東方幻想奇録 (大栗蟲太郎)
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chapter1「絶望の序盤」
すてきな学校


第一話

現代っ子の現人神
東風谷早苗
登場


「きりーつ、礼。着席ー」

 

ここは諏訪城東高校。

教師の飯島敏広が授業を始める号令をして、生徒がそれに従い、授業が始まる。

 

「さあ、今日はテストを返すぞー」

 

飯島の一言に生徒たちが「え~」と、気怠げな声を上げる。

 

「そんなこと言わずに、ほら。一番、阿野見一ー」

 

出席番号一番の生徒がテストを取りに行く。

そして、成三(しげみつ)の番になり、テストを取りに行く。

 

「成三、お前スゴいじゃないか!クラスで二番目だぞ!」

 

飯島は嬉しそうに声を上げる。

 

「ありがとうございます!」

 

成三もまた、嬉しそうにテストを受け取って仕舞う。

 

「さて成三。後で進路指導室に来てくれ」

 

「は、はい!」

成三は席に戻っていく。

 

「さて、テストの解説だが………」

授業は進み、そして授業の時間は終わる。

その後、成三は飯島の言う通りに進路指導室に行った。

 

進路指導室では、大学の資料を広げた飯島が待っていた。

 

「さて、成三。お前が行きたがっている長野美術大学だが、今のままの成績で現状維持しておけば何の問題もなく合格するだろう。後は試験内容にデッサンが含まれているから、そこは自分で練習してくれ」

 

担任教師から称賛され、上機嫌でお礼を言って進路指導室から出て教室まで戻っていく成三。

帰りのホームルームも終えて荷物を纏める成三に、声を掛ける少女がいた。

 

「そうだ、成三。先生は何だって?」

 

成三が振り替えると、緑のロングヘアーの少女で成三の幼稚園時代からの幼馴染みである、東風谷早苗が立っていた。

 

「ああ、このまま行けば大丈夫だって先生が言ってたよ」

成三はそう、早苗に告げる。すると早苗は笑顔で成三を祝福した。

 

「スゴいじゃない!私も頑張らないと行けないわね…」

 

「早苗もキチンとやってるから、志望大学にも行けるさ」

 

「ありがとう、成三。でも、貴方ならもっと良いところにも行けたでしょうに…」

 

「いやいや、ボクは両親に移動費で迷惑は掛けたくないからね。それに遠すぎても問題だからね」

 

この付近で美術大学は長野美術大学だけである。

学費、移動費では親に負担がかかるだろう…と、配慮したのだ。

 

「なるほどね…。」

 

「さて、もうそろそろ部活の時間だからボクは行くね」

 

席を立ってカバンを背負う。

 

「あ、成三じゃあね。暇なときにでも、私の神社に来てよ」

早苗はそう言い残し、教室から出ていった。

 

成三も教室から出て、部室までの廊下で呟いた。

 

「…。二人、早苗と…ボクらと仲の良かった友達が行方不明になった…」

 

そう、早苗と成三にはもう二人の幼馴染みがいたのだ。

しかし、一人は中学生の頃に、もう一人は四ヶ月前に行方不明になっていた。

彼等の寄りそうな場所やその付近を探しても一向に見付からず、捜索から一ヶ月で断念されたのだった。

 

「はぁ…。アイツ等がいない今、ボクが早苗から離れるわけには行かないんだよね………」

 

成三は早苗を心配して付近の美術大学を選んだのを、移動費などの口実で感付かれない様にしていたのだった。

 

旧友たちを思い出した後、思考を現実に戻して美術室の扉を開けた。

 

「こんにちはー」

 

成三は挨拶しながら美術室の扉を開けた。

そして、自分の席についた。

 

スケッチブックを取り出して、色鉛筆を取り出す。

すると、声を掛けられた。

 

「お、成三くん。今日も頑張るね」

 

声の方を向くと、少し髪の長めな少年、詩野柚木(しのゆうぎ)が机に手を置き立っていた。

「柚木くんか。そりゃ絵を描くのは楽しいし、将来のためでもあるからね」

 

そう言いながら成三は絵を描き始める。

暫くして、早苗の絵を描き終えた。

 

「お、この子は…。君のクラスメートの早苗さんかな?」

 

「そうそう。何度も描いてるから慣れててね」

二人が話で盛り上がっていると、今度は少女…。

「あら、成三くん、こんにちは」

部長の振井英華が声を掛けてきた。

 

「あ、英華先輩。こんにちは」

 

「また早苗さんの絵?貴方もよく描くわね~」

 

「アハハ…。何時か、ちゃんと描いて早苗に渡すんですよ」

 

「なるほどね…」

 

そう言って、絵を見た後に成三に、「ま、これからも頑張ってよ」と言い、席に戻っていった。

 

そして、部員たちが描画、彫刻、塗装に没頭しているうちに、チャイムがなり、部活動はお開きになり、部員たちはそれぞれの家に帰っていった成三(しげみつ)



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田口成三の光と影

第二話


「ただいま」

 

成三は家に帰る。

すると、料理をしていた母親が玄関に来た。

 

「あら成三、お帰りなさい。テスト、どうだったかしら?」

 

「ただいま、母さん。上出来だったよ。二位だってさ」

 

その事を聞いた成三の母は喜んだ。

 

「スゴいじゃない!で、先生はなんて?」

 

「このままだったら問題なく目当ての学校に入れるってさ」

 

「良かったじゃない!じゃ、ご飯が出来たら教えるね!」

 

「ありがとう」

 

そう言って、成三は自分の部屋に戻っていく。

 

「はあ、疲れた~…」

 

成三は気だるげに鞄を置く。

そして、鞄を開けてスケッチブックを出そうとする。が、出そうとした成三の手が止まり、目に留まった一冊の本を忌々しげににらむ。

その本は、少し変な表紙で明らかにおかしな雰囲気を放っていた。

それは、魔導書だった。

12年前に拾って交番に届けたが、届けた後に何時までも、何処でも付きまとうようになった。

それからだった。彼がいじめの対象になったのは。

魔導書が何処に置いても自分に戻ること、魔導書がおかしなオーラを放っていること、自分も少なからず魔法を使えるようになったことで、奇異な眼差しで見られるようになり、陰湿ないじめを受けるようになったのだ…。

 

「ま、それがもとで早苗とも知り合えたし、悪いことばかりじゃないのかもねぇ…」

 

同じ様に、神奈子達が見えた早苗もいじめられていた。

それを成三が慰めて早苗と親しくなり、辛いときも分かち合った。

だが、彼らも賢くなった。

中学校を上がる頃にはもう自分達がどうしたらいじめられなくなるかを考え、成三は魔力の流出を止める魔法で、早苗は神に対する言動を控えることで、いじめられる原因を隠したのだった…。

 

「成三、ご飯よ~」

 

「あ、は~い」

 

成三は母親に呼ばれて一階に降りる。

レストランでの仕事から帰ってきた父親にも、ご飯を食べがてら、先生から言われた現状を報告をするために…。

 

「ふぅ、スッキリした」

 

ご飯を食べ、風呂も済ませた成三はスケッチブックを開く。

 

「ハァ……」

 

早苗の他にも、行方不明になった親友たちが描かれていた。

 

「アイツら、何処行ったんだ…。早く帰ってきてくれよ……」

 

そう呟きながら、スケッチブックを閉じて勉強をした。

だが、親友たちの事を思い出してしまい中々集中出来なかったため、勉強を中止して、カレンダーに目をやる。

 

「明日は土曜日か…。守矢神社に行こうかな……」

 

成三は早苗に明日守矢神社に行く。とメールを送った。

許可の返信が来たため、布団を敷いて眠りに付いた



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早苗と成三と守矢神社

第三話

土着神の頂点
八坂神奈子

土着神の頂点
洩矢諏訪子

登場


翌日、成三は朝食を済ませて守矢神社に向かっていた。

守矢神社は彼の幼馴染の早苗の住む神社で、神様が二柱住んでいる。

その神様の片割れである洩矢諏訪子から、成三は魔法を教えてもらったりもしている。

 

「やっと着いた…」

 

階段を上り、荘厳な造りの神社が見える。

これが守矢神社だ。

 

「おじゃましまーす」

 

成三は声を大きくして来訪の挨拶をする。

すると、特徴的な帽子を被った小さな女の子が奥から歩いてきた。

 

「あ、成三!いらっしゃい!」

 

そう、この少女が先程説明した二柱の片割れ、洩矢諏訪子である。

 

「こんにちは、諏訪子様」

 

「早苗なら今はまだ身だしなみを整えてるから、少し私と話をしてようよ!」

 

「ええ、良いですよ」

 

そう言って、二人は縁側に座った。

 

「成三は魔法の腕はどう?」

 

「上々ですよ。諏訪子様のお陰もあって、どんどん上達していくのが分かりますよ」

 

その言葉を聞いて、諏訪子は嬉しそうな顔を隠せずに

 

「そんな事ないよ~。成三の才能と努力の結果だよ~」

 

と言った。

そして、諏訪子はニヤリとした表情に変わり、耳打ちするように成三にこう、訊ねた。

 

「で、早苗に告白する決意は出来たかい?」

 

そのことを聞いた成三は顔を真っ赤にして、「まだ、です…」とだけ答え、近い内に告白する。と付け加える。

すると諏訪子は面白そうだという顔で、「ヒューッ!さっさと想いを伝えちゃいなよ!」と成三を煽る。

 

そしてますます、成三は顔を赤くして俯いた。

 

諏訪子が成三をからかっていると、背後から彼のよく知っている声が掛かった。

そう、幼馴染の東風谷早苗である。

早苗は成三を中のちゃぶ台に案内すると、お茶を出した。

 

「さて、早苗はどうだい?風祝としては」

 

「ふふん、心配には及ばないわ。問題なくしてるわよ」

自信満々、ドヤ顔で答えた。

 

「ふふ、そうか…。問題ないか……」

成三は嬉しそうに俯きながら笑う。

その様子を不気味に思った早苗は声を掛けた。

 

「ちょっ、成三…。かなり怪しいよ?どうかした?」

 

その言葉で現実に戻された成三は慌てて返答をする。

 

「ああいや、キミが問題ないようで嬉しくて」

 

「ふ~ん…。ま、気に掛けてくれたなら嬉しいわね」

 

「ありがとう」

 

成三が礼を言うと、赤い服を着た女性が部屋に入ってきた。

 

「お、話が盛り上がっていたところかい?」

 

「あ、神奈子さま。こんにちは」

 

そう言われると、神奈子と呼ばれた女性は早苗たちの横に座った。

そう、彼女こそがこの神社に祀られている神の片割れ、八坂神奈子である。

 

「こんにちは、成三。勉強の調子はどうだい?あ、魔法じゃなくて、進路の方だよ」

 

「バッチリですよ。毎日欠かさずやってます」

 

「それなら良かった。最近早苗も頑張ってるからね。何でも成三を見習ってなるべく良い大学に入ろう…って」

 

そう言って早苗の方を見る。

すると、早苗は顔を赤くして反駁した。

 

「神奈子様!?それは言わない約束だったでしょう!?」

 

真っ赤になった早苗を見て、神奈子はさぞ面白そうに笑った。

 

「ハハハ、良いじゃないか。言って何か減るわけでもなし」

 

早苗の反駁を受け流し、笑う神奈子。

その横で成三もクスクス笑っていた。

 

「ちょっと成三!?貴方まで……」

 

「いやあ、悪い悪い。ぷぷぷ…。つい笑っちゃってね……クスクス…」

 

「も~~!」

 

早苗は頬を膨らませた。

 

「ま、勉強頑張って。じゃ、ボクはお守りを買って帰るね」

 

「あ、さようなら!」

 

「毎度あり~」

 

「気を付けて帰るんだよ」

 

3人が早苗、諏訪子、神奈子の順に立ち上がった成三に声を掛ける。

 

成三は手を振り、外に出てお守りを買って守矢神社を後にした



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悪意の行方は何処

第四話

横暴で傲慢な徒
坂井洋二郎
登場


「ただいまー」

成三は家の扉を開けて中に入る。

 

「ま、誰かがいるわけでも無いんだけどね」

彼の言う通り、家には誰もおらず、皆が出払っていた。

 

「母さんも買い物行ってるし、父さんも仕事。ボクは絵の勉強をしようかな…」

 

と呟いて、本を開いて読み始めた。

 

暫くすると母親が帰ってきた。

 

「あ、母さんおかえりなさい」

成三は2階から迎えの挨拶をして、呟きサイトを開いた。

 

「さ~て、どんな呟きがあるかなっと…」

 

成三は画面をスクロールさせる。

 

「えっ…?」

 

成三は硬直した。

何故なら、自分の父親が働いているレストランで、クラスメートの坂井洋二郎がふざけてゴキブリのオモチャを入れて、店員を土下座させている写真が拡散で回ってきたからだった。

 

その時、家に電話が掛かって、何かが倒れる音がした。

嫌な予感がした成三は急いで階段を降りて電話の前に行く。

そこで彼が見たものは、ショックで倒れてしまった母親だった…。

 

電話の内容は、成三の父親の働いていたレストランが先のイタズラの件のせいでレストランへの批判が殺到して経営が困難になり、店を畳む他無いと言うものだった。

 

混乱していた成三だったが、我に返って救急車を呼んだ。

 

救急車の中で成三はただただ、その運命を呪うことしか出来なかった…。

 

そして、意識を取り戻さない母親を見ていると、病室に医者の目出素毒太が入り彼に声をかけた。

 

「君が息子の成三君だね?」

 

「は、はい…。それで、母は…」

 

毒太は呼吸を整えて答えた。

 

「いわゆるストレスによる過労ですね。これまで溜まっていたものが何かの弾みで一気に出てしまったのでしょう」

 

「そうですか…」

 

成三は俯く。

 

「何か心当たりが?」

 

「はい…。父の働いていたレストランが潰れまして…それがトリガーになって…」

 

聞くに堪えられなくなった毒太は話を止めさせる。

 

「分かりました。ではこちらで最善を尽くしますのでご家族にお伝えください」

 

「はい、分かりました。では…」

 

成三は病院から出て、駅に行き電車に乗る。

 

「…あ、忘れるところだった」

 

父親に母が倒れた、総合病院に搬送とメールを送り、外を見た。

 

紅い夕焼けが、空を燃やしていた様に見えた。

 

諏訪に着き、電車を降りても尚彼の気分は上がらなかった。

 

しばらく歩いていると、前から3人が歩いてきた。

 

それは、今日自分の父親の働いていたレストランを潰した原因である坂井洋二郎とその取り巻きの榊と丹羽だった。

 

「いやあ、あの店員の顔、マジで笑いもんだったよな~」

 

「ホントホント。お前が有名ブロガーで助かったよ」

 

「それに、名誉毀損になっても少年法で刑も軽くなって済むしな!」

 

好き放題に言いまくる3人に、成三は怒りに震えていた。

 

「お、お前らのせいで、ボクは…。ボクの家族は…!」

 

成三は考えるより先に怒鳴って3人の前にいた。

 

「ん?お前は確か俺と同じクラスの成三……」

 

「田口、どうしたってんだ?そんなに真っ赤になって震えて」

 

「何だか普通じゃないな…」

 

当然と言えば当然だが、怒る成三に訳の分からない様子の3人。

そんな3人に成三は語気を強くする。

 

「お前が、お前らがあのレストランを潰したせいで…!ボクは…」

 

感情をぶちまけたが、3人、特に洋二郎は意に介さずに臆面もせずにこう言い放った。

 

「だからどうしたってんだ?」

 

「えっ……」

 

「あんなレストラン、他にもあるんだし気にすることないだろ?」

 

「そうそう。好きなレストラン潰れて悔しい気持ちも分からんでもないが、気にすんなっての!」

 

「だよなだよな!ハハハハハ!」

 

ただ、3人の自己中心的な理由でゴミのように父親の職場を潰された成三は、悔しさで崩れ落ちるしかなかった…。

 

「いやぁ、成人する前にこう言うことやってみたかったんだよなー」

 

「今なら少年法に守られて、罪も軽く済むしな!」

 

「ホントホント。ヒャハハハハ!」

 

下卑た事を言いながら、歩いて行く洋二郎達。

成三が歩き出したのは、彼等が見えなくなった後だった。

 

ショックで今にも倒れそうな彼に、声を掛けた少女がいた。

 

そう、早苗である。

 

「成三、大丈夫?かなりフラフラしてるけど…」

 

買い物の帰りだろうか、心配そうに声を掛ける早苗だが、成三は疲労からかストレスからか、お門違いの暴言を彼女にぶつけてしまった。

 

「う、うるさいなぁ!何にも知らないくせに!」

 

早苗は、珍しく聞く成三の罵声に涙目になりながら、守矢神社に駆けて行った…。

 

大声で感情を爆発させた成三は、少しスッキリしたように家へと歩いていった。

…父親に送ったメールの文章には、まだチェックマークはついていない…



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ため息幻想入り

第五話


さて、家に帰ってきた成三は一人、罪悪感に悩まされていた。

一時の感情の暴走により、早苗を傷付けてしまった。

その事に悩んでいると突然、電話が鳴った。

 

prrrrrr―

 

早苗の親からの電話だろうか。

受話器を取ったら怒られるのではないか?

そんな気持ちに支配されて中々出られずにいると、留守電になったのかピーーという音の後に、男性の声が流れた。

 

「田口さんのお宅ですか。お父様が病院に搬送されましたので、お早目に総合病院までお越しください」

 

どうやら病院からの電話だったらしい。

 

成三は携帯を開き、既読のチェックが付かないメールを見て全てを悟った。

 

「はあ…。今日は厄日かな…」

 

成三は立ち上がり、深呼吸をする。

そして、早苗へのお詫びの品物を買うためにデパートまで歩いて行った。

 

「さて、どうしようか…」

 

デパートに着いた成三は地図の前で考え込んでいた。

 

「ま、無難にお菓子かな…」

 

エレベーターに乗ってお菓子が売られている階に移動する。

そして、お菓子売り場で何を買うのか考えていた。

 

成三は栗饅頭の入っている箱を手に取る。

 

「ま、これでいいかな」

 

栗饅頭を取って、レジに向かった。

 

「すみません、これ買います」

 

そう言って代金を払い、商品とレジ袋を受け取ってお菓子売り場を後にした。

 

「…そう言えば、いろいろ買っておかないとな」

 

成三は別のフロアに移動して、日用品エリアに行った。

 

「えっと…。まずは歯みがき粉だな…それに次は…」

 

食べ物や洗剤を次々と籠に入れる。

 

「……すみません、これを買います」

 

「畏まりました!」

 

会計の人が代金を計算していく。

その様を成三はボーッと眺めていた。

 

「はい、代金は3200円になりますね!」

 

「あ、は、はい!」

 

突然現実に戻されて、驚く成三。

そして、代金を払った。

 

「はい、五千円のお支払ですね。1800円のお返しとなります」

 

釣り銭を渡して商品を渡す。

 

「……ありがとうございました」

 

暗い表情は出さずにお辞儀をする。

 

「またのお越しをお待ちしております!」

 

笑顔でお辞儀をする店員。

成三はその笑顔から逃げるように日用品エリアを出ていった…。

 

「もう、これくらいでいいかな…」

 

一通り買い物を済ませた成三は、エレベーターに乗った。

 

「さて、早いとこ守矢神社に行かなきゃ……」

 

成三は一階のボタンを押す。

 

エレベーターは動き出す。

だが、自分以外の客が乗ってこないのだ。

 

「…妙だな、他にはもっと客がいたのに」

 

だが、そんなことを気にする必要もなくなってきた。

 

そう、エレベーターは目的階に近付いていたからだ。

 

「さて、もうすぐだな…」

 

エレベーターは、一階に着こうとしていた。

が、着かなかった。

エレベーターが止まらないのである。

 

「…うそ、そんなバカな」

 

成三は焦燥してボタンを連打する。

すると、突然ポーンと言うアラームが鳴って、アナウンスの声が響いた。

 

『お待たせしました、目的地に到着しました』

 

エレベーターが開く。

すると、見たこともない山奥の風景が広がっていた。

 

「……え、何で?」

 

震える声で誰に訊ねるでもない質問をして、エレベーターから出る。

後ろでエレベーターが閉じる音がする。

慌てて振り向いても、もうそこには何もなかった…。

 

「…どうすれば、どうすれば良いんだよ…」

 

成三は肩を落とし、大きなため息を吐いた



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chapter2「ようこそ幻想郷へ!」
飛ばされちまった悲しみに


下っ端哨戒天狗
犬走椛
登場


成三は、フラフラと山の中をさまよい、歩いた。

 

誰か、どこかに集落は、民家はないかと探して歩いた。

 

そして程なくして、声を掛けられた。

 

「貴様、侵入者か!」

 

強い口調で成三に訊ねる少女。

その少女には、尻尾と犬耳があったが、彼にはそんなことは二の次だった。

 

彼女は刀を持っていた。

下手な事を口にすれば切られるかもしれない。

その為、成三は無難な回答でその場をしのぐことにした。

 

「いえ、あの…。エレベーターに乗っていたら突然この山に飛ばされていまして……」

 

正直に、なおかつ簡潔に答えた。

すると少女は少し考えるそぶりを見せた後、こう答えた。

 

「外来人か…。すぐに帰したいところだが、夜は危険だからな…。仕方ない、泊めてやるよ」

 

「えっ、良いんですか!?」

 

予想外の回答に成三は驚きと喜びが綯い交ぜになった声を出す。

 

「ああ、構わない。では、行くぞ」

 

そう言って、少女は家に向かって歩き、成三もそれに続く。

 

それなりに歩いた後、二人は小さな家に着いた。

 

「じゃあ、扉を開けるぞ。狭い家だが気にしないでくれ」

 

「お邪魔します」

 

家に入り、少女は成三を居間に案内した。

 

そして、二人は床に座った。

 

「さて、お前の名前は何だ?」

 

少女は作業が一段落して自己紹介を求めた。

 

「ボクは田口成三って言います。漫画家を目指していました」

 

成三は自己紹介を済ませると、彼女は食いついてきた。

 

「私は犬走椛。漫画家?漫画……鳥獣戯画とかか?」

 

「まぁ、そんな感じですね。絵を描いてセリフ入れて面白い作品を作ってコピーして売る仕事です」

簡単に説明をする。

 

「とりあえず、見せてくれないか?もしかしたら我々で商売にできるかもしれないからな」

 

そう言われて成三は椛に漫画の原稿を手渡して、椛はその漫画をじっくりと読んでいく。

 

「ふむ…。中々の出来だな、明日天魔様にこれをお前が描いた漫画として売りに出してもいいか相談しに行ってみるよ。そしたら居住地も下さるだろう」

 

椛は成三に漫画の原稿を返して言う。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「まあ、気にするな。その漫画が売れれば我々の収益にもなるからギブアンドテイクだよ」

 

「フフ…。では、よろしくお願いしますね」

 

椛にお辞儀をする。

 

「もちろんさ。では、今日は寝るか。寝室は向こうにあるから出してくれよ」

 

「分かりました!ではお休みなさい」

 

成三は寝室に向かい、毛布を敷いて直ぐに眠りについた。

 

「全く、忙しいヤツだ…」

 

椛は眼下に置いてある彼の持ち物を一瞥すると、「アイツの物か…。片付けておこうか」と呟いた




大幅に遅れました!
その上文字数も少なくて申し訳ない……


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漫画家が生まれた日

第七話

天狗の首領
天魔

登場


翌日、成三は椛と天魔の屋敷に来ていた。

 

「……大きなお屋敷ですね」

 

屋敷で天魔の部屋の前で待機するように言われた成三は思わずため息と素直な感想をこぼす。

 

「そりゃ、私達の頭領のお住まいだからな」

 

椛は天魔がどういう存在なのかを伝えた。

自分達よりも遥かに強くて聡明なことを。

 

「良いか?絶対に無礼を働くんじゃないぞ?」

 

椛は成三に固く、そして強く忠告をする。

 

「分かってます……」

 

成三はこれから天魔に呼ばれる事を意識すると、緊張をしてしまう。

これまで外の世界で礼儀は学んできたが、うっかり口を滑らせたら……椛が嘘をつくとは思えないため、そう考えると身の毛もよだつ。

 

そうこうしている内に、中から一人の鴉天狗が出てきた。

 

「犬走椛とそこの外来人。中に入れ」

 

そう言って、鴉天狗は中に入るように手で促す。

 

それに従い、成三は天魔の部屋に入る。

 

成三は忘れずに、部屋に入って失礼しますと言った後にお辞儀をして天魔の前へ。

 

椛も後からやってきて、成三の隣へ行く。

 

天魔は背中に大きく黒い翼を生やした容姿端麗な女性だった。

が、その佇まいからは、強者の風格が漂っている。

 

「さて、椛。話とは…この人間が関わっている事かしら?」

 

天魔は椛に問う。

 

「はい、天魔様。この人間にこの山での活動権、並びに居住権を下さらないかと」

 

その椛の申し出に周囲がどよめく。

そんな申し出、前例など無かったから。

 

椛のそれを聞いた天魔はさらに椛に問う。

 

「その人間が、この山に利益を齎すのかしら?」

 

と。

何の利益もない部外者に、この山に住ませるわけには行かないから。

 

その問いに、椛が答えた。

 

「あります、この少年は漫画を描いて商売することができます」

 

その言葉を聞いた天魔は話を続けるように促す。

 

「この成三の描く漫画は中々の出来でした。売り上げは期待できるかと」

 

椛は真っ直ぐ天魔を見詰める。

 

「よし、お前の熱意は分かった。だが、売る場所はどうするのだ?」

 

再度、天魔は椛に重要なことを尋ねる。

 

「人里に鈴奈庵と言う貸本屋がありました。本を売るにはそこが適任かと」

 

椛は滔々と意見を述べた。

 

「ふむ、環境も整っていたか…。ならよい。だが……」

 

そこで天魔は視線を椛から成三に移す。

 

「少年よ。君の意見を聞かずに話を進めてしまったが、この話に異論はあるか?」

 

「い、いえ!無いですよ」

 

即座に否定をする。

 

「分かった。では、君を仮にと言う形で山に迎え入れよう。そして、一ヶ月以内にノルマを達成できたら、君を正式に山の一員として認めよう。しかし、達成できなければ君を山から追放する。これでいいな?」

 

成三を一旦様子見をすることに決めた天魔は、正式な居住権を持たせることへの条件を与えた。

 

「……分かりました」

成三はその条件を飲み込む。

 

「そうか、ならこれから漫画の執筆活動を頑張りたまえよ?」

 

天魔は彼女なりにエールを送る。

 

「はい!」

 

成三は意気込んで言葉を返す。

 

「なら椛。彼を家まで案内してあげなさい。誰も使っていない家があるはずだから」

 

天魔は椛にそう指示をする。

それに二つ返事で了承した椛は彼を連れて部屋の扉の近くまで行く。

そして、二人は天魔の方を向き直り、「「ありがとうございました」」と頭を下げて礼を述べ、屋敷を後にした。

 

「はぁ、緊張した…」

 

屋敷から出た椛に案内されて辿り着いた新しい家の前で成三は緊張から解放されて、ホッと一息付いた。

 

「まあ、誰でもあんな状況になれば緊張もするさ」

 

椛はそんな成三を励ます。

 

「でも、ボクはノルマを達成できるだろうか……」

 

不安からつい弱音を吐いてしまう成三。

そんな彼をまた、椛が励ます。

 

「大丈夫だ、何せ私が見込んだ漫画だぞ?もっと自信を持て」

 

「……うん、ボク頑張るよ!」

 

深呼吸して、自分の顔をビンタした成三は強気な表情をする。

 

「その意気だ。後で荷物は送るから待っていろよ?」

 

「それじゃ、まずは掃除から始めるかな。荷物、よろしくね」

 

成三は家の中に入っていく。

 

一人になった椛は、呟いた。

 

「妖怪の山に迷い込んできた漫画家の少年…。果たして彼はここに富をもたらしてくれるのか……」

 

椛は彼の家を後にする。

 

そして、時を同じくして天魔の屋敷。

 

「良かったのですか?あの少年にあの様な条件を出して」

 

一人の鴉天狗が天魔に尋ねる。

 

「構わないさ。彼がこの山に利益をもたらしてくれるのなら」

 

「ですが……」

 

「それに、ダメなら切り捨てる。それでいいだろう?」

 

「……はい」

 

「大丈夫、私たちは事の成り行きを見ていればいい」

 

「……承知致しました」

 

「さて、フェアにいこうじゃないか。それなら文句も言われないからね……」

 

そう言うと、天魔は成三の家の方向を見る

 

そんな思惑も知らない成三は、椛を待ちながら家の掃除をしていた



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マンカツ!〜マンガカカツドウ!〜

家の掃除を終え、漫画を描いている成三。

そんな彼の家の扉をノックする者が現れた。

 

「すみませーん、田口成三さんのお宅でしょうかー」

 

と元気な声が聞こえた後、またトントン、と規則正しいリズムで扉がノックされる。

 

そのノックの音が耳に届いた成三は、慌てたように扉まで駆け寄っていく。

そして、申し訳なさそうにお辞儀をしながら扉を開ける。

 

「あ、すみません。漫画を描いていたら夢中になってしまいまして」

 

後頭部を掻きながら弁解する。

そんな成三の訪問者は、鴉天狗の射命丸文だった。

 

「どうもお馴染み、清く正しい射命丸です!本日は新聞の宣伝に来ましたー」

 

自己紹介するなり元気よく用件まで一息で纏めた射命丸に、成三は面食らってしまった。

 

「し、新聞の宣伝ですかぁ!?」

 

驚いて復唱してしまった成三。

その後に自分にはお金はないです、と付け加えておく。

 

しかし、射命丸はそれでも食い下がらずに尚も話を続ける。

 

「いえ、大丈夫ですよ!出世払いで後で払って下されば宜しいので!」

 

「え、えっと……」

 

全く勢いの下がらない話し相手にたじろぐ成三を前に、もうひと押しと確信した文はとどめにマシンガントークを始める。

 

「まだ田口さんは幻想郷に来てからそんなに経っていませんよね。この場所を深く知る為にも文々。新聞をご購読になって理解を深める事が賢明だと思うのですが!」

 

笑顔を崩さずに詰め寄っていく文に成三は根負けしてしまい、購読をすることを決めてしまった。

 

「ありがとうございます!それでは、明日に最新情報をお届けしますのでお待ちください!」

 

新聞契約を済ませた文は満面の笑みで成三の家の扉から飛び去っていく。

 

「……」

 

その有無を言わせぬ勢いを体感し、暫くへたり込む。

そして、コップに水を注いで勢いを付けて飲み込んで、文との会話で乾いた喉を潤す。

そして漫画を描く作業を再開していった。

 

「……よし!完成したぞ!」

 

暫く経って仕上げの作業を終わらせた成三。

原稿を見て万歳のポーズを取り、伸びをする。

 

「入稿は……明日にしていいかな。今日は寝よう!」

 

ライトや電気を消して布団に横たわる。

そうしてまた、一夜が更けていくのであった……

 

夜が明け、ベッドから降りて外に出る成三。

 

「……お?きちんとあるな……」

 

ポストを開ける成三。

そこには文々。新聞が投函されていた。

 

「へえ…」

 

家の中に入って新聞を読む成三。

特に言うべき事はなく、いつもの日常が書かれていた。

 

「よし!入稿しにいくぞ!」

 

新聞を読み終え原稿を持ち、意気揚々と外に出ていくのだった



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