一条定家の奮闘記 (笑 花弥)
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序歌 中学三年生の夏
序歌 一首目


 もう一度始めます。


「なぁ、僕のおる意味あるんかぁ? これ」

 

 気怠い夏の暑さの上に鳴り響くセミたちの合唱。そして、果てしなく続くように感じてしまう階段。幼馴染みによるメールによって開いた携帯に写る文字はたった一言。

 

「来いの一言て……。地味に遠いんやけどなぁ」

 

 自宅があるのは京都の嵐山。招集を受けた場所は滋賀の近江神宮。なんだかんだで移動がめんどくさい。それに電車内の人が多い。酔う。

 

 くだらないことを考えながら朱色に燃える奇麗な楼門を潜り抜け、ちらほら見える参拝客を横目で流しながら、拝殿で5円玉を投げ入れる。願うことはただ一つ。

 

「面倒なことに巻き込まれませんように……。ホンマ頼んます。どうか、どうか頼んます」

 

 トラブルメーカーの彼女と出来る限り関わりたくない。なんて思っていても、この場にきている時点で無駄である。

 

 夏の近江神宮。陽炎が立ちこめるような日の中で外界と隔たれた室内では、高校生たちの暑い夏が広がっていた。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 始まりは小さな物だった。

 

『ものやおもうと ひとのとうまで』

 

 たった四畳半に響く声。その声に僕は憧れた。流れた言葉の意味は分からなかったが、清流のような三十一の音が、ただただ美しいと思った。

 

 僕の前にいるのは兄と姉。向かい合う2人の向こうで正しい姿勢を保つ着物を着た女性。自分から見ても祖母の姿は凛々しく美しく格好いい。その彼女が、一拍を置いて札を構え、ゆっくりと口を開く。

 

『こぬひとを――』

 

 発せられた声に反応した2人の手は、弓矢のように一直線に札へと伸び、それを払う。自分の名前になっている、歌人《藤原定家》の歌を。

 

『対戦者が動き出すには、必要なんが1つあるよ』

 

 普段は見せない笑顔は、また見たいと思える温かい物だった。

 

 ――言葉と声は何にも勝る芸術や。

 

 1度だけ。祖母と共に暮らした生活の中で1度だけ、その言葉を祖母から言われた。本当に歌が、言葉が好きなのだと幼心に感じたのを覚えている。

 

『せやけれど、かるたする人は言葉と声をただの音としか考えへん。定家。あんたがかるたをするん言うなら、歌をちゃんと愛してや』

 

 かるた界で最も美しいと言われた専任読手の一条敦子。厳しい祖母との数少ない温かいエピソード。その中で最も大切なそれは、定家(さだいえ)がかるたを取るときの心情であり、詠むときの教訓。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「これより、A級の部一回戦を行います」

 

 深紫(こきむらさき)の髪をした少年は、会場の端で背を壁に預ける。眼鏡を通した先に見るのは幼馴染み。隣の家に住む1つ上の少女。

 

(若宮詩暢)

(当たりたくねぇ)

(北央の甘糟さんとか)

 

 漏れ出た小声を耳が捉え、その小さな物が彼女の強さを物語る。

 

 若宮詩暢。去年、圧倒的な強さで前クイーンを倒し女性1位の座に輝いたかるた取り。小学校四年生の時点でA級の舞台に立ち。中学生の終わり頃にはその強さ。

 

「ホンマ頼むで、天智はん」

 

 近江神宮の祭神である天智天皇。百人一首の1番に入る彼に、僕は必死に頼んだ。




 自分の書いた文が気に食わなくなり書き直すと宣言してからデータが吹っ飛び、やる気がマイナスまで落ちました。
 今度は諦めない! データが飛んでも諦めない!
 現にパソコン使えないけど気にしない!

 頑張りますのでよろしくお願いします。


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序歌 二首目

 競技かるた。

 

 平安時代が終わる頃の歌人、藤原定家。彼が持つ友人の1人である宇都宮頼綱の依頼で制作した、時代の違う多くの歌から名歌百首を選び取り、頼綱が住む屋敷の襖に飾った百人一首。

 

 それが長い時間を越えて、一瞬の反応と戦略を競うスポーツへと姿を変えた物。

 

 野球やサッカーなどに比べれば確実にマイナーであり、また、競技人口も少ない中で、滋賀の近江神宮では、高校生たちが一年をかけた戦いを繰り広げていた。

 

 高校生の中でA級の部にいる猛者は少ない。が、そのレベルはやはり高く、読手が詠む歌に反応して、畳を叩き札を払う音が疎らに耳を打つ。

 

 観戦者の多くが見るのはたった1人。

 

 史上最年少で女性最強の座に着いたクイーン、若宮詩暢の一戦。

 

『こいすちょう――』

 

 響く声の中で動く選手たちよりも一歩だけ速く、彼女の身体が動き出す。何百何千と繰り返された動きは、刀の刃のように鋭く美しい。

 

 実力差は歴然だった。

 

 東京の名門高校である北央学園。その中で次期エースと期待される甘糟那由多は、一首目から少しも動けていない。

 

 次元が違う。

 

 出場者も観戦者も、ただそれだけを感じていた。

 

(来いって言うのは何のためや? まさか、自分より弱い人を叩き潰すとこ見せに……はせえへんな。あいつの性格的に)

 

 彼女が孤独の選手であると言うことは周知の事実である。かるた会には所属せず、テープが流れる中でただ1人、黙々と静かに練習する。

 

「つまらんなぁ」

 

 一方的な試合。強者による弱者を蹂躙する行為は面白くないし見ていて気分が悪い。それがどんな競技であっても、同じように感じる人は少なくないだろう。

 

 大口を開けて欠伸をしたくなる気持ちを抑え、視線を他の人へと移していく。

 

 大きな人。小さな人。三年生。一年生。男。女。見た目も何もかもが違う人々が必死になって札を追いかけていく中で、定家は1人の女子生徒を見て視線を止める。

 

 高い身長。長い手足。荒削りな技術ではあるものの、良い耳のおかげで力強く札を取る。自分が戦えば十中八九勝てるであろうレベルの彼女に、僕は何故か目を奪われた。

 

『つくばねの――』

 

 陽成院が妻に向けて詠んだ恋歌。二字決まりの聞き分けがしやすいこの歌は、耳のいい人にとって格好の餌。相手よりも数瞬速く飛び出した手は、その札を見事に払う。

 

(詩暢みたいに綺麗やないし速くも無い。やけど、なんて言うか)

 

 ――おもろい。

 

(このまま調子よう行けばあの子が束行くか行かんかで勝つやろ。どっかで詩暢と当たってくれへんかな)

 

 そう思ったのは、丁度詩暢が勝ち、相手に挨拶したのと同じタイミングであった。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「何で僕が呼ばれたんや? なぁ詩暢」

 

 一回戦が終わり、詩暢が出した記録は二十四枚差。他の試合の観戦を早めに切り上げた僕は、勧学館のソファでゆっくりお茶を飲む彼女を問い詰める。

 

「僕まだ中学生やから。まだ高校入るまで半年あるんやから来る必要なかったやろ」

 

「いや、昨日琵琶湖の鳥人間コンテスト終わったときにふと思ったんや。ウチがしんどい思いしてかるた取ってんのに定が涼しいとこ居るいうんは無性に腹立ってなぁ」

 

(あんたの私情で無駄な金を使わすなや!)

 

 会場にいる人たちは突然クイーンと話す定家を気にしている風だが、定家と詩暢はそんなことを気にしない。

 

(なんかあの子可愛いな)

(クイーンの友達か?)

 

 例えそれが、どんな話であったとしても。

 

「あの知的な感じタイプだわ」

「一人になったら声かけてみろよ」

 

 ど、どんな話であったとしても。

 

「あんな女性と付き合いてぇ」

「あんだけ奇麗だったら彼氏ぐらいいるって」

 

 ど、どんな話でもぉ……。

 

「泣いたらアカンやろ? 定」

 

「泣いてへんてぇ。お、女の子と間違われても泣いてへんてぇ」

 

「いや、泣いとるやないの」

 

 定家が今身に着けているのは落ち着いた服装。常日頃から姉の着せ替え人形と化しているため、姉の趣味――男の娘――が全開である。白のインナーシャツの上に黒色のトップス。下はほぼスカートに見えるガウチョパンツ。

 

 若干視界がぼやけている気がするが、とりあえず会話の線路を元に戻していく。

 

「それで? どないな理由でここに呼んだんや?」

 

「ああ、それは――」

 

「一条君! 一条君じゃないか! 久しぶりだね。元気にしていたかい?」

 

 見事なほどに詩暢の言葉を遮って話しかけてきたのは、大会の運営に回っていた福井県にある南雲会の会長栗山先生。

 

「今日はどうしたんだい? 君が自分の出ない大会に顔を出すなんて珍しいじゃ無いか」

 

「あぁ、なんて言うんか、詩暢の保護者役です。この子放っておけんので」

 

 ただ呼ばれただけで理由がわかって分からない僕は、取りあえずありそうなことをでっち上げる。

 

 運営の者がやって来た時点で、ソワソワとこちらを見ていた高校生たちの感心は消え失せ、対戦相手が組まれていくことによって意識は次の相手へと向いていく。

 

「あ、そうだ一条君。悪いんだけど、決勝戦の読手をしてくれないかな?」

 

「……そうですね。それなら」

 

 カードが並べられた机の前。相手の確認をしに行った詩暢の隣には、先程の女子生徒。視線が同じ場所を向いているということは、対戦するのだろう。

 

「声の感じも確かめたいんで、二回戦の読手もさせて下さい」

 

「おお。それはありがたい。専任読手が読んでくれるとなればみんな良い経験になる」

 

 それじゃあこれで。そう別れた栗山先生は運営の所へと、僕は、二回戦の会場へと入っていった。



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序歌 三首目

 定家が高校に入る前、プロローグ的な話は今回で終わりです。


 競技かるたの世界の中では、名人やクイーンの他に専任読手という特殊な肩書きを持つ人たちがいる。

 

 通常の大会でも読手はいるのだが、彼らは名人戦及びクイーン戦で読むことを許された読手。数少ない存在である。

 

 その中の一人に、一条定家の名があった。

 

(おいおい、あの人って……)

(次の試合の読手って)

 

 畳の上をゆっくりと進み、部屋の奥にある札が入れられた箱の前で止まる。

 

(一条定家。今は亡き専任読手一条敦子の孫で、去年14歳で専任読手になった天才。……とか考えてんやろなぁ。嫌やわぁ)

 

 ぞろぞろと入ってくる人々の視線を受け、若干苛立ちが積もる中、自分の右斜め前。耳の良い、感じのいい人であれば『勝利確定席』と名付けたくなる位置。

 

(おもろい場所やなぁ。あの二人)

 

 暗記時間。それぞれがそれぞれのやり方で頭の中に札を叩き込む中、定家は息をゆっくり吐き、しっかり吸う。

 

 良い歌は良い心から。良い声は良い姿勢から。

 

 読手の勉強を始めた一番最初に教えられたのは、正しい立ち方。地にしっかり足を付け体全体を木のように開く。内臓をあばら骨の内側に入れ、腹の底から声を通す。

 

『ほ――』

 

 始まりの音。自分が詠んだのは八十一番目、後徳大寺左大臣の夏の歌。その1音目で腕が伸びていく。

 

『――ととぎす』

 

 他の選手が反応するときにはすでに札を拾い、自分の位置に戻る。

 

『みかの――』

 

 圧倒的な速さで払われた札は彼女の思考を置き去りにしていく。

 

(さぁて、集中がどれぐらいで切れるか。見物やな)

 

 ◆◇◆◇◆

 

 B級個人戦の組み合わせ。勝ち抜きトーナメント戦では、試合調整のために不戦勝であった瑞沢高校の部長真島太一が、A級の試合を見に来ていた。

 

 幼馴染みであり、唯一のA級である綾瀬千早が、現クイーンと戦っているからである。しかし、会場の襖を開け、中を除いて驚く。

 

(速ぇ!!)

 

 三字決まりの札をいとも容易く連取する。

 

 ただただ早い。千早の体勢が完璧であり、手を戻しても十二分取れるはずの札を、クイーンは決まり字まで動かずに聞いている。

 

 戦況は良くない。どんな札が来ても取られてしまう。

 

(もう10枚差か)

(そろそろあの子も戦意喪失か?)

 

 速さなら負けないはず。彼女の力を知っているからこそそう思うのだが、クイーンは全ての札で速い。札分けをしていない所だってある。セオリー通りで一字決まりは自陣の奥。

 

 音が聞こえれば取れるはず。読手は、

 

(専任読手の一条定家!? 初めて見たぞ!? でも、だったらなおさら音は良い)

 

 箱の中から一枚取り出し、一拍分息を吸う。なにもない静寂の中響く声。

 

『よの――』

 

(五字決まり。囲い手だ)

 

『――なか』

 

 ――よ。

 

 その試合を見ていたクイーン以外の人々は、一斉に驚いた。千早も太一も、素人ではあるが顧問の宮内先生でさえも起きたことが異常であると気づく。

 

(こないなもん見せられたら大抵の者はやる気無くす。テクニックは何枚も上。どないなる?)

 

 右手で囲われた札の下。とても小さな隙間を針の穴に糸を通すように左手が貫いていた。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 目の前が暗く感じる。

 

(勝つ想像ができない)

 

 自陣の札は一向に減らず、敵陣は泡が弾けるようにどんどんと消えていく。

 

(攻めきれない。意識が守りに向いちゃう)

 

 泥沼に脚を囚われるように思考がまとまらない。気持ちはどんどんと下がっていき、腕が重くなる。そんな時だった。

 

(え!?)

 

 いきなり、部屋の照明が落ち再び点灯する。何が起きたのか分からない選手たちは周囲を見渡し、千早も同様に観客たちの方を見る。

 

(太一、先生。でも――私のかるたじゃあ取れないんだよ。こんなの初めて――)

 

(あの子立ったな。なんか思いついたか?)

 

 定家の方からは顔が見えず何を考えているかは分からないが、急に焦った表情で頭を回し始めた。

 

(おっ? 戻ったんか……)

 

「失礼しました」

 

 正座に戻り一度頭を下げた少女の顔は、おそらく落ち着いた物だろう。他の選手も含め全員が場についたのを確認して次の札を取り出す。

 

『かぜ――』

 

 やはり動き出しは千早の方が速い。攻めがるたが心情の千早は敵陣の下段にある【かぜそよぐ】を狙うが、出た札は、

 

『――をいたみ』

 

 自陣下段の【かぜをいたみ】。

 

(私が戻るよりも、直線のクイーンの方が速い。でも……)

 

(この状況で流れを掴むんなら、詩暢の自陣。それも下段にあるものを取るんいうのが1番ええんやけど……)

 

『なにわえの――』

 

 今度は三字決まり。飛び込んで腕を伸ばした千早の手と詩暢の手がぶつかる。

 

「今のは同時だからそちらの陣の取りです!!」

 

(詩暢相手に自陣当てて、同じスピードで取る。せやのに、真面目なんか素直なんか、それともただの阿呆か。札渡すなんて楽しませてくれるわぁ)

 

 息を吸う。息を吐く。人が、生物が生きるための基本的な行動は、時として、その身に眠る潜在能力を大きく引き出す。

 

『――F』

 

 一瞬。クイーンの手が届く前に札が払われ、その後に音が続く。

 

『uくからに――』

 

 クイーンが自陣の一字決まりを取られた。その事実に会場はざわつく。

 

(F音。原田先生が言ってた。千早は【ふ】になる前の音を聞いてるって。微かな響きを。【ふくからに】も千早の得意札)

 

(1枚目。またこの札が私の1枚目)

 

 送る札はただ一つ。自分の名前が入った【ちはやふる】の札。絶対に取らないといけない札。

 

『――』

 

 畳の上に並べられた札が舞い踊る。

 

『ちはやふる――』

 

 一発で狙い札を当て、音の前を掴み取る。

 

(この一枚が、いつかのクイーンにつながってる)

 

 気持ちのギアを徐々にあげていく彼女の前。静かに座る詩暢は確かに思う。

 

(抜かれたんか? 定が歌ってくれてんのに、ウチが1番好きな声が流れてんのに……)

 

 一歳違いで隣に住む男の子。その子の家でかるたに出会い、好きと思える声に出会えた。

 

(定が、定家が歌えばウチのホームや。せやのに、これ以上取られるなんてそないなこと……あって堪るか!)

 

 クイーンスマイル。凛々しい京都顔が一気に歪むその表情は恐ろしく、詩暢が力を入れる合図。

 

 その後、勝つ気でいる目の前の相手とは良い勝負とは成らず、着々と取り分を増やす詩暢は、結果二十枚差という大勝を掴んだ。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 A級個人戦の試合は順調に消費され、予想通り現クイーンの若宮詩暢が優勝した。

 

 他の級の内容は知らないが、個人的にこの大会で良かったのは決勝戦の詩暢対北央学園の須藤さん。もう一つは二回戦の詩暢対あの人。

 

「東京都代表瑞沢高校競技かるた部。綾瀬千早……ね」

 

 昨日の団体戦で棄権した東京都代表のエースがクイーンから一字決まりを抜いたという話で盛り上がっていたので彼女で間違いないだろう。

 

 携帯で学力を調べて見たが問題ない。ある程度勉強はしているから京都を出ても問題は無いはず。

 

「ここに行けたらおもろいんやけど……」

 

「何してんねや定。もう出るで」

 

 表彰状とトロフィーを脇に抱えた詩暢に後頭部を小突かれた僕は、詩暢から荷物を引ったくり、駅の方へ少し前を歩いて行った。




 漫画をベースに書いていくと、絵だけで文章を考えていかないといけません。頭の悪い私には表現するのが難しい。結果駄文になっている。

 今回で序歌は終わり、次から高校生編に入ります。


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本歌 高校一年生編
本歌 一首目


「遠いな……ここまで」

 

 京都の嵐山から電車と新幹線を乗り継いで、おおよそ三時間ほど。少年は、一つの高校の前に立っていた。

 

【都立瑞沢高校かるた部】。創部一年目にして激戦区の東京都予選を勝ち抜き、途中棄権が出て四人になっても決勝リーグにまで出たチーム。

 

「部室は外言うてたな」

 

 学校側には、校内及び部活見学として既に連絡を取っているため、気にせず校門を通り抜け元生徒会室を探す。因みに、かるた部の人には内緒でと伝えてる。

 

「テニスに野球。校舎の中は吹奏楽。よりどりみどりやな」

 

 テニスコートの横をゆっくり歩いていると、視界に入ってきたのは小さな建物。入り口には【かるた部】の標識が。

 

「あそこね」

 

 中学校の制服を着た一条定家は、誰にも気づかれること無く部室へと入っていった。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「何この状況」

 

 身長の低い女子生徒は椅子に座って絵のような落ち込みっぷりを見せている。真面目に素振りをしていたイケメンは、ダディベアを燃やすなんて発言しているし、相手の綾瀬千早は真に受けて泣いている。

 

「てか、ダディベアってあの服の熊か……」

 

 あの日見たエースの女性が着ている服には熊の模様が着いている。恐らくアレのことをいうているのだろう。

 

 試合形式で二組、畳の上で並べられている札を四人がそれぞれの形で向かい合う。

 

『なにわづに さくやこのはな ふゆごもり――』

 

 暗記時間が終わり、落ち込んでいた女子生徒が序歌を詠み始める。

 

『いまをはるべと さくやこのはな――』

 

 なんて言うんか……。

 

『たちわかれ――』

 

(なんて言うんか惜しい。奇麗で言い声持っとるのに、リズムが狂ったり音量バラバラやったり)

 

 何首か詠まれていくのを聞いた僕は、次の一首が詠まれる前に扉を開け中へと入る。

 

「そのまま続けて。先輩は読手になりたいんか?」

 

「は、はい。そうですけど……」

 

「ほな、ちょっと失礼させて頂いて……」

 

 突然入ってきた見慣れない制服の中学生に驚いているのか、こちらを見る五人に続けて貰い、ごめんなさいと謝ってから読手をしていた女子生徒の両肩を掴む。

 

「良い歌は良い心から。良い声は良い姿勢から。そんな肘肩張らんと落ち着いて」

 

 ぽんぽんと肩を叩くと、次はがっちりと肩を地面に向けて押す。

 

「お腹触るけど堪忍して下さいね」

 

 重心が下に下がったのを確認すると、次はだいたいへそがある位置に手を置くと、

 

「痛いけど我慢して、息吐いて内臓をあばらの中に入れるつもりで、せーのっ!」

 

 胃やらなんやらを上へと押し上げて、無理やり肺の息を押し出す。人によってはまちまちだが痛みが伴う無理矢理なやり方。

 

「今お腹の真ん中に違和感があると思うけど、そこで声を響かすのイメージして、体は巨木のつもりで開いて」

 

「はいっ!」

 

 立ち方が変わる。小さなことだけで見た目の印象が変わり、声の広がり肩が変わっていく。

 

「札の間の一秒は、『一秒』じゃなくて『一拍』や」

 

「はいっ!」

 

 普通じゃあない状況の中で、言われていることがしっかりとしたアドバイスであることに気づいているのか、ちゃんとした返事が返ってくる。

 

「それと、声の大小は気にせんと、声はまっすぐ向かい側を貫くつもりで次の歌」

 

「はいっ!」

 

『おおえやま――』

 

 小さな部室を流れる声は、先程までとは違い細くはあるが芯のある声になっている。一度出せたのが自信になったのか、段々と詠むのが上手になっていった。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「それで、何で専任読手の一条定家がここいるだよ」

 

「そうですよぉ! いきなり肩抑えられたりお腹押されたり、何が起きてるのか分からなかったじゃないですか」

 

「ホントすんません。軽率な行動やったと深く反省してます」

 

 ペコペコと頭を下げる定家はとりあえず、今日、ここ瑞沢高校のかるた部に来た理由を伝える。

 

「いやね、あの、今日は入部する前に部活動見学をしに来たんやわ」

 

(あれ? 固まっとる。なんかまずいことでm――)

 

『えェええええええええええ!!!!』

 

「入部! 入部って言ったよね! 太一」

 

「言った。確かに言ったな千早」

 

「まさか、専任読手の声が隣で聞ける!」

 

「な、ななな、何で」

 

 一名を除いて、当然の反応をする中で、眼鏡の位置をちゃんと直せずにブルブルと手が震えている駒野が当たり前の質問をする。

 

「まあ、夏の全国大会の個人戦あったでしょう? そのA級の試合で、クイーンの自陣にあった一字決まり抜いた人が居ってな?」

 

 彼の部内にいるA級の選手は一人だけ、一同が揃って千早を見つめる。

 

「えらく楽しそうにね? いやホント、束で差付けられとんのにめっちゃ楽しそうにかるたしとるから気になってなぁ、それに、思うことがあって団体戦に興味が出たんで」

 

「けど、それなら名門の所に行くんじゃ無いの? 北央とか静岡の富士崎とか……」

 

「いやぁ、親にもそう言われたんやけど、北央は男子校やし富士崎は顧問の桜沢さんが苦手で」

 

 何となく分かる理由に対してウンウンと頷く西田を余所に、定家は大きな声で言う。

 

「改めまして、京都の小倉かるた会に所属しとる一条定家(いちじょうさだいえ)言う者です。新年度から先輩達の後輩になりますんでよろしゅう頼みます」

 

 春。思いも寄らない嵐が巻き起こる。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「そういやお隣の定家君、東京の高校に行くらしいですね」

 

「えっ!? ホンマなんかお祖母ちゃん! 定、東京に行きよったんか!?」

 

「なんや、聞いとらんかったんか。一昨日辺りに菓子折一つ持ってきて、これまでありがとうございました言うて、ぎょうさん荷物抱えてたわ」

 

(定が東京に行った? 何でそない大切なこと言うてくれんかったんや?)

 

 畳の上に並べられた多くの札を眺めていた詩暢は顔を上げると、廊下に置かれている黒電話の方へと向かっていった。

 

「問い質したる。なんでか、絶対に」

 

 因みに、その後、定家が持っている携帯の電話番号を知らずに、黒電話の前で項垂れていたのは完全な余談である。




 序歌の二首目で詩暢が言った「腹立ってな」やったりとか、電話番号分からずにorz の状態になるとか、本当にありそうなことですよね。書いていてそう思いました。

 今後、学校も始まってくるのでペースが落ちていくと思います。とにかく頑張るので、応援よろしくおねがいします!


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本歌 二首目

 オリキャラが出て来ますが、本編とはほとんど関わりません。気にせずにお読みください。(今のところは)


 月日は巡り、近江神宮で行われた全国大会から、気がつけば次年度の春になっていた。

 

 今日は瑞沢高校の入学式。わざわざ東京へやってきた定家は、真新しい高校の制服の袖を通し、学校から通達された集合時間に合わせてアパートを出た。

 

 電車に揺られること約三十分。サラリーマンと学生たちに揉まれながら電車で通学し今現在……。

 

「えっと、一条……で良いよな。一条はどこの中学出身? あ、俺は唐根智也(からねともや)

 

「僕か? せや、一条定家(いちじょうさだいえ)や。『テイカ』やのうて『さだいえ』やから気ぃつけてな。それで場所やったな、僕は京都の中学から来たんやわ。よろしゅうな智也」

 

 新しく在籍する事になった一年十組のアクティブなクラスメイト、イケメンの部類に入るであろう男子生徒と会話していた。

 

「いきなり呼び捨てかよ」

 

「嫌なんか? こっちは仲良うなりたいなぁなんて思うとるんやけど」

 

「いや、お前女子並みに綺麗だから下の名前で呼ばれるのドキッとする」

 

 なんでや……。今日は制服やからそんなに女の子っぽくならんはずやねんけどな。いつも通り音は聞きやすいように片耳は出してるし、下を見やすいように眼鏡は軽く下げてるぐらい……。

 

「艶やかな髪と言い、片耳だけ出すスタイルと言い、更にクールな眼鏡とかどこの女帝生徒会長だよ」

 

 それか! それかいなっ! 今すぐ耳直すっ!

 

「けど、耳隠しても女顔だから変わんねぇけどな。声も女性っぽいし」

 

「智也、僕ちょっと嫌いになったわ」

 

 ごめんごめんとかなりの勢いで謝る智也を余所に、教室の扉を開けて担任が入ってきた。席に着くことを促された僕たちは割り振られた席に着き、諸注意を聞くと入学式が執り行われる体育館へと向かった。

 

「それと一条。お前出席番号一番若いから仮の代表よろしくな」

 

「なんでやねんっ!」

 

 叫んでしまった僕は悪くない。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 長ったらしい入学式は終始恙無く進んで行き、そのまま新入生歓迎の部活動紹介へと移っていた。

 

 女子たちはここぞとばかりに話始め、男子も男子で好き勝手遊び始める。そんなざわざわと騒がしい雰囲気の中でも、予定は狂わずに行事が進んでいく。

 

「定家は部活どこに入るか決めてる?」

 

「僕は一応競技かるた部に入るつもりや。小さい頃から家でやってるからな。そう言う智也は?」

 

「俺はバイトするから帰宅部」

 

『百人一首競技かるた部部長の真島太一です』

『キャ……キャプテンの綾瀬千早です』

 

 そんな時、舞台に現れたのは袴を着た美男美女。

 

「おいおい、お前あのキャプテン狙いでとかじゃ無いだろうな」

 

 いやいや、目がハートになっとるあんたやないねんから。

 

「多分奏先輩の作戦やろな。かるたの説明やなくてインパクトのある二人だけ出す。上手いこと考えとるわ。女子は部長に、男子は千早先輩にハート飛ばすやろうからな」

 

「ちょっと待て、『奏先輩』って女子か! 女子なのかっ! それに、『千早先輩』っすでに名前で呼んでんのっ!?」

 

 新しく出来た友達が女好きであるというどうでも良い事実など気にせず舞台を見る。

 

『私、かるた百枚と友達になるのが目標で、後輩も百人欲しいです』

 

 天然キャプテンの抜けた発言に場が笑いに包まれる中で、イベントはどんどんと消費されていった。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「何この状況……」

 

 あれ? 前にもこないなことを言うた気がするんやけど。これがデジャブか。

 

 本校舎から少し離れた元生徒会室。他の部活が練習する場所から遠く静かと言う理由でかるた部の部室になったこの場所の中では、五人の先輩達の間に不穏な空気が漂っていた。

 

「こ、こんにちわ……。どないしたんや、これ」

 

「さ、定家君! どこに行ってたんですか」

 

「学級の仮代表に決められてしもうてその仕事を。そんで、新入部員は入ったん?」

 

 それが……。と言い淀む奏先輩からことの顛末を聞き出した僕は、大きなため息を吐いた。

 

「部活動紹介のやり方は良い考えやったのに、その後やな。そもそも、かるたなんてもんは物好きしかやらんのに、デモンストレーションなんかするからやん」

 

 かるたの体験ができると講義やらをしているわけではなく、またイケメンの部長とお近づきになるためにその二十人は来たはず。なら、部長を餌にしてでも繋いでおかないといけないはず。

 

「でも、せっかく二十人入って来たんだし」

 

「千早。……お前が本気で名人・クイーン戦目指すなら、後輩を育てる時間はないんだぞ? 部活休んで白波会で練習した方が良いんじゃないか?」

 

「おい真島! なんだよ名人・クイーン戦ばっかり! その前に高校選手権だろ」

 

 先のことを見据えて同意を求める千早先輩に、名人・クイーン戦を優先する発現をした部長。だがそれに優征先輩は異を唱える。

 

「教育係は私がします。厳しい中でついてこれる子だけ残せば良いんです」

 

「そうだね。高校選手権はおれたち五人がいれば戦えるし、それに一条がいれば心強い」

 

「なんで、一年生にかるたが好きになって貰わないとかるた部が……」

 

「何言ってんだよ。勝っていくのは俺たちだろ?」

 

「むしろ、僕は千早先輩の意見の方が理解できますけどね」

 

 思わぬ所からの助け船に先輩達は一斉に僕を見る。

 

「千早先輩の言うてることは、ここのメンバーの誰かが抜けたときとか、卒業してからのことを言うとるはずでしょ? いくら僕が補欠に回ったって変われるのは一人だけ。それに、先輩達が三年になれば進学やらなんやらでそもそもここに来れんようなるやから、先輩達ほどの強さは求めんでも、人は必要なんやし」

 

『かるた部』として現状を見るのであれば、五人の中で正解に近いであろう発現をしているのは千早先輩と優征先輩。

 

「奏先輩や勉先輩が言うてることも分かるし外れてないとは思いますけど、『部活』のことを考えるんやったら、部長が言うとることは外れとるんやないですか?」

 

 なんか熱くなってすみません。と、出しゃばった気がした僕は、のに物を買うという口実の元部室から逃げ出した。




 ここの内容って、オリ主を混ぜても書くことないんですよね。花野ちゃんがメインになっているので。ただ、そこに絡ませるのも違うかなぁと考えるウチに時間がかかりました。

 次はできる限り速く出したい。(願望)


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本歌 三首目

 若干台詞が違います。


「え? 一人しか残らなかった?」

 

 何してはったん? この天然キャプテン。何? 源平合戦を三対一でやって百枚取り? 一旦頭のねじどうなってるか調べに医者行きますか?

 

 なんて言えるわけもなく、僕は千早先輩に連れてこられた子を見る。

 

「って、筑波……秋博君やない? 十組の、同じクラスの」

 

「あ、学級代表の一条。かるた部だったの?」

 

「まあね。けど、残ったの一人だけかいな。部長目当てが居らんくなったらこないn――」

 

「いつもの教室に皆いないんで、今日はこっちですか?」

 

「ありがとう花野さん! ありがとう!」

 

 よかった。よかったけど、僕の言葉切れ……まあええか。これで一年は三人ね。

 

「とりあえず一年も集まったことだし、ゆっくりで良いから試合形式でやってみようか」

 

「けど、八人やったら四組ですよね。ちょっと狭ないですか?」

 

 荷物や机を退かし、部屋の端に積んでいた畳を四畳分並べるが、このまま札を並べれば窮屈だろう。

 

「そうだな。頑張っても三組分しか札が入らねえし。読手ともう一人抜けるか」

 

「ほんなら、僕は経験者やし一旦抜けます。やったことない二人に一回やってもらいましょう」

 

 すまないと先輩達に言われた僕は部室の端へと行き、二人のことを見ることにした。

 

『なにわづに さくやこのはな 冬ごもり いまをはるべと さくやこのはな――』

 

「いまをはるべ」

 

「あっ!? やだっ。今パンダ目になってるかもぉ」

 

 え? 何言うてんのこの子?

 

「は、花野さん! ちょっと来て!」

 

 あれ? いきなり目元気にし始めた花野を奏先輩が連行して、それに千早先輩がついていって…………。

 

「何なんや? あれ……。てか大丈夫かいな」

 

「放っとけ、ああいうのに男は口出ししない方が良いんだ」

 

「そうだよな。こえーもんな……」

 

 突然の自体に起きてしまった沈黙の時間。何か分からずに呟いた僕に対して、部長、優征先輩と続く。

 

「えっと、筑波君。悪いな、最初からモメちゃって。かるたはもう覚えた?」

 

「えっと、まだ二十ぐらいです」

 

「そーかそーかー。ゆっくりで良いからな」

 

「でも、ぼく、強いですよ」

 

 え? 何が? そう思った僕は悪くない。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「そう言えば秋博、クラスの自己紹介の時に中三まで北海道に居ったって言うてたけど、ほんなら『下の句かるた』の方やってたん」

 

「そうそう。今日は札持ってきたんです」

 

 これです。と渡されたのは下の句が書かれた木の札。

 

「実物見たの初めてやわ。確か、読手が下の句から詠むんやったな。昔、お祖母ちゃんがそないなかるたがある言うてたわ」

 

「だからおれ、下の句しか覚えてないけど兄弟四人でよくやってたんで、内地だと上の句かるたが主流だって聞いて」

 

 恋愛バカに下の句かるた経験者。それに専任読手。今年の一年めんどくせ!!

 

 あれ? なんで僕まで入ってんの……。至って普通やと思うねんけど。

 

「と、取りあえず、下の句かるたと上の句かるたはルールが違う。ちょっと丁寧に教えるからメモ取って……」

 

「駒野先輩って級とか段とかってどんぐらいですか?」

 

「え、初段でC級だけど……」

 

「じゃあ、一条は?」

 

「僕か? 僕はこの前無理矢理大会に出されて優勝したから多分五段? A級やで」

 

「じゃあ、一条に教えて貰います」

 

 おまえ、礼儀って物を知らんのか! てか、ちゃんと先輩に教えて貰えよ。

 

「もーいいよ! 練習だ練習。昨日もちゃんと出来てねぇんだから一年は一年同士でやってろよ」

 

「でも、経験者なら余計ちゃんと基礎から」

 

「綾瀬! いつまでも甘いこと言ってんじゃねぇ! 予選前に俺たちの力が落ちたらどうするんだよ!」

 

 この前も衝突した同じ内容。おかげで雰囲気が悪く、皆の意識が揃わない。一二年の間が違うのは分かるが、上級生が意思疎通できてないのは問題がある。

 

『あらざらん――』

 

 歌が詠まれると同時に二年生はしっかりと動き出し、一年生の二人は、

 

『いまひとたびの――』

 

 下の句が詠まれてが数瞬置いて札をとる。のだが……。札が詠まれる度に秋博が左手で取り、次は右手で取り、両手を使う。その上、

 

「よーし! 次も取るぞ!」

 

 上の句かるたでは御法度の、相手を威嚇するような畳叩きをする始末。次の札である【はなのいろは】がでると、花野が一枚やっと取るが、その表情は嬉しそうだ。

 

「かなちゃん。爪切り貸して?」

 

 試合を一度中断し、奏先輩から爪切りを借りた千早先輩は、花野の横に座り、爪を切るように促す。

 

「もし相手の人が筑波君みたいに強い指先で札を取りに来たら、菫ちゃんの爪の這うが剥がれるよ?」

 

「でも、私そんな必死に手出さないし」

 

「出すよ!」

 

 あははっと茶化すように笑い爪を切らない方向に話を持っていこうとする花野を、がっしりと肩を掴む。

 

「いま、初めて一枚取れて嬉しかったでしょ? 段々速く取りたくなるんだよすみれちゃん! 右手! 右手だけでも良いから!」

 

「やめてください! 言ったじゃないですか! 私はかるたじゃなくて真島先輩と一緒にいたくて入部――っ!」

 

 今しがた自分の言ったことに気が付いたのか、茹で蛸のように赤面した花野は勢い良く部室を飛び出す。そして、それを追いかけようとする千早先輩を優征先輩が止める。

 

「あそこまでハッキリかるたやる気ないって言ってんだ。放っておこーぜ」

 

 一理ある。確かに一理ある意見ではあるが、それでも千早先輩は止まらない。

 

「私……。去年の全国大会で倒れて棄権してから、もう一人部員がいてくれたらって毎日思ってた。毎日思ってた。やっと来てくれた。専任読手の定家君が入ってくれて、変な子だけど、筑波君もすみれちゃんも入ってくれて三人もいる。だから、絶対に放っとかない」

 

 カタパルトよろしくの飛び出しを見せた千早先輩は盛大に椅子とぶつかり、声にならない悲鳴を上げていた。

 

 一枚目を取れたのが嬉しゅうて、次が欲しなって強くなる。そう言う考え方もあるんか。僕にとっては、お祖母ちゃんが読んだ歌が全部で、その歌を詠うのに憧れて、読手は選手の気持ちもわからなアカン言われてはじめただけ。

 

「多分、僕にとってはどこまで行ってもかるたは『短歌』なんやろな……。取りあえず、僕が行きますわ」

 

「そ、それなら私も行きます」

 

 ◆◇◆◇◆

 

「花野! どこ行きよった花野!」

 

「花野さん!」

 

 部室を出てグランドの横を通り、中庭に面する廊下を、花野は泣きながら歩いていた。

 

「花野さん、大丈夫ですから戻りましょう」

 

「は、恥ずかしい……。絶対バレちゃった真島先輩にら私の気持ち」

 

 だが、先程の実現が相当響いたのか、大粒の涙をポロポロと流す。

 

「どうせいい気味って思ってるんでしょ? 恋なんて下品でくだらないって、先輩も一条も! 馬鹿にしてんだったら放っといてよ!」

 

「……昨日花野さんに、百人一首は恋の歌ばっかりと言われたとき、確かにそうだと思いました。人が想うことは今も昔も変わらないとも」

 

 花野の奴、先輩にそんなこと言うたんか……。なかなかやな。

 

「でも、百人一首は『短歌』です」

 

「確かに藤原定家は百首の内四十三首ある。昔から人は恋愛のことばっかり考えとる。やけど、昔の人は携帯もメールも無い中で相手の心を射止めようと三十一文字のルールに従って気持ちを伝えたんや」

 

 定家だって、式子内親王との叶わぬ恋を偲んで歌を詠んだ。

 

「明確なルールを守った上で、読み手の心に刺さるよう、想いと技術を詰め込んだ。そんな歌やからこそ、定家は拾い、腐らないように、()()()()()()()()()()()んや」

 

「定家は、好きだった式子内親王がなくなりになってから10年以上たって、【思うこと 空しき夢の 中空に 絶ゆとも絶ゆな つらき玉の緒】という歌を残しました。例え相手がいなくても、例えどんな心であっても、『伝える』『伝わる』は、ルールの向こうにある。さっきの言葉で、花野さんの本当の想いが部長に伝わると思いますか?」

 

「でっ、でも」

 

「大丈夫や。大丈夫やから戻り」

 

 まだ泣き続ける花野の背中を押しながら部室に向かっていると、奏先輩がお願いを花野さんにする。

 

「花野さん。私にも今度マスカラ教えてください。まつげ、三本しかないので。それと、『恥ずかしい』と泣ける心は美しいと思います」

 

 あぁ……。これ、僕要らんかったよな。

 

「って、奏先輩はそのままで十分綺麗なんですから、マスカラなんて要らないですよ」

 

「ふふっ、定家君はお世辞が上手ですね」

 

 あ、お世辞のつもりやなかったんやけどな。ええか。けど、『伝える』『伝わる』はルールの向こうにあるなんて、えらい良いこと言うやん。

 

 その後、部室に戻った花野は、その態度をうって変え、真面目に百人一首を覚えるようになった。




 定家の歌の中で、一番好きなのは【思うこと】、次に【来ぬ人を】です。どちらも悲しい歌ですが、それだけ、定家が式子内親王のことを好きだったんだなぁと感じます。


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本歌 送り札一枚目

 所謂閑話です。サブストーリー的に軽くお読みください。

 あと、一日に三話投稿はきつい! 今日投稿したこの三話、下書きも何も無いんだぜ!


「ま、待ってください! 定家君!」

 

 近江神宮で行われる全国大会の東京都予選まで、残すところあと半月程になった頃。ますます熱が入る部活の帰りに、僕は校門を出たところで奏先輩に呼び止められた。

 

「あ、あの、帰る方向が同じなんですから、一緒に帰りませんか?」

 

 その言葉に、優征先輩と勉先輩はアタフタしているが、僕は特に断る理由もないのでその提案に乗ることにした。

 

 因みに、勉先輩が「専任読手の肩書きか……」なんて呟いていたが気にせずに行く。

 

 つい先日、京都の実家から持ってきていた着物や袴を直したりして貰うために、何も知らずにアパート近くの『呉服の大江』に持っていったのだ。

 

「まさか家が近いなんて思ってませんでしたよ」

 

「僕もですよ。アパートの近くに呉服屋があるのは知っとったんやけど、それが奏先輩の家とは知らんかったです」

 

 ホントですよぉ。なんて笑い合いながら僕たちは帰路を歩いていく。

 

「あ、それで、今日一緒に帰ろうって誘ったのには理由があって……。あの、こんなタイミングで言うのもどうかと思ったんですけど、定家君の余裕があるときだけで良いので、読手の練習に付き合ってくれませんか?」

 

「ふふっ。予想よりも言い出すん遅かったから待っとってたんよ。もちろん、喜んでさせて貰います」

 

 そう。僕が予測していたよりも、奏先輩の申し出は遅かった。初めて会ったのは三月の部活動体験の日。今日はもう五月の半ば。

 

「あと、地が京都の方言なのに共通語の敬語って難しいんじゃないかなって、だから敬語じゃなくて良いですよ。それに、私の先生になるんですから」

 

「せやねん。ホンマ助かるわ奏先輩。ほな、二人の時は気楽に喋らしてもろうて、他の先輩達が居るときは今まで通りの言い方にするわ」

 

 改札に定期券を通しホームへ上がると、タイミング良く電車がやってくる。降りてくる人に道を空け、続いて電車に乗り込む。

 

 部活が終わる時間はだいたい六時過ぎ。あまりサラリーマンは多くないが、それでも部活帰りの学生達や、夜勤に就く人なんかも疎らにのいる。

 

「先輩。空いてるとこ座り。僕は立っとくさかい」

 

「そんな、悪いですよ。私が」

 

「ええからええから。空いてんのは一つやし、家の最寄りまで三十分ぐらいなんやから気にせんと。それより、読手の話せんでええの?」

 

 分かりました。と丸め込めれた奏先輩に僕は普段何かしてるのかを問いかける。

 

「普段は特に、と言うより、ここ最近になってしっかりと出来た目標なので、どうすれば良いのか分かってないんです」

 

「せやったら……。家に専任読手の音声データはあるんか?」

 

「一応山城今日子さんのがありますけど……どうするんですか?」

 

「いや、簡単な話や。山城さんのやったら、それ流しながらそのリズムと同じリズムで復唱すればええ。僕はとなりにお祖母ちゃんが居ったから、普段やってるかるた会の練習とかでお祖母ちゃんの歌い方ばっかり聞いとった」

 

 上達するには真似から入る。上手な人にはその人なりの心情があって、それがコツになる事が多い。技術は盗むのと同じである。

 

「4-3-1-5方式のリズムを頭ん中に叩き込むんや。気づいたらそのリズムになるくらいに。声が震えるとか、大きさなんて後やで、後」

 

「それじゃあ定家君は今もそんな風に?」

 

「それが、東京に来てからできとらんのや。家は集合住宅やから、いくら防音が施されてる言うても限度かあるから。まあ、前は朝起きたときと寝る前に発声練習して、かるた会の練習するときでもできるかぎり詠ませてもろうてた」

 

 重要なのは、密度の濃い練習をどれだけ出来るか。

 

「山城さんのとか小峰さんとか五十嵐さんとか。色んな人の声聞くのはええ練習になるし、必要やったら僕のとお祖母ちゃんの音声データ渡すから、土日とかにやるのがええと思うわ」

 

「分かりました。そうしてみます。部活内でやるときは色々言ってくださいね」

 

「もちろんや。ビシバシ行くから途中で止めたらアカンで」

 

 大丈夫です! と元気よく返事する奏先輩に笑みが溢れ、それに対して怒られるが、そんな楽しい時間もあっという間に駅に着く。

 

 改札から出て、家までの道のりの途中にある『呉服の大江』まで先輩を送ると、そのまま誰もいない家へと歩く。そんな中、思うことは一つ。

 

「お祖母ちゃんが僕に読手の練習付けるとき、こんな気持ちやったんかなぁ」

 

 今胸にあるのは純粋な喜び。同じ歌が好きで言葉が好きな人にらその力を授ける行為。

 

【かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける】

 

「お祖母ちゃんから奏先輩へのかささぎに、僕はなれるんかな?」

 

 小さなつぶやきは、夜に響く様々の音に掻き消され、霜のようにいつの間にか消えていた。



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本歌 四首目

 今更ですが、ちはやふるの二次小説なのに主人公がかるたを取っていない。

 それではどうぞ。


 気が付けば六月。入学してからの二ヶ月でついに、全国高等学校かるた選手権大会の東京都予選が始まった。

 

 今は大会が始まる少し前、瑞沢高校のかるた部は全員袴で試合をすると言う事で、定家は京都から引っ越す時に持ってきていた袴の内の一つを手に持っていたのだが……。

 

「机君の指示通り、一応女物を私のを除いて三組持ってきましたけど、なんでなんですか? 女子生徒は私と千早ちゃんとすみれちゃんですよね」

 

「いや、大会の組み合わせ次第で色々と考えたんだけど、その作戦の一つだよ」

 

(嫌な予感がするのは僕の気のせいやんな)

 

 若干の予想がついている定家は、そんなことは無いはずだと邪念を払うように首を振り、予選リーグの表を作戦参謀的な役割をこなす駒野と共に見ていた。

 

「瑞沢はAリーグ。秀龍館に西高。東宮の三校とやるみたいやね」

 

「秀龍館と西高は去年も戦ってるからデータが使える。一回戦は秀龍館だから丁度良い。一条は今すぐかなちゃんから女物を貰って着替えてきて」

 

「そんなことや思うたわっ!」

 

 定家の叫びは、男のものにしてはえらく可愛らしい叫び声だった。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「定家君、速くこっちに来て下さい! もうすぐ初戦が始まりますよ」

 

 奏先輩に手を引かれ、僕は先輩達の前に姿を見せた。のだが……。

 

「おい一条。その格好って」

 

「なんて言うか……。その……」

 

『私/千早ちゃん/綾瀬/先輩よりも……女子だ』

 

 定家を除いた部員の七人に、部員たちの着付けの手伝いをしてくださった奏先輩の母親である利恵子さんにまでそう言われてしまった。

 

 薄い紫の生地に梔子(クチナシ)がところどころに散りばめられた長着に落ち着いた今紫の袴。髪は普段と違いポニーテールにされており、クールな印象なのに若干恥ずかしそうにしているため、控えめに言って美人になっている。

 

「姉のせいやけど、この姿で普通におれる自分が哀しいわ。ホンマなんでや……」

 

「とりあえず、一条は予選リーグの間それだから。それより、オーダーなんだけど」

 

 そう言った勉先輩は、二年中心で書かれたオーダー票を部長に渡す。

 

「そうだな。初戦の秀龍館戦で勢いに乗りたいし、これでいいんじゃないか?」

 

 一番から順に、西田、大江、綾瀬、駒野、真島。去年の経験もある先輩達が試合をするのは正しいのだろう。とりあえず僕は、何かと世話をしてくれる奏先輩に、髪型やら衿元を正されていたのだが、その時だった。

 

「なにやってんだテメー! ありえねえぞオーダー書き換えなんて!オーダーに文句があんなら口で言えよ!」

 

「だ、だって……、おれ、駒野先輩には三枚差までいったことあるし、もう実力では追いついていると思うし……っ」

 

 ペシッと、秋博の頭が部長によって叩かれ、瑞沢の部員がいた場所が静かになる。

 

「頭冷やせ。出来ないなら帰れ」

 

 そう言い放つ部長の横で、勉先輩は何か考えた表情を見せる。

 

「どうしたの机くん」

 

「いや、最初は波に乗ろうと思ってあのオーダーを渡したけど、それなら一条に女物着せた意味が無くなるんだよ。だから、とりあえずオーダーを組み直そう」

 

 確か、僕の記憶が正しいもんやったら、初戦の秀龍館は男子校やったはず。だとすれば、花野と僕が入るいうことか。

 

「秀龍館戦は二人入れ替えで、肉まん君の代わりに一条定家。僕の代わりに花野菫(はなのすみれ)

 

「へ? 私?」

 

「二試合目の西高とは、一条に変わって肉まん君。かなちゃんの代わりに筑波秋博(つくばあきひろ)で行こう。秀龍館のメンバーは去年とほとんど変わってないから、女子にはめっぽう甘い。女子三人を中心プラス一条を女にしていくのが得策」

 

 手に持つメモ帳には、他校のことがびっしりと書き込みれており、西高も、『よく声を出す。真面目で素直』と一番上に書かれている。

 

「真島と綾瀬は多分全試合出ずっぱりになる。一条は決勝に残しておきたいから肉まん君と状況によって入れ替わる。けど、僕やかなちゃんに一年は、確実に取りに行けるタイミングででるしかないんだ」

 

 ――真島、綾瀬、頼んだよ。

 

「これは、やるしかあらへんなぁ。みんな」

 

 ◆◇◆◇◆

 

(久しぶりの試合やわぁ。身体動くんかいな)

 

 分けられた二十五枚の札を、自分の陣に並べていく中、僕はそんなことを考えていた。

 

(前の大会は確か三月の終わりとかやから、まあ、二カ月ぐらい試合しとらんのか……)

 

 どの札をどう取るかを考えながら一枚一枚丁寧に札を置き、暗記時間の十五分に入る。

 

(一字決まりはそない無いな。二字決まりは多いけど三字決まりは少ないんか。五字と大山もあるんやったらバランスええなぁ)

 

 札の位置を叩き込む中でどう戦うかをある程度決めると、身体の筋をゆっくりと伸ばしながらもう一周。久しぶりだからこそ念入りに。

 

「奏先輩」

 

「どうしたんですか?」

 

「二分前なったら起こして下さい」

 

「え? ちょっと」

 

 念入りに覚えれば、記憶の整理と気持ちを落ち着かせるために目を閉じる。昔からやっていることの反復は、それだけで頭のスイッチを切り替える。

 

 正しい正座の美しい姿勢。鼻から吸った空気は真っ直ぐ気管を通っていき、肺の中で酸素を受け渡す。目を閉じるのはそのイメージを起こすため。そしてそのまま眠るため。

 

「……て下さい。もう直ぐ試合ですよ。起きて下さい」

 

 次の瞬間、目を開いた先には秀龍館の相手、下には自陣敵陣に並べられた五十枚の札。空っぽの頭にすんなりと入ってくる。

 

『なにわづに さくやこのはな ふゆごもり はいまをはるべと さくやこのはな――』

 

「ほな、よろしゅう頼んます」

 

 静かな会場に響く序歌が、えらく僕の耳にこべりついた。




 別に今回の話でやるとは言ってない。
 どんな試合展開にするかにするか考え物です。


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本歌 五首目

 自分がかるたを取らないから試合描写が分からない。とりあえず、やっと主人公がかるた取るけどちゃんと描写出来てないと思います。分かるかな。


 耳にこびりつく、序歌を読む嫌な声。普段は感じない奇妙な感覚に、僕は嫌な予感がしていた。

 

『かく――』

 

 相手の利き手側上段。つまり、僕から見て左上にある札一枚を静かに抑える。

 

『――とだに えやはいぶきの……』

 

 たった一枚だけが少し動く敵陣から、当たり札の【かくとだに】を自分の左手側に置くと、送り札を一枚渡す。

 

(敵陣の利き手側には二字決まり、逆側の下段に三字決まりが比較的多く並べてるいうことは、手を戻すときに取りやすくなるようしとる。聞き分けをしっかりせんと、ポロポロ落とす)

 

『あさじ――』

 

 今度は自陣の左上段。

 

『――うの おののしはら……』

 

 音がしない、一枚だけを確実に取るかるた。流れる歌を、言葉を、声を邪魔しないかるた。

 

(僕の耳に特別凄いもんはない。今名人してはる周防さんや千早先輩みたく『感じ』がええ訳や無い。やからこそ、聞こえた札を確実に)

 

『よの――』

 

 聞こえてきた札を確実に取る。どちらかというと守りがるたをメインにするからこそ、自陣の札を低く隙が無いように塞ぐ。

 

『――なか()……』

 

 そして、しっかりと札を抑える。

 

(当たり前のことをするからこそ、当たり前のことだからこそ強い。反復して積み上げた土台は、そう簡単には崩れれん)

 

「良いぞ一条! 三連取! どんどん波に乗るぞ!」

 

 部長のかけ声に、はい。と落ち着いた返事の後、相手の札を確認のために見る。序盤でどれだけ差が開けれるか。でも、無茶に暴れる切り込み隊長をするのは千早先輩で、僕の役割はしっかりと勝ちを取ること。

 

(詩暢は、札の一枚一枚が小さい妖精? 人形? 神様やったかなんかに見えるなんてアホなこと言うとったけど)

 

 ――綺麗な景色やわぁ。お祖母ちゃんもこない思っとったんかなぁ。

 

 歌一つずつにあったエピソード。それを見せる景色が、札を通して見えてくる。【みかきもり】であれば、静寂の闇の中に浮かぶ篝火であったり、【たきのおとは】であれば、滝の流れを見ながら友のことを思う景色であったり。

 

『こころあてに――』

 

 出たのは空札。競技線ギリギリに置いた手を1ミリも動かさず、次の札を待つ。

 

(さて、詩暢ほどのもんはもっとらんけど、それでも僕はそこそこの選手や。どれぐらいやってくれんのか)

 

 二枚連続で空札が出ている間、僕はそんなことを飄々と考えていた。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「あ、あの……なんで俺にチャンスくれたんですか? 失礼なことたくさん言ったのに……」

 

(しっ! 声大きいよ)

 

(す、すみません)

 

 試合に出ない、控えに回った筑波が、二回戦に出すとチャンスを与えた駒野に尋ねる。

 

(去年は尖ってたな。机くん)

 

 そう西田に茶々を入れられるが、それも良い思い出である。試合に勝てず、経験者の三人が勝ち続け、終いには自分と大江は数合わせだと言ってしまった去年の予選。

 

(俺もあるから……。チャンスを貰ったことが)

 

(まあ、筑波君は焦らないで良いよ。絶対に強くなるしな。かるたの経験が長いおれと、頭脳明晰の机くんが保障する)

 

(熱意も才能もある。大丈夫だ)

 

 かっこいい。今までに何回も発してきたはずの言葉なのに、しっかりと目をかけて言ってくれる駒野の姿にピッタリと噛み合う言葉だと思った。

 

(それにしても……)

 

『たま――』

 

 三人の視線の先にあるのは、女性にしか見えない男子生徒、一条定家。

 

(部室じゃあ緩い感じですけど、一条って強いんですね。相手のお手付きもあったし、さっきから一条ばっかりが札取ってますけど)

 

(そっか、もともと内地のかるたは詳しくないんだもんな。まあ簡単に説明すると、一条はバケモノの一人だよ。言い方は悪いけどな)

 

 そこで、改めて西田は筑波に一条のことを説明する。

 

 一条定家。高校一年生で、早生まれのため十五歳。 

 

 そして、ここ最近では、大会で滅多に読手にならない専任読手九頭竜葉子(くずりゅうようこ)の推薦で試験を受け、今現在八名しかいない『専任読手』の一人になった人物。

 

 小学校の頃は全国大会で優勝しかしたことがない程、昔から強い。

 

(百人一首を作った藤原定家の直系の子孫で、家族も全員かるたの選手。おまけに祖母は、今は亡き専任読手の一条敦子。今のクイーンと同じで小四の頃にはA級になってたんだ)

 

(専任読手になる条件の一つは、選手としてある程度強い。つまり、綾瀬たちと同じ舞台に立つA級の選手じゃないといけないんだ)

 

『はなの――』

 

 しっかりと札を取る真島、力強く払う綾瀬、とれなくて悔しそうにする大江、相手に教えられて札を取る花野。そんな皆とは違い、美しく清らかに一枚だけを抑える一条。

 

「やらかしてしもた」

 

「瑞沢の()()()が二十六枚差! お手付き含めたパーフェクト」

 

「まあええか、気にしたらアカンな。瑞沢一勝」

 

 瑞沢と秀龍館の試合で一番最初に聞こえてきたのは、後悔の念が入った京都弁。観客の誰かが堪らずに声を出すと、自分たちにアドバンテージがついたことを伝える。

 

「もう一人の女の子もパーフェクトだ」

 

(綾瀬。ますます男扱いだな)

 

(もう、綾瀬と一条性別交換すれば良いのに)

 

(ほんと、二人色々と損してる。けどとりあえず)

 

「瑞沢二勝!」

 

「大江さん、花野さん。落ち着いて、ゆっくりしっかり取って行くぞ」

 

 かなり優勢な場面を展開している部長の声掛けに続き、その後瑞沢高校は秀龍館に対し、四勝一敗の成績で予選リーグ二戦目の西高との試合へと向かった。



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本歌 六首目

 弱ペダを20巻ぐらいから最新巻まで一気読みして書けませんでした。ちょっと短いです。


 予選リーグの二戦目と三戦目。去年対戦した西高と、今回初めて戦うことになる戦う東宮との試合は、危なげなく勝ち進み、順調に決勝リーグへと進むことが出来た。

 

 しかし問題はその先。決勝トーナメントでのオーダーをどのようにするか。本来であれば、オーダーを決めるのは顧問である宮内先生だが、彼女は素人で、なおかつ今日は兼任しているテニス部の方に顔を出しているため遅れてくる。

 

(どうする? 万全を尽くしても負けるときは負ける。なら、せめて万全のオーダーで臨みたい。強さ重視で行くなら、大江さんを除いた二年に一条を組み込むオーダー)

 

「相手はCリーグから出て来はった無名? の朋鳴高校さん。奏先輩は知ってはります?」

 

「いえ。去年はいなかったはず――」

 

 奏先輩との会話を遮るように、ブーッ、ブーッっと、瑞沢の控え室に電話の着信音が響き、その発生源である鞄の中から携帯を取りだした僕は、ディスプレイに映る名前に焦る。

 

「どうかしたんですか?」

 

「ん? あぁ、普段は僕にかけてこない方の姉が電話をかけてきたのでちょっと出ますわ。オーダーは外しといてて下さい。長くなると思うんで」

 

 画面に映った『高子(たかいこ)姉さん』の文字を奏先輩に一度見せると、そのまま控え室を出てから電話に出る。

 

「もしもし高子姉さ――」

 

『定ッ! アンタ今どこで何してんのっ!』

 

 携帯から聞こえてきたのは、姉のものではないがとても聞き覚えのある声。次姉の高子では無く、幼馴染みの詩暢のもの。

 

「それよりも、詩暢こそ誰の携帯で僕に電話してんのや?」

 

『あ、アンタの電話番号ウチ知らんかったから高子さんのケータイ借りたんや。って、それはええねん。アンタ今何してんの。ウチの高校には入学しとらんし、他の高校にも入ったって聞いとらんやないの』

 

「まあ、東京に来とるからな。こっちでかるたやるために」

 

『アンタが? ウチの居らん所でかるた』

 

 直ぐに携帯から、詩暢からは想像できない不気味な笑い声が聞こえてきた。自分のことを嘲笑うかのような、とても重たく冷たい笑い声が。

 

『分かっとらんなぁ、定』

 

「何をや。何を分かっとらん言うんや詩暢」

 

『簡単なことや、良う聞いとき』

 

 控え室の外にいる自分の耳にも、もうすぐトーナメントを始める時間であるというアナウンスが聞こえてくる。が、今はそんなこと良い。初戦で感じていた違和感。それが何のことか、うすうす感じ始めているから。

 

『アンタはかるたを、自分のためでも相手のためでも、ましてや仲間のためにも取ってない。定は、ただ大好きやったお祖母さんの姿見るために取ってる』

 

 読手をするのは憧れを追うため。決して、言葉を愛してなんか無い。札を押さえて取るのも、昔見た祖母のかるたを真似するから。

 

『何より、アンタは私の世話をするんやのうて、ウチが近くに居らんとアカンかった』

 

「ちょっと待ち。意味が分からん」

 

『いいや、分かるはずや。ウチが取るときはよう読手をした。アンタは自分が読めばウチが絶対に勝つ思うとるんやけど、ウチには良く聞いとるだけのこと』

 

 ――アンタは、自分が何かする理由をウチにしてた。

 

 かるたを始めたきっかけは祖母。札を取り始めたきっかけはは祖母。歌を詠み始めたきっかけは祖母。専任読手を目指したきっかけは祖母。

 

 大会に出るようなったきっかけは詩暢を一人で取らせんようにするため。昇級するのは、詩暢を一人にしないため。

 

「はあ? 詩暢は一人でかるた取ってきて周りには誰も居らん。居るのは僕一人、手伝うわけでも無くただ横に居っただけや。そうなるために僕は――」

 

『今、この時期にかるた取ってる言うことは、近江神宮の団体戦か。まあ、そんな『皆で仲良く』やるかるたなんてしてる奴、ウチには要らんけどな』

 

「じゃあなんやねん! アンタは!」

 

『ウチは若宮詩暢や、現クイーンのな。ほな、どっかで会いまひょ。隣の家に住む一条定家はん』

 

 携帯からは何かに当たる音がし、直ぐに「ちょっと! 詩暢ちゃん」と制止の声が聞こえてくる。

 

『ご、ごめんね定くん。ちょっと詩暢ちゃん追いかけてくるから、切るわ』

 

 ぷちっと回線が切れ、耳に入ってくるのは機械音のみ。先程出した大きな声に部員たちが反応して様子を見ようとしていたが、それも気にならないほどに、僕の頭はぐちゃぐちゃになっていた。

 

「部長。オーダーに私と定家くんは入れないで下さい。ちょっと、かるたを取れそうに無いので」

 

「えっ!? ちょっと、大江さん!」

 

 短く、部長にそれだけを言った奏先輩は、僕の腕を掴むと、会場になっている施設から出て行く。

 

「定家くん。ちょっと私とお話ししましょう。何も話せなくても、隣にいてあげます」

 

 何か感じていたおかしな感覚。その答えがハッキリしたこと、そしてその中身の大きさに、僕はただただ下を向き、先輩に引かれるまま足を動かしていった。




 次話は会話文(定家と奏ちゃん)がメインになります。


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本歌 七首目

 バイト……死ぬ。先輩がえろう怖いんや。
 多分ウチの店でバイトが辞めるとすれば理由はその先輩の怒り方や。確信できる。


 全国高等学校かるた選手権大会の東京都予選の会場となっている会館から出てすぐにある小さな公園には、普段であれば見かけない袴姿の二人組がベンチに座っていた。

 

 一人はしっかりと背筋を伸ばし凛とした姿ではあるものの、心配した表情を見せる女性。

 

 もう一人は、太股に膝を付け前屈みになり、携帯を握りしめて震えている男性。

 

 そんな奇妙な組み合わせを、物珍しさから遠巻き見る、公園で遊ぶ子どもたちとその保護者たち。

 

(何がどうなってるんや、この状況。いきなりすぎて意味わからん)

 

 頭の中で繰り返されるのは「ウチには要らんけどな」という先ほど詩暢に言われた言葉。

 

(僕は今ショックを受けとる。それは確かなことやし疑う余地も無い。けど、何でショックを受けとるんや? 詩暢に突き放されたことか? 亡くなったお祖母ちゃんのために取っとる言われたことか?)

 

「……くん? ……くんってば、定家くん」

 

「ん? ああ、奏先輩」

 

「さっきから呼んでたのに全然反応してくれないし……」

 

 自分の隣。ベンチに座っていた相手から声をかけられ、僕は意識を外に向けると、いつの間にか僕と奏先輩は近くの公園に来ていた。

 

(まさか、気付かん内に外に連れ去られてたんか)

 

「定家くん。先ほどの電話の相手、何方からだったんですか? 外に出たことに気付かないほど意識が違う方向を向くなんて何かあったんでしょう?」

 

「さっきのは……姉の携帯借りて幼馴染みが電話かけてきたんですよ。そんだけです」

 

 握りしめた携帯から手を離すと、僕は手を閉じたり開いたり動かしてみる。

 

「定家くん……。敬語になってますよ? 二人きりなんですから、もっと気楽に、同級生と話す感覚でいいです」

 

 いつだったか、前に二人で帰った日の約束を言われ、とりあえず僕は敬語を外し、「すまへんなぁ」と謝る。

 

「先ほどの電話、()()()()で済ませられるものではないんですよね? いつも明るくニコニコしてる定家くんがそこまで落ち込むんですから」

 

「……せや。……まあ、幼馴染みとはそこそこ長い付き合いやから、多少なりとも響いたんやわ。切際の言葉に。何でか分からんけど」

 

 詩暢に言われた、「ウチには要らんけどな」という拒絶の言葉。それだけがやはり頭の中をぐるぐると回ってしまう。

 

「あの、奏先輩?」

 

「どうしました? 私に出来ることなら何でも言ってください。できる限り努力します!」

 

 胸を張って、ポンッと拳を当てた先輩にクスッと笑うと、僕は前置きに「誰にも言わんといてな」と言ってから、先ほどの話をし始めた。

 

「さっきかかってきた電話の相手。次姉の高子やのうて幼馴染み、……若宮詩暢からやったんやわ」

 

「若宮詩暢って……現クイーンの?」

 

「せや。実は家が隣同士でなぁ。昔から顔は知ってて、詩暢がかるたをやるようなってから、ようけ取ったんやわ。一緒にかるたを」

 

 ◆◇◆◇◆

 

 詩暢と僕が明確に顔を合わせたのは、自分が小学校に入ったころ。

 

 元々は家が隣同士だったので何度か顔を見たことがあるのだが、長い付き合いになるきっかけになったのは、詩暢がかるたをやるようになったその頃。

 

 僕の自宅はかるた会の場所にもなっていて、『小倉会』という名の余り規模が大きくないかるた会で、かるたをやりたくなった詩暢が、詩暢の祖母から一番最初に教えて貰ったかるた会だった。

 

 しかし、自宅の一部を使って行っているかるた会なので、当時会長を務めていた祖母の敦子は知り合いである伊勢先生が会長をする『明星会』を紹介することになった。

 

 そこから詩暢は明星会に行くようになったのだが、このころから僕もかるたを取り始め、良く二人で試合をするようになって行く。

 

 圧倒的な強さで僕を負かす詩暢は、同世代の中で殆ど敵なしに近い状況に近づいて行き、それに負けじと、僕は僕で大会に出て、入賞や優勝を重ねていくようになった。

 

 いつしか二人でいることが多くなり、小学校から帰る度に試合をするようになった頃。詩暢の様子が変わってしまった。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「それが、僕が小三で詩暢が小四の時の話。ちょうど、詩暢がA級に上がる一ヶ月前や。『明星会』の会長しとる伊勢先生がな詩暢を()()()したんや」

 

「どういうこと、ですか?」

 

「詩暢がA級に上がる直前まで、僕は毎日試合しとったんや。成績はボロボロやけどな。でも、いつもみたく学校帰りに僕の家で試合しよう言うたら、もう試合せえへんなんてアホなこと言いよった。同世代の子と一緒に試合したらアカンて」

 

 ――伊勢先生に言われた言うて。

 

 直後、少ない小遣いを握りしめて明星会に行った記憶がある。伊勢先生が詩暢に言うたこととその意味を知りたくて。

 

「そ、そんなの間違ってますよ」

 

「僕もそう思うたわ。けど、実際詩暢は僕以外の奴にずっと手加減してたらしいんや。数枚差で勝ったり負けたりするようにな」

 

 小さいときに手加減を覚えたらアカン。そんなもん覚えても相手の子が気の毒や。伊勢先生を訪ねたとき、そう言われたことをハッキリ覚えている。

 

「まあそんな訳で、僕は詩暢と試合せんようになって、でもその頃からそれまで以上に危なっかしゅうなった詩暢の近くに居るためにA級に上がって……」

 

 いつしか、余り動かずに話しているだけの僕と先輩は風景の一部になったのか、子どもたちも保護者たちも気にすることは無くなっていた。

 

 空は青く、雲は途切れ途切れに続いていく。まるで自分の精神状況に見えた時、僕は先輩に尋ねる。

 

「こないこと、先輩に聞くことや無い。そないなもん分かっとんねやけど……。僕は詩暢に依存しとったんか?」

 

 憧れは祖母だ。何回かでしかないが一緒にかるたをした。その時の戦い方は僕の理想だ。読手としてのやり方も、全て祖母が基礎になっていることも認める。好きやった祖母との繋がりであるかるたで、その姿に縋り付こうとしてることもこの際認めよう。そう思っているのだろう。

 

「詩暢がA級に上がったから。一人にしておけんかったから。そう思っとったんは僕だけで、ホントは僕が一人になりとうなかっ――」

 

「だ、大丈夫? お兄ちゃん、泣いてる」

 

「え?」

 

 黄色いワンピースを着たお下げの女の子に突然話しかけられ、言われたことで目元に手をやると、気がつけば両眼からポロポロと涙がこぼれ、着物の衿を濡らしてしまっていた。

 

 直ぐに目元を拭おうとハンカチを探すがかばんにしまっていたことを思い出し、袖で拭こうと腕を上げたところで、何故か目の前に来ていた女の子がハンカチを差し出す。

 

「と、とりあえず頑張って」

 

 思いつく言葉がなかったのか、女の子はそれだけを言うと、ピューッと逃げるように友達が待つ滑り台へと走って行く。

 

「これ、どうしましょか……」

 

「ふふっ。女の子が勇気を出して見せた優しさには、ちゃんと答えるべきですよ。定家くん」

 

 嬉しそうに口元を押さえて笑う先輩に言われるがまま涙を拭くと、僕はそのハンカチを持って女の子がいる滑り台へと向かう。

 

「ハンカチありがとな、お嬢ちゃん。おかげで元気出たわホンマ助かった。このハンカチはどうすりゃええんや?」

 

「あっ……も、もらいます! 気にしないで、くだ、さい……」

 

 お下げの女の子にハンカチを返すと、ポンポンと頭に手を置くと優しく撫でてあげる。

 

「よく分からないけど頑張って」

 

「はいよ。いっちょ頑張るさかい応援してな」

 

 僕は少女に満面の笑みを向けると、奏先輩の方へと戻っていく。

 

「依存とか、独りぼっちとかどうでもええわ。なんか、もう」

 

 今は、()()()の登録メンバーでも、()()の幼馴染みでもない。()()()()()()()()()()の一人や。

 

「アンタが否定する()()()()()のかるたが間違いやないこと、証明したる。例え僕が負けても、その次は絶対勝つ」

 

「そうですよ。定家くん」

 

『あ、定くん? さっきはごめんね。詩暢ちゃん自分の部屋に引きこもってしもうて……』

 

 突然かかってきた姉の電話に出て言われたのは謝罪の言葉。いつも優しい姉らしい。

 

『ただ。何するか知らんけど、やるなら徹底的に――』

 

「えろうしばきたおす」

 

 聞き慣れない言い方に後ろで奏先輩が首を傾げているが気にしない。

 

『分かってんねんやったらしっかしい。ええな?』

 

 通話が終わった携帯を閉じた僕は、仕返しとばかりに奏先輩の腕を掴む。

 

「連れ出してくれたんやから、今度は連れ戻す。ええな?」

 

「ふふっ。良いですよ定家くん」

 

 ◆◇◆◇◆

 

 その頃。朋鳴高校との試合が終わった瑞沢高校は、朋鳴高校の顧問である坪口から、一条定家が若宮詩暢と幼馴染みであるという事実が述べられ、一同が驚愕していたとかしていないとか。




 心理描写も試合描写も難しい!

 今日、ちはやふるが掲載されてるBe LOVE の最新刊を読みましたが、まさかそんな風に! と思いました。

 あんな発想僕には出来ん!
 末次先生! オラに力を分けてけれぇw


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本歌 八首目

 気がつけばUAは1500。お気に入りは40になってました。こんな駄文しか書けない作者の物語を読んで頂きありがとうございます。

 一部ではありますが、南辺 こよりさん。koronaさん。k_mamyさん。敬称略としてここに名前のない三十七名の読者の皆さん。お気に入り登録ありがとうございます。

 昔投稿していた『一条定家の奮闘記』をお読みになっていた方々にも最大の感謝しかありません。

 この程度の物語しか書けませんが、何卒続きの方もよろしくお願いします。

 中途半端な話数で入れた謝辞ですが本当にありがとうございます。


「あ! 定家くん! 詩暢ちゃんの幼馴染みってホント! どんなかるた取ってたの? どうな――」

 

「今それ、関係ないやろ?」

 

 選手控え室に戻ってきた僕と奏先輩を迎えたのは、千早先輩の空気が読めない言葉。思わず怒った感じで言ってしまったが、言ってしまった以上しょうがない。

 

「クイーンの幼馴染みが誰とかやのうて、今は全国大会のことやろ?」

 

「ああ、一条の言うとおりだ。俺たちの目標は全国優勝。なら、そこをしっかり見るべきだ」

 

「けど、負けても出られるって言うのは良いよな。すっごい気が楽――」

 

「何言ってんの?」

 

 部長が気を引き締める言葉をかけ、そこにサボり癖のある優征先輩が、全国行きを楽観する言葉を発したのだが、それに対して千早先輩が発言する。

 

「日本一って言うのは、一度もどこにも負けないってことだよ?」

 

 先程とは打って変わって、ピシッと両手の人差し指を二本立てた強欲な先輩に一同は言葉を無くす。

 

「ねえ一条?」

 

「何や? 花野」

 

「私さっき北央の部長が言ってたことを聞いたんだけど……」

 

 二年がごちゃごちゃと話し合っている隙に、花野から小声で話を聞くと、なるほどなと理解できる作戦を考えているのを教えてもらう。

 

「へ、へぇ。どうせ二年が出ると思うから、部長を甘糟さん。他二人は誰が相手でも勝てると。A級の二人を無視して、楽に三勝しようなんて言っとんか……」

 

 ピクピクっとこめかみをひくつかせた三人は、誰が相手でも勝つ! と、僕の予想通り先輩達が怒り始めた。

 

「部長。さっきは会場に居らんですんませんでした」

 

「いや、そっちにも事情があったんだろ? ならいいよ」

 

「ホンマすんません。謝るついでに一つおねがいが……」

 

 厳しいところもあるが根は優しい部長に、少し難しいおねがいを僕はしてみた。

 

 ◆◇◆◇◆

 

『北央学園と瑞沢高校の、決勝戦のオーダーを読み上げます』

 

 静かになった会場でアナウンスが入り、僕たちはじっと両校のオーダー発表を待つ。

 

『北央学園甘糟くん。瑞沢高校綾瀬さん』

 

「「えっ!?」」

 

『北央学園亀田くん。瑞沢高校大江さん』

 

 順番に発表されるオーダーを聞く選手の中で、驚きを見せないのは二人。

 

『北央学園城山くん。瑞沢高校一条くん』

 

 一人は、あらかじめこの形に、大将同士、副将同士が戦う可能性を頭に置いていた瑞沢高校の一条定家。

 

『北央学園宅間くん。瑞沢高校駒野くん』

 

 そしてもう一人は、北央学園のオーダーを操ることで、全力の戦いをしたいと願っている人物。

 

『北央学園木梨くん。瑞沢高校真島くん』

 

「オイ! ヒョロッ! 何考えてんだよっ! お前の予想したオーダーと全然違うじゃんか」

 

 胸ぐらを掴んで怒る北央の部長を、顧問の持田が止めに入るが、木梨は少しも動かない。

 

「省エネってなんですか……。うちは北央学園じゃないですか……」

 

「あ?」

 

「大将が大将がと当たって、副将が副将と当たって……。それで勝たなくてどうするんですかっ! 東京で一番強いのは北央学園。なによりおれが! それを見たいんだっ!」

 

「東京で一番強いのは北央? 何当然のこと言ってんの」

 

 突然現れた金髪できつね目の男性に両校のメンバーはガタガタと震えているが、僕はどこかで顔を見た気がして、記憶の中を探っていく。

 

「ああ、山城さんの読手の講義に出てた人」

 

 その言葉に反応した両校のメンバーに、件の男性、須藤暁斗は発言する。

 

「今日は持田先生に頼まれて、決勝の読手を」

 

 ――なに北央の選手がちんたらすんな。

 

 凍えるように冷たい一言に顔つきが変わった北央の選手たちに、さらにとても強い圧力が加わっていく。その雰囲気に気圧される中で、後ろから宮内先生が一人に一つずつ襷を置いていく。

 

「昨日思いついたんです。なんとか間に合って良かった」

 

 皆で襷を締め、その涼しさと動きやすさに感謝する。五人全員で先生に頭を下げ、そして、目の前の相手に目をやる。

 

「君、君付けで呼ばれてたけど、本当に男子? すっごく可愛いね」

 

 名前は確か城山。何故か二本ぐるぐるのヘアピンを付けているがこの際どうでも良い。

 

「そうですかありがとうございます。お誘いは嬉しいですけど残念ながら僕は男です。まあとりあえず」

 

 ――叩き倒すから堪忍してな。

 

 口には出さずに謝罪の言葉を告げるとにっこりと可愛らしい笑顔で一言伝える。

 

「お互い思い通りの試合になるようがんばりましょ」

 

 チラチラと目に映るぐるぐるピンを頭に付けた山城くんには悪いが、今回は色々としなければならない。何一つとして流れを渡さない。ターンなど来させない。

 

「とりあえず皆さん。一枚ずつ拾っていきましょ」

 

 無理なわがままを聞いて貰った。そして、そのわがままを突き通す。それができなければ意味が無い。だがら、一息吸って声を張る。

 

「東京で一番強いのは瑞沢! 行くぞっ!」

 

『オウッ!』

 

 慣れてはいない掛け声を出しチームの士気を上げ、その後、須藤による序歌がの読まれ始める。

 

『なにわづに さくやこのはな ふゆごもり いまをはるべと さくやこのはな――』

 

 思ったよりもずっと低く、深く響く声の序歌が。

 

 始まり終わる。滋賀へと進む最後の試合が、熱い予選のゴングとして。




 大学が始まったこともあり、良くて一日に一話投稿になります。

 一気に書ける日は二話三話と投稿する所存です。

 新生活の疲れをちょっと抜く程度に、当作品をよろしくお願いします。


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本歌 第九首

 お待たせしました。勝ち星の数とか、誰を負けさせるかとか、色々と悩んでました。
 原作改変。ごめんなさい。


 全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会東京都予選。決勝戦の組み合わせは去年と同じで、名門の北央学園と新設の瑞沢高校の戦いになった。

 

 序歌と一首目にの間にできる少しの間。静寂の中で確かに広がる緊張や同様が現れ、響きもしない心臓の音がやけに大きく聞こえてしまう。

 

 朋鳴高校との試合で壊れたというエアコンは、自分の上にそのまま放置されたまま。だが、寧ろ綺麗に声が聞こえる。

 

 邪魔な音は、声は、言葉は要らない。

 

『す――』

 

 城山が、自陣にある当たり札である【すみのえの】を払おうと腕を伸ばす瞬間。バンッと両隣から札が払われる音が聞こえてくるのにも関わらず、目の前では音もなく札に手が添えられていた。

 

『――みのえの……』

 

「こっち一枚キープ!」

 

「同じく一枚キープした!」

 

「取れました!」

 

「ええよ! 次や次!」

 

 チームの鼓舞は難しい。慣れていないこともあるため、部長が出していた掛け声を繰り返す。

 

『ゆめのかよいじ ひとめよくらむ』

 

 敵陣を抜いた人は送り札を渡し、また、自陣が崩れた人は形を直す。そんな基本的なことが終わって一秒。

 

『かさ――』

 

 二枚続けて敵陣の当たり札。今度は敵陣左の二字決まりをしっかりとる。

 

『――さぎの……』

 

「二連取!」

 

「こっちも!」

 

(他の人たちはどうなってんや? 部長はさっきの掛け声に反応してくれたから問題は無い。勉先輩と奏先輩……は問題ないな。それで、千早先輩は)

 

 二つ隣に広がる千早先輩と北央の甘糟さんとの試合は、見る限り二連取されているように見えるが、なぜが千早先輩は札が元あった場所を、何回も何回も確認するように素振りをしている。

 

「ナメてんの? 試合の最中に取られた札の反省?」

 

 何をしているか分からなければ、千早先輩がしていることはただの反省。でも、恐らくそうではないと、常日頃接している者たちは分かる。今の彼女が、何を求めているのか。

 

「これって練習試合?」

 

 そう。これは練習試合ではない。東京最強の高校を決める大会の決勝戦。

 

(相手の力も確認や。次から少しずつ枚数調整してかんと、どうなるか分からん)

 

『あわじしま――』

 

 普段の聞き分けで札を判断し、普段取るために動きはじめるタイミングから少し後にズレ、当たり札に城山の手が触れた瞬間に手を押さえる。

 

「ふー。やれやれ」

 

 何と言うか、「よっこいしょ」といちいち呟くような、かなりゆっくりとした独特の雰囲気。絶妙なタイミングのズレがあるために取りにくい。

 

(あのタイミングで手ぇ出しても取れちゃうなぁ。気い付けへんと枚数調整がずれる)

 

「こない面倒なもん、よう部長やっとったなぁ」

 

「どうしたの? 条ちゃん」

 

「ん? なんでもあらへんよ。てか、条ちゃんって……」

 

 一条から一文字取ってちゃん付け。どうしてそう呼ばれたかはわからないが意味は分かる。まあそんな渾名もありかと思いながら、連取にはされないように札の調整をしていった。

 

 ◆◇◆◇◆

 

(所で持田くん。千早ちゃんたちの高校で真ん中にいる男? の子は誰なんだ? さっきから危なっかしいかるたをしている)

(ああ、あの紫の袴を着けた子ですね。あの子はたしか……あ、そうそう、定家くんです。去年優勝したチームなので予選リーグの一戦目はパーフェクトでしたよ。お手突き込みで)

 

 試合を観戦する白波会の会長である原田と北央の顧問をしている持田の視線の先には、ピシッと姿勢を正した少年。

 

(あの子です。九頭竜葉子専任読手の推薦で試験を受けて専任読手になったって言う)

(一条敦子専任読手のお孫さんか。どうりで)

 

 今回の決勝戦のメンバーは、A級である西田をオーダーから外し、代わりに新しく入った一条がメンバーになっている。

 

(通りで動きが似ているわけだ。敦子さんの取り方に)

 

 基本は姿勢を正した状態で座り、下の句が読み終わり次の歌に入る一秒で身体を倒す。そして、

 

『こいすちょう――』

 

 決まり字と同時に動き出し、音もなく読手の声を邪魔しないように札を押さえる。音のしないかるたでも、クイーンの若宮詩暢とは違うかるた

 

(それにしても妙だな、あの子。取れる札は抜群に速いが、それ以外はぐるぐるピンの子にあと一歩の所で取られている)

 

「ナイス四連取や奏先輩! その調子で次もや!」

 

「ハイッ!」

 

「勉先輩は押されてるけど落ち着いて! 焦れば焦るだけ取れんよ! 次一枚!」

 

「オオゥ!」

 

『ゴホンッ!』

 

 調子良く【たかさごの】から四つ連取した大江に声をかけ、また、北央の宅間くんに束で差を付けられている

駒野にも声をかける。だがその後すぐ、須藤の咳払いで北央の選手たちの背筋が凍る。

 

(声出しをしているのは、まつげくんじゃあなくて一条君。今回の試合で、普段とは変わったことを瑞沢はしてる)

 

 エースである千早と精神的支柱であり実力はA級と変わらない太一の二人に、しっかりと二勝を掴んでもらい、また、他の二年生二人を一年ではあるがかるた歴の長い一条が支える。

 

「ええよ。身体動けとるよ!」

 

 上級生の西田では出来ない司令塔を、一年の少年がやってみる。

 

(普段指示を出さない人物が試合の流れを作るのはとても難しい。それに彼は、団体戦や源平戦なんてものは触れてこなかった質だろう。それでも一生懸命にこなそうとしている)

 

(須藤くんはプライドがとても高い。だけど、それだけじゃない。自分が培ってきた物の大きさを正確に判断して、次の目標をしっかりと見極める。今読手をしているのも、現名人である周防さんを倒すため)

 

 終半年前まで共に部活をし、その声を聞いていた者にとって、それは自分たちのホームと変わらない。

 

『ももしきや――』

 

 百人一首の百番目。順徳院が詠んだ百枚目の歌の後に、晴れやかな声と苦しい声が聞こえてきた。

 

「ありがとうございました!」

 

「ありがとう……ございました……」

 

「え?」

 

「北央一勝っ!」

 

 駒野と宅間との試合は、気がつけば十三枚の束差で負けていた。先に勝ち星を掴んだチームは波に乗れるが、黒星を握ってしまったチームは波にのまれる。

 

「良くやった宅間!」

 

「宅間先輩ナイスでs――」

 

「巻き返すぞ! 瑞沢ッ!」

 

『オウッ!』

 

 相手の声を全力で遮り、渇を入れる。ここでのまれてはいけない。しっかりと札数を減らして行かなければならない。

 

「部長はとにかく一勝を。気負わなくてええんで確実に」

 

「わかった!」

 

「奏先輩は今日調子ええ。ゆっくりでええから取ってくで」

 

「ハイッ!」

 

「キャプテンは、のびのびやって下さい」

 

 指示を出す一条に、千早は言葉を返さない。だがそれで良い。それは、自分の耳には必要ないと、読手の出す声だけを聞こうとしているから。

 

 北央学園一勝。瑞沢高校一敗。瑞沢にとって今の戦況は良くない。ここからどうするか、残りの四人が背負う負担が少しずつ重くのしかかっていった。



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