁ、召し上がれ」

 

「じゃ、じゃあ遠慮なく……」

 

 スプーンをぎこちなく握り、ゆっくりと向かっていくのは半透明のスープ。

 色鮮やかな野菜に、輝いてすら見える少し高めの鶏肉。あっさりとした味にはしてあり、脂分も過度に含めていない。急に多くの量を食べてももたれさせないようにしている。栄養の調整もばっちりだ。

 逆手に握ったスプーンでその汁を(すく)い上げ、零さないようにゆっくりと口元へ向かわせながら、自身も待ち遠しいかのように口を近づけていく。

 スプーンが口に触れ、掬われていた汁が流し込まれると、重なり響いて聞こえる金属音しか音が無い料理場に、そっと喉を通る微かな音が加わった。

 

「おい、しい……」

 

 ぽろりと出てきた誉め言葉。琴線に触れたかのように打ち震え、途切れながらもしっかりと出した本心。

 

 おいしいなんて、心の底から言ったことは無かった。

 本当の意味も知らなかったし、何のことかすら興味も無かった。

 でも、自然と出てきた。

 今まで勝手に言わされ、ゴミ共を満足させるがためだけにあった言葉。その意味を本当に理解できた。

 こういうものなんだって。

 

「ありがとうございます」

 

 それに存外無感情に答える声。感情と言葉が全くかみ合っていない。

 少しは手を加え、腕によりをかけたが、私自身満足してないのだ。

 彼女と同時に食べた、別皿の同じスープ。自分ではもう少し美味しく作れたと思っている。

 幾年か前、本気で料理を作って食べたときは、自分で作りながら自分で感動してしまった程だ。『ナルシスト』のように思えるだろうが、実際そうだったのだから。

 そのため、今の結果に私は満足していない。

 

 彼女がまたスープを掬って、啜った。

 無言で、何度も何度もその動作は繰り返され、その度に打ち震われている。

 

「おいしいっ、すっごく、おいしいっ」

 

 何かを食べながら言葉を発するのはあまり感心しないが、今は口を出す気にはなれなかった。

 彼女の頬を辿る、二筋の光を見て。

 次第には鼻をすすり、行儀の悪さがどんどんと悪化していく。

 でも、何も言わない。

 満足そうに、幸せそうに頬を(ほころ)ばせ、外れた感情なんて一つも存在しない、その清々しい笑みを見てしまえば。

  

 早くもスープを飲み干し、空になった皿にスープを置いて、彼女は私に目を向けた。

 晴れ晴れとする彼女は、そしてこういった。

 

「ありがとうっ、シオン。初めてだよ、おいしいって感じたのっ」

 

「それはよかった。いくらでも食べていいですよ。冷めないうちに」

 

「うんっ」

 

 元気よく頷き、そそくさとスプーンを握って他の料理に手を伸ばし始める。

 私もそれに合わせ、ナイフとフォークを持ち直す。

   

 子供らしい笑顔を浮かべて楽しそうにする彼女を眺めながら、水が流れるかのような速度で、テーブルに並べられた料理はたちまち平らげられていった。 

 

 より一層と、彼女の表情を鮮やかにして。

 

   

   * * *

 

  余談

 

「おなかすいた~」

 

「だよねー」

 

「君たち、やる気を出さんかね。せっかくここを使えてるんだ。集中したまえ」

 

「でも先生(せんせ)ー、この匂いでは難しいですよぉー」

 

「恐らくここを買い取った方が料理場を使っているのだろう。気にはなるが無視して頑張りまえ」

 

「はぁ~い」

 

 

   * * *     

 

 

 片付けをさっさと終わらせ、誰と出会うことも無く『アイギス』を後にした。

 そして向かうのは、八分けの第七区画、その西部方面だ。

 一応彼女も身体能力が高く、見たところLv.4並。屋根伝いの最短距離移動もなんら問題なかった。

  

 認識阻害の方は彼女はできず、私が頑張るしかなかったのだが。

 

 第七区西部方面へとたどり着くと、そこからは彼女の案内だ。自分が逃げてきた場所を戻っている形なのだから、精神的な心配はあるが、彼女の決意であり意志であり復讐だ。邪魔する気も口出しする気もない。

 それに、案内してもらうことで人口迷宮(クノッソス)だけを襲撃できるから、被害も最小限に抑えられる。

 余談だが、途中寄り道をしておいた。ちょっとした用だ。 

 

「で、その人口迷宮(クノッソス)の入り口がこれと」

 

「それは分かんないけど。私が逃げた時に通ったのがここ。でももう直されたみたい、私は破壊して出てきたから」

 

「仕事の速いことで、感心するねぇ」

 

 今は薄暗い地下水路のある壁の前、そこにいた。

 視界不良を訴えることはない。私たちはそれだけ夜目が利く。

 地下にあるらしい人口迷宮(クノッソス)は、この壁の先から広がっているらしい。

 詳しい構造は彼女も知らないそうだが、地下と言うことは理解していたらしく、脱出の際は兎に角壊しては上へ上へと向かっていたらしい。

 ここから【カオス・ファミリア】を探すのは面倒そうだ。探知範囲内に人間の気配は無いのだから。

 

『アリア、人口迷宮(クノッソス)の構造を知っていたりしません?』

 

『少しくらいなら知ってるわよ、送る?』

 

『できれば人口迷宮(クノッソス)について知っていること全部で』

 

『わがままね、いいけど』

 

 数瞬の時を経て、脳内に情報が流れ込んできた。

 次々、次々、溢れんばかりに段々と押し寄せて来る。

 流石にオーバーヒートになりそうだったが、眩暈と頭痛だけで済んだ。

 代償分の情報は得られた、一応全部憶えることも。

 やはり、記憶だけはもはや『絶対記憶』の領域だ。

 

『これくらいよ、役に立ちそう?』

 

『ばっちりです。というか、()()()()かぁ、やばいな。しかも全部最硬精製金属(オリハルコン)って、どれだけお金がかかっているのでしょうかね』

 

『さぁ、知らなくてもいいことだし』

 

 それを最後に、アリアとのその接続が切られた。気を利かせたのだろうか、それとも、これから私が行うことを、あまり見たくなかったのだろうか。

 

「さて、ティア。指輪は付けてますね」

 

「うん。でもこれに何の意味があるの?」

 

遮断(シャットアウト)、認識阻害が掛けられます。私には見えてますけど、有象無象には認識できませんから。安心して動き回っていいですよ」

 

 彼女は一応ここから逃げた身なのだ。見つかったら何をされるかもわからないし、最悪捕まる可能性もある。だから念を入れておいただけだ。

 

「相手の位置は分かりますか?」

 

「ここより下。天井三つ破ったから、それよりは」

 

「了解しました。なら同じ方法を取りますか」

 

「え? それって……」

 

「ぶっ壊す」

 

 目の前の壁に漆黒の手袋(グローブ)をはいた拳がその瞬間衝突する。

 派手な音を立て、男三人が通れるほどの風穴が出来上がると、先に広がる通路が更に奥へと繋がっていることがわかった。

 

「指痛いですね……」

 

「殴るからでしょ……何で刀使わなかったの?」

 

「次からは使いますよ。ただ最硬精製金属(オリハルコン)を一度でいいから拳で破壊してみたくてやっちゃっただけなので」

 

「そんな軽い気持ちでやること? まぁいいけど。さっさと行こ。直ぐに殺したい」

 

「感情がまるっきり現れてますよ。同感ですが」

 

 互いに目を合わせ、目線を切ると奥へと進む。

 十数歩進んだところで彼女に止まってもらい、右腰に下がる刀、『黒龍』を薄闇の中で煌めかせた。

 抵抗は強いものの、斬れないことはない。粉々にすることは流石に時間が掛かるだろうが、ある程度斬って床を抜かせる程度は一瞬も掛からない。

 

「ほわぁっ!」

 

 変な悲鳴が聞こえ、床は階下へ崩れ天井が崩落跡と成った。

 彼女はどうやら足を滑らせて落ちてきてしまったらしいが、風でうまく着地はできていた。一応彼女はある程度の属性は使える。世界構成因子は勿論のこと、そこから枝分かれする事細かなものまで。

 

「……シオン、危なかった」

 

「貴女が足を滑らせただけでしょう。それに着地しているのですから問題ないですし。さ、進みますよ。直進して一つ目の角で曲がります。そこでもう一度床を破壊しますので」

 

「わかった」

 

 彼女に伝えた通りの道順を辿り、床を破壊。

 なぜこうするかといえば、相手の死角を突いているのだ。

 ここには至る所にと言っていい程、トラップがあり、更に言えば『幻想の目』という魔道具(マジック・アイテム)に映れば、相手に侵入がばれてしまうのだ。

 既に音で気づかれているかもしれないが。そこは念のため、というやつだ。

 

 それに、奇襲の方が感じる恐怖の質が各段に異なる。

 

 と、そんなことを考え舞ている内に三層目の床を破壊した。

 

「人の気配がしますね」

 

「あの嫌な臭いもする。臭くてドロドロで、気持ち悪い、あの臭い。あぁぁっ! 絶対殺してやる……今までの復讐、散々遊んだ対価を払ってもらうからね……」

 

 過去の苛立ちが再発したのか地団太を踏み始め、目を一色の殺意に変えていく。

 私はそれを見て、手が、腕が震えていた。背中に差している刀の柄を握る右手を左手が必死で押さえている所為で。

 本能のままに動こうとする右腕を、理性の左腕が必死に抑えているのだ。

 考えてみれば分かることだ。私が吸血鬼化してただで終わる訳がない。

 抑えられなくなって、暴れて、果てには戻れなくなるのみ。

 

「憤りも分かりますけど程々にね。私が爆発してしまいそうになりますから」

 

「え? あ、うん、ごめんなさい。もう少し抑える……」

 

 殺意の鳴りを一時潜めさせ、しゅんとする彼女。

 可愛らしくて正直撫でてあげたいが、今はそんなことしている場合ではない。

 

――――なんで撫でたいなんて思ったんだ?

 

 まぁそれはいいとしよう。

 

「さて、ティアはどうします?」

 

「どうって?」

 

「私はこれから虐殺者(ジェノサイダー)になります。見に来たければついて来ることは止めませんが、心傷(トラウマ)が増えると思いますよ。それで、どうします?」

 

 私はあくまで私のためにここに来たのだ。彼女にいらぬ恐怖を抱かせる必要も無いし、最悪巻き込まれる危険性がある。このままついて来ることの利点といえば、彼女を一人にしないで済む、ということだけ。

 

「あ、心配してくれてるの? ふふっ、嬉しいな~。でも大丈夫だよ? わたしのトラウマは、ここで消えるんだから。何か新しいトラウマができても、すぐに消えちゃうんだから」

 

 そう言って彼女は、笑いかけてきた。

 狂気の滲むその笑顔、酷く美しいその微笑み。

 自然と安心感が胸に滑り込んだ。それは彼女が『強い』人であることがわかったことへの喜びか、将又(はたまた)彼女に心配をかける必要が無くなり、存分に()れることを知れた欲望の覚醒か。

 そんなことはどうでもいい。ただ私はすべき事をするのみ。

 

「ふっ、そうでしたか。なら、遅れないで下さいね、私は速いですよ」

 

 漏れ出る笑み、それを彼女に向けて注意しておく。精霊の力を使えば追いつけなくもないだろうが、それは彼女が精霊の力を使った時であって、使っていなければ意味が無い。

 それを悟ったのか、彼女に向かって風が吹いた。だが、弱い。

 

「あ、あれ?」

 

 何故か彼女も首を傾げている、いつものように力が操れていないのだろうか。

 

「……あ、そっか。そういうこと」

 

「で、どういうことですか?」

 

 自己完結を済ませてしまった彼女に、繋げて聞く。このまま疑問を放置すると首の辺りが(かゆ)くなるのだ。というか、もし彼女の身に異変が起きているのなら、何かしらの対象をしなければならない。

 

「シオン、というよりアリア様のせい。優先度(プライオリティ)はアリア様が格上だから、私の命令にはほんの少ししか応えてくれないの。さっきは少量で済んだから使えたけど、全身を纏うくらいはできないみたい」 

 

 要するに、アリアの影響で力が満足に扱えないと言うことだ。

 風が自由自在に扱え過ぎていることがずっと不思議だったが、そういう事だったのか。

 

「なるほど、では他の力を使っては?」

 

「使えなくもないけど……風は無理だしなぁ。光で何とかするしかないのかなぁ」

 

「因みにどれくらいの速さが出ます?」

 

「最大で超音速くらいかな。それ以上出すと多分わたしの体が引き千切れちゃうし」

 

「解りました。では超音速に合わせますね」

 

 私は最大で光速、刀は超光速まで出せる。まだ【ステイタス】との感覚のズレが生じていて本当の力は出せていないが、超音速レベルは簡単に出せるのだ。

 

「じゃ、いきますよ」

 

「うん――――――【閃光の力の下に(フラッシュ)】【電撃よ身に纏へ(ブリッツ)】【解放を命ず(リリース)】」

 

 魔法名を彼女が口にすると、その意味ごとの変化が生まれた。

 身の回りに淡く力強い光を纏い、次なるはそれが弾け、ビリビリッと細やかに音を鳴らし、終いにはそれが大きく弾け、砲撃のような速度で彼女は走り出した。

 それに刹那遅れ私も飛び出す。

 

 

――――そしてここで解説しよう。

 彼女の精霊の力は大きく分け三種類あり、一つは動作のみで扱える力、一つは魔法名を口にするだけで使える力、言うなれば速攻魔法。一つは詠唱を入れる力、一般的な魔法だ。

 因みに、感情が昂ると勝手に行使されるのが、動作のみで扱える精霊の力だ。比較的弱い力だから配慮と警戒さえしてれば何ら危険性などない。

 

 と、人の気配が明確になって来たので戻ろうか。

 

「みつけたっ」

 

「じゃ、私はお先に」

 

「ふぇッ⁉ 先行っちゃうの⁉」

 

 広々とした迷宮を、最短ルートから迂回し、それに向かうように壊し、進んで行くことでようやく近づく人がとにかく沢山いる部屋。

 ざっと三十五人くらいだろうか。手練れは――――武道関連では無し。

 一人異質な存在が居るが、それが【廃精霊(アラヴィティオ)】だろうか。 

   

 部屋に繋がっているであろう扉らしきものを斬り、勢いそのまま跳び蹴りを撃つことで亀裂が生じて瞬時に扉が吹き飛ぶ。埃によって煙が舞う中、私は突入した部屋を疾駆した。

 一瞬。相手にとっては、たった、と思う事すらできなかっただろうか。

 音がして気づいたら動けなくなっていた、という感覚だろう。

 実際こいつらは動けないだろう。なんて言ったって、壁一面に(はりつ)けたのだから。

 一人一人、十分な刃渡りの刃を壁の僅かな隙間に埋め込んで。 

 

「これが、【廃精霊】ですか……」

 

 だが、一人だけは違った。 

 燃えるような短い赤髪に、豊満な胸。すらっとした体躯に、無感情の真っ赤な双眸。

 布切れ一枚と言うまさに奴隷の扱い、彼女もまた、体中が傷つき、穢れていた。

 今は床に押し付けられ、完全に動きを封じているが、何時精霊の力を行使するか正直ひやひやしている。 

 

「だ……れ……」

 

 だが出てきたのは詠唱でも魔法名でもなく、痛々しい擦れた声。

 

「シ、シオン……速いって……追い付くのがつら……その子、精霊?」

 

「えぇ、恐らくは。【廃精霊】かと思いましたが、まだ生きてますね。精神も」

 

「あなたも……せい、れい?」

 

「半分正解です。まだ生きる気力はありますか?」

 

 そう聞くと、彼女はどこか上の空のように、目の焦点を合わせることなくティアを向いた。

 よく目を見ると、瞳孔が開き切り、動く気配がない。

 目が見えていないのだ。ティアの方を向けているのも、魔力に反応したに過ぎないのだろう。

 

「……シオン、その子どうするの?」

 

「そうですね……私はどうする気もありません。彼女が何も望んでいませんから」

 

「……たすけて、くれるの?」

 

 私の言ったことに、弱々しく彼女が答えた。だらりと気力の失われていた体が僅かに動き、その細く儚げな腕が、手が、私の服をしっかりと掴んで、放さなかった。

 

「さぁ、どうでしょう」

 

 意地悪気(いじわるげ)にそう言う。正直言うと、私と彼女は赤の他人だ。助けてやりたいと心が叫んでいるかもしれないが、理性は見捨てろと言っている。邪魔だと言っている。どうしようもないと言っている。

 だから、私が彼女の願いを叶えてやる義理は無いのだ。本当は。

 

「……わか、った。じゃぁ、たすけ、なさい……わたし、を、ここから……」

 

 それは一瞬のうちに彼女にも伝わったのだろう。

 彼女は私にお願いするのではなく、命令をした。自分を、助けろと。この生き地獄から、解放しろと。

 それは懇願の様でもあったが、確かなる命令だ。

 

「はい、承りました。命令なら、従うしかないですね」

 

 だから、彼女はここから解放してあげよう。それが彼女の命令であり、願いだ。

 その後どうなるかなんて、私に関与することではない。

 だから、結局彼女を逃がせればいいのだ。 

 

「ではティア。この子をお願いできますか? 私は少し、こいつらの相手をしなければいけませんから」

 

「これ、全員? 独りで?」

 

「ええ、そうでもしないと気が納まりませんし」

 

「……じゃあ、わたしの右側に居るあいつら五人、あれは残して。それは絶対」

 

 彼女は自分の右側、壁に貼り付き悶える男()()を指さして、殺意と憎悪に拍車を掛けているようだった。それが何故か、大体の見当がつく。

 

「……存分に、()り返して、復讐を遂げてください」

 

「うん」

 

 強く、だが低く、彼女は頷いた。 

 ティアに抱えていた精霊を預け、私は他約三十体に目を向ける。

 部屋を一周するように、私はこいつらを(はりつ)けていた。

   

「さぁて、楽しもうじゃないか」

 

 一閃、仄かに照らされ、ある程度の視界が確保できるくらいの薄暗い部屋の中、よく目立つ紅い線が、歪に折れ曲がりながらある場所を通過する。

 だがその線は、既に残光だった。

 

 線が通ったのは、(はりつけ)にしてある()どもの首、その声帯。だが、数人だけは、あえてその声帯を残させた。

 

「さぁて、どうしよっかなぁ」

 

 踊る気持ちを抑制し、昂る殺意を見え見えにする。

 今からどうなるか考えると、興奮してしまいそうで仕方がない。

 

「じゃ、お前からにしようか」

 

「な、なにっ……何なの、何なのっ⁉」

 

「その程度で喚くなよ、もっといい声で鳴かせてやるからさ」

 

 動揺と恐怖、そして意味のない怒りに既に支配されているメス、此奴(こいつ)からすることにした。  

 

「じゃあまずは――――――【波動拳】」

 

 技名を小さく言い名がら、拳を引き絞り、眼の前のメスに()てた。

 波動、力の奔流(ほんりゅう)を抑制し、収束して、内部に打ち込む技。

 激しい内部浸食と、尋常ならぬ苦痛を味わう、こういう時にもってこいの技。

 

「ぐはっぁ」

 

 大量の吐血、だけどこの程度じゃ死ぬことはない。死ぬことは許さない。

 

「次は、普通に」

 

 メスが履いている靴と靴下を脱がし、露わになる足。それを掴んだ。

 

「ねぇ知ってます? この世にはいくら死ぬような目に遭っても、死ぬことが出来ない人がいるのですよ」 

 

「な、なにをっ、いって……」

 

「私はそれの経験者でしてね、何度も酷い目に遭いましたよ」

 

 それは呪いの世界での出来事、いくら死ぬと思われることでも、絶対に死ねなかった。

 泣き喚きたい程の苦痛を味わい、叫ぶことすらできない地獄を知り、

 混沌に満ちる世界の中で、何度も何度も殺される。

 でも死ぬことはない。ただただ痛みが残るだけ、ただただ記憶として残るだけ。

 ただただ、終わるのを待つだけだったのだ。

 その逆もまた、然り。

 襲ってくる人間どもを殺し、苦しめ、し返した。

 何度も何度も悲鳴を、絶望を、恐怖を、煩いくらいに轟かせた。

 だから知っている、何が痛くて、何が苦しめ、何で人が恐怖を感じるか。

 

「まず一枚」

 

「え、いや、やめ、ぎゃぁぁぁぁぁっ⁉」

 

 静止など露知らず、私はこのメスの爪を、剥いだ。

 あえて歪に、あえて残るように、苦しみやすいように、痛みを感じやすいように。

 

「はい次」

 

「あぁぁっぁぁっ⁉」

 

 そして次、次、次と剥いでいく。

 その度に轟く絶叫、痛みに苦しむ声、許しを請う憐れな豚の願い。

 それら無視して、続ける。

 後からこれ以上に酷い目に遭わせるつもりである他の物どもが、恐怖に滲み、『嫌だ嫌だ』と声帯の残る物が叫ぶのが聞こえる。

 気持ちよかった、心地よかった。それらすべての事柄が。

 

「あ、爪なくなっちゃった。じゃあ次は指ね」

 

「イヤァぁぁっぁ⁉ やめてぇっ! やめてぇっ!」

 

 一本一本、二回に分けて握り潰していく。

 その度に迸る悲鳴、つんざくような声でさえ、今は不快にすらならない。

 それに、この声は他の物を恐怖させる材料になる。

 ブチッ、バキッ、肉が飛び散り、血があふれ、骨が砕ける音まで聞こえる。

 

「あはっ、ははははっ、ハハハハハハハッ!」

 

 楽しい! 楽しい! 楽しすぎる!

 興奮する! 喚く姿を見て、もっと酷くしてあげたくなる!

 あぁ、いい! いいぞ! 最高だ!

 

 叫び声が音楽のように美しく思える! 潰す感触が気持ちい!

 久しぶりだ! ここまで楽しんでいるのは!

 

 指を潰し、足を折り曲げ、砕く。

 関節と言う関節を外し、また付け直してまた外す。

 手を変形させ、指が宙を舞い、更には周りが段々と(あか)に染まっていく。

 

「そおぉれっ!」

 

「ぐはぁ」

 

 だが、それを最後に悲鳴が止んだ。

 体がとっても軽く、だらりと磔のまま前に倒れ、血が少ない。

 つまらないことに、もう死んだのだ。

 

「はぁ、弱いなぁ。じゃあ、次にしようか」

 

「――――っ! ぃ――――ぁ!」

 

 声帯が焼き切られ、出血すらできない。

 そんなことで死なれては、全く面白くないのだ。何も感じない出血死など。

 

「お前は叫べないもんなぁっ、じゃあ少しやり方を変えようか」

 

 ぶんぶんと首を振っている、擦れきれている声で『嫌』を連呼している。

 だが、糞の要望など、叶えてやるわけがない。

 

「ねぇ知ってます? 人間の内臓って、慎重に取り出せば、どうなるか」

 

 普通はこんな質問に答えられないだろう。そもそも端から回答など希望していない。

 磔にしているこのオスを一度壁から解放してあげる。

 オスの表情が一瞬安堵に染まった。だがそれを一瞬で絶望に変える。

 床に、磔にした。

 

「答えは、内臓が取り出される痛みを感じる、で~した、ふふっ」

 

 これは何度もやったことがある。

 悲鳴が上げられないのなら、丁度良いのだ。

 

 まずは四肢を根元で斬り離し、焼くことで止血。

 そして、肩と骨盤に四肢の磔に使っていた短剣を刺した。

 完全に動きを封じ、暴れる事すらできなくする。

 

 そして始める、地獄絵図。

 鈍色の光が走ると、次第にオスの腹に一筋の血が浮かびあがる。

 そこから皮を、肉を、慎重に剥ぐ。

 痛いだろう、苦しいだろう。だが、死ぬことはない。

 内臓が露わになり、汚らしいそれの内、うねるそれを優しく掴んだ。

 慎重に、残酷なまでにゆっくりと、内臓が上昇する。 

 オスの目には涙が溜まっていた、見開いている目が揺れ動いていた。

 思わず漏れ出る笑み、だがそれは失態だった。

 力の加減を誤り、内臓を潰してしまったのだ。

 

「―――――――ッッッ⁉」

 

「あ、やっちゃった。けどいいか、他も潰しちゃえばいいし」

 

 宣言通り、内臓を全て一気にひっぱりだし、まだ神経が切れていないうちに、順々と潰していった。

 流石に死んだ。少しつまらないが、別にいいだろう。

 

「じゃあ、次はお前だ」

 

「嫌だっ、よしてくれっ、死にたくなんか――――」

 

 声帯が死んでいないオスを見つめ、狂笑(きょうしょう)を浮かべると、恐怖に滲むそのオスはあろうことか『死にたくないと』命乞いした。いや、死にたくないと()()()

 

「いいよ、死なないようにしてあげる」

 

 今一瞬で、とても愉快なことを思いついたのだ。

  

「お前さ、そこのメスのこと、好きなんでしょ?」

 

 私はあるメスを指差し、そう言った。

 それは、このオスが先程から何度となく見ていたメス。恐怖に滲み、泣き喚くメスだ。

 しかも良い偶然もあることだ。そのメスは今喋れる。

 

「な、何故それを!」

 

「ほらやっぱり図星だ。ならさ、条件に従うなら死なせないであげるよ」   

   

「ほ、本当かっ⁉」

 

 オスの表情が歓喜に満たされる。それだけ大事だろうか、死なないことは。

 死ねない人だって、いると言うのに。

 

「うん、本当だよ。それで条件と言うのが――――そのメス、殴り殺してみろよ」

 

「なっ」

 

 愛すべきものを殺す、何と悲しく、愉快なことか。

 実に面白い見せ物(ショー)だ。最高だ、心が躍るのが抑えなられない。

 しかも此奴(こいつ)はLv.2程度だろう。そして、あのメスがLv.3程度。

 簡単になんて殺せないだろうし、簡単に死ぬこともできない。

 

 このオスを磔から解放し、メスの下へと投げた。

 

「ほら、()れよ。死にたくないんだろ」

 

「う……がっ……」

 

 意味にならない声を出しながら、顔を行き場のない怒りに染め、のっそりと立ち上がり、そのメスを見据えた。

 

「え、嘘、やらないわよね? ね? そうよね?」

 

「……無理、だ。俺は、死にたくない……」

 

 恐怖に目を見開き、絶望を色濃く感じ始めたのか、震える声で問うたことを、オスは切り捨てる。

 

「私だって死にたくなんか無いわよ! やめてよ! 何で殺されなくちゃいけないのよ!」

 

「うるせぇ! 黙れ! 俺が生きるんだ! お前なんか知るかぁ!」  

  

 極限で憤り、我を忘れたようだ。

 オスは無我夢中になった。ただ殴り、殴り、殴り、殴り、殴り続けた。

 顔を、喉を、肩を、腹を、胸を、脚を、股を、ありとあらゆる場所を殴った。

 その度に上がる憤怒の声と、痛みに苦しむ悲鳴。

 そこに重なるオスの狂った声と、壊れた高笑い。

  

「あぁぁっ、いぃ、実にいいぃ! 最高だ! たまらない! もっとだ! もっとやれ! 苦しめろ! 泣き喚かせろ! 絶望を与え、感じろ! それがお前等の酬いだ!」

 

 あぁ、これは取り返しがつかないな。

 内心そう思ってしまう程の、自分の狂いっぷり。

 

 やがて、悲鳴が止んだ。

 痣だらけの全身、潰れた顔。脳へのダメージが死因か。

 

「こ、これでいいんだよなっ、俺は、助かるんだよなっ」

 

「は? 誰が助けるなんて言った? そんなわけ無いじゃん」

 

 そう言い放つと、こちらを向いたまま阿保面(あほづら)を浮かべる憐れなオス。

 

「なにを……いって……」

 

「あぁ確かに死なないようにしてやる、だが、何時お前を助けると私は言った?」

 

「なっ……」

 

「死なない程度に甚振(いたぶ)ってやるよ、ゴミが」

 

 にっとりと笑い、暗く楽し気であろう自分の笑顔を見せてあげた。

 だがそれは、此奴等にとって、死神の宣告のようなもの。

 絶望の、象徴であった。

 

「ふざけるなぁァぁぁァァぁぁ⁉」

 

 解放して動けるせいで、襲ってくるオス。

 そのオスを難なく御して、床にひれ伏させる。

 

「じゃあお前は、同じく殴り殺しでいいや。安心しろ、秒間約三十発だ」

 

 そのオスを空中へ投げると、始める連打。

 約一分。計千九百発の連打がオスを消した。

 

 一分間に亘った苦鳴(くめい)と悲鳴の二重奏(デュオ)

 心地の良い感触、温かな鮮血。

 部屋に盛大に飛び散った、肉片や内臓のあまり、砕け散った骨。

 たちまち広がった惨状、だが思うのは達成感とまた次を()りたい言う欲望。

 

「といっても、お前が生きるのは天界の地獄だけどな」

 

 もう既に失せたオスに言い放ち、撃ち切った拳を納める。

 

「じゃあ、次だ」

 

 私はまた、次の標的を定めた。 

 

   

 

  

 

  

  




 
 どうしてだろうか、やけに指が弾む。

 お気に入り1000突破! ありがとうございます!
 指が弾むのはそのお陰なのかな?


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反響、それは狂笑

  今回の一言
 不完全燃焼ですごめんなさい……

では、どうぞ


 

「……存分に、()り返して、復讐を遂げてください」

 

「うん」

 

 シオンがそう言うと、わたしに抱えていた子を渡してきた。

 それを受け取ると、シオンは私に背を向けてしまう。

 

「ねぇ、大丈夫?」

 

「ぜん、ぜん……だい、じょうぶ、じゃ、ない……」

 

「そう。じゃあ、ここに少し寝ててくれる?」

 

「おい、てくの……?」

 

「ううん、違うよ」

 

 右側に居るあいつら、鮮明に焼き付いた、憎いものの顔。

 わたしのことは多分認識できてないのだろう。他の人たちがいる中で、毎日毎日真っ先にわたしに飛びついて来たあの糞共が、わたしではなくシオンを見ているのだから。

 

「君は助ける。でも、わたしはやりたいことがあるから」

 

 自分の中から殺意があふれ出て来るのがわかる、バチッ、バチッと弾ける音が出てきた。

 もう抑えていられない。速くアイツらを、苦しめたい、殺したい、もう二度とわたしの前に現れないように、消してやりたい。

 復讐を、今までの怨念を、今晴らすんだ。

 

「じゃあ、待っててね」

 

「わか、った」

 

 彼女を柱に凭れさせ、私は憎き糞共に向かって行く。

 あえて、中指に嵌めていた指輪を外し、自分を認識できるようにしてやった。

 

「!……もしかして、ティアちゃんかい⁉ あぁぁっ! 嬉しいよ、僕達が恋しくて会いに来てくれたんだね!」

 

「黙れ、糞が」

 

 手刀を作り、そこに少量の風と熱から生み出す炎の刃、それで調子に乗っている糞を肩から腰に掛けて切った。

 口調が汚くなっている。シオンにはこんなの聞かせられないや。

 

「ふざけたこと考えてんじゃないよ。わたしが、お前たちに会いに来た? ハッ、おめでたい頭だね。私は会いに来たんじゃない、終わらせに来たの」

 

 一旦炎と風を解き、その手で(はりつけ)になっているゴミの頭を跳んで掴み、そのまま引っ張って地面に打ちつけた。

  

「お前ら全員、滅ぼしてやる。苦しめてやるっ。わたしたちが今までずっと感じていた、絶望をっ、恐怖をっ、苦痛を! 全て返してやるっ! 今までの所業、せめて後悔しながら、消えて見せろ!」

 

 もう一度、強く頭を打ち付けた。

 

「【時を告げる(リミット)】!【今戻りたり(リターン)】!」

 

 わたしの力で二度も打ちつけたら、簡単に死んでしまう。

 だけど、そんなこと許さない。

 絶対に簡単になんて死なせない。死んだって生き返らせてやる。

 わたしは治癒魔法だって使えるんだ。苦しめ、治し、また苦しめてやる!

 繰り返し味わえ! 死という恐怖を! 絶望を! 

 

「わたしたちが味わってきたのは!」

 

「ぐはっ! やめっ、やめてくれ!」

 

 喚く無惨な糞を一蹴し、飛んでいきそうなソレを氷を大気中に生成して衝突させ、勢い止まったソレの胸に手を当てる。

 

「【透過せよ(インビジブル)】」

 

 自分の腕をその胸から通過させ、心臓まで辿り付かせた。

 

「やめっ」

 

「この程度じゃ割に合わない程のっ、屈辱だったんだぞ!」

 

 そしてその心臓を掴む。優しく、壊れない程度に。

 

「ぎゃぁぁぁァァぁぁっぁ⁉ あぁぁあぁっ⁉」

 

 内部を直接攻撃される、痛み、押し潰れそうな苦しみ。シオンが言っていた、『人間は何よりも内部が弱い。それが内臓であり、脳であり、心であり、何であったとしても』と。

 その通りだ、この苦しみよう、実に滑稽。

  

「最後に、プレゼント。味わえ、クズ」

 

 そこで詠唱を始めた。

 煩く鳴く憐れなゴミ以下、いや未満の存在。そいつの心臓をぎゅっと握り締め、弾けさせた瞬間、発する魔法名。

 

「【停滞が生みし、永遠の(おもい)――――我は光の精霊なり】」

 

「【万里の定着(インフィニット)】」

 

 その魔法、すなわち禁忌なり。

 対象を永遠に留め、停滞の彼方へ送る最悪の魔法。

 復讐の時を願い、思い続け、その為だけに編み出した、禁断の技。

 それは、痛みや苦しみ、絶望と言う感情まで永遠に感じさせる。

 此奴は今と言う時で切り取られ、止まったのだ。

 心臓を握りつぶされた時に感じたものと、わたしに感じたことと、死と言うある種の救いが手の届きそうで届かない、憐れな状態で。

 

「これが、酬いだ。わたしたちからの、復讐だっ」

 

 そういって、既にぐったりと横たわり、血すら流さない廃棄物を一蹴して視界から外した。

 

「次は、お前だっ!」

 

「ひっ」

 

 一番嫌いな、この糞男。

 わたしに一番酷いことをした。わたしを一番穢した。わたしを一番、痛めつけた。

 正直トラウマだ。でも、今日で終わる。何もかも、全て。

 

「【水よ収束せよ(コンバージェンス)】! 【凍てつけ(フリーズ)】!」

 

 水蒸気が収束され、それを水へと変換し、水の収束体を作り出す。それを分割し、凍らせることで拳ほどの氷の弾丸を作り出す。

 それを、魔力によって糞男に飛来させる。

 全身くまなく、急所だけを外して。

 

「ぐがぁっ! 止めろ! 俺に逆らう気か⁉ 俺の奴隷の癖に⁉」

 

「妄想は頭の中だけでしろ、糞が。だけどよーくわかったよ。お前がわたしにそんなことを想ってたって」

 

 道理で扱いが酷いわけだ。あいつは甚だしい勘違いの塊だ。

 さっさと終わらせよう。いつまでも見ていると不快だ。

 

「お前は苦しめて停滞すらさせないで殺してやる。地獄から二度と出て来るなっ」

 

 氷の弾丸を足場にして、糞男の頭を掴み、その場で停止する。

 

「がぁぁァぁぁァァッッ⁉」 

 

 やがて叫び出した。当たり前だろう。

 生体電流を無茶苦茶に動かして、脳内のありとあらゆる構造が、理解しながら壊されていくのだから。

 私は元々雷を扱えた上位精霊だ。この程度のこと、造作もない。

 ただ、強制されてできなかっただけだから。

 ぷっつりと、あっけなく切れた悲鳴。でも、まだ生きている内部は壊し切れてない。

 

「もういいや、死ね」

 

 魔力を使うのすら勿体なく感じてきた。だから、握りつぶす。最大の力で。

 グチャッと潰れ、気持ち悪い感触が手に伝わる。シオンから貰った服も、汚してしまった。

 

「後で謝らなくちゃ」

 

 場違いなことを思い、残りの三人に目を向ける。

 

「じゃあ、次ね」

 

「ひっ」

 

 もうこいつらに、生きる希望なんてない。

 あるのは、満ちた絶望と、新鮮な苦痛と悲鳴。

 そして、死と言う結果だけだった。

 

 

   * * *

 

 あぁぁ! 楽しい! 楽しすぎる! 

 苦しむ姿を見るのが最高だ! 涙を垂れ流し、神へ懺悔している糞を、そのまま痛めつけるのが楽しくて仕方がない!

 あぁあぁあぁぁ!! 実にっ! 実に素晴らしい!

 飛び散る血が糞のものであっても鮮やか過ぎる! 砕ける骨の感触が心地いい!

 声にならない阿鼻叫喚の嵐を一心に浴びていると、興奮でオカシクなってしまいそうだ!

 抑えられない、抑えきれない!

 欲望が、本能が、理性までもが! 滅ぼせと言っている! 楽しめと言っている! 殺しつくせと言っている!

 絶望で埋め尽くせと昂っている! しつこい程に、血を、肉を、骨を! まき散らせと言っている! 素晴らしき景色(惨劇)を作り出せと叫んでいる!

 

 ただ殺すだけじゃないのだ。()り方など無限にある!

 ただその中から選ぶだけだ! 相応しい、殺しを! 罰を! 刑を!

 私の欲望を満たせるだけの、死に方(ストーリー)を!

 

 全身の皮を剥いでやった! 見開くその目を()()いてやった!

 四肢を素手で千切ってやった! その肉を嫌がる糞に喰わせてやった!

 ゆっくりじっくり炙ってやった! 足先から段々と長い時を掛けて斬り刻んでやった!

 やったやったやったやったやってやった!

 

 でも、もういなくなっちゃった。

 全部、死んだ。全部、殺し終えちゃった。

 つまんない、もう終わり? まだだよね? まだ続きがあるよね?

 もっと見たいよ、散って行く命を、絶望する糞どもを。

 満たしてくれる、沢山の血を。

 

「シオン、終わった?」

 

 瞬間私は背の刀を抜いて、その声の主の首筋を、ほんの僅かに斬っていた。

 

「……ぇ?」

 

「ぁ―――――――ごめんなさい。ちょっと歯止めが利かなくなっていたので」

 

 危なかった。あと少しで、彼女、ティアまで殺してしまうところだった。

 刀を納め、数歩後退して距離を取る。

 

「―――大丈夫だよ。シオンだから、全然」

 

「そうですか」

 

 彼女の服は、惜しみなく血で濡れていた。

 銀髪にも血を浴び、だがそれでも失わない輝きは、場違いな程美しい。

 この惨状と復讐の空間には。

 

「―――すごい、ね。これを独りで()ったんだから……」

 

「そうでもないですよ。普通です」

 

 心が段々落ち着いて来た。興奮も治まってきている。

 やがて深呼吸し、良い匂いに感じてしまう血の香りを感じた。

 

 改めて、自分を見てみる。

 傷一つ無い。だがその代わりに髪は赤黒く染まり、着ていた常闇と見紛う程の漆黒の長衣外套(フーデット・ロングコート)は、そこに淀んだ赤色を加えていた。

 背に在る刀は、その重さをより一層増している。相当量の血を吸っているからか。

 

「ティア、私はこの後も【カオス・ファミリア】を掃討します。最後まで片付けたら、終わりです。貴女はどうしますか?」

 

「勿論、ついてく。まだ私を穢したゴミを片付け切れてないから」

 

「因みに、後何体?」

 

「八体。全員殺すまで、私も終わりじゃないから」

 

 不敵に笑い、自身の調子を確かめるかのように手の開閉を繰り返す、()る気満々のご様子だ。

 それを微笑ましく見てしまう私は、感性がおかしいのだろうか。 

 

「で、その精霊、どうします?」

 

「ん~、とりあえず全治癒かな」

 

 ティアが私に肩を貸していた精霊を差し出し、平手をこの精霊に向ける。

 瞬間、魔力がどよめき始めた。

 

「【我は慈悲の光を(もたら)す、光の精霊なり。我はその慈悲を持って、万人を(いや)そう】」 

 

 この場に似つかわしくない、聖女のような輝き。美しいが、それは彼女が面倒そうにしていなければの話であって、完全に台無しである。

 そもそも、この光景の中それを求めるの事態がちゃんちゃら可笑しいことなのだが。

 

「【嗚呼、嘆き悲しむ人々に、静かなる安らぎを。治癒の光をもって、忘れ難き傷を過去のものへ】」

 

 向けていた平手を私の胸に納まる彼女に添え、そこから魔力を伝えると共に発す。 

 

「【無に帰す光(トワイライト)】」 

 

 物騒な名前だが、効果が見当違いに著しい程のものなので気にしないでおこう。

 確かに全回復といえようか、魔法にしてはという前置きが必要だが。

 治りはした。外傷は見受けられない、感触的に内傷も治っているだろう。

 だが、おっとりと遠くを見ている目は、ぼんやりと焦点が合っていない。

  

「……目までは、難しいかな」

 

「仕方ないですね、どれくらい見えますか?」

 

 自分の体に起こったことを驚いている精霊を立たせて、そう問いかける、

 数秒何も答えずに、身体の様子を確認するように動かして、程なくして答える、 

 

「……朧気だね、薄闇が覆ってる、というのが適切だよ。見えにくいよ、ほんとに」

 

「いえ、それだけ見えれば十分ですよ。動くことは?」

 

「普通に走るくらいならできそう。戦うのは……照準が合わないから危険」

 

「では、引っ込んでいてくださいね。邪魔になりますから」

 

 無慈悲に引き離しているが、偽りようのない事実である。

 彼女の魔法も使えば、虐殺のレパートリーは増えようが、それはつまらない。

 私が()りたいのだから、他人には邪魔されたくなにのが正直な気持ちだ。

 

「ティア、貴方も大丈夫ですね」

 

「うん、速く殺したくてうずうずしてる。ねぇ、もう行こ? どうせ見つけてるんでしょ?」

 

「ふふっ、その通りです。行きましょうか」

 

 その通り、私はこの部屋の愚物を処理している時から、次なる処分対象を定めていた。

 うっとうしい雰囲気が臭いと共に漂っているのだ。その所為で嫌でもわかる。次に向かう場所で何が行われていて、精霊たちがどんな目に遭っているか、

 勿論のこと、その精霊たちに自意識どころか、生物の尊厳すらないのだろう。

 心底虫唾が走る。相変わらずのふざけっぷりだ。 

 

「……走るのかい?」

 

「えぇそうですよ。あ、超音速くらいは出せますよね。一応確認しておきますが」

 

「……逆に聞くけど、出せるもの? それって」

 

 『えっ』と思わず声を出してしまう。いや、私にとって当たり前すぎて忘れていた。

 普通は無理なのだ。超音速どころか、亜音速すらも。

 

「あはは、これは仕方ないですね。途中まで私が運びますよ」

 

「……迷惑、になるのかな」

 

「私は貴女に命令されましたから、『地上まで逃がせ』って。そこまでは何とかしますよ」

 

 見えてはいないだろう、だが、私は笑いかけた。

 雰囲気だけでも伝われば、罪悪感は消えるだろう。それは彼女が感じることではないのだから、無駄に気負われても此方が苦しくなるだけだ。

 

「……シオン、私が運ぶ」

 

「これまたどうした。ティアの身長では碌に運べないでしょうに」

 

 突然の介入。意味ありげに頬をぷぅと膨らまし、訴えかけてきたのはティアだ。

 

「なんか、いや」

 

「なに、ものの数秒のことですよ。その程度何を思っているかは知りませんが、我慢してください」

 

 取り合っている暇は正直ない。あと少しで限界が来る、その自覚はあった。

 後先考えず暴走するよりは、考えて楽しみながら暴れたほうがよっぽどいい。

  

「失礼」

 

「ひゃっ」

 

 短くに断りは入れ、抱き上げる。

 その姿勢はいわば、『お姫様抱っこ』というやつだ。実に効率的な運び方である。 

 

「ごめんなさい。でも、貴女を運ぶ効率的な方法はこれしかないので」

 

 適当に説明もとい言い訳をし、一応彼女にも納得してもらおうとする。

 こういったものは、純情な乙女の心には響くらしいから。

 彼女が現在純情かどうか、それは問題にしてはいけないことである。

 

「……アストラル」

 

 ふとそこで、呟きが耳へ入り込んだ。

 

「私の名前、属性は星。一応、これくらいは」

 

 星属性、確か占いを中心とした『星読み』ができる、稀少(レア)属性。確かティアにも埋め込まれていたはずだ。

 もしかすると、その属性の所為でここに連れられたのかもしれない。

 

 と、そこまで考え思考を放棄する、こういうことは考えたって無駄だ。

 

「ティア、行きますよ」

 

「――――ふんっ、わかったっ」

 

 何処か投げやりの様だったが、気にするまでもない。

 絶対的にこの『お姫様抱っこ』が原因だ。ティアがあからさまに好意を示してくるのだからこれくらいは解ってしまう。

 

 先程と同じく魔法名を三つ連なり発して、飛び出した。それを刹那的に追う形となるが、すぐに追い返して私が導く形となる。

 移動速度に手に抱えるアストラルが驚いている姿が心情に合わず面白く思う。

 そんな中で近づく異臭、それにた二人が鼻を塞いだ。嫌なことを思い出しそうなのだろう。

 

「ティア、先に言っていいですよ。貴方が復讐したくて堪らないヤツを、殺せ」

 

「―――うん、ありがと」

 

 一気にギアを上げ、直線の道を突っ切っていく。

 この先から臭いが漂うのだ。それをティアは追っているのだろう。

 

 つんざく音が轟いた。

 

 同時に反響する、絶叫。断末魔と共に届く魔力の残滓(ざんし)

 直ぐに始めたのだ。私もそれに交ざりたくてたまらない。

 

「アストラル、一旦ここに居てくださいね」

 

「分かった」

 

 もはや阿鼻叫喚の巣窟と化した壁が破壊された部屋からは、嗅ぎなれた血の匂いまでも交ざり、一呼吸だけで眩暈が平衡感覚を蝕もうとする。

 でも、そんなの露知らず。ただ惨状を作り出すために動いた。

 また始める、虐殺(ジェノサイド)だ。

 

「はっ?」

 

 間抜けな声を出して、派手に中身をぶちまけた服すら着てない淫獣(オス)がいた。 

 部屋にはそのほかにも、十四―――今十三か、それだけの獣が居た。

 そして、鎖で拘束され、枷に囚われ、だらりと死んだような精霊も。

 

 あぁあぁぁぁあぁぁぁ! 不快極まりない!

 何だこの部屋の臭いは! 何なんだこの部屋の雰囲気は!

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ!

 

 煮えくり返る程の怒りが抑えきれない、荒れ狂ってしまう刃が止まらない。

 ただで殺さないと思っていだ。でも、無理だ。

 

「お前らは! 今すぐ消えろぉっ!」

 

 叫ばずにはいられない。分かっていても、見てしまったから。

 歯止めが壊れた、多分もう止まらない。

 幸い、ティアが楽しそうに甚振っている五匹は、復讐対象だろう。

 その下には、三個の廃棄物も転がっている。

 あの五匹も終われば、彼女の復讐も最期を告げるはずだ。なら、もう私が暴れてもいいだろう。

 

 ある一匹に、断罪の煉獄を扱いし刃を貫いた。

 ある一匹に、無へと誘う柄を握らせた。

 ある一匹に、残酷なまでに、死を与えた。

 一匹一匹、着実に、確実に、長い長い一瞬で、全てが全て、消えていく。

 狂いだす精神、昂り限界を知らない狂気、殺意、興奮。

 見せしめの解体は、恐怖に滲み竦み叫び散らす愚物を見るのが堪らなく嬉しい。

 派手に飛び散る鮮血を全身に浴びることで、頬が染まっていくのが感じ取れる。

  

 今すぐにと言った、だが無理だ、楽しまずにはいられないのだやはり。

 一つ前よりは適当だ。先程の方が余程楽しかった。

 

 その証拠にほら、もういなくなっちゃった。

 舌なめずりをひとつ、口の周りに垂れる血を口に含む。

  

 満たされる感覚を得た、全身が熱いくらいに次を欲している。

 感覚が異常な程鋭くなる、血流の流れる音すら聞き分けられるほどに。

 

「ミツケタ」

 

 にたぁとおぞましい笑みを浮かべているのを自覚しながらも、抑える気などない。

 二階下にまだいる、まだあまってる、まだ殺せる、まだ浴びれる、まだ飲める。

 速く、速く速くはやくハヤクッッ! 

 

―――その()を、散らさせてくれ。

 

 形振り構わず、飛び出した。

 

 自身の一挙手一投足が止まった様に遅い。もっとだ、もっと速く動けっ! 

 

 我慢なんてできっこない、とにかく血を、血を、血を、血をくれっ! 

 

 抑えられない吸血衝動、まるで渇いた吸血鬼のよう。

 

 ニンゲンをやめてこの衝動が満たせるのなら、そんなもんすぐやめてやる、

 

 さぁ! だから出ておいで、死ぬしかできない愚物どもよ! 華々しい血の貯蔵体よ!

 

 咲いておくれ、目の前で、彼岸から見える景色のような紅い華よ!

 

 あぁ着いた、着いたぞ! 漸くだ、ここまでどれ程かかったっ!

 

 だがそんなの関係ないっ、さぁ早く、散るがいいっ!

 

「ハハッァァァハァハハハッァハァハハッッ!!!」

 

 狂気に溺れ、壊れ歪み原型すら見えない笑み。

 それは一体誰だろうか、この赤いカガミ(血だまり)に映るのは誰なんだろうか。

 全身真っ赤な狂人、鈍色に輝く凶刃を執ったおぞましきナニカ。

 

 溢れ出しているモノは、既にない。もう、何もかもが終っていた。

 こべりつきまだ固まってすらいないモノ。

 まき散らされた、どんなものかすら判別できないモノ。

 飲み込まれた、どんなものでも美しい紅い液。

 

 惨状、そんな言葉で事足りるのだろうか。いや、無理があるだろう。

 生易しい言葉でなんて表現できない。それ程の光景がある。

 

「フフッ、フハハハハハハッ、アーッハハハッハハハッッ」

 

 高笑い、その中で一際異様な存在。

 もう、何が何だか分からない。何をして何のためにここに来たのか忘れた。

 

 もう、そんなことどうだっていいや。

 

 ゆったりと、段々、段々と小さくなる狂笑(きょうしょう)

 それが存在の意識が彼方のとんだ証拠か、それとも、飽きして見限った結果か。

 ただ、()きたことは無いだろう。それだけはいえる。

 歪み淀み腐った、でも残酷なまでに輝きがそれを隠す目を見れば。

 

 誰にも気づかれること無く、崩れていくのは何だろうか。

 だたそれだけを、やがて気付かなくなる彼は考えていた。

 



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別れ、それは終わり

  今回の一言
 漸く分かった、私が変態なんだ。

では、どうぞ


 僅かな光がほんわかと暗く包み込む通路、陰鬱な雰囲気の中漂うのは、紛れもない血臭と死体から発せられる異臭。

 人々に知られないひっそりとした『奇人の作品』は、再修復が不可能といえようか、それほどまでの破壊されよう。

 それも、殆どが唯一人の青年の手によって行われた。

 歯止めが利かなくなり、自分の胸中に秘めていた狂気を開け(さら)した狂人によって。

 いっそ清々しいまでに高笑いを浮かべ、転がるモノに(わら)いを向ける異常者によって。

 

 『奇人の作品』は圧倒的な強度を誇り、尚且つ複雑であった。

 なのに、青年は的確にナニカの居る部屋へたどり着いた。しかも、そのナニカに共通点を作らせて。

 

 青年が去るころには、そのナニカは同じものであるはずなのに、全くの別物へ変わっているようにしか思えないソレの数々へと変化していた。

 何ともまぁ不思議なことに、青年が通った場所すべてが同じ()()に包まれて。

 

 その青年の歩みは、とある部屋、人口迷宮三階層分程の部屋で停滞を得ていた。

 漸く止まった『虐殺者の遊び(キリング)』、だがやはり残る惨状。

 

 その中で、場に余る程の輝きを見せつけ、否応なく目を引き付ける石。彼はそれを手中に収め、じっくりと眺めていた。

 

「……あぁ、助かったみたいですね。危うく怪物になるところでしたよ」

 

 彼は独白に呟く。もう既に誰かが消えた部屋で、静かに消えゆく声。

 掲げていたその岩の欠片を降ろし、彼は部屋を見渡す。

 

「……これが、私の本能、かぁ……哀れだなぁ」

 

 自分への嘲りが、勝手に浮かぶ狂笑(きょうしょう)の合間を縫って現れる。ぽつん漏れた最後の言葉は、自分へか、将又目先のナニカか。

 

「ティアの所に、戻った方が良いですね」

 

 見限りを付け、惨たらしい部屋から、恐ろしいまでに落ち着いて無情に立ち去る。

 

 

 

 

―――――死ぬところだった。それは正直否めない。

 

 相手に後れを取って殺されることはありえない。私が言う死ぬはそもそもそう言ったことではない。

 精神が、心が、蝕まれていくのだ。本能に、欲望に、理性にですら。

 壊れてしまったらもう戻れなくなる。私がもう壊れているのは認めるしかない。

 だからよかった。途中で止まってくれたのは。止めてくれる切っ掛けがあったのは。

 精霊因子、それもティア()()の。六つあるうちの一つを私は手に執っていた。

 自然と、引き寄せられたそれを。

 そして正気と言っていいかは分からないが、元には戻れた。

 全身を苛んだ魔力の奔流と、荒れる吐き気や眩暈の相乗効果によって。

 

 助かったと言えよう、たとえ彼女に自覚が無かったとしても。

 因みに、残り五つの精霊因子は措いてきた。持って来ても意味が無いから、それにまた反応して気分が悪くなるのは嫌である。

 

 適当に道を進んで行く。点々と、ぽつぽつ見受けられる血痕を辿って。

 そして思い知らされる、自分の異常さ。

 ()ったまま残されたナニカ。あり得ない程粉々になっている通路。

 嫌々臭う死臭や、まっくろのナニカから発せられる焦げ臭い香り。

 経由する部屋部屋で一際強くなる最高の香り。素晴らしき匂い。

 鼻孔を微かにくすぐられただけで、興奮で脚が震え、碌に力が籠らなくなってしまう。

 

 可笑しい、完全にオカシイ。

 吸血鬼の時に感じた特異症状と酷似している。血を摂取しすぎて限界突破した興奮が、我慢できなくなった時のそれと。

 その時、新たに血を見つけると、脚から力が抜けることで腰が抜け、全身が興奮で火照って、苦しいくらいに愛おしく、血を求めそれでいて拒絶するのだ。

 でも、今は吸血鬼じゃない。そのはずなのに―――どうしてか、そうなる。

 

「はやハァハァく。かえぇりょう……はぁはぁみが、もた、にゃぃ……」

   

 段々と呂律すら回らなくなってきている。本格的に不味い。

 今は発散できる対象が無いのだ。あったとしても意地でも断固拒否だが。

 

 重く拙い、覚束なくて危なっかしい足取りで進まざるを得ない。これでも、進めていること自体が奇跡のようなものなのだ。

 体に力のこもらない拳で喝を入れ、頬を平手で思いっきり叩く。でも全く痛くない。

 

「はぁっ、はぁぁあっ。にゃばぃぃ……ほんとにぃ……」

 

 腰が抜けて、歩くことが出来なくなった。幸い、ティアが居ると思われる四階層まで何とか昇れた。それもちょっと強引な方法だったが、気にしていられる状態ではないのだ。

 匍匐(ほふく)前進で進むしかない。今力が最も入るのは腕なのだ。それでも快調時とは雲泥の差なのだが。

 必死に耐えるせいで出てしまう喘ぎ声、『誰得だよ』とそれを誤魔化そうと心中叫ぶも意味をなさず、ある種の苦しみは依然続く。

 だが、救いはあるはずだ。今も尚近づいて来る気配が正しければ。

 

「――――――シオン?」

 

「てぃあぁ……たす、たしゅけてぇ」

 

 もう形振りなど構っていられない。早くここから出ないと本気でヤバイ。

 より厳密にいえば、早く血の匂いが届かない場所に行かないと壊れる。

  

「え、え、え? な、なに? どうい……それ、わたしのっ、見つけたの⁉」

 

「しょんにゃことぉよりぃ、いしょいでぇ……」

 

 必死の懇願。情けないことこの上ないが、今は縋るしかない。

 

「え、あ、うん。で、でも、どうすれば……」

 

「外に出ればいい。分からないなら敵の住処(アジト)に居るのは愚策」

 

「そ、そうだね。じゃあい急ごうっ。多分これは本格的に不味い状況だからっ!」

 

「わかった」   

 

 彼女たちが何とか頑張って持ち上げてくれて、せっせと運んでくれた。

 以外に揃った足並みで、来た道を辿る形で帰還した。

 その時にはやはり、あの場所も通る訳で……

 

「ひゃぃぃいぃぃぃぃっっ!!」

 

 悲しきかな、絶頂へと至った後のことは、よく覚えていなかった。

 

 

 

   * * *

 

 むず痒さを覚え、体を()りながら瞼を開く。

 感じなかった感覚も自然と蘇り、何かが()し掛かっていることが判る、その数二。

 それは視界に入ることで確実となる、美しき銀髪と荒れる濁った赤髪。その持ち主たちには、うっすら寝息を立てて、心地よさそうに身を預けられていた。

 その二人を無情に引き剥がす事には何故か抵抗が起き、そのままで辺りを見回す。

 自然と諸手がその髪の毛を()き始めるが、身を貸してやっているのだからこれくらいのことは許して欲しい。意外と心地よいのだ、荒れていたとしても。

 

 目線を辺りへと巡らせる。

 照明による灯りが無く、二(そう)から茜色が射し込む部屋はおっとりとしている雰囲気を醸し出す。 

 一台中央に在るシングルの寝台。隅に備わるクローゼット、天井から垂れる照明器具。丸テーブルに丈をそれに合わせた椅子。

 配置に――――いや、配置にも見覚えがある。

 『アイギス』の一室、簡単にいうと寝室だ。 

 絶頂して気絶でもしたであろう私をここまで運んでくれたのだろう。良い判断だが、左手で弄る赤髪の持ち主が全裸なのだが、移動時はどうしたのだろうか。

 明らかに、そのままだろう。精霊は恥じらいと言う概念が薄れやすいのだろうか。

 

 それはさておき。

 

 痒い。とにかく痒い。

 頭皮や素肌、首の後ろや耳の周りが特に。

 髪も感覚から考えて、血で固まりカピカピだ。これ以上痛まないうちに早く洗いたいのだが、彼女たちがこのままでは無理がある。

 服も汚れて良いにお―――とても臭い。残らぬように洗い流したいとはやる気持ちもある。でもやっぱり障害となる彼女たち。

 

 

――――退()けようかな?

 

 

 身勝手ながら自分がやはり最優先。行動に移し寄り掛かっていた壁から背を離すと、掴まれる服。それも二組の諸手で。

 起きていると疑いたくなるが、呼吸法から筋肉や心臓の動き、確実に寝ている人のそれだ。

 私は一体彼女たちに何をしたと言うのだろうか。ティアは実質救いの手を差し伸べた相手のようなものだからまぁ何となくわかるが、アストラルに関して言えば、それほどでもないはずだ。深く肩入れしてはいないはずなのに。

   

「……ふぁぅあぁ~……どうかした?」

 

 と、そこで丁度よくアストラルが目を覚ます。片手を放して、欠伸で開く口を塞いだ後に、首を傾げて疑問を投げかけて来た。

 

「どうもこうも、起きたのなら早々に離れてください。私はお風呂に入りたいので」

 

「え、じゃあ私も入る。体洗いたいから」

 

「は? まぁ、別に良いですけど……」

 

 真顔で何も気にしていないかのように言ったが、よく異性と風呂に入ると言うことをまともに言えるものだ。普通は無理だと思うが、やはり彼女も普通では無いようだ。

 

「ティアは……一緒に入れますか、何時までも女の子が血に塗れているのも良くないですし」    

 

「わかった、運ぶ?」

 

「私が運びますよ。全然軽いですし」

 

 先程悔しがってたので、今度はティアを『お姫様抱っこ』で運ぶ。それで、何で貴女がそんな目を向けて来るのかな? アストラルさん?

 

「ふんっ、別に羨ましくなんて思ってない」

 

「あ、そうですか」

 

 といったものの、表情と言葉が一致していない。頬を膨らませ、服の裾をぎゅうっと掴まれている。あぁこれは、難儀なことに好かれたらしい。どうしたものやら。

 とりあえずそのままで脱衣所で向かう。彼女のことは後回しだ、いずれあちらの方から離れてくれるだろう。

 

 誰に見られることなく脱衣所へ着き、せっせと装備を外し、衣服を脱ぎ脱がせそこでティアが起きる。

 

「……シオンって、やっぱり男の子だね……」

 

「何処見て行ってんだおい。その目潰して再生させるぞ」

 

「あ、ごめん」

 

 割と本気に言ってしまった。凝視しながら舌なめずりされて、いい気分になる程変態では無いのだ。

 

「ティアが謝る事じゃない。見た目にそぐわず案外おっ――――」

 

「―――黙ろうか、ね?」

 

「「は、はい」」   

 

 少しおふざけが過ぎる二人に、ちょうど手に執っていた漆黒の刃を寸で止め、身長上の問題で斜めになるが首へとあてた。

 不味さを悟ったのか、正直に反省する二人。この刀は別に斬っても斬れない仕掛けがあるのだが、それを知らなければ殺意混じりの刃は死の気配でしかない。

 しかも二人は私が躊躇なく人を殺せることを知っている。というか、進んで殺しに行ってしまうレベルになっていることを今日気づいたのだが。

 それは置いといて。

 

 漸く落ち着いた二人を見て、納刀して浴室の戸を開ける。それに伴い彼女等も浴室へ入る。

 浴室は地味に広い浴槽と、仕切りで区切られたシャワーが五台ある。男女で分けられてはいないが、恐らく鍛錬場(ここ)を利用した人が使う目的で作られたのだろう。

 早々に、全身に湯を被る。凝固した血は剥すのが面倒と理解しているから、手間を掛けることは我慢するしかないが、髪を洗うのには心底苦労しそうだ。

 

「あ、そうですよティア。精霊因子はどうしたのですか?」

 

 と、することの無い口で、隣で同じく湯を被る彼女に問いかける。私が精霊因子を持ってきた記憶はあるが、その後どうなったかは知らない。

 

「元に、とはいかなかったけど、とりあえず戻せる限り元通りにした。これで私の弱点が一つ減って、めでたしめでたしとわたしは言いたいかな」

  

「それはよかった」

 

 と無感情に告げる。存外な自分の言葉に少しばかり驚くが、興味のあることはその後であって彼女の心情では無かったから、仕方のないことか。

 

「……あの、さ。聞いていい?」

 

「お、何です? アストラル」

 

 そこに沈黙を守っていた彼女、アストラルが入ってきた。大体今後どうするかなどの質問だろうが、早とちりのことも考えられるから、聞くに限る。

 

「私って、今どういう扱いを受けてることになってるのかってこと」

 

「ただ居るだけでしょう? 偶々、偶然。それだけです」

 

 真実である。私はティアはともかくアストラルまで養護する気などないのだ。本当はティアにも立ち去ってもらいたいのだが、無理そうだし。そこは諦めに近い状態だ。

 だが彼女は違う。

 

「……私は、邪魔?」

 

「人は、都合の悪いもの全てが邪魔であると感じ、都合の良いもの全てを肯定的になる。簡単なことです、貴女は私に利益を(もたら)しませんから、端的に言って邪魔ですね」

 

 残酷なまでに事実を告げる。彼女は今後もお荷物にしかならないだろうから。

 彼女はティアと違い、何とかすれば働けなくもないし、【ファミリア】の所属もできなくはないだろう。外見が外見だ、全てはそうなってしまうのだ。

 

「ちょ、ちょっとシオン⁉ それは言い過ぎじゃ……」

 

「ティア、貴女がアストラルに同情心か何かしらの思いで気を寄せるのは仕方のないことです。ですが、私は違う。全ては自分の為、原点回帰して必ずそうなる。私の行動は私の為であって、一他人の為ではない。彼女が今後どうするか、それは彼女が決めること。そして、私は聞かれたことを答えただけ、言いすぎも何もありません」

 

 無情と言われようがどうでも良い、他人からの評価など気にするに値しない。

 風評被害だって、もうどうでも良くなった。気にすることでもないと気づいたのだ。

 

「……じゃあ、私とは今日でお別れ」

 

「それが貴女の選択、それでいいですね?」

 

「…………ぃ――――――うん」

 

 何処か、後悔と言うか、悲しさと言うか、現し難い苦し気な感情がそこに見え隠れした。水音にかき消されて、聞こえなかった言葉もあったが、大事な意志は確認できた。

 

「でも、一つだけお願い」

 

「なんです?」

 

 話しながら洗っていた髪に付いた泡を流し、そのお願いとやらは聞くだけ聞こうと思い問い返した。

 水音は不思議なことに止み、逃すことを許されないかのように静まり返る。音を、響かせるためのように。

 

「―――――――」

 

「―――――少しだけ、なにもしないで……」

 

 やけに静かに彼女は私に身を倒した。隔たりのない場所へ態々移動して。

 反射的に抱き寄せるかのように彼女を支えると、彼女はその状態で腕を背へ回し、言ったのだ。

 とてもやわらかな胸部が潰すかのように押し付けられ、先端の硬い感触が諸で伝わり、微妙に動いてくすぐったい。

 顔を私の胸へ押し付け、見下ろす形となる所為で、髪に隠れる彼女の顔は見受けられない。 

 脚を脚に絡めさせ、壁まで押しやられた。抵抗するのも面倒で、されるがままに。

 

「……全然、興奮しないね」

 

「面白いことに、私は性欲が欠落しているのでね」

 

「じゃあ、こうしても問題ないはず」

 

「ちょ」

 

 彼女は股を開いて、私の脚へ絡んできた。少し背伸びして、どうしてか当てようと奮闘している。

 果てには手が伸ばされた。だが、それは流石に払う。

 

「……触るくらい、いいでしょ」

 

「ダメです」

 

 上目使いでそう言うが、可愛らしくとも心動かされるわけでは無い。

 既に決まっているから、勝手な押しつけかもしれないけど。

 

「アストラルゥ? 今まで黙ってみてたけど、それは羨ま――――いろいろ問題があるからやめて。それと、シオンは自分を大切にしない人間が嫌いみたいだよ」

 

 そこにティアが隣から顔を出して介入してきた。

 途中に問題すれすれの発言をしているが、目を逸らすことが最適だ。嫌なことには目を背けろ、これ大事。

 心底残念そうにするアストラルは、また髪で表情を隠し、考え込むように黙りこくった。

 

「……そっか、じゃあ、これだけ」

 

 そして、突然彼女は私の手を掴み、自分の下へ誘導し始めた。

 ぐちょ、と音が鳴る。ぬるっとした感触が指先から伝わり、更に手を動かされソレを掻きまわすかのように指が動いた。

 

「ひゃぁっ、はぁっ、ひゃぃ、凄い……嫌じゃなきゃ、こんなに、気持ちいんだ……」

 

「―――――」

 

 それに、押し黙ってしまう。

 まさかの行為だった。抵抗は簡単だろうが、逆に下手を打つと酷くなりそう。

 それにギリギリだ。私が何か損害を被る訳でも無ければ、利益も無い。つまり無意味。肯定も否定も、その行動に対する是非は言い難いものだった。    

 そして指先の生温かな感触はぬちょっ、という音で緩んだが、まだ熱は仄かに指へと留まっている。

 その私の指、彼女はそれを私の口元へ運ぶと、 

 

「舐めて、もらえる?」

 

「は?」

 

 あほなことを言いだした彼女に、思わず声を出してあっけにとられた。

 それが、小さな隙となる。口元まで既に移動していた指は、数C動かすだけでいいのだから、一瞬も要さない。よって、入ってしまった口の中。

 必然的に指は舌にも触れ、生温かな熱と、ねっとりした舌触り、数々の情報が伝わってくる、あと、不味い。

 

「……この味、憶えておいて。これが私、私と言う存在が君と関りのある証拠。他が無くてもこれだけはある。いい?」

 

「よくないですよ……」

 

 最悪だ、正直言えば。

 いらぬことを憶えてしまったし、どうせ私は何も忘れられない。

 自己主張が大胆過ぎやしないだろうか、こうでもしないと記憶に残らないと思っているのなら、大間違いである。

 決定的な決別が欲しいものだが……

 

「あ、そうです。け・つ・べ・つ・の、証としてある物を上げましょう」

 

「決別の証なら受け取りたくない」

 

「うるさい、受け取れ。そして少し待ってろ」

 

 浴室を出て、脱衣場に置いてある刀を執る。

 抜き放ってから、()()()()呪いを回し、それを手首に集中させる。

 普通なら絶対にしないであろう行為、近くに試験管を用意して手首の血管を斬った。

 血があふれ、僅かに痛みを感じる。だがそれは捨て置き、溢れた血は試験管へと流し込み、半分より少し多く溜まると傷が塞がり血が止まった。

 どうなるかは知らないが、試してみる程度で渡しておこう。

 

――――決して、傷ついた彼女の為を思ったわけでは無い。

 

 試験管を彼女に手渡し、飲むように催促する。

 それは明らかに血で、流石に渋る様子を一瞬見せるかと思ったが、何の躊躇(ちゅうちょ)すらなく一気飲みした。 

 

「―――ゲホッ、ガハァ……美味しくない……」

 

 普通なら当たり前のことを口にして、(むせ)ながらも。

 

「ひゃぅっ⁉――――な、なにが、どうにゃぁっ⁉」

 

 そして突然異変が見受けられる様になり、彼女が大きく揺れ動く。

 興奮でか、真っ赤に顔を染めて、口から唾液と血を滴らせ、諸手で二の腕を掴み荒く呼吸を繰り返す。

 ついには足から落ち崩れ、壁に凭れる形となった。

 

「や、やばぃっ、お、お願いっ、見な―――――」

 

 彼女は言い切る前に、変化を生んだ。

 音が乏しい浴室に、ちょろちょろと音が鳴る。

 

「やめてぇえぇっ!! みないででぇぇっ!!」

 

 嘆く彼女が憐れで仕方ない。その姿は恥ずかしめとしては彼女が体験したことの無い類のものだろう。

 だが、それは副次的なことであり、何故かなる事だ。

 

 彼女の体には変化が生まれていた。傷ついていた身体がたちまち癒えていく。肌は艶が戻り、痣などの外傷内傷共に消え、髪の毛の一本一本すら輝くようになった。

 

「これでよし」

 

「何がっ⁉ 私を辱めること⁉」

 

「違う、恥ずかしめるだ。どっちにしろ違いますが。それと、自分の傷が消えたことに気づけ」

 

「え、そん―――――え?」

 

 彼女は自分の身体を見て、心底驚いている様子だった。仕方のないことであるが。

 

「さて、後はご自由に、私はなんにも知りませーん」

 

 小刻みに体を震わせる彼女を措いて、背を向けると、さっさと浴槽に浸かる。

 人五人入っても問題ない広さの湯船は、ぷかぷかと私の身体を浮かした。

 髪が水に浸かるのはよろしくないのだが、何となくそうしてしまう気分。

 疲労回復が主だった効果の入浴剤を十分に入れてあるため、抽出されるかのように抜けていく疲れ。だが、妙にわだかまる心の靄を引き連れてはくれなかった。

  

「……じゃあね、シオン。私を助けてくれて、ありがと」

 

 ふと、お礼の言葉が密やかに投げかけられ、脱衣所へ繋がるドアが音を立てて閉まる。

 だが数瞬後、そのドアがまた開けられ、あっけらかんと告げる一言が響いた。

 

「――――シオンの服もらってくから」 

 

「は?」

 

 浮いたまま思わず声を出してしまっが、その時既に遅し。

 気配はもう脱衣所を出ていた。元々彼女は持ち物などなかったのだから、私の衣服を盗るだけで十分だったのだろう。

 私自身の帰りが心配になるが、もう夜の(とばり)は下ろされている頃だ。最悪全裸でホームまで駆け込めばよい。

 

「……シオンの服を着るなんて、羨ましい……しかも洗われてない汗と血に(まみ)れた……ずるい」

 

「何を言ってるんだか」

 

 もう気にしないことにしよう。それに、彼女と会うことなどもうないはずだ。そう願いたい。

 彼女からの命令も地上への帰還の時点で完遂している。余計に構うのは本来筋違いだ。

 

「ねぇシオン、じゃあ私は?」

 

 興味ありげに、意味深な笑みを浮かべてそう聞いてきた。

 浮いている私を見下ろす形で立っている所為で、ぽつん、ぽつんと銀髪から滴る水が顔に落ちる。そんな彼女に存外に告げる。

 

「自由にしろ。正直どうでもいいですから」

 

「ひどいっ⁉ でもならずっとシオンに付いてくからね」

 

 案外めげることの無かった彼女。ニコニコと相変わらず笑みを浮かべている姿は、どことなく愛らしい。だが、小動物の様に拒絶に対する怯えが潜まる瞳がそんな愛らしさよりも私の隠れた本能を刺激する。

 努めて耐え凌ぐが。

 

 ティアはそう言うと私の隣に浮かび上がり、同じく流れに身を任せる。

 といっても、流れの無い浴槽では、その場で浮かび暮れることしかない。

 

「……ねぇ、前から気になってたこと聞いていい?」

 

「なんですかぁ?」

 

 気怠気(けだるげ)に、突如落ち着いた空間に割り込んだ声へ答えた。

 

「シオンって、なんで左眼隠してるの?」

 

「といいますと?」

 

「さっきまで眼帯つけてたから怪我でもしたのかなって思ってたけど、全然違う。実際シオンの左目に怪我なんて見えない。だけどさ、ずっと瞑って隠してるよね。わざわざ」

 

 確かに、その通りだ。

 今私は眼帯を着けていない。だが、隻眼の状態だ。

 単に左目を閉ざしているだけなのだが、何故かと聞かれても、癖、としか言いようがない。

 そこに理由を見出すとすれば、気づいたら閉じてるといえようか。

 

「なんで隠すの?」

 

「……癖なんですよねぇ。いつも眼帯つけてますから、いきなり外して視界を確保すると遠近感が狂いますし、自然と閉じてしまっているのです。殆ど無意識ですから」

 

「ふぅ~ん。じゃあさ、何で眼帯つけてるの?」

 

「そこにはいろいろ事情があるのですよ。簡単には教えませんけど」

 

 嘘は一つたりとも吐いていない。本当のことから避けさせてるだけ。

 左の金眼はそう簡単に見せようとは思わない。これは(キズナ)だから。

 といっても、無形で不可視の、勝手に決めつける(キズナ)でしかないが。  

  

「さて、私たちもさっさと上がりましょうか」

 

「はぁ~い」

 

 どうでもいい余談が過ぎ、すぐに立ち去る浴室。

 さっと体を流してから、脱衣所へ戻り二人とも髪を風で乾かしながら、私は自分の服を確認した。

 

 漆黒の長衣外套(フーデット・ロングコート)は消え、その下に着ていたシャツが消えている。

 これだけ持ち去られたのか。この程度ならなんら問題ない。

 ただ心配は、あれは血だらけだから彼女の身元が危ぶま―――――

 

 

―――なんでそんなこと考えてんだ。

 

 忘れろ、見限るんだ。  

 どうせもう消えた関りだ、気にするだけ無駄なのだ。

 

 

 そう心に言い聞かせる、だけどやっぱり無くならないわだかまり。  

 

 直ぐに消えてくれることを願いながら、ひっそり私に手を伸ばすティアに、一発拳の喝を入れた。

 

 ごつんっ、という音のあと続く理不尽な怒りは、意図せずともその感傷を薄れされる。

 

 

 

 

 

 




 分からなら態々調べなくていいんだよ?
 それはそれで、純粋な心を持っていていいと思うから。
 ちょっと頭のネジが緩んだ私と違って。
 


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第九振り。ふざけた二人は遥か深く
入団、それは精霊


  今回の一言
 頑張った、こだわったよ、ただひたすらに。

では、どうぞ


 

「で、シオン君。説明は勿論あるんだよね」

 

「下手にされるよりは私がした方が良いですしね」

 

 着替え、夕食を摂るなどいろいろした後、斯くして戻ってきたホーム。

 そこで待っていたのは飢えたかのようにのたうち回る二人、ベルとヘスティアだ。

 いたたまれず話しかけると、飛びつかれ縋らる。そして『お腹すいたぁ』の一言。

 『自分で作れよ』と突っ込んだが、如何せん、その考えに至らなかったらしい。頭の空っぽさに呆れていると、ここで登場したのがティアだ。彼女にもおかわりを要求されたのだ。

 速さ重視の簡易料理だが、この程度でも満足するのだから、一体どういうわけなのか。

 終えた食事。そして今に至る。

 

「彼女の名前はティア、昨日この上で出会った幼女です」

 

「もしかして、あの時の?」

 

「正解です。因みに何となく気づいていると思いますが、彼女は精霊、まぁ上位精霊の端くれですね」

 

「端くれって……否定はしないけど」

 

 ベルは何となく気づいたようだ、ならある程度説明を簡略化できる。

 ソファに座るティアをとりあえず立たせ、自己紹介するように促す。 

 

「初めまして、上位精霊のティアです。好きな物はシオンの料理、好きなことはシオンに撫でられたりくっついたりすること。最近嬉しかったことはシオンに助けられたことで、それとそれと―――――」

 

「あーあー。そのあたりで止めておきましょう。もう黙っていていいですよ余計なこと言わないでください」

 

 少し発言させたらこれなのだから、正直危機感を拭いきれないが、そこは追々。

 

「で、シオン君。結局どういうこと?」

 

「どうもこうも、彼女は勝手に私に付いて来ているだけで、本当のことを言えば私の知ったことででは無いのですよ」

 

「うん、だからわたしのことはシオンの犬とでも――――」

 

「黙れと言いましたよね?」

 

「は、はい」

 

 調子に乗りそうな彼女を鎮めるのには(いとま)がない。本当に疲れそうだ。

 

「……それでですが。彼女はこれでも上位精霊な訳で、それが解ればそこら中から引っ張りだこ、となります。それで、彼女が私に羽虫のように纏わり憑くのなら、対策を考えた訳ですよ」

 

「うぅぅ……」

 

「彼女は【ヘスティア・ファミリア】の団員としてギルドに登録だけはして、私の『めいど』というものになってもらえば良いのではないかと」

 

 『めいど』というものは、お祖父さん曰く、最高の『もえ』であり男が一度は持つべきもの、らしい従者のことだ。

 私の『めいど』と言うことは従者でありつまり、実質私のものだ。

 世間ではそう思われる。

 結論を言えば、彼女が下手に手を出されることはもうなくなるのだ。

 手を出せば、世にも恐ろしい報復があると言うことも、世間に知れ渡っているだろうし。

 主に神会(デナトゥス)の所為で。

 それに、【ヘスティア・ファミリア】の団員となれば、誰かにちょっかいが掛かる可能性はより一層と少なくなるはずだ。今は弱小であろうと、後に凄いことになるだろうから。

 それは今はどうでもいいことで。

 

「どうです? ヘスティア様」

 

「う~ん、ボクは別に反対をする気は無いけど……ベル君はぁあ聞くまでもないみたいだね」

 

 どうしてか、ベルはこの話に肯定的だ。先程から妙に気張っているし、目には気力が(たぎ)っている。一目瞭然な程にベルは意気込んでいた。

 何にとまでは言及する気にはなれないが、大方ティアの境遇を脳内妄想で上方修正の物語風に想像しているのだろう。それで何か思っているに違いない。

 なんともまぁ、ベルはベルだな。

 

「では、決定ですね。ティアはこれから【ヘスティア・ファミリア】の団員兼私の専属『めいど』です。明日『めいどふく』を買いに行きましょうね」

 

「え? なに? メイド服? シオンってやっぱり特殊性癖なんじゃ……」

 

「さぁ、どうでしょうね」

 

 特殊かどうかは知らないが、異常であることは確かだろう。

 特殊=異常でない。これは一応述べておこう。

 

「明日が楽しみですね~いろいろな意味で」

 

「シオン君、(いじ)めちゃだめだよ?」

 

「いじるだけで終わらせますよ」

 

 といっても、それは彼女(ティア)の反応次第なのだがな。

 

 

   * * *

 

 異様に重い刀を振るには、絶妙な重心もとい体重移動が必要不可欠。そして、ある程度の筋力も必須事項だ。更に言えば、条件反射を超すほど体に動きを染み込ませている必要があるし、タイミングを流れに乗せなければ、今の『一閃』を振ることはおろか、持つことすらできない。

 故にそれは極限の鍛錬(追い込み)となり、鍛えるにはもってこいなのだ。

  

 そして今日は、その極限は限界を段々と遠のかせている。

 超えることによって。

 

「【(かせ)となりゆるは世界の芯なり】! 【重力結界(グラヴィティ)】!」

 

「上等っ!」

 

 最大で八十一倍まで圧縮し、結界内にそれを閉じ込める魔法。

 今現在はそれを最大圧縮で加えて【破錠解放(リミテット・バースト)】という魔法を強化する魔法で効果を底上げしているのだ。

 結界は私自身に纏わるように張られ、どんなに速く動いても結界から抜けることはない。

 

「ゼイヤァっ!」

 

「ひゃうっ⁉」

 

 途轍もなく重い体、自身の頑丈さのお陰で潰れることはないが、踏み出す一歩に少しでも見誤れば、たった一歩歩くだけで簡単に周囲への破壊行為となる。  

 だからこそ、一刀の重みは尋常じゃない。

 すべての重みは刀へと流し、そこから放つのだ。それによって被害は最小限に抑えている。

 最小限に、だ。

 

「【電雷(でんらい)よ我が身に纏いて災いを払え】! 【雷鳴の調べ(レイ・ウェスティオ)】!」

 

 彼女は埒外(らちがい)なことにいくつもの魔法を同時行使できる。最大で十二は可能だそうだ。つまりこの程度の魔法の同時行使は容易くこなし、且つ多少鈍くなった私の攻撃を必死で逃げることもできるのだ。

 しかも高速・平行詠唱も可能ときたものだ。都市最強魔導士(リヴェリア・リヨス・アールヴ)も超すのではないだろうか。恐ろしいことだ。

 

「ハァァッ!」

 

「ぐはぁっ」

 

 等速で移動し続けるのは精々超音速が限度。だが刀の速度は重さも相俟(あいま)り最低が光速になるというギャップの激しい状態で、一刀入魂した斬撃を怒濤(どとう)の勢いで見舞うのは、常人の域を脱していると言える証拠だろうか。 

 

「ちょっ、まっ、速い速いっ!! 抑えて⁉ 死ぬから⁉」

 

「この程度で死ぬならそれまでですっ!」

 

「ひいぃいっ⁉」

 

 自分の力を駆使して逃げ回る彼女を、ただひたすらに殺す気で追いかける。

 寸前で捉え髪先を斬り、燐光のように空気中に輝きながら散る銀髪。横薙ぎの凄まじい剣圧が彼女を捉え、容易く吹き飛ばすが、彼女は空中で姿勢を整え壁に着地することで大概は免れている。

 自身に掛けた防御結界のお陰でもあろうが、彼女はまだ致命傷は負ってない。

 なら、追い詰めたって何ら問題ないだろう。

 

「ペースあげますよ!」

 

「はぃィっ⁉」

 

「そい、やっ!」

 

「うわぁぁぁぁっん!! 鬼だぁ! 鬼だよこの人ぉ⁉」

 

「何とでも言ってなっ!」

 

 喚く彼女を意に返さず、更にペースを上げる。といっても速度事態は上がってない。ただ数を増させただけだ。

 

 次第に泣き言をほざき出す彼女に、刺激される本能が更に彼女を追い詰める。

 絶叫という悲痛な嘆きが無惨に轟きわたる明け方、漸く陽は目を射し、その剣戟に終わりを告げた。

 

「ぜぇェ、はぁァ……死ぬっ、ほんとにっ、しぬっ……」

 

「その程度ですか? 私の従者は。呆れ果てますね」

 

「ご、ごめんなさい……頑張る、から。見捨てないで……」

 

「まだ、見捨てませんよ。まだ、ね」

 

 いやらしくそう焦らして、彼女を諦めさせずに、抗わせる。

 諦めることは無いと知っていながら、彼女が嘆き苦しみそれでも尚縋る姿か何故か愛おしく、どうしても見捨てようとは思え無くなってくる。

 そうだからこそ、苛め抜きたくなってしまう異常者であることは、もはや肯定のしようしかなかったのだった。

 

 

   * * *

 

「と言う訳で、登録お願いします、ミイシャさん」

 

「シオン君、幼女誘拐は良くないよ……」

 

 と言いながらも、すっと書類を渡してくるミイシャさん。彼女の言うことは本当のことが多いが、このような軽口の時は大体冗談である。偶にそれを本気で言う時があるが。

 

「ティア、読み書きはできますか?」

 

神聖文字(ヒエログリフ)なら……」

 

「ミイシャさん、それでの登録は……できないですよね判りました」

 

 普通は神聖文字(ヒエログリフ)だけ書ける人などいないだろうから、そこは対処のしようがないのだろう。彼女の訝し気な目を見ればわかる。

 

「って、これ前に私が書いた用紙と違うような……」

 

「あぁそれね、前にシオン君と弟君に渡した用紙ね、その……珍しいことにエイナがミスって、結局後から書き直したの、代理で。まぁ名前と性別、それと年齢と所属ファミリアしか記載してないけどね」

 

「ほぅ、そうでしたか」

 

 意外なことだが、正直どうでも良いことだ。

 それに、この内容を記載するとなると、殆ど空欄になっただろうし。

 

「えっと、冒険者登録とファミリア入団報告でよかったよね?」

 

「はい、問題ありません」

 

「じゃあ、入団の方持ってくるね、その間に何とかよろしく~」

 

 適当な投げやりは相変わらずだ。でもそれは丁度良い。

 

「ティア、必須記入事項は四つ、名前、所属ファミリア、年齢、性別です。その他諸々は白紙で構いません。本来記入するべきなのですが、ギルドは管理上それだけあればいいはずなので、余計に記入しないでください。これはあんまり人前で言えませんけどね」

 

 といっても、これを聞いたのはミイシャさんであり、彼女に聞かれても問題は無いが、彼女(ティア)が本当の『わけアリ』というのをあまり知られない方が良い。

 

「……どうかくの?」

 

「こう」

 

「あっ……え? ……うん、わかった」

 

 正直面倒だ。試すついでにやってみたが行動から察するに成功の様だ。

 共通語(コイネー)に関する今必要な情報を彼女の脳に送った。彼女は戦闘能力からみても、処理能力は中々のものだ。このくらいの情報なら問題ないはず。

 それに、案外簡単に成功した。

 自分の中に送る情報を思い出して構想し、それを纏めて一つの情報体と考える。その情報体を投げつけるようなイメージで飛ばすのだ。そうすれば送ることが出来た。 

 

「……覚えるの早いですね」

 

「ただ憶えて写しているだけだからね。意味は正直わからないけど、神聖文字(ヒエログリフ)と結び付けてもらえたからそこから結び付けて書けばいいだけだし、っと間違えた」

 

「おい」

 

「だいじょうぶだいじょうぶ。そいっと、はい、消えました」

 

「乱用するなよ……」

 

 丁寧に精霊の力を使って、水を浮かび上がらせたあとそれを水蒸気に一瞬で変え、更にはそれを凝縮してインキに戻す、という無駄な技術力。

 あと数文字で間違うのだから、なんというか腑抜けだ。 

 

「はい、持ってきたよ」

 

「ナイスタイミング。ティア、次はこれです」

 

「はいはーい」 

 

 といっても、こちらの方―――ファミリア入団の書類はアンケートのような物。

 名前に所属ファミリアといった基本事項と、その他諸々。例えば主神についてや、入団の経緯。主にファミリアについてだ。

 

「――――よし、ちょっと待て」

 

「え、なんで?」

 

「それ以上書くな。いえ書かないでくださいお願いしますマジで」

 

 早口でまくし立てた訳、それは単に彼女が書き進めていた内容にあった。

 ~入団経緯~

『シオンのメイドになるため』

 

 あぁこれは事実だし、そう書けとも言った。だがその先が問題である。

 

『そしてシオンの最も近くにいることで外敵共を排除し、虫を寄せ付けないようにすること。そして、私が一生シオンの隣に立つことでシオンのパートナーとなり、果てには子――』

 

 の所で止めさせた。止めさせることが何とか出来た。

 彼女が私に好意を抱いていることは判りやすさから知っているし、受け入れる気は無いが理解している。だが、ここまで重症とは思ってもみなかった。

  

「ミイシャさんこれでお願いします」

 

「え、うん、わかったけど……シオン君、やっぱりそういう趣味じゃ―――」

 

「無いです」

 

「あ、はい」

 

 彼女に勘違いされるのはいろいろな意味で問題だ。情報の塊である彼女は、私以外にも情報の売買を行っているのだ。というか、彼女は本業はそっちとまでも言っていた。 

 私は理由をつけて、大概無料で情報をもらっているが。

 

「ではティア、さっさと次に行きますよ」

 

「はーい」

 

 疑わしい視線は尚ミイシャさんから向けられるが、釘を刺しておくべきだろうか。

 とりあえずそれは後だ。

 今はティアの新たな服を見繕うべき、といってもメイド服と決めているが。

 彼女が今着ているのは主に私の服、私にはぴったりなのだが、彼女からすればかなり大きめとなる。シャツだけでも膝あたりまで到達していた。

 傍から見れば、かなり変な服装(ファッション)だ。全体的にぶかぶかなものを着ているのだから。

 

 

 と、考えている内に着いてしまう裏通りの服屋。

 第八区画北部。ギルド本部からそれほど離れていない場所だ。

 ここは私のお気に入りの店。様々な物がそろっており、全種族対応だ。

 子供用から大人用。果てには私のような高身長の客用のサイズも、並べられてはいないが、同じ種類で自身のサイズを頼むと裏方から持って来てくれるのだ。

 

「店主~、いますか~?」

 

 開口一番そう口にする。ここの店主は気まぐれなので、『開いてるよ~』という札が下がっていても、店にいない時があるのだ。

 全くの不用心だが、不届きな輩は何故か現れないらしい。それか彼女が【フレイヤ・ファミリア】の半脱退冒険者であることが原因か。証拠に看板には【フレイヤ・ファミリア】の(エンブレム)が彫られているのだ。全く、恐ろしいものだ。だからこそ品揃えは豊富なのだが。

 

「お、クラネルさんだ。今日は何をご所望で?」 

 

「おはようございます。店長、今日はこの子のメイド服をお願いします。三着ほど」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 一応彼ティアも敬語は使えるようで、恭しく一礼をしながらそうお願いする。

 その様子を見た店長は、うんと一つ頷くと、彼女をじろじろと見始める。

 

「な、何?」

 

 その行為に不信感を抱くのは仕方の無いことで、若干引いている。物理的に。

 

「あんまり動かないでね、ズレちゃうから」

 

「え、ど、どういうこと?」 

 

「サイズを目測で計って、ピッタリの服を見繕っているのですよ」

 

「よし、じゃあ何種類か持ってくるね~」

 

 気の抜けた声でそう言い残し、ちゃっちゃとどこかへ行ってしまう。

 そこで一息()くのはティアだ。やはり落ち着かなかったよう。  

 

「ほいっ、クラネルさん。こんなのどう?」

 

 早々に戻ってきた店長は、五種類のメイド服を差し出す。

 

 純白が基調となり、もうしわけ程度にある黒のレースは、短いスカートの裾や三分袖にから見えている。薄桃色のエプロンは、短めのスカートまで伸びていて、ギャップを見せるためか、正反対の漆黒のカチューシャがセットの一着。

 

 長々として振袖がある、何かと極東の着物に近い感じの上部に、膝丈程のスカート。どちらも清楚さを感じる濃紺色が基調だ。その上にうっすらとくすんだ白色のエプロン。腰辺りとなるだろうか、その場所で帯がリボン結びとなっていて、エプロンを腹部で()めている。端に一対となって小さな百合の花ような飾りの付いた薄めの黒色をしたカチューシャがセットの一着。

 

 漆黒が基調、肩口がはだけるその服は、胸元が白布で覆われ、小さくピンクのリボンが付いていた。首を巻くようにフリル付きの襟があり、喉前で細い漆黒のリボンによって留められてる。五分ほどの袖元にも小さくリボンが付いていて、締め付けを調節できるようだ。こちらは膝にも達しない際どいスカート、だが肌を露出を抑えるためか、ハイソックスがガーターベルトで()められるようになっていた。エプロンは胸より下からで、軽くフリルをはためかせている、やわらかな白色。一端に少し大きめの紅いリボンが付けてある漆黒のカチューシャがセットの一着。

 

 大々的に見せるのは紺碧(こんぺき)。長袖の先は白色の袖。襟が付いた、胸元で一時分かれ腹部で合流するエプロン。それはスカートまであり、フリルもひらひらとさせている。襟を一周する細く赤いリボンと、背後で結ぶ大きめのリボンによって、そのエプロンは()められていた。スカートは膝まで伸びておらず、腕に対し脚は惜しみなく(さら)すような構造。そしてフリルが付いた純白のカチューシャがセットの一着。

 

 ロングスカートに長袖、潔癖のように肌を隠す構造の服。主体として鴉のような黒色、袖や裾の内側からはみ出させてある雪のような白いフリル状の布は、ほどよいギャップを与えてくれる。肩を一周し、長々と覆い隠すエプロンは勿論のこと下部まで伸びており、先は黒い一条のラインが引かれていた。腹回りを帯のように巻くエプロンの()めは、腰で大きくリボン結びをされていた。同じく黒色のリボンが両端に付けられ、髪に留めやすくしている同じく白色のカチューシャがセットの一着。

 

  

「……普通に迷いますね」

 

 どれも中々良い服だ、ティアに似合いそうだし、流石店長と言うべきだろうか。

 私にはないセンスだ。だからこそ服屋を態々やっているのだろうが。

 

「いっそ全部買っちゃたりする?」

 

「いえいえ、在庫が無いでしょう」

 

「あるよ、勿論」

 

「「あるんだ」」

 

 意図せず被った声。まさかこれほどまでとは思ってもいなかった。

 確かに品揃えは異常な程多かったが、一体どこから仕入れてどこに収納しているのだろうか。

 

「因みにお値段?」

 

「えーと、全部三着ずつで56万1600ヴァリス。クラネルさんだからちょっとまけて50万でいいや」

 

 適当だな、と突っ込みたくなるのを一応抑える。

 これでも彼女の厚意だ。そういった行いはよろしくない。

 ただ、三着ずつ買う気は無いのだが。

 

「流石に三着は多いので、二着ずつでお願いします。代金は?」

 

「37万4400ヴァリス、まけて35万でいいよ」

 

「了解しました。三分ほど待って頂けますか? 代金を取ってきますので」

 

「いいよ~その間に用意しておくからさ」

 

 普通はこんな即決していい額では無いだろうが、残念なのか喜ばしいことなのか、まだまだ金はある。

  

「あ、そうそう。この子の戦闘衣(バトル・クロス)も用意していただけませんか? 余分に20万程持ってきますので。因みに同じくメイド服のような感じで」

 

「いいよ~用意しておくね」

 

 彼女にも一応必要となるだろう。近いうちにダンジョンへ潜らせるつもりなのだから。

 ティアにはここに残ってもらい、さっさと店外へと出ると、飛ぶ。

 勿論向かうはホームだ。数秒の内に着くのは少し自重するべきだろうが、やはり素晴らしい風のお陰である。

 相変わらず自分で作ったのに自分が手古摺(てこず)る開錠。そこから取り出すのはお金だが、中身がさらに多くなったせいで、相応に要する時間は増えてしまう。

 55万きっかり持ったところで、施錠してホームを後にする。流石に時間が掛かったので戻りは飛ぶの一択だ。

 

「到着」

 

「ふふふっ、四十八秒遅れ。女性に時間で嘘を()いたねぇ?」 

   

「私は三分ほどと言いました。きっかりそうとは言ってません」

 

「ありゃ、これはやられた」

 

 保険をかけておいてよかった。前にこれで酷い目に遭わされたのだから。

 前は十分で戻ると言ってしまい、結果かかったのが約十一分。今と同じように到着すると言われ、罰ゲームを食らったのだ。

 ひたすらやらされる、女装の地獄を。

 

ティア(彼女)戦闘衣(バトル・クロス)は?」

 

「これだけど、どう?」

 

 もう既に持っていた衣服を差し出す店長。

 

 所望通りのメイド服。脚が動かしやすいように膝よりまでのスカート、腕も関節の動きを邪魔しない三分袖。風の抵抗が伴うフリルなど余計な装飾は付けられていない。

 その代わりだろうか、このメイド服には刺繍(ししゅう)が見受けられた。 

 韓紅(からくれない)の生地、触ってみると良く解る、肌触りが良く伸縮性も良い。それはスカートまで使われていて、そこには濡羽(ぬれば)色の糸で右胸元に薔薇(バラ)の花があり、茎がスカートまで伸びていた。肩にも刺繍は施されていて、椿(ツバキ)繊細(せんさい)に表現している。

 エプロンは控えめな白色。これにも無駄にフリルなどは無く、余計にはためかないよう留められるようになっている。背で交差させて固定し、更にリボン結びで紐は留められた。

 襟は同じく白、それもやはり調節ができて、これまた韓紅のリボンだ。

 カチューシャには小さなく細かな薔薇(バラ)の花が端に並べられていて、それは美しき紅色だ。だが、生えている根本は黒色と、ちょっと変わっている。

 それらがセットとなった一着。

 

「問題なし、ティアも大丈夫ですか?」

 

「たぶんね。シオンに見られるのはちょっと恥ずかしいけど、頑張るから」

 

「そうですか。では店長、結局代金は?」

 

「えっへん。合計で43万ヴァリス、これでもまけたんだからね?」

 

 案外安いものだ。私がオーダーメイドを頼んだ時は、容赦なく七桁を言い渡したのに。

 何故かは知らないが、まぁいいだろう。

 

「どうぞ。43万です」

 

「はーい……うん、ちょうどだね。こっちも、どうぞ」

 

「どうも。さて、帰りましょうか」

 

「荷物持つ?」

 

「では、半分お願いします」

 

 一人で全部持てるのだが、彼女は一応従者という立場になる。こういう気は大切だ。

 それを尊重し、それでも比較的軽めの服を持たせる、といっても無意識のうちにだが。

 

 中身を見て、再度嬉しそうにする彼女を微笑ましく思いながら、ホームへとゆっくり帰る私たちであった。

 

  



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到達、それは深層

  今回の一言
 ティアもチート化計画始動。

では、どうぞ


   『ちょっと深層行ってくる』

 

 ホームへ戻った私たちは、その言葉通りの為に準備をしていた。

 深層までとなると、流石に日帰りは二人では無理に等しい。私一人だと単に突っ走り、近道(ショートカット)をすれば余裕なのだが、彼女はそのような蛮行についてこれないだろうから。

 と言う訳で、ベルたちに一応置手紙という形式で伝えることにしたのだ。

 

「ねぇシオン~どれ着ればいいと思う~?」 

 

戦闘衣(バトル・クロス)ですよ。今から深層に行くのですから」

 

「は~い」

 

 よくもまぁ初ダンジョン、しかも深層アタックでこうも抜けた声が出せるものだ。普通ならある程度緊張するものだが、流石ティアと言うべきか。

 ティアの服は計十一着。金庫に入れるとティアが取り出せなくなるから、道中の寄り道で購入した6万程―――店主が泣くほど値下げしてやったが―――のクローゼットに入れてある。流石にそれだけあれば迷う気持ちを理解できるが、今回はあくまでダンジョンでの戦闘目的だ。戦闘衣(バトル・クロス)以外衣服は必要ない。

 

 今回のアタック、主な目的は資金収集と暇つぶしだ。

 予定到達階層は三十七階層。そこまで行けば十二階層のルームより純度の高い魔石も採取できるはずだ。大体ティアのことも考えて二日三日で帰ってこれるだろうか。

 そして暇つぶし、といっても簡単なことだ。本当に暇である。

 戦って鍛錬もできながら、暇もつぶせる。ついでに資金収集もできるのだから、一石三鳥といえそうだ。こんな言葉は存在しないのだが。

 

 持ち物は簡単に、必要最低限。

 携行食(けいこうしょく)に水、ランタン状の魔石灯。ティアに持たせるサポーター様のバックパック。一応念のためにタオル。それに回復薬(ポーション)類、解毒剤も用意した。

 武器は安定だが、40C程の暗器(あんき)として使っている短剣は、ティアに持たせる事にしている。

 他にもいくらか必要な物を持っている。省かせてもらうが、

 

「シオーン。どう?」

 

「おっ、可愛いですね。似合ってますよ」

 

 元々彼女は精霊であって神のように容姿端麗であることは勿論、それ以上になぜだろうか、メイド服が似合う。気が変わることは無いといえるが、愛でたくなるほどには可愛いのだ。

 

「では行きましょうか。深層に」

 

「はーい」

 

 にこにこと上機嫌に頬を緩ませついてくる姿は、本当に従者の気があるのか疑わしくなる。

 だが、別にいいだろう。それが年相応の反応なのだから。

 

 

―――――そうだよね?

 

  

   * * *

 

「―――ダンジョンって、こんな簡単なの?」

 

「中層だとこの程度でしょうね。大体一撃です」

 

 五時間ほどかけて辿り着いた階層は二十三階層。順調と言うよりかは、速過ぎるペースだ。普通の観点からしてみれば、大体この階層まで一日かかる。

 それはモンスターの処理に手古摺(てこず)ったり、魔石を回収したりと時間を掛けているからなのだが、中層程度の魔石は正直安い。ドロップアイテムも稀少(レア)でなければ殆ど意味がないのだ。

 あくまで、私からしてみればの話だが。

 回収など時間を掛けずに突っ走れば、安全に進んでもこのくらいで着けるのだ。

 その証拠に、バックパックに入れたドロップアイテムは希少品しかない。

 

「あ、そうそう。聞くの遅れましたが、防具無しでも大丈夫ですか?」

 

「確かに遅いよね……大丈夫だけど。魔障壁(ましょうへき)の方が防御力も高いし。それに、シオンに一杯買ってもらうのが、なんか情けなくなってきて……」

 

 どうやら彼女は負い目を感じてしまっているようで、必要の無いことを気にしているようだ。

 そもそも、無一文なのだから負い目もこうも、仕方のないことで一周できるはずなのに。

 

「別にお金くらいはどうでもいいですよ。今日稼ぎますし」

 

「どうやって?」

 

「あれ、言ってませんでしたか。モンスターの魔石やドロップアイテムを採取して、それを換金するのですよ」

 

「あー。だから回収してたんだ」

 

 彼女はどうやらこういった知識を持ち合わせていないらしい。知っていると思い込んで知らせなかった私も悪いか。

 

「ま、今の内は兎に角殺していればいいですよ。魔石を気にし始めるのは三十七階層からでいいですから」

 

「はーい」

 

 勧告はしておいて、さらっと遭遇(エンカウント)した『デッドリー・ホーネット』の群れをウェルダン程で焼き殺す。本当に瞬殺なのだから、流石精霊だ。

 彼女の技術向上(スキル・アップ)の為にも、今後も雑魚処理は彼女に任せようか。

 端からそのつもりのティアは、意気揚々と胸を張っている。『まかせてね♪』とでも言いたげだ。

 

 その通り、下層までの雑魚共は任せることにした。

 

 

    * * *

 

「うわぁ……キレイ……」

 

巨蒼の滝(グレート・ウォール)でしたか、何階層も連なる瀑布ですね。実際見たことは無かったですが、素晴らしいものです」

 

 広大な、緑玉蒼色(エメラルドブルー)に輝く滝は見るに美しい。絶景とも言えようか、情報通り、いやそれ以上の素晴らしさだ。

 本来、一定以上の基準に達していない冒険者は下層の情報を教えられないが、私にはミイシャさんと言う強い味方がいる。彼女から粗方の情報は入手していた。

 ここは気になっていた場所の一つだが、期待をいい意味で裏切ってくれた。

 

「さて、態々遠回りするのも面倒ですし、飛び降りますか」

 

「え? ちょっとまって、流石にそれは無理があるよね? 死ぬよ?」

 

「あの洞窟が二十六階層へ繋がります。そこまでの近道ですよ」

 

 今持っている服は、予備の一着のみ。しかもティア分は、予備が戦闘衣(バトル・クロス)ではなくただのメイド服なのだ。それでは戦い(にく)いだろう。 

 だから服を濡らすなどと愚行はとらない。水に落ちるのではなく、地面に着地するのだ。

 

「それに、ちょっと厄介なのがいそうですから」

 

 別方向、少し変わった気配のする場所を見据え、そう呟く。

 

「どういうこと?」

 

「いえ、気にしなくてもいいことですよ。どうせ、関わることでは無いですから」

 

 恐らく『強化種』あたりだろうか。まだ十二階層ルームで遭遇(エンカウント)するやつらの方が強いから、然したる興味も無いのだが、本来放置すべきものでは無いのだろう。

 まだ若い、いってしまえば、雑魚に実力に見合わぬ武器を持たせた感覚だ。 

 そんな奴に時間を取られる必要はない。

 

「では行きますよ。捕捉される前に」

 

「が、がんばる」

 

 約120Mの落下。これくらいなら、受け身を取るまでも無く着地ができる。ティアは魔法を使う気が満々のようだが。

 そして、一っ飛び。

 勿論のこと余裕の着地だ。だが、ここで問題が起こる。

 

「ごめんシオン! 見つかった!」

 

「ありゃまぁ。ドジっ子ですねぇ」

 

 ティアが必要量を見誤って、空中に飛び交うモンスターに捕捉されてしまった。

 滞空中のティアを風で引き寄せて、背後から迫っていたモンスターから回避させる。もう攻撃は始まってしまった。 

 

「あ、ありがと」

 

「それよりも、一旦離れてください」

 

 指示するとすぐに従い、私の背後へ跳んだ。そこは洞窟、ある程度安全だろう。

 

「ほいっ」

 

 音速を超して襲い来るモンスター、『緋燕(イグアス)』を斬り捨てる。群れを成してはいるが、これほどの和人は思ってもいなかった。情報にもないことから、異常事態(イレギュラー)なのだろう。

 他にも『セイレーン』『ハーピー』もこちらを狙っていた。総数でざっと80は上回るか。主に『イグアス』のせいで。

 

「かかって来なよ。私には鈍く見えますから」

 

 それに反応したかは知らないが、四方八方怒濤(どとう)の勢いで走る緋閃(ひせん)。更には超音波や歌による異常状態(デバフ)。どれも一身で、一刀で迎え撃った。

 

「弱い弱い」

 

 残酷なまでに余裕な様子で。

 馬鹿の一つ覚えのようにしか攻撃をしない『イグアス』など端から敵でもないし、滞空しながら引け腰の鳥頭共は、剣圧で潰せる。

 

「さ、流石シオン……」

 

「ま、この程度なら余裕ですよ」

 

 洞窟から顔を出し、改めて驚いているティアを引き連れ、更に下層へと向かうのだった。

 

 ぽちゃん

 

 一段目の滝壺(たきつぼ)、そこから聞こえた水の跳ね音を無視して。

 

 

   * * *

 

 コツコツと響く、感覚の狭い一人分の足音。子供用の革靴は、靴底を白濁色の床に踏み出す度に小さく音を鳴らしていた。

 早いうちに辿り着いた三十七階層。所要時間約十三時間と言う怒濤のスピードだ。

 途中でティアの為に休憩(レスト)を取ったが、やはり体が明らかに子供である彼女は、体力も減るのが早い。今では少し肩で息をしていた。

 

「ティア、あと少しで貴方は休んで良いですから、頑張ってくださいね」

 

「う、うん。ありがと……」

 

 目的地は三十七階層と大雑把に言ったが、本当はその『闘技場(コロシアム)』に用があった。今のところ、ダンジョン内で最もモンスターの産出率が高い場所なのだ。なんでも湯水のごとく湧き出て来るらしい。

 そして、偶になのだが、ここからは希少金属(レア・メタル)も見つかるらしい。

 

「ここですね。ティア、到着です」

 

「ほ、ほんと? 休んでいい?」

 

「あの場所辺りは安全でしょうから、そこでなら構いません」

 

 切先で指し示しながらそう言う。そこは大空間の端、高台となっている場所だ。20M程の高さがあるため、大概は問題ないだろう。『迷宮の孤王《モンスターレックス》』さえ出なければだが。

 

 ティアは一つ頷くと、モンスターを無視して一直線に高台を登った。それだけ疲れていたのだろう、無理をさせてしまったようだ。

 ティアは長い間休ませてあげることにして、私は群がるモンスターを見据える。

 

「さて、ノンストップと行こうじゃありませんか」

 

 それに応えるかのように、モンスター共は私に殺意を向けて来た。

 興奮しそうになるのを抑え、静かに抜刀。同時に斬り捨てるのは、大群の前衛部分だ。

  

「かかって来な、根競べといこうじゃないか」 

 

 柄を握ってない片手で、掌を上に向けて四本の指を握り開く行動を二度ほど繰り返す。

 明らかな挑発、人間には効果抜群だが、モンスターはどうだろうか。

 いや、自明の理だった。わかりやすい程に怒っている。

 

 そこから何時間の単位で、私は無双していたのだった。

 

 

   * * *

 

「大量大量♪」

 

 馬鹿みたいにばらまかれた魔石やドロップアイテム。まだ消えていない死体。

 白濁色の床だった筈が、赤色や赤黒色の割合が大体を占めるほどまで変貌している。いずれ戻ろうが、それまでにどれ程の時間を要するか。

 ルームには、生きたモンスターが一体たりとも見受けられない。殺し過ぎたか、将又(はたまた)破壊しすぎたか、どちらにせよモンスターの遭遇率(エンカウント)が皆無といえるまでに減ったのだ。

 根競べは、私の勝利である。

 

「……シオン、わたしの目には途中からどちらが怪物(モンスター)か判らなくなってたんだけど。どうすればいいのかな?」

 

「別にどうでもいいのでは? 結局人間も怪物(モンスター)も、紙一重の関係なのですから。敵か味方かで判断すれば気にする必要なんてなくなりますよ」

 

 軽口を交わし、ティアから水を貰う。

 人外と言えるまでの体力ばかである私にとって、まだ肩で息をするレベルには達していない。精々多少心拍が上昇して、血の巡りが速くなっただけだ。

 四時間ぶっ通しで蹂躙(無双)して、結果がこれだ。常識とは何だったか。

 

「あ、ティア。ドロップアイテム回収してもらえます? 魔法使ってもいいので」

 

「はーい」

 

 そう指示すると、指を一度鳴らして、そこから上下左右動き回る手。

 何故そんなことをしているか、それはルームを見てみれば分かろう。

 ドロップアイテムだけが浮かび上がり、こちらへとゆっくり向かってきているのだ。

 

「で、どういう原理?」

 

「ばらまかれている血から錬金術で鉄を創って、それをドロップアイテムにくっ付けるの。あとは電気を使ってゆっくり運んでるだけ」

 

「ティア万能説が浮上しそうですね……ありがたいことですけど」

 

 まさか錬金術まで使えるとは思わなかった。厳密に分類すれば、錬金術は魔法では無いのだ。なのに使えるとは、少しやり方が気になるが、深く詮索はしないでおこう。

 多分魔法の応用化だし、彼女にしかその方法はとれないだろうから。

 

「ねぇシオン、お腹すいた」

 

携行食(けいこうしょく)で我慢してくださいよ……結構な量持ってきたはずですけど」

 

「確かに残ってるけど……シオンの料理が食べたいぃ」

 

「駄々こねるな。地上に帰還したら作りますから。それまで我慢」

 

「うぅー。わかったぁ」

 

 訂正しよう。彼女は万能などでは無かった。我が儘だって言うし、見た目の年相応に可愛らしい一面もある。一長一短があって人間らしいか。人間じゃないけど。

 

「シオン、満杯になっちゃった」

 

「ありゃ? ドロップアイテムだけで?」

 

「うん」

 

 確認してみると、一杯となり入り切らなくなっている。

 相当量殺していたが、まさかこんなになるとは思ってもいなかった。

 

「……では、一旦十八階層へ戻り、換金を済ませますか」

 

「え、地上じゃなくてもいいの?」

 

「一応は、難癖付けられて格段に下回った価格をつけられるのが当たり前ですけど」

 

 リヴィラの街はそう言ったところだ。まぁ逆に言いくるめてしまえば、物凄い価格を突きつけられるのだが。

 

「じゃあ、地上のほうがいいんだよね?」

 

「まぁ、そうですけど。時間が余計にかかりますし」

 

「大丈夫、多分ニ十階層まで行ったらできるから」

 

「何が」

 

多次元相互干渉型異空間転移(テレポート)

 

 マジかよ、そう言うことすらできずに唖然とした。

 つまりは時間と言う概念を飛び越え、自分が特定の地点に飛べると言うこと。神の御業といえることだ。

 

「……ちょっと待ってください。それができるなら、何故それで逃げなかったのですか?」

 

 ちょっとした疑問だ。そこまでのことが出来るなら、簡単に逃げられたはずなのに。

 

「あー、それはね。これはある地点から特定座標への移動なの。その座標を設定するには、直接確認しないといけないし、発動まで五分くらいかかるから、その間にバレちゃうの。だからできなかったんだぁ」

 

 何となく理解する。つまり、見たことある場所にしか飛べない、ということか。

 やはり万能なあり得ないらしい。それでも十分すぎるほどに凄いが。

 

「で、その地点と言うのは?」

 

「あの廃教会前、一つしか設定できないからそこだけ」

 

 そこなら誰かに見られる心配もする必要はないか。

 

「で、成功率は?」

 

「100パーセント。今まで何回か戦闘で試したことあるけど、全部成功してる。自分にじゃなく相手にしか使ってないけど」

 

 それでも、その確率なら問題なさそうだ。それに、ちょっと体験してみたい。

  

「では、それで帰りましょか。さっさと行きましょう」

 

「はーい」 

   

 流石に多くなり過ぎた荷物の大半は、私が持つことにした。

 それにしても、心躍るモノである。はやく体感してみたいものだ。

 

 

   * * *

 

「とうちゃーく」

 

「おぉ、眩暈(めまい)と嘔吐感と全身が潰されるような不快感に耐えれば凄いものですね」

 

 ようやく解放された不快感、霞む視界で映るのは、輝く蒼色の残光。

 その先に広がる見覚えのある景色だ。廃れた石造りの建物が並ぶ通り。

 

「えぇっ⁉ そんな感覚だったの⁉ わたしそんなに気持ち悪くなかったよ⁉」

 

 吸血鬼化の時より酷かった。いや、痛みを感じた分吸血鬼化の方が酷いか。

 驚かれたと言うことは、ティアはそうでもなかったらしい。

 

「さっさと換金しに行きましょう。その為に来たのですから」

 

 そんなのはいずれ気にしなくなる。無視して行動に移るべきだ。 

 

「あー、あとね。できればシオンの料理も食べたいかなーなんて」

 

 彼女が地上への帰還を言い出した時から薄々感づいていたが、やはりそれが目的であった。そんな恋しくなるほどのものだろうか。

 

「別にいいですよ。換金してからですけど」

 

「わーいっ!」

 

 断って機嫌を損ねられても面倒だし、私もやはり空腹だ。

 いつもなら摂っている朝食も今日は取れていない。既に時間は過ぎてしまっているのだから、仕方のないことなのだが。

 

「で、おいくら?」

 

 考えている内に着くギルド本部。ティアもはやる気持ちのお陰か、私の後を追って数秒の遅れで辿り付けた。

 

「130万8100ヴァリスだよ」

 

「な~んだ。その程度か」

 

 最高で一度の換金によって八桁到達した身としては、この程度なのである。

 それは正確に言えば、『シオン』ではなく『テランセア』なのだが。

 

「じゃあ、朝食取ってさっさと戻りますか」

 

「やったー!」

 

 微笑ましい彼女と共に、まだ深層探索は続く。

 

 

    

 

 

 



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遭遇、それは深層

  今回の一言
 不完全燃焼感がこの回でも否めない……。

では、どうぞ


「四十四階層に行きましょう」

 

「え、いきなり何?」

 

()きました。新しい敵が欲しいです」

 

 戻って来た三十七階層―――構造的に実質四十二階層なのだが―――の『闘技場(コロシアム)』で蹂躙(狩り)を続けていたのだが、限りはありとて殆ど顔揃えが同じなのだ。希少種(レア・モンスター)も見受けられるが、その殆どがどうにもならない。

 弱い、単調、安いの三並べ。倒す意味を感じなくなってきたのだ。

 いっそ階層主でも出てきてくれればいいのだが、出現間隔(インターバル)はもう少し先、異常事態(イレギュラー)が起きない限り遭遇(エンカウント)してくれない。

 

「……シオン、また満杯になったんだけど」

 

「早い、もう次から二つは持ってきましょうよ、バックパック」

 

「シオンが良いならいいけど……何にしろ、一回帰るしかないよ?」

 

「仕方ないかぁ」

 

 渋々立ち上がり、高台から飛び降りる。

 屍の山を築くのは案外楽しかったのだが、それがいつまでも同じものとなると、流石に()きてしまうのだ。つまらなくて、新しい物を求める。

 

「荷物は私が持ちますから、ティアは兎に角全力で走ってくださいね」

 

「それでもシオンに追い付けない私って、一体何なんだろ……」

 

「安心してください。私が異常な(オカシイ)だけなので」

 

 それをいうならティアも十分異常なのだが、本人に言うと傷つきそうだから伏せておこう。

 紳士の対応というやつだ。合っているかどうかは知らないが。

 

「あぁ、そういえば、また転移するのかぁ……」

 

「が、我慢してね。どうにもならないから……」

 

 仕方のないことと、受け入れよう。

 諦め半分で、その不快感を受け流せばいいのだ。無理だろうけど。

 

「目標往復一日以内」

 

「無理でしょ⁉」

 

「ほい、急ぎますよ」

 

「うぇぇっ⁉ ちょ、速いって!」 

 

 と言いながらもちゃんとついて来る。こちらも速度を落としているのだから、追い付いてもらは無いと困るのだが。

 叫び散らしながら追い駆けて来るティアを横目に、もう既に次のことを考え始める。

 

 

 

 斯くして時は、二往復目の()()()()()へ向かう道まで進む。

 

「ん」

 

「シオン、どうかした?」

 

「いえ、反応があっただけです。あんまりファミリア単位での交流は避けたいのですが……ちょっと無理そうですね」

 

 私は反応対象、つまりはアイズの位置を把握できない。 

 気配探知でそれは補えるのだが、それにも限度がある。私の通常探知領域より、反応する範囲の方が広いのだ。事前に避けることは難しい。

 それに、恐らくはこの場所、三十六階層よりも下からの反応だ。これは推測に過ぎないが、ほぼ確実だろう。つまり、私たちは蜂合う方向で進んでいる訳だ。

 よって必然的に、遇う可能性は高くなる。この場合、遭うが近いか。

 

 それに、【ロキ・ファミリア】に知られた例の性転換の件がどう受け止められているか知り様がない。神ロキに神会(デナトゥス)で聞いておけばよかったとつくづく後悔している。

 

「何か不味いことでもあるの?」

 

「微妙ですね、できれば避けたい、という感じです」

 

「じゃあ隠れてやり過ごせば? シオンの探知内に入るまで進んでから」

 

「バレないといいのですが……賭け要素強いですけど、やりますか」 

  

 と決めて、進むこと約三十分。ばっちり探知内に多数の人間が捕捉できた。

 

「来ました、隠れますよ」

 

「了解っ、【我が身は空蝉(うつせみ)から外れ、仮初めの姿を現す】【透化開始(トランス・オン)】」

 

 魔力でバレないか心配になるが、彼女が隠れるにはこの方法しかないのだろう。

 最も確率の高い方法を取る、それでバレたらそれまで。バレる可能性の方が高いが。

 

 息を潜めることなく、完璧な自然体で壁へ(もた)れかかる。

 ダンジョンの気配と同化し、普通はこれで認識できないはずだ。普通は。

 

 と、そこで、丁度よく前衛部隊と思わしき大群が現れた。

 アキさんやラウルさん。Lv.4を筆頭に前衛は組まれているようだ。

 そこにエルフもいてそわそわしたが、気づかれた風では無かった。

 ティアの魔力操作の賜物(たまもの)だろうか、これならもう安心といえよう。

 全然全くこれっぽっちもそうでは無いのだが。

 

 段々と過ぎて行く大部隊、そして、ようやく現れた。

  

「ん? どうした。アイズ、リヴェリア」

 

「……いや、そこから魔力の残滓(ざんし)を感じ取った気がしてな。だが気のせいの様だ」

 

 マジで凄いな。ティアの魔力操作技術をもってしても、一瞬気取らせるか。

 というかアイズ。視界内に入ってからずっとガン見するのはよして頂けませんかね?

 

「アイズは」

 

「――――シオン、だよね」

 

 フィンさんがアイズに呼びかけると、案の定、見つかってしまいました。

 それに反応し、中衛部隊の精鋭組がアイズの視線先、私へ目を向けた。

 隠れている意味も無くなり、仕方なく気配を通常状態へ。

 

「っかぁ~、やっぱりバレますか。ティア、もう出て来て良いですよ」

 

「うぅぅ、完璧なはずなのに……なんで気づかれるの……」 

 

 悔しそうに頭を抱えるティアを立ち上がらせて、分かり切っているが、鋭い視線を向けられる中、相対する。

 

「―――シオン・クラネル、二つ聞きたい。君は確かLv.2だったはずだ。なのに何故、ここにいる。そして、君の隣に居るその子―――精霊だね。何故ここに?」

 

「一つずつ答えましょう。まず私がここにいるわけですが、単なる資金集め兼暇つぶしですよ。そして、この子、この精霊ですが、私の従者、見ての通りメイドです」

 

 私の返答に唖然とする一同、流石のフィンさんまでも驚いていた。

 それはそうだろう。暇つぶしで深層に潜る人物など普通いないし、精霊を従者にするなどと、罰当たりなことを考える輩など、早々いないだろう。最近いっぱいいたみたいだけど、そいつらはもう消えた。

 

「初めまして、皆様方。上位精霊、高位魔法適正者(ハイ・マジックユーザー)のティアでございます。以後、お見知りおきを」

 

 スカートの裾を優しく掴み、膝を少しまげて軽くスカートを上げながら、恭しく小さい一礼をして、そのまま自己紹介をする。

 何となく教えたメイド作法を、きちんとこなし、敬語も扱うティア。

 確かこんなだったはず、という適当知識だが、意外と様になっている。

 

「といった感じです。フィンさん、聞きたいことは以上ですか? では、私はこれで……」

 

「行かせると思う?」

 

「はははっ、ですよね~」

 

 ティアを引き連れ、早くも逃げようとしたが、退路が塞がれた。アイズの手によって。

 そして次第に組まれていく包囲態勢。何故ここまで本気を出されているのだろうか。

 

「シオン、いっぱい話がある……逃がさない」

 

「さて、どうしたものか。早く四十五階層に行ってみたいのですがねぇ……」

 

「仕方なくついていきましょう。わたくしも、あの方にいろいろ聞きたいことができましたので」 

 

 人前では基本そういう言葉を使えとは言ったものの、違和感が半端でない。

 それに何故だろうか、ティアとアイズが目線で火花を散らしている。前に会ったことがある訳では無かろうし、一体どうしたのだろうか。

 

「はぁ~、仕方いないですね。フィンさん、とりあえず、潮時が見えるまでついていくので、得物を納めてくれませんかね?」

 

 というか、得物を構えている時点で言ってやりたいことはあるが、そこを言及すると長くなりそうだし、一先ず止しておこう。

 

「全員、武器を引け。少し話を聞こう」

 

「では、移動しながら」

 

 そう笑いかけ、中衛部隊に参加することとなった私たちであった。

 何故かティアはアイズと後衛へ行ってしまったが、何の為かは知る由も無く、ただフィンさんと話をしていただけだった。

 

 話、というよりかは質疑応答の方が適切な見かけだったが。 

 

 

   * * *

  

 質疑応答の大雑把な内容を説明すると、主に精霊―――ティアについてのことだった。

 どうやらフィンさん達は、五十九階層へ到達し、到達階層の更新はできたものの、そこで死闘を繰り広げたそうで、その相手が驚くべきことに精霊―――『穢れた精霊(デミ・スピリット)』とフィンさんは呼んだ―――だったそう。

 それは恐らくと言うよりかはほぼ確実に、あのレヴィスに関係がある。そこは追々調べるべきことか。

 

 『穢れた精霊(デミ・スピリット)』と言われた時、溢れ出た殺意は言うまでも無くどうにもならなかった。仕方のないことだ。事前説明も無しに、いきなりそのネームが出てきたのだから。

 穢れた精霊とは私にとってティアたちのことを示す。いや、『穢れてしまった精霊』の方が適切だが、そんな細かなこと以前に『穢れ』『精霊』の二単語を繋げるとそうなるのだから、早とちりの類だ。

 その後の事情説明が無ければ、一体私はどうしていただろうか。想像に難くない。

 

 精霊という繋がりで、ティアも可能性を疑われていたらしい。今の時代、人の姿をしている精霊はそう多くないと言うのが世間一般の共通認識だ。ノームが典型的な事例だが、ティアはその種族では無い。

 その特殊性から懸念を感じたのだろう。フィンさんは抜け目のない人だから、こういったことは見逃せない。

 

 ある程度のことは話したが、彼女(ティア)が話されてほしくないであろうことは無理矢理にでも伏せさせてもらった。それに怪訝(けげん)な顔を向けられるも、素知らぬ顔で切っている。

 納得はしていない風だったが、フィンさんも次第にそれに関わりそうな話題を自ら避けてくれたのだから、本当にできた人だ。

 

 といっても、質疑応答は案外すぐ終わり、その後は腹黒い雰囲気を漂わせる世間話もとい、情報詮索だったが。

  

 だがそれにも終わりは来るもので、三十一階層で休憩(レスト)にするとフィンさんが指示した時だ。

 既に地上では夜、後を考えるのならこれは致し方ない。本来今すぐにでも帰還したいというはやる気持ちを抑えているのはフィンさんなのだから。

  

「シオン、やっぱり我慢できないぃ。おなかすいたぁ~」

 

 もう完全に猫被る気も無くなり、そのままでいるティアが我慢できなくなって飛びついて来たのもその時。メイドと言う体裁は保ってほしいものだが、これもこれで可愛らしいから、別にいいだろう。

 

携行(けいこう)食があるでしょう。バックパックに弁当も詰めていたはずですよ」

 

 一つ前の往復でティアが何度も腹を鳴らすものだから、その度に小言のように呟く一言が流石にしつこくなって対策として作ったのが弁当だ。

 

「たべちゃった、全部」

 

「おい」

 

 ティアからしてみればかなりの量となるはずなのに、なぜそんな簡単に平らげるのか。人のこと強く言えないが。

 

「仕方ない、か」

 

 今言ったことから、ティアは言外に『シオンの料理が食べたいなぁ』と言っている。わかりやすい程に。

 食材無し、調理器具無し、でも作るらないといけない。

 

「フィンさんフィンさん。ちょっとお願いが」

 

 即時キャンプを築ているフィンさんに歩み寄り、腰を曲げてお願いした。

 身長上、そうしないと目線が合わせられないのだ。

 お願いは対等、目を合わせて誠実に。これは大切なことである。

 

「どうかしたかい?」

 

「これから夕餉(ゆうげ)の準備に入りますよね?」

 

「僕は何もできないけどね。自然と組まれた担当ごとに動いてるから、そうだろう」

 

「ならそれ、私も参加していいですか?」

 

 私は持ち合わせていなくとも、見たところ【ロキ・ファミリア】はそれら全てが揃っている。なら一つ、どちらも利益のあるこの方法が最善策だ。

 

「僕は許可を出せるけど、あっちに入るのは、君がどうにかするんだね?」

 

「な、何とかします……」

 

 それが(くだん)のこと、つまりは性転換時のことを意味しているのは理解できた。

 態々そう言ったのは、その時関りの深かったアキさんが調理担当の内の一人であるから。何かといわれるのは覚悟の上で、挑戦するしかない。

 ティアのお願いを切るという選択肢に至らなかったのは、一体なぜだろうか。

 

「こ、こんばんは、アキさん」

 

 上手く話しかけられず少し詰まってしまうが、何とか彼女を呼べた

 

「……クラ――――いえ、セアと呼ぶべき?」

 

「止めてくださいお願いします」

 

 初っ端から手痛い口撃(こうげき)で立場が一瞬で決する。もう既に土下座していた。

 猫人(キャットピープル)の彼女はご満悦のように、尻尾を揺らめかせる。まるでそれは、嘘を吐いていた私に報復できた喜びを表しているかのよう。

 嘘は吐いてなくて、本当のことを言ってなかっただけなのだが。

 

「で、セアは何しに来たの?」

 

「安定ですかそうですか。いいですよもう諦めますよ……あっ、私は料理を手伝おうかと思いまして」

 

「そう。なら丸々全部頼みたいんだけど……その方が多分いいし」

 

「いいのかよ。私も別に構いませんけど」

 

 以前にも、アキさんと共に―――九割以上私一人でやってしまったが―――料理をしたことがあって、その経験で言うのだろう。

 相応に時間は要するが、味はある程度保障するし、量と品数も何とかできようが。

 

「あ、そういえば、材料は?」

 

「ここにある物全部使っていいよ。まだ残りはあるからね」

 

 そう言いながら指し示したのは、大きく広げられた布の上に置かれる食材類。調味料類もしっかりと用意されていた。

 食材は準備万端といえようか、あとは料理のみ。

 

「わかりました。ティア! ちょっと手伝ってください!」

 

「はーい」

 

 頷き、そして彼女(ティア)を呼ぶ。すると野営の準備を手伝っていたティアが、ひょっこり顔を出して、そそくさと走り出してきた。 

  

「何すればいい?」

 

「火を起こすのと、それの安定化、調節。水の精製が主。事細かな指示はその時出します」

 

「りょうかーい」

 

 一つ返事で承諾し、調理器具類の設置を始める。

 大体は理解しているだろうから、そこは任せておこう。

 

「さーて。始めますか」

 

 長袖の上着、その袖を捲くって気合を入れる。

 どうしてこうなったのやら。そう心の片隅で呟きながら、食材に手を加え始めた。

 手を抜かず、おかわりを()わせるほど美味しい料理を作るために。

 

 

   * * *

 

「みんな! 次の出立は地上が朝になったころとする! それまで各自! 自身の責務を全うしながらも、各々休みをとりたまえ! さあ! 食事としよう!」

 

『おぉー!』

 

 フィンさんの号令、それによって始まる、一層の増した騒がしさと、作り終えた料理を貰いに出来上がる長蛇の列。

 けたたましく叫ぶ【ロキ・ファミリア】は、皆が皆、楽し気に言葉を投げかけ合っている。ひっそりと姿を暗まし、輪に加わらないようにしたのは正解だったようだ。

 

 ここは独り。三段構造の高台となっている安全区域(セーフティ・エリア)に野営地を築いている今、盛り上がる最上段とは異なり、一風変わって他に誰もいない。

 最下段であるここ、見張りの人と交代して、ただ自分で作った料理を食す。

 

「……美味しいのになぁ」

 

 味は満足できるレベルだった。普通に美味しいと言える。

 十二品作った内の、食べやすい、木皿に入れてあるスープを機械的に口へ運んでは呑む。虚ろな目をしていそうだが、知ったことではない。

 どこか味気ないスープは、一体何が足りなかったと言うのだろうか。

 

 青白く、うっすらと舞う燐光(りんこう)。それは慰めるかのように私の周りを漂っている。水晶に近い材質が主の空間は、その光を淡く反射し幻想的とすら思わせる輝きを放ち始める。

 

「もぅ、いきなりいなくなっちゃって。びっくりしたんだから」

 

 突如投げられる言葉、背後から、いや、上空から投げかけられた言葉の主は銀髪の幼女。上から私を見つけて飛び降りてきたのだ。精々30M、ここまで来れる人ならば誰でもできよう。

 

「……あっちの輪に入らないのですか。楽しいでしょうに」

 

「わたしはシオンと一緒の方が楽しいもんっ。どこであろうと、何であろうと」

 

 勧めたことはあえなく切られ、すとんと私の隣へ腰を下ろす。腕一本分程離れたが、その距離はすぐに詰められ、数度繰り返すと不毛な争いとなって、面倒にも離れないことで終止符を打つ。

 満足げに腕へ(つか)まってきたが、それを突き離すのも嫌気が差した。ひとつ溜め息を()いて、ぐたぁと寝転がる。

 

「……ねぇシオン、なんであっちに行かなかったの?」

 

 そのまま暫くか経って、ふと掛けられた声。凛々しく幼げな声質から滲み出た、(うれ)いにも感じるその語気は一体何だろうか。

 

「金髪のあの子、シオンと仲いいんだよね。話してたらわかっちゃった」

 

 幾時間か前のことだろう。何を話していたかなど知り様は無かったが、後の空気が戦意を(たぎ)らせていた開口時とは異なり、やわらかなものになっていたのだから、ある程度仲は良くなったのだろうか。

 

「……シオンは、さ。あの子と一緒に、居たいんじゃないの?」

 

 正直言うと、それは的を突いた見解だ。ずっと一緒に居たいし、ずっと寄り添って、彼女という存在を感じていたい。言葉を交わしたい、刃を交わしたい―――彼女の剣を、気持ちを、受け止めたい。

 でもそれは、できないことなのだ。

 彼女が私をどう思うかなんて、私は判らない。解らない、わからない。

 彼女が寄り添われることが彼女に何を(もたら)すか―――何にもならない。

 彼女を知りたい、独りよがりのその願いは、彼女にとって目障りなのではないだろうか。

 

 心の声が、弱き恐怖という現実的理性の(ささや)きが、何もかもを否定にかかり、私にあと一歩を留まらせて踏み出させてくれない。

 

 言葉を交わして何になる? 刃を交わして何を知れる?

 剣を受け止めてどうする? 気持ちを知ってどうなる?

 

 勝手に満足して終えるか? 知った気になって満足感に浸るか?

 負けて終えるのか、勝って終えるのか、引き分けで停滞するか?

 拒絶に拒絶し、空しい想いで尚も抗い続けるか、それとも諦めて終えるのか。たとえ肯定されたとして、正直にそれを受け止め切れるのだろうか。矛盾に矛盾を重ねた歪む私は、これ以上壊れずにいられるだろうか。

 

 要するに、全てが怖いのだ。結局は。

 

 突き詰めていった先には、現れるのは恐怖。ただ小さな怯え。

 何もかもの行動は、全て恐怖によって歯止めができあがり、あっけなくそれに引っかかっては停滞し、すぐに消えなくなる。

 行動に移せないのなら、何もかも意味なんてない。

 

「居たい、ですよ……愛おしくてたまらない。何もかもを放り捨てても、彼女の下に居たい程ですよ……でも、そんなことできない。いえ、違いますね。しようとすらしてませんから」

 

 ぽつっと、独白紛いに呟く。寝転がったまま、彼女(ティア)に背を向けて。

 一体今、どんな顔をしているだろうか。どうせ、無感情な仏頂面でも浮かんでいるのだろう。

 

「……もぅ、しょうがないなぁ……」

 

 ふわっと、温かい熱が背から小さく被さる。呆れたように、でも少し嬉しそうに、そう呟いた彼女が手を心臓の前に絡ませてきた。

 

「……わたしは君が大好き。君があの子を(おも)う気持ちに負けないくらい―――ううん、絶対負けてないくらいに君のことを(おも)ってる。たった少しの付き合いだし、関係だって薄いけどね。でも、わたしのこの気持ちを、偽ろうなんて、怖くて逃げようなんて考えない。拒絶を怯えてないなんて言えないけど、でもね、わたしは絶対に逃げないよ。諦めないよ」

 

 潔く、偽りなく、一つの迷いも無い彼女の言葉は、応えるものがあった。

 (うそぶ)くかのように自分の気持ちに自信すら持たず自覚しながらも目を()らす。いっそ(あわ)れにすら思える私は、彼女(アイズ)に胸を張って想いを伝え、必然的に訪れる答えを受け止め切れるのだろうか。

 逃げないでいられるだろうか、諦めないでいられるだろうか。

 一度逃げた私は、また挑むことが出来るのだろうか。

 

「……なんでわたしがこんなこと言ってるのかな……」

 

 自分の言葉に対してか、振り返ってみるとはにかんでいる彼女が見られた。

 可愛らしく頬を染め、先程の凛とした、真剣みの帯びる言葉とは一転して初々しくしている姿は、どうしてか、自然と頬が緩んでしまう。

  

「……何故か、幼女に慰められてる気がします」

 

「慰められたのなら、それでよしっ」

 

 手を差し伸べられ、態々取って立ち上がる。  

 ひとつ伸びをすると、どこか身体が軽く感じる。

 これも彼女のお陰だろうか。

 

「いける?」

 

「ははっ、そう聞かれて、もう行かないという選択肢は無いでしょうに」

 

 軽口で返せるくらいには心に余裕がある。幾ばかりか口角も上がっているように思える。

 声に出さず、心だけで感謝を彼女に述べた。

 そして歩き出す。愛しき彼女の居る、上へ上へと。

 

 

 

 

 



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確認、それは布石

  今回の一言
 始めの方に気合入れたから、後は粗雑になった気が否めません……

では、どうぞ


 

「……もう、大丈夫?」

 

「あはは……そうだと良いのですがね」

 

 最上段まで上がることなく、投げかけられた声はアイズのもの。

 それは今までの私の心情を()んでいるかのようで、失笑が思わず現れる。

 

「……ねぇシオン。突然、だけど……今も、その……」

 

「……なんですか?」

 

 言葉に渋って言い出せないアイズは、頭を抱えたり、突然(うずくま)ったり、辺りを幾度となく見渡したりと、忙しなく奇行を繰り返すばかり。先に全く進めずにいるので、思わず声を催促する程。

 催促が利いたのか、忙しなく動き回るのを止めた。だが、顔を抱えた膝に(うず)め、縮こまってしまう

 

「……ぃ―――た―――き?」

 

「え、ごめんなさい。もう一度お願いします」

 

 声を発したことは判ったが、それは途切れ途切れ。とても文として紡げない。

 彼女の言葉を聞き逃すなど不甲斐ないが、無視するのはもっての外だ。再度聞き直すしかない。

 だがそれに返答は暫く無く、蹲っているアイズに見えた反応といえば、髪からちょこんと出る耳が真っ赤になっていることと、動揺を必死で隠そうとするかのように、わなわな震えていることか。

 

「―――――」

 

「ちょ、な、そぃっ」

 

 黙りこくっていたアイズは突然動き出したかと思うと、隣へ近づいていた私に物凄い速度で手を伸ばしてきた。反射的にそれを掴んでしまうと、即座に払われ、また伸ばされる手は首へ。今度は意図的にその手を掴み、背負い投げてアイズ事地面へ押し付けた。勿論、受け身の取りやすい投げ方をしたが。

 

「―――――」

 

「……アイズ、どうしたのですか?」

 

 いきなり攻撃された事、それは別に良いのだが、理由が見つからない。

 そんな野蛮な人では無いだろうし、殺しにかかられるわけもないはずなのだが。

 

「――――ふんっ」

 

「へ?」

 

 間抜けな声を思わず漏らす、可愛らしくそっぽを向かれたのだから。

 愕然とその後なってしまうせいで、力を緩めてしまい簡単に逃れられる拘束から抜けたアイズは、さっさと私に背を向けた。

 それに衝撃を受け、落ち込みそうになると、そのアイズから声が掛けられる。

 

「――――もう一回だけ言うから……絶対に聞いてて」

 

「は、はい」

 

 鬼気すら垣間見るその声に、気を引き締めて瞬間的に正座をとる。

 以前振り向いてくれないが、一度静まった赤色は、再度アイズの耳をうっすらと染めている。

 

「……シオンは、まだ、私のこと―――――――好き?」

 

「―――――ッッ⁉」

 

 突然、先程の懸念、自分へ問いかけることとなった気持ち、自分でも何度も繰り返し、やはり不変であるその気持ちの確認を、まさか彼女からされようとは。

 あぁそうだとも、断言できよう。私は彼女のことを愛して止めない。愛しくてたまらない。ただそれは、一方的なものであると、どうせ叶うことの無い高嶺(たかね)の花への想いだと、心のどこかで決め込んでいるそれだ。

 

「……答えて、ほしいな」

 

 せがむその声は悲愴(ひそう)さが(にじ)み、渋る私をせがませる。

 口を何度も開閉させ、果てに(つぐ)むのは勇気の無い私の愚かさ。

 

「…………す、しゅき、です……」

 

 絞り出し、何とか出しても、噛んで言えない本心。それは彼女に伝わるのだろうか。

 いろいろな感情が折り重なって、複雑に絡み合い、歪み狂った私という存在は、気持ち言葉に乗せられたのだろうか。 

 

「うん、そっか」

 

 返された言葉は、いっそどころか、そのまま清々しかった。

 (うれ)う必要などなく、一風変わり澄んだ雰囲気。

 彼女の顔は見れないし、彼女の心情変化など私には読み取れない。

 でも、私が(つたな)く発した言葉は、彼女に変化を(もたら)したことは理解できた。 

 それが何の変化は知り様も無いが。

 

「――――ぁ」

 

 突然振り向いた彼女は、私をいとも容易く絶句させる。

 緩んだ目、微かに端を上げる口、それでいてうっすら紅潮する頬。

 にっこりと、優しく。それは嬉しさを籠められているように思えて、その感情、光景、全てが幻想とすら疑うもの。

 

「ありがとね、シオン」

 

 絶句する私の顔は、今どれ程の間抜け面だろうか。いっそ可笑しいくらいだろう。 

 でも彼女はそれを馬鹿になどせず、逆に愛おしむかのように見てきたのだ。

 たとえそれが私の思い込みでしかなかったとしても、嬉しかった。(よろこ)びが私という全てを()たしていくのが身に染みてわかる。

 

 たった一言、たった一つの笑顔。それでこうなってしまうのだから、私はどれだけちょろいのだろうか。

 

 茫然(ぼうぜん)一方の今、なんだか音が遠くなる。

 感覚が遠のいてると言うのが正しいか。自然と体に力が入らなくなってきていた。

 

「――も――いす――だ――――――オン」

 

 ばたんと体が何かに倒れたかのような感覚が()みこみ、自然と身を任せる。 

 心地よくて、あったかい。温もりに包まれるような感覚。

 安らぐ中聞こえたその声は、耳元で(ささや)かれた愛しき声質。

 

 その声は、流れるように意識へ入り込んで、ぷつんっ、と、まるで事切れるかのように私の意識を断ったのだった。

 全て聞けないことがとてももどかしく、でも何故か、それを安堵しながら。

 

 

   * * *

 

 等間隔で、優しい『熱』が首筋を過ぎる。

 それが始まりとなって、段々と感覚が意識できるようになり、理解は次第に深まっていく。

 

「……ほわぁ~……」

 

 久々に感じる(だる)さで起きる気力も無い。約四日間ぶっ通しでダンジョン往復をしていたが、その代償としてもあまりに大きすぎる。

 もはや目を空ける気力すら()かない。

 感覚が戻っているお蔭で、今感じる子の温もりからも離れたくないと思うし、首に伝わる生温かな風はくすぐったくて、でも嫌じゃない。何だか落ち着くのだ、だから離れないように引き寄せる。

 

「ん……ぁ……」

 

 微かに声が聞こえたが、別に気にもならなかった。然したることでもないように思えて、横流しにする。

 引き寄せて感じた感覚は、心臓前あたりに感じるやわらかなものを押し付けているような圧迫感と、脚から感じる締め付けられるような絡み。それと、指先をくすぐるさらさらとした何かに、掌に感じるぷにぷにとした触り心地の良い感触。

 それら全てが愛おしくて、ついつい抱きしめるかのようにその温もりを、感触を、より近づけようとする。

 

 だが、そのお陰―――いや、所為といおうか。気づいてしまった。

 ぱっと目を開け、現実をとくと見る。何度も何度も瞬きを繰り返し、その現実をやはり認めるしかないと思うと、いやでも頭が痛くなった。

 感じた感触、それは確実に人の形をかたどっていた。しかも、感じる感触からわかる情報を統合し、出した結論。それはもはや問題を通り越して、問題が生じる以前に万死に値するレベル。

 

「……ぁ、起きたんだ。おはよう、シオン」

 

「お、おはようございます。じゃなくて!」  

 

 無意識の中の意識で抱き寄せていたアイズを解放し、さっさと数歩後退する。

 ぱっと見たところ、ここはテントのよう。設置した中のどれかか。

 だとしたら、更に不味い。

 

「これは一体全体どういった経緯で作られた悲劇的かつ喜劇的で素晴らしく残酷な状況なのですか⁉」

 

「言ってることめちゃくちゃだよ?」

 

「解ってますよ!」

 

 テンパり過ぎてもはや意味すら理解するのが困難な早口の(まく)し立てるような言いぐさを、彼女は冷静に毅然(きぜん)として冷静に返す。それにも思わず叫んでしまい、はっと気づいて口を塞ぐという、煩いくらいに忙しない。

 

「…………ふぅ、落ち着けぇ、落ち着かなくて何になる……状況は最高だけと最悪。今の状況は即時離脱を図らねばならない程の危機……ならばっ」

 

 もはや何も見えていない私は、依然としているその表情を崩すことなく、首を傾げて疑問を浮かべているアイズを一(べつ)もせずに逃げ出そうとするが―――

 

―――どすんと、前進するための威力はまんま真下へ運ばれた。

 

 いや、正確には下から引っ張られ、少し進んでつんのめってのだ。引っ張られたのは足首、ぎゅうっと掴まれ地面とご挨拶した後も一向に放す様子はない。 

   

「……だめ、朝まで一緒」

 

「もう朝ですよっ、四時過ぎてますよっ、いつもなら鍛錬を始めてますよっ」

 

「……私と一緒は、いや?」

 

「ぐハッ」

 

 適当にでもこじつけて、早々にでもこの状況を打破しようとする。だが、それは足元からの上目使いに見える見上げ方で私の心を応えさせ、効果は歴然のものと判りやすく伝えた。 

 

「いや?」

 

「むしろ一生そうしたいくらいですごめんなさい」

 

 可笑しな状況、もはや形容し難いものとなっていた。。

 それはそうだろう、足首を掴むために全力で伸びて地にひれ伏している彼女に、私がもはや動作が認識できない完璧な自然すぎる土下座で謝っているのだから。  

 

「じゃ、一緒にいよ、ね?」

 

「ちょ……」

 

 ふわっと上から重さが掛かる。それは何を隠そうアイズの抱擁(ほうよう)

 幸せな気分の前に、驚きが全面的に表に出た。出すなと言う方が無理な話なのだから。

 

「ずぅっと、いっしょ」

 

「ぇ……それはぁ……そのぉ……」

 

 有頂天に達した混乱は次に一転し真っ白へと変わる。

 思考もままならない、言われたことえの受け答えも碌にできない。

 衝撃的な、そう形容するのですら足りないことを、私は今体験している。

 

「独りにしない。シオンは、そう言ってくれたもんね」

 

「ふぇ? お、憶えてたのですか?」

 

 言外にそう告げたことはあったものの、アイズにそう言ったことは一度しかなかった。それもどれくらい前か、私にとってはかなり長い時間だ。

 小さく呟く、自身への(いまし)めに近いことだったのだが、アイズは聞き逃さなかったようで、しかもそれを憶えていた。

 驚きを隠せないでいる私に、何度も見れるほど、自然とアイズは相好を崩し、その微笑みを見せてくれる。

 肯定と等しいそれを見て、私も笑みを漏らした。

 

「じゃ、シオン。もう少し寝る? それとも鍛錬する?」

 

「つなぎからして卑猥(ひわい)に聞こえる……のは気のせいでしょうから鍛錬で」

 

 それにアイズは一つ頷き、名残惜しそうに抱擁(ほうよう)を解いて愛剣(デスペレート)を執る。それに伴い私も近くに横たわっていた、刀たちを帯びた。

 

「わかった、じゃ、いこ」

 

「やめて、その言い方はいろいろ不味いから」

 

「?」

 

 『天然乙』、神たちがいたらそう言う者が出て来ただろう。

 首を傾げる彼女を引き連れ、そっと静かに、バレていないかを忙しなくキョロキョロ見渡していたのは意外なことにアイズであったが、そのまま安全区域(セーフティーエリア)から一時出たのだった。

 

 

   * * *

 

 二時間ほどの鍛錬は、いつもより充実していたが、内容は必然薄くなった。

 アイズと楽しみ過ぎた、というのが大本の訳だろうか。競い合って殲滅(せんめつ)戦を行っていたのだから、いつのより質が悪くなってしまったのだ。

 そのことを口に出したりはしないが、表情はどうか正直自信がない。

 

 鍛練(殲滅戦)を終え、安全区域(セーフティーエリア)に戻ると訪れたのは、怒濤(どとう)の勢いで捲し立てるティアと、鬼の形相をした【九魔姫(ナインヘル)】。

 何故か正座させられ、何故か怒られた。

 内容を聞く限り、『例の件』についてはバレていないようでほっとしたが、それ以上に理不尽なことを言われ言われの嵐、流石に嫌気が差して、今はちょっと眠ってもらっている。

 

 その後朝食を作らせられ、何故か調理方法の指導まで頼まれるは、最後にフィンさんに勧誘までされるはで、もう目まぐるしく状況が回ってくのだ。

 まぁその全ての八つ当たりを、レフィーヤと駄犬へ存分にやってやったが。

 

 と、時は飛び、その約六時間後の話となる。

 和気(わき)藹藹(あいあい)とした雰囲気で進んでいる最中(さなか)、それは突然反響して届く。

 

「うわぁァァぁぁっ⁉」

 

 アイズやティアとの会話に、土足で踏み入った悲鳴が。

 

「どうした! 何があった!」

 

 突然の出来事に、焦らずだが急いで状況の判断を行うのが指揮官(リーダー)の務めだ。 

 情報伝達を図ったフィンさんに返されたのは、前衛からの悲鳴。

 

「なぁんだ、対処できなかったのですか」

 

「ここらへんのモンスター、結構弱いよね?」

 

「え、シオン、それってどういう……」

 

 呟く私たちの声に、戸惑いながらアイズが聞き直すが、それに返されたのは、誰かの悲鳴。

 

「『雑魚蛆共(ポイズン・ウェルミス)』ですよ」

「『ポイズン・ウェルミス』だぁぁっ⁉ 助けてくれぇぇっ!」

 

 後に付けたした、相手の存在。その時偶然にも前衛からの悲痛な叫びが重なった。

 その存在を明かされ、中衛に居た面々が強張る。それは、たとえ上級冒険者であっても基本的に忌避される相手なのだから。

 一般的に、そう言われ非難される厄介者(ポイズン・ウェルミス)()のモンスターだ。

 

「う、後ろからも来やがったあぁぁァっっ⁉」

 

「アイズ、リヴェリア! 道を開けッ! 全員ッッ! 前方に突っ切れぇッッ!」

 

「わかった」

「了解した」

 

「解毒は後だ! 今は急いで十八階層へ向かえ!」

 

 最悪といえるであろう状況に一転した今、フィンさんは最後の叫びに発破をかけられたこのように大きく指示を出す。それに【ロキ・ファミリア】は何の疑いも無く従った。 

 それに眺めながら、私たち二人は尚も冷静であり続け、のんびりとアイズについていく。

 

「手伝います?」

 

「いいの?」

 

 群れを成す(うじ)を払い飛ばしながら、首だけ向けてアイズは確認を問う。それに近づく蛆共を蹴り飛ばし、にっこり笑いかけて答えた。

 若干驚いたかのように柳眉(りゅうび)の端をぴくっと動かしたが、それを隠すように顔を敵へ向けられ、真意は問えない。別に問う必要も無いのだが。

 

「てぃ~あ~」

 

「はーい」

 

「燃やせ」

 

「りょ」

 

 単語で―――最後のはそれですらないが―――通じる会話から訪れるのは、無音の炎。

 それに後方から驚きの視線を集め、それでも気にせず前へ進む。

 更に言えば、その(ほむら)は尚も空中を漂い、先へ先へと続く道を先導している。それは風とティアの熱操作の賜物(たまもの)なのだが、衝撃を受けるのは当たり前だろう。その仕掛けなど知り様も無いのだから。

 

「後ろの方は流石にどうもできませんね」

 

「倒しに行ってこれば? どうせ一瞬も掛からないでしょ?」

 

「面倒です」

 

 確かに一瞬も掛からないだろうが、蛆相手にそこまですることも無いし、天下の【ロキ・ファミリア】にあの【ヘファイストス・ファミリア】だ。この程度で終わらないだろう。

 手を出す必要など微塵(みじん)も無い。

 

「先行切っていきましょうか。どうせ、雑魚しか現れないですよ」

 

「だねー」

 

 暢気(のんき)に会話して、走りながらも(いぶか)し気な『はぁっ?』とでも言われそうな顔で見られるのは、もう何とも感じなくなっている。

 だって本当に、中層程度のモンスターは雑魚しかいないのだ。鈍いし単調だし弱いし柔い。早くも無ければ重くも無い。ただただ考え無しの人海戦術の真似事だ。

 

「ふぁあぁぁ~」

 

「ちょっとシオン。あくびは口を塞ぐっ」

 

「はいはい」

 

 そんな会話ができるほど、異常な私たち二人は、気楽で暢気(のんき)で場違いだった。

 

 

 

 



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到着、それは楽園

  今回の一言
 分け過ぎた、かな?

では、どうぞ


「何から何まで、今回の遠征は最悪だよ」

 

「まぁまぁフィンさん、そうしょげない。それに、収穫はあったでしょう? 最悪ばかりではないはずですよ」

 

 十八階層の森、その開けた場所の一角に並べられていく負傷者を見て、話しあう二人。

 負傷者は後衛に配置されていた人たちが主だっていて、始めに不意を撃たれた前衛の負傷者も見られたが、それは極めて少数だった。

 今回受けた劇毒、『耐異常』のアヴィリティすら大抵突破する『ポイズン・ウェルミス』の毒は解毒が極めて困難で、()のモンスターからドロップする同じ毒を用いて調合された専用の対抗薬でなければ完全な解毒はできない。基本的には、の話だが。

 

「それにしても、あの精霊様には大助かりだよ。多数の団員たちが危機を逃れた」

 

「敬称は必要ないですよ。それに、ティアも解毒できるのは、毒を盛られて数十分と言うところです。それ以上経ってしまえば、ティアとて普通の解毒は無理なそうですから」

 

 例外は何事にもある。今回はティアだ。彼女は毒素を殺す『ちから』があるらしく、それを行使して前衛に居た数十名は解毒した。ついでに傷も治してある。

 だが、体に染み込んでしまった毒素を消そうとすると、最悪肉体まで消してしまうことになるらしく、危険だからとの理由で却下されてしまったのだ。そのため後衛の方々は残念ながら今も尚苦しんでいる。リヴェリアさんとティアによって、ある程度の対処は進んでいるがそれでも気休めくらいにしかならないそうだ。

 

「で、どうするのですか? 見捨てると言う選択肢は無いでしょうけど、だとしたら解毒剤を買うしかなくなりますよ? あ、でもアミッドさんを連れて来るてもあるのか」

 

 ぱっとそう言って、その発言に自分が驚いた。

 彼女のことについて脳裏を()ぎっていたのにも関わらず、前とは違って、深くから抉られるような、生理的不快感を自分へ味わうことが無かったのだから。

 吹っ切れたのだろうか、それとも――――――

 

「【戦場の聖女(デア・セイント)】かい? それは止めておくよ……薬より高くなりそうだ」

 

 だがそんな私の気持ちも気づかれることはなく、フィンさんは苦笑いを浮かべた。そこから考えるように顎に手をあてて、空間一帯に聞こえるように叫ぶ。

 

「ベート! 少し来てくれ!」

 

「あァ? んだよ、俺ァ何もできねぇぞ」

 

 張りがあり、遠くからも良く聞こえる声で無能宣言をする駄犬は、誰から見てもやさぐれていた。それに加え、足取りや顔には、疲れが色濃く出ている。

 その大半が、私の所為なのだが、それは割愛。

 

「無能さんだこと」

 

「るっせぇっ、黙ってろっ―――わかってんだよ、んなこと」

 

 ちょっといじりを入れ、最後に吐いたまさかの呟きは、少し驚かせられる。

 どうやら私でも勘違いをしていたようだ。『駄犬』から格上げして『ワン吉』にしてあげよう。

 このワン吉は、誰よりも人を見下しているように見えて、誰よりも尊く思っているのかもしれない。いや、そこまではないか。頑張って良い表現をすると、不器用なお人好し? だろうか。

 

「ベート、君にはファミリア最速の足として、地上へ一早く帰還し必要量の解毒剤を購入してもらいたい。頼めるかな?」

 

「チッ、しゃぁねぇか」

 

 渋々のように見えて、実際役に立てることは嬉しいのだろう。吐き捨てるように口角を上げていた。

 

「フィンさんフィンさん、ワン吉を地上まで五分でで送る方法がありますけど、どうです?」

 

「誰が犬だあァッンッ⁉」 

 

 叫ぶワン吉を意に返さず、思案しているフィンさんの答えを待つ。だがもう答えは決まっているだろうから、視界に丁度よく現れた彼女を手招いておく。

 

「聞いておきたいことがある。その方法は危険性はどれくらいかい?」

 

「ちょっと気持ち悪くなってぶっ倒れそうになるだけですから……安全ですっ」

 

「んなわけあるかぁ!」

 

「じゃあ、頼めるかな。ベート、少しくらい我慢してくれ、緊急なんだ」

 

 ニコッと微笑んだ事に即座の反発、だがそれにも取り合われることはなく、あえなく散ったワン吉。フィンさんはワン吉も含め頼みと言っているが、偽りようもなく命令だ。そもそも、一瞬で行けるなら誰でも良いのでは? と思ってしまったりもするが、面白そうだからあえて伏せておく。

 

「さて、人気《ひとけ》のない場所へ移動しますか。ワン吉、ついて来てください」

 

「テメェマジでいい加減にしやがれぇぇ! 俺は狼だっつうの!」

 

「知ってますよ。馬鹿なのですか?」

 

「こいツ……ゼッてぇいつかぶっ殺す……」

 

 拳とともに決意と殺意を固めるワン吉と無言で私の服の裾を掴むティアを連れ、森の奥へと進んでいく。この方法は確実に誰かを驚かせるから、その被害は最小限にという配慮だ。

 本当は、必要以上にティアの能力を見せたくないだけなのだが。

 何故提案したか、という話になりそうだが、結果的にアイズに被害が及びそうだから、という理由でもあったりする。それ以外もあるが、別に言うまでも無いだろう。

 

「ティア、座標ってどこで登録しました?」

 

「ギルドの近く約100Mにあった空き地に変更しておいたよ。換金に便利と思って作ったけど、結局使うのはわたしたちじゃなかったね」

 

 ホーム前からギルドまでティアを連れると時間が掛かるから、ティアに近くに設定しておくようにお願いしていたのだ。時間短縮の為に。

 

「グダグダ言ってねぇでさっさと始めやがれ、クソアマが」

 

「……シオン、安全確認の工程、何項目か飛ばしていい?」

 

「許可します」

 

 流石に今のは私もイラっとした。秘密も晒してこの威張りだ。たとえそれが彼の(さが)なのだとしても、この言い草は癇に障る。

 

「【天より生まれし地の力、全てを歪めし時の力。それらを作り出したのは、万物を置き去りにする我が()である光なり】」

 

 大きく手を広げ、呪文を紡ぎながら魔力波を広げると、蒼色に発光する魔法円(マジック・サークル)を顕現させた。

 それは美しくも今は残酷な、悪しき彼を苦しめる光。

 

 彼女の転移魔法は、厳密には魔法では無く転移技術らしい。

 始めに空間定着と移動先の接続を行うのは魔法だが、中間は式の構築と演算。それの疑似検討、対象物の座標保持の三工程を魔力と処理能力によって行うだけらしいから、世界の原理に従った干渉では無く、原理そのものを書き換える干渉なのだから、魔法ではないそうだ。

 そして最後に行うのが、本場の転移。そこは時すらないのだから、一瞬、一刹那ですらかからない。

 つまり、安全確認の工程を省略することは、中間の疑似検討の内のいくつかをしないということ。それは完全なぶっつけ本番で、最悪の可能性すら想像できない。

 

 一分ほど経つと、魔法円(マジック・サークル)は立体状に構築され、空間展開された蒼色は彼を中心に回り出す。

 

「【多次元相互干渉型異空間転移(テレポート)干渉開始(インタラクト)】」

 

 工程を大きく飛ばしたのか、明らかに速く終わった中間の工程。

 少し心配になったが、彼も一応Lv.5、この程度で音を上げるヘタレでは無いだろう。無いはずだ。

 

「じゃ、もどろっか」

 

「私は食糧を調達してきます。お腹すきましたし」

 

 ティアは元来た道へ爪先を向けたが、私はその逆、森の奥へと足を向けた。

 十八階層にも、多種の食材、木の実や花、茸など様々なものがり、多くは食性だ。たとえ毒があってもある程度は問題なしい、最悪毒素を殺せばいい。

 

「え! もしかして作ってくれるの⁉ あれだけ渋ってたのに⁉」

 

「しつこいですねぇ……独りで作って一人で平らげますよ?」

 

「あ、ごめんなさい……じゃなくて、ありがと」

 

「よしよし」 

 

 振り返らずに優しく撫でで、褒めてあげる。人は謝れるより感謝された方が嬉しいのだ。それをティアにちょっと話していたが、相変わらず覚えが良いものだ。

 

「んっじゃ、そっちはそっちでお願いします。弁当で持って行くので、待っていていいですよ」

 

「やったー!」

 

 子供のように喜ぶのはやはりかわいいが、今はその愛らしさを眺めて頬を緩ませるより、弁当を早く作ってあげた方がより良い表情を見れるだろう。

 

――――これは、認めざる負えないか。

 

 確実に影響されてる、心動かされてるわけでは無いだろうが、少しくらいは思うようになってしまっている。全く、難儀なものだ。

 

 これは、気づかれるわけにはいかないな。

 

 そう強く心に留めると、音も無くその場から去ったのだった。

 

 

   * * *

 

 それは朝早くのことだった。いや、ここの朝は必ず朝だという訳では無いが、『朝』ということにしよう。

 その『朝』は、いつも感じる朝では無く、異常なまでに静けさを誇った『朝』だった。

 大きく音を響かせるものはなく、忙しなく鳴りだすはずの(さえず)りですら鳴りどころかその気配すらない。

 朝に鍛錬を欠かさない彼ですら、決して大きな音を出しはしない。それはそこが朝であって『朝』であるから。

 

「お疲れのご様子で。大丈夫ですか?」

 

「うん、少し時差が激しいけど……大丈夫。でも、その、がんばって疲れちゃったから……」  

 

 ちろっ、ちろっ、と目線を何度も送って来るアイズ。何も言わずにそうするのは、言い出せない恥ずかしさがあるからか。

 ぽんっ、と手を添え、優しく撫でつける。頭を、髪を、そこから感じる心地の良い感触は、どちらも同じだろうか。

 

「――――」

 

 黙りこくっているが、表情は緩んでいて、良く判ってしまう。それはとても和やかで、嬉しい気持ちになれた。

 大木の下二人は腰を下ろして肩を寄せ合い、静けさを味わい、作り出したその雰囲気を楽しんでいた。

 

「よく頑張りました。よしよし」

 

「えへへ」

 

 珍しく見せた子供のような無邪気な微笑み、また始めて見れたその表情を嬉しく思いながら、声に出さずに心に留める。 

 その後は何も語らない、ただ一緒に居るだけで、ただ同じ時を過ごしていると感じるだけで、ただただ、想うだけで。

 身を寄せ、持ちし刃を抜かずに交わらせ、全てを使って感じるのだ。あらゆるものから、あらゆるものを、感じ取って、ただそれだけでいるのだ。

 息使いも、心臓の鼓動すらも、何一つ、逃すなんてことはせず。

 

『―――――』

 

 だから、一早く、誰よりも敏感になっている彼と彼女は瞬時に気づいた。上から響く轟音に、反響している『誰か』に悲鳴に。

 

「――――いこっか」

 

「仕方、ないですね」

 

 同業者を見捨てる同業者は疎まれる。別に構わないのだが。それは私だけであって、アイズにとっては別問題。彼女にも面子はあるし、それ以前に矜持がある。

 

 十七階層から十八階層に続く坂型の通路、総合して推察すれば、『()()()遭遇(エンカウント)した迷宮の孤王(ゴライアス)に質量弾を撃たれ、命からがら逃げ去った』というところか。

 

「ありゃ、これまた面白いこと」

 

 つい呟く。それは、(くだん)の坂からスピードも殺さずに無様にも投げ出されたある三人に向けたものだ。

 

「……ベル?」

 

 近寄ったアイズが、首を傾げながら足元の土や血に(まみ)れた白髪の少年に向け、確認のように問う。だが、それに帰って来たのは、挨拶でも何でもなく、(あえ)ぎ声と共に発せられる少年(ベル)の確かな意志だった。

 

「仲間を、助けてください……」

 

 それだけ言い残し、やり切ったかのようにぷつんと意識を失う少年。

 若干驚きでたじろいでいたアイズも、それに目を張り、こちらにどうすればいいか問うように視線を逡巡(しゅんじゅん)させた。

 

「頑張ったようですし、運んであげましょう」

 

「うん、わかった」

 

 自分では無く、仲間をといった少年、ベルを見ながらそう言う。

 相変わらずのお人好しだ。誰よりも他人を思い、誰よりも他人に思われない。その時には既に、他人が顔見知りへ、そして知己へと変わっていくのだ。だから他人では無く、仲間から、家族から思われる少年。それがベルである。

 自分の弟の素晴らしさにはいっそ呆れるほどだが、それは今の状況では言えない。

 

「一回目で、どうせこれなのでしょうね」

 

 何となくだが、そう思ったことを呟いた。

 たった一度の決死行、一度で十分なそれを味わったベルは、また成長するだろう。

 兄弟そろって、全く異常である。

 

「ベルもシオンも……すごいね」

 

「はははっ、ちょっとおかしいだけですよ」

 

 笑えない軽口を交わして、少し慌ただしさを感じる方向。騒がしく風が揺れる場所へ、その三人を運んでいったのだった。

 

  

   * * *

 

「ティア、起きてください」

 

「……うにゃ?……どっしたの?」

 

「さらに変になってますよ。服装と言動を戻す」

 

「おっと」

 

 轟音によって何人もの人が起きる中、ある一つのテント、彼女の気配がみられるそこに入り、体を揺すって起こす。

 起き上がった彼女は戸惑った声を出すと、可笑しな言動で聞き返して来たが、それを指摘して気づく彼女を見守りながら数秒待つ。

 

「ほいっと。で、どうしたの?」

 

「少し来てください。大丈夫、単なる治療ですよ」

 

「何人?」

 

「三人」

 

 話しながら向かうのは、少年らを運んだある場所。

 瀕死になる程の重傷を負っていたのだ、比較的軽症な青年(ベル)ですら、肋骨・左脚・背骨・右腕・左足骨折。右肩脱臼、アキレス腱の損傷、更に内臓損傷。精神疲弊(マインド・ダウン)にまでなり、だが不思議な程切り傷、そして火傷痕は見られなかった。

 それもこれも(シオン)が与えたあの装備の賜物(たまもの)なのだが。 

 

「うわぁ、随分と無理したね」

 

「それが解るなら、さっさと終わらせて下さいな」

 

「はーい【三つ(たま)命火(めいか)は、消えることなく()の光を磨く】」

 

 詠唱を始めると、そこに現れたのは魔導士を引き連れたアイズ。彼女も手助けをしようとしたが、それは無用だった。

 

「【(なんじ)らが望むのは、我が身扱いし聖なる光。我が与えるのは、罪咎(つみとが)さえも払いのける救いの極光なり】」

 

 決して大掛かりな魔法と言う訳ではあるまいが、その力は絶大。

 魔法円(マジック・サークル)さえ顕現させないのだから、世間一般ではこれが全治癒魔法などと気づきはしないだろう。

 

「【慈悲の極光(オーロラ・クラスタ)】」

 

 そっと呟くそれを聞き、魔力の奔流が向かう青年たちを見れば大きく訪れた変化。

 発した通り、オーロラが一番近いだろうか。原理は大きく異なっているだろうが、見かけ上はそれと等しいまでによく似ている。

 横たわる彼らの上に広がり、優しく包み込むその光は見る見るうちに傷を(いや)し、苦しかったのだろう、(あえ)いでいた彼らを落ち着かせた。

 

「綺麗だね」

 

「わたし、貴女から褒められても全然嬉しくないです」

 

「?」

 

 呟くアイズの言葉に反発したティア。仲良さげに見えていたが、それは違ったのだろうか。それとも、仲が良いからこそのじゃれ合いみたいなものだろうか。

 

「はい、終わり」

 

「よくできました、ありがとうございます」

 

「褒めて褒めて!」

 

「よしよし。偉いぞぉ、頑張った頑張った」

 

「えへへぇ」

 

 お礼を言うと途端それに乗っかるティア。単純に撫でて欲しいだけだろうが、実際助かったのだから投げやりにする気は無い。それに、やっぱりカワイイし。

 

 だがそこで、裾を弱々しく引かれる感覚。先には細く肌理(きめ)細やかな指。そこへ繋がる腕、肩、胴、首、そして顔を見ると、いじけた様子のアイズがじっくり眺められた。

 

「……ずるぃ」

 

「子供かよ、カワイイいなおい」

 

 ぼそっと呟くのは本当に彼女らしい。だが良く解る。本当に言いたいことは、心から恥ずかしく、言えたとしても口(ごも)ってしまうのだ。

 

「その人なんにもしてないのに撫でるのは不公平ぃ! 今は私だけぇ!」

 

「の様ですので、後ででいいですか?」

 

「うん」

 

「裏をかかれた⁉」

 

 騒ぐティアは(なだ)めるとして、やはり後が楽しみでたまらない。

 そわそわしそうになるが、外にそれを見せないのがティアへの親切心といえよう。

 

「じゃぁ、今だけは楽しむもんっ」

 

「はいはい。楽しんでくださいな」

 

 少しくらい付き合っても、私に(ばち)が当たる道理はない。

 周りから温かな目と嫉妬の目が向けられるが、笑って払い飛ばそう。

 

「あ、そうそう。リヴェリアさん、どこか一つテント空いてたりしません?」

 

「あるだろう。彼らを寝かせるだけの場所があれば足りるか?」

 

「えぇ、十分ですよ」

 

 一応、その間にテントの場所取りをお願いして、ベルたちを運んでもらうことにする。そうすればまだティアを堪能でき―――

 

「運ぶのは、手伝ってもらえるのだろうな?」

 

「あ、はい」

 

 語気を鬼に似通った悪魔を幻視するほどまでに強めたリヴェリアさんの怒りは、一体何故そうなっているのか知り様も無い。いや、知りたくも無いのだが。

 

「なので、ごめんなさい、もう終わりです」

 

「う、うん、が、頑張ってね?」

 

「あはは、それはシャレにならない」

 

 彼女も察したのだろう、この後どうなるか。

 大方、リヴェリアさんに尋問され、その後フィンさんへの状況説明。といったところか。

 

「はぁ、めんどくさい」

 

 一つ溜め息を吐いて、弟の為と思い、仕方なぁーく動いたのであった。

 

 



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破天荒、それは二柱

  今回の一言
 引きずる形式をやってみたかった。

では、どうぞ


 

 半日ほど、時は過ぎているだろうか。

 『朝』は『昼』に差し掛かる頃合いで、ぐっすり眠る少年たち。

 疲労だけでは無いだろう。今は跡形も無く去ってしまったが、内外共に損傷が激しく、内部の内部。精神すらも()り減らせていたのだから。

 

「そろそろ起きますかね」

 

「半日もぐうたら寝てたら起きないのはオカシイし―――あと離れる、今直ぐ」

 

「「やだ」」

 

「うぅぅ……なんでシオンまで言うのぉ……」

 

 ある天幕の中、六人の少年・青年・男の娘・幼女・少女・ロリが狭苦しく集合している。

 片三人は見ての通りぐっすり。だがもう片やの三人は静かに戦っていた。

 何故かと言えば単純、彼らの集まり方に在ろう。

 

 男の娘(シオン)を中心に両腕(両手)精霊()状態だ。

 右腕に幼女(ティア)、左腕に少女(アイズ)。防具と言う隔たりを持たず、二人は完全に密着し続けているのだ。

 いろいろな理由から発せられる熱で天幕内はむんむんとしている。当たり前のように汗を流し、それでも臭くならないのは一体なぜだろうか。

 というか、むしろいい匂いと言うまである。

 

「それにしても……見返すとかなりすんっばらすぃい状況ですねこれ……」

 

「ちょ、ちょっとシオン⁉ い、言わないよ恥ずかしくなるじゃん!」

 

「もっとすごくする?」

 

「耐えられなくなりそうなのでまた後日に」  

 

「何約束してるのぉ⁉」

 

 騒がしいティアを差し置いて、身を更に寄せ合い、もう抱き着き合っている二人。

 それは流石に耐えきれないようで、いじけながらも引き剥がす形で自分の存在を主張した。暑さで体力が持って行かれているのだろうか、息はとても荒かったが、それは意図せず自己主張力を向上させている。

 

「ぅ……」

 

「あ、ほら、起きました」

 

『――――』

 

 突然距離を置いた二人。あんなに積極的であったがそれは鳴りを潜めたようで、いうなれば羽目が外れていた。そんな状態だったのだろう。だが元に戻れば、あとは今までの行いを振り返る時間がやって来るだけだ。

 赤面して身(もだ)えるティアに、顔をはっと気づいて一向に顔を向けようとしなくなったアイズがその空間には見られ、独り頬を染める程度でいるのは一体どうしてか。

 

「―――――リリ、ヴェルフ⁉」

 

 瞼を開け、数瞬を呆然(ぼうぜん)と眺めるだけの時間で埋めると、はっと気づかされたかのように突然起き上がって叫んだ。

 忙しなくキョロキョロと見渡しているが、全く見えていない様子。

 

「ベル、少し落ち着いたらどうなのですか?」

 

「え? …………って、シオン⁉ 深層に居るんじゃないの⁉」

 

「ちょっと諸事情がありましてね。説明面倒なので省きますけど」

 

「いや、そこ省いちゃだめだから」

 

 普段通りに突っ込みを掛けるベルはどうやら落ち着けたようだ。忙しなく首を巡らせるもを止めている。冷静に視線を巡らせて、一つ一つを確認していた。

 背後を見た時に浮かんだ安堵の表情は、仲間想いの証拠だろうか。

 

「って、アイズさん⁉―――それにティアさん⁉」

 

「あ、何日かぶりだね。あと三日くらい寝てても良かったんだよ?」

 

「ベル、大丈夫? 傷は治ってると思うけど……」

 

 ティアは挨拶に紛れて本音を漏らし、アイズは仄かに朱色を残して、驚き仰け反るベルに向き合いながら調子を確かめる。

 

「―――ほんとだ、治ってる……」

 

「えっへん」

 

 腰に手をあて、若干弱々しいものを主張をする。だが悲しきかな、ベルですらそれには何も述べることは無かった。

 単に驚きの所為で気づいてないだけなのだが。

 

「あ、そうだ。アイズさんはどうしてここに?」

 

「私は、その……いろいろあって、十八階層でとどまることになって……」

 

 私にはすらすらと(しゃべ)ってくれることが多いが、本来アイズは『こみゅしょう』というものらしいからこれは仕方ないことなのか。

 自分には気軽に接してくれるのが、少し嬉しく感じるのは気のせいでは無いはずだ。

 

「あ、ベルベル。今普通に動けますよね、ならついて来てください」

 

「え、なに? というかどこに?」

 

「ちょっとフィ―――【ロキ・ファミリア】の団長様に挨拶しに行くのですよ。ベルが」

 

「なんで僕⁉」

 

 即座の返しは良い反応。驚かせるのはやはり楽しい。

 フィンさんから、『一応事情説明を受けるために、彼が起きたら連れて来てほしい』とお願いされたのだ。形式上そういったものは必須事項だから、仕方のないことだし、見ていて楽しそうだから快く承諾したが。

 

「んじゃ、案内しますね」

 

「……シオンは一緒に」

 

「行きません。案内だけなので説明等は自分でしてください。私は傍から見てますから」

 

「シオン、そう言えば話し合い中は入っちゃ駄目だってリヴェリアが言っていた」

 

「マジかよぉ~。つまんねーぇ」

 

 額に手を当て天を仰ぎ呟く。まさかのお達しは必要性が正直理解できないが、大方情報詮索が理由の旨だろう。ベルからは聞き出しやすいと思っていのだろうか。それは大いに間違っているのだが。

 というか、ベルは素で知らないと言えるからよっぽど性質(たち)が悪い。 

 

 ご愁傷様です、頑張ってくださいな。

 

 哀れげにそう心中呟き、ベルを送り届けたのだった。

 

 

 

   * * *

 

 妙に視線が痛い。今までこうも直に判りやすい殺意や嫉妬(しっと)憎悪(ぞうお)憤怒(ふんぬ)、呆れの視線を向けられたことは無かったのだ。中々に心地よい。

 

 原因は簡単、自然と創造された見えない隔たりの在る空間で行われていることにある。

 

「シオン、これ、食べてみて?」

 

「食べかけじゃ……あ、はい、いただきます」

 

「うわぁぁぁ! 待って待って間接キスなんて許さないもん!」

 

「――――時すでに遅し」

 

「ずるいぃっ! じゃ、じゃあわたしはこれ! シオン、あーんっ」

 

「はいはい、あーん」

 

 純粋な気持ちで自分の行いの問題に気づかずやってしまうアイズと、能動的に下心によって動くティア。アイズに対してはもうどうしようもないので、真摯に従っているが、ティアに対しては子供を相手する感覚だ。あやすように言うことを聞いてあげている。

 

「いぃなぁ……」

 

「なっ⁉ ベル様ベル様! 羨ましいのであればリリがいくらでもしますよ!」

 

「へっ? い、いや! そういうことじゃなくてっ!」

 

 あっちもなんだか騒がしい。というより、ここ一帯は賑やかな雰囲気で満たされている。誰もが笑み―――それが黒い理由だとしても―――を浮かべており、楽し気に振る舞っているのだ。

 

 流石にここは(おおやけ)だから、アイズもティアもある程度の自重はしている。距離も密着されることはなく、服がしょっちゅう(こす)れるくらいだ、   

 それでも十分近いが、先程のことを考えれば我慢している方なのだろう。

 密着状態が別に嫌なわけでは無い、というかむしろ嬉しいから。

 

「あ、そうだ。シオンって、この後どうするの?」

 

「といいますと?」

 

 突然出た今一要領を得ない質問。その顔に、期待と寂しさが浮かんでいるように見えるのは、見当違いだろうか。

 だがそれを直接聞けずに、全体について聞いてしまう。

 

「私たちはベートさんが薬を持って来て、みんなが回復したら帰還するけど、シオンはどうするの?」

 

「あぁ、そう言うことですか。予定としては、アイズたちと共に一時帰還するつもりです。フィンさんからもそうお願いされてましたしね」

 

 ティアに、一度使ったあの座標を再設定してもらうためなどと他にも理由はあるが、アイズにも分かりやすく説明できるものはこれが一番だろう。

 実際にそうお願いされたし、承諾もしていたのだから。

 

「ねぇシオン、今日は一緒にねよ? 昨日はシオンが気絶したから無理だったけど、今日は大丈夫そうだし、いいよね?」

 

「ダメです」

 

「なんでなんでぇーありのままの姿でいいからさぁ」

 

「もっと駄目だろ、諦めろ」

 

 ちょっとティアが図々しくなってきている気が否めないが、後々矯正しようか。

 流石に面倒だし、何よりアイズからの視線が身体を刺してくる。痛くて(かゆ)くて堪らない、それにアイズがそんな痛まし気に私を見るのは少しどころでは済まず、嫌だ。

 それ以上の同系列の視線を、ティアにも同じく向けていたが。

 

「じゃあせめてよば―――――」

 

「――――――――ぐぬあぁっ⁉」

 

 更に不味い発言をしようとしていたことが予想できたティアの言葉は、突然の高らかに響いた聞き覚えのある絶叫で遮られる。

 中々によく響く甲高い声だ。奇声とまで言えそうだが、そんなことを気にするよりかは、何故彼女がここにきているのかを知らなくてはならない。

 

「事情聴取ですかね。んじゃ、行ってきますっ」

 

「え、ちょ」

 

 戸惑いを浮かべていたが、そのくらいなら措いていく方が速く着く。

 といっても、然程離れている訳では無い。秒も掛からず着くほどに。

 

「ごふっ」

 

「ナイスダイブ。大丈夫ですか、ヘスティア様」

 

 丁度よく飛び込んできたヘスティア様を受け止め、ベルじゃなくてごめんね、と内心呟きながら勢いを殺し、足に地面を踏ませる。

 

「その声は……シオン君⁉ 深層に言っているんじゃなかったかい⁉」

 

「ベルと同じこといいますね……」

 

 (うず)めていた顔をぱっと上げると、驚きを隠さず後ずさり、『()眷族()はよく似る』というが、事実そのようだ。ベルと同じようなことを第一声で口走る。

 

「ん、まて、ベル君と同じこと?……あ、それっごふっ―――」

 

「――――痛ってぇ……なんだよあのデカいの。死ぬかと思ったよほんとに、まぁ死なないけどさ」

 

 気づいたことの確認のように問おうとしたヘスティア様に、勢い余って後ろから突撃し、それを遮ったのは、緑色の旅人が被りそうな帽子が印象的の優男然とした神――神ヘルメスだ。

 

「お、シオン君じゃないか、久しぶり? といってもちゃんと話してもないか」

 

「ですね。初めまして、といっても可笑しくないですよ、神ヘルメス。それと、早く退()いては?」

 

「おっと、悪いヘスティア。意外と気持ちよくて気づかなかった」

 

「それって気付いてるだろ、ヘルメス……」

 

 はぐらかす神ヘルメスにヘスティア様が悪態を呟く中、また数名、次々に下りの洞窟の薄闇に姿を現す影、それはこの二人のように神では無く、(れっき)とした人間であった。

 一目で極東出身と判る三人、【タケミカヅチ・ファミリア】の命さん、桜花さん、千草さんが重い面持ちで突っ立ち、それを避けて出てくるのは、緑色のケープを纏ったどことなく見覚えのあるエルフと、水色(アクアブルー)の髪に疲れた目をほどよく隠す眼鏡が良く目立つ【万能者(ペルセウス)】ことアスフィさんだ。  

 気配が全て見える範囲に出たところで、私の背後からも接近し、到着する気配。

 ベルと愉快(ゆかい)な仲間たちに、【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】十数名だ。

 

「――――なんであいつらがここに……」

 

 赤髪の青年、確かベルの専属鍛冶師(スミス)、クロッゾとかいう落ちこぼれ貴族となった、精霊への反逆者一族の末裔(まつえい)だったか。その呟きは今一真意を掴みかねるが、彼のこともその呟きも興味ない。問題は何より、眼前の二柱にある。

 

「じゃ、ヘスティア様、神ヘルメス。事情聴取といきましょうか、ね?」

 

「「は、はい」」

 

 とりあえず、発端であろうヘスティア様と、何か隠していそうな神ヘルメスからいろいろ聞き出せばいい。最悪弱いところを突けばぽろっと洩らしてくれるだろうから。

 

 

 

 

「はい、そこに正座」

 

 誰もいないであろうこの場所、天幕の中ではなくあえて野外、大木の下だ。

 駄神(だしん)二柱(ふたり)を嫌々言いたそうな顔を無視して、眼光でさっさとしろと促す。

 

「か、神相手に容赦ないね……」

 

「いやいやヘスティア。だからこそシオン君じゃないか。神を容赦なく斬る人間だぞ?」

 

「安心してください。余計なことをしなければ、安全は保障します。例えば、本当のことを言わなかったり、ね」

 

「こわっ、シオン君がいつもより怖ぃっ」

 

 保険をかけて、話が円滑(えんかつ)に進むことを期待しながら、話をそのまま進める。

 

「で、まずは話したいことを話して良いですよ。私の聞きたいことを含めて」

 

「無理っぽくね?」

 

「ア?」

 

「わ、わかった。話せばいいんだろう? 話すから、刀に手を掛けるのは止めてくれ」

 

 牽制程度の圧と行動は見た目通り効果は()()ようだ。軽薄な笑みを絶やさないのがその証拠といえようか。ただし、女神様の方はどうやら効果抜群の様で、とても御しやすそうだ。

 

「ボクたちが態々ここまで来たのは、ベル君が心配だったからさ」

 

「ベル? これまたどう―――あぁなるほど」

 

 言わんとしていることはそれで大方読めた。

 ベルは中層で決死行に挑んだ、でもそれは予定にもない異常事態(イレギュラー)があったため。ヘスティア様にベルが約束していた期日になっても帰ってこなかったこと、それを心配したのだろう。

 それだけで来られるのは迷惑極まりないことなのだが、心配性の一言で片づけられそうだ。

 

 どうせ、冒険者依頼(クエスト)でも発行して、それに知己の仲である【タケミカヅチ・ファミリア】が協力し、面白そうだとかいう理由で神ヘルメスが参加したのだろう。それに付き添う形となったのがアスフィさんか。本当に苦労者だ。顔を隠したエルフことリューさんは、正直理由は不明だが、あとで本人から聴かせてもらうことにしよう。

 

「じゃ、ヘスティア様はもう様済みなのでベルと親睦を深めてきて良いですよ」

 

「え、でも……」

 

「はぁ……早く行ってください。正直邪魔ですし」

 

「酷いっ⁉ わ、わかったよ、この場に居なければいいんだね……」

 

「えぇ、邪魔ですし」

 

「二回言う⁉」

 

 驚き仰け反り、文句を挙げるヘスティア様を手で払い、渋々の様子で明るい方向へ向かう彼女を見ながら、すっと手を伸ばし、柔らかく掴む。

 

「げっ」

 

「逃がしませんよ?」

 

 『抜き足差し足』、間抜けにもそう呟きながら逃げていく彼を逃がさない。

 疚しいこと隠したいことがある証拠。判りやすいが懸命だ。でも意味はない。

 

「じゃ、洗いざらい吐いてもらいましょうか。貴方の思惑とやらを」

 

「はははっ、よく気づいたね」

 

「じゃなか殆ど他人の貴方が私たちの為に犯罪を犯す意味は無いでしょうに」

 

「あれあれ? 『バレなきゃ犯罪じゃない』って知らない?」

 

「バレてるから犯罪だって言ってるんだよ」 

 

 神威を隠そうと努めているようだが、隠しきれてない。

 間近で色濃く良く感じる、離れていても判りやすかった。こいつら神の気配は人間のそれとは異なり文字通りの格が違う、(しゃく)なのだが。 

 どうせギルドの管理者、神ウラノスとやらも感づいているはずだ。そうでなければ管理者とは名ばかりのものとなる。そこまで落ちぶれてはいないだろう。

 

「仕方ない、か。君には本当に話したくないんだけど、流石に天界に戻るのは御免だしさ」

 

「でしょうね、それと、余計な前置き入りませんから」

 

 本題だけで十分だ。あとはそこから探ればいい。

 それに、前置きをされると余計に情報が混乱しそうで、それは面倒だし。

 

「じゃあ、率直にいおうか―――――未来の英雄を見に来た」

 

「!」

 

 久しぶりに、虚を突く驚きによって心が揺すられた気がした。

 

 

 

 



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発覚、それは事実

  今回の一言
 因みに私が二番目に好きなのがリューさんだ。

では、どうぞ


 

 おぃおぃマジかよ……

 

 声に出せず、口の中でそう驚きを隠す。いや、隠しきれずに表情に現れているかもしれない。

 それほどまでに、今の発言は重要性を秘め、言外に多くを告げた。

 

『未来の英雄』

 

 直接的に捉えれば『ふーん』くらいで済みそうだが、私にとってはそうも取れない。

 誰を、とは言ってないが、それは明らかなことだ。

 だからこそ、捨て措けることではないし、浮かび来る疑問は止められない。

 何故そう言い切れる? 何故判る?

 何故お祖父さんと同じことを語る?

 何故知っている?

 

 溢れ出んばかりに次第に増えていく疑問の嵐、錯綜して暴れ舞わり、脳の処理能力をそれだけで超してしまいそうだ。

 訪れるくらっとする目眩、ついに限界まで達したようだ。数瞬の間にその疑問全てを相手していたのだ、それではオーバーヒートもすぐに迎えてしまう。

 

「――――あぁ、出る答えが全部、最悪だ」

 

 それでも答えは出た。全部最悪で、限りなく高いだけの可能性の域を超えてくれないが。

 可能性全て問いただすことはできようもない。端からその気なども無い。

 だからただ一つ、本当ならば、最も危惧すべき可能性。それを聞く。

 

「一つだけ聞きましょう。貴方……お祖父さんと――神ゼウスと知り合いですね」

 

「わぉ、すごいねぇ、今のだけで判っちゃうかぁ」

 

 最悪の可能性はこれである。神ヘルメスが、お祖父さんの知己であること。

 さらに加えれば。ベルと私について、ありとあらゆることを聞いている可能性。

 そして、今も尚その関係が続いている可能性。

 

 英雄なんて普通、神は定めたりしない。娯楽を求める神にとって、それは自分の楽しみを減らす愚行でしかないのだから。

 何故なら、その期待はあえなく散ってしまうから。期待して、結局は空振りに終わり、損をするのは自分。そうやって神は期待していると豪語しながら、心ではそれを(あざけ)る程全く期待などしていないのが事実なのだ。

 大半の場合は。 

 つまり、必然的に限られるのは、そうと確信している時のみ。期待しても損をしないと、期待する意味も価値もあると気づけている時。

 そこから絞れてくるのだ、段々と。

 

 だが、それだけで最悪の可能性と呼ぶのは浅はかと思うだろうか。でもそんなことは無いのだ。

 お祖父さん(神ゼウス)と知り合いということ、そして今の発言から、眼前のこの神は何かしらを聞かされていると言うこと。それが、ベルと言う可能性の塊のことか、将又私と言う異常(イレギュラー)の塊についてか。

 どちらにしろ、危うい。この神は私たちにとっての天敵となりゆる。

 

「その通り、といってもこれは口外禁止のことなんだけどね。アスフィも知らないよ」

 

「それは良かった。アスフィさんまで殺す破目になるところでしたよ」

 

「おっと、それは俺を殺すと言う事かな? あんまりそれはおススメしないかな。少なくとも、ダンジョンの中では」

 

「どういうこ――――」

 

 そこでふと、ある結論に瞬時で到達した。

 【神の力(アルカナム)】、それは神々が持ちし絶対の権限()。下界に降りるに至って、封じた全能の力であり、神であることの第一条件。

 神を殺す、とは言ったが、そこには少しの齟齬(そご)があり、意味としては『神を下界から消す』ということだ。その際利用するのが【神の力】。一回殺して防衛本能的に発動させることにより、強制的に天界へ送還させる下界では知られる禁忌だ。

 

 そして、ここで関わるのはダンジョン。

 七・八年前、ダンジョンで【神の力】を解放した者がいたそう。その時に起きたことは異常事態(イレギュラー)。確か、ミイシャさんは【迷宮の怒り】と言っていた。 

 十二階層のことで、その際に現れたのが中層の竜種モンスター。詳しく何かまでは調べられなかったらしいが、『ヴィーヴル』か『ワイバーン』、『騎龍狂戦士(ドラグーン)』といったところだろう。

 詳しく知らなくとも、ここまでで判る。その層では存在し得るはずの無い強敵が産まれると言うことだ。

 

 その程度簡単に倒せる。そんな安直な考えは今は無理だ。なにせ、そうはできない人々がここには沢山いる。勝手に他人が死に逝く分にはご愁傷様で終わるが、知人が、家族が死んでしまったら、それはもう想像に難くない。

 

「―――あぁくっそ、地上に帰ったら絶対殺す」

 

「というか、何で殺されることのなってるのか、俺には全然分からないんだけど……そのあたりの説明、お願いできない?」

 

「危険分子は早いうちに消せ、常識でしょう?」

 

「わぁお、それはそうだ。でも、その判断は早すぎやしないかい?」

 

「さて、それはどうでしょうね。貴方が私に(もたら)すのは無益なことばかりだと、そう考えるのは仕方のないことでは?」

 

 私とて、少しでも価値があるのなら即決で殺すなんて結論には至らないのだが、どう考えてもこの食えない神は有益なことをはぐらかし、無益なことは簡単に教えそうな性質(たち)に見える。情報操作が上手いというか、人を騙すことに長けていそうで信用などできようもないのだ。

 

「そうだね、それは俺が悪かったよ―――でも、俺が君に与えるのは、有益なことだけだぜ?」

 

「ハッ、詐欺師の臭いがプンプンするね。臭い臭い、腹黒い神の臭さも混じってあぁ気持ち悪っ」

 

「そこまで言わなくてもよくないかい⁉ てか腹黒い神の臭いってなんだよそれ」

 

「貴方の臭いですよ。自分の体臭気付いてる? 香水臭くて気持ち悪いよ?」

 

「え、マジ?」

 

 といったら香水の臭い=腹黒い神の臭いになりそうだが、そこにこの優男の元の体臭も混ざって、香水の臭い+神ヘルメスの体臭=腹黒い神の臭い、ということになっているのだ。

 割とここに拘っているのか、将又人一倍気にしているのか、本気な顔で問いかけて来るが、それに答えてやる義理も無く、早速質問を掛ける。

 

「で、臭い神ヘルメスよ。我が質問に答えたまえ」

 

「ちょとぉ、何でそっちが神みたいになってるわけ? おかしくない?」

 

「可笑しくない。さて、聞きますけど、ベルを見てどうする気ですか?」

 

「なぁに、少しばかり援護をするだけさ。余計なことはしないよ」

 

 意味深なその発言は判りやすいまでに裏をちらつかせる。大方なにか仕掛ける気なのだろうか。度が過ぎれば警告するが、多少のことならまぁいいだろう。

 それを余計なことと捉えていないのは、絶対必要なことだと本気で信じているからか。厄介極まりない、本当に面倒だ。

 

「はぁ、あ、そうそう。最後に言っておきますね」

 

 一つ溜め息を吐き、念のためにと、今後役立たせるために、一応の布石を打つ。

 

「理不尽なこと言いますけど、私が貴方たちへ情報提供を願ったら、絶対的な優先度として情報を提供すること。勿論、対価は無しで」

 

 これで、情報をミイシャさん以上の密度で手に入れられる。それに、お祖父さんの情報も、希望薄だがアリアの情報も、得られる可能性が少しは増えるだろうし。

 それに、これでこの神を生かす最大限の利益となる。

 

「それは……随分と酷なこというもんだねぇ。で、それに俺たちが従う意味は?」

 

「滅びるか生きるか、二つに一つですよ」

 

「こりゃ参った。―――アスフィに相談していい?」

 

「どうせ答えは『はい』の一択だけですし、別にいいですよ」

 

 強制的なことだが、彼女とて滅ぶことは望むまい。もし断ったら直談判だ。

 

「んじゃ、今後ともよろしく頼みますよ、神ヘルメス」

 

「ははは、こちらとしてはあんまり望ましくないことかな」

 

「でも従った方が良いことありますよ」

 

「それが解ってるから何も言い返せないんだよなぁ」

 

 神ヘルメスとて。私との繋がりは持っておいた方が良いと気づいているのだ。ご執心のベルについても何かしら接触が図れるだろうし、果てには私の情報も探れるだろうとか踏んでいそう。 

 可能性はちらつかせて、結局取らせないのが私のやり方なのだが。

 

「シオン君、君ホント性格最悪だね」

 

「それはそれは、私の二つ名を見れば分かり切ったことでは無いですか」

 

 皮肉を投げかけられても何ら気にせず軽口を投げ、そのまま振り返って去り行く。

 苦笑する声が空しく耳へ届いたが、あえて気にせず戻る。

 

 そのとき感じた重圧と、瞬次(しゅんじ)に届いたひび割れる音は、何かと気にもすることがなく。

 

 

   * * *

 

 戻って訪れたのは、意外なことにも静けさだった。

 相も変わらずキャンプ地は騒がしいが、一方で私の周辺はやけに静けさを保っている。

 今頃フィンさんの居る天幕では会議でも行われていそうだが、それに参加すると事をややこしくしそうだから無視して木の下独りでいた。そうしたらこの有様だ。居心地はとてもいいし、何やらざわついている心を落ち着かせるには丁度良い機会だろう。

 

 ゆっくりと背から地と挨拶し、だらりと抜けてしまった力を再度入れる気にもならず、刻一刻と(いざな)われているのは眠りへの道筋か。 

 それに抵抗する気も無く、ただその時を待ちながら、残光が微かに舞い踊り、淡く燐光(りんこう)が纏わり薄い光で楽園を灯す(そら)を眺めて、一息を吐く。

 下がっていく重くなる瞼は、抗われることなどなく素直に下りることが出来た。

 

 静かに独り、眠りへと入る。

 

 ゆったりと、だらしない格好で眠る彼の元に落ち着いた足取りで音なく現れたのは、覆面の妖精。その妖精ははっと息を呑むと、逡巡(しゅんじゅん)の末、彼の隣へ腰を下ろし、慎重に横たわって、彼の腕に頭を乗せた。更に身を(よじ)らせると、横から抱き着くように彼をそっと包み込む。

 

「―――あったかぃ……」

 

 不覚にもそう呟くのは妖精。温もりを感じて、温もりを与えて、ただそれを気づかれることはなんだか怖くて、頑固で真面目で、自分に正直でいられない妖精が呟いた、空しく散る一言。

 

 ふと視界に入ったのは、自分を高鳴らせ、胸を熱くさせる人。気づいたらどこかに行っていた、十八階層(ここ)で偶然遇えた、常に私の思考のどこかに居続ける忘れられない人。

 彼は眠っていた。寝息を立てることなく、音も無しに、簡単に見逃してしまいそうなほど儚いと幻想する彼を、偶々見つけられたことを嬉しく思える。

 気づいた時には動いていた。知らないうちに彼の元へ着き、私の意思と関係なく、いや、私の想いのままに私は動いていた。彼の腕を枕にして、彼にそっと抱き着く。『添い寝』といったか、このような行為は。自分とは無縁の―――――

 

 

――――待て、何故私がこんなことをしている。

 

 あぁそうか、そうだ。私は野晒(のざら)しとなっている彼を温めようとしているのだ。彼がこの程度で体調を崩したりはしないだろうと思うが、そこに他意はない。断じて、下心などはないはずだ。

 私はそんなことをしていい人間では無いのだ。私は何も望んでも、欲してももいけない。一度死んだも同然の私は、ただ恩に報いていればいいのだ。強き者に憧れ、それが変わってしまった気持ちなど、私が知っていいものなどでは無いのだ。

 

 でも、無意識に漏れ出た一言。その言葉を自分で発しておきながら、心底嫌気が差してしまった。  

 底冷えしていく心情、心傷(しんしょう)からぶり返した自分への戒め。 

 それが全てどうしてか、氷が水に変わっていくかのように、安らかに心は温められていく。心が冷え、感情全てを殺すことが、何故かできない。

 

 それもこれも全て、彼の所為(お陰)か。

 

 覆面の下に浮かんだその変化は、誰かに気づかれたのだろうか。

 本人さえもそれは、気づくことのない変化だった。

  

 ゆるりと変わるその相好は、ふとした拍子に消えそうなほど、小さきものだった。

  

   

   * * *

 

 どうしよ、これ。

 

 眼前に広がる光景を説明しよう。そうすれば解決策が見つかるかもしれないし。

 

 大木の下に一見すると女性二人、でも実際は男女一名ずつ。その二人はぐっすりと眠っている。片や心音すら聞き取れないほど浅い無音と言えるまでに静けさを誇り、片やいけしゃあしゃあと彼に抱き着き、さぞかし心地良いだろう。実際彼女もそう感じているのか、雰囲気が柔らかかった。

 

 その彼女とは、女性であった。

 顔は(うず)めている所為で拝めないが、服の上からでもわかるしなやかな曲線美。特に肢体、中でも脚はわたしを上回ってはいないだろうか。それほどまでの美しさは、女性であることを主張する。

 それが、倍にわたしを怒らせた。

 

 冷静に考えろ。いや、そんなことするまでもなかったではないか。

 邪魔者は、もういらない。たった一人だけでも辛いのに。

 

「【這い迫る無音の消滅】【存在消失(バニシング)】」

 

 即興で作り出した詠唱文と魔法。

 光を基本として、それを利用した構造解析と解明。そこからの一点一点、細胞レベルで焼き殺し、分解する。

 完全に消し去る魔法、すぐに作り出したにしては上出来と言えよう。

 

「よっ」

 

 だが、その魔法は、効果を見ることなく消えた。

 突然起き上がった彼が私の魔法を魔力だけで構造破壊を引き起こし、事象を書き換えられてしまったせいで、起きたのは薄く風が通るという小さな干渉のみ。

 即興が仇となった。魔法式の組み立てだけをして、そこを隠す偽装式(コーティング)を組み込んでいなかったのだ。その所為で瞬時に系統を見破られて、隙間を縫って書き換えられた。

 

「……さて、起きて早々ですけど、どういう事でしょうかね。この魔法、下手すれば世界そのものを消せますよ」

 

 鋭い目つきで、震えるほどの殺意を容赦なく向けて、彼は、シオンは私に驚きを思わず隠せない内容を含んでそう聞いてきた。

 

「えぇ⁉ そんなことできるの⁉ いや、そこはとりあえず措いといて。魔法行使の理由だけど、今シオンが抱いているその人が原因。ムカついた」

 

「は? 抱くって――――あっ」

 

「ん……んぅ」

 

 シオンは無意識だったらしい。立ち上がっている今、まるで王子様がお姫様を助けている時のように、シオンはエルフの女を抱き込んでいたのだ。だがそれに気づき、且つエルフの女が起きそうになって思わず離す―――かと思いきや、ゆっくりと地面へと横たわらせた。

 そしてその姿勢は、『膝まくら』。

 

「…………シオン?」

 

「はい、そうですよ。あと、できれば現状に至る理由を述べて頂けると有難いです」

 

「現状? それはどうい――――――ぁ」

 

 正常は判断ができる思考を取り戻したのか、今の状態、そして今までの行いを振り返れたらしい。面白いくらいに白い肌が真っ赤に染め上がっていき、忙しなく落ち着きがなくなる。

 一気に跳び上がったかと思うと、シオンから距離を取って、わなわな震えながら表情そのまま手を止めどなく動かして気を発散しようとしていた。

 

「どうしたのですか?」

 

「いえっ! あの、その、こ、ここここれは私が意図してしたわけでは無く勝手に体が動いて……ではなくて! あぁあああの、その、えっと、ごごごごめんなさぁぁぁぁいっ!」

 

「ありゃ」

 

 気にもしていないかのように落ち着いたシオンがエルフの女に問うと、慌てふためき正常な判断すらできなくなったのか、一目散に脱兎(だっと)の如く森の奥へと姿を消した。

 それを目線だけで送ると向き直り、私にシオンが再度問うてきた。

 

「で、結局何しに来たのですか?」

 

「あぁ! そうだ忘れてた! 助けてシオン、お願い!」

 

「はぃ?」

 

 シオンを探してここへ来たことを思い出し、同時にその理由も思い出す。瞬間襲った身震いに竦みかけたが堪えて、誠心誠意、情けないことにお願いしたのだった。

 

  

 

 

  

 

 



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伏線、それは発覚

  今回の一言
 タイトルに拘りがある訳じゃないから、そろそろ変えたいと思っている私です。

では、どうぞ


 

「で、突然連れてこられたのですが、助教説明頼めます?」

 

「うんうん! いいよ!」

 

 ティアに袖を引っ張られ、されるがままに連れられたのがとある天幕。何も分からないまま『ごめんね……』と一言投げ捨てられると、そそくさと逃げ去ってしまった。

 普通に入れ、と言う事だろうかと想像をつけ、念のために気配を探った後に無音で入る。

 中にはやはり、アマゾネスのヒリュテ姉妹、ハーフドワーフの椿(ツバキ)さん、レフィーヤ、アキさん。ナルヴィさん、アリシアさんなどなど、見覚えのある顔ぶれ。だが一様にして何やら考え込んでおり、敵意も害意(がいい)も全く出していない無音の私には気づいて無い様で、そこはかとなく真剣(面白そう)な雰囲気を漂わせていたので、ぶち壊して(驚かせて)全員に総攻撃されたのはついさっきことだ。

 

 もちろん、完全無力化を終えた後が今の状態であるが。

 

 それで、結局何も分からないため全員起こし、妙に(にら)まれながらも白を切って話しかけた相手がティオナさん。一番気にしてなさそうだし、いかにも馬鹿な彼女なら御しやすそうだからだ。

 

「私たちねー、『アリア』って精霊()のことを知りたいんだー」

 

「――――ッ」

 

 予想外に出てきた彼女(アリア)の名前。知っている(はず)のないその名。 

 

―――いや、彼女らに知る手立てはあった。

 

 アイズからでも、将又ティアでも【ロキ・ファミリア】首脳陣でもなく、あの場でその名を聞いたであろうエルフ――――レフィーヤからなら。

 アイズ大好きレフィーヤのことだ。大方、『アイズさんの助けになりたい!』とか粋がって、ここにいる人たちに協力を仰いだに違いない。

 面倒なことをしてくれる。

 

「――――続きをどうぞ」

 

「うん! でねでねー、まずは鍛冶師(スミス)の人に聞いたんだけどさー、何かわかんなくって、次にアルゴノゥト君に聞いたんだけど逃げられちゃって、本物の精霊がいることも思い出して、その子にも聞いたんだけど、なんにも答えなくってさー」

 

 あぁなるほど、ティアが逃げてきた理由が理解できる。

 教えて教えてとせがまれて、果てには(おど)しでもされたのだろうか。なんと可哀相(かわいそう)なティア。でも偉いぞ、アリアのことを口外しなかったのは上出来だ。

 と、心の中では褒めるものの、本人に伝える気など、今この状況になっている時点で毛頭ない。

 

「で、その子が『もう許して! こんなのいやぁ、知ってる人を連れて来るから許してぇ』って泣きだしちゃってさぁ」

 

 ティアを泣かせたことが無性に怒りを呼び寄せたが、それをティアへ『売りやがったな』と憤慨を向けることによって散らす。

 表情を務めて無にし、ただ話を聞く姿勢を保った。

 

「さすがに泣かせる気は無かったし、知ってる人を連れて来てくれるらしいから解放してあげたんだけど……まさか『イレギュラー』君だとは思わなかったなー」

 

 それはそうだろう。そもそも彼女と私はかかわりが薄くて、(ろく)に話も――――って

 

「イレギュラー君? 何ですかそれ」

 

「え、そんなの――――――――――――――――なんでぇ⁉」

「――――――ティオネさん、答えて頂けますか?」

 

「え、あたし?」

 

「えぇ、今までの内容を聞く限り、明らかにティオネさんの方が説明は適任かと」

 

 途中で遮って行ってしまった事に心中謝罪しつつ、反省する気は全くない。

 彼女(ティオナ)さんの語彙力は壊滅的だと今わかった。感情と感覚で説明してしまう基本おちゃらけな人だと目に見えてわかった。天真爛漫(らんまん)なのは良いが、本当に元気だけでは困りもの。努めて冷静でいると判るティオネさんの方が説明してもらう分には全然良いのだ。

 

「あ、えーと、『イレギュラー』って言うのはまず君のことで、何故そう呼ぶかというのは、まぁ大本はロキでしょうね。ロキが君のこと、偶にそう呼んでるのよ。それをこの子が聞いちゃって、そっちで憶えちゃったのよ」

 

「あぁなるほど」

 

 知ったところでどうこうという話では無いのだが、できればそちらよりかは二つ名で呼ばれた方が気分的に良い。イレギュラーよりサイコパスのほうがカッコいいし。

 

「じゃ、私が答えたから、今度はこっちから()くけど――――知ってること全部話して」

 

「お断りします」

 

 即答。取り繕う気も偽る気も更々なく、鰾膠(にべ)もない切り捨て。

 アリアについて彼女らに語ることなど一切ない。確かに、私は彼女についていろいろ知っている。アイズの記憶も偶然ながら覗いてしまっているため、恐らくその情報量はアイズを超しているだろう。 

 だが、教えてやる気は無い。

 彼女らはアイズのこの事情については部外者同然。アリアについてアイズに聞かず、私に聞いている時点でもうダウト。私から話す事など、語ることなど一片たりとも存在しない。

 

「なんで、話そうとしないの?」

 

「さぁ、自分で考えてみてはどうでしょう? 家族同然と(うた)うにも関わらず、その家族について(ろく)に知らないティオネさん」

 

 言いながら、中々意地の悪いことを言っていると自覚する。家族だからと言ってすべて話す事はないだろうし、知っていることも多いとは限らない。アイズについては最もで、好き好んで話したりはしないだろう。

 『チッ』と殺意の視線混じりに苛立ちを顕わにする舌打ち。私のそれに取り合う気のない態度はよっぽど腹に据えかねたのだろう。(なだ)めている方々は必死だ。

 

 ちょんちょんと、肩に突かれるような感触。それは少し伸びた爪が刺さるくすぐったさ。

 直ぐにわかる、それはアキさんのものだ。横からのその感触に、主の居る方向を見るとニコニコと嫌な予感が漂う笑顔を浮かべる彼女が。

 

「ねぇセア」

 

「ぐはっ」

 

 一発キツイ言葉のストレートをかまして来た。

 

「銀髪金眼嫉妬するくらい美少女のセア、何で答えてくれないの?」

 

「ア、アキさん? あの、その……意図した精神口撃(こうげき)はよろしくないかと……」

 

「黙って答える。あ、それだと答えられないか。とりあえず、さっさと答えなさい」

 

 私の意見など知らぬことかとばかり、容赦なく切り捨て詰め寄って来る。そこにはものを言わせぬ圧があり、ついついと逃げ腰になってしまうのは半ば意識的な行為だ。

 

「……こ、こちらにも人生を賭ける程の理由がありまして……」

 

「だから、それを応えて欲しいの。正当なものだったら納得して諦めるから」

 

 本当にこのあたりは彼女らしい。まんまと主導権を握られてしまった。不思議と勝てないこの立場関係はどうにかできないのだろうか。

 だとしても、馬鹿正直に答える訳にはいかない。それくらいは対抗できるのがまだ救いと言えようか。

 理由を全て語ればそこから読まれてしまう。しかし限定的に限りなく絞ったら確実に納得など得られようも無いだろう。とても彼女の言う正当な回答までに辿り着かない。

 

 天幕内がしんと静まり返る。その中妙に落ち着きのない彼女のしっぽをぼんやりと眺め、漸く彼女らに返す言葉を決めた。

 

「――――過去は遠く離れても深く根へ残る。未来はそれを、余韻となって自らを(むしば)む恐怖へと変貌させる。すべきことは、その余韻を消すか、受け入れる。それすなわち、真実への導なり」

 

『――――は?』

 

 自分でも、よくこんなことがいえたものだ、と少しばかりの感心を抱く。

 呆けた面を(さら)す面々に見切りをつけて立ち上がり、素知らぬ顔で何事も無かったかのように天幕を後にした。

 

 狂言じみた内容だ。あれで伝わらなくてもいいし、伝わったならそれでもいい。

 あれが最大限のぼやかしであり、最低限の拝領といえようか。言わずに撤退(てったい)しなかったことを褒めてもらいたいくらいだ。

 

「それでは、その意味でも考えていてくださいな。私はもう去らせていただきます」

 

「あ、ちょ―――――」

 

 アキさんに呼び止められたが、あれ以上ここに居たら何されるか分かったものでは無いし、空気も雰囲気も悪い。長居は御免だ。

 無音と言う超音速でもう視認不能だろう。Lv.5三人は(かす)れる程度には捉えられていただろうが、瞬時に追われることはあるまい。

 

「ふぅ、流石に、聞く内容が悪かったですね」

 

 アリアについて語ることはない。彼女はそう簡単に言いふらして良い存在でもないのだ。

 それは私の秘密に直結し、必ずアイズの秘密に直結するのだから尚更。

 彼女らがアリアについて知らないのなら、アイズが話していないのは自明の理。ならばアイズは知られたくも無いのだろう。アイズの過去は、とても他人(ひと)様に語れるような面白いものでは無い。

 それを私も知っている。なら私から話すのは筋違いだ。

 

「といっても、アキさんたちがアイズに直接聞かない時点で、どうなのでしょうかね」

 

 もしかしたら聞いているのかもしれないが、知ってないのなら変わりない。

 一ついろいろな意を込めて溜め息を吐き、疲れの堪り切った体を休めようと、人が絶対的に少ない、森の奥深くへと潜る。

 ここなら、安心して眠れるだろうから。

 

 

 また溜め息を大きく吐く彼。安寧を願い森へと潜もうとするのに、その森が最も危険分子を含んでいると知らないながら。

 

 

   * * *

 

 ゆっくりと、視界を取り戻した。

 木漏れ日がそよそよと通り抜ける風に乗せられ揺れ動き、微かにぼやける温かみのある光景。森の中でも一際大きな木の下、安眠を味わい存分に癒えた体は動かさなくても判る程軽い。

 幹に軽く掛けていた背を起こし、天に向けて組んだ手を高々と掲げ、軽く伸ばし解す体。ちょっと軽く動かして、問題なく動かせるようにする。

 

「……『朝』に起きるつもりでしたが、それだけ疲れていたと言う事でしょうか」

 

 今は天井の光量から見積もって、『昼』に近づこうという頃合いか。溜まりに(たま)っていたのだろう、体が半ば悲鳴を上げていた。アイズに抱擁(ほうよう)されながら寝ただけでは、精神的な疲れは払拭(ふっしょく)できたものの、肉体的疲労はどうにも無理だったようだ。 

 だが別に後に控えている予定といっても最近でも明日のこと、今日は何もない空白の日だ。数刻ほど寝坊しても何ら問題ない。

 

「さて、鍛錬でもしますかね」

 

『待って、その前にこの臭いをどうにかして頂戴。今の今まで言えなかったけど、とてもいいタイミングだわ。さっさと洗って』

 

 そこでふと突然、淡く熱が文字通り心中から伝わり、何故か命令をされる始末。

 久々に話しかけて来たかと思ったが、開口一番これだ。あまりに酷くは無いだろうか。それに、臭いとは一体何のことだろうか。洗うと言うことだし、体臭とかそう言ったものか。

 

『当たらずとも遠からず。貴方の体臭であって、それは貴女の体臭よ。この刀―――『一閃』があの日から一層血(なまぐさ)くなったのよ。さっさと洗ってちょうだい、今まで我慢するしかない状況だったけど、今はもう問題なくなったから言わせてもらうわ』

 

『いやちょっと待ってください。『一閃』が臭くなった? 正直意味不明ですよ。それに、心の中にある実体のないものをどうやって洗うのですか。無理言わないでください』

 

 アリアが示せる『一閃』といえば、心の中にある黒い瘴気(しょうき)に近い(ナニカ)を漂わせる純黒の

『一閃』。臭いとはその瘴気に臭いでも()いたのだろうか。

 あれはアリア曰く、私の吸血鬼化後の肉体を情報化して、一度解いたとしても次の吸血鬼化で肉体を全く別のナニカに変わらないように記憶しているのが『一閃』らしい。

 つまりはあれか、情報から臭いが出たと言う事か。面白い話だ。

 

『こちらとしては全然面白くないのだけれどねっ』

 

『ごめんなさいね。でも、実際そうでしょう? それに、洗えと言いましたが、再度いいますけど私にその術はありませんよ?』

 

『あるわよ。ただ吸血鬼化してそっちで洗ってくれればいいわ。暴れなければいくらでも吸血鬼化はできるのだから』

 

 と簡単に告げてしまう。以外にもそれだけでその臭いとやらは無くなるらしい。私自体に直接的な害はないのだが、彼女の機嫌を損ねるのはあまりよろしくないし、従っておいた方がとりあえず吉だ。

 

『仕方ないですね……水浴び程度となりますけど、別にいいですよね』

 

『えぇ、とりあえず念入りに洗ってくれればそれで構わないわ』

 

 どっちにしろ、十八階層のここでは水しか使いようがないのだが、断られたら地上まで待てと言うしかなくなる。それを彼女も判っているのだろう。せめても念入りには洗ってあげようか。

 幸いここは森の奥深く。吸血鬼化を見られることは無いだろうし、人目を気にする必要はない。吸血鬼化すると、一見美人な人型モンスターと何ら変わりないのだから、見つかり誰かに攻撃される可能性も無きにしも非ず。()られる心配は皆無だが、こちらが殺してしまう可能性は高い。

 

人気(ひとけ)も無いですし、ここ辺りが丁度良さそうですね」

 

 奥深くに聞こえた水温と辿り、辿り着いたのは手前と奥の二段に分かれた小さな滝がある湖。木々が生い茂り、草花も多い。遠くからも見られる可能性はない。

 一つ頷き、念のためにと上段へ上がり、装備を外し、刀を抜い―――――

 

『―――私、刀を水に意図して浸けるのは抵抗があるのですが』

 

『あら? 言ってなかったかしら。別に刀が無くても、吸血鬼化はできるわよ?』

 

『聞いたことも無い驚くべき事実ですよ……で、どうやるのですか?』

 

 まさかこんな事実があるとは思いもよらなかったが、事実があっても方法を知らなければ何の意味も無くなってしまう。だがその方法は不思議なことにアリアが知っているだろうし、事実がゴミになる心配はいらない。

 

『簡単よ? 強く吸血鬼化後の肉体を思い浮かべるだけ。後は集中力ね、なんとかそのイメージを保ち続けて肉体を維持するの。単純なことしか無いわ』

 

『結構な難題だなおい』

 

 肉体を思い浮かべるのは容易だが、それを一変たりとも変えずに保ち続けるのはかなりキツイ。しかも念入りに洗いながらと来たのだから、簡単なのは言葉で説明するだけで実際は全く違う。

 

「ま、やってみますか」

 

 とりあえずさっさと全裸になり、湖の中心に立つ。

 息を吐いて目を(つむ)り、ただただ強く思い浮かべた。

 

 くすんだ黒の長髪、それには点々と黒ずんだ赤色が染みついていて、碌に洗われて無い不清潔感がしみじみと感じとれるが、尚も輝きを失うことはなく、大きく存在感を放ち続ける。

 頭には小さな角。髪を分けて生えている髪色と似た漆黒のそれは、左右一対計二角の前頭部と頭頂部の間に存在し、見えにくいのだが異様に何故か目立つ。

 冷酷な(ひとみ)は自分でさえも何を見ているのかわからなくなる時があり、ただ判るのは血塗れた光景を嬉々として受け入れるということ。

 顔の造形は自分で言うのもなんだが、美の神にすら引けを取らないだろう。『極東美人』というのが合っていそうな顔立ちで、だがその肌は白に限りなく近い。

 今の自分より頭一つ分程小さい身長。すらっとした体型に、全体的にほっそりとしているのにも関わらず、そこから漲る力、溢れ出んばかりに凄まじい地力は見た目から判断してはいけない。自分でも驚くほどのものなのだから。

 一際目立つのがこの双丘。ヘスティア様といい勝負をするそれは戦闘には途轍もなく邪魔で仕方ないのだが、外見の美しさで言えば大きな助力をしてくれる。形も張りも凄いのだから。

 筋骨隆々などではなく、ガリガリと言う訳では無い。もっちりサラサラの肌は筋肉を目立たせるわけでは無く、ただ見ただけでは普通の女性と変わらないくらいだ。

 バランスが完璧とまでは言わないがよく整っていて、よく馴染んだ心地の良い肉体。絶対に手放したくなどない、もう一人の私。

 

『あ、そうそう。イメージが終ったら、それを自分だと思うことがポイントよ』

 

 すらっと意識の間を縫って届く声に従い、そのイメージを転写するかのように想像する。

 人物像から浮かび上がらせた肉体は現実へ顕現する――――

 

―――――ダメダ、変化するイメージが現実的にならない。

 

 なら非現実的なものを利用するまでだ。

 魔力で心中にある肉体構造の情報とイメージを照合させて、魔法円(マジック・サークル)を顕現させよう。その魔法円(マジック・サークル)(もたら)す効果は、『通過させたものの情報を登録情報へと転写して、肉体構造を組み換える』。魔法式を創造上の魔法円(マジック・サークル)へと書き込み、構築する。

 これは変化の魔法だ。集中力を保ち続ける間はその状態を保てる魔法。

 

「【変化(トレース)―――開始(スタート)】」

 

 意味だけを持つ言葉を発して、工程のイメージをより強くする。

 

「―――――ッ」

 

 一瞬にも満たない刹那の出来事だった。

 全てを脳内の処理能力で補った所為で、激しい頭痛と眩暈(めまい)に見舞われ、次第には体異常がアホみたいに訪れる。

 内部から塗り替えられるような異常な違和感。目を閉じていたことが幸いしたか、感覚が揺らぎ平衡感覚・方向感覚を失ったのはその後一瞬。開けていたらその他にも味わうことになっただろう。

 

――――集中力を途切れさせるわけにはいかず、意地と根性で耐える。

 

「これは……中々キツイですねぇ……」

 

『頑張ってね♪』

 

「はいよっ」

 

 何故ここまで無理をして体を洗う必要があるのかは疑問に思えるが、考えるまでも無く彼女のせいだろう。

 然して深くも無い湖に座り、まずは髪から洗う。

 

「……意外と頑固な……なんで今まで洗わなかったんだか……」

 

 今までの自分の行いに意味も無く悪態を吐いて、それでも尚頑張って洗う。

 いつまでも汚れているのは考えてみればなんだか嫌だ。それに、落ちてない訳では無いのだから、洗い甲斐があるというものだ。

 

 集中集中ひたすら集中。ただただ丁寧に、頑張って自分の汚れを落とす。

 湖が薄く半透明に紅く染まっていくのを見ることも無く、ただただ厄介な汚れと闘い続けていた。

 

 

 

 ぴちゃ

 

 

 

 不覚にも、ここまでの接近を許してしまった程に。

 

 

 

 

 



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嬉々、それは危機

  今回の一言。
 常にアイズとリューさんについて考えてました(下心)。

では、どうぞ


「――――これで大体落ちたかな……」

 

 悪戦苦闘とはまさかだった。髪相手にこれほど手古摺(てこず)るとは、笑えない話である。

 でもよかった。お陰か髪は自分でも驚くほど綺麗な黒髪になっている。吸血鬼の自己修復能力は凄まじいから。本当に、染みた色を落とすだけで輝きを取り戻し艶やかな髪になってくれた。

 うん、と誰が見ても満足げな表情で頷く。といっても、誰かいるはずなど―――――

 

「ひゃっほーぃ!」

 

「―――ッ⁉」

 

 背後からの楽し気な声と大きな水飛沫。振り返る間もなく咄嗟(とっさ)に飛び退()き、愛刀を抜き身で構えた。 

 自分の不覚を認めつつ、動揺などしている暇もなく周囲の気配探知を真っ先に執り行う。

 

―――――その数概ね三十以上。

 

 誰かまで数瞬の内に識別できる余裕はない。集中力をそちらに回すわけにはいかないから。

 どうする、反応していた気配は包囲網を組んでいるようにも思える立ち位置だ。その中でも存在感のある気配がこぞって密集しているのが目先の茂み。――――嫌な予感がする。

 

「だからっ、いきなり飛び込むな馬鹿ティオナ⁉」

 

 その名前とその声、そして現したその姿で誰かが判り、そして今まさに、絶体絶命と言えるレベルのピンチを迎えていると知らされる。

 ティオナさんの名を呼んだのはその姉、ティオネさん。つまりヒリュテ姉妹がここにいると言う訳だ。それが現す可能性として、近くにいる方々が【ロキ・ファミリア】である可能性が有力。

 しかもティオネさんは全裸だ。そしてここは湖。考えられるのは彼女等が水浴びをしに来たと言う可能性。

 

――――結論、ヤバイ。

 

 何をとっても、どう総合しても、結局ヤバイ。何がやばいかと言うと、今まさにこの状況が最もヤバイ。

 

「あら、先客がいたのね。ごめんなさい、私たちも使わせてもらいたいのだけれど、いいかしら?」

 

 その目はまるで、肯定するなら武器を降ろして、と言外に告げているように思えた。

 敵対するのは最悪手だ。私を目撃する輩が増えてしまう。それは避けたい。

 抜き身の『一閃』を鞘に納め、尚も集中も警戒も切らさない。ここでその両方を怠ってしまえば、多くの意味で不味いことになる。

 

「きもちぃー! あ、こんにちグハッ……」

 

「え?」

 

 水中から姿を現したティオナさんがいつものような元気で私に目を向け、挨拶をしようとでもしたのだろうか、だがその言葉は続かずに吐血と共に途切れてしまった。

 理由を解らず(いぶか)し気な視線を向けていると『な、何だアレ……デ、デカい……』と呟いたお陰で何となくわかる。

 

「……まだ、諦めちゃだめですよっ」

 

「グハッ」

 

 つい(あわ)れに思ってしまってにこやかに話しかけると、抑えられるモノが無い胸は大きく弾み、それが更にダメージを与えたらしい。先程よりも酷く吐血した。

 

「あちゃー。この子のコンプレックスだから、仕方ないのよ」

 

「ですね、あはは」

 

 失笑を浮かべてしまう。諦めてはいけないと言ったが、正直希望薄。それ以上の成長はあまり見込めないだろう。ドンマイとしか言いようがなくなりそうだ。

 

「おぉ! これは凄いじゃないか!」

 

「ぐぬぬ……確かにそうですけど……本当に凄いですねっ全くっ」

 

 下段の方からは更に声が聞こえて来る。しかもそれは【ロキ・ファミリア】の団員では無く、別ファミリアの団員と、我が主神の声。

 下段と上段はそれほど差がある訳では無い。少し深めの下段から軽く跳ぶくらいで視界内に入るレベルの差だ。双方簡単に相手方も(うかが)うことが出来る。

 ヒリュテ姉妹は何故かこちらに来たようだが、他の方々は下段の方で水浴びを楽しんでいた。

 流石と言うべきか、その光景は美形ぞろい。中々に良い光景で、絵に納めたら男性を主によく売れるだろうと別の方向(ベクトル)で不埒なことを考えてしまう。

 

「――――――な」

 

 視線を巡らせている中、偶々引き寄せられた人物。いや、それは必然かも知れない。

 もう一つある10M程の滝の近くで水浴びをしている彼女―――アイズを見つけたのは。

 

「――――あ」

 

 私の視線に気づいたのだろうか。背を向けていた彼女が加速された時間の中ゆっくりと見える動きで振り返り、その姿を隠すことなく示し、目があった瞬間間抜けに声を出した。

 

 その状態で固まる二人。その中でも(彼女)は眼前の世界で一・二を争うすんっばらすぃ光景を目にひたすら焼き付けていた。

 でも集中は切らしていないのだから、中々のものだと自分で感心する。

 

「あぶなっ」

 

「―――――ッ⁉」

 

 だが突然、その状態は一転した。

 下段に居たアイズが俯いたかと思うと、私の目ですら霞むほどの速さで移動したのだ。

 右から迫った気配を頼りに手で受け止めると、更に迫った下からのアッパーも掴み止める。

 

「ア、アイズ? いくらなんでも危ないですよ? 私でなければ死んでますよ?」

 

「みた」

 

「へ?」

 

 小さく呟いたその単語らしき言葉の意味がつかめず、呆けた声を出してしまう。

 いけしゃあしゃあとしている私に対し、迫り私を攻撃した人物、アイズは荒い息のままはっと顔を私に見せた。

 ひどく真っ赤に染め上げ、歯を噛みしめ、目に涙を浮かべている彼女の顔を。

 

「私の裸、にゃにも言わずに見た!」

 

「はぃ?」

 

 戸惑っているのか、混乱の様子で噛んですらいるアイズは更に顔を真っ赤にすると、次の瞬間発してはいけない魔法名(コトバ)を発した。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

「ちょ、アイズ⁉」

 

 ティオナさんの声は届いてすらいないのか、ただ一点、私の見つめ続けるアイズ。

 そのまっすぐな目に込められているのは、羞恥の感情。

 いつまでも、そのいつも見せてくれない可愛らしさを(さら)け出す彼女を見ていたいが、周りに迷惑が掛かりそうだし、早々に居なくなるべきだろう。

 

「―――――ッッ!」

 

「じゃ、私は失礼しますね」

 

 一発強い空中回し蹴りで顔面を狙うがそれは腕一本で簡単に防ぎ、一応言葉を残して蹴った後の(あらわ)になった姿勢(絶景)を完全に記憶した後、亜光速で自分の荷物等をかっさらって湖を後にする。

 名残惜しい感は否めないが、まぁ仕方ないだろう。それにいい機会だった。多くの人に目撃されずに済んだのは結果的に良かったことだし。

 

「はぁ……最高過ぎるでしょ……アイズの裸……」

 

 完全なる変態発言。でも本当にそうだった。

 あの肌理細やかな一見病的にまで見える白い肌は舐めまわしたくなる。形の良い二つの小山を手で蹂躙したい。ありとあらゆるところを弄りまわしたい。

 想像するだけでぞくぞくする。でも駄目だ、あの反応を見る限りアイズはまだそれを望んでいない。それほどまでの関係には発展してない訳だ。

 

「次の目標は、アイズとあんなとことできる関係に発展する。よしっ」

 

 変な目標を定め、別の場所へと移動するのだった。

 来た方向から響く轟音と悲鳴は気にすることなく。

 

 

  * * *

 

 きもち……わる……

 集中を切らして自動的に肉体を原型に戻すと、瞬間的の訪れる嫌悪感。

 意識の中で全て行っている所為で、その反動も嫌と言う程感じてしまう。

 逃れることのできない代償。だがこれは、アイズの裸を見れたことを思えばチャラにして良い程度のものだ。いや、お釣りが来てしまうかもしれない。

 

「っはぁ……はぁ……でも……辛いことには、変わりない、ですね……」

 

 胃から込み上げて来る胃液は喉で止まって中途半端と言う最悪を与え、強烈な痛みは全身のありとあらゆるところで熱と混同して襲い掛かる。

 平衡感覚すら失いかけたが、地に手をついて、()いつくばる事だけは避けられた。そんな無様は誰がいなくとも(さら)したくない。

 感覚の入れ替えと言う空白の時間もあったが、それが最も楽だったと言えようか。その後襲った違和感は半端では無いのだが。

 

「とりあえず、着替えますか……」

 

 変化直後の今、全裸だったのだから何か着ている(はず)も無い。

 さっさと取るのは黒の色が少し荒んだ細めの長い布。あの日ぐっすりと気絶していた私にアイズが巻いてくれた眼帯だ。気持ち悪いとでも思われそうだが、今も尚使い続けている。

 染みた血をよく洗っていた所為で、()せて見える白色は、元の色とは程遠くとても純白とは言えない。下着等を忘れず着た後は、上に着るのがその戦闘衣(バトル・クロス)だ。色落ちの激しいそれを着るしかないのは単に着替えがそれしかないから。

 すっかりと肌を隠す長袖長ズボンはサイズがぴったりで肌が(こす)れたりもしない。だが伸縮性と耐久性もちゃんとあるので、本当に戦闘の為だけに作られ、デザインは二の次なのだろう。別に構わないのだが。

 腿にホルスターを巻き付け、腰には対一刀で刀を帯びる。右手には漆黒の手袋をはくと、左の薬指には指輪だ。揃う物は存在しないが、まぁこれは気分的なものが大きい。 

 黒光りする最硬質合成魔伝導金属(ディル・ミスリル)製の靴を履いて、気分転換にホルスターに入れていた眼帯が無くなった時用の長々とした変え布で髪を纏める。後ろから見ると判ると思うが、リボンの形で結んでみたのだが、ポニーテールはやはり『セア』の時限定の方が良いだろうか。

 いや、どうせ数時間程度の気分転換だ。何ら問題ないだろう。

 

「今度こそ……誰もいません、よね?」

 

 自分の探知能力に自信を失いかけているのは、最近よく気づかぬ内に接近されてしまうから。

 だが今回は本当に問題なさそうだ。今からやるのは鍛錬、誰かを巻き込んだら確実に殺す自信がある。一刀一刀が刀に直接触れなくとも、直線上に居れば圧で斬れるか潰れるのどちらかだ。

 他人様を無闇矢(たら)に意味も無く殺す気はない。それは流石に可哀相だから、死ぬ意味ぐらいは与えてやって、せめても苦しめて殺さないと――――

 

―――っと、危ないアブナイ。

 

 これ以上は考えないでおこう。剣に没頭だ。訂正、半分警戒を払いながらだ鍛錬だ。

 始めから全力で行こう。まずはこの邪魔臭い木々を吹き飛ばしてから。

 

 二刀を抜き放ちその場で二回転。たったそれだけで開拓は完了だ。

 漆黒と鈍色の軌跡が残光となって僅かだが見える。跡形も無く破壊して、盛大に響いたであろう轟音はどうしようもない。

 広く(ひら)いた土地は『アイギス』など優に超え、地面を踏みしめる感触も中々良い。流石ダンジョンと言える。いくら破壊しても問題ないのだから加減もいらない全力を出せる。

 後々【ロキ・ファミリア】の方々が挙って来そうだが、その前に終わらせてしまえばよい。

 

―――――一時間できれば、上出来だから。

 

 全力でそれほどの間動けることなどそうそうない。羽目を少しくらい外しても良いだろう。

 

「ひゃっほぅ! ハハッ! さいッこぉー!」

 

 楽しくて仕方ない。ただ全力で動けて、ただ全力で刀を振るえることが。

 破壊されている周りなど知ったことか。荒地になるならなってしまえ。どうせ治るのだろうし、私の知ったことではない。

 舞い散る葉の一枚一枚を斬り刻み、飛び回る岩石や鉱石、水晶なんかも至れり尽くせり。斬ってくれと自分から飛び込んできているようにすら感じるが、実際は私が自分勝手に刻んでいるに過ぎない。

 エルフなんかが今の光景を見たら大激怒しそうだ。『森を大切にしろ!』とか『自然を尊べ!』とか説教されそうで、考えるだけで面白い。   

 

「うぉっと」

 

 だが、やり過ぎるとこうなる。

 踏み込みの力すら乗せた刃を走らせると、もう崩壊寸前だった地面は見事なまでに(ひび)割れ、落盤してしまった。かなりの厚さを持っていたはずなのだが、ここまで大きな風穴を空けられるとは……我ながらに大したものだ。全く、限度と言うものを弁えていないことが明白となるが。

 20M程の直径を誇る穴は正直言うと早々に修復を求めるが、ダンジョンはそこまで有能じゃないし、このあたりの修復力から推定して3・4時間は軽くかかるだろう。

 少し移動しながらか。そうも考える前に無意識で行動に移しているのだが。 

 

 そうやって、段々段々と破壊し続けていく。本来の目的では無く、副次的に。 

 途中で落ちて来る果実は美味しくいただいている。粗末に扱うのはよろしくないのが食べ物だ。見つけたからには食べたくなるものだし、どっちにしろ朝食も摂ってないのだから丁度良い。

 腹も満たし欲望も満たし、満足に至るのはあとどれくらいだろうか。

 

「ん?」

 

 思わず出た声、それはふと引っかかった疑問が主な原因だろう。 

 視界内に映り込んだ、種類の統一しない武器たち。

 不格好な砂山に刺されたそれらは、とても自然的なものには思えない。

 無尽蔵に破壊する二刀は即座にその行為を止め、鞘の中で己の回復に勤しみ始める。

 

 あのまま気づくことが無かったら、この人工物まで破壊していただろう。

 何となく気になったそれは、周りが全く破壊の影響を受けていない。幸いか、見つけることが出来たのは、遠め目で木々の隙間からだった。無事での済んでいるのはそのお陰だろう。

 あれは一体何なのだろうか。よくよく考えてみると、墓のようにも思えるが、だとしたら死して屍すらない冒険者のだろうか。

 地上には冒険者用の墓地がある。それを態々ここに作るのは、屍の断片すら回収できなかったからか、もしくは他に理由があるかもしれないが。まぁ、それは墓だった場合だが。 

 

「……いや、これは確定ですかね」

 

 確かに墓だ。それも、多くの人々の。

 間近に迫って漸くわかった。この武器たちは『諦めていない』。強く気高くその気配を揺るがし、強い意志を持っていた。それは感情―――魂と呼べるまである。それほどまでに生き生きとしているのだ。

 ここに取り残されているのが、可笑しなまでに。

 信頼を預けている証拠だろう。命を懸けた証拠だろう。武器に宿った思念(おもい)が語ることを追求すれば更に不思議に思えるのだ。ここに残っていることだ。

 だがそれは、主を失った武器となれば説明がついてしまうのだ。強制的に、回避できない死と言う事柄を当てはめてしまえば。

  

「……好い、方々だったのでしょうね」

 

 今は()(すた)れてしまっている武器たちを見るだけで何となくわかる。使い手たちの性格、性質(たち)、色々なことが。

 誰かも知らない他人のことだ。だが手向けの花くらい供えても、文句を言われることはなかろう。

 ダンジョン内には多くの花が存在する。とりあえずは、それくらいのものを置かせてもらおうか。

 適当に走り回ると見つけたのは、咲き乱れる霞草(カスミソウ)に酷似した白色の花々。それらを摘むと十何本かの束にして、墓場へ戻る。

 円状の墓であるためどこが正面かは見当もつかないが、一際生命力のある双剣、そこを正面とすることにして束を供えた。

 

「……あなた達も、早く逝った方が良いですよ。もう全て、役目は終えたはずです」

 

 答える声は無いと変わっていても、語り掛けてしまうのは何故だろうか。

 

 静かに目を閉じて、この武器たちについて考えてみた。

 こうやって、武器について考えるのも中々面白いもので、色々なことが見えて来る。

 

 前に佇む双剣は、凛々しくひたすらにまっすぐ。

 誰よりも強くあろうとして、誰もを守ろうとしていたかのような思念(おもい)をしみじみと感じる。 

 だが奥深くに眠っているのは、憎悪と愛、だろうか。

 死の間際まで側にいたのか、その憎悪は主から流れた自身を殺した相手への殺意のようなものの気がする。いや、それだけでこんな色濃いものに成り得ないだろう。その前から、ずっと続き注がれ隠されていたものだ。

 この不思議なまでの温かさを秘めたものが愛だろう。その憎悪を押し消すまでに大きいのだが、どこか儚げで脆い。武器に主が注いだ想いと、武器が感じ取っていた主の想いか。ただこれは一人二人へのものなどではない。多くの、数多の人々へ贈っているものだ。

 主だったのは……女性だろうか。誇り高き高潔さ、そんな面影を瞼の裏で幻視できるほどだ。何かと言えば、正義に生きたような人間だ。でもその結果が、これのように思える。

 

「悲しき、世界の摂理。相変わらずクソみてぇに無情だな」

 

 吐き捨ているようにすらなってしまうのは仕方ない。どうして死ななくてもいい人ほど死んでいくのだ。それがたとえ命を失っていなくとも、消えていくのはなんでなんだ。

 いや、考えてもどうせ仕方のないことなのだ。死は必ず訪れる。それが魂の送還か、存在の消滅かという違いに過ぎない。

 でも、やっぱりこういう人は、死んでほしくないと思ってしまうのは止められない。正義を掲げ、自分を賭してまでも誰かを助けるような善人には。

 そう、例えば、彼女のような――――――

 

「……シオン?」

 

「――――ッ⁉」

 

「え、な、なにを? まさか、そんなはず……本当に、シオン、なのですか?」

 

 ふと振り返ると、そこには今まさに思い浮かんだ彼女、リューさんが、ベルと共に佇んでいた。

  



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妖精、それは語り手

  今回の一言
 すみませんが前回続き2.5話分ほどに分けさせていただきます……申し訳ない。

では、どうぞ


 見られてしまった……

 表情には出さないようにしているが、内心ちょっと恥じらいでいる。

 自身の不注意が引き起こしたことだし、彼も故意に(のぞ)いたわけでは無いと言っていたのだから全て自分に責がある。仕方のない恥じらいは隠すべきだし、彼にとやかく言うのもそれは可笑しいことだ。

 だがしかし、裸を異性に見られたのなどいつ以来か。あのときは確か、皆で一緒に叱っ――――

 

―――――やはり、思い出してしまう。

 

 今まさに、その仲間たちの弔い場、そこに向かっているからかより一層と思い出が(よみがえ)って来る。といっても、屍すらそこには存在していないのだが。あるのは救援を呼んで戻った時に残されていた、見紛うはずもない仲間たちの得物。もう何年も前から手すら加えてなくて、今ではすっかり錆びてしまったが、それでも尚仲間たちの武器に触れる勇気が、私にはどうしても生み出せなかった。

 

 私がその武器を拾い、皆好きだったこの十八階層で墓を作った。といっても、砂山にその武器と目印の旗を刺しただけの子供が作るような砂墓(すなばか)だったが。

 そこに何も無いことは神降りしこの地の人々は誰もが判る、摂理のことだ。死んだ人間、その魂は天界へと送還されて、全てを無に変えられると転生させられる。でも、参らずにはいられない。それが薄々、自分の為にしていることだと気づいていながら。

 それで罪を『仲間の為』と思い込ませることで、安らぐ自分に嫌気が差しながら。

 

「……ダンジョンが、揺れてる?」

 

 突如のその言葉と、瞬次(しゅんじ)に訪れた振動により、巻き付いていた思考の(いばら)から解放される。   

 確かに、隣の彼が呟いた通り地が揺れていた。だがそれよりも引っかかるのは、度重なって上がるあの砂煙、そして数々の塊だ。

 しかもそれは仲間たちの墓に近い場所から上がっているのような……

 

「あはは……あれシオンだ」

 

「……今何と?」

 

 様々な可能性を危惧し始める中、隣の彼が苦笑と共に洩らしたことは、とても聞き捨てならず、だが信じ難くて再度の確認をしてしまうほど。

 いくらなんでも、ありえるはずがない。いくら彼が常識の埒外だからと言って、アレほどの破壊と、今まさに訪れる揺れはLv.2が到底実現できることでは無いのだ。

 ない……はずなのだ。

 

「え? あ、あれがシオンがやったことだって……」 

 

 だが、返答はただの現実。否定では無く隠しようも無い肯定。

 何故か頭が痛くなり、それと同時に訪れた否応なき心の痛みが何かと追及する前に頭に手を添えて(かぶり)を振った。

 

「……とりあえず、行きましょう」

 

 シオンが暴れているのかどうかは観に行けば判りそうだが、正直死地に赴くのとなんら変わらない、いや、それより恐ろしいことになりそうだから、それは止めておこう。

 どっちにしろ、その方向に向かっていることになるのだが。

 

「あ、あの、リューさん? あんまりそっちに行くのは……」

 

「大丈夫です。元々、目的地があの方向でしたから」

 

 何一つ大丈夫な要素が無いのだが、それは見て見ぬふりをしよう。

 それに、彼に逢えるのなら、『夜』にしてしまったあの愚行について謝罪を申さねばならない。いや、逢うなどとおこがましいか。私程度、そのように想ってはならない。

 

 擦れた何かの音が聞こえたが、それは握る自身の両手にいる窮屈そうな花々。無意識か、知らないうちに力が籠っていたようだ。供えの花なのだから、丁重に扱わなくては。

 

 生い茂る森の枝木を避け、足元にも少しばかり注意を払いながら進む中、不思議なことに振動も、舞い上がる塊も砂塵(さじん)も鳴りを潜めた。

 本当に彼だとして、彼が暴れるのを止めたのだろうか。それならありがたい、あの砂塵が止んだ辺りに仲間の墓があるのだから。壊されでもしたら、どうなってしまうかわかったものでは無い。  

 颯爽と揺らめく葉を掻き分け、後ろの続く彼のことも考えて道を作り進み続けると、くたびれた旗が目に入った。それこそが、仲間たちの墓の目印であり、証拠の一つ。

 ほんの少しか重くなった足を動かし、根を踏み土を踏み開けたそこへ出ると。幾時か呆然(ぼうぜん)としてしまった。続きこの光景を見た、彼と同じくして。

 

 眼前に広がるのは、確かに墓だ。私が作ったはずの墓。だが、これほどまでに美しく、目を奪われるものだっただろうか。

 先程の破壊の影響か、ひらひらと宙を舞う花びらや葉。多色のそれらで彩られた世界に、一際美しさを(もたら)しているのは背を向けしゃがみこむ()()()()か。

 色()せて見える服を着て、髪を後ろの高い位置で一つに(まと)めるのは漆黒のリボン。印象的に浅い色が全体にあるお陰で、より目が行ってしまう。それは彼女の金と白の珍しい髪。

 まさか彼以外にもあの一風変わった髪色を持ち合わせる人がいたとは。

 

「……シオン?」

 

 見()れていた光景に驚きを浮かべたのは最後のことだった。隣の彼が呟いたまさかの名前によって、更なる驚きと微かながらに湧き出る歓喜が勝ったから。

 

「え、な、なにを? まさか、そんなはず……本当に、シオン、なのですか?」

 

 だが、そんな本能より理性が否定を開始する。だが最後にはそちらも諦めてしまった。

 否定するうちに思い当たる節が多いことに気づく。今までのことを総合して、更にそれが強まったのだ。もはや今で確信に至る。

 

 ゆったりとだが全く自然すぎる動作で、気づいたら彼は立ち上がっていた。

 その足元に置かれる花、足と足の隙間から見えたそれで、今まさに彼が何をしていたのかもわかる。

 

「……はは、どうしてこう何度も接近されますかね……どれだけお気楽何だか」

 

 失笑や自嘲、様々な感情混じりの声が、尚背を向ける彼から放たれた。

 真意が掴めず首を傾げてしまうが、それを知る前に彼は言葉を紡ぐ。

 

「ここの時間帯的には『こんにちは』ですかね。ベル、リューさん」

 

 振り返って彼――――シオンはにこやかに微笑むと、ただ普通に挨拶の言葉を投げる。

 さっきまでの感情など見えることはなく、どうでも良くなって今まさに胸の内から込み上げてきた感情に塗り替えた。

 

「シオンさん、どうしてここに?」

 

「リューさんこそ、どうしてここへ?」

 

 彼はここが私の墓だと知って来た。という淡い幻想は今の言葉で粉々に砕け散ってしまったが、それは別にいい。

 

「仲間たちへ、少し用がありまして」

 

 そうとだけ告げると、彼はどうしてか、ほんの僅かに目を見張った。

 直ぐにそれは見えなくなり、そっと微笑み紡いだ言葉で、今度は私が目を見張る番だった。

 

「なるほど、ここにいる方々はリューさんの仲間たちでしたか。道理で、似ている訳だ」

 

 納得したかのように墓を見遣った彼の言葉を私は納得などできようはずもない。

 道理? 似ている? 

 一体何の道理だろうか? 何と私が似ていると言うのだろうか?

 いや、分かり切ったことではないか。どのように考えても、彼が示しているのは私の仲間たちだ。

 でも、どうして……

 

「ねぇシオン、僕一人で措いてかれてるんだけど」  

 

「不服ですか?」

 

「正直言っちゃえば」

 

「なら自分で理解することですね」

 

「それができないから困ってるんだけど⁉」

 

 疑問は疑問のまま終わってしまい、聞くに及ばず思考から脱せられた。

 二人が始めた漫才じみたことによって現実へと戻された私は、戸惑いを隠すと、目的を果たしに彼へ。いいや違うはずだろう間違えるな。改めて、仲間たちへの墓へ向かった。

 花を一つの武器(一人の仲間)に一本ずつ供え、瞑目する。それで少しの間思わなかった、仲間との思い出、仲間たちの顔がすらすらと浮かんできた。

 楽しかったことや、辛かったこと。時に分かち合い、時に喧嘩し、至福の時と言えたあのファミリアでの出来事。全部が全部、余すことなく思い浮かんだ。

 

「はは、嬉しそうだ」

 

「……何を?」

 

 瞑目する私の隣から届いた声は、またもや真意の掴めない謎のこと。

 今度こそ聞き返し、それにかれは答えてくれた。

 

「あぁごめんなさい、とても喜んでいるものですから。でも、悲しんでもいるかな」  

 

「……それは一体どういう……」

 

 やはり何を言っているのか分からない。もどかしい気持ちはどうしようもなく、彼に聞いてもまた理解の及ばない答えが返って来るだけだろうから、それを晴らす術も無い。

 

「ねぇリューさん、ここにいる方々の話を、聴かせてはくれませんか?」

 

「……何故?」

 

 純粋な疑問だった。彼が聴こうとする理由も分からないし、そして何故、それほどまでに悲し気な顔をするのかもわからない。

 様々な理由を籠めた言葉は、一体どれだけ伝わっただろうか。

 

「……ちょっとの、興味ですよ。()()()がどんな()()を掲げていたのか、気になっただけです。話したくなかったら別に―――――」

 

「ちょっと待ってください!」

 

 自制が利かず言葉を遮って叫んでしまった。一歩引いて控えていた彼まで驚かせてしまった事を、冷静になった胸中で謝罪しつつ、彼に訊いた。

 

「どうして……女性だと、わかったのですか? どうして、正義を掲げていたと、知っているのですか?」

 

「あ」

 

 彼は自分の失言に気づいたかのように、口を塞いで苦笑いを意味ありげに浮かべた。

 だっておかしいのだ。彼がオラリオへ来た時にはもう彼女たちは帰らぬ人となっていたし、私の所属しているファミリアを知らないはずの彼は、彼女たちが正義を掲げていたと知っている訳がないのだ。

 第一、彼女たちについて訊いた時点で、知らないことは明白。

 

「……リューさん、ここにいる方々の話を、聴かせてはくれませんか?」

 

「シオンさん、同じことを言っても無駄ですよ。何故ですか? 答えてくれるまで私も答えません」

 

「あ、あの~? 僕は? ねぇねぇぼくはどうなってるの? どういう扱い?」

 

「少しお静かに願います。今大事なところです」

 

「あ、はい」

 

 完全に邪魔者扱いになってしまっているが、仕方ない。それよりも今は彼の不自然について追及するべきなのだから。

 優先度的に切ってしまった彼はさて扨措(さてお)き、本当に疚しい事があるのか目を逸らす彼に詰め寄って、自分の行動に恥ずかしさを憶えて一歩下がってしまう。 

 一人演劇を繰り広げているようで更に恥ずかしくなるが、それで彼の気は変わってくれたようで、どこにその要素があったかは分からずとも、溜め息一つで話してくれるようになった。 

 

「可笑しな話と言われるかもしれませんが……わかるのですよ、この武器たちから発せられる気配で、何となくですけど、持ち主がどういった人間なのかが」

 

「なっ……」

 

 あっけにとられてしまうほどの、常識外の事実だった。彼が語ったことと言うのは。

 勿論嘘っぱちの可能性もあるが、私はそんな可能性一毛たりとも取り合うことはなった。彼の言うこと全てを、私は疑問こそすれ否定することは無いだろう。端からその気が無いのだから。

 

「例えば、この双剣の主。とても潔い人で、明るく、だけどお転婆さんで大勢の人に迷惑をかけてそうですけど、芯ともいえる強い意志(正義)を持っていた。死ぬまで、いえ、死んでからもそれは消えていないようです。全く、変わった人だ」

 

 静かな笑いを刺さる双剣へ投げると、彼は双剣を一撫でして、正否を問うように私へと目を向けた。

 一瞬高鳴った胸を意志で押さえて、もう既に()きれたような驚きが出てくることはなく、答えを返した。

 

「……大正解です。アリーゼは――――その双剣の持ち主はそういう人でした。とても明るく、潔くて、完璧と言って譲らなかったです……皆から慕われる団長で、私の手を初めて取ってくれた人。前を向いて生き続け、まっすぐで純粋な正義を、曲げることなく掲げ続けていました……」

 

 思い出す、知己の顔。誰よりも多く、私は彼女と接していた。あまり人に近づきたがらなかった私の手を引いて、無理矢理にでも連れだしてくれたことは今でも感謝している。お陰で今の居場所に残れていると言っても、過言ではない。

 そうだ、この機会に彼に聴かせてみようか。どうせ彼女たちについて語る間にも終局点となるところだ。少しくらい話の順番を変えたところで問題ないはず。

 

「……シオンさん、それとクラネルさん、少しばかり、私に独白の時間を与えてください」

 

 でも、面と向かって話す気にはなれなかった。どうせ、私の素性を知ってしまったら、彼らは私に見切りをつけてしまうだろうから。そのときの顔を、私は直視できる勇気がない。でも、願わくば、()にだけは嫌われたくはない。見捨てられたくはない。

 それでも聞いてもらいたいという矛盾して理解不能な意志がある。だからこうして、第一声を放った。

 

「私は……要注意人物一覧(ブラックリスト)に載っています」

 

「――――――ッ⁉」

 

 

 

 背を向けている彼らのことを、見ることはなく。

 

 

       




 数時間前に確認したら、UA20万突破してた! 予想外にここまで行けたことにびっくりの私です!
 
 


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想い、それは儚き心

  今回の一言
 こんなはずじゃ、なかったんだ……

では、どうぞ


 驚くことは無かった。それは既に、過去に終わらせていたことだから。

 以前に知る機会があったのだ。それは本当に偶々で、あたかも運命の様。

 神会(デナトゥス)の資料整理手伝いをしたあの時、名簿を見る機会があって、そのとき目に入ったのが

【疾風】『リオン』という名だった。

 しかもそれを見つけたのは、偶々棚から落ちて、偶々目についた要注意人物一覧(ブラックリスト)の一枠。ランクA級と定められていた。

 衝撃的と言わざるを得ない。息を呑み立ち止まっていた私を正常へ戻してくれたのは仕事に必死だったミイシャさんのお陰であって、その後の心と状況の整理は簡単に終わった。

 だから今、以前の私のように息を呑むベルと同じ反応をすることはない。

 

「冒険者の地位も剥奪(はくだつ)され、懸賞金も懸けられよく首を狙われていたものです」

 

 自嘲と分かり切ったような声音で、淡々と事実を並べていく。独白、と始めに彼女は言ったが、それは建前に過ぎないと誰でもわかる。何故話すかまでは、全く理解が及ばないが。

 

「ただ復讐心に駆られ、所属していたファミリアの……アストレア様の方針にも大きく背いて、仲間を殺した敵対ファミリアを滅ぼしました……自分の為だけに」

 

 アストレア様―――それは星と正義・秩序の女神、真名アストライアーのことだろうか。

 だったら殆どのこととよく筋が通る。彼女が尚も正義を掲げていることも、『ここに残る』彼女たちが曲がらない意志(正義)を芯としていることも。 

 方針に背いたとは、その正義から堕ちたということだろうか。だが、復讐程度で無くなる彼女の正義では無い。弱くも燃え続ける彼女の矜持(正義)は、まだ消えても冷めてもいないのだから。

 それに対する自覚はないように見えるが。

 

「オラリオと秩序安寧に貢献してきた【アストレア・ファミリア】は、その分多くの敵がいた。私たちのとっての、悪である闇派閥(イヴィルス)が主でしたね。あの者たちにとって邪魔でしかない私たちは、勿論殺傷対象(ターゲット)でした」

 

 その結果がこの仲間たち、ここにいる彼女達のことか。

 きつく張り詰めた気配、だがそれも一瞬で脱力し、打って変わって小さなものとなった。消え入ってしまう、いや、それ自体を望んでいるかのように。 

 

「私もその内の一人だったのに、生き残ってしまいました。仲間たちに逃がされ、結局何もできず、強いて言うならば遺品をここへ運ぶことができただけ。彼女たちが好きだった階層(ばしょ)に痕跡を残す事しか、そんなことしか、できなかったのです……」

 

 まっすぐを向いていた彼女は、無意識だろうか、次第に顔を俯かせていく。それがしみじみと今の心情、そして過去の痛念(つうねん)を思わせ、痛々しくまで思えるほど。

 

「簡単だった、殺意(おもい)に身を任せてただ動くのは。楽だった、何も考えることなくただの復讐鬼堕ちたことは。でもそんな姿、あの方になど見せたくはなかった。だから逃げてもらった、私の穢れた姿など見れない、都市外に。何処におられるかまでは、もう知り様がありませんがね」

 

 また、彼女は自嘲のように語気を荒めた。

 それがどうも、気にくわない。一体何が彼女をそこまで追いつめているんだろうか。可笑しい話ではないか、彼女は何一つ、正しくはなくとも間違ったことはしていないと言うのに。

 人が復讐して何が悪い。憎むべきものを憎み、殺したいものを殺し、それのどこが悪いというのだろうか。

 人は弱いのだ、自分を維持できる何かが無いと、何もない空っぽになってしまう。だから、それを奪われて、代わりを作ろうとするのは自然なこと。あたりまえであるのだ。

 ただその先に続くのは、堂々巡りの蜿蜒(えんえん)としている空虚な人生()だけだが。

 

「仇討ちは苦行を極めました。ですが、やり遂げた。闇派閥(イヴィルス)と組する組織(ファミリア)、全てを滅ぼし尽くした後に残ったのは、達成感でも満足感でもなく、ただの空っぽな自分と、残る死への道筋だけでしたが」

 

 たった一人で、なのだろう。私くらいのバケモノに成れば造作も無いが、彼女はどちらかといえば普通の部類、誰に何も力を借りなかったのは、無理無謀に等しい。

 それでもやり遂げたのは、それだけの(うら)み、そして強固な殺意(おもい)があったからこそ。

 どれだけ彼女にとって大切な仲間だったか、言うまでも無く解らせられる。

 

 ただ、闇派閥(イヴィルス)はまだ残党が厄介なことに残っているのだが。

 

「裏路地で独り、力尽きた私はただ自然と訪れた死に向かっていました。散々の末に訪れたそれは、救いにもならないただの終わり。誰に何を言われた訳でも無く、私怨に走った私の相応しい末路でした。誰に知られることも無く、消えて逝けるのは」

 

 だが、現実は異なった。

 彼女は終わりを迎えることなく、そして消えることも無い。

 名は残り、彼女も残り、今も尚生き続けている。

 

「けれど……」

 

―――――大丈夫? 

 

「そういって、差し伸べてくれた温かい手があった」 

 

 思い出しているかのように、彼女は自らの右手を俯きながらにして見ると、そして左手を掲げた。高く高く、(かざ)して何かを見ている。

 そのまま彼女は、言葉を紡いだ。

 

「空しい私に意味を与えて、死に逝くはずだった私を救ってくれた。シルは……私の手を取ってくれた――――私が手を取ることが出来た、二人目の人物なのです」

 

 だらりと下ろした手。そしてその手は一度進み、だがまた戻された。目の前の双剣――――アリーゼさんだったか、その人へ伸ばされた手が。

 シルさんを、彼女は二人目と言った。ならば一人目は――――明白だ、アリーゼさんなのだろう。

 拠り所だったのかもしれない。それを失ったのだから尚更彼女の怒りは大きかったろう。そして、新たに手を取れたシルさんこそが、今の拠り所。

 

「名乗る名も変えられ、地毛まで染められて、もはや別人とされた私は、豊饒の女主人のウェイトレスとして働かされました。半ば嵌められたような形での始まりで不服でしたが……今では、とても感謝しています」

 

 優しく、柔らかい気配を纏っている彼女は、だけどなんだか悲し気で、常に拭いきれない(わだかま)りが残っているように思える。

 

「私は恩を、返さなくてはなりません。死んでもいいと思っていた私に、新たな人生を与えてくれた彼女に。認めざるを得ない想いを気づかせてくれた彼女に」

 

 胸に手を当てているのだろうか、そのような仕草に見える彼女の動きを見守り、彼女の言う言葉を逃さずに聞く。ただ、自然と意識が引き寄せられて。

 

「私は、それでも気持ちに正直になれません。そんな自由を許されてい良い立場では無いのですから。それに、汚れ切った私は低度であることを理解しています。たとえ打ち明けられたとしても……彼に見限られることなど分かり切っていますから、意味なんてない」

 

 ぎゅっと、彼女は力を込めた。悔しがるようにか、将又そんな自分に嫌気が差しているのか。嘲りのような行為は、それが真意でないことを物語る。言いながらにしてそれが本心でないことに自覚を持っているのだろう。全く、難儀な人だ。

 

「結局のところ、どうしようもなく私は汚れていて……希望なんて、碌に持てていない、生きる価値も無い今にでも死ぬべき人なのです……」

 

 今度こそ、彼女は笑った。否、嗤った。

 私の大嫌いな、嗤い。歪んだ笑いなら別にいい、それは誰もが持った本性だから。だが嗤笑(ししょう)なんて大嫌いだ。自分を貶める行為であり、諦めをつけてしまったものの愚行だから。 

 私自身浮かべてしまうことも多々あるが、それ自体だって、自分で嫌気が差しているのだ。

 

「―――――リューさんッ」

 

 言い切ったかのように脱力して締めくくった彼女に一言、強い語気で宛ら怒っているかのように、ベルは彼女の名を、我慢できずに呼んだ。

 はっ、と驚いた彼女はゆっくり振り向くと、そのままベルにぶつけられた。

 

「自分を貶めるようなこと、言わないでくださいっ。僕も、怒ります」

 

 深々としている意味の込められた、珍しく見るベルの怒りを。

 全くの同意見だ。ベルも怒る理由がよくわかる。

 気優しいベルがそんな状態であることを、彼女は驚いたかのように目を見張り、次いで含み笑いを浮かべた。ただその表情は、変わらないと言えるほどだが。

 

「これは……一本取られましたね」

 

 それはどこか嬉しそう。表情に現れなくとも、気配はとても正直だった。

 

「……リューさん、独白は終わりましたか?」

 

 タイミングを見計らい、とりあえずの切り出し。なんとなくだが、彼女が独白を続けたことにしておく。その方が、何かとよさそうだから。

 

「えぇ、もう、終わりました。聞こえていたようなら、忘れてくれて構いません」

 

「無理ですよ、記憶力には自信があります。ですから言わせていただきますが……リューさん、貴女は甘い」

 

「なっ―――――」

 

 絶句した様子が(うかが)える、それほどまでに衝撃的なことだったのだろう。

 だが、私は容赦をしない。たとえ彼女が傷つくことになろうとも、言ってやりたい気持ちが勝るから。

 私をありえない現象でも見たかのような目で凝視している彼女を真正面から見返し、言霊でも籠められそうなほど強い口調で言い放つ。然も突き放すかのように、無自覚ながらにして。

 

「復讐がどうした? 要注意人物一覧(ブラックリスト)に載っているから何だ? 復讐なんて終わればそれまでだし、要注意人物一覧(ブラックリスト)だって所詮抑止力だ。それに、簡単に名前を消す事だってできる低度のものだ。それに何を見出した? 貴女が見出したのは単なる逃げだ。楽な方に走って、果てに諦めて、助けられて、また諦めようとしている。そんな貴女は、甘すぎる。私が知っている志高く、隠し持った正義を常に燃やしていた人間には、到底思えない程に」

 

 私は復讐も報復も大好きだ、大賛成だ。どうぞお好きにやってくれという意見でいる。

 だが、そこには続きがあり、ただ理由があり覚悟があるときだけ、だ。

 彼女にはそれが欠落していたことがわかった。ただの私怨で動いただけで、それまで。その後なんて考えてもいなかったようだし、今では後悔までしている。

 その証拠が、先の嗤笑。あの嘲りは今の自身へ、そして過去の己へ向けられたもの。そんなことを思うのなら、初めから走るべきでは無いのだ。復讐など。

 だが彼女は走った。だからこそ言えるのだ、甘いと。

 覚悟が足りない勇気が足りない意志が足りない殺意が足りない!

 ぽっかりと欠落しているのだ。

 

「甘く弱い貴女は、どうしてそれほどまでに清々としている? 邪気が晴れたかのような顔をした? 復讐を選び自らを賭した覚悟無き貴女は、歪んで壊れて生きながらにして死んでいればいいものを。何故生きている? 何故そこに立っている? 何故にして、助けの手を取った」

 

「―――――っ」

 

 もう既に、彼女の顔は歪んでいた。それはもうそそられるくらいに、酷く悲しく空しく、空っぽに歪んていた。目に少しの涙を溜め、唇を噛みしめ血を流す。

 酷いことを言っている自覚はあった。だがこれでも言い足りない。

 全て私の本心であり、嘘偽りのない嫌悪であった。どれだけ傷つけているか、どれだけ理不尽なことを言っているか、全て理解した上で続ける。

 たとえ彼女に、嫌われようとも、知ったことではない。好かれているかは知らんが。

 

「さっさと、死んどけばよかっただろ。滑稽なエルフが」

 

「シオンッ⁉」

 

 抗うことなく、首根を掴まれ引っ張られる。

 ベルの目は怒りに(たぎ)っていた。何か言いたげに口の開閉を無意味に繰り返しているのは言いたいことが纏まっていないからか。

 その手を軽く払い、俯いてわなわな震える彼女を、まっすぐに侮蔑の眼差しで見つめる。

 

「……ごめん、なさい……わたしなんか、シオンに……」

 

 その先は、声に出されていない。続くことが出来なかったのか、将又続ける気などなかったのか。どちらでも良いが、結果として彼女は。

 

「―――さようならっ」  

  

「リューさんッ⁉」

 

 背を向け、全力で、逃げた。

 そう、逃げたのだ。

 何の偽り様も無く、ただただ逃げた。取り繕う必要も無く、悲しみに歪み、恐怖に支配され、全てがわからなくなった彼女は、逃げた。

 

 現実から、言葉から、声から、私から。見返る事も無く、ただただ。

 

「ハッ、白々しい限りだ……それでは、ベルはご自由に。追いかけるなり私を襲うなり、ね」

 

「―――ッ……なんで、なんでそんなこと言ったんだよっ」

 

 誰に向けたかもわからない言葉が、直後の反論によって消える。

 他人事のはずなのに自分が恨んでさえいる、ベルの純粋な怒りで。

 

「さぁ、気分です」

 

「……やっぱり、シオンは異常者だ」

 

 だが答える声はあっけない。返る声もあっけなかった。

 曖昧なことで決め込み、事実で責める。

 

 ぱっと走り出したベルは素知らぬ顔でそっと消えた私を確かめることなんてない。   

 彼はそんなことよりも、彼女のことを気にかけているに違いないから。

 

 

 とぼとぼ歩くのは、まだ明るくもどこか暗い、深い森のどこかだった。

 独りの彼は、無心で努めて在るかのように、見るからに固い、

 彼は気付いていないだろう。自らの表情が悲愴(ひそう)で歪んでいることに。

 彼は気付いていないだろう。いつかと同じく訪れた、その『痛み』の原因を。

 彼は気付いていたのだろう。自らが、後悔していることに。

 

 

 いつもと変わらず、彼はひたすらに矛盾したままであり続けた。

 

 

 






 


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傍観、それは激戦?

  今回の一言
 戦闘シーンを書くのは大の苦手であるが場面を想像すると楽しい。

では、どうぞ


 

 もう既に暗がり。『夜』へと一刻ほど前に転じたここは、森の中だけあって光源乏しく視界の確保に労する。といってもただ目を慣れさせるだけなのだが。

 眼帯を外せば簡単に見えるものの、誰かに見つかった際、目を見られるのはあまり好ましくない。何故か索敵能力も落ちてしまっているから。

 

「随分と騒がしいですね」

 

 そんな森を抜けると、先は打って変わって灯りに包まれた野営地。

 慌ただしく人が動き回り、騒ぎ散らしている者まで。一体どうなっているのだろうか。

 

「どうかしたのですか?」

 

「あ、イレギュラー君! レフィーヤとアルゴノォト君知らない?」

 

 気になり声を掛けたのは、丁度目の前を通りかかったティオナさん。人選ミスではありそうだが、ある程度の状況把握には役立つだろう。……たぶん。

 それにしても、何故それだけでこんなに騒いでいるのだろうか。

 

「恐らく森の中でしょうけど……で、何故そのようなことを?」

 

「あ、説明してなかったね。あのね、さっきアルゴノォト君が水浴びしている中に入ってきたんだけど―――」 

  

 同罪を犯したベルの話から始まった。兄弟そろってなんということだか。

 曰く、アイズがひと暴れした後、木の上からベルが落ちて来たらしい。よって必然的に見えた絶景を見渡すと、アイズを見た後顔を真っ赤にして逃げ去ったそうな。

 その際レフィーヤに魔法を撃たれそうになり、死にかけたそうな。

 その後暫し時が経つとベルが野営地に戻って来たらしい。そこから始ったのが出血する程の土下座の連続だったそう。誤っている分私より罪は軽いか。

 いや、私は一人しか興味がなかったから、その他大勢は何ら気にしてないが。さらに加えて私の犯行だと気づいているのは多くて二人……いや三人か。

 とまぁそんなことはどうでも良く。

 

「―――で、叫びながら消えた二人を探していたと。こんな総出で?」

 

「ううん、それだけじゃないよ! イレギュラー君のことも探してたんだぁー」

 

「私を?」

 

「うん、アイズがなんかすっごいことになってて―――――」

 

 言葉途中で、最後まで続くことはなかった。

 右前方から()()()()()サーベルによって。

 

「はははっ、マジかよ危ねぇ……」

 

 人差し指と中指で挟み込み、鼻先掠らず止めたが、ティオナさんの少しばかりか切れた髪はどうしようもない。

 剣を見れば誰が飛ばしたかなんて明白。しかも風を纏っていたとなれば尚更。

 

「うおっと」

 

「~~~~~~~~ッ⁉⁉」

 

 次いで薙がれた元私の胴体があった場所。振り切った脚の持ち主は、顔だけでは無く兎に角真っ赤にしているアイズだ。

 切先を掴んでいた剣の柄を握られ引き抜かれると、今度は剣戟による攻め。理由は大体承知している、確実に引きずっているあれだ。

 

「ま、久しぶりに闘うのもいいでしょう。むしろ歓迎」

 

 見る限り、私に見せてくれた剣戟の中でも最大速度。完全に殺しにかかっているが、私は殺されるまでのことをしている―――のか? いや確かに見たのは悪いとは思っていなくもなくもないが。怒られる道理はあっても殺される道理は無い。結局殺されることは無いだろうが。最悪相打ちだ。  

 言葉発しながら、抜くのはやはり漆黒の一刀。流石に今の『一閃』で斬ったらアイズとて粉微塵になりかねない。いや割とマジで。

  

 それにしても、相変わらず綺麗な剣技だ。鋭く研ぎ澄まされて、多少性根が歪んでいるものの筋はまっすぐ。なんとも絶妙なところで中和している。

 対し私はまだまだ。性根も筋も歪み、研ぎ澄まされているなんて到底言えない。ただの殺意が刀を借りて動き回っているようなものだ。

 切れ味が抜群なのも鍛冶師のお陰。宛ら強く思えるのも、能力のお陰。

 全部が全部、私のものではない。

 頂上的な力は全て、誰かからもらい受けたものなのだから。

 

 だが、気分はそんなの関係ない。

 斬り合え(殺し合え)ていることが楽しい。本気で殺しに来られて、本気でなくとも全力で対抗できることが嬉しくてたまらない。

 集ってくる周りの他人など気にならない。ただ今の現状それだけあれば、それでよいと思えるまである。

 

 より一層と増した騒ぎは、誰もが見て、だが追い付けず、それでも高揚する闘いが(もたら)した興奮。ある種興奮した彼女と、まんま興奮した私の影響によって出来上がったもの。

 だがそれは、六人の手によって鎮められる。

 

「そこまでだ」

 

 まず一人の声と魔力により止められ、

 

「これ以上暴れられると」

 

「困るんじゃよ」

 

 次に二人の手により刃を向ける相手を変えざるを得なくなり、

 

「せーのっ!」

 

「はぁぁぁっ!」

「オラァッ!」

 

 最後に双子とワン吉の同時攻撃を流すことで、彼女の相手をできなくなってしまったのだ。

 

「ちょっとちょっとぉ、無粋ではありませんかねぇ……それに、魔法まで用意する程ですか? あ、あとワン吉帰って来てたのですね。てっきり死んだかと思ってました」

 

「その通り死にかけたわクソがっ! お陰で一日寝込んだぞふざけんな!」

 

「ありゃまぁ大変だったのですね。お疲れさん」

 

 軽口で込み上げてきた無性な怒りを発散させると、一度目を閉じ、ゆっくりと開ける。

 視界内に映る小人族(フィンさん)ドワーフ(ガレスさん)が武器を構え眼を飛ばし、アイズを後ろに控えさせて殺意を滲ませた。そうでもしないと、止められないと解っているのだろう。

 かくいうアイズは魔法を待機させながら説教すると言う器用なことをものの見事に実践しているリヴェリアさんに正座させられている。いじけた様子はかなり可愛い。

 

「で、どうしてこんなことになったのかな? アイズが一向に話さないで君を呼べの一点張りで、何一つわかっていないから、説明を頼めると有難いのだけれど」

 

「あはは、それは私に死ねと言っているようなものですよ、いや割とマジで」

 

 と言っても、肉体的でも精神的でも無く、主にあなた方が私に抱くイメージが、だが。

 話すとなればアイズの裸を完全記憶して今も鮮明に思い出せることが事の中心であり、そこから派生して何故見れたかということになり、追及結果私があの女性(人物)であったとヒュルテ姉妹にバレる。

 つまり、私が完全に女性の身体をしていたことが確実に変態扱いとなり、更に言えば否定のしようがないから、ただ言われるがままなのだ。

 

 空笑いを浮かべながら得物を納めると、彼らも得物を下ろしてくれた。

 リヴェリアさんは何故か未だ魔法を待機状態で保ち続けているが。どちらにしろあまり脅威では無いから其のままでよいのだが。

 

「それからもう一つ、君はどうして僕たちの攻撃に対処できたのかな」

 

「単なる反射神経ですよ」

 

 事実。嘘偽りはないといえる。

 本当に先程のフィンさんとガレスさんにやられた連突連打。絶妙な位置を突いていたが、まだ対処できるレベルだった。ガレスさんは六割方力任せだから流せばいいし、フィンさんは冷静に最善手を打つからこそ読みやすい。

 といっても、見えてから反応していたのだが。だからこそ反射神経である。

 

「……シオン」

 

「ん、どうしましたか?」

 

 正座から立ち上がったアイズが、フィンさんとガレスさんの後ろから出てくると、私の前に俯きながら立ち止まった。そして、低い声音で私の名を呼ぶ。 

 彼我の距離は手を伸ばさなくとも届くほどの距離。必然見下ろす形になる私は、解けた力で反省の色が色濃く映るアイズをじっと見つめた。

 

「いきなり、その……襲ったりして、ごめんなさい……」

 

「いいですよ。むしろいつでも襲ってきてください。全力で対抗しますから」

 

 それに周りがギョッとするのを感じ取っているが、知って知らぬふりをする。ただ本心を述べただけである。心から反省しているような彼女におふざけなどできようまずも無い。

 

「……あと、ね……シオンに見られるのは、その、心の準備が居るから……次からは、ちゃんと言ってから、ね……」

 

「ま、マジですか」

 

 勿論それは『言ってから』というところでは無く、『言ったら別に良い』と言うところだ。

 つまりはその……あんなことやこんなことも良いかもしれず……

 思わずグッと、拳を握った。顔を綻んでいそうだ。下心によって。自分の見当が外れてこれほどよかったと思えたことは今まで類を見ない。

 

「おいテメェ、何喜んでやがる」

 

「アイズとあなたには到底至れない関係に慣れたことへの喜びの片鱗を思わず出してしまっただけです。お気になさらず」   

 

「おい待て、どういうこっだぁそりゃ」

 

「察しろ」

 

 というのは酷な話で、無理も無いこと仕方ない事。

 今では顔を真っ赤にしているであろうことが少しひょこっと隙間から出る耳で判りやすいまでにわかるアイズの頭に手を置き、なでなでと小動物を相手するかのようにしていると、周りからまた声が上がる。

 それを意に返さずに、終局を迎えた小さき戦いに幕を下ろす。

 

「うんじゃ、私はちょっと用事ができたので、また後で」

 

「あっ……」  

 

 名残惜しそうに手を伸ばしたアイズに掴まれること無く、私がこの場を去ることで。

 確かにあのままアイズといるのは吝かどころかこちらからお願いする程なのだが、あちらがヤバそうなので助けるべきだろう。

 僅かに捉えた甲高い怒りの声と重低音の宛ら虫のような声を頼りに、暗闇と化した森を一直線に()()

 

「そぃっ」

 

「―――――――⁉」 

 

 そして領域内に捉えた極彩色のモンスターに、一太刀浴びせた。

 またもや低く唸るかのように悲鳴を上げると、ぽっかりと穴があることに気づく。

 その先に、二名の気配がある事にも。

 自身の気配(殺意)でモンスターを牽制しながら、その穴を覗くと、言い合う二人の姿が。

 

「おーい、お二人さぁーん。まだ生きる力はありますかぁ~?」

 

 呼びかけると、漸く気づいたかようではっと二人は顔を上げた。

 数瞬の呆然(ぼうぜん)とした間があったが、そこから復活した二人はけたたましく、驚くべきことに溶かされている自分の足など気にも留めていない様子。

 

「シ、シオン⁉ そんなところで何してんのさ⁉」

 

「ちょっと興味本位で見物をしに」

 

「見物なんかしてないで参戦してくださいよ! 貴方が斬れば一瞬でしょう⁉」

 

「確かにそうですけど……それだとつまらなくないですか?」

 

「「そんなの関係ない!」」

 

 見事に合わさった二人の声に仲の良さを感じてやはり見物をしていた方が良いと感じる。

 それに。大体此奴は潜在能力(ポテンシャル)Lv.3・4と言ったところだ。どうせ二人なら勝てるだろう。私の手伝いなどなくとも何ら問題ない。

 

「んじゃ、頑張ってくださいねぇ~」

 

「「ふざけんな!!」」

 

 これまた合わさる声は、もはや口調まで変わってしまい、二人がどれ程本気かよく伝わって来るが、ソンナの知らん。頑張っての一言で切るまでだ。

 

 何せ、倒すべき敵はこいつだけではない。

 見るからに食人花(ヴィオラス)と同系統のモンスター。ならば放ったのは怪人(レヴィス)もとい闇派閥(イヴィルス)しかありえない。つまりは近くにそれらがいる可能性が非常に高いわけだ。

 率直に言えば、今現在の右手側。何故か階層の端へ向かう気配が十数名分ほど確認できている。ここにきて気配探知も大体本調子に戻って来たか。

 

 といっても、すぐさま追わずに動向を確認してから捕らえるのだが。

 なのでまだ空白の時間がある。つまりはそこが見物時間だ。

 

 双方姿を確認できない位置へ数歩下がることで移動し、そのまま見物。中の様子は見えなくとも、普通に感じ取れているから。一挙手一投足、内部構造すら全て。

 

「お、やっと喧嘩止めた。判断が遅いな……」

 

 言い合っていた二人は―――――主にレフィーヤが原因だが―――――一時休戦とでも言わんばかりに結託し、漸く攻撃と言える攻撃を浴びせ始めた。

 だがあたふたしている所為で、敵の攻撃は避けられてはいるものの危うい。

 一体いつになったら此奴(こいつ)の弱点に気づくのだろうか。

 

「やはり遅いな……」

 

 ようやく気付いて実戦しているが、気づくのが本当に遅い。

 此奴は狙いを定めるために、わかりやすくも視線を向ける。逆手にとれば、視線が向いている方向にのみ確実な攻撃が来る、ということだ。

 ひっちゃかめっちゃかに触手を動かされでもしたら、簡単に潰れるだろうが、その心配はなかろう。第一触手が少ないし、加えて最大二本同時にしか動かせないように見える。

 

『アァァァ――――――――――――』

 

「~~~~~~~~~っっ!!」

 

 突然にして訪れた高周波。明らかに人間に害しかないその波数は、耳を(つんざ)き感覚が一段と鋭い私のようなものには最悪の攻撃。視界が歪むは平衡感覚が曖昧になるは音が遠ざかるは……【耐異常】未取得な私にとって有効過ぎる、そして観戦する私にまで影響を及ぼした迷惑極まりない攻撃……

 

「ぅるっさいわぁぁ!」

 

 耳鳴りまで聞こえて来てうんざりとした矢先、我慢ならない手が半ば勝手に動いた。

 それはいとも容易くその発生源まで地ごと穿ち、短い悲鳴が上がり続けている。

 止めることだけが目的だったので死んだことはなかろうと踏んでいた。

 地へ向かって何かを投げたかのような姿勢で硬直するのは私。なぜなら実際に転がっていた水晶片を全力投球したからである。

 崩れる寸での地面だが、私は決して悪くない。悪いのは迷惑極まりないこんな攻撃を仕掛けたこのモンスターだ。

 

「てっ、よく魔法爆発(イグニス・ファトゥス)になららなかったな……魔法消滅しちゃってるけど」

 

 投げた水晶片は見事に命中していて高周波は無力化したが、いかんせん触手は管轄外で、のたうち回ったそれが隙を見いだし詠唱していたレフィーヤに激突したのだ。

 心中謝罪しつつ、中々にして上出来なベルの庇いによって命からがら立ち上がったレフィーヤから、唖然としている気配が伝わった。

 それはベルが今まさに行った無詠唱魔法(ファイヤボルト)の連射の所為か。

 

「そりゃまぁ驚くでしょうけどね、初見なら大体」

 

 常識外の魔法だ。魔術師(メイジ)や魔導士なら誰もが喉から出るほどその秘密を知りたくなるだろう。無詠唱はそれほど貴重だ。

 

「うんじゃ、そろそろ行きますかね」

 

 レフィーヤも詠唱に入ったし、失敗したとしてもベルが何とかするだろう。確か見るからに強そうなベルらしいスキルを保持している筈だから、最悪それを使うだろうし。どんなものかは知らんけど。

 

 モンスターを無視して、更に食人花(ヴィオラス)も素通りして、真正面から遭遇させる。

 闇派閥(イヴィルス)の残党共を、処刑人()に。

 

「やぁ、相変わらず死に腐った髑髏みたいな気配をしてますね」

 

「誰だお前は……」 

 

 低く、動揺も押し殺しているかのような声が返された。

 それには恐怖も滲んでいる。気づいているのだろうか、以前自分たちの同胞? を惨殺したのが私だということに。

 いや、ただ単に今現在漏れ出る抑えきることなどできようはずも無い無性な殺気が原因だろう。理由は定かではないが、今にも殺したいという気持ちを首の皮一枚分ほどで抑えているのは苦労する。こいつらからは、ある程度の情報を引きださないといけないから。

 

 背後で大音響の白光が煌めいたことがわかるが、そんなことは後だ。

 

「三人でいいや、あとはいらない」

 

「何を―――――」

 

 取り囲むように組まれた陣形を、一刀にして崩す。

 リーダー格に見える正面の男と、その隣の二人だけを残し、他はぼそっ、と地面に重いナニカが落ちる音と、次いで重低音となって届く地に張りついたナニカがない(むくろ)だけを残していなくなってしまった。

 絶え間なく流れ出る躯を源とした液体を一瞥して、衝動を努めて抑えながら居(すく)まった眼前の三人に問うた。

 

「お仲間さんの助けを呼ぶのはおススメしませんよ? 他の二部隊計八名を見逃しているのは、単に取るに足らないから。呼ぶようなら構いませんけど……同じようになりますよ?」

 

 つんつん、と暗闇の中ですら輝く鈍色の刀の切先で躯を刺した。

 意味はそれで伝わるだろう、仲間を呼ぶようなことはしなかった。闇派閥(イヴィルス)ながらにして、命の尊さ大切さを知っているのか。全く、皮肉なことだ。

 

「じゃ、吐いてもらおうか。吐瀉(としゃ)物は遠慮するけど」

 

 ニタァと口角がつり上がるのを自覚しながら、私は彼らの首をつかみ取った。

 手近な木に三人とも(はりつけ)ると。そこから始めるのは明らかな―――

 

「―――拷問を始めようか」

 

 自決用のもの全てを取り除いたこいつらは、もう既に、ただの道具である。

 人の尊厳などかなぐり捨てた、ただの情報。

 よって、死などなく生も無い。つまりはどうしてって言い。

 

 最低最悪の考えの下、私はアソ―――情報収集を開始した、

 



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思い違いは想いの違い

  今回の一言
 タイトルの付け方変えることにしたことと、今回短いですハイ。

では、どうぞ


 

「うんうん、な・る・ほ・どー。つまりお前らはエニュオの地上輸送の前段階準備を行っていた、と。だからあそこに巨靫蔓(ヴェネンテス)を配置して人口迷宮(クノッソス)に近寄ることが出来ないようにしていた。んで、これが人口迷宮の鍵(ダイダロス・オーブ)と、気色悪いなぁ……。ま、いっか」

 

()もういいだろ(ぼぅぃいだろ)……さっさと(ざっさど)殺せ(ごろぜ)……(ばや)、く、エルフィ(でぃらびぃ)に、逢わせて(あわぜで)くれ(ぐれ)……」 

 

 血塗れた笑顔で今までの情報を統合し、何食わぬ様子でいる青年が、ぽんっ、ぽんっと投げられる眼球が閉じ込められた物を片手に、木に(はりつけ)となったままの齢三十そこらの人間を前にしている。

 話す男は青年とは打って変わって(ろく)に呂律が回っていなかった。というより、舌すら満足に動かせない状態なのだ。

 それだけでは無い。男の症状は生きていることすら不思議な程酷かった。

 関節なんて区別がつかず、肉は捻じれてぽつん、ぽつんと滴る血も後を尽きさせようとしているかのように、勢いが非常に弱く、間隔も広い。

 落ち着かない呼吸は今すぐにでも切れてしまいそう。だけど一向に切れない。

 眼球は()り貫かれ、だが神経は切断されていない。舌を噛み千切れないように口の中はすっきりとして、変色もしてない血で染め上げられていた。更に口を裂かれて、言語解析に努める必要がある言葉を放つのが精一杯。

 男は聴覚と痛覚が今現実に残している全てで、今すぐにでも消えて欲しいと願う全てだった。それこそが、自分が死んだ証拠となるのだから。

 

「ま、いいでしょう。じゃ、お疲れ様でした」

 

 青年は、パチンッと左手によって鳴らすと、瞬時にして僅かながらも残っていた男の力が抜けたことを確認するまでもなく、さっさと失せてしまった。

 彼が去った場所に残ったのは、異形の物とまだ何かと判る(むくろ)。 

 たったニ十分ほどの出来事だった。

 鮮やかとは程遠い惨状が生み出されるまでに、要したのは。

 

 とても色濃い時間だった。有力な情報を得られ、更に言えば楽しむことだってできた。少し神経を使うことをしていたから疲れてはいるが、これもまぁ別に良い。寝れば治るの論理だ。

 後処理は……必要ないだろう。どうせそのうちダンジョンの餌になるか、冒険者に発見されて葬られるだけだ。面倒だし、端からやる気などなかったのだが。

 情報だけ得られれば良かったのだが、まさかの報酬まであった。

 目玉が内包されたこの球体(オーブ)、人口迷宮の鍵『ダイダロス・オーブ』だ。見るからにダイダロスの血族の目玉だが、気にしないほうが良いだろう。知ったことでもないし。

 

「戻って寝よぉ……」

 

 久々に出した欠伸で、自分が本当に疲れているのだと身に沁みてわかる。

 走るのすら億劫(おっくう)な今、とぼとぼと歩いていくのだった。

 

 付着した、点々とみられる血痕すら、落とす気も回らずに。

 

 

    * * *

 

 遡る時は約十五分。とある少女が驚愕(きょうがく)に見舞われて、立ちすくんでいた時だった。

 体が震えあがり、恐怖に支配された瞳からは純粋な涙が弱々しく溢れる。

 

 すする声を抑えるのに必死だった。声を押し殺して、気づかれないように努めた。だって、彼はこんなことをしていただなんて、知られたいと思っていないだろうから。

 でも、恐怖は抑えられなかった。正直言うと、怖かったのだ。

 別に、首が転がる死体を見た時や、血が飛び散った時、臓物が垂れ出た時などではない。

 笑っていたのだ。然も楽しそうに、いっそ無邪気に、狂笑(きょうしょう)を浮かべていた。

 無慈悲に拷問して、当たり前のように命を狩った。

 人が痛がる術を熟知しているかのような、人が死ぬ限度を弁えているかのような彼の行動は、手際が良いの一言に尽きる。文面以上の生易しい行為ではなかったが。

 

 

 最後の一人を終えた彼は、何もなかったように去って行ってしまった。その顔には先程とは変わって徒労が浮かび上がり、だが足取りに油断などないが、はっきりとしてわかった。

 いや、自分の思い込みかもしれない。でもそれで私の心は安らいだ。

 彼は別にしたくてやった訳では無い。彼は仕方なくも拷問をして、仕方なくも殺したのだ。

 そこに私情なんてなく、私の感じた恐怖なんて別のナニカだったのだ。

 そうだ、そのナニカのせいで勘違いしただけなのだ。

 

 自己完結を勝手に終えて、彼の正当性を勝手に決め込む。

 彼の心情などそこにはなかった。関係なかった。私が落ち着く為だけの、それだけのものだった。

 

 彼が去った場に、私が新たに立つ。

 酷い有様だった。私でもこんなことはしたことがないほどに。

 全部で何人なのかは定かではない。原形をとどめている死体はあるが、その逆もまたある。

 肉や骨、内臓までもが露わになった死体や、ひしゃげてしまった四肢と思われるものをもつ死体。ぽっくりと幾つも開く孔は、一つだけ見るととても綺麗な断面をしているが、全体から見れば吐きそうになるほど(おぞ)ましい死体。解りやすいほど痛めつけられている、切り傷ばかりが態とやっているかのように手ひどく荒らされていた死体もあった。

 

 眩暈(めまい)がするほど濃い血の臭いも、いつしかの記憶を刺激されてあまりいたくないと思わずにはいられない。早々に立ち去ろうとして、思った。

 これは明らかに処理しておいた方が良い。後々問題になりかねないから。

 彼はこのあたりが抜けている。それでも仕方ないか。彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけなのだから。

 

 重要な矛盾を自覚しながら目を背け、知らないふりをする。慣れた手つきで、その後は死体の抹消をおこなった。誰が為もなく、彼だけのために。

 

 

   * * *

 

 これまたどうしてこうなるんだ。断言するが、私は悪くない。

 

「……………」

「――――」

 

 無言でただいる私と、対面し絶句する翡翠髪を持つ長命の美女。

 背後では7M程の滝が降り注ぎ、支配する音は水音と心臓の鼓動音、それに加えてなる珍しくいた無害な朝鳥(ヒヨドリ)の鳴き声だけであった。

 

 とりあえず、事ここに至った経緯を文面化しよう。

 『気づいていたけど態々来るとは思わなかった』

 手抜き過ぎだ全然だめ、しっかりと説明しよう。

 

 始まりは『昨夜』のことからだ。

 疲れていたこともあり、野営地に戻るのすら億劫となってしまったのだ。飛べば一瞬なのにも拘らず、面倒の一点張りで結局木蔭でそのまま寝落ちた。

 そして起きたのはつい一刻前。後悔したのがその十分後。

 明白なことに凝固した血は髪へと絡みついてひっぃじょうに厄介なこととなったのだ。即座に近場の湖へと直行したのは当たり前のことで、その後苦労したのも言うまでもない。

 流石に一回程度の蓄積なので、あの時よりも奮闘することはなかったのだが。

 それだから気づけたのが、人の接近。いかんせん自分の気配と言うものは、癖がついているので自然と隠してしまうので、相手方も気づかなかったのだろう。ゆっくりと、不自然にならない程度に気配を顕わにしていくことで、驚かせないように配慮をしたのだが、それは凶と出た。

 逆に近づいて来たのだ。

 まぁいいかと思い、その人物がいる方向に背を向けて、まだしっかりと洗っていなかった体を洗っていて、掛けられた声には流石に私も驚いた。

 

「すまないな、私もこの場を使わせてもらう」

 

「何も私専用の場所と言う訳では無いので、別に構いませんよ、リヴェリアさん」

 

「なっ」

 

「?」

 

 驚いた声を上げられたことに若干戸惑い、疑問を浮かべずにはいられない。

 おかしいだろう、リヴェリアさんだって私の姿をみて私と認識できている、はず……。

 それなのに然も事実を信じられないように気配を揺らがれたら、ねぇ?

 

「……どうかしたのですか?」

 

「ひゃっ」

 

 振り返って、やはり彼女だと視覚的にも確認すると、上げられた似つかわしくないか細い悲鳴に、尚のこと戸惑わせられる。

 それ以降、彼女は(まぶた)とぱくぱくと微かに口だけしか動かしてない。

 見つめ合いが()きた私は、彼女の身体をいい機会だし目に焼き付けておこうと思った。

 

 中々にして多い彼女の髪は、まだ()れてないこともあっていつもとの違いが一瞬で判る。纏められていないのだ、いつも後ろでそうなっているのに。

 だがこちらも悪くない。凛然(りんぜん)としたのがいつもなら、いっそ好奇心にあふれた子供のようなのが今の姿だ。だがそれはあくまでも私の感覚であって、普通の人から―――普通の人がリヴェリアさんの今現在の姿を見れるかはともかく―――してみれば、放たれる威圧のせいでそのようには思えないだろうが。

 髪ですら隠されていない彼女の所謂(いわゆる)『だいじなところ』はまぁ一言で言えば、流石妖精の王族(ハイエルフ)、だ。服の上からでも良く解ったが、中々にしていいものを持っている。バランスの調律がなっているといえようか。宛ら彼女が黄金比といえようが、アイズ至上の私にとってアイズこそが黄金比である。

 白色の汚されてないと一目でわかる肌は明らかにして、『あ、この人逃した人だ』と思ってしまったのは悪くない。

 そこから顔を上げて、彼女の顔を見つめたのが今に至ったまでである。

 

 突然、ふらっと脱力した彼女を、私は見逃さなかった。ずっと見ていただけからね?

 失礼ながらと心中呟き、彼女を支えるために最大限の配慮として即座にはいた手袋の指一本で支えた。弱々しく揺れ動く瞳にまた驚かされて、顔を手で隠されたのにはもうどうしたらよいか分からない。

 

「……男性器を見たのは二度目だ。異性に裸を見られたのは、君が初めてだ……」

 

「そりゃまた、あ、因みに一度目は?」

 

「どちらも君のだ……うぅぅ、恥ずかしい……」

 

 珍しくも身(もだ)え始めたリヴェリアさんを生温かな目で見守り、泣きだしたので本当に慰めるのは苦労した。

 ちょっとそそられて、途中から弄ってしまったが。

 因みにだが、一度目とはぶっ倒れてる私を戦闘衣(バトル・クロス)から病衣に着替えさせたときのことで、オラリオで初めてアイズに会った日のことだ。

 

「……その、なんだ。そろそろ隠してもらえると、その……」

 

「別に私は気にしませんけど?」

 

「いや、その、だな……それを見ると、こう、中から熱くなって、なんだか……へんな、気分になるのだ……」

 

「う~ん? ま、別にいいでしょう。私は体洗い終わりましたし」

 

 憶えの在る症状だが、まさか違うだろう。リヴェリアさんに限ってありえない。

 もう真っ赤になっている彼女を見てほくそ笑み、要望通りに着替える。

 その間凝視を続けたら、水に体を沈めて隠そうと頑張っていたが、正直言うと効果ない。水質が良すぎて透けているし、水深が足りなくて下半身しか浸かっていない。最後に加えるともう既に憶えてしまっているから結局どうしようもない。

 

「……シオン、今日のことは、忘れてもらえないだろうか……」

 

「無理言わないですかくださいよ……記憶力には自信がありますし、リヴェリアさんは綺麗なので私でなくとも記憶に焼き付くと思いますよ?」

 

「自覚はある……だがそこを何とか……」

 

「ふふっ、むーりですっ♪ その羞恥心を胸に納めて、貴女がなんとかしてください♪」

 

 頭を抱えてしまうが、それもまた面白い。

 周りにエルフが数名いるのは始めから気づいていたのでバレないようにしていたが、この調子だとバレてしまいそうだ、絶対彼女の羞恥を引きずっている様に気づくだろうから。

 早いうちに、撤退しますかね。

 

「んじゃ、また後で、私も合同で帰還しますから」

 

「……ぁぁ」

 

 弱々しい声を後に、私は保険の為完全なる隠密(ステルス)でその場を脱した。向かうは野営地だ。

 リヴェリアさんが何故水浴びしたのかは気分でしかないだろうが、何とも不運な人だ。こちらは幸運なのかは(いささ)か判断しかねるものだが。

 

 だが、いかんせん、私は上機嫌らしい。

  

 場からある程度の距離を持てた彼は、ふとその隠密(ステルス)を一段階ほど下げると、鼻歌交じりに歩き出す。

 気が抜けているが、後に想い人と一緒に居られる時間があるということを考えているのだから、それは一際わかりやすいまでになる。明らかなに油断をしていた。

 

 それでも敵意・殺意・害意に敏感な彼は気付けるだろ言うと言う自信があった。

 だが、穴はやはりどうにもならなかった。

 それらを持たないものが、ぴきっ、ぴきっと不吉な余韻を残しながら近づきつつあることに、彼は気付かない。否、気づけなかった。

 

 

 

  



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気付かぬ殺意は露わとなる

  今回の一言
 次回きつそう……

では、どうぞ


「ぁ、シオン。どこ行ってたの? 反応がなかったから、場所も分からなかったし……心配してたのに」

 

「ごめんなさい。ちょっとばかりの急用でしてね」

 

 野営地に戻ると、そこは『昨夜』に勝り慌ただしい。ワン吉が帰って来てたことだし、薬の分配もとっくに終わって、本当に今日中に帰ることになったのだろう。流石フィンさんの予測だ。

 その手伝いをしようと向かった矢先、遇えたのがアイズ。直ぐに襲ってくることはなかったから、本当に反省して自重しているようだ。

 だが反応がなかったとは当たり前のことではなかろうか。一度あって、そのまま近くにいるのだ。遠く離れた訳でも無いのに、そんなことはないはずなのだが……まぁ、そのあたりはいいだろう。

 

「そうそう、何かお手伝いすることはありますか?」

 

「……ない、のかな?」

 

「何故に疑問形」

 

「私が手伝おうとしたら、全力で断られちゃって……」

 

「あー」

 

 納得してしまう自分がなんとも言えない。実際言ってしまうと、アイズは器用の様で不器用である。どれくらいかと言うと、調味料に触っただけで料理が駄目になってしまったレベル。

 どんなレベルだよ……自分で言っててわかんねぇ……もはや原理すら不明である。

 

「あ、そういえばティアは? 完全に忘れてました」

 

「流石に憶えててはあげようよ……天幕の中で休んでる。疲れた、のかな?」

 

「ずっと治療にかかりきりだったのでしょうね。労いの言葉でも掛けておきましょうか。じゃ、アイズ。また後で」

 

「うん、また」

 

 なんやかんやといろいろあり過ぎて、ティアについて完全に意識外だった。彼女はずっと意識の中というより中心だったろうけど、別に良いだろう、少しくらい忘れていたとしても。

 アイズに手を振りながら背を向け歩き出すと、それに小さくとも振り返されてにやつく顔を抑えきれない。だが何とか口元を隠して、ティアがいるであろう片付けられていない天幕へと入る。 

 中にははメイド服姿でぐっすりと地にぶっ倒れる銀髪の幼女がいた。

 寝息は立てているし、心臓の律動も感じとれる。死んではいないようだ。

 

「……でも、起こすのは悪いですかね」

 

「そんなことはなーい!」

 

「うおっと」 

 

「避けられた⁉ 完全に不意打ちだったのに⁉」

 

 立ち去ろうとして直ぐ、後ろから発せられた声。それと共に飛んで来る小さな体。

 私の潜めた声一つで、飛び起きることができたらしい。どんな感覚をしているのだか。

 勿論避けはしたのだが、そこまで驚かれることだろうか。

 

「その様子だと、まだ余力はあるようですね」

 

「えっへん。上位精霊を舐めないで欲しいな、力ならありふれてるもんっ」

 

「ではどうしてぶっ倒れていたのでしょうね」

 

「うぐっ」

 

 わかりやすいまでの強がりだ。はっきりと浮かぶ目の下の(くま)。ゆらゆらと軸が定まらない様は、明らかに疲れている証拠だ。

 かかりっきりにしていたことは最善と思っていたが、彼女の精神力(マインド)は計算に含んでいなかった。心中悪いと謝罪しつつ、後悔は全くしていない。

 

「ティア、ちょっとおいで」

 

「? なになに、何かしてくれるの?」

 

「ふふふっ」

 

 不吉に笑って、何をしようとしているのかは悟らせない。今ので若干後ずさった感じは中々よい反応だ。

 

「や、優しくしてね? 私も、その……頑張るから」

 

「違うわ。私をどんな人だを思っているのですか、酷くありません?」

 

「ち、違うの! ただちょっと願望が混ざっただけで……」

 

 それに、休ませようとしているのに逆に体力を使う行為をするなど、わかりやすく本末転倒だ。

 まぁその意図に気づいていないのだから、彼女にそんな考えなどなかろうが。

 

「……なにをするの?」

 

「えぃ」

 

「きゃふんっ⁉」

 

 おそるおそるの様子で私の前に座ると、瞬間飛ばした手刀。

 勿論肉を断つのが目的ではなく、意識を刈り取るのが目的。威力を全て衝撃へと変換し、神経へと直接伝えた。それで脳への電気信号は遮断されて意識は暗転するだろう。

 ばたっと前屈みに倒れる彼女の肩を持つと、優しくそのまま仰向けへと姿勢を変えさせた。

 枕が無いのもかわいそうだから、仕方なく、仕方なぁく膝を貸す。ただ正座だと彼女には高すぎるから、脚は伸ばした状態となるが。

 

「……こう見ると、本当に幼女にしか見えないんだよなぁ……」

 

 あどけない顔立ちに、まだ成長途中のように見える体躯(たいく)。心臓の律動する間隔、呼吸の回数。どれをとってもただのカワイイ幼女にしか見えない。

 だがそんなのではなく彼女は精霊だし、なんらな幼女では無く実を言えばロリである。

 何故かと言えば簡単なことで、精霊が自我を持つのにかかる時間は、アリア曰く平均して600年。ティア自身13歳と言っているが、そこを足して613歳ほど。

 何十倍も、彼女の方が年上だったりする。

 

「ま、そんなこと気にしてないでしょうけどね」

 

 むしろどうでもいいと思っているまである。

 

 寝息をうっすらと立てる彼女を一撫でして、愛おし気にしている自分に少しばかりの驚きを受ける。

 仕方ない事か。これだけ可愛いのだし、誰だってそう思うだろう。

 だが私は限度を弁えているし、彼女が望もうとも手を出す気は毛頭無い。以前一緒に入ったお風呂は私が悪いのではなく彼女が悪いのだ。決して私は故意的に何かをしたわけでは無い。断じて、だ。

 

「このまま待ちますかね」

 

 あと数時間はあるだろうから、彼女が休む時間も十分にとれる。

 潮時に起こせばいいだろう。何かしらの呼びかけはあるはずだ。

 

 その時までじっくり、彼女の眺めていたのだった。

 

 

 

 無情に高まる胸中を無視して。

 

 

   * * *

 

「みんな! 後は迷宮の孤王(ゴライアス)を討伐し、帰還するのみだ! だが気を抜くな! たとえ僕達でも、油断すればこのダンジョンに簡単に狩られる! 気を引き締めて、帰還にあたる!」

 

『おーーー!』

 

 猛々しく意の籠った雄叫びが、然も嬉し気に響く。

 二時間ほどの休憩後、準備を終えたようで呼び出しが来て、何やら会議に参加させられた。それは私が同行するから必要なことだそうだ。

 そこでリヴェリアさんがやけにちらちらとこちらを見ては目を逸らすを繰り返していたので、周りからは不審がられていたが、私からしてとても面白い光景でった。

 ニヤリと笑ってやった時のあの顔は、特に。

 因みに、その内容の大半が階層主(ゴライアス)討伐について。何でも私とティアがその隊に組み込みたいとのことで、快く承諾した。

 

「先遣隊が精鋭組! 先程発表したメンバーで階層主(ゴライアス)の討伐を行う! 三分以内で終わらせるぞ!」

 

「そんなに時間はかからないと思いますがね……」

 

 ゴライアスはただの巨人。その低度に殺される私では無いし、手古摺(てこず)ることも無いだろう。どうせ秒で終わる。ちょっと首を飛ばすだけだ。

 

「ゴライアスの討伐後、ベートを向かわせる! 後続隊はベートと共に帰還! 嘆きの大壁(たいへき)前で落ち合おう!」

 

『おーーー‼』

 

 意気揚々としているが、そこまで興奮することだろうか。

 まぁそれは別にいい。

 ただ気になるのは、この場にベル含めヘスティア様やリューさん等々の姿が見られないことだ。

 水晶群のある場所に妙なことに気配が密集しているが、何かあるのだろうか。

 

「シオン、何考えてるの?」

 

「いえ、何でもありませんよ。どうせなんとかなるでしょう」

  

 ベルもそこら一端の冒険者に後れを取る程弱くはない。心配は無用だろう。それも、ベルがその異変に関与していたらの話だが。

 

「先遣隊! 前へ!」

 

 十七階層への入口へ背を向けているフィンさんに呼ばれて、私とティアをはじめ、首脳・幹部・準幹部一同が前に出る。【ヘファイストス・ファミリア】の参加は、一身上の都合よりなくなったそうだ。

 何でも経費がどうたらこうたら……っとそんなことはいい。

 

「行くぞ!」

 

 そうフィンさんが叫ぶと、軽く走り出す一同。だが私は一つ溜め息を吐いて、普通に歩き出した。

 (いぶか)し気な目を向けられるが、別にそこまで急ぐことでもない。

 

「ティア、魔法用意。範囲狭小(さいしょう)、属性炎雷(えんらい)麻痺(まひ)させるくらいの火力」

 

「りょうかーい」

 

 ティアも後から歩き出し、それに合わせて私が指示を投げる。

 これで、所要時間が五秒で済む。

 

 坂道を上がり切ると、そこではもう進撃を開始していた。

 ワン吉とアイズが斬り込みを務めている。

 

「【貫く麻痺弾(ライジング)】」

 

 これでも初見のゴライアス。その()()()にちょっと驚き。 

 だが意に返さずティアは魔石(心臓部)目掛けて麻痺弾を撃ち放った。

 

 即座にその効果は明白なものになる。

 身震いしたゴライアスは、可笑しなまでにその動きを停止した。

 

「はい、終わり」

 

 そしてそれは死に等しい。抗うことも無く、ゴライアスは首に一筋の光を通した。

 その光とは、刃の残光。尋常じゃない重さを誇る『一閃』の亜光速に至る斬撃。

 一直線に跳んだ私は、居合いの要領で斬った。そして着地したのはゴライアスの額、跳んだ勢いを反転させて更に蹴って跳躍する。

 するとどうだろうか。いとも容易くその頭は胴体からころりと落ち、多量の鮮血を噴出しながら、数秒の時を経て灰となり、魔石をゴロンと落とした。

 

「ほい、ワン吉、報告報告」

 

「―――――――」

 

「?」

 

 何故か皆が絶句している。フィンさんまでもが、だ。

 そこまで可笑しなことをしたのだろうか。ゴライアスくらい、この程度で終わるだろうに。

 それとも何か、ゴライアスは実はめちゃくちゃ皮膚が硬くて、斬る事が容易ではないとかか? まだ『ハード・アーマード』の方が外皮的には硬いのだが……

 

「す、すげぇ……」

 

 ふと聞こえたのはラウルさんの声。そこには感嘆が含まれていた。

 不思議と首を傾げると、更に感極まった声が掛けられる。

 

「凄いじゃないッスか! どうやったんスか⁉ ゴライアスをこんな簡単に……」

 

「……流石シオン、だね」

 

「あ、ありがとうございます? それで、ワン吉、固まってないでさっさと報告に行ったらどうなのですか」

 

「……チッ、わぁがってるっつーの」

 

 ラウルさんが詰め寄ってきて、そこにアイズも加わる。

 アイズに褒められるのはとても嬉しいのだが、ここにいつまでも留まる訳にはいかないだろう。早々にワン吉が報告へ向かうべきだ。

 

「少し待ちますかね」

 

「うん。そうだシオン、さっき魔法って……使ってた?」

 

「使ったのはティアですよ。麻痺させて一息に殺せるようにしてもらいました。お陰でとってもいい的でしたよ」

 

 まぁ本当の所を言えば、人型モンスターは電気に弱い。何故かと言えば筋肉硬直が原因で動けなくなるのだ。要するに麻痺しやすいということ。元々光系統電気属性のティアにとっては得意分野。それに、炎属性も含んでいたから刃もいい感じに通りやすかった。肉がちょっと焼けてくれたお陰で。

 でもそれがいったいどうだと言うのだろうか。魔法を使わなくても、アイズもやろうとおもえばできるだろうに。

 

「……そっか」

 

 含蓄のあるその返しは、今一意味がくみ取れなかった。不思議に思い再度首を傾げていると、今度は他の人たちが挙って話しかけて来る。

 その間にも、ワン吉は後続部隊と合流し、今に迫って此方(こちら)へ向かっていた。

   

 それを質問攻めの対処を行いながら確認していると、ふと突然、ナニカを感じた。だが消える。

 そして次には今までにない、(おぞ)ましいまでの怖気が走った。それは寒気となり、背中を突き刺す。

 

「――――ふざけんなッ」

 

 走り出した。そう吐き捨てると、周りに囲む人たちを意に返さず。

 今感じたのは予兆だ。そう確信できる。

 それでいて、ただならぬ敵意だ。感じ取れない訳がない。

 

 しかもそれが感じるのは、今まさに後続部隊が通行中の、十七階層へと続く十八階層からの通路。

 完全に、ヤバイ。

 

 第一に優先したこととは、ギリギリ出しても問題ない最大速で、通路内の全員を避難させることだった。実力者の多い、階層主の居たあの空間へ。

 だが、それも完全には終わらなかった。人数が多すぎたのだ。

 残り三人。そこで起きたことは、(ひび)割れ続けていた天井が破壊された事。そして、謎のナニカがその姿を顕わにしたこと。

 そして、その敵意、殺意、戦意。全てを私たちへ向けてきたこと。

 

「ウゥッリャァッ!」

 

「―――――ッ⁉」

 

 奇声を発し、攻撃してきた人型生物。不幸中の幸いか、それは抱える三人に(あた)らず私の腕だけで済ませられた。亜音速で人を抱えながら動く今、刀など握ることすらできない。だから避けて、ギリギリでその三人をあのルームへと投げ飛ばした。

 悲鳴が上がるが知ったことではない。崩れてしまった通路は、いずれ修復するだろう。

  

 全員、助けられた。あとは、逃がすのみだ。

 眼前に迫りくる脅威から、異常なまでの強さを誇るモンスターから。

 今の一手で判らせられる。あいつは強い。

 速度、重さ、軌道、読み、人間としか思えない攻撃。

 色素を感じない真っ白な体。より目立つあの殺意に(たぎ)っていた目。

 

 絶対に、逃してはくれない。なら、私が殺すのみ。

 相手もそれを望んでいるかのように、私のみにその全てを向けている。 

 【猛者(おうじゃ)】にも負けず劣らずの気迫。さて、どうしたものか。

 

「フィンさん、早々に撤退してください。……死にますよ」

 

 冷酷な声でそうとだけ告げる。目をひたすら、からがら逃げたあの通路へ、やってくるあのモンスターへと向けたまま。

 

「君の実力は知っている。僕独りだと負けてしまうことくらい強いことも。だが……あれは無理じゃないかな」

 

「【勇者(ブレイバー)】が何弱音吐いてんだよ。怖いならさっさとアイズ連れて地上に戻れ。その方が私としても、非常に助かりますから」

 

 引き絞ったようなフィンさんの声。それに反発してさっさと逃げてもらえるように催促する。

 この広い空間でも、これだけ人がいれば巻き込まれない道理はない。

 

「シオン、私も戦う」

 

「駄目だ」

 

「いや」

 

「――――ッ」

 

 尚近づく気配で(はや)る気持ちが、焦燥(しょうそう)を募らせる。

 隣に立って抜剣するアイズに拒絶される。だが、戦わせてはならない。これは、人間が相手するようなものでは無いのだから。

 

「……無理は、しないでくださいね」

 

「シオンの方が、絶対無理するもん」

 

「あたりまえです」

 

 そうとだけ言葉を交わすと、とうとう姿を現した。あの、バケモノ(モンスター)が。

 アイズも退()いてくれる気配がない。仕方ない、か。

 

「戦えるLv.6だけが残れ! 他は逃げねぇと……殺すぞ」

 

 本気の殺意を振り()いた。でも、実際そうなのだ。本当のことなのだ。

 死ぬのではない。私が殺すことになる。

 剣戟に巻き込まれて、死ぬ羽目に。

 

「フィンさんッ! 頼みますッ!」

 

「承った! ティオナ、ティオネ、ベート! 全員を引き連れ直ちに帰還しろ! 後から、追う」

 

「で、ですが団長!」

 

「行くんだ!」

 

「―――――ッ、全員! 団長に従って! 逃げるわよ!」

 

 今こうやって、会話できていることが不思議だ。指示出しの時間を、態と与えているかのように。

 残ったのは、Lv.6と私、そしてティアのみ。嫌々ながらも、他の人たちは撤退してくれたのだ。

  

「ハナシワ、オワッタカ」

 

『 ⁉ 』

 

 戦いの開幕は、摩訶(まか)不思議なその現象からだった。

 

  



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生まれた怨嗟は彼へと繋がれる

  今回の一言
 戦闘シーンは本当に難しいよマジで⁉
 
では、どうぞ


「……へぇ、変わってますね。知性があるとは驚きです」

 

「ソノワリニワ、オドロイテナイ。オマエ、ウソツイタ」

 

「嘘じゃないですよ。人の心情を感じ取ることは、できないようだ」

 

 白の怪物(モンスター)は一度ならず二度も、言葉を発し、かつ会話を成立させた。

 片言でしかないが、確かに。

 気配だけでは無い。知性と言う概念ですら、このモンスターは他のモンスターとかけ離れている。

 私と同等程の身長に見えるが、猫背を正せば優に2Mを超すだろう。それにあの長い髪、地面についてもまだ伸びているほど長い。いつぞやの私のように。透明の目には私を刺す異様な殺意が(うかが)える。

 何とも変わっている。しかも、知性があるなら理性がある。相当に厄介だ。

 

「……ティア、リヴェリアさん。魔法用意。何でもいいので最大火力で。私も撃ちます」

 

「了解した」

 

「おっけー。シオン、頑張って」

 

「はいよっ――――!」

 

 勝手に指示を出し、怪物目掛け全力で踏み込み、一閃。

 小手調べなどしている余裕はない。一刀一刀殺す気で放つ。

 キンッ! と甲高い音が鳴った。少しの驚きが生まれるものの、それを無視して詠唱を始める。

 

「【全てを無に()せし劫火よ、全てを有のまま(とど)めし氷河よ。終焉へと向かう道を示せ】」

 

 後ろに小さく飛び、距離を取りながら詩を紡ぐ。終りを導く死の詩を。

 怪物は追って私を襲ってきた。

 その手には、先程まで無かったはずの真っ白の大剣。狭く薄い、斬る事に特化した。

 

「【フィーニス・マギカ】」

 

 大剣を受け流し、斬り返しながらも一次式を完了させる。

 これはまだ攻撃にならない。そして待機させることもできる。

 迫りくる大剣を鍔迫り合いに持ち込むと、また声を掛けられた。

 

「マホウジャナイノカ。ドウデモイイガ」

 

 何度驚かされれば良いのだろう。このモンスターは魔法の存在を知っている。

 いや、知る機会はある。だが、それは訪れていないはずだ。この怪物は先程産まれたばかりのはず、ならば知り得るはずが無い。

 

「【始まりは灯火、次なるは戦火、劫火は戦の終わりの証として(もたら)された。ならば劫火を齎したまえ】

 

 斬り合いながらの並行詠唱。だが敵の刃は速い。高速詠唱を合わせることは流石に無理があった。安定させて詠唱を完成させるのは必然時間を要してしまう。

 

「【醜き姿をさらす我に、どうか慈悲の炎を貸し与えてほしい】」

 

「【神技鉄槌(ミョルニール)】!」

 

 ふとそこで、背後から(おびただ)しい量の魔力を感じ取り、飛び退く。

 完璧にあったタイミングで、怪物に雷光が落ちた。それは色合い鮮やかに変色し、多種の効果を与えている。

 ティアの魔法だ。最大火力で放たれているから相応にダメージを与えられているといいが。

 

「【さすれば戦は終わりを告げる】」

 

 続き私も放つ準備を終える。第一射、最大火力の(ほむら)を。

 

「【終末の炎(インフェルノ)】」

 

 ティアの魔法で今も尚足止めを受ける。私の視界内にはあの怪物しかいない。

 指を鳴らすことはしなかった。そんなことをしている余裕は瞬時にして無くなったから。

 

「おぃおぃ、ティアの魔法で無傷かよ……」

 

「アンナノ、ヨワイ。オマエノケンノホウガ、ツヨイ」

 

「剣じゃなくて刀だけどなっ!」

 

 私の魔法を受けながらも難なく動き回る怪物に苦笑いしか浮かばない。魔法耐性でもあるのだろうか、ならば魔力の直接攻撃ではなく、間接的攻撃ではどうだろうか。

 

「【終わりの劫火は放たれた。だが、終わりは新たな始まりを呼ぶ】」

 

 氷片が飛び散るこの合わせ技(コンボ)。音速レベルで飛礫(つぶて)となるのだから、生身が受ければただでは済まない。斬り付けた感触、氷片は貫通できるはずだ。

 

「【ならばこの終わりを続けよう。全てを(とど)める氷河の氷は、劫火の炎も包み込む】」

 

 気のせいだろうか、段々と敵の刃が重くなってきている。私の動きに対応してきているのだろうか、ならば早々に決着をつけるべき。

 

「【矛盾し合う二つの終わりは、やがて一つの終わりとなった】」

 

 そこで敵の動きが少し変わった。チャンスとは思わなくとも斬り込むと、懐へ入り込んだ瞬間、私を弾いたのは大剣では無く、対で二本の短剣。

 そこから果敢に攻めかかって来た。重さは効果が無いと学び、ある程度の重さと手数での勝負を決め込むつもりだろう。ならばこちらも手数を増やすのみ。 

 

「【その終わりとは、滅び。愚かなる我は、それを望んで選ぶ。滅亡となる終焉を、我は自ら引き起こす】」

 

 鈍色と漆黒の残光が軌道を作り出す。もう既に燃え盛る炎の範囲からは外れていた。だが問題ない、戻せばいいだけのこと。

 大剣から短剣に替わったのは、恐らく変幻自在の武器、ということなのだろう。無形であり有形、定めた形になると言う事か。

 それにしても、面倒な太刀筋だ。力任せに振るわれて、速度と重さと手数だけが稼げている。鋭くはないが、容易に対処できるものでは無い。無駄は多いものの、目だった隙は無いのが更に面倒。

 証拠にフィンさんたちの援護がまだ期待できない。今はありがたいが、後々きつそうだ。

 

「【ヴァ―ス・ヴィンドヘイム】!」

 

「【神々の黄昏(ラグナロク)】」

 

 凛とした砲声と、無感情に告げる終わりの声が重なる。

 瞬前(しゅんぜん)私は斬撃とは反対方向から、全力の蹴りで赤く輝く紅蓮へ突き飛ばした。ジャストで怪物は、その中心へと降り立ち、そこへ効果が訪れる。

 天井と地面から周りと同一色の塊が挟み込むように現れ、球状に包み込んだ塊は次の瞬間、中から溢れ出る蒼白い炎で粉々に砕け散った。

 

「ティア結界!」

 

「言われなくても!」

 

 簡易的な巨大結界で、皆の身を護らせる。私はその結界からは外れ、全力の邁進。飛礫(つぶて)飛び交うそこへと突っ込んだ。 

 一弾も食らうことなく怪物へと一刀撃つ。だがそれはキンッとまたもや、甲高い音を鳴らした。

 

「ふざけんなよオィ!」

 

「キャキャハッ、アブナイアブナイ、ヒャハッ」

 

 無傷、であった。正確な表現として、私が斬ったはずの痕も見られず。

 髪がゆらゆらと(うごめ)いている。恐らく、あの一本一本が触手のように動かすことが可能なのだろう。それに加え強度は鉄など優に超す、感触的に最硬質金属(アダマンタイト)。今弾き返されて分かったが、かなり厄介だ。

 

「ゼンインデコロシニコナイノカ。コワイノカ、ヒィヒャハッ」

 

「馬鹿々々しい。ただ、待ってるんだよ」

 

 そう、気配を殺して、飛礫(つぶて)が止んだ今、機を待っている。

 居場所は全て捉えている。後は立ち回りやすいようにするだけ。

 

「かかって来いよ怪物(バケモノ)。同じバケモノが相手してやる」

 

「イイ、イイイイイッ! コロスッ! オマエハツヨイ!」

 

 速度が上がった、まだ余力があるのだろう。底知れぬのは十分な不利となる。

 此方も余裕があるからまだしも、どうしたものか。

 

 こちらは初手でしか傷を負わずに、段々と敵に傷を蓄積させられてはいるが、目に見えて回復されている。自己修復能力は自分はとても便利だとしても相手に使われると嫌になる。 

 

「荒いな」

 

「ヒヒッ、シネ、シネェェェ!」

 

 武器を何度も変え、人外の能力をいかんなく発揮し変幻自在の攻撃を生み出す。対処は難ありとて、可能な範囲を抜け出せない。一体、先程の殺意や気配は何だったのだろうか。

 不思議なまでに弱まっている、のだろうか。それとも、相手も機を待ち続けているのだろうか。その為の温存か。

 首だけは刈り取れない。心臓部も斬り付かせてはくれない。そこが弱点だと知っているのだろう。それ以外はからっきしの防御だが、重点的なところは抑えている。能力に頼った方法だが、それが最善手なのだ。

 

「そろそろ攻めましょうか……」

 

「ナンダ、ナニカスルノカ、ヤッテミロ、ドウセヨワイ」

 

「強さに固執すると痛い目見ますよ」

 

 同方向からの横薙ぎで狙うは胴体でも首でもなく、硬い髪。あえて、そこを狙う。

 一閃の重さは尋常じゃない。今までは直撃を避けられていたが、髪ということもあって油断していた。斬撃では無く、殴打に近いこの有効打を。

 

「ぞりゃっ!」

 

「グヒッ」

 

 小さく声を上げて、紙屑のように吹き飛ぶ。嘆きの大壁(たいへき)へと一直線に高速で飛んでいく白色の塊を、ある拳が捉えた。白い塊が返される。

 

「何ちゅう重さじゃ、折れるかと思うたわ!」

 

 怒声が飛んでくるのは、高速で戻ってくる白い塊と同じ方向。力でゴリ押しの彼の得意分野で、ただ殴り飛ばすのみ。ダメージを与えることが目的だ。

 本当に与えられたかどうかは知らないが。 

 

「次っ!」

 

「人使いが荒いね君はッ!」

 

 フィンさんの二柄が直線で煌めき、心臓部目掛けて放たれるも、やはりそう易々と殺せるほど弱くない。髪で槍に巻き付き、引き寄せてフィンさんを蹴り上げた。

 負けず劣らずの速さで天井へ吸い寄せられる。相当なダメージを負うだろうが、気にしてなどいられない。

 (わら)い嘲り、隙を見せた怪物に一閃、脚を飛ばす。

 

「ギャッ?」

 

「もう一本!」

 

 返し走らせ肩口へ、だが対応は早く前へと出た髪で弾かれ、だが相応に怪物も弾かれる。

 バランスを崩したのは、やはり怪物の方だった。

 そこに命を刈り取る刃が二つ、怪物へと迫った。急所目掛けての一撃が。

 

「ヒハッ」

 

 視認不能な程の斬撃を見て、怪物は不敵に笑った。それに初めに感じた寒気が走る。

 体が勝手に動いた。

 鈍色の線は直角に折れ、一直線に向かうのは下すもう一つの刃。思い切り弾いた。

 驚きを隠さない目に苦しみながら、もう片方の手で漆黒の軌跡を描くと、それは本当にギリギリだった。

 片腹を深々と抉られ、漆黒の刀を握る右腕は吹き飛ばされる。所々に孔が開いた。

 地面から伸びた、針のような先端をした白色のナニカによって。

 

「シオン⁉」

 

「気にするな!」

 

 アイズがそれに気づいて悲痛な叫びを耳へ届かせるも、アイズが無事ならそれでいい。

 私の身体などいくらでも治る。だから大丈夫だ。

 そう目で伝えながら、致し方なく後退する。

 

「ヨク、キヅイタナ。イツモワコレデオワッタ」

 

「興味深いことを言いますねぇ……」

 

 ギリギリで納めた『黒龍』を一瞥し、一閃を正眼に構える。

 そのまま、呪いを回した。今ここで吸血鬼になる暇はなくとも、修復くらいはできるか。でも接合では無く修復だ、時間はかかる。

 鋭い痛みが走った。先の無い肩口から最優先に。

 

「……オマエ、ニンゲンカ」

 

「だったらどうなのでしょうね。言ったはずですよ、『怪物(バケモノ)の相手はバケモノがする』と」

 

「ソウカ、オモシロイ!」

 

 始めて動揺を見せた怪物。だがそれは私の様子で一転し、高揚した風に見える。

 正直今はかなりキツイ。同時進行で精密作業を幾つも並行している。ふとした拍子に崩れかねないのだから、かなり危うい。

 

「シオン、援護する」

 

「治癒は必要?」

 

 そこへ金と銀の光が、私の邪魔にならない前へと現れた。

 片や正面の怪物を相対し、片や魔法を用意している。

 

「援護だけお願いします……治癒はいりません」

 

「本当に?」

 

「えぇ、自力で治しますよ……」

 

 ティアの魔法でも、無くなったものまでは治せまい。なら自分で直した方が手っ取り早いし煩わせる手間も無い。

 目の前の敵の邪魔さえなければ、三十秒で全回復できる。

 

「リヴェリアさん! フィンさんの治療を! ガレスさん! その二人を守ってください! 私たちは攻めます!」

 

「了解した! ガレス!」

 

「わがっとるわい!」

 

 古参三人組を纏めさせておけばあそこは一先ず危機は免れるだろう。それに集中砲火で果敢に攻め立てれば、致命傷を負ったフィンさんも回復できる時間は稼げるはず。

 

「アイズ、斬り込みますよ。ティアは物理干渉系の魔法で援護を。問題は?」

 

「わかった」

 

「わたしも大丈夫」

 

「よし。んじゃ、行きますかっ!」

 

 そのタイミングで、腕も完全再生を終える。所々に空いた穴は無視だ、そのうち治る。

 本調子とはいかずとも、それをカバーできるアイズがいる。何ら問題ない。 

 

「「【目覚めよ(テンペスト)】――【エアリエル】」」

 

 風を呼ぶ二つの声が重なる。二人は風を(はし)らせ、急接近して死を告げさせる刃を向かわせた。だが一刀程度では弾かれるのはもう理解している。

 だから、斬れるまで続ける。最高速の連撃を。

 目まぐるしく入れ変わり、たとえ返されたとしても、たとえ反撃されたとしても、片方がそれを補い、片方が更に追撃を与える。

 何一つ話した訳では無いコンビネーション。流れを感じ取って動き、自らが操る風の動きに合わせて刃を走らせる。三つの刃が織り成すその剣戟は、さながら一人の手で創られた、一刀だけの剣舞のよう。

 着々と傷を与える。ティアの物理攻撃も、目に見えて効果が表れるようになってきた。

 

「はぁ、もう潮時かぁ」

 

 ふと、聞いたことのない、誰かの声が聞こえた。

 それは不思議なことに、白い怪物しかいない方向から聞こえる。

 

 バンッ! と大きく地面が割れた。否、盛り上がった。

 

 それは二人の刃を阻み、剣戟に刹那の停滞を言い渡す。

 ぱっと退いて、半身で背を合わせながら、盛り上がった地面の方向を(にら)み構える。

 煙が舞い影が朧気(おぼろげ)に捉えられる程度の中、確かに気づく。

 

 変わってた。姿そのものが。

 

 粉塵が晴れ、その実態が影のみならず露になる。

 

「一体どうしたらそうなるのだか……」

 

「おかしい……気をつけなきゃ……」

 

 色素の無かった体に、色合いが生まれた。それだけではない。

 性別といえようか、それが目に見えて判った。女だ。人型の体系は変わらずとも、より人間に近づいた――――いや、そのものに成ったかのように見える。

 モンスターが人間に変化(へんげ)する。あるいは人間がモンスターに成っていた。

 あってはならないことだ。

 

「もう少し()()で力をつけて来るべきだったか……あの姿のまま勝てたらよかったのに。君たち強すぎない?」

 

「さぁ、それはどうだろうな。一つ訊くが、お前はなんだ。人間か、モンスターか」

 

「君たちで言うところのモンスターだよ。ま、この姿を見られたからには、死んでもらうけどね」

 

 怖気が走った。血流が一気に加速し、対し感じる熱は遠のいていく。

 (はし)った。止めなくてはならないと思って。何を、とまでは考えていない。

 

「ゼェェリャァッ!」

   

 大音量の気合を置き去りに、初速の風すら措いて、走った私は鈍色の刃を下段から振り上げた。次には後ろに弾かれる、私が。

 正体不明の怪物も確かに飛ばすことはできた。だが先程とは比にならない程小さな距離。

 地面が大きく砕け散るのも露知らず、反撃をしようとする怪物目掛け、一条の光が迫った。源は、振り切った姿勢で不的に笑う、回復済みをフィンさん。

 

「軽いんだよ」

 

 だが、その槍は容易く見破られ、少し軌道から体を逸らした怪物は、すっと伸ばして手で槍を掴んだ。でも衝撃を殺したわけでは無い。そのままずるずると地面を削りながら飛んでいくと、ふとその動きは停まり、身体を捻った。その動きに槍は付いて来て、ふと手が開かれる。

 

 槍は、引き寄せられるかのように、その先端を主へと向けた。

 

「―――――ッ」

 

 声は聞こえなかった。槍に心臓を貫かれ、フィンさんはまたしても吹き飛ぶ。そして、壁へと(はりつけ)にされてしまった。ぐたぁっと、力無く身体が垂れさがる。

 

「クソッ」

 

 あの程度で死ぬ(たま)とは思えないが、もう戦えはしないだろう。

 リヴェリアさんが手当てに向かっているし、あとは任せるしかない。

 

「アイズ⁉」

 

「―――――ッ!!」

 

 それはきっかけとなった。独断専行の、アイズの斬り込み。怨嗟(えんさ)によって生まれた、隙ありし鈍った剣。あんなの、効くはずも無い。

 止めようと思った、だが、手は服を掠めて(から)を掴む。

 

「君も、全然弱いね。死んでよ」

 

 言いながら、アイズの剣を指一本で()()()()()。鋭さを失った剣は、その後ぱっと横へ曲げられた指と共にずらされ、もう片方の手に気づけば握られていた大剣が、ずばっ、と、音を立てて地面と直角の線を描いた。

 遅れてついて来る、多量の鮮血。

 私の視界が、明滅し、軽く暗転した。

 

「―――オン⁉ ―――――ン! ―――――――――シ――」

 

 荒れた叫び声が響いた。それは寸でのところで意識を保たせた。

 固く握りしめる両拳。力のあまり震える腕は、もう制御すらできない。

 

「悪いティア。全力の防御魔法を私以外に頼む」

 

 ギリギリの理性で、そうとだけ告げた。返事なんて聞かなかった。

 極限まで加速した世界(意識)。その中で私は一人、その速さで動いた。

 

「あらっ」

 

「――――――」

 

 その無音での斬撃は、さながら同時に斬撃が飛んだかのように錯覚する。

 斬り刻んだ怪物の腕、空中でゆっくりと動くアイズを掴んで即座に後退し、多量の出血で『即死した』彼女寝転がらせた。

 

「使わせちゃったな……」

 

 パリンッと小さく(ひび)割れた音が、彼女の裂かれた胸元で光る宝石から鳴る。そしてそれは淡緑(あわみどり)色の結界らしきものを作り出した。

 加護(グラシア)の効果。まだ残っていてよかったと心底安堵する。

 そしてその安堵は、強烈な殺意へと変換された。

 

「覚悟しろよ正体不明(イレギュラー)の怪物。今の俺は……ちょっと歯止めが利かねぇ」

 

 

 無駄な物を、彼は全てその場に投げ捨てた。

 たった一刀、『一閃』のみをだらりと下がる手で執り、眼帯すらも外す。

 静かに、開いた眼。それは金でも緑でもなく、真紅。

 筋肉がうすらと隆起した。尋常ならぬ剣気が空間すらも歪めるがごとく拡散する。

 

 

「イイネェ、来なよぉ、殺してあげる」

 

「殺す、か。そうか、甘いな、お前」

 

「は?」

 

 ふと、コマ送りのように、彼は消えた。何人たりともそれには気づかない。

 一陣の強風が吹き荒れ、破壊力を持って、空間(ルーム)を軽々と破壊した。

 

「俺は、消すよ」

 

 始めて、怪物は震え上がった。その殺意に、心地良いと感じていた、ずっと向けられていたその圧に。    

 快感などではなく、備わった本能から呼び起こされた、恐怖で。

 

「――――――ッッ!」

 

 全力で飛び退いた。そのとき鋭い痛みが走る。

 四肢が、どこにも見当たらなかった。消えたのだ。

 自覚するとすぐに修復する。何の問題も無く、元通りになった。

 訳が分からず、はっと顔を上げると、そこは自分がいた筈の場所。だがいるのは自分ではなく、殺したくてたまらない、強きモノ。

 そしてその場所は、どういう訳か、消えていた。跡形もなくばっくりと。敵が立つ、その場所以外が。

 

 切っ先が、態とやっているかのように、ゆっくりと自分へ、向けられた。

 全てが叫ぶ、『死ぬ』と。

 

「神技――――【ラスト・オニムス】」

 

 生まれて初めての圧倒的理不尽が、怪物を襲った。

 

 

 

   

 

 

  



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そこには、何一つなかった

   今回の一言
 意図した訳でなく、内容が薄くなりました……

では、どうぞ


 闇に包まれ、灯りなんてものがない。そんな場所が初めて見た場所だった。

 産まれた、ということと、進まなければ、ということだけが、その時の全てだった。

 闇は晴れることなく、ただちょっとの灯りがある薄闇へと変化した。

 そこで『ナニカ』と会った。それが何なのかはよく憶えていない。

 ただその存在は、知識と理性―――つまるところ心を与えた。外ならぬ『わたし』へ。

 それからは、少しばかり本能に従って動いた。その内に学んでいく。

 戦い方や、己の遣い方。時折見るようになった人間から知る言葉、自分が人間に近いと言う事への衝撃。

 

 望んで、自らを異形物(モンスター)の見た目にした。

 その分使える戦法も増えたし、厄介で失礼な間違いをされることもなくなった。

 

 人間と初めて出会ったのは、人間で言う『深層』と言うところらしい。とても危険で、立ち寄る人など少ないのだとか。

 つまり、『深層』の同胞は強い。更に、比較的に『冒険者』も深層の方が強いようだ。

 だから深層で自らの力を上げた。何の為かは分からない。ただただ、そうするべきだと思って。

 そしてそれは、知らぬうちに欲望と化した。強者と戦い(を殺し)たいという、残忍なことに叶えることが容易ではない欲が。

 

 ただただ求めて戦い続けていて、とある冒険者から情報を得た。

 

『強い奴なら地上にわんさかいる』と。

 

 『わたし』が訊いたことに、そう答えたのだ。地上とは、この『ダンジョン』という『わたし』の住処より上にある、とても広大な場所だそう。

 『わんさか』の意味は分からなかったが、断片的に理解する。

 気になって仕方なかった、早速そいつの始末を終えると、壁中(へきちゅう)を潜り、急いで向かった。

 基本的に移動は、力も溜められる『ダンジョン』、つまりは『わたし』を産みだした『母親』と呼べる存在の中に潜っての移動だった。

 その方が速いし、何より下手に攻撃されない。

 

 だが、地上へ向かう途中、見つけてしまった。

 ゆったりと、無の状態で『中』を移動し続けていると感じ取った、あの濃密な『ナニカ』

 少しばかりの興味が湧いて、その者を観察していた。無である私が、無意識的に。

 その者は、とても強かった。今まで出会った誰よりも。

 戦いたかった、誰にも邪魔されずに。殺してみたいと思えた、興味が湧いたから。

 だが、常にその者の近くには、誰かしらいた。一人でいることはあっても、そのまま戦ったら邪魔をされるであろう位置に、必ず誰かがいた。

  

 イライラした。ムカついた。早く消えて欲しいと思った。

 でも一向に消えてくれる様子はない。だから、自分で消そうと思った。

 狭い通路で天井から出れば、邪魔ものどもは押し潰れるに違いない。

 そう思っていたのに、誰一人として潰れることはなった。

 あの者が助けのが。寸前に、全員を。

 出てきたときにはもう三人だった。イライラで我武者羅になった一撃を放ったものの、それはあの者の腕を掠めただけで、なんら影響のないように見えた。

 だが結果からして、『わたし』の登場はあの者を一人へ近づけることが出来た。

 

 邪魔がまだ五人残っているが、どうせ殺せばいい。弱いだろうから。

 せめても、モンスターの姿のまま殺そう。それに、人間に近いあの姿がバレてしまったら、一気に戦ってる人間は弱くなるし、その情報が洩れでもしたら、今後に関わる大惨事となる。

 だから早めに終わらせよう。モンスターでいられる短い時間で、存分に愉しもう。

 

 そう、思っていたはずなのに―――――

 

 

―――――強かった。いや、強すぎた。

 

 想像を遥かに超えた。人間のくせに、自分を治す事だってできている。

 攻撃が全然当たらないし、中ったとしてもすぐに回復されている。

 その間に攻撃しようにも、小賢しい邪魔ものどもが本当に邪魔をしてくる。

 イライラするイライラするイライラする!

 ムカつくムカつくムカついて堪らない!

 

 だから、あの小さな男を殺せた手応えがあったときと、その後すぐにやって来た女を殺したのは、とても気持ちよかった。

 漏れ出た笑みを、隠すことはできなかった。

 

 けど、何でだ。なんでなんだ!

 

 なんで追い詰められている⁉ 何故こうも殺されそうになっている⁉

 邪魔者をあと三人殺して、あの者と―――強者と戦って、殺すだけなのに。何で!

 

 いきなりあの者の動きが変わった。気づいたら腕が無くなってた。

 それは女を殺した直ぐ後のこと。

 

 何が何だかすら分からない。何故ぽんぽんと自分の部位が舞っているのかすらも。

 必死に逃げ惑うかのようになっている。『わたし』に殺されるはずの強者に、何も分からずその圧倒的なナニカで、理不尽に、ほぼ一方的に、やられ続けている。

 なんで、こうなるんだよ……

 

 

 

 モンスターの叫びなど、彼は知ることも無く、一点の感情に駆られ、動いていた。

 

 

   * * *

 

 神技、それ即ち神の御業なり。

 一端の人間ごときが扱うどころか、気づくことすらできない、いわば最強の技。

 それを、()()()()()()()()

 ()()()()教わっている。()()()完全に脳に焼き付いている。するべきことは明白。

 私が教授された三種の神技、その内の一つ、【ラスト・オニムス】。たったの一刀、それこそが全てを斬る。

 武器を、人を、大地を、天を、命を、魂を、存在を、記憶を、全てを斬る。

 それに例外などなく、己すらも、振るう刃すらも含まれている。

 両刃(もろは)の剣とはまさにこの神技。ただ、扱えたのならの話だが。

 

 神技から―――神からしてみれば、私は結局一端の人間、有象無象に過ぎない。

 扱おうとすらおこがましいのだろう。一向に撃てる気配がしない。

 

 なんで、何で撃てないんだよ……いい加減、思い通りに動けよ!

 

 嘆きなど聞いてくれるはずも無い。だってそれ自体は、全くの無形なのだから。

 ()()()()()()()()()()。捉えるなど到底不可能な()()

 それなら、此奴(こいつ)を今すぐにでも、消せるはずなのに……なんでっ。

 

 

 

 彼は自身の矛盾に気づけていなかった。

 無で放たれ無を告げ無で終える、それこそが【ラスト・オニムス】と名付けられた神技。

 その技そのものが、確かに全てを消す(斬る)ことのできるものだった。

 だがそれは技であって、斬撃では無い。

 そもそも、その神技に型などなかった。無と言う型しか。

 だから動きも、撃ち方も、定められることはないのだ。

 だが、彼は愚直に祖父(大神)から教わったものを、そのまま真似しようとしていた。

 それでは永遠に不可能だと、未だ知ることなく。

 

 

 

 もう、何度斬った。既に一万など超している。

 息も荒れて来た。腕だけではなく身体そのものが重い。ずっしりと、刀の重さを受ける。

 一向に放てない神技、消えるどころか、死ぬ気配すらない怪物。

 対応されつつあった。苦し紛れながらも、着々と斬撃を防がれている。

 そう、防がれているのだ。でも確かに殺す一歩手前まで届いているだろう、だがそんなことはどうでもいいのだ。消せていない、その事実のみが私の焦燥を募らせ、どす黒い殺意の塊となった刃を粗雑に荒らしていく。

 圧倒的有利な状況だ。なのに、なのになのになのになのにぃぃ! 何故だ、何故こんなにも簡単なことが出来ない。たった一刀、それだけだろう? なぜ放てない、何故、この復讐の殺意は届かない。

 

 決死の形相で逃げ惑う怪物など心情など知るか。もう逃げ道など三度目の斬撃でなくなっている。この籠の中で後は、此奴を消すだけなのだ。

 すっかり風変わりしたこのルームのことなどどうでもよい。さっさと、言うことを聞け。いい加減に、目の前の存在してはいけないものの存在を、消してくれ……

 

 嘆いても喚いても、心中で繚乱(りょうらん)としている感情の渦に取り合ってくれることはない。

 これしかないのにも拘らず、だ。怪物を跡形もなく消す手段は。

 神技に挑戦する最中で何度も斬り刻んではいるが、全て回復されているし、剣圧によってひしゃげさせることなど致死の攻撃を与えても、元通り。

 この怪物は殺す事すらできない。どれにしろ結局、消すしか、この神技を使()()しかないのだ。

 

 何度も外し、何度も失敗し、されど何度も立ち直って、ただ愚直に()()()()する。 

 

「いい加減にしろっ!」

 

 不合理に対して、ついに声にまでなって露わとなった。

 

「消させてくれよっ……斬らせてくれよっ……」

 

 (いぶか)し気な視線を感じるが、知ったことではない。

 

「全てを斬る斬撃だろうがっ、()()()()()()()なんだろうがっ……」

 

 何かが引っかかった。喉元まで出て来て、それは今まさに放った意味のない斬撃(殺意)とともにどこかへと戻っていく。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 はっと、気づいた。今この瞬間は殺意すらも吹き飛び、呆けてしまう。

 そうだ……何もかも、前提条件すら間違っていたのだ……。

 言われていたではないか。『これは剣技では無く、神技である』と。

 そもそも斬撃などではないのだ。そもそもこれは、動きなどないのだ。

 定型化なんてされていないのだ。無形であり、それそのものも無である。

 名なんて最初から仮初だった。有を斬り裂くこともできず、それどころか何かに触れることすらない。

 ただ、消すのみ。それができるのが、【ラスト・オニムス】という名で呼ばれている、神技の相称なのだ。

 

「ギュヒャァッ」

 

 ぐちょ、っと音がした。骨が軋む音がして、全身に激痛が走る。

 自分の中で、脈打っているはずの律動が失せているのはすぐに理解した。

 でも、そんなことは気にもならなかった。

 

「ははっ、そういうことか」

 

 心臓を刳り貫かれて、もう既に死ぬ寸前である中、嬉しくて、笑った。

 とち狂ったわけでは無い。ただ純粋に、嬉しかったのだ。

 私の心臓を手に持って、後ずさっているあの怪物を消すことの兆しが見えたのが。

 神技―――神の領域を、理解できたかもしれないということが。

 

「簡単じゃねぇか」

 

 

 なってない、基本すら守れていない形で、彼は愛刀を切先を天井に向け、大きく高々と振り上げた。

 笑みを浮かべたまま、殺意すらなく、彼はすうっと何にすら逆らうことなく、刀の重さだけで愛刀を振り下ろした。

 

「斬」

 

 小さく、やわらかく、自然と出たかのようにただそれだけを、透き通らせて告げた。

 その瞬間、否、時間と言うものすら無く、彼の眼前にあったはずの存在は霧消霧散となる。

 

 

 これは神技だ。剣技では無い。

 ならば刀を使うこと自体が可笑しいのだが、一番これが想像しやすかった。

 仮名【ラスト・オニムス】、それは無そのものであった。

 斬る事ではない。ただ消すのだ。今の今まで剣技と勘違いをしていたが、これは消すためだけのもの。全て、万物問わず、存在しないモノすらも、消す。

 それには己も含まれ、そして、その技そのものも含まれている。それが私の見解。

 殺意や憎悪、斬ろうと言う、消そうと言う意思を籠めて、ずっと放とうとしていた。

 だが、間違いだ。そんな意志すらも、この神技には込めてはならない。放とうと言う事すらも、それは意志となり、無では無く有となる。

 だから何もない技を放たなければならない。矛盾した、技ですらない技を。

 矛盾なら、私の得意分野であった。幾重にも矛盾し、狂気にまで堕ちた私の。

 技とは剣技とする、それにとっての無とは、型すらなっていない別のもの。

 目的とは、眼前を消す事。刃が落ちた先は、全てが消える。

 矛盾を今ここに創り出す。裏をかいた屁理屈によって成り立つ、ずるをした神技。

 

 

 それこそが、今の光景であった。

 

 

 私を散々苦しませた怪物など、もう無かった。ただ刀が落ちたその軌道の先は、ぽっかりと、無くなっている。

 縦に深々と、横幅2M程縦幅では30Mすら超えているか。奥行など、暗くてよく分からない。

 無で終えた戦いは、あったはずの怨嗟(えんさ)すら、私には無かった。

 ただ体に力が入らなくなり、バタンッと体が地面へ投げ出され、もう力など入らない。 

 

 そういえば……心臓が貫き盗られて……

 

 

 ぷっつり。

 

 

    

 

 



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第十振り。争乱騒乱踊れや躍れ
波乱の先にはもう一波乱


  今回の一言
 逆に長くなりました。

では、どうぞ


 やべぇ……めっちゃ体重い……

 筋肉の質量や、着けている装備の重量。元々阿保みたいに重いのだ。

 だがそれで人並み以上に動けているのは、体重移動や力の分散など、技術あってこそ。

 極論、それがなければ歩くどころか、立ち上がる事すらできない訳なのだ。

 今は装備一つ着けておらず、ただ自分の重さだけでこうなっていると言う、まんま駄目な状況なのだが。

 

「……動けん」

 

 早く動きたい。この気持ち悪いベットの感触から解放されたいぃ……

 第一何故ベットに寝ているのだ。いや確かに気絶はしたのだろう。明らかにここは地上であるし、誰か――といってもアイズ等数名の内に限定しているのだが――が運んでくれたのだろう。

 だからと言って何故毎度毎度のことベットなのだ。床でいいだろう?

 うだうだ心中叫んだところで、どうせ何一つ変わらないのだが。

 周りには誰もいない。さて、どうやって降り……転ばればいいだけじゃん。

 

「ごふっ」

 

 転がることくらいなら何とかできたが、落下が諸で鼻面から衝突する。

 鈍い音を立てて、木材質の申し訳程度にやわらかい床でまたもや寝そべる。ベットよりかは幾分かマシ、何ならこのままでいいと言える。

 

 どたばたどたばたと、音が聞こえた。

 足音だ。ひどく荒くて、慌てているように思える。それはこちらへと向かっているかのように、次第に大きさを増していった。

 十も秒を刻まぬうちに、バキッと心配になる音を立てて、誰かが部屋へと突入してきた。

 まぁ、気配でその人物のことは判別できているのだが。

 

「……大丈夫?」

 

「えぇ、ちょっと体が重すぎるのと、疲労感が半端でないことと、鼻が痛いという異常がみられるだけなので……、ま、大丈夫です」

 

「それって大丈夫じゃないよね⁉」

 

 膝を折り曲げてしゃがむアイズに胡乱気(うろんげ)な視線を向けられながら、自身の解っている容体を声に出して吟味してみた結果を述べる。すると突っ込み担当であるティアがつかさず滑り込む。

 

『というかお二人さん? しゃがんでいるせいで、丸見えですよ?』

 

 という喉元まで出てきた言葉は、すっかり呑みほしておいた。 

 言葉に出したら絶対に死にかける。今碌に動けないから尚更。

 

「で、一体全体どういう事?」

 

「なにが?」

 

「全部。気絶してたか何かしらで、程五時間記憶に欠落が見られるので」

 

 ここが何処だか分からないし、その空白の時間に何かあったかもしれない。というかあったのだろう。後ろに控える方々の視線がいつも以上に一歩引いているように感じるし、何よりもドアの向こう側に彼女がいることに気が引き寄せられる。

 

「じゃ、わたしからするね。下着で目の保養しながらじっくり聞いててね♪」

 

「?――――!」

 

「あはは、自覚犯ですかですかそうですか」

 

 爆弾発言で手痛い視線をじっくりと感じるが、それよりも目は、顔を赤くしてすぅーと背を向け始めるアイズへと向かった。いやぁ、天然犯は反応が初々しく、やはりかわいい。

 目はアイズへ、気は廊下へと向かう中、耳はティアへと傾けていた。

 

 

   * * *

 

 情報を総合し、時系列順で現場再現を脳内でしようか。

 ティアから聞いた情報は、欠落場所が幾度も見受けられたが、あえて言及はしなかった。話したくないことを無理やり聞き出すのは、拷問のときだけで言い。

 じゃあ、始まりだ。ティアが感じた、約()()()の出来事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなりシオンの息が荒くなった時から嫌な予感はしていたのだ。アイズ(あの女)が殺されたのは明白、なのに屍を奪い取ったシオンは、ゆっくりと寝かせ、そのまま聞いたことのない口調で言い放った言葉に、全身が逆立った。

 結界の出力を全力より上の本気へ、そう本能が勝手に行動させた。

 だが精神力(マインド)を考え無しに使うのは良くないと本能から理解している。自然と、大気中の魔力(マナ)を使用した。

 最大濃縮の、超高密度結界を三重に張る。自分を含めてシオン以外の全員に結界を張るには、これくらいの出力が限度だから。

 シオンにも張ろうとは思ったが、それは詠唱開始時にはとっくに目視不能の領域まで至っていたため、張ろうにも定まらない座標の所為で無理だった。

 だがその結界は、張った瞬間、外側一枚が全て、粉々に砕けた。

 知覚するのと同時に二重を一重へ凝縮した。外側一枚分の余力で、それくらいはできたから。

 それでギリギリ、何とか持ちこたえていた。刀を振るっただけでこれなのだから、一体結界を解いたり、ましてやあの斬撃に中りでもしたら……ひとたまりも無いだろう。あの怪物のように。 

 突然叫び出したシオン、嘆いている、そう思えた。

 だが、突然その動きは停まる。間髪入れず、怪物はシオンの懐へと飛び込み胸へと指先を向かわせる、貫手(ぬきて)と思われる構えをとった。次の瞬間シオンの体に腕が通り、手には赤黒いナニカ――――いや、心臓が、脈打ったままぷしゅと少量の血を吐きだしていた。

 柔らかく握り、腕を体から引き抜く。血は、大きく秒を刻んで、噴水のように吹き出た。

 

「――――――ぁ」

 

 もはや、現実逃避すら追い付かなかった。

 だがシオンは、倒れることなくその場で立ち、ふらふらと刀を掲げて、無造作に、ありえない程適当に振り下ろした。

 あんなの、剣に関して素人である私ですらわかる程、意味のない斬撃だ。

 

「――――――――ぇ?」

 

 視界が一瞬視界と判らなくなった。それは明けると、唖然(あぜん)とした声を出してしまう。

 シオンは振り下ろした刀を地面に突き刺したまま、ふらふらと意識を彷徨わせていた。

 理解などとうに及ばず、ただ情報だけが入って来た。

 刀が突き刺さる先は、驚くほど綺麗に斬れ――――いや、消えていた。斬れた痕などなく、本当に、消えているかのようだったのだ。直線状に、奥は見ることが出来ない程深く、暗い。

 峡谷がすっかり出来上がっていた。たった一回の、正体不明の斬撃によって。

 

 バタッと、乾いた音が低く耳を震わせるまで、ただ茫然(ぼうぜん)としていた。

 そこからが、戦闘以上の大波乱。

 

 

 

 

 さて、これが戦闘中から戦闘終了までの流れらしい。殆どそこあたりは私の記憶とは違いなかったのだが、ただ一つ、斬撃では無く神技だと言いたかったが、ぐっとこらえておいた。

 では、私の知らない、先といこう。

 

 

 

「シオン! ねぇシオン! 返事してよ! ねぇ!」

 

 真っ先に駆け寄った。隣でついさっき生き返ると言う異常を見せつけて来たあの女など気にせず、誰彼構わずただ愚直に、シオンの許へと。

 愛刀を突き刺したまま、その下で目を閉じるシオンは、笑っていた。

 (おぞ)ましいまでに血を脈無く垂れ流し、血の気は着々と薄れていく。

 頭を抱きかかえ、無駄に揺らし、眼前の現実を否定しようとする。だが、無情な世界はそれを素知らぬかのように、何一つ変えることなく、ただ見え透いた未来へと進んで行く。

 嘆いた叫んだ願った。はっと気づき施し始めた治癒術も、意味もなさないことを理解しながら、続ける。

 周りの人たちは役に立たないとはっきり斬り捨てる。気がぽかんと抜けているから、わたしが何とかしなくてはならない。

 でもどうするべきなのか。今の全力をもってしても、消えた心臓は取り戻せない。

 

 どうするどうするどうする……

  

 焦燥はつもりに積もって、どうしようもなく冷静でいられなくする。

 

「誰か……助けてよ……。私の命を引き換えでもいいから……シオンを、助けてよ……」

 

 終には他人任せにまでなった。形振りなど構っていられなかった。

 自分も最大限に努力する。液体操作で心臓の代りを成したり、これからどうすればいいかも片や考えていた。でも、決定的に行動が遅く、血は足りなく、知識も足りない。

 溢れ出ていた血は、そこかしこにまき散らされていたはずなのに、一滴たりとも見当たらない。だから、これ以上血を減らさないようにするしかなかった。

 

「嫌、いやだよ、シオン……いなくならないでよ……この程度で、死なないでしょ? ねぇ、大丈夫なんだよね? 本当は全然問題なくて、ただわたしの反応を面白がって見たいだけなんでしょ? いつでもそんなの見せてあげるからさぁっ……早く目を開けて、安心させてよっ……じな、ないで……」

 

 堪え切れない、溢れる涙。眼前の事実は変えようがない。シオンはあれでも人間なのだ、摂理には逆らえず、死んでしまう。今まさに、薄れる熱が物語っていた。

 もぅ、絶望的だ。何もかも終わりなんだ。シオンの人生も、私の願いも、生きる意味すらも。

 

「シオンは……死なせない」

 

「貴女に何ができるの!! 何もできないくせに、何もしてないくせにっ!! ただ助けられてばっかりで、なんにも返してないくせに!! シオンがなんでこんなことになってるかわかる⁉ 全部、ぜんぶ! 貴女の所為なの! 貴女が馬鹿みたいに突っ込んで、あっけなく殺されたから! シオンが、死にそうなのも……ぜんぶ……」

 

 激情に駆られ、心のあまり叫び散らした。こんなことをしても意味がないと分かり切っていても、言わずにはいられなかった。 

 ぬけぬけとそこに立ち、いけしゃあしゃあと、軽はずみにそんなことを口にして、然も当たり前のように生きている、この女には。言ってやらないと気が済まなかった。

 

「一つだけ、可能性はある。本当に、小さな可能性で、最大の賭けだけど」

 

 ふと黙り込むわたしたちの横から、小さく、努めて発しているような声が届いた。(にら)みつけた先には、ドワーフの男(ガレス)に支えられる見た目少年の中年がいた。

 だが、それが誰かということは関係なく、わたしはただその希望に縋った。

 

「なに⁉ 早く言って!」

 

「わかっているとも。【ディアン・ケヒトファミリア】の、【戦場の聖女(デア・セイント)】……彼女なら、何とかできるかもしれない……世界最高峰の、治癒術師だからね……」

 

「その人はどこにいるの⁉」

 

「地上さ……だから、賭けなんだ。届けられるかが、わから―――――」

 

「【術式展開(スタート)】!」

 

 最後まで聞かずに、『地上』と言われた瞬間から集め始めた魔力(マナ)で術式の用意を始めた。わたしはシオンに助けられていたから、その恩返しとして。死力を尽くして、助けると。

 別に、座標固定は必要ないのだ。安全性・確実性を顧慮して、ただ一度きりの為にある。

 つまり、本来関係ない。そもそもそんな時間がない。

 工程を八割以上省略する。安全確認などいらない。

 飛ぶ先は、バベル。正確な場所を知れてない今、それが賢明。

 

「飛べぇぇぇぇぇェ!!!」

 

 魔法式なんて、未完成のままだった。半ばやけくそだが、成功しなければ結局全てが終る。なら、賭けに出たって問題ない。

 もぅ、恐怖はただ一点。シオンが居なくなることだけだったから。

 

 光った視界。白光で判別不能な中を体感時間数秒漂う。そして、辿り着いた。一秒にも満たない。

 

「『デア・セイント』はどこに居るの⁉ 早く案内して! ――急いで!」

 

「わ、私がしよう。……こっちだ」

 

 エルフのおばさん(リヴェリア)が一早く衝撃から回復し、ふらつきながらも走り出す。その後をシオンを魔法で持ち上げて、血を流させず運びながら追い立てるように走った。

 段々と速度は上がり、一分とかかり白が目立つ場所へとたどり着いた。 

 そこの中に居るのだと知ると、迷惑かどうかなど気にせず、突入した。

 

「『デア・セイント』はどこ! 早く来て!」

 

「……私ですが、なに―――――シ、オン?」

 

「ぇ、知り合―――そんなことどうでもいい。はやく、早くシオンを治して! できるんでしょ⁉ 私にできなくても、貴女なら!」

 

「――――ごめんなさい」

 

 ぽきっ、と何かが音を出して荒く折れた気がした。大轟音を立てて、支えを無くした他のナニカも崩れていく気がした。

 全てが、終わった気がした。

 

「私にも、無くした心臓を戻すことはできません。それに――――」

 

 次に告げられた語は、聞きたくも無い、今まさに目を逸らしている、事実だった。

 

「もぅ……(かた)まっています……」

 

 最大限の配慮だろうか、言外にだけで告げた。

 シオンが、死んだことを。

 

「いや……いやぁぁ……」

 

 力無く、倒れ込んで、一度作り出した涙の防波堤を、決壊させた。

 止めどなく、限りなく、悲しみがあふれる。わたしの内にあった大切なものが、それと共にあふれ、流れ、地に染み、消えて逝った。

 

「……ぁ、そうだ、まだ、まだできるかもっ」

 

「え?」

 

 目の前の女性が突然、興奮した様子で慌てだした。何か判らず、空っぽへと一途に進む中で呆然として声を漏らした。

 

「ねぇ、シオンの刀―――いえ、『一閃』はどこにあるの? 彼の愛刀、わかる?」

 

「あい、とう? ―――――あ、置いてきちゃった。もぅ、終わりかな……」

 

 心が居場所を失ってしまった。原形から変わってしまった。

 諦めているのだ。もう、終わりだと。

 

「シオンは⁉」

 

 ふとそこに、神風の勢いで同じくダイナミックに入って来た金髪金眼の、あの憎むべき女がいた。

 その手には、鞘に納められた刀が、二刀。

 

「アイズ……いえ、話は後よ。『一閃』を貸りるわ」

 

「あ……」

 

 迷いなく忌むべき女から一刀、布が解れている箇所が多々見られる刀を執った。

 

「やるしか、ない。私が、助けるからね」

 

 にこやかにシオンへ笑いかけると、彼女は迷いなく、その絶対に抜いてはならないと念を押されていた刀の柄を握り、抜けないように留めていた紐を解いて、ばっと、抜いた。

 

「ガハッ」

 

 瞬間、(おびただ)しい量の血を吐き出し、刀を支えにしてようやく立っているような姿勢になった。それで終わらず、苦しみに悶え、それでも刀を離さず、悲鳴を押し殺していた。

 片方の手で刀を握る方の腕を掴み、肉がつぶれるほど強く握る。

 何故そこまでしているのか、なぜそんなことをしているのか、全く分からなかった。

 

「だい、じょうぶ。まだ、いける。しょうきは、うしなわ、ない……」

 

 酷くなる一方の彼女を虚ろなめで傍観しながら、心が空虚になっていくのを任せる。

 

「のろい、を、まわす!」

 

 彼女の気配が豹変した。でも、どうでもいい。

 シオンに近寄って、ただ、意味も無く、シオンを眺めていた。清々しいまでの笑顔を。

 

「う、ぅぁ、あぁぁ、アァァァっっ⁉」

 

 異様な叫び、(ほとばし)る絶叫。

 そんな醜態を晒しながらも、彼女は異様なまでの執念か、それで正気を残していた。 

 

「あと、すこし。たいりょうの、ち……」

 

 彼女は、そう言うと同時、ばたっと、地面へ崩れた。シオンの手の届く距離、そこへ。

 

「まだ、まだ、だめ……もう少し、あとちょっと……」

 

 這いながら、必死に進む。美貌と呼べる顔を歪め、ただ刀を抜いただけなのに満身創痍(そうい)となる状態で、彼女はシオンの頬へ触れた。

 

「ごめん、なさい。ゆるして、ね。こんな、ことしか……」

 

 そして、その瞬間だけ、わたしは心を取り戻した。嫉妬と怒りで。

 

「何を⁉」

 

「――――――」

 

 彼女は自らの唇でシオンの唇を覆い隠した。その内側で、何が行われているかは分からない。

 その状態で、力尽きたかのように彼女は刀を放した。そして、その刀はシオンの手へを柄を落とし――――

 

――――意志ある力で、ぎゅっと握られた。

 

 

「ぇ?」

 

「自己再生開始。内臓部位損傷多数、再生開始。心臓部位の修復―――完了。些少痕――修復完了。筋肉構造および骨格の修復開始。脚部―――完了。腕部―――完了。胴体―――完了。頭部―――完了。細胞全補強――――――完了。修復を終了する」

 

 トーンの全く変わらない。気持ち悪いくらいに揃ったメゾソプラノの声が、シオンから聞こえた。シオンの声であるはずが無いのに。

 入り口に挙った先程のメンバー。その全員が、硬直した。

 ただ目の前の異様な出来事に、だけではなく、異常なまでの濃密な気配に。

 

「ふぅ、随分と無理するねぇこの子。あと少しで死んだろうに。ま、感謝しとこうかな」

 

 やはり、声を発しているのはシオンだ。だけど、シオンじゃないと直感的に悟る。

 姿はそのものと言えようか。髪色肌色身長変わらず、ただ少しふくよかな部分が見られるのは、一体どういうことなのか。それに、あの血のように紅い目はなんなのか…… 

 思いがけぬ衝撃により、消えかけていた心が、一時の復活を得た。

 

「誰っ」

 

「ん、ボクに名前なんて無いし、第一に教える義理も無いから教えない。でも、一つだけ言うと、ありがとね。この人、ボクにとって大事な拠り所だから、消えられると困るんだよ」

 

 口調すらも違う。シオンの口調にしっかりとした定まりはないが、これだけは、一人称の時点で別人であることを明確にしていた。

 

「あ、そうそうそこの金髪のお嬢ちゃん。大丈夫だった? 諸に刀握って呪い回ってたと思うけど」

 

「……なんの、こと」

 

 すっかり警戒を露わにする立ち位置不明の女。腰の剣にまで手を添えていた。

 まさか斬るつもりだろうか。

 

「んー、ま、いっか。解らないならそれで。んじゃ、皆さん、今後とも主をお願いね。あ、そうそう、しっかりと生き返らせたから、一回は、というかもう何回も死んでるんだけど、まぁ結果して生き返らせたから、そんなに悲しむことはないからねー。じゃ、またいつか」

 

 独壇場でぺらぺらと喋る謎の憑依者(ひょういしゃ)。するとどうだろう、別れを告げたと思うと途端力を無くしたかのように、ばたっと、無造作に倒れた。

 気配は元通り、無に近い感じ取り難いものとなり、だがそれでも生きていると言える証拠だった。しっかりと呼吸を行い、律動が耳をすませば聞こえて来る。 

 

「……なんだったの」

 

 その疑問は、拭いきることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

  

 

 これが、ティアのお話の内容をまとめたものだ。その後四時間程ぐっすりと眠っていたらしい。

 いくらか疑問は残っているが、訊いても無駄なのは話しを聴いている間の反応で理解している。無駄なことはしない主義だ。

 それにしても、まさか何度も死んでいたとは。自覚があまりなかった。

 確かに死んだと呼べることは多々あるが、死の基準が曖昧でわからん。

 だが結果として生きている。細かいことは後々考えて、今はそれだけでいいと思った。

 

「はぁ……そっかぁ……そうだったかぁ……」

 

 最後に溜め息一つ吐いた。生き返れたことも、死んだことも正直どうでもよいのだが、ただ今の話の中で聞き捨てならない事柄が、二つ三つ存在した。

 

「いくつか訊きます」

 

「うん、いいよ」

 

 すっかり目を腫らしているのは、話しながら泣き叫んでいたから。それだけのことをしてしまったのは思うところがあるが、その気持ちは胸元をいろいろ汚されたことで吹き飛んだ。

 

「まず一つ。アイズ、本当に刀を握って、問題なかったですか? 例えば、見たことも無い物を幻視したり、視界が真っ赤に染まったり、喉が異様に渇いたり……」

 

「――――大丈夫、だった。でも、気なったのが、『一閃』が軽すぎたこと、かな?」

 

「……そうですか」

 

 異常が無いのならいいのだ。それに、『一閃』が軽いのは、単にあの神技を使った所為で刀を消耗させたからだろう。ため込んだ血を相当使ったか。

 まぁ、それは後々また溜めればいいだろう。

 

「では二つ目……その前にアミッドさん、入って来てください」

 

『!』

 

 廊下に佇む気配が揺らいだ。それはちょこんと小さくなり、おずおずと部屋へ入ってきた。

 

「……やっぱり」

 

 椅子の腰掛で体を支えている私は、入って来てすぐの彼女を見ることが出来た。 

 目視で、確認する。懸念は残念ながら当たった。

 

「変異、してますね。体が」

 

「――――――」

 

 無言のまま、目を逸らして、こくりとだけ頷いた。

 私が指摘した変異、それは仕方のないものだと思う。草薙さんからも言われていた、呪いを体に取り込むことは、自らを変異させることになると。

 私は性格が変異した。狂いきったものへと。

 そしてアミッドさんが変わったものは―――――

 

「――――右腕と、右眼、ですかね」

 

 眼帯と長袖によって隠しているが、私にはわかった。 

 恐らく、惨状と化している。壊死していないだけ奇跡だろうか。

 全く別の物へ変わった訳では無く、近しいが異なるモノへと変異したのだろう。

 証拠に、右腕はだらりと力が入らないように垂れ下がり、右眼は必要なく隠すことは無いだろうから確定。

 

「―――これくらい、後で治せます。それより……」

 

 しどろもどろの様子となった彼女、一体何を考えているのだろうか。

 頬を赤らめ、目を更に逸らして―――かと思いきやそれはアイズへと巡らせていただけだった。

 何故か―――今察する。

 

「それは私が訊きたかった三つ目です。アミッドさん――――しました、よね?」

 

「……はぃ、ごめんなさい。ですが、その、必死だったので……」

 

 何を、とは言わない。言わない方がいい。

 別に気にするつもりはない。ただ、故意的に不埒(ふらち)な目的でしていたかどうかを訊きたかっただけだ。

 

「でも……とっても気持ちよかった、です……」

 

 そうとだけ言うと、しゃがみこんですっかり赤くしてしまった顔を隠していた。  

 その様子に、三人が反発した。そう、三人が。

 

「アミッド、ずるい。緊急じゃなかったの?」

 

「そうですよ! 今はこの人と同意見です。何で味わっているんですか!」

 

「その通りだ。緊急なのにも拘らず愉しむとは……うら―――不埒だ。恥を知れ」

 

 糾弾というか、ただ非難し責め立てているだけなのだが。

 一体何をそこまで怒るのだろうか。

 というかアイズ、ずるいと言うならいつでもしましょうよ。アウェイですよ?

 

「ごめんなさい……シオンの初めてを、私なんかが……」

 

「アミッドさん、自分を貶めないで下さい。それに、私は初めてではありませんし」

 

『え?』

 

 見事に同調した声、次にそれは詰め寄る顔となり、更に合わせて一言。

 

『詳しく』

 

「あ、はい」

 

 何故か、問いただされてしまった。

 と言っても単純なことで、村に居た時やって来たお祖父さんの知り合いに『ディープキス』をたっぷり一分間されただけなのだが。

 

 

 どうしてか、それで呆れられた理由が分からなかった。

 

 

 



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ひしひしとした、部屋の中

  今回の一言
 意図したわけでは無く区切りがなかっただけですはい。

では、どうぞ


「で、何故に私はここへ?」

 

「シオンがこうなったの、私のせい。だから、私が何とかする」

 

「一日も掛からず治りますけどね?」

 

 生活感が見られ無い、空き部屋と言われれば信じてしまいそうな部屋。木造の床、壁は落ち着く雰囲気を醸し出しており、備え付けであるクローゼットやベット、机や照明などが部屋にある目立ったものだ。 

 誇張して質素、だろうか。こういったことに興味を持たなそうだから、仕方がないと言えばそうなのだろうが……彼女も見たまま少女である。もう少しばかり、彩っても良いのではないだろうか。

 まぁ、私が口出しすることでは無いのだが。

 

「あ、椅子でお願いします」

 

「うん」

 

 ぐだぁと背もたれに胸から寄り掛かり、ふぅと一息。

 次いで目を部屋に続々と入ってくる人たちへ向けた。

 

「アイズの、部屋……初めて入ったな……」

 

「私は二度目ですけど? まだまだですねワン吉」

 

「テメェどんな耳してんだあアァン!?」

 

 ぼそっと本当に小さく呟いたワン吉の言葉に、気になって思わず突っ込む。その距離は、部屋の奥から扉。異常に騒がしくなる部屋で、聞き取れたことに驚くのは仕方あるまい。何せ私は獣人では無いのだから。

 

「さて問おう、どうしてこうなった」

 

 漸く静まった押し寄せる人波、一人部屋なこともあって何分広いわけでは無いこの部屋で、この密度、正直暑苦しいまである。

 とりあえず、来た人全員を挙げようか。

 ベットの上に三人、アイズとヒュルテ姉妹。ベットの横にある机の椅子に寄り掛かっている私の隣に立つのはティアだ。私の対面に座るのはフィンさん、一歩ベットから避けているのは、恐らく無意識的なものが大きいだろう。両脇に並び古参三人が揃う、と思いきや、リヴェリアさんは何故か先程から私と2M以上離れることがない。部屋の中央には、委縮していながらもなんとか気を紛らわせようとこそこそ言葉を交わす準幹部たち、一人異様に落ち着きの無いポニーテールのエルフがいるが、温かい目で見守っておくべきか。フィンさん以外の男性陣、ワン吉、ラウルさんはドア付近で寄り掛かっていた。とても動きに落ち着きがないのは、緊張の体現か。

 見慣れた顔ぶれだ。だが人数は十を超える。再度言うが、暑苦しい。

 因みにだが、細目のまな板女神は芋虫になって宙吊りのまま抗っていたが、それが正しい対応だと思ってしまうのは全面的に()の女神が悪い。

 

「君は当事者だからね、一応。最も剣を交えていた相手でもあるから、その立場としての意見を聞こうと思ってね、この会議に参加してもらうことにした」

 

「それはいいのですが……何故にアイズの部屋?」

 

「君を今日はここから出しらくないらしい。全く、珍しく言った我が儘がこんな内容だったとは、僕も驚いているんだよ」

 

 治療院を連れ出されて、されるがままに黄昏の館へと入った時から何か企みはあるだろうと踏んではいたが、まさかそう言うことだとは。まさか介護でもされるのだろうか? 羞恥で死ねるぞ?

 だがその心配はないか。感覚がある程度戻りつつあるから、明日(あす)にでもなれば歩けるようにもなるし何なら刀も振れるようになっているだろう。

 

「そうですか。じゃ、まぁ暑苦しいのでさっさと終わらせましょう。暑苦しいので」

 

「二回言う!?」

 

「えぇ。なので抱き着かないでいただけますかね。暑いです」

 

 渋々、と言った感じで引くが、始めから抱き着くのは止して欲しい。暑いし、何よりも胸の辺りが苦しくなるのだ。原因は不明だが、感じたくないものであるのに変わりはない。

 痛みには弱いのだ。精神的にも、肉体的にも。

 

「で、結局のところ話すのはあの怪物のことで?」

 

「それだけじゃないけど、それが聴ければそれでいいかな」

 

「わかりました。では、思いつく限りを。気になったことがあったら、その時々で」

 

 あの時は正体など殆ど気にしていなかったが、今振り返ってみればかなり異常な存在だ。彼等も当事者であるのだから、ある程度しておくべき。それに、今後現れた時の為にも。

 そんなこと、あってほしくなどないのだが。

 

「まず一つに、強いです。正直に言って【猛者(おうじゃ)】程でしょう。私が保証します」

 

「……否定できないね」

 

 やけに実感がこもっているのは、自らの必殺技をまんま返され、且つ殺されかけたことによるものか。あれはかなり応えたのだろう。

 実際の異常性を目の当たりにしていないはずの彼等彼女等も、何故か重い表情。始めに感じた圧の奔流、それを思い出しているのか。私たちですら怖気づくほどのものだ、仕方あるまい。

 

「単純な潜在能力(ポテンシャル)は流石モンスターと言うべきものでした。私が本気を出すまで、多少遅れをとった程です。加えて知性を持っています、それも言語知識を得るほどの。お陰で荒くも剣技と言うものが成り立ち、姑息(こそく)な手段、(から)め手……厄介な攻撃まで仕掛けてきました。先読みも鋭く、面倒な程に」

 

「モンスターはあたりまえの条件として基本人の潜在能力(ポテンシャル)を超えている。あのモンスターは特筆して当てはまった。だがシオン、気になるのはそれに君が追い付けていることだ」

 

「やっぱり訊かれますか……それ」

 

 予想はできていた。だがどう答えたものか、アイズの視線もかなり痛い。

 (エアリアル)の効果、で片が付きそうだが、アイズはLv.6、私はLv.2だ。そこに明らかな差があるのも拘らず、私はアイズに追い付く、どころか超しているのだ。身体能力で。 

 答えは簡単【ステイタス】の限界突破をしているから。だがそれは、簡単に話していいことではないし、聞く側も生半可な覚悟ではいられない。何よりここには一応神がいる。

 

「ふふんっ♪ それはね、シオンがステイタ――――」 

 

「ティ~ア?」

 

「ひっ」

 

 何を口走ろうとしたのかは定かではないが、その単語が出るのと得意げな時点で嫌な予感がしたのだ。止める理由には十分である。体が満足に動かせないので、圧で黙らせたのだが……やり過ぎたか?

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

「――――――アイズ」

 

「うん」

 

「あんぎゃぁぁ!?」

 

 鈍い音を立て、床に転がるティア。腹に一発、それで事足りる。

 壊れたように同じ言葉を震えながら繰り返されるのは、正直気味が悪い。早々に黙らせるべきと言うのは、アイズと意見が合致したらしい。

 

「寝かせる?」

 

「ご自由に。そのくらい、五分もすれば起きるでしょうから」

 

 精神的なものなら彼女はとことん効くのだが、肉体的な外部接触による気絶ならば、ものの数分で回復できる。それも気絶させた側の加減度合いによるところがあるが。

 

「では、気を取り直して続きを。奴の知性は、もう人間と相違ないものといえました。そここそが大問題です。どうしてそれほどの知識を得られたか、知性があるのか、知能を有したか」

 

「可能性としては、怪人(クリーチャー)と言う線が挙げられるけど」

 

「それは無いです。断言できます」  

 

 怪人とは、私たちの定義として半種融合(ハイブリット)の、例とするならばレヴィスたちのことを示す。レヴィスは一概には言えないが、オリヴァスや『睡蓮』は元々人間だ。そこから死して、『彼女』という存在によって、生き返らされた。魔石を核とした、モンスターのような存在として。

 だが違う。あの怪物は魔石を核とはしているが、人間から変わった訳では無い。自身をモンスターと認めたし、その自覚を持っていたことに不思議はあるものの、初開口時のあの異形さは、明らかにしてモンスターだった。考えられるものとして、怪人と言う線はない―――――

 

「―――――ですが、似通った存在であることは、確かでしょう」

 

 あともう少し言うなれば、『彼女』とやらを中心に動いていないことか。彼の怪物はひたすらに自らと渡り合える強者を探していたように思える。そんな、目をしていたと思い出せる。

 地上の破壊を目指す彼女らは、アレほどの戦力を見逃すはずがない。だがそれは、仲間であったらの話だ。仲間でないのなら、知らぬ存ぜぬもあり得る。

 

 

 

 この時気付けというのは、彼らにとって酷な話だった。そのモンスターが『彼女』という存在を中心にしていなくとも、仲間であったことに。そして、結果して地上を破壊することを、仕向けるようにしていたことに。 

 見落としに気づくことなく、そのまま進む。

 

 

 

「では少し方向性(ベクトル)を変えて、能力についてです。先程も述べましたが、やはり全てが異常でした。フィンさんやアイズは見られ無かったでしょうが、怪物の治癒能力は特に。ヤケクソになって何度も木端微塵(こっぱみじん)にしていましたが、刹那後には元通りです」

 

「私も見ていたが、本当にその通りだった。骨すら残さず消し飛ばしていたのにも拘らず、魔力が集合して魔石を成し、核として同じ怪物を作り出した。何度も何度も、限りなく、な。不死身かと、途中から疑い続けていたほどだ」

 

 ()の【九魔姫(ナインヘル)】ですら、こういうのだ。確かにあれは不死身だ、死ぬことは無いだろう。それは曲げようのない事実であった。

 だからこそ、当然のようにこの質問は出る。

 

「あの~、素朴な疑問なんスが……ならどうやって倒したんスか?」

 

「ハッ、知れたことを。死なないのなら、消せばいい」

 

『は?』

 

 いや、あのー、そんな冷ややかな目を向けないでいただけますでしょうか。

 何一つ可笑しなことは言ってないだろう。方法はこれしか思いつかないのだから。

 容易でないことは確かなのだが。それはしみじみ解らせられている。

 

「まぁ、私のように神技が使える人間な世界単位で見ても片手の指で足りるでしょう。ですからそこが危険なのです。可能性としての域を脱しないことですが、また、同じ存在が現れる可能性がある」

 

「―――――――ッッ!!」

 

「そのとき、どうでしょう? 私のように人外的能力を持ち合わせている人が、その怪物を消すことはできるでしょうか? 答えは否。私ですら、同じことができる確証はない」

 

 懸念すべき点はそこにある。いくら考えても無駄になりそうだからあくまで可能性だが、確率論にゼロはない。ならばまた現れないと言う確証が得られる道理も無い。

 

「その時、一体どれほどの犠牲が払われるのでしょうかね。最悪地上まで来てしまったら、血で染まりますよ。寸前まで奴の存在を私ですら感知できなかったのですから」

 

 【猛者】が出張ることで何とかなりそうだが、あくまで彼も人間、それは前回の死闘で証明している。ならば人外の領域に片足を浸している私でも手古摺(てこず)る相手に楽勝できるわけがない。

 そもそも、【猛者】が出張るいわれが無い。

 

「ま、あくまでそちらの方は可能性。気に掛け過ぎても滅入ってしまうでしょうから、片隅にでも置いておきましょうね」

 

 いっくら考えても仕方ない。たった一度の開口だ。得られる情報も少なかったし、外見が変わった時があったことから、見かけでの特定も期待できない。期待もしたくないが。

 出現階層の特定不可、推定Lvは6~7。攻撃方法も変幻自在。種族すら不明、名称など未決定。未知(アンノウン)であるのだから、どうしてやろうか本当に。

 

「さて、いくら考えてもどうにもならない事は放っておき、別の話でもしましょうか」

 

 あの怪物のことはもう終わりだ。私ばかり情報を流すのも腑に落ちないし、どうせフィンさんもあっちの方について話したいだろう。そう、『穢れた精霊(デミ・スピリット)』についてだ。詳しく聴いてないし、宙吊りになる一応神にも聞いておきたい。

 

「どういった感じでしたか? 『穢れた精霊(デミ・スピリット)』とやらは」

 

 そう切り出すと、どこか暗くなる一同。触れた程度にしか聴いていないが、苦戦死闘を強いられたのは消耗度合いから見ても分かりやすかった。

 

「厄介だったね」

 

「あぁ、物理攻撃もさることながら、魔法による攻撃も行う。防御能力も中々のものだった」

 

「ほほぅ、道理であの消耗……手応え的には推定どれ程で?」

 

「見たところによると、『穢れた精霊(デミ・スピリット)』は成長する。一概には言えないけど、僕たちが戦ったのはLv.5以上といえるね」

 

 事前情報として芋虫型のモンスター、つまりは巨蟲(ヴィルガ)を食していたことは知れている。正確には、その中の魔石と推測されているが、細かなことは追々。

 物理攻撃・魔法攻撃が強力。しかもカタイとは……一度()ってみたいな。

 いや、今は私欲こそどうでもいい。

 

「直接物理攻撃を与えた感触は?」

 

「ふつうの触手は柔らかかったけど……花びら、かな? ちょっと堅かった」

 

「ちょっとくらいなら全然問題なし、か」

 

 魔法()を使ってそれなら少し面倒だが、最硬質金属(アダマンタイト)よりかは柔いだろう。なら余裕で斬れる。

 

「魔法の方は」

 

「かなりの魔力量だ。堕ちたとしても精霊、流石と言うべきものだった」

 

「属性など系統。できれば詠唱文はどうでしたか? 断片的でも良いので」

 

「ん? 何故そんなことを訊くのだ?」

 

「気になるからですよ」

 

 それが分かれば、元の精霊がどのような存在だったかも知れる可能性がある。それに事前情報があれば、たとえ魔法を行使されてもその場ですぐに解体ができるかもしれない。

 つまりは魔法の無力化。近頃はティアの魔法に実践したか。

 

「炎・雷・地・光。雰囲気から察して他にも使えるだろう。超広範囲から一極点集中の凝縮型、超長文詠唱から短文詠唱、それに加えて超高速詠唱まで行っていた。私の結界も破られてしまった程だ」

 

「ほぅ、リヴェリアさんの結界が……強度は知りませんが、まぁ水準としては解りやすいですかね」

 

 単純な話、魔法で『穢れた精霊(デミ・スピリット)』に勝てるのはティアしかいない訳か。他属性攻撃に多種多様な魔法。速攻まであると見た。相当に面倒だっただろう、対応にも苦行を極めたか。精霊はそもそも一人間が対応できる相手では無いのだから仕方ないのか?

 だがこの情報で大抵は予想できた、あとは―――――

 

「――――代行者……」

 

「今何と」

 

「え、あ、えぇ?」

 

「ですから、今何と言いましたか。しっかりと言ってください、大事なことです」

 

 考えの途中、ぼそっと呟かれた声に逃さず反応する。

 ただ聞き間違えの線は消さない。確認は必須事項であった。

 

「早く言ってください、レフィーヤ」

 

「急かされなくてもいいますぅ! 代行者ですよ代行者! 私はそう言いましたが何かぁ?」

 

「それは分かりました。で、その代行者とは何のことを示しましたか」

 

「何って……詠唱文ですよ、初激の詠唱でそんなことをいっていたなぁーって思い出しただけです。それがどうかしたんですか」

 

「喧嘩腰ですがその情報が頂けたので見過ごしますよ……代行者、ねぇ……なるほど」

 

 絞れた。『穢れた精霊(デミ・スピリット)』は闇系統の精霊、もしくはそれに近しい力を持った存在。代行者、というのがキーワードとなる。

 まさかここまで繋がって来るとは……これは本当に大問題だぞ。いろいろな意味で。

 

「神ロキ。一応神である貴女に訊きますが、精霊を人為的に作成することは可能ですか」

 

『―――――!?』

 

「……シオンたん、それ本気で言っとる?」

 

「えぇ、勿論」

 

 『穢れた精霊(デミ・スピリット)』は一応精霊。それはアイズが証明している。そしてその精霊はアリアを欲したことから『彼女』の下で動いたことは確実。つまりレヴィスと関りがあり、もっと言えば闇派閥(イヴィルス)全般とまで広がる。その中には勿論【カオス・ファミリア】も含まれ、つまりは精霊の人体実験といった精霊関連の知識が豊富の可能性が浮かび上がる。

 そこで懸念したのが、精霊の生産だ。そもそも、人間型の精霊を何体も集めている時点でかなり可笑しいと思っていたのだ。そうそうお目にかかれる存在でもないはずの精霊が、あれほど集まっているのに。集められていることに。だがそれは、創ったと言う事ならば成立する。

 

「――――簡単な話、できるで。ただしやろうとは思わんことやな」

 

「詳しく」

 

 吊るされたままの神ロキは今までの抗いを止め、顔を上下逆転で私へ向けた。その糸目をまじまじと見つめて、一言告げ、逃さず聴く。

 

「精霊がそもそも神が創り出した地上への贈りもんちゅうことは知っとるやろ? でもなぁ、神だからと言って天界のものは地上へ持ち出せないんや。だから、精霊は子供達で言う昔、古代に()()()創られとった。地上のもんを使(つこ)うてな」

 

「だから、借りに同じ原理に従えば創れなくはない、と。ただし」

 

「せや、普通はできへん。核を創ること自体無理に近いねん。他は、せやな、シオンたんでもできるくらい簡単やけど」

 

「核、ね。――――あぁクソ、逆にできそうじゃん」

 

「どゆことや、それ?」

 

 ティアが被害者となった人体実験。その中で鍵を握るのが精霊核だ。あいつらはそれを無理やりにでも取り出し、強引にティアへ移植した。つまりは核の在りかを知っている。

 微精霊や準精霊――能を持ち能動的に行使できる微精霊――は自然界を探せばぽんっと出て来るほど、沢山存在している。そして個々人にそれぞれ核が備わっている。 

 つまりは、だ。核を取り出し、融合させ、ティアのような精霊を産みだせるほどのモノに作り上げれば……あとはできるわけだ、簡単に。

 だがこれを(さら)け出して言う訳にはいかない。

 

「いえ、何でもありません。とりあえず欲しい情報は得られました。ありがとうございます」

 

「うーん、ま、ええか。隠し事くらい誰にでもあるわな」

 

「えぇ」

 

 言及されなくてよかった。これは意地でも黙秘するしかないのだから。

 ティアにも関わることだし、加えて私にも関わっている。不味い理由で。

 

「では、防御能力のほう――――」

 

「来た」

 

「はぃ?」

 

「来た来たきたきたキタぁぁァァァ! 帰ってきたでぇぇぇ!」

 

 話を続けようとした矢先、ぱっと上げられた神ロキの真剣そのものの顔を見て、紡いでいる言葉を切る。だが発した内容は意味不明で、もっといえば、次いで来た叫びも理解不能だ。

 

「おっ帰りぃっぃぃぃぃィぃ!」

 

 一瞬でロープを解き、鬼神の速度で部屋を出ると、数秒後にはそんな叫び声が反響して届いた。

 一体どういう神経をしているのだろうか。確かに誰か変わった気配が近づいてきていはいたが、よく神ロキが気づけたものだ。こんな気配ここで感じた事は無いし、新しい眷族だろうか。

 ……いや、待て、この気配、どっかで―――

 

「ロキ様ッ、ちょ、止め、うわぁ!」

 

―――ヤバイ、聞き覚えがあるぞ、しかも最近。

 

「おーいみんなぁ、とりあえず先に紹介しとくで。新しい眷族(家族)の、―――いい加減名乗らん?」

 

「いや、私は何も望んでここに―――――――――」

 

「―――――」

 

 部屋へと放り込まれた彼女を目で思わず追っていると、そこで神ロキから紹介が入る――かと思いきや今まさに名前を訊くと言う前途多難さ。

 それにちょっと呆れてていると、転んで顔を床に埋めていた彼女が飛び起き、反論の声を上げるが、それは途切れる。何故か、まさに目を合わせている私が原因だろう。

 

「あ、あはは、これは幻想。そう、私が勝手に幻視しただけなの。でなければ、そんなはず……」

 

「人を幻影呼ばわりするのは止めてください。奇しくも同じことを思っていますけど」

 

「……シオンなの?」

 

「はぁ、残念ながらそうですよ。アストラル」

 

 オラリオ、実に狭し。もう少し運命率を何とか操作できないものか。

 偶然にも程があるだろう。何故寄りにもよって、こうなるんだ……

 

 そんな嘆きは露知らず、時は一方的に進む。  

 絶対に面倒な、すぐ後の未来へと。

 

 

 

 

 

 



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忘れることなどありはしない。

  今回の一言
 誰がどう言おうと私は変態である。


 

「――――うそ……え、ほんと? なに、あ、え?」

 

「混乱する気持ちは解らなくも無くも無いですからとりあえず落ち着きましょう。このあってはならない状況の整理から、で、貴女誰ですか?」

 

「混乱してるのそっちじゃない? さっき私の名前呼んだよね、ね?」

 

「はいはいそうですよ私もただ現実を認めたくないで気ですよなんでいんだよ畜生が」

 

「酷くない!? 私はただ強引に連れてこられただけだよ!? 私が精霊って気づいているのにこのまな板女が無理矢理眷族にしたいしたいってぼやくの! そして気づいたらなんかとっても嬉しい状況になってどういう扱いにすればいいか至極検討中なの!」

 

 今まさに、指をその絶壁を誇る女神へ向けているのは、濃く明るい緋色となった短髪、そして何よりそのヘスティア様と張り合えるほどの巨峰が目立った女性に見えるおばさんだ。

 名をアストラル、光・熱系統星属性の……階級はいくつだったか。

 まぁそれはいい。

 

「ちょ、ちょっとまってねぇな。確かにアスちゃんはすっごもん持っとるけど……」

 

「勝手に人の名前を略さない!」

 

 一先ずの問題は、この騒いでいる二人だ。

 強引に連れてこられたと言うのが何時の事かは知らないが、普通にここへ入って来たことからして、慣れるまでの猶予はあった、つまりはある程度日は経っている。だが私が彼女を地上へ送り出したのはつい先日のことのはず。ならば、その日のうちに出会った(捕まった)とみるべきか。

 どうやって見つけたかは知り様も無いし、興味も無いが……この状況、(いささ)か問題があるのではないだろうか。

 具体的には――――

 

「誰」

 

「はは、ですよねぇ」

 

 素性と関係性を問いただされると言うことだ。

 どちらも答えるのは難しい。何せたった数時間程度しか関わっていないのだから。

 しかもそれはあまり口外したくないことである。

 

 だがしかし、この状況で逃れることは奇跡(ティア)でも起きぬ限り不可能。何とか回避しながら、説明する他ない。

 第一にして、周りの視線が痛いから。

 

「――――この精霊はティアと似た存在で、名はアストラル。素性について訊かれても、私は知りませんからね」

 

 嘘ではない。本当でもないが、この際仕方がないのだ。 

 

「そうか。で、どういった関係かの説明はあるのだろうな」

 

「何故に確定形? 別に説明する程のことはないですよ。それ程どうでもいい人ですし」

 

 続く質問に首を傾げる。一体どういった経緯でリヴェリアさんがこのことを訊くのかが分からないが、誰が訊こうと答えは変わらない。

 ぎゅっと握られた二名分の拳は、見なかったことにしておこう。

 

「そっけなさは変わらないのかぁ……はぁ……」

 

 嘆息し型を落とすのを、何かと見守っていると、「そういえば」と思い出す。

 

「私の服、返して頂けませんかね?」

 

「いやだ。絶対に返さない」

 

 彼女が今着ている上着。色落ちした黒色が主体となり、所々に赤黒さが見受けられる長衣外套(フーデット・ロングコート)は、色が明らかに変わっていても私があの日、彼女に盗られたものだ。

 だが彼女は、断固とした拒絶の意を、言葉と共に腕を抱いて表現した。今一瞬、「毎日着ているんじゃ……」と不吉な可能性が過ぎったが、無視だ無視。たとえ事実だとしても認めない。

 

「それに、貰って行くって言った」

 

「それを許容した覚えはない」

 

 何やらとこじつけて、何が何でも奪う気でいるのだろうか。だが、そうはさせない。思い出してみれば、意外とお高いオーダーメイドなのだ。対価も無しに渡す気は無い。

 

「……じゃあちょうだい」

 

「断る。早々に洗って返せ」

 

 うぐっ、と詰まった様子で少しばかり思案したようだが、返ってきた答えは可笑しなことに、考えるまでも無い馬鹿らしいこと。

 即答で早く返せとせがむものの、理性と本能が口走ったのは『洗え』と言う忌避。流石に他人が使ったものをそのまま使うのは嫌だ。

 

「じゃあ洗わないから返さない」

 

「洗わなくていいから返せ……」

 

 逆手にとられて、致し方なくその条件を放棄。結局自分で洗う手間が増えるだけだ。

 だがどうしてだろう、何故にして泣きそうな顔をされているのだろうか。

 

「……なんですか、その顔は」

 

「……私のこと、きらい?」

 

「好きか嫌いかで言えば嫌いですね」

 

「じゃあ好きかそれ程で言えば」

 

「それほど」

 

「好きか大好きなら?」

 

「大嫌い」

 

「そんな選択肢用意してない!」

 

 頭を抱えて何事かに苦悶する。こうも忙しいのはどうしてか。

 そもそもの話として、一体何が目的なのだろうか。方向性が全く見えない。

 それに加えてなんだ、この冷ややかな視線は。絶対零度のクズを見るような視線まで混ざっている気がするぞ。

 

「シオン、全部答えて」

 

 いや無理だろ。と反射的に答えそうになるのはぐっとこらえた。質問の発信源である彼女、アイズへ首を動かす。とそこで視界が吸い寄せられた。無感情の中にどす黒い感情を隠し持った、アイズの目に。

 一体何を私がしたと言うのだろうか。彼女に害を与えた訳でも、何か行動を間違えた訳でも無いはずなのだが……。

 

「なんで、この人がシオンの服持ってるの」

 

「盗られたからです」

 

「じゃあなんで盗られたの」

 

 答えようがねぇ……あのときアストラルが全裸だったから、と答えたら完全に自爆。かといって嘘を吐くのは断固としてお断りだ。

 状況に思案する最中、途轍もなく厄介な人が介入する。

 

「そんなの、欲しかったからに決まってるじゃん」

 

「……今、肌を逆撫でられたかのような不快感を味わいました……」

 

「それ態々声に出さないでよ……悪いとは思ってないからさぁ……」

 

「どういう因果関係だよ」

 

 意味不明。何故そうなったかすらわからん。

 大体そんなこと普通言わないで欲しい。なんなら吐き気まで催すことになりそうだから。

 

「……なんで、シオン服を盗れたの? 今こんなことになってるけど、シオンは注意深いし、簡単に盗れないはず」

 

 こんなって……随分な言われようだが、確かに今は完全に無力だし、碌に戦えもしないから適切と言えば適切か。

 

「シオンが服脱いでたから」

 

「……何で脱いでたの?」

 

「ちょ、待っ―――――」

 

 その先の語が予想できた気がして、本当に不味い状況になる前に止めに入るも、それは吉と出たか凶と出たか、答えは凶だ。

 確かに反射的に答えるのは止められたが、逆効果、考える時間を与えてしまい、にやっと悪い笑みを浮かべる顔を見てそれを確信する。

 絶対に、面倒なことになる、と。

 

「―――そんなの、シオンがお風呂に入ってたからだよ」

 

「……なんでそれを貴女が?」

 

「それはねぇ、一緒に入ったから」

 

「……終わった」

 

 思案を終えた時には、もう既に遅し。第二の手を打つこともできずに、私は終わっていた。

 そう、終わった。

 脱力し、首を前にこくっと折る。口元は引きつった失笑が浮かんでいた。

 注がれる視線が、非常に痛い。

 

「イレギュラー君、それはちょっと……」

 

「えぇ、無いわね……」

 

 今の今まで沈黙と通して来たヒュルテ姉妹までが失望の声を発すほどのものだった。

 それだけでは無い、横からぎゅっと掴まれ軋む肩、開いた窓から吹き通り、冷たく頬を撫でる風。あらゆる出来事が今は、自分を軽蔑しているように思えた。

 

「シオンたん、因みになんやけど、何で一緒に入ったん?」

 

「私が入ろうとしたら、一緒にと着いて来ただけです……あぁ、そう言えばティアもいましたねぇ、はは、ははははは」

 

「うん、思わず見惚れるほどシオン綺麗だったよ?」

 

「起きてたのなら助けてくださいよ……」

 

 無感情に、ほぼ反射的に、勝手に発した言葉。それに返されたのは気絶から回復してたのであろうティアだった。落胆の声をぼそっと嘆く。

 

「なぁなぁシオンたん、ティアちゃんとアスちゃんはどうだったん? 感想聞きたいねん」

 

「どうもこうも、ちょっと変わっているだけでしたよ……全身傷だらけで、無事なところなんて無くて、失明までして、感覚もあやふやで、並みの生命力でないことを証明していましたね……どうでもいいことですけど」   

 

 こんなことを説明して、一体何になるのだろうか。仕返し程度になったとしても(かゆ)いくらいのものだろう。

 証拠として苦笑いを浮かべているくらいだ。手痛い視線が薄れたのは心の平穏としてありがたいが。

 

「……なんで、そうなったん?」

 

「ハッ、知りたければ本人たちに訊いてくださいよ。どうせ答えないでしょうけど」

 

「シオンは知っているのか?」

 

「そんなことどうでもいいでしょう。もう終わったことです。綺麗さっぱり、彼女たちとは無縁のものとなりましたから」

 

 【カオス・ファミリア】の掃討は終わった訳では無い。ただ、実験に加担していた糞共は片付けた。散々苦しめて、希望をちらつかせて、果てに全てを絶望へと()とした。

 そして、ティアとアストラルはもうそれとは終止符を打っている。何ら関係のないことと、もうなっているのだ。

 

「それより、この場って会議で設けられたのですよね。ならその会議、続けます? それとも今すぐに打ち切ります? 私は後者が希望です」

 

 いやぁな空気になって来ていたのだ。早々に立ち去りたいものの、どうにも私にはできそうにない。なら、立ち去ってもらうほかないだろう。

 その口実は、原点回帰すればすぐにみつかる。本当は『穢れた精霊(デミ・スピリット)』についてあと少しばかり話したいのだが、それもこの雰囲気のままとなると難しい。

 

「そう、だね。では、この会議はお開きとしよう。みんな、解散だ。各々遠征後の後処理に入ろう。まだ、終わってないだろう?」

 

「そうじゃの。この空気もいやで仕方ないわい。ほれ、若人ども、さっさと立ち上がらんか」

 

 二人が場を切り、立ち去ると、続々とあとについていく。一人、また一人と部屋からは人が失せ、残ったのはたった数名。

 

「で、何故残っているのでしょうかね」

 

「年頃の二人を部屋で他人がいない状態にしておくなどと、放っておけるわけがあるまい」

 

 翡翠(ひすい)髪の隣に立つエルフに、視線を向けながらそう問うたが、返ってきた答えは事前に用意していたかのようなものだった。

 

「別に二人じゃないけど?」

 

 それに反発する銀髪の幼女こと上位精霊。純粋に疑問に思った私とは異なり、彼女は何やら意図があるように思えた。

 

「あとそれ、遠回しに自分のこと老齢の人だって言ってますよね?」

 

「うぐっ……と、兎に角私もここに残る。シオンがせめても自分で歩けるようになるまでは、な」

 

 私の指摘に行き詰まるかのように若干仰け反ったが、貫徹するつもりか退くことは無かった。 

 四人。人外級と人外がここにいる。流れて的に居ても可笑しくはないアストラルは、先程首根っこを掴まれて神ロキと共に部屋を後にしていた。

 

「……リヴェリア、後処理はいいの?」

 

「っ……シオンいいか。絶対に不純なことなどしてはならないからなっ。たとえ君が女性の様であっても本当は男だ。何を考えているか残念なことに知れないが、手を出してはならんぞっ、いいな」

 

 どうやら流石幹部というべきか、色々と仕事があるのだろう。渋々の様子で一度諦めをつけたかに見えたが、何故かなんやかんやと言われる始末。 

 

「不純でなければ良いのですね、わかりました」

 

 とりあえず見つかった抜け道で了承しておく。つまりは純粋なら何をしてもいいと言う訳で、あれやこれやとやりたい放題なわけだ。

 

「……嫌な予感はするが、とりあえず信じよう。シオンはそんなこと、しないはずだからな」

 

「どんな信用だよそれ」

 

 根拠のない信用があるようだが、それはうまく利用させてもらうこととしよう。

 憂いがあるかのように幾度も振り返りながら部屋の戸に手を掛けている様は、本当に信用したのか疑える。その後歯を噛みしめながら立ち去って行った理由が今一度考えてみても分からない。

 

「ま、いいでしょう。それで、ここに残るはいいものの、何します? 暇になりますよ?」

 

「じゃあシオン、あのね、したいことがあるの」

 

「何ですか? 率直に言ってくださいな」

 

 ベットの上で私に向き直り、もじもじとしているアイズに目を向けると、途端俯き、だがしかし後に言葉は続いた。

 発しながら、少しずつ、顔を上げる。

 

「いしょに、お風呂入ろ?」

 

「……今何と?」

 

「も、もう一回言うの? 聞こえてるのに? 意地悪したいの?」

 

 上目づかいでの衝撃に加えて、信じられない発言に思わず聞き逃したかのように思考が(ほう)けてしまった。だが、声に出した瞬間その呆けは晴れ、正常な思考に戻る。

 二度目を言う必要はもうないのだが、慌てふためきながら顔を赤くし、頑張って言おうとしているというのが目に見えて判って、つい先を待ってしまう。

 だが、その先見ること叶わず。

 

「じゃぁ、私も入る!」

 

「……ティア、空気読めよ。あと少しで、非常に可愛らしいアイズの反応が見れたのですよ。何邪魔しているのですか」

 

 というのに気づけと言うのは、ティアには悪いか。まぁ大丈夫だろう、ティアには大人しくしていてもらえば、何一つ支障はない。

  

「……やっぱり、聞こえてた。シオンのいじわる」

 

「グハッ……な、なんだこの破壊力は……諸に応えたぞ……」

 

 ぷいっと頬を膨らまさてそっぽを向くさまは、愛でたくなるほど可愛らしい。年上と言うのが嘘みたいで、なんなら妹に欲しいくらいだ。

 いや駄目だ。それなら結婚なんてできないではないか。アブナイアブナイ。

 

「そんな演技なんかしてないで、ほらほら、さっさと行っちゃおぅ!  じゃないとまたあの小煩いエルフの人が来るからね」

 

「うん、リヴェリアにばれたら怒られる」

 

「あ、肩を貸してもらうだけで大丈夫です。少しばかり、感覚が戻ってきているので」

 

 ティアの意見に賛同したアイズがせっせとクローゼットから服やらなんやらを取り出している姿をガン見するわけにもいかず目を逸らし、近寄って来て肩から腕を通したところでそう言う。

 そして思い出した。かなり重要なこと。

 

「……私、着替えがありません」

 

「じゃあ、私の使う?」

 

「それはいろいろ問題あるでしょうっ!」

 

 流石に私もその提案には驚いて、思わず声が少しばかり大きくなってしまった。きょとんと首を傾げている意味が逆にわからない。

 

「……変じゃないと思うよ?」

 

「むしろそこが問題ですよっ。いやそれ以外にもありますがね?」

 

 まぁ結局、サイズが合わないから入らないと思うのだが。

 はてさて、どうしたものか。

 ティアは別にどうでもいいとして、アイズと一緒に風呂に入れる機会は逃したくない。着替えを使いまわすと言う選択肢は無くはないのだが、正直言うともうそろそろ変えたい。だって三日は同じ服を着ているのだから。

 

「うーん、いい機会だしやってみようかなぁ」

 

「何を?」

 

転換生成術式(トレース)の実践」

 

 何か今聞いてはならないことを聞いた気がした。

 何やろうとしているんだか。そもそもそれは、神が行う大地創造と殆ど変わらない行いだ。下手すれば神にばれる。

 というか、何故そんなことが出来るのか訊きたい。下手すれば夢の未現物質(ダークマター)とか作っちゃいそうだから。

 

「いい?」

 

「とりあえず方法を。そこから検討します」

 

「なんか適当に材料用意して、それを分子レベルで解体して、組み上げた物質を想像したものと酷似させるの。ね、簡単でしょ」

 

「全然全くこれっぽっちも簡単じゃないですよ……そもそも分子って何さ、知らんわそんなの」

 

 もはや検討するまでも無く嫌な予感がする。聞き覚えの無い単語まで出てきたし、一体彼女はそこまで発展しているのか。

 

「説明面倒だからやーだ。でも別にいいよね。なんか服ない?」

 

「……ある、かな?」

 

 勝手に話が進んでいるようで、私を椅子へ下ろしたアイズがまたもクローゼットを漁る。

 一枚、二枚、三枚と、知らぬ間に服が置かれていた。

 それは小さく、とてもアイズが着れるような服では無い。黒いワンピースや、小さな靴下、それに加えて白い下着(パンツ)まで置かれていた。

  

「これ、私が小さいときに着ていた服」

 

「アイズの、幼少期……やばい興奮してきた」

 

 知っているから尚興奮と想像が止まらない。見覚えのある服では無かったが、何ともまぁあの一瞬の光景からアイズを動かしてこの服を着させると……めちゃくちゃカワイイ。抱きしめてくなるくらい。

 

「もう、着ないから、使っていいよ」

 

「いろいろ突っ込みたいけど……ま、いいや」

 

 何やら腑に落ちないご様子だが、無理矢理納得したらしい。

 ベットの上に並べられたそれらに手を(かざ)し、一言。

 

「【転換生成(トレース)】」

 

 橙色の魔力光がうっすらと包んだかと思うと、その後爆発的に光が弾け、気づいた時にはそこに見覚えのある漆黒の長衣外套(フーデット・ロングコート)が一着、ぽつんと何気なく在った。

 凄いと言う関心と共に、ここでまた思い浮かぶ。

 

「上着だけじゃ意味無くね?」

 

「あっ」

 

 ティアもどうやら今気づいたようだ。変換した本人がそこを忘れると言うのは、どういうことか。

 まぁ、別にいいか。

 

「そこまでの要求は止めです。これでいいですよ、下着の方はもう一日の辛抱となりますが」

 

「なら最初っから全部そうして欲しかったかなぁ……」

 

 苦言を呈されたが無視して問題なかろう。

 アイズがその服を私に持たせ、肩をとる。体重半分を支えられれば、今は歩けるくらいだった。

 風呂場でもこの状態となればかなり問題となるが……大丈夫だろうか。

 

「……どっちに、入ろうか」

 

「女湯で良いんじゃない? シオン一見女みたいでしょ? 下は全然男だったけど」

 

「わかった」

 

「おいちょっと待て、私の意見はどうなって―――いやだからッ」

 

 ここは全く意見が取り合われることはなった。

 確かにアイズを男湯など野蛮人の集まりに入れるわけにはいかないが、こちらだと人との遭遇率が増すし、何より社会的に死ねる。ばれたら確実に。

 

「という懸念はいざ知らず。誰もいなくてよかったぁ……」

 

「うん、じゃあ……入ろっか」

 

「シオンは私が脱がせるね」

 

「じ、自分で何とかしますから」 

 

 流石に着替えまで手伝ってもらう訳にはいかない。ここは意地でも、一人でやるべきことだ。

 シャワー室と浴室に分かれているらしい【ロキ・ファミリア】の浴場は、率直に言うと話に聴く限り『アイギス』の浴場より小さい気がする。本当にいい買い物をした、億がするだけあったものだ。

 棚の反対側で何とか苦行を極める脱衣を終えたところで、二人の待つところへいそいそと辛い五歩を歩むと、やはり、記憶通りそこは最高であった。

 

「はぁ、今昇天しても可笑しくないです」

 

「シ、シオン? 顔が可笑しなことになってるよ?」

 

「すみません、弛緩してました。気を引き締めていきましょう」

 

 真剣な面持ちに一転し、興奮して()つことはないように何とかして、歩みを進めようとしたが、そこで脚から力が抜ける。

 

「……大丈夫?」

 

「えぇ、最高です……」

 

 だがアイズの胸へとダイレクトに飛び込み、とても心地よい感触を味わいながらなんとか肩を借りて立ち上がる。

 

「ひゃっぅ」

「やわらかっ」

 

 その時迂闊(うかつ)にも前触れなく触れてしまった膨らみの感触は、忘れるはずも無い。

 

「……おぉ、シオンのおっきくなった。私じゃ興奮しなかったのに。なんか悔しい」

 

「何処見てるんですか……」

 

「あっつくて、カタイ。なんか、大きい……」

 

「感想言わなくていいから。恥ずかしいからっ」

 

 アイズの右脚にアレが擦れている所為でとってもやばい状況。今すぐに脱すべきという理性と、このままいようぜと言う本能は第一合で決着し、私はアイズにくっつくことを決めた。

 

「じゃ、じゃあ行こっか」

 

 少し熱くなる吐息にアイズは気付いているか。だがその理由は恥ずかしいからあまり知られたくはない。

 動揺するのは私も彼女も変わらず、緊張は心臓の律動が物語っていた。

 

「あれ? シオン、【ステイタス】は?」

 

「……何ですかティア。水を差そうとしても無駄ですよ。この空気はもう壊れない」

 

「突っ込みどころ満載だけどそういう事じゃなくて。シオンの【ステイタス】はどこいったの?」

 

「は? 何を言って――――」

 

 ティアの真意が掴めない質問、理解に苦しむそれは、一瞬にして理解させられた。

 洗面場所として設けられたそこにある一枚の鏡、そこに私の背が映されていた。

 何も記されていない、素肌のその背が。

 

「は? え? どういぅ、え?」

 

 混乱が始まる。理解からの逃避に必死になりつつ、状況は着々と理解でき、そしてある出来事を思い出した。

 私は一度、死んでいる。それも完全に。そこから蘇生したのだ。

 ならばあることが予期される。

 【ステイタス】とはその者の物語だ。死んでから何もせずとも二十四時間経てば消えてしまう。特殊加工をしなければ、それだけで終わってしまうのだ。

 つまり、私にもその条件が反映された。

 

「……これはまた、一からやり直しになりそうですね……」

 

 別段強さに拘る気は無いが、相応の衝撃はあるものだ。

 自らに落胆すると、アイズが「よしよし」と撫でてくれて、もうこのままでいいのではないかと思ってしまったりするが、全然良くない。

 後で、ヘスティア様に謝らなくては。

 

「じゃ、入りましょうかね」

 

「う、うん。頑張るから」

 

 何か気を引き締め、覚悟を決めたかのように力を込められたが、何のことかその時は解らなかった。

 ただ、少し経てば非情にわかりやすく理解させられた。

 

 語るのは非常に難しいため、端的にその時の気持ちを纏めよう。

 

 すごく、気持ちよかったです……

 

 この日、私は青年から、男へと昇進した。

 そしてアイズも、大人の女性へと昇華した。

 更に言えばティアも何故か、一端の女性へと自らの意思で戻ったのだった。

   

 絶対に忘れられない時間だったと、確信して言えよう。

 

 

 

 





 再度言おう、私は変態である。
 だからこの日を書けと言われれば、何とかして書こうじゃないか。
 R-18になるから、別で投稿しなきゃだけどね。

 気が向いたら、うん、書いておきます。ぐへへ……
 


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浅い夜と深い夜

  今回の一言 
 百話記念に裏物語投稿!(こじつけ)

では、どうぞ


「流石に、寝よ……」

 

「うん。疲れたしねぇ~」

 

「ベット、使う?」

 

「私は床で良いですよ。ベット嫌いなので」

 

「わかった」

 

 一様に欠伸を浮かべながら、アイズの部屋へと何の変哲もなく入る。いや、ただ一つ。私がまだアイズに肩を支えられた状態である、という事が挙げられるか。

 お風呂での一幕の後、一時は気まずくなりはしたものの、何とか上がることはでき、幸いなことにその後誰かに見つかることも無かった。それは私が保証できる。

 

「で、今まで見過ごしてたけど、その手は態と?」

 

「いえ、私の意思では無いです」

 

「ぁ―――ばれ、ちゃった」

 

 思わず「バレないと思ってたのかよ……」と突っ込みたい衝動を抑えて。名残惜しくも肩に回していた右腕を解いた。ごとっと鈍い音を立てて壁へ衝突するが、元々の体の痛みに比べてば屁でも無かった。

 右手の開閉を繰り返し、感触を思い出していると、ティアから手痛い手刀が一発与えられた。

 

「もう、夜なんだ……」

 

「早いですねぇ……」

 

 暢気にそんな言葉を交わしながら、アイズはベットへ座り、ティアは強制的に連れられその横へ、距離を置き、私はドアの横で(もた)れていた。

 照らし出すのは窓から射し込む月と星々の明かり。この物静かな雰囲気が、騒がしいいつもと一転した珍しさを与えてくれて、中々に心地良い。

 

「夜這いは禁止だからね」

 

「うん。シオンがおかしくなっちゃうから」

 

「おいちょっと待て。突然何言いだしてんだ。その事は一先ず頭から話して措けよ……」

 

 私には無理なことだが、とりあえずボロを出しそうなこの危うい二人は意識の片隅へと贈るべき。でないと速攻ばれて、ファミリア単位での問題となりかねないから。

 流石に今の内はそう言う問題は避けたい。裏工作(下準備)をしっかりと終わらせてから明かさないと、敗北必至だろうから。

 

「では、お休みなさいなお二人さん。私は今は、寝れそうにないので」

 

「……大丈夫?」

 

「正直全然。骨の軋む音まで聞こえますよ。あぁ、怖い怖い」

 

 疲労困憊(こんぱい)だった体を無理に動かし、酷使した結果が更に酷くなって帰ってきた。筋肉痛が妙に響き、骨の髄まで振動が伝わるかのような感覚。とにかく我武者羅に痛みが私を襲った。

 無茶した代償、だがそれ以上の見返りはあったのだから全く後悔していない。

 

「……ねぇシオン、寝る前に、その、訊いていい?」

 

「構いませんよ」

 

「……私とシオンってさ、恋人、で、いいのかな……?」 

 

 それに私は一周廻って、きょとんとした顔を見せてしまった。その顔を見てしどろもどろになるアイズに、一言掛けて落ち着かせると、率直に告げる。

 

「私はそう、思いたいですね」

 

「……そっか、うん、恋人、だね」

 

 それにクスクスと、小さく笑みを零した。そんな小さな仕草ですら、私を驚かせるには十分足りた。

 だって、彼女はこのくらいのことすらも、随分前から今まで失っていたのだから。

 

「恋人、こいびと。ふふっ、ふふふっ♪」

 

 何ともまぁ初々しい反応。ベットに倒れ込んでバタつく様は、本当に今までの彼女とは大違いだった。たった一線されど一線、超えたことによる変化は、偉大な一歩と変わりない。

 温かい気持ちに包まれて、私はそのまま、滑り込むように訪れた睡魔の波に、意識をさらわれていったのだった。

 

 

 だからこそ、彼には、そして悦び微笑み浮かべる彼女にも聞こえなかった。

 

「わたしはまだ、諦めないから……」

 

 小さく確固として成り立った意思が、そこに実ったことに。

 すらっと己すら気づくことなく、辿った頬の雫に。

 

 

   * * *

 

 揺すられる感触と、瞬次(しゅんじ)訪れる激痛で目は恐ろしいまでに冴えわたる。

 視界は鰾膠も無く晴らされ、訪れた景色は色鮮やかに見えた。それは単に、アイズと言う昨今恋人となった、胸を張っていえる最も大切な人が視界一杯に映ったから。

 

「朝から最高の気分です」

 

「うん、私も」

 

 そう言って二人で笑みを交わし、だが私は違和感に襲われる。

 直ぐにその違和感の正体はつかめた。

 

「……ティアの突っ込みはない、のか。ちょっとつまらないですね……」

 

「今ぐっすり眠ってる。起こすのも悪いかなって」

 

 いつもならあるはずの突っ込み役がいなかったのだ。それもそのはず、アイズの視線を辿ったそこには、小さくなって壁へ背を此方(こちら)へ向けるティアの姿があった。

 か細く寝息を立てているのは、静かなこの場でよく聞こえる。

 

「……で、何故私を起こしたのですか?」

 

 共に見えた窓の外、そこは星がまだ輝く雲無き夜天が(うかが)えた。

 まだ陽も上がらない深夜三時十二分。体内時計も合わせてその時は正確だろう。

 

「痛くても、辛くても、死にそうでも、得物を握らなきゃ衰える、でしょ?」

 

「……アイズのお父さんが言っていたこと、ですよね」

 

「うん。ずっと前から不思議だったけど。シオン、当たり前のように知ってるね」

 

「……まぁ、夢で見ますから」

 

 しかもそれは、先程見ていた夢と近しいものだった。

 血から流された幼少期のアイズとアリアの断片的な記憶。それはしかと私に受け継がれており、夢を見る度に何度も何度も、私を奥底から苦しめていた。

 だがそれについて、とやかく言うのは筋違い。これは私ではなく、アイズの過去なのだから。

 

「んじゃ、歯ァ食い縛っていきますかね。アイズ、少し手を」

 

「うん」

 

 ぎゅっと引っ張られて、何とか立ち上がると、数歩足踏みして安定させる。感覚は長い休息である程度取り戻しているようだ。

 

「ゆっくりなら、歩けそうですね……」

 

 普段より格段に遅い足取りだが、支えなしに独りで歩けるくらいには回復した。これならばなんとか振れなくも無いだろう。

 壁に寄り掛かっていた二刀を腰に下げると、しっくりとした重み。だが、(いささ)か左側が軽いか。

 これも仕方ないだろう。『一閃』をかなり酷使した所為でため込んでいた修復能力、つまりは血を多量消費してしまい、減った質量分軽くなった訳だ。 

 体が満足に動かせるようになったら、一狩り行こうか。階層主あたりを。

 アイズに目配せをして、音なく廊下へ出ると、階段を経由して中庭へと向かう。アイズは完璧にそれをこなしたが、些か私は拙い。数歩に一度は足音を響かせ、息遣いもどうにも正常の域まで届いていなかった。

 

「……歩くのだけで疲れたぁ」

 

 夜風が冷たく頬に触れる。すぅっと引いていく熱を取り戻そうと、半ば仕方なく、だがどこかやる気を持って、二刀の内一刀―――左腰は(さや)だけが下がる。

 身体が不思議と軽く感じる。振り上げるのにブレはなく、持ち替えた左手の力のみで事を成した。完全な静止、そこから瞬く間もなく天を向いていた切先が斬り終わった状態で見受けられた。

 その時の幅同じく三度ほど刻み、暴風が辺りを揺らした。それは軌道の延長線上が真っ二つに掻き分けられたせいで、剣圧に押された空気が勢いを受け継いで荒れ狂ったから。

 

「……やべ」

 

「……手加減は、できなかったの?」

 

「も、申し訳ないです……」  

 

 無意識的に普段は加減をしているのだが、今回はどうやらストッパーが利かなかったようで見ての通り、芝生をごそっと正面部分を削り取り、壁にまで届いてしまっている。

 ステイタスがあった時、これくらいは当たり前のようにできていたが、全ての能力が低下した今まさかこれほどまでとは。

 

―――――いや、違うのか?

 

 身体能力が下がっていたとして、根本的潜在能力(ポテンシャル)が下がった訳では無い。それはステイタスの増長によるものでは無く、魂自体の昇華であり、肉体自体に刻み込まれたものだから。

 しかもそれに、技術が加わればどうだろう。私ならこれくらい容易くできる。

 要するに、若干は弱くなったが、有象無象には負けない程度の『強さ』は残っている訳だ。

 現状から逃避しながら、安堵に一つ息を吐く。

 

「……どうしよっか、これ」

 

「いい方法があります。ティア、よろしく頼みます」

 

「気づいてたんだ……ま、そんなことはいいや」

 

 アイズに向けていた視線を、関係の無いように思える方向へ向け言い放つが、その視線の先では重要人物が窓枠から飛び出し、地に着くと即座に此方(こちら)へとことこ走り近づく。

 

「ほんと派手にやっちゃったねー。すぐ治るんだけど」

 

 ぱぱっと飛び散った破片や削れたところに触れていくティアを見守っていると、私の下へと来て、目線で「避けて」と伝えて来る。

 反論する理由も無く従い、入れ替わりの形で私が立っていた破壊の原点へとティアが立つ。天へ高々と手を(かざ)し、何やら『音』を出した。いくつもの音が重なり合った和音のような、滑らかな、さながら曲のようにすら思える音の紡ぎ。

 共に大地に変化が生まれる。

 まず破片が集合し、続々と破壊した壁へ向かった。摩訶(まか)不思議なその光景はだがそこで終わりではない。跡形もなく消し飛ばしたものまであったらしく、その隙間―――破片が接合したものの今にも崩れそうなその壁の所々に見える穴は、淡緑(あわみどり)色の光で埋まると、その光が薄れ、すっかり消えた時にはそこはしっかりとした、元通りの壁であった。

 無駄な物が無くなった地面から、さささっと連続した小さな音がしきりに耳朶(じだ)へ届き、発生源がひとりでに動く草だと知る。

 周りと変わらぬほどまで成長すると、、奏でられていた音は全て止んだ。その頃には、破壊前の光景と何ら遜色ない場所となっている。

 

「さっすが」

 

「えへへぇ、もっと褒めてくれてもいいんだよ?」

 

 直ぐ近くにいるためぱっと抱き着かれてしまい、だが何故か振り払う気にはなれず、そのまま目下の彼女の髪を()くように、頭を優しく撫でつける。

 

「よしよし。私の不始末を補ってくれてありがとうございます」

 

「んふふっ♪ シオンはわたしがいないとだめなんだからぁ♪」

 

「はいはい」

 

 何か勘違いをしているように見えるが、放っておいて彼女にささやかな喜びを与えたところで私に損は無いだろう。これくらいは、見過ごしてやろうか。

 

「もぅここで振るのは止めておきましょう。アイズは加減ができても、私は無理そうですから」

 

 そうなればすることが無くなって、暇になるのは当然のように思えるが、そのあたりは問題ない。私はただ、彼女を眺めているだけでもいいから。

 

「シオン、どうするの?」

 

「そこで体力回復に勤しむことにしますよ。アイズは自己鍛錬でも、私はそれを眺めていますから」

 

「そう? わかった」

 

 何を反対されることはなく、アイズは毎日の習慣と変わらず、己を鍛え始めた。

 それを横目で見届けながら、私は壁へと寄り掛かり、どさっと音を立てて腰を落とす。

 すぐ横にちょこんとさりげなく、ティアも座った。

 

「……ねぇシオン、ハーレム作る気ない?」 

 

「ない」

 

 唐突に告げられた突拍子もない発言に何の揺らぎも無く即断する。

 一夫多妻制と言うのはあまり好きではない。お祖父さんやベルは羨望に輝いた眼差しで『そりゃぁ男の浪漫でしょ!』とか言ってきたし、本音を言うと『何言ってんの?』という当時の心境は今でも変わっていない。

 浮気もいいところだ。純粋な一少年なら女性に囲まれることを是とするが、専ら興味がないもので、断固否定の意を示せる。

 

「そ、側近は?」

 

「私は王になるつもりもない」

 

「……あ、愛人は」

 

「言い方変えてるだけで殆ど変わらんだろ……」

 

 (あき)れてしまい頭を振ってその気を紛らわす。溜め息まで出してしまった。

 しょんぼり落ち込むティアの気持ちは、何となく察せる。昨夜の会話が聞こえていたのだろう、辛い思いをさせてたのかもしれないが、私は謝辞を口にする気も思う気もなかった。

 選んだことに悔いなどない。

 

「諦めないから」

 

「どうぞご自由に。揺るぎませんよ」

 

 切りをつけて押し黙り、黙々として愛剣(デスペレート)を振るうアイズを二人で眺めた。

 何やら、この時間にも拘らず周りがやけに騒がしいのは、私の所為で間違いない。相当な音を立ててしまったから、迷惑極まりなかっただろう。そちらには、心からの謝意を送った。

 

「……何か、綺麗、だね。悔しいけど、シオンが選ぶ理由が嫌な程わかる」

 

「でしょう。……私から見ても、剣に、鈍りが無くなりました。本当に、よかった……」

 

「……シオン?」

 

「いえ、何でもないですよ」

 

 込み上げてきた感情をどうにか落ち着かせようと俯いたのを不審に思われたか、疑念が()められ呼ばれたが、何事も無かったかのように顔を上げる。

 胡乱気(うろんげ)な視線は途切れることはないが、無視し続ければ流石に気にしなくなるだろう。少しそっけない対応になるが、悪く思わないで欲しい。

 

「ただ、眺めているだけって、つまんなくないの?」

 

「全然。私はあの剣を見た瞬間、彼女に()れましたからね……要するに一目惚れですよ。それから私はずっと彼女の剣を―――彼女を忘れる事などなかった」

 

 惚気話(のろけばなし)のようになって、彼女には不快だろうか。だが、自然と口が動いた。聞かせてしまうことになっているが、どうしてか、静止を掛けられることも無い。

 

「剣は毎日変わる。だから私はずっと、彼女がどれだけ成長しているか、どれ程強く鋭い剣を()っているか、気になって仕方なかった。ですがね、正直言うとオラリオ(ここ)にきてアイズの剣を見た時、がっかりしたんです。一回り二回りも研ぎ澄まされていましたし、確かに洗練されてはいました。ですがね―――」

 

 これは明かしたことのない気持ちだった。だが何故か自然と、ぽろぽろ口から零れていく。

 アイズに聞こえていないかは心配になるが、だがそれは言った後に気に掛けたことだった。

 

「根本が、これっぽっちも変わっていなかったのです」

 

 居たたまれずアイズから視線を逸らし、まだ暗い天を仰いだ。

 先程と違って、雲が一面包んでいる。明かりが降り注ぐことはなかった。

 

「なんでかなぁ……そこで私は失望したのではなく、逆に想いが増したのですよ。変えてあげたいって、欲深きことに、ね。だからさぁ、その根本が変わった今、嬉しくて、堪らないのですよ……」

 

 憎悪と焦燥(しょうそう)。何もかもの怨嗟(えんさ)から生まれたのがアイズの剣。根っからそれを変えてやった、自覚が無い内にと言うのがちょっと残念だが、それでも別に構わない。

 晴れやかな、輝く透き通った清流のような剣筋。それに今までの曲がった感情などない。純粋な、剣。本来殺すためだけに在るはずのそれは、矛盾したことにそれだけでは無いのだ。

 

「だからね、幾ら見てても()きることなんてないし、つまらないなんてことはない。求めたものが磨かれていくのを見て嫌だなんて、ありえないでしょう?」

 

「……ご高説、どうもありがとうございましたっ。ふんっだ」

 

「あら、いじけちゃいましたか」

 

「いじけてなんかないもん」

 

 あははと苦笑いを浮かべて、自分の行いがかなり恥ずかしい行為だと途端に思い出す。キョロキョロと忙しなくあたりを見渡してしまったが、誰かに聞かれた様子が無いことなどとっくにわかっていた。

 気づけば雲は薄くなり、筋状に()らしている光が地上を照らしだす。 

 それはまだ曇っている私と変わりないように思えて、そっと、目を伏せた。

 

 

 

 




 そぅそぅ、裏物語って外伝的に出てるR-18のやつね。

※本編色々修正掛けてますハイ。とっても細かなところだけどね?


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運命さんよ、もう少し優しく相手してくれ……

  今回の一言
 いやぁ、案外裏のR-18系列を書くのって、たとえ下手だとしても楽しい。
 
では、どうぞ


 

「【ロキ・ファミリア】の朝食に、他ファミリアの人間が混ざって問題とか無いのですかね……」

 

「いいんじゃない? 案外違和感ないし」

 

「いや、あるから。凄い視線が痛いし、何より貴女たちの行動が問題なのですよ……」

 

 両手に花、今まさにその状況で嬉し恥ずかしなのだが、そのせいで冷ややかな視線と熱烈な嫉妬の殺意がイタイ。

 陽が昇って暫く経った朝食時、かなりの休息をとったお陰か、体は一人で普通に動ける程度にまで回復したし、胸中から(あふ)れんばかりの活力は日常生活に支障のない動きまで実現できている。

 

「おぉ、中々美味しそう。アキさんが作ったのでしょうかね」

 

「うん、そうだと思う」

 

 魚のフライに粘り気の強い白米、微量な匂いからして昆布だしであろう味噌汁。飲み物で渡された緑茶。タケミカヅチ様たちが見たら感嘆の声を()らしそうだ。極東系列の料理は基本朝時に合っていて、非常に食べやすいからよい選択だ。

 埋まりつつある席で、三人が並んで座れるところへ連れられる。決まった号令は無いらしく、兎に角一緒の場所で揃った時間に食べている、ということに意義があるそうだ。

 

「向かい座るね」

 

「ご自由に」

 

 私たちだけ無言の朝食で、せっせと出されたものを食べていると、私が半分に達したところで声が掛けられる。見るまでもなく誰かわかり、そっけなく端的に答えた。第一に確定形だし。

 四角形のお盆が音を鳴らすと、次いで椅子を引く音。

 

「昨日はお楽しみでしたね」

 

「「「ごはっ」」」

 

 突然の爆弾投下に、その意味に心当たりがあった私たちは口に含んでいた物を危うく吐き出しかけた。わざとらしい敬語にも更にその懸念を深める。

 

「うん、あれだけ鳴いて気付かない訳ないよね」

 

「チッ、しくじったか」

 

 余裕綽々(しゃくしゃく)と黒い笑みを浮かべる緋髪の女性。既に顔を赤くしテーブルに突っ伏している両隣の二人は半ば戦力外だ。何とか誤魔化すか、口封じするしかない。

 

「アストラル、他に気づいている人は」

 

「……知りたい?」

 

「――念のため」

 

 何やら苦笑いを浮かべている。途轍もない嫌な予感がした。

 まさか全員が知っていたり……いや、そうならばもう既に私は死んでいる筈だ。

 覚悟を決めて、若干前のめりになりながら目を(つむ)る。生温かい吐息が耳朶(じだ)をくすぐり、その後小さく声は運ばれた。

 

「二人―――エルフと黒の猫人(キャット・ピープル)

 

「終わった……」

 

 音を立てて、私もテーブルに突っ伏した。頭を抱えて小さく悶える。置いていた食事はご丁寧にアストラルがさっと引いてくれた。

 名前を言われなくともわかる。エルフはともかくとして、猫人(キャット・ピープル)、しかも黒と言ったら【ロキ・ファミリア】では現在彼女しかいない。

 

「あ、丁度来た」

 

「ふざけろクソ運命……」

 

 嘆きと共に両肩に圧力が、そしてすぐにボキバキメキという鳴ってはならない音が聞こえた。絶対砕けた、もう肩動かん。

 ただならぬ気配と、生温かく()いよってくる末恐ろしい殺意。

 

「シオン、私は確か、不純なことは禁ずるように言ったはずだが?」

 

「エルフって貴女ですか……というか、私は不純なことなどしてません。純粋な想いの下、純粋に愛を確かめ合っただけです。それのどこが可笑しいと?」

 

「うぅぅ……」

 

 悶えが悪化したアイズを横目で見守り微笑ましく思いながら、何とか顔を上げる。やはりか、そこには鬼の形相で周りすらも怯えさせるファミリアのママことリヴェリアさんと、にこっと笑っているかをが全く揺るがないのが逆に怖い調理場にいた筈の準幹部のお姉さんことアキさん。その二人がいた。

 

『シオン、どうする? 逃げるのは愚策だけど』

 

『ティアですか? なるほど念話。よかった、お願いがあるのですが……』

  

『なに?』

 

『肩、治してもらえません? 砕けたので』

 

『え、あ、うん』

 

 不思議なことにこんなことまでできたティアが策を問うてきたが、特に何かある訳では無い。だが、一つだけお願いした。放っておいて変形されても困るから。

 伏せたままで、手が放された肩を癒やしていく。温かく落ち着く、そんな優しい何かが私の砕けた肩を二人に気づかれる事無く、じんわり元へ戻した。

 

「シオン、後で話がある。私の部屋に来い」

 

「セア、私も話したいことがあるの。私の部屋にも後で来て」

 

「無理です」

 

 即断できる。行ったら結果など目に見えているし、何より私は彼女たちの部屋を知らない。来いと言われても無理がある。

 

「それに……私、もぅ帰りますし」

 

「ぇ……シオン、もう、帰っちゃうの?」

 

「ちょっと、主神に説教されに、ね」

 

 ヘスティア様の事だ。誰であろうと眷属が一人でも死んだことが判明したらさぞかし悲しむことだろう。

 まぁ生きているのだが、【ステイタス】は消えた。それだけで彼女は私が死んだと判断してしまうだろう。

 

「もう帰ってるでしょうし、会えるはずですから」

 

 驚かせることになって、だけど彼女は喜びながら大激怒して、大変なことになりそうだ。

 

「二人も……訂正、全員さっさと朝食を摂れ。朝食を摂るためにここにいるのでしょう」

 

 大食堂で固まっている人たちにも向けて、声を張ってそうそう指摘した。

 緊張から弛緩したかのように空気が(やわら)ぎ、続々と食べ物を口へ運ぶ者が増えていく。

 その中に私も混ざり、一時の安定を得られたかと思ったのも束の間、耳朶を甘い怒りの声と冷たい殺意の吐息が届いた。

 

「じゃあ、明日ね」

 

 左耳からそう伝わり

 

「絶対に、明日だ」

 

 右耳からは言外にたくさんの脅迫が伝わった。

 その感覚に、少し身震いをしてしまう。なかなかに良い感触だったから。

 

「シオン、いま興奮したでしょ」

 

「してません」

 

 きっぱりそう告げ、緑茶を飲み干したところで私はお盆ごと回収場へ持っていった。

 

 

  * * *

 

 

「ただ今戻りました」

 

 気配のある地下部屋へと、声を掛けながら入る。後ろからはティアも付いてきて軽く一例をすると、だが無言でまた私の後ろへと控えた。

 

「ベルは居ないのですね。ダンジョンにでも潜っているのでしょうか」

 

「……シオン君? ははっ、ボクはついに、幻覚を感じるまでに酷くなってしまったみたいだよ……ははっ、はハハッ」

 

 活力もないような目をして、力なく引きつった笑みを浮かべるロリ巨乳ことヘスティア様。目元の(くま)は彼女の疲れを著しく現しており、灯りもついてない暗い部屋はまさに彼女の心境を体現しているように思えた。

 予想以上に酷い有様だ。やさぐれている事からして、さながら廃人のように見える。

 

「人のことを幻覚呼ばわりするのは勝手ですけど、現実は見てくださいね。私は生きてますよ。いっそ貴女が死んでしまいそうに見えますけどぉ?」

 

「シオン、ちょっと言い方が(かん)に障るよ? どれだけの人をどれだけ悲しませたか、自覚したほうがいいと思うな」

 

 うざったらしく挑発的な物言いをあえてしたのだが、ティアには不愉快だったようで外套(がいとう)の腰周辺部を(つま)みながら、ジト目で若干険のこもった声音で静かな怒りを見せた。

 

「ティア君……? どうして……」

 

腑抜(ふぬけ)けた顔してどうしてなんて言われても、帰ってきた、としか言いようがないんだけどなぁ……」

 

 後ろ髪をぼそぼそなで上げながら、ティアがそうぼやく。はぁと二人揃ってため息をつき、事の重大さを再確認した。

 

「どうします? 自己至上主義者並に話が通用しませんよ?」

 

方向(ベクトル)が全然違うでしょ……」

 

 ふざけてみるも特に反応が見受けられない。こういったものは駄目か。

 ……ものは試し。とりあえず? 思いつく限りの事をして何とか正気を取り戻させよう。

 

「刺激を与えるのが一般的に考えて合理的……」

 

「ちょっと待った」

 

 実行に移そうとしたにも拘わらず、ティアから突然の待ったがかけられる。

 (いぶか)しく、問い詰めるような視線を向けると、すぐに応えられた。

 

「今、どこ触ろうとしてた?」

 

「どうもこうも、ヘスティア様の胸ですけど?」

 

「言い切られたよ堂々と! 清々しくそんなこと言わないでよ! なに、変態になっちゃった!? 一線超えたら理性も一線を越えておかしくなっちゃったの!?」

 

 酷い言われようだ。ただ単に、性感帯が最も刺激を与えられると思っただけなのだが。

 試さないわけにはいかないだろう。今は何よりも彼女の正気を取り戻すことが最優先。

 

「ほぃっ」

 

「にゅあぁ!?」

 

 ぎゅっと諸に、力なく座る彼女の胸を気にせず掴んだ。見た目以上の感触――っとそんなことは関係ない。

 一発目にして、確かな反応があった。驚きからか垂直に飛び上がると、胸を押さえながら着地し即座に後退る。上げられた顔には、動揺する瞳があった

 

「大成功」

 

「な……なっ、なあァァァァ!?」

 

 驚愕(きょうがく)に口を閉ざそうとせず、大声を上げたまま、ほくそ笑んでいる私に指をさして硬直した。

 クズを見るような目線をしみじみと感じるのは、心当たりがない私には意味不明の出来事である。

 

「ど、ど、ど、どうしてボクの胸を鷲掴みにしたんだ君は! 僕のこの体はベル君にしかっ……って、シオン君?」

 

「漸く気づきましたか。あたふたと忙しない人です。そうですよ、恩恵の切れたシオン・クラネルですよ」

 

 堂々と胸を張り、現実への理解が追い付いていないヘスティア様はしどろもどろになりながらも、やっとしっかりと意味を持つ言葉を放った。

 

「―――シオン君、なんだよね。生きてるんだよね? 今ここにいるんだよね?」

 

「はいはいしつこいですよ、仕方ないと思いますけど。実体もありますからいい加減信じてください」

 

 先程握った手で開閉を繰り返している様を見させると、顔を二重の意味で真っ赤にさせ、奇声を上げながら飛びかかって来る。避けることなど容易だったが、何となく、受け止めてあげた。

 ティアには「ごめん」という意を込めて、『ウィンク』を飛ばしておいた。少しいじけたような顔をしたが、すぐに溜め息で仕方なさそうに片付けてくれる。

 

「シオン君だぁ……ぐずっ、生きでる……いぎでるよぉぉぉぉ!」

 

「鼻水を(なす)り付けるのだけはやめてくださいよ……駄目だこりゃ、聞こえてねぇ」

 

 注意をしたものの、実行に移される気配がまるでない。飛びこまれたままの状態で膝をつかれ、それに合わせたことが失敗だったか。胸部にずりずりと、鼻水や涙やらなんやらを垂れ流す顔を埋め込まれて、漆黒の服は上に貼り付いた透明の強い粘着性液体をを中心に精神的に酷い有様となっていた。

 はぁと思わずため息を吐き、これ以上どうしようもなくなる前に、何とか(なだ)めていると、手痛い罵倒と何故かあった褒めの末に漸く落ち着いた。これまで、本当に長かった……

 

「バカ……シオン君のおたんこなす……」

 

「ん~うん? 何故私はまだ罵倒されなくてはいけないのでしょうか?」

 

「というか、おたんこなすとかシオンに全然合ってない罵倒なんだけど。聞いてて笑い堪えるの必死だったよ?」

 

「最低だな。人のこと言えんけど」

 

 ヘスティア様の罵倒カテゴリは、非常にアビリティが低い様で、なんというか、そこらの子供でもいえそうなことをひたすら並べて罵られただけであった。

 そこにヘスティア様の優しさが見えて思わず笑みが零れそうになったが、場に合わないことをするわけにはいかず必死に耐えていたのだ。

 

「ご、ごめんよ……嬉しくて、さ。でもシオン君、今ちょっと冷静になってみたんだけど、何で僕が授けた恩恵(ステイタス)が消えたの?」

 

「ん? 可笑しなこと訊きますね。死んだからに決まってるではありませんか」

 

「へ?」

 

 (ほう)けた面を(さら)したヘスティア様に、ティアも交えて続々と今までの出来事を一部省略しながら説明した。全て説明するのは流石に、勇気と下準備(根回し)が足りない。

 

「何やってるんだ君はぁァァッ!!」

 

 説明途中、(うなづ)き催促することしかなかったヘスティア様が、終わった途端にこの様。

 ぽこぽこ拳で殴られるも、(かゆ)くすらない。 

 そこからは当たり前のように、説教が始まった。本気で怒っているヘスティア様の、神威付きのガミガミとした説教に。何故かティアまで加わっているが、気にしなくても後で泣きつかれる程度で済むだろう。

 ……早く、服洗いたいな。

 そんなことを思いながら右から左へ聞き流していると、耳障りにすらなっていた音が止んだ。ふぅという吐息で説教が終了したことを理解する。

 

「じゃあシオン君、とりあえず【ステイタス】刻もうよ。本当はもうダンジョンになんて行かせたくないんだけど、どうせ行きたいんだろう?」

 

「本当はダンジョンなんてどうでもいいのですが……まぁそうですねはい。【ステイタス】は必要ですし」

 

 泣きじゃくって私の左脚に抱き着くティアを横目に、突然の提案を受け入れる。

 だがその前にと前置きして、私は早々に服を洗って着替えたいという願いを受け入れてもらった。乾燥していたので気持ちの良くない感触はなかったが、気分は上がらない。

 服はそのまま干しておき、ぱぱっと着替えて上半身に着ているものを脱ぐと、ヘスティア様が待つソファへと戻った。投げ出すように(うつむ)けに寝転がり、彼女が上にのる感触に合わせて体を安定させる。足がソファの外へとはみ出しているため、少し調節しないと地味に痛い。

 

「じゃ、始めるよ。同じ人に同じ【ステイタス】を刻むのってボクが初めてなんじゃないかな?」

 

「ははっ、そうかもしれませんね。では、お願いします。どうせすぐに終わりますけど」

 

 軽い気持ちで言葉を投げかけあい、私はその時を待った。

 背に指が触れる感触。形があるようになぞられて、『熱』を帯びた気がした。

 ここで、異変に気付く。初めて刻まれた時に、こんな感覚がなかったことに。

 途轍もない、嫌な予感がした。

 

「ガハッ――――」

 

 何か込み上げて来たものを、堪えることを考えていなかった私はそのまま、外へと放った。この味、この匂い、見なくても判る、血だ。それも多量の。

 

「―――な、ぜ……ぁぐっ……ふざ、けろっ……」

 

 血が荒れ狂っている。逆流してないだけましだが、このままじゃ血圧に耐えかねて脳か心臓、毛細血管辺りがはち切れる。しかも症状はそれだけではない。中の、さらに中だ、これは。

 内側(こころ)から膨れ上がるような、今にも爆発してしまいそうな、そんな、不快感。

 動悸(どうき)を抑えようと胸を物理的に腕で締め付け、歯を軋んで血が滲むほど強く噛みしめる。そうでもしなければどうにかなってしまいそうなほど、今までに感じたものとは方向(ベクトル)の異なった苦しみだった。

 感覚が覚醒する。激しい頭痛が突然の限界に近い処理で伴われた。全てを無理やりに理解させられ、逃すことを許されていない。

 

「今すぐに止められないの!? ねぇ‼」

 

 甲高い、懇願にも似た悲鳴まがいの糾弾も逃さず。

 

「一度始めたら止められないんだ! でも一体どうな……これは、なんだ……」

 

 混乱から一転冷静になったような、彼女の言葉を違わず捉え。

 

「――――ッ」

 

 声にならない悲鳴を上げた私は、ぷつんと、明確に自覚して意識が途絶えた。

 

  

 

 




 彼の異変、そして【ステイタス】は如何に!


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彼の形容は異常者が最適解である

  今回の一言
 よっし、しっかりシオンをオカシクしてやったぞ。

では、どうぞ 


 

「貴方本当に、何時までこうしている気なの?」

 

「……状況への理解が追いつくまででお願いします」

 

「それって、どれくらいかかりそう?」

 

「不明」

 

 適当に、そよ風のように心地よい声に相手をしながら、後頭部の確かな柔らかさを堪能して、並行して状況理解を図る。

 まずここは心の中だ。アイズにそっくりだが全然違う女性、アリアが私を見下ろしている時点でそれは確実。そうだと決まってしまうから、少しばかりの疑問を覚える。

 景色が、全く異なるのだ。

 何もない草原が限りなく続き、晴天に照らし出されていたはずだ。だが今、見上げる(そら)は煙のような雲で(おお)われ、日差しなど射し込んでいない。だが不思議と辺りは明るいのだ。

 目を顔ごと横へ向けてみる。

 限りがない、そこは変わらないようだ。だがそれは草原などではなく、枯れてしまった荒野のよう。植物のようなものはなく、ただ地が広がり、すぅと吹く風が砂を飛ばしている。一体どうなっているのだろうか。

 そもそもだが、何故自分の心へ来ている? アリアに招かれたであろうが、その条件を満たしていない。何せ、吸血鬼化の解除どころか、それすらもしていないのだから。

 

「ひとつ、考えを正すわ。別に私が招いたわけじゃないの。今回は、貴方の方からやって来たのよ」

 

「……更に解らなくなってきた……」

 

「あらそう」

 

 私からここへ来ることなどできただろうか。今まで一度もないことだ。

 だとしたら条件も理由も知り様がない。まぁ原因として、この異変が挙げられるが。

 どうしてこうなった、そう言いたいものだ。最後の記憶としてあるのは―――そうだ、

神の恩恵(ファルナ)】を再度授かろうとしていたのだ。【ステイタス】を刻んでいる最中、猛烈な嫌な予感を感じ、だが時すでに遅し、理解不能な症状が発生して、それで気絶したのだ。そこまで覚えている。

 あれは一体何だったのだろうか。

 

「私にも理由は不確定で、ちゃんとしたものはないけれど……原因はそれよ」

 

「そんなの解ってますよ。問題は、何故それでなったか。刻まれただけで強烈な苦痛を味わい、気絶までするなんてことは異例中の異例でしょう。そもそも同じ相手に二度同じ()が刻んだこと自体異例なのですから、少しくらいの異常はあっても何もいえません」

 

 とやかく言っても誰が悪いわけでは無い。そんなことをしている暇があるのなら、ここから出る方法を模索しなくては。時間制限は何時もあったが、今回の変わった状況で同じくあるとは限らない。

 

「じゃあ、そろそろ退いてくれてもいいんじゃないの?」

 

「落ち着くのでこのままがいいのですが……」

 

「浮気者。あの子にあんなことまでしたのに、私の膝が名残惜しいの?」

 

「見てたのかよ……変態精霊」

 

「どっちが変態よ!」

 

 本当に、外見と中身が全然違う。威厳もクソも無く完全に子供だろ。

 だが覗きとは感心しない。どこぞの緋髪の変態精霊と変わりないではないか。

 ……思い出しても興奮してしまうから、さっさと元の話としよう。

 

「何か意見有ります?」

 

「無いわね。それより早く退()いてくれないと―――」

 

「退いてくれないと?」

  

「――キ、キスして窒息させるわよ」

 

「無理して言わんでいいわ。というかどうしてそうなった。まぁ解りましたよはいはい退けますよ。私にキスとか変態は本当にどちらなのやら……」

 

 若干呆れながら膝の上を退けると、ふぅと一息した音が聞こえたのは背後からだ。

 面白くてつい笑ってしまって、ただならぬ殺意が風となり吹いたのは、まぁ私が悪かったと言っておこう。悪びれる気は更々ないのだが。

 

「うーん、やっぱり変わってるなぁ……というかナニコレ、鎖? 斬れますかね……」

 

「その鎖、貴方が苦しみ始めたあたりから突然出てきたのよ。貴方の【ステイタス】を楽しみにしていた所にいきなり出てきたんだから、とってもびっくりしたわ」

 

「ほほぅ、キーアイテムと。んじゃ斬りますか」

 

「待った方が良いよ、(あるじ)

 

「おっとぉ? これはどういう事でしょうかね」

 

 微かに引っかかりを覚えた声。だがそれはあり得るはずがない。第一に、ここにいて会話が成立する存在は、私とアリアしかいないのだから。

 声が飛んできた方向を向く。苦笑が思わず漏れてしまった。そんな顔をしてしまうほど、目の前の光景は信じがたいものなのだから。

 

「あぁーと。事後紹介頼めます? 吸血鬼さん」

 

「そんな堅苦しいもの必要ないだろう? ボクと主の仲じゃないか。それに前も聴いたと思うけど、何分名前がなくてね。あんな場所で生きてたんだから仕方ないと思ってよ。理解できるだろう?」

 

「……なるほど、色々解りました」

 

 眼前で気安く話していた、小さな角に鋭い犬歯()、巨大胸部装甲を持ちし黒髪ロングの美人。明らかに見覚えのある吸血鬼だ。私が使用している呪い(身体)、その本来の持ち主だろう。そうでないと辻褄(つじつま)が合わない。

 少しおかしなところはあるのだが、納得するしかないだろう。心の中では刀であるはずの彼女が、こうして精神中の肉体を持っていると言うことは、さて置こう。

 

「で、斬ってはいけないとは?」

 

「別にそういう事じゃないさ。斬らない方が良いってこと。ボクさっきそれに触れてみたんだけど、危うく消えかけたし。主じゃない誰かからの干渉を受けているってことだとボクは思うな」

 

「ほぅ、アリアはどう思います?」

 

(ほとん)ど同意見ね。加えて言うと、それが貴方の心を(いまし)めていること。そして私が緩和してあげたから感謝してくれてもいいのよ、という事かしら」

 

「毎度毎度のことお世話様ですね。感謝は後で、みっちりさせていただきますよ」

 

 縛められた理由に心当たりはないのだが、私にとって良くないものであることは判った。

 斬るのは早計だったか。それ以前に斬るための刀が今はないじゃないか。『一閃』を模っていた吸血鬼も今は肉体となっているし。

 

「ですが、自分の心に異物が混ざるのは釈然としませんね……何とか排除できませんか? というか今ふと出てきた疑問なのですが、何故吸血鬼さんは肉体に?」

 

「うーん、その吸血鬼さんって言うの嫌だなぁ……あ、肉体になった理由だけど、仕方なかったんだよね。こうしないと動けなかったし。下から急に出てきたんだよねぇ、この鎖が。それで、避けるために肉体に替わったの。その時に触れちゃって、消えかけたわけ」

 

「なるほど。あと、呼び名は考えておきますよ」

 

「ありがと♪」

 

 半ばどうでも良い純粋な疑問は解決できた。そして突然、というのがあの苦しみ始めたタイミングだろう。心の中で変異が起きた。肉体まで変わっていないといいが……懸念は出られてからだ。

 

「……普通なら、そろそろタイムリミットね」

 

「まだ何か変化を感じる訳ではありませんが……少し待ちますか」

 

 アリアの呼びかけに、その場に座って秒を刻み始める。自分でもそのタイムリミットは把握しているから、数えることくらいなら可能だ。

 59、58、57……一分を切り、その時を待った。心の中での時間は加速されているが、同じ倍率での時間を基準にしているのだから問題なく狂うことはない。

  

「3、2、1―――おわっ」

 

「主!?」

 

「シオン振り解いて! 精神体を縛られれば、二度と戻れないかもしれないわ!」

 

 最後の秒を刻んで、体が引っ張られる衝撃を得た。一瞬で腹に巻き付いた何かが、鎖だと知ったのは視認と共にアリアの叫びに似た警告によってだ。

 じゃりっ! という音と共に背にごつごつした衝撃を受ける。引き寄せられた結果、あの鎖の塊にぶつかったのだろう。柱状に天へ伸びているそれは、私を呑み込もうとしているのか、更に巻き付く場所を増やした。引き寄せられる力も増す。

 

「はぁ、斬れないし、力入らねぇし、どうしたものか」

 

 必要以上に力が入れられない。それに手刀しか武器がない今、斬鉄などできようはずもない。普通なら焦りそうな状況だが、凍ったかのように思考は恐ろしく冷えていた。

 正直成す術が無い。縛られたらなんだのと言っていたが、そうなってしまうかもしれない。

 ふと、あの時が思い出された。

 

「あぁ、あれなら武器なんていらないか」

 

 心の中でするのは非常に危険であるが、まぁどっちにしろ危険である。まだ生存確率の高い方に賭けたほうがいいのは当たり前。

 一呼吸だけ、何もない空白を作った。長い長い、時間だ。だがどうだろう、気づいた時には圧がすっかり消えていた。

 鎖の擦れる音も、ずりずり痛む感触も、粗方無くなった。

 

 すぅっと、今度は温かなものに包まれて、自分が作った空白ではないものにより私は間を得る。

 神技と言うものはここまで簡単に発動できるものなのかと、少しばかりの落胆を覚えながら。

 

 

   * * *

 

「……なんだ、ここは現実か」

 

「そこは夢じゃないの!?」

 

 寝たままなのだろう。ただ仰向けにはされているが。

 明るい部屋。体内時計からみて十時ごろ、始めた時間と心の中に閉じ込められていた時間を差し引いても少しばかりこちらで眠っていたことになるか。

 もぞもぞと、体の違和感を払拭しようと動いてみるも、全く消える様子がない。というか逆に違和感が増した。軽い……というよりは、動かしやすすぎるといった感覚。覚えている感覚との差異があってどうにもむずがゆいのだ。

 

「―――あ、そうだ。ヘスティア様、【ステイタス】を写した紙は?」

 

「……ごめんよシオン君。ボクはこれ以上、君の【ステイタス】を見るとオカシクなってしまいそうだ。すまないけど、自分で見てはくれないかい?」

 

「―――? 別にいいですけど」

 

 上着は被せられていただけで着せられていたわけでは無く、上体を起こしたことでずり落ちそうになったのを掴む。やはり、反応速度も速くなっている。

 縦長の姿見に背を向けて、髪を除けながら首を曲げた。磨かれた明鏡にくっきりと映る。

 それには、流石に目を疑った。

 

 

 シオン・クラネル Lv

 力:―――

耐久:―――

器用:―――

敏捷:―――

魔力:―――

 

【鬼化】H 【神化】S

 

 《魔法》

【エアリアル】

付与魔法(エンチャント)

・風属性

・詠唱式【目覚めよ(テンペスト)

【フィーニス・マギカ】

・超広域殲滅魔法

二属性段階発動型魔法(デュアル・マジック)

 詠唱式

【全てを無に()せし劫火よ、全てを有のまま(とど)めし氷河よ。終焉へと向かう道を示せ】

 

・第一段階【終末の炎(インフェルノ)

詠唱式【始まりは灯火、次なるは戦火、劫火は戦の終わりの証として(もたら)された。ならば劫火を齎したまえ。醜き姿をさらす我に、どうか慈悲の炎を貸し与えてほしい。さすれば戦は終わりを告げる】

 

・第二段階【神々の黄昏(ラグナレク)

詠唱式【終わりの劫火は放たれた。だが、終わりは新たな始まりを呼ぶ。ならばこの終わりを続けよう。全てを(とど)める氷河の氷は、劫火の炎も包み込む。矛盾し合う二つの終わりは、やがて一つの終わりとなった。その終わりとは、滅び。愚かなる我は、それを望んで選ぶ。滅亡となる終焉を、我は自ら引き起こす】

 《スキル》

無限の恋慕(アンリミテット・アウェイク)

・覚醒する

・両想いの相手と範囲内にいるときのみ発動

・想いの丈により、効果は無限に向上する

・相手との接触中、相手にも効果は発動   

接続(テレパシー)

・干渉する

・効果範囲は集中力に依存

・相互接続可能

格我昇降(ボンデージ)

・継続的能力固定 

・器に依存し、能力を向上 

・器の昇華を(いまし)めにより抑制する 

 《異能力》

発展模倣(トレース)

・完全に理解した技の模倣 

想像(イメージ)依存 

 

 

 

 

「意味不明」

 

「それはボクが言いたいよ! 何だい《異能力》って! そもそも【神化】って君は本当にどれだけ! あぁァァ!? というか『アビリティ』がなんで表示されてないのさ!? Lvまで無いって本当に意味不明なんだよき・み・は!?」

 

「それに加えて《スキル》変わってますし。何で【ランクアップ】もしてないのに『発展アビリティ』が出てきたのやら……」

 

 疑問は目白押し。誰かがこの【ステイタス】を決めているなら、その人に意見してやりたいものだ。「もう少し、わかりやすくしろ」と。 

 これは本気でばれる訳にはいかなくなった。最悪消されるぞ、これ。 

 

「そんなにオカシイの? というかシオン大丈夫? すっごい苦しそうなのが一転して普通になって戸惑ってるのはわたしなんだけど」

 

「私もこれまでになく―――というほどでもないですけど混乱してますよ……」

 

 ペタペタ体を触られて、息を荒くしているのは少し寒気がするのだが、上を着てしまえばそんなことはなくなる。心配しているようにみせかけて発情するのは止して欲しい。

 

「ティア、ヘスティア様、お判りでしょうが口外厳禁です。したら問答無用で殺します。相手含めて」

 

「ボクもかい!?」

 

「でもちょっと……シオンの手で死ぬって言うのは……なんかいいかも」

 

「くっ、ここにも変態精霊がいたかっ」

 

 死と言うものは基本的に抑止力となるのだが、死を恐れない人と、知らない人。死を望んでいる人には全く効果がない。死を望む人には死を遠ざけさせ、知らぬ人には教えて、だが恐れぬ人となると本当にどうしようもないのだ。ただ殺すしかなくなる。

 まぁティアはうっかりがない限り口外することはない。今の発言そのものが(いまし)めとなるだろうから。だが心配はそのうっかりで、かなり確率が高いことだ。

 

「はぁ、ま、とりあえず私はいろいろ試したいので、ちょっとダンジョン行ってきますね。独り深層まで行くと思うので……半日くらいで帰って来ると思います」

 

 魔石回収という名の小遣い稼ぎを省けば前は半日かからないが、『アビリティ』が不明の今少し上乗せして考えておくべきだろう。

 意気揚々と金庫に手を掛けて、「待ってくれ」というヘスティア様の声で開けるのを一旦止める。

 

「その前に、ベル君を安心させてはくれないかい?」

 

「何故?」

 

 はぁと落胆のように溜め息を吐かれた。馬鹿を見るようなジト目で私を見つめ、詰め寄りながら畳みかける。

 

「き・み・はっ、もう少し自覚を持った方が良いんだよっ、自分がどれだけの存在かって言うのをっ」

 

 目の鼻の先で停まる。だが言葉は次々と押しかけてきた。

 

「シオン君が死んだかもって言うのをベル君に伝えた時っ、ボクの前では元気を見せかけてくれたけど、知ってるんだっ。その後ベル君が泣いてたことだってっ……」

 

「あぁなるほど。で、そのベルは今どこに?」

 

「ミアハのところさ。行ってあげてくれ」

 

「はいはい、お承りました。その後ダンジョンに直接向かいますので、そのつもりで」

 

 ベルからしてみれば、家族をまた無くしてしまったと言う事だろう。お祖父さんが失踪したときにあれだけ悲しんだのだ、無理もない。元々寂しがりやで心優しいのだ。

 さっさと準備を済ませて、ティアを留守番させたまま私は、ぽんっと一っ飛びしたのであった。

 

 

 

 

   




8/17、私は手抜きと言われた理由が、自分の思っていたものと異なるのではないかと言う考えに至った。
それは、魔法の欄のことである。
ほんと……手抜きしてないとか言って、すみませんでした。はい、忘れてましたとも。コピペで書いてないから超広域殲滅魔法の存在を消していることになってましたねごめんなさい。
マジで……気をつけます。  





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彼は異常であり、異常を作り出す

  今回の一言
 前回手を抜いているところを見つけて昨日即座に修正致しました申し訳ございません。

では、どうぞ


 

 どぉーん! と音を立ててドアが開かれる。その先からは、突風が吹きつけた。驚きのあまり顔を上げるも、何が起きたかなど理解に及ばない。

 

「後ろの正面だぁーあれ」

 

「うわぁぁっ!?」

 

 壁しかないはずの自身の後ろから、巻き付いて離れないような、だがすぅっと通る声が僅かな息と共に耳朶(じだ)をくすぐる。鼓膜を震わせ、言語として理解して、漸く驚きで飛び退き構えていたのを解く。

 だが不思議と、右拳は握られていた。

 

「おりゃっ!」

 

「お、反抗期? ちょっと見ないうちに野蛮に成っちゃった?」

 

 全力で放ったはずの拳は危なげなく、放った彼に痛みを与えることなく止められた。憂いを()めた顔で首を傾げるいるはずのない彼の兄に、左手に握るナイフで全力で斬り付けた。

 中・人差し指で難なく挟まれ、動きを封じられる。やはり余裕に笑みを浮かべる兄に向かい、低い声に押し殺して、そのまま彼は言葉で攻めた。

 

「僕の記憶が正しければ、死んだんじゃなかった……?」

 

 胡乱気(うろんげ)な視線を崩すことはない。信じようのない光景が今まさに目の前にあり、どうしようもなくあり得るからこその視線であった。

 

「えぇ、死にましたけど、生き返りましたよ? お兄ちゃん復活です」

 

「然も当たり前のように言う事じゃないよね!?」

 

「そんなの解ってますよ。頭大丈夫ですか?」

 

「どっちがぁ!? あぁうんそうかもね! 僕の頭はオカシクなったのかもね!」

 

「ミアハ様に診てもらったらどうです? 幸いそこにいますし」

 

 顎をしゃくった方向、それは開かれたままの戸であった。部屋には入らずこちらを見ているのは、お世話になっている二人。ミアハとナァーザ・エリスイスは心配半分疑念半分の姿勢を崩さぬまま、一歩引いた距離で警戒しているかのようでいた。

 

「……もう、元気なようですね。ならば問題なしっ! 私は去るまでです」

 

「何しに来たのさ本当に……」

 

「なぁに、落ち込んでいる弟を慰めに来たまでさっ。だが元気でお兄ちゃんちょっと驚き。ヘスティア様が心配してたからねぇ、酷い様だと思ったけど、それはただ無理してただけだったか……」 

 

「人の黒歴史となったことを分析しないで欲しいんだけどぉ……?」

 

 解放された拳を再度握り、わなわなと震わせる。意味もなく殴る気も初撃でなくなったようで、口よりも先に手が出ることはもう無かった。

 不思議なまでに音を立てることなく、兄――シオンは戸へと向かう。

 

「んじゃ、また今度。驚かせてごめんなさいね、ミアハ様」

 

「……いろいろと問いただしたいことはあるのだが、それはまたの機会となりそうだ。……ダンジョンへ向かうのか」

 

「えぇ。ちょっと遊びに。だぁいじょうぶですよぉ。深層までしか行きませんから」

 

「それが逆に問題じゃないの!?」

 

 会話を聞いていたベルは思わず突っ込んでしまう。そしてまた溜め息。自身の兄の異常性に、もう(あき)れることしかできないのだ。

 それはこの二人も同じ。群青色の髪を伸ばした男神は「やれやれ」と肩を竦め、亜麻色の短髪に耳を生やした少女は頭を抱えていた。     

 

「それでは、失礼します」

 

 その一言と共に、風が吹く。シオンの姿はそこになかった。

 一同揃って、目を合わせる。苦笑いが一様に浮かんだ。

 酷く空虚であったはずのベルにも、その表情はしっかり浮かび上がっていて、その『前』を知っている二人からしてみれば、安堵(あんど)を思わずにはいられない姿であった。

 

  

   * * *

 

 音なく一筋の光が、唐突に過ぎる。

 その後近づいて来る人影に、光の軌道に居たものたちが動いた。一様に襲い掛かる。

 血飛沫が地に血だまりを作っていく。それはあまりにも多く、とても人が持つ量とは思えない。実際その通り、飛ぶのは彼の人影の主のものでは無く、襲い掛かったモンスターのものであったから。 

 

「うーん、中層で下層のモンスターがぽんぽん出て来るって、やっぱり異常事態(イレギュラー)ですよね……ギルドに報告するべきでしょうか……」

 

 血溜まりに刀を浸しながらどうでもよさそうに(つぶや)く。その間にみるみると血溜まりは、吸い取られているかのように減っていった。 

 次々と、同じようにある血溜まりは減っていく。長い時間を掛けて漸く、彼はその場を去った。

 そこは、何事も無かったかのように、異常が見られない。

 

「難なくここまで来れているものの、三時間かかってないってどういう事だよ……しかも(ほとん)ど血の採取に時間がとられてるって……」

 

 二十四階層の正規ルートを辿りながら、つまらなそうに呟く。瞬く間に、彼は深層へと突入した。

 出会い頭に斬り付け、出血死で全て殺す。魔石を即座に破壊しては、血まで綺麗に消えてしまうことがあるから。目的は血を得る事であり、魔石等の金目のものではない。

 

「やはり三十七階層か? でもあそこ骸骨系多いし、血は流さないかな……なら四十三階層にでも行くべきか……あそこほどではないにしろ、かなり湧くところだし」

 

 三十七階層の次に上級冒険者に有名な四十三階層。危険域として定められており、立ち寄る人の非常に少ない場所がある。『迷宮三大難所(なんじょ)』と言われる、『最初の死線(ファースト・ライン)』『白宮殿(ホワイトパレス)

深淵(ラスト・トラップ)』。その内の一つ『深淵』が四十三階層の峡谷のことである。『白宮殿』に次ぐモンスターの湧き場。だが危険度は最大級である。

 

「なら、飛ばすか」

 

 四十三階層なら六時間程狩ってまた三時間程で帰れるだろう。約束通り半日での帰還は可能となる。

 まだ一度しか見てないが、あれはかなり危ない。何せ先は袋小路、そして一本道に入った先から塞がれる。単独(ソロ)で入るなんて無謀の死にたがりとしか思われないだろうが、何ら問題ない。

 どうせ、弱いから。

 

「その証拠がほら。もう着いた」

 

 通りすがりは斬っただけでもう無視。血を吸うことは後にして、辿り着くことを最優先にすれば突っ走るだけ。アビリティは表示されていなかったが、この調子だと残っているように思える。ただ思っているだけかもしれないが。

 

「うーん、とりあえず一時間アップして、その後五時間程色々試すとしましょうか」

 

 普通なら真っ暗とまで呼べそうな先まで見えない一本道。幅70Mほどの一見広いように思えるが、後々その考えが真っ向から覆される峡谷。そこはくっきりとした線引きがご丁寧にされていた。いわば死地への境界線、行きは簡単だが、帰りは恐ろしいまでに越えることが困難な境界線だ。

 

「ほぃっ」

 

 軽く跳び、気軽な気持ちで線を越える。瞬時、ダンジョンが牙を()いた。

 揺れる。揺れる。揺れる。一歩、また一歩と進む間もまだ揺れる。

 破壊音と落下音、そして衝撃波が届いた。土煙が舞う。それは背後で入り口が塞がれた証拠であった。どうやら今回は、モンスターではなく岩盤で塞ぐらしい。前回より面倒になったものだ。

 ぱぁと音なく暗闇が緩速で灯されていく。それは薄闇を破る程の光量となり、視界を十二分に良好にしてくれた。お陰でピキピキっと、壁が割れる光景が良く見える。

 

「これ、普通だったら恐怖だろうなぁ……」

 

 まず第一に出て来る、「普通の人はこんなことしない」と言うのは差し置こう。

 刀を抜き身で下ろし、時を待つ。何故なら初激は――――

 

「―――決まって足を狙いますからね」

 

 ()い伸びた、足を狙う触手を斬り付ける。四方八方押し寄せて来るそれは『ダンジョン・ワーム』の上位種が放つもの。壁や床の中から唐突に攻撃してくるため厄介なものだ。

 まぁ、狙って串刺しにすることくらい、容易い所業なのだが。

 

「―――前より増えたか? まぁ全部血は持ってるだろうし……ならどうでもいいか」

 

 ここでダンジョンが使う方法として、足を取られている間にモンスターを産み、その後一斉攻撃となるのだが、何分時間稼ぎが無能すぎてこうして圧巻の光景を平凡に見ていることが出来る。

 盛大に崩れる壁。それは下部上部関係なく起きた現象。天井までは破られず、30M程離れた上空では(いなな)きを上げる『竜種(りゅうしゅ)』や『蟲種(ちゅうしゅ)』。地に足を着く『人型』や『虫種(きしゅ)』や『動物種』、そして『鉱石種』。四十三・四十四階層で出現するモンスターは全てここでお目にかかることが出来る。そんなの御免と言いう人が多いだろうが。

 

「んじゃ、行きますか」

 

 三十七階層で竜は出現しないし、何より竜とは今まで二度しか戦ったことが無いからかなり楽しみだ。あっけなく散られるのだけは困る。

 あわよくば、超稀少素材(激レアドロップ)も入手できるといいが、第一目的がそれでない以上出てこないのならおしまいだ。執念は別にない。

 

「時間が過ぎるか先に枯らすか、勝負しようじゃないの、ダンジョンさんよっ」

 

 力強く言い捨て、見据えていた上空、垂直にそこへ跳んだのだった。

 

 

   * * *

 

「くっ、またつまらぬものを、()り尽くしてしまった……」

 

 汗を少しばかり滴らせ、刃を納める。無念そうに言っているが実際全く無念ではない。

 結果を言って、私の勝利。あと5分ほど耐え()げれば彼方(あちら)さんの勝ちであったが、三十七階層を枯らす私だ。ここも同じように枯らしてやった。

 また回復するまで大体三十分くらいだろうか。それに関する情報は全くないからどうにも確定できない。

 

「そぉーれにしても、まさかこれが手に入るとは……」

 

 レッグホルスターを開け、中から姿を現す試験管。そこにはやはり、人間のよりも(はる)かに濃く美味し――ごほん。滑らかで艶のある血液が溜まっていた。即座に飲み乾したい欲望を抑えて、本物であることを再度確認する。

 『白竜の血』、稀少(レア)中の稀少(レア)で、地上での相場が8000万を下ることのないものだ。アミッドさん曰く、『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)のシグルスと近しい能力を得られる』とのこと。

 因みにシグルスとは、最硬質金属(アダマンタイト)など可愛く見える肉体を持った、古代の英雄だ。『龍』の血を浴びてそうなったのだが、如何せん現代に龍と呼べる存在は『黒竜』しかいない。だから近しいものなのだ。そして死因は餓死だ。何ともまぁ生物の摂理は逆らえなかったらしい。

 『白竜の血』は昔入手したものが幾人もおり、その内の一つでシグルスと似た能を得る薬を製法できたのだとか。そして入手方法だが、面白いことに二通りある。

 一つは内臓の入手だ。ドロップアイテムとして内臓が残ったことがあり、それから『白竜の血』が採取できたそう。

 そしてもう一つ、こちらはあまりお勧めされない。何せ試験管に直接白竜の中で血を容れ、密閉しないといけないのだから。それに加えて白竜を倒し、血がドロップアイテムとして認識されなくてはならない。確率は非常に低いのだ。

 だが今回は案外簡単った。絶対数がそれほど少ないわけでは無い白竜が面白いことに何度も出て来て、採取できる機会がわんさか訪れたのだ。それでも八体ほどかかったのだが。

 

「これは後でアミッドさんにでも。さて、アップも終わったし、目的を果たさなくては」

 

 試験管をまたレッグホルスターへ戻し、何から始めようかと思案する。

 【無限の恋慕(アンリミテット・アウェイク)】【格我昇降(ボンデージ)】。この二つは新たな《スキル》だ。だがどうにも試しようがない。【無限の恋慕】は多人数前提だし、【格我昇降】は継続的と書いてあったし、常時発動型、という可能性が高い。《スキル》は追々となりそうだ。

 ならば《異能力》でも試すか? 『発展アビリティ』の【神化】も気になるが、字面だけでもう嫌な予感しかしないからやめておく。神なんて御免だ、私はしっかり人生を遂げたい。今はともかく、最後は死にたいのだ。不老不死、不老は望ましいが半ばなりかけている不死はそのうち消えてくれると助かる。

 

「んじゃやはり【発展模倣(トレース)】――――」

 

 考えながらそう呟くと、何かががちゃっと音を立てて外れた気がした。

 実際そんな音など聞こえないし、何かが外れた訳では無い。ただそう言う感覚が、内側で起きた気がしただけだ。

 

「……まぁいい。えっと確か、技の模倣だっけ? レフィーヤの【エルフ・リング】みたいな――――なっ」

 

 【エルフ・リング】と口にした瞬間、足元に魔法円(マジック・サークル)が顕現した。誰でもない、確かに私が召喚したものだ。魔力の流れでそれは理解できる。だがどういうことだ。

 

「――あぁ、なるほど。そういあぶなっ!?」

 

 腑に落ちたのも束の間、足元が爆発した。魔力爆発(イグニス・ファトゥス)であることは避けた後に理解する。反射神経が妙に向上していたのが幸いした。

 あれは一応魔法であったのだ。ならば制御を放っておけば魔力が爆発するのも道理。 

 模倣と言ったが、そのあたりの性質は受け継がれるらしい。

 先程私が無意識に行ったのは、【エルフ・リング】の模倣。偶々レフィーヤの魔法の性質・効果・能力は知っていた。以前の宴の際、訊いてみたらぽろぽろ話してくれた。どちらも酔っていたし、適当な流れでの話だったが。別段隠すようなことでもないらしいが、絶対的に違うと反論できる。

 

「うーん、じゃあアレからアレをつなげてみるか?」

 

 アレとしか言えないのは、下手に魔法名を出してまた発動されても困るから。

 これは始めに魔法名を口に出せばいいのだろうか? いや、確か説明文には想像(イメージ)依存とか書かれていた気がする。

 ならばより明確に、より鮮明な想像(イメージ)であればその分効果は向上するかもしれない。

 試してみる、か。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う 。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ。繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪。どうか――力を貸し与えてほしい】」

 

 詠唱するレフィーヤの姿を思い浮かべる。共にそこから成る現象を想像した。

   

「【エルフリング】」

 

 つなげるのは、同じレフィーヤの魔法。単射の炎矢(ひや)。魔力は加減しないとヤバイ。私は魔力馬鹿(レフィーヤ)ではないのだから、以前はともかく今は同規模をあまり撃ちたくない。

 これは模倣だ。同じものを作る必要はない。魔法でオリジナルを超すのはどこぞの魔剣とかほざく魔道具(マジック・アイテム)だけで十分だ。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹(ゆがら)。汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手。穿(うが)て、必中の矢】」

 

 詠唱はすらすら浮かんだ。だがどうしようか、標的が――――見つけた。あの蝙蝠にしよう。

 杖がある訳では無いので、代わりとして右手の人差し指と親指を立て、狙いを定める。といっても追尾(ホーミング)性能があるからそんなこと必要ないのだが。

 

「【アルクス・レイ】」

 

 ひゅぅと、飛んでいく光。気づいて逃げる蝙蝠にも余裕で追いついた。

 断末魔は上げて灰となり散る。一応【アルクス・レイ】は放てたようだ。それにこのずしっと来る倦怠(けんたい)感、【エルフ・リング】からのつなぎも成功している。

 レフィーヤには悪いが、利用させてもらった。だがこれで魔法の模倣は可能だと証明できる。これ、魔力量が以前と変わりなかったら、レフィーヤ余裕で超せるぞ。

 ……そうなら、ティアの魔法も……いやあれは精霊の能力だ。いつも魔法魔法と言ってはいても厳密には魔法ではない。いわば精霊術。……今度ティアに教えてもらって試してみようか。

 一先ずそれは置いておき、別にものも模倣してみよう。

 

「……そういえば、模倣だけじゃなく発展もできるのか? 『発展』『模倣』の二単語の組み合わせでできてるし……でも説明文には……いや、それを確かめるために来たんじゃないか」

 

 ということがわかっても、発展が今一思い浮かばない。何をどうすればいいのやら。

 ――――アレは……いや止めておこう危険すぎる。こんなところで命賭ける意味はない。使える可能性があるからやりたくなってしまうが、一番使うなと念押しされているものだ。そこまでの無茶をする気は無い。

 

「あ、でもあれなら心でも使えたし、普通にできるのかな?」

 

 使いたい使いたいぃぃ……という気持ちを発散するために、やむを得なく選ぶのはもう二度は使った神技。あれなら被害は何とか抑えられるかもしれないし、私への被害も少なくて済む……かもしれない。

 

「模倣だからなぁ……いや発展にしてみるか? 万物を斬り、消し飛ばす剣技、みたいな。……発展ってこういうことだったらかなりヤバいことが出来るけど、試さずにはいられない」

 

 全てを消す技、を剣技に組み込み、万物を斬り、消し飛ばす剣技としたら、発動も楽になるかもしれない。第一に無の刃なんて正常な精神状態でできるものでは無い。乱発なんて以ての外。ならばそうできる可能性が高い技に発展と言う名の改良をしてやろうじゃないか。

 

「これじゃあ神技じゃなくなるなぁ……人技(ジンギ)、じゃあそこいらの技と変わらんし、絶技? なら普通に当てはまるか? いや、奥義とかにしたらレパートリーが増えるぞ。まだ自作は二種類しかないからなぁ、三と言う中々にいい数となるし、奥義でいっか」

 

 適当に決めて、構える。一刀両断が最も近い感覚だろうから、連続で斬る気などない。たった一刀されど一刀必殺の一刀必滅の一刀。長々と言う気は無い、ただの抜刀術だ。私は一の太刀で仕留めることしか、お祖父さんに教えられていない。二の太刀なんて正直いらん、受け流しながら斬れば変わらんし、失敗したら殺されるだけだ。本来抜刀術は二の太刀で殺すが、一で殺せれば関係ないだろう。

 呼吸音すら響くであろう程静かになった空間。だがごとごとと、燐光(りんこう)ですら照らされていない奥深い暗闇から音が聞こえて来る。

 それが此方(こちら)に向かってくることなど見なくともわかる。だからこそ道の真ん中で堂々と構えているのだ。

 着々と、着々と、巨大な音は近づいて来る。恐れることなく、目を(つむ)った。

 空間の流れを、読む。

 

「奥儀―――【一終】」

 

 それは、衝突寸前の声だった。

 その後に続いたのは、断末魔でも、足音でも、破壊音でもなく、ただの言葉。

 

「200Mくらいか。一刀で()()()()進めないとは、随分(おとろ)えたなぁ……」

 

 振り向きながら、そう言う。目先には迫っていたモンスターなど存在せず、ただ空虚な道が続くのみだった。本当に、何もない。

 昔、といっても四年前ほどの話だが、抜刀術で何とかお祖父さんを斬ってやろうとしていたのだが、その方法が探知外からの斬撃という馬鹿げたもの。実際、200M先からでもできたし最高は233M。それでもお祖父さんに対応されてしまったのだから、本当にどうすれば斬れるのやら。

 

「うん、まぁそれはそれとして……しっかり使えたなぁ、斬撃の残光も見えなかったし、この通り消し飛ばしてもいる。想像(イメージ)だけで特別な意識はいらない。メッチャ実用性あるじゃん」

 

 証拠も残らず、簡単に消せる、これならばたとえまたあの怪物が出現したとしても相手にとれるだろう。

 

「というか、今の階層主クラスだったような……まぁ、消したから関係ないか」

 

 今日はなにやら異常事態(イレギュラー)が多く見られるが、構って損あって得なしで終わりそうだ。

 ふぅと一息ついて、入り口方向へ戻る。方向感覚を失えば一気に帰れなくなるが、失わなければただの一本道を戻るだけである。

 

 そして、二時間が経過した。

 入り口まで戻り、魔法を主に試していたのだが、ただ一向にモンスターが現れる気配がない。三十七階層でも二時間経てばひょこっと出てき始めたものなのだが、それより下の階層であるここが産出速度が遅いなどあっていいのか。

 

「……帰るかぁ、どうせもう来なさそうだし」

 

 入り口を塞いでいた岩盤を破壊し、『深淵』を後にする。

 気づくことはなかった。遥か後方で破壊したのと時同じくして、壁に亀裂が生まれたことに。

 

   

     

 

 



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さぁさぁ死地へと赴こう

  今回の一言
 不思議と長くなってしまった今回です。

では、どうぞ


『いい静けさだ……』

 

 心中ですら潜めた声で呟き、灯り無き部屋を移動する。

 寝ていることは大体予想していた。夜の南側が盛り上がるころ、【ヘスティア・ファミリア】のホームは静けさに包まれるのが常だ。その為沐浴(もくよく)と遅くの夕餉(ゆうげ)は『アイギス』で済ませて来た。服は致し方なく同じのを着たまま帰宅を済ませ、後から着替えるつもりでいた。

 寝息が小さく空気を震わせ、微かに耳へ届くのはそれに加えて戸が軋む音のみ。

 細心の注意を払いながら金庫を開け、着替えを取り出し使わないものを仕舞う。いつもは共に仕舞う『一閃』は、どうしてか今日はそのまま持っていようと思った。

 着替えてもすることはただ寝るだけ。直ぐに壁へ(もた)れ、うっすら目を閉じた。

 

 直後、服が擦れた気がした。違和感と危機感を感じて目を開ける。

 

「……気づくの早すぎ。まだ何もできてないじゃん」

 

「何しようとしてたんだか予想できて怖いわ……起こしたのならごめんなさいね」

 

「いいもん。シオン専用魔力探知機が発動しただけだから」

 

「今すぐそんな不気味な物消してもらおうかな? というか何時作った」

 

「八時間くらい前? 暇だったからつい適当に」

 

「気安く作れるものでも作るものでもない気がしてならない……」

 

 一体どれだけ高性能なんだかこの精霊は……変態と頭の可笑しさを除けば何処へ出しても恥じない便利屋だぞ……メイドとしての性能は今一判定不能なのだが。だって家事とかできないし。戦闘用メイドならまぁ最強クラスではあろうが。

 

「んで、目的は失敗に終わってますが、どうします? 死にます?」

 

「なんでその選択肢を出せるのか知りたい……いいもん、隣で寝られれば」

 

「あまり推奨できるものでもないのですが……どうぞご自由に」

 

 私は本当のところどこでも寝られる。ただ好き嫌いがあるだけだ。本来ベットでも寝られたりはする。最も理想的なのが敷布団であったりも。普段床で寝るのは単に敷布団がここにはないのだ。買うこともできるが、狭くて敷くことが出来ないだろうし。早いところ引っ越ししたいというのは心に秘めた願いであったりする。床も嫌な方ではあるから。

 

「じゃ、おやすみ……」

 

「あ、抱き着くのは無しで。暑苦しくて堪ったものではありません」

 

「けち……まぁいいけどね」

 

 隣に座って壁ではなく、私へ凭れる。それだとあまり変わらない気がするが、少しくらいは見逃してやろう。条件を()んでくれればだが。

  

「ティア、今度精霊術を教えていただけませんか?」

 

「え? 良いけど……かなり難しいよ? 下手すれば死ねるくらい」

 

「マジかよすげぇな精霊……あっ、私も半分精霊か。いや三分の一? ともかく、それでもお願いします」

 

「うん、わかった。その時はわたしが先生だから、何でも言う事聞いてね」

 

「嫌ですよ」

 

「すげない!?」

 

 もうすっかり慣れた馬鹿みたいな話の流れ。でも一笑くらいはついしてしまう。

 小さく驚き同じく笑みを零すティアを微笑ましく横目で見ながら、今度は遮られること無く、閉じた目を開ける前に意識は自然と失せていった。 

 

 

    * * *

 

「くっ、やはり行かなければならないのか……ティア、付いて来てくれたりは……」

 

「ゴメン無理そう……わたしも死にたくないからね。態々死ぬと判っている場所に行ったりしないもん」

 

「じゃあせめて結界を。私に触れるとバチッと軽く電気を流すアレで」

 

「正確には対象物に能動的接触だけどね。―――【雷鳴の加護(パッシング・ボルト)】」

 

 魔力波が体に纏わりついているのを感じ取り、だがそれはすぐに消える。結界が消えたのではなく。無駄な魔力放出が無くなるように制御してくれたのだ。

 これで保険は掛けた。後は生還するだけ。ただし真っ向勝負する気など殊更ない。

 ここは裏路地。そこの一角で『黄昏の館』正門へと続く道へ出られる場所。そして今現在の時刻は朝の六時半。早めに早朝鍛錬を切り上げ、ここへと来たのにはしっかりとした理由がある。

 

「おやぁ? 明日来いと言われたので来てみましたけど、誰もいませんねぇ……うん、これじゃあ仕方なぁい。帰っても問題ないでしょう―――」

 

 そう、昨日の脅しもとい命令を致し方なく果たしにきたのだ。【ロキ・ファミリア】の朝食開始時間である今に。

 私の大義名分はこうだ。明日来いと言われた通り、確かにここに来た。だが時間は指定されていないので来たのはいやらしく朝しかも朝食時。更に言うと始めに場所は指定されたが、最後に言われたことに従うと場所は言われていない。ただ日にち指定があったのみでそれ以外は自由なのだ。

 そして、来いとは言われたが、いなかったら待てとは言われていない。姑息(こそく)な考えではあるが正当なことで筋は通っている。

 成功すれば無傷での帰還。失敗すれば連れられる。その時の為に念のため保険を掛けてはいたのだが―――

 

「――そこが成功なんだよなぁ……」

 

「やっぱりこういうことしたね。セアならやりかねないと思ってた」

 

「明日としかいってなかったからな。失態だったと気づいて深夜から待ち構えていたのは正解だったぞ。随分と苦労させてくれたものだ」

 

「その手があったか。深夜も有りだったなぁ……どっちにしろ無理だったけど」

 

 結喉(けっこう)をリヴェリアさんの愛杖(あいじょう)『マグナ・アルヴス』の杖先(つえざき)が突き、アキさんの短剣、特殊武装(スペリオルズ)である『叢雲(むらくも)』の剣先が背後から肩甲骨の間を突く。どちらも鋭いのだが、刺さることはない。

 

「どう鍛えたらこんなになるの……」

 

「ちょっと人間を辞退すればこうなりますよ、というか貫いてたらどうしてたんだよ、死ぬぞ?」

 

「リヴェリアさんから死んでも生き返るって聞いてるから、大丈夫でしょ?」

 

「そう言う問題かよ……」

 

 いつから野蛮になったのやら。いや、元々そうだったのだろうか? 知り様がないしどうでもいいのだが、一先ずリヴェリアさんには後で意見しておこう。余計なことを言いふらさないで欲しい。

 

「んで、私の処遇はいかほどに?」

 

「そうだな、まずは私の部屋にでも来てもらおうか。安心しろ、一時間以内には終わらせる」

 

「地味になげぇ……私三十分以内に帰りたいのですが。朝食を作る必要があるので」

 

 実際一時間以内に帰ればいいのだが、真実を告げて長引かせる必要はない。それにリヴェリアさんで一時間とられたらその半分アキさんにとられても、帰宅は八時過ぎ。それではもうヘスティア様が強制労働(バイト)中なので後でぼやかれることとなってしまう。

 それはめんどい。非常に面倒臭い。

 

「さぁ、来てもらおうか」

 

「あ、触れないほう――――ほら、言わんこっちゃない」

 

 私に触れたことで発生した電気で指を弾かれ、全身に響いたのか膝をついてしまっているリヴェリアさん。指をわなわな震わせているのは、(しび)れか将又驚きか。痺れであってほしいが。

 

「全部言ってないのにそう言う?」

 

「我先に行動するから悪いのです。それに、(ほとん)どいっているので適語ですよ」

 

 そんなリヴェリアさんを後から付いて来るだろうとその場に措いて、アキさんに連れられ『黄昏の館』へと入っていく。言うまでもなく体にはいつしかより強まった電流がのようなものが走り、アイズとの接近を伝える。助け舟として今は捉えているアイズとの接触は状況を有利に進められる要素の一つだ。私は意識しないと正確な位置が掴めないし、何より今逃げたら後で何かしら言われることは確定。アイズから接触を試みてくれることをひたすらに願うしかない――――

 

――――のだが結局来ることはなく、追い付いたリヴェリアさんになんやかんやと言われながら、上階のある部屋へと入れられた。

 本が印象的。その分棚も多く在り、間取り的にかなり広めであろうこの部屋を狭く思わせる。自然を彷彿(ほうふつ)とさせるもので占めていて、基本的な素材は多種の木材。窓枠までそうである。窓際にはスペースがあり植物が鉢で育てられていた。執務机らしき物も奥の左端に備えられていて、奥へ進むと右手にはカーテンで隠された場所があった。隠すだけのことだ、執拗に詮索する必要はない。まぁベット等の個人的空間(プライベート・スペース)中の最重要空間(シークレット・スペース)なのだろうが。

 

「ここに座ってくれ」

 

「はいはい」

 

「返事は一度だ」 

 

「何故にそこまで説教を……これが神ロキの言う母親(ママ)というものなのでしょうか……わからん」

 

 何せ母親が存在しない。知らないのなら私にとって存在しないと同じ。

 引かれた客用と思われる椅子に座る。円形のテーブルで対面左に一つの椅子が、対面右に新たに持ってきた執務机とセットの椅子がある。左にアキさん、右にリヴェリアさんだ。

  

「一応な、これくらいは出そう」

 

「当たり前のように紅茶を出せるという優雅さ、実に素晴らしい……だがしかし紅茶はティーバックである」

 

「何故気づいた!?」

 

「匂いと音で気づけますよ……」

 

 驚きで目を()いているリヴェリアさんを横目に、目の前の紅茶を音を出さないように飲む。出したら絶対に説教されるから。

 可もなく不可もなく、これこそ普通である、という味だな。掴みどころが少なすぎて逆になんていえばいいかわからん。

 茶葉から抽出しないのは理由を聞かない方が良い気がする。多分アレだ、できないやつだ。用意できるほどの余裕はあろうが、淹れるまでいかないのだろう。案外細かいところを間違えれば、紅茶は天地程に味の差が生まれる。少し練習すれば美味く淹れられるようになれるが、多忙な彼女のことだ、恐らく練習時間すらないのだろう。

 

―――そういうことに、しておこう。

 

「因みにここで豆知識。朝に飲むのは緑茶の方が健康的であったりする」

 

 アミッドさん曰くである。何でも総合的アンケート結果の集計によって、健康的という人の大半が朝に緑茶を摂取していたそうだ。何かしらの成分が健康に良いのではないかと(にら)んでいるそう。 

 っと、そんなことは今はいいのだ。

 

「ではさっさと終わらせてしまいましょう。ほらほら、呼んだのですから目的があるのでしょう? さっさとしてくださいな。私の朝は多忙なのです」

 

 と言っても内容自体は見当がついている。話が振られたタイミングからしてもう確実なまでに。

 そもそものことを意見してやりたいが、まぁそれは相手方の意見を聞いてから。

 

「では、私から話そう。アキは少し待ってもらおうか」

 

「大丈夫ですよそれくらい。所々で介入はするかもしれませんが」

 

「それをよく平然とにこやかに言えますね……訂正、目が笑ってねぇ……」

 

 今まで(ほとん)ど閉じたような細目で笑っていたため、目を少し開かれた今真っ黒に染まっていることに気づく。うん、まさか外見だけではなく中身まで真っ黒とは、逆に面白いな。

 

「ではまず聞こうかシオン……どういうつもりだ」

 

「おっと、そう来ますか。ならば質問を質問で返させていただきます、といっても見当違いのことですけど、これは非常に大切な確認事項ですから。……何時頃から(のぞ)いてました?」 

 

 覗いていたということは会話も聴かれていたと言うことだ。アイズもティアも、あのときはかなり不味いことを言っていたし。それによって話す内容を調節する必要が―――

 

「全部だが?」

 

「私リヴェリアさんが覗き始めてから三分後~。因みにあのアストラルって子はリヴェリアさんより前に来てたみたい」

 

「なるほど良く解りましたこれ以上ないくらいに最悪だよ畜生……」

 

 あられもない光景をたっぷりニ十分以上見られていたことになる。恥じらいを覚えているのだろうか、少し顔が熱い。溜め息でその熱を雑念ごと逃がし、冷えた目で二人を見るとどうしてか、ほんのり紅を加えた顔を逸らされている気が……いやまぁそれは気にしないでおこう。

 

「で、あっ、そうそうどういうつもりかですよね。何を指しているのか曖昧ですけど、行為に対してでしょうか? それもと想いの強さ?」

 

「行為に対してだ。相応の覚悟をもってのことだろうが、本当に受精していたらどうしていたのだ。アイズにもたっぷり説教は入れておいたが、注意不足にも程がある」

 

「いやぁ、アイズにアレだけいわれちゃぁもうどうしようも無いでしょう。それに受精して妊娠して子供産んだとしても、私は別にもう構わないと思っていますよ? 所属権を言うのなら【ロキ・ファミリア】で何ら問題ありませんし。問題になるなら私脱退しますし」

 

 まぁ実際の所、私が【ヘスティア・ファミリア】所属というのはちょっと怪しいのだが。一回死んでいるのがバレれば即現在の所属ファミリアは登録破棄されてしまう。もっといえば『アイギス』の所有権もだ。

 だが今現在私は【ヘスティア・ファミリア】所属である。そしてアイズが【ロキ・ファミリア】。結婚問題と出産問題は他ファミリア間での大々的な問題だ。だがこれは片方が了承してしまえば丸く収まるのである。 

 今はこう言っているが、本音は根回しした後にどちらも半脱退。安心と安寧ときどきハプニングくらいの生活を過ごしたいと思っていたりする。つまりは完全に受け渡す気など殊更ない。

 それを言ってしまうと面倒になるから、今は裏に隠しておくが。

 

「……それってセアの主神が許すの?」 

 

「もぅ何も言い返さない私は諦めた……あ、質問についてですけど、許すでしょうね。あの()ちょろいし、何しろ今バレてないですから対策だって練れる」

 

「うっわぁ、あくどい考え」

 

「策士の策略といいたまえ」

 

 質が悪いのは承知の上だ。姑息(こそく)でいやらしいことをしてでも私は初志貫徹してやる。

 引かれていることなど知ったことか。勝手に嫌な奴だとでも思っていればいい。

 

「私の覚悟は堅いですよ。絶対に何があろうと、アイズを諦める気は無い。アイズを孤独(ひとり)にすることも、ね。私はたとえ【ロキ・ファミリア(あなたたち)】が敵となっても、容赦なく刃を向ける。そして風のお姫様を(さら)って駆け落ちでもしましょうかね」

 

 流石にそこまで不味い状況にはさせないが、最悪これほど、果てにこれ以上もやってやろうじゃないかという覚悟だ。無抵抗の状態ですら曲げることなど五十頭百手の巨人(ヘカトンケイル)ですら不可能な意志だ。

 たとえが非常に解り難いな。自分でもわからなくなった。

 しんと静まる部屋。何かとそれはいたたまれず、それに時間をそれほど食われるわけにはいかないことを思い出す。急かすのは良くないが、停滞は更によくない。

 

「リヴェリアさん、他に話したいことはあったり?」

 

「―――――」

 

 気軽に、話しかけながら目を向ける。膨よかな胸の前でぎゅっと拳を握り、何かに苛まれるかのように俯く彼女の姿が、視界内で印象的だった。顔は、見えない。

 

「……リヴェリアさん?」

 

「―――っ、すまない、(ほう)けていたようだ。もう一度頼む」

 

 そんなわけ無いだろうと思うが、まぁ気にするべきではない。余計に突っ込んで好機を逃したくないのだから。

 

「えぇ。ですが、大丈夫ですか? 疲れが溜まっているのなら休んだ方が良いかと。その為にはこの話し合いもお開きにしなくては。では私は帰りますね」

 

「待て、何故そうなる。まだ解散はせんぞ。それに疲れなら気にするほど溜まっておらん。ただ少し……そうだな、苦しくなった、だけなのだ……気にせず頼む」

 

 威厳のある彼女が、今はどこか儚げに見えた。ぐっと何かが詰まった違和感が喉元まで来たのだが、それは口に出せずして戻っていく。とても気持ち悪い、締め付けられるような気分だ。

 私情を一旦抑え、短く一呼吸入れる。

 

「……はぁ、ご自身のことは大切に。で、私の言ったことですが、他に話したいことはありますか?」

 

「……あぁ、そうだな。シオンの覚悟は解った。どれだけアイズを大切にしているかも。あの子が久々に私へ反抗した理由にも納得がいく。それでだシオン、ここからはあの話題についてではない。説教も止しておこう。私から話したいと提案するのは、コイバナ、というものについてだ」 

 

「はいはーいっ。その前に私がセアと話をしたいでーす」

 

 進めようとするのに介入し、話題への意見を態々挙手して行うアキさん。大人しくしていたが、流石に長々とした話だと予想できるものは我慢できないらしい。

 

「……まぁ、よかろう」

 

「ありがとうございます。じゃあさ聞くけど、シオンはどうやってセアになったの?」

 

「いきなりですね……」

 

 クラネルさんからいきなりシオンと呼ばれ驚いたのも束の間、後に続いた語でそれは打ち消され上回った呆れと別の驚きが洩れる。

 さてどう答えたものか。黙秘権が無いことくらい流石に察せる、だってリヴェリアさんまで興味津々だ。本当に、バレてしまったのは不覚である。おのれレフィーヤ許すまじ……

 

「あれは事故のようなものでして、一時的なものなのです」

 

「その言い方、なんか引っかかる……ねぇ、本当は知ってるんだよね?」

 

「くっ、誤魔化せないか……」

 

 微妙なところで鋭いんだよなぁ……私が応えることを的確に突いてきたり、誤魔化そうとしたことを見抜いたり、言うなれば異常者殺し(シオンキラー)とでもいおうか。失礼ですねハイ。誤りはしない。

 

「えぇそうですとも認めましょう。確かに方法は知っています、勿論秘密ですけど。でも今すぐになれと言われても無理ですからね、あれ結構苦痛を伴うのですから」

 

「ふぅーん。成れない訳では無い、てことだね。よかったなぁ……」

 

「え、はぁ? 何がですか?」

 

「え? あ、いや、何でもない……」

 

 しゅんとしているのは目に見えて判るのに尻尾があちらこちらに忙しない。非常に掴まえたい。それこそ私が猫になってしまったかのように目が引き寄せられる。

 こんっと、かなりの速度で横から衝撃を与えられた。その程度で怯むことはなく平然としてはいるが、叩かれた理由が今一分からない。

 

「何処を見ている」

 

「あの飛びつきたい衝動を駆られる毛並みが綺麗な黒の尻尾ですけど何か?」

 

猫人(キャット・ピープル)の尻尾は心を許した相手にしか接触を許さない、潔癖の部分だ。感覚が鋭敏らしくてな、それに飛びつくのは変態的行為だぞ。いつから変態になった」

 

「随分前から。それと、人の沐浴(もくよく)に侵入したお方に、変態呼ばわりされるいわれは無いかと思われますよ。リヴェリア・リヨス・アールヴさん」

 

「――――ッ?」

 

 あっ、怒った。やはりエルフは皆短気だ。そこ後自制が利くか利かないかの差があるだけで。

 笑顔はとっても美しいのだが、如何せん圧が相殺していて、何とも言えん光景だ。

 

「いやでも実際、リヴェリアさん()()で近寄って来たじゃないですか。私も全裸で、しかも【ステイタス】丸出しで個人情報見られちゃったかも……この人、なんて低度な……」

 

「ほほぅ? それは私に、喧嘩を売っているのか? 良いだろう、久しぶりにかっても構わないのだぞ?」

 

「お、やります? 上等ですよ?」

 

「よし決定だ。ならば魔法で勝負だ、アイズから聞いているがシオンも魔法を使えるのだろう。そして私は【ステイタス】を覗き見てはおらん。気を盗られてみている余裕がなかったからな」

 

 どうしてか、売り言葉に買い言葉でポンポン進んでしまい、終いには喧嘩の約束となってしまった。そしてちゃっかり弁明までされている。

 さてどうしたものか、何時やるかなんて言われて無いから一生先伸ばす方向で逃げることはできるのだが、今は私も準備万端だ。しっかり魔力制御用の黒手袋(グローブ)もはいている。本音を言うと、勝てる気しかしない。

 

「ならば今すぐやろうではないか。流石に地上ではなくダンジョンだが」

 

「ちっ……まぁいいでしょう。ではさっさと三十七階層でも行きましょうか。あそこなら誰にも邪魔をされません」

 

「ま、まて、流石にそれは行きすぎだ……というか、三十七階層まで潜ってしまったら先程言っていた朝食を作れないではないか」

 

「あ、完全に忘れてた……じゃあ、いいや、十階層で。五分で着くでしょう」

 

 リヴェリアさんの体力と走力を考慮すれば大体これくらいだろう。因みに私は全力で二分弱だ。流石に魔法特化のエルフ族にそこまでの異常性は求めない。 

 

「アキさんは、置いてきぼりになってしまいますけど、よろしいですか?」

 

「……うん、仕方ないっか。でも今度、セアの状態で結果を教えてねぇ~」

 

「それはちょっと無理そうです……リヴェリアさんに聞いてくださいな」

 

「――ちょっと待ってくれシオン。五分、と言ったな。どこまでだ?」

 

 何故かは知らんが、リヴェリアさんが頭痛でも堪えるかのように蟀谷(こめかみ)を指で押しながら、平手で私を制して尋ねる。確認だろうか。

 

「ですから、十階層までですよ」

 

「……無理だ。そんなことできるわけがないだろう。どれだけ離れていると思ってる」

 

 それこそ知らん、興味もない。ただダンジョンはダンジョンだ、必要以上に知ろうとすると馬鹿を見る破目になる。

 だが、十階層ほど広くないと、私の魔法は自爆同然となってしまう。また自分の魔法で死にかけるのは御免だ。リヴェリアさんも意味無く殺したくない。

 それに私は早く帰りたいし……忘れていたがな。

 

「んっじゃ、失礼して」

 

「な、なにっ―――」

 

 立ち上がって杖を持ったリヴェリアさんを、『お姫様抱っこ』する。この方が確実に速い。

 リヴェリアさんの反論が即座に飛んできそうだから、それよりも早く私は走り出した。だが始めは緩速、館を出たところで急速へと切り替える。

 

「いヤァぁぁっぁぁあぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?」

 

 通り過ぎたところにこの叫び声を措いていく。それは誰でもなく、リヴェリアさんの叫び声であった。面白いくらいに普段とは違っていて、笑みを見せないようにするのが精一杯である。

 時間を然程かけずして、十階層に辿り着けたのは言うまでもない。その間絶え間なく悲鳴を出し続けたリヴェリアさんを逆に褒め称えるべきである。

 

 数時間後、『風と過ぎ去るカワイイ悲鳴』というのが噂になったのは、少し後に彼は知ることとなりこういう。

 

「やっちったっ♪」

 

 と。

 

 

 

 





ん? と思った方へ、一応解説。
ティアの魔法でシオンは護られていますが、リヴェリアに触れられているのは、条件に孔があるからです。能動的接触、これは相手方からのものであって、保護下のものが能動的接触を行った場合該当されません。つまりはそう言うことですね。


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異常者対都市最強魔導士

  今回の一言
 戦闘シーン、しかも魔法となると難易度がべりぃはーどです……

では、どうぞ 


「……あ、あのですね? 私が全面的に悪かったですから、()ねるのはそろそろ止めて頂けると……」

 

 というのは表面上のみで、内心今の状況を結構楽しんでいる。神たちがダンジョンに来れるのであれば、今の彼女は垂涎(すいぜん)の的であろう。

 ルームの壁際まで寄って、すっかり(うずくま)って顔も見せてくれない。普段の彼女からはとてもじゃないが想像できないすすり泣く声まで出している。

 非ッ常にそそられる。だが今はその衝動を抑えて、目的を果たさなくてはならない。

 

「うるざいっ! ぐズッ……もぅ、終わりだ……あんな恥、慕ってくれる者たちに顔向けできない……」

 

 頭を抱えて続きオカシク叫びを上げる。羞恥で完全に悶絶(もんぜつ)状態だ。

 品位も形振りも眼中にない。世にも珍しいリヴェリアさんの姿が隅に在った。

 十階層の霧のお陰で、この姿を見れているのは私のみだろう。そもそも食事時はあまりダンジョンに人はいない。魔法を撃つタイミングとしては中々好い方かもしれない。

 

「お姫様だっこなんてされた事なかった……人前で叫んだこともなかった……五分かからず十階層に来れたこともなかった……何故いきなり初体験がこれほど起きるのだ……」

 

 ぶつぶつ言っているが、さてどうしたものか。お姫様抱っこのまま突っ走ってしまった事は、いきなりだったしそれだけは悪いと思っている。だが、叫んだのもその他諸々はリヴェリアさんの自責だ。心構えを常にしていないのが悪い。まぁ亜光速には達しない超音速程の速度で走ったのだから、驚いて絶叫をあげるのは無理ないことなのだが。

 それにしてもイメージ崩壊だな。冷静沈着な『大木の心』を持つリヴェリアさんは、意外と弱々しいらしく、歳相お――――いや、見た目の年齢相応の可愛げは持ち合わせているようだ。

 だってエルフって見た目で年齢判別できんし。前にギルドで遇った黒髪長髪で金眼のエルフは歳のほど十八に見えたが、脅威の683歳と告げられた時は流石に驚いたものだ。

 

「ちょっとちょっと、そろそろ魔法勝負しましょうよ。怖気づいて長引かせているようにしか見えないのですが」

 

「――ッ? 本当に今日は面白い事ばかりをしてくれるなぁシオン~? いいだろう、そうだなここには魔法を撃つために来たのだったなっ」

 

 ちょろい。すっごい御しやすい。よくもまぁこれで誰にも(もら)われなかったものだ。婚期を逃してないといいのだが……いや、心配することはなかろう。十分綺麗だし、十年以内には結婚できるだろう。

 たぶんな。 

 それにしてもだ。魔力で髪が揺らめき、杖を珍しく高々と掲げて、まさに怒髪衝天(どはつしょうてん)のリヴェリアさんは俄然やる気を出している。(あお)りが良く効いたか。

 

「ではお好きにどうぞ。私は後から撃たせていただきます」

 

「腰を抜かすなよ―――それほどの奴だとは思っておらんがな」

 

 余裕綽々(しゃくしゃく)と勝負を吹っ掛けた時とは違い、警戒が強い。案外走ったことが影響したのだろうか。

 

「あっ、そうだ。ルール決めてない」

 

「―――そうだったな。私としたことが失念していた」

 

 まぁ失念もどうも勝負すると決まった瞬間に走ってきたのだから決めようがないだろう。さてどうした物か、無駄に凝ったものだと面倒だし、簡単すぎるのは―――別に悪くない。

 

「よし決めた。撃ち合いましょう。お互い同時詠唱開始で、先に相手を倒した方が勝ち。物理攻撃は禁止、ただし魔法によるものは可。何発でも売って良し!」

 

「ほぅ、それでいいのか。私の魔法で焼け死ぬことはあるまいな」

 

「おぅおぅ言ってくれますねぇ。私がリヴェリアさんの魔法で死ぬことがあると。なら言わせてもらいますけど、防御魔法、使っとかないと死ぬかもしれませんよ? 貴女がね」

 

「なに?」

 

 聞き返される前に背を向け離れていく。左手に階層端の壁があり、真正面にやって来た霧を風―――まぁ精霊術と言えるアリアの力で吹き飛ばす。

 リヴェリアさんと対面して、右手を差し出した。彼女は愛杖(あいじょう)を構える。

 

「んじゃあ、ダンジョンの壁面が割れたら詠唱開始です」

 

「そんなのすぐには――――」

 

 ピキッ

 

「――――――――――――【終末の前触れよ白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

「【全てを無に()せし劫火よ全てを有のまま(とど)めし氷河よ終焉へと向かう道を示せ】」

 

 やはり来た。そうしめしめとほくそ笑みながら超高速詠唱を行う。噛むことはもう考慮しない。

 やけに静かで、且つ昨日のようにモンスターがぽんぽん湧かないことを不自然に思っていたのだ。機を待ち構えていたのだろう。本当に良いタイミングだ。

 

「【フィーニス・マギカ】」

 

「―――ッ!」

 

 ぱっと横へ飛び退くリヴェリアさん、だが何かを撃ったわけでは無い。強いて言えば魔力弾で脅したくらいか。功を奏して遅れている詠唱を更に遅れさせる。私の魔法はただ一つこれだけ、しかし詠唱文が長い。対し短い【エアリアル】は流石にずるいだろう。それではつまらないから。  

 

「【始まりは灯火次なるは戦火】」

「【閉ざされる光凍てつく大地】」

 

 奇妙な現象に思えているだろうが、顔色一つ変えず並行詠唱と高速詠唱の合わせで仕掛ける彼女に、私はその場に留まり高速詠唱。同じことはできなくはないのだが、動き回れば彼女が私を捉える術が無くなる。それでは平等(フェア)ではない。

 

「【劫火は戦の終わりの証として(もたら)されたならば劫火を齎したまえ】」

「【吹雪け、三度の厳冬――――――――――――我が名はアールヴ】!」

 

 先に終わらせられる。此方は一次式完了まであと少し。相殺は間に合わない。

 受けるしかないだろう。痛みはあろうが、倒されることはあるまい。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

「【醜き姿をさらす我にどうか慈悲の炎を貸し与えてほしい―――――――さすれば戦は終わりを告げる】」

 

 詠唱途中で、無慈悲な吹雪が私へ注がれる。それは右側から撃たれ、奥の壁までも凍らせた。

 流石、といえようが。甘い。

 凍った私は、周りごと易々と破壊した。勿論打撃は禁止だから使っていない。単なる魔力波だ。倦怠感(けんたいかん)は非常に強いが、気にするほどのモノでもない。

 流石に驚いている顔を(さら)すリヴェリアさんを差し置いて、詠唱を終えた。

 

「【終末の炎(インフェルノ)】」

 

 前の言動からして初めてかと思ったが、そう言えば一度だけ見られている。アイズから聞いたと言うのは私が使った魔法のことなのだろう。

 内心舌打ちしつつ、(かわ)されても中っても続く詠唱を紡ぐ。

 

「【終わりの劫火は放たれただが終わりは新たな始まりを呼ぶ】」

 

 私の魔法は十二分にリスクが高い。だがその分利点があり、威力と範囲、そして切り替え(スイッチ)の速度。普通の魔術師では不可能な魔法の零時間(ノンタイム)連結がこの魔法ではでき、意識と魔力を使うにしろ、詠唱の長さを補える効果だ。

 

「【ならばこの終わりを続けよう全てを(とど)める氷河の氷は劫火の炎も包み込む】」

「【舞い踊れ大気の精よ光の主よ。森の守り手と契を結び大地の歌をもって我等を包め】」

 

 切り替えられた。恐らく攻撃魔法ではなく防御魔法。立ち止まっていることからほぼ確定だろう。

 魔力量はやはりすさまじい。だが、こちらも舐めてもらっては困る。表示されないレベルまで達しているのだ、上限は無いと勝手に思い込んでいる。

 だから容赦なく、全力で解き放つ。

 

「【矛盾し合う二つの終わりはやがて一つの終わりとなった】」

 

「ガハッっ……」

 

 流石に間に合わない。詠唱中のリヴェリアさんへ牽制程度、だが加減はしない魔力弾を何発も放つ。見えない且つ音速を超すその弾はうち一発のみが、脇腹へ命中した。しめた、と思いながら詠唱の速度を速める。

 

「【その終わりとは滅び愚かなる我はそれを望んで選ぶ滅亡となる終焉を我は自ら引き起こす】」

「【我等を囲え大いなる森光(しんこう)の障壁となって我等を守れ――――――――我が名はアールヴ】!」

 

 魔力弾をある程度避けてくれたお陰で見事、炎の近くへ寄せられた。視界内に炎とリヴェリアさんを映し出し、同時に発する。

 

「【神々の黄昏(ラグナロク)】」

「【ヴィア・シルヘイム】!」

 

 発動は私の方が僅かに速かった。だが、効果への発展はリヴェリアさんの方が上。

 確実に二つの魔法は防がれている。だが、二次災害はどうなるだろうかな。

 この効果は知っていても、対応できない可能性が十分にある、鬼畜な奇襲なのだから。

 

「打撃なしって意外とめんどい!」

 

 風刃(ふうじん)で飛礫を破壊するのは案外手間がかかる。この威力は侮れないし、瞬発的な強さなら第一級武装の鋭さを上回るものまである。我ながら末恐ろしい限りだ。

 リヴェリアさんの生死は朧気(おぼろげ)だ。気配が散乱しすぎて流石に捉え難い。死人のソレとは違う気配だから死んではいないだろうが。だから私は右の平手を前へと突き出した。肘に左手を添える。それはいつぞや矯正させ無くなったある人の構えであり、完全な奇襲魔法。

 

 極度の温度変化で生じた(もや)が晴れた。先には血を流し、その美しい顔を歪めながらも、意地になっているのか、杖を支えに立ち上がろうとしていた彼女の姿が見えた。

 容赦なく、言い放つ。

 

「【ファイアボルト】」

 

 悲鳴は上げなかった。それ程の余裕が無かったのかもしれない。加減なしの全力砲撃は深々と地面を(えぐ)っているほどだ。―――まだ、生きてはいるか。

 地面に俯けで突っ伏しているリヴェリアさんへ近づく。相手を倒した、というのは中々に微妙な基準(ライン)が引かれているもので、だが確定的に言えるのが戦闘不能に追い込むと倒したことになる、ということだ。その基準こそ色々なのだが、今は大方魔力量だろう。まだ残っていそうだが。

 

「――――ッ、ガハッ、ッハッ……」

 

 真正面から諸に当たっても流石か、肉体は原型を留め、朦朧(もうろう)ながらも意識を保っている。喉に詰まりかけたのか吐き出した血もとても綺麗だ、嘗め回したい程の―――っと危ない。欲望は抑えなくては。

 あえて時間を空ける。彼女が仰向けになるまで。そして成るとすぐに動く。

 見えやすいように少しの距離を置いて、右手を彼女に(かざ)す。そして告げた。

 

「チェック。さぁどうします?」

 

「……投了(リザイン)、だッ……」

 

 仰向けのまま吐血し、服だけではなく口周りを汚す。もう(なり)など気にする余裕も無いのだろう。  

 ごくりっ、無意識に鳴らしてしまった。いや別に、彼女の唇を見ていたからではない。今か彼女の姿そのものが、非常にそそられる状態なのだ。S気があるとよく言われるが、ただ感覚がオカシイだけなのだろう。

 

「リヴェリアさん、傷って自分で治せます? 私回復薬(ポーション)等は持ち合わせない主義でして」

 

「――――――」

 

 無言のリヴェリアさんから魔力が放散されるのを感じた。回復魔同士(ヒーラー)の条件と言われる即時回復か。だが待て、リヴェリアさんは確かに回復魔法を使えるらしいが、詠唱が必要だったはずだ。何かしら省略できる方法があるのだろうか。

 

「――――ついてしまった血は、どうにもならんな……」

 

 「なら私が舐めますよ」という言葉を発さなかったのは奇跡に近い。というか今疑問に思ったのだが、何故服まで残っているのだろうか。確かに私は服ごと彼女を捉え、燃やしたはずだ。もしかしたら、張った結界が微量ながらも残っていたのかも知れない。少し残念だ。まぁもう彼女の全裸は目に焼き付いているし、数日でそれが変わることはあるまい。

 

「……惨敗だ、都市最強魔導士などと、(わら)えるな」

 

「そんなこと言わない言わない、私がちょっと変わっているだけですから。それに、私は反則級のことが可能なのですし、何なら私そのものが反則と言うまである。ですから落ち込む必要もありません。その着やせの所為で少し小さく見えるけど脱いだらかなり大きかった胸を張ってくださいな」

 

「まだ覚えていたか!? 忘れてくれぇ!」

 

 赤面してしゃがみこんでしまう。彼女にとってもあれは失態だったのだろう。ざまぁない。

 まだまだ弄り足りないが、仕方ない。そろそろ帰って用意を始めないとヘスティア様が起きる頃に出来上がらなくなる。

 

「リヴェリアさん、私はもう帰りますけど、どうします? 送りますか?」

 

「……まさかとは思うが、ここまで来たのと同じ方法ではあるまいな?」

 

「少し趣向を凝らして、楽しめるようにしますよ」

 

 例えば移動中に忙しなく揺すったり、上下運動を過剰(かじょう)に行ったり、少しくすぐってやったり……

 あっ、因みにリヴェリアさんは私の知る限りで、(わき)足底弓蓋(そくていきゅうがい)、そして耳が敏感である。耳は息を吹きかけるだけでカワイイ悲鳴を()らすのだ。

  

「……私をお姫様抱っこすることに、抵抗はないのか」

 

「何言ってるんですか? 体重のことなら気にしなくて大丈夫ですよ、私とおな―――私よりかなり軽いですし。それにリヴェリアさんは反応が非常に面白いので、することに抵抗どころか、是としてやりたいです」

 

 割とマジである。だが体重の所は、なんとなく、なんとなぁく、変えておいた。だって先程の弱々しい眼光がその時だけモンスターも殺せるほどのモノになったし。どんだけ気にしているのだか。よく筋肉がついている証拠でいいのではないだろうか? 確かに私と同くらいなのはちょっと不味いとは思わなくもなくもないのだが。

 

「……なぁ、シオン。お前はやはり、あの子のことを諦める気は無いのか」

 

「――――冗談抜かせ。たとえアイズが拒んでも、私はこの想いを貫き通しますよッ」

 

 いきなり遠い目をして、重苦しい声で、唐突に馬鹿なことを口走った。あの子は、言われずともわかる。だから鼻で笑い飛ばして、威勢よく告げた。

 ぎゅぅっ。そう音でも出そうだ。何を嘆いて切歯扼腕(やくわん)しているのだろうか。私には理解が及ばない。

 

「――すまないな、変なことを聞いてしまって。シオン、悪いが送ってもらうことにする」

 

「お? いいですけど―――」

 

 何故にして私に首に腕を巻き付けているのだろうか? というかティアの結界は切れちゃったのね、もったいない。まぁ今度教えてもらうが。

 いつになく積極的なリヴェリアさん。その光景を私はこう例えることにした。

 

「娼婦はこうやって男を(たぶら)かすのでしょうか」

 

「フンッ――――――――ッ!」

 

 バキッと聞こえた。鈍く重い音だ。それは首から解いた片腕の拳が発信源であった。息と息が交わる距離で見つめ合い、乾いた笑みを共に浮かべる。

 

「……折れてませんか?」

 

「……二本で済んだ。硬すぎはしないか?」

 

 本気で殴ったようだが、私は(あざ)一つ無い。だが彼女の指は逝ってしまった。

 心中悪いと思いつつ、だがここで思いつく。どう繋がったのかが自分でも不思議だが。

 

「リヴェリアさん、先程のアレは勝負ですよね」

 

「――? 違うのか?」

 

「にぃしっしっ……ならば、勝者には何らかの報酬があっても良いですよね」

 

「……その笑みを見ていると、裏腹に持った思いが察せて、途轍もなく嫌な予感しかしないのだが……」

 

 引きつらせている頬、それはヒクヒクッと痙攣(けいれん)しているように震えている。だが安心して欲しい、それほど鬼畜なことを言う訳では無い。

 

「では、リヴェリアさんを服従させることが出来る権利で」

 

「なっ……なァぁぁァァッぁッ!?」

 

 主従関係というのは実に素晴らしい。従者と言うのは主に逆らうことが許されないとされているが、別にそうではない。私はそこが好ましい。少し逆らうくらいが丁度良いと思うのだ。

 だから私はこの権利を選ぶ。リヴェリアさんが嫌だったら逆らうこともできるのだから。

 

 とまぁ了承など得られる前に走り出してしまったのだから、返事は聞けなかったが、律儀な彼女のことだしどうせ従ってしまうのだろう。……もしかして、結構やばい事しちゃったかな?

 面白そうだし、有効活用するに限る。さてさて、どうしてやろうかこの権利。

 

  

 

 

 

 



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与えられるモノ

  今回の一言
 無駄に時間が空いたのは単に極度の体調不良である。

では、どうぞ


 

 じっくりと硬くならないように焼いている牛肉。それを見守りながら、ぼんやり考える。

 少しばかりは帰宅は遅くなったものの、無事? リヴェリアさんを送り届け、直後私も無事には帰ることが出来た。ただ途中で呟かれたことを、ずっと不審に思いながら。

 

『この風……そうか、懐かしいな……』

 

 寂しそうな顔で、自然と漏れたかのような声だった。それは地上に出てから、締めに爽快な気分を感じさせてあげようと思ったことからの行為中にぽつんと、耳を震わした。風切り紛れながらも、はっきりと私はその声を捉えていた。

  

 あれは本当にどういう意味なのだろう。いや、薄々気づいていはいる。リヴェリアさんはアリアと知り合いなのだ。そしてその能力を知り、感じたことがある。そうとしか考えられない。

 だがそこには疑問が浮かんだ。

 アイズはこの能を……アリアの力を私以上に色濃く使えるはずだ。オリジナルにより近い、ティアで言う優先度(プライオリティ)の高い力が。ならば懐かしいなどと言うはずがない。だって身近で感じ取れている筈なのだから―――――

 

――――いや、違うのか? 

 

 待て、待て待て待て待てちょっと待て。その考えだと何もかもが可笑しい。

 なぜ今の今までその可能性に至れなかったのかが不思議だ。私とアイズには決定的な能力の差異があるではないか。そうだ、それこそが本当のアリアの力だ。

 魔法ではない、精霊術。詠唱などしない、ただ自然と私は風を操れるではないか。だからこそリヴェリアさんはアイズの風では感じなかったアリアの名残を、私がアリアの力で操った風で感じた。

 だが再度言う、オカシイ。何故血縁であるアイズが私より能力が劣っているのだ。もしかすると、私が彼女の血を『力』と共に奪ってしまったのか? 

 

「……このあたりは、考えるだけ無駄か」

 

 アリア……ご本人に聞いても多分答えてくれない。同じように、またこういわれるのだ。

 

『ごめん、なさい……』

 

 『目』を逸らされて、悲しい『顔』をして、己を守るように『抱いて』。謝られるのだ。

 口を引き結び、それからは話題を変えるまで何一つ話してくれない。何故かは未だに解らない、だか彼女にだって黙秘権くらいは当たり前のようにある。強要する必要がない今、執拗(しつよう)に詮索する気は流石にない。必要ができれば、そうは言ってられないが。 

 

「ま、これくらいでいいかな」

 

 肉を平皿に装い、テーブルへ並べる。のしっとヘスティア様が定位置に着いた。

 すっかり用意を終えているようで、ティアがにこやかに態々私の隣へと近づく。要するにあれだ『頑張ったから褒めて!』というアピールだろう。だが甘い。

 

「自分のことが疎かになっていますよ。メイド服にまだ慣れないのは解るが、せめても着崩すな」

 

「うぅぅ、だってこれ、結構動き難いんだよ? 着てみればわかるって」

 

「断固として拒否する。てかそれデザイン優先のものだから仕方ないでしょう。そもそも戦闘用じゃないのですから、少しの行動制限は致し方ないものです」

 

 長々として肌を隠す、潔癖間の垣間見える烏色の服。確かに邪魔そうであるが、銀髪がより目立って、どこぞの美の女神なんか比較対象とならないのだろうか。……流石に口に出しては言えんが。

 【フレイヤ・ファミリア】伝説その三。神フレイアへの冒涜(ぼくとく)は、たとえ陰口であっても逃さない。

 襲ってきたら上等なのだが、流石に【猛者(おうじゃ)】と戦う訳にはいかん。次はどちらかが、絶対に死ぬ。それが私なら蘇るからまだいいのだが、流石にオラリオ最大戦力と言われる彼を殺すことになれば危険人物一覧(ブラックリスト)に載りかねない。消すのが非常に面倒だから、なるべく避けたいものだ。

 

「まぁそれはさておき、食べましょうか」

 

 なんやかんやとぼやかしたつもりだったのだが、まだ、私の頭にあの考えは浮かび続け、だがしかし進展なく停滞していた。引っかかりを覚える、ナニカと共に。

 

 

   * * *

 

「まず大前提なんだけど、精霊術って何か解ってる?」

 

「大気中の魔力――『マナ』なんて呼び方をしましたっけ。それと自分の魔力を合わせて行使する、一見魔法のような超常現象。いち人間が使う魔法とは違い、性能は桁違い。そんなところでしょうかね」

 

「うん、まぁそれくらい解ってるなら大丈夫かな。じゃ、説明しながらやろっか」

 

 凛々(りんりん)と煩い太陽の下、強固な壁に囲われた屋根のない場所で二人対面する。

 天を仰ぐとそこに、被膜のようなものがあった。それは『アイギス』全体を包み込むわけでは無く、その戦闘域のみを納めている。

 内側からの衝撃(アタック)にめっぽう強い結界だ。万が一私が制御を見誤った場合の措置である。

 

「あ、私雷系統の精霊術を始めに覚えたいのですが、カッコいいですし、ティアの専門でもあるでしょう?」

 

「まぁね♪ じゃ、教えていきたいと思います。まずシオン、電気って操れる?」

 

「少しくらいならできますよ?」

 

「逆にどうやっているのか知りたい……あのね、シオン。電気を操ることが出来るのは精霊だけなの。つまり適合した精霊因子を持つもののみ。だからシオンは率直に言って、電気は操れないはずなの」

 

 いや、モンスターにも電気を操れるのはいるけどね? という突っ込みは止しておこう。

 だがどうしたものか。私のできる電気の操作と言うのは、確か生体電流とかいった体内を流れる電流の操作である。多少の放出と、体内での自由操作が可能だ。といっても少しだけしかできない。放電も威力は気絶させられる程度のものだからあまり実用性がない。

 

「だけどそれはね、本当のところ、今まさにそこら中にある電流のことを指してるの。だから裏口があって、一から発生させちゃえばシオンならできるんじゃないかな? って思ってるの」

 

「その言い方だと普通はできないのか……やはり《異能力》のお陰か。ありがたいものです。発現した理由は皆目見当もつかないのだがなっ」

 

「そんな決め顔で言われても……」

 

 一から発生させる、つまりはこの場合魔力を指しているのだろう。今回はそもそもその方法を教わりに来たのだし、結局振り出し(スタート)に戻る訳だ。

 

「でね、電気を操る方法として、詠唱が不可欠なのは何となくわかる?」 

 

「判りはしますけど解りません」

 

「ニュアンスで判断すればいいのかな? あ、この際話しておいたほうがいいかな。ねぇシオン、わたしたち精霊がなんで長ったらしい詠唱をするのかはわかる?」   

 

 大方、威力・効果を上げるためだろう。詠唱についてはそう考えるのが妥当だ。だが本当はちょっと違うと私論を持っていたりする。詠唱とは魔力の集合時間であり、イメージだ。自分が望む効果をもたらす魔法への。だから詠唱にはよく自身が現れると言われているのだ。

 つまりは精霊が詠唱する理由は、魔力ではなく『マナ』を集めるため、そして効果をより現実に落とし込むためだろう。

 だがこの持論だと精霊術の行使に詠唱を必要とされる意味が解らない。言ってしまって、人間も熟練者ならば魔法に詠唱を威力が少し弱まるにしろ必要としないのだ。達人(リヴェリアさん)ならば魔法名を発しなくとも行使できるとは今朝この眼で見ている。魔法と精霊術は似て非なるものだが、同じようなことしているのだ。精霊でも詠唱の省略はできそうなものだが……そういえば、ティアですら無駄に長い詠唱をしている場面が多々あったな……あそこには確たる理由があったのだろうか。

 

「精霊術はね、神様への祈りみたいなものなの。人間たちの嘆きである魔法とは全然違ってね。だから省略することは許されない。だけどね、自分たちに与えられた力は自分が司ったようなものだから、器にあった範疇(はんちゅう)での行使なら詠唱なんていらない。最悪術式を唱えるくらいだね」

 

 それは可笑しい。言葉を借りて、ティアは己が司る雷属性の魔法を詠唱していた。態々、だ。今の説明だとその手間に理由が見つけられない。

 

「急かさない急かさない。ちゃんと説明するから。範疇内での話はしたけど、範疇外の話はしてないでしょ? 範疇外になるときこそ、詠唱が必要になるの。神様に願って、『あぁどうか、お力を貸し与えてください』っていうアピールをして、ようやく器を超えた精霊術を行使できるわけ。だからシオンは元々雷精霊としての器が無いから、祈るしかないの。詠唱しないとダメってことね」

 

 祈ると言われると正直忌避感を覚える。祈るなんて他人任せなことは私はあまり好きではない。そりゃあ祈祷(きとう)を悪いことだとは言わん。だが物事を誰かに頼ってばかりだとダメになってしまうから。私は少しばかり抵抗を覚える。

 まぁティアが言うのだからそうなのだろう。仕方ない、従うか。

 

「んで、私にどうしろと?」

 

「まずはわたしが、お手本に撃つから、それを真似してみて」

 

「了解です」

 

 とりあえず見て、そこから考えろと言う事か。投げやりだがわかりやすい、得意分野だ。

 見当違いの方向を向いて、同方向に手を(かざ)す。結界に向けて放つようだ。

 魔力が動く。いや、あれが『マナ』か。普段は感知など相当集中していないとできないレベルの魔力操作技術なのだが、あえて(さら)しているのだろう。私がより理解を深められるように。

 

「【駆け抜けろ、焼き焦がせ、突き抜けろ。以て雷光と成せ】――【鳴雷(ナルイカヅチ)】」

 

 実に解りやすい詠唱。効果もそのままなのだろう。

 視認可能な速度の光るモノ―――エネルギーが放出された。ドガンッ! と大轟音が空気を掻き分けられたことにより響き亘る。よほどの高電圧、流石と言えよう。私には流石にあれほどは初っ端で難しいか。

 指定通り雷属性。速さは『駆けろ』と言った通り電光の速度。『突き抜けろ』と言った通り限りなく直線に近い軌道で進んだ。効果は結界の所為で今一分からないが、ほんわか漂う焦げ臭さは効果があった証拠なのだろう。鳴雷は極東発祥の技だが、よく知っていたものだ。

 

「じゃあシオン、失敗前提でやってみて」

 

「やっぱりそうなる……ま、いつものことだけど」

 

 見て、特に説明もされること無く、やれ。お祖父さんによくやられたものだ。始めは苦労したのだが、今ではこちらの方が逆にやりやすい。

 

 要点として抑えるのは、射出準備、詠唱、発動、影響。

 射出準備。右手を突き出し構える。魔力の通りを、射出瞬間を、その後の軌道を、現れる影響を、鮮明に想像(イメージ)しろ。無駄なことはするな、余計なことは考えるな。

 

「【駆け抜けろ、焼き焦がせ、突き抜けろ。以て雷光と成せ】――【鳴雷(ナルイカヅチ)】」

 

 構えから少しばかりティアより時間が掛かってしまったが、詠唱は声以外、抑揚から一文字一文字の間まで模倣して唱える。発動瞬間までも完璧に統一し、それによって現れる影響は――――

 

「―――危ねぇ……」

 

 呆れるような大轟音と、ティアすらも上回った(おぞ)ましい威力だった。

 ビリッっと、残留している電力が弾ける。薄く甲高い音はその後も幾度となく弾け、宙を鮮やかに眩いた。

 我武者羅に威力を上げた訳でも、驚かせようと無理をしたわけでは無い。ただちょっとだけ、制御を見誤っただけであった。

 

「う、うん。流石にびっくりしたかな? 魔力(マナ)操作はまだちょっと難しい?」

 

魔力(マナ)の操作はできたのですが……最後の最後で、そっぽを向かれてしまって……想定していたのと違えた状態に驚いた魔力が必要以上に溢れ出してしまって……この有様ですよ」

 

 最後に肩を竦める。それにティアはあははっ、と苦笑いを浮かべながら、目線を魔法が命中し、()()()()()()()から、私へと目を――――瞬間、彼女は硬直した。

 なにせ、右腕が丸々、吹き飛んでいるのだから。

 周辺には血飛沫と、炭化した臭いを放つ肉片が点々とし、足元にはぽつんぽつんと肩口から吹き出す血が滴った。その血だまりには一つ、塊と言える塊がある。それはまんま、手の形をしていた。

 

「あぁ、いテェ……というか手袋(グローブ)最強すぎるだろ。私の腕が粉砕される魔法を受けて原型留めるどころか内側まで守るって、ある意味残酷だな……」

 

「そんな暢気(のんき)なこと言ってないで! 止血しなきゃ!」

 

「その必要はない……ティア、ちょっとばかり、外してもらえませんか?」

 

 それに驚いて目を見張る。笑いかけると、二の句も無く彼女は引き下がった。その目に若干の、恐怖に似た感情を宿しながら。   

 仕方ないか、こんな状況で笑える奴など、狂人以外の何でもない。

 

『ここで突然の質問。一部分だけの吸血鬼化ってできます? あ、腕が元に戻ればいいので、それ以外の案があるのならどうぞ』

 

『突然何? 別に、私以外の精霊に師事を受けていたことを怒っている訳じゃないから、どうしようもないおバカさんがやらかした凡ミス以外のことなら、訊いてくれてもいいわよ』

 

 あぁこれ怒ってるわぁ……嫉妬(しっと)とか可愛らしい。それがまだそう言える限度にあるから、これくらいな、許してやってもいい。だって別に今は助けがなくとも今回ばかりは何とかなるから。

 

『よく言うなぁ……さっきまで散々ギャーギャー喚いてたのに』

 

 介入した声に、少しばかり驚きを覚えた。

 だってこの会話に彼女が介入できるはずなどないのだから。接続した記憶がない。なのに何故、今その声が聞こえたのだ。

 

『……アリア。では聞きますけど、なぜ彼女が私へ声を届けられるのですか?』

 

『何言ってるのよ、当たり前でしょ? 貴方の持っている能力全て、私たちは実質使うことが出来るわ』

 

『なんだそれ』

 

 そんな理論あってたまるか。まぁそれ以前に今も尚彼女が実体化しているのが不思議なのだか、なんやかんやでそちらの方がしっくりくるのだろう。

 

『……あのー。今視力が消えたので、そろそろ答えて頂けませんか?』

 

『え、うそ、そんなに深刻? でもごめんなさい。私、一部変化なんて知らないわ』

 

『うん、そもそも無理だしね、一部変化なんて。中途半端な変化ならできるけど、それじゃあ腕は治らない。でも腕だけ治したいなら、普通に復元は可能だよ、(あるじ)

 

『できればそれ、早急にお願いします』

 

 そろそろヤバイ、マジでヤバイ。死んだことあるからこそ確実に解る、ヤバイ。

 熱が遠のく、脈の、空気の、処理に白熱する脳の。

 感じるものが限られる。自分すらも朧気(おぼろげ)になって、繋がると言う確かな感覚すらも薄くなっていって……。

 辛うじて膝をつき、柄に手を添えた。流石にと抜きそうになり、だが静止が掛けられる。

 落ち着いた声はいっそ、他人事のようだと言っているようにすら思えた。

 

『普通に念じて、主。いつものように、応えるからさ』

 

『なるほどね……』

 

 いつもの自己修復は彼女の力だったか。感謝しなくてはならない。贈りものが丁度よいか。

 それはさておいて、死にかけの脳を無理やり再熱させ、ひたすらに念じた。イメージに近いかもしれない。

 ただそれだけ。右腕がすっかり、治る事だけ。

 

「――――ッ」

 

 肩口から肉が膨張し、目を逸らしたくなるほど(うごめ)いて、形を成していく。

 大まかに全体像が成り、骨が通り、肉が血を流すことなく整形される。管が正常に通り、神経が接続され、皮で被われ、そこには何事もない、狂いなく腕が存在した。出血が、止まる。

 不思議だ、ここからまた、血は無限に湧いて来る。一定量に達すまで。

 やはり慣れん。この『痛み』。喪失感が一瞬で埋まるのにも拘らず、ぞっとする失われていた感覚。充たされ舞い戻った腕を動かしても、違和感を拭うことは容易ではない。

 開閉を幾度も繰り返し、手刀を軽く数度振るう。それくらいで、まだ違和感はマシになった。

 

『大丈夫? 結構苦しそうだけど』

 

『……えぇ、大丈夫です、ありがとうございます。そして、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いしますね――――アマリリス』

 

『ぁ……うん、よろしくね♪』

 

 感謝を伝える、切実な言葉。今までのお礼を詰め込んだ、贈り物(名前)。それに返されたのは、温かい感情を籠められた、実に快い声であった。

 

「ティアー! もう大丈夫です! 戻ってきていいですよ!」

 

 出入り口から繋がる廊下に、こちらが見えない位置で待っているティアに聞こえる声で呼びかける。すぐさま、とことことやって来て、どうしてか(あき)れを見せた。

  

「うん、わかってた……」

 

「何がだよ」

 

 意味あり気なその呟きを最後に、一時の休憩は終わる。

 憂いがあるようにその先は慎重なものとなってしまったが、いくつか自爆無しで使えるレベルに達せたものがあった。それが(ほとん)付与魔法(エンチャント)系列というのが、実に私らしい。

 途中から邪魔者がやって来てしまったが、契約だ。致し方なく了承したが、何故彼方(あちら)が偉そうなのだか。所有権証明書を突きつけてやったら、もう何も言わなくなったのだが。

 

 滞りは……あったな、うん。だがしかししっかりと精霊術は使えるようになった。

 アレからついぞ、内なる風精霊が煩かったのは、彼女の名誉のためにも、ここだけの話にしようか。

 

 

 

 

 

  



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さて、所持金はいくら?

  今回の一言
 タイトルは問題だよ?

では、どうぞ


 

「【()(まと)え。我は()の力に負けぬと誓おう】――【憑炎(フランマ)】」

 

 拳に炎が纏わる。肌が焼け焦げ、(ただ)れることなどない。ただただ、経験から成る強迫観念が幻痛(げんつう)により苛み続ける。焼き付けられるような、血が沸かされるような、そんな。

 だが意志力で耐える。負けたら手に納まらず、魂までも焼かれるのだから。

 

「吹き飛べッ」

 

 大型モンスターがその通り、たった一撃の炎拳(えんけん)で吹き飛ぶ。内側に入り込んだ拳が爆ぜたかのように見えるその光景は、憑き纏う炎が膨れ上がり内側から破壊したから。生物と言うのは内側からの力にめっぽう弱いから非常に有効な攻撃。

 しかも、効果はそれだけに納まらない。

 膨れ上がった炎は拳の威力が向かう方向、そこへ共に流されていく。衝撃波が先に行き渡り地を割り、遅れて届いた炎が隙間なく埋め尽くした。足場を盗られたモンスターは成す術無く、焼失した。

 

「もう一撃ッ」

 

 引き絞った左拳。前撃で殺せなかった側にいる混乱するモンスターに向け、同じように吹き飛ばした。たった二撃で長い時間かけてため込んだモンスターは消し飛ばされる。  

 

「あぁ、集めるのめんどくせぇ……」

 

 苦労人に与えられるのは、戦闘経験それだけ。辛うじてドロップアイテムが残っていることがあるが、それも()()()()()まで来ると非常に難しい。

 五十五階層。といっても捉え方として五十一階層から八階層までは一緒くたに扱っても別に大丈夫なのだが。というか、そう考えた方が安全だったりする。 

 ダンジョンが迷宮(ダンジョン)と言われるようになったのには、ここが発見されたのが大きな理由らしい。迷路構造が蜿蜒(えんえん)と続いているため、迷路から派生し迷宮となったのだ。

 しかも、完全なマッピングが終えられていない。正規ルートすらあやふやなのだ。だから辿って来た道を把握してないと迷う、そして死ぬ。それに加え私がしているのは『トレイン』、またの名を怪物集合(キル・パレード)。集めている最中に殺される可能性も高い、そして集められたとしても下からの『狙撃』がモンスターを殺すこともしょっちゅう。非常に面倒極まりないことなのだが、このくらいはしないと精霊術のトレーニングなんてできっこない。

 

「うーん、持ち帰れればこれで大体200万か? 【ヘルメス・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】に百万ずつで礼金としては十分足りるかねぇ……」

 

 ベルを助けてくれたお礼はまだしていない。協力してくれたのは【ヘルメス・ファミリア】【ロキ・ファミリア】【タケミカヅチ・ファミリア】の三組織。【タケミカヅチ・ファミリア】はベルたちが窮地に陥った原因となったようで、助けに来たことでお相子。礼金を出しては無駄に恩着せがましくなってしまう。

 

「レアドロップではないが、まぁ今日の所は止しといてやろうじゃないか。『白竜の血』もついでに換金すれば収入はかなり良い。といっても礼金の額を変える気はないけどな」

 

 かなり深いところまで潜ってしまったため、戻るのにも相応に時間を要する。流石にここまで来てしまうと、半日など容易にかかってしまうのだ。荷物のことを眼中に入れなくてはならず、気を使うことで速度が落ちる。

 

「……そう言えば、そろそろ自宅でも買おうかな」

 

 既に億単位で貯金はある。個人宅(マイホーム)くらい相応のものを一括払いで買えるだろう。そうだな……少し広いくらいの一軒家が、丁度よいか。

 

「暇だし、探してみようかな……」

 

 今後必要になってくれたらいいな、という願いを、その呟きに込め放つ。

 暢気(のんき)にそんなことを考えている場所は、実に場違いなダンジョン深層のことだった。

 

 

   * * *

 

「238万105ヴァリスだよ。また随分と凄い(もん)持ってくるようになって……」

 

「まぁまぁ、ちょっと深層行ってきただけなので、それくらい入手できますよ」

 

 すっかり顔を憶えられてしまった換金所のおっちゃんと、数言交わして代金を受け取る。始めは心底驚かれていたが、今では笑って受け流されてしまうほど、おっちゃんの常識性を削り取ってしまった。それはもう、Lv.2が深層に行っていることを不審に思われない程に。悪びれる気は全くない。

 

「あっ、シオン……君」

 

「いい加減その間はどうにかならないのかよ……おはようございます、エイナさん」

 

 立ち去ろうと入口へ向かうところで、背後から声。態とやっているとすら思える区切り方で呼ぶのは、彼女しかいない。声でもそれは判別できた。

  

「休憩中ですか?」

 

「ううん、出勤したばかりなの。それに私の受付担当は九時から、今はその準備なの」

 

「一時間前出勤……超真面目、いっそ怖い」 

 

 若干引くレベルだぞこれは……公務員なのだから九時五時でいいじゃん。いや別に公務員にそんな一時間前出勤ルールがあるかどうかは知らないが、ミーシャさんを見ていると違う気がする。

 ……あの人が自由過ぎるだけか。彼女は自由行動が過ぎるからな、アホみたいに早いときから居たり、逆に超遅刻で出勤することもある。なぜそれで首にならないか不思議でたまらん。

 

「私でも怒るからね?」

 

 私へ彼女がこやかに微笑むのは、大概怒っている時であると決まっている。 

 端正な顔を首で傾け、静かぁに見つめられるのは、言うに言われないプレッシャーがあるものだ。エルフは皆、無言の圧力が得意技なのだろうか? あ、エイナさんハーフエルフだった。

 

「で、どうかしましたか? 暇つぶしの世間話程度なら付き合いますよ?」

 

「それもいいけど……ねぇ、ベル君って、大丈夫だったの?」

 

 軽口めいた私の発言を返したのは、一転した真剣味を帯びる表情から出される心配の言葉。自身の弟のようだと可愛がっている―――とミイシャさんから聞いた―――ベルのことだ。

 

「あぁ、そのことなら、今日中にはわかると思いますよ。ただその状態で仕事に入ると物凄くもどかしくなると思うので、これだけ言わせてもらいます。ベルは普通に、生きてますよ」

 

 生死の確認だけできれば、少しは気が納まるだろう。後に訪れるであろうベルと他のことについては話してもらいたい。その方が彼女的にも実に好い結果を生むだろうから。

 一息大きく、長々と吐いた。それは積もりに積もった不安が漸く吹き飛んだからか。無駄に心配性で気負ってしまうところは美徳なのだが、明らかに人生損する性である。

 

「では、私はこれで」

 

「うん、ありがとね、教えてくれて」

 

 ざっと疲れたような顔を浮かべているのは、気が抜けすぎているからか。仕事が大丈夫か心配になるものだ。

 まぁ私が気にしても意味の無いことで、後はベルに託そうか。

 外に出た瞬間脇目も振らず、走り出す。目的地は定めているが。

 

 滞りなく一瞬で着いたのは、潔癖感のある白を見せつける治療院。やはり()()を取引するのならば、ここが一番(もう)かる。

 

 チリンッ、軽快にドア上の鈴が奏でる音で、多少なりと目が集まる。

 

「シオン?」

 

 一番に声を掛けられた。平静を保っているように見える【ディアン・ケヒトファミリア】で主神より崇められる()()()の少女。銀髪に紫眼(しがん)を持つ白肌の医者であり治療師だ。

 

「どうもアミッドさん、先日はお世話になりました」

 

「あっ……こ、こちらこそ、ありがとうございました……」

 

「話がかみ合ってねぇ……」

 

 もじもじとしている珍しい姿を見ながら、若干の(あき)れに苦笑を浮かべる。だが時それほど要さずして彼女は元に戻り、よく見る営業時の顔を浮かべた。

 慌てる彼女はそこにない。

 

「シオン、今日は何をしに来たのでしょうか?」

 

 若干の期待をちらつかせるのは何を思うてのことかなどもう知っている。その期待に応えるかは別として、私は本来の目的を果たすため、レッグホルスターに触れた。

 

「では、これで」

 

 そう言いながら、取り出した試験管。その中身をゆらゆらと揺らす。やはり御用達の【万能者(ペルセウス)】製試験管。中に入れたものの鮮度を最低でも一週間は保つ優れものの試験官だ。上級冒険者がよく持ち歩くもので、値段はそれなり。深層突入時などに回復薬(ポーション)等の効力を保つために態々入れ替えて持って行くこともあるらしい。私は完全に採取物保存用として購入したのだが。

 

「これと言われても何につい――――」

 

 若干嘆息したように(かぶり)を振ったが、途切れ一転。詰め寄り半開きの口をわなわなと震わせながら、試験管を握る手を気にせず包み込む。

 面白くてつい漏らしそうになる笑みを堪えて、意地悪気にいう。

 

「これなーんだ」 

 

「―――――来てください」

 

「うおっと」

 

 手を掴まれたまま、ぎゅっと引っ張られるのに抗わず連れられる。向かう場所など決まっている、彼女の部屋だ。

 鍵を刺し込み、回し、開錠、部屋への突入。そこまでの一切が淀みなかったのは少しばかり感心した。

 

「座って」

 

「ありゃ端的。どれだけ焦ってるんだか」

 

 椅子を引かれてそれだけ告げられる。急いでいると言うのは目に見えて判るのだが、それでも紅茶と茶菓子を用意する。そこは譲れないもてなしの精神なのだろうか。客をもてなさないから分からん。

 だが一つ言えば、今出された紅茶はしっかり茶葉から抽出されていて、しかも美味い。どこぞのハイエルフなんかとは大違いだ。

 

「シオン話をしましょうすぐしましょう」

 

「そんな急かさなくとも私は逃げませんよ……一旦落ち着いて、何を話したいのかは解っていますけど、何です?」

 

「その『白竜の血』についてです。買い取らせてください」

 

「言ったな? じゃあ5億」

 

「うぐっ」

 

 自身の失言と私の目的に気づいて盛大に仰け反る。興奮した怒濤(どとう)の勢いはそれで納まり、冷静は私だけではなく彼女にも訪れる。 

 

「……せめて1億で」

 

「初っ端それかよ……でもなぁ、これ相当に苦労してるんだよなぁ……ほら、知ってるでしょう、『白竜の血』の入手方法。いやぁ、大変だったなぁ……3億5000万」

 

 大仰な物言いに加えてあえて値段は大幅に下げる。相場で1億は到達しないのだが、私としては2億は欲しい。交渉力は彼女の方が上だが、何とか張り合って見せよう。

 今は私が有利な状況。だがこのまま引っ張ていくことは不可能だ、早期決着が望ましい。

 

「シオン、それが『白竜の血』であることは確かなので、一つ言わせていただきますと、それを加工できるのは私だけです。コストパフォーマンスから考えても私が買い取ることが最善。他で売っても良い収入は期待できないでしょう。ですのでどうです? 1億5000万程で」

 

 さてどう破ろうか。この自信と優位性。自分が優位であることに思い直して、余裕の表情を出して来やがった。めんどくせぇ……

 まぁ、逆手に利用してやるだけだが。

 

「でしょうね。これはアミッドさんにしか加工できないでしょう、使い道とされているあの薬を作るのなら、ね」

 

「……何が言いたいのですか?」

 

 さて、攻めといこうじゃないか。

 

「『白竜の血』は加工方法としてアレが有名です。ですがどうでしょう、必ず使い道がそれだけとは限りますか? それは違う。例えばです、私がここへ来る前に【万能者(ペルセウス)】と遇っていて、商談を持ちかけられていたのを後回しにしているとしたら? 彼女なら、別の使い道を見出せるかもしれない」

 

「なっ……」

 

 絶句した。まさかこんな返しが来るとは思わなかったのだろう。今彼女は可能性について審議している(はず)だ。ありもしない遇ったという可能性と、ただの騙欺(ブラフ)である可能性。

 全てが嘘ではない。アスフィさんならば何とかして作り出すことが可能であろう。嘘はただ、彼女と遇った事だけ、だがこれは非常に低い可能性だ。だからこそ、彼女は迷う。慎重すぎる彼女は。

 

「さてどうしたものか。私、売るのなら高い方が良いのですよねぇ、当たり前ですけど。でしてね、アスフィさんには一応2億円以上で買い取ると言われているのですよ。私はアミッドさんがそれよりも高額で買い取ってくれると信じて、一旦お断りさせていただいたのですが……どうやらあちらの方がよさそうですね……」

 

 はぁ、一息吐く。わざとらしく、大仰に。それにびくんっと震えるのはアミッドさん。彼女は理解してる、この『白竜の血』で莫大な利益を得られて、それが人を助けるのに役立つことが。

 悩み、悩み、悩むだろう。だから追い込む。

 

「アミッドさん、この『血』は結果的に莫大な利益を得られるでしょう。それ程の品です。ですから、私は貴女に売りたい。売りたい、売りたいのですが……私もお金が欲しい。あるに越したことはありませんからね……だから、ね?」

 

 静かに冷徹で変わらない笑みを口元で作り、返答を急かす。だが彼女はその催促には従わず、黙り込んだままひたすらに時が過ぎた。催促する気も無くなり紅茶を口にし始めたころ、漸く口を開いた。

 

「……3億で、お願いできませんか」

 

「あと一歩、3億2000万」

 

 ぎゅっと拳が握られるのを、筋肉の動きで理解する。苦し紛れの決断でしか、これを入手することはできない。私はもう下げる気は無い。それを彼女は察している。

 これでも優しくした方だ。破綻寸前まで追い込む額にしなかったことに感謝はしてもらいたい。 

 

「……わかり、ました」

 

「うん。よろしい」

 

 悔しそうに唇を噛みながら、彼女が代金を取りにか、外へ出た。

 彼女たちの資金が十億を超えていることなど知っている。これくらいを支払わせても何ら問題ないのだが、お金はあるに越したことはない。そこで踏ん張ったようだが、今日は勝ち越せそうだ。

  

 満足げに、紅茶を全て飲み乾す。気長に待とう、彼女は約束を違えない。

 事実、数分で彼女は金が入っているであろう膨れた袋を持ち、部屋へ戻って来た。

 

「毎度毎度、買い取り有り難うございます」

 

 試験管を渡し、同時に袋を受け取る。中身のチェックは形式上忘れてはならない。相手を不審がるようであまり気が進まないが、必要なことであるのだ。

 

「……シオン、貴方もう十分な成金といえる人ですよね。このお金、何に使おうとしているのですか?」

 

 もう呆れ果てたかのような彼女の声音に、平然と答える。別段隠すようなことでもないし、彼女に知られたところで何ら問題ない。

 

「なぁに、家でも買おうと思っているだけですよ」

 

「い、家?」

 

 これには流石に戸惑われた。それもそうだろう、私は現在一応独り身だ。そんな人が家を買うなど、明らかに可笑しい話であるし、第一にそれはファミリアのホームに住まないと言うことである。それは意外と珍しいことであるのだ。大体がファミリアで居を統一する。

 

「ではアミッドさん、頑張ってくださいな。それで(もう)けられると良いですね」

 

「えぇ、製法はもう随分と前に学んでいますから。必ず儲かってみせましょう。三億を超すものとなると何処かの貴族辺りに売るしかなくなるのですがね……」

 

「あはは、そのあたりは頑張ってくださいな。困ったときは、ギルドのミイシャ・フロットを訪ねると良いですよ。彼女は沢山情報を持っていますから」

 

 それに首を傾げられたが、すぐに首を縦に振られた。

 見届けるともう用済みの為立ち去る。流石に屋内は走らない、ぶち壊れるし。

 

 その後私は二時間ほどの走り回った。とあるものを見つけるために。

 この後の用事に、必要であるものを買い取るために。

 

 

 




 
 原作と時系列ずれずれだし、何なら設定もいろいろ違うから。この作品の設定が必ずしも原作の設定じゃないことを、一応覚えておいて欲しいです。


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報い

  今回の一言
 リューさんかわぇぇ……

では、どうぞ


「粗品ですが、どうぞ。一応ベルを助けに来てくれましたから、そのお礼として」

 

「あ、あの……その、ありがとうございます……」

 

 目を一向に合わそうとはしないが、差し出したものはしっかりと受け取る。胸に抱き、そそくさと去ってしまった。

 気まずいものを感じたのだろう。私は全く感じていない……はずだ。前の別れが彼女にとって最悪だったからな、仕方あるまい。態度についてとやかく言う気などないのだから。

 因みに私が渡したのは、極東発祥の着物である。いやぁ、ぴったりのサイズを探すのに二時間奮闘したことだ。因みにサイズは脳内から再生した彼女を目測したに過ぎない。

 デザインはやはり緑を基調とさせてもらった。だがサイズと緑、という二つの条件が重なるものが、思った以上に少なく、本気で苦労した。いい運動になったぜ……久しぶりに走った後肩で息をした。

 

 見つけたのは勿論緑が基調となっている着物。緑と言っても萌黄(もえぎ)色で、だが単色ではない。幾輪もの刺繍(ししゅう)の花がそこには咲いている。激しく主張することのない、控え目な色が花にはよく見られた。(たもと)が小さく、動くことにも支障はないはず。何ならついでに入れておいた(たすき)を使ってくれればよい、面倒だろうけど。帯は菜の花色に白の斑点が付いているもので、帯締めはセットとなっていた赤色のものだ。

 そして(かんざし)というものも一応買っておいた。贈り物と言ったら何故かしつこく勧められて、まぁ何となくで購入した。強いて言えばこちらが慰謝料か。本命はベル救援協力のお礼だ。

 

 上階へと向かう彼女を見届ける前に、脇腹への軽い肘打ちを手で受ける。いたずらに顔をにたつかせるのはそれをしたシルさんだ。

 (いぶか)しむような目にも、彼女はどこか知らん顔。気づけ、と言っているように思えたが、何に対してか全く分からん。

 

「ベル、もういいのですか?」

 

「うん。まだいろいろあるけどね。シオンはどうするの? 二時間かけて探してみた結果がちょっと僕からでも可哀相に見えたんだけど……」

 

「いいのですよ。あれは所詮礼品です、ただリューさんはスタイルが良いので逆に合うものが少ないのですよ。なので探すのに労しただけです。それに、彼女はなんやかんやで着そうですから、どうせなら似合いそうな物の方が良いでしょう?」

 

 うわぁ……とでも言いたげな目はやめて頂きたい。おかしなことは言ってないだろう。シルさんもそんな面白いものを見つけた女神のような目で見ないでいただきたい。

 

「あ、シオンさん。先程リューに渡した着物、着た姿とか興味ありません?」

 

「それほどないですけど」

 

 というかよく中身が着物だと判ったな……簪を別箱で渡したので気づいたのか? やはりそう言うものにはめざといな。流石女性、いや、流石シルさんと言うべきか。

 それにしてもリューさんの着物姿ねぇ……絶対に綺麗であろうが、態々見ようと思うほどでもない。だがどうせこの後は暇だ。夜まで予定がからっきしである。

  

「……あっ、ぼ、僕もう行くから」

 

 と、何を居たたまれない気持ちになったのか、即立ち去ろうと(きびす)を返すベル。だがその足は一歩前に出て終わった。

 きゅるぅ、という、最近あまり耳にしなかった腹の音で。

 

「……あのー、提案ですけど、うちで昼食を摂って行ってはいかがでしょう?」

 

 勿論ベルはそれに反対できず、私は執拗(しつよう)に迫られたのが非常に面倒だったため、致し方なく昼食を摂ることにした。

 

 食事中は全く、シルさんの姿が見受けられなかった。勿論、上階にある今リューさんが居る部屋でなんやかんやとしているのだろう。ご愁傷様だ、ただどのように言いくるめられたのかは興味がある。

 

「ふぅ、久々にまともな昼食を摂った気がします」

 

「何食べていたのか知りたくなる言い方しないでよ……」

 

 (ほとん)ど何も食べてないですけど何か? という意味で首を傾げたがそれを察せるほどベルは鋭くないし、私も感情表現が豊かではない。

 ふとそこで、大人しかった天井が煩く揺れる。見計らったかのようなタイミングだ。だがよくこんな短時間で終わったものだ。平均して一時間などざらだと聞いた憶えがあるのだが。

 

「ベルはどんなだと思います? 私は明るい木蔭に立たせたらとても栄えるようになっていると思います。あ、いつものことか」

 

「結構適当に言うね……うーん、でもリューさん綺麗だしなぁ、見てみたいなぁ……」

 

 おや、我が弟はやはり健全な男の子であるようです。しっかり女性に興味を持っている。ただ一人に完全な一途である私とは大違いだ。

 ことことこと、カウンターに座っている今、奥の方から聞こえてい来る。昼間は一般客でそれなりに賑わうここで、ぼちぼちと人が見当たるのだが、彼女はここへ出て来て羞恥で(うずくま)ったりしないだろうか。 

  

「はーい、リューがやってきましたよー!」

 

 よく通る大きな声で、シルさんがそう呼びかける。自然と注目が集まるのは、その前に立つ彼女。

 しっかりと着こなした着物。うっすら膨れる胸元の片方には大きな花が咲いており、そこから主に下側に数輪咲いていて、進むに連れて段々を小さくなっていく。それは十分以上に、彼女という存在を引き出していた。自然を彷彿とさせるものが良く似合う。

 襷は使われていなかった。だから旺盛的というよりは落ち着いた、という印象が与えられる。まさに彼女といえた。いつもと違い役割の無いカチューシャが外されていて、髪は簪を使い纏められていた。簪には小さめの向日葵が付いていて、だが目が引き寄せられるのはやはり少しはにかむ彼女本人。

 

「ど、どうです、か?」

 

 来る前に立ちあがっていた私たちは、その彼女の目線は上目遣い以外の何でもなかった。唖然と硬直するベルを横目で見ながら、率直な感想を述べる。

 

「流石ですね、とても綺麗ですよ。ちょっと虐めたくなるくらい」

 

「い、虐める?」

 

「何でもないです忘れてください」

 

 口が滑った……あまりにも己の心中を暴露してしまったようだ。歯止めは効かないものなのか? まぁいい。若干シルさんに引かれているけど気にしたら負けだ。

 

「えぃっ」

 

 と、声がしたのは隣から。シルさんがちょこちょこ移動してマジの肘打ちを鳩尾に笑顔を消さぬまま打ち込んだのだ。後に続くのはかなり鈍い音。腹を押さえて蹲るほど苦悶(くもん)しているが、ありゃ大丈夫だろう。数秒で苦しみは消える。どうして殴ったのかは何となく予想が付くが、言わない方が良いだろう。

 

「で、着て見せて、その後どうするのです? そのまま仕事でもするのですか?」

 

「えっ……」

 

「うーん、それはいいかもしれませんけど、お母さんが―――はい、大丈夫だそうです」 

 

 適当にこの場を去るきっかけを作ろうとしたのだが、何故か違う方向に向かってしまった。愕然(がくぜん)としたリューさんを差し置いて、親指を上に立てる女将さんを見てシルさんが意味を察する。

 絶対(もう)ける事しか考えてねぇ……

 

「え、ちょ、その……」

 

「まぁまぁリューさん諦めて。別に隠すほど粗末な見栄えではありませんよ? むしろ誇って見せびらかすべきです。そうすれば恐らく、給料上がりますよ?」

 

「そんなことを気にしている訳では……」

 

 何を躊躇(ためら)っているのだろうか。恥ずかしがることでも無いだろうに。いつもとあまり変わらんだろう。少し華美になって、動き難くなっただけで。だた一人だけ違う服装だから、目立つと言うのは確定事項となるのだが。

 

「あ、そうだ。ベルさん、シオンさん、うちで今日夕食でもいかがでしょうか? ベルさんの帰還祝いという名目でも、リューの目の保養でもいいですから」

 

「シ、シル!? 何を言っているのですか‼」

 

 声を上げて反抗するリューさんをシルさんは軽く無視する。それを含めて私とベルは、目を合わせて苦笑を交えた。ベルはまだ彼女に、言っていなかったらしい。

 

「ごめんなさいねシルさん、今日は夜に予定がありまして」

 

「――? それってまさか……」

 

「はい、仲間たちと――――――」

 

 

  * * *

 

 がやがやと、外は変わらず喧騒(けんそう)で忙しなく、無闇矢鱈(やたら)な人々は止むことを知らない。静かなる天はぽつんぽつんと浮かぶ綿雲により星々の明かりが遮られるが、悠然と独り輝く欠けたる月は、やけによく見える。

  

「あのーアスフィさん? そろそろ私向かわないと遅れてしまいそうで、」

 

「駄目です。あと、あと少し……」

 

「それもう何回目ですか……三十二回中一度も勝ててないですよね?」

 

 事前に決めた持ち時間が迫るのを砂時計が知らせ、騎士駒(ナイト)が苦し紛れに動かされる。はぁと一つ吐いて、ビショップ司教駒(ビショップ)を動かし、一言。

 

「チェックメイト。……私、もう行きますね」

 

「うぅぅ、何故、何故勝てないのですか……」

 

 そりゃぁ賭けと予測の差だろう。というかもう引き留めないんだ。流石に諦めてくれたかねぇ……でないとそこはかとなく積もったフラストレーションが爆発しそうなのだが。

 ベルは今、『焰蜂亭(ひばちてい)』で仲間たちと飲み交わし始めていることだろう。私は新しくできた仲間をしっかりと紹介したいとのことで呼ばれた。どこぞの魔剣鍛冶師の没落貴族らしい。といってもどんな人かは遠目から見ていたから知っているのだが。

 

「失礼します」

 

 【ヘルメス・ファミリア】本拠地(ホーム)、『旅人の浪漫(ろまん)』にある団長執務室(アスフィさんの部屋)から、チェス盤の置かれた机に突っ伏す彼女に一応礼をして退出する。

 礼金を渡しに来たはいいものの、極秘であるはずの彼女らのホームに何故か招き入れられ、どうしてか執拗にルルネさんからアスフィさんとチェスをしてほしいと言われたのだ。今ではその理由がしみじみと判る。よく頑張った、そう言葉を贈りたい程に。

 端的に言おう、メッチャ弱い。なのに負け嫌い。面倒極まりないこの二つが合わさったのがアスフィさんとのチェスである。まさかポーン全部無しで勝てるとは思わんかった。一番楽に勝てたのだが。

 

「早く向かわんと怒られるな……でもなぁ、ティアに晩飯作らないと」

 

 少しと言うかかなり遅れてしまうだろうが、さっさと帰ってさっさと作ってさっさと向かうべきだ。片付けくらいならティアでもできるであろう。

 

 

 

「あ、シオンおかえり! お腹すいた!」

 

「はいはい、十分待ってください。あと今日私ベルたちと外で食べるので、食事を終えたら片付けは自分でお願いします」

 

 手を動かしながら、そういえばヘスティア様もいたな、と姿を確認して思い出す。少し時間が増えてしまうが、まぁ仕方ない。ぼやかれるよりはついでに作った方がまだマシである。

 移動自体は数瞬で終えるので、もうそこの時間を換算する必要はないに等しい。だから()く事はなく、落ち着いて存外ゆったり調理は進む―――――――

 

 

  * * *

 

「ねぇリュー、それ着ましょう!」 

 

「な、何ですかシル!? ノックくらいしてください!」

 

 彼から頂いた包装された礼品という()()の贈り物。彼の前に出るのは非常に気まずかったが、これを出された時は戸惑い、感極まったあまりに(ろく)に言葉も交わさず逃げるように去ってしまった。お礼もしっかり言えたのか心配である。 

 上階の部屋の一室。思いのあまりに普段ならあり得ない、ベットに飛び込む、という行為をしてしまうほど、我を忘れ、嬉しさに(うめ)いていた所に扉を勢いよく開けたのがシル。恥ずかしい姿を見られてしまい、流石に顔を真っ赤にして声を荒げてしまう。

 

「チャンスなのよリュー! 少しでもシオンさんを振り向かせるための!」

 

「な、な、ななななんあななぁァァッぁァ!?」

 

 瞳を爛々(らんらん)と輝かせて、どこか調子が上がっているシルに置いてきぼりにされること無く、私も無理矢理に調子が上がった。まさか、思わなかった。彼女に密かな想いがバレていたことに。

 

「何故判ったのですか!? そんなこと一度も……!」

 

「ふふん、私を見くびらないでよねリュー。でもあれは、私じゃなくても気づけたかな? シオンさんにはちょっと……うん、気づいてもらえそうにないけど」

 

「気づいてもらわなくてもいいのです!」

 

 この想いは出すべきものでは無い。彼は自身を(おとし)めるなと言う、彼の弟も私に返すようにそう言った。だが、そうせずにはいられない。だって自分はその程度、所詮だたの復讐鬼(ふくしゅうき)。想う事すら罪で、憧れることすら(とが)められても可笑しくない。  

 

「……リュー、そろそろ正直になりなよ」

 

 今までの調子から、一気に落ちた。いつにない冷ややかな射貫く目が、ずきりと胸を貫く。見透かした彼女には、もう私の欺瞞(ぎまん)など意味をなさない。

 

「自信が持てないなら、いいこと教えてあげる」

 

 それには言われない圧迫感が(はら)まれ、ベットの上で正体を起こしたまま、ぎゅっと胸に彼からの贈り物を押し込めた。   

 近づいて来る。嫌だ、初めて彼女にそう思った。

 

「ぁ……」

 

 すぅと、長めの箱が奪われた。だがそれに抗うことは、何故かできない。

 名残惜しく目だけを追わせ、ただ手は動かないでいる。

 

「これ、なんだかわかる?」

 

 ぽかん。毒気を抜かれたように固まった。だってその言葉に圧など、微塵も存在しえなかったのだから。

 

「ふふっ、面白い顔。これね、結構高い簪なんだよ? しかもこの大きさだと……」

 

 包装が速さの割に丁寧に(はが)され、スライド式の箱から姿を見せた簪を見せつけられた。首を傾げる。それにむすっとされたのは、全く意味が解らない。

 

「その一! これは簪です! 簪には極東での伝統で男性が女性に渡す際、『添い遂げる』という意味を持つの! そしてここに着いてる向日葵! 咲き方から『私の目は貴女だけを見つめています』って意味もあるの! つまりどういうことか判る!?」

 

 どことなく怒った様子の彼女に胡乱(うろん)気な視線を向けていたが、意味を理解していくにつれて、ナニカが胸中から込み上げて来る。

 それは絶叫を上げるほどのモノであった。ただ、私は声一つでない。

 

「いい、リュー。チャンスはあるの、だから逃しちゃ駄目。はいっ、だから今すぐ着替える」

 

「ふうぇ? き、着替える?」

 

「安心してリュー、すぐ終わるからぁ……」

 

 何か嫌な予感が、ナニカを押しのけ警戒信号を発す。だがその前に私は捕らわれ、成す術無くあんなことやこんあことをされてしまった。

 その間考えたことは、ひたすらに彼のこと。シルの説明と私の理解が正しければ、それはとても重大なことである。ただ、信じ難かった。そもそもとして、これを意図的にしているかが心配だったが。

 

 まぁ、気にし過ぎか。そう勝手に信じ込む。いつでも、自分の都合がいいように。

 

 

   * * *

 

「―――あの女みてぇな奴、どっかの人形姫みたいで、薄気味わりぃよなぁ!」

 

「―――そうか、とりあえず死ね」

 

 バキッ、床に罅が入る。そこには一陣風が吹いた。酒場は何が起こったかの理解などできず、ただ巻き添えに数名が吹き飛ぶ。風が発生したのは、物体が猛速(もうそく)で空間を薙いだから。その軌道にはもう一つ、ヒトガタ肉塊があった。容易く吹き飛び、酒場の入り口から闇へと沈む。

 

「はぁ、っていったものの、今は殺す気がないけどな」

 

 茫然(ぼうぜん)とした酒場で独り、声を発した。剣呑(けんのん)な雰囲気など霧散して、静かな酒場を破ったのは、今吹き飛ばした肉塊の仲間であろう愚物ども。

 次々に飛ばす、怒声と畏怖の罵倒。羽虫が鳴くようなその煩さに嫌気が差して、つい手が出た。断末魔に似た短い音だけを残し、あっけなく尽きる。

 

「あ、ベル。遅れてごめんなさいね。ティアたちの夕飯を作っていまして。最中(さなか)に介入させていただきますけど、ご了承くださいな」

 

「う、うん。その、ありがと?」

 

「何故疑問形何だか」

 

 というのは少し意地悪なこと。ベルが耐えがたいものを感じていたのは判っていた。入り難い空気を醸し出していたこの酒場の外でそれが止むのを待っていたら、聞き捨てならないことを並べる馬鹿どもがいたので、ちょっと害虫駆除をしただけである。単なる援助活動(ボランティア)だ。

 蜂蜜酒と以前頼み損ねた例のアレを頼もうとして、やはりストップが掛けられた。だがそれは意外にも、ベルたちではなく愚物の中でもいかにも自意識過剰系な無言であった男だった。

 止められ方は簡単、今は傾げた首の横、そこに在る拳。欠伸が出るような速度で放たれた、本当は避けることに意味もない拳だ。

 

「……これはどういう意味に捉えると、正しいのでしょうかね」

 

「我々の仲間を傷つけた、その報いだ。大人しく受けていろ」

 

「ほぅ? よく言うなぁLv.3。現状考えてからほざけ。報いと言うなら、貴方も受けますか? 私は私が気づく限り、()()への侮辱は許さない」

 

 淡々と告げる。だがそれは酷く冷徹、凍えるような声音だった。怖気が空間を独走する。

 

「人形姫……オラリオでそれを示すのは、残念ながら彼女唯一人……気味が悪い、そうも言ったな」

 

 一歩二歩、拳を無意識に引いて、更に退()く。濃密な、それだけでもう殺人的な感情が今まさに、私からは溢れているだろうか。だが仕方ない、全部、お前らが悪い。

 

「さぁ、用意はいいかクソ野郎。しっかり歯ァ食い縛って死ぬなよ。それじゃあ、意味なんて無いからな」

 

 気付いたら右手に刀が握られていた。そう、周りからは見えてしまうだろう。あまりにも自然で、あまりにも早すぎて、誰もその抜刀と見られ無かったから。

 刹那も刻むことなく変化が起き、遅れてキンッ、甲高い金属音が響いた。

  

 

 

  

 



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再開は尚も瞬く間に

  今回の一言
 一話ごとの文字数差がかなりある。

では、どうぞ


  

『乾杯!』

 

 軽快に音が重なる。賑わっている酒場でも、その音だけはどうもよく聞こえるものだ。それは僕たちだけではなく、随伴するように周りも杯をぶつかり合わせていたからかもしれない。

 酒場の空気に引き込まれて、一緒になって僕も瞬く間に気分は向上した。人と人との距離が近い、賑わっているお蔭か狭く感じる酒場――『焰蜂亭(ひばちてい)』で僕たちは祝杯を(あお)った。

 

「シオン遅れちゃったね。何もなしにすっぽかすことはない筈だから、もう少し待てば来ると思うよ」

 

「別にリリは、ベル様さえいてくれれば良いのですが。だってあの人、怖いですし……」

 

「おいおい、遠目から見た感じ、そんな印象は全くなかったぞ? どう見たって女だし、もっといえばありゃなんだ。【剣姫】と親し気だし、精霊と仲良くしているし……何者だよお前の兄貴は」

 

「うーん、異常者?」

 

 ぶるぶると震え、失笑を目を背けながら浮かべるリリに、ヴェルフがいつもの調子で反論する。それはまぁ、あの光景を見てしまえば抱く当たり前の疑問だろう。自分の兄が何者かなんて、ただ一つのこの回答しかない。僕だっていまだに疑問なのだ、何故シオンがアイズさんとあんなに親しいのか。

 アレでシオンはかなりモテた。いや、モテている。嫉妬するほどにそれは凄いものだ。だけどシオンはそれに気づかないし、気づかされたとしても全て切り捨てていた。ちょっとイラつく。ほんのちょっとだ、ほんの。

 

「でさ、ヴェルフ! 【ランクアップ】おめでとう!」

 

「これで晴れて上級鍛冶師(ハイ・スミス)ですね」

 

「おぉ……ありがとな」

 

 口元を弱く綻ばせ、薄いながらも喜びを隠せないでいることが伝わる。今朝本人から直接、ファミリアにこの一方が届けられた。本当に朝早くのことで、まだシオンが帰って来ていない時間帯。無事【鍛冶】の発展アビリティも習得し、夢へ一歩前進―――いいや、ヴェルフからしてみればまだスタート地点に立てた、くらいなのだろう。これからも頑張って行って欲しいのだが――――

 

「―――あの、さ。やっぱりこれで、パーティって解消だよね?」

 

 場に合わない落ちた声音で、おずおずと返答を怖がるように聞いてしまった。何を言っているかわからないように、ヴェルフは首を傾げたが、あっと気づくと屈託のないいつもの笑いを浮かべ、

 

「安心しろよ。用が済んで、はいサヨナラ、なーんてするわけないだろ? お前は一応、俺の命の恩人なんだぜ?」

 

 頬のあたりを指で()きながら、少しばかり恥ずかしがるように、まるで言うまでもないことだ、と当たり前のように告げた。  

 それに思わず笑みが零れ、いつもはヴェルフに対して何かと突っかかるリリも、どこか嬉しそうに笑みを零した。それは三人で交わされて、大きな笑いへと変わっていく。

 賑やかで、楽しい、そんな時間が過ぎて行く。

 事の顛末(てんまつ)を互いに教え合ったり、ちょっとした軽い不満を漏らして、だがそれが面白可笑しい笑みへと変換されたりと。本当に、良い一時だった。

 そう、たった一時のことであった。

 

「――――おい! どこぞの『兎』が一丁前に有名になって舞い上がってやがるぜぇ!」

 

 嘲りを含んだその声が耳朶(じだ)を、身体を、感情を、震わしてしまうまでの。たったの一時の。

 誰のことだろうかか。問うまでもない。何を言いたいか。解らない、でも、判る。

 

「いいご身分だよなぁ新人(ルーキー)ってのはよぉ! インチキし放題、嘘だって幾ら吐いてもなぁんも言われやしねぇ! あぁあっ、オイラ恥ずかしくてとても真似できねぇよ!」

 

 態と張られた声は、馬鹿みたいによく聞こえる。近隣の場所にいるのだから尚更。それはまさしく、僕をそしるためだけに用意したような内容で、用意されたような位置関係であった。 

 自然と集まる視線、一風変わる酒場。隣へ向かう大半の目線の中には僕のものまで含まれる―――高らかに叫んでいた男と、目があった。

 弓と太陽のエンブレム。それがファミリアの証であり、そこにいる七人は皆所持していた。

 盛大にジョッキを傾けゴンッと音を下品に鳴らすと、せせら笑いながら、不必要に僕を追い込める。

 

「あ、でも逃げ足()()は本物らしいな。流石ッてか! 昇華(ランクアップ)だってちびりながら逃げてできたんだよなぁ! すげぇ才能だと思うぜ、『兎』みたいでよぉ!」

 

 アッハハハハハッ、(わら)いが高らかに響き亘る。気持ち悪い、だが耐えた。この場で出てはダメだと、派閥同士の争いになるのは避けるべきだとエイナさんにも言われていたから。

 だが何よりの要因は、僕にそれだけの勇気が、矜持(プライド)が、無かったから。 

 反応を窺うように、僕を()いずる『目』が神経を逆撫でする。ぎゅっと拳が膝上でわななく。抑えても抑えても、無力感と些細(ささい)な怒りはここに現れた。

 

 失意、何故か周囲からそれを明瞭に感じた。何を、僕は求められたのだろうか。

 小さな音がした、チッ、と。

 

「オイラ知ってんだ! 『兎』が他派閥(よそ)の連中とつるんでるんだってこと! どっかの売れねぇ下っ端鍛冶師(スミス)とサポーターのガキ。ひでぇ凸凹パーティだぜ」

 

「構うな、飽きるまで言わせておけ」

 

「そうです。ベル様、気にしてはいけません」

 

 少しだけ、椅子から体が離れた。そこで止められたのは、リリとベルの小声で投げかけられた言葉のお陰。言外に僕を気遣うその二人の言葉。ちくりっと、胸に針が刺されたかのような、鋭い刺激が僕を襲う。

 だが二人にも確かに、侮辱による怒りが募っていた。 

 

「威厳も尊厳もねぇ主神の率いるファミリリアなんぞたかが知れてるだろうなぁ! きっと、()()()()()()()()()()()、眷族も腑抜けなんだ!」

 

 沸騰した。そしてすぐに負荷に耐えきれず、爆発する。それまでの時間なんてかからなかった。

 だが、異変に今になって気づく。

 

「―――――」

 

 身体が、どころか眼球の一つすら、舌の先すら、瞼すら、まったく動いてくれないことに。椅子に打ちつけられたかのように、僕はただその場に硬直した。動け動けと叫んでも、言うことを聞いてなどくれない。

 心底意外そうな顔を小人族(パルゥム)の男がしたのを、視界の端で僅かに捉えた。そして続く言葉に、動くことのない奥歯を噛みしめる。

 

「だって考えてみろよ! 同じ眷族の『世界最速保持者(ワールドレコーダー)』なんで神々から異常者(サイコパス)公認なんてされてんのに、平然としてんだぜ? あったま可笑しいよな!」 

   

 事実だ。だが彼らがシオンを―――兄を侮辱することをどうにも許容できなかった。シオンはどうでもいいと言うだろう。当たり前だと言うだろう。でも、許せんかった。『本当の家族』を侮辱されたことがこれほどの憤怒(おもい)になるなど、考えもしなかった。

 

「もっと言えばよぉ、あの女みてぇな奴、どっかの人形姫みたいで、薄気味わりぃよなぁ!」

 

 瞬間、体に自由が戻された。だが、僕は動かない。否、動けなった。

 暴風が叩きつける、破壊音が重く響く。

 目線の先に、高身長の頼もしい背中を有した、自らの兄が居た。

 

   * * *

 

「へぇ、面白いじゃん。その有様でも反応はできた、うん、素晴らしいことだ」

 

「……こんなにして、よく言ってくれるね……結構自信あったんだけど」

 

 青光りする程の艶めいた黒髪に血や木くずをちりばめ、力を無理にですら入れることのできない状態となる少女を見下しながら褒め称える。すっぱりと二つに分かたれた金属棒―――その片方を手に持ち、気力だけは()()()()()()()に宿す彼女は、苦笑いを浮かべた後に己が槍にごめんね、と呟く。

 たった二合で方は付いた。弾き合い、愛槍(あいそう)であろうそれを断ち、その太刀止まらず彼女を裂いた。都合二も秒を刻んで今に至る。傷の見られ無い、だが内部の(けん)を粗方丁寧に斬られた彼女が床で仰向けに此方(こちら)を見上げいるこの状態に。

 

「おい、そこのLv.3。さっさと仲間連れて失せろ、そしてついでにワん吉も失せろ」

 

「誰が何だとゴラァァッ!?」

 

「吠えるな。いいから失せろ、さっきから敵意ビンビン出しやがって、(かん)に障るわっ」

 

 「チッ」、舌打ち一つでその後続く荒々しい音。硬貨が慣れたように投げられ、椅子が蹴飛ばさた。真横を通り、さっさと外の闇へ消えてしまう。ふふっ、大人びた声が鼓膜(こまく)を震わした。

 

「貴女……実はマゾヒストなのですか? もしくは狂っているのか。この状況で笑える奴は、只人(ただびと)ではないですよ」

 

 口元と声だけで笑う少女に、嘲るかのような目に好奇心を秘めて見つめる。それに彼女は怒ったのか、顔を赤くし―――だが言い返すことはなかった。 

 

「ヒュアキントス、帰ろ……私、動けないから運んで」

 

「あ、動くのでしたら高等回復薬(ハイ・ポーション)を飲むことを推奨します。並大抵の人間が耐えられる痛みでは無いですよ」

 

「ぁ、そう、だね――――やっぱり、優しいのは変わらないね」

 

 間を持って発せられた言葉は、口籠り聞き取れない。うっすら浮かぶ微笑みに、何故か思考に針を刺されたかのような、そんな刺激が訪れた。

 ……この人、どこかで

 

「ありがと、ヒュアキントス」

 

「気にするな。それよりも大丈夫なのか」

 

「全然大丈夫じゃない。久しぶりにボコられたぁ……うぅ、もう! 帰って寝る!」

 

 子供かよ、そう言いたくなる。だが、私は何もすることなく、ただ判然としない思考を手繰り寄せるように、ひたすらに探し彼女の見つめる。

 視線に気づいた彼女は、仲間を拾い集めてもう去ろうとしていた入り口で、ふと私へ振り返る。目を合わせ、にこやかに微笑んだ彼女。

 

「またね、しーちゃん」

 

 何か深い感情の籠ったその言葉。続いたのは横の男(ヒュアキントス)の殺意すら(はら)んだ、まるで(かたき)でも見るかのような、そんな目。

 

「……は?」

 

 アホ面を浮かべている内にそそくさと去ってしまって、その言葉の――――その呼び方の意味を、訊くことが出来なかった。

 だが、違和感が段々と、形になる。

 オラリオで親し気に私のことを呼べて、且つ愛称を持つ人。

 一人、いる。明瞭ではないが、僅かに浮かぶ顔はそこはかとなく似通っている。 

 

 すっかりぐちゃぐちゃに汚れて、静かになった酒場。居たたまれない気持ちになるのをあえて差し置き、ベルたちが囲むテーブルの椅子に、音なく腰を落ち着かせた。

 

 ぱんっ! やけに響く掌を打ち合わせた音が、場の注目を集め、発す言葉はそれ以上に影響力を持っていた。言うに言われない強制力。

 

「ご飯にしましょうか」

 

 一斉に、だが各々に違って、動き進む。

 

   * * * 

   

 賠償金と謝罪を残して、食事を終えた酒場から去り程なくした今、勿論説教中である。

 ベルも手を出しそうになっていたし、まさに一触即発の雰囲気の中で禁忌に触れたのがあの肉塊だ。結局爆発したのは当事者ではなく介入者である私。説教されているのも私だけである。

 だがこの場に居るのは六名。酒場に居た私含む四名と、ホームで待機していた二名だ。廃教会でまさに懺悔(ざんげ)させるかのように私は正座させられ、正面にヘスティア様が立つ。

 事情説明はちょいちょいで行われた。後半に向かうにつれてもはや尋問や質疑応答の類にしか感じなかったが、憤激されていることには変わりない。

 

「んで、再開したのにもベル君に言われるまで気づかずに幼馴染をぼこぼこにして帰って来たって? 前から言いたかったけどさぁ……シオン君ってかなり最低だよね?」

 

「自覚はある、そして否定する気は無い」

 

 そもそもの話、私より最低な人間を探すなんてそんなのダンジョンを踏破(クリヤ)するくらい難しい事だろう。それほどまでに類を見ない最低の象徴とすらいえそうなのが私なのだ。

 それはもう自己存在証明(アイデンティティ)の一つですらある。

 

「ですが、幼馴染と言っても彼女が村を出たのは五年ほど前のことです。仲良しな姉と一緒に向かったはずですが……別れたか、それとも、」

 

 死んだか。ありえなくはない、むしろ可能性はかなり高い。

 あの左目……私と違って、(おお)った眼帯は傷を隠すためのモノであることに間違いはない。そして斬った時のあの感触、ありゃ半身がイかれている。ダンジョンに潜った結果か。他人事にしか思えなくて、正直どうでも良い以上の何も感じない。

 

「まぁいいや。んで、どうする? 私、今振り返って結構不味いことした気がしますよ」

 

 手を出したのは、どう考えても【アポロン・ファミリア】。あの美男美女(笑)が集う外道が主神の自己満足系ファミリアだ。

 太陽のエンブレム、そしてLv.3団員が一人はいる。更に言えばヒュアキントスという名前。二つ名は興味がなく知らんが、確か団長ではあったはずだ。もうこれで、確定である。

 あそこは非常に面倒くさいファミリアで有名だ。主神が気に入った団員を他ファミリアから難癖付けたり、罠に嵌めたりして引き抜くクソの集まり。というのは表面の表面で。表面の裏では団員すらも脅しを受けて仕方なくやっている人が多い。

 

「あれは罠だ。まんまと嵌っちゃいましたけど、それは過ぎたことです。問題は、もうあいつらは私たちの中、恐らくベルを狙っていることでしょう。逸材ですからね」

 

「おい待てよ、だったらお前が狙われねぇか? クソ()()

 

「相変わらず減らねぇ口だな没落貴族。常識的に考えて見ろよ、こんな危険分子を取り込みたいなんて思ってるファミリアは都市最強ファミリアの両翼しかないだろうが」

 

「はぁ?」

 

 スカーフを首に巻いた赤髪青年。口の利き方が如何せんなっていないこの男は酒場で相容れない存在と判明した男だ。相手方もそれに気づいている。

 まず私の性別について議論され、そこから人格に移り、果てには……あぁ、考えるのすら嫌になるわ。

 

「シオン君はまず常識を知るべきだね」

 

 冷たい目とにこやかな微笑みでその時は一時、終止を打たれた。

 

   

   * * *

 

「クソッ……クソッ、クソォッ!」

 

 殴り付く。二度、三度、殴る、殴る、ぶつける。自分の嫌な感情を。

 (ひび)割れ、放射状に亀裂を生む壁。 同じく罅割れ、血が滲み色が変わる拳。

 (うめ)いたのはその痛みではない。ずっと、ずっと、彼女が言う名に対しての憎悪に、それを愛する彼女を見る度に突かれるこの想いに。呻いていた、嘆いていた。

 

「ふざけるな! アポロン様は何故、あんな奴等を……分からない、判らない解らない。どうしてなんだッ……」

 

 独りただ与えられた現実を責めていた。命ぜられた使命に従わなければならないこの嫌な現実を。

 彼らを得なければ、アポロン様からの信頼は途端に失せるであろう。だがしかし、自身の心は、本心は主神の命令に足踏みしていた。どうしても、従いたくない想いがあったから。

 

「シオン・クラネルッ……」

 

 四年以上も前から嫌と言う程聞いて来た、忌まわしき人物の真名を噛みしめる。隣で毎日のように、尽きず飽き足らず、話す想い人の話を聞くときに、必ず出て来るその名。 

 ぷちっ、血が出た。あまりにも強く噛んでしまった。

 件の名の主がこの都市に来たのは、つい最近知ったことだ。風のように颯爽と、通りすがるほどに気安く広がったこの名。それは勿論知ることになる。

 私も、彼女も。

 

「アイツさえ、来なければ……」

 

 彼女はそれを知ってから、一層変わってしまった。遠かったものが近づき、手を伸ばしてしまえば届きそうなほどだからこそ、つい求める想いが高まる。

 求め、求めて――――それがアポロン様にも伝わり、彼はこう団員に言い放った。

 

()()()()()()、引き入れろ』

 

「何が丁度良いだ……人の気も知らずして、よく言ってくれる……」

 

 それは初めて彼が口にした、主神への陰口であった。

 だがこれに抗えない。彼の神からの強制力は、もう心の根底まで届くほど。

 無情なまでに、自分は無力であった。

 

「あ、ヒュアキントス……って、大丈夫?」

 

 愛しき人が、振り返るとそこには居た。

 心優しくて、(はかな)(もろ)くて、切ない。だが私にはこの世の何よりも惹かれる、この世の何よりも目を奪われる。そんな存在に見えた。

 

「あぁ、何もできない自分の無能さに、呆れていただけだ」

 

「そんな責めることでもないと思うなぁ……あれはしーちゃんが強すぎるのっ。後悔したって、あの領域にはたどり着けないんだから」

 

 嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに。そんな顔を見せるのは、『こんな』話をしている時だけ。他の男の話をしている時にしか、想い人の最高の表情が見られ無いとは、まさに皮肉だ。

 ヒューマンにしては露出度の高い服を着た彼女を(いつく)しみを()めた横目で見守る。だが彼女はそれに一向に気づかない。いっそ盲目的なまでに、彼女は同じ相手をひたすらに想っているから。

 だが彼女を(いつく)しむのは見当違いのことだ。だって彼女本来Lv.5、盲目的な執念が(もたら)したファミリア最強の、副団長であるのだから。

 

「ねぇねぇ、しーちゃん……あ、シオン・クラネルのことね。でね、しーちゃん――――♪」

 

 いつもこうやって、名を聞くのだ。

 何度も何度も、しつこく、さながら、(いまし)めすらあるかのように。  

 

()()――悪い」

 

 ぽつん、()らす。零れた謝罪の本心。自分はどれ程嫉妬深く、独占欲が高いのか。うんざりするほど、今日になって判らせられた。

 リアがあの男に会ってから、いいや、会えると知ってから、ずっとこの調子だ。

 

「ん? それってどういう事?」

 

「気にするな」

 

 話の出鼻を(くじ)かれても、その程度頓着しない。それほどまでに気分は上々―――とは傍から見たもの。自分にとってはある種拷問に近かった。

 

 公式Lv.3冒険者、【アポロン・ファミリア】副団長、リナリア・エル・ハイルドは、またも彼の名を口にする。嫌悪に苛まれながらも、ただ、耳を傾けた。

 彼女の声を、聞きたくて。

 

『あぁァァッァッッ!?!? あぁ、ぁぁっ……!』

 

 嗚咽(おえつ)と嘆きと絶望がないまぜになった、あんな声をもう二度と、出させたくなくて。

 聞きたくなくて、苦しみたくなくて。――――結局、己が為に、彼女へ寄り添う。

 そう、願った。 

     

 

 

   

 



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思惑

  今回の一言
 前回の始めの方(文字数少ないので)追加させて戴きました! 

では、どうぞ


「――何をしに来た、と問うても別に可笑しくないですよね」

 

「――うん。しーちゃんからのお願いを、私が断るわけないでしょ?」

 

 無言のまま、僅かに引かれる服の裾。嫌悪が飛び交い、圧力だけのせめぎ合いが不可視の間で起こる。一言でその攻防をぶち壊し、それに気づく彼女が次いで言を返した。

 一層不機嫌になる、背後に控えるティア。視線で制し、また向き合った。

 

「これ、私からのプレゼント」

 

「手紙、いえ、招待状ですか」

 

 無駄に金をかけているであろう封筒。手渡されたそれを受け取った時の感触を確かめに裏返すと、封をしていたものは弓矢と太陽のエンブレム。どう見ても【アポロン・ファミリア】のエンブレムだ。それがこれを招待状であることを示している。

 腐れ外道団体の一員に幼馴染(おさななじ)みが居たとは、見損なうものだ。彼女も『引き抜き』の協力者であるのなら尚更。加担していたかどうかは知らんがな。

 

「待ってるからね♪」

 

「中身を見る前に言われても何についてか全く分からんわ。んで、どこで()()を知った」

 

 存外それだけで人を殺してしまいそうな眼光が彼女―――リナリアを射貫く。手を伸ばさなくても届くほど近づいていたリナリアが数歩、本能的にか後退(あとずさ)る。

 

「ちょ、ちょっとしーちゃん? そんな怖い目をされても、期待しちゃうだけだよ?」

 

「何にだよ全く……」

 

 (あき)れるほどのマゾヒストだと、今鮮明に思い出した。(ののし)られることで高揚し、冷徹に接することで悦び、(いじ)めることで最高だと身を抱いていた彼女は、だが不思議なことに適応される人に限りがあって、私とベル、そして彼女の姉である。……もう、私とベルだけであろうが。

 何を考えているかを知りたくないが何となくわかるほど、気色を火照らせはぁはぁ煩い。朝も早朝、夜風すら吹くこの頃の『アイギス』ではなく、真昼間でこんなことになったら本当にどうしてやったものか。

 

「あ、どうして知ったかだけど、情報はいろんなところから得られるから、気を付けてね、って警告を答えにさせてもらうね」

 

 要するに自力で集めた、ということか。面倒なことをするものだ、何故か、とまで無粋なことは聞かない。それはもう何年も前に愚問と化したことだから。

 一片の救いも無く、完膚(かんぷ)なきまでに叩き潰したはずの想いなのに。それが今、生きていることが正直不思議でたまらない。

 

「はぁ、もう帰ってください。正直、邪魔になるので」

 

「朝の鍛錬(トレーニング)なら手伝うけど?」

 

「いらん、さっさと帰れ」

 

 彼女がある程度相手になることは昨夜の反応速度から見当がつく。推定してLv.4は超えているだろうから、ティアとは潜在能力(ポテンシャル)面で比べるまでも無いのだが、その差を埋めるほどにティアには魔法ないし精霊術がある。今は見て学べることはティアの方が多いし、何よりこれ以上彼女の相手するのが面倒臭い。早々に立ち去ってくれた方が何かとよいのだ。最後に加えると他ファミリアである。

 

「ま、本当のことを言うと今日は帰るしかないんだけど。じゃあ、またね」

 

「はいはい、いったいった」

 

 しっしっと、失礼極まりないであろう方法で追い払おうとしたことに若干の不機嫌が(うかが)えたが、正直知ったこっちゃない。追跡者(ストーカー)のように()()追われるくらいなら冷たくあしらって飽きさせた方がまだましであろう。

 気分よさげに奇怪に笑いながら出ていく彼女を見送ることなく、内ポケットに招待状を適当にしまう。(かたき)でも見るかのような目で似た見つけていたティアはもうそこになく、眼前で屹立(きつりつ)しているのは戦闘準備万端の彼女であった。

 

「んじゃ、始めましょうか」

 

「今日こそは一撃でも中てる……」

 

 何やらと決意したティアが高らかに、呪文を紡ぎながら殺しに来る。 

 足元から伸びた土の槍を砕く音こそが、今朝の戦闘の始まりを示していた。

 

  

    * * *

 

「ヘスティア様、【アポロン・ファミリア】から宴の招待状です。行かないといけませんかね……?」

 

「当たり前だろう。君は自分が何をやらかしたのか自覚するべきだね。顔くらいは出してやらないとボクの立場がないってものさ。ボクだって本当は行きたくないんだ、あんな奴の宴なんか」

 

「ですよねぇ……」

 

 自分がしたことに悔いは全くないのだが、こうまでなると正直面倒。絶対リナリアに遭うのだから特に。彼女との接触は極力避けたいのだ。随分と前になるが、引き()がすのにどれ程苦労したかなど労するまでもなく思い出せてしまう。

 

「これ、ベル君にも渡されるのかなぁ……」

 

 本が好きな彼女が案外速読で、封を開けてから紙はくしゃくしゃと丸めるまで、そう時間を要さなかった。

 中身には確かに、宴への招待状だという旨が(つづ)られていた。だがほんの少しだけ変わっていて、ヘスティア様への愛と、眷族を招待しても良いと言うことも含まれていて、眷族が少ないからどうのこうのという馬鹿らしい名目で全員招待されたが……。

 

「あちらさんの狙いは元々ベルでしょうし、考えるまでも無いですね。私なんてどうせリナリア(あのおバカ)がついでくらいに引き抜こうとでも思っているのでしょう」

 

「それは許さんぞぉ! ボクの家族を渡してなんかやるかぁ!」

 

 空しく響く。いつも騒が――賑やかさ担当の二人が留守のここでは特に。今ベルは無事を報告にギルドへ、ティアは私からのちょっとした頼み事で出張っている。

 手を揚げ激しく怒っているが、どうにもそれに怖さも尊厳も感じられない。家族だナンダの言っても、それは本人の自由意志だ。まぁこんな実質貧困ファミリアに入る人など居ないだろうし、入った人は物好き以外の何でもないだろうから抜けることも無かろうが。

 

「はぁ、行きたくないなぁ……」

 

「む? 溜め息なんか吐いたら幸せが逃げちゃうぞ? 宴って言っても、シオン君がそこまで嫌がることではないんじゃないかい?」

 

 不思議そうに首を傾げられても逆にこちらが困る。それを理解しろというのはかなり酷なことであるのだが。

 ヘスティア様にはリナリアのことを詳しく話している訳では無い。だからその面倒臭さを知らないのだ。知れば引くほどのことだし、思い出したくも無いからいっていないのだが。

 

「……もしかして、幼馴染と会うのが嫌なのかい?」

 

「まさにその通りですよ……諸々の事情により本来関わりたくも無いです」

 

「でもシオン君が行かないと立場がなぁ……」

 

「そうなんですよねぇ……」 

 

 社交場のルールなんて誰が作ったのやら。もう少し弛緩(しかん)しても問題ないだろうに。

 今の時機(タイミング)で宴が開かれるのなんて昨日の一件と因果関係があるとしか思えない。ならば一応問題を起こしたのは私であるから、多少の責任は取らなくては―――まぁ勿論相手方にも相応の責任を要求するのだが。

 

「あっ、私であって私じゃない人が一人いるではありませんか」

 

「む? まさかそれって――――」

 

 きーめた。(いぶか)しむ目を向けられてももう揺らがない。すっぽかして我がファミリアの立場を落とすのは今は非常に良くない選択だから、こうするしかないのだ。 

 これなら、うん、悪くない。

 

「今のうちにドレスでも買っておきましょうかね」

 

「やっぱりか!?」

 

   * * *

 

「私が来た!」

 

「どんなテンションだよそりゃぁ……その顔、一体何考えてきやがった」

 

「無理難題を押し付けるためにですよ」

 

 珍しいことに嫌々なことをあからさまな顔で見せつける草薙さん。それほどまでに私は面白いことを思いついた子供のような表情をしていた。

 カウンター近くの椅子に座る彼に見えるように、ドンっとわざとらしく音を立てて一枚の羊皮紙をカウンターに叩きつける。手を避けるとそこには、文字列が並んでいた。

 

「……そうポンポン替えるもんじゃねぇんだがな」

 

「これは私であって私でない人が使う刀ですから、代替品と言う訳ではありませんよ。……この指示通りに頼めます? 明日(あす)受け取りに来ますから」 

 

 はぁ、溜め息を吐く。それはとりあえず、引き受けてはくれると言うことなのだろう。

 ただ彼は無情にも、こう言い放った。

 

「死んでも知らんぞ」

 

()()()()ってわかってるくせに」

 

「そりゃどうかな」

 

 文字列の並んだ紙を懐に仕舞って、音なくすぅと立ち上がる。   

 意味深な言葉を最後に残し、扉を開き外に親指を向けて『出てけ』と無言で告げる。

 逆らうことなく従うと、出た瞬間に扉は閉ざされ、札がひっくり返ると『閉店休業中』と極東特有の筆記体で書かれた文字が見られた。

 なんやかんやで、草薙さんはあの無理難題を達成してしまいそうだ。 

 

   * * *

 

「こんにちはー」

 

 薄暗い地下、北西のメインストリートのそこにあるちょっとマニアックなお店。

 好き好んで地下よりはしないだろうその場所に、今私は気安く踏み込む。

 

「おぉ? だれだぁ? 新客とはめずらしいなぁ」

 

「それはそれでどうなのやら……初めまして、魔術師(メイガス)さん」

   

 数歩分の距離を取って、名は知ってはいるものの気安くならないように呼びはしない。黒いローブを纏った白髪の老女は、どことなくあの黒影(こくえい)のような魔術師(メイガス)に似ているのだが、共通点については見当も無い。

 

「んで、唐突なのですけど、これを使って指定武装(オーダーメイド)を作ることは可能ですか」

 

「……これはたまげたねぇ」

 

 音なく置かれた布に包まれる塊。結び目が解かれ、露わとなるその中身は、(つや)めく光沢を微光ですら放つ、上等な魔法石。

 魔法石も取り扱うという情報を得ていたが、流石にこのレベルはそうしょっちゅうお目にかかるモノではあるまい。どういうものか判るからこそ、その驚きはなお大きい。

 

「おーい、何時までも茫然(ぼうぜん)自失でいられても困るのですけど」

 

「急くでない。老人との会話は、長続きすのが常、気長に待ちぃ」

 

 いかにもな感じでそう言ってはいるが、見た目相応に年老いているようにはどうにも見えん。口出しすることでは無かろうがな。

 見るまでもなさそうだが、機械的に鑑定を進めていく。暫く待ってやっとのことで結論を出したのか、ふぅと一息長々吐いた。

 

「何とかできそうではあるねぇ。して、どんな武装をご所望か」 

 

「これを基に、お願いしようと思っていました」

 

 取り出すのは、一枚の羊皮紙。文字を読める程度には明るいこの場所では、その神に描かれた設計図がはっきりと見えた。デザイン等まで書かれているのだが、唯一素材が大まかである。

 

「ほぅ……これなら、問題ないか」

 

「お金は後程お支払いいたします。要望と期待に応えてくれると思っていますからね」

 

「ひひひひっ、面白いことをいうなぁ」

 

 にやつき、自信たっぷりのしわくちゃな笑みを、私へ残す。

 それに心配などせず、私はその場を去ることにした。

 

  

   * * *

 

 服の擦れる音すら響かせず、ただ普通に走り、飛び、移動する。

 念のために彼我500Mの距離を保ち続けながら、視線で追わず魔力を『目』で追った。

 気づかれる可能性は限りなく低い。だが、その零ではない可能性への保険として、常に『転移』が実行可能な待機状態だ。

 

 

『いって』

 

 思念派が一時的に使い魔にした小動物たちと、鳥たちに伝わり、思い通りに動き出す。監視網をしっかりを気づき上げ、逃がさないようにした。

 

『何か重要なことが起きるか、特筆した情報を得られるまで監視』

 

 と告げられ、逆らうことなく従順に従っているのが今のわたしだ。

 

「……早速発見、でいいのかな?」

 

 それは『目』を通した光景である。彼女を追って行った先にあった、彼女のものと思わしき部屋。そこを小動物に探索させるとあら不思議、超精密な絵が幾枚もあった。その全てが、白髪と金髪の少女と黒髪の少女が描かれている。……いや、これは、まさかね。シオンっていうわけじゃあ……じゅるり。

 ごほんっ、気を取り直して。他に見つけた物といえば、折れた槍、また一枚の、だが別に人物が描かれた精巧な絵、何着もの服、数冊のノート、そして宝石付きのネックレスが丁寧に扱われていた。

 そこでぶちゅっと、目がつぶれる。少しの痛みを味わったが、これは使い魔が死んだ代償だ。つまりはばれて殺された。そりゃそうだろう、(ねずみ)なんて部屋に居たら驚いて焼き殺しかねない。

 

「シオンに報告しよっ」

 

 ぴょんっと走り出す。だがまだあるはずの情報を、探すことを放棄して。 

 



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面倒事はじりじりと

  今回の一言
 シオン(セア)をちょっと――裏物語で―――弄りたくなってきた。

では、どうぞ 


 

 胸が高鳴る、異様に『熱い』。春先の今、確かに気温は日に日に高くなるものの、それによるものでは断じてない。

 大きく言えば興奮だ。今から向かっている場所への興味があり、そして緊張がある。更には眼前、座る神様の格好に思わず頬を赤らめてしまう。やっぱり、神々は人間離れして綺麗だ。

 馬車に揺られながら、気晴らしに()いた毛先やら着つけた燕尾服(えんびふく)(えり)やらを弄り、興奮を散漫させようとするが、どうにも難しい。

 (いなな)きを高らかに上げ、停車を知らせた馬車を、高級に思える扉を開けて我先にと外へ降り立つ。こつっと普段はならないような音が、上品に靴音によって奏でられた。  

 手を伸ばし、ぎこちなくもなんとか、降りて来る神様へ手を貸すことに成功した。これも男児が行うエスコートの一つらしい。シオンなら知っていそうなこういう作法も、僕は勉強不足で何一つ知らない。そもそも、こんな大掛かりな宴に参加するのなんて初めてなのだ。

  

「ありがと、ベル君。ちゃんとエスコート出来てるじゃないか。上出来上出来」

 

「い、いぇっ……」

 

 思わず委縮してしまう。隣にシオンが居たのなら、叱咤(しった)でも掛けられてしまいそうだ。だが今隣にも―――否、この場にシオンはいない。参加するとは言っていたのだが、何故か同じ馬車に乗りはしなかった。というかそもそも、馬車に乗る時シオンが居なかった。定員が四名で確かに満員ではあったものの、ならば馬車など優に超える速度で移動するシオンがここに着いていないのは不審に思うのも仕方あるまい。

 ヘスティア様は何か知ったようだったが、『来ればわかるよ……』と一度言っただけで終わってしまった。それがどうも(あき)れているようで、何をしでかすつもりなのか心配になる。

 場違いな感が非常に強い、周りには冒険者やら職人やらが続々と歩みを進めていて、立ち止まっているとやけに目立ってしまう。

 

「すまんなベル、ヘスティア。何から何まで」

 

「ありがとね、ベル……」

 

 続き馬車から降りる二人。ナァーザさんとミアハ様が申し訳ないかのような表情でこちらへと近づく。

 二人は何かと参加を渋っていたのだが、神様による鶴の一声が二人を参加へと導かせた。同じ貧困ファミリア同士仲が良い、二人が本来ある負担は僕たちが引き受けることで参加できるようになったのだ。『最悪シオン君からせしめようぜ!』とは神様の談だが、無理に近いことなど先刻承知であろう。

 

「ベル君ベル君!」

 

 心做(こころな)しか嬉しそうな神様がふと、手を差し出しながら僕を呼ぶ。何をすればいいのかというのは何となくわかった。だが実行に移そうにも、あと一歩が踏み出せない。

 むすぅと、頬を膨らませた。

 

「……? ぁあ、ベル、そろそろいくとしよう。ヘスティアを早く連れたまえ」

 

「は、はいっ」

 

 僕の様子に気づいたのか、ミアハ様が静かに急かしてくれたおかげで、何とか神様の手を取ることができた。感謝せねばならない。神様をこれ以上不機嫌にさせずに済んだ。

 関ることすら一度も考えたことのない『夜の世界』。社交界に踏み入れる足を今度は躊躇(ためら)いなく、踏み出す。これ以上カッコ悪いところを、神様に見せてなどいられない。

 眩しい。というのがもっともらしい第一印象だろう。金銀が至る所に広がる。遠目から見た外見だけでも随分とお金をかけていることがわかるこの高級住宅街の一角、玄関ホールだけを見ても、それは素晴らしいの一言に尽きた。だがどうにも、僕の性に合わない。もっと物静かな方が田舎者として落ち着くのだが、ここは社交界、そんな僕の心情など一々気にしていられないし、権威を見せるためにもこういった装飾は必要なのだろう。全く理解はできないのだが。

 歩みを進めながら、つい見渡してしまう。それがあまりよろしくないことだと知っていてもだ。

 驚くほど高い天井に、吊るされているシャンデリア型魔石灯。純白のテーブルクロスを敷かれた長卓に並べられる高級感を醸し出す料理。バルコニーまで窓の奥に備わっている。どれも僕には初めてのものだ。委縮してしまうほどにここは慣れようがない。

 だが周りにいる人たちはそんな様子がなく、すこし窮屈そうにするくらいでいたって普通に見えた。神々はこういった宴に何度も参加しているから慣れているであろうことは予想できるが、多くの亜人種(デミ・ヒューマン)はどうやって慣れたのか、想像し難いものだ。単に肝が据えているだけならもう僕にはどうしようもないのだが。

 だがやはりか、『人』が少ない。ヒューマンは全種族の中でも最も劣る種族だ。恐らく同伴として就いている人たちはファミリアの中でもかなり格が上の人たち。ヒューマンが伸し上がることと言うのは、中々にして難しいのだ。言っちゃ悪いが、アイズさんやシオンが例外的な立ち位置となるだろう。

 

「あ、あの人って……」

 

「前から結構有名な人、チョー強い……それと、あっちの人も有名……でもそこにいる人はある意味有名、言い噂は聞かないから近寄らない方がいい……」

 

 指で示さずに、目線で場所を示しながらやけに詳しいナァーザさんから色々と情報をもらう一方、足はそのまま進ませていると、ふと聞き慣れない声が神様を呼んだ。ついで慣れた声も耳朶(じだ)を打つ。気安く神様も応答する相手は、片や眷族を連れてやってきた。二人に対し僕とナァーザさんは軽く会釈する。

 

「タケの同伴は命君か。この前は助かったぜ、ありがとう」

 

「い、いぇ、自分は……その、は、はぃっ」

 

 しどろもどろになっているのは、以前ちょっとしたいざこざがあったタケミカヅチ様に同伴する命さんだ。髪を纏め、気付けた烏色のドレスはとても綺麗なのだが……よかった、同士(なかま)がいた。あれだけ高潔に戦闘ができる彼女も、それが無援のこの場ではどうにもならないらしい。きょろりきょろりと忙しなく周囲の目を気にしていた。

 紅の髪を後ろで纏めていて、何よりその右目を隠す眼帯が印象的の女性はヘファイストス様。誰もが知るあの【へファイストス・ファミリア】の主神兼永久現役社長であり、僕の神様の刃(ヘスティア・ナイフ)を打った張本人である。同伴させている眷族は見当たらないが、どうやらそこらをうろついているらしい。何とも自由な人だ。

 

「―――おーい、オレも混ぜてくれよ! て、あれ? シオン君はいないのかい?」

 

「あ、ヘルメス」

 

 少し突っかかりの覚える言葉が、近づく足音と共に発せられる。弾んでいる声、振り向いて想像していた(ひと)と一致する。

 げっ、タケミカヅチ様が声に出して嫌そうな顔を浮かべる。その後に続いて僕の耳は「ヘルメス様、もっと声を下げてください……」という呆れを(はら)んだ諫言(かんげん)を拾う。以前僕を助けに来てくれた人物の内の一人、【万能者(ペルセウス)】ことアスフィさんが後ろに控えていた。

 タケミカヅチ様は何かと嫌っているようだが、ヘルメス様は明るい調子を崩さず懐にずかずかと踏み込んでいく。もしかしたらその性格こそが、タケミカヅチ様が嫌がる要因かもしれない。正直言うと、僕も少しだけ苦手であるが、表面上それは見せないようにしている。多分バレてない。

 

「―――ベル君も決まってるじゃないか! そしてもう一回聞くけど、シオン君はいないの?」

 

「来るとは言っていたのですけど……まだ見てなくて」

 

「来るとき一緒じゃなかったの?」

 

「馬車に乗った時シオンは――――――え?」

 

 会話していたはずの声が、優男然としたものから全く違う、だが近々聞いた憶えのある声へ入れ替わったのに少し遅れて気付く。あまりにも自然すぎた瞬間だった。

 眼前、ヘルメス様に向けていた視線を隣へと移す。僕より少し小さいくらいの身長の少女―――幼馴染のリナリアがそこには居た。

 

「久しぶり、るーちゃん」

 

「リ、リナリアさん……」

 

「もぅ、昔みたいにリアでいいのに。ちょっと見ないうちに年頃になって、恥ずかしくなっちゃった?」

 

「い、いや、その……」

 

 本当だから何も言い返せない……

 気づかぬうちに接近して自然に会話へ割り込んだリナリアさ―――リア……やっぱりだめ、リナリアさんが僕の横へと着いていた。つんつん、とじゃれるように肘打ちして弄られてしまう。いつもそうだ、同年代にも拘らず立場関係で上に立つことができない。

 

「こらー! ボ・ク・の! ベル君に何をするんだ!」

 

「やけにそこを強調するわね……」

 

 呆れるヘファイストス様に、少しばかり同調してしまうのはさて置き、何故ここに彼女がいるのだろうか。……いや、愚問か。彼女は【アポロン・ファミリア】に所属している主催者側の人間である、ここにいることは何ら可笑しいことではない。だが、やけに自由過ぎやしないだろうか。縛られていないと言うか……そう言う立場なのかな?

 

「大丈夫ですよ、私の心はもう奪われたまま返されてませんから。あぁあ、しーちゃん来てないのかぁ……もう始まっちゃうのになぁ」

 

「え、そうなの?」

 

 疑問を浮かべると、がっ、がっとヘルメス様が足蹴にされる。そちらに目を引き寄せられていると、知らぬ間に周囲がより一層と騒がしくなっていたことに気づいた。やはり宴、こう盛り上がってくれると何とか緊張も解れてきそうだ。

 

『諸君、今日はよく足を運んでくれた!』

 

 高らかに、よく通る男声が響き亘った。大広間の奥に立つ男神様が発信源である。端麗な容姿、少し変わった威圧。それで神だとすぐにわかった。

 シオンなら彼の神をこういうだろう。『自己陶酔者(ナルシスト)め』と。

 自身が司るモノで最も有名な太陽、それを反映したかのような神物(じんぶつ)。艶のある(ブロンド)髪、眩しい笑みを浮かべていて、眉目秀麗であることなど一目瞭然のことだ。それに月桂樹の緑葉を供えた冠を乗せ、自信たっぷりでいる。左右に控える団員は心酔しているかのような表情を浮かべていて、神望(じんぼう)があるんだなぁと思う。だからリナリアさんも――――

 

――――ふと向いた隣には、もう誰もいなかった。

 

 全く違和感なくいなくなるのは怖いくらい凄い。知らないうちに僕なんかよりもずっと上、格が本当に違うのだろう。流石オラリオで生き延びているだけはある。だが不可解なのはやはり、あの頼りがいのあるお姉さんが居ないことか。もう失恋しちゃったけど、なんやかんやで五歳の僕初恋の相手だったのだが。まぁ合わない方が良いだろう、しどろもどろになって(ろく)に話せない自信がある。

 

『――多くの同族、そして愛する子供たちの顔を見れて、私自身喜ばしい限りだ。――今宵は新しき出会いに恵まれる。そんな予感がする』

 

 何か僕にも予感がした。ちょっと嫌な感じの。その要因が今向けられた、あまり心地の良くない視線の所為でもあるかもしれない。

 いや、気のせいか。怪訝(けげん)な顔をつい浮かべてしまったが、失礼であることに気づいてすぐ執成す。その時もう最後の言葉をアポロン様が発していた。

 

「神様、どうします?」

 

「うーん、アポロンとは一応話しておきたいけど、今は忙しそうだし……後にしよっか」

 

「はい、わかりました」

 

 その通り、アポロン様の近くに集っていた神々が、続々とアポロン様へ話しかけている。あの調子だと社交辞令的に流していたとしてもかなり時間を要するだろう。宴の時間はまだある、ならば今の時間は少しくらい楽しむべきか。

 

「ぁ……」

 

「?」

 

 ふと、会場が静まり返った。それは静寂と言えるまでの無音。

 何かと分からず、だが視界内で唖然としている命さんを目線を追うと、その正体がわかった。

 誰かと言うのを理解しながらも、息を()見惚(みと)れる。

 

 それ以外の時が止まってしまったかのように、周りは一切動かなかった。否、動くことすらできなかった。

 不思議なまでにその動く存在は音がなく、だからこそこの空間にいる人々は、幻想でも見ているかのような気持ちに見舞われる。

 『幻想』は、玄関から堂々と、一切の淀みない動作で入って来て、ただ歩いているだけ。

 『幻想』は、背にその身長に迫る程の刀を携えていた。

 『幻想』は、煌めく銀と、呑み込まれそうなほどの純黒(じゅんこく)が目立った。

 『幻想』は、ただ普通に、僕へと向かって、歩いていた。

 

「ベ~ル。そんな(ほう)けた顔しても、なんにもいいこと無いですよ」

 

「――いでっ」 

 

 つんっ、と額を指一本で突かれただけで、あっけなく尻餅をついてしまうほど、気が抜けていたことをお尻の痛みで知る。

 

「遅れてごめんなさいね」

 

 透き通った、いつまでも聴いていたいと思うほど美しく心地の良い声が、僕の耳朶(じだ)を打った。 

 にこっ、優しい至上に思えてしまいそうなほど、美しい笑みが視界一杯に広がる。

 僕の兄が―――いや、それは正しくない。僕の兄のもう一人の姿、テランセアさんがそこには居た。

 

 

   * * *

 

「こんにちは」

 

「あ? 誰だお前」

 

「うーん、そうですねぇ……シオン・クラネルの代理人? とでも名乗りましょうか」

 

「どういうこった?」

 

 首を傾げる男性。草薙さんが警戒心をあらわにしながら首を傾げる。私を見てその反応は無いだろうが、今の『私』ならば仕方ない。

 アミッドさんから(もら)っていた二本の内の一本、あの秘薬を昨日の内に飲み、私は置手紙をホームに残して『アイギス』に身を置いた。そして起きたのが数時間前、あえて徒手空拳の体術で体を動かし慣れてからちょっとばかりダンジョン中層で暴れて、ある程度身が安定したところでやって来たのがここ草薙さんの店である。

 

「昨日依頼した、アレを受け取りに来たのですよ」

 

 驚いた顔を浮かべる。だが一転しちょっと気まずそうな顔でわざとらしく喉を鳴らす、そして真剣味を帯びた顔で変なことを発した。

 

「……滅びてしまえ」

 

「フレイヤめ」

 

「いい加減にしろ」

 

「私は決して浮気などする気は無いっ……」

 

「判った、よぉーくわかった。お前シオンだろ」

 

「何故そこまでわかった……!?」

 

 流石にそれには驚いた。今の私からシオン・クラネルの面影を感じることなど、言動と仕草くらいしか……あ、十分すぎるな。

 因みに今のは合言葉だ。他の誰かに間違っても奪われないように、昨日渡した羊皮紙には合言葉を書いておいた。誰もこんな命知らずなことを言わんだろう。私だから言えることなのだ。

 

「おらよ、完成はしてっけど、あんま抜かねぇ方が良いぜ」

 

「……なるほど、これは予想以上だ」

 

 封印が解放された刀―――いや、大太刀から発せられる尋常ならぬ気配が、重く強く、私へ圧し掛かる。封印符(ふういんふ)を斬られることで、それは更に増す。

 ぎゅっと、呪いを抑えるためだけに作られた(さや)を握り、その『重み』に武者震いを感じる。しかとその『重み』も受けて、呑まれることも押しつぶされることも無く、背にぴったりと納めた。

 

「マジでシオンだな、お前」

 

「さっきのは予想だったのですか……ま、別にもういいですけど。流石ですよね草薙さん、これほどのモノを打てるなんて。要望以上ですよ」

 

「そりゃ当たり前だ。俺を舐めんなよ」

 

 清々しい笑みを浮かべて、謙遜する気など殊更ないらしい。

 無償と言う契約だが、これくらいは代償にも入らないだろう。

 

「ありがと、草薙」

 

「なっ……」

 

 びくんっと、肩を跳ね上げた。面白くてつい笑みが零れる。

 ほくそ笑んでいる私を見て、何を思ったか、顔を真っ赤にした草薙さんは顔を体ごと背けて、手でしっしっと『帰れ』とでも言いたげにした。

 

「二十超えた大人が、かわいいこって」

 

「うっせ、さっさと失せろ」

 

 何ともまぁ面白いこった。これは弄りがいがあるかもしれない。

 「それじゃ」と一言残して、その場を去ることにした。

 

 

   * * *

 

「これまたこんにちは」

 

「なにが『また』か。今まであったことなどなかろう」

 

 実質的に初めてとなる開口。老婆がこの姿を見たこと無いのは当たり前のことである。

 一々説明するのもしち面倒臭いから省かせてもらうとして、さっさと本題に入る。こんな陰気臭いところに長居していると、なんだか自分までそうなってしまいそうだから。

 

「早速ですけど、出来上がってます?」

 

「……何についてかわからんな」

 

「いい警戒心です。ですが今は不要なもの。昨日依頼したモノについてですよ」

 

「……お主、一体何者か」

 

 不必要な誰何は商人しとして仕方ない事か。だがどう答えたものか。昨日の開口では名乗ってはいないし、共通点なんて言動と仕草しかないからどうにもこの人には伝わらないだろう。

 この際もうどうでもいい。とりあえず目的さえ果たせれば。 

 

「しがない剣士? という認識でいいですよ。んで、結局のところ、完成はしてるの、してないの?」

 

「うちに任されている依頼は現在たった一つ……そのことを言うのなら、完成しておるの」

 

「おぉ、お早い仕事で。じゃ、それっておいくら?」

 

「最重要の材料はそろってあったからの……せいぜい500万くらいかね」

 

 意外と安いものだ。八桁覚悟していたが、まさか七桁で済むとはかなり良い予想(よみ)違いだ。だが問題は、どうやって入手するか。ここから先が面倒そうだ。

 

「じゃ……ほい500万。値段交渉も面倒だし、さっさとこれで買わせてくださいな」

 

依頼商品(オーダーメイド)じゃ。そう言う訳にもいかん」

  

「その依頼主から受け取ってと言われているとしたら?」

 

 というのは今作った(事実)だ。事実私が私に良いと言っているようなもの。自分に許可を下すと言うのは中々に斬新な思いだ。 

 ここで乗ってくれれば後は簡単なのだが……

 

「……なら良いの。それが誠かは定かではないが、まぁよい。お主があの依頼主の代理人だとしよう。合言葉なんぞ老いぼれには覚えられんわ」

 

「ははっ、そんな適当でいいのでしょうかね。ま、ありがたく」

 

 ごっ、というに鈍い音を鳴らして、目先に依頼していたモノと布に包まれたナニカが置かれる。大層重そうなものだが、果たしてこれをどうやって一日で作ったのやら。完成していることに期待してはいたが、今日来たのは進行度を聞いて完成日を予測するため。これは願ったり叶ったり、という奴か。

 

「あまり荒く使わんでおくれ。リヴェリアみたいに短期間で何度も壊されたもんじゃない」

 

「あら、リヴェリアさんと知り合いでしたか。ですが安心していいですよ。多少暴れることはあるでしょうが、丁重には扱います」

 

「同じようなことをリヴェリアも言っとったか」

 

「面白い偶然ですね」

 

 何の共通点を見出されているのやら。だがまぁ、考えていることは同じなのだろう。どちらもずる賢くて姑息(こそく)だということだ。

 背に携えていた大太刀を右手で抜き放ち、刹那すら刻むことなく左手に持つモノ―――鞘へと甲高い音を立てて納まった。

 背に在る鞘を手に持ち、代わりに今刃の納まる鞘を背に携える。ずっしりとした重さは、どことなくしっくりくる感覚があった。 

 

「ふぅ、それでは、失礼します」

 

「また来んじゃないよ」

 

「それは店の人としてどうなのやら……」

 

 客を呼び込む気が無いと言うか、立地から考えてそうなのだが、面倒事がいかにも嫌そうだ。客を面倒と思う私は確実に商才がない。あの老婆も。

 

「ま、そんなことはどうでもいいでしょうかね」

 

 ()()で照らされるメインストリートの屋根の上、独りぽつっと呟く。

 宴が始まる所為かやけに街は騒がしい。横目で見やりながら、会場とは見当違いの方向へと進んで行った。

 

   

 

 



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夜はまだ長い

  今回の一言
 分けるしかなかったんだよぉ長すぎて……

では、どうぞ


 

 おいおい何だよこの静寂は。胸が高鳴るじゃないか。

 賑やかと言うよりいっそ煩いくらいだった会場は、何故か私が玄関へと近づくにつれ唖然(あぜん)と黙り込む人や神が増え、終いには会場内に姿を現した瞬間静寂が場を包み込んだのだ。

 いや、何故とは可笑しなことか。明らかに私に原因があるだろう。それがこのような場に武器を持ち込んでいることか……もしや、将又絶世の美貌を見たからか! この姿のすんっばらしさは謙遜する気など更々ない。アイズの次に凄いことなど先刻承知だ。

 

「腰抜かしてないで、ほら、早く立つ。へたり込むなんてだらしない」

 

「は、はいっ!」

 

 無駄に力の入った起立。仄かに赤らむ頬。緊張か、それとも兄と判っていながら容姿に騙されているのか。少しくらいは慣れて欲しいものだ。免疫をつけろ免疫を。

 

「あの、さ、その……凄い、ね、シ―――」

 

 さらっと口走られる前に、息すら触れ合う距離でその口を塞ぐ指一本。危ういものだ、(いまし)めでも掛けておかないと本当に社会的に死ぬ。今は【ロキ・ファミリア】だけで収まっているとしても、流石にオラリオ全域は不味いのだ。

 

「――ベール。私のことは『セア』と呼んで頂いて構いませんよ」

 

「――それむしろ強制でしょ……」

 

 (あき)れたよう、だがいつもの調子を戻しているかのような溜め息を吐いた。

 次に見上げた時は、もう慌てふためくことも、奇異な行動を起こすこともない。

 

「こんばんは。初めまして、と言っても問題は無いでしょう。テランセア……ま、我ながら長いと思うのでセアで構いません。どうぞよろしく、皆さん」

 

「あ、あぁ、よろしく頼む」

 

「よ、よろしくお願いします、セア殿……」

 

 タケミカヅチ様、命さんはまだ平常な方か。少しくらい戸惑うことは先刻承知の上で手を差し伸べたが、それを取るのは流石に躊躇(ちゅうちょ)があるようだ。

 上辺の笑みを浮かべたまま、手を横へと移す。

 

「……よろしくお願いするわ」

 

「お願いします」 

 

 ヘファイストス様はどこか胡乱気(うろんげ)な視線を向けながらも手を重ね、アスフィさんはだが冷静として手を取る。一方神ヘルメスといえば――――

 

「―――()れた、オレと結婚してくれ」

 

「救いの余地なくお断りさせていただきます」

 

 いつもの女たらし癖の所為か、無意味な告白をしてきた始末だ。鰾膠もなく切り捨てるのは自明の理、だが不思議と諦めが悪く、その後何度も詰め寄られる。始末に負えなくなって、アスフィさんに蹴り飛ばされることで怒涛(どとう)の愛の叫びは失せてくれた。その頃にはもう騒がしさが再び場を賑わせている。

 だが周りの有象無象は、好き好んで私へ近寄ろうとはしなかった。警戒もあろうが、恐らく()()()()雰囲気を出しているのだろう。

 

「……とりあえずは、一安心?」

 

「だろうね。でもさシ……セア君。びっくりしたよ僕は、目を疑ったものだぜ?」

 

「まぁ、それくらいはしてもらわないと面白くありませんからね」

 

 大太刀はともかくとして、それ以外には一応気を使ったつもりだ。ドレス――というかワンピースだが――も新調し、なんなら下着も新しく買ったまである。

 夜会服(ローブ・デコルテ)という種類のものらしく、背の肩甲骨上部辺りが露出し、両肩、そして少しばかり乏しい胸も申し訳程度に谷間をちらつかせていた。下は長く、足首を少し(さら)すほどまで至る。身長の問題上それは仕方のない事であった。長手袋(オペラ・グローブ)というものを勧められたが、しち面倒臭いためはいていない。靴は初めてのヒールだ。動き難い事この上ないのだが、恐らくこの場には彼女も来る。手を抜いてなどいられない。漆黒、というよりかは純黒(じゅんこく)がそこはかとなく見受けられるこの服装で、装飾と言える装飾はハーフアップにした髪を留める濃紺が主体のグラデーションが掛けられている蝶型の髪留めくらいか。

 因みに下着は正反対の純白と言うギャップを生んでみた。

 

「でも、武器の持ち込みは感心しないかな」

 

「用心ですよ用心。ほら、私か弱い女の子だから~」

 

「君がか弱かったらこの世の大半が貧弱になってしまいそうだよ……それに、か弱い女の子はそんなバカでかい刀なんて振れやしないさ」

 

「私は振れますよ?」

 

「だから、君はか弱くなんかないだろう……!」

  

 呆れ全開、もう諦めまで入っているレベルである。頭痛でもするのか頭を軽く押さえていた。アスフィさんの癖とよく似ている。お疲れなのかね。

 

「んで、事の始末はもう着けましたか?」

 

「いんや、まださ。大体シオン君がいないとできないのにさぁ、はぁ……」

 

「そんなチラチラ見られても……あぁ、ハイハイ解りましたよ。代理人にでもなりますから、好き放題言ってやってください。【悲愛(ファルス)】にベル(家族)との愛を教えてやれ」

 

「その口調外見と全然あってないね、今更だけど。解った、でもセア君が守っておくれよ? ボクの方がか弱いんだ」

 

「あいよ」

 

 何を楽しそうに微笑んでいるのやら。あ、そういえばヘスティア様って、神アポロンと仲が悪いのだったか。天界で何かしらあったようだが、詳しくは知り様がない。だが言えることは、気分は意趣返しということか。

 ベルの方に守ってほしかろうが、戦力で見れば断然私を選ぶのが利口であろう。流石にヘスティア様もそこまでの馬鹿では無かったようだ。

 

「……ねぇセア、さん? アポロン様ってどんなお方なの?」

 

「そのままセアでいいですよ」

 

「え、あ、うん」

 

「神アポロンがどんな(ひと)か……浮気者……最低男……自己陶酔者(ナルシスト)……クズであり外道であり尚最低な有害的生命体?」

 

「酷い言いようだね……」 

 

 事実を無感情に並べただけに過ぎないのだが。それで酷いと言うのならば、神アポロンの存在自体が酷いと言う遠回しな否定だ。本人に全く自覚はないようだが。

 

「まぁ要するに、全生物の天敵です」

 

 因みにだが、全てミイシャさんから聞いたことである。あの人は情報の塊だ、兎に角沢山の情報を持っている。そこいらの情報屋なんか頼るよりも、格段に彼女の方がお得なのだ。しかも彼女はギルド職員だから下手に手を出されることも無く、言いたい放題だから真実が聴けるのである。

 

「もっと詳しく聞きたいのなら、ヘスティア様に聴いてください。喜んで愚痴を吐かれると思いますよ」

 

「なんで愚痴……? 聞いてからのお楽しみとか言わないよね?」

 

「まさにそれで」

 

 がくっ、と首を折るベルをヘスティア様へ(かしか)け、その様子を見ることなく、私はバルコニーへと夜風を受けに向かった。途中受け取った赤ワインが()れられたグラスを片手に、雲の割合が如何せん多く見える夜天を、静かになった場で独り見上げる。反して内側は酷く煩い。

 

「やはり、こちらの方が性にあう……」

 

 ぽつん、誰にも聞かれず密かに呟く。

 暗い夜天の下、それよりか暗く感じるバルコニー。出入り口となるガラス戸からこちらを(うかが)っても、私のことは見えないだろう。態とそのような場所に、立ったまま(もた)れた。

 一口最後として、グラスが空となる。

 成すべき時が来るまで、私はただ、瞑目(めいもく)をつづけた。   

 まだまだ、夜は長い。  

 

   * * *

 

 あっと気づかぬうちに見惚(みと)れていた。一日に二度もこんな体験をすることになるとは思いもよらなかった。だが、少しの違和感が僕に平常を取り戻させる。勝手に動く本能はどうにも高ぶりを止める様子はなく、しかしながらすぐ後に襲われた衝撃で、それすらも鳴りを潜めてしまった。衝撃を与えてきたのは、何やらぶつぶついう神様。

 

「来ていたのね、ヘスティア。それにヘファイストス。神会(デナトゥス)以来かしら?」

 

 聞き心地が良い、なんていう次元じゃない。だけどどこか、違和感が抜けない。本当に何なんだろうかこの違和感は。

 だがそれを突き詰める前に、新たに視線が引き寄せられる。

 美しいわけでも、見惚れている訳でも無い。ただ……すごい、そう思った。

 獣人――恐らく猪人(ボアズ)であろうか。この方こそが、【フレイヤ・ファミリア】団長であり、実質的都市最強のLv.7。【猛者(おうじゃ)】オッタル。あの異常極まったシオンすら(たた)きのめす程の実力、それが立ち姿だけですら垣間見えた気がした。

 ふと、目が合う。強く、気高く、深い……畏怖をそれだけで覚えてしまうほど。全身の毛が逆立つような、緊張が僕を支配する。容赦なくそれに拍車を掛ける野太い声が、僕へ圧し掛かった。

 

「ベル・クラネル。お前の兄は、来ていないのか」

 

「それは……」

 

 どう答えたものか、非常に迷う言ってしまって返答に困る質問だった。

 シオンのことを聞くなどと、目をつけられているのだろうか。流石、というべきだろう。

 確かにシオンは来ているのだ。だがしかし、姿は全く違う。シオンは自分のことをそのときは同じであり別人。そう捉えている。……いや、答えようがある。兄、と聞かれたのだから。

 

「……兄()、来ていません」

 

「そうか」

 

 そっけなく、だが落胆は確実にその声に含まれていた。感情を全て切り捨てたかのようにすら思えるこの人でも、期待をすることはあるのか。それは少し、驚きだ。

 

「あら、オッタル。私より先にこの子と話すなんてずるいわ」

 

「申し訳ございません。確かめておきたく」

 

 誠実に一礼し謝辞を述べるその様は、実に斬新なものであった。あっけにとられてしまうのは僕だけではない。頭を起こした彼は。だがやけに見当違いの方向へ目を固定していた。その先にはバルコニーがあった気がする。その意味に気づいた気がして尊敬すら覚えたのも束の間、頬が熱を帯びた。自然か、体が熱い。

 

「――可愛い子。今夜は、私に夢を見させてくれないかしら?」

 

「ほざけ」

 

「ひゃぅっ」

 

 熱が急速に遠のく、残留したものすらその時間は極度に短い。

 視界一杯に広がっていた人知を超える美貌が、今は二つに増えていた。だがその二つは少し離れた位置にある。遅れて気付いた。それはセアとフレイヤ様であると。違和感が形になる。

 知識として持っていた美の女神について、その中には世の中の『美』を全て集めた、という話が合った。だがしかし僕にはそれ以上の『美』を感じたものがあったのだ。それは姉と立ち位置的に呼べる存在であるシオンことセアである。偽りようなく、僕にはそう感じてしまった。

 

「意外と女の子らしい悲鳴を上げてますね。もしかして不意打ちに慣れてなかったり?」 

 

「な、何を貴女―――あぁ、そう。そういうことかしら」

 

「何を思ったのかは知りませんが、いつぞやの返上ですよ。散々お世話になってます有り難うございますと言うお礼と、面倒だからもう止めろという警告を追加して」

 

 物怖じすることなく、僕のようにあっけにとられることすらなく、セアは平然と『いつも』の調子で、だが語気を厭味(いやみ)たらしくして首を鷲掴みにしている。それに周りはギョッとしているが、僕は至って普通に『シオンらしい』と思って平然といた。

 剣幕が、一気に空間を支配する。      

 

「貴様ッ……フレイヤ様から、その手を放せ……ッ」

 

 怖気が走って、もう動くことすらも、腰を抜かす事すらもできなかった。緊張した体が、現状の理解すらも拒む。神すらも、誰もがその場で硬直したかと思いきや、だが一人、セアだけが形の良い眉一つ歪めず然も当然のように動けている。

 

「おぉ怖い怖い。流石【猛者(おうじゃ)】、襲ってこない辺りよく現状を理解してらっしゃる。でもそこまで怒ることも無かろうに、はいはい、放してやりますよ」

 

「はぁぅっ」

 

 おもちゃでも扱うかのように、投げやりに扱われたフレイヤ様。一つ秒を刻んでも一つ刻むまでもなく、音なく床へと足を着く。勿論のこと支えあっての行為だ。

 都市最高派閥の主神を投げるとは、命知らずにも程がある。僕までとばっちりが来なければいいのだが……というかそれ以前に、女性を投げるのはよろしくない。

 

「そんな目で見られても、死の刃しかお届けできませんよ?」

 

「……貴女、憶えてなさいよ。一度ならず二度までも私を苛立たせ……相応の酬いは受けてもらうわよ」

 

「おぉ、それは怖い。ですが上等です。個人で参加できるものなら何にでも」

 

「あら、貴女だけで済むと? ファミリアまで影響が及ばない保証はないわ」  

 

 ゾっとした。【フレイヤ・ファミリア】に太刀打ちするなんてできっこない。あっけなく潰されて、それで終わりだ。

 瞬時にセアへと目を向ける。だが至って普通で、むしろ好奇心を浮かべた瞳をしていた。意味が解らない、何をそんなに―――

 

「―――私、実質的無所属ですよ?」

 

『は?』

 

 同じような言葉が、緊張に包まれていた会場内で見事に重なり響いた。それは僕も例外ではない。

 可愛らしくほくそ笑んでいる彼女を見て、そうか! と理解する。

 シオンは書類上【ヘスティア・ファミリア】に所属している。それは【ステイタス】の全体像が聖火(ほのお)の形をしていることからも明らか。だがしかし、セア――本来テランセア――は【ステイタス】が不思議なことに見えないにしろその能は維持しているため、神様から授かったそれは消えていない。なのに書類上は【ヘスティア・ファミリア】にセアという人物は存在しないのだ。つまりは実質的に所属してないことになる。いやらしい言い回しだ。本当に『シオンらしい』。

 ならばどうしてここに居るか、という話になりそうだが、硬直してしまったこの場でそこまで頭が回り、且つ発現する人物がいるだろうか。

 

「な、何を言っているのかしら?」

 

「事実ですけどなにか」

 

 逆に首を傾げているセアに目を丸くしたフレイヤ様。何とも不思議に光景だ。二度と見れない貴重な光景でもあるが。

 

「……オッタル、帰るわ」

 

「―――――」

 

「オッタル?」

 

 【猛者】へと呼びかけた、だが反応がない。じっと、セアのことを見ていた。従順な従者である彼が、主であるフレイヤ様の声に応えないと言うのは不自然極まるものがある。

 

「……一体ナンダ、貴様は」

 

「ふふっ、なぁに、ただの異常者(サイコパス)よ。ご察しの通り、ね」

 

「……不思議なことも、あるものだな」

 

「こりゃ私もさっぱりのことなので、本当に不思議ですよ」

 

 ……まさか、気づかれたのだろうか。自力で? 共通点なんてほんの少ししか見受けられないのに? まさかっ、と笑えない。計り知れない存在である彼なら、ありえないと否定できないから。

 肩を竦めるセアに幾分か気分が良くなったかのようなオッタルさんが背を向け、フレイヤ様へと謝りながら従っていく。止まることなく彼らは、会場を去ってしまった。

 

「ほんっまに命知らずやな、おどれ。ひやひやしたわ」

 

「まぁ、恐れるべきは【猛者(おうじゃ)】ただ一人ですし、私は今武装している。あっちも下手に手を出せば殺されることくらい理解していましたから。別に策無くして遊んでいたわけでは無いのですよ」

 

「アレって遊び? けっこう、危ないと思うよ?」

 

「大丈夫ですよ。危ないだけで、注意すれば何ら問題ないことです」

 

 視線変えず行われていた会話、僕は勝手に今日と言う日を幸いに思った。

 似通って、尚且つ美しい二人が微笑みながら並んでいる様は、さながら姉妹のようにすら思える。想い人とある種想い人が並ぶ素晴らしい光景、目の保養にはもってこい。

 記憶には意識せずとも、自然と焼き付けられる。

 今までの印象と大きく異なるアイズさんには目を引き寄せられる。だがしかしどうしてか、セアから視線を外したくないと、本能がそれ以上を向くのを拒んでいるのだ。

 

「……どぅ?」

 

「ぐはっ……こ、これは破壊力が……第一に言えなくてごめんなさいね。そしてありがとうございます……! 大変よろしゅうございますっ」

 

「……そっか、ありがと。セアも、その……可愛いよ?」

 

「応える……割とマジで……」

 

 合掌して腰を直角に曲げてお礼したり、心臓押さえながら(うずく)ったりと非常に忙しない。こんな姿を見るのは、いつ以来だろうか。

 だがこの胸中に浮かぶ(わだかま)りは何か。ちょっと、苦しい……

 

「――えぃッ」

 

「いぎっ……」

 

 奇怪な声を思わず上げる、不意打ちの抓り。脇腹がぎゅぅっと、アホ面を浮かべているであろう僕に喝を入れるかのように。

 いじけたかのような、神様からのものだった。

 

「ふぅーん、これがシオンたんの弟……なんやかんやで見るの初めてやんな」

 

「兎みたいで貧弱に見えますけど、脱ぐと凄いですよ?」

 

「変な言い方しないでよ! 誤解生むでしょ!?」

 

「でも実際意外と鍛えられている。そして下も―――」

 

「それ以上は本当に駄目だからねぇ!? てか人のこと言えないでしょうが!」

 

 僕は知っている、シオンが脱ぐと本気でギョッとすることを。

 全裸と着衣時ではギャップが激しすぎる。女性のようで一見美人と騙されてしまう着衣時に対し、全裸は『(おとこ)』と言えるしっかりとした体形をしているのだ。だから脱ぐと凄いと言うのなら、シオンの方が格段に合っている。

 

「中々おもろいなその子。でもどーにも冴えんなぁ……うちのアイズたんとは天と地ほどの差や!」

 

「そんな小さい差ですか? ダンジョン最新層と学問上だけで証明されている『銀河の果て』までの距離くらいは差があると思いますけど?」

 

 よくそんなの知ってるな……とは心中だけの突っ込みだ。そんな細かいところを声に出して気にしていたら、もう体力が持たなくなってしまう。突っ込みは適度に、鋭く、軽やかに。……何を語っているんだ。

 というかそんなに差はあるだろうか。確かにアイズさんは可愛いし、僕なんかとは実力でも容姿でも人気でも名声でも比べ物になんて、それどころか比べることすら烏滸(おこ)がましい事だろう。だがしかし、そこまで言う必要ある? 流石に傷つくものがあるが……

 

「そんなわけあるかぁ!? ロキに反対したかと思って嬉しかったのにそれ以上の差を突き出して! 君は何がしたいんだ!」

 

「アイズの素晴らしさの証明」

 

「……ばか」

 

 アイズさんの握りこぶしが、小さく、だが目で追えない速度でセアをどついた。だがそれを微動だにせず笑みを浮かべたまま甘んじて受ける。その顔に苦痛はない。

 だがしかし、ゴッポッキ、といった感じの音が聞こえたのは気になって仕方ない。痛くはないのだろうか、いやまて、アレはセアからの音ではなく……

 

「あははっ。手、大丈夫ですか? 砕けてない?」

 

「うん、でも、痛い……」

 

 アイズさんの指から鳴った音であった。シオンが硬すぎてそうなったのだろうか。砕けると言うことを始めに考える時点で可笑しいと思うのだが、それがないだけまだマシか。

 あの長手袋の下の手は、赤くなっているのだろうか。

 

「おーいお二人さん? なんでそんないちゃついとるん? いつそんな親密になったん?」

 

「そんな野暮なこと聞きます?」

 

 不思議な回答で、隠そうとしていることが丸わかりであった。冷静沈着でいるセアからは読み取れないと感じたか、アイズさんへと目を向けるとそそくさと、セアの後ろへ逃げてしまった。そう、逃げたのだ。あのアイズさんが。だがちょっと隠れきれてない所が可愛い……

 

「ドチビ、ちょっと協力せい」

 

「あぁ、今回だけは同意見だ」

 

「……神様? 何をするつもりですか?」

 

「なぁに、ちょっと二人から事情聴取をするだけさっ。あくまで、事情聴取だ」

 

「は、はぁ……」

 

 絶対裏には何かあろうが、あえて僕は何も言わなかった。少しだけ行く末が気になったこともあるし、少しだけ、ほんの少しだけだがアイズさんとセア――この場合はシオンもか――の関係が気になったのもある。

 会場内でその時だけは、僕たちが一番騒ぎ立てて、傍迷惑となりながらも賑わいに一助していた。

 

 宴の夜は、非日常だからか、異様に長く感じてしまう。

 

 

 

 

 

 



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夜のピークは過ぎていく

  今回の一言
 今日この頃、他策を読み文才の無さを痛感する。

では、どうぞ


「で、結局シオンたんはボッチが好きなんやな」

 

「確かに独りを嫌う理由はないのですが……現在はただ、ね? 向けられる視線が全て尊敬と畏怖と下心がない交ぜになって気持ち悪いから退避しただけでして……」

 

「シオン可愛いから、仕方ない」

 

「あのですね? 今は私たちしかいないので大丈夫ですけど、あまりというか絶対、言いふらさないでくださいね。マジで死ねます。なので今はセアとお呼び下さいな」

 

 私以上にそんな視線をアイズは感じているだろうに、よくも耐えられるものだ。とてもじゃないが感じたくない視線である。今は完全に身体と順応したわけでは無いから、『途絶』も使えないし。あれ便利なんだよなぁ……自分の感覚を切り離すっていう離れ業、だけど代償は半端ない。

 

「ねぇシオン、ひーるなんか履いてて辛くないの?」

 

回復魔法(ヒール)? あ、(ヒール)か。えぇ勿論、結構辛いですよ。ですけど、アイズに見せる姿に手を抜くわけにはいかないでしょう」

 

 アクセントの違いに一瞬困惑したが、目線と動詞で何とか理解を訂正する。靴擦れで皮が()けることなどないが、いつもと違い体重移動の感覚に、少しばかり神経を使ってしまうのだ。だが(さら)しておいた方が良いらしい。良く解らんが。 

 

「そ、っか。うん、悔しいくらい可愛い……」

 

「なっ、アイズたんが、可愛さで、嫉妬……?」

 

 驚くところそこかよ。今の、嫉妬では無い気がするのだが……やはり、性根が男の私では解らないものがあるのだろう。女性ならではの感性というものが。

 

「ま、それはおいといてや。シオンたん、ちょっと情報交換せえへん?」

 

「私、そんな聞くほどの情報を持ち合わせておりませんけど」

 

「ええでそれでも。うちが一方的に話すようになるだけや」

 

 目配せされたアイズが、バルコニーへ繋がるガラス戸を閉めた。外側から鍵はかけられない。幾つかあるうちの一つ、そのバルコニーは閉鎖状態、誰に情報が洩れることも無い。

 一気に、真剣な空気を帯びる。自然と警戒を強める私を抑えるかのように、そっと手と手が交わった。緩む警戒高まる鼓動強まる緊張。逆効果となっている感じが否めないが、それを言って損をする気など殊更なく、ただ私は愛しむように握った。

 

「いちゃつかれると本当どうにもならんなぁ……」

 

 (あき)れられた。だがどう思われようと、私は止める気は無い。

―――いや待て、何故こうも平然としている?

 いつもなら絶対に、神ロキはこういう場面がある時落ち着いてなどいないはずだ。怒るなり、突っかかるなり何かしら行動を起こす。一体どんな心境の変化が……

 

「な、シオンたん、アイズたんとの関係どうのは後々じっくり話すとして、」

 

「いやいや、何でその事を知っているのですか? リヴェリアさんが密告しましたか?」

 

 そういう事かよ。落ち着いている理由にも合点がつくわ。思わず間髪入れずに言い返してしまうほどだよ畜生。これは……本気でヤバイ状況になって来てないか?

 

「違うで、アイズたんから相談受けてなぁ、何でもシオンたんと恋人になったから、プ――――」

 

「――ロキ……それ以上は、ダメ」

 

「気になるところで止めますねぇ……」 

 

 手は離さず、だがすらっとした腕を伸ばして、首を一握りにしている。(うつむ)かれて顔は見えないが気配は妙な真剣さを感じ取らせ、非ッ常に気になりはするもののそれ以上の追及は止しておいた。

 流石に、絞められてた神ロキは解放してあげたが。

 

「ぐほっ、ぐへぇ……ア、アイズたん容赦ないなぁ……初心で可愛いんやけど。さ、さっさと先いこか。うちらな、最近港街(メレン)に行って来たんねん。食人花について探るためになぁ」

 

「メレン、ですか。確か郊外ですよね? 面倒な手続き等々お疲れ様です」

 

「いんや、ウラノスにちょっと言ったら即許可出たわ。シオンたんもこの方法使ったらええで」

 

 無理だろ。実質的現大神だぞ、面会すら難しいだろうが。

 それはともかく、メレンとはよく考えたものだ。以前フィンさんが言っていた通り、ダンジョン第二の穴を探しに行ったのだろう。確かにメレンにはダンジョン第二の穴がある。

海竜の封印(リヴァイアサン・シール)』といったか。海の覇王(リヴァイアサン)のドロップアイテムを利用して造った『蓋』で今は塞がれているが。

 だが、それは少し見当違いな気がする。そもそもダンジョン第二の穴、いや、穴とは言い切れないのだが、出入り口として捉えるのならば『人口迷宮(クノッソス)』だろう。驚くことにアレは十五階層ではなく、十八階層まで進出していて、正当な出入りには私も所持している『迷宮の鍵(ダイダロス・オーブ)』を必要とするのだが。

 

「んで、結局メレンでは暴れて、色々わかってな。アイズたんがまだカナヅチやったり、『穴』は都市内のどっかにある事が確定したり、闘国(テルスキュラ)とイシュタルが繋がっとったり。ま、大体は解決しとって、問題は更にその先のことにある。この中に問題がないわけやないんやけどな」

 

 というか、アイズって私と同じでカナヅチなんだ。その事が一番の驚きである。

 私の場合水上を走れるし、泳げないとしても水底を歩いて1・2時間は余裕。最悪水を吹き飛ばせばいいし、泳ぐ必要が無いから正直泳げなくても別にいいのだ。……負け惜しみではない、決して筋肉量的に浮けない訳では無いのだ。  

 

「あの、そもそもてるすきゅら? とは何ですか? イシュタルはあの淫乱女神のことだとはわかるのですが……」

 

「シオンたん、美の女神に対して手ひどいなぁ……何か(うらみ)みでもあるん? あ、テルスキュラはアマゾネスばっかがいる国やで。都市外なのにLv.6もいるんや! 驚くやろ? 方法は聞かんといてな、あんま気持ちいもんじゃない」

 

「どうせ殺し合いでしょう。分かり切ったことは聞きませんよ」

 

 都市外で力を伸ばす方法は、単にそれしかないだろう。ただの決闘でもLvが上がらない訳では無いのだが、それでは緊張感と、命を賭すという条件が成り立ち難い。結果殺し合いが手っ取り早く合理的で効率的な方法ではあるのだ。私ももう、慣れたものだ。『別世界』でのこととなるが。

 

「……おどれ、平然としとるな」

 

「人道的では無いですが、合理的で効率的。都市外では案外仕方のないことなのですよ。許し、見逃せるものではありませんが」

 

「そう、なの?」

 

「国レベルではね。ほら、お隣のラキアなんてまさにそれでしょう? 決闘は頻繁に行われているようです」

 

 ミイシャさん曰く、であるのだがな。

 少し怯えているかのように震えるアイズの手。ぎゅっと包み落ち着かせる。想像してしまったのだろう、アイズは残虐なものに弱そう、私とは違って。これでもまだ十六歳、仕方あるまい。ダンジョンでのモンスターはともかく、人と人とは別なのだろう。人も殺したことがないような顔をしている、数度はあるだろうが。私は数えきれないほどだ、趣味とすら言えるであろうレベルに差し迫っている。口が裂けても言えんが。

 

「で、話の続きは?」

 

「あぁ、んで、シオンたんにも伝えとこ思うてな。まず一つ、イシュタルには気を付けぇちゅうことや。多分やけど『隠し玉』をもっとる。あんま関わらんよう気ぃつけや。ま、シオンたんに限って歓楽街には行かんやろうけど」

 

「ま、娼婦どもには興味ありませんから」

 

「ぞっこんやなぁ……」

 

 私の性欲はアイズにしか機能しないはずだし、何よりするのだったらアイズとの方が絶対的に好い。ティアは……まぁいいか、どうでも。確かに気持ちよくない訳ではないわけでもなかったのだが、どうにも幼女だ、あぁ幼女だ。流石にこれ以上は不味い。以前のは不可抗力だ、どうにもならん。

 

「んで、ここが情報交換の決め所なんやけど、シオンたん。ダンジョン第二の穴って知らへん?」

 

「知らない、訳でも無くもないですが……」

 

「ほんまに!? 教えてねぇな!」

 

 糸目の為見えることはないが、爛々(らんらん)と輝かせていることが一目でわかる興奮の様で接近される、空いている片手で抑える前に、アイズが抑えてくれたのはありがたい。

 半歩引いて、嘘は吐かずに答える。

 

「『ダイダロス通り』。その中のどことは特定できませんが、最低でも二つはあるでしょうね」

 

「最低でも二つ……どういうこっちゃ、それ」

 

「考えてみてくださいよ、天界を滅亡寸前まで追い込んだ神でしょう? まず出るに一つ逃げるに一つ、最低二つは必要。片方から出てバレたとき、もし制圧されてももう片方から逃げ出せますから。更に、敵の目的は都市の破壊、たった一つじゃこの広大な都市を破壊するに送り込める兵力が足りなくなる。本当はもっとあるでしょうが、それは『ダイダロス通り』だけに納まっていないでしょうね。ですから絞り込むと、『ダイダロス通り』が一番当たりを引ける確率は高くなる」    

 

 これだけ聞いていると、ただの推測にしか思えないだろう。だがしっかりと根拠は持っている。『人口迷宮(クノッソス)』の立案者は彼の名工ダイダロス。彼はダイダロス通りの根本を造ったのだから、人口迷宮(クノッソス)との経路を設けていたとしても可笑しくはない。でないと公になることなく地下に最硬質金属(アダマンタイト)をふんだんに使った迷路など造りようがないしな。 

 

「大変ですねぇ……面倒なことに首を突っ込んでいるものです」

 

「それ、シオンたんも加わっとるで? ま、ほんまにあんがとな、耳が痛くなるような情報感謝するわ」

 

「うん、ありがとね、シオン」

 

「アイズの微笑みがあれば何でもお承りします……って、私安くね?」

 

「自分で言っといてそりゃないやろ……」

 

 アイズの笑顔一つで動く、悪くない対価だが、それだとアイズの笑顔が安く感じてしまうのは気のせいだろうか、もっと言って私ですら安くなっている気がする。可笑しい、それはオカシイ。

 ま、アイズにお願いされたらどんなお願いでも本当に聞いてしまいそうだが。

 

「そろそろベルの所にでも行って遊んできましょうかね」

 

「何する気や?」

 

「女であることを利用してちょっとばかり」

 

 振り向きそう答えながら、アイズを引く形でガラス戸を開ける。すると丁度よくか、落ち着いた音楽が会場を歩き始めた。曲名は知らないが、それがどういうものであるのかは判る。

 

「踊りねぇ……私には向かないかな」

 

「……そう、かな。シオンはいろんなことできちゃうから、踊りもできるんじゃ……」

 

「今はセアで。確かに、踊れない訳では無いですけど、何分剣舞ばかり舞っていたものですから。どうしても踊ることは立ち回りであり戦闘である。という認識が抜けず……」

 

「戦闘狂かいな……でもうち、セアたんの躍るとこ見たい」

 

「私も、かな」

 

 マジかよ……最悪刃傷沙汰になるぞ。背に大太刀もあるし、防げるほどの実力がなければ簡単に死ねる。もっと言えば、私の動きについて来れる人など滅多に見つけられない。

 いや、いない訳では無いのだが……具体的には今手を繋いでいる彼女こそが該当人物なのだが……

 ちろっ、視線を向ける。だが失礼ながら、アイズは踊りの無縁な気がしてならなかった。相手として全く不足ないのだが。というか、私ヒールだけど踊れるのかね……

 

「女と女で踊っても良いのでしょうかね……?」

 

「セアたんまさか……アイズたんと躍るん? うちは大賛成や!」

 

「え、え?」

 

 困惑するアイズ、神や人問わず、周りから視線を総集めにした。流石にこれで「はいごめんなさいやっぱり無理です」なんて言えようか。引くに引けず、さてどうしたものかと悩む必要はもうない。

 名残惜しくなど思わず手を放し、恭しくも一礼して、怯むことなく彼女に対の手を差し出した。少しばかりか鼓動が煩い、妙に周りの音が断たれているからかもしれない。

 

「私と、踊っていただけますか」

 

 長く感じるこの時、手に触れるのは風、鋭敏になる指先。そっと、熱が刺激し鼓膜を震わす。感極まって麻見田すら出そうだったのは口が裂けても言えない。案外、私も子供だな。

 

「はい、喜んで……ッ」

 

 指と指を絡ませて、赴く先はガラッと掻き分けられて向かいやすくなった中心地。自然と、歩みは進められた。

 ジャァーン! 和音が高らかに鳴り響き、一転した曲が強く弾みだす。私たちに合わせているかのような選曲に、周りは打ち合わせ後のような動きで引いていった。

 場に取り残される。いや、場を、支配できる。

 二人で一つの独壇場、それが始まる。

 

「悪いですけど、私は激しいですよ」

 

「うん、知ってる。でも、追い付くから」

 

「少しは、加減しますよ」

 

 ほっそりとした腰に手を添え、柔らかな手が肩を触れる。その間に交わされた会話に介入されることはない。終えた会話、間を開けず、滑り込むように始まった。

 金の瞳に、同じ瞳が映る。交差するだけで、呼吸さえ察せるかのような思い込み。だがそれが現実となっているかのように、全くのブレも淀みも無かった。

 

「先を読み、動きを察し、駆け引きを行う。それが私の舞です。いきますよ」

 

「うん―――」

 

 ぱっ、立ち位置が瞬時に替わった。忽然(こつぜん)と動きは活発化する。

 アイズもドレスでまぁまぁ動き難いだろう。私もそうだ、特にヒールは。少しは控えめになるが、もしかしたらそれでダンスとして許容される範囲になり、丁度よくなるかもしれない。

 音に合わせて舞うのは、普段しないことで少々難しいが、段々と掴めるだろう。比較的緩いペースの今、ピークに突入したころが、最中(さなか)と成り得るか。 

 ココッ、コンッ、ココンッ。

 軽やかに、しなやかに、軽い身体が思い通りに動き、アイズもどこか楽しそうに舞った。ついぞ手と手は触れ合っている、にも拘らず大きな動き。だが無駄はなく、極めて鋭かった。

 ワンピースとドレスが風に(あお)られる。動きを態と大きくして、せめても観客を楽しませようとはした。だがどうにも、そのセンスはないらしい。アイズと楽しむことしか眼中になかった。

 触れるものがない片手、だが私はそこに刀を握っている感覚を得る。手の形はまさに、そのようだった。アイズもまた同じく剣を握っているかのよう。度々、打ち合わせるかのように腕がしなる。

 制止する合間などない。長く長く舞い続ける。だが、その一秒一秒が、とても短く感じるのは逸り過ぎている所為か。関係ない、増分に楽しもう。当初の目的なんぞ知るか。

 まさに目まぐるしく、忙しないほどの動きで行われる。もう、戦闘の域まで至った舞。風が、一方唖然とした人々を揺さぶる。

 手をいきなり引き、だが転ぶこと無くアイズは流れに任せ近づく。背後に回って首に手を回した。完全に、殺すつもり、だがしかし殺気などない。難なくアイズは対応し、脇を通って重心を一突き、逃れられる。背後に回った彼女の手を放すことなく体を捩り半回転、つられ回るアイズは負けじと回りながら私の手を引き、『剣』を握った片手が迫る。『刀』でさばき、『(つば)』で腰骨を突いた、バランスを崩すアイズの足元へ足を突き出しながら体を前へ押し出し、『刀』でぱっと切り上げる。半身で(かわ)されたが、崩した態勢は戻らない。

 アップテンポから段々と、落ち着きを取り戻し始める曲。自然、勢いを弱めることとなった。追撃せず手首を(かえ)し、流れに乗るアイズは合わせ姿勢を執成す。つかさず反撃、突いてきた『剣』を最小の動きで躱し、『柄』で手を打ち力を抜かせる。緩くなった手を腕に絡めてアイズの足を若干浮かせると、踵を返して急反転、急な変化に驚いたアイズを差し置いて、ふっと、拘束を解いた。支えを失いアイズが飛ぶ。

 重心移動で体勢を立て直すアイズの落下点へと流れるように移動して、すっぅと両手を伸ばした。綺麗にアイズが納まり、勢いを利用し体を(よじ)る。

 コ、コンッ

 ジャ、ジャァーン――――

 同時になり、余韻が漂う中、静止した状態で暫く経つ。私が上、アイズが下。背を床へと向けるアイズに被さるように上にいる私は、彼女の瞳を同色の瞳に映し出す。重心と足の二点による三角関係で体勢を保ち、重心が落ちているアイズの背を支えることで、彼女もその態勢を保っていられた。

 残留が、消える。

 手を引いてアイズを起こし、高揚する胸を落ち着かせながら二人並んで立つ。

 目配せすると意見があった気がした。穏やかに、恭しく礼を全方向に行う。

 パンッ、パンッ、パパパッパチパチパチパチ――――

 盛大に喝采される。数々の飛び交う言葉に取り合うことなく、円と囲まれる場所から抜け出した。流石に、成れないことをして参ってしまった。楽しくて、嬉しくて、満ち足りたお陰かもしれない。

 

「お疲れさん」

 

「うん、セアもね。初めてだったけど……うん、楽しかった」

 

「それは良かった。言うまでもなく、私も同じですけど」

 

「そっか、うん、そうだね」

 

 まだ止まない拍手。気にせず去って行く。 

 気を利かせてウェイターが運んできたワイングラスを二人で取り、音のない乾杯。

 一息に(あお)った少な目のワインは、一層と美味しく感じられた。

 

「おい、しぃ……」

 

「……って、そう言えばアイズってお酒弱かったような……」

 

「……大丈夫、なのかな? 全然、酔わない。でも……」

 

 開いている拳が、胸にあてられる。ふと、目を瞑った。

 神秘的なアイズ、酔いでは無い何かで、体温が簡単にまたもや上がった。

 

「うん、そうかも……」

 

「……そうですか」

 

 何が、とは聞く気にならなかった。必要ない、そう思ったからかもしれない。

 不可解なのは確かだが、もうそれでもいいと思った。

  

「アイズ、慣れないことで疲れたでしょう。お休みになってくださいな」

 

「わかった、そうする」

 

 潮時かと踏み、この高揚がこれ以上高まらないために、冷めないために、一旦離れることを選択した。実際、いろいろ疲れていたからということもあろう。

 お互いに背を向けて、名残を振り払い、去りゆく。

 実に好い、だが泡沫のように(もろ)い一時は、簡単に過ぎ去った。   

  

    * * *    

 

「しーちゃん、何時になったら来るのかな……」

 

 大人びている、だが幼い少女は、虚空にふと呟いた。

 想い人も待ち焦がれ、屋根上から『その時』まで、ただ正門を傍観する。三角座りで(うずくま)り、ぎゅぅと鳴る空腹を告げる音に耐えながら、目線をただ正門に向けた。股で挟み、右肩で支える薄く布で包まれた棒状の物を抱いて、幻覚であっても温もりを得て寒さに耐える。

 

「私……やっぱり嫌われてるのかなぁ……」

 

 先走って今まで行ってきた数々の所業。迷惑でなことであったと今では良く解る。それを判らずしてなんやかんやとしていた幼き頃の自分が情けない。

 

「お姉ちゃん、私、どうしたらいいの……?」

 

 曇り黒く染まる空の、瞬く強い輝きの星へ投げかける。答えは、無い。

 当たり前だ、もうお姉ちゃんは――――

 

「死んだ人に願って、何になる」

 

「――ッ!? 誰ッ!?」

 

 嘘、ありえない。私が気づくことなく接近された!?

 ぱっと離れながら布の結び目を解き、何時でも対処できるように構えを取る。だがしかし、そこに人はいない。

 幻聴か、そうあのやけに聞き心地の良い声を疑った。

 

「良い反応速度だけど、まだ甘い」

 

「ッッ!?」

 

 訳が分からない、いつの間に私の後ろに回った!?

 なんなんだ……耳元で(ささや)かれるまで、全くその存在を捉えられない。

 飛び退いて、屋根の中央に立つ。間合いの外側に、独りでいる、明らかな実力者。じりじと今になって感じる()()の背に携えられた野太刀(のだち)の気配を隠せていたことと、私が捉えられない速度での移動。私より強く、普通に戦っても勝ち目がないことくらい瞬時に理解できた。

 見た目にそぐわない女性の姿を見て、呆れと共に唖然(あぜん)としてしまった。どう見たって、ワンピース、更にヒールだ。動きやすい服装であの行いならまだわかる、だが一体どうして、そんな服装で今の様なことが出来るのか。

 

「貴女……誰」

 

「そんな警戒しても肩透かしで終わりますよ。あ、私は一応セアと言います。直ぐに忘れて頂いても構いませんよ。それでですね、どうせ何故ここに来た、とか質問されそうなので早めに答えておきますと―――神アポロンが何を企んでいるのか、お聞きしたく」

 

「なっ……」  

  

 驚きの連続。図星を突かれたこともあれば、本当に「何故」と問いただしたくなるようなことに気づいているから。

 しーちゃんとるーちゃんを引き抜くことを知っているのは、アポロン様と団員、そして協力を仰いだファミリアの数人だ。その人たちの顔は覚えている、こんな嫉妬するくらい可愛い人はいなかった。

 

「お答えいただけませんかね」

 

「……何のことか、私にはさっぱりかな。大体、アポロン様が何を企てているかなんて、一団員に過ぎない私なんかが知るはずも――――」

 

「嘘吐け、お前は【アポロン・ファミリア】副団長、更に言えば企ての発端に近い人間のはずだ。知らない筈もないだろう。さっさと言えよ、出ないと最悪を見ることになるかもしれないぞ」

 

「……どういうことかな、それ」

 

 鬼気を一点に―――私だけに集中させられて死ぬほど辛い。汗が滴る、拭う余裕などなかった。頼りになる愛槍(あいそう)の握る力を増し、()()()()()()お陰で停まっていた呼吸も取り戻す。

 この人は危険だ。しーちゃんと一緒になるために、確実に邪魔になるだろう。ここで消せる? コンディションは万全ではなくともよい方だ、『能力』を使えば何とか……いや、開いても只者じゃない。そう簡単に勝てる訳がない……お姉ちゃん、どうすれば……あっ、

 

「……ねぇ、貴女、何故お姉ちゃんが死んだって、知ってるの?」

 

「おっと、そう来るか。どうもこうもただの勘なんだが……うーん、そうだなぁ。『シスコン』の貴女がお姉さんと一緒に居ない筈がない、だが一緒に居れないのが死んだと言う理由なら、お姉さんがいないことも、()()()()()()()()()も説明がつく、でしょ?」

 

 何から何まで、どこまで知っているのだこの人は。

 左半身を引いた半身の構えに、思わずなってしまう。このツギハギ同然の体はお姉ちゃんのお陰で動いており、私が生きているのもお姉ちゃんのお陰。その代償は、お姉ちゃんの死。だがこのことを知っているのは、ヒュアキントスと、アポロン様。今はこの二人だけのはずだ。二人が情報を漏らすはずがない。

 

「何処からそんなことを……」

 

「最近貴女を斬った人から、ちょっとばかり知れただけですよ。何分関りが深いもので、隠すことなく知れるものですから」

 

「何を……私を、斬った? そんな人一人しか……」

 

 何か、嫌な予感がいくつも浮上した。

 ふふふっ、嫌らしく微笑まれる。絶望と恐怖が私に鋭く襲いかかった。

 関りが深い、隠すことなく知れる……私を斬った人……

 この人は、しーちゃんと関りが深い、人……? いや、だ。この人と比べて私は何もかもが劣ってみえる。勝ち目なんて、一毛たりともない……

 

「ありゃ、意地が悪かったかな。ごめーんね? これじゃあ聞きようがないかな。はぁ、仕方ない。情報なしなのはかなり不利だなぁ……ま、何とかしよ」

 

「ぁ……待ってっ!」

 

「……何です? もう用済みですよ」

 

 面倒そうに、だが飛び降りようとしたところを留まって、律儀に聞き返してくる。

 鬱陶しいものを見るような目でさげすまれるが、知ったことではない。

 これだけは、訊かなくては。

 

「貴女は、しーちゃんの、何なの?」

 

「……一番近くて、一番遠い。大切だけど、どうでもいい。失敗とパラドクスから生まれて、二律背反で交わることのない、説明ができない、複雑な関係。そんな風に曖昧な、訳の分からない関係。こんなところでいいでしょうか?」

 

 返答は、出せなかった。だってそれは、私以上に悲しいじゃないか。

 視界にもう彼女はいない、だけど私は彼女のことを胸に刻んで、相変わらず鈍感な彼を想う。

 

 彼女は知る由も無かった。その言葉が別人であり本人の放ったコトバで、ただ事実を曖昧に述べただけだと言うことを。

  

 



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夜は変わらず、激しかった

  今回の一言
 よし、やってやるぜぇ……(意味深)

では、どうぞ


「……うん、なんか、その、凄かった。凄い良かった、楽しかった」

 

「それだけ聞くと誤解されそうですね……で、アイズとなんやかんやで踊って来たと。はぁ、大層なことをするものだ。意外と肝が据わってたり?」

 

「それ、セアが言う? というかどこ行ってたのさ」

 

「ちょっとバルコニーへ。少し熱かったものですし、確認もありましたし。ともかく外へ行っていました」

 

 魂が抜けたかのように茫然としていたベルへと歩み寄ると、まさかのオモシロイ理由であった。アイズがベルと躍るとは……ベルは大丈夫だったか。まぁ無傷で目の前にいるし、問題は無かろうが、精神的にちょっと異常があるかな? これ以上頓着する気は無いが。

 

「あ、セア君見つかったのかい。ボクの苦労は何だったんだか」

 

「もしかして私、迷子扱い? 随分と甘く見られたものですよ……んで、私を探してたと言うことは」

 

「あぁ、そろそろアポロンと対面しようと思ってね」

 

「りょーかい」

 

 きつく締めていた(さや)(つば)を縛る紐を少し緩め、本当の戦闘態勢に入る。万が一にもこの刀は抜くべきものでは無いのだが、用心に超したことはない。

 本音を言うと、今すぐ斬りたくてたまらないのだが。

 

「――諸君、宴は楽しんでいるかな?」

 

 薄れていった曲が途絶え、残響すら途絶えた瞬次(しゅんじ)、思いのほか響くその声の主が誰かなど勘で判る。こんな上から目線、主催者の神アポロンだ。

 従者共々、こちらへ歩み寄ってくる。卑しい目線も連れられて。気分の赴くままに斬り付けてやりたいが、ここは我慢だ。また問題を起こすわけにはいかない。

 

「盛り上がっているようなら――――」

 

「ぅるっさい、さっさと話し進めろ。戯れに付き合う気は無い」

 

「む、何だね麗しの淑女(レディー)? 私は今、ヘスティアと話したい。申し訳ないが、君との話は後に二人きりで―――」

 

「――死にたくないなら、さっさと言え。これ以上面倒事を増やしたくないしな」

 

 神威に迫る威圧を正対する愚か者へ容赦なくぶつける。驚きか、一歩引いたがそれだけの効果。流石に圧は神に効き目が薄いか。ま、牽制程度になるし、良しとしようか。

 

「うむ、君は一体、ヘスティアとどんな関係か。眷族ではあるまい、主神は誰か」

 

「主神は私団員も私、結局のところただの独り身(ボッチ)ですよ。そしてヘスティア様との関係は……現在あやふやですけど、まぁ協力関係程度に思ってもらえれば」

 

 私と言う存在は、居るだけで抑止力となり、生命線となりゆる。この神も正体不明の異常者に警戒を抱かざるを得ないはずだ。私まで狙われるのは御免被るのだが……姿変わればもう私の勝ちだ。 

 

「そうか……ならば都合がいい」

 

「そう言うことは心中に納めとけ」

 

 本音駄々漏れじゃん。その調子で企んでることまで話してくれると簡単に潰せると思うのだが、流石にそこまで都合よくはないか。

 

「遅くなったが……ヘスティア、先日は私の眷族()が世話になった」 

 

「……あぁ、そうかい。シオン君が色々やったのは知っているさ。ならこちらこそ、随分とボクの眷族()に耐え難い気分を味合わせてくれたね。その恩、仇で返してやろうか?」

 

「おぉ、下界にきて随分と変わったな、ヘスティア。前はそんなこと言わなかっただろう」

 

「神は不変だぜ? ボクは元々こういうヤツさ。アポロン、君が知らないだけで」

 

 おぉおぉ随分と怒ってらっしゃる。挑戦的なのはそのせいか。不敵に笑うその様は明らかに独りでは無しえないだろう。後ろ盾(ボディガード)あってこそのものだ。あちらも私をしっかりと警戒している分効果は歴然。

 

「私の子は重症を負わされた。万能薬(エクリサー)で九死に一生を得たが、精神面でかなり問題でな、正常に戻すのに苦労したぞ」

 

「ちょ、シオン君ってそこまでやったのかい!?」

 

「吹き飛ばした程度ですよ? 酷い音とかなりましたけど、死にゃぁせんよ。それにどうせ無理解の中の出来事だし、そこまで気にならないと思いますけど……嵌めようとして、盛っているとしか思えませんね」

 

「だ、だよね。流石にシオン君でもそれは……違う、よね?」

 

「……たぶん」

 

 やべぇ、そう言えばあの時(ほとん)ど何も考えず蹴り飛ばした。感触的に死んではいないと思っていたが、瀕死になったのは必須。あながち、間違ってないかもしれん。

 だって仕方ないじゃん! あんな言い方されたら殺されないだけましだと思ってもらいたいよ! あれでもしっかり加減はした。ボロボロになったのならあの小人(パルゥム)が悪い。

 そんな心中の言い訳など露知らず、話は一向に進んで行く。

 

「で、でも! 事の発端は君たちの方だ! ボクたちを責めるのなら、君たちにも責があるんだと言うことを自覚すべきだね!」

 

「開き直り方が見苦しく思えてならないのですが……どうしましょうか、この気持ち」

 

「セア君!? 君は味方だろう!?」

 

「やや傾いた中立です」

 

「それは中立って言わないんじゃ……」

 

 黙り込んでいたベルが堪え切れなくなったか、小さくもしっかりと突っ込みを忘れない。その精神称賛に値する……が、もう少しシャキッとして欲しい。具体的に言うと、『それって中立じゃないでしょ!?』くらいの勢いで。

 この緊張状態では難しいか、無理言ってごめんね? 言ってないけど。

 

「な、何を言っているかわからんが……ともかく。君の子が私の子を傷つけたのは事実、他にもいるのだが、あえて挙げないのは優しさと思え。勿論証拠もなくこんなことを言っている訳では無い。証人はここにいるのだからな」

 

「意地の悪い優しさ。うっわ、性格わるっ」

 

「絶対それセアにだけは言われたくない」

 

「確固としたその意思はどっから湧いてくるのか疑問ですよ全く」

 

 二人場違いに呆れ合う。一致した行為に、目を見合わせてつい笑った。はっと気付いたように顔を赤らめ目を背けられたのは、まだ初心な証拠かな? 流石に不味いなこれは……重症だ。

 円形になっていた人垣の中から、数(ペア)自己陶酔者(ナルシスト)宜しく指を鳴らした神アポロンの指示で、下劣に笑みを浮かべながら出てきたのは予想通り。問題はこの先、引き抜きの方法として何を取るか、だ。金なら上等、闘争ならどんとこい、勝負なら望むところだ。……結局何でもよくね?

 

「んで、何をしたいわけ?」

 

「ふっ、話が早いな。なぁに、我々が与えられた屈辱を晴らす機会を、提案するだけだ」

 

 大仰に、ばっと両手を広げた。嫌らしい顔で不敵に笑う、然も勝ち誇るかのように。

 それは大層(かん)に障るもので、思わず眉を歪める。だが気にせず言い放たれた。

 

「ヘスティア―――君たちに、戦争遊戯(ウォーゲーム)を申し込む!」

 

「ほぉぅ、そう来るか」

 

 期待、同情、憐憫(れんびん)、多種の感情が(はら)まれる声が飛び交う。

 息を()み、喉を鳴らすベルに気づく。はっと目を見開く、流石に驚きを隠せないヘスティア様は縋るように目を向けた。対し私はどうだろう―――

 

「―――オモシロイ、上等だ馬鹿ども」

 

 不敵に、残酷に、残虐に、非道に、下劣に、だが結局美しく、笑った。 

 充満する殺気じみたこの気配は、別人のように思えて明らかに私のもの。いやはや、まさかこうなるとは。命知らずにも程があるだろう。

 

「ま、まてまて待て待て待ってくれ! 不味い、それは不味いんだ! セア君も落ち着いてくれ、とりあえずその手を柄から離してくれぇぇっ!?」

 

「おっと、気づかなかった」

 

「だから不味いんだよ本当に!?」

 

 慌ただしいヘスティア様、恐れているのは恐らく結果であろう。普通にやって、あちらの惨敗は必須。もっといえばその負け方だ。総力戦になれば、大半を私は瞬殺する自信がある。文字通り、瞬殺だ。

 私が殺人鬼でもあることをヘスティア様は知らないだろうが、問題はそれによって私が絶対的に目をつけられることだ。良くも悪くも、な。 

 霧散する殺気、そこで執成した神アポロンは平静と仮面をかぶった様子で、尚道化じみた大仰な仕草を続ける。

 

「どぉしたヘスティア~? 賭けるモノも聴かずに放棄とは。焦ることはない、私が求めるモノは簡単さ」

 

 卑しく笑って視線を向けた。ベルは勿論、私まで。

 まさかとは思うが―――

 

「私が勝ったら、君の眷族、シオン・クラネルとベル・クラネル。更にはそこの君の協力者を頂きたい」

 

「無理だって! やておくれよアポロン! そんなことしたら……!」

 

「いいじゃないですか、ヘスティア様。受けましょうよ、この戦争(ゲーム)。私を要求すると言うことは、私の参加も許可されたと同然……文字通り、完膚なきまでにしてやるよ」

 

「っ……だめだだめだ! 特にセア君とシオン君――同じだけど……もぅ兎に角! ダ・メ・な・ん・だ!」

 

 少しひやっとしたが、潜められた声だったので前後にかき消され聞かれることはなかっただろう。自棄になっているのはある種思いやりとも言え、優しさともいえるだろうが、さてどう承諾させようか。

 

「返答はそうなるのか」

 

「あぁそうだ! 何が何でもボクは受けないぞ! これ以上シオン君を目立たせてやるもんか……」

 

 ベルの手を握り、こちらへ向かって私の手を握ろうとしたが、避けて空振りに終わる。ギィッと(にら)まれはしたものの、手を掴ませてやるつもりはなかった。

 ついて来るだろうと踏んだのか、そのまま背を向けて歩き出す。

 

「後悔は、」

 

「するもんか! 君たちこそ、ボクたちに手を出して……特にシオン君に手を出したら後悔するんだぞ! これは助言だからな! せいぜい胸に刻んどけ!」

  

「あらま、後悔で終われるといいですけどね」

 

 会場に残り静観を続けていた関りある者に『何もするな』と視線を送る。一触即発の雰囲気を醸し出していたアイズには特に強く、念押しして。  

 案外と長かった夜、あっけなく終わりは告げられる。

 一歩、玄関から出た。感じた視線は変わりないのに、寒気がするほど心地が良い。

 予想している先のこと、それを思ったからかもしれなかった。

 

 先を危惧し、ホームへ帰った後は迅速な行動を起こした。

 単純な話、貴重品の大移動である。地下室にあった金庫内の物全ての。

 既に帰還していたティアにもかいつまんで説明しながら手伝ってもらった。面白そうなのでまだ私と『私』が同一人物であることは隠したのだが。

 『アイギス』へのものの大移動を終え、ティアにより『多重拘束連帯用結界』なるものを張ってもらい、とりあえずはそれで防犯は問題ないらしい。

 ティアとヘスティア様、私とベルの二組に班分けして、私たちは『ホーム』で、ヘスティア様たちは最寄りの宿屋で床へと着く。ベルとヘスティア様は何かと疑問を浮かべながらも協力してくれた。恐らく、これが一番安全だろう。

 被害も、少なくて済む―――

―――かもしれない、という話なのだが。用心だ用心。やりかねないからこうするだけで。

 その夜私は珍しく、ベットで睡眠ととることとなる。

 異様なまでに、よく盛り上がった夜であった。  

 誰かに聞かれたことは、ないだろう。流石にそれは、恥ずかしい。

 まさかあんなに『鳴く』ことになるとは、思わなかったから。  

 

 

   * * *

 

「……来たか。案外早いな」

 

 のそっと起き上がる。少し身震いがしたのは、春に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()せいかもしれない。

 昨日の内にドレスから着替えておいたため、ベットの横に脱ぎ捨てられていたのはピシッとした(すそ)(なが)の脚衣と(そで)(なが)の上着で成る上下一組(ツーピース)戦闘衣(バトル・クロス)であった。

 新しい下着を着て、シャツを一枚着ると上に羽織る。気分的に髪は纏めず流しておいた。それでも十分、いや、だからこそ生えているかもしれないが、自身にこれ以上酔う訳にはいかない。

 

「ベル、起きてください」

 

「ぅ……ま、だ……」

 

「起きろっ」

 

「いでっ…………ぁ」

 

 目を掠めながら開けて、私を捉えた瞬間何を思い出したか、途端に真っ赤になり出す。

 シーツを思い切り被り直して、(うずくま)り隠れてしまったのもたった数秒。無理やりにはぎ取って、足蹴にして現実を見させる。

 

「さっさと準備しろ。いっつまでも呆けてるな」

 

「なにさ、昨日はあんな……」

 

「は・や・く・し・ろ」

 

「は、はい……」

 

 ぱぱっと着替えて、装備も着ける。その間に体を軽くほぐして、私は戦闘準備完了だ。背には一刀、大太刀が。ずっしり重みを伝えるそれに、仄かに笑みを浮かべる。

 今からコレの試し切りをできるとなると、胸が躍るのは仕方のないことだ。

 

「んじゃ、行きますか」

 

「うん……でも、本当にこんな時間に来てるの?」

 

「えぇ、確かに周辺で待ち構えていますね。一点突破で問題ないでしょうが、最悪ここは壊れてしまうでしょう」

 

「えぇ!?」

 

 今私がどれ程力を持っているか、自分でも定かにはできない。相手が壊すか私が壊すか違いはあれど、結局は同じことだ。名残惜しくベルは思うだろうが、私はそこまででもない。気にせず壊せる。流石に意図的に壊す気は無いのだが。

 階段に一歩、足を踏み出した時、ふと場違いな音が聞こえた。ぐぅという。

 いや、本来それはここにあるべき音だろう。

 

「……朝ごはんとってからじゃ、ダメ?」

 

「……ま、仕方ない、か」

 

 欲には抗えない、か。うん、そうだよな。昨日のこともあり、より納得できる。

 まぁ、あちらさんも適当に攻撃したりはしないはずだ。ならば少しくらい猶予はあるだろう、その間にティアには悪いが、朝食くらいは摂れるはずだ。 

 

「んじゃ、物々しいですけど、そのまま待っててくださいな」

 

「うん。でも、さ……なんかセアが作ると、夫婦、みたいだよね」

 

「幻想は頭の中にだけで終わらせとけ。昨日のは特別だ」

 

「うぅぅ」

 

 旦那が料理を作る家庭だってあるだろうに。それに夫婦とは、ふざけたことを。我が弟ながら夢を見過ぎだ。解っていたことだがな。

 これは重症か……まぁいずれ、治ってくれるだろう。自然と。

 さてとりあえず、今日はどんなご飯にしようかね。

 

 



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さぁ、暴れようか

  今回の一言。
 どうでもいいけど、アビリティをアヴィリティと書いてしまう時がある。

では、どうぞ


「敵が上で待ち構えているのに、こんな暢気に食器洗ってていいのかなぁ……」

 

「別にいいのでは? 勝手にあっちが待っているだけですし。知らんこっちゃないですよ」

 

「相変わらず見た目と口調がそぐわってないね……もうちょっとさ、女の子っぽくできないの?」

 

「……ちょっと私には難しい、かな? ごめんねぇ、お姉ちゃん本当は男なのっ……吐き気がするわ、気持ち悪いっ。女の子の口調とかわかんねぇ……」

 

「いや、十分可愛かったよ? 可愛いだけで僕は良いと思う。うん」

 

 馬鹿な会話をしながらも慣れた手つきで手は動かし、量も少ないことからそれほど時間を掛けずに食器を洗い、拭き片付け終える。完全装備状態であることは変わりないのだが。

 凝った体を解し、万全の態勢で挑める。襲われないことが第一をベルは考えるが、セアは『死にたい奴から前に出ろ』という気分で()る気満々である。

 

「てかセア、さっきのアレって何してたの?」

 

「ん? あぁ、アレですか。外の方々に是非匂いだけでも味わってもらおうかと、空気を外へ逃がしていました」

 

(たち)悪ッ!? あんないい匂い嗅がされて更にはお預けどころかなしなんて……やっぱり最低だね」

 

「そりゃどうも」

 

「どうしてやろうかこの兄……最低と言われてお礼を言うなんて……」

 

 アレとはセアが魔法もとい精霊術で空気を外へ送り出していたことだ。ベルはセアが無詠唱どころか魔法名すら発しないで魔法を行使したことに、もう何の疑問も抱いていなかった。もう兄は何でもありの存在だと、ベルが思っているからかもしれない。

 頭を抱えて呆れながらも、努めて無音でベルはシオンの後に付いていく。出た先は朝七時前の日差しが射し込む廃教会内。何も、異常は見られ無い。

 

 人の気配を探ろうとしても、やはり僕には捉えられない。視線も、感じない。いつも通りのはずなのに、本当に? と疑い始めた時だ。セアが足を止める。

 

「ベル、右に二歩、後ろに一歩動いてください」

 

「え? あ、うん」

 

 いきなりの指示に強制力が籠められて、理由を聞く前に身体が動いた。それが正解だったと思い知る。

 ヒュンッ、鋭い音がいくつも、すんでで僕の辺りを裂いた。目で捉えられたうちの一つは、確かに矢の形をしていた。今、狙われたのだ。

 凄い予測だ。気づいたら辺り一面矢だらけなのに、僕とセアだけ刺さっていない。いや、それは間違いか。いくつか矢が刺さっていない場所がある。だが、僕がさっきまで立っていた場所はズタズタに刺されていた。

 

「……これはしくじったな」

 

「え?」

 

 次の瞬間、僕でもわかる程の魔力波が押し寄せ、大轟音。炎が霞ませ、音が震わす視界に映り込んだ情景は、思い入れのある場所の、崩壊であった。 

 遅れて気付く、それは見降ろした情景であることに。

 

「ふぅ、ベルのこと忘れてたらそのまま吹き飛ばすところでしたよ」

 

「待って!? 何を吹き飛ばすつもりだったの!?」

 

「あたり一面目一杯」

 

「ダッメだよ、ダメに決まってるじゃん!?」

 

「冗談ですよ馬鹿ですね。でも予想外だったなぁ、まさか炎魔法をぶち込むとは。後先考えられない馬鹿なのかな【アポロン・ファミリア】は?」

 

 すぅ、と衝撃を殆ど感じることなく着地。首根っこを掴まれていた僕も解放されて、荒れる呼吸を整えた。 

 アホみたいな瞬間的跳躍である程度移動し、少しの高台に落ち着く。場違いにもう一回と思いたくなるほど飛んでいる間は気持ちよかったのだが、今はそれより、だ。

 ふと、廃教会を見ると、そこに屯する弓矢と太陽のエンブレムを持つ人たちが此方に照準を定めていた。少なからず愛着を持っていたホームを壊すだけでは飽き足らず、まだ何かやらかそうと言うのか。

 

「おーい、そこの愚物たちぃー。後先考えず街でドンパチやるとか馬鹿なんですかぁー?」

 

 わざとらしく呼びかけるように伸ばした声が、辺り一帯に良く響く。今にも引き絞っていた手を放そうとしていた者が、一時停止した。

 正真正銘の上から目線で、聞いている僕すら神経を逆撫でさせる嫌な言い方だ。まさにそれは、シオンらしい。

 

「まさかとは思ってたけど、主神と同じで脳構造が単純だからそんなことも考えられなかったのかぁー。あーあ、()()()()()()()()男神が率いる【ファミリア】なんてたかが知れてるなぁ! きっと、()()()()()()()()()()()、眷族も()()なんだ!」

 

 空白。だがすぐに終えた。

 

「ナンダと貴様ぁぁァァ!?」

 

 リーダー格らしきエルフの男が、声を荒げて絶叫した。

 よく言った。僕ではできないことを平然とやってのける。流石、とは言いたいが……これ絶対、不味い奴だ。

 いつぞやの真似をしたセアの効果はオリジナルを上回る。酒場に居た数名はその意味を容易に理解し、より強く激高した。だが瞋恚(しんい)に燃えるのは彼等だけではなく、その場にいる全員だ。

 

「おわぁっ!?」

 

「いやっほぉぅっ! 単純すぎなんだよ馬鹿どもが! アンナ変態神を敬うとかどうかしてるぜあんた等よ!」

 

「待ちあがれクソアマァァァァッ!」

 

 エルフに似つかわしくない荒い口調で、鬼気迫る形相を顔に刻みながら獣のように、一斉発射された言葉と弓の嵐から避けた二人を追う。

 ベルは全力疾走なのだが、セアは明らかに速度を緩めて後ろ向きに走っていた。余裕綽々(しゃくしゃく)と煽り、必死になって追いかける愚物と呼ばれた【アポロン・ファミリア】で宛ら遊んでいるかのようだった。

 

「ベル、どうします? 私は何でもできますよ」

 

「ならその煽りをとりあえず止めてくれる!? さっきから後ろの人たちに目も向けられないんだけど!?」

 

「見ておいた方が良いですよ? モンスターと見紛いそうな形相ですから」

 

「気になるけどとにかくやめて!? 可愛そうに思えて来るから!」

 

 走力には自信があるベルも驚くほど、【アポロン・ファミリア】は死力を尽くすかのようにひたすら追い駆けながら殺さんばかりに攻撃を放つ。100M程の距離は空いているのだが、冒険者にとってそんな距離誤差に過ぎない。少しでも足と止めれば簡単に追い付かれる追いかけっこだ。

 だがそれもこれも全部セアの所為。ベルの体力は無限ではない、全力疾走を続ければいずれ簡単に尽きてしまう。だからこそ止めて欲しいベルの嘆きは取り合われることはなかった。

 

「てか早く倒してよ!? どうせできるでしょ!?」

 

「うーん、それだとつまらないからなぁ……あっ、そうだ。ベル、私は今から貴方を措いて逃げます」

 

「は?」

 

「ですので―――精々生き残ってください」

 

「え、ちょ―――ふざけんなぁぁぁぁ!?!?」

 

 風のように一瞬で姿を消したシオンに『後で絶対し返してやる』と決意しつつ、足は必死に動かす。

 動揺が後ろから迫る視線から感じ取れたが、それもまた一瞬で全ての矛先が僕へと向き、まさに絶体絶命の大窮地(ピンチ)。敵十人を超えるのに対し、僕はたったの一人。

 

「うわぁッ!? まだいる訳ぇぇ!? 馬鹿じゃないのぉ!?」

 

 口調が荒くなってしまう。ひたすらに第七区画内を走り回っていたが、屋根やら家屋やらに潜む敵兵が、本当にモンスターのように湧いて来る。もう戦っても勝機はなく、ただ走って逃げるしかなかった。 

 街の破壊はより一層と進む。頓着しない【アポロン・ファミリア】の人たちは一体何がしたいのか。

 僕を掴まえるのか? それともただ追い込むことが目的?

 

「あぁぁめんどくさい!」

 

 吐き捨てながら、魔法やら矢やらを避け、迎撃していく。

 もう慣れた隘路(あいろ)を利用し、敵を段々と分散させて逃げやすいようにはしているが、中々に難しい。第一にして、人数が多すぎるのだ。セアならたった一発で全員屠れるだろうに、本当にふざけやがって……っといけないけない。

 後最低でも二人、救援が来るのを待つしかない。始めに上がった黒煙は狼煙の代替となれるだろう。ならば【ガネーシャ・ファミリア】あたりがすぐに動いてくれるはずだ。

 その時まで、逃げるしかない。

 

「どうしてこうなったぁぁぁぁ!?」

 

 一つ叫びを最後に、形振り構わず逃げることだけに専念するようになった。

 幸い、そればっかりは得意分野であったから。

 

 

   * * *

 

「ヘスティア様、ヘスティア様。起きてください」

 

「むぅ、あと5、いや30分だけ……」

 

「この神本当に威厳なんてないんじゃ……えっと確か、無理矢理に起こす方法は」

 

「ふんギャァァッ!?」

 

「あ、効果抜群」

 

 シオンの知人と言う、わたしを強化したような可愛さを誇るセアと名乗る人から教えてもらった方法を試してみると、本当に一瞬で跳び起きたヘスティア様。 

 因みに肋骨(あばらぼね)を下部分に指を食い込ませるようにして持ち上げるようにする、というものなのだが……物凄い痛そうだ。私は驚くことにこんなことはされなかったのだが、こんな方法があったとは……あの人、何で知ってるんだろ?

 

「い、痛いじゃないかティア君!? こんな強引な起こし方あるかい!?」

 

「だっていつまでも起きないじゃないですか。ベルさんが襲われているというのに」

 

「どういうことだい!? まさか本当に―――」

 

「はい。【アポロン・ファミリア】が強襲してきたそうです。設置しておいた『目』で今のところは監視圏内なのでわかるんですけど……かなり可哀相なことになってるね、うん」

 

 あの非力そうな少年に、一騎当千ほどの力があればなんとかなるだろうが、明らかに救援も待っている形だ。まさに一騎当千程の実力があると一目でわかったセアさんはさっきベルさんを措いてどっか行っちゃったし、わたしが助けに行くべきなんだろうけど……この(ひと)を措いてはいけないし、なによりシオンが行っちゃえば片が付く。

 

「どうしましょうヘスティア様、セアさんからは判断を貴女に委ねろと言われていて」

 

「そ、それよりまず。ベル君は無事なのかい?」

 

「はい。無傷では無いですけど、あの量相手によく逃げ回れますよね、感心します」

 

「セア君は?」

 

「どこかへ行っちゃいました」

 

「何をやっているんだ全く……」

 

 呆れて頭を抱えるヘスティア様が、思案顔になり考えだす。

 まさか自分が行く、などと言い出したりはしないだろうか。流石にそれは付き合いきれない。何より面倒だし、ただ単にはやく朝食を摂りたいと言うのが本音。  

 

「……ならボクたちは――」

 

「みっつけた」

 

「ッ!?」

 

 近頃聞いたことがある幼い声が聞こえて、それに込められた圧に急かれ瞬時に行動した。

 何よりの優先はこの駄女神、常人以下の能力しかないこの神は戦闘面では無能も甚だしい。障壁を張るのに秒も要さず、天井が盛大に崩れるのに秒も要しなかった。

 すかさず格闘戦。狭い宿屋の一室で、かなり厳しいその攻防。右肩をダメにされ、だがわたしは相手の女に骨折程度の傷しか与えられなかった。これでは、全く釣り合わない。

 

「逃げます!」

 

「な、何がどう―――」

 

 また言葉は続けられない。ヘスティア様と共に窓を突き破って外へと着地し、西のメインストリートへと走り出した。下手に術は使えない、この神がどれだけ耐えられるかわかったものでは無いから。

 

「逃がすわけないでしょ」

 

「しつこぃ!」

 

 三度弾ける音が辺りを震わす。布に包まれた敵の体長程の槍の穂先と、生成した【雷爆(らいばく)】が寸分たがわずぶつかり合い、その衝撃を利用して更に距離を取った。目を回すヘスティア様を地面に落ち着かせ、まだ広い方である幅10Mの道で正対する。

 敵には確かに見覚えがあった。一昨日、シオンに招待状を渡したあの気にくわない女だ。

 

「見た目にそぐわず強いね、精霊ちゃん」

 

「一応これでも上位精霊なんだけど。ヘスティア様、早く逃げてください。護衛は付けそうにありません」

 

「あ、あぁ、判っているさ。だが大丈夫なのかい、あれはたしかシオン君とベル君の幼馴染でLv.5くらいらしいけど……」

 

 どこにシオンの幼馴染と言う点を結び付けて注意しなければならないのか全くもって不明だが。確かに、Lv.5というのは厄介だ。シオンよりは弱いだろうけど、十分に強いのは確か。わたしが先の格闘戦で負けに終わったのも(うなず)ける。

 だがしかし、私は精霊、本文はシオンで言うところの精霊術だ。まだ、戦える。

 バキバキッと凄まじい音と痛みをわたしに響かせ、右肩が修復する。しっかりと、動く。

 

「ねぇ、あんまり手荒なことしてしーちゃんから怒られるのも嫌だからさ、一応確認するけど……私と一緒に来てくれたりはしない? そうすれば何もせずに片が付くんだけど」

 

「ティア君……大丈夫なのかい」

 

「えぇ、何とかしますよ。ごめんなさいね、わたし一緒に居たいのはシオンだけなの。どこの誰とも知れない幼馴染ごときの要求、知ったことではないもんね」

 

「そう……交渉決裂、何しても文句なしね」

 

 ギンッ! 金属と金属が弾かれ合う重く高い音が響いた。それを発破として振り向くことなくヘスティア様が背を向け走り出す。途中で誰かに襲われなければいいが、障壁はかなり持つ。万が一にも危害を加えられることはないはずだ。

 

「へぇ、物質生成なんてできるんだ。怖い怖い」

 

「物質生成じゃなくて、変換だけどね!」

  

 暴かれた夜空のような槍と、周囲の物質から変換し脳内の設計図から投影した不釣り合いな大きさの鉾槍(ハルバード)がまた弾き合う。わたしだって、武器が使えない訳じゃない。というかむしろ、意外と扱いは慣れている。ただ術の方が有効打と成り得るから普段使っているだけで。

 

「わたしは厄介だよ!」

 

「――ッ!? ほんとにそうね!」

 

 質量体で押しながら、死角を突いた前触れの無い術による不意打ち。超常的な反応速度で対応されているが、足止めには十分だし、何より完全に往なされている訳ではない。微量ながら蓄積はある。

 メインストリートには出られたみたいだ。案外早いことに、ヘスティア様が監視から外れた。これでもうあちらを気にする意味はなくなった。ならば、本気を出せる。

 

「――大人しくしてるなら、これ以上は何もしないよ。わたし、本気出しちゃうと止まんないから」

 

 鉾槍を腰を落として正眼に構え、剣呑(けんのん)に警告する。それに一笑して、敵の女は槍と足を引き、全身を落とす不思議な構えを取った。

 

「上等、貴女は厄介になりそうだから、今のうちに無力化しておきたいしね」

 

「――後悔、しないでよ」

 

「そっちこそ、逃げなかったことを後悔しないでね」

 

 低い落ちた声で、最後の優しさと言える優しさをぶつけ合った。

 次にはもうそれは跡形もなく吹きとび、二人はまた、衝突し合った。

 膨大な余波が、大地を震わす。

 

 

   * * *

 

 うん、晴れ晴れとしていていいねぇ……曇に殆ど遮られず、よく見える。

 空気の薄い雲上で、下手に呼吸することはない。風に揺れる髪を抑えながら、静かである塔の頂点から騒がしくなる地上を見下ろした。

 今からすることを考えると、実に面白い。一部迷惑を掛けることにはなるが、責任はあの愚か者どもにとってもらおう。この刀の能力を確認するのにもいい機会だ。

 

「あ、そう言えばまだ名前とか考えてなかったな……」

 

 暢気に腕を組んで思案し、たっぷり数十秒ほど考えて、ちょうどいいものに辿り着く。

 にひぃ、口角を吊り上げ悪戯に笑うと、すらっと大太刀を淀みなく抜き放った。

 

「いくぜ『狂乱』、その名を示しな」

 

 切先を何よりも高い場所へ向ける。大太刀が揺らめき、陽炎のように姿を歪めた。それを吹き飛ばす(おびただ)しい光が弾ける。

 やがて光は空を駆け上がり、それはバベルの続きであるかのように天を穿った。

 美しいその光景、次の瞬間、 (そら)は暗転した。

 

「さぁ、始まりだ。精々踊れ、馬鹿ども」

 

 狂気的に歪んだ顔、変貌に変貌を重ねた真紅の目には、淀んで黒い、だが純粋で単純な感情が宿っていた。

 オラリオが、荒れる。たった一人の異常者の手によって。

 

「ィ――――――――ッッ」

 

 甲高い音がオラリオ全域にわたり、一時、オラリオが鎮められた。

 誰もが見上げた(そら)に浮かぶ、その姿。

 誰かの声が発破となり、次々と悲痛な叫びが木霊(こだま)する。

 

 まんまと、オラリオは荒れた。ほくそ笑む狂人に見下されながら。

 

 



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突然は突然に終わる

  今回の一言
 久々の三人称視点固定。

では、どうぞ



「いあぁあぁぁッァァッ―――!?」

 

 遥か上空から迫る大炎球に、叫び散らす人々が容易く焼けこげ、地に伏した。

 

「皆さん、急いで南西へ! 【ガネーシャ・ファミリア】が――うわぁぁっぁァっ!?」

 

 無尽蔵の如く迫る人の濁流に呑まれた、ギルドの制服を着る女性が遥か上空から連なって迫る氷柱に包まれ、容易く凍結しした。

 人の死も身近に感じぬ愚かな民間人の心を、恐怖で容易く浸食した。

 何もかもが容易く、軽く消えて逝った。

 恐怖に駆られ、周りなど考えず我先にと無秩序に逃げる本性を現す民間人。意味をなさない避難誘導を行うギルド職員や有志の冒険者たち。その顔にも一様に恐怖が刻まれ、だがしかし義務感と正義感が彼等彼女等を行動へと移させている。

 悲鳴、悲鳴、度重なる絶望と恐怖に満ちたあらん限りの絶叫。天高く上り、それは一人狂気に満ちた残忍極まる笑みを浮かべる銀髪紅眼の美少女へと届く。腹を抱えて、呵々(かか)大笑する彼女は全ての元凶。

 

「ちょっと貴女、こんなところで何をしているのかしら」

 

「なんだよ煩いなぁ……今せっかくいいところなんだから、一緒に観とけよ、神フレイア」

 

「そうもいかないわ、ここまでやられちゃ、ね」

 

 笑みを止め、不機嫌を隠すことなく振り向いた。美を集結したはずの銀髪の女神――フレイアは口元に微笑を浮かべながら、バベルの塔本来の最上階、屋上で対面する。 

 普段は寒くて碌に来ないはずの彼女も来ざるを得なかった。余計にいつもは着こまない彼女も、枯れ葉色をしたフード付きの厚手のコートまで態々着て、だ。それほどまでに重要だった。

 

「あなた……一体何をしたの。ここにいることも本来可笑しいし、何よりもその刀……気味が悪いわ」

 

「気味悪いとか言うな、可哀相だろ。それに、刀への侮辱は同時に剣士への侮辱も示す……そう言う風に、捉えてもいいのか?」

 

 下げられていた仄かに発光する大太刀の切先を向ける。首にじんわりと血の珠が浮かび、だが余裕に笑みを崩さない。ハッ、と鼻で笑って刃を引いた。それ以降は目もくれず、ただ眼下に広がる混沌の眺める。時折何かを呟いては、それに代わって下方から一際強い悲鳴が上がった。

 

「……これだけは聞かせなさい。そこにいるのは、一体何なの」

 

「……一人くらいには教えてやるか。見ての通り龍ですよ、今は神話上だけに存在するはずの、未知の存在。と言ってもまぁ、単なる紛い物、幻想だ。見た目真っ黒にしてどこぞの竜みたいにしてみたけど、効果抜群でやったかいがあったよ」

 

 刀をその『龍』へと向け、簡単に説明する。突拍子もないことを平然と述べる様に、思わず苦笑を漏らしたフレイヤ。彼女はそれに頓着しなかった。

 朝っぱらのはずなのに、闇に包まれるまさに暗黒期。

 

「死人は出ねぇよ、こりゃただのまやかしだからな。受ける感覚も全て幻、殺されたと感じてもただの思い込みで気絶しただけだ。あ、でもショック死はあり得るか。それは知ったこっちゃないけど」

 

「……でも、迷惑極まりないことに変わりはないわ。最後に言うけど、もう止めもらえないかしら」

 

「断る」

 

 間髪入れずの返答に、判っていたかのように肩を竦めた。だがすぐに真剣味を帯びると、ただ簡単に命ずる。それだけで、もう終われると確信しているから。

 

「そう―――オッタル、もういいわ」

 

 音はなかった、置き去りにする速度でぶつかり合って、彼女の方が退いたから。

 龍が急降下する、落ちながらも斬り合う彼女を追って。彼女の相手をしているのは無表情の猪人(ボアズ)、フレイヤの最大の従者であるオッタルだ。遅れをとることなく、斬り結びながら急降下し、ほぼ同時に受け身を互いに取らせず人だまりが割れた地面に衝突した。強烈な破壊音が放射状に広がり轟く。

 

「上等だ【猛者(おうじゃ)】! 今までの屈辱、倍返しにしてやるわ!」

 

「やれるものならその屈辱、味合わせてみろ。今は、本来の力で応じられよう」

 

 どれ程強固な構造をしていても無傷では済まなかった体を軋ませながら、発光する大太刀とただ鋭い大剣が世界を置き去りにして衝突しながら、互いに意気を交わし合う。

 余波で吹き飛ぶ人々など気に留めなかった。眼前の脅威に集中しないと己が死ぬと、言わずともわかったことだから。

 

「グルォォォォォォォッッ!?」

 

 何事かを呟いた彼女に伴い、龍が吠える。その(あぎと)がかみ殺さんとオッタルに迫り、抵抗されること無く噛み砕かれた―――かと思いきや、すぅと実体がないかのようにオッタルは平然とその口内から、歯をすり抜けて現れる。ハハッ、そうでなくちゃ。指示をした彼女はそう笑った。実体がないのはオッタルではない、龍だ。それを理解し、正面突破した。思い込みから生まれるモノならば、無いと思い込めば無くなるだろうという単純な発想で。

   

「北西、滞空、無差別破壊」

 

 役立たずと見込んで、彼女はそう端的に呟いた。それは命令であり、龍は従い飛んで行く。

 『狂乱』の能力、命名して『夢幻(むげん)狂想(きょうそう)』。大規模な空間支配と端的に言えて、幻覚と簡単に言える。範囲内のものの脳へ侵入して、直接投影していることで完全な幻想を生み出す。だがしかし、それは絡繰りをしれば容易く破れる簡単なもの。何もかもが容易くなる、それがこの能力の特徴だ。呪いの識別としては『願い』。大太刀に宿る()()()()()()()である。

 そして今、彼女は同時に『大罪』という呪いも使用していた。常時発動の『欲望の増幅』が主な効果となる。自らの【アビリティ】を生かすために取り入れた呪い。

 

「死なねぇといいなぁ! まだまだ『切り札』は残ってるぞ!」

 

「全て切ってみろ、正面から叩き潰そう」

 

「威勢のいいこったよ!」

 

 余裕を崩さないオッタル目掛け、容赦なく強襲する()()()()

 バシュッ、薄く鈍い音が噴き出した。それは腕が見られ無い肩から。

 くるんくるんっと、宙を細く白い腕が、鮮血に染まりながら舞った。

 

 

   * * *

 

「「―――ッ!?」」

 

 暗転した空への仰天のあまり、必殺の一突を放てた二人は引かざるを得なかった。頻りにあたりを見渡して、だがしかしそれ以上ができずに得物を支えにして膝をつく。

 満身創痍、まさにそれを体現していた。ボロボロの彼女たちは服装面でも身体面でもかなり際どい状態であった。いや、もう既にそれを通り越していた。きっちり着ていた服は互いに原型を留めていない。役割を果たさず、ただ小さな布が肌に貼り付いているだけの状態であった。隠すべき場所も隠せている訳では無い。それもこれも全て、二人の体を見れば一目瞭然だ。肌が裂かれ、肉が抉られ、骨がひしゃげていることが当たり前の様。内臓が穿たれ、体中を鮮やかな紅血(こうけつ)で化粧している。死にぞこないの形相で、だがまた互いを睨み合い、戦意は全く薄れてなどいなかった。

 

「……よく、がんばボゴッ……ね、ガハッダハッ……」

 

「……シオンの専属メイド、舐めないでよね……そっちこそ、早く死んでよ……」

 

 赤黒い髪の隙間から殺意を飛ばす少女が血を吐きながらも拭い捨て、何でもないかのように立ち上がろうとするが、重心はブレブレ、足はよろめく。焦点は朧気(おぼろげ)。とてもじゃないが戦える様子ではない。

 揺らめきながら銀に紅を被せた短髪の幼女は、鉾槍(ハルバード)を死力を尽くし殺しに来る少女にとっくに構えていて、まだ戦えるかのようだった。満身創痍の体がゆっくり治っていく。

 

「時間を与えたのは間違いだったね」

 

「ふざ、けドホッ……常識外、すぎる……」

 

 槍に縋りついている彼女は始めから知る由も無かったのだ。仕方あるまい、闇の中の闇の話であるのだから。自分が相手した幼い精霊は、ただの精霊でないことなど。

 始めは優勢、気づいたら互角となっており、今や圧倒的劣勢。厄介極まりない精霊術と見た目に寄らず使いこなされた鉾槍が少女を追い詰めたのだ。だが少女もただやられたわけでは無く、反撃はしていた。それもこれも今や水の泡となってしまっているが。

 止まることの無かった戦いで、だが精霊も必死だった。顔には今出していなくとも、かなり追い詰められていなのは事実。あと数十秒回復が遅かったら死んでいたほどだ。あの目まぐるしい戦いで、攻撃と防御に加え有効的な回復など不可能。攻撃で二役こなして何とか生き延びた形だ。

 

「どうするの、人間さん。止め、いる? それとも奇跡でも待ってみる?」

 

「へへっ、奇跡かぁ……そうだ、ね、うん……待つよ、奇跡」

 

「……そう」

 

 悲壮な顔を精霊は見て取った。本当に何となく、それだけで退く。

 背を向けることなく、精霊は後ろ跳びに去って行った。最後まで警戒していたその姿勢は正解で、か細く舌打ちした少女が槍を地面から引き抜く。槍の能力を利用した不意打ちを用意したのに、空振りに終わってしまった。

 本当にもう力の湧かない少女が、血だまりにべちゃっと倒れる。抜けた気力で空笑いを独り取り残された場所で浮かべた。

 騒がしさも遠のいていく。視界の暗濃度が次第に増していく。

 

「たす、けて、お姉ちゃんッ……!」  

 

 つっかえる声、悲しくてか痛くてか、もうわけもわからず暗闇から流れる『熱』。縋りつくように掴んだ槍を引き寄せて、最期になるかもしれない温もりを味わった。

 虚勢を張っても、どれだけ強くいようとしても、結局は幼い少女であった。

 何よりも後悔したその温もりに、優しく愛おしむように包まれ……ゆったり意識は去った。

 路上に独り、少女が残る。

 

――――否

 

 そこに実体が定かとなれない少女が、静かに寄り添っていた。

 

 

   * * *

 

「あの馬鹿……街で使うとか、ふざけてんのかよ……いっくら何でもやり過ぎだっつーの」

 

 頭をぼそぼそ掻きながら、久々に籠っていた自身の工房から出て様変わりした空に、呆れ全開の溜め息を吐く。真っ暗な(そら)、そこに滞空し西の方へと進む黒い龍。

 騒ぎだと気づいたのは連鎖する悲鳴。安眠を邪魔されたことに毒づくより前に、その気配に気づいて用意を瞬く間に済ませた。愛刀と呪符を持ち、封印符(ふういんふ)は特に多く用意してある。

 

「やっぱ驚くよなぁ、あんな見た目されちゃよ。ただの幻覚だから気にするこったねぇのに。それを言うのは酷な話か」

 

 傍から見たら変な人にしか思われないであろうぶつぶつ呟きながらの歩行。極めて平静を保ち、辺り一面の地獄絵図に(したが)うことはなかった。

 

「ったく、手間かけさせやがって……ちっとは礼でも貰えるといいが、どぉぅせ俺の功労なんぞもみ消されんだろうよっ」

 

 愚痴のように零しながら、高身長の男が隘路を滑走する。Lv.4の身体能力に加え、自らを強化しているからこそ可能な動きは、自らの器の域を超えている。

 だがしかし平然として、男は崩壊音依然轟く、破壊活動が活発な中央広場(セントラル・パーク)へとたどり着いた。抜き身の刃を、生まれたころから判別できた気配を頼りに全力で振るう。

 不可視の刃がその先に存在するかのように、振るった軌道にあたる地面が深々と抉られた。破壊活動中であった二人は大きく引かざるを得なくなり、だがしかし中断されたことに取り合うことなく、また破壊をおっぱじめようとした。やらせるかと言わんばかりに自分もその破壊活動に貢献したことは棚に上げて、同じ気配を追う。

 

「おっしゃぁ! 少し大人しくしやがれ!」

 

 警戒するように逃げ回る少女に向けて、男は何度も札を走らせた。尽くを回避される。

 だがしかし彼女は知れなかった、それは伏線であることなど。

 まんまとかかった少女、好機を見て発動する。

 

(バク)ッ!」

 

 片手の指を結んで突き出し、そう命じた次の瞬間。既に少女は縛められ、自由はない。

 地面から数多伸びる半透明な赤銅色の鎖が至る所に絡まり、抗うが難く、委ねるが易し。まさにそれを理解したかのように、必要以上の抵抗は止めた。

 ばらまかれた封印符による高等結界。皮肉なことに彼の家に代々伝わる様式を模倣したものだった。だがそれは役に立ち、今こうして彼女を抑えられている。

 

「やりすぎなんだよ」

 

「あぐっ」

 

 ぱんっ、軽くなった音は縛られる少女の額から。力無く、少女は崩れ落ちた。

 辺りが一気に明るさを取り戻す。木霊も既に止んで、龍も断末魔すら上げることなく夢幻の如く泡沫に失せた。朝の新鮮な陽射しが、荒れた土地に恩恵をもたらす。

 当たり前がある安心を、目の前の光景から得られた人々は。あまりに涙するものまでいた。

 

「どういうつもりだ、貴様」

 

「おっと、あんた【猛者(おうじゃ)】か。よくこんなバケモンと戦って生きていられるもんだよ」

 

 少女の刃を納めさせ、首根っこを掴み引っ張って行こうとした男を呼び止める男声。圧倒的威圧、自身の戦いを邪魔された獣の如き怒りを一身に浴びながら、男は振り向き飄々(ひょうひょう)と答えた。変わらず冷静なその様をみて、【猛者】と呼ばれた男――猪の獣人は動かない。

 

「わりぃな、これ以上暴れられるわけにゃいかんだろ。こいつ頭いいんだか悪いんだかはっきりしねぇが、馬鹿なことは確かだからな。自分の事なんぞ眼中に入れずやってやがる。本当ぁ戦わせることすら止させたいんだが、無理だろうからな。もっとやりてぇなら、ふさわしい場所でやれよ」  

  

 こんこん、と地面を突きながら、否、下に広がるダンジョンを示し、そう言った。

 少女の首根っこを掴み直して、半ば引きずりながらでも運んでいく。

 猪人(ボアズ)の男はただ無言で、なにも口を出さなかった。致命傷を負い、これ以上戦うのが元々困難であったからかも知れない。

 

 街は一転し明るさを取り戻した。個々人の心情など、露知らず。

 大剣を背に掛けた男は、転がる己が部位(パーツ)を拾って、忽然(こつぜん)と姿を消した。

 結局、あっけない終わりだった。少女のアソビは、度が過ぎていたのに。

 変わらずに、オラリオはまた動き出した。

 

  

 



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脱兎の如く

  今回の一言
 完全なベル君専用回。

では、どうぞ


「な、なに、アレ……え、ぁ……神様!」

 

 暗転した空の下、足を一度は止める。だが弾かれたかのように走り出した。逃げるのではない、助けに、だ。自分があんなものに対抗できるはずがない。だがしかし、神様を逃がすことくらいならできるはずなのだ。神様は神様であっても、下界では只人と変わりない。あんなバケモノに襲われてはひとたまりもなくすぐに殺されてしまう。

 何故モンスター、しかも『竜』のようなものが地上にいきなり現れたのかは分からない。だが、考えるよりも先に動くべきだと、そう思った。

 走って走って走って走って、耳を塞ぎたくなるような悲鳴ばかりを振り払い、頻りに飛んで来る何やらをひたすらに避けて、ただ愚直に走って探した。

 簡単に人が死んでいく。その人がどんな人であろうと、瞬く間に、無差別に、無慈悲に。どうしようもなく絶望が蔓延しても、ただあの人だけは生きていてくれと願って、走った。

 

 地獄に染まるメインストリート、そこでふと、だが確実に聞き慣れた鈴の音を捉えた。

 確認するまでもなく、その方へ走る。

 

「神様!」

 

「あ、ベル君!? 無事だったんだね! 本当に安心したよ……シオン君は……どっかいっちゃったらしいけど、とにかく! 逃げるんだ。今はそうするしかない」

 

「それは……そうするしかないですが……でもシオンは――」

 

「あのシオン君だぜ? 最悪、今の状況も案外シオン君の所為だったりするかもしれないんだ、心配するだけ無駄ってもんだよ」

 

 流石にそれはない、と否定したくはあったが、妙に賛同している自分が確かにいた。仮にこれが人為的なものだとしたら、その可能性が非常に高いと少し考えて思い至る。方法は皆目見当がつかないが、どうせ常識外な能力でも使ってやるのだろう。仮に犯人がシオンであるときの話だが。

 

「ですが神様、逃げると言ってもどこへ……」

 

「避難誘導に従えばガネーシャの所に行くんだけど……多分難しい。一斉に向かってるし、何よりもあんな中でボクは生き残れる気がしない」

 

 その通りだ。今は脇道に逸れて隠れているから、あの巨大な『竜』にも見つからずにいるが、出だ瞬間に殺されかねないし、たとえ見つからなかったとしても、あの人混みだ。逃げるのは困難を極める。メインストリートに出たら、貧弱な僕たちは人波に()まれてしまうだけ。だがしかし、裏路地を使って向かったとしても土地勘の薄い僕だと迷いかねない。

 どうしようもなくピンチなのだ。一体どうするべきなのか。

 

「だからさ、ベル君。君だけでも逃げてくれ。ボクは足手まといになってしまうからね。でも君だけなら、屋根でも伝って逃げられるだろう?」

 

 絶句した。満面の、曇りなきいつもの笑顔での言葉に。

 神様は冗談なんかでこんなことを言ってない。みれば判る、本気だ。

 

「君は死んではいけない……いや、死なないで欲しいって言うボクの短絡的な願いだけどさ。君は生きていてくれ。ボクは神だ、どぉせ死にはしない。だからさ、ボクのことなんて放っておいて、逃げてくれ」

 

「そんなっ……無理です、できません……!」

 

「いや、できる。そう言ってくれるのは本当はとっても嬉しいさ。でもさ、やっぱり自分の一つだけしかない命を大切にしてくれ。シオン君みたいに生き返ったりはできないだろう?」

 

 ぎゅぅ、優しく包まれた。耳元で(ささや)かれる。

 その心地よい声が、この失いたくない温もりが、二度と感じられなくなる。本当は逃げたいと思っている己が本能に任せれば、それは現実となるだろう。

 いやだ。抗うように縋りついた。

 

「……最後に、こうしてもらえただけでボクは満足さ。もういいんだ、逃げてくれ。ボクのことなんて考えず、ただ自分が生きるために、逃げてくれ」

 

「―――――」

 

「あ、ごめん。やっぱりボクのことは考えておいてくれ。ベル君に忘れられたみたいで……それは、嫌だからさ。わがままでごめん。でも、そうしてくれ」

 

 すぅっ、離れていく。優しさが、温かさが、全てがこうも簡単に。

 『嫌だ、絶対に神様を見捨てたりなんかしない!』

 『こうもいわれたし、もう、逃げてもいいよね……』 

 弱音(本能)意地(理性)がせめぎ合って起こる二律背反状態で、脳が焼き切れそうなほど永遠と続くループ。悪魔のような甘言に従えば、どれだけ楽だろうか。子供の駄々のような矜持(プライド)に従えば、どれだけ楽だろうか。

 わからない、どうすればいいかなんてわからない……! 何も、わからない……

 

「じゃあ、ベル君……! また、会おうぜ!」

 

「―――ッ!」

 

 もう、わからなくたっていいじゃないか。

 目の前に助けたい人がいる、一緒に居たいと願える人がいる。

 なら、もう考える必要なんてない。

 大切な人を泣かせるなんて、男として失格だ。それにもう……大切な人を、失いたくない!

 

「ぅわ!? ちょ、ベル君!?」

 

 立ち去ろうとした神様を掴まえ、強化された力で易々と持ち上げる。

 二度目の『お姫様抱っこ』。何故こうも絶体絶命のピンチに限ってチャンスが訪れるのか。

 

「黙っててください。何も言わないでください。これは僕の意地です、どういわれようが、もう知りません」

 

 返答なんてない。だけど勝手に続けよう。

 

「僕と一緒に来てもらいます。拒否権なんてあげません。勝手に連れて行きます。文句なら後にしてください」

 

「だからベル君! ボクのことなんて―――!」

 

「嫌なんだよ、もう、失うのは。怖いんだよ、独りなるのは……」  

 

「ぇ……」

 

 神様を抱え、ただ歩いている。拒否しようとした神様の言葉を遮り、全くかみ合わない言葉が漏れた。それが何かなどすぐわかる。僕の抑えきれない感情が、零れ始めた。

 身勝手な、感情の吐露。

 

「お祖父ちゃんが居なくなった……でもシオンが慰めてくれた。安心できた、辛かったけど乗り越えられた。だけどシオンも死んだ。あの時、怖かった。僕の周りにいた人が、前触れもなく死んじゃった。何にも比べられない、絶望だった。でも生き返ったから僕は僕を保てた。でさ、次は神様が? そんなの……耐えられるわけないだろッ……!」

 

「――――!?」

 

 驚いたのか、竦んだのが触れているから良く判る。 

 

「……ごめんよ、ベル君。だからさ、一つ言わせてくれ」

 

 下から声が届いた。目は向けようとは思えない。だって、今は酷い顔をしていそうだから。

 向けずとも声は、感情は、想いは、伝わって来るから。

 

「さっきの言葉は忘れて、一緒に行こうぜ、どこまでも!」

 

「……はい!」

 

 強く、大袈裟なまでに強く、(うなづ)いた。

 清々しいまでの前言撤回に、場違いにも笑みが零れてしまった。

 だがしかし、緊張を呑んだかのような神様の息遣いに、ふと笑顔は失われる。

 

「……おいおい、嘘だろ。あいつ、明らかにこっちに……」

 

「え?」

 

 歩みを止め、振り返った。目が合う。黒い『竜』の底なしの目と、僕の目が。

 一歩退く。その何倍をも『竜』は進む。

 二歩退く。捕捉したかのように、大口を開く。

 三歩退く。その時にはもう、走り出していた。『竜』の炎が迫る。

 

「ベべべべべベル君!? 頑張ってくれぇェ!?」

 

「わかってますってぇぇ!?」

 

 まさに兎の如く跳びはねながら背を向け『竜』からひたすらに逃げる。

 第七区間で逃げ回るのは、流石に危険と踏んだ。障害物が少なすぎるし、何よりもまだ【アポロン・ファミリア】や推測で【ソーマ・ファミリア】、他にもいくつかのファミリアが残っている可能性がある。今の状態で襲われたら本当にどうしようもなくなってしまう。

 早々に脱するベき場所だが、今すぐに横へ逸れても人波に呑まれてしまいそうだ。被害を増やすわけにもいかないし、だからと言って奥に行くまで逃げ切れる自信もない。どうすれば……

 

「むむっ、そうだよベル君! ボクは今とってもいいことを思いついたぞ!」

 

「神様喋らないでください舌噛みますよ!?」

 

「大丈夫さ! それよりもベル君、早々に西南へ向かうんだ! これで仕返しができる……」

 

「どういうことですかそうわぁ!?」

   

 何か企む神様から聞き出そうとしたが、迫る無数の脅威を避けることを優先してしまう。なぜ執拗に僕を狙うかは解らないが、それを考えるほど余裕はない。

 

「アポロンのホームはそこに在る!」

 

「え、それって―――」

 

「そうさ! なすり付けよう!」

 

「酷くありません!?」

 

 残忍なことを軽々と面白そうに口にする神様をみて、思わずアポロン様に同情してしまった。だがその方法が有効的だとは簡単に気づく。そこまで逃げられればの話だが。

 散々やってくれたのだ。ならばこれくらいの仕返し問題なかろう。そう納得して、地を蹴る足に力を込めた。

 

「ベル君! ボクは今、とても幸せな気分だよ!」

 

「よくこの状況でそんなこと言えますねぇ!?」

 

 呆れを通り越して尊敬するレベル。清々しい笑みを浮かべて万歳しているのは今すぐに止めてもらいたいのだが、こうして気分が良いのならそれを害することは無駄でしかない。

 というかそろそろ追い付かれそうで、本気で不味い。

 

「―――あぐっ……!」

 

 横目で見た後ろ。吠声(ほえごえ)の後に迫りくる咆哮(ブレス)。避けきれないことは自然と判った。だから考える間もなく神様だけを助けようと横へとぶ。無事で済んだ、神様は。

 

「だ、大丈夫、です……これくらい」 

  

 嘘だ、全然大丈夫じゃない。痛い、堪らなく叫び散らしたいくらいに『熱い』。

 やせ我慢なんて何時まで持つだろうか。でも、持たせなくては。

 

「ベル君……! でも、背中が……」

 

「気に、しないで下さい。これくらい、へっちゃらですよ……!」

 

 不敵な拙い笑みを頑張って浮かべた。止まってしまった足を再度進める。

 焼けた背中は放っておけ、走ることに関りなんてない。

 ただ走れ、唯一の強みを生かせ、今はその時なのだ。

 歯を食い縛り、ひたすら走ればいい。

 

「神様、次は!」

 

「あぁ、まっすぐ行って右だ! その五本先で左だった気がする!」

 

「あやふやですけどわかりました!」  

 

 第七区画を脱出し、第六区画へと突入する道順を神様に指示してもらいながら進む。速度は落ちるが、障害物が多い分頻繁に攻撃されることはない。もう、攻撃を食らうことはないはずだ。

 

「あそこだベル君!」

 

「そうみたいですね!」

 

 一際大きい建物へとたどり着く。掲げられる弓矢と太陽のエンブレム。いつぞやの門前払いを受けた記憶が蘇るが、それは一旦無視だ。

 騒ぎ立てられる正門へと強引に突入する。背後から迫る『竜』の存在で、阻む人は存在しなかった。

 

「ぁ……ベル君、うぇ、上!」

 

「どうかしまし―――」

 

 また攻撃か! 内心踏鞴を踏みながら跳ねるように顔を天へと向けると、そこは馬鹿みたいに澄んだ蒼穹が広がっていた。太陽がまるで、僕たちに幻想を見せて遊んでいたかのように。

 茫然(ぼうぜん)と空を眺めて、遅れて気付く。もう既に包囲されていて、逃げ場が消えてしまった事に。

 

「や、やぁヘスティア。こここ公然でお姫様抱っこを見せつけるとは、いいい良い度胸じゃなないかぁ?」

 

「……アポロン、言動がいつも以上に気持ち悪いぜ? っとベル君、別に下ろさなくてもいいんだ。ボクはこのままがいい」

 

「は、はい」

 

 気が付いて下ろそうとしたが、がしっと首を掴みホールドされて、もうそのままでいるしかなくなる。小恥ずかしが仕方なるまい。解けそうにも無いから。

 さてどうしたものか。そうな悩む間もなく二の句が告げられる。

 

「ででででだへへヘスティアぁ? こここんな状況でぇどどうするつつつもりだぁ?」  

 

 顔をまさに頭上の青空を写したかのように蒼白とするアポロン様は、相変わらずの上から目線である。僕から見てもちょっと可笑しいと思うその言動は今すぐにでも直してもらいたいのだが、それも無理そう。神様は一度突っかかっただけでもうどうでも良くなったかのように気にせず思案している。

 

「……どうしようかベル君。アポロンに意趣返しのつもりが追い込まれてしまったぜ?」

 

「な、何も思いつかなかったんですか……」

 

 長々と考え込んでいたのにもかかわらず薄すぎる内容。僕に意見を求める始末だ。

 というか僕に意見が無いことくらい察して欲しい……そもそも指示をしたのは神様だし……っと、責任転換は良くない良くない。

 

「ふふふふっ、ままままさか戦争遊戯(ウォーゲーム)でも受ける気に、」

 

「それだ!」

 

「それだじゃないですよ神様!? 受けちゃってどうするんですか!? アンナに嫌がってたでしょう!?」

 

「問題なーい! もうボクたちに手を出したんだ、容赦なんてしてやるもんか! シオンく~ん! 一瞬で潰してしまえ!」

 

「完全に人任せですよねそれぇ!?」

 

 というかここで潰したらギルドから僕たちも刑罰食らうし!?

 僕の声に出せなかった叫びなど知る由も無く、意気揚々と神様は喧嘩を買った。昨日は「潰しちゃ悪い」とか「絶対大事になるからなぁ……」とかぼやいていたのにも拘らず。

 もう大事になってしまっているから気にする意味も無いと思ったのか。別に僕たちの所為では無いのだが、疑われ仕舞いそうでちょっと怖い。

 

 ふと神様が自分の意思で降りて、近くにいた犬人(シアンスロープ)から有無を言わせず手袋をはぎ取った。何をしているのかと思うと、それを振りかぶり―――全力でぶん投げた。

 弱々しいながらもしっかり照準は定まっており、一直線に向かった先は、アポロン様の蒼白顔。げっ、と思いながらも遮ろうとは思はなかった。

 

「いいだろうアポロン! ボクたち【ヘスティア・ファミリア】は君たちとの戦争遊戯(ウォーゲーム)を受諾する!」

 

『うおぉっしゃぁぁぁ!』

 

 どこからともない叫びが広がった。とても興奮したような、愉しんでいるかのような、そんな声が。

 驚いてきょろきょろとしていると、周りに先程までいなかった男性が――いや、男神様たちがしっちゃかめっちゃかに動いていた。

 ……もしかして、ずっと待機していたのだろうか。だとするのならばあの騒ぎの中、よくもそんな行動ができるものだ。眷族が心配ではないのか。流石娯楽を求めてやまない(ひと)たちだ。

 

「一週間、それだけ期限を与えてやるさ。ボクは慈悲深い神だからね。精々その日々を楽しむなり、好きに過ごすと良い。君の最期のオラリオ生活となるだろうからね!」

 

 大仰に、たいそうな自信を籠めて、そう言い放った。

 呆れを隠せない僕は頭を抱えて天を仰ぐ。もぅ、どうしようもない。

 あとはシオンに任せるとしよう。

 あの異常が極まった兄ならば、何もかも解決してくれるはずだ。

 

 



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するは是とし、されるは非とする

  今回の一言
 裏物語を読んだ方は解りやすく、呼んで無い方は推理を楽しめるでしょう。

では、どうぞ


「あぁ、くそぉ! もう少しだった――ッッッ~~~~~!?」

 

「んなのたうち回っても呪いが納まるまで解かねぇかんな。じっとしてろそこで。今、実質大犯罪者をかばってる状態なんだぞ? わかってんのかお前」

 

「知らんわそんなの! 勝手に引きずり込んだんでしょうが変態! お持ち帰りなんて許した覚えはありません!」

 

「誰がお前なんか持ち帰っか。しでかそうとした瞬間にぶっ飛ばして終わりだろうが。損しかねぇよ損しか」

 

「私今結構な美少女だと思いますけど!? 貴方の目は節穴ですか!?」

 

「何言ってやがんだお前? 中身男だと判ってるやつを美少女と思う男が何処にいんだよ。馬鹿かお前」

 

「馬鹿じゃないですし!? それにその具体例となる私の弟がいますし!?」

 

 鎖、のようなものでつながれながらも飽きることなく言い争うを続けるとある工房の中。下手に抵抗したり暴れたりすれば手痛いしっぺい返しを食らうこの状態で今や口しか満足に動かせない。

 無理矢理鎖を消し飛ばして逃げることはできない訳ではないのだが、「逃げたらもう打たねぇ」と言われてはそうすることもできない。彼ほどの技術者をそう易々と手放せるはずも無いから。なにせ無茶ぶりを一日以内で終わらせてしまうのだから。

 

「んで、私は何時まで監禁されないといけないのですか。早々に出たいのですが、臭いので」

 

「後三時間は覚悟しとけ。嫌だったらさっさと呪い治めろ。あと、臭いとかいうな、地味に傷つく」

 

「人狂わせて普通でいられる人が傷つくとか、草薙さんこそ大丈夫ですか? 主に考え方が」

 

「おい、身ぐるみ()いで中央広場(セントラル・パーク)に吊るしてやろうか、ア?」

 

「変態」

 

 吊るされるだけで止まるならともかく、絶対に後が続く。『おかず』になるなんて御免だし、レイプされるなんてのはもっと御免―――

 ……いま、ナニカが引っかかったような。

 

「おい、一気にしゅんとしやがって何だよ。つまんねぇな」

 

「あと少しで思い当たりそうだったのに……というか、私で遊ばないでください」

 

 ま、気にする事じゃないだろう。その内思い出せるだろうし。

 それよりも本当に早くこの部屋からは出たい。汗を流すことは仕方ないだろうが、臭いが充満してしまうから換気くらいはするべきだと思うのだ。

 呪いを治めろとは言われたものの、一体何の呪いだろうか、私が縛られていることだし、私に付与する形の呪いではあると思うのだが……『吸血』か? 

 

「草薙さん、今私の眼って何色ですか?」

 

「紅眼だろうが、何言ってんだ?」

 

「ただの確認ですよ、ただの」

 

 違和感なく紅眼と言えたあたり、流石に草薙さんも私に毒されてきているな。 

 それはともかく、鎮める呪いは『吸血』でどうやら間違いないらしい。『吸血』を多量に取り込んで発言した私の発展アビリティである【鬼化】を先程は『大罪』を利用して発動させていたのだが、元を辿れば『吸血』が強まったということである。それがまだ私の中で粗ぶっているという事か。おぉ、怖い怖い。

 さて、どうしてやろうか。今は『大罪』の能を利用している訳では無い。勝手に増幅することは無いだろうからその点問題は無いが、今すぐに鎮めたいのだが私の思い。

 心の中で直接アマリリスを落ち着かせるか? 【鬼化】について色々教えてくれたのも彼女だし、呪いの根本も彼女だし、基本『吸血』の呪いに関することは彼女に()くのが手っ取り早い。

  

「んー、でもどうしたもんか」

 

「は?」

 

「お気になさらず」

 

 今や座って、『狂乱(大太刀)』を砥ぎ直してくれている草薙さんが私の呟きに一々反応するが、今回ばかりは何も用はないただの独り言だ。

 【接続(テレパシー)】――――は、繋がらねぇー。あっちから何か言ってくる様子もないし、これは行くしかないのかなぁ……だとしたら本当に吸血鬼化して解除するか? それこそ無理だ。私に繋がれている鎖は呪詛抑制だか何だかの能力があってこれ以上の呪いを増大させることができない。何より吸血鬼化した姿は所かまわず見せびらかすものじゃないしな。

 

「……ねぇ草薙さん? 因みにですけど……今この鎖解いたら私ってどうなります?」

 

「爆散するか今以上に狂人化するか、将又吸血鬼に成り果てるか……どれをとっても最悪だぞ? 段々と呪いは弱まってきてっから、待てばいいだけだ。じっとしてろ。近くにいる俺の身にもなってな」

 

「そうですね。真っ先に殺されるのは確実に草薙さんですし」

 

「お前がそれを言うなよ」

 

 う~ん、手詰まりだな……私の方から『心』の中に行くのなんて方法不明の状態だし、できない訳ではないのだろうけど、今探し始めたら先に期限(リミット)が訪れる。意味がない結果が見えている行動はしない主義だ。

 

『―――オ。――シ――――シオ―――』

 

 ふと、耳鳴りじみた音を捉える。小さくしかしはっきりと聞こえるのに、途切れ途切れである矛盾。

 ……あっちからの【接続】か。遅れて気付いた。声の主に見当をつけて、ひたすら彼女へ呼び変える。

 

『よかった! やっとつながった!』

 

『なんです? もしかして漸く私がそっちに行けるようになりました?』

 

『行くも何も、強制的に来てもらうわよ! さん、にっ、いちっ』

 

 正確に刻む気など端からなかったようで、意識が引っ張られるかのように落ちていく。

 無慈悲に、何もない奈落へと誘われるような感覚。感覚とは言っているが、それは定かではない。何も無いのに感じているという自己矛盾の果てにこういった思いが来るのか。

 無駄に働いている思考が思いついたのは、驚きでも突然の状況への不説明に対する怒りでもない。

 

『強制的に心へ引っ張られるって、できたっけ?』

 

 途轍もなく小さな疑問であった。

  

 

    * * *

 

「さて、私はどうするのが正しいでしょーか?」

 

「考えるまでもなく助けなさ――ひゃはぅ!?」

 

「いやぁ、嗜癖心(しぎゃくしん)がそそられて……あと十分くらい耐えてみてください♪」

 

「嫌よ! 何のために呼ん――はふっ――!? だと思っているの!?」

 

「実はマゾヒストで、自分の恥ずかしい姿を見られて興奮したいから……ですよね♪」

 

「ちッがうわよ!」  

 

 あり得ないくらいに顔を真っ赤にして、非常に珍しく面白い光景ではあるのだが……多分原因私だし、助けてやらない訳にはいかない。

 というか、しょっちゅうアリアの性格や言動が変わっているように思えるのは気のせいなのか? っと、深く考えるのは止めよう。言ってしまって面倒臭い。

 どういう訳か貼り付けにされているアリア。釘などで打ち込まれている訳では無く、鎖のような例のアレで縛られているだけのようだ。拘束、というのがもっともらしい形容かもしれない。

 

「……中途半端な分、かなりエロイなおい……」

 

「まじまじと見ないでよ恥ずかしぃヒィッ!?」

 

「弱すぎだろ流石に……」

 

 ただ、貼り付けにされてるのではなかった。腕を横に大きく広げられ、足は肩幅の二倍程度に開かれた状態。両手首に両手足、更には首とくびれという見事なくび揃いで縛られているせいで、(ろく)な抵抗はできやしないだろう。今まさにされるがままだ。何にかと言えば、我が使い魔――とは言い難いが、一応そんな立ち位置(ポジション)吸血鬼(アマリリス)にである。

 歯が食い込んだ痕が良く目立ち、崩された服装で秘部が丸見え。……アマリリスと役割交代してぇ。ありゃ羨ましい。なんならアリアとアイズも交代していると尚よい。というかしてください……!

 どうやら今回の邂逅(かいこう)では、清楚感を醸し出す純白のドレスをボロボロに裂いて()()()露出させるという奇抜な服装(ファッション)らしい。アイズの母親とは思えないくらいの素晴らしいセンスだ。

 

「そんな訳ないでしょ!」

 

「あ、そっか。私の考える事がある程度伝わるの忘れてましたよ」

 

「そんなのイイきゃりゃァ!? ……は、早く助けて、お願い……」

 

「はいはい」

 

 触れるのは危険――といっても本当は、あんな状態のアマリリスに近づくのを忌避しているだけだが。爛々(らんらん)と潤う紅き双眸(そうぼう)、背後からで見える音を立てずに滴る透明な液、垣間見える新鮮な口紅で彩られた唇、覗く吸歯(きゅうし)、変に漏れる不気味な狂笑(きょうしょう)。明らかだ、興奮している。下手に近づくのは危険でしかない。

 まぁ、遠距離からでも鎖を破壊できない訳では無いのだが。

 

「はぅっ」

 

「お、成功。腕とか消し飛んでませんか?」

 

「さらっと怖いこと言わないで頂戴。ほんとに飛んだらどうしてたのよ……」

 

「どうもしませんけどね」

 

 治りそうだし。証拠にほら、解放されてから判りやすいまでに衣服の傷までもが()えているではないか。もう、私の心の中では何でもありな気がしてきた。

 貼り付けに使われていたもの全て、無かったことにするのは精密さが問われる作業だし、大雑把に消し飛ばしたのだろう。見れば判る、逆に見ないと判らん。

 無意識中の行為と(ほとん)ど変わらないのだ、コレは。何が起きたかは周りの反応・状況から知るしかないので確認は必須である。

 

「……ある、じ……じゃない、」 

 

「おっと、これはヤバイかも」

 

「ちがうちがうちがうちがう――――」

 

「うっはー、いい感じに壊れてんなぁおい」

 

 私に漸く気づいた狂鬼(きょうき)ことアマリリス。一瞬、正常な意識が戻ったかのように見えたのだが、続いた行動に即座の否定を余儀なくされる。先程はただ――恐らくは欲の増幅による効果で快楽を求めていたのだろう。吸血鬼は単純だ、ただ快楽を充たしたいがために生きる。その手段で血が有名なだけで、本当は何でもいいのだ。

 否定を繰り返す、頭を抱えてまでも。私という存在は『セア』の形でここにいる。何故かは知らんが体を変えるとここの『体』まで変わるらしいのだ。姿は違っても、その魂、根本は『シオン』である私。彼女はそこをを理解できていないのだろう。私はいるのに、私が居ない。という二律背反で。

 

「うぁぁぁぁあぁぁぁ!?!?」

 

「あぶなっ、かしぃっ、なぁっ、視認っ、できねぇっ、んだよ!」

 

 と言いながらも避けれ無いわけでは無い。あたりまえだ。彼女の体、というより記憶に染み付いた動きは全て、私の昔の動きであるのだから。一撃見切れば後は容易く往なせる。考えることまでも戦闘面では全て同じであるはずなのだから。 

 蹴りや拳、貫手なんかも全て私の癖が出る。どうしようもなく治らない、嫌な癖だ。全力で、我武者羅な分厄介極まりないのだが、染み込んだものはそんな中でも無意識に露わになる。

  

「ぁぐっ」

 

「ふぅ、危ねぇ危ねぇ。ま、こういう事だな。見えなくても隙は見える。温いんだよ、アマリリス」

 

 鈍い音を立てて脊柱が軋み、砕かれていく。段々、だんだん、ゆっくりと。

 歪み、喘ぎ、絶対的な暴力だが尚も抗う。抵抗に引っ切り無しで動かされる手、己の首を破壊せんとするそれを引き剥がそうとしても、折ろうとしても、何一つ効果がない。オカシナなまでに、力が籠っていないのを不思議に思うことすらできないのだろう。冷静に考えれば、自分も使える

(わざ)』だと判るのに。

 感触を楽しみ、血の気が引いてゆく様を見届けながら私も欲を充たす。もがき、あがき、苦しみ、それでももう何もできない。精力突き、放り投げられるその時まで。

 

「……っは! っはぁ……はぁ……」

 

 異常な音を立てた後に、跳ね上がるようにして起き上がったアマリリス。軽い過呼吸状態であるのは仕方あるまい。何せ呼吸もできなかったであろうから。

 

「正気、取り戻しましたか? 一回死ぬのが一番手っ取り早いでしょうし」

 

「……(あるじ)、ボクだって痛みはあるんだ、できるなら一瞬で殺して欲しかったよ」

 

「私の性格、一番知っているでしょう?」

 

「愚問だったね、ごめん」

 

 首を(さす)りながら苦笑いを浮かべて、ゆったりと立ち上がった。すっかりと落ち着いて、先のように興奮と現実否定をない交ぜにした狂鬼にはなっていないようだ。一安心、そっと息を吐く。

 

「……んで、羞恥に再度悶えているそこの精霊さん? 私の役目ってやっぱりこれで終わり?」

 

「うるさいわね! 放っておいてよ! わたし、まだあの人としかしたこと無いのに!」

 

「したことはあるんだ。道理でしょ――」

 

「――それ以上は、言っちゃだめよ?」

 

 何を隠す必要があるのやら。処女でなくたって別に可笑しくないだろうが。痴女認定がそれだけでされてしまう訳でも無かろうに、何を恐れているのやら。それにこの会話を聴けるのは私たちだけであって、そう隠す事でもないはず。やっぱり尊厳とかあるのかなぁ……めんどくせぇ~。 

   

「シオン~? めんどくさいとか言って、貴女も処女大切にしてたくせに。だってほら、あんなに泣いてた――」

 

「――止めな馬鹿精霊、下手に言わない方が良い」

  

 ふざけた調子で何か大切なことを言わんとしたアリアを脇腹への手痛い肘打ちで止めたアマリリスに、妙な違和感を覚えた。いや、それだけじゃない。処女喪失、というのは確かにした。だが泣くとはどういうことだ。鳴くだったら確かにそうだ、かなり鳴いた。だがしかし、泣いてなどいない筈なのだ。理解の間違いなんてありえない、ここで発した言葉は偽れないのだから。

 泣いた? 泣いたって本当に何だよ。誰が? 流れ的に私がだ。だが記憶がない。確か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ご褒美と言うことで……あれ、なんでその程度で――

 バチッ、 

 

「――ッッ?!!?」

 

「主!?」

 

「シオン! ねぇちょっとシオン!? しっかりして! 落ち着いて、正常を保って!」

 

 なんだ、なんだなんだなんだ――! 何だよコレ、判んねぇ、考えられねぇ、思考が強制的に閉ざされている!? ありえない、私が、制御されてる!? オカシイオカシイオカシイオカシオカ、オカ、シ―――  

 

「【黒転(シャウト)】!」

 

「――ぁ」

 

 

 

―――――――――奇妙な感覚だ。

 何一つ分からなくなる混乱が私を()()()。神経を狂わせる耳鳴りが()()()。意志を真っ向から攪拌(かくはん)()()()。もだえ苦しみたくてもそれすら許されない絶望が()()()

 それらは全て、過去の出来事であった。

 ならば、今があるはずだ。感じるはずの、生きるはずの今が。だが、それがない。無いということがわかるからこそ可笑しいのだ。今が今ではなく、未来でもなく、過去でもない。

 確かな矛盾を、だが何故か納得してる自分がいる。自然と、落ち着いている。

 

『【再起(リスタート)】』

 

 不思議と、あるかどうかも分からない口がその音を奏でていた。

 それだけでは意味も効果も無いただのコトバ。だが、条件を満たせば成立する絶対の反転技術。

 己を侵食するもの全てを払いのける、ただそれだけのもの―――

 

 

「―――――――これは、助かったというべきなのかわかんねぇな」

 

「……ボクたちが助かるためにやったことだからね。助けた訳では無いような気がするかな」

 

「…………シオン、その……迂闊(うかつ)なことして、ごめんなさい……」

 

「叱られた子供かよ、貴女はっ。というか、理由もわからん事謝られても知らんとしか答えられんわ」

 

 寝かせられていたようで、憂いを籠められた顔二つに見下ろされていた。頬を掻くアマリリス、しゅんとして柄にもなく謝るアリア。二人を確認して、ぱっと起き上がる。

 

「あァ……思い出したぞ、本当の恐怖っていう感情を。最悪だッ、何だってんだよ」

 

「感性が基本麻痺しているからね。ボクたちの特権っていえるけど、弱点でもある。感じられたってことは、少しは人間らしさを取り戻したってことじゃないかな」

 

「いらん、そんなもの。私はバケモノ……人間辞めた異常者(サイコパス)で十分」

 

 記憶の制限、か……一体だれが、何のために掛けやがったんだよ。犯人突き止めて絶望見させてやるぞ、絶対に。

 

「んじゃ、アリア。そろそろあっちに戻してください。制限時間はまだまだでしょう?」

 

「そう、ね……じゃあ、また今度。怖い思いさせて、本当に、ごめんなさい。貴方だけはせめても、幸せでいてね……」

 

「は? そりゃどうい――――」

  

 一気に、急速に、突然に、前触れなく―――堕ちた。

 意識が、容易く。そしてひっくり返って、上がっていく。対の間にある境界線を通過したかのように反転して、上昇を続ける。

 ふと、止まった――

 

「……あ? やっと起きやがったな。どうやったかは知んねぇが、とりあえず呪いは治まったから縛めは解いといた。もう帰っても問題ねぇぞ」

 

 一番に到達した鼻を刺す汗の臭い。続いた声はこの場所の持ち主の声だろう。

 解放感に身を委ねてぐぃーと伸ばす背。煩わしい縛め()などもうない。 

 

「――えぇ、そうさせていただきます。あ、『狂乱』は?」

 

「どんなネーミングだよ……こいつのことだろ? 少しや思いやりを持てよ」

 

「ピッタリじゃないですか。あ、研磨ありがとうございました」

 

「気にすんな、ついでだついで」

 

 それでも感謝は忘れない。刀は非常に大切なのに、かなり摩耗させてしまったから。私に迫るほど長い刀身、(つか)を含めれば私をも超す長さとなる。それをアホみたいな速度で振るえばそりゃ摩耗だってするもんだ。

 ずしっ、背に掛け丁度良い重みに思わず笑みを零す。

 

「てかよ、急だけどお前、その(さや)何なんだ?」

 

特注製品(オーダーメイド)ですよ。ちょっと工夫を加えた逸品です、創ってくれた人の腕も良いもので、注文通りに出来上がっています。まだ使ってませんけどね」

 

 私を指さしながら、いや、私の背にある大太刀を納める多彩の『仕掛け』が施された鞘を、指しながらだ。色もさることながら、設計通りなら機能もとんでもないはずの。

 下手に使うことはできない。【猛者(おうじゃ)】との戦いですらこれは使えなかったものだ。地上でなんか使ってみろ、それこそ死者多数で殺されるぞ。

 

「では、また今度」

 

「おうよ。地上で下手に呪い使うんじゃねぇぞ。また行くのは面倒だ」

 

「はいはい、善処しますよ」

 

 手を振りながら、工房を後にした。

 騒がしいのは変わってないオラリオ、中天まで昇る太陽変わらず見下してくる。

 ズキンズキンッ、『芯の部分』に異物感がある。だが取り除くことなんてできない。

 嫌な気分のまま慌ただしい人混みへ、そっと紛れた。 

  

 

 

 



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何が為の別離か

  今回の一言
 やべぇ、本気で前途多難の状態……

では、どうぞ


「んで、馬鹿二人は考え無しに戦争遊戯(ウォーゲーム)を受理してきたと」

 

「べ、別に考え無しに受けた訳じゃなしぜ? ちょっとイラついてたからシオン君にし返してもらおうと……」

 

「私もう鬱憤は晴らせたので、別に闘う気はありませんよ?」

 

「そもそもシオンに頼りっきりなのがねぇ……確かにさ、こんな異常極まりない人を頼りたくなる気持ちは解るけど、そこまでとなると……自重を知った方がいいんじゃない?」

 

 正体を知られたからかありありと険を感じるのだが、それもまぁ仕方あるまい。私から告げて反応を楽しもうと思っていたのだが、私がここへ来るより早くに何故か集合していたこの二人との会話中に知ってしまったらしく、一つ楽しみが消えてしまって残念極まりないが諦めはもうつけている。  

 今も尚頭痛がする中、会議宛らの円陣を組みとんとん拍子で情報交換という名の雑談を踏まえた訊問(じんもん)を行う現集合場所――と先程決定した――『アイギス』生活部屋兼休憩室。右にティア左にベル正面にヘスティア様、少人数ならば大半が私物で埋まっていても問題なく居座れていた。遮音性は優れた結界によって保障されているがそれも内側限定、外側の音が少しばかり侵入してくるが雑音程度で気にするまでもない。

 

「それに、私が出場できる道理なんて無いに決まっているでしょう。たとえルール上で参加を許可されたところで、正規団員であるシオン・クラネルという人物は出場が義務付けられている。二人同時に出る事なんてできません。結局は出る必要のないセアこと私を切り捨てるしかなくなる」

 

「だから~シオン君が出ればいいじゃん。一対一(ワンワン)だったら負ける要素ないだろう?」

 

「んなの知るか。神々だってそんなのつまらんだろうし、第一に私が認めん。加えて戦闘形式(カテゴリー)だってまだ決定の場を設けられていないのだから、一つの可能性での話に限定するとか馬鹿か? あぁ、そうだったっけ」

 

「ボクはそんなに馬鹿じゃないぞ!? 今のはたとえだよたとえ! どぉせシオン君が居ればどんな戦闘形式(カテゴリー)でも勝てるんだ! ボクは信じてるんだぜ!?」

 

「これ以上ないくらいに煩わしい信用だなおい」

 

 面倒くせぇ……頼りっきりな所が特に。何度も同じことは言いたくないが、学ばないな本当に。どうしてやろうかこの女神。

 自分の策がブッ潰れ、流れに任せて喧嘩を買ったのに猶予一週間と見下した堂々たる物言いで言い放った挙句、全て丸投げして自分は傍観……ハッ、白々しいにも程がある。力を貸す気にもならんものだ。

 今日は多忙な溜め息がまた仕事をする。この先どうしようか。戦争遊戯(ウォーゲーム)は絶対ギルドに受理されて拒否は不能、介入するとしたらルール決めか……神会(デナトゥス)が開かれるのは間もなくだろうから無理矢理参加すればいいだろう。なんやかんやで一回参加してるし、【神化】とかいう可笑しな発展アビリティもあるし、十分参加しても問題あるまい。いや、問題だらけだけどさ。

 

「ところでシオン、今までどこ行ってたの? いっくら探しても見つかんなかったんだけど」

 

「あれ、言ってませんでした?」

 

 一様に(うなづ)く。というか、そこまで気になる事か? ただオラリオ全土を巻き込んだアソビをしたり【猛者(カイブツ)】と殺し合ったり、監禁されたり、軽く精神崩壊しかけたり……っと、こんなことだけで特におかしな点はないはずだが。いや、最後だけは可笑しなことか。

 

「ちょっと縛られていただけですよ。長い間抵抗もしなかったので解放までにかなり時間を要しましたが」

 

 聞かれた事だけを答えた。ニュアンス的に恐らくはこの場に集まってから、つまりは喧嘩をかってからのことを示していたのだろう。ならば嘘も吐いていない。

 ごくりっ、喉を鳴らした両脇の変態。その脳内で一体どんなことが想像されたか、考えるに易い。もぞもぞしおって、童貞でも処女でもないのに何をその程度で……

 

「……シオン?」

 

「――ッ、な、なんですか?」

 

「い、いや、いきなり苦しそうにしたから……大丈夫なの?」

 

「マセガキに心配されるほどのことじゃないですよ……! ったく、何なんだよ……」 

  

 芯を突く痛み――よりかは刺激。決して痛みでは無いのだ、言うに違和感。それが今襲った。そこはかとない感覚の齟齬(そご)に苛立ちが募る。無理解に苦しむさまを見抜かれたことが、更に手助けして。

 再三再四起こり得たことだ。()()()()()()を考えると、どうしてか違和感に襲われる。何が原因かは何となくわかるのだが、何故こうなっているのかは全くの不明。

 

「はぁ、とりあえず。どんな戦闘形式(カテゴリー)になってもいいよう、対策を取りましょう。個人戦になんてなったら、ベルが負ける事なんて確実ですし。ティアは……微妙ですよね。公然でポンポン精霊術なんて使う訳にはいきませんから。結局どちらも戦闘訓練でしょうか」

 

「「ひっ……」」

 

 二人そろって己の後方へと即座に下がったのはどうしてだろうか。別にトラウマを与えるほど(スパルタ)になる気は無いし、怯えられるいわれも無いだろうに。

 それは確かに死ぬほど追い込みはするだろう。何処かの馬鹿の所為で一週間しか時間が無いのだ。この二人をまともに闘わせるには必須なこと、妥協して欲しいものだ。

 

「いいじゃないかそれ! ベル君とティア君がまともに闘えないかは怪しいとこだけど……二人とも成長できる機会だ! シオン君に扱かれるといいさ!」

 

「ヘスティア様!? わたしを殺したいんですか!? シオンがどれだけ鬼か知らないから言えるんですよ! 本当に殺す気で来ますからね!?」

 

「当たり前でしょうに。死という明確な恐怖に追い立てられているとより成長しやすくなる。死にたくなくて、否が応でも己を追い込むことで、ね。というかベル、何をそんなに興奮しているのですか? もしかして……実はマゾヒスト気質だったり?」

 

「ち、違うし!? というか人の気持ち少しくらいは考えてよ! この鈍感め!」

 

「お前が言うなお前が」

 

 顔を真っ赤にして「あわわわわ……!」とでも音を出しそうな震え方をしていたベルに何故か罵倒されたが、反射的に言い返すとすぐに押し黙った。一体何がしたいのだか。

 というか、私は鈍感などではない。敏感だ、ある種潔癖と言えるまでに敏感なのだ。周りの変化はつい気になってしまうし、己に関わることは知っておかないと落ち着かないことが大半。名前の一文字目を発音されると耳を立ててしまうことなんてざらだ。ただ人の気持ちが理解し難いというだけで、恐らくは鈍感と言われたのだろう。無理は言わないで欲しいものだ、人の気持ちなど分かるはずも無いだろう。

  

「んじゃ、手始めに深層でも行きますか」

 

「「無理に決まってるでしょうが!?」」

 

「あれま。ヘスティア様にまで反論されるとは」

 

 前途多難だな……これじゃあ何も決まらんぞ。人に頼りっきりだし、否定するのにも拘らず自分は意見を(ろく)に出さない。ふざけてやがる、本当に。

 猶予は少ない、早々に鍛錬を始めたいが……ま、その前に。

 

「とりあえず、全ては昼食摂ってからでいいですよ。やっぱり。空腹は敵ですからね」

 

「やったぁー♪」

 

「たすかったぁ……」

 

「頑張っておくれよベル君、ボクは応援してるぜ?」

 

 一転して可愛らしく万歳するティア、安堵をあからさまに浮かべるベル。それを励ますヘスティア様のコトバは私からして全く信憑性(しんぴょうせい)が無いように思えてならない。 

 いい方に転がってくれることを願おうじゃないか。正直、危ういところだが。最悪なにもかもおじゃんにしてしまえばいい。

 ……もう、適当でよくない?

 結論は実に、しょうもない。

 

   * * *

 

「ほほぅ、随分と馬鹿なこと言いますね」

 

「そ、そうだぜベル君……流石に他派閥(ロキ)を頼るのは……ボクも個人的に嫌だし。というか無理だろう? ヴァレン何某に取り合う事すら――」

 

「いえ、それ自体は簡単ですよ? 私が呼べばいいですし。でもなぁ……やっぱりなぁ」

 

「な、なんでダメなのさ!? というかシオンが呼べばすぐ会えるってどういう事!?」

 

「そこまで言っとらんわ」

 

 ご満悦に鶏肉を頬張る食欲旺盛児なティアを差し置いて、十分に食事を終えた三人で話し合い始めてすぐ。何かを決断したベルが突然に提案をしたのだ。

 

『僕……戦い方を、教えてもらいにいく。その……アイズさんに』

 

 フッざけたことを、鼻で笑わなかったことを褒めてもらいたい。

 あぁ別に、教えを乞う姿勢は悪くはない。だが往々にしてベルは人に頼る選択肢を捨てないのだ。それがどうにも気に食わん。意志は尊重しようとも、協力する気にはなれなかった。腰が引け、後ろめたい想いを垣間見せているところが更に。

 確固たる意志を持ち、何が何でもという気持ちが見られれば私も肯定的だっただろう。だが、全くもってそんなことはないのだ。言うに逃れるための二次策、そのような扱いに思えてならない。

 

「へぇ、ふぅん、そうなんだぁ~ふふっ、シオン、これはかなり凄い関係だね。態と?」

 

「違うわ。ベルが後付け、私が先。策略であるなら何がしたいのか知りたいものですよ全く」

 

 要領を得ない質問だが何となく言いたいことが伝わった。手を止めてニタニタとするのは、ベルがアイズに気があることを察したからかもしれない。私と違って人の気を察することが本当に上手い。何か秘訣でもあるのだろうか。

 

「んで、半殺しにされるのだけを避けるためにアイズに迷惑を掛けてどうする? 第一に彼女が協力してくれると言い切れるか? 舞上るなよ馬鹿が、自分が低度であると知れ」

 

「そこまで言うことはないんじゃ……」

 

「いいやある。本来貴女にも色々言ってやりたいんだぞ駄女神が。寄ってたかって他人任せで、自分だけで成し遂げようとはしない。ふざけるのもいい加減にしろよ? 陸でなしどもが」

 

「……ふざけてるのは、そっちでしょ」

 

「……はぁ」

 

「――ッ!」

 

 ごドンッ、勢いあまった椅子が後ろへと飛ばされた。(あき)れ極った私のため息が発破となったのか、一気に形相を歪めて(にら)みつけて来る。だがなんだろうか、紅玉(ルベルライト)の瞳、その奥に垣間見える歪んだナニカは。まるで、見下されているような、ソンナ嫌な感情は。

 

「ベ、ベル君、落ち着いてくれ。事実なんだ、思い直してみたけど正直全部シオン君が正しい……怒るのも筋違いなのさ……」

 

「で、ですが神様!? シオンだって結局は他人任せにしようとしてるじゃありませんか!? 人の事言えた口じゃないのに……! 可笑しくないですか!?」

 

「可笑しいのはベルさんです。他人任せとか言いますけど、シオンは別に自分でできない訳じゃない。というか自分でやった方が大抵早い。でもあえて他の人にやらせてるの。面倒とか色々理由は他にもあるけど、最初っから何もできないベルさんとは違う。そこ、はき違えない方が良いよ。あ、ご飯おかわり」

 

「はいよ」

 

 一度手を止め、介入し説教を始めたティアが笑顔で押し付けて来た茶碗を微笑ましく思いながら受け取る。敬語もある程度は使えるようになっているし、実に好い成長だ。  

 ティアの力も借りて急速に炊いた粘り気が弱めの米をよそう。まだ湯気が上がるほど温かい。

 面倒だのなんだのは(ほとん)ど事実だ。私がしてしまえばすぐに終わる事なんて数多存在する、同じくらい、できないことも。ベルへの指摘も私が言いたいことの大半だ。『いずれ大成する』とは確かにあたっているかもしれない。だが、そのいずれに至るまでが遅すぎる。今の状態では何十年かかっても無理だ。自分ができないことを誰かに任せる、それは仕方のないことだ。だが、そこには他のことを代わりにしているという条件がついてのこと。始めっから何もする気の無かったベル、その時点でもう終わっている。

 だがしかし挽回の機会を与えた、にも拘らずそれは無下に終わる。何もできないとは齟齬(そご)があるもののする気がないなら同じようなものだ。

 

「もう、面倒ですからご自由にどうぞ。んで、問題はティアですけど――」

 

「わたし、シオンと一緒に居られればいいもん」

 

「あはは、そうですか」

 

 この一途な気持ちはもう最近煩わしいとすら思わなくなってきた。和やかな笑みを零してしまうほどには、親しみを持てているかもしれない。だがこの気持ちの根本は『あの場所』での長い人生(ぜつぼう)(もたら)したものだと解っているから、痛ましさは抑えられない。

 

「では、さようなら、ベル。どうぞ戦争遊戯(ウォーゲーム)までご自由に。ティアはとりあえず服を買ってきましょうか。戦闘服(バトル・クロス)、もう無いのでしょう?」

 

「ご、ごめんなさい……魔力(マナ)で修復できない訳ではないけど、下手すれば消えちゃうからね。うん、お願い」

 

「勿論ですとも。今度はどんなメイド服にしようかねぇ……あ、いっそのこと他の物にしたり? 男装とかしてみます?」

 

「絶対似合わないでしょ!?」

 

「だめか」

 

 ちょっと試してみたかったが仕方あるまい。普通にメイド服としようか。

 暢気にこうやって会話している間に、もうベルは黄昏の館(何処か)へと走り出していた。愚策を試しに行くのだろう、愚かだ。まぁ、アイズは優しいからひっそり協力してしまいそうで、本当にベルは調子に乗ってしまうだろう。今後の対策も考えなくては、ベルに対するものを。

 つんつん、袖が寂し気に引かれた。

 

「シオン君……ボクは?」

 

「……無用ですね、どうしましょうか」

 

「いくらなんでも酷くないかい!?」

 

「仕方ないじゃん現状として。でも、その……えっと、で、でな――」

 

神会(デナトゥス)

 

「そうそれ。それまで待つしかないんじゃない? ぐうたら生活決定だね。ここから出ちゃだめだけど」

 

 是として受け入れそうだが、少しそわそわしているのはベルが心配なのか。私は正直どうでもいいのだが、結局それは無理だろう。彼女はすることが一応存在するのだ。

 私も色々しなくてはならない。面倒事に首を突っ込む羽目になっているのだ、対策もある程度は必要となる。無策で挑めば何が起こるかわかったもんじゃない。

  

「……騒がしいな」

 

「雨じゃない? でもここまで振るんだぁ……初めてかも」

 

「これが雨? へぇ、ここまでとは」

 

「え、こんなの結構あるじゃないか。ティア君ももしかして、外から来たのかい?」

 

 ズアァァァァァァァ……―――――

 打ちつける音。

――――ドガァッ!

 侵入した光、空気を掻き分ける鋭い爆音。

 これが雨だとするのならば、随分と凄いものだ。住んでいた村では、こんな雨降ったことなどなかった。何というか、堕ちる。

 

「多分ね……気づいたら、ここにいたから」

 

「え? それって―――」

 

「あーはいはい。そこで止め。無用な詮索はしてはいけませんよ」

 

 部屋の空気も自然と沈んだ。それは雨の所為か、陰るティアの相貌によったものか。

 溜め息すら(はばか)られる部屋の中、やはり反響したじめったい音が耳朶(じだ)を打つ。

 声が堕ち、満たすのは予感させる音。どうしようもなく、逆撫でられた。  

 

 

 

 



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彼はただ―

  今回の一言
 ヤバイ、風邪ひいてのたうち回ってたら三日過ぎてた……

では、どうぞ


「まずは得物ですね。使い慣れた種類とかあります?」

 

「うーん……一応剣も弓も使えるけど、得意なのはやっぱり鉾槍(ハルバード)かなぁ。あ、こういうヤツね」

 

 右手を横へ伸ばし虚空を握ったかと思うと突然に、淡く輪郭が浮かんだ。微細ながらも集合しているお陰ではっきりと判る粒子が集合して実体を成していく。ずんっと鈍重な音が鳴るまでに然程時は要さなかった。

 

「ほほぅ、これまた面白いものを。……ちょっと触っていいですか?」 

 

「う、うん。シオンってもしかしてこういうの意外と好きだったり?」

 

「意外とは失礼な。私だってこれでも男ですよ、カッコいいものには憧れますし可愛いものは大好きなのですから。こんな心くすぐられるものなんて出されて黙っていられるわけ無いでしょう!」

 

 今創られたばかりなのだから普通に考えて当たり前だが『新品』と言えた。齟齬(そご)があるように感じてしまうのは、不思議とこの鉾槍が発している気配の所為。禍々しく、宛ら呪いのような気配は私の刀と似通ったもの。どういう訳かは聞かない方がよさそうだ。

 主要となる鮮やかな菫色(ヴァイオレット)が光沢を帯びて輝き、傾けていくと鈍色の刃が斧の先で私の顔を歪めて映し出す。槍を軸とした対にはその斧より二回りほど小さな斧と形がよく似た鉤が鋭くちらついている。全長は屹立(きつりつ)させれば『狂乱』に迫ろうというほど、穂先が私のまさに目の前で静かに立っていた。

 それだけで十分興味は引かれたのだが、更に、だ。

 面積の広い斧の側面に刻み込まれている古代文字の羅列。大半が読めなくともそれが『陣』を成していることくらいは理解できた。勿論、対となる鉤にも同じようなものがあり、だが(つか)には利便性を考えてか下手に文字が刻まれて無かった。

 

「ねぇティア、もう得物これでいいのでは?」

 

「え、そのつもりだったけど……もしかして、買いに行くつもりだった?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「流石にそれは……うん、あんまり迷惑かけていられないよね。変換構築っていうか投影の方が近いけど、意外と疲れるんだよねぇ……頑張るけど」

 

「えらいえらい」

 

 情をうまく籠められない適当な褒めに頬を緩ませているティア、実に可愛らしいその笑みには、私を締め付けるかのような、ナニカが存在していた。あまりにも、長く見ていられない。

 目を自然と逸らした私にティアは何も言わなかった。そのまま差し出した鉾槍を受け取る。

 

「んじゃ、雨も止んだことですし、さっさと始めましょうか」

 

「結界張れば降雨なんて関係なかったんだけどね。ま、いいや。ほぃっ」

 

「……うちのメイドがこんなに万能なわけがない」

 

「えっへん」

 

 鉾槍を持ったまま腰に両こぶしを当てて胸を張るティアが、一転して燦燦(さんさん)と遮るものの無い天に降臨する陽に照らされる。周辺には驚くことに空を映し出していた水溜りが全くない。一瞬の下ティアが全て蒸発させてしまったからだ。頭を抱えてしまうレベルの万能さである。

 貸出時間の最中であるにも関わらず、先程の雨のお陰で誰一人として『アイギス』に居なかった。脆弱な子供なんてこの場に居られたら気を使わなければならなかったから丁度良い。

 

「さて、ティア。解っているとは思いますが、戦闘訓練です。ただ、ティアを超す戦闘力を持っているのは『アイツ』のみ。それももう()ちのめしていますが……彼女も普通とはかけ離れているため、予想外(イレギュラー)への対策です。大衆の前で戦うので、今後の為にも制限付きで、ね」

 

「ふーん。ま、あの人結構強かったし……うん、わかった。で、その制限って?」

 

「魔法は一系統のみ、『鏡』で観る戦闘形式(カテゴリー)なら問題ありませんが、直で観られるならば一瞬で精霊だとバレてしまいます。その上常識外な魔法の種類・系統。後のことを考えると結局同系統の三種類ってことになりますね。そして詠唱は……別にしなくてもいっか。ベルという前例がありますからね。ただし魔法名は絶対発してくださいよ? 流石にそれは隠さなければならない所ですから」

 

 私だってある程度なら魔法名(エアリアル)と発しなくとも魔法を使えるのだが、それはちょっと例外。リヴェリアさんとでは方向(ベクトル)が違うからありゃ気にせんでいい。

 ティアも例外的な存在なのだ。精霊の力を知る者は数少ない、広めてもいいものでは無いし、なるべく隠すべきものではあるのだ。

   

「他には?」

 

「……殺しちゃいけない、ということですかね。戦争と謳ってはいますが、アレは所詮遊戯(アソビ)ですから」

 

「それ、シオンが気にした方が良いんじゃない?」

 

「ぐぅの音もでねぇ正鵠(せいこく)を得た意見ですよ……」

 

 出場時は元に戻るから、執るのは『狂乱』でなく『一閃』と『黒龍』であるのだが、ちょっと高揚してしまえばどっちにしろ理性が吹き飛ぶ。下手をしたら確かに殺しかねないのだ。一番は素手で戦うことが望ましいだろう。人は意外と簡単に殴り殺せない。だが斬ったら一瞬だ、大抵死ぬ。

 

「じゃ、制限時間は三十分。それまでに何かしら、私に反撃をさせてみてください」

 

「ん? どういッ――!?」

 

「――因みに、先制攻撃は反撃ではありません」

 

「ダ、ハッ」

 

 いとも容易く吹き飛ぶ小さな体。同時とまで言えるほど間を開け破砕音を轟かせ、遅れて地が一部紅く染まった。念のための練習だ、大太刀で殺さず無力化する。だが私の練習もティアが一度でも攻撃を始めてしまえばもう終わり、反撃判定となってしまう。やはり、条件に縛れるのは面倒だ。

  

「おっ、再起早いな」

 

 粉塵の中から三条の光線(レーザー)。灼熱に着弾点が焦げるその属性は炎に思えても実際は光系統の光因子(エネルギー)属性。因子(エネルギー)という系統ごとにそれぞれ存在する属性だ。これならばたとえ二種類を複合し放ったとしてもバレまい。元の威力を知っている私だから分かるが、今のはちゃっかり炎因子(エネルギー)を混ぜられていたのだろう。実に巧妙だ。

 と、考えながらも中々に洗練された鉾槍を往なす。見た目通り重いし、霞むほどの速度で振るわれていて反射的に動いて反撃してしまいそうだが、理性でそれを抑えてティアが動いてから反応するという神経を摩耗させることを続けるのは私でも辛い。  

 

「上手いですね、色々」

 

「余裕で(かわ)されて全くそう感じないけどね!」

 

 口元に掠れた血を残し、だが不敵に笑みを浮かべながら光線を放ち続ける。三十分もこの攻防は続けられないだうから、さていつ尽きるかが分かれ目だ。

 まぁどうせ見えないところで身体能力強化とかしてるだろうなぁと思うが、制限を掛けたことは言外に「バレなきゃいい」と言ったつもりだ。意図を酌んでいるのならば好ましいこと。

 だが……そこはかとなく緩いなぁ。さて、これからどうしたものやら。

 

   

   * * *  

  

 彼を叱るかのように、引き返すことを許さないかのように、ひたすらに殴る大粒の雨。無慈悲な自然の摂理に、だが彼は頓着せずただ走った。それしかないように、ただ。

 胸中を写し取ったかのような彼にとっての天変地異はあたりから粗方人を退()かせている。独走する彼の歪みきった形相は、幸いにも見る者が存在しない。黒く淀んだ(うつわ)から滴り出るその『嘆き』は、頬を伝い、やがて何のものかも区別がつかずに宙を舞う。

 

「やるんだ、やってやる、見返してやる……!」

 

 呟きは天からの雷鳴(怒り)涙音(なみおと)がかき消す。彼の耳にすら(おぼろ)に届くほどまで磨り減った音は、切歯扼腕(やくわん)する所為で彼は自らが発していると理解していなかった。まるで誰かに囁かれているような、心中が覗き見られているかのような、ソンナ不快感が噛みしめる力を更に助長させる。

 静かなのに煩い、堪らなく、放っておいてくれと言いたい。なのにそれすらも意味をなさない気がして、口惜しくも何一つ行動を起こせない。

 酷く自信の無い彼が走りぬく先。とある日の記憶を辿った、近くも遠く感じる、淡いあの一時に知れた彼女の、彼女たちのホーム。黄昏の館。

 息は絶え絶え。膝に手を突き弱音を零しながら気を紛らわしたい。でも、ならないのだ、そんなこと。兄は……絶対にそんな姿を見せない。

 どんな時でも前に居た。どんな時でも助けてくれた。どんな時でも僕を守ってくれた。どんな時でも―――憧れだった。

 初めての憧憬。永遠の英雄。だけど小っ恥ずかしくて言えなくて、でも言ったところで否定するのだ。「私は英雄じゃない、英雄になんてならなくていい」と。そしてある日から不思議と後に同じ言葉から続くようになったのだ。

 

『ただ……()()がそれを望むのなら、なりたいですね』

 

 酷く儚げな兄を、彼はその時だけは垣間見た。自分はその兄が不思議と、カッコいいと思ってしまった。見当違いも甚だしいが、そうとだけ、思えた。

 なのに、なのにだ。

 兄は変わった、変わり過ぎた。このオラリオに来て、新たな強大過ぎる力を得て、ナニカは知れないが大切なものも得て――変わってしまったのだ。

 今の兄は、好きになれなかった。なのに、大好きで仕方ない。

 どうしようもない感情の二律背反。わけもわからずただそういえる根拠のない自信がある。適当で、投げやりで、面倒臭がりで、もうすっかりと()()()()()なった兄が、大好きだと。

  

「―――――」

 

 正門。流石に誰一人いなかった。下手に邪魔をされず、都合がいいかもしれない。

 大きく、大袈裟なまでに息を吸って――――思い切り吐き出した。

 

「【ロキ・ファミリア】幹部!! アイズ・ヴァレンシュタインに願う!!」

 

 周囲の雑音(ノイズ)など意に返さない、突き刺さる意思を持った叫びだった。

 アンナに散々馬鹿にされた。終いには呆れて、目も向けられなくなった。

 なら、振り向かせてやる。無理やりでも、やってやる。

 強くなって、変わってやるんだ。

 

「どうかお願いします!! 僕に、僕に……! 戦い方を、教えてください!!」

 

 彼女が聞いているかどうか、それでいて無視をしているか、何度も同じ言葉が繰り返される長い長い寂寥(せきりょう)の空間でそんなことは考えなかった。どんな選択を彼女がとったとしても、肯定という一動作がない限りずっとそこにいるつもりだった。

 寒いけど熱い、寂しいけど煩いくらいに盛り上がっている。辛いけど待ち遠しくていつまでもいられる。だから折れずに、ずっと待ち続ける。喉が嗄れても、叫び続ける。

 

「お願いしますッ!!!」

 

 何度繰り返したかもわからない。だが今、ふと前触れなく館口の戸が、動いた。

 目を見張る。だが期待は端からしてない。無理を押し通せる立場でも無いのだ。ただの意地、それが今の原動力。たとえ今出てくる人に追い返されても、再度立って、彼女の肯定が得られるまで、繰り返す。

 扉がただ開けられ――灰色の毛並みを逆立たせ、竦むほど鋭利な獣の眼で静かに見つめる狼が、絶対の壁(正門)(へだ)てた遥か遠く、気怠気(けだるげ)にただ立っていた。 

 一瞬自分でもわかるほど顔が歪んだ。意志と本音は違うらしい。だが立て直して、また叫び出そうとしたその時。

 

「ぁ、ぇぐ―――」

 

「オイ、さっきからうるせぇんだよ。兎野郎、テメェわかってんのか、アイズに戦い方を教わり体ダァ? 調子乗ってんじゃネェよ。少し関りがあったくらいでなんだお前、何様のつもりだアァ?」

 

「――なに、さま……そんなんじゃ、ないです……ッ!」

 

「……んだとゴラッ」

 

「ぁグッ……」

 

 横に振られると共に片手で締め付けられていた首を解放され、されるがまま地を一度打って脇で着地し勢いそのまま擦れていく。受け身を取ろうとは思わなかった。とる、必要がなかった。

 痛い。でもこんなの、気にするまでもない。

 

「――僕は、弱者だ」

 

「アァ?」

 

 突然と小さな声が、雨に掻き消えながら狼人(ウェアウルフ)の濡れた耳を揺らした。

 掻き消えている筈なのに、何故かそのコトバは強く震わす。

 確かな力で、ゆったりと立ち上がりながら語る彼を青年は胡乱気(うろんげ)に見つめた。

 

「どんなに頑張っても弱者だ。そんなの、ずっと前から知っている……!」

 

 守られ続けた、甘え続けた、縋り続けた、頼り続けた――全て、弱かったから。

 あぁ、クソッ、やっぱりシオンが正しいじゃんか。

 

「ずっとずっと、僕は弱者であり続けた、弱者であるしかなかった、弱者にしかなれなかった……でも、そんなんじゃダメなんだ。力が、強さが……僕に欠如しているものが必要なんだ。もう頼っちゃいけないんだ、もう追ってばかりじゃダメなんだ、もう、失望させるわけには、いかないんだ……!」

 

 誰よりも一緒に居た、あの兄に。最強で、最悪で、優しくて、厳しくて……残酷で、正しい、僕の永遠の英雄であるシオンに。もう―――。

 頼ったら楽だ、あの兄は何でもできる。でも、そこを自分でやってやる。

 追いかけるのは容易くない、だが誰でもできる。ならそれだけは嫌だ、そろそろ、追い越してやる。

 ただ憧れるのなんて、簡単だ。同じくらい、失望させるのも、簡単だ。事実、落胆の吐息一つで見限られてしまった。それだけ、簡単なことだ。

 だが、全てだ。全てが一様にして『力』を必要とする。

 

「だから、欲しいんだよ、力がッ……! 失望させない力が、見返せる力が、憧れへとなれる力が、人を守れるだけの力が、アイズ(あこがれ)を超せる力が――! 大好きな、英雄(シオン)を超せる力が、

欲しい―――」

 

 面食らったように、雨のカーテンで遮られながらもはっきりと表情を変えた青年。

 遠く離れた距離から、泥まみれの少年が一歩、また一歩と踏み出すその様が、表現のしようのない(覚悟)をしみじみと伝えたのだろう。

 

「僕が何様なんて、ソンナの関係ありません。どうでもいいことですよ」

 

 酷く落ち着いていた。悲壮に語っていた彼は、強く地を踏みしめる。

 雨が、緩んだ。

 

「ただ―――――」

 

 青年の前で歩みを止めた。ギリッと青年の眼を見つめ、告げる。

 

「僕の邪魔を、するな……!」

 

 静かに、やけにその声だけが通った。意図せず左足が退くことに、青年は気付いている。

 今、確かに目の前の存在を、()()()()

 それが示すことは、理性なんてかなぐり捨てて、眼前の少年を本能から敵に値すると認めた、ということ。

 あまりにもか弱く、無様で滑稽な少年は確かに、強く、気高い男へと成長しているのだ。

 狼人(ウェアウルフ)の青年は確かに、それを認めた。勝手に漏れた笑み。

 

「オイ、()()()()()()()、テメェ戦い方を知りてぇんだよな」

 

 今、青年は人生で最も柄に無いことをしようとしている。

 神々の言葉を借りて、『キャラじゃない』ことを、だ。

 

「俺が、教えてやるよ」

 

 自身の横を通り過ぎて行った少年へ首だけを向け純粋に、笑った。

 驚きに染まったその瞳は、かつて無い程の動揺に揺れ動く。

 雨が穏やかに引き、太陽の下照らされたのは、清々しい二人の、男だった。 

 

 

 



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戦争へと進む

  今回の一言
 往々にして現実は私に厳しい……

では、どうぞ


 

「……おらよ、使え」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 何が悲しくて僕は()()()からタオルを借りているんだ……。

 心中呟きながらもそのタオルで濡れた体を拭いていく。大雨の痕跡すらない晴天の温かな光が窓から射し込む物静かな部屋で男二人が半裸になる奇異な光景は、事情知らぬ第三者が見れば絶対的に誤解されるだろう。 

 そもそも、こんな簡単に侵入できていること自体本来ありえないことなのだ。招待客という配偶になるとは説明されたものの、疚しく思ってしまいこそこそ動いているのは仕方あるまい。

 眼前で適当に水気を払った狼人(ウェアウルフ)の青年、不愛想に差し出された手はタオルを返せとでも言っているのだろう。さっさと拭いていたお陰でその手に布を納められた。

 物珍しく、失礼に値するかもしれないがついじろじろと見まわしてしまう。人の部屋に入るのなんて今回を入れても片手の指で足りるくらいしかないのだから。

 見た目から勝手に判断した性格からして荒々しさで適当なのかなぁ、とは見当違いとなった過去の意見だ。しっかりと整えられた私物、備え付けであろうモノにもしっかりと手が行き届いている。教会の隠し部屋(ホーム)と同じくらいの広さなのがちょっと気にかかるが……大手ファミリアのホームだ、これくらいが普通なのだろう。羨まし限りだ。特に印象に残るのは、本や教材などが所狭しと並べられていること。隠れた努力、というヤツかもしれない。

 

「……あ、あの。結局のところ、何であんなこと言ったんですか?」

 

「……気まぐれだ。で、どうすんだよ。断ったら打ちのめす」

 

「それ、選択肢すら与えてませんよね!?」

 

「あったりメェだろうが」

 

 選択肢なしの強制って、もはや提案じゃない。明らかな命令、権利は何所へ消え去ったのだ……。

 教えてやるとは言われたものの、正直なところアイズさんの方が良い。いや、戦い方を教えてもらう分には戦える人ならば誰でも良いということに成り得るのだが……個人的な感情がそこには介入する。この人に対してはあまり良いイメージが持ててないということもだ。

 

「……つっても、無理矢理じゃあ気が進まねぇのは事実だ。意見は聞いてやる」

 

「立場上当たり前ですけど本当に上から目線ですね……」

 

 私情は抜きで考えろ。相手はつい先日Lv.6にさえも至った本物の冒険者だ。そんな人が無償で戦い方を教えてくれるという。逃すべき機会ではないと分かり切っているではないか。

 たらたらと考えてもいられない、か……心からの本意じゃないけど。

 

「――はい、お願いします、ベートさん」

 

「顔と言葉が噛み合ってねェが……仕方ねぇな。ならさっさと行くぞ、兎野郎」

 

「は、はい」

 

 さっき、確か名前で呼ばれた気がしたのだが……渾名に置き換わってしまった。一体どんな条件をクリアすれば名前で呼ばれるのか全く分からない。別に呼ばれたいわけでもないのだが。

 乾きの良い僕のシャツと脚衣は少しの間干していただけでもう乾いている。着替えがそもそもあったベートさんはタオルを片付けるついでにか準備を終えて戻って来ていたから、あとは僕が付いていくだけ。

 急いで着て、飛び出すように戸へと向かったのだが――どうしてか、ベートさんが引け腰で突っ立っていた。一歩足を退き、何故か全く動かない。だが、その疑問はすぐに解消されてしまった。

 

「……います、よね」

 

「――――」

 

 紛れも無いだろう、この潜められた、言葉を探しながら(しゃべ)る話し方はアイズさんしかいない。風のような優しさで耳朶(じだ)をくすぐるこの声もそうだ。

 今すぐにベートさんを退かしてアイズさんに土下座で師事をお願いしたいという気持ちはぐっと堪える他なかった。僕がここにいること自体、かなり強引なことであるのだから。公に(さら)すのはいろいろと不味いであろう。

 残念だが、すぅっと身を退いた。

 

「……いま、見えた」

 

「アァ!? 何やってんだ馬鹿野郎!」

 

「……うそ。何も見えてなかった。でも、ベートさん――」

 

「なっ……アイズに、嵌められた、だと……!?」

 

 戸口から絶対に見えることのない場所へ隠れていたのに見えたと言われて内心、心臓が鷲掴みされたかの如き緊張を得ていたが、それが嵌めるための嘘だと告白されて弛緩していくのがしみじみと感じたことは悪くないはずだ。というか、アイズさんってそんな器用なことできるのか……と感心しながら、そよそよと身を出していく。

 

「……めんどくせェことに……」

 

「あはは……こ、こんにちは、アイズさん……」

 

「うん」

 

 ベートさんが避けた先にいるアイズさんを視認しながら、僕でも理解できる状況のややこしさに思わず苦笑を浮かべてしまう。(うなづ)きながら短く返答した後に浴びせて来るアイズさんの眼がヤバイ、無感情というかいっそ冷酷というか……冷たい視線。だがそれは、たまたま僕がその範囲に入っているだけで、現在後ろにいるベートさんへと本来向けられているものだとはすぐに気づけた。何故かは知らない。

 

「……二人とも、完全(フル)装備……ダンジョンに、いくの? ベルが、ベートさんと? どうして?」

 

「――――」

 

「――――ッ―――――」

 

 「早く言って」とでもいわんばかりのまっすぐな目をベートさんはずっと受けていたが答えず、まさか僕に来るとは思っていなくて目を向けられると、すぅーと逸らしてしまった。疚しいと言えることがあるからこその態度にまた一段と鋭くなる視線。

 

「……私も、ついていく」

 

「アァ!?」

 

「あ、はい。わかりました、では行きましょう」

 

「おいちょっと待てー!? なんでそんなあっさり受け入れちまうんだよオイ!」

 

「え、だって断る理由ないじゃないですか」

 

 元々アイズさんに師事をお願いしたくてここに来たのだ――忘れかけてたけど。

 ならばついて来てもらって、アイズさんにも戦い方を教えてもらえればもう最高だろう。こんな贅沢なことしてもいいのかは考えない方がいい。都合の悪いことからは目を逸らせとシオンも言っていたではないか。随分と前の話だけど。

 

「……で、ベートさん、結局どこ行くんですか?」

 

「アァ? 深層に決まってんだろ」

 

「どうしてこうも深層に行きたがるんだ……!?」

 

 がっくりと頭を抱えてしゃがみこんでしまうほどの(あき)れ。流石にアイズさんにまでこんなこと言われたらもうどうしようもなくなるのだが……そこまでの無茶を言う気がアイズさんには無いらしい。僕の実力を理解しているからこそか。いやぁ、実にありがたい。危うく死にかけた。

 

「じゃあ、他にどこでやるってんだ」

 

「……市壁の、上?」

 

「あそこ(ほとん)どシオンがぶっ壊してたような……」

 

「北西の方だけ……他は、まだ無事」

 

「勝手に話進めてんじゃねェよ!?」

 

「ベートさんうるさい」

 

「なっ……」

 

 本日二度目の絶句、ベートさんお気の毒に。というかアイズさん、そんなきっぱり言う人だったんだ……ちょっと意外な一面。シオンは知ってるのかな?

 市壁上は確かに好い場所だ。世間体では不味いこの組み合わせもバレることは少ないだろうし、薄ら寒いのだが、それも気にしなければいいだけの個人的な感情だ。

 

「……ベル、訊きたいことがあって……いい?」

 

「え、はい、勿論」

 

「……ベルたちのホームって、どこにあるの?」

 

 予想外の質問に目を()いてしまった。その様子をどうとらえたか、あからさまにしょんぼりとしてしまったのは、シオン(セア)を優々と超す可愛さが秘められていて心臓が跳ね上がる。

 一呼吸おいてから、落ち着いて切り出した。

 

「それが、昨日……ぶっ壊されまして……」

 

「えっ……」

 

「あのバカでけぇ龍の仕業か」

 

「いえ、違いますよ。【アポロン・ファミリア】にやられました」

 

「―――――」

 

 確信した風に割り込んできたベートさんの出鼻を挫くと、何とも言えぬ表情で一歩引いた位置を保つようになった。アイズさんと僕が並んで歩く形となる。ベートさんが発端なのに、何故か付き添いの人的な感じとなっていた。

 

「じゃあ、今はどうしてるの?」

 

「えーと、シオンの所有している鍛錬場……確か『アイギス』っていう名前がついている場所でとりあえずは過ごすことになっているらしいです。僕は、その……ちょっと気まずくていけませんけど」

 

「……その、『アイギス』はどこにあるか知ってる?」

 

「――? はい、学区の近くにあって、かなり目立つ場所です。開けた場所にポツンとあるので、案外見つけやすいですよ」

 

「……うん、ありがと」

 

 何か決意を固めたような、だが少し恥ずかしそうな……凄く気になるのだが、あまりずかずかと踏み込むのはよろしくないであろう。そこはかとなく気になりはするが、個人的なことなのだ。

 

「じゃあ、行こう」

 

「はい!」

 

「俺がいる意味がわかんなくなってなって来たぞ……」

 

 何を今更。内心だけでそう呟いたのに、やけに睨まれてしまった。第一級冒険者とまでなると人の心が読めるようになるのだろうか、末恐ろしい。

 今日から恐らく一週間、この二人にお世話になるのだろう。落ち着けない非日常が続くであろうが、それもいいであろう。死なないと良いが……。

 

 

   * * *

 

「……緊急神会(デナトゥス)の召集を掛けたのにも拘らず、この遅刻。どうしてやろうか」

 

「まぁまぁアポロン、落ち着けって。どうせいつもみたいに寝坊とかで―――」

 

「陽が沈むまで眠っていられるヤツがいるか! 全く、一週間期限を与えると行っていたが、それは余裕の表れではなく自分の逃げであったか。見損なった」

 

「それも多分違うんだけどなぁ……」

 

 暇神(ひまじん)共が集まる摩天楼施設。神会(デナトゥス)用に設けられたそこ、地上三十階の空間では痺れを切らした一柱の男神が卓に拳を叩きつけて怒りを発散していた。中立と(うそぶ)く優男が抑えにかかるも何時間と待ち続けている彼には届いていない。

 

「というかアポロン、ヘスティアと本当に戦争遊戯(ウォーゲーム)するのかい? 滅びるぞ?」

 

「おいおいヘルメス、貴様中立を気取っておきながらそんなことをいうのか。なに、安心しろ。ヘスティアの所の子がいくら強かろうと、私の眷族(切り札)には及ぶまいよ」

 

「本当にそうかなぁ……」

 

 優男とて戦争遊戯(ウォーゲーム)が楽しみでない訳がない。むしろ、誰よりも望んでいるだろう。だがまだ早い、そうとも彼は思っていた。

 彼は知っている。()()()()()どれだけ常識外の存在であり、どれだけの価値を秘めているか。その存在がこの一件によって広まることは、『未来』を望む彼にとって非常に好い事。好いことではあるのだが……その内容が問題になる可能性が高いという懸念が強かった。 

 この会場に来る数時間前、彼は渦中の(ひと)であるヘスティアに呼び出されていた。その時にあの二人が今不穏な雰囲気であるという情報を入手したのだ。具体的に言うと、仲違いしたらしい。それと加えてその二人の内兄の方が、完全無欠の問題児であって殺人までしでかしかねないと主神である彼女に伝えられてしまった。それは困るのだ、彼としても。

 せめてもその性格がまともになるまで矯正されないと、とてもじゃないがこの憂いは払拭できなかった。

 

「ま、幾らオレが心配しても、意味無いだろうけど」

 

「あぁ、当たり前だ」

 

 お前に言ってない。内心独り言へ返答した男神に突っ込みを入れる。

 もう気にすることなく傍観を決め込む。無駄な決意をその時固めたヘルメスであった。

 

  * * *

 

「あーあ、しーちゃんどこ行ったのかなぁ……」

 

 とぼとぼ歩きながら、嘆息と共に出た言葉。いっくら探しても見つからない彼のことを考えて、また一つ溜め息。

 宴の時から消息を絶たれて、全く後を追うことが出来ていない。アポロン様曰く「宴には、代理の者が来ていた」らしく、私の隙を突いて宴に来ていたわけでもなかった。手がかりはほぼなし、逢いたくても無理だ。

 

「せっかく再会できたのに……やっぱり嫌われてるのかなぁ。宴に来なかったのも、私を避けたからかもしれないし……はぁ~」

 

 がっくり項垂れながら歩いている所為か、やけに視線を集める。いや、肩章(エンブレム)つきのファミリア特性外套(コート)を羽織っているからか。【アポロン・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)がギルドに受理されてから然程経っていないのに、なんという宣伝力か。

 目立つのはあまり得意ではないのだが……まぁ、仕方ないのかな。

 

「あ、そういえば。()()()……」

 

 シオンの代理と語った女性は私も目撃していた。その時に気づいたわけでは無く、その人の特徴を聞いて思い至ったのだが。あの美の神じみた容姿を持った女性こそ、シオンの代理人。どんな関係かはたまらなく気になるのだが、とりあえずはそれよりも、彼女ならば不本意ながらシオンについて詳しそうだから、今どこにいるかなども訊けばわかりそうだ。本当に不本意だけど!

 ズドーンッ! 爆発的な音と共に大地が揺れた。慌てて目を発信源へと向けると、だがそこには混乱する人々以外何もいない。だが、その先。学区の方角には確かに目立ったものがある。私も一度赴いた、シオンの所有する鍛錬場『アイギス』。 

 

「多分……あそこかな」

 

 馬鹿みたいなこの現象もシオンの仕業か、将又あの見た目と不釣り合いな強さを誇る精霊か。いや、あの人の可能性もある。推し量れない、上限など見えないあの人の力ならばあり得るかもしれない。

 少しあの人に対しても純粋な興味が湧いて来た。シオンのこととついでに訊きに行こう。

 

「……巻き込まれたり、しないよね?」

 

 この懸念、的中せず外れてくれるといいのだが……

 憂いは新たに生まれるものの、期待を込めた足取りで、すたすたと向かう。

 適正偵察みたいで、何故だか気分が躍る。ちょっとだけ、楽しみだ。

 

 

 

  

 

 



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ぱっと集まりささっと解散

  今回の一言
 アイズの可愛さを改めて感じている私です。

では、どうぞ


「やっほー! みんな元気してるかぁー! って、あれ? なんでこんなに静かなわけ?」

 

「どう考えたって貴女が悪いですよ……昨日すっぽかしましたからね」

 

「ハンッ、アポロンからの呼びかけなんかに誰が応えるもんか」

 

 堂々と言い張っているが、正直やめて頂きたい。同じ気分ではあるんだが……もうすこし建前というものをもって……いや、この(ひと)に言っても殆ど意味無いか。自由奔放が過ぎるから。

 

「で、本当にシオン君ついて来たけど、いいのかな……」

 

「問題なし。さっ、緊急会議なのでしょう? さっさと始めましょうよ、うちの駄女神の所為でできた遅れを取り戻すために」

 

「あぁー! いま駄女神って言ったぁー!? 仮にもボクは君の主神だぞ! 君は本当に敬意というものが無いのかな!?」

 

「あっれぇー可笑しいなぁ……敬意を払えるほどの女神が何処に――あ、あそこにおられるのは、この駄女神に何年もの間くっちゃね生活を許すほど寛大な本物の女神さまではありませんか! あぁ女神様よ、うちの主神が本当にご迷惑を」

 

「グハッ……ぐぅの音も出ない……」

 

 たまたま居座っていたのか、前触れもなく訪れたこの会の席についている女神様――ヘファイストス様に最敬礼を恭しくしながら、いやみったらしくヘスティア様を言外に馬鹿にする。  

 耳を塞いで目を逸らす彼女をもう気にせず、空いていた彼女の臨席へと腰を置いた。

 

「……当たり前のように座るわね」

 

「参加する権利がありますから。座るのも当たり前です」

 

「いやいや、シオン君に本当は参加する権利ないから」   

 

「はぁ……これだからッ――ギルド所有『規定目録』第二十三条神々の集まりについて。第二項神会(デナトゥス)の参加資格はLv.2以上の眷族を所有する神とする。第二号、尚一度参加権を得たものは永遠に継続する。第二号に準じて考えると私は以前参加してますし、何ら問題ないでしょう……? 条文くらい読めよ、マジで」

 

 この法令には矛盾が発生しているが、利用できる方を執るまでだ。

 というか、何でそんなに唖然(あぜん)と目を剥いているのかな? そりゃ、条文なんて一々正確に記憶している人などいないだろうけど……何分、一度見たものは大概忘れられんもので。

 というかそんな引くなよ神々よ、ちょっとばかり傷つくだろうが。

 

「ヘファイストス、知ってた?」

 

「……ごめんなさい、しらなかったわ」

 

「オイオイマジか、この視線はそういう意味かよ」

 

 神かが作った神の為の気まりなのに、神が知らないってどういうこった。神ウラノス、貴方の努力はどうやら全く報われていないらしい。頑張る人ほど損をするとは、本当に世知辛い世の中だ。

 

「あ、今回の司会進行は誰か聞いても良いですか」

 

「オレだぜ、シオン君」

 

「あ、どうも。ファミリアの資産は大丈夫ですか?」

 

「アハハ、できれば聞かないでおくれよ、思い出したくない……」

 

「ざまぁ」

 

 規定を破ってまでもベルを助けようとしたのは悪くない思い入れなのだが絶対裏があった。だからこそ罰金も甘んじて受けたのだろう。今となってもその企みもどうでもいいのだが、厄介事はこれ以上御免だ。安寧の生活がしたいんだよ……

 と、そんなことより、早く進めてもらわなければ。

 

「はいはい、じゃあみんな、アポロンを解放してやれ」

 

『このままでいんじゃね?』

 

『いやいや、せめて猿轡(わるぐつわ)くらい外そうぜ』

 

「全部開放してやれよ……」

 

 憐憫(れんびん)を籠めた視線をつい向けてしまう、椅子に完全拘束された恐らく神アポロンと思われる神物(じんぶつ)。どうしてそうなったと思うが、訊かない方が良いだろう。多分私たちが悪い。

 口々に面白がる声が上がるが、そんなことでは話が進まないのだ。時間は私にとって有限、ちんたらせずさっさとしてほしい。

 

「さて、じゃあ始めようか。戦争遊戯(ウォーゲーム)がための会議を」

 

 引き締まる空気。それは一体なにから来た真剣さなのか。このアソビを盛り上げようという意思か、将又ただの娯楽に対する好奇心か。

 どちらでもいいが、面倒な方へと転がらないこを願おう。ま、願ってばっかりにならないように行動するだけなんだけど。

 

「じゃ、面倒なことは省いて……アポロン、お前の要求を再確認するよ」

 

「ふんっ、知れたことを。ベル・クラネルおよびシオン・クラネル。そしてあのセアという女性に加え、確か……ティア、という子もいたのだったな、その子も要求に含もう。それだけではないぞ、ヘスティア。貴様は。天界へ帰ってもらう」

 

「なっ……!」

 

「なんだ、殆ど変わってないじゃん」

 

 予想外とばかりに絶句しているヘスティア様に対して酷く落ち着いている様子に不審とばかりに衆目を集めるが、別に予想の範囲内の要求だから何ら問題ない。

 単純明快で実に妥当な要求で助かった。万が一不慣れな戦闘形式(カテゴリー)で運悪く負けた時、もっと質の悪い要求だったら死んでたぞ。例えば……一生刀を執ることを禁ずる、とか。ま、死んで生き返れば無効となるけど。そうポンポンと死にたくはない。

 

「んじゃ、次はこっちの要求ですかね」

 

「あぁ」

 

「にしし―――私たちからの要求は、ファミリアの解散、眷族の再編成を禁じ、所有財産の全てを【ヘスティア・ファミリア】へ譲渡、加え神アポロンへオラリオでの永久()()()()を命ずる」

 

「う、うわぁ……何度聞いても質悪い」

 

 周りからの冷たい視線……あぁ、ちょっといいかも。

 神に生命はない、永遠の存在があるだけだ。その神に永久労働を命じる、という鬼畜な要求はすなわち、実質的に労働の神様になれと言ってるようなものだ。疲れ果てる姿を眺めながら自由な日々を送るというのは実に素晴らしい。喧嘩を先に仕掛けて来た馬鹿への報いとしても十分だろう。

 

「……さ、さて気を取り直して! 本筋へと入ろうじゃないか。なにで対戦するかだけど……まずはそれぞれ要求を聴くべきかな」

 

「ボクは代表戦を希望する。両派閥の代表者一名が闘技場にて決闘し、単純に勝敗を決める。間近で観られる方が良く盛り上がるだろう?」

 

 溜め息はぐっとこらえた。必ずしもこれに決まる訳では無いから、今文句をたらたら並べる意義はない。時間の無駄は省いて、他の種目になることを願うばかりだ。

 

「私もその意見に賛同させてもらう」

 

「同じく、だ」

 

 それに同意した神格者(じんかくしゃ)二神(にめい)。タケミカヅチ様とミアハ様だ。タケミカヅチ様は個人の実力を見て圧倒的にこれが有利を踏んだからか、ミアハ様は単純に私たちを案じてくれているのだろう。二人とも素晴らしい(ひと)なのだが……今はその必要がない。

 

「で、アポロンは」

 

「……正直に告白すると、何一つ考えていなかった」

 

「おい」

 

 思わず素で突っ込んだが、これは好都合かもしれない。

 自身に意見がないのならば必然的に周囲から意見を集うのが本能的行動だ。彼の神とてこの例外では無かろう。

 機を逃さない神々が、ああだこうだともう口々に意見を飛ばし合う。だが聞く限りでは碌なものがない。何だよ衣装センス対決(ファッションショー)って……もはや戦争じゃないじゃん。いや、ある種戦争か?

 

「あーあー、おーい! 一旦聞いてくれ。もうなんか色々面倒臭くなってきたから、全員にこの紙を配る。何をするかは、わかるな?」

 

「クジね。妥当じゃないかしら」

 

 小さな紙だけを渡され、各々そこへと迷うことなく記入していく。おろおろしていたヘスティア様はペンの持ち合わせがなかったのだろうから貸してあげた。こういうものは、普通用意するべきだと思うのだ。私が普通を語れるかどうかは知らんけど。

 

「ほーい、じゃあ引くぞ」

 

「誰が?」

 

「……誰にしようか」

 

 先が思いやられるよ本当に! 無計画にも程があるんだよお前等!

 公平性と保つためにも私たちないし関り深い(ひと)たちは無理。勿論相手側もそれは同じだ。中立を謳うこの神はもはや論外だろう。何をしでかすかわかったものでは無いから。

 だが下手な神にお願いするわけにもいかんし……

 

「え、わ、私が引くの?」

 

 自然、同じようなことを考えていたであろう人たちの衆目を集めた美の女神(フレイヤ)が、やけに動揺しながら察していても聞いてきた。皆がそろって首を縦に振る。

 箱がすぅーと滑って、彼女の手元までたどり着いた。

 

「……じゃ、じゃあ――う、恨まないでね?」

 

「くどい、早くしろ」

 

 何をそんなに遠慮気味なのか。ただ引くだけであろうに、恨むもどうも小細工さえしなければ正当だと私は認める。たとえどんな勝負だろうと。

 

「……さ、三本勝負?」

 

「なんじゃそりゃ」

 

「わ、私に訊かれても分かる訳ないじゃない」 

 

 答えてくれることなんて端から期待してないわ。 

 ニュアンス的に、何かしらで三回勝負して勝数が多い方が勝ち、という感じか? 単純だが……これ書いたの誰だよ。決めるためのくじ引きなのに決めるモノ増やしてどうすんだ。

 室内をぎろりと睨みつけてみるも誰が書いたかなんてわからなかった。然も当たり前のようにされているから気づけないのかもしれないが。

 

「……あー、これはまた面倒なことをしてくれたなぁ……もう止めだ止めー。適当に決めちゃおっか。とりあえずこの三本勝負は適応して」

 

 しちゃうんだ。もしかしなくても、それ書いたの貴方でしょ……平然と進めやがって、後で一発鳩尾に喝でも入れてやろう。

 

「これ、多分そのままの意味で理解して三回勝負するから、また三つ決めないといけない訳……んじゃ、ついでにもう三回引こっか。フレイヤ様、お願いいたします」

 

「わ、分かったわ。あ、後三回……変なものでありませんように、ありませんように……」

 

 神が何に祈るのか凄い気になるのだが、おどおどしながら三枚の紙を一回ずつ取り出した彼女が、それぞれ開き、順に読み上げたことによってそんなこと気には無くなる。

  

「一枚目、いえ、初戦は……代表戦」

 

 隣であからさまにほくそ笑み、拳を固める満足気なヘスティア様。その顔は、すぐさま苦いものへと変わった。

 

「二枚目、本戦は……フラッグ戦? 何かしらこれ」

 

 とある男神以外は首を傾げている。仕方あるまい、これまた訳の分からんものを。まだ漠然とした内容でない分ましなのだが。

 

「三枚目、最終戦は……攻城戦」

 

 にたりと唇を裂く男神、深く知らない神々が、興味本位に先を嘲る。

 苦笑いを浮かべるのはやはり、ほぼ確実な予測ができている少数の神々のみだ。

 

 中々に面倒そうなものが挙がったな……あとは詳細なルール決めだけど、確か大半はギルドで決定される。本人たちからこういう条件を、もしくはハンデをというのをつまり決めるということだ。

 

「言うまでもなく、まずはフラッグ戦だな。ニョルズ、君だろ?」

 

「あぁ」

 

 中々に出来上がった体格をした男神、目鼻立ちはやはりよく、そこはかとなく爽やかに思わせられるのは、漁を司る神だからこそか。

 厳かに椅子へ座っているが、考えていることは奇想天外そのもののような気がしてならない。知らん戦闘形式(ゲーム)を提示してくる時点で私の中でそれは確定した。 

 

「出場人数は自由だ、そして勝敗は敵の(フラッグ)の特定位置までの奪取、ないし敵主要旗(しゅようき)の破壊。たったこれだけ、細かいルールはギルドが決めるだろう」

 

「いやいや、新競技ならルール厳密に考えておきましょうよ」

 

 自分の趣向と違ったルールに決まっても改正できないのだからさ……今大体想像はついたけど、この考えと大いに違ったものだったらルール違反の反則で負けかねない。そんな負け方は流石に嫌だ。

 

「そうか? ならば旗は三振り、内一振りが主要旗としよう。設置場所は各派閥(チーム)自由とするが、要報告。相手を倒すのは自由だが、殺傷は禁ずる……」

 

「普通ですね。ま、妙に拘られるよりかはマシですけど」

 

「用意面倒になるしな。さて、んじゃ代表戦はさっきの通りとして、攻城戦の方だけど」

 

「ふっ、防衛は難しかろう。攻めは譲ってやるさ、フハハハハッ!」

 

 高笑いを余裕に浮かべているその顔に一発拳をぶつけてやるのは、叩きのめした後にでも間に合うだろう。それにこのハンデ、絶対後悔させえてやる……!

 

「で、開始日は?」

 

「簡単に開催できる代表戦が二日後、フラッグ戦が用意期間を考慮して更に二日後、攻城戦がいろいろ大変だろうし、その三日後……ていうのが基準と思ってくれていいぜ」

 

「了解です」

 

 ギルドで内容決定の期間もあるだろうし、結局期限一週間なんてものはないも同然のものとなったが、私にそんなものは関係ない。ただ問題は、飛び出していったベルの方だ。代表戦は団長の出場が当たり前だろうし、ならば出場選手はベルとなる。何処へいるかもわからず、何をしているかもしれない。さて、どう知らせたものか。

 一人席から立ち上がると、次いで隣に居座っていたヘスティア様まで私に倣う。他に続々と終わった会議にただ同席していた面白半分の神々も立ち上がった。

  

「あれ、ヘスティア様。神ヘルメスに何か聞くことあったのでは?」

 

「あ、いけない忘れてた!」

 

 ふと思い出したことは、朝に彼女が話していたこと。

 ベルのサポータ、リリこと本名リリルカ・アーデが攫われたとかなんだとかで、それについて情報収集を頼んでいたそうな。まぁどうでもいいけど、私には。

 

「……なんですか」

 

「……ちょっと用があるのだけど、来てはくれないかしら」

 

「お断りします」

 

「なんでよ!」

 

 口調とか正確とか何やらを定型化して欲しいのだが……

 袖をちょこんと引っ張った美の女神が、潜めて耳元でこそっと囁いたが、私の即答に大声を上げた所為で周りから注目を集める。いつもならあり得なさそうだが、居たたまれなくなったのか連れられ退場させられた。何故だかほんのり紅潮する頬は恥ずかしさの表れか、一体どうしたんだこの(ひと)

 

「この後暇でしょ?」

 

「オイ、その言い方だとまるで私が暇を持て余した自由人(フリーダム)みたいじゃないですか。予定ぎっしりの多忙な人に向かってなんてことを。よって貴女と付き合っている暇などないので、それでは」

 

「話くらい聴いてもいいんじゃないかしら!?」

 

「……それに私が得る利益は」

 

「あるわ、無かったら作るまでよ」

 

 何ちゅう強引な……ま、ティアをあと少しだけ待たせることになるだけだし、何ら問題ないか。後で文句たらたら言われるのは私なのだが。飯の一つでも出してやれば落ち着くだろうし結局問題ない。

 

「――碌なことじゃなかったら、ダンジョンに放り投げますからね」

 

「そ、それは本当に止めた方が良いと……ま、まぁいいわ。じゃあついて来て頂戴」

 

「どこへ」

 

「――私の個人空間(プライベートルーム)へ」

 

 あぁ、あそこね。割と平然とバベルの最上階を思い浮かべる。

 そういえば、バベル内部からの行き方は知らない。外からはただ飛ぶだけで事足りるのだから、考えもしなかった。少し興味が湧いて来る。

 

「……眷族以外を招待すると考えると、やっぱり緊張するわね……」

 

「んな見られて恥ずかしいものでも置いてるのかよ……そうは見えなかったけど?」

 

「何勝手に見てるのよ、というかいい加減敬語使いなさいよ。仮にも私は都市最高の神なのよ?」

 

「知らんしどうでもいい」

 

 そう言うことを言っている時点で敬うに値しないわ。何なら本当にヘファイストス様の方が尊敬できるし、よっぽど神格者であろう。敬う女神は誰よりもあの方だな。別に鍛冶師ではないのだが。

 

「おいちょっと待て、コレなんだ」

 

「何って、階段だけど?」

 

「……まさかとは思いますが、上って行くわけでは」

 

「当たり前でしょう」

 

 超現実的(シュール)だなおい……てっきり高性能魔石昇降機でもあるのかと思って期待してたのに。というかニ十階分って……一体何段上ることになるのやら。

 というか、こういう事平然と思っちゃうのねこの(ひと)。意外と動くの好きなのかね……

 そんなことを考えている間にも、段々と上っていく。

 一段……一段……一段……

 

「遅いわ!!」

 

「!?」

 

 流石の鈍さに、声を荒げて叫んでしまう、短気な私と共に上る蜿蜒とした階段。

 終始、おどろおどろしく怯えていた小心女神を眺めることが出来ていた。

 

 

 

 



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階段の後の会談

  今回の一言
 某コンデンスミルク入りコーヒを不味いという人の神経が解りません。

では、どうぞ


「あれが最北端、あれが貴方が所有してる『アイギス』。そしてあれが貴方たちの旧ホームよ!」

 

「的を射た表現ですね」

 

 雲すら超えた大窓から見下ろす街景色に一つ一つ指を指し、それが何だかを聴いてもいないのに嬉々として教えて来る。楽しんでいることがあからさまなその姿に、どうこう言う気にはなれなかった。

 他人(ひと)を呼ぶのは初めてとのことを言っていたが、こんなはしゃぐまでのことなのか。威厳を見せつけていた過去のあの姿は本当にどこへ行った。これじゃあ旺盛な子供と何ら変わらんぞ。

 

「そしてね! あそこであの子が、段々を磨かれていくの! 凄いわよ……透明という色を持った澄んでいる魂、光を帯び、器を広げ、成長を着実に遂げていく……あぁ。堪らないわぁ……!」

 

「勝手に発情すんな、居たたまれなくなるだろうが」

 

 身を捩らせて、ハァハァ頬を火照らせながら自信を抱くようにして喘ぐ美の女神はかなり魅惑的なもので……効果は薄くとも、何だか見ていられなくなるのだ。

 というかここに来た甲斐はあったな。ベルの場所が特定できた。だが市壁の上とは……あぁやっぱり、まだぶっ壊れてる。今度ティアに直してもらおうかね……

 

「んで、結局ウン十分かかって来たここで、私は何をすることになるのでしょうかね。まさか、ここからの絶景を共有しようとした、とかだったら容赦なく屋上から落としますから。このくらいの景色一つ飛べばすぐ見れるんだよ」

 

「だ、だって……ご、ごめんなさい。つい気が舞い上がってしまったわ」

 

「よろしい」

 

 意外と素直に反省する。あれ、この(ひと)本当に誰だろう……私の知っている神フレイヤはもっとこう、天上天下唯我独尊的雰囲気を醸し出した、王者的存在だったはずだが……私がこうして上から物を言っている時点で王者もクソも無い。どんな心境の変化が……頭でも打ったか?

 ま、正直そこは知らんでもいいけど。

 

「こほんっ……じゃあまずは座って、茶くらいは出せるわ」

 

「いいですよ別に……てかそもそもどこに。二人分の椅子もテーブルも無いですけど」

 

「……そうだったわね。確か奥に置いている筈……」

 

 おいおい、大丈夫かこの女神。流石に人を呼んだことがなくても、備えられている物の位置くらい自分の部屋なのだから分かるだろう……

 

「あぁあぁ、危ないですって……手伝いますよ、そんな無理しなくても」

 

「そ、そう? ありがと……」

 

 無理して中々に重そうな円形の卓を持ち運んで来ていたが、流石に辛そうなので交代して運ぶ。大きいだけで私にとっては苦でも無かった。

 指示された場所へ置き、いつの間にか引っ張って来た椅子に座って、結局茶なしのままとなった対面。一体彼女はどんな要求をするのだろうか。

 

「……やっぱり優しいのね」

 

「頭大丈夫ですか? 良い医者は知っているので紹介しますよ?」

 

「いらないわよ!」

 

 私が優しとは可笑しなことを。そんなことを思ってしまうのは今までの環境が過酷過ぎて『普通』の基準が可笑しくなってしまったティアくらいだ。あれは、仕方ない。……そういえば、アストラルなんかもいたか。

 

「さて、落ち着いたところで話を聞いてはくれないかしら」

 

「……五分以内で終わるのなら」

 

「あー……それはちょっと無理かしら。でも聞いてちょうだい」

 

 強引な……ま、別にいいか。ぶうたれて散々言われることにはなろうが、結局は全て一食与えれば納まる事。あれ、ティアってちょろくね? 大丈夫かよ、ちょっと心配になって来たわ…… 

 

「最近、貴方についてちょっと深く調べてみたのよ」

 

「無駄なことを……」

 

 というか、それを私に知らせるってどういうことだよ。馬鹿なのか?

 だが一応、念のため、別に興味がある訳では無いが聞き入る姿勢に入った。それに満足したかのように妖艶な普段の笑みではなく、中々見せないであろう好奇心にあふれた子供じみた純粋な笑みを浮かべる彼女は、やはり何かが違う。

 

「それでね、途中で気づいたのよ」

 

「何に」

 

「……調べていたのが、別の人物であることに」

 

「は?」

 

「ちょ、ちょっと、そんな真顔で冷たい視線を送らないでよ……あ、やめて、笑われる方がもっと怖いわ……」

 

 酷いなおい、怖いって言われたから意識して変えたのに……もうこの(ひと)の意見はなるべく気にしないようにしよう。うん、そうしよう。

 

「本当なの。シオン・クラネルについて眷族たち総動員で調べてもらったのだけれど、ここ最近の情報についてはやっぱり貴方について。それは変わらなかったわ。でも……遡るにつき変わっていたのよ、シオン・クラネルという人物から、シオンという人物に」

 

「ん? ちょっと可笑しくないですか?」

 

「えぇ、そうなの。私だって流石に名前だけ同じだったらそれを貴方だとは考えないわ。でも、違うの。名前だけじゃなく、体格、得物、戦い方、異常性、オラリオ外という出自……ほとんどが、怖いくらいに一致していたの」

 

 どういうこった。つまり、なんだ……私と特徴が酷似した人物が 以前存在していたという事か? だがそれがどうしたというのだ。他人の空似であろうに。気になりはするが深く追求する気は無い。それに体格なんてぱっと見素人が見て誰もが似たようなもんだろ。というか異常性が私と酷似していたその『シオン』さんとやらが可哀相でならない。苦労したんだろうなぁ……てか、何で戦い方知ってるんだよ。本当にどこから情報漏れてるか判んねぇなぁ……

 

「でも、容姿だけは少し違ったわ。貴方の髪、金と白が毛ごとに分かれているけど、そのシオンは何もかもが抜け落ちたかのような真っ白だったそうよ」

 

「おいおいマジかよ……」

 

「えぇ、マジよ」

 

 あ、貴女もマジとか言うのね。やっぱり神だわ。

 それよりも、だ。そのシオンとやら、神フレイヤは気付いていないが、本当に一致している。私は元々白の単色、金が混ざったのはアイズから継いだアリアの血が影響したものだ。だがどうしてこれほどまでに……真に受けようとは思はないが、どうしてか気になる。

 

「ねぇシオン、貴方両親の名前は知ってる?」

 

「知らねぇよ、顔も名前も存在自体も……!」

 

「……ぇ」

 

 目を剥き、絶句する彼女の瞳には滲む恐怖。万人を写し見通す鏡の眼、その中の私は驚きかアホ面を浮かべていた。

 

「……ごめんなさい、はは、何故でしょうかね……」

 

 今の感覚、無償な怒りというか、なんというか……変に否定的な感情がこみ上げてきた。衝動のまま吐き出してしまった所為で怯えさせたのは悪いとは思うが……そこまで調べが届かなかったことに対するこの喪失感、吹っ切り、気にしないでいたつもりだったが、やはりまだ未練があったらしい。馬鹿みたいだ。

 失笑浮かべて陰る私にふと、柔らかな感触。手を包む、華奢(きゃしゃ)で荒れ一つしない綺麗な手。

 

「……私こそ、ごめんなさい。知らなかったの、許してとは無理に言わないわ」

 

「そうです、か……」

 

 そんな気にしなくても……という気にはなれなかった。無駄だし、自分に嘘を吐くことになりそうで。

 重く沈んだ空気は、何となく嫌だった。

 

「神フレイヤ。先程の話の続きをどうぞ」

 

「え、えぇ……その呼び方ちょっと気に入らないけど、いいわ」

 

 ありゃ、普通の呼び方だとは思うけど……お気に召さなかったかな? というか以前もこうやって呼んだ気がするけど、気でも変わったのか、やはり。

 

「さっきのを聞いて無神経とは思うけど、私はそのシオンが貴方の血縁者だと踏んでいたの。あ、でも殆どわからなかったわ。姓が同じならば考えようがあったのだけれど、シオンの親もそのシオンも不明。そのシオンは性別不詳だったし、出自も不明だし……何せ、私がまだ下界に降りていない、600程前の話だからね。情報を集めるのが本当に難しかったから」

 

「よくそれでこれだけ情報集められたな……」

 

 そんな受け継がれていたものなのだろうか、そのシオンとやらは。異常性が私と似ているらしいが、その分その時代では色々やりたい放題だったろうな。

  

「でも、もうその話は終わり。少し変わって、別のことなんだけど……」

 

 と、言いながら持ってきたのは、部屋の奥一杯に広がる本棚の中でひしめく本の一冊。古びているが、まだしっかりと形を保った革表紙の本。

 私の前で開き、ある一頁を見せた。

 一頭の漆黒が印象的な龍――いや、竜。それに立ち向かう、人間が一人。白髪で曲長刀(きょくちょうとう)を両手に持つ、長髪女性――いや、英雄だから男であるべきなのか。

 

「大体1200年前のとある英雄の話よ」

 

「……私、この話知りません」

 

 どういうことだ。記憶の最古の段階から英雄譚はずっと聞いて来た。知らないモノなんて、無いと思うほど。まさかお祖父さんが知らなかったのか? いや、もしかして知っていて話さなかった? 

 もう知ることが困難なことを、無理に考える必要はない、か……。

 

「この英雄の名はソロモン。無限の知識を有し、未来の予知まで可能として、ある国を危機から救った英雄。この背景にある山が力尽きたその英雄を永遠に眠らせるかのように出来上がった山。後にここにはその国の王が祭壇を建てて、神聖な場所として祀られているそうよ。そして気づいていると思うけど」

 

「―――そいつが、黒竜。英雄が追い払った脅威。大方、ダンジョンから黒竜が進出することを予期し、命を懸けて戦った、と言ったところですか」

 

 指し示されながらの説明に、読めた先を述べてみると、素晴らしいとでもいうかのようににっこり微笑み一つ(うなづ)いた。

 

「話が早いわね、その通りよ」

 

 確か、ギルドで見た資料に、黒竜の地上進出は降前(こうぜん)200年頃と書いてあった気がする。時期は一致しているが……

 

「もっと深くいこうかしら。これは一応実話として語られているモノ。背景にある山も勿論存在しているの。この山の名前が――シオンというの。奇しくも、ね」

 

「……何が言いたい」

 

「ヒッ……ご、ごめんなさい。そんな怒られることだとは……」

 

「怒ってねぇよ、続けろ」

 

 とはいうが、口調にも表れるほどナニカが焦燥を募らせた。理解しがたい己の感情、わかっているかのようなこの感覚。全て知っているかのように、重なり聞こえるダレカの声。

 

「……1200、600、そして現在(いま)。この三つだけ見て、約600年周期に起きている、貴方に関りを見出せる物事……そしてもう一つ言えることがあるの」

 

「――600年ほど前、黒竜がオラリオへ来た」

 

「――! えぇ、そうよ、よく分かったわね……」

 

 オラリオについて記録された、ギルドの書庫奥深くに埋まっていたあの本。その中には大々的に黒竜について記された(ページ)があった。それが、今言った通りの時代の話。

 驚いた顔を浮かべられたが、コレばっかりは知っていたこと。

 

「私が言いたいのは、そういう事。この周期でこの条件、もしかするとという推測の域は出ないけど……オラリオに、黒竜が来る可能性がある」

 

「―――それで」

 

 重苦しい雰囲気になり、その原因が私であると知っているがどうこうする気は無かった。

 指を組み肘をついて、恐らく酷くなっている目を隠す。これ以上怖がらせるのは流石に悪い。

 

「懸念には保険を、ね。そして保険に保険を重ね、万全にする。貴方に、その時の為の準備をしてもらいたいの。オッタルだけではなく、貴方にもね」

 

「……用件はそれだけですか」

 

「本当はもっと貴方とこの時間を楽しみたいのだけれど……今日は我慢ね」

 

「では、さようなら」

 

 静かに立ち上がって、一瞥もすることなく去った。酷く嫌なナニカを胸中に残留させて、こべりつく靄が気持ち悪くとも払えず、そのままにして。

 妙な違和感は、尚も大きくなり、明確へと変わっていく。

 

 

   * * *

 

「怒りのー! 【雷神の鎚(ミョルニール)】!」

 

「おっと」

 

「ぐへぇ」

 

 『アイギス』への帰還後、不意を突いたのであろう精霊からの鉄拳(怒り)。容易く往なすと勢いそのまま、調理場から突撃してきた精霊(ティア)が壁へと激突する。

 ずりずりずり、と床へと壁に顔をくっ付けたまま崩れる彼女のお腹が、見計らったかのように意思表示をしてきた。正午から二刻ほど経っている所為か、本当に悪く思ってしまう。私はある程度耐えられるが、食欲というものを彼女から引きだしてしまった私には、ある程度食を与える責任はあろう。

 

「はいはい、じゃあいつもより気合入れて作りますから、とりあえず自分に回復(ヒール)して待っといてください」

 

「うん……鼻が、はながぁ……」

 

 うわぁ、曲がっちゃってるよ。あれ意外と痛いんだよなぁ……って、そんな簡単に治しちゃうんだやっぱり。流石万能精霊、戦闘関連ならば素晴らしい限りだ。メイドとしてはちょっと残念だけど。

 

「あ、シオン君お帰り。ご飯まだ?」

 

「……ティア、飯をたかる駄女神(だめがみ)がそこに居るので、さっさと追い払ってくれませんか?」

 

「うん、わかった」

 

「ちょっと可笑しくないかい!? いっつも作ってくれたじゃないか!? あ、ちょ、ティア君? 何をしようと――え、ちょ、待ってくれ。シオン君ー! たす、助けてー!」

 

 あはは、容赦ねぇ……流石に止めに入るが、半分冗談で私が言ったことも気づいての行動らしい。遊ぶようなその表情で丸わかりだった。性格の悪さは生来のモノだろうか、将又近くにいた人々の影響か。それはよろしくない、だって主に私の影響だろうから。こんな人になりたくないとか思うならまだしも、近づかれるのは非常に困ったことに……まぁいいか。

 

「んじゃ、さっさと作りますか」

 

「ありがとーシオン君……あ、そうそう。この後空いてるかい?」

 

「えぇ、まぁ空けることはできますよ。それが?」

 

「後で皆で協力して、サポーター君を救出するのさ。シオン君はその援護、いいかい、あくまで援護だからね?」

 

「ほぅ……」

 

 なるほど、神ヘルメスに聞いていたのは拉致されている場所の情報だったか。情報収集に関しては右に出るものが居ないな……ん? じゃ神フレイヤが知れなかった情報も知れたり……頭の片隅にでもおいておくか。

 

「で、リリの場所は」

 

「ソーマの酒蔵、ホームではないってさ」

 

「酒蔵、ね……」

 

 ソーマの酒蔵と言えば、無駄に警備が厳重な第三区画に存在するミーシャさん曰く『神ソーマの趣味の結晶(生きがい)』だったか。でも神ソーマ、確かギルドからの命令で酒造り禁止されて無かったっけ? まだ利用してたのか……もしかして、本物の『神酒(ソーマ)』もまだあったり……

 

「来てくれるかい」

 

「えぇ勿論、ベルの仲間を助けるため、微力ながら助力致しましょう」

 

「シオンが微力だったら、私たちは一体何に……というか、なんか企んでない?」

 

「いえ、全然全くこれっぽちも企んでなんかいませんよ」

 

 勿論、嘘だ。

 

 

 




 
 降前(古代)⇒降誕⇒降後(神代) 
 こんな移り変わり。紀元前と紀元みたいなものですね。もちのろん独自設定です。
 因みに降誕が初めて神が下りて来たその年代のことです。


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誰も彼もが己が為に

  今回の一言
 無駄に長くなったぁー。

では、どうぞ


「えーと、こんなに人要ります?」

 

「いる。主にシオン君抑制係が」

 

「なんだそりゃ。完全に私が来た意味無いじゃないですか。むしろ邪魔者になってますし」

 

「シオン君は保険なのさ」

 

 いやそりゃわかるよ? 相手にこのメンバーが負けるほど強い奴はいないだろうけど、念のためっているのは重要だからね。ま、行けるだけで途中ちょっと抜け出せれば、私の目的は果たせるし何ら問題ないのだが。

 

「で、どうして集合場所がここになった。他にあっただろ、色々……」

 

「え~、だってあまり動きたくないし」

 

「ふざけんな」

 

「いでっ」

 

 軽くデコピン、それだけでもうヘスティア様の額にはばっちり腫れが出来上がっていた。

 横から刺さって来る日光に変わらず顔を(しか)めながら、集まった面々を見渡す。やはり、過剰戦力な気がしてならない。

 鍛練場をまじまじと興味津々に眺める【タケミカヅチ・ファミリア】の主要人物三人、今は封印符(ふういんふ)の貼られて安全な『狂乱』を鑑定し、呆れと感嘆の溜め息を漏らす某新参上級鍛冶師(ハイ・スミス)。腕と弓の調子を確かめるおっとりとした犬人(シアンスロープ)。そして我が戦闘特化精霊(メイド)……人数的には確実に相手に劣るだろうが……今のご時世、数より質だ。

 ええっと……Lv.2が四人、1が一人。んで不詳という名の計測不能が私含め二人。うん、こりゃ相手が可哀相に思えて来た。

 

「シオン殿、こちらの鍛錬場は、一体いくらしたのでしょうか……」

 

「いきなりどうして」

 

「あ、いえ、その……これほどの鍛錬場があれば、と少し思ってしまって……あ、今の鍛錬場所が不満なわけでは無いのですよ!?」

 

 態々そんなこと言わんでも、貴女のお仲間さんは理解していると思いますよ。とは内心温かい目で見ながら思ったことだ。真面目な彼女は一々気にしてしまうようだ。

 

「あ、それボクも前から気になってた!」

 

「……ま、隠すほどでもないですかね。1億5700万ですよ」

 

『はァ!?』

 

「ちょ、ちょっとなんですか。いきなり詰め寄って……」

 

 一気に詰め寄って来られ、伴い私も下がったのだが、壁際まで押し寄られ逃げ場を失う。理由の解らないティアと私が驚いていると、十人十色に感情を向けられた。勿論、私に。

 

「どうやって稼いだのさそんな額!? ボクは知らないぞ!?」

 

「いいいいいえヘスティア様!? 分割払いという可能性が―――」

 

「いや、一括だから。というかヘスティア様、荷物移動のとき見てたでしょ。あれざっと3,4億ですよ」

 

「はぃィ!?」

 

 もう完全に絶句し、落ち着いてはくれたよう。ふぅと一先ず安心したものの、自分の迂闊さに呆れが伴った。そいえばそうなのだ、ちょっと前に金銭感覚が可笑しくなったせいで気づけなかったが、億という単位は早々稼げるものでは無い。大手ファミリアでも遠征して漸く稼ぎ、費用のマイナスで数百万の利益といったところ。こつこつ溜めてやっと億は超えられるモノなのだ。

 

「というか話変わってる。さっさとここに集まった意味思い出せ」

 

「あ、そうだった、いけないイケナイ……」

 

 あぁ決めた、もう絶対この(ひと)には金の話をしない。執念深くこれ以上食らいつかれると面倒で仕方ないから。

 

「じゃあ気を改めて! サポーター君の救出作戦について、放し合おうか」

 

 漸く本題に入ったよ……遅すぎるだろ、何分待ったと思っていやがる。

 全員気合入れたようだし、もう別の話に移り変わることは無いだろうけど。

 というか、これ言っちゃうと根本からひっくり返るけど……

 

 作戦ナシの、正面突破で十分じゃない?

 

 

   * * *

 

 けたたましく、聞き慣れない音が轟いた。しかめっ面を浮かべているのは、一応この音が鳴る意味を知っているからか。その音に興味も無く、下手に身動き取れない状況で不貞腐れていた自分には、音が『警鐘』と言われた所為で何故だか全てがわかった気がしてはっと息を呑んだ。

 

「なん、で……」

 

 弱々しく、思わず漏れた擦れ声。静かだった牢まで響く戦闘音。物語っていた。無駄に警備が固いこんな場所を襲う輩は、『酒』に支配された狂人の中でも、どうしようもなく堕ちた奴だけだ。それが、普通。なのにこれは違うと確信した、自意識過剰とでも言われそうだが、この音を奏で始めた人々は、明らかに自分を助けようとしている人々だ。

 だが意味が解らない、どうしても。何もできない、価値も碌にない、求められる意味すらない、自分。そんな奴を何故助けようとする。こんな大事を起こしてまで。

 ふと過ぎる、英雄の顔。泥沼から引きずり上げて、汚い自分を全て受け入れてくれた彼の愚かしいまでの純粋な思い。筋すら通ってない馬鹿げた理由で、彼なら助けに来てしまいそうだ。だが、彼を止めてくれる残酷だが常に正しかった異常者(彼の兄)ならばそれを止めてくれるはず、なのに―――

 堂々巡りじみた、永久に答えに辿り着けない思考の闇。ある一声で、一度無理矢理に止められた。

 

「出たいか」

 

「……え?」

 

「出たきゃ出ろ。俺はとめん」

 

「……何を、言って……」

 

 牢に寄り掛かるドワーフの男――チャンドラが突然に言い出した内容こそ訳が分からない。先程命令されていたのだ、一応上司的立場の現団長(ザニス)から見張っておけ、と。どこに逆らう理由があるのだろうか。独裁している彼に逆らえば後に不都合の山積みだ。

 

「俺は考えるのが苦手だ。考えずに飲める酒は好きだ。美味い酒は何よりも好きだ。だからこのファミリアに入ったが……今の『ここ』は嫌いだ。あいつが全部支配した。だから俺はあいつが嫌いだ、あいつの言うことに態々従うのも面倒だ」

 

「……そうですか」

 

 変わった人だとは思う。一時の感情で動くこと以上に愚かしいことはない。自分もそうなのだから、確実にそう言えた。

 程なくして、肉に食い込むほど強く拘束していた銅線があっさり切れた。鍵を使われて牢が開けられる。

 自分は何故出ようとしているのだろう。何のために向かうのだろう。

 わからない、わからない、知らない、でも知れる。行けば、わかるんだ。そのはずなんだ。

 

「ありがとうございます」

 

 瓢箪(ひょうたん)の酒を飲み、極めて己を貫く彼に一言だけ、何となくお礼を残した。

 だが、それだけ。

 もう振り向かずに、小さい体を全力で動かして躍起になり階段を駆け上がる。

 段々と強くなり、近くなっていく剣戟の音、叫び声、荒れていることが見なくともわかるその状況は、自分の所為だと明らかになっているからこそ急かされて、拘束され不自由だったせいで悪い感覚が何度も行く手を阻む。

 それでも、辿り着いた光景は、ある意味最悪であった。

 まさに地獄絵図。なんというか、その……誰が敵なのか区別がついてないというか。

 

「何やってるんですかシオン様!?」

 

「あ!? やっと見つけたよサポーター君! お願いだぁ助けてくれぇ!!」

 

「誰を何でどうやって!? 無理です死にたくありません!!」

 

 格子越しに必死の形相で、目に涙まで浮かべながらこの状況をどうにかしろと無理難題を押し付けて来る見慣れた神様。広場でのこの絶望的な蹂躙劇にどう最弱のリリが手を出せと―――

 

「シオン君の面目はやられたからやり返した、だ! ソーマの子が戦うのを止めてくれたら止まるはずなんだ! でも僕たちはとりあえずシオン君を抑えるので必死で、そっちまで手が行き届かない! 頼んだよ、サポータ君。君が必要なんだ!」

 

「何を都合がいい時に! どうせ何の役にも立てないんですよ!」

 

「いいやできる! 君ならばできるはずだ! どぉせ思ってるんだろう、自分には存在価値すらないとか!」

 

「ええそうですよ!」

 

 全くもって的を射ている。だがそれがどうした、ただ事実を言われただけだ。

 でもなんでだ、どうしてこんなにも悔しい。なんでこんなに苦しい。

 

「ボクはそれを正面から全否定する! 力がない? 笑わせないでくれ。力がない、可能性を秘めていない子なんてこの下界に存在してない! 君だって例外じゃないんだ!」

 

「そんな理想論なんてリリは信じません! そもそもなんで助けになんて来てるんですか!」

 

「言っただろう、君が必要だからだ!」

 

「御託はいいんですよ!!」

 

 無償にイライラする! 何を言いたいんだこの(ひと)は!

 代りなんていくらでもいるだろう、サポータになんて、この状況を納める人にだって。

 

「もうどっかいってください! リリに構わないでください! ベル様やヘスティア様たちと一緒に居ると迷惑を掛けることになるんです!」

 

「迷惑ならもうとっくに被ってるよ! 好きなだけかけてくれていいんだ! だからさっさと戻ってこい、リリルカ・アーデ! 君はベル君のサポーターだろ!? ベル君のそばに居たいんだろ!? だった来いよ、勝手に逃げ出すなよ! ベル君がボクのものになっても遅いんだからな!?」

 

「何の話をしてるんですか!? というかそんな勝手許しませんからね!」

 

 あぁもう本当に何なんだ、本当に何がしたいんだ! 

 奥で繰り広げられる蹂躙は段々と緩くなっている、宛ら、リリの決断をあの人が待っているかのように。あの人までもが、リリに決断を迫る。何一つできない、矮小な存在に対して、あんまりな無理難題の。 

 

『どんな理由でもいいだろうが、さっさとしろ馬鹿』

 

「え?」

 

 頭の中で響くかのように、不思議な音で聞こえる声。それは、今混乱を起こす張本人のモノ。だがどうやって、あんな遠くにいるのに。だがどうして、彼にはどうでもいいことであろうに。

 

『必要とされる、ただそれだけでいいだろ。それに、自分を矮小な存在というのなら、いいこと教えてやる』

 

 逃れられない。悪魔の囁きのように聞き入ってしまう、誘惑のような何かを秘めた声。

 知りたかった理由(じぶん)を教えてくれる、そんな確信を勝手に得た。

 

『矮小だと卑下するヤツなんかに、選ぶ権利はない。理由がないヤツなんかに、生きる意味はない』

 

「――ッ!?」

 

 はっと上げた顔、伴った目線の先にはそう言い放つ、残酷でも真実を射貫いた彼の翠眼(すいがん)があった。どうしてだろうか、それに恐怖を感じた。底なしの、訳の分からない。

 

『生きたいか、お前は。ベルの近くに居たいか』

 

 どん底へ落ちて逝く、そのへ一筋の光のように、隙を突いた声が届いた。

 ヤケに響き亘る。眼前でアホ面を浮かべるヘスティア様にはこの声は届いてないのか。

 

『お前には理由があるか。お前には望みを叶えたい欲があるか』

 

「……ある」

 

 気づかず、呟いた。悪魔の甘言に誑かされて、返答してしまった。

 

『無いなら消えろ、世に留まるな。だがあるなら叫べ、想いのままに、望むままに」

 

「――ッ!!」

 

 だから、もう歯止めなんて効かない!! いらない、自分を無理に抑える必要も!

 

「リリはベル様と一緒に居たい!」

 

 ギョッとヘスティア様が驚き、気迫のあまりに一歩引いた。

 だがそんなの知るか。

 

「そばに居て役に立ちたい! 何でもいい、支えるのでも、愚痴をこぼす相手でも、本当になんでも! ただあの人の隣に居られればいい! 弱くても、矮小でも、ただリリはリリの為にあの人と一緒に居たい!」

 

「そうか! それがお前の理由か! ならばもっとだ、答えまで出してみろ! お前がするべきこと、できることを!」

 

 悔しい、まんまと嵌められた。でも、悪い気が全然しない。いっそ晴れ晴れしい。なんだかすっきりしているのだ。

 今自分にできること、すべきこと。

 問題の原点はリリがどうこういうものでは無い。今は移動し、この状況の鎮静だ。

 彼らはザニスから指示を受け、それは恐らくソーマ様の名を利用している。だから引けず、切羽詰まってもやるしかないんだ。命様たちやヴェルフ様、ティア様は恐らくヘスティア様からの指示でシオン様を抑止している。でもあのシオン様を止められるわけがない、あれでも加減している状態なのだから。そしてシオン様は相手が止まれば反撃を止めると言っている。ならば止めるべきは【ソーマ・ファミリア】側。つまりザニス。

 だがあの自己中心的な奴は人の言うことを聞かない。リリの言うことなど一蹴されてまた牢にぶち込まれるだけだ。ならば人のコトバではなく、力のある神のコトバなら―――

 

「ヘスティア様、行ってきます!」

 

「―――! あぁ、行って来い!」

 

 見切って走り出す。随分前になる記憶から経路を引き出して、ひたすらに走る。

 背後でまた一層と激しくなる戦闘は気にしてはならない。自分の役目を果たせば、早く終わるのだ。

 総出で広場での戦闘にあたっているのだろう。もぬけの殻、不思議なまでにすいすいと進むことが出来ていた。せまっ苦しく面倒臭い隘路で組まれた一階から、漸く抜け出し二階へ―――

 

「――だハッ」

 

「何処へ行くのだ?」

 

 たった少し、舐められていることを顕著にする、ただ背を這わせただけ、撫でられただけのもはや一撃とすら呼べないものは、脅威でしかなかった。容易く吹き飛ぶまでに。

 

「ぐぅっ……!」

 

 無理矢理にその力をヘタクソながらも利用して、向かう力へと変えてやる。一心不乱にただただ目指す先、それを阻む格上の存在。

 広々とした二階ではこの方法は有効であった。時間はかかる、だが着実に三階へ。

 それでも蹴飛ばされる。独りでは重くて開けられなかったであろう扉も、結果的に役に立った形で、体を張って蹴破った。三階に一室だけぽつんとある、神ソーマの神室(しんしつ)

 

「…………」

 

 いた、目的の神物(じんぶつ)。この状況を一転できる、終わらせられる唯一の神。

 

「ソーマ様! どうか、との蹂躙に終止符を打ってください! 下手すれば死人が出ます!?」

 

「……なんだ、騒がしいな。ザニス、雑事はお前に全て任せていたはずだ」

 

「申し訳ございません、ソーマ様。このリリルカ・アーデがどうやら、思うにソーマ様へ直訴したいのであろうと。どうか聞いてやっては下さいませんか」

 

 苛立たしい言い方だ。だが今はそれに歯向かう意味もない。そう言うのなら利用するだけだ。

 全く興味を示していない、動こうとすらしないソーマ様を動かしてやろう。

 

「お願いします! この不毛な争いに、リリの為と言って起きてしまったこの蹂躙劇に終止符を打ってください! 本当に死人が出てしまうんです!」

 

「それが……どうした」

 

 静かに、もはや消えているまでありそうな声。だがかろうじて音は耳朶(じだ)を震わせる。

 残酷なその言葉に、『土下座』という体勢のまま驚き硬直した。

 

「簡単に……酒に溺れ、呑まれてしまう子供たちの言うことなど、どこに聞く意味がある」

 

 それは明らかに己が創った『神酒(しんしゅ)』を指しているのだろう。

 完璧な酒、それを彼は、自らの趣味を続けるためにお金を稼いでくれる眷族たちへのお礼として、純粋な思いで与えたのだ。結果は言うまでもない、現在(いま)を見れば一目瞭然のこと。

 彼はそんな子供たちを見て思ったのだろう。失望を感じてしまったのだろう。嫌気が差して、勝手に見放したのだろう。

 そんなの、勝手だ。ふざけている。

 

「薄っぺらい言葉に、取り合う必要はない」

 

 そうだ。リリも溺れている、一度飲まされた完璧な酒。リリを本当の狂人へと堕とし、遥か昔に払われた麻薬。リリの人生をぶち壊してくれたモノ。そんなリリの言葉は、意味がないらしい。だがもう、自分に意味を見出した。だからそれを否定されるのは―――

 

「―――とても、不快です」

 

「―――そうか、ならば試してみるとしよう」

 

 ゆっくりと、億劫そうに歩いていく。壁際へ――いや、そこに在る酒樽へと……。

 杯を一つ取り、中へと少量の虹のように輝く透明な液体を注いだ。

 魅惑的な匂い、それだけで酔えてしまえそうなそれは明らかだ。肌を逆撫でさせる、全身から欲しながらも全てで拒絶するそれは『神酒』。人を狂わす、最高にして最凶の酒。

 

「飲め。それでも同じことを言うのならば、考えよう」

 

「―――!?」

 

 予感はしていた。だがまさか本当に―――

 後ろで面白そうに笑むザニスの顔が恨めかしい。

 飲むしかない。だが、飲んだら溺れる、確実に。どうする、どうすればいい……

 杯を持つ手が震える、わななく口は、求め拒む二律背反の所為で乾き不自然な声を漏らす。

 覚悟を決めて、呷った。

 

「――ぁ、ぐがっ……」

 

 取り落としそうになる杯、いや、もう落としているのだろうか。遠くなって、判らない。

 埋まっているのだ、世界が。白濁色に、酒に浸食されて。

 抗うことが苦しい、初志がほんのり甘い誘惑(清酒)に溶けていく。

 

「えへっ、ィヒッ―――ヒヒッ」

 

 零れたのは笑みだった。至上の快楽に惑わされて、困惑した意識の中上気した頬を引きつらせ、馬鹿みたいに笑う自分は、一体何をしているのだろう。

 幾つにもぶれたソーマ様が、踵を返してやはり失望し、更に遠くへと消えていく。

 侵されていく中で、どこか寂しく思ってしまう自分は何なのだろうか。

 もう、このままでいいのではないか。自分を忘れて、酒を求める餓鬼になってしまっても。そうすれば、楽に―――

 

『ただリリはリリの為にあの人と一緒に居たい!』

 

――――なっていいわけないだろ!

 決めたはずだ、求めた筈だ、願ったはずだ、答えをもう出したはずだろ!

 ならばこんな誘惑払っちゃえよ、負けるなよ! 

 リリルカ・アーデ、お前は何時までも弱いままでいいのか!? こんな酒に溺れる程度の存在でいいのか!?

 いいやよくない!! 御免だ、断固拒絶だ!

 こんな酒なんてクソ喰らえ! 負けてなんかやるもんか。

 

「さっ、さと――――」

 

「「 !? 」」

 

「―――さっさと、この不毛な蹂躙を、止めてください……!」

 

 近くに戻って来た世界。復活した全神経。

 やってやった! 酒に、勝った、勝ってやった!

 これなら聞いてくれる、そうだからこそ言いたい放題言ってやる。

 

「全て貴方の所為で始まったことです……お酒なんて創ったから、神酒なんてものを下界へ(もたら)してしまったから。貴方の眷族はこうも荒れてしまった、狂ってしまった。見てくださいよ、窓の外で馬鹿みたいに立ち向かってる眷族を、その血走り、狂った目を。全部、貴方の所為なんですよ……勝手に失望して見限った子は、大切にすべきだった子は、こうも可笑しくなってしまった」

 

 踏みしめて立ち上がり、驚きのまま硬直して、こちらをただ見つめている主神へ言い放つ。

  

「酒に溺れませんでしたよ。さぁ、どうしてくれるんですか」

 

 挑発的に、不敵な笑みを浮かべながら。

 一歩、二歩、何を思ったか退くソーマ様に、詰め寄ることなく見守った。尚唖然としているザニスがそのときになってようやく動く。

 

「いけませんソーマ様! こんなものの意見など聞いてしま―――」

 

「黙れ、ザニス」

 

 威厳を持った彼の言葉を、初めて聞いた気がした。実際、そうだっただろう。

 リリが彼との初対面時、既に彼は世に、子供に失望していたのだから。

 放り投げた酒瓶、放物線を描き、暫く滞空して甲高い音を立てた。尚も響いていた痛ましい声がやっとのことで止む。

 

「戦いを止めろ」

 

 しんと静まり返る。がちゃり、じゃりん、多種の武器を落とす音が次々になり始めた。恐らく、彼も止まってくれたのだろう。でないと本当にこの意味がなくなる。

 

「いやぁ、遅いですよ。周りを壊さないようにするのって結構疲れるんですから。加減なんてやめてそろそろ蹂躙に入るところでした」

 

「さっきので蹂躙じゃな無かったんですか!? というかあれ以上に酷いのは不味いですよね!?」

 

 突然現れただけで驚けるのに、それ以上に驚ける発言をしないで欲しいものですよ全く……いうだけ無駄なのはわかっているから声には出さないけど。というか、然も普通のように首を傾げるのはどうかと思うのだ、流石に。

 

「あ、これが神酒(ソーマ)ですか? ほぅ、確かにこりゃ()()()()

 

「え、ちょっと何をいって―――何してるんですか!?」

 

「なにって、頂戴しようかと」

 

「バカですか!? なぇ馬鹿なんですよね!?」

 

 人間がそれを飲んだらどうなるか知っているだろうに!? いやこの人が人間かどうかは疑わしいのだけれど……とにかくダメであろう!? というかそもそもそれは盗難だ。普通に犯罪である。

 

「貴様ァ!! その酒に触れるなぁァァ!?」

 

「うっさい」

 

 途轍もない破壊音が鳴った。地を揺らし、耳を塞ぎたくなるほどの。

 おそるおそると、一番音の強かった方を向いた。そうしたらどうだろう、先が面白いくらいに突き抜けていて―――

 

「本当に何やってるんですか!? 結構犯罪積み重ねてますよ!?」

 

「わかってないなぁ……犯罪は、問題にされきゃ犯罪じゃないんですよ。つまり、こいつら全員口止めすればこの犯罪も全くなかったものとなーる。そしてついでに神酒(ソーマ)も頂ける!」

 

「それが目当てですか! リリを助けに来たわけでは無く、酒を奪いに来たんですね!?」

 

「大正解」

 

「最低ですよ!?」

 

 この人ヴェルフ様並みに疲れる……あ、でも流石に神酒を奪うのは止めたらしい。証拠に酒樽を元に戻して、隣に置いてあった杯を執って……栓を抜いて少し注いで―――

 

「――ぷはぁ」

 

「の、飲んじゃいましたよこの人……! とうとうやってしまいましたよ!」

 

「ほわぁ、うニャづけるニャ~。これは確かに、美味いニャ……」

 

「――え?」

 

「――普通に、酔っている、のか……!?」

 

 リリが飲んだ量の倍以上を一気に呷り、かなり心地よさそうな声を出して()()()()()()()。その異様な光景に、ソーマ様でさえ驚きを隠せないでいた。

 あたりまえだ。だって、今彼は誘惑に抗う素振りどころか、溺れる姿すら見せてない。ただ酒を飲み、程度良く酔っている――いや、ちょっと酔いすぎなくらい?

 

「って、何やってんだよお前等……」

 

「ほわ、遅いニャんよ~魔剣鍛冶師君。ささっ、飲もうではないかなかな?」

 

「オイ、一瞬目ェ話しただけでなんで酔ってんだよこいつは……」

 

「……ハハッ、ハハハハッ……!」

 

 窓の外からダイナミックに入室してきたヴェルフ様が、シオン様の酔った後の豹変っぷりにもはや呆れていた。前はこんなことにはなっていなかったのだが……。

 そんなことを気にしている思考は、すぐさま取っ払われてしまった。高々と大笑いを声に出して盛大に浮かべる斧が主神の所為で。声も出ない程の。今日一番の驚きが訪れた。

 

「私の酒を、美味い、か……」

 

「もちろんですニャ~!」

 

 と言いながら二杯目に移ろうとしたのは流石に止めに入った。不満そうに火照る頬を膨らませているのはどこからどう見ても美少女にしか見えないのだが、本当にこれ以上は不味い。いろいろな意味で。

 

「おい、ソーマ! 聞こえてるかぁー!」

 

「……ヘスティア、か」

 

「あぁそうだよ! 今からそっちに行くからなぁ! ちょっとシオン君を止めたままで待ってろ!」

 

 それは無理な気がするが……まぁ、今酔った状態で少しは力も抜けているし、暫く抑えてはいられよう。

 

「あぁ、早く来い。お前がここに来た意味を、問いたい」

 

 どれ程の心境変化が彼の中で起きたのだろうか。こんな積極的な神物(じんぶつ)だったとは知りもしなかった。興味も無かった、向き合いもしなかった。それは、リリが悪かったのだろう。

 少しは、考えるべきだろか。向き合わなかった、この(ひと)について。

 

 仄かに口元を緩ませる彼を見ながら、勝手に思ったことを口に出すのは、どうしてか小っ恥ずかしくて目を逸らしてしまった。

 今日、英雄(ベル様)に救われてから始まった人生に、初めての転機が訪れた。

 

 

 

  

 



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勝利と敗北の差

  今回の一言
 最近本当にグダグダですよ……。

では、どうぞ


「あっ……来た」

 

「……なにが、ですか……?」

 

「私が来た!」

 

「うん、おはよう、シオン」

 

「えぇ、たった数日なのに久しぶりな気分ですよ。早くからお疲れ様です、アイズ」

 

 変わらずの探知能力、反応では私も気づけるが、よくもまぁ正確に位置を特定してくるものだ。()()()()()()()()()()()のだが、普通こんな突飛なことを予測できるだろうか。流石、というべきだな。

 

「あーあぁ、ボロボロだなぁ……ざまぁっ」

 

「相変わらず癇に障る……でも事実だからなぁ、なんも言い返せないや」

 

「ありゃ、つまらないことで」 

 

 もっと言い返してくることを期待したのだが、体力がないのか、気力がないのか、器が大きくなったのか……どれでもいいが、結局つまらん。

 というか、アイズの協力はやはり仰げたようだ。ワン吉もいるにはいるらしいし、ナニカ不届きなことを起こすことも無かろう。心配なんて端から必要なかった。

 

「で、何しに来たのさ」

 

「なぁに、ただの連絡。今日円形闘技場(アンフィテアトルム)にて戦争遊戯(ウォーゲーム)第一戦目が開催されることがギルドから昨晩公表されました」

 

「第一戦目?」

 

「えぇ、三戦構成で勝ち数の多い方が勿論のこと勝利。二戦目で決着しても三戦目は行うらしいです」

 

 特殊な事例に私よりオラリオに長くいるアイズですら聞き返して来た。ギルドで集めた情報も交えての説明に興味の表れか僅かに眉を上げた。ベルは完全にぽけーぇとしているが、疑問を覚えることくらいはできたらしい。

 

「誰が戦うわけ?」

 

「各派閥自由なのですが……私が出たらつまらないので、団長で書類を提出射ちゃいました♪」

 

「……今なんて?」

 

「団長で提出させていただきました♪」

 

 にっこりと、変えようのないもう過ぎたことへほくそ笑んだ。唖然と、もはや絶望的とまでいえる表情で不気味に笑い声を、宛ら壊れてしまったように漏らすベルに若干引くアイズ。

 身勝手もいいところだが、ベルもせっかくこうして鍛錬しているのだ。その成果は残り二つの団体戦では霞んで見えてしまうだろう。主に問題児二人の影響で。だからこそ、こうして活躍の場を仕立てた訳だ。

 

「――決して、面倒だったとかそういう訳では無い」

 

「うそ。シオン今嘘ついた」

 

「ソ、ソンナコトナイヨ?」

 

「わかるもん」

 

「あらやだカワイイ……!」

 

 ぷくぅと頬を若干膨れさせて詰め寄ってくるその姿、仄かに色が付く頬も、腰につく手も、上目遣いも、どこをとっても可愛くてたまらない。

 というか嘘までわかっちゃうのね。勘なの? それとも私が嘘つくときにナニカ癖があるの? それだったら一刻も早く矯正したいものだ、厄介極まりないし。

 

「―――こほんっ。そ、それで、時刻ですが昼過ぎの二時丁度に開始ですので、その十五分前には会場へ到着しておいてください。ルール説明や準備、不正予防の検査等々があるので」

 

「……仕方ない、か。はいはい、諦めて戦いますよ、戦って勝てばいんでしょ?」

 

 もう投げやり、一つの溜め息で両手を上げて、何についてかは知らんが降参を示して受諾する。満足げに頷くと、もう興味はないとでも言わんばかりに私ではなくアイズに向き直って構える。

 

「ね、ねぇシオン、シオンも一緒に、しない?」

 

 だがしかし、アイズはベルに見向きもせず。変わらず私を見て語り掛けてくる、どこか恥ずかしそうに。人を誘うことは慣れていないのだろう、実際私もそうだが。できれば慣れないで欲しい、だってこの状態が最高にすんばらすぃし、何ならいつまでも見ていられる。

 

「鍛錬ですよね。お誘いはとても嬉しいですし、受諾したいのは山々ですが……繰り返すわけにも、ね」

 

 といいながら、目線を横へと移す。先に崩壊寸前の北西の市壁が見えるように。「あっ」と察したかのように二人が声を漏らした、次に向けられる申し訳ないとでもいうような視線が痛い。

 加減しても強度が私からして乏しいここ、せめても『アイギス』程は強度が無いと鍛錬どうこう以前の問題だ。身の丈にあったモノ・場所でなければ自身の成長は見込めない。意味のない事では無かろうが、成果が『鍛錬』という目的にして中々難しいところ。

 

「ま、私が動かなければいいだけのことですが」

 

「そ、っか……うん、そうだよね、ごめん、無理言って」

 

「いえいえ、アイズの我が儘何のその。聞くだけならばなんぼでも、実行するかはモノによりますが」

 

「シオンって寛大なのか狭量なのかわからない時よくあるよね」

 

「ハッ、知れたことを。狭量に決まってるだろうが」

 

「認めちゃうんだ」

 

 あったりまえ。私が寛大だったら、一体この世の誰が狭量だというのか。逆に知りたいものだぞ。だからそこまで驚かないで欲しいのだが……そもそも、一体いつ私が寛大だと言えるところを見せたというのだ。記憶がないぞ、そんなことに関したものは。

 傍観を決め込むと宣言した通りに、邪魔にはならぬよう端っこへと速やかに移動する。くるっと振り返ると、互いに構えをとって、真剣と鞘で戦うというハンデの中、真っ向から挑みにかかるベルが丁度映る。

 しなった腕、なった音は非常に鈍い、ぶギっ、というあまりよろしくない悲鳴(骨折音)であった。

 

 

   * * *

 

 昼間っから酒で飲んだくれる、相当な年月を過ごした人々。お祭り騒ぎと昼夜が混同したかのような店の並び、表に開く戸から覗ける店内には、やはりどこも埋め尽くされていた。

 人や神がもはや区別がつかないまでに入り乱れ、誰彼構わず待ち望んでいるのは一体何だろう。酒を持ち、まだ公表されていない出場選手についてあたりをつけようと模索する荒くれ。いまやある意味有名なファミリアについて好奇心をそそられる年端も行かぬ子ども。会場のチケットを入手し、今か今かとその時を待ち続けている運のいい者たちや、金遣いの雑把(ざっぱ)な神。

 刻一刻と近づく、開始の銅鑼を鳴らす係が動く時間。一分前となり、神にのみ感じ取れるギルドからの『覇気』によって、一斉に対象の神々が大仰に指を鳴らした。『全能の力(アルカナム)』の波動が世界へ干渉し、空間を湾曲させて、この世非ざる力が『そこ』へと現れる。酒場へ、人集まるホームへ、購入を逃し悔しがる人々が大半を占める中央広場(セントラル・パーク)へ――――

 

「さぁ間もなく始まるよ~! 実況は私、仕事の腕前抜群、ギルドの受付嬢兼冒険者アドバイザーのミイシャ・フロットと――!?」

 

「こら、嘘つかないの。あ、こんにちは皆さま。同じくエイナ・チュールです。こういったことは初めてですが……精一杯頑張らせていただきます」

 

 円形闘技場(かいじょう)を一見で見渡せる、普段はガネーシャなどが座る特等席の位置で席につき、魔石動力の拡声設備を利用して話すのはギルドで何かと人気のお二人。その自然体のあまりに、緊張は全く感じ取れなかった。

 

「さてさてぇ、後一分切ったけど……そろそろ選手紹介が、お。来た来たー! えーと、なになに……うわ、意外、弟君が出るんだ……」

 

「ちょっとミイシャ、個人的な話ばかりしないの。では、改めて、選手を紹介いたします。西ゲート、【アポロン・ファミリア】代表、ファミリア団長、【太陽の光寵童(ボエプス・アポロ)】ヒュアキントス・クリオ。東ゲート、【ヘスティア・ファミリア】代表、ファミリア団長、【未完の少年(リトル・ルーキー)】ベル・クラネル。となります」

 

 あと十数秒、出場選手(オーダー)の以外さに誰もが驚いているのだ。どう考えたって、

世界最速記憶保持者(ワーストワン)』の異名を持ちし【ヘスティア・ファミリア】いち有名なシオン・クラネルの出場が必至。そこいらの有象無象には理解不能だろうが、ある程度関りのあるものには、なんとなく察せてしまった。そう、彼の性格上から。

 

「意外な選手ですよね、ミイシャさん。そのあたりどう思いますか?」

 

「いいよエイナそんな格式ばった面倒な言い方。ん~でもこれ、やっぱりアレだよね。シオン君、絶対面倒臭いとか言って端から出る気なかったよね」

 

「ですよね……万が一にも負けた時のことは考えてないのかなぁ……」

 

「どぉーせそこまで考えた上のことでしょ。ま、シオン君出ちゃったら一瞬だし、つまんないから判断としてはいいかもねって、もう始まるじゃん。ハイ5、4、3――!」

 

 と、いきなり始まる一桁のカウントダウン。ざわめきを立てていた会場が、いや、都市全体が、まるで口裏合わせたかのように静まり返る。

 共に上がり始める格子型のゲート、闇の中から出て来る選手一名ずつ。その表情は真剣そのもの――宛ら、果し合いでもするかのような。

 

「――構えて(レディー)戦闘開始(ファイト)!」

 

―――ゴォォォォォン!

 

 重低音がゆっくりと広がった。ミイシャ・フロットの声と共に叩かれる銅鑼、音が過ると、負けじと追っているかの如く鬨が轟き出し、それはたった一ヶ所から全域へと拡大した。

 両者、まだ得物を取らずに互いに見つめ合っている。何事か言葉を交わしているのは口の開閉から想像がつくが、その内容を知れるものは恐らくいなかっただろう。

 ピカッ! 何の前触れもなく闘技場に現れた目も眩む白光。驚き一瞬の間があった観客の目に次に映っていたのは、尋常非ざる剣技の応報。ほんの少し落ちた観衆の勢いは、また一転し始めから最高潮での盛り上がりへと容易く至った。

 これこそが人を沸かせる神々の代行戦争、その一端。

 争いは激しく、その中で見つかる『強さ』は常に尊く。今ここでも新たな発見が起きる。

 

 

   * * *

 

「貴方を、倒させていただきます」

 

「できるものならばそうするがいい。ところでだが、一つ訊かせてもらおう」

 

 カウントダウンの声が響く中、開いたゲートと指示に従って出場すると直前まで公表されていなかった相手の姿が対のゲートから重々しく歩いて来た。なにか覚悟でも決めたかのような、そんな面持ちで。

 アレだけしたんだ、そう思うせいで少し緩んでいた気を引き締めて、(いまし)めとばかりに相手に言い放つ。腰に在る短刀、上から下まで全て漆黒の『ヘスティア・ナイフ』と牛人の角(ドロップアイテム)の半分から作成したつい先ほど整備を終えたばかりの牛若丸(うしわかまる)の柄を握り、だがまだ抜き放たずに腰を少し低めに落とし、左足を前に出す半身の構えをとる。アイズさんとの戦いでしっくりきた構え。

 だが相手は身構えているようには見えない。上級冒険者ならではの自然な立ち姿だった。隙がほとんどない、それだけで抑止力となる屹立(きつりつ)

 そんな中、やけに違和感の感じる彼の声が届いた。

 

「ベル・クラネル――お前が死ねば、お前の兄も少しは、苦しめることが出来るか」

 

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 代表戦(このゲーム)では殺傷の類を一切禁じられている。それは事前説明で要注意と念押しされたことだ。そもそも決着は相手の気絶ないし戦闘不能、最悪降参(リザイン)でも構わない。殺すに至る事でもないのだ。

 なのに、何なのだろうか。この、殺意を呼ぶにふさわしい、首筋を撫でるような寒気は。正しく僕は眼前の問うてきた相手に怯えている。

 思わず、ハハッ、空っぽの笑いが漏れた。幾つもの意味を同時に(はら)んでるのに。

 

「――無理ですね」

 

「――クズだなやはり」

 

 自嘲にも似た声に酷く冷淡な声が返る。はっと視界を戻すと、今にも得物であろうものの柄を握り、抜き放とうとしていた。彼我の距離、約8M、短刀(ナイフ)じゃ届かない―――

 

「【ファイアボルト】!」

 

 砲声に全力で注いだ魔力の変換体、炎雷(えんらい)の白光と共に右で地を蹴る。シオンから強制的に覚えさせられた、『構えを取らずに魔法を放つ』技術は功を奏したか、確かに相手に命中した。だが今一『手応え』というものがない。勘に近いがまだ倒れていないだろう、だからこそ加減せずに粉塵舞い上がる中へと斬り込んだ。視界は悪いが見えない訳じゃない。何ならば十階層あたりのようなものだ。

 

「面白い技だ」

 

「―――ッ!?」

 

 不意を突いたはずの袈裟斬りは甲高い音を響かせ、突然予想もしなかったことで痺れる右手の代りに、迫りくる脅威を往なしていく。アイズさんのあの鋭く、何者よりも早く、それでいて滑らかな剣筋とは明らかに違うこの剣筋は慣れるまで非常に厄介だろうが、今は追い付けない程の速度ではない。

 

「ハァっ!」

 

 痺れを払った(無視した)右腕も加えて、攻守を逆転させる。だがしかし、僕の攻撃速度も相手と拮抗する程度のもの。打ち勝つには、成長した【ステイタス】でもまだ足りない。かなり伸びたと神様から告げられたのだが、まだ足りないのだ。

 

「おぉぉォッオオオオオオ!」

 

 気合を入れ、自身最速の連続斬撃(ラビット・スラッシュ)による前のめりなまでの攻めの姿勢。体力が冒険者の平均ほどしかないらしい僕にとって長期戦、ましてや持久戦など望ましくない。制限時間はありとて30分、全力でぶっ通しとなると疲弊による敗北は必至。ならば始めっから全力が最適解。 

 だが不味い、確かに押せてはいるし今のところ優勢と捉えて齟齬(そご)はないはずだが、つまるところ一太刀も届いていないのだ、辛うじて服を掠めるくらいだが、相手はそれに頓着する気が無い。よってただ体力を消耗しているだけの状態となっているのだ。だから不味い、非常にピンチ。

 それは相手にも気づかれているのだろう。尽くを躱し続けているだけで、一向に攻めようとはしない。慎重を期しているという理由もあろうが、何にしろこの状況は続くことになってしまう。

 

「【ファイアボルト】! 【ファイアボルト】!」

 

 有効ではなくとも注意力の分散には役立てることのできる速攻魔法を乱発して、もはや我武者羅になりつつあるが、努めて頭は落ち着いていた。ひたすらに隙を探り、正確に持てる技術を利用する。それを繰り返しているのが今の戦い方。簡単だが複雑な、生き延びるため戦うための、あの人から学んだ技なのだ。

  

「これなら――!」

 

 そのうちの一つがフェイント。二刀を操るからこそ頻発して使用する駆け引きに近い技。牛若丸を囮とし、『ヘスティア・ナイフ』によって決め手を放つのが僕の通例(セオリー)。それは僕の戦い方を知らないはずの彼には通用するはず、だから同じ手を使った。

 

「ハァァァァぁっ!」

 

 視線誘導とは別段難しいことではないらしい。できない人が多いのは、それを意識的に行おうとしているからだそうだ。これは無意識の中意識的に行うものだそうだ。無理に力むと失敗し、だが意識しないとできるはずもない、出来たらそりゃマジものの天才だ。とシオンが言っていた。

 ポイントは相手の目を見て、視線を見ないこと。相手の視線が僕の視線と交わったところに囮を出現させ、それをあえて比較的緩慢な速度で見当違いの方向へ移動させるのだ。同時進行で、出来上がった死角から決め手を放つ。

 そこから吐き出した裂帛(れっぱく)の気合が伴った斬撃は、違わず敵を裂く。だが相手も流石格上、左肩に異物が混入されたことに気づいてから、致命傷にならないように身体を捩って無理に斬撃の軌道を胴体方向から腕へと移動させた。

 肩に侵入した短刀(ナイフ)が『生きている』肉を断ち斬り、骨へと食い込んで切っ先が軌道に沿って抉っていく。長く、長く、本当に長く感じたその感触は、もう慣れてしまったゴブリンやオークなどを斬った時の感触と変わらないのに、何故か、どうしてか、斬り終えた後も変わらず手に残留し、脳にまで沁みて来て、それは心を、精神を蝕み――――

 

「うっ―――ぉごっ」

 

 飛び散った鮮血が顔へとかかり、その香りが鼻孔へと侵入した瞬間、今までにない生理的嫌悪が、訳の分からない違和感という気持ち悪さが強襲して僕を苦しめる。腹の底から煮えくり返るように吐き出されて、吐いて吐いて吐いて吐いて――――

 

「――弱いな、(けが)らわしい」

 

 冷たく、卑下した声が落とされたあと、いったいどれだけ経ったかは定かではない。だが確実に、僕の意識を彼は刈り取った。

 緩慢に伸ばされた意識の中で、思う。

 僕が決定的に足りなかったもの、それは人を斬った経験。『生きている』肉を、骨を断つ感触の不快さ、殺してしまうかもしれないという恐怖。モンスターとは全く違った。それが僕を、負けたらしめた要因なのだろう。

 こんな負け方、あんまりだ―――そんな嘆きは、自分の弱さからの逃避だと自覚しても、誰に聞かれず声にもならず、叫ぶしかなかった。

 

 

 



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気付かされる弱み

  今回の一言
 無計画性が如実に出た気がする……

では、どうぞ


「人斬った程度で吐いて隙曝してあっけなく負けるとか――本当に何やってたの? (たわ)けが」

 

「――本当に、そうだよ。何やってたんだろうね……あんなに協力してもらったのにさ、結局敗因が人を斬った経験が皆無だったということ。シオンは凄いね、躊躇いも無く斬れて、それでいて平然としていて。僕には無理みたい」

 

「あっそ。でもそれが理解できているならまだマシですかね」

 

 人を斬る経験、そして『慣れ』。この世知辛い世の中で生きていく上で持っていて損のない能力。私だって始めから人を斬る事などできなかっただろう。ただ、自分が斬られた時の記憶が鮮明に刻まれているから、何となくで斬れてしまったに過ぎない。それでも弱かった、完全に至ったのは『あの世界』で散々と繰り返したことに寄っているだろう。それをベルに強要するのは今は無理がある。だが、だとしても、だ。あれは酷い……

 体勢を多少なりと崩してしまいながらも相手(ヒュアキントス)を斬ったまでは良かった。肉を断ち、腕を荒く抉り、返り血を諸に浴びて――生理的嫌悪からか、いきなり膝をつき得物を手放して、腹の中を無くなっても吐き出し続けた。それはもう、観るもの全てを絶句させるまで。

 

「何時までも引っ張っているだけでは何一つ始まりませんよ。ま、休むのは自由ですけど。なので準備ができたら来てください。来なくても良いですけどね」

 

 控室、憐れな己を隠したいからか、暗闇に包まれたそこで背を向けるベル。端で膝を抱え、防具を全て外してやさぐれているのは自分でも良く理解しているのだろう。どれだけ愚かか、甘かったのか。

 こういう時、どうしたらいいか正直わからないけど、放っておくのが私にとっては最善手だ。私が関わると、碌なことにならないのが当たり前。

 

「では、また何かあったら。それまでご自由にどうぞ」

 

「――――」

 

 真っ黒に堕ちたベルの沈黙、もう、言葉を掛けるべきではないと察して早々の退出をと一言投げかけた。期待していたわけでは無いが、返答がなかったのに少し寂しかったのはまだ完全に弟離れしてないせいか。やれやれ、最近弱みを見つけてばかりだ。

 

「さぁてと、次は私の出番かねぇ……ああぁ、面倒くせぇ。一瞬で終わらせるわけにもいかんし、長引かせると下手して負けちゃうし……見世物だからなぁ、誰だよ三回勝負にしたやつ――あ、神ヘルメスか。今度乗り込もう、そうしよう」

 

 小言をぶつぶつ呟きながら進む廊下、重量が成人男性ほどある靴が石造りの床で音一つならないという考えてみてかなりうすら寒い現象に、改めて苦笑いを浮かべながら結局変わらない足取りで外へと向かう。その先に居る人に、感づいていながら。

 相手はなにで私に気づいたのだろうか。カッカッカッと軽快に靴底が跳ねながら、駆けるような足取りで向かってくる『彼女』、行動が予測されているのが(いささ)か癪だが、どうこう言ったところでその執着は薄れることを知らない。

 

「よっ」

 

「にひひ、久しぶりだねしーちゃん。やっと見つかったよぉ~」

 

「近寄るな触るなくっつくな離れろ……! 変なしがらみとか生みたくないんだよ……」

 

 まさにそのしがらみが貴女ですがね!? とは内心の談。いったら絶対ぶうたれてこれ以上に酷くなるだけ。下手に行動するべきではないのだ、この子相手に。

 胸に飛び込まれたら受け止めるしかなく、目線を下げると上目遣いでにっこり笑む黒髪の少女の黒眼(こくがん)と交わる。奥深く、どす黒くて呆れるほど汚い感情が見えてしまい思わず逸らした目は、一体どのように解釈されたのか何故かおどおどと恥じらいながら退いていった。

 

「……っと、そうだそうだ。るーちゃん大丈夫? かなりアレだったけど……」

 

「寄りたいのならこの先ですよ。私はもう知りません」

 

「うーん、ということは、もしかして情緒不安定? 精神の均衡保ててる? うっかり自殺しちゃったりしないよね、ね? それはあまりにも寂しいよぉ……」

 

 流石に無いだろうが……自殺したら、正直なところそれまでだ。英雄という夢を叶えるならば、この程度のことで諦めはしないだろう。英雄の資格を持たない弟を匿い、傍観することなんて何の意味もない。ここで死んだり、諦めでもしたら見捨てるだけだ。

 

「というか、こうも私と関わって、派閥問題になりますよ。ましてや今は戦争遊戯(ウォーゲーム)の最中、接触を図るとしてももう少し考えて―――」

 

「気にしなーい気にしなーい。私全然縛られてないからね。副団長だとしてもファミリアで一番年下だからってことで仕事はなし、暇だし……来ちゃった♪」

 

「なぁに言ってんだか……」

 

 はぁ、めんどくせぇ。こうも無邪気で害意がないと払うに払えないし……いや、彼女の性癖はちょっとイってるから虐められて悦んじゃう可哀そうな子なんだけど、だからと言って、たとえ蔑ろに扱い喜ばれるとしても、私個人の気分として進んでする気にはなれない。多少なりとサディスティックなことは認めるが、どうしてかその対象は限定されるのだ。例えば気に入らないやつとか、無性にそそられてしまうやつとか……

 

「あ、そうそう。これ、しーちゃんに渡しておこうと思って」

 

「そのための待ち伏せってわけですかい。あいよ、受け取りはするからとっとと帰れ。私は暇だけど忙しいんです。ちょっとくらいしか構ってやれないんですから」

 

 どうしてだか驚きに目を見張る彼女が差し出すものを素直に受け取る。案外ずっしりとした重みがあって、感触的に入れ物(ケース)の中に何かを入れているのだろう。包装されているからこの場で開ける気にはなれなかったが、少しこの中身に興味が湧いた。

 

「これが何だか聞いても?」

 

「答えが無いからダメ。だって私もわからないし。一応包装したのは私だけど、中身はお姉ちゃんからなの。結構前からもし遇えたらしーちゃんに渡すようにって託されてたものなんだぁ」

 

「ほぅ、これまた難儀なことだ」

 

 あやつ、死んでもまだ私に迷惑を掛けるか……絶対よからぬものだぞ、コレ。開けたくねぇなぁ、でも中身気になるんだよなぁやっぱり……

 というか、あやつ自分が死ぬこと予期してやがったな……態々妹に自分からの贈り物を託す意味が、そうでないと説明できない。ちょっと死因に興味が湧くが、今は聞くべきでもないだろう。いや、ずっと訊き出すべきではないのかもしれない。

 

「これだけですよね。さぁ、さっさと帰って次の戦いに備えなさい。ま、それすらも真正面からぶっ潰してやるけどな」

 

「え、もしかして次しーちゃん出るの? ほんとに?」

 

「ご想像にお任せしますよ。それでは、今度は戦場で」

 

「うん! でもいつだって会いに来てくれていいんだからね?」

 

 んなことするわけ無かろうが、面倒臭い。彼女は楽しいだろうが私は疲労を蓄積させるだけだ。フラストレーションのあまり爆発する自信があるぞ? 行かなきゃ全部解決なのだが。

 笑顔で手を振って来る彼女は、昔と何ら変わりない。あのそこそこ安らぎを得ていた時と、不思議なまでに、まるで寄せているかのように。それが何処か、痛ましかった。

 軽く手を振り返して、そのまま気にせず外へと向かう。彼女について深々と考えたところで、そこに私は意味を見出(みい)だせない。意味のない事を私はしないから――そんな適当な理由をそれこそ意味無くつけて、気づいていながら忌避し続けている彼女を、本当はどう思っているのだろう。自分で自分のことが良く解らないのは、やはり苦しい、気持ち悪い。

 吐く溜め息一つ、どことなくそれは、重かった。

 

 

   * * *

 

「ほよ、どっした? 包丁なんか持って、なに、殺しに来たの?」

 

「なんで最初の発想がそれになるわけ……? わたしがシオンを殺すわけ無いじゃん、というか殺せるわけ無いじゃん」

 

「不意打ちならあるいは、ってところですけどね、私が殺される方法としては」

 

 私だって万能でも無ければ不死身でもない。【ステイタス】のお陰で成長するのに老化はしないという矛盾が成立してはいるが、生物としてその概念には抗えない。ちょっと例外的に生き返れたりするけど……それ自体が無限なわけでは無いのだ。精神と身体の限界、それが来てしまえば吸血鬼(アマリリス)の力でさえ役に立たなくなるのだろう。簡単にぽっくりだ、天界への片道旅行だ。っと、そんなことより。

 

「で、何しに来たんだよ本当に」

 

「あ、うん、その、ね……メイドとして非常によろしくないことなんだけど、わたしって全然全くこれっぽっちも料理できないでしょ? だからちょっと練習しようと思って、でもやり方わかんないし、レシピがあるじゃん! って思って書店に行ってみたんだけど……字、読めなくてさ。行き詰まっちゃって……」

 

「どうしてそこで包丁に……あ、包丁の使い方だけは解ったのか。でも下手に使うと折れますからね?」

 

 というか、確かギルドでの【ファミリア】登録時に共通語(コイネー)の書き方は脳内へ贈ったはず……いや、あんな情報量、そう簡単に覚えられるものでは無いのか。今度じっくり時間をもって教えて行こう。私だって共通語(コイネー)を覚えるのに一ヶ月ほどかかったのだ。神聖語(ヒエログリフ)は勝手が似ていたおかげですぐに覚えられたが。ならば逆算的に、ティアも神聖語(ヒエログリフ)は覚えているのだから共通語(コイネー)の習得は容易かもしれない。

 っと、それより、だ。

 

「料理、したいんですか?」

 

「……うん」

 

「よろしい。んじゃとりあえず包丁を突きの持ち方で持つのは止めなさい、危ないから」

 

 これじゃ完全に切るためではなく刺すためだぞ。別にそれでも切れない訳では無いが……うん、危ないからね。特に刃物を斬るために使っている人は。 

 ティアが若干驚きながらも包丁を持ち替え、どこか退き気味に、だが前のめりになって聞いて来る。

 

「……もしかして、教えてくれるの? 一応主人的立場のシオンが、わたしに? いいの、大丈夫なの?」

 

「どうもこうも大丈夫も知るか。主人がメイドに物を教えて何が悪い。というか、世間体を気にするのであったらメイドが料理できない方が不味いわ。いい加減さっさと万能メイドになりやがれ、無理では無いだろうが」

 

「無理言わないでよぉ……わたし、万能なんて程遠いし」

 

 え、マジで? そんな顔を浮かべてしまっているだろう。自覚ないとかもはや厭味になってしまうぞ……何なら私なんかより天性の能力持ちだろうが。羨ましい限りだぞ。今得ている能に不満などは無いのだけれど!

 

「じゃ、早速やりますか。どぉせ二回戦まで暇ですし、散々でも付き合いますから。時間は無駄に余るようですで」

 

「やったー♪ ありがとシオン、じゃあ行こー!」

 

「あ、先に行っていてください。私は荷物を置いて来るので」

 

 脇にか抱えていた箱を軽く上げてみせると、(いぶか)しむことも無く気分が良いからかすぐに納得して、るんるんと包丁片手に行ってしまった。物騒だよな……やっぱり。せめても収容箱(ケース)に入れようぜ? 結構前に自作した専用の入れ物貸してあげるからさ……『これ』を置くついでに持って来よう。

 気になりはするけど、後回しだ。何なら物の奥底に埋まって二度と見つからず、最終的にはどうでも良くなって見ないまである。ちょっと危ういにおいがするからそれでもいいと思っていたりもする。

 

「まぁ、結局開けちゃうんだけどねぇ……」

 

 そんなことを、いつしか彼女に別れを告げられた時を思い浮かべながら呟く。誰に聞かれることも無く消え去った音は、『あの時』と少し似ていた。

 なんやかんやで、彼女は私にとっても大きな存在であったのだ。具体的には四番目くらいに。だからこそか、少し、ほんの少しだけ、この箱を開けるのが、怖かった。

 

 

   * * *

 

「ふぅん。次は明日……開始は朝の九時、準備はそれまでに終わらせておく、と。場所はセオロの森、ってどこだよ……郊外だったら近場で言うとあの森だけど、まぁそれは要確認かねぇ」

 

 陽がひょっこり頭をのぞかせているくらいで来たお陰か、人はまばらと散っていて情報掲示板を物色することに邪魔はほとんど入らなかった。あぁ、あくまでほとんどだ。

 

「セオロの森……密林と言われることもあるが、確かにオラリオ近郊にあるものだ。モンスターも勿論生息しているが、植物や野生動物も豊富でな、採集や狩りに訪れる人も少なくはない。私も暇があればよく赴いたものだ。なんだ、その、今度一緒に狩りでもするか?」

 

「私がいたら狩り通り越して駆逐だから。いけないから。というか今更ですけど、何でここにいるんですか。一大ファミリアの副団長とあろうお方が……!」

 

「そんな風には全く思ってないだろう。堅苦しい肩書きなんて気にする必要も無いから構うな。それと、私とお前がここでこうして一緒に居るのは本当に偶然だ。逢いたくない訳では無かったが……今日は見計らったとかそう言う訳では無い」

 

「あーはいはい、そんなの解ってますから」

 

 と適当にどうでもいいことは受け流しつつ、有用な情報だけを引き出していく。

 オラリオ近郊の森とは言っていたが、恐らくあそこのことであろうと見当はつく。以前、高々天へ昇った時辺り一面と見渡してみたが、確かに密林は存在していた。

 ややふくれっ面を浮かべる中々見れない彼女を横目で見つつ、見つけた説明書きを読み進めていく。

 

「形式は旗争奪(フラッグ)戦。既定区域10×5K以内で行われて、私たちが西側5×5Kと……んで範囲外への進出は勿論(もっち)反則。(フラッグ)は両派閥(チーム)三振りずつ、内一振りが主要旗(しゅようき)となる。自陣範囲内ならばどこへ旗を置いてもいいと、あ、でもやっぱりギルドへは要報告なのね」

 

 場所がわからんと不正もし放題だし、観戦している側としてはそれを知れているといないでは何かと楽しみ方も変わって来るのだろう。遊び手(さんかしゃ)だから分からんけど。どうせ見当違いの方向へ行っているのを嘲って酒の肴にでもするのだろう。考えてみるとそんなところか。

 

「参加人数は自由のようだが……シオン、お前の派閥は誰が出場するのだ?」

 

「……すぐ公開されることですし、別に問題ないですかね。私とティアで完膚なきまでの圧勝してやりますよ」

 

「ふむ、そうか。お前たちなら可能だろうな」

 

 そりゃどうも、と内心でのみ言っておく。別に負ける気などないか肯定否定なんぞ関係ない。ただぶっ潰す、それだけ……だが完全勝利にも色々な種類がある。っとそのための勝利条件……

 

「全旗の奪取、または主要旗の破壊。破壊おみなされるのは燃焼・粉砕の二種類のみとする。ほぉ、どっちもできんじゃん。んで、相手の降伏(リザイン)を受け入れた時も可……」

 

「全旗、というのは主要旗(しゅようき)以外を指すようだぞ。判り難いな、もう少しどうにかならないのか」

 

「文句あるなら言ってきたら良いじゃないですか」

 

 ちょっとぉ? 肘鉄はやめて頂けませんかね……やった人の方が痛がるからさ、こっちとしてはそんなに体硬いのかなって心配になるんだよ……解ってるから、立場とか諸々あるのは理解してるから、だからそんな(かたき)でも見るような目で睨みつけないでもらえます?

 

「んで、他には……お、敵勢力の全滅。こりゃ性に合ってるな。ん、あ忘れてた。旗の奪取は規定地点までだったはず……お、中心地じゃん。わっかりやすくて助かる」

 

 地図も書いてくれているのは非常に好い親切心だ。まぁかなり大雑把な地図だけど、地形に関しては無知よりかある程度知っている方がマシだ。あとは感覚が頼りだな。

 他には……もうないらしい。意外と単純なもんだな。で、注意事項が。

 

「ありゃ、意外と多い」

 

「……厳密に組みたいそうだな。だがその分裏が緩くなる、そこを突くのが一番だな」

 

「アドバイス有り難うございます、頭の片隅にでも放っておきますよ」

 

 それくらい解ってるからね? どんだけ構いたいんだよこの人は。何、誰かにナニカ言ってないと死んじゃう病なの? よくもまぁ今まで生きていられたなおい、めっちゃ苦茶大変そうじゃん。まぁ適当に言ってるだけのことなんだけど。

 あえて口に出さない優しさはせめてもの慈悲だ。また殴ってきて無駄な痛い思いさせたくないし。何かと無遠慮に攻撃してくるんだよなぁ……理性的に見えて、実は口より先に拳が出ちゃう本能的に動くタイプなのかもしれない。

 

「んじゃ、とっととやりますかね。ではまた今度に、リヴェリアさん」

 

「あ、あぁ……では、またな」

 

「?」

 

 うーん、何かやっぱり違和感感じるんだよなぁ……その半分だけでた手といい、ちょっと控えめな口調といい。大丈夫かこの人、日ごろの疲れでオカシクなったりして無いだろうか。

 ま、私の気にする事じゃないか。

 

 傍らそんなことを思いつつ、自分の変化に気付かない彼。

 何故彼は、「また」なんていったのだろうかと、疑問に思う事すらない。

 気づけない奥底で、わだかまっているものだからか。知りたくないと必死に目を逸らし続けているからか。

 今や陰り、遠くなる彼の背へ虚空を切る手を無意識に伸ばしていた彼女も、その理由には思い至らない。自分が何故彼を引き留めようとしたか、そんなことさえ。簡単で、複雑な答えにさえ。

 すれ違って、離れて……いつになれば、一体―――

 

 

   

 

 

 



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陽に隠れた森へ

  今回の一言
 先のこととか考えている場合じゃないんだよなぁ……

では、どうぞ


「ねぇヒュアキントスぅ、そんなことしたって意味無いって。真正面から迎え撃つ準備した方がよっぽど対策になるよ?」

 

「―――いや、これでいい。あいつには恐らく、これが効く」

 

「そうかなぁ……というかそもそも()を使って大丈夫なの? しかも毒蛆(ポイズン・ウェルミス)の調合毒なんて、人間に使う物じゃ――しーちゃんが人間かどうかはともかく、致死性の攻撃はダメなんじゃないの?」

 

「問題ない、ギルドの掲示板は確認済みだ。あそこの情報に致死性の攻撃を禁ずるという旨は記載されていなかった。他事細かにルール付けはされていたが、どうしてだかここだけは抜けている。狙っているかのようにな」

 

「ふぅ~ん」

 

 鬱蒼(うっそう)とした自然が広がり、だが仄かに人工的な物のにおいを漂わせるそこ。あらぬ方向に曲がって伸びる木にすとんと座り、薄い白布で巻かれたものを愛おし気に抱く少女がつまらなそうに、暇つぶしくらいの思いで何やらと忙しない青年へ声を掛ける。手が空かない中でも律儀に答える青年は、森に落ちているあれやこれやを独りで運んでいた。都市から持ち出した毒、布袋に入れた粉末状のソレを、井桁の木組みの中へ集めたものの上にまばらに撒き、一本の糸のような何かを少しばかり挿し込むとその元を持つ彼は挿したそれが抜けないように慎重な足取りで移動した。やがて一回り大きい木の下で止まると、根に――否、そこに仕掛けていた同色の箱へと先を挿し込んだ。

 

「リア、移動するぞ。あと、これ以降ここには近づくなよ」

 

「りょーかい。でも、これってどんな仕掛けか気になったり」

 

「ただの絡繰り仕掛け(トラップ)。ダンジョンでは使い物にならない、知人の英知の結晶だ」 

 

「むぅ、それじゃあわかんないじゃん」

 

「人を殺すためにある物を、お前が知る必要はない」

 

 それにちょっとばかりむすっとする少女を、微笑ましく、だがその目は悲しく見つめる青年が発したその言葉、彼にとっては冗談でも何でもなく、ただの本心であった。

 彼女には人など殺して欲しくない。悲しい思い、苦しい思い、痛い思い、辛い思い――そんなもの全て、感じてほしくない。身勝手にそうと願って、口にする事すらできてない自分の愚かしさに何度悔やんだことか。

 だが小っ恥ずかしくて、悔やんでも行動へ移せない。何より、彼女にはずっと想って止まない相手がいるのだから。その想いを踏みにじり、自分に向けて欲しいなどとどうして言えようか。

 

「おーいヒュアキントス、目の焦点が合ってないよ?」

 

「……気にするな、少し物思いに(ふけ)っただけだ」

 

「そう? なら別にいいんだけど。でもしーちゃんと戦うときはそんなんじゃ逆に殺されちゃうからね? 本当だよ? 容赦ないからあんなことやこんなことも――ヤバ、想像するだけで……」

 

「少しは抑えろリア。せっかくの可愛らしい見た目が台無しになるぞ」

 

「可愛いなんてお世辞ありがと。でも私、しーちゃんにさえ理解してもらえればいいから」

 

 無遠慮に、無意識に、無自覚に、彼の心を彼女は削っていく。穴の開いていく心を埋めるように、彼女への想いが募っていくのも知らずして。

 るんるんと鼻歌を、陽が乏しい森の中響かせる彼女。心地よいその声音に傾聴して、一時の安らぎと些細な幸せを噛みしめる。そして、彼は新たに『覚悟』を決めた。自分を望みを果たすために踏み出せなかった最後の一歩を、彼女の想いを踏みにじるその一歩を、踏み出すことを。

 

 

    * * *

 

「あ、そうだティア。罠とか設置しておきます? 戦闘区域は特定されているのですから、色々と工夫すればそれだけで勝てると思いますけど」

 

「いいんじゃない? 別に。もう下見は行って、旗の位置とか必須事項はギルドに報告済みなんでしょ」

 

「ま、そうですけど。それに、今回は殺傷が御法度となっている戦争遊戯(ウォーゲーム)だからか、注意書きには殺傷禁止とは書かれていなかった。私たちが従うのは世間一般の意見ではなくルールだ。ならば殺人も自由、致死性のある攻撃も許容……私たちは殆どやりたい放題なわけです。相手も変りませんけど」

 

 封印符(ふういんふ)によって呪いの効果が現れない刀を研磨する片手間、せっせこ動き回りながら声を振り向きざまに返してくれるティアを眺めて――いや、測っている。

 ご機嫌がよろしいようで終始にこにこ微笑ましい彼女が、(たすき)で縛った着物型変異メイド服で忙しなく動き回っている『アイギス』の食事処。無駄に広いここは、一角をメンテナンス道具一式で占領していてもなんら支障なく動き回れるほど空きがある。ホームから持ち運んだ物と私が持っていたものを合わせたことでだいぶマシになったが、それでもまだ全然だ。

 

「あ、そこ始めっから全部入れない。物によって温まり方が違いますからね、考慮しないとまばらになってしまいます。別に自由なんですけど、私はあまりそういうのを是としませんね」

 

「そうなんだ……じゃあ硬めのものからいれれば……」

 

「自力でその発想に至るかぁ……」

 

 どういう思考回路しているんだか。初見で予備知識も何も無いのに、どうしてそこまで至れようか。茹でるという行為だけ教えて後は自由にさせ、失敗したところを指摘しようと思ったが……こりゃ、私の出番は控えめかもしれんな。

 自分のメイドがやはり万能かもしれないという疑惑が、少しばかり嬉しい。そこに自分は殆ど関わっていないのだけれど、やはりそれでも、だ。

 

「何にやにやしてるの? 自分の得物研磨しながらにやついている人って流石にわたしでも変人にしか見えないんだけど……」

 

「あながち間違ってはいない。ほら、綺麗に磨けるとつい笑っちゃうヤツだ。こんな感じにな」

 

 適当な言い訳で、どうしてか自分の本心がバレるのを恐れた。その証拠に丁度よく磨き終えた刀を見せびらかし、感嘆で興味を逸らさせようとしている。しょーもない愚かな行為だ。それを反射的に、本能的に選んでいる自分がばかばかしくてたまらない。

 

「うわぁ……ほんとに綺麗……もはや鏡だよねそれ、どうやったそうなるの?」

 

「ちょっと努力すれば。あと、私以上に綺麗に磨ける人はいますよ、刀だけですけど」

 

「刀だけなんだ……」

 

「私の知る限りでは」 

 

 何を隠そう草薙さんのことである。あの人器用なんだか不器用なんだか判らないんだよなぁ……一点特化型っていうか、極端というか……刀に関しちゃぁ人間で多分あの人一番だし、それでも満足してなかったみたいだけど。

 一旦無駄なものは元の場所へ戻し、(つか)へ入れ込み固定するともう元の刀、最後に封印符を剥せばあら不思議。一気に強く灼熱色のグラデーションを作り出し、触れていなくても恐ろしく熱い紅蓮の炎。『紅蓮』に宿らせた呪いがしかと機能している証拠であった。

 

「ふぅ、で、ティア。こっちばかり見てて大丈夫なのですか?」

 

「おっとっと、忘れてた忘れてたー」

 

 じっと感心し、摩訶不思議な現象について考え始めそうな勢いだったティアに一声かけると、はっと気づいてすたすたここに居た目的を続けに戻る。

 ひたすら手を熱せられるのも熱くてしかたない。早々に(さや)へと納め一息。集中そのまま次の刀、『黒龍』へと手を伸ばす。

 

「ねぇシオン、作戦とかってあったりする?」

 

「なし。無作戦無計画無茶無謀(むぼう)の二対二桁人数……見かけ上はそうでも、逆に私たちが負ける要素どこにあります? あの子にさえ注意していれば問題ありませんよ」

 

「そ。でも暴れすぎちゃだめだからね。私こう見えて精霊だから、しかも元々森に住んでたから、そういうことにはうるさいよ?」

 

「あいよ。自然破壊は控えますよ」

 

 尚、しないとは言っていない。ってね。あの子ともし戦うとして、私はともかく彼女が本気を出すようなことがあればそれは免れない。最悪、森自体がふっとぶ可能性もある。宴の時に彼女が抱えていた槍、あれはそんなことを可能としそうな力を内包している。そんな気が止むことが無いのだから。

 

「ティアの方は準備することあります? 一応、対戦期間は一日ですけど」

 

「『目』は飛ばしたし、眠っている間にある程度情報は入って来ると思うから……うん、準備はないかな」

 

「そ、そうですか」

 

 かるーく当たり前のようにさらっと言いやがったぞこの精霊……『目』だの情報は寝ている間にだの、なんだそれ、実質一日労働じゃん。寝るときくらい休めよマジで。若干引いちゃったよ、つい気持ち半歩分体を離しちゃったわ。

 

「それでも勝てちゃうんだけどねぇ……ねぇシオン、なんか(いまし)めて戦わない?」

 

「というと?」

 

 突然、こちらには目を向けずにティアが興味深い――いや、面白そうなことを口にした。

 縛めというと、要するに自分に枷をつけるという事か。その条件いかんでかなり変わるが、元々ティアは縛めを私から命じられているではないか。それなのに態々どうして。

 

「例えば魔法は使わない、走ってはいけない、物理攻撃禁止、直接攻撃禁止等々……戦う上で、あえて自分が不利になるような縛め。ハンデ、っていってもあまり変わらないかな」

 

「ふぅーん、なるほど。んで、誰が考えて誰が決めて誰がその対象となって違反したらどうなる訳?」

 

「い、一気にまくして立てないで……? わけわかんなくなるから」

 

 怒濤(どとう)の質問に若干仰け反りながら状況整理しようと思案投首になるティア、変わって私が火元を見守る。それでも刀を手入れする手は止まっていない。

 

「んーと、お互い考えあってお互い承諾して、お互いが対象となり違反したらやっぱり罰ゲーム?」

 

「当たり前すぎるわ、その内容を言えよ内容を」

 

「それを二人で考えようよ……」

 

 面倒くせぇ……思考回路に余裕はあるけど、自分で考えてまで作るようなものじゃないと思うんだよなぁ。あ、でも私は考えなくていいのか、だってもうティアに行動制限かけてるしね。縛めと殆ど変わらないだろ。んじゃ別にいいか、私の場合どんなハンデでも戦うことはできるだろうから。

 

「ほれ、加減は考えろよ」

 

「おっと、また忘れてた。揚げなくちゃ」

 

 何故か段々と心配になってきた……優秀なんだけど自分がやりたいと思った事、興味を持てることしかとことんやりたがらないんだよなぁ……移り変わりも早いし。料理もすぐに嫌になりそうだな。それならそれでもいいんだけど。

 せっせこ茹でていたものを揚げていくティアを眺めながら、入念に手入れを進める。

 やはり、魔法使用の制限だけでは物足りないだろうか。もっとこう、難しいことではないがちょっと辛く、でもできなくはない……的な感じのものがあればいいのだが……

 

「あ、思いついた! シオンへの縛りは―――」

 

 っと、然程時間を掛けずに極東発祥の箸を持ったまま振り向くティア。何を考えているのかにこにこと楽しそう。

 その口から発せられた馬鹿げている縛めに、思わず笑みを漏らしてしまったのは悪くないはず。

 

   * * *

 

「あとどれくらいで始まる?」

 

「二分ちょっとですね。準備はよろしいですか」

 

「うん、問題なし。『目』の方も良好、結界魔法も開始時間と同時に作動するように組んだから、違反されない限り負けることはないと思うよ」

 

「保険はかけるべきですけど……改めて思った。これ卑怯じゃない? 結界は厳密に言えば魔法じゃなくて魔術だから確かに使用自由ですけど、完全に一方的な勝負になりますよね?」

 

「その分、旗を一ヶ所に集めてあげたからいいの。シオンの情けのかけどころが正直わっかんなーい」

 

 いや、流石に私でもこれは……うん、やり過ぎだろ。

 衝撃反射、魔力(マナ)分散ともはや何が効くのか不明な結界に加え、いららしいことに深さ3Mを超す直下彫りの既に偽装済みの落とし穴を旗周辺に施し、さらに加えてその中には棘を撒いておくという、ご親切な鬼畜トラップ。作るのに全く時間も苦労も掛けていない辺り性質が悪い。突破する人たちの苦労を考えると全然釣り合ってないんだよなぁ。

 

「敵のこと、いくら考えたって慰めにもならないですけど」

 

「むしろ皮肉でしょ」

 

 確かにな。くすり、そう笑みを浮かべて賛同する。

 もうそろそろ開戦の銅鑼が響いて来る。相手が……特にあの子がどういう手を打ってくるか、色々考えてしまうけど結局全て、正面から叩き潰してやるという結論に至る。それが、私の縛めだ。避けることを許されない。罰ゲームは精神的にドギツイものらしい……逆に気になるが、そんな目に遭うのは御免だからな。

 

「さて、やりますかな」 

 

「念のため、わたしここにいるね~。大丈夫大丈夫、殆どなんにもしないから」

 

「何にもしなくていいからだろうが。つくづく相手が気の毒ですよ」

 

 結界の範囲外へと出て、隆起した木の根に座るティアへ一瞥し、背に掛けた大太刀、両腰に下げている二刀を確認する。今日『黒龍』にはお留守番して頂いていた。『風』を使う場面は無いだろうが、もし使うならば控えなければと再確認して、最後に愛刀に宿る彼女へ調子を聞く。

 

『準備良好、いつでも問題ないよ』

 

『あいよ。加減は頼みましたからね、アマリリス』

 

『解ってるって、(あるじ)♪ 存分にやっちゃって!』

 

 接続(スキル)での会話、というより念話の方が近いか。相変わらず便利な能力だ。 

 『狂乱』と『一閃』を主体として今日は戦うつもりだ。主要旗(しゅようき)を見つけたのならば『紅蓮』を用いて燃やす。一撃で粉微塵は容易くつまらん、じりじりと敵前で負けを自覚させる方がよっぽど愉しく、もう観ているであろう観客共を楽しませることが出来る。それに殺すことも禁止されていないのならば、態々『非殺傷』なんて呪いを持たせた刃で斬る意味はない。

 

――――ドォォォォォォォォン

 

 重い振動が圧し掛かるように伝わった。どこからどれくらい鳴らしているかは知らんが、よくもまぁこんなだだっ広い戦場で響かせられるもんだ。

 

「気を付けてねぇ~」

 

「憂いならもう少し心を込めて言おうか」

 

 全く、気の抜けているものだ。一応戦争なのだからもう少し誠意をもって……いや、言ったところで無駄か。改心される未来が一部たりとも考えられない。だめだこりゃ。

 苦笑いをバレないように浮かべながら、刀も抜かずに一般的な速度で走って行く。といってもその一般的が曖昧(あいまい)模糊(もこ)としていて基準がベルとしている時点で怪しいものだが、まぁ問題なかろう。私がちょっと常識外な存在であることは周知の事実のようなものだから。あんまりにブッ飛んだことをしなければ少し面白がられるだけで済む。

 

「さぁて、まずは何所から攻めようか」

 

 背の高い木にでも登って見渡してみるか、普通に飛んで見おろして探すか。遮二無二に旗を探したところで見つかる確率はかなり低いし、辺りをつけなければいけないのだが……まずは突撃だな。

 ティアの『目』でも流石に事前の情報収集は卑怯ということで、旗の捜索は開始時から行わせている。彼女からの連絡はもう少し経ってからだ。それまで、自力の捜索となる。 

 中心地から3Kほど離れた場所に自陣の旗を置いた所為で少しばかり時間はかかるであろうが、仕方ない。相手は流石に一ヶ所に纏めてはいないだろうから、やっぱり30分は難しいか? まぁ制限は一日だ、全然余裕がある。気長に探していこうじゃないか。

 

 悠長にそんな甘い思考でいる彼。余裕たっぷりだからこそのものだが、一体いつまでそうしていられるだろうか。

 着々と敵陣には向かっている。だがしかし、相手方も何もしない程愚かでは無い。たった一日だ罠は山ほど仕掛けられていた。相手は全団員が出場して、確実に勝ちを得に来ているのだ。

 誰がどう始めの一手を打つか、それによって始めの流れが決まる。

 

「ありゃ、初っ端から火ぃ使っちゃったかぁ……」

 

 木々で半端に(おお)われる空に、僅かばかり捉えた煙。白寄りの灰色、何か森のものを燃やしているのだろうか。

 

「とりあえず、あそこに行きますか」

 

 燃えたということは燃やした人が居るわけだ。ならばそいつを拷問でもして、旗の場所ないしそれを知っている人物の名と位置を吐かせればいい。殺すこともできるから、拷問も捗るだろう。  

 ま、観衆にはドギツイものかもしれんけど。

 そこは許容するか諦めて欲しいね。観ている方も責任はあるのだから。  

 適当に言い訳しながら、すたすた木々を縫うように向かった。人の気配がまだ捉えられていないのを、不審にしか思えないでいながら。

 

  

 



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こわれちゃった

  今回の一言
 なんか視点がごっちゃ混ぜになって来た……

では、どうぞ


「ちょ、シオンたん大丈夫なんか……!? 早速罠にはまっとるでぇ!?」

 

「問題なかろう。見てみろロキ、あの通り微塵も効いてないぞ。流石だな」

 

「うん、シオン頑張ってる」

 

「あはは……あれ、本当に頑張ってるのかな?」

 

 それぞれに違った想いをもって、だが皆一つの場所を見守るとある部屋。控えめなのだが華美という印象を抱くのは赤が主体となった内装をしているからか。赤は落ち着きを無くさせる色と言うが、今彼らが盛り上がっているのはだがそれだけが要因とはならないのだろう。

 衆目を集める先、何にも支えられていない、原理も原則も全くもって理解不能な滞空する鏡宛らのモノ。それには『ここではないどこか』を観ることのできるチカラがあった。

 それに映し出されているのは、茂る森で爆発に直撃したばかりの彼。砂塵が晴れた後に見えたのは、服をぱんぱんと払っている無傷のその人であった。気が済んだか、そのまま向かっていた方へ走り始める。

 

「アイツは出てねぇのか」

 

「……? あ、ベルは出てない。ベートさん、ベルが心配?」

 

「んなことじゃネェよ!」 

 

 何を隠そうとしたか相変わらず小さなことで怒鳴る狼人(ウェアウルフ)はベート。昨日続き今日と二日間無断欠席をされて市壁の上で相応の時間待たされた彼は、怒りと共に心配を心なしかしているという……しかもそれを直接的に聞けない年頃の彼です。

 

「ふぅん、アルゴノゥト君は出てないんだね。でさ、あの精霊ちゃん、一人でいるけど大丈夫なの? そんな強そうには見えなかったんだけど……」

 

「見た目に騙されない方が良いぞ、ティオナ。魔法・魔術ならば私を優に超えている」

 

「リヴェリアを!? す、凄いねあの子……」

 

 若干引き気味に身を捩らせる、想像に顔を蒼くした、長々としたソファに腰を(もたれ)れさせる褐色肌の溌溂(はつらつ)少女はティオナ。その最寄りに備わる二脚一卓のセット、片や優雅に座るのはリヴェリア。もう片や足が地に届かぬともふらつかせることのない、見た目とそぐわぬ落ち着きを払うフィン。

 

「団長、お飲み物ですよ♪」

 

「ありがとうティオネ。でも流石に6杯目は遠慮しておくよ」

 

「キャー! それはそれは、お気を煩わせてしまい申し訳ございません! ならばその紅茶はもったいないので私が……」

 

「いや、これはこれで頂くさ。せっかく淹れてもらったからね。でももう少し経ってからにさせてもらうよ」

 

 姑息な考えを働かせていたこれまた褐色肌の少女、黒の長髪をなびかせる彼女はフィンの後ろに控え機を窺っていたのだが華麗に躱されてがっくりと項垂れてしまっている彼女はティオナ。

 

「はぁ、やっぱりセアで出てないのかぁ……」

 

「アキ? なんか残念そうっすね。そんなにあの人が好きなんすか?」

 

「うん、ちょっと嵌っちゃって……って、でもでも、シオンのことを好きってわけじゃないよ? 確かに好ましい人ではあるけれど、あの人にはアイズさんが……」

 

「え、それってどういう事?」

 

「ううん、何でもないよリーネ。だからこれ以上聞かないで」

 

 と、今まさに気圧された、『鏡』を見ながらもちらちらと視線を移してしまっていた丸眼鏡の少女がリーネ。ニコッと外見以上に黒く微笑んでいるのがアキと愛称をもつアナキティ。そのアキと腐れ縁と言えるほど存外長い付き合いの、物理的に二歩ほど距離を取った平凡を体現したかのような少年はラウル。

 主要面々は勿論のこと一ヶ所に集まっていた。だが勿論のことここにいるのは彼等彼女等だけではない、下位団員は恐れ多いとその部屋にすら入れないでいたが、遠征に参加する程の団員はその場に普段と変わりなく入れていた。流石に、くつろげてるわけでは無かったのだが。

 

「あ、落ちた」

 

「落ちたね」

 

「あぁ、落ちたな」

 

 揃って口にする今まさに起きた馬鹿げた現象。そこに在ると推測できるレベルの落とし穴に、まるで突っ込むかのように向かい、やはり彼が落ちたのだ。あんまりなその光景に唖然とし、だが単細胞なものと呟く余裕のあったものは、それをただ口にした。

 

「―――あいつ、馬鹿なのか?」

 

 誰もが口にできなかったことを、軽々一匹狼の彼は口にした。

 無論、それは言えなかっただけで、皆――この映像を見ていた者全員が例外なく思った事であった。

 

   * * *

 

「あぁ、分かってても突っ込むってかなりイタイな……絶対馬鹿だと思われてるだろ。あぁくっそ、いっそ全部ぶっ壊してやろうか……!?」

 

 落とし穴の壁に刃を突き立てながら怒りを堪えて呟く。ティアよりご丁寧なことに感圧式と思われる爆弾が隠すことなく設置されている所為で下手に落ちることもできない。見つけたからには『逃げる』という選択肢が完全に無くなった訳だが……大丈夫かな、コレ。

 

「よーし、いくぞぉ……燃えるなよ、戦闘服(バトル・クロス)!」

 

 憂いの中心はそこにある。この服には一応そこいらのよりは耐熱性に優れているが、所詮布だ。爆発の規模にもよるが、服が燃えてあらぬ姿になりかねない。肉体の心配は全くないが、問題はやはり『後』のことだ。

 

「ッ~~~~~~!? 目が、目がぁ……」

 

 み、右眼に飛礫(つぶて)が……『耐久』なんて関係ない場所だから普通に痛い。っと、それよりも服は無事のようだ、若干焦げちゃったけど。

  

「あっちぃ……火傷したぁ。治るのはいいけど、痛みは消えないんだよな……」

 

(あるじ)、それこそまさに自業自得だと思う。縛めなんて破っちゃえばいいじゃん』

 

「いや、マジで何やらかすかわかったもんじゃないから。っと、よし。進みますかね」

 

 燃えた場所を斬り払って、煩わしい(すす)を飛ばしながらの独り言に、呆れと若干滲んでいる怒りの声が頭蓋のなかで響いた。こんな無茶無謀の馬鹿げたことを律儀に行っている私に対しての怒りだろうか。そんな心配ご無用なのだが、気にしているのは拠り所が無くなることなのだろう。ま、そっちも大丈夫なのだがな、支援さえ受けられれば。

 

「というわけで、頼みますよ」

 

『仕方ないなぁ』

 

 服の修復など私にはできないが、肉体の修繕ならば【鬼化】というアマリリスの能力に強く影響されたちからよって可能だ。しかも今回はたとえ致死性のある攻撃を受けたところで、『狂乱』の能も利用してしまえばなにもかも水の泡にしてやれる。

 

「にしても、こんなに多くの罠……簡易的なものといはいえ、よく用意できたよなぁ……」

 

 動員数が全団員なのだから考えられなくもないが、陰湿な嫌がらせ並みにめんどくさい……爆発の所為でもう敵に位置は捕捉されてしまったかもしれないが、とりあえずはあの煙が昇っているところへ向かうという初志は果たさなくては。後に足跡をたどって追えるかもしれないしな、たとえ逃げられたとしても。

 そんな計画を立てながら、もう引っかかるのは御免と自然に伸びた所為でうねる木々を伝い進んで行く。途中途中ワイヤートラップを通過したが、その対処はなんのその。

 

「……焚き火か? いやでもどうして。意味なんてないはず」

 

 これが夜中ならばまだ納得できようが、十分に温かい今焚き始める意味などなく、不審に思っても可笑しくない。加えて言えばこんな燃えやすいものが集合した場所で火など使うな危なっかしい。何ならルール上で訴えてやりたいくらいだわ、もう遅いけど。

 

「足跡は――お、あっちか」

 

 見下ろし眺めていた木の上から飛び降り、葉の集まりが不自然なところへと降り立つ。また何かしらの罠かもしれんが、手がかりがある方に進むのが今のところは良い。ティアもあと十分と掛からず見つけてくれるに違いない。

 

「罠では……痕跡はないな」

 

 目に付くところで特に気になる部分はない。違和感と言えば『これ』自体がそうなのだが、意味を考えていてここから逃げたであろう人を見失うのは御免だ。

 

「こっちか、んじゃ、いきま―――――」

 

 あれ……なんだ、これ。

 しゃがみこんでいたので立ち上がったはまだいい。だがなぜ、視界が落ちていく? 段々、下がってって……

 ()()()()、地面まで落ちてしまった。何故か、体が自由に動かない。

 

「ッ!?!? まさ、か――毒!!」

 

 即効性か!? クソ、面倒なものを!! 

 無性に痛みを感じてゆったりしか動かせない手を、躍起に上げた視界へ持って行くと、心中で悪態を吐いてしまうほどの光景に目を剥いた。濁り淀んだもはや黒に近い紫色。何も着けていない左手がそれに(むしば)まれ、激痛をじんじんと発している。典型的な色と原因不明のこの症状、なによりもこうも容易く私を侵食していることがその証拠となろう。私は薬や毒に面白いくらい耐性がない。

 レッグホルスターに一応入れていた解毒剤も先程の二度あった爆発でおじゃんになった。今、対処できる確立した方法はない。可能性としては――

 

『悪い、できそうか!?』

 

『ゴメン(あるじ)、外についてはなんにもわかんないから対処遅れた! 完全解毒に結構時間かかるかも!』

 

『完全じゃなくていい――恐らくこの毒は接触性、しかも気体中にあるから厄介。体内までやられている可能性が高い。そっちを優先してくれ』

 

『わかった!』

 

 正直追い詰められた。漂っているであろう毒は恐らく致死性が高い。今この状態で襲われる可能性は半々、相手が自分たちが仕掛けた毒に対する対策を何かしら持っていたら最悪だ。

 何とか、背にある大太刀の柄を右手で握り、鯉口を切る程度に抜く。それだけで呪いは周り、痛みはある程度緩和された。半吸血鬼化とでも言える【鬼化】のスキルを一部行使し、肉体強化と治癒能力を得る。対価として眼球の色が変わってしまうが吸血鬼である証なのでこれはどうにもならん。

 

「ッゴ――あぁ、本気(マジ)ヤバイ、こりゃ舐めてらんねぇわ」

 

 もうふざけてなどいられない。さっさと決着つけねぇと冗談抜きで死ぬぞ……

 血反吐で汚れた口を強引に拭い、地面を思いっきり殴りつけて己が体ごと天高くへと吹き飛ばす。これで毒が蔓延しているところからは逃れられたはずだ。ついでに毒も吹き飛ばせていればいいが、この破壊で足りるか。

 だいたい30M……このまま滞空するべきか。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】――【エアリアル】――【風よ来たれ(テンペスト)】」

 

 二重付与(エンチャント)ならば滞空も可能な程となる。移動ならば二重にする必要もないが、滞空は話が違うのだ。

 

「ったく、クソ(いて)ぇ……あいつら、ただじゃ殺さん。絶対苦しめてやんぞ」

 

 あとで治療院に行くこと確定だな、こりゃぁ。とことん怒られるだろうが仕方ない。

 ふぅ、一先ずは落ち着こう。300Mも上がれば比較的安全だろう。なに、滞空制限なんてものは存在しない。そもそも飛べる奴のことなんてギルドは想定していないのだから。

 

「こっからじゃやっぱり旗は見えないか……だがあやつらの性質(たち)から考えるとバラバラ、しかも見え難い場所―――あたりをつけるとしたら、あの密集地帯五ヶ所か」

 

 とりあえず近場から当たるべきだろう。絶対的に罠は仕掛けられているだろうし……。

 

(あるじ)――』

 

 ふとそこで、どことなく重苦しい彼女の声が聞こえた。不安をどうしてか煽られる。

 そういった負の懸念は、不思議なまでにあたることが多いと後に自覚して――

 

『――この毒、消せない』

 

『――マジかよおい』

 

『主、このままじゃ死んじゃう! お願い、どうにかして!』

 

 どうにかって言われても……こちとらお手上げ状態だぞ? 急いで戻ってティアに治して――あ、そういえば結界内にいるんだった……解除するわけにもいかんし、こりゃマジでやばいぞ。でも、

 

『死んでも生き返れるのでは……』

 

『欠損によるものなら、ね……でも、浸食されたら私もお手上げなの! お願い(あるじ)! これで死んだらもうどうにもならない!』 

 

「なるほど……じゃ、早期決着を目指すべきですかね」

 

「そんな暢気に言っている場合じゃ――!?」

 

 アマリリスの異様な焦りが伝わって来て逆に冷静になってしまった。別段、焦っても仕方ないことだし、意味の無いことを続けるのも単なる無駄だ。

 

『悪化を抑制することは可能ですか』

 

『今、その状態……でも、この毒強すぎる! 気づくのも遅れた所為で結構中までやられちゃってるの!! 本当に持たないんだよ!?』

 

『悪化が抑制できているならいいです―――少し、無茶しますよ』

 

 死ぬか負けるか――負けた方がマシだと普通は思うだろう。だが、負けてしまったその後の人生は殆ど死んだようなものとなるに違いない。ならば、第三の選択肢――無茶して生き延びて勝つ、だ。

 敵の降伏(リザイン)、もうそれを狙うしかない。ティアに頼るのも難しいし。

 

「一気に畳みかける、いや、全部ぶっ壊せば―――」

 

 あるいは、主要旗(しゅようき)の破壊、森を丸ごと燃やしてしまえば偶然にも燃やせる可能性は高い。私たちの旗は守られている。ならばその手段も取れよう、ティアに怒られてしまうかもしれないけど。 

 

「設計図通りに動いてくれよぉ、あの考えた時間は無駄じゃないことを信じるからな!」

 

 更に天高く昇って行く。背の大太刀をただ抜くのでなく、鞘ごと背の帯から取り外した。何も抜刀術で戦おうとかそう言う訳では無い。確かにそんな機能も付けたけど、今回使うのは別だ。 

 戦場すら小さく思える位置まで見渡せる高さ、そこまで昇って一旦刃を納めた。柄を持った状態でそこに地があるかのように鞘を空中で屹立(きつりつ)させた。

 

「【終末の炎(インフェルノ)】だと一度で区切れない……ちょうどいい、精霊術にするか」

 

 立つ華美な鞘、小さな紋様が刻まれる場所に人差し指を添える。ただそれだけで準備は完了してしまうのが、この鞘の恐ろしいところだ。それなのに威力は馬鹿にならない。

 

『アリア、風の維持、頼めますか』

 

『……無理しないって、約束してくれるなら』

 

『――解りました、無理はしません。無茶はしますけど、ね』

 

 それは、勝つために仕方のないことだ。だから、相手の犠牲も、勝つために仕方のないことだ。

 これは戦争、幾ら殺しても文句はない。これは争い、少しだけ縛りがある、大切なものの奪い合い。

 だから、無慈悲に行使されるこの破壊すら、許され難くとも認められてしまう。

 大切なものを守るためのものなのだから。

 

 系統は熱と光と風、属性は炎・雷三系統二属性の不安定な形のものだが、だからこそ今回は丁度良い。不安定は威力の塊だ、これはそれを纏めるためにあるもの。

 

「【聞き届けたまえ、我が願い、我が望み、我が小さき欲望。叶えたまえ、叶えさせたまえ、御身に在りし力を我に――】」

 

 精霊術、私に使えるものはその中のほんの極一部に過ぎない。しかも贋物(にせもの)をちょっと改造したようなもので、本来精霊術と呼ぶのすら烏滸がましい。だが、使えることには変わりない。

 

「【逃れることのない熱。(いつく)しむ優しさ、其の身其の肌に感じ取る逃れ難い温もり。忌み倦厭(けんえん)したそれらを無慈悲に包む劫火よ、いざ顕れん】」

 

 ティアは後に言った。「別にわたしから学ばなくても、創っちゃえばオリジナルができる」と。

 そんな簡単なものかと思ったが、想像を模倣するという簡単なお仕事であったのだ。彼女はこういったことに関しては誰よりも上をいく。考えすらもそうだった。

 

「【逃れることのない光。森羅万象の理を創りしその力。されど背きたる雷光を(ゆる)したまえ。万物万象を破り、矛盾を形成し破壊を是とする其の力よ、いざ顕れん】」

 

 莫大な魔力が消費されている。だが、自分でも驚くほど底が見えない。少しばかり魔力(マナ)を利用しているからかもしれないが、それでも、だ。

 形成されていく現象(モノ)が全て鞘へと収まっていく。爛々(らんらん)と煌びやかに発光する鞘――否、魔法石が今か今かと待ち望んでいた。

 

「【逃れることのない風。我が身に宿りし託され、受け継がれた力。破壊に行使する我の傲慢(ごんまん)を見五がしたまえ、我が母なるアリア様の力よ、いざ顕れん】」

 

 願いは届けた。叶えられるかは己が器、己が技量次第。

 一呼吸置き、今から無くなってしまうであろうその光景をとくと記憶に焼き付けた。せめて、壊してしまうのだから記憶にくらいは遺しておこうと思って。

 最後に、告げる。

 

「【集合せよ。我が御心に従いたまえ】―――【終焉の出立(ラストスタート)】」

 

 眩暈(めまい)がするほどの莫大な消費、それを全て受け止めた鞘はもう耐えきらないとばかりに戦慄いた。潮時だと、霞む視界の中思い出す痛みに苛まれて思い出す。

 

「ぶっ壊れやがれ」

 

 カチッ、とても些細な音だった。それは終焉が地へと堕とされる、始まりの音。

 鍔の近くにある、摘まめるだけの出っ張りを動かした音だった。鞘に刻まれた『刻印』の真価を発揮させるための。

 その能とは、圧縮と特化解放。鞘に刻まれた、縮小型の魔法・魔術・精霊術関係なく世界に干渉する力を吸収する魔法陣へ魔法を垂れ流し、更に内部で連結された圧縮用魔術刻印(まじゅつこくいん)でそれを圧縮。最後に引き金(トリガー)を引いて鞘の先端部分にその力を流し、圧縮を一気に元へ戻す力で開放する。力は逃げやすい方へ、つまりは外へ向かうという仕組み。その威力はただでは済まない。

 そう、それは―――

 

「ッ―――!?!? あっづ!? え、なに、予想以上何ですけど!! ナニコレヤバイ」

 

 数秒後、目も眩むほどの光と毒の痛みなんて吹き飛ばすほどの熱が、空高くに居る私まで届いた。それが示すことは地上の絶大な破壊。初めて撃ったのだから加減など知れるはずもなかった。

 これは……ティアまで死んだりしてないよな?

 そう思いながらふと目を開けると――

 

「――おいおい、ふざけんなよ」

 

 今のは正真正銘、私の全力攻撃だった。今までしてきた破壊活動の中でも最大級のモノ。

 なのに、なのにだ――何故、ああもくっきり無事なところがある。

 片方はまだわかる、あれはティアの結界だ。どうやら無事のようだが……とか言っている場合ではない。問題はその逆方向にも、同じように無事な部分があるということだ。

 

「――あの子か。まった余計なことを……」

 

 だが、これで相手の位置はつかめた。大半は死んでしまっただろうし、終了の合図が送られないということは主要旗は壊れていないということ。ならば、あそこにあると考えて間違えナシ。

 禿げた密林、開けたお陰で地に降り立っただけでも相手を見つけられた。

 

「よう、早速だが―――さっさと終わらせてもらうぞ」

 

「……ねぇしーちゃん。今、どんなこと思いながら撃ったの?」

 

「黙れよ、死にたくなきゃそこ退()け。さっさと終わらせたいんだよ」

 

「ううん、無理。答えてしーちゃん、今さ、こんなにたくさんの人を、殺そうとしてなかった? 考えられなかったわけじゃないよね? だってしーちゃんだもん。わかってて、やったの?」

 

 途中から意味を殆ど成していない、伝わるかもあやふやなのにどうしてか心まで響いた。

 その痛切な呼びかけ、怯えているかのように震える声。彼女はこんなにも狂って可笑しくなってしまった私を、知らなかったのだろうか。それでも心から愛している、大好きだなんて戯言を吐いていたのか、虫唾が走る。

 

「みんなを、殺そうとしたの?」

 

「だったら、どうした。あぁそうだと答えて絶望するか。いや違うと答えて希望を持つか。どっちだって関係なんだよ、結果が全てだ。だがな、教えてやるよ――私はお前らが死んだところで、何とも思わない」

 

「――ッ」

 

 怯えが完全な恐怖へと変貌した。ゆっくりと私が一歩一歩進んでいても彼女は動かなかったのに、それきり一歩の度に小さく後退る。否定するかのように、目を逸らしたい現実から逃れようとするかのように。

 ここまでのことが出来るのに、一体それ以上何を恐れているんだ。どうしたかは知りようもないが、一際大きな旗である主要旗の周りにいる人は確実に敵。恐らくは団員全員なんだろう。ふざけたことをしてくれる。余計な手間が一つ増えた。

 

「もう一度言う。退け」

 

「―――無理」

 

 彼我の距離は極限まで近づいていた。手を伸ばせば掴めそうなほどしか離れていないのに、どこか遠く感じるのかどうしてだろう。いや、知る必要なんてない。だってもうすぐに、終わってしまうから。

 嗚呼、やはり遅い。極限状態だからか、もう死にかけだから――関係ない、結果は変わらない。

 もう殺すつもりでかかってきたのだろう。だけど、殺意が圧倒的に足りない。本気で殺すつもりのないモノなんて、私には届かない。どう足掻いても、私は殺せない。  

 喉を穿つつもりか? やってみろ、刺さりすらしないさ。

 何もかも足りてないんだよ――穿つにはな、

 

「――ぁっ」

 

「こうやるんだよ」

 

 愛刀の刀身が全て喉を通り、(つば)で引っかかって止まる。残酷なまでに言い放って、不必要な傷を加えないように引き抜いた。もう声も出せないか、将又死んだか。どうでもいい。

 

「ハァッ!」

 

 今回の戦争で初めてだろうか。こんな荒々しい斬撃を放ったのは。いや、そもそも斬る機会が乏しかったのだから、今回の戦争なんて狭い括りではない。人生で初めてだろう、こんな汚い斬撃は。

 威力だけが不必要にあって、だからこそ恐ろしいまでに『強い』。

 炎が軌道上を辿っていく。先へ先へと破壊しながら一直線に進み、一瞬止まったもののそれ以降は滞る事すらなく、阻むものなしに標的を燃やし、破壊し尽くした。

 

「これで終わり……ハァ、さっさと、治さなきゃ、まず、いな……」

 

 ちょっとさっきからヤバかったけど、今はそれ以上にヤバイ――何がヤバイかっていうととにかくヤバイ。

 早く終戦の合図が欲しい。聞こえた瞬間に走り出して、今すぐにでも楽になりたい。

 あぁクッソ、勝ったところで死んじゃァ意味無いんだぞ――理想を理想で終わらせて堪るか。生きて帰ってやる、やりたいこと、やるべきことが残ってんだ。

 

 見計らったか、ふと遥か遠くに見えるところから迫る銀の影。今は、救いと等しい。

 だけど、まにあうかな――――――

 

 

 

 



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過ぎ去る日のこと

  今回の一言
 このくらいのものを書くのに時間がアホみたいにかかる私です。

では、どうぞ


 ずぅっと、もうずっと遠い昔のことかもしれない。いや、停まっていた私の時間にとってはほんの数日と、数秒と前のことかもしれない。

 本当に経った時間と言えば三年も無いかな。遠いけど、ずっと近くにあり続ける停止した時間。頭から、記憶から、ぐちゃぐちゃに壊れた魂から、絶対に離れてくれないその時間。

 救いでもあって、絶望でもあった。ずっと一緒と、苦笑いで誓ってくれた姉との乖離(かいり)は。

 

「あんまり先走っちゃダメよ。いくらLv.2になったからって調子に乗っちゃ」

 

「大丈夫、大丈夫だってお姉ちゃん。(みんな)もいるんだし」 

 

 出発は恒例のこと朝であった。暗く、淀んだ、湿った日。昨夜から降り続いた雨の影響で、広場を歩けば所々でちゃぷっ、ぴちゃっと水を踏む。いつも照らしている筈の燦燦(さんさん)とした太陽が隠れていて、私たちにとっては神の恩恵が薄れてしまったかのような、そんな不吉な気分だった。

 

「そういう事じゃないの。遠征って言うのはとっても危険なの。初参加だから特に、ね。みんなに頼ってばかりいられなくなるのが普通。普段いかないちょっと深い階層に行くから、気を引き締めないと、簡単にやられちゃう。お姉ちゃんはそう言う人、いっぱい見て来たから」

 

 そう言って私をあやす姉の表情も、普段と違って晴れていなかった。

 ギルドからの強制依頼(ミッション)。中堅以上のファミリアならばどこも行わなければならない遠征、今回の目標は到達階層の更新であった。前回の遠征では時機(タイミング)良く出現間隔(インターバル)の時間と合致し、17階層の迷宮の孤王(ゴライアス)を討伐することで終了したのだが、今回は他のファミリアに譲ることとなって仕方なく、中層域で留まっていた到達階層を深層域まで広げなくてはならなくなった。

 

()()()()()よ、そう気負ってばっかだと疲労困憊で先に倒れちまうぜ?」

 

「あら、私がそんなヤワに見える? Lv.3に最短で成った私が? あまり舐めないでちょうだい」

 

「おっと。怖い怖い」

 

 その通り、お姉ちゃんはちょっとこわ――こほん、私たちの副団長であり且つ、Lv.2からLv.3まで半年という最短期間で成ったすごい人なのだ。おふざけが大好きなこの人よりも、全然強い。

 遠征には勿論精鋭勢力を連れて行く。二十人、それが今回の遠征参加者であった。全員Lv.2以上であるのは言うまでも無いだろう。

 

「深層、深層♪ どんなところかなぁ~」

 

「リア、少しは落ち着け。死人なんて出したくないんだ」

 

「あらぁ? ロリコンヒュアキントスぅ、そんなにこの子が心配? 手でも繋いであげたら?」

 

「なっ……ひ、必要ないそんなこと! じょ、冗談はいいかげんにしてくれ!」

 

「ふふっ、わかってるじゃない。もし下手に触ってみなさい、絞め殺すわよ」

 

「お姉ちゃん過保護、そこまでしなくてもいいじゃん……」

 

 そう呆れたことはよく覚えている。ヒュアキントスがこんなことで戸惑うことも、お姉ちゃんのからかいも、それが最後だったから。

 忘れる事なんでできない。させてくれない、そんな逃げを赦してはくれない。

 ずっとずっと、私から離れてくれない心傷(トラウマ)なのだから。

 

 

   * * *

 

「――ここって」

 

「っ……! お、起きたか、起きてくれたか……!? よかった、本当に……!」

 

「え、ちょっと大丈夫? どうしたの、そんなに……」

 

 突然変わった景色に思考が追い付かず茫然としていた所にかかった震え声、ぬくぅと上体を起こして声の主を探すとすぐに見つかる目元をだらしなく腫れさせた青年。何が何だか分からない。

 

「どこか違和感はないか!? 不調なところがあればすぐに言ってくれ! 今すぐにでも――」

 

「お、落ち着いて? どこも変なところは無いから。とりあえず落ち着いて、ね?」

 

「あ、あぁ……」

 

 怒濤(どとう)の勢いで身ごと乗り出し畳みかけて来た心配に、これ以上は不味いと一度落ち着く時間をつくらせる。ただでさえ無理解なこの状況の説明がまだなこともあるし。

 

「……で? なんで私は通いなれた治療院で寝てて、ヒュアキントスがここにいるの? 戦争遊戯(ウォーゲーム)中のはずだよね」

 

「……憶えてないのか?」

 

「何が?」

 

 主語の無い返答に困惑顔を浮かべてしまう。憶えているかどうかを聞くなんてことは、何か大事でも起きて、それで私が不味い状況に陥り―――あ、もしかして、

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)、終わっちゃった?」

 

「あぁ……思い出したか、残念なことにな。すまない」

 

「すまないって、何が?」

 

 頭を深々と下げるヒュアキントスが私には理解不能だ。その謝罪の出所が全く分からない。一体何を謝れているのかすらも。  

 戦争遊戯(ウォーゲーム)が開始されたことは思い出したが、その後の行く末については全く。ヒュアキントスはあんなにも頑張っていたのに、何で私は謝られているのだ。

 

「……二回戦、我々の完敗だ」

 

「――そっか、うん、そうだよね」

 

 まだ完全には思い出せないけど、今必要なことは判った。完敗した、つまりは私までぼこぼこにやられちゃったわけだ。勿論のこと、しーちゃんに。そこで治療院(ここ)に送られた、というのならば大体納得がいく。

 だが、まだ本当の負けではない。攻城戦が残っているのだから、そちらで勝てばいいだけのこと。ルールの公表はもうされてしまったのだろうか。ならば早く戦場に行かなくちゃ、万全でないまま戦ったら勝利の兆しは完全に無くなってしまう。

 

「ねぇヒュアキントス、もうルールは公表されたの?」

 

「……あぁ、しっかりとな」

 

「じゃあ、早く行こっか。準備も始めなくちゃだし―――」

 

「――なあ、リア」

 

 そのいつもとは違って重い声に、何故だか目も動かさず神経だけが吸い寄せられた。一言一句を逃すことなどはなかった、疑う余地もない。なのに、素っ頓狂に疑問を覚えた。

 

「勝つ必要なんて、あるのか」

 

「――ぇ?」

 

「―――なんでもない。最北端のゲートで待っている。用意が済んだら来てくれ」

 

「はえ? あ、う、うんわかった」

 

 忘れてくれと言わんばかりに無理矢理流されてしまって、その先もその意味も、何も聞けずに、何も彼は言うことなく去って行く。

 誰もいなくなった部屋で、どうしてか身震いしてしまった。二の腕を抱え、己を守るように抱く。一体、何に怯えているのだろうか、私は。

 冷たく思えた彼の言葉、太陽から見放された氷の世界のように冷えて、鋭く固まり氷柱の如くふと落ちた彼の呟きは、それこそ本心なのだろか。だとしたら、一体何を考えて――

 

「これ以上考えても無意味かな」

 

 そうやって結局、私は考えることを放棄する。

 これ以上、『苦しむ』のなんて御免だから。

 

   * * *  

  

 暗くも明るくもない、ごく普通。少しばかり大きい両開きの窓が壁に沢山あるおかげで日差しがよく通り、自然的に照らされる暖かな部屋だ。ただ些か広くて、強いて言えば供えられている物が何処をとっても無駄に一級品揃いなのが可笑しいくらいだ。

 地上三階のこの建造物では、こんなに無防備な構造をしていても何ら問題ないのだろうか。カーテンも引けるようだから、情報漏洩の心配はない――とか思ってるのなら大間違いだぞ。本気で情報奪いに来る輩ならばこんな薄っぺらい防御ものともしない。

 っと、設備に対して不満を漏らしていても不毛なだけだ。止めだ止め。

  

 とりあえず、引いてもらった椅子に腰を落ち着かせる。ギルドからの召集で無理矢理来させられたわけだが、病人だと解っている相手を態々呼び出すとはどういうことか。開口一番に問い詰めてやりたかったが、同席するものがどうたらこうたらと面倒臭く遅刻者がいるという旨を伝えられ、今こうして召集場所で待たされている……これで全くもってつまらんことだったら、責任者の首鷲掴みにしてやんぞ……!

 

「クラネル氏、お体の調子はいかがですか?」

 

「いやぁ、この状態で強制召集掛けといて、どの口で聞いてんだゴラ? お前の目にはこの重症っぷりが見えないのかい、この糞野郎♪」

 

 ぞっと部屋が凍り付く。ただ微笑(にら)んだだけなのに、一体どうしたのだろう。

 バチッ、強烈な痛みが頬に走り、その微笑みを顰めてしまった。

 考えずともわかる原因。あの毒がまだ名残を見せているのだ。全身から抜けるだけ抜いたものの、酷いところはまだじわじわと蝕まれている。それもそうだろう。()()曰く、最高クラスの調合毒と推測できたらしいから。右頬や左手は見るも無残なものだ。お陰で碌に動かない左腕は現在固定中、これはティアにもどうすることもできないらしい。

 

「あ、あのぅ……」

 

 と、部屋の空気に委縮してか、心なしか頭を低くして入って来た、制服を着こなす女性。ボブといえばいいのだろうか、肩に届かないくらいの茶髪を纏めることなく流して、その中からは二つの突起物。笹型の人間(ヒューマン)より長い耳はエルフの特徴だが、そのエルフより少し短い――つまり彼女はハーフエルフ。

 

「ギルド長なのですが……昼食で食べた生牡蠣(オイスター)が原因と思われる腹痛によって、休むとこ事でして……」

 

「よしエイナさん。今すぐそいつの場所教えてください。絞殺しに行きます」

 

「シ、シオン君!? それはちょっとというか本当に不味いから!! というか今、君がそんなことしたら本当に不味いことになるんだよ、分かって言ってる!?」

 

「いえ、何のことだかさっぱり」

 

「ミイシャーァァァ!?」

 

 と、生真面目で落ち着いたお姉ちゃんというイメージを振り撒く彼女が叫ぶ相手は、私をここまで案内したアドバイザーである少女、ミイシャさんである。何食わぬ顔でただ世間話をしていただけで、特に彼女から説明された訳でも無かった。

 

「はぁ、あのねシオン君。今日ここに集まったのは、ある会議に参加してもらうためなの。戦争遊戯(ウォーゲーム)第三開戦、攻城戦のルール決めのね」

 

「……それって問題ないのですか?」

 

「うん、大丈夫だよ。第二回戦は【アポロン・ファミリア】側に参加してもらったから、これで平等。何にも問題ないの」

  

 知らなかった……いや、知ってたら可笑しい事なんだけど。というか少しは情報よこせよミイシャさん! 何一つ考えてない私の立場が無くなっちゃうじゃん!

 

「じゃ、後は頑張ってね、シオン君」

 

「へいへい。善処致しますよ」

 

 やれるだけのことはやる、か。少なくとも有利不利が付かないくらいの平等にはしたいものだな。あと無為な破壊工作と毒の使用は禁じよう。うん、本当に危険。毒、ダメ、絶対。

 

「さて、クラネル氏。ギルド長が不在ということで、議長は私が務めさせていただきます」

 

「司会進行は私が。どうぞよろしくお願いいたします、皆様方」

 

 と、座ったまま浅く頭を下げた犬人(シアンスロープ)の節穴君、命名法の言及は避けるとして、立ったまま手を前で重ねてお辞儀をした気品がある女性は、潔癖感漂う水色(スカイブルー)長髪(ロング)。であるが、長い笹型の耳に被る髪だけは金属の輪で纏めている。一見リヴェリアさんに似ているような感じだが、少し違うな。リヴェリアさんは耳から後ろの髪を全て一つにまとめている。

 っと、そんなことはさて置き、

 

「では――開会の挨拶等は面倒なので代わりとして。クラネル氏、お聞きしたいことがあります」

 

「はい? なんです?」

 

 唐突に、真面目真剣嘘はない、みたいな顔をしながら面倒だなんて単語を発するオカシナ一面に笑いそうになったのを堪えつつ、小首をわざとらしく傾げて問い返す。

 髪と同色の彼女の瞳が、くいっと上げられた眼鏡の逆光で隠れる。だが、怪しい光だけはそれでも伺い知れた。

 

「受けか攻め、どちらがお好みですか」

 

「――おい、ギルドの奴らは実はこんなのばっかりじゃないだろうな」

 

「すみません、すみません! 彼女が特殊なだけです!」

 

 というか、当たり前のこと聞くなよ。攻めに決まってるだろ攻めに。私は基本ガンガン突き進む性質(タイプ)だ。下にしろ何にしろ。

 あ、でも『セア』の時は受け? いや、そんなこと深く考えなくていいか。

 

「ほれ、さっさと進めろ」

 

「お恥ずかしいようでしたら、後にこっそり耳打ちで構いませんからね。では、会議と参りましょう」

 

 あぁ、何だこの人。途轍もなく面倒臭い。というか、偏見かもしれないがエルフもこういう事興味あるんだな……あの三人にでも聞いてみるか? いや、あの人たち例外的な面が強いから、聞いたところでエルフ全体の考えとはならないか。リヴェリアさんとか王族だし、リューさんとかそう言うのとはかけ離れてるし、レフィーヤはなんか違うし。

 ちょっと脳内回路が常人とは異なる彼女による進行が続いていく。有能ではあるようで、滞ることはなくとんとん拍子に弾んで会議は進んで行った。だから危うく、自然に聞き流すところだった。

 

「あ、そしてクラネル氏は【ステイタス】の封印が義務づけられますので、しっかりとお願いしますね」

 

「はいはい、それはもち―――はい?」

 

 気になった部分を指摘してきただけで特に発言という発言がなかったせいか、適当に肯定ばかりをしてしまってその発言も半ばまで例外では無かった。だが可笑しなことに気付いて胡乱(うろん)気に聞き返すと、にっこり表情を変えずに、再度言い渡される。

 

「大規模破壊により、たとえ戦争中であってもあくまで遊戯(ゲーム)であるためこれ以上は許容できません。その処置として我々ギルドは、貴方に罰則(ペナルティ)を設けました。それが、今言い渡した通りです。これはウラノス様の同意も得ておりますので、拒否権はありませんよ」

 

 これは……本気でかからないと、死ぬかもしれん。彼女の口から言い渡されたその冷酷な通達に、思わず失笑してしまう私であった。

 全員出場、かな、こりゃぁ。

 

 

 

 



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伝えるべくして伝えたこと

  今回の一言
 あと少し、あと少し……

では、どうぞ


「決まったんだ……攻城戦」

  

 ぼそっと、フードでも隠れない口で呟く。がやがやと騒がしい周りにその音はただ消えて、僕という存在を否定しているように思えてならなかった。

 自分で自分の身を隠しておきながら、気づかれないようにしながら、一体何を思っているのだろうか、白々しい。

 

 周りには僕と同じく、情報を求めて掲示板に顔を出す人がちらほらと。ここの周辺で立ち話に興じるの方が断然多く、その話は嫌悪をどうしても感じるようになった戦争遊戯(ウォーゲーム)についての話ばかり。

 だけど誰も、ここにいる僕には気づかないんだね。それもそうだよね、僕なんてただの恥さらしなんだから。

 (こころ)を塞いで、僕に関わる一切を無いことにした。そう、思い込む。ただ目的を果たせば誰もいない裏路地へもぐりこめるのだから、早々に気にはなっていた情報を読み進めた。

 第二回戦は相手には悪いけど、予想通りの流れだった。シオンが最後倒れちゃったのは意外だったけど、結局は圧勝と言える完全勝利。羨ましい、栄光だ。僕なんかと全然違う。

 そうやって三回戦も勝ってしまうかもしれない。僕の出る幕などないだろうけど、ルールくらいは知っておいても可笑しくないだろう。一応、名目上は、ファミリアなのだから。

 

「―――なに、これ」

 

 思わず、絶句してしまう。あまりにも理不尽だと、そう思わせられる内容に。

 だが、記載されている理由(いいわけ)があまりにも正論で、ぐうの音も出ないのだ。

 

―――シオン・クラネルの【神の恩恵(ファルナ)】封印を罰則(ペナルティ)とする。

 

 勝てる希望が、完全に薄れてしまったかのようだった。

 【ヘスティア・ファミリア】の最大最強戦力、その戦力は希望であり、命綱だ。シオンの力の集合ともいえる【ステイタス】が今どのようになっているかは知らないが、想像に及ばない程恐ろしいもののはず。でなければ、あんな大規模破壊も、滞空なんて芸当も、できるはずが無いのだから。だからそれの封印は即ち、命綱が斬れたことを意味するに他ならない。

 だがギルド側の意見は正当だ。あんな大規模破壊またされてしまったら、もう堪ったものじゃないだろう。あんな感じに、森を大切にしていた人たちからは相当言われているから。ギルドの人たちも大変だ。

 

「あーあ、やっぱり、ひっでぇことになっちゃったなぁ……」

 

「―――!?」

 

「まぁまぁそんなに驚くなって……とりあえず、外出ような、な?」

 

 唐突に、全くの不意打ちで、だがあまりも自然すぎたことに、遅れての反応しかできなかった。あやすように提案(めいれい)する彼の声、抗うということが不可能な圧倒的恐怖。下手に身動きなんてできず、されるがままに連れていかれる。全身を覆い隠した人を現在進行形で超有名人の彼――シオンが連れて行くという異様な光景に、誰一人反応する様子がなかった。訳が分からない。でも、少しだけほっとしている。

 

「ここらでいっか」

 

「っとと、投げ飛ばさないでよ……」 

 

 裏路地に連れ込まれて――って、なんかそれだけ言うと悪漢に『(かつ)()げ』されたように聞こえるけど、別にそう言う訳では無い。

 僕たちは今有名人、衆目を集めてしまう存在なのだ。それが堂々公で会話などしてみたら――考えるだけで吐き気がする。

 ずっと恐怖で地面に固定されていた視線を、搦められていた首を撫でながら上げると、そこにはやはり彼がいた。僕の希望であり、絶対的な存在である僕の兄。

 だけど、その姿は――

 

「――どうしたの、それ……?」

 

「これですか? 戦争遊戯(ウォーゲーム)の代償、とでも言えば名誉じみてていいですかね。毒ですよ毒。まだ効能は残っていましてね、()()()にはある程度マシになると思いますが。万全とまではいきませんよ。ま、戦いが常に万全でいられるわけ無いので、諦めてますけど」

 

「そんなっ……シオンは【ステイタス】を封印するんだよ!? せめて万全じゃなかったら、もう本当に負けて―――」

 

「おいおい、そんな弱気って……本当に勝つ意欲がないっていうか、愚の骨頂って言うか」 

 

 な、何も言えない……僕なんて実際その程度、もうアイズさんに鍛えてもらおうっていう意欲すら湧かない。勝つために始めたそれが無いということは、まさしくシオンの言ったことに繋がる。どうしようもないな、これは。

 

「おっと、そうそう忘れてた。今、ベルが思っている疑問を解消してやろう」

 

「何も思ってないけど?」

 

「……ごほん。お主は今、どうして私が現れたのか疑問に思っている筈だ!」

 

「いや、どうせ戦争遊戯(ウォーゲーム)についてでしょ?」

 

「…………」

 

 あー、二度も腰折っちゃったら黙っちゃったよ……シオン、自分のペースにならないと考え込んじゃう癖あるからなぁ。そのくせ基本直感で動く気質があるという。もうホントどうしよう……

 

「―――今の会話は忘れよう。というかそれがわかっているならさっきの流れはいらんし。んじゃ、唐突だけど……また無様を晒すのと、栄光をつかみ取れる可能性に縋るのと――どっちを選びたい?」

 

「―――ッ!」

 

 びくっと心臓が跳ね上がった。耳を刺すコトバが痛くて、何よりも恐れている。

 その選択の意味は何となく理解できた。今のまま出場するか、必死の覚悟で鍛えるか――どちらにも僕は嫌悪を感じてしまう。結局は衆目に晒されることになるから。恥さらしが出場したところで何になる、戦力外といっても過言ではない僕がいて何になるのだ。シオンは何を目的としているのか。

 

「私は恐らく、出場できたとしても精々引付と足止め程度しか役に立たないでしょう。そりゃ、圧倒的に降格する感覚に、この怪我、無理もない事。言い訳になりますけどね。大将――恐らく、

太陽の光寵童(ボエプス・アポロ)】でしょうけど、まぁ勝ち目は低い。絶対的に邪魔が入って、負けてしまうでしょう」

 

 ありえない――いくら頑張ってもシオンに勝つことなんてできっこないのだ。どんなハンデがあっても、シオンは勝ち抜け、生き残ってしまう。「あ、生き返りました」なんて然もあたりまえのように軽くいっちゃう異常者だ。常識外の存在だ。予想なんて意味をなさない程の隔絶した人物なのだ。

 なのに、何でこの人こそが、弱気になんてるんだ……!

 

「だ・か・ら。そこでベルとティアです。お二人さんにちょいちょいっと頑張ってもらって、私が楽をしたいわけですよ。あ、因みに出場は確定ですからね」

 

「理不尽な!? いや、でもまぁ、やっぱりそうだよね……」

 

 結局は出ることになってしまう。いや、出されてしまうのだ。仕方ない。ただでさえ人数の少ないファミリア、最強戦力が欠如してしまったのなら、他で補おうとするのはあたりまえ。シオンの実力を補えるほど、僕は強くないんだけどね……ま、出されちゃうなら、強くなっていた方がいいのかな……

 

「選択肢って、やっぱり二つに一つなんじゃないの?」

 

「でしょうね。なのでさっさと行ってください。ワン吉なんて今頃もぞもぞしながら市壁の上で待っていると思いますよ」

 

 ワン吉? なんのこ――あ、もしかしてベートさん? ベートさんなんだよね? ベートさんなんでしょ。うん、絶対そうだ。というかもぞもぞって何、無性に気になるけどそこはかとなく気持ち悪い……

 二人、僕のこと失望してそうだな。それでも教授してくれるなんて、やっぱり優しい人たちだ。着いた瞬間罵詈雑言なんて浴びせられたら、僕はすぐに右へ跳んでしまうかもしれないけど……うん、行くことにしよう。

 決心だけはして、シオンに一応お礼でも言っておこうとしたとき、ふと思い至った。

 

「あのさ――シオンって、どうして僕の居る場所がわかったの?」

 

「ん? ティアに探してもらいました。チョー有能ですからね、これくらいちょちょいのちょいってやつですよ」

 

 ナンダソリャ。あの子凄すぎるでしょ……上位精霊って言ってたけど、やっぱり至上の存在だけあって僕なんかとは比べる事すら烏滸がましいかな。比べるまでもなく僕が下なんだけど。

 

「そっか。じゃあ、行ってくるね」

 

「えぇ、死んでもいいので頑張ってください。猶予は三日ですよ」

 

「あれ、三回戦って三日じゃなった?」

 

「はい、そうですよ? あ、移動時間のことならお気になさらず。ティアに転送してもらえばいいので実質無経過(ゼロタイム)で済みますので」

 

 な、なんだそりゃ……もうあのお方だけでよろしいのではないでしょうか……?

 でも、これで気にすることも何もなくなった。自由に、必死に、ただ鍛えよう。せめて、無様を晒さないようになるまでに。()()()に、打ち勝てるように。

 ちょっと、気持ち入れ替えようかな。いつまでもくよくよしてたって、英雄になんかなれない。

 憧れにだって、いつまでも手が届かないのだから。

 また一つ心に決めて、裏路地を兄に背を向け走り出す。

 無感情な視線が、道が折れるまでずっと、背に突き刺さっていた。 

  

   * * *

 

 時が流れるのは早い。濃密な時間ほど速く進み、薄っぺらい時間ほど緩慢になるのだけれど、決して止まることなく時は過ぎて行くのだ。たとえ私がどんなことをしようとその摂理は変わらず。料理をしようと、己を鍛えていようと、ぐうたらに床を転がりながら魔術書を読んでいようと――

 だが、そんな時の摂理でも、稀に摩訶(まか)不思議なことがある。 

 例えば『デジャヴ』と呼ばれている現象だ。様々な言い分はあるようだが、その中にこんな説がある。

 

『デジャヴとは瞬間的な時間遡行だ。過去に見たものだと既視感を感じるのは、未来で己が時間を遡行し、デジャヴを感じた時へ戻ったことによるもの。だがしかし、世界がパラドクスを解消しようとその未来からの存在を消滅させ、未来からの自分は無くなってしまう。その過程で記憶の一時的な接続が起き、それこそが既視感(デジャヴ)であるのだ』

 

 夢物語チックな論だが、面白いとは思う。

 私が言いたいのは、このような考えに沿って時間について考えると、時間とは戻れるものでもあるし、未来という不確定の中で確定したものとの連続性を持っているということもいえよう。

 前は面白いなと笑って終わったこの論理。少しだけ、信憑性が私の中で増した。

 だって―――

 

「でなければ、ありえない」

 

「他に考え様はあったと思うわよ? でもそうね、君が混乱するなんて珍しいから、そんな風に非現実的なことを思ってくれていても構わないわ」

 

 型が触れるほどのすぐ隣、にこやかに微笑んでいる少女がそんなことを屈託なく言う。相反し私の顔は歪むばかりだ。

 これは『デジャヴ』なんかではない。あれは瞬間的なものだ、こんな長く見られるモノではないから。ならば何かと考えると、一番に浮かぶのが時間遡行であった。それならば今自分の置かれている状況も、何故彼女が生きていて、私に声を掛けて、そして動いているのかも――今ここにある全てが説明できる。

 

「時間遡行でも何でもいい――何が目的だ」

 

「突然どうしたの、シオン? いきなり怖い顔して」

 

「とぼけるな。私の考えを読み、一度返答した時点で割れてる。演技はいらん」

 

「つまんないの」

 

 はぁ、と溜め息。その熱、音。明瞭に感じられていることが不思議でならない。

 時間遡行と簡単に言ったが、方法なんて全くの不明だ。原因は――ま、アレしかないな。

 直前の記憶、いつが直前かは明確じゃないけど、この光景へ変わる最後の記憶は、私がとある箱を開けた時だ。今奥の池ではしゃいでいる幼女と言っても差し支えの無い彼女――正確には違うけど、彼女から貰った不思議な箱をだ。

 

「シオンもおいでよ~!」

 

「遠慮しておきます。どうぞ皆さんで楽しんで下さい」 

 

「相変わらず空気読めねーよな、あいつ」

 

「だよなー」

 

 聞こえてんだよクソガキども―――こそこそ耳打ちしても、口の動きで何言ってるか判るんだぞ? あ、聞こえたって可笑しいじゃん。いやそんなことどうでもいいんだよ。

 まず問題はこの光景。子供だけで行くなと言われている透き通った泉、でも今は子供だけ。私が刀を執る以前と酷似しているその光景は、正しく過去だと断定できる。大体六歳だったか、私が。

 着衣のまま遊ぶ幼児、男児より女児が多いか。その中で特に目立って見える二人――ベルとリナリアだ。透けているが、まだ皆純粋、気にすらしてない。というか遊ぶ方に集中してる。遊びに集中ってもはや遊びじゃない気がするけど、まぁそれも今は別にいいのだ。

 

「ようこそ私の世界へ、シオン。何もない私の世界に、景色を創ってくれてありがと」

 

「意味わからん。ゼロから全部説明しろ」

 

「やーだよ、面倒だし」

 

「ぶっ殺してやろうか? 肉体は随分と変わっているが、人ひとり殺す程度造作もないぞ?」

 

「ふふっ、面白いこと言うね。私が人じゃないって、気づいてるんでしょ?」

 

「ハッ、常人じゃないだけで人じゃないだと? まだ甘いな。人外語りたかったらせめて人間辞めとけ」

 

 ずっと遠くを見たまま木に腰を掛け、隣の少女に冷たく接する。嫌な顔をするどころか、逆に面白がっているのが心底面倒臭い。

 耳にわざとらしく生温かな息を吹きかけながら、(ささや)いて来る彼女の声は久しぶりに感じる。懐かしくて、何だか嫌では無かったけれど、少し違うことがわかってしまっているからその熱も冷めるというものだ。

 

「原理原則全く分からんけど、お前は贋物(ニセモノ)だ。何でもないナニカ、彼女の分身なんて言うのも無理があるぞ。というか私の世界って……気持ち悪いから早く出してもらえます?」

 

「流石に私でも傷つく、な……心は、一緒なんだよ?」

 

「心が一緒、だからどうした? お前は別物だと私は捉える。まぁそんなこと一切関係なく、早くここから出て色々したいだけですけど、元の世界でね。ちょっと齟齬があるかもしれませんが」

 

 彼女(リナリア)から受け取った箱を開けたのは単なる気分転換のようなものだ。それに時間を取られ過ぎるのは正直困る。

 

「用件があるならさっさと終わらせてください」

 

「……もう、しょうがないなぁ。私がこんなことをした理由が聞きたいんでしょ。ずっと一緒でも別にいいのに――」

 

「――前にも、この時にも、言ったはずだ。お前と一緒にはいない」

 

 あぁ、だからもしかして、この光景が眼前に広がっているのだろうか。皮肉なものだ、ふざけている。

 ぱっと思い出せたのは嫌な記憶として残留していたからこそだろう。

 

『ねぇシオン、誰とも一緒にならないのならさ。私と一緒になってもいいんだよ?』

 

『断る。ずっとこうして、ただ居られることこそ私の望みなんです。それは、壊したくない』

 

 こんな会話があったか。そして似たような会話をその数年後にもした。

 もう私が『一緒になりたい人』を見つけていた時に。

 最後の言葉を交わす機会は、最悪のモノだった、思い出したくもないくらいに。

 

「早く話進めろ」

 

「……はぁ、酷いよ本当に。泣いちゃうぞ」

 

「泣きたいなら好きなだけ泣け。私、人が泣くことは賛成だと思うんですよ――って、話逸らしている場合じゃないんです、ほら早く」

 

 と、あまり急かし過ぎるのは良くないが……ま、遠慮なんていらんか。

 実際泣かれちゃったら対応に困るんだけどね。今見た目完全に少女ないし幼女だし。

 

「――私がこうして君の前に現れているのは、伝えたいことがあったから。大切なこと」

 

 いつになく、その声は真剣だった。自然と意識が持って行かれる。

 その意識が、ふわぁと優しく包まれた。嫌ではない、だっていつもされていた優しい抱擁なのだから。

 

「私がいなくても強くなったからね。独りで、いられるもんね。でも、周りを置いてきぼりにしちゃだめだよ」

 

 ずっと遥か昔。私に居なかったお姉さんのように、優しくあやしてくれる。

 その声音は、全然まだ子供なのに、大人のように聞こえる。

 知らないはずの、成長した彼女の声が、重なり耳朶(じだ)を震わす。

  

「みんなを大切にしてね。特に私の妹、誰かが支えてなかったら簡単に崩れちゃうから。できれば支えてあげて、大切な人がいても、少しくらい気を配ってあげて。優しい君なら、できるよね」

 

 この程度のことが、こんな簡単にいえてしまえそうなことが、彼女の伝えたかったことなのか。

 そんなの、可笑しい。こうまでして伝える事じゃない。

 

「でも、自分も大切にしてね。いっつも無理しちゃう、自分を犠牲にしちゃう。そんな君はいっつもカッコよかったけど、いっつも可哀相で、苦しそうだった。自己犠牲なんて、もう止めてね」

 

 何のことを言っている……私は何時だって私の為に生きてきた。誰かの為、貴方の為――そんな上辺を持てたとしても、全て自分の為だった。いつ己を犠牲にしたというのだ。いつも私がしてきたことは犠牲ではない。そんなことできるのは、していいのは、勇者か英雄くらいだ。私なんかではない。

 

『―――ン、シオ――――シ――』

 

「……もう、お別れかな」

 

 天蓋から落ちて来たかのような声、同じように彼女にもそれは届いたか、残念そうに、名残惜しそうに、抱擁を解きながらつぶやいたその声は、妙に残留した。

 正面、私の方に手を置いて、俯いたまま言葉を並べる。

 

「最後に、さ――私のこと、ずっと忘れないで欲しいな」

 

「――それくらいなら」

 

「――ごめん、やっぱりもう一つ」

 

 欲張りでごめんね、そう続けて言い、少し私の肩が重くなる。

 聞き逃すまいと、この時初めて、彼女だけを見た。今まで背後で煩かった水音も、吹き抜ける風の音すらも、全てが私から遠のいて、彼女が近くなっていく。

 

「私はずっと、大好きだったよ、しーちゃん……!」

 

「――ばーか」

 

 最後にはっと顔を上げて、涙で晴れた綺麗な笑顔を私に満面と見せてくれた。

 それを切っ掛けにか、急速に遠のく中、その言葉だけを彼女に渡した。

 彼女はこれだけ、たったこれだけを伝えるために――ははっ。本当に、人騒がせなヤツだ。いつまでも、どこでだって、自由過ぎる。

 無駄だ無駄だ、早く帰りたい。そんなことを思っていた自分が馬鹿みたいだ。

 だってこんなにも、名残惜しく思っているのを、自覚させられているのだから。

 

 

 

  

 

 




デジャビュでなくデジャヴなのはわざとです。


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そして彼女は最後に告げる

  今回の一言
 ふぅ、そろそろ一区切りつきそうかな。

では、どうぞ


「―――お前、今何しようとしたか正直に言ってみろ。とりあえず殺してやるから」

 

「酷い!? 起こそうと私なりに助力しようとしただけなのにぃー! 確かに疚しい気持ちがあったことは否定しないけど!」

 

「自覚犯……もうどうしてやろうかこいつ」

 

 何もかも泡沫(うたかた)に消えてしまった、その後のこと。

 微睡のように短かったあの時間、醒めてしまえばもう遠い記憶のように曖昧になってしまう。締め付けられるほど悲しく感じてしまうのは、それでも尚色濃く残る彼女の声。

 振り払わないように、絶対に忘れまいと心に刻みながら寝ていた体を起こす。すぐ隣には頬を膨れさせる銀髪の幼女、どうしてここにいるのだろうか。アイズを手伝うようにお願いしていたはずなのだが……

 

「びっくりしたよ……馬鹿みたいに複雑な魔術回廊がここあたりで構築されたから、気になって来てみたらドンピシャで座標がシオンと重なるし、そのシオンが倒れてた時はわたし心臓がつぶれると思ったよ。でもよかったぁ……わたしが何かするまでもなく起きてくれて」

 

「へいへい、とりあえず殺すのは止しといてやるから、さっさとアイズの所へ行ってこい」

 

「え~、だってあの人、()()のこと叩きのめして楽しんでたよ? 邪魔しないほうがいいんじゃない?」

 

「見間違いだ。アイズが実は天然でサディストだなんてあってたまるか。いいや堪らん、我慢できん。私の性癖が変わってしまうからな」

 

「心配そこ!? なんでそんなにご執心なのさ羨ましい!」  

 

 本音、本音漏れてるから。少しくらい取り繕うようにしろよ……

 そうやって好意を向けられることは、本当に悪い気分ではないのだ。曲がったものであっても、まっすぐなものであっても、歪んて汚くて目も向けられないモノであっても。それを嫌だとは思わない。

 一途なものであるのならば、それは尚更。だから今、かなり応えている。『彼女』の好意を気づくことなく踏みにじっていた私という愚かしい存在に気付いてしまったから。

 

「……ねぇ、大丈夫なんだよ、ね?」

 

「――あぁ、大丈夫だ。心配なんてされるほど、私は頼りなくなったつもりはない」

 

「うん、そっか。流石シオン」

 

 そう言って、いきなり暗く堕ちた彼女の声を吹き飛ばすかのように意志をこめて、安心させようと精一杯頑張って、でもそんなことに似合わない言い方で出した声は、自分でも驚くほど彼女以上に落ちた声だった。返される声もその所為か、安心という言葉より、憂いの方がよく当てはまった。全く、言うことに反して不甲斐ない。

 

「じゃあ、わたし行くね。何かあったらいつでも呼んでくれていいよ。わたし、シオンの役に立てるのなら何でもするから」

 

「ははっ、そうかいそうかい。ではまた、夕食時にでも」

 

「え!? もしかしなくても作ってくれるの!?」

 

「はいはい。分かり切ったこと聞かないの。ほら、さっさと行ってこーい。働かざる者食うべからずだ。働きたまえ我がメイドよ」 

 

「承知しております、ご主人様―――てね。じゃぁ楽しみにしてるねー!」

 

 ま、全く……唐突に改まった言い方になったから本当にびっくりしたわ……初対面の人の前では一応念のためそうしておけとは言ったけど、いきなり変わるとまさに別人だから。もて遊ばれた気分だぜ……。

 という私の内心など気にしていないのだろう。るんるんと退出して、そのまま走っていなくなってしまった。

 

「……あ、そうだ」

 

 ふと、何故私がこの部屋で寝そべることになったのかを思い出した。

 忙しなくきょろきょろ見回すと、目よりも先に手がそれを見つける。原因である、摩訶(まか)不思議な例の箱だ。

 

「……なんだこれ、二重構造とかふざけてんの? バカなの、アホなの? それとも天才だからこその紙一重的馬鹿なの?」

 

 結局馬鹿なんだよな。一々面倒なことを……まぁ、今回ばかりは不問とするか。

 その箱に身体ごと向き直って、中から新たに紅い箱を取り出す。

 開けた瞬間で記憶が途絶えているから、中の構造を見ている余裕なんて無かった。だからこそちょっとわくわくして、宝探しの気分でごくりと唾を呑む。

 

「――これって」

 

 手紙、だろうか。

 薄紅色をした長方形のもの、黒色のシールで封じられているものはそうとしか思えない。

 そっと取り出し裏返すと、入念なことにそこには私へ向けた宛名が。それに思わず笑みが零れたが、執成し他にないかと箱を覗くと、縦に長い直方体と角が丸まった立方体が同色で存在していた。それぞれ取り出してみると、中身はほんのり重い。並べて、だがふと思い出し先に手紙の封を開ける。

 とりだした便箋は簡素だが丈夫、仄かに高級感をにおわせた。感触だってそこいらのものは遠く及ばないほど。長持ちするのはもはや確認するまでも無いことだった。

 

『~世界一鈍感な君へ~』 

 

「なんだそりゃ――って、今は軽く言えないよなぁ……」

 

 その題名の意味を理解してしまったから。私と彼女がどれだけ一緒に居て、どれだけその想いを向けられていたのかは知れない。だが、それに私は欠片たりとも気づかなかったのだから。鈍感と言われても致し方あるまい、甘んじて受け入れるべき罵倒だ。

 

『伝えたいことは、全てこの前の仕掛けで伝えられたと思います。なのでこの手紙では、一緒に入れていたものについての事務連絡的堅苦しいものに成るかもしれませんけど、許してね』

 

 如何にも彼女らしい、型にはまった、見やすく綺麗な好ましい共通語(コイネー)だ。読みやすくてすらすらと滞りなく目が進む。

 

『じゃあまず、長い箱の方。それは私からのプレゼントです。君と過ごせた日々への感謝です。君のことを愛していられたことへの感謝です。私にこれほど楽しい人生を歩ませてくれた貴方への、お礼です。要らなかったら、捨ててくれても――ううん、ごめんなさい。それは悲しいから、いらなくてもせめて、近くには置いていてほしいな。欲張りでごめんね、でもお願い』

 

 そこまで読んで、一度視線を逸らす。直方体の薄紅色をした箱の底面となりえる正方形を押すと、やはりスライド式で奥からクッションで受け止められているペンダントが出てきた。

 鎖でつなげられているものに花が彫られていた美しい白銀色のペンダント、

 

「――――いや、こういうのは『ロケット』といったか」  

 

 そのペンダントの不思議な凹凸に指を掛けると、カチッと音を立てて(ひら)いたのだ。その中には一枚の『写真』、超高級品であるそれがいられれるペンダントを『ロケット』と呼んだ気がする。

 『写真』とは、魔道具(マジックアイテム)を利用して『その時』を永久に保存する、今でも理解不能な『絵』だ。ただし、あまりにも高級過ぎて庶民では到底存在を知る事すらない。だが流石村長の娘、これほどのことでもできたのだ。

 その『写真』には二人が映っている。私と彼女、二人だけ。確か、彼女の誕生日だったっけ、一緒に映ろうとお願いされたのは。まったく、こうしてずっと持ってたのか。あはは、中々に応えるな、こりゃ……

 誤魔化すようにロケットを少し強く握って、一度クッションに落ち着かせた。

 まだ続いている手紙へと視線を戻す。

 

『次に――といってもコレが最後。もう一つの箱は、プレゼントなんかではありません。返却物、という言葉が当てはまるのでしょうか。ずっと君に返そうと思ってたんだけど、ごめんなさい、こんな形になってしまって。唐突で驚かせてしまうかもしれません、信じられないかもしれません。ですが、信じてください』

 

 何をそこまでに入念に……と(いぶか)しみながら読み進めると、そんなことどうでも良くなった。

 いや、考えられなくなった。

 

『それは、君のことを生んだ、お母様の形見です』

 

 数秒硬直し、ありとあらゆる思考が攪拌(かくはん)して混濁となり、もうわけがわからない状態で私の手は勝手に動いていた。残された薄紅の箱へと。

 両手で持つのも待っていられない私の本能は、片手でその箱を開けた。中央にある横一線の隙間が段々と広くなり、最後には中に秘めていたものを露わとする。

 

「―――ゆび、わ?」

 

 華奢(きゃしゃ)なデザイン、緻密で美しく、どれ程放置されていたのかもわからないのに傷一つ無く輝きを放っている。クッションの穴に挿しこまれ、いかにもという保存法だ。

 小物であることは直感的に理解したのだが、指輪とは一体どういうことなのか。しかもこれほど高価な……くそっ、気になって仕方ない。ここまで来たらもう終われんだろうが!

 さっと手紙を持ち直し、己を急き立てて欲しい情報を探していく。

 

『混乱するでしょう。ですから落ち着いて。多分私がなんで君のお母さまの形見を所持しているのかを疑問に思っていると思いますので、まずはそれから説明します』

 

 っと、そう言われて初めてそうだと納得して思い至る。どれだけ混乱していたのか、その程度の基本的なことも気づけないなんて。

 一度落ち着こうと深く息を吐く。長い長い時を掛けて吐き終えると、冷徹なまでに心が底冷えする。無情な落ち着きならば、もう動揺も混乱もありはしない。

 

『それは、君たちが村にやって来た十四年前に、お父様が小父様から対価として受け取ったものだそうです。君たちが村に住むための、ね。それもそうでしょう。辺境の小さな村に態々住みたいなんて人、簡単に受け入れられるはずも無かったから。苦渋の決断だったそうです、小父様に訊いてみたら』

 

 小父様……彼女がそう呼んでいたのは、私のお祖父さんだけ。やはりお祖父さんは、私の両親と面識があったのだ。薄々気づいていたが……伝えなかったのは、私を思ってのことだろうか。私が不要に、『母』という存在に興味を持たないための。

 

『お父様は君が変わってしまってから、大切にするべきそれを捨てようとした。気味悪がってね。だから、こっそり奪っちゃった。それで返そうとしてたんだけど……私が悪いです、ごめんなさい。機会はあったんだけど、私に勇気がなくてね。そもままオラリオまで持ってきちゃった。ですから、この機に返させていただきます。ごめんね、今まで奪っていて。君の大切なものなのに』

 

 そう言われても……見覚えなんてあるはずもない。大切な物、といわれても今そうなったばかりだ。絶対に無くしたくない。手放したくない。そんなものに。

 唯一、母へ繋がる手がかり。吹っ切っても、忘れようとしても、離れてくれない『家族()』を求めるこの執念じみた気持ちは、自覚すればするほど気持ち悪い。だが、それでも――気になってしまう。

 手紙にまだ文が残されていた。ここまで来たら全て読んでしまおう。

 

『だから償いとして、せめて少しくらい、君のお母さんに、ご両親についてそれを手掛かりに調べてみました』

 

「さっすがわかってる!」

 

 と、読みながらにして思わず声にしてしまった。少しばかりの興奮を隠せない程に、彼女は私の考えを読んでいたらしい。本当に流石の一言に尽きようか。

 

『でもごめんなさい。私が掴めた情報はほんの僅かでした。その指輪が約1200年前から 伝わる【神の兵器(エンシェント・ウェポン)】という危険な代物であるということと、これを書いたときから20年前、【神の兵器】を使用した者がいるということ。それが誰かは不詳、だけど君お母さんである可能性は高い』

 

 ……なるほど、中々小難しいことになって来たじゃないか。

 兵器(ウェポン)、ねぇ……こんな小さなものがそんなけったいなものとは思えないのだが。いや、見た目に騙されてはいけない。見た目に頼ればろくなことにならないのだから。

 この指輪は所持しておくべきか、身に着けておくべきか……後々見当しようか。

 

『これで、以上です。役に、立ちますか? 私は君の、役に立てましたか? それなら、私はそれだけで幸せです。じゃあね、さようなら。もう、会えないでしょうけど。私は幸せに生きられました。だから、幸せに死ねたと思います。ここで私は、一つシオンにお願いがあります。欲張りだけど、これだけは絶対に聞いてください。お姉ちゃんからの命令です』

 

 なんだよそれ、と苦笑を浮かべながら、次の文で終わるということを直感して名残惜しく唇を噛んだ。なんだろうかこの気持ち。

 

『幸せになってね。これが、一番最後の、私から君へのお願いです』

 

 かしゃっ、便箋が微かに、そんな音を鳴らした。

 あぁ、いつまで経っても、たとえ死んでいなくなってしまったとしても、彼女の気持ちは薄れることを知らないらしい。文字から、そんな想いが受け取れた。

 

「ったく、あーあー、損する人生、歩ませちまったなぁ……凄い奴なのに、男を見る目はないのかよッ」

 

 ばたっと、後ろへ床に倒れ込む。万歳とその際広げた手を天井と目の間に滑り込ませると、最後に綴られていたのはそんな彼女を示すコトバ。

 

『ルピナス・エル・ハイルド』 

 

「――ルナ、ごめん。でも、ありがとう。その願い、とくと受け取ったッ」 

 

 誰もいない、誰にも見られることも、知られることも無い安心感。

 そんなものが、私の制御機能を崩壊させたらしい。

 

 眼帯が段々と、濡れていった。

 

   * * *

 

「なんだいシオン君。もしかして、ファッションにでも興味を持ち始めたのかい?」

 

「違いますって。見せびらかすために着けている訳では無いんです――何があっても忘れないために、()けているんですよ」

 

「おいおい、記憶力最強のシオン君が忘れる事なんてあるのかい? ボクはそっちの方が気になるよ」

 

「んなことより、ほれ。さっさとやらんか」

 

 そう言って、見た目は完全に幼女ながらも不釣り合いに肩が凝りそうなものを揺らす我らが主神、ヘスティア様が背を晒す私の後ろに座る。

 

「相変わらず見た目に沿わない背中してるね……」

 

 と、ぼそり呟いて、彼女は私の背に生温かな『神の血(イコル)』を付ける。

 淡い青が部屋に灯された。【ステイタス】の光、鮮やかなその光は長く灯り続けることなく、あっけなくなくなってしまった。元々封印しているわけではないから、一工程で済んでしまいより早く感じてしまうのだ。

 

「……ぁ」

 

 くらっと、まさにこういう現象をそう言うのだろう。ふと前触れもなく、力が抜けて、座っている状態から簡単に倒れ込んでしまう。

 

「ひゃぶっ」

 

 可愛らしい、断末魔のような声が耳元で聞こえた。敏感で若干ゾクゾクっと震えが走るが、それを無視してとりあえず声を掛ける。恐らく下敷きにされたであろう彼女に。

 

「……ヘスティア様、死んでませんか」

 

「人に潰されただけで死ぬ神って悲しすぎないかい。っと、それはともかく、避けてくれるとありがたいんだけど……」

 

「……………」

 

 といわれてもなぁ……これまた不思議なことに、全くと言っていいほど力が入らないんだなぁ。

 そりゃ、ほんの少し指先に力を入れることくらいならできるのだけれど、所詮その程度でしかない。普段通りに移動することは難しい、か……これ、何だか慣れている自分がいる気がする。

 

「こういう風に、封印後脱力してしまう事ってあるのですか?」

 

「ボクに聞かないでおくれよぉ……分かる訳ないじゃないか」

 

 それは神として、主神としてどうなのだろうか。

 仕方ないっちゃ仕方ないだろう。彼女は私とベルしか眷族がいなかったのだ。なんなら少し前までただの穀潰しだったまである。今は()()()()()()()のだけれど、知識の方は眷族の数と比例しないらしい。主神として、最低限必要そうな情報は集めておくべきだと思うんだ、私は。

 

「ねぇシオン君、こんな状態で言うのは正直ちょっとアレだけど……何か、いいことあった?」

 

「ん、どうでしょうかね」

 

 本当に場違い。唐突な質問に私は曖昧に返答する。

 だが、彼女は何を思ったのだろうか。ふっと微笑みを浮かべているのが背を向けていても感じ取れた。

 

「なに、隠すことはないさ。シオン君、なんだかすっきりしたような表情(かお)してるからボクには筒抜けなんだぜ。あと、ボクに怒らなかった」

 

 どういう判断の仕方だよ……気分が良かったら多分、私の場合それを害したということで気分が悪い時より怒ると思うのだけれど。ま、細かいことはいいか。良いことがあったのは事実だし。悲しい事でもあったけれど。

 

「さっ、シオン君。ちょっと経ったけど、そろそろ少しくらいは動かせそう?」

 

「うーん……よっ――と。おっとっと。あぶないあぶない」

 

 指だけで床を弾いて、風のお陰で程度良く自由の利く空中で体勢を整えると、着地は何ら支障なく成功――だがしかしその後のバランスが取れずよたよたと壁に手をつくことで一旦落ち着いた。

 

「なぁシオン君」

 

 ふぅと独り息を吐いていると、ふと私がいた方向から妙に真剣味を帯びた声が。押し潰れていた状態から起き上がった彼女は、こちらに向き直り――突然、頭を下げた。

 

「――明日、絶対に勝ってくれ。頼んだ」

 

「――しゃーないなぁ……」

 

 そんなこと、頼むまでもないのに。そう思いながら、渋々の様子で承諾する。

 そうでもしないと、ちょっと恥ずかしかったから。

 

 決戦は明日、開幕も明日――運命は、明日で決まる。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)第三開戦――最終決戦の幕は、『シュリーム古城跡』により開かれる。

 私はそれに、小さな決意を強固に固めて挑もうと、静かに心で誓っていた。 

 

 

 



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一戦、あとはたったそれだけだろう

  今回の一言
 やっと入った最終決戦

では、どうぞ


「ふわぁ~……あ、ごめんなさい。昨日から眠れなくて」

 

「シオン、そんなんで戦えるの? 【ステイタス】封印してるんでしょ。気、抜いてると――」

 

「おいおい、そりゃお前も言えねぇだろうが」

 

「満身創痍って言葉がよく似合ってたね。回復してあげなかったらどうするつもりだったのか」

 

「あはは……」

 

 失笑するベルの周辺に集まる私たち。一応団長という立場であるのだからこうして中心にいるのは当たり前と言えば当たり前なのだろう。

 私が【ステイタス】を封印してから一日もしない出発。昨日の内に手続きは全て済ませてあるので、後は開始を半時ほど待てばよい。

 

「さて、じゃあいいところだし、確認でもしますか。ティア」

 

「はいはーい」

 

 辺りが一度暗転し、だがすぐに光がともる。足元で楕円の形をして、地に神の力(アルカナム)の一片である『鏡』が映されているよう。だが、少し違う。

 

「光系統、『陰』と『千里眼』の合体技(コンボ)――投影」

 

「か、かっこいい……」

 

「というかすげぇなこりゃ……やるじゃねぇかちびっ子」

 

「うん、とりあえず次ちびっ子って言ったら引き裂くから、注意してね」

 

「お、おう」

 

 感心したが余計なことを言った所為で、笑顔の威圧を受けた彼こそ新たに我らのファミリアへ加わった内の一人、どうにも馬が合わない戦う鍛冶師、ヴェルフ・クロッゾ。  

 

「見ての通り、『シュリーム古城跡』です。見ながらの方が解りやすいでしょうしね。ティアには苦労を掛けますけど」

 

「いいってこれくらい。私の『権限領域』ならなんてことないから」

 

 『権限領域』と言うものは今一理解できんが、まぁ相変わらず凄いわけだ。

 拡大縮小もできる便利なもの。だけど『目』自体は相手からも確認できて、その『目』を潰されてしまえば術者に多大な代償が科せられ、加えて安定性も失うので術の均衡が失われてこの映像も消えてしまうらしい。ティアに本当に苦労を掛けているのだが、あと少しだけだ。

 

「東西、特に南が荒れた山となっていて、隠密で攻めるには向いていますがその分、この通り相応に護りに人を送っています。一番薄いのが北側の正門です。ここから攻めに入るのがティアと()()()です。ティアはやり過ぎないように。命さんは『魔剣』でも使っちゃってください。必要なかったらそれはそれでそこいらに投げていても構いませんから」

 

「シ、シオン殿、流石にそれは……」

 

「そうだぞおい。せっかく打ったんだ、しっかり使ってやんなきゃかわいそうじゃねぇか」

 

「あ、ごめんなさい。つい。魔道具(マジックアイテム)ごときに剣なんてついているもので、つい忌避感が」

 

 だってあれ、剣って言ってるくせに『斬るため』じゃなくて『魔法の代替品』としてあるじゃん。だっから嫌いなんだよなぁ……いや、ね。別に魔道具(マジックアイテム)として使う分には文句ないけど。

 

「続けますよ。ベルと()()()()には西から攻めてもらいます。時間で言うと開戦から最大五分後、迅速な行動をお願いします。先立って潜入してもらった()()から流してもらった大勢では、ここが一番開けやすそうだ、とのことです。開門が起きなかった場合は、然程高くはありませし城壁を登ってください」

 

「うん、市壁よりは低いんだよね。ならいける」

 

 それはどういうことかな我が弟よ? 一体鍛錬中何があったんだよ。後でティアに教えてもらおうそうしよう。

 ナニカ張り切るベルに対し、ガサゴソと荷物を漁って確認を始める以外にまめなヴェル吉。

 因みに、このヴェル吉というのは、椿さんに面白がって仕込まれている。

 

「この塔内の最上階にある広間が敵大将(ヒュアキントス・クリオ)の居場所です。通らざるを得ない空中廊下には狙撃組と魔導士組が集まっているので、突破は必須。勿論、通れないなんてことはありませんよね」

 

「うん」

 

「おうよ、最悪俺が囮になってやっから。安心して突っ込んでけよ」

 

 そうなることをベルは望んでいないだろうけど、まぁ戦況ではそういうこともあろう。ベルも相当に【ステイタス】を上げて来たから下手に足止めされることもあるまい。私みたいに尋常とは程遠いわけでは無ったけど、勝るとも劣らない『SSS』なんてものだったからなぁ……

 

「ところで、コレが結構重要なんですけど。緊急時、どうするかは憶えていますね」

 

 すると皆、ポーチやら内ポケットやらから、筒状のものを取り出す。

 一見、ダイナマイトに似ているこれには殺傷力など皆無である。見かけ騙しのそれが持つ真価とは、とにかく煩くて、とにかく飛ぶのだ。

 

「使用方法は極めて簡単。ただ蓋を外すだけ!」

 

「ねぇシオン。これってどこから貰って来たの?」

 

「ちょっとアスフィさん(知り合い)からせしめました。正当なチェスで」

 

 因みに本数と対戦回数と勝ち数はイコールでつなげることが出来たりする。いやぁ、少しは成長してたけど、まだまだ私には勝てんな。今後もこの方法を利用させてもらおう。便利だし。

 

「では最後に。私は空中から攻めたいと思います。そして潰すのは、リナリアです」

 

「勝てそう?」

 

「愚問だな」

 

 やはり【ステイタス】のことを気にしているのだろう。尚も心配を続けるベル。だが他は全く心配などしてない様子だ。ティアはそんな考えすら浮かば無いだろうし、命さんはと言えば少し前に叩きのめしているから心配するというのは無理がある。ヴェル吉については知らん。

 

「ではティア。もう『目』は閉じてくれても構いません。そろそろ、『転移』の準備にとりかかりましょう」

 

「りょーかーい」

 

 気の抜けた返事だ、負けることなど一片たりとも考えていないような。

 その意気込みはよろしいのだが、足元掬われないと良いな……

  

「決着は24時間以内なんて馬鹿げたルールになりましたけど、1時間で終わらせてやりましょう」

 

 その言葉で、皆気合を入れる。私も例外なく。

 今日お世話になる『黒龍』と『一閃』、『狂乱』は今回の戦法には向いていないからお留守番だ。破壊力が高すぎて逆に邪魔となってしまうから。だが十分に握り慣れたこの二刀ならば、弱ったこの身体でも受け入れ存分に振るうことが出来よう。

 絶対に、負けてなんかやるもんか。服の中に忍ばせているロケットをそっと握りながら、意地を張った様に誓った。

 

 

  * * *

 

「おいヘスティア、シオン・クラネルの封印は済ませてあるだろうな」

 

「勿論さ。ボクはそんなズルをする気は無いし、シオン君にもそんな気は無い。あの子は、正々堂々君たちを潰すだろう。まぁ、観てるといいさ」

 

「【ステイタス】を封印された冒険者たった一人が、我々を潰す? また随分と面白言うことを言うようになったな。前回のふざけた力も、今回は使えないのだろう?」

 

「使わないんだよ。解ってないなぁ……」

 

 がやがやとだんだん騒がしくなっていく中で、二柱の神が言い争う。

 二人は一際豪華な特別席にそれぞれ座らされ、眼前の『鏡』を見守っていた。

 両者とも、全く心配などしていない様子だ。自分の眷族が相手を打ち倒すことを疑っていないのだろう。

 

『さぁ、ついに始まります! 前代未聞の三回戦構成となった【ヘスティア・ファミリア】対【アポロン・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)最終決戦。圧倒的不利なように見える【ヘスティア・ファミリア】は一体どんな策を練っているのか、【アポロン・ファミリア】はその策をどう打ち返すか! ミイシャちゃん、見どころはやっぱり!』

 

『あぁもう長い長い。何で全部、私実況になってるんだろ……ま、いいや給料弾むし。さて、見どころなんだけど。やっぱりシオン君――と、リアリア・エル・ハイルドちゃん。前回ですっごく目立ったこの二人かな。面白いことに、この二人実は幼馴染なんだよね~』

 

『えぇ!? なんでそんなこと知ってるの!?』

 

『シオン君から聞いた』

 

 あっけらかんと、興味を持たせるような内容を告げる彼女の声は魔道具(マジックアイテム)によってオラリオ全域に響き亘る。

 そんな実況が始まるのは、開始数分前から。

 最後の戦いに今までにない盛り上がりを街にあふれさせる人々。まさに繁盛時である今、手を休められないはずの酒場等の飲食店従業員ですら一緒になって盛り上がるところがほとんど。

 

「頑張ってください、シオンさん……」

 

 とある和服を着たエルフの少女は、鏡を眺めながら細く呟き。

 

「ベルさん……無理だけはしないでくださいね……」

 

 同じ酒場で足をいったん止めた、鈍色の髪が特徴の少女は強く願い。

 

「貴方の魂に、恥じぬような戦いをしなさいよ……ヴェルフ」

 

 決意をもった青年と眷族としての絆を放したとある神は、胸の前で拳を握り。

 

「無事に終えてくれよ、命……」

 

 とある武神は、誰かの為につい無理をする生真面目な少女の無事だけを思った。

 

 そして――

 

「――君は一体、どれだけ近づいたかな」

 

 独り。なのに微笑む黒髪のエルフは、誰に聞かれることないのに、暗い部屋でただ面白そうに『鏡』へ言葉を投げた。

 

 誰もかれもの想いが錯綜し、それは彼らには届くのだろうか。

 届かなくとも想い続ける。全ては勝利の為と。

 そんな中、ついに開始が告げられた――――― 

 

 

   * * *

 

「じゃあ、行こうか――――」

 

 シオンのその言葉を合図に、部屋を光が満たす。

 眩まぬように下ろしていた瞼を開けると、大成功。眼前に広がる平野と、城壁。

 

「ぅ―――ぎもぢ、わるぃっ、です……」

 

「あぁ忘れてた!? でもゴメン今は急いで()()()! さあ早く立つ、そして走る!」

 

「は、はいぃ――!」

 

 もう開始は告げられている。全員が城内に侵入するまでが最初の勝負所。シオンは中心地から離れたところに飛ばしたから、そこから城内に侵入するまでの約10分。それまでに()()()()が動きやすいよう場を混乱させなければ。

 

「このまま城壁を大胆に破壊します! わたしはあんまり目立って力を出せないのでソレを使ってください!」

 

「承りました! では、支援を頼みます!」

 

 城壁内に始めから飛ぶ手もあったのだが、相手に魔力感知に長けている人がいる可能性を考慮してそれは却下となった。もっと言えばシオンがわたしの力に関する情報の漏洩を嫌ったというのもある。 

 フードによって顔まで隠せる逆に目立ちそうな黒ローブの中から取り出した、抜き身の剣のような魔道具(マジックアイテム)。属性は炎だから――

 

「ハァッ!」

 

 城壁から100Mばかり離れているか。漸く気づいた壁上の敵がもたもたと攻撃の準備を始める。鈍いにもほどがあるだろうと呆れながらも表情には出さないように努める。見えない所に気を配れというヤツだ。

 城壁の破壊ついでにそいつらも巻き込もうとしてか縦一直線に魔剣を振り下ろす命さんと合わせて。こっそり術句を発しようとしたそのとき―――

 

「――うっへぇ。すっごい破壊力」

 

 尋常を逸した魔力を振り下ろされるその魔道具から感じ取り、興味本位で口を噤んだ。だがそれは間違いでは無かった。それほどまでにこの魔剣、破壊力があったのだ。それはもう、城壁に二人なら悠々と通れてしまうほどの風穴を開けるまでの。精霊の力を使った人間ほど恐ろしい存在はいないなぁ……やっぱり。

 

「いつまでも突っ立ってらんないよね」

 

「は、はい」

 

 自分で放ったのに自分で驚くって……それってどうなの? 

 とりあえず今は不問、このことは後から問い詰めるとして。私たちの目的は撹乱。行動に規則性を持たない、遊撃的な立ち位置。ならば――

 

「命さん、ここから二手に分かれましょう! 目標はなし、とりあえず問答無用です!」

 

「はい!? わ、わかりました! ご武運を!!」

 

 って、言われるほどのことじゃないんだけどね。白はそこまで広いわけでは無い。別れ方からして自然と、命さんは地上の、わたしは城壁内ないし壁上の敵が掃討対象となるだろう。

 これならば全然――余裕で勝てる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったん逃げろ! あんなのまともに相手にするんじゃねぇ! ありゃ『クロッゾの魔剣』だ、使い果たしてやればこっちのもんだ!」

 

 入って来た。開始からまだ2分もたって無いのに、やはり速い……危うく遅れるところだった。本当に早期決着のつもりか。これはこっちも早く動かなくては。

 歩幅、走り方、息遣いまで意識して、完全に近い模倣状態で走らなければならないから、ただでさえ低い体力がガリガリと音を立てて削られていく。でもベル様は体力が無くなった程度で挫けは、諦めはしない。ならリリだってやらなくては。

 

「おい、そんなところで何やってんだ! 命令が聞こえなかったのか!? 全員で捉えろって命令がよ!」

 

「あ? そんな命令誰が出したんだよ」

 

「俺はダフネから聞いた! さっさと()()へ向かいやがれ! 敵は魔剣使いだ、人数あればすぐ終わんだよ!」

 

「チッ、お前等! さっさと行くぞ!」

 

 よし、本陣である塔の前で待機しているあの人の名前を出せば何とかなると思ってたけど、やっぱり効果覿面(てきめん)だ。もう使えないだろうけど、東が開けられたのだからもう良い。

 影を縫いながら慎重に、だが素早く移動してく。こういった行動にはもう慣れたもので、すぐさま壁上から西門まで降り立ち、開門するための重々しいレバーを全体重を掛けてやっと下ろす。

 4分10……よかった、ギリギリ間に合った。

 

「ナイスだリリ助」

 

「ありがとリリ。でも急ごう」

 

「あぁ、わかってるって」

 

 傍から見てればこれは確実な裏切りだろう。あの人には悪いのだが、捕まってしまうのも悪いのだ。シオン様から逃げれるわけがないのだけれど。

 口調は一応変えずに、そのまま先導して走って行く。今現在の大勢が詳しいのはリリの方だ。案内した方が速いだろう。

 

「ここから先に居た警備は最大限避けておいた。楽に突破できるだろう」

 

「やるじゃねぇか」

 

「うん。お疲れ様、リリ」

 

「ダメですよベル様。労うにはまだ早いんです。さっ、シオン様の出番を無くしてやりましょう」

 

 ちょっとした冗談で、少し曇っていたベル様の表情を和ませる。

 仕方あるまい。だって、今から向かう先にはヒュアキントス――ベル様が第一回戦で、無惨な負け方をした相手なのだから。だが強張っていては、勝てる相手にも勝てなくなる。

 そこで別れを告げて、これ以上一緒に居るのは不味いと立ち去る。ベル様たちも急がなくてはならないのだ。今回の戦いでは、速さこそが大切となる。

 だから動こうと背を向け、一歩踏み出し―――

 

「ぇ?」

 

 それ以上ができないことに、今やっと気づかされた。

 別に束縛されたとか、そう言う訳では無い。ただ、『何もできない』のだ。

 

「ルアン。まさか貴方が裏切るなんて、思わなかった。いっつも下っ端として扱われて、嫌気が差したのかな。それはごめん。でも、これは許さない」

 

 背後から聞こえて来る声。殺気を圧縮して形作ったかのような存在は、濃密と感じ取れて、自分では到底かなわないと全てが理解してしまっているからこそ、絶望という恐怖で身体がもうダメなのだ。

 だが救いと言えば、これが戦争遊戯(ウォーゲーム)中であること。今回は、殺傷は禁じられている。

 

「――るーちゃん。避けてくれないかな」

 

「――ゴメン、無理」

 

「――そう」

 

「ダメ!」

 

 殺意が消えた――いや、別の方へ向けられた瞬間。その意を理解する前に全身全霊を持って叫んだ! そのこえが届いたかは知らない。その意思が伝わったかもリリにはわからない。

 だけど―――

 

「――主役は遅れて登場、ってな」 

 

 ふざけたような声。面白がっていると明らかなその声の主は、まさに今回の主役。

 甲高い音と共に空からまさしく落下したのにも拘らず、あっけらかんとそう告げる。

 苦虫を噛み潰したかのように顔を顰める少女は、だがどこか嬉しそうだった。

 

「おい、いつまで突っ立ってんだ。さっさと行きやがれ」

 

「――わかった。行くよヴェルフ!」

   

「あぁ!」

 

「行かせるとッ――」

 

「思うなよ――って、そっくりそのまま返してやるよ」

 

 そう格好よく決めて、悠然と構えている。リリたちをかばって尚、その背には余裕が見えた。

 圧倒的とはまさに彼の為にあるのだろう。目も前に居て、守られて、それがしみじみと感じられた。

 これが、リリが大好きで止まない人が尊敬する人――目標。

 大きすぎる。

 

「おい、ティアと命さんの援護に行け。なに、撹乱だけで十分だ。混乱にさえ乗じれば、後はティアが最強。ほれ、行ってこい!」

 

「――ッ!! はい!」

 

 足を滑らせ、地に躓きながらも、逃げるように走って行く。

 あの人に任せれば、ベル様も、この戦いも、恐らくは問題ない。

 漸くそろった【ヘスティア・ファミリア】、ここからが、本番だ。

 一度逸らされた順調なる道は、ここへきて漸く、勝利への道へと正しく矯正された。

 

 

 

 

 



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終決

  今回の一言
 アホみたいに時間かかってしまった……

では、どうぞ


『―――――』

 

 無言のせめぎ合いが続く。騙し合い、駆け引きともいえるだろうか、まさにそれが行われていると言えば理解は早いだろう。ほんの少しの下手を打てばそれだけでもう絶体絶命であることはもう解った。慎重に、全てを見て完全に予測して、対応しなければ――今の私に課せられているこの圧倒的不利に挽回という場面は訪れない。それどころか、敗北という最悪の結末で終わってしまう。それは御免だ。

 いつまでこうやって(かば)っていれば、ベルは敵大将を討ってくれるだろうか。集中力も体力も無限にもつ――だが、身体(にく)の方にガタが来てしまうのだ。こうして補助(ステイタス)も無い状態での連続行使は負担があまりにも大きすぎる。それに、前回戦の影響はまだ消えた訳じゃない。もってあと十……八分というところか。

 

「――よく、努力したんだな。圧倒できると思ったぞ」

 

「――もう、無くしたくないから。こうするしかなかった」

 

 こうしてせめぎ合えているのは、本来可笑しなことなのだ。私と彼女とでは研鑽の『時間』という絶対的差がある。技術は【ステイタス】に左右されない。これが才能というヤツか……疎ましく、羨ましいものだよ。それを存分に生かせるだけの努力はしているのだろうけど。

 宛ら、自分の努力が無駄みたいで無性にイラつくのだが、それは抑えよう。

 真向からその努力を踏みにじれば、努力も才能も、関係ない。

 

「―――ッ!?」

 

 クソッ、防がれた! 感傷に浸ってか力み、その地点から考えて防ぎにくいであろう場所を狙ったのだが……どんな体の構造してんだよ。なんならどんな思考になればそう言う防ぎ方ができるんだよ!?

 金属槍であることを忘れてた、木製ならば簡単に断つことが出来るけど、金属はそう容易くない。しかもこの槍、今の感触からしてこの子本来の愛槍(あいそう)、第一級武装であることは確かだからまず武器破壊(ブレイク)は諦めた方がよさそうだ。ならば前と同じで、完全無力化を狙うか……

 

「うっ――」

 

「考えてばっかりだと、足元掬っちゃうよ!」

 

「お前もな!」

 

「うわぁッ!?」

 

 隙を見せてしまったところに打ち込まれた薙ぎが肋骨(あばら)を二、三本持って行ったが、歯を食い縛って耐えて、何を思ったか愚かにも隙を見せた彼女の足元を、『一閃』での袈裟斬りの振りをして『黒龍』による足払いついでに体力と精神力(マインド)を吸い取る。驚き出た声は可愛らしかったけど、続いた連続突きは今の私では再現しようのない鋭さを秘めていた。怖い怖い。才能はやっぱり、恐ろしい。

 くるんと空中でひっくり返るミニスカートを穿いた少女。つまりどいう言うことか――

 

「――見た?」

 

「子供が背伸びしているのが」

 

「止めて、わすれて……!」

 

 あぁ、何だか悪いことした気分になる。これ、状況的に悪いの完全にこの子だよね? というかあれ、下着の意味成してるの? 殆ど隠せてないし、布薄すぎるだろ。スースしてムズムズしちゃうじゃん。何のために穿いているんだか、罰ゲームか何かで?

 完全一瞬で決着できるだけの間合いなのに手が出せないのは、真っ赤になって蹲る、それこそ下着が見えるのではないかと言いたくなるような一時戦意喪失してしまった彼女があまりにも憐れに見えてしまったからか。

 まぁ、私の目的は彼女と戦うことに非ずってね。足止めしかできないのは事実だし。こうして時間稼ぎができるのなら必要以上に体力を使わなくて済む。

 

「シオンの鬼、変態、鈍感(おとこ)……! お姉ちゃん、やっぱりシオンはシオンだよぉ……」

 

「何言ってるんだか……」

 

 唐突に罵倒される謂れは無いと思うんだ、私。それに頭を抱えて呆れていると、徐々に変っていく異変に気が付いた。

 淡々と、何かが聞こえる。そのナニカとは、不気味なまでに無感情な声。

 

「――よね、お姉ちゃん。寂しいよね、うん、わかる、わかるよ。シオンが居ないと我慢できないよね。シオンと一緒に居たいから、私もこうして生かしてるんだよね。わかってる、連れてくから。私も一緒に、いくから。もう少し、待ってて―――」

 

 居所を辿れば少し目を動かすだけで見つかった。気配が、黒い。

 今までのとは豹変して、一線を超えてしまったかのような気持ち悪さがそこにはあった。背筋が凍るような冷たい、静かな殺意が、何を切っ掛けにしたかもわからず向けられる。

 のっそりと、芸術的なまでに整った立ち姿に彼女は変わる。

 

「――ねぇしーちゃん。一緒に、お姉ちゃんのところに、行こ?」

 

「―――――」

 

 にっこりと微笑まれた。歪んだ、狂気的な黒い笑み。絶句する他なかった。私の知っているあのしつこくともいつまでもまっすぐであった彼女ではない。知らない、壊れた彼女。

 何がそこまでさせたんだ……()()なのか、それとも、私なのか……!? 

 無意識に、手を胸へとあてていた。確かな硬い感触があるそこに。

 

「――一緒に、死んじゃお」

 

 何もかも、判らななくなってしまったのだろうか。

 気が付いたのは、本能的に動いていたおかげで急所を外れた槍が、孔を創ってからだった。

 

  

   * * *

 

「まだ時間には余裕あるけど……心配だし、早く終わらせちゃったほうがいいよね」

 

 まぁ、あのシオンがそう簡単に負けるわけが無いんだけどさ。早いに越したことはないって言われたし、シオンにかかる負担は僕なんかと比にならないのだから。

 

「そろそろいいかな」

 

 二分のチャージ。塔を上がるのに経由する螺旋階段はいわば狭い一本道、不利に身を投じたりはしたくない。だが、敵大将はこの上にいる。でも態々上に行くこと必要はないのだ。

 さぁ、天に向かって叫ぼうじゃないか。途中にいる奴らも巻き込んで。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 外の異変にやっと気づいたのだろうか。ちらっと、下へ降りてこようとする人たちが見えた気がした。直撃してないと良いけど……あ、もしかしなくても、そうしたら反則になっちゃう? 

 こくこくと、傾けた試験管から流れる液を喉に通す。

 そんなことをしている間に崩壊する塔。続々と降りしきる瓦礫、見上げるとあの威力で破壊できていない場所があった。瓦解した階段は使い物にならず、上から下へと移動する『足場』を伝って上階へとたどり着いた。

 

「貴様か……貴様なのか、これは」

 

「ご想像にお任せします。さぁ、戦いましょう。僕が何のためにここへ来たのか、わかっていただけますよね」

 

 そう言って交差する腕、握る『黒』と『(あか)』の二刀。先程まであわてふためいていたように見えた彼も、一転してしっかりとした立ち姿になり、すらっと美しく腰に下げていた長刀(フランベルジュ)を抜く。しっかりと理解してもらえたようだ。これで、心おきなく雪辱を果たせる――

 

――先に仕掛けたのは僕だった。

 

 急いたものもあるけど、愚直に攻めていた前とは違って、明確に『あいている』ところが見えた。あの人にはない『無駄』ともいえるだろうか。何となくで、それがわかった。

 それに何でだろう。押せているとか、優勢だとか、ソンナのがどうでもよく思える。ただ勝てるから勝つ、勝てることに不思議はない。負ける事こそ不思議しかないのだと、そう言い聞かせているからだろうか。負けることは加味する意味がない。

 すらっと通る刃。肉を抉って、吹き出す血。はは、これが麻痺なのかな。気持ち悪くもならないし、怖くもない。身心ともにどれだけ鍛えたと思っているのだ。驚きに染まるその顔が面白い、つぅーと上がっていく口角の感覚に気付いて、内心でどれだけ自分がオカシクなってしまったかにしみじみと理解させられる。

 何が発端となったかなんてわからない。でも、ソンナのいいじゃないか。

 

「何なのだ……一体、貴様はなんなのだ!? ()()()はどれだけ――!?」

 

 醜態をさらした。無様に惨敗した。もうそんなのは嫌だから、こうして強くなるしかなかった。

 ある意味、この人のお陰ともいえるだろうか。なら、お礼をしなくては。

 一気に大きく距離を取られる。そう簡単に逃げさせるわけにもいかず爪先に力を入れた直後、別方向から不意に力を加えられた。危うく転びかけて気付く、足がぎゅっと掴まれていた。僕がここに来る前に行使した英雄憧憬(アルゴノゥト)に巻き込んだ人なのだろう。死んでなかったのは良かったけど、今こうして邪魔されているのは不味い。

 

「――【我が名は罪、風の悋気(りんき)。一陣の突風をこの身に呼ぶ。放つ火輪(かりん)の一投――】」

 

 見慣れない構えをして、一語一語に魔力(ちから)を籠めた声を発する彼がしようとしていることはもうわかる。この世において一発逆転の代名詞ともいえる魔法――効果も系統も知れないそれは最も恐ろしいと言えよう。下手に受けることも愚行。

 

「【ファイアボルト】! 【ファイアボルト】!」

 

 鋭く二度の砲声。あの構えじゃ避けることもできないだろうと思っての魔法、直撃狙いでやったから威力を抑えて、だがその分重ねて放った。これで流石に――

 

「【――来たれ、西方(せいほう)の、風】!」

 

 食い縛り、振り絞ったかのような声が、僕を強く震わせた。

 相手だって負けないように必死だ。一回戦の僕のように、社会的公開処刑に遭うのだから。そんなの御免と嫌がって、無理をしてまでも勝とうとするのは当たり前。

 僕だって、例外じゃないんだ。

 

「ごめんな、さい!」

 

 掴まれていないもう片方で頭を蹴り飛ばすなんて本当はよろしくないことだ。特に女性を足蹴にしたとなれば、謝るのは当たり前。だが仕方なかったのだから許して欲しい。

 

「――【アロ・ゼフュロス】!」

 

 解放され自由になったのと同時、もう詠唱を終えていたのだろう。僕には燦燦(さんさん)と煌めく楕円型の火球がぐるんぐるんと廻りながら迫って来ていた。動くのじゃ、間に合わない。そう判断を下す前に、体は深く曲げた脚に伴ってすれすれで避ける―――

 ふと、紅色に染まっていく視界の端でしめたと言わんばかりに笑う彼の顔をみた。

 

「【赤華(ルベレ)】!!」

 

「ぐがぁっ――」

 

 断末魔じみた声が喉から漏れる。全身が焼けてしまったかのように一気に感覚が遠ざかった。それもこれも、僕の眼前で爆裂したあの火球のせい。あえなくごろりごろりとのたうち回り、だが塔外(とうがい)に投げ出されなかったのは瓦礫に激突できたお陰だろう。

 あぁ、やばい。これ結構不味い。得物を手放し、呼吸だけで痛む身体にはこれ以上の負荷が危険すぎる。だが、こつこつと近づいて来る足音の主を潰さなければ。何も始まらないし、終わらない。

 得物はないが、拳がある。まだ武器()は使い物になるだろうか。この二つさえあれば、まだ戦えなくなった訳では無い。相手だって相当に与えていたダメージが蓄積している筈。もう限界だって近いだろう。

 

「終わりだ、ベル・クラネル―――」

 

 近づいて来る彼が殺意まで(はら)む声で言い放つ。   

 それに応えて僕も出せる限りの殺意で迎えた。脱力した、腰を沈める構え。得物がない時の戦い方はもう知っている。この程度のことで慌てる必要なんてないのだ。

 満身創痍で互いに向かい合い、動き出すのは同時であった。でも、どうしてだろう。

 

「やっぱり、僕の方が速いですね」

 

「――ッ!?」

 

 純粋に速いというだけで武器になる。速ければ、ただ動くだけでも攻撃となるし、ただぶつかるだけでも致命傷を与えることが出来る。僕はそこまで速くはないけど、そこに体術を加えれば馬鹿にならない威力を発揮する。ただ一直線に進み、肺へと回し蹴りでも食らわせれば、大抵終わってしまうのだ。身をもってそれは経験している。

 床に跳ねられながら転がって――そして、立ち上がった。あれでもまだ、倒れないというのだろうか。血反吐を吐いて、醜悪に顔を歪めているのに、どうしてそこまで立っていられるのだ。それこどが強さだとでも言うのだろうか。Lvが一つ違うだけでも、ここまで変われるものなのだろうか。 

 

「どうして、そこまで強くいられるんですか」

 

 自然と、僕はふらつく彼に問いを投げかけていた。

 すると彼は、一つ笑みを浮かべる。場違いにもそれは、よく澄んでいた。

 

「――願いが、あるからだ」

 

 諦めなんて相手にもなかった。でも、それは困る。

 その願いとやら、踏みにじっても僕は倒さなければならないのだ。

 

 聞き慣れた鈴の音が、僕に行けと言わんばかりに力を与えていく。

 その発信源となる右拳を、ぎゅっと強く握りしめた。それでもう、覚悟も全て決まる。

 

「一回戦でのお返し、させていただきます―――」

 

「ハッ、好きにしろ。だが最後に言葉を残そうか」 

 

 悪あがきと判っていながら、自分が負けることをもう確信していながら、彼はすらりと剣を構える。

 捨て台詞のように、最後も変わらず笑っていいおえた。

 

「ざまあみろ」

 

 それだけを聞き届け、意味を理解することなく僕は彼の鳩尾に、光る拳を叩きつけた。

 眼前から消え失せる彼、遠くで鳴り響く轟音。

 これで、決着―――

 

 

――そのはずなのに、何故、鳴らない。

 

 

   * * *

 

「おいおい、どういうことだよ―――」

 

 塔が派手に破壊されてから程なくして、大轟音と共に城壁から噴煙が上がったのを確認した。勝利がそれで決まったはずなのに、何故終戦の勧告が行われない。

 

「残念だったね、しーちゃん。ヒュアキントスが大将だと思ったでしょ? ねぇねぇそうなんでしょ? ざんねーん。大将は私、でーした」

 

 高々と狂笑(きょうしょう)を浮かべる、異質な少女。思い込み、滑稽に踊っていた私たちが可笑しくてたまらないのだろうか。

 ヒュアキントス・クリオが大将であることはリリから流してもらった情報だ。情報を横流ししてもらっていたので間違いはないと思っていたが、まさか……仲間にも偽情報を? 敵を騙すにはまず味方からとはこういうときにぴったりだなおい。面倒なことしてくれやがって。

 

「私を()()しかなくなっちゃったね。ねぇねぇどうするの、殺すの? いいよ、殺して、一緒に死んじゃおう?」

 

 また笑う。

 現実が見えているのに、判っていない。そんな風にしか見えなかった。

 さっきからこうだ。戦争遊戯(ウォーゲーム)のルールなんて放っておいて、心中ばかりを狙ってくる。実力が拮抗している今だからこそこうして私は生きている。アマリリスによれば『失う事』で死んだのならば生き返らせることが出来るらしいが、正直死ぬのはもうごめんだ。やっぱり嫌だ、死ぬのは。でも彼女を殺すわけにはいかない。『消す』のは容易いが、嫌だ。

 

 無力化するのが難しいのに、そこまで願望を口にしていられる余裕があるのだろうか? 

 今や柄を握れているのは左手のみ。だらりと動かなくなった右腕をたどれば孔を見つけられる。とめどなくそこから流れる血で失血してしまいそうだけど、その点問題ない。危ういのは、その所為でそろそろ『ヤバイ』わけだ。飢えた吸血鬼ほど、手に負えない存在はいない。

 つたぁーと彼女の首筋を伝う紅い雫なんて、欲しくてたまらないのだ。

 

「何度も言わせんな……心中なんて、真っ平ごめんなんだよ――!」

 

「ううん。しーちゃんに拒否権なんかないよ。さっ、悪あがきなんてしないでさ――だから、何度やったって今のしーちゃんが私に」

 

 余裕綽々(しゃくしゃく)とそうやって述べていられるほどに彼女は私を圧倒している。彼女が言いかけた通り、何度斬り込んだって軌道を逸らされるだけだ。自分が死ぬのは、私を殺してからという意思表示。だが、私だって学習していない訳じゃない。

 

「こんな手は、どうだよ――」

 

「やる、ね―――」

 

 軌道が逸らされることがわかっていて、その方向・タイミングさえ予測できてしまえばあとは利用するだけだ。何度となく愚直に繰り返していたのにもここへつなげるため。単純な、首絞めに。何分身体能力は極限以上に高められている。大道芸じみたことだって容易いのだ。槍と刀の接点を支点に背後へ回ることなど造作もない。

 擦れた息が漏れる。頸動脈とか言ったか、そこを絞め脳へ送られる血液を遮断してやれば気絶させることが出来る。敵大将の戦闘不能が勝利条件の一つだ、これで十分なはず――

 

「ごふっ」

 

 折れた肋骨(あばら)に、締め付けられるほどの衝撃が与えられる。

 口から噴き出す血、詰まる息。それでも私は腕の力を緩めない。

 二度、三度。立て続けに同じところを撃たれ、最後には吹き飛ばされてしまう。

 

「がぁはぁっ、だはっ、ぁがっ……両腕だったら、危なかったよ。腕を潰してたのは正解だった」

 

「そう、かい……」

 

 クソ、最大のチャンスを逃した……しかもこの深手は不味い。支障どころの話じゃないぞ。

 万事休すってな感じになりやがった。まだ戦えなくはないが、肋骨(あばら)が修復するまでにかなり時間が掛かる。過度に動くと内臓を傷つけて更に重症となりかねない。それは厄介だ。

 

(あるじ)……一秒だけ、それだけなら何とかなる」

 

「主語をいえ主語を……何がだよ」

 

『私の体を使う事。目くらましをこの人にやってもらえれば、バレることも無い」

 

「なるほど、ね……殺さず気絶、ですけど、私、できるでしょうか」

 

『うん、できる。主なら何だって』

 

「ちょっとしーちゃん、独りで何喋ってるの? 可笑しくなっちゃった、私と同じになっちゃった?」

 

 おっと、口に出ていたようだな……この程度のこと意識もできないなんて、かなり不味い状況である事の解りやすい証明じゃないか。致し方ない……危険は伴うがやるしかないだろう。

 

「ちょっとしーちゃん、無視は酷いよぉ。こんなにも私は――」

 

「黙れ。少し狂えたからって調子乗ってんじゃねぇぞ。狂人歴なら大先輩だぞ」

 

「きょうじ、え? なにそれ」

 

「るっさい、そこで突っ立ってればいいんだよお前は」

 

 一秒。それだけとしか今は言いようがないだろう。だが、吸血鬼化できるのだとすれば……問題は、気絶で済ませられるかということだが、まぁどうせ治るのだろう。以前ティアが彼女を完膚なきまでに叩きのめしたらしいのだが、完全復活して今私に立ちふさがっている。少しくらい問題なかろうか。

 鞘に刃を納める。ぎゅっと拳を握って引き、片足を大きく下げて腰を極限まで下げる。胡乱(うろん)()な視線を向けられるがそのままでいればいい。たとえ構えられていても、すぐ片が付く。

 

「変化方法は」

 

『前にやったでしょ。変化後、限界まで我慢するけど、強制的に解くからね』

 

「ありがとよ……助かるよ、本当に」

 

 ふっと、口元に笑みが浮かぶ。はっと何かに気づいたように動き出そうとした彼女、速い。けど、おいつけないわけじゃないんだなぁ。

 精霊の風が吹き荒れる。土煙が舞い、不明瞭な視界

 ぎゅっと後ろ足に力を込めて突貫する。足の感覚がその瞬間失われたのだが、次に気づいた時にはもう完全体へと至っている。停滞に近い時の進み方をする緩慢な世界で、例外なく彼女も(のろ)い。

 色褪せた世界でただ唯一生きている私。本当の一秒は、果たしていつ訪れるのだろう。だけど、暢気になんてしてられない。

 

 終わりだ、これで。漸く、終わる。

 

 単純だ。全身に軽く衝撃を与えるだけでいい。ただそれだけでも馬鹿にならない威力なのだ、人間にとっては。これだけしてもいいのは一重に彼女が冒険者であるから、そしてちょっと『変わっている』から。下手に道を外したことが仇になると言う訳だ。ざまぁみろ。

 

「ぁっ―――」

 

 ころんころんと甲高い音が聞こえた。一気に脱力して地へと倒れ込む私にはそれが何の音なのか確かに知ることはできなかったが、終戦の証だと思えた。

 

『主、お疲れ様……』

 

 ったく、本当だよ。病人酷使しやがって。

 意外とあっけなく終われたなぁ。いや、終わったかどうかは確証がないから本当はどうとも言えないんだけど。

 乾いた銅鑼の音が身を震わせた気がした。これが終わりの合図だと、いいんだけどなぁ―――

 

 

  

 



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第十一振り。彼はどこまで行っても常識外
曖昧な世界で


  今回の一言
 書きたい……のに時間がない。

では、どうぞ


 

 淀みは澱のように、下へ下へと邁進していくにつれ濃くなっていった。

 だがそれは見えている訳でも、何かの手掛かりとなった訳でも無い。ただ『嫌な予感』というのだけがあったのだ。

 ずっと私に纏わり()くかのようで、私の柔い精神はずりずり摩耗されていく。それは顔色にも出たのだろう。見かねた二人が26階層での一時休憩(レスト)を提案してくれた。ちょうどよかったとか言ってくれるけど、当初の計画から考えたペースでは、全然そんなことはない。

 

「もぅ、ほんとにどうしたの?」

 

「――わかんない。なんか、気持ち悪いの」

 

「そっか。直ぐに治してよ、足手まといは邪魔だから」

 

「うん……わかってる」

 

 姉の言葉は正鵠(せいこく)を射て、ぶすりと音を立てて私の心臓を貫く。そんなこと分かり切っているのだ。そもそも、Lv.2になったばかりでしかない私がここにいるの事態も可笑しい。本来下層には私のような『弱者』は来てはならない場所なのだ。もしかしたらその恐怖で、今体調を崩しているのかと、本気で思ったものだ。

 休憩は案外長く設けられた。それが一概に私の所為だとわかっていても、それに甘えるしかなかった。だが一向に体調は改善されず、やせ我慢で笑みを無理に作り、自分は大丈夫だと伝えるしかなかった。

 当たり前なことに、ダンジョンは私の体調を加味することはない。いつも通りにモンスターを生み、私たちに(けしか)けるのだ。そうやって潜っていく間の戦闘には、支障なんて無かった。怖いまでにそれ以降は順調に進み、だが不信感をその時与えさせること無く段々を私たちは『誘われていく』のだ。

 

「―――!? 不味い―――!」

 

 それに反応できたのは、実力では完璧に他を引き離しているお姉ちゃんのみ。 

 後れを取った私たちが見た光景は、今まさにやって来た通路が、塞がれたという結果だけだ。

 前兆はダンジョンの軋みと揺れ、モンスターが生まれるという知らせ。身構えていたのに、警戒をしていたのに、袋小路という最悪の状況に追い込まれてしまった。 

 

「全員、怯むな! 攻撃部隊(アタッカー)が前に出て、この先へ移動する! 急げ、正面戦闘は消耗が大きい!」

 

 張り上げた声でヒュアキントスは状況にしどろもどろとなる皆に叱咤する。混乱が完全に無くなった訳では無かったが、それでも団長の言葉に従い皆陣形を組んで一直線に突貫していく。

 直ぐに道は開けた。道を知っているお姉ちゃんが、ヒュアキントスに指示を出される前に先頭で皆を導いてくれて、そこに留まることなく迂回路へと逸れて行く。異常事態(イレギュラー)に見舞われたのに、不思議なまでにその先は滞らず。

 

「―――何、何なの!? ねぇお姉ちゃん、どうなってるの!?」

 

「私から離れちゃ駄目よ。もう何が起こっても可笑しくない状況だし、このあたりだと自分一人で身を守れないでしょ」

 

 それはちょっと、癇に障った。

 でも事実だから受け止めるしかなかった。Lv面でみても、実力面で見ても、どうしたって相手になるようなモンスターはここに居ない。甘えて姉の近くにいるしかなかった。

 二人先頭で走って行く状況。一体、この異常事態(イレギュラー)から逃げればよいのだろうと、果てしないことに対する恐怖が、徐々に徐々に平静を蝕んでいく。

 

「――! 直ぐに片付けるよ、二人ともついて来て!」

 

 美麗に抜き放ち、一息に加速して現れたモンスターへと突貫していく姉に続く。独りなら無理だけど、協力すれば倒せなくはない。

 偶然か図らわれたか、危険極まりない十字路の中心での戦闘。仲間たちが背後から迫る中、またふざけたことに――

 

「三方向!? あぁもう、なんで今日に限って!」

 

「右を突破すれば安全区域(エリア)に行ける! そこまで私たちで先陣切るよ! 他は無理して倒さなくていいから!」

 

 隊列の先頭が参加したところでお姉ちゃんと一緒に右へと逸れる。この階層でも姉の実力ならばある程度ソロで突破できるのだが、今は本調子の私がそこへ加わることで敵なしと言えたか。

 あぁそうだ。ああしてモンスターを突破でき、安全区域(セーフ・ポイント)まで行けるはずなのに――

 

「なっ―――」

 

「ほんと何なのよ!」

 

 姉までが悪態をつくほどの、ダンジョンが剥いた牙。

 どうしてここまで、私たちが追い詰められるのだろうか。私たちが突貫した直後に生まれた亀裂(きれつ)、今度はふざけたことに天井崩落なんて生易しいものでは無い。陥没したのだ、足元が。

 モンスターを巻き込み、私たちも巻き添えにされて下へと落とされる。中層にもこんなことはあるが、それは穴が始めからあるのだ。こんな無理矢理の落下なんて、聞いたことがなかった。

 

「【繋ぎ止めよ。蜿蜒(えんえん)と離れぬように】――【人攫いの鎖(カテーナ)】!」

 

「うげぇ」

 

 姉の魔法で腹を縛られ引っ張られると奇妙な声を出してしまったが、そのお陰でぐちょっとなることはなかった。姉の手首に巻き付いている鎖が壁に刺さり、振り子の気分を暫し味わう。

 そうして辿り着いたのは未踏の、どことも知れぬ階層。周りにはじりじり寄って来る気を窺うモンスターの大群。四面楚歌(しめんそか)という教訓はこのようなことにならないために言い伝えられたのだろうか。暢気にそんなことを考えたっけ。

 

「――ねぇ、お姉ちゃん。私、死ぬのかな」

 

「死にたいなら私の居ない所で死んでもらるかな。私は、何があっても死にたくない。だから何を犠牲にしたって生きるつもり。だって、まだ伝えられてない。ちゃんと、言えてない」

 

「え、それって――」

 

 寂し気な、いつまでも強かったお姉ちゃんが、ほんの少し、その時だけ弱く見えた。

 (はかな)く、散って無くなってしまいそうなほど。

    

「行くよ! 生かしてあげるから!」

 

 そう(いまし)めるように叫んで、鎖を利用し切り抜けていく。この状態では満足に動くとこもできなかった私はただ、されるがままに運ばれるだけであった。ぎゅっと、槍を握りただ願い続ける。

 

「あっ、お姉ちゃん、あそこって――」

 

「――ナイス。あれは多分正規ルート。あそこからの道ならわかる。最短距離で逆走すれば合流できるかもしれない」

 

 水晶を光源として照らされるその道。洞窟迷路状となっているこの階層。幅が十二分に広いお陰で壁や天井に鎖を刺しモンスターから逃れられているのだが、いつ魔力が尽きるかも知れない私には不安で仕方なかった、不安を感じ取った姉が、安心させるようにぎゅっと引き寄せてくれた時の温度は、絶対に忘れられない。

 

「ここからは走るよ、付いて来て!」

 

「うん」

 

 出せる全力で姉を追いかけた。何も分からないところに放り出されて、頼れる存在がただ一人。見失わないよう躍起になって追いかけた。縋ってただ背に手を伸ばしていた。

 でもその手はいつまでも届くことがなくて、空振りのままで終わって。

 

 置いていかれたんだ。

 

 いや、正確にはそうではない。私がただ、動けなくなっただけだ。

 それはちょうど広々とした空間で、大轟音に目を引かれた後で―――

 

―――私の半分が、抉り取られた後であった。

 

「しっかりして、ねぇ!」

 

「ぉ、ねぇ――ゃん?」  

 

 おぼろげな視界の中に映っていたのは、必死の形相で呼びかける姉の姿。

 白濁と視界が埋もれていく中で、声だけは蜿蜒と引き伸ばされたかのように響いたんだ。

 自分が生き延びることを一番と言っていたのに、死にかけだと明らかな私を態々助けていたことも。その所為でどれだけ苦しんでいるかも。しかと私の耳に届いていた。

 ぷっつり切れた筈の視界。辛抱強く粘っていた聴覚もどこかへいってしまった。

 だからこそ、視界が戻った瞬間は、はっきりとわかった。眼前の景色も明瞭に理解させられた。

 

「――まっ、たく。起きるの遅いって」

 

 そういって、強がりの笑いを浮かべた姉は胸に通していた支えを失いがくりと私へ倒れて来る。

 驚くほどそれは容易く受け止められて、しっかりと()()()()()()()()()()()。 

 それが何故だかもう理解していた。

 紅く彩られた私の腕など悠々通れる孔。だくだくとボロボロの服を染めていく鮮血。

 現実を否定したくても、それを赦してくれない。

 

「ほら、早く……逃げなさい。せっかく、生かしてあげる、んだから」

 

「いや、いやだ! なんで、何でなのお姉ちゃん!? 生きたいんじゃないの!? 死にかけの私を助けたところでなにになるっていうの!?」

 

「現実、みなさい。だれが、死にかけだって……?」

 

「え?」

 

 弱りつつある姉の声に、してやった、とでも言わんばかりの意志が込められていて、一瞬硬直してしまうがはっと気づく。抱いていられた状況に。

 ありえないのだ。半分を抉られていたはずの私が、そもそもこうして生きていることすらも。

 

「お姉ちゃん、これって……!? お姉ちゃん?」

 

「あーごめん、もう、終りかも」

 

「終わり、って、え?」

 

 燐光のような、淡く儚げなものがふわふわと浮かんでは、消える。姉の理解不能な言葉に耳を傾けながら、その源を辿ると、同じくふんわりと光る膜で包まれつつあるものに至った。それが、姉。

 ゆったりと、だが着実に、姉は消えていた。何処かと知れぬ場所へ。

 

「安心して、私はずっと、近くに居てあげるから、護ってあげるから。だから、約束」

 

「待って、ねぇなに行ってるの、全然わかんない……! いかないで、護ってもらわなくていいから、行かないでよ、独りにしないでよ!」

 

「私が渡したアレ、生きてこれだけはちゃんと渡して、約束。そして、これはお願いなんだけどさ……あの子に、シオンに逢えると思うから、その時は私のこと、伝えて欲しいな」

 

「嫌だ! お姉ちゃんが逝っちゃったら、死んじゃったら、約束なんて意味無くなっちゃう! やめてよ、変な冗談は止してよ! 私のこと治したのお姉ちゃんなんでしょ!? なら自分にもそうして――」

 

 それに、今にも無くなる姉はまだ残る首を横に振った。姉が何をしたのか、なぜ無理だと否定したのか、すぐに知れた。

 消えてしまった姉が、逝った先。微かに違う熱の籠った、手に馴染む槍がそこにはあった。

 【等価交換(ギルティ)】、姉の最強にして最凶(さいきょう)のスキル。普段は便利で仕方ないコレも、度が過ぎると己を殺す。簡単だ、姉は私の消えた魂と体を修復した。その代償として己を失うしかなかった。でも、そこで頭を働かせたのだろう。槍に宿る温もりは、姉と同じ。護るとはそういう事だったのだろうか。

 でも、でも、それでも―――

 

「―――あぁァァッァッッ!?!? あぁ、ぁぁっ……!」

 

 全部、何もかもを一旦忘れたくて、吐き出したくて、こう叫ぶしかなかった。

 ただただ、何故泣いているのかも分からずに。

 どうして、嗚咽を堪えながら、こんな苦しい思いをしなければいけないのだ。

 

「全部、全部――っの、所為!」

 

 姉がいなくなった先には、ただただ、この状況を作り出した元凶。そうとは言い切れなかったのだけれど、堪らないおもいをぶつけるにはうってつけの奴だった。

 全体的に丸い、短足短腕の忌避感を存分に与えるそいつ。いつだって始めはあり、その最初がその時であった。比較的最近生まれた迷宮の孤王(モンスターレックス)、『魔人(ディアボロス)』。

   

「死んじゃえ、死んじゃえ―――死んじゃえぇぇぇぇ!」

 

 思うがままに、衝動にただ駆られて、姉が宿ったその槍で貫いた。

 何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も――

 あぁ、そうして、終わったんだっけ。あっけなく、私に傷を残して、終わったんだ。

 

 

   * * *

 

「ナンダコノカオスハ」

 

「あ、ねぇちょっとシオン、どういう事よ!? この女との関係は切ったんじゃないの!?」 

 

「性懲りもない事言わないでくれるかな本当に!! 私とシオンの関係は切れた訳じゃないの、ただちょっと遠くなっちゃっただけ! それにまだシオンに『えんがちょ』なんてされてない!」

 

「そんなことはどうでもいいのさ! 聞き捨てならないのは(あるじ)が君のだって言った事なんだよ! 主は私の主だからつまり私のなのわかった!?」

 

「それこそ聞き捨てならんわドアホが」

 

「ごうふ」  

 

 目が覚めたら祝福賛辞が待っているかと思いきや惨事が待ってたってどういう事だよ。

 あの二人が居るからここが心の中の世界であることは確定なのだが、まぁた変なのが増えやがった。もう本当にカオスだよね、うん。

 

「いたぃぃ……」

 

「あぁ、やっぱり吸血鬼は硬いな。っと、それより言っておくけど、私は他の誰でもないアイズのものだから。そこははき違えないように。というかお前ら二人。それわかって言ってたろ」  

 

「ふんっ」

 

「全部主が悪い」

 

 一体何を根拠に言っているのだか。

 いやそれよりもだ。まずは説明があるべきだと思うのだ。大体ここに現れる奴には理由がある。そして原因もある。これ以上増えると心の世界に村ができちゃうから防止策として知っておくべきだろう。

 

「そう、お前が何故ここにいる!?」

 

「やっ、シオン。こうして顔合わせるのは何年ぶり? 待ち遠しくてたまらなかったよ~」

 

「実際は数日ぶりなんだけど、というか抱き着くな鬱陶しい」

 

 『しかけ』とやらで彼女とは数日前に対面している。首から下げるロケットと指輪がその何よりの証拠だ。なのに何年ぶりと聞くということは、彼女はあの時の『彼女』とは違う存在……

 

「あ、どうしてここに居るか気になる? 私としてはシオンがどうしてここに来れるのか聞きたいんだけど……そんなに私が気になるのなら、教えてあげる」

 

「なにその思わせぶりな言い方」

 

「期待しても損するだーけ。別に特別なことはしてないよ。ただ宿っていたあの子の槍からシオンの体に移動しただけ。私もう肉体を持つことが出来ないから、こうやって生きるしかないんだぁ。ある意味不老不死になっちゃったわけ」

 

「ふーん、そ。なんだそれだけ」

 

「あ、あれぇ? もうちょっとこう、さ、驚いてもいいんじゃないの? 『うわーすごい!』とか、『え、そんなことできたの!?』とかさ」

 

 いや別に私からして珍しい事でも無かいから。同じような方法で入って来たヤツは私の隣に居るし。というかいつになく積極的になったな。正直言うと、悪くない。

 

「あの、ルナ。ちょっと聞いてください。この二人とは自己紹介やら何やらとお好きにして構いませんが、一つだけ。この二人は私と共存している訳ですよ。いわば持ちつ持たれずというヤツです」

 

「あ、うん。それで?」

 

 とりあえず座って向かい合う。ただ自然の流れでそうなったことに背後の二人も従った。

 若干前のめりになって話を急いて来る彼女に、私は冷めた目で続ける。

 

「この世界で二番目くらいに綺麗な精霊さんは私に風を与えてくれます」

 

「き、綺麗? でも二番目、二番目……」

 

「そして、こっちの角が生えた巨乳の吸血鬼が私に純粋な力と吸血鬼の肉体を捧げてくれます」

 

「その言い方だと何かいやらしく聞こえるのは私だけ?」

 

「はいはいお前だけだよ。んでここでお前だ。さて一体、お前はこの世界に存在するうえで私に何を与えるのかな?」

 

「げっ……」

 

 不味い、どうしよう!? て顔に書いてある……あぁ、これ何もできないパターン。

 仕方ないけどさぁ、人間だし。この二人とは違うのは仕方にけど……何の代償も無しにここに居られるのは道理に反してないか? ナニカ私に負担があるのなら? そうなら何かしてもらわなければ割に合わない。等価交換だ等価交換。

 

「――癒してあげられる?」

 

「却下」

 

「――――何でも言うこと聞いてあげる?」

 

「出てけ」

 

「うぅぅ……あ! 私のスキルで色々してあげる! 対価がいるけど」

 

「断固拒否だ馬鹿が!! その対価は誰が払うんだオイ!」

 

 ほんっと何もできないんじゃないだろうな。対価なんて何払うかも確定していないのに、頼っていられるわけあるか。悪魔と契約するのと変わらん気がするぞ。 

 

「はぁ……ねぇシオン。もう別にいいんじゃないかしら。貴方からすれば本当はもうずっと前のことだろうけど、一緒に過ごした人なのよ? いさせてあげるだけならいいんじゃない?」

 

「……まぁ、いいでしょう。そのスキルとやらが役に立つときもあるかもしれませんし。で、そのスキルってなんです?」

 

「ありがとぉシオン! 私のスキルは【等価交換(ギルティ)】っていうもので、代償を払えば何でもできちゃうってもの。凄いでしょ?」

 

 マジかよ……なんだその誇らしげな顔は、無性に殴りたくなる。

 あぁ、また一段と変な力を扱えるようになってしまった……もうほんと、どうしよう。

 

 

 



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終りのあとのひととき

  今回の一言
 あぁどうしよう、アイズのことが好きすぎて爆発してしまいそうだ。

では、どうぞ


 耳を立てても聞き逃してしまいそうなほど、ほんの微かな寝息。あまりにも浅くて、本当に呼吸しているのかと、生きているのかと心配になるのだが、確かにその息遣いを感じるし、安心させてくれる温もりが伝わって来る。

 寝かしつけられているこの人はベットが本当は嫌いで、敷き布団に変えてあげて欲しいとお願いしたのだけれど、この治療院にはそれが無いらしく可哀相だがそのままだ。

 シングルベットでちょっと狭いけれど、個室で誰も見ていないし、こうしてくっついていると彼も優しく私を包んでくれて何だか自分がこの人を独占できているような幸福感で満たされる。無意識なんだろうけど、それでもやはり嬉しいものは嬉しい。

 

「っん……」

  

 喉を鳴らした弱々しい声が漏れる。どうやら、お目覚めみたいだ。

 母親(アリア)にやっぱり似ているなぁ。そんなことを彼の胸元から顔を上げて今にも上がろうとしている瞼を眺めながら思った。

 

「――おはよう、シオン。お疲れ様」

 

「……アイ、ズ? え、は、へ? これは、どういう……」

 

「付き添い。何もすること無かったから。戦争遊戯(ウォーゲーム)後だし、ここにいると思って来たらやっぱりシオンが居て、だからちょっと……潜っちゃった」

 

「オイ。嬉しいけど何やってんだ……とりあえず、ベットから降りますよ」

 

 もぞもぞと動いて、それぞれ逆方向に降りる。

 自然と、腕を上げてんぅ~と伸びる。後ろから聞こえた声も私の声に重なって、振り向いた時に見た同じ体勢で伸びていた姿に、一緒になって笑みを浮かべた。

 

「……んで、本当は何しに? 今言ったことだけでは無いのでしょう?」

 

「……うん」

 

 見抜かれてしまった。『さぷらいず』というものをやりたかったのだが、流石にシオンには通用しなかったか。バレてしまっては無駄に隠すのも仕方ない。不審が深まって、信用を無くすのも嫌だ。

 ちょっと待ってと一言断り、近くに備わっていたテーブルの上に置いていた箱を手にとる。シオンに抱き着いた時指輪が嵌っていたのに気づいたのは本気で心臓が止まるかと思ったのだが、右手の人差し指だと気づいた時の安堵といったらもう計り知れない。

 シオンみたいに手作りじゃなくて買ったものだけど。私が作って無骨なものになってしまったら、とてもシオンにあげることなんてできない。

 だから最大限に、想いを詰めて――――

 

 ただいつも通りに私を眺めるシオンの前に、それを持って立つ。いざこうなると、戦闘とは全然違う緊張に包まれて今にもオカシクなってしまいそうだ。シオンはこれを()()()やってのけたのだから、本当に凄い。同じことをしようとして初めて理解できる。

 いざ、言いだそうとシオンを見つめる。まっすぐで綺麗な若葉色の瞳。あたたかな眼差しに急かすような光はなく、お陰で変に上擦ったりすることはなかった。練習の甲斐ありだ。

 

「これ……シオンに渡したくて」

 

「――ありがとうございます、アイズ。これは今開けても?」

 

「うん。開けて、欲しい」

 

 優しい笑みを浮かべて、判っていながら焦らすことを楽しむかのように聞いて来る。それに動揺もせず返してやると、驚いたような顔をしてくれたのは非常に愉快だ。滅多にないから面白い。

 器用に蓋を留めるリボンを解いて、丁寧に箱の中身を覗く。解ってはいたのだろう、そんな顔をしていた。それでもなんでかな―――

 

「あれ、なんだこれ……ははっ、オイオイ、チョロすぎだろ私……」

 

 自分でも今この状況に戸惑い、驚いているらしい。片手で箱を大切そうに握り、空いた指で目尻から止めどなく流れては滴り落ちるその雫を掬い取る。そして晴れやかに微笑んで、左手に握っていた贈り物を胸に抱いた。

 しばしそのまま動かず感傷に浸っていたシオンは、ふと抱くのを止めて、蓋の下に込められている私の想いに指を通す。同じ、左手の薬指。

 白金が傷一つ無く輝く。一応それなりの値段はしたのだ。シオンに見合うくらいの彫刻、そして拘りたかった宝石。でも派手な物は嫌いそうだから――と悩みに悩んでの決断は、お金はもう眼中にないからよいのだけれど実際貯金の殆どが飛んだ。

 

「受け取ってくれてありがと――大好きだよ、シオン」

 

 そういいながら、愛おしみを籠めた手つきで指輪を撫でるシオン。小さい私では全てはできないけれど、背伸びして頑張って、シオンを胸に包み込んだ。それにシオンも答えて私を優しく包み返してくれた。

 温かい、心地よい……あぁ、お父さんみたいに安心できて、お母さんみたいに私を包み込んで寂しさなんて忘れさせてくれる。やっぱり私は、この人と一緒に居たい。

 

「私も大好きです、愛しています……改めて言うと、小っ恥ずかしいのですけどね」

 

「うん。私もちょっと、恥ずかしい」

 

 それでも、然して離れる理由もない今、悪くいないその感情でこの温もりを逃すのは惜しい。シオンは力なんて籠めずにいてくれるけど、私に身をそっと委ねていてこの状況を任せてくれる。いつまでも続いてしまうかもしれない。

 

「……アイズ」

 

「どうか、した?」

 

 くぐもる声が耳朶(じだ)に届いた。胸が息で少し湿りくすぐったいけど、なんだかゾクゾクとしてしまうから正直シオンにされて悪くない。

 ちょっと悔しいけど、至高の触り心地を誇るシオンの髪の毛に指を掛け、すぅーと通しながら問い返すと――

 

「そろそろ、息がッ――」

 

「息? あ……ごめん、なさい。だいじょうぶ?」

 

「えぇ恐らく多分理性が保てているのなら大丈夫でしょうから安心してください……ふぅ、やっぱり胸は堪らないな、けしからん。これは人を殺しかねん……」

 

「何言ってるの? いやらしいよ、シオン」

 

 もぅ、と離れてしまった事を名残惜しく思いながら、冷たい目でしゃがむシオンを見下ろす。反射的に胸を隠したしまった。普段の就寝時と変わらない薄着、上半身は一枚しか来ていない。全てを晒せる相手であることは非も無く認めよう。だがしかし、私にだって恥じらいはあるし想いもある。 

 

「さて、アイズ。今まで聞かなかったのが不思議でたまりませんけど、どんな状況ですか、世間の方は。というかどれくらい私寝てました? カオスから舞い戻ってあまりにも至福過ぎる状況に色々忘れてましてね……」

 

 カオス……はちょっと気になるけど、大抵シオンから聞くマイナスな話は洒落にならない。知らぬが仏、聞かぬが懸命……そう言うことにしておこう。

 一つ頷くと、シオンはベットに腰を落ち着かせる。隣に私も腰を掛けて、同じ壁をただ見て、そのまま淡々と話していく。ベットにつく手が触れ合うほど近い。

 

「【ヘスティア・ファミリア】が戦争遊戯(ウォーゲーム)で勝ったことは、凄い大きなこと……元々規模も大きかったし、久しぶりだったから影響も桁違いだって。ベルがLv差のある相手を倒したことも、ティアちゃんのことも、魔剣のことも、シオンのことも……特筆して三回戦でのことは神々の興味を独占してる。まだ一日しか経ってないけど判る。たぶん長く続く」

 

「ほぅ、一日……結構寝てたなぁ。瞬間的な吸血鬼化でも『生身』ではやはり負担が大きいか……仕方ない。情報提供ありがとうございます。お礼はできませんけど」

 

「なにそれ、変なの」

 

 笑みを漏らす声が程なくして消える。こうやって笑えるのが普通となりつつあるのは、全部シオンのお陰。私のことを薄汚れた泥沼の悲願(おもい)から引っ張り出してくれた、私の英雄のお陰。何年ぶりだろう、こんな気持ちになれるのは。何だか、肩の力が抜けたように感じる。

 

「あぁ~! どうしよっかなぁ、これから……」

 

 唐突に、前触れもなくそんなことを叫んだのは、今はぐったり散々嫌いといったベットに身を投げるシオンだ。珍しく深々と溜め息までついている始末。疲れが残っているのだろうか、先々のことを考えて嫌になってしまったのだろうか……もしかして、私といることが、疲れとなっている?

 それはイケナイ、休めてあげなくちゃ……でもシオンが悩んでいるように見えて、なんだか放っておけない。

 

「相談なら、してくれてもいいよ?」

 

精神治療(マインド・ケア)には最高ですけど、反比例して理性の生命力がすりおろされるかの如く消えていくので止しておきます……あ、でも、ちょっと独白させてください」

 

 独白って、私聞いちゃって大丈夫なのかな……とは思ったけれど、興味がないわけじゃない。その場を去る理由もなく同じように私までもがぐったりベットへ身を投げた。シオンの腕枕は少し硬い。でも、その硬さ含めてこの感触は好きだ。

 

「ホームは潰され、所有している鍛錬場に移ったものの大した防犯対策もできない。自分のモノを自分だけで管理することができなくなったし、なんなら増えたファミリアのことを考えると生活拠点とするのは非現実的。あちらさんから盗れる資産にもよるけど新設は非経済的な上に現状は暫く続くことになる。安心と安息の日々を過ごしたい私としては面倒人の多いあのファミリアで住食を共にするのは正直辛い。大半のことを押し付けられるし苦労するのは結局私になる……! あぁ、考えるだけでイライラしてきた。やっぱりそういう事踏まえると別居を構えたいんだよなぁ。金はあるし、後は物件。っていっても知識は皆無、選び方すら知らない始末だ。言うが易し行うは難しとはまさにこのこと。と御託を並べたところで現状何一つ変わらないんだが―――」

 

 じょ、饒舌(じょうぜつ)だ……私の口角がつり上がるほど怒濤(どとう)の勢いで畳みかける。独白なのに、何に畳みかけるかという話になるのだが、(かたえ)()きしている此方にはそう思わせられるほどの速度。

 だがそんな中でも私は聞き逃さなかった。『別居を構えたい』と確かに言ったことを。

 つまりシオンは、ファミリアの人たちを離れて生活することを望んでいる。必然的に、独りとなる事と解釈可能だ。あの精霊の子が付いていくかもしれないけど、あの子は同士……そうしたくなる気持ちもわからなくも無いから、一緒に居るくらいなら許容する。

 

「――ねぇ、シオン」

 

「――ふぉ? どうしました、やっぱり気になりますか、最近リヴェリアさんの態度が可笑しいことに」

 

「え、そうなの? って、そうじゃなくて……! シオン、別居を構えたいって言ってたけどさ……」

 

 危うく流れに乗せられて言いたいことを逃すところだった……そのことは後でしっかり聞くとして、チャンスを逃すわけにいかずシオンに「え、今なんて言いました?」と聞き返されることも無いように、面と向かって話せる体勢になる。どうしてかちょっと恥ずかしそうに眼を逸らされているのだけれど、声さえ聞いてもらえればそれでいい。

 

「その家に、私も住んでいい?」

 

「―――――今なんて?」

 

「なんで!? 今聞こえてた、絶対聞こえてたのに!」

 

 ぼふ、ぼふとベットに手を叩きつける度にやわらかい音が鳴る。力が【ステイタス】の所為で強いから軋む音も聞こえたけど、そんなことは気にしていられないのだ。

 聞き逃して欲しくないから、ちょっと恥ずかしくても上から覆いかぶさる形でいたのに! ちゃんと、逸らされてはいたけど目を見ていったのに!

 

「お、おぉ落ち着いて、落ち着いて下さいアイズ! わ、私が悪かったですから……ですから、その、色々とご褒美になりつつあるこの体勢はそろそろ理性を吹き飛ばすのに十分すぎる働きをしそうなんで離れて頂けると……」

 

「嫌なのッ?」 

 

「いえむしろお願いしたいくらいの素晴らしさなのですが、私にも、心の準備というものが……それだけではなく、この体勢は色々と誤解を生むもので……流石にアイズが痴女認定されるのは私が我慢ならず……」

 

 何を言っているんだこの鬼畜シオン! 私に恥じらいを与えて何が楽しいの!? というかさっきから所々で言っていることが理解できないの! 嬉しいならうれしいとはっきり言って欲しいし、嫌ならいやと突っぱねて欲しいのに、この曖昧(あいまい)な態度……! あぁもどかしい!

 というか痴女とはどういうことだ、私は今までソンナことを言われそうな行動は二回くらいしか覚えがないのだけれど……

 

「あの、その……当たってますし、近いですし、それとくすぐったいです……」

 

 そう言われてやっと意識した。髪がシオンの頬に触れ、スカートで上乗りになっている場所と言えば――

 

「少し、硬い……」

 

「止めてください言わないでください何でもしますからもう許して……!」

 

 真っ赤変貌した顔を手で覆い隠すシオン。やっぱり、見た目と反して全然の男の子である。それに加えて、シオンって本当は私より年下だったっけ……全然見えない。ちょっと悔しい。

 

「あ、今何でもするって言ったよね」

 

「げっ……」

 

「ふふっ、可愛いなぁシオン、そんな顔しないで、悪いようにはしない」

 

「ア、アイズ? どうしちゃったんですか!? 可笑しい、可笑しいです! 何でそんなに愉しそうに笑っているんですか!? 怖いです、目が怖いですよ! 何する気ですか、何されちゃんですか私は!?!? ハァ、ハァ……!」

 

「だいじょうぶ。同棲しようって、お願いしたかっただけだから」

 

「は?」

 

 鼻息荒くまでして、恍惚(こうこつ)としていた興奮気味の表情が間抜けな声と共に跡形もなく消えてしまう。私も若干状況に興奮していてそれを納めようと、ゆっくりシオンから降りた。ずっとシオンは硬直している。

 だがふと突然、ばさっと飛び起きると―――

 

 

「お預けかよ畜生がぁァァぁぁァァぁぁァァぁぁァァぁッッ!?!?」 

 

 

 いつにない絶叫が、いっそ清々しいまでに響いたそうな。

 

   

   * * *

 

 時は少しばかり遡ろう。それは終局の一手(チェックメイト)が打たれる一時のことだ。

 

「なんだ、なんなのだ……どうなっている!?」

 

「おいおいアポロン、何を怖気づいているんだい?」

 

 それは不利を突き、形勢を大いに狂わせ有利な状況に気付いたら立っていた時のことだ。

 ロリ巨乳こと現在有利な勢力側の主神、ヘスティアは堂々と挑発でもするかのように言い捨てているが、実際の所一番その状況に驚いているのは彼女である。なにせ、ただの一つも作戦についての説明をされていないのだから。

 

「なぁ、ヘスティア。どっから引っ張って来たのさ、あの可愛い子」

 

「ん? あぁ、シオン君が連れて来た。どっからなんてボクは知らないよ」

 

「それでいいのか!? ま、まぁ(ひと)それぞれだよな……ところで、そのシオン君は? まだ姿が見えないけど」

 

「そんなのボクに聞かないでおくれ……お! ベルくーん! そっからだ、行けぇー頑張れ!」

 

 どうやらこの神、自分本来の司るモノを忘れて眷族のことを然程気にしていないらしい。怠惰な幼女はただの恋する乙女だったようだ。年齢を気にしてはイケナイ。エイエンノジュウゴサイ。

 

「裏切り、私の、眷族が……」

 

「「「「ざまぁ」」」」  

 

 と、そろいもそろって馬鹿にするのはよくあることだ。

 小人族(パルゥム)の男が開門し、そこから出できたベルとヴェルフを見て十人十色の反応を表す神々。

 だがそれも程なくして鎮まった。横やりが入ってわけではない。別の人に興味を惹かれたからだ。

 

「あれ、シオン君の幼馴染の……本当の実力知らないからなぁ、どうなるんだろ」

 

 そう呟く彼女、その想いはこの場のいた者の心境を代弁していた。

 固唾をのんで見守る中、ふとその鏡が揺れた。物理的に揺れることなどあり得ないそれは、単に『映像』が揺れ動いただけ。水鏡に波が立つような揺れ。

 

「うそ、だろ……」

 

 しんと沈黙を強いられた。何せ、絶句する以外にその状況に対する対応ができなかったのだから。

 砂が巻き上がり遮られていた視界が晴れ、その先に見たもの――そして、それが起きる寸前に、僅かに確認したモノ―――

 

「人間が、空から降って来やがった……」

 

 シオン・クラネルが空から急降下してくるその影は、捉えることができていた。

 そして、今や地で仁王に立つ青年を見て、誰もがそのそこに連続性を見た。

 

「シオン君、少しは自重してくれよ……」

 

 頭を抱える彼女が考えていたことは、後に起きるでろう神々からの訊問もといオハナシについて想像できてしまったからだ。

 好奇心を持った神ほど面倒な存在はいない。それは誰もが知る共通認識だ。

 そうやって頭を抱えている内に、目まぐるしく進む戦争は進む。

 

「――今、何が起きやがった」

 

 隔絶した、場違いな声が思案投首で考える彼女の耳朶(じだ)さえ震わす。

 はっと彼女は顔を上げた。だが鏡に映る光景に理解は及ばない。

 

「どっちだ、どっちが勝ったんだ!?」

 

 取り乱して叫び、(ほう)けている神たちに今何が起きたかを()く。

 オラリオが静まり返った。鏡の前にあるその光景、対象全員が倒れる奇怪な状況に。

 【ヘスティア・ファミリア】大将ベル・クラネル。

 【アポロン・ファミリア】大将リナリア・エル・ハイルド。

 ベルは力尽きて崩れ落ち、リナリアはあり得ない量の土煙が舞い、そのすぐ直後に晴れるという不可思議な流れの中で倒れていた。どちらが先かなんて判断できない。

 

「ヘスティア、お前の勝ちだ」

 

 一柱の神がその空気をぶち壊した。武神が放つその言葉は誰よりも説得力があった。

 電光石火にその情報はオラリオを巡る。武神以外にもその状況を理解できた者が勝利者を伝えて回ったお陰で、勝敗を決す銅鑼が鳴らされるのも然して時間を掛けていない。

 

「ふふ、ふふふっ。あぁっはははははははっ!」

 

「へ、ヘスティア?」

 

 壊れてしまったかのように笑いだす。勝利に酔う泡沫(うたかた)の悦びに彼女は高々追えを上げ、二の句を継ぐ。へたりこむ敗者に向け堂々と。

 

「アポロン。君、覚悟はできているんだろうね。だから告げる! ファミリア解体、そして全資産の没収! まだまだ続くぞ、ファミリア新設禁止、ベル君に近づくこと禁止、最後に……」

 

 今まで告げられたことですら残酷極まりない事なのだが、最後の一言が誰をも青ざめさせる。

 彼女だって心では「そりゃ酷いぜ……」と思っているのだが、本当の当事者である彼らから、特に彼から言われた事であるのだ。

 

「シオン君からの勝利条件だ。年中無休十八時間肉体労働を命じる……!」

 

「……あの子、やっぱり根っからのサディストよね」

 

 その伝令は一時間にしてオラリオ中を巡った。死ぬことのできない、寿命という概念が存在しない神にとって、その勧告はあまりにも酷いと、誰もが思った事だろう。

 後にこのファミリアは、【鬼畜の極(サディスト)】の代名詞として用いられることとなる。 

 

 



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おふざけが過ぎますよ、貴女たち

  今回の一言
 どこかで労働中アポロンを出したい……

では、どうぞ


「ここをこれからボクたちのホームとする!」

 

 唐突に告げたヘスティア様。大仰に手を広げる彼女の後ろにそびえるのは悪趣味極まりない絢爛豪華のマイナス面をとことん追求したかのようなだだっ広い(ホーム)

 始めて見た時からこの場所は気に入らなかった。【アポロン・ファミリア】のホーム、否、現在は『元』をつけなければならない。勝利の対価、なんでもとか馬鹿ほざいたあの神(アポロン)が悪い。知性あるものが一番言っちゃいけないワードベスト10に堂々入る言葉だぞ。ふっ、どうやら奴には知性が欠如していたらしい……

 

「何笑ってるの? いつにもましていい顔しちゃって」

 

「はいはい、とりあえずくっつくな。んで、ヘスティア様、いきなり連れて来てそれだけ紹介。ってことも無いでしょうね。予定を削った分だけのことはあるのでしょう?」

 

「もちろんさっ! 君たちに紹介しておかなくちゃいけないものがあるんだ」

 

 騒いでいた皆が真剣そのものに変わった表情に気を引き締め黙り込む。

 ごそごそと懐を探る彼女がどこからか取り出した、少しお高いと一目でわかる紙。ばさっと広げて見せびらす彼女は些細だが胸を張った。少し自信があるのだろう。そこに書いてある『絵』に。

 

「【ヘスティア・ファミリア】のエンブレムさ!」

 

「か、神様ぁ……!」

 

「やるじゃねぇか」

 

 そう言って歓びを浮かべる者、驚き手を打ち合わせる者。それぞれに異なる反応を見せる。くっつくティアは因みに困惑気だ。仕方あるまい。私よりオラリオの『常識』について詳しくないのだから。

 

「驚きです。ヘスティア様がこんなことを考えていたなんて……」

 

「確かに驚きですよ」

 

「お、シオン君まで驚いてくれるのかい!? そりゃボクも頑張った甲斐が……」 

 

 リリが漏らした感想に同感すると調子にのったヘスティア様が一層胸を張って自慢してくる。御託を蜿蜒と並べ始めそうな勢いの彼女の言葉を遮って、正直に言う。

 

「ヘスティア様って、絵、()けたんですね……」

 

「そっちかい!? というか失礼じゃないか!? ボクだって絵くらい描けるしそんな馬鹿にされることはないはずだけど!?」

 

「いえ、馬鹿になどしてません。褒めているんですよ、たぶん。ところで、意味とかってあります? どうせ申請なんてしてないでしょうし、(ろく)なことじゃなかったら今すぐこの場で斬り刻みます」

 

「物騒だなおい……」

 

 呆れられても仕方ない。だって一応私はこのファミリアの所属だ。エンブレムなどという肩書が適当なものだったら、これからそれを象徴としなければならない私たちは一体何にやるせなさを向ければいいのだろう。変更だってそう簡単ではないのだから気にかける気持ちは理解していただきたい。

 

「シオン。見て判らないの?」

 

「あぁー、いや、判らない訳では無いのですが。私の理解って結構あやふやなところがあるので……説明、お願いします!」

 

「もぅ、仕方ないなぁ……」

 

 なんでそんなに偉そうなの? 妙な上から目線は癇に障るのだが。そのドヤ顔止めろよ、馬鹿にされているみたいで本当に腹が立つ。

 

「やっぱり、抜くことがどうしてもできないものをいれさせてもらったよ。察しの通り、この兎はベル君」

 

 指し示すのは、掌に乗っかる、ニードルラビットが縮小されて穏便になり、可愛らしくなったかのような兎。色を付けるならば白、目は赤だろうか。それは本当にベルらしい。少しげんなりとしているが、まぁ初代団長をなんとかしていれようとしたのだろう。いい妥当点だ、ヘスティア様にしては。

 

「そして背後に在るのが炎。ボクたちの神話で温かな炎と言えばボクのことを示すんだ。炉と竈の神なんて言われているくらいだぜ? だからこれをいれた」

 

 ヘスティア様が司る物事(モノ)は『炉・竈』。家庭について見守り続ける、だったか。そんなことで存在するのが彼女という神だ。アスフィさんから聞いた話が本当ならば十分根拠と理由になる。

 だが、問題は……

 

「この人が誰かなんて言わなくてもわかるけど、あぁそうだ、勿論シオン君だ」

 

「やっぱりそうですか!! 勿論じゃないですよ、何やってるんですか貴女は!? もっと他にあるでしょう、刀とか刀とか刀……刀があるじゃないですか!!」  

 

「なんかそれだけ聞くともうシオンが剣だけの人間に思えてならないのはわたしだけ?」

 

「ティア様、安心してください、リリもです」

 

 外野が煩いな……! 仕方ないじゃん、私にあるモノなんてそれくらいだぞ。

 エンブレムとして大々的に描かれているのは、兎、炎、そしてどっからどうみても性別が女としか判定できない悪質な人物絵。ご丁寧に眼帯を巻いた『その人』の掌には兎、そして背後にはやんわりと炎が。比率的にも『その人』が圧倒的に大きく、一目見たら、『あっ、この人が中心か』なんて思われかねない。それは厄介だ。今後のことを考えると特に。

 

「だいたい何ですか、これが私ですって!? 私はこんな慈愛が籠っていそうな笑みを浮かべませんし、胸部装甲は硬いだけの真っ平らだ! こんなに膨らんでない! 悪質にもほどがあるだろう、嫌がらせですか、嫌がらせなんですよね!?」

 

「そ、そんなに怒らなくたっていいじゃないか! ボクだって頑張って描いたんだ、画力に難癖をつけるんだったらシオン君が描いておくれよ!」 

 

「あぁいいだろうやってやろうじゃないですか! ティア、紙と―――!」

 

「はいどうぞ」

 

「さっすが超有能! どっかのアホ神とは桁違いですね!」

 

 遠回しに言ったことをすぐに理解して襲い掛からんとする彼女を押さえ込むティア。ぎゃーぎゃー喚く彼女たちを放っておき、受け取った紙と下敷き、そして変わった形と材質の先端が細い(ペン)でそそくさと描いていく―――

 何この(ペン)、凄い描きやすい……! たぶん生成した物、だからその内消えてしまうだろうけど、後でティアに構成を教えてもらおう。アスフィさんに頼んで一儲けだ。

 

「ふんっ、これでどうだ!」

 

 そうこう考えながら描いている内に、(ペン)のキャップを閉める。そしてお返しとばかりにドヤ顔で見せつけてやった。短時間で書いたが、原案がありの修正だけだから楽々と終えられ完成度も中々だろう。

 

「―――シオン殿も、絵がお上手なのですね」

 

「思い浮かべたことを写しているだけですよ。んで、殆ど修正加えてませんけど、これなら私は構いません。これで女に見えるというのならばその人は貧乳好きと捉えましょう。諦めます、えぇ流石にそこは諦めますとも」

 

 私もそこまで気にすることはない。これならば誤解する方が可笑しいという絵になっただろう。前の絵は誤解以前の問題でそうとしか解釈できないから悪いのだ。

 

「……シオンって、偶にすっごく狭量だよね」

 

「がめつく生きた方が利口ですよ。んで、どうしますか、ヘスティア様」

 

 余計な口を挟むベルは放っておき、うぅ~と唸りながら考え込むヘスティア様に目を向ける。彼女にあるプライドは果たしてどれ程のものだろうか。小さいと良いな、なんて願望は口にしないでおく。

 

「……仕方ない、シオン君の案にボクは賛同するよ。悔しいけど、なんかあんまり納得できないけど!」

 

「はいはい。さて、他の方々は異論反論抗議質問口答え等々なにかありますか?」

 

「ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない」

 

 と言いつつも本当は理解しているのだろう。反対なんてなさそうに笑みを浮かべている。誰一人としてこの意見に反対するものはいなかったようだ。原案の時点で私以外が賛成派だったからあたりまえっちゃぁ当たり前かもしれないが。

 

「ではこれを、ヘスティア様が出しに行くということで。これなら私も反対無いですし。ただし、ヘスティア様。途中で変えたりなんて、しませんよね? 私、信じてますから」

 

「うぐっ……」

 

 よし。眷族の信頼を裏切りたくない彼女にとって、これはかなりの(いまし)めとなるだろう。釘を刺しておけば変えられることなんてない。

 

「はい、ではこれどうぞ。ではヘスティア様、皆さま、このホームへの引っ越しは各々済ませちゃいましょう。私はこんな悪趣味極まりないホームに住む気は無いので――」

 

「悪趣味なのは百も承知さ。だからここは改装するから安心しておくれ。そこでだけど、このホームに色んな施設を加えたいんだ。幸い、お金は一杯あるしね」

 

「へぇ。因みに、おいくら?」

 

「ふふっ、せしめたのは1億ちょっとさ」

 

「「「「いちっ!?」」」」

 

「なんだ、それだけか」

 

「「「「それだけ!?」」」」

 

 金銭感覚が可笑しくなっていない人からしてみれば1億はすさまじい額なのだろう。というか、ファミリア資産全部奪ったはずなのにそれだけとは、何割かギルドに盗られてないか? まぁ別に私が困るようなことはないのだが。

 皆がその額に興奮して、もう形振り構わずにあれやこれやと欲望をぶつけ始める。この間に身を退いておこう、潮時だ。ティアは金額を理解できずに戸惑っているけれど、すぐに順応して何か一つくらい欲しいものを言い出す事だろう。問題は、それだけ設備を追加して後々のことを考えているかだが……ま、いくらでも稼げるし気にしなくてもいいか。

 

「さて、情報屋にでも聞きに行きましょうか」

 

 こちらはこちらで、気にすることがあるのだから。そちらに集中したい。

 

   * * *

 

 やはりここの騒がしさは変わらないな。

 そんなことを思いながら堂々と表口を通過する。気づかれたくないから潜めることは変わりないけど。でもそれをする必要がないくらいに今は人が少ない。この時間帯が一番楽だとミイシャさんから聞いた通り、ギルドへ訪れる人が最も少ない時間帯だ。受付も随分と()いている。

 そんな中、ぐだぁーと突っ伏す彼女は非常に目立った。相変わらず外聞はそれほど気にしていない。なのに世渡りが上手いとはどういうことなのかさっぱりだ。

 

「受付嬢として、その状態はどうなんですかね」

 

「その声はシオン君……あは、はははははっ、誰のせいだと思ってるのさ……シオン君が色々やらかしてくれたおかげで給料五割増しになったはいいさ。でもね、仕事の量まで増やされるのはオカシイと思うの」

 

「あ、戦争遊戯(ウォーゲーム)とかの対応で? そりゃ災難なこと。どんまいです、引き続き頑張ってくださいな」

 

「他人事だと思ってるでしょ!? ねぇそうなんだよね!! あ、そう言えばシオン君って、何でここにいるの? なんでここに存在しているの?」

 

 あれ、何で私は存在を問われているの? いちゃダメだった、生きてちゃダメだった?

 とぼけたところで何にもならないんだけどね。どぉせミイシャさんもおふざけなのだろう。そうでないと割と心に応える。

 

「ねぇミイシャさん、これは本当に口外して欲しくないことなんですけど……」

 

 と切り出すと、即座に彼女は立ち上がった。それはもう目覚ましい変わりようで。

 ささっと彼女のものと思われる鞄をとると、私に『ついて来い』と声に出さず告げて来る。何処で使うために覚えたんだよ、ハンドサインなんて。それも知っている私も私だけどさ……

 やはり彼女は情報に目がない。私が提供してきた情報は嘘無く危険も無いからこそ彼女は今私のことを信用してくれているのだろう。だからこうしてすぐ個室に案内してくれる。防音はありがたい。

 

「失礼します……って言う必要も無いですかね」

 

「二人きりで誰も見てないから要らないって、そんなの」

 

 その発言にいかがわしさを感じる私はおかしいのだろうか。いや、別にミイシャさんと変な交流をしようとは思いもしないのだけれど。

 

「さっ、座って」

 

 ギルド本部には個室が三つある。その内の一つが、机を一つ挟んでソファがあるこぢんまりとした簡素な部屋だ。だが一番経費を掛けられており、防音に関して言えば最高クラスらしい。勿論のことミイシャさんから聞いたことだ。

 

「で、一体何を教えてくれるの!?」

 

「一気にテンション上がったな……でも残念ながら、今回はもらいに来たほうですので」

 

「ふぅ~ん、つまんないの。で、どんな情報が欲しいの?」

 

 残念そうに声を上げるが、だからと言って交換条件として情報提供を要求してきたリはしない。彼女にはいろいろと恩を着せているから、少し気にして強く出れないのだろう。存分にそれを利用させてもらうだけだが。

 

「住居についての情報です。そこまで大きくはないけど二、三人は住める……設備も整った一軒家、できれば独立家屋であるといいですね。どうです、どこか思い当たります?」

 

「シオン君、新しくホームに引っ越すんじゃないの?」

 

「ミイシャさん、私の気持ち考えてくださいよ……あんな地獄に等しい中ずっといるより、安心安全の自宅で素晴らし日々を過ごせた方がいいにきまってるじゃないですか……」

 

「あ、うん。【ヘスティア・ファミリア】ってすっごく大変そうだもんね。気持ちは解らないでもないかも……」

 

 嘘ではないが本当でもない。今ではそこにアイズと一緒に居られるという理由がくっいては離れない。なんなら一番の理由と言ってもいいほどになっている。流石に口外できないことなのだが。

 

「私、不動産担当じゃないんだけど……まぁ、知らない訳じゃないかな」

 

「さっすが情報大好きちゃん。そういう子が一人いると本当に助かりますよ。それで、どこです? 見に行きたいんですけど」

 

「口で説明するのってなかなか難しいと思うの、流石に」

 

 ミイシャさんでも無理があるか。この人も情報をため込んではいるけどそれはあくまで自分の為、誰かに説明する前提ではないのだから仕方あるまい。

 だがこれは困った。できれば早めに家を買いたいのだが……いや、変わると言っても所詮数日か? それくらいならアイズも待ってくれるだろうし、ホームに臨時の自室を設ければ少しくらい耐える必要はあるけれど私も待つことはできる。

 

「あの、ミイシャさん。ここ最近で、休日の日っていつですか?」

 

「え、なに、もしかしてデート!? いやでもシオン君、私ギルド職員だし……」

 

「違うから、なに勝手な妄想膨らませてんだ。案内ですよ案内。口頭で難しいのならば案内して欲しいんです。お願いできますか?」

 

「それはまぁ、別にいいけど……あ、でも仕事がぁぁ……ぁん? もしかして、これって有給使わずにサボるチャンス?」

 

 何企んでんだオイ。こっちからお願いしておいて言うのは少しおかしいが、サボりの口実にするのは変じゃないですかね? というかどうしたらそっちの発想が浮かんでくるんだか。

 冷めた目で見つめていると、ふと慌ただしく何処からともなくとり出した紙にこの部屋に備え付けられている羽ペンを使ってカリカリとなにやら長々と文を書き進めていく。意外と字が綺麗。

 

「よし、これで完了っと。シオン君、これが承諾されたら明日行けるかも」

 

「因みにどんな名目にしたんです?」

 

「要約すると、冒険者シオン・クラネルの生活実態調査。これにより強さの秘訣を知る、ということにしてみた。どぉせ参考にならないから適当に報告書かいて提出してもバレないだろうしいいかなって」

 

 あれ、ギルドって意外と雑だったりするの? というか上司さんよ、報告書に目は通せよ。通すくらいはしておけよ、あの人本当にギルド長なのか疑問だわ。見た目もそうだけど。

 

「じゃ、シオン君。明日(あす)……九時頃が丁度良いかな。『西の花園』前に集合!」

 

「え、あ、はい」

 

 なんか勝手に決められ、そのまま勢いで承諾しちゃったけど……まぁ大丈夫だろう。ただ案内してもらうだけだし、すぐ片が付く。デートでもないしな、断じて。

 でもなぜだろう。何でこの人こんなにやる気満々の様相なの?

 

 

 

 



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ねぇ、シオン君――

  今回の一言
 ハーレムは好きだけどハーレムを書くのは好きじゃない。

では、どうぞ


 

 デートとは一体何だろうか。

 異性と認識する相手と共に出かけたりすることだろうか。好ましく思う相手と楽しい時を過ごす事なのだろうか。愛しき人と思い出を作る事だろうか。

 未だ不確定な『デート』というもの。今回のコレは当てはまるのだろうか。

 

 断じて否。誰がなんと言おうとこれはデートなのではない。決して違う。

 

 これはただの案内であって、私に他意はない。強いて言えば彼女には『観察』という名目があるが、それと『デート』には何の関連性も持てないだろう。よって否と断定できる。たとえ集合が『西の花園』前ということであっても。

 だが何故だ、どうしてこうなっている。

 目の前にいるこの人は誰だ!?

 

「何意外そうな顔してるの? あ、もしかして、普段のイメージと違うから? よくいわれるんだよね、エイナにも驚かれちゃってさ。あの時は面白かったなぁ」

 

「いやいやいや……仕事中どんだけ適当なんだよ、受付嬢だろうが。それ以上に何で今日に限ってそんな風になってるんだよ、気合の入れ方可笑しいだろ」

 

「気合? そんなの入れてないって、ただの普段着」

 

「尚更可笑しい……!」

 

 もうこの人、仕事中制服じゃなくて普段着でいればいいんじゃないかな……! 絶対そっちの方が人気出ると思うよ私。周りからも視線を集めているし、間違いはないと思う。

 私だって流石に戦闘服(バトル・クロス)を着て来たりはしないが、所詮はぱっと目に入ったもの。白を主体とした首まで隠せる服。袖元裾元、そして折り目に沿って黒い(ライン)が施されている単純なデザインだ。彼女を前にするとなんとなく情けない思いがこみ上げて来る。こんなわかりやすく適当を示す服となると。

 

「ほらほら、早く行こうよ。結構いっぱいあるんだから」

 

 ふわりと淡いミントグリーンのスカートが舞い、普段隠されている彼女の足に目が引き寄せられる。意外と綺麗だなぁと失礼なことを思いながら、先へ行ってしまいそうな彼女の隣に並んで歩きだした。歩調を合わせるのはやはり慣れない。

 

「あの、ミイシャさん。何で集合場所をあそこにしたんです?」

 

「え、だって効率いいし。見て回る場所から近いから。あ、もしかして気にしてる? ごめんね、紛らわしい場所で」

 

「いえ、そういう事なら別にいいんですよ」

 

 『西の花園』というのは、ちょっとした花畑だ。魔道具によりしっかりと管理されているため冬でも多種の美しい花が咲くらしい。季節によって味が異なり、観ていて飽きないそうな。だからこそだろう、よくデートスポットやその待ち合わせ場所として空気(ムード)作りの一環に利用される。だから今まで若干の気がかりだったのだが、効率優先なだけだったとは肩透かしにあった気分だ。

 

「ところでさ、シオン君って彼女いるの? もしくは婚約者」

 

「これまた唐突な……」

 

 移動は彼女の速度に合わせている分時間がそれなりにかかる。その長い間を埋めるにはやはり会話しかないのだが、生憎話のタネを持ち合わせていない。だからこそこうして話題を出してもらえるのはありがたいのだが……何かおかしくない? 

  

「だって気になるし。こんなところに指輪嵌めてたら特に。でもイメージ湧かないんだよねぇ、シオン君が誰かといちゃついてるのって。ねぇねぇ、そこのところどうなの?」

 

「彼女は、もういませんね」

 

「何その意味深長な言い方。まるで昔なら居たみたいに……もしかして、振られた?」

 

「振られてない、怖いこと言わないでくださいよ……考えるだけで死にたくなる」

 

 『ごめん、別れよう』なんてアイズに言われたら、私多分死ねる。もしくは死ぬ前に心折れて再起不能になる。できれば死ねると良いなぁ……いや、それ以前にアイズに振られないことを願おう。

 

「で、婚約者は?」

 

「黙秘」

 

「あー! 何それ気になる!!」

 

 教えて教えて、と駄々こね始める彼女。その姿は始めの時とは大違いでいつも通り、見た目が豹変しても中身はやはり変わることがないらしい。この人、黙ってれば綺麗、という系統に分類される気がする。受付嬢に選ばれるくらいだし、元々それなりに容姿はいいのだけれど。

 

「もう、頑固だなぁ……はいはい、諦めます。あ、そろそろ一軒目」

 

「意外と近いですね」

 

 待ち合わせ場所から歩いて5分程度、ホームとも近いな。人通りも然して多くない。

 西側は基本住宅街、様々な家が立ち並んでいる。絶対数が多い分私の要求に合っている家もあるのだろう。ちょっとわくわくしてきたぞ……!

 

「お、もしかしてアレですか?」

 

「正解。いいでしょ、あの家。私も住んでみたいんだぁ。あ、因みにいうと、今から回る家全部、私が住みたいと思ってる家だから全部悪くないと思うよ」

 

 なるほどね、そうでもないと流石の彼女も家屋の情報なんて仕入れていないだろう。不動産担当でもないんだし。いやぁ、助かった。

 目先に在るのは周りから柵で仕切られた要求通りの独立家屋。太陽光を遮るものはなく、そのお陰か南側にはちょっとした庭がある。高さ的に二階建てか、広さも十分。石造りで地震には弱そうだけど、そこはティアに頼めば補強してくれるから問題なし。そして外見的には文句なし。あとは内装かねぇ。

 

「そもそも、あまり大きくない独立家屋っていうのが少ないんだよねぇ。独り暮らしにとって家が無駄にデッかくても意味無いでしょ? だからこういうのって凄いありがたいの。しかも庭までついてるし、これは外せないなって憶えたんだぁ」

 

「へぇ、んで、この家の内装って見れたりします?」

 

「あ、うん。バレなければ大丈夫だよ」

 

 この人平気で言ってくるけど、かなりの問題発言だよね? 貴女仮にもギルド職員でしょうが。そんなんでいいのかよ本当に。  

 まぁ、誰も購入していないなら、ここにギルド職員もいるし入って問題ないかね。

 そう思いながら取っ手を引くと薄々気づいていたが引っかかる。そりゃそうだよね。

 

「あっちゃー閉まってた? 仕方ない、次行こう次! って何やってるの?」

 

「――――――よし、開いた」

 

「はい? って、え!? どうやったの、見てただけだよね!?」

 

「ふっ、誰がいつ、鍵を開けるのには触らなければならない、なんて決めました?」

 

 集中力と魔力干渉技術はいるが、それがあれば誰でもできる。鍵穴の隙間に魔力を流し込み、少しずつ膨張させていくと『ちょうどいい感じ』というものがわかるのだ。その状態を保ったままくいっと回せばいとも容易く鍵は開く。ガチッという音は非常に気持ちいい。

 

「入ってすぐ階段ねぇ、若干急だな……床の材質はさして悪くない、廊下に日は射さないか。家具についてはともかく、居間の方は……ふぅん、カウンターで分かれているけどキッチンから直接見えるのか。窓が格子付き、内側から見ると牢獄みたいだなぁ……広さはまぁ問題なしか。天井が心なしかもう少し高い方が良いけど許容範囲内。ライフラインは……あ、若干くたびれてるな。直せなくはないけど。寝室は……」

 

「ね、ねぇシオン君。私のこと忘れてない? 独り言垂れ流してるけど……」

 

「あ、忘れてました。ごめんなさいね」

 

 真剣に選びたいからな、仕方あるまい。ならば女性であるミイシャさんの意見も取り入れた方が良いのだろうか? 率直に言う彼女ならば十二分に参考となるかもしれない。

 

「あの、ミイシャさん。女性から見てこの家ってどう評価します?」

 

「うーん、元々悪くないとは思ってたけど、内装ちょっと殺風景かなぁ。入ってみるのは初めてだったから今までわからなかったけど、ほら、結構隙間とかもある。外見には味があったけど、内装ってやっぱり大事だねぇ」

 

「ほう、つまり」

 

「却下」

 

「よし、次行きましょう」

 

 切り捨て方が残酷だなぁ、この家建てた人が目の前に居たらがっくり膝をつくレベルの。鰾膠もない判断は今中々に頼もしい。

 一軒目を数分で判断を下したとなると、他ももしかしたら然して時間を掛けないかもしれない。

 証拠隠滅に、勿論鍵は閉めておく。抜かりはないぜ、へへへっ……犯罪者の気分だな。

 

「……ねぇ、今思ったんだけどさ。シオン君、驚きはもらえたんだけど、感想は貰えてない気がするの」

 

「唐突に何です? というか、なんの評価ですか」

 

「私の格好。普段着はオシャレしてない、っていう捉え方、女の子には通用しないの。ほら、どうなの?」

 

 え、格好の感想ってそうやって求められるモノなの? 何それどこの常識、非常識が極まった私にはワカラナイかな。何故か遊ばれているように思えるが、まぁ彼女には一応私の手伝いをしてもらっているのだ、何か一つくらい言うことを聞いてやったって損はない。

 例えば……そうだな、センスがいい、とか? ミントグリーンのスカートに対し、フリル付きの真っ白なブラウスのマッチングは良く映える。普段は制服で包み隠された脚・腕を曝け出されて、若々しさが存分に現わされているのは良いことだ。ブレスレットや小さな宝石のイヤリングまでしっかりと着けられていることも。そこまで高くはない薄紅のヒールを無理して穿いている訳じゃないのは歩き方を見れば良く解る。そして化粧を施しているというのは流石に見逃さない。下手を打たずに己を伸ばしている、というのが流石というべきか。なのだが……直接そいうのは、ちょっぴり恥ずかしいというか、面映ゆいというか……

 段々と不機嫌そうに顔を顰めていくミイシャさん。流石に悪くなって、その場しのぎに口にする。

 

「そうですねぇ、ミイシャさんが可愛いことを知りました」

 

「ふぇ? あ、あぁあうん、あ、ありがと……」

 

 何故か言葉を詰まらせながらお礼を言ってきたきり、私に背を向けて何も言ってこない。こんなもので良かったのだろうか、何だか納得できない私がいる。始めからしっかりと言っておくべきだったなぁ……

 

「ん、待って……シオン君、さっきの言い方だと、今まで私が可愛くなかったって言っているようにきこえるんだけど……」

 

「…………」

 

「ねえ、何で答えないの。ちょっとシオン君、私だって傷つくんだよ!? 可愛いって褒めてもらえたと思ったら、今まではそうじゃなかったって結構応えるんだよ!? ちょっと嬉しかったのに、頑張った甲斐があったって思ったのに!」

 

「頑張った?」

 

「ぅ……何でもない、行くよほら!」

 

 黙り込んだり叫び出したり、緩急の激しい人だな全く……忙しくて追い付いていけるか心配だぞ。まぁ、大丈夫だろうけど。今日一日くらいだしな。

 

 

   * * *

 

「ふぅ、廻った廻ったぁ……いやぁ、楽しかったねシオン君、ありがと」

 

「いえいえ、こちらこそ。お陰様で決まりました。ご協力感謝します」

 

「へぇ、それはよかった。今度遊びに行ってもいい?」

 

「準備を終えてからなら、遊びに来るくらい構いませんよ。どうぞいつでもいらしてくださいな」

 

 そう言って笑い合う。茜色に照らされる彼女の顔はどこか達成感に満ちていた。

 それもそうだろう、総数十八物件。それだけ見て回り、議論を交わしてきた。もっと言えば存外早く終わってしまったがために、意外と知らない場所廻りまでやったのだから。宛らデートのようだったが、決してそれを認めることはない。

 

「こんな場所、私結構長くオラリオいるんだけどなぁ、知らなかった」

 

「地図や情報で知れるものではありませんから。行って、見つけて、ようやく理解できるんです。こんな感じに、ね」

 

 オラリオには無限と言っても過言では無い程のものがある。有形無形それぞれにしろ、その全てが一つとして同じものはない。誰かが知っていて、誰も知らなくて、それを誰かが見つけて――そうやって繰り返されていると新たな発見は無くなる、なんてことは起きない。だから、情報通の彼女ではあっても知り得ないこともあるのだ。

 俗にいうところの冒険者墓地という場所は、地に埋まるのを含めても人の数が圧倒的に少ない。その周辺で、少し外れた場所となると、近づく人どころか、その存在を知る人すら少ないだろう。今私たちはそんな、静かに下草を揺らす丘でただ展望している。

 壁の向こう側までは流石に見えないけど、オラリオの中には人口という名の自然で作り出された美しさがある。入り組んだ道、点々とする外灯。淡く光を映し出す泉や湖、揺れて映る夕日の影。どれも負けず劣らず主張し合って、素晴らしき景色を生み出している。

 

「さて、そろそろ帰りましょうか。送りますよ、今のミイシャさんなら夜道が危険です」

 

「喜んでお願いしたいけど、所々で余計なこと言うよねシオン君って。照れ隠しならもうちょっと他の方法ないの?」

 

「あまりふざけていると送る場所を書類の海へ変更しますよ?」

 

「ごめんなさいそれだけは勘弁して……!」

 

 お互いふざけ過ぎかな、なんて思いながらもついやりたくなってしまう。彼女も私が本気で言っていないということを理解しているから平謝り程度だ。

 

「……ねぇシオン君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」

 

「それ、今日で何度目ですか? まぁ、良いですよ」

 

 そうやって切り出されて、今まで何度も見当違いな質問をされてきた。一時のおふざけのように自然と行われていたのだけれど、何故か今はそんな気はしない。でもそれを表情に出すのは何かが違う気がして、自然を努めて作り出した。夕日を見つめ、何もしてやらないことしか私にできることはない。

 だが、彼女は言いよどむ。二の句を聴くことができない。

 待っているだけで時が過ぎた。西日は薄れ、もう消えようとしている。

 

「――シオン君は……シオン君は、さ。私のこと、嫌い?」

 

「ふっ、なんですかそれっ……」

 

 迷った末に出た言葉に、思わ噴き出し笑みが漏れる。ビクッと震える彼女のことを配慮なんてせずに、一息に告げた。

 

「バカですか貴女は、嫌いなわけ無いでしょう」

 

「そう、なんだ……ふぅん、そっか」

 

 あからさまに肩の力を抜く。どれだけ緊張していたんだ。この程度のことを聞くのにどれだけ勇気振り絞ってんだよ。全く、この人を理解するのは難しい。 

 今言ったことに全くの嘘偽りはない。彼女のことは嫌いではないのだ。今日一日で良く解った、この人とは中々に話が合う。趣味の共通点もあったし、考えにも重なりがあった。所々性格も似ている。ここで自慢を加えるならば、私にはお金もあるし名声も力もある。

 あぁつまりはだ、彼女は私に少なからずの興味を抱いたわけだ。ふっ、我ながら罪深いぜ……なんて言っている暇はなく、即座に対処しなければならない。彼女はかなり魅力的であることには変わりない。どれだけ極小の可能性であろうと、それは排除しなければならない。

 そっと、右手で指輪を撫でる。

 

「でも、好きではないんでしょ」

 

 手を打つ前に彼女が冷えた声で言い放った。

 

「はい、そうですよ」

 

「……わかってたんだけどなぁ、現実は無情だよ」

 

 あまりにも冷酷だっただろう。だが、存外落ち着いた声だった。

 宵に流れる風が責めるように頬を叩く。煩い、いいから失せていろ。

 

「……送りますよ」

 

「うん、お願い」

 

 嫌で嫌で仕方ない。もう早く、この場から逃げていなくなりたい。

 三角座りで蹲っていたミイシャさんが立ちあがり、パンパンと砂を払う。行こうかと笑いかけてくる彼女の手を取った。驚くのを差し置いて抱き上げる。

 

「アリア、ちょっと手伝ってください……」

 

 小さく、聞こえているかは知れないけど、頼りになる精霊さんにお願いした。

 そしてそのまま、天へと舞上がった。とっさにぎゅっと抱き着く彼女、だがその力も次第に緩まった。雲の上へと、その満点の星空が迎える空へとたどり着いて。

 

「どうです、綺麗でしょう。曇りの日に見る星空は」

 

 無言のまま、こくりと彼女は(うなづ)いた。驚きはまだ薄れないらしい。

 これはせめてもの謝礼だ。勘違いさせるようなことをしてしまったから。

 人は簡単に恋に堕ちる。惚れるのは一瞬、消え薄れるのはだが長い。だからこうして、謝らなければならない。

 

「ごめんなさい、ミイシャさん。私、結構ひど――――」

 

「いい。もういいよ、気にしないで。それより、流石にこの高さは怖いかな」

 

 そういわれてはたと気づく。普通の人間ならばこんな高さに来ることも無い、耐性なんてある訳ないし、えてして恐怖を感じないわけがない。

 恐怖を少しでも薄れさせようとゆっくり降下する。雲を抜けると、すっかりと変わった街並みを一望できた。感嘆に声を漏らす彼女。これで、贖いは足りただろうか。

 

「ミイシャさん、家はどちらで?」

 

「あっち、ギルドの集合住宅」

 

 指し示された先へと降下していく。夜風が今は心地よい。

 衝撃も無く地へと足を付ける。コッココンッと後に足音が続いた。感覚に齟齬があるからかふらついてしまっている彼女を支える。するとそのまま、彼女は私に身を傾けて動かなくなった。

 

「ねぇ、シオン君」

 

 もう本当に、何度目だろうか。その始まり方は。

 

「私とオトモダチになってよ」

 

「私、生まれてこの方疑問で仕方ないんですよ。どっからどこまでが友達なんです?」

 

「そうだねぇ……他人よりは関り深くて、恋人みたいに仲いいの。でも、誰よりも遠くなってしまう、損な存在。でもね、ただ一つだけの特権を持っているの」

 

 優しく私を押して、自分の身を退く。外灯に照らし出される彼女の姿はいつになく幻想的。

 いたずらっぽく笑みを浮かべでいる彼女。

 

「その特権っというのは?」

 

「ふふっ……大好きな人と、誰に責められることなくいられるっていう事」

 

 精一杯に頑張ったのだろう。最後は上擦って、もう彼女はこちらを向いていない。

 だから私も深入りしなかった。ただ一言告げて立ち去ろう。

 

「喜んで受け入れましょう。私たちは今日から、オトモダチです」

 

 あぁ、私は何て、自分に甘いのだろうか。

 切り捨てるのが怖いから、苦しみたくはないから。だから楽な方を選ぶ。

 どうしようもないな、本当に。 

 

 



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ねぇ、どうしてそうなるの?

  今回の一言
 黒猫派か白猫派かって聞かれたら、白猫派かな。

では、どうぞ


 あぁ、何だがすっごく久々に感じる。

 このじめぇっとした湿気る空気。漂う嗅ぎなれた生臭さ。不思議な感触の強固な地面。遠近あれど響いて来る産声、絶叫、断末魔――ダンジョンは、相変わらずだ。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)だのなんだのがあった所為でこっちに来る暇もなかったし。稼ぎとしては十二分に得て、お金欲しさに来る必要も無いのだから。勿論、今も目的はお金ではない。

 

「お、あれかぁ……なるほど、如何にも稀少種。採取が面倒なのは当たり前か」

 

 二十二階層南西部。このあたりは植物が群生しており、マッピングされた範囲では区画がきっちりと分けられている。このあたりから圧倒的広さを誇るため、全てはマッピングされていないのだけれど。今いる第21区画は蔦類が群生し、飛行・滞空能力を得ているモンスターが留まることが多い。中の上程度の広さで、区画内には通路が五本、戦闘空間(ルーム)が三つある。その中で最大のルームには、天井付近にとあるモノが生まれるのだ。

 

「『妖精の宿り実』なんて幻想的な名前を付けるだけはあるな。確かに綺麗なもんだ、が……面倒臭いことには変わりない」

 

 魔石には大きさと純度に応じて使用限度が激しく左右されてくる。明かりに使う場合、一般的には一ヶ月ほどで交換することが推奨されている。街の外灯は純度が比較的高いものが用いられるが、それでも一年・二年での交換が年貢の納め時だそうだ。

 だがこの『妖精の宿り実』という内側から発行する稀少な実は、現在観測されている分で三十年と驚きの時間発光しつづけるのだ。だがこの実、完熟してしまうとその発光は何処かへ消えてしまい、酸味の強い疲労に効く『妖精の末路』なんて悲しい名前の実になってしまう。その上この実は完熟までの時間が短いのだ。だから完熟前の『妖精の宿り実』は稀少種に分類される。

 

「依頼は十個だったけど、沢山あるし……取れるだけとって、売っちゃいますか」

 

 私が深層でも十二階層のあの場所でもなく態々ここに来たのは、ダンジョンに行くついでにと探していた冒険者依頼(クエスト)。その中に興味を惹かれる報酬を見つけたからだ。少し変わった内容で、よくギルドが許したものだと感心している。

 

「ただ取るのじゃ、つまらないよなぁ……あ、そうだ」

 

 昆虫やらなんやらとわんさかいるお陰で十二分に単身(ソロ)攻略は難しいだろうが、私からして普通にやっても文字通り秒殺で終わってしまう。それじゃあつまらない。ハラハラドキドキなんてものもないダンジョン探索なんてダンジョン探索じゃない。だからちょっと遊ぶことにした。

 すぐ隣に垂れていた蔦を引っ張る。少し力を入れれば崩壊の前兆によく似た音と共に引っこ抜くことができ、実に10Mはあろうか。これを上手く使わなければ、天井に実る『妖精の宿り実』は採取できない。自分に課せるのは『跳躍禁止』という制限だ。

 

「制限時間は……十五分くらい? 流石にそれ以上かけちゃうと熟しちゃうかもしれんし」

 

 依頼主によれば、今あたりが熟す少し前の丁度良い時期らしい。周期を知らない私にとっては急ぐべきかもしれないけど、できなかったらそれまでで諦めればいい。

 

「よぉし、そりゃぁ!」

 

 鞭のような使い方をして枝を折れば、落ちて来たものを採取できる。考える分にはそれで終わるのだけれど、何分鞭なんて触れたことすらない。だから――

 

「あちゃぁ……」

 

 こうやって、実を壊してしまうこともある。何せ威力だけはすさまじい。試しにモンスターを狙い――外れたけど別の奴にあたって、しなった先端がぶちゅと気色悪い音を鳴らして両断した。虫ってさ、何であんなに見た目も中身も気持ち悪いの?

 

「まだまだぁ!」

 

 気を抜くことなく何度も何度も試し―――――

 十五分経過。

 

「た、たった二つ、だと……」

 

 才能って言うものが誰にでもあるというのなら、私には何もできないという才能があるのかもしれないな。

 その後は一瞬。手掴みすれば容易いことこの上ない。

 最終的に採取できた実は二十個。念のために五個増しにして後は放っておいた。

 因みに潰した数は採取した数より多かったりする。明らかな無駄だろ。

 

「さて、早速報告です」

 

 『妖精の宿り実』は外皮が硬い部類にあたる。熟すとこれが柔らかくなるのだが、今は多少適当に扱ってもうんともすんともしない程硬い。だが一応淡く熱は帯びているので、長時間触っていると肌が爛れるなどの危険があるらしい。まぁ袋に突っ込んでおけばいいだろう。入れている時間もどうせ短いことだし。

 

  * * *

 

「ミイシャさ……あ、エイナさん。丁度よかった、コレお願いします」

 

「ん? もしかしてもう終わらせちゃった!? 二十二階層深部だよね、どうしてこんなに早く……!」

 

「ふっ、今の私を舐めないでいただきたい……ただ往復するだけなら、最新層五十九階層まで八時間で済ませますよ」

 

 しっかりとドヤ顔で言い放つと、唖然と袋を落とす彼女がまさに予想通りに反応で面白い。腹を抱えて声を殺すのがやっとで、笑みが自然と漏れてしまう。

 今現在書類に埋もれて血走った目を紙へとぶつけるミイシャさんは流石に呼ぶのがめんど――ごほん、悪いかと思い、きょろきょろ見渡しているとすぐに目に入ったのが彼女だ。幸い受諾の報告もエイナさんが請け負ってくれたから、袋を渡すとすぐに理解してくれた。

 因みに余分の十個は、『アイギス』にて天井から吊るしているところだ。

 

「―――はっ。ご、ごめんね。あまりにも想像を超越していて理解が……」

 

「お気になさらず。さ、例の報酬を……」

 

「あ、うん。ちょっと待っててね」

 

 正気そを取り戻してそそくさと保管庫へ向かって行く。

 ギルドの保管庫、オラリオで上から三番目の規模を誇り、信頼度で言えばどこよりも勝る。一般人が利用できない所が一番の理由だ。なら何故あるか、簡単だ。冒険者依頼(クエスト)の報酬や、獲得物、超秘匿物などがギルド観衆の下でギルドが管理している。職員と、その同伴を得た人なら入ることが可能だ。

 因みにだが、エイナさんは入れて、ミイシャさんは許可がないらしい。なんというか、信頼の差が色濃く表れているよなぁ……

 

「お待たせ。はい、これが報酬。よくこんな不思議なものを欲しがったね?」

 

「にしし、これが欲しかったんですよぉ……あ、そうそう、『妖精の宿り実』は直射日光に弱いので保管には気を使ってください。それと、熱を若干ながらも帯びているので、可燃物、溶けやすいものを近くに置くのは推奨できません。そこは気を付けてくださいね」

 

「そうなの? ありがとね、教えてくれて。やっぱりシオン君って物知りだね」

 

「そんな感心されることでもありませんよ。少しばかり、記憶力が良いだけです」

 

 笑いかけながら(きびす)を返し、受け取った取っ手付きの中々にして大きく重い木箱を右手に提げる。

 そう、この木箱こそがその報酬だ。中身は知られていないだろう。不思議なことにこの報酬は暗号化された状態で提示されていたのだ。西方地域で遥か古代に使用された旧式暗号、幸いこれはベルでも解ける難易度のものだ。私レベルになれば見ただけで解けるもんよ……!

 

「ふふっ、早速開けようじゃないかぁ……ぐへへ」

 

 超音速で移動する。物を運ぶときはこの速度に限るよな。今日は少しばかり気が張って、出し過ぎた感が否めないのだけれど。

 今、ここには誰もいないだろう。ティアという懸念はあるが、彼女は今新ホームへの引っ越し手伝いで忙しいはずだ。そちらを放っておいて、私の下に飛び込んできたりはしないだろう。しない、はず。

 

「さぁ、果たして――」

 

 私の期待に沿ってくれるだろうが。

 中身について、正直私も詳しくは知れていない。だが、一つ言えることがあるのだ。

 『男の浪漫(ゆめ)、ここにあり』

 一体それがどんなものなのか、気になって気になって仕方なくなったのだ!

 

 カチッと音を立ててストッパーを外す。ごくり、唾を呑んだ。どうやら自分は予想以上に期待しているらしい。失望だけは御免だな。

 蓋を開くとその中には――――

 

「か、カッコいい……」

 

 一体これが何かは解らないが、一つだけそう断定できた。

 輝く漆黒のフォルム、堅牢というイメージを持たせる重厚感。入れ物(ケース)の大きさからある程度は判っていたが、やはり大きい。何種類か形状の異なるモノが入っているが、これは組み立てるのだろうか? ならば主体となるのはこの真ん中に置かれる一際大きなモノだろう。

 

「でも、ちょっと期待外れかな……」

 

 確かに異論はない。カッコいいは男の浪漫の内と言えよう。だがしかし、私が想像していたこととは大きく異なるものだ……残念だが、諦めて受け入れよう。これはこれで悪くないしな。

 とりあえず、やれるだけやろうか? たぶんこの挿されている紙に何かしら書かれているだろう。

 挿入されていた二つ折りの白い紙を開く。おそらく、依頼主からのメッセージだ、

 

『これを得た者へ。この手紙を読む君よ、まずは一言申し上げよう。残念だったな!』

 

 イラッ。

 

『どぉせ暗号解いて浪漫という言葉に引き寄せられて、夜のお供でも貰えると思ったんだろ! ざまぁ見ろ、スケベ野郎め。そう簡単にお宝を渡すわけ無かろうが!』

 

 ナンダコイツ、ケンカウッテルノカ?

 

『だが、どうしても我が(レディ)が『妖精の宿り実』を欲しいというもんで、冒険者依頼(クエスト)を出させてもらった。報酬はただカッコよかったので買っただけのこれだよ。使い道もわからん意味のない品だ。もう一度言おう、残念だったな!』

 

 クシャ、バリッ、ベリッ、ぱらぱらぱら―――

 私は今。猛烈に憤慨している、いっそのこと見るだけで人を殺せそうだ。

 だが抑えなくては、そう易々と人殺しになる訳にはいかない。人は基本殺さない主義だ。

 

「落ち付けぇ……これはこれでいいじゃないか、使い道がわからんと言っていたが、ならば解明すればいいだけのこと……! もしかしたら、凄いものかも知れないじゃないか……」

 

 そう言いながら、適当にはめ込んでいく。ニ十分もかけると「おぉ」と感嘆の声が上がる非常に心くすぐられるものが完成した。

 真ん中を二脚で支えられ、片方が床につき、もう片方は宙を向いている。中に浮いている方は先端のみが膨れており、その真中にものの見事な筒状の空洞がある。覗いてみたところ、孔ではないらしい。床についているほうは何かと厚く大きい。途中分岐して、床側に伸びている所はさっき分かったが手に馴染むような形をしていた。おそらく持ち手なのだろう。持ち手より伸びているこの部分は、正直用途に見当もつけられない。

 

「あとは……これ、か。覗くと拡大できるみたいだけど、意味無いなぁ。この『線と数字』も邪魔だし、距離表示なんていらんだろうが」

 

 全長1.5Mは優にあろうかというこの物体だが、更にこの無駄に長く重い拡大鏡も着けなければならないのだろうか。何とも不便なものだ。だが、二脚のこの状態で安定していることから、本来は持ち運ぶものではなく、どこかに置いたまま使用するものなのだろう。

 

「うーん、ミイシャさんなら……いや、あの人はダメだ。神フレイヤ、は殺されるな、うん。あっ、アスフィイさんならもしかして知ってたり……」

 

 どうやら、私のごく狭い友好関係ではこれを解明するのにあたれるのは一人くらいしかいないらしい。なんか悲しくなってくるな……どうして自虐なんてせねばいけないのだか。だいたい物知りな人の絶対数が少ないのだ、仕方あるまい。

 

「にしても、だ。これ何処に仕舞ったものか」

 

 新居を買ってから引っ越しするまでどれ程かかるかはわからないが、『あの家』になら十分こんな物も置けるし、用途が判明するまでそのままでも問題なかろう。だが今はその家がない。ホームに置いたらどぉせいじられるだろうし、ここに置いておくのも些か不安だ。

 

「……やはり、隠し場所と言ったら相場が決まっているからな」

 

 と言いながら、二脚を折りたたむ。これ、一度着けてしまったら後は一々外さずに、折りたたむだけでいいという。何とも素晴らしい設計だ。一体創ったのは誰なのやら。

 そう思いながら、すぅーとベットの()()滑り込ませる。備わっていたベットは組み立て式で、実は開くことができるのだ。開いた場所こそ収納スペースとして使えるだけの空間であり、こんな大層な物でもギリギリだか入るだろう。ベットの利点はこれだけだよな。

 

「うん、完璧な隠蔽だ」

 

 これなら誰にもばれまい。物は期待外れだったけど、悪くはないのだ。下手にバレて誰かに情報でも漏洩してみろ、考えるだけで面倒臭い。

 これはもう、早く買うしかないよなぁ……

 

 

   * * *

 

「や、やぁ、随分なご挨拶ですねこれは……」

 

 さて、とりあえず状況を整理しよう。今私は黒猫に上乗りされている。そして四肢を封じられている、結構な力で。そして宛ら般若のような顔が眼前にある。

 はい、整理終了。ヤバイどうしよう、ある意味対処に困る。

 用あって訪れ、そして門を通してもらえたまではいいが、その後すぐこうだ。便宜上お客という体で侵入していることあって、襲われても何もしようがない。抵抗することも無く押し倒されたわけだ。

 

「ロキから聞いた」

 

「何を?」

 

「――戦争遊戯前の神会(デナトゥス)のとき、セアの状態で、しかもお洒落して参加したんだよね」

 

「あーそれにはやむにやまれぬ事情と言いますか……色々大変なんですよ。で、それが?」

 

 ぎゅっと、手に地に押しつける力がました。い、いたい……

 何をそこまで怒っているのかと思ったのだが、次の瞬間私の眼前にあったのは、憤激というより、悔しさに歪んだかのような苦い顔であった。うっすらと目尻が光っているのは、それだけ感情的になっている証左だろう。

 

「なんで私にも見せてくれなかったの、このあんぽんたん!!」

 

「あ、あんぽん……たん!?」

 

 えー? 私は何が悲しくて、押し倒されたうえに罵倒を受けているのでしょうか。だれか、教えてくれません? それとも助けてくれませんかね。そろそろアイズが着ちゃいそうで怖いんですけど、色々な物を失っちゃう気がするんですけど。

 

「絶対可愛かったでしょ、綺麗だったでしょ!? 見たかったのに、観たかったのにぃ!」

 

「いだだだだ……ちょ、ちょっと、地味に痛いので、というかむしろくすぐったいので、そろそろ避けて頂けないと色々困るのですが……」

 

「約束してくれるなら避けてもいいけど」

 

「何をですか」

 

「明日の夜、神会(デナトゥス)に行った時の格好で私の部屋に来ること。もちろんセアの状態で。拒否権はないよ」

 

 何それ理不尽。冒険者の特権、自由の権利はどこにいったー! 

 どうしてそこまで『セア』に執着するんだか。はっきり言って異常だぞ。【ロキ・ファミリア】はちょっと可笑しな人たちの集まりなのか? もちろん例外なく。

 

「……なにやってるの、シオン」

 

「うげっ」

 

 あぁ、やっぱりきちゃった。いや、アイズに用があって来たわけで、きちゃったなんて言い方は適切とは思えないのだが……この状況を見られたのは不味い。なにせ私が何を言ったところで、「抵抗てきたでしょ、なんでしなかったの?」と『笑顔(まがお)』で言われるに違いないのだ。 

 とち狂ったか、機を計らったかのように抱き着いて来る黒猫。あのね、たしかに可愛いけど、柔らかいけど……時と場所と状況を考えろとはまさにこののことよ。なに、殺したいの?

 あぁ、段々アイズの目が絶対零度へと底冷えしていく……視線で人殺せるんじゃないかな、私の嫁。

 

「ねぇ、約束してくれるの、してくれるんだよね」

 

「はいはい、わかったわかった、わかりましたよ。だから退けてください、そして私を助けなさい」

 

「いいよ、後は自分で何とかしてね」

 

 と、何やら含みのあることを言う。確かに身体が締め上げられる抱擁を止め、立ち上がってよけてはくれたのだが、どこ行くの? ねぇちょっと、なんで逃げるように――というか実際逃げてるなあの猫……今度尻尾掴んでやろうか。確か猫人(キャットピープル)にとって最も屈辱的なことだったか。

 あの人、私の話聞いてたのか? 助けてくれよ、他の人たちも逃げないでさ…… 

 

「――――」

 

 止めて! 無言の圧力が一番怖いから! 前みたいな表情に戻ってるから! 

 あぁ、どう弁明しようか。これ以上機嫌を損ねてみろ、必死だろ。

 

「……あの、アイズ、デートいきません?」

 

「ふぇ? で、デート……い、いく。ちょっと待ってて……」

 

 よし、作戦成功。我が嫁は純粋無垢で可愛い子であった。いやぁ、騙すような真似をして心がイタイ。うん、私最低だな。逃げにデートを使うとは、彼氏の風上にも置けないな。

 あぁ、せっかく服選びに時間かけたのに、アキさんの所為で汚れちゃった……白じゃなくてよかったよ、迷って黒にした甲斐ありだ。フード付きのお気に入り、魔導士のようなミステリアス感を醸し出すローブ。ボタン留めで、武器(かたな)を下げていても引っかからない。腰の少し上で前から見ると足が出るがようにローブの裾がわかれているのだ。膝に迫ろうかという長さまである。ズボンもおそろいの黒、派手にデザインなんて施されていない。だがその代わり、機能性には長けているのだ。伸縮性抜群、戦闘でももってこい、私服としても問題なし。ばっちりではないか。

 

 さて、そんなしょうも無いことその他諸々考え続けて約半時……

 

「お、おまたせ」

 

 天使が風に乗って、ひらひらと舞い踊って来た。

 

 

 

 



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喜んでもらえて、何よりです

  今回の一言
 どんなふうに想像されるのか、私、気になります!

では、どうぞ


「あずきマシマシクリーム多め小豆クリーム味二つ、それと……淡い初恋の味っていうのください」

 

 妙に興味を惹き立たせる味までついでに購入してしまった……くっ、恐るべし経営戦略。

 だが、揚げたてほやほやのじゃが丸くんだ。味にはずれは無いだろう。

 

「はい、どうぞ。有名人にはサービスさ、今後とも御贔屓にね」

 

「あはははは……」

 

 やっぱり私って有名人扱いなのか……じゃが丸くん売りのおばちゃんにでさえ知られているなんて、影響強いなぁ。仕方のないことだけど。

 苦笑いを浮かべながら代金と交換して、ほくほくじゃが丸くんを裏路地へと持って行く。

 

「あ、じゃが丸くん……」

 

 そんなもの欲しそうな顔されたら、あげるしかないでしょぉぉ! いや、あげないという選択肢が端からなかったのだけれど。やっぱり可愛いなぁ、天使だよ本当に。

 私服姿を見たのはまだ片手の指の数ほどで足りるくらい。だからこうしてお洒落をしてくれると、非常に新鮮というだけではなく、醜い様々な欲求を満たせちゃうわけだ。独占欲なり、所有欲なり……あれ、別に醜くないような気がする。当たり前のことじゃん。

 

「……んぅっ。シオン、そっちの味は?」

 

 半分ほどじゃが丸くんを小口で食べ終えたアイズは、どうやら私が食べていた小豆クリームの乗っていないじゃが丸くんに気付いてしまった。紹介するのは些か恥じらいを感じるが、聞かれたのなら応えるまで。

 

「これですか? 淡い初恋の味という新発売の味です。昨日発売されたばかりで、お試しらしいですが……悪くないです。ベースじゃがいもはどうやら甘みの強いものを使用しているようですね、そして後からほんわかと刺激的な味がします。いやぁ、現実を物語っている……」

 

 そう言いながら食べていたじゃが丸くん見せる。ここが暗がりで若干判り難いが、潰されたじゃが丸くんに点々と混じる黒い小さな実。胡椒に近い香辛料で、優しく鼻を刺す辛さと香りはじゃが丸くんといいマッチングだ。 

 

「はむっ」

 

「あっ」

 

 ……いや、わかるよ。食欲をそそられる香りしているし、じゃが丸くん好きだもんね。

 でもさ、そんな可愛い食べ方しないでよ。『あざとカワイイ』から何も言えないじゃん。

 見せていた食べかけのじゃが丸くんに一生懸命かぶりつくアイズ、少し頬を赤らめ、そのまま上目遣いで見て来る。目が合うと、衣を噛む音を立ててアイズは少し身を退いた。もぐもぐと口を動かしながら。

 

「……初恋の味、ちょっと違う」

 

「そりゃ人それぞれですよ……というかアイズ、一言くらい言ってください。びっくりして口もつけられませんよ」

 

「関節キス、いや?」

 

「むしろ望むところですが」

 

 おっかしいな、うちの嫁は果たしてこんなに積極的だっただろうか。

 いや、でもね? たとえそれが彼女であれ嫁であれ親族であれ何であれ、味わって食べるものを関節キスしたとならば即ち関節キスを味わっていることにならないか? よくよく考えなくとも聞こえが気色悪くてならないのだが。結局食べるのだけれど。

 あぁ、美味だ……

 

「アイズ、ゴミは私が」

 

 食べ終わったころを見て、手を差し伸べながらいう。素直に渡してくれたゴミと合わせて持っていたゴミを投げ――燃やす。はい、処理完了。ちまちまと練習しているけど、この頃精霊術を無詠唱で使えるようになった。とはいってもほんの少しばかりの干渉で、戦闘には役に立たないレベルだけど。こうして日常生活には非常に便利で、不可解極まりない『異能力』なんてものにも感謝だな。   

 

「すごい……どうやったの?」

 

「ちょっとした精霊術ですよ。ティアに教わりました、普通使える物じゃないらしいですけど」

 

 驚き半分不審半分で小首を傾げるアイズが興味深々と聞いて来る。指先にボっと音を立てて炎を顕現させながら、あえて抽象的に答えた。そもそも私も然したる理解もない、説明には無理がある、

 そのまま、メインストリートから外れた道を進んで行く。目的地へ向かう分にはあえて大通りを通る遠回りをしたり、屋根を伝うという手もあったりするが、私たちが大通りへ行ったところで注目を集めて面倒なだけだし、屋根を伝うにしてもアイズは今スカートだ。捲れるに決まっている、そんなの許せん。

 一人勝手に納得し(うなづ)く私の袖がちょんちょんと引かれた。

 

「どうかしました?」

 

「……どこ、いくの?」

 

「あ、そう言えば言ってませんでしたね……ですが、これは聞かない方が良いかもしれませんよ。着いてからのお楽しみなんてどうです? あ、ダメ?」

 

「……可愛いから許す」

 

 素直に喜べばいいのかどうか複雑な気持ちになるな……そりゃぁ『セア』のときに可愛いとか美人だとか褒められたりして悪い気はしないけど、今は別個、女では無く男だ。可愛いよりかはカッコいいの方が嬉しい。

 だが自分の容姿が女よりであることは認めざるを得ない事実なんだよな。

 美形であることに不利益は無いのだが、度が過ぎるとこういうことが起きる。女性に近い容姿であると、自然と目もつけられるし、最悪疎まれ嫉妬されることもある。それが非常に面倒なのだ。

 だがどうしようもない。これが私の生まれ持った性質、いくら否定したところで変わるものでは無いのだ。

 それに、アイズが可愛いというのなら、少なからずアイズの役に立てているのだろう、この容姿も。ならそれでいいじゃないか。

 

「アイズ、メインストリートを通りますので、バレないように。私たちが下手に姿を現すと、それだけで大騒ぎになりますから。特に今のアイズは一段と可愛いですし」

 

「う、うん。ありがと……」

 

 ほら可愛い。『カメラ』があれば間違いなく私はこの瞬間を記録しているほどだ。天然でこれなのだから、絶対に衆目になんて曝したら不味い。彼我の差を弁えずに襲ってくる不定な輩が現れること間違いなしだ。実際以前にそう言うことがあった。

 アイズが落ち着くのを待つと、大丈夫と首を縦に振って伝えて来る。それにアイコンタクトで答えて、呼吸を合わせた―――――

 

――ここ

 

 同時と言っても過言でない時差で飛び出し、正面にあった裏路地へともぐりこむ。

 途中か細い悲鳴が聞こえたが、そこは心中謝罪だ。

 

「ふぅ、誰か吹き飛ばしてませんか?」

 

「うん、危なかったけど、大丈夫」

 

 それがさっきの悲鳴かな? おっちょこといなところもまたいい……

 って、そんなことを考えてアイズを待たせてはならない。切り替えなくては。

 

「行きましょうか」

 

「うん」

 

 といっても、西のメインストリートを抜けたらもう早い。この場所からなら然程遠くはないのだし、そこまで急ぐことも無いのだけれど、アイズは何が起こるのか気になってそわそわしているからな。興味や期待が丁度いい具合で薄れぬうちに見せてあげた方がいい。

 

「でも……慎重に進まないと、こういうことがあるんですよねぇ」

 

「誰かいるの?」

 

「えぇ、探ればわかりますよ」

 

 数秒すると、うん、と頷き返される。どうやら気づいてもらえたらしい。流石のアイズでも私のように年がら年中警戒している訳では無いようだ。

 少し聞き耳を立ててみる―――

 

「シオン?」

 

 だが、第一に聞こえてきた声は背後から――接近に、気づけなかった!? いや、違う。気づいてたが、見逃していたんだ。よく考えてみろ、その方向はメインストリート。いちいち識別なんて流石の私でもしていない。

 

「あはは……どうしてまた、私は気付けなかったんだか」

 

 よく見なくてもわかったであろう。今私が触れているこの壁は、明らかに『豊饒の女主人』の壁。道の選択を大きく間違えた訳だ。最短ルートだけを見た私が馬鹿だった。

 

「ど、どうもリューさん。それでは、失礼しま――――なんです?」

 

「―――」

 

 さて、私は何故私はこの人に、然もアイズに見せびらかすことを目的としているような手の握り方をされているのだろうか。そして無言の責めは止めてくれ、怖い――って、何で負けじとばかりにアイズはもう片方の手を掴むの? どういう意図、どうして火花を目線で散らしているの?

 

「あれ、シオンさん? どうして……え、ヴァレンシュタインさん……って、リュー! ねぇねぇリュー、吉報よ、いいお知らせがあるの!」

 

 忙しい人だな……一人一人で声のトーンをあからさまに変えるな。普通だった人が一番傷つくんだよ。というか何を興奮しているんだか。もしかして、さっきのあからさまな密談か? この人【フレイヤ・ファミリア】とどんな関係なんだろ……ちょっと面倒臭そうで聞くのは嫌だな。

 

「あ、あの、シル。今とても大事なことを話そうと……」

 

「そんなことよりよリュー!」

 

「そんなこと……」

 

「これよこれ、『大賭博場(カジノ)』からの招聘状(しょうへいじょう)。『エルドラド・リゾート』に行けるわ!」 

 

 可哀想(かわいそう)に、リューさん。大事な話とは何か知れないが、そんなこと扱いは流石に同情してしまう。それでも私の手を放してくれないのは執念じみたものを感じるが。

 というか、そんな危ういモノ得てどうするんだか。『エルドラド・リゾート』って言ったら、オラリオの『最大賭博場(グラン・カジノ)』。まさか遊びに、でもお金がないのでは……あそこは面白いくらいの法外さらしいからなぁ。今度行ってみようか、ミイシャさんでも連れて。あの人ギルド職員の癖にカジノなんか行ってるからなぁ……詳しくは知らんが、どうやらどこのカジノでも出入り自由らしい。そんなカードがあるんだとか。いくら貢いだのか本当に気になる。

 

「大変気になる事ですが、シル。今はそちらより、こちらです。シオンさん、どういうことか説明頂いても――」

 

「まぁまぁまぁ、そう怖い目をしないでくださいよ。ほら、腕の力を抜いて、肩の力を抜いて……それでは、こんどこそ失礼――って、アイズ? あの、ちょっと、動いてくれないと困るんですけど。手を無理やり放すのは嫌なので、付いて来てもらえないと困るんですけど」

 

「……説明なきゃ、やッ」

 

 え~何それ可愛いからもう一回やって……! ってバカなこと考えてる場合じゃない。せっかく放してくれたリューさんの手が今度はがっしり私の関節を腕によってキメているのだが。いや待って、何でくっついてるの? 度が過ぎませんか、というかそんなくっついていると、着物だったら(はだ)けちゃうんだが……ま、まって、アイズまでもくっつかないで! いだ、いだだだだ――――

 

「――両手に花、というヤツですね、シオンさん! リューファイトー!」

 

「綺麗な花には棘があるんです、暢気に傍観してないで助けてくださいよ! いろいろ不味いですって、私だけじゃなく! 特にリューさん、あと少しで見えちゃうから! あなたエルフでしょ、どうしてそんなにぐいぐい来れるんですか!?」

 

「私だってシオンさん以外にこんなことしません! ただ、私には、女には絶対に譲れない時と場合があるのです! シルにそう教わりました!」

 

「何余計なこと吹きこんでいるんですか貴女は!」

 

「てへっ」

 

「可愛ければ許されると思うなよぉぉぉぉぉ!」

 

 くそっ、小悪魔め。だが今、かなり不味い状況だ。ここは然してメインストリートから離れている訳では無い。私も馬鹿だ、今の様に大声を出してしまえば誰かしら寄って来るに違いない……早期撤退が望ましいのだが、これは本気で難しいぞ。無理に振り払う訳にもいかんし、どうしてやろうかこの始末。

 

「ねぇシオン、ちゃんと説明して」

 

「といわれましても、何のことだかさっぱりでしてね……!」

 

「私も説明を要求します。一体どれだけの女性を篭絡すれば気が納まるのですか! 一人や二人、まだ許容でいましょう……ですが、貴方という人は、貴方という人は!」

 

「篭絡なんて人聞きの悪い! 私はそんなこと一度たりともしてませんよ、どこかの淫乱女神とは違います! 私は、正当な関係があって、全くもって純粋な理由の下、目的地に向かっているだけです! 邪魔をしないでください!」

 

 私は誰も手なずけてなどいないぞ……

 二人が求めている説明の内容もそれぞれ違うように感じるし、本当にどうすれば……

  

「おい、お前たち……店の横でギャーギャー騒いでないで、さっさと仕事に戻れ!」

 

「「は、はいっ!」」

 

 と、何処からともなく響いてきた声に(かしこ)まる約二名。ふと顔を上げると、窓が半開きになっていた。あそこから叫んだのだろう、怖い怖い。女将さんや、でも助かった。

 

「今度こそ、さようなら!」

 

 不動の精神で一向に動こうとしないアイズを致し方なく持ち上げる。何この子、すっごく軽い。ちゃんとご飯食べているのかなぁ……心配になるぞ。

 勿論のこと、スカートへの配慮は忘れないのだが。だって下着丸見えは恥ずかしい。どうしてか、下着と言うものは隠すためにモノなのに、見られると恥ずかしいのだ。あの心理、一体どういうことなのだろう……

 しょうもないことを考えながら、ぴょんと跳び上がる。もうこれ以上、面倒事は御免だ。 

 

「ふぅ、飛ぶと一瞬ですね――アイズ、下ろしますよ」

 

「―――うぅ」

 

「え?」

 

「ごわ、がった……グズッ」

 

「え、は、ぇ……? えぇぇぇぇえぇぇッッ!?!?」

 

 ちょっと待てい! 何故だ、何故泣いている!? 私なにかした? 跳躍して急降下しただけだよ……!? 

 もしかしなくても、それが怖かった? 

 地に足を着かせてやると、体裁も気にせずにぎゅっと抱き着いて来て、子供のようにまた泣き出す。いや、見たままの子供なのだろう。私のように『生きた齢』と『実年齢』がかけ離れている方が奇異なのだ。彼女はある種、当たり前と言ってもいい状態のなのだろう。一応、実年齢上では私より一つ上なんだけどなぁ……

  

「ご、ごめんなさい、アイズ。まさか高いのが苦手だとは……」

 

 すると、ずりずり私の胸に額をこする。首を振ったのだろうか。

 だとして、何が怖かったのだろう。女性が高いところを苦手だと思うのは先日ミイシャさんで実証できたのだが、そういう訳ではないのか? 

     

「こごろの、準備……しで、ながった……だから、落ぢるの、ごわがったぁ……」

 

 な、なるほど。そうか、全面的に私が悪いな……ダンジョンでは高いところからの落下なんて当たり前だし、大丈夫かと思ったが、それも心の準備ができていたからこそ。何ら私が気にしないことでも、彼女にとっては別なのだろう。怖いものは怖い、そういうことだ。難しいなぁ、忖度って。

 

「よぉしよぉし、ごめんなさいね、怖い思いをさせちゃって。ですが、そのお詫びとでもいいので、とりあえず顔を上げて、後ろを向いてください」

 

「ぅ、うん……」

 

 涙を手で拭い、顔を上げる。だがまだ恐怖が抜けないのか、左手がぎゅっと握られていた。次第にその力が弱まる、小さく「ぁっ」と声を漏らした。

 

「綺麗でしょう?」

 

「……うん」

 

「ここが私たちの拠り所となる場所です」

 

「うん、そぅ、なんだ……っ? シオン、今、なんて……」

 

「ふふっ。私、ここに住もうかと思っていましてね。何分お金ばかりはありまして、余裕で購入できちゃうわけです」

 

 年季が丁度いい具合に入っているように見える白レンガの家。周囲にあるのは敷地内の庭のみで、わかりやすく小高い柵で隔たれている。家にあたる日を遮る高い建物などなく、射し日は居間をほどよく照らしてくれるのだ。

 柵には一つ縦長のアーチ状ゲートがあり、そこから一本道で玄関扉へと繋がっている。綺麗に削られた石畳が敷かれていて、道をつくるようにその両脇には花が植えられているのだ。元の家主が花好きで植えていたようだが、もう死んでしまったため、オラリオの法律に従い二ヶ月ほど前ギルドに譲渡されたそうな。物価を下げないために、花の手入れは継続中だそう。

 外見から見て判る二階建てで、屈めば入れる屋根裏も含めれば三階と言えようか。その屋根裏に備わる円い硝子窓は特徴的だ。目立つという面で見れば、カーテンを開ければ居間を丸見えとさせるほど大きな、横開きの縦長二枚窓の方だけれど……いや、一番はやはり南側にあるベランダかな。

 

「中に入ってみます?」

 

「……入れるの?」

 

「バレなければ」

 

「ふふっ、何それ、シオンらしい」

 

「おっと、それはどういう事ですかね」

 

 さっきの子供のように泣いていた顔はどこかへ吹き飛んでしまったようだ。今は晴れ晴れと、嬉しそうに、楽しそうに、私の願望でなければ、幸せそうにも見える。そんな、充実した顔を浮かべていた。

 

 コンコン、と遊ぶように石畳で足音を立てるアイズより先に玄関扉の黄土色ノブに手を掛ける。この家を購入すると決めた時点で、鍵の構造は頭に叩きこんだ。上下に二つある鍵を流れるような動作で開けられるほどに。

 だがアイズは、今そんな細かいことを気にしないほどご機嫌のようだ。

 

「外靴は脱ぐようです」

 

「そうなの?」

 

「えぇ、私は靴下で構いませんので、アイズはそのスリッパを使ってください。ちょと歩きにくいですけど」

 

「わかった」

 

 (こげ)茶色(ちゃいろ)をした外開き構造の玄関扉を通ると、少し狭いが靴置き場がある。普段から靴を履いている人間にとって少し不便に感じるが、それをひっくるめてこの家は素晴らしのだ。

 一組しかないスリッパをアイズに穿いてもらって、『加工木材床(フローリング)』の少しひんやりとした床を避けてもらう。目と髭と口が描かれていて、宛ら猫のようみ見える柄のスリッパ。

 奥行きは然してある訳でも無い。一階だけでもざっといって四室、廊下が短くなるのは自然だろう。

 向かってすぐ左にある、(すり)硝子(がらす)がはめ込まれた戸を横にスライドさせて開く。人ひとりが普通に通れる高さだ。そして先に見えるのは簡素簡潔な居間、天井から吊るされた魔石灯のデザインが一番のお気に入りだ。少し高い天井は、その魔石灯すらも私の頭にぶつけない。

 この居間は台所との隔たりがカウンターくらいしかなく、手近で移動も楽。更に言えば、カーテンを開けると庭を一望できる。窓は通れるほど大きく、石畳がそちらにも敷かれているので外に出ることも可能だ。実に合理的だと私は思う。しげしげと眺めるアイズも、何だか愉しそうにしているし。

 

「ねぇシオン、他は、どうなてっるの?」

 

「はいはい、見て回りましょうね」

 

 まだここの台所は設備が生きている。冷蔵庫と石窯が無いのが残念だけど、本来無いのが当たり前。本格的な料理をしたくなったら、『アイギス』の設備を使えばいいだけだ。冷蔵庫は後々購入しよう。

 早々にリビングを出ると、興奮気味のアイズが正面の戸に手を掛けた。この家の戸はだいたい横開きで、いつもの調子で取り付けられる縦長のノブを引っ張っても軋むだけだ。不思議そうな顔をする彼女の代りに戸を開ける。

 玄関から見て、廊下を挟み居間の横にあるのは面白いことに和室だ。何気に『押し入れ』というものまで備わっており、襖に描かれている柄は落ち着きがあって好ましい。アイズは察して、スリッパを脱いだ。ここは少し不憫(ふびん)だと思う。

 だがこの和室、『しょうじ』といった木組みに紙を張って作られたもののお陰で柔らかく光が抑えられて、朝にはその光で起きたらさぞかし心地よいだろう。つまり、この十畳空間で私は眠りたい。幸い布団を置けるだけの広さはある。欠点と言えばここにはどうしてか灯りがない。まぁ『妖精の宿り実』なんて便利なものもあるし、別に気にする事でもないが。

 

「あのーアイズさーん? 流石にちょっと、だらしないですよー?」

 

「畳で寝っ転がってみたかった……」

 

「あ、そうですか」

 

 でも、スカートで身を投げ出すように寝っ転がるのは良くないと思うんだ。

 でもなぁ、今日も白かぁ、純粋を表す白……悪くない。

 

「次、いこう」

 

「といっても、一階は後さらっと流した方がよさそうですがね」

 

 そうなのだ、あと一階にある部屋と言ったら、廊下の突き当り近く。ぽつんと造花が置かれているその手前には戸の位置を少しずらされて部屋が二つある。何を隠そうトイレと風呂だ。そう、隠す必要なんてない、何故なら出すのだからッ! 

 

「シオン、顔がちょっといやらしい」

 

「おっと失礼、つい妄想を」

 

 この二部屋は、例外的に外開きの戸である。部屋と言っていいかあやふやだが、まぁいいだろう。狭くはない、人ひとりが十分使えて不自由ないトイレが右にあり、一番奥側に備わっている。そして風呂は左側手前。戸が外開きで歩いている途中ぶつからないか心配になるが、避けられ無い程廊下は狭くない。風呂には脱衣所を経由して入れる。勿論鍵も閉められる。

 そう簡単に説明すると、流石のアイズでもそちらまでも見に行こうとしないらしい。私は行ったけどね。足を延ばして全身浸かれるだけのしっかりと浴槽があって、シャワーも使えた。だが少し水圧が弱かったかな?

 

「じゃ、二階行きましょう。特別何かある訳でも無いですけどね」

 

「いいの、それでも」

 

 二階に続く階段は、廊下の中間あたり、玄関から見て右側にある。そこまで急と言う訳でも、一段一段が高いと言う訳でも無い。手すりが片側にしかないのと、灯りが乏しいのが欠点として挙げられるくらいだ。一直線の階段ではなく、一段目はこちらを向いて、廊下からの侵入でも登りやすいように設計されている。数段上ることでまっすぐの階段へと早変わりし、ものの二十段もせずに登り切れる。

 二階は開放的空間だ。部屋と言ったら階段を登り切って正面にこの家の中で一番の広さを誇る部屋があるくらい。二階の三分の一ほどを占領する大きさで、寝室や書斎、物置として本来利用する場所だろう。だがそれ以外は全く何もないのだ。ただ綺麗な広々空間があるだけ。床の材質は相変わらずで、なぜこんなに空けたのかと気になるところだが、今後生活していく上でご自由に改造しろ、という事だろうか。

 

「ねぇシオン、あれって……」

 

「行って実際に見た方が解りやすいですよ」

 

 解放的空間をスリッパが脱げないように慎重に歩いていくアイズ。その後をゆっくり追う。向かう先にあるのは銀縁の窓―――を通ることで出れる、ベランダだ。

 鉢に植えられた植物から香る自然的な匂いが落ち着かせてくれるこのベランダには、他にもまだ物を置けるだけのスペースがあり、ただ一つ欲を言うならば屋根が欲しかったが、それも許容できるだけの良さがあるというものだ。   

 

「すっごく、いい……」

 

「ははっ、気に入ってくれたのなら何よりですよ。ついでに、屋根裏でも見てみますか?」

 

「うん」

 

 この家の設計において不思議なことはたくさんある。だからこそこんな素晴らしい外見・内装をしているのにまだ売れていないのだ。

 今までにも様々挙げられたが、特に奇怪なのがここ。

 

「はしご?」 

 

「えぇ、どうしてか屋上へは梯子を伝います」

 

 屋上と言えば物を置いたりすることが定番だろう。なのに梯子だ。何故ここをこうしたのかの理由を一番、設計者に訊いてみたい。

 

「……今日は、見ないでおく」

 

「ありゃ、これまたどうして」

 

「――――ばか」

 

「何故に私は罵倒されたのでしょうか……?」

 

 と疑問を口にしてみたり。でも思い出した、今アイズスカートじゃん、と。そしてまた思い出す、ミイシャさんにその所為で散々どやされたことを。あぁ、アレは酷かった。どうして女性はスカートなんて穿くのだろうかと本気で悩んだものだ。一重に「可愛いから」という理由だろうが。それは納得するほかない。

 

「んで、どうです、この家。住みたいですか?」

 

「うん……シオンが住むなら、もちろん」

 

「あら、嬉しいこと言ってくれちゃって」

 

 ただちょと言葉を交わしただけで笑い合えるって、説明できない歓びがある。こうしてずっと、笑っていてほしい人となら、尚更。やっぱり彼女には、笑顔が似合う。

 

「じゃ、私は今から早速、手続きに向かいます。一緒に行きますか?」

 

 靴を履いて外に出る。勿論鍵を閉め忘れない、バレたら不味いからな。

 待っていたアイズの横に並んで歩きながら、そう提案するとどうしてか、むすっとして顔を背けられた。吐血しそうなほどの絶望感に苛まれているところで、ぽつりと零される。 

 

「……シオン、忘れてる」

 

「ふぇ? な、なにをでしょうか……」

 

 全く心当たりのない私にアイズはどうやらご立腹のようだ。膨れているのは頬だけど。 

 何とも可愛らしい怒り方、まるで私が子ども扱いされているみたいだ。

 身長的には仕方のない上目遣いのお叱りは単なるご褒美でしかないのだが、ご機嫌斜めはよろしくない。

 

「シオンは、デートに誘ってきた。これじゃあ全然、デートじゃないもん」

 

「あ、はい」

 

 対応しようという気構えは一瞬で崩されてしまった。どっちが子供だよと言いたくなる。

 まぁ私も、デートと言う感じでは無かった気がしている。名目上デートだったのだから、それらしいことはするべきだろう。むしろしたい。

 少しくらい後になっても、この家は買えるだろう。だがアイズとのこのデートはたったの一度きりだ。それを逃してどうしろというのか。

 

「じゃ、存分に愉しみましょう!」

 

「もちのろん」

 

「誰から学んだ!?」

 

「ロキから」

 

「あの神……」

 

 これは、後々神ロキとはオハナシが必要な気がするな。 

 

 



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我、女心を知らず

  今回の一言
 赤髪(桃髪じゃなく)と青髪、どちらが好きですか?

では、どうぞ


 

「いやぁ~目一杯遊んだ!」

 

 今日はもう寝よう。色々したし、アイズとの素晴らしき時間を脳内処理しなければ……そしてまた、夢の中でもアイズとデートしようそうしよう。まぁ、見る夢なんて、もう決まっているのだけれど。いつだって、変わらない。全ては遠い、過去のお話だ。進展も、衰退も無い、永遠と繰り返される夢。

 目を瞑り、壁に寄っ掛かるとどっと疲れが、主に精神的な形で襲ってきた。だがそこに、別の負荷がかかる。確認しなくても、何となく理解できた。 

 

「……遊んで疲れたからって、せめてわたしの夜ご飯くらいつくってよ、シオン」

 

「……いつからそこに?」

 

「ずっと。お腹空いたからシオンにつくってもらおうと思ってここに来てみたら、見事に(もぬけ)の殻だし、でも行く場所なんて心当たり無かったから」

 

「何か買おうとか思わなかったんですか……? お金なら渡していたはずですが」

 

「お金? あぁ、これ……使い方わかんなくて、そのままにしてた」

 

 すると、メイド服の懐から数枚の硬貨を取り出す。チャリンチャリンと鳴らすだけで、全く興味を示していない。枚数も、今まで渡してきた合計と変わりない。

 あちゃぁ、しくじった。そうだよ、元々地下に監禁されていたのだ。通貨の単位どころか、お金の存在すら知らないのは当たり前だろうに……買い物には付き合わせたけど、実際に支払いしたのは私だしなぁ。

 

「悪い、教え忘れてました。それは十ヴァリス硬貨。オラリオに流通する『ヴァリス』という通貨の一種でして、販売されているモノを入手するために使用するものです。最小の一ヴァリスが基で、十枚分の価値と等しいのがそれです。数字は魔法陣にも使用されますし、わかりますよね? ですが十進法の表記ですので、そこをお忘れなく」

 

「ふ~ん、そうなんだ。で、どうやって使うの?」

 

「いろいろありますけど……例えば、一つ30ヴァリスのじゃが丸くん塩味。基本屋台で買いましてね、味と個数を店員に申した後、対応分の価値だけ硬貨を渡します。これが代金です。大抵お金は代金として用います。解りましたか? はい、よろしい。では問題です。じゃが丸くん塩味を三つ買うとき、ティアはどうすればよいでしょうか」

 

 それに首を傾げるティア。彼女は実に頭がよく、賢い―――が、その分具体性のあることを追求する。精霊術を使う分、それも人並み以上だ。だからこういった抽象的なことを求められるとどうにも、瞬時に応えられない。

 

「計90ヴァリスだから、これを九つ出せばいい……?」

 

「はい、あと一歩でした。今の状況で出せる最適解は、その解答に加えて、じゃが丸くん塩味を三つ受け取る、でした。まぁ、本当は100ヴァリス硬貨を出して、更にお釣りと商品を受け取る、というものですが。教えてないことに対するいじわるは言いませんよ。因みにそれが百ヴァリス硬貨です」

 

「……わかったかもしれないし、分からなかったかもしれない」

 

「どっちだよ。ま、このあたりは意識的に覚えることでも無いですし、生活している内に感覚的に覚えましょう」

 

 納得してくれたのだろうか。戸惑いの様子を見せながらも頷くティア。説明下手はどうにか直したいものだ。

 この後一ヴァリスと五百ヴァリス、千ヴァリス硬貨があるのだが……大丈夫だろうか、私。復習しよう。日の出が描かれた一ヴァリス硬貨。剣と二対の狛犬が描かれた十ヴァリス硬貨。花が描かれた百ヴァリス硬貨。貴婦人が描かれた五百ヴァリス硬貨。騎士が描かれた千ヴァリス硬貨……裏面は全て、十字と四十五度ずらした小さな十字の描かれた八芒星。よし、通常分は問題なし。

 

「なに一人で考えてるの? わたしのお腹はそんな間もぐぅぐぅ悲鳴を上げているよ?」

 

「はいはい、わかりましたよ」

 

 私に問題はあっても、この子に問題は無かろう。そう言う思いを込めてぽんぽんと頭に手を乗っけると、どうしてか怒られた。わからん、気持ちが理解できん。

 ふぅと疲れを吐き出すと、一息に立ち上がって調理場へと向かった。つかず離れずティアも後ろに控え、だがつんつんと袖を引いて、小動物宛ら小首を傾げる。可愛いなおい。

 

「ねぇシオン、さっきわたしに投げたものって何?」

 

「え、何か投げました?」

 

「……ごめん、ベットに乗っていたわたしに、投げたものって何」

 

「あぁ、直撃してましたか。道理で鈍い音が……ごほん。あれは新しい服と、手入れ道具の補給分です。硬かったと思いますけど、怪我などはありませんか?」

 

「ないもん。でも、謝礼としてご飯を要求する」

 

「はいはい。仰せのままに、お姫様」

 

 あ、流石にここまでは知らないか。何かを引用したネタと言うものは、元ネタへの理解が無ければ面白くないのも当たり前というもの。うぅ、ティアの世間知らずはやはり早期解決の課題だな……

 

「ねぇ、今度シオンの新しい服見せてよ!」

 

「……恥ずかしいので、あまり自発的に着たくないです」

 

「何それ逆に気になる。後で覗いて……」

 

「ダメです。今後一切ご飯作らなくなりますよ」

 

「ごめんなさい猛省します……」

 

 はは、残念だったな。あれは全部女性用(レディース)だ。そう簡単に着るわけ無いだろうが。強いて挙げればアイズに要望されれば致し方なく着るといった感じだぞ。ファッションに関しては無頓着と思っていたアイズが意外にも私に選んだ服だし、大切にするつもりではあるけど。

 ん? あ、セアの時があるか。丁度明日明後日くらい……薬無くなっちゃって、今アミッドさんに造ってもらってるしな。アキさんのあの剣幕、ありゃ放っておくと人でも殺しそうだ。

 

 正直、面倒臭いけど。

 

 

   * * *

 

「……はい、書きました。個人証明書、所属証明書、契約証明書、税金納入証明書、都市貢献証明書、階級証明書、履歴証明書、経済証明書――――」

 

「あぁぁああぁぁぁぁっ!? 止めて止めて止めてぇぇェッッ!! 早口で並べないで、耳がいだいぃぃ!?」

 

「貴女でしょうがこれだけ書けって言ったのは! 馬鹿みたいな枚数出してよくも言えるなふざけんな! 同じ内容をどんだけ書いたかわかるぅ、ねぇ知ってる!? 書いている間(すこぶ)る不快だったぞ、思わず打っ遣ってやろうかと思ったわ!」 

 

「私は悪くないっ! 悪いのはこんなしち面倒臭いことを要求するギルドで、つまりはギルド長で、まっとうに仕事をする私はむしろ褒められるべきだと思うの!」

 

 くそっ、まともなこと言っているから何も反論できない……! 言いくるめられているようで癇に障る、ミイシャさんには負けたくない。

 私の眼前まで迫っていた顔を退けると、少しは正気を取り戻したか腰を椅子に落ち着かせる。周りの視線もある程度はそれでそっぽ向いた。まだ興味本位でこちらを向く輩はいるが、放っておくのが一番、一々構っていられない。

 

「はぁ、意地悪はどちらも同じでしたね。はい、計三十八枚。これで終わりですよね、不備なんて言い出しませんよね。これで通してもらえますか、不動産担当はあの狼人(ウェアウルフ)の人でしょう」

 

「あ、よく知ってるね。なに、知り合い?」

 

「前にも担当してもらいまして。ほれ、さっさと行ってください、私は待つのが嫌いな忙しない人なのですよ」

 

「知ってる。じゃ。呼んで来るね」

 

 とんとん、書類を整えると悠々そのまま去って行く。その様子には依然と変化ない。疲れた『社畜』の歩き方だ。ドンマイ、頑張れ我が友よ。あれ、友達だっけ? でも私ミイシャさん以外に友人居ないから友達とは言えないのだが……いいや、細かいことは。

 

「お久しぶりですね、【絶対なる変わり者(アブソリュート・サイコパス)】シオン・クラネルさん」

 

 長ったらしい挨拶を経て一礼するのは、些か前にも不動産の買い取り手続きをしてもらった狼人(ウェアウルフ)の女性。不動産担当であることはもう知っている。始めからこの人に担当してもらえれば楽だったのに、どうして態々ミイシャさんに回されたのだろうか。あ、そういえば。前担当してもらった時は都合二枚しか書類を書かなかったというのに、何故今回はあんな馬鹿みたいに書かされたんだ?

 

「またお買い物ですか、随分懐に余裕があるようですね」

 

「ふふっ、随分なことをおっしゃる。安心してください、今回も一括で構いませんので。良かったですねぇ、大金を見れるまたとない機会ですよ」

 

「今回で二度目となりますし、また次回がありそうですがね」

 

 お、やっぱり強気だ。見た目の凛々しさに沿って素晴らしいこと。驚かせると曝すあのアホ面と間抜けな声とはとてもじゃないが結び付けられないな。事実彼女はそういう人間だけど。

 

「今回は家を購入しようかと。まだ書く必要のある書類はありますか?」

 

「そうですね……あと二枚、書く必要がありそうです。ごめんなさいね、お手数おかけします」

 

 丁寧な応対であるため彼女怒りも引けるものだ。反比例してミイシャさんへの怒りは募るが。それは仕方ないよね、受付嬢らしからぬ態度を私にだけとるから。公私はしっかり分けましょう。

 

「はぁ、やっぱりですか。『確約書』と……あとなんです?」

 

「アンケートです、クラネル氏。家を購入するにあたって、決め手は何か、何を通じて知ったか等々、オラリオの不動産会社全てからアンケートをお願いされていまして。今後の参考にするそうです。ご協力、お願いいたしますね」

 

「それくらいなら」

 

 買う側の意見というのも商売で生きている人にとっては重要な声なのだろう。私は言ってしまって購入させてもらうという下の立場だ。この程度協力しないのはおかしなこと。本当のところ今日は時間が有り余っているし、少しくらい時間をとられたって何ら問題ない。

 

「先ずアンケートの方をお願いいたします。お茶でも用意しますので、ゆっくりで構いませんよ」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 うわぁ、何この人。ミイシャさんとは全然違う、超気が使える人じゃないですか。あの人ならとりあえず会話で時間を浪費させて、一秒でも仕事を減らしたいという給料泥棒的発想でサボることを選ぶ。ん? 比べる対象が悪いのか。エイナさんと比べてみよう……ダメダ、あの人は真面目過ぎる。 

 

 席を外し、用意でもしに行くのだろう。途中まで目で追った後、アンケートに目を通す。グリップ付きの下敷きが用意されているので書きやすいよう配慮してくれたのだろう。

 ざっと見てみると、要所だけを聞き出したい記述式アンケートのようだ。たまにあるあの選択式アンケートは忌まわしくて堪らない。何だ、あの極端な四択乃至二択は。そんなもので選べるわけないだろうが、せめてその他で記述を取り入れろよ。と、見つける度に心中叫んでしまう。

 一番腹立つのはアレだ。その他と書かれているのに記述がないアレ。何のためにその項目を設けた、と意図を掴めなくなる。本当に作った人の気が知れん。

 やはり家のことが中心で、知った経緯から決めてまで本当に聞かれている。そこはすらすらと書き進めることができた――が、何だこれは。突拍子も無いことで見逃していた。

 

「どうぞ」

  

「あ、どうも」

 

 ってロイヤルミルクティーじゃん……凄いな、適当に作ったあの時の記憶が蘇って来る。まぁまぁ美味しかったけど、手慣れているであろうこういう人が淹れると、どういう味になるのだろうか。

 

―――あれ、普通に美味い。

 

 なぜだろう、美味いけど普通だ。誰でもすんなり許せてしまうような感じ。あぁ、そっか。偶にいる味のどうこうで難癖をつけて来る奴等への対策か。なるほど、それを加味すると素晴らしい技術だ。

 

「何て考えている場合じゃなく――! あの……この項目、何ですか。途轍もない呆れを感じさせるのですが」

 

 疑問に感じてならず、書かないでおいた項目を見せると、頭痛でもしたのか、顳顬(こめかみ)に手を当て頭を振る。どうやら彼女も厭きれているらしい。そりゃそうだ。

 

「これ、完全に個人情報じゃないですか。スリーサイズまで聞いてますし……」

 

「あいつらっ……犯罪ギリギリだから前にも止めろっつったのに……」

 

「ほぅ」

 

 なんという事か。この人、上辺を取り繕うタイプの人か。いやぁ、見抜けなかった 

 こういうのを確か『ギャップ萌え』とか言ったな。凛々しく気高い存在で、上品な雰囲気を漂わせているのに、実は粗野な性格を取り繕っているだけだった。そんなところか? 

 今更だが、この人知り合いなんだ、不動産会社の人たちと。

 

「申し訳ございません、以前修正させたのですが……そこは無記入で構いませんので、他はご記入なさいましたか?」

 

「えぇ、とりあえず。それと、荒い口調もお似合いですよ。どうしてか貴女の紅髪とよく合っている。というか、あっちの方が様になってますね。妙なぎこちなさがありません」

 

「あたしゃこの口調が嫌いなんだよ……ですので、こうして意識してはいますが、どうしても偶に出てしまいまして。此方(こちら)からも申し上げさせていただきますと、クラネル氏。あまり気安くそういうことは言わない方がよろしいかと、不思議な誘惑があります」

 

「なんだそりゃ」 

 

 あ、そっぽ向かれちゃった。私、もしかしなくても無駄なこと言った? なら当たり前だよ、無駄なことは言わない方が良いに決まっている。そりゃ注意されるのも当然。でも誘惑って何? いや、不思議と言われたから彼女も理解していないのだろうけど。

 何とも言えぬ微妙な空気が気持ち悪く、ティーカップに手を付ける。ガラスの擦れる音ではたと気づいた彼女は、私の前に漸く『確約書』と差し出した。

 

「こ、こっちの記入もお願い……します」

 

「あ、いまの危なかったパターンですね。はい、また一括で。今出しますか?」

 

「……ん、んんっ。いいえ、今回に限っては特殊となります。書類提出と承諾の期間を加味して、大方二日後には公的にもあの敷地がクラネル氏の私有地となります。支払いが完遂されるまでは借金という形になりますので、お気をつけてください」

 

 お、今度は大丈夫だった。始めに喉を鳴らしたのが功を奏したのかな。

 些か嬉しそうな彼女は『確約書』の担当者指名記入欄に達筆な共通語(コイネー)を記していった。

 

「ローズ・カルトクラウド……!? ちょ、貴女……!」

 

「……存じ上げていましたか。迂闊です、人前でこの名を書かないようにはしていたのですが……」

 

 自分を嘲るかのような嗤いを見せる。もう諦めてしまったかのように、溜め息まで吐いた。それに私は若干呆けてしまう。何せ、『カルトクラウド』の一族と言ったら、今尚残る大貴族であり更に()()一族で有名だ。それは英雄譚の一章に残るほど、古代から変わりない事実である。現在でもカルトクラウド一家で有名な人と言えばオラリオで二人。五歳差の兄弟で、弟がLv.5、兄がLv.6。

 それだけでカルトクラウド家は十分著名なのだが、あと一つ、欠かせない理由があるのだ。

 

『男だけしか生まれない』

 

 正確には、『英雄』たりえる『雄』しか生まれないのだ。

 だから眼前に居るこの獣人は異常なのである。ありえないのである。

 

「……申し訳ございません、変に驚いて。人にはそれぞれ事情があるものですよね、深くは追及しませんとも。忘れる事はできませんが、言いふらすことはないのでご安心を。そ、それでは、また二日後に参りますので、そのときはぁ、そのときで……それでは、ご達者で!」

 

 あぁ、絶対今の、気づいちゃいけないことだったぁ……なんでこういうところだけ妙に鋭くなるんだか。自分で自分が理解できないよぅ。

 逃げるように立ち去っちゃったけど、大丈夫だったかな……ま、まぁ、二日後にはまた来ることになるし、その時にでもご機嫌伺い上手く忖度でもしてやろうじゃないの。多分無理だな、結果が知れてる。

 

 余計なことをしちゃう癖、治したいなぁ……   

 

 



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恥じらいとは一つではない

  今回の一言
 偶にいるよね、人を嫌がらせることが趣味の悪魔的ニンゲン。

では、どうぞ


 

 チリンリンッ。小さな会話の声がこそりこそりと走り回る待合室兼商品陳列スペース。大抵の人はまず商品を眺めに行くものだけれど、私の場合は直接カウンターへ尋ねてしまう。その方が楽だし、何よりも妙な注目を集めなくて済む。長居はしたくないのだ、どこでも。

 

「……チッ」

 

「おい、嫉妬の対象かもしれんけど客だぞ。視界に入るなり早々舌打ちして、せめて私がわからなないところでしてください」

 

「安心してください()()()。今のは態とでございます。それと、お客様なら従業員と直接の関係を持つのはよろしくないのではないでしょうか?」

 

「陰で傍観することしかできない小心者が何を言っているのやら。それ、ご本人に直接言ってみては? 恐らく散々怒られた後三日間は『本当はそうかも……』と悩んで部屋に引きこもります」

 

 実際のところ正論だし、事実よろしくないことではあるだろうけど……だが悪くないのだ、彼女と話す時間は。『あのとき』はとてもつらかったけど、吹っ切れたし。彼女とはもう、前と変わらずにいられる。ずっと、変わらない関係だ。

 

「それで、アミッドさんは今休憩中ですか」

 

「えぇ、今は休憩しておられます。ですので今日はお引き取りを――」

 

「あぁじゃあ直接部屋に行きますわ。んじゃ、失礼しました」

 

「ちょっと、関係者以外立ち入り禁止ですよ!」

 

「大声出さないでください。それと、ある種関係者ですよ」

 

 まったく、常識的に考えて治療院や病院は静かにするべき場所だろうに。従業員がこうして叫ぶのは間違っているだろうが。私が常識を語ることは別に間違いではないはずだ。

 立ち入り禁止を悠々と通り、照明の乏しい廊下を進んで行くとすぐに見つかる目的の扉。

 静かに三度、手首を反す事も無く手の骨を戸にぶつける。でないと容易く木製の戸なんて壊れてしまうのだから。吹き飛んでオワリだ。

 

「どなたですか?」

 

 来客という事実が、彼女の声を躍らせる。心なしか嬉しさの滲む声が、ドア越しに伝わって来た。そうだ、彼女の部屋を訪れる人ってかなり少なかったな。

 

「アミッドさん、私ですよ」

 

 ゴドッ! ありゃま、多分痛いだろうなぁ……驚かせちゃったけど、許してくれるかなぁ。

 

「例の薬、一本でも良いので出来上がりましたか?」

 

 ごどごどと中から慌ただしい様子が伝わって来る。あの人、また部屋の中ぐちゃぐちゃにしているのか……? 製薬するとき、つい散らかしてしまうと言っていたが。あぁそうか、私が頼んだあの薬を作るのに散らかしたのね。手伝ってあげた方がいいのだろうか……?

 

「いや、もう遅いか」

 

「……何を言っているのですか? それより、さぁどうぞ、お入りください」

 

「えぇ、失礼します」

 

 あぁ、やっぱり整理されてる。何でものの一分も掛からずのここまで整えられるのか。それとも本当は然して散らかしていないのか。うーん、わからん。

 

「座ってください。薬をお渡しするのは後でです、少し付き合ってもらいますから」

 

「あははっ、何だか久々に感じます。お話ですよね、いいですよ」

 

「えぇ、私もこの時が待ち遠しかったです。紅茶でよろしいですか?」

 

「もちろんっ。ですが今日は甘めでお願いします。少し甘いものを欲しているのです」

 

 なんだか甘いものでも食べたいのは事実。今お菓子でも出されたのならば全部食べてしまえそうだ。健康によろしくないぞ、でも食べちゃう。

 間抜けなことを考えている間も、紅茶の注がれる音だけが部屋にゆらゆらと漂う。甘ったるい香りが鼻孔をくすぐり、目を瞑っているとそのうち、テーブルに求めていた香りの源がやってきた。

 うん、我慢できない。一気には啜ることなく、少しずつ喉へ流した。ただ熱いのではない、飲みやすく、それでいて冷えている訳でも無い。

 

「デートでしたね」

 

「っん~~!? ゴホッ、うっ―――っはぁ、き、気管に入る、というか入った……」

 

「あらあら図星でたか。でなければ誰となんて言ってもいないのにこの反応はあり得ませんものね」

 

(むごい)いことしますね……ごほん。お察しの通り、はい、その通りです。昨日のはデートですけど、私は何も悪い事なんてしてませんから、責められる謂れなんてありませんからね!」

 

 アイズとのデート中、ついでとばかりに薬をお願いしようと立ち寄ったのはやはり馬鹿だったか……だがそれ以外に行けそうな時間もなかった。仕方ないことが招いた結果だ、諦めよう。

 というか飲んでいる最中に切り出すとか、本当に容赦ないな。態となのも確実、やはりこの人性根から腐ってやがる……類は友を呼ぶというが、まさにこういうことか。

 

「薄々そうではないかと感づいてはいましたが……信じたくないものです、羨ましい」

 

 も、もしかして……私これから散々に罵られるのではないだろうか。そんな予感が強く私を震わしているのだが……今のうちに逃げた方が得策か? ここに来たのが無駄足となるけど……

 

「逃がしまんよ?」

 

「ですよねー」

 

 心読まれたらもう終わりだ、何もかも諦めるしかない。

 

 素直に従って二時間程つきあいました。罵られるだけの方が、マシだったです。はい。

 

 

   * * *

 

「あぁ、燃え尽きた……私の魂は、あとミノムシほど……」

 

 もう疲れたよ、肉体ではなく精神が。あの人本当に口が上手いよなぁ、羨ましいくらいに。あれだけ人の弱点を容赦なく的確に突ける能力、それはもはや凶器だ。もう、あの人を怒らせないようにしよう。

 目的は果たせたし、別段問題ないのだけれど……あっ、この後アキさんの所に行かなくちゃ。その前に『この薬』か、嫌だぁ、苦しいし気持ち悪いし、性転換の辛さをあの人は知らないんだ。こっぴどく言ってやろう、アミッドさんに倣えばできるはずだ、たぶん。

 

 とぼとぼ歩いていると視線がずきずきと刺さって来るが、気にしていられるほどの余力(ハート)が今の私には欠けている。卑しい目線も度々感じるが知るか、襲って来たら熱い拳を贈ってやるよ。

 

「……シオンさん!」

 

「……? 気のせいか、誰かが私を呼んでいる……あぁそうか、黄泉の神がとうとう――」

 

「な、何をおっしゃっているのでしょうか……? それより、大丈夫ですか。かなり疲弊されているように見えまして、声を掛けずにはいられず……」

 

 あっ、どうやら呼んでいたのは黄泉の神ではなく森の妖精だったようだ。よかったぁ、今なら誘われても気づけなかったからな。死と同義の場所へと行くのは現在お断り中だ。

 それで、だ……この人、ちゃっかり私の手を握っているけど、どういう事だろう。

 

「あの、本当に大丈夫ですか?」

 

「はははっ、大丈夫なわけ無いでしょう。弱点を見抜かれた上に散々責められる拷問をぶっ通し約二時間受けていましたからね。全く、あの人は本当に病んでいますよ。でも殺しちゃダメですよ、ほら、殺気抑えて。周りの人が怖がりますから、ね?」

 

 この人の琴線に触れる度合いが今一掴めん……そりゃ現【アストレア・ファミリア】の団員にとっては拷問といった類は見逃せないだろうけど、あの人を殺されちゃぁ困るのは何よりオラリオだ。

 

「って、ここ豊饒の女主人前でしたか。歩いても意外とすぐ着くものですね。気づかなかった」

 

「自分の歩いている場所が理解できないほどに……!? シオンさん、ぜひうちでお休みください。疲れを溜めるのはよろしくありません。ミア母さんにお願いして、多少は安くしてもらいますから……」

 

 そんなオイシイ話を持ち掛けられては、無視するわけにもいかんだろう。素直に手を引っ張られて、初めてここに来た時を思いだす。そう言えば私、初対面の時、この人にがっつり敵意向けてたっけ。今じゃあそんなのからっきしだけど。この通り、カウンター席に何事もなく案内されている。もっといえば、この人は私が謝礼代わりに贈った着物と(かんざし)を常時着用してくれている。使ってもらっているのは、正直嫌な気分はしない。

 

「紅茶でも構いませんか?」

 

「コーヒーでお願いします。さっき甘いモノはたらふく食べたので、次は苦いものが欲しいです」

 

「はい。ではブラックで」

 

 とことこ、もうすっかりと慣れた足取りで厨房へと姿を消すリューさん。あのうなじにかぶりつきたい……すっごく美味しい血が飲めそう。でもそれはダメなんだよなぁ……直接での吸血は禁止ってアマリリスに言われちゃったし。視界が半分紅く染まったけど、これは抑えなくては。

 じゅるりっ、音を立てて唾を呑みこむと、周りの奥様方から白い目で見られた。すみません、行儀悪くて。

 

「どうぞ」

 

「どうも……って二つ? あぁそう言うこと。サボって大丈夫なんですか」

 

「忙しい夜はともかく、今は問題ありません。まだ昼時にもなっていませんので、比較的落ち着いた時間帯となっています。これなら、ミア母さんも怒りはしないでしょう」

 

 確かに、騒がしい夜とは異なって今は落ち着いている。のんびりとした雰囲気の中ゆったりと安らげるような空間、といったところか。昼夜で様変わりするなぁ、メニューの価格も。

 私の隣に行儀よく腰を下ろすリューさん。随分と慣れているように見えて、ぎこちなさは欠片も無い。もしかして、着物着たことがあったのかな?

 

「あの、シオンさん……休憩のついでといっては何ですが、少しばかりお話に付き合ってはいただけませんか……?」

 

「それくらいなんともないですよ」

 

 なにか私を連れ込んだことには理由があるとは思ったが、悩み事だろうか。他に―――あ、もしかして。シルさんが言っていた『エルドラド・リゾート』とかか……?

 

「つい最近のことです。私はある人の頼み……いえ、もはや頼みではなく、私の一方的なお節介ですが、その対象となる人が賭博で掛け金の担保としてしまった娘を、助けようとしていまして」

 

「助ける? 何故。担保としたなら、どうしようもなくその人が馬鹿なだけでしょう」

 

「そう思うのも仕方ありません。ですがこれは、昔からある悪質な手口。担保とされたアンナ・クレーズさんは巷で噂の美貌の持ち主で、神から求婚されるほどだそうです。ですから不運にも狙われたのでしょう。そういった人を標的として、賭けの担保とさせ、インチキを用いて勝利……」

 

 なるほど、そういうことか。どちらにしろ、その娘の親は相当なクズだがな。インチキも見抜けないとは、勝負事にゃ向いとらん。早々に身を引けていればよかったものを。愚かなり。

 それにしても、単純なのに抗いがたい力がこの行為の主軸となっているのだろう。賭博は基本禁止されていないが、担保に人を掛けることは原則禁止されている。だが、担保を掛けるほど負け続けて借金をしたということはその人にとっても赤裸々な情報。ギルドになど申し出れない。たとえ娘が盗られても、告白すれば共倒れに終わるだけだ。だがこの場合、相手は治外法権の住人。必然的にこちらの一人負け。

 

「随分と厄介な。そんで、相手が『エルドラド・リゾート』とは面倒臭いことこの上ない。リューさん、正気ですか。いっちゃって、かなり馬鹿なことしようとしてますよ」

 

「……承知しています。シオンさんは理解が早いですね。こんな無謀、自分でも馬鹿だとは思います。ですが、私は明日の夜、計画を実行します。成し遂げなければならないのです。私の名に、アストレア様の名に誓って――」

 

 重いことを軽々と言ってくれる。

 招聘(しょうへい)状があれば確かに侵入は容易だろう。だがしかし、それだけだ。最大賭博場(クラン・カジノ)の警備は厳重、監視も十全……そんな中、たった一人で行くのは無謀も甚だしい。彼女だってそれを理解しているみたいだ。だから、こうして話を持ち掛けたのか。私に、手伝ってほしいとでも言うのだろうか。

 

「無理ですよ、そんな厄介事。これ以上目立ちたくありません」

 

 先立って宣言して、悠々とコーヒーに口をつける。うん、美味い。

 横目でリューさんを見ると、だが彼女ははたと首を傾げているだけで、何のことか理解していない。もしかして、的外れな予想をしていたのか、私……?

 

「あっ……あ、あの、流石に私もシオンさんに手伝ってもらおうなどと烏滸がましいことは思っていません。あまり迷惑はかけたくないので。ですが、少しばかり知恵を貸して欲しいと思いまして」

 

「なっ、なぁるほどねぇうんうんわかってたぁうんわかってた……! ち、知恵、そう知恵ですよね! どどどどうぞお聞きくださいっ……」

 

 ヤバイ、死にたい。公開処刑だ。会話が聞こえていたであろう近くの方々にくすくす笑われてるし……恥ずかしいことこの上ない。いや、あったわ前例が。つい数十分前まで。

 

「なんかそう考えると、もうどうでもよくなってきたなぁ……」

 

「シ、シオンさん? 目が、その、死んでいます……」

 

「あははっ、お気になさらず……」

 

 この人は別に狙ったわけでも仕掛けた訳でも無いから、私が一方的に恥をかいただけという……もう、どうしてやろうか。目が死ぬのも仕方ない、この遣る瀬無い気持ちのあたり場を探しているのだから。  

 さて、知恵と来たか。正直、私もミイシャさん同伴の下『エルドラド・リゾート』に突撃するというのが楽な気がして仕方ないのだが。お金あるし、カジノには多少興味あるし。

 

「『エルドラド・リゾート』に彼女の身柄があることは判明しましたが……その先、どのような待遇を受けているか。立場はどうか、実際に見つけられない可能性がある等々懸念は尽きず―――」

 

「あぁ、なるほど。この手口には前例があるようですが、その時はどうでしたか?」

 

「まちまちです。娼婦として売り払われることや、奴隷にされることなどがよく見られましたが、それも多種におよび、断定するのは難しいです」

 

 ふぅん、相変わらず人間ってのはクズばっかだな。他人事じゃないが、さて今回はどのようなことになっているかね。容姿の噂が事の発端だから、娼婦として売り払われる可能性は低い。相手が征服欲とかある面倒臭い人間だったら、もう奴隷にされて相当酷い目に遭っているだろうけど。

 いや、今境遇について深く考えたところで無駄だ。問題は救出方法と、対象の居場所。

 相手はカジノの経営側だ。恐らくカジノに対して素人であるアンナ・クレーズが従業員として表に出ていることはない。すると、ただ入って賭博(ゲーム)をしていたとしても巡り合えることは無いだろう。

 可能性として高いのは……オーナーの側付きか。でないと態々リスクを冒してまで彼女を攫った意味がない。だとしたら、オーナーとの直接対峙が最も有効。

 

 黙々とコーヒーを飲みながら考えている私に、リューさんはもじもじと落ち着かない様子でこちらを向いていた。早く意見が欲しいのだろうが、もうちょっと焦らしていたい気もする……流石にそこまでいじわるはしないけど。

 

「リューさん、特別待遇(VIP)というものは『エルドラド・リゾート』にも存在していますか」

 

「――! えぇ、恐らく。なるほど、そういう……」

 

 理解してもらえただろう。以前ミイシャさんと賭博についての話題が挙がった時に話したのだが、彼女によれば、

『勝って目立って且つ容姿が良ければ、特別待遇(VIP)なんて簡単なの。オーナーと少し話すことができればその後はチョロいの。男って大抵単純だからね~』

 らしい。何やってんだギルド職員と以前も思ったが、問題はそこではなくさらりといった特別待遇(VIP)についてだ。今回の件では非常に有益な情報、そして有効な手段。

 

「私の知人によれば、『勝って目立って且つ容姿が良ければ』容易く受けられるそうなので、とにかく勝ちまくることが良いでしょう。そこで多少金を使ってやれば、嫌でもオーナーの目に付きます。しかも相手は相当な女好きでしょう。リューさんくらいの美少女ならば然して時間もかからないでしょう」

 

「―――美少女と言ってもらえたのは嬉しいのですが……実は今回、女としてではなく、男として潜入することになっていまして」

 

「これまたどうして」

 

 心なしか照れるリューさんは、溜め息でも吐きそうな声で諦めたようにさらっと面白そうな―――こほん、重大なことを零す。確かに男装は似合いそうだが、女性としての格好の方が綺麗なのが事実。このままでいた方が有効だと思えるが……

 

招聘状(しょうへいじょう)により潜入するのですが、送られたのはマクシミリアン侯爵夫妻でして、つまりは夫婦を演じなければ不審がられるのです。夫人役としてシルが立候補しまして、消去法でこうなりました」

 

 なるほど、リューさん独りで行くわけじゃなかったのか。シルさんがあれほど興奮していたし、明らかに乗り気で、面白そうだからとかの理由で行ってしまいそうなのを納得できてしまうのがもうどうしようもない。

 リューさんも大変だ。心配はなによりも、シルさんの身の安全なのだろう。

 

「まっ、頑張ってください。私にはどうしようも無いことですしね。相手は法外な輩ばかりでしょうから、何をされても可笑しくありません。お気をつけて」

 

「えぇ、勿論です」

 

 ふぅ、と一息ついて、束の間にちびちび飲んでいたコーヒーを全て喉に流し込む。もうほどよい温かさで、喉が悲鳴を上げることも無い。苦みに混ざった深く芳しい香りが口いっぱいに広がって、余韻を楽しんでいるとリューさんがつんつんと、上着の裾を引いて来た。毎度思うがその一歩引いた感じの呼び方、恥ずかしいからもうやめてね? 

 

「まだ、居てくれますか……?」 

 

「―――――卑怯」

 

「はい?」

 

 これは不味い。『調教』された人間でなければコロッと堕ちてしまうだろう。このあざとカワイイ女め、こんな私でもドキッとしてしまったではないか。底知れぬ魔力を感じる。これが魅了の力か……! いや、エルフに魅了能力なんて無いのだけれど。

 

「『氷の零涙(アイス・ドロップ)』と『楓の落葉(メープル・フォール)』を甘さ弱め……それと加えて、ハーブティーもお願いします」

 

「あっ、は、はい、お承りしました。こちらはお持ちさせていただきます」

 

 切り替え速いな。さっさと飲みきったカップを持ち去っていったぞ。うん、真面目なことは大切なこと。勤勉に働くのは非常に好感が持てる。私は働きたくなどないが。 

 

 因みに、『氷の零涙(アイス・ドロップ)』とは、味と色の付いた甘い氷。レシピは知らないが、どういうものかという説明は誰でも簡単に済ませられる。雨上がりに葉から零れる瞬間の雫のような形をした、彩り鮮やかな舐めて楽しむ小さな氷だ。三つでお値段100ヴァリス。そして『楓の落葉(メープル・フォール)』というのは、(メープル)という非常に有名な木の特徴的な葉の形を模った『あんこ』なるものが入ったお菓子だ。こちらもレシピ不明。興味はあるけど営業秘密で聞けるわけがない。

 

「これで最後にしますかね……」

 

 休むと言っても、そこまで長居するわけにはいかない。やることはまだあるし、明日の夜までには済ませなければならないというリミットまでできたときた。逆に急がなきゃ不味い気がしてきたぞ……どうしよう、大丈夫かな。

 

「どうぞ、ハーブティーの方にはサービスで疲労回復に効果のある花の砂糖漬けを加えてあります。私はミア母さんに買い出しを頼まれてしまったので、そちらに向かいます。シオンさんはシオンさんで、ごゆっくりしていってください」

 

「そうですか。もちろん、サービスもされてしまえばゆっくりしていきますよ。それと……もしかしなくてもリューさん、その格好のまま行くつもりですか?」

 

「えぇ、シオンさんに頂いてから、気に入ってしまって……それに、ミア母さんにもこれを着ておくように言われていますから。私だけ、コレが制服になったようです」

 

 うん、なんといいますかごめんなさい。全面的に私が悪かったです、でも可愛いので許してください。前も良かったが今は更に素晴らしいのです。

 なんてあほなことを心中で叫んでいると、その内にリューさんはとぼとぼ行ってしまった。

 ゆっくりとは言ったけど、そこまでのんびりしていられないのが実際のところ。ごめんねリューさん、すぐに帰っちゃいます。

 

 

 

 



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約束を果たしに

  今回の一言
 特殊な趣味がある、そう言われて何想像しました?

では、どうぞ


 すりすり。衣擦れ音だけがやけに目立つ暗室、茜色の光には幻想的な模様を作り出す力はあっても、世を照らし出す力は比較的乏しいらしい。 

 弱々しくも確かな寒気が背筋から一息に走り出す。やはりこの体、全然違う。たとえ日の出前でも寒さを気にしないはずなのに、こうも敏感に感じてしまうのだから。感覚が鋭敏になることには得もあるが、その二倍は損もある。所詮一日二日この体でいるだけなのだから、意地でも我慢する他ないのだけれど。

 

「う~~っん、はぁ……変身成功、今のところ問題なし。服もばっちり、すっごく可愛い。こりゃそこらじゅうの野獣がうはうは寄って来るレベルだな。怖い怖い、殺しちゃわないか怖いよ……」

 

 変身直後は多少なりと感覚の齟齬がおきる。半日もすればある支障ない程度にはなり、一日二日で完全に馴染む。それまでに襲われたとなれば、それはもう私の所為で周りがすんごいことになる。具体的に言うと跡形もなく吹き飛ぶ可能性がある。それが何よりも怖い、本当に……

 

「さっそく行きますか、感覚ならしに普通に歩いていきましょう」

 

 尚、単なる見せびらかしでもある。正直なところ、周りが度肝を抜き、唖然として此方を見ている様が面白くて仕方ないのだ。はまってしまったと言ってもいい。

 目立ちたがるような性質はなかったはずだが、性格もほんの少しばかり変わっているのかもしれない。

 

「おぉ、今日も相変わらず暴れてるなぁ……少しは落ち着けないのかい『狂乱』」

 

 背に掛ける『私』の愛刀『狂乱』、鞘にでさえ触れると脈打つかのように伝わる(おびただ)しい気配と呪い、常人ならあてられただけで折れてしまう程の圧倒的呪縛。符は一枚を残して取り剥したものの、十二分に効力を発揮し得るのだが……これ、もしかしなくても『封印符』の効力って時間を置けば下がるモノなのか……?

 

「呪いが強くなっている可能性も否めんが……見たくない現実からは目を逸らす。それが私の流儀」

 

 ただの現実逃避、本当にそうなら後々するだけ無駄になるから、今くらいはさせてくれ。

 我が愛刀は非常に心強いが、逆にそこが難点。小回りが利かない――最低攻撃力が低いと言ってもいい。だからといって物理(こぶし)は素人の私では不格好になって、矜持(プライド)が拒絶を強く示している。

 まぁ実際のところ、これは冒険者にとって基本中の基本。武器は一つではなく、数多もつこと。両袖の内側に短刀、ロングスカートの内には片腿にベルトでニ十本の針を仕込んでいる。

弛緩誘起(ライトスタン)』という医療用の麻痺薬がそれぞれ使われているのだ。血液中に侵入すれば即効し、全身に巡ることで筋肉を弛緩させる。多量注入は心機能停止の恐れがあるから、治療で使われるレベルをアミッドさんに教えてもらって、安全に使用中だ。専ら殺人に使う気は無い。

 

「準備完了、さぁ、死地へ赴こうか」

 

 灯りの無い、廃れて尚居住機能を失わなかった壁の中のとある一室。その扉を押し開く。

 射し日さえも消え行った世界に行く。

 

「お願いだから、起こる問題は小さなものにしてくれよ……」

 

 問題が起こることが前提なあたり私らしい。言ったあとに、呆れるものだ。

 

   * * *

 

 かっ、かっ―――等間隔で打たれる音がただひたすらに私の緊張状態を煽る。その間にはカリカリ、サーサッサーと聞き慣れない音が色合いを異ならせながら滞ることなく鳴っていた。

 

「……どうしてこうなった」

 

「黙って、動かないで。ほんの少しでもずらしたくないの、お願い」

 

 殺意まで(はら)まれた(こえ)が私を刺し、空間に固定されたかのように動くことができなくなる。一つ彼女は(うなづ)くと、また真剣に描き進める。

 熱心に一つのことへ打ち込んでいるアキさんに対して私はナンダ、何故ドレスに着替えたうえに、もう三十分もただ座らせられているのだろうか。

 

「へくちゅっ」

 

「……ごめん、でも動かないでって言ったよね」

 

「さ、寒いんですって。女性の体ってどうして発熱量が低いんですかね……あ、はいはい大丈夫ですって。姿勢くらい憶えてますから」

 

 腕から肩まで全て曝している漆黒のドレスは、風などがなくとも非常に冷え、動くことができないのなら尚更寒さを感じてしまう。

 いつになったら終わるのかすらもわからないまま、完全に同じものへと戻した姿勢のまま、何もできない暇つぶしに思案へ耽った。その間も顔の眉一つすら迂闊に動かせない。彼女の意識が逸れた隙に目を開いて周りを見るのがやっとだ。

 

 さて、事の発端へ振り返ろう。いわずもがな彼女に会った時だ。

 黄昏の館に着いてまもなく、私は彼女に捕まった。抵抗することも無く連れられると、彼女の部屋へとぶち込まれた。するとようやく彼女は言葉を発し、

 

「脱いで」

 

 と一言だけ。それきりごそごそとクローゼットを漁り始めた。

 恥じらいは勿論あった、だがしかし、今まで伸ばしに伸ばした彼女からの『お願い』を今日までも無下にしてはイケナイと、仕方なく脱いだ。じゅるりっと傍で聞こえた音に悪寒を感じながらも、警戒心全開で『狂乱』片手に下着姿で物陰に半身隠して待っていると、ふと彼女は私にドレスを差し出して、

 

「着て」

 

 また一言告げただけ。この人単語で会話するのではないだろうかと疑いながら、恥ずかしくてもじろじろ見られながら着替えると、驚くべきことにサイズが丁度。いつ採寸されたんだ。

 ごごごと音を立てて引かれた椅子に顎をしゃくられて「座れ」と、もう言葉すら発すこと無く示された。諦めて座ると、彼女は黙々見慣れないモノを出し始めた。聞くと『画用紙』だの『鉛筆』だの知らないモノばかり――専用品(オーダーメイド)だから当たり前のようだけど。

 私の対面に膝を揃えて座った彼女は、やっとのことでまともに話し出した。

 

「セア、私は貴女に惚れました」

 

 訳の分からない切り出しで。

 心なしか丁寧な口調で、真剣みがしかと伝わるその顔に、私は数秒、時を忘れていた。

 ふるふる頭を振って平静を取り戻すと、大きく肺の空気を吐き出した。感情を零へ還元すると、すぐに落ち着きは取り戻せる。

 

「説明、求めます」

 

(むご)いことお願いするね。でもいいよ、簡単な話だもん。一目惚れされる自覚はあるでしょ、私もその有象無象の内一人ってだけ。でもちょっと特殊で、お願いできる権利があった。そして私にはちょっと変わった趣味がある」

 

 ぺろり、妖艶な舌なめずりを見せられて、ぞくぞくする高ぶりと凛冽(りんれつ)たる世界へ取り残されたかのような寒気に同時に襲われ、もうどうしていいのか、思考がままならない。

 その趣味とは何だ、アレか、あっちなのか、それとももっとすごい――!? と期待もとい恐怖を感じてると、案外それはあっけなく崩されてしまった。

 

「ビビっと見た瞬間に思ったの。『この人を描きたい』って」

  

「そういう趣味かよ……」

 

 確かに、そりゃ少し変わっている。数十年前の一大ムーブを期に大流行したが、今やもうその波も潰え、殆ど絵を描く人なんていない。今時絵で食べていけるほど、価値重要度が高くないのだ。  

 趣味ならば今でも絵を描くことを納得できる。今言われた通り、私はどうやら人物画のモデルとされるらしい。これがアキさんからのお願いだ。まだマシだと思っていたが―――

 

―――今に至ってみると、全然そんなことはない。

 

 あぁ、早く終わらないかなぁと、眉一つ変えず願い始めた。

 そしてはやニ時間が過ぎると、

 

「―――できた」

 

「あぁ~っ、やっと解放されるぅ、腰きつい腿痛い眠っちゃそぅ……」

 

「ちょっと、そんな年取ったみたいな言動やめてよ。せっかくの美しさが台無しになるじゃない。どうしてそんなことも考えられないの、馬鹿なの? あと腕上げると落ちるよ?」

 

「うわっと、早く言ってくださいよ……」

 

 本当に落ちるところだった、あぶないあぶない。解放されたことに気が抜けていたよ。アキさんは女性、さっきなんてもう下着姿を曝した……でも、また違う恥じらいがあるのだ。 

 彼女は物憂げに己が書いた絵を眺めていた。できたと自分で宣言したのに。

 

「まだ納得できない所でも?」

 

「……セアの美しさを、全部表現できない」

 

「はははっ、そうですか。見せて頂いても?」

 

「――見る権利は、あるもんね。いいよ、ごめんね下手クソで」

 

 謙遜しながら、彼女は一枚の厚い紙をなげやりに手渡してくる。端整な顔が溜め息に歪み、むすっとした彼女は乱暴に立ち上がって、自分のベットへ思いっきり飛び込んだ。軋む音が鳴り、それきり彼女は動かない。窓の外にポツンとある玲瓏(れいろう)(きん)(ぎょく)を眺めるだけ。

 そこまで見届けて、やっと渡された紙へと目を落とした。

 

「――――」

 

 ただ無言で、じっくりと眺める。白黒の絵。

 『鉛筆』というのは素晴らしい、ペンで描くのとは異なり、ひっそりとあるかのような柔らかさが表現されている。全体的に黒の系統色だが、明暗ははっきり見て取れた。難しいであろう陰の表現も感じ、彼女が絵を描くことに生半可な気持ちでないことが窺える。

 紙には、目を瞑りお行儀よく座るドレスを着た女性がいた。本がまばらに詰められた棚、木目がはっきりみえる壁や床。下に敷かれるカーペットから首から下げるネックレス、薬指にはまる指輪の紋様まで繊細に、細やかに、たった一色に秘められた鮮やかさをもって表現されていた。そこには確かに、切り取られら世界があった。

 私にはこれのどこに納得ができないのか、理解に及ばない。なら満足とはどうしたらなれるのだろうか、訊いてみたいものだ。だがそれを言うのは憚られた。

 決して下手なんて言葉が当てはまらないこの絵。ならなんて言葉が当てはまるかいったら―――ダメダ、思い当たらない。

 静かに、その紙をあるべき場所へ戻した。彼女はそこにおいて描いていたから。

 

「あの、もう着替えて良いですかね」

 

「うん、いいよ……」

 

 疲れきった声が返された。それだけ彼女はこのたった一枚の絵に尽力したのだろう。

 絵を、それに写された彼女の想いを想像しながら、のんびり着替えを進める。

 来た時と変わらない姿へ戻った時には、彼女が私の着ていたドレスを片付け始めていた。

 

「―――はぁ」

 

「……今一噛み切れないですねぇ。何ですか、気に入らない所があるなら抱え込まずに声に出してくださいよ。不満なんて何時までもい自分の内に秘めていたら、いつか一気に爆発して大変なことになる。少しずつ空気を抜いてやったほうが得策です。ほら、挑戦してみなさいな」

 

 やるせない思いのやり場に困っていると言わんばかりのアキさんに、妙な苛立ちを覚えて底冷えした声で言い放つ。クローゼットのドアの奥に隠れて見えない彼女、だがびくりと震えたことは確かだった。 

 がくんと音を立てて閉まる戸、下を向いた彼女はその戸に手を当てたまま数秒硬直していた。するとすぐにぱっと顔を上げて、意を決したかのような張りのある声で堂々発す。

 

「セア、ちょっと氷像になってくれないかな」

 

「アホか」

 

 まさかだよ、信じがたいよその発言は流石に……!

 ほんの少しの失望を隠せないでいると、また更に彼女は畳みかけて来た。それこそ怒濤の如く。

 

「じゃあ脱いで」

 

「もう嫌だよ御免ですよ!」

 

「なら新しい意見を頂戴よ!」

 

「んなのあるわけ無いでしょう!? 光景を模写する程度しかできない私にどうこう口出しなんてできませんし、人それぞれにある画風も鑑みれば評価なんてそもそも難しいでしょうが!」

 

「知らないよ画風なんて! 満足いかないものを最上へと引き伸ばそうとして何が悪いわけ!?」

 

「何も悪くありませんよ伸ばそうとすることくらいは! ですが、だいったい、この絵のどこが悪いって言うんですか! 精密で綺麗で、こんなにも素晴らしいというのに!」

 

「そんなこと無い! 全然素晴らしくなんかないし、高評価されるほどの良さなんてどこにもない! だってこんな絵、二度見ればすぐにわかっちゃうじゃない―――」

 

 叫びちらす様から一転、黙して彼女は己が描いた世界を取りに行く。悲しそうな顔をして目を落とし、愛想を尽かしたかのように目線を世界から逸らした。現実へと戻った彼女が、鼻で笑って絵を投げた。

 足元へ滑り込んだ『画用紙』を拾い上げ、(かえ)して正しく絵を見る。

 

「――心がどこにも、無いって」

 

「――――」

 

 何も、言えなかった。理解すらできるはずもなかった。

 素人が何を言ったところで変わらない、変えられない。彼女にとっては慰めどころか侮辱に値するだろう、私の言葉なんて。

 だから、ただだんまりを決め込んだ。

 

「一度目は思ったよ。『凄い、こんなに綺麗なのは初めて描けた』って。でもね、二度見たら思っちゃった、見つからないの、心が。ねぇ、貴女には見える? セア――ううん、シオンさん」

 

 いわば上辺だけの存在に尋ねるのではなく、彼女は本当を聞いて来た。包み隠さず、嘘なんて望んでいない。何も言わずにただ絵を眺めているだけの私を、彼女は許してくれない。強欲にも私を逃がす事なんてしてくれない。

 まっすぐに射貫く彼女の目線が私を突き刺す。迫られる解答に、何も言えぬ私。

 

「ごめん、せっかくモデルになってもらったのに、その程度しかできなくて。私、()()()()だから」

 

「……そうやって、自分の持つものを蔑ろにしてしまうのですね」

 

「えっ?」

 

 思い余って口から漏れてしまった本音。それは今の自分から出た声とは思えないほど鋭く、それこそ刃のように研ぎ澄まされていた。静かで、怯えるには十分すぎる声音。不意打ちの彼女は、たじろぎ、腰を抜かしてあっけにとられた目を見せる。

 悪く思いながらも反省はしない。ここまで来たら、もう全部言ってやる。  

 

「私に、絵に宿る心なんて理解できません。見つけることもできませんし、判別すらできない。ですが、その人が込めた気持ちくらい、理解できないほど、私は鈍感では無くてね。どうしてそこまで心に拘りますか? 心が全てですか、それが無ければ空っぽになりますか。そんなことない。この絵には貴女が詰めた思いがあって、真剣に作り上げた一コマの世界があって……貴女が言った、その程度。ヘタクソなんて卑下しないでください。これにだって価値がある。己が描く世界に、責任を持ってください」

 

 投げ返した紙は、尻餅をつき私を見上げる彼女の手元へ計算通りすべり込む。力無く彼女はそれを掴み上げて、

 

――くしゃ

 

 音を立てた紙が勿体なくも、握られ破れる。だが私は、ソンナ終りも間違っていないと思った。

 彼女の責任の取り方は、世界を壊す事だった。

 

「――もう一度、お願いしてもいいかな」

 

「ふふっ、そうですか。壊して終わりではなく創り直しますか。面白いです、いいですよ」

 

 なんせ私にだって彼女を急き立てたという責任がある。人にああだのこうだの言っておいて、自分は何もしてあげません、なんてことは筋が通ってない。

 やる気に満ちている、だがしかし引き締まった好い顔の彼女はせっせと準備を始めた。

 

「……なに」

 

 早速クローゼットからドレスを取り出したのは、止めたけど。

 吐息がもう白くなる。肌を刺すような寒さを着込んでも感じるのに、ドレス一枚なんてもう地獄も同然だ。

 

「お願いです、寒くない格好にしてください、本当に……」

 

 部屋に一つ、白いため息が生まれた。

 何故、協力している私がこうも呆れられないといけないのだろうか、不思議だ……。 

 

 



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面倒は私を異様に執着しているようです

  今回の一言
 週一ですら苦しいのはどうしてでしょう……?

では、どうぞ


 初恋だった。無縁と思い続けていたその想いが芽生えた瞬間――そう、彼女に遇ったことは。

 一目惚れしていた。不格好で、ファッションに関してみてもそれほど女らしくもないけど、溢れ出て来る魅力は私を搦めとり、縛り付けた。嫣然(えんぜん)と微笑まれれば息苦しく鳴るほどの緊張に襲われ、一つ透き通った声を聞くだけで、もう全身が震えあがってしまう。

 彼女は宛ら美の女神。始めはそれを信じては疑わず、気さくに話しかけてくれても堅い言葉での返答ばかり。でもその正体が彼だと知った時には、この世界の異常さに驚きを通り越してただ呆れていた。

 その恋が奇怪なものだという自覚はあった。そして彼が――シオンさんが誰を好きかというのも知ってしまったし、諦めもつくだろうと、()()()()()()()()を終えた帰り道でとぼとぼ思っていたのに……一晩明かしても尚、その想いが消えていることも無くて、それどころか強くなっていて。

 

 そんな時に思い出したのが、ずっと好きだった絵。幼いころからの取り柄。

 

 鉛筆をもったらもう止まらなかった。ひたすらに紙へ思いをぶちまけ、叶わないであろう世界を描いていく。その手つきに迷いはなく、時折紙を濡らす原因にさえも、不思議はなかった。

 そうやって、諦めもつくかと思っていたのに……また、彼女は現れた。

 正気を保つだけで精いっぱいだった。底しれぬ嫉妬(怒り)が、噴出する溶岩の如き勢いで私を包み込んで―――それからのことは正直よく憶えていない。気づいた時にはシオンさんを押し倒していて、あまりの恥ずかしさと背徳感に無言で立ち去ってしまった。

 はや数分して、私が『シオンさん』ではあなく『セア』と会う約束をしたことを思い出し、泣いて叫んで転がり回って、小指をぶつけたその痛みさえも吹き飛ばすほどの悦びがふりかかった。純粋に考えて、アレが今までの人生で最大の幸福。

 

――そして、眼前に立てかけてある、一枚の紙。その中の小さな一コマの世界。

 

 それもまた、私を幸福へと至らせる。何度も何度も、どう見たって、その評価は変わらない。

 満足できる、彼女を納めた『世界』を創り出せた。彼女の魅力なんて、疲労の所為で一番でき悪く表しているし、所々が大雑把で、率直に言って汚い。でも、私はこれが最高だと思えた。

 

 完全じゃない。不完全でもいいんだ。下手な完全は、不完全よりも見劣りする。

 私に完全を描ける技術なんて無かった。ならば端から、不完全な世界でいいじゃないか。

 

 こんな暴論、この人は理解してくれるだろうか。許してくれるだろうか、納得がいかないと怒ったりしないだろうか―――否、考えるだけ無駄。セアは物を否定してないことがもう判明している。

 今はこんな、あどけない顔で、浅くか細い呼吸をして、ゆったり眠る可愛らしい子供にしか見えないのに、実は頑固で意思が固い。どんなに頑張っても、彼女は絵に対しての意見を抽象的かつ客観的に、つまりは私情を一切交えず他人として評価していたのだ。そこを曲げてくれれば、ささやかな欲が満たせたのだけれど。

 

「でも……寝顔描いたら。流石に怒られるかなぁ」

 

 絵の中央に居座る、首を前に若干投げ出している女性。今までは意図的に目を瞑ってもらっていたけど、自然体の方が遥かに現実味があった。思わず、作品を途中で破り捨てて、新たに書き始めてしまうほどに。

 私と同じで疲れているのか、セアは椅子に座ったまま眠ってしまった。だが下手に姿勢が崩れず、滅多に動くことも無かったので、モデルとしての役目は完璧に果たしていた。

 随分と彼女のことを縛り付けてしまったし、窮屈だったろう。解放を求めて眠っていたのなら、その意に沿わなければ。と、椅子から降ろしてベットまで何とか移動させると、脳内に不埒な考えが過ぎったが、頭をふって即座に切り捨てた。その代わりと言っては何だが、今は膝枕をしている。単なる自己満足に他ならない。

 

 だって、アイズさんの方を、彼女は望んでいるだろうし、『彼も』それを望むはず。 

 

 でも、今は身勝手な行動も許して欲しい。こうして隙を曝している方が悪いのだ。

 微睡に思考があやふやとなる。うたうたしながらも、目下にある彼女の美しい造形に目が奪われ続けていて、そのあまりにも非現実的な容姿に、私は夢か現か判断できずに――こっっそり、彼女に重なるように横たわった。

 

「少し、五分だけ……片付けはそれから……」

 

 誰にかもわからず言い訳しながら、脱いだ靴を放り投げ、彼女の慎ましやかな胸に飛び込む。

 至福の感触に包まれながら、私の意識は誘われたのだろう――――

 

 

   * * *

 

 私は、世の全性転換者に問いたい。

 自分が女であるときにおいて、朝起きたら猫人(キャットピープル)の美少女を抱き枕にしていた事実が発覚した時、一体どんな心境でいるのが正しいのでしょうか。

 興奮しますか? 悦びますか? 夢だと思ってまた目を閉じますか?

 私はもうどうしようもないので、諦めて現実を認めることにしました。

 

「そう、なぜなら私は何もしていないし、されていない」

 

 これはきっと何かの突発的な事故なのだ。よって、彼女に明確な意識がない今、私は不必要な誤解を受けないためにも、早々にこの場から身を退くべきである。

 幸い、来た時と変わらない格好だ。スカートのまま寝転がるなんて、なんて馬鹿なことをしているのだろうか。椅子に座っていた気がするけど……どこかで齟齬が発生したのだろう。例えばアキさんにベットへ連れ込まれたとか。……はっ、無いな。無い無い、そんなのありえない。

 

「ぅん……」

 

 すっと抜けたものを本能かナニカで感じ取ったのか、小さく呻く彼女に軽く謝罪を申してから、愛刀を背に携えた。うっすらと群青の光が空に広がる時間帯、いつもより些か遅いか。だが仕方ない、一日目なのだから。

 

 誰もいないと殺風景に思える赤絨毯の廊下、踏み心地を味わいながら階下へ。中庭から聞こえてくれる風切り音、配慮からか抑えられた気合。感じる気配に思わず足はそちらへ進んでしまうけど、ぐっと堪えて右へと逸れた。窓先から見えた金髪の彼女、自己鍛錬に勤しみ、こちらに見向きもしてくれない。少し寂しいけど、今日この時においては都合が良くて――自分の面倒臭さには厭き厭きするな。

 

「無断で立ち去るのは本来良くないのだろうけど、いっか。ファミリア単位の用があったわけじゃないし」

 

 それに、私にだって自己鍛錬の習慣というものがある。理由なく欠かすわけにもいかん。できるならやるのは当たり前。いつもより遅れているけど、今日は昼頃まで一切予定なんてない。体ならしに好きなだけ潜れる。

 

「う~ん、ダンジョンにでも行こうかねぇ。久々に感じるが、あそこにでも――」

 

 

    * * *

 

「ねぇオッタル、私そろそろシオンに会いたいわ。連れて来て頂戴」

 

 子供のように頬を膨らませた優雅に足を組む美の象徴の様はうらはら。どちらが本物かは誰も知れないが、今それを気にするほど無礼(ぶれい)千万(せんばん)な者はおらず、ただ一人後ろに控えているだけ。

 ただその従者さえも、その発言に若干頬を引きつらせていた。揺るぎない彼の精神も、このごろ程度と頻度が酷くなってきた女神さまの我が儘に摩耗され続けている。

 

「フ、フレイヤ様、それは流石に難しいかと。あの者は行動原理が予測不能です。確実な特定は不可能と思われます」

 

「それを何とかして頂戴。特定が無理なら偶然とかでも……ふふっ、ほら、見つかった」 

   

 ふくれっ面女神は腕を組み立ち上がると、愛おしいものを探すかのようにおっとりとした足取りで、支配者が見下ろすかの如き光景に視線を巡らせる。

 普段の無愛想な面持ちへと戻る従者のことを気に留めす、だが彼女は見つけた、二の腕を摩って苦そうな顔をする少女に気を注いだ。物騒な大太刀を背負う様は相変わらずよく目立つ。

 すたすた足早に、彼女は窓辺へ消えてしまって、その先はもう目で追えない。

 

「オッタル、何があったかは知らないけど、どうやらシオンはセアの状態でいるみたいなの。一応女性よ、手厚く歓迎しなさい。殺されない程度に本気を出すことは許可するわ」

 

「ご命令とあらば――」

 

 彼の【猛者(おうじゃ)】とて無茶に対してはげんなりともするし、嫌になることだってある。が、それを遂行してこそ主の一番手たる所以だ。今はその無茶もされど楽に完遂できよう。一番の難関である場所の特定さえできれば、後は比較的容易いこと。彼もとい彼女は案外素直で誠実な性格だ。一言声を掛ければついて来るだろうと踏んだ。

 

 彼女の面倒臭さを知らないまま、【猛者】は己が強さが通用しない戦いへと身を投じる。

 それはある種、独壇場で―――

 

   

    * * *

 

「だーかーらー女性に付きまとうのは男としてどうなんですかねぇ! 私、今あなた方に構っている暇はないんです! とっとと帰れ、ド変態!」

 

「変態……」

 

「そうだよ、何が都市最強だ! 都市最悪の変態の間違いですよ絶対! そうやって恥じらいの一つも表情に出さないから余計腹立たしい!」

 

 彼我の距離5M程で身を隠すように腕を抱く、そこはかとなく主神(フレイヤ)様に似た銀髪女性。甲高い声で怒鳴り侮辱し、罵倒を続けるその女を連れてこいと命を受けた彼は、人目を遠ざけられるダンジョン内で襲撃したのだが――

 

「貴方馬鹿なんですよね! 実はただ戦えるだけで、人のことを考えるのが苦手なんでしょう!? デリカシーの欠片も無ければ人の胸を触っておいて尚……! 謝罪の一つもない……」

 

「男が何を言うか。その程度のことをいつまでも――」

 

「その程度!? 今その程度って言いやがったなふざけんな! 一度女になってみればわかるんだよ! 恥ずかしいものは恥ずかしくて、アイデンティティなんてものも変わるの! わかったかあんぽんたん!」

 

「あんぽんたん……」

 

「返事はハイかイイエにしろ!」

 

「ハイ……」

 

 どうやら、己が不徳で相当怒らせたようなのだ。何をそこまでと不審で仕方ない事柄が、今明確になった。

 要するに、男ではなく女として扱えと言う訳だ。面倒極まりない。

 だがこうして言いくるめられている事実、彼もとい彼女の言うことは正しいと思っている自分が存在しているのだろう。

 奇襲は半ば成功したのだ。否、本来成功したはずだった。だがしかし、

 

――振り返った彼女に思わず、フレイヤ様を重ねてしまった。

 

 剣が鈍り、足が緊張。だが初速から始まる加速がそう止むはずもなく、体当たりという形になったらもう手遅れ。吹き飛ばしてしまうと覚悟した瞬間、彼女に受け止められてしまった。

 それで終わればいいものを、まだ続く。

 顔が突っ込んだ先は慎ましやかな胸の間、それにオカシナ声を上げた彼女は体重移動を見誤り、自分を背から倒してしまう無様を曝す。体重を傾けていた所為でもとろとも地へと衝突し、だが衝撃は非常に柔らかいものだった。

 その時点で気づくべきだったのだろう。が、自分にはそのような経験がない。

 悪魔のような経験はまだまだ続く。 

 体を起こそうとついた片手。乗せていたのは地面ではなく胸だった。

 あぁそう胸だ。柔らかく、確かに性別を知らせるその部位。繰り返される、忌まわしきその部位。

 それから真面(まとも)に受けた鞘での打撲による痛みは、奥歯を一本砕いた。 

 

「……あぁっ、もういいや。オッタルさん、猛省しなさい。そしたら、(ゆる)してあげます。ただし、貴女ならさっきのヤツは未然に防げたはずです。本当に気を付けてください。何なら次は無いという意気で」

 

「シオン・クラネル。お前もそれは変わらないはずだ。何故あそこで態々バランスを崩した」

 

「そ、それは……い、色々事情があるんですよ色々! 女の子の私情を追求するのは失敬ですよ!」

 

 そんなの、私だって知るもんんか……! いじけたように彼女は口を尖らせた。

 自分でも理解していない謎の高揚感と緊張感、突撃され、胸に飛び込まれた瞬間時感じたものはそのようなもの。何故なのかなんてわかるはずもない。勝手に身体が動かなくなって、気づいたら胸をあんないやらしい手つきで揉みこまれていて――あとは脊髄反射の賜物だ、しっかり砕いた感触がある。

 どうせ後で万能薬(エリクサー)でも飲んでおけば問題ない。全く人にどうこう言っておきながら、対して私は反省する気は無い。

 

「そ、それでっ? 態々私を辱めに来たわけでは無いのでしょう。大方、あの暇神(ひまじん)に何か命じられたのでしょうけど。本題は?」

 

 上擦った声で話題を切り替えにかかるが、全く誤魔化しになっていないのはあえて突っ込まないでそっとしておいた。これ以上やっかみ合うのは面倒だ、という判断は間違っていない。

  

「フレイヤ様がお呼びだ。来い」

 

「断る」

 

「……来い」

 

「だから断る」

 

 (うずくま)って、今まで弱々しい様だった彼女は立ち上がるともういつも通り。威勢よく真正面か断固拒否を示す。内心それを振り切って彼女を連れて行きたいのだが、彼はどうしかたそれを憚った。これ以上の彼女に手を出せばどんな仕返しを受けるのか試すほど危険を知らない訳では無い。

 

「人の気を知らん奴に来いと言われて付いていく馬鹿がどこにいる。二・三時間したら行ってやりますから、そうあの暇神に伝えておけ。あと、紅茶と茶菓子を甘めで用意しておいてくださいね」

 

「強情だ。フレイヤ様に呼ばれておいて――」

 

「ほぅ、いいのかねそんな反抗して。――私が本気で拒絶すればぁ、貴方は命令を全うできずにぃ、主神からの信頼を失うぅ。さぁて、立場が理解できたかなぁ、ほれほれ、言ってみな。今の状況で、どっちが上の立場ですか」

 

 くっ、唇を噛ませるほどの屈辱を味合わせる。彼女は言い寄られることに対して非常に弱い反面、責めるのは上手くとことん強い。両極端だが要するに言い寄られなければいいだけのこと。

 

「――必ず来い、さもなくば、お前の大切なものを潰す」

 

「やれるもんならやってみやがれ。ま、約束は守るもんでね、しっかり行きますよ」

 

 それだけは破らない。まるで戒めのように、彼女は何かへ笑った。

 土埃を払った彼女は踵を返して、目的地へと歩みを進める。彼女の言葉にただならぬ「信頼」を感じた彼は、ただの一つも疑念を残さず己が主神の下へと向かい始めた。

 そう、彼は疑念を残さなかった。あり得るはずのない、主神命令の未遂行という、彼にとっての大失態についてさえ。

 

 

「……行った、よな。もうほんっと、危なかったぁ。ここが見られるわけにもいかないし、仕掛けてくるまで待っていたのは正解だった。でも、あとで()()()()の所に行くのかぁ。今度は何要求されるんだか」

 

 あの神は自由奔放、天井不在の超自分勝手。厄介極まりないから正直なところしょっちゅうかかわるのは御免なんだが、好かれてしまったのだから仕方ないか。神の執着は長いというし、まだ神ヘラでない分良かったと考えよう。あの神の執着は異様だ幼い時からよく言われている。

 

「ふぅ、とりあえずはそんなこと一切合切忘れて、存分にはっちゃけますかね」

 

 十二階層と端っこで、今の時間帯ともなれば人なんてめったにいない。壁に一つ風穴が開く程度の音、目立つことなんて無いだろう。だから彼女は盛大にぶち壊した。試し切り程度の感覚で『狂乱』が壁に筋を描く。たとえ大太刀であっても剣先が空を斬った感触はなく、最終的には強硬策で終わる。盛大に舞上がった砂埃が吹き飛ばされたそこには、手をフルフルして若干涙目になる女性が。

 

「こ、こんなに硬かったっけ……?」

 

 首を傾げながら、己が創った孔を通る。まだ壊して間もないのに、修復は既に始まっていた。

 異様なその光景に、異常が当たりまえの異常者は、全く頓着せず。

 

 

 

 

 



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ひそかな会合

  今回の一言
 最近、フレイヤ様の可愛さをダンメモで知った。

では、どうぞ


 

 相変わらず、妙な場所、変わった景色、不思議な自然。ここにいると、時の経過を忘れて留まっていたくなる。柔らかく受け止めてくれる草に身を投げ出し、世間体も気にせずごろごろ。名前も無いであろう異形の鳥たちによった調べに耳を傾けながら、安らかに瞼を閉じればどれだけ心地よかろうか。

 

「そんな時間もあればよかったのに……もう、無用件だったらただじゃ済まさんぞ」

 

 小高い木に背を傾けたまま、真上に向かって恨み言を零す。今頃、お菓子でも用意して待っているのだろうけど、どうして私なのか――なんて考えちゃいけんのかね。

 

「まっ、昼までなら付き合ってやれるけど」

 

 どぉせ暇だし、予定の有無が変わっただけ。そう納得して立ち上がる。

 片手で持っている大太刀を、遥か高くの天井に――水晶の(むら)が生み出す日光宛らの光に翳す。血飛沫(しぶき)を全て受け止めていた白銀の刀身は、気づけばもう修復を終えている。刃先が荒れている様子すらなく、馬鹿みたいに新品のような輝き。まるで何一つ斬っていないかのようにすら思える。

 製作者曰く「整備面倒だろうから、修復能力は一応な」と。よく気が利く人だ。

 

「ある程度感覚は取り戻した。『狂乱』も万全、砥ぎも良し。もし何かあったとしても問題はない」

 

 封印符の位置を変え、鞘に身を納めると継ぎ目にまた封印符。無力な神の前で万が一にこの呪いが本領発揮でもしたら……念のためだ念のため、考えるだけで(おぞ)ましい。

 主神に手でも出したら、何言っても総出で潰しにかかるのが【フレイヤ・ファミリア】のわからずやどもだ。権力人数金武力――もっぱら戦闘系の彼のファミリアにただ異常なだけの私が対処しきれるはずもない。

 

「もうそろそろ限界、か……覚悟を決めろ、私。前みたいに上から目線を意識すれば何とかなる、はず!」

 

 あの人は常に上の立場に居た、孤高の王女様。常に高嶺の花とされ、護られ、常世ですらも逸脱し――地上ですらもそれは変わらず。常に彼女は、たとえ取り巻く『誰か』がいたとしても一人だった。だからなのだろう、上位者よろしく人を上からばかり見た彼女は、自分を下に見られてもの言われることへの耐性が皆無と言ってもいい。

 それを利用する私は、かなりのクズだな。

 

「まぁ、自分を優位に立たせようとするのはあたりまえ、か。私は悪くない、悪いのは約束も無しに無理に私を呼ぶあの神だ」

 

 なんて自己正当を訴えたところで、誰が納得したわけでもなく。強いて言えば自分に言い聞かせているだけだ。しょうも無いことに。

 次からは招待状を送るように、絶対に言い聞かせてやる。それもついでに、決心した。

 

 

   * * *

  

 こん、こん、こん、こん。よそよそしくも戸が叩かれる。鼻歌を歌いながら 何をしようかと妄想に耽っていた女性はそれにびくんっと跳ね上がり、発破されたかの如き速度で戸を開けた。

 だが、豪勢なその戸を開けた先には、誰一人立っていない。

 

「だーれだ」

 

「――!?」

 

 突如耳朶(じだ)をくすぐるかのように吹きかけられる、甘い声。か細く漏らしてしまう悲鳴は隠せるはずもなく、威厳なんて捨て置いて少女のように頬を赤らめた彼女は、振り向きながら数歩たじろぐ。

 

「シ、シオン!? いつの間に入ったのかしら……!?」

 

 何とか持ちこたえて、振り絞った声は上擦り、ふと浮かべた『シオン』の微笑みはそれを嗤っているのかと彼女に錯覚させる。でもそれはただの微笑みで、全く含蓄なんてない。

 目も前の女神が挙動不審になる様子を不審と思いながらも、彼女は変わらぬ調子。

 

「内側からノックしたので。それと、シオンではなくセアですよ、()()()()()

 

「あなた……そこまで気にする事かしら。まぁいいわ、セア。それと、あなたなら別にノックはいらないわ。他人みたいにされる方が嫌よ」

 

 ぷっくり頬を膨らませながら怒ってみせるが、当の本人はそれに一笑返すだけ。くすりっと笑った彼女は、悪戯気に女神の髪に指を通し――

 

「そっか、でもノックは礼儀ですから。他人行儀が嫌なら……フレイヤ、なんてどうです?」

 

「―――――」

 

 果たして、美の女神という存在は、眼前にある美に酔っても良いのだろうが。

 誰が否定しようと正当だろう。フレイヤは、己が美に盲目的で、他の美に嫉妬するようなことは稀にある程度だ。彼女は美しいものが好きなのだ。だから―――

 

――――こんな可愛い()、大好きに決まってるじゃない……!

 

 何て愛らしいのかしら。私をおちょくるようにさっきからオカシナ行動ばかりしているけど、その所為で自分が恥ずかしがっている辺りが特に可愛らしい。本当に、私の保護下に早く入ってくれないかしら……!

 

「あまり神をからかわないの。さっ、こっちよ。要望通り、ちゃんと甘いお菓子もあるわ」

 

「あら、それはどうも。ほ、本当に用意してくれたんだ……」

 

「どうかした?」

 

「いえ、なんでも」

 

 心内に留めておきたいことをポロリと漏らしてしまう。それを聴きとられた時の恥ずかしさと言ったら悶絶レベルだ。そんな事態にならなくてよかった――そっとまた一つ息を零す。

 

「今日はこっちよ、私の自室。今まで二人しか人間は入ったこと無いのよ?」

 

「そうですか。そのカウントっていつになったら増えるのでしょうね。あ、勿論私は加算されませんよ? 人間じゃないですし」

 

 厳密に言うと、人型吸血精霊? なんて言葉が当てはまる。どう考えても、こんなカテゴライズをされた存在が人間なんて小さな枠に収まるはずがない。

 そんなことは差し置いて、まぁ嬉しくなくもないかもしれない。ないないないないナイだらけ。

 だがそれにしたって、随分と用意ができているものだ。前は見つけられなかったティーセット、絢爛に並べられた稀少と一見してわかる何故あるかもわからない陶器類。絵画まで飾られているときたものだ。案外と広いもんだな、最上階。

 

「さぁ、座って頂戴。誰にも邪魔はされはないわ」

 

「でしょうね。時計まで無い」

 

 時間というものを忘れて過ごしたいのなら、時計が無いのを好む人がいても可笑しくない。私には常に付きまとっているものだから、どこにいたところで変わるモノでもないが。

 

 親切にも、背もたれの高い椅子を引く設営者(オーナー)。一つ礼を言って、そこに座りはした――が、用心深くも愛刀を背から降ろし、どうみても居合の位置へと掛ける。ちょっと不機嫌になる女神様。満更彼女がその感情を隠すことなどできずに、丸見えならば流石に鈍感な彼女でも気づく。

 

「あの、一つ良いですか……?」

 

「何かしら。私に魂まで全て晒してくれるのならば別に良いけど」

 

「あ、それは無理なのでやっぱりいいです」

 

「なによ、それ!? あんまじゃないかしら! 聞きたいことがあるんじゃないの、ねぇ!?」

 

 座ったはずなのに、不機嫌をまたこじらせて怒り出す女神様ががしゃりと下品にもテーブルに手を叩きつける。だが女性の――人と変わらない女神の力などたかが知れている。所詮その程度で終わって、淹れられていた紅茶を飄々(ひょうひょう)と飲んでいる様は全く気にしていないことを体現している。

 

 この女神は一体何を考えて行動しているんだか、そろそろ理解に及ばなくなってきた。いちいち人が言ったことを軌道修正する注意力があるのならば、こうした部屋に私のような存在をいれるという危険性を考えて欲しい。

―――この部屋にあるのは、装飾品だけではない。

 使用痕跡の見られるベッド、服でも入っていのであろうクローゼット。年季を感じる小物入れにはおそらく恐ろしいまでに高級な宝石やアクセサリーの類でもいれてあるのだろうか。

 仮に私がフレイヤを気絶させたとして、幾らでも奪えてしまうではないか。一体、どこに私へ信頼を傾けられる要素があったのか……? 

 

「んで、私のことは話があって呼んだのでしょう?」

 

「ふんっ、そうよ。別に寂しくなったからとか、話したくなったからとかそう言う訳じゃないの。いい?」

 

「念押しされなくてもわかってますから。どうぞ続けて」

 

 うん、わかってますよ。寂しかったんですよね、お話し相手が欲しかったんですよね。まさにアミッドさんみたいじゃないですかぁ。なにかな、銀髪の人は皆例外なく寂しがり屋だったりするの? 

 

「まずは、世間話から始めましょう。あ、先に聞いておくけど、いつまで暇?」

 

「限度はあと三時間。それより短くて結構ですよ」

 

「冷たいわね……ま、いいわ。急なのだし予定の関係とかもあるわよね」

 

 と、勝手に納得している彼女の思想をぶっ壊す「面倒なだけですよ」という発言は控えておこう。予定があることに変わりはないし、納得してるのならそれ以上余計なことをするまでもない。

 

「最近、ファッションに目覚めたようね。どう、いいものでしょう?」

 

「ま、悪くはないですよ。意図して目立つ必要のある場合などに利用できそうです。それに、偽装もできる。可愛いって便利ですね」

 

「あなたがそれを言うと厭味(いやみ)にしか聞こえないのはどうしてかしら」

 

「さぁ」

 

 肩を竦めて見せると、呆れたように溜め息を吐いた、お疲れ気味の女神様。彼女からしてみれば、ファッションとは娯楽。その考え方からして、相容れない私の考えは歓迎し難いようだ。

 だが仕方ない。主武装(メイン・ウェポン)たる『狂乱』や『一閃』を隠すことは無理があるのだが、副武装(サブ)という手の内を隠す事には十二分な有用性がある。私の場合、大抵使うのがサブの方。小物を中心とした武装において、一見して着飾った装飾品と見せることが重要となる。必要なことなのだ。

 それに、可愛いのなら何を着装したところで可愛いことに変わりはない。ただ、私のように努力もせず可愛い存在は、世の女性の方々への冒涜と言われそう。元男だし。

 

「偽装って言ったかしら。因みにどんなものがあるの?」

 

「それを教えちゃぁ偽装の意味がありませんよ。当てる分には構いませんけど」

 

 勝気に「無理であろう無理であろう」とでも言いたげな顔で茶菓子を頬張り、そのほどよい甘さに頬をとろけさせる余裕っぷり。暴かれることなどないのだろうと踏んでいる様が丸わかりだ。

 それを侮辱ととった女神はむすっとし、やけになって彼女を隅々観察し―――

 

「ふーんそう。じゃあ、その指輪と袖に隠した短剣のことであっているかしら?」

 

「――ッ!? ッん~~~!! はぁ、はぁ、な、何故わかった……」

 

――見事言い当て、クッキーをのどに詰まらせることに成功した。

 グイっと紅茶によって胃へ流し込んだ後、息を詰まらせながら驚きに揺れ動く瞳で逆に問いかける。だが今度は女神様が優勢のようで、如何にも偉そうに胸を張っている。

 

「あまり私を甘く見ないで頂戴。貴女に目を塞がれた時、微かにした薬の香りには覚えがあったわ。以前盛られた麻酔薬ね。それと、触った時に形状は何となくわかったもの、短剣って」

 

「そりゃぁ、まぁ正解ですが……盛られたんですか」

 

「えぇ、三年ほど前有名な某飲食店に行った際に。危うく犯されるところだったわ」

 

「おいおい……」

 

 大丈夫かよ、この女神……そのうち誘拐されるんじゃないか?

 更なる驚きに困惑を浮かべる彼女を差し置いて、その時の情景を思い出したか若干涙目になりながら二の腕を擦る女神様は、己の推論をまだ続ける。

 

「私にとってはあなたがそれを身に着けている方が意外なのだけれど……【神の兵器(エンシェント・ウェポン)】なんてどこで手に入れたの? そんな危険な物、早く封印してしまった方がいいと思うわ」

 

「……へぇ、知ってるんだ。コレのこと」

 

 静寂。世界が遠のくような、押しつぶされて自分が小さくなっていくような、そんな感覚に襲われた。音が無くなった訳では無く、音が捉えられなくなったような―――

 

「――話せ、これは何だ」

 

 底冷えして、そこには面影を欠片も感じさせない、ただのバケモノが存在しているかのよう。ただ見つめるだけで人なんて殺してしまいそうな、隔絶した、宛ら神のような存在が現れる。

 容赦のない命令に戦慄(わなな)く唇、痙攣する指先。自分が自分でないように、意思が全く働かない。尊厳も意識も薄れゆき、白濁とした脳内に入って来たのは些か高い声。

 

「それ、は……()()()()兵器の異端物。神殺しの渾名までつけられた、存在しちゃいけない、失敗作」

 

「裏情報はどうでもいい。使用法、重要なのは二つ前の所有者だ」

 

 核心へと、無我夢中に迫っていく。彼女が疑似的にかけているものの効果も危険性も加味せず。自分が目的のためにする事なんて、なんだっていいと言わんばかりに。結果さえ得られればいいと。

 

「兵器は、所有者を選び、使用者を選定する……だから、自然とわかるはず。それと、以前の所有者、は―――所有者は……ぁっ、あぅ、ぁぃ……」

 

「――ッ、はっきりしろ!」

 

 挙動不審となる、あまりにも不自然な女神。あと少しで判る――そのもどかしさが彼女に焦燥を募らせ、ついには荒んだ心のまま女神の肩を力強くゆする。すると気づいた――

 

――目が、からっぽ。

 

「お、おい! しっかりしろ、正気を取り戻せ、フレイヤ!」

 

「―――」

 

 状況の異常さに漸く気が付いた事の発端。自分が何をしてしまったのかは理解せずにただ混乱に襲われる。

 どうしてこんなことになっているのだろうか。譫言(うわごと)のように何事かを発しては奇怪に笑い出す始末。一体どうしたらいいのか、どうすれば―――

 

「フレイヤ、ねぇ起きて、お願い、お願いだから……ふれいやぁ」

 

 形振り構わず。体裁なんて捨てておけ、今大切なのは彼女が正気に戻る事。

 だが自分に何かできる訳でも無い。所詮能無しのただの異常者ごとき、神の一柱(ひとり)二柱(ふたり)助けられない。なんだ、無力じゃないか。

 存在しない誰かに縋って、何かと自分ができないことは助けを求めて。

 

「畜生……」

 

 だけど、無駄に『力』ばかりを有しているから、こうして誤ったことが起きる。

 悔しい、自分を制御できない自分が腹立たしい。

 

「あら、何を泣いているのかしら……?」 

 

「ぇ」

 

 弱々しく下を向き、えずき嗚咽すら漏らして、ぼろぼろ静かに泣く彼女に、慈愛の込められた優しやかな声が掛けられた。すぅーと通される指、彼女の髪を梳いては避け、その泣き顔を露わにする。

 

――ぐちゃぐちゃに歪んでいても、実に美しい。

 

「もう、神がその程度でへばる訳ないじゃない。ほら、涙拭いて、貴女らしくないわよ。常に強くいた筈のシオン・クラネル。私を驚かせるほどぶっ飛んだ存在である()()()()は何所へ行ったのかしら」

 

 責めるどころか、励ますように言い聞かせる。だが彼女は気付いてしまった、彼女の顔に浮かんでいる玉のような汗。明らかに無理をしているとわかる姿に、更に気分が萎えてしまう。

 挑発のようになる諭しも彼女は気にしていられない。申し訳ない気持ちでいっぱいになる、そんな稀にすらない現状が、彼女を混乱の一途へと導くのだ。

 

「よしよし。そうやって自分を責めたって別に悪い事じゃないわ。そう、悪い事じゃないの。でも、意味なんてそこにない。さぁ、私はこの通り無事よ。前を向いて、『今』を見なさい。そして考えるのよ、貴女があなたを責める理由が、一体どこにあるのかしら?」

 

「――――」

 

 押し黙る。すすり泣きながら、きょろきょろと周りを見て―――ぶるぶる強く、首を振った。やわらかに銀糸が揺れ――止まったころには、ぼろぼろ零れ落ちていたものなんてどこへやら。

 

「ごめん、なさい……」

 

「はい、赦します。だってまだ、子供だものね」

 

 母のような温かみを持って、椅子から降りた女神は同じ目線で彼女を包み込む。それに応えて、自然と彼女は腕を回していた。変に漏れる笑みは何なのやら。

 

「さて、仕切り直しましょう! せっかくのお茶会だもの」

 

 はたと立ち上がり、気直しとばかりに紅茶の新たな一杯を注ぐ。要望を忘れず角砂糖も追加し、くるくるとマドラーを回していたところで、ようやく正気を取り戻した少女。

 悪い気がして、彼女は役割の交代を申し出ると、女神は驚いた様子を見せるも素直に引き下がり、子を見守るような慈愛に満ちる目を向けていた。 

 

「ねっ、フレイヤ。今の原因をしっかりと説明する義務が私にはあると思うのです」

 

「あら、いきなり堂々言うようになったわね。私もそれに関しては知りたくない訳では無いから、話して頂戴。でも……」

 

 紅茶を二人分用意し終えて、椅子を引いたところ――何を機にしたか、ばたりと鈍く重い音が後ろから聞こえた。弾かれたように振り向くと、やはりか、無理の限界で膝をつく女神様。

 

「……ちょっと、横にさせてもらえないかしら」

 

「ほんっとごめんさい!」

 

 居たたまれなくなって、思わず平伏してしまう。もう踏みつけてくれても構わない意気で。私は決して踏みつけられて興奮するような性質ではない。断じてないのだ、マゾヒストでは。

 腰が抜けてしまったかのようにその場から動けなくなっている女神を、自分が悪いのだと言い聞かせて膝と背を支えて持ち上げる。か細く可愛らしい声が漏れた女神さまの顔を拝見してみれば、見事に真っ赤。こういう経験は少ないのだろうか。

 

「どうです、お姫様抱っこされて、ベットに連れていかれる気分は」

 

「……惚れちゃうわよ?」

 

「女神に惚れられちゃあ後が怖い。遠慮させてください」

 

 逆に、こっちが惚れそうになる。心の一番に旗が刺さっていなかったら、本当に危ういまでに。何だよ、可愛いじゃん。遠慮するとは言ったけど、それは単に先を恐れただけ。自分がどうなってしまうか、分からないから。

 

「あら、罰当たりね。そんなあなたには、えい!」

 

「うおっと」

 

 と、油断していると、グイっと手が引っ張られて、首に手が回されてしまう。引き寄せられて飛び込んだのは、弾力性の高い双丘。埋まった顔を、尚も悪戯気に押し込めて来る彼女は疲れているのに楽しそう。

  

「一緒に入る?」

 

「横で座るだけで十分ですよ、悪戯好きの女神様」

 

 にっこり微笑みを交わす、写し鏡のようにそっくりな二人。だがこの構図は、姉が妹を寝かしつけているように見えて、上下関係が逆転してしまっているのだけれど。

 

「あやし話を聞かせてくれないかしら?」

 

「――では、私の隠れた、悲願(おもい)の話でも」

 

 ははっ、寝かしつけるためにの話に、ねばっこい私の歪んだ願いをすることになるとは。というか、寝ちゃっていいのかよ。お茶会どうなった――

 

――ていっても、全部私が悪いのだけれどね。

 

「そうですねぇ、考えてみれば、気づいたのは四歳の頃でしょうか――」 

 

 

 

 



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さぁ、幕開けの準備だ

  今回の一言
 バレンタインは正直リヴェリアさんに貰いたいです、無理だけど。

では、どうぞ


 

 あぁ、何だかすっきりした。思い知ったよ、彼女のような存在が欠かせないことを。

 これからも頼ってしまいそうだ……招待状云々なんて言わなくてよかったぜえへへ。うん、気持ち悪い。

 

「おい」

 

「うげ、な、なに用で?」

 

 なんて下卑た笑みを浮かべながらしげしげ考えていると、襟を後ろから持ち上げられて吊るされるまで、彼の存在に気付けなかった。いやぁ、自惚れの油断は怖い。

 

「何があった。フレイヤ様の機嫌がもはや尋常非ざるレベルへと至っている。お前が原因としか考えられない」

 

「え、もう起きたんですか? え、じゃあ、もしかして……え、うそ、えぇぇぇ!?」

 

「おい、どうした。何故それほどまでに恥じらう必要がある」

 

「う、うるさい余計な追及するにゃ! マジでこれは不味いんだって、どれくらい不味いかというといっそ自分の記憶を吹き飛ばしてしまいたいくらいに!」

 

 本当に不味い、これは不味い! 今すぐにでも悶絶したいぃぃっ!?

 これはアイズに告白した時並みに恥ずかしいし、過去を変えられるのなら変えてやりたいくらい。

 

――ずっと、護り続けるから。その代わり、支えてね、フレイヤ。

 

「あぁぁァァッぁッ!! 何であんなこと言っちゃったんだよぉぉぉぉ!」

 

「おい、話せ、フレイヤ様に何をした!」

 

 あの発言は聞かれているのならプロポーズ同然だぞ! 完全にダメ、度が過ぎている、広まったらもう一回や二回死んだろことで何ら不思議じゃない。去り際に言ったところが特に気障ったらしく、振り返ってみても気持ち悪いことこの上ない。特に……彼女が起きていたとなれば尚更。

 

「もう嫌だぁ、何で私はこんなに馬鹿なんだよぉ……」

 

 後先考えないから、お前はよく失態を犯す。耳にこびり付くほど叱られたことではないか。だがこれは天性の性質(たち)なのか、一向に治る気配がない。

 

「お、おい、やめろ、何故泣き顔になる」

 

「女性っていうのは涙腺が脆くなるんですよ……というか、放してください。苦しいですし、見た目は貴方、誘拐犯宛らですよ」

 

 それはもう、私が奇声を上げたおかげで更に目立っているのだから。ごつい長身男性が、美少女の首を持ち上げて泣く子も黙る形相で睨みをきかせている状態を昼間の中央広場(セントラル・パーク)にいる人々が見て、一体なんて思うのかは、想像に難くない。

 

「あの、早々に逃げた方が良いです。むしろ私が逃げたいです」

 

「……賛成しよう」

 

 襟から手を放すと、気配がさっと何処かへ遠ざかった。私より速いんじゃないだろうかなんて間抜けにも考えながら、爪先が地に着いた瞬間、私もそこから脱兎の如き勢いで逃げ出す。

 どうやら、フレイヤについて訊くのは諦めたらしい。うん、本当にごめんなさい。

 

「まぁ、後々何とかするとして……今はこっちを優先するべきか」

 

 相変わらず、騒がしい場所だなここは。でも、今日はギルド自体に用がある訳でなく、職員に対してプライベートな用事なんだなぁこれが。だからそれほど騒ぐ訳でも無く、直接聞きに行くのである。何分、地位は獲得していたりする。ギルド職員とそれなりの関係性があると、誰でもできちゃうことなのだけれど。

 私の場合、シオンの時はその点全然余裕。だけど、セアは正直微妙だ。前にどデカい魔石を運んで来た時にちょっとのかかわりを持って、その後セアの時にちょいちょい顔を出したくらい。だが、この容姿、中々に利用できる。普通に入って行けば何ら不信感を持たれないのだ。

 

「やっほーミイシャさん。仕事に潰されてます?」

 

「……あぁ、セアさんね。こんばんは、こんな夜遅くにどうしたの?」

 

「……何徹(なんてつ)?」

 

「うーん、ひーふーみーぁあっ、サンテツダーわーい。おはようだね、あはははは―――」

 

 駄目だこの人、早く何とかしないと……!

 ギルド自体は然して重労働機関ではない……はず。問題なのは彼女なのだろうけど、何だアノ狂気に身を賭したかのような(かお)は。死人のそれに近しいものに思えるぞ。原因は考えるまでもなく仕事。隈できるまで働くなよ、休めよ……

 

「ミイシャさん、一先ず休憩して良いですから。私が上司の方へ報告してきますから……」

 

「あぁ、うん、わかったー。じゃあ寝るおやすみぃ」

 

 今は寝てていいから、とりあえず休んでおいてくれよ……後に色々してもらわなければならないのだから。 

 がつんっ、と音を立てて机に突っ伏した彼女は奇異の目を一斉に向けらるが、知ったこっちゃないと言わんばかりにもうそのまま動かなくなった。多分寝ているのだろう、死んではいない。

 視界に入って来たエイナさんは、本当に安心したかのような顔で手を合わせて腰を曲げていた。

 エ、エイナさんでも今のはどうにもならないことだったのか……

 

 一般的に知られている分で、ギルド内は大まかに六区画に分けられる。

 個室、待合所、受付、職員仕事場、資料室、そして『祈祷の間』。

 最後のは知っているだけ、という人が多い。私もそれに例外はなく。地下にあることは知っているのだが、正確な位置までは知れていない。

 閑話休題。

 用があるのは然して知られていない執務室。手近なところにある一般職員のスペースとは異なり、普通は入ることが禁止されている奥へと向かわなければならない。堂々と入っても私にどうこういう人間がいないのは、なんというか、偉くなった気分だ。全くそうではないのだけれど。

 

「どうも、一般人でーす」

 

 と、最奥になる上司という名のむさっ苦しい集団が居座る、『女性専用』と書かれた札が下げられていない方の扉を開けて、開口一番馬鹿みたいな発言で注目を引く。

 次には下心に染まった瞳が現れるのは、欲望を蓄積している証拠か、汚らしい。

 

「あの、ミイシャ・フロットさんについてお願いがあるんですけど」

 

「ほ、ほぅ、何だね君は。そもそも、ギルド職員ではない君が、どうしてここにいる。入りたければ受付嬢にでも志願したまえ、喜んで受け入れよう」

 

「黙れ貧弱オーク。誰が見せしめ役など受け入れるか。そうやって、ギルドの利益考えるなら、職員の健康と労働時間も管理した方がよろしいのでは。彼女、仕事に潰されてましたよ。今日で三徹(さんてつ)だそうです。気の毒な」 

   

 大仰に呆れてみせると、何故かこの男どもは、首を傾げるばかりだった。何を言っているのかと逆に疑われているかのような……

 

「そんなわけ無かろう。彼女は近頃仕事の消化率がやけに良く、給料を随分と上げたくらいだ。此方としては目を(みは)るばかりだったが、それは本当なのか?」

 

「あの人、単に無理しているだけかよ……はぁ、これはすみませんでした。どうやらその件については勘違いだったようです。ま、正直それは二の次なことでしたが――本題を伝えますと、ちょっとミイシャさん借りていきますので、今は働いていることにしておいてくださいね?」

 

「なっ……」

 

 絶句する一同。実にいい顔だ、この間抜け面を貼りだせばいい酒の肴になるほどに。

 あの様子は正直ヤバイ、休息をとらせた方がいいのは誰もが思うことだ。その発端は実のところ、彼女が無理を下だけでしたーなぁんてこと知れ渡ったら、エイナさんあたりからかなり怒られそうだけど。

 許諾なんてされる必要なし。単にミイシャさんが無断欠勤乃至退社したという事実が無くなればいいだけのこと。連れ出すのは私の勝手だからな、彼女に罪悪はない。

  

「そんじゃ、失礼しまーす」

 

「お、おい君!」

 

 なんて後ろから大声で引き留められたけど知ったことか。むさっ苦しい欲の塊どもと関わってなどいられん。

 そっぽ向いて、ミイシャさんの所へ戻ると、やはり彼女は死人のように鼾もたてずぐっすりと眠っていた。今すぐ起こすのも悪いし、彼女の自宅まで運ぼうか……?

 

「はぁ、全く。無理ばっかりして、他人に迷惑を掛けなきゃ気が済まないんですか」

 

「あ、あの、セア氏……ミイシャを、責めないであげてください。どうしてもやりたいことがあったようなんです。なんでも、シオン君に――あ、シオン君というのは【絶対なる異常者(アブソリュート・サイコパス)】のシオン・クラネル氏のことで……」

 

「知ってますよ、それくらい。でも……一体何を」

 

「前、嬉しそうに言っていたんです。シオン君が欲しいって言っていたアレ、絶対にプレゼントしてあげるんだから―――って。すっごい張り切っちゃって、ずっと頑張ってるんです」

 

 なるほど、ね。これ、私が聞いちゃってよかったのかねぇ……知らないふりをしておこう。意識しなければ後に思い出して、その時に初めてのような驚きも味わえる、はず。

 ミイシャさんの一番の友人はどう考えたってエイナさんだ。そんな彼女に心配をかけるなんて、随分と周りが見えなくなっているようだ。これはどうにかしなくては。

 

「エイナさん。今後ミイシャさんが無理をしないように、見張ってあげてください。私はこれから、ミイシャさんを少しばかり休ませようと思います。何かミイシャさんへの仕事がありましたら、エイナさん、代替してあげてくださいませんか?」

  

「え、あ、はい。ですが、ミイシャをどこへ……」

 

「家まで送ります。少し休ませてから、私の用事に付き合ってもらうために」

 

 今日の夜、彼女が勝負を仕掛けるその時。あんな宣言をしたんだ、馬鹿を見る目で(さげす)まれたけど、その馬鹿はどうやら一度言ったことを反故にすることはない。

 彼女にはその共犯者となってもらわなければ。つまりはすっごく大変なことになるわけで、今の様なへろへろ状態であっては困るのだ。

 

「んじゃ、また今度」

 

「あ、うん、またね」

 

 ミイシャさんを背負う―――のではなく安定のお姫様抱っこによって持ち上げると、周りから何とも言えない声が上がった。私にそんな趣味も性癖もない。

 耐性なんてものを持ちあわせていないミイシャさんが『狂乱』に触れることは危険。致し方ない事なのだ、おんぶなんて嫌だろうから、まだマシだと思ってほしい。

 まぁ、ミイシャさんはこの時この行為を自覚していないだろうけど。   

  

 

   * * *

 

「……知ってる天井だ。え、なんで?」

 

 って言うことは私、寝てた? 働いて、稼がなくちゃいけないのに……シオン君のために頑張りたいのに。

 あんなシオン君、初めて見たんだ。弱々しくて、自分を卑下しているようで……でもそれに自格なんて無かった。解らないんだ、シオン君には。あのとき感じていたものを。見ている私にはわかってしまった、寂寥としたその瞳から。

 だから、あんな悲しい姿見たくないから、頑張っていたのに……

 

「そんなことは良い。早く行かなきゃ」

 

「その必要はないですよ、ミイシャさん」

 

「――――――――――はぁ!?」

 

 何だよその間は。幽霊(ゴースト)でも見たかのような顔しおって。

 そりゃまぁ私がここにいるのはかなりオカシナことであろう。鍵だって勝手に開けさせてもらったし――勿論対応した鍵を使って――中に土足で踏み込んでいる。別段深いかかわりでもない人間が起きたらそこにいた、なんて驚かない私のような者の方が奇異なのだ。

 

「セ、セアさんがなんで私の部屋に!? ま、まさか……」

 

「あ、多分そのまさかです。私が運ばせていただきました、鍵はここに」

 

 窓辺に足を組んで座り、西日に照らされ銀糸を輝かせる彼女は、片手に持っていた本を置き、代わりにどこからともなく鍵を取り出し、しゃんしゃんとひけらかす。 

 どうやら、本当にそのまま運ばれてしまったらしい。閉塞感を感じて自分を見てみると、本当にそのまま……

 

「スーツのまま寝かせたの、馬鹿なの?」

 

「るっさい。脱がせるわけにはいかんだろうが、色々な問題上」

 

 女同士なのに、何を気にする必要があるのだろうか。そんな気遣いより、横になるならまだ全裸の方が良かった。別に露出狂なわけでも、一糸まとわぬ姿でないと眠れないとかそう言う訳では無く、単にスーツのアイロン掛けが面倒だということ。私だって寝巻くらいちゃんとある、ただ下着をつけないだけだ。

 

「それで、何でここにいるんですか? というか、どうして私の家を?」

 

「知ってることは知っている、ただそれだけのこと。あと、敬語なんて無理をせずとも構いません。いつも通りで良いですよ」

 

「……そう。ならそうするけど、全く答えになってないよ」

 

「おっと。すみません」

 

 説明不足は悪いな。今から協力してもらうのに、それは不味い。

 呆れながら、気持ち悪いと言わんばかりにスーツを脱ぎ始めた彼女を止めて、一つ咳払いで場の空気を整えてから話し出す。

 

「貴女に用がありまして、協力して欲しいのですよ」

 

「ふぅん、で、何を?」

 

「いやぁ、私ね、『エルドラド・リゾート』に入りたいのですけど、招聘状も何もないわけですよ、金以外。そこで必要になるのが――」

 

「――私のゴールドカード」

 

「そう、多分それ」

 

 パチンッ、響きの良い音が鳴らされた。左目で非常に綺麗なウインクまでして。

 セアさんも結構なギャンブラーなのかな? 何故私の神器が一種、『ゴールド・カード』の存在を知っているのかはいくら追及したところで話してくれないだろうけど、これは協力した方がいいのだろうか……

 

「あ、何故協力する必要があるのかって顔してますね。大丈夫です、ちゃぁんと貴方にも利益があります」

 

「……話してみて。納得したら、まぁ考える」

 

「うん、それでよし。真っ先に受け入れたら有無を言わずゴールドカードやらだけを奪って行きました」

 

 その意気や良し。私は用心深くないガサツな人間となど組みたくない。

 でも全部話してしまうのは良くない。誰に迷惑を掛けるかって言ったら、リューさんやシルさんにだ。

 

「貴女に提示する条件は、カジノで得た資金提供と最低限の保証。因みに三千万」

 

「……まぁそれくらいでも別にいいけど、外にあるの?」

 

「まぁ、ありますよ」

 

 お金程度で動かすわけにはいかんだろう。一応身の危険もあるんだし、お金はあっちで稼げるだろうし。

 これは正直、私の矜持的なものだ。ひた隠しを一方的に続けるのは良くない。巻き込んでい悪いとは思うけど、彼女は満更でもないようだし、別にいいか。両者納得は素晴らしい。

 

「三つ、貴女には何でも訊いていい権利を与えます。私とシオン・クラネルに」

 

「……なんでそこにシオン君が出てくるの?」

 

「安心してください、本人承諾は得ています」

 

 勿論今。セア()が決めたらシオン()の意思。その逆もまた然り。

 訝しみを簡単には消してくれないだろうが、受け入れてはくれたよう。彼女は宛ら情報屋、未知で包まれる人物の情報を得られる権利は喉が鳴らすほど欲しいようで、案外すんなりと。

 彼女には今回の件について少々語れない部分がある。その分の埋め合わせということだ。

 

「ま、いいや。で、いつ行くの?」

 

「今晩、二時間以内に出立したいところですね」

 

「ハァ!? エルドラド・リゾートに行くのに準備時間がそれだけぇっ!?」

 

「さっ、急いでください。私も準備を終えたらまた訪れますので」

 

「ちょ、ちょっと待った! お金はどうするの、チップ交換用の……私今、そんなに余裕ないから」

 

 交換条件は実に素晴らしい、目標へ大きく一歩踏み出せる。けど……私は今、遊んでいられるほどのお金がない。一発山を当てる、なんて荒業を狙って落ちてしまったら元も子もないのだ。着実に、絶対にやらなければ。

 

「良いですよ、貴女にお金を払ってもらう必要はありません。私が全額出しますから。因みにおいくら?」

 

「あそこだと……招待者なら1000万くらい始めに貰えて、常連ならだいたい500万から」

 

「りょうかーい。全然余裕ですね」

 

 あっけらかんと告げたあんまりな事実。絶句する他なかったのだ。

 それを余裕と言えるなら、一体この人の財産は……

 

―――1億480万ヴァリス。

 

 あの金額に、容易く届いているのではないだろうか。

 もしも、もしもだ……この人が、私と同じことに気付いているのだとしたら、私より親しい人間だとしたら……私に勝ち目も、希望も何にも無くなる。 

 

「んじゃ、鍵はここに置いておきますので。準備頑張ってくださいねー」

 

「あ、ちょっと――! って、速い……窓から出て言ったし、一体何なの?」

 

 初めて目にした時からその異常性は伝わって来たけど、こうして目の当たりにすれば、本当に嫌でも理解させられる。シオン君に近い何かも感じるし……癖とか。相手が正解をいい当てた時に、左手で指をパチンッと鳴らし、人差し指を向けてくるあたり。

 

「……後で訊こうかな」

 

 幸い、権利は与えてくれた。

 

 

   * * *

 

「ねぇ、セアさん。貴女本当に人間なの? 人間とは一線を引いているくらいなんだけど」

 

「そりゃどうも。貴女も、やはり普段とは大違いです。すっごく綺麗ですよ、私と居ても見劣りしません」

 

「厭味?」

 

「いいや、本音」

 

 くすくす笑い出すのすらも、彼女たちは美しかった。

 烏色の、まるで彼女には正反対の色を纏っているのに、逆に引きたつセア。珍しく、武器を何一つ所持していないので、今や噂だけ美の女神を知っている人間ならば、容易く騙されてしまうほど。 

 対し彼女は真紅を纏う。ロンググローブにより腕は隠すが、ほとんど晒しているようなものだ。やわらかく、さぞ触り心地の良かろう腿なんて、一瞬セアの吸血欲をそそらせた。

 

「それにしても、よく馬車なんてとれたね」

 

「御者がシオン・クラネルのメイドちゃんでしてね。可愛いでしょ?」

 

「うん、それは思った」

 

 ゆらゆらと揺れる馬車は、メイドことティアが自棄になって作った疑似生成物である。何気に座り心地がよく、揺れも少ない。それは御者を務める最強精霊ちゃんだからこその芸当。引いている白馬は魔法でできた幻影、動く原理は電磁波による地との反発から得た推進力。言わずもがな、馬鹿みたいな加速力だ。

 だが中の人は、そんなこと露知らず。

 

「ねぇ、歩いていった方が良かったんじゃない?」

 

「ハイヒールで歩くの嫌です」

 

「女のステータスでしょ……それで見た目は最強なんだから、ほんっと世の中ってものは」

 

「ですよねぇ」

 

「厭味だよね、今度こそ……!」

 

「もっちのろんっ♪」

 

 クッソムカつく……一発殴ってやりたい。

 こんな美少女が美に関して無関心なわけが無いのに、一体どういうことか。

 そもそも考えてみれば、こんな美少女がオラリオに来て噂にならないはずがない。なのに、彼女は唐突にその異常性を示して、唐突に姿を消す……それを繰り返すばかり。

 そうだ、訊いてみよう。

 

「ねぇセアさん、貴女は一体何なの?」

 

 ドンッ! 向かいに座っていたセアさんが馬車の壁に頭を打った。唐突に訪れた衝撃に、私はセアさんに飛び込んでしまった。柔らかく受け止めてくれたけど。

 

「だ、大丈夫ですかぁ……?」

 

「それ、こっちのが言いたい。大丈夫?」

 

「えぇ、まぁ。丈夫なので……さて、気を取り直して。もう着いたようですし、降りましょう」

 

「あ、うん」

 

 馬車のドアを開けられる。その先には浅く礼によって目を伏せるシオン君のメイド――ティアちゃんがいた。一言セアさんが告げると、優しくエスコートしてくれる。さっきぶつけた頭の痛みを、全く表情に見せずに。

 

「あ、そうそう。さっきの答えとしては――――同一人物、って回答で」

 

「はい?」

 

 訳の分からない解答。でも何だか心に残って、先端だけが刺さっているかのような違和感が消えなくて……

 でも、その違和感は払拭できずに、連れられてしまった。

 まっ、いっか。謎解きみたいで面白いし。

 

 

 



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初心者でも勝てます

  今回の一言
 この山さえ越えれば、後は好き放題できる……

では、どうぞ


 絢爛豪華な街並み、金を知らない人からしてみれば度肝を抜かれてしまうだろう。何なら気絶してしまう。オラリオでここ以上に常識外な場所なんて無いのだから。

 だが、シルにはその驚きがただ新鮮と思うだけで、それ以上も以下も無い。どこかズレていると言えば聞こえ悪く思えるが、裏を返せば何事も楽しめているといえる。そこがシルの凄いところ。

 

「貴方、そんなにじろじろ見られては、私も恥ずかしいわよ」

 

「別にじろじろと見ていたわけでは……それより、恥ずかしいのであればそれほど大胆なドレスを着る必要はなかったのでは……?」

 

「もぅ、リューは冗談とかからかいが全然わかってないんだから。でも、そんなにダメかな、このドレス。商人の人に内緒で準備してもらったんだけど……こんな扇まで用意してもらえたの!」

 

「シル。今日は遊びに来たのではありません」

 

「はーい」

 

 果たして、反省するのだろうか。いや、シルのことだ、そんなことはしない。結局最後まで楽しんで終わりだろう。全く、世話の焼ける人だ。

 

「それで、まずはどうするの?」

 

「シオンと考えた結果、VIPを得ることが効率的という結論に至りました。その為に勝負をして、勝ちます。ただ勝って、目立ちます」

 

 その後はここのオーナーに呼ばれる可能性が高い。目当ては勿論、シルとなるだろう。危険に曝してしまうのは気が引けるのだが、護ればよいだけのこと。

 

―――やはり、シオンさんに手伝ってもらえば、

 

「……それはいけない」

 

 彼に甘えてはならない。私が甘えられるほど、彼は安い人間ではないのだ。

 誘いはあった。助けてくれる気でいた彼に、少しばかり悦びを覚えてしまった自分が醜く思えて、即座に断ってしまったけど。

 

「ねぇ、リュー。さっきの作戦って、計画性皆無じゃない?」

 

「いえ、そんなことはありません。完璧です」

 

「んー? まぁ、いいや」

 

 羽振りが良い客と思わせることは重要なのである。それに、全てが計画通りに進むとは限らないのだ。誤算を加味して、下手に綿密に組まない方がいい。自分の計画が目の前で瓦解するのはかなり衝撃的で、相当に応えるのだ。

 

「ところでリュー、今どれくらい持ってるの?」

 

「はした金程度ですが、100万ヴァリスほどは。初期チップも含めても、一度ゲームに負けられる程度の保証しかありません。あそこに入るには、心もとない……」

 

 会場の最奥、静かに異質の気配を放つ扉。警備がその両脇についていて、見ている限りで、その戸が開かれたことがない。

 恐らくあそここそ、VIP専用の俗にいう貴賓室(ビップルーム)がアンナさんの拉致されている場所だろう。酷い待遇を受けていないことを願うばかりだ。

 

「じゃあ、頑張りましょう!」

 

「シル、遊びに来たわけではありませんからね?」

 

「何度も言われなくたってわかってますっ」

 

 本当にそうだと良いのだが……ここまで楽しそうにしていると、ふらっと何処かのテーブルへ座って、賭けでも始めてしまいそうな勢いだ。

 これでは、目を離す隙もあったものではない。

 

 

   * * *

 

第一等級(ゴールド)です」

 

 サッ、と音を立て取り出した金色のカード。入り口で誰何(すいか)を行う人物にそれを見せると、何の疑いも無く、丁寧に最敬礼が行われる。

 

「これはこれは。ご来場、誠に有り難く存じます。そちらのお方は」

 

「連れです。友人を連れてきました」

 

「どうも~友人です」

 

 間髪入れず答えたことに、軽い気持ちで合わせるのが銀髪の彼女。優しく微笑みかけると、ヘルムの奥に隠された動揺までもが見て取れる。なにせ、見てくれは良い二人だ。あくまで容姿のみ。

 

「――ッ、失礼いたしました。では、どうぞお楽しみください。チップの現金による換金は右手、特別換金は左手の方向にございます」

 

 それに二人は会釈程度の礼をして、足早にその場を離れる。それでも周りから刺さる解せない視線に晒されてばかりなのだけれど。

 

「ナイスごまかし。危なかったぁ」

 

「まぁ、あれくらいはね。それで、ないす、ってなに?」

 

「あ、そっか知らないのか。よくやった、とかそんな意味ですよ」

 

 暢気に会話しながら、彼女たちが向かうのは右手の方向だ。

 本来は初期チップを無料で貰える制度を、ゴールドカードを建前に利用しようとの考えであったが、『特別』なんていやらしい言葉を聞いた瞬間にその気持ちを正反対へと転換した。

 

「まぁ、態々現金持ってきましたしね」

 

「だね。あ、500万くらいでいいよ。あんまり換金しすぎると後々辛くなるから」

 

「ふぅん、そんなもんですか」

 

 なんて言えるのが持ち金2000万の小金持ちさんである。

 内心ミイシャはほくそ笑んだ。何せ、一度に賭ける金額を10万以下で戦ってきた彼女にとって、これは大金持ちへの好機だからである。それで第一等級(ゴールド)へと至れた努力は素晴らしいものだ。何故その情熱を仕事へ向けられないのか。

 

「ふぅん、ありますねぇ、いっぱい」

 

「うん、ここまでとは思わなかったなぁ……ね、ねっ、ポーカーやろ!」

 

「ぽーかー?」

 

「カードゲーム。セアさんならすぐに理解できると思うよ。お手本に一回やるから」

 

「ま、いいですよ。少しくらい遊んでも」

 

 彼女がここに来た目的は娯楽ではなく、支援である。身勝手なものだが。

 その為にも一早く対象の位置を把握しておきたいところだが、情報説明もされていないミイシャからしてみれば、遊びに来たとしか考えられないのだ。その割にゲームを知らないセアに、彼女は然程疑問を持っていないようだが。

 ひっぱられるがままに連れられて行くと、山のようにチップが詰まれたテーブルへと彼女は座った。ケースから数枚のチップを取り出す。ディーラーと思われる男性が少し嫌そうな顔をしたのだが、彼女たちが一つ微笑みかけてやればだんまりを決め込む。容姿を武器に使う美少女は恐ろしい。

 

「まずはチップを一枚出すの。参加費みたいに思ってね」

 

 彼女は説明しながらゲームを行うという不利な状況に立っているからこそ、下手に勝負はしない。控えめにして、最低限で終わらせるのだ。

 

「それで、こうして五枚トランプが配られるから、これで自分が勝負するかどうか決めるの。ビット。因みに誰かがビットしたら、それ以降の人はパスできないから、注意してね」

 

 パス、ビット、ビット、ビットと時計回りに宣言していく波に乗るように彼女はビットと宣言する。すると彼女はケースから数枚またチップを取り出す。あれで計10万ほど。

 

「これはコール。前に出した人と同じ分だけチップを提示するの。さらにを煽りたいならレイズって宣言して、前の人より多く出すの。ここで放棄するならドロップね。ありがと、皆さん」

 

 彼女はこのゲームに参加する人たちにそう礼を告げる。初心者(ビギナー)に説明していると気づいた彼らが、箸休めの遊戯とばかりにがらりと金額を落としたのだ。実に好い気遣い、なのだが彼女は露知らず。

 

「そしてここからがポーカーの始まり。ルールは簡単、相手より強い役を出せばいいだけ」

 

「はいはーい、質問。その役というのはどんなものがあるんですかー?」

 

「ふむ、それは口で説明するが面倒だから……あ、どうもすみません。これ見て」

 

 隣席の髭長おじさんから親切で貰った羊皮紙には、初心者に教えるためのカードの組み合わせが描かれていた。何故ベテランがこんなものを持ち歩いているのか不思議なのだが、セアは全く気にしない。

 

「……なるほど、下のほうが強いのね」

 

「その表記だとね」

 

「了解です、憶えました」

 

 あっけらかんと告げて、またまたぁと笑われてしまうが、彼女の瞬間記憶を侮ってはいけない。たった一瞬見ただけでも、その瞬間を意識して憶えていれば軽く半時間は鮮明でいられる。

 

「役を作る時、始めから強いものができることなんて滅多にないから、一度だけ手札を指定枚数分だけ交換することができるの。それがどうなるかは、廻って来たカード次第だけど。因みにこれがドロー」

 

 ミイシャはそう説明しながら、二枚のカードをバラすことなく伏せて滑らせる。お返しに二枚ディーラーの男がトランプを滑らせた。他の人もそうやって交換していたことから、所作のようなものなのだろう。

 

――どうやら全部交換することもできるらしい。

 

「さてさて、今出来上がった役を見て、この後どう宣言するか考えるの。ビット。今は出なかったけど、チェックっていうものもあって、基本パスみたいなものだから」

 

 ということは、以前の人がビットを宣言したら、パスもといチェックができない訳である。失敗しても降りられない訳だ。

 始めに宣言した人が『レイズ』といい、二枚チップを追加する。それ以降はビットが続き、同じように追加されていく一方だ。

 

「最高のビットに対して誰もレイズしなくなったら、その周は終了。ここから勝負、自分の役を見せるの」

 

「それで優劣を決めて、順位ごとにチップが振り分けられると」

 

「ちょっと違うかな。ここでは多分、一位に全額。そうですよね」

 

 ディーラーが一つ厳格に頷く。すると役の提示を求めた。

 左端の席に座るおじさんから順に、役を発表していく。

 スリーカード、フルハウス、ツーペア、ストレート。

 

「あら、負けちゃった」

 

「だね。こうやって勝負していくの。そんなに複雑じゃないでしょ?」

 

「そうですか? 結構複雑に見えますけど」

 

 主に心理戦が。今ここのテーブルを見る限りだとそれほど感じないが、他からひしひしと伝わってくるこの底冷えた熱は嫌でも感じるものだ。相当に黒いぞ、このゲーム。

 つまりは、私に向いている訳だ。

 

「やってみる?」

 

「えぇ」

 

 今ビットしたチップは全て持って行かれたけど、取り戻せばいいだけのこと。

 

「因みに、これはオープンなやつで、もっと難しいやつもあるけど、やる?」

 

「さ、流石に難しいでしょう……私、ここでいいです……」

 

 他の、というのは隣のテーブルで行われている少し異なったポーカーだ。見ているだけじゃ理解が及ばない妙に高度なことばかりやっているから頭が痛くなる。その割にはあからさまなインチキも見破っていないようだが、大丈夫か、あの人たち。

 まっ、自分のことを考えておこう。

 

 一枚ずつ、対戦者に配られていく。五枚滑らせた時点でゲームは始まった。

 全員がビットと宣言する。良い役でもできたんだろうかね。私も波に乗って出した金額約15万、これはもしかして、素人からふんだくろうという考えか。姑息な。

 

――でもこの世には、初心者特権(ビギナーズラック)というものがある。

 

「ふふっ、なるほど、こういうことね」

 

 いやぁ、運命の女神さまは私のことを大いに嫌っているらしい。

 何だよビギナーズラックって、スリーカードなんですけど。

 

 彼女の笑みを対戦者は何と捉えたか。良いものを見れたとほんわか笑む老人もおれば、上がった心拍数に冷静な判断もできずにいる若人もある。この戦いはどう傾くか。

 

「レイズじゃな」

 

「うげぇ」

 

 と、思わず声に出してしまう。はたと気づいて口を引き結んだが、どうやらマナー違反らしい。やっちった。ミイシャさんからの目線が冷たいよぅ……

 ここでチェックしたかったのだが、致し方ない。

 

――スリーカード、ワンペア、ツーペア、ノーペア

 

「す、スリーカード……」

 

 うっそーん。勝っちゃったよ、というかスリーカードでよくレイズしたなおい。 

 一人がチェックしていた中で、スリーカードが二人。

 ん、ちょっとまて、私が負け? え、でも、あぁ、んぅ――

 

―――あれ、どっちが勝ち?

 

「初戦勝利おめでとう。ほら、次もあるよ」

 

「え、え? ほんとに勝っちゃった?」

 

「あそっか、教えてなかったっけ。剣、果実、貨幣、聖杯、この四つの組み合わせは知っていると思うけど、道化師(ジョーカー)について言ってなかったもんね。ジョーカーは何にでも化ける。だから、剣の八が三つにジョーカー一枚でフォーペア。いい?」

 

「ほぅほぅなるほどね。先に言ってくださいよ」

 

 ジョーカーは外れカードかと思ったから最初に捨てちゃったわ。その後舞い戻ってきたわけだけど。あれ、もしかしなくてもビギナーズラッグはたらいてる?

 

「……これで何万くらい?」

 

「うーん、350万ってところ?」

 

「―――――」

 

 あぁ、なるほど。賭博中毒者が現れる理由がわかる気がする。こりゃ嵌るわ。

 勝つ喜びを知れば知るほど、喉が渇いてしまう。怖い怖い。

 

「よし、あと十回くらいやるわ」

 

――ストレート。600万獲得。

――ツーペア。180万獲得。

――ノーペア。-120万獲得。 

――ストレート・フラッシュ。800万獲得。

 

―――そして、

 

「ろ、ろいやるぅすとれーとふらっしゅぅ!?」

 

「あ、言っちゃった」

 

――20万、獲得。

 

 勝ちに勝ちに勝ち続けて、時々負けて損失して。馬鹿みたいに稀少(レア)な役を出したくせに声に出した所為で退かれちゃって。

 向いている向いてないじゃなく、私は賭けをしない方がいいのかもしれない。

 

「わ、私はこれで……あ、ありがとうございました」

 

 これ以上やるとド嵌りして大損失するか、負け続きで大損失するか、結果一つの決死行だ。そんなのご免なので、お礼を告げてさらりと去る。ミイシャさんがほくほくとして艶のある顔になっているが、この人変わらずお金大好き人間だな。

 

「……あ、見つけた」

 

 そうだそうだ忘れてた。私、リューさんを隠れて支援しに来たんだ。

 ミイシャさんに呼びかけ、自然と分けられる人垣に沿って進む先からは歓声と心地の良いカラカラカラ――という音が。

 

「なに、今度はルーレット? あぁ、セアさん先読みとか得意そうだし、いいんじゃない?」

 

「るーれっと? え、どうやって処刑台で賭け事を……」

 

「ち、違うから! 隠語じゃなくて普通のルーレット! 可愛い顔でさらっと怖いことを言わないでよ考えないでよ……」

 

 ルーレット。アマゾネス国家発祥の罪人執行装置のことを隠語でそう呼ぶのだ。因みに語源は、ぐるぐる高速回転している刃の中に人を投入してひき肉にすること。何なら食肉生成器(ミキサー)でいいじゃんとは思うが、人間の投入方法はこれまたえげつなく、(ろう)()状の投入機の内側には()(せん)式に段が形成されていて、そのさまが人間を玉にたとえられてルーレットのよう。ということからついた隠語だ。

 実に(おぞ)ましいことだが、これがかなりドギツイ。特にミンチされる時に刃が鈍いと痛くて痛くてしょうがない。スパッと切られた方がまだ痛くない。

 

「おっ、面白い人もいるじゃん」

 

「面白い人……? あ、()()()

 

 その呼び方に妙な違和感を覚えたが、それよりもベルで遊びた――こほん。ファミリアのことで大変なベルがどうして遊んでいるのか問い詰めなければならない。

 つんつん、肩に少し触れるだけで、ぶるりとベルは身を震わせた。

 何故か緊張感のある動きで、首を私の方へと向け目が合った瞬間、顔が真っ青に染まる。

 

「シ――あぐぃっ!? ぁ、足は、ヒールで足は……」

 

 叫びそうだった(すんで)の所に踏みつけるベルの爪先。ヒールが見事にめり込み、喘ぎを上げて苦しむベルに耳元で囁く。

 

「迂闊に叫ぶなよ馬鹿か。セアで通すこと、拒否権はない。またやったら今度は鳩尾(みぞおち)ね」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 何処か嬉しそうにベルは謝った、心なしか頬も紅い。将来有望だな。

 突然現れた謎の美少女と、変化に忙しい白兎君のこそこそ話に、周りは訝し気に眉根を寄せる。だが何事も無かったように、彼女は流れるような動作で参加を示す着席を行った。

 

――ケースから約1600万相当のチップを取り出す。

  

「ちょ、そんなに……どっから持ってきたのさ!?」

 

「そこで稼いだ。だから別にいいかなぁって、あと2000万くらいあるし」

 

「はぁっ?」

 

 そりゃぁ、ベルの金銭感覚からしてこんなの可笑しいことこの上ないだろう。なにせ、一ゲーム見ていたが、ベルはちまちまと賭けてばかりだ。  

 そんなの面白味が足りない。わかっているのなら、盛大にやらなくては。

 

「お手を拝借」

 

「ウェっィ!? や、やわらか……」

 

 さっきからベルがいちいち煩いものだ。必要なことなのだから黙っていて欲しい。

 こらこらシルさん、目が怖いですよ。ミイシャさんはそんな目で私を見るな憐れむな。

 

「じゃあ、ゲームをしましょう。私、黒の20。他に賭ける人は?」

 

「あ、じゃあ僕はここで……」

 

 ベルも私も、勘で己が指定する。線上(コーナ)数字四つ賭け、その中に黒の20。

 よし、勝ったわコレ。そう断定して私が投入した金額――

 

「――馬鹿なの?」

 

「一回やってみりゃわかりますよ」

 

 周りからは狂人を蔑むような目で馬鹿にされているけど、私は何一つ憂いも無ければ、負けるなんて欠片も思っていない。一点(ストレート)の36倍結果約5億6000万を得られる計算。

 これは普通、カジノ側から断られるタイプの客だ。下手に破産させるわけにいかないから。だが、ここは少し違う。ズレているのだ、この場合良い意味で。

 

「―――――」

 

 兎人(ヒュームバニー)のディーラーが回転盤(ホイール)を回し、(ボール)を鮮やかな手つきで転がす。あんまりな私の賭けが気になるのか、周りは固唾を呑んでこの結果を見守っている。

 

 手を握ったまま、私は目を瞑った。傾聴し、私は己の予測でも確信を固くした。

 ルーレット、ぱっと思い出せなかったが、これはよくやった覚えがある。小さい模擬的なものが実家にもあったはずだ。置いて来てしまったけれど。

 よくルールは理解している。そして、回転数によるボールの動き方も。

 

 コロンっ、

 

「フッ……」

 

「うそ、でしょぉ……」

 

 十人十色の反応を周りが挙げる中、私は一人ほくそ笑んでいた。

 以前ヘスティア様から聞いた【幸運】のレア・アビリティ。同じ眷族(ファミリア)、同じ仲間――何らかのつながりをベルと持つことにより発動すると推測しているもの。

 ただし、(セア)とベルに繋がりがあるかと言えば、薄い。だからこうして手を繋いだ。

 

「一儲け完了」

 

「ね、ねぇセアさん? それ、半分くらい分けてくれるとすっごくありがたいんだけど……」

 

 なんて早速金に目ざとい彼女が振って来るが、私は華麗に無視して、ベルの近くに佇む二人に対面する。驚きと敵対心の視線が向けられる中、()()()()()()へ――

 

「――ほい、支援金」

 

「……これは一体、どういった事でしょうか。無関係の私どもへ……」

 

 しらを切るつもりか、将又本当に気づいていないか。 

 気づいてもらえないのは別にいいが、受け取ってもらえないとかなり悲しくなる。というか自分が虚しくなる。

 

「リューさん、シルさん。頑張ってくださいね」

 

「――!? 貴女一体、」

 

 耳元をくすぐるように囁く。やはり、気づいてはもらえないか。でも、受け取ってはもらえたのだし良しとしよう。これで私の気分は晴れたものだ。以前

 

「しぃー、変装しているってことは、バレちゃ不味いのでしょう?」

 

「そこまで知って……」

 

 唇に人差し指を当てる。婦女子共がキャーキャー煩い。

 驚きに染まるリューさんとシルさんの顔は実に素晴らしい。今にも笑い出してしまいそうだけど、そんなこと市たら見た目が台無しとなるので堪える。公では抑えるのが主義だ。

 

「さてさて、ミイシャさん。他のゲームでも遊びましょうよ」

 

「おー! それでこそセアさん、太っ腹!」

 

「ぶん殴りますよ」

 

「あ、ごめんなさい調子乗りましたすみません……」

 

 この場から発せられる音は私とミイシャさんのヒールが奏でる硬質的な音のみ。それ以外、唖然として誰もう置かなかった。

 計5億5000万、それだけチップを頂いていく。ディーラーの娘が可哀相に見えるが、仕方ない。運が悪かったとしか言いようがないのだ。このカジノでの彼女の立場がどうなるかは知れないが、私か儲かればよい。それに、ここは今日で壊滅的被害を受ける予定だ。何人か職を移されたところで可笑しくない。   

 

「あ、ミイシャさんにはこれあげますよ。1億くらい」

 

「……あと、500万」

 

「はい?」

 

 現在の所持金約4億5000万、そこから更にと彼女は申している。1億でも充分なはずなのに何を強欲な……呆れ蔑み溜め息を吐いた私の視界に、ふと唐突に映ったのは彼女の陰る顔であった。

 ケースの持ち手を前で両手に持ち、深々と腰を曲げる。

 

「お願いします、セアさん。500万……いえ、300万でいいんです。どうか、どうかそれだけでも……お願いします」

 

「なっ……」

 

 鉄火場から外れた、獲得分配の為に訪れた一角。そこで彼女は、唇を噛み、手を震えさせて、恥辱なんてものを気にせず、誠心誠意私へと「お願い」している。

 その理由がすぐに思い至った。

 

 躍起になってお金を稼いでいるわけ。シオン(わたし)の欲しいものを買ってくれるとこのことだった。だが、私はそれほど高い物を欲した覚えはないし、自分で買えるであろう。

 

「……やっぱり、だめですよね」

 

「えぇ、300万や500万なんて切りが悪い。いっそのこと、全部貰ってください」

 

「――――ッ!?」

 

 驚愕。彼女の顔はそれ一色に染まり、さっきの暗くて、似つかわしくない落ち込んだ表情なんてどこにもない。

 

 そう、そうあるべきなんだ。

 

 悲しむ必要なんてない、悔しがる必要も。

 暗い顔をしないでくれ、叫んだって驚いたって何だって言い。それが、晴れやかならば。元気の籠る、彼女によく似合った笑顔であるならば尚良い。

 

「さ、流石に……悪いですよ、こんなになんて。目標の金額さえあれば……」

 

「じゃあ、100万だけ手元に残します。それ以外はどうぞ」

 

「で、でも!」

 

「いいから受け取れ! 此方人等(こちとら)金が多くて逆に処理に困るんだよ!」

 

「は、はい!」

 

 ふんぎりが付けられないでいた彼女に、大声を出して強引に言いくるめる。無理にしてしまうことは悪いが、こうでもしないといつまでたっても受け取ってもられないから。

 本のお礼代わりと思ってほしい。どうせ、私はこの100万から桁ひとつは上げられる。

 

「あ、あのぅ……」

 

「何ですか、返金は受け付けませんよ」

 

「いや、その……2000万の保証、もう、だいじょうぶです。私はこれで足りましたから。あの、ありがとうございます、本当に」

 

 なんて、彼女再度、感謝の意を述べて来る。別にそんなのが欲しくてやった訳では無い。

 お礼なんていらないのだ、むしろこちらが礼を尽くしたいまである。

 いろいろお世話になっているしな。

 

「気にしなくていいですよ、礼を言われるようなことでもない」

 

「ふふっ、シオン君みたいなことを言いますね。よく似てて、羨ましい」

 

 一瞬だけ、今度はまた別な、寂しそうな、そんな目をした。哀愁に満ちたそんな視線は嫌いだ、やめてくれ。でも、自覚はないらしい。フルフルと首を振って、もうそれきり元に戻る。

 

「じゃあ、遊びましょう。まだまだいっぱいあるんですよ!」

 

「そうですね、遊びましょうか」

 

 彼女に手を引かれて、たった100万のチップと1()8()0()0()()()()()が納まるケースをごとごと揺らす。

 ナニカ、踏ん切りがついたかのような、清々しい表情。実に快く、素晴らしい。

 

 事が起こるまで遊んで、その後すぐに撤退すればよいだろう。彼女にも今の気分を楽しんでもらいたいし、私だってここでもう少しばかり謳歌したい。

 

 刻一刻、ほんの少しずつ、彼女たちにまで変態()の手は迫っていた。 

 欲しないはずがないだろう、こんな美少女二人を。

 

「おい、あのお二人をどんな名目でもいい。招待しろ。絶対に女にする」

 

 下衆の極致へ至ったかのような気色悪いことこの上ない笑み。

 愛人という名目の誘拐被害者たちを己の周り囲み玩具(おもちゃ)とする糞男。

 それが今、向けてはならない人物へ、欲を示した。

 その瞬間、彼の人生は一つに決まったと言ってよいだろう。

 

 



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解放の時間だ

  今回の一言
 ん~、なんだか妙に長くなってしまった。

では、どうぞ


「あの方たちは一体……」

 

 チップが詰まったケースを片手に提げながら、彼女は一人呟く。重さからして、相当な額となるのは明白だ。眼前でありえない儲け方をされてしまったのだからそれも霞むと言えようが。

 

「すっごい綺麗だったね、あと太っ腹。一回滅んじゃえばいいんじゃないかな」

 

「シル……? あの、目が笑っていませんが……」

 

「気にしないで、リュー。それより、こんな手に入れちゃったけど、どうするの?」

 

 確かに、これだけあると処理に困ってしまうのは事実。だが、丁度よかった。彼に近寄ったのはあわよくば資金提供をしてもらうため。こうして得られたことは幸運と言えよう。あの方々に感謝しなければ。

 これを利用して、後は実力で勝つのみだ。

 どんなゲームでも良い、勝って、勝って、勝って、勝って―――あわよくば稼ぐ。これだけあれば損失を恐れる理由も無いのだ。

 

 彼がまたルーレットで稼ぎ出し、先の静けさがどこかへ吹き飛んだのを横目で見ながら別テーブルへと去って行く。彼と一緒にゲームをすれば儲かり目立ちこそすれ、それは私たちの実力ではなくなる。それでは見せつけの意味がない。  

 

「ではシル、やりましょう」

 

「うん」

 

 ベットは多量に、さすれば必然、最低でも店の従業員乃至オーナーの目に留まる。一般人には目立つ必要がない、ただ目に留まり、貴賓室にさえ入ることができたのなら――あとは、こっちのものだ。

 私は経験を積んだ熟練者でも無ければ、この道に秀でた人間でもない。ただ少しばかり、『駆け引き』という点では向いているだけだ。

 そんな私が勝ち続ける方法は、真面目に勝負に挑むという一点のみ。実際問題、ずっと勝ち続ける事なんてできないだろう。だが、負けも負けで終わらせないことはできる。

 

「……あちらの方々も相当目立ってますね」 

 

「ほんとだねぇ。あっ、ちょ、ちょっと見て……! あれってもしかして」

 

「……?」

 

 騒ぐ二人の女性――主に叫んでいるのは桃髪の人――が妙に気になり一瞬視線を向けるが、勝負に集中しようとすぐに戻した矢先、ちょんちょんと呼びかけられて、疑問を持ちながらもまた振り向くと、件の二人が今まさに、従業員と思われる男性の指示の下貴賓室へと誘われていくところであった。

 

――あの二方に、危険が及ぶのは避けたいのですが。

 

 いや、桃髪の女性はともかく、銀髪の女性は確実な実力者だ。ほっそりとした腕の筋肉に沿った特徴的かつ効率的な肉付き、あれは鍛えている者にしかありえない。

 私たちも負けずと頑張らなければ。

 

「ストレートフラッシュ」

 

「畜生ぉぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

 さて、ペースを上げなければ。

 

  

    * * *

 

 あぁ、先に来ちゃったよ……私の計画全部ひっくり返されたわ。

 まさか私が招待されることになるとは。断りを容れたかったのだが、ミイシャさんがあまりにもはしゃぐもんだから、危険を承知でやって来たまで。なに、安全は保障するさ。

 

「ミイシャさん、どう思いますか、一般人の見解からして」

 

「そうだねぇ、噂に違わない、とだけ言っておこうかな」

 

「訂正。貴女全然一般じゃないです」

 

 耳打ちすると、そっと彼女も返してくれた。

 従業員と思われる男は私たちを貴賓室へ通しただけで、「ごゆっくり」の一言だけ言い残し横へと逸れてしまう。だがそれは一本道を創り出す最後のピースであった。明らかに、誘導している。点々と(まば)らに立っているように一見して見えるのだが、その隙間は実に絶妙。意識せずこの景色に目を奪われる人間ならば必ずと言っていい確率で目的地(わな)へと誘われてしまうだろう。

 彼女もそれを見破ったか――否、どうやら違う。彼女が言っている『噂』とは、『エルドラド・リゾート』自体の噂か。情報屋紛いのことをしている彼女からしてこれくらいは当たり前と知っているのだろう。

 

――乗るべきか、避けるべきか。

 

「二つに一つ……なんだよなぁ」

 

「ん? どうしたのセアさん。貴賓室は通常よりベット率が高くなるけど、さっきあんなにベットしてたんだからもう怖くないでしょ。ほら、早くはやく」

 

「はいはい、わかってますって」

 

 この人が、戻る逃げる――等々悲観的行動を許すおよび選択するわけない。

 一つ溜め息を吐くと、先導するように私が前へ出るが、彼女の歩調に合わせる。不測の事態への対処、そのためにも彼女からは離れてはならない。

 なにせ、彼女はこの状況に気付いているか怪しいのだから。事が起きて混乱するのは目に見えている。

 

「ねぇ、セアさん。どっちのチップ使ってゲームする?」

 

「私ので構いませんよ。大切なんでしょう、そのチップ」

 

 振り返らずにそうとだけ告げると、彼女はふざけたような態度を一瞬にして改めた。息を呑み、ふと足を止めたがまた歩み出す。少しばかり速くなって。隣で歩む彼女が、えぃっとケースをぶつけて来るが――びくともしない私にげんなりとさせてごめんね? 硬いことが取り柄なの。

 

「ようこそおいで下さいました、お客様方。当賭博場(カジノ)はいかがお楽しみでしょうか」

 

「「噂通りですね」」

 

 見事に被った二人に、三人は何故か一様に驚きを見せる。だが何もかもに誤差が生じていて、その意味すらも一様ではなかった。

 悲しきかな、ここのオーナーたるその男も違えてその意味を理解していた。だからこそ、内心ほくそ笑み、己への慢心を続ける。気づいていない、と。

 

――だがそんな訳、無いんだよなぁ。

 

 ささっと私を盾にするように隠れたミイシャさんも、この男の本質に気付いたのだろう。純粋な屑男め、下心が丸見えだからなぁ。この人絶対『モテない』なタイプの人間。少なくとも私は無理。

 短足短腕の小太りドワーフが無理をしてきているスーツはたいへん見苦しい。発するしゃがれた声も聞くに堪えず、今すぐにでもその喉を潰してしまいたいものだ。

 

「ここ貴賓室は、通常よりも危険(ハード)なゲームをお楽しみいただけます。どうぞ、幅広くお試しくださいませ」

 

「ふーん、因みに私『初心者』なのですけど、誰か説明してくれる方とかいませんかね。できれば、綺麗な女性で」

 

「ほぅ……」

 

 あぁ、自殺行為だけど、仕方ない。後ろから冷ややかな視線をしみじみと感じるのも耐えながら、こうするのが一番だと己を貫こうと誓った。

 目を細める男はどうやら私に特殊性癖があるとでも考えているらしい。その脳内で、私は他の女性たちと共に百合的凌辱がされているのだろう。うわぁ、寒気する……

 

「では、私の()()でどうでしょうか。詳しい希望はありますか?」

 

 どうやらこの男、本気で私のことを引き込みたいらしい。既に調教している自分の愛人とただならぬ関係を作ってしまえば容易いとでも思っているのか。ふざけるなよ、アイズ以外にティアとかフレイヤとかアリアとかその他比較的親密な人間・精霊諸々以外、私が絆されるわけ無いだろうが!

 

 まぁ、これは実際狙い通りなのですけどね、てへ。

 

 アンナ・クレーズさん。それが現在の重要人物。

 『愛人』なんて片腹痛い名目で連れられている彼女が非常に不憫で仕方ない。ただ可愛いだけでどうこうされるのは理不尽だと思うのだ。可愛いは正義。男に見られて拝まれるのはともかく、何も独占されて散々好き放題去れるために居るわけでは無いのだ。

 

「では……新鮮な()でお願いします」

 

 じゅるり、わざとそうして舌なめずりをしてみせる。勿論演技だ、だから引かないでくれ、ミイシャさん。それは本気で応えるから。

 

 男がにたりと笑うのを、私が見逃すはずなかった。それは確実に、私の掌の上で踊っている証拠である。たとえでも嫌だな、こんな人が掌の上で踊るのは。気持ち悪いですよぅ……

 

「では、最近できた愛人をご用意いたしましょう。おい!」

 

「下品な」

 

「ねぇセアさん、一発殴ってくれない?」

 

「嫌だ、触りたくない」

 

 品位を欠片も感じられなかった男に、見ているだけでは最上の品位を感じる二人は呆れに陰口を交わす。その内容はあんまりな誹謗中傷だが、相応のものと言えた。

 

「では、どうぞお好きなテーブルへ。直ぐに向かわせますので」

 

 なんて言い残し、男はとたとた去って行く。行儀の悪いその様にまた溜め息を誘われてしまった。

 どこかへふらっと勝負しに行こうとしたミイシャさんの首をがっしり掴み、軽々と持ち上げると連れて行くのは高級感漂うソファが置かれた休憩所だ。

 

「どうふぅっ」

 

「――バカですか貴女は。どう見たってここは人を貶めるためにある場所ですよ。そう簡単にゲームをしない、これ鉄則」

 

「初心者が何語ってるの……? セアさんは単に女の子を楽しみたいだけでしょ? 身の危険を感じるから早く逃げたいんですけど……」

 

「ちっがうから! 私にそう言う趣味趣向がないとは断言できないけど、今回限りは違います!」

 

 深いわけが合って……なんて説明することができないのがものどかしい。ここで話すわけにもいかんし、何よりその対象たる人間――最近できた『愛人さん』ことアンナさんに聞かれては不味い。

 

「ねぇミイシャさん、貴女は知らないのですか、ここの裏を」

 

「あ、うん、知ってるよ。ほんのちょっとだけね」

 

「初耳だよ畜生」

 

 今まで無知だと思い込んでいたら、どうやら根本的に異なっていたらしい。彼女をそこまで侮るべきでは無かったようで、えっへんと慎ましやかな胸を張られては何も言えない、空しくて。

 私の方が大きいのって、世は理不尽だよ。

 

「まぁ、わかっているなら話が早い。まずここに入っちゃったら、簡単には出られないことは明白です。ですので、散々ふんだくってやるか、武力行使の二択……どっちがいい?」

 

「ふんだくっちゃおうよ」

 

「流石わかってる」

 

 援助はもう終了しているが、ここに入ってしまったからにはもう最後まで突き通しちゃおう。アンナさんの身柄を確保していれば、少しは役に立てるはず。

 

 

――コン、コンッ。 

 

 

「――愛人、じゃないよね、たぶん」

 

「良く解ってらっしゃる。でも、声に出しちゃダメですよ」

 

 そんなことを、地に着いているかのような足音を立ててやって来る少女をもとに語った。

 今にもすらりと落ちて、素の姿を晒してしまいそうな純白のイブニングドレスを纏う少女は、女神にも見紛う容姿を誇っており――とてもじゃないが、愛人には向いていない。そんな暗い顔をして。

 

「こちら、アンナという女です」

 

「お目が高いようですね、気品あふれる()()()()()だ」

 

「こわっ、セアさんこわっ、目が怖い」

 

 おっとイケナイ、つい感情が籠ってしまった。怯えている少女が更に恐怖で委縮してしまっている。私に悪いイメージを持つ分には構わないが、気分を害するつもりは殊更ないのだ。

 ただでさえ傷ついている少女相手に、非道を働くほど鬼ではない。

 

「では、よろしくお願いします、アンナさん。貴方もありがとうございますね、もう結構ですので、どうぞ他の方々の対応に回ってくださってよろしいのですよ」

 

「ははっ、そうですか。では、ごゆっくりどうぞ」

 

 厭味を言ったつもりが、気にする事でもないかのように受け流されて去りゆく。その背中に一つ風穴を作ってやりたい気分だね。

 ぶるぶる怯えて、浮かない顔をしている少女がその場に残り、その瞳には明らかな動揺が見て取れた。数日前に突然見ず知らずの人間に誘拐紛いのことをされたのだから致し方あるまい。

 

「あっ、こ、此度は、当賭博場(カジノ)にご来場いただき、誠にありがとうございます。ご、ご紹介に(あずか)りました、アンナと申します――」 

 

「こんにちは、アンナ・()()()()さん。私はセアと申します。どうぞ硬くならずに接していただけると、こちらとしては嬉しいですね。あっ、そうそう。こっちの見た目は素晴らしい女性は私の連れ――ではなく、私を連れてきてくれた方です」

 

「どうも、ミイシャでーす。見た目だけでごめんなさいね、あはははははっ。でもどうしてだろ、ここにいるとその見た目すらなくなっちゃいそうなんだよねあははは――――っ」

 

 冗談程度のことに、彼女はどうやら深く気にしているらしい。それもそうか、世間一般価値からしてここにいる女性は容姿の完成度(クオリティ)が抜群に高い。特に私たち三人は周りから常に周りから目を集めるほどだ。だから彼女は比べてしまう、嫉妬というやつだ。

 アンナさんはそれに笑みを浮かべることも無い。そんな様子では、私がこっそりと出したヒントも気づけていないのだろう。これは、じっくりと時間を掛ける必要がありそうだ。

 

「さっ、座ってください。一先ず、何かゲームでもしましょうよ。その為に呼んだわけですし」

 

「は、はい」

 

 丸テーブルを囲むように座る。そのひと動作ですら彼女は苦心していた。仕方あるまい、蝶を展翅したかのような形状の薄布――しかもその先端のみが彼女の不可侵領域を隠しているのだから。純真な少女であることが明らかな彼女にとって御開帳は恐れるべきことの一つである。

 といっても、もうほとんど晒しているような姿なのだろうけど、問題は尖端なのだろう。

 

「ねぇ、なんでわざわざこんな子呼んだの、私を虐げたいの? 自身を無くさせたいんでしょ。はいそうですよ、私は化粧しないとそこまで可愛くないですよ。こんな天然美人ちゃんには劣りますよ!」

 

「まぁまぁ、何を怒っているのか全く理解できませんけど、とりあえずミイシャさんに害を及ぼすつもりは一切ありませんので安心してください。私がこの子を呼び出したことには理由があるんです」

 

 それに、二人はそれぞれの驚きを見せる。彼女の発言に、明確な違和を見つけて。

 立場に悩み、逡巡しているアンナに代り、ミイシャは堂々と告げた。

 

「ねぇ、セアさん。『呼び出した』なんて、まるで選んでいったみたいに聞こえるけど、どういうこと」

 

「……っちゃぁ、やっちゃったなぁ」

 

 自分のミスに気が付いて頭を抱える彼女に向けられる視線は何故か冷ややかなモノが生まれた。ミイシャはがっしり、彼女の無駄な肉がそがれているのに柔らかい肩を掴み、にっこり表情だけで笑いかける。

 その目は変わらず、無表情であるのだけれど。

 

「はいはい、白状しますよ。私は端から、この方の救出作戦の援助に来たんです。ですが、所々で私の計画に異分子が生まれましてね、今のところ失敗です。ですが、こうして接触できたことでまだマシな状況と言えるでしょう」

 

「え、えっ……なんで、そんな、どういう……」

 

「混乱するでしょう、ですがどうか、落ち着いて。バレてしまっては全ておしまいなんですよ」

 

「は、はい」

 

 どうしても困惑の表情を隠せないでいるアンナに、優しくセアが語り掛ければ深呼吸一つで落ち着きを取り戻す。顔に浮かんだのは憂いや強い動揺――まだ、疑いはあるよう。

 

「最初っからそういう目的だったんだ。なら話してくれればよかったのに、すぐに逃げたから」

 

「賢明な判断ですね、今すぐにでも貴女だけなら逃げられますけど、どうします?」

 

「嫌だ。救出ってことは、やっぱりそういう事なんでしょ。私、そういうの見逃せないし。ここで逃げちゃったら、シオン君の前で堂々と胸張れなくなっちゃいそうだし。だから残る」

 

「あら、そうですか」

 

 そのシオンと全く同じ意識と今正対しているのだけれど、知ったらどう思うのだろう。ちょっと気になるかも。

 興味の下に彼女に耳打ちしようと身を寄せて言ったところでふと気づく。

 

「どうなされたのですか?」

 

「――!? い、いえ、その……なんで、私なんかを助けに来たのかって思いまして」

 

「……本当にそれだけ?」

 

 遠慮するかのような彼女の視線の動きを見逃すセアではない。どきりっと射貫かれたかのように身を振るわせたことこそ正鵠を射たことへの証明だろう。

 

「なんでも話してくれて良いですよ。遠慮はいりませんから」

 

「……本当に?」

 

「えぇ。本当に」

 

 安心させるように朗らかな笑みを二人そろって見せてやると、あら不思議。魔法で溶かされたかのように彼女を取り巻いていた悪感情の渦が無くなった気がした。

 ここ数日、そうして本心を暴露することなんてできなかったのだろう。だから、相当鬱憤が溜まっているのかもしれない。

 

「あの……実は、()()()()お名前に、反応してしまって……」

 

「「―――は?」」

 

「い、いえ別に、興奮してしまったとはでは無くて……その、先の戦争遊戯(ウォーゲーム)であのお方を知り、ご迷惑でしょうけれども憧れてしまったのです……か、かっこよくて」

 

「――――――」

 

 もう、なんて声を掛けたらいいのかわからない。ミイシャさんは何故頷くの?

 いやさ、かっこ好いと言われて嫌な気はしない。こんな美少女からなら尚のことだろう。だがしかし、彼女はそれがご本人にも伝えられていることを知らないのだから質が悪く、どう反応してら良いものか迷いもの。

 

「ねぇ、アンナさん、ちなみに好意はあるの?」

 

「ふぇっ!? そ、そんな烏滸がましい! その、あの方にだってお好きな方の一人や二人――」

 

「いやいやそんなんじゃないから! 一人しかいませんよ、どんな浮気性だと思っているんですか!」

 

 勿論のことアイズである。愛しているのは彼女だけだ、断言しよう、うん。

 愛は一本道、恋は一方通行なんだよ。それに一夫多妻(ハーレム)なんて望んでおらんし、懇意にしてくれる人は多数いるわけだが、その方に対し好ましく思えど好き(あい)を感じることはない。かなり無情な現実だな。

 

「し、失礼しました――! で、ですがその、あれだけの美男子ですし、さぞかし『モテる』のではないかと……」

 

「よくそんな言葉知ってますね……確かに好意を持たれることは多々ありましたが、全部切ってますよ。ずっと昔から、思い返すとほんっとに最低な行為ですね」

 

「なんでそれを自分のことみたいに言うの?」

 

「……………話に聴いただけです、本人から」

 

「シオン様とお知り合いなのでしょうか!?」

 

 あぁ、こじれた。何故私はこんな話をしたんだよ……もう少し他人を装ったり、言葉を選んで勘違いさせることくらいできただろうが……あぁもう、ばかばかっ。

 上体を乗り出して、今にも零れてしまいそうな双丘を揺蕩わせるアンナさんを落ち着かせても、瞳をキラキラ輝かせて、興味はその話題ばかりにあるようだ。恐怖を忘れていることは非常にありがたいのだが、もう少しベクトルを調節してほしかった。

 

「ねぇセアさん、そう言えば私もそんなに詳しく知らないなぁ。教えてよ、シオン君とセアさんのただならぬ関係」

 

「いかがわしく修正すんな。ったく、面倒臭い」

 

「そうそこ、口調とか所々そっくりなんだけど。癖とか、言動とか……目線とか?」

  

 どこまで見ているんだこの人は!? 情報屋紛いのことをやっているのだし、細かいところを見ているのは納得できるのだが……この人、そこまでの洞察力があるのなら、本業変えた方が良いのでは?

 それとアンナさん、もう少し貴女は落ち着きましょう。そんな興味津々とされたところで私に話せることなんて限られるし。なにせこのピンク色の情報魔女に聞かれては困る事なのだから。

 

「――あっ」

 

「「あ?」」

 

「真似しなくていいから。今思いついたんですよ、ゲームしましょう。そうして……よっと。このチップを情報にたとえて、相手から奪った分情報を開示する、なんてどうです? 内容は奪取して側が指定しても構わないという条件付きで」

 

 計三十枚を丸テーブルの上に取り出す。一人十枚、それぞれに配る。チップの色からして、ヴァリス換算すると金額は変わる訳だけど。

 無言で見合った二人は、まるで共闘するかのように頷き合い、それぞれにチップを手に執る。

 

「ゲームは何が良いですか?」

 

「私ブラックジャック」

 

「えっ……私はスピードが良いです」

 

「なら私もスピードで、ブラックジャックなんぞ知らん。ですが、その格好で大丈夫ですか?」

 

「ふふっ、逆に有利ですよぉ。私、子供のころから家族の中で一番強かったんです。ルールって、私が知っているので構いませんか?」

 

「どうぞ、説明してくださいな」

 

 ブラックジャックとやらをできずミイシャさんはふくれっ面だったが、アンナさんは自分が有利なゲームにさぞかし嬉しそうだ。だがそんなに喜んでいると、たゆんたゆんと目のやり場に困るのだが……。

 まさか、これが狙いの名のだろうか。まさかな。    

 

 彼女が説明したスピードのルールは、ちょっとばかり変わったものだったが、根本的には変化のない反射神経勝負のゲームであった。違う点で言えば、三人仕様で手札の色が決まっていないところと、引き分けが存在するというところ、掛け金があるところと、場に表で出せるトランプが三枚だけであること、場のカードを使いきらないと追加してはならないこと。更に、始めに表に出すトランプがそれぞれ一枚ずつ計三枚であることか。

 

「それで、ここでコイン……あ、チップでしたね。それを何枚出すか選択します」

 

「全員共通の枚数にします? 一枚以上五枚以下で、始めに出した人に合わせる形で」

 

「じゃあ五枚」

 

「……次からは時計回りで回しましょう」

 

 この人、マジで勝つ帰か。まぁ、いいや。どうせ結果は見えている。

 何せこれは、反射神経優先ゲームなのだから。

 

「では、始めましょう。せーの」

 

 アンナさんの声で、左手に持ったトランプから一枚を、テーブルの中央に表で晒す。

 

――ハイ、勝ったね。

 

 

 

 

 

 

 

「終わり」

 

「はやぃっ―――ニャッ!?」

 

「ふぅ、油断大敵です。ミイシャ様が負けですね。それにしても、何ですか今の動きは」

 

「私を舐めてもらっちゃ困りますよ。こう見えて、結構自信あるんです。反射神経に」

 

 私が圧倒的速度でカードを正確に滑り込ませていく中、肝の据わったことにアンナさんは全く動揺せず、ゲームに集中したことこそが勝因だろう。ミイシャさんには速さがが足りない。

 

「で、ズレてますけど、大丈夫ですか? アンナさん」

 

「ズレてるって……ひゃっ!?」

 

 途中からしっから零れていた胸の尖端には、流石に目を逸らしていられなかった。 

 なにせ他の男どもに見られるわけにゃいかん。彼女の心理的問題にかかわるだろうから。

 

「み、見られてない、ですよね……」

 

「視線はありませんでしたよ。安心してください」

 

「ふぅ。男の人に見られたらどうしようかと思いました……」

 

 ごめんなさい、なんか本当に、ごめんなさい。十五枚のチップのうち、アンナさんに五枚渡しながらソンナ申し訳ない気持ちが沸き上がって来た。もう絶対バレないようにしよう。

 

「あ、じゃあ五枚分の情報を開示すればいいのかな? って言っても、わかんないなぁ」

 

「なら指定しても良いですか? ミイシャ様」

 

「ん、その方が楽かも」

 

「では、ミイシャ様とシオン様のご関係について教えて頂けませんか? それと少しのシオン様の情報、好みの方とか……」

 

 ゴホッと気管に入った液体を吐き出そうとせき込む。通りすがりの『愛人』ウェイトレスに飲み物を貰って、一口に呷っていると、そんな反則級の質問を行っていたからだ。

 というか貴女、本当に好意ないんだよね。

 

「私とシオン君は……友人以上恋人以下のただならぬ関係」

 

「未満だし別にいかがわしい行為もしとらんわ」

 

「チッ、いいじゃん少しくらい。というか何でそこまで知っている訳ぇ?」

 

「るっさい、ほら次の情報」

 

 あれ、何で私から催促しているの? 可笑しくない?

 

「あとシオン君は、【剣姫】のことが大好きで大好きで仕方ないんだよねぇーねぇー?」

 

 こっち見るな同意を求めるな、言うに言えんだろうが。というか何で知ってるんだよ、私貴女に話した記憶が皆無なのですけど。

 

「そ、そうですか……金髪にしようかなぁ」

 

「いや止めろよ。貴女は貴女なんですから、無理に変える必要なんてないんですって」

 

 それに、私が彼女に惚れた要因の第一は、見た目ではなく剣技だ。どう足掻いても無理がある。見た目で私を惚れさせることができる存在は、もういないと言ってよいだろう。

 

「はぁ、じゃあ次やろー」

 

「そうですね、絶対シオン様の情報を引き出しますから」

 

「できるものならどうぞ。でも、どうやらリミットのようです」

 

 残念ながら、と一言付け加える。やって来たオーナーにあえて聞かせるように。

 一瞬にして蒼白となる彼女の表情に心配を憶えるが、別段身柄には心配なかった。

 恐らく、彼女たちがやって来ただけだから。

 

「アンナ、悪いが来てもらうぞ」

 

「……はい」

 

「お気をつけて~殺されないように」

 

 オーナーに向かって、あえてそう言い放った。今度は、はっきりと。

 にたりと笑うあの男の顔面をへこませてやりたいな。

 

「ねぇ良いの?」

 

「えぇ、問題ありません。では、中心地へ向かいましょうか。単なる、覗き見をしに」

 

「ふーん、面白そうじゃん、いいよ」

 

 手早くチップとトランプを纏めると、片やケースへ、片やテーブルの中心へと戻される。

 重い足取りで名残惜しそうに去って行く彼女の背を、私たちは静かに追った。

 ここからは、彼女たちに任せる。単なる傍観者を決め込んで、この状況を楽しもうじゃないか。

 

 

 

    * * *

  

 あれ、リューさんヤバくない? 完全に劣勢じゃん。イカサマは明らかだけど、それを明かしてはならない辺りが特に彼女を追いこんでいる。なにせ、一度使われた暗号を二度使用することがない。一体何通り用意しているのか、彼女のチップが減るばかりだ。

 

「あ、やばい。見つかっちゃった」

 

「え、うそぉん。何やってんのさミイシャさん……」

 

「ごめん、というか呼ばれてるけど、どうする?」

 

「出た方が良いでしょうね」

 

 がっつりとミイシャさんを見つめるシルさん、それはもう明らか。隠れる意味あもう無いと告げている。

 仕方ないと、げんなりしながら私たちは『戦場』へと身を乗り出した。

 ぎょっと場の雰囲気が豹変する。今まで卑しい流れであったモノが、一気に霧散され、全く別の唖然という空気が流れる。

 

「ねぇ、貴女にお願いがあるの、いいかしら?」

 

「え、えっ、私? セアさんじゃなくて?」

 

「貴女に頼みたいの」

 

 どうしようかと私に許諾を求めるような視線を送って来るが、一つ頷くと彼女はシルさんの下へと向かって行く。耳打ちをされて、何か手に持った状態でとことこ戻って来たけど。

 

「なんかこれ、渡された」

 

――ベルさんに、暴れてとお伝えください。

――それとシオンさん、貴方は相変わらず常識外ですね。

 

「これなんて書いてあるの?」

 

「……お気になさらず。耳打ちされたことに従ってください。恐らくそれが最善です」

 

「はーい」

 

 マジかぁ、何で気づかれてんだよ。

 あの人は相変わらず底が知れない。後でしっかりと釘を刺しておこう。三本くらいが丁度よいだろうか。

 別に物理的にじゃないよ?

 

 ミイシャさんが出口へとことこ歩いていくのを見送りながらも私はこの場に残る。

 それにリューさんは不思議に思ったか首を傾げるが、知ったことではない。

 

「ねぇあなた、少し変わってほしいわ」

 

「なっ……で、ですが」

 

「いいの、お願い」

 

 その瞳に宿るのは覚悟でも好奇心でも何でもない。ただ単に、やりかえしちゃおう、とでも言える遊び心だ。

 リューさんと席を変えて座ったシルさんに、参加者たちは色めき立つ。扇情的ともいえるシルさんの格好に興奮したともいえるが、何よりその賭けた内容に対しての興奮が大きいだろう。

 ここでの賭けは身を売るようなものだ。

 

――でも、どうせ勝っちゃうんだろうなぁ。

 

 この先の状況には呆れの溜め息しか出ない。なにせもう、単なる独壇場なのだから。勝って勝って、ただ勝つのみ。それを然も狙っていないかのように豪語するのだから恐ろしい。

   

「ねぇあなた、これってもう、私の勝ちでいいのよね!」

 

「え、えぇ。これで勝利と言えるでしょう。即ち――」

 

「――アンナ・クレーズの解放を意味している。でもそれだけじゃつまらないと思いません?」

 

「あ、貴女は……」

 

 おいしいところは貰っていく主義なのでね。

 動揺するリューさんに対して、シルさんは苦笑いを隠せない様子。この場に居るうち私と彼女だけが常識から逸脱した人間と言えるだろう。この場で平常と居られるのだから。

 

「ねぇ、オーナーさん。私のことも狙ってたみたいだけど、残念だったね。もうここでおしまいだよ、ざまぁ見やがれこん畜生。散々女を弄ぶと恐ろしいということを知らんのかい? 大きな仕返しが待ってるんだよ。例えば……殺されたり」

 

「ヒィッ――」

 

「あははははっ、この程度の殺意でソンナ怯えちゃって。こんなんじゃゴブリンに殺されちゃうレベルじゃない? 勿論地上の。あはははっ、憐れだねぇ」

 

 おっと、これは言い過ぎか。だが仕方ないではないか。この貴賓室内にいる女性たちが大半既に汚されている身だと気づいてしまったのだから。そらぁ多少の怒りも覚えるもんよ。

 だが、ここはリューさんの場だ。もう少し爪痕を残してから終わろう。

 

「ねぇ、ここにいる女性の方々。ここにいる男、すっごく恨んでませんかぁ!? 恨んでいるのなら今がチャンスです。この男をぶちのめしてやりましょう。なぁに、ここは治外法権。どれだけ暴れたって、オラリオで生活するうえでなんの問題も無い」

 

「な、何を言っているのだ! 少し見た目がいいくらいで、なんなんだ!」

 

「何って? あぁどうも、世界で多分二番目に可愛い最悪最低最恐にして最強の異常者ですがなにかぁ!」

 

「ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない」

 

 つっこみは望んでないですシルさん。

 

「さぁ暴れようじゃないか女性諸君。こんな腐れたところ散々荒しちゃえー!」

 

 そう宣言して、私は正面にあったテーブルを軽く蹴飛ばす。強烈な破壊音が鳴り響き、それが彼女たちに発破をかけた。次なる炸裂音は一人の絶叫となり、連鎖的にそれは爆発していった。 

 それは全て、彼女たちの怒りである。ただ一人、恐怖しか持てなかったアンナさんはただきょろきょろと周囲を忙しなく見渡して、隙ばかりが生まれていた。そこに浸け込む最低男が一人。

 

「クソッ」

 

 なんて下品に言い残して、オーナーたるその男は奥へと逃げ去って行った。

 ヒールである私にとっては知られると困るのだが。あと階段は止めてくれ。

 

「ちょっとシオンさん、この騒ぎどうしてくれるんですか!」

 

「あのねシルさん。わかってはいましたよ、バレたって。ですがね、秘密にしておいて欲しいのですよ。だって、私が女にもなれるなんて彼女が知ったら、悲しむと思いません? 呆れられると思いません?」

 

「そこでリューの名を出すのはずるいですよぉ……はい、言いませんから。とにかくこの状況を何とかしてください……」

 

 うーん、面倒臭いなぁ。私が追いかけるのも億劫だし、戦うのは一般人と戦ったら死人が出かねないし……ん? 

 

「おーい、リューさん!」

 

 私が追いかける必要ないじゃん。

 

「リューさん、シルさん。オーナーを追ってください。私はここに収集を掛けていきますので」

 

「は、はぁ。それは構いません。ですがあなたは大丈夫なのでしょうか……?」

 

「なぁに、戦闘は得意分野です、っよ!」

 

 そう言って、一人背後からやって来た男を吹き飛ばす。その様に彼女は納得の表情を見せてくれた。そそくさと方向転換し、奥へと走り出す。

 その二人の進行方向を遮ろうとした二人を、さっと掴まえた私の行動は褒めて欲しいな。

 

「さぁてお二人さん、拷問と瞬殺、どっちがいい?」

 

 壁に投げ飛ばし、痛みに呻きながら立ち上がろうとする黒が印象的な二人にそう投げかける。

 だが警告を聞かずに、見合った二人は私へと特攻してきた。

 

「はぁ、おっそい」

 

 でもその鈍さには欠伸が出る。普通のLv.2か3ってところか。話にならない。

 だが、連携だけは褒めるべきところだな。よく練習している。

 

「ほぃっ、それっ、らすとぉ!」

 

 蹴るのに一々飛び跳ねるのが億劫になって、丁度よく横に並んで特攻してきた二人の間に割り込み、ただ速さでゴリ押し吹き飛ばす。するとどうだろう、

 

「やっちった♪」

 

 壁に風穴が開いてしまった。だが幸いと向こう側も騒ぎが起きていたらしい。ミイシャさんたちが上手くやってくれたのだろう。

 

「おーい、女性陣。怪我した人とかいますー?」

 

「誰もいないよ! むしろ腐った男どもの方がこんなんになってやがる。ハッ、ベットの上では強気なくせに、何だこのざまわぁ!」

 

 うわぁ、こわいよぉ……怒った女性ってこんなことになるの? それともあの巨乳をぶるんぶるん揺らしながら男を足蹴にしている人がそう言う性格なの?

 綺麗な花には棘があるとはよく言ったもんだな。

 

「皆さん、此奴等は恐らくもうじき【ガネーシャファミリア】に摑まってしまいます。復讐は終えていますね!」

 

『おー!』

 

「いい返事です。では皆さま、ここから先は自分のことは自分で管理しなければなりません。でも皆様に何か残っているものはありますか? 例えばお金、ありませんよね。だから盗っていきましょう。私は今からここの金庫に向かいます。さぁ、かっさらいたい人だけ付いてきな!」

 

 まぁ、ここからは知ったことではない。彼女たちへちょっとばかりここの金庫からお小遣いを貰って終わり。私ももらいたいだけもらっておわり。おぉ、素晴らしいな。

 

 金庫はここの奥だろう。なぜそこに逃げたかは知らんが、都合がいい。どうせ脱出口でもあるのだろう。ならば追いかけるという名目で、途中金庫をぶち壊したところで何ら問題ないはず。

 

 階段を駆け下りるなんてことはできず、跳びはね、ヒールの爪先で手すりを滑ってできる限りの速度で降りて行く。女性陣を置いてけぼりにしているがけ、一本道だし直ぐついて来るはず。

 

「あ、シルさん」

 

「シオンさんっ、収集つけたにしては早すぎませんか?」

 

「気のせいですよ。んで、どうしたんですか、コレ」

 

「不味いんですよ! 今アンナさんが金庫の中に閉じ込められて、あの男と!」

 

「―――へぇ、丁度いいや」

 

 リューさんが今魔法の詠唱をしているが、それに乗じてみようじゃないか。Lv.4の魔法の威力は中々だろうが、金庫――恐らくアダマンタイトあたり――を壊すのは辛いだろう。

 

「【ルミヌス・ウィンド】!」

 

 詠唱を終えた彼女の魔法が解放される。それと共に、速射される無数の魔法弾の嵐。

 

――ちょっぴり足りないかなぁ。

 

 んじゃあ、やりますか。

 

「【炎拳(エンケン)】」

 

 付与精霊術(エンチャント)、初級一階位。正直誰にでもできるけどただ熱い!

 しかもこれ魔力をつぎ込むと威力に比例して段々熱くなってくるから早々にぶっぱなす必要があるのでご使用の際はご注意を!

 

「そりゃぁ!」

 

 点々と小さな孔が見られる重苦しい金属扉に決め手を掛ける。

 たった一撃、それだけなのだが。

 

「あぢぢぢぢ……アンナさーん、無事ですかぁー!」

 

「―――――――ぶ、ぶじで、す」

 

 あら、すぐ前に居たのね。盛大に吹き飛ばしていなかったら危なかったな。

 彼女の近くに伸びている腹の出た男はオーナーだろう。ちょっと火傷しているが、それくらいは耐えて欲しい。男だろう。理由がもはや支離滅裂だな、大雑把すぎて酷い。

 

「ふわぁっ!?」

 

「ごめんなさいね。この方が早いですから」

 

「は、はい」

 

 お姫様抱っこの初めてが私でごめんね。でも、腰抜けているから仕方ないじゃん。

 煙が舞う中出てきた私たちに、リューさんが心なしか安心したかのような表情を見せる。 

 だがそれはすぐに間抜けなものへと変わった。彼女の腕にアンナさんが乗せられたから。

 

「頼みますよ」

 

「え、えぇ。ですが貴女は……」

 

「ちょっと金品を頂いてから行こうと思います」

 

「あまり見過ごせるお子ね意図は言えませんが……」

 

「いいの、別に私だけじゃないんだから」

 

 ウインクを残し、私はもうじき晴れようとする煙の中へと突っ込む。ちょっと熱いな……

 

「うっほぉ! こりゃぁ十桁なんて軽く超えてんじゃねぇ!?」

 

 豊作だなぁこりゃ。うへへへへへ―――――  

 

 

 



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第十二振り。見えぬ束縛受けし日々
窃盗犯は異常者の様です


  今回の一言
 どうでもいいけど、とりあえず水着のリヴェリア様を見たい。

では、どうぞ


「おー、こりゃぁ荒稼ぎだなぁ……」

 

 熱がほんわかと籠り、破片が点々と散らばる金庫内。そこを漁りながら一人呟いた。

 続々と近づく足音に振り返らず、転がっている肉叢(ししむら)を一つ見ることも無く一蹴すると、無傷な壁面へと近寄る。何段にも重なり、埋め尽くすように連なる金属ケース。そのあまりに単純な構造である錠を開けば、中に詰まっているは如何にも値打ち物の金品ばかり。

 

――持ち帰れるだけ持ち帰るか。

 

 なぁに、私の手元には換金していないアホみたいな量のチップがある。その分を考えれば少し頂戴したくらいでは文句を言われないだろう。あ、でも窃盗だから言われる? 否、これは正当なチップの対価交換だ。私は何も悪くない、無罪無罪。

 

「うーん、っても何が高いかわからんしなぁ……」

 

 残念ながら鑑定眼なんてものを持ち合わせてはいないので。

 にしても、カジノって場所はこれだけ保有してるのかぁ。ならあの被害者たちがいくら持って行ったところで何ら経営には問題ないか。知らんけど。

 

「んじゃ、とりあえず荒らしますかね」

 

 出せるだけ出して、めぼしい物乃至目の惹かれたものを引き抜けばとりあえずある程度の値打ちはつくだろう。輸送にはティアという強力な見方が付いているかなら、問題ない。

 

  

   

 

 

 

 

 

「というわけで、ティア。手伝ってくれる?」

 

「……窃盗犯」

 

 冷たい目で間をおいて告げるティア。じくりと心臓を突き刺す中々に応える言葉を、彼女は両手いっぱいに金品を持つ窃盗犯へと向ける。すぐにわかることだ、何処からともなく突然呼ばれたかと思ったら、カジノの裏手に堂々と待っているセアがいたのだから。これがいわゆる『盗み』であると、シオンから教わった。他人のものを奪うことはそう言うと。

 

「いいのいいの。これでシオンの財産も潤うんだから」

 

「ほんとに?? シオンの為になるのっ?」

 

「な、なるなる」

 

 だがしかし、彼女の正義感もその教えてもらった彼の名前を出してしまえばたちまち掌を返す。今のティアの世界は主軸をシオンとして回っているのだから。

 

「じゃあセアさん―――ほぃっ、これに乗せて」

 

「何度見てもすさまじいなぁ精霊術」

 

 そこには何もなかった。だがふと光量子と共に現れた馬車は、何度見たって慣れるものでは無く、新鮮な驚きと好奇心を与えてくれる。

 馬も可愛いし。贋物だけど。

 

「一緒に乗っていく?」

 

「頼みます」

 

 うーん、ティアはもう少し、『私』に対しての執着を弱めるべきかな。

 でないと、後々悪漢にでもつけ込まれてしまいそうだ。

 

 ゆっくりと馬が奔り出す。速度を格段に上げ、だが安定しているのは一体どこで身に着けた技術なのだろう。御者が知ったら大層(ねた)まれるだろうな。

 ほんと、正確以外は完璧なんだけどなぁ……はぁ。

 

 

   * * *

 

「……悪く、ない?」

 

 いやむしろ良いのかもしれん……

 

『それは男としての尊厳がないような発言だけど。でも可愛いから許すわ』

 

「今のは譫言(うわごと)のようなものですよ、忘れてください……」

 

 目を覚まして早々、鏡の前でふわりとゆるく一回転して自分の異常を確認する。だが、一に出た感想がそれであった。

 おおよそ接近してみなければ、ただの女性と間違えられたって可笑しくない。ロングスカートが舞って垣間見えるごつごつの筋肉なんて見たら、大抵の男はすぐに逃げてしまうのだろうけど。見かけ騙しとはまさに私のことだな。

 

『しーちゃん可愛い、可愛いよぉ……はぁはぁっ、私は女装癖があっても隠し事があっても受け入れるよ、両目が違う色でも受け入れるよぉ。いつだって『うぇるかむ』なんだからぁっ……』

 

『こ、この変態っ。シオンにソンナ不埒な目を向けないで貰えるかしら』

 

『まったく同じことを自分に言い聞かせるべきだと思う。ごめんね主、騒がしくて』

 

「本当ですよ、全く。あなた方全員、少しは人に迷惑を掛けないようにするべきだと思うのです」

 

『ボクも!?』 

 

 自覚ないのかよ。実際問題、迷惑と貢献を量る天秤があったとしたら顕著な右下がりを示すのがアマリリスだけと言い切れる自信があるから、他二人よりはマシと言えるけど。

 

――やった♪

 

――ぐぬぬぬぬっ……

 

 いい加減争うのやめろよ。心を読まれているという事実を忘れていた私の方も悪いが、逆もまた然りというのを知らんのか。

 そもそも、私だって好きで女装している訳では無い。

 シャワーを浴びている途中で意識を失い、起きたら全裸で冷水に撃ちつけられている仕打ち。温もりを求めて浴室から飛び出すとそこに在ったのが『私』が脱いだ服。温まるにはそれしかなかった。

 『焔蜂亭』で夜遅くながらも蜂蜜酒を頂いてきたはいいが、ドレスのままではいられず私服に着替え、だが煙臭い自分の身体を洗いたく浴場へ直行。セアであった私が男物なんて着る訳が無いだろう。斯くして倒れ、今に至る。

   

「はぁ、本当に疲れさせる。さて、そんなあなた方に挽回の機会を与えようと思うのですが……私の私物、どこへ消えたか知りません?」

 

 初見の時と変わらない、がらんどうな部屋に今更気づく。当たり障りなく山積した私物に然したる気を払わなかったせいで、当たり前のように部屋の奥にある姿見で自分を見ていた。本来ならここ鏡は物で遮られているはずなのに。

 

『知らないわ』

 

『分かる訳もないよね』

 

『捜す?』

 

「よぉしよくわかった、あなたたち全員たいてい役立たずだな」

 

 はぁ、これで考えなきゃならんことになった。面倒臭い。

 私の私物を守護する最後の砦はティアの多重結界だ。正直言って、ありゃ私でも下手に触れない代物。そこいらの人間が手を出す事なんて到底無理なことだ。誰かに奪われたという線は考慮する必要はないだろう。

 すると必然的に、因子となるのがティアであるといえる。

 

 なら、運ばれたという可能性が最も高い。

 

 となると新ホームに、引っ越しついでと運んだ可能性が高い。今日こそ運びたがったのだがな、私の『家』に。ひと手間かかるが、そこはティアに責任を取ってもらえばいいだけのこと。

 そっとベットの中を確認してみたが、どうやらこの妙に男心くすぐられる物は持って行かれなかったようだ。よかった、よかった。

 

「あれ、待てよ……つまり、私の服も持って行かれたわけだ」

 

『女装したまま行くことになるわね』

 

『主ガンバレ』

 

『私はそのままでいいと思うの』

 

 三人三様とか今はいいから。なんならと常に統一化を図ってくれるとありがたい。

 致し方ない、女装のまま隠密行動とは初体験だが、あの場所のどこかにあると推測される私の服を見つけ出せればこっちのものだ。

 ふふっ、久しぶりに胸躍らせてくれる。物語に出る盗賊の気分だ。

 標的は私物なんだけどね。

 

   

   * * *

 

 

『夜中ではなく早朝……迷惑なことこの上ない盗賊ね』

 

『熟睡中に起こされるより、寒い朝に無理矢理起こされた方がすっごく頭にくるよねぇ、よく妹のことそれで吹っ飛ばしてた』

 

 知らなくていいことを聞かされている気がする……何とも憐れな内容だ。

 というかそもそも、私は盗賊ではない。何故そこを一番に否定しないんだよ……昨日盗みをはたらいたばかりでした、てへ。

 

「さて、潜入開始――! ってあぶなっ、出たな()(へき)、始めから難所登場!」

 

 やはり手強いなぁっ、だが私は屈しない。時間を掛ければこのくらいの結界、破壊することができるんだよ。本当はそんなことすることなく通れるんだけど、ティアに居場所が筒抜けとなてしまう。即座にやって来てこんな格好で見られたらたまったもんじゃない。以前女装を見せてだの言っていたのだ、本当にしていたとなればなんて言われるのやら……ええい! いつまでも気落ちすることなど考えていられるか!

 

『楽しんでるわよね、絶対』

 

『うん、しーちゃんの顔が生き生きしてる』

 

『あるじー、力貸す?』

 

「無用! にゃはははははっ」

 

『近所迷惑』

 

「あ、はい、ごめんなさい」

 

 声は抑えて……静かにいこう。盗賊を心がけろぉ、冷静冷徹♪ 

 だめだこりゃ、やっぱり楽しんじゃう。

 

「よし……【現し世から弾かれる小さきものよ、さぁさぁその身を現したまえ。仮面に隠されたその顔を、漣漣(れんれん)たる雫を私は見逃さないだろう。賭し抗え、己が運命を破壊せよ。()(うら)みで世を捻じ曲げたまえ。表裏を返し、事象を看破せよ】――【真実の瞳(トゥルース・アイズ)】」

 

 干渉型光魔法。便利なことこの上ない、素晴らしき魔法だ。

 ただし成功率いいところで八割、全部が『見える』わけでもないことが欠点。

 

―――にゃぁるほどぉ。理解したぞ。

 

 だが、成功すれば目覚ましい効力を発揮する。

 流石ティアというべき、どこぞの都市最強魔導士さんですらこんなことはできないだろう。『感知・追尾・排除・幻惑・反射・反撥・阻害』というもはや穴の無い能力をこの広大な範囲で創り出しているのだから。しかも弱点がほぼないと言ってよい。素晴らしい、その一言に尽きるばかりだ。今度パフェでも作ってあげよう。

 

「感知・追尾さえ逃れられればいい……ふぅん、魔力を消せばいいのか」

 

 なんだ、案外簡単だな。感覚的には気配を周りと同化させることに似ている。勝手が同じと言っても良いだろう。然して難しいことでも無い。

 

「……おい、なんてことしてくれてんだ」

 

 訂正、ティアにはパフェなんか作ってやるもんか。

 遠目のように壁を見つめていると『見える』のは正面玄関(エントランス・ホール)。この魔法は透視も可能なのである。悪用はしちゃダメ、絶対。 

 そこに山積しているのは、明らかに私の私物であった。武器やら服やらお金やら、もう他人には見せられない品ばかり。恐らく運ばれたのは昨日の夜半十一時から十二時の間。見られているとしてもティアとベルくらいだろう。なら、可及的速やかに回収しなくては。

 

――まさか、ティアはこれを罠とでもしているのか。

 

 なんて可能性が浮かんで、訝しみながら見ると『目』は確かに応えてくれた。あれが罠であると、私を呼びだすための。ご丁寧に理由まで添えて。

 でもその程度のことで怒る? 私が帰ってこないだけで……

 

「ったく、寂しがり屋だなぁ。依存症でも発症しているんじゃないかなぁ」

 

 本当に心配になるものだ……心配なのは私の風評の方か。あれが露見すれば不味いことになる事必須。こんなところでうだうだしていられない。

 

 魔力を同化させる……ついでに気配も…… 

 行けるか。よし行こう。まだ誰も起きていないはずだ。

 

 正門から堂々。とてもじゃないが盗賊はこんなことはしないだろうけど、本業と言う訳では無いのでこれくらいの適当加減が相応しいのかもしれないな。

 館門には鍵が掛けられておらず、誘われていることは明白。だが気づかれてない今は単なる愚行の一種としか見えないな。あまり自分を万能と慢心するなよぉ、ティア。

 

――まずは男物の服を見つけなければ。

 

 中央に山積する悲しい扱いをされた私物を見て第一に思う。

 いくら私が気配を消そうと、音を立てればすぐにベルあたりが駆けつけて来てしまう。ヘスティア様やティアにならまだマシと言えようが、ベルにだけはダメだ。終わる。

 

「―――あれ、無くね?」

 

 つい声に出して、茫然と零す独り言。目を擦りもう一度『見る』と――それが確かであることが証明された。ただの一枚たりとも、男物の服が無いのだ。最悪、ズボンでもあれば偽装できたのにも関わらず、一着たりともありゃしない。上着はたくさんあるのに、どうしてこうなるんだ……仕方ない。一先ずは長裾外套(ロング・コート)でも羽織って隠すしか無かろう。日は昇っておらず、灯りも無ければ視界は悪い。たとえ下部からほんの少し見えるスカートの裾を見られても、最悪気絶させればこっちのもんだ。

 別に後回しでもいいのでは? 私服探し。

 

「どこに運ぶか……この量は往復の必要があるし、私の部屋でもありゃそこに運びたいところだが……」

 

 あくまで一時避難の形である。最終的には自宅へ移動だ。なにせ今日が正式な取得日なのだから、物はそちらに置くのが妥当だろう。

 

――さぁて、私の部屋はどこかな。

 

「……馬鹿じゃねぇの?」

 

 誰だよ決定したの、他にあるだろ空き部屋が山ほど。

 『見た』ところによる部屋の分布傾向から推測するに、私は『右手側』のどこかになると考えられるわけで、断じて『左手側』にあるべきではないと思うんだ。だがしかし、これは部屋の選定時に私が参加しなかった不届きの結果といえる。受け入れるしか無かろう……なんて納得できるかふざけんな! 後々全員絞めてやる。特にティア、ご丁寧に服まで持って行きやがって! 

 

 よし、じゃあ作業開始だ! 

 

 

    * * *  

 

 

「……っ」

 

 今、何か物音がした……気がする。近くじゃない、遠く。多分一階のどこか。ヴェルフを……ううん、まだ日も昇ってないのに起こすわけにはいかないし、不確かなことで迷惑を掛けてはいられない。

 なるべく気配を消しながら、枕元から得物を執り、寝巻のまま慎重に戸を押し闇へと身を潜ませる。ちょっと怖いけど、うだうだ言っていられない。シオンならこんな障害容易く突破してみせるだろう。賭博場(カジノ)から無事に帰還したかは定かではないのだけれど、どうせあっけらかんと帰って来るのだろう。

 

 裸足ですたすたと地を沿うように廊下を疾走し、階段へと差し掛かろうとするときには背を壁にはり付け、行き先を確認する。そうやってベルは着実にエントランス・ホールへと近づいていた。

 まだ、『彼』の作業は、半分も進んでいない。

 

 もう物音一つ、それどころか寝息以外の呼吸音もせず、加えて気配だって不審なものが一つたりともない。向かう場所も果たして正しのやら、わかったものでは無かった。

 

「……あれって」

 

 せっせとティアちゃんが運んでいた、シオンの私物だ。仕返しって言っていたけど、一体何なことだか僕には理解できなかった。  

 ぱっと見た限りで、様々な意味で理解不能な物ばかりが山積されている。一つ、それを見て気付くことがあった。

 

――少なくなってない?

 

 ティアちゃんが運び終わって満足そうに一息ついていた時は確か、もっとたくさん、それこそ本当に僕の体長は優に超え、二倍はあろう高さまで積まれていたはずだ。だがそれは今や僕の目線ほどまで減っている。一体何が……まさか、泥棒!? でも鍵が――

 

「――ティアちゃん、言ってたっけ……」

 

 そう、おびき出すとかなんとか言っていた。だから鍵が閉める必要ないとか、夜には外出するなとかいろいろ言ってたなぁ……その他諸々わけのわからないことも。

 ならこの減りようは、シオンがやったと言う訳か。なるほど納得ができる、今までの異変が大体。つまりはしっかり帰還していたという事か。加えて言えばちゃんと策略に乗せられているということ?

 

「手伝おっかなぁ」

 

 シオンには、色々お世話になっていた。何をしても返し切れない恩があると言ってなんら間違っていない。少しのことを積み重ねたり、困っていたら助けてあげるくらいやらなければ、全く釣り合わないのだ。

 

 そうして彼が熟考しているときだ。不思議かな、彼は考え事に(ふけ)ると、自然と自分を縮めこんでしまい、気配が薄くなるのだ。

 

「っしょ、あと、十三往復……」

 

 それは、もっぱら運ぶことに集中していた彼としてはあまりに不都合であった。別に油断していたわけでは無い、単に意識を割いてはいられなかったのだ。相性が最悪の状態、そんな中で気づいたのは不運にも彼が先であった。

 

「あ、シオン。よかったぁ、手伝うよ」

 

「――!?」

 

 どすっ、と音を立ててシオンが運ぼうとしていた箱が落ち、その角が触れた衝撃ですさまじい音を立てながら山積された彼の私物がごろごろと床に散らばっていく。

 彼は引き笑いを浮かべていた。しだれた金糸がその顔を隠し、ベルからは震える肩しか見えず首を傾げるばかり。残念なことに、ベルも夜目には慣れがあった。

 

「ははっ、よくも出てくれたなクソ畜生……」

 

 ふと零す、恨み言。

 心配になったベルは一歩二歩と近づき、ふと明瞭と見えた足元を訝しんだ。コートの裾の下で、何かがゆらゆらと揺れていたのだ。

 

  

   * * *

 

――あぁ、読み間違えた。こうなるなら始めっから着替えておけばよかった。

 

 見つからないと思い込んで、着替える時間的手間を省こうとそのまま続けていた所為だ。どうしようもない愚行だと今更気づいたなんて、もはや話にならん。

 

 さてどうしよう。これだけもの音を立ててしまったのなら、即座に人が集まって来るだろう。気配も隠しているだけ無駄と言う訳か。問題はまだまだ運ぶべきものがあること。ぱっと見部屋まで三往復の必要がある。しかしその経路にはティアが居座る部屋が存在していた。正直、危険である。

 

「あっ、えっ、シオン、その服……」

 

「……ははっ、見たな、私の服を見たな。ならば致し方ない、忘れてもら―――」

 

「うん、すっごく似合ってる。むしろ違和感がない」

 

「ぐはっ……」

 

 くっ、心的ダメージが甚だしいっ! なんという事だ、てっきり冷ややかな視線か罵詈雑言が飛んでくると思っていたのにぃ……ベルに限ってありえない可能性でした、てへ。

 

「あ、そうそう。これだけあったら大変でしょ、手伝うよ」

 

「え、えぇ……うそぉん」

 

「何が?」

 

「いや、さ。ほら、無いの? なんかこう、女装している兄と見下したりとか、気持ち悪いと思ったりとか」

 

「ごめんちょっと何言ってるのかわかんない」

 

 わからないのはこっちだ! そう声を上げて叫びたいがギリギリ堪える。

 不思議に思うことがあるのはこっちなのに、ベルは首を傾げて、私の考えを真っ向から否定するのだ。

 

「シオンが女装だなんて、別に驚くことでもないし。だって女の人になっちゃう人だよ? そんな人が女装したって何ら不思議無いじゃん。まぁ、似合ってなかったら僕でもちょっと無理かなぁとは思うけど、シオンならいいと思う。可愛いし」

 

「おい、最後のは余計だ」

 

「え? 事実でしょ?」

 

 否定はしないが口に出す事でも無いだろうに……

 ふざけた理由だ。まぁでも、あながち否定できない。まさかこんなことをベルの口から聞くとは意外なことこの上ないが、こういう事もあるだろう。ベルだって少しずつ変わっているのだ。

 

 って、そんなこと考えているばわいじゃない。 

 

「ベル、今手伝うって言いましたよね、なら急いでください。アレとアレとアレは絶対に見られるわけにはいかないので」

 

「あ、うん」

 

 正直に従ってくれるとは、使い走りとしては上等な種だな。

 いやぁ、これからもこき使えると、実に素晴らしい存在なのだが、果たしてどう動いてくれるのだろうか。

 

「みぃつけた」

 

「……あははっ、丁度良いところに来た。ティア、今すぐにコレ全部私の部屋へ転送!」

 

「りょーかいっ!」

 

 うん、この子の方が優秀だった。事の発端なのだけれど。

 灯り無い空間が突然魔法陣の輝きにより照らし出され、次の瞬間にはベルの持っていた荷物も含め、全て何処かへと消え去っていた。

 これで一安心……じゃないわ、これ。

 

「「「「―――――――」」」」 

 

 異なった反応を見せる【ヘスティア・ファミリア】の構成員+ヘスティア様に、失笑を浮かべて、踵を向ける。

 誰もがその時、私の女装姿を視界に入れていたのであった。

 

――あぁ、終わった。

 



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話の内容は話す前から考えようね

  今回の一言
 今回が短いのは次回の所為。

では、ぞうぞ


 

 無音の中にふと忍び込む風音。ひゅぅっと、だだっ広い正面玄関(エントランス・ホール)で遊ぶそよ風たちはそこに集まる人々に混ざって、せせら笑うようであった。「風を操りしお前が、何故そのような醜態をさらしているのか」と。

 彼は参三角座りで恥辱に耐えていた。耳まで赤く染め上げわななき、いつ爆発してしまうかもわからない中で。周りでしげしげと彼を『鑑賞』する人たちは欠片も悪意はなく、単なる興味。だからこそ性質が悪いのだ。侮辱もしなければ軽蔑もしない彼らの対応に、彼の精神はずりずり削られていく。悪意あればすぐ切り伏せればよい。だが無辜の人間を殺すほど彼は無情ではないのだ。

 

「……あはははっ、あははははっ」

 

 時折混じる彼の奇怪な笑い声。失笑、嘲笑――繰り返される自虐の数々。それもこれも全て、数分前に立てた瓦解音の所為だ。元を辿ればティアの所為。というか私、何で着替えなかったんだろう。うん、馬鹿だ。結局全部私が悪い。

 

「シオン君……」

 

「―――ッ、な、なんですか。馬鹿にするなら好きなだけすればいいじゃないですかっ。私だって、好きでこんな格好したわけではありませんしっ。頼まれたって本当は女装したくなんてないんです」

 

 無論、アイズは例外とさせてもらうが。デート中に『私用』に女物の服を買うくらいだぞ? 何のためかと言われれれば考えるまでも無かろう。むしろ言わせるな恥ずかしい。アイズに若干ソッチな気質があるのは否定しようのない事実だ。それを含めて受け入れるまでだよ。

 必死に弁明を並べる私に、沈黙を貫き続けて来た皆の中で代表でもするかのように声を発したヘスティア様が言葉を更に加える。

 

「安心してくれ、ボクたちはわかっているさ。でもさ、シオン君。しばらくぶりに帰って来て、このサマは流石にインパクトが強すぎて……悪いけど、ちょっと整理の時間をもらえるかい?」

 

「もういいですっ、お願いですからもうヤメテ! 私、帰ります! ティア、今日のことはただじゃ済ませませんから!」

 

「おいおい、待ってくれよシオン君。何処へ行こうって言うんだい? 帰るって……君の(ホーム)はここだろう?」

 

「あっ、そっか。言ってなかったっけ。私、一軒家を購入しまして、そこに住むことにしました」

 

「―――は?」

 

 その一致は感情までもが統一されており、聞いていていっそ清々しいくらいの呆れだった。まるで一人の声であるかのような揃い方は簡単に値するレベル。もはや示し合わせたとしか思えない。

 だがな、そんなに呆れたような目で見ないでおくれよ。私の思考能力を疑う前にまず自分の耳を疑ってくれ。でも、今までの嘗め回されるような視線よりは幾何(いくばく)かマシだな。

 

「ちょちょちょちょっ、ちょっと待ってくれシオン君。君が金持ちなのは承知しているけど、家を……!? じゃ、じゃあ、ホームには戻ってこないってことなのかい?」

 

「まっ、行事には戻ってきますよ。入団試験とか、宴会とか。呼んで下さればね。ただ、住む場所が異なるというだけ、入団していることには変わりありませんし、別にいいじゃないですか」

 

「……そういう、考えかい。シオン君、じゃあ少し、話をしよう。神室(しんしつ)へ来てくれ」

 

「拒否権はない、ってね。はいはい、わかりましたよ。じゃあ皆さん、また今度」

 

 結局、一言も交わさず別れることになった約二名には悪いことをしたな……早朝に無理やり起こされて、且つ自分には全く関係の無いことであったというやるせなさは無性にストレスを溜めさせる。あれは非常に堪らん、一発殴ってやるくらいが丁度良いと思う。

 心なしか沈んだ顔を見せるヘスティア様。彼女の心境なんて、私には知れない。でも彼女が抱く心境というのが、神ならでは、『親』ならではのものということは、なんとなく理解できた。

 

 

   * * *

 

 意外と広いな。流石は神室(しんしつ)、神が居座る場所。ホームの中でも一際豪華という言葉が似合う場所――のはずが、数日生活しただけでこれだけ汚くできるのはもはや才能と私は呆れを通り越して尊敬するレベルだな。すっごく片付けたくて仕方ないけど、今はそのような要件ではない。

 

「……今思っていることそのまま言ってあげましょうか?」

 

「逆に当ててあげるよ、汚い、とでも思っているんだろう。そうだよ悪いかいっ」

 

「いえ別に、ただ主神として怠惰の象徴たるのはどうかと思うだけで、別に」

 

「ダメだって言ってるようなものじゃないか……」

 

 なんて呆れに溜め息を吐きながら、物を掻き分けダブルベットを露わにするヘスティア様。ぽんぽんと埃が舞ったらちょっこりとそこに座る。スカートのまま床に座りたくはないし、さて手持ち無沙汰だどうしよう。まず着替えさせて欲しいけれど、どうせ無理だ。さっさと終わってほしいものだな、主神の前で罰ゲームの如き仕打ちを受け続けているようなものだぞこの状態。

 

「――――あの、さっさとしてくれます?」

 

 ぐっと口を引き結び、腕を組んで思案に(ふけ)る主神様に流石に待っていられなくなった。呼び出しておいて目の前でこの仕打ちはなかろう。

 だが彼女は尚も思案に落ち込む。いっそう深く、何を考えているかも知れずに。

 

「――なぁシオン君」

 

 と切り出したのは、()きして部屋にあった『迷宮伝説―想―第三章』という原本から創作した面白可笑しい本を半分ほど読みきった時だ。もうすっかりと女装に慣れてしまったくらい。

 

「君は一体、どこへ向かっているんだい?」

 

「質問の意図がよくわかりませんが……?」

 

「ごほんっ、まぁ、答えられ無いならいいよ。深読みのしすぎかなぁ……」

 

「はえ?」

 

 ぼそぼそと呟やいた彼女の声は、シオンに耳にあやふやと届く。彼は唯一、現実的なところがある。それは五感だ。普段そこだけは常人とさして変わらないのだ。ただ、少し敏感で且つ『スイッチ』の切り替えができるというだけのこと。  

 ヘスティアは切り替えたかのように己の頬を弾ませると、正面に仰々しく仁王立ちしている彼と目を合わせる。待つ姿勢を固める彼は、相変わらず義理堅い。ヘスティアが考えている間にもどこかへ行ってしまうことだって容易いはずだったのに。

 

「待たせたね、本題に入ろうか」

 

「閑話なんてありませんでしたけどね」

 

「茶々は良いから。ボクは思うんだよ、そろそろ真剣に検討すべきじゃないかって。シオン君は自由過ぎやしないかい? もうすこし制限したり、ファミリアに貢献すべきだと思うんだよ」

 

「いやいや、別にいいでしょう自由で。言った通り、重要な行事には参加しますから。うちはそこまで大それた派閥じゃない。規律だってあってないものでしょう。そこまで厳しくしたらギルドに張り出している入団募集の紙は嘘を書いていることになりますよ。何が『団員との絆を大切にし、自由を過ごせる派閥(ファミリア)』だぁ?」

 

 情報掲示板の貼り紙はどう見てもインチキ内容、うそっぱちの過大解釈を誘発させようとする意図が読み取れたそれはリリの(はかりごと)か。だが、この際それに関してうだうだ言う気は無い。向上精神は褒めこそすれ貶す意味が無いから。まぁ、都合よく利用させてもらうけど。

 

「シオン君、常識的に考えてみてくれ。ファミリアの初期団員が派閥内で頭角を現すのは当たり前で、リーダー的存在たるのはもはや当たり前のことなんだ。つまりは幹部。どう頑張ったって、幹部という存在はある程度縛られる。普通じゃないか」

 

「いえ、ギルドは結構緩かったですよ。最高責任者がカジノをほっつき歩いてました」

 

「ロイマン!? 何をやっているんだ……それはともかく、シオン君はロイマンを()(なら)う必要なんてないんだ。それに、『うちはうち、よそはよそ』っていうだろう?」

 

「それ、駄々をこねる子供を言いくるめる言葉です」

 

「現在がまさにその状況って気がするのはボクだけかい」

 

「えぇもちろん」

 

 それこそ当たり前、なんていうばかりに堂々(うなづ)く。正論と事実のぶつかり合いは結果どちらも不毛で終わるのが常だ。なんて悲しい現実なのだろう、どちらかが間違っているからこそ言い争いが成立するなんて。

 

「んで、まぁ聞いてやっても良いですよ。どうせ少しくらいは考えたのでしょう、対策とやらを」

 

「まぁね。意味無く考え込んでいたわけでは無いのさ」

 

 逆に聞きたい、意味無く考え込める方法を。面白そうだから教えてくれ。今後一切使えないよう封印してあげるから。

 

「だいたい、君は何故それほどまでにボクたちから離れようとするんだい? ティア君だっているじゃないか。ホームに居れば何も問題ないだろう。お金だって」

 

「いやいや、もう一括で払っちゃったから。あとは固定資産税云々は業者の方針で三ヶ月毎と決まっているし、別段金には困らんから」

 

 (そもそも)(ろん)自覚ないのかな、この人たちは。私に対し、どれっだけ迷惑をあたえ漏れなくストレスまで加えてくれるその心意気を向けるのはいい加減にしてほしいくらいなんだぞ。自分に問題があると自覚しないやつが一番問題なんだ。正論言ったところで何ら通じやしない。

 あっ、勿論私は自分の問題はしっかり把握している。直す気がないだけ。

 

「……な、なら別のことさ。君の自由過ぎる行動には心底困っているんだよ。ふらっとどこかに行っちゃうし、連絡なんて碌に通じやしない。あんまりにも不便じゃないか。それに今、ファミリアは残念ながら貧困だ。少しくらい貢献してくれていいんじゃないかい?」

 

「おい、忘れてんだろ。初期に決めた収入の1%を上納するうちの制度。私が楽するために進言しましたが、あれでも一応、100万近く。つまりは私がファミリア内で最大数上納するわけですよ。貢献どうのを私に言うのは筋違いでは?」

 

「うぐっ……」

 

 この神、もしかして自覚ないのだろうか。自分がお金のことばかり心配していると。そりゃつい最近まで貧困零細弱小ファミリアで先が不安な生活してきたけど、今や全くどうでもいいからな。直ぐに稼げるものって理解しちゃったし。

 

「もう見苦しい真似は止めてください。独立くらい許してくださいよ。自立する子を見守るのも親の役目ではないんですか」

 

『ぐふっ……』

 

『こらっ、今は黙るっ』

 

『ご、ごめんなさい……耳が痛いわ……』

 

 ヘスティア様に向けた言葉なのにも拘らず何故アリアが悶えているのだろう……あぁ、そうだよね。貴女見守るどころか放置しちゃったものね。そりゃ仕方ない。貴女が悪い。

 

「……ん、じゃあ『独り暮らし』は許そう。その点については賛成だし。でもシオン君、ボクの眷族であるということは忘れないでくれ」

 

「当たり前ですよ」

 

 何言ってるんだか。変わりもしないことを。

 その答えに満足したかのように「充分、充分」と頷き、元気よく跳ね上がった。すぐにすたすた走り出す。ドアまで一息に辿り着けば思い出したかのように振り返った。

 

「シオン君、ボクたちの間で今後少しずつ取り決めを作っていこうじゃないか。そのための第一歩、久々の【ステイタス】更新、してみないかい。みんな一緒にさっ」

 

「……まぁ、いいですけど」

 

 結局、この場では何一つ取り決めないのか。急いで決めて下手な手を打つのはヘスティア様だし、賢明な判断と言えるな。このままたらたら引き延ばしされて、ずっと決まらなきゃいいのに。

 

 

    * * *

 

「全員いるかー!」

 

「居るから煩い黙れ」

 

 なぜこんなにも元気でいられるのだか……気が滅入るばかりで、続けられると萎えるあまりに意気消沈してしまう。高音且つそんな声がよく反響してしまう狭苦しい部屋。嫌な顔をするのは私だけなんて、この人たちはもしかしたら結構な鈍感かもしれない。鈍感は果たして優れてよいものなのやら。

 

「なぁ、ヘスティア様。一つ疑問なんだが、【ステイタス】情報は共有するのか?」

 

「いやいや、常識的に考えてありえないから。厳密な数値、スキルや魔法の詳細情報その他諸々。誰に利用されるかもわからないモノですよ」

 

「アビリティなんかも大切です。ヴェルフ様、少しはお考え下さい」

 

「お、おう」

 

 尚、ティアは一連の会話に首を傾げるばかりである。だって精霊だもん。【ステイタス】なんて不必要だし、むしろ授ける側の人間と考えて間違いない。

 共有しないのならば何が為に集まったのかわからんが。

 

「じゃあ、一人一人部屋に入って来てくれ。あ、ティア君は大丈夫だよ?」

 

「はーい。シオンと一緒に居まーす」

 

 主張激しく手を大きく挙げて、神室前のソファア腰掛ける私にちょこんとさりげなく、然も当たり前のように座ったことには何も言わないでおこう。というか気にする気力がない。

 顔を上げてにたりと笑われると、もういいかな、ってむしろ許してしまう。抱きしめたいくらいに可愛いけど、流石にそれは不味いので自重、ジチョー。

 

「よし、じゃあこれを引いてくれ。平等にくじにしようじゃないか」

 

「私引くの最後で。どれがどれだかわかるので」

 

「うん、すっごく解りやすい」

 

 そりゃぁ、くじ棒の末端に神聖文字(ヒエログリフ)の彫りがあったら気づくわ。少し偽装してデザインに紛らわせようとしているが、甘い、安直、安易。みっつのあでアウト。 

 滝のように汗を流しているけど、もしかして他の決め事でも使おうと思っていたのかねぇ……ずるいな、この人たちが読めないことをいいことに。今度教えてやろうか」

 

 っと、心中で散々罵倒している中、黙々とくじは引かれ、残った一本は『三』という中途半端な値。足早に神室へと入っていくベルは『一』を引いた。運があるのやら無いのやら。

 

「……そういえば、これ、どれくらい待たされることになるのでしょうかね」

 

「あっ」

 

 あははははっ、暇だわコレ……

 

 

 

 



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更新祭

  今回の一言
 一番時間かかったのは何気に命さんである。

では、どうぞ


  

 

「さぁベル君っ! 脱いでくれたまえぇっ!」

 

「は、はい」

 

 薄く作られた黒のニットを脱ぎ捨てると、優に三人は掛けられるソファにぼふっと横になった。潰された旧廃教会地下(ホーム)からティアちゃんが取り出した、懐かしのソファ。結局ここに置くことになった。無くすのには惜しく、こうしてある事には感謝だ。どうやったかはどうしても教えてくれなかったけど。

 

「じゃあ、始めるよ……」

 

 一滴、指先から玉になって滴り落ちる血液。人とソレが異なるのは単に一つ、『奇跡』が宿るか否かだ。人に刻まれるそれはその子の奇跡を現す。いわば、鏡と言っていい。そこに嘘は宿らない。

 だがしかし、彼女は目を疑わざるを得なかった。だって―――

 

――奇跡が、消えている。

 

 この子が起こした、可能性が。綺麗さっぱり。

 目を瞠るばかり、【ステイタス】を調節する手が止まる。唖然とひたすら、あるべき場所に現れた空白を凝視していた。

 だが次には、それは仰天の感情に塗り替えられる。目を白黒させて一つ開けた先の欄を見た。実に三つ目のスキル欄があるべき場所。

 彼の【ステイタス】は豹変していた。

 

 ベル・クラネル

 Lv.3

 力:I 0→I 14

耐久:I 0→I 8

器用:I 0→I 13

敏捷:I 0→I 22

魔力;I 0

【幸運】H 【耐異常】I

  《魔法》

 【ファイアボルト】

・速攻魔法

  《スキル》

 

 

 

 

 【英雄願望(アルゴノゥト)

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

 【自己矛盾(セルフ・コントラディクション)

・能動的事象に対する矛盾の成立。

・多動的事象の干渉により不成立(ファンブル)

・矛盾の解消により消滅。

 

 あぁそうだ、前兆はあった。消えかかった、文字に攪拌(バグ)が起きていたあのときこそ。何故気づけなかったのだろう、こうも取り返しのつかないことになるまで。

 気配を一風変え、震えている主神の様子に彼ははたと感づく。だが何も反応しなかった。そうやって不思議な挙動を見せるさまが、慣れてしまっているからかもしれない。

 

「……はい、そ、そんなに、変わってないけど」

 

「でしょうね。戦争遊戯(ウォーゲーム)終わって以来何かあった訳でも……な、ないですしね」

 

 なんて目を逸らしながら言ってしまう。だがいつも飛んで来るはずのつっこみはただの一つも返されない。だがそんなことを気にするほど彼は神経質では無かった。

 食い入るように羊皮紙を見つめ、すぐに小首を傾げ尋ねる。

 

「神様、何かまた変な跡が……今まであった場所が逆に消えてるような……」

 

「ふぇッ!? あ、あぁそれは、少し手元が狂ってしまってね。ごめんよベル君、期待させて悪いけど君のスキルはまだ一つだけさ」

 

「ですよねぇ……シオンが羨ましいなぁ」

 

「シオン君のスキルを知っているのかい?」

 

「たくさんある事だけは。訊いても教えてくれないですよ、シオンは」

 

 ようやく安堵に息を吐けたヘスティアは、納得して頷き、羊皮紙を畳むベルに向ける視線をどうにも選びかねていた。騙している背徳感、悲しき事実を伝えるべきか懊悩(おうのう)し、だが答えは出ない。

 

「じゃあ、みんな待っていると思いますので、これで」

 

「あぁ……」

 

 ニットを素早く着ると、羊皮紙をティーテーブルの上に置いてそそくさと去って行く。ドアの前で一度振り返り礼をするあたり、所々礼儀が良いのは不思議な点だ。

 

「あっ、ベル君!」

 

 と、思い出したかのようにはたと大声を上げてベルへと向き直る。ノブに手を掛けていた彼はその声に驚き、だがゆったりと回れ右で振り向く。

 

「……いいかい、ベル君。絶対に、シオン君みたいにはなっちゃダメだ。君には今、その気質がある。気を付けてくれ」

 

「……? は、はい」

 

 理解に及ばなくとも生返事を返し、今度こそ本当に、戸を抜けることができた。

 首を傾げたまま。

 

 

   * * *

   

「次は、ヴェルフ君かい」

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)が終って以来更新してないんで、少しは上昇したと思いますよ」

 

「おぉ、それは期待できそうじゃないか。ささっ、上着を脱いでそこに座ってくれ」

 

「はい」

 

 寝っ転がれと言わない辺り、無意識的な差が現れるものだ。自分が乗りたい人には上乗りになるという、なんたる差別意識。否、別段不遇では無いから区別とでも言った方が適当か。

 

「お願いします」

 

 なんて恭しく言う彼は、敬意を払う相手にはしっかりと尽くすが、気に入らない相手に対してはかなり適当にあしらうレベルである。シオンがこの光景を見たら「あら以外、敬語なんて使えたのね」と小ばかにするようにいうことであろう。

 

 ヴェルフ・クロッゾ

 Lv.2

 力:I 57→I 62  

耐久:I 48→I 69

器用:I 49→I 53

敏捷:I 29→I 34

魔力:I 31→I 39

【鍛冶】I 

  《魔法》

 【ウィル・オ・ウィスプ】

対魔魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)

・効力、成功確率は魔力量に比例。

【燃え尽きろ、外法(げほう)(わざ)

  《スキル》

 【魔剣血統(クロッゾ・ブラッド)

魔剣作成権(プネウマ・ゼーゲン)による魔法付与。

・視認した魔法の模倣・応用可能。

・効力は『技量』に比例。

 

「おぉ、トータル40オーバーってかなり上がったんじゃないですか……!?」

 

「そ、そうだね。やっぱり二人は異常なんだ……」

 

 なんて呟きは戦争遊戯(ウォーゲーム)を通しての成長の結果という感慨に浸る彼には幸か不幸か届かず。彼女は一人悩む他なかった。そして決心する、やはりシオン君には縛りが必要であると。

 

「ま、ヴェルフ君。この調子で頑張ってくれたまえ。君ならまだまだできると思うぜ」

 

「はい、日々精進を忘れず、成長を目指したいと思っています。ところで、気になることがあるのですが、よろしいですか?」

 

「な、なんだいっ!?」

 

 と、若干うわづった声に彼は然して疑問も覚えなかったようだ。動揺する彼女も、ヴェルフの質問を聞いて自分の見当違いにほっとする。まさか二人の【ステイタス】を聞かれるのかとドキドキしていた自分があほらしいと思うまでに。

 

「メイド服着た銀髪の女の子……あれって精霊ですよね? 何故うちのファミリアに……」

 

「あ、あぁ、ティア君のことかい。あの()は突然シオン君が連れて来てね、「ファミリアで保護したい、面倒は見る」みたいなこと言って、なし崩し的にシオン君の専属使用人(メイド)みたいなことになっているんだ。詳しくはボクにも教えてくれないけど、安全だってことはわかっているからさ、何も口出しはしていないのさ」

 

「そうですか……あぁいえ、単に妙に近いあの二人の関係が気になっただけですので、深い意味はないですよ。興味本意です」

 

「そうかい。でもボクも気にならない訳じゃないからね、今度何か知れたら教えておくれよ」

 

「はい、勿論です」

 

 冷や汗を流しながらも違和感なく受け答えした自分を褒めてあげたい。なんて思いで胸をなでおろす。その頃にはヴェルフは上着を着終えていて、写された羊皮紙をヘスティアへと手渡すところであった。

 団員の【ステイタス】情報管理は、最重要項目――主神の大切な務めである。背に刻まれる神聖文字(ヒエログリフ)をそのまま読むのが尤もなのだが、そんなものを覚える奇特な人間は少数派(マイノリティ)である事実、こうして羊皮紙に写して、それを捨てずに保管することが当たり前なのだ。

 曰く、ヘファイストスである。

 

    

   * * *

 

「案外と速かったですね、ベルといちゃついていると思いました」

 

「ボクも流石にそこまで自惚れちゃいないよ。さっ、シオン君も早く済ませちゃおう。あ、ちょっとこれ読んでて」

 

「ほーい」

 

 なんて当たり前のように渡されたのは、茶色にくすんだ羊皮紙。触り心地には憶えがあった。【ステイタス】の模写用として幅広く使われる、あえて保存のきかないように設計された大人気製品だ。

 見出しに書かれていた真名はベル・クラネル。

 苦笑いを浮かべながらも、それにちゃんとした理由があると信用して目を落とす。ぼすっとソファに身を投げ出すと、その上に圧し掛かるヘスティア様。なんやかんやで、この姿勢が恒例。

 

「うわ、なんじゃこりゃ、意味不明」

 

「まぁ、そうなるよね」

 

 なんてことを、シオンの背に血を垂らしながら言い合う。彼女もそれは同意だった。またもや変わったスキルが発現し、更にあるはずのものが消えている。内容までいったらもう話にならないほどだ。

 日の光が唯一の明かりであるこの部屋で、蒼白く発光する【ステイタス】の光は、幻想的と言えるまであった。綺麗に彩られたその世界は、得てして容易くぶち壊されてしまう。

 今回は、「うげっ」という似つかわしくない声であった。

 

「どうかしましたか?」

 

 極めて冷静な声が届く。半分顔を上げ見せるその右目は察しているように笑っていない。

 冷や汗がだくだくと溢れ出す中、彼女はその視線に耐え、光を納めるまで無言を貫いた。自分で見ろと言わんばかりにそっぽを向いて、それきり。

 彼は考察を終えた問題をティーテーブルに伏せ置き、ぴょんと跳ね上がって軽やかにステップを踏む。ホームと共に潰されたはずの姿見の前に背を映し、髪を除けて首を傾ける。神聖文字(ヒエログリフ)を解読していると捉えればそれだけで納得できる彼の状態。

 

―――な、なんじゃこりゃぁ。

 

 それだけでは無かった。いや実際、唖然と硬直しているだけに過ぎないかもしれない。解読なんてそう時間のかかるモノでもないのだから。

 

 シオン・クラネル

 Lv.3

 力:380≦Power

耐久:250≦Protection≦20581

器用:80≦Skillful≦9860

敏捷:15≦Agility

魔力:0≦Magical≦516943

【鬼化】H 【神化】S

 《魔法》

【エアリアル】

付与魔法(エンチャント)

・風属性

・詠唱式【目覚めよ(テンペスト)

【フィーニス・マギカ】

・超広域殲滅魔法

二属性段階発動型魔法(デュアル・マジック)

 詠唱式

【全てを無に()せし劫火よ、全てを有のまま(とど)めし氷河よ。終焉へと向かう道を示せ】

 

・第一段階【終末の炎(インフェルノ)

詠唱式【始まりは灯火、次なるは戦火、劫火は戦の終わりの証として(もたら)された。ならば劫火を齎したまえ。醜き姿をさらす我に、どうか慈悲の炎を貸し与えてほしい。さすれば戦は終わりを告げる】

 

・第二段階【神々の黄昏(ラグナレク)

詠唱式【終わりの劫火は放たれた。だが、終わりは新たな始まりを呼ぶ。ならばこの終わりを続けよう。全てを(とど)める氷河の氷は、劫火の炎も包み込む。矛盾し合う二つの終わりは、やがて一つの終わりとなった。その終わりとは、滅び。愚かなる我は、それを望んで選ぶ。滅亡となる終焉を、我は自ら引き起こす】

 《スキル》

無限の恋慕(アンリミテット・アウェイク)

・覚醒する

・両想いの相手と範囲内にいるときのみ発動

・想いの丈により、効果は無限に向上する

・相手との接触中、相手にも効果は発動   

接続(テレパシー)

・干渉する

・効果範囲は集中力に依存

・相互接続可能

格我昇降(ボンデージ)

・継続的能力固定 

・器に依存し、能力を向上 

・器の昇華を(いまし)めにより抑制する 

 《異能力》

発展模倣(トレース)

・完全に理解した技の模倣 

想像(イメージ)依存 

 

 

「意味わからん」

 

「いますっごく『デジャヴ』を感じたよ……」

 

 そりゃそうや、少し前に全く同じ反応をした記憶がある。

 確かに文字として変換することはできるのだが……悪いが理解できない。『(コレ)』なんか知らんし、何故数字が一つ二つ書かれているのかわからん。値が決まらんだろうが、どっちだよ。というか『(コレ)』に挟まれていたり隣に在ったりする摩訶不思議な文字は何を意味するんだ。悪いがこんな言葉しらん。

 

「よめにゃい」

 

「シオン君、口調まで可笑しくなってるよ? 勘弁しておくれよ、それ以上変わられたら僕はもう耐えられそうにない」

 

「ならいっそ改宗(コンバート)しましょうか?」

 

「いや、そればかりは止めておくれ。君の【ステイタス】を見たらベル君までついでに疑われかねない。大変になる事間違いなし、だから君はここに居ておくれよ。少なくとも君への注目が存在するまで」

 

 それ半永久的事象やん。結局【ステイタス】を残すのならば、ここに所属する他ないと言う訳か……あっ、それ以外にもここに残る理由はあるな……あ、これ本当に抜け出せないかも。不味いな。

 っと、そんな先々のことより今は眼前の問題だ。

 

「ねぇヘスティア様、これどういう事なんです。ちゃっかり【ランクアップ】してますし、変な文字? 記号? なんかも出て来てますし。羅列される意味も解りません」

 

「へぇ、シオン君でも知らないことはあるんだぁ……あ、それは『定義記号』とでもいえばいいのかな? 数直線上に並んだ大小関係を現わす記号なのさ。その場合、以上以下を表してるね。広がっている方が大きくて、尖っている方が小さい、そして下にある(イコール)はわかるよね? 『同じもしくは大きい』ってことは以上。『同じもしくは小さい』だから以下。ここまではいい?」

 

「……なんとなく」

 

「よしっ、流石シオン君。でね、シオン君の【ステイタス】から読み上げると、力が380以上で上限なし。耐久が250以上20581以下って感じ。オーケー?」

 

「おーけーおーけー。大体わかりました。でもその『以上以下記号』の隣、もしくは挟まっている文字は何て読めば……あと意味が解らないんですが……」

 

 今度はぷふっと吹き笑いを浮かべられた。なに、もしかして当たり前だったの? 神たちの間では当たり前なことなのか!? チョー恥ずかしいじゃないですかぁ!

 

「上から順にPower(パワー),Protection(プロテクション),Skillful(スキルフル),Agility(アジリティ),Magical(マジカル)。意味は項目を言い換えただけの言葉だから同じだよ」

 

「……それはそれは、どうもありがとうございましたっ」

 

「あれ、ちょっと怒ってる? ねぇねぇ怒ってる?」

 

 顔面潰したろかこの幼女……だが教えてくれたことには素直に感謝し、お礼は一つだけ。

 自分の【ステイタス】へと向き直る。

 以上以下……つまりは変動する、という事だろうか。力は480以上、上限がない。ならば無限に力を込めることができると言う訳だ。脳のストッパーがあるのだけれど。だが耐久はどうだろう。別段これは、意識して変えられるものでは無いから、正直以上以下と範囲決めされている理由がわからん。どうして数値が変化するのか理解に苦しむものだ。その辺、魔力や敏捷、器用については理解が早い。変動するのが当たり前、自分のモチベーションによるということだな。

 こんな適当推測で良いのかは知らんが、後々検証すればよいだけのこと。

 

「まっ、私のことはこれでお終いにしましょう。どうせ、ベルのことで話したいのでしょう」

 

「あ、そうそう忘れるところだったぜ。ベル君のあの変わりよう、流石にオカシイとは思わないかい? 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】なんて綺麗さっぱり無くなっているし、新たに不思議なスキルが発現した」

 

「矛盾、なんて書いてありましたけどね。能動的か他動的かが重要なようで、推測するに『逃げ』でしょう」

 

「ん? それはどういうことだい?」

 

 打って変わって真面目に語り出すシオンの言葉一つ一つを、今回ばかりはヘスティアもしかと聞いていた。いつになく真剣味を帯びた空気が漂う。尚、彼は上半身裸のままだ。しゃんとせい。

 

「そうでも無ければ矛盾が『成立』するなんてこと無いからです。矛盾を矛盾と認識しなくなるから、それは成立する。つまりは思い込むってことでしょうかね。だが他動的事象ならば、思い込みの介入余地がない、という事なのでしょう。よくできた《スキル》ですね、ばかばかしい。現実を見ろって話です」  

 

「あははっ……随分辛辣なこというね」

 

「事実ですから。ですがこの《スキル》は早々に消去されるべきものです。矛盾が成立なんてしたらたまったもんじゃない。簡単な話、物理法則を捻じ曲げることができるわけですよ? 世界の絶対ルールを。壁をすり抜けたり、透視したり、時空を移動したり」

 

「それ、全部魔法でやっている人に心当たりがあるのは気のせいかい」

 

 何を今更、魔法なんて物理法則に喧嘩を売っているようなものだぞ。まぁ、ティアは特殊なのだけれど、それは彼女が精霊だから許されるのだ。だがしかし、ベルはいち人間に過ぎない。確かに、英雄の器たる存在ではあるのだろうけど、まだ()()。こんな力は、身を滅ぼす。

 

「ベルには」

 

「教えてない。教えるわけにもいかないじゃないか」

 

「いい判断です」

 

 流石に頭お花畑ではないようだ。そのあたり彼女は信用に値する。眷族を守るためならば、少しは法に(もと)るとも問題ないと考える神だ。ここにいる利点としてそれが最大だろう。

 

「あぁ、あとは【憧憬一途】か。でもこれはなぁ、何とも言いようがないんだよなぁ。似た系統の私の《スキル》が変化したっていう前例はあるし―――あ、もしかして、何か想いの方向(ベクトル)が変わる瞬間があったのでは? 私の《スキル》もそれによって変化しましたから」

 

「なるほど……はっ、もしかして、ヴァレン(なにがし)からボクに!?」

 

「ない。あとヴァレン某は止めろ。腹立つ」

 

「あ、はい」

 

 まったく、人の名前を省略するなんて失礼だろうが。ベルが好意を寄せているからといっても、そんな妬みは良くない。本人に責はゼロじゃないか。

 いや、もうその好意は変わった可能性が高いけど。

 

「まぁ、その線で考えたほうが懸命でしょうね。まぁ、眷属のことを考えるのも主神の役目です。どうぞご考察のほど頑張ってください」

 

「そりゃぁ頑張るさ」

 

 漸く上着を着た彼へ、言われるまでもないと鼻を鳴らす。上下共に、しっかりと男物の服であった。といっても相変わらずゆるく、ふわふわぁとした薄手の服なのだけれど。

 彼もやはり、去り際に一礼を残して部屋を出た。何気ないその仕草ですら【ファミリア】の核というものが試されるのだから、こういう礼儀正しい子が集まってくれると(よろこ)ぶほかない。

 さぁて、次は誰だろうか。もう、驚くことは無いだろうけど。

 

 

   * * *

 

「失礼します」

 

「失礼ならよしておくれ」

 

「そんな恒例且つ安直な返しはつまらないですよ、ヘスティア様。さっさと済ませちゃいましょう、その方がいいです」

 

「ぐぬぬぬぬっ……」

 

 いがみ合う二人のこんな会話はもはや当たり前、喧嘩が日常なのだ。喧嘩するほど仲がいいなんて言われるのはこうして喧嘩を通じてコミュニケーションをとる人が存在するからだ。本当の喧嘩なんてそれはもうえげつない。喧嘩といういがみ合いの中で友情や愛情を見出(みい)だしてしまうから余計なこととなる。

 

「さっさと脱いでくれ、始めるよ」

 

「言われなくてもわかってます」

 

 膨れ面で答え、態々渋々の様子を醸し出す徹底ぶりには驚嘆を覚えるほどだ。

 だが上着を脱ぐ訳では無く、たくし上げ手で押さえるだけ。このあたりには女児ならではのプライドを感じる。露出狂でもない限り無駄に曝す必要なんて無いだろうから。

 

「……なぁサポーター君。ソーマって男神だよな。肌見せることに抵抗とかなかったのかい?」

 

「まぁ、ソーマ様ですから。あの方が女に興味があるとお思いですか?」

 

「……ないね」

 

 ふと興味の湧いたことを訊きながら、手早く更新を済ませる。別段驚きもない、これこそ普通の【ステイタス】なのだろうと感じているのみ。

 さっと、特に何の感慨も渡される羊皮紙を不思議無く受け取るリリ。

 

 

 リリルカ・アーデ

 Lv.1

 力:I 72

耐久:H 108

器用:G 225→G 228

敏捷:F 374→F 375

魔力:F 389→F 392

  《魔法》

 【シンダー・エラ】

・変身魔法。

・変身後は詠唱時の想像(イメージ)依存。

・模倣推奨。 

 詠唱式【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】

 解除式【響く十二時のお告げ】

  《スキル》

 【縁下力持(エーテル・アシスト)

・一定以上の装備過重時における補正。

・能力補正は重量に比例。

 

 

「たった数日、ダンジョンに潜った訳でもありませんし、当たり前でしょうね」

 

「あぁ、君は当たり前だ、当たり前でいいんだ……」

 

「なんです、その意味深長な言い方は」

 

 いくら薄目で(いぶか)られたって今は穏やかな気持ちでいっぱいになるヘスティアには届かない気持ちだ。どうしたって、異常に囲まれ続けた彼女はこうした「普通」に対し安心感を覚えてしまうのだ。何と哀れなのだろう。

 

「はぁ、もういいです。これは何所に置けば?」

 

「あっ、すぐに片付けるから、テーブルの上にでも置いといてくれ」

 

「テキトーですね……」

 

 呆れも感じるこの女神のテキトー加減に、自分の主神がこの人とは……なんてもはや悔いを感じているレベルだ。今後矯正すべき点と認識し、ソンナ女神にでも一礼残さないといけないこの上下関係というものが腹立たしい。

 

「最後は命君かぁ……」

 

 どうやら、もう眼中にないよう。いっそ清々しいくらいに適当だ。

 

 

   * * *

 

「失礼します、ヘスティア様」

 

 恭しく、張りのある声が掛けられる。その大きさに驚くことはもうない。真面目な彼女はどうにもそのあたりに融通の利かない堅物だ。そも、別に間違っている訳ではないため注意するのは見当違い。

 

「さっ、命君。座ってくれたまえ」

 

「はい」

 

 促されるがままにソファへと座り、横に腰を下ろすヘスティアに背を向け、着物を(はだ)けると巻いていたさらしを解き背を露わにする。伸ばされた綺麗な背筋。

 

「……そう言えば、命君は抵抗とか感じなかったのかい? タケに背中を見せるとき」

 

「なっ……そ、そんなことございません! タケミカヅチ様は誠実なお方です! 自分程度に劣情を抱くことなど断じてありません! 断じて……うぅ……」

 

「ご、ごめんよ? なんかごめん……」

 

 命がタケミカヅチに淡く甘酸っぱい想いを抱いていることを、流石に同じ乙女であるヘスティアは感づいていた。【ヘスティア・ファミリア】の鈍感二傑は気付いていないだろうが。

 無言が続く中、部屋を照らす青光りはすぐに納まった。

 

 ヤマト・命。

 Lv.2

 力:H 136→H 142

耐久:G 239→G 256

器用:G 271→G 293

敏捷:F 318→F 335

魔力:F 347→F 364

【耐異常】I

《魔法》

 【フツノミタマ】

・一定領域を圧しつぶす超重圧魔法

 詠唱式【掛けまくも畏き――いかなるものも打ち破る我が武神(かみ)よ、尊き天よりの導きよ。矮小のこの身に()(ぜん)たる御身の(しん)(りょく)を。救え浄化の光、破邪の刃。払え平定の太刀、征伐の霊剣(れいおう)。今ここに、我が()において招来する。天より(いた)り、地を()べよ――(しん)()闘征(とうせい)

 《スキル》

 【八咫(ヤタノ)(クロ)(ガラス)

・効果範囲内における敵影探知

・隠蔽無効。

・モンスター専用。遭遇経験のある同種のみ効果を発揮。

任意発動(アクティブ・トリガー)

 【八咫(ヤタノ)(シロ)(ガラス)

・効果範囲内における眷属探知。

・同恩恵を持つ者のみ効果を発揮。

任意発動(アクティブ・トリガー)

 

 

「……戦争遊戯(ウォーゲーム)のお陰で、かなり成長できたようですね」

 

「トータル80くらいかい。将来が期待できる成長してくれるね、君も」

 

「いえ、そんなことはございません。ベル殿やシオン殿は恐らくもっと……」

 

「あははっ……あの二人はちょっと『特殊』だから、比べない方がいいと思う……」

 

「は、はぁ……」

 

 陰鬱な空気がふわふわと漂う。会話が長く続かないからこそだろう。だが命はそんな時間を空白とせず、思案に(ふけ)ることで有意義なものとしていた。

 ぽけぇとしているヘスティアを差し置いて。

 

 ベル殿の成長はもはや『奇跡』と形容できてしまう次元へと至っている。追い付こうなんて考えられない。尊敬もする、羨みもする。だが自分には自分の長所があるのだ。タケミカヅチ様も申してくれた。人は人であり、自分が勝てる唯一を伸ばせ、と。そこを気にしてはならない。人それぞれ違いがある。

 だがシオン殿はどうだ。あの方はただ一つ『努力』というもので強くなった、正真正銘の実力者だ。心の底から尊敬し、自分の憧れの一人と断言できる。だから悔しい。憧憬と比べてしまうのは自分の悪い癖だ。だがそれを悪癖というだけで切り捨てたりはできない。原動力とするのだ。

 絶対に、シオン殿に認められるほどの強さを――技を、得る。

 

「ありがとうございました、ヘスティア様」

 

「お礼はいいって」

 

 なんて笑い合いながら話し合う。やっとまともに二人は笑みを浮かべられていた。

 慣れた様子で着付け直すと、入室を巻き戻すかのような仕草で命は退室した。その一貫して綺麗な動作に、ヘスティアは嘆息するばかり。

 

「ふぅ、今後が大変だろうなぁ……」

 

 幸か不運か、どうやら自分には可能性の宝庫が渡されているらしい。それも手に余るほど。先々が大変なことは明白だろう。だが、それが少しばかり嬉しかった。

 何もなかった自分。怠惰を謳歌し、暇を持て余す自分に、忙しさを与えてくれた二人。そこから始まった、数々の物語。それを見届けることができる立ち位置に居られることがどれだけ価値のある事か。

 この場所を大切に、無くさないように――みんなを、見守らなくちゃね。

 

 

  



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引っ越しは転移で

  今回の一言 
 やけに時間が掛かるようになってしまった……


 ごっ、ぼっ、どすっ。と三段重ねとなった、どこからともなく降り込んだ謎の箱。光子がちらちらその薄らぐらい部屋に舞っていた。

 数秒経つ。すると突然、そこには前触れなく、蒼白い光によって展開された陣が出現した。複雑かつ繊細で、いつまでも眺めていられるほど美しい。魔導士からしてみれば、卒倒してしまうレベルのものなのだが。価値を知らぬが幸ありて。不思議なことにそれを顕現した本人は異常を異常と理解できない。

 

『はい、これで繋がったから、シオンも普通に通行することができるよ』

 

『す、すげぇ』

 

 部屋にぼやけた声が反響する。元手を辿れはそれは不思議な魔法陣から発せられていた。そんな蒼白い光を掻き割って金色の、さらさらと揺れる細い毛が現れる。それだけでは収まらず、ひょっこりと頭一つ、首一つが出現した。

 

「おぉ、ちょっと怖い」

 

 事の発端である銀髪の精霊ちゃんは、眼前にある構図への正直な感想を零す。 

 それは宛ら(ギロチン)が下された後の断頭台、光にぼやかされて明瞭とまではいかないが、現物を見たことある彼女としては想像力で補正されてしまう。よって殆ど変わらない。むしろこの方がえぐい。

 

「ふう、確かに行けそうですね。よし、ティアは維持を頼みます。急いで出入りしても問題ありませんか?」

 

「うん。むしろ五分弱ってところが限界だから急いで」

 

「りょーかーい」

 

 因みに、限界を突破すると世界が滅びます、結果的に。時空断裂が維持できず、そこから連鎖的に壊れていくのです。こわいこわい、簡単に世界崩壊できちゃうティアちゃん怖い。

 せっせこせっせこ、丁重に運び入れる先はもう彼の所有物となったとあるお家、その一室。だだっ長い且つ広いその部屋が次第に狭く感じて来るほど、彼の私物で占領されゆく。対しホームにの彼の自室は簡素になってゆく一方だ。

  

「ちょ、そろそろ……限界近い」

 

「あ、あぁあと少しっ。あと二十秒!」

 

「がんばってみる……」

 

 最後の最期、あと少しというところで、ティアがか細く弱々しい悲鳴を上げた。絞り出したかのように警告し、たらたら搬入していた彼を急かす。 

 せっせこ持っては運び入れ降ろし、またそれを繰り返す。宛らスクアットの繰り返しだ。足腰強固でなければそれはもう五往復程度で音を上げていたことだろう。

 だが、一つの踏み込み――地でウン百M飛んでいた常識外の足腰には屁でもないらしい。ただ楽をしていただけで、何ら問題なく彼はすべて運び終えてしまった。

 

「あっ」

 

「……もしかして、あっちで閉じた方が良かった?」

 

「……はい」

 

「ご、ごめん」

 

 ティアに苦労を掛けた代償として、丁度よいのではないだろうか。なんでも楽をするなと、もしかしたらティアも無意識に思っているのかもしれない。

 一つ溜め息とともにがっくり項垂れる。ただ面倒が嫌いで、楽して生きたい性質なのだ。だが別に行動力が存在しない、というわけではなく、さっそく腰に刀を携えた。

 

「今日のことはこれくらいでチャラにしてあげますから、もうお願いなので下手に迷惑を掛けないでくださいね。あ、それと、何か問題があったら先程の転送先へ来てください。あそこにこれから住みますので―――あっそうそう、場所は他言無用ですよ?」

 

「ま、捲し立てないで……わかったけど」

 

「ならよし」

 

 なんて一言残して、颯爽と彼は去ってしまう。風のように自由で、気ままな、手に負えない問題児。その実はただの年相応の子供だ。やたらと体力・気力はあるし、好奇心と活動欲には忠実。

 

――さぁて、呼びに行こうかな。

 

 なんて考えが浮かべば即行動に移るのだから。

 

 

    * * *

 

 【ロキ・ファミリア】の朝は騒がしい―――

 陽が昇らぬうちから自己鍛錬に励む者が出す音から始まり、それぞれに起床。すると皆一様に向かう場所は結果食堂なのだ。食事番――一部の者は除外――によって献立通りの料理がカウンターへと並べられる。立食形式(ビュフェ)にはせず、おかわりは自由とて団員の最低限の健康管理はそこでなされていた。

 制限は朝六時から二時間。【ロキ・ファミリア】の所属であるならばそこに顔を出して食事することがもっぱら義務と言える。ただし例外は存在し、遠征や強制任務(ミッション)遂行中等のやむにやまれぬ事情があるのならば何の問題も無く欠席可能だ。

 

「……ねぇティオネ、今私が思っていること、正直にいっていい?」

 

「言うまでもなくわかってるわよ……アイズのことでしょう」

 

「最近ちょっと機嫌がよすぎるというか、ぼぉーとしてる時が多いなぁって思うんだよねぇ」

 

 隣り合って座り、小声でぼそぼそと会話するアマゾネス姉妹の目線は一点へ、ちびちび茄子(ナス)と格闘しているアイズへと注がれていた。

 実に可愛い、特に思い切って大きく一口入れたときに、ばたばたと手足を震わせ悶えるあたりが。それを見て誰もがほっこりと温かな心を持てる中、二人は疑問で仕方なかった。

 普段――ダンジョンで見るアイズや、昔から見て来た彼女のイメージからして、ソンナ行動をするはずがない。野菜が嫌いな彼女が、今まさに頑張っているという様がどうこうと言う訳では無く、単純にオカシイのだ。無感情で有名な彼女が、口をむっと引き結んで、味に悶えるところなんて。

 

 そんな彼女が、ぱっと何かに触発したかのように立ち上がり注目を集める。彼女の目が向かう先、そこは何もない壁――否、更にその先、正門。

 ぱっと、目に見えて雰囲気が変化する。近づきがたい鋭く砥がれた彼女の面影なんてそこから感じ取ることはできないだろう。ほんの少し緩くなった口角に気付けた者は一体どれほどか。

 

「どうしたアイズ、いきなり立ち上がるなど。食事中だぞ」

 

「……シオンが来た」

 

「なんだとっ!?」

 

 ガンッ、っと運んでいたお盆をテーブルに叩きつけるかの如き勢いで置くのはマナーに小うるさいリヴェリアだ。自分のマナーはどうしただなんて言える人間は存在しない。

 

「……こっち来る」

 

「な、何故判るんだ……?」

 

「見えるから」

 

 なんて発言に流石にうすら寒い感情を覚える一同。即答であったあたりが特に。彼女の顔が向く方向が、廊下を沿っていることを理解した人から、それが真実であったと思い知らされる。

 然も当たり前のようにやって来たシオン・クラネルを見て、もう食堂内では厨房から届く活気ある音以外全く反響しない静寂だへと様変わり。

 

「あれ、なに? 何かありました?」

 

 なんて質問に答えてくれる人は存在せず、心細いのかしゅんとしてしまう。その様はまるで、情緒豊かになったアイズのようである。 

 とぼとぼ前へ進みだせば、その先は自然と掻き分けられ、当然の帰結と言えようか、アイズの下へとたどり着く。

 

「おはよう、シオン」

 

「えぇ、おはようございます。で、今どういう状況? 揃って私のこと嫌いなの? 嫌いならそうはっきり言って欲しいです……二度と視界に入らないようにしますので」

 

 何なら私の記憶も消してあげるから。うちには多分ソンナコトもできちゃう逸材が存在するんですよぉ……もう、なんて万能なのかしら。一家に一人はほしいわっ。……秒も刻まず世界が滅ぶ。というかティアを誰かに渡す気なんてない。なんと不毛な自問自答……

 

「食事中でしたか。なら少し待たせて頂きます」

 

「すぐ食べ終わるから」

 

「急がなくてもいいですよ、むしろ落ち着いて食べてくださいな。せっかくの料理が勿体ない」

 

「わかった」

 

 どれにしろ結局、アイズはその味に悶えながら食すこととなり、もっぱら時間が掛かるのだけれど。

 アイズの正面に居座り、頬を緩ませながら、子を見守る母のような和やかな目をアイズへと向けるシオン。男だけど。

 

「……一体何しに来たんだ、お前は」

 

「アイズを迎えに。あ、そうそう。アイズ、用意はできていますか?」

 

「……みゃだ……んっ、やってなかった」

 

「ありゃ、そうでしたか。そういえば日時特定してなかったな……ごめんなさいね」

 

「気にしない」

 

 なんて単調な返しでも彼は嬉しそうに微笑む。すぐさまアイズはあと二つの茄子と格闘を再開し、それをシオンもまた何事もなかったように見守る。

 ちょんちょんと、弱々しく寂し気に服が引かれるのに、然程時間はかからなかった。

 

「……私を忘れていないか」

 

「忘れてませんよ~ただどうでもいいと思いまして。何しに来たんですか」

 

「食事だ食事! 私がここで食事することの何が可笑しい!?」

 

「なのに食事してないないあなたが可笑しい。っていうのが私の言い分」

 

 リヴェリアはシオンの隣に座り、お盆も自身の前に置いているにも拘らず、未だ手を全く付けていない。誰でも気になるだろう、普段ならさっさと済ませてしまうのだから特に。

 

「……ごちそうさまでした」

 

「苦戦していたようですが、もしかして野菜、苦手ですか?」

 

「……においが、少し」

 

「なるほど、臭いが無ければ食べられると」

 

 ふむふむ、これはお得な情報だ。今後作る時に、野菜の臭いには気をつけなければ。味のあるものなんでも大好き人間である私からしてそれほど気にならないことでも、繊細なアイズなら敏感に気になってしまうことがあるのだろう。人で料理の内容を区別することには慣れている。例えばベルは甘いものが苦手なことから、基本控えめにしたり、しつこくない程度にほのめかすレベルでとどめていたりする。そして最近気付いたことで、ティアはどうやら苦いものは苦手なのだが、ぴりっと痺れる程度の辛さを好んだりする。

 彼はそんな思案を、隣でぷるぷる震えて俯く元貴族様を居ないものと扱うように続けていた。だが悲しきかな、これは彼にとって正当なこと、優先順位があくまで下回ったに過ぎない。

 

「シオン、先に部屋、行ってて。鍵、開いてるから」

 

「閉めましょうよ流石に……アイズを狙う野獣なんてこの世にごまんと存在するんですよ」

 

「――? 倒せばいい」

 

「天然発想ここに極まれり……だめだこりゃ」

 

 呆れるシオンに終始アイズは首を傾げていたが、いつまでも立っていては邪魔になるとそそくさ配膳カウンターへ駆けて行く。シオンも彼女に続いて席を立とうとしたとき、また服が引かれた。先とは比べ物にならない、一層強い力で。

 

「……(ないがし)ろにしないでくれ。お前に、その……構ってもらえないと、なんだか、寂しいのだ……」

 

「ちょっと何言ってるのかわかんないです。いつも構ってないでしょう」

 

「そうだ! だから私はいつもお前を見てると寂しいし、息苦しいっ。どうしてお前はいつもいつも、アイズのことばかり……たまには私に目を向けてくれたっていいじゃないか」

 

「えぇ~んな理不尽な」

 

 なんて言い合いは、今やもう騒がしさを取り戻している食堂内ですら割合目立ってしまう。ひそひそとそこまで大きくない声は届かないが、なにかと物理的に近い二人に注目があるのは必然であった。

 

「リヴェリア、何やってるの?」

 

 なんて冷たい、無感情な目線に乗せられた声に二人は肩を跳ね上がらせた。珍しくがくがくと、さび付いた歯車のように振り返る。眼も口も全く笑っていないアイズに、引きつった悲鳴を上げたのはシオンだった。

 

「シオン、先行ってて。用意、お願い」

 

「ひゃっ、ひゃい」

 

 にべもない返事に彼は逆らう事なんてなく、むしろ逃げるかのようにその場から瞬間的に消えてしまう。まるでそこにいたのが幻想であるかのような掻き消え方に、驚くものは逆にごく少数であった。 

 なにせ、足元から這い寄って来るかのような()()に、意識は(いざな)われていたのだから。

 金髪の少女は、無言。ひたすらまっすぐに、見つめていた。

 

「……憐れんでいるのか」

 

 ふるふる、首を振って彼女は静かに否定する。

 

「……違う。リヴェリアは、もうちょっと正直になればいい、と、思う」

 

 口下手で、上手く伝えられない。シオンと話す時は慣れたように、自分でも驚くほど言葉が浮かんで来るのに、どうしてだろうか。

 

「正直? それでどうしろというのだ」

 

「そうしたら、全部解決。シオンも、あんなイライラしない」

 

 ちょっと違う……でもそう。シオンはイライラしてる、気づいていないみたいだけど。私には『わかる』、伝わって来る、全て。原因は、多分リヴェリアなんだと思う。そうでなければ、シオンが人を無視したり、雑にあしらったりしない。シオンが嫌なのは、曖昧で、中途半端なこと。今のリヴェリアはそう。

 

「……まさかお前に、こんなことを言われるとはな」

 

 ふっと、わらった。鼻を鳴らして、アイズに「もう構うな」とでも嘆くような背を向ける。でもどこまでも、その背はすらりと正されていた。まっすぐなのに、曲がっている。   

 

「……ふざけてるわけじゃないよ」

 

「そんなこと思っていない。ただ、お前の変わりようと、自分の――いや、何でもない。そんなことより。シオンが待っているだろう。早く行ってやればいい」

 

 その声はいつもと変わらず静かで、冷静。そう、いつもと変わらず、どこか一歩分、他と差があった。埋められない溝、躓くくらいの段差。その程度だから誰も気づけない。決定的なことであるともしらず。

 言葉を切り、アイズに向き直ることなく、ぶっきらぼうに突き放した。それを気にしないのか気づかないのか、アイズは何の反応も無く、すたすたと退いた。

 

「……全く、憐れだな」

 

 誰にも聞かれず消えた、その言葉に込められた思い。誰一人知らず。

 一つ、(わら)い飛ばす。それでも、こころに堕ちた(おり)に、どことない(わだかま)りを感じてならない。気持ち悪い。気持ち悪くて、もう気が狂ってしまうそうだ―――

 

 

   * * *

 

 戸を開けてみると、人形のように整えられた姿勢で正座し、珍しく寝息を立てている彼がいた。ゆったりと長いまつげが持ち上がり、正対する形で彼と目線を交わす。

 眠いはずなのに、そんな面影欠片も感じさせない。和やかに微笑み、軽く会釈程度に礼。どこかよそよそしくも感じるその仕草は、妙に様になっている所為か嫌悪感を覚えない。

 

「……ごめんなさいね、少々寝不足でして。それよりです、出ていた分の()はとりあえず種類ごとに纏めましたので、後はどうします? 運べる程度にまとまればいいのですが、のこりどれくらいでしょうか」

 

 少し横にずれて、部屋の奥を見るようにと促される。丁寧に纏められた小物類や、掛けておいた戦闘衣(バトル・クロス)……みえた限りをそこに集めた、ともいえる。

 

「……早いね。もうあとは少しだけだと思う」

 

 見える限り――さて、見えないモノはどこでしょう。

 シオンは気を使ってくれたのだろう。ぷらいばしーを気にしてくれた……のだけれど、結局ここにシオンが居たら、大差ない気がする。シオンは偶にちょっと抜けているのだ。そう言うところが、ちょっと可愛い。

 くすりっと笑ってしまうのも、シオンが可愛いのが悪いのだ。

 

「纏めたら、運べばいい?」

 

「あ、運ぶのは手伝います。私に見られたくないモノでしたら、段ボールを持ってきますのでそちらにまとめでください。割れ物があるようでしたら、報告してくださいね。比較的慎重に運びます」

 

「うん、わかった。じゃあ、その……」

 

 言いよどむアイズ。どういえばシオンを傷つけず、感づかせることができるのか。そんな器用な言葉を彼女は知らなかった。考えている内に、せっかちなシオンはもう戸のノブに手を掛ける。

 

「では、段ボール持ってくるので、その内にお願いしますね」

 

「っあ……うん」

 

 反射的に呼び止めようと手を伸ばしたが、その先で空を切る指先だけが視界にはあった。もう、近くにはいないことくらいすぐにわかった。

 いいなぁ、なんて羨みながら、自分がすべきことを為しにクローゼットの把手(とって)を引く。

 最近自然と増えたその中身の片付けは、少々時間が掛かりそうだ。

 

 

 

 



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ふと気づけば変わっている

  今回の一言
 オリキャラを可愛いと思って仕舞うのは間違っているのだろうか。

では、どうぞ


「全部、持ってく訳にはいかない、かな」

 

 この部屋から全てが消え失せてしまったら、ここにあるはずの自分の居場所が消えてしまうから。それはちょっと悲しいし、名残惜しい。

 そう思うと、大きな踏ん切りなのかな、これは。

 【ロキ・ファミリア】に来て、考えてみればずっと住んでいたこの部屋。専ら飾りっけなんて無い、見まわすまでもなく簡素な場所だ。だがその中で唯一目に映える場所、机の上には『大切なもの』が置かれている。破損してしまったネックレスや、指輪のケース。

 

 くすりっ、知らず知らず笑みが零れた。

 

 思い出しちゃったからかな、シオンが見せた、あの驚きに染まる顔。笑いを堪えることに必死だったなぁ……バレちゃったら恥ずかしいから。

 さてと。切り替えて、シオンが戻ってくる前にある程度纏めなくてはならない。

 ここ最近、容量を圧迫するハンガーにかけられた何着もの衣服。戦闘服(バトル・クロス)の使い回しは止めて、今では毎日着るものを変えているのが影響しているのだろう。

 箪笥(たんす)の上に置いてある小物入れには、リヴェリアから貰ったアクセサリー類が保管してある。いつか使う日が来る。そのいつかなんて全く気にも留めていなかったはずなのに、容易くその意識は改変されてしまった。シオンとのお出かけには何かとお世話になっていたりする。

 

――これはそのまま運べるかな。

 

 問題は、ドアの関係上絶対に運び出せないであろう箪笥だ。その中には、たとえシオンにでも、むしろシオンにこそ見せられない恥ずかしいものがイロイロ入っている。あくまで気持ちの問題なのだけれど、そう言ったことを大切にしろと当のシオンに言われたのだ。

   

「でも、入れ物ないと……」

 

 詰め替えることもできない。これでは手持ち無沙汰だ、時間の無駄。

 他にできることはないかと見渡しても、見える限りはシオンが終わらせてしまっていた。机上が唯一手を付けられていない状態。流石のシオンも憚ったのだろう。ありがたい。片付けようとは思えないから。

 結局のところ、シオンが来てから出ないと何もできない訳である。 

 

「なら、どうしよっか……」

 

 やることがない中、ふと目に入ったのはまだ畳んでいない服。そして小物入れ。

 そこから思い至ったことなんて、ごく単純な、正しい女の子の思想であった。

 

 

   * * *

 

「アイズ。段ボール、持ってきましたよ」

 

「あっ、わ、わかった。ちょっと待って……」

 

 畳まれた、大小さまざまな多量の段ボールを抱える彼。慌ただしくなる部屋の中では、アイズが急ぎ、脱いだ服をクローゼットに放り込んでいるところであった。

 急いだせいか、将又本当にアブナイ状態だったのか、彼女は頬をほんのり上気させたまま戸を勢いよく開く。あと一歩で彼の鼻面に衝突するところだった。

 

「ど、どうかしました?」

 

「にゃっん……なんでもない」

 

「え、今噛んだの? ねぇねぇそうなの? 噛み方がもう可愛いからあと五回くらいやってもらえません?」

 

「ヤっ」

 

「ぁだっ、ごめんなさい調子乗りました」

 

 ふざけているシオンに一つドギツイ喝(ローキック)を喰らわせると、反射的か声を少し上げるだけで、全く痛みはなさそうであった。ただししっかりと反省はしたよう。

  

「入って」

 

「あ、そのまま保って。手が使えないので」

 

 戸を押さえ外に出ると、その隙間を縫ってシオンが部屋に横歩きで入っていく。まだ一度も目を合わせてくれないことに少し寂しい気分。自分はこんなに傲慢な女だったろうか。

 部屋の奥、何も置かれていない床に大小様々な段ボールを置き、せっせと組み立て始める。その手際がどうしてか達者しか見えない。ぱっ、ぱっ、を間を置かないほど短時間で二つ底のできた箱が出来上がる。それでもまだいくつも残っていた。

 

「ねぇシオン、そんなに、どこから持ってきたの?」

 

「全部ギルドから頂戴しました。市販で買うと案外高いのですが、ギルドに顔が利けばいくらもらったって無料。素晴らしいですよね」

 

「姑息……」

 

「それはあんまりじゃ……あん、まり……っは?」

 

 あんぐりと口を間抜けに開け、段ボールを手に取りながら硬直する、反論しようと振り返ったシオン。その体は微動だにせず、だが動いている場所があった。

 凄まじい勢いでアイズを隅々まで記憶に鮮烈に焼き付ける若葉色の右眼。

 

「……っ、素晴らしい。あぁ、私は何て幸せなんだ……」

 

「そ、そう? そんなにいい、かな……?」

 

「勿論ですよ! 謙遜なんてするに及びませんって、とっても可愛いですよ! 記憶に刻み付けても全く無駄だとは思えないほどです!」

 

「あ、ありがとう。うれしい、かも」

 

 照れ隠しか、肩にかかる髪先をこそばゆそうに弄る。そうやってもじもじする姿こそ彼の興奮を助長させるのだ。控えめに揺れる髪先、空色のカチューシャは彼女の髪を整えたままでいさせる。

 身を(よじ)れば優しく揺れる、淡い白色のレーススカート、紺のニーソックスとの間に白く眩ゆき絶対領域(ナマアシ)の瑞々しさには理性を刺激する程の不思議な力がある。くびれをより強調させる茶色の皮ベルトが締める、(しろ)(はなだ)の薄手シャツ。その上には強く目を引く漆黒のカーディガンが胸上のボタン一つ止められた状態で揺れる。その裾は腰まで届き、色の対比で良く引き立っていた。袖で少し隠れる白い手に、ふと輝いた指輪。逆に目に映えないその輝きに、彼は不思議な背徳感を覚えた。隠しているような、そんな疚しくも無いのに、そうと感じてしまう気持ち。

 

「……でも、恥ずかしい、な。そこまで見られたら、その……」

 

「あ、あぁあごめんなさい、つい……ハイ、自重します。さて、いつまでも夢へ旅立ってはいられません。現実へ回帰、まとめ作業を終わらせましょう」

 

「うん」

 

 いけないいけない、危うく理性決壊するところだった。どれここれも、アイズが特大の不意打ちを仕掛けたのが悪い。いや、むしろ良い。何言ってんだ……。

 箱に意識を向けず、せっせと組み立てて行く。アイズはアイズで、すでに組み立てた箱へと配置に悩みながら私物を仕舞って行った。その姿を見届けながら、ふと思案に陥る。 

 

――随分と、変わったなぁ。

 

 下着が見えないよう、正座になって黙々と片付けている。以前のように、三角座りとなって丸出しにし、且つ気にしないなんてことはない。女の子らしくなった、と言えばそうなのだろう。否、少し違う。少しずつ麻痺が解けてきた、といえば適切か。

 もっと言えば『服装美(ファッション)』だ。機能性重視型の私からして考えられない、その美しさを求めた服装。今までも確かにアイズの服装は中々可愛いものだったが、それは『他人』によって(もたら)されていた。だが今は違う、自分から選んだことは明白だ。一体どれほどの意識改革が起きたらこうなるのだろうか。別に否定している訳じゃないのだが。

 

「ねぇシオン、これ運ぶって言ってたけど、どうやって?」

 

「簡単ですよ。縛って纏めて走る、以上」

 

「……ばか?」

 

「良く解ってらっしゃる」

 

 見事に言い得ている。確かに社会性に欠けた行動だし、度が過ぎていると言えば主に身体能力面でそう言えるのだが、これが最もリーズナブルに済む方法なのだ。何せ(ヴァリス)一枚も掛かっちゃいない。

 呆れたようにアイズは溜め息を一つ吐く。だがその後に浮かべたのは、不思議な程に優しい、穏やかで自然な笑みであった。

 そんな些細なこと一つで、私が幸せを感じるのは間違っているのでしょうかね。

 

  

   * * *

 

「よっこいしょぉ……うわぁ、年取った気分。実質的に五十代くらいなんだよなぁ私、若いままでいたいよぅ。おじさんは嫌じゃ……」 

 

「もはやその発言自体がおっさんじゃないの? シオン」

 

「ぅお。いつの間に……」

 

「今の間に。連絡があれば来いって言ったよね。その連絡」

 

 大荷物の搬入を狭く感じてしまう入り口から行い、まさにその最後の一つである段ボール箱を置いて独り言を囁いた直後、音も気配もなく忍び寄るように現れたティアにびくりと跳ね上がって驚いてしまう。

 そんな反応を気にしない対応は非常にありがたい、恥ずかしいし。 

 ゆらゆらと和式メイド服((かり)())の裾を遊ばせるティアが、花々で彩られる庭に背を向けて楽し気に笑う。あー、着崩さずしっかり着れてるなー。 

 なんて馬鹿みたいな現実逃避をしたって、ティアの可愛さは変わってくれなかった。くそぅ、なんでこんなに可愛いんだよ……精霊だから、そうなのか……!? 

 

「明日の九時から、第一回目の入団試験をするんだって。各々、恩恵無しでも達成可能な試験項目を考えて、それにあった内容を一つ作れって言われた」

 

「ほぅ。たまには面白いこと思いつくじゃん」

 

 やはりあの人も神の内だな。入団試験という一種の遊戯に似たものへの妥協は一切しないらしい。だが不可解、よく私にもその項目とやらを考えさせようと思ったものだ。悲惨になることはもはや考えるまでもない。自分で断言できるぞ。

 

「で、シオン。それなに?」

 

「いじっちゃダメですからね、アイズの私物なんですから。あと、ここは一応土足禁止。次からは靴を脱いで上がってください、転移だとしても」

 

「ふーん、そっ」

 

 なにか気に入らないのか、そっけなく応え靴を脱ぐ。ぷいっと目を逸らして、いじけたように此方を向いてくれないのは何の意図が込められているのだろうか。

 

「入団試験の件、了承しました。何かしら考えておきます。そうそう、ここでくつろぐのは好きにしていただいて構いませんが、汚さないでくださいね。あと、緊急じゃなければ玄関から入ってくること。いいですか」

 

「はーい」

 

 一つ返事を最後に、ティアはソファへ身を投げ出して、まるで『私のことなんてどうだっていいんでしょ』とか主張するかのような仕草だ。

 もしかして、アイズと二人暮らしすることを(さと)って、自分が除外されたことにいじけているのだろうか。そりゃ含んでいないと言ったらうそになるが、除外したわけでは無い。それに……一応私だって、責任くらいはとるのだ。ただ、アイズに未了承の今、独断で許可するわけにはいかず……

 はぁ、言い訳なんて見苦しいなぁ。逃げているみたいじゃないか。

 ここはもう『当たってそのまま突き進め』だ。初志貫徹、自分の意志を砕いてなんかやるもんか。

 

「ティア」

 

「……なに」

 

「必要最低限のもの、ここに移動させておいてください。最低限というのは、生活に必要なもの、という意味ですから」

 

「ふんっ、どぅせシオンのでしょ。さっき全部運んだじゃん」

 

「……ティアのですよ」

 

「――ふぇ?」

 

 ソファに寝っ転がってだらだらし始めていたティアが、ぱっと跳び上がるように背を起こし、驚きに瞠った目が胡乱(うろん)()に私へと向けられる。何だか恥ずかしくて、その純粋な目と合わせられない。

 

「そ、それじゃあ……私は用事があるのでぇ……」

 

「う、うん」

 

 逃げるように彼は去って行く。その足取りは何故だか速い。玄関扉を開け刺し込んだ光、手で遮られたその先にある彼の頬。ちょっとばかり、紅い。薄紅の唇がぎゅっと結ばれていた。まるで恥ずかしさに耐えるように。

 

「……ん~~~~っ! ヤバイ、これはヤバイってぇ~~!! にふふっ、いひ、ひひひひっ……」

 

 彼が去っていった居間(リビングルーム)のソファー、その上のクッションがぎゅっと抱きしめられ、ばたばたとのたうち回る乙女の足で軋み、悲鳴を上げる。だがその悲鳴は、歓喜と至福に包まれた彼女が漏らす声に吹き飛ばされてしまう。今この場に他人がいたのならば、それはもうさぞかし目も向けられなかったことだろう。

 

「……あぁ、甘えちゃうなぁ。どれもこれもぜーんぶ、シオンが優しいのが悪いんだから」

 

 優しさを知れなかった少女が、初めて知った優しさが彼の声だった。次は手だった、次は料理だった。そして今は――彼その者、彼の全てが彼女にとっての優しさ。

 まだ自我が芽生えて間もない精霊。過酷であろうと、少しずれていようと、子供であることに変わりはない。

 そんな彼女が、優しさに甘えてしまうのは、間違ってなどいない。誰も責められない。

 

「大好き、シオン。わたしの大事な、ご主人様―――」

 

 たとえ自覚したこの想いが実らずとも、今の肩書きのままで近くに居られるのならば、わたしは今を選ぶ。ずっと一緒に居られるだけで幸せなんて、もう最高じゃないか。

 

 

   * * *

 

「ダメだ」

 

「嫌だ」

 

「だからダメだと言っているだろう……」

 

「嫌って、いってる……」

 

 一人の精霊が悶えているまさにそのとき、とある団長室では冷たいせめぎ合いが行われていた。そのお題―――『アイズ・ヴァレンシュタインがシオンと同居する。了承? 不承?』である。

 議論開始から三十分たってこの状態、実のところ開始十分から似たようなことの堂々巡りが続いていた。それだけ譲れない問題なのだ。もっといえばお互い頭カチカチで頑固、ということもある。

 残念なことに、その場にいるのは二人だけ。仲裁するものもいなければ、話題を纏め上げる人も存在しない。進展しない無為に等しい話し合いの中、不穏な空気をぶち壊す明るい声が響いた。

 

「こっんにっちはー」

 

「……ノックくらいしたらどうなんだ」

 

「え、しましたよ? ただ返事が無かったので、無言の承諾かなぁと」

 

 勿論嘘である。あの雰囲気の中ノックをしたら絶対に『後にしてくれ』とでも言われ用件も聞かず追い返されること必至だ。ならば前提条件を無くしてしまえば関係なかろう。あとは適当な理由を付け加えておけばよい。

 理解力の高いフィンさんは、私だと判れば問題なくいさせてくれるはずだから。

 なぜならば―――

 

「だが丁度よかった。今、君に関わることを話していたからね」

 

 ということだ。

 アイズと一緒に運べばよかった荷物を私一人で運んだのには、こうした理由があった。事前に話をつけてもらいたかったのだ。なにせ幹部たるアイズと暮らすのにもそれ相応の条件・許可が必要となるのだ。充たすにはあと一つ足りない。それが【ロキ・ファミリア】からの許諾である。

 

「早い話、別にいいじゃないですか。ほら、かわいい子には旅をさせよって素晴らしいことわざがあるでしょう?」

 

「残念ながらそれは適応されなくてね」

 

「何ですか! アイズが可愛くないと言っているんですか!? 一回アミッドさんにでも診療してもらうことを強く推奨しますっ、主に目と脳を!」

 

「違う、そう言う意味ではないさ。アイズが世間一般からして美人なことは疑いようのないことさ。ただ、僕たちはアイズを全く甘やかしてなんていない、ということだよ。この子は昔から厳しい環境に身を置いている」

 

「なぁんだ、うっかり斬っちゃうところでした」

 

 びっくりしたぁ、長い間近くに居たのに気付かないなんて……こいつ生きている意味あるの? 楽しいの? と思ってしまった。いやぁ、自分の異常っぷりには自分が一番驚く。いつかうっかり人を殺してしまうのではないだろうか。

 あとアイズ、そんなに焦らなくても、本当に斬ったりしないから。今は。

 

「ねぇフィンさん。ダメよダメよというのなら、その理由を話してくださいよ」

 

 どうやらうだうだ進んでいる交渉。さくっと済ませたい私からして、核心へとすぐ迫ろうとしてしまう。長ったらしいのは嫌いだ。 

 

「……そうだね、君が知りたいであろう根本的な理由は、ずばり『ファミリア格差』だよ」

 

「なんじゃそりゃ」

 

 二人そろって首を傾げるそのワードに、フィンは懇切丁寧に説明してくれた。別段彼は嫌がらせをしている訳ではない。単に『最も重要なこと』から逆算して必要なことをとっているに過ぎない。

 

――だからこそ、説得法はある。

 

 要はその必要なことから除外させる、もしくはそれに至らせる、という方法である。

 

「かなり深刻な問題さ。君は【ヘスティア・ファミリア】副団長、アイズはうちの幹部だ。他派閥の要人同士ですら不味いのだが……ランクが違う、それも大きく。上位と中堅ないし下級では予想以上に世間の風当たりも違ってくるのさ、良くも悪くもね」

 

「フィンさんの懸念はつまり、理不尽な差別がどちらにも起きかねない、ということですか」

 

「それだけじゃない。嫉妬なんてものも世間には数多存在してね、奇しくも君たちはその対象となるほどの存在だ。自覚はあるだろう? だから一重に、危険なんだよ」

 

「セキュリティは世界最高峰なんだけどなぁ……」

 

 家事を勉強中の最強精霊ティアちゃんである。あの子が家事完璧になったらもう私、怠けちゃう気がするの。戦闘狂に近しい私の戦闘力が落ちることは無いだろうけど、生活力が落ちる気がする。注意力とか体力とか――あれ、それ戦闘で補える……? 結局ティアちゃん居ても楽できるだけ? 最高じゃん。

 

「フィン……私は、気にしないよ?」

 

「個人の気持ちは関係ない。僕が見ているのは『ファミリア』の不利益だ」

 

 無情に切り捨てるアイズの意見。そればっかりはフィンさんが正しくて擁護のしようがない。だがアイズの一言は無駄ではなかった。

 

「おーけー理解。フィンさんはつまり『不利益』さえなければ良いわけだ」

 

「まぁ、その考えは間違っていないかな」

 

 勝った。

 

「じゃあ、アイズは私と同居したって問題ありませんよね」

 

「……ほぅ、考えがあるようだね、聞こうじゃないか」

 

 決め顔で自信ありげな様子をありありと表現する私に、相変わらず冷静な彼は()(ぜん)と返答を要求する。若干前のめりに両の肘を付いて。

 

「問題に挙げられる『不利益』の根本は、即ちファミリアへの『悪影響』。具体的には風評被害および物理被害的問題でしょうね。不利益つまりは損失は、それ以上の利益によって打ち消せる」

 

「つまり?」

 

 バサッとロングコートを翻し、肩幅に足を広げ半身に捻り片手を高々掲げる。オーバーアクションで掲げたその手を顔の前で人差し指を中心に広げる。

 無駄にカッコつけたその仕草、告げるのはだがなんてことないセリフ。

 

「我が強大なる力を利用する権利を与えよう!」

 

「シオンカッコいい……」

 

「ふっ、決まった」

 

「何が決まったんだい? 自己完結で終わらせないでくれ」

 

 決め顔でばっちり。私は今、モーレツに輝いている! なんてしょうもないことを思いながら自信たっぷりでいる私に水を差して冷ますようなフィンさんの厳しい一言。さっさと受け入れてしまえばいいものを、どうして深く追求しようとするのか。

 

「その『権利と力』について、もう少し詳しく教えてもらおうか」

 

「何を容易いことを。力は戦力として勿論のこと、知識力、情報収集力、人間関係の仲立ち等々、私が持てる限りの全ての力です。そして権利は、その力を利用することを許可する権限です。ただし、あくまで権限だ。悪用を目的として私に行使した瞬間、それを拒絶することは可能であることは前提。まぁ聡明な貴方のことです、大抵のことは善意の行動となるでしょうから、拒絶は無いと考えて問題ないでしょう」

 

「随分と上から目線だね」

 

「いえいえそんなことは。皆さんがどぉしてか私より低いもので……ほら、身長とか」

 

「ボクは小人族(パルゥム)の中でも高身長なんだけどね……?」

 

「あ、今ちょっと怒ったでしょ? ねぇねぇそうでしょ?」

 

 やっぱり少しはコンプレックスと感じてしまうのだろうか。種族的要素なのだから仕方ないと言えばそれで終わってしまう。が、フィンさんとしては何かと諦められないものがあるのだろう。

 

「因みに、許諾は?」

 

「……はぁ、どうせ君は折れないのだろう?」

 

「もちのろん♪」

 

「アイズもその気のようだし……仕方ない。とりあえずは一ヶ月だ。その期間内だけまぁ許そう。だがそのうちに問題が起きたらこれは見当事案とさせてもらう。くれぐれも、穏便で慎ましやかな生活を送ってくれたまえ」

 

 二人してその命令にはしかと頷いた。頑固で強き意思を持って。

 フィンはその様子にもはや溜め息しか出ない。呆れを通り越した、彼らへ向けるには似つかない感嘆の感情は感づかれることなく、悦びハイタッチで嬉しさを共有する二人は一時止まって向き直った。

 

「なんだい、改まって」

 

「いやぁ、思い返してみればかなり無茶苦茶なこと言っているなぁと。もはや支離滅裂な私の条件提示を呑んで下さってありがとうございました」

 

「いや、十分すぎる条件だったさ。君を存分にこき使えるのだから」

 

「あ、週休三日でお願いします」

 

「これまた中途半端な……」

 

「誰が毎日労働なんてしてやりますか。御免だね。あ、そうそう。『権利』が使いたくなったら、この住所までなるべく目立たないようにいらしてください。穏便に、を達成するにはそうするしかないのでね」

 

 有無を言わせぬ速度で告げ、最後に拒絶も了承もさせぬ勢いでアイズを連れて彼はそそくさ去ってしまった。団長室兼執務室に一人残されたフィンは、まるで暴風が吹き荒れた後に現れる静寂のように寂寥感が漂い始めた部屋の中で独り呟く。

 

「あの子も、変わってしまったな……」

 

 どこか彼の声は、遠くへ向かっているようだった。

 

 

   * * *

 

「ところでアイズ、言い忘れていたことがあるのですが……」

 

「どうか、した?」

 

「あー、そのぉ……」

 

 果たして、今言っても良いのだろうか。ここまで上機嫌だと落とすのも憚られる。だが引き伸ばしにして後にバレるのだと私へのダメージが強い。

 ……致し方あるまい。

 

「実は、同居するにあたって、ティアも一緒に住むことに……」

 

「――ばか」

 

「ガへっ……な、なんという強力な口撃(こうげき)なんだ……」

 

「でも、いいよ。ティアちゃん、シオンのこと大好きだもんね。好きな人と一緒に居たい気持ち、わかる」

 

 ぼそぼそ、目を逸らして頬を掻いた。なんだか直接的な言葉にされるとこそばゆくて、でも嬉しくて。アイズが好きと言ってくれたことだけじゃない。自分の感情、どころか人の感情まで理解できるようになっている。私にとっては本懐ものだ。

 

「でも、後でちゃんと、見返りはもらうから」

 

「ア、ハイ」

 

 でもさ、そんなところまで成長しなくていいんだよ?  

 

 

 

    

 

 



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議題1

  今回の一言
 クラネルさんのおうちはとってもさわがしい。

では、どうぞ


 ちょこん、すとん、すらぁー。そんな形で臨時と置いた丸形のテーブルを椅子に座り囲む三人、気配が薄いのにも拘らず、存在感をここぞとばかりに主張するのは天性のものと言えようか。

 

「では、『円卓会議』を始めたいと思う」

 

「えんたく……?」

 

「身分に関係なく話し合う場ってことですよ。因みに実際の円卓も用意してみました」

 

「ちっちゃいよ?」

 

「手近にあった円卓っていうとこれしかなかったもので」

 

 ちょっとした遊び心にお金はかけていられない。第一、すぐに用意できるものでないといけなかったのだから仕方あるまい。椅子を探す方が苦労だったのは内緒のお話。

 

「それで、会議って……何について?」

 

「議題は二つありましてね、始めは楽に終わる方からで」

 

 それに頷く二人。窓からのぞく美しい花畑を背景に彼女達を眺めると、額縁にも納まらない素晴らしき()が完成するだろうに。

 いかんいかん、何の得にもならない思考は振り払って――

 

「――では、議題1。自己紹介と主張、相手に言っておきたいこと等々をとりあえず一人限度十分で。因みに、ルールとしては誰かが話している間は口出し無用、ということで」

 

「「――――わかった」」

 

 おい、ナンダ今の間は。目配せで一体に何を通じ合ったんだ……?

 もしかすると、踏み込んではいけない領域なのかもしれない。ティアの潜め笑いを見れば何か面倒なことを考えているのではないかと容易に予想がつくのだが……魔法は使わないよな?

 

「じゃあ、誰からにしましょうか」

 

「はーい、言い出しっぺのシオンからが良いと思いまーす」

 

「賛成」

 

「そこに意図があるのは見え透いてるがな」

 

「――――――」

 

「はいそこふたりー? どうして目を逸らすのかなぁ?」

 

 隠そうという気があるのかすら怪しい二人は、器用に目だけをどうしてもシオンと合わせようとしない。珍しく、アイズの頬を冷や汗が伝った。

 ちょっとばかりの圧を掛ける。それでも二人は崩れない、何か強固な絆でも結んだのだろうか。

 

――なら少し、流してみるべきか。

 

 二人の関係は今や筆舌し難い難しいものだ。良し悪しで言うならば中間より若干悪いくらい。議題1だってその関係改善、ないし悪化防止のために設けたと言ってもいい。たとえ私に対し面倒且つ悪いことを考えていたとしても、それで二人が結託し、ある程度関係が良くなるのならば……

 

「まっ、いいか。私からやりますよ」

 

 言い出しっぺというのは事実、ものの基準を決める役割が自動的に回って来るのが世の常だ。「~しよう」といえば「じゃあシオン――ね」と一番面倒で疲れる役を押し付けられる。あれ以来ただの一度も立案者になったことがない。なんであいつら決めさせたルールを態々破って新しいルールを所々で追加するの? バカなの、全部憶えて実行していたら矛盾のあまり動けなくなったったじゃん。

 おっとイケナイイケナイ。過去の怨念は捨て去れ。

 

「名前出身地等々の単一解な自己紹介はさて置き……できることは一般的に家庭的能力と呼ばれるものの大半と、戦闘や自己修復、少々の工芸と……あと、ほとんど完璧な記憶です。ここには自信がありますね。一瞬見ただけでも意識して思い出せば最低一時間は鮮明でいられます。操れる得物は刀が中心です。野太刀や短剣、弓なんかも使ったりしましたが、やはりまだ下手なものです。あ、そうそう包丁の扱いは大得意ですよ」

 

「うぅ……」

 

 どうしてか落ち込むアイズがとっても愛らしい。なんて言ったら確実に無言で拳が飛んで来るだろうから、そっと心中に留めておく。そうだもんね、料理苦手だったよね、ごめんね、配慮が足りずに。でももうちょっといじりたい、なんて思ってしまう私の弱き心を許しておくれ。なにで、なんてまったく考えていないけど。

 

「嫌いなものは虫以外特にありませんが……苦手なことは騒がしい人間の相手をすることです、ハイ」

  

 どうしてアレほどまでに活力があるのだろうか。そう馬鹿みたいに遊ぶばかりではなく、勉強・鍛錬により己の研鑽を積んだほうが余程有意義な時間を過ごせると思うのだ。

 更に言えばだ、あやつらは声が無駄に大きいのだが話に中身が無いという聞いていて頭が痛くなる会話ばかりするのだ。迷惑だからやめてくれ。

 

「それでは、自己紹介は適当なところで切るとして。私から宣言したいことをいくつか。まず、厳守して欲しいことが、家屋、および庭を壊すな、だ。あーんなに綺麗な花を荒らしたくないし、家だって直すのが面倒。よって『敷地内破壊禁止』を(じゅん)(しゅ)して欲しい」

 

 口出しができないからか、二人は首肯して意思を告げてくれる。こればかりは切に願っていたことなのだ。気持ちを表すと、破約したら何かしらドギツイ無間地獄(一時間)の刑にしてやる、と本気で考えていたくらい。

 

「そして、とっても単純なことですが、家を散らかさず、清潔に過ごすこと。掃除を毎日行う必要はありません、だって、面倒ですし。なので綺麗に過ごすこと。あと最後に、金銭面についてです。収入はそれぞれまるっと自分個人のものとしましょう、ですが借金は作らないこと。ここ厳守。あ、そうそう、つまりは資金は自己管理、ということですからね。ティアは私からせびる分には構いませんが、限度は弁えてくださいよ。私の懐も底があるので。以上より、私からは終わりです」

 

 それより多くをここで拘る気はない。多くを縛ったところで一番始めに面倒だと叫び出すのは私なのだから。なにそれ私チョー厄介。きをつけよーっよ。

 

「はい、質問時間(タイム)。聴いての通りが私の意見ですが、何か質問は?」

 

「ないから次いこう」

 

「うん」

 

「……今のはちょっと傷ついた」

 

 ぼそっと零した、珍しい彼の弱音は奇しくも彼女二人は聞き逃す。口を尖らせ、ぷぃっと下を向いてしまった彼に、企みを働かせる二人の少女は気付かない。珍しく、してやったとほくそ笑んでいた。

 

「じゃあ、次はわたしね」

 

「いいですよ、べつにっ……」

 

「シオン、怒ってる」

 

「怒ってないもん」

 

「むつけてる?」

 

「ふんっ」

 

 知ったもんか。もう聞くだけ聴いて、決めることは決めて――あとは部屋に引きこもってやる。やること全部やったら別に私の存在価値なんてありませんよねそうですよね。

 

「おっほん。シオンのメイドのティアです。一応【ヘスティア・ファミリア】所属で、アイズさんとは違うのかな。オラリオ……というより、世間には正直疎くて、常識って言うのが欠如してるせいでたまに迷惑かけちゃうかもしれないけど、頑張って迷惑かけないようにしたいです……あっ、できることは精霊術の利用と開発。家事は……料理は少しやったことあります、まだ、修行中です……いつかしっかりとできるように、日々精進しています」

 

 えへへ、恥ずかしそうにそう照れる。可愛いから赦してあげようかな。

 身を捩って位置を直し、照れ隠しのように笑う。頬をぼそぼそ掻くといつものように背を正し、(もた)れず、だが足をぶらぶらとさせていた。椅子に足を掛けられる場所があった方がいいのだろうか。暇だったら作ろー。

 

「戦闘は……この中では、一番弱いのかな。『魔法戦』って呼ばれる類のものは得意になると思うけど、武器は使えない訳じゃなくて……鉾槍(ハルバード)はよく使ってたな。それ以外にも多分大体のものは使ってると思う。でもリーチの短い武器はちょっと苦手。そしてそして、好きなものはシオンの料理ぜんぶ。苦手な物は私を家畜のように扱うあのクソ豚ども―――チッ、なんで生まれてきたのかな、あんな黴のようなヤツラ」

 

 ゴキゲンが直角に限りなく近い鋭角くらいになっているティアちゃんが発するバチバチッ、彼女の周辺を迸るそれが危険に思えて仕方ないのだが……何も口出ししてはならないルール上、悲しいことにどうにもならん。

 この家木造部もあるからさ、燃えたりしないよね?

 

「こほん。さて、自己紹介はこのくらい。ここからわたしの主義主張ね」

 

 にたり。一転して彼女は笑った。

 気持ち悪いくらいに輝き晴れ晴れとした笑顔をシオンに向ける。何かうすら寒いものを覚えたのか二の腕を擦る彼に早速ドギツイ言葉の槍を一擲。

 

「シオン、寝ている時に突然刀抜くのやめてください、怖い」

 

「グハッ……」

 

「毎日ダサい服着るのやめて、もっと可愛いのにしなさい」

 

「ドフへっ……」

 

「寝言で嬉しそうにアイズさんへの愛情語るのやめて、気持ち悪い。あとムカつく。内容が気持ち悪くないのが一番腹立たしいから。わたしには欠片も言ってくれないのに、差別だよ差別」

 

「そりゃ私悪くないから!?」

 

「わたしの主張中! だまって聞きなさい!」

 

「は、はい……」 

 

 その言葉を最後に、彼は小さな机に額を突っ伏した。びく、びくんっと痙攣しているように肩を震わせ、時折不気味で力無いからっからの(わら)いが零れる。

 小さな少女――しかも自分のメイドにここまで言われてしまっては、もうメンタルはぎったんぎったんだろう。酷く落ち込んでいる、やりすぎたかな……なんて事の発端が心配してしまうレベルだ。

 だが、やると決めたからには――

 

「今言った以外には……あ、そうだ。わたし、シオンの第二夫人になりたい! こればっかりは言っておきたかった! うーん、あとはぁ……あ、アイズさん、わたしの前であんまりシオンといちゃいっちゃしないでね! 泣きたくなるから! 以上」

 

 小っ恥ずかしいことを大声で宣言して、その自覚があるのか若干頬を上気させるティアの主張が終了し、シオンが設営した質問タイムへと移行する。

 

「……お前結婚できないけどな」

 

「――――――へ?」

 

「『オラリオ生活事案対策法』第一条【結婚に関する条文】二項。【都市内での結婚は原則両者十六歳以上とする】」

 

「わたし十六歳こえて、」

 

「第一号! ただし年齢規定は『オラリオ目録』に帰属するものとする。因みにだが、恐らく物好きが創ったのであろう件の目録には、【精霊の年齢規定は自我の成立から五年周期に一年とする】と不思議なことが書かれていたな。残念、つまり無理だ」

 

「いぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁアッ!?」

 

 今度はティアが机に突っ伏して悶える番であった。

 『やられたらそれ以上をやりかえす』精神のシオンは愉悦感からとってもご機嫌。だがそんな彼ですら、ある一言に見舞われる。

 

「なら、私もシオンとまだ、結婚できない……」

 

「―――――」

 

 ドダッ、鈍く重い音が床から響いた。ことんころんとイスが転がる音が続く。

 彼の顔は、絶望と失望がない混ぜになったような変わった表情を成していた。先程よりも深く、ひどい痙攣で陸に上げられた魚のように憐れなほど。

 

「もう、終わった―――」

 

 がくり、遺言のように一言残して、それきり動かなくなってしまった彼。

 爆弾を落としたアイズは椅子から立ち上がり、倒れ伏したシオンの横に正座で付く。

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン、シオンの将来のお嫁さん、です……主張は、これからも、一緒に居てね」

 

 相手が気絶しているからこそ言えたのだろう。聴かれていない今ですら恥ずかしそうに髪先を弄った。もう片方の手では、倒れた彼の髪に指を通す。優しく、愛でるように撫でる。

 

 あと一年くらいだろうか。シオンの誕生日を知らないけど、今が十五歳ということは知っている。私はもう十六歳を迎えているから、結婚できるのは来年か、今年か……

 

「ふふっ」

 

 あぁ、考えるだけで楽しみだ。シオンは『今すぐにでも結婚したい』とでも言いたい勢いだったけど、もしかしてこれを知ってたから言わなかったのかな。ならこのダメージは何なのだろう。

 現実から、目を逸らしてたのかな。もぅ、可愛いなぁ。看破されそうになっていた企ては、もう必要なくなってしまった、そう、まだ結婚できないならする意味の無いことだ。

 でも―― 

 

「――安心してね、ちゃんと、結婚しよう」

 

 今はまだできないだけだから、ね。

 

 

 

 



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悪くはないけど良くもないこと

  今回の一言
 おっりきゃっらまたふえちゃったぁ~

では、どうぞ


 何か眩しいものが射し込んだ。そのせいかぼやけた視界に天使が映し出されていた。

 柔らかいものが額を触れている。とても優しい、でも慣れてないような不器用な手つきだ。悪くない、かもな。

 

「おーい、シオン。いい加減起きたら?」

 

「……なんで馬乗りになってんだよ。重くないけど避けろ」

 

「ならシオンも起きてよね、まだ議題2があるでしょ」

 

 ……そうだよ、なんで私アイズの膝枕で寝てるんだよ!? 会議中に寝ちゃってるんだよぉ!? 威厳も何も無いじゃんか。いや気持ちよかったし大分疲れも取れたけど。

 

「よく、眠れた?」

 

「とてもよく。ざっと一時間くらいですか、すみませんね、すぐに会議を再開しましょう」

 

 最近しっかりと睡眠をとっていないせいか、所々でぐったりと眠ってしまう。鍛錬は欠かせないから絶対に抜けないけど、睡眠は抜ける……なんて考えだからか。睡眠の重要性は十二分に理解しているのだが、どうしてもこういう現状になってしまったのだ。

 跳ね上がるように飛び起き、すぐ近くの椅子に素早く腰を下ろすと、二人もそれに続いた。やっぱりティアには高いかな……うん、今度専用の椅子でも作ってあげよう。

 

「では議題2、それぞれの振り当て、です」

 

「具体的には?」

 

「部屋・当番・管理。これを決めておいた方が楽、というだけですけど」

 

 実際、かなり重要なことである。残念ながら屋根裏含めこの家には三部屋しか自室として扱える場所がない。広さも使い勝手も心地も、全て大きく異なっている。因みに私の希望は二階のだだっ広いあの部屋。あそこくらいしか私物が納まらん。

 

「あ、そうだそうだ、忘れてた」

 

 決めるうえでこれは重要になるだろうと事前に用意していたもの――この家の図面である。態々不動産のところまで行ってきたわ。驚くことにここは地下一階もあるらしい。図面確認してなかったから知らなかったが……あれ、これどうやって見るの? どうしようわからん。階段どこでしょうか……?

 円卓の上に広げざっと見ていたはいいものの、三人とも首を傾けるばかりで進展はゼロである。つまり無意味、シオンの仕事は無為。なんとおバカさんなのでしょう。考え無しに行動するからこの人はこういうしょうもないことを起こす。

 

「……た、たぶんだけど、こことここ――あとここ? が私室として割り当てる場所。和室と屋根裏部屋と、なんか広い部屋。ここ、広い代わりに窓がないんですよ。因みに照明はかなり衰えていました。和室は狭い代わりに居心地がとっても良い。屋根裏部屋は天井若干低いですけど一面一人で使えます」

 

「ふーん、どこでもいいや」

 

「うん、私も」

 

「うっそーん」

 

 おいおいこの二人、所有欲とかないのかよ……? この流れからして『私ここがいい』って言っちゃいけないみたいじゃん。

 

「あ、じゃあ私ここで」

 

 まぁ言うけどさ。話進まなくなるし、まず流れとか知るか、面倒臭い。

 指し示したのは勿論二階の横に長い部屋。備え付けの照明がなくとも、私には『例の実』がたっくさんある。何度でも補充ができる且つ長持ちなのだから、あとは遮光用のしかけを作ってしまえば完全に超低燃費低コストも優良照明が完成だ。

 二人はその宣言に嫌な顔一つせず、何故だか一転してどちらの部屋にしようかと悩みだしていた。もしかすると、私が先に選択するように誘導されたのかもしれない。これはしてやられたな。

 

「わたしちっちゃくても低くてもいいからなぁ……アイズさんは?」

 

「畳……きもちよかった」

 

 何その示し方、可愛いなおい。ティアも驚いてる……アイズの可愛さはもはや同性までも惚れさせる。この()いつかアブナイソッチの方向にも目覚めたりしないよね。わたし、ちょっと心配です。

 でもちょっとその気質あるんだよなぁ……事実『セア』を襲っている訳だし。押し倒されてもう散々やられちゃってもう『お嫁に行くしかない』とか馬鹿みたいなこと考えてた。

 

「じゃあ、アイズは和室、ティアは屋根裏部屋と。物の入れ替えは後々一斉にやるとして、では次。当番についてです。具体的に言うと、まず決めたいのは掃除と『情報収集』です」

 

「私、掃除、苦手……」

 

「ごめん、わたしも……」

 

 なにも責めている訳でも無いのに、どこか気まずげに告白する二人。もちろんのことそんなのは百も承知だ、アイズとティアはまともな『生活』に慣れていない。

 だからこそ、こんな私に対しても不利益な制度を作るのだ。掃除≒面倒、だからな。

 

「二人とも、そのままでいいとは思わせませんからね。ふつう、掃除はできて当たり前、苦手もなにもありません。強いて得意があるくらいです。ですので、当番制にして掃除を習慣的に少しずつでも行うことで、二人には生活力をつけてもらいます。安心してください、始めの内は私が付きますから」

 

「……掃除できないのは恥ずかしいって、リヴェリアに言われてた」

 

「よし、あの人は相変わらずいいこと言う。そうなんですよ、世間一般では。なので、まずは小さいところから、だんだん広げていく。という形にしようと思います。始めは居間か自室から、ってところでしょうか。私が当番の時はざっと適当に汚れたところを掃除しようと思いますが」

 

「ひとまず賛成、やってみなくちゃわかんないもんね」

 

「うん」

 

 ふぅ、反対されたらどうしようかと思ってた。ひとまずでもいい、この二人には最低限掃除は身につけてほしかったんだ。私がいなくなってもできるように、なんて不吉なことは考えない。単純に『生活感』が欲しいということと、清潔に過ごしたいだけ。

 

「では、週一の掃除。私、アイズ、ティアの順で回しましょう。始め一ヶ月くらいは私が付き、何でも質問してくれて構いませんので、その都度不明点があれば気にせず言ってくださいね」

 

 二人は学習能力が常人以上に秀でている。一度質問され答えればそれで終了だ、もう覚えてしまい、二度聞かれることは無いだろう。その点全く心配ない。

 

「開始は明日。そこから七日の週おき、ということで。いいですね?」

 

 迷う余地もなく二人は(うなづ)く。もう私に一任されているように思えて来てしまった。まぁ、家主は私だし、立場的には悲しきことに一番上ということになっているのだろう。この二人、そのくらいのことも察せるようになったか、素晴らしい成長。私は嬉しいよ……

 

「次に『情報収集』についての説明ですが、そこまで難易度の高いことを要求している訳ではありません。ギルドを中心として、例えばファミリア内での情報――といっても限度は弁えてくださいよ? 別に個人情報が欲しいわけではなく、自分に降りかかるであろう火の粉を払いたいだけです。要するに『厄介事』に関する情報ですね。そのほかにも、やんごとなきものでもしょーもないものでも、できるだけ。()とこれに関しちゃ頻度としては問いませんが、誰かしら、週一でギルドには訪れることにしましょう」

 

「え、それシオンだけで良いんじゃない?」

 

「何事も経験ですよ、経験。始めはギルドにある『情報掲示板』だけで十分ですから」

 

 意外なことに、アレだけでも馬鹿にならない情報量がある。しかも無料、なんて家庭に優しいのでしょうか。二人には一応、情報収集の重要性を知ってもらいたいし、丁度良いところ。

 

「うーん、ならいっか。今度場所教えてね」

 

「私も」

 

「了解、じゃあ明後日にでも行きますかね」

 

 よし、デートがこの瞬間確立した。女性二人……嘘だ、デートじゃねぇ。傍から見たらただの三姉妹のお出かけや。何それ考えるだけで悲しい。

 

「さぁて、これで最後としましょう。管理職の振り当てです。私的に、必要だと思うのは庭と鍵の管理です」

 

 とはいいつつも、鍵をそこまで重要視する気は無い。なんなら折っちゃってもいいと考えているくらいだ。だって簡単に開けられるし、あったところで意味がないも同然。ティアは『ドアの鍵』という概念自体に然程興味を示さないし、アイズはまず鍵を閉める習慣が不思議にも無い。つきつめることろ、だからこそ、なのだが。だってそんな二人に任せて渡したら何が起きるかわからん。

 あれ、話し合うまでも無いじゃん。私の考え無しめ。示し合わせだけで十分。

 

「んで、庭なんだけど、見ての通り素人が手を出すことが(はばか)れるほど綺麗に手入れされています。なんでも不動産屋の方針だとか何とかで、専属の人が手入れしていたようですが……それが切られているのか確認しておけばよかったな……まぁいいや。ともあれ、念のためです念のため、庭の管理も基本私が。言うまでもありませんが、出入りは自由ですよ」

 

 さてさて、もはや話し合いでもなくなったところで、第一回『円卓会議』は打ち切るとしよう。たぶん二回目はない。だって話し合いにならないんだもん。一方的な意見の押しつけ、もはやただの命令である。私の語彙力どうなってんだ。ついでに会話力と指導力。

 

「それでは解散! 各自やりたいことをするように!」

 

「じゃあシオン手伝う」

 

「訂正! やるべきことをやれ! 主に私物の整理」

 

「はーい」

 

 ったく、嬉しいけど、自分のことも少しは考えてくれ……ティアの今後の課題は追加だ、自分のことを第一に。あーどうしよう、私、人にどうこう言える立場じゃない。

 自分以上の誰か、という存在がいることは、実に素晴らしいことだと思う。

 間違っていて、でも美しくて、なのに無様で、報われることのない。誰かを想い、いつだってその人を最もとするのはそういうことだ。結局、無意味。

 それでも、貫き続ける心情。それを向けられることを人は嬉しく思い、静かでいい表しようのない悲しさを覚えてしまう。護ることは、即ち失うこと、本質を無意識で理解してしまうから。

 

「アイズ、何かありましたら、二階の方ま伝えに来てください。何でも手伝いますよ」

 

「わかった、ありがとう」

 

 それでも『最もな誰か』に依存してしまった方が、楽なんだよ。

 身勝手で、最低だけれども――弱い人間は、そうでもしないと生きていられないんだ。

 

 自分で考えたことに気が滅入る。無駄に考えてしまう悪癖はさっさと無くしたいものだ。

 こんなこと頭の片隅に追いやって、部屋の整理に没頭しますかね。 

 自分のことを、これ以上嫌な奴だと思いたくないから。

 

 

   * * *

 

 よし、このくらいだろう。

 良い感じに整理できた。新たな家具の搬入にゃ苦労したけど、さっさとティアが自分の部屋の整理を終わらせてくれていたから助かった。本当に感謝ばかりである。

 そんなティアは今、無駄に広いベランダ前の空きスペースを利用して魔法陣とその隠蔽(いんぺい)用の偽装を作成してもらっている。防犯対策はこれでばっちり。因みに効果は即死性のものではなく、主に状態異常を引き起こすもの。加えて、物理的な束縛効果だ。何で縛るかというとアダマンタイト級の硬度になるというワイヤー状のものだ。正式名なんてない。この世には【耐異常】なんてものが存在するのだから、用心した方がよい。まぁ、精霊術を防げる人間なんてそういないだろうけど。

 

「……布団は今度買ってこようかな」 

 

 それだけのスペースは十分にある。本来ならスペースが余ってしまうのだろうけど、何分私物が多すぎて、広いはずの部屋が普通くらいに思えるほど狭くなったが、まだまだ余裕だ。心配なことと言えば床が抜けないかどうか。それが一番怖い。

 

――ドッタッタッ!

 

「シオン、早速引っかかった!」

 

「おいおいマジかよ……範囲広げたりしてないよな」

 

「ちゃんと敷地内だけにしたもん! 敷地内に入ったの! 初期段階で今縛ってる!」

 

「はいはい、向かうから……とりあえず付いて来て」

 

 引っ越し早々なんだよ……日も落ちていない今の時間帯に泥棒という可能性は低いが、それ以外に態々ここに侵入する人間なんているのか……? 

 いやまて……一人二人、可能性の内として候補に挙がる人間が……

 

 それはヤバイ。

 

 可能性は最悪を選ぶのが私だ。靴すら履いている時間が惜しいと裸足でベランダから飛び降りる。その奇行にティアは呆れていたが、渋々の様子で付いて来た。

 道を作るように並べられている石畳を五枚飛ばしで進む。表に出る前に視界に入った光景は、なんというか、その――――

 

「ん~んっ、んっ、ふめっ、ひゃふっ、ふんっぃ――」

 

 とっても目の毒になりそうな光景です。

 具体的に言うと、お祖父さんから貰った『漫画』なるもののとある一頁にこんな光景があったのをよく覚えている。そこでは公衆の面前で物凄いことされていたが、今回は周囲に人がいないこと幸いしてまだ()()は無事のようだ――いや、無事とは言えんな、こりゃ。

 純白のワンピースの裾がばさばさと、もがく女性の動きに合わせて揺れている。それでも中が見えないのはぎっちりと全身隈なく縛られているのからだろう。起動式にどんな変数設定をすればあんな気持ちの良い――こほん、確実に外敵を捕らえることができるのか不思議で仕方ないな。まだ若々しい腿や腕、女性としてのラインがくっきりわかるこんな状態、しかも口まで塞がれていると来たものだ。実にけしからん、私以外の男が見ていたらどうなったことやら。

 

「ティア、解除してあげて……」

 

「え、いいの?」

 

「いいですよ」

 

 緊縛され、身動きも取れないのに暴れることでさらに身が締められ苦しいだろう。つるし上げられているのだから尚更、自重によって痕でもついてしまっては申し訳ない。

 恐らく、彼女には罪が無いのだから。

 パチンッ! と気持ちよい音が鳴り、瞬間縛られていた女性が解放される。流石にそのまま硬い地面に落とすわけにもいかず、しっかりと下で受け止める。

 

「あっ……もうちょっと……」

 

「いまなんつった?」

 

「へ? い、いえ、ごごごごめんなさい! おねがい、食べないで~おいしくないから!」

 

「私がバケモノにでも見えるのか……」

 

 あたらずと雖も遠からず、見た目はせめて人間のつもりなんだけどな。

 いや、ちゃんと人間です、はい。そこだけは否定しないで……ッ。

 ぎゃーぎゃー喚かれるのも嫌だからと地面に足を着かせてあげると、脱兎の如き反応速度で私からとにかく逃げていく。

 

「ひゃひっ!? は、ぇ――――」

 

 が、突然何かに撃たれたかのように震えると、体を大きく逸らせた後にばたりっ。そこから動かなくなってしまった。頭から落ちたけど、腕が緩衝材となっているはずだから問題あるまい。

 

「……ごめん、シオン。内側からでも結界の作用ってあるの」

 

「早く言えよ、それ……因みに何の効果? なんか手とか痙攣してるけど、変な笑い漏れてるし」

 

「多分今のは絶頂と『(れん)()(つう)』? 女性用の対抗式(プログラム)が発動したから」

 

「お前何やってんだよ」

 

 あー、任せた私が馬鹿だった。変なところで遊び心とかいらないんだよ……こうした事故のときとかすっごく申し訳なくなるじゃん。 

 というか、今さらっと女性用対抗式(プログラム)とか口走ったが、つまりは他にも多種類あるわけだよな……変なところで優秀。とりあえず後で全部確認しないとな。私専用プログラムとか組まれていそうで怖い。

 

「―――シオン、なに、この人」

 

「あ~正直知らん。が、恐らく、庭の手入れを今までやってくれていた人ですよ。ほら、何となく庭とか自然豊かな場所に居そうな雰囲気醸し出していませんか?」

 

「ぜんぜん」

 

「絶頂でぶっ倒れてる人見て誰もそうは思えないでしょ、シオン……」

 

 うん、確かにそうだわ。無理があった。

 なんとなく、麦わら帽子被せて木漏れ日刺し込む木の下あたりに立ってもらえればわかると思う。そこで風にたなびかれながら帽子を押さえて振り向かれたら多分ぴったりなんじゃないだろうか。

 何を考えているんだ、しょーもない。

 

「ひとまず、放置するわけにもいかないですし、腕と脚軽く縛って居間の椅子にでも(くく)っておきましょうかね」

 

「鬼だ……この人鬼だよ」

 

「その通り、血を吸ったりするから気を付けろよぉ、ぐへへへ」

 

「ごめん、そういうの要らない」

 

「あ、ハイ」 

 

 普通に叱られた。年下から叱られるってなんというか新鮮、思わず言うこと聞いちゃう。多分あと二回くらいで慣れちゃって、生意気な……とか思い始めるんだろうなぁ。人間の心情って面倒。

 

「んじゃ、二人ともちょっと手伝って」

 

 

   * * *

 

 市の統治に精を出しているお父様。もう転生されてしまったでしょうお母様。

 お二人とも、お元気ですか。

 人生経験が豊富なお二人に、私は今、とても訊きたいことがあります。

  

 手と脚、足首が縛られ、更に手は椅子に繋がれています。周りには誰もいませんが、物音はするので人はいるのだと思います。たぶん、先程私のことを人生初の『お姫様抱っこ』を味合わせてくれたあの美人な方なのでしょう。正直そんな方にはとても今の気分を言いづらいのです。

 

 すっごくトイレに行きたい、と。

 

 どれ程経っているかはわかりませんが、物すっごく気持ちよくって、ほわんほわんとしたあの時、たぶん私はヤッチャッタのではないかと思います。証拠に今、下半身事情が凄いことになってます。だってアレだけ気持ちいいのは反則ですよ、抗えません。全身をビビッと通って、不規則に全身を不思議な痛みが襲った時は、もうどうなっちゃうかと(おぼろ)()な思考の中思ったものです。

 それ以降の記憶はありませんが、恐らく捕らえられたのではないかと思います。私はこれからどうなっちゃうのでしょうか……とほほ、泣き言云々(うんぬん)よりすごくトイレに行きたい今日この頃です。

 私はさて、どうするのが正しいのでしょう。

 

 ガチャッ、戸が開かれる。

 

 彼女は硬直し、目の前の光景を見ているばかりであった。そんな中、様々な方向(ベクトル)の思考回路が働き、多種の全く異なる考えが彼女の頭をショート寸前に追い込ませる。 

 片手に一刀、獣の牙の如き鋭さを一目で理解させられる、漆黒の刀。全身を同色のローブで包む高身長の、不思議な雰囲気を漂わせる謎の人物――否、その姿形から人かどうかすらも窺えない。

 

「……やはり目を覚ましていましたね。さて、質疑応答と参りましょう」

 

 これは不味いかもしれない。そろそろ堤防が決壊する……すぐに解放してもらはなければ、本当の本当に水溜りを作ってしまうかもしれない。

 股のすりすりと動かしてアピールしてみる。目を向けられたが、どうでもよいとばかりに頓着されない。もしくは本当に気づいていないのだろうか。身長からしても……たぶん男の人。

 

 い、言えない。絶対に無理、恥ずかしくて……でもちょっといいかも。

 

「貴女は誰ですか、大方見当は付いていますが」

 

 黒ローブで全身を包み身を隠す『彼』は、脅すように切先の峰で彼女の顎を上げる。垂れていた長髪により隠されていた顔が露わとなり、うるうる濡れた瞳が揺れ動く。何かに堪えるように強く引き結ばれた口、すご脇にあるぷにぷにと瑞々しい頬はほんのりと紅い。

 

「ミ、ミリア・ノヴァ・ストライク……二十三歳、独身です」

 

「そこまで言わなくていいから。というか上流階級の人間かよ……まじかぁ」

 

 そう思う一方、納得のいくところがいくつかある。 

 容姿の点が最たるものだろう。私のような特殊事例を除けば、これだけ艶のある茶髪を持ち続けられるのは基本的に相当なモノを使用している証拠だ。荒れの無い肌もケアができるだけの資金がある証拠。以前美容系の用具が販売されている店に寄ったことがあるが、値段には流石に目を剥いたものだ。

 因みにだが、『ストライク』の姓といえば超有力な経済家である。オラリオの西へ数キロのところにある、オラリオの下位互換的市を治めていたか。先日、ギルドの情報掲示板にその市長様が来訪して何やらやらかしたと書いてあったからよく知っている。確か工場三つくらい潰したんだったか? 違法製品製造していたらしい。

 

「さて、一応念のために聞きますけど、あなたがここに来た目的は?」

 

「ここ、って……どこかもわからないのですが……」

 

「後ろ向け、後ろ」

 

「……あっ、『サキちゃん』。ということは……なるほど」

 

 なんだそれ、とは彼女の視線を辿れば言うまでもない。こちらを向いて咲く黄色の花こそ『サキちゃん』なる名を持つ花なのだろう。絶対ちげぇ。

 

「私、この家の庭を去年から手入れしていまして。一週間に三回ほどの頻度で来てるんです」

 

「あぁ、やっぱり。そういうことかぁ……」

 

 やっちゃったなぁ……なんて天を仰ぎながら零す『彼』。唐突に、フードのぱっと外し、静かに漆黒の刃を納めた。軽い音が床と衝突して鳴る。そこにあるのは、今の今まで彼女を束縛していたはずのもの。

 

「もうちょっと……」

 

「は?」

 

「あ、いえ、何でもないです。それよりも……一つ、お願いがあるのですが」

 

 感覚を忘れていたが、ふっと、こうふ――ごほん。緊張が無くなった所為で、思い出したかのように下半身が猛烈に刺激される。『普通の感覚』が戻ったからだろう、非常に不味い。

 

「あ、トイレなら廊下の奥にありますよ。すっごく我慢してましたけど、漏らさないでくださいね」

 

「ひゃ……ひゃぃ、ありがとう、ごじゃ、ございます……」

 

 知らなかった。指摘されるのって、こんなに恥ずかしいんだ……

 私を解放して、もうどうでも良くなったのか、ドアを開けて彼――シオン・クラネル様は道を示してくれる。あぁ、凄く熱い。いろいろな意味で、私は昂っているらしい。

 まさか、こんなところで尊敬するお方に遇えるだなんて思いもしなかった。その興奮もあるだろうけど、一番は思い描いていた彼の性格と、このぞんざいな態度へのギャップが、非常に悪い意味で私を刺激してしまうのだ。

 自身の持つ悪癖に対する自覚はある。それに対して全く直す気は無いが、あまり人に見せたくはない。だって気持ち悪いだろう。窮地に陥ることが大好きだとか、ちょっとした痛みで『感じる』だとか、忌避されるのは当たり前だ。

 でもなんでだろう、この人は――全く、気にしていない。興味すらないように。

 こんな対応、初めてだなぁ……冷たくされるのもいいけど、こっちも悪くない。

 

 最奥の扉を試しに開いてみると、確かにトイレがあった。一安心してガチャリと鍵を閉める。

 程なくして、気づいた。

 

――トイレットペーパー、どこにあるの?

 

 



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何気ない日常は変わりてあり続ける

  今回の一言
 ヴァリス金貨って絶対銅に金コーティングしている思うの。

では、どうぞ


「花は好きですか?」

 

「嫌いじゃないです、綺麗ですから」

 

 なんて、彼女が花と戯れる様子を見つめながら、花園の中を歩く。これを独りで手入れしていたと考えると彼女の苦労が窺えるが、そんなの何でもないと実に楽しそうに――時折花々に話しかけるなど不思議な行動がみられるが――彼女は花の調子を確かめていく。

 

「私、花が大好きなんです。昔からずっと、私と遊んでくれたのは花だけで、オトモダチはお花だけ……市長の娘となんて誰も遊びたがらないのですよ……ですので、私は何故だか花と戯れる術をひたすらに蓄えていたわけです」

 

「自分で言ってて悲しくならないのかよ……」

 

「正直、振り返って憐れに思えてきました……」

 

 何それ可哀想。村に住み始めたばかりに私かよ……幼く純粋な私の心にはダメージ大きかったなぁ。あれ以来人を全く信用しなくなった。誰が悪いかって主にベルが悪い。

 ちょんちょん、石畳を跳ねるように伝って、また次の花へ――それは未だ開かない、どころか実りさえも訪れていない、赤子の花。

 

「この花、実は貴方様と同じ名を持っているのですよ」

 

「へぇ、『シオン』かぁ……私が買う家にその花があるなんて、面白い偶然ですね」

 

「ふふっ、そうですね」

 

 彼は知らないだろう。そこには更なる偶然――まだ数日前に、植えたばかりであるということを。

 若草を撫で、彼女は何かを吹っ切ったかのように立ち上がった。

 

「シオン様、ありがとうございました。これでもうお別れの決心、つきましたので」

 

「え、あ、そうですか。うーん……ならその決心、どっかに捨ててもらえます?」

 

「はい?」

 

 振り返り、シオンに深々と礼をする彼女――ミリアは、彼がさらっと、なんの躊躇もない命令に、一瞬ぽけぇとアホ面を浮かべた。

 

 空白の五秒。

 

 理解の二秒。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――ッ!?」

 

 後の、叫び十秒。

 見た目に似つかわしくないその甲高い叫び声に、流石のシオンも驚いて耳を塞ぐ。誰よりも感覚が優れている彼からしてみれば、たったこれだけでもかなり厳しい攻撃なのだ。

 

「み、耳が……ぎーんって、ぼーってしてる……」

 

 どうでもいいが、そうやって屈むことで顔を隠していると、本当に女性としか見えない。ポイントは恐らく髪と雰囲気、そして肌の白さだろう。条件が揃えばだれでも性別を偽れる。

 悶えている彼を差し置き、一歩、二歩と後ずさることを自覚できるほどには彼女の気は確かとなっていた。だが彼女の思考はごちゃ混ぜ、正常とは言い難い。

 

「―――つまり、まだ、遊べる? お別れしなくていい……?」

 

「……あ、あー、あーあー。やっと治った。ん、あ、はい、そうです。というかむしろお別れしないでください。私が花の手入れなんてできるように見えますか?」

 

「シオン様なら容易くやってのけてしまいそうにみえます」

 

「え、あ、そう。ありがと、でも無理だから」

 

 苦笑しながら立ち上がる彼。痛いほどキラキラとして純粋な目を向けられていて、若干居心地が悪そうだ。自分は尊敬されるほどの人間じゃない、なんて思い続けているからだろう。その実、何でもできるわけではなく、知っている極少ないことだけ。逆説的に、知識バカである彼は大抵の事ができてしまう。なにそれ結局有能の証明。

 

「……ありがとうございます。身も知れぬ人間にこんあことを許してくれて」

 

「いえいえ、何かやらかしたら相応の報いを与えればいいので。覚悟はしておいてくださいね」

 

「な、何されちゃうんだろ……凄いのかな、さっきのみたいかな……」

 

「あんた実は変態だろ」

 

「そんなことは――!? な、なくはない?」

  

 はっきりしろよ……と突っ込めば追及が止まらなくなるだろうから、心中でとどめておこう。弱点を握った程度に思っておけば無駄ではない。手入れ師さんの弱み掴んで何になるんだか。

 

「あははっ。そんなことより、シオン様。今後ともよろしくお願いいたします、末永く、お関りのほどを」

 

「えぇ、お願いしますね」

 

 清々しい風が二人を揺する。優しく、場を彩るかのような風のお陰で、爽やかな絵がそこに出来上がったようであった。

 だがしかし、その雰囲気をぶち壊すほどの、邪な思考が残念にも存在していた。

 

―――シオン様と関りもてたぁ……! やったー、ラッキー!

 

 憧憬に近づけたことに悦ぶ、一人の女性の心から生まれた叫びが。

 

 

   * * *

 

 彼は日よりせっかちである。証拠にまだ肌寒く、暗い中――彼は独り、そこにいた。

 薄明りにぼんやりと輪郭ばかりが見て取れる闇の中、硬く作りの良い土の上。円形に周を囲まれた『アイギス』に毎朝彼は訪れ、刀を振るい、己を虐め鍛えている。

 

 どうしてそこまでする必要があるのか。別に強制されている訳でも、やらなければいけない訳でも無い。ただ単に、彼は『取り憑かれている』のだ。自分を苦しめることに対して何の苦痛も無い、むしろ快楽を得ているというのが悲しい現状だ。やめさせてはならない、第一、無理してやめさせようとすれば、危うく自分が死にかねない。彼の周囲は常に危険なのだから。

 

「……一緒に、したい」

 

「いや、死ぬって、あれ本当に……下手に混ざらない方がいいって。見ているだけで充分」

 

 言外に告げる、彼の洗練されている技。強さのみがそこに在る訳では無い。整えられた技には自然と美しさが備わるのだ。彼が行う鍛錬の内容から目を逸らせば、それだけでも見飽きることはない。

 

「ねぇ、シオンって、なんであんなに強いんだと思う?」

 

「……シオンだから?」

 

「代名詞じゃないんだから……」

 

 唐突な質問に、首を傾げながらの答えは単純であった。一瞬驚きこそすれ、そこに疑問を彼女は持てなかったのだ。強さを求めていた少女には、強さを持つ理由を与えられなかった。強くなり、その先に何があるのかもしれずに、彼女はただ強くなって、悲願を成就したいだけだったのだ。

 だから彼女は知れない、知ろうと思えない。人が強い訳を。

 

「異常異常って自分で言ってるけどさ、シオンこの前言ってたの。『鍛錬を始めたのは七歳ごろ』って。それって流石に変だと思うの。要するに、()()()()()()()()()()()()

 

「……ふぅーん。でも、それでいいとおもう。シオンが人間じゃなくても、いい」

 

「どうして?」

 

 鋭い針がティアから飛んだ。(にら)みつけるかのような瞳と、動じない瞳。ぶつかり合い、拮抗する。

 静かに彼女はその瞳に応えた。

 

「大好きだから……好きに、なっちゃったんだもん。仕方ないの」

 

「……そう」

 

――なんて羨ましい答え、嫉妬しちゃう。

 

 ヘスティア様が『愛さえあれば何でもできる』なんて言っていたが、まさにそういう事なのか。愛さえあれば、そのひとである限り、そのひとに愛が向く限り、変わらない。

 それでも危険は弁えてるのか、今彼に近づくような考えは止めている。

 

――気づいたら、彼の動きは止まっていた。

 

 首を傾げる二人。その顔が、はっきりと見えるようになった。

 市壁からひょっこり顔を出した新鮮な明かりにオラリオは朝を迎える。

 

「まったく……わざわざ、来なくても、良かったのに……」

 

 いつの間にか現れたのは、既に鞘に納めていたシオンであった。途切れ途切れの言葉に、珍しくも顎から滴る大粒の汗を見せる。目に見えまでに疲労してい彼は、だがどこか清々しい。

 

「お疲れー。今日はもういいの?」

 

「まあ、二人が、いたので……ふぅー。さて、何故来たかは問いませんが、とりあえず帰りましょう」

 

 こちとらつかれとんじゃー、ついでにいいうとすっごくお腹空いた。

 早く帰りたいと歩き出すと後ろからついて来る二人。

 鳥の鳴き声が聞こえる。まだ朝も早い、流石にオラリオとて、人の入れ替わりにあたるこの時間帯では活気も薄れるものか。丁度良い、急いでまた無駄に疲れるのも嫌だ。

 

「アイズ、悪いですけど今日はファミリアのほうで用事がありまして。家を留守にします。どこかに出かける予定とかはありますか?」

 

「……ない、からついて行っていい?」

 

「それはちょっと不味いです、流石に……」

 

 他派閥の新規団員選抜会へ幹部クラスの人間が出席するというのは問題が多い。やって来るのは本当に入りたい人間だけじゃないのだ。成り上がりとでも思われいるだろう我が派閥、上から踏みつぶそうとする輩も数多存在することだろう。だからこそ、簡単に弱みを握られるわけにゃいかん。

 

「アイズさん、流石にだめだよ。ヘスティア様からも、シオン以外にはこれに関することを言っちゃいけないって厳命されたんだから。シオンの第一夫人でもだーめ」

 

「まだお嫁さんじゃないよ?」

 

「……あのさ、上げて落とすのやめてくれる? すっごく辛いんだわ」

 

 天然で言っている所が特に。

 だがしかし、どうしようもない。留守番なんてこれ以上ないほど暇だろうけど……鍵、渡すの、不安だなぁ。アイズの私服にポケットのような鍵を入れておける場所は無いし……どこかに置いてこられちゃぁ、色々困るのは私だけではない。

 

「じゃあ、私もホームに戻る。終わったら、迎えに来て」

 

「お、そういう事なら反対は無いです。うん、いいように決まった」

 

 アイズにも『空気を読む』という人間特有の文化が理解できるようになってきたのかな。いや、もしかしたら元々できたのが今まで死んでいて、蘇ったのかもしれない。それなら尚素晴らしいことだ。

 

「う~んっ、決めた! 朝食には少し手を掛けましょう。多少時間はかかりますが、良いですか? 具体的には三十分くらいですけど……」

 

「わたしはそれでいいよ、シオンのご飯が食べられるなら。それに、いつももう少し後じゃん。時間あるからいいと思う」

 

「賛成。シオンの美味しいご飯、食べたい」

 

 そう乗ってくれなくちゃ、こっちも作り甲斐がないってもの。珍しくやる気が湧いて出て来ているのだ。このやる気はしっかりと消費しよう。

 私はやると決めたらやる人間だ。食材の調達なんぞそこいらで――あ、店閉まってる。仕方ない、『アイギス』の冷蔵庫から取って来るしかあるまい。調理場としては効率を見れば明らかにあっちの方がいいのだけれど、気分という面と、機能の確認という面で、今回は我が家のほうを選択する。

 態々食材を運ぶという手間をかけてまでも、だ。わぁ、私ってなんて奉仕的で優しいのだろう。

 

 まっ、これくらいはやって当たり前の領域なんだけどね。

 

  

   * * *

 

 心地よくも肌寒い風が吹く。晴天、刺さる程の日差しも体を温めはしない。

 高みの見物とばかりに『竈火(かまど)の館』の頂、挿してある旗に片手を添えて柱のように不動と立つのは、長髪ばかりを靡かせる彼。そんな彼の陰に気付いて天を見上げる人々はその光景を幻かと疑っていた。あれほど高く、且つ足場の悪い場所になど立てるはずがないと。

 

『あなたも随分人気者よね』

 

「人気者って言うか、単に目を付けられているっていうか。物は言いようだな。戦争遊戯(ウォーゲーム)の件でも、私結構目立つことやりましたから。気になる人もいるんでしょう。まっ、あの中に私を私だと認識できている人は―――うん、一人二人か。あの子たち、魔法適正高いですね」

 

 それ以外の人は、恐らく何か揺れるものがあるだのと認識ているのだろうか。

 がっつりとこちらに冷えた目を向ける、そこはかとなく獣人の少女。恐らくは世界一異端な種族という謂れを持つ『烏人(クロウラー)』、確か魔術系に強い種族だったはず。道理でティアの認識阻害魔法(超雑設計)を見破れたわけだ。

 そしてあっちの気配の薄い男、只人ではないのか確かだ。武器は確認できないが、何か隠し持っている。問題起こされちゃあ不味いな。恐らく他派閥の刺客だろうし、ティアに幻惑系の精霊術でも使ってもらって自然退場してもらおうか。

 

『ティア、正門近くの木蔭あたりにいる茶髪の短身男。不審なのでちょっと追い出して下さい。幻惑でもみせてなるべく気づかれないように』

 

『おぉ、これすごいね、やっぱり。魔力も何にも必要ない。あ、うん、補足したよ。確かに何となく嫌悪感を感じるから、追い出す』 

 

「穏便じゃねぇ……」

 

 ま、まぁいいさ。追い出してくれさえすればいいのだし、周囲に不審と思われなければ尚良いだけのこと。

 さて、選定を続けるとしよう。

 

『それにしても趣味がいいわね、人を見た目で判断するなんて』

 

『私を悪く言いたいならはっきり言いやがれ。あくまで予選のトーナメントづくりみたいなものですよ。シードを選んで第一次定員四名の枠内に入りやすいようにしてあげる。私が目指すべきだと思うのはあくまで能力主義、ぎゃーぎゃー騒ぐのは二の次だ。だから、ああいう子でも歓迎する』 

 

『あ、やっぱり来た』

  

「……まぁつまり、そこに私情は挟めない訳だ。残念ながら、リナリアもシード入りになるんだわなぁ」

 

 今まさに正門に足を踏み込み、堂々と『結界』をぶち壊してくれたアンナ問題児も。どうしてあの子、ティアの術式構造が理解できるの? 私でさえ読み取るのが精一杯だぞ。その上、対抗術式でファンブルさせるなんて並大抵のことじゃ……もしかして、他に方法あるの? 私が面倒なことしているだけ?

 

『貴方やっと気づいたの? 無謀なことばかりして、こっちがどれだけたいっへんか。人に迷惑ばかりかけておいて、よくそう簡単に気づいてくれたわね。えぇそうよ、貴方が非効率すぎるのよ、逆になぜ今までそれで生きていられたか知りたいくらいだわっ』

 

『う、うわぁ。なんだかすっごく怒ってる。私何かしましたかね……』

 

 女性のこと、特に精霊のことはよくわからない。難しいことを考えすぎるのは私の悪い癖だという。結果、相応のものが得られないからだ。逆説的に考えて、よく考えてもわからないこのことに関しては即ち難しいことにあたるのだろう。よし、考えるのやーめた。

 

「九時丁度に始めましょう。時間に適当な人間は嫌いです」

 

 はてさて、これだけいたらかなり時間もかかるだろう、団員それぞれが考えてある内容にもよるが、どう頑張っても昼は過ぎるか……とすれば、『顔出し』を終えれば十二分に足りる軽食でも準備しようかねぇ。

 

 

 

 

 



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入団選抜

  今回の一言
 今更ですが、ここからは一段と原作から乖離しますね。

では、どうぞ。


「み、みなさん! おはようございます! 団長のベル・クラネルです!」

 

「う、上擦ってるしっ……や、やばいわ、これぇ……」

 

 笑いが止まらん、どうしよう、次私なのに。人前に立つことが苦手なのは同じだけど、ここまで酷いと、軽蔑を通り越して笑いに変わっちゃうわ……甲高い歓声上がってるけど、あれは多分容姿的なものだろうなぁ。良かったなベル、容姿に運があって。

 

「今回は、僕たちのような、まだできて間もないファミリアの入団選抜会にお越しいただきありがとうございます! 恐縮ですが、この大勢の中から約八名ほどを定員とし、選抜させていただきます。さきほども申し上げた通り、このファミリアはできたばかり、ファミリアの経営になれていません。たくさんの人と眷族(ファミリア)になりたい気持ちはありますが、ここが崩れてしまっては元も子もない。よって、いくつかの簡単な試験から選抜させていただくことをご了承ください」

 

 正面玄関から門までも無駄に広い空間、そこを一望するベランダでベルは一礼し、挨拶代わりの説明を終える。瞬間、脱兎がホーム内へと飛び込んできた。 

 そんなベルを()()()()()()が心配する。そこにヘスティア様が普段は飛び込むだろうが、そんな余裕は主神様にはないらしい。こんな姿を見てしまったら、大抵の人は幻滅してしまうのではないだろうか。威厳もなにもないぞ?

 

「原稿通りでしたよ、よくぞできました」

 

「じゃ、じゃああとよろしく……」

 

「任されました」

 

 ま、第一次試験は私ってことにくじ引きでなったし、普通にやりますけどね。

 九時丁度に始めたこの『入団式』。はてさて、実力者は入ってくれるかなぁ。異分子の排除も済んでいることだし、心おきなくできる。

 

「やぁやぁ物好きの皆々様、ごきげんよう。一応副団長のシオンと申します。さて、待つのは時間の無駄しょうし、早速第一次試験を始めましょう。あ、そうそう。この試験は第三次までありますので、心しておいてください。別段難しくも辛くもないので」

 

 団員全員が出した試験内容はいたって単純な案ばかりで、ぎゅっと凝縮したら三つになった。なぜそんなに簡単になったか、理由もまた単純。誰一人としてまともな入団試験というものを知らないから。

 

「内容は簡単、それぞれ指示に従い、身体能力テストを行ってもらいます。ですが安心してください、この時点で即落選ということはありません。やりたくなければ別に手を抜いてくれたって構いませんし、全力でそれぞれやってくれても構いません。ただ一つ理解して欲しいのは、()()()()()()()()()ということ」

 

 判断基準は試験官の独断と偏見その他諸々。だから細かい得点というのは存在しない、その方が楽だし、選びやすいからな。つまり私の場合気分次第。

 

「じゃあ、まずは全力跳躍! どれだけ飛んでも着地は気にするな! じゃあいくぞ、三、二、一!」

 

 戸惑う人々の顔はまさに『はっ? こいつ何いってんの?』とでも告げていた。すごく視線が痛い、だがしかし、その雰囲気を一つにまとめる詩が紡がれた。

 

「【届かぬ星へと手を伸ばせ、辿り、至れ。祖たる神のそこにあらん】――【能力補正(アップデート)】」

 

 その人は黒かった。髪も、服も、靴さえも。対比して栄える白肌に、黒髪を割ってのぞかせる笹状の耳。エルフ――私はそんな彼女に微かな見覚えがあった。

 しゃがむ彼女がぱっと顔を上げ、瞬間に霞む。頭上高くへと次には存在していた。

 

「おー、よく飛ぶなぁ。気圧差で死なないと良いけど。おーい、他の人たちもちゃっちゃと飛ぶ! 単に飛ぶだけだぞーその程度もできんのか! あれだけ飛んでも――」

 

 点となるほどまで小さくなった彼女は、だが次第に近づいて来る。恐らく、飛びきって落下途中なのだろう。そこに向かって私も飛んだ。あのままだと、流石に死んでしまう。

 目を瞑り重力に従う彼女に操作した風をあてる。加速を止め、減速し、そして空中で止まったところを掴んであげる。感触に気付いたのか、安心したかのように一息ついて、目を開けた。

 

「――ま、しっかりつかんで受け止めますからね!」

 

 唖然とこちらを見上げて口を半開きとする人々に向けて宣言する。絶対安心だと。

 なにやらぎゃーぎゃー騒いでいる声が聞こえるが、とりあえず無視だ。どうせしょうもない理由で叫んでいるんだろうし。

 

「……君はやはり、凄いな。()()()()()()()

 

「はっ、何と比較されてるんだか。オラリオに来たばかりの私と比較したのなら、それは明らかに違うでしょう。当たり前ですよ……お久しぶりです、黒エルフさん」

 

「そう言えば、あの時は君にそんな呼び方をされたな、名前を教えなかった私が悪いが」

 

 声に威厳を感じるこのエルフ、とても若いように見えるが、実を言うと600超えたご高齢である。エルフでも老けるというのだが、どうやらこの人、成人してから――エルフの成人は八十歳――すぐに【ステイタス】を授かったらしく、成長が超緩慢だそう。

 彼女は少し思案する様子を見せながら、私に身を任せていた。その間にさっさと地上へ下ろしてしまう。次誰が上へ吹っ飛ぶのかわかったものではない。

 

「待ってくれ」

 

「なんです? 全員分見ないと公正じゃないので、少ししか構えませんから、話なら早くしてくださいよ」

 

「回りくどい言い方も変わってないな……いや、君には私の名を告げておこうと思ってな」

 

 すっと、彼女は薄紅色の唇を耳に寄せる。一瞬頬にキスされるかと思ったが、そんな地獄絵図はなかった。なんてしょうもない思考をぶち壊す、悪戯気な声が耳朶(じだ)を震わせた。

 

――レイナ・イニティウム・アールヴ

  

 何故だか、その『音』には聞き覚えがあった。染み込むように私に貼り付き、どうしたってそれは剥がれてくれない。関わっちゃいけないと本能が嘆く。だがそれに抗う理性。問題ないと、何も不利益は無いのだと、そう不必要に叫ぶ。

 

「面白いだろう? 忘れてくれたって構わない、君には無理だろうけどな」

 

 なんて意味深な言葉を残して、彼女は私からすたすたと離れていく。

 その背を掴み、追おうとしたまさにその時、凄まじい衝撃と風が地を這った。そして天を穿つ矢のようにまた一直線と跳ぶ幾つかの影。

 

「逸材だらけかよ、おい……」

 

 感嘆を通り越して、もはや呆れていた。それほどまでに、ここには『異人』が集まっていたのだから。

 なんていうか……うちは問題児の引き取り所じゃない。

 

 

   

 

「よっしゃ! 全員終わったな、遅いよふざけんな! 次は反射神経と動体視力――なに、簡単なこと。今からこの鉄球を飛ばします。それを目で追ってください。始めはゆっくり、段々と速度を上げますので、頑張ってくださいね。では、始め!」

 

 因みにこの鉄球、近くの小物店で大量にあったモノを溶かして混ぜて固めただけである。驚くことに1000ヴァリスすらかかっていない。

 ぷかぷかと空気中を揺蕩う鉄球、この試験の懸念点と言えば『瞬きしたらハイ終了』と『あぁどうしよう、そろそろ首痛いなぁ』である。なにせ頭上にあるものを目で追うだけの簡単なお仕事でも、限度を見るまで行うから、流石に辛いものがあるのだ。私だって首痛くなるだろうし。

 

 五段階分の一段階、自在に操れるが速度は遅い。左手五本指で操作しながら、目線が向かうのは緩慢ながらも加速する鉄球を追う人々。

 ティア伝授の物質操作術である。魔力消費も少なく、持ち上げられるものの体積・質量は個人の能力に依存するそうだ。私はまだまだ慣れておらず、せいぜい椅子や机を持ち上げられる程度だ。ティアクラスとなると人どころか家やなんなら切り離した地でさえも持ち上げられるらしい。考えるだけで怖い。

 

「よし、段階アップ」

 

 左手四本指、速度は増すがより単調となる動き。この段階で精々常人が投げるボールくらいの速度しか出ない。一段階に付き二十秒ずつ。だいたいそれくらいやれば、本当に追うことができているのか否かが判断できる。ここから三段階目の亜音速、四段階目の超音速、そして最後の本気亜光速である。どう頑張ってもこのくらいの物質では超光速なんて不可能。むしろ、いち物体のくせに超高速なんてものが実現してしまった私や【猛者(おうじゃ)】が可笑しい。ありゃ正直私でも原理原則方法論理が全く理解できていないのだ。

 

 

 

「―――ほぉ、十二人か」

 

 絶対問題児だろうなぁ、嫌だなぁ、怖いなぁ。でも欲しいなぁ。

 他の人が諦めている中で欠伸しながら見ていたやつも居たが、とりあえずお前ら動体視力どうなってるんだよ。一言授けるならば、お前ら人間じゃネェ!

 

 さてさてということは、ここで私からの最終試験が突入するわけだ。

 

「おーい、暇しているお前等にいい知らせだ、次で私からのつまらん試験は終わるぞよかったな! ということで、一人一人私に本気で殴り掛かって――早い、お前は早すぎる。話は最後まで聞けドアホ!」

 

「きゃふん!? あいだー、いだぁ……」

 

 ったく、こいつは考えることと動くことが等式として成り立っているのか……? しかも今の威力、良くて脳震盪、最悪の場合顔面吹き飛ぶレベルのものだったぞ。アブナイ、この子やっぱりアブナイ。

 

「はぁ。まぁ、今の勢いで構いませんので、とりあえず全力で殴り掛かって来てください。受け止められますので、どう頑張っても私を殺すことはできませんからご安心を。さぁ、やってこい!」

 

 

 

 

 な、なんなんだこいつら……五回くらい死にかけた。嘘だろ、世界がこんなにも狭いとは思わなかったわ。見たことのない技、神話のどっかで見かけたことのあるような魔法やら武器やら……もう、なんで私、武器の使用許可しちゃったんだろ。もう嫌だ、これが最終試験で逆に私が助かった、これ以上持たん。

 

「よし、私からの試験は終了。次はちっこい奴と小煩い鍛冶師が試験官ですから、まぁ頑張ってねぇ」

 

「しーちゃんお疲れー!」

 

 あいつぶっ飛ばしたろか……!? いらぬ衆目を集め、すっごく居たたまれない気持ちで逃げるように去ってしまいました。もうやめて、お願いだからその呼び方は止めて、恥ずかしい……

 

 

   * * *

 

 

 選抜会は驚くことに滞りなく進んだ。第二試験の『あなたの生活力はどのくらい!? 移動三択クイズ!』が意外と面白くてつい参加したくなったりしたが抑えることはできたし、邪魔はしていなかったはず。最終試験の『何でもアリ! 見破れトリック』もつい真剣に探してしまって、ベルに指摘されるまで受験者の気分でいたものだ。いやぁ、楽しかった。

 終了も昼時の一時と丁度良い時間帯で、私が珍しくも無償で提供した軽食も満足してもらえたみたいだし、今回は成功と言っても責められはしないだろう。

 

 だが、最後に残っていることがるのだ、私たち団員には。

 

「選定を行う」

 

「とりあえず二人は確定したよな」

 

「68番と116番だろ? 幼馴染君と、あの不思議なエルフ君。どっちもシオン君とは知り合いみたいだけど、すっごかったねぇ。合否があるなら全て満点合格じゃないか」

 

「偶然だ偶然、偶々あの人たちが異常なだけ」

 

 そこは事実疑いようのない事である。

 因みに、合格発表の形式は、ギルドを介した公然発表である。名前ではなく、受験番号を用いてだ。これである程度個人情報は守られるだろう。解散時、参加者全員に私が番号を配ったから、誰と何番が対応しているか、今なら克明に憶えている。

 

「正直なところ、リナリアは入れたくないんだが……まぁ、消去法でまずは絞ろう。とりあえず1~50の間は全部落選な」

 

「シオン、さすがに無慈悲すぎるんじゃない……?」

 

「別に一部を除けば悪いわけじゃない。ただちょっと周りが高すぎるだけで、決して悪いとは言っていないですよ、一言も。えぇ、周りが悪いんです。当人たちは悪くない」

 

「誰に言い訳してるんですか、貴方は……」

 

 世間様にである。あいつらは怖い、何されるのかが全く分かったもんじゃない。個体としてそこに存在しているか否かも定かではない。恐らく個々人にとって一番の敵は世間なのだろう。はい、証明完了。一体に何のための証明なのか、無駄過ぎて判らん。

 

「まっ、どうせ印象に然程残っていない人たちです、切り捨てても害はない。ですがね……問題は50以降、なんだんだよあいつら! 人間なのか、絶対違うよな!?」

 

 突然叫び出し、卓に勢いよく項垂れる彼にギョッと目を剥く一同。彼は今まで悩みに悩み続けていた、だが一向に決まらないのだ。観察力が人並み外れているゆえか、人の利点欠点を迷惑に把握できてしまう。得てして力を持つ者というのは問題を抱え、その問題を自覚しない。もしくは自覚しながらも興味を示さず、重要度を理解しないのだ。

 派閥の団員選抜ということは即ち戦力追加を意味する。ヘスティア様が真にそれを理解しているのか正直わからないが、確かにそう考えるならば、彼ら彼女らは最高適正者だろう。そう、だからこそ疑問なのだ。

 

――何故、それほどの(ツワモノ)どもがこの派閥に入団を希望するか。

 

 第一、今日やってきた人のほぼ全てが無名のところが特に警戒すべき点だ。実力と名声は得てして相当する。たとえそれが悪評であろうと、噂のような曖昧さを帯びていようと。

 一部種族的要素を除いたとしても、彼等は推量して一般基準に当てはめたとしたらLv.4以上の実力を発揮することは確実。だのに【ステイタス】の授かる眷族(こども)だと確認が取れたのは有望者の内たった八名だ。

 正直、危険分子がこれ以上このファミリアに流入されていいのか悩む。自然崩壊しちゃうんじゃないだろうか、このファミリア。

 

「はぁ……こんなに大変なのかよ。フィンさんスゲェ……」

 

 ごつんと音を立てて額を突っ伏す彼は、とある最大派閥の一角を治める団長へ深い尊敬を覚えていた。

 だがしかし、それを当の本人が聞いたら、必ずこう返しただろう。

 

――普通、こんなことにはならない……かな?

 

 と。

 不運なことに、このファミリアはある種恵まれているのである。

 

「シオン、がんばって! わたしにはわからないけど……シオンなら、できるはずだから。ね?」

 

 言われなくても頑張りたいよ……ねぇ、ティアちゃん、選定魔法とか作ってくれない? 君たちは運命で選ばれた! とか言ってみたい。といっても、結局はそれも適当に選ばれた乱数によって決定されるんだけど。つまりは全て人工である。なにそれ人類最強説、もっと深めたいな。

 

「……リミットを決めよう、三時だ。それまでに決定して、今日中に発表します」

 

「何ですかその鬼スケジュール……」

 

「リリ、シオンはいつもこうだよ」

 

 良く解っている、流石私の弟だな。長く一緒に居るだけはあるものだ。

 皆若干呆れている様子を見せるが、私には待たせている人がいる。暇させるのはよろしくない。なんて勝手な思い込みだけど、私がそうしたいと思うのだからそれを突き通す。当たって砕けたら諦めろ、だ。

 

 そこからは私の意見はあえて通さず、参考程度にする『討論会議』によって決定していった。そこで、合格となったのは八名ではなく九名という、早速前提を覆すことに。

 まぁ、説明では『八名ほど』って言ったからね、一人二人いいよね、ズレても。

 

 

   * * *

 

「ミイシャさん、これ、貼り出してもらえませんか」

 

「あ、シオン君。どうしたの、疲れてるみたいだけど……大丈夫? ってこれ、なに? 『前和数列』?」

 

「横に見るなよ縦にみろよ……確かに51と68の和は119ですけど。これ、選抜試験の合格者の受験番号をまとめた紙です。下記の日付にうちの派閥へ訪れれば、入団がその時点で確定する、という形で、結局入団者を集めることになりましてね」

 

「ふぅん、こんな面倒なことやってるんだ。大変だねぇ……わかった。これは見やすい位置に貼っておくね」

 

「ありがとうございます」

 

 ふぅ、これで終わりだ、任務遂行(ミッション・コンプリート)なんて神様的言い方をしたらカッコよく聞こえるのは私だけだろうか。

 用はそれだけだとすぐに踵を返した彼の手首が不意にぎゅっと掴まれる。

 

「あ、あぶない。またすぐ逃げられるとこだった……」

 

「逃げるなんて変な言い方やめてください。帰るだけです」

 

「いっつもすぐいなくなっちゃうからね。ねぇねぇ、少しくらい話しようよ~」

 

「悪いですけどこの後用事が……」

 

「この紙、いい場所を無償で貼ってあげようと思うんだけどなぁ」

 

 良い場所、無償。なんて耳心地の良い言葉なんだろう。

 質の悪いことにしかも、迷惑が掛かるのは私ではなく派閥である。なんと性格の悪い事か、即座に思いつくあたり、日常的にやっているこのなんだろう。こわいこわい。

 

「……はぁ、そこまでしますか」

 

「うん――ワタシタチ、オトモダチデショ?」 

 

「怖いっ、そんなオトモダチなんて怖すぎるっ……」

 

 まぁ、予定としていた会議の終了時刻である午後三時までは空白が占めているのは事実。その空き時間を埋めるように、彼女との会話に時間を割いたとしても誰にも文句は言われないだろう。むしろ代償を考えると褒められるべき行いである。私偉い、ちょーえらい。

 場所はどうせいつもの個室だろう。鍵の種類で判るくらいになってしまった。私【ヘスティア・ファミリア】を辞めることになったらギルドに所属できるかもな。

 だがしかし思うのだ、婚約者が存在する私と一応多分恐らく独身であるミイシャさんが密室内に二人っきりとなるのは些か世間的に不味いものがあるのではないだろうか。

 気にし過ぎかねぇ、自意識過剰は止めよう。うん。

 

 

 



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束の間の休息

  今回の一言
 のんびりゆったり、人生何でもそれが一番

では、どうぞ


 この個室は少し変わった形状をしている。

 機能性重視の所為か内側に狭く作られた構造上、椅子はともかくソファなんて二つも置けやしない。もともと一対数名の個人講習用に設置された場所……だからこうして向き合うのも当然だ。

 それにしたって、位置関係というものはそれだけの要因で決めるべきじゃないと思う。

 教卓を横に退けてしまい、床に座ったのは――全くの強制――勿論私である。その対面、透明なテーブルを挟んだソファに座るミイシャさんは普通に座っているだけであるのだが、格好が格好。腿をすりすり動かされたり、ちょっと位置直しなどをされてしまえば、必然的に()()()()()()わけだ。

 

―――だがしかし。

 

 何故だ、あと少し、ほんの少しなのに見えない。柔肌の擦れる動きまでしかと捉えられるのに、私に許されるのはその先を想像することのみだという。なんという鬼畜さ、だが思うのだ。こういう『プレイ』が存在するからこそ、人類というものは特殊に進化してきたのではないだろうか。

 ふふっ、これは態となのだろう……例えば、私の集中力を削ぐため、とか。

 

「……ほらほらぁ、早く選びなよ」

 

「じゃあこっち」

 

「ぬぁぁぁぁぁ!? なんで、なんでわかるの!?」

 

「易いんだよ、一対一(ワンワン)の試合で私に勝てると思うなよ? どれだけシャッフルしたってトランプそのものが変化しない限り見破るのなんて不可能じゃない。『抜きジョーカー』なんて真っ向勝負、選んだものが馬鹿でしたね」

 

「くぅぅ……はぁ。でも、勝負は勝負だし、優先権はシオンでいいよ。いろいろ訊きたかったのになぁ……」

 

 私は何の意味もなく勝負したりしない。

 話の『優先権』に関するものだ。私たちの間で作った会話のルール、発問に対するものである。私が一定以上に介入されないように――しないようにするため。これは重要な個人情報の保護のためだ。都合の良い自己保身とも言い換えられる。

 使い方は様々だ、相手に応答を強制させることもできれば、相手からの発問を遮り、()()()()()()()()()()()()()()()こともできるわけだ。

 

「さて、じゃあ私からの質問……とりあえず、見えやすい位置に貼ってくれましたよね」

 

「あ、うん。私、約束はちゃんと守る人なの。追加サービスで案内標識もつけておいた。一週間くらい置いておけばいいのかな?」

 

「それで結構。あとは受検者がどれだけ集まってくれるか。個性強いヤツラばかりだったからなぁ。絶対この先、内のファミリアは『悪名高き』なんて枕詞がつきますよ」

 

 本当にありそうだからもうこれ以上考えたくもない。なにせ私が原因たる可能性が多くを占めているのがいつものことだ。どうしようもなく私は問題の種となり、促成剤となり、伐採者となる。嫌なサイクルだ、本当に。

 自分でも矯正したいと強く願うのだがどうにもこうにも。なにせ私が要素の一つであっても、それは数多存在するうちのたった一つでしかない。私を幾ら変えたところで大きな改変は望めない訳だ。

 

「んでんで、一応念のため、ここは聞いておきたいのですが――周囲で最近、異常を感じたことはありませんか? それに関しちゃ些細なことで構いません。情報は役に立つ云々で判断できませんから」

 

「そうだねぇ……最近、最近、あ、そうだ。シオン君は知ってると思うけど、セアさんについてね。あんまりにも可愛いし強いしムカついたから、ちょっと調べちゃった♪」

 

「おい」

 

「でねでね、セアさんって不思議なことに、ギルド名簿に登録されてないの。冒険者でもなければ、どこのファミリアにも所属していない。でも『外部』っていう可能性はかなり薄い。少し前に、裏口から搬入するくらい大きい魔石を持ってきたの。あんなの、どう考えても階層主クラスでしょっていうレベルのね。それを倒すということは、相応の恩恵(ちから)を持つことを示す。普通に考えて外部って線は跡形もなく消える」

 

 すっごくどうでもいい情報を話し始めているミイシャにシオンはどうも止める口実が思いつかない。襤褸が出てしまうことを恐れているから、残酷で気味悪い現実を知らせたくないから。

 その後も続く語りにシオンは口端を引きつらせながらも努めて無表情を貫いた。饒舌に話すミイシャはとても楽しそうで、自由に話させる分にはいいかなぁと、度々挟まれる不味い発言を右から左へ聞き流してはいたが頭から末まで話し切った。

 

「ふぅ、あと異常と言えば……」

 

 よくここまで長く一人語りできるなぁと意識の半分で考えていたとき、ふと止まったセア語りから間を置かずに続き、彼女は唐突に私を前のめりにさせた。 

 

「最近オラリオで『神隠し』が起きているの」

 

「極東の言い伝えにあるアレのことですか。そのくらいここじゃしょっちゅうなものと思うのですが、何故異常と?」

 

「酷いのに言い得て妙だね……」

 

 ダンジョンという特殊環境が存在するこのオラリオでは失踪に類するものはあまりにも多く存在している。それが事故であれ人為であれ、その実関係なく。要するに、他人の失踪は日常のうちの一つでしかない。

 だがミイシャの顔つきは日常のそれとは違うと語っていた。これは確かな異常なのだと、事件なのだと、不思議にも目を爛々と輝かせながら告げているのだ。一瞬程度の呆れなどすぐに忘れてしまったかのように。

 

「ギルドに最近、失踪者の捜索系無差別依頼(クエスト)が多く寄せられてね。発行処理してたら気づいたの、そのほとんどが地上で起きていたってことに。何人も同時に居なくなるわけじゃない、必ず一人、一人―――確実に。たとえ誰かが一緒に居たとしても、ね」

 

 にたりと、楽し気に彼女は笑った。自分には全く関係ないことだと考えているのだろうか。なんとも危険で無謀な考え方だ。得てえしてそういう人間は自らを滅ぼしかねない失敗を犯す。例えば――彼女自身がその対象になったりと。まさか、まさかな。

 

「明らかな人為的事象ですね。原因不明の未解決、あぁ怖い。んで、被害者の共通点とかあったりするんですか」

 

「ない」

 

「なるほど無能か。それほど被害者は多くないでしょうに……」

 

「無理無理、数えただけで都合五十人以上。老若男女、多種族混合、身体的特徴も共通しているとは言い難い。かといって何か習慣的特徴や職業、寄せられた情報を基に色々探ってみたけど全然。で、面倒だから諦めちった、てへ♪」

 

 うぜぇ、というか酷い。被害者との関係者が寄こしたのであろうその依頼。生半可な気持ちでは無いだろう、報酬を提示してまで、自分の身を削ってまでもその人を探し出そうとする。そのような気持ちは美しくて、なにより人にこそある優しさで――

 

――そんなの偽善さ、わかってるよな。

 

「………?」

 

 あれ。今のは……私の思考? 

 今の逡巡はなんだ、自分の考えを疑うなんて私らしくもない。

 ()()()()()、か。はは、どうしたのだろうか、私は。少し考えがつかれているようにどこか別の所で思えてしまう。

 

「その情報、まぁ役に立ちました。というわけで、ここで切り上げましょう。時間も時間ですし」

 

「結局情報引き出されただけで終わりだよ、やっぱり。どうやったら情報収集目的以外で私と遊んでくれるの」

 

「そうですねぇ……例えばカフェでばったりとてあったりしたとき、とか」

 

「何それ運命的、すっごいいいじゃん。じゃあ、楽しみにしてるから、いつかのその時を」

 

 にっこりと、まるで本心であるかのように思わせる笑みを浮かべられては、もしもそんな時が来たとすれば、本当に付き合うしかなくなるではないか。 

 オラリオという国は案外狭い。()(かつ)にもカフェに入ることがないよう気を付けなければ。私に対し『運任せ』なんて概念が好意的でいるわけがないのだから。

 

「んじゃ、私はこれで失礼しますね。お仕事頑張ってください」

 

「はーい、頑張ります。あっ、ちょっと待って! 忘れてたぁ……これだけは訊きたかったの」

 

「なんです?」

 

 あんまりにも必死の形相で、ドアに手を掛けていた私を引き留めるミイシャさんを、流石にどうでもよいと放ってはおけない。何されるかわかったものでは無いから。

 

「……いつか、二人だけで会える日はない、かな。場所はどこでもいいの」

 

「いつでもダンジョンなら会えると思いますけどね。そういうことじゃ、ないんでしょう。まっ、今後は暇になるでしょうし。いつでも好きな時に、私の家に訪れてくれれば何にだって付き合いますよ。なにせ私、暇人なもので」

 

「なにそれ、ふふっ。自由人すぎるってばぁ……ありがと、じゃあ、そのうち」

 

「えぇ。あ、何か手土産でもあれば尚良しです」

 

 強欲、なんて言葉を投げられたが、気にすることなく払いのけるだけ。

 無償で働くなんて偽善は持ち合わせていない。何事にも対価は必要、等価交換大事。

 ふと思った。等価交換どうこう以前に、私は人と協力するような人間だっただろうか。いいや違う、明らかに昔とは。他なんて気にしなかった、どうでも良いと、道端の石一つ一つを踏みつぶし、蹴り飛ばし、将又飛び越え――自分にとって全く要らないものだと考え、それらに感心を持つことも、深くかかわりを持つこともなくなっていたのだから。

 なのに今は何なのだろうか。昔の私が見たら鼻で笑われる自身がある。

 それほどまでに今の私は平和ボケしていた、生易しい。甘い、なんて言い方が言い得て、実に不思議な気分だ。

 

――まぁ、人はいつだって変わるモノかねぇ。

 

 私、神ですけど。あぁ間違った、神に近い人間ですけど。

 停滞する神に、変化というものは()()。だからこそ、私はまだ神などという存在には至っていない訳だ。それに安心すればいいのか、悲しみ悔しがるのが正しいか。わからんな。

 

 

 

 



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葛藤

  今回の一言
 どうでもいいけど、結局黒髪が大好き。

では、どうぞ


 一週間というものは何気なく過ぎる。平穏と平常があることがどうにも落ち着か中ですら時間というものは止まることを知らないのだ。

 家に住む二人も習慣の基礎をつくり始めているように思える。朝起きる時間だってバラバラになったし、食事の時間となれば十分前には素直に居間へやって来て、卓を囲み食を楽しむ。

 こうして落ち着いて生活できているからだろうか、様々な場所に余裕が生まれ、私自身に『生活感』が表れるいるらしい。どうにも、今まではそれが欠落していたそうな。

 私はその余裕を、どうにも埋めないと落ち着かないせっかちさんであるようで、自然と自分でやるとこを増やしてしまった。例えば料理、(いち)()に出て態々食材を見たり、道具を追加してみたり――そうだ、メニューなんてものも現在制作中だ。今のところ一面一頁換算で十六ページほど書き終えている。まだまだあって、自分でも今までの生活の中、どうやってそこまで覚えたのか不思議になってきた。

 その他にも、フィンさんから雑用の手伝いを頼まれるやら、ヘスティア様の借金騒動が起きるやらと、相変わらず賑やかな日々。一日を長く感じてしまった。それが七日も続いたのだからそりゃぁ……

 

「もうだめ、づ~が~れ~だ~」

 

 一人でこれくらい愚痴をこぼしたくもなるもんだ。

 ひんやりとする床でごろんごろんとのたうちまわり、心配になるほどの軋む音を立てるが、この家は最悪壊れたとしても修復できるように対策をとっている。だいたいは完全に元通りとなるから、こんなことをしたって何ら問題ない。

 

「はぁ、今日で締め切り……明日にでもどれだけ入団したか、見に行ってみようか」

 

 残念ながら、二人くらいは確定しちゃってるからなぁ……残念ながら。

 どれだけ隠密を心がけたってどうせ共闘し、結託されて摑まってしまうのだろう。ならば始めから堂々正面、なにも疚しい事なんて無いのだ。

 うん、私が正しい。

 

 

   * * *

 

 真昼間、私がいるのは正門。あと数歩前へ進めば我らがホームに侵入するわけだが、どうにも入りたくない。

 何故かと言えば、ここまで届く声と、上がる騒音。

 

――女三人寄れば(かしま)しい。

 

 たしか極東にそんなことわざがあったか。まさかっ、なんて笑い飛ばしたこともあったけれど、今現実にそれがある。ただ迷惑でしかない。

 声でうち二人が、ティアとリナリアということはすぐにわかる。だがもう一人、見当はつくが正直現実であってほしくない。だってイメージが、想像が……あ、うん。たった今、一撃で粉砕されました。エルフって、怒るとやっぱり怖いよね。

 

「はぁ、止めるか」

 

 

 

 

 

 

 

 朝から【ヘスティア・ファミリア】はギクシャクしていた。何が原因かといえば、ここ一週間全く顔を見せない副団長様である。訊けばある程度の情報は得られるのだが、それもティアの知る限り。

 不思議に包まれる副団長――シオンについて彼女たちは、異なるが一様に強く一途な想いを持っていた。だからこそこんなすれ違いが起きてしまう。

 今まではちょっとした口論程度で済んでいた。慣れない環境、若干の緊張と無意識的に一歩引く感情が抑制剤となっていたのだろう。しかし慣れてしまえば意味なんてない。

 

「もっう我慢できない! シオンの住んでるとこ教えて!」

 

「申し訳ございません、あくまでいち()()()に過ぎないわたくしめには、そのような権限が存在致しませんので、どうぞお引き取り下さい」

 

「ほんっとムっかつく!」

 

 余所余所しくあしらうティアと、しつこく退く気のないリナリアによる口論。それが今回のけんか理由。どこから当のエルフ――レイナ・イニティウム・アールヴが介入するかと言えば、それは一度別れ、三時間後にまた再沸騰した彼女たちの怒りが、シオンとやけに親しいような言いぐさをするレイナにも向けられた時であった。なんとも理不尽なことであるが、理不尽と言うものは町中の凡人並みの穏便性、気づかぬうちに迫って来るのだから。

 

――すると、皆の予想を裏切る事態になった。

 

 レイナがハイエルフで相当な年月を生きているということはファミリア内で共通認識となっていたからこそ、彼女が幼稚なこの喧嘩を止めてくれると願っていた。ところがどっこいそんなの知らんと、それどころか彼女が最も憤慨する事態に陥ってしまったのだ。

 

「――私は、お前等とは、違う。数年程度でできたまやかしと一緒にするなッ!!」

 

 そこからはもう質量体や魔法がまるで意思を持っているかのような光景が続いた。もう誰にも留められず、ホームの壁を突破し中庭を荒らし始めるまでに至る。ヘスティアやベルたちがその光景を目撃した時には既に、榴弾やレーザー砲など、物語の中でしか出会えない代物がぽんぽん出てくる地獄絵図(カオス)が成っていた。

 流石にヘスティアも構いきれないと、現実逃避をしたまでだ。

 

「はい、終了」

 

 爆音騒音絶叫――ありとあらゆる音に呑まれたその音を、聞き分けた人間はどれ程いただろう。

 いなかったはずだ、その後に追った、強烈な破壊音に。

 何メートルもの高さまで昇った土煙にせき込みながらも、ベルは状況を何とか把握しようとその中をのぞいた。見えた影は不可解にも四つ。そのうち一つの影がゆらりと揺れた気が――その意識を書き換えるほどの暴風。驚きのあまりに視界を塞ぐ。腕を避けたその先にはもう邪魔な土煙はなく、あったのは死体に見紛う倒れ方をする幼女少女高年エルフ、そして悠然と立ち後頭部に手を当てて呆れるのは恐らく、この事態を物理的に解決したシオン。

 

「ったく、お前らは何をやってるんだ……聞いてて恥ずかしい内容ばっか叫びやがって、恥を知れ恥を。ご近所に自分の想いをぶちまけるな、傍迷惑だ。自重・節度を学べ。特に黒エルフ……貴女は一番年長者でしょうが、何やってんだ」

 

「……腹が立ったから怒った、それだけだが。第一、君が悪いのだからな。君がいつまで顔を出さないからこんなことになる。私が態々このファミリアに入った理由、わかっているだろう」

 

「いや知らんから。確定事項みたいに言うのやめてくれます?」

 

「……なんだ、まだ思い出していないのか。兆候があると思ったのだが……」

 

 はて、どうしようか。本格的にこの人の言っていることが理解できなくなってきた。兆候とかなにそのまるで私に秘めたる力が備わっているみたいな言い方。胸躍るけど理性は泣いて悲しんでいるぞ。

 予想外のことだったのだろう。だが少し考える様子を見せたら、よしと頷きもう先を決めてしまったようだ。また変な予想をして的外れにならないといいが。  

 

「……仕方ない。この件は私の非を認めよう。だがしかし、今後はしっかり顔を見せてくれ。私は君と会えないと少し寂しいぞ」

 

 どうして私はここまで気を向けられているのだろうか。関りなんて、オラリオに来たばかりのころ、偶然ギルドで出会って、ちょっと話したことがあるくらい。所詮その程度、深いどころか浅く、それを関係とすら呼べるのか正直怪しいところなのだ。

 

「はいはい、こんな問題一週間おきに起こされちゃたまったもんじゃないですしね。さて、ティア。ちょっとティア、起きてください。貴女たちが壊したホーム、私が修復すると時間が掛かるので」

 

 因みに、一ヶ月くらいである。建材・道具の購入から始まり、塗装で終わりだ。達成感しか得られないそんなことしたところで、率直に言って無駄で面倒。ティアに数分かけて修繕――というより復元してもらった方がよい。

 

「……争いの種が自分で争いを治めちゃうって、それなんなの?」

 

「呆れて結構、だが直せ。私はちょっとあのバカを叱ってくる」

 

「えーそれ多分ご褒美にしかならないよー」

 

「うそぉん……私、あの()をそんな変に育てた覚えない……親じゃないけど」

 

 薄々感じてはいたが、性格ずいぶんと改変してるんだよなぁ。愛らしくて、甘えっ子だったあの頃がひどく懐かしい。実に濃厚なオラリオの生活を送っていても薄れることのない記憶、こっそり立っていた二人の少女。昔はよかった、誰も悲しまなくて、誰も失うことなんてない。いつも私だけ削って、失って、損ばかり抱えて――

 

――態々そんな奴らに、構う必要があるのかい。

 

「……チッ」

 

 最近、妙な思考が()()()()。あぁ、それはまるで別人のものであるかのように。私の『心』と仮に命名した非現実的抽象世界には確かに三体ほど、私とは別離した存在が共生または寄生しているのだが、彼女たちの思考が私に介入する際には『声』で判別することが可能なはずだ。だがしかし、最近のコレはどうもその三人とは違う存在なのだ。

 そう、近似するのは私自身。可能性として考えられるのは――多重人格?

 

「いや、まさかな」

 

 馬鹿らしい、多重人格を自覚できるなんて稀有な例まで具えているなんて堪るか。

 笑い飛ばしながら、寝顔が相変わらず愛らしいリナリアの首根っこを、ついでに黒エルフの首を掴んでさっさとホームへ連れて行く。いつまでも留まっていては、ティアの作業の邪魔にしかならない。

 

 そのあと、二人のことをちょっと叱ったら、何故だかひどく怒られた。そして色々と強制的に確約する羽目になった。私なんにも悪くないはずなのに、聞いていれば何故だか丸め込まれてしまったのだ。恐るべし、()()()よ……。

 本当はもう、ホームに戻りたくないと強く思っています。

 

 追記、どうやら結局入団したのは、四人だけだったようです。

 

 

    * * *

 

「たっだまー」 

 

「最近種類増えましたね……おかえりなさい。どうでしたか、ギルドの情報収集」

 

 すると彼女は興奮気味ににたりと笑い、万歳とともに跳びはねながら私の視界にやって来る。煮立つ音に遮られないよう蓋を閉め、充実した食器棚から数枚の平皿を取り出すと、その興奮が冷めないうちに話し相手になってやろうと問いかける。

 

「すっごく楽しかった! あのねあのね、ギルドで堂々と誘拐しようとしてきた人がいたの!」 

 

 ガチャッ、つい持ち上げていた食器を投げるように置き、ティアをまさぐるように全身隈なく調べ上げる。あぅあぅとくすぐったそうにしているが、問題ないと判断できるまでは許してほしいと容赦はしない。

 オラリオにはそんな変質者が多いから困るんだ、こんな幼気な子供、そりゃ誰だって誘拐したくなる程だよ……あぁ、もう可哀相に、大丈夫だっただろうか……

 

「そんな心配そうな顔しなくても、ちゃんと半殺しで止めたから……」

 

「いや、そっちの心配じゃなくて……あ、うん、そうだよね。誘拐されるほど無力じゃなかったよね、精霊だもんね、一応」

 

 ふぅ、見た目が子供だもの、つい騙されてしまう。一週間毎日一緒に生活していると、どうしてか子もいないのに我が子供のように思えてしまうのだ。何年か後に、アイズから生まれるのもこれほどかわいい子だったら……なんて何度考えたことやら。

 

「あと十分くらいで夕食の用意、終わりますから。やること終わらせてきてくださいね、ついでにアイズを呼んで来てくれると助かります」

 

「りょーかい」

 

 ぴょんぴょん飛び跳ねるように居間を出た彼女は、だがその後騒がしさがない。一人抜ければ一転してここには、お腹を空かせる音しか響かない。

 なんて寂しく、色のない空間なのだろう。

 

――寂しいなんて、随分と変わった感覚だな。

 

 そんなことを思ってしまうまで、私は周囲への依存心を残しているのか。そんな不必要で、むしろ無駄で、邪魔としか言いようがないものを、どうして残してしまったのだろうか。

 それとも、今更蘇ってきたのだろうか。

 

「まっ、どっちもいいけどな」

 

 感情なんてものを不用意に詮索しない方がいい。深くへ深くへと、幾らでも進めてしまう。だけど天井の位置は変わることが無くて、引き返そうとすることは容易じゃない。深い泉に沈めば、その膨大な水という質量に圧し負け、もがき苦しみ、ようやく出てこれたとしても満身創痍。要するに、非効率。

 だけど、人間らしく生きることを選ぶのならば――それも、いいのではないか。

 

「シオン、いい匂いがする」

 

「ふふっ、今日は少し、奮発したモノですから。期待してくださいね」

 

 随分と気を許した、ゆったりめの格好でアイズが席に着く。

 そんな彼女を見ながらふと考えてしまうのだ。果たして、私のような半端者が、彼女に選ばれていいのかと、彼女を選ぶことが許されてよいのかと。

 実に不毛な自問だとは端から気づいている。だがしかし、せずにはいられない。

 私は決断を迫られているのだ、自分を一体、何と定義するのか。  

  

 いつまでも苛まれる難問に、悩み続けるも誰に言うことすらできない。

 一人で抱え込み、独りで苦しみ続ける。それが、私のやり方。誰にも迷惑を掛けない、最良の判断。

 そう、思い続けていたい。そう切に願う私の心は、今どんな色をしているのだろう。

 

 いま、どんなカタチであるのだろう。

 

 

 



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対価と見返りは大きくなくては

  今回の一言
 思ったのだが、原作で聖夜祭や収穫祭、正月などは描写するのだろうか。

でが、どうぞ


「……はぁ、態々招待状をよこさなくてもいいのに。どんだけ寂しがり屋さんなんだよ」

 

 何となく郵便受けを開けてみれば、そこに在ったのは緻密な(いん)()で封蝋を固めた真っ黒な封。黒の封はここオラリオで『来い』という意味を孕んだ『招待状』で、印璽に用いられたこの紋章が示すことを判らない愚か者はそういない。

 呆れたものだ、人の家まで知らぬうちに知っているなんて。いや、ここ周辺は住宅街にしては開けている。人を捉えることに関しては秀でているフレイヤのことだ、どうせまたバベルの屋上から監視されていたのだろう。ひぇ、こわいものだ。

 

「シオン、どうかした? というかそれなに、真っ黒」

 

「招待状ですよ、()()()()からの」

 

「……ッ!? フレ、イヤ……?」

 

 はて、なんだろうかこの過剰な反応は。名前に反応した……? オラリオの世に出て、この名に関わることは何度となくあっただろうに、何故に今更――いや、知らないのも道理だ。そう当たり前だと思うあまり、私はフレイヤに関しちゃ何一つ教えていない。

 だがしかし、現状で彼女がフレイヤを知らない、と言うのは無理がある。

  

――――戦慄き、空間が鳴動した。

 

「――!?」

 

「……いやッ、いやぁ……もう、やだ、ヤメテ、ナンデ、イヤ、イヤ、イヤ――――」

 

 考えている場合では無かった。

 閉じこもるように己を抱く。怯えて上擦る声が私の耳朶(じだ)に噛み付く。

 そんな声、もうキキタクナイ。

 

「大丈夫、君は今、自由だよ。よしよし、こわくなぁい、こわくないっ」

 

 子をあやしているみたいで、なんだか不思議な感覚だ。悠長なこと考えてしまうが、これでも大真面目にやっている。

 世界という外敵から、彼女を少しでも守ろうと――彼女が守られていると、錯覚でもいいから感じられるように、横から優しく包み込む。その程度でティアの不自然な発作は治まったりしないけど、語り掛けるには丁度よかった。

 彼女がこうして荒れることは何度かあった。それは一様に、彼女の情緒を荒らすほどの過去に関する記憶を刺激したとき――つまり、心傷(トラウマ)というやつである。

 

「君を侵害しない、できる者なんていない。だから安心して。荒れることなんてない、自分から壊す事もない。自分を保って。ほら、ここは怖い人も、だぁれもいないよ」

 

 ゆったりと解してやればいい。なにも急ぐこともないし、焦ることもない。少しは驚きもするけど、私が怯えるほどのことでもないのだから。いや、怯えてはならない、この方が正しい。

 私にはこの子を救済し続ける責任がある。それが、一度手を貸した者の償いだ。

 

「……よぉしよし、落ち着いたか」

 

 きょろきょろと周りを確認する。 

 周囲に破損は無し。今日は対処が早くて良かった。前なんてそれはもう片付けが大変だったものだ。自宅があんなことになっていた可能性があった――うぅ、怖い怖い。考えるだけで頭が痛くなる。

 

「……ごめん、シオン。わたし、また、なっちゃった」

 

 残念ながら、ティアはこうして自分が荒れていたことを理解してしまう。そして、周りに迷惑を掛けているということを。ひどくそれで落ち込むのだ、仕方のない事なのに。

 

「気にしなさんな」

 

 その度こうして軽くあしらってやる。深くうだうだ言うより、こうして軽く払ってしまった方がお互い楽で済むから。

 正直、このことに関しては少し追求したい気持ちはある。なにせフレイヤという名を聞くたびにこうして発作を起こされては、迷惑は私の周囲だけには収まらない。街中へ広がり、それはギルドへ――最悪追放だ。そればっかりは至ってしまったが最後、どうにもならん。だから未然に防いでおく必要があり、対策も立てたいのだが……この様子じゃ無理だな。

 

「―――うん、そっか。ねぇ、ついてっちゃダメ?」

 

「あー、だめ。悪いけど、多分行ったら殺される。あの人容赦しないからなぁ……許可はしない」

 

 絶対ついて来るんだろうなぁ。厳命できない辺り、私も甘いことを自覚する。

 自分のトラウマを自分から掘り返そうとする、それは相当に勇気のいる行いだ。人の勇気を踏み(にじ)るなんてことをしてしまったら、私は自分を恨んでしまう。だから、はっきり止められない。

 彼女は私の人形ではない。自由意志があるし、判断能力だってある。難点は融通が利かない所と、ちょっと頑固なところ。一度決めてしまったら簡単に変えちゃくれないのだ。 

 残念ながら、諦めている。

 

「……あ、そうそう、こればかりは覚えておいてください。()()()()()()()、そして、()()()()()()()()()()()()()()ということを」

 

「――ッ! あはは……なーんだ、シオン、正直じゃないなぁ……」

 

 はいはい、そうですよ。正直じゃなくて悪うございました。

 手紙をポケットに突っ込み、念のために無殺の刃を持つ『黒龍』を腰に据えた。これでたとえ暴動が勃発しても、最低限身を守ることはできよう。

 さて、と。手紙の内容は途中で確認するとして、差し入れ何にしようかなぁ……

   

 

   * * *

 

「粗品です」

 

「……あなた、流石にそれは無理があるわ。どう見たって上等品じゃない! こんな魔道具(マジック・アイテム)見たこと無いわよ! それに―――」

 

――無神経も、ほどほどにしてほしい。

 

 極東の特殊文化を真似してか謙遜しているように彼はいう。しかしそうして差し出したものは、繊細な彫刻を施された、魔力の籠る『指輪』。一級品、それ以上の格付けができないのが惜しいと感じる上等品だ。

 しかも、気配から魔力、においや音まで消せると。そこでシオンが提示した可能性は、私の『魅力』も隠蔽する事ができるかもしれない。 

 

 だがそんなことはどうでもいい。それより今は、異常な程に胸が高鳴っている。手をあてなくてもその拍動が感じられるまでに、私は今高揚しているのだ。

 彼に深い意図がないのはわかっている。残念ながら、彼には恋人がいて、その気持ちが私へ転換されることがないことも重々承知だ。しかし、しかしだ……こんな不意打ちはないだろう。

 ようやくやって来たといつものように部屋に通せば、招待の返礼としてこんなものをいきなり出した。魔道具(マジック・アイテム)と言われ、何かと思い蓋を開けてみれば指輪だ。

 

――――念のためにいうが、フレイヤだって永遠の乙女である。

  

 何度も求婚を迫られたこともあれば、強制されそうになったことだってある。だがしかし、それらすべては判り切っていたことで、驚くほど心は底から灰色であった。

 繰り返そう、不意打ちは卑怯であると。

 

「――嵌らなかったら、どうするのよ」

 

 整理なんて到底できず、荒れる感情の中、ようやく絞り出した言葉がそんなつまらない場のつなぎ。あぁどうしようか、目も向けられない。自分がどんな顔をしているのか、純粋を映す彼の瞳の前では見えてしまうから。

 

「嵌りますよ、絶対。ふふっ、なぁに恥ずかしがってるのかなぁ。てっきり慣れているもんだとばかり思っていましたが、案外初心なところもあったのですね」

 

「な、なによ、その馬鹿にしたみたいな言い方! いいわよ、ならこうしてやるわ!」

 

 怒りか羞恥か、珍しく頬を(あで)やかに染め上げる彼女は、甲高い声で態々宣言しテーブルの中央からさっと指輪は失われる。

 立ち上がった彼女は見せつけるように私に左手を出して、その細く華奢な指を開くと、薬指の先に白金の指輪が添えられる。人差し指を親指で優雅に支えられるそれは、抵抗なく彼女の指を通し、そして止まった。

 

「うそ……本当にぴったり……」

 

「それは良かった」

 

――自動調節機能付き、なんて言えないよなぁ。

 

 ティアが嵌めた時から気づいていたが、この指輪、小さくなる分にはいくらでも調整可能らしく、私より明らかにほっそりとした彼女の指が通ることは確定していたことだから、何一つ心配はなかった。

 ただ、それを知らない彼女からしてみれば、感動的事象であるのだろう。苦笑いを堪えるのが必至だ。

 本当に驚いた様子で、左手をしげしげと眺めるフレイヤは、どこか楽しそう。そんな姿が見れただけで、この指輪をあげた対価としては十分としようか。 

 

「……それで、何を見せつけたかったのかな?」

 

「うっ……な、何でもないわよ!}

 

 あら可愛い。というか、そんな大事そうに隠さなくても奪ったりしないから。

 さて、思考を切り替えよう。

 しっかり探れ。端から私には『魅了』等の効果は無に等しいが、少しその気になってみれば感じるものはある。例えば、彼女は気配のレベルから『美しい』わけで、そう簡単に変わる訳もない気配ですらも、『魅了』の効力が無くなればもしかすると変貌しているかもしれない。

 

――あ、うん。変わってるわ。

 

「あの……どう?」

 

「力が強すぎるからかねぇ、一瞬では消えないみたいです。まぁ、どうせあなたは『魅了』が切れても美しい存在ですから、指輪があったところで身を隠す必要はありますけどね。ローブとかは持ってますよね、それを使えば万全だと思います」

 

「そう……ありがとう、シオン。でもどうしてそこまでしてくれるのかしら? 私は貴方に何かしてあげられたわけでもないのよ……?」

 

「それは……まぁ、いろいろお世話になりましたから。ほら、この前とか……」

 

 あぁ、ちょっと思い出して恥ずかしくなってきた。正直この差し入れも、その件のお礼に加えて、自分への戒めであるのだ。粗品と言ったが高級品、あのような歪な関係を続けるのならば、今のように高級品を渡さなければならない。財政難はお断り、というわけで結果戒めに繋がる訳だ。  

 

「――それなら、釣り合ってないわね。貴方の損失が大きいわ」

 

「い、いや、全然そんなことは」

 

 無いとは言い切れないが……しかし、こうでもしないと戒めにならない。

 だがそれを明かしてしまうと、彼女の気分を害すことくらい私は察せる。

 

「ねぇ、シオン。今日は少し『オハナシ』するだけで終わらせようと思ったのだけれど……変更しましょう」

 

 何処か意識を彼方へと誘う、とろみがかった甘い声。耳朶(じだ)をくすぐるように吹きかけられたその甘美な響きに、背筋がぞくりっと震える。

 彼女には今、()()()()()()というものが無かった。だからこそだろう、地が映える。元々容姿そのものが美しい彼女、美の女神としてはそこに強制力が加わっただけに過ぎないのだと。私は強く理解した。

 偽りのない美しさ、ただその一点を見れば、アイズが凌ぐ――ということが嘘になってしまう。何故だか非常に悔しい。

 

「抗わなくていいのよ……貴方は自制心が強すぎるの。もう少し気楽に、自由になっていいのよ……」

 

「フレイヤ……」

 

 椅子に座る私を正面から包みこむ彼女が私をあらぬ方向へ誘う。それに私も乗せられてしまうのか……客観的な理性がそう冷静に判断している中で、動物的本能は彼女の腰に手を回している。

 嬉しそうに、満足げに、したり顔で彼女は微笑んだ。

 

「――フレイヤ様、【イシュタル・ファミリア】が動き始めました」

 

「……オッタル、もう少し空気を読むことを覚えた方がいいわ」

 

 私は助かったけどな……いや、本当に危なかった。この人もしかしたら、魅了の効果がない方が危険人物なのかもしれない。

 困ったものだ、なら私はどうすればよかったのかと不安になるではないか。

 彼の【猛者(おうじゃ)】はそんなことより、大きく変わった主神の気配に若干の戸惑いを見せていた。珍しく動揺するその姿は中々に貴重なものだ。

 

「……はぁ、仕方ないわね。ごめんなさいシオン、また今度しっかり時間をとってしましょう。今度は以前よりも、段階を進めても私は構わないから、忘れないで頂戴」

 

「私が構うわ……というか、歓楽街の一大派閥の動向がどうしたって? 何故に監視つけた」

 

「イシュタルは昔から何かとちょっかいかけてくるのよ。呆れちゃうほどしょうもないものばかりだけど、一応かまってあげているの。でも今回は、ベルを狙っているみたいだから、こらしめてあげようと思ったのよ」

 

「おいおい、貴女まさか……まだベルのこと狙ってたのかよ。懲りないなぁ」

 

「あたりまえでしょう? いい魂がそこにあるのだもの」 

 

 はいはい、貴女もちゃんと神でしたね、忘れてました。

 ぶち壊された雰囲気というものは、たとえ元がどんなものでも気まずいものへと変わってしまう。だが濃度という概念が付いてきて、今は最大限に濃い。具体的には、物理的距離を大きくとってしまうくらいに。長身の従者様はどうやらこの状況を不審に思っているようだが、原因はつかめていないらしい。この人、もしかして戦闘できてもそれ以外からっきしなアイズタイプではないか?

 試しに訊いてみた。

 

「オッタルさんって、料理できるんですか?」

 

「……多少は心得ている」

 

「え、うそ。じゃあ掃除洗濯は?」

 

「問題ない。慣れている」

 

「うっそーん」

 

 料理をするオッタルさん――あぁ、あらぬ方向に進んでしまう。ミトンとエプロンを装備し、均等に並んだクッキーを乗せるオーブン天板なんて持っている姿がまっさきに浮かんだ。 

 失礼だが、言わせてもらう……ちょっと寒気がした。

 この調子で訊いていくと、なんだか私が抱くこの人の像が崩壊してしまう恐れがあるので終了だ。自分の従者を自慢するようににたにた笑むフレイヤが見られたことだし、悪くない区切り。

 

「んじゃ、全然いられなかったけど、帰ろうと思います。『招待状』を見る限り、そこまで急ぎ話す事でもないのでしょう。では、またの機会に。あ、そうそう、指輪はなるべく外しておいた方がいいですよー」

 

「あっ、ちょっと、シオ……ン。早いのよ、いっちゃうのが。一緒に街を歩きたかったのに……」

 

「呼び戻しましょうか」

 

「いいわよ、あの子のこういうところ、嫌いじゃないもの。さっ、オッタル。行きましょう。おいたが過ぎる人には、灸をすえてあげなければならないわ。準備を進めましょ」

 

「はっ」

 

 気づいたらもう何処かへと消えているシオンを追うなんてつまらないことはしない。彼はそうして自由にするからこそ面白いのだ。下手な縛めはそんな彼の面白味を奪う邪魔である。

 だからフレイヤは気に入らなかった。

 人の魂――その器が表す色が見える彼女の『()(がん)』は今や、シオンの魂を覗けるまでに至っている。シオンが退化したか、将又フレイヤが進化したかはさて置いてだ。薄明光線(エンジェルラダー)の如く漏れる光。元々、曇りなき光で包まれていたのだろうその魂には、今のように摩訶不思議な鋼色はなく、綺麗であっただろうに。

 彼は何かに縛られている。その鋼色の、まさに鎖とでもいおうそれが示す事象まで、フレイヤは理解できない。だが、酷似した魂を覗いたことがある彼女には判断ができる。束縛されているのだと。

 彼女はそれを語れないことを悲しく思っていた。何もしてあげられない無力感、だが自分は彼に多くを貰い、多くを借りている。それがどうしようもなくもどかしい。

 

「……ここまでされてしまったら、もう私に立場がないじゃない」

 

 指輪を陽に(かざ)す。ぎらりと揺れた紅い宝石に目を(すが)めた。

 左手の薬指――天界ですらも許すことのなかったその指を通す指輪。はしたなくも笑みが零れる。

 あぁ、名残惜しくも、これをもう外さなくてはならない。

 

 掴むと抵抗なく抜けた指輪を、簡素で何の特徴も挙げられない箱に仕舞う。彼が渡してくれた箱、あまりにも普通なものだから、このせいで不意打ちを受けたのだ。

 大事に保管しようかしら、これも。

 

「ふふっ、嫉妬されちゃうわね、これじゃあ」

 

 誰にでも平等に、それが美の女神としての威厳。心がけを忘れちゃいけない。

 頑張れ、私。

 

 

   * * *

 

 確かに、似ている―――あの朽ちた魂で生きる精霊に。

 シオン曰く、精霊は神を基に形作られるそうだ。ならばそれも道理というよう。『あの男』もよく見つけたと、流石の執念に感服しながら怒りを覚える。何故それだけで飽きないのか。

 狂った人間の思想は理解しないほうがいいそうだ。これ以上は考えたくもない。

 

 ところで、あの人はいつまでシオンから貰った指輪を大事そうに眺めているのだろう、腹立たしい。あの指輪は、実のところ単なる貰い物の受け流しであると教えてあげればどれ程絶望してくれるだろうか。少し興味があるが、先程からずっと気づかれているのは承知だ。ここで手を出せば()()()()()()

 我慢のしどころだ、それを覚える事もまた重要。

 

 それでも今日この行動には収穫がある。

 今まで不明瞭に『名だけ』を恨んでいたわたしの思想は一変する。存在を認識した、性格をみた、その上で再度固め直す。

 わたしはこの人――フレイヤと言う神の存在そのものを、これから怨み、憐れむだろうと。

 数々を蹴落とし、至上の孤高を気取っているこの神が後に受けるであろう『見返り』の数多たることか。楽しみで仕方ない、その様を是非、見届けたい。

 

 つい、漏れた邪気に反応された。

 

「ぁう―――目が、めがぁ……いでぇ、これはづらい……」

 

 ぶっつりと切れた視界。鳥の視界を略奪(ハック)し、今まで覗いていたがどうやら、接続していたその鳥の意識を刈り取られたようだ。お陰で目が痛くて仕方ない。

 殺気で野生動物を気絶させるなんて、本当に何者なのか、あの男は。

 すこしばかり、復讐に時間をかけてしまいそうだ。

 

 



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あくまで事は穏便に

  今回の一言
 見た目は子供頭脳は大人、頭脳は子供見た目は大人、どっちを選ぶ?

では、どうぞ


「……お前等、そろいもそろって馬鹿なのか」

 

「ほんっと、今回ばかりはごめんなさい……流石に反省してます」

 

 突然ベルがさらわれたとの一報が届いたのは、フィンさんに頼まれていた予算案の一例を考えていた時であった。焦るように私を呼んだティアに連れられ向かったホーム、迎えたのは見事な姿勢で床へこすりつけられた頭であった。

 

「んで、どうすんの。放っておく、助ける?」

 

 状況は詳しくしらん。正直そこは関係ないのだが、今重要なのはこの二者択一だ。

 即ち――ファミリアで抗争するか、否かである。

 相手は今のところ()()()()()我がファミリアよりも格上だ。そんなところに喧嘩を売るのは社会的に危うい。主に私が、という限定付きなのだけれど。

 

――聞くに、ベルが攫われた。

 

 それだけではない、あくまでうちに()()()()()()立場である(ミコト)さんもだ。ダンジョン内で腕試し程度に団員全員でダンジョンに潜ったそうだ。

 だがしかし、そこは自由奔放な眷族たち。途中途中で上層に飽きた団員はさっさと帰ってしまったのだ。本当に困った人を選んでしまったと半ば後悔させてくれる。

 恐らく、この()たちがいれば、聞くような強硬策には出られなかったはずだ。

 だからこうして土下座されている訳で、本気で反省しているわけだ。

 

「相手は【イシュタル・ファミリア】でしょう? まったく、面倒な限りですよ。狙いが何だかは知りませんがね、ほんっとに困るんですよ勝手なことばかりされちゃぁ。君が起こしてきた問題、今まで解決していたのはだれでしたか、え?」

 

「お姉ちゃんとシオンです……」

 

「そうだよ、昔っから変わらんなぁ。人に迷惑ばかりかけてくれちゃって」

 

「悪いが、それはお前も変わらないぞ?」

 

「自慢じゃないが、一番の問題児は私だと思っている」

 

「ダメじゃん」

 

 なんてほのぼの会話している訳にもいかないのが、今の急かされる状況だ。

 最悪、フレイヤが動いてしまう。示すのは言うまでもなく地獄絵図(カオス)だろう。

  

 正面玄関(エントランス・ホール)に、動ける構成員が集結した。二人欠けているが片方は夜が滅法ダメな猫だから仕方ないとして、もう一人はどこへ行ったのやら。

 まぁ、この戦力であればたとえ攻め込むこととなろうと余裕だ。むしろ過剰。

 

「おーい、全員聞け。正直こんな戦力はいらない、だからとりあえず、ティアはここでヘスティア様の護衛兼監視約に任ずる。レイナとリナリアは私と来い。戦闘はあるかもしれんが本気は出すなよ。そしてそこの凹凸二人は隠密行動しながらホームへの潜入、あくまで見つかるな。戦闘も避けろ」

 

「はいはーい! ねぇねぇシオン、ルーちゃんと命ちゃんが必ずホームにいるとは限らないんじゃない?」

 

「そうだな。だから私たちは王道から逸れた脇道を片っ端から潰していく。だが、ホームにいる可能性が高い。広いし、逃げ道多いし、高いし」

 

 歓楽街のほぼ八割以上を占める派閥【イシュタル・ファミリア】のホームは巨大且つ複雑であると耳にする。なにせ、小物から大物まで様々な人がこっそり訪れガス抜きする場所だ。バレちゃ不味い人だっている。『金の泉』を受け入れるためにもそうなったと聞くが、そんな中で見つかるか正直心配だ。

 人員を増やすべきか……いや、必要ないな。

 

「さて、決まったら即行動だ。摑まって何されていたら堪ったもんじゃないだろうし。よし、十分待て。ちょっと腹ごしらえしてから行こう」

 

「そんなことしている場合ですか! ベル様が大変なことになっているかもしれない時にぃ……自分は暢気(のんき)に夕食ですか! 人でなし、それでも実の兄ですか!」

 

「いや知らんよ。お腹すいちゃあ動きたくないし、仕事後で疲れてるんだもーん。別に、二人はもう出ててもいいですよ、どうせ時間かかりますし、むしろ急いでください。私たちは近道しますのでそう時間はかかりませんから」

 

 ぎーぎーがみがみと喚く小煩い凹を、少し大人な判断ができる凸が引きずり玄関を通る。彼はベルともはや深いかかわりを持つ人間だ。動きたくて仕方なったのだろう。私のようなテキトー人間を措いてでも。

 それほど急ぐ必要なんてないのだがな。

 

 私の目的は最悪の回避、ベルを救う事でも命さんを救う事でもない。

 今回の最悪とは――フレイヤが動くことで、理不尽な被害の助長、更には死人の山が築かれる惨状の現実。あの人は容赦も分別もなく平等を選ぶだろう。だからこそ恐ろしい結果が待つ。

 それが堪らなく嫌だ。何がなんて具体的に表せないけど、嫌だ。

 

 そんな嫌悪の正体を知る必要はないのだろう。知らないように、防ぐのだ。

 そうして私は自分を守る。逃げだと、解っていたとしても。

 

 

   * * *

 

 

 ころんころりん。奇怪な球体を体で転がし、弄ぶその様は異様に成り果てていた。

 なにせその球体、まさしく眼球。それを不思議な分厚いものが包み補強している。腐敗を防ぐための加工だろう。なんとも(おぞ)ましいことだと見る度に感じるこの眼球は、『ダイダロスの血族』が受け継ぎし執念の呪いにより生まれながら持つ力の根本。

 壊すと刃こぼれが怖い超硬質金属を好き好んで切ろうとは流石の私も思わない。代用手段があるのならば喜んで選ぶのが私の性格だ。

   

「なんか悔しいなぁ、オラリオに長くいるはずなのに、私全然知らなかったもんこんな場所」

 

「当たり前でしょう。多分まだ闇派閥(イヴィルス)の残党がそこいらにいる危険区域ですよ。そもそも公然にはないもの扱い、知ってる方が可笑しいはずなんですよ。ね、レイナ」

 

「私は流石に知っていたがな。まぁ、前に遊び半分で潜ったことがある程度だが」

 

「え、なに、私だけ初見? なんかちょっと寂しい」

 

 緊張感も圧迫感も欠片だって見当たらない、それほどまでに気の抜けた雰囲気。

 圧し潰されてしまいそうな、色のない規則正しい方形の道。つまらないまでに一定で並ぶ灯りに、気が狂いそうになるほど変わらず、空しき反響を繰り返す遠い音。

 狂人たちにより生み出されし、人を狂わせる空間。そんな空間であるのに、彼等は一片たりとも恐怖というものを見せていなかった。

 それもそのはず。一人は構造をよく理解し、迷宮ながらも迷うことを知らない。絶対的信頼を寄せる相手がそんな安心できる要素を持ち合わせているのだから自明、彼女たちが怯えることもないはずだ。

 

「【イシュタル・ファミリア】と闇派閥(イヴィルス)に何かしらの関りがあるのはもう確定していることです。噂程度で確信は持てませんでしたが、先程の出口がもはや証拠でしょう」

 

 私たちは既に主要な娼館のうち一つを完膚なきまでに潰して来た。死人は無に抑えられたはずだ、そう私は信じている。  

 あくまで誰も殺さない、死なせない。臆病な私の腰にはやはり『黒龍』がさげられていた。

 

「『人口迷宮(クノッソス)』を経由しベルが運送されたならば、中々に厄介なこととなります。大前提として、それをなしとしましょう。でないと()りがありませんからね。んで、今が恐らく歓楽街のちょっと外れたくらいのところで、もう少しで次の目的地にたどり着けます」

 

 歓楽街の娼館はあまりにも多い。種類が多すぎるというかなんというか……まぁ理解できない訳でもない思想のお陰で、滅多矢鱈に増えたせいだ。しかしそれに非を浴びせる気にはなれず、丁寧に一つずつ潰すほかない。

 だがしかし、私たちは正直言ってそこいらの輩に負けないくらいには強い。こんなお掃除みたいな簡単に終わるお仕事、走ればそれこそ分単位で終わらせることができるのだ。

   

「ねぇシオン……ちょっと空気の読めないこと訊いていい?」

 

「どうぞご自由に」

 

「……じゃあ、あの、さ。どうしてこんなことばかり知ってるの?」 

 

 酷なことをきいてくれる。

 こんなこと。私はそんな曖昧を、何故だか責めているように聞こえた。重苦しく響く足音に重なり、ずしりと強制力を持って批難しているように、私を苛む。

 少し、寂しく感じたのはどうしてだろうか。

 

「ちょぉっと、まきこまれ体質なだけですよ。それ以外でも、なんでもないです」

 

 無理やりにでも正気を(つくろ)った私の声は、つい音のない失笑を零すほど力ないモノだった。なんと憐れな様だろう。 

 私が常に事件に巻き込まれるのは、巻き込まれるなんて受け身ではない。つい首を突っ込んでしまう。ほっとけない、なんてカッコの付く理念がある訳でもなんでもない。

 昔から異常なまでに強かった好奇心、自制が利かないまでのそれが今までの根本的動力であった。こどもだなんて、うち開けたら言われるかもしれない。実際肉体的には子供なのだけれど、私は一応成人超えているのだ。子ども扱いされるのはダメージが大きい。

 

「よしっ、気晴らしにぶっ飛ばしに行くか! 走るぞ!」

 

「おいシオン、私はこう見えても600を超えている。あまり急かすな」

 

「じゃあオバサンでいい?」

 

「……はい、頑張ります」

 

 この人は、私と逆みたいだね。

 そういえば、私はレイナのことをよく知らない。相手は知っている風なのに、どうしてだろうか。今までこの疑問を放置していたが、もしかするとかなり重要なことなのかもしれない。

 今度――否、先延ばしは良くない。この事件を治めたらすぐに、訊かせてもらおう。

 

 

 

    * * *

 

 

「ふぅ、まだまだ残ってんなぁ。どうします? 見たところまだ大騒動にはなってないようですけど、この数潰しているので時間の問題です。ベルと命さんが出る気配もありませんし……もういっそ、ホームに乗り込みます? ()きました」

 

「同感、もういいじゃん、多分もうあの二人も潜入してるだろうし」

 

「レイナは?」

 

「……正直、もう少し漁りたいが、いいぞ。だいたい1億は稼げた、これで一年は気兼ねなく暮らせる」

 

 1億でたった一年かよ……なんて驚愕が二人を襲うとともに、疑問も浮き上がった。

 一体何のことを示しているのか。 

 そんな二人の口にしない疑問を感じ取り、彼女は漆黒のコートの内側から布袋を取り出す。何の変哲もない、ただの地味な布袋。

 

「なに、それ?」

 

「自慢気な顔されてもわからんわ」

 

 無表情な彼女にしてはわかりやすく、呆け顔となってしまう。

 まさか、それほどまでに有名な代物なのか……!? リナリアと合わせた目、二人はそろって「いや、ないな」と即座位に疑いを切り捨てた。

 頷き合って合意するそんな様子に、一人寂しくしゅんとなるレイナはぼそぼそと、覇気なくその袋を説明を始めた。

 

「……知らんのか。これはエルフの奇才『アルタイル』が創った『びっくり袋』という便利アイテムだ。二つセットなのだが、入口から物をいれると出口に抜ける――正確には転送される仕組み。(かさ)()らないが入れたものはここからでは取り出せない。盗みにぴったりの逸品なのだ」

 

「因みに容量は?」

 

「無限に等しいほどだな。ただし欠点は 袋の口を通るものしか入れられない」

 

「充分としか思えん。それください」

 

「やらん」

 

 わーわーぎゃーぎゃーそこからひとしきり奪い合ったが、結局シオンは諦める。 

 よくよく考えてみれば、エルフなんかより優秀な魔法技術を持つ存在がいるじゃないか。ふっ、こんな欠陥品よりすんごい物つくって腰抜かしてやる……

 

「ねぇ、馬鹿やってるのは良いけど、なんか入り口で爆発おきてるよ?」

 

「……ヤバイ、動きやがった」

 

「……? 私たち以外にも、襲撃する人間がいたのか」

 

「うん、いる。というかこれは本気で不味い! 急ぐぞ、死人が出る……」

 

 それを聞いて即座に反応する二人。私が始めに言いつけた『死人は出すな』という厳命をすぐに思い出してくれたようで、私の動きに遅れることなくついて来た。

 何十メートルもの高さをもつ制圧済みの塔を飛び降りる。

 黒煙が昇るのは歓楽街の入り口、その一つ。半ば混乱気味となる通りなんて経由できず、屋根伝いに飛び跳ねていく。

 

「リナリア、レイナ。二人はもう本命に向かってくれ、私はあいつらの()()に向かう」

 

「……シオン、私も付き添おうか?」

 

「いらん、むしろ邪魔だ。ひっこんでろ、巻き込んで怪我させちゃうだろ」

 

「あははっ、シオン変わんないなぁ」

 

 一笑されたがそれでもいい。ここにもしもだが、あの武人が来ているというのなら、被害は恐ろしいことになる。戦えば、という限定になるが。私が手を出せば必ずあの人は逆襲する。

 今回ばかりは刃を交えることを控えたい……いくらぶっ壊しても修復するダンジョンとは異なるのだ。それに、人も多い。被害は考えたくもないな。

 まぁ恐らく、他の人は大抵すぐに戦闘不能にできるだろうから……私が気にするのは、目撃されないこと。そして死人を出さないこと。

 

「よし、行ってこい! ただし顔を見られるなよ」

 

「「了解」」

 

 フードを目深にかぶり、別方向に飛んでいく二人。身軽なレイナに対し、少々見劣りするリナリアの立ち回り。やはり、そこの経験の差が見られた。よかった、リナリアを独りで行かせなくて。

 おそろいのフードを目深に被る。視界半分遮られても関係ない、足並み崩さず無音で向かう先、またも爆発、上がる黒煙。安穏な空を乱すように黒煙は空を覆った。降り注ぐ不安の嵐、度々上がる絶叫がそれを反撥する。

 無差別殺人でも起きそうに勢いに、私は更に、ギアを上げた。

 

  

 

 

 



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最後の一手はクイーンで

  今回の一言
 ダンまち内でも、私と同じように腰痛に悩む人はいるのだろうか。

では、どうぞ


「おいおいやり過ぎだっての!」

 

 無差別という言葉を真に感じるその光景。視界に入る者すべてを斬り付け、戦闘不能へと追い込むまさに蹂躙。抵抗あれど【戦闘娼婦(バーベラ)】なんて一瞬で蹴散らされる。

 悲鳴が錯綜し、人工灯で目が眩むほどの通りが暗色に染まる光景は、正常な感性を持つ者ならば狂ってしまうくらいの残酷さ。これがここ一ヶ所だけではないのだから苦労させられる。

 

 歓楽街の重要性は利用しない私も知っている。オラリオ内の産業収入うち六割が欲望に忠実な男から絞り出されたもの。それが丸々壊されてみろ、一瞬にして産業崩壊するわ。

 私だってオラリオの住人、戸籍だって持っている。だからこの都市が不景気になられると困るのだ。産業大切、働く気はないけどな。

 

――と、間抜けなこと考えてる暇ないわ。

 

「ちょっと眠っておいてねぇ」

 

「なっ、貴様はっ―――――」

 

 首を落とす――その気で斬っても皮一枚すら剥けることはない。吸い取られるような感覚を伴って、気力を失い、痛みのない眠るような気絶が待っている、ただそれだけ。

 人殺しに慣れた者が先頭に立ち、まだ手際よくいかない者が後続となりスピード優先の先頭が見逃した奴らを確実に殺すえげつない手口。嫌気が差す、無情な殺し以上に無意味なことはない。

 先頭を瞬時に戦闘不能へ追い込み、そいつらを足元にあえて佇んだ。切先をローブの隙間から覗かせる、見せつけるように、脅しをかけるかのように。

 狙い通り、彼等は一歩、また一歩と退いていく。しかし、ふと足が止まった。その顔に浮かぶのは、覚悟か――否、恐怖だ。見捨てられる、弱者と認定されたその先を恐れている。

 

「可哀相に」

 

 その一言が届いたかどうかは知らないが、我を失ったかのような顔をして彼らは襲い掛かって来る。憐れにも彼女の『愛』にとり憑かれたある種犠牲者。

 せめて苦しめまいと、彼等の意識に残らぬように気を使い、きり倒してあげる。私チョー優しい。本当はズタズタに斬って、放置してあげようと思ったのだけれどね。

 フレイヤの眷族だし、彼女だって一度興味を持って自分のファミリアに引き込んだのだ。それを消したら――おぉう、たとえ私でも何されるかわかったもんじゃないな。

 

「……とりあえず、一ヶ所制圧」

 

 この様子だと一時間は起きないだろうし、拘束も必要ないだろう。たとえ起きたとしても、誰も襲わなきゃ良しだ。死人が出なければいいだけのこと。

 理不尽な死ほど、嫌なことはないし。

 

 また一っ飛び。そして制圧、たまに怪我人の応急処置。それを繰り返すだけ。

 十にも見えない子供がいた時は驚いたものだが、流石娼館……と目を瞑るしかなかった。現実って怖い、何より人間の性癖が怖くなりましたわたくしです。

 進軍の中心地からははずれた周囲、まずはそこから攻めていくのだ。進軍の中央、ゆったりとした速度で落ち着くそこには必ず主力が存在する。オッタル、その可能性が高い。

 

―――後回ししたそこに、漸く辿り着く。

 

「……あたりが静かになっていたと思ったが、貴様が原因か」

 

「…………」

 

 警戒心をあらわにして、案の定居た彼が私に重厚な切先を向ける。背後に一柱の神を庇い、まさに身を賭けた盾。それにして強力無比の武器。

 だが、私はそんな態度に少々違和感を覚えてしまった。

 

「貴様が何の目的を持っているかは知らぬが、立ちはだかるならば容赦はせん。腕に自信があるようだが、ただで済むと思うな」

 

――やっぱり、気づかれてないんじゃん。

 

 おいおい私どんだけ興味持たれてないんだよ。悲しくなっちゃうよ、泣いちゃうよ? 

 いきなり泣き出したら奇人判定されるだけなので、流石に泣きはしないが。それでもちょっと落ち込むな……私ってそんなに特徴ない人間なのね。

 

 殺気をむんむんと放出している彼には悪いが、私は戦う気がない。あくまで今の目的は鎮圧・抑制であって、戦闘による被害増大ではない。

 仰々しく私は両の手を挙げ、武器がそれ以上ないこと見せつける。胡乱(うろん)に見られても気にせず、降ろした瞬間刃を納めた。心地の良い鯉口の音を聞き、これで警戒を緩めてくれるか――なんて予想する暇もなく願いとは逆の状況となってしまう。

 彼はまったく刃を引かない。

 

「……いやいや、もう何もないから、殺気飛ばすなよ。今、戦いたいわけじゃないし」

 

「その声……おい、顔を見せろ。確認がしたい」

 

「これ以上破壊工作を続けないのならば検討してあげてもいいです」

 

「別に壊したくて壊しているわけではないのだけれど……あら? 本当にシオンじゃない! 歓楽街なんかに何しに来たのかしら?」

 

 その声を聞いた瞬間、呆れを通り越した感心に溜め息が漏れた。

 たとえ超優秀な護衛がいるとしても、だ。か弱い神を戦場紛いの地に赴くのは賛成できない。しかも一大派閥の主……見る限り一般人に成り済まそうとする努力もしておらず、完全に神丸出しだ。 

 茶色のダッフルコートを着ているあたり、隠す気はあるようだがな。

 フードを被っていても気づくフレイヤはどうやらオッタルよりも観察力が優れているらしい。まだまだじゃのう、戦闘ばっかりして人を見ないからそうなるんだ。人のこと言えないけど。

 

「まっ、どうせ知ってると思いますけど、ベルが誘拐されちゃいましてね。それを奪取しにきた、というわけです。【フレイヤ・ファミリア】さんはどうやらどこかの女神に灸でも据えに来たところですかね」

 

「素晴らしい明察ね」

 

「わかりやすいものですから。だがしかし、この被害はやりすぎです」

 

「場所が分からなかったのだから仕方ないでしょう? 洗い出す必要があったのよ」

 

「まるで(しらみ)(つぶ)しだなおい」

 

 何か裏がありそうなほど安易なやり方だ。例えば起こした騒動に便乗して、事故に見せかけた『厄介者』の暗殺、とか――ないか、ないな。

 神が神を殺すことは何度となくあったそうだ。あくまで上界において、という条件付きだが。下界では神殺しなど滅多に起きない。

 ものを知らない『子供』くらいが神を稀に殺す。そのときに発動するのが『神の防衛本能(アルカナム)』、それが示すのは強制送還という抗いようがない(ルール)

 あれはかなり目立つらしい。天まで屹立する柱、不干渉なその柱の中を神が抗い虚しく昇って行くそうだ。地上に見せつける――他の神を、戒めるかのように。

  

「ねぇシオン。私の子たちはどうしたのかしら」

 

「全員伸びてますよ、暴れていたやつらは」

 

「あらそう……それは残念だわ。絶望しちゃわないといいけど、大丈夫かしらね。でも、どうしましょう、これじゃあ場所を特定できないじゃない――あら、あれは何?」

 

「おっ、当たったな。見つかりましたよ」

 

 困った様に小首をかしげる彼女が、ふと私から目を切った。その先は上空――私の背後、曇天から数多降り注ぐ雷撃が、中心地を焼き尽くさんばかりの勢いで荒れる天災に等しい景色。 

 私が事前に指示をしていた、全員に発見を知らせる合図。ちょっと派手過ぎてあそこに突っ込むことをためらってしまうが、私にあたることはないだろう。 

 

「私は向かいますけど、お二人はどうします? ついてきます?」

 

「あら、頼もしい護衛が二人に増えたわね、ありがたいわ」

 

「あくまで自分が行くていを譲らんな……まぁどっちでもいいけど」

 

 ついて行く、ということを嫌うのは女王なりのなにか譲れないアイデンティティーなのだろうか。別段気にする事でもないだろうに。自分が先導する――そうでなければと考える気持ちも、理解できない訳ではないが。

 急ぐことも無く、タッタッカタッタッ――やけに響くヒールの音を背に無言で向かった。もどかしい、どこか痒くなるような空気が漂うが、何故だか先に言い出したら負けだと思って何もしない。

 もう既に被害が及んだ、燃え盛る家屋の火柱が更に周囲の木造建築物を焼いていく。眼をあぶるほどの紅蓮が続々と広がるさまは既に諦めを宣告していた。私の密かな努力も空しく灰となってしまったようだ。

 

 どうしよう、これは本気で身を隠さなければならなくなった。

 

 世間の責任追及というものは中々に恐ろしく、強力な権力(バック)をもたない人間にとって理不尽に等しい難敵である。ギルドなんて一大権力に勝る力をまさか私が持つわけない。

 

―――光を伴い、強烈な音が腹の奥まで震わせた。

 

「ありゃー、派手にやってんなぁ。こりゃもしかしなくても急いだほうが得策?」

 

「私ヒールよ? まさか走らせるつもりじゃないわよね」

 

「なら担いでもらえ」

 

「貴方に担がれたいわ。お姫様抱っこで大歓迎よ」

 

「知ってる? お姫様抱っこって、結構腕に負担かかるんだよ?」

 

 慣れないことだから特に。加えて、心的疲労が大きいから特に。

 腕に荷重がかかるだけならば正直何ら問題ないのだが、慣れない動きを伴うがゆえ、幾ら私でも疲れるものは疲れる。

 

「じゃあいいよ、私だけ行くから。追ってきてくださいね、邪魔は駆除しておきますから。――っと、その為に目的の確認。貴女方は、神イシュタルへ()()()()()ことが目的なんですよね」

 

「えぇ、そうよ。それ以外に興味はないわ。今のところは、ね」

 

「何だその意味深長な言い方は……まぁいい。んじゃ、神イシュタル以外はとりあえず殲滅しておきます。あぁそうそう、人は殺しちゃだめですよ。貴女の眷族たちに言っておいてくださいね」

 

 いくつか言い残して、シオンは颯爽と立ち去ってしまう。返事も何も聞かずに、自由気ままも過ぎるというものだ。しかし、歓楽街の中心で火を噴き出すあの塔を見ればその急ぎっぷりにも納得の理由が付けられる。

 思いのほか丈夫に作られていたその塔は、強烈な爆発すらも耐え地に壁をつけようとはしない。だがその根性も時間と共にすり減っていく。それでも塔で続けられる戦闘、彼の判断は正しい。

 

 正当な行動に思わずため息が出る。もう少し、柔らかい生き方をしてもいいのではないかと。そんな意思が込められていた。  

 隣で控えているオッタルも、珍しく溜め息らしき疲労の籠った息を吐く。最近の主の様子に、強いストレスを感じているよう。従者という者も中々に大変なのだ。

  

 そんな二人の疲れの根源が、シオンにあることは本人の知るところではない。

 

「……限度という概念を知らんのか、あいつらは――?」

 

 はぁ、こんなところでも溜め息があった。人を困らせる彼でも、困らされる人はいるらしい。難儀なように世はできている。なんとも不合理なことだ。いや、これこそが合理なのだろうか。

 曖昧(あいまい)模糊(もこ)としていて、理解し難い現実の理など知ったことか。それを体現するかのように、あたりまえのように飛んだその高さおよそ五階分。着いた足は、二分された空中廊下のある一方。

 

「怖いくらいに気配がないな……上でやってるのが全員なのか?」

 

 ファミリアの規模からして、この人数は少し違和感を感じるが……まぁ、詳細なんて知らんからな。とりあえず、妨害の可能性がある障害のみを排除しておけばいいだろう。後はベル――ついでに(ミコト)さんを回収して撤収。ここまで騒がしいと、恐らく二人とも最上階にいるはず―――

 

「――今降ってったの、命さん?」

 

 格好があまりにも違い過ぎたから一瞬分からなかったわ。

 そこに在るべき通路が無く、空しく地へ下った影はまさしく漆黒。振り撒く鮮血を置き去りにするほどの速度での、頭部を下に向けた落下。付け加えると、彼女の見開かれた目にはっきりした意思が見受けられなかった。

 

「あ、あぶねー。運いいなこの人、この状態で生きているとか、そうでも無ければとんでもない執念だぞ……」

 

 受け止めたときの感触は、有り体に言って『パリッ』、もしくは『カサッ』だろうか。人間らしい柔らかさ、肉独自の質感が完膚なきほどに消えているのだ。

 唯一彼女を人間と照明したのは、恐らくサラマンダーの加護を供えていたであろう顔隠しの下。煤で汚れてはいるが、極東人独特の肌色をした、確かに見覚えのある彼女の顔だった。

 

「しっかし、このままじゃ死ぬな……ティアー、おーいティアー、いるかー」

 

 彼女ならばこの傷に対し、応急処置もできるであろう。ある程度直せば頼もしい治癒術師に後を任せればいい。まぁ、ティアでもなんとかなるならそれに超したことはないのだけれど。 

 

「……来ないな。仕方ない、連れて行くか」

 

 戦闘不能なほどの怪我人を戦場に復帰させるなど鬼以外の何でもないが、これが最善策でどうしようもない。それに、もう最上階以外に行く意味がないことは確定している。

 少し負担になるかもしれないが、耐えてほしい。

 

 流石の私でも、気配りしながら一足飛びに飛んで安全でいられる自信はない。

 ぴょんぴょんと 数度飛べば静かな地上とは大違いな屋上へ踊り出る。

 地獄絵図の戦場、多対一の標本がそこには広がっていた。ひっそりと覗いていれば、彼ら彼女らがこうして戦っている理由がすぐに判明する。

 人垣の奥に独りで座り込み、泣き叫んでいる獣人。黄金色に輝く珍しい毛並み、未だその存在を確認したことはなかったが、あれこそが狐を祖とする稀有な獣人、狐人(ルナール)と呼ばれる種族だろう。

 確かにあの毛並みは魅力的だが、命を懸けてまで欲すほどのものだろうか。ベルが今まさに彼女の為に戦っている理由が今一つ浮かばない。

 

「っと、そんなことより」

 

『ティア。五秒後、背後に5M飛べ』

 

 びくんっ、とティアの肩が跳ね上がる、久しぶりに使用したが、こういうときこそ使えるのがこのスキルだ。別に心の中にいる寂しがり屋さんと会話するためにあるスキルではない。

 なんてばからしいことを考えている内に気付けば五秒、指示通り彼女は飛んだ。突然の退避に敵は驚いているようだが、一番間抜けな顔をしてたのは現状に混乱するティアである。

 なんかゴメン。心中でそう謝意を送りながらも、実際に送ったのは一条の風圧。この高さだ、真っ向勝負なんてする必要がない。吹き飛ばせばいいだけのことだ。

 

「ちょ、ちょっとちょっとシーオーン! 来るの遅い、何してたのさ……って、あ、命さん、生きてたんだ。てっきり死んだのかとばかり……」

 

「現在進行形で死にかけだ。さっさと治癒してやれ、護衛はするから」

 

「りょーかい」

 

 そうして唱えだしたのは、どこだかで聞いた覚えのある呪文。そう、確か潰れた眼球さえも修復してしまう治癒術だ。本当にありがたい、これで無駄な責任を取らなくて済む。

 さてさて、これで身一つ。かなり自由になったわけだが……どうするべきか。ベルその他諸々にこの場を任せて、私はさっさと神イシュタルを探しに行くべきか。

 二つに一つだな。

 

「―――流石に、死んだ細胞は元に戻せないかな。修復はしたけど、これじゃあ数日は不自由になるかも」

 

「あるだけいいもんだろ。んじゃ、後はよろしく。私は元凶を探しに行くので」

 

「え、ちょ……人の話は聞こうよ……」

 

 繰り返すが、人の話を聞かず、自己中心(マイペース)で事を進めるのがシオンである。その性格は中々変わるものではない。彼の数ある欠点の中で、最も都合の悪いものだ。

 

 彼の立ち去ったそこでは、彼の存在に関わらず激化する一方だ。

 そんなのしったこっちゃないわ、自分で起こした問題は自分で収集つけろ。彼は誰にも聞かれることのないい訳を零しながら、無駄に広く長く、そして暗い廊下を無音で行く。

 背後の戦闘音はうんざりするほど煩いけれど、同じくらいこの廊下を反響するヒールの音は耳障りだ。威厳のない、落ち着きも無い。ただ迷惑な、床を打つ音。

   

「探す手間が省ける事だけが、唯一の利点かねぇ……」

 

 それも、相手にとってはただの損でしかないのだが。

 逃げるような足音を追い詰める。それだけでは面白味に欠けるから、かんっ、かんっ、かんっと足音代わりに(こじり)を軽く打ちつけていく。重く廊下を反響して伝わるその音をかき消す戦闘音が次第になくなるにつれて、段々と大きさを増していく。逃げれば逃げるほど、追って来るかのように。

 逃げ場のない、追いかけっこであるかのように。

 

「みーつけた」

 

 廊下を曲がると、焦りのあまりにどたばたと逃げる二つの人影。照明も消えるの中ですら、確実にその二つを捉える。ひとつ違う気配、それが片方こそ神であると告げていた。

 か細い悲鳴が上がる。相手からしたらそりゃ恐ろしいことこの上ないだろう。得体の知れぬ音に追いかけられ、その音が人とわかり、しかも自分たちを本当に追っていたと現実を突き付けられたのだから。

 逃げる先はただの一本道――しかも、もれなく行き止まりもある訳だ。いいや、行き止まりができている、というべきだろう。何せそこには通路があったはずなのだから。

 

「残念でした、さっきの爆発でかなぁ、ぶっ壊れちゃったんだよね」

 

 空中廊下。本来は景観的に美しいはずのそれが、あの神には何に見えているのだろう。自分を追い詰める、断崖絶壁だろうか。なんだそれ、チョー怖いな。

 盛る小さな炎ですら、絶望の淵に立つあの女神は劫火に見紛うだろう。まるで防御力のない服装で身をさらす淫靡なこの神、あの焔に落としたら一体どうなるだろうか。

 

「しっかし、勇敢だねぇ。忠ですよ実なシモベさん。そんな女神、庇う理由があるのかつくづく理解できませんよ」

 

「命を懸けてやらなければいけないこと、それは誰にだってある――!」

 

 震え声ながら良く言った、その感心に場違いな笑みを浮かべてしまう。

 この人はしっかりと男をしている。自分の守るべきものを定め、それをいざというときに確かに実行しているのだから。そのありように一体誰が文句をつけられよう、一体誰が否定できようか。

 しかし残念なことに、それももうおしまいだ。ふぃにっしゅである。

 

 私の背後から悠然と近づく、もはやその足音一つにすら上品さを感じさせる存在。気配からある種孤独とまで言われる、隔絶した女神。それは一種の分類で目の前の醜悪に顔を歪める神と同じだというのだから、何だか悲しくなってしまう。いや、これは憐れに思っているのだろう。同一視されると同時に必然的に起こる比較という虚しい現象。それが示す内容は酷く無惨で、救いすら自らを苦しめるどうしようもないことばかりだ。

 

「はぁ、いいところだったのになぁ」

 

「あらあら、お邪魔してしまったようね、ごめんなさい。でも、あっちの人は私に用があるみたいなの。かまってあげてもいいかしら」

 

「えぇ、どうぞどうぞ。その方が面白そうです」

 

 これから先を考えているのだろう。変態的に頬を染め、生温かい吐息で妖艶さを醸し出す彼女はどこか楽しそう。その気分を害す方が絶対つまらないだろう。

 道を譲ってやると、彼女は自らを誇示するかのように尚中央を歩む。

 

「タムンズ!」

 

 醜悪な声の叫び、苦く顔を歪める男は、それでも自分を貫くためかフレイヤへと立ち向かった。だがその足取りは次第に弱まっていく。彼女に近づけば近づくほど、まるで攻撃する気力を失うかのように、それ自体をためらうかのように――いや、全てを忘れて彼女に見惚れるかのように。

 彼女の目と鼻の先、それほどまで近づいただけで彼は膝から(くずお)れる。サービスとばかりに、そこまで耐えた男の頬を一撫で。

 

――奇声を上げ、男は完全に堕ちた。

 

「うっわ、えげつねぇ。人の『魅了』を打ち消す『魅了』とか。貴女神辞めて悪魔になった方がいいんじゃないの?」

 

「流石に私も傷つくのだけれど……まぁいいわ。先に此方をどうにかしたいもの」

 

 勝手に『魅了』しておきながら放置するあたり彼女の鬼的性格が窺える。もう、だからこうやって敵作っちゃうんだよ。

 武器も意地も、何もなくしたその敵さんは、茫然(ぼうぜん)と立ち尽くすしかなかった。

 フレイヤ、ふれいや、ふれいや、ふれいや――――何度も何度も零すその名には、丁寧に一つ一つ憎悪が込められていた。長い長い、ひたすらに長い間苦しめられた気持ちが、溢れ出てしまっているかのように、ただの一つとして同じ(うら)みがない。

 

「イシュタル。私は寛大よ、今までのようなある程度のことは見逃してきたわ。宴で私のワインに媚薬を混ぜたことも、神会(デナトゥス)で私の席を壊れやすい椅子にしたことも、もう許しているわ」

 

 え、なに、この二人の争いってそんなにねちっこいものだったの? 初耳の事実があんまりにもしょーもなくて逆に驚いている今日この頃です。

 というか、そんな噛みしめるように言って……本当に気にしてないの?

 

「でもね、今回ばかりはダメよ。だって、あの子に手を出しちゃったのだもの。知っているでしょう。恋する乙女から相手を盗ったら恐ろしい報復が待っていることくらい」

 

「小ッ恥ずかしいな……」

 

「だ、黙りなさい。今はそう言う雰囲気じゃないの……! んっ、少し逸れたけど、要するに私は今あなたのことが許せないの。理解していただける?」

 

 無理だよなぁ……そんなこと態々聞くなんて鬼畜だぜ、本当に。

 これから先、何が起こるかはもう大体見当がついた。赤の他人である私が想像できるのだ、張本人たる神イシュタルが、これから自分の身に何が起ころうとしているかを察知できない訳がない。

 

「や、やめ――」

 

「嫌よ」

 

 抵抗虚しく、慈悲を求めて伸ばされた右手は空を切った。フレイヤの応えは、慈悲ではなくヒールの尖端を頬に突き刺す勢いの回し蹴り。何のために彼女がヒールを履いていたのか納得できたきがした。

 上体が後ろに倒され――支えてくれる床もない彼女は抗う術を持たず落下するのみだった。誰一人として彼女を救えない、救わない。全てが敵となった錯覚に苛まれながら、彼女は『死ぬ』のだろう。

 

「さようなら、イシュタル」

 

 フレイヤは、彼女の死にざまを見届けることなくそこに背を向けた。もう興味を失ったかのように、ゴミでも払い落とすかのような簡単さで。

 彼女の背後に屹立したのは、存在を掴み難い、だが確かにそこに存在する六角柱。膜のように輝くそれを見届け、これこそが『強制送還』という残酷な現象なのだと理解した。

 

「少し、見ていくか……」

 

 ふと、その柱を見てそんな気になった。見ようとして、足を止める。

 そう、私はそうしているはずなのだ。

 だがどうしてだろう。足が震える、ろくに体重を支えられない。驚くほどあっさりと崩れ、ずとんとお尻を付いてしまう。まったく足に力が入らなくなってしまった。

 遅く理解した。動こうとしないんじゃない、認めがたいことに、動けない

 理由なんてわからない。だがなんだ、ひどく痛い。苦しい。不快だ。この光景が憎たらしくて仕方ない――心の底から湧いて出て来る感情を表すならばそうだろう。

 理解不能に苦しめられているのか。否、違う。その程度じゃあ脳をこんな激痛が走ることはない。耐えられなくて、反射的に無様な悲鳴を上げてしまうまでのこんな痛みを――

  

 

―――私は、知っているのか?

 

 

 ひどくあっけなく、その痛みは瞬間的に消えた。正体を知らせることなく、消えた。

 何もすることができなかった私は、無様にそこで転がるしかなかった。

 

 

 

 



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怖いと感じているのだろうか

  今回の一言
 すっごく噛みきれない感が……

では、どうぞ


―――かくして、一人の少年は『神』になりました。

 

 前触れとか、使命とか、そんなものはなく。ただ突然と彼は『神』に選ばれました。

 彼は『神』と、仕立て上げられたのです。奉られてしまったのです。

 ただ一つの、『どんなことでも忘れることができない』という呪いじみた特性を持ち生まれた彼は望んでもいません。されど、拒否を示すこともありませんでした。

 彼はどこか世界に対して達感で、どうしようもなくつまらなそうな顔をしていたのです。

 まるで、そうなることを()()()()()()()()()()()()かのように。

 忘れられない特性と、全てを知ろうとする知識欲が生み出したものは、完全な未来予想をも可能とする恐ろしい『神様』だったのです。

 

 人々はそれを知りもせず『神様』に頼り、そしてあっけなく殺しました。

 

 それからはやいくつか数えて、とある町に『英雄』が生まれました。

 少女と見紛うばかりの人並外れた美しき姿。どこか浮世離れした存在であった彼の出自は誰も知らない。ただ突然と、その年十六ほどで姿を現したのです。 

 その都市に住まうものは、誰もが彼を求めました。

 しかし、彼はそれに応えず。ただ待つようにいた一柱の神にこういったそうです。

 

『いいよ』

 

 ただその一言だけを告げて、彼は静かに笑みを浮かべました。

 彼と神はそれからすぐ眷族(かぞく)の契りを結びました。

 彼が英雄と呼ばれるようになったのは、そう遠くない未来のことです。

 

 富も名声も、あまつさえ命さえも彼の思うがままにできる。それが喜ばしいことだと、正しいことだと思われるようになるほど、彼の存在は大きなものとなりました。

 しかし、彼は多くを望みません。たった一つの、大きなものを望んだだけでした。

 

 契りを結んだその神の側に居続けられること。

 彼にとってはそれだけで十分で、望まれた()()にとっても喜ばしい事でした。

 

 それからしばらく、彼らは平穏に――そして誰よりも幸せと誇れる生活を送りました。

 しかし、二人は一つの不幸に襲われてしまったのです。

 

 世界の暗転を晴らすため、愛する神を救うため。彼は奮起しました。

 戦って、戦って、そして戦って――いくら死んでも足りないほどに傷ついて。

 そして彼が得たものとは、愛するものとの別れと、己の死。

 

 屹立する、手を伸ばしたところで空を切るばかりの天に伸びる柱。

 ボロボロの彼はその下で嘆き苦しみ、ひたすらに自分を責めました。

 

 こんなんじゃ意味がない、と。何のために私は戦ったのか、と。

 

 そして、ゴメンナサイ、と。

 

 しかし結果は変わりません。『(ルール)』を破った彼女は足掻くことも無くその運命を受け入れたのです。彼の力になれたこと、彼女は最後にそれだけの幸せを手に入れて、去ってしましました。

 昇り逝く彼女の姿は、暗く淀んだ世界を割る黄金の太陽のように煌めていました。

 それは、彼女が最後に浮かべたのが、笑顔だったからかもしれません。

 

 それでも、対照的に絶望した彼は、その叫びを持ち――根源へと無為な特攻をしました。

 本当の『英雄』となった彼の、全てを捨ててまでぶつけた憎しみは、己までも蝕み、殺したそうです。

 しかし、憎しみでは、あの『竜』を殺すことができませんでした。

 

 結局彼は失うばかりで、とても悲しい英雄として語られました。

 そう、まるで意味のない――(あだ)(ばなし)であるかのように。

 

 忘れ去られた英雄の名を()()()といった。

 そしてその女神の名は―――

 

 

    * * *

 

「……室内、病室か」

 

 あぁ、ひどく落ち着く。単純で強く明確な色ばかりで染まった夢を見た後じゃ、簡素な病室も悪くない。普段はこんなにも清潔に整備された場所へ放り込まれたら落ち着けないだろう。

 だが今はありがたい、無人であることがなによりも。

 つよく、それこそ自分を砕いてしまうほど強く、己を守るように身を抱いた。

 全身から気持ち悪いほど出る汗が止まらない。呼吸も落ち着かない、なにより心が落ち着かなかった。 

 まるで自分が体験したかのような鮮明な夢。しかしそれは自分の記憶にないこと。 

 何度となくこれまでに経験したものと似ていて、乖離している。鮮明という二文字がまさしく当てはまるような現実感。

 感じた絶望も、与えられた幸福も、別れ際に離れた温もりすらも。

 己を蝕んだ、本当の死という恐怖も。

 

 ただ一つ、『彼女』の笑顔を除いては。

 

「なんなんだよ……ッ」

 

 手の震えが止まらない、戦慄く唇から発せられる音はひどく揺れていた。

 あぁ、独りがこんなにも寂しいのか。

 慣れたつもりでいたのに、へっちゃらだと思い込んでいた。

 残されることが、こんなにも辛いだなんて。他人のものとは思えない感情に、どうしてか苦しめられる。

 無様ながら身を守るように、布団の中に隠れてしまう私の弱い心はどうしようもないほどズタズタに荒れていた。こんな恐怖は、初めてだ。

 

「――――ッ!」

 

 重い金属と、床板がぶつかる音が低く反響した。

 ばしゃり、撒かれる水をぺちゃりと踏んでは一足飛びにやってくる音。

 強い衝撃に肺むせかける。ぎゅっと体を締め付けられ、その力は痛みなんて感じないほどに優しいのに、強く苦しいほどに締めつけられる。

 遅れて気付いたのは、堪え切れずに漏れてしまったかのようなえずく声。その姿は見えない、その鳴き声を私は知らない。

 でも、確かにわかるんだ。

 この温もりは知っている、この気配を知っている。この声を確かに、知っている。

 布団を剥ぎ、顔を露わにすればまた言いようのない恐怖が私を襲う。だがそれでも、耐える他なかった。

 なにせ、私よりも怖い思いをさせてしまったかもしれない女の子が、目の前で泣いているのだから。

 

「……心配かけた?」

 

 胸に強く額を擦りつける彼女に語りかける。縦にずりずり、一度強く動く。

 

「ごめん、こんなはずなかったんだけど……ごめん」

 

 今度は横に、強く何度も。

 それが告げているのは否定だろうか、それとも慰めだろうか。 

 

「だいじょうぶ、なんだよねっ……いなくなったり、しないよね……!?」

 

「いらない心配ですね。安心してください。貴女をおいて、どこにいこうだなんて思いませんから」

 

「……ほんとに?」

 

「えぇ、ほんとです」

 

 安心させようと動かした右手。撫でられるのを恥ずかしがっても大好きだと言う彼女にとってこれは安心になるだろうと―――しかし、その手が思い通りに動いてくれない。

 あえなく、ついたのは彼女の腰。引き寄せ抱きしめてあげる事しかできない。それも不格好に、そこに揺らぐ気持ちを持って。

 

「……そっか」

 

 彼女はその一言を零して、もう言及も何もしない。ただそっと寄り添うのみ。

 その優しさが何よりも彼の自責に繋がったとは、知り得るはずもないだろう。正直でいてくれる彼女に対して、自分は本当を明かすことができないのだから。

 自分の知らないことは、知らない。明かすことなどできるはずもない。

 

 暫くの間、そうして私は慰め――否、慰められ続けた。

 どうしようもなく弱い私に、こうして構ってくれるアイズには感謝しかない。

 

―――シオンが意識不明と伝えられたのは、ティアちゃんからであった。

 

 朝になってもヒトリボッチの家で心細さを感じている中、とんとん、二度打ったノックに思わず飛び出しそうになってしまった。だが言いつけを守って外しっかり見て、ティアちゃんただ一人であることを確認する。

 その神妙な顔から伝えられた事実は、シオンがいないことこそ何よりの証拠だった。

 駆けつけた先に待っていたのはアミッド。案内され向かった『特別治療室』という場所に、シオンは静かに――とてもそう言えないさまで寝ていた。否、暴れていた。

 超合金で縛り付ける。一体何をしているのかと混乱したが、軋むほどに暴れ、何かを求めるように慟哭する彼の様を見れば、何も言い返すことができなかった。

 

 衝撃に呑まれたまま彼を見守り続けていると、いったいどれだけ経っただろう。彼が落ち付き、まるで死んだように動かなくなるまで。

 看病を買って出たのは自分でも意外だった。でも、それは何かを恐れていたのかもしれない。

 自分の知らないシオンがいて、それがもしかすればとても怖い存在で、触れてはいけないものなのではないかと。それが堪らなく嫌だった。

  

 シオンが意識を失い続けて、数えただけでも三日となる。

 支えることは、とても大変だった。肉体的にも、精神的にも、技術的にも。

 その後度々暴れる彼を押さえつけるだけでも、多くの傷を負った。それを気づかれないように隠そうとするだけでも大変。

 それに、シオンは何度も起き上がるのだ。まるで意識を取り戻しているかのような動きで、窓際まで進み、虚空を覗く光のない目に太陽を映す。果てしないまで遠いそれを手繰り寄せるように手を伸ばして。

 シオンが、目の前から消えてしまうような錯覚を、その時から覚えるようになった。

 

 彼に何が起きているのかは知らない、知れない、教えてももらえないだろう。

 しかしそれでいいと思う。

 私の望みは、自分を優先させるあまりに彼を傷つける事じゃない。彼と共にあり続けられること――ただ、幸せを得られる。それだけでいいのだ。

 だから望むのはただ一つ、()()()()()()()()だけ。

  

 背をしっかりと押して引き寄せてくれるシオンに身を任せる。

 彼の温もりを感じられる。確かに生きて、彼は私の側にいてくれるのだ。

 その幸せだけを噛みしめて、滲む悔しさにそっと蓋をした。重く、不格好な蓋を。

 

 

    * * * 

 

 私は暫くの間、安静を余儀なくされた。やりたくて疼いてしまう鍛錬もアミッドさんが煩く碌にできやしないし、この頃酷い頭痛も『デジャヴ』も私の行動を制限する。

 気を使われたのか、フィンさんからの依頼はからっきし。お陰で手持ち無沙汰だ。

 日常から戦闘という概念が欠落し、寂しい日々が続く中私は特にやることがない。本を読んでみたり、料理の試作をしてみたり、街をぶらついてみたり。

 正直、暇では無かった。そりゃ、すべきことが無くなっただけで、やりたいことは山ほどあったのだからな。それだけではない、お客もよくやって来るようになった。相手も暇だという訳ではなかろうに。こうも気を使われると、私の立つ瀬が無くなってしまうと悩んだものだ。

 そんな中でまた一人、うちの戸を叩く人がいた。

 

「や、やっほー、シオン君。なんか久しぶりって感じだね」

 

「一日千秋でもあるまいし、なんですかその感覚は。私はそこまででもありませんよ。んで、ミイシャさん。どんな御用でしょうか。そんな荷物持って……遅見舞い?」

 

「うーん、なんというか、見舞いというよりはプレゼント?」

 

「―――あぁ、なるほど」

 

 見計らったかのようなタイミングだ。ティアは今ダンジョンの探索中、アイズはファミリアのほうで仕事があるそうだ。つまりは現在二人っきり、彼女が望んだような状況。

 シンプルなワンピースに身を包む彼女ははにかみ、その姿に合わない大きな箱を横歩きで運びながら入って来る。その中身が、渡したい、といっていたものか。残念ながら、手土産はないらしい。端から期待などしていなかったがな。

 

「靴は脱いでください。スリッパがありますので、そちらに履き替えて」

 

「うん、わかった」

 

 手間取っているようだが何とかなるだろうと、一足先に居間へ戻る。予想外の客人に対応ができない――なんてことにならぬよう、色々用意はするよう心掛けているのだ。

 茶葉から入れる紅茶はなんやかんやで得意であったりする。紅茶については考えれば考えるほど何故か下手になっていったので、もう感覚で淹れることにしたらある程度の出来が保てるようになった。美味いと言われることは少ないが、不味いと罵られることはないことはない。 

 少し遅れてやってきたミイシャさんが、物珍しい様子でへーとかふーんとか言いながら歩き回っている。ぱかぱかと歩く音はなんだか聞き慣れない。来客が変態的な実力者ばかりだから、普段からそんな足音なんて聞かないことが原因だろう。そう思うと、彼女の一般人らしさというのは新鮮でいい。

 

「やっぱりいい場所だね、ここ。家具もいいものばっかり。やっぱりお金持ちは違うなぁ」

 

「そりゃどうも。まぁ、家具に気を使うようになったのは最近ですけどね。どうぞお座りくださいな、紅茶が入ったのでね」

 

「おー、ありがと。って……これ高級品じゃん。うっわー、これだから成金は」

 

「貰い物ですが何か」

 

「あ、うん、ごめん」

 

 成金だなんて酷いものだ。否定はできないが、金遣いは荒くないつもりだ。 

 もふっと体が沈む感触に驚くミイシャさんの可愛らしい様子を種に仕返しを済ませ、立場を均す。他の誰もいない二人きりの空間、始めはあったようだったミイシャさんの緊張も解れただろう。二口ほどで喉に潤いを与えた紅茶の香りがより弛緩させてくれる。

 ぎこちない玄関での邂逅とは異なった現状。彼女が話題を提示するには丁度よかった。

 

「あのね、まず最初に言っておくと――これは独り善がりだと思うの」

 

「ほう、どの辺りがと訊きたいところですが、それもすぐ分かるって顔してますね」

 

「うん、全部このこの中に答えがあるから」

 

 自身の真横に置いた箱を示す。何の変哲もない、ただの箱。気になることと言えば、それにリボンが掛けが為されていること、高級感漂う素材で作られていること。果たして、ミイシャさんにそれほどの余裕があったのか、という疑問。それくらい。

 

「……あのさ、物件廻りで街を歩いたりした日のこと、憶えてる?」

 

「私、記憶力には殊更自信がありまして」

 

「だよね、知ってた。じゃあさ、裏道歩いている時に見つけた『ほほえみ』っていう洋服屋のことは?」

 

「―――確かに、ありましたね。でも、どうしてそんな確認を?」

 

 不思議からさらりと放ったその一言、シオンは無意識であった。

 苦いものでも噛んだかのようにミイシャは顔を歪める。その一言が、何よりも物語っていた。あの時見せた、寂しそうな顔。霞んで、消えてしまいそうなほどに(はかな)い様子を見せていた彼。  

 迷いが生まれる。果たして、彼にそれを気づかせていいのか。本当はこのまま、自覚させないでいさせるほうが、良いのではないか。そもそもこれで、彼は気付けるのだろうか。

 自分は今、不確定な事象に対して挑んでいる。ミイシャはそう思いながらも、諦めてはならないと心を決めた。これが彼の過去に関係のあるものだと、彼にとって大切なナニカであると――勝手にそう信じ込んでいるだけかもしれない。それでも尚、やる。

 

「ちょっと、関りがあってね。さておき、まずは開けてみてよ」

 

 手渡すときに感じるずっしりとした重み。こんな重くはなかったはずだ。感じているのはプレッシャー、いまから起こり得る、未知への恐怖だろうか。

 怯えてなどいられない。これからの事象は全て、自分の責任と受け止めなければならないのだから。何か起こるにしろ、無事で済むにしろ。

 深く息を吐いた。彼に感づかれてはいない。自分が何を心配しているのかはわからないが、彼に不安を与えるような行動はしたくないのだ。これから、どうなるか、本当にわからないから。

 

 受け取ったシオンは、まずはしげしげとその箱を眺める。珍しいものでも見るかのようだ。器用にリボンを外すと、そのリボンを素早く丁寧に畳む。几帳面な彼は慎重に、割れ物でも扱うように蓋を開いた。

 中に入っていた物に、彼はすぐに首を傾げる。

 

「これは……布って言葉で片付けちゃいかんな。『()(ごろも)』とでもいいましょうか……」

 

 箱から取り出したのは、始めに目に付いた半透明な布。その色を正しく形容する言葉が見つからないほど、角度を変えて見える様相が異なる。それは空に浮かぶ星々ともいえる輝きを持ち、万緑を育む清流がそこに流れているかのようにゆらめく。一時も同じ姿を見せないような、不思議な布。それをただの布とはなんとも勿体なく、まさしく羽衣だと思う。

 その美しさに思わず動きを止めていたが、箱にはまだ深さがある。これ一つで埋めるにはあまりにも大きいほどの。

 

 羽衣を一度畳み、ソファにかけるように置く。

 逆方向に置いてある箱の中を覗くと、確かにまだ置かれている物があった。

 二つに区切られているその大分部を占めるほう。目についたそれを取り出す。見る限り洋服だろう―――そう思った。しかも女物、何故こんな物を――一つ言ってやろうと思いながら取り出して、あれと疑問をもつ。

 それがはっきりしないまま、私はそれを目一杯広げる。彼女に何も言わないまま。

 

「―――? ――――ッ! うそ、だろ……なぜこれが……」

 

 始めは妙なデジャヴ。次に感じたのは確信、そして困惑。

 今の自分にはあまりにも身近過ぎる物だった、そのドレスは。『彼』が守ることのできなかった、一人の女性が好んで着たその服。

 今感じているこの既視感は、別に『ほほえみ』の陳列窓で見たそれじゃない。それを私はよぉく理解している。論理性は欠片も無いけれど、そうだと。

 

「あっ、気づいちゃった? 別に、値段とか気にしなくていいから。私の独り善がりだから、さ。べ、べつに着てほしいとかそういうわけじゃなくて……ほら、あの時さ、」

 

「――まるで厭味だな。ははっ、今の私に、これかよ」

 

「……え?」

 

 ミイシャはシオンが吐き捨てるように漏らした言葉が疑問でしかなかった。自分が想定したどの反応とも違う、嘲りにも似た笑いを浮かべたシオンに、自分が何を言うのが正しいのだろう。

 彼は()(そう)に顔を歪め、広げていたそのドレスを抱く。もうないナニカの、失ってしまったナニカの遺物を掴み願うような、ありえることのない再会を願うような――彼が小さく見えてしまうほど、それは酷く弱々しかった。普段見る、英雄にも見紛う彼の姿とは大きく乖離していた。

 

「……そういえば、これもあの人は持っていたか。気づけなかったとは」

 

 記憶を持つ者として、これはどうなのだろう。  

 いつの時かは知れない。だけど私が今持つ気持ちは、決して他人事で済まされない部類のものである。正確には『彼』の気持ちであるが、責任を置くのにそれは関係ない。

 

「……まさか、まだ()()()に関わりのあるモノがあったりしないよな」

 

 心の整理を漸くつけたのか、シオンはドレスに埋めていた顔を上げる。そして一言零すと、もう既に億劫そうな面持ちで、膝にドレスをおいて箱を覗く。

 そんな彼の様子を見ていたミイシャは既にズタズタであった。自分が起こしてしまった彼の苦しみ、その事実がよりミイシャを苦しめている。勝手な自分の行動が、こんな事態を招いてしまったと。

 疲れた様子で箱を漁り、取り出したのは緩衝材に包まれた二つの塊。苦しむのならもうヤメテ……音にならない悲鳴を上げるミイシャの見当違いな思いを差し置き、彼は律儀に破くことなく外していく。

 

「―――なんだ、腕輪か」

 

 一つ外し、彼は安心したように溜め息をつく。そこにはもう疲れが滲んでいた。

 炎が彫られた深淵の影であるかのような黒。アクセントとな八角の(はく)(しょう)が炎心に埋め込まれており、じゃらじゃらと鳴る鎖が垂れているそれ。

 鬱陶しさか、それとも拍子抜けなのか。彼はもう大きな興味を示さない。

 その様子で、もう一つを機械的に外す。意思なんてなく、最低限礼を尽くすかのように。

 彼は大いに油断していた。

 

「……ん? これ、どこかで……」

 

 再び襲うのは既視感に似た、別のナニカ。そう、それはまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。 

 左手には黒の腕輪を、右手には暴かれた腕輪。それはまさしく対。目を焼くような光を閉じ込めたかのような白色、描かれるのは実在が怪しまれる天使、その羽根。根元には八角の(こく)(しょう)が埋め込まれており、二つを表すのならばこうなるだろう。『天国』と『地獄』だと。

 

―――私が確かに以前、()()()()()()()()()()

 

 手に取るのは初めてだ。陳列窓で確かに私はこれを、彼女とともに見ただろう。しかし、その時には欠片の興味もなかった。ただ不思議と思った、それだけ。

 ならばなんだろうこの『しっくり』という感覚は。

 私の中に存在する二つの事象が二律背反を起こし、混乱でどうにかなってしまいそうだ。どれが私の記憶で、どれが『彼』という()()の記憶なのか、わからない。

 そんな中で纏めた結論がこうだ。

 

 これは私自身が持つべくして持ったもので、それ以外は何もない。

 

 こうでもしなければ私は正気を保てそうになかった。混乱を一時的でもいい、抑えることができれば後に整理をつけられる時間が設けられる。なに、不意打ちでなければ思考は正常に働くはずだ。

 深く、大きく、吐き出す息。そこにいらないもの全部込めて、吹っ切った。

 

「……ミイシャさん」

 

「……はい」

 

 絞り出した声でミイシャを呼ぶ。心中勝手に自責を続けていた彼女は突然の声掛けに即座の反応できず、しかしできたのは彼女の義務感が生み出した音を出すのみ。起こしてしまったことを受け止める覚悟、大層なそれなんて生憎持ち合わせていない。だが、彼女はやると決めたことは、必ずやる。

 

「そんな怯えた声、出さなくてもいいですよ。別に私は貴女を叱ったり、感情のままに怒ったりしません。理不尽は何よりも人を弱らせる、それはよぉく理解しています。だから私が貴方に伝えるべきことはこうでしょう」

 

 にこにこ、まるで屈託のない笑顔を向ける。果たして笑みというものは、ここまで感情が薄いものなのだろうか。細まる目、上がる口角――ただその動作を模倣しているだけのような、どこかぎこちなさを見せる笑み。

 うすら寒さを覚えるそれに、しかしミイシャは違和感なく受け流した。そんな余裕など彼女にはなく、今は受け止める準備しかないのだから。

 

「どうもありがとう、実にありがたい独り善がりでした、と」

 

「……最後まで訳が分からないんだけど」

 

「わからなくていいですよ、むしろそれで苦しみやがれ」

 

 最大限に悪感情を込めて言ってやる。苦笑いの中に含まれるのは自覚だろうか、尚更腹立たしい。

 非常に面倒な問題を持って来てくれた彼女には感謝の代りに今度仕事でも送ってやろうと思う。遠回りで彼女はお金を得られるだろうし、いいんじゃないだろうか。

 

 対の腕輪をしげしげと眺める。やはり、それに覚えがある。  

 これがどんなもので、一体どんな構造をしているのか。何故だか私は()()()()()()()()。だからこれを試しに嵌めようだなんて安易なことは実行しないし、恐怖に負けてこれを手放そうなどと断じて思わない。

 これはそれだけ貴重な物で、大切なもの。よくもまぁ買取もされず店先に残っていたと感心するばかりだ。小食品として購入されても可笑しくない出来なのだが……嫌われてしまったのかな。否、正確には人を嫌ったと表現した方が適切だろうが。

 

「……じゃ、じゃあ私、もう帰るね」

 

「おや、別に居る分には構いませんのに」

 

「わかって言ってるでしょ。ほんっと、正確悪い。でもいいや、シオン君はそういう人だもん。お願いだから、そのままでいてね。私の大好きなシオン君のままで」

 

「なにそれ愛の告白?」

 

「あれ、わかっちゃった? 冗談で切り捨てられるかと思ったけど、案外私にもチャンスはあったりするのかな」

 

 ミイシャのマイペースっぷりに、流石のシオンも天を仰いだ。さきほどまでの沈んだ様子よりも、そりゃ今見せるあくどいというか、自由な感じの方が良いと思うが。ここまでふっきりが早いと、かくいう私の方が動揺してしまう。

 ふざけて和ませようとしたつもりが、逆に濁ってしまった部屋の空気。吹き飛ばすかのように、彼女は立ち上がり、一言。

 

「じゃあね、シオン君」

 

 それだけ残し、急ぎ足で居間を出る。靴を履くのに手間取る声が聞こえたが、すぐ後には玄関から音が聞こえなくなってしまった。独り寂しい家の中、少し動けば金属同士の甲高い擦過音が聞こえるだけ。

 結局のところ、彼女が持ってきたのは問題だけ。解法も答えも判明していない、だがしかし解けるのは私しかいないという理不尽。あぁ、嫌なものだ。

 

 私はこれから、どうすればいいのだろう。

 どうするべきなのだろう。

 教えてくれ、助けてくれ……こんな弱くなってしまった私に救いを与えてくれ。 

   

 頼りにもならない、だけど安心だけは与えてくれるそれを私は抱き寄せる。それには何も宿っていない。古着特有の芳香が鼻孔をくすぐるだけで、それ以外何もこれは持っていない。しかし、私の中にある記憶では、それは救いそのものなのだ。

 傍から見たら気持ち悪いことこの上ないだろう。しかし私はそう居続けた。誰もいないという安心感があったのかもしれない――逆にまた、誰もいないという孤独に苛まれただけかもしれない。

 ない交ぜになった感情を理解できずにいる私は、無力なままで何もできずにいたのだった。

 

 



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