この素晴らしい世界にデストロイヤーを! (ダルメシマン)
しおりを挟む

プロローグ

遠い昔、この素晴らしい世界で....

 

 

 

 

 どうも、俺は死んだらしい。

 

「ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな道を案内する女神。佐藤正樹(さとうまさき)さん、あなたはつい先ほど、不幸にも亡くなりました。辛いでしょうが、あなたの人生は終わったのです」

 

 

 目が覚めると、そこは事務室みたいな部屋の中だった。

 そこに、唐突に俺は突っ立っている。

 そして、目の前には事務椅子に座った一人の女神。

 なぜ女神だと、相手の言う事をすんなり信じたのかと言えば、無駄にキラキラと後光の様なものが射していたのと、現実にはありえない位の美女だったから、ああ、本物の女神様なんだなと思ってしまった。

 その女神の言葉を聞き、なぜ自分が死んだのかわからなかった。

 死んだと言われて落ち着いているのは、死んだ実感が全くわかなかったからだ。

 ……俺は、なんとか今日の出来事を思い出す。

 

 

――あなたのアカウントは凍結されております。

「チッ」

 通算1421回目の運営による垢バンを受け、プレイしていたネトゲから追い出された俺はパソコンの前で舌打ちした。一体何がいけなかったのだろうか、いや何故バレたのだろうか、そもそもどれがバレたのだろうか。見当も付かない。無能だと侮っていた運営も意外とやるじゃないか。

 まあいいか。このゲームのアカウントはコレだけじゃない。またいつものように予備で何事もなかったように復活するだけさ。とりあえず素人のふりをして上級者から装備を貰った後に売りさばくか。

 

「このやり方も飽きてきたな。たまには外に出るか」

 

 俺は携帯ゲームを片手に近所の小学校の前に行き、バグ技で大量増殖した幻のモンスターを一個百円と言う格安の値段で配布した。それで得た小金でゲームセンターに向かうという、人生においてとても充実した一日を送る予定だった。

 

「予定通りガキ共から小遣いを巻き上げた……いやアレは商売だ! 正規ルートのモノではないとはいえ、幻のモンスターを渡したんだから100円くらい貰ってもいいはずだ! バグとはいえアレ出すの結構手間かかりますし、増殖するのも間違えれば最初からやり直しになりますし。俺も子供達も喜ぶウィンウィンの関係。そうですよね女神様!?」

「ないわ」

 

 青き瞳を持ち、青き髪の色をした美しい女神は、俺の事をゴミを見るような軽蔑するような目で言った。

 

「ですよねー」

 

 俺は申し訳なさそうに目をそらして頷いた。

 

 

「で、どうして俺は死んだんだ? 記憶ではゲーセンに向かうところで途切れてるんですが?」

 

とりあえず自分の悪事からは目を反らす事にして、最初の疑問に話を戻した。

 

「ええ死因ね。結構凄かったわよ。駐車してあったトラクターに大型トラックが突っ込んで、あなたはその衝撃で跳ね上がったトラクターの下敷きになったの。そりゃもうちょっと女神の口からは言えない様な……アレな姿で。身元を確認するのも大変だと思うわ。そこは素直にご愁傷様と言っておくわね」

 

 なんてことだ……この女神の言うことが本当なら……俺の人生はこんなもらい事故で終わってしまったのか。

 

「マジかよ! あの……あまりに酷すぎませんか? 確かに俺はネトゲの世界では有名な悪質プレイヤーとして毎日匿名掲示板では晒され袋叩きに合って引退を余儀なくされ。でもまた不死鳥のように舞い戻ってはまたバグや抜け穴を見つけては好き放題。自分でもあくどいことをやらかしたと自覚してますけど……。その死に方はあんまりじゃないですか?」

 

 俺は自分の短い人生が終わってしまったことにまだ納得できない。俺よりもっと悪い奴らなんて日本にもゴロゴロいるのに! なんで俺だけがこんな目に! なんて悪人特有の考えが脳をかすめる。でも口にしなかっただけマシだと自分に言い聞かせることにしよう。

 

 

「死んだものは仕方ないわ。ところであなた……。ゲームは好きでしょ?」

 

 女神アクアは、唐突にそんなことを言い出した。ゲームが好きかどうか? とても難しい質問だ。俺は生活時間を殆どゲームに当てている。傍から見れば普通のゲーム好きに見えるだろう。だが俺のプレイスタイルは真っ当とは決して言えないものだ。チートツールなどを駆使してゲームバランスや人間関係をことごとく破壊していく。自分で言うのもなんだが最低のプレイヤーだ。これは純粋にゲームを好きと言い切っていいのだろうか?

 

 

 ……少し考えた後。

 

「俺は様々な面でゲーマーとしてはクソだと思いますが、本当は好きだからこそ執着するのだと思います! ツンデレの一種みたいなものです!」

 

 俺は自分の熱い思いを女神へ宣言した。女神は俺の答えに満足したのか、にっこりと微笑んで語り始めた。

 

「実はね? 今、ある世界でちょっとマズイ事になってるのよね――

 

(中略)

 

 女神曰く、ある世界では俗に言う魔王軍というのがいて、その世界の人類が随分数を減らしてピンチらしい。それなら他の星で若くして死んだ人なんかを、肉体と記憶はそのままで送ってあげようって事になっているようだ。それも、送ってすぐ死んでしまっては意味が無いから、何か一つだけ、強力なチート能力を持っていける権利がついてくるらしいのだった。

 

 悪くない。これは魅力的な提案だ。普段なら大っぴらにチートを使ってしまうと、すぐに運営に通報されて垢バンは避けられない。しかしこれは女神様公認、つまり公式でチートOKということだ。本当に自慢することではないがチートを使ったプレイには自信がある。実際に運営からアカウント停止のお知らせだけでなくマジギレの警告メールが来たこともあるくらいだ。良い子はぜったい真似しないように。

 

「選びなさい。たった一つだけ。あなたに、何者にも負けない力を授けて上げましょう。たとえばそれは、強力な特殊能力。それは、伝説級の武器。さあ、どんなものでも一つだけ。異世界へ持っていく権利をあげましょう」

 

 アクアの言葉に、俺はそのカタログを受け取ると、それをパラパラとめくってみる。

……そこには、《鉄壁》《爆裂魔法》《聖盾イージス》《魔剣グラム》……その他諸々、色々な名前が記されていた。

 どれもこれも魅力的なものばかりだ。だがチーターとしての勘が告げる。これらは確かに反則級だ。だが俺以外にも同じような装備を持っていった者が多数いるはずだ。ならば俺はその先輩達とは一味違う、もっとシステムの裏をかくような、そんな権利を貰いたい。

 

「ねー、早くしてー? どうせ何選んでも一緒よ。今までも色々送ってみたけど、結果はみんな似たようなもんだったわよ? どうでもいいから、はやくしてーはやくしてー」

 

 今までの重々しい口調は崩壊し、若干地が出て来始める女神。どこから取り出したのかわからないが、ポテチをポリポリ食べ始めた。

 女神の態度は置いておくとして、やはり思っていたとおりだ。若干のチートを得たとしても、それだけでやっていけるほどその世界は甘くないようだ。もしそうならとっくに魔王なんて倒されているはずだ。なにかないのか?なにかいい力は。俺はせかされるまま素早くカタログをめくり使えそうなものを探していく。

 

 

「……ん?」

 

 俺がカタログをめくっていると、隙間に挟まっていたのか、一枚の紙がヒラリと落ちた。

 なんだコレ? 

 俺は紙を見る。そこには《見通す悪魔の目》と書いてあった。

 

「これはなんです?」

「……ああそれはね。なんだっけ? ああ思い出した。確かなんて言ってったっけ? 名前は忘れたんだけど、なんとかっていう悪魔の力を再現した眼鏡だった気がするわ。神器って言うより悪魔が作った魔道具なの。後輩が危険ってことで回収したんだけど、天界に置いてたら臭いのよ。悪魔臭がするの。だから誰かが持ってってくれるのを期待して挟んで置いたの」

 

 女神はそう説明した。俺は紙に書いてある文章に目を通した。全てを見通す眼鏡《バニルアイ》。ただし本家ほどの完璧には見れません。また見通しにはムラがあります。よくわからないが、少し興味が出てきた。

 

「試着いい?」

「え、もしかして引き取ってくれるの? どうぞどうぞ」

 女神に尋ねると、彼女は喜んでその魔道具を持ってきてくれた。一見普通の眼鏡にしか見えない。しかしこれ本当に使えるのだろうか。とりあえず装着してみる。カタログによると横の小さなスイッチを押したとき、相手の真実が見えるとあった。他に相手はいないので、申し訳ないが目の前の女神様で試させてもらおう。

 

 

――駄女神――

 

 眼鏡のレンズに、驚きの単語が浮き上がった。

「やっぱ壊れてるのか? もう一度押してみよう」

 

 

――無能――

 

「質問いいですか? 女神様」

「いいわよ?」

 

 何度か試したあと、俺は女神に質問した。

 

「さっきからこの眼鏡であなたを見るとですね、ネガティブな単語ばかり浮かぶんですが。アホの子とか、トラブルメーカーとか。それは真実なんですか?」

 

 俺の純粋な疑問だった。この眼鏡の言うとおり目の前の女神がポンコツなのか、それとも壊れてるのかわからない。

 

 

「ははーん! それはね! その魔道具が悪魔によって作られたものだからよ! この私偉大なる女神アクア様の威光に恐れをなして、そうやって小さな嫌がらせをすることしかできないの。本当に哀れな寄生虫ね! 悪魔って。プークスクス」

 

 口元に手を当ててクスクス笑う女の子。もとい女神様。その威厳の無くなった言動を見ていると、俺はなんとなくこの眼鏡の言葉が真実のように思えてきた。ただの勘なんだが。

 

 

「で、その悪魔の道具にするの?」

「はい、じゃあこれでいいです」

 

 俺は頷いた。きっと魔王退治というのは力押しのチート能力では限界があるのだろう。だったらその世界はとっくに平和になってるはずだ。ならばこの眼鏡のような、非戦闘向けの道具の方が役に立つだろうと結論を出したのだ。

 

 

「本当にその臭いゴミを引き取ってくれるの! これで天界の倉庫もすっきりするわ。感謝の意を込めて、あなたに取って置きの芸を披露するわ。私が地上に降りたら使おうと思ってた宴会芸よ。まぁ地上に降りるなんてめんどくさいことこの私がするわけがないけどね。」

 

 

 俺が選んだ魔道具が無くなるのがそんなに嬉しいのか、女神様は俺の目の前で芸を披露してくれるようだ。コップを頭に載せ、扇子を両手に持っている。

 

 

「さあ刮目なさい! この水の女神に相応しい、最高の芸を見せてあげるわ! いよっ!」

 

 扇子からぴゅーっと水が飛び出し、頭に載せたコップからにょきにょきと植物のツルが伸びていき大きな花を咲かせる。

 

「おお凄い! お見事」

 

 俺は素直に感心し、パチパチと拍手を贈っていた。

 

 

「ふふん、女神であるこの私の芸なんて、普通の人間が見れるものじゃないんだから感謝なさい」

 

 芸を終えて、彼女はそう満足げな顔でドヤ顔をする。なかなかフレンドリーな女神様のようだ。

 

 

「そういえば、最近アクセルって言う名前の街が出来たらしいわ。まだまだ出来たばかりの駆け出しの街だけど、魔王の本拠地からは一番遠いしこの世界でもかなり安全な場所だと聞いてるわ。そこに送ってあげるわね。それじゃあ魔方陣の中央から出ないように」

「そりゃどうも。女神様」

 

 俺は心遣いに感謝する。

 

 

「佐藤正樹さん。あなたをこれから、異世界へと送ります。願わくばあまたの勇者候補の中から、あなたが魔王を打ち倒すことを願っています。さすれば神々からの贈り物として、どんな願いでもかなえて差し上げましょう。ま、こんなところね。さあ旅立ちなさい」

 

 どんな願いでもかなうか。この全てを見通す眼鏡、別名《バニルアイ》を使って他の勇者候補を出し抜いてやる。魔王退治もだ。他の勇者たちが後一歩のところまで追い詰めたところを、こっそりと忍び寄り、止めを刺して報酬と素材を手に入れてやる。俺のいつもの手だ。何も問題ない。

 俺はそんな邪なことを考えながら明るい光に包まれた……。

 

 




とりあえずどこかで見たような……でもなんか違う四人のパーティが登場する6部まで書き溜めて一気に投稿しました。

一部ベルディア編
二部紅魔編
三部デストロイヤー編
にする予定です。


カズマたちがこの素晴らしい世界に転生する遠い昔の話をオリジナル展開で考えています。テーマは『悪』です。カズマがクズマならオリ主は悪をモットーに冒険者生活を送ります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 ベルディア編
一部 1話 登録手数料?


1話~6話は仲間集めの章です。この6話で四人パーティを完成させます。



「おいおい、本気で異世界だ。え、本当に? 本当に、俺ってこれから冒険者とか?」

 

 俺は、目の前に広がる光景に、興奮で震えながらも呟いた。

 それは、これはテンプレートですからと言わんばかりの中世風の街並み。 

 いや訂正しよう。街並みというのはすこし大げさだった。見たところ人口は数百人規模。これでは街と言うより村だな。城壁もまだ作りかけのようだ。屈強な体の兄ちゃん達が土木工事を行っているのだが、人手が全然足りてない。

 

「やっぱり異世界といったら中世ヨーロッパ風と決まりでもあるのか? それにしても小さな町だな。こんな町魔王軍とかが攻めて来たら一瞬で滅ぼされそうだ。この先不安だなあ」

 

 異世界に来たと言う興奮が冷めてくると同時に冷静になって周りを見渡した。

 

 

 まだ駆け出したばかりの冒険の街、アクセルへようこそ

 

 ボロイ立て札にそう書いてあった。あの女神様が言ったとおり、この街はまだできたばかりなんだろう。人もまばらで建物も少ない。

 

「こんな小さな街に送られてもなあ。でも俺の貰ったチートは非戦闘向けだし、いきなり激戦区に送られるよりマシか。ここでコツコツ強くなって、それから他の街に向かえばいいか。魔王軍が攻めてこないことを願おう」

 

 俺がブツブツと独り言を呟いていると、この街の住民らしき人が話しかけてきた。

 

「おや、君はもしかして冒険者志望なのかい。だったらギルドはこっちだ。案内してあげよう」

 

 本当にゲームの序盤みたいだな。俺が冒険者志望であることに頷くと、その男性はすぐに冒険者ギルドという場所まで案内してくれた。

 

 

「この街はまだ出来たばかりでね。君のような冒険者志望の人は大助かりだよ。じゃあ健闘を祈ってるよ」

「ありがとうございます」

 

 わざわざ冒険者ギルドの前まで案内してくれたおじさんに礼を言う。親切な人だな。でも見ず知らずの人にここまでしてくれるなんて。よっぽど人手不足なのだろうか……?

 

 

――冒険者ギルド――

 

 

 ゲームに必ず出てくる、冒険者を仕事を斡旋したり、支援してくれたりする組織。

 現実世界ではハロワに相当する。

 ハロワに行け、と言われると身の毛がよだつ思いをしてまるで麻痺状態のように足が重くなるものだが、冒険者ギルドに行け、と言われるとむしろ身が軽く今すぐにでも仕事してみたくなる。

 いっそのこと日本もハロワという名称をやめ、冒険者ギルドという名前に変えればニートが殺到するようになるのではないか。そんなどうでもいいことを思いつく。

 

「それにしてもボロっちい建物だな」

 

 俺はその建物を見て呟いた。冒険者ギルドというゲームの要とも言える場所が、こんなボロボロでしょぼくていいのだろうか? しかし周りの家々を見るともっと酷い有様だ。冒険者ギルドの建物の方が比較的マシに見える。だったらここであってるのだろう。覚悟を決めて中に入ることにする。

 

 

 ギルドと言えば、荒れくれの冒険者が昼間っから酒を飲んで、新参者に喧嘩を売ってくるのが決まりだ。だがいざ入ってみればそれは杞憂だった。数人の冒険者がいるだけでガラガラだ。彼らも大人しそうで特に絡んでくる様子はない。

 受付は二人。

 その内一人は女性職員、もう一人は若い青年だった。その若い青年は、明らかにやる気のなさそうな仕事を舐めてるようないわゆるゆとり社員だ。欠伸をしながらめんどくさそうに椅子に座り、暇つぶしなのか机になにか落書きをしている。

 こうなると当然女性の方を選びたくなる。下心もない。フラグとか期待してない! 隠し展開とかも期待してない! ただの消去法だ! 自分に言い訳をしながら美人のいる受付へと向かった。

 

 

「はっ、えっもしかして冒険者志望の方ですか!? いらっしゃいませー。ようこそ冒険者ギルドへ!」

 

 美人の受付嬢はビクっと体を震わせ、俺を見て言った。

 

「今寝てましたよね?」

「寝てません」

 

 首を振って否定する美人の受付。ストレートの髪ときっちりとしたお堅い服からでもわかるその巨乳。真面目そうな人だと思っていたのに。この二人の受付はどっちも不真面目な子だったのか。

 

「そんなことより冒険者志望のお方ですよね。本来ならお一人登録手数料二千エリスなのですが、今このアクセルで冒険者になられる方には特別キャンペーン、八百エリスにて提供しております」

 

 巨乳の受付は誤魔化しながら話を続けた。

 

 

 登録手数料?

 

 

 本来なら二千エリスのところを八百エリスで。そう聞くと得に聞こえるのだが、そもそも俺はお金なんて持ってない。エリスというのが単位だと言うことくらいわかるのだが、八百エリスというのがどれほど価値なのかもわからない。あの女神も手数料くらい渡してくれよ。

 

 

「あ、あの今お金持ってなくて! 冒険者になってから後払いというのはダメですかね?」

 

 困った俺は受付の人に訴えるが、黙って首を振る受付。

 

 

「おい、いきなりつまづいたぞ! どうする? 考えろ。考えるんだ俺。俺以外にも多くの転生者が送り込まれたはずだ。そいつらだって俺と同じ一文無しだったはずだ。皆はこの危機をどう乗り越えたんだ?」

 

 いったん受付から離れ、苦悩する俺。得点のカタログを思い出せ。そういえば《魔剣グラム》ってのがあったな。あの武器は使えばどんなものでもさっくりと切れるとあった。もし俺がアレを持ってたら……その辺のモンスターを適当に倒し、その腕前を見て手数料なんてすぐに貰える、もしくは免除されると思う。

 

「ちくしょう! 非戦闘系のチートにこんな落とし穴が!」

 

 俺は自分のチート、《バニルアイ》を見てがっくりする。いや待て。諦めるのは早いぞ佐藤正樹よ。この魔道具も使いようによっては金を稼ぐことが出来る筈だ。考えろ! 考えろ!

 

 俺は何かを決心して立ち上がり、再び受付の下へ向かった。

 

「あ、あの。さすがに八百エリスも払えない人に冒険者登録をさせるわけには……」

「そのことなら問題ないです。実は俺はね、目にした相手を見通すことが出来るんだ。それであなたの事を占ってあげよう。代金はいらない。その代わりに登録料を免除してもらうと言うのはどうです?」

「そ、その困ります! そんなことを言われても! 占いなんて結構ですから!」

 

 嫌がる巨乳の受付嬢。そりゃあ当然の反応だろう。俺だって見ず知らずの男にいきなり占ってやると言われたら同じ反応をするだろう。だが、俺のこの眼鏡は本物なのだ。断片的で不完全ながらも、相手の事を見通すことが出来る。ってカタログに書いてあったんだ。

 

 

「ほほう。なるほど。君は本当ならこんな辺境に来たくはなかった。こんなド田舎だと出会いも少ないだろう。恋人がいなくて婚期を逃すことを恐れている。でも君は立派な胸を持っているじゃないか。そんな窮屈な服は止めて、もっと露出高めの服に着替えることをオススメしよう。そうすればその色香に引かれて男共がヒョイヒョイ集まってくる。さあ胸を張って――」

 

 そこまで言ったところで受付嬢にビンタされた。くっ失敗だ! 不審者を見るような目で俺をみる美人。人間は本当の事を言われると怒るって言うのを忘れてた。この眼鏡から余りにスラスラと単語が浮かんでくるからついそのまま言ってしまった。この眼鏡は本物だ。だけど俺がやったことはどうみてもセクハラだ。いきなり美人受付とのフラグをへし折ってしまった様だ。休憩中と書いた立て札を置き、奥へ引っ込んでいく巨乳美人。なんてもったいないことを!

 

「あーやっちゃったー! やっちゃった! でもこれで! この魔道具の力が本物だと確信できた! 今回は失敗したが、必ず手数料をゲットして戻ってきてやるからな! 待ってろよ受付!!」

 

 俺はそう捨て台詞をはいてギルドから飛び出した。

 

 




・サトーマサキ
主人公。サトウカズマさんとは名字が同じだけで全くの他人。親戚でもなんでもない。
伝説の勇者サトウとも別人。
わかりやすくするためにサトーと表記する。
カズマさんがクズならマサキは普通に犯罪者一歩手前である。
勝つためにはルールすら無視する、他ゲーマーや開発者から見れば頭の痛い存在。
人としての一線を越えることには何のためらいも無い。そんな良心はほぼ残ってない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 2話 アクシズ教アークプリースト!

「おーし、ご苦労さーん! 今日はこれで上がっていいぞ! ほら、今日の日当だ」

「どうもです。お疲れっしたー!」

 

 親方の仕事の終了の声で、俺は日当を受け取ると挨拶と頭を下げる。何故こんなことになったのかと言うと。

 

 受付の美人にビンタされギルドを飛び出した後。俺はこの魔道具を使い色々試してみた。二人組みの仲よさそうな冒険者カップルがいたので眼鏡で除き、「その男は本命が他にいますよ。あなたはただの遊び相手でいつか捨てられますよ」と言ったら男女双方からリンチに合った。

 また街で井戸端会議をしているおばさんたちに、「今あなたの家に泥棒が入ろうとしてますよ」と忠告したところ、相手にされなかった上、実際に被害にあってからは俺を犯人扱いされて追い回された。

 

 

 そこで俺は一つの結論にたどり着いた。金を稼ぐならこの魔道具を使わずに普通に働こうと。幸いこの街は一手不足で城壁もまだ建設途中だ。仕事は溢れている。それに調べた結果八百エリスは大体八百円に相当するらしい。八百円程度ならすぐに稼げるだろう。そう判断して肉体労働に向かうことにしたのだった。仕事はキツくて何度もバックレようと思ったが、一日だけだからとなんとか我慢した。

 

「お前宿も何もないんだろう? だったら馬小屋で寝ることになるな。チッ運のいい奴め」

 

 親方は別れる前、不思議な事を言った。馬小屋と言うのは冒険者生活でも最低の場所じゃないのか? 運がいいとはどういう意味だろう? さっぱり意味がわからない。

 その疑問は、いざ俺が馬小屋に着いたときに理解できた。

 

「なんだここ? 馬小屋だよな? えっ?」

 

 思わず声が出る。俺が知ってる馬小屋と違う。まず壁はピカピカに磨き上げられており、馬の糞も綺麗に片付けられている。藁も見事に編まれており、普通の布団で寝るのと変わりない。下手をするとその辺の安い宿よりも快適かもしれない。

 

「どうなってんだ? ここ馬小屋だよな? 馬小屋にもスイートルームとかあるのか?」

 

 俺は気になって隣の馬小屋を覗いてみた。するとどうだろう。そっちもまたこの部屋と同じく綺麗に整理されていた。

 

「知らなかったぜ。異世界の馬小屋がこんなに素晴らしい場所だなんて。よくゲームで馬小屋で寝泊りするとかあるが、これならつい泊まりたくなる気持ちもわかるよ」

 

 俺はそう思いながら今夜はもう寝ることにした。どうして馬小屋がこんなに綺麗なのか、それは後にわかることになるのだが……。

 

 

――冒険者ギルド――

 

 

「オラッ! 登録料持ってきてやったぞ! これで満足だろ! この俺をとっとと冒険者にしやがれ!」

 

 次の日の朝一番に俺は冒険者ギルドの扉を開け、八百エリスを叩きつけて受付に行った。巨乳の女性の方は俺の顔を確認するやいなや立て札を退席中に切り替えて奥で警戒して睨みつけてくるため、やむなく男性の受付に向かった。

 

「クソ! なんで野郎なんかに頼まないといけないんだよ!」

「そりゃこっちの台詞ッスよ。可愛い冒険者の女の子なら歓迎なんですけどねえ。ハイハイじゃあやりますよ。登録登録。こっちのカードに触れてくださいよ。それで潜在能力がわかったりするから。後は……ジョブとか、クラスとか、もういいか。そこにある用紙を勝手に読んでて」

 

 ゆとり野郎。と心で俺が勝手に名づけた青年は、めんどくさそうに適当に説明した。こいつ! ぶん殴りたい! とも思ったが、すでに二人いた受付のうち片方から嫌われているため、彼まで怒らせたら俺をサポートしてくれる者が誰もいなくなるため我慢することにした。

 よし、気持ちを切り替えよう。

 ここで俺の凄まじい潜在能力が発揮されて、ギルド内が騒ぎになったりするかもしれない。まぁギルドはガラガラだけど。

 俺はゲーマー? だったがそんなに腕前が上手かったわけでもない。そもそも強ければチートなんかに頼らない。だから上級者には憧れてはいたものの、まっとうに勝負して勝てるなんて思いもしなかった。

 でもここは異世界だ。ゲームじゃない。もし俺に隠された才能があるなら、今までの卑怯なプレイスタイルは封印して、真面目な冒険者として生活するのも悪くはない。俺は人生をやり直す期待を込めて冒険者カードに触れた。

 

「……はい、もういいッスよ。サトーマサキさん、ですね。潜在能力はなんか、普通……っていうか平均ッスねえ。凄いですね。ステータスが見事に横並びですよ。ぶっちゃけどんな職業でもやってけるんじゃないッスか? ああ、上級職は絶対無理ですけどね」

 

 俺の真っ当な人生を送る夢は見事に打ち砕かれたようだ。よし、これからも今までどおり、ズルばっかの卑劣で外道な道を歩んでいこう。俺は心に決めた。

 

「でさあ、君。オススメの職業とかないの?」

 

 どんな職業でもやれると聞いた俺は、受付のゆとりに聞くことにした。なんでもいいと言われたら逆に迷う。

 

「ステータスにバラつきがあれば色々アドバイス出来るんスけどねえ。サトーさんはガチで横並びですからねえ。好きな職業でも選べばいいんじゃないッスか? 盗賊職やプリーストはあまりなり手がいないようですしどうですか? きっと優遇されると思いますよ?」

 

 ゆとり君はそんな価値のある情報を教えてくれた。いやゆとり君と名づけて悪かった。君は立派なギルドの受付だよ。心で訂正した。

 

「盗賊かプリーストか。そんなのより魔法使ったり騎士になったりするほうがかっこいいと思うんだけど」

「そんな冒険者なら溢れてますよ。かっこいいからこそみんなやりたがるんスよ。それよりせっかくの万能なステータスを生かしたほうが……。まあ別に止める気はないですけどね」

 

 ヤレヤレと言った風に語りかけるゆとり君。もといギルド受付。態度はちょっとイラつくが、彼の言う事にも一理ある。非戦闘用のチートを貰った俺が魔法使いや騎士になったところで大した活躍は出来ないだろう。うーむ、悩むな……。

 

「そんなに悩むんなら基本職の《冒険者》なんてどうッスか? 最弱職と呼ばれてはいますが全ての職業のスキルを覚えることが出来る万能職ですよ。ていうか器用貧乏なんですけどね。なりたい職業が決まるまでとりあえず《冒険者》で。後からジョブチェンジすればいいですし」

「……よし、じゃあ冒険者でお願いします」

 

 俺の職業は冒険者に決まった。

 ともかく、最弱なクラスに就いたらしい。

 だが、これは始まりに過ぎない。この先待ち受ける冒険に合わせて、職業も変えていけばいい。

 全てはここから始まるのだ。

 ちょっと感慨深く、俺の名前とともに、冒険者レベル1と記されたカードを手に取ると……。

 

「このスキルポイントってなに?」

 

 俺はカードにスキルポイントと書かれた欄を見て、受付の兄ちゃんに聞いた。

 

「ああスキルポイントってのはですね。クラスに就いた時に貰える、クラススキルを習得する為のポイントの事ですよ。おおサトーさん、あなた最初から5の初期ポイント貰ってますよ。よかったじゃないッスか。基本職の冒険者なら、あとは誰かに使いたいスキルを教えてもらえば、そのポイントに応じてなんでも習得することが出来ますよ。詳しい話はそこに書いてある紙を読んで」

「そういうシステムになってるのか。で、俺はとりあえず誰かから教わればいいのか。ん? なんだこれ?」

 

 

 俺は話を聞き頷いていると、冒険者カードの一覧に何か書いてあることに気がついた。習得可能スキルがある。おかしいな。目の前の受付が言った話によると、冒険者は誰かから教わらないと出ないはずだ。それなのになぜ習得可能スキルがあるのだ? もしやこれが俺に隠された真の力なのか。なんか名前もかっこいいし。

 

「よし! これだ! 習得! 『花鳥風月』!!」

 

 俺は花鳥風月を覚えた。

 5あったスキルポイントが消費され、残りスキルポイントが0になる。

 

「見せてやる俺の新たなる力! 『花鳥風月』を!」

 

 俺はスキルを覚えたことが嬉しく、早速その場で使うことにした。

 

「あっ、そのスキルは」

 

 俺の冒険者カードを見て呟く受付。驚いてるのだろうか? それもそうだ。これはどう見ても強そうなスキルだ。そして俺の手に何か。多分魔力的なものが集まっていく。そして。

 

 

 ポンッと小さな種が転がった。受付のテーブルの目の前に。えっ。なにこれ? もしかしてここから大きな花が咲いてモンスターをやっつけるとか? 花鳥風月という名前から、俺はそんな展開を予想した。

 

「宴会芸スキルですね。どこでこれを覚えたんですか? まだまだ未熟のようですが、見たのは初めてですよ。ああ凄い凄い」

 

 パチパチと拍手をする受付。

 いや待て。こいつ今なんて言った?

 宴会芸スキル? ってことは戦闘で全く役に立たないってこと?

 宴会芸の癖になんて大層な技名だ。しかも俺はこの芸を習得するのに全部のポイントを使ってしまったぞ?

 そもそも何で俺がこんな技を覚えていたんだ? 俺の隠されたスキルが宴会芸だとでも言うのか?

 いや待て。思い出せ。これをどこかで見たことがあるぞ。確かニョキニョキと蔓が出てきて花が……。

 

「あの女神が最後にやってた奴か! 俺を送る直前に! 宴会芸の癖に無駄な名前付けやがって! こんなクソ技を覚えるために俺は貴重なポイントを全て消費したのか! あのクソ女神今度合ったらぶん殴ってやる!」

 

「ププッ。いやあ受付の仕事をして日は浅いんスが、最初に宴会芸スキルを覚える人なんて始めて見ましたよ。プププッ。ハッハッハハハ」

 

 憤る俺の前には、笑いをこらえる気すらない受付の青年。よし、こいつも殴るか。

 

「も、もしかしてそれは……伝説の宴会芸スキル、花鳥風月ではないですか?」

 俺が受付と取っ組み合いの喧嘩をしていると、急に後ろから女性から話しかけられた。

 

「なんだ、お前も俺を笑いに……ってお前は!!」

 

 俺は声の方へ振り向く。そして思わず声を上げてしまった。なぜかというと、目の前にいる女性は、見覚えがあったからだった。

 

「てめえ俺を送り出した駄女神じゃねえか! いい所に現れたな。宴会芸に紛らわしい名前付けやがって! 今丁度文句が言いたかったところだ!」

 

 その一度見たら忘れないであろう透き通った水色の髪、その髪と同色の透き通った水色の瞳を持つ美少女がそこにいた。よくものこのこと顔をだせたものだな。ここはひとつガツンと言ってやろう。

 

「花鳥風月! 間違いなく花鳥風月だ! やはり預言書は間違っていなかった! ああありがとうございますアクア様! この出会いに感謝します!」

 

 俺が怒りの矛先を水色少女に向けようとすると、その少女が転がった種を見てそんなことを叫び始めた。

 ……アレ? なんだこの反応?

 

 

「ちょっとまって、ええっと」

 

 俺はもう一度水色の少女の姿を確認する。透き通った水色の髪と瞳。そこはあの女神にそっくりなのだが、来ている羽衣っぽい服がちょっと違う。女神の方は無駄にキラキラと輝いていたが、この目の前の水色の女性はよく似ているが普通の生地だ。一番の違いは羽衣をマフラーのように首に巻いていること。そしてどこか子供っぽい印象もあった女神と違い、顔つきが大人びている。

 ああ、別人だコレ。

 

「ごめん、人違いだったよ。つい昨日の事なんだが、君によく似た格好をした女性に会ってね。そっちの方に用が会ったんだけど。君には関係ないんだ。ほんとすまなかったね」

 

 女神にそっくりの姿をした美少女に俺は軽く謝った。だが。

 

「アクア様に出会ったのですか! もしかしてあなたは勇者候補の一人ですね! で! どうでしたか! アクア様はどんな姿でしたか! この私とよく似ていますか!」

 

 女神そっくりの水色少女はそんなことを言いながら、なぜか俺に食いついてきた。

 

 

「アクア様? ああ俺を送った女神の名前だったな。それがどうかしましたか? ええっと、あの人の知り合いか何かで?」

「私はアクア様を崇めるアクシズ教徒のアークプリースト! 名前をマリンと申します! で、勇者様! 教えてください! アクア様はどのようなお姿をなさっておいででしたか!? 私もなんとかあのお方に近づこうと日々努力しているのですか……。間違いがあれば教えてください!」

 

 マリンと名乗ったプリーストは俺になおも食い下がってきた。どうやらこの目の前の美少女は、あえてあの女神の衣装を真似ているらしい。女神のコスプレイヤーか。どうりで間違うはずだ。

 

 

「どうですか? 私はなんとか姿だけでもアクア様に近づこうとしているのです! そのために日々努力しています。教えてください勇者様!」

 

 勇者様か。悪くない。悪くない響きだけどまだ俺はスライム一匹倒してない雑魚だぞ? そう呼ばれるのはまだ早いと思う。もうちょっと活躍してからでも……。ちょっとはがゆい思いをしながら質問に答えてやった。

 

「ええっと、まずあの女神は羽衣をそんな風にマフラーにしてなかったね」

「ぐっ。それはわかっています。私もヒラヒラと自然に体に引っ付くようにしたかったのですが、構造の問題で仕方なく首に巻いているのです! で、他に間違いは?」

 

 まぁ確かに普通の人間が羽衣を背中につけるのは無理があるよな。仮に強引に接着剤で付けたとしても邪魔になるだけだろう。ああいう無駄な装備は神とかじゃないと出来ないよね。

 

「それと、顔つきかな? あの女神はもうちょっと子供っぽい顔だった。あなたは彼女よりも年上に見えるね。女神の年齢なんてわかんないんだけどね。これは君の顔が老け顔って言うわけじゃないよ? 賢そうで、むしろ君の方が女神っぽいと思うんだけど?」

「あああああ! ぐっ! なんていうこと! なんていうことですか! 私の顔がアクア様より! ああどこかに若返りの薬があれば! どこかにないですか!」

 

 軽くフォローを入れたつもりだったのだが、そんなことお構い無しに叫びながら頭を地面にガンガンと叩きつける水色の女性。

 うっこいつ絶対ヤバい。そんなに頭をぶつけて痛くないのか? ていうかそんな理由で若返りの薬とかいうチートアイテム欲しがるなよ。

 

「じゃあ俺はこれで」

 

 俺はその危ないコスプレ女から離れようとする。だが足をがしっと捕まれた。

 

「おっと、私としたことが取り乱してしまいました。オホホ……じゃなかったプークスクス! プークスクス! これがアクシズ教徒流の笑い方です。聞いてください勇者様! 私は預言書に導かれ、このアクセルという街に来たのです!」

 

 聞いてくださいと聞かれても腰にしがみつけられて逃げられないのだが。何コレ? 強制イベント? いいえという選択肢はないのかよ。美少女に抱き付かれるのは大歓迎だが頭がおかしいのはごめんだ。

 

 

「この預言書によると、花鳥風月使うものアクセルに舞い降りる。その時こそアクア様が地上に降臨なさり、勇者と共に魔王を倒すことになる。そう書いてあるんです! その花鳥風月を見るに! あなたこそがまさしくその予言の選ばれし勇者に違いありません!」

 

 勝手に話を続けるコスプレ女。手には預言書……といってもただの落書き帳にしか見えないのだが。

 

「ちょっとなんなのこの人! おい誰か何とかしてくれ!」

 

 俺が周囲に助けを求めると、目が合った受付くんはすぐさま退席中に札を切り替えて奥に逃げていった。

 この冒険者ギルドの奴ら、みんな嫌いだ。

 

 

「さあ選ばれし者よ! アクア様が降臨なさるまで! あなたの事はこの私マリンがお助けしましょう! ではいざ行きましょう冒険の日々へ! 悪魔殺すべし! 魔王しばくべし!」

「ちょっと何を勝手に決めて! 待って! 待ってくれって! おい!」

 

 この頭のおかしな女からは逃げ出したいのだが腕を掴まれて何も出来ない。そのまま外へ引っ張られていく。なんて力だ。こいつ本当にプリーストか? 

 

「あ、そういえば勇者様、お名前はなんと言うんですか?」

「そういうのは最初に聞くもんだろうが? 佐藤正樹だ」

 

 ふと気付いて振り向くマリンの質問に答える。

 

 

「ではこれからよろしくお願いしますねサトーマサキ様。オホホ……じゃなかったプークスクス!」

 

 笑い方をわざわざ訂正して、笑顔で俺の名前を呼ぶ水色の目と髪のマリン。そういえばあの女神もこんな笑い方してたな。合った事もないのになんでわかったのだろう? ひょっとしたら彼女の予言は本物なのかもしれない。ってことは俺が魔王を倒す勇者? それはいいな。素晴らしい。

 

 仲間が一人できました。

 




・マリン
水色の髪と瞳をしたアクシズ教のアークプリースト。
アクアへの献身ぶりは度を越えており、姿まで真似するほどである。
自分の事をアクシズ教の預言者だと思っており、その言動は他人から見ればただの痛い子である。
高いステータスを持つが、彼女の行動は他のアクシズ教徒からも疑問視されている。半分異端者扱いである。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 3話 赤き目のアークウィザード!

 雲一つない、晴れやかな青空の下。

 俺達は巨大なカエル、ジャイアントトード討伐のクエストに向かうらしい。

 らしい。というのは有無を言わせず勝手に仲間になったこの水色アークプリーストのマリンが、さらに自分で勝手にクエストを決めたからだった。

 

 

「ねえマリン……さん? 俺は最弱職の《冒険者》で、レベルは1ですよ? 本当に勝てるんですか?」

 

 俺は心配になって仲間のプリーストに尋ねる。

 

「勇者サトーマサキ様! 心配はいりません。ジャイアントトードは農家の山羊を丸呑みにするような危険なモンスターですが、腕のいい冒険者にとってはいいカモと聞きます。そして私はアクシズ教徒の上級職アークプリースト。後れなど取りません。あと私の事はマリンと呼び捨てにしてくれて結構ですよ」

 

 さすが上級職。頼もしい限りだ。受付のゆとり君いわく、俺は上級職になるのは無理らしくてちょっと悔しいが、仲間にいるならそれでもいいか。

 

「俺のこともいちいちフルネームで様付けしなくても。サトーでもマサキでも好きに呼んでくれ」

 

 俺も彼女に言い返した。

 

 

「では行きましょうマサキ! 憎きカエル共を倒すのです!

「ああマリン。よろしくな」

 

 ん?

 今の掛け合い。なんか良くないか?

 お互いに名前で呼び合う仲間達。出会いこそ最悪だったが、今の俺達はなんかいけてないか? これだよ。これでこそ冒険者パーティと言うものだよ。この世界に来て初めてそれっぽいことをしてる気がする。

 よし。

 

「ジャイアンでもなんでもかかって来い!」

「ジャイアントトードですよマサキ」

 

 いちいち訂正してくるマリン。多分彼女は真面目な人なのだろう。真面目すぎたからこそ訳のわからない宗教にはまってしまったのかも知れない。なんて不憫な……。

 

「出ましたよ! ジャイアントトードです!」

 

 マリンがモンスターを確認して叫ぶ。すぐさま俺もレンタルしたショートソードを構えるのだが。

 

「ちょっとでかくないか? 初めての敵にするにはちょっと色々と飛ばしてないか? もっと小型のスライムとかゴブリンとか倒してから挑む奴じゃないのか? コレ」

 

 俺はいざジャイアントトードを目の前にするとびびった。俺はウシガエルを一回り大きくした位のサイズを想像していたのだが、こいつは俺を一口で食べられそうな大きさをしている。

 

「おいマリン、本当になんとかなるんだろうな」

 

 不安になってマリンに聞く。

 

 

「ああアクア様。私には見えます! アクア様がジャイアントトードに食べられる姿が! さぞお怒りになるでしょう! ですがこのマリンがいる限りあなたをそんな目には合わせません! アクア様がアクセルに降臨する前に! この私がこのジャイアントトードを絶滅させて見せます! 神に牙を向く愚かなカエルめ。地獄で懺悔しなさい!この憎らしいカエルに天誅を!」

 

 なぜかトリップ状態のマリン。何か独り言をブツブツ呟き始めた。やっぱこの人危ない。

 

 

『セイクリッドブロー!!』

 マリンは白い光を拳に集めながらジャイアントトードに殴りかかった。

 

 

「ええっと、このモンスターは……」

 

 俺はマリンが戦うのを見ながら、魔道具の眼鏡で巨大カエルについて見通すことにした。斬撃……効果アリ。打撃……無効? へえなるほどな。ってえ? 打撃無効?

 

「うわあああああ!!」

 

 マリンの放った打撃は柔らかいカエルの腹にめり込むが、何事もなかったように元通りになる。そしてベロンと舌を出してマリンを飲み込んだ。

 

 

「今ですマサキ! ジャイアントトードの動きを止めました! 今がチャンスです!」

 

 カエルに飲み込まれながらマリンは叫び始めた。

 

「なにが動きを止めただ! 食われてるだけじゃねえか! おいこいつ打撃は通じないって書いてあったぞ! なんか他に攻撃手段はないのかよ!」

 

 カエルの口からなんとか顔だけ出しながらも、指示を出すマリンに俺はつっこんだ。

 

「…………使えません」

「…………は?」

 

 俺は驚いて聞きなおす。

「プリースト職ともあろうものが、刃物なんて装備するわけにはいかないでしょう? 私は打撃攻撃には自信がありますがね」

 

 こいつ使えねえ。いや違う。なんで打撃しか使えない人間が天敵とも言えるこのカエルに挑もうと思ったんだ? 馬鹿なのかこいつは。

 

「さあマサキ! 今こそ勇者の力を使うべきです! 勇者候補と言えばなにかしら特別な力を持っているはずです! それを今こそ発揮するべきです!」

「俺にぶん投げかよ! 俺はな! 戦闘向けのチートは貰ってないんだよ! 使えるのは花鳥風月だけだぞ! 宴会芸でどうやってこの巨大なカエルを倒せって言うんだよ!」

 

「勇者様はやれば出来る! 出来る子なのだから! 上手くいかなくてもそれはあなたのせいじゃない! 上手くいかないのは世間が悪い!」

「世間が悪いじゃねえ! 悪いのはお前の頭だ! なんでこんなモンスターの討伐クエストなんて受けたんだ! 相性最悪な相手に! くっそう! 俺がやるしかない! やるしかないんだな!? おわあああああああ!!」

 

 この馬鹿へは後でじっくりと説教することにして、俺はレンタルソード片手に、捕食中で身動きの取れないカエルへ向かって駆け出した!

 

 

 

 

「で、この杖はなんなんだ?」

 

 なんとか一匹のジャイアントトードを撃破した俺は、無事マリンを引っ張り出した後、彼女が戦闘で使わなかった木の杖を拾って聞いた。

 

「それはアクア様の持つ聖なる杖を模して作ったものです。そっくりの花を見つけてドライフラワーにするの苦労しましたよ? あくまで装飾用なんで戦闘には使えませんが……。あっ! 折らないで! アクア様の杖を折らないで!」

 

 俺は役に立たないゴミをへし折った。

 

 

「今度からクエストは俺が決める! そもそもなんでカエルの討伐なんて請けたんだよ! 一匹だったから何とかなったけど! わらわら出てきたらここで全滅してたぞ!」

 

 愛用の役に立たないゴミをへし折られ、涙目のマリンに俺は尋ねる。

 

「ジャイアントトードですマサキ。それはですね、私には見えたのです! アクア様がこのモンスターの粘液を浴びて涙を流す姿を! ですから私は! なんとしても降臨なさる前にジャイアントトードを駆除しようと! それがアクシズ教徒の預言者である私の仕事です! まさか打撃がここまで効かないとは思ってもいませんでしたが」

 

 真面目に言い返すマリンに。

 

「わかった! お前の予言なんかどうでもいいが、カエルを倒したいことはわかった! だがそれならちゃんと下準備してからだ! 俺は最弱職の《冒険者》で! スキルは『花鳥風月』のみだぞ! まずはもっと弱っちいのを! それでレベルが上がったらこのカエルを倒してやるから! いいな!?」

 

 

「ジャイアントトードですマサキ。でも仕方ありません。運が良かったですね。ジャイアントトードよ。次にあった時こそあなた達の最後です!」

 

 食われて囮になる以外何の役にも立たなかったこの無能プリーストは、カエルの粘液でべたべたになりながら偉そうに宣言する。この無能の癖に!

 

「じゃあとっととクエストを諦めて引き上げるぞ。もっと簡単なのから倒していこう。この街の近くの森には弱いモンスターがまだ駆除できてなくて残ってるそうじゃないか。そっちに行こう」

 

 俺はクエストを諦め撤退しようとする。クエスト失敗で罰金とかペナルティーないよね? その辺ちょっと心配だけど命には変えられない。倒したカエルの死体を放置して引き返そうとしたその時。

 

 

「うわっ! また来たか!」

 

 仲間を殺されたのに怒ったのか、それとも簡単に倒せそうな獲物を求めて来たのかはわからないが、数匹のジャイアントトードが回りに集まってきた。

 ゲロゲロと嫌な鳴き声をだしてわらわら集まってくるジャイアントトード。気付けば10匹近く姿を現し、あっという間に退路がなくなってしまった。

 

「囲まれた! この数じゃ勝ち目はないぞ! おいマリン! なんとかならないのか?」

「ああアクア様の声が聞こえます! 『カエルってよく見ると可愛いと思うの』 そうですね! 私もそう思いますアクア様!」

 

 さっきまでの勢いはどこにいったのか、急に弱気になるマリン。もう駄目だなこいつは。

 

「くっ!」

 

 俺はかっこよく剣を構える。まるで漫画の一コマのように。なぜこの構えをしたのか。それは俺がまともな剣の構え方を知らないからだ。形から入ってみただけだ。

 

 

「マサキ! さっきと同じくやっちゃってください! マサキはやれば出来る子! 出来る子なのだから――」

「やかましい! さっきは一匹だったからギリギリいけたんだよ! こんな数相手に何とかなるわけないだろ!?」

 

 俺とマリンは背中合わせになりながら、ゆっくりと包囲を狭めていくカエルを警戒する。

 ああもう駄目だ。

 俺の冒険はここで終わりだ。

 早くもゲームオーバーなのか。

 こんな電波女に関わったばかりに……。

 

 

 

 

 迫る巨大カエルたちを前に覚悟を決めた俺だった。だがその時だった。カエルの一匹がいきなり内部から爆発した。

 

「やれやれ、やっと拘束スキルの効果が切れましたか。でもこれで逃げられるとは思わないで下さいよ? 我が愛しき人よ。どこまでもあなたについていきますから。覚悟していてください。ヒヒヒヒヒ」

 

 カエルの内部から飛び出してきたのは、黒マントに黒いローブ、黒いブーツに杖を持ち、トンガリ帽子は被っていないものの、典型的な魔法使いの格好だった。

 十七、八といった所か?

 黒髪を腰まで伸ばし前髪もまた顔の半分が隠れるくらい伸ばしたその娘は、御伽噺の悪い魔女のような恐ろしい声で言った。

 いきなり仲間の一匹が爆発したことで、ジャイアントトードは怯え、彼女から距離をとって警戒している。

 

「誰だか知らないが助かったよ。俺は冒険者のサトーマサキだ。君は?」

 

 予期しない援軍が来たことで緊張が緩み、俺は魔法使いの少女にお礼を言った。

 

「誰ですかあなたは? 気安く話しかけないで下さい。名乗る気もありません」

 

 冷たい返事を聞いて心にグサッとくる俺。この反応を見ると、多分この子は別に俺達を助けに着たとかそういうわけではなく、カエルの中に食われててなんとか脱出したらたまたま目の前に出てきた。そういうことか。

 ああそれでもなんて運がいいんだ。もし彼女がカエルに食われてなかったら、俺は、いや俺とマリンはここで全滅していただろう。

 

「そう言わないでくれよ。お互い冒険者同士だろう? ここは助け合いと行こう。カエルに囲まれて困ってるんだ。一緒にこの危機を乗り越えようじゃないか」

「私が魔法を使うのは愛する人のためと決めているのです。カエルなんて知りませんよ。そんなことはどうでもいいのです。早く愛しき人のところに向かわないと。あなたのような冴えない眼鏡に付き合ってる暇はないのです」

 

 こいつ!

 なんて冷たい奴だ。それにムカつく!

 よく見ると巨大カエルたちは彼女に怯えて道を開けている。野性の本能でこの魔術師が危険だと察知したのだろう。彼女が進むのをこのモンスター共は止めたりはしない。だが一方で俺達の方にはまだ狙いをさだめている。多分この子が離れた瞬間に襲いかかってくる気だ。

 この娘と離れれば俺達は最後だ。いけ好かないとはいえなんとかしてこの魔術師の子と協力しないと。

 俺は見通す眼鏡にスイッチを入れて彼女を見る。どうすれば協力的になってくれるのか? それが知りたい。

 

『Warning!』

 

 ん?

 

『警告! 危険!』 

 

 この少女を魔道具の眼鏡で見ると、レンズにそう表示された。文字は真っ赤だ。そんなにヤバイのかこの女は。とりあえずカエルの方にも使ってみるが、どうしてモンスターよりこの少女の方が危険だと表示されているのだろうか?

 だが、それでも! 俺はこの少女を説得しなければおしまいだ。カエルに食われるか、眼鏡がかってないほど危険シグナルを発してる目の前の少女に助けを求めるか、二つに一つだ!

 

 

「なあ行かないでくれ! 頼む! せめて周りのカエルだけでも追い払ってくれないか!? いつか絶対に礼をするから」

 

 俺は少女に必死で頼み込むが。

 

「しつこいですね。邪魔ですよ。あなた方がどうなろうと知ったことではありません。人の恋路を邪魔する奴は、カエルにでも食われて地獄に落ちればいいのです」

 

 なんて冷酷な女だ。それによく見ると怖い。手入れなんて全くせずに伸ばしきった前髪が顔を隠しててまるで幽霊みたいだ。もし夜中に彼女に出会ったらちびってしまうかも知れない。彼女にとって見れば他人の冒険者が死のうがどうでもいいのだろう。 

 

 

「頼む、後生だから! 後でなんでもするから! カエルをさっきみたいにサクッと倒してくれればいいんだ!」

「ジャイアントトードですマサキ。でも彼の言うとおりです! 私はアクシズ教のアークプリースト! 私を助けてくれれば、あなたにもアクア様のご加護が訪れるでしょう!」

「宗教勧誘ですか? 下らない。私が信じるのは神ではありません。愛だけです!」 

 

 二人で必死で頼むが、フッと鼻で笑うような造作で馬鹿にした。ああもうこいつ!

 

「愛は素晴らしい! うん凄いね! 俺もいいと思う! だから助けて!」

「……」

 

 俺が必死で食いついていると、急に彼女は歩みを止めた。

 

 

「……ねえもしかして、あなたは私の運命の人ですか?」

 

 ……は?

 唐突に何を言い出すんだろうこの女は。この状況で。

 

 

「私が運命の人だと思っていた人は、さっき私を拘束した後、カエルの群れの中に放り込んだのです。でも本当の運命の人なら、そんなことはしませんよね? だから私の本当の運命の人はあの人ではなく、あなたの方だったりして?」

 

 いやいやいや。

 いきなりなにを言い出すんだこいつは?

 っていうか運命の人は何やってんだ? 

 巨大カエルの群れに拘束した上投げ入れるなんて普通に殺人だろ?

 

「あなたのその眼鏡、似合ってますよ? よく見たらかっこいいじゃないですか。うん」

 

 ついさっきまでボロクソに俺の容姿をけなしたこの女は、掌を返した様に褒め始めた。

 

「……運命の人……ではないかもしれないけど……でも助け合うことは出来るはずだよ……?」

 

 急に態度を豹変してきた女に、警戒しながら返事をした。

 

「そうですか、残念ですね。もしあなたが運命の人なら何だって言うことを聞きますのに。ではごきげんよう。私はさっきの人達を追いかけなければならないんで」

 

 がっかりした表情をし、俺達を見捨てて遠ざかろうとする魔術師の女。このままじゃあカエルに食われて御陀仏だ。

 くっ!

 俺の眼鏡によるとこの女は危険だ! 超危険だ! 眼鏡が真っ赤に警告する。モンスターの群れより危険ってどういうことだよ。 

 だがもう……。

 他に選択肢は……。

 

 

「そうだ。俺が運命の人だ。だから助けてくれ」

 

 言った。

 言ってしまった。

 おそらく見通す眼鏡があろうがなかろうが、直感的にヤバイと感じるこの女の前で。

 俺は宣言した。あなたの運命の人だと。

 他に方法は無かった。

 

「やっぱりそうだったんですか! だったら早く言ってくださいよ! この巨大カエルを片付ければいいんですね。おやすいごようです! 『ライト・オブ・セイバー』」

 

 彼女の手から光の刃が発生する。その光の線がシュッとカエルの胴を引き裂いた。彼女は両手で同じ魔術を使って次々とジャイアントトードを始末していった。

 俺達二人がかりで一匹倒すのが精一杯だった巨大ガエルの群れは、その魔術師の攻撃であっという間に肉片に変わった。まさに瞬殺だった。

 怖い。やっぱこの人怖い。

 

「私の名はレイです。運命の人よ。もう一度、もう一度名乗ってくれませんか?」

 

 眼鏡は今だ警告を鳴らしている。敵を全滅させた後、全身に浴びた体液を拭こうともせず手を差し出すレイと名乗る魔術師の少女

 

「お、俺の名はマサキ、サトーマサキだ。よ……よろしくレイさん」

「レイさんなんて他人行儀な呼び方は止めてくださいダーリン。私の事はレイと呼び捨て、ちゃんずけ、もしくはれいれいとあだ名で呼んでくれても結構ですよマサキ様。ヒヒヒヒヒヒ……」

 

 彼女のどこが怖いか? まず見た目が怖い。長い前髪で顔を覆い隠すその姿はジャパニーズホラーにしか見えない。あとついでに笑い方も怖い。そして今まで髪で隠れてて気付かなかったのだが、目が赤い。

 

 

「ヒイッ、よ、よろしくレイ」

 

 なんとか笑顔を作りつつ、俺は引きつった顔で手を取る。

 

「プリーストにウィザードが揃って! なんとなくパーティっぽくなりましたね! やりましたよマサキ!」

「黙れ馬鹿者め! そもそもお前のせいでこんなことになったんだからな! 二度とこんな目には合わないからな!」

 

 のんきな水色の無能を叱った後、ギルドへクエスト完了の報告をするために帰ることにした。

 

 




・レイ
超ロンゲ黒髪の小柄なアークウィザードの少女。
前髪が長すぎて顔がよく見えない。見た目が悪霊っぽい。
目は赤いが紅魔族ではない。そもそも紅魔族はまだこの世界で生まれていない。
特定の魔術へのこだわりはなど無く、使えると思った魔術は次々と習得する。
運命の人(と彼女が勝手に思っている)のためなら戦闘スタイルも迷わず変える。

あとで紅魔族にする予定・・・・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 4話 お楽しみの夜!

「レイから聞いたぞ! お前達は彼女を『バインド』とかいうスキルで拘束した後、カエルの群れの中に投げ込んだらしいじゃないか! 一体何を考えているんだ!」

 

 こんな田舎のギルドと言っても、夕方になれば人が集まってくるらしい。冒険者達が食事をしている。その中にちょうどレイの元パーティだった人達がいたので俺は説教をした。

 

 

「わかっている! まことに申し訳ない。自分が許されないことをしたのはわかっている!」

「だってああでもしないと……。私達が……」

「止せ! やめろ! 言い訳なんかしなくていい。とにかくごめんなさい!」

 

 そのパーティは男二人と女一人の三人組だった。そこにレイが加わったから四人でやってたのか。

 

「俺もネットで人でなしやら外道やら言われてきたことはあったが、こんな惨い真似をするなんてドン引きだぞ! お前達に良心は無いのか!」

 

 所業に怒った俺はその三人組に怒鳴りつけた。

 

「私達は人間のクズです! どんな言葉でも受けます!」

「だってだって! その子は怖すぎなんだもの! そいつがジャイアントトード如きにやられるわけないじゃない!」

「だからもういい、何も言うなって! もういいんだ! 俺達が間違ってたんだから!」

 

 

 いくら見た目が怖いとはいえ、仲間をモンスターのど真ん中に投げて逃げるなんて真似をするとは、どんな不逞な輩かと思ったが、彼らはいたって普通の冒険者グループという感じだった。しかも素直に罪を認め、俺に深く謝ってくる。女性メンバーが何か言いたげだったが男に口を塞がれる。

 

「もう気にしてませんよマサキ様。だってそのおかげで真の運命の人に出会えたのですから」

「お前がそういうなら。でもいいのか? 俺がこんなことされたら一生恨むぞ? だって一歩間違えればモンスターに殺されてたかもしれないんだぞ?」

「いいですよ。過ぎたことですし」

 

 その上この鬼畜な行為を受けた当の本人が全然気にしてないと言う。

 

「よくも私の運命の人だと騙しましたね! でもいいでしょう。こうして真の運命の人と巡り合えたのだから。許してあげますよ。ねえマサキ様」

 

 そうして俺に抱きついてくるレイ。美少女に抱き疲れるなら大歓迎だが、こいつはどう見ても悪霊にしか見えない。全然嬉しくない。カメラで撮ったら心霊写真として賞をもらえそうなレベルだ。

 

「うんレイ。わかった。わかったから離れてくれ。あと痛い。もう少し手の力を弱めて欲しい」

 

 俺は必死で悪霊、もといレイを引き剥がそうとする。

 

「騙したもなにも……あんたが勝手に言い出して思い込んでただけじゃない!」

「いいんだ。なにも言うな! これで上手く収まったんだから! マサキとか言ったな。ええっと……彼女を、この先頼むよ」

「これは心ばかりの贈り物だ。受け取ってくれ」

 

 仲間を見捨てといて新しい引き取り先が見つかったら金で解決するなんて。なんてクズな奴らだそんな金いらねえ! と言いたかったが捨てるにはあまりに重すぎた。ずっしりとしたエリス金貨の入った袋が俺の手の上に。

 

 

「まぁレイも納得してるようだし……、これはこれで受け取るとするかな」

 

 俺は大人しく金貨の入った袋を手にする。ホッとした顔の三人組。

 

「マサキ、あれだけの偉そうに説教したわりにはちょっとかっこ悪くないですか? 金で納得するなんて!」

 

 無能水色がなんか言い出したので。

 

「うるさいぞ無能! そもそもお前のせいで死に掛けたんだぞ!? なにが『そして私はアクシズ教徒の上級職アークプリースト。後れなど取りません』だ! 滅茶苦茶後れてたわ! 少しは反省しろ! それに張本人のレイが許すと言ってるし! これだけの金があれば多分一月は何もせずに暮らせるぞ! 俺はハッピー、レイもハッピー、相手もハッピーだ! 誰も損しない解決法だからいいんだよ! っていうかレイ、いやレイさん。離れてください。怖いですから。そんなに強く下半身にまとわりつかないで下さい! マジでやめて!」

 

 俺はマリンに今日のクエストについて文句を言った後、レイをなんとか体から剥がそうとする。

 

「少し幻滅しましたわマサキ。マイナス10女神ポイントを差し上げますわ」

 

 幻滅したのはこっちの方だ。そもそも女神ポイントってなんだよ。と突っ込みたいことは色々あったが、俺はレイという名の少女を引き離すのに忙しかったため無視することにした。

 そんな俺の様子を見た他の冒険者達は……。

 

「かわいそうに」

「新参か。なんにも知らないんだね」

「次はあの人か」

 

 なぜか俺の事を哀れんだ目で見ながらヒソヒソと話していた。

 俺はこの時なにも知らなかった。レイという名の少女がこの町で一体どんな扱いを受けていたのかを。

 そして後に知る事になる。レイを捨てたパーティは、今の俺とほぼ同じ内容をその前のパーティに話していたことを。

 

 

 

 

 想定外の収入を得て懐が潤った俺は、今日退治したジャイアントトードのから揚げをみんなで食べていた。最初はカエルの肉? しかもあのモンスターの? と躊躇していたが食べてみると意外とイケるな。なんか食感は鳥に近い。

 

「ずっと気になっていたんですが、あなたはなんなんです? マサキ様のなんなのです? まさか私の愛しい人を狙おうとする泥棒猫?」

 

 レイが今頃になってマリンの事を聞き始める。泥棒猫って、お前より先にパーティ組んでただろ! と突っ込んでやりたい。

 

「私はアクシズ教のアークプリーストにして、預言者でもあるマリンよ! マサキとはアクア様の導きにより仲間を組むことにしたのですわ。そういう関係ではありませんよ?」

 

 きっぱりと否定するマリン。そこまではっきり否定されると凹むなあ。いや凹むか? こんな電波女に言われて凹むか? よく考えたら別にないな。顔はいいのに残念だよ。

 

「そういうことならいいです。許しますよ。私はレイ。よろしくお願いしますねマリン」

 

 恋敵でないという答えに満足したのか、そう自己紹介するレイ。

 

「こちらこそよろしくお願いしますわレイさん。オホホ……じゃなかったプークスクス! プークスクス!」

 

 なぜ後から入ってきた奴に許されないといけないのか? おかしくないか? と思ったがマリンは気にせず大人の対応をした。ああこの子いい子なんだな。顔もかなりの美人なのに。これで変な宗教に入れ込んでなければなあ。残念な子を見るような目で俺は彼女を見つめる。

 

「今はいいです。セーフです! ですが私の愛しいマサキ様に手を出したら許しませんからね!」

 

 見た目悪霊少女がそんなことを言い出した。いつから俺はお前のものになったんだよ。やっぱり怖いよこの人。ピンチだったとはいえ運命の人とか言ったのは失敗だったかな? だって俺の眼鏡未だに真っ赤に警告してるもん。

 

 

 

「で、お前達これからどうするの? どこに泊まってる? 俺は金が入ったけど、馬小屋の居心地がよかったからそのまま使うけど。宿代なければこっから出すよ?」

 

 食事を終えた後に二人に聞いた。

 

 

「いやあ居心地がいいとか照れますねえ。そう言って頂けると嬉しいです」

 

 なぜか頬を染めて嬉しがるマリン。

 

「なんでお前が照れてんの? 俺は馬小屋を褒めたんだけど?」

「馬小屋の掃除をしたのは私なんです! 私には見えたのです! ……アクア様はこの町に降臨した後、きっと馬小屋で寝泊りするだろうと。だからいつでも快適に過ごせるように、全力で馬小屋を綺麗にしたんですよ!」

 

 ……なるほど。

 無駄に馬小屋が綺麗だったのはこいつの仕業だったのか。

 まあそのおかげで助かったけど。

 でも聞きたいことがある。

 

「なあお前、なんでその女神が地上に降り立った際、馬小屋なんてちんけな場所に泊まるんだ? 普通はちゃんとした高い宿を予約するだろ? 巨大ガエルに食われたときと言い、お前実は女神を馬鹿にしてんのか? なんでそんな尊い存在が馬小屋で寝泊りしたりカエルに食われたりするんだよ?」

 

 俺は浮かんだ疑問をマリンにぶつけることにした。

 

「なんてことを言うんですか! 私ほどアクア様を尊敬している人はいません! こうやって姿を真似るほどにです! それになぜアクア様が馬小屋に泊まるのか、ジャイアントトードに襲われるのか!? 私にもわかりません。でも見えたんです! きっと深いお考えがあるのでしょう。下々の私達には理解できないご立派な理由が!」

 

 興奮しながら言い返してくるマリン。こいつあの女神の事になると止まらないよな。色々と不可解な点が多すぎるが、もう話すだけ無駄だ。

 

「わかったよマリン。女神様が何しようが俺には関係ない。まぁでも馬小屋を綺麗にしてくれてありがとう。きっと女神様も喜ぶだろう。で、マリンはどこに泊まるんだ? 自分で綺麗にした馬小屋か?」

 

 とりあえず納得し、マリンを持ち上げることにした。不毛な会話をするのはごめんだ。

 

「わかっていただけて嬉しいですわ。オホホ……ではなくプークスクス! 私はこの街では教会に泊めさせて貰っていますの。といってもこの小さな街にはまだアクシズ教の教会はありません。ですから代わりに後輩であるエリス教の教会のところで寝泊りさせていただいてます」

 

 こいつなんて奴だ。

 宗派の違う教会に押しかけて泊まるとか迷惑すぎるだろ。っていうか許されるのかそれ? 普通追い出されないか?

 

「人生助け合いですからね! エリス教徒のものはアクシズ教徒のものだって昔から教わってきました!」

 

 なんだその教えは。どこが助け合いだ。一方的に得してるじゃないか。もはやアクシズ教って単なるカルト集団にしか聞こえないんだが。

 

「全くアクシズ教徒は碌な人がいませんね。マサキ様も気をつけてくださいよ?」

 

 呆れたように呟くレイ。どの口が言うんだこの女は? お前にだけは言われたくねえよ。もういくら突っ込みがあっても足りない。もう無視だ! めんどい! 放置。

 

「レイはどこに泊まるんだ? お金がなければ渡すよ?」

 

 俺は親切に新しい仲間に聞いた。

 

「私には泊まる場所があるので大丈夫です」

 

 レイは髪で隠れた顔で、頷きながら答えた。

 

 

「あのパーティから貰った金はとりあえず俺が持っとくけど、もし何かあったら言えよ? じゃあな」

 

 俺は二人と別れ、昨日と同じ馬小屋へと向かった。宿に泊まる余裕はあったのだが、マリンが綺麗にしてくれた馬小屋に不満は無いし、この先何かで金が必要になるかもしれない。そういえば装備も持ってない。まずは倹約だ。そう考えて一人で馬小屋に向かった。

 

 

「……」

 

 なぜだろう? 嫌な予感がする。

 俺は夜の街で周囲を確認する。別に変わったものは無いな。

 でもどうしてこんなにゾッとするのだろう? わからない。昨日はそんなこと無かったのに。

 何も無い片田舎の町。それが夜になったからなんだと言うのだ。さすがに夜中に堂々とゾンビとかが歩き回ったりはしないだろう。映画やゲームじゃあるまいし。

 俺は警戒しながらも馬小屋までたどり着き、綺麗に編まれた藁の布団の中へと横になった。

 

「……やっときましたねマサキ様。ずっとお待ちしてましたよ」

「なあああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 俺は魂を搾り出す様に絶叫を上げた。布団の中に誰かいる! しかもそれは長い黒髪を絡ませながら、俺に凄い力でしがみ付いてきたのだ。

 

「なんかいる! 誰か!! 助けてくれえええ!!!」

 

 悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、悪霊の力が強すぎて逃げられない。悪霊が赤い目で俺を睨んでくる

 

「ひいいいい!!」

「マサキ様! 私ですよ!」

 

 怯えきってマジ泣きしながら逃げようとする俺に、悪霊は肩をガシっと掴んで顔を近づけてくる。

 

「やめてくれええ! 俺は食っても旨くないぞ! だから!! 放してくれええ!!」

「だから私ですよマサキ様、よく見てください! レイです!」

 

 俺がパニック状態になりながらもがいていると、強い力で首を固定されて悪霊が目と鼻の先に迫ってきた。

 

「誰だよお前! 悪霊の知り合いなんかいない! ってレイ? お前レイか?」

 

 

 

 ……まだ心臓がバクバクしている。しばらくしてやっと落ち着きを取り戻した俺は、改めてさっき仲間になったばかりの少女の姿を確認した。 

 

「はあ、はあ、マジでやめてくれよ。心臓に悪いぞ! 絶対に寿命が縮まったわ!」

 俺はレイに恐る恐る聞いた。正直言って正体がわかった今でも怖い。

「で何しに来たんだよ。俺をビビらせるためにか?」 

「何を言うんです! 私とマサキ様は運命の赤い糸で結ばれているのですから、一緒に寝るくらい当然の事です! ヒヒヒヒヒ」

 

 

 普通ならここはお決まりの恋愛イベントだろう。美少女が俺の布団に潜り込み、一緒に寝ようと言い出す。ギャルゲーで誰もが待ち望む展開だ。

 でも待って欲しい。このレイという少女。よく見て欲しい。前も後ろも長すぎる髪に不気味に光る赤い目。美少女でもなんでもない。化け物。

 これはもはやギャルゲーじゃない。ホラーだ。

 恐怖以外の感情は沸いてこない。その証拠に俺の聖剣も縮こまっている。

 

「いや待て、確かにあの時は運命の人とか言ってしまったが、物事には順序があるだろう? いきなり布団の中に潜り込むなんて。ロマンの欠片もないぞ。まずは交換日記から始めてみようじゃないか」

 

 目の前の悪霊に向けて俺は説明する。ちなみに未だに怖くて正面から彼女を見れない。

 

「そもそもなんで俺の泊まる場所を知ってたんだ? 教えて無いよな?」

「愛の力です! 愛が全てを結び付けてくれたんです。まあ馬小屋に泊まるって聞いた時点で見当がね。この町に来たばかりの人が最初に向かうのはこの辺です。普通一番治安がいい場所を勧められますものね。この町に来たばかり、そして馬小屋となればもうそれで数箇所に絞られます。でもその中で一つの部屋を見つけ出すのはさすがに難しいですよね。総当りでやってもいいのですがそれだと他の宿泊者に迷惑がかかりますもんね。だから私は気を使ってあなたに気付かれないようにずっと見守って……いざ部屋の場所がわかったらスッと先回りして、後は布団の中で待つだけです。やっぱり淑女たるもの、相手への思いやりが大事ですよね。相手が知らないところで気を使うのがいい奥さんになるのですよ」

 

 こいつ俺をつけて……どおりで帰り道寒気がしたわけだ。っていうかそんな気遣いはやめて欲しい。

 

 

 

「クソッ! 離れろこのストーカー女! 悪霊が! どいて! 頼むから! 話ならまた明日聞くから!」

 

 熱くなり、つい大声になる俺の声に、周りから罵声が飛んだ。

 

「おい、さっきからうるせーぞ! 静かに寝ろ!」

「おおいい所に! 助けてくれ! 俺の仲間が訳のわからないことを言って離れないんだ! 助けてくれ!」

 

 周りから来る怖そうな男の声。だが今の俺には救いの声に聞こえた。目の前の悪霊を追い出せる唯一の手段だ。

 

 

「さっきから聞いてりゃ! 仲間ってのは女だろ? 馬小屋に連れ込むとかいい度胸してるじゃねえか! 追い出されてえのか!」

 

 怖そうな声の男が脅すような声で言った。おおいいぞ。そうだ。その調子だ。こんなところで何かしようとする奴は怒られて当然だ。さあ怒れ! その調子だ。そのまま殴りこみに来てくれ! そして俺の前からこの悪霊女を引き剥がしてくれ。

 

「ちょっと待て、そいつと一緒にいる女ってのは、例のあいつじゃねえのか? ほら運命の人を探しに来たって言って、パーティを壊滅させる頭のおかしい女だよ」

 

 他の方に寝ていた男が冷静な声でそんなことを言い出した。

 

「数々のパーティから追い出されては新しい獲物を探しているというあの化け物みたいな見た目の魔術師か!」

「今度の相手はこの新入りってわけか。まぁ誰かが犠牲になるしかないもんな」

 

 くっこいつはそんなに有名な奴だったのか? なんていうことだ。いきなり序盤で凄い地雷を仲間に引き入れてしまったらしい。

 

 

「ああ悪かったな。俺達は何も聞かなかったことにするから。好きに楽しんでくれ」

「なんなら大声を出してもいいぞ? 俺は気にしないから。どうぞごゆっくり」

 

 急に物分りの良くなる周りの男達。じゃなくて。

 

 

「オイコラ! お前たちはそれでいいのか? 俺の目の前にいるのはアレだぞ? 凄い美少女だぞ! このまま放置しておくと凄いプレイが始まるぞ! お前たちはムラムラして眠れなくなるぞ! ほら止めに来い! 隣でそんな喘ぎ声聞かされたら寝れないだろ! なあ!」

 

 俺が必死で呼びかけをするが、周りの男たちは何も言ってこない。

 

「おい無視しないでくれ! そんなの許されないよな? みんなの馬小屋でそんないかがわしいことをするなんて奴は! だから助け――何で誰も何も言わないんだ! おい出てきてくれよ! 頼むから!」

 

 俺がいくら叫ぼうと周辺で寝ているであろう男たちは俺達を無視する。この場で俺が逆レイプされようが、多分なにごともなかったかのように朝を迎えるつもりだ。このメンヘラ女一体この町でなにをやらかしたんだ?

 

 

「美少女だなんて……私そんなこと言われたの初めてです。やっぱりあなたこそ真の運命の人……。さあ一緒に二人で夜の営みをやりましょう!」

「嘘に決まってるだろ! そう簡単に信じるなよ! 周りの奴に自慢したくてちょっと言ってみただけさ!」

 

 抵抗を続けながらレイに言い返す。

 

「安心してくださいマサキ様! 私も今まで多くの偽者に騙されてきましたが、いつも抵抗されるので結果的に処女です! でもそれでよかったのです。あなたに初めてを捧げられるのですから! ヒヒヒヒヒ」

「いやあああああああ!! 汚されるうううううう!! このままだと人生ハードモードになる! 絶対に嫌だ!!」

 

 レイをギリギリの所で突き飛ばした後、俺は馬小屋からダッシュで逃げ出した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 5話 凶暴クルセイダー参上!

ここでやっと四人パーティが全員登場しました。
プロローグ含めれば6話……結構スローペースだと自分でも思います。


「あらどうしましたマサキ。顔色が優れませんが。昨日はよく眠れなかったのですか?」

 

 ギルドに来ると水色プリーストのマリンが出迎えてくれる。だが。

 

 

「眠れるわけねえだろ! 昨晩はずっと街中で逃げ回ってたわ! 少しずつ仮眠をとって、ハンターの気配がしたらダッシュで逃げる! それを繰り返していたんだぞ!」

 

 俺はついマリンにあたってしまう。もう誰でもいい。あのメンヘラ女の文句が言いたかったのだ。

 

 

「逃げ回るとはおかしな話ですね。ハンターとはなんです? モンスターが町に侵入したという話は聞いてませんが?」

 

 不思議そうな顔をして首をかしげるマリンに。

 

「あいつだよ! 昨日仲間になったレイだ! ある意味モンスターより怖い! モンスターは退治できるけど、あいつをどうにもならん! くっそうあのアマ! 早くなんとかしないとヤられる!」

 

 俺はマリンにいかにレイが危険な存在か説明しようとするが。

 

「……呼びましたか?」

「ヒイッ!」

 

 いつの間にか背後に立っていたレイが俺に話しかけてきた。俺は驚いてその場を飛び跳ねる。

 

「で、 出た!! この幽霊! い、いや……。レ……レイさん? いつからそこに?」

「私はいつでもあなたの側にいますわ。ダーリン」

 

 怖すぎる。

 もういやこの女。

 昨日こいつの元パーティだった奴らが大人しく引き下がった理由がわかった。

 そしてカエルの群れの中に拘束して投げ込んだ気持ちもわかる。

 っていうか俺も今すぐそうしてやりたい。

 カエルどころかドラゴンの巣に突っ込んでやりたい。

 

 

「わかったレイ。わかったから離れろ! あっち行け!」

 

 無理やりしがみ付く化け物を剥がしながら言った。

 つかこいつも一晩中一緒に走り回ってたはずなのに、何でこんなピンピンしてるんだ。なんか満足げな表情がムカつく。

 

「あらお二人とも、一体何かあったのですか? いつの間にか仲良しに」

 

 俺とレイのやり取りを見てマリンが聞いた。どこが仲良しだよ! こいつの目は腐っているのか?

 

「私とマサキ様は一晩を共にした仲です!」

「…………!! い、いつの間にお二人はそのようなご関係に……」 

 

 レイの話を聞いて顔を赤らめるマリン。彼女にはそういったエロ系の耐性が無いのか。大人びた見た目と違って意外だな。いや……そんなことマジでどうでもいい。

 

「その通り、もう私とマサキ様は男女の関係です。マリン、一緒のパーティになるのは構いませんが、私の愛しい人に手出しはしないで下さいね?」

 

 レイが赤い目をギラギラさせながらマリンに警告する。

 

「そ、そうですか……。では私からはなにも言いませんわ。ですが式はぜひアクシズ教会で」

「勝手に話を進めるな馬鹿女共! 何が共に一晩をだ! 勝手に俺の藁の中に忍び込んで! 逃げても逃げても追いかけてきやがっただけだ! おかげで眠れなかったぞ! 怖すぎるんだよ!」

 

 顔を赤くしてうろたえているマリンに説明するが。

 

「そう眠れないような熱い夜を過ごしたのです!」

 

 ヤンデレがわけのわからないことを言い出す。

 

「全然熱くなかったわ! 寒気しかしなかったぞ! 二度とやるなよ! わかったな!」

「……」

「おい! ちゃんと返事しろ! 約束しろ!」

 

 無言のレイ。絶対また来る! この女は毎晩来る。

 くっ、このアマいつか絶対重りをつけて湖の底にでも沈めてやる!

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「で、次はどんなクエストを受ける?」

 

 周囲1メートル以内から離れようとしない悪霊少女レイのことは諦め、マリンに次のクエストについて相談する。

 

「次こそジャイアントトードの討伐を! レイさんがいれば簡単です! 絶滅させる勢いで行きましょう!」

 

 全く懲りてないマリンに。

 

「ダメだ。そもそもあのカエルにはお前じゃダメージを与えられないだろ? 俺も一匹倒してレベル2になったばかりだ。ほぼ全ての戦闘をレイに丸投げする気か? パーティとはみんなで助け合うものだ。それにジャイアントトードだとレイを置いて逃げられないじゃないか!」

 

 俺はマリンにダメだしする。

 

「今私を置いて逃げるって言いませんでしたか?」

「言ってない」

 

 つい本音が漏れてしまったが話を続けよう。

 

「とりあえずはゴブリンとかそういう雑魚モンスターを倒すんだ。まず俺のレベルが上げないと始まらない」

 

 俺は説明する。アークプリーストのマリン、アークウィザードのレイ。そして冒険者の俺となるとバランスが悪すぎる。二人とも上位職なのに俺だけ最弱とか肩身が狭い。

 性格がアレすぎるのはおいとくとしても。

 

 

「にしてもプリーストにウィザードか……。二人とも後方支援系だな。バランス的には俺が前衛の戦士になった方がいいのかな? 魔法には憧れるがこの際仕方ないかな」

 

 俺は最弱の冒険者だが別のジョブにクラスチェンジすることは出来る。冒険者カードを見て考え込む。

 

「でも戦士も溢れてるって聞くしな……。やっぱりなり手が少ない盗賊になった方が? でもなあ……」

 

 なかなか踏ん切りがつかずに悩む俺に、マリンが。

 

「ではパーティを募集してみるのはいかがでしょう? 戦士職ならすぐに見つかりますよ。マサキのジョブはレベルが上がってから決めればいいんですよ! 冒険者はレベルが上がりやすいですしね」

 

 マリンが中々いい提案をする。そうだ、何もこの三人だけでやると決まったわけではない。っていうかレイはとっとと別の人に押し付けたいのだが。

 

「よしそうしよう。戦士系のメンバーを募集するぞ」

 

 

 

 

「……………………来ないな……」

 

 

 一時間後、俺は冒険者ギルドにて呟いた。

 いや来ないんじゃない。正確に言おう。

 この町にもそれなりには冒険者がいる。

 その中で戦士系のジョブについてる人間も多い。

 だがいざ勧誘となると問題が発生するのだ。その戦士たちはレイの姿を一目見るやいなや、無言でダッシュで逃げ出してしまうのだ。男女問わずに。

 

「このメンヘラ! お前一体どれだけやらかしたんだ? なんでどいつもこいつもお前を見ると逃げ出すんだ!」

 

 俺はレイに聞く。

 

「えっと、それはですね……この町に来たばかりのころは普通にウィザードとしてクエストをこなしていたのですが、いつになっても運命の人が現れるそぶりが無かったので、より積極的にアプローチしていくことに決めまして。だからとりあえず男性の方がいると運命の人か聞くようにしていたのです。もし邪魔をする女性がいたらまあやっちゃいますよね? 魔法で。でもそのおかげでマサキ様と――」

「もういい。もうわかった。想像つくからもう喋るな」

 

 レイを黙らせる。まさかこの町の人間はみんなこのお化け女の事を知ってるのでは? そして俺のような新参に押し付けあっていたのではないだろうか。よし俺も新人がやってきたら絶対こいつを押し付ける!

 

「このまま待っても仕方ない。この先俺達だけでゴブリン退治といくか」

 

 俺がそう言って、立ち上がろうとしたときだった。

 

「きゃっ!」

 

 ドカッと大きな音がして、マリンが悲鳴を上げる。大きな音がギルドの扉から響き渡る。なにか剣か何かで攻撃を受けているように聞こえる。そしてついにギルドの扉が破壊された。

 

「なんだ! 敵襲か!?」

 

 俺は驚いて立ち上がるが、なぜか室内にいる人々は何事も無かったように座ったまま談笑している。この町の冒険者っておかしくないか? ギルドの扉が破壊されたのに何でこんなに落ち着いていられるんだ?

 

 

「ちょっと困りますよアルタリアさん。ちゃんとドアを開けてください」

「ああまたやっちまったよ。ついなあ。うちではドアは破壊して入るものって決まりがあるから。扉が閉まってるのを見てついぶっこわしちまったよ。ははは!!」

 

 ドアを破壊して入ってきたのはガチガチのフルプレートメイルを着込んだショートヘアのお姉さんだった。

 危なそうで、何も考えてなさそうな印象の野蛮そうな美女だった。

 俺より年上だろうか。身長がかなり高い。

 燃え上がるようなオレンジの髪をポリポリとかきながら、受付に謝っていた。

 

「ドアの修理費はあなたの報酬から引いときますからね!」

「いっつもわりぃなあ! そうしてくれ!」

 

 全く悪びれることもなく笑顔で告げる美女。

 うん、こいつは無いな。こいつも無い。いくら美女でもドアを破壊して入るとか頭おかしい。

 

「おいなあ! 誰か一緒にクエスト受けてくれないか? 頼むぜ! 一人より仲間がいたほうがいっぱいモンスターを殺せるだろ? そのほうがワクワクすんだよ」

 

 戦闘民族のようなことを言いながら仲間を探す女騎士。だがギルドのものはみんな目を反らす。

 ……この冒険者達の反応、レイの時と同じだ。

 一応この眼鏡で確認してみるか。

 

『Warning!』

 

 ああやっぱりレイと同じか。

 

「レイ、ちょっと来てくれ。ああもういい」

 

 隣に座っているレイを見通す眼鏡で覗く。

 

『警告! 危険!』

 

 ちゃんとレイも危険だと出てる。眼鏡は壊れてないな。うん、あいつは関わらない方がよさそうだ。これ以上頭のおかしな女と関わってられるか。そう思っていると。

 

 

「ああ? お前ら見ねえ顔だな。どうだ? この私はクルセイダーだぞ? 一緒にクエストしようぜ?」

 

 関わりたくないと思った矢先に急に話しかけてきた。

 

「マサキ様、やめたほうがいいですよ! この女はアルタリア。ギルドのやっかいものです。この人と関わったら碌な目に合いませんよ?」

 

 レイがそんなことを言い始める。それはお前もだろう? と俺は言いたい。だがややこしくなりそうなのでやめといた。

 

「あぁ? そういえばお前は見たことあるぞ。ええっと、なんだっけ? 話すと呪われるという黒ロンゲのウィザードじゃねえか!」

 

 間違ってない。よく知ってるじゃないか女騎士さん。

 

「まいっか。この際お前でもいいよ。私は剣でお前は魔術で。一緒になれば怖いもの無しだ。クエストに行こうぜ? みんな付き合い悪くてよう……」

 

 そりゃそうだ。ギルドの扉を剣で斬りつけるような狂戦士なんかと関わりたくないだろ。でも意外なのは、この女騎士の方はレイの事を気にしてないことだ。レイの方は凄く警戒してるが。

 

「ちょうど戦士を募集してたところですの。もしよろしければ――」

「ダメです! この人は危険なんです! 普通に危ない人なんですよ!」

 

 なんだ自己紹介か? 普通に危ないのはお前だよ。

 マリンは乗り気だが必死で止めようとするレイ。

 

「いいじゃねえか。ちょこっとだけ。ちょっと組むだけだしよ」

 

 彼女たちの言い合いを聞き、俺は少し考えた後。

 

「じゃあよろしく。とりあえず一日だけな」

「えっ! 本気ですかマサキ様! こんな危険人物、きっと後悔しますよ!」

「うるさい! お前の時点ですでに後悔してるんだよ。いやマリンもだ。それにお前とこの人でマイナス同士相殺されるかもしれないだろ!」

 

 レイに怒鳴りつける。

 

「よくわからんが……私の名前はアルタリアだ。ギルドではちょっとした有名人なんだ。さっきも言ったけどクラスはクルセイダーな。じゃあよろしく! ゴブリンでも初心者殺しでも何でも来やがれ!」

 

 

 アルタリアが仲間に加わった。

 後で思えば何で俺はアルタリアをパーティに加えたんだろう。眼鏡で危険だと表示されていたのに。レイが嫌がるのを見て当て付けでこんなことをしたのかも知れない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 6話 ゴブリン退治クエスト!

 ゴブリン。

 それはこの世界でも知らない者はいないメジャーモンスターで、ゲームに出てくる様な雑魚モンスターではなく、実は民間人には意外と危険視されている相手らしい。

 ゲームに出てくるゴブリンといえば……仲間を組んで、武器を持って襲ってくる。

 ゲーム内では単なる雑魚扱いだが、現実に置き換えてみよう。

 武器を持った猿が集団で襲い掛かってくる。

 日本でも猿に食べ物を奪われたりする事件がある。それが群れをなし、武器を持って襲い掛かってくる。それがゴブリンだ。

 考えてみればちょっとした脅威だ。マシンガンでも無いと追い払えないんじゃないか?

 俺達はそんな危険生物が住む森へと向かっている。

 

「ゴブリンなら私だけでも倒せるのに……。こんな危ない人が一緒じゃなくても」

「それは私もですよレイさん。でも今回のクエストはマサキのレベル上げがメインですから。それに万一の事があります」

 

 レイとマリンが会話している。

 あまりに痛い子たちなのでつい忘れそうになるが、そういえば彼女たちは上級職だった。マリンもあのカエルにさえ気をつければ並みの相手なら問題無いだろう。

 

 ちなみに今俺が使えるスキルは『片手剣』のみ。どこで教わったかというと、ギルドでレイの元パーティに出会った時に、金と一緒に返品を頼んだが断られ、じゃあせめてスキルだけでも教えろといってなんとか取得したスキルだ。

 あと絶対必要になるから、という理由で『バインド』も教わった。今はポイントが無くて覚えられなかったがレベルが上がり次第手にするつもりだ。

 何に対して使うのかは言うまでもないが。

 

 

「ゴブリンか! まあ雑魚だよな! 私に任せろよ! 楽勝楽勝! はっははは!」

 

 大剣を振り回しながらウキウキで森へ入っていく新たな仲間、アルタリア。

 緊張感ないなあ。まぁ彼女に任せとけば問題ないのかもしれない。クルセイダーらしいし。

 

「いましたよ」

 

 山道をコソコソと歩いていくと、ゴブリンの群れが移動しているのが見えた。こちらには気付いていないようだ。死んだ冒険者からでも奪ったのだろうか、様々な錆付いた武器を持って警戒しながら山を降りている。

 なぜ俺たちが先に見つけられたのかというと、ゴブリンの群れの数が多すぎて遠くからでも視認出来たからだ。

 

「思ったより多いですね。私の近接格闘スキルでもあの数が相手となると……結構時間がかかりますよ?」

「ファイヤーボールで蹴散らしてやってもいいんですが……問題はマサキ様を守りきれるかです。そうだ! 私達で数を減らしますから、最後に残ったのをマサキ様が倒すってのはどうですか?」

 

 

 ……ああ。

 どうやら完全に俺が足を引っ張っているらしい。

 彼女たちは性格はともかく腕は一流のはずだ。一方俺はパーティのお荷物、地雷だ。

 上級職におんぶに抱っことは。ちょっと恥ずかしくも申し訳なくもなる。女に隠れて戦うなんて。だが俺は思い出した。新しい仲間がいたことを。

 

「いや大丈夫だ。このまま行こう。だって今は頼れるクルセイダー、アルタリアさんがいるじゃないか。彼女が前衛で戦ってくれれば俺も少しは活躍できる。頼みますよ先生――っていねええ!!」

 

 クルセイダーは《デコイ》という囮スキルで敵の注目を集めることが出来るらしい。それを期待して振り返ったらこつぜんとアルタリアの姿が消えていた。

 

 

「おいあいつどこ行った! さっきまで楽勝とか言ってたよな! 逃げたのか!?」

「だから言ったじゃないですか! あの女に関わらないほうがいいって! あの人と組んだ人はみんなうんざりして帰って来るんですよ!」

 

 めずらしくレイが正論を言った。こいつは運命の人とか恋愛が絡まなければまともらしい。

 

「いなくなったものは仕方ありません! ここは私達三人で何とかしましょう。マサキ、安全な場所で下がっててください。私が壁になります」

 

 マリンも手を白く光らせていった。ゴブリンの群れもじきに俺達に気付くだろう。素早く状況を判断している。なんて頼りになる仲間なんだ。昨日カエルに特攻して無様にやられた姿とは偉い違いだ。

 

「お前達にだけいいかっこさせるかよ! と言いたいところなんだが、レベルも低いし大人しく隠れています……」

 

 俺は素直にマリンの言葉に従い、レンタルソードを構えながら女二人の後ろでしゃがむ。なんて情けない姿なんだ。だがそれでいい。用心が一番。かっこつけて死ぬ方がよっぽど無様だ。

 とりあえずレベルが上がるまでは彼女たちに守ってもらおう。それが正しい初心者プレイというものだ。しかももうゴブリンに気付かれた。子鬼が来る! 怖い助けて二人とも!

 

 

「ギギャッ! キー、キーッ!」

『ファイヤーボール』

 

 ゴブリンの鳴き声だ。さあ戦いが始まった。レイがファイヤーボールを打ち込んでいる。炎を食らい飛び散るゴブリンたち。だが数が多すぎる。レイの魔法をかいくぐって接近するゴブリンたち。それを。

 

『セイクリッドブロー』

 

 マリンがパンチを食らわせてダウンさせている。武器を持った相手に素手で勝ってるってどうなんだ? っていうか絶対プリーストの仕事じゃないよなこれ。完全に武道家かなんかだろ。

 さすがは俺の仲間たち。今まで散々馬鹿にしてごめんなさい。

 ちなみに俺は情けなく茂みの中に隠れている。一匹なら倒せそう。うん一匹ずつなら。でもこの数は無理。絶対袋叩きにされて死ぬ。

 

 

「私の愛しい人に手出しはさせません!」

 

 おおレイ。なんてけなげな人なんだ。これからは隣で変な笑い声を出してしがみ付かれても、一分くらいは我慢してやろう。

 

「これがアクア様の力です! モンスターよ! 覚悟しなさい!」

 

 それにマリン。お前の姿は美しくかっこいいぞ! 少しはよくわからない教えについて耳を傾けてやるか。

 俺は感心しつつ心で礼を言いながら隠れ続けている。っていうか何もしてない。プライドなんか知るか! 命あっての物種だろ? 常識など捨ててしまえ。これが正しい初心者の戦い方だ。

  

 二人の戦いぶりに感謝しながら、もう全部終わった後に死にかけがいたら剣で叩いて倒そう。そう決めているといきなり前の茂みが大きく揺れて、黒い塊が飛び出してきた!

 

「ハルルルルル!」

 

 

 

「ま、まさか!」

 

 巨大な虎かライオンのような姿をした、サーベルタイガーのような牙をした黒い猛獣が姿を現す。その姿をみてレイが青ざめた顔をする。

 

「初心者殺しですか! なるほど、これだけの数のゴブリンがいるわけです。レイさん! 初心者殺しは初心者と魔法使いの天敵ともいえる存在です。私の後ろに隠れてください!」

 

 目の前の黒い猛獣は初心者殺しというらしい。あのレイが恐れるとは……。っていうか初心者殺しって言う名前がもう。

 ここに超初心者がいるんですけど? 冒険者初めて二日目の! なんだよもう。これってまさにカモがネギしょってやってきたようなもんじゃね?

 プリーストのわりには無駄に頑丈なマリンだが、二人を守りながら戦うのはさすがに……。俺ももう駄目かも知れない。

 ああ俺はなんでこんな下らない眼鏡なんか貰っちゃったのだろう。もっと強いチートアイテムで。いやそもそも馬鹿正直に冒険者なんかやらず、普通に商人としての道を歩んだり内政を目指せばよかったかもしれない。

 後悔しながらおそるおそる剣を構え立ち上がる。その時だった。

 

 

 

 

「ヒャッハーーーー!!」

 

 一瞬だった。

 唐突に女騎士が現れ、初心者殺しを一閃。文字通り真っ二つにしたのだった。

 なんて鮮やかな、それに綺麗な剣筋だろう。辺りに黒い獣の血が飛び散った。

 

「やっぱりいたか! いると思ったぜ! ははは! 初心者殺しの血は格別だ!」

 

 そんな悪役のような台詞を言いながら、返り血を浴びたアルタリアがニタリと笑顔で舌なめずりいた。

 

 

「やあお前ら、急にいなくなって悪かったな。いやこのゴブリンを見ると絶対に初心者殺しが近くにいると思ってな。ちょっと木の上で待機してたんだ。いやあわりいわりい」

 

 あっけにとられる俺たち三人に向かって、満足げに初心者殺しの死体を見つめるアルタリア。

「あっこいつまだ息がある! ちゃんと殺しとかないとな! はははは!」

 

 真っ二つになりながらもぜいぜい言っている初心者殺しの頭に、躊躇無く剣を振り下ろすアルタリア。その姿はクルセイダーじゃない。どうみても狂戦士だ。それか魔王幹部かなにか。だが。

 

 

「助かりました! あと疑ってすみません! 後もう少しでやられてしまったかも知れませんでした」

 

 レイはアルタリアへお礼を言った。彼女がいなければゴブリンと初心者殺し、双方を同時に相手にするのは難しかっただろう。

 

「鮮やかな一撃でした。お見事です。初心者殺しの可能性を考えないのは迂闊でした」

 

 アルタリアを褒めつつ、反省するマリン。

「アルタリアさん? 君がいてくれて助かったよ。じゃないと俺はその初心者殺しに文字通り初心者狩りされてたよ」

 

 俺も目の前のヒーローに頭を下げた。

 

「呼び捨てでいいって。それに私も勝手に隠れてたからお互い様さ! さあ後は雑魚のゴブリンだけだ。みんなでやっちまおうぜ!」

 

 なんてカッコいい奴なんだ。この女騎士は。絶体絶命のピンチを救ってくれたどころか、それを鼻にかけたりもしない。言動は確かにちょっと物騒だけど凄腕の戦士だ。なんで彼女のような人がギルドでレイのようにのけ者にされているのかわからない。

 こんなに強くて謙虚なら、ドアを破壊するくらいいいじゃないか。

 

 

 

「私の一番の楽しみは! モンスター共が断末魔を上げているときさ! それを一方的に蹴散らすのが大好きなんだ! それ以外はどうでもいい! さあ死にさらせえ! ゴブリンちゃんよ!」

 

 ゴブリンの群れに突っ込むアルタリア。初心者殺しを一撃で倒したその姿に怯えているのか、パニックになって逃げ惑うゴブリンたち。

 

「さあさあ! 死ね! 死ね! 殺してやる!! ははは!」

 

 相変わらず物騒だが、次々とゴブリンを屠っていくその姿はまさに鬼神の如くだ。

 

「私達も! アルタリアさんに続きますよ!」

 

 彼女の姿に勢いづけられたマリンもゴブリンを次々と殴っていく。調子を取り戻したレイも呪文を唱えている。この状況でなら、俺でもなんとかなる! ゴブリンたちは浮き足立っている。最後くらいちゃんと活躍しようじゃないか!

 俺もレンタルソードでゴブリンへと向かうことに決めた。

 

「うっ!」

 

 飛び出そうとしたその時、アルタリアの背後から一匹のゴブリンがやけくそ気味に斧を振り下ろした。アルタリアが小さなうめき声をあげた。

 

「えっ!?」

 

 俺は驚いて足を止めた。斧といってもゴブリンの身長は子供くらいしかない。持てるサイズは限られている。そんなちいさな一撃だというのに。

 

「おい! なんかアルタリアさん……が倒れたんだけど?」

 

 何が起きたのか全くわからない俺はマリンに聞いた。

「きっと足を滑らしたのでしょう。初心者殺しを一撃で葬り去る女騎士さんですわ。あの程度でやられるわけがありませんわ」

「そうですよ。また何かの作戦かもしれませんよ」

「だよなあ。ははは」 

 

 俺達は笑いながら倒れたアルタリアを眺めていた。

 うんそうだ。

 彼女は初心者殺しとかいう一目で危険モンスターだとわかるヤバイ奴を瞬殺したのだ。

 そんな彼女がゴブリンごときに後れを取るわけが無い。うんそうだな。

 ははは……。

 

 

「おい! アルタリアさんゴブリンに囲まれてボコボコにされてるんだが!」

 

 いつになっても動かないアルタリアを見て俺は叫んだ。

 

「えっ? どうしたんでしょう? まさか改心の一撃でも食らったとか?」

「わかりました。この私が魔法で――」

「駄目だ。それだと彼女にも当たってしまう。なあマリン、体を強化する魔法とか無いのか?」

「ありますけど? どうするんです?」

 

 慌てるマリンに俺は言った。

 

「俺を強化してくれ。マリンがゴブリンを押しのけて強引に道を開けて欲しい。その間に俺があの女騎士を引っ張り出す。追いかけてくるゴブリンはレイの魔法で何とかしてくれ!」

 

 全員に指示を出してアルタリアの救出に向かう。今日初めて冒険者らしいことをした気がする。

 

「準備はいいか、マリン?」

「行きましょう! マサキ!」

 

 マリンがゴブリンを拳で殴りつけて吹っ飛ばす。彼女に注意が向いた隙に、俺はなんとかアルタリアの元までたどり着いた。

 

「筋肉が強化されているとはいえ、この鎧を運ぶのは大変そうだ。って軽っ! なにこれ軽っ! これほんとに金属なの? 思ってたより滅茶苦茶軽っ!」

 

 重装備の女騎士を運び出すのは一苦労だと思っていたが全然そんなことは無かった。何この人軽すぎる! 鎧の騎士を運んでいるとは思えない。その辺の洋服を着た町娘のようだ。マリンによって強化された筋肉で軽々と運び出した。

 

「こっちは上手くいった! マリンは避難しろ! あとはレイ! 残党をぶっ飛ばしてくれ!」

「わかりました!『ライトニング!』」

 

 レイが残ったゴブリンに電撃を浴びせている。これでこの場のゴブリンは一掃できただろう。

 

「やったか!?」

 

 と思った瞬間、一匹のゴブリンが目の前に飛び出してくる。

 

「ああもう! フラグを立てちゃったか! 最後に少しくらい! 戦ってやるよ!」

 

 俺は強化された筋肉を使い、レンタルソードでゴブリンの頭をかち割った。

 

 

 

 クエスト終了!

 無事ゴブリンの群れを退治し、加えて危険な初心者殺しまで倒した。これは快挙だろう。

 だけど素直に喜べない。そう、新たな仲間、女騎士アルタリアのことでだ。

 

「あのう? アルタリアさん? さっきはどうしたんです? なんでゴブリンなんかにやられたんですか?」

 

 俺は少し皮肉っぽく、ぜえぜえ言ってる女騎士に尋ねた。

 

「はっははは! いやあ助かったぜ。私はなあ、攻撃に関しては誰にも負けない! 絶対にな! だけど防御はね、ぶっちゃけどうでもいいっていうかさあ。命がけのギリギリの戦いがしたいんだよ。一つのミスも許されないそんな状況がいいよな。でも群れで来られると流石に死角が出来るよな。つい興奮してゴブリンの群れに突っ込んじゃったけどさあ。いけると思ったんだけどなあ。まあ勝ったしんだしいいじゃねえか?」

「そういえばやけに鎧が軽かったのは?」

「そりゃ私はスピードにも気をかけてるからな。出来る限り軽量化を目指してるんだ。凄いだろ? これ金属製っぽいけどメッキで塗っただけなんだぜ? おかげで体が軽いぜ!」

「張りぼてかよ! 軽いはずだわ!」

 

 ていうかなんなのこの人?

 あのおっかない初心者殺しは一撃で倒せるのにゴブリンに負けるってどんな偏ったステータスしてんの?

 そりゃ誰も組みたがらないわけだ。

 そもそもこいつ前衛職の役割わかってんのか?

 いくら強くてもゴブリンの一撃でやられるクルセイダーなんていらねえよ。

 アルタリア>初心者殺し>ゴブリン>アルタリア という悲しい三竦みがここに誕生した。

 

「はぁ、俺の仲間はこんな変な女ばかりかよ……。何が上級職だ! こんなの詐欺だよ……」

 

 ため息をつきながらギルドへ帰路へとついた。

 




・アルタリア
黄色い瞳とオレンジのショートカットが特徴の女騎士。
生粋のドSで相手をいたぶるのが大好きな危ないお姉さん。
あの女騎士とは真逆で、攻撃や素早さに全てのステータスを振り切っている。
高い攻撃とスピードの代わりに貧弱すぎる体力と防御力を持つ。
状態異常耐性だけは高めている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 7話 四人パーティ結成!

7話~10話は成り上がりの章です。ついに揃った問題児達四人が、冒険者として名をはせるまでを書きます。


 ゴブリン軍団を退治し、その上初心者殺しまで倒した俺達は、ギルドから報酬としてかなりの額を貰うことができた。

 だがそれでも俺の心は晴れない。なぜなら。

 

「よし、報酬は四等分でいいぜ! 一番活躍したのは初心者殺しを倒した私だけどな、みんなよくやってたからな。うんうん」

「なに勝手に仕切ってんだコラア! なにが一番活躍だ! その後の行動で全部帳消しだぞ!わかってんのか!」

 

 俺はアルタリアに食って掛かる。報酬について文句があったわけじゃなかった。ただこの女騎士が偉そうにしてるのが気に食わなかっただけだ。

 

「は? ええっと、お前名前なんだっけ? まあいいや。ていうかお前ほぼ何もしてなかったじゃん。たった一匹のゴブリン倒しただけじゃん。情けない男だねえ」

「マサキだ! サトーマサキ! 俺の名前は置いといて、なんなのお前? なんでゴブリンなんかにやられるんだよ! お前前衛職の意味わかってんの?」

 

 アルタリアが俺の事を雑魚扱いしたからつい怒って反論する。お前の体を担いでゴブリンたちから遠ざけたのは誰だと思ってるんだ。さらに前衛職について質問する。

「前衛職? ああもちろん知ってるさ。誰よりも前に突撃する、一番勇敢な戦士だろ? この私にぴったりじゃんか!」

「前“衛”職だぞ! 衛の部分はどこにいったんだ! 攻撃力は認めてやるが、防御はどこにいった? 前衛職は敵を引きつけて盾となる役目もあるんだぞ! その辺わかってんのか?」

 

 俺は自分の役割がわかってないポンコツクルセイダーに説教するが。

 

「はっはっは、マサキとか言ったな。なに言ってんだ? 有名な言葉があるだろ? 『攻撃は最大の防御』ってな。そんなことも知らないのか馬鹿だなあ」

 

 馬鹿はお前だよ! それにしても、なんで他のみんなが彼女と組みたがらないのがわかった。こんな紙耐久のクルセイダーなんてどう使えばいいんだ。前に出したところで一瞬でやられるんだから。

 

「そういえばお前盾持ってるよな。それは使わないのか?」

「ああこれ? 離れた敵に投げつけるんだ。そしたら相手は不意を付かれてびっくりする。その隙に剣で切り裂くのさ。いい作戦だろ?」

 

 自慢げに応えるアルタリア。もういい。こいつは駄目だ。使えない。俺は彼女を諦めた。

 

 

「チェンジで。もっとマシな戦士を加えよう。誰かいませんか! 誰でもいいから戦士系欲しいです!」

 

 俺はアルタリアから離れて、冒険者ギルドの皆に募集をかけるが。

 

 

 スッ……。

 スッ……。

 みな合図したかのように首を逸らす。こいつら! レイだけでは飽き足らずアルタリアまでこの俺に押し付ける気か。最低の冒険者の屑どもめ!

 

「いいじゃないですかマサキ。私は毎日アクア様のために全身頂礼をしているので防御力には自信がありますし、盾役なら任せてください!」

 

 プリーストのマリンがそんなことを言い出した。頂礼とはアレだ。モズ●ス様が毎日やってる全身で地面に激しく頭をぶつけるパッと見ヤバイ行為だ。だからこんなに頑丈なのか。

 

「でもプリーストが盾役なんて聞いたこと無いぞ。そんなの絶対おかしいよ」

 

 俺が悩んでいると……。

 

「アルタリアなら恋のライバルになる可能性は限りなく低いですからね! 私も歓迎ですよ!」

 

 アルタリアの全く色気の無い言動に、安心したレイまでがそんなことを言い出す。アルタリアは見た目は美人だ。なのだが言動や行動はクレイジーだ。彼女に惚れる人などいないだろう。レイはそんな計算をしたみたいだ。

 

「じゃあこれからもよろしくなマサキ。私達はきっといい仲間になる」

 

 そう言って右腕を差し出してくるアルタリア。そんな彼女に俺は。

 

「ああこちらこそよろしく。これから一緒に頑張ろう」

 

 笑顔で答える。でも心では全く反対の事を考えていた。このへっぽこクルセイダーも! メンヘラアークウィザードも! 俺のレベルがちゃんと上がったら絶対に見捨ててやるからな! そしてもっとまともなパーティと冒険をするんだ。心に強く誓った。

 

 

 4人で夕食を食べた後、俺はレベルが5にまで上がった冒険者カードを見た。正面から倒したゴブリンは一匹だけだが、死に損ないを一生懸命探してはコソコソ止めを刺していったため、ちゃんとレベルが上がったのだ。

 

「レベルが上がりましたねマサキ様。で、片手剣の次はどんなスキルを覚えるんですか?」

 

 俺の冒険者カードを覗きながらレイが聞いてくる。

 

「次に覚えるスキルはもう決めてるんだ。これさ。『バインド』」

 

 俺はレイに向けて拘束スキルを発動させた。どうやら成功のようだ。

 

「なにをするんですマサキ様! 私は敵ではありませんよ? ああそれとも私を拘束してこんなギルドの真ん中でプレイを!? ああなんて鬼畜。でも運命の人の要求なら仕方ありませんね。いつでも覚悟は出来ています!」

 

 何か勘違いをして頬を染めて期待しているレイ。誰がお前なんかに手を出すか! 怖いんだよ! 

 

 

「よし、今日は俺はもう寝るとするよ。今日も馬小屋だな。馬小屋最高! じゃああばよ!」

 

 拘束スキルは一定の時間がたったら解けると聞いた。レイの拘束が切れるその前に早く身を隠さなければ! 俺は仲間を放置しダッシュでギルドから駆け出した。

 

 

 

 

 

 一体どれほど眠ったのだろう。

 俺は、ふと夜中に目が覚めた。

 もちろん馬小屋なんかに泊まってない。レイを騙すための嘘だ。

 俺は宿に泊まっている。それも鍵付きの少し高めの所を選んだ。手痛い出費だが仕方ない。馬小屋自体に不満は無いのだが、メンヘラ女がいつ嗅ぎ付けてくるかもわからない場所で安眠は無理だ。

 コンっと小さな音がした。そのせいで俺は目が覚めてしまったのだが……。

 窓に虫でも飛んできたのだろうか。まぁ虫ならなんの心配もないけど。

 

 ……コンッ。

 ……コンッ。

 

 しつこいな。カナブンかなにかか? いい加減しつこい音の正体を確かめようと窓に向かう。

 

「ひっ」

 

 俺は思わず悲鳴を上げてしまった。窓を見ると、誰かの手形がベタベタついていたからだ。そんな馬鹿な。ここ三階だぞ? わざわざ高めの宿を選んだというのに。

 

 カタカタカタカタッ、ガタガタガタガタッ!

 

「ヒイイッ!!」

 

 俺が恐怖で怯えているその時、追い討ちをかけるかのように急にドアがガタガタ大きな音を鳴りはじめた。誰かが開けようとしている。鍵付きで助かった。本当にマジで怖い。

 

 ドンドンドンドン!

 今度はドアに誰かが叩いている音。しかもどんどん衝撃が大きくなっていく。

 

「いやあ! もういやあ! レイ! レイだな! どうやってここを見つけたんだ! でていけ! 畜生! もうやめてくれ! 今日はもう遅い。明日話そう! 続きは明日だ!」

 

 俺はドアから距離を取って扉の向こうの人間に叫んだ。

 

「『アンロック』」

 

 ドアの外から、聞き覚えのあるおどろおどろしい声が聞こえ、部屋の鍵が外される。

 

「…………………!!!!」

 

 その瞬間、悲鳴にならない声をあげながらも、俺は窓ガラスをぶち破り、地面に落下して悪霊から逃げ出した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 8話 フォーメーションΔ

「あらどうしましたマサキ。また顔色が優れませんね。それにボロボロじゃないですか。なにかあったのです?」

 

 次の日の朝。

 俺はグッタリした姿でギルドにたどり着いた。はぁはぁと息を切らしている。そんな俺様子を見てマリンが聞く。

 

「くっそう! どうやって俺の宿の位置がわかったんだ! おのれあのメンヘラヤンデレ女め!」

 

 どうせ言ったところでどうしようもないため、無視して俺は愚痴る。

 

「マサキ様の居場所なら、どれだけ離れていても見つけ出して見せますよ! ねえダーリン!」

「ひいいっ! 出た!」

 

 後ろから不気味な声がしたので慌てて飛びのける。案の定そこにはメンヘラヤンデレ女レイが立っていた。早く何とかしないと。こいつをどうにかしない限り夜も眠れない。

 

「なあ頼むから夜は近寄らないでくれ。寝不足のせいでクエストに支障が出る。そういう気分になったら俺から呼びに行くから」

 

 レイに頼む俺。もちろん自分からそんな気分になることは絶対にない! これからもどこぞのラノベの鈍感主人公並みにこいつのアピールをかわし続けるつもりだ。

 

「大丈夫ですよ。マサキ様の身はこの私が守ります! なんなら何もしなくてもいいですよ? クエストなら全て私が引き受けます。マサキ様は家で私の帰りを待っててさえくれればそれで……」

 

 まさかのニート完全肯定宣言。なんて魅力的な提案だろう。そう、目の前にいるのが貞子的少女じゃなければ喜んでその申し出を受けるだろう。こいつに養われるとか碌な目に合わなさそう。っていうか普通に監禁状態にされそうだ。嫌だよそんな一生。

 

 

『Warning! 警告! 危険!』 

 うん。俺の眼鏡も真っ赤に警戒している。この申し出は断固拒否する以外ありえない。

 

「せっかくだがレイ、男たるもの自分で稼ぐのが務めだと思ってるからね。それにモンスターの危機に晒されてるこの町を! この国を! この世界を! 守るのが冒険者の仕事だから!」

 

 心にも思っていないことをペラペラと話す。本音は宝くじが当たれば一生寝て過ごしたい! 魔王とかマジでどうでもいい。世界の半分をくれるとか言ったら即答してOKしそうだ。その後内部からジワジワと魔王の権力を奪っていって、この俺が影の魔王として君臨する。めんどくさい現場での戦いは魔王に押し付けて、可愛い女の子と美少女モンスターと一緒にハーレムして面白おかしく暮らしたい。それが俺の真の望みだ。

 

「さすがは私の運命の人! ご立派です! 私の目に狂いはなかった!」

 

 感動するレイ。うん、お前の目は狂いまくってピンポン玉がビー玉と摺りかえられてるよ。早く交換した方がいいぞ? 頭もな。そう心で毒付いておいた。

 

「おおお前ら! 昨日はよく寝れたか! さあ今日もモンスターを殺しまくろうぜい!」 

 

 相変わらずドアを破壊しようとしていたアルタリアは、直前に職員に止められて今度は大人しく普通に入ってきた。こいつはなんでこんなにドアを壊したがるんだ? なんの病気だよ。

 

「アルタリアか。おはよう。今日は簡単なクエストにするよ。お前達三人の能力がわかってきたからね。それなりの戦い方を考えるつもりだ。そう、作戦を立てるんだ」

 

 挨拶をした後、アルタリアに応える。

 

「作戦なんていらねーよ! こっちには上級職が三人もいるんだぜ? グリフォンだろうが、ドラゴンだろうがぶち殺してやろうぜ!」

「ゴブリン相手に死に掛けたお前がなにを言ってる! 今日は俺の命令に従ってもらうからな! 絶対だぞ!」

「私より弱い奴になんで命令されないといけないんだ! どうしてもというなら私を倒してみろ! かかって来い!」

 

 くっ。この脳筋野郎! 女だが。なんでも暴力で解決しようとする典型的な馬鹿だ。っていうか一番困るのはお前のその紙装甲なんだが。

 

「いやわかったアルタリア。言い方が悪かったよ。お前に一番いいところを持って行ってやる。だから話を聞いてくれ。これはお願いだよ」

 

 今度は腰を低くしてアルタリアに頼み込む。

 

「お願いかあ。おいしいとこもってくれんのか? だったら聞いてやってもいいかな?」

 

 命令ではなく嘆願と言う形にしたらあっさりOKするアルタリア。

 ふう、馬鹿でよかった。俺はため息を吐く。これでまともにクエストをこなせそうだ。

 ていうかなんで俺はクエストを受ける前からこんなに疲れてるんだ?

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「はっはっはっは! 私に追いついてみな! 無理だろうけどよう!」

 

 草原を走り回るアルタリア。彼女は《デコイ》スキルを発動。スキルの効果により後ろにはモンスター達が引き寄せられている。コボルトの群れやトロール、灰色の狼など様々な種類のモンスターがアルタリア目掛けて襲い掛かる。

 だが。

 

「私のスピードを舐めるなよ! お前ら如きに追いつかれるものか! だけどよう、マサキ。このまま逃げ回っているのもよう。いい加減攻撃していいか?」

 

 攻撃とスピードに特化したアルタリアに追いつけるモンスターはいないようだ。だが思ったより集まったモンスターが多いな。しかも強さもバラバラだ。この街アクセルは出来たばかりのためか、高レベルモンスターを駆除仕切れていないため、強さがまちまちの敵が同じテリトリーに暮らしているみたいだ。

 

「我慢だアルタリア! 今は我慢しろ! 敵の数が多い! 一匹ずつならまだしもこの数だとお前はまた絶対負ける! 一番強いのはちゃんと残してやるから、作戦通りに走り続けろ!」

「わかったよ! あのトロールは私のだからな! 倒したら許さないぞ!」

 

 俺はアルタリアに頼む。どうやら彼女も納得してくれたそうだ。大きなトロールは足が遅いのか他と引き離されている。これなら彼女の要望どおりになりそうだ。

 

「マリン! 配置に付いたな! そろそろ来るぞ!」

「マサキ! わかっています! 今こそアクシズ教の力を見せ付けてあげましょう!」

 

 プリーストのマリンが俺の指示を聞いて頷く。手には杖を持ち、モンスターの軍勢を前に立ちはだかる。

 

 

「よしアルタリア! 《デコイ》を解除! そのままマリンと交代だ! お前は一度離脱しろ!」

 

 俺は現時点で作戦通りなのを見てアルタリアに叫ぶ。

 

「しょーがないねえ。ちゃんと私の分も残しとけよ」

 

 アルタリアはそのままマリンとすれ違って走り抜ける。モンスターの眼前にはマリンが杖を持って構えている。

 

「食らいなさい! アクア様の加護の力を!」

 マリンは杖でコボルトに殴りかかるが、その見た目だけの役に立たないゴミはすぐにへし折れた。 

 

「よくもアクア様の杖を! 許しません! 天誅! 『セイクリッドブロー!』」

 

 杖を失っても怯まないマリン。まあ元々ただの飾りだから何の影響もないんだが。近接格闘スキルでコボルトを殴りまくるマリン。うん、こいつはプリーストじゃないな。格闘家にジョブチェンジしろよ。まあ別にいいんだけどね。

 

「今だレイ! モンスターたちの足が止まった! この隙に魔法を撃ち込め! マリンには当てるなよ!」

「わかりました! 『ライトニング!』」

 

 マリンにてこづっているモンスター目掛けて、レイが強力な雷を浴びせる。次々と倒れていくモンスターたち。特に一番数が多い低レベルなのはほぼバタバタと倒れている。

 

「いいぞ! 敵は壊滅状態だ! アルタリア! 倒していいぞ! 残った敵を駆逐しろ!」

「任せな! ひゃっはあああ!!」

 

 レイの魔法で混乱している軍勢目掛け、アルタリアが引き返して特攻する。

「貰ったああ!」

 

 敵の中でも強そうなトロール、灰色の狼の不意を付き、瞬殺していくアルタリア。

 

「アルタリア戻れ! もう一度離れろ! ヒットアンドアウェイだ! それがお前に一番適した戦い方だ! チャンスはまだあるから安心しろ!」

「わかったわかった! じゃあまた呼べよ!」

 

 アルタリアは素早く魔物の群れから離れた。強いものが急に殺されて倒されてさらに混乱するモンスターたち。そこへレイの強力な魔法が浴びせられ、敵は次々と壊滅していく。

 

 

「ふぅ……」

 

 俺はその様子を眺めながらホッとする。どうやら上手く言ったようだ。

 

 

 ――フォーメーションΔ

 俺はこの戦法をそう名づけた。

 まずアルタリアがモンスターを誘き寄せ、マリンの元へ向かいタッチする。プリーストなのに無駄に頑丈なマリンがタンク役となり、敵の足止めをする。そこへ控えていたレイが強力な魔法を浴びせまとめて始末する。それにも耐える強そうな奴は引き返してきたアルタリアに処理させる。

 この三人の連携がこの戦法の要となる。そう、固いプリーストのマリン、優秀な魔法が使えるアークウィザードのレイ、攻撃力とスピードだけは誰にも負けないアルタリア。彼女たち三人の力を合わせることで完成したフォーメーションだ。

 え? じゃあ俺はなにをしているかだって? それは。

 

「おいマリン! 深追いしすぎだ! 下がれ! レイの魔法範囲内から出るな!」

「レイ! 気をつけろ! 今魔法を撃つとアルタリアに当たる!」

「アルタリア! 今かすったな! 悪いマリン、攻撃を中止してアルタリアに回復魔法を!」

 

 俯瞰できる位置からこうやって三人に的確に指示を出している。このフォーメーションは微妙なバランスの上に成り立っている。いくら硬いといってもマリンはあくまでプリーストだ。他の前衛職のように安心は出来ない。せめて頑丈な鎧を着せたいのだが、頑なに女神のコスプレを脱ごうとしない。めんどくさい奴だ。レイはちゃんとウィザードとしての役割を果たしている。これで性格さえまともならなあ。そしてアルタリア。彼女は残念なほどの紙装甲だ。下手すら冒険者の俺より低いかも。どんなクルセイダーだ。少しの傷でも命取りになる。

 

「ああ! くっそう! 巨大ガエルまで出てきやがった! あいつはマリンの天敵だ! アルタリア!あの巨大ガエルを優先して駆除してくれ!」

 

 色々と引き寄せられたモンスターの中にあの巨大ガエルが現れたのをみて血の気が引いた。

 

「ジャイアントトードですマサキ様。ですが今の私ならあの憎きモンスターも倒せるような気がします」

「錯覚だ! お前はいったん下がれ! 頼むから! レイ! マリンを援護しろ! 無事撤退させるんだ!」

 

 懲りてないマリンに怒鳴りながらレイに次の指示を出す。

 

「はいマサキ様。あのカエルならお任せください。『ライト・オブ・セイバー』」

 レイは光の剣でカエルを切り裂くが。

「おいお前! そのカエルは私が倒す予定だったのに! 人の獲物を奪うなよ!」

 

 それを見たアルタリアがレイにいちゃもんを付け始める。戦いの最中にやめてくれよ。

 

「アルタリア! 気にするな! まだまだ敵はいるぞ! ほらなんかヤバそうなの出たぞ! なっ! ミノタウロスなんてどっから出たんだ!? こういう敵は普通中盤から終盤にかけてからだろ! なんでこんな何もないド田舎で出現するんだよ! ゲームバランスどうなってんだ!」

 

 俺はミノタウロスの姿を見て文句を言った。

 

「よっしゃーーー!! ミノタウロスだあ!!!!」

 

 ミノタウロスの姿をみて興奮したアルタリアが特攻する。この女は本当に戦いが大好きだな。

 

「アルタリア! 足だ! 足を狙え! 一度転ばせて! 後は好きに料理しろ!」

「いい考えだな! やってやるぜ!」

 

 アルタリアはまず右足で斬撃を食らわせた。倒れたところに止めを刺す。

 

「ミノタウロス討ち取ったりいい!!」

 

 叫ぶアルタリアだが。

 

「おい後ろ! よくやったと言いたいが勝ち誇るのは後だ! 戦いが終わってからにしろ!」

 

 アルタリアの後ろにコボルトの残党が迫っていた。

 

『ファイヤーボール』

 

 レイがコボルトを吹き飛ばした。

 

「いいぞレイ! よくやった! アルタリア! お前はとっととそこから離れろ! っていうか新しいモンスターをこれ以上引き寄せるな! 今回はこれで終わりだ! いいな!」

「えー」

「えーじゃない! マリンもレイもそろそろ魔力の限界だ! そろそろ潮時だぞ!」

 

 まだ暴れたりないのか、駄々をこねるアルタリアに叫んだ。

 

 

――フォーメーションΔ

 俺は直接戦いに参加してないのだが、凄く疲れた。指揮するのがこんなに大変だとは思わなかったぜ。

 ふと冒険者カードをみる。

 レベル5。

 全く上がってない。経験値もゼロだ。

 確かにこの俺の手で倒したモンスターはいない。

 だからといってこれはあんまりじゃないか? 正直言ってこの三人に指示を出すのは凄く疲れるぞ。

 特にアルタリア。ほおっておくと次々と新手のモンスターを連れてくる。勘弁して欲しい。

 

「いやあ今日は楽しかったぜ。あんなに沢山のモンスターを倒したのは初めてだ。お前たち最高だよ!」

 

 そんな俺の気も知れずに、アルタリアはすっきりとした表情で言った。

 

「アルタリアさん、ミノタウロスを倒した時はお見事でした。まさかあんな高レベルのモンスターが潜んでいるとは。心強い味方がいて助かりますわ」

 

 ボロボロになりながらもマリンがアルタリアを褒める。いいのか? お前はタンク役でいいのか? 本来ならそれはクルセイダーの仕事だぞ? プリーストのお前がそれでいいのか?

 

「あのミノタウロス、多分きっと迷子でしょう。今までこの街付近で目撃されたことはなかったですから。でも私達の敵ではありませんでした」

 レイも結果に満足して言った。まあ今回はかなりの数のモンスターを倒したのだ。報酬もかなり貰えるだろう」

「そうだ! 私達三人が揃えば無敵さ! はっはっは?」

「三人だと?」

 

 俺は思わずアルタリアに突っ込みを入れた。

 

「そういやお前なんもしてなかったよな?」

「ふざけんなよ! 俺がどれだけ気を使ってたと! ていうかアルタリア! ちゃんと指示に従え!」

 

 アルタリアの言葉にイラっときて反論する。

 

「私は誰の命令にも従わない! どうしてもというなら私を倒してみろ!」

 

 もういやだこの脳筋。

 

 

「フォーメーションΔ。もう少し改良が必要だな」

 俺は悲しそうに冒険者カードを見つめて呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 9話 パーティの地雷

「おい聞いたか!? 上級職ばかりのパーティで、女ばっか引き連れてハーレム気取りの冒険者がいるらしいぜ?」

 

 朝、俺は早めにギルドに到着して仲間を待っていると、そんな話を耳にした。

 

「知ってるか? 聞いた話じゃ、そいつはろくに戦いもせず、賞金だけはちゃんと貰ってるらしいぜ」

 

 言って、同じテーブルにいた他の仲間と笑い合う戦士風の男。

 戦いもせずか。

 確かにその通りかも知れない。この男の言うことにも一理ある。俺は昨日のクエストでモンスターを自分の手で倒さなかった。そのため冒険者カードには全く経験地が入っていない。

 戦闘行為には直接参加してなかった。でも影で必死でみんなに指示を出していた。そんな縁の下の苦労は中々理解してもらえないものだ。

 

「どうせ荷物持ちかなんかだろ? いいよなあ。荷物持ってるだけで金が貰えるんだから。あやかりたいぜ!」

 

 …………。

 俺は怒らない。こんなことでいちいち腹を立てていたらネトゲのチャットでは生き残れない。特に中学生も遊んでいるような人気のネトゲならこんな煽り日常茶飯事だ。屁でもない。

 

「それは俺の事かな?」

 

 俺は一つも怒りを見せずにその男に聞いた。

 

「ああ!? なんだてめえは?」

「君の言っていた男さ。ちなみに職業は最弱職の冒険者だ。俺は素晴らしいパーティに恵まれているんだ。上級職の彼女たちにおんぶで抱っこの面白おかしな毎日を過ごしている。なんなら代わってやっても構わないぞ? さあもう一度言ってくれないかな?」

 

 俺は笑顔でそのチンピラに尋ねる。

 

「冒険者だって? ハハッ! 笑わせるぜ最弱職さんよう! 何度だって言ってやるよ。上級職が揃ったパーティでさぞかし楽チンだろうな。しかも全員女だって? いい身分じゃないか全くよう! どっかの貴族かよ! ああ? おい、俺と代わってくれよ兄ちゃんよ?」

 

 

「おはようございますマサキ。あれその人はお知り合いですか?」

 

 俺が男に絡まれていると、ギルドにやってきたマリンが俺に尋ねる。

 

「やあマリン。朝から変なのに絡まれてね。全く厄介ごとは夜だけにして欲しいよ」

 

 手を挙げてマリンに返事をする。彼女の後ろには同じく上級職のレイ、そしてアルタリアが歩いてきた。レイは恒例になった昨晩の戦いの結果、ボロボロになったローブを着込んでいる。

 

 

「……! まさか……お前の仲間って……! 偽預言者のマリンに! 呪縛女のレイ! そして殺戮鬼のアルタリアのことなのか!?」

 

 俺が仲間を紹介したとたん、その冒険者が青ざめる。この三人の女たちは一体どれだけ恐れられてるんだ? っていうかマリンも結構ビビられてるな。まあ確かにたまに変な電波を受信してて怖いときあるけど。

 

「偽預言者とは言ってくれますね。私は本当にアクア様の声が聞こえるのです! お姿も見えます! たまにですが! 真のアクシズ教アークプリーストですよ!」 

 偽預言者と言われて反論するマリン。

 

「私の目には見えるのです! アクア様がこの街に降臨し、馬小屋で寝泊りしながら、スモークリザードのハンバーグを食べたり! それに加えキンキンに冷えたクリムゾンビアーをおいしく飲んでいる姿が!」

 

 うんやっぱりこいつ偽預言者だな。どんな女神だよ。なんでそんなに庶民的なんだ? このプリーストは本当にあの女神を尊敬しているのか疑問に思う。

 まぁマリンの妄言は一先ず置いとこう。目の前の男に用がある。

 

 

「おいどうした!? 代わりたいんじゃなかったのか? 羨ましいんだろ?」

「いえいえなんでもないです。私が間違っていました。あなたは立派な冒険者です」

 

 急にかしこまって敬語になる冒険者の男。

 

「なんだとオイ! さっきまでの勢いはどうした! 代わりたいっていったよなあ! なんとか言ってみろよ!」

 

 一方俺は強気でその男をガンガン責める。今こそ攻めの時。

 

「申し訳ありませんでした。あなたの事を誤解してたようです。さっきの言葉は全部撤回させてください! 頼むから!」

「謝ればすむと思ってんじゃねえよな! 俺は深く傷ついたぞ! こいつらの制御にどれだけ神経をすり減らしてると思ってんだ! ああ? 考えてみろ! このパーティでやっていくことを考えてみろ!」

「悪かった! 悪かった。どうやったら許してくれるんだ?」

 

 DOGEZAをする冒険者に向かって。俺はスッと手でお金のマークを作った。

 

 

 というわけで臨時収入で千エリスをゲットすることになった。これは決してカツアゲではない。先に絡んできたのは向こうの方だ。それを撃退して得た賞金だ。

 

「それカツアゲですわよね」

「否! 断じて違う! これは慰謝料だ! 正当な報酬だ!」

 

 つっこみを入れてくるマリンに首を振る。

 

 

「おーい知ってる? この街になんもせずに報酬だけ奪う最弱冒険者がいるらしいぞ?」

「マジかよコーディ! どこのどいつだよ。そのうらやましい奴は!」

 

 また誰かが俺の話をしている。先ほど金を巻き上げた冒険者とは別の人物のようだ。

 

「なんてこと! 許せませんね。全くこの街の冒険者と来たら。私の愛しのマサキ様がいかに素晴らしいか――」

 

 スッ。

 レイが怒ってその冒険者に食って掛かろうとするのを俺は制止する。

 

「レイ。いい。もう少し待て。お前は何もしなくていい」

 俺はレイを引きとめ、その別の冒険者が俺の悪口を喋りまくるのを静観していた。

 

 

「そろそろいいだろう」

 

 散々馬鹿にされた後、俺は席を立ってそのグループに向かおうとする。

 

「マサキ、あなたまさか? あえて放置してたのです?」

「なんのことかなマリン。言われっぱなしは悔しいだろ? 少しガツンと言って来るのさ。当然の行動だろ?」  

 

 俺の思惑に気付いたマリンが聞いてくるが、軽く流して進む。

 

「俺はマサキ。サトー・マサキだ! 上級職パーティのお荷物さ! 変わりたい人間はいつでもいいぞ! そう俺の仲間はとても優秀でね。アークプリーストのマリン! アーウウィザードのレイ! そしてクルセイダーのアルタリアだ! 最高の三人だぜ?」

「「「すいませんでした!!」」」

 

 俺のパーティ構成を聞くや否や、すぐさま頭を下げるチンピラ冒険者たち。すごいなこの三人の破壊力は。名前を出しただけで全員震えあがったぞ。にしても全く散々叩いてくれたもんだなあ。ヤレヤレ。

 

「俺は傷ついた! 心にグサっときたぜ! ああここまで言われたら最弱職の俺だって悔しいよ。そこまで言うなら変わってくれよ! 大丈夫、彼女たちは信頼できる優秀な冒険者だ。君達の言うとおり、なんの心配もないぞ!?」

 

 

「クエスト真っ最中に意味のわからないことを言って拝みだすマリンは嫌だ!」

「レイは怖い! マジで怖い! 見るだけでも怖い!」

「アルタリアは危険すぎる! 勝手にヤバイモンスターを連れてくるし! 言うこと聞かないし」

 

 想像以上に悪名高いなこの三人。なんなんだあいつら。どうやったらここまで同業に恐れられるんだ? そこだけは素直に関心する。 

 

「まぁ今回は、若気の至りと言うことで許してあげてもいいんだけどね。でも何もなしでって訳にはいかないねえ。お詫びがいるだろ? 俺の心がまだ痛いしねえ。ほらなんだっけ? ただ乗り野郎だっけ? ずいぶんと言いたい放題だったね君たち」

 

 俺は手でお金をジェスチャーしながら高圧的に尋ねる。顔を見合わせる冒険者たち。

 

 

「フッフッフ、不思議だなあ。クエストも何もしてないのにお金が増えているぞ? なんでかなー?」

 

 俺は冒険者達から巻き上げたエリス金貨を手にして言った。

「ねえマサキ、やっぱりそれカツアゲですよね?」

「違いますー。慰謝料ですー」

 

 しつこく聞いてくるマリンをスルーして俺は金貨を眺める。

 

「あなたは最低です! 最低の男です!きっとアクア様の罰が当たります!」

「あの女神なら今頃寝ながら漫画でも読んでるさ。多分」

 

 マリンが俺を非難するが気にしない。

 

 

「知ってるか!? ハーレム冒険者野郎の噂を!」

 

 またカモがやってきた。俺はニヤリと笑みを浮かべる。先ほど俺からカツアゲ、もとい慰謝料を奪われた冒険者たちは、自分達だけ損をしたのが面白くないのか、止めもせずにスルーしている。

 

「よし! そろそろ狩り時だな!」

「いい加減にしなさいマサキ! それはまともな冒険者のやることではありません!」

 

 俺の悪口を言ってる奴らへまた金をせびりに行こうとしたのだが、マリンが掴んで放さない。

 

「放せマリン! カモが! カモネギが行ってしまう!」

「あの方たちは高経験値のモンスターではありません! それでもアクア様に選ばれた勇者ですか! おやめなさい!」

 

 俺の勝手に金が増えていく計画を邪魔するマリン。くっ! 普段非常識なやつなくせしてこんなときだけまともなことを言ってくる。

 

「あーあ。貴重な金づるが行ってしまったじゃないか! なんで邪魔をするんだ!」

「邪魔しますよ! アクア様に選ばれし勇者がカツアゲなんてしてたら止めますよ!」

 

 獲物を逃して悔しがる俺は、引き止めたマリンと口論になる。

 

「あの女神はチラッと会っただけだが、たぶんあいつも地上に降りたら似たようなことするぞ。だってあいつ結構俗っぽかったし。小銭欲しさに自分が送り出した勇者に集ったり、信者使ってマルチ詐欺とかやりそうだぞ」

「なにを言うんです! 神への冒涜ですよ! アクア様はそんなことしません! そんな犯罪まがいの事! ぜったい……するはずが……? アレッ? なんででしょう? やりかねない気がします? アレッ?」

 

 最初は俺を非難していたマリンなのだが、なぜか女神の話になると急に頭を抱え込んだ。

 

「…………。冗談だったんだが。お前のとこの神様もヤベーな。これで神公認と言うことで、俺は間違ってないでいいな?」

 

 なぜか急に劣勢になったマリンに俺は首を傾げつつ言ったが。

 

「アクア様は神様ですから! なにをしても許されます! ですがあなたは人間です! そのような悪事を見逃しはしませんから! このアクシズ教のプリースト! マリンの前では!」

「とんだダブスタかよ。いいじゃないか少しくらい。人間だって必死で生きてるんだ。少しくらい見逃してくれよ」  

「いけません! 許しません!」

 

 結局は彼女に押し切られてしまった。これだから頭が固い聖職者は。こうして“なぜか懐が豊かになる作戦”はマリンの手によって中止させられた。

 

 

「それにしてもマサキ様、昨日は燃え上がりましたね。あんな凄い夜、あなたが初めてですよ」

 

 レイが昨晩の事を思い出し、そんな誤解を招くようなことを言ってくる。

 キャッと顔を赤らめるマリン。また下らない勘違いを。残念だがこのヤンデレ女とじゃあそんな雰囲気にはなれない。本当に誰かと代わって欲しい。

 

「レイとは何もなかった。そういう方面ではな。だれが見えてる地雷に手を出すか!」

 

 昨晩、俺はまた別の宿に密かに泊まっていたが、前回の反省を生かし、もし見つけられてもたやすく進入されないように色々と備えをしていた。部屋の鍵は解除されるから当てにせず家具を移動して塞ぐ。それに加えて様々な対抗策を準備していたのだ。

 

 

「そんな! あんなに激しい夜を共に過ごしたと言うのに」

「確かに激しかったね。あらかじめ部屋に持ち込んだ石をぶつけまくったからね」

「熱い夜でしたね!」

「ああ、熱湯を浴びせかけたからね」

「最後は強く抱きついてきましたね!」

「『バインド』でね」

 

 もはやホラー系のサバイバルゲームだった。このヤンデレ女はドアが開かないと気付くや、窓から進入を試みてきた。三階だというのに虫のようにカサカサと登ってきやがって。このゴキブリ女。まじで怖いよ。おかしいな。この世界では魔王を倒すために送られてきたはずなのに。JRPG系じゃなかったっけ? どこでジャンルが変わったのだろう。

 

「はぁー。レイ、頼むからゆっくり寝かせてくれよ。だったらあんな上から石を投げつける真似はしなくてすむんだから」

 

 俺は自覚している。レイに対して到底許されない行為を行ったことを。年頃の女の子に許されない暴力を振るうような奴はクズだ。それでもだ。夜のモードのレイは女の子じゃない。っていうか人間じゃない。モンスターだ。昨日も後一歩のところで部屋への侵入を許すところだった。

 

「これからもガンガンいきます」

「まじやめて」

 

 ……俺が安心して眠れる日は来るのだろうか。

 

 

「へえお前たちは夜も戦ってたのか! 羨ましいな! 夜戦かあ」

「そうだ。文字通り夜戦だった。アルタリア、珍しくお前が正しい」

 

 アルタリアに肯定する。このクルセイダーの言うとおり宿に篭城し、悪霊女の猛攻を防ぐ、そんな夜だった。

 

「そんな……二人とも……。まだ出会って間もないのにそんな激しいことを……。私はこれからあなた達にどう接すればいいのでしょう?」

 

 耳まで顔を赤くさせ口をパクパクしている偽預言の方は放置しておくことにした。 

 




マリンはアクア様の事さえ絡まなければかなりの常識人です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 10話 オペレーションα

「今日は戦わないのか? 早くモンスターをぶっ殺そうぜ? つまんねえよ」

 

 クエストを受けずに街周辺を下見していると、アルタリアが文句を言う。

 

「いいかアルタリア、ただモンスターを倒すだけなら簡単だ。だが次の目標は、いかに効率よくモンスターたちを一網打尽に出来るかだ。そのためには地形に詳しくないとな。地の利を制すものが戦いを制すのだ。少なくともネトゲではレアモンスターの出現場所の近くにあらかじめ集まって……」

「ふぁーあ」

 

 くっ!

 俺の名言を無視して欠伸をするアルタリア。どうやらこのアホに戦術は難しすぎたようだ。せっかくいいことをいったつもりなのにそんな態度を取られるとちょっと恥ずかしい。

 もういい。次だ次! モンスターを駆るのにいい居場所を探し当てるのが今日の目的だ。

 気を取り直してしばらく歩いていると、丁度いいアーチ状の岩を見つけた。

 

「周りには岩がむき出しの大地。隠れる場所もない。そこに突き出したアーチ。これはいい」

 

 大自然の中でどうやって形成されたのかはわからないが、いかにもファンタジー世界っぽいアーチの岩を見て俺は歩みを止めた。俺達の狩り場はここに決めよう。

 

 次は仲間の魔法について正確に把握しなければ。

 

「レイ、お前が今使える最大威力の魔法はなんだ? 特にまとめて敵を倒せる範囲が広いのがいい」

「そうですね……。今覚えている中で範囲が広いものとなると……中級魔法の『ライトニング』でしょうか? あ、ですが今溜まっているスキルポイントなら、炸裂魔法を覚えることが出来ます。これは特殊な系統の魔法で、威力なら上級魔法より上です」

 

 レイは自分の冒険者カードを確認しながら答えた。

 

「炸裂魔法か……。よくわからんが戦闘で使えるのか?」

「この使い手は主に土木工事の仕事についている者が多いです。これは岩盤をも砕く威力を誇ります。もちろんモンスター相手にもかなり有効です!」

 

 炸裂魔法か……。土木工事に使えるということはダイナマイトのようなものなのか。それなら戦闘でも役に立つだろう。

 

「よしレイ。それを覚えて来い!」

「わかりました!」

 

 俺の話を聞くや否や、レイは街へとダッシュで戻っていった。

 

 

 

 ……10分後

 

「覚えてきました!」

「早いな!」

 

 はぁ、はぁと息を切らしながら自慢げに冒険者カードを見せつけるレイ。そこには《炸裂魔法》と書かれている。

「工事現場のおじさんに教わりました! この街はまだ城壁が完成してないので、公共事業の公務員がいたんです!」

 

「そうか、よくやったぞレイ」

「これくらい当然ですマサキ様! あなたは私の運命の人! なんでも従いますから導いてください! どんな勇者よりも強く! 王より偉く! 魔王より恐れられ! 悪魔より外道なマサキ様!」

「そこまでいわれると逆に馬鹿にされてる気がするが、一応褒め言葉として受け取るよ」

 

 俺はレイの褒め殺しに頷いた。

 

「疲れてるとこ悪いが、さっそく見せてくれ。あの中くらいの岩に向かって」

「わかりました! 炸裂魔法!」

 

 レイが呪文を唱え、岩に向かって炸裂させる。

 するとパンパンパン! と音が鳴り響き岩が粉々になった。

 

「おお……、すごい威力だな。あの岩を粉砕するなんて」

 

 その炸裂魔法の破壊力に感心する。

 

「マサキ様のためならこのくらい当然です」

 

 スッと撫でやすい位置に頭を寄せるレイ。だが、わかっていて無視をして続けた。

 

「よし、お前の新しく覚えた魔法はわかった。これならこの作戦も期待できそうだ」

 

 撫でて欲しそうに上目使いで見上げるレイを放置し、背を向けて次の準備をすることにした。

 

 

 それからみんなに手伝ってもらい、岩を運んで行き止まりを作っていく。

 

「いいか、まずこのアーチ目掛けてアルタリアが走る。デコイでモンスターの大軍を引き連れて来い。その先は行き止まりにする。そこでモンスターの足が止まったところを、レイの炸裂魔法で一網打尽にする。いいな」

 

 俺は作成したマップを見て仲間に説明をする。

 

「でもマサキ、この障害物の配置では東ががら空きですよ? これでは東から逃げられてしまうのでは?」

 

 俺のマップに疑問を投げかけてくるマリンに。

 

「いいところに気付いたなマリン。確かに東のルートには何もない。だがこれも戦術のうちだ。もし完全に道を封鎖してしまえばモンスターは死に物狂いで反撃してくるかもしれない。死を覚悟したものは非常に危険だ。窮鼠猫を噛むという言葉もある。しかしあえて東を残すことにより、モンスターに希望を与える。この小さな穴めがけて敵は殺到するだろう。そこから逃げ出したものを――」

「私が後ろから追いかければいいんだろ?」

 

 俺が言い終わる前にアルタリアが続けた。

 

「そうだアルタリア。包囲から逃げ出して気が緩んだところを襲い掛かれ。追撃戦はこちらが優位だ」

 

 口を挟んできた彼女に同意する。

 

「いいぜ。正面から斬りつけるより、背を向けた相手の方が楽だからな。ハッハッハ」

 

 笑いながら自分の役目を理解するアルタリア。

 彼女は単なるアホの子かと思いきや、少なくとも戦いにおいては、直観かなにかしれないが知恵が回るようだ。

 

「じゃあみんな、この作戦は理解できたな。これからクエストを受けてくるぞ」

 

 三人が頷く。俺はギルドにいったん戻り、クエストの張り紙を片っ端から剥ぎ取ってきた。

 

 

 

 

 

「オペレーションα、スタートだ! アルタリア、モンスターをあのアーチまで連れて来い。そしてすぐにぐるっと回って脱出だぞ」

「わかってるぜ! ひゃははは! 楽しみだ!」

 

 大量のモンスターに追われながら、楽しそうに大地を走り抜けるアルタリア。まっすぐこちらに向かってくる。

 

「マリン! 準備はいいか!? アルタリアがこっちに来たら、すぐにタッチで交代だぞ!」

「わかっています! 心配ありません!」

 

 プリーストのマリンは向かってくるモンスターの大軍たちを前に仁王立ちだ。アーチの門番のように立っている。正直に言ってプリーストである彼女にどうにかできる数ではない。だがあくまでアルタリアとモンスターを引き離すのが彼女の役目だ。アルタリアが逃げる時間さえ稼げればすぐに引っ込んで貰う。避難用の小穴も作っている。

 

「行くぜえマリン!」

「はい! アクア様のために!」

 

 アルタリアはモンスターをアーチの中に誘き寄せる。彼女が安全に逃げるためにマリンが代わりにモンスターの的になる。あくまで一時的だが。

 

「むむむ……。この数は危険ですね! ですがアクア様に仕える私には……」

「マリン! いいからすぐに避難所に引きこもれ! アルタリアはすでに安全地帯に逃げた! お前も下がっていい!」

 

 大軍相手に身構えるマリンに上から叫ぶ。

 

「とおっ! はあっ! セイクリッドブロー! 短い戦いでしたが下がりましょうか」

 

 軍勢の最前線を少し殴った後、マリンは避難所の小さな洞窟に隠れた。

 

「いいかレイ! 今こそさっきの力を見せてやれ! 炸裂魔法だ! やれ!」

「はい! 私めにお任せください愛しのマサキ様! 食らいなさい! 哀れな野獣たちよ!」

 

 

 安全地帯であるアーチの上に立っている俺とレイ。敵を見下ろして、レイが魔法による攻撃に移る。杖から強力な魔力がバチバチと火花を上げて高ぶっている。

 

「白より白く光より純白に我が真紅の心臓を捧げたもう。運命のとき来たれり。混沌の世界より昇る理。愛こそ真理となりて現出せよ!誓え誓え誓え、我が力の奔流に望むは純愛なり。並ぶ者なき純愛なり。邪魔物等しく粉砕すべし、超自我より来たれ! これが我が最大の威力の攻撃手段、これこそが究極の愛情魔法、炸裂魔法!」

 

 レイが呪文を唱えると、モンスターたちの足場がまるで地雷原のように次々と爆発していく。ギャアと呻き声をあげて混乱に陥るモンスターたち。なにが起きたのかもわからず、完全にパニック状態に陥っているみたいだ。

 

「ちょっとその呪文は怖いけど、よくやったぞレイ!」

 

 俺はレイを褒めながら、ボウガンで上からコソコソと矢を撃っていく。正直俺のこの行動は作戦全体としてはあまり意味はないのだが、少しでも経験値を稼ぐために地道にやっている。

 

「マサキ様、あなたのためなら何でもやります。これくらい当然です」

「ああ、よくやった。これからも頼むぞ。敵はまだまだいる」

 

 笑顔で微笑みかけるレイ。正直伸びまくったボサボサの髪で怖いのだが、今回は素直に褒めることにした。

 炸裂魔法の不意打ちで混沌の最中にあるモンスターたちは、想定どおり開けておいた東から逃げ出す。それを

 

「アルタリア! そっちにいったぞ! いそいで――」

「ひゃっはーーー!」

 

 すぐさま背後から剣で斬り捨てるアルタリア。俺の指示よりも早く。彼女は完全にこの作戦を理解しているようだ。今までただの馬鹿だと思ってたが少し上方修正しておこう。

 

 

「順調だ。順調すぎるな。もうこれは俺たちの勝ちだな。フッ」

 

 俺がつい敗北フラグを言ってると、一匹のモンスターがアーチを昇ってすぐ近くまで迫ってきた。ボウガンを装填する暇はない。

 

「おっと、まだ油断するのは早かったな。これでも食らえ!」

 

 俺は持っていたビンを投げつける。こんなこともあろうかと緊急用の装備だ。ビンが爆発し、そいつを撃退した。

 

「それはなんです?」

 

 そんなレイの質問に。

 

「これは衝撃を与えると爆発するポーションだ。実はお前との篭城戦用に用意してたんだが、これを人に向けて使うのはさすがにアウトだと思ってな」

「マサキ様! なんて心優しきお方! さすが運命の人!」

 

 惚れ直した! という様子のレイ。

 うーん。

 これは優しいと言っていいのか。お前に向けてぶっ放そうとしたのをやめただけだぞ? そもそも優しい人ならこんな危険なもの用意しないよ。

 

「レイ、まだ敵は完全に壊滅させたわけじゃない。最後まで気を抜くなよ」

 

 このもやもやは後にしよう。俺は気を切り替え、レイと自分自身に向けて言った。

 

「はい! もう魔力切れで炸裂魔法は撃てませんが……、ファイヤーボール!」

 

 残ったモンスターたちを倒していくレイ。

 

「マリン! お前ももう出て来い! 敵の数は残りわずかだ!」

「了解しました!」

 

 避難所に隠れていたマリンも再度戦線に加わり、集まった敵をほぼ全滅させた。

 

 

 

 

「オペレーションα! 大成功だ! 任務完了!」

 

 俺はガッツポーズで自分の作戦成功の余韻に浸る。辺りには大量のモンスターの死骸が散らばっている。フッ。俺は天才じゃないか? 神じゃないか? この数をたった4人で倒すなんてもうこれは勇者名乗っても問題ないレベルだ。

 

「すごかったぞレイ! お前の魔法の威力! あの巨体モンスターの足が吹っ飛んだからな! 興奮したぜ!」

 

 アルタリアはレイの《炸裂魔法》を褒め称えた。

 

「いえアルタリア。あなたの攻撃力はやはり凄いです。炸裂魔法で仕留め切れなかったものも楽々貫通させてて」

 

 レイもアルタリアの剣戟を褒め返す。

 

「レイさんも、アルタリアさんも。みなさん大活躍でしたね。私は最後に少し戦っただけで、あまり役には……」

 

 申し訳なさそうにマリンが会話に入ると。

 

「何言ってんだ、お前が囮になってくれなきゃこんなに上手くいかなかったぜ」

「そうですよマリン。あなたは十分に役目を果たしていました。あなたのおかげでこっちは安心して炸裂魔法を放つことが出来たんです!」

 

 アルタリアもレイもマリンのことを持ち上げる。

 いい光景だ。

 仲間たちがそれぞれみんなを支えあっている。

 最初にこの三人と組んだときはどうしようかと思っていたが、性格に問題があろうが腐っても上級職なんだ。使い方さえ工夫すればこの様に大きな成果を上げることが出来るのだ。結果に満足していると。

 

「にしてもマサキ、お前は特に活躍してなかったな」

 

 アルタリアが俺にそんな言葉を投げかけて来る。

 

「ああ? この戦術を考えたのは誰だと思ってる! 言っとくがお前たちだけじゃあ全滅か敗走だからな! この俺が色々知恵を振り絞ったからこそここまで出来たんだ! それを忘れるなよ!」

 

 俺が言い返すと。

 

「はっはっは、冗談さ。最初に岩を動かしてたときはつまんねー男だと思ったが……。マサキ、あんた最高だぜ。これからも色々と戦い方を教えてくれよ」

 

 アルタリアは素直に俺の事を褒めてきた。

 

 

 えっ?

 なにこれ? 

 なんか恥ずかしい。そんなに褒められると。この三人は単なる踏み台に過ぎないと思っていたのに。

 それなりに名を上げたら問題児共とおさらばしてまともなパーティを組み替えるつもりだったのに。そんな事言われるとこの三人に情が沸いてくる。

 駄目だ。これは罠だ。錯覚だ。こんな変則的な戦術が通用するのは雑魚だけだ。この先大きな戦いがあれば今の仲間じゃあ無理だ。使えない。

 昔を思い出せ。ゲームで仲間なんて一時的なものだ。上手く取り入ってアイテムを手に入れ、用がなくなれば見捨てて、もしくは裏切って別のギルドへ。それが俺のやり方だった。

 だが……。

 彼女たちはゲームじゃない。顔の見えない性別も年齢もわからないどうでもいい誰かじゃない。すぐ隣で、一緒に戦った戦友だ。とても見切りを付けにくい。

 

「調子狂うな。はあー」

 

 俺は喜ぶ三人を見てため息をついた。ああ、俺らしくもない。

 

 

「そういえばこのモンスターの死骸はどうするんだ?」

 

 死屍累々とした戦いの後をみて聞く。

 

「それはですね、ギルドに頼めば移送サービスを行ってくれますから。放置していて大丈夫ですよ」

「ふーん、なるほど」

 

 そういわれれば前にモンスターを倒した後、その肉が食堂で出てきたっけ。わざわざ運んでくれると助かる。なにせこっちには無限に素材が入るポケットとかが無いのだから。自分達だけで運ぶのは無理がある。しかもこの量だ。

 

「それならよしと。じゃあ俺の冒険者カードを確認するかな。少しは成長しているだろ」

 

 昨日は全く経験値が入らなかったが、今回はボウガンで撃ったり爆発ポーションを投げたりして戦ったから少しは稼げるはずだ。

 

「よし!」

 

 やはり経験値が入っていた。それでレベルも上がっている。

 

「なにかスキルを取るのですか? マサキ様?」

 

 顔をぐいっと近づけてレイが尋ねてくる。

 

「この世界で、いやこの初級魔法のスキルには、『クリエイトウォーター』ってのがあるよね。これは一度水を出したら消えたりしないんだろ? これは役に立ちそうだ」

「そうですが、初級魔法なんて覚えてどうするんです? ポイントの無駄ですよ?」

 

 レイが俺の話を聞いて首を90度近くカクッと傾げる。いちいち動きが怖いな。

 

「ここにコップがある。これに『クリエイトウォーター』を出せば、いつ何時でも水源を確保できる。見ていろ」

 

 俺がクリエイトウォーターを発動させ、コップに水を入れる。すると。

 

「ああ丁度喉かわいてたんだ。くれよ!」

 俺の返事を聞かずに強引にコップを奪ってごくごくと水を飲むアルタリア。

 

「おかわり!」

「やかましい! わかったよ入れてやるよ!」

 

 アルタリアがスッと差し出すコップにこぼれない様に水を注いでやる。

 

「ああ生き返るぜ!」

「なるほど便利ですね。ですが水ならあらかじめ準備しておけばいいのでは? ポイントを消費してまで覚える必要があるのです?」

 

 ゴクゴクと水を飲むアルタリアをスルーしておき、レイが俺に疑問の顔を浮かべる。

 

「確かに、戦う前に食料や水は用意しておくのが当たり前だ。だが仲間とはぐれたりして一人になってしまった場合、水を生み出せるかどうかで大きく変わってくる。また篭城でも優位になる」

「なるほど! 目から鱗ですマサキ様! さすがは運命の人!」

 

 ドヤ顔で説明する俺に納得するレイ。ちなみに篭城ってのは主にお前対策なんだけどな。

 

「さらに『ティンダー』を組み合わせることにより、いつでもお湯が作ることが出来る」

 

 アルタリアから取り返したマグコップを炙り、水をお湯へと変える。

 

「おお! 一見スキルの無駄遣いと言われている初級魔法にも、そういった使い道があるんですね!」

 

 俺の魔法スキルを見て感動するレイ。まぁ水の確保は誰だって考え付く、と思う。特にごり押しに特化しないスタイルを選ぶならだ。多分。

 しかもこれでレイが夜中によじ登ってきても、熱いお湯を浴びせ放題だ。かなり優位に立てるぞ!

 

 

「さすがはマサキ様! あなたは天才です! そうだ! 私もスキルポイントが溜まったのでした! 私も覚えますよ! 《クリエイトウォーター》《ティンダー》」

「えっ」

 

 一瞬の迷いも無く、レイは自分の冒険者カードを操作して二つの初級魔法を習得した。

 

「たしか鍋がありましたね。まずは水を少々」

 

 レイはクリエイトウォーターで鍋に水を張る。

 

「ティンダーで温めて……」

 

 さらに炎を出して水を沸騰させる。アークウィザードだけあってティンダーの威力がケタ違いだ。俺のがマッチなら彼女のは焚き火みたいだ。

 

「それに今回倒したモンスターで、食べれる部分だけ上手く剥ぎ取って……。《ライト・オブ・セイバー》(弱)」

 

 レイは手に小さな光の刃を発生させ、包丁のように使って綺麗にモンスターの肉をトントンと切り分けていく。

 《ライト・オブ・セイバー》ってこんな技だっけ? 接近戦でモンスターを切り裂く上級魔法じゃなかったっけ? なんでこいつはそれを包丁代わりに使ってるの? しかも無駄に器用だな。

 

「もうすぐスープが出来上がります。待っててくださいマサキ様」

 

 どこからか調味料も加え、もうすぐ料理が完成しそうだ。

 

「うまそうだなあ!」

「いいですねえ。レイさん中々考えますわね」

 

 アルタリアとマリンもレイの手際を褒めていた。

 あれっ?

 なんかムカつく。

 ここは俺が褒められる場面じゃないの?

 ありのまま起こった事を話すぜ。

 クリエイトウォーターとティンダーの組み合わせをレイに教えたら、いつの間にかスープが出来上がっていた。

 この女イラってくるな。なんでさっき俺が教えたばかりなのにさらに応用を加えてその先に行くんだよ。

 なんだか自分の存在意義を潰されていくようで悲しくなる。

 もうレイの目の前で魔法の組み合わせを披露するのはやめよう。そうしよう。

 

「駄目ですよ。これは私が愛しのマサキ様に作ったものです。あなたたちにはあげません」

 

 スープを煮込みながら、レイはマリンとアルタリアを追い払っていた。

 

「なにを言うんだレイ。俺達は仲間だ。パーティだ。みんなで一緒に食べようじゃないか。それがチームワークに繋がるんだ」

 

 俺はレイを説得する。

 

「そうだぜレイ! マサキの言うとおりだ! ケチなこと言うなよ」

「みんなで分かち合うのが仲間ですよ! 辛い思い出も、おいしいご飯も!」

 

 アルタリアとマリンも俺の言葉に同調する。

 

「はあ、わかりました。これは愛する夫への特別料理だったんですが、マサキ様がそう言うならみんなで召し上がりましょう」

 

 ため息をつき、仕方なくスープを全員で食べることに同意するレイ。ってか誰が夫だ。

 それに俺は彼女一瞬ポケットになにかを隠したのを見逃さなかった。

 

「なにを入れようとした?」

「なにも」

「嘘つけ!」

「なんのことです?」

 

 ゴソゴソと服の中に物を隠すレイ。

 危ねえ。

 こいつの料理を一人で食べるとか危険極まりないな。

 間違いなく睡眠薬でも媚薬でも仕込もうとしていたに違いない。油断も隙もない女だな。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「うめーなコレ。マジでうめえ。あり合わせのモンスターから作ったとは思えねえぜ」

「そのとおりですわ。レイさん、あなたきっといいお嫁さんになりますわ」

「そんなの当たり前じゃないですか。おいしい料理を作るのは妻の務めです!」

 

 スープを食べながら楽しそうに話している問題児三人。

 

「マサキ様!? どうです!? お口に合いましたか!?」

「え? ああ、うまいよ」

 

 聞いてくるレイに、俺もボソっと言った。

 

「それはよかったです! このレイ、あなたのためならどんな食材でも手に入れてきますから言ってくださいね! 今回は即席ですからこの程度の料理しか作れませんでしたが、私の本気はこんなもんじゃありません! 次は絶対食べてみてください」

「ああ、楽しみだ。ぜひいただこう。みんなでな。みんなで食べよう。パーティみんなでな!」

 

 みんなという言葉を何度も強調して返事をした。チッと悔しそうな顔をするレイ。二人きりで食事なんて絶対ごめんだ。なにを入れられるかわからない。

 スープをすすりながらそう答えた。

 

 




アーチ状の地形はゼノブレイドとかでおなじみでなんかJRPGでは憧れます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 11話 ダクネス? ダグネス? 

ダクネスさんの先祖っぽいかたが登場です。
11話~15話はアレクセイ家の章です。この時代でのアレクセイ家についてを書いていきたいです。


 街の様子がおかしい。いくら田舎の小さな町とはいえ静まり返っている。普段なら住民や冒険者がぺちゃくちゃどうでもいい話をしているのに。今日に限っては真剣な顔をして無言で直立している。子供達の姿も無い。

 

「マリン、なにがあったんだ。魔王でも攻めてきたのか? 説明!」

 

 いつも通りしつこくしがみ付いてくるレイを足蹴にしながら、俺はマリンに尋ねる。

 

「魔王軍ではありません。ギルドの職員から話を聞いたのですが、どうやら国のお偉いさんがこの街の視察に来るそうで。そのお方は貴族の中でもかなりの名門の出で、王家とも繋がりの深いお方だとか」

「視察だと!? こんな何もないショボイ街にか!? しかも名門貴族が!? そいつはよほど暇なんだな」

 

 俺が欠伸をしながら適当に返事をしていると。

 

「いいですかマサキ、相手は名門貴族ですよ? おかしな口を聞けば処刑されても文句は言えません。気をつけてくださいよ」

 

 マリンが俺を問題児扱いしてくる。偽預言者の癖して。ちょっとムッときて反論した。

 

「マリン、俺はな! 確かにクズで外道で悪人かもしれないが、立場というのはわきまえてる。目上の相手に無駄に喧嘩を売ったりしない。それくらいわかってる」

 

 レイをエルボー連打で沈めながらマリンに答える。

 

「そうですか、それならいいのですが」

「そうだ! それにもし俺が本気で喧嘩を売るのなら、表面上ではニコニコして従うふりをし、こっそりそいつの情報を聞きまわり、同調者をけしかけて、全ての権限を失わせてから潰す!」

 

 俺はかってとある有名なギルドマスターを追放したときのことを思い出して言った。

 

「なにかいいました?」

「すまん忘れてくれ」

 

 疑いの目をやめないマリン。つい過去の事を喋ってしまったからだ。

 

「とにかく大人しくしててくださいよ。マサキだけじゃないです。レイさんもアルタリアさんも!」

 

 マリンは俺だけでなく、二人にも言った。

 

「貴族の相手なら慣れてるから心配すんな」

 

 アルタリアはなぜか得意げに言った。全然安心できない。

 

「相手って戦うことじゃあないぞ?」

「それくらいわかってるって。馬鹿にすんなよ」

 

 アルタリアに俺も警告したが、ムッとした顔で言い返された。

 うーん不安だ。こいつ本当に大丈夫だろうか。念のため縛って馬小屋に入れてたほうが……。

 

「むー! むー!」

 

 ちなみにレイの方はすでに縛り終えた。後はどっかに閉じ込めるだけだ。

 

 

 

 

 どうやらとうとうその貴族とやらがやってきたようだ。まだ作りかけとはいえ城壁に囲まれた街の大門が開かれ、鋼鉄の鎧に身を包んだ騎士たちがぞろぞろと入ってくる。

 街の人々はみな緊張した顔で彼らを出迎える。

 

「アクセルの民よ! このたびはこの街の様子を見に来た! 控えるがいい!」

 

 騎士の中でも大柄な、白い頑丈そうな鎧を着込んだ、おそらく隊長格らしい男が先頭に立って叫ぶ。

 

「やめてくれ。今回はただ視察にきただけだ。民を怯えさせたくは無い。ありのままの姿が見たいんだ」

 

 大柄な騎士を注意するのは一人の美しい女性だった。

 

「ですがダスティネス卿、あなた様がわざわざ来る必要は無かったんです。状況が知りたいのならいくらでも偵察を送りますよ?」

 

 どうやら彼女が例の大貴族らしい。貴族と聞くから楽な生活を送っている箱入りお嬢様かと思いきや、彼女も女物の鎧を身にまとって腰には剣を下げている。どうやら武闘派のようだ。金色の美しい髪をなびかせながらはっきりと話している。

 

「そもそも、アクセルの街を開拓する事業は我々ダスティネス家の発案だ。魔王の城から離れた場所に街を作れば安全地帯になるとな。我が父は国の業務が忙しくて来られないが、代わりに私がこの目で確かめる義務がある!」

 

 どうやら真面目そうな貴族みたいだ。大貴族と聞くから宝石や金銀をこれ見よがしに見せ付けてくるような服装かと思いきや、質素で最小限の紋章の付いた鎧を着込んでいる。平民に対して威張り散らすタイプの貴族ではないみたいだ。少しホッとする。これなら下らないことで捕まったり罰を受ける事はなさそうだ。

 

「そういえば昨日の報告で聞いたぞ。あっという間にモンスターを大量にしとめた凄腕冒険者のパーティがいるらしいとな。ぜひ彼らと会い、話を聞きたいものだ」

「俺も、いや私も不思議に思っていました。この街の冒険者でそんなパーティがいるならもっと早く我らの耳に入ってもおかしくないんだが。おいお前、ギルドの者に聞いて来い! 一日でこれだけの数を倒したパーティにはこの俺も会ってみたくなったぞ」

 

 騎士の隊長が部下に人探しの命令をしている。

 どうやら彼らは俺達の事を話しているらしい。ふっふっふ、今こそ名を売るときだ。大貴族と仲良くなっておけばこの先楽に“ゲーム”を進められる。

 

「探す必要はありませんよ貴族様、騎士様。お探しの相手ならこの――」

 

 俺は手をこまねきながら騎士たちに近づく。そしてそこまで言いかけたところで。

 

「おーい! 誰かと思えばダグネスじゃねえか! ダグネース! 私だよ! アルタリアだよ! おい聞いてる!? 久しぶり!」

 

 アルタリアが貴族の女性の顔を見て大声で叫び始めた。

 

「誰だ貴様あああああああああ! この無礼者おおおおお!!! このお方を誰だと思っている! 王家の懐刀と言われるダスティネス家の! その長女に在らせられるお方! ダスティネス・フォード……」

「だからダグネスだろ? わかってるって」

 

 激怒するフルプレートの騎士の隊長に、気楽に言い返すアホの子アルタリア。

 

「帰るぞマリン」

「帰るってどこに?」

「ここじゃないどこかにだ! いいから逃げるぞ! アルタリアは今この瞬間から仲間を脱退した! 火の粉が降りかかる前に逃げるんだ!」

 

 俺はマリンの手を引いて走り去ろうとした。アルタリアがこれ以上問題を起こす前に逃げた方がいい。あいつは大貴族に向かってなんて態度を取ってるんだ? あいつもレイ同様縛っておけばよかったと後悔する。

 

「ちょっとおっさん邪魔! 私はダグネスに話してんだけど?」

「誰がおっさんだ! 貴様! 口の利き方に気をつけろ! 冒険者風情が馴れ馴れしくダスティネス卿に話しかけていいと思ってるのか! 平民の分際で! この場で成敗してやる」

 

 緊張が高まる騎士とアルタリア。

 

「そのようですね。この場は逃げた方がよさそうです。まさかアルタリアさんがあんな態度を取るとは想定外でした。檻に入った後なんとか交渉で出してもらいましょう」

 マリンも俺に同意し、レイの入った袋を担いで立ち去ろうとするが。

 

「ベルディア。いいんだ、気にするな。アルタリアは私の古くからの友人だ。それに彼女は平民じゃないぞ。貴族だ」

「「「えっ?」」」

 

 貴族令嬢の言葉に、その騎士隊長はもちろん、俺とマリンも思わず声が出た。

 

 

 

「いやあダグネス! 元気してたか? お前が騎士になってから全然会う機会がなかったよなあ。騎士って面白いんか? 毎日モンスター殺せんの?」

 

 バンバンと肩を叩きながら無礼極まりない言動で尋ねるアルタリア。俺はもちろん、護衛の騎士たちもヒヤヒヤしながらその様子を見届けてる。

 

「ダグネスと呼ぶな。私の名はダスティネス・フォード……」

「なげえよめんどくせえ! 昔みたいにダグネスでいいだろ?」

「はあ、全く。ダグネスでいい。お前は昔からそうだったな。アレクセイ・バーネス・アルタリア。貴様こそこんな所でなにをやってるんだ? 冒険者ごっことは、貴族の仕事はいいのか?」

 

 アレクセイ……なんだっけ? つまりアルタリアも貴族なのか? こいつが? ありえない。倒したモンスターを「こいつは生で食うと旨いんだ」とかいってボリボリかじってたこいつが貴族とかありえない。

 

「おいおいダグネス、わかってんだろ? うちは貴族って言ってもよう、超辺境のド貧乏だぜ? その辺の農民の方がよっぽど贅沢な暮らしをしてるわ。貴族の仕事どころか明日の食い物にも困る有様だっての」

 

 アルタリアはダグネスにそんなことを言った。

 なるほど、貧乏貴族か。だったら普段の優雅さの欠片もない行動も少しは納得できるかもしれない。

 

「アレクセイ家はそれで大丈夫なのか? 確か父君がいたはずじゃ?」

「大丈夫なわけないだろ? まぁ家の事はどうでもいいんだよ。私はモンスターを倒す生活が送れれば満足なんだ。冒険者の毎日は楽しいぞ? 昨日なんて最高記録を出したんだぜ?」

 

 二人は今までのことを語り合う。うーん、なんだか不良のヤンキー女が優等生のお嬢様に絡んでるようにしか見えない。貴族同士とは思えない。

「お前が!? あの誰よりも早く戦いを始め、誰よりも早く戦闘不能になるお前がか!? 信じられないな。私の知らないうちに成長したんだな。嬉しいぞ!」

 

 どうやらアルタリアが攻撃スピード特化紙装甲なのは昔から変わってない様だ。

 

「私自身は攻撃最強を変えてないが、仲間と……ええっと連携? することによってすげえスコアを叩き出したんだ! モンスターの大群だろうがぶっ殺せる!」

「へぇ。みなから嫌がられてたお前を受け入れてくれるパーティがいるとはな。あの頃は結局私が強引に組まされてたな。そんなアルタリアが……。お前を受け入れてくれるなんてその仲間というのはきっと素晴らしい人達だろうな」

 

 まるで子供の成長を喜ぶ親のような、感慨深い表情でうんうんと頷くダグネス。アルタリアの幼馴染も大変だったようだ。

 

 

「紹介するぜ! 私の最強の仲間をな。多分なんだが、私よりよっぽど悪党な気がする卑怯者のマサキに」

「間違ってはないかな。どうぞよろしく」

「頭がおかしいことで有名なアクシズ教のプリースト、マリンに」

「頭がおかしいなんてオホホ……じゃなくてプークスクス! これはどうも」

「街ではモンスターとして扱われているレイだ」

「ふがががふがふがががふが!(お前に言われたくない!)」

 

 アルタリアは三人を俺、マリン、レイの順に紹介した。

 

「そのレイという方はずいぶんきつく捕らえているが大丈夫なのか?」

 

 袋から足だけ出してじたばたしているレイをみて、ダグネス嬢が質問をする。

 

「問題ないです。こいつはこれくらいやってもまだ安全じゃないです」

「いつもはこんなことはしないのですが、さすがに今日は……。何か間違いがあってはいけませんからね」

「こいつ危ねえからなあ。私はまだ話が通じるけどレイはなあ。ハハハ」

 

 俺含め三人ともレイが袋の中に詰め込まれていることに納得している。っていうか街中の人間も賛成だろう。彼女を知るものなら当然の処置だ。何気にアルタリアがレイを話が通じない扱いしているのもちょっと面白かった。いやお前も同じだぞ。笑ってんじゃねえよ。

 

「むぐぐぐぐ! ふがうがががう!(アルタリアには言われたくない!)」

 

 同感だレイ。正直お前達二人とも戦い以外のときは封印しときたい。 

 

「でも大切な仲間なんだろう? こんな酷い真似をして許されるのか!」

 

 ダグネス嬢がレイの扱いを見てられないと言う風に言い返すが。

 

「戦いでは頼れるアークウィザード! だが日常では恐怖の化身! それがレイという女だ! ダグネス様、大変危険ですので離れてください」

 

 俺はダグネス嬢を説得する。

 

「危険と言ったらアルタリアの方が! 彼女は昔から何度も何度も野蛮極まりない行為を! 死を覚悟した事だってあるんだぞ!?」

 

 ダグネス嬢がなぜかアルタリアを例にして反論してくる。ああ、この貴族の令嬢も、過去にアルタリアに悩まされてきたんだなあ。死を覚悟とかなにがあったんだ。少し同情する。

 

「はあ! ダグネス! 私よりレイの方がやべえんだって! これマジで!」

「むぐぐぐ!(なんだと!)」

 

 熱い底辺争いをする二人。

 

「ダグネス嬢。このレイという少女の危険度はアルタリアと同じクラスです。アルタリアの事を知っているなら、縛った上で袋詰めにする気持ち、わかりますよね? もしアルタリアと共にパーティを組んだら、つい拘束しておきたくなりませんか?」

「なるほど、それなら納得だ。にしても世界は広いんだな。アルタリア以外に危険物扱いされる冒険者なんて初めてみたぞ」

 

 どうやらレイの扱いに同意してくれたらしい。っていうか大貴族にここまで言わせるアルタリアも中々ヤベー奴だな。

 

「マサキ! ダグネス! 私をこのお化け女と同じ扱いしやがって! 許さん! そうだダグネス! こうなったら剣だ! 戦いで決着をつけるぞ! さあ構えろ!」

 

 アルタリアはいきなりそんなことを言い出して剣を抜いた。

 

「おいやめろお!」

 

 ああヤベェ。なんてこった。なんでこんなに気が早いんだ! やっぱこいつも拘束すべきだった。やっぱり逃げた方がよかった! クソッ!

 

 

「この無礼者があああああああ! 旧友だと聞いて黙っていれば許さん! いくらお前が貴族だろうが関係ない! ダスティネス家の令嬢に向けて剣を向けるとは! この場で成敗してくれるわ!」

 

 護衛の騎士隊長が立ち上がる。うん。これは仕方ないな。俺はアルタリアが処刑される前になんとか食い止めようとしたと納得させなければ。

 

「いいだろう! そういえばお前と戦うのも久しぶりだな! 受けてたとうじゃないか!」

「「えっ!?」」

 

 俺と騎士は思わず声を上げてしまった。アルタリアの挑戦に笑顔で応えるダグネス嬢。この人心広すぎないか?

 

「ひゃっはー! それでこそダグネスだ!」

 

 アルタリアは剣を舐めながら嬉しそうに言った。もうこの悪役はなんなんだよ。

 

 

 




ダクネスの事をダグネスだと今まで本気で勘違いしていました。濁点って怖いですね。
折角ですのでこの二次創作のキャラは「ダグネス」
本家は「ダクネス」
と使い分けることにします。
あまり意味は無いですが。 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 12話 ダスティネスVSアレクセイ

アルタリアの本名はアレクセイ・バーネス・アルタリア。
由来はアルダープをベースに女性風にしたもの。
最初に名前が決まったキャラクター。


 さすがに真剣は無しということで、互いに訓練用の木刀を使った試合を行うことになった。先に一本を食らったほうが負けというルールだ。

 

「冒険者として! どれほど成長したか楽しみだ!」

「お前こそ! 生ぬるい騎士暮らしで腕が鈍ってないだろうなあ!」

 

 一定の距離を取り、互いに叫びあう二人。 

 

 

「ダスティネス卿? なにをなさっているんです? 今日の目的はただの街の視察でしょうが。私闘だなんてご勘弁を! あなたの体に傷でも付いたら、我ら騎士団の面目が立たないですよ!」

「アルタリアと久々に出会ったんだ。こうなることはわかっていた。あいつの攻撃で倒れるようでは魔王に適わない。私もそれまでの人間だと言うことだ。王を、そして民を盾として守るのがダスティネス家の役目だ」

 

 ダグネス嬢は騎士隊長の心配を振り切る。可愛そうに。向こうの隊長も気の毒だな。

 

「おいアルタリア! お前戦い好きにもほどがあるだろ! っていうかあの貴族に傷でも付けてみろ! 俺達全員処刑されるかもしれないんだぞ!」

「ああ? 手を抜いたらダグネスに失礼だろうが! 私はいつもどおり全力で行くぜ! なあに殺しはしねえから安心しろよ!」

 

 俺もアルタリアを止めようとするが……無理だ。今のこいつの目は戦いに燃えている。あの碧眼が獲物を捕らえるように鋭く尖っている。この状態のアルタリアを止めるのは多分不可能だな。

 一方ダグネス嬢のほうも張り切っている。木刀と盾をがっちりと構え、同じ碧眼でアルタリアを見つめ返す。

 まともそうに見えたが彼女も同じ戦闘狂なのか? それともアルタリアと関わっているうちにおかしくなったのか? どちらにしても危ない状況だ。アルタリアの一撃は初心者殺しをも真っ二つにする。木刀とはいえまともに食らえばよくて重傷、悪ければ即死だ。こんな危ない橋を渡りたくない。

 

 

「ふ……二人とも! あなた達は共にこの国には欠かせない、優秀な戦士だ。それがこんな所でぶつかり合うなんて、人材の大きなの損失じゃないかな!?」

 

 俺がおそるおそる近づいて告げると……。

 

「殺しはしないっていっただろマサキ。殺しはな!」

 

 アルタリアはニヤリと笑い、だが目線はずっとダグネス嬢を捕らえながら、そう答える。

 

「この戦いは止められない。誰にも。ではマサキ殿、貴方が離れたときが試合開始の合図とするか」

 

 ダグネス嬢がとんでもないことを言い出した。えっちょっと待て! この俺が離れたら試合始まっちゃうの? えっ? ここで貴族が死にでもしたら俺どうなるの? なんて役割を押し付けるんだこのクソ貴族は!

 

「それはいいな。マサキ、とっととどけ! これはただの軽い試合さ。殺し合いじゃない。わかったら離れな!」

 

 そういうアルタリアの表情は、言葉と違い明らかにガチ殺し屋の目だった。ここまで殺気に満ちた彼女を見たのはこれが初めてだ。ていうかその目をなんで友達の貴族に向けるんだよ。

 

「えっちょっとマジやめ……怖いんですけど」

 

 俺がビビッていると。

 

「マサキ殿。離れないならば強引に突き飛ばすことになるぞ! それとも、戦いに巻き込まれたいか?」

 

 今度はダグネス嬢の方が俺を脅してくる。あっちもガチだ。どんな関係だよこの二人は!

 

「ヒイッ! 俺は何も知らないからな! じゃっ!」

 

 ダッシュで俺は二人から遠ざかった。

 

 

「始まりだ!」

 

 アルタリアは最初から盾を装備していなかった。片手で木剣を構え、上から振りかぶろうとする。

 ダグネス嬢のほうは騎士のお手本のように剣と盾をきっちりと構え、どんな攻撃にも対処しようとしている。

 

「……」

「……」

 

 俺は戦いが始まるや否や、すぐさまアルタリアが飛び掛ると思っていたのだが違った。剣についてはよくわからない俺でも、ダグネス嬢は完璧に防御体勢に入っているのがわかる。これでは下手に攻撃をしても防がれてしまう。アルタリアもそれがわかって動かないのだろう

 攻撃に全てを集中するアルタリア。防御でそれを迎え撃つダグネス嬢。彼女たちの構えが、彼女たちの生き方を現しているようにも見える。

 空気が張り詰めていく。

 俺はもちろん、マリンや、護衛の騎士たちも二人の戦いを見守っていた。

 

「……」

 

 アルタリアは無言で構えを変えた。木剣を片手ではなく両手で握り、腕を下ろして顔の前に刃を持ってくる。

 

「……!」

 

 それを見てダグネス嬢は、少し驚いた顔をしつつも防御を崩さなかった。

 

「ハアッ!」

 

 アルタリアがついに動いた。肩目掛けて斬りかかる。それを盾で防御するダグネス嬢。だが彼女の攻撃はやまない。次々と盾に斬りかかり強引に崩そうとする。

 それでもダグネス嬢はビクともしない。あの強い剣撃を食らいながらも一歩も怯まない。危険モンスターをも一撃で仕留めるアルタリアの攻撃を受けているのにだ。アルタリアの殺しはしないというのも本当だったのかも知れない。ダグネス嬢はかなりの防御力を持っているようだ。これなら簡単に死ぬことはないかも。

 

「くう……」

 

 ダグネス嬢は呻き声を漏らした。防戦一方でさすがに腕が痺れてきたのだろうか。そこにすかさず追撃を加えようとするアルタリア。反撃しようとダグネス嬢は――

 

 

 ボキャっという音がした。何が起きたのかわからなかった。それは一瞬だった。気付けばアルタリアの木刀がダグネス嬢の頭に振り下ろされ、何かが潰れたような音がする。

 バタっとダグネス嬢が倒れた。

 

「私の勝ちだな! どうだダグネス! 見たか!! カウンター狙いを潰してやったぜ!」

 

 ガッツポーズを上げ叫ぶアルタリア。彼女の勝利だ。いやもうそんなのどうでもいい。ヤバイ! これはヤバイぞ!

 

「その不届き者を捕らえろ! ダスティネス卿を殺害した罪で処刑だ! 仲間も! 一族も全部だ!」

 

 騎士隊長が号令を上げる。すぐにアルタリアを取り囲む騎士たち。ついでに俺たちの方まで向かってくる。

 

「おいおいこれは試合だぜ? 殺したなんて人聞きの悪いこと言うなって!」

 

 悪びれることもなく言い返すアルタリアだが。

 

 

「逃げるぞ! おい逃げる! レイ! 今こそお前の出番だ! 『テレポート』ってあったろ! 今すぐそれでどっかに逃げるんだ!」

 

 俺は袋の中のレイを引っ張り出し、轡を解いて叫ぶ。

 

「先ほどまであんな酷い扱いをしていたのに。虫のいい男ですねマサキ様。でもそんな意地悪でド外道なあなたも嫌いじゃ無いかも知れません」

「今はそんな話をしている暇は無い! 今すぐこの場から消えるぞ! レイ! 魔法の準備を!」

 

 騎士たちが俺とレイとマリンの三人を取り囲んでいた。

 

「ああごめんなさいマサキ様。実はですね、《テレポート》は覚えてないんです。次までに準備しておきますので許してください!」

「なんだって! 覚えてない! くっそうこのままじゃあ! マジで殺されるぞ! 次なんてあるのかよ!」

「こいつらを今すぐ捕らえろ! そして処刑するのだ!」

 

 怒り心頭な騎士の隊長。まあ当然の反応なんだが、勘弁して欲しい。俺は止めようとしてたのに! もう! 

 

「《テレポート》は使えませんが、炸裂魔法で騎士たちを粉砕することは出来ますよ? 私の愛しいマサキ様に手を出すなら、相手が魔王だろうと騎士だろうと容赦はしません!」

 

 魔力を高ぶらせながら騎士へと殺意を向けるレイ。ヤバイ。これは非常にまずいぞ。このままいくと冒険者からテロリストにジョブチェンジしそうだ。

 

「これ以上罪を重ねる気か! 大人しく降伏しろ!」

 

 叫ぶ騎士たちだが、レイは意にも返さず呪文を唱え始める。

 

「自首しましょうマサキ! これは訓練中の事故です! 話せばわかって貰えるはず……」

「なわけねえだろマリン! 周りを見ろ! 話し合いが通用する状況じゃあない!」

 

 じりじりと剣を抜き俺達を包囲を狭めている騎士団。レイが杖を光らせて牽制しているのだが……。どうだろう? 俺はこの先生き延びることが出来るのか?

 

 

 

「お前たち! なにを騒いでいる! 全員武器を下ろせ!」

 

 そんな緊迫した状況の中、一人の女性の声が響き渡った。

 

「ダスティネス卿! ご無事でしたか!?」

「少し頭をうっただけだ。大した怪我じゃない!」

 

 ダグネス嬢は起き上がり、頭から血を流しながらも元気に答えた。

 

「早とちりしやがって! 本気でダグネスを殺すなら最低あと10回は斬りつけなきゃ無理だぜ!」

 

 アルタリアが木剣を投げ捨てて言った。よく見るとかち割れたのはダグネス嬢の頭ではなく木剣の方だった。ポキリとへし折れている。

 

「こいつ!」

 

 激怒した騎士の一人がアルタリアに迫るが。

 

「武器を下ろしてくれ。これは単なる訓練だ。堂々とした試合だ! 彼女に非はない!」

「ですが……」

「下がるんだ! これは命令だ!」

 

 彼女の言葉に、しぶしぶ剣をしまう騎士たち。アルタリアようやく自由になった。

 

 

「アルタリア、成長したな。いつも砂をかけたり盾を投げつけてくるお前が、正面から堂々と来るとは思わなかったぞ。驚いて意表を付かれたぞ」

 

「たまには真っ向勝負もいいだろ。だが次はわからないけどなあ。ま、これで40勝39敗だ! 今んとこは私の勝ちだ!」

 

 目を白黒させてうろたえる俺達アンド騎士団を尻目に、二人のクルセイダーは互いの健闘を褒めあい、がっちりと握手を交わした。

 

「お怪我を治しますよ」

「ありがとう。だが本当に大した傷ではないんだ」

 

 マリンが回復魔法でダグネス嬢を癒す。本当に軽傷だったらしく、すぐに終わった。

 それにしても……この貴族の娘はなんなんだ? 硬いとかいうレベルじゃないぞ。アルタリアの攻撃――初心者殺しをも葬り去る必殺の一撃――を木刀とはいえこの程度のダメージで済ませるなんて……。

 もし戦闘になれば彼女を撃破するのは骨が折れそうだ。

 

「にしても相変わらずアレだよお前! もっと積極的に攻めたらどうなんだ? いっつもいっつもカウンター狙いばっかだぜ。それじゃあいつになっても敵をぶっ殺せないじゃねーか!」

「なにを言う! クルセイダーの役目は仲間に代わって盾になることだ! 攻撃は仲間に任せ、防衛に徹することこそ前衛職というものだ!」

 

 アルタリアとダグネス嬢が言い争っている。ダグネス嬢が正しいな。クルセイダーってそういうもんだろ? アルタリアはバーサーカーにでもジョブチェンジしたほうがしっくり来る。

 しかしアルタリアの言葉にも一理あった。決闘の際、ダグネス嬢からは積極的に攻撃を仕掛けてくる気配がまるでなかった。いくらタンクとはいえカウンター一本狙いというのは戦闘の幅が狭まってしまう。

 

「攻撃こそ最強だよ!」

「防御がクルセイダーの勤めだ!」

 

 この二人が合体すれば最強の戦士になるのになあ。圧倒的攻撃力と目にも止まらぬスピードを持つアルタリアに、あの一撃を軽傷で済ませるダグネス嬢。二人が合わされば……そんなうまくはいかないか。どっかにポ●ラかフュージョンでも出来ればね。夢が広がりそうだな。

 見た目も……アルタリアは見た目だけなら! 凄く美人だ! 言動が狂いすぎてて凄くマイナスだが! ダグネス嬢は勿論のことトップクラスの美少女だし! 合体しても見た目偏差値があがることはあっても下がりはしないだろう。

 

「問題は性格だな……」

 

 そんな妄想をしながらボソっと呟いた。

 

 

 

「では改めて、アルタリアをよろしくマサキ殿。彼女は昔から色々とほおっておけないんだ。少し目を放した隙にいつもいつもとんでもないことをやらかしてな。私もなんど危険な目にさらされたか……」

「ああ、それはなんとなく……わかります」

 

 ダグネス嬢が少し困った顔をしながら言う。その気持ちはすごくわかる。今日だけでも生きた心地がしなかったからだ。

 

「でもダグネス嬢? どうしてアルタリアと仲良くなったんです? あなたとアルタリアでは、性格も戦い方も価値観も違いすぎると思うんですけど?」

 

 対照的な二人の貴族を見ながら尋ねてみた。

 

 

「私は貴族のお嬢様として政略結婚の道具にされたりするよりも! 父と同じように戦場で名をはせる立派な騎士なりたくてね。貴族には大きな特権があるが、同時に国民を守る義務もある! そうだろう? それに守るべき民とも平等な立場で関わりたかった。そこで平民や貴族関係なく入れる一般の騎士養成の学校へと入ったんだ」

 

 いい人だ。ダグネスさんいい人だ。一生楽に暮らせるのにあえて苦難の道を選ぶとは。俺なら絶対にそんなことしないね。

 きっと彼女の家は裕福なだけでなく、精神的にも真面目で誠実な真の尊い者たちなんだろう。さすが王家の信頼も厚い大貴族だ。アルタリアの即死級の攻撃を受けてもほぼノーダメージなことといえ、単なるお飾り美人ではない。

 

 

「とはいってもな・・・・・・みんな私がダスティネス家の者だとわかるとな。やはり遠慮というか・・・・・・距離があってな。中々私に話しかけてくれる級友がいなくてな。いや彼らに悪気があったわけじゃないんだ。だがどうしても出自の件で壁があったのだ・・・・・・」

 

 少し困った顔で過去の話を続けるダグネス嬢。

 

「ああ思い出したぜ! お前いっつも一人だったよな! ボッチだったなあ! メシもいつも一人で食ってた! あっはは!」

 

 アルタリアもダグネス嬢の過去を思い出して笑い出した。

 

「やはりこの女は殺します」

「いやいいんだ。彼女の言うことは事実だ。私は友達も無く、孤立していた」

 怒る騎士隊長を止めるダグネス嬢。アルタリア・・・・・・頼むから黙っててくれないかなぁ。今からでも遅くない。《バインド》で拘束するか?

「いや話はここからなんだ。そんな孤立している私にだな、アルタリアは気兼ねなく話しかけてきてくれたんだ。ダスティネス家の者だと知っても全く気にも留めない。初めて対等な友人ができたんだ」

 

 ダグネス嬢はアルタリアとの最初の出会いを教えてくれた。

 

「へぇ、見直したよ。お前もたまには人様の役に立つんだな」

 

 俺は狂犬アルタリアの肩を叩いた。

 

「私は相手が魔王だろうが王族だろうがビビらねえからな!」

 

 そこまでされては困る。

 

「アルタリアと話しているとな。だんだん遠慮がちだった他の同級生も私に話しかけてくれるようになってだな。実りある学園生活を送れたんだ。貴族や平民と共に、これからの騎士の道について語り合ったものだ」

 

 輝かしい過去を懐かしがる金髪の貴族令嬢。彼女にそんな過去が。そしてアルタリアと出会ったのか。

 ん? ちょっと待てよ? じゃあアルタリアは?

 

「アレ? 話をまとめるとだな、アルタリアも同じ騎士学校に通ってたんだろ? なんでお前は騎士にならなかったんだ?」

 

 ダグネス嬢の話を聞きアルタリアに聞いた。

 

「さぁ? なんでだっけ?」

「なれるわけ無いだろう! お前は初めは少し変わっただけの奴かと思ってたが・・・・・・。毎日のように決闘騒ぎは起こすわ! 座学では寝てるわ! 学校の器物損壊を繰り替えすわ! その度になぜか私が一緒に謝ってたぞ? 挙句の果てに決闘相手、止めに来た生徒、先生に見学者全員に襲い掛かって退学になったじゃないか! 私がフォローするのにも限度があるぞ! あんなの庇いきれるか!」

 

 首を傾げるアルタリアに、ダグネス嬢は猛烈に批判する。

 

「ああ? そんなことしたっけ? いちいち戦った相手なんて覚えてねえよなあ?」

 

 頭をポリポリかきながら応える狂犬女。

「はぁー。お前本当に昔から酷いな。もう本当に駄目だわ」

 

 つまりダグネス嬢は騎士学校でアルタリアちゃん係をやらされてしまったのか。今俺も同じ立場だからどんなに大変だったか理解できる。っていうか友人というよりは保護者だな。

 

 

「昔話はこれくらいにして、サトー・マサキ殿」

「はい」

「私の友、アレクセイ・バーネス・アルタリアの事を本当に頼むぞ。彼女は悪気は無いんだが・・・・・・。いやその悪気が無いところが一番たちが悪いんだが・・・・・・。犯罪者にだけはしないようにしてくれ」

 

 そう言ってダグネス嬢が手をさしのばす。それを。

 

「ああ。このサトー・マサキの目の黒いうちはそんなことはさせませんよ!」

 

 俺も貴族に握手をして約束をした。

 と同時に心で何かを考える。

 ほう、アルタリアめ。貴族だったとは。まぁ彼女自身の家は使えないかも知れないが・・・・・・。目の前にいるダスティネス家は正真正銘本物の大貴族だ。彼女の印象をよくしていれば・・・・・・この俺のこの先の仕事が大いにプラスになることは間違いなしだ。アルタリアを通して貴族のコネを使えるかもしれない。

 俺の中でアルタリアの価値がぐんと上がった。

 

 

「貴族といえども・・・・・・マサキ様に手を出す輩は――」

「『バインド!』アンドドロップキック!」

 

 ダグネス嬢との握手に嫉妬して殺意を燃やすレイ。

 が何かやらかす前にバインドで拘束したあと蹴り飛ばした。

 

「なにをしているんだ?」

「気にしないで下さい。ちょっとした挨拶みたいなもんなんで。マリン! 抑えててくれ!」

 

 俺の行動に疑問を持つダグネス嬢を適当に誤魔化す。

 チッ危ない危ない。レイを袋の中に際封印するのを忘れていた。フーフー威嚇しているレイをマリンに宥めさせている。

 

「君の仲間はアルタリア以外にも個性的な人間が多いんだな。では私は帰るとする。この先もし彼女が外道に落ちたときは、この私が友として引導を渡してやる! そうはならないことを……望むよ。ではまた会おうアルタリア。次の試合では私が勝つ!」

「望むところだ! 返り討ちにしてくれるぜダグネスちゃんよお!」

「ああ?」

「いいんだ。彼女に悪気は無い。あれが素なんだ」

 

 騎士がアルタリアの煽りにキレかけるがダグネス嬢が止める。何度目だこのやり取りは。

 

 

 

 こうしてダスティネス卿は騎士たちを引き連れて帰っていった。

 

「まさかアルタリアさんが貴族だったなんて思いもしませんでした! びっくりです! それにあの大貴族ダスティネス家の友人とは、さらにびっくりですわ!」

 

 静かになったあと、マリンが改めてその事実に驚愕する。

 

「ああ、俺も驚いた。あの騎士たちの対応を見るに、お前の言うとおりダスティネス家とかいうのは相当の名門らしいな。にしてもヒヤヒヤさせやがって! アルタリア! そしてレイ! お前達はいい加減にしてくれないかなあ?」

 

 

 とりあえず名門貴族にいきなり喧嘩を売ったバーサーカーと、その彼女と握手しただけで殺意を向けて飛びかかろうとしたゴーストに向けて文句を言う。

 

「いいじゃねえか! 結果上手く収まったんだから!」

 

 悪びれもせずいうアルタリア。

 

「まぁお前はいいだろう。まさか大貴族に知り合いがいたとはね。騎士達には睨まれたものの得たものも大きい」

 

 アルタリアは許すことにした。そしてダスティネス家をどう利用すれば俺が楽できるか考える。

 

「私は間違ってませんよ! 貴族でもなんでも私のマサキ様に手を出すものは許せません!」

「握手しただけだろ? いちいち目くじらを立てるな! 俺の野望の邪魔だ!」

「野望ですか。マサキ様が勇者になることはいいです! ですが王族と結婚は許しません! 魔王になってもいいです! でもハーレムは許しません!」

「そんなのなれるわけ無いだろ! そこまで考えてねえよ! 勝手に妄想でキレるなマジ困るから!」

 

 レイと言い争う。

 そして思い出す

 そうだ。野望なんかより、このメンヘラをどう制御するかのほうが重要だ。毎晩襲ってこられるため夜も眠れない。

 

「なんとかしないとなあ」

 

 そうボソッと呟いて、また今晩はどうやってレイの夜這いを食い止めるか考えることにした。

 

 

 




ダグネス嬢についての軽いプロフィール紹介
ダスティネス家長女。見た目は『ダスティネス・フォード・ララティーナ』とほぼ一緒。だがこっちの方が現時点での年齢は上。
卿の称号を持つ。
本名はダスティネス・フォード・?????
で不明。ていうか作者の俺も考えてない。いい名前募集中。
とりあえずダグネス、もしくはダスティネス卿。

戦闘スタイルについて
ジョブはクルセイダー。
ララティーナと同じく超防御特化。ララティーナと違い、性癖ではなくアルタリアに対応するために自然とそうなった。
総合防御力はララティーナのほうが上。
『ダグネス嬢』もまともな攻撃スキルを持っていないが、カウンター狙いだけは鍛えている為、防戦一方だと思いこんで攻撃を仕掛けると痛い目に合う。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 13話 アレクセイ・バーネス・アルタリア

 少しの間アルタリア回です。


 今日はクエストを受けることはやめて、アルタリアの父親が住んでいるという屋敷に向かうことにした。ダグネス嬢曰くアルタリアは貴族らしい。それをこの目で確かめたかった。

 

「未だに信じられないな。このアルタリアが貴族だなんて。あぶなっ」

 

 剣をブンブン振り回しながら歩く、攻撃特化型クルセイダーを見ながら呟く。

 

「本当だって! でもあんま自分が貴族だって思ったことねえな。でもそういえば私も実家に帰るの久しぶりだぜ。数年は顔出してねえし。オヤジいきてんのかなあ?」

 本当にこいつの家は大丈夫か?

 

 

「ところでマサキ、どうして今アルタリアさんの実家に行くんです?」

「このバトルバカを育てた親の顔が見たくてな。あと世話料も請求したい!」

 

 俺がマリンに理由を言った。

 

「おいおいマサキ、前も言っただろ? うちは貧乏だって! そんな金ねえぞ?」

 

 笑いながらそれに答えるアルタリア。

 

「それに腐っても一応貴族なんだろ? なにかしらのコネを持ってるかも知れないじゃん。利用できるものは全て利用するのが俺のモットーだ。金、地位、名誉。どれでも手に入れれば力になる。力を持つものが優位になる」

 

 俺は野心むき出しで質問に答えた。

 

「さすがはマサキ様! 発想は非常にゲスいですがそんなあなたも素敵ですよ! マサキ様の行動は全て許されるのです! マサキ様こそ正義!」

 

 そんな俺を褒め称えるレイ。俺のやること全肯定とは。そこまで忠誠心があると逆に怖いな。命令一つで貴族でも何でも殺しそうだなこいつ。そんな危ない橋を渡るつもりはないけど。

 

「だったらレイ。夜中に襲ってくるのはやめてくれないかな?」

「それは出来ません!」

 

 なんでだよ。やめてくれよ。それさえやめてくれれば最高の仲間なのに。

 

 

 

 

「おいついたぞ! あそこに見えるのが私の実家だ! アレクセイ家の屋敷さ!」

 

 そうこう話をして歩いていると、急にアルタリアが叫んで指をさす。

 

「え? アレ? アレがお前の実家なのか?」

 

 俺はアルタリアの屋敷を見て絶句した。

 

「なんですか? ただの廃墟じゃないですか」

 

 レイの言うとおりだ。目の前にあるのは、確かにそれなりの大きさを誇る貴族らしい屋敷なのだが、庭は雑草でボーボー。窓には木を打ち付けられて開かないようになっており、壁には蔦だらけで全面緑色だ。ドアも厳重に封鎖されていた。

 

「なあアルタリア、ひょっとしてお前のお父さん・・・・・・少し見ないうちに死んじゃったんじゃないのか? それか引っ越したか」

「どう見ても人が住んでいるようには見えませんね」

 

 俺とマリンが尋ねる。

 

「ああ? うちは昔からこんなだぞ? 多分オヤジも生きてるよ! ちょっと待ってろ、今扉を開けるから!」

 

 首を振り、そして剣を構え、封鎖されたドアに特攻するアルタリア。

 

 

 

「オヤジーー!! 帰ったぞ! 開けろおおおおお!!」

 開けろと叫びながらやってることは物理的にドアを破壊しようとしている。

 

「ちょっと待て! 本当にお前の家なのか? ただの強盗にしか見えないぞ?」

「うちではこれが正しい入り方なんだよ! いいからお前らは待ってな。すぐぶっ壊して入れてやるから!」

 

 俺の制止を聞かずひたすらドアを破壊するアルタリア。そういえばこいつと始めて出会った時もギルドのドアを破壊してたっけ。

 

「よし、もう開いたぞ! みんなアレクセイ家にようこそ!」

 

 アルタリアはぶっ壊したドアを蹴飛ばして屋敷の中に入る。そして俺達にも来るように手を振る。

 

「いいのかこれ? 普通に不法侵入だろ?」

「でもここで帰っても・・・・・・ドア壊したままでいいんですかね?」

「確かに。それにアルタリアをこのまま放置する方が怒られそうだ。とりあえず連れ戻しに行くぞ!」

 

 俺達はアルタリアを追いかけてボロ屋敷の中に入っていく。

 

 

「出て来いやああ! オヤジイイイイ!! いるんだろおおおおおお!!」

 

 剣を振り回して大声で叫ぶアルタリア。エントランスにあったものを片っ端から破壊している。

 

「おいちょっと待て、落ち着けよ。本当に自分の家なのか? っていうか自分の家にやる行動じゃないだろ?」

 冷静につっこみを入れるが。

 

「ああ? オヤジはなあ! いつも居留守を使うんだよ! これくらい騒がないと出てこねえんだ! いいから私の家の事は任せろ! オラア出て来いコラアアアアア!!」

 

 破壊活動を続けるアルタリア。

 なんなんだ? この世界の貴族は実家を荒らしまわるのがデフォルトなのか? いやマリンやレイもドン引きしている。このアルタリアがおかしいだけだろう。

 

「なあちょっと待ってくれよ。俺はお前の家に行きたかっただけで、暴れろなんて頼んでないぞ?」

「マサキ! だからこうでもしないとオヤジは出てこないんだって! いつも奥で隠れて居留守ばっか使うんだから! もう少し暴れさせてくれ! そしたらわかるからよ!」

 

 アルタリアは俺の言葉を聞かずにその辺の置物を破壊しようとする。

 

 

「だ・・・・・・誰だ? 強盗か? うちには何もないぞ? 出て行け!」

 

 アルタリアが何かのガラクタをバラバラのガラクタに変えようとしていると、奥から小さな声が聞こえた。

 

「ほらな? いただろ?」

 

 ドヤ顔で俺を見るアルタリア。いや確かにいたけども。お前の行為は普通に犯罪だぞ? 廃墟みたいとはいえ人のうちに入って大暴れとか。カチコミか?

 

「うちには何もない! その辺のガラクタが欲しけりゃ好きに持っていけ! 二束三文で売ればいい!」

 

 奥から男の声が叫ぶ。

 

「私だよオヤジ! アルタリアだ! 帰ってきたぜ! 出てきてくれよ!」

 

 どうやらその声の主アルタリアの父親らしい。らしいのだが。

 

「なんだと! うちに娘はいない! いないから帰れ! 何が目的だ! 頼む帰ってくれ」

 

 声の主は娘などいないと言い張った。 

 

「全くオヤジはいつもそうだ! なにビビってんだよ! なんもしねえよ! ちょっと仲間を紹介に来ただけさ!」

「な・・・・・・仲間だと? アルタリアに!? そんな馬鹿なことがあるか! いるわけ無いだろ? あ・・・・・・さてはまさか! アルタリアが何かやらかしたのか!? 警察だな! 頼む! ワシだけは許してくれ! 娘とは関係ないんだ! とっくに縁を切ってるんだ!」

 

 アルタリアの父親はそんなことを言い出した。縁を切ったと言うことはやっぱり父親のようだ。にしても凄い親子関係だな。娘はいないとか縁は切ったとか。アルタリアは実の父親からも相当恐れられてるようだ。

 

「警察じゃない!? じゃあなんだ? まさか借金取り? 頼む待ってくれ! うちには自由に使えるお金は無いんだ! ドネリー家のお方よ!」

 

 なんだこのおっさんは。借金までしてるのか。アルタリアの父だけあってやっぱ駄目だな。

 

 

「あのー? 俺達は普通にお宅のアルタリアさんの仲間で。パーティを組ませてもらって。警察とか借金取りとかじゃ無いんだけど? ちょっと挨拶しに着ただけなんでお構いなく」

 

 とりあえず俺もアルタリアに助け舟を出すが。

 

「馬鹿め! 嘘をつくならもう少しマシな嘘を付くんだな! ワシの娘アルタリアとパーティが組める人間なんて存在するものか! いたとしても一日で裸足で逃げ出すのがオチだ! 警察か借金取りだろ? それ以外ならその辺の農民だな!? 税についてアレクセイ家に来るのはお門違いだ! なぜならワシの領主としての権限はとっくの前に失効しておる! あるのはこの屋敷だけだ! アンナ家にでも頼むんだな!」

「言い切ったよこのおっさん。自分の娘の事を欠片も信じてないな」

「オイオヤジイイイイ!! ぶっちゃけ今回は何もやってないから! パーティの仲間が貴族の証を見たいっていったから連れてきただけだ! 本当だって! 誰も傷つけてねえ! 他の貴族にケンカ売ったり! 貴重品をぶっ壊したりなんかしてない! だから! いいから出て来いやああああ!!」

「お前も過去になにやってんだよ」

 

 アルタリアには前科があるようだ。ならこの反応は当然かも知れない。

 それにしても領主の権限はなにも持ってないのかよ。貧乏貴族にもほどがあるぞ。アレクセイ家から得るのは難しいようだ。

 

「出て来いいいい!!」

「金なら無いぞ!」

「あのー・・・・・・」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 一時間ほどこの様なやり取りを続け、こっちが何も要求しないことを一生懸命伝え続けた結果、警戒心の強い親父さんはようやく姿を見せた。

 

「まさか・・・・・・ありえんことが起きた。我が娘の仲間なんて・・・・・・。ダスティネス家の令嬢以来だ」

 

 信じられないものを見る目で俺達をガン見してくる。アルタリアの親父さんの容姿は、ちょび髭を生やしいかにも悪人の顔つきだったが、極貧生活のためかガリガリだった。

 

「オヤジ! 酷いぜ! 私だって仲間くらい作れるさ! いつまでも一人じゃないさ!」

「それで一日以上持ったことは無いだろう!」

「馬鹿にするなよオヤジ! 最高二日だぞ! 今回マサキたちがその記録を超えたんだがな!」

 

 どっちでもいい。

 そりゃ自殺願望でもない限りアルタリアと組みたいなんて思わないだろう。俺はあの町の連中から押し付けられた形なんだが。そうじゃなかったらとっくに解消してる。

 

 

 

「――で、お主たち。本当にワシから何か奪いに来たわけじゃいんだよな?」

「いやぁあはは。正直に言いますよ。本当はアルタリアの世話料でも貰おうと思ったんだけど・・・・・・。この家の有様を見たのでもういいです。マジで金無いのがわかりましたから」

 

 笑ってアレクセイ家の旦那に告げた。

 

「世話料ってなんだよマサキ! 私達はみんな対等な仲間じゃねえか。ああ、紹介するぜオヤジ。このメガネがマサキだ。まだ最弱職の冒険者なんだが私が助けてやってるんだぜ?」

「あ? おっと」

 

 助けてやってるという言葉に、思わずイラッときて声が出てしまったがすぐに口を閉じた。

 アレクセイの旦那は俺の方を一瞥し、ジロジロと観察した後。

 

「どうだお主、うちのアルタリアを貰ってくれんか? 性格はちょっと難があるが、見た目だけは美人なほうに入るだろう。もうこの際相手が平民だろうが奴隷だろうが構わん。ワシはそういうの諦めた。誰でもいいからアルタリアを連れ出して欲しいのだが」

「断固拒否します」

 

 親父さんの申し出に即答した。

 

「ふざけないで下さい! 貴方が貴族でも言っていいことと悪いことがあるでしょう! マサキ様は私の伴侶になるお方なんです! アルタリアなんかに渡しませんよ!」

 

 レイはアレクセイの旦那の言葉にブチ切れする。

 

「冗談だ。冗談に決まってるだろレイ。落ち着くんだ」

「シャー!」

 

 威嚇するレイを落ち着かせる。

 

「このおっかないのが魔術師のレイだぜ」

 

 構わず紹介を続けるアルタリア。親父さんのほうはレイの幽霊じみた見た目に怯えていた。

 

「ヒッ! こいつ・・・・・・本当に人間なのか? アンデッドじゃないのか?」

 

 伸ばしきった髪から覗く赤い瞳、妖怪じみた姿の女を見て後ずさりする親父さん。

 

「アンデッドならよかったんですけどね。退治できるから。残念ながら人間です」

 

 やれやれといった表情で言った。

 

「で、最後にプリーストのマリンだ。この四人でパーティを組んでるんだ」

「どうも、いつもアルタリアさんにはお世話になってます」

 

 俺達の仲間で唯一、丁寧に挨拶をするマリン。さすがうちの良心。ただし女神の話の時以外に限る。

 

「・・・・・・ほう。・・・・・・ほう! これはこれは、アルタリア、お前の仲間にもこんな美しい女性が・・・・・・。いや待てなんだその青い髪とその格好は・・・・・・! まさかアクシズ教徒だなテメー!」

「はい、アクシズ教徒のアークプリースト、マリンと申します」

 

 親父さんは最初こそジロジロとマリンにエロい視線を送っていたが、その目線が胸~下半身にいくにつれ、あの女神そっくりの格好をしていることに気付いて急に冷めた顔になった。

 

「よりにもよってアクシズ教徒とは! 危うく騙されるところだったわ! 美人局か!? いいか? ワシは新聞も石鹸も取らないからな! そんな金は無い! 今すぐうせろ! 消火器魔法セットもいらん! わかったかアクシズ教の手先め!」

 

 アクシズ教徒とわかると態度を一変するアレクセイの旦那。アクシズ教徒って俺を送り出したあの女神を崇める集団だったよな。そういえばアクセルでもこんな感じだったっけ。つかなんでこんなに嫌われてるんだ?

 

 

 

「・・・・・・ふう。アルタリア、友人は選んだ方がいいぞ? そうあのダスティネス嬢のような! ああいう人と仲良くなれ! アンデッドやアクシズ教徒なんかと関わっても碌な目に合わんぞ?」

 

 失望した、といった風に娘に説教をする親父さん。その態度に。

 

「誰がアンデッドですか! 私は貴族でも容赦はしませんよ! 修正してください!」

「私の事はともかく、アクア様の作ったアクシズ教を侮辱することは許しません!」

 

 レイとマリンが怒って言い返す。 

 

「オヤジ! なにをいう? お化けだろうがアクシズ教徒だろうが関係ない! この四人は今までの中で最高のパーティだぜ!? バカにすんなよ!」

 

 アルタリアも父親に向けて反論した。

 

「そもそもさぁ、こっちはアルタリア引き取ってんですよ? あんたの娘も相当な地雷だということを忘れてませんか!? 自分の娘の事を棚に上げてねえ」

 

 さらに俺も追い討ちをかけた。

 

「・・・・・・そうですよね。みなすまなかった。娘に仲間ができただけでもありがたいことだった。これからも我が娘をよろしくお願いしたい。頼むから警察沙汰にはならないでくれ。ワシはそれだけで十分だ」

 

 娘の事を指摘され、すぐにアレクセイの旦那は謝った。自分の娘がヤベー奴なのは自覚しているからだろう。

 

「わかればいいのです! わかれば!」

 

 レイは威嚇体勢をやめて納得した。

 

「これからもよろしくお願いします。この先の私達、そしてあなたにもアクア様のご加護がありますように」

「「それはいらない」」 

 

 マリンの加護に、俺と親父さんはハモって言い返した。

 

 

 

「まあ紹介もすんだ所だし! メシにしようぜメシ! 久々の里帰りで疲れたぜ! オヤジ! 食料出せ! 食料!」

 

 アルタリアがボロボロで埃被ったテーブルを引っ張り出し、食事を要求するが。

 

「超貧乏のうちにそんなものあるわけ無いだろ! アレクセイ家でまともな食事にありつけると思うな! 外で何か食べて来い!」

 

 親父さんは娘に言い返した。この家の台所事情はかなり切迫しているようだ。

 

「嘘付けオヤジ! 食いもん隠してんの知ってんだぞ! いいから出せよ! あの部屋が怪しい!」

「アレは非常食なんだよ! もし配給が止まったらアレでしのぐのだ! だからやめてくれ! 外で食ってきてくれ!」

 

 必死で言い争うアレクセイ親子。駄目だなこいつらは。っていうかこの家。いつ滅んでもおかしくない。

 

 

「もういいよアルタリア。外で食べようぜ。非常食に手を出すのは気が引けるしさあ」

 

 家捜しをしようとするアルタリアを止めると。

 

「駄目だぜマサキ! せっかく私の家に来たんだ! 家主に恥をかかせる気か?」

「なにが恥だ! お前のせいでワシがどれだけ苦労したか! 散々恥をかかされてもう失うものなど残っておらんわ! そもそも騎士学校での事件の時に! ダスティネス家が庇ってくれなければとっくに取り潰しだったのだぞ?」

「あれは向こうがケンカ売ってきたんだ! 決闘でボコって何が悪い!」

 

 親子で口げんかが始まった。

 

「よりにもよって貴族と揉めおって! しかもワシのとこと違ってそれなりの名家に! 相手を選べ!」

「決闘は合法だぞ! 何も悪いことはしていない! 弱いくせに吠える馬鹿は殺されても文句はねえ!」

 

 この親父さん、昔からじゃじゃ馬娘に苦労させられているようだ。どんな育て方をしたんだ? 完全に自業自得だが。

 

 

「おおそうだアルタリア! 昔と同じやり方で行こうではないか! お前が付近のモンスターを狩って食料を手にする! それをワシが調理する! それならいいぞ! 非常食は減らんしな。アレクセイ流のおもてなしを見せてやろう!」

「はぁ!? ・・・・・・ん、いや、それは悪くないな。いいぜオヤジ! それで行こう! マサキ! これからモンスターを狩りにいこうぜ! ガキの頃からそうやって生きてきたからな! どこに上手い奴がいるかわかってる! 懐かしいぜ!」

 

 親父さんの言葉に同意するアルタリア。

 

 

「え? モンスター退治に行くの? 今日は休みだったのに。ええー」

 

 飯くって帰るだけの予定だったのにどうしてこうなるんだ?

 

「いいじゃないですか! アルタリアの父に! 私たちの実力を見せてやるいい機会です!」

「貧しきものを救うのもプリーストの使命です」

 

 ノリノリのレイとマリン。

 

「よっしゃー! 話は決まりだ!」

 

 張り切って出かけるアルタリア。俺の意見は無視かい。

 

「まぁいいけど適当にやるぞ。いつもみたいに大物なんかに拘るなよ? あくまで食べる分だけだ。ここで活躍しても金にならない。そんなタダ働きはごめんだからな」

 仕方なく三人に言われるままモンスターハントに向かうことになった。

 

 

 




・アレクセイ家
アルダープさんが一代でのし上がったらしいため、この時代ではまだ貧乏貴族です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 14話 アレクセイ家の晩餐

「オヤジー! 取ってきたぜ! ついでに食えそうな野草も持ってきた! これで料理できるだろ?」

 

 アルタリアと共に、その辺の雑魚モンスターを適当に狩ってきてオヤジさんに渡した。

 

「よしいいぞ。食事くらいはワシが作ってやる。代わりにきちんとアルタリアの面倒を見るんだぞ。これはお願いだ! お前たちは応接間で待っておれ!」

 

 アルタリアの親父さんは食材をアルタリアに運ばせ、俺達を応接間に案内した。

 

「汚ねえなあ・・・・・・」

 

 思わず呟く。応接間といっても埃に蜘蛛の巣だらけ。長い間使われてなかったのだろう。部屋はそれなりに広いのだが、老朽化でボロボロだった。

 

「では私はこの部屋を掃除しておきますね!」

 

 マリンがすぐさま箒を持ち出し、誇りを片付けていく。マリンが綺麗好きで助かった。

 

「おお、助かるぜマリン。そのまま屋敷中をピカピカにしてくんねえかな?」

「それはさすがに時間がかかりすぎますよ。とりあえず応接間だけで勘弁してくださいね」

 

 アルタリアの無茶振りに律儀に返答するマリン。

 

 

 そんな中、親父さんはいそいそと食堂で料理の下準備にかかっていた。

 ・・・・・・それにしても。

 厨房にエプロンを着て立ついい年したおっさんの姿・・・・・・。そのうしろ姿を見てなにか寂しさを感じる。手際よく料理を一人でこなす中年。なんていうか・・・・・・虚しい・・・・・・。

 

「いいか、アルタリアの取ってくるモンスターは生臭く、肉が硬い! 火が通しやすいように細かく切る! あと煮込み方にコツがある。調味料を入れるタイミングが重要だ!」

 

 板についてる・・・・・・。

 どうせならおっさんじゃなくて美少女の手料理が食べたかったなあとか、そういう気持ちよりも、この人はこうやって今まで孤独に食事を取るのを想像すると……ひどく胸に来る。ああはなりたくないなあ……。

 

「なぁ、あんた以外に人はいないのか? メイドとか、執事とか?」

「ハッハッハ! いるわけねえだろマサキ! うちはド貧乏だって行っただろ!」

 

 親父さんに聞くとアルタリアが代わりに答える。

 

「昔はいたんだよ・・・・・・。数人だが一応お手伝いがなあ。・・・・・・だがアルタリアが外で問題を起こすたびに、連座で捕まるのを恐れてみな出て行ったよ・・・・・・。はぁー」

「そうだったっけ? アハハ覚えてねえ!」

 

 悲しそうにため息を付く旦那と笑い飛ばすその娘。

 

 

 

「私も手伝います」

「ヒッ!」

 

 いきなり真後ろにぬっと現れたレイに、驚く親父さん。

 

「私は料理は得意なんです。手伝いますよ」

「い、いや・・・・・・気持ちだけで十分だよアンデッドくん。座っておれ。というかその粉はなんだい?」

 

 親父さんはレイの持つ緑色の粉を見て尋ねる。

 

「これは入れるだけでぐんと旨みが増すんですよ。少し見た目は悪くなりますが。騙されたと思って入れてみてください。私が独自に薬草を調合して作った秘密の粉です」

「いや、そんな得体の知れないものを入れるわけにはなあ・・・・・・」

「これはヤバイのじゃないです! いつかマサキ様を手篭めにするための媚薬じゃないから安心してください! みんなで食べる料理にはそんなもの入れませんよ! 普通のおいしくなるやつです! だから是非! あ、マサキ様の料理にだけこっちのを入れてくれれば・・・・・・」

「やめろ! ワシの厨房で変な物体を入れようとするな! 離れろモンスター!」

 

 鍋に何か入れようとして怒られるレイを。

 

「レイ、お前はいいからこっちこい。何もするな。座れ。そして黙ろうか」

 

 俺も厨房から引っ張りだす。油断も隙もないヤンデレアンデッドめが。

 

「あ、ゴホン。ところでアンデッドくん? その媚薬とやらは女性にも効くのかね?」

「一応男性用に調整したのですが・・・・・・女性にも問題なく効くと思いますよ?」

「ではあとで少し貰っても・・・・・・」

 

 アレクセイの旦那がレイに媚薬について聞くと。

 

「ああ!?」

「・・・・・・いやなんでもない。なんでもないぞアルタリア! さあ料理を早く完成させねばな。はっはっはっは」

 

 娘に威嚇されて萎縮する父だった。

 

「おめーらやっぱクズだな。俺が言うのもなんだけどな」

 

 そんな親子を見て呟いた。娘の目の前で媚薬の取引するなよ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「「「「「いただきまーす」」」」」

 

 みんなで揃って夕飯だ。

 

「肉は全てこの私の者だ! 早い者勝ちだぜ! オラオラ待ってたら無くなるぜ?」

 

 食事が始まると同時に、アルタリアがフォークを握り締め肉を突き刺す。そんな彼女を見て・・・・・・。

 

「やると思ったよ。俺はゆっくり食うから」

「お前は昔からそうだったわ。好きに食え」

 

 俺と旦那の二人が冷めた顔で食事を続けた。

 

「なんだよ張り合いが無いなあ。そんなんじゃ戦場で生き延びられねえぞ?」

「お前と無駄な争いする方がよっぽど危険だ。安全策を取る」

 

 つまんなそうな顔をするアルタリアにそう返した。多少の肉くらいくれてやる。そこに。

 カキンッ! とフォークがぶつかる音がした。

 

「アルタリア……あなた少し取り過ぎじゃないですか? マサキ様の分がなくなるではないですか」

 

 そんなアルタリアを制止するのはレイだった。

 

「んだと? 早い者勝ちだろ? 食事ってのはよう!? それにマサキは戦いを放棄したんだ!」

「ではマサキ様の分まで私が代わりに戦います!」

 

 フォークで火花を鳴らしあう二人の女。何やってるんだこいつら。こんな所で闘志を燃やさなくても……。

 

「まあいっか」

 

 彼女たちが揉めている間に、他の三人は好きに料理を食べていた。

 

「にしても旦那。普通に上手いな。よくあの適当な食材で作れたなあ」

「そうです! 正直食べれるのか不安なモンスターもいたのに、よくこんな真っ当な料理を作れましたね」

 

 俺とマリンが親父さんの腕前に関心すると。

 

「ワシの家はとにかく貧乏だからな。特に食料は死活問題になる。毒さえなければとりあえず口に入れるのだ」

「あ……はい、生きるって簡単じゃないですね」

 

 自慢げに答える旦那。アレクセイ家も大変だな。

 

 

「ほらマサキ様、なんとかアルタリアを阻止しました! あーん」

「断る」

 

 レイの差し出したスプーンを奪い取った後。

 

「おいこれアルタリア食ってみろ」

「いいのか? じゃあいただき!」

 

 そのままアルタリアにパスした。

 

「あっ! なんて事をするんですか!」

 

 アルタリアが俺の差し出したスプーンで肉を食べると。

 

「なんだこれ? 少しビリビリするぜ? オヤジ? 何入れたんだ?」

「ワシはそんなもの入れてないぞ?」

 

 やはりな。痺れ薬でも入れていたのだろう。このクソ女めいつの間に?

 

「チッ!」

 

 舌打ちをするレイ。アルタリアに状態異常耐性があって助かったぜ。

 

 

 

「ところで、この部屋に着てからずっと気になってた事があるんだが……」

 

 俺は食事を続けながら、この多分晩餐会用に作られた部屋――今はボロボロで見る影もないが――の正面に飾られてある大きな絵画を見てたずねた。

 

「あの大きな肖像画にかかれた女性は一体誰なんだ? アルタリアのお母さんか?」

 

 その絵画に描かれているのはアルタリアによく似た顔の、小さな子供を二人抱き上げた美しい女性だった。ただしアルタリアのオレンジ髪と違って金髪だが。

 

「……うっ、ううっ……。お前さん……。どうしてワシを置いて行ってしまったんだ……」

 

 俺の言葉を聞いて急に涙ぐむ親父さん。

 

「あ……すいません。もうお亡くなりになってたんですか。そうですよね。この屋敷にいないって事はそういうことですよね。こりゃ失礼しました」

 

 地雷を踏んでしまったのか。他人の家族の暗い部分に踏み込んでしまい申し訳なくなって謝罪すると。

 

「かーちゃんなら生きてるぞ?」

「は?」

「私が小さいころ、オヤジに愛想を付かして離婚したんだ。そのあとで豪農かなんかと再婚して幸せな家庭を築いてたぜ。少なくとも飯にも困るうちよりは絶対マシさ。ハハハ! 一回会いに言ったけど二度と来るなって言われたよ! うちの一族には金輪際関わりたくないってさ」

 

 アルタリアがそんな残念すぎる事実を言い出した。えっ? 生きてんのかよ母親。しかも絶縁されてんの? 親父さんも奥さんになにをしたんだ。やはりアルタリアの父だけあって善人じゃないな。

 

「じゃあその男の子は?」

 

 肖像画に描かれているがこの場にいない、もう一人の事を聞くと。

 

「兄貴のことか? 数年前だっけな? 『俺はこんな貧乏貴族じゃ納まらない! ビッグな男になってやる! エルロードのカジノで一発逆転だ!』 とか何とか言って家を出てったぜ? 今どこにいるのかしらねえけど多分生きてるだろ」

「…………おい」

「ぐっ!」

 

 アルタリアの親父さんを軽蔑の目で見ると、ばつが悪そうに目を反らされた。

 

「駄目だなアレクセイ家は。アルタリアといいその兄といいどんな育て方をしたんだよ。この代で終わりじゃねえのか? はぁー」

 

 ため息をつきながらクズ一族に呆れると。

 

「なんだと平民風情が! 調子に乗るなよ!」

「ハッハッハ! マサキの言うとおりじゃねーかオヤジィ! 兄貴はどっか行っちゃったし、私は貴族の役目なんて無理だしよお。冒険者として生きてくしかないじぇねえか!」

 

 怒る親父さんにアルタリアが笑って言い返した。こいつも少しは自分が駄目人間だと自覚があるのか。

 

「ぬぬぬ……せっかく借金をしてまで騎士学校に行かせたというのに……! 我が家から騎士が出れば少しはマシになると思ったのに! 問題ばかり起こして退学だと! この恩知らずめ! おかげで家への風当たりは強くなる一方だ! なぜワシの思い通りにいかんのだ! この役立たずが!」

「ああ? オヤジが言ったんじゃねえか!? うちは貴族といっても貧乏だから、舐められないようにとにかく強くなれって! 私はオヤジの言うとおりにしただけだぜ?」

「うるさい! お前は少しは加減をしらんのか? 名家の子息をいつも半殺しにしやがって! 結果うちがどうなるか予想もつかんのか! この馬鹿が! お前などワシの娘じゃない!」

 

 あらら。

 母親の話からアレクセイ家の話に移り、今度は親子喧嘩が始まった。父と娘が言い争う。親父さんも本性を表してきつい言葉を娘に浴びせている。

 

「んだとオヤジイイ! 言ってくれるじゃねえか! 全部あいつらがよえーのが悪いんだよ! それに私は悪くねえ! うざってえから決闘でぶっ潰してやっただけだ! 決闘はたしか……犯罪じゃなかったよな! 私を馬鹿にする奴は相手が貴族だろうが王族だろうが関係ねえよ! 勿論親でもなあ! じゃあオヤジィ! オヤジも決闘でケリを付けようじゃねえか!」

「落ち着けよ、俺達は親子喧嘩を見に来たわけじゃあ」

「そうですよアルタリアさん。親に受かってその口の聞き方はどうかと思いますわ」

 

 俺とマリンは立ち上がるアルタリアを止めようとするのだが。

「んだと? うちの事に口を出すなよ。常識だろ? 強いものが正義だ! 弱い奴はどうなっても仕方ない! まぁ私もあえて弱虫を叩き潰すような気は無いが、かかって来るなら話は別だ!」

 

 自慢げに持論を語るアルタリア。その自信たっぷりの表情から鑑みるに邪心は一切ない。本気でそう信じている。

 どんな育て方をしたらこうなるんだよ。

 

「ヒッ! いやすまん……。ワシが悪かった! 悪かったからそのフォークをこっちに向けるのはやめろ。ワシが悪かった! すまなかった! だから許してくれ!」

 

 アルタリアが実の父に向けて少し殺気を見せると、すぐに親子喧嘩は終わった。親父さんがひたすら謝りだしたからだ。

 

「……ったく。喧嘩する度胸がねえならいちいち突っかかってくんなよな。オヤジも、貴族の雑魚共にしてもそうだし。狼は生きろ! 豚は死ねだろ? 違うかオヤジ? 昔からこうやってきたよな? そうやってかーちゃんも追い出したんだろ?」

「いや母さんを追い出したわけじゃあないぞ? 向こうが勝手に出て行っただけで……。ワシとしては今でも帰ってきて欲しいんだがなあ……」

 

 どうやらこの家では物理的に強いものが上で……今はアルタリアが一番強いから親父さんは逆らえないのか。教育を間違えすぎだよ。弱肉強食が絶対の一家とか狂ってる。そら母親も逃げ出すわ。

 それにしてもアルタリア……こいつ本当に危ねえな。実の父親だろうが関係なく牙を向けるとは。家族ですらコレなら仲間にでも容赦しないだろう。下手に機嫌を損ねて、敵対する羽目にならないようにしなければ。

 

「改めて……とんでもない奴をパーティに入れてしまったなあ。知れば知るほど後悔するよ。はぁー」

「ま、待ってくれマサキ君! 頼むからアルタリアとこれからも一緒に組んでくれ! 諦めないでくれ! もう我が娘と組む物好きなどおらんのだ! お願いだ!」 

 

 俺がため息をついていると親父さんが必死で頭を下げ……おい土下座までしなくてもいいだろ。

 

「マサキい!? お前も私と組むのは嫌になったか? まぁ今までの奴らもそうだったし。しゃーねえけどなあ」

 

 必死でDOGEZAの姿勢を取る父親、しかも一応貴族。その姿に呆れている俺に、笑いながら……でも少し寂しそうな顔で聞いてくるアルタリア。

 

「心配するなアルタリア。お前との縁は町のやつらに強引に押し付けられた形とはいえ、その攻撃力、そしてスピードは高く評価している。俺の指示にちゃんと従ってくれるならば、その力を最大限に引き出してやる! いいな! これからもよろしく頼むぞ」

 

 そう言って右手で肩を叩いた。アルタリアにはまだ利用価値がある。いくら紙装甲といえど使いようによっては大きな結果をもたらすことが出来る。そう確信してるからだ。

 

「本当かマサキ! そんなこと言われたの初めてだぜ! とりあえずお前の言うとおりにしてればいっぱいモンスターを倒せるんだろ? それでいい! お前は最高の仲間だ! 一緒にモンスターを殲滅しようぜ!」

 

 アルタリアは笑顔で、今度は無理して作った笑顔じゃなくて、心からの本気の笑顔を浮かべながら俺に抱きついた。

 

「おい、抱きつくなよ! 放せって!」

 

 アルタリアは……精神こそ狂っているが……見た目だけなら魅力的な、官能的なスタイルをした美少女なんだ。胸も大きいし腰も……いかんいかん。考えるな! そんな彼女に急に抱きつかれるとDTのこの俺の手に余る。

 惑わされるな!

 見た目は全てじゃない!

 重要なのは中身だ! こいつは美少女の皮を被った殺し屋だぞ!

 俺は自分自身にそう言い聞かせる。なんとか興奮した心に落ち着きを取り戻そうとしていると。

 

「じー」

「ヒィッ!」

 

 そんな俺の内面を見透かしたのかレイが鬼のような形相で睨んでくる。

 

「イヤッホウーー! ほら見たかオヤジ! 私にも本当の仲間ができただろ! やっぱり強いことはいいことなんだ!」

 

 ウキウキで父親に自慢するアルタリア。少し良心が痛むな……。俺は彼女を、というか彼女の力を利用する。ただそれだけの筈なのに……。なぜこんなにむず痒いんだ。彼女の喜ぶ姿を見ていると心がチクチクと痛む。

 アルタリアが仲間なのは一時的なものだ。もしもっと優秀な仲間ができれば無慈悲に切り捨てる。それが今までの俺のやり方であり、そしてこれからも同じはずだ。それだというのに。やはりゲーム越しのパーティとリアルに組んだ人間だと勝手が違うな。

 

「いいから放してくれ! ほら見ろ! レイがほら! 何か唱え始めたぞ!」

「おっとわかったぜ。つい嬉しくてな」

 

 アルタリアはようやく解放してくれた。そして俺はダッシュでレイの元に向かいなだめに向かった。

 

「アルタリアにはそんな気は無い! あいつは恋愛とか百年早いだろ? 嬉しかったらきっと誰にでもあんな態度を取るんだよ! 多分いいことがあったらモンスターが相手でも抱きついてたと思うぜ?」

「……でもマサキ様も……満更でもなさそうでしたよね?」

「気のせい! 気のせいだから! だからその手を引っ込めて! 引っ込めてくださいお願いします!」

 

 無駄に鋭いレイに頼み込んで、アルタリアへの攻撃を止めさせようとする。女って怒りを浮気相手に向けるって本当なんだな。

 いや、っていうかそもそも浮気でも何でもねえ。レイが勝手に俺のことを勘違いして、アルタリアも適当に抱きついただけだし。その証拠に今度はアルタリアはマリンに抱きついている。そのままグルグル回っている。ほらアルタリアの行動に深い意味は無い。意味は無い……少し悲しくなってきた。

 

「ほらな? あの姿を見ろ!」

「……いいでしょう」

 

 その様子をみてレイは魔力を引っ込めた。

 

「チッ、やりづらい」

 

 喜び続けているアルタリアから顔を反らしつつ、ボソっと告げた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 15話 夜の怪

アレクセイ邸、夜にて


 食事が終わり、辺りはもう夜になっていた。

 

「とりあえず今晩はここに泊まるとしてだな。そういえば親父さん、腐っても貴族屋敷なんだから、秘密の地下室とかないの?」

 

 アレクセイの旦那に尋ねる。夕食時に聞いたアレクセイ家の惨状や、情けないDOGEZA姿を見た俺はもう完全にタメ口だった。

 

「そんなものねえよ! あるわけないだろ? うちは貧乏貴族だぜ?」

 

 アルタリアが代わりに答えるが。

「あるぞ」

「だろオヤジ、あるわけ……えっあんのか?」

 

 父親から出た言葉に驚くアルタリア。

 

「お前が知らないのも無理はない。なにしろ今まで一度も使ったことがないからな。これからも無いだろうし。よければ見せてやってもいいぞ?」

 

 旦那は娘に説明した。

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 俺達はアレクセイの秘密の地下室へ向かうことになった。まず書斎へと案内される。本棚には『食べれる野草の見分け方』、『雑草をサラダに変える100のレシピ』、『ゴブリンだって頑張れば食える』と目を背けたくなるようなタイトルの本が並んでいた。

 

「ではいいかな諸君。この本棚にあるこの本とこの本を……、こう、こうやってだな。引っ張ると秘密の入り口が出てくるのだ」

 

 ゴゴゴゴゴと音がして床から階段が現れる。

 

「「「「おおーー!!」」」」

 

 感心する俺達を前に。

 

「腐っても貴族だ。これ位の嗜みはあって当然よ」

 先ほどまでの腑抜けた態度はどこにいったのか、少し得意げになって家のからくりを見せびらかす旦那だった。

 

「ですがアレクセイの旦那様、このような家の秘密を部外者である私たちに見せてもいいんですか?」

「いいんだよ。どうせ使うことなんか無いし。隠し財産も何もないから。見せてやる見せてやる」

 

 マリンにそう言ってノリノリで会談を降りていく旦那だった。

 地下室にたどり着く。そこには鉄格子の牢や、拷問器具が並べられていた。性的なタイプのも勿論ある。

 

「あわわわわわ……」

 

 顔を真っ赤にしている純情なマリンを尻目に。

「へえ……中々本格的ですねえ」

「だがどれも使った形跡が無いな。埃さえとれば新品そのものだ」

 

 俺とレイは拷問器具を手に取って言った。

 

「おいどうして隠してたんだよオヤジ! こんないい場所が家にあったら! モンスターでもなんでもとっ捕まえて拷問遊びが出来たのに! くっそう!!」

「そんなことをして悪い噂でも立ったらどうする! ただでさえ近隣住民から睨まれてるのに! 頼むからやめてくれよ? なっ?」

 

 悔しそうに駄々をこねる娘にお願いする旦那だった。

 

「ていうか親父さんって貧乏なんだろ? こんな地下室を作る余裕はあるのか?」

 

 俺は捕縛用の頑丈そうなロープを確かめながら尋ねた。

 

「よくぞ聞いてくれた。この屋敷を建てたときはな、まだワシには少しは財産があったのだ。そしてあの頃のワシには夢があった! いつか我が子供達が立派に成長し、アレクセイ家の名を天下にとどろかせた暁には! ワシも年端もいかないメイドの一人や二人をこの部屋に連れ込んであんなことやこんなことを! 罰と称して●●や●●を食らわせてやりたかったというのに! 他にも村の美人処女を権力に物を言わせ無理やり連れ込んだり……。ああ! それも全部台無しだ!」

「うわぁ……」

「言い切りましたよこのおっさん」

 

 おっさんのカミングアウトにドン引きする俺達。

 

「フン! 夢破れた中年を舐めるなよガキ共! 男はみんなドスケベの野獣なんだよ! わかったか! 笑いたければ笑え!」

 

 開き直って叫びだすおっさんをみな冷めた軽蔑の目で見ていた。

 

「そんなんだからかーさんに逃げられたんじゃねえのか?」

「ぐうっ!」

 

 アルタリアの的確な突っ込みにおっさんはその場に崩れた。

 

「ん? なんだこんなところに写真が?」

 

 ふと拷問部屋の机に置いてある写真立てに気が付いた。

 

「あ、まて! その写真に触るな! 返せ!」

 

 変態が起き上がって隠そうとするが、俺はヒョイと手に取った。

 

「うわぁ……」

 

 再度ドン引きする俺。なぜならその写真にはダグネス嬢が移っていたからだ。服装からして多分騎士学校時代のだろう。

 

「娘の同級生の写真を……。こんな部屋に置くとか……人としてどうなんだ? ダグネス嬢のこと……そんな目で見てたの? うわっキモッ。娘ほど離れた年齢の子を……普通に犯罪モノじゃん」

「ひぃ」

 

 マリンも写真を見て、小さく悲鳴をあげ、アレクセイの変態から思いっきり距離を取った。

 

「返せ! それはワシのだ! ダスティネス家の令嬢はワシのものなのだ!」

「お前のもんじゃねえよ。っていうかさすがに怖いよ。なあアルタリア、娘のお前からもなんか言ってやれ」

 

 顔を引きつらせながら娘に会話のバトンを回すと。 

 

「そうだぞオヤジイイ!! ダグネスはお前のじゃねえ! この私のものだ!」

「えっ?」

 

 予想外の返事に思わず声が出た。

 

「ダグネスはなあ! この私の獲物だ! 学校時代からの友達であり、そしてライバルだ! 今は実力は五分だけどな! いつかこの私の手で完全に屈服させてやるんだ!」

「なんだと! 我が娘とはいえこれだけは一歩も譲らんぞ! ダスティネス嬢はワシのものだ! ワシの娘がお前じゃなくあの子だったら! 何度もそう願わずにはおれんかったのだ! 絶対にやらんぞ!」

 

 うわぁ…………。なんなのこの親子。人様の娘を勝手に取り合いしてんじゃないよ。っていうかお前達二人にはなんの権利もないからな。

 

「えいっ」

「うわああああああああ!!」

 

 気持ちが悪くなってきたのでダグネス嬢の写真を破って捨てた。絶叫する中年。

 

「なんてことを! ワシの……金の無い我がアレクセイ家で……唯一の家宝といってもいい写真を……ううううう」

 

 泣きながら必死で破れた写真をかき集め、なんとか修復しようとする変態中年。

 

「うるさい。キモいんだよ」

「その写真はオヤジにくれてやる! だが本物はこの私のものだ!」

 

 そう父親に言い放つアルタリアにも。

 

「お前ら、やっぱり親子だわ。どっちもキモいよ。てかその執着心なんなの?」

 

 ダグネス嬢に執着する父娘にそう言い放った。

 

「あの美貌を見ても欲情しないとか、男としてどうなんだ!? お前実はそっちの気があるのか?」

「相手が強ければ強いほど、戦いは面白くなるものだろ? ワクワクするぞ!」

「うっせーよカス共!」

 

 この変態親子を適当にあしらった。

 

 

「クズ親子の相手はこれくらいにして、そろそろ本題に入ろう。この地下牢を観察した結果、中々頑丈そうだ。これなら俺にとっても都合がいい」

 

 地下牢を眺めながら腕を組み、うんうんと満足そうに俺は頷いた。

 

「マサキ、まさかあなたもここに女性を連れ込んで……あの変態貴族と同じようなことをたくらんでいるのですか?」

 

 そんな俺にマリンが近づいてくるが。

 

「やらねーよ! 誘拐は普通に犯罪だぞ? そもそもこのポンコツ貴族に事件をもみ消す力は無い! 絶対捕まるじゃないか! そんな事をしてなんの特になる!?」

「では仮に、この貴族に権力があったら、女性を連れ込んでたということですか?」

「……えっ」

 

 質問を重ねるマリンに一瞬黙ったあと。

 

「いや待て、ああ、うん。確かにそれは魅力的だね。男の夢かもしれない。だが、そんな人間のクズのような真似をするわけないだろ。心の中だけ収めるさ。俺にだって良心がある。やらないからな! おい! その目はやめろ! そんな目で見ないでくれ!」

 

 マリンの俺を見る目が、だんだんそこの変態中年を見るのと同じになってきたので、慌てて反論した。

 

「フン。まぁいいだろう。俺はそんなことにこの牢屋を使うつもりは無い。もっと正しい使い方がある。それを今見せてやる!」

 

 拘束用ロープを手に取りすぐさま叫んだ。

 

『バインド!』

「えっ!?」

 

 俺はレイに向かって奇襲を成功させる。レイの体はロープでがんじがらめになり、身動きが取れない。

 

「ちょっとマサキ様、一体何をするんですか? まさかこの私をこの場で調教するんです? いいでしょう受けて立ちます! 相手がマサキ様ならどんな羞恥にも耐えて見せますよ! さあさあ! 私たちの愛をみんなに見せてやりましょう!」

 

 拘束スキルで縛られたレイは、怒るどころか嬉しそうに鳴きだす。

 

「仲間になにをしているんです? やっぱりあなたそういうつもりなんですか! 私の目が青いうちはそんな真似はさせませんよ!」

「先ほどはワシらをキモいと罵ったわりに! 貴様も同じ穴の狢ではないか! 苦労を共にしてきた仲間を容赦なく縛り付けるとは、マサキ、お主も悪じゃのう!」

 

 マリンとおっさんがギャーギャーと騒ぐ。がそんなの無視だ。

「外野は黙って見ていろ。さらに『バインド!』」

 

 今度はレイの口にくつわを入れて喋れなくする。

 

「よし、これで魔法を唱えることは出来まい。後はこうだ! えい!」

 

 身動きがとれず、口も塞がれたレイを蹴り飛ばして地下牢の中に放り込んだ。

 

「むぐううううう……」

 

 ようやく俺の意図がわかり、恨めしそうに睨みつけるレイ。だが一足遅かったな。さらにこの部屋にあった手錠、足枷、全ての拘束道具をレイに装着させる。こうしてみるといくら貞子女といえどとてもエロいのだが、感傷に浸っている暇は無い。

 

「よしみんな手伝ってくれ! 鍵はこいつの魔法の前には無意味だ! 代わりにこの扉の前に物を置いてバリケードを作るんだ! それでこの悪霊を閉じ込める!」

 

 俺が必死に物を移動させ、扉が開かないように固定させていく。

 

「マサキ! どうしてレイさんにこんなことをするんです!?」

「どうして? どうしてだと? 俺が毎晩こいつに襲われて! 怖い思いをしているといつも話しただろ!? おかげで夜もまともに眠れない! この地下牢に閉じ込めておけば、俺はようやく安心して眠れるんだ! なにもずっとここにおいとくわけじゃない! 明日には出してやるさ! だが! とにかく! 俺はぐっすり眠りたいんだ! 一晩でいいから! わかるか!? 毎晩悪霊に襲われる俺の気持ちが!」

 

 聞いてくるマリンにキレて言い返した。

 

「でもここまでしなくても……」

「ここまでしてもまだ安心できないのがレイという女なんだよ! 見てないで手伝え! それか何もするな! 邪魔すると許さんからな! いいか、明日には出すんだから! それは約束する!」

 

 マリンに念押しにきつく告げた。

 

「手伝うぜマサキ! こういうのってなんか興奮するよな! なんか悪いことしてるみたいでさ」

 

 アルタリアが重そうなものを一人で持ち上げては、扉の前に設置していく。

 

「その意気だアルタリア。夜のレイはマジで怖いぞ。昼の5倍は危険だ」

「へえ私とどっちが怖い?」

「うーん……やっぱり夜のレイかな。とにかく見た目がなあ」

「それは聞き捨てならないな。いつか決着を付けてやるぜ」

 

 アルタリアと雑談をしながら入り口を固めていった。

 

 

「よし! これで! これでやっとまともに眠れる! うう……なぜか涙が出てくる。俺はやったんだ!」

 

 地下室を完全に封鎖した俺は拳を振り上げガッツポーズをした。

 

「おーい……? レイさん? もし辛かったら言ってくださいね? 私が拘束スキルを解除しますから」

「やめろ! 情けは無用だ! これは俺とあの悪霊との戦いなんだ! 俺の安眠がかかってるんだよ!」

 

 声かけをするマリンを引っ張り出す。

 

「ハッハッハ! ざまあねえぜレイ! 最近少し生意気だったからな! いい気味だ!」

「お主らはいつもこんなことをしておるのか? さすがワシの娘を引き取っただけの事はあるな」

 

 嬉しそうに笑うアルタリアと少し困惑気味のその父だった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 深夜。

 アレクセイ邸は部屋の数こそ多いものの、長い間掃除もせず放置されていたため、寝室として使えるのはリビングだけだった。そのリビングのソファーで旦那はいつも寝ているらしいのだが、今晩はアルタリアにその場所を奪われている。

 仕方なく旦那はキッチンで布団を引き、残った俺とマリンはそれぞれ毛布を引っ張り出し床で寝ていた。

 

 ガリガリガリガリ……。

 

「……ん」

 

 小さな音がする。何かを引っかくような音がして、俺はふと目が覚めた。

 

「ネズミでもいるのか? まったくこのボロ屋敷め」

 

 俺がもう一度眠りに付こうと布団に潜った、その時。

 

 パーン! パン! バーン! 

 と大きな音が鳴り響いて、屋敷が少し揺れる。

 

「なんだ! 敵襲か!」

「このアルタリア様が屋敷にいるときに、襲ってくるとは運が無かったな! モンスターめ!」

 

 その音で飛び起きるアレクセイの父娘。

「……まさか!?」

 …………違う。モンスターの襲撃じゃない。さっきの音は聞きなれた音だ。そうアレは……レイがモンスターをまとめて倒すときに使っている、『炸裂魔法』の音だ。

  

 

 バキン! バキン!

 物が壊れる音がする。それがだんだんこっちに近づいてくる。

 

「アルタリア! 気をつけろ! レイだ! レイが来るぞ! 危険度は昼間の比じゃない! 油断するなよ!」

「夜のレイは怖いって聞いたが! 面白い! 受けてたとうじゃないか!」

 

 アルタリアはパジャマ姿でその辺のパールのようなものを拾い上げて迎え撃つ気だ。

 よし、これで一人でレイを相手にせずに住む。旦那は役にたたなそうだから戦力外として……こっちは2対1だ。……ん? 2対1だって?

 

「おいマリン! なにスヤスヤ寝てるんだ! 目を覚ませ! お前も戦え!!」

 

 炸裂魔法の音が付近で鳴り続けているのも関わらず、気にせず爆睡しているマリンをたたき起こす。

 

「むにゃあ? なんですかマサキ? 今何時だと思ってるのです? 寝かせてくださいませ」

「いいから起きろ! 敵襲だ!」

「うぅーん? 周囲にはアンデッドはおろか、モンスターの気配すらしませんよ? なにも心配はないです。じゃあおやすみ」

 

 一瞬だけ顔を上げるが、すぐに安心した顔で再度眠りに付くマリンだった。

 

「おい! モンスターよりヤバイのがいるんだって! 近づいてるんだって! 起きろ!」 

「すかー」

「おのれええええ!! 寝るな! 起きろお!!」

 

 マリンは二度と俺の呼びかけに反応せず、そのまま睡眠に戻った。ってかよく眠れるな。さっきから炸裂音がどんどん近くなってるのに。

 

「この役立たずめ! こうなったらアルタリア! お前だけが頼りだ! 一緒にレイを打ち破るぞ!」

「ははっ! 楽しそうだな! いいのか? 一応仲間だろ?」

「いい! やっていい! ぶっ飛ばすぞ!」

 

 さすがに刃物は気が引けたので、俺はモップ、アルタリアはパールのようなものをそれぞれ手にして悪霊女の襲撃に備えた。

 

 

 ガチャ。

 ガチャ。

 ガチャ、とドアが開かれる音。どうやらレイは屋敷の部屋を片っ端から探っているようだ。

 

『……マーサーキーさーまーーー。どーこーでーすーかーーー?』

 

 おどろおどろしい声が屋敷に響き渡る。だが姿は見えない。

 

「おいお前! なんて物をワシの屋敷に連れてきたんだ!」

「くそったれが! あれほど厳重に封印したのに! それでも駄目だったか! 『炸裂魔法』なんて覚えさせるんじゃなかった!」

 

 旦那が抗議するが俺はそれどころではなく、アルタリアの後ろに隠れて待機している。

 

『…………こっちから、マ……サキ……さま…………の……匂いが……します…………ね。キヒヒッ……。食べて……しまいた……い』

 

 だんだん猟奇的な口調になってくるヤンデレに、背筋が凍りつく。

 ガコッガコッと大きな足音がする。もうすでにリビングの扉の前まで来てる! っていうか一応仮にも年頃の女の子の足音じゃねえ。よくこんな怖い音が出せるな。

 

「来いレイ! 決着を付けようぜ! このパーティーで最恐は誰なのか教えてやるぜ!」

 

 面白そうに構えるアルタリア。彼女がいるおかげで、俺はあと一歩のところで踏みとどまることができた。いつもならとっくに逃げ出してる。

 

 

『よくもこの私を閉じ込めましたねええーーーーよくもよくもよくも!!! この代償は……高くつきますよ……? ひひひひひひ』

 

 レイの精神に来る声と共に、バン! とついにリビングの扉が開かれた。

 

「さあ勝負だレイ! かかって来い! ってアレ? どこだ?」

 

 扉が開かれるがそこにレイの姿はなかった。不思議がって首を傾げるアルタリア。

 ボトンッ。

 

「ひっ」

 俺の首筋に何か液体のようなものが当たり、思わずしゃがみこむ。

 ガサガサガサ!

 その時、大きな虫のような足音が真上から聞こえた。

 

「上だ! アルタリア! 上にいる! やれ! 死なない程度にぶっ殺せ!!!」

 

 天井をゴキブリのように這う恐怖のレイを確認しアルタリアに叫んだ。

 

「…………むむ」

 アルタリアは天井を這うゴキブリ女を見て動きが止まった。

 

「なにしてるアルタリア! やれ! ぶっ潰せ! 決着をつけるんじゃなかったのか!?」

 

 俺が怒号を上げるがアルタリアは動かない。今まで見たことがない真っ青な顔をして、そして。

 

「うわああああああ!! いやあ! 私虫だけはだめなんだよお! 気持ち悪いし食べても不味いし! あの動きがほんと嫌い! うわあああん!!」

 

 まるで普通の少女のように、泣きながら逃げ出していったアルタリア。あいつにも怖いものがあったとは。以外だ。今度言うことを聞かないときは虫でもけしかけるか。

 いやそんなのは後だ! 今は目の前の恐怖に集中しなければ! このゴキブリ女に!

 

「アレ? いないぞ?」

 

 上を見上げるとさっきまでいたでかい虫がいない。

 ガサガサガサガサガサ!!!

 

「うわあっ!」

 

 レイはすでに地面に降り、四足歩行で一気に俺に距離をつめて飛び掛ってきた。

 

 

『ハァッ、ハァッ、捕まえましたよ! 愛しのダーリン! キキキキキキ!! シャー!!』

「くっそう! 離れろ! この化け物め!!」

 

 もう完全に人間じゃない。その動きも笑い方も。

 

「『バインド』!」

 俺はいざというときのため、枕元に用意していたロープを持ち、レイに発射するが。

『キキキキキキ。二度と同じ目にかかるものですか』

 

 ガサガサと素早く動き拘束スキルは回避された。

 

「ちっ! よくかわしたな! だがまだまだ! 『クリエイト・アース』!」

 すぐに次の手を用意し、レイを怯ませるつもりだ。手にまず粉状の土を発生させて……。

 

「『ウィンドブレス』!」

「なっ!」

 

 それを目くらましにぶつけようとしたのだが、一足早くレイに風魔法を唱えられた。おかげで俺は目に砂ぼこりをもろに食らって自滅してしまう。

「ぐわあああ!! 目が! よくも!」

『マーサーキー様ー! あなたの考えることはお見通しですよ? いつもいつもあなたの事だけを考えているのですから。当然です。フヒヒッ』

 

 前が見えない! そのまま俺は悪霊に押し倒される。

 

「くっ! まだだ! まだ終わらんよ!」

 

 必死でじたばたと抵抗する。相変わらず凄い握力でしがみ付いてくる。天井を這いまわれるんだから強くて当たり前だ。俺はまだ諦めない! このまま無理やり既成事実を作られてなるものか!

 冷静になれ! 敵の……レイの事をよく観察しろ。何かを! 弱みが……。こんなときだからこそ、クールになるんだ。

 

「……」

「おや、もう抵抗を諦めましたか? では愛の時間と参りましょう」

 

 俺は力を抜き、一瞬だけなすがままにされる。

「炸裂魔法を使いすぎたな! いつもほどの力がないぞ! アレは大量の魔力を消費する。あの地下牢も無駄ではなかった! 無駄ではなかったのだ! 食らえ!」

 

 気が緩んだレイの隙を付き、腕を掴んでひっくり返した。

 

「はぁっ、はぁっ、さすがですマサキ様。確かにあのバリケードを破壊するのには骨が折れました。疲れを隠していたのによくわかりましたね。それでこそ我が運命の人です」

「お前の思い通りにはさせない! 大人しく一人で寝るんだな!」

 

 レイに言い放つが。

 

「疲れているのはあなたも同じじゃないですか、マサキ様。『バインド』の消費魔力は少なくありません。それを今日は三回も使いました。冒険者のマサキ様にはかなりの負担になるはずです」

「……」

「……」

 

 睨みあう俺とレイ。互いに魔力があまり残ってない。このままではらちがあかない。無駄に残った体力を消費するだけだ。

 

 

 

 

 …………折衷案として、俺に手を出さないことを条件に、一緒の布団に寝ることを許した。

 

「マサキ様の温もり……匂い……ああ最高です! このまま時が止まればいいのに!」

 

 興奮して俺に寄り添うメンヘラに。

 

「いいかレイ、それ以上近づくなよ! 手を握る以上の事をやったら戦闘再開だからな! わかってるな!」

 

 女の子と二人きりで同じ布団で寝ている。本来ならとてもうらやましい状況のはずなのだが、俺にとっては神経が磨り減る緊張感ある時間だった。

 なにしろ相手は危険なメンヘラ女だ。一線を越えてしまえばどうなるのかわからない。そんな状態に持ち込まれるのはごめんだ。

 

「ああマサキ様! こうやって一緒の布団で寝れるなんて夢のようです。ああ体温が伝わってきて幸せです。今まではマサキ様が照れて中こんな機会はありませんでしたからね」

「照れてねえよ! お前と同じ布団とか恐怖しかないんだよ! 本気で拒絶してるんだからな! 今回は仕方なくだ! もう二度とないからな!」

「おおっとツンデレですか?」

「違うわ! 本気で嫌だ! 勘違いすんじゃねえぞ! おい股間の方に手を伸ばすのはやめろ! ストップだからな!」

 

 相変わらず油断も隙もないゴキブリメンヘラ悪霊女に注意し、夜はふけていく。周辺には戦闘の後が残っており、リビングはボロボロになっていた。

 

 

 

 

 朝になった。

 

「んん……?」

 

 いつの間にか眠ってしまったらしい。目を覚ますとレイが俺の肩を枕代わりに眠っていた。

 

「ちっ離れろ!」

「むにゃ?」

 

 自分の体を確かめる。なんともない。どうやらレイも寝てたらしい。ホッとした。

 

「あら、おはようございますマサキ。あれ? 結局レイさんを地下牢から出してあげたんですね。なんだかんだいって優しいですわね。オホホ……じゃなくてプークスクス!」

 

 俺の近くでむにゃむにゃと寝ているレイを見て、マリンが言った。

 

「出してあげた? そんなことするか! こいつが勝手に出てきたんだよ! っていうか昨晩は大変だったんだからな! お前起きないし! てかよく寝れたな!」

「だってモンスターもアンデッドもいませんでしたし。寝れるときに寝るのも冒険者のつとめですよ。ねえアルタリアさん。ってアルタリアさんはどこです?」

「あの役立たずめ! 結局肝心なときに逃げ出しやがって! そういえばどこに行ったんだろ?」

 

 首を振ってあたりを見渡す。

 

「ひいいいいい」

 

 ふと部屋の隅を見ると、机の下に隠れガタガタと怯えているアルタリアを発見した。なにかトラウマを植えつけられたみたいだ。特にレイのほうを決して見ないようにしていた。

 

 

「お前達、頼むから二度と来ないでくれ」

 

 アレクセイの旦那がうんざりした顔で言った。元々ボロボロだった屋敷を、さらに破壊の限りを尽くされ正真正銘の廃墟にさせられたからだ。

 

「すいませんでした。そうします。みんな集まれ! 街に帰るぞ!」

 

 さすがに良心が痛んだので旦那には素直に謝り、みんなを連れてアクセルの町へと帰ることにした。

 

 




マリンは(アクア様がからまなければ)基本的に礼儀正しいので仲間もさん付けで呼びます。
マサキだけはアクアに送り込まれた勇者候補のため信頼して呼び捨てです。
マサキ→マサキ
レイ→レイさん
アルタリア→アルタリアさん


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 16話 ベルディアとの友情

ついにベルディアが登場です。デュラハンになる前、人間の騎士時代としての登場です。まぁちょろっとだけ前に出てたんですが。

16話~18話は友の章です。マサキのパーティーメンバー以外での交友関係を築きます。


 今日もオペレーションαは大成功だった。多くの討伐クエストをまとめて受注し一気にモンスターを片付ける。四人のチームワークを駆使すればその辺の弱い魔物なんてチョロいものだ。

 今回はレイやマリンの魔力がもう付きかけそうな為、早めに切り上げることにした。

 

「大量のモンスターを経験値にしてやったな。このまま順調に行けばこの近場のは全部駆逐できるんじゃないかな?」

 

 俺は成果に満足し、気分上場で帰路についていると。

 

「ふと思ったんですが、マサキ様って男友達とかいないんですか? 同性の友達がいない男の人って、性格に難があると聞いたことがあります。彼女として心配になりますよ」

「ああ?」

 

 急にそんな事を言われ、レイの疑問に思わずイラっとくる。っていうか性格とかお前には言われたくねえ! 鏡見ろ鏡!

 

 

「そういわれてみれば……私達以外とつるんでるの見たことないですね」

 

 マリンまで俺にそんな言葉を投げかけてくる。

 

「それに私、マサキ様との結婚式は盛大にやりたいんです。身内だけの静かな挙式なんて嫌ですよ! 私たちの幸せな姿を町……いや国全体に見せ付けてやるんです!」

 

 レイとの結婚式、いやそもそもヤンデレとの結婚なんて死んでもごめんだが、それはともかく。

 

「言ってくれたな! よくもそんな言葉が言えたもんだ! 誰のせいだと思ってる!? お前たち問題児三人とつるんでいるせいで俺まで腫れ物扱いだぞ! 俺に友達がいないのは間違いなくお前たちのせいだ! それを!」

 

 日頃から文字通りギルド内で恐れられている三人の女たち。彼女たちとパーティーを組んでいる俺もセットでのけものフレンズ扱いされているのだ。

 

「でもマサキはそれを利用してカツアゲしてましたよね。あのせいであなた自身の印象も悪化したと思いますよ」

「ぐっ」

 

 マリンに痛いところをつかれる。

 かって俺は上級職の美少女に囲まれた最弱職冒険者パーティーの噂を流し――それを馬鹿にして悪口を言ってきたやつに目をつけては――「代わりたければ代わってやるよ!」とマリン、レイ、アルタリアを見せつけた。

 そこで向こうが謝罪してきたら慰謝料を請求する。結果なぜか所持金が増えるという不思議な事があった。

 …………。確かに俺にも悪いところはあったかも。

 いや悪いな。アレは悪そのものだったかな?

 

「ちなみに私は普段エリス教会に泊めてもらっているので、そこで他のプリーストや運ばれてきた怪我人たちと交流があります」

「それはおかしいですね。アクシズ教徒とエリス教徒は犬猿の仲と聞きます。エリス教会に石を投げつけるのがアクシズ教徒の日常だと聞きましたが……」

 

 自慢げに語るマリンにレイが不思議がる。

 

「オホホ……ではなくプークスクス! プークスクス! 確かに! 普通のアクシズ教徒であれば、エリス教徒を貶めて、その信者を掻っ攫うのが正しい活動でしょう! ですがこの預言者である私マリンは! いずれアクア様が降臨なされるであろう、このアクセルの町をなるべく快適にするという天命があるのです! 布教が目的ではありません! ですからこの町のエリス教徒と対立するつもりはありませんよ!」

 

 そう説明するマリンだった。いや、マリンの同僚は石を投げつけたりするのかよ。そこは否定しないのか。

 アクシズ教徒って本当になんなの? 魔王よりこのカルトを倒した方が世のためなんじゃないか?

 俺はマリンを見て少し不安になってくる。マリンは他の二人に比べて確かに常識人だが、たまに理解できないことを言い出すときがある。とくにあの女神が絡むとろくなことを言わない。そのときのマリンを魔道具の眼鏡で覗くと、真っ赤に警告の文字が出る。やっぱり三人とも危険人物なのは変わりない。

 そんな事を考えていると今度は。

 

「実はマサキってぼっちとか? まぁ安心しろよ! 私らが付いてるからよ! 寂しかったらいつでも相手してやるぜ?」

 

 そう言って俺の頭を撫でようとしてくるアルタリア。身長は彼女の方が高いので見下ろされる形になるのだが。

 

「同情するな! そもそもアルタリアなんか友達とか絶対いねーだろ! 学校中退の癖に!」

 

 頭の上に乗せられる手をかわして言い返す。

 

「はあ? 私にはダグネスがいるじゃねえか。 だからセーフだ」

「ぐっ!」

 

 くっそう。確かに! 名門貴族の友人がいるってのは羨ましい! 言い返せない! 俺だって欲しいよ! 貴族のコネとかめっちゃ欲しい! 大きな権力をバックに色々好き勝手やりたい! 

 アルタリアもダクティネス家の力を使えばもっと上にいけるはず……。いや違うか。ダクティネス家のおかげで一族が取り潰しになるのをかろうじて許されてるのか。この女はすでにコネを使ってやっと冒険者に留まっていられるのか……。

 もし俺にダクティネス家のコネがあれば……もっと色々出来たはずなのに! 例えば貴族達の集まる食事回に参加できたり、名家の名の下に地方の賊を懲らしめたり、少し変な性癖を持つ貴族の娘をロープで縛ったりと。

 ひょっすれば王家の姫に、有力な次の勇者候補として顔を覚えられることもあったかもしれない。

 それをなんてもったい使い方をしてるんだこの女は。

 

「ちなみに私はですね……」

「聞いてない。喋らなくていい」

 

 レイが何か言いたそうだったが無視した。

 

「私は勿論同性の友達なんていません! だってもしいたら絶対に私の運命の人であるマサキ様に惚れてしまうかもしれないじゃないですか。マサキ様は老若男女どころかモンスターをも惑わすスーパーイケメンですからね。女性なら誰しも振り向かざるを得ないでしょう! でも残念ですが、マサキ様は私のモノなんです! 周囲から羨望と嫉妬の目で見られるこの私。最高の気分です。そしてその嫉みがこの私をより強くする。ああそういえば友達の話でした。女友達なんていたら絶対マサキ様と会わせられませんね。でもそれでも私の愛しい人から流れるカリスマオーラに惹かれてどうしてもその子はマサキ様を見に行くんです。そしてインキュバス並の魅力があるマサキ様に一目ぼれするのは間違いなし。そして私からマサキ様を奪おうとします。あの泥棒猫め! 許せませんね! もう目をくりぬくか殺すしかないじゃないですか! 絶対に許せない! 私からマサキ様を奪う奴は絶対に許せない! どんなに仲のいい友達だろうと私は殺ります! そこだけは引きません!」

「喋るなと言っただろ! お前の妄想には付き合ってられるか! っていうかまた俺の設定がブレてるじゃねえか! お前の瞳に映るマサキ様って一体どんなスーパーマンなんだよ! あと妄想でキレるのはやめてくれ。マジで怖いし困るから」

 

 いきなり長々と語り始めて、その上妄想で作った女友達に対してマジギレしているレイにドン引きする。

 

「はぁ、はぁ。だから女友達なんて嫌い! 大嫌いです! そんなの必要ないんです! 敵なんです!」

「わかった。お前に友達なんていないのわかってるから。わかってるから頼む落ち着いてくれ。現実に戻って来い」

 

 まだ興奮しているレイを落ち着かせる。

 

「とまぁ私には女友達は必要ないんですよ」

「わかってる。わかってたよ」

 

 妄想トリップを止めたレイはいつもの調子に戻った。

 

 

「まぁマサキ様に女友達が出来たら全身全霊をかけて潰してみせますが、男ならその限りはないです。マサキ様と運命の糸で結ばれてる私はいいのですが、マリンやアルタリアは嫁の貰い手がいなさそうですからね。紹介して貰えばいいじゃないですか」

「なんだとレイ! 言いやがったな! 私だって男の一人や二人! 軽くぶっ飛ばしてやるわ!」

 

 レイに煽られて言い返すアルタリア。……いやなんでぶっ飛ばすんだよ。いつから戦いの話になった?

 

「私は女神アクア様に使える聖職者の身です。ですから恋愛なんて二の次ですわ。そう! 全てはアクア様のために!」

 

 一方マリンは恋など眼中にないと言った様子だ。

 

「フッ。そんな強がりを。まぁ安心してください。マサキ様との結婚式にはあなた達二人も招待してあげますよ。曲がりなりにも同じパーティーを組んだ仲間ですからね。それくらいの情けはあります」

 

 鼻で笑いながらレイは二人に上から目線で告げた。

 

「そもそもマサキに友達なんかできるわけねえだろ! だってこいつ普通に外道だし!」

「アルタリアさんの言うとおりです。だってマサキはいつも悪いことばかり企んでいますから。まともな人は近寄らないと思います。いたとしても同じような不逞な輩でしょうね」

 

 彼女たちは話しているうちに、なぜかディスる矛先が俺のほうに向かった。っていうかブーメランだぞ。お前らもその不逞な輩に入ってるからな。

 

「それもそうですね。でももしマサキ様に友達が出来なくても私は付いていきますよ。だって運命の人ですから」

 

 レイまで! さっきまで俺の事を老若男女から好かれるとか言っておきながら……。いやあれは本当に俺の事なのか? あくまでレイの妄想の中の俺だから違うのかもしれない。

 

「ぐううう! 待ってろお前ら! 見せてやる! すぐにこの俺が最高の、まともな友達を作って紹介してやる! 吠え面かくなよ!」

 

 そう三人に捨て台詞をはいて俺は町の中へ走り去った。 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「とはいったものの……同性の友達かあ。どうせならこっちにも利益になる人間がいいよな」

 

 誰かいないか。貴族じゃなくてもいい。それなりにこの街で顔が利く、俺達がまた何かしでかしたとき後ろ盾になってくれそうな奴がいれば。

 

「そんな都合のいい人間がいるわけねえよな……」 

 

 そもそもあの3人と一緒のパーティーに居る時点で、この俺も冒険者としてはぐれものだ。今まで誰にも制御できなかった街の問題児達をなぜかまとめているため恐れられている。っていうか押し付けられたんだけど。

 そのせいでみんなこの俺にもあまり関わりたがらない。まぁマリンの言うとおり、それを利用してカツアゲしてた自分の方にも問題はあると思うけれどもね。 

 だがあの三馬鹿にああ言い切った以上、なんとしてもまともな友人を紹介しなければならない! あの馬鹿どもに舐められてたまるか! もうこの際普通の冒険者でもいい。誰か居ないか。

 

「ん?」

 

 

「隊長! お疲れ様です!」

「ああ、では俺はこれから休憩に向かう。お前達、決してモンスターを中に入れるなよ。怪しいものがいないか目を光らせておけ!」

 

 友達候補を探しに街をブラブラしていると、いかつい鎧を着た騎士たちに遭遇した。アクセルを守る騎士の番人たちだ。その中の一人が俺の姿に気付く。

 

「……! き、貴様はたしか!」

 

 全身鋼鉄のアーマーに身を包んだ男に声をかけられた。

 

「あ、どうも」

 

 こいつは確かダグネス嬢の護衛の騎士で、リーダー格だった男だ。たしか名前は……。

 

「俺の名はベルディア。この前はよくもダスティネス卿にあのような真似をしたな! もし天下のダスティネス家の者が俺の護衛中に死傷したとなれば! 俺達騎士団もまとめて処刑されてもおかしくないんだぞ!」

 

 そうだベルディアだった。そういえばあの時は本気でヤバイと思ったな。まずアルタリアが名家の貴族にタメ口で話しかけたときは本気でビビッたし、いきなり決闘を申し込んだときも生きた心地がしなかった。アルタリアがダグネス嬢を木刀でぶっ叩いたときは死を覚悟したぞ。

 ダグネス嬢が思いのほか頑丈で助かったが。

 

「これはどうもベルディアさん、私の名前はサトー・マサキと言います。あの時はうちの連れが迷惑をおかけしました。俺もまさかアルタリアがあんなことを仕出かすなんて想定外だったので」

 

 俺は敬語でこの前のことを謝罪する。ここで言い返したりはしない。無益な争いを起こすのは愚か者がやることだ。

 

「次は無いぞ! ダスティネス卿とお前のところの狂戦士が知り合いだったからよかったものの! 今度またあんな真似をしたらその場で斬り捨ててやるからな! わかったなこの人でなしが!」

「すいませんでした。今後は『バインド』でちゃんと拘束しとくんで。アルタリアは動けないように閉じ込めておきますんで!」

 

 俺はペコペコと謝りながらふと考えてみる。この目の前にいる騎士の男、ベルディアはこの街アクセルの護衛隊長的な存在のようだ。平たく言うとここで一番偉くて強い人だ。もし彼と仲良くなればこの街での生活が楽になることは間違いなし。

 だがどうすればいいだろう。相手の俺に対する印象は前回の決闘事件のせいで最悪だ。なにか突破口はないものか。

 そうだ、久しぶりにこのチートアイテムを使ってみよう。

 見通す眼鏡――通称バニルアイ。コレを使えば人の本性が浮き彫りになる。完全ではなくあくまで断片的なものだが。もし弱みでも握れればこっちのものだ。

 早速スイッチを入れ、ベルディアをスキャンした。

 

「……面白い!」

 

 そこに出てきた言葉に満足し、俺はニヤリと笑う。これなら俺にも仲良くなるチャンスはある。

 

「なんだ! ジロジロと睨みやがって! なにか文句があるのか!」

「いえいえベルディアさん。なんでもありません。そうですね、ここはこの前のお詫びになにか奢ります。いい店知ってるんですよ。ぜひ案内しましょう」

 

 手でゴマスリをしながら、少し強引に騎士隊長を連れ出した。

 

 

 ベルディアを案内したのはとあるオープンカフェだった。

 

「貴様! 仮にも騎士の身であるこの俺を! こんな粗末な店に連れてきやがって!」

 

 彼の言うとおり、ベルディアを連れてきた所はお世辞にも立派とはいえないカフェだった。ここのコーヒーが特別おいしいとかそういうわけもなく、よくある普通のカフェだった。雰囲気も普通! マジで普通!

 

「ベルディアさん、この店は値段もお手ごろで、まあ味もそれなりですね。特に名物料理とかは無いです。可もなく不可もなくといった感じでしょうかね」

 

 この店について紹介していると。

 

「くだらない! 俺は帰らせてもらう!」

「ちょっと待ってください。ここからが本番ですよ。この店はきっとあなたも気に入ると思いますからね」

 

 ニヤリと笑みを浮かべ、帰ろうとするベルディアを引き止める。そう、俺の狙いはこの普通のカフェの食べ物なんかじゃない。注目したのはその立地だ。地の利を得たものが優位になる。

 

「ほら見てください。この店からは街の様子がよく見えるんですよ」

「それがどうした?」

 

 うんざりしたような声で帰ろうとするベルディア。表情はわからない。だってずっとマスクを被りっぱなしだからだ。室内でくらい脱げばいいのに。

 まぁでもいい。ぶっちゃけこのカフェでの食事なんてどうでもいいんだ。

 

「この店の前ではたまに強風が吹くんです。ほら見てください。女性の冒険者のスカートが……めくりあがってますね。フフフ」

「…………おお」

 

 丁度いいタイミングで突風が吹いた。そうだ、これを待っていたんだ。

 

「きゃあ!」

 魔法使いらしき女性が悲鳴をあげ、スカートを押さえる。だが手遅れだ。俺達二人はすでにパンツの柄を確認した後だった。

 

「クマさんでしたね」

「ああ、あの魔法使い。見た目はあんな不良っぽい格好をしていながら、内面は中々可愛らしい少女趣味のようだな」

 

 二人でニヤニヤしながらパンツについて談笑していると。

 

「……あっ! 貴様! 仮にも騎士である! この街の護衛隊長でもあるこのベルディアに! なんて卑猥なものを見せるんだ!」

 

 ベルディアはハッと気付いて、またさっきのように俺に抗議する。だがその声に前ほどの勢いが無いのはバレバレだ。

 俺が魔道具を使い、ベルディアについてわかったのは『むっつり』だということだ。態度こそまっとうな騎士のふりをしているが、その奥にスケベ心が隠れていることはお見通しだ。

 ではその秘めたエロ心、この俺に存分に利用させてもらうとするか。

 

「ふっベルディアさん。まぁまぁ硬い事言わずに。食事を楽しみましょうよ」

 

 俺は笑いながら注文した飯を口に入れる。うん普通だ。特別旨くもまずくも無い。やっぱり値段相応だな。

「ちょっと待て! この変態冒険者め! 騎士であるこの俺に! そんなものが興味あるわけないだろ! 女の! パンツなんぞに! この俺が!? パンツにな! 女のパンツに!」

 

「おや、また新しい風が吹いたな」

 

 ベルディアの抗議を無視し、次の強風が吹いたのを指摘した。

 

「おおっ!!」

 

 このむっつり騎士はすぐさま街のほうを振り向き、そしてじっくりと確認する。

 

「きゃあっ!」

 

 慌ててスカートを押さえる女冒険者(二人目)。

 

「ほう。今度はロリ系か」

「しましまとは中々わかっているじゃないか。ロリキャラは縞々と昔から決まっているからな」

 

 スカートの中を凝視するベルディア。マスクをしているのだがそれでもわかるくらいギラギラとした視線を注ぎ込んでいる。ロリキャラの縞々パンツにご満悦の騎士隊長。勿論この俺も。

 

「いやあいいもの見れたな。ロリのしまぱんといったらまさしく黄金の組み合わせじゃねえか」

「ああ、ロリと縞々、直球勝負も悪くない。少し背伸びしたくて黒いパンツを選んだりするロリっこも、またそれはそれで趣があるがな」

 

 また二人でのパンツ談義が始まった。俺達は今や男同士のホットな話題に夢中になっている。

 

「はっ! きっさまああ!! まさかこの俺を! こんなことで懐柔しようとでも! 騎士がそんな手に乗るかああああ!」

 

 またハッと気付き、大声で反論してくるベルディアに。

 

「一体何を言っているんだベルディアさん。静かにしてください。俺達はただ食事をしているだけじゃないか。ここはカフェなんだ。少し外の風景をながめているだけだ。そうだろう?」

「…………ゴクリ。そうだな。ただの食事だな。この騎士である俺も、たまには庶民の通う喫茶店で食事をするのも別におかしくは無いよな。よし、俺も飲み物を貰おうかな。店主! コーヒーを一つ!」

 

 ベルディアが俺の策略に屈した……いや言い替えよう。自分の欲望に素直になった瞬間だった。

 正直なのはいいことだ。とてもいい事だ。

 

「今度は青だな。シンプルな造詣だがまたそれがいい」

「くまさん、しましま、青か。色取り取りで素晴らしい。おっと、勿論深い意味はない。それにしてもサトー君。君とはいい友達になりそうだ。最初は君の事を疑ってしまってすまなかったな。君は素晴らしい人間だ」

「サトー君だなんて、マサキと呼び捨てにしてくれて構いませんぜ、ベルディアさん」

 

 俺はお冷を飲みながらむっつり騎士に言った。

 

「こちらこそ、ベルディアと呼んでくれて構わない。君のような話のわかる冒険者と知り合えて光栄だ。クハハハハハ」

 

 男の欲望を下敷きにし、今ここに二人の熱きフレンドシップが完成したのだった。

 

 

「フリフリなのもいいよね。なんか可愛い。小動物っぽいし」

「大人な下着もいい、あれはいいものだ。もしかして勝負パンツだったりするのかな? それを関係ない俺達が見るというのも、なんか興奮するな」

 

 パンツ……男のロマン。深夜アニメではパンツの輝きが人気を引き出すといっても過言ではない。まさしく宝具だ。その宝具について熱く語り合う俺達。

 ……レイによって毎晩のように繰り広げられる逆レイプ夜這いのせいで、最近俺は軽く女性不信になりかけだったが、どうやら大丈夫のようだ。普通の可愛い女相手ならちゃんと興奮する。普段ずっと狂った女に囲まれていたから多少混乱していただけみたいだ。

 

「よし! 俺は大丈夫だ! まだ戦える!」

「何のことだ?」

「いやすまん、こっちの話だ」

 

 首を振って言った。

 

 

 このカフェ以外にも、俺はベルディアをいろいろな場所に案内した。

 

「ここは人目が少ない。ヤバイ薬を取引しているとかいう情報がある。子供の誘拐にも持って来いの場所だ」

「なるほど、それは街を守る騎士として見過ごすわけには行かんな」

 

 ここはアクセルの路地裏。ひっそりとして人通りが少ない。

 

「というのは表向きの理由だ。あそこにはほら、ちょっとした階段がある。女性冒険者がたまに通るんだが……。この場所から見るとだな、ホラ丸見えだ」

「おおっ!」

 

 俺達は犯罪取引の捜査、という名目でまたしてもスカートの下を除いていた。

 

 

 

「この草原では弱いモンスターがよく発生してだな。冒険者の狩り場になっている。だが危険なのはモンスターだけじゃない。たまに吹く猛烈な風にも気をつけねばならないな」

「おお! おおっ!」

 

 何も無いただっ広い草原の事も紹介する。丁度冒険者が戦闘の真っ最中だ。強風でパーティーメンバーの女性のスカートがめくれているのだが、彼女は戦いに夢中で全く気付いていない。

 

「アレは騎士隊長のベルディアじゃないか? なんでまたこんな何も無い所に?」

 

 俺たちに気付いた冒険者の一人が聞いてくるが。

 

「ええっと、それはだな……」

「貴様ら! 騎士ベルディア様に向かってなんて口の利き方だ! ベルディア様はな! お前達冒険者の活躍する様子を見たくて、休暇中だというのにわざわざ見物に来たのだ! いざこの街が魔王軍に襲われたとき、冒険者も騎士も一致団結して戦わないといけない! どの冒険者を頼れば最大の効果を及ぼすことが出来るか、ベルディア様はそういった戦術も考えておるのだ! わかったか!」

 

 言いよどむベルディアの代わりに、俺がベラベラとあらかじめ用意しておいた答えを述べた。勿論全部でたらめだが。

 

「あ、そうでしたか。見回りの仕事お疲れ様です」

 

 俺の演説を聞き、大人しく引き下がる冒険者の男。

 

「なああのベルディアと一緒にいるあいつ、あの問題四天王のマサキじゃねえか。なんであいつがベルディアと一緒にいるんだ?」

「知るかよ。でもあいつには関わらない方がいいぜ。前に友達が軽い調子で話しかけたら、例の三人の女をけしかけられて金品を奪われたとか」

 

 ヒソヒソと俺の悪口を言っている冒険者。いや待てさっきこいつなんて言った? 問題四天王? って完全に俺も問題児扱いかよ。ちょっとそれは聞き逃せないな。

 

「助かったぞマサキ。これで俺がこの風がふりつける場所にいても何の不思議も無い。それにしてもお前はよくそんな言葉が出てくるな」

「カフェでちょっと考えておいたのさ。俺はただでさえ最弱クラスの冒険者なんだ。これくらい口が回らないと生きていけないぞ。騎士の様に堂々と戦えばあっという間にあの世行きさ」

 

 少し自慢げに説明した。

 

「そういえばあの冒険者、お前の事を問題児とか金品を奪われたとか言ってなかったか?」

「フッ! 気にするな! 今このアクセルの街でモンスター駆除率ナンバーワンなのが俺のパーティーだ。新入りに先を越されてやっかみを受けているんだよ。まぁ優秀な冒険者である俺にはよくあることだ。言わせてやればいい」

 

 そう適当に誤魔化した。別にカツアゲしたわけじゃない。慰謝料として向こうから差し出されたんだ。カツアゲと慰謝料、この二つは全く別物だ。とはいえあまりベルディアに詳細を聞かれたくないのでただの嫉みと言うことにしておいた。

 

 

 

「今日は素晴らしい一日だった、マサキ。何時間でも話していたいよ。また色々と秘密の覗きスポットを教え……ではなく街での違法な取引現場があったらすぐに教えてくれ!」

「まかせろ! またいくつか街中で候補を探しておく。ベルディア! これからよろしくな!」

 

 俺とベルディアは、男なら必ず熱中間違いなしの話題、女子のPANTSUの事ですっかり打ち解けた。パンツが嫌いな男などいない!

 

「イヤッホーゥ! サンキューブラザー!」

「イエーイ! 新しい友に乾杯!」

 

 ハイテンションで友情のハイタッチをする。

 

 

「あれ、マサキじゃないですか」

 

 そんなイケイケの俺たちの前に現れたのは、いつもの仲間たち、マリン、レイ、アルタリアの3人だった。

 

「いいところに来たな。丁度お前達に紹介したかったところだ。俺の親友、ベルディアさ」

 

 俺は女達に新しい友達を見せびらかした。

 

「貴様ら、この前の事は我が友マサキに免じて特別に許してやろう」

 

 ベルディアももう怒っておらず、にこやかに――マスクしてるからわからないが多分――挨拶をした。

 

「んだと! 許してやる? 私はなんも悪いことしてねえぞ! ダグネスと私は友達だから決闘くらい普通だ! 外野のお前にどうこう言われる筋合いは……」

 

 アルタリアがせっかく穏便に済みそうなのにまた厄介ごとを起こそうとしてくるので。

 

「ねえちょっとアルタリア、こっちこっち。おっちにお前に見せたいものが」

「ああなんだよ? グハッ!」

 

 アルタリアの注意を引いた後、一瞬の隙を付いて腹を肘討ちした。一撃で倒れるアルタリア。

「やはり防御は紙だな。俺ごときにダウンさせられるとは。フン」

 

 手をパンパンと叩き、倒れたアルタリアを見下ろしながら。

「うちの連れが失礼したなベルディア。次からはきちんと言い聞かせておく」

 

 そう笑顔でベルディアに告げた。

 

「オイマサキ……不意打ちとは……卑怯じゃねえか?」

 

 うつ伏せに倒れたアルタリアが

 

「戦場では卑怯なんて言葉は無い! お前もよく知ってるはずだ! そして俺の友情の邪魔をする奴は許さん。わかったか! てい!」

「ぐふっ。たしかに……お前の言うとおりだ」

 

 まだ何か言おうとするバトルバカに踏みつけてとどめをさした。

 

「な、なあマサキ、さすがにそれは酷くないのか?」

「どんな時も隙を見せないのが戦士だ。こいつも納得済みだ。それにこれくらいやっとか無いと安心できないからな。なにせあの名家ダクティネス家に喧嘩を売るような女だぞ」

 

 仲間の女クルセイダーを足蹴にする俺を見て、少し引いているベルディアに説明する。

 

「あ、ああそうだったな。お前の方から止めてくれると助かる」

 

 アルタリアのこの前の所業を思い出し、納得してくれたようだ。

 

「私はアークプリーストのマリンと申します。オホホ……ではなくプークスクス!」

「私はレイ。マサキ様の運命の人です」

 

 他の二人が俺の友人に自己紹介をすると。

 

「アクシズ教徒に……そいつはアンデッドじゃないのか? さっきの狂戦士といい、よくこんなメンバーと冒険する気になったな」

「見ての通り俺の仲間は危険な奴らばかりだ。ギルドのはみ出し者たちよ。だが『勇将の下に弱卒無し』という言葉がある。この俺はあえてそんな頭のおかしい彼女たちを拾い、そして大きな結果を見せ付けることで決して役立たずではないことを証明しているのさ!」

「マサキ、お前って奴は、なんていい奴なんだ。冒険者の……いや全て戦士の鏡だ」

 

 感動する我が友ベルディア。

 

「マサキったらあんな事言っていますわ」

「前はいやいや押し付けられたとか言ってましたよね。まぁマサキ様が嘘つきなのは知ってるからいいんですけどね」

 

 アホ二人がヒソヒソと呟いているが無視することにする。

 

「ほう! マサキ! お前には感動させられたぞ! パンツ……じゃなかったあのこと以外にも、冒険者としても優秀な男なんだな。そうだ、今度お前を騎士に推薦してやろう!」

「気持ちは嬉しい、嬉しいがベルディア。俺は今の冒険者家業が気に入っているんだ。それにまだこの街に着て浅いんだ。騎士の仕事についていけるとは思えないよ。気持ちだけ受け取っておくよ」

 

 ベルディアの申し出に遠慮して断る。冗談じゃない。騎士のようなガチガチのところに入れられてたまるか! この俺の奇想天外な権謀術数など絶対受け入れてもらえないだろう。そんなつまらん所じゃ実力を発揮できない。そんなむさ苦しいところに入れられたら一日でバックれそうだ。

 

「そ、そうか。だがもし困ったことがあればいつでも俺を訪ねるといい。では我が友マサキよ! さらばだ!」

 

 ベルディアは街に外に止めていた馬に乗り、そのまま自分の家へ帰っていった。

 

 

「どうだお前達! みたか! これがこのマサキ様の実力だぞ! 素晴らしい友人だろ? この俺にかかればこの街一番の使い手だろうが友達に出来る! あいつと付き合っていて損は無い。なにしろ騎士様だからな! どうだ!」

 

 ベルディアが去って行った後、仲間たちに自慢した。

 

「一体どういった手を使ったかは知りませんが、素直に凄いと褒めてあげましょう。ですがどうせまた適当な嘘を並べ立てたんでしょう? 嘘で成り立った友情はすぐ崩れますよ?」

 

 マリンが至極真っ当なことを言ってくるが。

 

「フン。女には男の友情なんてわからないさ。あいつと俺は熱い友情で結ばれている。男同士にしかない絆があるのさ」

 

 パンツという名の絆だが。エロはどの時代でも大正義だ!

 

「ねぇ、マサキ様。男同士の友情も結構なんですが、なんだかちょっと仲良くなりすぎじゃないですか? もしかしてそっちの気があったり? やめて下さいよ男同士なんて?」 

「てめえ! どの口が言う! お前が男友達を作れって言ったんだから作ったのに! いざ出来たらなんだその言い分は! 俺がどれだけ一生懸命考えて信頼関係を結んだか! このメンヘラいい加減にしろよ!」

 

 さすがに怒ってレイの胸倉を掴んだ。

 

「ヒヒヒヒヒ。怒った顔も素敵ですマサキ様。あまり男友達にうつつをぬかして、私を蔑ろにしたら許しませんよ? 私が言いたいのはそれだけです。キヒヒヒヒ」

「フン。まあいい」

 

 掴まれて怒るどころか、嬉しそうに不気味な声で笑い出すレイを、そっと下ろしてやった。

 

「そういえば、アルタリアさんは回復させなくていいんですか?」

「あっ」

 

 




ベルディアはいい奴です。
優秀な戦士です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 17話 荒くれのラビッシュさん

不良冒険者登場です! 冒険には悪友も必要ですからね。


「暇だな」

 

 俺はギルドの待合室で、一人でルールブックを見ながらボードゲームを弄っていた。

 駆け出したばかりの街アクセル、そこでトップクラスの成績を収めるエースパーティー。そのリーダーであるこの俺がどうして暇なのかというと。

 話は少し前にさかのぼる。

 

 

 ――ある日、冒険者ギルドにはこんな苦情が寄せられていた。

 

「最近マサキ一味がこの街周辺のモンスターをほぼ独占している! そのせいで俺達は商売あがったりだ!」

 

 この俺が思いついた、多数のモンスターを誘い込み一気に片付ける戦法、名づけて『フォーメーションα』で今日も稼ぎまくろうと思ってた矢先だった。

 やっぱり範囲狩りは最高だしな。アルタリアにトレインさせてレイの炸裂魔法で一気に始末する。また今日も討伐クエストの紙を片っ端から剥がしていく。

 適当にまとめて受注しているため、時には書いてあるモンスターを退治しそこねて失敗扱いになり、ペナルティーが発生することもある。あるのだがそんなの莫大な報酬利益に比べれば誤差のようなものなので全く問題ない。

 そんな俺の姿を見て、他の冒険者が文句をつけてきた。

 

「おいてめえ! マサキ! 少しは遠慮しろ! てめえのせいで辺りのモンスターがガクッと減ってるんだよ!」

「君は何を言ってるんだ? モンスターがいなくなることはいいことだろう? 俺も冒険者として、街の発展のために尽くしてる。それのどこが悪いんだ?」

 

 怒る冒険者を冷静に諭す。

 

「あ!? ああ、たしかにな。確かにモンスターが消えるのはいい。いいんだがお前らあまりにやりすぎなんだよ! このままじゃあ俺達の仕事がなくなっちまう! 楽に倒せるモンスターを根こそぎ奪われると困るんだよ!」

 

 そんな彼らの抗議に。

 

「悪いな。モンスター退治は早い者勝ちだ。君たちも頑張ってくれ。じゃっ」

 

 軽く会釈をして、その日もモンスターを狩りまくった。

 

 

 ――またある日の事。

 

「マサキを何とかしてくれ! 頼む! あいつはこの辺りのモンスターを絶滅させる気だ! あれだけいたジャイアントトードも全く見かけない! このままだと冒険者としての仕事がなくなる!」

「マサキの奴、弱いのも強いのも関係なく全部討伐しやがって! あとはもうめんどくさいのとか、ちょっと遠出の奴しか残ってないんだ! このままじゃあ俺達は金がなくて野垂れ死にだ!」

 

 ギルドの受付に凄む冒険者たち。彼らの言うとおり、俺達のパーティーは大活躍を続けている。このペースで行けば町周辺モンスターは軒並み駆除出来そうだ。

 

「も、申し訳ありません。あの、ギルドの法律には……受けるクエストの上限とかはありませんので……。とにかくモンスターの駆除が最優先なため。サトー・マサキさんの行為を止める事は出来ないんですよ」

 

 ギルドの受付も必死でクレームに答えている。だが当然だ。モンスターを倒しすぎて罪になるなんて、そんな馬鹿げた法律があるわけが無い。そんなのがあったら魔王が喜ぶだけだ。

 彼らを無視し、無言で残ったクエストの紙を剥がしていると。

 

「おいマサキ! 少しは遠慮したらどうだ! お前達が凄いのは認める。認めるよ! だがな、なにもここまでやらなくてもいいじゃないか! 多少は俺達のぶんも残しといてくれ! やりすぎなんだよ!」

 

「そうだぞ! お前達の活躍のせいで! 弱い冒険者はみんなやることがなくなって廃業寸前だぞ! 弱い奴らだけじゃない! 俺のようなベテランでも正直きついんだよ! だから!」

 

 職を奪われそうになる冒険者がまたしてもつっかかってきた。

 

「なにも金を稼ぐのに冒険者に拘る必要は無いぞ? 他にも道はある。街の外壁を見てみろ。完成するのはまだまだ先だ。土木工事なら有り余ってる。そっちに行けばいいだろ? まぁ頑張りたまえ」

 

 彼らに転職のアドバイスをし、またしても俺は狩りへと向かった。

 

 

 

 ――そのまたある日。今日も残ったモンスター討伐クエストの紙を剥がしていると。

 

「ゴホン。あ、あの……冒険者サトー・マサキさん? あなたの活躍は目を見張るものがあるですが、少し自重してくれると助かるのですが……。あなた方がモンスターを倒しすぎるせいで、この街の他の冒険者の不満が爆発寸前なのですよ」

「モンスターを倒せばこの街もより発展する。この街が大きくなればまた新しい脅威も増えるでしょう。そうなれば俺達だけでは対処しきれなくなります。その時にはまた彼らも忙しくなるでしょうよ」

 

 困った顔でお願いする受付のお姉さんにそう言い返す。

 そのそも俺達だけでこの街のモンスターをほぼ独占できているのは、この街自身が小さいという理由もある。正直今の段階では街というよりは村だ。この街アクセルが大きくなればもっと冒険者の数が必要になる。近くの森にはまだまだモンスターが隠れているはずだ。そうなれば彼らにもその内仕事が回ってくるだろう。そう、こっちを睨みつけてくる、面白くなさそうな顔で朝から酒を飲んでいる冒険者達にもだ。

 そう先の事を考えてまた今日も狩りに出ようととすると。

 

「お願いです、サトー・マサキさん。他の冒険者のことも考えてください! 今やギルドは半壊状態にあります! 原因はあなたです! あなたたちがクエストをほぼ独占しているから、町の冒険者が困っています! 結果冒険者のなり手がどんどんいなくなっているんですよ! ただでさえ収入が不安定な冒険者が、あなたのせいで雀の涙くらいしか稼げないんです! もし今魔王軍からの攻撃でもあれば、私たちは一たまりもありません! ですから!」

 

「いや、俺は別に悪い思いしてないし、悪いこともしてないし、しらね」

 

 そう言い切ってクエストへ出発した。

 

 

 ――こんなことを続けていると……

 

「冒険者サトー・マサキとそのパーティに告げます! ペナルティーとしてあなた方は当分! クエスト受注禁止です!」

 

 ついに痺れを切らしたギルドが俺達にそう告げてきた。

 

「なんだと! これは横暴だ! モンスターを退治して何が悪いんだ! ふざけるな! ペナルティーだと!? 俺達が何をしたというんだ! 言ってみろ!」

 

 俺は激怒してギルド職員に言い返すが。

 

「新しいギルドの法律が制定されました。それによれば、ギルドの和を乱す冒険者には罰を与えると。例えばみんなで倒すはずのモンスター達を誰かが独占したり。そういった行為は禁止事項です。ですからサトー・マサキさん、あなたたちには当分謹慎をお願いします」

「んだとコラあ! この程度でケチケチすんじゃねえよ! 俺はな! 確かにトレインやって狩場を独占したがな! ただそれだけじゃねえか! 俺の国ではな! こんなのまだまだ序の口なんだよ! 本来ならこの先があってな! 他人が狩ろうとしたモンスターをとどめだけ掻っ攫う横殴りとかな! また引き連れたモンスターに邪魔なプレイヤーを襲わせたりとかな! それらは我慢してやってるのになんて言い草だ!」

「うわあ……」

 

 かってネトゲでやっていた迷惑行為を説明して逆ギレする。そんな俺の発言にドン引きするその場のギルド職員、そして冒険者達。

 

 

「やべえよあいつ」

「やっぱ狂ってるよ」

 

 ヒソヒソと俺の悪口を言う冒険者達。

 

「とにかくここしばらくの間! あなた方はクエストを受けることが出来ません! 報酬も発生しません! いいですね!」

「そんな! 勘弁してくれよ! このままじゃあ金がなくて死んじまうよ……」

 

 そうギルド職員に頼み込むが。

 

「サトー・マサキさん? あんたはさあ、ここ最近滅茶苦茶モンスターを狩りまくってたじゃん? ぶっちゃけ当分は何もしなくても暮らせるだけの金持ってるの知ってるんですよ? 大人しく引きこもってくださいよ」

「ぐっ」

 

 男の方のギルド職員にバラされそのお願いは失敗に終わった。

 

 

「消えろ! 消えろ!」

「やめろ! やめろ!」

 

 ギルドでは俺に対する大ブーイングの嵐。

 

「ってめえら! 覚えとけよ! この借りは高くつくからな! いつか絶対に返してやる! この俺を怒らせたことを後悔させてやる! わかったな!」

 

 俺はそう捨て台詞をはいて、仕方なく引き下がることにした。

 

 

 

 と、いうわけで俺は冒険者としての仕事が一切出来ない。だから暇なのだ。

 

「くそったれがめ。クズザコ冒険者共が! そもそも特定のモンスターだけ狩るってのが非合理的なんだよ。目に付く奴はまとめて狩ったほうがいいに決まってる! なにがギルドだ。なにがクエスト制度だ! 古臭い風習に縛られやがって!」

 

 愚痴りながら一人ボードゲームを動かす。

 

 

「そもそもだぞ! 奴らは俺に町の問題児ばかり押し付けやがって! それにな、あいつらは確かに色々と難がある! あるけど使いようによっては役に立つんだ! そのチャンスを手放したのはこの町の冒険者のカス共のほうだ! 見事使いこなして何が悪い!」

 

 俺は愚痴りながら、酒場の隅っこで所在無さそうにル-ルブックをめくっている。

 ちなみに他の仲間はどうしたかというと……。

 

「ああ、私には見えます! 見えますとも! アクア様がこのアクセルに舞い降りた後! 温泉に浸かって風呂上りに牛乳の飲んでいる姿が! そう! 即ち! このアクセルには温泉が出るはずです! アクア様が降臨なさる前に! 早く源泉を掘り当てなくては! レイさん! 炸裂魔法で温泉掘削の手伝いを!」

 

 マリンはまた何か電波を受信したのか、そんな事を叫びだし、つるはしを持ち出してレイを誘った。

 

「気乗りしませんね……。本当に出る保障はないですし」

 

 最初は難儀を示していたレイだったが。

 

「待ってくださいマリン。温泉がもし出れば、混浴もありですか?」

「うーん……私の故郷アルカンレティアでは混浴はありますね」

「そうですか! 是非やりましょう! 温泉を掘り当てましょう! もし見つからなくても大丈夫! 無いなら作ればいい! マサキ様! 終わったら混浴しましょうね!」 

 

 そういって二人は元気に駆け出して言った。誰が混浴なんてするか。

 そしてアルタリアの方は。

 

「私ってさあ! 一日最低一回はなにか殺さないとおかしくなるんだよ! だからなんとしても狩ってやる! じゃあな!」

 

 と物騒な言葉を言い残してどこかへ走り去っていった。

 だから今俺は一人だ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「にしてもこのボードゲーム、ルールが滅茶苦茶だな。テレポートで盤外に逃げるとか。あとエクスプロージョンってなんだよ。盤をひっくり返すとか禁止にしとけよ」

 

 ルールに文句を言いながら一人遊びで暇つぶしをしていると。

 

「こんにちは! じゃない! このラビッシュ様が来てやったです……ぜ!」

 

 大声がしたので振り向くと、ギルドの扉から戦士の服装をした、金髪の女性が入ってきた。ちなみに開けたドアはきちんと自分で閉めていた。二人の取り巻きをつれている。

 

「最近面白い奴がいるらしいな! 名前はサトー・マサキ! 噂じゃクエストを独り占めしたとか! この町一番の不良冒険者であるこのラビッシュ様の前でよくもそんな事をやったな! いい度胸で……だぜ!」

 

 自称この町一番の不良冒険者は叫ぶ。

 

「サトー・マサキさん! じゃなかった! マサキって奴はどこだ! 教えてくれ」

 

 どうやら俺の事を探しているようだ。

 

「どうもありがとうございました。で、あんたか! この私の町で色々やってくれてるのは! 聞かせてもらうからな! いいな!」 

 

 ギルドにいる冒険者に俺の事を尋ね、その人にわざわざお礼を言った後、俺の目の前に静かに座った。

 

「はあ。俺ですけど」

 

 不信極まりない戦士風の装備をした女を見て、俺は嫌そうな顔で答えた。なんなんだこいつ? さっきから悪ぶってるけど、ドアをちゃんと閉めなおしたり、教えてくれた人に敬語でお礼を言ったり、座り方も普通に行儀よくて困惑する。言動と行動が一致して無さ過ぎる。口こそ悪いが行動は真面目な優等生みたいだ。

 なんだ俺? 試されてるのか? ドッキリ的なものか?

 

「おいギルドの! いつものアレだ! アレ持って来い! ついでにこいつにもくれてやってくれ!」

 

 荒れくれ? の女性がギルドの職員に叫ぶ。すると手元にはミルクが運ばれてきた。

 

「どうだ? まぁこの私のおごりだ! まさか飲めないとはいわないよな! だよね!」

「…………あ、はぁ」 

 

 目の前にあるミルクを見つめる。うんミルクだな。おかしいな? 普通こういうときってお酒じゃないのか? 何でミルクをおごられないといけないんだ? この女は一体何がしたいんだ?

 仕方なく注がれたジョッキで飲む。うん、ミルクだ。よく冷えたミルクだ。ただのミルクだな。

 

「プハー! であんたがサトー・マサキで間違いないな? この俺、……俺様? いや私でいいかな? 私はラビッシュ! この町では知らないものはいない要注意冒険者さ!」

 

 一人称も定まっていない謎の女はラビッシュと名乗った。そんな彼女に俺は。

 

「ラビッシュさん? ずっと思ってたんですが、左肩のところ、外れてますよ?」

 彼女の鎧の肩当がズレていた。一目あったときからずっと気になっていたのでそれを指摘した。

 

「え? ああ、ご親切にどうも」

 

 そういって肩当を直すラビッシュは、ハッと気付き。

 

「あ! 違う! これはあえてやってやってるんだよ! ええっとアレだって! 着くずしってやつだ! どうだ! 悪っぽいだろう」

 

 せっかく直した肩当をもう一度ズラし直して自慢げに威張るラビッシュ。

 本当になんなんだこいつは? つっこんだら負けなのか? アレか? どっかの箱入り娘か何かの反抗期か? 

 

「そうですともラビッシュ様! あなたは悪党です!」 

「可憐な着くずしでした!」

 

 ラビッシュについてきた二人が彼女を褒め称える。一人は騎士っぽい男で、もう一人は魔法使いっぽい女だ。何か理由があるのか、それぞれ顔を隠している。

「やっぱり? やっぱ私ってワルの冒険者だよな! そうだよな! この服の着方で間違ってないよな?」

 

 ずれた肩当をさすりながら不安げに答えるラビッシュ。だから何なんだこの茶番は。

 

「ふああーぁ。で、俺に何か用?」

 

 アホらしくなって欠伸をしながら目の前のファッション悪党に尋ねた。

 

「え? ええ……、ええっと、そうだ! お前マサキだな! マサキという名の冒険者が、この町で色々と悪事をしてると聞いてだな。この町でよくも! じゃない! この町一の大悪党であるこの私を差し置いてよくもやってくれたな! うん、うんっと! 調子に乗るな! そうだ! 調子に乗るなよ!」

 

 色々と台詞を噛みながら俺にケンカを売ってくるラビッシュ。いや、これはケンカを売ってるのか? こんなチグハグな有様じゃあ腹を立てようが無いぞ。

 

「あのさあ、結局お前は何がしたいんだ?」

 

 俺は困った顔でラビッシュに聞く。すると向こうも困った顔をする。俺に話しかけた後のことを何も考えてなかったのかだろうか。お互いに沈黙している、その時。

 

 

「このクソ女! 勝手に俺たちのパーティーに紛れ込んでんじゃねえ!」

「アルタリア! てめえはクエスト禁止だって言われてただろ!」

 

 アルタリアが他の冒険者に捕まって、ギルドへと連行されていた。

 

「違う! 私はアルタリアじゃねえよ! 名前はダグネスだ! ダグネスって言うんだよ! 初めまして!」

「どう見てもアルタリアじゃねえか! っていうか少しは変装くらいしろよ!」

 

 友人ダグネス嬢の名前を騙るアルタリア。だが服装はいつものアルタリアだ。正体を隠す努力が全く見当たらない。

 

「いいだろ! 少しくらいよう! 一日一殺しないと気分が落ち着かないんだよ!」

「知ったことか! っていうかすでに散々暴れたあとじゃねえか! 大物を4匹も掠め取りやがって! ギルドで大人しくしてろ! おいマサキ!」

 

 激怒している他の冒険者達が俺の名を呼ぶ。

 

「どこに行ったのかと思ったら……。何やってんだよお前」

 

 仕方なくアルタリアを引き取りに向かう。

 

「だから私はダグネスだって! アルタリアじゃねえって。なあ聞いてくれよ! 5匹目を殺そうとしたところをこいつらに止められてよお」

「謹慎中なのになにやってんだよ。俺の罪が増えたらどうする。なにがダグネスだ。勝手に人様の名前を使うなよ。しかも大貴族の」

 

 アルタリアに説教すると。

 

「マサキ! お前の差し金か? よくもこんな真似を」

「なわけねえだろ! このドS女を完全に制御できるわけねえだろ! こいつが勝手にやったんだよ!」

 

 俺は冒険者に反論する。

 

「チッ! 次はゆるさねえからな! 二度目はねえぞ! ちゃんと見張ってろよ! 仲間をほったらかして女と遊んでるとはいい度胸だな!? ってラビッシュさん?」

 

 冒険者は俺に悪態を付いたが、ラビッシュの姿を見て驚愕する。

 

「お、ちょっと……? ラビッシュさん? あんたなにやってんです? こんな男と関わらない方がいいですよ? こいつはここ最近悪名を轟かせてるマサキっていう名の要注意人物で……」

 ラビッシュの姿を見て急にかしこまる冒険者。なんだ? この金髪姉ちゃん、思ったよりずっと有名人なのか?

 

「そうだ! 知ってる。だから用があって来たんだよ! 同じ悪い冒険者同士で、話がしたかったんだ! なにかおかしなことがある?」

「い、いえ……」

 

 たじたじになる冒険者。この態度の代わりようははどういうことだろう。ラビッシュ……本当にこの町の大悪党なのか? 

 

「だって私は悪いからな! 悪い子だからな! さっきだって飲み終わったポーションのビンを! ゴミ箱に捨てずに横に置いといてやったぜ! どうだワルだろう?」

「は、はぁ……」

 

 いや、それはないな。やっぱりこいつはただの悪人ごっこだな。っていうかポイ捨てはしないのか?

 そんな彼女をお構い無しに。

 

「ああそうだマサキ。結構体力が減ってよう。体力回復のポーションか何か持ってねえか? もってたらくれよ」

「あるぞ。ほい」

 

 アルタリアが聞いてきたのでポーションを渡した。アルタリアはHPの上限が低いため安物でもすぐ満タンになる。

 

「ぷはー、生き返ったぜ! ありがとよマサキ!」

 

 ポーションを取ってがぶ飲みしたあと、その辺にほおり捨てるアルタリア。割れたビンの破片が散らばろうがお構い無しだ。

 

「ちょっと君! じゃなくてお前! なんてことをするんだ! こんなことをしたら掃除の人に迷惑じゃないか!」

「んだよ。掃除するのが仕事なんだからそいつらにやらせればいいだろ?」

 

 そのアルタリアの所業に抗議する自称大悪党。一方自分が悪いことをしたとも思っていないアルタリア。

「うん、アルタリア。お前がナンバーワンだ」

 

 アルタリアの肩を叩いて告げた。やっぱり荒れくれってのはこうだな。

 

「あ? ありがとよ。で、私なにかやったか?」

「いや、本物と偽者の違いがわかっただけさ」

 

 不良の態度をみて満足してみると。

 

「おいそこの女の冒険者! よくもみんなが使うギルドでポイ捨てなんかしたな! このラビッシュ様がいる限りそんな真似はさせないぞ! こっちを向け!」

 

 さっきまでのワルごっこはどこに行ったのか、急に正義感溢れた口調で注意するラビッシュ。っていうかこっちが素なんだろう。無理して悪ぶってたのは誰にでもわかる。

 

「んあ?」

「どこのどいつだ? この町でこんな真似をするのは! ってあんたは! アレクセイ家の?」

 

 アルタリアが振り向くと、ラビッシュは驚いて後ずさった。

 

「んだよ? 決闘なら受けて立つぜ? って、ん?」

 

 アルタリアはウキウキで剣に手をかけるが、ふとなにかに気付いたようでラビッシュの顔をじっと見つめた。

 

「なあ、あんた。どっかで私と会った事ないか?」

「……え!? なんのことかな? は、は……初めまして、アレクセイ・バーネス・アルタリア。私はラビッシュっていうんだ。そ、その、よろしく」

 

 汗をダラダラ流しながら、アルタリアから距離を取って心細く告げる。

 

「うーん、どこだっけなあ? どっかで見たことがあるんだよなあ。お前の顔」

 

 アルタリアのほうも、戦いより疑問が勝ったようで、ジロジロとラビッシュの方を見ている。

 

「いえ! 初めてですって! こうやってお会いするのは! そうでしょ? 私はラビッシュです」

 

 このラビッシュという女、やはり、っていうかどう考えても何かあるな。そもそも聞いてもいないのにアルタリアのフルネームを言い当てたぞ。この町でアルタリアが貴族だということを知っている人間なんていない。それに普段の彼女の様子から、言われても信じる人間などいるわけがない。実際に屋敷に向かった俺達を除けば。

 それ以外で彼女の正体をしっているとするなら、たとえばあのダグネス嬢のように、同じ貴族の人間とかしか……。

 

 

 

 

「なあ、ラビッシュ? とかいうの? あんたってひょっとしてどっかの……」

「ああ待て! ちょっとお前来い!」

 

 俺がラビッシュの正体を探ろうとしていると、その取り巻き二人にストップをかけられた。

 

「なんだお前ら。揉め事なら喜んで買うのがうちの仲間にいるぞ?」

「いいから、いいからちょっと来て下さい!」

 

 そういってギルドの外に連れ出される。

 

「俺とやる気か? 俺に手を出すのはいいが、そうすればレイやアルタリアが黙っちゃいねえぞ。それを理解しているのか?」

 

 そう脅していると。

 

「そうじゃない。お前には少し黙ってもらう。コレでな」

 

 騎士っぽい男が懐から何か取り出す。なるほど、ガバガバとはいえ仮にも悪党を名乗るだけの事はある。危険なのはあの天然ボケ女じゃなく、取り巻きの方だったか。

 実力行使で来るか。レイとアルタリアの名前を出しても引かないとなると、中々のやり手かも知れない。  

 俺も警戒し、懐のナイフに手を置くと……。

 

「お願いします! これを差し上げますんで! お願いですからあの方に話を合わせて置いてください!」

 

 騎士っぽい男が取り出したのは数枚の金貨だった。

 

「そう! お願いよ! ラビッシュ様はちょっとわけがあってあんな事をしてるの! お願いだから彼女を悪人扱いしてあげて!」

 

 魔法使いのほうも必死で俺に懇願してきた。

 

「はぁ……」

 

 拍子抜けだ。俺はナイフから手を離し、スキルを唱えるのもやめた。

 

「別に金には困ってないんだけどな。知ってるだろ? 俺は最近かなり活躍してたんだ。まぁそのせいで干されてるんだけどな」

「そこをなんとか! 少しラビッシュ様とお話しするだけで、この金貨が手に入るなら悪い話じゃないでしょ?」

「そうよ! ちょっとした人助けだと思って! こんなわりのいいバイトはないのよ!」

 

 二人の取り巻きはなおも必死で俺に頼み込んできた。

 なんとなく事情が掴めてきたぞ。あのラビッシュとかいう金髪の女はどっかの貴族か何かのお嬢様で、悪い冒険者に憧れてて、それを叶えるためにこの二人が護衛としてついているのか。どおりでこの二人、辺境の田舎の町には相応しくない豪華な装備をしているわけだ。

 アルタリアも下級とはいえ一応貴族の端くれだし、どこかの会合で顔を合わせたに違いない。ラビッシュは正体がバレるのを恐れてあんな怯えていたのか。

 

「まぁいいか。じゃあ乗っかってやるよ。こっちに損はないしな。暇だったし」

「それは助かります! 噂では大貴族が相手でも襲い掛かる無法者と聞いていたのに。よかったよかった」

「ラビッシュ様も本物の外道冒険者と話したとなれば満足するでしょうし!」

 

 少し引っかかる言葉があったが、彼らの願いを聞いてやることにした。金も貰ったことだし。それに相手は間違いなくそこそこの一族だろう。恩を売っておいて悪い気はない。

 

「じゃあラビッシュお嬢様のところに戻るか」

「ちょっとマサキさん、お願いですからお嬢様と呼ぶのは止めて下さいね?」

「このやり取りがバレてしまったら意味無いんですからね!」

 

 そう注意されながらもギルドの中に戻った。

 貴族に借りを作るのはいいことだし、少しくらい付き合ってやってもいいじゃないか。打算を考えながら、お嬢様の悪党ごっこに付き合ってやることに決めた。

 

 




・ラビッシュ
ガストの対比キャラ。
金髪碧眼の美少女冒険者。装備は剣と盾のスタンダードな戦士系。自称町一番の大悪党。
町の冒険者は(とある事情により)彼女に頭が上がりません。
またそれでも従わない者には取り巻きの二人がお金を握らせてます。
ちなみにラビッシュは偽名で本名は別にあります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 18話 アウトローズ

 お付きの人達との話は付いた。

 あとは望みどおりラビッシュに不良冒険者としての会話をしてやればいい。

 まずは目を泳がせながら、必死でアルタリアから顔をそむけている彼女を助けてやらねば。

 

「アルタリア、お前は何か勘違いをしてるぞ。彼女はラビッシュ、この町の有名な裏番さ。一応貴族の端くれであるお前なら、顔くらい見ててもおかしくないさ」

 

 いまだラビッシュの顔をじろじろ見つめているアルタリアに、適当に説明した。

 

「そんな奴いたっけなあ? まいっか。マサキがそう言うならそうだったのかも。私はアルタリア。よろしくな!」

 

 すぐ納得するアルタリア。彼女が馬鹿でよかった。裏番ってなんだよとかそういうつっこみがなくて助かる。チョロい。

 

「私は貴族の間ではちょっとした有名人なんだ! もしむかつく奴がいたら私に言えよ? ぶっ飛ばしてやっからさ!」

「え、ええ……アレクセイさん。あなたの事は噂でよく知ってます。困ったときはよろしくお願いします」

 

 キャラ付けを忘れて敬語になってるラビッシュ。相手が同じ貴族だからだろうか? 素が出てしまっている。

 

「まかせとけ! 相手がなんだろうが関係ねえぜ!」

 

 まるで舎弟と接するように自慢げに答えるアルタリア。

 多分だが、っていうか絶対ラビッシュの方が家柄の格は上だと思う。

 もしもこの先世話になるならこっちの方だろう。

 

「まあそれでな、ラビッシュさん。君は、いやこの町の皆は俺の事を要注意人物扱いしてるが、本当はごく普通の冒険者だぞ? 噂ってのは勝手に大きくなるものだよ」

 

 とりあえず話を適当に続けて満足してもらおう。

 

「よく言うぜ。マサキってなあ、ここ最近よお! 毎日警察のお世話になってんだぜ? やっべーだろ?」

「人聞きの悪いことを言うなよ。ちょっと警官を脅して留置所に入れてもらってるだけさ」 

 

 アルタリアが誤解を招くような事を言い出す――いや誤解じゃなくて事実なんだが。

 

「ぶっ! お前なんてことをやってるんだ! 違う違う……えーとえーと。さすがこの町で私の次に有名な悪党なだけあるな! さすがだぜマサキ!」

 

 最初は俺に憤ってたが、慌てて悪党設定に戻して褒めるラビッシュ。この女もいちいちめんどくさいな。っていうか俺の近くに集まる女全員めんどくさい。

 

「アレは仕方ないだろ! どこへ行ってもあの悪霊が追いかけて来るんだ! どんなに閉じ込めても突破される! だから発想の転換だ! 俺が牢屋にいればいい! そうすればさすがの奴も追って来れない! ようやく安眠の地を見つけたんだ! そのためなら多少の罰金なんか安いものさ」

 

 俺は留置所に入れられている理由をなんとか説明する。そう、俺のパーティーのヤンデレメンヘラ女、レイから逃げるためだ。あのゴキブリ女はどこへ逃げようと僅かな隙間さえあれば入ってくる。

 しかしそんな彼女も法を破る真似は躊躇ったようだ。窓の外から恨めしそうに睨んでくるのは怖いが、それ以上は何も出来ない。

 

「悪霊におわれてるんですか……いや追われてるのか? だったらプリーストに除霊を頼めば?」

「あのゴキブリアンデッドはプリーストじゃあ倒せないんだ。残念ながらな……。まぁいい。ムショの中が一番安全さ。それに今では警察に顔見せるだけで黙って案内してくれるほどになったぞ! もうお得意様だよ」

 

 最初は殴りかからなければ公務執行妨害で捕まらなかったが、最近はもう顔パスで中に入れてくれるようになった。警察の方もすっかり俺の事情を理解してくれている。申し訳程度に舌打ちするだけで十分だ。

 

「悪霊から逃げるためとはいえ……毎日警察の世話になるのも気にしないとは。よし! 私ももっと悪いことをやって一回くらい捕まるぞ!」

「おやめください! そんな事態になれば困るのは警察の方です!」

「ラビッシュ様! こいつは悪党というより人間として大事なものが抜け落ちてます! 真似してはいけません!」

 

 ラビッシュは俺に対抗心を燃やし、自らも警察に捕まることを望むが、お付きの方々に必死で止められている。

 

「おいマサキ! ラビッシュ様に余計なことを吹き込むな!」  

 

 激怒するラビッシュの付き人たち。全く、世話のかかるお嬢様だ。

 少し軌道修正してやるか。

 

「そうだラビッシュ、俺が警察に厄介になってるのは悪霊に追われているという理由があるからだ。好きでやってるわけじゃない。そもそも簡単にお縄にかかる奴なんて悪党としては下っ端さ。本物の悪党って言うのはそうだな。もっと言動が飛びぬけてないとな。アルタリアを見るといい。彼女からは悪党の振る舞いを学べるぞ」

 

 いまいちお嬢様気質が抜けないラビッシュに、アルタリアをお勧めしてみた。

 

「アレクセイさんですか……」

「アレクセイなんてやめな! オヤジに名乗るなって言われてるんだ! アルタリアでいいぜ。ってかよおマサキ? 私のどこが悪党なんだ? ビビられてるのは知ってるがよお。ただモンスターを倒してるだけじゃねえか!? 嫉妬だろ?」

 

 自覚がないアルタリアは不思議そうに聞き返してくる。モンスターを倒すだけだったらそこまで嫌われねえよ。この馬鹿女め。

 

「よし、じゃあ2人に問題だ。目の前に閉じたドアがあります。どうしますか?」

 

 アルタリアへの反論は置いといて、問題形式で答えを見つけることにした。

 

「ええっと……。まずドアを開けて、入ったらちゃんと閉めます。鍵がかかってたら関係者を探しに行きます」

 

 至極全うの事をいうラビッシュに対し。

 

「目の前のドアが閉じてるだと? ぶっ壊すしかねえだろ! 他に何もねえよ!!」

 

 ドア破壊魔が言い切った。

 さすがは本物の悪冒険者アルタリアだ。俺の望みどおりの答えを言ってくれる。

 

「わかったかなラビッシュ。真のワルはドアが閉じてようが関係ない。ぶち壊して進むんだ」

「で、でもそんな事をしたら家の人に迷惑では?」

「ではアルタリアさん、どう思いますか?」

 

 ラビッシュの質問をアルタリアにパスする。

 

「ドアが閉まってるのが悪いんだよ! この私の前でよお! しまってるとかいい度胸じゃねえか! ぶっ壊す以外あるか!? ああ?」

「だそうだ」

 

 アルタリアの答えに満足しラビッシュに告げた。

 

「うっ……そうか! これからはドアを破壊して入ってくればいいのか! わかった! そうすればよりワルの冒険者として有名になれるんだな!」

 

 納得するラビッシュ。

 

「では次の問題です。パーティーメンバーと意見が合いませんでした。どうすればいいでしょうか?」

 

 次の質問に入った。

 

「それはだな! みんなの意見を聞いて、どちらが正しいかしっかり検討して――」

「決闘だ! 決闘しかない! 勝ったほうの意見に従う! 強いものが正義! それしかない!」

 

 ラビッシュが答え終わる前にアルタリアが大声でかぶせてきた。

 

「アレクセイ家に10点! そうだ。真の大悪党は自分の意見を曲げたりしない。反抗するものは力で押さえつける。それでこそみなから恐れられる冒険者になるんだ」

 

 うんうんと頷きながらアルタリアを褒める。

 

「で、でももし自分の考えが間違ってたら?」

「そんときはそんときよ! そんときにもう一回考えればいいだろ? 人生運まかせだぜ! ハッハッハッハ!」

 

 笑いながら言い切るアルタリア。こいつはケンカっぱやいし言うこと聞かないから反論するだけ無駄だ。俺はお願いという方向にして騙し騙し従わせている。

 それはまぁ置いといて。

 

「悪党に限らず、大物にはしっかりとした自分の意見を持つことが重要だ。間違う時もあるが、それを恐れていては何も出来ない。時には仲間の反対を押し切ってでも動かないとならないときはある。違うかな?」

「……確かに。私も冒険者になった時に父や屋敷のみなから猛反対されたけどなったものな! そうだな! 時にはわがままも必要だな!」

 

 自分で屋敷とか言っちゃったぞこいつ。本当に正体隠す気あんのか? まぁいいんだけどね。とりあえず納得してくれたようだ。

 

「じゃあ最後の質問です。目の前でケンカが起きています。どうしますか?」

「勿論仲裁に……」

「皆殺しだあああああ!!! どっちも両成敗だ! まとめてかかってきやがれ!! ぶちのめしてやるわ!!」

 

 興奮したアルタリアが机に腕を叩きつけて叫んだ。バキっと大音を立てて机が破壊される。このパワーバカはもう駄目だ。知ってたけど。

 

「まぁとにかくそういうことだ。このアルタリアがいかにヤベー奴なのかはわかっただろう? ラビッシュ、君も彼女を見習えば本物の悪党になれるぞ?」

 

 壊れた机を眺めながら言った。

 

「うう……なんて酷いやつなんだ…………。でもわかったぞ! これから私がどうすればいいか! まず扉は破壊して! 文句を言う奴は決闘を申し込んで! 目の前でケンカがあれば2人とも倒せばいいんだな! マサキ、協力ありがとう! 色々参考になったよ! とりあえずこのギルドのドアを壊すことから始めてみるよ!」

 ラビッシュは満足そうに碧眼の目を輝かせながら、ギルドのドアへと向かった。そして剣を抜き、おそるおそるペシペシ叩いている。

 

「うん、これでめでたしめでたしだな」

 

 俺は彼女を『説得』出来たことに満足していると。

 

「おいマサキ、面かせや」

「うちのお嬢様になに吹き込んでるんだ」

 

 ラビッシュの付き人たちに肩をつかまれた。

 

「ま、待てよ! お前達があの世間知らずのお嬢様と話せって言ったんじゃねえか! 何が不満だ! おい放せえ!」

 

 その後捕まって路地裏に連れて行かれた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「で、出ましたよ! 本当に出ました! これでマサキ様と温浴ですね! クヘヘヘ!」

「だから私の予言は正しいといったでしょう!? アクア様! いつでもアクセルにおいでなさってください! このアクシズ教プリーストのマリンめが、温泉をご用意しております!」

 

 ――追伸

 マリンとレイは無事温泉を掘り当てたらしいです。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 19話 悪の目覚め

 ようやく外道主人公らしいことが出来そうです。

19話~21話は外道の章です。ここでマサキに眠る邪悪な精神が目覚め、襲い掛かります。


「おのれえええええええええええ!!」

 

 やっと謹慎期間が終わった俺は、早速クエストに向かうが。

 

「許さんぞ! この町の冒険者め! この代償は高くつくぞ」

 

 粉々に破壊された俺たちの狩り場を見て叫んだ。

 

「これはひどいですね。魔法を使用した後もあります」

 

 自慢の岩のアーチは崩され、周りを囲んでいた岩も全て粉々にされていた。マリンが現場を観察して残念がる。

 

「許しません! マサキ様の! いや私たちの場所を壊す奴はこの私の炸裂魔法の刑です! 容疑者はこの町全員です!」

「どこのどいつかわからねえが! 片っ端からぶっ殺してやるぜ! やろうぜマサキ!」

 

 同じく怒りに満ちているしているレイとアルタリア。今にも冒険者に襲い掛かりそうだ。

 そんな彼女たちを見て、俺は少し冷静さを取り戻して言った。

 

「フッフッフッフ、ククク。やってくれたな。この徹底した破壊の後からして、やったのはそれなりの腕の冒険者のようだ。それも一人や二人じゃないな。複数人で計画的にやったみたいだ」

 

 破壊された自慢の狩場を見て呟いた。

 

「まぁいい。済んだことは仕方がない。『オペレーションα』は封印だ。最初の、『フォーメーションΔ』でクエストを受けるとするか」

 

 もうあの戦法は使えない。オペレーションα――四人でモンスターを追い込んで効率的に倒す方法は。これからは地道にやっていくしかないだろう。

 

「マサキ様! いいんですか!? こんな真似をされて黙っておくんですか!?」

「泣き寝入りなんてマサキらしくないぜ?」

 

 レイとアルタリアが反論する。

 

「……悔しいです」

 

 マリンですらそう言っている。

 

「元々は俺達がモンスターを狩りすぎたのが原因だ。恨みを買ってしまったのが悪い。これからは他の冒険者に目を付けられないようにほどほどにやっていこう。今やり返しても悪者になるのはこっちだ」

 

 そう仲間達を説得する。

 だが。

 

「だが! この代償は高くつくぞ! この町のクズザコ冒険者どもめ! 覚えておけ! 必ず復讐してやる! 必ずだ! 誰にケンカを売ったのか思い知らせてやる! そうだ、別の方法でな! フン」

 

 この町の奴らへの復讐を心に誓いながらも、討伐クエストへと向かった。

 

 

 

「さあ追いかけて来い!!」

 

 アルタリアがデコイスキルでモンスターを誘き寄せている。

 

「ここからは私が!」

 

 マリンがそれを引き受け。

 

「食らえ! 炸裂魔法!」

 

 レイの魔法で足が止まったモンスターを吹き飛ばす。レイの炸裂魔法は精度が上がっている。仲間と至近距離で放っているにもかかわらず、モンスターだけを見事に撃破していく。

 

「死に底ないめ」

 

 俺はボウガンで少し離れた場所からまだ息のあるモンスターを狙って撃つ。

 この世界には狙撃スキルというものがある。

 もちろん俺もそれを習得しているのだが、命中率の高さは幸運の高さに左右されるらしい。運が強ければ弓を使ったことがない人間でも遠距離からそこそこ命中することが出来るそうだ。

 しかし俺の幸運は並だ。だから命中率が安定するボウガンを使っている。連射出来ないがこの際仕方がない。

 

「よし、いったん休憩だ! 昼にしよう。アルタリア、戻って来い」

 

 モンスターを引き寄せる役目のアルタリアを戻らせた。

 

「オラア! いいぜ。久々に暴れれてスカッとしたぜ!」

 

 アルタリアが死に掛けのモンスターの頭に剣を振り下ろし、帰ってきた。

 

「よく言うよ。毎日勝手に暴れまわってたくせに」

 

 そんなバーサーカーにつっこんだ。

 

「アレは違うって! やったのはダグネスだって! あとラビッシュ!」

 

 謹慎期間中も、知り合いの名前を騙って暴れまわっていたアルタリア。結局誰一人騙せずすぐ捕まってたが。

 

「それにしても、『フォーメーションΔ』のほうも中々形になってきたな。昔はアルタリアが深追いしすぎたり、マリンが自分の防御力を過信したり、レイの魔法が味方にあたりそうになったりと大変だったが、今では3人それぞれ自分の役割を果たしている」

 岩のアーチを使ってモンスターを一まとめに片付ける『オペレーションα』には遠く及ばないが、そこそこの成果を上げていることに感心した。

 

「こんだけ長く一緒のパーティーにいたのはお前達くらいだからな! そりゃ慣れるぜ」

「私の役割はモンスターを食い止め、そして弱った仲間を回復させることです」

「マサキ様の作戦通りに従えば何も問題はないのです」

 

 3人は自慢げにそれぞれ答えた。

 

「俺もちょくちょくフォローに向かってるが、その内俺無しでも回りそうだな。今回も殆どやることなかったし。おかげで経験値があまり入らないよ」

 

 散らばったモンスターの死骸のなかで、俺の倒したモンスターはほんの数匹しかいない。

 

「申し訳ないですマサキ様! すぐに弱らせたモンスターを用意します!」

「いいんだレイ。自分の策が上手くいったことで満足だがら気にはしてないぞ」

 

 気を使うレイにうなずいて言った。

 

「それにしても……やっぱり無用心だな」

 

 そんなことより、目の前に転がっているモンスターの死骸の方が気になった。

 

「なにがです? マサキ様?」

「倒したモンスターをそのまま放置していることさ。俺達は確かにこいつらを撃破した。冒険者カードにそれは表示されている。だが奴らの価値は経験値だけじゃないだろう。その死骸をギルドが買い取り、それも報酬になる。もし死骸がなくなってたらどうするんだ? クエストの料金だけしか受け取れないじゃないか?」

 

 俺がネトゲをやっていた頃には、誰かがレアモンスターを倒している現場にハイエナのように忍び寄り、素材をパクった後オフラインに逃げるという行為をする奴がいた。もちろん俺もやってた。この世界では無限に入るアイテムボックスはない。死体を運びながらクエストを続けることは出来ない。すなわちギルドの買取が来るまでやりたい放題だ。

 

「そんなことをする人なんていませんよ。もしバレたら大変な目に合いますからね」

 

 マリンが正論を言った。だがそれは逆に、バレさえしなければ問題ないということだ。

 

「それもそうだな。忘れてくれ。じゃあ午後も張り切っていこうか!」

 

 昼休憩を済ませ、次のクエストへ向かうことにする。

 

「思ったより早く、あの蛆虫どもへの復讐が出来そうだ」

 

 仲間たちと次のモンスター討伐に備えながらも、俺は小声でほくそ笑んだ。

 

 

 ――夕方。

 俺は用事があると仲間につげ、一人で目的の場所へと向かった。

 

「相変わらずドアを閉めきりやがって! てい! 出て来い!」

 

 向かった先はアルタリアの実家、アレクセイのオンボロ屋敷だった。

 

「俺だ! 旦那! アルタリアの仲間のサトー・マサキだ! 話がある! 出てきてくれ!」

 

 ドアを破壊して強引に進入し、叫ぶ。

 

「な……なんだ! お前か? 何の用だ!? 娘の返品ならお断りだぞ?」

 

 おそるおそる奥から出てくるアルタリアの父親。

 

「違うぞ! 今回は話し合いに来た! アルタリアは関係ない! ビジネスの話だ!」

 

 アレクセイの旦那に告げる。

 

「ビジネスだと? 前も言ったと思うが、このワシは潰れる寸前の貧乏貴族だ! 金なんてないぞ?」

 

 言い返す旦那に。

 

「旦那から貰いに来たわけじゃない。そうだ旦那、あんたは腐っても貴族だろう? これを買い取ってくれる商人のツテはないか?」

 

 そういって俺が差し出したのは、今日倒した一撃熊の掌だった。

 

「……一体何を持ってきたかと思えば。一撃熊の掌だと? それならギルドに買い取ってもらえばよかろう?」

 

「ギルドじゃあ駄目だ。ギルド以外での取引先が欲しいんだ」

 

 この取引はギルドに知られる訳にはいかない。別の商売ルートが必要だ。

 

「無いことはないが……。ギルドに行くのが一番高値で買い取ってくれるぞ? なにしろ冒険初心者の育成のために国から補助金が出ておるからな。それでは不満か?」

 

「多少安く買い叩かれてもいい。重要なのはギルドに気付かれないことだ。そうだな、盗品を取り扱っていることもある、ちょっと裏社会で名の知れてるところがいいな。旦那、紹介してくれるか?」

 

 金額は問題ではない。ギルドで捌くのが一番安全で金になるのは百も承知だ。だがそれでは駄目なんだ。 

「お主は一体何を企んでおるんだ? まさか違法なブツを仕入れたとか?」

「違う! 俺もそこまでやる気は無いよ。とりあえずはこの熊の掌だ。言っておくが扱う商品はいたって普通のものだ。もちろんこの先も。違法なものなどない! ただギルドに知られると……税金とかうざいだろ? 金の流れが筒抜けだろ? それを防ぎたい。なに、ちょっとした小遣い稼ぎさ」

 

 旦那に違法性は無いと強調して説明する。

 

「それをやったところで、ワシになんの得があるのだ?」

「その質問を待っていたぞ! 旦那! 俺のこの先の小遣い稼ぎのうち、何割かを旦那にやる。悪い話じゃないだろう? ただツテを教えてくれるだけで金が入るんだ。前言ってただろ? 借金があるって。金に困ってるんだろ? 俺と旦那、双方が得をする取引だ。俺はギルドにバレない金が欲しい、旦那は借金を返せる! 特しかないじゃないか!」

 

 俺は必死にアレクセイの旦那に利益を強調する。

 

「なるほど。本当に違法なものじゃないんだな? 今のアレクセイ家でそんなことがばれたら、簡単に取り潰される。それならば紹介してやるぞ」

「ああもちろんだ。物自体は普通の品だ。それは安心してくれ。では交渉成立だな。まずは試しにこの一撃熊の掌を売りさばいて見てくれ。頼むぞ」

 

 アレクセイ家の旦那を仲間に引き入れことに成功した。だがまだ困難はこれからだ。俺の事業は始まったばかりに過ぎない。

 その後俺の持ってきた一撃熊の掌は、相場の7割の値段で売れたのを確認した。

 

「おのれあいつらめ! 足元を見おって!」

「気にするな旦那。これからも色々持ってくる。一つ一つは安くても量があれば大金になる。まあ待っていてくれ」

  激怒する旦那を抑え、計画の第一段階が上手くいったことで俺は満足し、町へと帰ることにした。

 

 

 

 今日も3人の連携は冴えている。次々とモンスターを打ち破っていく。おかげで俺はやるこがなくて暇だ。そう、暇が出来た。

 

「お前達ご苦労。もう俺がいなくても大丈夫だな。というわけで少し町へ戻ってくる」

 

 そういって3人と別行動をすると。

 

「マサキ様! そんなことはありません! 私達はあなたがいないと駄目です! そんなこといわないで下さい!」

 

 レイが悲しそうな顔でくっ付いて来る。

 

「今回もマサキの援護が無ければやられていましたし」

「そうだぜマサキ、この連携はそもそもお前が考えたんだろ? お前がいないと意味ねえだろ?」

 

 レイだけでなくマリン、アルタリアまでが俺の事を気遣ってフォローしている。マリンの言葉は嘘だ。俺が援護しなくても彼女はモンスターの接近に気付いていた。

 彼女たちの連携はもう俺の手を離れている。それが事実だ。それに対し悔しくも無い。むしろ自分の考えが上手くいったので誇らしいくらいだ。

 

「お前達、何か勘違いをしているようだが、俺は全然気にしてないぞ。こうなることはむしろいい事だ。まぁたまに、ほんとたまに危ないときがあるから、俺も手を貸すがな。あと今から町に戻るのは理由があるんだ。俺達の狩場を破壊した犯人を突き止めようと思ってな。むしろ暇が出来て嬉しいんだぜ、俺は。捜査の時間が出来たからな」

 

 彼女たちに笑いながら説明した。

 

「そういうことでしたか。じゃああの犯人を見つけてください!」

「なるほど、ではクエストのほうは私たちに任せてくださいな」

「なんだ、てっきりマサキは自分の役目が無くてすねてると思ったぜ」

 

 3人はそんな俺の言葉に納得してくれたようだ。手を振って町へと戻る。

 だが嘘だ。狩場を破壊した犯人を捜すなんて嘘だ。町に行く本当の目的はそれじゃない。俺の計画を第二段階に進めるためだ。

 

「さぁ、次の駒を捜さないとな」

 

 俺はアクセルの町へと戻り、周辺を見渡した。

 冒険者といっても、現実には日雇いの労働者のようなものだ。現実世界で言えば底辺の仕事だろう。まともな冒険者もいれば、どうしようもないクズもいる。むしろ昼間っから飲んだくれているようなクズはその辺に溢れている。

 俺はそんな彼らを観察する。そして見極める。この先の計画に使えそうな、それなりの体力を持ち、そして金に従順な。なによりも重要なのは、人生を諦めて悪いことをしても良心がまったく痛まないような終わってる輩だ。

 俺の貰った魔道具の眼鏡、『バニルアイ』を使ってそいつらを見極めていく。

 

「あいつと、あいつと、あいつは使えるな」

 

 眼鏡のスイッチを入れて目星を付けていった。クズの中のクズを心の中で選抜していく。そうしているうちに、日が暮れてきた。

 

「そろそろ戻るか」

 

 再度町を出発し、仲間たちの下へと戻った。

 

「マサキ様! どうでしたか? 犯人は見つかりましたか?」

「うーん、やっぱり駄目だったよ。特定は難しいな。それよりお前達、今日も頑張ったみたいだな。よくやったよ」

 

 どうやら今日も大量のモンスターを仕留めた様だ。レイの頭をなでて褒める。

 

 

 

 ――そろそろ計画を第二段階へと進めよう。

 俺は全身を黒いローブで包み、顔がばれないようにマスクをし、最近目星をつけていたクズの中のクズ共を集め声をかけた。

 

「なんだてめえ! 俺たちに何の用だ! ぶっ殺すぜ?」

「変な仮面付けやがって! ぶち殺してやる」

「なにもんだてめえ! そのボロローブを這いでやる! 姿を見せろ!」

 

 今にも殴りかかってきそうな冒険者達のクズ共。いいぞ。素晴らしい。俺はこんなクズを求めていた。

 

『君たちに用があってきたのだ。悪い話ではない。儲け話だ。私の仕事を手伝って欲しい』

 

 マスク越しに声を上手く変えながら、クズ共に話しかける。

 

「んだとこらああ! 嘘付け! いいから有り金全部よこしな!」

「まずは顔を見せてみろ! ああん?」

 

 血気盛んな荒れくれのクズ共。そんな彼らに俺があまり動揺しないのは、毎日アルタリアという暴れん坊を連れているからだろうか。あいつを上手く制御するのは大変だったが、今度も同じ要領でいけばいい。

 

『信頼してもらえないのも無理はない。だが私に付いてくれば、多くの金を手にすることができる』

 

 正体がばれない様になんとか説得しようとするが。

 

「うるせえ! ぶっ殺してやる! こっちはアルタリアのせいでまともに暴れることも出来ねえでイライラしてんだ!」

「あいつは揉め事を見ると決闘を仕掛けてくるからな! やり辛いったらありゃしない!」

「こんな人目の少ないところに呼び出したお前が悪いんだ。何者かはしらねえがくたばって貰うぜ」

 

 全く言うことを聞いてくれないチンピラたち。まぁいい。それも想定済みだ。

 だが以外なこともあった。アルタリアの暴走がこんな所で役に立っているとは。あいつが無差別に暴れまわるのも悪いことばかりではなかったらしい。無意識に治安維持の役目をしているとは。

 それは置いといて。この目の前の輩をバインドで拘束してやってもいいのだが、それでは意味がない。最初は平和的に行かねば。

 

『ここに金がある。これは前金だ。君たちで分けてくれ』

 

 俺は懐からエリス金貨の入った袋を取り出した。

 

「ああ!? っておい! この中結構入ってるぜ?」

「本当だ! おいよこせ! 俺のもんだ!」 

「おいそこのフード! 一体なにもんだ!?」

 

 金を見せるとすぐに飛びついてくる。そういう奴らを集めたのだから当然か。

 

『これはくれてやろう。言っただろう? 前金だと。だが私に従えば、もっと多くの金を出してやろう。どうだ? やるか? やらないか?』

 

 金貨袋を見せびらかしながら再度尋ねる。

 

「てめえを殺して金だけ奪うってのはどうだ?」

『それも一つの道だ。だがそうすればお前達が得るのはこの金貨袋だけだ。もし手伝ってくれるなら、さらに報酬を与えよう。そのチャンスを逃すことになる』

 

 そんな輩に冷静に答えた。

 

「いいだろう。なにをするかしらねえが手伝ってやる! だが話を聞いてからだ。刑務所に入るような真似はごめんだぜ?」

 

 さすがにこんないい話には裏があると悟ったのか、警戒心の強いチンピラが聞いてきた。

 

『わかっている。この先やってもらう事は法を破っていない。今のところはな。安心するがいい。それに安全だ。保障しよう。契約成立ということでいいんだな? ではこの金を受け取れ。仲良く分けるがいい』

 

 チンピラ冒険者に金貨袋を手渡した。

 

「ところで、あんた、顔を隠しているが、名前はなんというんだ?」

 

『我らのこれからの活動は、死肉をあさることになる。そう、まるで烏のように。……私の事は八咫烏と呼ぶがいい。よし、ついてこい!』

 

 フードを被ったまま、町の荒れくれ共を引き連れて町の外に出た。

 

 

「おいお前! まさか俺達にモンスターを倒せとか言うんじゃないだろうな! それで稼げるならとっくにやってる! わかってんのか!?」

『勿論だとも。君たちにそんな危ない真似はさせない。ただ見るがいい。町の外には、他の冒険者が倒したモンスターの死骸が散らばっている。それを集めてもらいたい』

 

 文句を言うチンピラに命令する。

 

「ああ? モンスターの処理はギルドの役目だろ? なんで俺達がこんなことをしなければいけねえんだよ!」

 

 早速不満を漏らす彼らに。

 

『そうだ。本来ならな。モンスターの死骸を引き取るのはギルドの役割だ。それを買い取り、売りさばくのも。そこで私達は、そんなギルドのお手伝いをしてやろうというわけだ。ではこれから仕事を説明する。よく見ておけ』

 

 俺は懐からナイフを取り出し、モンスターの死骸に手をつける。そして剥ぎ取っていく。

 

『いいか、爪や牙、目玉や角はそこそこ高く売れる。肝もいいな。それを剥ぎ取ってもらう。安定して儲かるのは毛皮だが、それは時間がかかるから手をつけなくていい。とにかくこうやってモンスターの体で金になりそうな部分を削り取るのだ』

 

 俺はこれからの仕事を実演で説明しながら言った。

 

「はぁ? でもよお、モンスターの買取はギルドがやってるんだろ? こんなことしてギルドがありがたがってくれるとでも? 俺達はなんだ? ボランティアか? こんなことで金が出るわけねえだろ!」

 

 不満をたれるチンピラ冒険者。 

 

『その通りだ。君の言うとおり。このままギルドに持っていけばただのボランティアだ。だがギルド以外に持っていけばどうなる?』

「ギルド以外にだと?」

 

 俺の質問に首を傾げるチンピラ。

 

「まさか! あんた他人の倒したモンスターの素材だけ売りさばくつもりか?」

『勘のいい奴もいるじゃないか。そうだ。私にはギルドとは違うツテがある。そこでここで剥ぎ取った素材を売りさばく。どうだ? ここに散らばるモンスターの死骸は、私たちにとって宝の山だろ? ギルドは愚かにも、倒したモンスターを奪ってはいけないと法に定めていない。ではみなも手伝ってくれ』

 

 ここで俺の計画を彼ら全員に理解させた。他人の倒したモンスターを横取りするのはいいが、それには人手がいるのだ。ゲームのように無限ポケットがあればいのだが、あいにくこの世界にはそんなものはない。だから代わりに冒険者のクズたちを動員し働かせる。

 

「へっへっへ、あんた、中々のワルじゃねえか。気に入ったぜ」

「まさかこんな方法で金儲けできるなんてな。疑って悪かったよ」

 

 もくもくと作業をこなしていく配下たち。

 

「よし、もういい! 作業を中断し、一度撤退するぞ!」

 

 生き生きと仕事をこなす彼らにストップをかけた。

 

「なんでだ!? まだ途中じゃねえか! もっといっぱい奪い取ろうぜ?」

 

 首を傾げる部下達に。

 

『そろそろギルドから回収屋が来る。私はギルドの死骸回収がどの順番で来るかここ最近調べていた。奴らが来る前に撤退しなければならん。もうすぐここに来る時間だ。では次の場所に行くぞ!』

「そ、そこまで調べてんのか……。あんた凄いな」

「ボス! あんたは俺達のボスだ!」

 

 部下達の信頼を得た俺は、こうやって次々と死骸の横取り行為を繰り返した。

 

 

『よし、今回手にした素材はこのボロ屋敷の中にほおり込んでくれ』

 

 素材を集めたチンピラたちを、アレクセイの屋敷に案内する。

 

「なんだここ? 本当に人住んでいるのか? ただの廃墟じゃねえか?」

『廃墟だからこそ、誰も気にしないというわけだ。では一時解散。今回の報酬は出来高次第だ。後で渡そう。また招集をかける』

 

 疑問を浮かべるチンピラにそう別れを告げた。まぁ前金は十分すぎるほど渡したので、文句は無いはずだ。

 

「じゃあな! ちゃんと払えよ!」

「もし呼ばなかったら全部ばらしてやるからな!」

『前金は渡したはずだ。だが勿論払うとも。わかっていると思うが、このことは誰にも言うなよ? また会おう!』

 

 チンピラ達が帰っていくのを見届けた後、屋敷の中に入った。

 

「アレクセイの旦那! 俺だ! サトーだ! 出て来い! どうだ? この量はたいしたものだろう? これなら高く売れるぞ?」

 

 俺は仮面とフードを取り、部屋の奥で隠れているアレクセイの旦那を呼び出す。。

 

「なんだ! お前か! いや確かに凄い、凄い量だが……あの輩はなんだ? それにこれはどこから持ってきた?」

 

 俺の声を聞いておどおどと姿を見せるおっさん。

 

「あいつらは町で暇をしてたゴロツキさ。金を渡せばなんでもするクズ共だ。どこから持ってきただって? 細かいことは気にするな。旦那はただ商品を売ればいいんだよ。さああの商会を呼び出してくれ。これからも色々持ってくるからよろしく頼むぜ。ちゃんと手数料と場所代は払う。安心してくれ」

 

 旦那の質問に答えながら、新しい事業が成功することを確信した。準備は終わった。ギルドの知らない商売ルートに、死骸を持ってくる運び人。そして取引の場所はこのアレクセイ邸。一見廃墟にしか見えないのが好都合だ。

 復讐の時間だ。この俺、かつて7つの世界から追放された伝説のチーター、サトー・マサキ様の逆鱗に触れればどうなるか。町の奴らの心にしっかりと刻み付けてやる。

 さぁ悪のゲームの始まりだ。

 




八咫烏という名前を出してみました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 20話 アクセル街の闇

警備会社始めました。


 ――最近この街アクセルでは異変が起きていた。

 

「どうなってる! 何で俺のモンスター買取価格がこんなに安いんだ!」

「それが……あなたがたの倒したモンスターは損傷が激しくて! 商品になる場所が少なかったんです。それで最低限の買い取り価格でしか適応できなくて」

 

 ギルドの受付が冒険者に謝っている。

 

「なんだと! 俺はそんな下手な狩り方なんかしてねえぞ! いつもどおりにやった! なのになんで前よりめちゃくちゃ安いんだ!」

 

 狩りの死骸を安く買い叩かれたことで激怒する冒険者達。

 

「こっちも安すぎる! なぜだ! 俺は綺麗に仕留めたはずだぞ! あの牙はもっと高く売れるはずだ!」

「モンスターの買い取り価格がこんなに安かったら、クエストの賞金だけじゃあやってけねえよ!」

 

 他の冒険者達もギルドに苦情を言っていた。ギルドは不満を持つ冒険者のクレームでいっぱいだ。

 

 

「現在調査中です! ここ最近のこの街はおかしいんです! 私達がモンスター回収に行くと! 死体が荒らされた跡があるんです! 最初はてっきり他の野生のモンスターに食われたのかと思っていたんですが……」

「ああ、そうですよ。あまりに被害が多すぎるんです。昔から倒したモンスターの死肉を漁る獣はいますが、それにしては切り口が鮮やか過ぎるんだ。しかも爪や角とかの高く売れる部分だけ見事に剥ぎ取られている。多分犯人は人間だと思いますよ」

 

 ギルドの職員たちが今起きていることを説明する。そんな彼らを見て――。

 やっとか。このギルドの鈍い奴らも、やっと獲物を横取りするハイエナの存在に気付いたようだ。

 俺は心の中で嘲笑っていた。顔には出さないよう気をつけているが。

 

「いったいどこのどいつだ! 犯人の目星は付いてるのか!?」

「わかりません! まだ調査は始まったばかりでして。これからは見回り警備を倍にしようと話し合っていたところです。不信な人物を見たらギルドに報告してください! 今手がかりを探している最中です!」

 

 ギルド職員が冒険者に必死で答えている。それにしても遅い対応だ。この様では死肉をあさる犯人が単独犯かどうかすらわかってないようだ。

 まだまだ俺の裏家業は続けられるな。

 

「フッ」

 

 そんなあたふたするアクセルの住民達を尻目に、俺は新調した槍を眺めて満足している。長さは中くらいだ。これは死んだふりをしているモンスターを確かめるのに役に立つ。俺の戦闘スタイルからして、わざわざ接近して戦うつもりは無いから剣は必要ない。念のためナイフこそ持っているが。

 そして影の小遣い稼ぎで買った、高額な宝石の埋め込まれたアクセサリーを持ち、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「おいマサキ! てめえなにニヤニヤしてやがる! さてはお前がやったんだな!」

 

 そんな俺の様子を見て。被害者の一人が絡んでくる。

 

「んだとコラア! 私達も被害にあってんだぞ!」 

 

 アルタリアが俺の変わりに言い返す。彼女も怒っている。当然だが、俺の倒したモンスターにもハイエナ行為を平等にさせている。俺だけ無傷だとすぐに疑われる。そんな愚なことはしない。何も知らない俺のパーティもまた八咫烏の被害者だ。

 

「そ、そうか……。疑って悪かったよ。最近イライラしててつい。犯人が捕まるといいな」

 

 申し訳なさそうに謝る冒険者。にしても危ない危ない。ひょっとして顔に出てたかも。

 

「そーだよ! 私らも迷惑してるんだ! もし犯人がわかったらよう! どこのどいつかしんねえが! ぶっ殺してやる!」

「そっ、その通りだ。うん! 許せねえな! うんうん!」

 

 完全に怒り心頭のアルタリアを見て、内心びくびくしながら同意した。こわっ。もし犯人が俺だとバレたら殺されるな。絶対に隠し通さないとやべえ。 

 内心少しびびりながら、彼女に形だけでもうんうんと頷いた。

 

 

 

 

 ――さて、俺はフードと仮面を付け、“八咫烏”としての顔でまた秘密の部下の荒れくれたちを呼び出した。ようやくギルドが本腰を上げて捜査を始めたことを知り、彼らに警告するためだ。

 

「八咫烏様! 今度は一体どんなご用件で!?」

 

 部下達が俺に質問する。

 

『お前達、いい働きぶりだ。よくやっている。おかげで街の冒険者どもは大慌てよ。だがギルドも動き出したようだ。これからはより慎重にならねばならんぞ?』

 

 荒れくれどもにそう告げる。

 

「ギルドに見つかると厄介だぞ! このままじゃあやべえぞ?」

「でもよボス、慎重にって、具体的にどうしろっていうんです?」

 

 悩む手下たちに。

 

『安心するがいい。ギルドがこの先どう動くかも確認済みだ。今からメモと地図を渡す。これを避ければ遭遇することはあるまい』

 

 俺はマッピングした地図を渡した。そこにパトロールの時間を全て記している。なぜ俺がギルドの動きを知っているか、それはこの俺も被害者代表として、ギルドの捜査の説明を受けたからだ。なにしろ“八咫烏”による被害総額はこの俺、マサキのパーティーが一番被っている。俺がそう調整したのだ。堂々と取り締まる側でギルドの会合に参加していた。

 

「おお! ボス! あんたすげえよ! なんでそんなにギルドに詳しいんだ?」

『優れたリーダーは部下に簡単に秘密を明かしたりはしないものさ』

 

 そう得意げに言った。

 

『だがいいか? これでもまだギルドや他の奴らに遭遇する可能性はある。今渡した紙の通りに動くはずだが実際は不確定なことも起きる。そこでだ、これを渡しておく』

 念には念を入れ、さらなる対策を教える。

 

「これはなんです?」

 

 液体の入ったビンをみて不思議がる荒れくれたちに。

 

『それはだな、空気に触れると延焼するポーションだ』

「わかったぜボス! 捕まりそうになったらこれをぶつけて逃げればいいんだな?」

 

 ビンについて説明すると荒れくれが勝手に納得するが。

 

『違う。そうじゃない。それは安物で大した威力はない。投げつけたところですぐに消えるだろう。だから攻撃に使うな。正しい使用方法は、モンスターの死骸に向けて使うのだ』

「な、なんでそんなことを? 意味あるんですかい?」

『いいか? ギルドの奴らはモンスターの回収が最優先だ。だがもし、その死骸が燃えていたら必死で消そうとするだろう。モンスターの死骸が燃え尽きてしまうと買い取り料は無くなってしまう。そうなれば冒険者がまた激怒するだろう。その隙に逃げるのだ。それに万が一ギルドに捕まった際、攻撃をしたとなれば罪が重くなる。だが死骸を燃やしただけなら、ギルドのモンスター駆除の手伝いをしたとすっとぼければいい』

 

 俺のやり口をより詳しく教えた。

 

「さ、さすがはボスだぜ! そこまで計算済みとはよ」

「あんたは本物の悪党だよ! 捕まった後の事のことまで考えるなんて!」

 

 俺のやり方は荒れくれどもに好意的に受け止められたようだ。

 

『これからは単独行動は慎めよ。常に見張り役を置いておけ。ギルドの犬に気をつけろ。では解散』

 

 こうして八咫烏としての裏のクエストを終えた。

 

 

 

 

 

 

 モンスター横取り事件は、今やこの街の大事件となっていた。

「マサキ! 聞いたか! 冒険者の倒したモンスターを勝手に奪う奴がいるらしいんだ! この私の仕切る街で許せねえよな! なんて卑劣な奴だ!」

 

 それを聞いて憤るのは、自称アクセルいちの大悪党ラビッシュだ。大悪党を名乗っている割には、特に悪いことはしていないのだが。むしろ良いことしかしてない気がする。この前も仲間を集めてゴミ拾いしてたし。

 

「知ってるぞラビッシュ。この俺もかなりの被害にあっててね。探っている最中だ。許せないな!」

 

 なにを隠そうその犯人はこの俺、サトー・マサキなのだが、とぼけながら彼女に同意する。

 ラビッシュと仲良くなったのは幸いだった。おかげで奴らの動きがわかる。

 

「実はな、私にはエステロイドっていう歳の離れた妹がいるんだ。妹はな、訳あってある屋敷に閉じ込められているんだ」

 

 ラビッシュに妹がいることは知っている。っていうかこの街の人間はほぼ知ってるだろう。閉じ込められている理由もだ。彼女の妹はこの街の領主である貴族が遊び半分でメイドに孕ませた子供だ。だから認知せず幽閉されているのだ。この街に来て日が浅い俺の耳にも入るくらい有名な話だった。

 

「妹はな、かわいそうなんだよ。お父様はエステロイドに会おうともしないし。その上体も弱くて外にも出れないんだ。妹のエステロイドは冒険者に憧れててな、窓で外の世界の事をずっと眺めているんだ。だから私が彼女の分まで冒険者として活躍して、その冒険譚を聞かせてあげてる。妹は姉である私の話を聞くのを楽しみにしているんだ。なんせ私はこの街最強の悪党だもんな!」

 

 なんていい話だ。さる身分出身であるラビッシュが、わざわざ冒険者としてこの街に滞在し、自ら街一の大悪党を名乗っているのはそういう理由があったのか。まぁ知ってたけどね。っていうかこの街でそれを知らないのはアルタリアぐらいじゃないか? みな暗黙の了解で気付かないふりをしている。

 ラビッシュがこの街で一番の冒険者であることはある意味事実だ。だって彼女に逆らうことは出来ない。本人は権力を使ってどうこうするタイプじゃないが、下手に傷つけでもしたら処刑されてもおかしくない。なにしろラビッシュの正体は……。

 

「そんな妹がな、最近のこの街の話を聞いて悲しがってるんだ。冒険者が一生懸命倒したモンスターを、横取りするなんて最低の奴がいるって聞いてな! 絶対許せないよな! 私もこの町を取り仕切る冒険者として! なんとしても突き止めるつもりだ!」

 すいません。その犯人……というかそいつらのボスはこの俺なんだ。俺が狩場を破壊された腹いせにちょっと町全体にお灸を据えてやるつもりが、昔のネトゲ時代を思い出してハッスルしちゃったのさ。ごめんね。

 

「ああ! なんとしても食い止めないと! 俺も協力するぜ! そうだ! ベルディアにもチクっとこう! あいつの騎士団が動き出せば悪い奴もすぐ捕まるさ!」

 

 さすがに良心が痛んできた。まぁ街の冒険者への復讐は十分に成し遂げたはずだし、そろそろこの事業も引き上げることにしよう。

 

「そうだなマサキ。私からもベルディア隊長に伝えておくよ。出来ればこの手で犯人を捕まえてやりたいんだが……。妹の笑顔を取り戻すために!」

 

 そう意気込むラビッシュだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ――その後、おなじみの悪党共を呼び出した。

 

『最近仕入れた情報によると、ラビッシュだけじゃない。ベルディアも捜査に乗り出したようだ。そろそろこの商売から手を引くことにする』

「んだとボス! 相手が騎士だろうが関係ねえ! 今までどおり素材を奪ってやる!」

「怖気づいたのか! 臆病なボスだぜ!」

 

 今まであまりに上手くいったため、味を占めた部下達が言うことを聞かなくなっている。すっかり無駄に自信を付けやがって。俺が表と裏の顔を使い分け、情報を探りまわったおかげだと気付いてない。

 

『私達は十分に稼いだ。人間引き時が肝心だ。騎士団を敵に回せば勝ち目はない。他の儲かる手を考えよう』

「やめたきゃ勝手にしろよ! 八咫烏! こんなボロい商売が他にあると思うか? あんたが協力しなくても! 別のところで商品を卸せばいいだけだ! まだまだ続けるぞ!」

「そうだ! 俺達は止められねえ! もっとだ。この街中のモンスターを奪いつくすまではな! はっはっはっは!」

 

 さすがは金の事しか興味ない人間のクズたちだ。クズの中のクズを厳選しただけの事はある。簡単に言うことは聞かないか。このまま説得しても無意味だろう。

 口で言ってもわからないようなら……仕方ない。実力行使あるのみだな。

 

『まぁいいだろう。少し様子を見てやる。そのまま続けるといい』

 

 そういい残して彼らの元から去った。少しお灸を据えてやるとするか。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「俺の名はサトー・マサキ! お前達だな! 他人の奪ったモンスターを勝手に横取りしているのは! 許さないぞ!」

 

 俺は配下のハイエナたちが、俺の渡した計画書通りにモンスターの死骸を剥ぎ取ってる現場に向かい、今度ローブなしで顔を出して姿を見せた。

 

「ハッハッハ、誰かと思えば! 要注意人物のマサキじゃねえか! だがな、お前がこの街の大悪党だった時代はもう終わったんだ! 今は新しいボスがいる! そう俺達のバックには“八咫烏”が付いてるんだぜ?」

 

 荒くれがそんなことを言って来る。知ってるわ。その八咫烏がこの俺だよ。

 

「八咫烏が何者かは知らないが! お前達の悪事もここで終わりだ!」

 

 俺はすっとぼけながら、槍を構えてハイエナに叫ぶ。

 

「おい! 相手はあのマサキだぞ? やれるのか?」

「大丈夫だ! 奴は一人だ! あいつのおっかねえ仲間がいない! あいつだけならやれる!」

 

 ハイエナ達は俺に剣を向けてくる。正体を知らないとはいえ、ボスに向かって刃を向けるとはいい度胸じゃないか。だがこれでいい。そうこなくてはな。そのためにわざわざ仲間を置いてソロで来たんだ。

 

「ずいぶんと舐められた者だな。この俺自信が戦えないとでも? 『バインド』」

 

 バインドを不意打ちさせ、ハイエナの一人を拘束する。

 

「よくもやりやがったな! ぶっ殺してやる!」

 

 襲い掛かってくる荒くれ、もとい俺の秘密の部下達。

 

「死ねっ」

「ぐっ!」

 

 槍でなんとか凌いでいるものの、数で負けている。しかし劣勢な理由はそれだけじゃない。俺は慎重に戦わなくてはならないのだ。

 

「『クリエイトアース』『ウィンドブレス』!」

 

 レイには不発だった目潰しコンボを浴びせる。

 

「ぐう! 目が……!」

 

 怯んだ隙に。

 

「食らえ!」

 

 槍を振り回す。だが慎重に相手に当たらないように軌道を反らす。

 

「どこを狙ってる!」

 

 攻撃が当たらなくて笑みを浮かべる悪党に対し。

 

『ティンダー』

「ぎゃああああ!」

 

 軽く手から炎を出し、腕を炙ってやった。

 

「アツッ! テメエふざけた真似を……」

「気をつけろ! なにをしてくるかわからんぞ!」

 

 少し火傷をしてイラつく悪党共。そして警戒する。もうそろそろいいだろう。茶番は終わりにしよう。

 

「そろそろ本番と行こうか。おーい! ラビッシュ! ここだ! 悪党を見つけたぞ!」

 

 大声で叫び、ラビッシュを呼ぶ。さらにあらかじめ用意していた狼煙を上げる魔道具を発動させ、自分の位置を周辺に知らせた。

 

「なってめえ!」

 

 援軍が現れると聞き、青ざめるハイエナたち。

 

「俺はただの時間稼ぎさ。ラビッシュにな、この狼煙を見たら駆けつける様に言っておいたのさ。どうする? このまま続けるか?」

 俺は距離を取り、悪党共に尋ねた。ここまでは順調だ。

 

「ぐっやっべえよ! このままじゃあおしまいだ!」

「どうしよう? もう潔く降伏するか?」

「ちょっと素材を盗んだだけさ。素直に白状すればすぐに牢屋から出れるだろ」

 

 急に弱気になり、ヒソヒソと話し合いを始めるならず者達。

 この馬鹿ども! 降伏だと!? なにを言い出してやがる! 確かにラビッシュを呼んだが、ここに来るまでまだまだかかる。逃げる時間は十分あるのに! なんて諦めの早い奴らだ! 昨夜のあの勢いはどこに言ったんだ!

 

「そ、そうだぜ! 俺なんて『バインド』で拘束されて動けねえし……」

 

 最初に拘束した男もそんな情けないことを言い出した。それただのロープだぞ! 刃物でちょいとやったらすぐに切れるぞ。

 

「この大馬鹿どもがあ!!」

「ヒイッ!」

 

 俺は激怒し、拘束された荒くれに槍を振り下ろす。

 

「って? あれ?」

 

 槍の先端でロープの結び目を切り裂いた。

 

「馬鹿め! 自由になったぞ! へたくそめ!」

「よし、とっととおさらばしようぜ!」

 

 イラッとくる。わざとやったんだよカス。っていうか早く逃げろ!

 

「くっしまった! 腕が滑って……。このままじゃあ逃げられる……。ラビッシュが来るまでこいつらを引き止めないといけないのに!」

 

 口ではそんな事をいい、残念がるふりをする。いいから早く逃げてくれ! 頼むから! 茶番はもううんざりなんだ。ボロが出たら非常にまずい。

 

「待て! 相手はラビッシュだ! 話せばわかってくれるかもしれない。八咫烏の事を大人しく話せば……」

「そうだ! あんな胡散臭い奴隠しておく必要はないだろう!」

 

 なんだと……! お前ら! ボスを……もといこの俺を売る気か!

 

「そもそもあいつは顔も見たことないし」

「一応ボスって呼んでやってるが、最近知り合ったばっかだしな、恩とかねえし」

 

 集まってそんな事を話し始めた。どうやらボスに見切りを付ける気だ。

 

「……このクズ共め」

 

 そんな彼らを見て俺はボソッと呟く。

 もういい。この臆病者達の言動に俺も我慢の限界だ。こうなったらもう!

 

「お前ら全員! この場で殺してやる! 降伏なんて認めん! 死ね!」

 

 俺は激怒し、槍を振り回してその場のチンピラどもに襲い掛かる。

 

「うわあああああ!」

「待て! 大人しくする! 投降するから」

「うるさい死ね!」

 

 命乞いをする影の部下たちに容赦なく言い放った。

 

「マサキは狂ってる! やべえぞ!」

「やっぱりこいつはこいつでガチの悪党だ! 急げ!」

 

 ここまでやってようやくその場から逃げ出してくれた。世話のかかる部下どもだ。

 

「ふう、クズ共が! 本当に覚えとけよ!」

 

 なんとか計画通りに向かった。俺は悪党共から攻撃されたため潔白を晴らすことが出来る。奴らもこれ以上は横取り行為はやめるだろう。一石二鳥だ。しかしあいつらは思った以上にカスだった。危うく台無しになるところだったぞ。危うい橋だった。

 そしてようやく誰もいなくなったとき。

 

「マサキ! 無事か! 悪党を見たというのは本当か!?」

 

 ラビッシュとその付き人たちが急いでやってきた。

 

「ああ。そいつらと戦ったんだが……。すまない。逃げられてしまった……。俺の力が足りないばかりに……」

 

 そう申し訳なさそうなふりをする。本当はあえて逃がしたのだ。っていうか最初からちゃんと逃げろあいつら! 後で焼きを入れてやる!

 

「いやマサキ。君はよくやったよ。ゆっくり休め。後は私たちに任せてくれ」

 

 謝る俺をまっすぐな瞳で元気付けるラビッシュ。止めてくれ。そんな目で見るな! ほんの僅かに残った良心が痛むから! 頼む!

 

「気をつけろよ。敵は一人じゃないぞ。複数人でモンスターを漁ってた!」

 

 彼女から目を反らしながら犯人の情報を渡した。

 

 

 

 

 

 ――その夜すぐさま荒れくれどもに緊急収集をかけた。

 

『だから言っただろう? これ以上の商売は危険だと?』

 

 俺はマスクとローブを付け、八咫烏として部下達の前に姿を現す。

 

「す、すまねえボス。あんたの言うとおりだった。マサキの野郎、俺達の事をついにかぎ付けやがった」

 

 そりゃ当然だ。だって俺マサキだもん。お前達がどこに向かうか指示したのは俺だし。見つけられて当然だわ。

 

『無事逃げられて何よりだ。マサキはその内にかたをつける。それよりも、貴様らには言いたいことがある! 『バインド』』

 

 一人を拘束スキルで捕まえ、さらにそのロープの反対先をあらかじめ天井につなげておいたので、そのまま逆さづりにする。

 

「ぼ、ボス! なにを……?」

『話は聞いたぞ? 貴様ら、この私をラビッシュに売ろうとしたらしいじゃないか?』

「な、何でそれを……? 違う! そんな事やってない!」

 

 とぼける愚かな部下に。

『この私の情報網を甘く見るなよ? お前達がなにをしているのか全てお見通しだ! 嘘をつくな。私を差し出せば自分の罪が軽くなると思ったのか?』

 

 懐からナイフを首元に近づけて脅す。万が一のためこいつらに正体を明かしてはいないが、簡単に裏切られるのは困る。

 

『この街の大悪党はラビッシュでも無い! マサキでもない! この私だ! 逆らうものは許さん! よく覚えておけ』

「ぼ、ボス! 今度は二度とこんな真似はしません!」

『お前達は元々、この町のあぶれ者だ! 貴様らがどこで野たれ死のうが、住民は何も気にしない。仮にお前をモンスターに襲われたように見せかけて殺しても、警察は動かないだろう。それをよく思い出せ。私もそんな最終手段は、できれば、取りたくない。わかるな?』

「ヒイッ」

 

 これで少しは懲りただろうか。俺もそんな真似――殺人なんてしたくはない。だが裏社会で事業をする以上、いずれはこの問題に突き当たるだろう。舐められれば終わりだ。飴と鞭を使い分けねば。まぁしかし、なにも殺さなくてもいいか。あらぬ噂を流し、社会的に完全に抹殺する方法もある。

 

「フン! 今回は許してやろう。だが次はないぞ。よく覚えておくんだな」

 

 ナイフでロープを切り裂き、逆さ吊りの男を開放してやった。

 

「ハァ、ハァ、八咫烏様! すいませんでした!」

『謝るのはお前だけか?』

 

 これだけでは満足せず、他の荒れくれにも目線をやると。

 

「あなたに逆らいません!」

「そうですとも! これからもよろしくお願いしますよ!」

『わかればいいのだ。わかれば。二度と私の命令に逆らうな。ではこれよりハイエナ行為は慎むのだ。いいな!』

 

 改めてハイエナ作戦の中止命令を下した。もう異を唱えるものはいないだろう。

 

「で、ボス? これから俺達はどうすれば?」

「ここで解散ですか? あんたには稼がせてもらったし……このことを喋る気はありませんよ! 本当です!」

「用済みになったから口封じに処刑なんて事はありませんよね?」

 

 怯えながら聞いてくる部下。

 

『案ずるな。一つの行動が終われば、新しい風が吹くことになる。今回の事件でギルドの……いやこの街全ての住民達に警戒心を植えつけることに成功した。まぁ見ていろ、すぐに次の仕事が見つかることになる』

 

 邪悪な笑みを浮かべながらその場を後にした。

 

 

 

――それからこのアクセルの街では。

 

「聞いてくれマサキ! お前が襲われた事件の後に、お父様……じゃなくて領主に報告したら! 今後はギルドの警備をさらに増やすことに決まったんだ。これでもうあんな奴らを野放しにはさせないよ!」

 

 ラビッシュがこの俺に報告してくれた。どうやらパトロールをさらに増やすようだ。またベルディアの騎士団もそれに参加するらしい。

 

「それはよかった。これでもう獲物の横取りに悩まされることはないな」

 

 俺も納得して頷いた。彼女の働きかけで警備兵が増えたためか、最近はモンスター横取り事件は収まったのだった。

 本当は犯罪組織のボスである俺が中止させただけなのだが。

 

「これからはギルドでも警備兵を募集するようになってね! 防衛費の予算が増えたおかげで雇う余裕が出来たんだ。見張るだけだから給料は冒険者よりは安いけどね、でもあんなハイエナ行為を防ぐために必要な存在なんだ」

 

 そう、警察と騎士団だけでは横取り行為を防げないと判断したこの街のギルドは、一般人をリクルートして警備員として雇うことになったのだ。

 

「それは心強いな。これで犯罪もなくなるだろう」

 

 彼女に同意していると、その雇われた警備員が近くを通りかかった。

 

「おおいい所に! マサキ、紹介するよ! 彼らは新しく街の警備をすると買って出てくれた……たしか名前は」

 

 ラビッシュがその警備員たちを見て教えてくれる。

 

「おはようございますラビッシュさん! これから見張りに参りますぜ!」

「そう、街の平和は、この俺達、“八咫烏組”に任せてくれ!」

「どんな悪事もしょっ引いて見せるぜ! ガハハハハハ」

「頼りにしてるよ! 君たち!」

 

 ラビッシュに挨拶する警備員たち。彼らの顔を見て笑みを隠し切れない。なぜなら彼らこそが俺の影のしもべたち、そもそも今回の騒ぎを起こした張本人たちだからだ。

 

「フッ」

 

 八咫烏の一味は外道行為から足を洗い、全うな警備会社として再出発したのだった。

 俺はここ最近の事件の後、警備の増強が来ると睨んでいた。そこで俺は大胆にも部下達にその面接に向かうように命令したのだ。結果として警備員の人材を欲しがっているギルドに、モンスターの横取り行為をしていた犯人達を就職させることに成功した。これでもう二度と倒したモンスターが奪われることはないだろう。何しろ彼らが犯人だったからだ。

 この街であぶれていたならず者たちには職が見つかり、あんな行為をしなくて済む。モンスターが奪われることで困っていたギルドも万歳だ。俺の個人的な復讐も果たせ、みんなハッピー。ハッピーエンドだろう。やったことは正真正銘のマッチポンプだが、見事成功を収めたのだった。

 

「八咫烏だかなんだか知らないが、ちゃんと俺の倒したモンスターも守ってくれよ?」

「ああ? なんだとマサキ!? テメエのは知ったことか!?」

 

 いつも通りすっとぼけつつ彼らに頼み込む。八咫烏の一味も俺がボスだということは知らない。全てを知っているのはこの俺だけだ。嫌そうな顔をする八咫烏組の警備員達。

 

「まぁ仕事だからな! 一応守ってやるぜ! だがいつまでもお前ごときが偉そうに出来ると思うなよ? 少し問題のある女共を従えてるくらいで! これからは八咫烏の時代だぜ」

 

 そう得意げに言い返す八咫烏の部下達。その八咫烏=俺だということに全く気付いてない。この反応に満足した。

 

「それでいい。俺は別に名を売りたいわけじゃないしな。お仕事頑張ってくれ。こっちも安心してクエストが出来るよ」

 

 新しく出来た警備会社に軽く手を振り、俺は自分の仲間たちとクエストへ向かった。秘密は完全に守られたようだ。

 さあ、次はなにをしようか……?

 …………。

 ……。

 

 

 というか本来ならこの辺で悪事がばれて酷い目に合ったりするのが普通じゃね? 

 でも、言い出すタイミングはとっくに過ぎてしまった。今はもうシャレじゃあすまない。

 どいつもこいつもすっかり騙されやがって。

 もはや俺って完全な悪党じゃねえか。

 ゲームでやってたことをそのまま現実に当てはめたらやっべーぞコレ。

 そもそも昔俺はゲームとはいえなんてことをやってたんだ。超がつく詐欺師だぞ。

 もはや今更引き返せない。一度やってしまったあとは深みにはまっていくだけだ。

 このまま悪の道を進むしか残ってない。

 

「覚悟は、出来てるぞ!」

 

 最低にして外道のこの俺の第二の人生はまだまだこれからだ。

 




キャラクター対応リストを作りました。

主人公(冒険者)
・佐藤和真(サトウカズマ)
ゲスイ行動が多いが、基本的にはお人好しの善人。
武器はちゅんちゅん丸という日本刀風の剣。
幸運が異様に高く、狙撃やスティールが効果的。
得意スキル:スティール
・佐藤正樹(サトーマサキ)
ギリギリ良心らしきものはあるらしいが、基本的には悪人。
武器は中サイズの槍。あとナイフ。メガネをしている。
ステータスはバランスこそいいが、器用貧乏なため真っ当に戦う気はない。
得意スキル:バインド
年齢:20歳

アークプリースト
・アクア
女神でありながら、お調子者で能天気のトラブルメーカー。
アークプリーストとしては神クラスの能力を持つ。
宴会芸はまさに神の領域
・マリン
熱心なアクシズ教徒だが、性格はいたって真面目。働き者。アクア様の事を崇拝している。
たまに予言と称して、なりふり構わず意味のわからない行動を仕出かすが、それ以外はまとも。
パーティーの良心であり、悪の道をつっきるマサキを止めるストッパーでもある。
能力は劣化アクア。だが宴会芸は使えない。人間なため水の自動浄化能力もない
パンツははいている。
年齢:20前後

アークウィザード
・めぐみん
パーティーのロリ枠。中二病で眼帯をつけている。
特技は爆裂魔法。爆裂魔法に強いこだわりを持ち、それ以外の魔法は使えない。
一日一回の使用が限度だが凄まじい威力を誇る。
・レイ
パーティーのメンヘラ枠。長髪で赤い眼を隠している。まだ紅魔族でないため光らない。
特技は炸裂魔法。魔法自体に特に拘りはないため他の魔法も色々取得する。便利だと思えば初級魔法も分け隔てなく使いこなす。
彼女が執着するのは愛である。邪魔をするものは誰であろうと牙を向く。
ロリ体系で顔もよく見れば美人なのだが、夜に四速歩行でゴキブリのように動き回る彼女からは恐怖しか感じない。
年齢:17歳

クルセイダー
・ダクネス
金髪碧眼の巨乳。腹筋が割れているが少女趣味な所もある。
スキルポイントの大半を防御系スキルに割り振っており、世界トップクラスの防御力を持つ。
ドMな性癖を持つが比較的常識人。
実は貴族であり、フルネームはダスティネス・フォード・ララティーナ。
・アルタリア
オレンジ色の髪と碧眼で、巨乳。腹筋は勿論割れている。
女らしさの欠片もない。殺すことを何より楽しみにしているドS。
スキルポイントの大半を攻撃、スピードに割り振っている。
クルセイダーでありながら防御を全く考えてないため異様に打たれ弱い。
ゴブリンや冒険者の一撃で戦闘不能になるくらい。
物事を勝つか負けるかの単純思考で判断するため、頭が非常に悪い。
スピードを少しでも高めるため、鎧はスカスカで自分の体重もかなり軽い。
実は貴族だが隠しているわけではなく、誰にも信じてもらえないだけである。
フルネームはアレクセイ・バーネス・アルタリア
貴族でありながら金髪ではないのは理由がある。
年齢:22歳前後


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 21話 秘密の行方

「ふあああーーーいい朝だ。さあ早速ギルドにでも向かうとするかな」

 

 モンスター素材横取り事件も無事収まった。上機嫌で仲間と合流し、今日の予定を決めることにした。

 

「おいマサキ! 私は未だに許せねえんだ! どこのどいつだ! 私らの倒したモンスターを勝手にパクッた奴は! 結局犯人は見つかってないんだろ?」

 

「気にするなよ。もう済んだことだ。過去の話じゃないか」

 

 事件の事で納得がいかないアルタリアをなだめる。

 

「やられたら絶対やり返すのが私のモットーだ! 絶対に見つけ出して! ぶっ殺してやるぜ!」

「別に俺たちだけを狙ったわけじゃあないよ。この街の冒険者はみんな被害を受けたんだろ? 今では警備員が見回ってくれるから盗まれることはないし。あとは彼らとギルドに任せれば良いさ」

 

 アルタリアに怒られても困る。だって犯人の首領格は俺だし。見回りの警備員こそが元実行犯だった。俺の壮大なるマッチポンプを邪魔されるわけにはいかない。ちなみに警備員達の報酬からボスとして多少上納金を受け取っている。勿論サトー・マサキ名義ではない裏口座だが。

 

「マサキらしくないですわね。やられたらやり返すのはアルタリアさんだけじゃあありません。マサキこそ絶対に報復するタイプだと思っていましたが。そもそも狩場を破壊されたときにあれほど怒っていたじゃないですか? あれはもういいんです?」

 

 マリンが不思議そうな顔で俺に突っ込んでくる。チッ、勘のいい女だ。俺の楽しい狩場を破壊された報復は、モンスターの素材を横取りすることでもうとっくに果たしている。っていうかやりすぎて罪悪感がわくくらいだ。

 

「復讐は何も生まない……。その虚しさに最近気付いたのさ。だから何もしないよ」

 

 少し遠い目で、そんな悟った言葉で誤魔化した。

 

「なにか怪しいですねえ。あなたからそんな言葉が出るなんて」

 

 疑いの眼差しを向けてくるマリン。

 

「みなさん、お止めください! マサキ様が困っているでしょう? マサキ様が復讐をしないと決めたんです! ですから私達もそれに従いましょう! そのうち犯人も見つかるはずです! そんなのより次のクエストが待っています!」

 

 レイが二人にそう注意する。

 おお、いいぞレイ。お前中々役に立つじゃないか。恋は盲目というが、そのおかげで、バカで助かったぜ。

 

「ああそうとも。今回の事件でこの街の冒険者はみんな傷ついた。だがもう最近は出てこないんだろ? だったら通常通りモンスターハントと行こうじゃないか? いつまでも昔の事に拘っていると新しいチャンスを見逃すかもしれないぞ?」

 

 レイの言葉に乗っかり、俺も二人を説得した。

 

「わかったよ。腹だたしいが、報復は後回しにしてやるぜ」

「マサキがそんな事を言うなんて。少しは真人間に近づきましたね。これも私の教えの成果でしょうか!?」

 

 納得する二人の仲間たち。仲間がチョロい奴でほんとよかった。

 

「わかりましたか? ではマサキ様の言うとおり、次の冒険に向かいますよ!」

 

 レイがみんなをまとめて改めて号令を掛けた。ふう、これでよし。めでたしめでたし。

 

「……そうですよね? 八咫烏様」

 

 最後にレイが俺にしか聞こえない小さな声で、ボソっと言った。前言撤回だ。恋は盲目? 違う! こいつはバカじゃない! 俺の正体に気付いてやがった! 

 

「レイさんレイさん? ちょっと話があるんだけど? あ、お前達は待機しててね。二人きりで重要なお話があるんだ。とってもプライベートなことなんで。悪いな」

 

 青ざめた顔をしてレイを連れ出した。

 

 

 

「なんですかマサキ様! ついに愛の告白!? プロポーズですか!? 私はいつでも準備は出来ていますよ?」

「そんなわけないだろ! レイ! いやレイさん? 八咫烏について知っていることを全て話せ!」

 

 頬を赤らめるレイの肩を揺さぶりながら尋問する。ヤバイ。よりによってこの女に弱みを握られるわけには……。

 

「私が八咫烏様について知っていることですか。そうですねえ。マサキ様の裏の顔だと言う事しか……」

「ノオオオオーーーー!!」

 

 俺はショックで叫んだ。やっぱバレてる! クソッなんでだ! 俺の行動にどこか変な所あったか? いやあ結構あったな。なぜバレないか自分でも不思議なくらいだったわ。

 

「…………な……なんのことやら?」

 

 なんとか精一杯声を絞り出してとぼけるが。

 

「ちなみにフードと仮面の隠し場所は……」

「はいすいません。俺がやりました」

 

 ガクッと肩を落とし、レイに白状した。

 

「な……なぜわかった?」

「マサキ様の事なら何でもお見通しですよ。でも疑問に思ったのはアレですね。マサキ様は最近よく頭を撫でてくれます。私は嬉しかったんですが、普段のマサキ様なら嫌がるはずです。そこで何か隠し事があると思ったんでこっそりつけてみました! そしたら!」

 

 くっ!

 罪悪感から普段より優しくしていたのが仇になったのか……。なんてことだ! 俺のパーフェクトな計画がこんな所で露呈するとは。俺ももう終わりか?

 いやまだだ。バレたのはレイだけだ。秘密を知られた場合の対処法は二つ。そいつを消すか、仲間に加えるかだ。まだ終わってない!

 頭を切り替えて、彼女に言った。

 

「内緒だぞ! マリンとアルタリアにも言うなよ。マリンは正義感が強い。そして、アルタリアは馬鹿すぎる。口を滑らしたら大変だ」

 

 こちらに引き込んでやる! もうそれしかない!

 

「内緒にするのはいいですけど……。その代わりといってはなんですが、正式に私と婚約するというのはどうでしょう? 私は別にいいんですよ? 犯罪者として追われる生活も受け入れますし。どうです? マサキ様?」

 

 早速脅してきやがった。さすがは最悪のメンヘラ女だ。そう来ると思った。隙さえ見せればどうにかして既成事実を作ろうとする。そしてそれに負ければ俺は地雷女との一生という地獄を味わう羽目になる。

 

「まぁ待て。レイ。お前を秘密の右腕に任命してやる。俺の裏での顔を知るのはお前だけだ。どうだ? お前にしか出来ない仕事をやろう。そう、これは二人だけの秘密だ」

 

 レイの脅しは置いといて、別の方向に軌道修正する。これならどうだ。

 

「二人だけ! なんて魅惑的な響き! いいですね!」

「そうだろう? レイ。俺とお前でこの街の裏社会を支配するのだ!」

 

 よし食いついてきた。このままなし崩し的に闇に引き入れよう。

 

「で、もし私がマサキ様、ではなく八咫烏様の右腕になれば、いったいどんな仕事をすればいいんですか?」

「そうだな。お前が行動すれば目立ちすぎる。だから動くのは最後のときだ。俺の切り札的な存在にする。よし、お前は八咫烏の女殺し屋だ。裏切り者を粛清する。それがお前の役目だ」

 

 この前の時は、部下のあまりの忠誠心の低さに驚き、危うく台無しになるところだった。後で脅したが、部下達にはもっとボスに恐怖と畏怖を持ってくれないと困る。

 

「女殺し屋ですか。悪くない響きですね。いいでしょう! それで八咫烏様、誰を消せばいいんですか? この前愚かにもあなたを売ろうとしたあいつですか? 今すぐにでも消しに行きますが?」

 

 思ったよりもあっさり食いつくレイ。っていうか今度は逆に食いつきすぎだ。こいつ俺が殺せって言ったら躊躇なくやりそうだな。危ねえよ。あとアルタリアもやりそう。あいつの方は口が軽そうだから裏家業は無理だが。

 

「待て、待つんだ。あいつはあの後反省したからいい。そんな簡単に部下を殺したら組織が弱体化する。今はいい。待機してくれ。今は殺し屋だが、また事業が増えるにつれやって欲しい仕事は見つかる。また指示を出すからら勝手な行動はしないでくれ。このことはくれぐれも外に漏らすなよ?」

「わかりました。では今は何もしないでおきましょう。勿論秘密にします。この私が運命の人の事を話すわけがないじゃないですか。マサキ様がやることは、たとえそれが一般に犯罪と呼ばれていようと、全て肯定されるのです。愛するあなたの事はいつも正しいのです。地獄の果てまでもお供しますよ」

 

 相変わらずさらっと怖いことをいう女だ。本当に恐ろしいのは彼女が本心でそれを言ってることだろう。きっと俺が王家に反乱を起こすといっても全く躊躇せずやるだろう。なんて危険な女だ。こいつの愛は重すぎる、そして鋭すぎる。

 危ういバランスだがなんとか制御しなければ、軽はずみな行為で俺自身を破滅に追い込んでしまうかも知れない。慎重に扱わないとまずい。

 

「そういえばマサキ様、あの事件ではどれくらい稼いでいるんですか?」

「フッ、実はだなレイ。あの荒れくれたちに払う給料と、アレクセイ家への場所代が思いのほか大きくてな、思ったほどは儲かってないんだ。ネトゲマネーでは巨額な富を成し遂げたこの俺も、やはり実際に動くと勝手が違うなあ」

 

 新しい闇の仲間の質問に答えた。そう、思ったほどは儲からなかったのだ。っていうか場所代と人件費が痛すぎる。ネトゲでは場所代は勿論いらないし、全部一人で素材回収をして、後はオフラインにするだけだったから人を雇う必要もなかった。生身の体だと色々入用になることが今回の件でよく理解した。

 

「偉大なる八咫烏様の利益を奪うなんて許しがたいですね。今すぐにでも口減らしをして回収しますか?」

「やめろ! かってなことはしなくていい」

 

 短絡的なレイをたしなめる。隣で殺気を放つのはやめて欲しい。

 

「いいかレイ、悪党には悪のルールがある。いくら悪人といっても信頼関係を築くのは重要だ。約束を守らなければ付いてくれる人間はいない。力だけでは人は従わない。それでは他の強者が出れば終わりだ。彼らの利益がなくてはな。勿論力も必要だが、力と金、双方が揃わないとならない。だからこそ部下にはちゃんといい思いをさせてやらないとな。それがいいボスの条件だ」

「わかりました。申し訳ありません。出すぎた真似をするところでした」

 

 すぐに俺の話を聞き、しゅんとするレイ。

 

「確かに横取りで得た利益は少なかったが、これで荒れくれとの繋がりが出来た。そして彼らは今真っ当な仕事で金を稼いでいる。その内のいくらかは俺の元へ入る。一見すると少ない金額だが、継続すればそれなりの金となる。この先も別の儲け話が浮かぶかもしれない。その際に動かせる駒がなくてはな。わかったな? 何事も積み重ねが大事だ。正しいことも、悪しきこともだ」

 

 レイの頭をポンと叩きながら、俺なりの悪の理論を説明した。伊達に1421回も垢バンを受けてない。ネトゲ時代、悪質なプレイヤー同士で結託し、どうすればより悪事が上手くいくか相談したものだ。

 

「なるほど。御見それしました。そこまで考えが及ばず、恥ずかしい限りです」

「それでいい。お前に用があるときはこの俺が直接命令を下す。それまではいつも通り振舞うんだ。くれぐれもあの二人……マリンとアルタリアには知られてはならんぞ?」

 

 レイの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、二人の中での話は付いた。

 

 

 

「話は終わったよ。待たせたな! さあギルドに向かってレッツゴー! クエストが俺を呼んでる!」

 

 レイを口止め兼仲間に引き入れることを成功させ、作った笑顔で待たせていたマリンとアルタリアと合流した。

 

「あら、今日は仲がよろしいんですね? いつもならそれだけ近づくと肘でけん制してたのに」

 

 レイとべったりして歩く姿を見て、マリンが首をかしげた。

 

「え? そうだっけ? なに言ってんだ? いつも通りさ。ハハハ」

 

 慌ててレイを引き剥がそうと肘でつっつくが、この女め。頑として離れるのを拒否している。目にはバラすぞ? と書いてある。くそう。

 

「マリン? 何度も言いますがマサキ様は私のものですからね! いくら付き合いが長いあなたでもそれだけは譲りませんよ?」

 レイがそうドヤ顔で、俺の腕を絡みつかせながら言った。そんなに密着すると胸が、胸が……こいつにはなかったな。なんか骨が当たって硬いんだが。悲しいくらい柔らかさがない。

 

「いいですか二人とも? 私とマサキ様はさっきついに正式に恋人となりました。手出しは許しませんよ?」

「おい、何を勝手に……?」

 

 そんなメンヘラを黙らせようとするが、赤い瞳でギロっと睨まれると何も言い返せない。こいつに悪事がバレたのはやっぱり痛い。なんとかして主導権を取り戻さないと。

 

「あっはっは、おめでとうマサキ、レイ。まぁ私はなんもいわねえぜ。モンスターが殺せるなら仲間がくっ付こうがどうでもいい!」

「そ、そうですか。挙式は是非アクシズ教会で。私が仲人を務めます。アクア様の名において!」

 

 勝手に祝福しだす二人。くっそう。お前らも一応見た目だけはいいんだ。ポジション的にはハーレム要因だろ?

 主人公が取られたらもっと悔しがれよ! 物分りが良いにもほどがあるぞ! じゃない、早く誤解を解かないと。変に気を使われメンヘラルートになるのは断固拒否せねば。

 

「お前達少し勘違いしているぞ。俺とレイは少し発展したが……。まだほんの少しだ。そうだな、友達以上恋人未満といったところだな? 恋人にはまだなってないぞ?」

 

 そう、そうだ。友達以上の関係にはなった。それは確かだ。だってヤバイ裏家業を手伝わせるんだから。普通に恋人より難易度が高い気がするがその辺は深く考えないようにしよう。

 

「友達以上恋人未満……? それはどんな関係になるんでしょうか? 私はどう気を使えば?」

 

 マリンが律儀に聞いてくる。そうだな、どう答えよう?

 

「それはだな、友達としては勿論、それ以外での……まぁちょっと二人でお互いを信頼しあい、一緒に仕事をする仲さ!」

 

 仕事といっても闇の仕事なんだが。まぁ間違ってはない。俺は嘘は付いていない。正しいことだけを言った。

 

「おいそれってよう、今までの冒険者のパーティーとどう違うんだ?」

 

 アルタリアが首を傾けながら聞いてくる。

 

「そ、そうだな……。基本的には変わらないな。命を預けあい、共に仕事をこなす。おお今までと一緒だな。ということで今までどおり接してくれて構わないから」

 

 アルタリアに説明していると、結局は今と同じだということに気付いた。それでよしとしよう。恨めしそうにレイが睨みつけてくるが、スルーだ。

 

「なんだ、一緒かよ。まぁそのほうが楽で良いぜ。ハッハッハッハ!」

 

 サンキューアルタリア。お前のその単純さで、メンヘラルートは阻止できたぞ! よくやった!

 

「話が違いますよ! マサキ様!」

 

 俺の腕を凄い握力で握り締めてくるレイ。このゴキブリ女はこの手で天井にしがみ付けるんだからかなり痛い。

 

「レイ、二人には内緒だと言っただろ? いつも通りにするんだ。ばれたらどうする?」

 

 耳元に小声で警告する。

 

「くっそうでした。恋人にならないとバラすぞって言いたいです。でもそうすると二人だけの秘密が明らかになってしまう……。くうっ、考えましたねマサキ様。恋人を取るか……二人きりの特別を取るか……くうっ!」

 

 相反する問題の狭間で悶えるレイ。やはり仲間に引き込むのは成功だったな。

 

「わかったようだな。俺の正体を明かせば、俺はこの街から出ないとならない。そうなればお前の恋人にもなれないな。残念だが。この街からもお前からも全力で逃げ出させてもらう。でも黙っていてくれるなら……少なくとも特別な関係でいられる。そのうち恋人にもなれるかもしれないぞ?」

 

 悩む彼女に少し肩を押す。これでもう十分だろう。

 

「ううっ! 流石です。実質選択肢を一つにするとは、そこまで言われたら私は黙っておくしかないじゃないですか。でもそれでこそ私の運命のお方です! フフッ」

 

 俺の言葉に悔しがりながら、でも満足そうな微笑を浮かべレイは理解してくれた。よし、これで主導権をこっちが握ることに成功した。これで本当に、いつも通りだ。

 

「じゃあとっととギルドに向かうぞ! 全くギルドに向かうだけで何でこんなに疲れるんだ。やれやれ」

 

 俺ってやれやれ系主人公に向いてるのかな? と思いながらようやくギルドの扉を開けた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 22話 ゾンビメーカー撲滅計画

 久々の投稿です。色々どたばたして書く時間がありませんでした。

22話~27話はキールの章です。ここでリッチーであるキールとマサキの戦いが書かれます。いわば最初の大ボスといったところでしょうか。最終的には原作どおりに上手く辻褄を合わせていきます。


「最近草原ばっかりで飽きたな。今度はちょっと変わったクエストを受けてみようぜ」

 

 なんとかしてレイを言いくるめた俺は、ようやくギルドにたどり着き、クエストを見ながらぼやいた。今までの俺のやり方は、その辺に出てくる強いのも弱いのもまとめて引き受け、アルタリアを餌に誘き寄せたところをレイの炸裂魔法で一網打尽にする方法だ。これは草原に現れる野良モンスターにはかなり有効な手だが、特殊なモンスターはほったらかしになってしまう。

 それに加え、倒しやすいモンスターをまとめて討伐してしまうため、仕事がなくなった他の冒険者から恨まれるという面倒な副産物を生んでしまった。

 そこでそろそろ他のクエストにも手を広げてみようというわけだ。掲示板に貼られたクエストを眺めていると、ふと一つのモンスターに目が行った。

 

「ゾンビメーカー退治か。夜のモンスターは今まで受けてこなかったな。どうしようか」

 

 ゾンビメーカー、それはゾンビを操る悪霊の一種で、自らは質のいい死体に乗り移り、手下代わりに数体のゾンビを操るらしい。

 だがそのゾンビを操る悪霊は、駆け出しの冒険者パーティでも倒せる程度の実力しかないようだ。非常に簡単な仕事だろう。おそらくマリン一人でも余裕で完遂できる。

 しかしそれだけでは満足しないのが俺だった。もっと合理的なプランがあるはずだ……。

 

「ふむ、ゾンビメーカー自身は大したことがないようだが、何度も墓を荒らされるのはきりがないな。もっと根本的な解決法がある。そう、そもそも死体があるからゾンビが生まれる。死体がなければ何も出来ない。全て掘り起こして燃やし尽くせばいい」

 

 俺はゾンビメーカーのクエストを持ち、そう提案した。

 

「マサキ! なんて事を考えるんです! この街の冒険者として散っていった人達に対する冒涜ですよ! 燃やすなんて酷すぎます!」

「悪いがマリン、俺の国の埋葬方式は火葬だ。別に悪意はない。それにだ、聞けばゾンビメーカーが沸くのは身寄りのない人間が行き着く共同墓地という話じゃないか。そいつらの死体を燃やした所で誰が文句をいうんだ?」

 

 マリンは俺を非難するが、真顔で言い返した。

 

「質のいい死体が……いや死体自体がなければゾンビメーカーは何も出来ん。わざわざ夜に退治に行かなくとも、昼間に全部掘り起こして火葬すれば全て解決じゃないか? 幸いこの街はまだ出来たばかりで死体も少ない。数日がかりでやれば全部片がつく。くたばった冒険者もゾンビにされるよりは灰になった方がいいだろ。死んでまで街に迷惑を掛けたくないはずだよ。これでほぼ永久的にゾンビメーカー問題を解決できる!」

 

 

 俺は自信満々に言い張ったが。

「「「「「うわあ……」」」」」

 

 マリンだけでなく、他の冒険者やギルド職員が一斉に引いた。

 

 

「なんだよ! 俺の考えはそんなにおかしいのかよ! ゾンビメーカーにはみんな悩まされてんだろ? でもプリーストの数が足りない! だったらこれがベストだろ!?」

 

 俺はキレてその場のみんなにわめき散らした。

 

 

「……なんという悪魔的所業……! さすがは悪の中の悪、マサキ様。でも……死体が無いと困りますよ。色々と」

「さすがの私もそれはないと思うぜ?」

 

 あのレイもアルタリアも俺の発言にはドン引きしている。

 

「そんな真似をして許されると思っているのですか! アクア様のばちが……いえ暗黒神エリス様も、全ての神々から怒られますよ!」

 その上マリンに説教を食らわされた。他の冒険者も彼女に同意し、最低の外道を見る目で俺を睨んでくる。クソッ、宗教の違いのせいでこんな理不尽な目に合うなんて。心が傷つくじゃないか。

 

「わかった! わかったよ! 燃やすのは無し! 無しでいいよ! じゃあ代わりにこんなのはどうだ! 死体の脚を斬りおとす……いや落とさなくてもロープでがんじがらめにしとけばいいな。それでゾンビメーカーが来て見ろ! あいつら身動きが取れなくていい的になるぞ! どうだ!」

 

「「「「「うわあ……」」」」」

 

 俺の第二プランもドン引きされたようだ。 

 

「マサキさんはこれ以降! ゾンビメーカーの討伐クエスト受注禁止です!」

 

 ギルド職員から一方的に宣言され、俺のゾンビメーカー撲滅作戦は企画段階で失敗に終わった。

 

 

 

 

「チッ。中世の未開の奴らめ。仕方ない。他のクエストを受けるとするか」

 

 皆から白い目で見られた俺は毒つきながら掲示板の紙を探していると、とあるクエストは目に入った。

 

『――マンティコアとグリフォンとアルタリアの討伐――マンティコアとグリフォンが縄張り争いをしている場所に、アルタリアが介入し三すくみの膠着状態になっています。このままでは決着が付きません。大変危険ですのでまずアルタリアを止めてください』

 

 

「お前なにやってんだよ!」

 

 俺は依頼書を見てアルタリアを叱った。

 

「お前なに討伐対象になってんだよ! アホか! マンティコアとかグリフォンとか! どう考えてもヤバい奴だろ! なんでそいつらと一緒になって暴れまわってるんだよ!」 

「ああ? ああそれかー。ある時よ、ボロボロのマンティコアがグリフォンにやられそうになってるのを見つけたんだ。そこで私はマンティコアに加勢してな。グリフォンを追い払ってやったんだ!」

 

 自慢げに武勇伝を語るアルタリア。自分が周囲に迷惑をかけているということは全く気付いてないようだ。

 

「なにやってんだ! いや待てよ、お前の話が本当なら、そのままグリフォンは倒せたんじゃないのか?」

 

 怒鳴る中でふと冷静になり、もう一度アルタリアに質問すると。

 

「ああ、それでマンティコアの奴が調子乗りやがってよ。今度はグリフォンを倒そうとしたから私が止めといたぜ」

「はあ?」

 

 なにがしたいんだ? バランサー気取りか? アルタリアの行動はたまに常軌を逸することがある。

 

「いやあ、グリフォンはまだ小さいし、マンティコアは失敗作っぽいけどよ。それでも一応つえーモンスターだからな。一撃でも食らったら間違いなくあの世行きだろうな。そんなギリギリのスリルがたまらないんだぜ?」

 

 くっ。この女。自分の楽しみのために二体の上位モンスターを倒されないよう維持してるのか。なんてはた迷惑な奴なんだ。

 

「アルタリア! もう二度と行くなよ! お前のせいでみんな迷惑してるんだ!」 

「ええー。休日のせっかくの楽しみを奪う気かよ!」

 

 まだ反論するバトルバカ女に

 

「ええーじゃねえ! このまま賞金首になりたくなければその下らない遊びは終了だ! お前賞金首になったらアレだからな! 容赦なくギルドに突き出すからな! わかったな!!」

「強いモンスターと遊ぶのって、そんなやばい事なのか?」

「当たり前だろバカ! お前は楽しいかもしれんが他の奴らにとってはただの脅威だから! いいな!」

 

 未だ自分がやらかしたことを気付いてないアルタリアに説教する。

 

「じゃ、じゃあさ、勝ち残った方を持って帰っていいか?」

「いいわけないだろ! お前はモンスター使いじゃなくてクルセイダーだろうが! 飼えるわけねーだろ! アクセルの街を滅ぼしたいのか?」

 

 アクセルにマンティコアやグリフォンを持ち込むなんて。街は阿鼻叫喚の嵐になるに違いない。この女少しは考えて発言して欲しい。

 

「ああああーーー。せっかく楽しかったのになあ。まーくんもグリくんも。まーくんが『オマエは味方ジャなかったのカ?』 とかいって怒ってるのを見るのが面白かったのに」

 

 なに危険モンスターにあだ名つけてんだよ。しかもやってることは単なる動物虐待でしかない。なんでこんなにナチュラルサイコパスなんだ。

 

「わかったよ。でもよ、止めは私にさせてくれよ? 可愛いあいつらの最後は私が見届けたいんだ」

「それは好きにしろよ。だが行っていいのは決着が付いた後だからな! またこう着状態になったら無意味だからな。それはわかるよな?」

 

 こうして俺はアルタリアの説得に成功。無駄にマンティコアとグリフォンの縄張り争いを長引かせる原因を排除できた。これでクエストも一時解決。だが報酬は無かった。だってその原因が俺の仲間だったからだ。

 

 

 

 

「クソッ! ゾンビメーカーは駄目! グリフォンとマンティコアはうちの脳筋バカのせいだし! 他によさそうなクエストは無いのかよ! もっといつもと違う感じのさあ!」

 

 未だいいクエストが見つからない俺は、愚痴りながら掲示板の張り紙を眺めていると……。

 

『――伝説のリッチー、キールのダンジョン。かって貴族の令嬢を攫った悪い魔法使いが作ったダンジョンです。キールは今でもこのダンジョンに潜んでいると思われます。ダンジョンの位置がアクセルの開発計画にとって非常に邪魔です。早めに討伐してくれると助かります――』

 

「面白そうだな」

 

 そういえばこの世界に来てからダンジョン攻略とかやってないな。次のクエストはこれに決めた。

 




 次回リッチーのキールが登場です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 23話 いざキールのダンジョンへ

――地下一階――

 

「きやがったなゴブリン共! おめぇらまとめて! 私の経験値にしてやるぜ! かかって来い!」

 

 アルタリアがかってに先頭に行き、ゴブリンを筆頭とする弱いモンスターへと飛び掛っていった。

 

「やめんかアルタリア! お前は集団戦じゃあ使えないんだから! 突出するなと言っただろ! 戻って来い! この紙装甲!!」

 

 慌てて彼女を止めるが言うことを聞いてくれない。すでにゴブリンの群れに特攻した後だった。

 

「マリン! すぐにアルタリアの救助に向かってくれ! 多分ボコボコにされてると思うから!」

「はいマサキ!」

 

 アルタリア……攻撃とスピードに全ステ振りしたバーサーカークルセイダー。しかし防御は残念なほど脆い。ザコの一撃で戦闘不能になるレベルだ。

 

「連れ戻しましたよ!」

 

 案の定、ゴブリンの不意打ちを食らい倒れていたアルタリアを、マインが連れ戻した。

 

「このバカ女! だから勝手な行動は慎めといったんだ。よし、レイ! こっちに来たモンスター共を吹き飛ばせ!」

「はいマサキ様。『ファイヤーボール!』」

 

 レイの放つ炎で灰になる雑魚モンスターたち。

 

 

「助かったぜマリン! ひゃはははは! ダンジョンは狭いから、ダッシュで逃げる場所がなくてさ!」

 

 ヒールで回復してもらったアルタリアが笑いながら言った。

 

「だから入る前にも言っただろ! 脳筋! お前は前に出るなと! わかったかこのへっぽこクルセイダー!!」

 

 アルタリアに説教する。くっ。こんなことなら置いてくればよかった!

 

 

 俺達が挑んでいるのはキールという、悪い魔法使いが作ったというダンジョンだ。伝説によればキールは稀代の天才といわれたアークウィザードだったのだが、ある日貴族の令嬢に一目ぼれし、その彼女を連れ去りダンジョンの奥に監禁したそうだ。なぜ稀代の天才と言われたキールがそんな真似を仕出かしたのかは不明だが、結果国を敵に回し、何度も戦いを繰り広げてきたらしい。

 そしてその悪い魔法使いキールは今でもこのダンジョンに潜んでいる。おそらく人をやめ、リッチーとなり今でも侵入者を待ち構えているのだ。

 そのキールが今なにを考えているかは正直どうでもいい。もう過去の話だ。だがこの位置にダンジョンを構えられるとアクセルにとって非常に邪魔だ。この悪い魔法使いを排除することは住民にとって悲願だった。

 

「一応いろいろ準備はしてきたんだがなあ。アルタリアの面倒まで見ないといけないし無謀だったかな」

 

 このダンジョンがなぜ今まで野放しになっていたのか。ダンジョン自体は人間である貴族の令嬢を連れ去っただけあってあまり深くはないはずだ。だがやはり稀代のアークウィザードであっただけの事はある。様々なモンスターや罠を配置し徹底して侵入者を拒んでいる。しかも普通のダンジョンと違い、どの階に強いモンスターが出るのかわからない。

 

「《敵感知》に反応がある! レイ、あそこになにかが潜んでいる。気をつけろ。アルタリアは俺と共に《潜伏》だ! もうさっきのような真似はするなよ? マリン、アンデッド系には《潜伏》が使えない。お前に任せる」

 

 仲間に的確に指示を出していく。なぜ俺が盗賊スキルの《敵感知》《潜伏》を覚えているのかというと……これはラビッシュ様様だ。ラビッシュの正体は貴――いや偉いやつなので、彼女のツテで盗賊にスキルを教わったのだ。向こうは嫌そうだったが、ラビッシュの頼みとなれば仕方なく俺にスキルを教えてくれた。

 これで準備は万端のはずだったんだが……

 

 

「くっ! オーガーの群れだ! なんで一階にいるんだよ! ゲームバランスはどうなっている! レイ! 吹き飛ばせ!」

『ライト・オブ・セイバー!』

 

 レイがオーガ達を光の剣で引き裂く。急な上級魔法で大慌てのオーガーに。

 

「アルタリア! お前も行っていいぞ! 相手は逃げ腰だ。とどめを刺していけ! 背中から襲え!」

「おっしゃー!」

 

 アルタリアの《潜伏》が解除され、飛び出す。完全に不意打ちを食らわせ、オーガ達を駆逐していく。

 

「やれやれ、一階でこれとはな。この先が思いやられるよ」

 

 オーガたちを全滅させた後、俺達は次の階へと降りていった。

 

 

 

――地下三階――

 

「邪魔な犬コロめええええ!!」

 

 地下に降りる階段を守るように現れたのは、有名な番犬、ケルベロスだった。三つの首を前後左右に見回し、門番として出入り口を守っていた。

 

「いくら目で追えても! 体がついてくるかな! ひゃははははは!!!」

 

 アルタリアが超スピードで飛び出していく。ケルベロスは唸りを上げ、彼女に狙いを付ける。そこに。

 

『ライトニング』

 

 レイがすかさず電撃を浴びせるが、伊達に三つの首がある訳じゃない。こっちにも気付いていた。ケルベロスは素早くジャンプして攻撃をかわした。

 

「ちっ! なかなかやるな。だがな」

「隙ありだあああ!!」

 

 飛び上がったケルベロスに向かい、アルタリアが剣を振り下ろした。ドサッとケルベロスの首の一つが地面に落ちる。

 

「アルタリアのスピードは想定外だったようだな。これでケルベロスも……ん?」

 

 ケルベロスは一つの首を落とされたにも関わらず、全く怯みもせず残った二つの首でそのままアルタリアに襲い掛かった。

 

「あぶね!」

 

 慌ててかわすアルタリア。

 

「おかしいぞ? いくらモンスターといえ……。体の一部を落とされたのにまるで気にしてない。どういうことだ……?」

 

 俺は安全な位置から、じっくりとケルベロスの体を観察すると。体に継ぎはぎの跡が……。

 

「マリン! あいつはゾンビだ! ケルベロスのゾンビ! おそらくダンジョンマスターが、殺されてはその死体を再利用しているんだろう! マリン! お前の出番だ!」

「ゾンビですね! お任せください! 『ターンアンデッド!』」

 

 ケルベロスゾンビは最後の雄たけびをあげ、マリンの浄化魔法によってその場から崩れ落ちた。

 

「ずるいぜマリン。そいつは私の獲物だったのによお!」

「ずるいも何もない! これは遊びじゃないんだぞ!? 命がけなんだ! それに最初にアンデッドはマリンが倒すって決めてたじゃないか! これでいいんだよ!」

 

 悔しがるアルタリアに怒る俺。そもそも狭いダンジョンの中じゃあ普段のように自由に動けない。特にヒットアンドアウェイに特化したアルタリアは危険な目に合いやすい。少しでも防御力があればなあ。もっとやりやすいんだけど。

 

 

 

――地下四階――

 

 

 足元にはマリンが瞬殺したアンデッドやグレムリンの死骸。まあそれはどうでもいいとして。

 

「全員逃げろ! 逃げるぞ!!! 退避―――!」

 

 俺達はダッシュでミノタウロスの群れから逃げ出していた。一匹や二匹ならまだしも、この数を相手にするのは無理だ。そういえば前草原でミノタウロスと出くわしたっけ。ここから逃げだしたのだろうか?

 

「『ファイヤーボール!』『ファイヤーボール!』」

 

 追いかけて来るミノタウロスに対し、レイが炎の球を連射しているが、多勢に無勢だ。

 

「よっしゃ! 私の出番!」

「そんなのはない! いいから逃げろ! この状況でお前がなんの役に立つんだよ!」

 

 同じく逃げているアルタリアが楽しそうに言うが怒鳴り返した。一匹が相手なら、ここがどこにでも逃げれる草原なら、アルタリアが活躍できるだろうが、ダンジョン内ではどうしようもない。

 

「大変ですわマサキ! 確かこの先は行き止まりでした!!」

 

 マリンがヤバイと言った声で叫ぶ。

 

「そうだった! マップによればそうだ。クソッ、このままじゃあ追いつかれて終わりだ。緊急用のアイテムを使う暇もない!」

 

 すぐ真後ろにまで迫っているミノタウロスの群れ。どうする? このままじゃあ本当におしまいだ……。なにか考えろ! 考えろマサキ!

 

「そうだ! レイ! 炸裂魔法の準備をしろ!」

 

 起死回生の一手を思いつき、レイに告げた。

 

「ええ……? マサキ様? そんな事をすればダンジョンがどこか崩れてしまうかも? 下手をすれば生き埋めに……!」

「いいから詠唱開始! 俺を信じろ! いいからやれ!!」

 

 了承したという顔で詠唱を始めるレイ。それでいい。

 

「よし、全員こっちに向かえ! 走るぞ!」

「ですがそっちも行き止まりですよ! 小さな部屋があるだけです」

「いいから!」

 

 反論するマリンを無視し、小部屋に逃げ込む俺達。アルタリアが扉を蹴飛ばし室内へと逃げ込む。よし、このままこのまま。

 室内に飛び込むが、すぐに後ろにはミノタウロスの群れが迫っている。扉はアルタリアが破壊したため防ぐものなど何もない。出入り自由だ。

 

「マサキ様! 詠唱完了! いつでも炸裂魔法が撃てます! ですがどうすれば?」

 

 疑問を浮かべながら聞いてくるレイに。

 

「今だ! 発射! 目標は扉の上! 天井を崩して出入り口を封鎖しろ!

『わかりました! 炸裂魔法!』 

 

 レイが炸裂魔法を唱える。その一撃で瓦礫がミノタウロスに降り注ぐ。ミノタウロスが生き埋めになり、さらに瓦礫がバリケードにもなった。

 

「オラア!」

 

 先行していて身を逃れたミノタウロスの一匹に、すかさずアルタリアが襲い掛かり、首をはねた。とりあえずはこれで安心だ。

 

 

「これでよし、と。ヤレヤレ、さすが難攻不落のダンジョンなだけはある。長年放置されていた理由がわかったよ。それにしてもなんて酷いダンジョンだ。作った奴は相当の鬼畜だな」

 

 やっと安全地帯に付き、ため息をつく。

 

「でもマサキ! これからどうするんですか!? このままじゃあ私たちもこの部屋から出られないですよ?」

「それには及ばない。ちゃんと『テレポート』のスクロールを準備している。ほら」

 

 マリンの質問に、魔法のこもった巻物をみせて答えた。

 

「さすがは私の運命の人マサキ様! いつでも準備万端ですね!」

「これぐらいはやって当然だよ。だがこのダンジョン……作ったのはキールといったな。この俺を本気にさせたな! どんな手を使ってでもこのダンジョンを攻略し、奴を退治してやる! 必ずな! 覚えてろよ!」

 

 今回はダンジョン攻略に失敗したが、俺は次の一手を考え込んでいた。このふざけたダンジョンを作り上げた奴に後悔させてやる手を……。

 

 




キールの登場は次回になりそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 24話 このふざけたダンジョンにクソマンチを!

 キールのダンジョンの真横には、『キール対策本部』と書かれた建物が立っている。ここでダンジョンの情報交換をしたり、避難所として使ったり、アイテムを販売したりと文字通りキール攻略のために様々な物が用意してあった。俺たち4人パーティはその建物内の一番目立つところで座っている。

 

「マサキさん! あなたダンジョンの中で炸裂魔法を使ったでしょう? 他の冒険者から! 道が途切れてて全滅しかけたとか! モンスターの配置が変わっていたとか! 苦情が来ていますよ! かってに地形を変えないで下さいよ!」

 

 ギルドから派遣された職員が俺に注意するが。

 

「どうでもいい。この俺があのふざけた魔法使いに鉄槌を食らわせる。キールにはこの世界から退場してもらう。あいつに悩まされるのも今日までだ」

 

 苦情を一蹴して答えた。

 

「なんだ? その口ぶりは? お前もあのダンジョンから命からがら脱出したくせによお。まさかお前が本気でこのダンジョンを攻略できるとでも?」

「その通りだとも。この俺が見事、キールを駆逐して見せよう」

 

 他の冒険者の煽りに、冷静に言い返した。

 

「そもそもだ。なぜダンジョンを攻略するのか? そこから考えてみよう。どう思う? マリン?」

 

 他の冒険者は一先ず置いといて、マリンに尋ねてみる。

 

「そうですね。それはダンジョン作った上位モンスターが、様々な宝を所有しているからですわね。宝を求めて冒険者達は日々ダンジョンに潜ります」

「なるほど、その通りだともマリン。いい答えだ」

 

 マリンの答えに満足し、同意する。

 

「だがこのキールのダンジョンに限れば、少し話が違ってくる。他のダンジョンはあくまで好奇心、名誉、宝を手に入れるのを目的としているが、ここのダンジョンが問題なのは場所だ。アクセルの街の発展のためには、こんな近くに危険なダンジョンがあっては困る。即ち宝などは後回し。とにかくダンジョン攻略、脅威を排除するのが最優先だ。違うかな?」

 

 俺はマリンだけでなくその場にいる冒険者全員に聞こえるように話した。

 

「ああ? なにがいいたいんだよ? どっちにせよキールを倒せばいいんだろ?」

「だから俺達が日々潜って戦っているんじゃねえか!」

 

 他の冒険者たちも反論してくるが。

 

「そもそもだ。一般的に城を攻めるのには敵の三倍の兵力が必要という話もある。ダンジョンは城ではないが、敵が用意した防衛拠点だ。そこに少人数のパーティーで挑もうなど、相手が圧倒的に優位じゃないか? こちらも力を合わせて潰すべきだ」

 

「なんだと? 何言ってやがる? そんな事をしたら宝を奪えないだろうが!! 仲良く山分けなんてごめんだぞ!」

 

 苛立つ冒険者に。

 

「そう。君の言うとおりだ。普通のダンジョンならそうだ。だが思い出して欲しい。キールのダンジョンではあくまで宝を手に入れるのは二の次だ。とにかく奴さえ倒せればそれでいいのだ」

「なんだと? つまりみんなで仲良く戦えばいいだと? 下らねえ! そんなのは冒険者のやることじゃないぜ! 騎士団にでも任せろよ! それにだな、キールは伝説じゃあたった一人で王国を相手に立ち向かったそうじゃねえか! 仮に騎士団が向かおうが対策ぐらいされてるはずだぜ?」

 

 怒鳴って言い返す冒険者たち。冒険者が他の見も知らずのパーティーと仲良く隊列を組むなんてそう簡単には行かないだろう。キールの強さも。しかしそんなことはわかっていた。

 

「勿論わかっている。だから冒険者の助けは必要ない。今のところはな。アクセルの市民の皆さんと共にキールを滅ぼす」

 

 俺ははっきりと宣言した。

 

 

 

「はぁ? ふざけんのも大概にしろよマサキ! 俺たちや、騎士団ですら手に余るキールを! 普通の住民が何とかできるわけないだろ? 馬鹿も休み休み言え!」

「君の言うとおりだ。彼らに戦わせるつもりはない。今までの冒険者が持ち帰ったデータによると、キールは貴族令嬢を監禁していたため、そう深いダンジョンは作れないはずだ。あまり深いダンジョンを作れば、優れたアークウィザードであるキール自身には耐えられても、普通の人間である令嬢には辛いはずだ。このダンジョンの浅さにこそ勝機がある」

 

 そういって俺はアクセルの地図を取り出して、キールのダンジョンの位置を指差した。

 

「では俺の作戦を話そう。このアクセルの街には水源としている川がある。そこから水を引き、キールのダンジョンに流し込む。つまり水攻めだ。あのダンジョンは手強いが、浅い。すぐに水で一杯になるだろう。こうなればいくら強いモンスターがいたとしても関係ない。まとめて処理できる」

「「「「「うわあ……」」」」」

 

 その場にいる全ての冒険者やギルド職員が一斉に引いたが、構わず俺は続けた。

 

「蟻の巣に水を入れるとどうなる? 大慌てで外へと逃げ出すだろう? さらに俺達の調査とこれまでの情報によれば……あのダンジョンにはアンデッドが大量に潜んでいた。キールは十中八九リッチーとなっているに違いない。それが更に好都合だ。奴の配下であるアンデッドはろくに泳げまい。大量の水でダンジョンの下部に押し流される。キールが一人必死で這い上がってきたところを……俺達全員で集中攻撃する。これならば完璧だ」

 

 俺はキール駆除計画について自信満々に詳しく説明した。

 

「も、もしもキールが……想定通りアンデッドの王、リッチーと化しているとすれば、我々の手に負えない場合はどうすればいいんだ?」

 

 そう、リッチーといえばアンデッドの王と呼べるモンスターだ。この小さな町の冒険者を集めてでも倒せる可能性は低い。

 

「倒せなくても問題はない。今回の第一目的はこのアクセルの街からキールを追い出すことだ。キールが手に余るようならばすぐに撤退しろ。またダンジョンに戻ったら水攻めを再開させる。とにかく嫌がらせを継続させるんだ。他の場所でダンジョンを作るなら許してやる。キールがこの地からいなくなってくれればそれでいい」

 

 冒険者の質問に素早く答えた。

 

「キールがキレて襲って来たらどうするんだ?」

「その時はそのときだ。この街から一時退却。あとの処理はベルディアの騎士団にでも頼めばいい。いくらリッチーとはいえ地上でたった一人で騎士団を相手にするのは辛いだろう。とにかく奴を疲弊させる。二度とこの街に関わりたくなさせる。それだけだ」

 

 二人目の質問者にもそう告げた。

 

「では他に、質問のある奴はいないか?」

 

 そう辺りを見回すと。

 

「いやよう。普通ダンジョンっていったらさ、ロマンとか名誉とか、そういうもののために戦うもんじゃねえの? いくらなんでも水でいぶりだすのは酷くないか? ダンジョンマスターの気持ちも考えてやれよ?」

「なんだそれは? ロマン? 下らない。結果さえあればいいのだ。では用意にかかろう。安心しろ、すでにベルディアには話はつけてある。これよりキール討伐作戦を開始する! わかったかな!?」

 

 質問を打ち切り、自らクエストの用紙に判を押して全員に告げた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「まずは城壁を作ってるドカタの兄ちゃん達に作戦を説明するぞ! レッツゴー!!」

 

 呆然とした顔の冒険者達を無視し、仲間と共に工事現場へと向かう。

 

 

「あ! てめーはサトー・マサキ! 伝説のバックラーじゃねえか!」

「たった一日すらもたずにバックレしやがって! しかも時間分の給料はよこせと次の日に集りに来た恥知らずのサトーマサキじゃねえか!」

 

 工事現場の方々の暖かい歓迎の言葉に。

 

「ああ、ゴホン。うん、そんなこともあったね。そうだとも、でも過去のことは忘れよう。今や俺はちょっと名の知れた有名な冒険者だ。協力してもらいたいことがある」

 

 少し顔をそむけながら返事をした。

 あの時は悪かった。だって土木工事があんなに大変だなんて知らなかったんだもん。

 

「誰がテメーみたいなクズの言うことを……ってそれは!」

 

 嫌そうな顔で断ろうとするおっちゃんたちにすかさずクエスト受注書とベルディアの書類を見せつけた。

 

「まぁこういうことなんで。この街の発展のため、俺に協力してもらうよ」

「チッ。しゃーねえなあ!」

「てめーの命令なんてごめんだが、ベルディアさんの頼みならなあ……」 

 

 仕方ない、と言った顔で引き受けてくれる工事現場のおっちゃんたち。よし、中々順調だ。それから水源とキールのダンジョンを繋げるように指示を出した。

 

 

 

 

「あんた力持ちだなあ! しかも仕事が早い! 女にしとくのが惜しいぜ」

「そうか? モンスター殺してたらこれくらい余裕だぜ?」

 

 アルタリアの攻撃スピード特化のステータスは、工事現場でも大いに役立ったようで彼女は気に入られていた。

 

「それをこっちに持ってきてくれ!」

「よゆーよゆー! 任せろ!」

 

 楽々と荷物を運んでいくアルタリア。意外な側面が見えたな。あいつならこんなことめんどくさいといって投げ出すと思ったのに。力仕事させとけばいつもの凶暴性が抑えられるのか?

 

 

「そこのガキ! たしかお前は前に炸裂魔法を学びにきてたよな? 今でも使えるのか?」

「勿論です。この私は炸裂魔法を日々極めていますからね。今では誤差もなく正確な射撃が出来ます。でもガキ扱いは……うーん。マサキ様? 彼女が子ども扱いされるのは嫌ですか? 嬉しいですか?」

 

 レイの質問はどうでもいいから無視することにした。

 

「そうか! 正確に撃てるのか! それは心強い。じゃあお嬢ちゃんにも是非手伝って欲しい。このままで行くと邪魔な岩盤が多くてなぁ」

「いいですとも。この私がマサキ様の計画の完成のため! 見事工事を完遂させて見せましょう!」

 

 レイもその能力を買われ土木工事に参加することになった。

 

 

「みなさんお疲れ様です! お茶をどうぞ! 疲れた方には回復魔法をおかけしますよ?」

「おお! ありがとう! 効く効く! 疲れがいえていく」

「まさかプリーストが工事現場に来てくれるとはな。普段ならこんなこと絶対にないぞ!」

 

 マリンが休憩している人達に『ヒール』をかけ、次々と体力を回復させていく。

 

「お役に立てて光栄ですわ!」

 

 お辞儀で答えるマリン。その謙虚な姿勢におっちゃん達も大喜びだ。

 

 

 ここにきて俺の仲間3人はみんな、工事で実力を発揮し始めた。俺がこいつらを冒険者としてまとめるのにあんなに苦労したのに。なんだよお前ら最初から肉体労働やっとけよ。

 

「あのー……この俺にもなにか役に立てることは?」

 

 仲間の活躍している姿、しかも全員女が働いている姿を見て恥ずかしくなり、俺も尋ねるが。

 

「マサキはいいよ。どうせまたすぐバックレるだろ? 期待してない」

「お前のやりたいことは理解したから。後はプロに任せておいてくれ」

「っていうかどっか行ってろ。邪魔!」

 

 仲間とは対照的に、しっしっと追いやられる俺。

 

「ぐっ!」

 

 悔しい……。なんだか凄くムカつく。

 特にやなのが俺だけ無能扱いされている事だ。あのダンジョンを破滅に導く、見事な策略を思いついたこの俺をだ。

 普段ならこのパーティーでは俺が一番まともなのに! 冒険者からも嫌われているとはいえ実力は認められているというのに! 闇社会では荒くれどもを震え上がらせているこの俺がだ! 工事現場に来たらただの邪魔扱い! 

 モヤモヤする! ムカつく! この3馬鹿どもは俺がいなければどこのパーティーでも断られるような問題児ばかりだったのに! なんで今は逆に俺がこんな目に……。クソッ! 悔しい!

 

「もういい! 工事が終わるまで寝とくか! それでいいわ!」

 

 俺は少し拗ねたが、心を切り替えて戦いのときまで英気を養っておくことにするか。最近は普段のクエストに加えて、裏家業の調整とかあって忙しかったんだ。休むときにはしっかり休もう。

 そのまま俺は対キール用の避難所に向かい、そこにあるベッドで爆睡することにした。

 

 

 

 ――それから数日の時が過ぎた。

 

「マサキ! 起きて下さい!」

 

 誰かの声がする。なんだよ、煩いなあ。またベッドを返せとかギルドの奴らが言って来たのか?

 

「ムニャムニャ……このベッドはこの俺が占領したんだ。怪我人なら他のベッドに行けよ。満員なら床にでも寝かせとけ」

 

 声を無視して布団の中に包まると。

 

「私ですよ! マリンです! マサキ! 起きてくださいよ!」

「なんだよマリン? まだ朝じゃないか。もう少し寝かせてくれよ」

 

 声の主はマリンか。まったく煩いなあ。今はこの世界に来て初めての長期休暇なのに。気が利かない奴だ。何か忘れているような気もするが。

 

「もうとっくに正午は回ってますよ! いやそんなことより! ついに完成したんです! 起きてください!」

「ああ? なんだよ? なにが完成だって? ふあああーー」

 

 欠伸をしながらマリンに生返事をすると。

 

「ですから! マサキの考えた策略に必要な! 水攻めのための工事が完成したんです!!」

「工事? なんの?」

 

 寝起きで頭が上手く回らない俺は聞き返す。

 

「なに言ってるんですか? マサキがやれって言ったんじゃないですか! こんなときにボケないで下さい!」

 

 マリンが俺を怒鳴りつける……それでようやく俺も。

 

「ふあ? あ! ああ! ついに完成したのか! よくやった! この時を待っていたぞ! よくやった! っていうか思ってたより早かったな!?」

「それはレイさんが寝る間も惜しんで作業を続けていたからです。『マサキ様のために命を懸けてでもこの計画を成功させます!』とかいって張り切ってましたし!」

 

 あいつが夜這いに来なかったのはそういう理由があったのか。おかげで久々によく眠れた。まあ後で少し褒めといてやろう。

 

「なるほどな。なるほど。全て順調だ。あとは実行あるのみだ。みな、よく働いてくれた。お前もだ。マリン」

 

 俺はパジャマで立ち上がり、労をねぎらった。

 

「さっきまで全部忘れて寝ていたくせに」

「それを言うなよ! ちょっと寝ぼけてただけ! 忘れてなんかいない!」

 

 マリンのつっこみを否定しつつ、すぐさま服を着替えて外へと向かった。うん、君の言うとおり、半分くらい忘れてたけどね。思い出したからセーフだよな。さあ戦いはこれからだ。

 

 

「時は来た! 今こそ我らの宿願であった! キールをこの街から追い出すのだ!」

 

 キールのダンジョンの前で冒険者や工事現場の職員に号令を下した。

 

「やっと起きたよあいつ! いつまでもベッドの一つを占領しやがって」

「しかも周辺を私物で散らかすし! ゴミも自分で捨てないし!」

 

 避難所の人間がちょっと愚痴っているが、まぁ無視しとこう。

 

「いいか! 敵はリッチーと化している! 夜中に戦うのは危険だ! 水攻めは早朝から行うことにする! 太陽に照らされる時間にキールをおびき出せ! 夜になってもまだ出てこないなら一時中止! 次の夜明けを待つ! わかったな!」

 

 集まった人々にてきぱきと指示を出していく。

 

「よし、では明日早朝に集合! だがその前に冒険者は集まれ! リッチーを倒すのはあくまでベルディアに任せるが、それまで出来る限りのダメージを与えておくぞ! 効果的な戦術をここで教えておく!」

 

 嫌がる冒険者達を無理やり訓練させる。アンデッドの王、リッチーを相手にするんだ。ベルディア騎士団を呼ぶまでの時間は稼がないといけない。それを説明するとみな納得してくれた。そんなに難しいことは必要ないからすぐに出来るだろう。

 訓練は終了! あとは明日を待つだけだ……。

 

 

 

 ――次の日。作戦決行日。

 

「全員戦闘配置についたな! いいぞ! では水を注ぎ込め! どんどんいけ!! 工事のおっちゃん! Go!」

 

 俺の合図と共にダンジョンに流れ込む水。中々の勢いだ。素晴らしい! やれやれ!

「この調子だ! そのまま注ぎ続けろ! このまま行けば昼までには水で満杯になるはずだ。もしも俺の想定通りの深さであればだが」

 

 それからも水が注ぎ込まれていく。最初の頃は緊張感があった冒険者たちも飽きてきたのか、抵当にダベって暇を潰している。ううん、思ったよりも長期戦になるかもしれない。俺も椅子に座り、少しうとうとしながらダンジョン陥落まで放置することにした。

 

 

 ……。

 …………。

 にしても暇だな。もう数時間は過ぎたぞ。そろそろ出てきてくれてもいいんだがなあ。

 

「でましたマサキ様! モンスターです! ダンジョンに潜んでいたモンスターが驚いて飛び出してきました!」

 

 そんなだらけてきた俺にレイが報告するが。

 

「モンスターなどほおって置け。狙いはキールだけだ。適当に戦って追いやれ! こんな奴との戦いに力を消費する必要はない! 逃げ道は用意してあっただろ? そっちに誘導しろ! アルタリア! 任せたぞ」

 

 水の勢いに逆らって高レベルのモンスターが飛び出して来るが、相手にしない。彼らの前でアルタリアがデコイスキルを発動させ、森へと誘導させる。

 

「オラッ! かかってきな! この私に追いつけるものならなア! ひゃははははあ!」

 激怒するモンスターたちを挑発しながら逃げるアルタリア。

 

「おーいアルタリア! そいつらは倒す必要はないぞ? あくまで目的はキール個人だ! 森まで上手く誘い込んだらあとは戻って来い! リッチーのキールとの対決に参加したくないなら構わないが」

「ははっ! そんなこといわれたらしゃあねーなあ。こいつらの相手はまたにしてやるか! あばよ!」

 

 そうアルタリアに忠告すると納得してくれたようだ。

 

 

 ……。

 …………。

 そして水は注がれ続け、ついにその時はやってきた。ダンジョンの入り口から凄まじい魔力を感じ、さっきまで適当にゴロゴロしていた冒険者達も急に身構えだす。この俺の『敵感知』にもびんびん威圧感が漂ってくる。

 

「……こここここの私はキール! かって貴族の令嬢を攫った悪い魔法使いだが。わわ、私のダンジョンに、水をどんどん流してくる卑怯者は、誰だあああああああーっ!!」

 

 伝説の魔術師キールは、もう限界だとばかりにお怒りだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 25話 悪い魔法使いVS悪い冒険者

 前回のあらすじ。ダンジョンを普通に攻略するのがめんどくさくなった俺は、街の人間を集めて水を注ぎ込むことにした。すると激怒したダンジョンマスター・キールが激怒して飛び出してきた。そんな感じ。

 

 

『カースド・フリーズ』

 

 キールは出てくるや否やすぐに水を凍らせ、これ以上のダンジョンへの浸水を防いだ。

 

「強化したとはいえただの初級魔法で水をせき止めるとは。中々やるな」

 

 そんな彼の実力に敵とはいえ感心していると、その悪い魔法使いはやがて首を小刻みにプルプルと震えだし。

 

「おおおおお前達! 冒険者としての誇りはないのか! 私は悪い魔法使いキール! 貴族令嬢を攫った悪人だぞ! それをお前らときたら! もし姫が攫われたら! 城ごと破壊するのか!? 人質の命はどうでもいいのか? それでいいのかお前らは!?」

 

 ダンジョンマスター・キールは相当のお怒りのようで、そんな真っ当なことを言ってきた。

 

「アクセルのクエストには、キールの撃破しか書かれていない。つまり令嬢の生死は問題ではない」 

「「「うわあ」」」

 

 きっぱりと俺が答えると、その場にいたキールを含める全員がドン引きした。

 

 

「もうどっちが悪人かわかんねえよな。俺もあのダンジョンマスターに同情するよ」

「俺もダンジョンに何度も挑戦したことはあるがなあ、マサキのやり方は邪道とかそういうレベルじゃない。ダンジョンの存在意義がなくなる!」

「まともな冒険者なら一階ずつ攻略していくもんだ。最初からマサキには反対だった!」

 

 街の他の冒険者どもまでキールに同調し、俺の事を軽蔑した目で見てくる。

 こいつらめ!

 元々街での俺の評判が最低なのは知っていた。だがここまでとは。カツアゲしたのをまだ恨んでるのか? 楽そうな狩り場を見つけ出しては壊滅させたことか? だが全ては街の発展のためなのだ。他の冒険者の獲物を横取りして裏で売りさばいたことは発覚していないはず……。これはバレたら殺されるな。

 これからは街の冒険者たちにもっと優しくしよう。それは後にして、今はのこのこ出てきたダンジョンマスターを倒す絶好の機会だ。街の注意を俺ではなく敵に戻さないと。

 

「ていうかそもそもだな! 貴様が女を攫ったのは結構前の話だろ? まだ生きてるのかそいつは!? 言ってみろ!!」

 

 言われっぱなしなのもしゃくなので反論すると。

 

「……少し前にあの世へと向かったが。おっと、言っておくが寿命だからな! 私が殺したわけじゃない! そこまでの悪党ではないぞ」

 

 どうやらキールの攫った令嬢はもうこの世にはいないようだ。

 

「死因なんてどうでもいい。人質はもういないんだろ? だったら遠慮なくダンジョンを破壊させてもらおう。キール! 黙ってここから去るのなら見逃してやろう! 女もくたばったならここに固執する意味はあるまい!」

 

 そうならキールに立ち退きを要請するが。

 

「正々堂々と私の住むダンジョンの奥までたどり着ければ! そして私を倒せるなら! お望みどおり消え去ってやる! だがこんなやり方は許せん!」

「ふざけんな! 正々堂々だと!?  あんな難易度めちゃくちゃなダンジョンクリアできるわけないだろ! 舐めんな! ゲームバランス考えろ!!」

 

 あんなクソダンジョン攻略できるか! なんで上級モンスターがしょっぱなの地下一階にいるんだよ! キレて反論する。

 

「おおおおお前! 私は一人で国を敵に回したんだぞ!! 騎士団が踏み込んで来たこともあった! なんとか追い返したがな! アレくらいの備えはあって当然だろ?」

 

 キールも負けじと論戦するが。

 

「そんなの知るか! 今はもう狙われてないだろうが! 難易度も下げとけよ! 普通の冒険者の気持ちも考えろ! もういい! これは最後の警告だ! このダンジョンから大人しく立ち去れ! さもなくばこの先も毎日のように水を注ぎ込んでやるからな!!」

「なんだって! そんな暴挙を許してたまるか! 私とあの人の思い出が詰ったこのダンジョンからは! 絶対に出ないぞ!」 

 

 俺とキールの話し合いはここまでのようだ。

 

「どうやら戦いは避けられないようだな。レイ! やれ!!」

「はいマサキ様。『炸裂魔法!!』」

 

 川から引いた水以外にも、キールの頭上に貯水タンクを設置しておいたのだ。貯水タンクをレイが破壊し、上から水がキールに降り注ぐ。

 

「うわあっ!! なんだ!?」

 

 キールの注意がそれた今!

 

「全員指示通りに動け! ベルディアが来るまで時間を稼ぐんだ! 網を投げつけろ! 動きを封じろ!!」

 

 急な水で怯んだ隙に漁業用の網をいっせいに投げつけ、キールの動きを止める。その合間に。

 

「マリン!」

「エリス教徒のみなさん、出番です! 準備はいいですね!? せーので行きますよ! 『ターンアンデッド!』」

『『『ターンアンデッド』』』

 

 この街中から集めたプリースト、一人以外はエリス教徒だが、彼らが前線に飛び出す。そしてマリンの合図と共にいっせいに浄化魔法を浴びさせた。

 

「ぐおおおおおおー!! 熱っ! 熱っ! おいやめ! ひああああ!!」

 

 浄化魔法の集中攻撃を受け、悲鳴を上げるキール。 

 

「やったか!?」

 

 効果は抜群のようだ。苦しむキールを見て、俺はつい敗北フラグを口にしてしまう。

 

「はぁ、はぁ、こんな卑劣な相手は生まれて初めてだ……。私が言うのもなんだが、お前達、なんて悪い冒険者なんだ……」

 

 キールは体から黒い煙を噴き出しながらも、立ち上がりこっちを睨みつけてくる。

 

「おいマリン! どうなんだ!?」

「ぐっ! もし私がアクア様ほどの力があれば、相手がたとえリッチーでも浄化できたと思うんですが……。それに上位魔法の『セイクリッド・ターンアンデッド』はまだ覚えていません……。近接格闘にスキルを振りすぎましたか……」

 

 マリンが悔しそうに答える。

 リッチーと化したキールに浄化魔法は通用しなかった。街中のプリーストを集めて一斉放火はいい手段だと思ったんだがなあ。アンデッドの王というのは誇張では無いようだ。

 

 

「さすがはかつて王国に名を轟かせた、稀代の天才キール。よく耐えたな。だが戦いはこれからだ! プリースト隊は下がれ! レイ! 凍らされた水を破壊しろ! 再度動きを封じるぞ!」

「わかりました! 二度目の炸裂魔法!!」

「どわっ!」

 

 キールに凍らされ、蓋となっていた氷をレイがふっ飛ばしたことで、再度ダンジョンの中への水攻めが再開される。

 

「お前達!? 何度も言うけど! 冒険者としての誇りはないのか? こんなやり方で勝って嬉しいか? 本当に良心とかないのか?」

 

 キールは必死で水を止めに戻りながら、再度冒険者達に語りかける。

 

「奴の妄言に惑わされるな! 相手は悪名高い魔法使い! 口ではまともそうなことを言っても! 本性は国家に逆らった反逆者だ! 容赦などするな! どんな手を使ってでも排除しろ!」

 

 キールの正論に大声で言い返した。

 

「反逆者キールよ! いくらダンジョンの入り口を封鎖しても無駄だぞ! 他の場所から穴を掘ってでもダンジョンを浸水させてやる! どうしても水攻めを止めたければ、この水源まで来るんだな!」

「この冒険者のクズどもめ! 流石の私も怒ったぞ!」

 

 激怒したキールがこっちに向かってくる。そう、水源である川目掛けて歩き出す。

 狙い通りだ。そのままこっちに来い。お前を倒す手段はなにも『ターンアンデッド』の集中砲火だけではないぞ?

 戦うのを少し躊躇していた冒険者も、リッチーが迫ってくるならばやるしかない。キールが思ったより常識人だったことには驚いたが、これで大体作戦通り進んでいる。

 

「冒険者の野郎ども! 全員準備はいいな!」 

 

 あらかじめ構築しておいたトーチカに潜んでいる冒険者たち。この戦いのために外壁を作っていた工事現場の作業員を動員し、ダンジョンの外に穴を掘り隠れている。

 

 そこから。

「撃てー!! ファイア!!」

『ファイアーボール』

『ライトニング』

『ブレード・オブ・ウインド』

 

 俺の号令と共に遠距離攻撃の魔法がキール目掛けて降り注ぐ。飛んでいくのは魔法だけではない。潜ませておいた弓兵も次々と矢を発射する。トーチカには小さな窓が開いており、そこから弓や魔法を放っている。

 

 

「ぐうう……おのれ! よくもやってくれたものだ。『カースド・ライトニング』」

 

 黒い稲妻が俺達の陣地目掛けて降り注ぐ。凄まじい威力なのは間違いない。

 だが。

 

「中々の魔力だ。だがこの頑丈なトーチカを破壊するまでではいかないようだな」

 

 俺はニヤリと笑った。作業員に作らせたトーチカは超頑丈の特別製だ。わざわざ外壁用に集められた煉瓦を奪っただけの事はある。多少の魔法を受けようと倒れはしない。

 

「いたっ! 痛いぞ! 貴様らよくも!! 『カースド・ライトニング』『カースド・ライトニング』『カースド・ライトニング』」

 

 キールは執拗に上級魔法を繰り返し、トーチカを破壊するが。

 

「くっくっく、トーチカは一個だけじゃない。腐るほどあるぞ! 一つを破壊するのにそれだけの魔力を使って大丈夫かな? さぁ攻撃を続けろ!!」

 

 トーチカはキールの侵入を拒むため、あらゆる場所にあらゆる角度で設置されている。一つや二つ壊された所で大した問題はない。ちなみにトーチカの内部には地下通路があるから壊されてもそこから逃げられるはずだ。多分。

 

「はぁ、はぁ、この卑劣な外道共め……『カースド・ライトニング』」

 

 次々と降り注ぐ矢や遠距離魔法が効いたのか、壊しても壊しても他の場所から攻撃が再開されることに困惑したのか、キールは段々と魔法による反撃の間隔が長くなっていく。いくら無限ともいえる魔力をもつリッチーにも、疲れが見えてきたようだ。これはチャンスだ!

 

「今こそ突撃のときだ! 全軍砲火一時停止!! 接近部隊! 俺に続けええ!!!」

 

 俺は剣を振り上げ、隠れていた戦士たちと一緒にキール目掛けて飛び出した。

 

「待ってたぜ! この時をよおおおお!!!!!」

 

 アルタリアがはしゃいで大剣をブンブン振り回す。

 

「あぶねえぞアルタリア! 当たるだろ! ふざけんなよ!」

 

 注意するのは二刀流の剣士、コーディ。彼はこの町で一番の剣士であり、報酬ナンバーワンの座を俺達のパーティーと競い合っている。最近の俺は闇のお仕事に夢中なため、トップはくれてやってるが。

 

 

「な!? 今までの戦いぶりから、てっきり貴様は安全な後方に隠れているものだと思っていたが、少しの勇気はあるようだな! いいだろう! この悪い魔法使い、キールが相手してやる!」

 

 どうやらキールは俺が突撃を仕掛けたことに驚いているようだ。俺の行動からそう思うのも無理は無い。キールはすぐさま魔力を俺に狙いを定め――

 

『カースド――』

「『マジックキャンセラ』ー!」

 

 俺は被せるように魔法封じのスクロールをさっと広げた。キールの手からは何も出なかった。カースド・のところで切れたので本来どんな魔法が出る予定だったのかもわからなかった。

 

「えっ!?」

 

 驚きの声をあげて呆然とするキール。

 

「今だ! 奴は魔法が使えない! 徹底的に斬り付けろ! 脚を狙え! 動けなくしろ! あと喉もだ! 魔法を唱えなくしてやれ! この汚い口を塞げ!」

 

 キールは俺がスクロールを使い、魔法を封じてくるとは思いもしなかったようで、大きな隙を見せた。そこに駆け込んでいく戦士部隊。

 

「オラアアア!!!」

「うりゃうりゃああああ!」

「死ねええええええ!!!」

 

 気付けばキールは某黒ひげのおもちゃのように体中を刃物で突き刺されていた。元々アンデッドのため体は綺麗ではなかったが、さらにボロクズのようになっていくキール。

 

「どこまでも……どこまでも汚い手を! 絶対に許すわけにはいかん! 『カースド――』」

「『マジックキャンセラ』ー!」

 

 同じ方法でキールの魔法をまたしても消し去った。唖然とただ戦士集団にリンチされているキール。

 

「おい! そろそろ退却するぞ! もう十分だ! 逃げるぞ!」

 

 俺は叫んで戦士部隊に撤退命令を出すが。

 

「なんでだよマサキ! まだこいつは殺しきれてねえぞ? これからが楽しいところだろ?」

 

 文句を言うのは俺のおなじみバーサーカーアルタリアだ。

 

「うるせえ! スクロールが切れそうなんだよ!! 急げ! こいつから離れるぞ! また次を待て!」

 

 彼女を怒鳴りつけながら戦士たちと共に撤退する。

 

「お前達……逃がすものか……! おのれ!」

「砲火を再開しろ! 弓でも魔法でもなんでも食らわせろ! 再度撃て!!」

 

 反撃しようとしたところをまた遠距離魔法を浴びせられ、無残にボロボロになるキール。

 

「うわあああああ!! こんな! こんなのアリか? 卑怯とかそういうレベルじゃないぞ? おい! やめろ! やめてくれ! おい!」

 

 アクセルの目の上のたんこぶだったダンジョンのマスターは、ついに弱音を吐き出した。

 

「言ったはずだ。黙ってここから去るなら見逃してやると。今更嘆いても遅いわ! バーカ!」

 

 そうはき捨てて俺はトーチカの中に隠れた。

 

 

「マサキの作戦は人として大事なものをいくつも失っている気がしますが……でもいけるかもしれませんね。私たちだけでアンデッドの王、リッチーを倒すことが!」

 

 マリンが少し余計なことを加えつつもそう言った。

 

「合理的な手段をとっただけだ。戦争に卑怯も何も無い。むしろ誇らしいことだ。勝利の結果さえあればいい」

 

 自分の戦闘方法が上手くいってほくそ笑む。

 穴の中に隠れる冒険者達が、安全なトーチカの中から遠距離で攻撃する。そして隙あれば突撃し、ヒットアンドアウェイを繰り返す。これは現代の戦争で言うとなんだろうか? いわゆる塹壕戦に近いと思う。

 

「はっはっは! これはもう余裕だな! 見ろよあのキールの無残な姿を! ベルディアにはすぐにこっちに向かうように伝令を送っといたが、俺達だけでも勝てちゃうんじゃね? フハハハハ!」

「さすがはマサキ様! 今回はいつもにもましてより悪魔的で外道で天才的ですね!」

 

 レイも俺の構築した塹壕戦を褒め称える。

 

「そうだろそうだろ? これがこの俺、サトー・マサキ様に歯向かった者の末路だ! 相手がリッチーだろうが魔王だろうが粉砕してやるわ!! もうほぼ勝っただろ? あとはこいつに懸かった懸賞金でパーッと遊ぼうぜ? そもそもダンジョンマスターがのこのこ地上に出てきたのが間違いなんだよ。しかもなんの対策も無しでよ。俺ならまず偵察を送るね。それか一度ダンジョンから離れたところでしばらく様子を見る。ホントバカだなあいつ。もう俺の勝利は100%揺ぎ無いな」

 

 キールはありとあらゆる魔法攻撃に曝された上、矢や刃物で体中をズタズタに切り裂かれ、もはや形が残るのは骨のみと言った無残な状態になっていた。そんな弱ったリッチーをみて俺は上機嫌で大笑いしていた。

 後にして思えばこれがいけなかったのかもしれない。俺は勝利を確信し、完全に油断した上、死亡フラグも敗北フラグも惜しげもなく言い放ってしまった。

 

 

「もう容赦はせん! 私を本気にさせたようだな! これは最後の切り札だ! 本来なら人に向けて使いたくは無かったが……」

 

 ボロボロになりながらも、キールはなんとか立ち上がり、大声でなにか叫んでいた。

 

「はったりだぜ! 奴はもうボロボロだ! 何かできるならとっくにやってる!」

 

 アルタリアが馬鹿にしたような声で言い返す。

 

「私が……この私が、なぜ国一番のアークウィザードと呼ばれたのか? その証拠を今……見せてやる!」

 

 キールはもう襲い来る魔法や矢から身を隠そうともせず、ただ両手を掲げ空を見上げた。

 

『我が名はキール。かってこの国一番のアークウィザードにして』

 

 ノーガードで詠唱を始めるキール。

 

『愛する者のため、ひたすら魔術にこの身を捧げた!』

「やばいですよ! マサキ様! キールから尋常ではない魔力を感じます!!」 

「わかってる! これはヤバイ! 明らかにヤバイ!」

 

 引きつった顔で俺を揺さぶるレイ。

 

 

『そして今! また愛するものを! 我が愛しき住処を守るため! もう一度この力を解き放つ!』

 

 圧倒的な魔力が空気越しに伝わり、俺を含むその場にいるものたちを震え上がらせる。

 

「全員! 退避だ! 攻撃中止! 退却! 地下深くに逃げ込め! 全ての戦闘行動をやめてここから離れろ!」

 

 俺は全員に聞こえるように大声で叫ぶ。もっとも冒険者のほうもすでに危険を察知したのか、蜘蛛の子を散らすように慌てて逃げ出している。

 

 

『いでよ伝説の魔法よ! 爆発魔法!!』

 

 

 一つの閃光と共に、耳をつんざくような轟音。その瞬間、キールを中心として巨大な爆発が発生した。

 

「うわああああ!!」

「ぎゃあーーー!」

「くっ!」

 

 キールの放った切り札の魔法により、俺が設置させたトーチカは崩れ去り、辺りは焦土と化していた。

 

「敵ながらお見事だ……さすがに、これは想定外だった……」

 

 いざという時のために用意していたシェルターに潜り込んだ俺達パーティーは、なんとか軽傷で地下から這い上がった。なおアルタリアは軽傷だったがそれでも十分戦闘不能になってた。

 

「アレはなんなんだ? なんだあの魔法は?」

「アレは伝説の魔法、爆発魔法です。この世界で最強の威力を誇ると言われている魔法です。迂闊でした。国一番のアークウィザードであるキールならば、使えてもおかしくは無かったのに」

 

 レイが爆発魔法について答える。

 

「あんなのがあるならもっと地下深くトンネルを掘ればよかった! あの爆発魔法でも届かないくらい深いのを!」

 

 悔しがってレイに愚痴った。

 

「やはりリッチーを相手にするのは無謀だったようですね。いつかまた修行を積んで、この私の手でキールを浄化して見せますわ」

 

 残念がるマリン。そんな彼女に俺は。

 

「ああ、マリン。お前の言うとおりだ。いったんここから逃げるぞ。部隊は壊滅した。これ以上の戦闘は不可能だ」

 

 敗北を認め、大声で叫んだ。

 

「全員! 負傷者と共に撤退しろ!」

 

 周りを見渡すと瓦礫の下から怪我をした冒険者が這い出してくる。あの爆発魔法の威力は凄まじかった。トーチカごと全てを吹き飛ばしてしまった。

 

 

「終わりだ、卑劣な冒険者どもよ!」

 

 キールが手にバチバチと魔力を込めながら、こっちへ迫ってくる。おそらく狙いは水源だろう。生き残った冒険者には目もくれずにまっすぐと向かっている。

 リッチーっというのは化け物か! あれだけの魔法を使ってまだあれほどの力を隠しているとは……。

 

「このままでは水源が破壊されてしまいますよ?」

「もういい、好きにさせてやれ。今は避難が優先だ。いい加減そろそろベルディアが到着するだろう。あとは騎士団に任せよう。っていうか早く来い。あのむっつりスケベはなにやってんだ」

 

 中々到着しないベルディア騎士団にイラつきつつも、レイに言った。

 それにしても……キール。恐るべき相手だった。俺の用意周到な戦場構築を強引に突破するとは。敵ながらあっぱれだ。どんな力を持とうが敵は一人だと甘く見ていたようだ。この世界のモンスターについてもっと知る必要がある。自分の調査不足を恥じた。

 またキール個人にも興味がわいた。何が彼をそこまでさせるのか。噂では貴族令嬢を攫った悪い魔法使いの癖に、ずいぶんと堂々とした戦いをする男だった。

 久々に俺の魔道具を起動させてみようか。彼の真実を見極めよう。俺はメガネのスイッチを入れると。

 

 

――善人――

 

「ん?」

 

 驚きの単語が浮かび上がった。

 

 

――いい魔法使い――

 

「おかしいな? 壊れているのかな?」

 

 噂ではキールは女を攫った悪い魔法使いのはずだぞ? なんだこの結果は。メガネをこんこんと叩く。爆発のせいで壊れたか?

 この魔道具の言葉を信じる前に、今回での戦いでのキールの戦いぶりを思い出してみよう。

 そういえば直接冒険者を攻撃することはなかったな。想定ではもっと犠牲が出ると思っていたのだが……怪我人こそいるが俺の目の前で死んだ人間は一人もいない。最後の爆発魔法もそうだ。キールは撃つ前にわざわざ大声で警告をした。

 あのタメがなければ……いや最初から爆発魔法を撃ち込まれていれば……俺達の命はなかったかもしれない。もしそうなら、キールは俺達が死なないように手加減をしていた可能性が大きい。

 魔道具を信じるか……? いや相手はリッチー。しかも俺が散々怒らせてしまった。下手をすればその場で打ち殺されるかも!?

 

「ぐうう……! どうする? いや! 俺は直感を信じる!」

 

 俺はたった一人でキール目掛けて走り出した。

 

「全員手出しをするな! 俺がキールと再度交渉に向かう!」

「マサキ様! 何を!?」

「マサキ? 死ぬ気ですか!?」

 

 キールの元へ向かう俺に、レイとマリンが悲鳴を上げるが。

 

「いいか、手出しはするなよ? これから最後の交渉に行く! もしだ、もしこのメガネが正しければ、戦いを終わらせれるかも知れない。失敗したときは任せた!」

 

 そう二人につげ、キールに対峙した。

 

 

「貴様は! なんの用だ!? この私をここまで怒らせたのはお前が始めてだ。これ以上の邪魔をすれば容赦はせん!」

 

 怒りをあらわにして俺に魔力を向けるキールに。

 

「いいえ! このたびは申し訳ありませんでした! あなたの事を誤解していたようだ!」

 すぐさまキールに謝罪をする俺。 

 どうやら賭けは当たったようだ。もしキールが本当の悪党なら、わざわざ話さずとも、すぐに俺を殺せたはずだ。

 

「今更何を言う! 命乞いしても遅いぞ! ここまでしておいて私が黙っておくとでも!?」

「いいえ、キールさん。もうあなたへの攻撃は中止します。おい! 水門を閉じて、ダンジョンへの水攻めを中止しろ!」

 

 水を制御している作業員に命令する。

 

「で、でもマサキ!? これはお前がやれって!?」

「いいから閉じろ! 戦闘は中止だ! やめろ!」

 

 怒鳴りつけて水を止めさせた。

 

「今度はなにを企んでいる? これで私の怒りが収まるとでも?」

 

 警戒を解かないキール。俺が彼にやらかしたことを考えると当然の反応だった。

 

「少し話し合いをしたいのですよ。俺の名はサトー・マサキ。どうです? 私とあなたは冒険者とモンスターという、本来敵同士ですが。かといって必ず戦う必要はないと思うんです。他の道があると思います。あなたにも立場があると思うが、どうですか? 内輪で話しませんか? キールさんは噂ほどの悪い魔法使いではないことは、この戦いでわかったのです。むしろいい魔法使いだったような気がしますね!」

「いいい、いや、わわ私は悪い魔法使い……。女を攫った……」

 

 いい魔法使いという言葉にすこしたじろぐキール。よし、これはいいぞ。善人なのは本当だ。

 

「外ではあれですから、少し建物の中でお話しましょう。あそこでどうです? 今は誰もいないはずです」

「あ、あの……私は……」

 

 戸惑うキールを引っ張る。そして目指した先はキール対策本部。ダンジョンの真横に立てられた戦略拠点だ。俺の行動に困惑する他の冒険者達。レイと、マリンにアルタリア(マリンが背負っている)もおそるおそる付いてくる。

 そしてキールと俺の仲間を連れて建物に入ると。

 

「全員立ち入り禁止だ! これからキールさんと俺は話し合いをする! 誰も入るなよ! わかったな!」

 

 唖然とする町の住民達に怒鳴りつけ、ドアをバタンと閉めた。

 

 




 爆発魔法登場。爆裂魔法はまだとっておきにしたいです。キールも稀代のアークウィザードでリッチーなら、爆発魔法が使えてもおかしくはないと思いました。
・コーディについて
 このすばのレックスに対応する剣士キャラです。そこそこの実力者です。
 なぜコーディという名前なのかは……しょうもない理由があります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 26話 一世一代の茶番劇

「そう言って、私は貴族の令嬢を攫って行ったのだよ」

 

 

 目の前の骸骨が、っていうかまだギリ残ってた肉を消し飛ばしたのは俺だが、ようやく落ち着いたリッチーはそんな事を語った。

 ……なるほど。

 

「つまり要約すると、キールさんは悪い魔法使いというよりいい魔法使いだったと」

 

 キールの話を聞き俺はこくりと頷いた。

 

「「「なんていい話なんだ!」」」

 

 仲間たちも涙を流し、彼の話に感動する。

 

 

「私は野蛮なエリス教徒と違って慈悲があります。彼らと違い、アンデッドを問答無用で消し去るなどという真似はしませんよ! キールさん、あなたの行いは決して悪いことではありません。アクア様の名の元に! きっと許されるでしょうとも!」

 

 マリンが熱心にキールの手を握り、尊敬の眼差しでリッチーを見る。

 

「愛です! 愛の物語です! 私と同じく純愛に生きたんですね! 素晴らしいです! キール!」

 

 レイ、お前はどう見ても純愛じゃないけどな。

 

「許せねえな国王の奴! 聞けば聞くほど腹が立ってくる! よし! 私も協力するぜ! 今すぐにでも引き摺り下ろして細切れにしてやろうぜ!」

 

 とアルタリア。お前仮にもこの国の貴族のクセによくそんなセリフが言えるな。普通に反逆罪だぞ。流されやすすぎだろ。

 

「いや、私と戦ったのは今の王じゃないから……別に恨みはないのだが?」

「そうか! じゃあ許してやっか」

 

 リッチーに宥められるポンコツクレイジー貴族だった。

 

 

 こうしてキールをふくめ5人で会話していると、外からゴンゴンと扉を叩く音がした。一体誰だよ? 面会謝絶だと言ったはずだが。

「おーい! マサキ? サトウ・マサキ!? 我が友よ! ベルディア騎士団、全員対アンデッド装備の鎧で、到着したのだが……? 共にキールを倒そう! というかキールはどこだ?」

 ベルディアだった。

 

「うるせえベルディア! 今重要な会議中なんだよ! 散々待たせやがって! 今更来ても遅いんだよ! もう用は無いから帰れ! その辺の冒険者のパンツでも覗いてろ!」 

 

 少しドアを開け、前に立つベルディアに怒鳴りちらした後、バタンと閉めて鍵をガチャっと閉めた。

 

 

「よし、邪魔者は消えた。話し合いを続けよう」

 

 騎士団長を締め出した後、しれっと席に戻った。

 

「そういえばお前の名前は、サトウ・マサキと言ったな!? まさかあの伝説の!? 建国の勇者サトウの末裔!?」

 

 今度はキールが俺にそんなことを言い出した。

 

「マサキ様! まさかあなた本当は勇者の一族だったのですか! 流石は私の愛しい人!」

「私の目に狂いはなかった! あなたこそアクア様と共に! 魔王を倒す選ばれし者! うん、サトウって名前だった気がしてきました! たぶん、いや絶対間違いない! 予言の名前はサトウです!」

「おいマサキ、本当か? お前本当に王の一族なのか? だったら丁度いいぜ! 今の王家をぶっ飛ばして新しい王になろうぜ! あ、そん時はダグネスを私の部下にしてくれよな!」

 

 その言葉に興奮する3人。妄信するレイに、あいかわらずいい加減なマリンの予言、そして物騒なアルタリア。特にアルタリアは俺をどうしたいんだ? 何も考えずに話すのはやめて欲しい。

 佐藤なんて日本では1、2を争うよくある名字なのだが……。おそらく俺が来るもっと昔に佐藤なんとかさんがあの女神から貰ったチートアイテムで魔王でも倒したのだろう。

 

「多分親戚でもなんでもないと思う。絶対他人だよ。俺の故郷じゃよくある名前だし。たまたま偶然だろ。しかし、伝説の勇者と名字が同じか……これは使えるかもしれない。貴重なお話をありがとう」

 

 どんな情報も無駄にしないのが俺のモットーだ。とりあえず礼を言っておく。

 

「なぁ伝説のサトウの末裔が、あんな卑劣な戦い方をするのはどうかと思うんだが? もっと王家らしくしなければ先祖が泣くぞ?」

「だから無関係だって言ってるだろ! そいつは別のサトウだ! 俺とは関係ない! たまたま被っただけだからな!」 

 

 なおもしつこく勇者扱いしてくるキールに告げた。

 

 

「つまりだ、キールさん。あんたは令嬢を守るためにここにダンジョンを作ったと。だが令嬢はもういない。なるほどしかしだな、ここにダンジョンがあるとアクセルにとっては非常に困るんだ。街の真横に攻略していないダンジョンがあると危険極まりないだろう? 正直言うと邪魔なんだ」

 

 とりあえず話をまとめていく。

 

「なんだと! 私にここから出て行けと!? 私もリッチーとなったからには、黙って出て行くなんて無様な真似は出来ない! 堂々と攻略に来い! そして私を倒すことだ! そもそも私がここにダンジョンを作ったときは、アクセルなんてド田舎で人など殆ど住んでいなかったぞ!? あとから来たのはお前達の方だ!!」

 

 キールが、流石に元稀代のアークウィザードのプライドがあるのだろう。出てけといわれ、少し怒って言い返すが。

 

「話は最後まで聞いてくれ、キール。まだ続きがある。つまりだ、つまりだな。この街の奴らにはキールを撃退したと、そう思わせればそれでいいのだ。キールさんは俺の嫌がらせにうんざりして別の場所に拠点を移した。そういう筋書きにしよう。キールは逃げたと見せかけて、ダンジョンの奥に隠し部屋でも作って有意義に暮らしてくれ。それなら全て解決だ!!」

 

 俺のプランを仲間とキールに打ち明けた。

 

「い、一応ダンジョンマスターの私が……ダンジョンをそんな形にするなど……」

「ではキールさん? あなたはまだ王国を恨んでいるのか? 人間に復讐したいのか? そうならば仕方ないが。俺としても人間にあだなすリッチーを黙って見過ごすわけには……いや別にいいか。俺さえ無事なら」

 

 キールに再度尋ねる。

 

「相変わらず最低の冒険者だな、勇者の末裔よ。だがなあ……そう言われるとな、別に王国とドンパーティーしたとはいえ恨んではないなあ。むしろ私も早くお嬢様と共にあの世へと行きたいかなあ?」

 

 キールも悩みだした。

 

「申し訳ありません。私が未熟で。もし私にアクア様ほどのお力があれば。あなたもお嬢様も共に天国へとお送りできたのですが……」

 

 マリンがキールに謝っている。マリンにはアンデッドの王リッチーを浄化できるほどの力がないからだ。

 

「気にしないでくれ、心優しきプリーストよ。全てはお嬢様を守るためにリッチーとなったのだ。悔いはないよ」

 

 慰めるキールに。

 

 

「よし、もうこれで決まりだな! キール! あんたはこれから俺達と戦ってもらう! 外にまだ残ってる冒険者にもよく見えるようにな! 軽いお芝居だ! 俺達は手加減して攻撃するから、あんたも手加減してくれ。それで適当に盛り上がったところで、あんたは捨て台詞をはいてテレポートする! いいな!?」

「え、ええ? なんとも強引だなあ。まだオーケーしたわけでは」

「どの道ダンジョンは破壊されるぞ? 街の発展に邪魔だからな。令嬢との思い出の詰ったダンジョンが無残に破壊されたいか、それとも無傷で明け渡し、あんたは影で悠々自適な生活を送るか。二つに一つだぞ? それとも本当に悪い魔法使いとして、この町の罪なき人々を脅かしたいのか?」

 

 キールに選択を迫ると。

 

「わかった、わかった。お前に乗った。勇者の末裔よ!? これは罠じゃないよな!? お前が外道なのは今日の戦いで嫌なくらい理解したが、流石に良心が残っていると期待するぞ」

 

 仕方なくといった風にキールは同意してくれた。

 

「安心してくれ。ここであんたを騙すメリットは何もない。俺が欲しいのはダンジョンを攻略したという結果だけだ。リッチーの強さはこちらも理解したしな。無駄な争いは避けたいんだ」

 

 こうしてキールと俺達は話し合いに同意し、お芝居でキールとバトルごっこすることに決定した。

 

 

「わかってるよなお前達も! これからキールと戦うが、それっぽく見せればいい。適当にやって後は流れでお願いします。いいな!?」

「どの道私ではキールさんを倒すことは出来ませんし……」

「炸裂魔法での演出は任せてください!」

 

 マリンとレイは頷いた。しかし一つ問題が残っていたのを思い出した。

 

「え? なに? このリッチーと一緒に王の首を取りに行くんじゃないの? えっ?」

 

 作戦が全く理解できてないアルタリアが聞き返してきた。

 

「はぁー。いいかアルタリア。キールはこれ以上罪を重ねたくない。かといって今更に人に戻ることは出来ないだろ? だから逃げた風に見せかけるの。わかるか?」

 

 ため息をつきながらアルタリアに再度説明するが。

 

「え? どういうこと? リッチーって強いんだろ? だったら遠慮なんていらねえじゃん。ムカつくやつはどんどん殺そうぜ? そういうもんじゃねえの?」

 

 駄目だな。こいつの知能じゃ無理か。戦闘に限ればそれなりに頭は回るんだがなあ。芝居とか無理かな?

 

「お前、剣振る。キールに当てない。オーケー?」

 

 必要最小限の事をカタコトで教えた。

 

「なんで?」

「意味など考えるな! お前の知能じゃわからん! もしその通りにしてくれたら! 新品の剣を買ってやるから! わかったな!?」

「本当だろうな? だったらやってやる! ええっと? 剣を当てなければいいんだな!?」

 

 ようやくアルタリアに教えることが出来た。これで準備は整った。

 

 

 

 

「では行くぞ! キール! 打ち合わせどおりに!」

「わかったぞ勇者の末裔よ! いざ!」

 

 俺たちとキールは立ち上がり、合図する。だがちょっと待って欲しい。

 

「ストップ! あの……その勇者の末裔って呼ぶのやめてくれませんかね? 王家とか魔王とかに目を付けられるとこっちもこの先困るんで」

「断る! この稀代の天才と呼ばれたキール! 名も知れぬ冒険者に破れたとなると沽券にかかわる! お嬢様にも顔向けできん! せめて相手が勇者ならば納得してくれるだろう!」

 

 彼なりのプライドがあるのだろう。しゃーない。

 

「わかったよ! 好きに呼べ! でも何度も言うが絶対赤の他人だからな! じゃあ気を取り直して、バトル再開だ!」

 

 俺とキールが頷きあった瞬間、レイが避難所のドアを炸裂魔法でぶっ壊した。

 

 

 

「なんだ!?」

「いったい何が起きた!?」

「確かマサキとキールは話し合いしていたはずだぞ!?」

 

 外で様子を伺ってた冒険者達が驚きの声をあげる。

 

 

「フハハハハハ! 愚かな魔法使い、キールめ! まんまと俺の罠に引っかかりやがって!」

 

 俺がそう高笑いを上げる。言っておくがこれは演技だからな。実際に騙したわけじゃないぞ。

 

「お、お、おのれー! 勇者の末裔め! こっこっここ小癪な真似を! よーよーよーよくもこの私に毒を盛ったなあー!?」

 

 キールさん、演技力無いなあ。めっちゃ緊張してるし。声も震えてるし。っていうかなんで最後疑問系なんだよ。

 

 あとそれ以外にも突っ込みたいところがある。

 

「あ、あの……? キールさん? 少し聞きたいんだけど、リッチーって毒効くの?」

 小声でこっそり話しかけると。

「えっ? ああ効かないなー」

 

「…………」

「…………」

 

 少し間が開く。どうすんだこの空気。

 

 

 

「炸裂魔法!」

 

 レイがその辺を爆破させる。いいぞよくやった。これで少し間が持つ。

 砂埃の中でキールとコソコソと会話する。

 

「毒はないだろ毒は。あんた自分がリッチーだということを忘れてるだろ? 状態異常無効なんだろ?」

 

「す、すまん。つい。こ、これからは上手くやるから……ままままま任せてくれ」

 

 正直不安しかない。そろそろ埃も晴れてくる。

 

 

 

――仕切りなおしてフェイズ2

 

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、勇者の末裔よ! よくも私を罠にかけたな! おいしい水といいながら聖水を5リットルも飲ませおって……!」

 

 いや気付けよ。5リットルもなに飲まされてるんだよ。それじゃあただの馬鹿じゃん。

 

「アンデッドの最高位であるリッチーには、聖水と言ってもそれくらい飲まされなければ効果が……ないのだ!」

 

 今度は自分で解説を始めるキール。しらねーよ。

 これ以上このおっさんに喋らせるとボロが出そうだな。派手なバトルで誤魔化すしかない!

 

「グダグダうるせーーー!! ここで終わりだキール! お前はよく戦った! だがこの俺の前に滅びるがいい!」

 

 やけくそで槍を構え、キールに突撃した。

 

「ふ、ふ、ふ……来たな勇者の末裔よ! だがこの私に! ただの槍など通じないぞ!? 聖なる力を宿した武器で! このかりそめの体を撃ち破らなければな! そのあとプリーストによって浄化魔法を食らわせるのだ。さあ来い!」

 

 自分の倒し方をわざわざ説明してくれるキール。もう正直黙ってて欲しい。

 

「なぁ? あいつはなに言ってんだ?」

「本当に戦う気あるのか?」

 

 ギャラリー共がキールの様子を見て首を傾げだす。奴がここまで大根役者だったとは想定外だ。

「炸裂魔法!」

 

 レイがその辺を爆破させる。また砂煙で周りから身を隠す。

 

「なあ、キールさん。お願いだからもう何も喋らないでくれ」

 

 小声でキールに告げる。

 

「なんだと!? 私だって必死なんだぞ?」

「これが芝居だとばれたら意味ないんだから。やられる振りだけでいいから。それ以上期待しないから。頼む」

 

 またしてもコソコソ会話した後。

 

 

 

――仕切りなおしてフェイズ3

 

「死ね死ね死ねー!! キール死ねーーー!!」

 

 もう力技で乗り切ることにした。槍でキールに突きまくる。

 

「ちょっと! いたっ! いたっ! 聞いてないぞ?」

「うるせー! こんなんでリッチーが死ぬわけないだろ? 少し我慢しろ!」

 

 キールに怒鳴りつけて戦闘再開。もうどうにでもなれ! 後で何とか誤魔化せばいい!

「マサキ! 手を貸すぞ!」

 

 全身をフルプレートの鎧で包んだ騎士が、俺の元に駆けつける。

 ベルディアだ。

 普段なら頼もしい騎士だが、正直今は話がややこしくなりそうだからどっかいってて欲しい。

 

「ありがたいがベルディア! こいつの始末は俺たちで付ける! 手を出さないでくれ!」

 

 ベルディアの加勢を断るが。

 

「なんだと!? マサキ正気か? 相手はアンデッドの王リッチーだぞ? 普通の武器で傷つくものか! 俺のは安心しろ! きちんと教会から加護を受けてもらったのだ!」

 

 とベルディア。用意周到なのはありがたいけど、今は勘弁して欲しい。

 

「いいからどっかいけ! キールはこの俺が倒す! 経験値はやらないぞこのハイエナが!」

「ちょ! やめ! マサキ!? なぜ俺を攻撃するのだ!? 相手は悪い魔法使いキールだ! 俺じゃなくてキールを狙え! 王の敵を倒すんだ!」

 

 ベルディアに槍を振り下ろしてけん制する。うん、これ後でどうやって説明しよう。グダグダだ過ぎるぞもう。

 

 

「そこの騎士の言うとおりだぜ! モタモタしてんじゃねえよ! オッラーーー覚悟しろキール! ぶっ殺してやるぜ!」

 

 そんな俺とベルディアのやり取りを見て焦れてきたのか、アルタリアがキール目掛けて飛び出していった。

 

「おめーは悪い魔法使いなんだろ? だったらここでぶちのめしてやるぜ!」

 

 殺気を込めてキールに襲い掛かる。

 

「な、なんという演技力だ……。本当にやられそうだ。やるな女騎士!?」

 

 アルタリアの気迫に感心するキール。

 すまんキール。

 たぶんアルタリアは作戦わかってない。

 きっとベルディアが倒せって言ったからその気になったんだろう。本気で殺しに行ってる。

 

「オラア! 死ね死ねキール!!」

 

 アルタリアの剣が次々とキールに振り下ろされる。

「ちょ! ちょっと! なんて威力だ! っていうか痛いわ! 骨が壊れそうだ!? 少しは手加減してくれんか? ちょ今絶対折れたぞ!」

 

 キールは約束を守っているため防戦一方だ。そこへ振り下ろされるアルタリアの思い一撃。キールの体がきしんで音を立てる。

 さっきまで一緒に王を倒すとか言ってたクセに。容赦なくキールを殺しに行くアルタリア。戦えれば何でもいいのか? バトルバカにもほどがあるだろ。

 話が違うぞ! っというふうな目でこっちを見つめてくるキール。うん、すまん。アルタリアに芝居とか無理だったわ。こいつは置いて来れば良かった。

 

 

『バインド』

 

 俺はアルタリア目掛けて捕縛スキルを作動させた。

 

「ぐうっ! なにをするマサキ!」

 

 文句を言うバカは無視して。

 

「おのれキール! かっては貴族令嬢を攫い! 今度は貴族令嬢を盾にするとは! 中々の悪い魔法使いではないか!!」

「「「えっ!?」」」

 

 俺の言葉にキールを含む全員が声をあげた。

 

「いや、どうみてもアルタリアを狙ってたよな?」

「マサキがアルタリアを止めたようにしか見えなかった」

 

 疑問の声をあげるギャラリーに。

 

「えええ? 貴族令嬢? こいつが? えっ!?」

 

 キールは別の事に驚いていた。俺は睨みつけて合図を送ると、ようやくキールは頷き。

 

「そっそそう! 私は悪い魔法使いキール! 貴族令嬢を盾にする、したぞ! どうだ、悪いだろう?」

 

 アドリブ下手だなこのおっさん。

 どうしよう。このままだと絶対疑われる。なんだよこのアホみたいな戦い。マジで困ったぞ。

 

 

「そろそろ私の出番ですね」

 

 俺が頭を抱えて困っていると、マリンがスッと前に立った。

 

「キール……哀れにも人の理を曲げ、リッチーに身を落とした悲劇の魔法使いよ。だが安心しなさい。アクア様は全てお許しになるでしょう」

 

 プリーストらしいことを述べながら、最前線に立った。

 

「せめて最後は安らかにお眠りください。では参ります。魂の鎮魂歌を!『セイクリッド・レクイエム』」

 

 マリンがゴミ(女神の杖に似せた棒っきれ)をマイクのように持ちポーズを付ける。なんだ? なにを始めるんだ?

 

 

 

 

 タイトル:アクア様に捧げる歌

 作詞、作曲:マリン

 

 アクア様はすごいー! マジですごい!! かっこいいし愛嬌もあるZE!!

 神の中の神! 神々の頂点に立つ女神! パット神エリスなんかぶっとばせーイエー! ホゥ! ホゥ!

 魔王なんて三秒でしばける! アンデッドは全て浄化! エリス教徒も跪け!

 その名は ア! クア! ア! ク! ア! アクア様! ああアクア様 アクア様!

 この世界に君臨する遥かなお方!! アクアブローは岩をも砕く! シャアアアアーーー(シャウト)

 オラオラオラオラオラ! アクシズ教徒のお通りだ! アクア様の降臨だ! モンスター共震え上がるがいい!

 このお方をどなたと心得る!? 台詞「ま、まさかあの神の中の神アクア様!?」 そうアクア様だよーチェケラ!

 おーおーおおおおーーー! ああーーーアクアさまーーー! 今アクシズ教徒になればポイント2倍デー♪

 

 

 

 

「うるせええーーーーーーーー!!!!」

 

 なんて酷い歌だ。音程は滅茶苦茶だし。ロック調かと思えばラップパートがあったり、とにかく音楽として酷い。歌詞もゴミ以下だ。頭がおかしくなりそうだ。

 

 

「やかましいいいい!!!」

「ぎゃああああ! やめろー!! 鼓膜が破れる!!」

 

 マリン以外のその場にいるもの全てが苦しんでのた打ち回る。

 

 

「うぎゃあーーーーーーーーーー!!!」

 

 どうやらリッチーのキールにも効いてるようで頭を抱えている。

 

「き、貴様ら……やはり罠だったのか!? 私をこの歌で倒すつもり――」 

 

 怒ったキールが周りを見渡すと。

 

「そ、そうでもないようだな? にしても酷い音だ! 骨が割れる!」

 

 他の人間も苦しんでいる姿を見て、罠じゃないと理解してくれたようだ。

 

 

 

「鎧に共鳴して! 死ぬ! 死ぬ死ぬ死ぬ! ひああああああああああああああ!!!!」

 

 ベルディアは人一倍苦しそうだ。

 

 

「マサキ様! やばいですよこの歌! なんだか振動で脳が溶けていくような気がします!」

「ああわかってる! だがもうこの際仕方ない! 絶えろ! キールが出て行くまで一緒に耐えるんだ!」

 

 レイと手を取り合って必死で歯を食いしばる。ちなみにアルタリアは口から泡を吹いて気絶していた。

 マリンがこんなに音痴だったとは……いや、あれは音痴なのか? リッチーだろうが人間だろうが関係なく効果ある歌とかもはや大量殺戮兵器だ。

 俺はキールの目を見る。もういいだろ? と。十分戦っただろう?

 キールも、わかった、もうそろそろ逃げる、と。目で合図を返してくれた。

 

「食らえ!」

 

 俺はその辺にあった石をなんとか拾い、マリン目掛けて投げつけた。

 

「いたっ! なにをするのですかマサキ。まだ歌の途中ですよ!」

「うるさい! うるさい! うるさい! 二度と歌うな! この騒音公害!」

 

 マリンの口を塞ぎ地面に押し倒した。まだ頭がキンキンする。

 

 

 

「はぁ、はぁはぁはぁはぁ……よくやってくれたな勇者の末裔よ! お見事だ! うっ吐きそう。もうこんな所にはいられない! さらばだ! 悪い魔法使いキールは! ゲホッ。ここから立ち去ってやる!」

 

 キールは本気で苦しそうな顔で最後に告げて、消えた。おそらくテレポートか何か使ったのだろう。

 

 

「か……勝ったぞ! この俺! マサキがキールを撃退したぞ! うっ、気持ち悪。こっちも吐きそう。はぁ、はぁ。どうだ! うっ」

 

 俺は勝利宣言をし、無事キールを撃退することに成功した。

 被害は大きかった。リッチーを追い出したのだから犠牲はつきものだ。

 幸い死者は出なかった。やはりキールは気を使ってくれていたようだ。でも負傷者の内訳は、前半の塹壕戦より後半のマリンの歌にやられたのが殆どだった。

 

「マリン……恐ろしい子……」

 

 俺も限界でバタっとその場に崩れ落ちた。勝者無き戦いはここで終わった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 27話 おやすみキール

 この話でキール編はようやく終わりです。


 キールの撃破クエスト成功! 追い払っただけなので賞金は半分だったが、それでも大金が俺達の元へ流れ込んできた。

 

「やったぜ!!」

 

 ギルドの酒場で祝勝パーティが開かれた。ちなみに珍しく、俺の仲間では一番の常識人だったマリンがロープでつるされていた。今回この街に一番の被害を与えた奴だから仕方ない。

 

 

「オラーー! 飲もうぜ! 酒だ! 酒もってこい! 行くぜ!」

 

 まだ乾杯の合図もしてないのに、アルタリアが大声で叫び酒を要求する。

 

「はーっはっはっは! 仕事終わりの酒は最高だぜ! ひゃー! ……くかー」

 

 ジョッキに入れた酒を一気飲みしたかと思えば、三秒も立たないうちにその場に崩れこみ、寝た。なんて弱いんだ。防御力だけじゃなくアルコールにも弱いらしい。このバカはこのまま寝かせておくことにしよう。

 

 

 この作戦の発案者でもある俺が乾杯の合図を取ることになった。

 

「ここに集まってきた諸君に言いたいことがある! 今回キールを無事追い払ったのは、ひとえに俺の作戦が神がかっていたからなのだが、まぁそれはわかってる。だがその作戦の成功は、ここにいる君たち全員の協力があってこそだ」

 

 この戦いに参加した全ての冒険者、そして工事関係者の前で皆をねぎらい、スピーチする。

 

「だから今回の賞金はみんなで分けてくれ! 俺はいらない」

「「え!?」」

 

 本来ならここで大絶賛をして俺を褒める所なのだが、なぜか冒険者の皆は会話をやめピタリと静かになった。なんでみんな苦虫を潰したような顔でこっちを見るんだ? 普通に素晴らしい提案だったと思うんだがなあ?

 とりあえず話を続ける。

 

「……賞金の代わりといってはなんだが、欲しい物がある。キールのダンジョンの横に立っていた建物だ。あそこを俺の拠点にしたい。これはキールが帰ってこないよう見張りの意味もある」

 

 演説を終えると。

 

「な、なるほど……それなら納得だぜ」

「マサキが賞金をくれるとか、絶対裏があるに違いないからな。怖くて受け取れねえよ?」

 

 ホッとした顔で賑わいを取り戻す冒険者たち。

 俺の事をなんだと思っていやがる。まるで極悪非道の腐れ外道のような扱いはなんだろう? 結構傷つくぞ。今まで流石に少し? いやかなり、やりすぎたか?

 

 

「あの建物はキール対策に作られたようなもんだし、くれてやってもいいんじゃねえか?」

「家を買うってのはもっと大金が要るんだが、もう使わない場所を再利用するならいいんじゃねえのか?」

 

 多少胡散臭いところもあったが、俺は間違いなくこの街を悩ませ続けてきた、キールを撃退した英雄だ。他の冒険者達の印象も少しはよくなったようだ。

 さらにこれで万が一、キールがまだいるとバレた時、賞金を返せといわれても無視できる。俺は一銭も貰ってないからな。その時は冒険者からがんばって取り立ててくれたまえ、ギルドの諸君。

 

 

「本来ならあの建物はすぐ解体する予定でしたが、いいでしょう。このたびの働きに免じて、サトー・マサキさん、あの家の所有権をあなたに差し上げます。解体費用も浮きますしね」

 

 ギルドの職員も頷き、家の鍵を持ってきてくれた。よし、これでただで家が手に入る。

 ちなみにトーチカや水攻めにかかった工事費用は領主に請求しておいた。キールの排除はアクセルの発展に欠かせないものだ。開発費用の一環として堂々と地方予算から引かせてもらった。税金はみんなのために使わないとな。

 

「そういえばあの部屋は、捕獲したモンスターを入れる地下牢があるのですが、封鎖して置いてくださいね?」

「それを無くすなんてとんでもない! そこの鍵もくれ」

 

 真顔で即答した。

 

「少なくとも二つは必要だ。アンデッドとバーサーカーを閉じ込めるための場所が」

 

 俺の背後からずっと離れないメンヘラと、酒で爆睡しているバカを見て頷く。

 

「一軒屋暮らしのお祝いに、今度私が喜びの歌を披露しますね?」

 

 訂正、牢屋は三つ必要だな。吊るされたマリンを見て呟いた。

 

 

 今回始めてわかったことなのだが、マリンがここまで音痴……いやアレは音痴ですむレベルなのか? こいつが歌ったせいで大量の負傷者が担架で運ばれていった。後に目を覚ましたといえ意識不明の重体だった人もいるらしい。ベルディアにいたっては未だに寝込んでいる。アンデッドのキールにも効いてたし、この無差別兵器は一体なんなんだ?

 

「なあマリン。お前はどうしてあんな事をしたんだ?」

 

 俺は今日一番の戦犯に情状酌量の余地を尋ねることにした。

 

「!? なんのことですか? 私はただキールさんが安心してここを立ち去れるよう、手向けの歌を捧げただけですが?」

「お前自分の歌がヤバイという自覚はなかったのか?」

 

 頭を抱えてマリンに聞き返す。

 

「ヤバイですって? なにがでしょうか? そういえば故郷では小さいころ、アクア様の賛美歌を歌う慣わしがあったのですが、私の時に急に廃止になったのです。それと関係あるんですかね?」

 

 うん、それは100%お前のせいだろ。お前が歌うとその場が阿鼻叫喚の地獄に早代わりしたから廃止されたんだろう。目に浮かぶようだ。歴史のある風習を破壊するとは恐ろしい子だ。

 

「マリン、お前の歌は兵器……いや狂気だ。もう二度と歌わないでくれ。おそらくどんな魔法よりも恐ろしい。だからとにかく封印だ。頼むぞ」

「なんでですか? アクア様への賛美歌は、この世をさまよう悪霊や悪魔達を追い払う効果があると思うんですが?」

 

 納得のいかない顔をするマリンに。

 

「悪魔どころじゃない! 人間まで退散させる勢いだったぞ! 頼むから二度と使うな! わかったな! これはパーティーリーダーとしての命令だ!!」

「わ、わかりました。でも新しい歌詞が思いついたときはどうすれば?」

「どうしてもというなら周囲に誰もいないか確認してからだ。死人がでてからは遅いんだぞ? 俺は仲間を殺人者にしたくない」

 

 歩く大量破壊兵器にきつく忠告しておいた。

 

 

 

「そういえば思い出したんだがよ、キールの奴、マサキの事を勇者の末裔とか言ってなかったか?」

「ああ、俺も聞いたぞ? どういう意味だ?」

 

 キールとの最後の戦いであったことを思い出して、口々に告げる。

 

「キールは追い詰められて頭がおかしくなったんだろう? 自分が倒した相手を勇者だと思い込んで平常を保ってたのさ」

 

 流石の俺も、ここで俺は王家の末裔だとか名乗って無駄な注目を集めたくはなかった。そこまでの自己顕示欲はない。

 

「それにだぜ? 勇者の末裔が俺みたいな卑怯なことするかよ! 俺の祖先の作った国とか嫌すぎだろ?」

 

 俺がそう尋ねると。

 

「それもそうだ! もしマサキの祖先だったら、今頃王家どころか魔王になってるわ!」

「いや魔王よりも絶対怖い国になってるに違いない! マサキの国とか想像しただけで寒気がするぜ!」

「下手すりゃ魔王も人間も手を組んでマサキの国と敵対しそう」

 

 これで疑いは晴れた。といえども散々な言われようだ。俺ってそんなにヤバイ奴なの? 過程で色々あったとはいえ上手く収まったのだからめでたしめでたしだと思うんだがなあ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「待っていたぞ、勇者の末裔よ」

「遅れたかな? 冒険者たちが眠るのを待っていてね」

 

 冒険者達のうちあげが終わった後、キールとあらかじめ決めていた集合地点で合流した。場所は共同墓地。ゾンビメーカーが沸くことで有名な場所だ。ここなら仮にリッチーが見つかってもゾンビメーカーだと誤認されるだろう。

 マリンとレイを引きつれ、キールを含め四人で歩き出す。

 アルタリアは寝てたし、起こすとめんどくさそうなのでそのまま放置してきた。

 

「気にしなくていい。この墓場で迷える魂たちと会話しててね。彼らを天に送っていた所だよ。それにしてもアンデッドの私がプリーストの真似事とはシュールだなあ。いい時間つぶしになったよ」

 

 どうやら彼はこの共同墓地で霊を浄化していたらしい。

 やっぱりいい魔法使いだ。

 っていうかよすぎだ。王国も惜しい人材を無くしたものだ。いらない妾の一人くらいくれてやればいいのに。心の狭い奴だ。

「本来ならこういう仕事はプリーストの役目だと思うんだが?」

「そうしたいのは山々なんですが……。私達共同墓地を出禁になってまして……」

 

 キールがマリンの方をチラチラ気にして言うと、マリンはばつが悪そうに答えた。

 

「プリーストが墓地に近づけないなんて、そんな事があったりするのか?」

 

 驚くキールに対し、マリンとレイが俺のほうに無言で目線を集中してくる。やめてくれないかなあ。俺そんな酷いこと言ったかな? すっと目を反らす。

 

 

「お前本当に最低だな!」

 

 共同墓地を出禁になったあらまし、ゾンビメーカー撲滅計画をマリンから聞いたキールに、俺はしこたま怒られたのだった。

 

 

 

 

 気を取り直して再度ダンジョンへと向かった。

 

「ではここからが本当のダンジョン攻略だ。ダンジョンマスター・キールよ。これから君のダンジョンを無力化……いや、完全に攻略する必要はないな。駆け出しの街アクセルに相応しいダンジョンへとリフォームするとしよう」

 

 未だに軽蔑の目で睨んでくるキール。頼むからその目はやめてくれないかなあ? 俺は俺なりに町のために何かできないか考えただけなんだが。

 

「攻略といっても、お前達が散々水を流し込んだせいでダンジョンはほぼ半壊状態なのだが……?」

 

 水浸しになったダンジョンを共に歩いていく。たまに生き残ったモンスターが飛び出してくるが、キールの姿を見ると頭をたれる。

 

「だーかーらー! だからさ、このレベルのモンスターが序盤にいると無理ゲーなんだよ!」

「は、はぁ……」

 

 大人しくなったモンスターを指差してキールに文句を言う。

 

「敵が密集しすぎなんだよ! もっとバラバラに配置してくれよ!」

「ま、まぁもうお嬢様を守る必要はないし、別にいいが……」

 

 俺の言うとおりにダンジョンを作り変えてくれるキール。さすがはリッチーだ。

 

「俺はダンジョンだからって、単に強いモンスターを設置すればいいって考えには反対だ。もっと知恵と工夫に満ちていないと! それでいて何度かやっていくうちにコツがわかっていく。そういった初心者も楽しめるようなものが理想だ。ただただ難しいだけのダンジョンは言語道断だ! 攻略サイトか裏技につい頼りたくなる」

 

 俺はダンジョンについて熱くキールに語った。

 

「おいそのドアはあそこのスイッチを矢で当てると開くように出来ないか? ヒントとしてここに弓矢のマークを書いとくか」

「この部屋は逆にモンスターだらけにしておこう。全て倒さないと次の扉は開かないぞ?」

「このモンスターは手強いが、弱点となるものをこの辺にさりげなく設置しておこう。これなら少し頭を使えばきちんとクリアできるはずだ」

 

 俺は自分なりのダンジョン論を語り、キールへ細かく注文を出していった。

 

「わかったわかった! やればいいんだろ? やれば!?」

 

 うんざりした顔をしながらも、きっちり仕事をこなすキール。うん、彼は中々できる男だ。リッチーにしておくのが惜しいな。パーティーに入れたいくらいだ。

 

 

 こうして無傷でダンジョンを進んでいくと。

 

「かなりのお宝を見つけました! マサキ様!」

 

 レイが今までの道で見つけた金銀財宝を見せびらかしてきた。

 

「なるほど、これはかなりの価値がありそうだ。鑑定スキルがない俺でもわかる」

 

 このまま売れば大金になる、そうやって金持ちになるのも悪くはない。このまま売り払えばギルドに目を付けられそうだが、幸い足のつかない闇ルートは確保してある。確保しているのだが……俺はそろそろ真っ当な方法で手に入れた金が欲しかった。隠し財産はわりとたまってる。

 

「よし、この宝を小分けにして、ダンジョンの中に設置しなおすぞ!」

「「えっ?」」

 

 マリンだけじゃなくレイまで驚きの声をあげた。

 

「マサキ? どうしたんですか? 何か悪いものでも食べたのでしょうか?」

「そうですよマサキ様。マリンの言うとおりです! 宝を持って帰らないなんていつもの強欲なマサキ様らしくないですよ?」

 

 心配して俺の顔を覗き込む二人。失礼な奴だ。

 

「この大量の宝をな、ギルドに持ってったら出所を聞かれるだろ? キールに貰ったとでも言えと? キールがまだ残ってるとばれたら今までの苦労が台無しだ。口惜しいが他の冒険者にくれてやろう。それにいいことを思いついたからな」

 

 

 二人に説明した後、小さな宝箱の中に一つ一つ財宝を詰め直していった。

 

 

「なぁキール、こちら側のお宝はこの部屋のボスを倒したら出るように細工出来ないか?」

「いやまぁ出来るけど……?」

「じゃあそれで。あとは適当に隠しといてくれ」

 

 キール配下のモンスターに宝箱を運ばせていった。

 

 

 

「これは……神器とか言う奴か? 確かこの世界に飛ばされるときに、あの女神が特典として渡して配ってたものかな?」

 

 宝の中に、変わった形の武器を発見して呟いた。見た目は滅茶苦茶中二っぽいのだが、錆もせずに飾りまで綺麗に輝いている。

 

「それは変わった名前の者が持っていた装備だな。彼らを追い返すのは苦労したものだ。その辺の騎士団より手強いやつもいたなあ」

 

 俺はその武器を手に取り、軽くその辺の物を斬り付けて見る。が、ガキンっと弾かれてしまった。

 

「おかしいな。以前、その武器の持ち主は一振りで旋風を巻き起こしたものだが」

 

 キールは不思議そうに言った。

 

「選ばれたもの以外に使えないようにセーフティがかかっているのかも。普通の冒険者がこの武器を見つけても、この程度の威力ではがっかりするだろう。これは回収しておくか」

 

 見た目はすごく伝説とかレアとかそういったものを感じさせるデザインなのだが、威力は並みの武器とさほど変わらない。こんなつまらないものを宝にするのはクソゲーだ。そして俺はクソゲーは嫌い。つい壊したくなる。

 その後、他にも数個の神器を見つけ回収しておいた。それ以外にも危険レベルが高そうなアイテムも個人的に持ち帰る事にしよう。

 

 

 

 こうしてキールと共にダンジョンをリニューアルし終えていく。

 それからついにようやく最奥地にたどり着き、お嬢様が眠る墓地へと到着した。

 

「あとはこの場所が見つからないように、回転扉でもなんでも使って見えないようにすれば完成だな」

 

 キールと共にお嬢様の寝室に向かう。その小さなベッドの上には一人の女性らしき死体が乗せてあった。

 

「ちなみにその攫ったお嬢様というのがそこにいる方だよ。どうだね美しい――」

「どうでもいい。それより早く隠し扉を作れ」

 

 キールがのろけ話を始めようとしたので即打ち切った。

 

「ひどっ!」

 

 思わず声を出すマリン。しょんぼりするキール。もうここには用は無い。これでやっと本当の意味で、このダンジョンをクリアできたのだ。

 

「この部屋にもまだ財宝が残っているな。まぁここの宝は、あんたが本当に浄化されるときに渡してやれ」

 

 辺りを見回したが、流石にここのものは手を加えずにそのままにしておいた。

 令嬢の自慢をスルーされて悲しがるキールに、マリンが手を置いて慰める。

 そして優しげな表情でキールに告げた。

 

「私が予言しましょう! いい魔法使いキールよ! あなたの罪は許されますとも! 私には見えます! いつかあなたの元にアクシズ教徒のプリースト……。いえ! アクア様本人が駆けつけ、あなたに救いの手を差し伸べるでしょう! そしてあなたの望みを叶えてくれるでしょうとも!」

「あなたの物語の真実は、責任を持ってこの愛の戦士レイがみんなに教えます! キールがいかに優れ、そして慈悲に溢れた魔法使いだったのか、誤解を解いて回りますね!」

 

 レイもキールに約束する。

 

「ありがとう、心優しきプリーストよ。それと愛に生きる乙女よ。そういわれると少し救われた気がする。私もそうなることを望んでいるよ。君たちのおかげでようやく長い戦いが終わった。ではその時が来るまで眠るとしよう」

 

 キールがマリンとレイにお礼を言った。ってアレ? 二人だけ? 一人この戦いに終止符を打った、偉大な冒険者の名前を忘れてないか?

 

 

「それではお休み」

 

 隠し扉を閉めて、キールに最後との最後の別れを済ました。

 ダンジョンに静寂が訪れる。

 

「……帰るぞ」

 

 二人の仲間と共に、俺はダンジョンから撤退する。ダンジョンの内部は把握したため、脱出するのは非常に容易だった。

 

 

「これでめでたしめでたしだな。」

 

 少し笑いながらマリンに言う。

 

「過程にすごく問題があるような気がしましたが……」

「なに言ってんだ? 結果よければ全てよしだろ? 俺はキールと王国の長い戦いを終わらせたんだ。まさに英雄つっても相応しい人物になってきたな!」 

 

 自慢げに言い返した。

 

「マサキ様らしい解決法でしたね」

「褒め言葉と受け取っておこう」 

 

 レイに答え、新しい家となった元キール対策本部へと向かった。

 もうすぐ夜明けが見えてくる。

 朝焼けに照らされながら我が家へと帰った。

 

 




 いかがだったでしょうか? なんとかキールを原作通りの展開へ持っていけたと思うんですが?
 なにか矛盾点や問題点、性格が違うとかそういうのがあればどんどん指摘してください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 28話 ダンジョン始めました 

28話~30話は日常の章です。アクセルで成功を収めたマサキたちが、少しクズとはいえやっと掴んだ平和な日々です。


 キールを無事撃退した俺は、新しい商売を始めることにした。新しく手に入れた家を拠点としてアイテムを売るつもりだ。

 『サトー商会』と名づけた。佐藤は伝説の勇者の名前らしいし、なにかと縁起がいいだろう。

 主な業務内容はキールのダンジョンに挑戦する冒険者のサポートだ。彼らに使えそうなアイテムを提供するという、非常に単純な商売だ。 

 元々俺が譲り受けた建物は、キール攻略のために建てられた避難所だ。立地条件は完璧にいい。ダンジョンマスターがいなくなった今、残ったお宝を探しに来る冒険者がこれからどんどん増えるだろう。

 そんな事を考えていると、さっそくカモ……じゃなくてお客さんがやってきた。アクセルの冒険者パーティーだ。腕前はまぁまぁと言ったところか。彼らはキールのダンジョンへ入ろうとするが、目の前に立てられた看板を見て立ち止まり、首を傾げる。

 

 

―――入場料1000エリス

 

 

「なんだよ入場料って?」

「払った方がお得だと思うんだがなあ? さらに1000エリス追加で簡単なマップも付いてくるぞ?」

 

 戸惑う冒険者に軽い説明をする。

 

「払うわけねーだろ! このダンジョンはいつからテメーのもんになったんだ!? お金を払わないと入れないつもりか?」

「別に出入りは自由だが? だが俺たちサトー商会にお金を払うと色々と特典が付くぞ? たった1000エリスで一日フリーパスをあげるのになあ?」

 

 そう彼らに忠告するが。

 

「何が悲しくてお前に金ださないといけないんだよ」

「付き合ってられるか。そんな奴ほっといてとっととダンジョン行こうぜ」

 

 そう言って俺を無視してダンジョンへ挑戦する冒険者達。

 

「あーあ、残念だなあ。こっちは親切で言ってるのに」

 

 ダンジョンを降りていく冒険者を見送って呟いた。まぁいい。ここからが俺の『サトー商会』の腕の見せ所だ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 冒険者達はてこずっていた。

 

「くそっ! もう追いついて来やがった! どうなってやがる! 本当にキールはいなくなったのかよ! まだまだモンスターがうじゃうじゃしてるじゃねえか!」

 

 ミノタウロスに追われて必死で逃げ惑っている。

 

「軽い気持ちで来るんじゃなかった! キールを倒したといえここは高難度のダンジョンだったんだ! モンスターはそのままほったらかしになってる! こんなことならポーションをもっと持ってくれば……」

 

 彼らは自分達の準備不足を嘆いている。

 

 

「あっちに明かりが見えるぞ!」

「本当だ。でもなんでこんな所に?」

 

 暗闇のダンジョンに相応しくない、光のついた部屋をみて叫ぶ。

 

「これは絶対罠だよ!」

「罠だろうが、もう他に逃げ場はないんだ! 一か八か! 賭けてみるしかない!」

 

 モンスターに追い詰められ絶体絶命の冒険者は、神に祈るように部屋の中に飛び込んだ。

 

 

 

「へいらっしゃい! サトー商会、ダンジョン出張所へようこそ」

 

 ……………………。

 

「「「「えっ」」」」

 

 

 

「なんでテメーがこんな所にいるんだ! マサキ!?」 

「なんでって? 俺はキールを倒したんだ。そしてダンジョンもそれなりに調査した。そこで君たち他の冒険者の手助けをしたくなってね」

 

 冒険者の質問に答えるが。

 

「そうじゃねえ! てめえ、どうやってここに来た!?」

「ふっふっふ、それは企業秘密だよ。飯の種を教える商人がいると思うか?」

 

 笑って適当にはぐらかす。

 

「そんなことより! 早くモンスターから逃げないと」

「この部屋には結界を張っているから気にしなくていいぞ?」

 

 怯える女性冒険者にそう告げ、安心させる。ダンジョン探索に必要といわれる、結界を張る魔道具を設置している。

 

「品揃えは揃えているぞ? キールポーションが1万エリス。キールマジックポーションが5万エリスだ。これを買えばまだまだダンジョン探索を続けられるぞ?」

「「高っ!」」

 

 商品の値段を見て思わず声をあげる冒険者達。

 

 

「なにがキールポーションだ! 名前にキールってつけただけじゃねえか!」

「しかもこのポーション! 地上で100エリスくらいで売ってる粗悪品じゃん! ぼったくりもいい所よ!」

 

 文句を言う物分りの悪いお客様に。

 

「君たち、少しは考えてくれよ。ポーションをこの地下に持ち込むのにどれだけ苦労をしたか。輸送にもお金がかかるんだぞ? ここの結界も結構高いんだぞ?」

 

 そういう俺の服は傷どころか汚れ一つなかった。相変わらず疑いの目を向けてくる。

 

「ああ残念だよ。もし入り口で入場料を払ってくれたなら、会員価格で激安で提供できたのになあ。だからあれほど入場料を払えといったのに……」 

 

 ヤレヤレといった顔で呟いた。

 

 

「クソッ! この男! どうせダンジョンの中の宝も全部とりつくしたんだろ?」

「俺はマッピングするのが精一杯で、宝はそのままにしておいたから安心しろ」

「信じられるわけないだろ? 絶対嘘だ!」

「本当なのに」

 

 そのままというのは嘘だが。宝はバラバラに配置しなおした。だが取っていないというのは本当だ

 

「もういい、帰るぞ! バカらしい!」

 

 付き合いきれないといった顔で部屋を出て行こうとするカモだが。

 

「でもどうやって? 周りはモンスターに包囲されてるのよ?」

「彼女の言うとおりだ。この部屋は結界があるから入っては来れないけどな。一歩先はまた危険なダンジョンだぞ?」

 

 静かになる冒険者達。

 

「いいからそれをよこせ!」

「おっと、強盗かな? 俺はギルドの許可をとって、合法的な商売をやっているのだ。そんなことをすれば警察に被害届を出すぞ?」

 

 実力行使に出ようとした冒険者に、国家権力をチラつかせて威嚇する。

 

「悪いがそんな大金は持ってないんだ! マサキ、俺達が全滅するのを黙って見てるだけか? 人間としてどうなんだ?」

「安心しろ。そういうお客様にはローン払いにも対応している。まぁ多少利子が付くけど、それは仕方ないよな?」

 

 早速次のプランを説明する。俺はこう見えて優しいしどんな状況も想定しているのだ。

 

「ぐっ! この男め……。どこまでも腐ってやがる!」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で俺を睨んでくる冒険者だった。

 

「さて、商談を続けましょう。テレポートのスクロールは一個40万になります。あれ? もしかして所持金がない? そりゃあ残念だなあ。おっお前いい武器つけてんじゃねえか。これも大体同じくらいの値段だな。それと交換でいいぞ?」

「ふざけんな! これは魔法がかけられた高級のダガーなんだ! これを手に入れるのにどれだけ苦労をしたか!」

 

 盗賊の冒険者が怒るが。

 

「じゃあ好きに帰ればいい。ここから地上まで。満身創痍の君たちがアイテムなしで無事帰れる確率は……とても低いと思うが、がんばってくれ」

 

 そう告げると、冒険者は泣く泣くダガーを差し出した。

 

「本当にいいダガーだな。そうだ、今度このダンジョンの宝箱の中に入れといてやるよ。またの挑戦お待ちしています!」

「死ね!」

「この人間の屑!」

 

 彼らからは散々罵倒を受けたが、俺の懐はとても暖まったので怒りなど全く沸いてこない。むしろ逆に自然と笑顔が零れ落ちる。

 

 ぼったくり――もといダンジョン価格で安く仕入れたアイテムを売りさばくことでそこそこ儲かってきた。ちなみにダンジョンには関係者用の出入り口を作っておいたので、俺たちはモンスターの脅威に曝されることなく、自由に出入りできる。

 こうして挑戦者の第一陣は、ただただ俺から金を奪われるだけで終わった。

 

 

 

 ……。

 …………。

 こうして片っ端から冒険者から大金を巻き上げ、かなりの儲けが出た。これでみんな入場料を払ってくれるはずだ。しかし次の問題に直面した。

 出だしこそ順調だったものの、悪評が広まりすぎて挑戦者がいなくなった。みんなこの俺がダンジョンの宝を撮り尽くしたと勘違いしているみたいだ。このダンジョンに挑むことが有益だと、そろそろ皆に目に見える形でわからせる必要があるな。何事も飴と鞭が大切だ。

 

「おっ、マサキじゃないか! なにやってんだ?」

「ラビッシュか。久しぶりだな」

 

 暇になって欠伸をしていると、自称ワルのラビッシュが話しかけてきた。ふっふっふ、丁度いいときに来たな。

 

「聞いたよ? キールを追い払ったんだって? あのギルドを悩ませてきた大魔法使いを追っ払うなんて、一体どうやったんだ?」

「まぁちょっとね……」

 

 さすがにあの方法は自分でもクソだと自覚しているため、詳しい説明をするのはやめといた。

「私、俺もその戦いに参加したかったんだけどさ、周りに止められてな! 領主の娘……じゃなかった大悪党の私がやることじゃないってさ」

 

 そりゃそうだ。

 

「もうキールの脅威は去った。去ったんだがあのダンジョンにはまだまだ宝が埋まったままになってると思うんだ。だから俺は監視もかねてここで店を始めたんだよ」

 

 話を切り替え、俺は自分の店を紹介した。

 

「またなにか面白そうなことを始めたようだな。ダンジョン入場料ってなんだ?」 

「まぁな。俺もこの街の冒険者たちのために何かしてみたくなってな。少し手間賃はいただくが、ウィンウィンの関係を築こうと思っているのさ。少しの金を貰うことで冒険者を手助けするサービスをやってるんだ」

 

 こうして俺の始めた新しい商売について、軽く説明をする。

 

「ラビッシュ様、騙されてはいけません! この男はまたろくでもない事をたくらんでいるに違いありません!」

「そもそもダンジョンに入るのに金が要るなんて事がおかしいんですよ!」

 

 お付きの二人がラビッシュを説得しようとするが。

 

「ラビッシュは大事な悪友だからな。特別にマップ代はまけといてやろう。三人だから3000エリスでいいぞ?」

「おおいいのか? 気が利くなあ。ありがとよマサキ」

 

 気前よく3000エリスを払うラビッシュ。

 

「じゃあこのパスを付けておいてくれよ。一人一つずつ無くさないようにな」

 

 『サトー商会』と書かれた首飾りを人数分ラビッシュに渡した。ついでに特製のマップもつけてやる。そこにはモンスターが近寄らない場所を記している。

 

 

「じゃあいくぞお前達! ダンジョン攻略なんて私初めてだよ!」

 

 ウキウキと張り切るラビッシュ。

 

「いってらっしゃい!」

 

 そんな彼女を笑顔で見送った。

 

 

 

 

「へいらっしゃい! サトー商会、ダンジョン出張所へようこそ! おおラビッシュ、やっと来たか。お前ならここまで来れると思っていたよ」

 

 俺は地下の一室でラビッシュを出迎える。ラビッシュは色々と言動が痛い子だが、実力は中々の腕前だ。そして彼女のボディガードは勿論よりすぐりの精鋭。弱体化させたダンジョンなど軽く突破できるとわかっていた。

 

「キールポーションは一個1万のところを、会員割引で500エリスだ。キールマジックポーションは5万のところを1000エリスでいいぞ?」

 

 早速商売を始める。

 

「割引率おかしくないか?」

「そもそもどうやってここに来たんだ?」

 

 付き人のどうでもいい質問はスルーする。

 

「丁度マジックポーションが切れ掛かっててさ、買うよ!」

 

 会員価格で品物を買うラビッシュ。

 

「お買い上げありがとう! じゃあこの先も頑張ってくれ!」

「おう!」

 

 こうしてラビッシュたちはダンジョン攻略を進めていった。

 

 

 

 

「見てくれ! こんな宝を見つけたんだ!」

 

 地上へと帰還したラビッシュはみんなの前で自慢げに、高級そうな杖、そして古錆びた剣の二つを見せびらかした。

 

「おお! この杖はかなりの業物だぞ? 魔力溢れるマナタイト製の杖のこの色艶……。これを作ったのは一流の魔道具使いに違いないな」

「それに比べこっちの錆びたボロい剣はなんだ? 鍛えなおせば使えるだろうが……ってその紋章は!? まさかあの伝説の古代の騎士、ナイアックス卿の紋章!! 確かこの騎士団の武器は100個くらいしか現存してないという!?」

 

 ラビッシュの持ち帰った宝は、どうやらかなりの貴重品だったようだ。

 

「なあラビッシュさん、一体これをどこで見つけたんだ?」

「そうだな。杖の方は宝箱の中に、剣は転がっていたのを拾ってきた。どっちもキールのダンジョンの中にあったぞ?」

 

 みんなから尊敬の眼差しで質問を受け、まんざらでもない顔で答えるラビッシュ。人々はラビッシュの持ち帰った宝を見て興奮している。

 

「本当にまだ宝があったのか!?」

「くっそう! なんでラビッシュが! あいつは別に金に困ってない癖に……」

 

 ラビッシュの持ち帰った宝を見て羨ましがる冒険者達。

 

 

「そうだ、今日手に入れたこの二つの宝は、お前達にあげるよ。いつも私を支えてくれる君たち二人に! 感謝の気持ちも込めてね」

 

 ラビッシュは自分に仕えている二人の従者に、それぞれ武器を笑顔で渡した。

 

「ら……ラビッシュ様? こんな貴重な宝はあなたの家で管理した方が……」

「そ、そうですよ! 私達ごときにはこんなの身に余りますよ」

 

 ラビッシュの二人の従者、魔法使い系と剣士系の人達は遠慮するが。

 

「これは武器として作られたんだよ? ただ飾られているだけじゃあ腐っちゃうよ」

 

 そう言ってラビッシュは見つけた宝を二人の従者に渡した。

 

「あ、ありがとうございます! 一生大事にします!! 家宝にいたします!」

「この先も一生あなたに仕えます! ラビッシュ様万歳! アンナ家に栄光あれ!」

 

 涙を流して喜ぶ二人。素晴らしい主従関係だ。でももうこいつらも正体隠す気なさそうだな。

 

 

「おい、やっぱり宝があるんじゃねえか!」

「誰だよ!? マサキが全部奪ったとかデマ流した奴は!」

 

 ラビッシュの持ち帰った宝を見て、冒険者の中でざわめきが起きた。

 

 

 

 ……。

 …………。

 ゴールドラッシュが始まった。

 ラビッシュが宝を手に入れたことが冒険者に広まると、キールのダンジョンは大盛況を見せた。

 

「入場料ってなんだよ!? なんでこんなの払わないと……」

「払った方がいいぞ! そうじゃなきゃ後でマサキにボッたくられる!」

 

 初期に挑戦した冒険者の成り行きが広まったようで、みんな渋々ながらも入場料を払ってくれる。これだけでもかなりの儲けだ。

 かなりの人数がキールのダンジョンに入っていった。

 

「すいませーん、ダンジョン攻略したいんですが?」

「いやすいません、今ダンジョンは満員でして。一時間待ちとなっております」

 

 予想以上に冒険者がつめかけたため、ダンジョンには行列が出来た。そもそもこのダンジョンは浅いからそんなに人は入れない。俺のアイテムの仕入れも間に合わなくなり、後から来た冒険者にそう継げた。

 

「なんだと? ダンジョンに順番もクソもないだろ? 早い者勝ちだろ?」

「人が多すぎてさあ。こんなに入ると間違えて冒険者同士で殺しあうかもしれない。安全のためだ。わかってくれよ」

 

 出遅れた人達に説明すると。

 

「そうだぞ! 俺達は30分前から並んでいるんだ! 入場料を払ってな! 割り込みは許さんぞ!」 

「そうだそうだ!」

 

 すでに列を作っている人に怒られていた。

 

 

 

「レイ! 商品が切れそうだ! その辺の商店からポーションを全て買って来い! マリンとアルタリア、どっかの馬鹿なパーティーがSOS信号を出してる! そいつらを回収してくれ! 俺はもう一回下に降りて品物を運びにいく!」

 

 商売は思った以上に大ヒットし、俺達は嬉しい悲鳴をあげた。このダンジョンでの店での成功で、俺はかなりの財を手に入れることが出来たのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 29話 サトー商会の日々

 さて、キールダンジョンのゴールドラッシュは終わった。冒険者によって大抵の貴重な宝は取り尽くされたようだ。人でごった返しだったダンジョンも落ち着いている。

 今のメインの仕事は、本当に冒険者になりたての、レベルが低い初心者のサポートだ。彼ら相手に弁当やアイテムを売りさばいている。脅威のなくなったキールのダンジョンはいい練習場になるだろう。がっかりしないように安物の剣や装備を買って来て宝箱につめなおしたり、ダンジョンマスターのような事もしている。

 

 

「それにしても一番の売れ筋がこれというのはなあ」

 

『マサキ様人形』

 

 レイが手作りで作ったぬいぐるみがこの店の大ヒット商品だ。ちなみに形状はなんとも形容しがたい何かだ。俺と似てるとか以前にどこが頭で手足なのか、そもそもこれは生き物なのかすら疑わしい謎ぬいぐるみだ。

 

「どうやらみなさんもやっとマサキ様の素晴らしさに気付いたのでしょう!」

「そうは思えないけどな」

 

 レイは誇らしげに答えるが絶対違うと思う。そんな会話をしていると外から叫び声が聞こえてきた。

 

「死ねえええ!! マサキいいいいい!!」

 

 高級品のナイフを俺から取られた盗賊の冒険者がキレている。そしてぬいぐるみをメッタ刺しにしている。

 あいつから奪ったナイフはキールのダンジョンに再配置してやったのだが、まだ見つかっていないらしい。ちなみに俺もどこに置いたのか忘れた。

 

「最近心臓が痛むと思ったら……もうこれ完全に呪いの人形だろ! あとあいつもせめて俺のいないところで呪えよ」

 

 盗賊の持ってるぬいぐるみ以外にも、その辺に『マサキ様人形』の残骸が散らばっている。ストレス解消用に使われたのだろう。バラバラにされていた。

 

 

「『マサキ様人形』という名前はやめよう。ふつうに『謎』でいいだろ。そうしよう」

「ええ? ですがこれを買ったお客様は、おかげでモンスターが近寄らなくなったとか! 気に入らない相手が不幸になったとか! 喜びの声が寄せられているんですが?」

 

「やっぱりどう考えても呪いの人形じゃねーか! 俺の名前を使うのはやめろ! 俺の名前の人形がバラバラにされるのは心臓に悪いわ!」

 

 レイと相談した結果、『呪いのぬいぐるみ』という名前に変更した。

 

「あと売れてるのはキールまんじゅうか。キール要素がよくわからんが意外と買ってくれるものなんだな」

 

 どこからどうみても普通の饅頭なんだが、おみやげとして買ってくれるようだ。

 

 

 

――悪い魔術師キール

 

 キールがなぜ貴族令嬢を攫ったのか。キールは実は悪い魔術師ではなかったという事実は今やアクセルでは周知の事実になっている。主にレイのおかげだ。彼女がキールの話に感動し、わざわざ手作りでキールの物語をパンフレットにして冒険者に配っている。レイ曰く同じ愛に生きる者同士感銘を受けたらしい。レイも愛に生きてるというのは確かに間違ってはいない。ベクトルを思いっきり間違えてる気がするけど。

 そのおかげか、期せずしてキールの名誉回復にも繋がったようだ。たぶんもしこの先キールがこの街で見つかったとしても、次は争うことなく終わるだろう。その変わりに、そんないい魔法使いキールを嵌めたことになっている俺の評判は更にガタ落ちだが。

 

「嫌われたもんだぜ。まぁいいけどな! 重要なのは勝利の結果だけだ」

 

 最近街で歩いてると子供がサッと木陰に隠れるんだが、俺は気にしてない。気にしてない! 断じて! 全然傷ついてないからな!

 

 

「おーう! マサキ! 今日もまたダンジョンに潜るのか? 私はまた前みたいに草原で暴れたいぜ! ダンジョンにはろくなの残ってないからよう!」

「定期収入はあるし別にわざわざ危険なクエスト受けなくてもなぁ……って、ちょ! アルタリアさん!?」

 

 アルタリアのほうをみて思わず顔を赤くする。だって仕方ない。アルタリアの姿が……パンツ一丁に大剣という、非常に……っていうか丸出し。おっぱい丸出し。いやありがとう。ありがとうございます。だけど……。

 

「なんだよ!? なに赤くなってるんだ? 急に目を反らすなよ!」

 

 不思議そうな顔で覗きこんでくるが……やめて欲しい。彼女の動作に合わせて果実がプルンプルン揺れる。おっぱいプルンプルン。巨大な、おおきなピンクのお山が二つ……乳首まではっきり丸出し。そんなの俺には無理! そんなガン身できるほど神経強くない! 

 

「……マーサーキー様?」

「ヒイッ」

 

 必死でアルタリアから目を反らしていると、レイが恐ろしい声で後ろから呟く。思わず悲鳴を上げるが。

 

「レイ、落ち着け! 男ならどうしても目を奪われるよ! あんなん反則だろ! でかいし! 俺は悪くない!」

 

 なんとかレイを説得しようとするが。

 

「……チッ」

 

 彼女は自分の平原をペタペタ触り、少し悲しそうな顔をしたあと。

 

「おのれ!!」 

 

 レイの怒りのボルテージが上がっていく。ぐっ怖い。前方のエロおっぱいに後方の化け物。なんだかハーレム系主人公のお決まりパターンだな。でもレイの目がマジなんだけど? このまま『主人公の名前』エッチ! とか言われて軽くビンタされておしまいとか、そんな空気じゃない。レイがすごい形相で睨んでくる。一方アルタリアは能天気な表情だ。これは絶対違うな。ハーレム主人公が同居の女子のお着替えを不可抗力で覗いてしまうとか、そういうのじゃ絶対無い。なんでこんな殺伐してんの? っていうか早く胸隠せよ。モザイクさんが大変だろ! 恥じらいの欠片もないな。アルタリアの顔は悪くないと思う。少し生意気そうな目付きだが美人だと思う。そしてスタイルも中々。でも性格が全てを台無しにしている。

 

「……アルタリア。マサキ様を誘惑した罪は重いですよ? この場で排除するべきですね?」

 

 レイの怒りの矛先はアルタリアに向かい、魔力を手に集中させて睨みつける。

 

「やんのかレイ? いいぜ!? てめーとは一度決着を付けたかったんだ」

 

 アルタリアが剣をふって喧嘩を買うが。

 

「アルタリア! 決闘はいいが、その前にせめて服を着ような? 目のやり場に困るんですが?」

 

 辺りになにか隠せるものがないか探して言う。

 

「鎧も服もなくても変わらん! だってどうせ一撃食らったら終わりだ!」

「そうじゃない! そういう問題じゃないんだ! せめて前は隠そう? な!?」

 

 そりゃアルタリアの低い防御力じゃ、鎧を付けた所で焼け石に水だろうが。むしろ何も着てないほうが素早く動けるだけ有利だろうが。おっぱい丸出しで動き回れると困る。やっぱりブラブラ揺れるだろうし……。

 なんとかアルタリアの上半身にシャツを着せることに成功する。これでよし。いやいいか? 裸にTシャツって中々エロい格好をしていると思うんだが。いやこれでもパンツ一丁よりはマシか。

 

「アルタリア、どうやら今回は無自覚だったので見逃してあげます」

 

 嫌々ながらも服を着るおっぱい騎士を見て、レイは殺気と魔力を引っ込めるが。

 

「なんだよ? やるんじゃねえのか? バトルしようぜ? なあ!」

 

 アルタリアはなおもやる気だ。っていうかアルタリアさん、シャツ越しでも体の凸凹が……。中々立派なボディをお持ちですね。

 

「ああ?」

 

 そんな彼女にレイが再度キレる。

 

「落ち着け! レイ! アルタリアはエロとか自覚ないから! 一番年上だけど! そういうの無自覚でやってるんだ!」

「そうですか。ところで話は変わるのですがマサキ様。あなたは巨乳と貧乳どちらが好きですか?」

 

 今度はレイが俺に質問してくる。いや話変わってないんだけど。

 

「そうだな……巨乳は好きだし、でも貧乳も悪くは……」

 

 そこまで言いかけたところで、レイから尋常じゃないほど負のオーラが出ているのに気付いた。

 

「貧乳が大好きです! 巨乳なんてたんなる脂肪の塊! 俺は貧乳っ子だから!」

「そうですか。それはよかったです。もしマサキ様が巨乳派なら、ありとあらゆる方法を使って貧乳派に洗脳をするところでした」

 

 笑顔で応えるレイだが……いや目が笑ってないんだが。しかも洗脳とか、この女ならやりかねんな。それより自分が巨乳になるという選択肢はないのか? 

 

「そういえばマリンは?」

 

 このままバーサーカー二人を相手にするのは疲れるので、水色のあいつの事を聞いてみた。

 

「マリンなら、今まで泊まっていたエリス教会にお礼をしに行くと言ってましたよ?」

 

 レイが答えた。マリンは確かアクシズ教徒のプリーストだ。そんな彼女が今までエリス教の教会で寝泊りしてても問題とかプライドとかないのか? 

 

「アクシズ教徒とエリス教徒は犬猿の仲で有名だからな! 今頃マリンの奴、教会を用済みとか言ってぶっ飛ばしてるんじゃねえのか?」

 

 アルタリアがなおも不安なことを言ってきた。

 

「そんなに二つの宗教は仲悪いのか?」

「有名ですよ。っていうかアクシズ教徒が一方的に敵意をむき出しにしてるだけなんですけどね」

「殺し合いに発展することもあるって聞いたような聞かなかったような?」

 

 彼女たち二人の答えを聞くに、本当に仲が悪いらしい。

 

「ちょっと嫌な予感がするから教会まで行ってくる!」

 

 こうして俺はエリス教会へと向かった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「今まで泊めさせていただき、ありがとうございます。これはせめてものお礼。うちで作っているキールまんじゅうです」

「これはご丁寧に。いえいえ困ったときはお互い様。エリス様もアクア様も本来は先輩後輩の仲。仲良くするのが一番ですよ」

 

 どうやら俺の不安は杞憂に終わったらしい。マリンは今までのお礼として、キールまんじゅうをエリス教徒のプリーストらしき人に差し出していた。

 

「仲が悪いんじゃなかったのか? あいつらめ煽りやがって」

 

 ふと思い出してみると、マリンがエリス教のプリーストと一緒にいることは結構あった。そういえばキールとの戦いでも共に並んでいたっけ。

 

「なあ、そこのエリス教のプリーストさん、マリンは何もやらかしてないのか? そもそも他宗教の人間を泊めてもいいのか?」

 

 疑問に思って聞いてみると。

 

「いやあ、他のアクシズ教徒と違って、マリンさんは怪我人が多いときは手伝ってくれるし、こちらとしても助かってます」

「何より嫌がらせをしてこないところがいいな!」

 

 数人のプリーストによれば、どうやらマリンは好評らしい。

 

「オーホホホ! じゃなくてプークスクス! 私の使命はアクア様の降臨の準備をすること! 他のアクシズ教徒と違い! エリス教の信者を奪い取ろうなんて事はしません! 私には使命があるのですわ!」

 

 他のアクシズ教徒はなにやってるんだ。やっぱ碌な奴らじゃないな。でもマリンは違うようで、仲間として誇らしい。

 

「見直したぞマリン」

「どうしてもやめて欲しいのは……毎朝と毎晩、エリス様の像の目の前で、エリスの胸はパッド入り! と叫ぶことくらいですね」

「あれさえなければマリンさんはとても尊敬できるアークプリーストなんですがねえ」

 

 残念そうに呟くプリーストたち。

 

「おいコラ! 俺の感心を返せ!」

「ち、違うんですマサキ! これは教義でして! 『エリスの胸はパッド入り!』と毎朝晩叫ぶ決まりなんです! 教義だからしかたなく! 悪気はないんです! だからアクア様の杖を取らないで!! その枝を見つけるのにはなかなか苦労したんですから!」

 

 マリンのゴミを奪って叩き折ろうとするが必死で抵抗をする。

 

「そんな教義があってたまるか! お前女神の名を騙ってやりたい放題してるだけだろ!」

 

 容赦なくへし折ろうとすると。

 

「いや本当にマリンさんには助かってるんですよ? 他のアクシズ教徒だとこの程度じゃ済まないですし。平気で石を投げつけて窓とか割ってきますしね」

「他の街だと酷いもんだよ。女神の肖像画に落書きしたり、どう見てもバレバレなマッチポンプをしたりと……」

 

 うん、アクシズ教徒って碌なのがいねえな。

「お前の宗教はどうなっているんだ?」

 

 軽蔑の眼差しで見ると。

 

「仕方がないのです! アクシズ教徒の教えに、『汝、我慢することなかれ』というのがありましてですね。みんなそれを忠実に守っているだけなのです。悪気はないのです!」

「悪意しかねえだろ」

 

 更に告げると。

 

「他には『犯罪でなければ何をやったって良い』というのもありますわ」

「その教えは気に入った。今回はこの枝を折るのを許してやろう」

 

 マリンにゴミを返してやることにした。 

 

 

「じゃあマリンさん! また困ったことがあったら来て下さい! あなたならいつでも歓迎しますよ!」

「アクシズ教徒みんながマリンさんみたいだったらもっと上手くやってけるんだがなあ」

 

 エリス教徒たちから笑顔で見送られ、教会を後にした。

 

「アクシズ教徒はともかく、お前は上手くやってるようだな? でもなんでだ?」

「最初に言ったでしょう? マサキ、私の役割はいつかアクア様がこのアクセルに降りた際、苦労しないようにこの街を快適にすることですわ! エリス教徒と争うのは時間の無駄です。私にはもっと大きな使命があるからですよ!」

 

 水色の目を輝かせながら答えるマリン。その瞳には一点の曇りが無く、彼女が心からそう信じていることがよくわかった。

 

「まぁいいか。マリンはマリンで『汝、我慢することなかれ』という教義を守ってるんだもんな」

「そうですよ! マサキも少しはアクシズ教の素晴らしさに気付きましたか?」

「ふん、『何をやったって良い』って所は悪くないな」

 

 そう二人で話しながら、店舗兼我が家へと帰っていった。

 

 




少しの日常が過ぎていきます。この4人で思いついたけどまだ書いてない日常ネタを入れたいです。
それが終わると第1部のクライマックスまで行く予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 30話 サトー商会の日々 Part 2

 彼女たち三人と同居して数週間が過ぎた。美少女三人と同居生活、形的には完全なハーレム主人公を体現できたのではないかと思うのだが、やはり内面に致命的な問題を抱えているようだ。たとえばあいつ。

 

「服を着ろ! アルタリア!」

 

 朝っぱらから上半身裸でゴロゴロしているアルタリアに、俺は怒鳴りつけた。彼女は少しこちらに目を向けた後。

 

「レイに聞いたけどよ! 男っておっぱい見ると興奮するんだってな!? ホラホラ? マサキ興奮すっか?」

 

 そういいながら挑発的に、おっぱいを手で挟んで見せ付けながら近づいて来た。

 

「やかましいわこの痴女が! 毎日毎日おっぱいまるだしでウロチョロしやがって! あまりに見慣れて俺の息子も反応しなくなったわ! いいから服を着ろ!!」

 

 そんなバカ女に再度キレる。

 

「本当かー? レイはロリコン以外なら男はみんなおっぱいが好きだと言ってたぞ? ってことはマサキはロリコン……」

「んだとコラあ! お前が当然のようにおっぱいブラブラやってるからだろうが! 同居生活で最初の数日はドキマギしてたよ! それは認める! 認めるよ! だがそこまで曝されると逆に萎えるわ! ラッキースケベ舐めんな! このエロボディの無駄遣いめが!!」

 

 アルタリアは俺がいようといまいと、室内ではいつも適当な格好をしてうろついている。しかも俺に見られても「あわわわ」とか純情少女っぽく恥ずかしがって胸を隠したり、「この変態!」とかよくあるツンデレヒロインのように殴ったりもしない。なにもしてこない。マジで全く気にしてない。そんな状況が続くと流石のアルタリアのエロおっぱいも単なる日常の一部になってしまう。

 

「ったく、室内くらい適当な服でいいじゃねえか! めんどくせえなあ」

 

 嫌々服を着るアルタリア。

 せっかくのエロボディもこの単細胞のせいで台無しだ! ちなみにそんな無防備なアルタリアに襲い掛かるなんて真似はしない。なぜなら俺は紳士だからだ。嘘だけど。アルタリアの反撃が怖いから。これも嘘だけど。アルタリアは攻撃こそ最強だが防御は紙、不意さえ突けばどうにでもなる。

 それでも俺が襲い掛からないのは家に住み着くヤンデレアンデッドが背後で目を光らせているからだ。今もじっと睨みつけている。うぅ怖。

 

「なんだかまるで親子か兄弟みたいですわね」

 

 俺とアルタリアのやり取りを見て、マリンが微笑ましそうに言った。

 

「……親子。親子か兄弟にしか見えないなら……セーフ」

 

 ヤンデレアンデッドもといレイがマリンの言葉を聞き、殺気を納めた。

 

 

「そういえばマサキ様はロリコンのようですね……。くっ! こうなったら若返りの薬を作るしか……」

 

 今度はレイがそんな事を呟き始める。

 

「ロリコンじゃねーよ! アルタリアの言葉を真に受けんな!」

 

 必死で言い返すが。

 

「そういえば私も……マサキ曰くアクア様のお姿は私よりも若めなそうなので、若返りの薬がずっと欲しかったですわ。私はよりアクア様に近い姿になりたいのです」

 

 マリンまでそんな事を言い出す。この二人は若返りの薬とかいうどう考えてもチートアイテムを、そんな下らない理由のために欲しがっていた。

 

「はぁ……ハーレム主人公ってなんなんだろ? わかんなくなってきた」

 

 彼女たち三人を見ていると頭がおかしくなりそうで、ため息をついて椅子に座った。

 

 

「では私は朝のお祈りをしますわ」

 

 そう言ってマリンは自分の部屋に戻った。

 

「ああなったマリンは当分部屋から出てこないな」

 

 マリンのお祈り……俺をこの世界に送ったあの水色の女神を信仰しているのだが、彼女の崇拝っぷりは尋常ではなかった。毎日決まった時間に体を地面に叩きつけ、飾っている小さな女神像を崇め続ける。

 それは、寒い氷雨が降る夕方でも。

 それは、穏やかな食後の昼下がりでも。

 それは、朝起きて、爽やかな目覚めの散歩が終わった後も。

 どんな時でもマリンは、毎日朝昼晩と忘れずにお祈りを続けている。

 

『アクア様! アクア様! この哀れな私をお救い下さい!! ああ! またこの私に天啓を! お導き下さい! 我らが水の神! アクア様!!』

 

 ドア越しにまで叫びが聞こえる。正直今の彼女とは関わりたくない。マリンは希少なアークプリーストで、かなりの実力者だというのに誰もパーティに入れたがらないのはこのせいだ。他の二人よりは比較的話が通じるとはいえ、同レベルのヤベー奴なのは変わりない。

 この前『これもアクア様の試練です!』とかなんとかいって自ら檻の中に入り、湖に潜っていったときは流石に引いた。アレに何の意味が? っていうかどうやって息継ぎしてたんだろう?

 

 

 儀式が終わるまであいつは放置しておこう。軽く飯でも食べるとするか。

 がんじがらめに縛った野菜スティック――なぜかこの世界の野菜は動き回るため――を食べていると。

 

「いいですか、アルタリア? 男性と女性というのは男性器を女性器に入れることで子供が出来るんです!」

「そうなのか? オヤジはキャベツが運んでくるって言ってたぞ?」

「ぶっ」

 

 レイがアルタリアに性教育をしていた。思わず噴き出す。

 

「全く、アルタリアは子供ですね! そんなことも知らないんですか?」

「だってよー戦い以外興味ねえし。入れたらなんなんだよ? 強くなるわけじゃあないんだろ? パワーアップもねえとかつまんねえよ」

 

 うちのメンバーで最年長のクルセイダーは、相変わらず戦闘以外のことはからっきしだった。

 

「男性と女性が性行をし、そして子供が出来る! これは愛の結晶です! 私もいずれマサキ様の子を孕ませてもらう……いいえこちらから襲うつもりです!」

 

 ゾッと寒気がすることをいうレイ。キールのダンジョンを探索した際、悪魔すら封印するという噂の魔道具を見つけて本当によかった。毎晩このヤンデレをその中にぶち込んでいる。そうしなければガチで逆レイプされた上既成事実でそのままレイルート確定だったと思う。

 

「レイよお? ちょっと思ったんだけどよ、つまり男の方が棒を女にぶち込むんだろ? ってことはよ? 女は痛いだけで不利じゃねえか? 入れるほうが強いに決まってるぜ」

 

 滅茶苦茶なことを言い出すバトルバカ。なんでも勝ち負けに拘りすぎだろ。

 

「羨ましいなあー! 私もち○こ欲しいぜ! そしてダグネスにぶち込むんだ! これで勝つ!!」

「それは女性の役割ではないですよ……しかしそういえば聞いたことがありますね。性転換できる伝説のアイテムがあると……。いえ性転換以外にも、悪魔の間では女にち○こを生やす秘密の魔法があるとか。そうFUTANARIの魔法! 悪魔に頼めば夢が叶うかもしれませんよ?」

 

 なにいってるんだこいつら。聞いているだけで眩暈がしてくる。

 

「マジか!? いいな! ち○こ欲しいぜち○こ! なあレイ、どうしたらゲットできる?」

「うーん……まず悪魔と契約しないといけないですね。そうすればち○こを生やすことが出来るかも。でもいいんですか? アルタリアって一応貴族でしょ? 貴族が悪魔と契約なんてバレたら取り潰しですよ?」

「いいんだよ! うちなんてもう殆ど潰れてるようなもんだし。たしかなんだったっけ? クリスだっけエリスだっけ? そういう名前の宗派だったけど……まいっか! ち○こが手に入るんならそんなの関係ない!」

「でも気をつけて下さい。マリンは悪魔とか絶対嫌いですからね。マリンにち○この事は秘密にしておかないと!」

 

 ヒートアップしていく二人の会話に。

 

「さっきからちんこちんこうっせえええええ――――!!」

 

 ずっと黙っていた俺だがついに怒鳴った。

 

「お前達……そういうのはせめて俺のいないところでしてくれないかな? 異性がいる前でしていい話じゃないぞ。萎えるとかそういう問題じゃない。普通に怖いわ。なんだこれ? 逆セクハラか?」

 

 頭が痛くなるような話を聞き、我慢できなくなって言った。

 

「マサキ様、これがいわゆる女子トークというものですよ」

「どこの世界にふたなりについて語る女子トークがあるんだ!」

 

 レイに掴みかかって肩を揺らすと。

 

「フッ、マサキ。ピュアな男だな。女だってそういう話はするぜ」

 

 得意げなドヤ顔をするアルタリア。

 

「性知識をさっき知ったばかりのアホのクセに! よくそんなセリフがはけるな! キャベツが運んでくるんじゃなかったのかよ!」

「ボウヤ、女ってのは少し見ない間に偉くなるのさ」

「やかましいわ!」

 

 ムカついてアルタリアに野菜スティックを投げつけるが、見事にキャッチされそのままむしゃむしゃ食べられた。

 

 

「ああ……もういい。変な話は聞きたくない。 アルタリア!ちょっと面かせ! 少し用事があるんだ! 最近暴れ足りないだろ? 付いて来い!」

 

 これ以上変態共のトークを聞きたくなかったため、アルタリアに手招きした。

 

「やっとクエストに行くのか! やったぜ! 他の奴らと組むのはしっくりこねえんだよなあ!」

「お前またやったのか? 勝手に人様のパーティーに潜りこむなって言っただろ! ただでさえ低い俺の人気が下がるだろ!」

 

 一日一殺をモットー、いや一日に数匹は殺さないと気がすまないアルタリアは、家に篭るのは我慢できないようで、勝手にモンスターを狩りに行く。別に行くこと自体はいいのだが、他人のパーティーを追跡して大物だけ掠め取るという行動をよく仕出かす。

 それで他の冒険者から嫌われている。しかも俺が怒られる。いや、こんな奴を制御するのは無理だろ。何度言っても止めないし。

 

 

「クエストなら私も行きますよ」

「いやいい。レイ、お前は店番をしといてくれ。クエストじゃない。別の用事だ」

 

 いそいそと準備をするレイに告げた。

 

「ああ? クエストじゃねえの!? だったらつまんねえよ! 素振りでもしたほうがマシだぜ!」

「安心しろアルタリア。クエストではないが、お前のその破壊力がいる。十分暴れられるぞ?」

「じゃあ行く!」

 

 暴れられると聞いて即答する脳筋。相変わらずぶれないな。

 

「アルタリアが行くのに私が留守番……? 私では駄目なのですかマサキ様? どうしてです? 私にも出来ます! なんなら今すぐモンスターの首をここに並べて持ってきましょうか?」

「そうじゃない、レイ。今回の仕事は簡単でな。俺の最も頼りになる仲間、アークウィザードが出る幕じゃない。それにこの家は大事な収入源だ。その守りを任せたい」

 

 店番と告げられ、興奮して魔力を高めるレイを落ち着かせる。

 

「今なんて言いました? 最も頼りになる仲間? もう一度言ってください!」

「じゃ、レイ。留守番は任せたぞ。行くぞアルタリア」

 

 レイのお願いをスルーし、アルタリアと共に出かけた。

 

 

 俺はこのサトー商会での儲け、更に裏でやってる八咫烏としての事業をあわせれば、それなりの大金を手に入れていた。だが金を持っているだけでは意味がない。金には使い方がある。それを実行することに決めた。

 

「いいかアルタリア。金の力は確かに強い。だが持っているだけでは真の力とはいえん。お前も貴族のはしくれ。いずれアレクセイ家を継ぐなら、権力の使い方を教えてやる」

「んあ? つまりなにがいいたいんだ?」

 

 せっかくの演説も、低知力のアルタリアには難しかったようだ。

 

「…………。合法的に暴れさせてやるから来い!」

「それなら簡単だ!」

 

 二人で町を歩いていく。みな俺たちの姿を見ると黙って道を開け、子供は影に隠れる。それが俺の日常だ。もういいかげん慣れた。いや慣れたがやっぱりなんか傷つくな。そんなに嫌われることしたかな? したなあ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「この店だな」

 

 俺たちは目的地にたどり着いた。

 

「なんだここ? 寂れた店だな? マサキ、一体ここに何の用があるんだ?」

 

 商店街の中にある、不味そうな料理店を目にしてアルタリアが尋ねる。

 

「すぐにわかる」

 

 俺がそう答えると、すぐさま店主が飛び出してきた。

 

「こ、これはマサキさん! この度は一体何の用で?」

 

 店主のおっさんが俺にもみ手をしながら近づいてくる。

 

「わかっているだろう? 借金の催促だ。とっくに期限は切れているんだが?」

 

 そう、俺は手にした大金を使い、金貸しを始めた。金は使わなければ意味がない。どう使えば最も権力を手に出来るか考えた結果、金貸しという答えにたどり着いた。名付けてサトー・ファイナンス! そのままだけど。

 

「い、いやサトーマサキさん? もう少し、いやあと数日だけ待ってください! 借りた金は利子もつけて必ず返しますんで! もうすぐ金が手に入る予定なんです」

 

 土下座をする店主だが。

 

「その返す手というのは……博打のことかな? ご主人、あんたはうちから金を借りといて、毎日毎日賭博場に行っては負けを繰り返しているね」

「な、なんのことかな? わかりませんな」

 

 そう聞くと、目を反らすおっさん。

 

「ほう? しらばっくれるのか。俺の情報網を甘く見るなよ? 一山当てればうちの借金も今までの負けも全部返せると思ってるようだが。それは甘いな」

 

 ちなみに、このおっさんが賭場に出入りしているのをなぜ知っているか?

 答えは簡単だ。その賭場を仕切ってるのは俺だからだ。正体は隠しているが。

 

「い、いいや。今度こそ勝てるんです! ですからお願いします! もう少し取り立ては待ってください。お願い――」

「もういいご主人。あなたからは期待していない。借金の担保になっている、この店をいただく」

 

 最終通告をつげ、契約書を見せ付けた。

 

「その店がないと……私には生きる当てが……」

「何を言うご主人。元々こんな寂れた店、まともに営業もしてなかっただろう? そうでなければうちに金を借りることもなかった。誰かの元で真面目に働くんだな。今度はギャンブルなんかに頼るんじゃないぞ。アルタリア!」

 

 すがりつくおっさんを無視してアルタリアに話しかける。

 

「んあ? なんだマサキ?」

「この店を破壊しろ。徹底的にやれ。『サトー・ファイナンス』を、この俺をなめるとどうなるか教えてやる。ぶっ壊せ!」

 

 アルタリアに命じた。

 

「え? いいのか? 人んちぶっ壊すのは犯罪じゃねえか? ドアならつい破壊しちゃうことはあったけどよ?」

 

 ためらうアルタリアに。

 

「問題ない。この店はたった今から俺のものになった。俺のものをどうしようが勝手だ。やっていい。ただ、隣は俺のじゃないから、巻き込むなよ」

「本当? 本当だな? だったら思いっきりやってやる! ひゃっはーー!! 一度人んちを思いっきり壊してみたかったんだ! オラアア!!!」

 

 クレイジーな女剣士は、躊躇なく店を壊し始めた。

 

「な、なんでこんなことを! やめてください! なにも壊すことは!?」

「これは見せしめだ。俺が街の嫌われ者だから、金くらいごねれば何とかなると思ってたな? これはその答えだ。そして他の奴らへの警告だ。金はきちんと返せ。俺が言いたいのはそれだけだ」

 

 アルタリアが次々と店を粉々にしていった。最近まともにクエストにいってなかったからか、あいつも色々と溜まってたようだ。

 

 

「オラオラオラー! オラア!!」

「ひええ……」

「アレはアルタリアじゃないか! 止めなくていいのか!?」

「なんてことだ! マサキ! よせ!」

 

 一つの店が粉砕されていくのを、怯えてみている街の住民達。

 

 

「はぁ、はぁ! いっぱい暴れてスカっとしたぜ! マサキ! 他に壊していい家はないのか!?」

 

 家を無残に破壊し、やりきった顔で笑顔を浮かべるバーサーカーが尋ねる。

 

「今のところはそこだけだ」

「なんだ! つまんねえ!」

 

 つまんなそうな顔をするアルタリアに。

 

「今のところはな。まだな。そのうちまた出てくるかもな」

 

 邪悪な笑みを浮かべて答えた。

 その場に崩れ落ちる店主、それから俺に恐怖の眼差しを浮かべる住民たちを見て、満足し引き返すことにした。

 

「今回の目的は終わった。帰るとしよう。これでこの先、俺に逆らうとどうなるか、よく心に刻んだはずだ」

 

 俺に借金をしているのはこのおっさんだけではない。商店街の他の店も金額に違いこそあれど貸している店舗は多い。

 このおっさんはあまりに悪質だったから制裁をしたのだが、これで他の者への示しが付く。

 

「では帰るか。レイとマリンが待っている」

 

 ご機嫌でアルタリアと帰路に着いた。

 

 

 

「この世界の暮らしも悪くないな。収入はあるし、危険なクエストに行かなくても利子だけで食っていける。気楽なもんだ」

「ああ? そんなのつまんねえよ! 戦いがしてえんだ! 私は」

 

 駄々をこねるアルタリア。

 

「たまには行ってやるよ。だから安心しな。それにやるならすごいモンスターを倒そう。お前達の力と、この俺の策略が合わさればどんな奴だって敵じゃないさ」

「おう!」

 

 この世界に飛ばされ、しかも頭がおかしい奴ばかりとパーティーを組まされた。最初はどうなるかと思ったが、今ではすっかりなじんだ気がする。このままこの街の名士として生きるのもいい。商売次第では更に勢力を拡大できるかも。この世界も中々いい世界じゃないか。

 そう思っている矢先。

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で集まってくださいっっ!』

 

 街中に緊急のアナウンスが響き渡った。

 

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で冒険者ギルドに集まってください! 魔王軍の襲来です!」

 

 俺は思い出した。俺を送り込んだ頭の悪そうな女神が言っていたことを。

 

『今、ある世界でちょっとマズイ事になってるのよね――』

 そう、この世界では魔王がいて、魔王軍の侵攻で人間達はピンチで――

 この世界で死んだ人達は生まれ変わるのを拒否するくらい魔王軍を怖がってて――

 生まれ変わりを希望するものは、特別なチート能力を特典として渡してくれる――

 それが意味することを。

 

 

「魔王軍だって? どうしてこんな辺鄙な場所に!?」

「もうすぐ城壁が完成するって言うのに! なんでこのタイミングで!」

「ここは魔王城から離れているから安全じゃなかったのかよ!」

 

 混乱する人々に、慌ててギルドへと向かう冒険者たち。

 彼らの姿をみて理解した。

 俺は所詮この街で粋がっていただけだ。あまりに上手くいったので慢心していた。

 安全な生活なんて、魔王を倒さない限り訪れない。

 

「魔王軍か。どうやら戦いを避けては通れない様だな」

 

 仲間たちと合流し、ギルドへと急いだ。

 




やっと次回、魔王軍との戦いです。
マサキ、アクセルの街、ベルディア、今まで登場したキャラクター全てを巻き込んだ戦いを始めます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 31話 魔王軍襲来

31話~34話は魔王幹部との戦い。まさしく第一部のクライマックス戦です。魔王幹部にマサキはどう立ち向かうか。勝利を収めることが出来るのか!? 期待してください。


 すぐさま魔王軍との戦いが始まるのかと思ったが、どうやら違うらしい。俺を含めるアクセルの冒険者達は、武装しながらもギルドで待機命令が出されている。

 

「なぜ出撃しちゃ駄目なんだ?」

「魔王軍が攻めてきたんだろ?」

 

 不満を言う冒険者達。

 

「前線からの正確な情報がまだ入っていないんです! 噂では魔王軍は、この町を襲う前にアンナ卿の居城に奇襲を仕掛けたようです。今騎士団が必死でそれを食い止めているらしいのですが!」

 

 アンナ卿の居城。それはこの街を見下ろすように立てられた、現アクセルの領主であるアンナ家が住んでいる城だ。騎士団もまたそこに常駐し、アクセルを外敵から守っている。

 

「それは本当なのか?」

「だったら今すぐ騎士団の援護に行かないと!」

 

 なおさらやる気になる冒険者に。

 

「そ……それがアンナ家とも、ベルディア騎士団とも連絡が途絶えまして……今不用意に動くのは危険だと」

 

 ギルドの待ちうけが申し訳なさそうに答える。

 

「なんだと! このまま騎士団を見殺しにしろというのか!?」

「アンナ卿の身になにかあったらどうする! 領主を見殺しにする気か! 俺たちも戦わないと!」

 

 詰め寄る冒険者に。

 

「今ギルドでも協議中なんです! それに簡単に騎士団がやられるわけがありません! まず騎士団からの情報を待って、その後に冒険者は出撃せよと……」

「そんなの待ってられるか!」

「騎士団がなんだ! 俺たちだって戦える!」

「敵の情報がわからない今は危険です!」

 

 ギルド職員と冒険者が言い争っていると、扉がバンと開かれた。

 

「……騎士団は壊滅した」

 

 そこにいたのは、体中に傷を負い、よろよろと剣を杖代わりに歩く騎士。

 

「ベルディア!」

 

 その痛々しい姿を見て、俺は思わず叫んだ。

 ベルディアはここまで来るのがやっとだったのか、その場に崩れ落ちた。

 

「マリン! すぐに回復魔法を!」

「ええマサキ! 『ヒール』!」

 

 マリンの回復魔法で、傷がいえていく。ベルディアも少し力を取り戻したのか、再び立ち上がる。

 

「もう回復魔法はいい。それよりも報告が先だ。俺率いるベルディア騎士団は、魔王軍の奇襲に合い……奮戦したが敗れた……」

 

 ベルディアは自分の体の事より、騎士としての仕事を優先している。

 

「ベルディアがやられるなんて……そんな馬鹿な!? あんたは王国でも名うての騎士だろ? 一体なにが攻めてきたんだよ!?」

 

 信じられないといった顔の冒険者達。

 

「相手は魔王幹部、デュラハンのバラモンドだ。俺達は戦ったが、奴には届かなかった。なんとかアンナ卿を連れ出すだけで精一杯だった」

「バラモンド……」

「よりによってあいつが……」

 

 バラモンド、その名前を聞いただけで青ざめる人々。バラモンドとかいうのはそんなに恐れられているのか?

 

「騎士団の生き残りはお前だけなのか?」

 

 俺からもベルディアに質問をする。

 

「いや、俺以外にも少しはいる。あいつらは先に教会に向かわせた。みな重傷だ。当分は戦えないだろう。ベルディア騎士団は事実上壊滅した……。殆どの仲間が、あの卑劣なデュラハンに……」

 

 悔しそうに告げる騎士団長。

 

「マ、マサキ……頼む! 俺の変わりにあのデュラハンを倒してくれ……」

 

 騎士は最後に俺に頼みごとをした。

 

「わかったベルディア。あとは俺たちに任せてゆっくり休んでいろ。この仇は必ず取ってやる。衛生兵! 彼を医務室へ運べ!」

 

 ボロボロの大怪我を負いながらも、主君を守りぬき、そして残った力でこのギルドへ報告に来たのだろう。ベルディア、かっこいいよ。ただのエロオヤジじゃなかったんだな。お前は騎士の鏡だ。

 

 

 それがわかればやることは一つだ。俺はすぐに準備にかかった。

 

「何をしているのです? マサキ」

 

 マリンの質問に。

 

「決まっているだろ? この街から逃げ出す準備だよ!!」

「「「「えっ」」」」

 

 その場にいる冒険者やギルド職員が、全員素っ頓狂な声をあげた。

 

「てめーマサキ! それは流石に人としてどうなんだ!?」

「ベルディアにあそこまで言っといてそれは無いだろ!?」

 

 非難轟々な人々に。

 

「俺は勝てない戦いはしない主義だ!!」

 

 はっきりと言った。

 

「マ、マサキ? そんなのかっこ悪いですわよ。ベルディアさんとの約束はどうなるんです? 仇を取るのでは?」

「別に今とは言ってない。その内チャンスが来たら取ってやるよ。それまでは逃げる!」

「おいおいマサキィ! ふざけてんじゃねえよ! 相手は魔王幹部だぜ? 幹部を殺せるチャンスなんて早々無いぞ! 今すぐ突撃に行こうぜ!」

「勝手に行けよ。瀕死のお前を担ぐのは誰かにやってもらえよ!」

「マサキ様がそう言うなら……逃げますか」

「その通りだ。逃げよう」

 

 仲間にもそれぞれ答える。

 

「戦わずに逃げ出すなんてそれでも男か!?」

「真に優れた戦士は、無益な戦いを避けるものだ」

 

 他の冒険者達がなんと言おうと、俺は戦う気は全く無かった。それよりどの町に行けば安全か、パンフレットを眺めていた。

 

「いい加減にしろ! マサキ! お前は卑劣で! クズで! 最低の男だが! どんな相手でも倒してきたその謀略だけは認めてきた! 町の問題児たちをまとめ上げ、瞬く間にこの町の頂点に立ち、この前だって遥か格上のリッチーを撃退したんだ! そんなお前が! こんな腰抜けだったとはな!」

 

 俺の首を掴んでキレたのは、この町一の剣士、コーディだ。

 

「俺はこの街で一番の冒険者パーティーだ。いや今は2位だったかな? 狩り場を壊されてからは賞金スコア1位の座をお前のパーティーに奪われている。だがそもそもだ、なぜ俺達がそれほど活躍できた? どう思う? ナンバーワンのコーディさんよ!」

 

 双剣使いのコーディに尋ねた。

 

「それは……俺やお前らのパーティーが、強いからだろ?」

「違う! 確かにお前は強い! 強いが町を守りぬくほどの強さは無い! まだまだ半端だ! 俺やコーディがこの町の冒険者として活躍できるのは、ベルディア騎士団が本当に危険なモンスターを駆除していたからだ! ベルディアは本物の騎士だ! ベルディアがいたから冒険者家業も安全だった! あいつがやられるような相手に挑むなんて……それはただの無謀だ! 死にに行くようなもんだぞ!? お前はベルディアよりも強いのか!?」

 

 何も俺はただ戦いたくないわけではない。色々と考えた結果、勝ち目は無いと判断したのだ。

 

「……ぐっ」

 

 俺の言葉に肩を落とすコーディ。

 

「た、たしかにマサキの言う通りかも……」

「ベルディアはかなりのつわものだった。その配下の騎士団も。あいつらが勝てない相手に適うはずがねえよ」

「俺たちも逃げた方がいいんじゃねえか?」

 

 また他の冒険者にも、諦めのムードが漂い始めていた。

 

「なぁコーディ! こんな腰抜けはほっておこうぜ! 俺たちだけであのデュラハンを倒そうぜ!」

「そうよ! ヘビィーの言う通りよ! 勝てるかどうかなんてわからないじゃない! やってみなくちゃ!」

「冒険者の底力を見せてやろうじゃないか! 魔王幹部なんて」

 

 コーディの仲間たちはどうやらまだ諦めてないようだ。

 

「そ、そうだな! 相手がバラモンドだろうが関係ない! 俺達はいつも負けなかった! みんなの力をあわせるんだ!」

 

 そんな主人公のようなセリフを言い、コーディたちはギルドから出発した。

 

「ケッ! 骨くらいは拾ってやるよ。とっととやられて来い」

 

 俺はコーディたちが出て行くのを見送った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 前線へと走っていくコーディのパーティ。それを俺は少し離れたところから見守っている。辺りには壊滅した騎士団の死体が転がっていた。

 アンデッドナイトたちが残党はいないか確かめている。

 その中心に立つ邪悪な気を放つ黒い騎士。他のアンデッドとはどう見てもレベルが違う。どうやらあいつが魔王幹部のバラモンドとか言うデュラハンのようだ。

 だがその姿に少し納得がいかなかった。

 

「ねえマリン、一つ聞くんだが。デュラハンって言わなかったか? あいつどう見ても首くっ付いてるじゃん。普通の黒い騎士にしか見えないんだが。この世界のデュラハンって首取れてないの?」

「ええ? そんなはずは無いんですけどね? 多分取れるけど手に持つのがめんどくさいから生前のままにしているとか?」

 

 俺たちのパーティは茂みからおやつを食べて見物している。

 

 

「お、お前だな! 魔王幹部のバラモンド! この俺達が来たからには進軍もここまでだ!」

「ほう? まだ息のいいのがいたようだ。ガッハッハッハ! 嬉しいぞ! この街の冒険者は腑抜けで、このワシに恐れをなして逃げ出したのかと思ったわ」

 

 コーディのパーティが立ち塞がる。それを聞き、嬉しそうなデュラハン。いやデュラハンか? だって首取れてないし。

 

「いかにも! このワシこそバラモンド! 魔王軍を率いる幹部よ! 勇敢な貴様らに、すぐに戦士としての死を与えてやろう。グウッハッハッハッハ! だがその前に名乗るがいい!」

 

 気味の悪いくぐもった声で喋るバラモンド。

 

「俺はコーディ! 双剣使いのコーディ!」

「戦士のヘヴィーだ!」

「ウィザードのブライ!」

「プリーストのエコーよ!」

 

 コーディのパーティーは一人ひとり名乗りを上げた。そんな彼らの前に、アンデッドナイトが立ち塞がるが。

 

「お前達、下がっておれ! たった四人でワシに挑むとは、見上げた根性だ。褒美にワシ一人で相手してやる! さあかかってくるがいい!」

 

 バラモンドは部下を下がらせ、一人で四人と戦うようだ。

 

「おい! 相手は一人だぜ? ひょっとして勝てるんじゃ?」

「焦るなよ……。敵はあのバラモンドだ。油断すればすぐにあの世行きだ」

「エコー、光魔法の準備はいいか? 合図と共に行くぞ」

「うん! もうやってる」

 

 コーディのパーティはジリジリと

 

「今だ!」

『ターンアンデッド!』

 

 すぐさまバラモンドに浄化魔法を浴びせる。光がバラモンドに直撃するが。

 

「グオッフォッフォッフォ! そんなもの効くかア! この鎧は神聖属性の攻撃など無効化する!」

 

 その光は鎧に吸い込まれて消え去ってしまった。

 

「くっ」

「それくらい予想してた! 怯むなエコー! この俺があの鎧を破壊してやる!」

 

 重そうなハンマーを持つ戦士、さっきヘヴィーと名乗った男がバラモンドへと走り出す。

 

「捻り潰してくれるわ!」

 

 そんなヘヴィーを捕らえるバラモンドに。

 

『ファイアーボール!』

 

 パーティーの魔術師が火の玉を打ち出した。

 

「ぐうっ!」

 

 顔を焼かれ怯むバラモンド。

 

 

「あいつら中々やるじゃないか。伊達にこの町で一位取っただけの事はあるぜ」

「見事な連携ですね。私とマサキ様にはかないませんが」

 

 影から戦闘を観察しながら言った。

 

 

「オラッ! オラアッ! どうだ!」

「ぐうっ、ぐうっ!」

 

 火の玉で隙を付かれ、その間にヘヴィーがハンマーで攻撃。バラモンドは盾でなんとか防御しているが押されている。

 

「図に乗るなよ? 冒険者風情が!」

 

 バラモンドは脚を踏ん張り、ハンマー攻撃を受け止めた。

 

「今度はこちらの番よ!」

『ライトニング!』

 

 攻勢に出ようとするバラモンドを、魔術師のブライが食い止める。

 

「こ、こやつ、またしてもワシの邪魔を!」

 

 体に電撃を食らい、激怒するバラモンド。

 

「どうした! 俺達を倒すんじゃなかったのか!?」

 

 ヘヴィーが再び攻撃を続ける。

 

「おのれ雑魚共め! うっとおしい! ぬっ、そういえばあの剣士はどこに行った?」

 

 バラモンドはコーディの姿がいないのに気付いた。

 

「ここだ! バラモンド!」

 

 戦闘の最中、仲間たちに気を取られている隙に背後に回りこんだコーディ。

 

「バラモンド! 覚悟!!」

 

 コーディの二つの剣が振り下ろされる。

 

「クックック。そうか、そこにいたか」

「なにっ!」

 

 バラモンドの首が180度回転し、真後ろにいたコーディの姿を捉える。それと同じく剣を持った右腕もぐにゃりとありえない動きをし、背後から潜む剣士を斬りおとした。

 

「ううっ!」

「コーディ!」

 

 傷を負う仲間を見て気がそれる他の三人。

 

「ま、まだやれる。それより攻撃を続けるんだ!」

 

 斬激を受けながらもコーディは立ち上がり、仲間に活を入れる。

 

「おいおいおい、やっぱあいつデュラハンだわ。なんか首がすごい回転したもん。あんなん繋がってたら無理だわ」

「ずっりいなあ。あんなのありかよ。死角ないじゃん」

 

 バラモンドの首が回転するのを見て、俺達は驚きの声をあげた。

 

 

「ブライ! エコー! お前達は離れて攻撃するんだ!」

「ああ」

「わかってる」

 

 ウィザードとプリーストは距離を取ったが。

 

「グアッハッハッハ! 少しは楽しめたぞ冒険者どもめ。だがそろそろワシの取って置きを見せてやろう。遊びは終わりだ」

 

 意にも返さず、笑いながらバラモンドは告げた。

 

「ワシはデュラハンとしてこの世に生まれ変わった。ご覧の通り首が取れる。だがその時考えたのだ。首が取れても生きていられるなら他の部分もどうか。色々試してみたのだ。そしてこれが答えだ!」

「グハッ!」

 

 遠くに離れていたはずの、ウィザードのブライがその場に倒れた。

 

「馬鹿な! 何が起きた!?」

 

 驚くコーディに。

 

「あ、ああ……手が!?」

 

 バラモンドの腕は、まるでロケットパンチのように取れ、ブライのお腹に剣を突き刺した。

 

「グハハハハハ! どうだ!? 面白いだろう? 次は貴様の番だ!」

 

 千切れた腕はすぐに元の場所に戻った。そして次の獲物にヘヴィーを狙う。

 

「ワシに挑んだことを後悔するがいい!」

 

 剣の一振りでヘヴィーは吹き飛ばされた。

 

「ヘヴィー!」

「貴様もだ!」

 

 今度は左腕が飛び出し、プリーストのエコーが盾でぶん殴られる。

 ジオングみたいな奴だな。

 

「くっ!」

「貴様で最後のようだな?」

 

 あっという間に三人がやられ、残るはすでに傷を受けたコーディだけだった。

 

「少し遊んでみれば調子にのりおって。まぁいいその代償は今ここで果たされるのだ。死ぬがいい!」

「やはり無謀だったのか……くっそう!!」

 

 悔しそうに叫ぶコーディ。その頭上に剣が振り下ろされる。

 

「ハロー! こんにちは! 流石は魔王幹部なだけはありますね! 見事な腕前でした。いやあご立派。はっきり言ってこのコーディとかいう男には嫌気が差してましてねえ。スカっとしました。あはは」

 

 その直前に俺は茂みから飛び出し、バラモンドの所へと向かった。

 

「そこに潜んでいたのは気付いていた。お前も殺してやろうか?」

 

 殺気を向けるデュラハンに。

 

「いやあ勘弁してくださいよ。この俺はあなたと戦うつもりなんてありませんよ。あはは。むしろあなたに協力しに来たんですよ。バラモンド様の実力ならこの町なんて簡単に滅ぼせますって。でも俺だけは見逃してくださいませんか?」

 

 ニコニコと笑顔で魔王幹部に近寄る。

 

「フン、冒険者の恥さらしが。貴様もすぐに殺してやるわ」 

「きっさまああ! マサキ! お前なんて事を言うんだ! お前のようなクズは見たことが無い! 絶対に許さないからな!」

「黙れ! 負け犬が! 雑魚のクセにしゃべんな! すいませんねえ。話の続きと行きましょう」

 

 怒るコーディを罵倒してバラモンドに話し続ける。

 

「ホラ見てください! これはほんの贈り物です。バラモンド様のために用意した、素晴らしいアイテムの数々です。これはほんの一部。どうです? 俺を生かしておけばこの町中の財宝のありかを教えますよ?」

 

 俺は宝箱を差し出しご機嫌を取る。中には黄金に輝く剣や光る首飾りが入っていた。

 

「ほう? なるほど。貴様中々面白いではないか。ただ殺すのは惜しいな」

「でしょう?」

 

 バラモンドの関心を引くことに成功したようだ。

 

「マ、マサキ! お前は! お前という奴はぜったいに……!」

 

 怒りでプルプル震えているコーディ。

 

「バラモンド様、ではこの俺が飛び切りの芸をお見せしましょう。いやこれ本当に滅多に見られない貴重な芸ですよ。では行きます! 『花鳥風月』」

 

 花鳥風月――それは俺がこの世界で最初に手にしたスキル。クソみたいにポイントを食うくせにただの宴会芸。間違うことなくハズレスキル。ハズレスキルなのだが、まさかこんな所で役に立つときが来るとは……。

 

「見てください! こちらの扇子から……おおっとお水が出ます。そしてこちらの扇子からも……」

「おお、見事だな。曲芸師として魔王の城に連れ帰ってやっても……」

 

 俺の水芸に感心しているバラモンド。フッ、密かに練習していたかいがあったぜ。せっかく取ったスキルだから一応やっててよかった。

 

「うりゃ!」

 

 俺はその扇子から出る水を、バラモンドへとぶっかけた。

 

「グハッ」

 

 この一瞬が勝負だ!

 

「レイ! やれっ!」

『炸裂魔法!!』

 

 俺の合図と共に地面が爆発する。バラモンドが衝撃で転倒した。

 

『炸裂魔法! 炸裂魔法!』

 

 さらに連射するレイ。周りを取り囲んでいたアンデッドナイトたちも飛ばされる。

 

『ターンアンデッド!』

 

 襲い掛かるアンデッドたちをけん制するマリン。

 

「アルタリア! 怪我人の回収はすんだな!?」

「ああ、いいぞ! 二人担いでる!」

 

 マリンの筋力強化で一時的にパワーアップしたアルタリアは、エコーとブライを持ち上げて素早く逃げた。

 

「コーディ! 走れるか!? 命が惜しけりゃ走るぞ!?」

「えっ!? ええ? ああ? ええ!?」

 

 未だに何が起きたかわからないコーディ。

 

「いいから逃げるぞ! 嫌ならここに置いて行くからな!」

 

 コーディの肩を持ち、走って逃げ出す。残ったヘヴィーも、筋肉強化したマリンが担いで運んでいる。

 

 

「おのれえええええ! あいつらを逃がすな!」

 

 嵌められたことに気付いたバラモンドが激怒し、部下に命令する。

 

「させません! 『ライト・オブ・セイバー』

 

 邪魔をしようとするアンデッドたちの道を、レイが切り裂いて行く。こうして俺達はコーディたちの救助に成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 ……。

 …………。

 命がけでバラモンドから逃げ出し、ギルドへと戻ってきた俺たち。

 

「なぁコーディさん、言うべき言葉があるんじゃないのか? 魔王幹部の手から救ってくれた命の恩人に?」

「…………。俺は本気でお前が裏切ったのかと……」

 

 そんなコーディの顔をじーっと睨み続けていると、根負けしたのか。

 

「ありがとうございます! 助けてくれてありがとうございます!」

 

 コーディは嫌そうな顔をしながらも、渋々お礼を言った。

 

「ごめんなさいは? 散々罵倒してくれちゃってまぁ」

「ごめんなさい! マサキのおかげで助かりました! ありがとうございます!」

 

 反ギレしながらお礼を叫んだ。

 

「そ、そういえばあの宝はなんだ!? あんなアイテムを魔王軍の手に渡してよかったのか!?」

「ああ、あれのこと? アレはね、俺が一生懸命作った偽造品で、何の価値も無いぞ?」

 

 あの偽物を馬鹿な貴族にでも売りつけようとしたのに、もったいないことしたなあ。

 

「なんでそんなものを作ったんだよ!」

「う、うるさいなあ! 助けてやったんだから固いこと言うなよ! 詮索はやめ、な!?」

 

 慌てて質問を打ち切った。

 

「これでわかったろ? 俺たちにあいつの相手は無理だ。とっとと逃げるが勝ち。住民避難までの時間稼ぎくらいならやってやってもいいけどさ」

 

 俺は冒険者ギルドで言った。

 ベルディア騎士団は壊滅し、コーディたちも敗れた。この結果を見て冒険者たちの表情が暗くなっていった。

 どんよりとした空気の中、ある冒険者が。

 

「おいマサキ! お前はあのキールすら打ち破ったじゃねえか! 格としてはリッチーの方がデュラハンより上だ! もう一度街の人間が一丸となれば! あんな奴ら……」

「キールとは状況が違いすぎる。相手は一人だった。それに追い出すだけでよかった。今回は敵は軍勢を引き連れている上に、この街を潰す気満々だろう? 嫌がらせですむ相手じゃないんだぞ!?」

 

 俺の答えを聞き、肩を落とした。

 次第にギルドは静まり返っていく。

 

「なあ、この街が発展すれば、初心者にとってレベル上げに最適の場所になる予定だったんだよなあ。ようやく城壁が完成するって時に……」

「魔王もそれに気付いたんだろう。だから軍隊を差し向けた。しかもよりによってあのバラモンドとはなあ」

 

 残念そうな顔をする冒険者達。

 

「これでおわりなのか!? この街はおしまいなのか!? そんなのって!」

「残念だが……。もし王都から援軍を呼んだとしても、その前にこの街はボロボロにされるだろう」

 

 どうやらこの街は滅びる運命のようだ。人生はいつも不条理なもの。俺もいい資金源だったこの町を失うのは悲しいが、命には代えられない。また新しい事業を考えないと。 

 

「マサキ! お前は勝つためなら手段を選ばないだろう!? なにか思いつかないのか! この町を救う方法が!」

「そうだ! お前なら! 過程が最悪だと思うけど! 最後には勝利を収めてくれるはず!」

「マーサーキー!」

「マサキかっこいい! イケメン!」

 

 くっ!

 普段俺の事を散々嫌っといて、こんなときだけ頼りやがって。っていうかそんなの出来たらとっくにやってるわ! 俺をなんだと思ってる!

 

「俺からも頼む。さっきは本気で裏切られたのかと思った。まさか魔王幹部の目の前で命乞いをするとはね。だけど演技とはいえそこまでやれるから、俺達は助かったんだ。頼むよ。何か方法があるはずだ」

 

 ズタボロにされたコーディまでそんなことを。

 

「俺たちも協力するぜ! お前の言うとおり何でもやるからさ! あのふざけたデュラハンをぶったおそうぜ!」

 

 冒険者ギルドの全員が、なぜかこの俺の指示を求めている。この町一の嫌われ者の俺を。

 

 

「本当になんでもしていいのか? どんなことをしても? 俺のやることに文句を言わない?」

 

 ギルドの冒険者に再度質問する。

 

「い……いえサトー・マサキさん? 常識の範囲内でお願いしますよ?」

「あまりに汚い手を手伝えって言われたら……さすがになあ」

「じゃあ逃げるわ」

 

 街脱走の準備を再開すると。

 

「いや冗談だ! なんだってやるさ!」 

「多少の犠牲には目をつぶっていいんじゃないか?」

「魔王幹部が倒せるなら、多少良心が痛もうが関係ない!」

「そうだそうだ! あの外道を倒すにはこっちも外道にならないといけないんだ!」

 

 冒険者の心が一つになった。

 

「しょうがねえなあー! やるだけやってみるけど、もし無理だとわかったら俺は全力で逃げるからな! そうなっても恨むなよ! わかったな!」

 

 こうして俺の指揮下の元、対魔王幹部バラモンドへの戦いが切って落とされたのだった。

 




 コーディたちのパーティの名前には、実は元ネタがあります。わかる人はすぐわかると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 32話 奇襲攻撃

「まずは時間を稼ぐことが最優先だ。しかしあのデュラハンはなぜ攻めてこない? こちらとしては好都合なんだが」

 

 アレだけコケにしたのだから、すぐにでもこの町へ向かってくると思っていたが、当てが外れて首をかしげていると。

 

「調査によれば町外れにある共同墓地へと向かったようです。ベルディア騎士団との戦いで傷ついた軍団を、新しい死体を使い補充していると思われます」

「だからあそこの死体全部燃やせって言ったじゃん! クソ! せっかくのベルディアの頑張りも台無しだよ!」

 

 ギルドの報告を聞き、怒って叫んだ。

 

「いやあ、だってまさかここにあのバラモンドが来るなんて思ってもいませんでしたし……」

「死体を燃やすとかご法度ですよ……普通」

「まぁいい。過ぎたことだ! 回復してしまった兵力はしょうがない! それも含めてどう倒すか考えよう!」

 

 落ち着きを取り戻し、改めてあのデュラハンを倒す方法を考える。どうやら今晩は攻めてくることはなさそうだ。来るなら明日の夜だろう。それまでになにか策を思いつかないと……。

 

「敵を倒すには敵についてよく知らなければな。まずは相手について教えてくれ」

 

 ギルドの職員に、詳しい敵の情報を尋ねる。

 

「今攻めてきている魔王幹部は、『焦土のバラモンド』という通り名を持つデュラハンです。その二つ名の通り、バラモンドは攻め滅ぼした村で生物を皆殺しにし、更にその死体を操り兵力にし次の町へ進み次々と滅ぼしていく危険なモンスターです。奴が通った後には植物しか残らないといわれています」

 

 聞けば聞くほど恐ろしい奴だ。冒険者達が奴の名を聞いて青ざめた理由がわかった。俺はさっき思いっきり『花鳥風月』を浴びせてやったんだが、よく生きて帰れたもんだ。

 

「災害みたいな奴だな。国はなんでそんな奴を野放しにしてるんだ? 真っ先に倒しとけよ!」

「バラモンドは散々暴れまわった後、形勢不利となるとアンデッドの部下だけ残して自分だけ魔王城に帰ってしまいます。このためいくら王家の騎士団が追いかけても逃してしまうんです」

 

 部下だけ置き去りにして行くとは、なんて卑劣な奴だ。真っ先に町を逃げ出そうとした俺が言うのもなんだが。

 だが中々合理的ではあると思う。アンデッドであるという利点を生かしている。

 うーん。

 とりあえず思いつくのは……。

 

「兵力で負けてるんだ。それならやることは一つしかない。奇襲だ。堂々と戦ったところで敗北は見えている」

 

 それしかない。はっきりと告げた。

 

「アンデッドの軍隊を引き連れているということは、今度もまた同じように夜襲を仕掛けてくるだろう。だが逆に言えば昼間に攻撃をすることはない。昼間にこちらから奇襲をし、敵の戦力を減らすのだ。敵は今どこにいる?」

「バラモンドはどうやらアンナ家の居城を根城にしているようです」

 

 ギルドの答えに。

 

「新しい領主になったつもりか? だが少し勝機が見えたぞ。奴は大きな失敗を犯した」

「本当かマサキ!?」

 

 俺がうなずくと、冒険者達の表情が少し明るくなった。絶望的な状況に希望の光が見えた。

 

「ああ、あの城は元々アンナ家が所有していたものだ。貴族の城というのは大体、避難用に使う緊急通路があるはずだ。ベルディアならそれを知っているはず。城の地図を持って来い!」

 

 城の見取り図を持ってこさせ、ベルディアや騎士団の生き残りに話を聞き、地図を完成させた。

 

「愚かだなバラモンド。敵の城を拠点にするとはな。たった一日で城内の把握は出来まい。隠し通路ならなおさらだ。昼間に速やかに進入し、我が物顔で歩くアンデッドどもを一匹一匹潰していく」

 

 俺の考えを述べると。

 

「なるほど、隠し通路には気付かないだろう。俺だって知らないし」

「このままバラモンドを暗殺すれば……。奴らは幹部を失って散り散りになるかも!」

「いや、バラモンドはかなりの強敵だ。奇襲をしても勝てるとは思わない」

 

 冒険者達の淡い期待に、首を振って反論した。

 

「いいか、一番の目標はゾンビメーカーだ! 他のモンスターは後回し! ゾンビメーカーさえ倒せば、敵は兵力の補充が出来なくなる! 奴らを重点的に始末しろ! 危なくなったら逃げろ! いいな! 決して死ぬんじゃないぞ!」

 

 この町でも腕利きの冒険者達、そしてプリーストを選抜し、少数チームで昼間に奇襲をかけることにした。彼らに作戦の概要を説明する。

 

「この作戦は危険が伴う。ひょっとすれば命を落とす者もいるかもしれん。だが絶対に帰還しろ! 命令だ。もし死んだ奴がいれば、死体ごと持ち帰ってもらう! それが無理ならその場で燃やせ! わかったな」

「死体ごとかー。結構無茶言うなあ」

「死んだら燃やされるのか……。絶対に死ぬわけにはいかないな」

 

 ゴクリと唾を飲む精鋭たち。

 

「マサキ、俺たちは何もしなくてもいいのか?」

「そうだ! 俺たちだってやれる!」

 

 選ばれなかった多数の冒険者が騒ぐ。

 

「いいか、敵は死体を仲間にするような人でなしだ。もしお前達が死ねば、それがそのまま向こうの戦力に加わるんだぞ? 足手まといは必要ない」

 

 きっぱり却下すると。

 

「足手まといとは言ってくれるじゃねえか」

「なんならこの場で俺様の力をみせてやろうか!」

 

 ムキムキの冒険者が睨みつけてくる。

 

「お前達が選ばれなかったのには理由がある。今回の作戦は奪われた城に素早く侵入、危険な敵を排除し、さらに相手が気付く前に脱出だ。スピードが足りないものはいらない。それにお前達の役目は別にある。夜攻めてくるだろうバラモンドの本隊に対抗するのだ。それまで今は休め。ああ、城壁から攻撃できるように、岩や矢を集めておいてくれ」

「なるほど、そういうことか!」

「俺様が選ばれなかったのも合点がいったぜ!」

 

 冒険者のマッチョ集団は俺の説明に納得し、夜戦に備えて準備を始めた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 次の日。太陽が眩しく照りつける朝に、俺達は奇襲作戦を開始する。この強い日差しは魔王幹部にとっては関係ないだろうが、引き連れた他のアンデッドには辛いだろう。

 

「隠し入り口はここだな。案内ご苦労」

 

 騎士団の生き残り達に詳しい場所を聞く。どうやらベルディアがあのデュラハンと戦っている間に、彼らは主君を守り、ここから脱出してきたらしい。

 

「隊長のぶんも、お願いしますマサキ殿!」

「仲間の仇を取ってください!」

 

 ベルディアが敵のボスを引き付けていたとはいえ、彼らも無傷とは言えなかったようで、体中にまだ新しい傷跡が残っている。

 

「ああ、お前達はよくやった。俺たちに任せて休んでいてくれ。本番は夜だ」

 

 そうして騎士たちを帰らせる。

 騎士たちがアンデッドの集団から逃げた出口から、今度は逆に攻撃を加えようというのだ。まさか脱出用の通路が、戦闘の足がかりになるとは。

 

「打ち合わせどおり行くぞ。みな四人パーティで行動しろ。そしてとにかく雑魚を無視し、ゾンビメーカーを始末する。第二目標はアンデッドナイト。ただのゾンビやスケルトンに構うな」

 

 部隊を俺達、コーディ達、その他精鋭と四人ずつで分けた。コーディも了解し、共に城内に侵入する。そしてそれぞれに別れ、それぞれの仕事をこなす。

 

「マサキ、実はですね。アンデッドというのは生命力を目印にやってくるのですわ。つまりいくら隠れていても無意味ですわ。いずれは見つかることになります」

「そうだったのか。ならスピードが命だな。相手もすぐに気付くだろうが、とにかく走り続けるぞ。素早く敵を排除し、反撃を食らう前に撤退だ!」

 

 マリンの忠告を聞き、改めてヒットアンドアウェイの重要さを再確認する。

 こうしてすみやかに城に潜入した。

 

 

「おい? なんだか人間の気配がしねえか?」

「そんな馬鹿な!? 人間共は町で震え上がっているはずだぜ?」

 

 城内を我が物顔で歩いているゾンビたち。すっかり新しい住人気取りだ。

 

「お前も感じるだろ? なんか生き物がいるぜ?」

「ああ? そういえば……? どっかから野良モンスターでも入り込んだんじゃねえか?」

 

 喋りながら歩いているゾンビたちに。

 

「よっ!」

 

 俺は物陰から出てあいさつをした。

 

「ああっ!? 人間!? なんでこの城にいるんだ?」

「まだ生き残りがいたのか? おかしいな? まぁいい! この場で――」

『ターンアンデッド』

 

 俺に何か言おうとしたが、すかさずマリンの浄化魔法を食らい、消滅するゾンビたち。

 

「よくやったマリン。この調子で進むぞ。雑魚には構ってられん」

 

 灰になったゾンビを見て、先を急いだ。

 

「人間の気配だ! 人間がいる!」

「おいおい気のせいだろ? お前はまだゾンビに成り立てだから、気を読むのが向いてないだけで――」

『ターンアンデッド』

「「ぎゃあああ――」」

 

 こうして次々とアンデッドを浄化していく。だが結果には不満足だった。

 

「なあマリン。さっきからゾンビの遭遇率がおかしくないか? いくら魔王軍が大軍だからといって、なんでこんなにわらわら出てくるんだ? この広い城内で。まるで俺に引き寄せられてるみたいなんだが?」

 

 たいしたことない雑魚とはいえ、こんなに出てくると流石にうんざりする。

 

「それはですねマサキ。私のようなアクシズ教徒には、アンデッドに好かれやすくなるという特典があってですね」

「お前のせいかよ!」

 

 マリンの肩を揺らした。

 

「そういうのは先に言っとけ! っていうかなんだその特典! 迷惑きわまりねえわ!」

「偉大なアクア様の神のオーラが、きっと迷えるアンデッドの道しるべとなるのですわ」

 

 マリンと口論している間にも。

 

「なんかあの辺に人間の気配しない?」

「うんするするー」

「気のせいだと思うけど見に行こうぜ?」

 

 ゾンビがまたしてもやってくる。

 

「またきやがった! くそっ! めんどくさ!」

『ファイアーボール!』

「ぎゃあああ!」

 

 今度はレイがアンデッドたちを吹き飛ばした。

 

「おい! 今の音はなんだ!」

「侵入者か!? 侵入者がいるぞ!!」

 

 レイの魔法の音が轟き、昼間に眠っていたアンデッドたちも飛び起きた。扉を開けて出てくるゾンビたち。

 

「もうこっそりは無理なようだな。こうなったら暴れるだけ暴れて、とっとと逃げるぞ!」

 

 アンデッドたちに追われながら、城内を橋って逃げる。

 

『ターンアンデッド』

『ライト・オブ・セイバー』 

「死ねえ!」

 

 三人とも邪魔するものを吹き飛ばし、ただ走り続ける。

 

「おい! マリン! お前アンデッドを引きつけて置いてそれだけかよ! なんか代わりにいいことないの?」

 

 走りながらマリンに怒鳴り散らすが。

 

「まぁ向こうもこっちの気配が丸わかりですが……逆にですね、私も強いアンデッドの気配を感じ取ることが出来ます」

「そんな便利な能力があるんなら先に言えよ! 『バインド』」

 

 マリンに怒りつつ、目の前の敵を無力化する。すぐにアルタリアの剣が振り下ろされ、真っ二つになるゾンビ。

 

「強いアンデッドはどこにいる!? 教えろマリン!」

「そうですわね。この城の頂上で凄まじい力を感じますが。おそらくバラモンドでしょう」

 

 マリンの答えに。

 

「あいつは放置でいい! 他には?」

「あっちからまぁそれなりの力を感じますね」

 

 指を刺すマリン。

 

「よし、おそらくゾンビメーカーか、アンデッドナイトだろう。とっとと始末するぞ!」

 

 マリンの示す先に向かうと、彼女の言うとおりそこにはアンデッドナイトが立っていた。

 

「侵入者め。バラモンド様の手にした城でこれ以上の狼藉はさせんぞ」

『ターンアンデッド』

「ふっふっふ! この俺もバラモンド様同様、光属性を吸収する鎧でできている。浄化魔法など――」

 

 そこまで言ったところで、背後から忍び寄るアルタリアに首を落とされた。

 

「フン! どりゃああ!」

 

 アンデッドナイトは何が起きたかもわからないまま、アルタリアのキックコンボを食らい壁にめり込んでいた。

 

「チッ、アンデッドナイトか。ハズレだな」

 

 残骸を見てぼやいていると。

 

「ひゃっはー私は楽しかったぜ?」

 

 ニコニコしているアルタリア。

 

「そりゃあな、俺としてはゾンビメーカーが目当てだったんだが……」

 

 アルタリアと話していると、気付けば回りをアンデッドたちに囲まれていた。

 

「よくも我らの同胞を!」

「この場で殺してやる!」

 

 怒り心頭のバラモンド軍。雑魚のゾンビだけでなくアンデッドナイトも集まってきた。俺達は四人で円陣を組んで警戒する。

 

「アンデッドは私の敵ではありません」

「マサキ様! 来ましたよ! いつでも魔法の準備は出来ています」

「このスリル、たまんねえなあ!」

 

 三人ともやる気満々だったが。

 

「待て! お前達。まずアンデッドナイトはどうやら浄化魔法が効かない様だ。マリン、無駄撃ちはするなよ」

「そのようですね」

 

 はやる三人を止める。

 

「アルタリア、アンデッドナイトはお前に任せる。奴らがパニックになったときを狙うんだ。それまで動くな」

「パニックっていつだよ?」

 

 アルタリアにも指示を出す。

 

「すぐにわかる。そしてレイ。使うなら炸裂魔法だ。そして目標はモンスターではない。壁を破壊しろ!」

「えっ? マサキ様! 貴重な魔力をそんなことに使うなんて! それではこのアンデッドたちの群れを倒せませんよ?」

 

 疑問を浮かべるレイだが。

 

「いいからやれ。俺を信じろ!」

「はい!」

 

 即答し、すぐさま壁をぶっ壊した。

 

「はっはっは、貴様らどこを狙っている!?」

 

 馬鹿にするアンデッドナイト。しかし。

 

「うわああ!! 日光だ!!」

「眩しい!! 何も見えない!」

「か、体が消えるうう!!」

 

 ゾンビたちは大慌てになった。上級モンスター、アンデッドナイトにとって日光など効かなくても、それ以外、この場にいる大多数の下級モンスターには効果は抜群だ。

 

「し、しまった! お前達! 暴れるな!」

「早く木陰に隠れろ!」

 

 日に照らされ混乱するゾンビたちを何とか誘導するアンデッドナイトたちに。

 

「ひゃっはー! 死ねええ!!」

 アルタリアの魔の手が襲い掛かる。

 

『ターンアンデッド!』

 

 逃げ惑うゾンビの背中に、マリンの浄化魔法が突き刺さり。

 

『炸裂魔法』『炸裂魔法』

 

 ようやく日陰に逃げ込んだゾンビたちに、更に壁を破壊して遮る物を破壊するレイ。

 

「うわあああああ!!!」

「ぎゃあああああ!!」

「や、やめろお!! 体が消えるうう!!!」

 

 大パニックのゾンビたち。それに巻き込まれてアンデッドナイトも混乱する。

 

「クソッ! 貴様ら邪魔だ! とっととどっかいけ! がはっ!」

「しゃあああああ!!!」

 

 体勢を崩したアンデッドナイトはアルタリアが始末していく。

 

「全員戻れ! いったん逃げるぞ! 部屋に隠れろ! 下がれ!」

「ば、馬鹿な! 相手はたった四人だというのに! なんでこんなことに!」

 

 やられ放題のアンデッド軍。

 どうしてこんなことになったのだろうか。理由は色々とある。

 まずはバラモンドの軍勢の特徴がある。奴は精鋭のアンデッドナイト以外は、弱いアンデッドを大量に使っている。もし真正面から戦えば脅威になっただろうが、一体一体はたいしたことはない。

 またバラモンドは光属性を防ぐ鎧を、自分の直轄であるアンデッド以外には渡していない。兵を現地で調達するため仕方がないが。ゾンビたちは浄化魔法や日光に無防備だ。

 さらに今が昼間だというのにも関係がある。室内なら日光を防げるが、家を破壊されるとどうしようもない。

 これらの条件が重なり、俺の奇襲は大成功したというのだ。

 

 

 だが伊達に魔王幹部の軍勢ではない。散々ボロボロにされた後とはいえ、なんとか体勢を立て直し、ゾンビ共を下がらせアンデッドナイトだけの部隊を再編し俺たちを追い詰めてきた。

 

「はぁ、はぁ、てこずらせやがって!」

「よくもここまでコケにしてくれちゃってさあ!」

「お前達、絶対に生きては返さないからな!」

 

 ボロボロに壊れた城の一角に、俺たち四人は追い詰められていた。マリンもレイも魔力が限界だ。アルタリアも相手が多数だと役に立たない。こうなったら。

 

『クリエイトウォーター』

「ひっ! てめえなにしやがる!」

「くっ、この期に及んで悪あがきを!」

 

 俺も『バインド』の使いすぎで魔力がなくなったため、初級魔法で嫌がらせをした。必死で避けるアンデッドナイトたち。なんでだ? ただの水だぞ?

 

「うん、もう十分やったし、そろそろ逃げるか」

 

 それはともかく、そろそろ撤退と行くか。

 

「逃がすわけねえだろ! ぶっ殺してやる!」

「お前らだけは! お前らだけは絶対に殺す!」

 

 相当頭にきているアンデッドナイトたち。ジリジリと迫りよってくる。

 

「レイ、はいこれ」

「あ、はい。マサキ様」

 レイに渡したのは高純度のマナタイトだった。魔力を回復したレイはすぐさま呪文を唱え――

 

『テレポート』

 

「あああああ!! くっそう! くっそう!」

「ゆるさねええ! お前達はなにがあってもぶっ殺してやるからな!」

 

 この場から立ち去る最中、悔しげに地団太を踏むアンデッドナイトたちが見えた。俺達の奇襲はゾンビメーカーの退治こそ失敗したものの、それなりの成果を上げたのだった。

 

 

 

 

 

「帰ったぞ!」

 

 テレポートで無事帰還し、冒険者ギルドへと戻った。

 

「おお! マサキ! よく帰ったな! どうだった? 上手く言ったか?」

「まぁそこそこかな? ゾンビメーカーは倒せなかったけどな。他のモンスターはボコボコにしてやったぜ」

 

 冒険者達に結果を報告する。

 

「ゾンビたちを次々と浄化しましたわ! これがアクア様の力です! オーホホホホ! いえプークスクス! ップークスクスですわ!」

「あの城はボコボコに破壊しておきました。これであいつらも思い知ったでしょう!」

「この剣でアンデッドナイト共を次々と切り裂いてやったぜ! ああ楽しかった! 最高だった!」

 

 仲間たちが戦果を話している。 

 

「おお! 本当か! さすが最悪のパーティーだぜ!」

「お前達が敵じゃなくて本当によかったよ!」

「外道四人組といわれるだけの事はあったな!」

 

 不可能だと思われていた、バラモンドの部隊に打撃を与えたと聞き、喜ぶ冒険者達。

 俺達がわいわいと盛り上がっていると、次にコーディの部隊も帰還した。

 

「おいコーディ! お前達も帰ったか!」

「どうだ! お前らも活躍したか!? マサキたちはバラモンドの部隊をボコボコにしたらしいぜ?」

 

 詰め寄る冒険者達に。

 

「あ、ああ。なんか俺達はな……。なんていうか……」

「そ、そうだな。うーんとなあ」

 

 少し困った顔をするコーディ達。 

 その顔をみて少し表情を曇らせる冒険者達に。

 

「城に潜入してると、いきなりアンデッドたちがすごい勢いで飛び出してきたんだ。だからもう俺達は絶体絶命かと、そう思っていたんだが……」

「私らには目もくれずに、全然別の方向に走っていって……そっちで大きな炸裂音が鳴り響いてて」

「誰もいなくなった通路を探してたら、たまたまゾンビメーカーたちの控え室を発見してだな。そこで倒してきた。なんだかな、全然苦労しなかったから、なんか恥ずかしくて……」

 

 そういうコーディたちの鎧をみると、無傷だった。おそらく戦闘らしい戦闘はなかったのだろう。アンデッドたちは暴れまくった俺達のほうに向かい、コーディの方には全く気付かなかったようだ。

 

「さすがはコーディ! やるじゃねえか!」

「やったぜ! これでもう死体を奪われることがなくなった!」

「流石ナンバーワンの部隊! コーディ万歳!」

 

 さっきまで俺達を崇めていた冒険者たちは、すぐにコーディに切り替えた。くっそすぐに掌を返しやがって!

 

「ゴホン、どうやら俺の陽動作戦が上手くいったようだな。俺達が暴れている間に、コーディが目標を駆逐する。二つの部隊のチームワークの勝利だな」

 

 コーディの肩を叩き、うんうんと頷く。

 

「あれえー、そうだったっけ? そういう作戦だったっけ? ただそれぞれバラバラにゾンビメーカーを倒すんじゃなかったっけ?」

 

 首を傾げるコーディ。

 

「いいかお前達! まだ勝利が決まったわけじゃない! これから夜になる! 奇襲に激怒したバラモンドは間違いなく夜戦を仕掛けてくるだろう! ここで耐えられなければ無意味だぞ! いいな!」

 

 浮ついた冒険者達に一喝し、これから始まる夜戦に備えるように叫んだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 33話 マサキのマスタープラン

 夜が来た。

 そしてあいつもやってきた。

 

「昼間はワシの城で色々とやってくれたそうだな! だが貴様らのあがきもここで終わりだ! ここで死んでもらうぞ!」

 

 バラモンドの軍勢がアクセルの街の前に迫っている。中心には朽ちてボロボロになった騎士たち、アンデッドナイト。なんかみんなすごいご立腹のようだ。俺の奇襲が相当応えたのか、怒りをあらわにしている。

 そして草原を埋め尽くすように広がるのは、下級モンスターのゾンビ、スケルトンの群れだ。一匹一匹は弱いが、この数は脅威だ。

 

「ここが正念場だぞ! 今日守りきれなければ、この街は終わりだ。奴を倒すには時間が必要だ! あいつを倒す方法が思いつくまで! 持ちこたえてくれないと困るぞ!」

 

 俺は城壁に立ち、迎え撃つ冒険者に叫んだ。

 数で劣る俺達は夜戦を避け、篭城戦に持ち込むことにした。一応完成したアクセルの城壁。多少は耐えてもらわないと困る。

 

「奴らを殺し! そして新たな兵にせよ! そして次の町へ狙いを定める! いくのだ! 我が軍団よ!」

 

 デュラハンの号令の元、押し寄せるアンデッド軍団。

 

「死ねえええ!!」

「奴らを殺せええ!!」

 

 城壁に群がる奴らに向かい。

 

「させるか!」

「来るな!! これでも食らえ!」

 

 冒険者達も負けじと弓や魔法、そして用意させていた岩を投げつけて撃退していく。

 

『『『ターンアンデッド!!』』』

 

 下級のアンデッドはプリーストたちの集中砲火で消滅させられる。

 

「フン! これしきの抵抗! 数で押し切ってやるわ!」

 

 バラモンドは余裕だ。次々とゾンビたちを投入し、またも城壁にしがみ付いてくる。

 

「おい! 見ろ! 一部だけ城壁が未完成だぞ!」

「はっはっは! 馬鹿め! 人間共め! あそこから進入しろ!」

 

 城壁は完成直前だったため、まだ一部に穴が開いている。

 

「あーしまったなあ! あそこから攻められるとこまるなあ」

 

 棒読みしてオーバーリアクションで困ったようなポーズをとる。

 

「死ねええ! 人間共!」

「突撃いいいい!!!」

 

 アンデッドたちが城壁の穴から押し寄せるが。

 

「来たぞ! 全員狙え!」

「撃て! 発射!」

 

 そこにはコーディが指揮を取っている。冒険者達がバリケードを作り、押し寄せるアンデッドに十字砲火。最初に突撃した部隊は一瞬で壊滅した。

 

「バ、バラモンド様! あれは罠です! 内部ですごい抵抗を受け、向かった部隊は消滅しました」

「罠だと!? それがなんだというのだ! 抵抗する人間さえ倒せば城内に入れるのだ! 兵ならいくらでもいる! 重点的に攻撃せよ!」

 

 バラモンドは再度の突撃を命令した。

 

「行けえ! 内部に侵入しろ!」

「どんどん進めえ! 数でぶっ潰せ!」

 

 どんどん押し寄せるアンデッドたち。コーディは上手く戦ってるが、このままでは突破されるだろう。もうそろそろだ。コーディに手でサインを送った。

「了解した。マサキ! 全員退却しろ!!」

 

 コーディの部隊は、アンデッド軍から退却する。

 

「よし、ここから内部に侵入し、町人どもを皆殺しにするのだ!」

 

 いきり立つアンデッドが城壁の穴に集中した瞬間。 

 

「罠作動!」

 

 ガラガラと大地が崩れ落ち、アンデッドたちは地面の下に転がり落ちた。

 

「な、なんだ!?」

「足場が崩れて! うわあああ!」

 

 落ちたアンデッドに再度攻撃を続けるコーディ。

 

「水を注ぎ込め! 全員落ちたアンデッドを攻撃しろ!!」

 

 ダメ押しとばかりに水を流し込み、動きを封じる。次々と仕留められて行くバラモンド軍。深い穴に落ち、這い上がるのは難しい。そこに飛び道具が雨のように降り注ぐ。

 

「フッフッフ。一日で城壁を塞ぐのは無理だったが、下に掘り進むことは出来た。レイの炸裂魔法をなめるなよ? もうあそこからの進入は無理だろう」

 

 戦闘の結果を見て満足する。

 

「バラモンド様! やはり罠でした! あの隙間はてっきり未完成だと思っていたんですが、代わりに大きな穴を掘られています! その上水を流し込まれて! 進入は不可能です!」

「くっ! おのれ人間共! 下らんまねを! もういい! 城壁を登れ!!」

 

 バラモンドは城壁の隙間からの戦闘を諦め、再度城壁を攻めることにしたようだ。

 

「今こそ新兵器の出番だ! 用意はいいな!?」

 

 敵の攻撃が挫かれたのを見て、俺は更に打撃を与えるチャンスだと見た。

 

「いいぞマサキ!」

「こっちもだ!」

 

 城壁には樽が運び込まれる。何を隠そう、これが『新兵器』だ。その効果は、すぐにわかるだろう。

「落とせ!!」

 

 城壁の上から樽を落とさせる。

 

「バラモンド様! 何か振ってきました! あれはなんでしょう?」

「なんだと思えば樽か! そんなものほおっておけ。岩や魔法の方がよほどやっかいだ!」

 

 転がり落ちる樽を無視し、攻撃を続けるアンデッド。

 

「全員狙え! 目標はあの新兵器だ!」

 

 無視された樽に狙いを付けさせ……」

 

『ファイアーボール!』『ファイアーボール!』『ファイアーボール!』

 

 魔術師達が一斉に樽目掛けて炎を発射する。すると。

 

「な、なんだ? うぎゃああああああ!!」

「ぎゃああああ!! 体が! 体が燃える!!」

 

 樽が爆発し、火花が当たりに散らばった。

 

「なんだあの樽は!?」

「なんで爆発したんだ? 新しい魔法か?」

 

 そんな大げさなものではない。ただ樽の中に調理用の油や、高濃度のアルコールを満タンにしていた。火が付けば燃え上がる、ただそれだけだ。この際に大量に業者から買い付け、兵器として利用したのだ。

 

「ぐっ! 全軍退却しろ! 一時城に撤退するぞ!」

 

 かなりの打撃を与えられ、しぶしぶ退却するアンデッド軍。落とし穴に加え、謎の爆発とあい、兵士たちが混乱していたからだ。

 

「追撃はするなよ! 相手のほうがまだまだ兵力は上だ。今襲い掛かっても撃退される!」

 

 全軍に待機命令を出す。バラモンドは兵を撤退しているが、アンデッドナイトたちが反撃に備え、殿を務めていたからだ。

 

「逃げるアンデッドはほおっておけ! 逃げ遅れた奴らを片付けるんだ! いいな!」

 

 最初の攻撃は耐え切ったものの、こちらもかなり疲弊した。追撃を出す余裕はない。

 壊れた城壁を補修したりと、やるべきことはまだまだ残っている。

 とりあえず落とし穴の方を確認すると。

 

「……死んでる。いや元々死んでるが、ピクリとも動かないな」

 

 穴に落とされたアンデッドたちの残骸が浮かんでいる。

 

「落ちたときはまだ元気に抵抗してたんだが、水を流すと急に動かなくなった。なんでだろう?」

 

 コーディも不思議そうに言った。

「……まさか水が弱点とか? アンデッドは? そういえば奇襲のときも、『クリエイトウォーター』を必死で避けてたな……」 

 

 首をかしげて、この結果が意味するものを考える。

 

「アンデッドはそんなに水が嫌いなのか? なんでだ? 体の魔力が流れ出したりするのか? まぁ理由はいい。とにかく水を浴びせればいいんだな」

 

 

 少し悩んだ後、俺はパーフェクトなプランを思いついてしまった。これが上手くいけばバラモンドは勿論、いやそれだけでなく奴の軍勢ごと一網打尽に出来る。

 ウキウキして思いついた計画を説明する。

 

「……い、いや、流石にそれは……」

「こ、この町を守るんですよね? そんな事をすればある意味敵の思い通りでは!?」

 

 俺の作戦を聞いたギルドの職員が困惑する。

 

「全てを守ろうとすれば、両方を失うことになる。俺はギルドでの人間関係と、初めて出来た彼女を庇おうとし、結果両方失った奴を見た。それで学んだのだ」

 

 こうしてギルドの職員、そして冒険者を説得する。

 

「マ、マサキ! それは駄目だろ? アウトだろ? そんなことしたら俺たちの戦う意味が……」

「今日だってあいつらを撃退したんだ! そんなことをしなくてもこのままかてるんじゃ?」

 

 冒険者もまた俺の作戦にドン引きし、文句を言うが。

 

「今回は相手が油断していたからだ! そこに付け込んだだけ! こんな小細工がいつまでも通用するわけないだろ! いつかは守りきれなくなる! だからこれでまとめてぶっ殺すんだよ!」

 

 激昂し罵声を浴びせるが。

 

「ふざけんなマサキ! お前自分が何やろうとしてるのかわかってんのか!」

「お前の事を少しでも期待した俺が馬鹿だったわ!」

「酷い! いくらなんでもひどすぎる! こんなの人の考え付くやり方じゃない! お前は悪魔だ!」

 

 俺の最高の秘策も、どうやら彼らの心には届かなかったようで。

 

「お前ら最初になんて言った! どんな手段を使ってもいいって言ったよな! だったら俺無しでバラモンド倒してみろよ! 出来るのか!」

 

 俺も負けじと、その辺の冒険者の胸倉を掴んで怒鳴りつけた。

 

「んだとコラア! お前なんかに指揮権を与えるんじゃなかった! そんな作戦認められるわけないだろ!」

「あああ!? 俺がいなけりゃアレだぞ! 今頃とっくにこの町は皆殺しになってたんだぞ! 感謝しろゴラアア!」

 

 俺は何度も何度も冒険者に言い返し。

 

「くうう……! わかった、わかったよ! 何度も聞くが他に方法はないんだな?」

「それしかないなら……、しょうがない。クッソ、こんなの絶対に無いからな。二度とごめんだからな!」

 

 色々あったが、最終的にはみんな苦渋の思いで俺の作戦に同意してくれた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 俺の完璧な作戦に向け、皆準備をしている。だがこの作戦には時間がかかる。それまでになんとかこの町をバラモンドから守りきらなければ。

 

「篭城するのも悪くは無いが……そればかりなのもなあ。城壁のダメージも馬鹿に出来ないし。野戦も仕掛けてみたいものだが……。ここまで兵力に差があるとただやられるだけなんだよなあ」

 

 作戦は決まったものの、実行までの時間が足りない。それをどうやって稼ぐかが最重要課題だった。 

 

「アンデッドは生命力を目掛けてやってくるんだよなあ。つまり奇襲はバレバレだということか。奇襲が上手くいけば敵兵力に打撃を与えることが出来ると思ったんだが……」

「そうですわね。アンデッドにとって生者は眩しく映るものです。いくら潜伏スキルで体を隠していても無意味なんですよ」

 

 マリンもそう答える。

 

「やっぱそうかー。だったら野戦は無理だな。奇襲できないならやっても負けるだけ……いや違う! 違うぞ! 方法はある! 今すぐ野戦の準備をするぞ! 冒険者どもを集めろ!!」

 

 俺は新しい策を思いつき、冒険者ギルドへと向かった。

 

 

 

 その夜。

 俺達冒険者部隊は、街の外の草原にて整列し、バラモンドの部隊を迎え撃った。

 

「グハハハハハ! 昨晩勝てたのはまぐれだというのがわかってないようだな! まさかワシらに野戦で挑むとは! なめられたものよ! その慢心が貴様らを滅ぼすのだ!」

 

 バラモンドのアンデッド部隊が攻めてくる。相変わらずすごい数だ。昨晩の戦いでかなり倒したはずなのだが、それでもなお冒険者を圧倒している。

 

「こんなの勝てると思うか?」

「無理だろ?」

 

 負けじと陣形を組んでみるが、正直言って勝てる気がしない。冒険者達も最初から諦めムードだ。ぼやく声が聞こえる。そもそも陣形も適当に組んでみたもので、特に訓練したわけじゃない。

 

「グアッハッハッハ!! 全軍! 今度こそ冒険者どもを皆殺しにせよ! ゆけ!」

 

 バラモンドの号令と共に、アンデッド軍が襲い掛かる。

 アンデッド部隊と冒険者部隊、決着はすぐに付いた。

 冒険者の軍勢は数で負け、さらに統率力でも負けている。まともにぶつかり合う前にわき目も振らず逃げ出した。

 

「冒険者! 全員退却しろ!!」

「逃げろ! 逃げろ! あんなん勝てるわけねえだろ!!」

 

 一目散に散らばって逃げ出す冒険者達。そこに。

 

「やれ! ゆけ! 殺しつくせ! 行け!」

 

 アンデッドナイトたちが攻めてくる。

 

「一人も逃がすな! 全員殺せ! よいな!」

 

 こうして押し寄せてくるアンデッドたち。それでいい。最初から勝てるとは思わなかった。冒険者達にはあらかじめ、すぐに逃げていいと言っておいたからだ。

 アンデッドたちの注意が目の前の冒険者に釘付けになる。その瞬間を待っていたのだ。

 

「バラモンド様! 奇襲です! 謎の攻撃を受けています!」

 

 アンデッドナイトの一人が叫ぶ。

 

「馬鹿な! 何を言っている!? 我々アンデッドに奇襲など! 不可能だ! どこにいようとワシらの目から逃れることは……!?」

「ですがバラモンド様! 実際に今! 奇襲を受けています! なにも気配を感じません!」

 

 バラモンド軍の真横から、謎の軍団が現れ、アンデッドに攻撃を仕掛けている。

 

「ぎゃああああ!!」

「グハッ! そんな馬鹿な!」

 

 またもや混乱するアンデッド軍たち。

 

「今だ! 反転して攻撃開始!!」

 

 コーディが指揮をとり、逃げ出していた冒険者が引き返してアンデッドに襲い掛かる。謎の軍団の攻撃を受け、アンデッドの足が止まるのを待っていたのだ。

 謎の軍団の正体は。

 

『『クリエイト・ゴーレム!』』

 

 《クリエイター》、それはゴーレムを作り出したり、バリケードを作ることを仕事にしている集団だ。

 彼らが作り上げたゴーレム部隊が、アンデッド軍団に襲い掛かる。そう、普通の人間……いや生命体ならアンデッドにも気付いただろう。だがこっちは心無き人形、ゴーレムだ。ゴーレムの位置は捕らえられまい。

 

「な!? いったいどうなってるんだ!? どうやって我々に気付かれず!? こんな近くに!?」

「敵の正体はなんだ!? 生命力を感じないぞ!? まさか同じアンデッドだとでも言うのか!?」

 

 敵の正体がわからず、大混乱に陥る魔王軍。

 

「今だ! アンデッドを倒せ!」

『ターンアンデッド!!』『ターンアンデッド!!』『ターンアンデッド!!』

 

 浄化魔法でやられていく下級モンスターたち。

 

「お前達は下がっていろ! この俺が行く!」

 

 それまで小部隊の指揮をとっていたアンデッドナイトが、前線に突撃するが。

 

「ひゃああ!! 待ってたぜ!! 死ねええ!!」

 

 飛び出るや否やアルタリアに惨殺された。

 

「た、隊長……!?」

「隊長がやられたぞ?」

 

 混乱するゾンビやスケルトンだが。

 

「おっと、お前達の相手はごめんだぜ! あははははあはは!」

 

 上級モンスター、アンデッドナイトを始末し終えたアルタリアはすぐさまダッシュで逃げ出した。

 この混乱の中、次々とアンデッドは打ち破られていった。

 

「敵の正体がわかったぞ! ゴーレムだ! 遠くにいる集団が、ゴーレムを生成している! あっちに向かえ!」

 

 バラモンドもようやく気付き、こちらに兵を向ける。

「どうやら気付かれたようだ。クリエイター部隊、すぐさま引き上げるぞ!」

 

 俺はこの戦いに備え、千里眼、さらに読唇術スキルを持っていたため、遠くからでも敵がなにを言っているのか丸わかりだ。すぐさまクリエイターたちを撤退させた。

 やっとの事ゴーレムを破壊したアンデッドだが、すでに全員町に引き上げた後だった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ちなみに隠し通路を使った昼間の奇襲だが、勿論あれから欠かさず毎日続けている。被害を与えてテレポート。それが俺たちのやり方だった。

 次の夜がやってきた。小さな町アクセルを中々攻め滅ぼせないため、流石にイライラしているバラモンド。

 

「またもや昼に城に潜入されたようだ。この街の冒険者め! 姑息な真似をする。このお礼はたっぷりしてやろう! アンデッド軍団! 突撃!」

「とつげ――ぎゃあああああ!!」

 

 城から悠々と突撃するバラモンドの軍団は、しょっぱなからつまずいた。

 

「なにが起こった!?」

「そ、それがいきなり地面が爆発しまして……!」

「そんな馬鹿なことがあってたまるか!?」

 

 激怒するバラモンドだが。 

 

「た、大変だ! 城の前に気をつけろ! 色んなところに『爆弾岩』が配置してあるぞ!」

 

 

 爆弾岩。

 それは衝撃を与えると爆発するという、はた迷惑なモンスターだ。

 そんなモンスターには誰も近づかないが、俺は戦力差を覆すのに役立つと考え、目を付けたのだ。

「うかつに動くと爆発する!! そおっと進め…… そうっと」

 

 連日の奇襲は攻撃方法の一つに過ぎない。相手が奇襲に神経を尖らせている間に、城から町への道に爆弾岩を設置しておいた。爆弾岩は衝撃を与えると爆発する。慎重に運ぶのは苦労したが、そのかいはあった。

 

「避けて進め! 爆弾岩が無い通路を通れ! 密集するなよ!」

「侵入者と戦っている間にこんなことをしていたとは!? 冒険者の奴らめ! 油断も隙もない」

 

 大軍をつれてきたためか、爆発する岩を避けて通るのに苦労している。そんなアンデッドたちが困っている間に。 

 

「今だ! 攻撃しろ!」

 

 遠くから冒険者達が矢や魔法、遠距離攻撃を浴びせまくった。

 

「あの野郎共! ぶっ殺してやるぜ! おいどけ!」

「やめろ! こっちに来るな! 隣に爆弾岩が! ああああああ!!」

「おい! 押すな! こっちに爆弾岩が!!」

「ほああああああああああ!!」

「密集するなって行っただろ! ぎゃあああ!!」

 

 阿鼻叫喚の魔王軍。

 

「敵の陣形が崩れたぞ! はみ出した奴からぶち殺せ!」

『ターンアンデッド!』『ターンアンデッド!』

『ファイアーボール』

『ライトニング』

 

 魔法を浴びせまくるウィザード。それで誘爆していく爆弾岩たち。巻き込まれたアンデッドたちが吹き飛んでいった。

 

「あああああああああああ!!!」

 

 またしてもバラモンドの進撃を食い止めることに成功したのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「バ、バラモンド様……この街はおかしいですよ。兵力では圧倒しているはずなんですが……なんだか落とせる気がしません」

「一体誰が指揮を取ってるんだ? こんな卑劣な攻撃を食らったのは初めてですよ!?」

「色んな町で色んな騎士団を倒してきた俺も、こんなに戦いにくい相手は無い。とにかくまともじゃないです」

 

 いつも通り読唇術スキルでモンスターを観察していると、配下のアンデッドナイトたちがついに弱音を吐き始めたようだ。

 

「なんだと貴様ら! ワシは『焦土のバラモンド』だぞ! ワシは人間共に卑劣だの鬼畜だの言われておるが、そのワシの軍隊からそんな事を言う奴が出るとは。それでも魔王軍最悪の軍団か!?」

 

 散々な嫌がらせ、陰湿な攻撃、奇襲、罠を食らい続け、魔王軍最悪と言われているらしいバラモンドの軍勢も、流石に堪えたようだ。

 

「兵力なんぞいくらでもある! いつものように倒した敵の死体を使えばいい! それだけの事じゃないか! ゾンビメーカーを出せ!」

「あ、あの……バラモンド様。度重なる冒険者達の侵入で、ゾンビメーカーが根こそぎ浄化されてしまいまして……。もう殆ど残っていないんですが」

「なんだと! あの進入は単なる時間稼ぎにすぎんと思っていたが! 狙いはゾンビメーカーだったのか! ぐうう! おのれえええ!」

 

 怒るバラモンドは唸りを上げている。そしてふと目線に入った部下をみて気付いた。

 

「おい貴様! なぜただのスケルトンの貴様がこの小隊の指揮を取っている!? アンデッドナイトはどうした!?」

「そ、それがっすねー。隊長は戦闘の最中にいなくなってですね。あとでバラバラになって発見されました。仕方なくおいらが変わりに指揮を……」

 

 申し訳なさそうに答えるスケルトン。

 

「相手は指揮官を狙って攻撃しているみたいです。いくら兵力で圧倒していても、このままだと雑魚しか残りませんよ」

「ゾンビメーカーを倒されて兵の補充は不可能、指揮するアンデッドナイトは戦闘中に殺される。このままだとヤバイですよ。退却した方がいいのでは!?」

「おのーれええ!!」

 

 八つ当たりでスケルトンを破壊するバラモンド。

 

「このワシが撤退だと? ワシを誰だと思っておる! 『焦土のバラモンド』だぞ!! このワシが通った後は何一つ残らない! 恐怖の象徴ともいえるこのワシが! こんな出来たばかりの小さな街を落とせなくて撤退だと!? そんな馬鹿な話があってたまるか!? 魔王軍どころか、世界中の笑いものになるわ!!」

 

 戦いで敗北続きのせいか、ついにマジギレするバラモンド。

 

「今回は相手が悪いですよ。間違いありません、敵はバラモンド様を凌ぐ鬼畜外道です! 落とし穴といい、ゴーレムといい、爆弾岩といい、やってることが滅茶苦茶ですよ! 次はどんな手で来るのか……怖くて眠れませんよ! アンデッドですけど」 

 

 弱音を吐くアンデッドナイトに、胸倉を掴みあげて睨みつけ。

 

「ワシはなんだ! 言ってみろ!」

「しょ……『焦土のバラモンド』様です。恐怖の象徴……魔王軍最悪の将……」

 

 震えながら答える配下。彼を落とし、バラモンドは続ける。

 

「そうだ! このワシはこんなところでやられるわけにはいかんのだ! これまでの戦いで失敗してきたのは! 下級のアンデッドを連れているからだ! 雑魚共が混乱するとワシらまで巻き込まれる。明日の戦いは、アンデッドナイトのみで行くぞ! 明日こそ決戦のときだ! よいな!」

 

 俺は、そんな彼らの様子を盗み聞きしていた。

 ようやく敗因に気付いたようだ。奴の言うとおり、俺達はゾンビやスケルトンを混乱させ、その隙にアンデッドナイトも始末していた。様々な戦術を使ったが、基本はこれだ。

 

「どうやらついに来るか…? これからが真の戦いだ」

 

 アンデッドナイトは強敵だ。みなが対光属性吸収の鎧をつけているため浄化魔法が通用しない。不意さえ付けば倒せても、正面から戦えば苦戦を強いられる。

 偵察をやめ、色々考えながら街へと帰ると。

 

「マ、マサキ様……」

「レイか、どうした?」

 

 ふらふらになったレイが駆けつけてきた。彼女はここ最近の戦闘に参加していない。俺の完璧な計画のため、そっちを手伝ってもらっていた。

 

「完成しました。マサキ様。ついにアレが完成しました。これでいつでも、あの憎きデュラハンを倒すことが出来ます」

「いいタイミングだ。レイ。よくやったな。ちょうど敵も全力でかかってくるそうだ。これでようやく、ベルディアとの約束が果たせそうだ。決戦は明日になる。お前は休め」

 

 レイの頭をなでて言った。彼女は俺の計画のため、寝る間も惜しんで働いていたのだった。今日くらいは、彼女に優しくしてもいい。疲れが限界だったのか、その場で眠りこけるレイ。

 

「お前もなあ、よくやったよ。性格さえまともならなあ」

 

 レイを背負い、ギルドへと歩き出す。

 この戦い、より外道な方が勝つだろう。

 それならばこの俺は、負ける気がまったくしなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 34話 作戦準備完了

「このときが来た。四日間にわたって繰り広げられてきた、魔王幹部バラモンドとの戦いも、今日で終わりだろう。この戦、勝つのはこの俺か!? バラモンドか!? 全ての決着は今日決まる!」

 

 冒険者達の前で演説をする。

 

「な、なあマサキ? 本気でやるのか?」

「このままいけば、あんな手を使わなくても、バラモンドを撃退できるんじゃないのか?」

 

 あまり乗り気のない様子の、冒険者や町の住民達。

 

「甘い! お前達は甘い! 昨日も俺が偵察に行ったが バラモンドの奴はやる気満々だったぞ! しかもだ! 今回はゾンビやスケルトンの類は連れてこないらしい! アンデッドナイトのみでこの街を攻撃する気だ! ついに向こうも本気のようだぞ!」

 

 言い返してくる彼らに説明した。

 

「あの大量のゾンビ共がいないとなると、こっちが有利じゃないか?」

「そうだぜ! これで兵力差はなくなったじゃねえか!」

 

 まだ反論してくる冒険者達に。

 

「やはり甘い! どこまでも甘いぞこの愚か者共が! アンデッドナイトは他の雑魚共と違い強靭だ! 今この町にいる冒険者でも、純粋に勝てるのは腕利きの一部だけだ! しかも浄化魔法は通用しない! 数が同じでも力の差が残っている! 今までは不意撃ちで運よく倒せたが、次はそうはいかないぞ!」

 

 さらに演説を続ける。

 

「だったらまたマサキがなんかやばい手段を思いつけばいいじゃねえか」

「そうだぜ! ゴーレムといい爆弾岩といい、お前のやる戦術には度肝を抜かれたわ! 少しバラモンドに同情するくらいな」

 

 また人任せかよ。っていうかもう爆弾岩は取り付くしたし、さすがの俺もネタギレだというのに。

 

「いいか! 仮にアンデッドナイトを全滅できたとしても、バラモンドが残っている! 奴の実力は脅威だ! 単体でもこの街の人間を皆殺しに出来るだろう! あいつを始末しない限り、この戦いは終わらない」

 

 更に続ける。

 

「俺の計画なら、こちらは怪我人も出ず、奴の首を取ることが出来る! どうした!? このチャンスをみすみす逃すのか!? 冒険者なら魔王幹部の首を取るのは夢ではないのか!? 国中にこの街の名を轟かせるぞ! 出来たばかりの街で! あの騎士団もどうしようもなかったバラモンドを倒したとなればな!」

 

 辺りざわりのいい事を並べていく。

 

「ああ! もうやればいいんだろやれば!」

「今頃止めてもやるんだろ? だったらやってやるさ!」

「これも街のため……国のため……俺達は悪くない……仕方なかった」

 

 やけくそ気味だが、冒険者、そして町の住民も無理やり納得したようだ。

 

「俺の計画が順調に進んだのは、冒険者は勿論、町の商店街の協力もあってこそだ。ここでお礼を言いたい」

 

 商人たちにも頭を下げるが。

 

「よくいうぜ。無理やり協力させたくせに」

「そうだ! もし協力すれば借金はチャラにしてやる! 勝手に逃げたら地の果てまで追いかけるとかいって脅されたから、仕方なくやったんだ!」

 

 不満たらたらで言い返す商店街の皆に。

 

「はっはっは! この街がなくなれば商売どころじゃないだろ? 俺だって私財をはたいたんだ。戦いが終わればまた始めればいいさ。奴の懸賞金は冒険者だけでなく、協力した住民にも分け与えると言っただろ? お前らにも渡すから我慢しな」

 

 悪びれもせずに答えた。金貸し業がこんなときにも役に立った。この事業はこの戦いでおじゃんになったが、まあいいだろう。

 

「歴史に名を残す覚悟はいいな! これより、バラモンドとの最終決戦に移行する! 全員戦闘配置に付け!」

 

 魔道具で街中に声を響き渡らせる。最後の決戦が幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

「今日でこの街のやつらを叩きのめしてくれるわ! 敗北は許されん! いいな! 散々苦渋をなめさせてもらったが、これで最後にするぞ! ってあれえー―!?」

 

 バラモンドは精鋭たちを揃え、アクセルへと進軍する。っといきなり素っ頓狂な声をあげた。

 面食らったのも無理はない。

 アクセルの街の様子が明らかにおかしかったからだ。

 城門は開きっぱなしになり、左右にはかがり火が焚いてある。今までの抵抗がウソのように、まるで魔王軍を迎え入れるかのように街内へと誘っている。

 

「き、気味が悪い……」

「これは間違いなく罠ですよ! やっぱ帰りましょう! 嫌な予感しかしないですよ!」

 

 アンデッドナイトたちが怯えて不満を述べているようだが。

 

「罠がどうした! このワシは『焦土のバラモンド』 はむかうものは全て皆殺しにする! この田舎者共に、ワシの力を思い知らせてやるわ! 付いて来い!」

 

 いつも部下達を先に行かせていたバラモンドだが、今日は自ら先頭に立って進軍している。

 

「いい調子だ。そのまま来い」

 

 千里眼で敵の様子をながめ、ニヤリと笑った。

 

 

「バラモンドが来たぞ!」

「情報どおり、アンデッドナイトのみを引き連れている! 本気みたいだ!」

 

 飛び交う怒鳴り声。

 

「全員配置に付いたか?」

「いつでも!」

「バラモンドの軍勢が街に侵入しました!」 

「予定通りなんだろ? そのまま待機してろ!」

 

 冒険者、そして町の住民はその様子を眺めた。

 

 

 

「本当に抵抗も無く入れましたね? 逃げたんでしょうか?」

「違う! 生命力を感じるぞ! 住民はまだいる!」

 

 恐る恐る町内に侵入するアンデッドナイト。普通ならすぐにでも襲い掛かるのだろうが、今までの経験でかなり警戒している。

 

「あ! 扉が!」

 

 アンデッドが全員入ったところで城門を封鎖した。

 

 

 

「よく来たな! 魔王幹部バラモンドよ! この俺はサトー・マサキ! お前は今まで卑劣な手段で町を壊滅してきたようだが、残念だったな。上には上がいる。お前はより卑劣な力で、無残に叩き潰されるのだ」

 

 城門の上に立ち、近くの魔術師にライトアップさせて目立たせ、バラモンドに語りかけた。

 

「き、貴様は! あの時の命乞いをしてきた! 嘘つきのクズ野郎!!」

「覚えていてくれて光栄だよ。その通り、あの時は世話になったな! あそこで帰ってくれれば、君も倒されることは無かったというのに。残念だな。ハッハッハッハ」

 

 笑いながら話しかける。

 

「何を抜かす。冒険者のクズめ! ワシらの軍勢に卑劣な手を使いおって! 貴様だけは生かしては置けん! ここで終わりにしてやる!」

「終わるのは貴様のほうだバラモンドよ。お前には俺の国に伝わる素晴らしい言葉を教えてやろう。『人は石垣、人は城』 意味を教えてやろう。つまり城なんかぶっ壊したっていい! 人がいれば問題ない! 破壊してもまた作ればいいんだよ!」

「絶対そういう意味じゃあないと思うんですが」

 

 得意げにバラモンドに語っていると、マリンが呟いた。

 

「なにをわけのわからんことを!」

「わかる必要は無い! レイ! 今だ! やれ!」

 

 俺の合図と共に、街の奥で大きな炸裂音が鳴り響いた。

 

「な、何の音だ? いったい何をした!?」

「教えてやろう。貴様が終わる音だ」

 

 バラモンドにそう答えると、同時に水源から大量の水が街中に押し寄せてきた。

 

「な、なんだと! なんて事だ!?」

  

「よくもこの街にきやがったな! ここは俺の街だ! 悪さをしていいのも俺だけだ! ようやくこの街を掌握できると思っていたら! わざわざ攻めてきやがって! 許さんのはこっちのセリフだ! このクソデュラハンめ!! 蛆虫のようなアンデッドが調子乗ってんじゃねえ! 何が魔王だ! 魔王幹部だ! この俺は誰にも止められない! 邪魔する奴は誰だろうがぶっ殺してやる!! このアクセルが奪われるくらいなら! こっちから壊してやるわ!」

 

 俺は怒りをぶちまけた。そう、こいつさえ来なければ……俺は街の名士で、裏では八咫烏としてワルどもを取り仕切り、いずれはこの街だけでなくこの国をも轟かす大権力を手に入れる予定が。こいつのせいで全部振り出しだ! 許してなるものか!

 

「もうどっちが悪役かわかんないな」

「マサキの方がクズだろ。つかなにが俺の街だ」

 

 安全な二階でぼやく冒険者たち。 

 

 

「み、水だあ! 逃げろ!」

「や、やばい! 流される!」

 

 大慌てで走り出すアンデッドナイトだが、この小さな町を飲み込む大量の水からは逃げる場所は無い。すぐに飲み込まれていく。いくら強いアンデッドナイトも、この水の勢いには逆らえないようで次々と溺れていく。っというよりどうやら本当に水が弱点のようだ。体からなにか汚れみたいなものが出てきて、どんどん弱っていく。

 キールのときに水攻めにした経験が役に立った。水量は桁違いだが、やったことは一緒だ。

 

 

「がああああああああ!!」

 

 体中から邪悪なオーラを漏らしていき、苦痛の叫びを上げるバラモンド。なんとか流されないように踏みとどまっているが、どんどん弱体化しているのは誰の目にも明らかだ。

 

「ハーハッハッハ! これがこの俺に逆らったものの末路だ! この俺を今日から提督! いや大提督とよべ! さあ準備はいいな! 『第七艦隊』出陣!」

 

 第七艦隊。

 それは艦隊というようなたいそうな代物ではなく、ただ小船を七隻つなげただけのものだ。

 上流からバラモンドの方に向かい小船を下ろしていく。

 

「オラアア! 待ってたぜ!! 夢のようだぜ! まさか幹部をぶっ殺せる日が来るなんてよう!!」

 

 そこに舞い降りるのは、最強の攻撃力を持つアルタリアだ。小船の上を八艘飛びで移りながら、弱ったデュラハンに止めの一撃を与えるために飛び掛る。

 

「ひゃはははははは!! 死ねえバラモンド!」

「く、馬鹿な! こんな所で……」

 

 苦悶の表情を上げるバラモンド。

 

 

「ぐえっ」

 

 その時、水に流された流木が飛んできて、アルタリアの後頭部に直撃した。

 えっ!?

 

「オイ! ちょっと! それはないだろアルタリア! 立ち上がれ! 敵は目の前だぞ!?」

 

 しかしアルタリアはピクリとも動かず、そのまま水で流されていった。

 

「ああ! クッソ! あの紙装甲! こんな所で! だれか代わりにあいつの首を取って来い! 相手めっちゃ弱ってるから! 誰でも倒せるから」

 

 予想外のアルタリアの退場で、他の奴らに怒鳴り散らす。 

 

「クックックック、グアッハッハッハ! 惜しかったな。このワシをここまで追い込んだのは貴様が初めてだ、サトー・マサキ。だが最後の最後で失敗したな! 次はこうは行かんぞ! 必ず息の根を止めてやる、また会おう!」

 

 水の勢いも弱まってきている。まずい、このままじゃあ逃げられる。せっかく街ごと水浸しにしたのに、敵に逃げられたんじゃあ割に合わん! 誰か近くにいないのか? バラモンドの鎧を壊せるような戦士が!

 クソッ! この戦いでおきた損害は、バラモンドの賞金で補う予定だったのに! 奴を逃がしたら懸賞金がパアだ! 

 うろたえていると、一つの小船がバラモンドの前に近づき、誰かが降り立った。

 

「俺を覚えているか?」

 

 そこに立っていたのは、鎧に身を包んだ一人の白い騎士だった。

 

「き、貴様は! あの城の騎士!」

 

 逃げようとしたところを回り込まれ、今度はバラモンドがうろたえる。

 

「俺の名はベルディア! アンナ家を守る騎士にして、その騎士団長!」

 

 ベルディアは剣を掲げ、バラモンドに詰め寄った。

 

「卑劣な男め! 使用人を人質に取り! こちらが動けない間に散々いたぶってくれたな! 守れなかった民達と、そして散っていった仲間の仇を取らせてもらう!」

 

 ベルディアたちが簡単にやられる筈が無いと思ってたら、そんな裏があったのか。

 

「貴様はデュラハンだろう? つまり元は騎士! こんな卑劣な真似を取るとはモンスターとなり、誇りまで捨てたか!?」

「くっ!」

 

 ベルディアに怒られ、悔しそうな顔をするデュラハン。

 

「一撃で葬ってくれる! 最後に言い残すことは無いか!?」

 

 ベルディアが剣を振り上げると、バラモンドは観念した顔で。

 

「騎士にやられるとはな。グアッハッハッハ! 殺すがいい! だがワシもかっては貴様と同じく騎士だった! 貴様もまた、いずれ裏切られる日が来る……。グオッホッホッホ!」

 

 ベルディアの剣が振り下ろされ、バラモンドの鎧が粉々になった。

 

「今です! 浄化魔法を!『セイクリッド・ターンアンデッド』!!」

『『『ターンアンデッド!!』』』

 

 もう光を吸収する忌々しい鎧はない。バラモンド目掛けてマリン、そしてエリス教のプリースト達がいっせいに浄化魔法を浴びせ続けた。

 

「グオオオオオオ!!」  

 

 バラモンドの体が白い光に包まれて、消えていく。 

 

「さすがはベルディアさんだ!」

「アルタリアが倒れたときは、もう終わったと思ったぜ」

「ありがとうベルディア!」

 

 冒険者から褒められるベルディア。肝心なところで何も出来ずに流れたアルタリアも誰かが拾っていた。

 

「礼をいうのはこっちの方だ。まさか本当に、冒険者だけであの悪名高いバラモンドをここまで追い詰めるとは、思ってもいなかったぞ!」

 

 ベルディアもそれに答えている。あいつはやったのだ。

 

 

 

 これでバラモンドは倒した。

 ように見えた。

 俺は小船の中に、小さな影が飛んでいくのを見逃さなかった。

 

「よう」

 

 俺は城壁から駆け下り、その小さな船に飛び乗って言った。

 

「ようやくデュラハンらしい姿を見せたな」

「お、お前は!?」

 

 小船の中に隠れていたのは、バラモンドの首だった。こいつは観念してやられたと見せかけ、自分の首だけ近くの船にほおり投げたのだ。

 

「お前に逃げられるわけにはいかない。さっきも言ったよな?」

「い、いや待ってくれ。マサキと言ったな! お前もワシも、同じ卑怯者同士、気が合うと思うんだが?」

 

 首だけになったデュラハンは必死でそんなことを言い始める。

 

「こんな状況、前にもあったな?」

 

 俺は初めてこのデュラハンと出会った時を思い出す。その時はコーディを逃がすため、俺が命乞いをした。今は立場が逆だが。

 

「そ、そうですね! あああの時は、本当は生かすつもりだったよ? あの時からマサキ、いやマサキさんには一目置いていてね。街を滅ぼしても、あんただけは助ける予定だったよ?」

「嘘つきめ! お前は俺と同じクズだ。クズならやることも一緒さ。あっちはお前を倒したと思って盛り上がってるんだ。こんな下らない幕引きなんて、恥ずかしいだろう? 終わらせよう」

 

 そう告げて、手に魔力を込める。

 

『くー!』

 

 かめ○め波の姿勢で呪文を唱える。

 

「ちょ! 待って! まだ話が!」

 

『りー!』

「魔王について喋るから! 情報をなんでも喋るから!」

 

『えー!』

「ワシを生かしておくと得だぞ? アンデッドに襲われることは無くなる!」

 

『いーとー!』

「そ、そうだ、ペット枠とかどうですか? 大物ならペットくらい飼っていても不思議じゃ」

 

「『ウォーター』!!!」

「ぎゃあああああ!!」

 

 下らない戯言は無視し、クリエイトウォーターを発射した。コロンと、空っぽの兜が転がった。どうやら今度こそ、本当に戦いは終わったようだ。

 決まり手:クリエイトウィーター

 

「どうしたんですか、マサキ? 何かありましたか」

 

 俺が空っぽの兜を拾っていると、マリンが声をかけてきた。

 

「なんでもない。ちょっと下らない雑魚がいたからな。水をぶっ掛けてやったのさ」

 

 そろそろ水も引いてきた。水浸しになったアクセルの街を歩いていく。俺がやったとはいえ、酷い被害だ。しかし必要な犠牲だったと思う。最後の戦いで負傷したのは誰もいない。

 

「はっ! そうだ! バラモンドはどこいった!?」

 

 全てが終わってから、目を覚ますアルタリア。

 そうだ、怪我人ならこいつがいた。流木にぶつかってそのまま気絶したこの女が。

 

「バラモンドなら、ベルディアが倒したよ」

 

 そう教えてやると。

 

「な! なんだって! ふざけんな! 私の獲物を!!」

「お前が勝手に気を失うのが悪いんだろうが! あの時はマジでびびったぞ!」

 

 ピン、とでこに指で突く。ヤレヤレ。

 

「マサキ様! どうやら上手くいったようですね!」

 

 水門で作業をしていたレイも駆けつけてきた。

 

「まぁな。おいしいところはベルディアに持ってかれたが。それもこのバカのせいで」

「そうだったんですか。でもいいんですか? マサキ様がどれだけ苦労したか! それをわからせなくて!」

 

 レイが悩ましそうに聞いてくるが。

 

「いいのさ。今回の戦いは邪道もいいとこだった。あまり明るみになっても困るしな。極悪非道なデュラハンは、正義の騎士によって倒された。それでいい」

 

 いつもの仲間と共に、バラモンド討伐の勝利に沸く冒険者達を眺めて告げた。

 

 




 魔王幹部デュラハンとの決着です。原作をなぞる感じで、弱体化させる方法は大体同じです。過程がちょっと違いますが。
 この戦いで、ルーシーさんを出そうとも一度は考えたのですが、出したところで活躍するシーンを思いつけなかったため断念しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 35話 傷ついた街

35~39話で最後のひと区切りになります。これで第一部、ベルディア編は終了します。


 アクセルの領主だったアンナ卿は、魔王軍の攻撃で壊滅的な打撃を受けた。アンナ家頭首は命こそ取り留めたものの持病が悪化し、そのまま病院へと担ぎ込まれたそうだ。

 アンナ家は領主の仕事をこなすのが不可能と判断され、権限を一時的に停止されている。

 つまり現時点で、アクセルの領主は空白状態となった。

 

「困ったぞ」

「困ったな」

 

 ここはアクセルの冒険者ギルド。そこには色んな冒険者がたむろしていた。

 だがギルドの建物は魔王幹部バラモンドのせいで……そう間違いなくあいつのせいで、浸水被害でボロボロになっていた。

 ギルドの建物だけじゃない。このアクセルにある家全てがボロボロになっていた。 

 

「これは全部あいつのせいだからな」

 

 俺は目を反らしながら言った。

 困ったのは何も浸水被害だけじゃない。

 アクセルの領主が空席になってるため、町を運営できない、つまりギルドの再開のめどが立たなかった。街のギルド運営もまた領主の仕事だからだ。

 ギルドが運営できなければ仕事が出来ない。金も領主が入院中で動かせない。

 

「困ったぞ」

「困ったな」

 

 問題はそれだけではなかった。王都の人間達は、バラモンドの襲撃と知ったとたんにアクセルの事を諦めていたようだ。今までの例で言えば、バラモンドが動けばその道にある村や街は壊滅する。アクセル襲撃の時点で、周辺の町や村の人間はとっくに避難済みだった。街周辺に誰もいないせいで、王都に連絡が付かない。

 そんなバラモンドの軍勢がまさかしょっぱなから、それも出来たばかりのアクセルで敗れるとは誰も想定していなかったようで、周辺の人間は驚きつつも恐る恐る戻っている。

 これらの情報は、アクセルが攻撃を受けた際、誰よりも早く逃走したアルタリアの父から聞いた。ちなみに今は『君たちの事を信じていたとも! ワシ? ワシは応援を呼びに行っただけだ』とか何とか行って元のボロ屋敷に戻っていた。

 

「いや、どうすんだこの街? 領主は動けないし! そのせいでギルド再開の目処も立たない! それだけじゃない! 賞金は誰が出すんだ?」

 

 そう、一番の問題はこれだ。

 バラモンドは敗北こそしたものの、領主の城の襲撃には成功した。そのおかげでこの街は事実上の無政府状態となった。ギルドがなんとか収めているが、滅茶苦茶になったアクセルを援助するものが何も無い。

 

「おいどうなってんだ! 俺達はあのバラモンドの軍勢と戦ったんだぞ! それなのに少しの報酬は無いのか!? まさかただ働きだと言わせるなよ?」

「商店街は全て壊滅したんだぞ! これからどうやっていけばいいんだ! 仕事が出来ないぞ!」

 

 怒って押し寄せる町の住民達。

 

「待ってください! アンナ卿は面会謝絶の状態でして、資金を動かすことが出来ないんです! すぐに王都から使いが来るはずです!」

「王国は我々を見捨ててはいませんとも!」

 

 冒険者や住民は不満の限界だ。俺は懸賞金を町の修復に当てると皆に約束したものの、その金が届かない。クエストを受けても、資金繰りが出来ないこの状況では報酬を払うことが出来ない。

 町に備蓄された配給でなんとか持ちこたえている有様だ。しかもその食料も、浸水被害でかなりのダメージを受けたようで、残り少ない。

 もはや住民は暴動寸前だ。命がけで戦い、勝利を収めたというのに、報酬も保障も何もかも無いからだ。

 

「今からでも遅くない。この街から逃げるか」

 

 俺は怒る住民達を眺めて、そんな事を呟いた。

 

 

 

「噂は本当だったようですね!」

 

 もはや暴動を抑えるもの限界か。ギルド職員が全てを諦めて逃げ出そうとする直前だった。一人の女性の声が待ちに響き渡った。

 それは当然だ。彼女は拡声器を持っていたのだから。

 更に二人の騎士を連れている。ベルディアとは別の騎士団のようだ。鎧の形が違う。

 

「お……お、お待ちしておりました! あなた達の到着があと一歩でも遅れていたら、この町は別の理由で崩壊してたかもしれませんよ?」

 

 ギルドの職員が、その黒髪の女性、そしてその護衛の騎士を見て叫んだ。

 

「静まりなさい! アクセルの民よ! 自分は、王国から派遣された調査員のサナー。あの悪名高いバラモンドが撃破されたと聞き、王都から派遣された。この目で見るまで信じられませんでしたが……あなた方、本当にあのバラモンドを倒したみたいですね。あの要注意人物が通った後に人間が生きているなんてありえませんから」

 

 サナーと名乗る黒髪のショートの女性は、驚いた顔で告げた。

 

「王都から派遣された? だったら丁度いい! とっとと金を渡せ! 飢えてんだよ!」

「ああ!? 今更きやがって! 本当だよ! いいからとっとと懸賞金よこせよ!」

 

 相手が王都の人間と聞いても、アクセルの住民は関係なくキレかかった。おそらく我慢の限界だったんだろう。そんな冒険者を食い止めようと剣を抜く、二人の騎士。

 

「今の暴言は、極限状態であったため、善悪の判断が付かなかったと見なし、不問にします」

 

 サナーは騎士を止めて言った。

 

「うるせえええ! ぶっ殺すぞ!!」

「いいからとっとと金よこせよ! 殺すぞ!」

 

 騎士がいようが気にも留めない冒険者達。そりゃそうだ。彼らは魔王幹部の軍勢と戦ってきたんだ。たった二人の騎士にビビる筈がない。盗賊にジョブチェンジしそうな勢いで、今にも飛び掛りそうだ。逆に騎士の方がビビッている。

 

「わかりました! すぐさま食料を用意します! 詳しい話はその後にしましょう!」

 

 まともに話が出来る状況ではないとようやく気付いたサナーは、騎士と共にその場から逃げ出した。

 

 

 ……。

 …………。

 追加の食料が届けられ、やっとアクセルに平和が訪れた。殺気立っていた住民も落ち着きを取り戻し、配給に群がってそれぞれ食事についていた。普段ならこういう仕事はプリーストが行うものだが、バラモンド戦でそのプリーストたちは酷使されたため疲労困憊、騎士団が配給を行うという珍しい光景が広がっていた。

 

「みなさん! これで落ち着きましたね。ではこれから、あのバラモンドをどうやって倒したか、詳しく説明してもらいますよ!」

 

 さっきまで涙目で逃走していたサナーは、威厳を取り戻そうと必死で冒険者、そして町の住民に尋ねた。

 

「それにしても凄い跡ですね! 街中水だらけとは。一体どんな戦いがあったんですか?」

 

 街中がボロボロ、特に一階部分はほぼ壊滅状態。しかもいたるところに水溜りが出来ている。そんな痛々しい町の様子を見て、サナーが質問すると。

 

「ああ、それはな。マサキの野郎が――」

「オラアアア!!」

 

 そこまで言いかけた冒険者目掛けて、石を投げつけた。 

 

「何をする! マサキ!」

「うるせえ! 黙ってろ! いやあ、こんにちは。王都からわざわざご苦労様です。王都がどこにあるか知らないけど。この戦いでなにがあったのか、それは全てこの俺が代わりに説明しますよ」

 

 他の奴らに余計な口を出させる前に、俺は素早く調査員に近づき、代わりに話すことにした。本当の事を言われると俺は困る。

 

「あなたは何者です? この戦いでどんな活躍をしたのです?」

「そいつはな! この町一の鬼畜外道! 悪魔よりクズといわれる。サ――」

『バインド!』

 

 またしても余計な口を出す冒険者に、今度はバインドをお見舞いしてやった。

 

「何をする! マサキ!」

「うるせえ! 黙ってろ! いやあすいませんね。俺はマサキというけちな男ですよ。ホラ見てください、俺の冒険者カードを。最弱職の『冒険者』でしょう? この俺にたいした活躍が出来るわけないでしょ? だが何があったのかは誰よりも詳しく知っています。安全な場所で隠れて震えていましたから」

 

 本来なら、『バラモンドを倒したのはこの俺様だあああああ!!』と名乗ってやりたいのだが、やり方がやり方のため、言い出せなかった。だって純粋にこの町に一番被害を与えたのって、バラモンドではなくこの俺だからね。勝つために仕方なかったとはいえ。

 

「この街の領主は傷を負い、ベルディアの騎士団も壊滅状態だったそうですね。だったら指揮を取っていたのは誰ですか?」

「コーディです」

 

 俺は即答した。

 

「コーディとはこの町一番の剣士ですよ。双剣使いの。誰もが認める一流の剣士。冒険者ギルドで調べればすぐにわかります。彼のパーティーは最強ですから」

 

 とりあえずコーディに押し付けた。まぁ彼が大活躍したのは間違ってないし、ギルドで最強なのも嘘ではない。

 

「では説明をお願いします。マサキとやら。バラモンドが倒されたとなれば賞金はきちんと与える予定ですが、詳しく聞きたいのです。王都の人間も驚いていましたから。あの危険人物からどう街を防いだのか」

 

 彼女も俺の冒険者カードを見て、ただの雑魚だと思っててくれたようだ。さらに先ほど一度逃走したのもあって、すでに街の人間から見下されている。そんな中俺に持ち上げられて少しいい気になっているみたいだ。

 

「ではこの街の惨状について教えてください。バラモンドは今までの城攻めで、水を使ったことはありませんでした。一体何が起きたんです?」

 

 サナーの質問に。

 

「それはだな! そこにいるマサキとか言う人間が! 街を封鎖した上で水源から――」

『クリエイト・ウォーター』

 

 何度も何度も俺の邪魔をする、冒険者に今度は水を浴びせかけた。

 

「何をする! マサキ!」

「うるせえ! 黙ってろ! いいえ、そうですね。説明しますよ。バラモンドの奴、コーディたちの活躍で城をせめあぐねまして、何をとち狂ったか街の水源を破壊しましてね。そのせいでこんなことになったのですよ」

 

 とにかく、街の損害をバラモンドのせいにしなければ。

 

「ここの調査が終われば、次にアンナ家の城へ向かう予定です」

「気をつけてください。城への道には、まだ爆弾岩が残っているかもしれないんで」

 

 それを聞き、一つ忠告をすると。

 

「どうして爆弾岩が道路にいるんですか? あのモンスターはあんなところに生息してないはずなんですが」

「どうしてでしょうか? 爆弾岩も住処を変えたかったんではないですか? モンスターが何を考えているのかなんてわからないんで、俺からはなんとも」

 

 すっとぼける。とにかくすっとぼける。

 その後も説明を続ける。そう、いかにこの被害を、バラモンドに押し付けられるかだ。そのためにはこの戦場で、この俺の活躍を完全に消し去る必要があった。

 

 

「なるほどなるほど、つまりですね。バラモンドはまずアンナ家の城を急襲、ベルディア騎士団を壊滅させた。その後この街に攻め込もうとするも、コーディの活躍で失敗。その後何度も攻めようとするも、たまたまいた野良ゴーレムと遭遇し撤退。さらに次の日はたまたまいた爆弾岩と接触し爆発。不運続きで激怒したバラモンドは、街の上流から攻め込もうとするも、城壁と勘違いして水源を攻撃し、水が破裂し自滅に至った。最後は溺れていた所を生き残ったベルディアが止めを刺したと」

 

 かなり無理がある戦況が完成した。

 

「そういうことです。いやあバラモンドもこの街に未来の勇者となる男、コーディがいたことは想定外だったんでしょうねえ。完全にパニックになったんでしょう。ですがそれ以外にもこちらにいい事が重なりましてね。これも幸運の女神のおかげでしょうか。今回の戦いは完全に時の運が味方してましたねえ」

 

 うんうんと頷き、サナーに答える。

 

 

「ふざけないで下さい! バラモンドは魔王軍でもかなりの危険人物と聞いていました! 彼が通った跡は植物しか残らないらしいんですよ!? 私もこのアクセルの調査を任された際、バラモンドがやられたというのは偽情報の可能性もあり、死を覚悟してここまで来たんだぞ! しかもなんだ! なんで野良ゴーレムや爆弾岩が都合よく出てくるんだ! たまたまが多すぎるぞ! そんな危険な魔王幹部が! そんな間抜けな破れ方をしたなんてありえるわけない! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

 

 最初は丁寧語だったが、俺の話を聞いているうちに我慢できなくなったのか、口調を荒げて俺に怒鳴った。

 

「むぐぐ!」

「ぐううー!」

 

 後ろには口を封じられた冒険者たちがいる。

 

「それになんだ! お前はさっきから他の冒険者が何か話そうとすると! 魔法を使って邪魔をしたり! お前本当にただの最弱職の『冒険者』なのか!? なんでお前にやられてもみな反撃しないんだ!? 最弱職の冒険者がそんなに恐れられているとでもいうのか!?」

 

 サナーとの話中、口を挟もうとする他の冒険者には、魔法による嫌がらせを繰り返し、それでも何か言おうとする奴には口を『バインド』で縛ってやった。そんな俺の姿を見れば、どう考えても只者じゃないだろう。彼女の嫌疑の目がどんどん強まってくる。

 あーー無理かな? 流石に無理があるよなこの説明。もうこうなったら全部喋るか? でもなあ、絶対保障とかさせられそう。自分で言うのもなんだが、俺が使った戦法は最低だ。

 

 

「おーい、聞いたぞ! 王都からの支援がやっと来たそうじゃないか。なら俺も休ませてもらうぜ」

 

 悩んでいると、街周辺のパトロールに行っていたコーディが戻ってきた。

 

「おっ! コーディ! いいところに来たな! サナーさん、紹介するよ。彼がこの戦いの英雄、コーディだよ。さっき話したろ? 詳しいことは彼に聞くといい。じゃっ! 俺はこの辺でおさらばするよ」

 

 サナーへの説明はコーディに押し付け、俺は全力で走り出した。もうほとぼりが冷めるまでどっかで隠れてよう。もし何か罰でも受けそうなら、この街から逃げて別の場所へ拠点を作ろう。

 

「おい! その男を捕まえろ! 今すぐ! その男は怪しいぞ!」

 

 調査員は騎士に俺を追わせるが。

 

「この俺を止められるものは誰もいない! 相手が魔王幹部であろうとな! ではさらばだ!」

 

 逃げ足スキルを発動させ、地平線のかなたまで逃げ出した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 36話 反逆罪

「……」

「……」

 

 ここはアクセルの警察署。もちろん例外なく水害でボロボロなのだが。

 その取調室のテーブルにて、俺と調査員のサナーが無言で向かい合っている。

 あの後俺は逃げた。騎士から全力で逃げた。そして潜伏スキルで街の中に潜み、騒動が収まるのを待っていたのだが、サナーは俺の事を本気で探し回った。

 最後には賞金までかけられ、街の人間までガチで俺の事を探しだしたため、捕まる前に仕方なく出頭することにした。

 そして小さな小部屋で、まるで犯罪者を取り調べするかのような目で、こっちをにらんでいる。

 どうしたもんかね。この状況。

 

「ではサトー・マサキさん。あなたの事は街の人間からよく聞かせてもらいました。バラモンドとの戦いで指揮をとっていたのは、コーディさんではなく、あなたですね? それは間違いないと」

「そーです」

 

 仕方なく答えた。

 

「どうして嘘をついたのですか?」

「勝利が出来たのは俺だけの力じゃありません。この戦いはみんなの手柄という風にしたかったからです」

 

 目を反らしながら言った。

 

「……」

「……」

 

 無言のサナーさん。アンド俺。

 少の間静寂に包まれた後、彼女はまた口を開いた。

 

「あなたが逃げている間、他の冒険者から詳しい話を聞くことが出来た。バラモンドがアンナ家の居城を落とし、そこを拠点としたと。そこであなた達は少数で城を奇襲。その夜バラモンド軍の襲撃は、落とし穴や油を投げつけて撃退した」

「はい、そーです」

 

 彼女の言葉にうんうんと頷いた。

 

「次の日は野戦を挑み、ゴーレムを使って奇襲に成功。なるほど考えたものだ。アンデッドは生命力を目印にして襲ってくるが、ゴーレムには無防備。さらにその次の日には、爆弾岩を道路に設置して進軍を阻止、よくもまぁこんな手を次々と思いついたものですね!」

 

 目の前の彼女の口調から感じ取れるのは、英雄への感謝の念や、勝利者への尊敬と言ったものではなかった。喩えるなら、重罪を犯した極悪人を見るかのような、軽蔑や恐怖を含んだ眼差し。

 

「ここまでの働きは、方法は人としてどうかと思うが……、圧倒的な兵力差であってバラモンドの軍勢を跳ね除けたのは賞賛に値するでしょう」

「ま、まぁこっちも必死だったからね……」

 

 頭をポリポリとかきつつ、やはり目を反らしながら答えた。

 

「では問題なのは最後の戦い。あなたはあえてバラモンドたちを街内に誘き寄せ、その時を見計らって水源を破壊。バラモンド軍を街ごと崩壊させたと」

「……」

 

 うん、やっぱそう来るよね。やはりつっこまれるか。

 

「つまり今の街の損害は、全てあなたのせいだと」

「……」

 

 彼女の言う通りなんだが。どうしよう、なんて誤魔化せば。うーん……。

 

「だって仕方ないだろ! このまま戦いが長引けば! 間違いなくバラモンドにやられてたんだぞ! いくら小細工で時間を稼いでも! 最後にはどうせ負ける。だったらアクセルごとぶっ壊してやろうと思ったんだよ! 文句あるか!? 他になんかいい方法があったんなら教えてくれよ!」

 

 無言のプレッシャーに耐え切れなくなり、逆ギレしてサナーに詰め寄った。

 そんな俺の様子にも、彼女は動揺せずに、冷静に答えた。

 

「なにか誤解しているようですね、サトー・マサキさん。あなたのやり方は、あまり褒められる事ではありませんが、それでもあのバラモンドを倒したというのは事実です。王国を代表して、マサキさんにはお礼を言わせていただきます」

「ほ、本当か!? 修繕費請求とか無いよな? 俺もアクセルでは少しは金を稼いでたけど、街全体を修復するような大金は持ってねえぞ!? そもそも俺だってかなり損したんだからな!」

 

 町の修繕費を請求されないか、そっちのほうも聞いてみた。

 

「今王国ではアクセルの次の領主を探しています。病床のアンナ卿では街管理の継続は不可能と判断されたためです。少し時間がかかると思いますが、領主が決まり次第、補填されるでしょう」

 

 請求はされないようだ。これでよし。じゃあ最後に賞金について尋ねる。

 

「あと賞金を早く出してくれ。俺にじゃないぞ? 街の奴らにはこの補填は賞金で補うって約束してたんだ! もし金が出ないとなったら、俺が街の住民に殺される!」

「賞金はすでに手配済みです。すぐにでもアクセルの冒険者、そして住民に渡されるでしょう。街の損害に比べれば僅かですがね」

 

 彼女の説明に、少しホッとした。

 

「それを聞いて安心したよ。俺はてっきり街を破壊した罪でしょっ引かれると思ってたよ。サナーさんが話がわかる人で助かったよ」

「王国はアクセルの事を諦めていました。また新しい都市開発計画を一からやり直すつもりだったのですが、あなた達の活躍でその必要がなくなりました。街全体の損害は困りましたが、最初から作るよりはマシです。最後に確認しましょう。あなたはバラモンドを倒した英雄ですが、賞金は受け取らない。これが街を破壊したペナルティーです」

「ああいいよ。俺も最初から貰うつもりは無かった。あの方法を取った時点でな。今回はボランティアだと思っておくよ」

 

 ただ働きになったが、まぁ仕方ないだろう。あの方法は多用できるようなものじゃない。このアクセルがまだ小さい町で、比較的重要な拠点でもなかったから出来たことだ。魔王軍が攻め込むたびに街ごと破壊すれば、金がいくらあっても足りない。

 

 

「これで話は終わりです。協力ありがとうございました。もう帰ってもらって構いません」

 

 サナーは一礼し、俺に背を向けた。

 

「そういえばベルディアはどうしたんだ? 街中逃げ回ってたときも、全然見かけなかったんだが。あいつも中々活躍してくれたぞ。うん。感謝してやったほうが――」

「ベルディアですか。あの男は反逆罪の容疑で牢屋に繋がれています」

「ぶっ! なんだって!?」

 

 信じられない言葉を聞き、思わず噴き出す。

 

「主君であるアンナ家を守れなかった、いやそれどころか自分の騎士団を危険な目にさらし、いいえ、こちらとしては元々ベルディアが領主に対し、反逆を企んでいたと思っています」

「なんでそんなことになってるんだ!?」 

 

 怒涛の展開に困惑し、サナーに詰め寄ると。 

 

「また話ではバラモンドを倒したのはベルディアだと誰もが言っていたのですが、彼の冒険者カードを確認した結果、全く経験値が入っていませんでした。あれほどの強敵を倒したなら間違いなく記載されるはずです。本当にベルディアが倒したのかどうかも怪しいものです。本当は倒したふりをして、バラモンドを逃がすつもりだったのでは? そんな疑惑もあります」

 

「なんだと? 確かにベルディアが倒したはず……」 

 

 そこまで言いかけて、ふと思い出してみる。あの戦いの結末を――

 

「『ウォーター』!!!」

「ぎゃあああああ!!」

 

「あっ」

 

 ……そういえば、最後のバラモンドに止めを刺したのは俺だった。あいつは死んだ振りをして首だけ逃げてたのを、水をぶっ掛けてやったんだった。ポケットから冒険者カードを取り出して見るとかってないほどごっそりと経験値が入っていた。

 

「私がやりました」

 

 罪を告白するかのように頭を下げ、冒険者カードをサナーに差し出した。

 彼女も俺のカードを見て驚き。

 

「あなたは城壁の上から指揮を取っていたんでしょう!? どうやってバラモンドに止めをさせたんですか!?」

「いやベルディアが倒したのは体だけで、あいつ死んだ振りして首だけで逃げ出したんだよ! それをこの俺がこっそり仕留めたんだ。だから別にベルディアは見逃したわけじゃ」

 

 そう言ってフォローするも。

 

「ますます怪しいですね! やはりベルディアは最初からバラモンドを逃がすつもりだったんでは? マサキさんが捕まえなければ、バラモンドは首だけで魔王城に戻り、また復活していた可能性がある」

 

 この目の前の調査員は、何が何でもベルディアを疑っているようだ。でもなんでだ? あいつ、そんな変な真似してたっけ? そういうタイプじゃないと思うんだが。

 

 

 

「全ては裁判で明らかになるでしょう。今回は最近新しく開発された、嘘を見抜く魔道具を持ってきています。このアクセルでは始めての事例になるしょう。それでは」

 

 嘘を見抜く魔道具……もしそれが本当なら危険だ。だがベルディアは反逆を起こすような人間ではない。俺はともかく彼なら問題ない筈だ。

 なにか釈然としないものを感じながらも、取調室を後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 37話 誤った裁き

 ここはアクセルの裁判所。勿論例外なく水害でボロボロになっている。

 

「被告人! ベルディアを前へ!」

 

 裁判が始まった。この世界での裁判はシンプルだ。検察官が証拠を集め、弁護人がそれに反論する。裁判官が有罪と判断すれば、それで実刑。

 そして告発人の席があるのだが、そこには誰もいない。本来ならアンナ家の当主がそこに立つはずだったが、彼は病気で動けない。まともに話が出来る状況ではないようだ。

 そもそもアンナ卿がベルディアの事を告発したかどうかすら定かではない。病床の元領主はそれどころじゃないだろう。彼が病気で寝込んでいる間に、国によって勝手に反逆者に仕立て上げられたベルディア。

 こんな裁判は不当だ。街の誰もがそう思っていた。ベルディアは反逆どころか、今まで街を守ってくれた優秀な騎士だ。

 しかしベルディアの部下は魔王軍のせいでほぼ全滅し、また守っていたアンナ家まで崩壊した今、彼の弁護を出来る人間は限られていた。

 俺はベルディアの友人として、なんとしても彼の無実を勝ち取るつもりだ。

 裁判では魔道具の使用は禁止されている。久々にメガネを外しておく。

 そう意気込んで弁護台に向かっていると。

 

「おいおい! 聞いたぞ騎士のおっさん! 王に反逆しようとしたらしいじゃないか! そんな面白そうなことに、なんでこの私を誘ってくれなかったんだ!」

「オラアアアアア!!」

 

 脳筋クソ女に飛び蹴りを噛ませた。

 

「しゃべんなああああ!! てめえはしゃべんなあああ!」

 

 アルタリアの胸倉を掴んで怒鳴りつけた。

 

「裁判が終わるまで黙っててくれないかな。もし黙っててくれたら、G級レベルのクエストに連れてってやるからさ。誰も見たことのないモンスターがお前を待ってるぞ」

 

 アルタリアを引き寄せて、小声で喋る。

 

「本当か!? G級クエスト!? 名前だけですげえのが伝わってくるぜ! 本当だな!! 本当に連れてってくれんだな!」

 

 目をキラキラさせて聞いてくるアルタリア。

 

「ああ約束だ」

「だったら黙っててやる」

 

 彼女にそう頷く。っていうか自分で言うのもなんだが、G級クエストってなんだよ。あるわけないだろそんなもん。

 

 

「これは国家の横暴だ! ベルディアさんは誰よりもこの町のために戦ってくれた!」

「反逆をしようしてただって!? 証拠はあるのか!? 証拠は!?」

 

 街の人間達が怒鳴る。彼らはベルディアがそんなことをしないことをわかっているからだ。バラモンドとの戦いでも敗れたとはいえ命がけで頑張ってくれた。その勇姿を誰もが目撃していたのだ。

 

「静粛に! 裁判中は私語を慎むように! この街での使用は初めてだが、ここで嘘をついてもこの魔道具ですぐに分かる。それを肝に銘じ、発言するように。では、検察官は前へ! 」

 

 ざわめく民衆に注意した後、裁判長は宣言をし、同時にサナーが立ち上がった。

 

「では、起訴状を読ませていただきます。……被告人ベルディアは、魔王幹部バラモンドの襲来時、彼に立ち向かうと見せかけ部下、そして城の住民を見殺しにし、君主を始末させ、あわよくば自分が次の領主になろうとした。また最後の戦いではバラモンドを殺したと見せかけて逃がそうとした。現在、彼の目論見どおり、アンナ家は領主の座を追われ、入院生活を余儀なくされています」

 

 よくもまぁこんなでたらめを言ってくれるものだ。あのバラモンドというデュラハンは性格的にも俺ほどじゃないがクズだ。あんなのと取引なんて出来るわけないだろ。それにしてもどうしてこの女調査員は、これほどベルディアを敵視するのだろう? このおっさん、俺の知らないところで恨みとか買ってたりしたのか?

 

「では、これより証拠の提出を行います。さあ証人をここへ!」

 

 サナーの合図で現れたのは、この街では見かけない女騎士たちだった。そういえば女騎士って、あのダグネス嬢以外見たことないな。ベルディアの騎士団は男ばっかりだし、なんか新鮮だな。

 なんで彼女たちが証人として選ばれたんだろう? 首をかしげてベルディアを見ると、彼は非常にまずいといった顔をしていた。

 サナーに呼ばれた女騎士たちは、順番に証言を述べていった。

  

「ベルディアさんは……訓練の最中によく体を触って来ました。最初は気のせいかと思ったんですが、あまりに毎日のように触ってくるため耐えられなくなり、泣く泣く転属届けを出しました!」

「男の騎士がみな鎧に身を包む中、なぜか私だけスカートで来いと言われました。しかもミニスカで。そのまま素振りをしろと言われました。あれは今思ってもセクハラだと思います。

「つーか、ぶっちゃけると着替えも覗いてきたし、マジないっすわ。名うての騎士と一緒に働けると期待してたんですけど、マジ幻滅っていうかー」

 

 おい。

 俺はベルディアのほうを睨みつけると、彼はばつが悪そうに下を見つめた。

 話を聞くと、彼女たちはみんな、一度はベルディアの騎士団に配属されたものの、ベルディアのセクハラに耐えかねて逃げ出したらしい。なるほど、女騎士を見かけないわけだ。

 

「ベルディアのセクハラは検察上層部では有名でした。ですが彼の働きに免じて不問としてきました。しかし主君への反逆罪が明らかになった今、こちらの罪も償ってもらうつもりです!」

 

 サナーの言葉に、その場の人々は静まり返った。

 

「異議あり!」

 

 静まり返った裁判所で、俺は片手を挙げて声を張り上げた。

 

「弁護人の陳述の時間はまだです。発言がある場合は許可を求めて許可を求めて発言するように。まあ今回だけは大目に見ましょう。発言をどうぞ」

 

 裁判長に促され、俺は頷いた。っていうか異議ありって言っちゃ駄目なの? あのゲーム詐欺だよ。それはおいといて話すことにした。

 

「話は聞かせて貰ったが、どうやら彼女たちの言葉は本当のようだ! そこはまぁいいだろう。ベルディアが部下にセクハラしてるのは確かみたいだな。だがそれがどうした!? 俺はベルディアがセクハラの罪で捕まろうが知ったこっちゃないが、今回の罪状は反逆罪だ! 変態騎士がやらかしたことは軽犯罪で裁かれるはずだ! 反逆罪の適応は、どう考えてもそれを逸脱している!」

 

 俺ははっきりと言った。

 

「ま、待て……あれはあくまで訓練の一環で……そういった邪な気持ちは無い」

 

 ベルディアが言い訳をするが。

 ――チリーン

 無常にも鐘はなる。しょうがないやつだ。

 

「誰しもエロい心はある! だがそれだけで反逆罪にはならないはずだ! そうだろ?」

 

 俺の熱弁に。

 

「いいぞ! マサキ!」

「お前の言うとおりだ! ベルディアがスケベだったとしても、それはそれだ!」

「彼は今まで街を守ってくれた立派な騎士だ!」

 

 街の住民達も俺の言葉に同意してくれる。

 

「静粛に! 静粛に!」

 

 ざわめく裁判所で、小槌を鳴らす裁判長。

 

「おいおい検察官さんよお! もしベルディアが反逆を企てていたのなら! この程度の証言は当てにならないぞ? 他に証拠はあるのか? 証拠は?」

 

 サナーに言い返すが、彼女は冷静な表情を崩すことはない。

 

「弁護人の発言には一理あります。彼の言うとおり、被告人に軽犯罪は適応できたとしても、反逆罪の適応には根拠が薄すぎます。では検察官。反論をどうぞ」

 

「もちろんあります。先ほどの証言は、ベルディアという人物の本性を説明するために呼んだものです。反逆罪の証拠は他にありますとも。今用意しましょう」

 

 自慢げに言い返してきた。

 

 

「これが街や城中で見つかった魔道カメラです。いたるところに隠されていました」

 

 このおっさん。やってくれたよ。ベルディアを睨みつけると、彼は目を合わせる前に首を振ってあさっての方向を見た。

 机には大量のカメラが並べられていた。

 

「貴重な魔道カメラを! 個人がこれだけ所有しているなんておかしい! 間違いなく何か企んでいたに違いありません! きっとアンナ卿や町の住民の弱みを握り、この街を乗っ取ろうとしてたのでしょう!」

 

 それはベルディアじゃなくて俺の野望だよ。心の中でつっこんだ。

 

 

「いくら街や領主を守る騎士と言っても、これだけの数の魔道カメラを個人で所有していたのは不可解だ。検察官の言い分には一理ある。これでは反逆を疑われていても仕方がない。被告人はどうしてこのような魔道カメラを、それもいたるところに設置していたのか。その説明をする必要がある」

 

 裁判長がなるほど、といったふうに首を振った。

 

「そ……それはだな! 我ら騎士団はこの街を守る使命がある。だがそんな俺達でもいつも街にいることは出来ない。見ないところで何か小さな悪を見過ごすことがあるかもしれない! だから監視用に設置し、悪い奴らがいないかチェックを……」

 

 必死で弁明するベルディアだが。

 ――チリーン

 

「……ちょっとした出来心だったんです。ちょっとスカートの中とか、着替えとか覗きたくて。つい……」

 

 これまでは尊敬する騎士だったというのに、その一言がきっかけで、女性陣から汚物を見るような目で見られるベルディア。

 仕方ない、助け舟を出してやるか。あの魔道カメラには、思いっきり心当たりがるし。

 

「それは俺がベルディアに渡したんです」

 

 正直に話すことにした。

 

「ほう、弁護人サトー・マサキ。なぜこんなものをあなたは持っていたのですか? 答え次第ではあなたも反逆に加担したと見なしますよ」

「それは……俺のパーティーの……レイって言う女から取り上げたのを、そのままベルディアに渡しました」

 

 裁判官が頷き、次の証言を促す。

 

「そうですか。確かにあなたの仲間に、レイと言う名のアークウィザードがいます。ではレイさん。なぜ魔道カメラをこんなに持っていたのか、理由を教えてください」

 

 レイのターンになった。

 

「無論! 親愛にて全知全能なるマサキ様を観察するためです! マサキ様のあんな顔やこんな顔を魔道カメラで撮影し! 私の家宝にするのです! どんなお姿も見逃さないように屋敷中に魔道カメラを設置したのですが! マサキ様に見つかって回収されてしまいました! でも私は諦めていませんよ? また新しいカメラを買い、マサキ様の全てを覗くつもりです!」

 

 レイは全く悪びれも無く言った。

 やっぱこいつキモい。気持ち悪いわ。屋敷に戻ったらもう一度カメラは無いかチェックしないとな。いつもいつも変な所に隠してやがるからな。この油断できない女は。

 

「レイさん、あなたはマサキさんと同じ家で生活しているそうですね。ならば堂々と写真を撮ればいいじゃないですか? こんなストーカー紛いの事をして、隠し撮りする理由が見当たりませんが。なぜです?」

 

 裁判官の質問に、レイはいつもの邪悪な笑みを浮かべながら。

 

「なぜ!? 愚問ですね! あなたはなんと愚かなんでしょう? マサキ様はいずれこの世界の王となるべきお方! どんなときも決して目が離せません! マサキ様を見るだけで私は最高に興奮するのです! 魔王家も! この王国も! いずれはマサキ様の物となるのです! あなた達も覚悟をしてください! 逆らうものはあの魔王幹部のように無様に敗れるでしょう! 全てはマサキ様の元に跪くのです。クックック、ヒヒヒハハハハ!!」

『バインド』

 

 暴走するヤンデレお化けをバインドスキルで拘束した。

 

「今は神聖な裁判中です! 魔法の使用は禁止! そんなの常識でしょうが!」

 

 俺はバインドを使ったことで、裁判長にしこたま怒られた。

 

「あの……? これは事実上の宣戦布告と受け取っていいでしょうか? つまりサトー・マサキさん、いやマサキは、国家転覆を企んでいたと?」

 

 ぺこぺこ裁判長に謝っていると、サナーが疑いの眼差しで睨んできた。

 レイが堂々と演説をしている間も、全く魔道具は鳴らなかったからだ。

 

「この女は頭がおかしい事で有名でしてね。全部妄想のでたらめですよ」

 ――チリーン

 

「少しは……ちょっと心の奥で思ったかも? 俺も王様になりたいなー! 俺の国が欲しいなって」

 

 ――チリーン

 

「いいじゃないですか! 少しくらい野望があっても! 夢を持つことすらいけないのかよ! いつかこの俺が世界の王になる! そんな妄想……いや具体的な方法を考えたり! 考えるだけだ! 実行はしてないし! それならいいじゃん!」

 

 やっと鐘は鳴らなくなった。

 

「俺はこの変態女から取り上げた魔道カメラを、せめて治安に役立ててくればいいと思い、ベルディア団長に渡しました!」

 

 ――チリーン

 

「わかってました! このエロいおっさんならどうせそんなことに使うだろうと知ってました! 知ってて渡しました!」

 

 うるさいなこの鐘は。はっきり言って邪魔だわ。

 

「エロいおっさんだと! マサキ! 貴様俺の事をそんな目で見てたのか!?」

「エロいおっさんじゃなければなんなんだ! 言ってみろよ! このアホ騎士!」

 

 ベルディアと口論を始めると。

 

「静粛に! 静粛に! 弁護人! 被告と喧嘩しないで下さい!」

 

 また裁判長に怒られた。

 

「アクシズ教の……アークプリーストのマリンさん。あなたもサトー・マサキの仲間ですよね? 彼は本当に王国と戦うつもりだったと?」

 アクシズ教、という部分で少し顔を引きつらせながらも、サナーはマリンに聞く。

 

「やらないと思いますわ。私もマサキとの付き合いは長いですけど、彼ならそんな表だった行動は起こさないと断言できますね。やるなら誰もが想像できないような手段を使い、もっと陰湿な手で国を乗っ取るでしょう。堂々と国に喧嘩を売るような真似はしませんわ」

 

 なぁマリン、それ全然擁護になってないんだが。

 

「アレクセイ・バーネス・アルタリアさん! あなたもまた、サトー・マサキの仲間の一人ですね? あなたからも一言、マサキという人物について教えてください!」

 

 最後にアルタリアのターンだ。正直この女もなに言い出すかわからないから怖い。

 

「……」

 

 アルタリアは答えない。

 

「アルタリアさん? 何か一言お願いします!」

「……」

 

 調査員兼検察官のサナーの質問を堂々と無視するアルタリア。

 

「あなた、黙秘すれば問題ないと思っていませんよね? そんなことをしても、無実の証拠にはなりませんよ? アルタリアさん、いかがです?」

「……私は何も言わないぞ! だって黙ってたらマサキがG級クエストに連れてってくれると約束してくれたもん! だから喋らない!」

 

 正直に答えるアルタリア。クソッ! なんて融通の利かない女だ! このままじゃ疑いは深まるばかり。

 裁判官の心象は悪くなる一方だ。

 

 

「サトー・マサキさん。バラモンド戦の調査の際、あなたについても色々と調べさせてもらいました。そういえばあなたの名字は、建国の勇者と同じですね。また『サトー商会』なるものを経営しているとも。あなたまさか勇者の名を騙り、国家転覆を企んでいるのでは?」

「違う! 勇者とやらは『サトウ』だろ? 俺は『サトー』。似ているが違う! 間違えるな! 発音が似てるからっていちいちいちゃもんをつけてくるのは困りますなあ」

 

 クソ女に反論する。

 俺がわざわざサトー表記にしたのはこういう理由があった。王家の名を騙る不届き者扱いされた際には、これで誤魔化そうと思っていたのだ。

 

「『サトー商会』は、王家の敵であるキールのことを、英雄視する噂を流していました。これもまた国家に対する反逆行為と思っていいのでは?」

 

 裁判の雲行きが変わった気がする。

 最初はベルディアの裁判だったはずなんだが、だんだん矛先が俺のほうに向いてないか? 俺は弁護人のはずなのに、気分は被告人なんだが。

 そう思っていると、別の検察官が現れ、裁判長に耳打ちした。

 

「裁判は中止! 一時休止とする! 新たな情報が入った! 続きは明日とする! 一時解散!」

 

 小槌が振り下ろされ、裁判長は一方的に裁判を打ち切った。

 大人しく退室していく検察官達。

 

「助かったのか?」

 

 ベルディアが呟く。

 裁判長は一体何を聞いたんだろう? 何か嫌な予感がする。そしてすぐにそれは的中したのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部 38話 不当な裁判

 次の日

 

「ではこれより、元騎士団長ベルディア、そして冒険者サトー・マサキが共謀し、国家転覆を企んでいた件について――」

「なんでこうなるんだよ!! ふざけんな! なんで俺まで裁判にかけられないといけないんだよ! っていうか罪が重くなってるんだが!?」

 

 弁護人から被告人になってしまった俺が叫ぶと。

 

「静粛に、被告人マサキ」

 

 裁判長に怒られる。

 あのクソアマ。絶対に泣かしてやるからな。

 

「お前を少しでも信じた俺が馬鹿だったわ」

「んだとこのスケベオヤジ! お前が下らんセクハラさえしなければ! そもそもこんな事にはならなかったんだぞ!!」

 

 仲良くセットで被告人の席に立たされた俺とベルディアだった。

 

 

 

「新しい証拠が見つかりました。これこそサトー・マサキが罪人であるという証拠です! では証人の方、どうぞ」

 

 ビクビクしながら、一人の女性が入ってくる。

 こ、この女は……!

 誰?

 見たことないぞ? こんな奴。どうせ弱い冒険者の一人だろう。雑魚が何を言っても……。

「わ、私見たんです……。あ、あのサトー・マサキが、他の冒険者の倒したモンスターの死骸を、こっそり奪ってたのを……。でも怖くていい出せなくて」

 

 猫耳のような髪型の、盗賊っぽい少女がそう告げた。

 

「勇気ある証言ありがとうございます!」

 

 しまった! 慎重に慎重を重ねたつもりが……まさか目撃者がいたとは……。

 

「ち、違う! 何かの間違いだ! 見間違い――」

 慌てて言い返すも。

 

 ――チリーン。

 

 やっちゃった。そして鳴っちゃった。

 

「マ、マサキ! おめーだったのか! モンスターの素材を勝手に奪ってた犯人は!」

「ゆ、許せねえ! こいつ最低だ! 人が苦労して倒したモンスターを勝手に持ってったのはテメーか!」

「裁判なんて関係ねえ! 殺してやる!」

 

 傍聴席で叫ぶ冒険者たち。

 

「マサキ、今の話は本当か!?」

 

 ベルディアが睨みつけてくる。

 

「ちょ、ちょっと待て! 誤解だ! 話せばわかる!」

 

 ――チリーン。

 

「ごめーんね!」

 

 てへぺろ。

 

「合点がいったぞ。人のモンスターを奪った犯人をいくら捜しても、尻尾すら掴めなかったのがな。いくらパトロールを増やしても、すでに略奪された後だった。そういえばお前は確か、被害者の側としてパトロールにも参加してたな。その情報を賊に流していたのか。すっかり騙されたぞ。騎士として最後の仕事だ。この場で成敗してくれる!」

「や、やめろお!」

 

 ファイティングポーズをとるベルディアから、必死で逃げようとする。

 

「よおし、いいぜ! 裁判長! そいつを今すぐ処刑しろ!」

「そうだ! そんな奴生かしておいたら何を仕出かすかわからねえ!」

「街のためにやっちまえ!!」

 

 ヒートアップする街の住民達。彼らも俺が起こした騒動には相当困り果てていたからだ。

 

「んだとてめえら! 言ってくれるじゃねえか! そもそもお前らが俺たちの狩り場を破壊したのが悪いんじゃねえか! あの時誓ったんだよ! 絶対このツケは払ってもらうってな! 大体犯人の目星は付いてたんだぞ!? しかも止めもせず黙ってみてただろ! そいつらを一人ひとり呼び出して、アルタリアの拷問スペシャルにかけてやってもよかったんだ! だが心優しき俺は、金だけで済ませてやったんだよ! ざけんじゃねーぞクズ共!」

 

 逆ギレして街のクズどもに言い返す。

 

「クズだと! お前には言われたくねえよ!」

「殺せ! 殺せ!」

「こんな茶番はうんざりだ! てめえらかかってきやがれ! 裁判がなんだ! ぶち壊してやる!」

 

 今にも襲いかかろうとする街の住民に、俺も魔力を込めて戦闘準備を取った。

 

「静粛に! 静粛に! 何でこの街の住民は! みんな勝手に発言するんだ! 裁判をなんだと思ってる!?」

「うるせー! ハゲ! マサキをぶっ殺すんだ! 邪魔すんじゃねえ!」

 

 裁判長が必死で小槌を鳴らすが、興奮した住民達は聞く耳を持たない。それどころか言い返す始末だった。

 

「その裁判! 待った!!」

 

 もはや乱闘寸前、その時だった。

 

「遅れてすまない。だがどうやら間に合ったようだ。こんな裁判、最初から間違っていたのだ」

 

 そこには一人の女性が立っていた。

 

「……! あ、あなたは!?」

 

 彼女の姿をみて驚く裁判長と検察官。

 ラビッシュだった。いつもの戦士姿ではない。その姿は女性用のドレスに身を包み、彼女本来の姿、貴族の格好をしていた。

 

「ラビッシュ……」

「ラビッシュさん……」

 

 彼女の姿を見て、落ち着きを取り戻す町の住民。

 

「すまない、ベルディア。そしてマサキよ。私が不甲斐ないばかりに、こんなことになってしまって。病気の父上に付きっ切りになっていて、街でこんな騒ぎになっているとは思わなかった。だがもうここまでだ。父上に代わり、この裁判を預からせてもらう」

 

 いつもの挙動不審なキャラではなく、はっきりとした口調で、

 

「ベルディアは無実だ! 私が証言しよう! そして街のみな、今まで黙っていてすまなかった。私の本当の名前は――」

「アンナ・フィランテ」

「アンナ家のお嬢様だろ?」

「ぶっちゃけこの街の人間はみんな気付いているよ」

 

 彼女が正体を明かそうとする前に、街の住民達が先に答えを言った。

 

「えっ!?」

 

 素っ頓狂な声をあげるラビッシュ。 

 

「え、まさかお前達? 気付いてたの? 私の正体に? まさか!? なぜ?」

 信じられないといった顔でみんなに聞くアンナ嬢。

 

「なぜって? バレバレですやん」

「みんな知ってたけど触れなかったんだよ」

「だって、ねえ? 可愛そうじゃない?」

 

 口々に答えるアクセルの住民達。

 

「マ、マサキ? お前もか? 違うよな? 同じこの町のワルな冒険者として、色々語り合ったあの時間は嘘じゃないよな?」

 

 涙目になりながら俺のほうを向くラビッシュ。

 

「い、いや……全く気付きませんでしたよ、ラビッシュお嬢様」

 

 ――チリーン。

 鐘が鳴った。

 

「うわあああああああん! 恥ずかしい! バレバレだったなんて! ってことはみんな気を使ってくれてたの? 私は町一番のワルの振りしてたのも? とんだピエロじゃないか!? うわあああん!」

 

 ラビッシュは顔を真っ赤にして泣きながら逃げ出した。

 

「おい! ちょま! 俺の証言は!? 無実を証明してくれるんじゃ?」

 

 ベルディアが必死で叫ぶが、ラビッシュはよほどショックだったようですでに遠くに立ち去った後だった。

 

 

 

「コホン、では裁判を続けます」

 

 ラビッシュが去った後、裁判長が小槌を鳴らしていった。

 

「おいどうすんだよコレ」

 

 俺たちの目の前に救世主が現れたと思ったら、あっという間にどっかに行ってしまった。

 

「も、もう終わりだ。まさかこんなことになるとは……」

 

 無念そうなベルディア。

 

 

「こーろーせー! こーろーせー!」

「つーるーせ! つーるーせ!」

 

 住民達も、ベルディアはともかく俺の処刑には賛成のようだ。

 もうこうなったら……アレしかない。最後の手段を使うか。アレを使えばこの俺のこの街での立場は最悪になる。だから本当なら使いたくは無いが、命がかかっているこの状況じゃあ仕方ない。

 

「わかりました! 素直に罪を認めます! 全て私がやりました!」

「ほう、以外ですねサトー・マサキ。あなたならもっと見苦しく反論してくると思ったんですがね。拍子抜けです」

「私がやりました! 全部話します!」

 

 観念したふりをして、もう全部証言してやることにした。

 嘘を見抜く魔道具、これは諸刃の剣だということを教えてやろう。

 

 

「そもそもこのマサキとか言う奴さえいなければよ! ウチのベルディア隊長だって魔が刺したりしなかったんだ。全部この悪魔の手先がいけねえんだ!」

 

 ベルディア騎士団の生き残り、副官を務めていた男が言った。

 

「ほう、言ってくれるじゃないか、君。ところで一つ聞きたいことがあったんだ。なぁ? 不倫って楽しいか? NTRってどんな気分?」

「はっ!?」

 

 俺の言葉に真っ青になる副官。

 

「い、いったいなんのことを言ってる!?」

 

 そんな彼に。

 

「ヤレヤレ。やれやれだよ。団長は変態だが副官も副官だよ。人の奥さんに手を出すとはなあ。やっぱろくな奴いねえなベルディア騎士団って」

 

 追撃を食らわせた。

 

「ち、違う! こいつはでたらめを言ってる!」

 

 ――チリーン。

 

 嘘を見抜く魔道具の前には、彼の必死な弁解も無意味だった。

 

「サトー・マサキ! もっと詳しくお願いします!」

 

 興味を持つサナーに。

 

「どうしよっかなー。これ以上言ったら困る人でそうだしな。でも言っちゃおっかな? どうせこの後俺殺されるし。死ぬ前に言っちゃおっかな?」

 懇願するような眼差しを向けてくる副官。

 

「この騎士も最低な男だな!」

 

 うろたえる騎士を見て、冒険者がはき捨てると。

 

「おおっと君は、仲間の金をギャンブルで勝手に使い込んだ男じゃないか」

「はぁ!? そんなことしねーよ!」

 

 ――チリーン。

 

「おいそこのイケメン君! ちょっとばかし顔がいいからって、ハーレム気取りかよ! あやかりたいねえ!」

 

 今度はイケメンに言い放った。

 

「マサキは何を言っているんだ? 彼のパーティーは女性一人だよな?」

 

 こいつはパーティーこそ女性一人だが、他のところで別の冒険者を口説きまくってるのを知ってるのだ。

 

「おい! なんか言えよ!」

「僕は彼女一筋だ!」

 

 ――チリーン。

 

「魚屋の店主さん、いくら最近売上がかんばしくないからって、アレに手をだしたら駄目だろ。アレはアウトだろ」

「な、なんの話だ? アレってなんだ?」

 

 ――チリーン。

 

「これだから男は! まったくどいつもこいつも情けないねえ!」

 

 年配の主婦が叫ぶと

 

「おいババア! 調子にのんなよ? お前主人に気付かないところでへそくりためて、その首につけてるアクセサリー買ったよな? 本当の値段を言ってみろ!? いくらしたかここで答えてみろ!」

「おいお前! それは2000エリスじゃなかったのか!?」

 

 夫が問いただすも。

 

「え!? まぁ少し安めに言ったけど……本当は1万エリス――」

 

 ――チリーン。

 

 

「もうやめてよぅ! マサキ! 街のみんなを困らせないでよぅ! みんなが悲しむと、ゎたしも悲しいの!?」

 

 ピンクのツインテールという、正統派ヒロインみたいな見た目をしているフリフリ衣装の女が、そんな事を言ってきたので。

 

「お前さあ、男ばっかのパーティーに入っては色んなモンを貢いでもらってるよな? っていうかその喋り方も演技だろ? このクソビッチ! 本当はレベル高いくせにいつまでも初心者の振りしやがって!」

「や、やだぁ。ゎたしそんなことしないモン」

 

 ――チリーン。

 

 

「大人って最低! 嘘ばっか付いてる!」

 

 少年が街のこの有様を見て、残念そうにボヤくと。

 

「おいそこのクソガキ! お前ら秘密基地でこっそりモンスター育ててるだろ!? 子供だからって何しても許されると思うなよ!? っていうかお前らが育てているそのモンスター、何の子供か知ってんのか!? 街をパニックにする気か!?」

「し、知らないよ! モンスターなんて知らないや!」

 

 ――チリーン。

 

 

 やがて、あたりは静寂に包まれた。

 誰一人口を開くものはいなくなった。

 俺はアクセルで裏稼業もこなしていた。

 そうなると自然とヤバイ情報や、秘密にしときたい話が耳に入ってくる。

 あんなことや、こんなこと、いっぱい色々。

 さっき言ったのはほんの一部にすぎなかったが。この小さな町で、この俺の目から逃れられると思うなよ。

 

「ほほう、どうやらサトー・マサキ。色々と知っているみたいですね。残さず話してください。この街の犯罪者をまとめてあぶりだすことが出来そうです」

 

 サナーは致命的な間違いを犯した。彼女の発言は即ち、この街全員を敵に回すのと同義語だった。歯軋りする街の住民達。その愚かな正義感が彼女を滅ぼすのだ。

 

 では最後にとどめと行くか。

 

「アルタリアーーー!!」

「なんだマサキ!?」

 

 ぶっころセイダーに向けて叫ぶ。

 

「どうやら俺の人生もここまでだ。国家転覆罪で処刑されるらしい。だがやるなら最後まで戦って死にたい! 人暴れするぞ! まずはこの裁判をぶっ壊すぜ! これこそがG級クエストだ!」

「いいぞ! 楽しそうだな! 付き合ってやる!」

 

 剣を抜くアルタリア。ちなみに彼女の剣はかってバラモンドが使っていた剣だ。気味が悪いとみんな遠慮していたのをアルタリアが貰った。

 

「よ、よせ! その女を止めろ!」

 

 裁判官がアルタリアに釘付けになってる隙に。今度は。

 

 

「マリンーーー!!」

「どうしましたかマサキ!?」

 

 次はカルトプリーストに。 

 

「俺の腐った魂は、そう簡単には浄化できないだろう! だから俺が死んだら、お前の故郷からアクシズ教徒の団体さんを連れてきてくれ!」

「わかりましたわ! マサキの魂が無事アクア様の元へ届くよう、アルカンレティアからとびきりのプリーストたちを呼んできますね!」

「あ、アクシズ教徒の団体……」

 

 マリンとの会話で、アクセルの住民が青ざめた。今までの経験から確信した。間違いなくアクシズ教徒は恐れられている。そんな団体がくるとなれば、とんでもない自体になるのは予想が付いた。

 

「レイーーー!!」

「どこまでもお供しますよマサキ様!」

 

 最後に、俺の最終兵器へと話しかけた。

 

「なぁレイ、この前キールのダンジョンを家捜ししたときさ、リッチーになる方法が書かれた禁断の魔道書を回収したよな? それ使っていいよ」

「嘘だよなマサキ? そんな魔道書なんて存在しないよな?」

「あるよ」

 

 鐘は鳴らなかった。

 

「いいでしょう! 魔王幹部を倒したマサキ様を処刑しようとするなんて! こんな街、いやこんな国滅んだ方がいいですね。私がリッチーとなったら、キール以上の……いえバラモンドをも凌ぐ、この国に大いなる災いをもたらす存在になります!」

 レイがなにかブツブツ唱え始め、辺りに邪悪な魔力が満ちていった。

 

「ひ、ヒイッ!」

 

 ここまでやったところで、街の残りの連中。つまり無罪の者たちも怯え始めた。もし仮に俺を処刑すれば、待っているのはアルタリアの暴走、アクシズ教徒の侵略、そしてリッチーと化したレイの呪いだ。この街、いやこの町だけではすまないかもしれない。全てが破滅するのが目に見える。

 

「な、なあ? そもそもこんな判決間違ってねえか?」

 

 ――チリーン。

 

「街の救世主であるマサキを殺すなんて、そんなの許せねえよ!」

 

 ――チリーン。

 

「我らが英雄マサキを、裁判所から引き釣りおろせ!」

 

 ――チリーン。

 

「俺はマサキのことを尊敬してたからな! 何が何でも阻止するぜ」

 

 ――チリーン。

「マサキかっこいい! イケメン!」

 

 ――チリーン。

 

 心にも無いことを、掌を返したように住民達が次々と述べた。

 今再び、街の人間の心は一つとなった! バラモンドを倒したときと同じように。大人も子供も老人も、男女の区別も無く。冒険者も、商人も、労働者も、普通の住民も。そして彼らの怒りは、この裁判所へと向けられた。

 暴徒と化した町の住民は、検察官、裁判官たちに襲い掛かった。

 

「ヒイッ! 止めなさい! 警察は!? この街の警察は何をやってるのです!?」

 

 警察は暴動を止めようとするが。

 

「賄賂、脱税、横領、捏造、冤罪」

 

 俺が不思議な呪文を唱えると、逆に住民達に加勢し、一緒になって裁判所に襲い掛かった。やっぱ心当たりあるんだな。

 

「こんな不当な裁判! ぶっ壊した方がいい!」

「調書を燃やせ! 記録を消せ!」

「この裁判自体! 無かったことにしろ!」

 

 特に俺に罪をばらされたやつらは必死だ。

 

 

「なにをする! 貴様ら! 全員国家反逆罪で処刑してやる! 騎士を呼べえ!」

 

 サナーは必死で暴動から逃げようとするが。

 

「やれるものならやってみろ! このクソ女!」

「お前の言うことは全部でたらめだ!」

「誰も悪くない。この町の住民はみんな善人ばかりだ!」

「悪いのは全部この調査員の女だ!」

 

 このまま裁判が続けば、自分たちまで火の粉が降りかかってくると気付いた住民は逆上して暴れまわった。もはや騎士が来ようが止められない状況だった。

 チリーン。チリーン。チリーン。チリーン。チリーン。チリーン。チリーン。チリーン。チリーン。

 壊れたようになり続ける魔道具

 

「この、嘘を看破する魔道具が証拠です! よってあなた達、全員――」

 ――パキン!

 あまりに酷使されすぎたのか、ベルのクラッパーがへし折れた。

 

「まさか壊れるとはな! もう嘘を見抜く魔道具は無いぞ! サナー、お前の負けだ! 俺の今まで蓄えた知識を思い知ったか! これが知識! 知識とは力だ! そしてこれがこの使い方だ! 命が惜しくば! ここから黙って立ち去るんだな!」

 

 裁判所の机の上に立ち、勝利宣言をした。

 

「おのれええ! サトーマサキ! 覚えていろ! 正義はお前のような悪には屈しない! 必ず裁きを下してやるからな」

 

 涙目で言い返すサナーだったが、もはや何も出来まい。裁判所は徹底して破壊され、裁判長と検察官は騎士に守られながらも、命からがらこの街から脱出した。

 

 

 この騒動はのち、アクセル大冤罪事件と呼ばれた。

 裁判が武力によって潰されたのを国は認めるわけにはいかなかったため、検察官が無実の人物を担ぎ出し、それに怒った住民が激怒したという風に発表された。

 王都や他の町では、ここで魔王幹部のバラモンドを倒されたことを知っていたため、アクセルの民に同情的だった。

 世論も考えた結果、暴動を起こしたアクセルの民はお咎めなしとなった。

 また司法関係者にとって、この日は司法の限界の日として記録された。

 

 

 ただ裁判所の方もただでは収まらず、暴動の責任を取らされる形で、ベルディアは処刑されてしまった。

 




 不当な罪で処刑されたベルディア……という原作との辻褄を合わせるため、こんな形になりました。少しベルディアには気の毒ですが。
 次回で第一部は終了です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一部終 39話 デュラハンのベルディア

一部最終回です。


 裁判所を徹底的に破壊していくらかの日がたち、いつも通り屋敷へと引き上げベッドに入っていると。

 

「マサキ、アンデッドの気配がします! それも強大な!」

 

 一度寝てしまうとどうやってもおきないはずのマリンが、急に飛び起きて叫ぶ。

 

「アンデッドだと? もうアンデッドはたくさんだ! まだ生き残りでもいたか?」

 

 そういって起き上がると。

 

 

 

「おーい! おーい! マサキ! こっちだー!」

 

 この声は……

 

「来いよ! こっち来いよ! ほら、こっち来いよ!」

 

 窓から外を見ると……屋敷の側に一人の男が。

 あの白かった鎧は漆黒に包まれ、まがまがしいオーラを放つ暗黒の騎士。頭がある場所には何もなく、腕で自分の首を掴んでいる。

 デュラハン。

 不当な理由で処刑され、怨念によって蘇った凶悪なモンスター。

 そのデュラハンと化したベルディアがそこに立っていた。

 

「や、やぁベルディア。お元気ですか?」

「もう死んだ身だ。元気も何もないだろう」

 

 漆黒の兜から目を光らせ、そっけなく返事をするベルディアだった。

 

 

 

「な、なぁベルディアさん、俺の事を恨んでいますか……?」

 

 仲間たちを起こし、町外れにてベルディアに話しかける。

 彼が処刑された理由は、最初こそ冤罪だったものの、決め手になったのは俺が裁判所を破壊したからだった。少し気まずそうに尋ねる。

 

「こうなったのはお前にも原因があると思うのだが……そもそも俺がアンナ家を守れなかったのが悪いのだ。この裁判結果は今でも許しがたいが……」

「あのクソ調査員ってムカつくよな。あいつが悪いよあいつが」

 

 とにかくあの女に押し付けよう。

 

「くしくもバラモンドの言うとおりになったか。やつは死ぬ間際に、『貴様もまた、いずれ裏切られる日が来る……』と呪いの言葉を吐いた……。こんなにも早く現実となるとは」

「あいつの本当の最後の言葉は、『そ、そうだ、ペット枠とかどうですか? 大物ならペットくらい飼っていても不思議じゃ』だぞ。関係ないと思うがなあ」

 

 バラモンドのみっとものない死に際を知っている俺は、呪われた騎士をフォローした。

 

 

「そういえばこんな技を覚えたぞ。汝に死の宣告を! お前は一週間後に死ぬだろう!!」

 

 ベルディアが何かを見せびらかすように、自慢げに左手の人差し指を突き出し、俺に呪いをかける。

 

「おい! コラ! やめろ! お前やっぱり俺を恨んでるだろ!」

「クハハハハ、これくらいはさせてもらわねばな。もういい、解除!」

 

 ベルディアは哄笑した後、すぐに俺の呪いを解いた。

 

「そういえばなんでバラモンドはこれを使わなかったのだ? デュラハンとなればすぐに習得できるスキルのようだが……?」

「うーん……。多分一週間待てなかったんじゃね?」

 

 そんな気がする。あっちのデュラハンはいちいち一週間後に死ぬような呪いをかけるより、その場で殺すのが好きそうなタイプだ。

 

 

「で、これからどうするんだ? お前を処刑した国に復讐でもするの?」

 

 少し話した後、ベルディアの今後を尋ねる。

 

「そうは言ってもな。この国は俺が今まで守ってきた国でもあるのだ。共に戦ってきた仲間もいる。そんなあいつらを襲うのも、なんだか気が引ける。この街の民も、最後までこの俺を信じてくれた。しばらくの間は行動を起こすつもりはない」

 

 この元騎士は、少なくとも当分は敵として現れることはなさそうだ。

 

「……それにだ」

 

 ベルディアがスッと袋を見せびらかす。

 

「これだけの贈り物を貰ったのだ。アクセルの住民に手出しをするつもりはない」

 

 

 

 ああ、それは。

 

『お前らあああ! ベルディアが怨念で次のデュラハンになったら! この街を恨んで復讐にくるかもしれん! だからあいつの死体の近くに、女物下着をお供えするんだ! あいつは女性下着が大好きだ! 万が一ということがある! 殺されたくなければ今すぐ供養として持って来い!』

 

 ベルディアが処刑されたあと、町の住民、特に女性に向かって説得し、みんなから下着を巻き上げてベルディアの処刑された場所に集めておいたのだ。彼女たちは抵抗したものの、無念なベルディアの事を思い、渋々ながらも差し出した。

 使用済みや新品のものなど、とにかくたくさんの下着を集めてベルディアの死体の隣に山のように集めておいた。

 まさか本当にデュラハンとして復活するとは思ってなかったが、万一の保険としてやっててよかった。

 

 

「それでだなマサキ、一つだけ気になることがあってな。なぜかこの中に一つ男物のパンツが紛れ込んでいたんだが、どうしてだろう? なにかの間違いか?」

「あ? そんな馬鹿な? どこのどいつだそんなくだらねえ事したのは」

 

 犯人を考えていると。

 

「それはマサキ様のパンツです。私の家宝の一つですが、あなたに敬意を示し、コレクションから一つ差し上げたのです」

 

 レイが堂々と述べた。

 

「ぎゃあああああああー!」

「おらああああああああー!」

 

 激怒して俺のパンツを投げ捨てるベルディア、そして俺はそのパンツを引き裂いた。

 

「お前なにやってるんだ? 女物って言っただろ! しかも俺のかよ! なんで入れた!?」

「マサキ様のパンツはこの世界の宝でしょう? 私なら絶対に欲しいです」

 

 悪びれもなく、というよりこいつは悪気があったわけじゃないんだろう。本気で俺のパンツに価値があると思っているのだ。

 

「それはお前だけだ! 全部自分の基準で判断すんじゃねえ!」 

「何が悲しくてこんな卑劣な男のパンツをゲットせねばならんのだ!」

 

 俺とベルディア、双方に怒られるレイ。

 

 

「そういえばさっきコレクションって言ったよな? 他にも持ってんのか!?」

「なんのことですか?」

 

 このゴキブリ女! すっとぼけやがって! っていうかキモい! こいつホントにキモい! 男のパンツなんて集めてどうすんだよ。どこに隠してるんだ!? 

 

「女性下着がそんなに欲しいんですか? いいでしょう。今渡しますよ」

「お前のは呪われそうだから遠慮しておく! いらない!」

 

 仕方ないといった顔で、すぐにでも自分のを脱ぎ始めるレイを引きつった表情で止めるベルディアだった。デュラハンに呪われるっていわれる俺の仲間って一体……。

 

「最初は深い恨みでこの世界に蘇ったのだが、このパンツの束を見て少し心が和らいだ。この俺の戦いも決して無駄ではなかったのだな。今度は騎士ではなく一人のモンスターとして、この世界を周って見ようと思う」

 

 穏やかな目をして、ベルディアは言った。

 うん。

 かっこいいふうに見せかけてるけど、お前パンツ持った変質者だからな。という無粋なことはつっこまないでおこう。

 

 

 ――少し旅に出るとする。

 そうベルディアが言った。

 

「だったらさ、バラモンドの代わりに魔王軍に行くってのはどうだ? 向こうもバラモンドの後釜を欲しがるだろ? それで魔王を油断させといてだな、一人のこのこ連れ出したところを抹殺――」

「相変わらずお前はとんでもないことばかり思いつくな。この俺がそんな卑怯な真似をしてたまるか!」

 

 俺が立てた作戦がダメ出しされていると……。

 

 

「ベルディア! あんたとは一度やりあってみたかったんだ! どっかいく前にひと勝負しようぜ!」

 

 アルタリアが立ち上がった。

 

「いいだろう! このじゃじゃ馬娘め! 来るがいい!」

 

 二人の戦士。一人は元騎士でもう一人は騎士になれなかった女が決闘を始めた。

 

「あんまり無茶すんなよー」

 

 

 ベルディアとアルタリアの剣が重なり合い―― 

 

「噂どおり、防御がなってないな」

「はぁ、はぁ、やるじゃねえかベルディア。私の負けだぜ。……にしてもお前こんなに強かったのか? バラモンドより強いんじゃねえのか?」

 

 倒れるアルタリア。ベルディアはこのバトルバカのスピードにも完全に対応していた。

 

「どうやらデュラハンとなったことで力が底上げされたようだ。生前よりも体がよく動く。今なら軍勢と戦っても負ける気がしないな」

 

 あっという間にアルタリアを倒したベルディアが、自分の実力を確かめながら告げた。

 

「ははっ! 今度あったら、あんたを超えるスピードで翻弄してやるぜ! 私はもっともっと強くなる!」

 

 敗北したとはいえ、楽しそうに返事をするアルタリアだった。

 

 

「あなたにも、きっとアクア様のご加護があるでしょう。私には分かります。きっとあなたを浄化するのはただのプリーストではありません。その境遇を哀れんだアクア様が自ら舞い降りて、優しい微笑みのなかであなたは天へと昇るでしょう」

「それは……嫌だなあ」

 

 あの女神に浄化されるのは嫌なのか、まぁあの女神を拝んでいるやつらはろくな奴がいないからだろう。彼の反応も仕方がない。嫌そうな顔でマリンに答えた。

 

 

「あばよベルディア。もし俺の作戦が気にいったら連絡してくれよ!」

「じゃあな! 縁があればまた会おう!」

 

 ベルディアは馬に乗って……どこで仕入れたのかは分からない彼と同じ首のない馬を走らせ……デュラハンになったらセットでもらえるのか? とにかく首のない馬と共にこの街から出発した。

 こうして、俺達四人はベルディアの第二の出発を見送ったのだった……。

 

 




これで一部、ベルディア編は終了です。
ただベルディアがデュラハンになるまでを書きたかったんですが、中々長くなりました。
アレクセイ家のお話や、キールと戦わせて見たり、マサキのクズな陰謀を思いついて無理やりつめこんだりと、色々と脱線してしまいました。
ベルディア編っていうよりアクセルのインフラ編ですね。最後全部ぶっ壊しちゃったけど。
次回は紅魔族誕生までを書くつもりですが、また色々と寄り道しそうです。また原作からキャラクターを借りるかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一章:キャラクター紹介

一章終了時点での人物紹介

 

メインキャラクター

 

・マサキ

フルネームはサトーマサキ。漢字では佐藤正樹。

ジョブは最弱職の冒険者。転職も考えたが自分が正面から戦うことは少ないため、多芸な冒険者を選んでいる。

まだ小さな村レベルだったアクセルに降り立ち、非道の限りを尽くす。

瞬く間にトップクラスの冒険者に上り詰めたが、最後には悪事がばれてすってんてんとなる。

現実世界ではチーターや不適切な行為を繰り返す有名な迷惑プレイヤーだった。

その経験をこの世界で行っている。根っからの悪人。極まれにまともな事もする。

特技は『バインド』

 

・マリン

女神アクアの声が聞こえていると言い張る、自称預言者のアークプリースト。

生まれつきアクアと同じ青い目と青い髪をしていた。

マサキを女神と共に魔王を倒す選ばれし勇者と勘違いしている。

アクア関係が絡まなければアクシズ教徒とは思えないほどの常識人。

エリス教徒を見ても嫌がらせをせず、仲良くしている。

これは自分の役割が勇者を導く事であり、布教ではないと考えているからである。

その行動は逆にアクシズ教徒からは異端児として見られている。ただし嫌われているわけではない。

本人に自覚はないが超音痴。人間だろうがモンスターだろうが等しく大ダメージ。

神の声が聞こえるという、普通の作品ならメインヒロイン間違いなしの設定を持っているのにこの世界ではこれである。

故郷はアルカンレティア。

得意技は『セイクリッドブロー』『ヒール』『ターンアンデッド』など。

 

・レイ

長い黒髪をボサボサに伸ばした、見た目がお化けにしか見えないアークウィザード。

よく見ると赤い眼をしている。実は赤い眼はコンプレックスで、髪が長いのはそれを隠すため。

幼少期を孤独にすごしたため愛情に飢えている。

愛に飢え過ぎたせいで運命の人との出会いをずっと待っている。

自分が運命の人だと思った人間をストーカーするため、みんなから恐れられている。

マサキと出会ってからは、彼の事を真の運命の人と思ってずっと付いてくる。

マサキもなんだかんだで彼女の実力を認めているため、また他に人望が無いためレイを仲間から外せない。

得意技は『炸裂魔法』。その他上級魔法から初級魔法まで多くの魔術を使いこなす。

 

・アルタリア

オレンジ色の髪に碧眼を持つクルセイダー。

見た目だけなら凄く美人なのだが、性格がとても残念である。

ドSでモンスターを殺す事に快感を覚える。モンスターを殺せない日は不機嫌になるため一日一殺がモットー。

長身でショートカットの髪型。鎧を着ているが実は中抜きしまくっていて防御力は皆無である。

高い攻撃力とスピードを持つ反面、防御は紙で撃たれ弱い。

パーティーメンバーで一番の年上にも関わらず、頭が非常に悪い。しかし戦闘に限れば知恵が働く。

フルネームはアレクセイ・バーネス・アルタリア。

一応貴族だが昔のアレクセイ家は貧乏なため権力は何も持っていない。

家族は父と兄が一人。

相手が誰だろうが決闘を挑むため貴族連中からは恐れられている。

 

 

アクセルの仲間たち

 

・ラビッシュ

金髪の戦士の女冒険者。自称アクセル一のワル。

二人の仲間、顔を隠した騎士と魔術師を連れ、よくギルドに顔を出す。

ワルを名乗っているが非常に生真面目である。

ラビッシュは偽名で本名ではない。

正体はみんな知っているが、可哀想なので彼女にあわせている。

たんなる遊びで冒険者をやってるわけでなく、ちゃんと鍛えている為そこそこの実力はある。

一家が取り潰しになってからは、本当の冒険者として再出発する。

 

・コーディのパーティー

アクセルで1、2を争う冒険者のパーティー。双剣使い。

パーティーメンバーはバランスが取れていてナンバー1なのも頷ける

マサキの事はクズだと思っているが、手段を選ばないその悪逆っぷりと実力だけは認めている。

仲間は戦士のヘヴィー、ウィザードのブライ、プリーストのエコー。

 

・ベルディア

白い鎧を着た騎士。アクセルの街を守るために王都から派遣された。

騎士の中でもその武勇は有名である。騎士団を引き連れて街と領主を守る。

普段はアクセル付近にある城に待機している。

実はむっつりスケベで、女騎士によくセクハラをしていた。

それにさえ眼をつむれば最高の騎士の一人。

最後にはそれが災いすることになり、あんな目に……。

 

・八咫烏の人達

マサキがアクセルで集めたクズたち。バニルアイのチェックでより選りすぐりのクズを集めた。

冒険者崩れも多い。忠誠心もあまりないがマサキは手駒として使っている。

 

 

その他の知り合い

 

・ダグネス

ダスティネス家の令嬢であり、民を守るクルセイダーでもある。

アルタリアとは騎士学校時代からの友達であり、ライバルである。

学生時代、アルタリアのバトルごっこにつき合わされ、何度も生死の境目を彷徨った。

そのおかげか、最強クラスの防御力を手にすることになる。

ドMでは無いものの、常に防御力を鍛えるストイックな性格になり、

命がけの修行をしては周囲をあたふたさせている。

攻撃手段が全く無いわけではなく、カウンターで強力な一撃を放ってくる。

 

・アルタリアの父

アレクセイ家現当主、なのだが潰れる寸前なため何も無い。ボロ屋敷にこっそり住んでいる。

配給で生き延びているためガリガリにやせている。

性格は悪党だが貧乏すぎてなにも出来ない。

マサキの裏商売に手を貸したことでとりあえず借金は返せたらしい。

残っていた資産でアルタリアを騎士学校に行かせるが、逆に問題行動で責任を取らされ家がよけい廃れた。

娘同様ダスティネス家の令嬢に異様な執着を見せるが、何の力も無いためただ妄想するだけである。

 

 

 

・キール

王国に逆らった元稀代のアークウィザードのリッチー。

未だにアクセル付近のダンジョンに潜んでいる。色んな意味でまともな人物。

逆らった理由は王家の恥として隠蔽されていたが、レイが広めたため明らかになった。

マサキと手打ちをした結果、今でもダンジョンに潜んでいるものの、すでに撃退済みと認識されている。

 

・バラモンド

魔王軍幹部の首なし騎士。通称、焦土のバラモンド。

街を襲っては、その住民を皆殺しにした後ゾンビにし、兵力を補充して襲い掛かるというはた迷惑な男。

とにかく卑劣で残酷。その血も涙も無い侵攻でベルゼルグ国を悩ましている。

首だけでなく腕も切り離す事ができ、オールレンジ攻撃が可能。元騎士らしく堂々と戦うことはまず無い。

様々な地で暴れまり、標的をアクセルに侵攻するも、マサキの色々と常識を無視した戦術には敵わず討ち取られる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二部 紅魔編
二部 1話 キャベツの群れ


 ――きっかけはキャベツだった。

 

 

 あの裁判でなんとか自分だけ生き延びることができたものの、失ったものは大きかった。

 俺が今までやらかしてきた犯罪が明るみになってしまったのだ。

 裁判自体が無効にされたため、直接罪を負うことはなかったのだが……。

 おかげでダンジョンでの商売は止められ、ギルドに貯めといた資金も凍結。クエスト受注にも制限がかけられた。

 何をしても疑いの目で見られるため、まともに仕事にありつくことが出来ない。

 街の住民の俺を見る目もより悪化し、なにか危険モンスターを見るかのように、ただ歩いてるだけで逃げ出す始末。っていうか魔王幹部より恐れられている気がするんだが。

 

「やっちゃったからなー。あれはやっちゃったからなー」

 

 おかげで貧乏暮らしに逆戻りだ。まぁ屋敷こそ没収されなかったが。住民いわく、俺達に他の宿で泊まられる方が怖いらしい。屋敷で隔離してくれたほうが安心するとのことだ。

 

「めしとってきたぞー!!」

 

 俺達の今の食料は、アルタリアがギルドに無断で倒したモンスターだ。それをみんなで調理して食べる。

 俺だって自分でクエストに行きたいのだが、街の外を出歩こうとするとギルドの監視が付いてきてやりにくいことこの上ない。しかも報酬もめっちゃ引かれるし。

 こうなったのは自業自得なのも分かってるんだけどね? まぁどう考えても俺が悪いんだけどね。よいこのみんなはまねしちゃだめだぞ! ルールを守ってクエストをこなそう!

 

「ジャイアント・トードじゃないですか! これはご馳走ですわね!」

「ではまず私が捌きますね」

 

 なんだかんだでポジティブな仲間たち。

 手際よく台所でカエル肉を切っていくレイと、鍋の用意をするマリン。

 

 

「もうこんな生活……嫌だ!」

 

 俺は、血を吐くように切実に呻いた。

 もうたくさんだ。なんでこの俺が、この街一番の実力者であるこの俺が、アルタリアの取ってきたモンスターを、食べられるかどうか確認しながら恐る恐るつまむ。

 そんな貧乏学生のような生活をしないといけないんだ!

 

「こんな街! 大っ嫌いだ! 命がけでこの街を守ったのはこの俺だぞ!? だというのになんでその英雄の俺が! こんな貧乏暮らし……いや極悪人のような扱いを受けないとならないんだ!」

 

 我慢に耐えかねて、苦悶の声で叫ぶと。

 

「それはマサキが、英雄であると同時に極悪人だからではないですか?」

「うっ!」

 

 マリンの言葉が突き刺さる。

 

「勝手にモンスターを売りさばいたことは許せねえが、まぁマサキなら仲間だし許してやるよ。お前が悪党なのは知ってたことだし。なんか納得がいったわ」

 

「ゆ、許してくれてありがとう」

 

 アルタリアにもたしなめられる。

 

「不利な判決が出たら裁判ごと破壊するとは、さすがはマサキ様といったところです。なんていう悪魔的所業……」

 

 レイは褒めてくれるが、あまり嬉しくない。

 

 更にマリンは声を荒げて。

 

「そもそもマサキがやらかしたことで、連座として私達までまともな職にありつけないんですよ? その辺わかってます?」

「……ごめんなさい。反省します。次はばれない様にします。それか合法スレスレのラインでやります」

 

 土下座して謝ると。

 

「全然反省してないじゃないですか! あの時確信しましたよ! このパーティーで一番の問題児は、マサキ、あなただってことが!」

「返す言葉もありません」

 

 ただただ、土下座を続ける。

 

「まぁいいじゃねえか。私は昔を思い出して楽しいぜ?」

 

 生でカエル肉をかぶりつきながら、アルタリアが言った。

 

「マサキ様から外道さをとったら、それはマサキ様じゃないですよ。ただのメガネです」

 

 レイが擁護って言っていいのか? そう怒るマリンを宥めようとするも。

 

「レイさん! 甘やかしてはいけません! この男の性根は腐りきって……いや腐った部分が本体といっても過言ではありません。この男は一度徹底的にどん底に落とさないと駄目なんです! そうでなければ反省なんてするわけないですからね。ああ、アクア様! この薄汚れた悪の化身のような男を、どうか許してください!」

 

 レイをしかりつけ、祈りのポーズをとるマリン。

 普段なら、ふざけんなこの電波カルト女! と言い返すところだが、どう考えても俺が悪いので黙るしかない。

 

 土下座姿勢から一転し、ジャンプして椅子に座り込んだ俺は。

 

「こんなクソみたいな街! とっとと脱出するぞ! そしてこの俺の悪名が広まってない所にいって! 一からやり直すんだ!」

 

 この街で俺はやりすぎた。そろそろ潮時だ。

 

「で、どこに行くんですか?」

「それは今考え中だ!」

 

 街のパンフレットを出し、考え込んでいる。『カジノ大国エルロード』うーん、俺はそんなに運は強くないしな。イカサマ有りなら誰にも負ける気はしないんだが。バレたらここと同じ目に合いそうだ。『温泉の街ドリス』別に休暇に行くわけじゃないし……そもそも温泉ならそんなところに行かなくてもマリンが掘り当てたのがあるし……。

 かといって王都に行くのもなあ。ダグネス嬢を頼ってみるのも悪くはないが……ベルディア裁判の時に俺の悪名が知らされてる可能性はある。着いたとたんに裁判のやり直しで処刑される可能性もゼロではない。しばらく様子を見たほうがいいだろう。

 パンフレットを眺めて色々悩んでいると。

 

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します。街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』

 

 街中に響く大音量のアナウンス。

 

「なんだ? また魔王幹部でも攻めてきたのか? 今度こそ終わりだな。ハハッ!」

 

 もうこの街のために体を張る気はない。次は絶対に逃げてやる。こんな街滅びようが知ったことか。

 

「違いますわ。これはおそらく――」

 

 マリンがそこまで言いかけたところで。

 

「キャベツだな! 久々に新鮮な野菜が食いたくなったところだ!」

 

 アルタリアが、魔王幹部から奪った剣を振り上げて立ち上がる。

 

「これで献立のメニューが増えますわ! マサキ様にはバランスのいい食事をいただいて欲しいですからね」

 

 レイも杖を持って立ち上がる。

 

「おほほ、じゃなくてプークスクス! キャベツなら私達が参加しても文句はないでしょう! では行きますよ! 皆さん!」

 

 マリンが俺に代わり、号令をだしてメンバーをまとめる。

 なんでキャベツ如きでそんな騒いでるんだ? 緊急クエストで呼ぶほどの事か? 冒険者を集めるほど農業の人手が足りないのか? 

 たしかに最近野菜不足だった気がするんだが、この彼女たちの張り切り具合はどういうことだ?

 考えながら外へ出ると。

 

「なんてこった」

 

 そこでは緑色のボールのようなものが、元気に飛び跳ねている光景が目に入ってきた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「オラアアアア! 死ねやキャベツども! この禍々しき剣を食らうがいい! ってガハッ!」

 

 アルタリアは勢いよく飛び出してキャベツを斬りおとすが、すぐに反撃に合い地面に倒れた。

「アルタリアさん! 大丈夫ですか? 今回復します! 『ヒール』」

 すぐさまマリンが回復魔法を唱える。

「ありがとよマリン! よくもやってくれたな! 野菜の癖に! この私の剣を食らえ! グハァ!」

 元気を取り戻したアルタリアが、またもやキャベツに襲い掛かるが、またもや倒れる。

『ヒール』

 マリンが回復させ。

「よっしゃあ! 今度こそ! グホッ」

 キャベツの集中攻撃を食らい、打たれ弱いヘッポコクルセイダーはまたもや敗れるのだった。

『ヒール』

 立ち上がるアルタリアが。

「うっ」

『ヒール』

 

 

 一生やってろ。

 マリンとアルタリアの駆け引きを見て思った。

 そういえばこの世界の野菜は、飛んだり跳ねたりするんだった。

 にしてもキャベツだけ、群れで襲い掛かるとかちょっと怖いな。

 

「マサキ様のため! マサキ様のため! マサキ様のため!」

 

 炸裂魔法で軽く地面を掘り、即席のバリケードを作り上げたレイは、安全な場所から次々とキャベツを仕留めていく。

 この女、すぐに俺のやり方を真似するな。これはキール戦で使った塹壕戦をコンパクトにしたものだ。油断できない。

 

 美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れるとは聞くが……レイはずっと怖いな。全然慣れない。この先もずっと怖い姿で襲ってくるのだろう。

 

 そろそろ俺も行くか。

 『潜伏』スキルで身を隠し……

 他の冒険者が必死で戦っている中、彼らが倒したキャベツをこそこそ回収していった。

 この俺は佐藤正樹。

 この街一の大悪党、いやいずれはこの世界にその名を轟かす、伝説の男になる男だ。

 一度バレたくらいで、簡単にやり方を変えるような甘い男ではなかった。

 

 

 ……。

 大量にハイエナ――もとい自分のやり方でキャベツを手に入れた俺は、そのまま屋敷へと戻った。

 ギルドに持っていってもどうせあれこれ言われて報酬を引かれるに違いない。それなら純粋に食料として回収した方がマシだ。

 

「マサキ様も中々捕まえましたね! さすがは私の愛しの人」

 

 レイはすでにキャベツの調理を始めていた。

 っていうか、部屋中キャベツだらけだ。少なくとも俺の10倍は手に入れたのか。やはりこの女、出来るな。 

 

「くっそう! 相手が一匹なら! 巨大キャベツがいれば! 私だって!」

 

 マリンにおぶられながら、悔しそうなアルタリアがごねる。

 残った二人も帰ってきた。数個のキャベツを持って帰る。どうやらそれで全部のようだ。

 

「こんなにたくさん食べられませんよ。ギルドに渡してきましょうよ」

 

 部屋でギッチギチに詰ったキャベツ、そして俺が持って帰ったキャベツの束を見てマリンが言った。

 

「なんだと! ギルドなんかに渡すか! これは俺たちのものだ!」

 

 マリンに言い返す。

「でもこんなにあっても食べきれないでしょう? 腐らせるくらいなら収めたほうが。この数なら報酬を引かれても十分稼ぎになりますわ」

「ギルドのクソどもに渡すくらいなら、腐らせた方がマシだ!」

 

 そんないい子のマリンに吐き捨てる。

 

「なんですって! キャベツだって生きてるんです! 必死なんです! もし私達が捕まえなければ、誰も知らない秘境でひっそりと息を引き取ると言われてるんです。それならばこそ、みんな必死で捕まえるんです。今この瞬間を生きるキャベツを! 食べ物を粗末にするなんて真似! プリーストであるこの私が許しませんわ!」

 

 急にまともなことを言い出す……いやマリンは元々まともだったな。あの女神のことがない限りは俺達の中で一番の常識人だった。

 

「別にギルドに渡さなくても……俺にはまだバレてない秘密の裏ルートが。そこで捌けば大量の利益が――」

「なにか言いました?」

「気のせいです」

 

 つい口を滑らせてしまい、マリンに詰め寄られた。 

 

「裏ルートとか言いませんでした?」

「なんのことだかさっぱりわかりません」

 

 目を反らしてすっとぼける。俺とマリンがこう着状態になっていると……。

 

「なんだこれ? キャベツじゃねえじゃん。マサキが捕まえたのはレタスじゃんか!」

 

 生で俺のキャベツにかじりついたアルタリアが、気付いて言った。

 

 

 

 

 ……レタス?

 はっきり言って俺にとっては、飛び跳ねる緑の物体がキャベツだろうがレタスだろうがどうでもいいのだが。

 

「なぁお前らも食ってみろよ! マサキが取ってきたの、殆どがレタスだぞ!?」

 

 アルタリアの言葉に、みんなが俺の獲物に集まってくる。

 

「レタスですわ」

「レタスですね」

 

 マリンやレイも言った。

 

「このレタス、かなり味が落ちていますね」

「それはそうですよ。レタスはキャベツと違い、群れを成して飛び回る習慣はありませんもの。せいぜい畑で飛び跳ねるくらいですわ。この長距離の移動で、生命力を使い果たしたのでしょう」

 

 レイがレタスを口に入れて、辛口の評価をしていると、マリンが説明する。

 どうしてキャベツの中にレタスが混じっているのか。正直言ってアホらしい話だが、どうせ暇だし調べてみる。

 じゃあひっさびさに、この俺のチートである、魔道具メガネを起動させてみるか。レタスを見て、スイッチを押してと。

 

 ――ノイズ――

 

「ノイズ? ノイズってなんだ? 雑音ってことか?」

 

 表示された文字に、首をかしげていると。

 

「ノイズ!? まさか魔道技術大国ノイズの事ですか!? あの国では魔道技術が発展して、様々なモンスターを作り出したりしているそうです」

 

「このレタスはノイズで造られた……そう考えると納得ですわね」

 

 レイとマリンが口々に言った。

 魔法技術大国ノイズ? なんだその国は。

 だがしかし、魔道技術大国という響きは、なんだか俺の琴線に触れる。ノイズ……とっても男のロマンを刺激する国だ。男は大体ロボとかメカとか大好きだもんな。

 

「そうと決まれば! この街から出るぞ! 目指すは魔法技術大国ノイズだ!」

 

 目標が決まった。この俺はこんなクソ田舎で終わるような人間ではない。

 どうしてこんな紛らわしい生物を作り出したのかはわからないが、とりあえずは行って見よう。

 

「私たちの悪評は広まりすぎました。このままではいずれ舞い降りるアクア様のため、この街を綺麗にするという天命もできそうに無いですね。一度離れた方がいいでしょう」

 

 マリンも同意する。

 

「アルタリアさんは……一応貴族なので、勝手に他国に渡るのは……?」

「そんなの知ったことか! この街周辺はいい加減飽きた! 新しい刺激が欲しい! わくわくすっぞ!」

 

 貴族って言っても潰れかけのアルタリアは、意にもとめず旅立ちに夢を膨らませている。

 

 

「私は!」

「お前には聞いてない。じゃあ全員一致で、この街を出るぞ!」

 

 レイを無視し、旅立ちの決意をする。

 

「私はどこまでも! 地獄の果てまでもマサキ様の元へ着いていきますとも!」

「聞いてないっていっただろ! じゃあ全員、アクセル全開で! 未来を切り開くぞ!」

 

 こうして俺達四人は、決意を新たにし、次なる冒険への準備を始めた。

 

 

 

「でもマサキ、街を出るのにも、馬車なりテレポートなりお金が要りますよ? 今の私達は、どう考えても貧乏。仮にこの大量のキャベツやレタスを売った所で、そんな大金を用意することは出来ませんわ」

「それなら問題ない! 今すぐ『アクシズ教会』に向かうぞ!」

 

 心配するマリンに、自慢げに告げた。

 

 

「アクシズ教会? そんなもんこの街にあったか?」

 

 アルタリアの疑問に。

 

「ああ、確かマサキの悪事がバレる前、私の布教のためといって作ってくれた祠の事ですね。あれはマサキにしては珍しい善行ですわ」

 

 俺達はさっそくそのアクシズ教会へと向かった。

 

 

 アクシズ教会。っていうかただの小さな祠。

 アクシズ教徒が恐れられているのはとっくにご存知だ。だから誰も、この祠にちょっかいを出そうとはするまい。そんな事をすればマリンが黙っちゃいまい。

 祠の中には、俺を送り込んだ女神の小さな像が建っていた。

 

「まずはこのクソ女神の像をどける」

 

 飾ってある小さな女神像をほおり投げると、「おおっと」とマリンがキャッチする。

 像をどけると、土台に小さな穴が空いている。

 

「で、この隙間目掛けて、『ウィンドブレス』を10秒間浴びせ続けると……」

 

 テレレレテレレレン。

 

 ガコっと祠の奥の、隠し扉が作動する。そこには金塊が入っていた。

 

「どうだ、ギルドに預けていた金なんて俺の全財産の一部に過ぎん。もちろんここだけじゃないぞ? 非常事態に備えて、色んな場所に財を隠しているのだ。税金逃れにも役立つ。っておいマリン! その目をやめろ! その目を!」

 

 ゴミを見るような目で、あきれた顔で見つめるマリンに言い返した。

 

 




今までのストーリーは前菜にすぎません。
キャラ紹介も兼ねてましたから長くなりましたが。
これから本当のタイトルどおりの冒険がスタートします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二部 2話 さらばアクセル

 俺は旅に出る。

 新しい冒険を求めて。

 このアクセルは初心者用に作られる街だった。

 戦いで傷を負った――ほぼ俺がやったのだが――街の復興は順調だ。

 魔王幹部を倒したこの俺はもう、初心者でもなんともない。

 そろそろ初心者を脱却し、魔王を倒すために次のレベルの街へと。

 

 

 必要品を買い揃え、馬車へと乗り込んだ。

 すると驚いたことに、街の住民が総出で、俺たちの出発を出迎えてくれる。

 

「マサキ! アクセルから出るって本当か!?」

「よっしゃーーー! これで怯えて暮らす生活が終わる」

「二度と帰ってこないでくれ! なんならどっか知らないところでくたばってくれ!」

 

 街の人々の声援に笑顔で応じる俺。

 当然だろう。なにしろ俺はこの街を救った英雄だ。その英雄が旅立つ。見送りぐらいあって当然だ。

 

「くったばれマサキ! 頼むから死んでくれマサキ!!」

「二度とこの街の地を踏ませないからな、クソメガネ」

「死ね!」

 

 彼らの暖かい言葉に対し……。

 

「!」

 サムズダウンで彼らに答えた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ふああああ」

 

 俺たちの旅は順調だ。俺は馬車の中で昼寝をしている。

 ……。

 本当はそれほど平穏でもなかったが。道中、走り回る鳥のようなモンスターの襲撃を受けた。襲撃というより、丁度向こうと馬車のルートが重なったらしいのだが。

 俺はお客様料金で金を払ったんだし、ぶっちゃけ戦うつもりなんてなかったため、その辺は護衛の冒険者に任せて無視していた。

 外では剣や盾、魔法が飛び交う音、そんなことにはお構いなく馬車に揺られ、ゆっくり睡眠をとる。

 もちろんこんなこと、戦い好きのアルタリアと、お人よしのマリンが黙っているわけなく、勝手に飛び出しては冒険者に加勢し、応戦しているそうだ。

 仲間が戦っている中、俺は席が空いたので丁度いいと思って横になっている。外では激戦。まぁ頑張ってくれ護衛の諸君。俺は知らん。

 

「ひゃはははは! 中々のスピードだ! この私も本気になってやろう! スピードモード!」

 

 なにがスピードモードだ。脱いだだけじゃねえか。

 アルタリアが次々と鎧を脱ぎだし、「おおっ!」と他の冒険者が歓声を上げる。そこにはインナースーツでピチピチとなったおっぱい戦士。男性の冒険者は思わず釘付けになる。

 

「おりゃあああああ! 私と勝負だ! 私は風になる! 風になるんだ! お前達! 付いて来い!」

 

 鳥っぽいモンスターに対抗心を燃やし、靴を脱ぎ裸足で一緒になって走り回るアルタリア。鳥っぽい(略)も怒ってアルタリアに負けじとスピードを上げていく。

 彼女がこれを狙ったのか、いや多分何も考えてなかったのだと思うが、アルタリアにつられた大量のとり(略)が馬車のルートからそれている。

 数を減らした(略)に向かい、護衛たちが攻撃を加える。

 

「怪我を負った方はいませんか!? 私が回復します!」

 

 マリンが戦いで軽傷を負った人達に回復魔法をかけていく。

 

「はぁ、はぁ。まさかあんなに早いモンスターがいたとはな。世界は広いぜ! 世界にはもっともっと色んなモンスターがいるんだな! あいつらギリギリで回避行動を取るんだぜ? 思わず私も参加してきたよ! 勿論一番はこの私だったがな!」

 

 (略)とかけっこを楽しんだ後、そう自慢して帰ってくるアルタリア。

 

「私はもっと強いモンスターに会いに行くぜ!」

 

 どこかの格闘ゲーム主人公のようなセリフをはくアルタリア。

 

「おかげで助かりました!」

「あなたのような素早い戦士は見たことない。きっと有名な冒険者なんだろう!」

「こっちのアークプリーストも中々の腕前だぞ。傷があっという間に回復していく!」

 

 何も知らない外の冒険者たちは、アルタリアやマリンの事をべた褒めする。

 

「いえいえ、このくらいプリーストとして、当然の事ですわ。それよりも護衛の皆さん。まだ怪我をなさっている方はおられませんか?」 

「謙虚なところも素晴らしい。あなた達二人とも、文句なくこの戦いのMVPです」

 

 持て囃される二人。ま、彼女たちがこの戦いで見事な活躍をしたのは確かだ。褒められて当然の事をしたからな。

 

 

 

 それから夜がやってきた。

 これからが本番だ。俺にとって、真の戦いが始まる。(略)なんて正直どうでもいい。

 隊商が野営をしていると、俺とレイは示したように立ちあがる。

 

「このままがいい」

 

 俺はボソッと告げた。

 

「……このままがいい。マリンが訳のわからないことを言ってるのを、俺がもうあいつは駄目だなって放置する。レイが魔法を使って俺に襲い掛かってくるのを撃退し、徹底的に閉じ込める。アルタリアが暴走をしたら、ぶん殴って黙らせて……」

 

 レイに話を続ける。

 

「なにか外道なことを実行しては、マリンに説教される。そしてみんなが気付いてないところで、俺がとんでもないことをやらかし、バレたらみんなで連帯責任。でも懲りずに、誰も知らないところで俺の権力を増していく。何度邪魔をされようが、不死鳥のように何度でも蘇る。俺は諦めずに新しい手段を思いついては、立ち塞がるものを全て破壊するんだ!」

 

 自分で言ってて今さらなんだが、やっぱりこのパーティーで一番問題を起こしているのは、俺以外の何者でもないな。

 

「このまま誰とも結ばれずに、美女……クソ美女……いやクソ女たちと誰とも結ばれずに、なんか青春があったなあ。みたいなエロゲーで言えばバッドエンドを渇望する」

 

 それが俺の望む道だ。

 電波担当のマリン、暴力担当のアルタリア、妖怪担当のレイ、そして悪担当の俺! この黄金の方程式を崩すつもりはない!

 

 

「……ふひひっひひひ! 観念して私と結ばれるのですマサキ様! そして私とあなたの二人だけで、マサキ様の野望を実現するのです!」

「断る! 俺は現状維持がいい! 正直今のパーティーは居心地がいいんだ! お前とのルートに入って台無しにされてたまるものか!」

 

 レイと俺は魔法を使わず、徒手空拳で戦いあった。魔法はお互いにとって切り札だ。それまでは力を温存する。

 

「オララララララ!」

「ててててててい!」

 

 レイの夜這いをなんとしても阻止する。決して負けられない戦いを続けていると。

 

「またやってるのあの人達」

「なんでこう毎晩毎晩争ってるのかね」

 

 同乗する人たちは、最初こそ止めに来たものの、一向にやめないのであきれた顔で眺めていた。

 俺たちのパーティーは、頼りになる二人の冒険者。そしてなぜか夜中に仲間割れを始める残りの二人という、変な奴らとして旅人の記憶に残ったのだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「着きました! アクア様! 私は帰ってきた! ようこそ水の都、アルカンレティアへ!」

 

 マリンが興奮して立ち上がり、頭を下げて礼をする。

 ここは水の都アルカンレティア。

 魔法技術国ノイズに向かうためには、ここを経由するのが一番近いようだ。

 直接ノイズに行きたかったが、国家間のテレポートは大使や特例を除いて禁じられているそうだ。

 そういわれてみると……ある国で犯罪を犯して、その後テレポートで逃げまくればやりたい放題だ。理にかなっている。

 そしてここはマリンの故郷でもあるらしい。

 さらに言うと、アクセル教の総本山。

 俺はマリン以外のアクセル教徒に出会ったことはないが、噂ではとにかくとんでもない集団なのは伝わってきた。魔王軍が活発なこの世界にも拘わらず、ここは平穏だった。

 

「曰く。プリーストを数多く抱えるこの街は、魔王軍の者にとって戦い辛い相手だからだ。曰く。この街は、水の女神、アクア様の加護に守られているからだ」

「うるさいぞマリン。 曰くって誰が言ってたんだ」

 

 勝手にナレーターっぽく喋りだすマリン。

 

「ようこそいらっしゃいましたアルカンレティアへ!」

 

 街に入るや否や、青い衣を身にまとった人達が、満面の笑顔で押し寄せてくる。

 

「観光ですか? 入信ですか? 冒険ですか? 洗礼ですか? ああ、仕事を探しに来たならぜひアクシズ教団へ! 今なら――」

 

 そこまで言いかけたところで。

 

「みなさん。お久しぶりです」

「マリン!」

「マリンさん!」

 

 マリンの姿を見て、出迎えるアクシズ教徒たち。見た目からして多分そうだろう。

 

「マリン、どうだった、アクセルは?」

「ちゃんとエリス教徒をボコボコにしてきましたか?」

 

 物騒なアクシズ教徒たち。噂は間違ってなかったようだ。この集団は危険だ。

 

 

「彼らはどちら様? アクシズ教の入信者ですか?」

「いえ、アクシズ教徒ではないんですが、アクセルで私とパーティーを組ませていただいてる方たちです。少し問題はありますが、みんないい人達……いやいい人達ではないですけど、大切な仲間です」

 

 いい人……の部分で俺達を見回した後、すぐ訂正して紹介しなおす。まぁ間違ってないよ。いい人ではないな。俺含めて。

 

「こちらが冒険者のマサキに、クルセイダーのアルタリアさん、そしてこちらが――」

『ターンアンデッド!』

 

 レイの姿を見るや否や、浄化魔法をかけてくるアクシズ教徒たち。

 

「みなさん、よく見てください。レイさんは確かに見た目こそ恐ろしいですが、れっきとした人間です」

「それは私に対しての宣戦布告と見なしていいでしょうか?」

 

 勿論ノーダメージ、だがムカついたのか魔力を高めるレイに。

 

「みなさん! 私の仲間にちゃんと謝って下さい。この私がアンデッドや悪魔を仲間にするはずがないでしょう? 人を見かけだけで判断してはいけませんよ?」

 

 マリンが説教し、アクシズ教徒は素直に謝った。

 

「今回は許してあげましょう」

 

 レイは魔力を収めた。っていうかレイが俺の事以外で怒るのは珍しいな。まぁいきなり浄化魔法を浴びせられたら誰でもイラつくが。

 

「マサキ、レイさん、アルタリアさん、私は報告に参りますので、またあとで合流しましょう」

「じゃあな。また」

 

 

 

 

 マリンやアクシズ教徒たちと別れると、近くで怒号の声が聞こえた。

 

「何でそんなところに店を出してるんだ! そこの小汚いドワーフ!」

「何でって? うちが契約したからだ! 何か文句があるか!? 貧弱なエルフめ!」

 

 二人の男、エルフとドワーフが言い合っていた。

 

「そこに店を立てられると営業妨害なんだよ!」

「んだと!? こっちはきちんと許可を取ってるんだぞ!」

 

 喧嘩か……。

 

「そんな場所に店を出せるだなんて聞いてないぞ!」

「ついさっき整備されたんだよ! 悪いが早い者勝ちだ」

「面白そうなことやってんじゃん、おめえらよ!」

 

 喧嘩が飯より大好きなアルタリアが、さっそく口を挟む。

 

 

「こういうときは力だよ! 力で解決するのが男ってもんだろ!」

 

 はやし立てるウチの脳筋女に。

 

「その通りよ! お姉さん中々言ってくれるじゃねえか!」

 

 同調するドワーフ。

 

「まったく野蛮な! これだからドワーフのような田舎ものは。魔法の便利さに比べれば、腕力なんて無意味だ」

「んだと? 魔法なんて卑怯者のすることだぜ」

「そうだそうだ、力こそ正義!」

「それは聞き捨てなりませんね」

 

 魔法を馬鹿にされて少しムッと来たのか、ウィザードのレイが立ち上がった。

 

「そこのエルフとドワーフ、悪いことは言わんからそいつらには関わらん方がいいぞ」

 

 親切心で彼らに忠告すると。

 

「なんだ君は!? 冴えないメガネの部外者は口を挟まないでくれるかい?」

「種族の威信がかかってるんだ。もやしっ子は下がってな!」

 

 エルフとドワーフは俺を無視し、口げんかを続けた。

 あーあ。

 俺は忠告したからな。

 アルタリアの前でケンカをするとは……命知らずな奴め

 

 

「私はこのドワーフに加勢するぜ!」

「では私はこのエルフに」

 

 二人のクレイジー女はさっそく話を進めていく。

 

「お前とは決着を付けたかったんだ! レイ!」

「こちらとて同じです、アルタリア、容赦はしませんよ?」

 

 エルフとドワーフの対立と一緒になり、火花を散らすアルタリアとレイ。

 いやもう彼女らにとってはどうでもいいな。争う理由なんてなんだってよかったんだろう。

 

「じゃあこの決闘で勝ったほうが、この区画を頂くということで!」

「いいだろう。受けて立ってやる」

 

 彼女たちの危険さも知らずに、戦う気満々の男達。すぐに決闘の準備にかかる。 

 

「そこのお嬢さん。アンデッドではないことは魔力でわかりますよ。共に戦いましょう」

 

 キザッたらしくレイに手をかけるエルフだが。

 

「汚い。私に触れていいのはマサキ様だけです」

 

 ゴミのように手を払いのけるレイ。それは結構傷つくぞ。

 

 

「へっ! ざまあねえぜ! なあべっぴんさん、こっちは仲良く行こうぜ!」

「うるさい。レイとの戦いは一瞬が命取りだ。話しかけるな」

 

 狂気の碧眼でレイを睨み、ドワーフに冷たく吐き捨てる。

 

 

「じゃあ合図したら、決闘スタートだからね」

 

 俺が証人の役をしてやるか。

 合図を送り、すぐに安全な場所へと隠れる。

 

「貰った! アルタリア! 覚悟!」

 

 レイが魔法を発射するが……。

 

「フン、惜しかったな」

 

 アルタリアはドワーフを盾にしてそれを防ぐ。「グフッ」っとその場に崩れるドワーフ。

 

「これでこっちは二対一。我らが優位だ! 見たか! 哀れなドワーフめ」

 

 得意がるエルフだったが。

 

「ちょっと邪魔です」

 

 チョロチョロ動き回るアルタリアを狙うレイは、エルフを障害物と判断し魔法で吹き飛ばした。「ぎゃあ」と言って飛んでいくエルフ。

 

「どっちもご愁傷様としか言いようがない」

 

 彼らの散り様をみてボソッと呟く。

 それから邪魔者を片付けた二人は決闘を続けるのだった。

 

 

 

 ……。

 …………。

 戦いは終わった。

 緻密な精密射撃を撃てるレイの方が優位だと思っていだが、アルタリアはやぶれかぶれに盾を投げつけ、それがレイに直撃した。痛みわけだ。

 そこには二人の女、そしてその巻き添えとなったエルフとドワーフが倒れていた。

 ついでにこの戦いの原因となった区画は、レイの魔法によって跡形もなく吹き飛ばされてしまった。

 

「次は負けませんよ! 今度はこの街ごと炸裂させてあげますよ!」

「こっちのセリフだ! 全身を刻みつくしてやる!」

 

 倒れてなおもいがみ合うレイとアルタリアを見て。

 

「……争いはなにも生まない」

「……ああ、これからは仲良くやっていこう」

 

 回復魔法を受けて起き上がったエルフとドワーフは互いに握手をする。この惨状を見て争いの虚しさに気付いたのだろう。ここにエルフドワーフ協定が結ばれたのであった……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二部 3話 ようこそアルカンレティアへ

 エルフとドワーフを仲介させた俺達は、とりあえずアルカンレティアを観光することにした。

 

「アルカンレティアへようこそ! アクシズ教入信者からは、病気が治っただとか宝くじに当たっただとか芸が上手くなっただとか、様々な良い実体験を聞く事が出来るんですよ。どうです? あなたも入信してみませんか?」

 

 うぜえ。

 この街を一歩歩くごとに、獲物を見つけたモンスターのようにまとわりついてくるアクシズ教徒の勧誘。

 うんざりしながら街を歩いていると、ふとあることを思い出す。

 

「こんなことならマリンと離れるんじゃなかった。そういえばアルタリア、お前のところは別の宗派じゃなかったか?」

「ああ? ええっとうちは確か……パリス教だったっけ? そんな名前の神のとこだった気がするぜ? ちょっと待ってろ」

 

 がさごそと服の中をなにかを探しているアルタリア。

 

「あったぜ、ほらな。私はプリス教徒の信者だ。一応」

 

 ペンダントのようなものを取り出し、その場のアクシズ教徒たちに見せ付けた。っていうか名前くらい覚えてやれよ。

 

「なんだ、エリス教徒か。って……え!?」

 

 一瞬汚物を見るような表情をした女性だったが、そのペンダントを見ると固まった。

 アルタリアが取り出したのは、エリス教徒である事を示す物。物なんだと思う。……多分。自信がないけど。なぜならアルタリアの持ってたそのペンダントは、真っ黒に汚れた上に滅茶苦茶に変形していた。

 

「ね、ねえ。あの人本当にエリス教徒なの?」

「ある意味俺たちよりあの邪神を馬鹿にしてないか?」

「これまで色んなエリス教徒に会ったが、あんな汚いお守りを持ったやつは見たことがない」

 

 円陣を組んで相談するアクシズ教徒たち。うん彼女たちの言うとおり、アルタリアのお守り、本当にただのゴミにしか見えないもん。

 彼女たちは少し話し合ったあと。

 

「あ、あの……いくら相手が暗黒神エリスとはいえ、その扱いはバチが当たりますよ? もう少し神様を尊重してあげたほうがいいですよ」

 

 敵対する宗派の人間にまで心配されるアルタリアだった。彼女の持つ薄汚れたゴミを見るや否や、アクシズ教徒たちは大人しくどこかへ行ってしまった。

 

「凄いなお前」

 

 一方レイは。

 

「こいつらいい加減! ぶっ殺していいですかね!?」

 

『ターンアンデッド』を浴びせられまくって激怒していた。彼女を宥めながら、こうしてしばらく歩いていると。

 

 

 

「これはこれは皆さん、ようこそいらっしゃいました。マリンから話は聞いています。アクシズ教の総本山、アルカンレティアにようこそ。私はアクシズ教の最高責任者、ゼクシスです」

 

 温厚そうな白髪のおばあさんが、多くのプリーストを引きつれて現れた。側にはマリンもいる。

 

『ターン・』

「お止めなさい。彼女からは邪悪な気配はしません。人間です。マリンの仲間に無礼な真似はよしなさい」

 他のプリーストが、レイの姿を見るや浄化魔法を唱えようとするのをすぐさま制止するゼクシス。

 

「こ、これは失礼しました」

 

 謝るプリーストたち。レイを見て人間だと感じ取るとは、このおばあさん中々の実力者かも。

 

「あなたがマサキさんですか。マリンから話は伺っております。アクセルでは大活躍だったとか? それにしても上手そうなショタだ。じゅるり」

 

 急に舌なめずりするゼクシスに、少し恐怖を覚え。

 

「お、おい、なんだその顔は! そもそもショタってなんだ? 俺はどう見ても大人だろう? そんな年齢じゃ?」

「この私から見たら殆どの男はショタです。さあおねしょたタイムと参りましょう! 眼鏡っこも好物です。はぁはぁ……」

「ひっ、冗談じゃない!」

 

 やっぱこのクソ教団のトップだけあって、ろくな奴じゃない。なんだこのババア! キモい!

 確かめるまでもないが魔道具を起動させてみると。

 

『変態。超変態。危険危険』

 

 真っ赤な文字で表示される。案の定だ。 

 

「どわあああ!!」

 

 ゼクシスから逃げ去ろうと思った矢先、何かの光線がババアに直撃した。

 

「おっと! てっきり邪悪なアンデッドがいると思ってだな。間違ってつい撃っちまったぜ! まぁそんなところに突っ立ってるのが悪いんでさあ」

 

 どう見ても一直線にゼクシズ目掛けて飛んできたのだが。レイを狙ったようには見えなかった。

 

「おのれストックめが。またしてもこの私の邪魔をしおって!」

「すいませんねえゼクシス様。まぁ失敗は誰にでもあること、勘弁してくださいよハハハハハ!」

 

 嬉しそうに高笑いをあげるイケメンの男。見た目からして彼もまたアクシズ教徒のプリーストだろう。

 

「彼はこの教団のNo.2、ストックさんですわ」

 

 マリンが俺に紹介する。

 

「おいおいマリンじゃねえか! よく帰ってきたなあこの異端者。また変な事を広めようとしたらこのおれ様の『パッド光線』を浴びせてやるぜ」

「異端ではありませんよ! 私は本当にアクア様の姿が、声が聞こえたんです!」

「まぁ俺にとっては関係ない話だがな。もしこの俺様をナンバーワンに推薦してくれるんなら、お前の言葉も信じてやってもいいんだがよ?」

 

 最高責任者に謎の光線を浴びせた男は、野心を隠そうともせずに言い放った。

 

「よくもやってくれたなこの大馬鹿者めが!」

「ちょっとした誤射ですよゼクシス様。それにしてもあんたも老いぼれましたね。この程度の攻撃を食らっちまうなんて? そろそろアクシズ教も変革のとき! あんたのような老人は引っ込んで、この若い俺様を新しい最高責任者の座に選んだほうがいいですぜ! そうすれば暗黒パッド神エリス信者なんぞ一掃して見せますよ!」

「なんだとこの若造が! お前如きにアクシズ教を渡すわけがないだろう! 引っ込んでおれ!」

 

 アクシズ教のナンバーワンとナンバートゥーが言い争っている。周りのほかのプリーストは、また始まったと言った風なあきれた表情でその様子を眺めている。

 

「ストックさんは実力こそあるのですが、性格に少し問題がありまして。アクシズ教徒のニューリーダーになりたがっているんです。それとあの人の光線には気をつけてください。食らうと幸運が凄く低下するんで」

「それははた迷惑な技だな」

 

 マリンの説明を聞きながら頷く。

 

「それと女性は気をつけてください。あの光線には、女性の胸のサイズを小さくすると言う不思議な追加効果があるんですわ。彼曰くパッド神エリス様を裏切ったからこんな技が使えるようになったとか。ちなみにストックさんは元エリス教のアークプリーストでしたが、権力闘争に敗れてアクシズ教に鞍替えしたと言う前歴があります」

「つまり元裏切り者か。碌なやつじゃない事は言動からわかるが」

 

 念のためゼクシスとかいうばあさんの胸を見ると、見事にぺったんこだ。じいさんと言われても信じてしまいそうなほど。今まで何度もあの技を受けたのだろう。『パッド光線』……恐ろしい技だ。男の俺には関係ないが。

 

「この二人がアクシズ教のナンバーワンとナンバートゥーか。大丈夫なのかこの教団は?」

「ゼクシス様もストックさんも、実力はこの街、いや世界でもトップクラスのアークプリーストですから。なんだかんだでやるときはやってくれますよ。オホホ」

 

 マリンは少し笑いながら答えた。

 ふと見るとゼクシスは馬乗りになってストックをボコボコにしていた。あのババア、ババアの癖に動きが早いな。変態とはいえ最高責任者なだけの事はある。

 

「なんどもなんどもこの私にへなちょこ光線を食らわせおって! おかげでこの私の夢! 精通もまだな小さな男の子をおっぱいで誘惑すると言う手段が絶たれてしまったではないか! どうしてくれる!」

「も、申し訳ありませんでしたゼクシス様! もう二度とこんな真似はしません! あなたこそアクシズ教徒の真のリーダーです!」

 

 必死で慈悲をこうナンバートゥーだった。

 

 

 ストックへのお仕置きが終わった後、アクシズ教団の本部である大教会にと連れられた。

 

「ち、ちくしょう! ゼクシス! いつかこの俺が本物のリーダーに相応しいってことをみんなに教えてやる!」

 

 顔をボコボコにされながらも、ブツブツと恨み言を告げるストック。こいつ全然懲りてねえな。この反骨心はどこから来るのだろうか?

 大教会にはモンスターの入った大きな檻がある。中にはオスのオーガが捕まっていた。目を合わせると震え上がり、肉体はともかく精神的にはかなり衰弱している。そして札には『ゼクシス専用』と書かれていた。普段なにをしているかなんて想像したくもない。

 

「明日もエリス教会へと向かいますよ! あそこの神官はイケメンでしたからね。まず私が暗黒神エリスの像の胸をやすりで削る、きっと顔を真っ赤にして怒鳴ってくるでしょう。そこで私が、『怒った顔も素敵ですよ?』と大人の余裕をみせる。これできっとイケメン神官もアクシズ教徒に改心するでしょう!」

「さすがはゼクシス様です! あの人とずっとお付き合いしたかったんですよ! ゼクシス様が怒られている間に、着替えを回収することにします! あああの方の匂い……想像するだけでいきそうです!」

「なんですって! それはいけません! 着替えも全部この私の物です! 勝手な手出しは許しませんよ!」

「早い者勝ちですから!」

「ゼクシス様といってもそれは譲れません!」

 

 ゼクシスを中心として、女性信者がとんでもないことをたくらんでいた。

 気持ち悪いババアだ。全員レイ並の変態しかいないのか? エリス教徒に同情する。

 

「ゼクシス様! 女性神官のほうは私達が引き受けます!」

 

 男の信者が叫ぶと。

 

「ふっふっふ、いいでしょう! なんていうと思いました!? あいにく私は男も女もいけるバイセクシャル! 可愛い女の子も大好物です! しおらしいエリス教徒のシスターには、百合の園にご案内しましょう! ああ、お姉さまと呼びなさい!」

 

 いくつだよババア。この色ボケばあさんには、いやこいつらには着いていけない。他の街でアクシズ教徒が恐れられる本当の理由が、今ようやくわかった気がする。

 

「くっ! ゼクシス様! いくらなんでも欲張りすぎですよ!」

「まて、ゼクシス様も一人だ。何人も同時に相手が出来るわけが無い。むしろゼクシス様に注目が集まったところを、魔道カメラで盗撮といこうじゃないか」

 

 ろくでもない悪知恵ばかり働かすアクシズ教徒たち。もうこの集団は関わりたくない。

 

 

「ちっ、くだらねえ奴ばっかりだ」

 

 そのアクシズ教徒を覚めた目で眺めるのは、ナンバートゥーでもあるストックだった。

 

「おや、あんたは参加しないのか?」

 

 ストックに尋ねると。

 

「俺様の目的はこの街でナンバーワンになることだ。いやこの街だけじゃない、いずれ世界のな! くだらねえセクハラなんかで満足する器じゃないぜ」

 

 なるほど。ストックは欲望に忠実だが、他の教徒のような迷惑変態行為には興味がないようだ。バニルアイを起動させてみると。

 

『この俺こそがナンバーワンだ!』

 

 そのまんまだな。黄色い文字で表示された。赤ほど危険ではないが注意といった所だ。こいつは言いくるめればうまく利用できるかもしれない。

 

「中々の野心家だ。君も大きな権力は好きかな? 俺も失敗したとはいえ、アクセルではかなり恐れられていてね」

「マリンの連れか。興味深いな。どんな手を使ったか是非教えて欲しいぜ」

 

 ストックと小声で会話をする。

 

「どうだ? この街で一時的に手を組むと言うのは?」

「悪くないぜ。お前も中々のワルのようだ。この街にそんな骨のあるやつはいないからな」

「「フッフッフッフ」」

 

 俺とストックの同盟が成立する瞬間。

 

「ストーップ! 離れてください! あなた達二人! 組んだら絶対にヤバイ! この私の目が青いうちは、そんな事はさせませんよ!」

 

 マリンがそれを塞ぐように立ちはだかった。

 

「チッ! 邪魔すんじゃねーよマリン! 今大人の話し合いをしてたところだ!」

「そうだぞ異端者! 落ち着きなって。これも我らが女神アクア様のため、つまり俺様のためでもあるんだ!」

 

 俺とストック双方から反論されるが。

 

「マサキ! この私の故郷でアクセルのような真似はさせませんからね! 絶対に許しませんよ!」

「まるで人を犯罪者みたいに、やめてくれよマリン。だからその目はやめて」

 

 しかしマリンはずっと睨んでくる。

 

「ストックさん! もしマサキと組んでなにかしたら、すぐにゼクシス様に言いつけますからね!」

「わ、わかったよマリン。ここはお前に免じて引き下がってやるよ」

 

 渋々諦めるストックだった。

 これはまずい、話題を変えよう。

 

「そういえばマリン。ここはお前の故郷と聞いたんだが、家族はいないのか?」

「いません。私の両親は、魔王軍との戦いで命を落としました」

 

 えっ。マジで? 地雷だったかな?

 

「い、いやなんかごめん。まさかそんなことが」

 

 そういえばアルタリア以外の家族構成、全然知らないな。

 

「私の両親は、それは熱心なアクシズ教徒でした。いつもアクア様のことを拝み、教義を信じて魔王を倒すため戦いました。私が生まれたときは、この水色の髪と目を見て、大喜びしたと聞いています。これをアクア様の奇跡と思い、最前線で魔王軍に立ち向かったそうです。ですが仲間を庇って……最後は……」

「それは辛い事を聞いたな。すまない」

 

 マリンに謝ると。

 

「私は悲しくなんてありませんよ。両親がいなくなってからは、このアクシズ教のみんなが私の親代わりになってくれました。少し代わったところもありますが、皆さんとてもいい方なんです。おかげで私も立派なプリーストになる事ができました。これもアクア様と、アクシズ教のおかげですわ」

 

 そうだったのか。マリンにそんな過去があったとは。アクシズの奴らがいい方には見えないけど。

 

「しょうがねえなあ。お前の故郷だし、俺もこの街で何かするのはやめてやるよ」

「そんなの当たり前でしょうが! っていうか私の故郷じゃなくてもやっちゃだめですわよ! アクセルでのこと全然懲りてませんね!」

 

 まったく、と言った顔でプンプンと怒るマリン。まぁいい、目的はあくまでノイズだ。この街は単なる通過点。いちいち揉め事を起こしても意味はない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 その夜。

 

「きちゃいますか。やっぱりきちゃいますか」

 

 カサカサ

 すっかり慣れっこになったその音で目を覚ます。

 

「美少女と一緒に旅行だなんて。これはなにかあってもおかしくないですよね。ダーリン!」

「美少女はカサカサいわねーよ! なんでお前の足音はそんなに怖いんだよ!」

 

 ゴキブリ女やっぱり怖い。どうやったらそんな音が出るんだよ。

 

「さぁマサキ様! 今日こそ私を受け入れるときです! それがあなたの運命なのです! 一緒に子作りと参りましょうか?」

「残念だったなレイ。この街ではお前なんぞ怖くは無い。地の利と言うやつだ。今教えてやろう」

 

 そしてすぐさま。

 

「アンデッドが出たぞー!!」

「なっ! マサキ様!?」

 

 大声で叫び、街中へ走り出す。

 

「アンデッドだと!」

「このアルカンレティアに忍び込むとは! いい度胸じゃねえか!」

 

 起き上がって飛び出すプリーストたち。

 

「あそこだ!『ターンアンデッド』!」

『ターンアンデッド』

 

 アンデッドの姿を確認するや、アクシズ教徒もエリス教徒も共に光魔法を唱える。

 

「だから私はアンデッドじゃありません!」

 

 必死で言い返すも、その見た目はどうみてもアンデッド。耳を貸すものはいなかった。

 その隙に俺はどこかへ隠れる。

 

「どいつもこいつもうざったいですね! 私の愛を邪魔するなんて! ただで済むと思わないで下さい!」

「ハッハッハ、ここではお前はハンターじゃない、獲物だ。追われることの辛さを少しは味わうがいい」

 

 激高するレイだった。

 そんな彼女をあざ笑いながら、俺は闇夜に姿を消した。

 

 

 




キャラ紹介

ゼクシス
アクシズ教団最高責任者。老婆の変態。通称アルカンレティアの水色ババア。
ゼスタさんと男女を反転してみました。ゼスタさん女バージョンと言ったところでしょうか。

ストック
アクシズ教団No.2。イケメンだが性格にかなり問題がある。
元々はエリス教徒のアークプリーストだったが、色々とやらかして出世の道が閉ざされたため、今度はアクシズ教徒に改宗した。
自分の野心のためならなんでも利用する卑劣な男。エリスはもちろん、アクアの事も本気で敬っている訳ではなく、すべては自分の野望に利用できればそれでいい。
アークプリーストとしての才能だけは並外れているため、実力は間違いなくトップクラス。なのだが今までの行いから人望は無い。
幸運の女神エリスを裏切ったため、幸運値がかなり低い。
彼が『ブレッシング』を使うと、なぜか全く逆の効果で一定時間運が悪くなる。さらに女性に使えば胸が小さくなると言うお便りが寄せられている。
通称『パッド光線』

元ネタは永遠のナンバー2のあの人です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二部 4話 アルカンレティアに吹く嵐

「この街の奴ら! もう許しはしませんよ! 炸裂魔法!」

 

 毎回のように『ターンアンデッド』を浴びせられ続けたレイは、ついに我慢の限界になってブチ切れた。街の破壊活動を始めだす。

 

「レイさん! やめてください! 私の故郷でそんな真似は! そうだ! レイさん、この際アンデッドに間違えられないように、衣装を変えましょう! そうすればこんな事にならないはずですわ」

 

 マリンは必死でレイを食い止めようとしている。

 ヤレヤレ。まぁいいだろ。服を買う金くらい余裕である。

 俺達は服屋へと向かった。

 

「どう見えますマサキ様?」

「村娘のアンデッドかな?」

「これはどうです?」

「スーツのアンデッド」

「次はこれです」

「アンデッドのお嬢様」

「じゃあこっちは?」

「ゴスロリのアンデッド」

 

 レイが次々と着替えていくのを、冷静になって感想を答えていく。

 

「真面目にやってください!」

「真面目にやってるよ! 駄目だよコイツ! 髪型と動きで、どう見てもアンデッドか幽霊の類にしか見えないもん! 服を変えてもアンデッドが着替えしてるだけだよ!」

 

 一向に改善しない状況にマリンが怒るが、だって仕方ないよ。無理だよこれ。なに着ても一緒だよ。

 こうなったら。

 

「私にいい考えがある」

 

 俺はレイを着替えさせた。

 

「あ、あの? マサキ様? いくらマサキ様でも私、怒るときは怒りますよ?」

 

 『私は人間です』とこの世界の言葉で書かれたTシャツを着せると、レイは少しイラつきを見せた。

 

「だって他にいい方法ないだろ? これならプリーストも、攻撃を控えるだろ?」

 

 レイを説得していると。 

 

「この際髪を切るというのはどうでしょう? この伸びきった前髪さえなければ、可愛らしくなると思いますわ」

「駄目だ」

 

 マリンの提案に、レイではなく俺が拒否した。

 

「レイはこの髪型が似合っている」

「あ、ありがとうございますマサキ様。やっぱりマサキ様は長髪がお好きなんですね」

 

 頬を染めるレイ。

 そう、断じて髪を切らせるわけにはいかない。

 レイは見た目が恐ろしいものの、顔立ちだけを見ると普通。いや普通に可愛いかも。実は美少女の域に入るかもしれない。

 もしレイが髪を切ってしまえば、俺の仲間はアンデッドもどきではなく、可愛らしい魔法使いになってしまう可能性がある。

 そうなってしまったら……俺が普段レイにやってる行為。足蹴にしたりほおり投げたりお湯をかけたり縛ったり……まぁほぼ夜中に襲ってくるこのヤンデレに立ち向かうためにしているんだが。これらは相手が化け物じみているから許される行為だ。もしレイが普通の女の子の見た目になってみろ。俺はただの女子を殴るヤベー奴だ。それだけは避けないといけない。

 レイの見た目が怖いから俺は同情されるのであって、もし万が一にでも美少女になってみろ。そのまま祝福を願われたりでもしたら最悪だ。はっきりいって可愛い子に好かれるのはいい、大正義で素晴らしいが、相手がレイとなると話は別だ。こんな重くて壊れた女と付き合えば、破滅するのは目に見えてる。見た目はもうなれたが、内面が危険すぎる。こいつにはこれからも危ない人オーラを出してもらわないと困るんだ。

 

「じゃあどうするんですか?」

 

 髪を切らせることを止めさせた俺は、次の考えを述べる。

 

「じゃあもう後は着ぐるみしかないか」

「……Tシャツにします」

 

 渋々同意するレイ。『私は人間です』のシャツを着たレイに、町の人たちはようやく攻撃をしてこなくなった。

 

「私この町大嫌いです」

 

 不機嫌そうに歩く元アンデッドもどき。

 

「そ、そんな。私の故郷に。みんなあなたの事を誤解していただけですよ。そうだ、レイさんもアクシズ教徒になればいかがです? そうすればこの街の素晴らしさが――」

「アクシズ教もエリス教も大嫌いです。っていうかこの街に着てから、プリースト自体が嫌いになりました」

「ひどい!」

 

 しゅんとするマリン。

 そのまま街を歩いていると、町の住民がレイの姿を見て驚きの声をあげる。

 

「あ、あんたまさか!」

「なんですか? まだ何かあるんですか? もしまた『ターンアンデッド』を浴びせてきたら、今度はアンデッドよりも恐ろしい目にあわせてやりますから」

 

 反ギレ気味で言い返すレイに。

 

「そ、その瞳は……」

「紅い眼」

「紅い眼だ!」

 

 レイの瞳を見て口々に告げるアクセルの住民達。

 

「なんだ!? 紅い眼って何かあるのか? なにかの眷属とか? 呪いの一族とか?」

 

 恐る恐る尋ねると。

 

「いや別に。珍しいなって思っただけ」

「うん、それ以上は特にない」

「魔法強そうだなって」

「思わせぶりな事を言うなよ!」

 

 クソッ。しょうもないことで話しかけるなよ。この街の奴らは。

 気を取り直して歩く。

 

「そういえばマリン、お前アルタリアには布教しないの?」

「だ、だってアルタリアさんは、ほら貴族の方ですし……。やっぱり遠慮しますわよ」

「普通アクシズ教徒なら、相手が貴族でもお構い無しですよね?」

 レイにつっこまれるマリン。

 

「……い、いややっぱり私は……気にするっていうか……なんというか」

 

 言いよどむマリンに。

 

「冗談だぜマリン。アルタリアをアクシズ教徒にしないのは正解だ。あいつはすでに自由すぎる。これ以上やらかしてもらうと困るわ」

「そうですよ、あのアルタリアが、こんな変な宗教に入ったら、ただの極悪犯罪者になりますよ!」

「変な宗教とは酷いですね。でも自由がモットーのアクシズ教では、アルタリアさんならなにをしてもおかしくないですわね。少し危険ですわ」

「「「ははははは」」」

 

 一同で笑って歩いていると。

 

「そういえばそのアルタリアはどこだ!?」

「あれっ? どこに行ったのでしょう?」

「服屋に行ったときにはもういませんでしたよ?」

 

 いつの間にか姿を消したアルタリア。

 なんだかとてつもなく嫌な予感がするぞ。

 慌ててアクシズ教本部へと向かう。

 その中では……。

 

「はぁ、はぁ、最高でしたね。あの神父の汚物を見るような視線。はぁはぁ。今思い出しても興奮が収まりません」

「ゼクシス様だけずるいですよ! 私だってもっとあの方に説教されたかったのに!」

「こうしちゃいられません! インスピレーションが沸いて来ました! アクア祭に向けて準備しますよ!」

 

 アクシズ教徒は一心不乱に机に座って、何かを書いている。

 

「アクア祭なんてありましたか?」

 

 そんなアクシズ教徒を見て、マリンが首をかしげると。

 

「ああそういえばマリンは知らないのでしたね。少し前に遠い国からの旅人がやってきましてね。その国に伝わるお祭りについて教わったんです。その国では様々な妄想を絵や小説に描き、同じ趣味の同士に売るんですよ。たしか名前はKOMIKEと呼んでました」

 

 どこのどいつだ! こんな事を教えやがったのは。絶対日本の転生者だな。

 

「今度のテーマは神父×罪人ですね。罪を懺悔するうちに、いつの間にか神父に心を許して、あんなことやこんなことに……。狭い部屋で男二人。何もおきないはずが無く……じゅるり」

「わかってないですよ! 罪人×神父に決まってます! 神父は罪人の話を聞くうちに、自分の心の中にある悪の感情が目覚めて……。そこで葛藤していつの間にか神父は黒く染められるんです!」

「あなたがそんな人だったなんて! 信じられません! 受けと攻めが逆ですよ!」

「ゼクシス様こそ頭がおかしい!」

 

 カップリング闘争を始める腐ったプリーストたち。正直言って理解したくないことを口走っている。

 

「やはり女騎士は触手が王道ですな」

「なんだって! オークに襲われて輪姦されるのがいい!」

「はぁ? お前頭大丈夫か? オークのオスなんて絶滅寸前だろ? そんなのリアリティがない!」

「リアルでは出来ないからいいんだよ! 全くわかってないな! オークのオスが女騎士を種付けプレス! これこそ夢のストーリー! 男のロマンだ」

「触手に洗脳されたほうが燃えるだろうが! 女騎士も最初は抵抗してたものの……次第に自我がなくなって……最後は下等な触手の苗床に!」

 

 男性陣は男性陣で持論をぶつけ合っていた。

 もうやだこいつら。こんな奴らとは絶対に関わりたくない。本当に。

 ふと横を見ると、顔を真っ赤にしてもじもじしているマリン。彼らの書いてる卑猥な絵にやられたようだ。

 

「……こ、こんなエッチなこと! いけませんわ! 仮にも神聖な教会でこんなものを作るなんて! やめましょう!」

「それはできませんねマリン。前にこのアクア祭を行った際、目覚しい利益が手に入りましてね。もう普通に寄付金を集めるのが馬鹿らしくなるくらいに。あの暗黒神エリス教徒の奴らも、顔を隠しながら買いに来てましたね。ふふふふふ。こんな素晴らしい事やめてなるものですか! 作品は聖画像としてアクシズ教会に保存させていただきますよ」

 

 マリンの申し出は却下された。

 

「邪教徒の奴らには何が一番売れたっけ?」

「そりゃ暗黒神エリスの作品だろ? まぁ作品の中でくらい、巨乳にしてやったのが正解だったな。あいつらもなんだかんだで自分のところの女神をあんな目で見てたんだなあ!」

「エリスのDOUJINはバカ売れだったな。今度はもっといっぱい用意してやらないと!」

 

 妄想を膨らませるアクシズ教徒たち。っていうかいま同人って言わなかったか? どこまで理解しているんだこいつら。

 

「あ、あの……私とマサキ様の作品は書いてくれませんか?」

 

 いつの間にかレイがリクエストをしていると。 

 

「あ、アンデッドと悪魔だけはNGなんで!」

「だからアンデッドじゃないって言ってるだろ!! ぶっ殺しますよ!」

 

 『私は人間です』Tシャツを着ているレイは言い返していた。

 

「この変態共に付き合ってる暇はない。おいお前ら、アルタリアを見なかったか? 俺の仲間の」

「アルタリア? あああの怖そうな女戦士だな? あいつの目つきいいよな。あのSっ気のあるところが。俺を踏んでくれないかな? あの人の椅子になりたい」

「妄想はいいから! 行方を知らないか?」

 

 変態どもの言葉は置いといて、再度たずねる。

 

「知りませんね。ああそういえばストックが、新たに女性信者を獲得したとか言って自慢してましたね。いつもあれくらい真面目にやってくれれば助かるんですけどねえ」

 

 ゼクシスが答える。

 まさか、その女性信者って、アルタリアの事じゃないよな?

 そうだとまずい! これは非常にまずい!

 一刻も早くあのナンバートゥーを止めないと!

 この状況に焦っていると。

 

「ぎゃああああーーーーー!!」

 

 教会の外で誰かの叫び声がする。ヤバイ。ついに始まったぞ!

 

「急いで悲鳴の方に向かうぞ! アルタリアかもしれない!」

「わかりました!」

「急ぎましょう!」

 

 そこには、涙目で逃げ出すエリス教徒たち。そこにはストックとアルタリアの姿が。二人で教会を襲撃しているようだ。

 

「はっはっは! 見たかこのストック様の実力を! どうだ参ったかこのパッド教徒どもが!」

「本当に暴れていいんだな? 最高だぜ! ひゃははははは!」

 

 嫌な予感が的中した。最悪の組み合わせだ。エリス教会が破壊されている。

 

「おいストック! お前まさかアルタリアを改宗させてないよな? だったら今すぐ戻してくれ!」

「そうですよストックさん! アルタリアさんを放して下さい!」

 

 俺とマリンが説得にかかるが。

 

「ああ、テメエはマサキとかいう奴じゃねえか! それにマリンと偽アンデッドか! 誰がどの宗派につこうが勝手だろうが!」

「これはお前のためを思って言ってるんだぞ! ストック! その女はじきに手に負えなくなるぞ! その前に大人しく返せ!」

「そうですよ。マサキ様の言うとおりです。その女を甘く見ると、痛い目に合いますよ!」

 

 ストックはそんな俺たちの言葉に耳を貸さず。

 

「せっかく俺の仲間を手に入れたんだ。誰も俺の邪魔はさせねえ! 『パッド光線』を食らいやがれ!」

「ぎゃあああ!!」

 

 光線を見るとすぐさま俺の影に隠れるマリンとレイ。パッド光線の直撃を食らう。

 

「おい! なんでお前ら隠れた! マリンだけじゃなくレイまで! よくも俺を盾にしたな!」

「だって……あの光線を食らうと貧乳になるんですよ? 胸がコンプレックスの方以外は嫌ですわ」

「そうですよ。女の敵です!」

 

 仕方ないといった顔で反論する女二人。

 

「なんだと! マリンはともかくレイはすでにない様なもんだろ! 食らったところで変わるもんか!」

「言ってくれましたねマサキ様! 本当に私の胸がないのか確かめましょうか! 大根おろしの刑です!」

「やっぱり無いの自覚してるだろ! おいよせ! その平たい胸を押し付けようとするな! いたっ! 全く柔らかくねえ! 痛い! 骨の感触しかない! 削れる!」

 

 レイに捕まれじたばたしていると。

 

「仲間割れをしている間じゃないですよ! 早くアルタリアさんを探さないと!」

「そうだ! マリンの言うとおり! いくぞ! っていうか本当に痛い! お前胸になに仕込んでんだよ! こんな厳しいぱふぱふは聞いた事ない。ご、ゴメン。レイ! 謝るからさ! 悪かったよ!」

 

 なんとか解放してもらい、アルタリアの捜索を再開する。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「『パッド光線』恐るべし……」

 

 思わず呟く。あの後アルタリアを探しに走っていると、「おっと危ない!」と八百屋で飛び跳ねるキャベツが俺の顔に直撃した。それから足元で水が噴き出してびしょ濡れになったり、店の看板が倒れてきたり大変だった。その間に犬のウンコらしきものを5回は踏んだ。

 

「本当に運が下がるんだな。くっそう! あの男許せねえ! 次会ったときは教会の壁飾りにしてやるわ!」

 

 『クリエイトウォーター』で靴のウンコを洗い流しながら、マリンの『ブレッシング』を受けてステータスを元通りにして復讐を誓った。

 

「ぎゃあああああ!」

「アクシズ教徒が襲ってきたぞ!」

「あの裏切り者ストックだ! 変な女と一緒に暴れだしたぞ!」

 

 また叫び声が聞こえる。今度はあっちか、早く行かないと!

 

「バカシズ教って最高だぜ! まさか堂々とこんなに大暴れできるなんてよ!」

「アクシズ教だぞ小娘。まぁいいぜ。同じ元エリス教徒として、共に大暴れしようじゃねえか!」

 

 阿鼻叫喚の街の中で、二人の愚か者が楽しそうに立っている。

 

「倒せ! 暗黒神!」

「ゼクシスの奴をぶっ殺せ!」

 

 意気投合する二人。しかしここまで大騒ぎを起こしたため、流石に住民達も黙ってはおらず。

 

「あそこだっ! あそこの裏切り者とヤベー女が! エリス教会を襲撃に来た!」

 

 ついに警察が動く。これだけ暴れたんだから当然か。警察官の集団が、二人を包囲しようとしている。

 

「そろそろ撤退するぜ。まぁこれも全部ゼクシスの命令ってことにするか。ハッハッハ! こいつはいい。あいつの困る顔が目に浮かぶぜ」

 

 戦果に満足したストックが逃げようとすると。

 

「ああ? ここからが本番だろ! さあかかって来い!」

 

 アルタリアは警官相手に剣を抜いてやる気満々だ。

 

「こ、こいつ抵抗する気か!」

「いつものアクシズ教徒じゃないぞ! 応援を呼べ!」

 

 彼女の反応に驚き、警戒する警官達。

 

「ちょっと待て! 名前はアルタリアって言ったよな? アクシズ教徒の教義は、『犯罪でなければ何をやったって良い』だ! 警察相手に暴れるのはアウトだろ?」

「ああ? そんな事言ったってよう、そもそも教会を襲撃するのは犯罪じゃねえのか?」

「ま、まぁ確かにそれも犯罪だけどよ……。あくまで軽犯罪だろ? 警官相手にやるのは流石にシャレになんねえよ。いいからここはズラかるぜ」

「どっちも犯罪なら一緒だ! このままやってやるぜ! 一度警察相手に暴れてみたかったんだよなあ!」

 

 ストックの言葉を無視し、そのまま剣を振り回すバトル女。

 

「あーあ。だから言ったのに」

 

 さっそくアルタリアをもてあますストック。

 この女を一度暴れさすと、目標がなくなるか拘束しないと止まらないぞ。

 

『バインド』

 

 警察官たちが怪我をする前に、アルタリアを拘束しておいた。

 

「ついに一線を越えたなストック! 公務執行妨害で逮捕する!」

「これまでのように説教だけですむと思うなよ! この裏切り者!」

 

 激怒した警察官に囲まれていくストック。

 

「ち、ちがう! これは全部この女が悪い! 俺は止めたんだ! よ、よせ! お願いです! これには訳が!」

 

 うろたえて言い訳をするストックだが。

 

「なあアルタリア、これまでの事は全部この男に言われてやったんだろ?」

「邪魔しやがって! せっかく警官と戦うチャンスだったのに!」

「あの男がやれって言ったんだろ?」

「ん? まあそうだけど。バクアの名の元なら何をやっても許されるって聞いてよ」

 

 拘束したアルタリアと話す。

 

「つまり俺の仲間は、このバカに騙されてこんな真似をしたんだ。つまり全部ストックが悪い!」

 

 キリッと警官たちに説明した。

 

「ち、違う! 待ってくれ! そんなのウソだ! 信じるな! 全てこの女が勝手に!」

 

 必死で反論するも、普段の行いが災いしたのか、誰からも信用されないストック。

 

「こ、こうなったら! これでも食らえ! 『パッド光線』」

「ストックの光線に気をつけろ! 当たると危険だぞ!」

「ハッハッハ! じゃあな馬鹿共! この俺様がお前らみたいなへなちょこ集団に捕まると思うか! いずれアクシズ教団を支配するこのストック様によう!」

 

 形勢不利となるや、『パッド光線』を連射して警官から逃げさるストックだった。

 

「じゃあ俺達はこの辺で」

 

 悔しがる警官たちを尻目に立ち去ろうとすると。

 

「そこの女にも、もっと詳しい話を聞かせてもらおうか。署まで着いて来い!」

 

 チッ! こっちにも無罪ってわけにはいかないか。

 

「レイ! やれ!」

『炸裂魔法』

「うわっ! なんだ!!」

 

 爆発に紛れてダッシュで逃げ出す。

 

「ちょっとマサキ。何も逃げる事は……」

「アルタリアが何をやったのか見てなかったのか!? 少し目を放した隙にこの街中で大暴れしてたじゃないか! このままだと絶対こっちも責任を取らされる! とっとと逃げるが吉だ!」

 

 マリンが非難するもそう反論する。

 俺たちもストック同様その場から逃げ去ったのだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 行く当ても無かった俺達は、結局この変態集団の本拠地、アクシズ大教会に戻ってきてしまった。

 

「ヤレヤレ、酷い目に合ったぜ! あの女、引き時ってもんをしらねえのか」

 

 そこには先に逃げたストックもいた。

 

「お前とんでもねえことをやってくれたな! うちのクルセイダーに色々吹き込みやがって! だから止めたのに! このバカ!」

「なんだとてめえ! お前こそなんて奴を仲間にしてるんだ! もう少し教育しとけよ! なんだあのバーサーカーは!」

 

 醜く言い争う俺とストック。

 

「一体何の騒ぎでしょう? 外がうるさいですが?」

 

 執筆作業を進めていたゼクシスは、建物の外に人が集まっているのに気付いて呟く。

 

「ついにアクシズ教の奴らが一線を越えたぞ!」

「今こそあいつらを一網打尽にしろ!」

「今回という今回は絶対に許さんぞ!」

 

 やべ。警察を本気にさせたみたいだ。騎士率いる武装した数多の警官たちが、今にもこの教会に突入しようとしている。

 

「これはいったいなんの騒ぎです? 今アクア祭に向けて忙しいというのに、穏やかじゃありませんねえ」

「き、聞いてくださいゼクシス様! この女が! 勝手にエリス教会を襲撃して! それどころか警官相手にも襲い掛かろうとして! この俺はなんとか止めようとしたんですが!」

「なんだと! お前がうちのアルタリアを唆したんだろうが! 全部お前のせいだ!」

「そういえばこいつ、パッド教会の次はこっちの教会のババアを襲えって言ってたなあ」

「こっちの教会のババアとは、一体誰の事か言ってみろストック」

 

 アルタリアの言葉を聞き、作業を止めて立ち上がるゼクシス。

 

「まったくこの愚か者めが! また私を裏切ろうとしたな!」

「すべてはアクシズ教団のためをもって……信じてください! ゼクシス様!」

「この大馬鹿者めが! いつもいつも私の邪魔をしおって! 今はアクア祭の準備で忙しいのだ! 警察と遊んでいる暇は無いのだぞ!」

 

 必死でDOGEZAをするストック。

 こうしている間にも、外では警官たちが今にも突入しようとしている。

 

「おいそこの愚か者! アルタリアが書いた入信書はあるか?」

「誰が愚か者だ! お前にそんなことを言われる筋合いはねえ。この俺はアクシズ教団のニューリーダー……じょ、冗談ですよゼクシス様。入信書ならここにあるが」

「貸せ!」

 

 ストックから紙を取り上げた後、『ティンダー』で燃やした。

 

「お、お前なんてことを!」

「そんな簡単にアクシズ教徒をやめれると思うなよ!」

 

 非難ごうごうの信者達に。

 

「いいかお前ら。これでアルタリアはもうアクシズ教徒じゃない。エリス教徒だ。いや最初からアクシズ教徒になんてなってなかった。エリス教徒であるアルタリアがエリス教会を襲った。つまりこれはあっちの内輪もめという事で。アクシズ教徒は関係ない。これで解決」

 

「な、なるほど!」

「そうすればアクシズ教は無罪だ!」

「今度はエリス教徒のふりをして人を襲うのはどうだろう? そしてアクシズ教徒になれば助けてやると……これで信者倍増は間違いなし!」

 

 俺の提案に盛り上がるアクシズ教徒たち。よし、これで元通りだ。

 

「じゃあ俺はこのことを警察に説明してくる!」

 

 意気揚々でこの教会を包囲する警官に向かうと。

 

 ……。

 …………。

 駄目だった。

 流石にこのバカ信者とは違い、警官にはこの理論は通用しなかった。

 そのまま署まで連れて行かれ、アルタリア、ストックと一緒に仲良く留置所にぶち込まれる事になった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二部 5話 旅は道連れ

「どうして自分の故郷を追われる羽目になるんです! 本当にマサキは街を見ると悪事を仕出かさないと気がすまないのですか?」

「今回は俺悪くないぞ! 悪いのはどう考えてもお前のところのニューリーダー病だろ!」

 

 留置所に入れられた後、街を強制退去させられた俺たちパーティー。悲しそうに涙目で告げるマリンに俺は言い返す。

 アルカンレティアを追い出される形で出発し、またもや馬車の旅になる。目指すは魔道技術国ノイズだ。

 

 

「悪魔の気配がします」

 

 泣いていたマリンが、急に真顔になって俺に告げる。

 

「悪魔だって?」

 

 この馬車の中に、いつの間にか五人目の乗客が乗っていた。フードを被って自分の正体を悟られないようにしてる。

 

「初めまして。失礼致します。まず自分から名乗りましょう。私の名は――」

『エクソシズム』

「ぎゃあああ!」

 

 問答無用の破魔魔法を食らい、悶える招かれざる乗客。フードの中からはけしからん格好をしたお姉さんが立っていた。二本の角と羽といい、典型的な女悪魔に見える。

 

「おいマリン! 待てよ! まだこいつ名乗ってもないぞ! 敵かどうかすらわかんねえじゃんか!」

「悪魔殺すべし! 悪魔と話す必要はありません。この場で消し去ってあげましょう!」

「人間のプリースト如きが! よくもやってくれたねえ!この場で引き裂いてやろうか!」

 

 殺意を燃やすマリンと悪魔。

 

「ちょっと待て、せめて話くらいは聞いてやろう! 戦うか決めるのはその後でいいだろ?」

 

 マリンを説得し、とりあえず仕切りなおしと行く。

 

「初めまして。失礼致します。まず自分から名乗りましょう」

 

 そこから始めるのか。正体がばれているのにわざわざフードを被りなおす悪魔。

 

「私の名はアーネス。偉大なる邪神、ウォルバク様に使える上位悪魔です。他人を馬鹿にするのが大好きな悪魔の公爵に占ってもらったところ、光る紅い眼を持つものが、ウォルバク様を見つけ出すという! さあそこのお前! 今すぐウォルバク様の居場所に案内してもらおうか!」

 

 悪魔はそう宣言し、レイを指差して命令する。

 そんな鋭い悪魔の眼光に、レイは物怖じせずに赤い瞳をゆっくりと見せながら。

 

「私は確かに紅い眼をしていますが、別に光ったりはしませんよ?」

「おれえーー」

 

 はっきりと答えた。

 

「おかしいな。確かにあの公爵は、光る紅い眼を持つものが、ウォルバク様を見つけ出す鍵となると言ったんだが?」

 

 アーネスの黄色い瞳と、レイの赤い瞳が交差する。それからじいっとレイを観察した後、困ったような顔をして考え込んでいる。

 

「そういえばレイ、今更だけどなんでお前の眼は紅いんだ? ファンタージー世界ではよくある事だと思ってスルーしてたけど」

「……生まれつきですよ。小さいころから不気味だといってみんなから孤立していました。悪魔や魔族の血が入ってるとか散々な扱いを受けて……。親も私の目を気味悪がって捨てました」

 

 眼を前髪で隠しながら、悲しそうに生い立ちを話すレイ。

 そんな悲しい過去があったとは。ただのメンヘラ女だと思っていた。

 

「そんなことはないぜ。似合ってるよレイ。お前らしいし!」

「そうですとも! 私の透き通る水の瞳のように、赤い瞳も美しいですよ!」

 

 しょんぼりするレイに、アルタリアとマリンが慰める。うん、友情だな。いいシーンだ。

 

「紅い眼なんてかっこいいじゃないか。俺の故郷ではわざわざ紅い眼にしたくてカラコン入れる奴までいたぜ。カラコンってのは眼の色を変えるアイテムの事な」

 

 俺も負けてはられない。彼女の悲しい過去を消し去るような、新しい思い出を作っていけばいいんだ。そう俺からもフォローすると。

 

「マ、マサキ様! ありがとうございます! 嬉しいです。でも私は気にしていませんよ? 確かに私は小さい頃は苛められていました。そして私を救ってくれる運命の王子様を待っていました。でもいくら待っていてもそのお方は来なかったのです。ですから私は! 自分から愛しい人を探す事にしたのです。それから多くの人を探し続け、ついに本当の運命のお方、マサキ様に巡り合う事ができたのです! ああ! これも私とマサキ様の紅い糸の導きです! これぞ運命! マサキ様! これから二人で共に歩んでいきましょう! あなたがいれば私はどこまでも行けます! 何もかも運命の紅い色で染め上げてしまいましょう! 立ちふさがるものは全て殺すのみです! ひひひひひ! この世界を、マサキ様の物へ献上します! イヒッヒッヒッヒ! ねえマサキ様! やりましょうやりましょう! 全て殺しましょう!」

 

 不気味に眼を大きく開けて、髪の毛を逆立てながら覆いかぶさってくるレイ。

 

「やめろ! しがみ付くな! 怖い! レイ! さっきのは前言撤回だ! お前の眼はクソだ! 悪魔どころかオークの血が入ってる! 呪われてる!」

「ああこれはツンデレですね。でも安心くださいマサキ様。本心はわかってますから!」

「全然わかってない! 掴むな! 痛いわ! いいから離れろ! 噛むな!!」

 

 抱きつくレイをなんとか引き剥がそうとしていると。

 

「このあたしを無視して、いちゃつくとはいい度胸だね!」

「これのどこがいちゃついてるように見えるんだ? お前の目は節穴か! ちょっとレイ、ストップ。まだ悪魔がいるだろ。いいから離れろ!」

 

 なんとかトリップしたレイを落ち着かせて、改めて話をする。

 

「コホン、悪魔か。せっかく悪魔と出会ったんだ。キールのダンジョンで面白い紙を見つけたからな。ついに使うときが来たか」

 

 かばんを探る。確か不思議な紙を入れていたはずだ。どんなことをしても傷一つつかない、補助魔法とやらがかかっている高級な紙が。

 

「マサキ! まさか悪魔と契約する気ですか! そんな事許しませんよ!」

「これはこの男との契約だ! お前には関係ないぞ! 残念だったなプリースト! さあ契約といこうか! 魂と引き換えに願いを叶えてやろう」

 

 マリンを無視して、俺は一枚の紙を差し出し、アーネスに渡した。

 

「なになに、偉大なるマサキ様に、何でも無償で言う事を聞きます。っておい! 逆だろこれ! なんであたしがお願いする立場になってるんだ!?」

「ああ、そこに君のサインを書いたら完成だから」

「舐めんな」

 

 紙を投げ捨てるアーネス。

 

「まぁいい。どうやら人違いだったようだね! もういい、散々舐めてくれた礼に! この場で引き裂いてやろうじゃないか!」

 

 怒らせたみたいだ。殺気を漲らせる悪魔に。

 

「アルタリア」

「ぎゃっ!」

 

 俺が指を向ける。それを合図にアルタリアはアーネスの羽を突き刺した。

 

「悪魔ってのは飛べるんだろ? だったら飛んで逃げられないようにしないとな!」

 

 残酷な笑顔を浮かべながら、アルタリアは素早くアーネスの羽を斬りおとす。

 

「こ、この……」

「レイ、ここは馬車の中だ。壊れないように炸裂魔法を弱めにな」

「はい」

「ごばっ!」

 アーネスのお腹目掛けて、レイが炸裂魔法(弱)を放った。

 

「お前達……よくもやってくれたねえ! 痛い目にあわせてや――ぐはっ!」

 

 弱めに撃ってるとはいえ、連続して炸裂魔法を食らい身悶える悪魔。

 

「さすがは上位悪魔ですね。馬車が壊れないよう手加減しているとはいえ、これだけ炸裂魔法を浴びせているというのに、まだ形を保っているとは」

「問題はない。すでに終わっている」

 

 チラッとマリンのほうを見ると、彼女はすでに詠唱を終えた後だった。

 

「ではさようなら『セイクリッド・エクソシズム』」

 

 マリンが人差し指の上に、球体のエネルギーを集中させ、アーネスに投げつけた。

 

「ぎゃあああああああああ!!」

 

 体中あちこちから黒い煙を噴き出し、浄化されていくアーネスだった。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ」

 

 半透明になりながらも、なんとか持ちこたえるアーネス。

 

「残念だったね。あたしには《残機》がまだ……」

「中々しぶといですね。もう一発いきますか?」

 

 マリンがもう一発魔力を貯めているのを、俺は止める。

 

「お前の失敗は、この狭い中で正体を現した事だ。飛べさえすれば逃げる事もできた。いや、勝てたかもしれないな?」

 

 アーネスに敗因を説明する。

 

「……分かった、今回は引き下がるよ。あんたたち、中々やるね」

「今回? お前は次があると思っているのか? 甘い悪魔だ」

 

 俺は残念そうな顔で、冷酷に告げる。

 

「ま、待ってくれ! 分かった! お前の望みをかなえてやろう! だから見逃してくれ!」

「違う。違うだろ! 悪魔アーネスよ。はい、これ」

 

 やれやれと言った風に、さっき捨てられた一枚の紙をアーネスに差し出した。

 

「ここに君のサインを書けば良いだけだ」

「ふざけんな! 悪魔が無償で働くなど! そんな恥な真似を!」

 

「では死ぬしかないな。マリン」

「分かった! 分かった! 分かったからそこのプリーストを止めてくれ!」

 

 チラっとみるとマリンはすでに次弾を装填済みだった。魔方陣の詰った球体を今にも投げつけようとしている。そんな彼女を見て、泣きながらサインをするアーネス。

 新しい仲間が加わった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 アーネスを仲間に引き込んだのは成功のようだ。彼女のオーラにびびり、周辺のモンスターは襲ってこないらしい。これで安全な旅が出来る。その功労者アーネスには、自分の立場を明確に教えるべくメイド服を着せている。

 

「いいか、アーネス。お前は俺、いや俺達のしもべだ。全員の命令に従え。分かったな」

「わ、わかったよ」

「口調がなってない! そこは分かりましたご主人様だろ!? 何のためにメイド服を着せたと思ってるんだ! やり直し!」

「わ、分かりましたご主人様! くっ!」

 

 メイド悪魔っ子は悔しそうに言い直す。

 

「なあ! なあ! 私から命令していいか!? 悪魔に命令って中々出来ないよな?」

 

 わくわくしながら手を上げるアルタリア。

 

「お、お手柔らかにお願いしますよアルタリア様」

「そう身構えんなよ! ちょっと戦闘訓練に付き合ってもらうだけさ!」

 

 彼女は悪魔の肩を叩きながら笑顔で言った。

 

「フッフッフ! では上級悪魔の力を見せてやろう! 遠慮は要りませんよ!」

「よーし、行くぞ!」

 

 自信満々でアルタリアを迎え撃つアーネス。

 

「ぎゃあああああ!! もう無理! もう耐えられない! 駄目!」

「はぁ? まだ始まったばっかじゃねえか。これでも手加減してんだぞ? こんなのダグネスだったら余裕で耐えたのに。悪魔って案外脆いんだなあ」

 

 呆れた様な顔でため息をはくアルタリア。一方アーネスは全身に切り刻まれた痕があった。必死で空に避難している。ちなみにダグネス嬢は初心者殺しを一撃で真っ二つにする攻撃でもほぼノーダメ。あの令嬢を基準にするのはどうかと思う。

 

 次の休憩にて。

 

「次は私の番! アーネス、心配しないで下さい。私は戦いではなく、あなたの知識に興味があるんです!」

「そ、それでしたらお役に立てるでしょう」

 

 アーネスを少し離れた場所に連れ出し、レイは話を進める。

 

「私の目的は一つ。マサキ様をこの手にする事。つまり惚れ薬です」

「なるほど、それならすぐにでも用意できますよ。あの男をあなたの虜にすればいいんですね?」

 

 全部聞こえてるぞ。まぁどうせそんなことだろうと思ったが。

 

「その通りです。でもただメロメロにするだけじゃ駄目ですよ。マサキ様はいずれこの世界の頂点に立つお方なんです。神よりも尊く悪魔よりも非道な! そんなマサキ様の性格に影響があったら困ります! そうですね、今までの精神はそのままで。この私のことが大好きになって……。でも夜中に嫌悪の表情で蹴ってくるマサキ様も好きですからね。あの痛みがなくなるのは寂しいものです。痛みもまた愛の一つですからね。うーん、私以外の女性が目に入らなくなるような……いえマサキ様の偉大なる計略に支障がでては困ります。やっぱりなんやかんやで今の状況を保ちつつ、私の事を一番に愛しながらもたまに殴ってくるようなDVも追加して……」

 

 レイがブツブツいいながら注文しているが、それを気味悪そうに引きつった顔で距離を取るアーネス。そして

 

「注文多すぎ! そんなの無理!」

「使えないですね。もう行っていいです。しっしっ」

 

 使えない、と失望した様子でアーネスを追い払うレイ。しょんぼりしている悪魔。

 

 

「と、言う事は次は私の番ですわね」

「ま、マリン様、なにとぞご容赦を。お慈悲を」

 

 媚びるような表情で懇願するアーネスに。

 

「やっぱり悪魔と旅をするなんて耐えられません! 吐き気がします! 最悪です! ですから今すぐ死んでください! 『エクソシズム!』『エクソシズム!』」

「ひいいいいいい! お許しをおおおお!! どうかお止めくださいいいいい!」

 

 アーネスはマリンから逃げ回った。

 

 

「ご主人様! あの三人が苛めます! 助けてください!

 

 泣きながら足元にすがりつくアーネス。一人一人を相手にするならアーネスの方が強いと思うんだが、多分契約のせいで強く出れないんだろう。

 

「ああ、うん。思ってたより酷かったな。なんだか気の毒になってきたよ。お前はモンスターを追っ払ってくれるんだから、それでいいよ。酷い事は禁止な?」

 

 散々な目にあったアーネスを後ろに回し、三人に言うと。

 

「ずいぶんと悪魔に甘いですねえマサキ様。アーネス、まさかあなた、後から来たくせに私のマサキ様を取るつもりですか? この泥棒猫! こうなったら容赦しませんよ!」

「なにを言ってるんです! レイ様! こんな卑劣な男なんて狙ってませんよ!」

 

 嫉妬の眼を向けられ、驚いて言い返すアーネスだが。

 

「私の愛しいマサキ様に卑劣とはなんです! 悪魔の癖に言ってくれましたね! 『炸裂魔法』」

「え!? なんなの? 何言っても駄目なの? ひどいいいい!」

 

「ほら、お前ら、アーネスちゃんが泣いてるだろ? 相手が間抜けな悪魔とはいえ、いじめはよくないぞ。いじめ絶対だめ」

 

 パンパンと手を叩き、子供を庇う様に三人に説明する。

 

「ご、ご主人様! いくらなんでもこのあたしをバカにしすぎてないか?」

 

 そんな彼女を無視して続ける。

 

「悪魔ってのは、契約が絶対とかいうクソみたいなルールを守らなきゃならない、可愛そうな種族なんだよ。まったくアホらしい。約束ってのはな、破るためにあるんだよ。それなのにアーネスちゃんは立派ですねー。俺はこんなふざけた種族に生まれないでよかったぜ。まぁそんなか弱い種族なんだから、ちゃんと優しくしてあげなよお前達」

「うぅっ」

 

 契約は絶対? なんてつまらないルールなんだろう。約束を破るかどうかは俺が決めることだ。人との信頼も大いに結構だが、こっちに利益となればすぐに掌を返すくらいの柔軟さがなければ駄目だ。

 そんな俺の言葉にどうやら精神までズタズタにされたようで、悪魔はすすり泣きをしだした。

 涙を流す悪魔に、なんとマリンがポンと肩を叩き。

 

「アーネスさん。もし我慢できなくなったらいつでも言ってください。悪魔に生まれてお辛いでしょう? 私が綺麗に浄化してあげますんで」

「全然慰めになってないよ! お前私を消したいだけだろ! うっううう。なんでこんな目に! この鬼畜共! もういやあ!」

 

 普段は常識人のマリンだが、悪魔相手にはほんと容赦しないな。アルタリアよりドSじゃないか。これ以上の追撃は気が引けたので。

 

「いや言い過ぎたよ。悪かったってアーネス。ちょっと休んでていいよ。必要になったら呼ぶからさ」

 

 アーネスを慰め、休憩をとらせる事にした。せっかく強い悪魔を支配下に置いたんだ。この手札を無駄にするのわけにはいかない。

 そのまま馬車で進んでいくと、遠くにファンタジー世界をぶち壊すような金属製の巨大ドームが見えた。中にはビルが立ち並んでいる。どうやら目的地のようだ。

 

「あれがノイズですか」

「フフ。面白そうな所じゃないか。強い奴がいそうだな」

「ここもまたマサキ様の踏み台となるのです」

 

 それぞれ思い思いに感想を述べる三人の仲間たち。

 

「俺の新たな冒険が始まる。待っていろよ魔道技術国ノイズよ。ここでまた名を上げてやる」

 

 次のステージにわくわくしながら、ゲートの方へと馬車を走らせた。

 




アーネス登場です。ですがアーネスを苛めすぎた気がしました。これから彼女の名誉挽回できるようなお話を加えていこうと思います。
次からはノイズが舞台になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二部 6話 魔導技術大国ノイズ

「なんだここ? 本当に異世界か? なんだか急に現実世界に戻った気分なんだが」

 

 入り口のゲートを抜けると、そこは異世界……いや真逆だった。立ち並ぶビル、コンクリートで出来たアパート。電柱にショーウインドウ。おシャンティーな服屋やカフェもある。時折よくわからない未来っぽい感じの建物もちょくちょくあるが、ほぼ大体日本でよく見る風景が広がっていた。

 

「なんだこれ! なんだこれ!」

「あの服可愛いですね! 戦いにはむかなそうですけど」

「変な街ですね。こんな国があるなんて」

 

 冷めた俺とは対照的に、彼女たちにとっては珍しい町並みに興奮する三人の仲間たち。

 

『ようこそ魔導技術大国ノイズへ。はじめまして。私はこの国の案内をする役目のメイドロボです。よろしく』

 

 街をきょろきょろしていると、変な何か、棒人間のような何かに話しかけられた。どう見てもメイドロボじゃないが。棒人間型のロボットだ。顔がモニターになっており、《WELCOM》と書かれていた。

 

『初めてのご入国ですか?』

「はい」

『ではまずこちらの建物にて、入国管理局の手続きを終えてください。ノイズにいらっしゃった目的はなんでしょうか?』

 抑揚のない機械音声で、淡々と説明を続ける棒人間に、ある建物まで案内された。

 

『ようこそ、ようこそ』

 

 役所のような場所に入る俺達。なんだかとても場違いな気もするが。周りに冒険者らしき人間は見当たらない。みんな納税とかそういうのに並んでる。俺たちめっちゃ浮いてるんだが。っていうかここ魔王を倒すファンタジー世界だったよね? 服装だけかろうじて中世っぽいけど、やってること現代社会と一緒だよ。

 

『冒険者志望のお方は、5番のボタンをお押し下さい』

「あ、はい」

 

 メイドロボ(?)に言われるまま、待ち受けの5番のボタンを押すと、受付番号が出てきた。呼ばれるまでソファーで待つ事にする。

 それから。

 一時間後。

 

「おい! まだなのか! 私たちの番はまだなのか! 私らより後に来た奴がどんどん先に行ってるぞ! こんなのゆるさねえ! 文句言ってくる! 潰す!」

「落ち着いてくださいよ。アルタリア、よく見てください。先に行った人は住民やら商人で、冒険者らしきかたはいませんよ。冒険者は珍しいんでしょう! ほら、やっぱり戦闘を生業とする冒険者となると、手続きとか色々あるんですよ」

 

 お役所仕事にイラついてるアルタリアを必死で宥めるマリン。

 

「そう言われれば、私達以外に冒険者っぽい方はいませんね。みんな」

「アクセルとは正反対だな。あそこでは小金さえ出せばすぐにギルドで登録できたぞ」

「見た感じ貧弱な奴らばかりだな。私ならすぐにてっぺんとってやるぜ!」

「相変わらず力ばかりですね、アルタリアは。ですが強い魔力を持ったウィザードも見かけませんね」

 

 待ち時間に四人で他の街との違いを話し合っていると。

 

『603番でお待ちの方。お待たせしました。冒険者志望の方はこちらへどうぞ』

「遅い!」

 

 棒人間型ロボに掴みかかろうとするアルタリアを必死で止め、付いていく。

 

『冒険者カードをお持ちの方は提出をお願いします。なければこちらで発行いたします。発行の場合、手数料がかかりますがご了承ください』

「冒険者カードは持ってる」

「うん」

 

 俺たち四人は棒人間に冒険者カードを渡す。

 

『了承しました。ではこちらでございます』

 

 一つのゲートを案内され、そこからエレベーターで上層部まで上って行く。原理はわからん。エレベーターが最上階にたどり着くと、チンと鳴って扉が開く。そこからは一本道のようだ。

 これまでの世界で見かけるような、中世っぽいのとは全然違う風景だ。道の横にはSF風のアーマーをつけた兵士たちが道に並んでいた。

 

「この先はメイドロボに代わり、私が案内しましょう」

 

 棒人間は俺たちの冒険者カードをチェックしており、軍服っぽい服装の女性が案内を引き継ぐ。傍らには今までとは若干デザインの違う肩をしたSFアーマーの兵士が二人立っている。近衛兵かなにかだろうか。 兵に武器を取り上げられ、大きな機械で出来た扉の前と連れられた。まるでラスボスの部屋の前のような緊張感があるんだが、なんていうかやはり未来風だ。規則的なデザインに扉にはチャイムのようなものが付いており、それに話しかける女性。

 

「閣下、冒険者志望の人間をお連れしました」

『入るがいい』

 

 軍服の女性は一礼した後、ロックを解除する。するとプシューという音とともに自動的に開くドア。無機質な大部屋の中へと俺たちを案内した。

 中ではなぜかスモークが焚かれており、奥からゆっくりと人影が現れた。

 

『我こそがこの魔導技術大国ノイズの王にして総督だ』

 

 機械を通しているのか、くぐもった声をした男は姿を見せる。顔にはマスクを装着しており表情はわからない。全身も特注っぽいアーマーを着込んでいる。っていうかなにこの人。怖い。どう見てもダース○イダーにしか見えん。絶対悪役だろ! なんか寒気がするし。

 

『コーホー』

 

 ほらコーホー言ってるし!

 

『冒険者志望とは珍しい。だがわが国では冒険者を募集しておらぬ。防衛はもっぱらゴーレムに任せておる』

 

 この街で冒険者を見かけなかった理由はこれか。そういえば街の外にはゴーレムが並んでいたな。どうみてもゴーレムというより人型ロボットだったが。

 

『もっとも、貴様の存在が我らの利益になるならば、話は別だが』

「よくぞ聞いてくれました! この私はサトー・マサキ! リッチーのキールを撃退し、魔王幹部バラモンドをぶちのめしたちょっとした英雄でございます! もしこの私をノイズに置いてくださるならば、今まで以上の働きをしします! 魔王だろうがなんだろうが壊滅させてます! そしてノイズを世界一の覇権国家まで伸し上げて見せましょう!」

 

 値踏みをするように睨みつけるノイズの王。怖いがここで臆するわけにはいかない。今こそ自分を売り込むチャンスだ。ノイズの王の見た目はどう見ても化け物だが、話が通じるならば問題ない。自分の価値を必死でアピールする。

 

『サトー・マサキか。その話が本当なら、ベルゼルグの国でもさぞかし名をあげただろう。いいだろう。少し待つがいい』

「また待たされるのかよ! ん! むぐう」

 

 怒るアルタリアの口を塞ぎ、またちょっと待つ。すると女性の秘書官が資料を持ってきた。

 

「こちらです」

『なるほど、サトーマサキ。どうやら貴様の言うことは事実のようだ。我らの諜報部隊によれば……バラモンドもろともアクセルの街を滅ぼし、魔王をも恐れるアルカンレティアで破壊活動を起こした。ベルゼルグの政府にも問い合わせた結果、貴様は危険人物ですぐさま身柄を拘束しろとのことだ』

 

 資料を読み上げたノイズの王は。

 

『その男をすぐさま牢へと入れろ。処遇はその後考える』

「おい! ちょっと待って!誤解ですから! おーい! もう少し話をしようじゃないか! なあ! 話せばわかるって!」

 

 兵士に捕まり、そのまま牢屋へとぶち込まれる俺だった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「帰りたい」

 

 独房に入れられた俺。うん、もう何度目だろう。まずアクセル、次にアルカンレティア。そして今度はノイズ。なんだかここまで理不尽な目に合うと、逆に笑えてくるわ。なんだか牢屋が俺の家に見えてきた。

 

「だがまだ俺にはこれがある」

 

 なぜアーネスのことを黙っていたか。それはこんなときに備えてだ。隠し持っていたチョークで魔方陣を書くと。

 

「いでよ。アーネス」

「呼びましたかマサキ様」

 

 背中に現れたのはレイ。背後から耳元へ息が届く距離でささやいてきた。

 

「おわっ! お前じゃねえよ! どうやってここに!」 

「マサキ様いるところに私ありです。壁伝いに真上から牢屋に潜入しました。ノイズの警備も大した事ないですね!」

「なんて奴だ! 相変わらず危険な奴! 

「あ、あの、ご主人様? アーネスですよ? ちゃんと出てきましたよ?」

「おい、誰か来るぞ! お前ら隠れろ!」

 

 レイと言い争っていると、ちゃんと出てきたアーネスが恐る恐る尋ねている。そんなぐだぐだなことをしていると、足音がした。誰かがこちらにやってくるようだ。

 

「呼び出しておいていきなり去れとは、悪魔使いが酷いんじゃない?」

「見張り如き私の魔法で……」

「いいから消えてろ」

 

 文句を言う悪魔とアンデッドを部屋の上の角に潜ませた。羽があるアーネスはともかくレイは握力だけでよく落ちないよな。もう慣れたけど。

 

「博士、この男は危険と聞いております」

「いいから、彼と二人で話がしたい。君たちは席を外してくれ」

 

 どうやら博士と呼ばれた男が一人で来るようだ。こいつを人質にすれば脱出は……。こっちはアーネスとレイを含めれば三人だ。いやまて、まだこの国で処罰が決まったわけじゃない。下手に反抗するよりも、むしろ彼を説得して俺の待遇をよくしてもらう方が……。

 次の行動を決めかねていると、男が扉の前に立ち尋ねた。

 

「ところで君……。ゲームは好きかな?」

 

 この質問は……。俺が死んだときに、あの女神が言っていた……。

 懐かしい。あの時はこの先どんな第二の人生が始まるか想像も出来なかった。

 変なメガネを貰ってこの世界に下りて……どんな冒険が始まるのかワクワクして。

 ……。

 …………。

 

「改めて紹介しよう。この国は魔導技術大国ノイズ。俺のような内政チート持ちが集まって出来た技術国家だよ。でも俺以外の奴らはみんなとっくの前に王の無茶振りに耐えかねて逃げ出しちゃってさあ。もう俺しか残ってねえんだよ。転生者が来たのは久しぶりだよ。変わった名前の奴が牢屋に入れられたと聞いてピンと来てね。キミも女神様に送られてきたクチだろ? 同じ日本から来たもの同士、色々話そうじゃないか!」

 

 面会室に連れられる。そこで愉快に語る白衣を着たおっさん。

 

「あ、はい……。ということはあなたもこの世界に送られてきた転生者なんですか? この国でそれなりの地位に付いている様子ですが、中々の実力者なんでしょう?」

「そんなかしこまらなくていいから! いやあこの国は堅苦しくってねえ。制度とか考えた奴がくそ真面目だったんだろなあ。中々羽目をはずせなくて困るよ。めんどくさくてやってらんないわ。ああだっる。俺はね、ただメイドに囲まれる生活とか送りたかっただけなの。そのためにね、色々国に貢献したら勝手に出世しちゃってさあ。まぁおかげでそれなりに快適な生活ができてるんだけどねえ、毎日魔王倒せ倒せうっさくて困ってるんだよ。そんなんできたらとっくにやってるっての」

 

 フレンドリーに話す博士。

 うーん……、こいつもうタメ口でいいか。

 

「にしてもこの国の王こええな。やべーマスクしてたし」

「王は重度の花粉症なんで。マスクがないと外が辛いんだよ」

 

 マジか。花粉症だったのか。

 

「アレ花粉症なの? じゃああの呼吸音もそれなの?」

「王は他にも喘息を煩っててなあ。常に新鮮な空気が送られるようになってるんだ」

 

「あの禍々しいアーマーは?」

「ヘルニアで……腰が弱くて。あのコルセットがないと立ってられないんだ」

 

「そういえば部屋で寒気がしたのも?」

「あのアーマーをフル装備すると暑くてなあ。クーラーをガンガンに効かせてるんだよ」

 

 ……。

 しばらく沈黙が続いた後。

 

「がっかりだよ! 色々がっかりだよ! なんだよあの王! 花粉症に嘆息にヘルニアだって? ずいぶん人並みの病気に悩まされてんなあ」

「内緒だよ? これ国家機密だから。俺たちのトップがそんなんとか恥ずかしいじゃんか? あやっべ。これオフレコね。外で話してるのバレたら処刑されるから」

 

 いいのか? こんなにペラペラ喋って。まぁ囚われの身の俺がなに言おうと問題はないかもしれんが。

 

「まぁ王のことはともかく、これやってみろ。俺が開発したんだ。この世界のやつらってさ、この価値がわからないからなあ。だから日本出身である君に会いに来たんだ」

 

 博士に渡されたのはゲームガール。

 日本、いや世界中ではやっていたゲームだ。この俺も幻のモンスターを近所の小学生に100円で売りつけていたこともある、馴染み深い携帯ゲーム機。

 数個のカセットがあったため、試しにやってみる。

 

 ――ゲームオーバー

 

「なんだ、もう負けちゃったのか? ゲームは好きだと言う割にはさっぱりだな」

「バグがない」

 

 がっかりした表情の男に、俺はボソッと呟く。

 

「バグが再現できてない! このゲームはあるステージである動作をすると画面がフェードアウトしてフリーズするはずだ! こっちはセレクトを連打すると記録が消えるはず! ショートカットはどこだ!? 裏技も出来てない! コマンド入力で残機無限になったはずだというのに! それも無い! こっちのはモンスターのレベルをカンストさせるのもないじゃねえか! まだまだ本物には程遠いな」

「い、いや、そんなことまで同じにする必要ある? この世界でさあ、このゲーム機を作るのにどんだけ苦労したか。俺もけっこう頑張ったと思うんだけど……」

 

 困った顔をする博士に。

 

「バグや裏技も再現できてこそ、本当のゲーム愛と言うものではないかね?」

 

 真のゲーム熱とはなにかを、はっきり宣言した。

 

「それにしても何で君そんなに詳しいの?」

「かってはこの俺は、裏技使いのマサキと呼ばれ恐れられたものだ。対戦ゲームで負けそうになれば強制フリーズさせ、他人が先にクリアすると聞けば、脱出不可能バグの罠でリセットを余儀なくさせたりと、勝つためなら何でもやったものさ」

 

 自慢げに説明すると。

 

「は、はぁ。君友達無くすよ?」

「フッ、それに気づいたのは……全て失った後だったよ」

 

 博士の言葉に、悲しそうに告げる俺。

 

「まぁバグの件は置いといて、君はこのゲームガールに、いやもっと他にもいっぱいあるんだけどね? その価値をわかってくれる人間だ! どうだい? この俺の助手として働かないかい? ってか助手って言うか話し相手なんだけどね。ゲーム仲間とか募集できないじゃん? おおっぴらに」

「いいな。俺がこのゲームたちをより本物に近づけてやろう。裏技なら任せておけ」

 

 俺とこの転生者の先輩との話し合いは合意した。そして博士の取り成しにより、俺は牢から開放される事になった。

 

「彼には技術試験隊の隊員として、我々が開発した試作兵器の実践テストをしてもらいます。きいた話では冒険者としての実力は中々のものですよ。多分。きっとわが国の役に立つでしょう」

『いいだろう、ドクター。お主がそこまで言うならこの男の開放を認めよう。だがサトー・マサキよ。くれぐれもおかしな真似はするなよ? 命が惜しくなければな。コーホー』

「はい、勿論です総督閣下」

 

 そんなのわかってるよ。お辞儀しながらそう思った。花粉症のおっさんめ! にしても相変わらず寒い。クーラー効きすぎだよここ。 

 まぁ今はただの助手でいい。だがいずれ、俺の実力を目の前の王に、いやこの国で認めさせてやろうじゃないか。それまでじっくりと機会を待つのだ。この国の技術力があれば、魔王……いやこの世界を手にするのも夢じゃないはずだ。

 自分の能力でいけるところまで行く。とりあえず魔王を倒し、その次は世界が相手だ。アクセルでは野望は挫かれたが、今度こそ俺が全てを支配してやるのだ。

 




 とある転生者チョーさん(本名不明)が登場です。あとノイズの世界観やら考えてみましたが、なんか変な世界観になってしまいました。色々悩んでたらこうなっちゃった。どうしよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二部 7話 ノイズ技術試験隊

 ノイズの技術試験隊員になった俺は、博士とともに組み立てライン工場でゴーレムが作られていくのを見学している。っていうかゴーレムっていうか普通にロボットだな。

 ノイズの軍事力はほぼゴーレムに頼っている。ゴーレムというかロボだが。あとは少数の魔術師が後方にて方向制御をしているらしい。雇われの冒険者もいない事はないが、小数だ。

 

「まずはメイン兵器であるゴーレムの見直しから行くか」

「おお君、やる気だねえ。俺はもう十分国に貢献したと思うから、はっきり言ってこれからは毎日面白おかしくゴロゴロしてたいんだが。ふあーあ」

 

 だるそうな博士に。

 

「あんたのツテとはいえ助手になったんだ。俺が改善できる事はやるぞ。そしてこの俺の力を世界に認めさせてやる!」

 

 意気込んで新兵器開発の意見を述べる事にした。そう、俺なら、この国の科学力さえあれば、世界最強国家へと押し上げることが出来る! ネトゲ界で多くの世界を屈服させたこの俺様の力を持ってすれば。見えるぞ! 俺の栄光の道が……。

 

「ゴーレムに乗り込むのはどうだ? そうすれば多少のモンスターの攻撃など痛くもない! 蹴散らしてやる!」

「それなら昔やったわ。あそこに試作機があるから試してみれば?」

 

 無駄に主役機っぽい白い見た目のロボット、もといゴーレムが工場の隅に置かれている。埃だらけだけど。少し掃除をした後。

 

「よし、俺がパイロットだ。勝てる……」

 

 俺のマシンが普通のゴーレムに向かって突撃する。操作方法は……なぜかアーケードスティックだ。いいのかこれ? だがわかりやすい。これなら俺にも動かせる!

 俺のパイロットとしての適正を見せてやるぜ!

 うおおー!

 

「……負けたわ。やっぱ二足歩行はきついな。歩くだけならギリ耐えられても、殴り合いとかなるとクッソ酔うわ。洗濯機の中みたい」

 

 ゴーレムにコテンパンに殴られて降参する。性能は普通のゴーレムと同等、いやむしろ凌駕してる思うんだがとにかく酔う。気分は最悪だった。コクピット周りの振動と衝撃がやばすぎる。

 

「足はやめてキャタピラにしよう。それなら上下の揺れは何とかなる。キャタピラってのはな、こういう仕組みで動く車輪だ。ゴーレムが作れるんならこれくらい出来るだろ!」

「それってどうみてもガン○ンクじゃね? 下半身キャタピラのロボってそれはどうみても。その見た目はアウトでしょ!」

 

 博士のつっこむ言葉を無視し、大まかな設計図を渡し技師に組み立てさせる。

 完成! 上半身はそのままゴーレムだが、下半身をキャタピラに変えた新型ロボに乗り込み、さっそくテストだ。

 

「やっぱ駄目! 腕を振り回す時点で一緒だ! 上下は問題なくても左右がきつい! 結局酔う! 無理!」

 

 ガン○ンクもどきから脱出して叫んだ。これもボツだ。

 

「やっぱり戦車だなあ。現代兵器って偉大だわ。こんな形な。こっから砲弾……いや魔法を発射して、この部分に乗り込む。さあ作れ!」

 

 ノイズの技師たちに、戦車について図で詳しく説明し作らせる。

 

「もう異世界関係ないなお前。戦車で魔王に立ち向かうとか、いいのかそれ? ジャンル変わってないか?」

「勝てばいいんだ、勝てば。手段などどうでもいい」

 

 しばらくして完成した戦車を見て。

 

「おお、これだよこれ! それっぽくなってる! みんなやれば出来るじゃないか!」

 

 俺は感嘆の声をあげる。これならいけるぞ。戦車で魔王軍を蹴散らしてやる。すぐに戦車に乗り込み試運転する。とりあえず工場の周りを一周したあと。

 

「暑い! 暑いわ! こんな中入ってられるか! 空気は薄いし! 攻撃用の砲台に魔力をチャージすると、内部で起動させた『フリーズ』が消える! フリーズに魔力を回すと『ファイヤーボール』の魔力がなくなるし! ってか撃ってると魔力切れですぐ動かなくなるし! ダメだこれ! マジダメだわ! 中に氷でも置かないと無理! やっぱ戦車って凄いわ。よく出来てるなあアレ」

 

 中が蒸し暑い上に、数発撃っただけですぐに動きを止める魔道戦車。これもボツだ。

 

「もういい! やっぱりゴーレムで行こう! 乗り込むのはきつい!」

 

 結局元に戻った。ダメだ。やっぱり現代兵器は凄い。科学技術の結晶をそんな簡単に再現はできないようだ。特に動力がきついな。

 

「なにも現代兵器に近づける必要はない……。もっとこの世界のものを活用する、合理的な方法はないだろうか?」

 

 他にも色々な案を出した。

 

「巨大なロボ――じゃなくてゴーレムを作り、兵員を輸送するとか。二本足じゃなくて四本足で安定性を高めて。前線に多くの兵士を輸送できる特別な仕様の……」

「だれが乗るんだよ。うちにそんな強い冒険者はいないぞ? っていうかゴーレムに戦わせた方が早くね?」

 

 兵員輸送車の役割を考えてみたものの、肝心の兵士がいない。他にゴーレムのうまい利用法を考えてみるもこれと言うのが出てこない。

 

「ううん、思いつかんわ。完全に煮詰まった! ダメだな。なんかもっと発想の転換って言うか……」

「行き詰ったときこそ遊びも大切だよ? そうだ! 俺の秘密の施設に案内してやろう」

『お疲れ様です。冷たいお茶をどうぞ』

 

 首をかしげている俺に、棒人間が近寄ってきて飲み物を持ってきてくれた。ありがたく受け取るが、その姿をみて少し愚痴る。

 

「そういえば思ったんだけどさ、あのメイドロボはなんだよ。性能は凄いけどあの見た目はおかしいだろ」

「いやね。俺も自分で作るのは疲れるからさ、設計図だけ渡して他の研究員に渡したら、あんなの出来ちゃった」

 

 博士に見せてもらった設計図には、棒人間に『メイドロボ』と書かれており、人の世話をすると説明書きがある。

 

「絵下手だなあんた」

「絵心ないのはわかってるよ! でもちゃんと人間の形をしているって書いてあるのに、あいつらそのまま設計図どおりに作っちゃって。こんな棒人間に色気もかけらもないし! ちくしょう!」

 

 博士は悔しそうに頭をかきむしって答えた。うーん、このメイドロボ残念だな。見た目さえ美少女なら完璧なのに。

 

「ところで秘密の施設ってのはなんだ?」

「おう、そだったそだった。この俺の楽園に案内してやろう。研究費をちょろまかして作った俺の自慢の秘密基地だよ」

 

 息抜きに博士と遊びに行くことになった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 博士が案内人となり、俺たちパーティー四人はノイズから離れた山の奥へと向かう。

 

「にしても何でそんな場所に作ったんだ? 魔王城には近いし危なくないか?」

「だからだよ! この周りにはな、危険なモンスターがたくさん生息しているから人が近づく事はまずない。キメラ計画の失敗で逃がしたマンティコアも野生化してるし」

「おいコラ」

 

 思わず突っ込む。このハゲ、なんてはた迷惑な奴だ。自分で作ったモンスターは自分で処理しろよ。

 

「でも一番はアレだよ。アレ」

 

 博士が指を指した先には、緑髪の少女がぽつんと座っていた。

 

「誰かいますよ? どうしてこんな所に?」

「怪我していますね。体中に包帯を巻いていますし」

 

 マリンとレイが近寄ろうとするのを、博士が止めた。

 

「待て待て。ああ、そいつには気をつけてね。アレは『安楽少女』って言ってね。庇護欲を巻き散らかせて人間を誘い込むんだよ。危ないから近づかないように。倒そうとするとさあ、必死で擦り寄ってくるからね。心が痛まないようにゴーレムに駆除させるのが基本だね。まぁ彼女たちが生息してるおかげで、この辺には誰にも近づかず安全って訳だよ。入ろうとしたやつはこのモンスターにやられるから」

 

 博士が詳しく説明する。ほう、食虫植物のようなものか。

 俺たちの姿に気付いた安楽少女は、上目遣いでこっちを眺めてくる。そして包帯の巻かれた部分を痛そうに手で押さえて、懇願するような目で助けを求めている、ように見える。

 

「モンスターなんですの? でも怪我をしているようですし、見逃してあげれば。ってあら? この包帯、ニセモノなんですね?」

 

 マリンが回復魔法を使おうとして近寄ると、その包帯と傷が擬態である事に気付いた。てへ、といった顔でニコリと笑う安楽少女。その笑顔を見て、こらこらといった顔で笑い返すマリン。なにお前ら仲良くなってるんだよ。

 マリンとそんなほんわかなやり取りをした後、今度は背中についた実のようなものを、レイに差し出した。

 

「こんなの貰っちゃいました! ねえマサキ様、このモンスターって食べ物をくれるいいモンスターじゃないですか? きっと危害を加えたりすることはないですよ!」

 

 モンスターにいいも悪いもあるかよ。

 

「どうせ毒でも入ってるんだろ? そんなもの捨てろよ」

 

 そう吐き捨てるように言うが。

 

「私、この子となら友達になれそうです。私のマサキ様を狙ったりしませんし。なによりでしゃばらない! ねえ、飼っていいでしょう! ちゃんと水やりもしますし!」

 

 一見か弱い少女にしか見えないモンスターを見て、レイがそんな事を言い始めた。

 マリンはともかくレイまで! お前そんなキャラじゃないだろ! 女を見れば誰でも威嚇する危険なアンデッドだろ!? いや、アンデッドだからモンスターと気が合うのか?

 

「どう考えてもこいつは危険だ。ここで始末する」

「危険だから放置してるんだよ! 勝手に狩らないでよ頼むよ! 俺の隠れ家が見つかっちゃうじゃんか」

 

 槍の柄に手をかけようとするのを博士が止めてくる。すると目の前の安楽少女は。

 

「……コロス……ノ?」

 

 喋りやがった。植物の分際で。

 

「喋りましたよ! たどたどしいですが、そこがまたかわいいです!」

 

 不快感を露にする俺とは対照的に、レイは珍しく年頃の少女のように目をキラキラさせている。

 

「私はレイ。よろしく」

「……レ……イ?」

「そうですよ。レイです。ねえマサキ様! 凄い! 私の名前を言いました。ねえ、今度はママ、と言ってみて下さい」

「……ママ?」

「そうです。ママです。ねぇマサキ様! この子飼っていいですよね?」

 

 ママと呼ばれて優しそうに微笑むレイ。あいつのあんな表情は見たことない。ヤンデレの癖に母性に目覚めてるんじゃねえよ。

 

「ダメだ」

「なんでですか! マサキ様はすでに悪魔を飼ってるじゃないですか! いいじゃないですかあんな弱そうなモンスターくらい!」

「あいつは契約で無力化しただろ? コイツとは違う!」

「悪魔やアンデッドはOKでこの子はダメとか、私もアクア様も許しませんよ!」

 

 安楽少女は、そんな言い争っている俺たちのほうを見ると、観念したように手をプルプルさせ、しゃがみ込んで言った。

 

「ウマレテハジメテ、コウシテニンゲント、アウコトガデキタケド……サイショデ、サイゴニアエタノガ、アナタデヨカッタ。……モシ、ウマレカワレルノナラ……。ツギハ、モンスタージャナイト、イイナア……」

 

 涙を浮かべながら、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ安楽少女。

 うさんくさいしわざとらしい。

 一応、最後の確認のために魔道具のメガネのスイッチを入れてみると。

 

『嘘つき』と表示。

 

「相手を選ぶんだな」

 

 安楽少女の演技にウンザリした俺はペッと唾を吐き、槍で突き殺すことに決めた。この俺にそんな戯言が通用するか。

 

「マサキ! 何をするんですか! まさかこんな愛らしい生き物を手にかけるなんてしませんよね? きっとアクア様ならこう言うでしょう。『迷っている時に出した決断はね、どの道どっちかを選んだとしてもきっと後悔するものよ。なら、今が楽な方を選びなさい』。そう、この子を殺すなんてしたらきっと後で後悔しますわ!」

「迷いなど欠片もない。今すぐ殺してやる」

 

 マリンの説得を無視し、槍で狙いを定める。

 

「さすがに可愛そうですよ! マサキ様、こちらに危害を加える気はなさそうですし、このまま放置しても問題ないですよ! マサキ様の野望の邪魔にはなりませんって!」

「ちょっと君! アレを殺さないでくれよ! こいつらがいないと俺の秘密の施設が見つかっちゃうだろ? これからも門番代わりに使うつもりなんだから」

 

 レイも俺を止める。どうやら安楽少女の魅力にすっかりやられてしまったらしい。博士は別の理由だが。

 

「止めるな! この俺を嵌めようとするやつは命で償ってもらう!!」

 

 三人にしがみ付かれ、身動きが取れない俺を見て、モンスターが。

 

「クルシソウ……。ゴメンネ、ワタシガ、イキテル、カラダネ……」

「その通りだ! 今すぐ殺してやる! どけお前ら!」

「させませんよ! あなた、早く逃げてください! 私達がこの鬼畜を抑えている隙に!」

「この子は私のペットにするんです! ダメですマサキ様!」

「お前らは甘すぎるんだよ! 簡単に虜にされやがって! そうだアルタリア、俺の代わりにぶっ殺せ! アレ? そういえばあいつはどこいった?」

 

 仲間同士で争っていると、いつの間にか姿を消したもう一人の仲間に気付く。

 

「おいしょ」

 

 俺達が揉めていると、アルタリアがいつのまにか袋を担いで帰ってきた。

 

「アルタリアさん? どこへ行っていたのです?」

「アルタリアも止めてくださいよ! マサキ様がもう少しで殺人をする所だったんですよ!」

「無事だったか? お前もあのクソモンスターに騙されたのかと思ったぜ」

 

 アルタリアは嬉しそうな顔で大袋を下ろす。

 

「いやあ大量大量! 近くにめっちゃ簡単に倒せるモンスターがいるんだぜ? なんかさ、『私が生きていると迷惑かけるから』みたいなことを言ってきてさあ、望みどおり遠慮なくぶっ殺してやったよ! 無抵抗な奴を殺すのも気分いいな!」

 

 下ろした袋の中を恐る恐る覗くと……中には大量の少女の首、もとい安楽少女の首が入っていた。さすがアルタリア、殺せるならなんだって殺すバーサーカー。やりやがった。

 

「ヒイイイイ!!」

 

 仲間たちの首を見て、恐怖の悲鳴を上げる目の前の安楽少女。

 

「それでこそアルタリアだ。お前ら二人も少しは見習え」

「だって殺してって言ってたからさ、殺してやっただけ。しかも凄い経験値入ったし! こんなラッキーなモンスターも存在するんだな」

 

 ラッキーか。それでこそドSのアルタリアだ。俺が言うのもなんだが血も涙もない奴め。この面倒なモンスターも彼女から見ればはぐれたメタルのスライムみたいなもんか。いや逃げたりしないからもっと楽だろう。

 

「いくらなんでも酷すぎます! 無抵抗の相手にこんな真似を。それでも神に使えるクルセイダーですか?」

「アルタリア! あなたには人の心がないんですか?」

 

 アルタリアの血も涙もない所業を見て、マリンとレイが非難するが。

 

「でもこいつモンスターだろ? モンスターは殺すのが正しいんじゃないのか?」

「「ぐっ」」

 

 アルタリアの正論に二人は黙り、他に反論出来ないか考え込んでいる。

 

「あーあ。やっちゃったよ。はぁー。俺の秘密の施設がばれちゃったらどうしよう? 国の研究資金をネコババしてるのばれたらどうなんだろ? 地位剥奪かなあ? 最悪死刑かな?」

 

 博士は博士で別の理由で悩んでいた。

 

「モンスターを倒してなにが悪い! もっと私を褒めろよ! ってなんだよおめえらその顔は!?」

 

 えへんと自慢気に腕を組むアルタリアを、泣きながら睨む二人。そんな彼女たちにに不服そうに言い返す。

 

「あんな子達を殺して良心が痛まないんですか?」

「なにそれ? モンスター殺してなにが痛むんだよ。意味わかんねえ」

 

 本気で理解できないといった顔で答えるアルタリア。

 

「安楽少女の生息地帯は、隠れ家に最適な場所だったのに……あーあ」

「殺しちゃったもんはしゃーねえだろ?」

「そうそう、また別の方法で出入り口を塞げばいいよ」

 

 アルタリアも俺もこのモンスターがどうなろうと知ったこっちゃない。すっきりした表情で告げた。この悪党! と言った表情で俺たちを睨むマリンとレイはスルーだ。

 

「ああああああ! なんてことだあ! まさかこんな鬼畜外道が存在するとは! みんな殺されちゃったよ! ぐうううう、あぎゃああああ。もう終わりだあ」

 

 ガクガク震えながら、流暢に喋る安楽少女。先ほどまでの弱弱しい言動ではなくなり、絶望的な顔で叫んでいた。やっぱりあのカタコトは演技だったか。

 

「なんか気が済んだから、お前は見逃してやる。ありがたく思え」

 

 目の前にいる生き残った安楽少女にそう告げ、そのまま森の奥へと進んでいく俺たち5人。

 安楽少女の首のない死体がゴロゴロ転がっている、無駄にホラー染みてしまった山の中をそのまま進んでいくと、例の秘密の施設の扉が見えてきた。

 

「こっちだ」

 

 博士がボタンを操作し、重い扉が開いていく。どうやら地下に作っているらしい。

 明かりがつくと、中にあるのは大量のゲーム機やおもちゃだった。この男、国の研究費を使ってこんなものを作ってたのか? それにしてもなんていう数だろうか。合体したらタワーになるゲーム機もあるぞ。

 

「なんなんですか? これは? こんなの見たことがありませんね」

「説明するのはめんどくさいな。とりあえず最強の兵器だと言っておこう」

 

 質問するマリンには適当に答えておいた。

 

「おーい! マサキ来い! こっちにはゲーセンの筐体がある。一度誰かと対戦してみたかったんだ!」

 

 博士と一緒に格闘ゲームをプレイすることにした。

 

「おおバグ発見。くらえ真空投げ! 真空投げ!」

「あのさあ。君って普通にプレイできないのかよ? ムカつくんだけど。こんちくしょう」

 

 手も触れずに相手をほおり投げるバグ技を使いまくっていると、博士が呆れた顔で叫ぶ。

 その後、色んなゲームで遊んだが、バグ技を見つけてはコテンパンにするを繰り返していると博士は泣き始めてきたのでやめてやった。

 

「おお? なんだこれは? なんに使うんだ? こうか?」

「き、君。頼むから触らないでくれ!」

 

 一方アルタリアは、その辺にあるおもちゃを乱暴に扱ってはガラクタに変えていく。それに気付き、必死で止める博士。

 

「こ、これは……間違いありませんわ! これぞアクア様に選ばれし者に与えられると言われる神器! 聖なる剣! きっとどんなものでも斬れるはずです!」

「はいはいそうですね。危ないね。ポイ」

 

 自慢げに光り輝くライトサーベルを掲げるマリン。この節穴が。どう見てもプラスチック製なんだが。こんなのじゃゴブリンも倒せねえよ。取り上げてその辺にほおり投げた。

 

「アレ、こっちの部屋はなんでしょう? なにか人のようなものが並んでいますね」

 

 レイは色々とゲームやおもちゃを見た後、施設の奥でショーケースに並べられた人影を発見したようだ。

 

「まさか人体実験のあとでしょうか? この中の人は死んでいるのでしょうかね?」

「おお、これはどう見てもメイドロボだ。なんだよ博士、ちゃんと作ってるんじゃねえか」

 

 ガラスケースに並ぶ美少女たちの姿を見て、感動して言った。

 

「よ、よせ! そいつらに触るな!」

「なんだよ。独り占めする気か? 同郷の者同士仲良くやろうぜ」

 

 必死な顔で止めるハゲを無視し、起動スイッチを押すと。

 

「ご、ご主人、ごごごごごご主人。ご主人様。ごごごご主人さ……」

 

 なんかバグってる? 

 

「ごごごごご、ご主人様……ごしゅごしゅごしゅ……ゴシュアアアア!!」

 

 メイドロボは襲い掛かってきた。

 

「うわあ! あぶねっ!」

 

 パンチが地面にめり込む。危ない。かわしそこねたら普通に死ぬ。

 

「こいつら! マサキ様に近づく輩は許しません! 『ライト・オブ・セーバー』」

 

 レイの魔法で胴が千切れるも、上半身だけでこっちに這い攻撃を続けようとするメイドロボたち。他のメイドロボも腕が武器に変形させて戦闘態勢をとる。

 

「千切れても動くとは。ゾンビですか?」

「メイドロボじゃなくて戦闘メカだったのかよ」

 

 レイと俺が危険なロボと対峙していると。

 

「あった、あった。機動停止!」

 

 博士がリモコンのスイッチを押すと、その場にドサッと倒れるメイドロボたち。

 

「はあ、はあ。なんだコイツらは」

「これはな、俺が直々に作ったメイドロボだよ。妥協せずに徹底してな。多くの機能を詰め込み、日常の世話だけじゃなく護衛のための戦闘能力も入れてみたら、すぐ襲い掛かるやばいのになっちゃったんだよ。俺が作ったのってこんなのばっかりだよちくしょう! なんですぐ暴走するんだ! どいつもこいつも反抗期ばっかだよ! 売り出すわけにもいかないからここで封印したんだよ。ああもう」

 

 悔しそうに叫ぶ博士。うん、この人の発明品には勝手に触れないようにしよう。

 

「よし、博士。俺がお前のゲームを完成させてやろう。バグがあれば直し、逆に原作にあったバグがなかったら追加する。デバッカーの仕事を引き受けようじゃないか!」

「君をここに入れたのはそんな理由じゃなかったんだけど。人選ミスかな? まぁいいけどさ」

 

 こうしてノイズ技術試験隊の助手としての仕事が決まったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二部 8話 八咫烏の復活

 ノイズでの俺の仕事が決まった。昼は研究者に色んなアイデアを出し、新兵器の開発を一緒に考える。夜は博士の作ったゲームをプレイし、バグがちゃんと再現できているか逆デバッグをする。

 俺達が所属している『ノイズ技術試験隊』は一応公務員なので、研究員ほどではないが給料は出る。これでとりあえずはこの国で生きていくための地盤は確保出来た。今のところは順調だな。 

 そういえばラジオがあった。なけなしの給料からコツコツ貯めて買ったんだった。

 

「この国の科学力って結構進んでるな。アクセルとはえらい違いだ」

 

 少し聞いて見るか。呟いて電源を押すと。

 

『……ではこれより国際ニュースの時間です。今、隣国ベルゼルクでは謎の下着ドロボーが世間を騒がせております。被害にあった女性はみな王国きっての女騎士ばかりのそうで……。正面から彼女たちを突き飛ばした後、堂々と下着を奪い去ったとのことです。付近では謎の黒い騎士の姿が目撃されています。他の目撃者によれば首がなかったとも……。これらの事件が魔王軍の仕業かどうか、現在調査中とのことで――』

「ぶっ」

 

 絶対犯人はあいつだろ!

 あのおっさんはなにをやっているんだ。

 いやもう今頃あいつがなにしようが関係ない。ラジオを切って次の行動を取るとするか。

 

「いでよアーネス!」

 

 小型の魔方陣を起動させて、使い魔を呼び出す。

 あれ?

 反応しないな。

 悪魔は約束を守るんじゃなかったのか? なぜ出てこない? 例外があったりするのか考えていると。

 

「なんスか? 呼びましたかご主人様。ふあああ」

 

 すると扉をガチャっと開けて、パジャマ姿のアーネスが眠そうにやってきた。

 

「お前魔方陣があるんだからそっちから来いよ! せっかく書いたんだぞ?」

「だって最近ヒマで。それでずっと例の『最終兵器』やってて、寝てなくてさあ。魔方陣から出るのめんどくさいんで。隣の部屋にいるんで用があるんならノックしてくださいよ」

 

 この駄悪魔め。

 すっかりニート生活が板につきやがって。俺が暇つぶし用に持ち帰った『ゲームガール』で遊んでんじゃねえ。

 せっかく悪魔を支配下に置いたものの、この安全な国ではやることがなかった。完全に彼女をもてあましている。

 

「最初はあんたらに捕まって、どうなるかと思ったけどこれなら大した事なさそうだね。この国の飯は変わってるねえ。あたしは別に食べなくてもいいんだけどさ」

 

 携帯用の固形食物を見つめている女悪魔

 

「普通女悪魔を手にしたんなら、あんなことやこんなことを要求するかと思ったよ。なんだあんた、卑劣な割りに意外とヘタレなんだな!」

「それをしたいのは山々なんだが……」

 

 残念そうに肩をすくめていると、

 

『ライトニング!』

「いたっ! 何?」

 

 急な電撃を食らい、驚くアーネス。

 

「奴隷の分際でマサキ様を誘惑するとは……いい度胸じゃないか」

 

 おどろおどろしい声が聞こえてくる。

 

「ほら、このベッドの下を見ろ。レイが監視してる」

「どうやってこんな狭いところに? お前、いやレイ様。あなた本当に人間か?」

 

 ベッドの真下を確認し、驚いた顔で聞いている女悪魔。

 

「まあそういうのはいい。で、他の使い道を考えないとな。お前人間に変身できないの? 出来るわけないか。出来てたらわざわざフード被らないもんな。はぁー」

「かってに聞いてかってにがっかりしないで下さいよ! 悪魔だって傷つきますよ?」

 

 反論する悪魔の姿を眺めながら考える。何か……なにかコイツにも出来ることは……。

 

「いいかアーネスよ。悪魔は人間に対し、魂で取引をするそうだが……、それだけにこだわりすぎてはダメだ。仮にだ、話し合いの通用しない、自分より強い人間が相手だとどうする? 契約を踏み倒されても泣き寝入りするしかないぞ? そのとききっと後悔しても遅いぞ?」

「もうすでに後悔してるんですけど?」

「まぁ俺は……俺たちの事は置いといてだな。人間がみんな俺のような心優しい人間ばかりとは限らない。もし魔王を倒せそうなチート勇者にいつもの調子で行ってみろ。瞬殺だぞ? だが人間には魂以外にも物事に価値を見出す生き物だ。そうたとえばお金。自分がやられそうなとき、大金を渡せば見逃してもらうかもしれない。悪魔といえど人間とかかわりを持つのなら貯蓄は必要だ」

 

 悪魔へ俺の持論を説教してやることにした。

 

「はぁ? だがらなんだって言うんです? ご主人」

「つまり働け!」

 

 手っ取り早く本題に入った。

 

「なんだと! ふざけんじゃないよ! この上位悪魔のアーネスに人間のように働けだって? 悪魔の誇りを侮辱する気か!」

「悪魔の誇りだと? いっつもいっつもゲームガールやってゴロゴロしているお前が? ただのニートじゃねえか! お前だけ家で遊んでんの見るのムカつくから! どっかで働いて来い!」

「金がほしけりゃ奪えばいいのさ。それが悪魔流ってもんだよ」

「お前今は俺の部下ってことを理解しろよ。そんな事やったらまた追い出されるかもしれないだろ? その内お前に相応しい仕事を考えてやるからさ。それまでちょっと真っ当に働いて来いよ。これは命令だぞ!」

「またってご主人、前にもなにかやらかしたんですか?」

「うるさい! つべこべ言わずに付いて来い! 働くぞ!」

 

 まるで引きこもりを引っ張り出すように悪魔を部屋から出す。

 とりあえず目に入ったコンビニの面接へ連れて行くことにした。

 異世界にコンビニがあるのもどうかと思うんだが。ここは魔道技術国ノイズ。大目に見よう。

 

「悪魔? うちは確かにバイト募集してるけど、悪魔はねえ……」 

「大丈夫、ノイズの新発明で悪魔を支配しているから」

 

 困った顔をする店長。だが大丈夫だ。あらかじめ用意しておいたスイッチ、研究所のゴミ捨て場で拾ったただのガラクタなのだが。それを押すと。

 

「ぎゃあああああ! やめてくださいご主人様! 首が取れてしまいます! なんでもいうこと聞くから勘弁を! もう悪い事しませんから! 許してください! 許して! お仕置きはいやアア!!」

 

 事前に打ち合わせたとおりに、首輪をもって叫ぶアーネス。このガラクタボタンを押したときに痛いふりしろと言っておいたからだ。つかお前意外と演技派だな。

 

「うううううう! やめて! お止めください! 私は何もしません! あなたに従いますからああああ!」

 

 肘で小突いて注意する。

 

「そこまでしなくていいよ。それじゃあ俺ただのやばい人じゃん」

「ご主人はやばい人だろ?」

「否定は出来ない」

 

 素直に頷く。

 

「ま、まぁ安全だというなら……人を襲ったりしないなら、歓迎するよ」

「じゃあ決まりだな。アーネス」

「フン」

 

 アーネスが無害だという事を証明できたので、コンビニ店長も同意してくれたようだ。その彼女は少しツンとした表情を浮かべているが。これもいい社会経験だ。俺が言うのもあれだけど。

 こうしてアーネスのバイト生活が始まった。いつもの露出が激しすぎる衣装は風営法に引っかかるそうなので、普通にコンビニの制服にと着替えている。

 

「いらっしゃいませ! お客様」

 

 慣れない接客とレジ打ち、アーネスは最初は苦労したようだ。

 

「ちょっとアーネスさん! 悪魔だからって出来ないとか言われても困るよ? 給料は人間と同じなんだからさ」

「ご、ごめんなさい先輩!」

 

 しかし性根が真面目だったのか、もくもくと仕事をこなしていった。物覚えも速く、コンビニ業務をすぐに理解していった。

 最初は怖がられていたが、アーネスが無害ということに気付き、このコンビニは悪魔が接客すると言う事で話題になり、ちょっとした人気店舗になっているそうだ。

 

「アーネスちゃん、今日も可愛いね!」

「ご来店ありがとうございました!」

「アーネス君は働き者だねえ。こっちも助かるよ。自給アップしとくから」

「ありがとうございます店長!」

 

 こうしてすっかりコンビニの看板娘になったアーネス。

 

「ご主人様! 見てください! 今度店長にバイトリーダーをまかされる事になったんです!

「ああ、それはよかったね」

 

 働く喜びに目覚めたアーネス。

 なんでこいつはこんな極端なんだ? ちょっと前までニートだったのに今度は社畜の鑑みたいになってるぞ?

 

「って違うわ! あやうく流されるところだったわ! なんで悪魔の私が人間相手に客商売しないといけないんだ。よくもこのあたしを騙したな?」

 

 営業スマイルをニコニコしていたアーネスはふと気付き、怒りをあらわにして制服を地面に叩き付けた。

 

「ようやく気付いたか。っていうか騙したつもりはなかったんだが。勝手に張り切っただけだろ? にしてもお前の適応力凄いな。もう悪魔なんてやめて誠実に働けよ」

「はぁ? ご主人! いくらご主人でもいっていいことと悪いことが! なんで上級クラスの実力を持つこのアーネス様が! 人間相手にペコペコしてニコニコしなくちゃならないんだよ! くっ! 思い出したら急に腹が立ってきた! コンビニぶっ壊してきていいですか?」

 

 激怒する表情を浮かべるアーネス。そんな彼女に。

 

「それはダメだ。だが丁度いい。新しい商売の方法を考えたところだ。お前もコンビニバイトは飽きただろう。少し付き合え」

「あ、あの……ご主人様、来週からじゃ駄目ですかね? 今週はシフトが入ってて……。そ、そのう、悪魔にとって契約は絶対なんで……。すいません」

 

 もじもじしながら申し訳なさそうに答えるアーネス。さっきまで壊すとか言ってたくせに。

 どこまでも融通が利かないな。悪魔ってのは。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 次の週。

 レイ、アルタリア、そしてアーネスとともにノイズ周辺のモンスター生息地帯と向かう。一応名目上は調査と言う事にしてある。

 

「あ、あのご主人様? 今日はマリン様は一緒じゃないんですねぇ」

 

 ビクビクして回りを伺うアーネスに。

 

「あいつは色々うるさいから置いてきた。お前もそのほうがよかっただろ?」

「ま、まぁ隙あれば退魔魔法を撃ちこもうと狙うマリン様は正直怖いっすが……」

 

 マリンはアーネスの代わりにコンビニバイトに向かわせた。「悪魔が街の人気者ってどうなんだ? 悪魔に出来てまさか神に選ばれたプリーストが出来ないなんてありえないよなあ?」と軽く煽ったらすぐにコンビニヘと直行してくれた。

 ちょろい奴め。

 

「でも回復魔法が無いと困るぜ?」

「俺もマリンほどじゃないが回復魔法は使える。マリンはプリーストの癖に前で近接格闘してるだろ? いざというときのために俺も回復できるよう教わっといたんだ」

 

 そう言って紙装甲のアルタリアを安心させる。本職のプリーストには適わないが無いよりましだ。

 

「これからすることはモンスターの討伐。昔を思い出すだろ?」

「ノイズでモンスター討伐なんて依頼ありましたっけ?」

「出てない。これは単なる俺の趣味だ」

 

 ノイズの首都は強力な結界、というかシールドに守られているためモンスターの襲撃などびくともしない。周辺にある農業用の村には魔道ゴーレムが配置されている。万が一ゴーレムが倒されたときには傭兵を雇ったりもするが、普段は危険なモンスターが野放しにされている。

 そんな他国から孤立したノイズの領地を見て、ふといい事を思いついたのだ。

 しばらく森を探索していくと。

 

「見ろ。モンスター同士で争っている。ちょいと介入してやろうとするか」

 

 目の前に現れる、マンティコアとグリフォンの対決。どこかで聞いたなこの争い。

 

「いいか貴様ら!? グリフォンだけを狙え! マンティコアは残しておけ!」

「どうしてだ?」

「俺に考えがある。いいから言う通りにしろ」

 

 戦闘開始だ。

 

『炸裂魔法』

『カースド・ライトニング』

「おりゃあああああ!」

 

 手強いグリフォンも、クルセイダー、アークウィザードの上級職たち、上位悪魔の三人にかかれば敵ではない。というよりもアーネスが張り切っている。久々に悪魔らしく戦えて楽しそうだ。

 軽くグリフォン共を壊滅させ……まぁ俺は何もしてないんだが。サボってたわけじゃないぞ。やばくなったら飛び出そうと思ってたんだけど、そんな事なかっただけだ。

 この結果に満足し、まず計画の第一段階へと進めよう。

 

「やあ。マンティコアの諸君。今日は話し合いに来た。君たちは単なる野獣のグリフォンと違って、喋る事が出来る。なぜ話が出来るか? それは会話をするためだ? 違うかな?」

「ナンダ? 人間のクセにヨウ? グリふぉんドモを追い払ってクレタコトにはカンシャするがヨウ? 今度ハキサマラのバンだってコトを忘れんじゃねーゾ?」

 

 今にも襲い掛かろうとするマンティコアに。

 

「レイ」

『炸裂魔法!』

「グアッ!」

 

 レイに炸裂魔法を撃ち込ませた。

 

「話し合いに加わらないなら、そうだな。死んでもらおうか」

「グウウウ……! ニンゲンの分際デ!」

 

 サソリ状の尻尾でこっちを狙ってくるのを。

 

「アルタリア」

「ヒャッハー!」

 

 素早く斬りおとすアルタリア。

 

「やはりモンスターはモンスターか。話をしないなら、貴様もグリフォンともども仲良く死体へとなるんだな。服従か死か選べ。なあアーネス」

「ふん!」

「グッ! お前はアクマじゃねーか! なんでニンゲンと一緒にイヤガル! わ、ワカッタぜ。話すゼ! 話ソウぜ!」

 

 モンスターを睨みつけるアーネス。ノイズではすっかり営業スマイルが似合っていた彼女だったが、悪魔の威厳はモンスター相手には保たれているようだ。

 

「俺は君たちと取り決めをしたくて来たんだ。争う気はない。現にグリフォンのみを倒しただろう?」

「チョット待テよ! まさかもうニンゲンを襲うナとかいうんジャネーヨナ? そんなんヤッテられねえヨ!」 

 

 早とちりをするマンティコアが叫ぶが。

 

「そんな事は要求していない。君たちはこれまでどおり好きにしてくれていい。人を襲うのも……それがモンスターの定めだろう。止めはしないよ。守ってもらうのは一つだ。これから俺の仲間には、ちょっかいを出さないでくれたまえ」

「オマエらのナカマだと?」

 

 首を傾げるマンティコアに。

 

「これだ。この三本足のカラスのマークが付いた奴らには手を出さないでくれ。それ以外はどうでもいい」

 

 八咫烏のマークを見せて言う。

 

「コノまーくが付いた奴らさえ見逃せばイインダヨな?」

「その通りだ。それ以外は好きにするといい。今までのようにな」

「ソレだけナラ問題ネエぜ? アンタの言ウとおりにスルゼ。で、アンタ名前ハ?」

 

「このお方は偉大なるサトー……んぐ」

「俺のことは……お前らマンティコアたちをまとめるもの、そうだな魔物たちの王『スフィンクス』と呼べ」

 

 俺の名前を言おうとしたレイの口を塞ぎ、自分のコードネームを告げる。

 

「また来よう。縄張りを増やしたいときは手伝ってやろう。助け合いが大事だ。人間だろうと……モンスターだろうとな。約束は守れよ。逆らえばお前もグリフォンと同じ目に合うだろう」

「チッ、ワカッタよスフィンクス、コレカラも仲良クいこうジャねえカ!」

 

 無事マンティコアたちと取り決めを行った後、ノイズへと帰還した。

 

「うまくいったか」

 

 次は計画の第二段階だ。自室にアーネスとレイを呼んで話す。アルタリアは……その辺で素振りでもしてろ。

 

「アーネス、これからお前には仕事を与える。このマスクとフードを持ってアクセルへと向かうのだ」

「なんですかこのだっせえマスク」

「ダセえはないだろ! 一生懸命作ったんだぞ! まぁとにかく、これをもってアクセルの路地裏に向かえ。俺の悪事はバレたが、部下達までは及んでない。チンピラ共はこの仮面を見ればすぐに気づくはずだ。そいつらを集めろ。何のために悪事を黙ってやったと思ってるんだ。その恩を返してもらうときが来た。ククククク」

 

 邪悪な笑みを浮かべながら、アーネスに次の指示を話す。用意するのは俺がアクセルでマッチポンプをしていたときに使っていたマスクとフードだ。

 

「なるほど、今回の件でマリンを連れて行かなかった理由がわかりましたよ。あの犯罪組織を復活させるんですね?」

 

 納得した顔で頷くレイ。

 

「犯罪組織じゃないぞレイ。グレーゾーンなだけだ。黒と灰色には大きな違いがあるんだ」

「その通りですね。偉大なるマサキ様」

「昔なにやったんだよ? 犯罪組織? あんたらやっぱゲスいわ。悪魔に生まれればよかったのに」

 

 俺とレイのやり取りにちょっと引いてるアーネス。

 

「いいか。このノイズは魔王城に近く、他の国との交易は難しいと言える。だがマンティコア共と折り合いがついたことで、危険度はかなり減った。さらに悪魔のお前がいればモンスターの襲撃に合う可能性は更に少なくなるだろう。これで利益を俺達がほぼ独占できるかもしれん。八咫烏はこれから隊商の護衛業務を請け負うぞ。アーネス、お前を八咫烏の二代目首領に任命する。ただ働きとは言わん。利益の何割かはお前にくれてやるから安心しろ。では行って来い」

「今度は悪事の片棒を担げって事ですかい。まぁバイトで働くよりは悪魔らしいけどさ」

 

 コンビニで働かせた事で多少は金の仕組みについて理解できただろう。そのアーネスに次の仕事を教える。

 

「コンビニバイトよりはいいだろう? 上級悪魔のアーネスさんよ? それとも真面目に働きたいか?」

「いいぜご主人! あんたの言うとおりだ。コンビニも悪くはなかったけどさ、自分が悪魔ってのをたまに忘れちまうからな。アクセルとかいう街でこの私の怖さを思い知らせてやるぜ!」

 

 詳しい業務を説明した後、アーネスは一人でアクセルへと旅立っていった。

 

「これでいい。アーネスが八咫烏の新たな首領となり、モンスターの襲撃から安心して荷物を送る事が出来る。これが成功すれば、俺もあんな薄給からはおさらばだ。物事を成す時には、なにかしら金が必要になるからな。多ければ多いほどいい」

 

 ニヤニヤと今後の計画を考えていると。

 

「た、ただいま! みなさん」

「おかえりマリン。遅かったじゃないか」

 

 疲れ果てた様子のマリンが帰ってきた。

 

「コンビニのバイトはどうだった?」

「くっ、あのレジって奴が曲者ですね! バーコードってのを読み込む? のに苦戦しました! 中々反応してくれませんし! おかげでお客様の列になってしまい。アクシズ教預言者の私としたことが……不覚ですわ」

 

 悔しがっているマリン。

 

「アーネスは軽々やってたぞ? ってことは悪魔のアーネスの方がお前より有能って事だな」

「な、なんですって! それは聞き捨てなりません! アクシズ教徒である私が悪魔に後れを取るわけにはいきません! まだ! まだやれます! もう一度チャンスを!」

 

 少しからかうと、悪魔に負けたという部分が引っかかったようで、必死に食いかかるマリン。

 

「当分アーネスはここにいないし好きにすれば? その辺は店長と話し合ってくれよ」

「へえ、マサキはあの悪魔を手放したんですね! 正しい判断です! 悪魔なんて臭いのを身近に置くのはアクア様が嘆きます。きっとエンガチョしますわ!」

 

「いや、アーネスには別の用事を頼んだだけだが?」

「別の用事? なにか怪しいですわね! マサキ? まさかまたアクセルの時のように、よからぬ事を考えているのでは? 今度こそ私が阻止しますわ!」

 

 まずい、口を滑らせたか。疑うような目線で睨んでくるマリン。

 

「ふっ、ふん。どうかな? 悪魔には悪魔の仕事があると思っただけさ。コンビニでバイトさせるよりな。それよりもだ、マリン。現時点ではアーネスのほうがコンビニ店員として有能だ。レジで二人並んでいたら……俺だってアーネスを選ぶかもな。だってレジ早いし。待たされるとイラつくし」

「なにを! 言いましたわね! この私だって出来るっていうところを見せてあげますわ! そしてアクア様の素晴らしさをこのノイズにも広めるのです!」

 

 アーネスのバイト時代を引き合いに出すことで、なんとか誤魔化せたか。悪魔に負けるのがよっぽど嫌みたいだ。今度マリンやプリーストを相手にするときはこれで煽ろう。

 マリンは気付いていないし、アーネスにも新たな就職先を斡旋してやった。あとは待つだけだ。とりあえず今はベッドの下に潜むゴーストをどうするか考えなければだめだな。

 

 




日常回? が続きましたが、そろそろ原作でのイベントを消化していこうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二部 9話 新兵器

「やばい! やばいぞ佐藤君! やっべー! まじやっべー やべやべ!」

 

 俺が公務員宿舎でレイをいつも通り縛っていると、博士が急にドアをあけて飛び込んできた。そういえば最近見てなかったな。

 

「なにがやばいんだよ博士?」

「なにがって!? アレだよ! 俺がこっそり作ってた秘密の楽園が! お偉いさんにバレちまったんだよ!」

 

 頭をくしゃくしゃにかきながら説明する博士。

 

「ああもう、元はといえば君たちのせいだからな? 周辺に生息する安楽少女を狩りまくったせいで! 施設の存在がばれちゃったじゃないか! こんちくしょう!」 

「ほーう、ってことは国家予算でおもちゃ作ってたことバレて、クビかな? 俺も別の研究員とコネを作ろう」

 

 このゲーム脳は諦めてこれからは他の研究員の元で働くとするか。

 

「ま、まぁ待ちたまえ。話はここからだ。お偉いさん達にはね。世界を滅ぼしかねない超兵器って言ったら信じてくれてね。ほんとバカだよこの国の奴ら。それゲーム機だよゲーム。ぶっなにビビッてんだよあのクソ女! あーあ笑いがとまらねえ! ぶはっはっはっは!」

 

いきなり慌てた顔で叫んだと思えば、今度は大笑いする博士。忙しい奴。

 

「ごまかせたんならよかったじゃねえか」

「そうなんだが、今度は別の問題が発生してねえ。予算をくれてやるから、魔王に対抗できる兵器を造れって言われたんだけど。それで変身合体ロボを提出したらね、ボツにされちゃってさあ」

「当然だろう。合体する意味がない。わざわざ一つになるよりバラバラで戦ったほうが効率的だ。さらに合体して大きくなるくらいなら最初から巨大ロボを作ったほうがいい。もし戦闘中に合体パーツの一人がやられれば、合体は不可能になる。合体機能で無駄なコストもかかるしな」

 

 合体ロボは合理的ではないと説明した。

 

「夢もロマンもないことを言うね君は。それでも日本出身かよ! まぁそれは置いといてでね。ちゃんと新兵器を作ったんだ! 付いてきてくれ。今回は仕事を頼みに着たんだよ」

 

 そのまま工場へと連れていかれた。

 

「見てくれ! これぞ俺が適当に設計し、好評を得て完成した名付けて『魔術師殺し』だ! 魔法に強くてデカいのを作らせたらこうなった。これで魔王を倒せるんじゃね? うん。多分」

 

 博士は工場の中心に置かれている、ブルーシートを被せた物を紹介してくれた。

 

「それが本当なら心強いな。ってなぜ目を反らす」

「き、気のせいさ。この犬型――じゃなかった。蛇型兵器、『魔術師殺し』の力を見せてやるんだ。ようやく技術試験隊らしい仕事を与えられるな。では頑張ってくれ!」

「実戦テストが俺たちの仕事だしな。別にいいが」

 

 こうして俺たちは新兵器のテストへと出発した。新兵器『魔術師殺し』は重いため、ゴーレムに運搬させることにした。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ノイズ周辺で危険と記されている領域をうろつく事30分。鎧を着た鬼のようなモンスターの集団に遭遇した。

 

「てめえらノイズの奴らだな。こんな魔王城の近くに国を作って、色々とコソコソしやがって。気にいらねえんだよ! 魔王軍の恐ろしさをもう一度思い出させてやるぜ」

 

 武器を振るい、俺たちを囲むように配置に付く魔王軍のモンスターたち。

 

「ほう、魔王城周辺となると中々手強そうなのがいるじゃないか。だが俺たちの敵ではない。今すぐ潰してやろう。しかしぶちのめす前に一つ質問がある」

「すでに勝ったつもりとは、俺たちも舐められたもんだな! で、質問ってのは何だ兄ちゃん?」

 

 ジリジリと距離をつめながら、俺に尋ねてくる魔王軍の一人。

 

「お前たちの中に魔法が使える奴はいないか?」 

「は、はあ!?」

 

 なにを言い出すのか? と言った表情を浮かべる鬼たち。

 

「ええじゃない! この新兵器はな、コードネーム『魔術師殺し』で魔法が通用しないものなんだ! 鬼とか戦士系の相手だと実力を発揮できないじゃないか! お前ら見た感じパワー系っぽいし期待できないな。これは実戦テストなんだぞ? 思う存分魔法を撃って来い! あとはいらんから帰ってよし!」

「なんか敵にめちゃくちゃ言ってますよマサキ様」

「いつもの事ですわ」

 

 鬼の集団に今回の目的を詳しく説明してやると、レイとマリンがヒソヒソとぼやいている。

 

「おい、もしオレらに魔術師がいなかったら、どうするつもりだ?」

「出てくるのを待つ!」

 

 モンスターの疑問にはっきり言い切ると。

 

「ふざけるな!」

「ええーーー! やだ! 今すぐ戦いたい!」

 

 激怒する鬼達と、駄々をこねるアルタリア。

 

「で、もし俺達が待ってやった場合、何かメリットはあるのか?」

「そうだな。実験の協力に感謝して、魔術師以外は見逃してやろう」

「ぶっころ」

 

 俺の答えにキレて襲い掛かってくる鬼達。

 

「チッ。無駄な争いは避けたかったが、仕方ない。やってやろう」

「それでこそだマサキ! 殺し合いの始まりだぜ!」

 

 起き上がると同時にすばやく飛び出し、鬼の一匹を血祭りに上げるアルタリア。

 

「ははっ! いいぜ! やっぱりこの感覚が最高だ」

「て、てめぇ。よくも仲間を!」

 

 恍惚の表情で敵を鎧ごと斬りおとす狂戦士に、激怒する鬼たち。

 

「アルタリアの援護だ、レイ」

「わかっていますよ。全く世話を焼かせる女です。『ライトニング』」

「おおっと、ありがとよ!」

 

 後ろから不意打ちを食らわそうとした鬼を、レイが魔法で吹き飛ばす。

 

『セイクリッド・ブロー』

 

 近寄ってきた鬼たちはマリンが殴りつける。さすが回復役兼タンク役だ。でもいつも思うが回復役がタンクってどうなんだろう。俺たちの中で頑丈なのがヒーラーしかいないんでしょうがないんだが。

 

「くっ! こいつら強いぞ!」

「待て、あの男は何もしてこない! 多分荷物運びかなんかだ。あいつを人質に取れば、他の奴らもおとなしくなる!」

 

 新兵器『魔術師殺し』の上で欠伸をしながら見物していると、鬼達が俺のほうに注目を集める。

 

「今回はテストだって言ったのに。面倒な奴らめ。まぁいい。相手をしてやろう。俺に歯向かったことを後悔するがいい。きな」

 

 俺は立ち上がり、手で鬼達を挑発する。

 

「死ぬのはテメーだ! 人間!」

「女に戦わせて一人だけ見物とは、ハーレム気取りかこのクズめ!」

「口先だけのクソ野郎め!」

 

 仲間たちを無視し、俺に向かって特攻を仕掛けてくる敵たち。

 

「俺の力を見せてやろう。かかってこい」

 

 そんな鬼達が近寄るのを見計らって、俺は手に持っているスイッチを押した。ゴーレム機動のスイッチだ。運搬用に使っていたゴーレムたちが立ち上がり、鬼を食い止める。

 

「ちょ! お前!」

「お前は戦わないのかよ!」

「言っただろ。面倒だって。ふあーあ」

 

 ゴーレムに戦わせてもう一度座りなおし、戦いの見物を再開した。

 

「あそこまで言っておいて何もしないとは、さすがマサキ様です」

「それもいつものことですわ」

 

 鬼達と優勢に戦っていると、敵の援軍らしきものが到着した。悪魔っぽい集団だ。

 

「悪魔族!? でましたね! 私の退魔魔法をお見舞いしてやりま――」

「やめろマリン! やっと魔法が使えそうな奴が出てきたんだぞ! 当初の目的を忘れるな! これはあくまで新兵器のテストなんだ!」

 

 『エクソシズム』を放とうとするマリンを慌てて押さえつける。

 

「お前ら悪魔だよな!? 見た目からしてどう見ても悪魔だもんな。魔法は使えるだろ? よし、このときをずっと待ってたんだ!」

「お前……どこまでも魔王軍をコケにしやがって!」

 

 苛立つ鬼たちを無視して、ウキウキしながらブルーシートをはがしていく。

 

「紹介しよう! これぞノイズの新兵器! 『魔術師殺し』だ! さあどんどん魔法を撃って来い!」

 

 援軍に来た悪魔族たちの前で、それはついにその姿を現す。

 

「うっ……なんてでかさだ」

「こっ! 怖い」

 

 登場した巨大なメタリック色の蛇の化け物を見て、怯える魔王軍たち。

 

「オラ! 撃てよ! ビビッてないでこいよ! 撃たないとテストにならないだろうが! 早くこい!」

 

 『魔術師殺し』の後ろに隠れ、悪魔たちを挑発する。

 

「あんなのはったりだ! 食らえ! 『ライトニング』」

『ファイヤーボール』

 

 悪魔たちがビビリながらも魔法を発射してくる。が、メタリックの表面で全てかき消されていく。

 

「ほう、あの博士もたまにはまともなものを作るじゃないか。ふむふむ、『ライトニング』と『ファイヤーボール』の中級魔法は効かないと。その調子でどんどん撃ってきていいよ」

 

 傷一つない『魔術師殺し』の様子に満足し、調査書を書く。

 

「次はこっちの番だな! 行け!」

 

 『魔術師殺し』はその巨体をくねらせ、長い体で鬼達をなぎ払った。

 

「近接戦も良好っと」

 

 調査書に更に書き込んでいく。

 

「本当に魔法が効かないぞ!」

「ノイズの奴ら! 『魔術師殺し』とは! やばいもんを作りやがって! ぐわっ!」

 

 悪魔たちも魔法が通用しないことに気付き、慌てて距離を取る。逃げ遅れた悪魔は噛み付かれて投げ飛ばされた。

 

「中々いい結果が出たな。最初のデータ採集はこれでいいだろう。そろそろ終わりとしよう。行け」

「うわあああああ!!」

 

 怯える鬼と悪魔に、『魔術師殺し』を差し向けた。メタリックに光る凶悪な顎で、モンスターたちを噛み砕こうと大口を開け――。

 開け……?

 あ、あれ? そのまま食いちぎれよ。どうして動かないんだ? これでフィニッシュだったのに。

 蛇状の顔をよく見ると、光っていた眼の色が消えている。

 

「……ま、まさかエネルギー切れ? ちょっと待て、まだ動かしてすぐだぞ?」

 

 頭を押さえて縮こまっていた魔王軍の兵士たちは、攻撃がこない事に気付いて不思議そうに立ち上がる。

 や、ヤバイ。ここで動力切れと知られるわけには……。俺達は逃げられても、この兵器までは持っていけないぞ。魔王軍に奪われるのは流石にまずい。

 こうなったら適当な事をいって帰ってもらうしか。

 

「な、なるほど。十分すぎるほどデータは取れたぞ。魔王軍の君たち、ご協力感謝する。データ収集の礼もかねて、この場は見逃してやろう。次の戦場で会おうじゃないか」

 

 動きの止まった新兵器を見て慌てるが、すぐに平常に戻り、いやむしろいつもより強気に。自分達がやばい状況なのに気付かれるわけにはいかない。偉そうに踏ん反り返って宣言した。

 

「み、見逃してもらえるのか?」

「や、やった! 助かった!」

 

 怪我をした鬼や悪魔たちはホッと胸を撫で下ろすが。

 

「おい、待て。なにかおかしいぞ? さっきまではやる気満々だったのに! どうして急に?」

「そうだ。何か変だ!」

 

 さすがに俺の態度の急変を不思議に思ったようで、一部の疑い深い奴らが聞き返してくる。

 

「なにやってるんだ! マサキ! とっととぶっ殺すぞ!」

「うるさい! タイムだタイム!」

 

 アルタリアも鬼を足蹴にしながら叫び返してくる。くっ、出来ればやってるよ! 不思議そうな顔をするレイとマリンをこっちに手招きする。そしてそのまま作戦タイムになった。

 

『実はな、この兵器動かなくなったんだが。このままだとまずい!』

『なにを! 悪魔如き私が退治して見せますわ! 鬼は他の二人が片付ければ余裕です』

『今のところはこっちが圧倒的有利ですよ?』

 

 三人でごにょごにょと小声で話し合う。

 

『今のところはな。でもまた敵の増援とかきたらきついだろ。勝つだけならともかく、こっちには動かなくなったこの欠陥兵器をもって帰らないといけないんだぞ? 俺達が優位の状態で休戦した方がいいだろ』

『勝つだけならまだしも、これを守りながらというのは大変そうですわ』

『運搬に使ったゴーレムも半分は破壊されてしまいましたし、確かに引いたほうがいいですね』

 

 これ以上の戦いをやめることで同意した。

 

「なにをコソコソやっている!」

「マサキ! タイムはまだ!? もう再開していいよな! ねえ!」

 

 魔王軍の鬼や悪魔たち、それとアルタリアの目の前で。

 

「なになに。魔術師殺しくん、なるほど。『この程度の敵を殺すのは造作もない』、と? ほうほう、『オレ様の相手はこんな雑魚じゃない! 幹部でも連れて来い!』そうかい、だからこいつらは見逃してやるという事か。『お前たちは魔王城に帰ってオレ様の恐ろしさを広めろ』。うんうん、わかったわかった。そういうことか。魔術師殺しくんがそういうなら仕方ない。この場は見逃してやるよ」

 

 動かない平気の横でガバガバな一人芝居をし、なんとか魔王軍の奴らを誤魔化そうとする。頼むから納得してくれ。

 

「この大蛇って自我あったっけ?」

「おいそこの男! 本当にその怪物がそう言ってるのか?」

 

 少し強気を取り戻して聞いてくる魔王軍。

 

「グダグダうるせーな! やるっていうならこのまま続けてもいいらしいぞ! じゃあ戦闘再開といくか!? この場にいる奴らは全員こいつの餌にしてやる!」

 

 ウソを付いているときに見破られそうになったら、逆ギレして押し通すしか他はない。ここにきて「ほんとは兵器が動かないから無かった事にして下さい」なんて言えるか! 長期戦が嫌なだけで今は俺たちの方が強いんだ。

 

「そうだ! やるなら来い! 私達はノイズ最強の冒険者パーティーだ!」

 

 俺の意図を察してくれたのか、レイが杖を高く上げ、雷を背後に落とし、威嚇する。

 

「ヒイイッ!」

「や、やべーよこいつら! やっぱり逃げようぜ!」

 

 魔王軍はようやくビビッて退却してくれた。

 

「なんでー! なんで見逃すのー! 殺したい! 殺したーいー!」

 

 魔王軍が去っていくのを悔しそうにじたばたするアルタリアだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「出て来いやオラアアア! 博士オラア!」

 

 ノイズに帰国した後、アルタリアのようにドアを蹴り破って博士の研究所に押し入る。

 

「ど、どうしたんだい佐藤君?」

「なにが『魔術師殺し』だ! 即効動かなくなったんだが? ぶち殺すぞ!?」

「あ、やっぱり?」

「やっぱりだと? お前気付いてただろ! この兵器の欠陥に! よくもやってくれたな! 誤魔化すの大変だったんだぞ!」

 

 胸倉を掴みながら文句を言ってやる。

 

「ま、まああんな大きな兵器を動かすとそうなるよね? バッテリーがさあ、持たないんだよねえ。なんかないかな。解決法思いついたら言ってよ」

「先に言えよ! クソッ! こんなん単なる盾にしかならんわ! 魔族の攻撃を防ぐためのな! 魔法がいくら効かないって言ってもな、回り込まれたら終わりじゃねえか! 相手がビビッて逃げてくれたから助かったけどよ!」

 

 怒りながら実戦テストの結果を報告する。

 

「言っとくがこんなポンコツ兵器でいつまでもごまかしきれると思うなよ? 魔法こそ効かないけどすぐ動かなくなるし! アルタリアが引っ張って回収したんだぞ? このことが魔王軍、いや王にバレたらまずい! 本物の新兵器を作れ! ちゃんと通用する奴! まともに戦える奴を!」

「うん、この兵器はしまっておこう。使えないな。いざというときの切り札とか何とか言って。うん、そうしよう」

 

 これでポンコツ欠陥兵器、『魔術師殺し』の活躍は短いながらも終わった。

 

「これは仕舞って置くとして、次の兵器を考えよう。今度こそ成果あげないと、クビになるかもしれないからな」

「そうだ! 俺が何度提出してもボツにされる戦車はどうなんだ? 前の失敗を生かし、『フリーズ』用、砲撃の『ファイヤーボール』用、さらに動力で三つのコアを用意すれば実戦でも通用するはずだ!」

 

 自慢げに新しい最強戦車改の設計書を提出するが。

 

「ああ、これね。コレさあ、みんなで考えたんだけど高純度のマナタイトが大量に必要になるんだよね。作れてもコストかかりすぎだよ。一機作るのにいくらかかると思ってんの? 予算全然足りねーよ」

「くっ、ダメか……。たった一台戦車があっても意味ないしな。ただの的だ。仕方がない」

 

 戦車道は残念だが諦める事にした。いやそれでもあのゴミ、『魔術師殺し』よりはマシだと思うんだが。

 

「こうなったら禁断のあのプロジェクトを始動させるか。人道的にどうかと思って躊躇してたんだけど、このままじゃ研究員としての地位がやっべーからな。地位には変えられないもんな。仕方ねーよな」

「あのプロジェクトってなんだ。もしあの『魔術師殺し』みたいなふざけたもん作ったら、王の前に俺がぶん殴ってやるからな!」

 

 疑いの眼差しで博士を睨みつけると。

 

「要は改造人間なんだけどね? 手術で魔法の適正をぐーんとあげるの。理論上は完成してて、その辺のモンスターでは成功したんだけど、まだ人体で試した事はないんだよなあ。やっぱ失敗したら怖いじゃん! 俺人殺しじゃん!」

 

 改造人間? この博士、ただの禿げたおっさんの癖して中々やばい事を考えるな。ていうか改造人間って、普通悪のマッドサイエンティストとかが考えるもんじゃね? 人間の勢力がやっていいのか?

 

「出来ると思うんだけどさあ……いざってなるとやっぱ怖くてねえ。どっかに失敗しても心痛まないやついねーかな?」

 

 そんな事をぼやく博士に。

 

「なら私が志願します! マサキ様を守るために! 私はもっともっと強くならないとダメですからね!」

「レイ!?」

 

 いきなりレイが宣言した。 

 

「え? いいの? でもねえ、今までの実験例だと、どうやら改造前の記憶がなくなるっていう副作用があってね。モルモットにしたモンスターが昔できてたことを忘れたりとね。ちょっと危ないよ? それでいいならやる?」

「ダメですよレイさん! もっと自分を大事にしないと!」

「記憶がなくなるってことはよ、今までのことも全部忘れちまうのか? ダグネスとの試合やお前らとの楽しい日々も忘れちまうのか? それは嫌だぜ」

 

 マリンがレイを引き止めて説得する。アルタリアも首を振って言った。

 

「マリンはプリースト、アルタリアはクルセイダー。この手術はウィザードの力を高めるものなんでしょう? だったら私しかいないじゃないですか! ねぇマサキ様。マサキ様は勝つためなら手段を選ばない人でしょう? 仲間を改造手術に差し出すくらい平気ですよね!」

 

 欠片も迷いなく、レイは俺の目をみて言ってきた。

 

「い、いや……俺は外道かもしれないが、そこまでやるつもりは。さすがになぁ……酷くないか?」

 

 さすがにそれは……僅かに残った良心が痛む。レイは見た目も怖いし、言ってる事も滅茶苦茶だし、夜はいつも襲ってくるし。何度もモンスターの群れに投げこんでやりたいと思っていたが、なんだかんだで戦闘では頼りにしているんだ。っていうかそんな危ない奴だからこそ、俺のような悪党にも付いてきてくれるんだろう。大切な仲間……少しなやんだが多分大切な仲間だ。メンヘラでさえなければ本当に大切な仲間なんだが。そんなレイを、誰もやったことのない兵器の実験台にさせるなんて……。

 そんな俺の迷いに気付いたのか。レイはいつものように俺を押し倒す。

 

「安心してください! この私は必ず戻ってきます! どんなことがあってもマサキ様への思いは変わりません! 仮に失敗して醜い姿になろうとも! 必ずマサキ様の元へ舞い戻りますよフヘヘヘヘヘ! 待っててくださいよマサキ様! その時は結婚しましょう! 子作りもいいですね! ああ楽しみです」

「痛いわ! 放せ! 今すぐこのメンヘラ女をぶち込め! 遠慮はいらん! 記憶を消しとばせ!」

 

 凄い握力でしがみ付いてくるレイにそう言ってしまった。

 

「じゃあ手術するけど。本当にいいの?」

「いいです。迷いはないです! ちゃっちゃとやってください」

 

 そんな軽いノリで、レイは自分自身を差し出した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ――ノイズの秘密の実験室

 

 俺は手術中と書かれたランプの前でうろうろしている。ついレイの挑発に乗ってしまって手術にOKしてしまった。俺は元々人として最低だったが、どんどん悪人度が増してる気がする。このままいったら俺本当にヤバイ奴じゃん。今でも十分ヤバイけど、どんどん取り返しの付かないレベルに堕ちてる気がする。

 レイ……大丈夫だろうか。博士は失敗する確立は1%以下とか言ってたけど、それフラグじゃないか? 仮に成功したとしても、記憶がなくなるってことは……今まで知っているレイと別人になってしまうってことだ。今までのようにうまくいくだろうか。逆に俺の事を拒絶されるかもしれない。レイは性格が手遅れだったとはいえ、俺の事を肯定してくれる数少ない人間だったんだ。

 マリンもまた、仲間が心配のようで手術室のソファーに座っている。

 

「マリン、今回は俺を責めないのか?」

 

 自嘲気味に尋ねると。

 

「ええ、本来ならあなたがやったことは最低です。ですが……これはレイさん自身が決めたこと。レイさんはマサキのためなら何だってしますからね。一度彼女がやると思ったなら、誰にも止められませんとも」

 

 そうだったな。レイはそういう奴だった。俺がやれと言えば躊躇せずやるし、頼んでいない事まで勝手にやって困る事もある。俺の事を『運命の人』だと思い込んでいる。運命の人か。本当にそんなもんあるのかよ。

 

「もうあのレイとは会えないのか……。手術の前に最後の決闘をすればよかったぜ」

 

 アルタリアまで悲しそうな顔をして言った。

 

「な、なあ、お前ら。仮に手術が成功しても、失敗しても、レイはレイだ。俺たちの大切な仲間だということには変わりない。いつも通り……じゃなかった! いつも通りじゃダメだ! 優しくしてやるんだ? いいよな?」

 

 そんな会話をしていると、手術室のドアがガチャっと開いた。

 

「終わったよ。手術は成功だ。ほらやっぱ俺って天才だ。こんなの朝飯前だよ」

 

 博士が自慢げに語っていると、傍らには俺が知らない美少女が立っていた。黒い髪をした長髪の少女。その美少女は紅い眼を見せながら。

 

「はっ……はじめまして」

 

 もじもじして恥ずかしそうに言った。

 

「こいつ誰?」

「誰だ?」

「あの? レイさんはどこです?」

 

 俺たち三人は首をかしげ、博士と少女に聞き返した。

 

「彼女だよ。手術に邪魔だったから髪は少し切ったけど。それ以外の見た目は特にいじってないよ?」

 

 博士は困った顔で聞き返す。

 

「う、ウソだ! レイはこんな奴じゃなかった! そもそも立ち方が違うもん! もっと獲物を狙うような前かがみで歩いてたし!」

「あなたまさか! 失敗したから替え玉を用意したんじゃないですわよね!?」

「レイはこんな腑抜けじゃねえ! 今にも飛び掛ってきそうな殺気を常に放ってた!」

 

 俺たち三人は博士に掴みかかり揺さぶった。

 

「君たち、何を言ってるんだよ! ずっと旅した仲間なんだろ? 彼女がそのレイさんだよ! それに手術前に言ったよね? 記憶が無くなるって! 反応が違うのは当たり前だろ!」

 

 必死に説明する博士だが。俺達は目の前にいる美少女がレイだということが信じられなかった。

 

「あ、あの……ひょっとして迷惑でした? ごめんなさい」

 

 揉める俺たちを見てなぜか頭を下げる美少女。

 うーん……誰だよこいつ。マジでわからん。誰だ? 俺の仲間はこんな謙虚な奴じゃなかった。

 すると美少女は、俺の顔をじっと見つめ……見つめて、なんか付いてるのか? 変かな? そんなジロジロ見つめられると照れるんだが。

 

「マスター! あなたが私のマスターですね! そんな気がするんです。私にはわかります」

「え? あ? い? そうだったか? えっ?」

 

 どこかで聞いたようなセリフを言いながら、急に俺の手を掴む美少女。ついキョドってうまく答えられない。

 

「マサキのことをマスターとか言ったぞ?」

「信じがたいことですが、目の前のお方は本当にレイさんなのかもしれません。マサキの事を認める女性なんて彼女しかいませんからね」

 

 首をかしげながらも、少しずつ信じようとしているアルタリアとマリン。

 俺は急に手を握られた事でドキドキしていると。

 

「はっ、ごめんなさい。私、いきなりこんなことを。はしたないですね」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめながら、俺の手を放す美少女。

 うん、やっぱりこいつは違うな。別人だ。

 

「改造魔道兵のプロトタイプ! ナンバー00だねえ。コードネームはそうだ、元々レイってなまえだから、『れいれい』ってのはどうだ。仮にだけど」

「安直だな。っていうかいまだに信じられないんだが。マジで誰だよこの人?」

 

 急に登場した美少女にビビッている俺。

 

「あ、あの! マサキさんと言いましたよね? なんだかあなたのことを知っているような気がするんです。とても大切な方だったと思うんです。よければ一緒にいさせてください。迷惑じゃなければですが。駄目ですかね……?」

 

 恐る恐る尋ねるれいれい? を見て。

 

「これはレイだわ」

「レイさんですね。勿論ですわ。今までどおり仲良くなりましょう」

 

 あっさり納得するアルタリアとマリン。お前らの判断基準は何だよ。

 

「なに勝手に決めてんだお前ら!」

「やっぱり駄目ですかね?」

 

 しょんぼりとした顔をするれいれい? に。

 

「い、いや。駄目じゃないよ。君のような美人がいてくれるなら助かるよ。あはは……」

「ありがとうございます! よろしくお願いします、マスター!」

 

 俺が返事をすると、とびきりの笑顔で応えてくれた。うん、なんて可愛い笑顔なんだ。レイなら笑うだけで怖かった。やっぱりコイツ、誰なんだ!?

 




ついに例の兵器が登場しました。最初から構想していたことですがやっと話がここまで来ました。それに味方のパワーアップイベントは王道ですからね(棒


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二部 10話 正統派ヒロインの誕生

「おはようござます、マスター。もうすぐ朝ごはんが出来上がりますから、少し待っていてください」

 

 俺が目を覚ますと、可愛らしいエプロン姿でキッチンに立つ美少女がいた。どうやら味噌汁を作っているようだ。あれ? 目の錯覚かな?まだ夢から覚めてなかったっけ? 自分の顔を思いっきり引っ張っていると。

 

「マスター、どうしたんですか? 顔がかゆいんですか?」

「い、いや少し寝ぼけてて。夢かと思って確認してたんだ」

 

 もう一回言おう。

 こいつは誰なんだ!?

 

「おはようございますレイさん、いえれいれいさん。私も今朝礼が終わったところなんですよ」

「ふあーあー。腹減ったなー」

 

 マリンとアルタリアも椅子に座り、朝ごはんを待っている。美少女三人と共にテーブルを囲む俺。あの二人も見た目だけなら美少女だしな。見た目だけなら。で、れいれいは見た目も中身も文句なしになった。ひょっとして俺、勝ち組かな?

 

 ――ま、待て! これは罠だ!

 

 レイの奴、本当に記憶をなくしているのか怪しい。なにも覚えていないふりをして、つい手を出した瞬間に『待っていましたよマサキ様フヘヘヘヘ』とかいってなし崩し的にヤられる可能性がある。

 警戒しながられいれいの顔を覗き込むと。

 

「ど、どうしました……私の顔、なにか付いてますかね?」

「な、な、なんでもないよ。ごめん」

 

 顔を赤らめながら照れくさそうに聞くロリっ子美少女に、つい謝ってしまう。

 よし、こうなったらアレをやろう。異世界に着たなら誰でも夢見たあの技を!

 ポン、とれいれいの頭に手を乗せ撫でると。

 

「少しくすぐったいです」

 小動物のような動きで、嬉しそうに顔を赤らめながら答えるれいれい。

 

「よし、ナデポは成功。じゃねえ!」

 

 つい調査書にメモを書いてしまいハッと気付いて破る。

 くっ、このれいれいを見てるとなんか調子が狂う。なんでだ? 俺ってこんなにピュアだったっけ? 7つの世界を追放された伝説のチーターマサキ様はどこへいったんだ!?

 気を取り直してれいれいに再度質問をする。

 

「な、なあ。ほ、本当に昔の事は覚えていないんだよな?」

「え、はい。残念ですが。私は思い出したいんです。マスターと私や、マリンさんやアルタリアさんと、どんなどんな関係だっのか……」

 

 そう言ってしゅんと悲しそうな顔をするれいれいに。

 

「いや、いい。悪い事は忘れよう。過去は捨ててこれからは新しい未来を作って行こうじゃないか」

「え? 私の記憶って悪い事なんですか?」

 

 上目遣いで俺の瞳を覗き込むれいれい。

 その紅い瞳から、一瞬あの妖怪染みたレイの動きを思い出し……。

 

「悪いっていうか……心臓に悪かったな」

「え、ええ? 私、昔の自分がよくわかりません……。わかっているのはマサキさんと一緒にいて、楽しかった事だけなんです」

 

 困った表情をするれいれい。かわいい。いや騙されるな。俺は首を振る。この一見正当派美少女の中には、メンヘラが存在していた事を思い出せ! いつあの狂気が目覚めるかわからんぞ。付き合ったら重くなるタイプかもしれない。

 でも、でもだ。今のれいれいにはそんな素振りは無い。どうみても純朴な年頃の優しい少女だ。

 くくく……どうすれば。

 そ、そうだ! 俺にはこれがあった。

 全てを見通す……いやそこそこ見通してくれる悪魔の道具、『バニルアイ』

 

『改造人間』

 

 それは知ってる。

 

『マサキのことが大好き』

 

 おお! すごい! この表示が青色で出た! 凄いぞ! レイ(改造前)だったらこの言葉と同時に真っ赤で激しく点滅するのに。

 ってことは本当に……れいれいは普通の女の子になったのか? いや美少女だ。しかも俺の事が大好きという最高の状態で? いやマジ? これマジか!? 勝ち組すぎるだろ!

 あまりの喜ばしい出来事に脳が追いつかずフリーズしていると。

 

「もしかして、お口に合いませんでした?」

「そ、ソンナコトナイヨ……。おいしいです。あ、あとマスターはやめてくれ。マサキでいい」

 

 慌てて卵焼きを食べながら答える。

 

「でもマサキ、アーネスにはご主人様って呼ばせてませんでした?」

 

 そんな俺にマリンが口を挟む。

 

「あいつは悪魔だし! 下僕だし! 俺は仲間は平等な立場だと思ってるから!」

「へえー」

 

 なにか言いたげな表情で見てくるマリン。

 

「じゃ、じゃあマサキさん。ふふ、少し照れますね」

「お、おう、れいれいさん。よろしくな」

 

 ぐっ! なんだこの甘酸っぱいのは! 恋人になりたての中学生かよ! 

 

「レイ! じゃなかったれいれい! お前のご飯はあいかわらずうめーな! おかわり!」

「はい、アルタリアさん」

 

 差し出された茶碗にご飯をつぐれいれい。この子はいつ嫁に出しても大丈夫だ。

 そういえばレイも料理は美味かったな。ただ何か薬を盛られていないかチェックが必要だったが。

 

 食事が終わった後、れいれいと俺は一緒の部屋でお話をすることにした。

 れいれいには色々と聞きたいことがあったからだ。

 

「れいれいさん、俺の事どう思う?」

「ええっと……照れくさいですね。でも横にいるだけで、心があったかくなります」

 

 そう言って、俺の手を触ろうとしてくるれいれいに。

 

「ヒッ!」

 

 つい昔のクセで手を払ってしまった。

 

「マサキさん?」

「い、いやなんでもない。ごめん、昔ヤバい女にストーカーされた事があって。それを思い出しただけなんだ」

 

 悲しそうな目をするれいれいに謝った後、今度は俺から手を差し出した。

 

「マサキさんの手、暖かいですね。なんだか安心します」

 

 にこやかな裏表の無い笑顔で笑い返すれいれい。向こうからも手をぎゅっと握り返してきた。なんだろう。とても心が温かくなる……。ぐぐぐ、なんだこれは……恋人って奴なのか? これが?

 俺はもう限界だった。

 

「マリン! 助けてくれ! 怖い! なんだか逆に怖い!」 

 

 こんな時はついマリンに頼ってしまう。普段はバカにしてるんだが……だってまともな話が出来るのマリンだけだもん。いつもごめんなさい。

 想定外の事態に陥ってしまった。あのメンヘラゴースト女のレイから、記憶を消した後にきちんと身なりを整えてみたら、正統派ヒロインが誕生してしまった。ダッシュで部屋から逃げ出し、別の部屋でゴロゴロしてたマリンとアルタリアの元へ向かう。

 

「な、なあマリン。目の前にな、俺の事を慕う可愛い女の子がいきなり誕生したんだ。しかも俺も悪くないと思い始めてる! こんなときどうすればいいと思う?」

「どうするも何も、結ばれればいいんじゃないですか?」

 

 ド正論を言うマリン。うん、彼女の言うとおりだわ。ぐうの音も出ない。

 

「マサキの奴、ビビッてやがるぜ」

 

 そんな俺の狼狽する姿を見て笑うアルタリア。

 

「くっそう! お前ら! 仮にもこれはだな、ハーレム主人公が一人の女性とくっ付きかねない、ラブコメとかだと最後の最後! クライマックスイベントだぞ? お前ら! もっと嫉妬とかしやがれ! ほら、仲間同士でカップル出来ると居心地悪くなったりするじゃん。もっと俺を奪い取れよ! ギクシャクしろよ! なんだその物分かりのよさは!?」

 

「お似合いですよ。どうかお幸せに」

「奪い取る? なにを? 経験値を?」

 

 祝福の言葉を浴びせてくるプリースト。アーンドクルセイダー。

 主人公が仲間の一人と結ばれるなんて! それよりこのままの関係を保っていたい! なんてハーレムラブコメみたいなことを言ってくれる奴は俺のパーティーにはいなかった。

 

「おめでとう!」

「おめでとう!」

「煽るな! やめんか!」

 

 むしろ俺とれいれいの関係を面白がっている状態だ。

 

「おいお前らアレだぞ? もしだよ、パーティー内で恋愛関係とか出来るとな、他のメンバーが気を使ったりして内部崩壊を起こす事って多いんだぜ。それで解散したサークルとかバンドとか色々あるんだぞ?」

「私たちの関係は、こんなことで簡単にバラバラになったりしない。だって今まで一緒に苦楽をともにしてきた仲間じゃないか!」

 

 肩をポンと叩いてアルタリアが言った。くっ、言ってる事はかっこいい、かっこいいがそれは今じゃないだろ!? 

 

「お前ら俺の事好き?」

 

 自分でもクズだと思うが、そんなゲスいことを他の二人のハーレム要因(笑)に尋ねてみる。

 

「私はアクア様の忠実なる僕! 女神に選ばれし勇者、マサキを導くのが使命ですから! それにあなたがまた悪いことを仕出かさないか見張るのも仕事のうちですね。目が離せませんわ。でもですねえ。マサキと結ばれろって言う予言は聞いてないですからね。だからそういう関係として見たことはないですね。もうこの際、レイさん、いえれいれいさんと付き合っていいと思いますよ」

 

 だめだ! このカルト女は。っていうか振られたんだけど。

 

「私はマサキの事好きだぜ?」

 

 アルタリアがそんな事を言いだす。ほう、二人の女性から愛されるとはやっぱ俺ってハーレムかな。この戦闘狂は見た目だけなら超美人だもんな。本当に見た目だけなら。胸もあるし。

 ……いや待て待て。惑わされるな。このバカ女は見た目こそ一番大人っぽいが中身は小学生レベルのガキだ。好きといってもLikeの方だ。

 

「俺のどんなところが好きだ? アルタリア?」

「モンスターをいっぱい狩らせてくれるとこー! 敵を血祭りに上げても引かないとこー! やられそうなとき助けてくれるとこー!」

 

 案の定ガキのような理由をあげてくる脳筋ガール。

 

「で、ダグネス嬢の事は?」

 

 その言葉に、ピクっとアルタリアの表情が変わる。

 

「ダグネスは……私のもんだ! 誰にもわたさねえ! ダグネスを奪おうとする奴は……この手で刻んでやる……。グググ……ッラアアア! ブッ……コロスゾ……! オッラアァア!!」

 

 ガチレズ女ももういい。

 

「な、なあやっぱりさ。今更だけど俺たちって男一人に女三人というハーレムパーティーだろ? そんな中で誰かが恋人とかそういうのは居心地が悪くなると思うんだ。気を使われても困るし。そう思わないかな?」

「私は気にしませんわ。二人の結婚式には是非呼んでくださいね。私がスピーチします!」

「これまでどおりモンスターを殺せるならさ、誰がくっ付こうがどうでも」

 

 やっぱりだめだこいつら。ハーレム主人公のヒロインの台詞じゃねえ。ずっと前から気付いてたけど。

 マリンたちに失望していると。

 

「もしもし、マスター?」

 

 ドアをノックしやがった! あのレイが? 馬鹿な!? ありえん。あいつは勝手に部屋の中に忍び込んで天井かベッドの下に隠れているのがデフォだった。

 

「ご、ごめんよれいれいさん。少し相談したいことがあったんだ。気にしなくていい」

「そ、そうですか。私嫌われたのかと思って……なんだかごめんなさい。私の記憶が戻らないばかりに」

「嫌いだなんてそんな事あるわけないよ! 誤解させてゴメン! あと記憶はそのまま封印しといていいから。二度と戻らないでいいから」

 

 申し訳なさそうに謝るれいれいに、俺も必死で謝り返す。

 ……うん、どうしたんだレイの奴は。やばいぞ。こいつ可愛い! 今までこんな事欠片も思った事なかったのに!  

 なんだ……これ、なんだ……これ……。これはなんなんだ! 俺の体の中を小さな虫が這い回るみたいだ! 

 胸はない。それはこの際仕方ない。いいだろう。俺を慕う可愛い女の子がいる。それだけで十分だ。今までの人生では決して起こりえなかった奇跡だ。巨乳がいいなんてわがままは言えない。

 

「愛ってなんだろう?」

 

 俺は哲学的なことを呟いた。昔の事を思い出す。

 そうだ、そういえば俺は幼稚園のとき、将来結婚しようね! って約束した女の子がいたんだった。今まですっかり忘れていたが。そしてその子とは小学校に上がると自然に疎遠になり、気付いたらどこかに転校していったような。今では名前すら思いだせん。なんて名前だったっけな? マジで忘れた。

 

「おいレイ! じゃなかったれいれい! お前はな、昔私の舎弟だったんだよ! やきそばパンとジュース買って来い!」

「そ、そうなんですか? わかりました。行って来ます」

「おいおい見たかよ! あのレイが私のパシリになってるぞ! こりゃいいぜ!」

 

 最低のことをやってるアルタリア。もし記憶が戻っても知らんぞ。でもこれで丁度れいれいは席を外した。今こそ相談するいい機会だ。

 

「マリン! 彼女とかってどう接すればいいんだ? マジでわからん。お前も一応女の子なら教えてくれよ! 頼むから!」

 

 マリンに拝み倒して質問する。

 

「教えてって、普通に仲良くしてたらいいじゃないですか」

 

 そんなことを言われても……。ネトゲで人を貶める方法は100個くらい知ってる俺も、女の子との接し方はわからないし。

 

「で、でもよ。彼氏彼女ってアレだろ? 男は可愛い子を持ってるだけで他の奴に自慢できるし。女はさ、イケメンと付き合ってたら他の女子にマウントとれるし。そういう利害関係の下に成り立つ関係だろ?」

「うわぁ。一体どんな育ちをしたらそんな思想になるんです?」

 

 俺の持論にドン引きするマリン。

 宗教狂いのマリンに教わるのはなんかムカつくが、女心を勉強する事にした。

 とりあえず基本は教わった。どうやら年頃の女の子はドキドキされるのが好きらしい。壁ドンもOK。キスは雰囲気がいいところでやればいいって真っ赤にして教えてくれた。

 アルタリアは押し倒してぶち込めばいいと、あまり参考にならないことも言ってくれた。

 よし。

 あとは実戦あるのみだ。いける! 俺はやれば出来る子! 行ってやる!

 

「アルタリアさん、ジュースとパン買って来ました!」

 

 れいれいが戻ってきた。

 

「ではごゆっくり」

「じゃな! やれよ!」

 

 アルタリアは物を受け取り、マリンと共に席を外した。

 よし、とりあえずは壁ドンだな。

 足を引っ掛けてれいれいを転ばせると。

 

「なにそんなところで寝転がってんだ!? ヤラれたいのか!? ああ?」

「マ、マサキさん?」

 

 バランスをくずしたれいれいに覆いかぶさるように、腕をドンと地面につけて見下ろす。でもこれじゃあ壁ドンっていうか床ドンだな。

 

「ストップ! ストオオオーーーーップ! 今のはなんですか!? ただのレイプ犯にしか見えませんでしたよ!?」

 

 影で見ていたマリンが飛び出してきてダメだしする。

 

「す、すまん……自分でも何やってるのかわかんなくてさ。ああもう! 何もわからん! 恋人の関係ってなんなんだ! わかんね!」

 

 壁を殴りながらパニックになる俺。これぞ旧式壁ドンだ。いやな事があったニートが八つ当たりで壁を殴るやつだ。

 

「マサキさんは面白いですね。少しびっくりしましたが。今度はこっちから行きますよ。えい!」

 

 そう言って俺に微笑みかけ、俺の頭を軽くでこピンするれいれい。まんざらでもないといった表情でニコニコと笑いかける。なんだこいつ。いくら何でもチョロすぎだろ? ここまで理解力あると怖い。

 再度魔道メガネで確認すると。

 青だった。

 やっぱり記憶が戻ったわけではないか……。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 こうして混乱した俺はありとあらゆる方法で恋人同士とは思えない滅茶苦茶な行動を繰り返した。

 そんな俺の行為に、れいれいは全然気にしてないどころか、むしろ楽しげだった。

 そして夜になる。

 

「ねえアルタリアさん、私たちは今晩は外で泊まりましょう。れいれいさんのあの様子なら、マサキでもきっと大丈夫ですわ」

「そうか。じゃあな!」

 

 アパートから出て行く二人。くっ! そんな気を使わなくたっていいから!

 マリンの余計な気配り……いやグッジョブなのか? のおかげで今晩はれいれいと二人きりで寝る事になった。

 一緒のベッドで寝る事になり……いやいや、色々と飛ばしすぎだろ? いいのかコレ?

 

「ね、ねえマサキさん。起きてますか?」

「う、うん。おきてる」

 

 互いに手を握りながら確認する。そういえば昔もこんな事があったな。あの時はアルタリアの実家だったが。

 

「なんだか緊張して眠れませんね。マサキさんといると、胸がどきどきするんです。この感情はきっと、私が記憶を失う前からずっと大切にしてきたものだと思いますよ」

 

 照れくさそうに話す美少女に。

 もうダメだ。俺はなにを躊躇している。俺のモットーを思い出せ。過程なんてどうでもいい。結果が全てだ。これまでも、そしてこれからも。

 俺はれいれいに覆いかぶさって、腕を掴んで迫った。

 

「れいれいさん。いやれいれい。今の状況がわかるか。お前は男と二人きりで同じ部屋にいるんだ。この先どうされても文句は言えんぞ。いいのか。本当にいいのかれいれい」

 

 怯えたような表情をするれいれいだったが。

 

「マサキさんが望むなら……いいです」

 

 覚悟を決めたようにすっと目を閉じる。彼女の体の震えが手に伝わってくる。それでもれいれいは、俺の事を拒絶したりせず、観念したように腕を広げた。

 好きにしていい。俺のなすがままにこの小さな体を差し出そうとしている。薄明かりに照らされる魅惑的な少女の体。

 

 ……くっ!

 くくくっ!

 ああああああああああああああああああああああああ!!

 うあああああ!!

 ここまで来て、やらないのは逆にダメだろ! 

 『もうやれよ! やっちまえよ!』

 『ここまで来て襲わないと逆に失礼だろ?』 

 俺の中にいる悪魔と上位悪魔が脳内で囁く。

 俺は! 

 俺は!

 俺はああああああああああ!!!

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 チュンチュン。

 雀の鳴き声が聞こえる。

 そして俺は…… 

 

 無理でした。

 まだ時間はたっぷりある。初日でコレは早すぎる。もう少し親睦を深めてからやろう。がっつきすぎだと思われるぞ。あせりは禁物だ。

 チキンな自分に言い訳しながらベッドから降りた。

 

 ……結局一睡も出来なかった。

 

 




ラブコメってなんだろう……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二部 11話 紅き魔力のテスト

 寝不足でふらふらしながら歩いているとリビングで女達の話し声が聞こえた。

 

「見てくださいれいれいさん。この人形に見覚えがありませんか? これはですね、マサキに近づいた女の人の髪の毛を入れて、いつも呪いを込めてたものの一つですわ。思い出しません?」

 

 マリンが気持ち悪い人形をれいれいに手渡そうとしている。

 

「なにをしているんだマリン!」

「なにって? レイさんに昔の記憶を思い出さそうと……」

「そんなことしなくていい! やめろ!」

 

 慌てて呪いの人形を取り上げた。

 

「無理に記憶を思い出させなくていい! っていうか今の方が絶対いい! せっかく完成した美少女なんだ! 余計なことはするな! れいれいには過去なんて必要ない! あるのは幸せな未来だけだ!」

 

 せっかく手にした美少女を台無しにされてたまるか! 大声でマリンを怒鳴りつける。

 

「言い切りましたわこの男!」

「はあ? 昔のレイに戻ったら俺は泣くぞ! 今のれいれいの方が百万倍いいからな! 余計な事をする奴はゆるさねえ!」

 

 マリンに反論する。

 

「全く呆れましたね。あなたには失望しましたわ。何度目か忘れましたけど。ねえアルタリアさん、何かいい方法ありませんか? れいれいさんの記憶を思い出させるような」

「レイがやったら絶対怒る事ならあったぞ! やってみる」

 

 するとアルタリアは急に俺に抱きつき。

 

「どうだマサキ。おっぱい触り放題だぞ。うれしいか?」

「なにやってんのお前!」

 

 身長の高いアルタリアが、俺の頭を押さえつけておっぱいの位置に持ってきて、そのまま無理やりぱふぱふしてくる。

 

「放せ! お前今自分がなにやってるかわかってんの? ただの痴女だぞ? おい放せビッチ!」

 

 うれしい。この状況はとても嬉しいんだが、俺にはれいれいが……。れいれいの心を裏切るわけには。それにこのバカ女は特に意味とか考えてなさそうだし! 期待するだけ無駄だ。

 

「ア、アルタリアさんはマサキ様の事がすきなんですか?」

 

 泣き出しそうな顔をするれいれい。

 

「ちっすまなかったな。こうすれば昔のお前なら絶対襲い掛かってきたからよ。でも安心しろよ。セックスはお前がやればいいから」

 

 アルタリアは俺の事を突き飛ばしたあと、申し訳なさそうにれいれいに謝り、そんな事を言った。俺の扱い酷くないか?

 

「せ……せ……」

 

 顔を真っ赤にしてあたふたするれいれい。

 

「ちょっとなに照れてんだよ! お前が私に教えたんじゃないか? やっぱ違うのか? 子供はキャベツが運んでくるのか?」

「わ、私が教えたんですか? 一体過去の私ってどんな人だったんでしょう?」

 

 混乱しているれいれい。うん。アルタリアに性教育したのはレイだったからな。まさかこんな形で帰ってくるとは夢にも思うまい。

 

 

「れいれい、そろそろ時間だ。いくぞ!」

「は、はいマサキさん」

 

 うるさい女二人を置いといて、出発の準備をする俺たち。

 

「デートですか?」

「ひゅーひゅー」

「ちげーよ! これから博士んところでテストだよ! れいれいは改造人間のプロトタイプだぞ? これからお披露目に行くんだ!」

 

 ニヤニヤしながら聞いてくるマリン。くそっ、人事だと思って!楽しんでやがる。

 こうしてれいれいを連れて、俺はノイズにあるコンクリート状の建物へと入っていった。

 

「来たかい? じゃあこれから改造人間のテストを行うよ」

 

 博士の元に向かうと、少し離れたところに見物人が集まっていた。

 

「あの人たちは?」

「ああ、あれはね。改造人間の候補者たちだよ。募集をかけてみたらね、思ったより多く集まってね。とりあえず今日は見物という事で来てもらったんだ」

「ちゃんと記憶が消えるって言ったのか?」

「言ったんだけどねえ……?」

 

 改造人間になりたいという物好きがこんなにいるのか。この国は大丈夫なのか?

 

「改造人間になったらどんな魔法も撃ち放題って本当ですか?」

「親からニートの穀潰しは、国のために改造されて来いと言われました!」

「目からビームは出ますか!? ビームは!」

「伝説の魔法を撃ちたい! 撃ちたい! 撃ちまくりたい!」

 

 口々にぎゃーぎゃー叫ぶ候補者達を見て。

 

「大丈夫かこいつら?」

 

 再度この国の将来が不安になってぼやいた。

 

「じゃあ簡単なテストね。あそこにあるのが測定器。そこ目掛けて得意魔法を撃つだけの簡単な仕事だから。思いっきりやっていいよ」

 

 博士が今回の実験の説明をした。俺とれいれいは頷く。れいれいが得意な魔法を撃てばいいだけか。

 

「あ、あのマサキさん。どの魔法を撃てばいいと思います?」

 

 れいれいが恐る恐る聞いてきた。彼女の冒険者カードを見るとレベル1まで戻っている。覚えていた魔法も消えてる。だがスキルポイントも大量に戻っている。改造された事で一度能力がリセットされたんだろうか。

 アレか、強くてニューゲームみたいなもんか。名前もれいれいに変わっている。

 改造前に使えてた魔法は取りなおすことが可能のようで、習得可能スキルの中から『炸裂魔法』を選択し、れいれいに返した。

 

「これだな。ためしに撃ってみろ」

「では思いっきりいきます」 

 

 れいれいが魔力を集中させると、空気が張り詰める。

 

「ち、力が漲ってきます! こんなの知らない! いけます! 今ならなんでも倒せます!」

 

 れいれいの目が紅く光りだす。と同時に紅いスパークがバチバチと彼女の体から発せられる。なんだ? 今のれいれい、少し怖いぞ?

 

『炸裂魔法』

 

 彼女の手から放たれた魔法が、測定器に物凄い勢いで叩きつけられ、大爆発を起こした。

 

「はぁ、はぁ、……はあ」

「大丈夫かれいれい!」

 

 一度に大量の魔力を放出して、ふらついているれいれいをガシっと支えた。

 

「大丈夫です。魔力を一度に使いすぎてびっくりしただけです」

 

 すぐに自分の足で立ち上がるれいれい。体にまとっていた赤い電撃も消えていた。

 

「なんだ!? 地震か!?」

 

 何も知らない周辺住民が驚いて騒ぐ。

 測定器は粉々に吹き飛び、それどころか後ろの壁まで貫通して実験会場に大穴が開いた。

 

「測定不能! 測定不能です!」

「計器が壊れるなんて……それどころか建物まで壊れるとは。次からテストは外でやったほうがいいな」

 

 研究者たちもその力に騒いでいる。 

 改めてれいれいの魔法の結果を見ると。

 

「炸裂魔法ってこんな威力だったか? まるであの時キールが放った、爆発魔法みたいだったぞ?」

 

 彼女が仲間でよかった。消し飛んだ機械をみて少しゾッとする。

 

「やった! やったぞ! テストは大成功だ! 俺って凄くね? これは文句ナシで魔王軍を倒せる新兵器だろう。協力ありがとよ! 研究員としての俺の地位は安泰だわ!」

 

 博士も大はしゃぎでガッツポーズをしていた。

 

「す、すごい! かっこいい!」

「私もあんな魔法が撃てるようになるんですよね?」

「その紅い眼は改造された証ですか?」

 

 れいれいの実力を見た改造人間候補たちも興奮して、彼女を質問攻めにしていた。

 そんな彼らに、れいれいは丁寧に答える。

 

「こ、この眼は生まれつきだそうです」

 

「俺も同じ紅い眼がいい! だってかっこいいし!」

「私も赤がいい! あの紅く光る眼! 痺れたわ!」

「バーコードは外せないな! ナンバーを入れてくれ!」

「じゃあナンバーは俺が一番だ!」

「私よ!」

「違う俺だ!」

「なにおう!」

「じゃあ私はラッキーセブンで!」

 

 改造人間候補の人間が揉めあっている。

 

「ありがとう佐藤君! おかげでテストは大成功! そしてこの先俺の出世も間違いなし! あのクソ女同僚め! おもいしったか! 次は上司としてセクハラとパワハラのコンビネーションで泣かしてやるからな! 君と出会えてよかったようひゃひゃひゃひゃ! それじゃあまた! 次は彼らを改造し終えたら報告するよ!」

 

 上機嫌の博士はその場で高そうな酒を開けて飲みながら言った。

 

「帰るか……」

 

 れいれいと一緒に、いつもの公務員宿舎に帰宅した。

 

 

 

「大事な話がある、れいれい」

 

 家に帰ったあと、テーブルでれいれいに真剣な目で語りかけた。

 

「昨日はあと一歩手前まで行ったくせにあれなんだけど、やっぱり、俺達はそういう関係になるのはやめたほうがいいと思うんだ」

 

 そう、考えていた言葉を吐き出した。

 

「私の事が……嫌いなんです?」

「嫌いじゃない。嫌いなわけあるか! 今のお前の事が嫌いなんていう男はおかしい! ゲイかB専くらいだろ! でも、俺はれいれいのためを思って言っているんだ」

 

 絶望したような顔をする少女の手を握り、反論する。嫌いなわけあるか。嫌いだったらとっくに犯してる。どうでもいい女だったらこんな事を言わない。そう、れいれい、いやレイにはずっと世話になってきた。あの日、カエルの群れの中で出会ったときからずっと。

 

「俺は、君が思っているような人間じゃない。嘘つきで、下種で、アクセルではお尋ね者の犯罪者さ。君は間違っている。本当の幸せがあるはずだ」

 

 涙をこぼすれいれいに、話を続けていく。

 

「私の……マサキさんへの思いがこの嘘だというんですか!?」

「嘘? そうさ、お前の純粋な心を利用したんだ。俺は最低の男だからな。そうやって騙したのさ。だけど今のれいれいなら、きっといい人が、本当の運命の人が見つかるはずだ」

 

 普通仲間の記憶が無くなったなら、なんとしても取り戻そうとするはず。だというのに俺は、今の方がいいという理由でマリンたちを妨害している。これは最低だ。

 いや元々俺は最低の人間だったが……数少ない仲間にまで下劣な手段を使うのはダメだろう。今更なにきれいごと言ってんの? って話だけど。

 こんな手で美少女を手に入れるのは……フェアじゃない。

 れいれいは俺の事をなにも覚えていない。何も知らないんだ。何も知らない少女を無理やり手にするなんて最低だ。普段ならそれは俺にとって褒め言葉だったはずなんだが。今回だけは……。

 

「私はいらないってことなんです? 昔の私とは違うから! 今の私ではマサキさんのお役に立てませんか?」

 

 頬に涙を流しながら、必死にすがりつくれいれい。

 

「違う! そんなことはない! そうじゃないんだ! れいれいは一度記憶をなくした。だけど俺の事は好きなんだろ? でもそれは記憶を無くす前、レイがそう思ってたからだ。過去に引っ張られているだけなんだ。もう一度初めからやり直そう。れいれいは今の俺を見て、それでも本当に俺が本当に好きかどうか判断しなおしてくれ。今度は自分の意思で!」

「……自分の意思?」

 

 また首を傾げるれいれいに。

 

「そうだ。れいれいが俺の行動を観察して、運命の人に相応しいかどうか考えるんだ。それでもいいなら、正式に付き合おう。結論を急ぐのはやめて、時間をかけていこうじゃないか」

 

 記憶が無い少女を好きにするのではなく、自分の意思で、俺たちの元に留まってくれるか決めて欲しい。

 

「だ、だったら一緒にいてもいいですか?」

「そ、それは勿論。れいれいは最高のアークウィザードだからな。戦闘では頼りにしてる。いや戦闘以外も、料理は美味しいし申し分ナシさ。俺は幸せだよ。これからよろしく頼むよ、れいれい。まずは新しい仲間として、冒険を始めなおそう! 新しい思い出を作っていこう! 付き合ったりするのはその後でいい」

 

 一生懸命作った笑顔で、れいれいに返事をした。

 

「わかりました。マサキさん、私これからも頑張ります! でもマサキさんがどんな人だって、きっと今よりもっと好きになるに決まってます! 私は改造されたあと、何も覚えてないのに一目でマサキさんのことを素晴らしい方だと思ったんです。それは今でも代わりません! 私、マサキさんのことをもっと知りたいです! そして次こそ心からマサキさんの事が好きだと胸を張って言います!」

 

 涙を拭き、自信満々な笑顔を浮かべるれいれい。どうやら納得してくれたようだ。

 

「付いて来れないと思ったら、俺のパーティーを抜けてもいいんだからな。それは間違いじゃないはずさ」

「そんなことは絶対無いです! どこまでも付いていきますから!」

 

 れいれいにそう言い返した。正直言ってれいれいを手放したくなんてない。無いが自分が外道なのも理解している。そこで拒絶されたなら……止めることなんてできない。

 

「意外だったな。鬼畜外道のマサキらしくないぜ」

「もしこのまま行っても、同意の上だからとめる権利はないと思ってたのですが……マサキもたまには人の心があったりするんですね。よく我慢しました。これもアクア様のおかげでしょうか」

 

 アルタリアは意外そうな顔で、マリンは感心した顔で見る。

 

「これでよかったんだ。レイならまだしも、あの純粋なれいれいにこの俺のような下劣な男は似合わないさ」

 

 そうぼやく。

 もったいなかったなあ。少し後悔するが自分を納得させた。

 なにかもやもやした思いを胸にしまいながらも、俺の判断は間違ってないと自分に言い聞かせる。仲間なら当然だ。俺もたまには正しいこともしていいだろう。

 それから部屋の中でうろうろしていると、あっという間に夜になった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 コンコン、とドアをノックする音がした。れいれいだな。もうすっかりドアをノックするようになった。っていうかそれが普通なんだが。勝手に忍び込んだりドアを蹴飛ばすやつに慣れたのがおかしい。

 

「れいれいです」

「そうか、入っていいよ」

 

 れいれいを俺の部屋へと誘う。

 

「あの……少し考えたのですがやっぱりあなたが運命の人だと思うんです。他の人なんて考えられません!」 

 

 れいれいは入ってくるなり宣言し、俺の元へと駆け寄ってきた。

 

「い、いやだから、それはもう少し時間がたってみないとわからないかもしれないじゃん。うん、ゆっくりと進めていこう?」

「マ、マサキさんは私じゃダメですか? 可愛くないですか?」

「そんなことないよ! 十分可愛いよ。俺にはもったいないぐらい!」

 

 魅力的なれいれいの体を見て、首を振って彼女を肯定する。自分よりも一回りもふた周りも小さな彼女の体は、とても愛らしい。守ってあげたくなる。

 

「いくら時間をかけても結果は同じだと思うんです! 私はずっとマサキさんを愛しています!」

「いや、時間ってのは大事だと思うよ? だから少し待って見よう? な」

 

 俺達はさっきと同じことを繰り返す。記憶が失っても強引なところは代わってないのかな。アレ? 少し寒気がする。風邪でも引いたかな?

 

「ま、マサキさま? マサキさんはもっと胸の大きな人が好きなんですか? 私ではだめでしょうか?」

 

 れいれいは自分の胸元を確認しながら、ボタンを外して残念そうに呟く。っていうかそれ以上開けたらダメだ。中身が見えちゃう!?

 

「そ、そんなことはないから! 胸の大きさなんて女性の魅力の一部だから! だからそんなに気にしなくていいよ! ボタンそれ以上開けないで! 見えちゃうよ?」

 

 必死で彼女の胸を隠すと、その時胸に手が触れてしまう。心臓の音が激しくなっているが俺の手にも伝わってくる。

 

「ご、ごめん!」

 

 慌てて放そうとすると、その手がつかまれる。

 

「ね、ねえ聞いてください! 私の心臓、こんなにバクバクしてます! こんなになるのはマサキ様だけですよ? 私も触っていいですか?」

「う、うん。聞こえる。凄い音だね。俺もドキドキしてきたよ」

 

 緊張して答える。今の状況はなんだろう。可愛げな美少女に胸を押し当てられるなんて……こんなのDTには荷が重過ぎる。こんな事されたら誰だって我慢できない。我慢できないよ。れいれいの熱い息が俺の手に吐きかかる。相手も興奮している事がわかる。これはDTだってわかる。

 さっきまで時間をかけて好きになろうと思ってたけど、そんなこと言ってられないよ! 目の前には俺の事が大好きな美少女。そんな子と胸を乳繰り合うなんて。もうダメ! 理性が限界! さっきまでの発言は全部なかったことにしたくなる。いやそうしよう。

 これはもう一線こえちゃうよ! こうなったら俺はもう、れいれいと共に18禁のほうに移動してこの続きをやるしか!?

 よし、やるか。もういいわ。やっちゃえ。いけいけ。俺は頑張った。理性をなんとか保とうと、真人間としてやれるだけのことはやった。だからこのまま始めてもセーフだ。

 決して都合のいい女をオナホ代わりとかそういうのじゃない。一生懸命説得し、それでも付いてきてくれたんだから仕方なかった。不可抗力じゃない。強姦じゃない。同意の上だからセーフだ!

 なんども自分に言い訳し、続きを始めようとれいれいをぐっと引き寄せる。お父さん、お母さん、俺のDTもついに卒業です。世界は変わったけど、今日男になります! 生んでくれてありがとう! 

 れいれいの服を無理やり脱がそうとし、ボタンに手をかけると……。

 

 あれっ?

 なぜだ? こんな羨ましい状況なのに、俺の息子が全く反応してない。下半身が動いてくれない。それどころか小さく縮こまっている。どうしてだろうか? 俺はホモじゃないし、EDでもない。なのになぜ俺の下半身は本能的に怯えているんだ? 背筋がぞくってするのはなんでだ?

 少し首をかしげて……この状況下で考えられることは……ことは……。

 ことは…………!?

 

「ま、まさかお前――」

「遅い! 『ボトムレス・スワンプ』」

 

 突如俺の真下に泥沼が発生し、足元をすくわれて身動きが取れなくなった。

 

「バレてしまっては仕方ないですね。残念ですよ。私は合意の上での方がよかったんですがね」

 

 れいれいが俺の元へ迫ってくる。あの馴染み深い、フラフラしながら幽霊のような動きで。

 

「もう逃げられませんよマサキ様。これからじっくり良い事をしようではありませんか?」

「あ……ああああ……!?」

 

 レイはそう言って俺の頭をぐっと押さえつけ……。

 

「むぐ!」

「んん!」

 

 何かが俺の唇に触れる。いや触れるだけじゃない。痛い。歯があたってるよ! それに段々と意識が遠くなって……。

 

「ゲホッ、ゲホッ! はぁ、はぁ。どこの世界に首を絞めながらキスする奴がいるんだ! 殺す気か!?」

「ぐふふ、これがファーストキッス! ああなんて甘美な味でしょう!」

「思いっきり唇を噛みやがって! 血が出てるんだが! それ血の味だぞ!」

 

 口についたレイのよだれと血を拭きながら言い返すが、だめだ。こいつ聞いてない。目を紅く光らせながら、いや目だけじゃなく体中から赤いスパークを散らしながらのしかかってくる。あの御馴染みの、心臓が止まるような恐ろしい微笑を浮かべながら。

 

「いつの間に……いつから記憶が戻った!?」

「ふふふふふ、いいでしょう。教えてあげます。マサキ様にもう一度最初からやり直そうと言われて落ち込んだ私は、干しっぱなしだった洗濯物に気付いて入れていたんです。するとそこにマサキ様のパンツが……それを見て脳内に閃光が走りました。全てを思い出したんです。私が何者なのか。そう、マサキ様の運命の人だということをね!」

 

 れいれいの告白に鳥肌が立ち。

  

「うわっ! キモッ! 相変わらずキモッ!」 

「でもマサキ様って本当に優しいですよね。記憶の無い私を無理やり手篭めにすることも出来たのに。あんなに気を使って下さって。自分の意思で判断して欲しいなんて……! 私今でも思い出すと感動します。胸がきゅんきゅんします! やっぱりマサキ様は運命の人。私の目に狂いはなかった。マサキ様大好きです。ああ食べたい! もう我慢できない! こっちから強引でも食べてもらいますよ。ぐひひひっひひひ」

 

 涙を拭きながら不気味な笑顔で頷くれいれい。戻ってきた。あのメンヘラ女が帰ってきた。愛を囁かれているのに寒気しかしないこの状況。完全に復活しやがって。

 なんてこった。

 

「恋人同士の甘いキスを終えたことですし、次は子作りといきますか。順序がありますからね。さあ行きましょう! 実は私今パンツ穿いてないんですよ。っていうかノーブラノーパンなんですよ。興奮しますか? ねえマサキ様! ヒヒヒヒヒ」

「興奮しねーよ! っていうか怖いよ! まじ怖い! 放して! HANASE!」

 

 もう駄目だ。今度こそ終わりだ……俺は覚悟を決めて目をつむると。

 

「ああーーーーーーー!!」

 

 絶体絶命の俺を前に、急に大声を上げるれいれい。いやレイか。

 

「そういえばアルタリアめ。よくも私の記憶が無い間パシリにしましたね! 思い出したら腹が立ってきた! 今からカチコミに行って来ます! 運がよかったですねマサキ様。ではこの続きは後日と参りましょうか」

 

 れいれいは窓から飛び出して言った。ここって一階じゃなかったよな。ゴキブリのように這いまわって移動していくれいれい。相変わらずの握力と背筋だ。

 

「助かったのか……? いやいや、今日だけだ。次は死ぬ」

 

 またあの悪夢のような日々が始まるのか……。まずいぞ、れいれいは改造された事でパワーアップしている。ほぼ無尽蔵なあの魔力。今まで見たいに逃げ切れるのか……?

 ……今度こそもうおしまいかもしれない。

 

「ちくしょおおおおおーーーー!!」

 

 なんとか泥沼から這い上がって叫んだ。

 




 最初にれいれいを紅魔族にするにあたり、原作の設定を見直しました。
 すると紅魔族になると記憶が消えるとあって驚き、あれこれじゃあレイとバイバイすることになるじゃんともう一度プロットを見直しました。
 すると私の脳裏に、一回正統派美少女にして、戻せばギャグっぽくなるんじゃないかな? と悪魔の囁きが聞こえてきたんです。
 そうすることにしました。期待を裏切ってごめんねマサキ。悪魔がやれって言ったんだから仕方ないですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二部終 12話 戦闘用改造魔道兵『紅魔族』

「博士ーーー! 助けて! ヘルプミー!」

 

 あれから悪夢のような数日が過ぎた。逃げても逃げても追いかけてくる強化型ヤンデレゴースト。俺の精神も限界に近い。

 ガリガリでボロクズのようになった俺は、博士の元へとようやくたどり着いた。

 

「どうしたんだい佐藤君?」

「もう一回! もう一回レイを改造して! もう一度記憶消してくれ! 頼む!」

 

 博士に懇願する俺。 

 

「何を言ってるんだ? 一応危険な手術だったんだよ? これ以上体に負担がかかると命に関わるし」

「別に魔術のパワーアップはせんでいい! とにかく記憶を! もう一度記憶を消してくれ!? あの純朴なれいれいに戻して!? お願いします!」

 

 博士の言葉に必死の思いで拝み倒すと。

 

「駄目ですよー。 私とマサキ様は両思いですからね。一時的に記憶が無くなったおかげで、本当の気持ちを知ることが出来ました。私達は紅い糸で結ばれてますから」

「くっそ! 放せ! 立ち去れ悪魔め!」

 

 れいれいを昔のようにキックするが。

 

「ちょっと君、女性にそれは酷いんじゃないか?」

 

 博士に止められる。

 くっ! 何でだ! 今までとやってることは一緒なのに! なんで非難されないとならない? そ、そうか見た目か! 見た目が可愛くなったから俺が女に暴力を振るう悪い奴に見えるのか!? なんてこった。中身は昔と一緒のヤベー奴なのに! 

 

「君たち、相変わらず仲良しだねえ。妬けてくるよ」

「お前の眼は節穴か! どこが仲良しに見えるんだ!」

「そう思います? 博士。やっぱり私達お似合いですよね」

 

 ちくしょう! こんなことなられいれいが記憶を取り戻す前にやっときゃよかった! いや、やってから記憶が戻ったら俺は破滅だ! やらなくてよかったのか?

 

「そんなことより、改造人間全員の手術がようやく終わったよ。正式名称は戦争用改造魔導兵というんだがね」

 

 俺の要望をそんなことですます博士。

 

「みんな出ておいで!」

 

 博士が呼びかけると。

 

「はいマスター!」

「私たちに命令を!」

「もう戦いですか? この漲るパワーで敵を蹂躙したいです!」

「パワーこそジャスティス!」

「ついに封印されし力を発揮するときが着たのか……」

「右手が……うずく! 右手よ抑えてくれ!」

 

 ジャージをきた9人の男女が姿を見せた。みなれいれいと同様の紅い眼をしており、顔にはバーコードとナンバーが記されていた。

 

「こいつらか。改造人間計画は上手くいったようだな」

 

 赤い眼の集団に声をかけると。

 

「あんたはプロトタイプだな! 聞いたよ。この命がけの改造実験を、なんの躊躇も無く志願したんだって?」

「あなたのおかげで私達も力を手にすることが出来ました。感謝していますよ!」

 

 改造人間たちは俺の事を無視し、れいれいへと話しかける。

 

「愛があれば当然の事です! 迷いなんてありません!」

 

 堂々と宣言するれいれい。

 

「おお!」

「すごい!」

「さすがプロトタイプ!」

「それでこそ改造人間だ!」

「勇気がありますね!」

 

 れいれいは改造人間には尊敬の眼差しを持って認められていた。一方俺は無視。なんだかなあ。

 

「ついにこの日が来た! 俺の研究成果を王へと報告する日が! 今回の新兵器は今まで見たいなポンコツじゃない! 文句のつけようのない対魔王軍兵器だ。これで当分は楽に暮らせるはずだよ!」

 

 博士は張り切って王との謁見へと向かう。プロトタイプが仲間にいるため、一応俺たちも付いていくことになった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ノイズ王との謁見室にて。

 

「閣下。約束の新兵器が完成しました。彼らは間違いなく魔王軍との戦いで十分な成果をあげるでしょう」

 

 博士と俺達は跪き報告をする。

 

『コーホー、それは真か。おぬしの言葉が本当なら、我々ノイズが魔王を倒す日も近いだろう』

「はい! これぞ対魔王において切り札となる、最強のアークウィザード集団です。今紹介します!」

 

 博士の手招きで、ぞろぞろとやってくる改造人間たち。

 

「戦争用改造魔導兵! 《BCMW―01》! いっくん!」

「《BCMW-02》! にっこ!」

「《BCMW-03》! みぃみぃ!」

「《BCMW-04》! しんた!」

「《BCMW-05》! ごろうた!」

「《BCMW-06》! むーこ!」

「《BCMW-07》! ななっこ!」

「《BCMW-08》! やっほい!」

「《BCMW-09》! きゅーすけ!」

 

 自己紹介をする改造人間たち。

 

『それは本名なのか?』

「我々のコードネームに文句があるなら聞こうじゃないか!?」×9

 

 名前を疑問視され言い返す改造人間たち。

 

『い、いや問題はない。我を騙そうとしなければな。コーホー』

「俺も保障しますよ。プロトタイプでその力は実証済みです。彼らは最強のアークウィザードにて、紅き眼の部隊、名付けてレッドフォース」

 

 俺もれいれいの実力を知っているため、王へと推薦する。

 

「なにそれ、だっさ」

「ぺっ!」

「紅き眼の軍勢まではよかったんだけど、その後が台無しだわ」

 

 俺の名付けた部隊名は気に食わなかったらしく、がっかりだといわんばかりに地面に唾を吐く改造人間たち。

 こいつらむかつく。お前らの名前の方がだせえっての。

 

「私たちは紅魔族と呼んでいます」

 

 代わりに博士が話すと。

 

「さすがはマスター!」

「素晴らしいネーミングセンス!」

「そこのメガネとは大違いだ!」

 

 大はしゃぎだ。

 彼らの部隊名は紅魔族に決まった。わからん。なにが奴らの琴線にふれるんだ。女の研究者は安直過ぎってバカにしてたのに。

 

「でもそれじゃあ魔族の一員っぽくて紛らわしくないか?」

「ああ? お前になにがわかるってんだよ!?」

「だっせえくせによ!」

「何もわかってないですね」

 

 俺の質問に非難轟々の『紅魔族』たち。

 こいつらきらいだわ。

 

「王様、彼らは誰もが優れたアークウィザードです。すでに訓練では見事な成果を上げています。捕獲した野良モンスターとのテストでも圧勝しました。あとは魔王軍との実戦あるのみです」

 

 博士が紅魔族を売り込んでいる。こいつらの実力はわかっている。博士の言うとおり戦場では大戦果をあげるだろう。毎日れいれいとの追いかけっこをしていた俺にはわかる。

 そんな王との面会中、急に大きな警報がなり始めた。

 

『何事だ?』

「大変です! 敵襲です!」

「映像写します!」

 

 アラートが鳴り響く。外の映像を見ると飛べる魔物たちの集団がこのノイズに迫っていた。

 

「シールドを起動させろ!」

 

 王の付き人がすぐに命令を出す。

 魔道技術国ノイズは透明なドーム状の物体に覆われている。一見簡単に壊れそうで脆くみえるが、魔法結界を起動させる事で敵の侵入を完全にシャットアウト出来る。

 

「門を閉じ、すぐに住民を建物の中に誘導しろ!

 

 一度魔法結界が機動してしまえば安心だ。この防衛システムは魔王城を参考にしたらしい。魔王城は結界で覆われて勇者の侵入を阻むが、このノイズでも同じことが出来るのだ。

 

「敵を報告せよ!」

「どうやら魔王軍の空軍部隊のようです。空からノイズへと攻撃を仕掛けているようです」

 

 王都の謁見室にある、巨大なモニターに敵の様子が投影されていた。空を飛ぶモンスター、ドラゴンやワイバーン、グリフォンたちがノイズの結界の上から炎をはいたり体当たりをして破壊しようとしている。

 

「ふん、この程度で我らのシールドが破れるものか」

「いつもの嫌がらせだな。魔王軍も毎度暇なこって」

 

 魔王軍の襲撃はノイズにとってよくあることらしく、住民達はあまり脅威に感じていないようだったが。

 

「俺の故郷、ノイズに向かってこんな真似をするとは! 魔王め許さん!」

「魔王死すべし!」

「今すぐ細切れにしてきていいですか?」

「血祭りに上げてきましょうよ!」

 

 しかし記憶をすっかりなくしてしまった紅魔族にとっては度し難い行動に見えたらしい。襲い来る魔王軍を見て目を赤く光らせ、闘志を燃やし始めた。

 

「王様! マスター! 我々に出撃の許可を!」

「2、3匹軽く引き摺り下ろしてきます!」

 

 興奮する紅魔族を見て、王が博士に尋ねる。

 

『彼らだけであの大軍を相手に出来るのか?』

「え、ええ。私の手術で魔法使い適正を最大限まであげましたので……一人一人が最強級のアークウィザードとなっておりますよ。理論上は可能かと」

『いいだろう。紅魔族よ。我にその実力を見せるがいい。出撃を許可する』

「はっ! 軽く死体の山にしてきます!」

 

 王の許可は出た。喜んでエレベーターに向かう紅魔族。

 

「佐藤君、一応付いていってくれないか? 彼らはまだ誕生したばかりで経験も浅いだろうし、もし危なくなりそうだったら君たちのパーティーがフォローに回って欲しい」

「わかったよ。任せとけ」

 

 博士に頼まれ、紅魔族と同行する俺たちのパーティ。

 シールドを一部だけ解除して、門から出撃する9人プラス俺たち4人。

 

「なんて数だ。それにでかい。いくら強い魔法が使えるといってもこんなの倒せるのか!?」

 

 外では魔物の群れがノイズに襲い掛かっていた。ドラゴンも多い。この目で直接見るのは初めてだ。まさに魔物の王。固い鱗に覆われた皮膚はどんな攻撃にも耐えられそうだ。そんな危険なドラゴンが何匹もノイズに襲い掛かっている。

 

『コール・オブ・サンダーストーム』

 

 俺がビビッていると、紅魔族の一人が巨大な嵐を発生させた。土砂降りの雨が降り注ぐ。たった一人で起こしたとは思えない、桁外れの威力の大嵐だった。敵はもちろん、この俺もその魔力に驚愕する。

 

『カースド・ライトニング』

『カースド・ライトニング』

 

「ギャアアアー!」

「グエエエエ!!」

 

 天候を操作した紅魔族は、起こした嵐で雷の威力を高め、ノイズの結界に群がる飛行モンスターに次々と無慈悲な落雷を浴びせていった。なすすべも無く落下していく魔物たち。見事な連携だ。俺達が出た理由も無いくらい、圧倒的な破壊力で敵を殲滅していく9人のアークウィザードたち。

 

「な、なんだと?」

「なにが起こっているんだ!?」

「ノイズにこんな兵器があるとは聞いてないぞ?」

 

 パニックになっている魔王空軍のモンスター。雷を食らい一匹ずつ地面に落下していく。

 

「怯えるな! 我らには向かうとは面白い! あそこの集団だな! この私自ら相手をしてくれるわ!」

 

 おそらくこの部隊を率いるボスだろう。敵の中で一番のサイズを誇る、巨大なブラックドラゴンがその大きな翼を広げ、紅魔族の方へと迫ってきた。

 

『カースド・ライトニング』

『カースド・ライトニング』

 

 問答無用で雷を浴びせる紅魔族だが、さすがはリーダー格。攻撃に耐えている。

 

「ば、馬鹿な! 攻撃が効かない!」

「さすがは魔王軍、一筋縄ではいかないようね」

 

 紅魔族の雷が弾かれているのを見て、驚く紅魔族たち。

 

「クルルルルル!! クロッハッハッハッハッハ!! 少しはやるようだが、この私には効かぬわ。モンスターの頂点であるドラゴンの力! とくと味わうがいい!」

 

 撤退する紅魔族に食らい付こうとする黒い竜。

 

「真打登場!」

 

 すると突如何も無い空間から、一人の女が登場した。こいつは確か……顔に7と書いてあるからななっことか言う奴か。側には1のナンバーの男が控えていた。彼が光の屈折魔法を使い、ななっこを急に出現させたようにみせたみたいだ。

 ブラックドラゴンは動きを止め、空中で停止する。

 

「そこにいるのはわかっていた。お前たちの起こした嵐のせいで、その部分だけ不自然な反射をしていたからな。だが! まさか魔王軍幹部の私に敵うと思うのか? 勇気だけは買ってやろう。名を名乗れ!」

「紅魔族のななっこだ!」

 

 名乗りを上げるななっこだが。

 

「な? ななっこ? それはふざけているのか? カロロロロロロ!」

「本名だ! 文句があるなら聞こうじゃないか!」

 

 笑いを必死でこらえているドラゴンに、言い返すななっこ。

 

「ま、まぁ世界には色んな名前の奴がいるしな。変わった名前を持つ人間の噂も聞いたことはある。感性は人それぞれだったな。では私も名乗ろう。『魔王軍幹部にして! 空軍部隊を預かるもの! 魔王軍随一の空の覇者にして! 最強のドラゴン――」

「これぞ伝説の始まりにして、最強の魔法よ! 『爆発魔法!』」

 

 名乗り上げの最中にななっこの爆発魔法が直撃し、ドラゴンはなすすべも無くバラバラになった。 

 

「やっぱ俺たち無しで十分だったな」

 

 軍団長を一撃で葬り去られた魔王軍は、完全に戦意を喪失し、散り散りになって飛び去っていく。それを追いかけて駆逐していく紅魔族たち。すでに勝敗は決した後だった。

 

「わ、私の出番は?」

 

 アルタリアがハッと気付いて聞いてくる。

 

「ないな。いや、落ちたモンスターの中に、まだ息があるのが残ってるかもしれん。一応剣で刺して生死を確認しといて。生きてたら殺して」

「うん! わかった!」

 

 アルタリアは落ちた魔物たちに剣を突き刺し始めた。

 

「さてと」

 

 黒焦げになった巨大な死体を眺め、俺は検視を始める。

 

「こいつは手配書によれば、本当に魔王軍の幹部だったんだな。初陣で魔王軍幹部を討ち取るとか、こいつらヤベーな。しかも一撃だぞ?」

「私達の出る幕は無かったようですわね」

「ふひひひひ。私ならもっと綺麗に殺せますよ」

 

 マリンとれいれいもドラゴンの死体を眺め、それぞれ呟く。

 大きすぎる戦果にビビッていると、敵を壊滅に追いやった紅魔族たちが帰ってきた。

 

「どうだった? 私の爆発魔法は!」

「かっこいい! かっこいいぜ!」

「おい待てよ! 俺の華麗なサポートがあったからだぞ? それを忘れるなよ?」

「爆発魔法は確かに強いけど、連射は出来ないわ。倒した数では私の稲妻の方が上だ!」

「嵐を起こしたのは俺だからな! 忘れんなよ!」

 

 どうやら今回の戦いで誰が一番活躍したか揉めているらしい。

 

「でもよ、こいつの名乗り方はかっこよかったな。なんだっけ? 『魔王軍幹部にして! 空軍部隊を預かるもの! 魔王軍随一の空の覇者にして! 最強のドラゴン』 いいな」

「よし、私達も戦闘前に名乗りをあげるのは?」

「賛成! 賛成!」

「で、こいつの名前なんだったっけ? 中々の強敵だったが」

「さぁ? 名前が出る前に爆発魔法でやっちゃったから。だって私の名前を笑ったんだぞ?」

 

「……」

「……」

 

「名前が残らないとは悲しいな。そうだ、このドラゴンのようにならないためにも、名乗るときには名前を最初に言うことにしよう!」

「賛成! 賛成!」

 

 どうやら勝手に独自の決まりを作っているみたいだ。そう考えればあの黒いドラゴンも、全くの無駄死ではなかったかも。

 こうして見事魔王軍の攻撃を退け、それどころか幹部を討ち取った紅魔族は、ノイズで多くの尊敬を集める事になった。俺は何もしてないけど。王やお偉いさんにもめっちゃ褒められた。俺は何もしてないけど。

 これで多分博士は出世間違い無しだな。隣で悔しそうにハンカチを噛んでいた女の研究者を見ればわかる。俺もこのまま博士についていけば問題ないだろう。全てが順調に行きそうだ。パワーアップしてやばさが増したれいれいのこと以外は……。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 紅魔族の実戦テストが無事終わったその夜だった。あとはれいれいからいかに身を隠すかだけだ。段々包囲を狭まれている気がするんだが。そろそろ潮時かも。どうにかまだばれてない寝床を確保した俺は、ベッドで横になる。

 浅い眠りについていると……。

 深夜、なにか冷たい存在を感じて目が覚めた。

 

「レイ? いやれいれいだな?」

 

 慌てて起き上がるも、れいれいの姿はいない。気のせいだったのか……?

 

『……我が……我輩には見える……フハハハハ』

 

 微かとはいえ、冷たい笑い声がする。

 不気味な声が俺の脳内に響き渡る。これは、何だ? 今までに無い経験だった。再び体を起こし、周りを見渡す。だが何も無い。あるのは闇だけだ。

 

『宣言しよう……貴様の野望は……叶うことは無いだろう……軍師気取りの男よ』

「そこに誰かいるのか!? お前はなにを言っている!」

 

 少しずつ声が大きくなる。気のせいでは無い。

 明かりをつけて周りを確かめようとするが、なぜか光がつかない。バチッと小さな音を立てて消えてしまう。

 

『大きな蜘蛛が……全てを破壊するだろう。貴様の野望もろとも……』

 

 何者かわからない、だが確かになにかいる。誰かに俺の事を見られている。そして話しかけている。視線は感じるものの、真っ暗で何も見えない。

 

「お前は誰だ?」

『気付かないのか? いつも共に過ごしてきたと言うのに……』

 

 少し残念そうな口調で、声の主は俺に返してきた。

 

『我輩は……貴様の……目だ!』

 

 その言葉を聞くと同時に、その時、俺はその邪悪な……強大な力を持った何者かと目が合った。 

 

「はっ!」

 

 気付くと、深夜のベッドの上だった。体を見ると、汗をびっしょりかいていた。今のはなんだったんだ?

 夢か……いや、それにしては生々しかった。実際になにか邪悪な存在。れいれいとは違う、本当に人間ではない黒い存在が側にいた様な。

 辺りを見回していると、視線の端っこに気付く。枕元で何かが光っている。

 

「なんだ? これは俺の魔道メガネが……?」

 

 俺の貰ったチート魔道具、バニルアイは一瞬赤く光ったあと、すぐに消えた。

 

「なんだったんだ今のは? 夢とは思えないが……」

 

 何もかもわからない。いつも通りのメガネを見て、呟いた。

 

『大きな蜘蛛が……全てを破壊するだろう』

 

 謎の声はそう告げた。大きな蜘蛛……見当も付かない。

 ただ冷たい風が俺の部屋を吹き抜けていった。

 

 




これで二部、紅魔編は終了です。

下は適当に考えた初期紅魔族設定です。


BCMW 戦争用改造魔導兵 バトルサイボーグマジックウォーリアー
通称“紅魔族”

公式型番

XCW-1 改造ウィザード・プロトタイプ “れいれい” Xはプロトタイプの意味
BCMW-00と呼ばれる事もあるが、非公式

初代“紅魔族”ファーストナンバーズ
BCMW-1~9
《BCMW-01》いっくん~《BCMW-09》きゅーすけ


 プロトタイプと紅魔族の相違点。

・興奮した祭、眼が紅く光るのは同じ
・プロトタイプ(れいれい)にはバーコードが無い
・れいれいのみ魔法を最大限で使うと赤い火花が出る(魔力のエネルギーが若干不安定なため表面に流れ出てしまう)かっこいいという意見もあったがエネルギーの無駄なのと奇襲が台無しになるため、《BCMW》紅魔族では改善されて無くなっている。
・試作機らしく、れいれいの服のふちには黄色いラインが入っている。研究者たちがテスト用に入れた。
・ナンバー1~9には顔のどこかに数字とバーコードがある


 れいれいと9人の最初期紅魔族は、実は危険な欠陥を抱えていたりして?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ニ章:キャラクター紹介

二章終了時でのキャラ紹介

 

メインキャラクター

 

・マサキ

この物語の主人公。一度投獄されたが卑劣っぷりは治る事は無くむしろ強まっている。

アクセルで行った悪事がバレてしまったため、別の拠点へ移ろうとしている。

ノイズの存在を知り、そこで今度こそ自分の野望をかなえるために行動する。

ノイズでとある博士と知り合いになり、またしてもそれなりの地位をゲットする。

とはいえ二章では彼の外道っぷりはあまり発揮されてない。

 

・マリン

アクアの声が聞こえるという自称預言者だが、このパーティーでは常識人である。

アクアの声はアクセル以外ではあまり聞こえないらしく、ノイズでは大人しめ。

暴走するマサキを止めようとするが、いつも先を越されている。

そんな報われない彼女だが、なんだかんだでマサキからは信頼されている。

パーティー唯一の常識人だからだろう。

ストックとアルタリアが起こした事件のため、故郷のアルカンレティアを追い出される。

悪魔には容赦は無く、マサキがアーネスを手下にしたのをよく思ってない。

アーネスに対抗してコンビニバイトをするも、レジがうまく使いこなせずクビになっている。

 

・レイ(れいれい)

マサキに忠実なアークウィザード。相変わらずマサキの事を運命の人だと思っている。

改造人間計画に立候補した際、ついに転機が訪れるが……。

 

・アルタリア

なにも考えずただただ暴れまわるおなじみ危険なS女。

相手が誰だろうが敵なら容赦なく剣を振り下ろす。

その傍若無人っぷりはアクシス教徒からもドン引きされるほど。

虫が苦手。あと夜のレイも苦手。カサカサ動くのが嫌らしい。

 

その他の仲間たち

 

・アーネス

ウォルバクに使える上位悪魔。だが現時点で主人の居場所を見失っており、探し中。

バニルに『赤く光る眼の人間』が鍵となると聞き、赤い眼のレイの元へ向かった。

そのままマサキ達と戦うも返り討ちに合い、主従契約を一方的に結ばれて手下になる。

その後はゲームでゴロゴロしたり、コンビニバイトをやったり、八咫烏の二代目首領になったりと忙しい。

結構生真面目であり、約束は絶対に遂行する。その性格はノイズの住民からも受けがいい人気者。

ちなみに邪神ウォルバクと紅魔族の関係は遠い先の未来の事であり、現時点では無意味な予言である。

特技は『カースド・ライトニング』

 

・博士

ノイズ所属の研究者。後に大きな災いを起こす事になる。

マサキ同様の日本からの転生者。元ニートらしいぞ。

色んなものを作る能力を持っているが、制約もあるそうだ。

彼が作るものは凄いが、よく暴走することでも有名。

実はこっそりアルタリアの事を気に入っている。

 

 

アルカンレティアの関係者

 

・ゼクシス

アクシズ教団最高指導者のばあさん。

基本的になんでもいけるが、悪魔とアンデッド、そしてストックだけはダメらしい。

普段は変態100%で欲望のままに行動するが、ストックが何かやらかすと激怒して止める。

過去にストックを信頼して酷い目にあったからである。

ふだんは変態ババアだが、なんだかんだでアクシズ教で最強の実力を持つ。

やるときはやるらしい。

マリンのことは実の娘のように思っている。

 

・ストック

見た目はイケメンなのだが、残念すぎるアクシズ教徒ナンバー2

元エリス教のアークプリーストだったが、出世競争に敗れてアクシズ教徒に改宗したという過去を持つ。

女神エリスは勿論のこと、アクアの事も自分の出世のために利用している。

プリーストでありながら信心は無い。信じるのは自分だけである。

アクシズ教団ナンバーワンの座を狙ってちょっかいを出してはゼクシスにお仕置きされている。

なぜ彼が追い出されないのかは、彼がアークプリーストとしては一流の才能を持っているからである。

実力だけならマリンよりも上。ただ野望が空回りして失敗することが多い。

エリスを裏切ったために幸運値が滅茶苦茶低い。

得意技はパッド光線。相手の幸運を下げ、さらに貧乳にするという恐るべき技。

彼がブレッシングを使うと代わりにこれが出る。

 

 

ノイズの関係者

 

・ノイズの王

ダース○イダーのようにマスクとスーツを全身に着込んでいる怖そうな人。

実は色々と持病に苦しんでいる。

結構無茶振りが多く、それに耐えかねて博士以外のチート持ちは逃げ出してしまった。

 

・女研究者

博士の同僚。博士の事をライバル視している。

 

 

・紅魔族

博士が作り出した改造人間にて、全員中二病という痛い集団。

全員が最強クラスのアークウィザードで、驚異的な力を秘めている。

博士の事をマスターと呼んで慕うが、必ず言う事を聞くわけではない。

中二センスのわからない人間の事が嫌い。

 

 

・安楽少女

か弱い少女の姿に擬態し、人間を誘い込む危険な食人植物。

博士は秘密研究所の場所を隠すためにこのモンスターを利用していた。

良心の無いマサキ、アルタリアには全く通じなかった。

特にアルタリアにとってはただのカモで、大量虐殺される。

生き残りは殺されずに回収された。

 

・マンティコア

ノイズの周辺に存在する危険な上級モンスター。

なぜノイズの付近に多いかというと、実験で製造したものが逃げ出し、野生化したからである。

高度な知能を持ち、人の言葉を喋る事が出来る。

マサキによって利用される。

 

・ブラックドラゴン(名称不明)

魔王軍幹部。通称、天空覇者。巨大な黒いドラゴン。

魔王軍の空軍を率いてノイズを襲撃した。

かなりの実力者だったはずだが、紅魔族にはなすすべも無く撃破される。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 デストロイヤー編
三部 1話 開戦! ノイズ草原の戦い


 ついに最終章です。


 鶴翼の陣

 それは古代より伝わる戦術。幾たびの戦争にて、自らよりも多い数の敵を破ってきた由緒ある陣形。

 今! 俺率いるノイズ軍は、数で勝る魔王軍を迎え撃つ。

 空からの攻撃の心配は無い。毎日のように紅魔族は空から襲ってくる魔物たちを叩き落したため、向こうの空軍は壊滅している。

 紅魔族による猛攻撃で損害を食らった魔王軍は、どうやら本腰をあげたようで、大量に兵を動員し、地上戦で決着をつけにきた。

 俺は特に何もしていなかったんだが、かつて魔王軍幹部バラモンドを討ち取った功績により紅魔族の隊長に任命され、さらにノイズ軍の指揮をとるように任命された。

 つまり軍の指揮官はこの俺だ。

 ククク、どうやら俺の時代がやってきたようだ。この俺の活躍が! この世界の歴史に名を刻むときがついに来たのだ!

 

「装甲を強化した特別仕様のゴーレム軍を前面に、中央に配置。これでそう簡単に突破される事はないだろう」

 

 左翼に紅魔族、右翼には傭兵の冒険者達。正面にはノイズ中からかき集めたゴーレムを横に広く並べている。俺が開発部に作らせた、頑丈なゴーレムも実戦配置についている。

 俺はゴーレムたちの後方にて、戦闘機能をオミットして人が乗れるようにした指揮官用のゴーレムに乗っている。

 紅魔族はたった9人だが、前回の戦いでその実力は目の当たりにした。少数でも十分すぎるほど敵を圧倒するだろう。正式な制服がまだ決まってないため、彼らにはとりあえずジャージを着せられている。

 後は中央がぶつかり合うのを待つだけだ。

 俺の思い通りに行けば、ノイズ軍と魔王軍がぶつかり合っている隙に、左翼の紅魔族部隊が敵右翼を突破。そのまま敵左翼も突破し、自由になった紅魔族と傭兵部隊が中央の魔王軍本隊を後ろから排撃し、包囲殲滅が完成する。

 戦いの火蓋が気って落とされるのを、まだかまだかと待っていると……。

 

『紅魔部隊、なにをしている。お前たちの出番はまだだ。今すぐ定位置に戻れ!』

 

 後方から監視していると、まだ敵と相当距離がある状態だというのに、紅魔族が突撃するのを確認する。慌ててノイズの通信機で連絡を取ると。

 

『悪いな。獲物は早い者勝ちだ!』

 

 返事はこうだった。

 

『まだ早い! 勝手に飛び出すな! お前たちがやられたら全体の危機になるんだぞ? 歩調を合わせろ!』

『私たちを倒せる奴らなんてどこにもいない! いるならやってみればいいんですよ!』

 

 ダメだ。全然いうことを聞いてくれない。どうしよう。このままだと各個撃破される。

 案の定、勝手に飛び出した紅魔部隊を魔王軍が包囲していく。

 

「やばいぞ! マリン、れいれい、アルタリア。このままだと紅魔族だけで魔王軍全体を敵に回すことになる。そうなればさすがのあいつらも……」

 

 そこまで言ったとき、戦場に大きな雷が走った。

 

「あいつらも……」

 

 紅魔族は魔王軍相手に奮戦。次々と雷を落とし、更に大きな爆音。

 

「……この音は、あの頭のおかしいのが爆発魔法を使ったな……」

 

 魔王軍の陣の中央に大きな空白が発生した。

 爆発で崩れたところを、文字通り次々と引き裂いていく9人の影。

 

「あ、あのマサキ? 右翼にいる傭兵達から連絡です。我々も突撃していいかって?」

「もう好きにすればいいんじゃないかな?」

 

 ヤケクソ気味に、無線を持つマリンにそう返した。

 もう俺の作戦も何も無い。紅魔族が魔王軍に特攻し、次々と撃ち破って行く。それを見て負けられないと同じく特攻する傭兵達。逃げ惑う魔王軍。動く必要のなくなった中央ゴーレム軍。この会戦の勝利は明らかになった。

 ゴーレムの後方で、ただぼんやりそれを眺めているだけの俺たち四人。「私も行けばよかった!」と悔しそうなアルタリア。

 

「おお! 見事な指揮っぷりでしたね、隊長。ノイズ軍の快勝です!」

「全然嬉しくねえよ! こんなん誰でも勝てる! 仮に猿が指揮官でも勝てるわ!」

 

 結果を確認したノイズの調査官に八つ当たりする。

 

「上層部は決戦に出るのを反対していました。大量のゴーレムを失う羽目になり、ノイズの防衛力の低下となると。それを押し切ったマサキ隊長の判断は正しかった」

「ちーがう! 違うって! 俺はこんな結果望んでなかった! もっとがちゃがちゃと包囲殲滅する気だったのに! せっかく用意したゴーレムなんか全く何もしてねえし! 装甲強化した俺がバカみたいじゃん!」

 

 俺の事を褒めてくれる調査員だが、はっきり言って全然嬉しくない。だって俺なにもしてないし。苦戦もクソもない。ただただチート種族が暴れてるだけだった。

 

「今回の戦いの勝因はなんでしょう? この戦いは後世に残るでしょうし」

「しるか! 『紅魔族でごり押し戦術』とでも名付けておけ!」

 

 更にピカピカと光る無傷のゴーレムを見ながら言う。

 

「そもそもこれじゃあ俺の戦術の意味が無い! 俺の目的はな! 魔王軍を中央に集結させた後に包囲殲滅することだった。それで魔王軍をほぼ全滅に追いやる事だった! それをだな! 紅魔族が勝手に独走したせいで魔王軍の大半が戦う前に逃げ出したじゃないか! ゴーレムで押しつぶす予定だったのに全くの無傷だぞ? おかげで魔王軍はまだまだ健在だ! せっかくの俺の策が台無しなんだよ!」 

 

 今回の結果に満足できなくて怒鳴った。

 

「もういい、ゴーレムたちを帰還させるぞ。あとは紅魔族と傭兵にやらせておけ。そういえばれいれい、今日はやけに大人しいな」

「……」

 

 ゴーレムに引き上げを命じて帰ろうとすると、無言で、どこか遠くを見つめているれいれいがいた。

 

「れいれい! 帰るぞ! 聞いてるのか? おい?」

 

 なんだこれは。

 目がうつろな様子で、顔を真っ赤にしながら、何も聞こえないようで、ただただ一点を見つめている。

 

「ああああああああああああああああああああ!!」

 

 すると急にレイレイは体中にスパークを弾けさせながら――大声を上げたあと。

 

『炸裂魔法』『炸裂魔法』『炸裂魔法』

 

 無差別に周囲を攻撃する。

 

「どうしたんだ! れいれい! なにをしてるんだ!?」

「うわっ! れいれいさん! どうしました!?」

「パシったことまだ根に持ってるのか? 謝ったじゃん! なぁ!」

 

 大慌ての俺たち四人。

 

「ど、どうしたんです? 何が起きたんですか? 敵襲です?」

 

 調査員もパニックになって叫ぶ。

 

「全員! ゴーレムの盾にして隠れろ!」

「うおおおお!!! 壊す……壊すんだ。力が、力が止まらない。魔力が溢れ出す! 限界だ!」

 

 目を真っ赤に光らせながら、物騒な言葉を言って次々とゴーレムを破壊していくれいれ。

 

「な、何事ですか? なんで味方のゴーレムを壊してるんですか?」

「わ、わからん! わからんが危険な状況なのは確かだ! れいれいも、俺たちもな! 全員物陰に隠れろ!」

 

 破壊されていくゴーレムを見て数少ない兵士、調査員や技師、ゴーレムを操作していた魔術師に命令を出す。

 

「コワス! ゼンブコワス! 破壊シロ! ハカイダ! ブッコロス!」

 

 れいれいはいつもとはまた別のベクトルの怖さで、カタコトになって大立ち回りをしている。

 

「よせ! れいれい! 俺だ! 俺の事がわかるか!? どうしたんだ急に!」

「……ううう、マサキ様? ああっ! うっ! 逃げてください! コワス! ゼンブコワス!」

 

 少し正気を取り戻したが、またすぐに破壊活動を再開するれいれい。

 

「くっ! 『バインド』 これで少し落ち着いて――」

 

 れいれいをスキルで拘束した後、押し倒して押さえつけようとするが。

 

「あつッ!!」

 

 れいれいのあまりの高熱に、思わず手を放してしまった。

 

「これは絶対やばいぞ! れいれいの体……人間の体温じゃない! 触った俺が火傷しそうだ……。おい! 頼むから落ち着いてくれ!!」

「ま……まさ……き……さ。ううっ! ああああ! 逃げて! 逃げ――ああああああ!」 

 

 れいれいはバインドを自力で吹き飛ばし、手のひらをこっちに向けてくる。

 

「『炸裂魔法』 あう!」

 

 ギリギリのところで手を真上に掲げ、空目掛けて特大の炸裂魔法を打ち上げた。

 

「うっ……ううううっ」

 

 そのままばたりと倒れるれいれい。

 

「だ、大丈夫かれいれい? うっ! あつっ! まだ体が熱いぞ?」

「……マサキ……さま」

 

 そのままグッタリと気を失うれいれいだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 戦場は調査員に任せ、俺たちパーティーは気を失ったれいれいを博士の研究所までダッシュで連れて行った。

 

「博士! どうなっている! れいれいが! れいれいが暴れたんだ! しかも高熱をだして! 原因はわかるか?」 

「こ、これは……!? 少し待ってくれ。すぐに原因を探すよ」

 

 倒れた彼女をベッドに載せ、すぐに調査を始める博士。

 

「な、なるほど……魔力が過剰にたまりすぎたのが原因だね。そういえばプロトタイプことれいれいは、改造されてから今回までまともに戦闘をしていなかったね。その間に溜まった魔力が限界を超えそうになってしまったのか。急速に魔力を補充するようにしたのが裏目に出ちゃったか。改造人間にこんな欠陥があったとは。他の紅魔族にも起こりえるかもしれないよ。これはやっべーな」

「なんだと博士! 俺の仲間になんてことをしたんだ! で、れいれいは大丈夫なのか?」

「ああ、それなら心配要らないよ。溜まった魔力を放出すればいい。とりあえずあそこにある設備の中に入れれば熱暴走は止まるよ」

 

 魔力排出用の機械に乗せると、れいれいの真っ赤だった顔が元に戻って行く。

 

「ごめんな、さい。マサキ様……私の……せいで。作戦が」

 

 少し楽になったのか、目を覚ましたれいれいが俺に謝る。

 

「誤ることはない。これはお前のせいなんかじゃない。改造人間の欠陥は博士の責任だしな。そもそも作戦を台無しにしたのはあの紅魔族の奴らだ。ゆっくり休むといい」

 

 こうして弱っているれいれいの姿を見ると……普通に可愛いんだがなあ。このままずっと弱っていてくれれば、なんてゲスな考えが頭をよぎる。いやいや、れいれいは俺の大事な仲間であり、野望に絶対に欠かせないコマでもある。失うわけにはいかない。そう首を振って思い返す。そして疲れた彼女を寝かせた後、今度は博士に尋ねる。

 

「で、博士よ。この先どうするんだ? れいれいが破壊したゴーレムは魔王軍の仕業と報告することにしてだ。紅魔族はいつ爆発してもおかしくないんだろ? 危険な状態になるたびにここに連れてくる気か? 今回はなんとかなったが、もし間に合わなかったらどうする?」

「そ、そうだねえ。国内で爆発とかしたら俺って普通にテロリストじゃん。人間爆弾とかシャレになんねーよ。この魔力の上昇は、睡眠時が一番危険だな。ううーん、睡眠中に自動的に魔力を放出出来ればいいんだけどねぇ……」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「君たち、集まってくれてありがとう。残念なお知らせだ。紅魔族に重大な欠陥が発見された。紅魔族は睡眠時の魔力の回復量、吸収量が自分の限界を超えても供給し続けるらしく、容量オーバーでいつ爆発してもおかしくない危険な状態にあることが判明した」

 

 戦いから帰還した紅魔族を、すぐさま改造人間の実験室に集合させた。手には先に地面に突き刺す棒が付いた針金を持ってきた。

 

「これは、アースって言ってな。地面に余分な魔力を流すもんだ。れいれいが危うくボンッてなりかけた。博士の再チェックによれば、お前たちも同じようにいつかオーバーヒートで暴発するそうだ。それを防ぐためにだな、寝ているとき体にアースを付けて、オーバーした魔力を自然放出するんだ」

 

 突貫で作らせた、アースを紅魔族に手渡そうとすると。

 

「ふざけるな!」

 

 バンっと払いのけられた。顔を見ると皆激怒している。

 

「気持ちはわかるよ。体を改造された上に、記憶まで無くして、今度は体が爆発するかもしれないなんて耐えられないよな? だがこらえてくれ」

 

 同情的に紅魔族に話しかけると。

 

「「「そんなことはどうでもいい!」」」

「えっ!?」

 

 いいのか? その返事に驚く俺。

 

「改造人間が爆発するのは別にいい! むしろ当然!」

「そんなことより! なによその変なものは!」

「その針金のようなものだ! そんなのダサすぎる!」

「そうだ! あんたは前から思ってたけどセンスがわかってない!」

「針金を付けて寝るとか。そんなのなんか違う!」

 

 なにを言い出すかと思えば、そんな事を言い出した。

 

「で、でもこれが無いとお前ら死ぬんだぞ?」

 

 呆れた顔で言い返すと。

 

「ちょっと貸せ! ふむふむ……仕組みはわかった。あとはもっとかっこよくしよう」

「魔法使いのローブに魔力排出機能を組み込むのはどう?」

「それはいい。一人一人にあったローブを作るぞ」

 

 アースを奪い取った紅魔族は、それを参考にし勝手に自分達で新しい装備を作り始めた。

 

「あ、あの、それとだな。俺の考案した制服が出来上がったんだが。目立たないように暗めにしている。あとポケットもいっぱい付いてるからそこに魔道具を色々と入れられる用になっている」

 

「ダサい!!」

「ダサいダサい!!!」

 

 俺の制服をその場で投げ捨てる紅魔族。そしてまた勝手に、赤く目立つ服を作り始めた。

 

「やっぱこいつら、苦手なんだよなあ」

 

 紅魔族を見てそう呟く俺だった。

 




 最終章が始まりました。この先ノイズは、博士は? 紅魔族は、マサキはどうなってしまうのでしょう?
 終わりの幕開けが、スタートです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 2話 黒の部隊

「どうしていうことを聞かないんだ!」

 

 前の戦いでの勝利により、俺は総督より大隊長に任命された。……されたまではいいんだが。

 

「名乗るポーズはなにがいい?」

「爆炎の炎使いとか、雷撃の雷使いとかおかしな通り名には気をつけないと」

「我が刃……我が狂気……我が狂気を持て顕現せよ! うーん……」

 

 前回俺の命令を無視し、勝手に突撃して敵を圧勝。俺のもくろみは完全に外れたものの、勝利を収めた紅魔族。その紅魔族は、好き勝手に名乗りあげの練習をしてる。

 

「こいつらは……どいつもこいつも命令をききやしない!」

 

 他にもある。放置された大きなゴーレムを見てため息をつく。

 これは『紅魔族用歩行型トランスポーター』。俺が考案した新しいゴーレム兵器だ。四本の足でどんな道も付き進む大型のゴーレムであり、戦場に紅魔族を送り込むことが出来る。そのまま上から敵を攻撃する事で敵を圧倒出来る。出来るのだが、紅魔族にダサいと言われて乗ってくれない。

 

「せっかく作ったのに……」

 

 試作機を数台作ったがそれで生産はストップだ。鳴り物入りで製造させたのに残念だよ。

 

「おい聞いてんのか!!」

 

 かってに突撃しては、死体の山を築く紅魔族たちに文句を言いに行った。こいつらは魔法を撃ちまくった後、少し睡眠をとり、すぐに魔力を回復してはまた出撃してモンスターを壊滅させていく。それ自体は文句はないんだが。

 

「捕虜を取れって言ったよな? 魔王軍に属しているモンスターは生かしたまま連れて来いと!」

「その必要は無い! 全て灰燼にすれば問題なし!」

 

 俺の要望を完全無視する紅魔族。

 

「このアホ共め! お前らの高い知能は飾りなのか? いいか? 捕虜を取ればな、色々と魔王軍の情報を聞きだせる! 魔王城にどんな配備がされているのか。これらの情報がいずれ来る魔王攻略に役に立つ。それをかたっぱしから殺しやがって!」

「私達は強いからそんな必要は無い!」

「そうだそうだ! 堂々と襲撃して破壊すればいい!」

 

 くっそう。こいつらがいくら強いといっても、たった9人だぞ? 9人で残りの魔王幹部を倒し、あの魔王城の結界を破壊し、城の軍勢を撃破してそのまま魔王を倒すのは無理だ。これから増えるとしてもだ。

 

「お前たち! 何か勘違いをしているようだが! 紅魔部隊を預かるのはこの俺だ! そしてお前たちはこの俺の命令には絶対! それを忘れるな!」

 

 とうとう我慢の限界で、正式な書類を見せて紅魔族に怒鳴りつけると。

 

「なんだと? センスも何もねえクセに。お前のようなザコに俺たちの指揮が勤まるとでも?」

 

 一人の男が反論してきた。顔のナンバーは01、いっくんだ。

 

「言ってくれるな1番。では試してみるか? 俺とお前で、どちらが強いのか?」

「本気で言ってるのか? お前は上手く政府に取り入ったようだが、所詮は最弱職の冒険者だ。最強の紅魔族に勝てると?」

 

 俺は拳を握り締め、1番を睨みつける。向こうも目を光らせて威嚇してくる。そういえば俺は最弱職の冒険者だった……結構レベルも上がってて転職する機会もあったんだけど、あまり必要ないかーっとおもってそのままにしていたんだった。

 

「マサキ様に逆らうものは、私が代わりに――」

「その必要はない。下がっていろれいれい。従わないなら従わせるまでだ。丁度いい。この場の全員に俺の実力を見せてやる」

 

 れいれいを下がらせ、一対一でいっくんと対峙した。

 

「わかっているだろうな? これで負けたら、貴様、いや貴様ら全員は俺の命令に従え」

「やれるもんならやってみろ! 冒険者如き瞬殺だ」

 

 俺といっくんの決闘が始まる。この紅魔族のリーダーをかけた戦いだ。

 少しの間睨みあった後……。

 先に動いたのはいっくんだった。すかさず俺に攻撃を仕掛ける。

 

『リフレクション』

「マジックキャンセラー」

 

 すかさずスクロールを起動し、いっくんの魔法を無効化する。

 

「なっ!」

 

 驚くいっくんの隙をついて襲いかかり、そのまま押し倒して転倒させる。

 

「お、おのれ……卑劣な真似を! 『カースド――」

「詠唱などさせるものか。『バインド』」

 

 縄で首を絞めあげて押さえつけた。

 

「うっくくくくくく!」

 

 喉を締め上げられ、詠唱どころか呼吸も出来ないいっくんは、そのままバタバタと苦しむ。

 

「どうした? 戦闘用改造魔道兵001、コードネーム……いっくんよ。貴様は最弱職の冒険者に敗れたぞ? 紅魔族といえど俺の敵ではない。甘く見たな。俺はそこにいるれいれいや、リッチーとも渡り合ってきたんだ。貴様らのような改造されただけのひよっこチートとは、場数が違うんだよ」

 

 首を押さえるいっくんを踏みつけ勝利宣言をする。

 するとザザっと紅い眼をした他の紅魔族に包囲された。皆目を真っ赤に光らせ、俺に手をかざして狙いを定めている。

 

「貴様ら、何のつもりだ? この戦いは一対一の決闘だったはずだ。取り決めを守らないつもりか?」

 

 残り8人に言い返すと。

 

「黙れ! この卑怯者!」

「こんな勝ち方認められるか!」

「いっくんを放しなさい!」

 

 俺を狙う紅魔族の間に、今度はれいれいが割って入る。

 

「マサキ様に手を出すなら、誰であろうと殺しますよ?」

 

 バチバチと魔力を高めて紅魔族を威嚇するれいれい。眼は赤く光り、体から火花が散る。

 

「おもしれえな! このまま殺し合いか?」

「ちょっと、皆さんやめてください! マサキもです。このまま味方同士で争っても無意味ですわ!」

 

 アルタリアは面白がっている。一方マリンは必死であたふたし、みんなを止めようとする。

 

「わかった。マリンの言うとおりだ。ここで戦うのはやめよう」

 

 俺は両手を挙げ、いっくんを解放した。

 

「ゲホッ、ゲホッ! ハァ……ハァ……」

 

 バインドの縄を切ってもらい、なんとか呼吸を取り戻すいっくん。

 

「よ、よくもやってくれましたね!」

「いっくん、大丈夫か!?」

「まだやる気ですか? 次は私がお相手しますよ?」

「プロトタイプ! いくらあなたが止めても! 私たちにも譲れないものが――」

 

 今度はれいれいと揉めている紅い集団に。 

 

「いいだろう、君たちの根性はよくわかった。これはちょっとしたテストだ。ナンバー001、いっくん、君を正式な紅魔族の隊長に任命する。総督には俺から伝えよう。では解散!」

 

 まだ激怒している紅魔族に、俺は冷たい声で告げた。

 

「ど、どういうつもりだ? ぐっ……」

「言葉通りだ。お前たち紅魔族はこれからは自分の意思で動くといい。お前が指揮をとれ。不服か?」

 

 ヨロヨロと立ち上がるいっくんに一方的に告げ、背を向けてノイズへと戻った。

 れいれいと共に、紅魔の里から帰還中。

 

「いいんですか、マサキ様に逆らうなんて許せません! これでいいんですか?」

「いいんだれいれい。マリンの言うとおり、ここで争っても無意味だ。紅魔族は一応味方同士だからな。同士討ちはごめんだ」

 

 まだ眼を赤くするれいれいを落ち着かせる。

 

「本当はどうなんです?」

「見てろよあいつら。いつか痛い目に合わしてやる! 絶対にこの借りは返してもらうからな」

「それでこそマサキ様」

 

 俺は次の行動に移る。紅魔族が俺の手に負えないのなら……別の手を取らせてもらう。

 前の会戦といい、今回の命令無視といい、俺のいやな予感は的中した。紅魔族は俺の野望にとって邪魔になる。奴らの好きにさせれば俺の目的は果たせない。

 俺に忠実なコマが必要だ。強いだけでは意味が無い。忠誠心が無ければ。あんな中二集団ではない、本物の軍隊が必要だ。

 さっそく王との謁見室に向かった。

 

 

「……と、いうわけでノイズ総督。私は新たな部隊を創設したいと思います。紅魔族は強力ですが、不得手な分野も多い。それをカバーする部隊を私が直々に率います」

『紅魔族だけでは不服だというのか?』

「お言葉ですが総督。紅魔族は強い。確かに強い。ですがいつまでもこちら側につくとはいえません」

『紅魔族が謀反を企んでいるというのか? サトー大隊長?』

「いいえ、現時点ではその兆候はありません。ですがもし彼らが裏切った際、それを制止できる部隊が必要です。何事も抑止力が無くては。国家は全ての出来事に備える必要があります」

『なるほど。いいだろう。新たな軍の創設を認めよう。万が一紅魔族が反乱を起こしたとき、鎮圧に当たれ、大隊長』

 

 総督との話はついた。

 これで新しい軍勢を作ることが出来る。さっそく志願兵を集めた。

 魔王軍と戦いたいけど、改造されるのはちょっと影響がある。そんな人達を集める。その中でも盗賊、アーチャーなどに適正がありそうな人間を冒険者カードを見て選抜していく。

 正式名称は『紅魔補助隊』

 紅魔族が不得意とする分野をフォローするために作り上げた部隊だ。あくまで表向きの理由は。

 

「おめーら! 俺こそがノイズの大隊長にて! おめーら紅魔補助隊の隊長でもあるサトー・マサキだ! これから俺の事はサーと呼べ!」

 

 軍曹ごっこ。これやってみたかったんだよな。いやごっこじゃない。思わずにやけるのを首を振って我慢する。俺の肩にはノイズの存亡がかかっているのだ。

 

「俺はお前ら蛆虫を真の兵士にするため! 厳しい訓練を叩き込む! わかったなそこの! そこの少年! ええっと! 名前なんだっけ?」

「僕の名は――」

「うるさい! 今からお前の名は! 名前は……。思いつかなかったわ。面白いあだ名ってぱっと出てこないよな。まぁいい少年、これから訓練を始めるぞ!」

「は、はぁ? 隊長」

「違う! 俺の事はサーとよべ! 返事はイエッサーだ!」

「サー! イエッサー!」

 

 思ったようにはいかないなあ。でもグダグダだったのにちゃんと答えてくれるこの少年はいい奴だな。

 

 それから。

 選抜した人間を一人前の兵隊にするべく訓練が始まった。

 俺は指揮官用ゴーレムに乗り、志望者を追いかける。まずは基礎体力作り。マラソンだ。

 適当に作った歌を叫ばせながら走らせる。

 

「魔王なんてサノバビッチ!!」

「「「「魔王なんてサノバビッチ!!」」」

 

「紅魔族はへちゃむくれー!」

「「「「紅魔族はへちゃむくれー!」」」」

 

 この世界では力はレベルアップによってあがるため、マラソンして意味あんの? と思ったけどとりあえず形から入ってみた。連帯感を持つのにも役に立つしな。紅魔族みたいにバラバラだと困るし。

 

「戦場ってのはな! とにかく走る事だ! 攻撃にも、逃げ出すにも! とにかく走るのが必要だ! 一応後で『逃走』スキルも教えてやるが、取れない奴らもとにかく走るんだ! いいな!」

 

 ゴーレムに乗って叫びながら追いかけた。 

 

「はぁ……はぁ……」

「つかれた……」

 

 休憩タイム。それが終わると。

 

「次は戦闘訓練。とにかく素早く動くのが重要だ」

 

 その辺の機材を使い、戦場っぽくしてみた。岩を盾にしながら、障害物を乗り越えゴールまでたどり着く訓練だ。

 

「おいおい! そんな動きでは魔法使いに先に撃たれる! もっと素早く動け!」

 

 動きの遅い奴らを怒鳴りつける。

 

「よし、では本番といこう。対R戦術を開始する! れいれい、準備はいいな!」

「はい、マサキ様!」

 

 これぞ本番の訓練だ。れいれいを特別教官とし、訓練兵へ紹介する。

 

「彼女は紅魔族のプロトタイプ。まぁほぼ紅魔族と言ってもいい! れいれい軍曹と呼べ! それでだ。これかられいれいは『クリエイトウォーター』を発射する。水に当たったものは脱落だ! 本物の攻撃魔法だと思って本気で避けろ! いいな! 岩を盾にし進め! れいれい軍曹にタッチできれば合格だ! 失格者は腹筋だからな!」

 

 れいれいと俺の部隊を距離を取らせ、3人ずつ小隊を組ませて突撃させる。

 

「これより対R戦術スタート!」

「では行きます。『クリエイトウォーター』

 

 れいれいが離れた場所から水を浴びせ、必死でかわす訓練兵たち。

 

「1番アウト! 5番アウト!」

 

 水を食らったものを退場させる。最初の対R訓練ではクリア者はいなかった。

 

「もっと連携しろ! 仲間や自分を囮にし、その隙にれいれい軍曹のところまでたどり着く! それが出来ればチームでクリアだ! もっと仲間を信頼するんだ! いいな!」

 

 こんな訓練を毎日行っていった。

 

 ……。

 …………。

 創設から一週間がたち、厳しい訓練を終えた精鋭たちは見違えるようになった。これなら戦える。

 紅魔族のために作って拒絶された近代的な軍服は、俺の創設する黒の部隊に回すことになった。個性のない黒服で身を包む、俺の部隊。

 

「いいか、お前たち! 魔王だろうが紅魔族だろうがぶっ潰すぞ!」

 

 整列させた部隊にそう意気込みを告げる。

 

「あ、あの? 我らは紅魔族を支援するために作られた部隊じゃないのですか?」

「紅魔族を倒すんですか?」

「支援するためには! あいつらの弱点を知らねば! そこをカバーするんだよ。だから倒せるくらいじゃないとダメだ! ダメなんだよ!」

 

 疑問を浮かべる黒の隊員達に、適当に言い訳をする。

 

「とにかく、相手が魔族だろうが紅魔族だろうが関係ない! 俺の訓練を思い出せ! そうすれば勝てる! 間違いない! スクロールも渡したし! いいな!」

 

 彼らには『マジックキャンセラー』のスクロールも渡している。これなら相手が紅魔族だろうが無力化できる。もちろんそれ以外の対魔術師戦法も叩き込んでいる。

 

「打倒紅魔族! 赤い奴らに負けるな! 黒こそノイズの象徴となるのだ!」

 

 もう隠す気無くぶっちゃけて叫んだ。

 

 

「最近みねーと思ったら、おもしろいもんやってるじゃねーか!」

 

 俺が黒の部隊の前で演説していると、アルタリアがやってきた。

 

「おもしれーな! でもよお、そいつら本当に使えるのか? 試してみっか? 誰でもいいからかかってこいよ!!」」

 

 アルタリアがニヤつきながら剣を抜こうとすると。

 

「対A戦術! 発動!」

『バインド!』

『バインド!』

『バインド!』

 

 俺の号令と共に、アルタリアが動く前に拘束スキルを四方から浴びせる黒の部隊。

 

「おいちょっと! いきなりかよ!」

 

 成すすべもなく動けなくなるアルタリア。

 

「それでいいぞ! お前たち、よくやった! これなら紅魔族も敵ではない。おおっと、あくまで任務は紅魔族の補助だ。ま、補助の訓練も叩き込んでいるし、問題はないな。何も」

 

 黒い部隊が、俺の思い通り動くのを見て、邪悪な笑みを浮かべた。

 




・紅魔族用歩行型トランスポーター
四本足で進み、魔王軍を圧倒するために作られた大型のゴーレム。
巨大な像のような姿をしている。
武装は無いため、上に乗った紅魔族に攻撃は任せている。
とにかく頑丈に作ったため、軽い攻撃ではびくともしない。
コストは通常の魔道ゴーレムの5倍以上。
紅魔族用に作ったのだが、紅魔族はデザインが気に食わなかったらしく乗ってくれなかった。
数台試作品を作っただけで生産は中止された。
その数台は黒の部隊が所有している。
この四速歩行のゴーレムで培った技術は、後にある新兵器で応用される事になる。

・指揮官用ゴーレム
ゴーレムの上に人が乗れるように手すりを付けたもの。
攻撃機能は付いてない。あくまで移動用。
戦場を見渡すのに使う。危なくなったら乗り捨てて逃げる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 3話 落ちてきた女の子

 これはいつもの日常。

 紅魔族は山へモンスターをしばきに、俺は新しく創設した部隊の訓練をしていた。

 そこに大きな影が現れる。

 

「モンスターが出たぞー!!」

 

 紅魔族の誰かが叫び、見るとドラゴンが飛んでいた。

 まだ生き残りがいたんだ。空を飛ぶモンスターはあらかた壊滅させたんだと思っていたが。

 

「ドラゴンスレイヤーの称号は俺のものだ!」

「なんの! まけるか!」

「この私の爆発魔法で!」

「お前はもう倒したんだから遠慮しろよ!」

 

 ドラゴン目掛け、凄まじい轟音が響き渡った。

 

「お気の毒に」

 

 紅魔族の前には相手がなんだろうがひとたまりもないだろう。むしろドラゴンに同情して呟いた。

 すぐに静かになる森。

 これで終わりだと思ったが、意外なことが起きた。

 

「くっ! 放せ!」

 

 紅魔族が連れてきたのは、魔族の少女だった。落とされたドラゴンに乗っていたらしい。

 ロープでぐるぐる巻きにされ、悔しそうにこちらを睨みつけている。

 

「お前たちが捕虜を取るとは珍しいな。やっと情報の大切さがわかったか?」

 

 紅魔族に連行されている少女を見て聞くと。

 

「そんなことより! 見ろこの魔族の少女を!」

「少女だと!? 私はこう見えて君たちより長く生きてるんだから? 口に効き方に気をつけろ!」

 

 捕まっているのに強気な魔族の少女。

 

「ほう、面白い。お前を新しく出来た俺の拷問室に案内してやろうか?」

 

 余裕の表情で睨み返して告げる。

 

「てめえ! なにを言っている! この方は紅魔族の客だぞ!?」

「お前なんかに手を出させるか! ねえ。もう安心していいわ」

 

 するとその少女を庇うように立ち塞がる紅魔族たち。

 

「え? ええ?」

「は?」

 

 俺と魔族はほぼ同時に疑問の声をあげる。

 

「まずはこちらから質問と行こうか」

「ふふん、そういうことね! 自分の手で拷問するつもりね。でも私は、そんな事に屈しないから! これでも魔王軍の幹部候補だったんだからね! あんたたち私を生かしたことを後悔するから!」

 

 そんな敗北フラグのような事を言う魔族の少女。っていうか自分で幹部候補だって喋っているが。まぁ突っ込むのは無粋だ。紅魔族の尋問がどれほどか見せてもらうとするか。

 赤い眼でジロジロと囲まれる魔族だが、臆せずに言い返す。

 

「なに!? なにが聞きたいの! 絶対に話さないから! 魔王軍の弱点とか聞き出すつもりでしょ! 何も言わないわ。殺すなら殺しなさい!」

「「「「そんなことはどうでもいい!」」」」

 

「「えっ!?」」

 

 紅魔族達の声をそろえた言葉に、俺と魔族はついハモってしまった。

 

「まずはその眼帯! どうしてそのかっこいい眼帯をつけてるのか、教えてもらおう!」

 

 そう、この魔族。なぜか左目に眼帯をつけているのだ。確かに気にはなる。

 

「え? これのこと? これは昔目に傷を負ってから……仕方なくなんだけど?」

 

 想定外の質問につい話してしまう魔族。

 

「なるほど」

「いつその目に封印された禁呪を呼び覚ますのか、わくわくしてたが何も無かったのはそういうことか」

「でもかっこいいのには変わりないです!」

「異議なし!」

 

 紅魔族たちは眼帯をみて盛り上がっている。

 

「では次に行かせて貰おうか」

「さっきはどうでもいい質問だったからつい答えちゃったけど……。あ、わかったわ! あなたたち、最初はどうでもいい質問をして、段々と重要な情報を聞きだすつもりでしょ!? そんな手には乗らないから!」

 

 はっと何かを気付いた顔をし、顔を叩いてもう一度睨みなおす魔族。

 

「どうして右手だけ長手袋を着けてるんだ!?」

「そうだ! かっこいいぞ!」

「どういうことなの?」

 

 今度は彼女の手袋について聞き始めた。

 

「え、ええっと。これは恥ずかしいんだけど。笑わないでね。昔失敗でやけどをして……右手だけ大火傷を負ったの。だから跡を隠すために仕方なくね! べ、別にかっこつけてるわけじゃ……ないんだからね!」

 

 ついつい答えてしまう少女。 

 

「かっこいい!」

「いいな! 片手だけっていいな! 斬新!」

「あえて左右を非対称にする。これはいい」

 

 またもや頷きあう紅魔族。

 

「なんで指だけ穴が開いてるの?」

「そ……それはこの方が機用に出来るから……別に中二病じゃないし。私魔王軍の中でもそうやってからかわれるんだけど、そんなことは無いんだからね! ほら見て! ちゃんと火傷してるでしょ?」

 

 もじもじと恥ずかしそうに、グロい傷を見せながら答える魔族だった。

 

「いいな」

「いい」

 

 そんな彼女の様子に、ご満悦の紅魔族。

 

「じゃあその衣装について聞こうか。そのピチピチの衣装。どこで手に入れた?」

 

 ライダースーツのような衣装にもつっこみを入れる紅魔族。

 

「こ、これは魔王軍の支給品で……渡されたから着せられただけで。別に私の趣味じゃ……ってなんなのお前たち! ちゃんと真面目な質問をしてよ! なんで見た目の事ばかり聞くの!? ねえ!」

 

 恥ずかしい服装のことばかり聞かれて耐えられなくなったのか、抗議する魔族だったが。

 

「これはアレだな。いっくん」

「ああ、俺たち紅魔族のファッションに、革命が起きるかもしれないな!」

 

 頷きあっている紅魔族たち。

 

「わーっしょい! わーっしょい!」

「かっこいい魔族! いいわ!」

「君からは多くの事を学べそうだ」

「歓迎するわ!」

 

 いつの間にか胴上げをされている魔族。

 

「ね、ねえあなた達! 質問はこれで終わりなの? 魔王の情報とか聞き出したりしないの? ちょっとおお!」

「その辺はなぁ」

「私達が本気出せば魔王なんていちころだし」

「余裕余裕」

 

 魔王軍の情報なんかより、この魔族の服装に夢中になる紅魔族だった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 捕らえた魔族の少女を、絶対に殺さないと紅魔族に約束した後、拘束したまま博士の研究所へと向かった。

 

「博士、いるか?」

 

 ただの玩具置き場とは違う、博士の改造人間を作るほうの研究所の前に立って、ノックしようとしていると。

 

『いいかい、アルタリアちゃん。体にはね、こちらに出っ張りがある。そしてこっちにはそれを入れる穴が、その意味がわかるかい?』

『ここが入るんだな!? そうだろ?』

 

 ――この声は……博士とアルタリアか。

 なんでアルタリアがこんな所に?

 

『じゃあくっ付けるぞ! うん、ぴったりくっ付けると気持ちいぜ! なんだか楽しくなってくる』

『ご名答。よく出来たね。次は別の方向から試してみようか? 二人で一つになるんだ。もっと近づけて、引っ付き合うんだ! わかるかな?』

 

 なにを言っているんだこいつらは? っていうかアルタリアもなぜこんなノリノリに?

 ナニを引っ付けているんだ? あのハゲとなにをしてる?

 そういえばアルタリアの性知識は小学生並だったっけ? 無知なことをいいことに、いろんなイタズラをされているのか? 

 

『はぁはぁ、今度もいっしょにやろうか。せえので行くぞ。はぁ』

『いいぜ! 面白くなってきたからな! はぁ、こうか? これでいいのか?』

 

 どんどんヒートアップしていく会話に……。

 

『もっと近く! 近づけて!』

『こうだな? これでいいんだな? はぁ、やるぞ!』

 

 俺はドアを蹴破った。

 

「うちのバカ女になにを教えてる! この変態じじい!! ぶっ殺すぞ!」

 

 中にいたのは、案の定アルタリアと博士。なにかの物体を二人で組み立てていた。

 

「よーーっす! マサキ!」

「急にドアを蹴るとは何事だよ。びっくりしたなあ全く」

 

 博士が持っていたのは合体ロボの玩具だった。アルタリアに正しい遊び方を説明していた。

 

「見ろよマサキ! この玩具なあ! 合体して大きくなるんだぜ! 凄いだろ!」

 

 目をキラキラさせて、純粋な表情でロボットを見せてくるアルタリア。ああ、俺にもこんなときがあったなあ。

 

「そうともアルタリアくん。そういわれると作ってよかったよ。君は間違った遊び方でよく壊すから、教えてあげたんだ」

「紛らわしいんだよお前ら! こんなオチかよ! 心配して損したわ! くっそ!」

 

 ……そういえばアルタリアは博士の作った玩具をすぐにぶっ壊してたな。3歳児以下かよ。

 アルタリアには大事な話があるといい、その辺の玩具を渡して、博士と二人で話す。

 

「で、君のほうはなんでうちの技術部にカラコンなんて作らせようとしたんだ?」

「この世界の貴族ってのはな、色々見て回ったがみんな金髪で碧眼なんだ。目を青くさえすればあとは髪の毛を染めるなりカツラを被るなりで、簡単に成り済ませる。何もしらないバカなやつらから貴族命令と言って巻き上げる事が! 可能になる!」

「相変わらずのクズだね佐藤君。まぁいいや、それで今回は何の用事だい? 今は第二世代の紅魔族の設計で忙しいんだ。今度は魔力の暴発が無いように少し能力を抑えないとね」

 

 貴族成りすまし計画について教えてやると、博士はもう慣れたという表情で……いつもマリンがしてる表情と同じ顔でボヤいた。

 

「忙しそうには見えなかったが?」

「息抜きがいるんだよ! 息抜きが!」

 

 製造途中の合体ロボの玩具を見せつけながら、熱心に反論する博士だった。

 

「で、その子はなに?」

 

 博士は俺が引き連れている手枷をはめられた少女を見て尋ねた。

 

「こいつは、紅魔族が捕まえた魔族だ。コイツの事で博士に相談があってな」

「ゲスな佐藤君のことだから、なんかヤバイ薬で拷問した後で肉便器にするんじゃないの?」

 

 博士の言葉を聞き、俺を見てビクッと顔を歪ませる魔族の少女。

 

「俺を何だとおもってるんだ。いやな、こいつ紅魔族の奴らに気に入られてさ。もし怪我でもさせたら無駄な怒りを買いかねないし、手出しできないんだよね」

 

 それを否定し、事情を博士に説明する。

 

「で、俺にどうしろって?」

「それがだな、コイツを殺す事もできない。でも紅魔族に渡すとさあ、勝手に逃げられるかもしれないだろ。だからコイツを無力化する方法を思いついてさ」

 

「無力化ですって! フン! やれるものならやってみなさいよ! 私は魔王様に忠誠を誓った身! どんな事にも屈しないんだから!」

 

 気を取り直して、俺から少し離れながらいう魔族。

 

「ずいぶん威勢のいい捕虜だね。で、その方法とはなんだい?」

「なぁ博士。あんたは普通の人間を紅魔族に改造することは出来たよな。その方法で、逆にこの魔族を人間に出来ないか? そうすれば魔王軍には戻れないだろうし、仲間も増えるし一石二鳥だろ?」

 

「えっ!?」

 

 俺の提案に驚きの声をあげる魔族。

 

「ま、待って! なにを考えてるの!? この私を人間にする気? ええっ?」

 

 慌てる魔族の少女だが。

 

「それは流石に無理だね。魔族を人間にするには、触媒として別の人間の体を使う必要があるね。つまり人間の体が最低一体必要だね」

「人を掻っ攫って材料にするのはさすがに無理だな。倫理的にも」

「そうよ! あなたたち、少しは考えなさいよ! 魔族の私が言うのもなんだけど、人として超えてはいけないラインがあるわよ!」

 

 俺たちの会話を聞き、彼女はホッとした表情で胸を撫で下ろす。

 

「でもね。うちにはドナー制度ってのがあってね。そういえば丁度病院に若くして病で死んだ人間の少女が運ばれてたっけ? その子の体をもらえれば出来るかも」

「それなら話は早い。今すぐコイツを人間に改造してくれ!」

「え? えええ!? 待って! そんなのウソよね? なにを考えてるの? この人でなし! そんな事が許されると思ってるの? ねえちょっと!」

 

 彼女の反論を無視しそのまま台へ拘束していく。

 

「科学の発展には、多少の犠牲はつきものだ。時には論理を無視する事もある」

「そ、そうだ。この子は魔族なんだろ? だったら極限まで魔力を引き出しても暴発する事はないはず。よおっし、最強の紅魔族へと生まれ変わらせてあげよう」

「や、やめてー!! 殺される覚悟はあっても! 人間にされるなんて嫌ア! お願い! 魔族の戦士らしく死なせて頂戴! おねがいよおおお!!」

 

 彼女の懇願も虚しく、そのまま手術室のカプセルに入れられた。

 そして……。

 

「完成した! 最大限まで魔法適正を上げた上に、更に限界以上まで引き上げた。間違いなく最強の紅魔族になるだろ。最高傑作だな、うん」

 

 手術中のランプが消える。

 中から出てきたのは御馴染みの改造人間。

 青い肌が人と同じ色に変わり、またもちろん目の色も真っ赤になり、新たな紅魔族が生まれた。

 

「ふざけないで! よくも私を人間にしたわね! 絶対に許さないから!」

 

 他の紅魔族は改造されるなり、はいマスターと言って博士に従ったものだが、この元魔族は別のようだ。

 

「ほお、記憶が消えてないとは、さすがは元魔族。強い精神力を持ってるね。記憶が消えなかったのは君が二人目だよ」

 

 元魔族の反論を無視して感心する博士。

 

「ありがとよ、博士。じゃあ俺はこれから生まれ変わった彼女を紅魔族に紹介してくるわ」

「じゃねー!」

 

 そのまま彼女を引き連れて、紅魔族たちの住むノイズ前線基地、通称:紅魔の里に戻った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「と、言うわけで。お前たちに新しい仲間が加わった。仲良くしろよ」

 

 無事人間に光落ちされた元魔族を、紅魔族たちの前にお披露目した。

 

「おお! 歓迎するよ! ようこそ紅魔族へ!」

「あんたもたまにはいいことするわね!」

「君とは仲良く出来そうだ!」

「ファッションの事で色々話しましょ!」

 

 大喜びで彼女を歓迎する紅魔族たち。

 

「そういえば名前を決めないといけないわね」

「空から落ちてきたから、ひゅーこでいいんじゃない?」

「確かにドラゴンからひゅーって落ちてきたな。それで決まりだな!」

 

 勝手に名前まで決められる元魔族。これまで黙っていたがついに耐え切れないといった表情で。

 

「ふざけないで! 私は人間の姿に落とされたかもしれないけど! でも心は未だ魔王軍と共にある! それにひゅーこなんてふざけた名前は絶対嫌! 私にはちゃんとした名前があるんだから!」

 

 そういえば名前を聞いてなかったな。衣装については色々と質問攻めに合ってたけど。

 

「聞きなさい! 私の名は魔王軍幹部候補! ヒューレイアス・サルバトロニアよ! どう! 私の事はちゃんとそう呼ぶ事ね!」

 

 彼女が自分の名前をはっきりと名乗るが。

 

「長い」

「ヒュー……? なんだっけ? もうひゅーこでいいじゃん。大体合ってる」

「よろしく、ひゅーこ!」

「こればかりは紅魔族に賛成だな。名前長すぎるもん。めんどくさい」

 

 紅魔族たちのつぶやきに、俺も同意する。

 

「ひゅーこ! ひゅーこ!」

「わっしょい! わっしょい!」

「よろしく! ひゅーこ!」

 

 またも胴上げされる元魔族、もといひゅーこ。

 

「ひゅーこって呼ぶなあ!」

 

 その様子を見て、れいれいが尋ねる。

 

「危険ではないですか? いくら人間にしたとはいえ、まだ心は魔王軍のままなんでしょ? もし刃向かってきたら……」

「その心配は無い。あいつは改造された事によりレベルが最初からやり直しだ。今は何も出来やしない。あいつの冒険者カードは俺が預かっている。ポテンシャルは最強でも、カードが俺の手にある以上何も出来ないさ」

 

 博士曰く最強の紅魔族と聞いた。リセットされたことでかなりのスキルポイントも入っている。冒険者カードを見ればその才能は一目でわかる。わかるがまだレベル1だ。適当に割り振るだけでかなりの実力者になるだろうが、俺が持ってるから操作は出来ない。

 まぁいつか、こいつが本当に心から人間になった時にでも返してやろう。そう思ってポケットに閉まっておいた。

 

「そういえばあのかっこいい衣装はどうなったんですか?」

 

 ジャージ姿のひゅーこに気付いたななっこが聞く。

 

「え? あんなもの取ったわよ! だって人間に改造されたとき、なぜか怪我も治ったから。もうあの眼帯も手袋も必要ないし……」

「「「「それを無くすなんてとんでもない!!」」」」

 

 紅魔族が一斉に告げた。

 

「一応取ってあるぞ。ホラ」

 

 元々ひゅーこが着ていた衣装セットをななっこに手渡すと。

 

「そうこなくては!!」

「ちょっと! なんで私に眼帯をつけようとするの? もう怪我は治ったし、別に必要ないんだけど! ねぇ! 片目が見えなくなるだけじゃない? 手袋ももういらないって! なんでみんなで無理やり着させようとするの!? ねえ放してよ! 何の意味があるの! ねぇ……」

 

 紅魔族に押さえつけられ、無理やり元の衣装に着替えさせられるひゅーこ。彼女の叫びが紅魔の里にこだました。

 ひゅーこの加入以降、紅魔族の間では眼帯や穴開き手袋、ライダースーツが流行るようになった。

 

 




ひゅーこについて

型番BCMW-EX
紅魔族のカスタマイズ型
元魔族なため、張り切った博士が限界を超えるレベルの改造を施した。
他の紅魔族1~9や0(れいれい)のように、魔力が高まりすぎて暴発する事もない。
ポテンシャルは間違いなく最強の紅魔族。
なのだが冒険者カードを取り上げられているため、レベル1である。
リセットされてスキルもなにも覚えていない。現時点では最弱。


元々は魔王軍幹部候補である魔族のアークウィザード。ドラゴン使いでもあった。
ヒューレイアス・サルバトロニアという無駄に長い名前を持っていたが、誰も覚えてくれない。
眼帯に指空きグローブにピチピチの黒いスーツというファッションが気にいられ、紅魔族に捕まった。
元魔族だったため精神の抵抗力が高く、記憶を失っていない。
見た目は少女だがそこそこ歳をとっている。
自分は今でも魔王軍の一員だと思っているが……。

中二的なものが苦手で、眼帯や手袋も怪我で仕方なくつけていた。スーツは魔王軍からの支給品。
紅魔族やマサキには色々とついていけない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 4話 秘密基地を守りぬけ!

 ここはノイズ前線基地。博士の秘密施設を中心に出来た拠点だ。通称:紅魔の里。

 現在、魔王軍の攻撃にさらされている。

 

「きりがないぞ! 『ライトニング・ストライク』!」

『インフェルノ』

 

 前の決戦で大敗した魔王軍は、紅魔族と正面からぶつかり合うのをやめ、ゲリラ的戦術を試みている。

 単体では紅魔族に敵わないが、日夜問わずの攻撃で流石の紅魔族も苦戦している。それも仕方ない。なにしろ紅魔族は9人、れいれいを含めても10人しかいないのだから。ひゅーこは戦えないし、追加の紅魔族がリリースされるのはもう少し先だと博士も言ってたし……。

 いくら一人一人がチートクラスでも、数で圧倒される。向こうは消耗戦に持ち込む気だ。

 立地もまずいな。紅魔の里は秘密施設を中心に作られている。博士はこの施設が見つかりにくいように、森の中に作った。それが災いし、木に阻まれているためどこから敵が飛び出してくるかわからない。

 

「もう我慢できません! 毎日毎日うざったいやつらですね! こうなったら一網打尽にしてあげます!」

 

 限界、と言った風に7番ことななっこが大きく杖を掲げ――

 

「ななっこ! ストップ! まだ森には仲間がいるんだぞ!?」

「私ここにいるんだけど! ねえ!」

 

 そんな抗議の言葉を無視し、魔力を込めて――

 

『ばっくはっつ! 魔法!!』

『リフレクト!』

『テレポート!』

 

 ドゴオン、と言う大きな音がし、森が炎に包まれる。

 

「ななっこ! 殺す気か! ふざけんなよ!」

「危なかった! 死ぬかと思った!」

 

 森に潜んでいた紅魔族たちは爆発魔法から何とか身を防げたようだ。

 

「私の爆発魔法の前には……敵は全て灰燼に……!」

「俺たちまで殺す気か? 心臓が止まるかと思ったぞ!」

「ぶっころすわよ!」

「優秀な仲間の事です。あれくらい対処できると思ってました! 信じてましたよ」

 

 ななっこに抗議する他の紅魔族たちだが、当のななっこは悪びれもなく言った。

 

「この爆発バカ! 仲間だったらなんでも許されると思うなよ!」

「そんなことよりモンスターが出てきましたよ! これも全て作戦通りです!」

 

 爆発魔法により森の一部がなくなったため、少しは見通しがよくなった。身を隠す場所がなくなり、あわてて出てきたモンスターに魔法を浴びせる紅魔族たち。

 その時、一人の少女が――

 

「みんなー! 私よ!」

 

 モンスターたちの群れに特攻するのはひゅーこだった。チッあいつらめ! 縛っとけと言ったのに!

 

「ねぇみんな! 私よ! ヒューレイアス・サルバトロニアよ! 今はこんな姿になってるけど! 魔王軍の幹部候補だった私よ! 私を魔王城に連れ帰って!」

 

 ひゅーこはモンスターに両手をあげて叫ぶが。

 

「誰だよテメー」

「なんだこいつ? 何言ってやがる。どう見ても人間じゃねえか!」

「しかもあいつらと同じ目をしてやがる! 仲間をたくさん殺しやがって! やっちまおうぜ!」

 

 ひゅーこの言葉を無視し、襲い掛かろうとするモンスターたち。

 

「ね、ねえちょっと! 私は人間にされたけど……まだ魔王軍に所属してるつもりなの……だから、お願い、話を――」

「死ね!」

『ファイヤーボール』

 

 そのモンスターを焼き払うななっこ。

 

「大丈夫ですかひゅーこ。私が来たからもう安心です!」

「た、助けてくれてありがと」

 

 ひゅーこはななっこにお礼を言うが。

 

「当然です。お礼はいりません。だってひゅーこは大切な紅魔族の一員ですからね!」

「う、うん。ありがと。ってなに言ってんの? ちょっとおかしくない? 私は魔王軍だったのよ? なんで私はモンスターに襲われてるの? なんで!? どうしてこんなことになってるの? ねぇおかしくない?」

「ひゅーこは改心して紅魔族になったんだから、襲われて当然です!」

「改心なんてしてないんだけど? 無理やりだったんだけど? ねぇ、あなたたちが私にやってたことって普通魔王軍のやり方じゃない? こんなの人間のやることじゃないって! ねぇ聞いてよ! 聞いてよおお!!」

 

 必死でななっこの肩を揺らすひゅーこだが、ななっこはどこ吹く風だ。

 

「それより私の爆発魔法、かっこよくないですか?」

「そんな話はどうでもいいのよ! 会話の流れがおかしくない? ちょっとおおおおお」

「どうでもいいとは言ってくれますね! この私は最強の爆発魔法使いになるために日々精進しているんですよ? 一に爆発、二に爆発! そうだ! もし私が爆発魔法で魔王を倒した際には、次の魔王になってひゅーこをまた魔王軍の部下に戻してあげます! これで解決ですね!」

「全然解決してないんだけど! なんであなたの部下にならないといけないの? っていうかなにさらっと次の魔王になろうとしてるの? それは人としていけないでしょ? 私が言うのもなんだけど!」

 

 二人がいちゃついているのはほおって置こう。

 

「それにしても、なんでこんな所を攻めてくるんだ? ここにあるのは博士の玩具箱だけだぞ。魔王城に近いっていっても大した設備ないし」

 

 激しい戦いを見て、アホらしくなって呟いていると、敵感知に反応が。

 

「れいれい。殺すなよ」

「わかりました。『ライトオブセーバー』(弱)」

 

 背後から飛び出してきたトカゲっぽいモンスターを、れいれいが切り裂く。

 

「グウッ!」

 

 死なない程度にいたぶって、倒れるモンスターの首を掴んで質問する。

 

「おい、なぜここを攻める? 来るならノイズに直接来いよ。ここにはおっかない紅魔族しかいないぞ?」

「はぁ、なぜだって? すっとぼけるのも大概にしな! ここには世界をも滅ぼせる兵器が眠っているんだろ? そんなものが使われちゃあ魔王にとって大打撃だ! 先にぶっ壊してやる!!」

 

 いや、ここにあるのはゲーム機とおもちゃなんですけど。

 ノイズのお偉いさんには兵器だとそう誤魔化したんだが、いつの間にかそれが魔王軍にまで流れたらしい。

 どっから漏れたんだ。まぁどこから漏れてもおかしくないが。兵器の護衛のために紅魔族をわざわざ駐屯させてるし……。王により、紅魔族にはなんとしてもこの地を守るように命令が下されている。

 ……紅魔族だな。多分ベラベラ喋ったな。

 

「マリン、こいつにヒールをかけて回復させてやれ」

「いいんですか? そんなことして?」

「いいからやれ」

 

 首を傾げるマリンに言う。そして怪我が治って動けるようになったモンスターに。

 

「おいお前。いいことを教えてやろう。あそこに眠っているのはな、うちの博士が暇つぶしに作った玩具だ。秘密兵器なんてあるわけないだろ」

「お、玩具だと?」

「そう、ただの玩具。欲しけりゃ今度あげるよ。だからもう来るなって仲間に伝えとけよ。命がけで玩具を取りに来るとかアホらしいだろ? 見逃してやるから、じゃあな!」

 

 モンスターに秘密をバラして解放した。

 

 

 ……。

 …………。

 それから数日たっても、魔王軍の攻撃は激しくなる一方だ。

 俺があえて逃がしてやっても、逆に本当は秘密兵器があるから誤魔化していると深読みしているみたいだ。

 ノイズのお偉いさんにも「なるほどな!」って褒められるし! いや正直に言っただけですよ?

 秘密兵器なんてそんなものないのに! あるのはゲーム機と玩具だけだぞ!

 

「これが本当のゲーム戦争か……?」

 

 激しくなる攻防戦を見て、馬鹿馬鹿しくなって呟いた。

 

「私は! 私は魔王軍の幹部候補! 助けて! ってなんで攻撃するの? やめてえええええ!!」

「死ね! 赤い眼の奴!」

「よくも仲間を! 殺してやる!」

 

 ひゅーこが魔王軍から問答無用で攻撃され、それを紅魔族が助けるのも日常茶飯事になった。

 

「ぐすん。なんでこんなことになったの。魔王軍に帰りたい……うわあああああん」

 

 誰からも魔王軍だと信じてもらえないひゅーこを紅魔族たちが慰めている。

 

「ひゅ-こには私達が付いているじゃないですか」

「そうだひゅーこ! お前も紅魔族の大切な仲間だ!」

「だからひゅーこって言うなあああ!! そうしてこんなことになっちゃったのよ! これも全部お前たちと! あのマサキとか言う人間のせい! ううっ……」

 

 ……ひゅーこはずっと泣いていた。

 魔王軍の猛攻! それに立ち向かう9人の紅魔族たち!

 こう見るとカッコいいんだけど、守ってるのが玩具部屋ってのがなあ……。

 

「はぁ、はぁ、今日も守りきったぞ!」

「ノイズに栄光あれ! 紅魔族万歳!」

 

 紅魔族は少し仮眠を取った後、すぐに突撃を繰り返し魔王軍を蹴散らしてはいるのだが……このまま戦いが続けばあいつらも限界が来るだろう。いくら強いと言っても9人ではなあ。

 こんな無駄な戦いで戦力を消費したくはないんだが。

 紅魔の里の様子を見た後、博士の研究所へと向かう。

 

「おいこら! もうバラしちまえよ! あの地下室には玩具しかないと! 兵器と言えるのは『魔術師殺し』だけだぞ? しかもアレもまともに動かないし! 正直ゴミだぞ!」

 

 博士に現在の紅魔の里の危機的状況を説明しすると。

 

「だめだよ! 何言ってるんだ佐藤君! もし俺が国家予算使ってゲーム作ってるのばれたら処刑されるわ! なんとしても誤魔化さないと!」

「あんなもん守るために命がけの戦いとか馬鹿馬鹿しいんだよ! 紅魔族は独立させたとはいえ形式的には俺の指揮下なんだぞ? 壊滅したら今度は俺の立場がやばくなるわ! なんとかしろ!」

 

 こっちも怒って言い返すが。

 

「うん、あそこには秘密兵器がある! 世界を滅ぼしかねない! そうだ! ないなら今から作ればいい! 決めた!」

 

 博士は勝手にそんな事を決意した。

 

「そういえば最近紅魔族の皆がさ、『魔術師殺し』に対抗できる兵器を作れってうるさいんだが? アレ別にあいつら対策に作ったわけじゃないんだけど。聞いてくれないし、反抗期かよ。そもそもなんであの存在を紅魔族が知ってるんだ?」

「あのゴミに何が出来るって言うんだ。すぐに動かなくなるポンコツじゃねーか。それが?」

「そうだよ、あの『魔術師殺し』に対抗できる兵器を作れってうるさいんだけど! くっそうめんどくさ!」

 

 うーむ。そういえば……あいつらが余りに言うことを聞かないんで、お前たち如き『魔術師殺し』があるから一たまりもない、アレはお前ら対策に作ったものだ! とかいって脅してたっけ?

と、いうことは紅魔族に魔術師殺しの情報を教えたのは…………。

 

 !! あっ俺じゃん。

 原因俺じゃん。すまんな博士。このことは黙っておこう。

 俺にとって都合の悪いことは置いておこう。

 

「このまま魔王軍の攻撃が続くようなら、紅魔の里が落ちるのも時間の問題だぞ? 9人と俺たちだけじゃ流石に無理だわ」

「よおし、いい機会だ! こうなったら作ってやるよ! 正真正銘の新兵器をね! 『魔術師殺し』をも破壊し……、本当に世界を滅ぼしかねないのを作ってやるから、国や紅魔族の奴らにみせてやるわ! 見てろよチクショウ!」

 

 博士が新兵器を作るとか言ってるけど、正直あまり期待はしてない。『魔術師殺し』みたいな欠陥品だったら終わりだし。不確定な要素は期待しない。

 うーん。現在ある戦力だけでここ最近仕掛けてくる魔王軍を対処するには……。

 そろそろ俺の黒の部隊を動かすときか……。

 訓練は終えているし、経験値も稼がせている。レベルも十分だが、あの数が相手だと正面からは辛いな。

 

「いや、戦術で数の差をひっくり返せば……だがそのために必要なのはなんだ……?」

 

 ……しばらく考え込んだ後。

 

「戦場構築。それしかないな。バラモンドの時のように地形をこちらの優位のように作り変えればいい」

 

 まずは下準備だ。シャベルと有刺鉄線を用意させよう。この紅魔の里を、本格的な軍事拠点へと作り変える時が来たか。紅魔族が揃うまで待とうと思っていたが、もはやそんな悠長なことは言ってられないな。

 

「今こそ俺の黒の部隊の出撃のとき! 俺の前には魔王だろうが紅魔族だろうが蹴散らしてやる。真の恐怖と絶望とは何か、魔王軍に刻み付けてやろうじゃないか」

 

 邪悪な作戦を思いつき、ほくそ笑んだ。




ななっこについて
型番BCMW-07
紅魔族随一の爆発魔法の使い手
使える技は爆発魔法と中級魔法のファイヤーボールのみ
魔王幹部のブラックドラゴンを倒した際、ドラゴンスレイヤーの称号をゲットしている
ひゅーこと仲がいい?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 5話 紅魔戦線

「オラッしっかり掘れ!」

 

 俺達は穴を掘る。ひたすら穴を掘る。

 

「初めての実戦だと思って楽しみだったのに……いきなり土木作業ですか」

「そういうな! 俺だってやってるんだ! 戦いってのはな、事前の準備を備えたものが勝つんだ。戦場構築こそ勝利の鍵よ! 次こそ紅魔族の力は関係無しで、俺の実力をノイズに認めさせてやるわ!」

 

 愚痴る黒の部隊にそう激励する。紅魔族が敵のゲリラ攻撃を食い止めている間に、俺は部下と共に穴を掘っている。次こそはこの俺、サトーマサキ様の実力をノイズに認めさせてやる。

 一応すでに認められてるんだけど、あれは紅魔族がやっただけだから俺としては複雑な気分だ。俺なにもやってないし。俺の成果でもないことをほめられても嬉しくない。

 だが今回はその紅魔族は苦戦している。この戦いで勝利すれば、間違いなく俺の実力だと証明できる

 

「ほら見ろれいれいを! あいつを見習え」

 

 れいれいは炸裂魔法で凄い速さで次々と穴を掘り続けている。

 

「さすがはれいれい副官だ。紅魔族なだけはあります」

「感心してないで手を動かせ! 俺もやってるんだから! 疲れたらマリンの元で回復してもらえ!」

 

 感心する部下を叱って穴掘りを急がせた。

 

「彼らは何者ですか?」

 

 必死で穴を掘る、そんな黒い軍服に身を包んだ集団を見て、紅魔族が質問する。

 

「教えてやろう。言う事聞かないお前らの変わりに俺が作った近代の部隊! お前たちが赤なら俺達は黒だ! 漆黒の部隊! 名付けて『ブラックネス・スクワッド』! 紅魔族だけでは手に余る戦いを補助するために生まれた、俺の軍隊だ」

「あーあ、やっぱさー」

「無いよなマジで」

「漆黒の部隊まではよかったんだけどなあ」

「ブラックネス・スクワッドはねえわー」

 

 ヒソヒソと話す紅魔族たち。またもや俺のネーミングセンスにダメだしをしている。何度も何度も言われると傷つくぞ。

 

「うるさいお前ら! お前らはとっとと戦って来い! 俺がこの紅魔の里を本物の軍事拠点にするまでの時間稼ぎをしろ!」

「なにをいっているんだ。もうすぐマスターが最強の兵器を作るんだろ? あの『魔術師殺し』をも上回る! それさえあれば楽勝だ!」

 

『魔術師殺し』をまともに見たこともないくせに。よく言うぜ。

 煽ったのは俺だけど。

 

「どちらにしても完成まで時間がかかる! それまで紅魔族は魔王軍の攻撃を食い止めろ! そうだろ?」

「まぁ、たしかに一理あるな。紅魔族! 交代して出撃だ!」

 

 紅魔族は魔王軍の攻撃を食い止めに向かった。塹壕さえ完成すればこっちのものだ。それに俺も博士と別のアプローチで、“新兵器”を開発させている。アレがあれば勝利は揺るぎ無いはずだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 俺たちの作った塹壕のおかげで戦いは膠着状態になった。魔王軍がいくら攻撃を仕掛けようとしても、塹壕と鉄条網に阻まれて身動きが取れない。そこを紅魔族が迫撃砲の代わりに魔法を撃ち込む。このため魔王軍は散々な犠牲を出し、森の奥から出てこなくなった。

 魔王軍の攻撃が緩んでいる。とはいっても数で劣る紅魔族が攻勢に出るのは危険だ。今紅魔の里ではにらみ合いが続いている。

 こうなることは想定済みだ。むしろ望んでいた。

 そろそろ俺、いや俺たちの出番だ。

 

「俺の戦いを見せてやろう。元魔王軍、ひゅーこよ。特等席で見物させてやる」

「な、なにをするつもりなの?」

「魔王軍が壊滅する様子をじっくりと見物させてやる。元仲間がやられていく姿を見て、どちらの側につくかもう一度考え直すがいい」

 

 拘束させたひゅーこを椅子に座らせてそう耳元で呟く。これから起こる惨劇を見せ付けてやることにしたのだ。

 

「こんなことで私が屈すると思うの? 仲間が負けたからって! 私が命欲しさに裏切るような人に見える!? 忠誠は本物よ! そんな脅しなんて!」

「いいや、お前は客だ。この世界のな。俺が本物の戦争とは何か教えてやる。絶望を味わえ。この世界で普通のゲームと同じような方法で戦えば、人間に勝ち目はない」

 

 そうだ、この世界に俺以外にも多くのチート持ちが送られてきたはずだ。それでも平和が訪れないということは、見方を変えねばならない。ここは勇者がレベルを上げれば魔王を倒せる、そんな単純な世界ではない。勝つためにはチートだけではなく、更にプラスα、ありとあらゆることをしなければならないのだ。例えそれが正義から外れていようとも。

 

「正義も悪もない。あるのは勝者と敗者だ。全員整列!」

 

 ブラックネス・スクワッドはガスマスクをつけた完全装備で整列する。

 

「全員持ち場に付け。そして合図を確認次第、作戦実行に移る」

「合図とはなんでしょうか?」

「すぐに分かる。行け」

 

 黒の部隊を戦闘配置に付かせる。

 

「予定では、そろそろ博士の新兵器の稼動実験のはずだが」

 

 博士は本当に新兵器を開発させたらしい。コードネームは――『レールガン』

 その名の通り電磁加速装置を使った兵器だろうか?

 施設から博士と紅魔族がレールガンを発射し、魔王軍を蹴散らす。そう聞いていたのだ。

 その時間をまだかまだかと待っていると……。

 

「『レールガン』発射!」

 

 コソコソと森の中を隠れている魔王軍目掛け、一筋の大きな閃光が貫いた。

 そのレーザー光線は、立ち塞がるもの全てをまるで豆腐のように引き裂いていった。

 

「アレが新兵器か……。博士にしてはまともなもんを作ったな」

 

 レールガンから発射された光は全てを貫通した。魔王軍たちが隠れている森を文字通り貫いて、一つの道が出来た。ルート上にいたモンスターは勿論、後ろにある山に穴をぽっかりあけた。

 

「すげえじゃねえか! これなら何でもぶっ殺せる!」

 

 威力に興奮したアルタリアが叫ぶ。

 

「いいぞ、博士。どんどん撃て! 本当に俺の出番がなくなるかもしれんな」

「え? あり合わせの部品で作ったから、連射は無理かな? 砲塔がめっちゃ熱いし。もっかい撃ったら壊れそう。あとは任せるよ」

 

 なんだと!

 さらに博士は追い討ちのように。

 

「あ、あとね佐藤君。この『レールガン』の充電のせいで、紅魔族の半分は魔力切れだから。あとは君たちで頑張って!」

「なめんな」

 

 やっぱりポンコツ兵器じゃねえか! 感心して損した! それに加え紅魔族の半分が戦闘不能だと? なんてことをしてくれたんだ!

 いつになっても次の発射が来ないと気付いた魔王軍は、本当に新兵器が存在するとわかり、むしろ士気が上がっている。死に物狂いで新兵器を破壊しようとこっちに向かってくる。

 

「やっぱり俺のプランがあってよかったな。博士や紅魔族に任せたらこれで終わってたわ」

「合図を確認しました! こちらブラック・ワン。命令をどうぞ」

 

 愚痴っていると、部下から連絡が入った。

 

「予定通り作戦を開始する。次の段階になるまで指定の位置で待機だ。マリン、れいれい、準備はいいな!」

「はい! 行きます! 『セイクリッド・クリエイトウォーター』

『カースド・ティンダー』

 マリンが大量に水を発生させる。マリンはプリーストだが、水の神を信仰しているためこの魔法が使えるのだ。そのマリンが発生させた水を、高熱で蒸発させていくれいれい。

 紅魔の村全体に霧が立ち込める。

 

「なんとしても! なんとしても! あの研究所を破壊! そして新兵器をも破壊するのだ! ってなんだこの霧は!?」

 

 魔王軍の悪魔が、『レールガン』の射撃跡から飛び出して命がけの特攻を仕掛けてくる。

 

「はぁ、はぁ、なんなの? これは?」

「ど、どうかしましたか隊長?」

 

 走る最中に、片膝を付く悪魔らしき隊長格。

 

「効いているな。プリーストであるマリンの出す水は聖水でもある。悪魔やアンデッドに有効なのはアーネスで実証済みだ」

 

 悪魔やレイスたちが弱っているのを確認し、ニヤリと笑う。

 

「げほっ! げほっ、こんなのに負けるか! 私は悪魔だぞ! 人間如きに! 全員続け!」

 

 魔王軍の構成員が全部悪魔かプリーストならこれで終わりだったが、他の種族もわらわらいる。まだまだ安心できない。

 

「霧如きに怯むな! 進め! ゲホッ! ゲホッ!」

 

 悪魔は苦しそうだが、鬼やトカゲの怪物たちは気にせずに襲い掛かってくる。

 

「DPSを用意しろ!」

 

 部下に通信機で命令する。さあここからが本番だ。

 

「はっ! DPSガス! 設置完了!」

「こちらも設置完了」

 

 全員マスクを装備でボンベを設置していく。

 俺の新兵器……博士の見た目だけの欠陥兵器とは違う、地味だが凶悪で効果的な兵器の出番が来たようだ。

 

「やれ」

 

 デットリーポイズンスライム。

 それはスライムの中でも最悪クラスの毒を持つ危険なモンスター。そのスライムの培養に成功し、今度は蒸発させて霧状にする。それをつめたボンベがあの生物兵器。DPSガスだ。

 毒の濃度は薄まっており、触れたら即死とまではいかないが、それでも十分すぎる威力を持つ。このガスを長い間吸い込んでいれば、じきにまともに歩く事もできなくなる。

 

「この世界にジュネーブ条約が無いことを後悔するがいい」

 

 毒ガス兵器が戦場にばら撒かれる。

 すぐに効果が出るだろう。

 

「ううっ? なんだこれは? 体が痺れてくる!」

「ただの霧じゃないぞ! 何かが混じっている! ゴホッゴホッ!」

「おい! 大丈夫か? しっかりしろ! なんてこった! まだ戦ってもないのに!」

「目が……目に染みて前が見えない!」

「こ、これは毒だ!? なんて非道な真似を……!?」

 

 十分すぎるほどの成果だ。あとでDPSガスの研究員には礼を言わねばな。

 

「各拠点より放火を浴びせろ」

 

 怯んだ魔王軍に一斉に弓矢を浴びせる。変哲もないただの矢だが、毒の霧の中では辛いだろう。

 

「うっ! 痛い! やべえぞ傷口から毒が!」

「あ、あそこの影に隠れるぞ!」

「続け! 逃げろ!」

 

 慌てて岩に隠れる魔王の兵士だが……。

 

「……!!」

 

 それは岩じゃなかった。岩に擬態したゴーレムが立ち上がり、敵を踏み潰す。赤い眼を光らせ、魔族を突き刺し死体にしていく。

 

「ぎゃああ!」

「罠だ! 逃げろ!」

「こ、この程度のゴーレム! 俺の敵じゃ……ダメだ! 毒のせいで体に力が!」

「ぐわああああ!!」

「な、なあ? 俺たちって魔王軍だったよな? 敵の方がよっぽど悪らしい気がする――ゲホッ」

 

 突如正体を現すゴーレムに倒され、敵は足並みが揃わず、バラバラにされていく。

 

「こ、こうなったら突撃あるのみだ! 秘密の施設を攻撃しろ!! 流石にあそこには毒はないはず」

 

 秘密の施設周辺には毒ガスは撒いてない。風向きを調整して安全になるようにしている。そこを目掛けてくるが。

 

「隊長! 施設前に侵入者が!」

「問題ない。そこは紅魔族がいる。あいつらに任せとけ。これくらいは働いてもらわねばな」

 

 案の定、突撃したモンスターは紅魔族によって瞬殺されていた。

 

「馬鹿な! 魔王軍の精鋭である我々が……こんな無様な目に! 危険なのはあの赤い眼の奴らだけじゃなかったのか!?」

「ダメだ……毒のせいで体が動かん!」

「何かがこちらに向かってきます!」

 

 大混乱の戦場に、黒き部隊はようやく動き出す。

 

「はっ!」

「……なにか来る? ゴーレムか?」

 

 昏倒する魔王軍の目の前に現れたのは、マスクをした黒の小隊だった。何も見えない深い霧の中で……特別仕様の黒いゴーレムを引きつれ、兵士たちは姿を見せる。盗賊、アーチャー、戦士、ゴーレムからなる小隊だ。

 

「こちらブラック・スリー小隊。敵を発見。このまま拘束する。『バインド』」

 

 アーチャーが周囲を捜索し、盗賊が敵を確認、拘束する。動けなくなった相手をその場で始末する。もし手強い相手がいればゴーレムに戦わせる。戦士はそれでももし苦戦するときに撤退の援護をさせる。これぞ完璧な連携だ。

 

「こちらエリアG制圧完了」

「こちらエリアM制圧完了」

「エリアM2制圧完了」

「エリアG制圧完了

「エリアD、未だ敵反応あり」

「エリアN2、同じく敵反応あり」

「こちらエリアN、敵の反撃を受けている!」

「エリアS、制圧完了」

 

 各部隊が報告を告げる。

 ちなみにエリア名は俺が付けた仮称だ。

 多くのグリフォンを撃ち落したといわれるエリアGや、ひゅーこがドラゴンと共に落ちてきたエリアD、体に溜まった余分な魔力を排出する施設があるエリアMなど、紅魔の里を更に細かく分割し、今回の作戦では仮の名で呼んでいる。

 

「決して無理はするな。まだ交戦中の者は敵を残して撤退しろ。中に誘い込め。霧が晴れれば……紅魔族に始末を任せる」

 

「こちらエリアN! 敵の攻撃でマスクを壊された! 至急救援を! もとッ――」

 

 一つの小隊の通信からの途絶えた。どうやらやられたようだ。

 

「アルタリア、救出に向かうぞ? 準備はいいな。決してマスクを外すな。死にたくなければな」

「わかってるさ。ただ殺せばいいんだろ? 少し前が見えにくいが、我慢してやる」

 

 すぐさま救助に向かわねば。マリンとれいれいは霧を発生させているので動けない。俺とアルタリア、そしてゴーレムの三体でエリアNへと向かった。

 

「よ、よくもこんなことを! こいつら、絶対に殺してやる! はぁはぁ、だけど今は、なんとか……。ここから脱出しないと! 他の仲間はどこ!? みんなどこへ行ったの? 逃げるのよ!」

「た、隊長! もうダメです! 俺を置いて逃げて!」

 

 俺の部下を倒した一人の敵が、一人の鬼を背負いながら足をひきずって歩いている。

 

「悪魔族か。どおりで毒の効きが悪いわけだ。だが聖水の霧は苦しかろう」

 

 マスク越しに敵の姿を確認し、ゴーレムと共に対峙する。

 

「お、おのれ! 人間如きが下らない真似を! はぁ、やってくれたわね! 許さない! このツケは!」

「降伏をお勧めする。そうすれば命だけは助けてやろう」

 

 相手の言葉を無視し、マスク越しにただ抑揚の無い声で警告する。

 

「な、なんだと! この霧は私には辛いけど! それでも人間なんかに後れを……取らない!! 殺してやる!!」

 

 仲間を背負いながらも殺気を向ける悪魔。下半身が毛むくじゃらの女性タイプだ。そしてこの霧の中で動けるとは、それなりの力を持つのだろう。

 

「もう一度言う。降伏をお勧めする。あいつは俺のように優しくは無い。今すぐ両手を挙げて跪けば……」

「あがっ!」 

 

 その場に崩れ落ちる悪魔。胸には大剣が突き刺さっていた。

 

「……跪けば命だけは助けてやる、つもりだったが遅かったな」

「ひゃっはっは! 手負いの奴を殺すのも楽しいなあ! こっちの死にぞこないも――」

「お、おのえ、お前らこそ……本当の意味で悪魔――」

 

 アルタリアは無慈悲に剣を振り下ろす。二つの獲物を始末した。悪魔とはいってくれる。だが戦場では誰もが悪魔となるのだ。アルタリアは他に獲物がいないか見つけては剣で刺していく。

 

「こいつらを連れて帰るぞ。目的は仲間の救出だってことを忘れるなよ。ここには毒ガスが撒かれてるんだ。いくら状態耐性の高いお前でも、マスクが取れると死ぬぞ?」

「わかった、わかってるって。続きは毒が無くなってからにするよ」

 

 倒れた黒の小隊を、ゴーレムに担がせ戦場から帰還する。

 

「こちらブラックネス・リーダー。エリアNの部隊を回収した。他のエリア状況を報告せよ!」

「制圧完了です。ほぼ全てのエリアの敵を無力化しました。生き残ったモンスター達は撤退していくようです」

「よくやった。そのままでいい。追う必要は無い」

 

 終わりだ。毒ガス兵器のおかげで戦闘の雌雄は決した。

 

「隊長! DPSガスがそろそろ尽きそうです!」

「了承した。だがもう十分だろう。ガスを止めろ! 霧も晴らすぞ。マリン、れいれい、魔法を中止せよ」

 

「わかりましたわ」「はいマサキ様」

 

 マリンの『クリエイトウォーター』が止まり、水蒸気が消えていく。霧が晴れ、毒ガスも無くなっていく。

 霧が晴れたあとにそこに残されたのは、毒を吸い込んでピクピクと弱りきったモンスターだった。

 

「無駄に殺すなよ。拘束したあとで捕虜にしろ。抵抗が激しいようならその場で始末して構わん!」

 

 毒ガスを浴びて弱りきった魔王の兵士を、止めを刺さずに台車でまとめて運ばせ、牢屋に投げ込んでいく。後で情報をたっぷり聞きだすつもりだ。

 死体は邪魔なのでその場で燃やす。

 敵がほぼ壊滅したのに比べこちらの損害は軽傷者が少数。圧勝だ。この戦闘結果に満足している。毒ガス兵器は中々使えるな。

 

「ひ……ひどい。いくらなんでも酷すぎる。仲間と共に力を合わせ、困難を乗り越えて魔王を倒すのが勇者のセオリーでしょ? こんなのもうどっちが悪かわからないわ!」

 

 生き残った魔王軍を処理していると、ずっと黙り込んでいたひゅーこが、わなわなと肩を震わせながら口を開く。

 

「力は合わせている。俺なりにな。それにいちいち倒すよりもまとめて片付ける方が合理的だ。違うか?」

 

 気にせず答えると。

 

「こんなやり方でもし魔王様を倒せても! あなたには名誉も何も無いわ!」

「俺が興味あるのは結果だけだ。勝利という結果、それだけだといつも言っているだろう? これが俺のやり方だ魔王に勝ち目など無い。勝つのはこの俺だ。よくわかっただろう?」

「あなたには! いつか! きっとバチが当たるに決まってる」

「そうかもしれないな。その時を待っておくよ」

 

 恐れと軽蔑を含んだ目で睨みつけるひゅーこに、そう言い返した。




黒の部隊ことブラックネス・スクワッドについて
正式名称は“紅魔族補助隊”
紅魔族をサポートするために作られた部隊だが、本当の役目は紅魔族が暴走した際に制圧すること
メンバーはウィザード以外で構成されている
リーダーはマサキ

副官:れいれい
黒の部隊唯一のウィザード

軍医:マリン
回復役。後方で怪我人の治療を行う

拷問官:アルタリア
捕虜の尋問などが主な仕事なのだが、戦闘にも普通に参加する。

サブリーダー:ブラック・ワン
マサキが不在のときに変わりに指示を出す青年。
情報漏えいを防ぐため、全員戦闘中はコールサインで呼び合う。
ただし休暇のときは本名で話している。


小隊について
盗賊、アーチャー、戦士、そしてゴーレムからなる4人で行動する
盗賊の敵感知、アーチャーの千里眼を組み合わせて奇襲をする。
戦士は仲間の補助に回る。

魔導ゴーレム
赤い瞳を持つゴーレム。
紅魔族を守るために作られたのだが、紅魔族の強さの前に必要なかったために
黒の部隊へと回された。性質上、紅魔族には攻撃しない。

衛生兵
プリーストの隊員。数が少ない。回復役。
ポジションは軍医であるマリンの部下になる。小隊にも組み込まれることがある。


服装について

マサキが元々紅魔族のために作った近代的な軍服を再利用している。
なるべく目立ちにくく、またジョブによる見た目の違いはない。
姿を隠すため、黒っぽい色の生地で作られている。

フルマスク装備
毒ガスを自ら吸い込まないようにしたフル装備。顔だけではなく手足も覆っている。
DPSガス使用時に着替える。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 6話 捕虜の価値

 ――尋問

 それは戦争において必要な仕事であり、必要な悪事でもある。素直に吐かせるためには強硬手段に出る事もある。

 経験値などに惑わされ、敵を全て殺してしまうのは愚か者のすることだ。

 情報収集は戦いの基本。情報を制するものが勝利へと近づくのだ。

 

「アルタリア、準備は出来てるか?」

 

 作らせた捕虜収容所には、囚えたモンスターが入っている。

 

「まかせろ」

「ブッ!」

 

 SM嬢のようなボンテージ姿で登場するアルタリアに、思わず吹いてしまった。

 

「おい! なんだその格好は! 別に今まで通りでいい!」

「ええ? 博士が拷問ならこの格好だって教えてくれたし」

「クソ、あのハゲ!」

 

 だめだ。エロ博士がこれ以上アルタリアに変な事を吹き込む前に引き離さないと。むちむちのおっぱいをたゆんたゆんさせて入ってくるこの女を見て思った。

 

「ああ! 昔を思い出すぜ! 私が騎士学校に行ってたとき、拷問に耐える授業があってだな……。まぁ私はすぐギブアップしたんだけど……」

 

 胸元やお腹が大きく開いた黒いラバー素材のコスチュームに身を包むオレンジ髪の美女。

 

「代わりに拷問を加える係になったとき、あれは最高だったぜ。クラスメイトの悲鳴が……私を興奮させて、はぁはぁ……」

 

 昔を思い出したのか、うっとりとした顔で続ける。

 

「私の攻めに耐えられたのは……ダグネスだけだったなあ。じゅるり」

 

 加虐的にニヤニヤと笑い、涎をたらしながら悪人そのものの表情で言った。

 見た目はともかく、彼女には期待できそうだ。

 

「マリンも準備はいいな」

「なんだか……マサキと過ごしていると色々と良識が試されます。これは人としてやっていい行為なのか? これは冒険者の行動なのか?」

 

 マリンにも用意を聞くと、嫌そうに口答えするが。

 

「いいに決まってるだろ! 戦争に正義もクソもあるか! 情報なしで魔王城に突撃とかしたら命がいくらあっても足りんわ! 敵戦力の把握は戦争の基本だろ!?」

「はいはいわかりましたよ。やればいいんですよね! やれば!」

 

 俺の言葉に、観念した表情で同意するマリン。

 

「ま、待てよ人間! 俺は男だぞ? 男なんていびって楽しいか? ホモなのか?」

「男女など関係ない。重要なのは君達の持つ情報だ。知っていることは全て話してもらおう!」

 

 檻の中で叫ぶ捕虜達に言い返す。

 

「こんなの人間のやることじゃねえ! やるとしても悪の帝国とかだろ? お前はそれでいいのか? これが勇者がやることか?」

「どうでもいい。敵を倒せれば手段など選ぶ関係ない。それにだな、お前たちは人間を捕まえたりしないのか?」

「え? そ、そりゃ捕まえた女騎士やらを、触手やスライムでいたぶったりはするけどよ……。魔族としてはそれぐらい普通のたしなみだろ?」

「そうだな。お前たちは人を捕まえて弄る。なら逆に捕まって弄られても文句は言えまい。平等だろ?」

 

 俺の言葉に怯むモンスターたち。

 

「尋問を始める前に言っておこう。俺はこう見えて心優しく、約束をきちんと守るタイプだ。もし情報を大人しく吐くなら、殺さないでやる」

 

 捕虜となったモンスターへ、改めてこれから行う尋問について説明を始めた。

 

「捕虜の施設をA~Dに分けることにした。より貴重な情報を教えてくれたものはAに案内する。Aは個室だ。三食食事も出るしトイレもある。Bは三人部屋だ。一日二食!」

 

 ただ痛めつけるだけでは意味が無い。きちんと褒美も用意しておかねば。

 

「Cはまとめてぶち込んでやる。食事は出す。仲良く分けるか……奪い取るか好きにしろ。Dは……いつ殺されても文句は言えない。アルタリアの気まぐれだな」

「ふっふっふ、じっくりいたぶってやる! 満足いくまで嬲ってやるから、簡単に情報を吐くんじゃねえぞ?」

 

 横を見ると、アルタリアが嬉しそうに剣を研いでいた。

 

「そしてEは……その辺で捕まえたファイヤードレイクが入っている。頑張って生き延びたまえ」

 

 火を吐くモンスターの入った牢獄を説明した。餌はやってない。

 

「じゃあまずは誰から行こうか……? ほう、可愛い奴もいるじゃないか」

 

 捕らえたモンスターを品定めしていると、女の小悪魔を発見して尋ねる。

 

「ふっふっふ、どうしたのお兄さん。もし私を見逃してくれたら、色んなことをしてあげるわ」

 

 挑発的な流し目で語りかけるロリに。

 

「いや、いいよ。欲しいのは情報だけだから。とっとと教えてくれ。そうしたら個室にしてやる」

 

 そっけなく返事をする。

 

「個室? ね、ねえもしだけど、もし私が黙ってたら、牢屋は男女で分けるよね?」

「俺は男女平等をモットーにしてる。もちろん一緒の部屋だが?」

 

 首を振って答えると、青ざめる小悪魔。

 

「あんな下等なやつらと一緒の牢に入れる気? ふざけるな! 私は将来を約束されたエリート悪魔だぞ!」

 

 年齢不詳の幼女は必死に俺に迫るが。

 

「なんだと! 調子にのんなよ」

「犯して回してやる!」

「あの女はちょいとばかし強くてもよ! 数は男の方が多い! やってやる!」

「ヒッ!」

 

 他のモンスターたちの怒号に、身の危険を感じた小悪魔は即刻魔王城の情報を全て喋った。

 

「テメー! よくも吐きやがったな!」

「この裏切り者!」

「ベー」

 

 舌を出して鬼達を挑発する小悪魔。

 

「彼女はAの部屋に案内しろ」

 

 最初のAルーム行きが決定した。

 彼女を筆頭に、身の危険を感じた女の捕虜は次々と情報を吐いていった。

 あとはメスは……言っちゃあなんだけどブサイクしか残ってないな。

 

「女性陣だけでも結構情報が入ったが、まだまだ足りないな。本格的に拷問を始めるか。やれ」

「どうりゃああ!!」

 

 アルタリアがさっそく鬼の頭に鉄槌を振り下ろす。

 

「ぐふっ!」

 

 モンスターは息絶えた。

 

「アルタリア! 誰が殺せって言った! ちゃんと半殺しにしろって言っただろ!」

「す、すまんつい力が入っちまって。楽しすぎてちょっと興奮しすぎたぜ」

 

 死骸の横で謝るアルタリア。

 

「ヒエッ」

 

 死んだ仲間を見てガタガタ震えだす捕虜達。

 

「剣はアレだな。手加減できそうにないな。これにしろ」

 

 アルタリアの剣を取り上げ、代わりに鞭を渡した。

 

「似合ってるぞ」

「そうか? ありがとよ」

 

 ボンテージ姿にガーターベルト、そして出るとこは出て引き締まった魅惑のボディ、そんな彼女が鞭を持つのは非常に似合っていた。この収容所の暗い地下室にも相応しい。

 うん、どう見てもいかがわしいお店だな。似合いすぎて困る。

 

「死なない程度に、慎重にやるんだぞ? 殺したら意味ないからな?」

「わかってる! わかったからみてろ! こうか! こうだな!」

「グホ! ガバッ!」

 

 吊るしたモンスターに鞭を振るうアルタリア。

 

「いいか貴様ら! ご覧の通り彼女は手加減が苦手だ! ちょっと間違えたら死ぬかもしれん! その前に情報を吐けよ!」

「くっ!」

 

 見た目はともかく順調に捕虜を締め上げていく彼女。

 

「これはこうやって使うんだな! なるほど!」

 

 アルタリアは慣れないハイヒールに最初は苦戦していたものの、ヒール部分で見事捕虜達を踏み潰しながらバランスを取っている。

 間違っているが、ある意味間違ってないな。

 

「さあ魔王軍について……知ってることを全て話して貰おうか」

 

 拷問を続ける俺とアルタリア。 

 

「オラア! 泣けえ!」

「このまま無残に死にたいか?」

「はぁ……、はぁ……、ハァハァ。なんか興奮する。これいい! 楽しい!」

「素直になれば、扱いを優遇してやろう。生きて帰りたくないのか?」 

「オラもっと! もっといくぜ! もっと泣き叫べ! 私を興奮させろ! このクズ! ブタ! 根性を見せろよ!」

 

 アルタリアが鞭を振るうたびに、そのでかいおっぱいがゆれて……、プルプル震えて、セクシーな服から色々ポロリしそうで。見事な曲線のラインが魅惑的で……全くもって。

 気が散る!

 

「やめろ!!」

 

 アルタリアの拷問を中止させる。

 

「やっぱ着替えて来いよアルタリア。なんかその見た目、目に毒なんだけど……。いや悪くはないよ、悪くは。むしろ似合いすぎてダメだ! ちょっと気が散るって言うか……」

「ええー? いいじゃん。この服のままで。なんか目覚めそうなのに!」

「そうだぞ! このままの衣装でお願いします! 私はブタです! お願いします! 俺の番はまだですか?」

 

 アルタリアどころか捕らえたモンスターまで非難ごうごうだ。

 

「あ、あの? 拷問ならあんたより、あっちの姉ちゃんに変わってくれませんかね?」

「あんな美女に責められるんなら……ついつい情報を吐いてしまいそうだ。チラッ」

「長年モンスターとして生きてきて、最後は美女の手にかかって死にたい! それこそ俺の夢なんだ」

 

 モンスターの中にも変なのが沸いてきた。

 

「わかった。わかったよ。そのまま続けろ!」

 

 変態共め。なぜかアルタリアに魔物たちの行列が出来始めた。まぁこれはこれでいいかも知れない。魅惑されてつい情報を漏らしてくれるかも。

 一方、魔王への忠誠を忘れていないものも多い。

 

「こ、殺せ!」

「どうしても死にたいなら、全ての情報を吐いてからだ」

 

 大柄なオーガーの男は、この俺が直々に手を下す事にする。拷問台に乗せ、槍で体中を突き刺し続ける。

 

「話せ! 話して楽になろうか!? 見たところそれなりの地位にいるんだろ? お前の情報が欲しいんだ!」

「……ぐ! 人間風情が。貴様なんかに。あがっ!」

 

 いくら槍を突き刺しても答えないオーガー。限界になり意識を失ったが。

 

「チッ。しぶとい奴め。マリン、回復させてやれ。勝手に死ぬ事も許さん」

「ひどいですわね、マサキは。『ヒール』」

 

 体力の限界だったオーガーを回復させるマリン。まだまだ悪夢はこれからだ。死よりも恐ろしいものを教えてやる。

 

「休憩ターイム!」

 

 手をパンパンと叩き、捕虜への拷問を一時休止させた。

 

「はぁはぁはぁはぁ。なんだよマサキ、これからが盛り上がるところなのに」

 

 呼吸を荒くする変態に告げる。

 

「まぁ待てアルタリア。魔王軍の諸君に、特別なゲストを紹介しよう。連れて来い」

「んぐーーー! むぐぐ!」

 

 黒い兵が、後ろ手に手錠をはめられ、猿轡をしたひゅーこを連れてくる。

 

「フッフッフ。彼女は元魔王軍の魔族だ。だが我らによって人間へと改造されたのだ。お前たちも今まで見下していた人間にされるのは怖かろう? さあ怯えるがいい!」

 

「……」

 

「どうした? 恐怖で言葉も出まい」

 

 無言の魔王軍は、少し首をかしげながら、ボソッと言った。

 

「そいつ、だれ?」

「最初から人間だったんじゃないのか?」

 

 予想外の反応に、あわてて猿轡を外してひゅーこに聞きなおす。 

 

「おい、お前って魔王軍なんだよな? なんだよこいつらの反応は? 俺が滑ったみたいじゃん。なあ?」

「そうにきまってるでしょ! なにをふざけたことを! ねぇみんな!」

 

 ひゅーこがモンスターたちに問いかけるが。

 

「誰だあいつ?」

「お前知ってる……?」

「さぁ?」

 

 捕虜からは恐怖どころか疑問しかない。みんな?の顔をしてひゅーこのほうを見ている。

 

「ちょっとみんな! 私よ! 赤いドラゴンに乗って! 空から人間を震え上がらせた! この幹部候補の!」

「赤いドラゴンの事は知ってる」

「あれ? あのレッドドラゴンって、人乗ってたの?」

 

 魔王軍のモンスターからはそんな困惑の表情を浮かべて、ひゅーこを見つめている。

 

「なぁ、お前本当に魔王軍だったのか? 実はお前が勝手にそう思ってただけとか」

「そ、そんなわけないもん! そ、そうよ! 私は魔王軍のエリートだから……一般兵には知られてないだけだもん。……そうだもん」

 

 半泣きになりながらしょぼくれるするひゅーこに。

 

「もう行っていいよ。紅魔の里へ帰っていいから」

 

 手錠を解除したあと、部屋から出してやった。 

 

「コホン、時間を無駄にしたな。では拷問の続きだ」

 

 期待はずれだった元魔族にがっかりして言うと。

 

「もう見てられません!」

 

 拷問を再開しようとするのをマリンにとめられる。

 

「いくらモンスターといえ可愛そうです! マサキの所業は鬼畜外道のゲス野郎です! これ以上はこの私が許しません!」

 

 モンスターの前に立ち塞がるマリン。

 

「邪魔をする気か、マリン」

「当然です! 偉大なるアクア様はアクシズ教を創立するとき、こうおっしゃいました! 同性愛者であったりニートであったり人外獣耳少女愛好家であったりロリコンであったとしても、そこに愛があり犯罪でない限りすべてが赦されると! 勿論モンスターでも、改心の余地があるはずです!」

 

 そして菩薩のような笑顔で、にこやかに捕虜に語りかける。

 

「あ! 悪魔とアンデッドは別よ」

 

 ふと思い出し、マリンは冷たい目でその中の悪魔を睨みつけた。

 

「上手くいかなくてもそれはあなたのせいじゃない。上手くいかないのは世間が悪い! そして魔王しばくべし! つまりモンスターのみなさん、あなた達がこんな理不尽な目に合うのは! 全て魔王のせいなのです!」

「「「な、なんだってー!!」」」

 

 マリンが適当な理論を言って、驚くモンスターたち。

 

「そう、あなた達もアクシズ教徒になりましょう! もしアクシズ教徒になるなら、この私がアクア様に誓って! 身の安全を保障します!」

 

 唐突に勧誘を始めるマリン。

 

「アクシズ教徒だってよ?」

「ええ、あの? やっべえ、アクシズ教徒と口聞いちまったよ」

「あの青い髪……気持ち悪い」

 

 アクシズ教徒と聞き気味悪がるモンスターたち。

 

「は?」

 

 その言葉を聞き、青い目を危険に光らせ、今まで見たこともない殺意を向けて睨みつけるマリンに。

 

「「「「すいませんでした!!」」」

 

 モンスターたちは怯んで土下座をした。

 

「私やマサキの事はともかく、アクア様の作ったアクシズ教徒のことを悪く言うのは許しません! では気を取り直して……。アクシズ教は素晴らしい教えです。自分を抑えて真面目に生きても頑張らないまま生きても明日は何が起こるか分らない。なら、分らない明日の事より、確かな今を楽に行きなさい。そう自分に素直になるのです。自由こそアクシズ教の教えの根本にあります」

 

 なんかモンスターの前で語り始めたぞ。

 

「汝、何かの事で悩むなら、今を楽しくいきなさい。楽な方へと流されなさい。自分を抑えず、本能のおもむくままに進みなさい」

「な、なあどうする?」

「なんか聞いてると楽しそうだな。アクシズ教徒になったらこんな拷問室からもおさらばなんだろ?」

「このままだとどうせ殺されちまうし……」

 

 マリンの演説を聞き、少しずつ元気を取り戻すモンスターたち。

 

「汝、我慢することなかれ!」

「「汝、我慢することなかれ!!」」

「犯罪でなければ何をやったって良い!」

「「「犯罪でなければ何をやったって良い!!」」」

 

 段々と狂った教えに染められていくモンスターたち。 

 ……うーん。

 肉体的にも精神的にも弱ったところを宗教勧誘とか、マリン、お前が一番やばくないか?

 

「復唱! 魔王しばくべし!」

「「「「魔王しばくべし!!!」」」」」

 

 大声で拳を振り上げるマリンに続く元魔王軍たち。

 

「というわけでマサキ、彼らへの虐待は許しませんからね!」

「あ、ああ。好きにしろ」

 

 結果、アクシズ教徒に改宗したモンスターたちは、持ちうる全部の情報を喋ってくれた。

 

「じゃあ全員Aクラスのお部屋にご案内。って部屋数が足りないな。じゃんけんで負けた奴はBな。にしてもここまで喋ってくれるとは思っていなかったぞ。マリンも中々やるな」

 

 マリン、こいつは本当は俺が思ってた以上に危険な奴かも。俺のパーティーでは常識人かと思っていたが、敵兵を改宗させるとは。これって洗脳じゃね?

 

「あ、あの! 俺達はDクラスの部屋でいいです!」

「アルタリア様の部屋で、物として扱ってくれれば!」

 

 一方でアルタリアのファンたちは告げる。なんだか真面目にやるのが馬鹿らしくなってきた。

 とりあえず魔族の女たちに、アルタリアのファンに、アクシズ教徒に改心した奴、それを除いてもまだまだ捕虜は残っている。

 未だ反抗的な者達への拷問は続いたが、俺も早く寝たいため、夜中は早めに切り上げた。

 ただ代わりに、紅魔族たちが貴重な魔導ビデオを使って製作した自己PRビデオ、延々と紅魔族が自分の名乗りを上げる練習をし、魔法で目に付くものを破壊していくていくだけという、素人の作った痛い映像を流しっぱなしにしている。

 紅魔族のビデオはもはや立派な拷問器具の一つだった。

 俺もこれを見るとなんか中二時代を思い出したりと色々と心が痛くなったり、ちょっと恥ずかしくなる。そんなものを永久ループで見せられるときつい。

 

「頭がおかしくなる……」

「魔王軍に帰りたい……」

 

 マリンに歌わせるのも考えたが、アレは破壊力が高すぎて調整できないので断念した。

 肉体的にも精神的にもボロボロになった魔王のしもべたちは、死んだ目をしながら諦めのムードで呟いている。

 こうして魔王城の見取り図や、どんな敵がいるのか、ボスがどこにいるのか、罠の場所などがほぼ明るみになった。この先模様替えがあるかもしれないが、とりあえず現時点での魔王城のマッピングは完成した。

 

「さあもう用はねえだろ? ぶっ殺そうぜ?」

「相変わらずバカだなアルタリア。いいか、殺せばそれで終わりだ。死体に金を払う奴はいない! だがこいつらを材料にすれば、魔王軍に条件を出せる!」

 

 鞭を捨てて、剣を舐めずりするアリタリアに告げる。

 

「馬鹿な人間め! 魔王軍は捕虜は見捨てる! 弱肉強食がモットーだ! そんなものが魔王様に通用するか」

「そうか? やってみなければわからないだろう? 何事も最初の一歩が肝心だ」

 

 言い返す捕虜に嘲笑気味に言い放つ。 

 

「おいお前、お前は魔王軍へのメッセンジャーになってもらう。この水晶を持って魔王に渡せ。貴様の肩に、残った捕虜達の命がかかってると思え!」

 

 足の速そうなトカゲの捕虜を開放し、アイテムを渡して魔王城へと帰らせた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

『私は魔王代理の者だ。人間風情がなんの用だ!』

 

 白い仮面を付けた魔法使いが水晶玉に表示される。

 

「単純な話だ。こちらは魔王軍を大量に捕まえた。そちらにも捕らえた人間がいるだろう? 交換と行こうじゃないか? 平和的にな」 

『愚か者が。我らがそんな脅しに乗ると? 魔王軍を舐めるのも大概にしろ?』

 

「奴らは魔王のため、命がけで戦った。俺が大事な仲間の命が惜しくないのか? 救える命を見捨てる気か? 部下への情けはないのか?」

『……いったはずだ。魔王軍は敗者は必要ない』

 

「そうか。魔王のために戦った大勢の兵が、ただ殺されていくのを無視するのか! 冷酷な魔王らしいな。まぁいい。我らノイズに歯向かったものがどうなるか! そこでゆっくりと見ているがいい!!」

「ギャアアア!!」

 

 そう言って槍を捕虜に突き刺すと絶叫した。治ってない傷口目掛けて刃物を突き刺し、中を穿るようにねじ回していく。

 

「まだまだこれからだ。れいれい! アレを用意しろ!」

「はいマサキ様」

 

 合図と共に、れいれいが蓄電器を運んできた。この蓄電器自体はノイズではそれほど珍しいものではないが、拷問用に特別に改造してある。ケーブルの先を槍に装着する事で、電気槍の完成だ。

 スイッチオン。

 

「お次はこれと行くか」

「あばばばばばばばばばばば!!」

 

 電気ショックを受けてモンスターが悲鳴を上げる。

 

「魔王が部下を簡単に切り捨てることを! 世界中に広めてやる! 魔王に従うのがいかに無意味か! モンスター共に教えてやる! 無様に無く殺されていくモンスターの屍を魔王城のふもとにでも並べてやろう! 見せしめだ!」

「がばばばばばばば!」

 

 俺は次々とモンスターを感電させていく。

 魔王軍にも情けはあるはずだ。その優しい心に呼びかけるのだ。

 

「この男は拷問にも屈せず、秘密を守りぬいた優秀な戦士だ。その忠誠心は見上げたもの! だが行く末はこれだ!」

「俺の事は気にしなくていい!! 魔王様にお伝えください! あなたの部下で光栄でし、ぎゃあああああああああ!!」

 

 魔族の男に突き刺し、電圧を最大限まで上げる。

 

「……」

 

 高圧電流を流されつづけ、その大柄なオーガーの男は事切れた。

 

『くうっ!!』

『なんて奴だ! なんて奴だ!』

『おのれ……なんて邪道な!』

 

 俺の処刑を見ていた、水晶の向こうからどよめきの声が聞こえる。

 

「次は誰といこうか? 次に死ぬのは誰がいい?」

 

 物言わぬ黒コゲになった魔族を拘束台から外し、電気槍をくるっと回して次の犠牲者を選んで引きずり出す。

 

「アルタリア、今度はお前がやっていいぞ」

「ひゃはははアハハ! ぶった切る!」

 

 血しぶきが水晶玉に浴びせられる。

 

『ヒイッ』

『こんなのあんまりだ!』

 

 向こうも血なまぐさい映像に困惑しているようだ。

 

『わかった! わかった! 交渉に応じよう!』

 

 根負けした魔王の代理が叫んだ。

 

「それはいい判断だ。俺の気が代わらないうちに早くするんだな! さもなければここにいる全員を黒コゲの死体にして送り返してやる! わかったか!?」

「ぐぼぼぼぼぼぼぼぼ!!」

 

 捕虜に電流を流しながら魔王代理に言い放った。

 

「あ、あの……どっちが魔王軍なのかわからなくなってきたんですが」

 

 俺の姿を見て、マリンはボソっと呟いた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 7話 戦いの傷跡

 捕虜交換になった。魔王軍に捕らわれた女騎士や村娘たちを解放させる代わりに、俺もモンスターたちを引き渡した。

 魔王軍から返された女達を見れば……モンスターが攫うのも頷ける、誰もが紛うことなき美人だ。

 あられもない格好にさせられていた美人の女性達に服を着させ、休憩室で休ませている。この後でノイズの客室に送る予定だ。

 周辺を紅魔族が囲んで守っている。

 

「一応だが、スパイがいないか確認しておけ」

「はい隊長」

 

 黒の部隊に耳元で呟く。解放された捕虜に、女性の隊員が冒険者カードを確認したり、悪魔が変装していないか聖水をかけて確かめている。

 

「あ、ありがとうございます! まさか助かるとは。もう覚悟を決めていました。代表して礼を言います」

 

 ベルゼルクの女騎士が礼を言った。捕まったのは全員ベルゼルグ出身だ。一番魔王と積極的に戦っている国家だから当然か。

 

「あ、ああああ……」

 

 目をうつらさせている女の子もいる。長い監禁生活で精神に異常をきたしたのだろうか。

 

「もう大丈夫よ。怖かったでしょ? つらかったでしょ? だけど安心してね」

 

 彼女を優しく抱きしめるのは、意外にも元魔王軍のひゅーこだった。

 うーん……陣営こそ違うが、立場が一緒だからだろうか。つい同情してしまうのかも。

 

「まずはゆっくりとお風呂にでも浸かって、ゆっくりと体の汚れを洗い流してきて。話はそれからでいいのよ。大丈夫だですからね」

 

 そのままノイズの風呂場へと案内するひゅーこ。

 

「なんだ、ダグネスはいねえのかよ」

 

 開放された女性たちを見て、残念そうに呟くアルタリア。

 

「ではこれで! 私達は王国へ帰還します! 一刻も早く故郷に無事を知らせたいもので!」

「待て、どこに行くつもりだ? 俺は帰っていいとは言ってないぞ」

「えっ」

 

 元気を取り戻した女騎士が先に帰ろうとするのを引き止める。腕を掴まれて驚く女騎士。

 

「マサキ! なにをしているのです? 彼女たちは共に魔王と戦う同士です! なぜ止めるんです?」

「マリンよ。わかってない。お前はわかっていないな。この女騎士の身柄はノイズで保護した。だが、ただで返してやるわけには行かない。ベルゼルグからたんまりと見舞金を受け取るまではな」

「人間同士で争ってどうするんです? 魔王のために一致団結をしないと!」

 

 何を言っているのか、と言った表情で俺に詰め寄るマリンに言い返す。

 

「いいか、もし今回この女騎士たちをただで返したとしよう。そうすればベルゼルグの奴らはどう思う? これからノイズに頼めばいいと舐められるだろう? それじゃあノイズが損するだけだ! 対等な関係を保つには代償が必要なんだ。俺がわざわざ救出したんだぞ! 礼金くらいは貰って当然だろう?」

「それじゃあ魔王と一緒ではないですか!」

「全然一緒じゃない!! 触手でエロい目にあわせたり悪堕ちさせたりはしないだろ? ただ金を貰うだけだぞ! 自由にさせてやったんだからそれぐらい貰っても当然の権利だろうが! 俺は凄く優しいぞ?」

 

 俺とマリンが開放された女騎士の扱いにおいて口論していると。

 

「そこの女騎士! 貴様も騎士のはしくれなら! モンスターに捕まった女がどんな目に合うか知ってるだろう!? 君からもそこの外道の男を説得してくれないか?」

 

 開放された女騎士の一人が、鎧に着替えなおしたアルタリアの姿を見て懇願する。彼女はダグネス嬢がいないと知り、やる気をなくしてだらけていたのだが。

 

「ああ? ウーン……じゃあ勝負だ! 私と勝負しろお!」

「いや、勝負しようとは言ってないんだが? 話を聞いてくれ」

 

 いきなり決闘を仕掛けるアルタリアに困惑する女騎士。どう考えても、頼る相手を間違えたな。

 

「私の名はアルタリア! さあどいつだ! 勝てば自由にしてやる!」

「おい! なにを勝手に決めてんだよ」

 

 アルタリアの唐突な俺様ルールにつっこむ。

 

「むぅ……こうなったら仕方ない。アルタリアと言ったな! 騎士に二言はないな! いざ尋常に……ん? アルタリア? どこかで聞いたような……?」

 

 女騎士は頷いて勝負を受けようとしたが、名前を聞いて少し考え込み。

 

「まさか……あのアルタリアか? アレクセイ家の狂人!? アレクセイ・バーネス・アルタリア!!」

「そうだぜ! アレクセイのアルタリアだ! それがなんだ? 文句あんのか!」

「ちょ、ちょっとタンマ!」

 

 アルタリアの名前を聞き、女騎士たちはヒソヒソと話し合った。

 

「アレクセイ家のアルタリアと言えば……相手が誰だろうが本気で殺しに来ると言うあの? 騎士たちの間で恐れられているあの?」

「あの頭のおかしい下級貴族か!? いざ決闘となれば相手が名家だろうが容赦なく殺しに来るって聞いたぞ? 噂では相手が王家でも容赦なく斬りかかるクレイジーだとも」

「私の知り合いも殺されかけたって言ってた。絶対に関わっちゃ駄目なやつだよ」

「確かオレンジ色の髪をしていたって……。うん、あいつで間違いはないな」

 

 アルタリアの方をチラチラ見て、徐々に距離を取っていく女性達。

 

「なんでそんな危険な奴、とっとと処刑されないんだ!」

「そ、それが……あいつはダスティネス卿の友人とかで……。罪でも犯さない限り勝手に処罰するわけには」

「じゃあどうすればいいんだよ?」

「正々堂々勝つしか……でも彼女の実力はあのダスティネス卿に匹敵するとも聞いてるけど……」

 

 女の騎士達はヒソヒソと相談をしている。 

 

「どうした! 誰からやる? それとも全員まとめてか? さあ来い! ぶっ殺す、いやそれはやりすぎか。軽くひねってやるよ!」

 

 早くしろとばかりに挑発するアルタリアだが。

 

「……アレクセイ殿、我々の処遇はあなた方に任せます。ですがあなたも騎士のはしくれなら、我らを丁重に扱ってくれると信じていますよ。信じてますからね!?」

 

 女騎士は戦いを避ける事に決めたようで、怯えながら自らの剣をアルタリアに差し出して片膝を突いた。

 

「え! なに!? 勝負しないのか? なんだよつまんねえな!」

「安心しろ、ベルゼルグの騎士共。安全を保障する。俺の、じゃなかった我が国の望みは報奨金、ただそれだけだ」

 

 つまんなそうなアルタリアを押しのけて元捕虜に約束した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 女性達を迎えにきたベルゼルグの使者の前で、俺は叫ぶ。

 

「報酬として! わが国に100億エリスの支払い! 更にノイズ輸出品の関税撤廃! 一度あの国での裁判で痛い目にあったからな! あんな野蛮な国の裁判はダメだ! ノイズ国民は治外法権の適用を!」

「ふざけるな! そんなの飲めるか!」

 

 俺の要求は半分以上が却下されたが、それでも十分だ。ベルゼルグ王国に不平等条約を結ばせる事に成功した。ベルゼルグの使者は苦虫を潰したような顔をしていたが、これでいい。これでノイズの実力は世界に広まるだろう。ノイズが強くなれば、事実上ノイズの軍事を仕切っている俺の力も強まる。

 順調だ。全てが順調だ。ベルゼルクから大量の見舞金を受け取った後、捕まっていた女性達を解放してやった。

 

『よくやった。見事な交渉ぶりだったなサトー大隊長。これでベルゼルグには大きな貸しが出来た。このまま魔王を倒した暁には、ノイズがこの世界の覇権国家となる日も近い。コーホー』

「ありがたきお言葉。全てはノイズのためです、総督」

 

 総督に頷き答える。

 

『だが今回の勝利は、ドクターの作った『レールガン』によるものが大きいといえる。そう聞いたぞ』

「は?」

 

 思わず声が出た。

 何を言ってんだ。あんなん戦闘の序盤ですぐ役立たずになったポンコツだろ。

 どう考えても俺のDPSガスと! 『ブラックネス・スクワッド』の活躍だろ? どんな調査をすればそんな答えが出る? このアホな報告した奴は誰だ!

 

「違いますとも総督! 決め手になったのは私が開発したDPSガスで! 『レールガン』のほうは一発撃っただけですぐに動かなくなりましたよ?」

『だが毒は紅魔族の前線基地を機能不全に追い込んだとも聞いておる。紅魔族の者が苛立ちの声をあげているぞ』

「ぐっ。そ、それは……」

 

 確かにその通りだ。

 DPSガスは戦場で戦果をあげたが、大きな傷跡も残した。現時点で紅魔の里は毒まみれで人が住めない状況だ。とりあえず汚染された土砂を浄化しないといけない。

 

『ドクターの秘密基地を守るために作られた紅魔の里だが、今や重要な我が領土だ。この先、ノイズの領内で毒ガス兵器を使うことは許さん。いいな』

「……わかりました。総督」

 

 渋々王の間で引き下がる。

 せっかく開発したというのに、毒ガス兵器の出番はもうなさそうだ。防衛での毒ガスは守るべき土地まで汚染してしまう。もしあるとするなら魔王城を攻めるときにぶち込むか。

 草原での戦いでは紅魔族が暴れただけなのに俺の成果になって出世した。だが今度は俺が頑張ったのに功績を博士の『レールガン』に奪われた。

 なかなか思ったようにはいかないなあ。

 ため息をつきながら、紅魔の里へと戻る。

 

「もう毒ガス兵器使うなって言われた」

「当たり前ですよ! いくら多数の魔王軍を倒すためとはいえ、どう考えてもあんなんまともな戦法じゃないですもの! どう見ても悪役のやり方でしたし!」

 

 DPSガスで見事魔王軍を追い払ったのはいいが、おかげで紅魔の里は毒まみれになり、当分人の住める場所ではなくなった。そのせいで紅魔族が激怒している。

 しかたなく黒の部隊と俺達は毒を除染作業をしている。毒で穢れた土を掘っては外へ捨てに行く。

 

「で、こいつらはどうするんだよ?」

 

 モンスターの一団を見てマリンに尋ねる。

 こいつらは尋問中にマリンによってアクシズ教徒に改宗させられ、捕虜交換のときに自分の意思で戻らなかったのだ。

 

「これはこれはマリン様! そしてマサキ隊長。全てはアクア様のために!」

「ニホンに生まれ変わるため、この身全てを投げ出す所存でございます!」

「私は悪くない! 全ては社会が悪い! つまり魔王が悪い!」

「魔王しばくべし!」

 

 口々に御馴染みの危ない教義を唱えているモンスターたち。目が本気だ。

 なんかヤバそうな青いオーラ出してるし。いいのかこいつらは。

 

「この洗脳兵の世話はマリンに任せるぞ」

「洗脳ではありませんわ! 改心者です! 私の熱心な言葉に耳を傾け、モンスターの身でありながら正義の心に目覚めた立派な方々です! これもすべてアクア様のおかげですわ」

 

 そうだろうか?

 弱ったところに毎日優しい言葉で言いくるめ、巧みにアクシズ教徒へと誘導したマリンの姿は、俺から見てもドン引きだったんだが。

 

「なんなのあなたたち! なんでまだここにいるの? 捕虜は全員解放されたはずじゃあ?」

 

 ぞろぞろモンスター達を引き連れているのを見るとともに、驚いてこっちにやってくるひゅーこ。

 

「我々は自分の意思でこちらに残ったのだ!」

「そう! あのまま魔王の部下でいても、どうせ痛い目に合うだけ!」

「それならば人間に加担し、共に魔王を倒す! そしてユートピア・ニホンに生まれ変わるのだ!」

「アクシズ教徒ならアンデッドと悪魔以外は問題ないと! 預言者マリン様のお墨付きだ!」

 

 にこやかに答える様々な種族からなるモンスターたち。

 

「この裏切り者! モンスターでありながら人間に加担するなんて! しかもよりによってあのアクシズ教徒なんかに!? 恥ずかしく無いの!? 軽蔑するわ!」

 

 激高してモンスターに迫る元魔族。

 

「なんだとこのクソ女! 俺はなあ、もうウンザリなんだよ! 赤い目をした奴らは馬鹿みたいに強いし! それに加えて今度は毒ガスだぞ? もう魔王に付いても無駄死にだ!!」 

「そもそもなんで人間のあんたに言われなきゃいけないんだ? ふざけた眼帯しやがって!」

「これは好きでやってるわけじゃないもん! 無理やり付けさせられてて!」

 

 眼帯の事を言われ顔を真っ赤にして反論している見た目中二病少女。

 

「そういえばこいつ、自分のことを元魔族とか言ってた奴じゃねーか?」

「ああ、そんなのいたなあ」

 

 モンスターたちの中でも、一人無防備に突っ込んでいくひゅーこの姿は印象に残ったらしい。

 

「そう、その通りよ! 私の名はヒューレイアス・サルバトロニア! 魔王空軍に属していた、幹部候補よ!」

 

 自分の胸を叩き、はっきりと自己紹介するひゅーこに。

 

「誰?」

「知ってる?」

「そんな奴いたっけ?」

 

 案の定、首を傾げるモンスターたち。

 

「信じてよ! っていうかなんで誰も私の事知らないの? 魔王城のパーティーでも毎回参加してたと思うんだけど? 邪魔にならないように隅っこで飲んでたんだけど。誰か見てたよね? ねえ?」

 

 ……。

 あんまり詮索したくないが、やっぱりひゅーこって魔族の中でもぼっちだったのかな。なんかパーティーの隅っこで、誰とも話さずに飯をちびちび食べている姿が想像付くのだが……。

 

「はっ! そういえばなんで、私は捕虜交換の時に戻らなかったんだろ?」

 

 ひゅーこが今更になって言った。

 

「そういえばそうだった。俺もお前が一応捕虜だってことすっかり忘れてたわ。魔王軍にも伝えてなかったし。でもさ、人間社会にすっかり馴染んでるし、もう諦めて俺たちの仲間になれよ。どの道紅魔族がお前を手放すわけがないだろ」

 

 俺自身もひゅーこを返すという発想が思い浮かばなかった。あまりに自然に紅魔族と一緒にいるから元敵だってことを失念してた。

 

「ひゅーこはこれからはノイズの冒険者として生きるしかないんだよ。観念すれば冒険者カードも返してやろう」

「私は今でも! 魔王軍の一員なんだから! いい? あんたたちに協力することは絶対に100%ないんだからね! いつの日かここを脱出して今までの屈辱を返してやるんだから!」

 

 見事な改心フラグを立てながらも言い返すひゅーこ。

 

「ひゅーこさん、そういわずに。ではあなたもアクシズ教徒に入ってみればいかがです? 人生が変わりますよ?」

「断じて断る!」

 

 マリンの勧誘を跳ね除けている。

 

「気に入らないですね! 気に入らないですよひゅーこ! あなただけマサキ様に気に入られてて特別扱い! 一体どういうつもりですか! この泥棒猫! マサキ様を私から奪うつもりですね!」

 

 そんなひゅーこと話していると、急にれいれいが間に入ってきた。

 

「え? どういうこと? 私達、そういう会話してたっけ?」

「キシャー!」

 

 今にも飛び掛りそうなれいれいを前に、誰かがひゅーこを庇うように現れる。

 

「ひゅーこ、隠れててください! 我が名はななっこ! 紅魔族最強にて、いずれ伝説になるアークプリースト!」

「ヒーッヒヒヒ。いいでしょう! あなた達流に名乗りましょうか。我が名はれいれい! 改造人間のプロトタイプにて、いずれ世界を手にするマサキ様の伴侶となる女性! あなたもそこの元魔族もまとめて葬りさってくれます!」

「え? なに? なんなの? なにが始まってるの?」

 

 れいれいとななっこの間で、困惑しているひゅーこ。

 

「紅魔族の嫌いなところその一! マサキ様に逆らうところ! そのニ! マサキ様のやることにけちをつけるところ! その三! マサキ様のセンスを否定するところ!」

 

 叫びながら血走った目で睨み、赤い魔力が体から流れ出している。

 相変わらず危ないなあ。レイは。れいれいになっても相変わらずだ。

 

「待てよれいれい。紅魔族は確かに俺の部下だが、001こといっくんに任せて自由にさせている。俺には黒の部隊がいるし、こいつらが命令を聞かないのは想定内だから、別に問題ないぞ?」

「アルタリアですらマサキ様の命令は聞くのに……紅魔族はいつも逆らってばかり。本当は頭が悪いんですか? 見せしめに、一人くらい殺してもいいですよね?」

 

 話を聞けよ。ナチュラルにスルーするな。

 一方ななっこの方も目を光らせ、周囲の空気が震えている。

 ……この二人が戦ったら、辺り周辺なにも残らなそう。

 

「やるんですか! 売られたケンカは買いますよ! この私の伝説の魔法! 『爆発魔法』の威力を見せてあげますよ!」

「私の『炸裂魔法』の方が詠唱は短い。先に撃てば終わりです」

 

 指に魔力をこめ、ななっこをロックオンするれいれい。

 

「やめんか」

 

 れいれいの腕を掴み、炸裂魔法の軌道を反らさせた。ななっこの横で小さな爆発が起きる。

 

「なにをするんですマサキ様! これから生意気な紅魔族へお仕置きをするんですよ!」

「紅魔族同士の決闘は危険すぎるから禁止だ! 文句があるときは、戦闘以外の方法で決着をつけろ、いいな!」

 

 れいれいを拘束しながら命令した。

 

「たとえばどんな方法ですか?」

「そうだな、今紅魔の里はデッドリーポイズンのせいで土壌汚染が酷いから、より綺麗にしたほうが勝ちってのはどうだ? どちらも爆発系の魔法使いだし。穢れた土をより多く吹っ飛ばした方が勝ちってことでな。丁度いいだろ?」

 

 俺の提案に。

 

「いいでしょう」

「異議なし!」

 

 ケンカっぱやい二人は頷いた。

 

「私の炸裂魔法は、誰よりも正確に打ち込むことが出来ます。毒に汚染された場所だけ綺麗に掘り返し――」

『爆発魔法!』

 

 れいれいがそこまで言ったところで、ななっこの無差別な爆発魔法で全て吹っ飛ばした。

 

「どうやら私の勝ちですね、プロトタイプ!」

「なっ!」

 

 劈くような音が響く。

 ななっこは俺たちが地道に掘り返していたものを、完全に無視してまとめて全部里の外目掛けて吹き飛ばした。

 

「おいおい」

「せっかく人が頑張ってたのに」

 

 爆発魔法によって今までの苦労が水の泡になった黒の部隊が文句を言う。

 うん? だが待てよ。

 

「なるほどな、毒だろうがなんだろうが全て吹き飛ばせるなら問題ないか。よし7番。その調子で紅魔の里に片っ端から『爆発魔法』を撃ちこんでくれ。里を修復するより一から作り直したほうが早いな」

 

 ななっこの爆発魔法を使えば除染が早く済みそうだ。

 

「どうやら私の勝ちのようですね!」

 

 にっこりとピースサインをするななっこに。

 

「ぐうううう!!! おのれえええええ! ひゅーこ……ななっこ……! この借りは絶対に返してもらいますから。私の殺すリストに加えておきます。ふふふふふふふふふふふ」

 

 不気味な笑い声をし、二人に警告するれいれい。

 

「ねえ? なんで私が恨まれないといけないの? 関係ないよね?」

 

 そんな二人に納得いかないといった顔をするひゅーこだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 8話 養殖

 紅魔の里。

 まずななっこが爆発魔法で何もかも吹き飛ばし、他のメンバーがゴーレムや召還魔法で呼び出した悪魔をうまく操って家を作り直している。

 俺たちが必死で穴を掘っていたのが馬鹿みたいだ。最初からこうすればよかった。

 さすがはチートクラスの魔力を持つ紅魔族。戦闘だけでなく建設業にも役立つのか。

 未だ壊滅的な被害から立ち直っていないと聞くアクセルとはえらい違いだ。

 

「で、博士。それが例の『レールガン』か」

 

 紅魔の里での戦いで、唯一毒の汚染から逃れた秘密の施設にて、無駄に長大しいライフルを見て呟く。

 

「原理はどうなっているんだ? 名前の通り電磁加速装置でも搭載してるのか?」

「え? そんなたいそうなモンじゃないし。別に魔力を圧縮して撃っただけだよ?」

 

 鼻くそを穿りながら答える博士。だったらそんな『レールガン』みたいなややこしい名前付けるなよ。

 まぁ、それはともかくあの威力は捨てがたい。

 

「本当に連射は出来ないのか? あれなら魔王城攻略に有効だと思うんだけどなあ 余裕で結界ごと貫通できそうだしな」

「は? 連射どころか数発撃ったらぶっ壊れそうだわ。さっきもいったじゃん。あり合わせの適当なパーツで作ったって! 少し凝っちゃったからやべえ威力になっちゃったんだけどね。このまま『魔術師殺し』とセットで封印するつもりだけど」

 

 やっぱダメか。博士の発明品はいつもどこか抜けてるんだよなあ。

 

「兵器なんかに頼らなくても大丈夫です! マサキ様の野望の妨げになる障害は! 全て私が破壊します!」

「俺の一番の障害はお前なんだよ!」

 

 れいれいの頭をぐりぐりして言う。

 

「またまたあ、マサキ様。照れ隠しですか?」

「んだとてめえ! 無駄に紅魔族にケンカを売りやがって! あいつらの対処作はすでにある! あるのに無駄に煽ってんじゃねえよ!」 

 

 いつものようにれいれいを叱り付けていると、それを見た博士が。

 

「相変わらず仲がいいね君達」

「んだとコラア! どこがだ!」

「やっぱりそう見えます? 私達は心が通じ合っているから当然ですね!」

「んだとこの! 離れろ!」

 

 れいれいを引き剥がしながら考える。

 もう魔王軍もノイズへ侵攻するのは懲りただろう。

 なら今度はこちらのターン! 俺が軍隊を率い、魔王城へと攻撃を仕掛ける番だ!

 だが課題はある。

 攻め込むにはこっちの兵力が不足しているのだ。

 ノイズの主力は紅魔族、そしてそれを補助するブラックネス・スクワッド。

 しかし紅魔族は9人プラス1、あとスキルを覚えてないのが1人。ブラックネス・スクワッドはあくまで特殊部隊で主力ではない。さらにマリンによって洗脳されたモンスター兵を含めてもまだまだ足りない。

 これじゃあ魔王を倒すのは、いやたどり着くだけでもきつい。

 

「次の紅魔族はどうなったんだ? 博士。今度は暴発しないようになってるんだろ?」

「そのことか。安心しなって。『レールガン』の開発で一時凍結していたが、無事終わったよ。今度は魔法使いレベルを最大の少し前で止めといたわ。代わりに身体能力を上げておいた。これでもうオーバーヒートはないだろ。ほらおいで」

 

 また赤い眼をした奴らがぞろぞろとやってきた。

 

 ――紅魔族第二世代。通称バランス型。

 

 紅魔族の熱暴走の原因でもあった急激すぎる魔力回復を抑え、その代わりに身体能力を強化させた新たなタイプの改造人間。

 おかげで余分な魔力を排出してくれる紅魔族ローブは必要なくなった。

 魔法使いとしての能力は第一世代より劣るが、体力に優れているためスキルポイントの振り分け次第では前衛職のような真似も出来る。

 アークウィザードとしての職業に縛られない様々な運用が想定できる。

 紅魔族であることを示すバーコードは顔ではなく手の甲に付けられている。機体ナンバーは10~25の15人。

 

「……と仕様書には耳障りのいいことは書いてあるんだが、本当に使えるのか?」

 

 書類を読みながら、出てきた新たな紅魔族をじろじろ値踏みするように見て、博士に尋ねる。

 

「いっとくけどノイズに残ってたスキルアップポーションはほぼ第一世代がもっていったから、彼らのレベルは1から地道にあげてくれ。今の戦闘力は素人同然だわ」

 

 ダメじゃん。

 魔王を攻める前に、まずこいつらのレベル上げを手伝う必要があるのか。めんどくさいな。

 

「あんただな? サトー隊長ってのは! あと隣にいるのがプロトタイプか」

「何か文句あるんですか? あなた達もマサキ様に歯向かうつもりですか?」

 

 れいれいが睨んで聞き返すと。

 

「文句? 違いますよ。俺達は第一世代の紅魔族、ファーストナンバーズと違って圧倒的に経験値が足りないんだ」

「楽してレベルアップの方法はないのか? スキルアップポーションが余ってたらくれよ!」

「頼みますよ隊長。早く先輩たちみたいにドッカンドッカン魔法を撃ちまくりたいのよ!」

 

 なんという他力本願。つまり手っ取り早い経験値稼ぎを教えろと言う事か。

 でもなあ。

 ノイズの周辺のモンスターはすでに狩りつくしたからなあ。

 魔王軍は追い返したし、一気に経験値を稼げそうなイベントは当分ないだろうしなあ。

 

「紅魔族の世話はいっくんに任せてるし、あいつに頼めよ。俺はブラックネス・スクワットだけで大変なんだよ」

 

 めんどくさそうに告げると。

 

「サトー隊長と言えば、勝つためならどんな非道な手段も問わない、泣く子も黙る悪逆非道だと聞いてますよ?」

「そうだわ。私達が早くレベルアップできれば、その分サトー隊長の方の利益が一致するんじゃない?」

「なにかあるでしょ? 楽して強くなる卑怯な裏技が! 私達は知能も高いからお見通しよ!」

「チッ。酷い言われようだな」

 

 だが考えてみよう。最初の紅魔族たちとは色々あって仲がいい状態とはいえない。同じノイズ軍に属しているんだから、友好な関係を保つ方がいいに決まってる。

 少なくとも見かけ上は。

 

「あなたたち黒いのは人数が増えてもレベルは揃ってるよね? どうやってるの?」

「しょうがねえなあ。確かにいくら潜在能力が強くてもレベルが低ければ役立たずだしな。企業秘密だったんだが特別に教えてやろう」

 

 今度は人間関係で失敗しないようにしよう。恩を売っておくのも悪くない。

 

「お前たちの言うとおり、俺達は効率的なレベル上げをしているんだ。“養殖”と呼んでいる」

「養殖? それはどういうものなんです?」

「文字通りの意味だ。モンスターを養殖するんだ。それを殺すことでレベルを上げる、ただそれだけだ」

 

 いまいちピンと来ない様子の紅魔族たちに。

 

「なんなら参加させてやるよ。付いて来い」

 

 養殖場と書かれた建物に案内しながら話す。

 

「最初はカモネギの養殖を試したんだが……うまくいかなくてな。それにカモネギは高級食材だ。コストがかかりすぎて断念した。集めるだけでも金がかかりすぎる。それで代わりのものを用意したんだ」

 

 中では俺の直属の部下、ブラックネス・スクワッドが槍を手に持ち、大きな袋の前で整列する殺伐とした風景が広がっている。

 ちょうど養殖をしている真っ最中だ。マスクをして袋を槍で突き刺している。

 

「これは大隊長。なにかありましたか?」

 

 俺の姿を見て敬礼し、尋ねる隊員に。

 

「紹介しよう。こいつらは新しい紅魔族たちだ。だが経験値が足りないようでな、まだ戦力にはならん。そこで黒流のやり方で一気に一人前の兵士に鍛えてやろうと思ってな」

「そういうことでしたか。ではこちらへ」

 

 紅魔族を案内する黒の部隊たち。

 

「あそこにある袋に攻撃しろ。そうすればレベルがぐーんとあがる。おっと、マスクを忘れるなよ」

 

 レベルアップ場にてそう教えた。

 

「どうして袋を被せているんです?」

「俺の部下が、目が合うと殺し辛いといわれたからだ。いいからやってみろ」

 

 恐る恐る紅魔族が袋を突き刺すと。

 

「きゅっ」

「本当だ! 凄いレベルが上がった!」

 

 袋の中のモンスターが小さく断末魔をあげる。自らの冒険者カードを見て、嬉しそうに喜んでいる。

 

「お前らもやってみろよ!」

「うん!」

「えい!」

 

 次々と設置された袋を突き刺していく紅魔族第二世代。この調子でいけばすぐに前線で使えるようになるだろう。

 

「で、この袋の中には、どんなモンスターがいるんだろ?」

「あの有名なカモネギの亜種でもいるのか? この経験値の上がりようは並みのモンスターじゃないぞ」

「ドラゴンとか? グリフィンとか? そんな感じかしら? にしては小さいけど」

 

 疑問に思い、袋を取ろうとする紅魔族。

 

「やめろ! 袋を取るな!」

 

 慌てて止めようととするも。

 

「ンググ」

 

 袋の中にいるのは年端もいかない少女。口を封じられ、ブルブル震えている。

 

「あーあ。ビジュアル的にアレだから、見せたくなかったのに」

「ひ……ひい」

 

 悲鳴をあげて後ずさる紅魔族たち。その姿に驚き、ハッとして自分の持っていた槍をドスッと取り落とす。

 

「お、お前たち! なんてことをしているんだ! 俺は子供を殺して経験値を稼いでいたのか? この犯罪者! サイコパスめ!」

 

 俺に恐怖と軽蔑の視線を浴びせながら叫ぶが。

 

「よく見ろよ。そいつはモンスターだ。冷静に考えてみろよ。普通のガキを殺してそんなにレベルがあがるわけないだろ?」

 

 やれやれ、と言った風に彼らに説明する。

 そう、彼女たちは人間の少女ではない。擬態したモンスター、安楽少女だ。

 カモネギの養殖はイマイチうまくいかず、高級食材なため需要が多すぎる。数をそろえるだけでも大金がかかってしまうので代用品を探していて、目をつけたのが『安楽少女』だった。

 このモンスターは危険だが、対処法さえ知っていれば倒すのは容易だ。花粉を吸わないようにマスクをすれば庇護欲をわき立てられる事もない。動けないのもいい。

 大量に肥料をやることで栽培に成功し、今や経験値の糧として有効活用されている。

 成長した後は喋れないように口を猿轡で縛り、上から袋を被せることで完成だ。安楽少女の生産は今や兵の強化には欠かせない存在になっている。

 元々は直接殺すよう言ったが、黒の部隊の隊員から、このまま殺すのはあまりに忍びない、可愛そう過ぎてやりづらいとクレームを受けたため、袋で覆うようにしたのだが。

 

「可愛い顔をした奴が一番危険だったり、そういうのはよくあることだからな。戦場で敵に情けをかけないよう訓練もかねているんだけど。いいだろ?」

 

 もう取り繕うのをやめて開き直って説明する。全員が高レベルでさえあれば、不意に対処できないレベルのモンスターに出くわし、全滅するなんてことはない。安心かつ合理的なレベルアップ方法だ。

 

「噂にたがわぬ……いやそれ以上の鬼畜っぷりだ……」

「頭おかしいんじゃないの? なんていうか、本当にロクでもないな!」

「流石についていけないわ」

「悪党すぎる……」

「人の心はないの?」

 

 まぁどれだけとりつくろっても、ぱっと見は少女達を縛って袋につめた上に殺しているシリアルキラーにしか見えない。

 そんな俺のやり方にドン引きした第二世代の紅魔族たちは、散々悪態を付いた後に出て行った。

 

「せっかく人が親切でしてやったのに」

 

 去っていく紅魔族を見てため息を吐く。

 

「やはり紅魔族なんて信用できませんね。でも大丈夫! マサキ様には私が付いてる! いや、私さえいれば誰も要らない! そうでしょう! ね!」

「はぁ、そーですね。クソが!」

 

 れいれいがニヤニヤ笑っているのを適当に返す。

 ……どいつもこいつも! どうして俺の合理的プランを見るとドン引きするんだよ。

 せっかくうまくいくと思ったのに。第二世代を味方につける狙いは失敗だ。

 結局、第二世代の紅魔族は第一世代の強い紅魔族にフォローしてもらい、止めを刺させてもらうという風にしてレベルを上げることにしたようだ。

 




・紅魔族第二世代

BCMW-B 戦争用改造魔導兵・バランス型 

通称“バランス型紅魔族”
紅魔族ナンバーはBCMW-10~25。
15人からなる。

公式型番はBCMW-B-1~15だがバーコードには紅魔族ナンバーの方が書かれている。

プロトタイプや初代紅魔族の欠陥であった、過剰な魔力回復による暴発はなくなった。
アースや紅魔族ローブを夜につけていなくても死ぬことはない。
欠陥をなくした変わりに魔力の最大値が控えめになっている。
さらに体の中で魔力が暴走するのを防ぐため、肉体が少し強化されている。
結果として運動神経に優れたアークウィザードに成長することが考えられる。
万能タイプだが純粋な魔法使いとしての適正は初代に劣るため、そこを不満に思うメンバーもいる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 9話 エリス教の盗賊

 カンカンという鐘の音が、この紅魔の里に鳴り響く。

 これは紅魔の里の警報音だ。何者かが紅魔の里に侵入したようだ。

 毒ガスをばら撒いた紅魔戦線のあと、当分紅魔の里は安全かと思っていたが、まだまだ油断は出来ないようだ。

 

「敵は何体だ? 正確な情報を伝えろ」

「はい隊長! 敵は隊長のオフィスに侵入した模様です! 防犯システムに反応がありました」

 

 俺のオフィスだと? あそこには魔王城攻略のための計画書が保管してある。尋問で得た貴重な情報も。

 魔王軍に知られるわけにはいかない。そうなればまた一から別のプランを作り直す羽目になる。

 やり直しなんてめんどくさすぎるぞ。

 

「すぐにとっ捕まえろ! 今すぐ――」

「隊長! 侵入者を捕えました! センサーの記録によると、敵はどうやら単独犯のようです!」

 

 その心配はあっけなく終わった。ここにはノイズ最新鋭の防犯装置が設置されている。

 ブラックネス・スクワッドの隊員にぐるぐる巻きにされ、里の中心に連れてかれる犯人。

 

「俺の秘密部屋に忍び込むとはいい度胸だな! 魔王の手先か? いくらで雇われた?」

「……」

 

 侵入者はモンスターではなく人間のようだ。それでマリンの張っていた結界には反応しなかったのか。犯人は口をつぐんでいる。

 

「紅魔の里に盗みとは! いったいどんな奴だ? いい度胸してるねー」

「ただで済むと思うなよ!」

「どんな奴なんだ? 男か? 女か?」

 

 アラームを聞き、野次馬のように集まってくる紅魔族たち。

 黒の隊員と紅魔族に囲まれる銀髪の盗賊。

 

「なんだ男かよ」

 

 紅魔族の誰かが呟く。その言葉にピクっと反応する侵入者。

 

「マサキ、相手が人間なら、あの血も涙もない拷問は禁止ですからね!」

「相変わらず甘いな、マリンは。男女平等、人類もモンスターも皆平等。平等主義こそ俺のモットーだ」

「私の目の青いうちはそんなことはさせませんわよ」

 

 マリンが俺を止めようと立ち塞がるため、言い合っていると。

 

「せ、先輩!? なんで地上に!?」

 

 賊はマリンの姿を見て、罰の悪そうな顔をし、驚きの声をあげる。

 

「おい先輩だってよ! マリン、お前の知り合いか?」

「知りませんわこんな人。でも、なんとなくエリス教徒の気配がしますね」

 

 盗賊の顔を覗き込み、首を傾げるマリン。

 

「あ! ああー。先輩が地上にいるわけないか。ゴメン! 人違いだった」

 

 何か納得し、困った顔で照れくさそうに謝る盗賊の少年。

 

「本当にエリス教徒なのか? マリン」

「ええ、間違いありませんわ。このアルカンレティアやアクセルで出合ったプリーストたちと同じ感じ。どことなく暗黒神の香りがしますわ」

「誰が暗黒神だよ! アクシズ教徒の人達は少しくらい他宗の人にも敬意を払うべきだよ。いくら後輩だからって怒るときは怒るよ?」

 

 暗黒神呼ばわりされて怒る少年。いや少女。あまりにスラッとした体だったから気付かなかったが、声で女性だとわかった。

 

「それにしても解せんな。エリス教徒はアクシズ教徒同様魔王退治に熱心だと聞いたが、なぜ善良な冒険者であるこの俺の邪魔をする?」

「「善良?」」

 

 マリンと盗賊から同時に突っ込まれるが。

 

「うるさいぞお前ら。過程はどうあれ俺は魔王退治に生涯をかけている! 幹部も倒したし数々の成果もあげた! これが善良じゃなくてなんなんだ? ああ?」

 

 逆ギレして言い返す。

 

「マサキは善から程遠い存在でしょう? 悪の化身と言った方が正しいほどに。まぁそれは置いといて、この盗賊はきちんとした裁判にかけましょう。それが更正への第一歩ですわ。」

「ノイズに引き渡すのは、洗いざらい情報を聞きだした後だ!」

「どんな方法で聞きだすつもりです?」

「……。言わせんなよ恥ずかしい」

 

 俺が恥ずかしそうに告げる。

 

「……ッ!」

 

 ジロりと睨みつけるマリンに、プイッと目を反らす。

 

「ねぇ、ねえ頼むからお願いします! 助けてください! じゃなかったお願い! なんだかその姿見てると調子狂うな。ねえキミ、その姿からして熱心なアクシズ教徒なんだろ? あたしはさ、キミの言うとおりエリス教徒なんだ! キミたちのとことは後輩の間柄だから、あの男を説得してくれないかなあ? あたしは誓って言うよ! 魔王軍の手先なんかじゃないからさ! 盗みなんてやったのも、ちゃんとした理由が! これには訳があるんだってば!」

 

 盗賊はマリンを見て懇願するように頭を下げた後、ハッと気付き首を振って普通に砕けた口調でお願いする。

 

「オホホ……いえプークスクス! エリス教徒からお願いされるなんて初めての経験ですね。私の故郷アルカンレティアでは、エリス教の教会にイタズラをするなといった苦情ならよく聞いたのですけど」

「キミらなにやってるのさ! あたしもいい加減怒っていいかな?」

「私の故郷の話は置いといて……。あなたが熱心なエリス教徒だと言う事はその強いオーラでわかりますとも。そんなあなたが魔王の手先になるはずがないことはよく理解しています。この不肖マリン、あなたに協力しましょう!」

「ほんと!? ありがと先輩! じゃなかったマリンさん!」

 

 マリンとエリス教徒の盗賊。どちらも熱心な宗教家だからだろうか。なぜか意気投合している。

 うーん。なにこいつら。何を勝手に決めているんだ。

 オーラ? なにそれ? 信者同士の電波でも出てるのかよ?

 

「アクア様も暗黒神エリス様も、共に魔王を倒すという目標を持った同士ですからね! 信者である私たちも、共に手を取り合っていきましょう!」

「それはうれしいね。暗黒神呼ばわりはアレだけど。ああ……本物の先輩も、マリンさんみたいに真面目だったらなあ。あたしもこんなことしなくてすむのに……。うーん……なんだかマリンさんを見てると変な気分になる……これはなんなんだろ?」

 

 俺を送り込んだあの女神のコスプレをしているマリンを見て、なんだか困ったように目線を反らす少女。

 その挙動不信なところはともかく、俺なりにも推理してみよう。このぺったんこ女の目的は……。

 

「お前の目的がわかった。寄せて上げるブラならノイズで売ってるから買って来い。パッド無しでも結構膨らんで見えるって噂で大ヒット商品らしいぞ?」

「なにおう! 誰がパットだ! 違うから! 正直に言うよ! あたしはクリス! エリス教の盗賊だよ! 危険な神器を回収するのが役目なの!」

 

 盗賊の少女はプンプンと怒って、そう自分の名前と目的を堂々と告げた。

 

「ふっなるほど、では我らも名乗りましょうか!」

「俺達はノイズによって造られた最強の改造人間!」

「戦闘用改造魔道兵! 種族名は紅魔族! 魔王を倒した暁には! いずれ世界にその名を轟かすだろう! でもあなたは先に! 私達の凄さをもっと広めるのです!」

 

 盗賊クリスの名乗りを聞き、なにか琴線に触れたらしい。

 いちいちポーズを決めて張り合っている紅魔族を遮る。

 

「お前らうるさい。話が前に進まないだろ! 黙ってろ!」

「……そ、そうなんだ。改造人間? いいのかなぁそんなの勝手に作って。ちょっと困ったなあ」

 

 なにが困るというんだ。こいつには関係ない話だろう。さっきからこのクリスという女の会話はどこかおかしい。

 手っ取り早く俺のチートアイテム、バニルアイを使ってこいつの正体を確かめよう。

 

 ……。

 …………?

 なんだ? 魔道具で覗くと眩しくて見えない。こんな事は初めてだ。

 何者だ? この女。ただの盗賊ではないのかも知れない。要注意しなければ。警戒して聞く。

 

「……神器か。よく俺が神器を集めているとわかったな。誰にも言ってなかったのに」

「神器。確か変わった名前の勇者候補にしか与えられないと言う、伝説の武器ですわね? アクア様に選ばれしものが手にするという」

「そう! それのことだよ!」

 

 マリンにコクコクと頷くクリス。

 選ばれしものか。モノは言い様だな。あの女神はそんな大層な事を言ってたか? 魔王のせいで人口が減っていくから、チートアイテムつければ行ってくれるでしょ? とか。投げやり気味だった気がするんだが。

 今更だがチート前提の世界とか、ゲームバランスがおかしいと思うのだが。敵を強くしすぎないか?

 

「……」

 

 疑いの眼差しでクリスをじっと見る。あの女神の信者とは違うようだが、後輩の間柄ならどうせ似たようなもんだろう。

 

「な、なに? なんかあたし、へんなこと言ったかな?」

「いやこの世界の女神って、どうせロクでもない奴なんだろうと思って」

「なんで? 何でそう思うの? 女神に何か恨みでもあるの!? そうだ、女神といっても、うちやアクア先輩以外にも、他人を傀儡に出来ちゃう復讐の女神とか、地形が変わるほどの破壊力を持った怠惰と暴虐の女神とか色々いるよ?」 

 

 やっぱりクソじゃん。危ない奴しかいないじゃねえか

 つまらん話を聞いて時間を無駄にした。地面に唾を吐く。

 

「ペッ」

「ひど! もういいよ。このままだといつになっても本題に入れなそうだから質問といくよ。ねぇキミさ、もし自分の体と他人を入れ替えれる神器があったらどうする?」

 

 俺を見上げ、囚われの身だというのに余裕の表情で尋ねるクリス。

 

「はいはーい! 私! ダグネスと交換したい! やりたい! やりたい!」

 

 アルタリアが手を上げて叫ぶが、みんな慣れたのか放置している。

 

「うむ、女の子と体を交換して、胸を揉んだり、女湯に入ったりしても合法になるな。夢のアイテムじゃないか」

「この変態! そんなことさせるか!」

 

 紅魔族の一人の男がそんな事を言いだし、女性陣に耳を引っ張られていた。

 俺はその姿をみてヤレヤレと言った風に肩をすくめながら。

 

「発想をエロに縛られすぎているな。そんなイタズラなんかよりも、もっと有意義な使い方があるぞ。まずは有名貴族と入れ替わり、そいつの姿で預金を引きだして隠す。それをあとでこっそり回収する。金だけじゃない。どんな隠したい秘密も暴ける。無論軍用でも使えるな。敵と体を交換してこっそり敵将暗殺なんてのも思いのまま。もはや世界を手に出来る神器と言える。この場にないのが惜しいよ」

 

「「「「うわあ」」」」

 

 俺のアイデアを聞いていっせいにドン引きする一同。

 

「やっぱキミは悪人だよ! あたしは人を見る目には自信があるんだよね! キミの本質は一目でわかるよ! 救いようのない悪だって! 地獄に落ちろサトー・マサキ!!」

 

 軽蔑の眼差しを向け、俺に毒をはくクリスに。

 

「なぁ地獄に行ったらどうなるんだ? 悪魔と一緒になって人間の魂を奪うお手伝いとかも出来るのか? 悪行なら自信があるんだが、悪魔は雇ってくれないかな?」

 

 逆に地獄について質問すると、困った顔をし。

 

「……やっぱりキミは天国に行かせたほうがいいかもしれないね。さすがに魂だけなら何も出来なそうだし」

 

 まるで自分が俺の死後の行き先を決めるかのような口調で、言い返すクリス。

 

「でさ、神器を集めてるんなら君も知っているだろ? 神器は選ばれたものしか使えないって。だからキミには必要ないはずだよ? あたしが女神アクアのもとに責任を持って届けるからさ!」

 

 必死に懇願するクリスに。

 

「断る! 俺にとって神器はトロフィーなんだ。いいか? 回収した神器を並べた部屋にいるとな、思うんだ。こいつらはこんな強い神器をもらったと言うのにあっけなく死にやがった。だが俺は生きてる! 非戦闘向けの魔道具を貰ったのに世界に名を轟かせ、今やノイズの大隊長に出世している! そうやって優越感に浸るのが俺の隠れた趣味なのさ」

 

 自慢げに答える。そう、あの神器に囲まれてると、やっぱり俺って凄いんだなあって実感できる。この世界での大きな楽しみの一つを奪われてたまるものか。

 

「うわあ……ひどっ! キミさあ、いくらなんでもクズ過ぎじゃない?」

「なんとでも言え。もう慣れたわ。だがこれだけは言っておく。どんな神器をもらおうが活躍しようが死んだら終わりだ! 生き残ったものこそ正義だとな!」

 

 俺ははっきり堂々と演説を終えた。

 

「と、まあね。こんな悪人たちに神器が渡らないようにするのが、私の役目なんだよ。だから神器を返してくれないかなあ?」

 

 呆れた顔で、取り囲む人々に答えるクリス。

 

「悪人である事は……否定はしない」

 

 ジロジロと周りの視線が痛いが、意にせず言い放つ。

 

「クリスさんに神器を渡すべきですわ! マサキ! どうせ自分で使えないなら、元ある場所に戻すのが筋といえます!」

「仮にこの女が事実を言っていたとしてもだ。渡すわけにはいかんな。さっきもいっただろ! あれは俺の勲章なんだ! どうしても欲しけりゃ、俺が死んだ後にするんだな!」

「いい加減にしなさい! マサキ! 今までの事は魔王を倒すためだからと言う事で見逃してきましたが! 今度ばかりは別です! すぐにアクア様に返しなさい!」

「そもそもこの女が本当に神器を返すのか保障がないだろ? だったら俺が保管したほうがいい! 紅魔の里なら絶対に安全だから!」

 

 俺とマリンは最初は言い争っていたが、

 

「大丈夫です! なんだか信じられる気がするんです! 勘で!」

「そんなもの信じられるかこの偽預言者! いんちきカルト!」

「言ってはならないことを言いましたね! 許しませんわ!」

 

 途中から取っ組み合いのケンカになった。

 プリーストのクセに普段前線で戦ってるから無駄に力が強い。押し切られてしまい、そのまま8の字固めにかけられる。

 

「素直に渡しなさい!」 

「断る! いててててて!」

 

 この女! 屈辱だ!

 そういえばマリンとこうやって争うのは初めてだったな。レイやアルタリアが暴走するのを止めるのは慣れっこだったが、そういえばマリンの対策は考えてなかった。

 

「マサキがやられるなんてのは珍しいな」

 

 ニヤニヤと微笑んでしゃがみながら俺を見下ろすアルタリア。

 うるせえパンツ見えてんぞ。

 

「くっ! やめろお! 放せ! よしまず話し合いといこうか! だから技をとけ! 頼むマリン! なあ! ん?」

 

 もがきながらジタバタしていると、すぐ側で急に魔力が大きく高まった。赤い火花がバチバチと鳴っている。

 これは……この反応は……。

 

「こんな事初めてなので面食らいましたが……、いくらマリンでも、マサキ様に手を上げることは許しませんよ。それが私のさだめなのですから!」

 

 れいれいが目を赤く光らせ、莫大な魔力を高めながらマリンの方へと歩いていく。

 

「レイさん、いいえれいれいさん。私にも譲れないものがあるのですわ。あなたと同じように」

 

 マリンは俺の技を解き、立ち上がってファイティングポーズを取りれいれいに対峙する。

 

「……。あなたと揉めるなんて想定外でしたが、マサキ様の障害は全て破壊するのが私の仕事です。お互いの譲れないもののために戦いましょう!」

「受けて立ちますわ! 正義の鉄槌を見せてあげます! 全てはアクア様のために!」

 

 赤い目と青い目で、瞬きもせずお互いを見つめ合っている。

 

「マリン! レイ! お前らが戦うのか! こりゃ見ものだぜ! どっちが強いんだ? なあどっちが強いんだ?」

 

 突如始まったバトルに大はしゃぎのアルタリア。やめろ! いちいち煽るな! バトルバカであるお前の決闘とは訳が違うんだぞ? 訓練の延長ではない、互いの存在意義をかけた殺し合いになる。

 

「はあああ」

「ふううう」

 

 お互いに魔力を高めあい、あたりの空気が震えている。青の魔力と赤の魔力がぶつかり合い、火花を散らしている。紅魔族も、ブラックネス・スクワッドも、盗賊エリスもその様子を見てビビッている。

 なんてこった! 目の前で俺の仲間たちが一瞬即発の状態になっている。

 これがよく聞く修羅場という奴か? ヒロイン同士でどっちがメインになるかぶつかり合う。

 ……いや全然そういうのとは程遠いのは俺が知ってます。見えはってすいません。だって恋愛要素の欠片もないし! メンヘラとカルト女がケンカしてもただただ危険で怖いだけだ。

 

「よせ、れいれい! 仲間同士での争いなんてよせ! マリンは今まで一緒に冒険をしてきた仲間――」

 

 そこまで言いかけたところで、ふと気付く。いや撃つな。撃っちゃうだろうな。れいれいならやっちゃうかあ……。

 早くなんとかしなければ。手遅れになる前に!

 

「二人ともやめろ! 俺はマリンを信じるから! マリンがこの女を熱心なエリス教徒だというなら、俺も信じるよ!」

「マサキ様! 妥協するんですか?」

 

 信じられない、と言った顔で俺の顔を見るれいれい。俺がマリンに折れたのを見て驚いているのだろう。これまで俺はマリンがいくら注意しようと卑劣な行為をとめることは無かったのだが……。ここで内輪もめになるくらいなら、外道プレイは封印だ。

 いくら俺が悪党でも、仲間を大事にしたい。ほかはともかく、特に付き合いの長いこの3人が揉める姿は見たくない。

 

「よし、うん。マリンは拷問にも付き合ってもらったからな。たまにはお前の言うことを信じてやってもいいよな。今日がその日にしよう。その盗賊娘のことはお前に任せる。これでいい。だかられいれいもやめろ。ほら、お前だって何度も彼女の回復魔法に世話になってきただろ?」

「くっ……くくくくくくく……」

 

 俺の説得を聞き、れいれいは目を瞑って少し怯み。

 

「この盗賊は魔王とは関係ない。そうなんだろ? だったら見逃してやっても俺の野望の邪魔にはならないはずだ! だから許してやる! な!?」

「ダメです! マサキ様!」

 

 かっと目を開いて言い返された。

 

「マサキ様は……私の知っているマサキ様は……仲間になんと言われようと! 自分のやり方を変える人間ではありませんでした。そんな姿は見たくないです」

「い、いやまぁそうだけど……たまには例外もあるだろ?」

「いけません! マサキ様が折れるなら、代わりに私が戦います! それが私の『愛』です!」

 

 俺の言葉はもう耳に届かないようだ。愛に狂った戦士がそこに立っていた。

 

「望むところですわ! 私も今までマサキ達の悪行に、ただただ黙認していたわけではありません。本当に人の道を外すとき、命を懸けてでも止める決意がありました!」

 

 マリンまで本気でれいれいと戦うつもりだ。もうすでに手遅れだった。

 

「お前ら、ほんとにやめてくんないかなあ」

「「ダメです!!」」

 

 くっ! こいつら頭固すぎだろ! 出合ったときからそうだったけど、より融通が利かなくなってないか?

 

「シンプルに決めようぜ! マリンが勝ったら盗賊は自由。レイが勝ったら拷問部屋行きな!」

「「いいでしょう!!」」

 

 アルタリアの勝手なルールに同意する二人。

 

「見てくださいクリスさん。貴方の身は私が必ず守ってあげますわ!」

「マサキ様! 私の『愛の力』を、ご覧になってください!」

 

 今ここに、勝とうが負けようが俺は損しかしない戦いの火蓋がきって落とされた。

 

「あわわわ……なんでこんな物騒な事になってるの? 私はただ神器の回収に来ただけなんだけど!」

 

 涙目になりながら叫ぶクリス。

 お前のせいだぞ!

 

 




次回! 激突! マリンVSれいれい

なんでこうなっちゃったんだろ? クリス出してきゃっきゃするだけの予定で、二人の戦いなんて考えてなかったのに。
ドラゴンボール超一時間スペシャルの影響かなあ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 10話 激闘! マリンVSれいれい

 どうしてこんなことになったんだ。

 目の前には戦う気満々のマリンとれいれい。

 

「ね、ねえマリンさん。私の話を信じてくれるのはいいんだけど、別に仲間同士で戦う必要は無いんじゃないかなあ? やっぱり今回は出直すよ」

 

 ばつの悪そうな顔でマリンに尋ねるクリス。

 

「何を言うのです! 私があなたを信じたのは、あなたの中にある純粋な本物の信仰心を感じたからです。あなたはエリス様のため、犯罪に手を染めた! ですがそれはこの世界を救うと言う大儀があったからですわ! 」

「なんかどんどん話が大げさになってない?」

「クリスさん、今更おじ気づくなんてそんな態度では、暗黒神エリス様から罰が当たりますよ! 敬謙な信仰者ならば! エリス様の言葉を最後まで信じきるのです! エリス様は間違いなくお怒りになりますよ!」

「え? ええ? エリス様は多分許してくれると思うんだけど。人間同士争う方がよっぽど悲しむと思うな、あたしは」

 

 マリンの言葉に、押され気味の盗賊。マリンは神を信じている。それも常軌を逸するレベルで。その気迫に引いているクリス。

 

「クリスさん、あなたは数ある信者から選ばれたのです。エリス様は誰もやりたくない様な汚れ仕事を、クリスさんの事を心から信頼して使命したのですわ! 命に代えても神の命令を実行するのが本物の信徒です。そんなあなたが! 仕事を途中で投げ出すなんてあってはならないことです! あなたには心を鬼にしてあなたを送り出したエリス様の心が! 全然わかってない!」

「ええ!? あたしがエリス様の事をわかってないの!? マジで?」

 

 思いもよらない事をいわれたみたいに、凄く困った顔をしているクリス。

 

「れいれい、俺もこの戦いには反対なんだけど。マリンと戦うなんてやめてくれよ。こんな事で仲間が減るのは嫌なんだ、れいれいは大切な恋人で、マリンは優秀なプリースト。戦いには必要不可欠の存在なんだよ」

「こんなこと? こんなことだって? 違います! これは私の誇りです! もうマサキ様がなんと言おうと止まりません! 私は私の信じる愛のために生きています! これまでも、そしてこれからも」

 

 双方説得は無理か。この戦いは避けられないようだ。

 こうなったら止めるタイミングを伺わなければならない。お互いに完全に決着がついたと納得できるタイミングで。早すぎたらまた再開するだろうし、遅すぎれば死人が出るかもしれない。

 恐らくギリギリになるな。

 思わずごくりと唾を飲み込む。

 

「このままあなた達を放置しておくと、取り返しの付かないことになりそうですわね! この私がアクア様に代わって矯正してあげます! 正しい道に!」

「勝てると思うんですか? 私はマサキ様のために、この身を改造までしたんですよ?」

 

 正義のアークプリーストと愛のアークウィザードのにらみ合い。

 

「れいれいさん、いや紅魔族のプロトタイプはマスターによって改造された最強クラスの魔法使いの一人だぞ?」

「そうだ。いくら上級職とはいえ、アークプリーストが勝てるわけがない」

「あのマリンという女は死ぬつもりか? 回復役のプリーストに何が出来るというんだ!」

 

 マリンがあまりに無謀に見えたのか、紅魔族たちがどよめきの声をあげる。

 

「あめぇな赤いの」

 

 勝敗を勝手に決めた紅魔族に、アルタリアが注意する。

 

「確かに普通のアークプリーストなら勝ち目なんてないだろう。だがマリンは違う。ただの回復役ではない、私の代わりにずっと前衛職を務めてきたんだ。回復役であると同時に、近接格闘スキルも所有した優れた一流の戦士でもある」

 

 紅魔族に饒舌に解説するアルタリア。なにこいつ? まるで知的キャラみたいになってる。

 普段は誰よりもバカなくせに、戦いに限れば知恵が働く戦闘狂。それがアルタリアという女だ。

 

「レイの魔法は強いが、アークプリーストには強い魔法抵抗力がある。その上マリンは前線で戦ってきたから、純粋な防御力も高いはずだ。その辺の戦士の攻撃など軽く弾いてしまうほどな。まあ私の物理攻撃には耐えられないだろうがな」

「で、でも。我らは戦争用改造魔道兵、紅魔族ですよ? 相手が卑劣なマサキでもない限り、堂々と戦って後れを取るはずがありません」

 

 それでもなお納得のいかないという顔の紅魔族に。

 

「わかってねえなあ。いくらレイが強いアークウィザードでも、所詮は魔法使い職。魔法を耐えて近接に持ち込み、喉を押さえれば詠唱も出来ないだろ。どんなに改造をされてようが、魔法使いである限り弱点は一緒だ」

「な、なるほど、接近に持ち込めれば、マリンという女性にも勝ち目があると」

「解説ありがとうございますアルタリア先生」

 

 いつの間にか紅魔族から先生と呼ばれているアルタリア。お前そんなキャラじゃねえだろ。

 そんな中、ヒヤヒヤする戦いが始まろうとしている。こんな思いはあの時以来……アルタリアとダグネス嬢が決闘をおっぱじめた時以来だ。あの私闘の時も生きた心地がしなかった。

 まったく俺の仲間はどいつもこいつも、血の気の多い奴らばかりだ。

 

『炸裂魔法』

 

 先に攻撃を仕掛けたのはれいれいだった。炸裂のエネルギーがマリンにぶつかる。

 

「プロトタイプの奴! ほんとに撃ちやがりましたよ! 仲間でも容赦無しですか!」

 

 ななっこがドン引きして言った。

 

「まだまだ行きます! 『炸裂魔法』『炸裂魔法』」

 

 次々と撃ち込まれる魔法で、マリンだけでなく周辺の大地がえぐれていく。

 

「あれでは近づく事なんてできないぞ!?」

「本気だ! あれじゃあ相手は肉片になってるんじゃねえか?」

「間違いなく殺す気だよ! ねえマリンさん! もういいから、今日会ったばかりの私のためにそこまですることはないよ!」

 

 鳴り続ける轟音を聞き、口々にギャラリーが騒ぎ出す。

 

「止めないのか!?」

「なんで黙ってるの? もう勝負はついただろ?」

 

 その様子を無言で眺める俺とアルタリア。

 煙が晴れると……。

 

「フッ」

 

 アルタリアがふふんと笑っている。

 

「……」

 

 無傷のマリンがそこに立っていた。

 そのまま無言で接近し、れいれいを蹴り飛ばす。

 

「ぐはっ!」

 

 れいれいが呻き声をあげ、地面に崩れる。

 

「どうして!? どうしてマリンはダメージを殆ど受けてないんですか?」

「あれだけの魔法を食らったのに? 無傷なんて!?」

「馬鹿な! 紅魔族の、この世界で最強の種族の魔法だぞ!」

 

 騒ぐ紅魔族に。

 

「単純さ。あんなしょぼい威力で倒せるわけないんだよ。だから言ったろ? マリンの魔法防御はかなりのものだって」

 

 説明するアルタリア。

 

「しょぼい? ショボイだと? 炸裂魔法は特殊な系統の魔法だぞ! 燃費こそ悪いが、威力は上級魔法を凌駕している! 岩盤ですら打ち砕くあれのどこが弱い!?」

「私の爆発魔法同様、まともに食らえばただではすまないですよ?」

 

 しょぼいと言われ、反論する紅魔族。

 

 マリンは倒れたれいれいに、追い討ちを食らわすことなくただ手を組んで立っていた。

 

「今のはレイさんの魔法ですね?そう、改造される前の実力です」

 

 マリンはれいれいに聞いた。

 

「……くっ。さすがはマリン。これでは倒せませんか」

 

 納得した顔で返事をするれいれい。

 

「あの程度でやられるわけはないとわかっていたが、まさか防御魔法すら必要ないとは。いつの間にあんな実力を持っていたんだ?」

 

 マリンの強い魔法抵抗力を見て、思わず声が出る。

 

「本気でやってください。そうでないと意味が無いんですわ! レイさんではなく! れいれいさんの魔法を見せてください!」

 

 残念そうな顔で、地面に倒れるれいれいに叫ぶマリン。

 

「どういうことだ? あれがプロトタイプの実力じゃないのか」

「レイは元々アークウィザードだ。改造なんてされる前からな。あれぐらい昔からやってたわ」

「なんだと? ではプロトタイプが本気を出すとどうなるんです? アルタリア先生?」

「それは今からわかる筈さ」

 

 アルタリアの解説に俺もうなずき。

 

「その通り、今のはれいれいではない、レイ本来の実力だな。だがさすがにれいれいも容赦なく仲間を殺すことはないか。人の心があってほっとしたぞ」

 

 少し安堵して呟く。

 

「レイ! なにを躊躇ってる! 思いっきりやれ! 本来の力を見せてみろ! そんなんでマリンを倒せるわけねーだろ!」

 

 本気を出してないれいれいにイラつき、大声で叫ぶアルタリア。

 

「いつでも貴方達を止められるように! 正しい道に返すために! 私は密かに特訓をしてきたのですわ! 時は来ました! 今こそ私の本気を見せてあげます! 筋力強化! 速度強化! 防御力強化! 魔法抵抗力強化!」

 

 マリンが自身に強化魔法を使った。あっちも本気でれいれいを潰すつもりだ。

 

「はぁ、凄いですねマリン。でもこのまま倒せばよかったのに。チャンスを逃がしましたね。私に真の力を出させた事を後悔しますよ」

 

 素早く立ち上がり、マリンから距離を取り直すれいれい。お馴染みの赤い目を光らせ、体からスパークを駆け巡らせて辺りが震え始める。

 

「そうこなくては! 正義には力が伴っていないと無意味です! 私が口だけではないということを証明して見せましょう! アクア様、見ていてください! 絶対に止めてみせます!」

「はあああああああ!」

 

 マリンの言葉に呼応するように、れいれいが全力で魔力を高めている。 

 

「里中が震えてますよ!」

「ねえ、この戦い、続けていいのかな?」

「プロトタイプの真の力って! どれほどなんです!? アルタリア先生!」

「まぁ少なくとも、全ての技が必殺クラスにはなってるだろ。中級魔法、上級魔法も関係ない。圧倒的な威力で敵を消せるほどのな」

「必殺クラス? いったいどんな威力になるの?」

「こんな凄い魔力、初めてだ! まだ魔法を使っていないのに!」

 

 れいれいが放つ莫大な魔力に、紅魔族だけでなくブラックネス・スクワッドも注目している。

 

「……」

「……れいれい副官の本気」

 

 高まり続ける魔力に、里にいるもの全員が息を呑む。

 やがて空気を震わせていた魔力がパッと消え、れいれいの中に吸い込まれていった。

 

「待たせましたね。まずはこれからいきましょう! 炎で燃やしてあげますよ!」

 

 赤く輝くれいれいは片手を挙げ、頭上に炎を発生させた。

 

「プロトタイプ、本気だぞ!」

「明らかにさっきまでとは様子が違う! っていうかあんな黒い炎見たことがないぞ」 

「まだ大きくなってる! ファイヤーボールって、あんなにでかいのをぶつける技だっけ?」

 

 巨大な火球をマリンに放つれいれい。

 

『ファイヤーボール』

「はぁああああ! はっ!」

 

 飛んでくる炎を、両腕で押さえこみ、上へほおり投げるマリン。弾かれた炎が森に飛び、爆発が起きる。

 

「馬鹿な! 中級魔法とはいえアークウィザードの! 紅魔族の技だぞ! それを詠唱もなく!」

「おい! 森が大火事になってるぞ! なんなんだあれは!」

「いくら強化されてるとはいえ、あんなのを素手で防ぐなんて!」

 

 『ファイヤーボール』を防いだマリンは、れいれいに向けて歩き出す。

 

「まだまだ! 今度は『ライトニング』をおみまいしますよ!」

 

 れいれいの手から閃光がほとばしる。

 

「『リフレクト』」

 

 手に小さな魔法障壁を発生させて、受け流すマリン。雷のシャワーの中をまっすぐ進んでいく。

 

「流石にリフレクトを使ったか。あれを生身で受け流すのは無理があるからな」

「だがまだまだこれからだぜ!」

 

 俺の言葉に、アルタリアが興奮して返してくる。

 流れた電流がマリンを中心に放射線状に流され、背後にある建物が灰燼に帰す。

 

「ひいっ! あぶね! 家が吹き飛んだぞ!」

「せっかく立て直したのに!」

「家まで距離があるのに! なんなのあの『ライトニング』の威力は!」

「あの雷の中を前進できるなんて! あのプリーストはやっぱりおかしい!」

 

 アークウィザードを極めた者が見せる本気のバトルに、目を離せない紅魔族。

 

「凄い! 凄いですよマリン! どんどん行きますよ! 『ライト・オブ・セーバー』」

「ぐううう! はぁっ!」

 

 飛び掛る光の剣を、掴んで捨てるマリン。文字通り白刃取りを見て、観客が大騒ぎだ。

 

「おい! 『ライト・オブ・セーバー』を素手で受け止めたぞ!」

「あんなの人間業じゃない! 怪物だよ!」

 

 マリンはすでに、れいれいのあと数歩先まで迫っていた。

 

「プロトタイプの、いやアレが紅魔族本来の魔法の威力か」

「極めれば全ての技が必殺と化す。まさしくその通りでした」

「でも全部防がれたぞ。どうしてだ先生?」

「れいれいの本当に得意な魔法じゃないからさ。ポイントってのは、自分が一番だと思ったものに注ぐもんだ」

 

 攻撃力とスピードに全てのスキルポイントを振り切ったアルタリアが、得意げに言う。

 

「ふっふっふ、お見事としかいえませんね。本当に、本気を出しても死にそうにないですね、マリン」

「こんな技では私を止められませんわ。貴方の得意な魔法で来てください。それからが本当の勝負です!」

 

 来た。

 れいれいの、レイだったころからの、彼女にとって特別な魔法。

 俺のために覚え、俺のために使ってきた。あの魔法がなければ、俺もここまでの地位にのし上がれなかったかも知れない。

 主に工事現場で使われているらしいが、俺にとっては最高の魔法だった。戦場構築にこれほど役立つ魔法はないからだ。

 その魔法が今、俺の大事な仲間に向けて放たれようとしている。これまでにない、最強最悪の力をこめて。

 

「私も、私自身でも! 炸裂魔法を最大限まで高めるのは初めてです! どんな威力になるのか想像も付きません。死なないで下さいよ、マリン!」

「きなさい! れいれい!」

 

 覚悟を決めた顔で、ファイティングポーズを取るマリン。

 

「くるぞ! 炸裂魔法が!」

「本気の炸裂魔法! 一体どんな威力になるんだ!?」

「ななっこの爆発魔法より凄いかも!」

「なにおう! そんなことあるわけないです! 取り消してください!」

「でも見ただろ! あの威力の魔法たちを! お前に出来るか?」

「くっ! 確かに……あの領域は届かないかもしれません。でも遠くない未来、身に付けて見せますから!」

「今までのプロトタイプは仮の姿に過ぎなかったのかも。かっこつけじゃなくて、言葉通りの意味で!」

「なんだと! プロトタイプはスペック上では第一世代と同等、いや魔力漏れで少し下回るはずだ! なんでこんなに差が出るんだよ!」

 

 もめている紅魔族に、一言アルタリアが言う。

 

「経験値の差だ。元々アークウィザードとして活躍していたれいれいと、改造でただ強くなって胡坐をかいていたお前らが一緒なわけねーだろ! もっと戦いについて勉強しろ! 修行しろ! このバカが!」

「ぐっ!」

 

 アルタリアの正論に黙り込む紅魔族たち。さらにアルタリアにバカと言われ落ち込んでる。

 コイツにだけは勉強しろなんていわれたくないが。

 

「ではアルタリア先生。私たちももっと魔法を極めればプロトタイプのように?」

「出来るんじゃねーのか? 適正は一緒なんだろ?」

「それを聞いて安心した。俺たちも経験値さえあれば!」

「まずは彼女を目指せばいいのだな」

 

 アルタリアの答えに安堵する紅魔族たち。

 

「今から見れるのか。最高峰のアークウィザードの魔法が!」

「改造された紅魔族が、本気で鍛え上げた熟練の技裁きを!」

「目を放せませんね」

 

 紅魔族たちは目を輝かせながら、れいれいの一挙手一投足に注目している。

 彼女の爛々と輝く瞳が本気だと言う事を告げている。

 これより俺も、いやれいれい自身も見たこともない、最大威力の炸裂魔法が放たれるだろう。

 もう遠慮はしないだろう。マリンが死ぬかもしれない、それでもコイツは撃つ。

 普通の魔法はことごとく防がれてしまった。もう後がないのだ。

 

『炸裂魔法』

 

 れいれいの呪文と共に、まるで時が止まったかのように、一瞬その場全体がシンと静まり返り……

 杖から強烈な光がほとばしり、目の前のマリン向けて突き刺さる。

 遅れて巨大な轟音が大地を揺るがした。

 

「アレが? 真の炸裂魔法?」

「プロトタイプの真の力か!」

 

 マリンが立っていた場所には、サイズこそ小さいがとてつもなく深い穴が開いた。底が全く見えない。

 

「マリン……」

 

 どれだけ魔法抵抗力が優れていようが、あんなの防げるわけがない。

 まさに全てを灰塵にする、極大な魔法が炸裂したのだ。

 ピンポイントで敵だけを破壊する、最高威力の炸裂魔法。

 マリン、死んでしまったのか?

 

「……! おい見ろ! 人影が見えるぞ!」

「ふう」

 

 爆風の中に、人影が見えて安心した。

 びっくりしたぞ。本当に殺されたのかと思ったぞ。

 

「ぐっ!」

 

 肩を抑えるマリンが立っていた。

 

「流石にあれは……防げませんね! 避けるしかありませんでしたわ」

「いくらあなたが固くても、私の炸裂魔法には敵いませんよ。降伏してください」

「そのようですわね。でも当たらなければどうってことはありませんわ」

「なるほど、そうですか。では戦いを続けます。連続!『炸裂魔法』!」

 

 れいれいは自分の周辺の地面を無差別に爆破しだした。

 あれでは簡単に近づけない。空にも届く光の柱が何本も発生し、何度も轟音が響き続ける。

 たまらずれいれいから距離を取るマリン。

 

「私に近寄るのは無理ですよ、マリン」

「私が接近戦だけしか出来ないと? それは間違いです! 『セイクリッド・クリエイトウォーター!』

 

 マリンが水を発生させる。

 

「あれは初級魔法のクリエイトウォーター?」

「なに考えているんだあのプリーストは」

「この戦いで初級魔法なんて通用するわけないだろ?」

 

 ……紅魔族、いやこの世界の奴らは初級魔法を軽視する傾向があるな。 

 初級魔法も使い方次第で色んなことが出来る。

 無論、戦闘でも。

 

「はああああああ!!」

 

 水を圧縮させ、マリンの手から凄まじい勢いで水流が発射される。

 

「ぐううう!」

 

 水の勢いに押されるれいれい。

 

「こんなもの! 『カースド・ティンダー』」

 

 マリンの出した水がれいれいの目の前で蒸発していく。水は一瞬で水蒸気となり、周りに霧のように広がった。

 

「マリン! こんな水で私を倒せるなんて思ってませんよね!?」

「思ってませんとも! 狙い通りです。これを待っていましたわ!」

「なっ!」

『セイクリッド・ブロー』

 

 急接近したマリンが、れいれいの腹をぶん殴った。

 

「ぐはっ!」

 

 マリンの重い一撃が、れいれいに浴びせ続けられる。 

 

「なるほど、あの水での目くらましが本当の狙いか。マリンも考えたな。紅魔戦線での霧を参考にしたのか。周りが見えなければ、接近も容易だ」

 

 マリンの戦略に感心する。あいつめ、そんな策も考えるようになったのか。初めて仲間になったとき、無防備にジャイアント・トードに飛び掛っていたときからは想像できない。

 

「この霧の中ではお互いに相手の場所がわからないのでは?」

「そうでもないさ」

 

 紅魔族が聞くがアルタリアが小さく首を振る。

 

「その赤く光る目がある限り、あなたの居場所は丸わかりです!」

「ぐうっ! ごほっ! ガハッ! どこだっ!」

 

 普段は赤く光り、相手に恐怖を与える紅魔族の瞳が、逆に弱点となっている。

 赤い光を目掛け、マリンは水を放ったり、接近して殴る蹴るを繰り返し、着実にれいれいの体にダメージを与えていく。

 

「……本当に容赦ないな」

 

 霧が晴れていき、二人の姿が露になる。

 アレが全力のマリンか。怖いな。今までれいれいやアルタリアの事を恐れたことは何度もあったが、マリンにここまで恐怖を感じるのは初めてだ。

 マリンを倒すのは、弱点がはっきりしている他二人よりも骨が折れそうだ。っていうか勝てる方法がわからなくなってきた。

 ……本当に恐ろしいのは紅魔族ではないかも。

 俺はとんでもない化け物を生み出してしまったのかもしれない。

 

「マ、マリンさん! いくら私のためといっても……それはやりすぎだよ」

「まだ勝負は付いていません! 私が負ければ! アクア様に顔向けできませんわ!」

 

 クリスの言葉も聞かず、自分が絶対的な正義なのだと、相手に、いやこの場の全員にそう見せ付けるように、執拗に攻撃を続けるマリン。

 胸倉を掴み、強化された体で軽々とれいれいを持ち上げると、そのまま地面に叩きつけた。

 

「私は学んだのです! 目を背けたくなるようなマサキの悪行を見て! そして気付いたのです! 正義は時に情けなく実行しなければいけないことを!」

 

 倒れたれいれいを思いっきり踏みつけながら、マリンは叫んだ。

 

「酷い! ひどすぎるわ! どうして仲間にこんな事が出来るの? なにが正義よ! こんなの……こんなの……」

 

 狂気のアークプリーストを見て、ひゅーこが怯えている。

 この容赦のない、鬼のような所業が正義なのか? どう見ても悪役にしか見えない。 

 ……いや、違う。これこそが本当の正義だ。どんなにかっこつけようと、見た目が綺麗だろうと、負けてしまえば正義もクソもなくなる。正義を名乗るには、勝利の二文字が絶対条件なのだ。

 

「そんなに憎いの!? 仲間じゃないの!? 殺したいの?」

 

 泣きながら叫ぶひゅーこ。

 憎しみ……ではない。

 むしろ動機が憎しみであったほうがよかった。

 彼女たちはお互いの事を嫌っているわけじゃない。

 マリンは自分の神を、れいれいは俺への愛を心から信じている。最高のものだと思っている。

 それは決して譲れない、自分の人生をかけて戦いを続けている。

 勘弁して欲しいが……あいつらはそういう人間なんだ。外から何を言おうが止まらないだろう。

 

「さくれ……かはっ! 炸裂……ぐうっ!」

 

 呪文を唱える暇もなく、攻撃が続いていく。アッパーを食らい、よろめくれいれい。

 

「あれでは何も出来ないぞ」

「やられっぱなしじゃないですか!」

「このままじゃあプロトタイプの敗北!?」

「おいれいれい! あなたも紅魔族ですよね!? 戦うために生まれた改造人間! その戦闘種族が負ける所なんてみたくないです! お願いですから勝ってください!」

 

 一方的に殴られるれいれいを見て、叫ぶ紅魔族。応援するななっこ。

 

「れいれい! 接近された時点でお前の負けだ! 二人ともやめろ」

 

 俺も勝敗を悟り、れいれいに叫ぶ。

 

「くぅっ!! なにを言うんですマサキ様! ここから逆転します!」

「そうです! れいれいさんはまだやる気です! 目を見ればわかりますわ! 動けなくなるまで攻撃は続けます!」

 

 れいれいはなおも立ち上がろうとしている。その様子を確認したマリンの攻撃は止まらない。

 

「ぐうううううっ!」

 

 マリンのパンチを腕で何とか受け止めて、れいれいは叫んだ。

 

「食らえっ! 『ティンダー』」

「つっ!!」

 

 そして手から炎を発生させ、マリンに殴り返す。

 

「あれは初級魔法!?」

「どうして初級魔法なんて使ってるんです? 炸裂魔法は!?」

「あそこまで接近されたら炸裂魔法は使えない。呪文を唱える暇はない。もう物理攻撃で殴り返すしかない。その威力を少しでも高めるために、『ティンダー』を使ってるんだ」

「でも先生、それなら『ライトオブセーバー』は? 接近戦ならあっちの方が!」

「強い魔法を集中させる暇がないんだよ。狙いをつける時間もな。もう自分の拳で直接殴らない限り、マリンには当たらない」

「そ、それでプロトタイプは『ティンダー』を? でも初級魔法はスキルポイントの無駄遣いでしょ。殺傷能力もないし!」

「本当にそうか? あの火を浴びてもノーダメージと言えるのか?」

 

 アルタリア先生の言葉を聞き、改めて二人の様子を見る紅魔族。

 れいれいの拳は熱い炎でたぎっている。

 ペッと地面に血を吐き、殴られた部分を触るマリン。頬には焦げ跡がある。

 やがてれいれいの炎は、手だけではなく全身を燃え上がらせた。

 

「私だって! ただのアークウィザードではありませんよ! マサキ様のために、どんなとこにでも忍び込めるように体力も鍛えて来たんです。だから!」

「この炎、強い意志を感じました。私の障壁を貫通しましたね。さすが! 最後まで付き合いますわ! れいれいさん!」

 

 最後の会話をした後、二人は。

 

「はあ!!」

「だあ!!」

 

 目に見えないスピードで、お互いに拳と拳がぶつかり合う。どうやられいれいの方も自分に強化魔法をかけているようだ。でなければ前の猛攻でとっくにやられていたか。

 

「これが紅魔族、いや最強のアークウィザードの戦い?」

「殴り合いなんて! 魔法使い職のやることじゃないぞ!」

「認めない! こんな泥臭い! 高い知力と魔力を持った紅魔族の、最後の手が初級魔法を載せたパンチだっていうのか!?」

「目を反らさず見るんだな! いくら頭がよかろうが、魔法を使えようが、最後に頼りになるのは自分の腕力よ!」

 

 アルタリア先生が、動揺する紅魔族に活を入れる。

 

『カースド・ティンダー』

『セイクリッド・ブロー』

 

 二人の拳が交差し……

 

「ぐはっ!!」

 

 決着がついた。

 マリンの拳が、れいれいのみぞおちにめり込んだ。

 攻防の一瞬の隙を付かれたのだ。

 最初に言ったとおり、接近戦ならばマリンのほうに分がある。

 いくら強い魔力で体を強化していようと、経験の差は埋められない。

 強烈な一撃を受け、ついにれいれいは地面に倒れ、動かなくなった。

 この戦い、マリンの勝利だ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 とんでもない事をしてくれたな、この二人は。紅魔の里がまたボロボロだ

 気を失ったれいれいにヒールをかけていると、彼女は少しビクッと震え、ゆっくりと目を開けて言った。

「私の愛が……敗れたのですか。まだまだ修行が足りませんね……。マリンがあれほどの力を隠し持ってるとは、思いもしませんでした」

「それは俺も思ったよ」

 

 側には服が破け、ボロボロになったマリンがいた。彼女もかなりのダメージを負ったらしく、地面に座り込んでいた。

 

「はぁはぁ、いいですか。マサキ、れいれいさん、アルタリアさん。私は正義のために戦っています。これからも悪事をしようとすれば、今回のように全力で阻止して見せますわ」

「あ、ああ。わかったよ。わかってるよ。魔王以外には悪いことはしないよ」

 

 ビビリながらマリンに答える。

 

「……負けてしまいましたから、私からは何もいえません。ごめんなさいマサキ様。愛が負けるなんて、あってはならないことなのに……」

「い、いや、お前もよく戦ったよ。十分だ。もう休んでいい」

 

 残念そうに呟くれいれいを慰める。

 

「……大丈夫です。次は負けませんよ。絶対勝ちます! 私も近接スキルを取りましょうかね」

「それは勘弁してください」

 

 こんなの二度とゴメンだ。仲間同士で殺しあうなんて。いや殺すつもりはなくても、本気でやれば命に関わる。これは起きてはならなかった事だ。次はこうなる前に、マリンに変に逆らわないようにしよう。

 

「マサキ様! 私は正義に負けました! マリンの正義に屈したんです! 最低の女です! マサキ様の妻失格です!」

「あ、ああ。負けたことは確かだが、そこまで卑下することはないぞ? 相手が悪かっただけだよ」

「ですから私に罰を! お仕置きを下さい! さあ殴ってください! 負け犬とののしって! 殴ってください! お願いですマサキ様!」

「えっ?」

 

 目を輝かせながら、俺の手をぎゅっと握るれいれい。

 

「さぁ! 悪い子には罰を与えないといけませんよね! 殴って! 傷つけて! 首を絞めて! 敗者の定めを刻み付けてください! 痛みを上書きしてください! それが私の糧となる! 弱りきった私の体に、焼印でもピアスでもなんでも好きにしてください! 二度と負けませんから! お許しくださいマサキ様ああああ!!」

「そんな趣味ねえから。別に負けたことには怒ってねえし! っていうか勝手に決闘される方がこまるんだけど? おい、なんだその目は! なにを期待してんだ! くっそう離れろ! もう動けるのかよ! 心配して損した」

 

 この女! いつもの凄い力で俺の手を握り締めてくる。

 

「弱った私に優しいマサキ様! 素敵です! 惚れ直します! あの時を思い出しますね! 私が記憶を失った時もこんな感じでした!」

「くっ! アレは忘れてくれ!」

 

 れいれいは見た目だけなら美少女なんだ。見た目だけなら。心の中身に化け物が住んでさえなければいい女だと言うのに。

 彼女が記憶を無くした時は、文句なしの純朴な美少女だった。

 でもそれは本当のれいれい、レイじゃない。俺のために、頼んでもないことを、しかも俺が困ろうと関係なく勝手にしでかす女、それが俺の仲間、れいれいなのだ。

 

「キルミーベイベー!」

「やかましい! 安静にしてろ!」

 

 ボロボロになってなお、そのヤンデレハートは健在だ。っていうか相変わらず重いわ。

 

「……そういえばどうしてマリンと戦ったんでしたっけ?」

「あいつのせいだよ」

 

 今回の原因となった盗賊を指差す。

 

「どっちも殺す気まんまんだったよね? キミたちの仲間っていつもこんな感じなのかい?」

「そんなわけ無いだろ! お前のせいでパーティーが危うく空中分解するところだったわ! この疫病神!」

「え? あたしが疫病神? このあたしが? そんなこといわれたの初めてだよ」

 

 疫病神といわれ、かなりのショックを受けているクリス。すでに縄は解かれている。

 

「マサキ、約束ですわよ」

「ああ、わかってる。マリンに免じてお前を自由にしてやる。これは目的の神器だ。持っていけ!」

 

 ロビーに飾ってあった、無駄に重くて馬鹿でかい剣。その上頑丈なだけでたいして切れ味もよくない。おそらく選ばれしものが使えば神器としての真価を発揮するんだろうが、今はただの巨大なガラクタだ。武器としてではなく、変わった置物として安く売られていた神器を台車に乗せて、クリスの前に置いた。

 

「ねえ! これは確かに神器だけど! ドラゴンころしだけどさあ! 私が本当に回収したかった神器はこれじゃなくて! もっと危険な! それにこんなに重いのを一人で持って帰れってことなの? 嫌がらせだろ!」

「目的は果たしただろう? じゃあ帰るんだな。台車もつけてやるから」

 

 クリスの反論を無視して言い放つ。

 

「ふん! ベー。絶対他の神器も頂いていくからね! バイバイ悪党さん!」

 

 挑発的に舌を出して、重い神器を運びながら、帰っていくクリスだった。

 

 

 

「そのうち、必ず勝って見せますからねマリン……。ふん」

 

 クリスの去り際にボソっと、れいれいが何か小さな声で呟いていた。

 




色々悩んだ結果、こんな結果になりました。
お互い全力でぶつかり合ったと思います。
敗因は実力差ではなく相性の問題だと思います。
マリンVSアルタリアなら、高い物理攻撃力を持つアルタリアが勝つでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 11話 第一次魔王討伐

「総督がお呼びです。大隊長」

 

 ノイズの王の側にいた軍服を着た女が、紅魔の里にやってきた。

 一体なんの用だ? 俺なんかやったか? このままいけば魔王討伐は順調なんだが。

 決闘騒ぎのことが耳に入ったのだろうか?

 呼ばれたので仕方なくノイズの首都に帰還する。

 

――――王の間にて

 

「お呼びでしょうか閣下?」

 

 ノイズの王であり総督、その前で頭を下げていると。

 

『紅魔族……ブラックネス・スクワッド……お前たちには期待していたが、我も我慢の限界だ。いつになったら魔王を倒せるのだ!?』

 

 出会ったとたんに急に怒鳴られた。

 

「い、いえまだ準備中でして……」

『新たな紅魔族が加わったと聞くぞ? それでも足りないと言うのか? すぐに魔王の首をここに持って来い! これは命令だ!!』

「彼らはまだ経験値不足でして。実践で使えるようになるにはもう少し時間がかかるかと」

 

 必死で言い訳をすると。

 

『……どうやら紅魔族には期待しすぎたようだ。いくら強くても所詮は人の子よ。我々は全く新しい対魔王兵器を計画している。より迅速で、説得力のある解決策をな。プロジェクト名は機動要塞』

 

 機動要塞? なんだそれは? そんなの聞いてないぞ! 俺の知らないうちにノイズは何を計画しているんだ? 

 

「そんなものに頼らずとも! この私と紅魔族、そしてブラックネススクワッドさえあれば、魔王如き……あとはレベルさえあがれば!」

『……』

 

 総督は少し黙ったあと。

 

『お主の計画に必要な兵器を作るのに、すでに多大な国家予算を当てているのだ。DPSガスの開発、ブラックネススクワッドの装備、特別仕様のゴーレム、養殖場の設営、荒廃した紅魔の里の復興費用! どれだけ請求する気だ!』

「ぐうっ」

 

 予算の事をつかれるとちょっと言い返せない。確かに大隊長の名の元に研究者を集め、色々作らせてるけど。でも全部魔王討伐のため。私腹をこやしたりはしてないし。まあほんの少し横流ししてるけど。誤差の範囲だからセーフだ! セーフ!

 

『お前は今何をやっている!! すぐに成果を出さなければクビだぞ? 貴様の変わりなんぞいくらでもいると言う事を忘れるなよ。コーホー』

 

 なんだとこのポンコツ王! 病弱のクセに言ってくれる! 俺の代わりなどいるものか! いくら紅魔族が強いといっても全然いうこと聞かないんだぞ! 

 ――その言葉をぐっと飲み干して、拳を握り締めながらじっと我慢する。

 

「わ、わかりましたよ! そこまで言うなら任せてください! 魔王軍に大きな打撃を与えて見せます! 今こそ出陣します!」

 

 そう堂々と宣言したあと、王の間を飛び出した。仕方ない、まだ準備は全然足りないが、やれるとこまでやってみるか。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「と、いうわけで総督がうるさいので、魔王城へ侵攻に行きます! みんな食べもん用意しとけよ!」

「そんなピクニックにいくみたいなノリでいわないでください」

 

 マリンが俺に突っ込むが。

 

「仕方ないだろ! 総督に大見得きっちまったし! それにあいつ魔王倒せ倒せうっさいんだよ! だったらお前がやれよクソ! でもやらなきゃクビらしいんで行きます!」

 

 ヤケクソ気味に言い返す。

 

「そもそも勝ち目はあんのか? マサキは準備がまだ出来てないと反対だったじゃねーか?」

「十中八九無理だな。第二世代はまだまだ即戦力からは程遠いし、このまま魔王城へ向かったところで壊滅するのが目に見える。だが重要なのは魔王の領地に攻め込んだという実績作りよ! これで総督から小言を言われなくてすむだろ? それに魔王城は無理でも、そこそこはいけるはずだ。今回の遠征は新入りのレベル上げもかねているからな。次に生かせる!」

 

 そんなアルタリアの言葉に、うなずきながら答える。

 そういえばれいれいは? いつもなら真っ先に側に来るはずなのに。

 

「マリンが来たら、こう! ここに逃げられれば! こう! 向かってきたら、こう!」

 

 彼女は杖を振り回し、勝手にイメージトレーニングをしている。前回負けたのがよっぽど悔しかったのだろう。

 

「れいれい?」

「はっ! マサキ様! ごめんなさい、はしたないところをお見せして!」

 

 顔を赤らめて恥ずかしがるれいれい。まるでパンツでも見られたかのような反応だ。でも実際こいつがパンツ見られた所でこんな反応はしないが。

 恥ずかしいと思う部分が人とは違うんだろう。

 話を戻そう。

 ふむ。出陣に向けて、とりあえず戦力は……

 

 まず紅魔族第一世代            ……9人

 紅魔族第二世代(低レベル)        ……15人

 ブラックネス・スクワッド         ……25人

 うちに配備された魔導ゴーレム       ……20台

 マリンに洗脳もとい改心したモンスター兵  ……30人

 

「……あと俺たちのパーティか。魔王軍全てを敵に回すにはちょっと頼りないかな」

 

 まぁいい。いいところまでは行くだろう。準備が出来次第、出発といくか。

 陣形は……方円の陣。大将である俺を中心として全員に周辺を守らせる。

 俺は今回の遠征に向けて、四本足の巨大ゴーレム、正式名称『紅魔族用歩行型トランスポーター』を遠征に引っ張り出すことにした。アレに乗るとしよう。

 周辺を紅魔族が囲い、彼らを補助するようにブラックネス・スクワッド、正式名称『紅魔族補助隊』が続く。

 ちなみに巨大ゴーレム、正式名称に紅魔族用と付いている事からわかるように、本来は前線に安全に紅魔族を運ぶための輸送機だったのだが、紅魔族にその象みたいな見た目がダサいと言われ、数機生産しただけでお蔵入りとなった。

 仕方なく俺が旗艦として再利用するか。陸戦だが。

 俺はでかいゴーレムの上から高みの見物を決め込むことしてだ、出発前に紅魔族と最初の打ち合わせをした。

 

「いっくん、お前は紅魔族のリーダーだ。そうだろ?」

「ああ? それはそうだが。マサキ? だったらなんだよ?」

 

 紅魔族の隊長に任命した001こと、いっくんと話す。

 

「すでにレベルの高い第一世代には第二世代のフォローを頼む。後輩のレベルアップに協力してやれ。一人一人が強くなるより、全員が強い方がいい。戦争は数だ。そうだろ?」

「ああ、わかった」

 

 いっくんもリーダーになって、多少は大人になったのだろうか。俺の言葉に素直に頷く。

 第二世代の紅魔族のレベルさえあがれば魔王軍ごとき敵ではないのだ。

 ノイズの勝利は近い。今回はレベル上げで、次の遠征こそ魔王の最後だ。

 ちなみにひゅーこは邪魔だから留守番だ。ノイズに預けておこう。

 

 

 

――――こうして魔王城への侵攻がスタートした。

 

 四本足のゴーレムに乗り、大きな足音を出しながらゆっくりと進んでいく。

 

「早い者勝ちだああ! おいしいところはいただく! それが紅魔族ってモンよ!」

「よく見なさい! これが紅魔族の生き様です!」

 

 モンスターを見るや否や、突っ走るいっくん含める最初の9人。

 クソ!

 さっきの「わかった」はなんだったんだ。

 少しは言うことを聞けよ。

 

「早くプロトタイプに追いつくんだ!」

「あの威力の魔法! 私だってやれば出来る! 出来るはず!」

「経験値は早いもの勝ちだあああ!」

 

 そんな自分勝手な紅魔族に。

 

「いっくん! それに紅魔族のみなさん! 何をしているんですか!」

「げっ! あなたは!」

「マリンさん……!?」

 

 マリンの叫び声を聞き、怯えだす紅魔族たち。

 

「自分達だけ強くなってどうするんですか! みなで協力するのが、チームワークではないのですか!?」 

「は、はい。その通りです」

「ごめんなさい」

「だから殺さないで……下さい」

 

 マリンの恐ろしさをその目で見た紅魔族たちは、震えながら返事をした。

 

「みなさん、仲間と共に強くなるのが、正しい冒険者ですわ。わかりますね?」

 

 笑顔で語りかけるマリンに。

 

「ハイ! マリンさん。いいえマリン様! 俺が間違ってました!」

「そうです! きっちり後輩達の面倒を見ます! だから殺さないで下さい!」

 

 こいつら、俺のいうことはまるで聞かないのに、マリンを見ると勝手に敬礼までして従ってる。

 れいれいとの戦いでの、鬼神のような姿を思い出してるのだろう。

 もうこの際、紅魔族の指揮はマリンに任せようかな。

 

『フリーズバインド』

『フリーズバインド』

 

「ほら、お前ら、とどめを刺せよ。早く俺たちみたいに強くなれ」

「わかりました、先輩!」

 

 しぶしぶ後輩のレベル上げに協力するいっくん。

 

「今の先輩っていいな。もう一回言ってくれねえか?」

「いっくん先輩!」

「男はいい! 女の子だけもう一回!」

「先輩!」

「いっくん先輩!」

 

 いっくんが女の後輩に、何度も先輩と呼ばせていた。

 

「いっくん、何をくだらないことをしているのですか!? とっとと先に行きますよ」

「いててててて。ちっ、わかったよ。しゃあねえなあ」

 

 ななっこにみみをひっぱられ、先に進むいっくん。

 こうして順調にモンスターを経験値に変えていく紅魔族たち。死体の山が築かれていく。ちなみに死体はブラックネス・スクワッドが片づけをしている。

 

「ここまでは何事もないな。余裕で魔王城の近くまで行けそうだ」

 

 俺がついそんなフラグを呟いてしまう。

 すると。

 

「隙ありいいいいい!!」

「死ねやあ!」

 

 オークの集団が突如、先攻した紅魔族の背後から出現する。

 

「伏兵だ!!」

「この数! どこから!?」

 

 この数は尋常ではない……穴でも掘って隠れていたのだろうか? 前方のモンスターを囮にし、近接戦を仕掛けてくる大量のオークたち。

 その軍勢を見て慌てる紅魔族。

 それにしても、この世界でオークを見たのは初めてだな。普通メジャーなモンスターじゃないのか?

 

「魔王様は約束してくれたんだ! 紅魔族を倒せば、オークの男を保護してくれるって!」

「女尊男卑のオーク文化に! 革命を!」

「雌豚どもからの開放を!」

 

 オークはよくわからない事を叫びながら、鬼気迫る勢いで特攻してくる。

 

『ライト・オブ・セイバー』

『ライト・オブ・セイバー』

 

 必死で上級魔法で応戦する紅魔族だが。

 

「魔法はオレが引き受ける! ぐあっ」

「スワティオ! お前だけでも行け!」

「紅魔族を! 殺すんだ! 男の尊厳にかけて!」

「魔王様との盟約を果たせ!」

 

 集団になって味方をかばいあいながら、オークたちは命がけで特攻を仕掛ける。

 こいつら、決死隊か。自分の命が無くなろうと関係ないと言った風に、血走った目で襲い来る。

 なんでオークはこんなに余裕がないんだ? 

 だが今まで見たどんな魔王軍よりも、士気が高いのは確かだ。

 

「突破される!」

「くうっ!」

 

 紅魔族の抵抗もむなしく、オークのオスたちの魔の手が襲い掛かる――

 

「ハハハハハハハハハハ!!」

 

 ――そのとき、オークの武器が振り下ろされる直前、女の笑い声が響き渡った。

 そして瞬きする暇もなく、気付けば一番先頭のオークがバラバラになった。

 

「スワティオ! スワティオがやられた!」

「何が起きた!?」

 

 混乱するオークたちに、なおも斬撃の雨が降り注いだ。

 アルタリアだ。

 旋風のように、オークを真っ二つに切り裂く狂気の刃。

 

「ぐえっ!」

「ぎゃっ!」

「ぐああああ!」

 

 剣で切り裂かれたオークたちの悲鳴が飛び交う。

 

「お、女騎士め……! だから女は……嫌いだ」

 

 最後に残ったオークは、アルタリアの剣で腹を突き刺され、そう言って事切れた。

 

「だから言っただろ赤いの! 接近には気をつけろってよ!」

 

 戦闘を終えたアルタリアが、紅魔族に楽しそうなサディスティックな笑いを浮かべながら、自慢げに言う。

 

「た、助かりました!」

「ありがとうございます、先生!」

 

 お礼をいう紅魔族たち。 

 

「いいってことよ! でもこの褒められるのは久しぶりだなあ! もっと私をほめろよ赤いの!」

「アルタリア先生! 最高です!」

「先生! あなたは騎士の鏡です!」

 

 すっかり先生呼びが定着したアルタリアは、尊敬の眼差しを向けられて嬉しそうに答える。

 

「そうだろ? そうだろ?」

 

 予想外のオークの伏兵には驚いたが、アルタリアのおかげで何とか切り抜けた。

 全滅したオークの死体を見て、他のモンスターも士気が低下して逃げ出している。

 出だしは順調のようだ。

 必要なさそうだが、一応指示を出しておく。

 

「黒の部隊、全員紅魔族を援護する体勢につけ。先ほどのような素早く接近するモンスターに対処せよ!」

「イエッサー、隊長」

『バインド』 

『バインド』

 

 俺に返事したたブラックネス・スクワッドは、まだ紅魔族の近くにいるモンスターを次々と拘束スキルで動きを止めていく。

 

「おい! こんな奴ら俺たちだけでなんとかなる! 余計なことはするな!」

「そうよ! 『フリーズバインド』の方が強力なのよ! 邪魔よ!」

 

 紅魔族に怒られる隊員だが。

 

「そうですか、001。ですがこれは隊長の命令ですので」

「紅魔族第二世代のレベルアップに、我々も協力したほうが効率的でしょう?」

 

 意にも介せずに仕事を続ける。

 さすが俺の仕込んだ部下だ。

 黙って命令を実行するのが優れた兵士だ。いちいち上官に逆らうような奴は、いくら個人の武勇が優れていてもクズだ。少なくとも俺の手駒にはいらないな。

 こうして俺たちは紅魔の里から魔王城まで直進して言った。

 

 

――――第二の難関、森

 

 侵攻ルートの前には、巨大な森が広がっていた。

 ゲームではよくある迷いの森か。

 高レベルのモンスターが多く潜み、冒険者を待ち受けるお決まりの高難易度コースだ。

 

「この先を通過すれば、多くの野生モンスターや魔王軍の尖兵と戦う事になります。少し時間はかかりますが、迂回した方が安全なのでは?」

 

 黒の部隊のサブリーダーの少年、ブラック・ワンが尋ねるが。

 

「うーん……」

 

 少し考えた後。

 

「燃やせ」

 

 森を直通することに決めた。

 

「燃やせって……?」

「言葉のままだ。紅魔族で炎が得意な奴を前方に出せ! 森を焼き払え! 森を焼いて進路を確保しろ!」

 

 紅魔族たちを前に出し、『ファイヤーボール』で次々と森を燃やさせる。

 森を遮蔽物としてコソコソ隠れられると厄介だからな。攻めるには何もないほうがいい。

 怒り狂ったモンスターが飛び出してくるも。

 

『ライトオブセーバー』

『ライトオブセーバー』

 

 紅魔族の魔法の前に引き裂かれていく。

 こうして強引に道を切り開いていく、邪魔をするものは即魔法の餌食だ。

 誰も俺たちを止めるものはいない。

 

「思った以上に順調だな。敵もよえーし、暇だわ。ふあーあ」

 

 オークが来たときは少し驚いたが、あとは順調だ。紅魔族や仲間の戦う様子を高みから見下ろしている。ゴーレムの上でゴロゴロしていると。

 

 森を燃やされて激怒したのか、巨大なスライムが出てきた。サイズは物置小屋を飲み込むほどだ。それも2体。

 

「でかいぞ!」

「このサイズは流石に無理だ! 逃げろ!」

 

 不利を悟って撤退する紅魔族の中で、二人だけが微動だにせずに巨大なスライムを待ち構える。

 

「どうやら私の出番のようですね!」

 

 ななっこが得意げに杖を構え。

 

『爆発魔法!』

 

 空気が震え、ななっこの杖から出た閃光がスライムの中に刺さると同時に、内部から爆発がおきた。スライムだけでなく、周辺の木々までバタバタとなぎ倒される。地面にはクレーターが出来ていた。

 

「どうです? 私の魔法もプロトタイプに肉薄してませんか? この調子ですぐに抜いて見せますよ」

 

 得意げにれいれいに話しかけるななっこだったが。

 

「無駄が多いですね。私がもっとスマートにやってあげますよ」

 

 まだもう一体残っている。れいれいはスライムが至近距離に接近するまでノーガードで目を瞑っていた。

 スライムがれいれいに襲い掛かる間際に、彼女の目が一瞬だけ光った。すると巨大なスライムの中でボコボコと連続音が体内に響き、形を残したまま崩れた。

 

「プロトタイプ? 今詠唱なしで撃ちませんでした?」

「……。これならマリンに……いえもっと早く撃たないと……」

 

 驚くななっこを無視し、マリンを見つめながらブツブツと独り言をいうれいれい。そのままゴーレムを呼び、台車を用意させている。

 

「プロトタイプはどうして死んだスライムを運ぼうとするんです?」

「どうしてって、食べるために決まってるじゃないですか。知らないんですか? スライムは栄養分がとっても高いんですよ?」

 

 首を傾げるななっこに答えていた。

 

「食べるんですか? このスライムを!?」

「そうです。ななっこは本当にもったいないですね。スライムの体が飛び散って、これじゃあ素材を回収できないじゃないですか」

「このスライムを、食べる? 確かに食用として養殖したスライムはおいしいらしいですけど、野生のスライムなんて食べたら腹を壊しますよ!?」

「そんなの食べてみないとわかりませんよ。私は料理が得意ですし、こういうのは慣れてます。どんな食材からも有り合わせで美味しいごはんを作るのが妻の役目です」

 

 付近ではれいれいだけでなく、アルタリア、ブラックネススクワッドもスライムや倒したモンスターを運んでいる。

 

「そう、今回の遠征はサバイバル訓練もかねている」

 

 四本足のゴーレムの上から、引き気味の紅魔族に説明する。

 

「戦争にはもちろん兵士が必要だが、その兵士を動かすものは食料だ! 食料がなければ兵は役にたたん」

「でもちゃんと食料は用意してたでしょう?」

 

 彼女の言うとおり、食料はちゃんと用意している。

 かってマリンの説得で人間側に寝返ったモンスター部隊。彼らは敵か味方か紛らわしいという理由のため、後方でゴーレムと共に輸送任務についている。

 彼らが運んでいるのは数週間分の食料だ。この遠征で尽きることはない、十分な量が備蓄されている。

 

「甘いな。戦場で常に食料にありつけると思うな。もしも物資が尽きたら! 燃やされたら! 孤立無援の状況になったらどうする? 現地で調達するしかないだろう?」

「そういえばさっき倒したオークをゴーレムに運ばせてるのも……」

 

 おそるおそる尋ねるななっこ。

 

「血抜きだ! ゴブリンは食った事あるけど、オークって旨いのかな?」

「え!? ゴブリンを食べた事があるんですか?」

「しゃーねーだろ? ウチは貧乏だったんだ。なんでも食わなくちゃ生きていけなかったんだよ」

 

 アルタリアは得意げに言った。

 

「そんなお前にいいことを教えてやろう! 安楽少女は旨い!」

「ひぃ」

 

 アルタリアの言葉にドン引きする紅魔族たち。

 

「あの可愛らしいモンスターを食べたんです? 見た目人間じゃないですか! よく抵抗ないですね!」

「ふりをしてるだけだぞ? ちゃんと解体したら植物っぽくなる」

「ええ、おいしいですよね。安楽少女」

 

 アルタリアとれいれいがうんうんと頷いている。

 

「!?」

「ええ……」

「やばいよ。絶対アウトだよ」

 

 小さな悲鳴を上げ、畏怖の目で見て下がっていく紅魔族だが……

 そうだ、こいつらは知らないんだった。

 俺たちが“養殖”で倒した大量の安楽少女は、死んだあとに加工され、“高級野菜”という名前で缶詰にして売り出している。

 食べるだけでポイントが上がる高級品。今やノイズで大人気の輸出品の一つだ。特に貴族連中からの評判は上場。

 勿論原料は偽装しているがな。自分達が食べているのが、あの『安楽少女』の体だとは思うまい。

 紅魔族も知らず知らずのうちに食べてるかも知らないのに。

 まぁ知らぬが仏という言葉もある。これは黙っておこう。

 

 ……そうこうしているうちに日が暮れてきた。

 そろそろ野営とするか。

 

「れいれい料理長! お願いします」

「うむ!」

 

 自分が必要とされて、れいれいが張り切っている。

 

『ライトオブセーバー』

 

 れいれいは手から光の刃を出し、食材を切り分けていく。

 

「プロトタイプ! 上級魔法をなんて使い方をしてるんですか!」

「強化するだけが魔法ではありません。時には弱め、そして精密に扱うのも必要なのです。戦闘だけでなく、一般生活の手助けになる、それが魔法と言うものですよ」

 

 れいれいが上級魔法を包丁代わりに使っているのに、文句を言うななっこ。

 

「そんなんだからマリンさんに負けるんですよ!」

 

 その言葉に、ピクッと反応するれいれい。

 

「今なんて言いました?」

 

 赤い目を光らせて手を掲げるれいれい。一瞬で魔力が集まっていく。

 あいつ、なんて地雷を踏みやがった。

 

「ひいっ! なんでもありません! すいませんでした!」

 

 慌ててビビって土下座するななっこ。

 

「聞かなかったことにしてあげましょう」

 

 料理を再開するれいれい。

 ふう、危なかった。

 やっぱりあの決闘で、マリンとれいれいの間には亀裂が入ったな。

 早く何とかしないととんでもない事になりかねない。どっちも超がつくほど頑固……頑固ですまないだろ。正直どっちもやべーよ。電波、ヤンデレ、サイコパスで無理やり安定させてた三角関係が崩れるのか。

 

「でもどうすればいいんだ? 何とか穏便に済ます方法は……。この俺にも思いつかん」

 

 一度崩れかかった関係を修復するのは難しい。積み上げるのは大変だが壊れるのは一瞬だ。頭を抱えていると。

 

「マサキ様! マサキ様! 料理が完成しました!」

 

 悩んでいる間にれいれいが料理を完成させた。考えるのは食事のあとにしよう。

 

 

~肉たっぷり有り合わせの闇スライムスープ

 

 材料

 

・巨大スライム

・一撃ウサギ

・一撃熊

・ファイヤードレイク

・ジャイアント・トード(アクセル産)

・その他なんかの肉

・安楽少女

・野菜

・れいれいの謎のアレ

・クリエイトウォーター

 

 作り方

 

①モンスター肉を解体して切り分ける

②肉を鍋に入れてよく火を通す

③野菜を切り分ける

④肉の色が変わったら野菜を入れ、水を入れて沸騰させる

⑤解体した安楽少女も入れる

⑥最後にれいれいが用意した謎のアレを入れる

⑦とろみが付いたら完成

 

「どうです? マサキ様? お口に合いますか?」

「うまい!」

 

 スープを飲むと口の中にうまい味が広がっていく。素直にれいれいを褒める。

 レインボーに光り輝くスープ。どう見ても人が食べる色をしていないが、匂いは普通だ。

 

「おいしいですわ」

「さすがは副官兼料理長! 美味です!」

 

 俺たちだけでなく、黒の部隊も一緒にスープを食べていく。

 ちなみにこの料理のキモはれいれいの用意した謎のアレだ。どうやって作ったのかあまり知りたくないが、謎のアレを入れると大抵の食材を使っても旨くなる。

 媚薬にさえ気をつければれいれいの料理は最高だ。

 

「どうです? 紅魔族の皆さんも一口いかがですか?」

「い、いや、なんなのその色?」

「よく平気で口に入れれるな」

「こ、こんなもの食べるくらいなら、セミかザリガニでも食べてた方がマシです!」

 

 紅魔族は俺たちの料理に怯え、ノイズから支給されているレーションを食べていた。

 食わず嫌いとはもったいないやつらだ。

 まぁいい。料理は他にもある。

 まだ調理した経験がないオークはそのまま丸焼きにしている。

 

「オークはどうだ?」

「まずいな。食えたもんじゃねえ」

 

 アルタリアはオークの肉をペッと地面に吐き捨てた。

 

「オークは色んな生物を犯して混血に混血を重ねています。どんな生物と配合しているかわからないから、一体一体で味も肉も全然違います。調理には不向きかと」

「なるほど、食用にはならんか。オークはダメだな」

 

 調達できる食材リストに×をつける。

 オークのほかにブラッティモモンガ、ジャイアントバットも×だ。

 ブラッディモモンガは臭過ぎて食えたもんじゃないし。ジャイアントバットのほうはさすがに蝙蝠は菌がやばそうなので却下だ。

 モンスター一匹一匹をチェックし終えて、今晩は森の中で野宿する事にした。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ――それから朝になれば森を燃やして前進、夜になれば野宿。これを繰り返し、俺達はとうとう森を抜けた。

 順調だった。俺の思っていたより順調だった。行く手を阻むモンスターは強力な魔法で次々と吹き飛ばしていった。

 道中、ハーピーやワーウルフ、果てはラミアやケンタウロスに到るまで。出てきたモンスターを食用に出来るかどうか実際に食べてチェックし、満足げに食材リストを埋めていった。

 

 

 文字通り一直線に森を抜けた後、俺達は、とある小さな村に到着した。。

 

 

「なんでこんなところに村があるんだ?」

 

 魔王軍との前線基地? いや違う。村人に全く緊張感が無い。まるで自分たちは魔王に攻められない事を確信しているみたいに。

 色々話を聞くと、魔王の配下には、食べ物ではなく、人の精気等を糧にする者もいる。

 あの村は、それらのモンスターの餌場でもあるのだそうだ。

 

「へー魔王軍と協力関係に、なるほどな」

 

 少し考えた後。

 

「燃やせ」

「燃やせって……」

 

 命令をきいて驚く部下達に。

 

「この村は魔王軍に所属している。即ち敵! 敵なら燃やせ」

 

 モンスターの餌場がなくなれば魔王軍が困るだろう。敵が困ることをするのが戦争だ。そのためなら相手が人間だろうが容赦はしない。

 すべて燃やし尽くしてやるつもりだったが。

 

「マサキ!」

「冗談だってマリン! そんな睨むなよ」

 

 マリンに睨まれたため、村を焼くのは断念した。

 本当なら魔王軍に付くものの見せしめとして村を焼き払ったあと、残った村人を魔王軍に送って降伏の使者にする予定だったが見逃してやるか。

 この村は事実上の中立地帯だ。それだけでなく魔王軍と人間との間に、いざと言うときに外交のパイプを作ったりと、代々そういう役割を兼ねているらしい。

 勇者の最後の休息地点でもある。

 逆に言えばこの村を破壊すれば、もう俺以外の勇者候補が魔王を倒す可能性は限りなく低くなる。

 魔王を倒したものには何でも願いがかなう。俺の野望のためにはこの村は邪魔だ。他の勇者候補の道を潰す事で俺が優位になるのに。

 だがまぁいい。この村には別の使い方もあるだろう。

 

「よく聞け! 魔王の村の住民よ! この俺はノイズの魔王方面軍隊長! サトーマサキ! 貴様らを魔王に属する裏切り者として成敗するのが簡単だが、見逃してやろう! 代わりに食料をだせ! 我が軍は長旅で疲れている!」

 

 ビクビク怯える村人に高圧的に告げる。部隊はこの小さな村を包囲している。

 

「マサキ、まだ十分食料は残ってるじゃないですか! モンスターを食べながら来たから予定よりも多めに!」

「いいかマリン、これは外交だ! 舐められたら終わりだ! 最初は脅すぐらいが丁度いいんだよ!」

 

 怯えて素早く食料を差し出す村人達。

 

「素直なことはいいな。そういう態度を取られると俺も嬉しくなる。だが貰いっぱなしも悪いな。村人よ、何か不足しているものは無いか? 友好の証として物資を差し出そう!」

 

 差し出された食料の代わりに薬を手渡した。よし、これでいい。これで俺とこの村での貿易が出来た。この村は魔王と通じている、つまり間接的に魔王と交易が出来る。八咫烏の公益相手に魔王が加われば、俺の個人的な財産がよりアップする。

 ノイズに帰ったあと交渉をアーネスに引き継がせよう。

 八咫烏としての俺の財産はすでに小国家に匹敵している。仮にノイズを追い出されようと一人でやっていけるほどのな。

 

「食料は足りているから全てを差し出す必要は無い。一部でいい。あとは保管しておけ」

 

 村の食料の一部と、薬や特産物を交換した。

 

「いやあ、最初はどうなるかと思ったけど、隊長が話がわかる人で助かったよ」

「まさかこの王国から離れた村で、こんな高級品を手に出来るとは思わなかったよ」

 

 村人達はそんな俺の思惑などまるで気付かずに、安堵してノイズの高級な品や特産物を見て喜んでいた。

 

「まぁ今回はここまでにするか。食料も帰りを考えると無くなりそうだしな。遠征で十分に魔王軍に恐怖は与えたし、紅魔族のレベルもあがったし、目的は果たした。次こそ魔王最後の日だ。邪魔したな村人よ、魔王が来たらそう伝えるがいい。ブラック・ワン、アレもってこい! 旗!」

「はい隊長」

 

 魔王付近の村に侵略の証として紅魔族の旗を突き刺し、帰還する事にした。

 こうして第一次魔王討伐は大成功を収めた。少なくとも俺の中では。

 魔王城への攻略ルートは調査し終えたし、満足げに帰還についた。

 もう魔王など怖くは無い。俺に倒されるだけだ。問題はどう倒すかだ。 

 ノイズの軍勢を率い、今俺の力は最高峰まで達している。

 最後の戦いまでもう少しだ。

 




ついに魔王軍への侵攻です。
ほぼダイジェストだというのに結構長くなってしまいました。
マサキたちの冒険もそろそろ終わりに入っています。
運命の最後の日までもう少し続きます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 12話 れいれいの決意

注:この話はれいれい(レイ)の一人称視点で書かれます。


 私はれいれい。元の名前はレイ。

 マサキ様の運命の人。

 一応紅魔族のプロトタイプでもあります。

 私の中のモヤモヤを消すため、今宵あなたの元に向かいます。ああ愛しきマサキ様。

 

「れいれい副官。ここから先はマサキ様の寝室になります」

「隊長から、何があっても入れるなと命令されております」

 

 部屋に入ろうとすると門番の兵士、マサキ様の配下であるブラックネス・スクワッドの隊員に制止させられる。彼らはマサキ様の重要なコマの一つ。紅魔族が反乱を起こした時のために、制圧するために創設された兵達だった。

 

「急用です。今すぐマサキ様に用があるのです」

 

 私は静かに告げる。

 

「許可証をお見せください」

「いくら副官のあなたでも、勝手に入ることは許されていません」

 

 そんな真面目な彼らには。

 

「これが許可証です」

 

 軽く魔法で吹き飛ばしてやる。恋の邪魔をする奴は殺されても文句は言えません。

 

「手加減はしてあげました。でもまだまだですね。その様で紅魔族を倒せるのですか?」

 

 私は門番にそう忠告し、マサキ様の部屋へと入っていく。

 夜這いなんて久しぶりです。アクセルの街では何度となく繰り返してきました。

 でもノイズに来てからは初めてです。その理由は……。

 

「……」

 

 ふと、部屋にかけられた鏡を見た。

 

「マサキ様、私がこの姿になった時、改造されてれいれいと名を変えた時、記憶を失った時。あの時のマサキ様は私をまるで普通の女の子のように扱ってくれましたね」

 

 鏡に、鏡に映る自分に話しかけるように呟く。マサキ様は髪を切りそろえた私の姿を初めて見て、美人だといってくれた。きっと見た目じゃないのだ。中身なのだ。

 

「ライバルになりそうな女は潰すのがモットーですが、まさかそれが自分自身だなんてシュールですよね」

 

 鏡を殴って割ったあと、自嘲気味に笑う。

 もしマサキ様が他の女にうつつを抜かしているなら、そいつを始末するだけ!

 だけどそれが……記憶を失った状態の自分だとしたら……。自分に振り向いてもらうため自分を殺すなんて馬鹿なことになる。

 

「まさか自分自身に嫉妬するとは思いませんでした」

 

 マサキ様は記憶を失ったときの私のことを、素直に受け止めてくれた。でも今はまた拒絶する。

 私の体に欲情してくれた、ならどうして今はダメなのか。

 マサキ様のためならどんな事でもするのに、どうして拒絶されるのか。その答えが出るまで、夜這いをする気が起きなかった。

 

 私の心が不安定になっているのはそれだけじゃなかった。

 マリンに敗北した時、私の中の何かが壊れた。絶対だった愛が負けてしまったのだ。

 それなのに、私はその結果を受け入れてしまっている。愛が敗れたのに、どうして私は平然としていられるのだろう? 

 ――どうして!?

 

「私は憎い。マサキ様の邪魔をするマリンが! 誘惑してくるアルタリアが! 気に入られてるひゅーこが! ななっこも! 紅魔族も! ブラックネススクワッドも! アーネスも! マサキ様に近寄る女は全て憎い! たとえ恋敵じゃなくたって嫌だ! 大嫌いだ!」

 

 怒りに身を任せ、壁を叩く。

 

「殺してやる! 全員殺してやる! 視界に入る女はどいつもこいつも! マサキ様と同じ息を吸ってるだけで許せない! どいつもこいつも殺してやる! はぁ、はぁ! ぶっ殺してやる!」

 

 語気を強めて、ひたすら壁を殴る。

 

「……でも、マリンとアルタリアは、私の大切な仲間なんです」

 

 壁を殴るのを中断し、しぶしぶ認める。

 そう。私はマサキ様と出会い、大きく変わってしまった。

 昔の私なら、すぐにでもマリンやアルタリアを殺しに向かっていた筈。でもどうしてかそれが出来ない。

 仲間……過去の私には存在しなかった、必要のなかったものを手にしてしまったみたいだ。

 

「私はですねマサキ様。夢は運命の人と結ばれる事だったんです。それさえあればよかったんです」

 

 私の夢は運命の人と一緒になること。そのためにはどんな事でもする。邪魔するものは殺し、運命の人が気が変わったというなら一生監禁し、私だけしか見れないように洗脳、いえ純愛を教えてあげる。

 そのまま死ぬまで一緒にいる。ただそれだけだったんです。愛が欲しいだけなんです。

 ……でもマサキ様と出会って、私の中の夢は変わってしまいました。

 

「マサキ様の野望は私の想像を超えてました。この戦争でもっと大きな絵を見ることが必要だと。魔王を倒しても終わらない。更にその先があることを知りました。いつかマサキ様の野望が、私の夢になったのです。マサキ様の手伝いをして、世界を手にした時に側にいる事が今の私の夢です」

 

 私は見たくなってしまったのだ。自分のちっぽけな夢より、マサキ様の大きな野望の果てが。

 

「だから私は、マサキ様以外にも守るものが出来たのです。マリンも、アルタリアも、他のみんなも。マサキ様の野望には必要不可欠な存在です。私が殺しては、邪魔してはいけない人なんです」

 

 その中でも特に必要なのがあの二人。

 マリン――アクシズ教徒の頭のおかしなプリーストで、自分を預言者だといってるけど、正義のためなら自我を通す。私を正面から倒したあの人。

 アルタリア――頭は悪いけど、戦いでは誰よりも早く、誰よりも強い戦士。

 あの二人にも、愛はないのに、どうしてか助けてあげたくなります。

 これが友情というものでしょうか? まさか私にこんな感情が芽生えるなんて。ずっと愛以外不要だと思っていたのに。

 

「ねぇ、起きてるんでしょ? マサキ様?」

「……」

 

 愛しきマサキ様が目を開けた。

 

「いや、そもそもそれだけ壁をドンドン殴ってたら、嫌でも目が覚めるんだが?」

 

 そんな突っ込みを入れる愛しのお方。

 

「不思議だと思ったんだ。お前なら堂々と入り口から入ってくるはずがない。天井を伝ってきたり、窓から侵入するはずだ」

 

 ベッドからむくりと上半身を起こし、告げる。

 

「俺に話があるんだろう? だがその前にちょっと待ってろ」

 

 そういってマサキ様は小型の通信機を取り出し。

 

『ブラックネス・スクワッド。全隊に告ぐ。俺の部屋の前から撤退しろ。れいれいに俺を傷つける気はない。全軍、撤退せよ』

 

 どうやらマサキ様の部下は、すでに厳重態勢でこの部屋を包囲していたらしい。

 さすがはマサキ様。何事も想定済みですね。

 そんな隙のないあなたの事が、大好きなんです。

 

「これで邪魔はいない。好きに話せるぞ」

 

 どうやら部下を下がらせてくれたようだ。

 これで、本当に二人きり。やっと本音の会話が出来る。

 

「選択に来ました。マサキ様の野望と私の愛は、うまく両立しないということに気付いたのです」

「なにを言ってるんだ、れいれい。今までどおり、パーティ四人を中心に仲間として一緒に戦う、それはもう無理なのか? 今までどおりの友情関係を続けるのは、本当に出来ないのか?」

 

 マサキ様が悲しそうな顔で語りかける。

 

「……。仲間を思う気持ちと、私の愛がパラドックスを起こしているんです! 二つの思いが体の中で暴れてて、私はもう抑え切れません! 心の闇が溢れ出しそうです! もうダメ! そして決めました! 私には女同士の友情なんて必要ありません! 友情ごっこはもう終わりです。終わらせるんです! このままの状態でパーティーを続けるのは不可能です! だからこれを使います」

 

 首を振って答える。

 友情なんて、女の友情なんて必要ない。私がほしいのはマサキ様との愛だけだ。そうだった筈だ。

 懐からポーションを取り出し、マサキ様に見せ付ける。

 

「これは頭がパーになる薬です。これをマサキ様に飲ませれば、私だけを見てくれる。もう野望なんか忘れて、二人だけの世界に浸れます。もうマサキ様は魔王なんか、世界なんかどうでもよくなるのです。馬鹿になって、何もかも忘れて……でも安心してください。どんな姿になっても、私が一生面倒を見ますから。あなたが死ぬまで」

 

 特別製のポーション、私が何度も苦労に苦労を重ねて作った、本気のポーション。

 飲んでしまえば一巻の終わり。全てを失う禁断の薬。

 

「れいれい!? 冗談だよな?」

「冗談に見えますか? 私がこのポーションを作るのにどれだけ苦労したか。禁呪と呼ばれた魔道書を読み、危険な場所から材料を集め、持てる知識全てを注ぎ込んで作り上げたのです」

「よ、よせ!」

 

 怯えるマサキ様。

 私はそのポーションを――

 

「バイバイマサキ様」

 

 自分の口にあて――

 

「れいれい! なにを!」

 

 ――自分で飲む前に止められた。

 

「俺に飲ませるんじゃないのか?」

「違います、マサキ様! 今のマサキ様に必要なのは、愛に生きる女ではありません! 命令に忠実に従う、心無きコマなのです」

 

 この薬を飲めば、私の記憶は消える。そうすればきっと、記憶を失った、あの時の“れいれい”になれる。マサキ様が好きな、あの純朴なれいれいに。都合のいい女に。

 

「マサキ様、私はもう全てを捨てるつもりです。自分の愛を捨て、マサキ様の野望の一部になります。他の女に嫉妬したりもしなくなります。だから私の記憶が無くなったら、どんな形でもいいから、側においてください。それが私の最後のお願いです」

「そんなことをしなくても! お前は俺の重要な仲間だ! 俺の野望に必要不可欠な存在だぞ? 記憶を消さなくてもずっと一緒だ!」

 

 マサキ様のその返事に、首を振り答える。

 

「マリンは優秀な回復役。アルタリアは強い戦士。でも私には代わりはいる。紅魔族が成長すれば、私無しでもやっていける。いつか捨てられるのが怖いのです。だったら……、私の記憶なんて捨てます! そうすればいつまでも一緒に置いてくれますよね! 今の私の! 気持ちの悪い性格が消えるんですから!」

 

 懇願するように、涙を浮かべてマサキ様に抱きついた。

 

「ううっ……ぐすっ、うううううう!」

「はぁー。お前が特別じゃなかった事なんて、一度たりともないぞ」

 

 私はマサキ様のことが好きだ。そのためなら、何だって投げ出してやる。それが自分の記憶だろうと。私はやる! 自己犠牲こそが究極の愛情表現だ。

 だから!

 

「本当はもっと、一生体に残る様な傷をつけてからやるはずだったんです。でもダメなんです! この世界ではどんな怪我も治ってしまうんです! この前の決闘で、私の身体は滅茶苦茶に潰れたのに、マリンの回復魔法でもはや傷跡すら残ってません!」

「ああ、お前がリストカットするたびに、速攻マリンに治されてたしな」

 

 本当に、マリンは憎憎しい。私を壊して、しかも元通りにまでする。やりたい放題だ。

 でもマリンの目はずっと天の方をみている。マサキ様を狙うメス豚じゃない。女神への狂気を孕んだあの憧れの目。私とずれてる、だからうまく恨みをぶつけられない。

 しかも負けたんだ。彼女の神への狂信は、私のドス黒く染まった愛を撃ち砕いた。

 愛は絶対に負けないはず、そんな私の常識を狂わせた。

 

「おのれ……マリン。あの泥棒猫! カルト女! 許さない! あんなの反則ですよ! でも認めるしかないじゃないですか! あの強さは本物です! 認めたくなかったのに! 愛以外にも強い力があることを……そんなの知りたくなかったのに! あいつの存在そのものが許せない! 私への冒涜だ!」 

「お、おい。なんかお前の言い方だと、俺達が三角関係に陥ってるみたいじゃないか。でもマリンは俺にそんな気は無いぞ? だってあいつ青い女神以外眼中に無いし」

「わかってます! マリンはずっと神を見ていますから! でも憎い! 私は負けたんですよ! マリンに! 憎い憎い憎い! マリンが! あいつの信じる女神アクアも! 神が憎い!! 神を殺したい!」

「おっ……おっ、おちつ……落ち着いてくれないかな? 頼むよ」

 

 マサキ様は、泣く私の事を抱きしめて、困った顔で慰めてくれた。彼から優しくして貰う事は珍しい。いつも私から行って、向こうが逃げる事ばかりなのに、新鮮だ。

 

「……はぁはぁはぁはぁはぁ。ご、ごめんなさい。話が脱線しましたね。もう迷いはありません。私のこの感情は死んでしまうべきです!」

「早まるな! レイ、お願いだよ。そんなことは言わないでくれ。今のままでいいんだ、レイ。お願いだから――」

「お願いなんてダメです! マサキ様はお願いなんて似合いません。命令してください!」

 

 戦闘時のマサキ様は一段とかっこいい。あの冷酷な瞳で、モノを扱うように兵士に命令を出すあの姿が大好きだ。そんなあなたの命令なら、どんなことだってやりたくなる。

 マサキ様と私の間にある、あのピリピリした空気が心地いいんです。

 

「命じてくださいマサキ様。どんな命令でも受けます。命は惜しくありません。私は、そんなマサキ様の冷酷非常な所が好きなんです。自分の力を良く分かっていて、強敵に遭っても変に気取らず真っ先に逃げ出し、倒すために誰もがドン引きする外道な手段を考える。それでいて、本格的な悪事に手を染めて、正義の名の元に躊躇なく実行する。人が見ていない所では平気で悪い事もするけど、機嫌が良ければたまには善い事だってする、そんな悪党そのもののマサキ様が大好きなんです」

 

 私の告白に、マサキ様が困っている。

 

「いくらこの薬を壊しても! レシピがあります! いつでも作り直せます。そして私は記憶を消し、本当の意味で“れいれい”として生まれ変わるのです! ねえマサキ様、あなたは“レイ”と“れいれい”、どっちが好きですか?」

 

 最後の質問をする。れいれいと答えれば私はこの薬を飲む。レイと選んでくれても、嘘だと感じればやっぱりこの薬を飲む。

 本当に最後の質問だ。私が私でなくなる。だけどそれでいいのだ。マサキ様に必要なのは、この私ではない、都合のいい女なんだ。

 嘘は聞きたくない。真剣な目でマサキ様に目を合わせると。

 

「はぁーーー」

 

 マサキ様はため息を付き。

 

「認める! 認めるよ! れいれいは、記憶を失ったれいれいは! いい女だった! 俺にとって都合のいい女だ! レイと違っていちいち嫉妬しないし! 勝手な行動はしないし! なにより優しくて可愛かった! 誰だってあっちがいいに決まってる!」

 

 正直に答えてくれた。

 

「……。そうですよね。わかってました。それが聞きたくなくて、認めたくなくて、私はずっと考えないようにしてました。でもマサキ様が望むなら記憶を消します!」

「そうだなれいれい。いやレイよ。記憶を失い、たんなる俺の都合のいい女になれ! そんなになりたいならな! ただ俺が魔王を倒すためなら、それが一番だ」

 

 そんなマサキ様の言葉とは逆に、私が薬を飲もうとすると強い力で止められる。

 それから彼の話が続いた。

 

「……でもな、レイ。俺が魔王を倒したあと、レイがいないと誰が俺と一緒にこの素晴らしい世界を分かち合うんだ? 魔王を倒しても俺の冒険は終わらない。そのときマリンは付いてこないだろうし、アルタリアは難しいことは苦手だから任せきれない。俺と同じ悪党で、同じ目線で楽しんでくれる相手がいないと、俺は寂しいよ。たった一人で玉座に座るのもな」

 

 予想外の言葉に、思わず声が出ない。

 

「この世界を手にしたあと、俺の伴侶になれるのはレイ、お前しかいないんだ。魔王を倒し、この世界を仮初めの平和で満たしたあとに、お前が必要なんだ。どこまでも着いてきてくれる仲間が! 部下が! しもべが! 友が! 彼女が! それはレイ、お前にしか出来ない仕事だ! れいれいには出来ない! あの純朴なれいれいだと、きっと俺を拒絶する」

 

 れいれいには出来ない! レイじゃないと出来ない仕事?

 マサキ様は本当に私を必要としてくれている? れいれいではなく、レイとしての私を!?

 

「来い! 地獄の果てまで突いて来い! 目を反らすな! 他人など気にするな! 俺だけを見ろ! どこまでも俺の野望のために!」

 

 マサキ様!

 

「では私は、あなたの側にいていいんですね!」

「当然だ! 何を言っているレイ! お前以外に誰がいる! 俺たち二人でこの世界を手に入れる。世界が俺を、いや俺たちを待っている! 共に歩もう!」

 

 マサキ様は私の手を取り、そう答えてくれた。私を必要としている、それを言葉ではっきり言われると、こんなに幸せな気分になるなんて。

 思わず胸の奥が熱くなる。ドキドキしながら、マサキ様の手を握り返す。

 

「これはプロポーズと捉えていいんですね!」

「え? それは? その……」

 

 煮え切らないマサキ様の前で、ポーションを飲もうとすると。

 

「わかった! プロポーズだから! これからは恋人……、おいポーションを飲もうとするな! わかったから! 結婚しよう! 結婚な! だからそれを捨てろ!」

 

 マサキ様が何度もうなずきながら、ポーションを奪って窓から投げ捨てた。

 

「これからよろしくお願いします。ダーリン。永遠の愛を誓いますね。マサキ様も? でしょう?」

「あ、ああ、永遠の愛を誓いますよ! 誓うから! 俺にはお前しかいない! うん!」

 

 少し泣きそうな顔で、マサキ様は私と婚約した。

 まさかこんな結果になるなんて。

 私は自分の記憶を消すつもりでここに来たのに。

 来る前のあれだけの悲しみが嘘みたいだ。今私の心は幸せで満ちている。

 この幸せは永遠だ。いや永遠にしてみせる。

 愛に生きる乙女、レイは今日女の幸せを手に入れました!

 やっちゃった、と今更焦って汗を垂らしているマサキ様、安心してくださいね。絶対にあなたの野望をかなえて見せますから!

 

 ――改めて、マサキ様のために全身全霊でお手伝いする事を心に決めた。

 




レイルート確定です。
もうすぐ冒険の終わりが見えてきますが、その前に身辺整理をしました。
マサキには今までやらかした悪事の分だけ、結婚の墓場を味わってもらいましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 13話 婚約発表

 どうしたものか。

 昨晩はレイの気迫に押され、つい告白したも同然の事を言ってしまった。だって目がマジだったし。もうレイと付き合う以外無かった。

 記憶を消してれいれいにする。それが正しい解決策だったのに。それなのに俺はどうしてあんな事を言ってしまったんだ?

 いや、わかるとも。

 認めたくないが俺は負けたんだ。

 レイに、れいれいに、毎日付きまとわれる生活を長く送ってきたせいで……こいつの所業にも慣れてしまった。それが当たり前になってしまった。

 情が移ってしまった。俺のためなら記憶すら捨てるといった彼女を、拒む事なんてできなかった。

 それどころか悪くないとまで思い始めてきたんだ。ヤンデレとの人生なんて絶対に避けたかったはずなのに、こないと寂しく感じるほどにまで、俺はレイに染められてしまった。

 

「やれやれ、このメンヘラヤンデレ女ルート確定かよ。焼きが回ったな」

 

 俺の横で大人しく寝ているレイを見て呟く。

 こうしてみると、レイは本当に美少女だ。

 喋りさえ、いや動きも怖かったな。寝ているだけなら美少女だ。

 これからどうするんだろう? どうなるんだろう? 正直不安でいっぱいだ。

 彼女との将来……。

 考えるとクッソ怖い。ていうか深く考えたくない。

 

「あ、おはようございますマサキ様。昨日はお楽しみましたね」

 

 目を覚ましたレイが開口一番に言った言葉がこれだ。

 

「おい! 何言ってる! なんもしてないだろ! 昨日はなんもなかった!」

「男女が寝室で一夜を共にしたのです! 間違いがないほうがおかしいですよ! そんなつまんない展開があってはいけませんよ!」

「やってない! 話すだけで終わっただろ! 昨日は!」

「チッ、まぁ昨日はそうでしたが、まだまだこれからですからね!」

 

 二人で言い争いながら部屋から出ると、そこには。

 

「お、おめでとうございます隊長」

「美しい奥様で、羨ましい限りですよ」

「お似合いの二人ですよ。嫉妬しちゃうなー」

 

 部屋から出ると、いきなり部下たちが整列して頭を下げてきた。

 まぁ部屋であれだけ大声で騒いでたら丸聞こえだけど。

 隊長である俺の婚約を聞いて祝福の言葉をかけてくる。

 目を反らしながら。

 

「おい、お前ら俺を舐めてるだろ?」

「そんなことはありませんよ」

「え、ええ。心からおめでとうと言わせて貰います」

 

 やはり目を反らしながら賛辞の言葉を浴びせてくる。

 

「ヤンデレの彼女なんて、外道の隊長とお似合いじゃないですか」

「おい! 今喋った奴は誰だ!」

「……」

 

 いっせいに無言になる部下達。

 こいつらめ、普段のお返しとばかりにこの俺を笑いやがって。

 いつもこき使って悪かったけどさ。

 これからはもう少し優しくしてやるか。

 

「マリン、アルタリアも、文句はありませんよね?」

 

 レイは他のヒロイン候補?に、威嚇気味に尋ねるが。

 

「ありませんわ。なんなら私が証人になりましょうか?」

「とくにねえ」

 

 案の定あっさりと認める二人。やっぱ俺はハーレム主人公じゃないわ。見かけだけじゃねえか。ヤンデレ一人に好かれてるだけで、他の美少女二人は神の事とか! 戦う事しか興味ない! 少しは恋愛に興味持てよ! 思春期来いやこのクソアマ共!

 

「誰かと結ばれたら、今の関係が変わってしまう。このままではいられなくなる……。だからマサキ、誰を選ぶなんてやめてくれ!」

 とか言い出す女出て来いやコラー! なんでこいつらはこんな平然としてられるんだ!

 男1人で女3人のパーティーだぞ? それでカップルできたら二人余るじゃん! なんか居心地悪くなるじゃん。そんなのやめてって言って来いよ!

「この佐藤正樹様を奪われて少しも悔しくないのか!? てめえら二人ともヒロイン失格だぞカス共!」

 

 と叫びたい。心のそこから叫びたい。

 でも言えない。俺に惚れろとかそんなナルシスト全開なセリフは恥ずかしくて言えない。

 そもそも俺全然モテなかったし。

 この世界に来てから、そんな俺の状況が変わったかといえば……

 

 ……アクセルでは要注意人物として軽蔑と畏怖の目で見られてきたし、紅魔族からはセンスが無いと呆れられるし。ブラックネス・スクワッドはあくまで上司と部下の関係でプライベートは踏み込まないようにしてるし。

 

 うーん。

 むしろ悪化してるな。日本では嫌われてもあくまでインターネット越しだった。直接敵意を向けられることはあまりなかったなあ。

 でもこの世界ではガチで嫌われまくったな。敵もたくさん出来たし。

 自業自得なことは認める。

 認めるけど、確かにやり方に問題はあったけど、俺だって魔王退治のために頑張ってきたんだ。少しくらいいい思いしてもバチは当たらないと思うんだけど。

 そんなしかめっ面で頭を抱えている俺に、マリンが尋ねた。

 

「なんですマサキ。なにか言いたそうな顔をして」

「いや、ラノベとかの展開と全然違うなあって思ってさ」

 

 そう答えて考える。

 よし、脳内でシュミレートしてみよう。

 仮に俺がレイと、いやもう仮じゃないんだが付き合ったとして、この四人パーティーに変化はあるだろうか?

 俺とレイがベタベタしてると、マリンは……マリンはいつも通り女神を拝んでるだろうな。アルタリアは……戦いさえ出来れば文句はないか。元々こいつらって暴れられればいいとこあるよな。

 

「やべえ、なんも問題なかったわ」

 

 残念な現実に気付き、思わず呟きが漏れた。

 アクセルで同居生活してたときを思い出す。マリンはお祈りの時間は怖くてなるべく関わらないようにしてたな。アルタリアはラッキースケベとかそういうレベルじゃなく毎日のようにあられもない姿でウロウロし、その上恥じらいはゼロ! いくらあいつがドスケベボディーの持ち主とはいえ、何度も見てると慣れるわ!

 いざ欲情しそうになると決まって背後にレイが立ってるしな。何も出来ねえ。

 

 ……なんで童貞の俺が倦怠期の夫婦みたいになってんだよ!

 やっぱおかしいよこのパーティー!

 甘酸っぱさもなにもない! あるのは狂気だけだ! 束縛してくるレイに、やることなすこと無駄に血なまぐさいアルタリア! マリンは普段まともだが、怒らせると誰よりも怖い!

 そういえばノイズで家が個室になったとき、俺めっちゃ嬉しかったわ。この3人と一緒に住むと気が磨り減るんだよなあ。

 俺の青春はどこにいったんだ? 気付いたら婚約とかいうゴール時点についてるんだけど! 

 

「おっ! 話は聞いたよサトー隊長! 綺麗な奥さんを貰って勝ち組じゃないか!」

「おめでとう隊長! ひゅーひゅー!」

 

 グッタリした俺、一方元気なレイに、今度は紅魔族が集まってくる。くっそう、こいつらも普段は隊長呼びなんかしないくせに、完全に面白がってやがる。

 

「そういえばプロトタイプは、指輪とか貰ったんですか?」

 

 紅魔族の一人がレイにそんな事を聞く。

 

「指輪? 指輪とは?」

「王家では結婚するとき、婚約の証に指輪を送るのが仕来たりなんです。近頃はその風習を真似て、貴族や金持ちの間でも同じ事をするのが流行ってるんです!」

 

 チッ、紅魔族め余計な事を。

 

「マサキ様! 私婚約指輪が欲しいです!」

 

 そら来た。

 

「指輪か!? 指輪が欲しいんだな! わかったよ! ちょっと待ってろ!」

 

 俺は一度自分の部屋に戻りゴソゴソと探し。

 

「ほらよ! これでいいんだろ!」

 

 目当てのものを見つけてレイに投げつけた。

 

「渡し方!」

「ひどっ!」

 

 ドン引きする紅魔族たち。

 

「これを私に? 貰ってもいいんですか?」

 

 レイは持ち前の反射神経で、素早く指輪を受け取る。

 

「マサキ様! これはサプライズプレゼントですね! まさかわざわざ私のために?」

「ちげーよ。これはな、高純度のマナタイトを使っている戦闘用だぞ。もし杖を落とした場合に、代用として使える実用性を兼ねた装飾品だ。試作品として作らせた奴だが、やるよ」

 

 なにか勘違いしているレイだが、指輪について説明する。

 

「実用性ってあんた……」

「隊長ってやっぱズレてるわ」

 

「ありがとうマサキ様! 大事にしますね! エヘエヘヘヘヘ! 一生の宝物にします!」

「何を聞いていたんだレイ、それは戦闘用だっていったろ。壊れても大丈夫、すぐに代わりを作らせる。もっと強力なやつをな」

 

 指輪を見てうっとりしているレイにはっきりと説明する。

 

「こいつダメだ」

「ロマンの欠片もねえ」

 

 俺の説明に呆れる紅魔族。

 フン、これでいい。俺にドキドキした恋愛など似合わん。

 

「みんなに私たちの関係も認められたことですし。いざ子作りと参りましょうか」

 

 すぐに指輪を装着したレイは唐突にそう宣言した。

 はえーよ!

 

「昨日も話し合っただろ? そういうのは魔王を倒したあとだと! おい服を脱ぐな! 他人に肌を見られて恥ずかしく無いのか! おい年頃の娘だろ一応!」

「見せ付けてやるんです。むしろ見せ付けてやるんです。私は気にしません」

 

 まさしく痴女そのもの。公衆の面前で逆レイプとかいう、一部の層には大喜びの行為を始めようとするレイ。

 

「俺は気にする! 気にするから! こんな初めては嫌だ! トラウマになる! 離れろ! おいやめろお!」

 

 のしかかるレイを引き剥がしながら叫ぶ。目が怖い。めっちゃ光ってるし。

 周りにいる奴らは引きとめもせず、興味津々にレイの行為を期待した目で見ている。

 こいつら! 

 

「フン! 普段変なものばっか食わされてるし、これぐらいいい気味だぜ!」

 

 部下の一人が呟く。

 

「やーれ! やーれ!」

 

 ニヤニヤしながらはやし立てるアルタリア。

 

「隊長! 報告があります! いやすいません、お邪魔しました!」

「誤解するな! 待て! いくな!」

 

 俺とレイの破廉恥なやり取りを見て、踵を返して引き返そうとする副隊長。

 

「あ、あの、すいませんでした。ノイズ付近の村にてパトロールに当たっているゴーレムが破壊されました」

 

 顔を真っ赤にしながらも副隊長は報告を続けた。

 なんだか知らんが助かった。誰か知らないが、ゴーレムを破壊した奴にお礼を言いたいくらいだ。

 

「チッ!」

 

 行為を中断させられ舌打ちするレイ。

 

「よし、戦いだ! 戦いの続きと行くぞ! 俺達は兵士だ! 恋愛など後回し! いいな! 整列しろ!」

 

 とにかくこの浮付いた雰囲気から脱出できたことに喜ぶ。

 そう、俺はノイズの軍を率いる大隊長だ。恋愛イベントなんかやってる暇じゃない!

 そんなの魔王をぶっ殺したあとでゆっくりとしてやるわ!

 いつもの調子を取り戻し、作戦室で敵の正体を分析にかかる。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ノイズの国家形態は都市国家だ。都市自体は機械化しているが、食料は付近の村から輸入している。その代わり、防衛として魔道ゴーレムを周辺の村に配備する事で、魔王軍やモンスターの攻撃から守らせるという共存関係にある。

 今回攻撃を受けたのはその防衛用兵器のようだ。

 

「こちらが現場の写真です。どれも高熱で焼き尽くされた様な跡があります」

「金属製の魔道ゴーレムを溶かすとは、普通の炎魔法じゃないな」

 

 ノイズの魔道ゴーレムは魔導技術大国の粋をこめた特別製だ。敵感知にも反応せず、的確に敵の急所を付く。魔術師が作った普通のゴーレムとは格が違う。っていうか普通にロボットなんだが。

 紅魔族ほどではないにせよ、そう簡単に倒すことは出来ない。

 この新たな脅威に備え、現場の写真や回収したゴーレムのパーツをテーブルの上に並べる。

 

「ふっふっふ。この攻撃跡は間違いないわ! ゲセリオン様ね。いくら紅魔族でも今度こそ終わりよ!」

 

 写真をみんなで眺めていると、急に勝ち誇ったような顔で語りだすひゅーこ。

 

「ゲセリオン? 捕虜から聞き出した情報の中に、そんな名前の奴はいなかったが」

「ゲセリオン様はね! 魔王軍の秘密兵器なの! 最強の幹部! だから魔王軍でも知っているのはごく僅かよ!」

 

 ひゅーこの言葉は本当だろうか?

 もしそんな幹部がいるなら、やられっぱなしになる前にもっと早く出せと思うんだが。魔王軍はアホなのか? それともまだ余裕があるのか?

 

「ふうん、お前の事を誰も知らないのも同じ理由か?」

「……うう。そ、そうよ! 私も秘密兵器……だもん」

 

 同じく誰にも知られてない自分の事を付かれ、涙目でプイっと目を反らすひゅーこ。

 

「で、ゲセリオンとか言う奴は強いのか? 紅魔族を倒せる奴なんているのかよ? あの黒いドラゴンも瞬殺だったし」

「ゲセリオン様と他の幹部を一緒にしては困るわね! ゲセリオン様が動くのは最後の最後! どうしても倒せない相手が出たときなの! 誰も倒せない不滅の存在なの! 純粋な力では魔王様よりも強いわ!」

 

 得意げに話すひゅーこ。魔王より強い? あとは魔王城を攻め滅ぼすだけでこの戦争は終わると思ったのだが、まだ最後の難関が待っているようだ。

 

「種族は? じゃなかった。紅魔族より強い種類のモンスターなんて存在するのか? 魔法に強いとか?」

「スライムよ! スライムの亜種! 詳しくはわかんないけど、スライム系の幹部よ!」

「へースライムかー。スライムごとき――」

 

 そこまで言いかけた所で口を閉じた。

 スライム? そんな奴が紅魔族を倒せるとは思わないが、ひゅーこの表情を見るに相当自信があるみたいだ。

 このまま黙って話を聞いてみよう。

 

「魔法も打撃も効かないの! 触れたら最後! 高熱で溶かされるわよ!」

「すごーい! おい、ブラック・ワン。記録しろ」

「はい」

 

 適当に相槌をうつ。と同時に副隊長にメモを取らせる。

 

「いくら紅魔族だって敵いっこないわよ! あまりの強さに、弱いモンスターなら近寄るだけで蒸発してしまうもの! だから普段は動かずにじっとしているの!」

「すごーい!」

 

 ひゅーこ曰く高熱を発するスライムらしい。ゴーレムの破壊状況と辻褄が合うな。

 

「で、弱点とかないのかよ?」

「欠点はないわ! 無敵よ! うーん……あえて言うなら足が遅いこと。それと熱すぎて誰も近寄る事ができないから、どうしても単独行動になることくらいかな」

「へー。怖いね」

 

 こいつ、自分で魔王軍の情報をべらべら喋ってるのに気付いてないのか? 

 ひゅーこを光堕ちさせて本当に助かった。おかげで正体不明の幹部の情報が次々と埋まっていく。

 

「他には?」

「うーんと、後は特にないかな? あっ、まさかあなた! 私から情報を聞きだすつもりね! そうはさせないんだから!」

 

 おせーよ。

 もう大体わかったよ。

 

「もういいよ。ひゅーこ。休んでよし!」

「今回はずいぶん物分りがいいわね、この外道! てっきり拷問か何かにかけるのかと思ったわ。でも私は絶対に仲間を売るなんて真似しないんだからね!」

 

 威張るひゅーこ。

 うん、もう全部聞き出せたからいいよ。拷問する必要もなかったよ。おしゃべりなアホで助かった。

 

「ひゅーこ曰く、今度の敵はスライム系の幹部らしい。全員敵の襲撃に備えろ。紅魔族にも伝えておけ」

「了解!」

 

 俺達は万全な体制で、ゲセリオンという名の幹部を迎え撃つ事になった。

 ポーションにマナタイトにスクロール、どんな相手が来ても蹴散らせるようにアイテムを倉庫から引っ張り出す。

 紅魔の里周辺には鉄条網やバリケードを再度設置しなおし点検させる。

 敵を確認と同時に紅魔族の一斉射撃を浴びせさせる予定だが、万が一それが効かなかった時のために様々なプランも考えておいた。

 たとえ相手が魔王だろうが倒してやる。その意気込みで敵を迎え撃つつもりだった。

 魔王軍の秘密兵器とは面白い。どっからでもかかって来い!

 

 

 

 ――――それから三日がたった。

 

「来ないな」

「来ないね」

 

 ゲセリオンとか言う幹部、いまだに紅魔の里にやってこない。せっかく色々準備したのに。

 最初こそ張り切っていた紅魔族もブラックネス・スクワッドもダレてきた。アルタリアにいたっては無防備な姿で里の中心でスヤスヤ昼寝中だ。

 

「本当にいんのか? そのゲセリオンといかいう幹部は! こねーじゃねえか!」

 

 いつになっても姿を現さない敵に、イライラしてひゅーこに当たる。

 

「だから言ったでしょ! 足が遅いって! スライムだから、ゆっくり進むのよ!」

 

 なるほどスライムだからかー。ってスライムと言っても遅すぎだろ。走って来いよ。

 

「れいれい副官殿? 失礼ですが臭くありません?」

 

 部下の一人がレイに尋ねた。

 

「私はマサキ様とお揃いのシャンプーを使うことを決めているのです。そしてマサキ様はこの3日間、敵に備えるために常に臨戦態勢で、風呂に入る暇がありませんでした。だから私もお揃いで風呂に入ってません!」

 

 キモい。やっぱキモい。

 そういえばこいつの髪の匂い、ずっと俺と同じだったわ。出会ってから全然いい匂いがしなかったのはそのせいかよ。

 

「そんなところは真似しなくていい! 今すぐ洗って来い!」

「マサキ様が洗うなら私も洗います!」

「ぐっ!」

 

 俺がこの三日風呂に入らなかったのは、勿論戦いの事もあるんだが、いざ向かおうとするとレイの気配を感じる。風呂場で襲われたら何も出来ない。それが怖くて入れなかったというのもある。

 

「早く風呂に入りましょうよ、二人一緒に。夫婦ならそれが普通ですよね」

「嫌です」

「ダメです」

「嫌です」

「ダメです」

「嫌です」

 

 不毛な会話を二人で続けていると。

 

「隊長! 北東方向にある村でモンスター警報です!」

 

 やっと敵が動き出したようだ。

 どうやら紅魔の里ではなく、周辺の村から潰しにかかる気か。

 

「全員、戦闘配置! すぐに村の救援に向かうぞ! いや待て、ちょっと頭洗ってくる。レイも来い!」

 

 レイをシャワー室にぶち込んだあとで、自分も素早く頭を洗ってから、里を出発した。

 




久々の投稿です。仕事とかで忙しくて中々書く時間が。というかイマイチ内容が気に入らなかったりしてボツにしてました。
前の更新から間隔があいてごめんなさい。
もうすぐ終わりが見えてきてるはずなのに、なぜか会話シーンだけで文章が増えてしまいます。
次は魔王軍最後の切り札が登場します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 14話 魔王軍の秘密兵器

 燃える村。逃げ惑う人々。周辺には溶けた金属の残骸がある。

 おそらく防衛用に配備していた魔道ゴーレムだろう。

 炎の中心には、かろうじて人型を保っている、赤く輝く不気味なスライムがそこにいた。

 

『出ておいで? 紅魔族というのはどこにいるんだい?』

 

 流体の身体を震わしながら、無理やり人の言葉を発するスライム。そのせいか声が不気味に響き渡る。言葉遣いから、どうやら女性人格のようだ。

 

「アレか、ゲセリオンとかいうのは」

 

 サイズは人間とあまり変わらないが、彼女の通ったあとが燃えている。

 

『愚かな人間よ。魔王に逆らうものはこうなるのだ。ごらん?』

 

 ゲセリオンが手を触れた部分から火がつき、一瞬で家が燃え上がる。

 

「ひいい!」

「に、逃げろー!」

「ノイズからの救援はまだなのか!?」

 

 襲撃されている村まで到着した。敵は手から炎を放射し、次々と建物を焼き払っている。

 今更魔王幹部など恐れはしない。散々蹴散らしてきたし。

 俺の目的は魔王軍を壊滅させる事。一々驚いていた頃とは変わったのだ。気付けば婚約まで行っちゃったし。

 とはいえ魔王幹部は危険な能力を持ったものが多い。慎重に戦わねばならない。

 

「隊長? いつでも戦闘用意は出来ています」

「しばらく待て。交戦は控え、ちょっと様子を見てみよう。敵の実力を確かめたい」

 

 副隊長に待機命令を出す。

 

「住民を見殺しにする気ですか? 隊長!」

 

 驚いて聞き返す副隊長、コードネーム<ブラック・ワン>。思えば彼とも長い付き合いだ。

 

「ふむ、副隊長。そう聞こえたか? だが安心しろ。俺にそのつもりは無い。我が軍には俺の命令など聞かず、勝手に飛び出していく奴らがいるじゃないか。戦闘は紅魔族に任せて、住民の避難を優先させろ」

「承知しました、隊長。あらぬ誤解をして申し訳ありません」

「気にするな。わかってくれればいい」

 

 そう、紅魔族は戦闘種族だ。目の前にモンスターが現れて我慢できるはずが無い。俺達は万が一に備え、あいつらの補助をすればいい。それが一番合理的な戦いだ。

 

「ゲセリオン様! 私です! 助けに来てくれたんですね!」

 

 これは少し想定外だ。

 紅魔族よりも前に、元魔族のひゅーこが敵の前に向かった。

 目は見えるのに眼帯を装着し、片腕だけ黒い手袋をした厨二病の少女が。

 彼女自体の趣味ではないが強制的に着せられているあの娘が。

 嬉しそうな表情で魔王軍幹部の下へ行き、頭を下げる。

 

『おやおや、そういえば部下が言っていたねえ。自分の事を魔族だという、変な人間に出会ったと。ヒュー……ヒューズ? ヒューラー? 名前を忘れてしまったよ。あんたのことだったのかい?』

「ヒューレイアス! ヒューレイアスですゲセリオン様!」

 

 俺は驚いた。

 このスライム! ひゅーこを知っているだと!?

 今までどの捕虜に聞いても首をかしげて「誰?」と聞き返されるひゅーこの事を?

 てっきりこいつは自分を魔王軍だと思い込んでいるだけの異常者かと疑っていたが、本当に所属していたようだ。

 さすがの紅魔族も空気を読んでか、二人の会話が終わるまで待っている。

 

『すっかり人間の姿になったねえ。魔族であることは捨てたのかい?』

「違います! 今でも私の心は! 魔王軍と共にあります! 私もこんな姿になっても! 魔王様の不利になるようなことはなにもしませんでした!」

 

 胸を叩き、自信満々に忠誠を示す彼女だが。

 

「いやあ、ひゅーこさんには色々お世話になっております。ゲセリオンさんの情報も素直に教えてくれましたし。今や魔王討伐には欠かせない人材になっていますよ」

「その通り。ひゅーこは我らの仲間、そして紅魔族に様々な革命を起こしたファッションリーダーですよ」

 

 後ろに控えている紅魔族がやんややんやと口を挟む。それを聞き、ギラギラ光る宝石のような目で睨むゲセリオン。

 

「おい! ねぇやめてよ! ちょっとおおおおお!」

『ほう? そうかい。少し見ない間に、お前もすっかり人間の側になったんだねえ? 極秘扱いの私の事をしゃべるとはなあ?』

「ちがっ! 私そんなつもりじゃ! ゲセリオン様が来ると聞いて嬉しくてつい」

 

 疑いの眼差しを向けられ、必死で弁解する元魔族。

 

『そうであった、魔王から伝言を頼まれていたのじゃ。元幹部候補のヒュー? ヒュー? なんて名前だったかねえ、もうひゅーこでいいわ」

「ヒューレイアス! ヒューレイアスですゲセリオン様! 名前はサルバトロニアです!」

 

 やっぱひゅーこであってるんじゃねえか。っていうか覚えてやれよ名前。

 いや、やっぱり長すぎるのが悪いよなあ。ヒューレーなんだったっけ……、やっぱでてこねえ。

 

『魔王から頼まれたことは二つ。危険な紅魔族の排除、それと裏切り者を始末しろってさ。そう、あんたのことだよ、ひゅーこ』

 

 人型のスライムは無慈悲な指令を伝えた。

 

「そんな! 誤解です! 私は身体こそ人間にされましたけど! 心は魔族だから! あなた方への忠誠は代わりありません!」

 

 懇願するように膝を突き、許しを請う。

 

『お前がなにを言おうと魔王の決断は変わらぬよ。人間にされた魔族なんて恥さらしだとは思わないのかい? そもそも魔王軍に人間など必要ないんだよ。内通者ならまだしもねえ』

「わ、私はいらない子なの? そ……そんな、嘘ですよね!? 今まで必死で魔王軍に尽くしてきたのに? 嘘だといってください? 本当に魔王様がそう言ったんですか? ゲセリオン様!」

『何度も言っておろうに。嘘じゃあないさ。そうさ、人間になった時点で用済みさよ。この私の手で楽にしてやろう』

 

 立ちすくむひゅーこに、手から炎を出し、ゆっくりと近寄っていくスライムの化け物。

  

「ううっ……、グスッ……。私はそんなつもりじゃなかったのに! あてもなく、ただ一人さ迷っていたところを、拾ってもらった魔王様を裏切るなんて絶対しないのに! わ、わ……私があ……! 裏切り者なんて! うっ……。ううーっ」

 

 ひゅーこの突然の重い独白に、紅魔族が戸惑っている。

 

『真実だよ。あんたはもう不要の存在なのさ。とっととくたばるがいいよ。あんたを必要としている人なんて、もうどこにもいないのじゃ。それが現実だよ』

 

 涙をポロポロ零すひゅーこに対し、ゲセリオンが炎を剣状にして振り下ろそうとする。

 

「ここにいるぞ!」

 

 そんな絶望したひゅーこの前に立ち塞がるななっこ、そして紅魔族たち。

 

『その赤い瞳。あんたらが紅魔族に間違いはないね? やっとやる気になったかい』

「その通り! 私たちこそ最強のアークウィザード! 魔王を倒すために作られた兵器! 戦争用改造魔導兵だ!」 

「だがひゅーこがいらないとは言ってくれる!」

「彼女は俺たちの大事な仲間だ! いらないならありがたくもらってやらあ!」

「仲間に売られた喧嘩は買うのが紅魔族です!」

 

 ひゅーこを守るように

 

『おやおや、ひゅーこ。魔王軍ではいつも一人だったのに、今では友達がたくさん出来てよかったねえ。でもこれから全員始末してあげるんだけどなぁ。あんたは最後に殺して――』

「これは私の大事な仲間を! 友達を侮辱した報いです! 『爆発魔法』」

 

 まだ何か喋っているゲセリオンに、問答無用で村ごと吹き飛ばすななっこ。まぁ住民は避難済みだしいいんだが。

 あいつ自分達で決めた紅魔族のルール――戦う前にカッコいい名乗りを上げる――を忘れている。

 仲間(と少なくとも自分達では思っている)のひゅーこを馬鹿にされ、相当頭にきたのだろう。

 あの時のレイ並の魔力を放ちながら『爆発魔法』を叩き込むななっこだった。

 

『……不意打ちかい? 強い魔力だねえ。でもこの私には届かないのだよ』

 

 砂埃が晴れると、クレーターの中に何事もなかったかのように立っているゲセリオン。

 

「効いてない! まったく?」

「なんだこいつ!」

「いくら魔法が効き辛いスライムだからって! こんなことが!?」

 

 信じられないといった顔の紅魔族たち。

 

「ななっこ、やっぱりまだプロトタイプには敵わないんじゃ?」

「その言葉、撤回してください! 私はこの前の遠征でモンスターを狩りまくり! もはやプロトタイプに匹敵する力を手に入れたのです。いいえ、ひょっとしたら上回っているかも! その私の真の実力を見せてあげます! まだまだこれからです!」

 

 すぐに次の詠唱を追えて、杖を光らせるななっこ。

 

「『爆発魔法』! 『爆発魔法』! 『爆発魔法』!」

 

 凄まじい爆音を響かせ、次々と爆撃を打ち込む。

 レイを超えたというのは誇張ではなかったかもしれない。かって小さな村があったその場所には、住処があった痕跡すら消し去っていった。もはや灰も残らない。

 彼女の攻撃で地図から一つの村が消滅した。

 これはどう見てもオーバーキルだろ。これで死ななかったらおかしいよ。

 誰もがななっこの勝利を確信したが。

 

『中々面白いものが見れたよ。爆発魔法の連発なんて滅多にお目にかけれるもんじゃない。最強のアークウィザードを名乗るだけの事はあるねえ。それでも私にゃ効きやしないさ。相手が悪かったねえ。私は不滅の存在』

 

 砂埃の中から声がする。

 

「ば、馬鹿な! あの爆発魔法の嵐の中で、僅かに後退するだけだなんて!」

 

 ゲセリオンは衝撃で若干後ろに飛ばされたものの、全く答えた様子はない。

 

「交代です! 相変わらず無駄が多いですね、ななっこ。今度は私の番ですよ」

 

 ショックを受けるななっこをどかし、今度はレイのターンだ。

 

「スライムのコア目掛けて、集中させて撃ちます! 『炸裂魔法』! 『炸裂魔法』!」

 

 不気味に輝くスライムの中心目掛けて一転集中させ、えぐるように炸裂魔法を撃ち続けるレイ。

 

『おやおや。炸裂魔法にこんな使い方が出来るなんて知らなかったよ。長生きはするもんだねえ。でも無駄な足掻きさ』

「どうして、どうしてですか!? なぜコアが破壊できない?」

 

 スライムの身体がえぐられ、中心に特に光り輝くコアが露出するが、固すぎてまったくダメージが与えられない。

 ななっこの爆発魔法、レイの炸裂魔法でも効かないとなると、魔法は通用しないと考えた方がいいだろう。

 

「魔法がダメなら物理で行ってやるよ! スライム用に作った獲物の出番だぜ!!」

 

 巨大なハンマーを引き摺ってくるアルタリア。

 

「いくらスライムでも、これでコアごとぶっ潰せば死ぬだろ!?」

 

 自分の身長よりも大きなハンマーを、ゲセリオン目掛けて振り下ろすアリタリア。

 

『まだ私の恐ろしさがわかっていないようだねえ』

 

 巨大な鉄製のハンマーは、ゲセリオンに触れた瞬間、まるで飴細工のようにドロドロと溶け出し始めた。

 

「うわっ! こんな馬鹿な? やべーぞ」

 

 武器を失い、慌てて下がるアルタリア。

 鉄があんなに簡単に溶けるわけない。奴の体は一体何千度だ?

 

「まだまだ! 今度は私の番です! 私の身体はどんな熱にも耐えて見せますわ!」

 

 怯まず飛び掛るマリン、接近戦を挑むつもりか。

 

『セイクリッド・ブロー』

 

 マリンの拳が、ゲセリオンにめり込むが。

 防御の構えすら取らない、マリンの攻撃を受けても微動だにせず笑う。

 

『今、何かしたかい?』

「あつっ! 水! 水!」

 

 拳から点火し、身体中が火だるまになったマリンはたまらず、飛び跳ねて離れる。

 

「『セイクリッド・ウォーター』! 『セイクリッド・ウォーター』! はぁはぁ、手が無くなるかと思いましたよ」

 

 自らで水を発生させ、慌てて手や燃えた服を鎮火するマリン。

 

『無駄だと言う事がまだわからないのかい? 今度はこっちから行こうかねえ』

 

 おどろおどろしい声を発したあと、口から灼熱の炎を吐きだすゲセリオン。

 

「魔法で防御するんだ!」

「わかったわいっくん!」

「力を合わせろ!」

 

 ゲセリオンの吐く炎を防ぐように、紅魔族たちが団結して魔法障壁を出す。

 が、一瞬で貫通した。

 

「うわあああ!」

「なんだこいつ! でたらめだよ!」

「紅魔族はこの世界で最強のアークウィザードだぞ! その魔法が、世界でも最高峰の魔法が! こうも簡単に破られるなんて! ありえない!」

「あちち! 水! 水! 水くれ!」

 

 防御魔法を破壊され総崩れになる紅魔族。

 あいつらを追い込むとは、魔王軍最強も誇張ではないようだ、

 

「これは興味深い」

 

 魔法も物理も通用しないとは。魔王軍の最終兵器というだけはある。

 

「隊長! 危険ですよ!」

 

 止める部下を無視し、まっすぐゲセリオンの元へ向かう。今までの戦いを観察した結果、相手は強く、防御は不可だが大振りだ。

 攻撃のモーションを見てからでも十分によけることが出来る。

 燃え盛る炎の中を『潜伏』で身を隠しながらゆっくりと距離を縮めていく。

 

「マジックキャンセラーが発動しない、ということはこれは魔法ではないのか」

 

 全身から噴き出す炎に対しスクロールを出してみるが、効果は無い。

 

「毒も効かないか」

 

 デッドリーポイズンスライム入りのビンを投げたが、中身ごととかされてしまった。

 ビンを投げつけたところで、ゲセリオンはようやく俺の姿に気付く。

 

『こんなものを用意するとは、どうやらお前が噂の男のようだね。今や魔王軍で知らぬものはいないさ、サトー・マサキ。勇者のセオリーを無視し、毒を流すわ捕虜を取るわ。それでも正義の味方かい?』

「俺は俺なりにベストを尽くしてきたつもりなんだが、そんな言い方をされると心外だな。そもそも戦争に正義などない。あるのは勝者と敗者だ。正義を名乗れるのは勝ったものだけさ」

『なるほど。長い事生きていたが、あんたの様な奴ははじめてだよ。魔王より悪というのは誇張ではなさそうだねえ』

 

 会話をしていると、お互いの価値観の違いが浮き彫りになる。

 そういえば魔王幹部とこうして話をするのは初めてだった。

 貴重な体験だ。だが俺達は敵同士。長くは続かないだろう。

 

「今までお前の戦い方を観察させてもらった。強いのはわかったが、解せないのはその動きの遅さだ。最初はスライムだから遅いと思っていたが、よくよく考えれば小さなスライムはもっと軽快に動いていた。お前は早く動けない理由があるな?」

『ほーう?』

「ひゅーこの話を聞き、この世界でのスライム像についてよく調べたのだが……。高レベルになったスライムは巨大化したり、人を食べて擬態することも出来るらしいじゃないか。巨大化すれば俺たちを一網打尽に出来るだろうに、なぜお前はやらないんだ? いや出来ないと言ったほうが正しいか」

 

 俺の推理に、納得した様子のゲセリオン。 

 

『よく考えたねえ。確かにそのとおり。私はこの体を維持するだけで精一杯、普通のスライムのような技は使えないさ。でもその代わりにこの世界最強の力を手にしたのだよ。誰も私を倒すことは出来ない。さあどうするのだい? サトー・マサキ』

 

 こいつの言うとおり、倒す方法が無い。だが合点がいった。

 ああそうか、そういうことか。

 つまりRPGにおける絶対に倒せないボスみたいなもんだ。

 あれだけ足が遅いなら、無理に倒さなくても攻略自体は問題ないのか。

 だとすれば方法は一つ。一目散に逃げる事だ。だが逃げるよりももっと簡単な方法がある。

 

「こうするのさ。『テレポート』」

 

 ゲセリオンはその場から姿を消した。

 危険な相手が一体なら自分達全員で逃げ出す必要は無い。相手を送ればいいだけの話だ。

 

「脅威は去った。全員、紅魔の里に帰るぞ」

 

 呆然と立ちすくむ仲間たちに、撤退命令を出した。

 

「これでよかったんですか? なんだか釈然としないんですが」

「だって倒せないんだからしょうがないだろ? 他に方法があるなら聞くけどよ」

 

 文句をいうレイに言い返す。

 

「マサキ、どこに送ったのですか? アクセルじゃないですわよね?」

「俺はそこまで鬼畜じゃないさ。この前の遠征でな、テレポートの登録先を追加してな。いい場所だぞ。魔王城の目の前だ。奇襲攻撃用だったんだがな」

 

 心配そうに聞いてくるマリンに、安心させるように答えた。

 

「でもよおマサキ、あいつはヤベーぞ。あの巨大なハンマーが溶けたし、魔法も通じねえし。また襲って来たらどうすんだよ!」

「そんなのまた送り返せばいいだろ? あいつなんぞ最悪無視しても俺の魔王討伐計画に影響は無い」

 

 アルタリアにも説明する。

 

「そんなことより、コロナタイトってのはなんだ!? 眼鏡でスキャンすると、そんな言葉が出たぞ!」

「コロナタイトとは伝説のレア鉱石です。マナタイトとは桁違いの魔力を半永久的に生み出すことが出来ます。その分、扱いが難しいのですが」

「そういうことか。あいつの無限のエネルギーの源はそれだな。体内のコロナタイトさえ除けば、あいつはただのスライムに戻る。そうなれば魔法も物理も通用するはずだ。問題はいかに取り除くかだが……」

 

 すぐにゲセリオンの対策を考えることにした。どうせあいつはまたやってくるだろう。永遠に飛ばし続けてもいいが、出来れば倒したいものだ。

 

 

 俺達が新たな脅威について協議する中、紅魔族は同時に現れた全く別の問題、ひゅーこの処遇を気にしていた。

 

「ひゅーこ、大丈夫ですか? 怪我は?」

 

 裏切り者認定されたショックから未だ立ち直れず、ぐずぐず泣いている元魔王軍の魔族。

 

「なんで私だけこんな目に合うのよ! うぅ……、私が……。私が何をしたって言うのよ……グスッ。うえええん」

「ひゅーこ、辛いでしょうが私達が付いています。私は決してあなたを見捨てはしませんよ」

「触らないで! あんたたちなんか大嫌いなんだから! 捨てられた気持ちがわかるの? 今度私が魔族に戻ったら、掌を返して見捨てるんでしょ」

「そ、そんなことはないですよ。魔族になってもひゅーこはひゅーこですよ」

 

 慰めようとする紅魔族の手を振り払うひゅーこ。そして無理やり着せられていた、眼帯や片手袋を脱ぎ捨てる。

 

「面白半分に人を改造して! された方がどんな気持ちになるか、考えたことはあるの? ねえ! なんとか言いなさいよ! 過去を全て失ったのよ! 私の人生を返してよおおおおおお……!」

 

 今更ながら改造人間特有の重い話になってしまった。

 

「ぐっ。俺達は全員志願制だったからなあ」

「わからん。全然気持ちがわからんぞ!」

「パワーアップする喜びしか感じなかったなあ。うーん、困ったな。なんと言えばいいか……」

 

 ひゅーこの問いに悩む紅魔族たち。

 よく考えなくても、普通は戦闘用の改造人間なんて悲しい存在でしかない。

 そして実際に、目の前で無理やり体を改造されたかわいそうな少女が苦しんでいる。

 で、誰がこんな酷い事をしたんだ?

 俺だ。

 よく考えなくても俺だ。

 

「もう殺してぇ! いっそ殺して!! このまま生き恥を晒すくらいなら死んだ方がマシよ! ヒューレイアス・サルバトロニアは紅魔族に敗北して死んだ! そう報告してよ! このまま生きていくなんて、耐えられない! 希望も何も無いわ! お願いよおおおおおおおおお!!」

「ひゅーこ……。マサキ、いやマサキ隊長からも何か言ってくださいよ」

 

 精神崩壊寸前のひゅーこを見て、困ったななっこが急に話を振る。

 

「え? なんで俺が?」

 

 慌てて聞き返すが。

 

「ひゅーこを人間に改造したのはマサキ隊長だし」

「そうですよ隊長!」

「やっぱさー、魔族を人間に逆改造するとか、非人道的だと思うよ、隊長」

 

 戸惑う俺に、他の紅魔族からも責められる。

 

「んだと! お前らも紅魔族にした時は大喜びしてたじゃねえか!」

 

 怒鳴って言い返すが。

 

「そうでしたっけ?」

「記憶にございません。ああ多分改造された事の副作用で、記憶があいまいに……」

「やっぱ改造とか人としてやっちゃダメだよ。俺たちも苦しんだんだぜ? 悲しくて悲しくてついモンスターを見ると壊滅させたくなるくらいなあ……。ああ、腕がうずく!」

 

 嘘付け! 絶対そんなこと思ってないだろ。

 っていうかこいつら、ひゅーこの責任を全部俺に押し付ける気かよ。

 まぁ確かに魔族を紅魔族にしたら強くね? と思ってウキウキで博士のとこに連れてったのは間違いなく俺だが。

 軽い気持ちでやったことが、こんなシャレにならない自体になるなんて考えてなかった。

 

「ぐすっ! ううっ」

 

 ひゅーこはまだ泣いてるし。

 俺が慰めるの? 泣いてる女に優しい言葉をかける?

 こういうの苦手なんだよ。っていうか得意だったらとっくに俺はDT卒業できてヤリチンなってたわ。

 くっそう、相手を追い込む言葉はスラスラと出てくるのに、気の聞いた言葉はどうやっても出てこない。

 どうする? どうすればいい?

 考えるのだ佐藤正樹。お前は出来る子。

 ……いや出来る子だったら裏技ばっかり使うような人間にはならなかったはず。出来ないからこそこうして卑劣な人生を歩んできたんだ。

 そんな捻じ曲がった性格の俺が、ひゅーこに言えることは……。

 

「改造しちゃったもんはしゃーねえだろ? 死にたくなければとっとと頭を切り替えて、魔王を倒すのに協力しろ! 向こうが裏切り者認定したなら、むしろいい機会じゃないか! 諦めて戦え!」

 

 逆ギレだった。正真正銘の逆ギレだった。

 

「ひ、ひでえ」

「鬼だ」

「やっぱこの人、色々とアウトだわ」

 

 思いもよらない言葉を聞き、驚く紅魔族。

 

「仕方ないだろ! ゲセリオンにも言ったがこれは戦争なんだ! 戦争では誰もが非道な手を使う! 逆に魔王軍も、女騎士を攫ってよくある定番のアレやコレをやってるはずだ! 悪落ち女騎士とか探せば多分いるだろ? それがたまたまやり返されただけよ! しかも洗脳とかしてないし。むしろ優しい方だと思うね俺は!」

 

 開き直って言い返す。

 そうだこれは戦争。戦争だから普段の常識なんて通用しない。だからこそ俺は今まで散々やらかしてきたんだ。

 引き返せる段階はとっくの昔に通り過ぎてしまった。

 この先何といわれようと、このまま悪の道を進むしかない。

 

「それでこそマサキ様です! 傷心の女子を慰めるどころか追い討ちをかけるとは、まさに外道!」

 

 一人だけ感心しているレイ。

 

「あまりにもひど過ぎですわ、マサキ! ひゅーこさんに謝ってはいかがです?」

 

 残念そうな顔をしたマリンに注意される。謝って許されるとは思えないが。

 

「うーん……わかったよ。まぁ悪かったよひゅーこ、気を落とすなって。生きてりゃそのうちいい事あるよ」

 

 これはひどいな。

 自分で言ったのもなんだが、あまりにも適当すぎる言葉だった。

 

 

「……。殺す……! マサキ! これも全てお前のせいだわ! ぶっ殺してやる!」

 

 絶望して泣いていたひゅーこは一転し、赤く目を光らせて俺に激しい憎しみを向けてきた。

 

「マサキ様を倒すならこの私を倒してからではないと。まぁあなたには無理ですけどね」

「殺す!」

「レイ、お前は少し下がれ」

 

 挑発するレイを止める。

 

「……ようやくわかったわ! 私の敵が! サトー・マサキ、お前さえいなければこんな事にはならなかった! 私は魔族じゃなくなったけど! あなたの事は許さないから! 絶対に殺してやる!」

「ふん、今更言い訳はしない。いつでもかかって来い。まず俺から冒険者カードを取り戻せればの話だがな」

 

 今にも飛び掛りそうな気迫で、その赤い瞳を燃やしながら、俺を睨みつけるひゅーこ。

 

「なるほどマサキ様、自ら悪役を引き受けて、見捨てられた彼女に生きる目的を与えたのですね?」

「いやどう考えても俺が普通に悪なんだが。引き受けるっていうか原因俺じゃね? 憎まれて当然の事をしたと思うよ?」

 

 勝手に俺を褒め称えるレイを修正する。

 

 これは冤罪では全くない。この俺が軽い気持ちとはいえ、悪意を持ってやった行為だ。

 他のモンスター同様、倒してしまえばこんなことにはならなかった。わざわざ改造し、無理やり仲間に引き入れるなんて、100%悪役がすることと決まっている。

 そして俺は、どうしようもなく悪党なのだ。

 

「これは復讐よ! 絶対に殺してやるから! 覚悟しなさいよ! 世界中のどこにいても、必ず息の根を止めてやるんだから!」

 

 俺に指を刺し宣言するひゅーこ。彼女は魔法が使えないにも関わらず、その体から湧き上がる魔力で空気が張り詰めていく。

 

「ほ、ほら、とりあえず元気にはなったぞ。これでいいだろ?」

「いいわけ無いじゃないですか! どうしてあんなことを言ったんです!? あれほど怒り狂ったひゅーこを見るのは初めてなんですが」

「知るか! 俺に任せたお前らが悪い! 俺は憎まれても当然のことをしたんだ! 今更どんな言葉をかければいいんだよ! あとは紅魔族で何とかしろ! 俺はゲセリオンの対策を考えるのに忙しいんだよ!」

 

 困惑するななっこに一方的に怒鳴り、会話を打ち切る。

 自分の罪と向き合うのが怖いからか、これ以上ひゅーこについて考えたくない。

 そう、俺が悪いんだ。

 気の毒だが、彼女に言えることなどなにもなかった。

 




魔王幹部戦です。
コロナタイトを体に仕込んだ幹部を出すことは、初期のプロット段階から考えていました。
だけど今思えば、無理に出さなくてもよかった気もします。
ゲセリオンを飛ばしてもうラストまで行ってもよかったかなって。
紅魔族と共同に戦っていれば、ピンチになるのがそもそも難しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 15話 コロナタイトの化け物

「ゲセリオンが出たぞー!!」

 

 紅魔の里でいつも通りの日常を続けていると、誰かの叫び声がする。

 

『はぁ、はぁ。お前! お前! よくもこの私を魔王城の前に飛ばしてくれたな!』

 

「はぁ? だってお前と戦って勝てる気がしないし。勝てない戦はしない主義なんだよ。っていうか今度は早かったじゃねえか」

『部下にテレポートで送ってもらったのだよ!』

 

 それはご苦労様。っていうか最初からそうすればいいのに。

 

『今度は隙は見せぬ! 貴様に近づきさえせねば問題はないのだ! 遠くから葬り去ってくれようぞ』

 

 おお怖い。

 ゲセリオンが俺目掛けて火炎放射を浴びせてくるので、仕方なく逃げ出す。

 だが俺をロックオンしている間に、レイが背後からこっそり忍び寄っているのに気付いてない。

 

『テレポート』

 

 ゲセリオンはまたもや魔王城まで戻された。

  

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

『うがあー! おのれおのれおのれええええ!!』

 

 地団太を踏みながら現れるのは、おなじみ魔王軍最強の秘密兵器。見たところかなりご機嫌斜めのようだ。

 

「また来たよ」

「懲りないねえ」

 

 最初は警戒していた紅魔族も、テレポートでどうとでもなることがわかってからは完全になめくさっている。

 

『今度こそ貴様らを殺してやる! この熱ならば近寄れまい! 接近できなければ『テレポート』を食らうこともない。死ぬがいい!』

 

 ゲセリオンは全身から炎を吹き出し襲い掛かってくる。凄まじい熱風が吹き荒れ、確かに近寄るのは困難だ。

 たまらず距離を取る俺たち。

 

『逃がしはせん! 逃がさぬよ! 死ぬがいいて!』

 

 追いかけてくるゲセリオン。今度は後ろにも気を配り、背後からの不意打ちにも備えている。

 

「こっちだこっち! 当ててみろ!」

 

 逃走スキルを持っている俺に追いつけるはずが無いのだが、あえてゆっくり走って敵を誘導する。

 

『ヒーッヒッヒッヒ! これで終わりじゃ! っておわっ――!』

 

 ゲセリオンを誘い込んだのは落とし穴の真上だった。

 背後は気にしていたが、真下は想定外だったらしく、見事に落下していくゲセリオン。

 

「足元には気をつけなよ。じゃあまたな。『テレポート』」

 

 慌てて起き上がろうとするスライムに、テレポートをお見舞いしてやった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

『しくしくしくしく』

 

 ゲセリオンがまたやってきた。今までとは様子が違い、泣いている。

 目からこぼれた液体が地に落ちると、じゅうじゅう地面を焦がし蒸発する。

 物騒な涙だ。

 

『お前はああ! お前も勇者を目指す冒険者なのだろう! だったら少しは正々堂々と戦ったらどうだい? 誇りはないのか!?』

「ない!」

『即答かい!』

 

 なぜか驚くゲセリオン。

 むしろ俺から言わせれば当然のことなのだが。

 異世界からチート武器を持ち込んで、それでようやく魔王幹部と戦えるなんて崩壊したバランスの世界では、真っ当から戦うことなんて馬鹿馬鹿しくてやってられない。

 戦闘向けのチートがない俺にとっては、これが論理的な戦いだ。

 

「そもそもお前の存在の方が卑怯だろ! 体内にコロナタイトを埋め込むとか! 絶対倒せねえじゃねえか! そんな奴とまともに戦える奴なんているのか?」

 

 俺の言葉に黙り、少し考えたあと。

 

『……私はな、お前のようなはみ出し者を始末するのが役目なのじゃよ。紅魔族にしてもそうじゃ! 奴らの力は魔王だけでなく世界にとっても脅威となるだろうて。だから始末する。王道のなあ、堂々と魔王城に乗り込む勇敢な勇者なら私も見逃してやるさ。まぁ仮に戦う事もあるだろうが、優れた戦士なら戦いを避ける賢さも必要じゃ』

 

 なるほど。

 秘密兵器というのはまさしくそういう意味だったのか。

 この世界がゲームのような世界だと仮定した際、常識を無視する危険分子を始末するために存在するのが、このコロナタイトの怪物、ゲセリオンというわけだ。

 俺がどう考えても勇者でないことはうすうすわかっていたが……、じゃあなんだろう。勇者でないのなら、悪なのか?

 悪としての道はどうなのか、ゲセリオンに聞いてみることにしよう。

 

「思ったんだけどさあ、魔王軍とこの俺、どこか気が合うところがあると思うんだよね。なんでそこまで人類を敵視するのかわからないんだけど、ずっと悪役ってのもつらいだろ。俺が間に入って調停してやろう。人類との共存をモットーとした、新たな秩序を! この世界の平和を見たくないのか?」

『ダメに決まってるであろう! お前が魔王軍にいると考えるだけで身震いがするわ! 絶対乗っ取る気満々だろうて! 長い事生きてきたが、自分から魔王軍行きを推薦する勇者候補は始めてみたぞ』

「そんなこというなよ。弱いモンスターでも活躍できるように戦術を立て、軍規を作り、誰にも負けない軍隊にしてやる。福利厚生の完備した健全な組織に生まれ変わらせてやろう」

 

 俺の中にはずっと疑問があった。

 もし魔王が、その称号に相応しい通り、魔物たちを従える事が出来るなら、数で圧倒している人間に負けるはずがないのだ。もし倒されたのなら、自分の力を過信しすぎた無能か、勇者がとんでもないチートを持ってきたかの二択だ。

 

『そんな魔王軍があってたまるか! お前はやはりズレておるな。魔王の使命も何もわかっていない! 魔王にはな、強敵と戦い、華々しく散るのも仕事のうちじゃぞ』

「はぁ? なんでわざわざ負けるためにお膳立てしてやらないといけないんだよ」

『それがルールじゃ! この世界のな! 古より魔王と勇者はそうやって来たんだよ』

「なんだと? 下らんルールだ。だがそこまで言われると仕方ないな。俺が攻めるときには、ちゃんと自爆装置をセットしといてやる。そこを攻撃すれば軍全体が崩壊するようにな。それで問題ないだろ?」

 

 魔王は無敵ではダメらしい。仕方なく妥協点を出した。

 

『なにか違う! お前の考えはどこかずれておる! 魔王というのは人類を苦しめ、散々好き勝手した後にのう、勇敢な冒険者と一対一で戦い、果てる。それこそが正義の魔王というものよ!』

「下らん。やっぱり下らん。俺ならこの世界を平和に出来る。魔族も人間も関係ない! この俺が頂点に立ち! 全てを管理する。自分自身の利益より平和を優先だ! そう、圧制による平和を! これが俺の魔王計画だ!」

 

 俺は熱弁した。いかに自分が大きなビジョンを持っているか、世界を平和にできるか、目の前の魔王幹部に語る。

 

「さすがはマサキ様! それでこそ私の伴侶! 我が夫! 配偶者! いずれ世界は偉大なるマサキ様に跪くのです!」

『魔王の存在を否定する気かい! というよりなんでお前がトップになっておるんじゃ!? 魔王はどうなるんじゃ。やっぱり乗っ取る気ではないか! 少しは野望を隠さんか!』

 

 そんな褒め称えるレイ。一方話が違うという表情で反論するゲセリオン。

 

「よっし! 私幹部な! ダグネスと戦うたびにいちいち決闘の理由を考えるのがめんどくさかったんだ。魔王幹部になれば正々堂々戦いを挑める!」

 

 さっそくアルタリアが食いついてきた。ダグネス嬢はいつも付き合わされて大変だったろうな。

 自分は一応貴族なのにいいのか? いや、多分何も考えてないんだろう。戦いができれば何でもいい。それがアルタリアという女だ。

 

「では私は、魔族には綺麗どころが沢山いると聞きます。マサキ様を誘惑するかもしれません。とりあえず一人一人血祭りに上げてきますか」

 

 目をギラギラさせて物騒な事を答えるレイ。

 

「殺すことはないだろ? 全部俺の目の届かない場所に隔離しておけばいい」

「ダメです。万一の事がおきてはいけませんからね。誰も逃しはしません」

「そうやって私怨で処刑すると軍全体の士気が下がるからさあ、やめて欲しいんだけど。俺の帝国の邪魔になる」

 

 レイと言い争っていると。

 

『お前らに何の権限があるというのだ。なにを勝手に決めておる!』

「ゲセリオン、あなたはスライム状で気持ち悪いし、まともに人間に擬態する事もできなさそうだし、見逃してあげますよ」

『それは光栄だねえ。ではない! お前如きにやられるものか! そもそもお前らが魔王軍に行く事など許可するわけがあるまい!』

 

 俺たちの会話を聞き、怒り心頭のゲセリオン。

 

「マサキ、あなた達も。魔王軍に参加するなんて。このマリンがいる限り許しませんよ。正義の名の元に制裁してあげますわ」

 

 俺の会話を黙って聞いていたマリンが、とうとう口を挟む。

 

「マリン、またあなたですか。次は負けませんよ。完膚なきままに叩きのめして見せます!」

「懲りないですわね、レイさん。いつでもかかってきなさい」

 

 ヒステリックに言い返し、マリンと火花を散らしているレイを止める。

 

「待てマリン、お前の反応は予測していた。アクシズ教徒としては、“魔王しばくべし”の教義がある。俺の行為を見逃すことはできないだろう。だがこれならどうだ? 魔王と話し、人間への攻撃を止めさせる。戦いではなく説得で世界に平和をもたらすのだ」

「説得による平和!?」

「そう、もし魔王を説得できれば、この古くから続く長い戦いを終わらせる事が出来る。戦いではなく話し合いで解決できるならマリン、お前の功績は歴史に残るだろう。誰も成し遂げられなかった偉業だ! あの女神もきっと喜ぶ。そうなれば間違いなくアクシズ教は国教認定されるだろう!」

「アクシズ教が国教に!?」

 

 ごくりと唾を飲むマリン。

 

「説得に成功した上、魔王がアクシズ教になれば、全て解決だ。魔王軍がアクシズ教徒になれば、人口でもエリス教徒を上回る事になる。もはや世界宗教といっても過言ではない」

「エリス教を越える? まさかそんな。でもアクア様もそれを望んでいるはず。アンデッドや悪魔以外なら、アクシズ教徒になる資格がある――」

 

 俺が誘惑の手をマリンに差し出す。

 

『あるわけないじゃろうがああ! おぬしら! 人の軍隊で遊ぶな! いい加減にしろ! この私もとうとう怒ったぞ』

 

 我慢の限界とばかりに叫ぶゲセリオン。体中の熱がどんどん高まっていく。

 最初からずっと怒ってたような気がするが、つっこまないでおこう。

 

「ここまで譲歩したのに、やはり俺は魔王軍と戦わなくてはダメなのか。残念だ」

『どこに譲歩があった! 下らない話はここまでじゃ! お前と話していると頭がおかしくなるわ! どれだけテレポートで飛ばされようと、いずれお前を殺してやる! いつまでも逃げとおすことは不可能じゃぞ!』

 

 俺はこの世界で悪として生きていくのも無理なようだ。それを悟りがっかりする。

 一方相変わらずずっと怒り続けているゲセリオン。

 戦いが避けられない事に気付き、大きくため息を吐いた後、改めて敵に告げる。

 

「交渉は終わりか。では戦いを再開しよう」

『ほう? 私を倒したものなど一人もいないわ。どんな力を持つものでも! 例え神から力を授かった勇者であろうと! 私には勝てん!』

「ゲセリオン、お前に攻撃が通用しないのはよくわかった。だが考えてみろ。こんなに何度も戦って、対策が取れてないとでも思ったか?」

 

 体から高熱を発し、もうすっかり慣れっこになったが臨戦態勢を取るゲセリオンに。

 

「攻撃は本当に通用しないようだ。だが敵を無力化するのは様々な方法がある。試してみようではないか」

 

 にやりと笑い返して言った。

 

「まずはこれをプレゼントだ。ありがたく思えよ。取り寄せるのに結構苦労したんだぞ。こんなものがなぜ必要なのか説き伏せるのに時間がかかったんだ」

 

 用意しておいたアイテムを取り出し、レイに聞く。

 

「レイ、これが何かわかるか?」

「黒い立方体のようですが。毒か何かでしょうか?」

「……効果はすぐに分かる。まぁ見ておけ」

 

 取り寄せておいた、小さな黒いキューブをスライムの体に投げ込む。

 ゲセリオンの赤く輝くボディが黒く染まっていく。

 

『なんだいこれは? この私に毒など通用しないことはわかっているだろう? そんなもの一瞬で消し去ってくれようぞ』

「毒ではない、ゲセリオン。それはな、モンスターに食わせると魔法抵抗力が劇的に下がり、副作用として防御力が劇的に上昇するという罠餌さ」

『無意味じゃ。元々私には圧倒的な防御力を持っている。どんな魔法だろうが攻撃だろうが、ダメージを与える事など不可能じゃよ!』

「それは知っているとも。重要なのは魔法抵抗力が劇的に下がる事だ。『パラライズ』」

 

 麻痺魔法を浴びせてやると。

 

『あっ、がががが!』

「ほう、俺のろくに強化していない『パラライズ』が通用するとは。本当に魔法抵抗力が下がっているな」

 

 悶えるゲセリオン。

 俺は魔法の効果が確認できた事に満足し、次の段階に進むことにした。

 

「このまま石化して封印してやりましょう。」

「キューブの効果は一時的なものだ。こいつの内部にあるコロナタイトの魔力はほぼ無限大だ。時間がたてば元に戻るだろう。動けない間に、こいつを解体する」

 

 魔法で身動きが取れないゲセリオンに、近寄る紅魔族たちを止める。

 

『これでどうするつもりじゃ? この魔法も、先ほどの小細工もいずれは切れる。そのときこそお前が最後じゃ』

 

 体の色が黒く染まり、身動きが取れないゲセリオンだが、自慢げにあざ笑う。

 

「『パラライズ』! お前に攻撃を加えるのは諦める。そういうのはやめる。全く逆だ。攻撃ではなく力を与える。ありがたく受け取れ」

 

 軽口を聞くゲセリオンに、改めて麻痺を追加する。

 そして大量に用意しておいたマナタイトを、ゲセリオン目掛けて投げまくった。

 

『なんのつもり? ますます私の力が強くなるだけよ』

「その通り、どんどんくれてやる」

 

 裏商売で売りさばく予定だったマナタイト、魔力強化の薬、パワーアップのポーションを惜しみなく投げ込んだ。ゲセリオンの身体が少し大きくなる。

 

『この程度? こんな魔力、コロナタイトに比べればちっぽけなゴミみたいなものさ。もっと賢いと思っていたよ』

「勿論だとも。ここからが本番だよ。アレ持ってこい!」

「了解、隊長」

 

 ブラック・ワン率いるブラックネススクワッドが、大量の荷物を台車に乗せて運んでくる。

 魔王との決戦用に用意していた、高純度のマナタイトだ。それを惜しみなく投げ込ませた。

 

『うっ! ちょっと待て!』

 

 大量のマナタイトを見るとたんに青ざめるゲセリオン。こいつの顔はスライムなのでイマイチ感情がわかりにくいが、明らかに困惑している。

 

「どんどん投げ込め!」

 

 マナタイトが増えるにつれ、ボコボコと音を立てて膨張していくゲセリオンの体。歩みがどんどん重くなっていく。

 

『ふっふっふっふ、こんなものかい! はぁーーーはぁーーー。耐えたわ。この程度でこの私を倒せるものか! うっ、吐きそう』

 

 キューブの効果で体に黒いまだらを作りながらも、大きく膨れ上がったゲセリオン。口では強がっているが、体中がバチバチ火花を上げ、小さな爆発音が鳴っている。

 いいところまでは来ている。狙い通り、攻撃ではなく魔力を与え続ける事で自滅させる方法は当たったようだ。

 だが……

 

「あともう少しだぞ! あと一歩で自滅だ! マナタイトはもう無いのか?」

「これで全部です!」

 

 残念そうに首を振るブラックネス・スクワッド。

 ゲセリオンは全てのマナタイトを取り込んだが、まだ体をギリギリのところで保っていた。

 

『強化された我が魔力で、貴様らごと全員……! くっ上手く炎が出ない! ボンってなりそう……。なんてことをしてくれたんだお前は! 私がどれだけコロナタイトの制御に苦労していると!』

 

 身動きがとれず、苦しそうな様子のゲセリオンだが。

 

『だがあと一歩だったねえ!』

「くっ」

 

 またテレポートで送り返すと、単なるマナタイトの無駄遣いになる。

 他に奴に魔力を送る方法は無いのだろうか?

 頭を抱えていると。

 

「魔力ならあります! この私ですよ!」

 

 レイがにっこり笑い、動けないゲセリオンに近寄り、アースを刺して魔力を供給した。

 アースは紅魔族がオーバーヒートしないように作った、寝ている間に余分な魔力を逃がすアイテムだ。

 

『まっ! 待っ!』

 

「私たちも行きましょう!」

「プロトタイプに続け!」

「一人だけいいかっこなんてさせないぜ!」

 

 レイの姿に奮起した紅魔族たちが、自分のローブをロープ上に結びなおし、同じく魔力を送り込んだ。

 

『やめろおおおお!!』

 

 戦闘用に作られた改造人間、紅魔族。彼らの持つ魔力は当然ながら常軌を逸している。

 とうとう耐えられなくなったゲセリオンの右腕がバキっと音を立てて崩れ、地面に落ちた。腕だけじゃなく、体中にヒビが入っていく。

 紅魔族たちが一致団結し、スライムの化け物に魔力を注ぎ続ける。

 

「みたかゲセリオン! 魔王幹部よ! 俺達は一人じゃない! チームで戦う! チームワークだ! それが貴様ら魔王軍と俺たちの違いだ!」

 

 苦悶の表情を浮かべるゲセリオンに、ビシッと告げる。

 

「あんなこと言ってますよ?」

「チームワーク要素ありましたっけ?」

「マナタイトだけじゃ上手くいかなかったから、仕方なく手伝ってあげてるだけなんだがなあ」

「マサキって偉ぶってる割には、結構場当たり的な作戦多いよな」

 

 フン。

 紅魔族たちがブツブツいってるが、無視だ。

 

「ねえ、ひゅーこはどうする?」

 

 ななっこが尋ねると、ひゅーこはちょっと悩んだ後、そっと手をローブに当てた。

 

「今でもマサキのしたことは許せないけど、それは後回しにするわ! ゲセリオン様! まずはあなたよ! よくも私を裏切り者扱いしてくれましたね! あなたがその気なら、私も抵抗します! 魔力で!」

『ま、待つのだひゅーこ。あの命令は取り消す。私からも魔王を説得する。先日の事は間違いじゃ! だから魔王軍の元に返っておいで! そして紅魔族の奴らを倒すのじゃ! そうすればお前の裏切りはなかったことにしてやろう! 頼む!』

 

 今になって必死に取り繕うゲセリオンだが、ひゅーこの表情は裏切り者として殺されかけた絶望と、理不尽な目に合ったことで湧き上がる怒り、それをどこにぶつければいいのかわからず困惑し、ただただ感情的になってただ自分の魔力を高めている。

 その場の誰よりも赤く、鋭く、目を光らせて。

 彼女の複雑に絡み合った心は、とりあえず目の前にいるゲセリオンに向けられていた。

 そして叫ぶ。

 

「信じません! 信じられるわけないもん!! 魔王軍も! 私を改造したマサキも! どうせみんな影で私を馬鹿にしてるんでしょ! 私の事をずっと認めてくれたのは紅魔族だけよ!」

『本当じゃ! アレはお前の忠誠を試すためのテストみたいなものでのう!』

「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!」

 

 ここ最近の出来事で精神が不安定になったひゅーこは、ヤケクソ気味にダメ押しとばかりに魔力を流し込み。

 

『ああああああああ!! もう無理!!』

 

 高純度のマナタイトに加え、この世界で最強のアークウィザードといっても過言ではない紅魔族の魔力を注ぎ込まれ、とうとうゲセリオンは――

 辺りが大きな光に包まれ――

 スライムの体が結晶化し、バラバラになって崩れ落ちる。マナタイトの欠片だ。中心にはゴトッと、輝くコロナタイトが転がっている。

 コロナタイトのすぐ側に、小さなスライムがプルプル震えながら倒れていた。

 

「コロナタイトと目標、ゲセリオンの分離を確認しました! おそらく今なら攻撃が通用します!」

 

 魔王軍最強の秘密兵器は、今やどこにでもいる普通のスライムに成り果てていた。

 

「正体を現したなゲセリオン。これでお前もただのスライムに逆戻りだ。気分はどうだ?」

「お、おのれ! まさか! こんな事が! この私を倒すなど不可能なはず!」

 

 自分の姿を見て唖然とするゲセリオン。声についていたエフェクトもなくなり、不気味さも何もかも失っていた。

 

「やってみなくちゃわからんものさ! で、だれが止めを刺す? 経験値はかなり入るはずだぞ? やりたい奴は手を上げろよ」

 

 もうこんな奴は脅威でもなんでもない。

 まるでその辺の虫けらを踏み潰すように、軽い気持ちで周りに聞く。

 

「私! やるやる! やらせろ!」

「待ってください先生。ここはひゅーこに譲ってくださいよ。彼女は裏切られたんです! やるなら彼女に権利があります!」

 

 アルタリアが手を上げるが、ななっこが言った。

 

「そうだなアルタリア。ここはひゅーこに任せよう。彼女にはゲセリオンと因縁がある」

「因縁かー。誰にも絶対に殺したい相手がいるもんな。だったら譲るぜ」

 

 俺からもアルタリアを説得し、どうやら同意してくれたみたいだ。。

 

「いい様よ! ゲセリオン様! 私を処刑しようとしたことは許せない! だからやり返されても当然の報い……報いなのよ! か、覚悟してよ!」

 

 プルプルとワンドを握り締め、ゲセリオンに向かうひゅーこ。

 

「いいぞひゅーこ。幹部を葬ったとなれば! お前はもう立派なノイズの一員だ! ひゅーこは我が軍門に下ったと、堂々と魔王軍に伝えてやろう」

 

 その様子に満足して煽っていると。

 

「いや、ちょっと待って。待ってよ。そもそもこんな事になったのはマサキのせいだったわ! ここで私がゲセリオン様、いやゲセリオンを倒しちゃったら、完全に魔王軍に敵対することになるじゃない!?」

 

 俺の思惑に気付いたのか、ワンドを振り下ろそうとする直前で手を止めた。

 チッ。感のいい奴め。

 つい面白くて煽ってしまったが、黙っとけばよかった。

 

「ねえちょっと何とか言いなさいよ! ねぇ!」

「すでにお前は幹部撃破に協力した身だぞ? 今更魔王軍に戻れるわけないだろ? 諦めて人間に協力しろよ。それが今か、未来かの違いでしかない」

「やっぱり私を嵌める気だったのね! あんた最低! 許せないわ! 私はもう魔王軍にも、人間にも協力する気はないから! 中立よ! わかったわねサトー・マサキ!」

 

 そう詰め寄ってくるひゅーこ。

 中立か。フン、中立を保つのがどれほど難しいかわかっていないな。いずれなし崩し的にこっちに引き込んでやる。

 俺達がゲセリオンを放置したまま話していると、笑い声が聞こえた。

 

「ヒヤーッハッハッハ! 私はねえ、コロナタイトを失ってもまだ魔力は残ってるのさ! 残りカスでもこの里を吹き飛ばすには十分ぐらいね。魔王軍最強の秘密兵器と呼ばれたこのゲセリオン様が、ただで死ぬわけがないだろう!? ここでお前らと自爆して何もかも吹き飛ばしてやる!!」

 

 再びゲセリオンの体が赤く光り輝きはじめ―― 

 

「今頃謝っても遅いぞ! 苦悶の表情を浮かべるといい!」

「……」

 

 俺は無言で、またゲセリオンの側に寄り、ポンと手をあて。

 

『テレポート』

 

 ゲセリオンはどこかへと飛ばされていった。

 

「マサキ? テレポート先は?」

「勿論魔王城の目の前だ。きっと今頃魔王の目の前で大爆発が起きているはずさ」

「……オオゥ。マサキ、なんだか最近ずっと、魔王の方が可哀想に思えてきてならないのですが」

 

 マリンの疑問に答える。

 これでもう二度と、あのスライムの怪物に襲われることはないだろう。

 脅威は去った。

 これでもう俺を脅かす存在はいない。

 なんか怒ってるひゅーこはおいといてだ。

 さらにゲセリオンは俺たちに大きな贈り物までくれた。

 

 

 コロナタイト。

 永久的に燃え続けるという伝説のレア鉱石。

 これがあればゲセリオンのために消費した高純度のマナタイトも、すぐに買い戻せるだろう。

 だがなぜだろう。

 この鉱石をみていると少し寒気がする。

 理由がわからない。

 

 

 ――この時の俺は、このコロナタイトが後にどんな事態を引き起こすか、想像すらしてなかった。

 




更新遅れてすいません。久しぶりです。
いくら考えてもコロナタイト内臓スライム、ゲセリオンを強敵にすることは難しかったので、あくまで会話主体の展開にしました。
コロナタイト自体はやばい筈なんですけど、テレポートがあったらなあ……。
話の割をくったひゅーこには謝りたいです。ごめんね。
それとマサキが自分の野望をしゃべるシーンが欲しかったんで。
本来なら日常回で喋るつもりだったんですが、丁度よかったので入れることにしました。
ちゃんと完結させるまでのプロットは出来上がっているので、ただ最近忙しくて書く暇がなくなったので。
申し訳ないです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 16話 絶望の予感

 燃え盛るノイズの町並み。俺はなすすべも無く、その場にへたり込む。

 巨大な蜘蛛だ。

 巨大な蜘蛛が町を食らい尽くそうと暴れている。

 何が起きたんだ?

 俺は槍を付いてなんとか立ち上がり、ノイズへと向かうが。 

 

『言ったはずだぞ? 大きな蜘蛛が……全てを破壊するだろう……』

 

 この声はなんだ? どこから聞こえるんだ。

 

『フハハハッ! フハハハハハハハ! 汝の野望はここで終わりだ。人の身でありながら魔王を手玉に取ろうとした不届き者よ! 我輩は全てを見通した!』

 

 なんだ? どこにいる。

 声の主を探そうととするも、周りは黒い霧で覆われて何も見えない。 

 あるのはただ、不気味に光る蜘蛛の複眼。巨体の黒いシルエット。砕ける町並み。

 

『貴様は何もできん! ただそこで見ているがいい。そしてじっくりと自分の無力さを噛み締めるのだ』

 

 動けない。 

 巨大な蜘蛛の手下だろうか?

 いつの間にか小さな、といっても人間大の大きさはある蜘蛛が現れ、俺の体を拘束している。

 

『美味である! 野望が大きければ大きいほど、至高の悪感情を生み出すのだ。その絶望に満ちた顔、いいぞいいぞ。美味である美味である! 美味である美味である……』

 

 くっ! 

 俺には何もできない。

 目の前でノイズが破壊されていくのを、ただ黙って見るしかできない。

 やがて小さな蜘蛛が俺にのしかかり、やがて俺を食べようと口を開け――。

 

 

「はぁっ、はぁっ! はぁっ!」

 

 体が自由になった。

 うなされて目が覚めると、ヤンデレアンデッドが俺の体にしがみ付き、涎をだして首筋をしゃぶっていた。

 

「お前かよ!」

 

 小さな蜘蛛だけやけにリアルだと思ったら。

 くっ付いたレイを慌てて蹴り飛ばす。

 

「魔王を倒すまで、そういうのは控えるといっただろ! レイ!」

 

 ベッドから転がり落とすと、レイは全く悪いと思ってない顔で。

 

「そうですがマサキ様。私が本気になれば、一瞬で逆レイプ可能ですからね! でも初体験はロマンティックに終わらせたいから、こうやって我慢してるんです。はぁはぁはぁ」

「わかった! わかったよ。気遣いありがとよ!」

 

 レイに言い放って上着を着込む。

 

「どこへ行くんですか?」

「お前のせいで悪夢を見たから、心を落ち着かせに歩くんだよ! まだ胸がドキドキ鳴り止まんわ。もう!」

 

 こんなドキドキは嫌だ。

 俺の事が好きな女の子が俺の毛布に潜り込んで――

 ここだけ切り取ると非常にうらやまけしからん気がするんだが、なんで俺はこんな怖い目に合ってるんだよ!

 おかしい! 俺の異世界生活はやっぱりおかしい! これ何度目だよ。

 

「またこの夢か。なんだっていうんだ」

 

 だが本当にレイのせいだろうか? もっと危険な存在を感じたような気がする。

 まぁいい、少し頭を冷やそう。外の風に当たってこようとドアを開ける。

 すると誰かがいた。

 

「マリンか? どうしたんだ?」

 

 敵ではない。

 血相を変えた表情でマリンが直立していた

 ただ事じゃないのは一目見ればわかる。彼女も何かに怯えるように、体を震わせていた。

 

「マサキ……なにか最近、嫌な予感がしませんか?」

 

 マリンはそう言い、ぎゅっと拳を握り締め。

 

「この国に来てからずっと……アクア様の声は聞こえませんでした。でも最近またお言葉が聞こえるように!『逃げるのよ! 遠くに逃げるの!』 何のことなんですアクア様! 何から逃げるのです!?」

 

 頭に両手を当ててうずくまった。普段ならまた電波が始まったと馬鹿にして放置するのだが……今は違う。

 正直俺も似たようなもんだ。

 何かが見える。聞こえる。夢の中で。

 

「……実は、俺もだ。最近嫌な夢を見る。大きな蜘蛛に襲われる夢だ。詳しくはわからないんだが……なにかが、迫っている。この国に……危険が迫っている」

「『これ、私のせいじゃないからっ!私、今回はまだ何もしてない!!』なんの事なんですアクア様! これってなんなんです? 教えて下さい! この愚かな私をお導きください!」

 

 俺の言葉に耳を貸さず、頭をガンガンと地面に叩きつけるマリン。どうやらトリップ状態だ、

 

「なんですか? マリンですか。浮気ですか? 私の愛しいマサキ様を奪おうとする泥棒猫は、例え誰であろうと……」

「レイ、どこをどう見たらそんな結論になるんだ。明らかに今なんかシリアスな空気だっただろ! 女と会話しただけで勝手にフラグ認定するのはやめろ!」

 

 手に殺意をこめて魔力を高めるレイと、ちょっとやばそうな興奮状態のマリンを止める。

 よし、一度こいつらを落ち着かせよう。

 

「外ではアレだ。うるさいし迷惑だし、中で話すぞ」

 

 

 マリンを引き連れ、自分の部屋でティータイムにすることにした。

 マリンは明らかに尋常じゃない。俺もここ最近の悪夢のせいでよく眠れてない。

 落ち着かせるためにインスタントコーヒー(ノイズ製)を入れていると。

 

「マリン、よくも私とマサキ様の愛の巣に入ってきましたね!」

 

 さっそく噛み付くレイ。だがめんどくさいので放置だ。

 

「はぁっ、はぁっ! レイさん、いえれいれいさん。これは失礼。私はアクア様のしもべです。そんなつもりはありません。ただアクア様が私に何か予言を与えてくださったのですわ。まさかマサキもアクア様の声が聞こえるようになったんです?」

 

 マリンは俺がアクセルで出会ったときのように、あの女神の声を聞いているらしい。

 一方俺は……夢で感じたあのゾクゾクした感じを思い出す。アーネスに似ている、似ているが格が違う。もっと強く、危険な奴だ。

 

「い、いや俺のほうは……邪悪な気配がした。おそらく悪魔の気がするんだ」 

「悪魔ですって! なるほど! 予言の後、マサキの部屋から尋常ではない悪魔の気配を感じましたわ。だから来たのです」

 

 マリンがわざわざ俺の部屋の前にいたのはそういうことか。

 

「今も悪魔の気配を感じるのか?」

「いいえ」

 

 真面目な話をする俺とマリンを交互に見るレイ。

 

「あっ! そういえば! そういえばですよ!? 私も何か夢を見た気がします! なんでしょうか? 邪神かなんか、破壊神か魔王か悪魔かなんかが、私とマサキ様の仲を切り裂こうと……」

「いや、無理に話に入ってこなくていいから」

 

 ポン、と肩を叩き、必死で構って欲しそうにするレイを黙らせる。

 

「これは予言なのか……警告なのか? マリンは神の声を……俺は悪魔の夢を……。天界と地獄、双方から何かが伝わってくる。この国に、大きな災いが迫っているのだろうか? この世界で、重大ななにかが起きるのか? 壊滅的な出来事が?」

 

 俺とマリン、二人の意見を合わせるとこうなる。

 だが情報が少なすぎる。

 なにかが起きるとしか言えない。

 

「私、マサキに出会ったのは運命だと思うんです。今でも」

 

 考え込んでいると、そんなメインヒロインのようなセリフをいうマリン。

 セリフ自体は嬉しいが嬉しくない。だってマリンが俺に恋愛感情を抱いていないのはよくわかってるからだ。

 しかもレイルートに入った後で。仮に告白でも遅いわ。

 

「最初はマサキがアクア様に選ばれし勇者だと思ったんです。でも一緒にパーティーを組んでいるうちに、やっぱり違うかなーって何度も思いましたわ。この人と一緒にいてもきっとロクなことが起きない。だからこのパーティーを抜けて、本当の選ばれし者の元に向かった方がいいのでは? と」

 

 少し笑いながら、出し抜けに失礼なことを

 

「よくも私のマサキ様にそんな事を言ってくれましたね! いい度胸ですね! 今すぐマサキ様に謝って、選ばれし勇者であると訂正しなさい! そしてその後でパーティーを出て行きなさい!」

 

 注文の多い文句をいうレイが立ち上がろうとするのを、ぐっと押さえつける。

 

「私は小さな頃から、たまにアクア様のお声が聞こえるのです。この水色の髪とこの目もそうです。だからアクア様のために、魔王を倒す勇者の手助けをするのが天命だと、ずうっと思ってたのですわ」

 

 レイの文句をスルーして、続けるマリン。

 そうだ。俺はマリンについてよく知っている。こいつの目の先には、いつもあの女神がいるんだ。

 俺を送り込んだ、頭の悪そうだがどこか憎めない女神アクアが。

 

「でも、マサキの元を離れる気が起きませんでした。きっと何かが、起こるんです。マサキの側で。そのときが私の本当の天命なのです。それを見届けるまでは、ここにいさせてもらいますわ」

「あなたの天命なんて知りませんよ! 今すぐ出て行ってください! むぐう!」

 

 暴れるレイの口を押さえ、俺も頷いた。

 

「ああ。マリン。お前にいてもらわないと困る。魔王を倒すまではな。俺が勇者かどうかかはわからないが、魔王を倒すことは出来る。出来るはずだ。そのために準備をしている。ゲセリオンのおかげで少し遅れたが、まもなく完了するだろう。アクシズ教徒のアークプリーストとして、その瞬間を見届けてもらう」

 

 マリンに断言した。

 俺は魔王を倒す。

 勝機はある。プランもある。

 俺の頼もしいパーティー、紅魔族、ブラックネス・スクワッド、それとちょっとした、ほんのちょっとばかりのおまけがあれば。

 

「何か起こるかもしれないが、まずは魔王の奴を片付けた後だ」

 

 自信を取り戻して告げる。

 俺には地位がある。武器がある。軍隊がある。

 相手が誰であろうが負ける気はしない。

 

「そうとも」

 

 自分にも言い聞かせるように、胸を叩いて自慢げに続ける。

 

「俺を倒すのなら、魔王如きでは話にならんな。魔法だろうが、物理だろうが関係ない。あらゆる状況を想定して作戦を立てている」

 

 夢で何度も見た、大きな蜘蛛が頭をよぎるが。

 

「たとえ巨大な怪物だろうと、うちには最強のアークウィザード集団がいる。その中にはレイに触発されて、爆発魔法を連続で打ち込む頭がおかしいのがいる。どんな巨体であろうが関係はない」

 

 戦争用改造魔導兵の中でも、BCMW-7ことななっこの火力は最強だ。あいつに撃ち込ませた後、バラバラにしてやる。

 

「もし俺が敗れるなら、魔法が全く通用せず、物理攻撃も効かず、それでいてスピードの速い奴だろうな。ゲセリオンもあそこまで遅くなければまだ脅威だったがな。そんな相手がこの世界に残っているとは思えん」

 

 こうやって条件を並べていくと、自分が敗北する姿が想像できない。

 俺は今までなにを怯えていたのだろう。

 夢なんかに惑わされたのが情けない。

 

「いつ来るかわからない恐怖より、先に魔王だ。もし何が来ても、その頃には俺がこの世界を支配しているはずだ」

「そうはさせませんわ、マサキ。ひょっとしたら私の本当の使命は、あなたを止めることかもしれません」

 

 マリンもいつもの調子をとりもどし、笑って言った。

 

「その時はリベンジをします! マサキ様を倒す前に、私がお相手しますよ!」

「まさしく、望むところですわ。あなた達二人、まとめてアクア様の聖なる力で強制してあげましょう」

 

 レイもマリンに指を刺し、宣言する。

 これでいいんだ。俺たちのペースを取り戻せた気がする。アルタリアはここにはいないが、俺たち4人なら、何がこようと望むところだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 17話 最後の日常

 大小さまざまな、高純度のマナタイトが倉庫に並べられている。

 俺は決戦に向けた最終チェックを行っている。

 あとは決戦あるのみだが、なにか見落としたことはないだろうか。何度も何度も確認する。

 だが心のどこかで、まだ恐ろしい夢の事が頭をよぎる。

 何か危険な予兆はないか? 変な所はなかったか?

 

「うーん……」

「なにか心配事でもあるんですか? マサキ様」

 

 首を傾げる俺を覗き込むレイ。

 改めてマナタイトを手に取り、結晶を覗き込む。

 そういえばゲセリオンを倒したとき、一度は全部使い切ったのだった。しかし残った欠片を回収し、また新たに買い揃えた事でより数は増えた。

 

 そう、数は増えた。

 なぜかノイズ国から特別ボーナスを貰ったからだ。

 ゲセリオンは自称するとおり、本当に秘密兵器だったらしく、懸賞金すらかかっていなかった。

 名もない魔王軍の怪物を倒すために、大量のマナタイトを消費したと報告したときには、総督に怒られると思ったのだが。

 そうではなかった。

 ゲセリオンはともかく、コロナタイトを手にしたという話を聞くやいなや態度が急変し、今までどおり、いやそれ以上の支援をして貰った。

 あんなに嬉しそうな総督を見るのは初めてだ。

 コロナタイトなんて何に使うつもりだ?

 

「うーん……」

 

 コロナタイト、伝説のレア鉱石。使い方次第では戦況を一変できる可能性がある。だから総督がほしがるのは理解できるのだが……。

 

 

「隊長! あなたがサトー大隊長ですね! 一目でわかりました! その眼鏡で!」

 

 考え込んでいると、見覚えのない紅魔族に話しかけられた。

 

「我ら! 紅魔族最強の5人! 紅魔族の完全体といっても過言ではありません! アルティメット・ファイブ!」

 

 眼鏡をした長身の女性を中心に、5人の紅魔族がそれぞれ戦隊物のようなポーズを取った。

 紅魔族の服装はみな個性的だ。自分で勝手にカッコいいと思った服を考え、どう見ても実用的じゃないという俺のつっこみを無視しながら、無駄に魔力の高い装備を仕上げてくる。

 だがこの五人は男女の違いこそあるものの、ほぼ似た服を来ている。

 

「他の呼び名は募集中です! 誰でも気軽にご応募願います!」

 

 アルティメット・ファイブはペコりと頭を下げて言った。

 

「そこのあなた! 誰に断ってメガネをかけてるんですか! これでマサキ様とペアルックのつもりですか! 殺しますよ?」

「おお、これは失礼したプロトタイプ。別に目が悪いわけではないのですが、あくまでファッションとして伊達メガネを付けさせてもらってます。プロトタイプの話もマスターから聞きました。不快でしたら今すぐ外します」

 

 レイのいちゃもんに、大人しくメガネを外す女。

 

「こちらはいかがでしょうか!」

 

 どこから用意したのか片眼鏡を着ける新しい紅魔族。

 

「うーん、許す!」

「お心遣いに感謝します。プロトタイプ!」

 

 女性はレイに頭を下げてお礼を言った。

 

「では隊長。我々について詳しい説明をします。マスターは悩んでおりました。魔法使い適正を最大まで高めるとオーバーヒートの可能性がある。しかし! 第二世代のように力をセーブすれば不満が出る! そこで考えたのです! 得意な魔法だけを絞って伸ばす事で、オーバーヒートを防止できます。最強の魔法を使いこなし、更に暴発もない! フッフッフ、つまり究極の紅魔族というわけです!」

 

 勝手にホワイトボードを取り出し説明を始める片メガネ。

 つまり彼女たちは第三世代の紅魔族というわけか。

 というか。

 これ以上濃いキャラと付き合ってられんぞ。最初の紅魔族、ファーストナンバーズだけでもめんどくさいのに。

 

「私達は紅魔族だけでなく、ブラックネス・スクワッドにも注目しました。無敵伝説は、決して紅魔族だけの力じゃないことを、わかっているのですよ」

 

 ウィザードが苦戦しそうな素早い相手には、あらかじめ偵察をやって拘束させているのだが。

 そこに気付くとは。少しは頭の回る紅魔族もいるじゃないか。

 

「ずばり勝因はその軍服ですね! 軍服も一周回ってまたカッコいい! 今までの紅魔族はダサいといっていましたが、よく見ればそのデザインには見習うべきところがある。その服が勝敗の決め手だと考えております。我らもブラックネス・スクワッドのデザインを取り入れています!」

 

 やっぱ馬鹿だった。少しでも期待した俺が馬鹿だった。紅魔族はどいつもこいつも、見た目意外興味ないのか?

 

「おまえらが特別なことはよーくわかった。で、実力はどれほどだ?」

 

 少しうんざりしながら話を聞くと。

 

「フッ、残っていたスキルアップポーションは第二世代の者に全て飲まれたため、全員現在レベル1です! 使える魔法はありません!」

「なめんな」

 

 とんだ雑魚じゃねーか。

 この最強の紅魔族たちは、魔王との最終決戦には間に合いそうもない。

 居残り決定。計画に変更はなさそうだ。

 

「そういえば、博士と連絡が付かないんだが、元気なのか?」

 

 最近殆ど会うことのなくなった、博士について尋ねる。少し前までは研究のヒマを見つけてはあのゲームセンター(秘密の地下格納庫)で遊んでいたのだが。所長に昇格して忙しいのだろうか?

 

「マスターですか。マスターなら新兵器の開発で手一杯みたいですよ? 私達の手術もギリギリだったようですしね。改造手術が終わり次第、すぐにノイズの高官に連れて行かれました」

 

 新兵器? なんだそれは? 

 そういえば前に総督が機動要塞とかいってたな。

 

「どうせまた『魔術師殺し』や『レールガン』みたいな欠陥兵器だろう。そんなものに頼らずとも、俺たちだけで魔王を玉座から引き釣り下ろしてみせる!」

「さすがは隊長です。我らアルティメットファイブも是非お供を!」

「いや、お前らは足手まといだから留守番だ!」

 

 申し出を却下する。

 そこをなんとか! お願いです! としがみ付いてくるアルティメット・ファイブ(笑)を振り切った後、今度は紅魔の里を見回りに行くと。

 なんだか人だかりができていた。

 

 

 その中心にいるのは、あの時の盗賊。俺のパーティーを分裂寸前にしたあの疫病神。エリス教徒のクリスだ。

 こっそり忍び込むのは諦めたのか、堂々と姿を晒し、紅魔族に話をしている。

 

「また来ましたね! 今度こそ私の手で!」

「よせ、レイ。まずは様子を見よう」

 

 クリスを倒したとなればマリンが黙ってはいないだろう。また前のように内輪もめになっては困る。

 

 

「君たち改造人間のことはエリス様も驚いたみたいだけど。大丈夫、普通の人間と同じように女神の元へ導かれる。っていうか導くようにしたから安心してね!」

 

 どうやら布教活動でもしているようだ。

 丁度今マリンは瞑想タイムだ。あの状態のマリンは何をしようが部屋から出ないため、前のようにもめることはないだろう。 

 俺から神器を取り戻すため、紅魔族を味方につけるつもりか?

 だが肝心の紅魔族はクリスの言葉を、つまんなそうに聞いている。

 紅魔族の扱い方をわかってないな。

 

「私の目的は、あの悪党マサキが持っている神器なんだ。もし取り戻してくれたら、全員エリス様の祝福が――」

 

 神器という言葉を聞き、ピクっと反応する紅魔族。そう、いかにも厨二病患者が好きそうなものを出し、騙し騙し従わせる事がこいつらを制御できる唯一の方法だ。

 

「神器!」

「神器!」

「神器! 神器!」

 

 神器というパワーワードを聞くやいなや、興奮し始める紅魔族たち。

 

「神器ってのはアレだろ? 伝説の剣とかだろ?」

「マサキなんかより、私達最強の紅魔族が手にする資格がある!」

「紅魔族に神器パワー合わさり最強に見える!」

「神器ってのは、女神に認められた勇者にしか扱えないんだけど! 取り返して欲しいんだけど! ねえみんな、話を聞いてええええ!!」

 

 もはや聞く耳も持たず、神器について語り始める紅魔族たち。もうクリスの目的なんてどうでもよさそうだ。

 

「あ、あのっ!? 熱心なエリス教徒だと聞いたのですけど……質問いいですか?」

 

 熱狂する紅魔族の中で一人冷静で、おずおずと手をあげるひゅーこ。

 ゲセリオンとの戦い以降、ひゅーこに同情的になった紅魔族たちは、空気を読んで静かになった。

 

「え? キミもどうやら改造人間みたいだね? まぁエリス教徒って言ってもただの盗賊だからさ、プリーストみたいには出来ないかも知れないけど、出来る限り答えてあげるよ!」

 

 話が通じそうな人間に出会いよほど嬉しかったのか、クリスが満面の笑みで頷いた。

 

「私は、元魔族だったんだけど無理やり人間に改造させられて……。最近はもういっそ人間の側に付こうかやめようか悩んでるんです。こういう場合、死んだときはどうなるんでしょ? 人間として女神エリスの元に送られるのかな? それとも……」

「…………。それは中々珍しいケースだね。どうなんだろうなあ? 多分人間として善悪の判決を下されるんじゃないかな? どうみても元魔族には見えないけど、君の優しい心は見ただけで伝わってくるよ! 魔族だったときに特に悪さをしなかったでしょ? きっと女神エリスも許してくれると思うね!」

 

 眼帯少女に笑顔で応えるクリス。

 

「え、ええっと魔族だったときはバンバン人を襲ってましたけど? どうなんでしょうか? やっぱダメでしょうか?」

「……。うーん……」

 

 頭を下げて考え込むクリス。

 この女が節穴だと言う事だけはよくわかった。

 クリスとひゅーこの間に気まずい雰囲気が流れたあと。

 

 

「それは置いといて! とにかく神器! 神器!」

「どんな神器があるんだ! 気になる!」

「紅魔族の琴線に触れますよね!」

 

 神器という言葉を思い出し、興奮する紅魔族たち。

 

「伝説の剣とか! 何でも斬れる剣とか欲しい!」

「ビームは出ないんですか? なにかビームがでる神器は!」

「めっちゃすごい! そしてめっちゃ強いのが欲しい!」

「性転換できる神器とかない? それでダグネスと結婚する!」

 

 どんな神器があるのか質問攻めに遭うクリス。一人変なのが混じってるけど。

 

「だから何度も言ってるけど。神器はさあ、所有者以外には扱えないから手にしたところで意味ないよ。でもそれでもたまに、多少はその力を手に出来るものがあってね。体を入れ替えるの以外にも他に、最優先で回収したいのはさ、モンスターを呼び出す神器とか」

「ブハッ!?」

 

 思わず噴き出してしまった。

 今この女何を言った?

 モンスターを呼び出す神器だと?

 

「モンスターを呼び出す神器? それはどういうもんなんだ?」

「ランダムにモンスターを呼び出して使役することが出来るんだよ。それでね、もし地獄の大悪魔とか呼び出しちゃったりしたら、世界が大混乱になっちゃうじゃん。そうなる前に回収しないと! アレで不幸になった人間や国がいっぱいあるんだよ」

 

 ……。

 …………。

 集まった人間に詳しい解説をするクリス。

 

「だからあの神器は絶対に悪者の手には渡せないんだよ! 私としては永遠に封印したいんだけど、管理してるのが先輩だからさ、気付いたらなくなってるんだよねえ」

 

 ……まずいな。これはまずい。

 

「なあマサキ! モンスター呼び出せるの持ってる?」

「ッ?」

 

 話をふられビクッとする。

 いや落ち着け、落ち着くんだ。冷静に言い返せば悟られる事もないはずだ。

 

「そんなもんあるわけないだろ、アルタリア」 

 

 にこやかな笑顔で返すと。

 

「そっか。残念だな。もしあったら毎日モンスターとバトルできる夢の生活が送れたのによ」

 

 残念そうにアルタリアが背を向ける。よし、うまくいったか。

 

「ふう」

 

 胸を撫で下ろしていると、アルタリアが急にくるっと旋回してこっちに来た。

 

「いやマサキ、さっきの反応はおかしくねーか? 実は持ってるんじゃないか! その神器をよ!」

 

 こんなときだけ勘が鋭い! 普段バカのクセに!

 

「何を言っているんだ? まぁクリスさんの言葉も一理あるし、どうでもいいと思った神器の一つや二つは渡してやってもいいぞ? そういえばキールのダンジョンで拾った変な剣があったなあ」

「本当は持ってんだろ? 貸せよ! ちょこっとだけだから!」

 

 なんとか誤魔化そうとするも、顔を目と鼻の先まで近づけて、じっと覗き込んでくるアルタリア。

 

「だから持ってないって!」

「持ってる!」

 

 言い争う俺とアルタリアを見て不審に思ったのか。

 

「あ! 思った通りやっぱり持ってるでしょ! ノイズ周辺で行方がわからなくなったんだよ! 神器を集めるなんて変わり者はキミ以外いないから!! 大人しく渡してよ! サトー・マサキ!」

「なに言ってんだよ。俺がそんな危ないもん持ってるわけないだろ? あったらとっくに使ってるさ!?」

 

 迫るクリスに必死で弁解するが。

 

「この悪党! モンスターを呼び出す神器で一体何を企んでるんだよ?」

「あっはっは、人聞きの悪いこというなよ? モンスターを呼び出す神器はなあ、本当にランダムすぎて安定性が無いんだよ! アレじゃあ俺の野望には使えないな。雑魚を引いてもがっかりだし、かといって大物過ぎたら手に負えないだろ? 使用にはもう少し慎重にならないと駄目だと思うぜ」

 

 俺は運が大きく絡むような作戦は立てない。そのことを説明すると。 

 

「やけに詳しいな。その神器について」

「私はモンスターを呼び出すとしか言ってないよ」

 

 ……やべ。ついつい言い過ぎた。

 疑いの眼差しで迫るクリスとアルタリア。

 

「い、いや、俺も危険な神器を調べてただけで、コレクターとしての性が――」

「確保ー!」

 

 言い終わる前にアルタリアとクリスが俺に飛びつき、掴んで揺らしてくる。

 

「放せ! そんなもん持ってない! 他の神器ならあるから! やるから!」

「いいからよこせ! モンスターを殺すんだよ! うちの家宝にしたい」

「キミって奴は! アレを使ってなにを企んでるのさ!」

「まだ企んでない!!」

 

 モンスターをランダムに呼び出す、あの神器は大きな可能性を秘めている。少し調べたが、あの神器を使って財をなそうとした人間は、一時的に裕福になるものの最終的には全てを失うことになるという恐ろしい噂がある。

 だが、この俺はそんなヘマはしない。不幸な運命を断ち切ってみせる! なあに、抜け穴探しなら得意だ。

 その俺だけの正しい使い方を見つけ出すまでは封印しておくことにしたのだった。

 一番恐れていたのは方法を見つける前に、他の人間、特にアルタリアに見つけられることだった。

 あいつにこれを渡せばとんでもないことになるに決まっている。どんなやべーのを呼び出すか想像もしたくない。

 

「な、なあ。もしその神器があるのなら、呼び出した後に殺すことで無限に経験値が得られないか?」

「丁度紅魔族が増えて、付近のモンスターが足りなくて困ってたんですよね」

「呼び出す、フリーズバインド、殺すでいける!」

「キミたちもなに言ってんの? 呼び出してすぐ殺すなんて、それはさすがにモンスターがかわいそうじゃない? この悪党に影響されたらダメだよ」

 

 紅魔族もその神器の事で盛り上がっている。

 これはまずい。まずいぞ。

 なんとかこいつらの注意をあの神器から反らさないと。集めた神器の中でも、特にアレを手に入れるのには苦労したんだ! 絶対に渡さないぞ!

 マリンがいないのは不幸中の幸いだった。

 だがしかし……どうすれば。

 

「ご主人ー! コンビニバイト終わりました! 今度のアクセル便まで少し時間があるから、休憩にきたぞ」

 

 ごちゃごちゃ揉めしている中に、アーネスがエプロン姿でやってきた。

 

「あ、アーネスさんだ」

「コンビニの看板娘の?」

「なあ俺と契約してくれよ。マサキなんかほったらかしてさ」

 

 紅魔族にもアーネスの存在は伝えている。もうすっかり顔なじみだ。俺の裏稼業、八咫烏の仕事も任せているので、ちょくちょく里に出入りする必要がある。

 中では離れたノイズの首都までわざわざ買いに行くファンがいるそうだ。

 

「で、何やってるんだい? みんなして?」

「なんでもねえよ。里に侵入した盗賊を懲らしめるだけさ」

「あっはっは! そりゃご愁傷様! ご主人の拷問は悪魔のあたしから見てもドン引きだからな。命だけでも助かればいいね!」

 

 それは愉快、といった風に笑うアーネス。

 

「悪魔?」

 

 その言葉を聞き、ピクっと動きを止めるクリス。

 

「ぶっ殺してやるー! どけえええええ!!」

 

 いきなり叫び声をあげるクリス。

 なんだこいつ! さっきまでのどこかとぼけた姿とは別人だ! 凄まじい殺気を放ち飛び上がる。

 

「悪魔め! この場で滅ぼしてやる!」

 

 どこに武器を隠し持っていたのだろうか。すぐさまアーネスに殺意を向けて飛び掛っていくクリス。

 

「え!?」

 

 一瞬の間にアーネスの背後に忍び寄り、ナイフを付きたてようとするクリス。これじゃあ盗賊と言うより暗殺者だ。

 

『バインド』

 

 動きを止めようとすかさず拘束スキルを発射するが、宙返りでかわされる。だがアーネスを守る事には成功したようだ。しかしすぐに体勢を立て直し、再度突撃をかけようとするクリス。

 

「アーネス! 逃げろっ!」

「なんだこの女! 怖っ! なんかヤバイ! なんか凄く嫌な感じがする! まるで憎きプリースト共の親玉にあったような!! こんな悪寒を感じたのは初めてだよ!」 

 

 変な盗賊に追われ、アーネスは凄い速度で飛び去っていく。

 

「なんだこの頭が吹っ飛んだガキは! これ以上おかしな奴に構ってられるか!」

「逃げるんじゃないよ悪魔! 殺してやる!」

「やなこった!」

 

 大慌てで空に飛び去るアーネス。それを見て激怒するクリス。

 だがアーネスが来てくれて助かった。これで神器の件は後回しに出来る。

 

「ふん! ベー。次こそ神器は頂いていくからね! 覚えてろー!」

 

 相変わらず挑発的に舌を出して、里の外に駆け抜けていくクリス。

 

 

「で、マサキ。モンスターを呼び出すのくれよ!」

「だから持ってないって!」

「ウソだ! 絶対あるだろ? いいから出せ!」

 

 ずっと付いてくるアルタリア。

 

「持ってない!」

「持ってる!」

「持ってない!」

「持ってる!」

「持ってない!」

「持ってる!」

 

 ずっと言い争いは続いた。

 神器の隠し場所を変える必要があるな。あの盗賊は勿論、アルタリアやマリン、紅魔族の目の届かない場所に……。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「隊長、出撃準備が終わりました。注文通りの軍事物資を全て運び終えました。ゴーレムも待機中です」

「そうか。ご苦労。全ての隊員を集合させろ。紅魔族にも伝えろ。すぐに魔王軍に向けて出発するぞ」

 

 副隊長が報告に来た。

 これから魔王との最後の戦いが始まるのだ。

 もし魔王を倒すことができれば、俺たちの仲間、紅魔族やノイズとの関係は変わってしまうだろう。

 愉快な日常はこれで終わりかもしれない。

 紅魔の里を最後に見通した後、改めて武器をチェックし、号令の合図へと向かった。

 

 




これでやっと予定していたラストへと向かいます。
もう日常回はありません。
長く引っ張ってきた崩壊の日まで突っ走ります。
本当なら最後の日常回は一話で終わらしたかったんですが、長くなったので二話になりました。
引き伸ばしみたいになってしまって少し反省してます。
あと数話で終わるはずですが……書いてみると長くなったりするかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 18話 魔王城封鎖 前編

最初は敵視点です。


 俺の名はカル。魔王幹部候補の魔族だ。現在、魔王軍の部隊を率い、指揮をとっている。

 ……幹部候補。少し前までは仲間から尊敬の眼差しで見られていたエリートだった。

 だが今は違う。戦況が一変したのだ

 魔道技術大国ノイズ、魔王城の一番近くにある人間の国。守りこそ固いがそれほど積極的に攻撃を仕掛けてくるわけではない。だからこそ脅威とは見なしていなかったのだが。

 奴らが開発した新兵器によって、パワーバランスは一変した。

 ノイズは新兵器を使い、積極的に魔王への攻撃を加えてくる。ノイズ軍の侵攻に押され、魔王の領地は日に日に縮小していった。

 

 

「カル隊長! 先遣隊との連絡が付きません。壊滅した可能性が高いと思われます」

「……そうか。もうすぐここにも来るだろう。全員、森の中に隠れろ。隠れ切れれば、の話だが」

 

 森で敵を迎え撃つモンスター部隊。

 本来なら、森はモンスターのテリトリーだ。魔王軍に圧倒的に優位なフィールドで不覚を取るはずがない。

 だが敵は森ごと焼き払うと言う力技で優位性を消し去った。

 森に隠れていた仲間が慌てて飛び出すと、そこを集中砲火され殺される。

 巨大な森を焼き払うなんて、普通はできない。

 だが敵には強力な魔法使いが多数存在する。そんな誰もが一度は考えるが、無理だと思って諦める戦法を使う事が可能だ。

 こんな大胆で最低な戦法を使う奴は、今魔王軍の中で恐れられている危険な四人の冒険者に違いない。

 今や高額賞金首となった魔王軍の手配書を思い出す。

 

 ――回復役とは思えない多彩な近接スキルを持ち、アンデッドや悪魔は容赦せず、それ以外のモンスターはアクシズ教徒に洗脳させていくと聞くアークプリーストのマリン。

 ――目にも止まらないスピードで動き、鎧ごと真っ二つにするという攻撃力を併せ持ち、あっという間に魔物たちを惨殺していくという神出鬼没のクルセイダーのアルタリア。

 ――まるで幽霊のように忍び寄り、現れたと思えば的確な炸裂魔法で足を吹き飛ばし、多くの大型モンスターを行動不能にしていくアークウィザードのれいれい。

 ――そして何よりも恐ろしいのは、彼らのリーダーであるサトー・マサキと言う名の男だ。職業こそ最弱職の冒険者だが、勝つためには手段を選ばない。

 

 デュラハンが攻めてくれば街ごと水に沈め、数で劣れば戦場に毒をばら撒く。さらにどうやっても倒せないはずだったゲセリオン様を倒した。数々の外道行為を躊躇なく行う、もはやどっちが悪なのかわからなくなる、ノイズの大隊長。

 奴の存在は魔王軍にとって危険だ。あそこまで凶悪な人間がいるとなると、我らの悪としてのアイデンティティーが失われてしまう。

 

「どうおもいます? 隊長」

「魔王様……魔王はいずれ倒されるものだ。それが昔からの決まりだ。それが今なのかもしれないな」

「隊長、でしたらもう魔王なんて無視して、逃げ去った方がいいのでは?」

 

 部下が諦めたような表情で言った。

 敵前逃亡だと? 貴様それでも魔王軍の精鋭部隊か!? 臆病者め! 今すぐこの場で処刑してやる!

 っと数ヶ月前の俺ならそう激怒していただろう。

 しかし今の状況では、そう思うのも無理がないことだ。

 

「ああ、好きにしな。お前たちが逃げたとしても、見なかったことにしよう。本来なら脱走兵は処刑するのが決まりだが、相手が悪すぎるよ」

 

 俺も部下同様、諦めた口調で答えた。

 この前のノイズの侵攻で、我が軍の精鋭部隊が成すすべもなく壊滅させられたことは記憶に新しい。

 魔王軍全体に厭戦気分が高まっている。

 敵は、サトー・マサキは俺たちに恐怖を植え付けた。

 

「隊長はどうするんです?」

「俺は最後まで戦うよ。幹部候補として、恥のない戦いをするつもりだ」

 

 ふとある女の事を思い出す。

 シャイナー……俺と同じ幹部候補だった女悪魔。あいつと俺はよく顔を合わせては、どっちが先に幹部になるか話していた。

 そんなあいつは……ノイズの秘密基地を破壊しようとして命を落とした。

 感傷に浸っていると。

 

 

「出ました! あの赤い眼は……! 紅魔族です! ノイズの赤い奴です!」

 

 どこかで怒鳴り声が響く。

 

 ――紅魔族

 

 ノイズの新兵器。見た目は人間と同じだが、恐ろしい脅威である。

 その実力は魔王幹部ですら敵わない。そのため魔王軍は幹部による攻撃を控えている。これ以上幹部を倒されれば、結界維持に支障が出る。

 代わりに出撃するのが俺のような幹部候補だ。だがシャイナーは破れ……あと名前は忘れたがドラゴンに乗ってた奴も負けたらしい。

 

「逃げろ! いったん離れるんだ!」

「間に合わない! ぎゃあああ!」

 

 魔法の雨あられが降り注ぎ、一方的に蹂躙されていく俺の仲間たち。

 仲間がやられているのを黙ってみるしかない。あいつらに見つかれば終わりだ。

 みんな震えている。固まっているとまとめて殺されるのがわかっているため、各自バラバラに隠れている。 

 残った茂みの影へ。だがその茂みも焼かれれば終わりだ。

 いつ自分の番が来るか、びくびくしながら震えているモンスターの仲間たち

 

「……!?」

 

 隠れていると、一人の紅魔族が目の前を無防備に歩いていた。

 こっちには気付いてない。

 自分の強さを過信して、単独行動をしているのだろう。

 これはチャンスだ。ノイズの軍勢に、ほんの少しでも打撃が与える事ができる。

 

 

「食らえ紅魔族! 仲間の! シャイナーの仇!」

 

 紅魔族の背後から忍び寄り、牙で食らい付こうとする。あいつの首を噛み切り、シャイナーのツケを払わせるんだ!

 

『バインド』

 

 そう飛び掛った瞬間、俺の体は急にロープのようなもので拘束された。

 

「なんだ……と」

 

 紅魔族の近くに、黒い服を着た奴が潜んでいた。潜伏スキルか? 全く気配がなかったぞ?

 

「おのれ!」

 

 ロープを力づくでほどくが。

 

『ファイヤーボール』

 

 すでに紅魔族に見つかっていた。俺は炎を受けて、ただの灰になっていった……。紅魔族にばかりかまけて……敵が潜んでいることに気付かなかった、俺のミスだ。

 シャイナー……。

 仇を取れなくて、ゴメンな……。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「予定通りに森を突破しました。あとは魔王城を攻めるのみです」

「よろしい。全軍、陣形を固めろ」

 

 魔王城はもはや目の前だ。

 ブラック・ワンの報告を聞き、満足そうに答え、次の指令を出す。

 地面には焦げたモンスターの残骸が散らばっている。

 聞けば数人の紅魔族が危険な目に合ったそうだが、ブラックネス・スクワッドが撃退したらしい。

 いくら強くても所詮はウィザード。敵に近づかれれば危険だ。

 やはり黒の部隊を創設したのは間違いではなかった。

 まぁ仮に、紅魔族の数人が倒されたとしても、作戦全体に支障はないのだが……。

 

 今俺は移動要塞として使っている、四本足の巨大ゴーレム。『紅魔族用歩行型トランスポーター』の上から、戦場を見渡している。

 いや、もうその名称は変えたのだった。単なる輸送機から、地上用のフリゲート艦へと役目は変わった。

 俺の帰艦でもある。艦名は<サトーズ・フィスト>

 古の伝説の勇者の名前から名付けた。魔王軍に恐怖を与えるだろう。

 武器は備え付けのボウガンが少し程度だが、変わりに数名の紅魔族たちが乗り込んでいる。

「上から魔法を撃つと、爽快だぞ?」と言うだけで簡単にその気になってくれた。チョロい。

 近づこうとする魔物へ容赦なく魔法を撃ち込む。ほぼ無敵の要塞だ。

 

「おいマサキ! とっとと魔王城に攻め込もうぜ! なに上でふんぞり返ってやがんだ。今がチャンスだろ?」

 

 紅魔族のリーダー、いっくんから通信が入ったが。

 

「まだだ。現段階では敵を壊滅したが、向こうにはまだ何か切り札があるかもしれん。今度は魔王のターンだ。敵の動きを待て。待機せよ」

 

 待機命令を出す。

 いっくんのいうことにも一理ある。このまま紅魔族が魔王城へ押し入れば、魔王を倒せるかもしれない。

 だが俺が望むのは完全な勝利だ。勝つか負けるかの賭けにでるのは、できるだけ避けたいものだ。

 

「ほら見ろ。魔王軍に動きがあったぞ。とっとと迎撃しろ」

 

 魔王城の門が開き、結界の前に、虹色に輝く鎧をきた兵士たちが続々と集結していった。

 

『カースド・ライトニング!』

『カースド・ライトニング!』

 

 すぐさま紅魔族が上級魔法を浴びせる。

 だが魔王軍の部隊は無傷だった。そのまま走ってこっちに向かう。

 

「や、やばいぞ! きっとあのレインボーな鎧が、魔法を無効化しているんだ!」

「一度離れた方がいいんじゃない?」

 

 持ち場を離れようとする紅魔族たちの中、一人の少女が杖を構え立っていた。

 

「真打登場!」

「おいななっこ、きっとあの鎧は魔法耐性に特化した特別製だ。逃げるが勝ちって言葉もあるし――」

「私は最強の、伝説のアークウィザードになる人間ですよ! 相手がなんだろうとぶっ壊して見せます! われこそは破壊の化身! ななっこ! その力を見せてあげます!」

 

 ななっこは止める仲間を無視して詠唱を続け、圧倒的な魔力を杖の先から放ち。

 

『爆発魔法』

 

 大きな爆発が起きるが、やはり魔王軍は無傷だった。

 

「脅かしやがって! だが無駄だあ!」

「馬鹿め! 我々の装備は魔法にはもっぱら強いのだ」

「魔王様から与えられたこの鎧、相手がいくら伝説の勇者だろうと、魔法は効かない。魔法はな」

 

 あざ笑い、余裕気に前進する魔王軍。

 

「『爆発魔法』――! 『爆発魔法』――! 『爆発魔法』――――ッッッッ!」

 

 挑発にキレたななっこが爆発魔法の連打を開始。

 

「無駄だってのによう、紅魔族って言っても今のオレには怖くねえぜ」

「そうそう、効かない効かない。っておい、なんか鎧がミシミシ言ってね?」

「いくら魔法が効かないって言っても限度があるかも」

「あの頭のおかしいのをとっととぶち殺すぞ! 急げ!」

 

 千里眼スキルで観察していたが、あの対魔法使い用の鎧にヒビが入っていくのがわかった。

 ななっこの爆発魔法を浴び続ければ、いずれ壊れるだろう。

 もう余裕の表情はない。死に物狂いでななっこ目掛け突撃する虹色騎士たち。

 

「ギリギリだな」

 

 敵と紅魔族の距離を見て呟いた。

 ななっこがこのまま撃ち続ければ、間違いなくあの鎧は破壊されるだろう。だが接近される前に間に合うかどうかは、やってみなくてはわからない。

 まだ魔王攻略は序盤だ。こんなことで危険な賭けに出る必要は無い。

 新たな命令を出す。

 

「ななっこの砲撃を停止させろ。魔力の無駄だ。魔法が通用しない相手には、先生の出番だ」

「なんだと! 私はまだやれる! むぐ――」

 

 無理やり紅魔族に抱え込まれ詠唱を止められて引っ張られるななっこ。

 

「ギャハハハハ! どうやら俺たちの勝ちのようだ!」

「ビビッたな! 紅魔族ってのはチキン集団か?」

「一時はどうなる事かと思ったが! オラオラかかって来いよ!」

「なにおう! 放してください。あいつらを爆発魔法で粉々にするんです! 私にはできますよ!」

 

 勢いずく魔王の兵士、魔法を中断させられて不満をはくななっこ。

 そんな彼らに、一筋の閃光が直撃した。

 

「グハッ!」

「なんだ!? なにが起きた」

「おい! 仲間が吹き飛んだぞ!」

 

 一人の騎士が、高く吹き飛ばされ、地面に落ちた。

 その姿を見て驚く魔王軍兵士たち。

 

「ふっはっはっは! ようやく私の出番が来たぜ! 待たせやがってよ、マサキ!」

 

 敵軍の背後に、アルタリアが剣を掲げて大声を上げた。

 

「なんだ今のは! 見えなかったぞ!」

「聞いたことがある。超スピードの女騎士がノイズにいると!」

「おいどうすんだよ! この鎧は魔法にはめっぽう強いけど、物理攻撃には弱いんだよ!」

 

 少し浮き足出す虹色の騎士団。

 

「大丈夫だ! 敵はたった一人。集団で防御すればいい!」

 

 敵はすぐさま盾で密集隊形を取ろうとする。

 素早い判断力だ。だが全て予測範囲内だ。

 

「今こそ私達の活躍のときだぜ! 全員突撃だああ!! 続けええ」

 

 アルタリアの号令とともに、ブラックネス・スクワッドが姿を見せる。

 

「なんだこいつら!」

「囲まれてるぞ!」

「こうなったら乱戦だ! 俺達は高レベルのエリート部隊! 負けるはずがない!」

 

 いくら俺のブラックネス・スクワッドが養殖で無理やりレベルを上げたといえども、相手にそれなりの実力があれば苦戦もする。

 そうなればこちらにも多少の被害が出るだろう。

 しかし残念ながら、俺には、いや俺たちにはまともに戦う気はなかった。

 

「倒す必要は無い。動きを止めるのだ」 

『バインド』

「なっ!」

 

『バインド』

『バインド』

『バインド』

 

 騎士同士で密集して防御を固めている隙に、拘束スキルで次々と自由を奪っていく。

 前方の騎士がロープでつまずいたため、後方の騎士も急停止させられぶつかる。

 ロープが絡み合い、身動きが取れなくなった奴から。

 

「よっしゃーー!!」

 

 アルタリアが盾や鎧ごと勝ち割っていく。

 

「お、おい! 離れろ!」

「離れろって言っても! ロープが!」

「ロープを切れ! 早く!」

「腕が動かないんだよ! もう少し離れろ!」 

 

 魔王軍の騎士団の進軍は完全に停止した。

 

「ようやく解けた! よくもお前ら、ブヘッ!」

 

 なんとか脱出に成功したものもいるが、アルタリアに各個撃破されていく。

 だがやはり数が多い。全滅させるのは厄介だ。

 こうなったらあの方法を使うか。

 

「アルタリア、あの樽を持ってこい。まとめて始末するぞ」

「ああ? もっと殺してえのに、なんでだよ!」

「数が多い。倒すのに時間がかかりすぎる。まだまだ魔王軍はいるから安心しろよ」

「わかったよ」

 

 渋々納得したアルタリアは、ゴーレムが運んでいた一つの樽を持ってきた。

 

「敵兵の真上にぶん投げろ」

「はいよ!」

「レイ、樽に向けて『ファイヤーボール』発射」

「はい、マサキ様。『ファイヤーボール』」

 

 敵軍の真上で、炎が散らばった。

 

「魔法なんぞ通用しないと……あつっ!」

「この程度の魔法、あちちちち」

 

 特別な鎧は魔法など通用しない。だが熱までは防ぐことはできなかった。樽の中に入った油が降り注ぎ引火する。騎士風のモンスターは燃え上がった。

 

「どんどん投げ入れろ」

「せーのっ」

『ファイヤーボール』

 

 次々と樽を投げ込み、爆破していく。中には油以外にも、唐草など燃えやすいものがたっぷり入っていた。魔王軍の精鋭部隊は炎で包まれていき……。

 

 ――やがて全てが終わった。

 その場にはただ、焦げカスと、魔法に強い鎧だけが取り残された。

 

「野戦は我が軍の完全な勝利で終わった。作戦は次の段階に移る。鎧を回収し、攻城戦の準備を始めろ」

 

 紅魔族の脅威となる敵は片付いた。

 さあ始まるのはいよいよ攻城戦。魔王を玉座から引き釣り下ろすときが、ようやく来たのだ。

 




長くなったので前後編に分けます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 18話 魔王城封鎖 後編

 魔王軍の間には困惑が広がっていた。

 対魔法使い用の軍団が壊滅したため、次はすぐさま魔王城へ攻め込むと思い込んでいたようだが、俺たちは包囲を続けるだけで動こうとしない。

 

「カタパルトの組み立てが終わりました!」

「よし、奴らへ恐怖を与える番だ。いっせいに放て!」

 

 魔王城から十分な距離を取り、攻撃を再開させる。

 カタパルトから巨大な岩が発射され、魔王城に衝突する直前、見えない壁によって阻まれバラバラになる大岩。

 張り巡らされた結界の効果だろう。

 城に全くダメージを与えることはできない。

 予定通りだ。

 結界の内部にいるモンスター達が、俺の行為に首をかしげている。

  

「奴らはなにを考えているんだ?」

「投石程度で、この結界を破れると思ってるのか?」

 

 次々と発射される大岩。しかしどれもこれも魔王城に届く前に破壊される。

 一見無意味に見えるこの行為は、次なる作戦の布石なのだが、相手にはわからないだろう。

 

「汝らは何者だ? 冒険者か? 遠距離から城を攻撃するなど、魔王退治の王道を知らぬのか? しかし、なんという無駄な事を。岩如きで我が結界が破れると思ったのか?」

 

 そのまま投石を続けていると、白い仮面に、白いロ-ブを身に包んだ魔法使いが現れ、俺たちに尋ねる。

 

「我が名はサトー・マサキ。ノイズ軍を率いる軍隊長だ。冒険者では無い。軍人だ。王道など知らん。このまま攻撃を続けるのみだ。降伏をお勧めする」

「なんと!? 魔王に降伏を勧めるとは。汝はよほどの実力者か、それともただの狂人か?」

 

 返事をする。

 あいつはデータにあったな。魔王幹部でもっとも危険な奴だ。噂の最強の魔法使いだ。

 結界をはるのもあいつの仕事だと聞いた。

 

「それはすぐに分かることだ。だがご自慢の結界がいつまでも通用するとは思わないことだ。どんなものにも抜け穴はある。俺は抜け穴を見つけるのが得意でな」

「有り得ぬ! 我が結界は何があろうと磐石だ!」 

「それはどうかな。俺はあのゲセリオンを倒した男だぞ? 不可能を可能にするのが俺のやり方だ」

 

 俺は魔法使いを挑発しつつ、自分の軍隊に迎撃体制を取らせる。ゴーレムをバリケード代わりにし、背後に部隊を控えさせる。

 城攻めの最中に防御陣形を取るのはきわめて不自然だ。

 しかし俺には確信があった。このまま攻撃を続ければ、魔王城の奴らは必ず痺れを切らしてこちらにうってでるはずだ。

 

「紅魔族、見てるか? あの白いのをやれ。あいつさえ倒せば結界が消える。そうなればカタパルトで魔王城を直接破壊できる。いわく魔王軍最強の魔法使いだそうだ」

 

 最強の魔法使い、その言葉に大きく反応した紅魔族は。

 

「俺がやる! やらせろ!」

「私よ私! 最強の称号は私のものよ!」

「ここは俺に任せろって!」

 

 紅魔族同士で誰が攻撃するかもめていると。

 

『爆発魔法!』

 

 ただ一人、問答無用で自分の最大攻撃を浴びせるななっこ。

 

「おい、ななっこ。何でお前はそんなにキレやすいんだ。そもそも紅魔族はまず名乗りを上げてから攻撃するのがルールだろ?」

「最強! 最強の魔法使い! そんなものが私の目の前に出てくるのが悪いんですよ。カモがネギしょったようなもんじゃないですか!」

 

 いっくんのつっこみに、悪びれも泣く応えるななっこだった。

 

「不意打ちとは邪道な。しかし、中々の威力を持つ魔法であったぞ。さあ堂々と勝負しようではないか。今度はこちらから――」

 

 羽をばさっと広げ、爆発魔法を防ぐ白の魔法使い。

 

「『爆発魔法』『爆発魔法』『爆発魔法』『爆発魔法』『爆発魔法』『爆発魔法』『爆発魔法』『爆発魔法』……!」

「ちょっ……、待っ……!」

 

 ななっこの赤い瞳に移るもの、それは最強の魔法使いの称号。誰が何を言おうと止まらず、ただただ魔法を打ち続けた。

 たまらず結界の中に引き返す堕天使。

 

「……が……。おのれ……。汝らは! なぜまともに攻めてこないんだ! それだけの魔力があれば、結界を破って一人一人侵入することもたやすかろう! 魔王様は部屋で勇者の到着をお待ちだ! 早く来い!」 

 

 ヨロヨロとふらつきながら、体を再生しながら叫ぶ堕天使。

 

「無視だ。無視。カタパルトを発射し続けろ」

 

 やはりあいも変わらず。嫌がらせのように大岩を打ち続けさせた。

 

「あなたの気配! 神聖な力を感じました。失礼ですが元天界のお方でありません?」

「おお、話がわかる奴もいるのか。その通り、我は今でこそ魔王軍の幹部だが、かっては神族の血が流れる天界の民であった」

 

 そんな中マリンだけが、結界内に下がった堕天使に食いついた。

 

「その偉大な力を、何でこんな邪悪な事に使っているんですか?」

「天界にも色々あるのだ。人間にはわからんだろうがな。我が命は魔王城の結界を維持する事よ」

 

 結界の中と外で、互いに話し合うマリンと堕天使。

 

「今からでも遅くありません。神族の血が泣いています。地獄との縁は切って、もう一度やりなおすのです」

「そんな真似はできん。我は悪に付いたのだ。我は人類の敵として立ち塞がる。塞がりたいのだが……」

 

 ドーン。

 

「アクア様の元に謝りにいきましょう。私も一緒に行きます!」

「アクアだと? あの女神アクアの事か。あいつ、また何かやらかしてないか心配だ。おっと今は天界なんて興味は無いがな。もう終わった話よ。なあプリーストよ、お前の仲間に、正々堂々と魔王の元に来るよう、説得してはくれぬか?」

 

 ドーン。

 

「マサキは……私もずっと旅をしてきたのですが、そういう性格じゃないので。いくら言っても無理だと思います」

「そういう奴がいると非常に困るんだが。普通に城攻めとかしたいなら、人間の城を狙うがいい」

 

 ドーン。

 

「ドンドンうるさいわあああ!」

 

 マリンと堕天使が話している間も、次々と岩をぶつけていった。全く無意味だが、騒音にイラついた堕天使がついに切れる。

 

「よし、調整完了。マリンが食いついたのは想定外だが、時間稼ぎには丁度よい。そろそろ魔王軍への攻撃といくか。カタパルト、再度発射!」

「懲りない奴らめ。こんな事で我が結界が破れると思ったら大間違いだぞ! なんなら気が済むまでやってみろ!」

 

 カタパルトから発射された大岩が、魔王城目掛けて飛び。

 

「では遠慮なく。どーん!」

 

 俺の言葉と同時に、城壁の一部が爆発し、崩れ去った。

 

「ハッハッハッハ! フハハハハハハ! うひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 

 結果に満足し、大笑いする俺。

 

「ば、馬鹿な! 結界の中だぞ?」

 

 魔王城の中の兵士たちが、半ばパニックになりながら大騒ぎをしていた。

 

「結界内は絶対安全じゃなかったのか?」

「ナンデ! ナンデ! ナンデ!」

 

 何が起きているのかわからないといった表情で騒いでいる。

 

「ありえん。結界はいまだに維持しておる!」

「じゃあなんで城が崩れたんだよ! どうなってる!?」

「最強の魔法使いじゃなかったのか? あんたの結界は穴でも開いてるのか? おい!」

 

 もはや幹部の威厳も何も無い。最強の魔法使いはその実力を白眼視され、他の魔王軍の連中に詰め寄られる。

 

「ドンドン行けえ! どーん! どーん!」

 

 次々と直撃する大岩。それと同時に、魔王城の城壁が次々破壊されていく。

 

「はっはっは、これぞ我が決戦用の新兵器。『衝撃貫通砲』だ。この兵器の特徴は、いくら結界で防いでも衝撃だけは貫通する。いくら閉じこもっていても無駄だぞ?」

 

 それまで単なる嫌がらせだと思われていた後方のカタパルトが、魔王軍にとって真っ先に破壊すべき危険な兵器に変わった瞬間だった。

 あともう一押し、恐怖を教えてやろう。

 

「ななっこに一撃撃たせろ」

「いいですよ! 『爆発魔法』!」

 

 ななっこが結界に向けて爆発魔法を放つが……。

 見事結界に阻まれ、魔王城はビクともしない。

 

「ほ、ほらな? 我が魔法の結界は完璧だ。今も正常に動いておる」

 

 自慢げに配下を落ち着かせる最強の魔法使いだが。

 

「ではカタパルト、発射」

 

 続いて大岩を発射させる。

 するとななっこの爆発魔法ではビクともしなかったのに、大岩が結界にぶつかったとたん爆発した。

 

「話が違うじゃないか! おい!」

「こんなことはありえん! ありえん! 結界の中は安全だ! 我が魔力は無限に供給される! いくら紅魔族といえども結界を破壊する力は無い! この中に篭っていれば安全なはずだ! 安全なんだ!」

 

 堕天使の必死の弁解も、目の前で次々と破壊されていく城壁を前には無意味だ。

 

「だが強い魔法使いなら、強引に突破することは可能なんだろう?」

「た、確かにそうだ。強力な魔法で我が結界を一時的に破ることは可能だが……」

「それだけで十分だ! なにしろ改造人間なんて作るノイズだぞ? 絶対に安全だと言い切れるのか!?」

「あのカタパルトか、それとも岩の方に仕掛けがあるのかはわからんが、奴らは結界を貫通する兵器を使ったに違いない!」

「ぬぬぬ、仕方ない。こんなはずはないのだが……。一度結界の魔方陣を確認して、何か異変は無いか確認してくる!」

 

 最強の魔法使いは、流石に言い返せなくなったのか、奥へと引っ込んでいった。

 その間にも、カタパルトの攻撃が次々と降り注ぎ、魔王城は破壊されていく。

 

「こうなったら! あの新兵器に特攻をかける! 結界が役に立たないのなら、魔王城といえども人間の城と大差ないぞ!」

「あの中にか? 死にに行くようなものだ! もう魔法を防ぐ鎧は無いのだぞ?」

「じゃあどうしろていうんだ! このまま結界の中でお陀仏か? それなら最後の賭けに出て、なんとしても新兵器を破壊するんだよ!」

「これは罠だ! 相手は明らかに迎撃体制を取っている! このまま行けば死ぬだけだ!」

「それは篭ってても一緒だぞ! ジリ貧になる前に行くしかない!」

 

 モンスター同士で怒鳴りあいが始まった。未知の攻撃を前にした魔王軍は、もう軍隊としての体を成してない。

 意見の不一致は士気の低下を生む。

 戦争は内部のちょっとしたいがみあいが勝敗を左右するのだ。

 

「俺はなんとしてもあのカタパルト兵器を破壊する! 止めるな!」

「いや、今まで結界が貫通した事など無い! これは罠だ! 早まるな!」

「罠だとわかっても行くしかないだろ! 攻撃を受けてるんだ! 誰が止めようが俺は行くぞ! 魔王のために!」

 

 多くの被害が出るのを承知で、各自バラバラに飛び出していく魔王軍の小部隊。

 放っておけば城が持たないと認識しているからだろう。

 魔導師風の者、ガーゴイルじみた姿の者、騎士風の者、その他様々なモンスターが、続々と城から飛び出してくる。

 

「迎撃せよ! ここが堪え時だぞ!」

 

 まずは構築した防衛線で敵を誘い込む。簡易バリケードを盾にし、紅魔族が魔法を放つ。

 

「ぐあああああ!」

「まだまだあああ!!」

 

 すぐさま紅魔族の攻撃で消し飛ばされるモンスターたちだが、生き残りがそれでもなお命がけで必死で魔法の弾幕を掻い潜り、後方のカタパルト目掛けて特攻する。

 

「第一防衛ライン! 突破されました!」

「紅魔族を後方に避難させろ! レイ! 出番だ」 

 

 その勢いに押され、魔法を撃ちつつ後退する紅魔族。 

 流石に敵も精鋭ぞろいだ。紅魔族だけでは倒しきれないか。

 

「紅魔族、全員第二防衛ラインへ後退を確認しました」

「では私の出番ですね。『炸裂魔法』」

 

 レイが手をかざすと、モンスターの真下の地面が次々と爆発する。まるで地雷だ。

 一撃で倒すことは出来ないものの、手足をやられ体を引きづる魔王軍。動きが遅くなった。

 

「足をやられた! もうダメだ!」

「俺の事はいい! いいからあの兵器を破壊しろ!」

 

 混沌とする戦場の中。

 さあ今度は、俺の黒の部隊の出番だ。

 

「ブラックネス・スクワッド、前進!」

 

 黒い軍服を着た軍団が、全員長い鉄の塊をしょって登場する。

 

「紅魔族だけに任せるわけには行かないな。新兵器、RPG(仮)を構えろ!」

 

 RPG……レールガン・プチ・グレネードの省略。

 原理は簡単だ。レールガン(仮)を小型化しただけ。マナタイトを入れて圧縮して打ち出すだけのお手軽兵器だ。

 使い捨てなのが玉に瑕だが。

 

「一斉に撃て!」

 

 動きが鈍くなった軍団目掛け一斉放火を浴びせる。

 

「ううっ! こんな魔法、見たことない!」

「危険なのは赤いのだけじゃなかったのか!? あの黒い集団はなんだ」

「どうなってるんだよ! はぁ!」

 

 ブラックネス・スクワッドが一時的に敵を食い止めている間、紅魔族は体制を立て直す。

 

「隊長! RPG(仮)、全て撃ちつくしました!」

「よし、各自接近戦で迎撃せよ! あとは乱戦だ! この戦いこそ堪え時だぞ! 油断するな!」

 

 魔王城の目の前で大合戦が起きる。

 だが敵でダメージを負っていないものは一人もいなかった。

 紅魔族の魔法の雨の洗礼を受け、それを乗り越えたものにはレイの炸裂魔法による地雷、止めにRPGの一斉射でほぼ満身創痍だ。

 魔道ゴーレムや、黒の近接部隊が弱った相手を仕留めていく。

 

「『ターン・アンデッド』!『セイクリッド・エクソシズム』!『セイクリッド・ブロー』」

「はっはっは! もう滅茶苦茶だな! だがこういうのも嫌いじゃねえぜ!」

「『炸裂魔法』『炸裂魔法』『炸裂魔法』『炸裂魔法』『炸裂魔法』」

 

 乱戦のなかで笑っている仲間たち。

 

「あいつを狙え! 高額賞金首のサトー・マサキだ! 『カースド・ライトニング』」

 

 巨大ゴーレム艦<サトーズ・フィスト>に乗った俺を狙う魔法使い風のモンスターだが。

 

『マジックキャンセラー』

 

 すぐさま乗り込んだ紅魔族に魔法をキャンセルされ。

 

「お返しです! 『カースド・ライトニング』」

 

 魔法をお返しする。俺の旗艦を狙うとは愚かなやつらだ。

 

「マサキはほおっておけ! 今はカタパルトを優先だ!」

 

 壊滅した魔法使い集団を見て、他のモンスターが叫ぶ。

 

「魔王に栄光あれー!」

 

 敵には圧倒的不利な状況の中で、魔王軍の、屈強なモンスター数人が最終防衛ラインに到達し――

 ――スクロールを取り出し、大爆発を起こす。

 

「隊長! カタパルト一機、破壊されました!」

「どうだ……みたか……。これが魔王の誇りだ……」

 

 最後に満足げ笑い、倒れる兵。勇敢な戦士だった。

 

「自爆に気をつけろ! 危険そうなモンスターには接近するな! 『スティール』でスクロールを奪え!」

 

 慌てず、冷静に対処するように指示を出すが。

 

「みんなあいつに続けえ!!」

「向こうはビビってるぞ! あの兵器さえ破壊すれば魔王城は敵無しだ!」

 

 特攻に怯えた紅魔族や黒の部隊は距離を取る。

 勢いのまま突撃する生き残り。

 気が付くと三機あったカタパルトは、決死隊の奮戦によってすでに二機が破壊された。

 

「どうします? 隊長?」

「どうするって? わかりきってるだろブラック・ワンよ。敵に渡すぐらいなら破壊しろ、だろ。ななっこ! 最終手段だ!」

 

 ニヤ付きながら、予め決めていた手はずどおりに行った。

 全てのモンスターが最後に残ったカタパルトに集中したところを、『爆発魔法』で壊滅させた。

 魔王軍の精鋭は壊滅。と同時にカタパルト兵器も破壊された。

 

 

 

「フッ、痛み分けだな」

 

 なんとかピンチっぽく演出するように呟く。

 

「卑劣な奴め」

「思い知ったか! 我が魔王軍の力を!」

「あとは煮るなり焼くなり、好きにしな!」

 

 全てのカタパルトが破壊されたところで、張っていた気が抜けたのか、その場にへたれこむモンスターたち。

 

「プッ。見事だ。見事な戦いぶりだった。お前たちの活躍は、魔王軍の歴史に刻まれるだろう。ププププ! 武器を取り上げ、全員捕らえろ!」

 

 噴き出しそうになるのを抑えながら、捕まえたモンスターたちに賞賛をあびせる。

 

「何がおかしい! これでお前の、魔王城を直接狙うと言う計画はおしまいだ!」

「自慢の新兵器が壊されて頭がおかしくなったか!?」

「マサキ、これでお前も堂々と攻撃をするしかないんだ! 策士ごっこももう終わりだ」

 

 捕虜達が俺を罵倒するが、ここまで心に響かない悪口は無い。

 

「みんな拍手だ! 勇敢な兵士たちに拍手を!」

 

 俺だけでなく、紅魔族、ブラックネス・スクワッドも、カタパルトを破壊されたことで別に困った様子は無い。余裕を持ち、ここまでの健闘ぶりをたたえて拍手をする。

 その様子を見て不気味がる捕虜達。

 

 

「撤退ーーーー!! はぁ、はぁ、はぁ。ぜ、全員! 攻撃を中断せよ!! 魔王城へ帰還するんだ! 今すぐに!」

 

 捕虜が困惑していると、魔王城の中で再び堕天使が出現し、大声で叫んだ。

 

「わ、わかったぞ! 結界は確かに大岩を防いでいる。一方城内の爆発はタイムラグがある。つまり結界の内部に侵入者がいるんだ! こっそり結界に穴を開け、姿隠しの魔法で直撃と同時に魔法を放っている! 結界が貫通しているわけではない。タイミングを合わせて内部から魔法を放っているのだ」

 

 堕天使が俺の策略に気づいたのは、すでに城壁がボロボロになり、突撃した魔王軍のほぼ全軍が無残に壊滅したあとだった。

 

「つ、つまりどういうことだってばよ!」

「このカタパルトが新兵器なんじゃないのか?」

 

 おのおのと震えながら、信じられない表情で尋ねてくるが。

 

「お前たちが破壊したのは、どこにでもある普通のカタパルトだよ。ちょっと結界内部に侵入した奴にタイミングを合わせてな。ドーンって! いやあよく食いついてくれたよ。こっちも無傷とはいえないが、もう城内には殆ど残ってないんじゃないか?」

 

 爆発魔法が使えるのはななっこだけじゃない。彼女ほどの威力はないが。

 そして幹部が減った状態だと、結界の強度が低下する事を聞き出した情報が役にたった。

 思えば結構手間だったな。

 まずななっこの爆発魔法に注目させた隙に、結界破りと姿隠しと潜伏、爆発魔法の使い手の四人を結界内部に送り込み……あとはタイミングよく爆発させた。

 ちなみに内部に侵入した特殊チームは戦闘の最中に脱出済みだ。

 そう、対魔王軍用の新兵器、『衝撃貫通砲』なんて存在しない。屈折魔法を使ったちょっとしたトリックだ。

 敵はありもしない兵器に踊らされ、無意味に突撃し、大被害をこうむった事になる。

 

「ひ、酷すぎる……いくらなんでもこれは」

「外道とかそういうレベルじゃないわ。なんなんだよお前らは」

「俺たちの戦いはなんだったんだ?」

「真面目に魔王軍やるのがアホらしくなってきたぞ。野生に帰っていいかな?」

 

 がっくり膝を付く捕虜達。目には涙を浮かべている奴もいる。

 気持ちはわかる。命を捨ててまで突撃したのに、全て無駄だったのだ。

 

「よし、次の予定を読み上げろ、副隊長」

「はい隊長。まずは捕虜を処理したあと、休息もかねて魔王城の前でティータイムです。残った魔王軍を挑発するため、出来るだけ楽しいレクリエーションの時間を過ごすようにします」

「ご苦労」

 

 計画通り進んでいる事に満足する。

 

「処理って!」

「ま、待て! 俺たちを殺す気か!? い、いや元から命を捨てる覚悟できたんだが」

 

 どよめく捕虜達に。

 

「悪いが生かしておく余裕はない。こっちも一応命がけだからな」

 

 憎しみの目を向けてくるモンスター。

 こんな目に合わされたんだから気持ちはわかる。

 

「だが俺はこう見えて寛大な男だ。お前たちの勇敢な戦いに免じて、魔王城へ返してやろう」

「マサキ! 正気かよ!」

「このまま見逃すだと? 頭がおかしいのか!?」

「ここは大人しく返すとしよう。戻ったら魔王に伝えろ。大人しく降伏しろとな」

 

 怒鳴る紅魔族に反論し、捕虜に告げた。

 戦意を喪失したといえ、敵の生き残りはまだまだ多い。

 いくら武装を取り上げたと言え、殺されるとわかれば死に物狂いの反撃に合う可能性がある。

 ここは大人しく逃げ道を作ってやるべきだ。

 せっかく野戦で勝利したのだし、出来ればこちらもこれ以上の損耗は避けたい。

 それに敵を生かすことが我が軍の利益になる事もある。

 

「敵は突撃が無意味だった事に気付いて戦意はガタガタだ。弱りきった敵が魔王城に戻った所でなんの脅威でもない。それにここで無駄な魔力の消費は抑えたい。魔王攻略にはあと少し時間がかかるのだ」

 

 紅魔族にそう説明するが。

 

「紅魔族の回復力を舐めないで下さい! ほんの仮眠さえ出来れば、すぐに回復しまた戦います!」

「そうだ。ななっこの言うとおり! 生き残りを爆殺したあと、今すぐ魔王城にカチコミにいって更地にしてやるぜ!」

 

 無意味な戦いは避けたいのに。さすが戦争用に改造された戦闘民族だけの事はある。血の気が多いな。

 

「ひいい……」

「く、くるのか?」

「やるならやるぞ!」

 

 怯えるもの、憤るもの、構えるもの、様々な捕虜に。

 

「わかった。では一人一発だけ攻撃を許可をする。それでいいだろう?」

 

 妥協点を見出す事にした。

 

「一発だけとはどういうことだ?」

「つまりだな、これから捕虜は仲良く魔王城へ引き返させる。その際、背後から紅魔族が一人一発ずつ魔法を撃つことは許す。まぁ命がけの鬼ごっこだな。捕虜たちは無事結界内に逃げられればセーフだ」

 

 生き残りを一箇所に集めさせ、ルールを説明した。

 

「まぁ確かに、マサキの言うことにも一理あるな。マナタイトの残りも限度があるし、決戦の分の魔力も残しておかないとな」

「しょうがないですねえ。一発に全てをかけることにしますか」

 

 紅魔族も納得してくれたようだ。ななっこにいたってはいくらマナタイトの加護があったとはいえ、爆発魔法を連射しすぎたせいで鼻血が出ている。

 

「よいか。最後の確認だ。お前たちをここで殺してもよかったんだが、この俺マサキの慈悲に免じて生かしてやることにしたんだからな。もし歯向かうのなら容赦はしないぞ。そのことを肝に銘じておけよ」

「あんたの慈悲に感謝するよ」

「絶対ロクな死に方しねえぞ」

 

 捕虜によく言い聞かせ、変な態度を起こさないように再三警告する。

 

「隊長、捕虜達の拘束を解除しました」

「ではよーい、ドン!」

 

 泣きながら帰っていく捕虜達。背後で魔法を撃つ紅魔族たち。

 逃げる敵を攻撃するのは楽だ。

 

「みんな逃げろおお!」

「もういや! もういや! なにもかもいや!」

「魔王なんて! もう争いなんてこりごりだ!」

「生まれ変わったら……貝になりたい。静かに人生を暮らすんだ。海でも眺めながら……」

 

 一応反転してきたときのための防御は取らせているが、杞憂に終わったようだ。

 

「では予定通りティータイムといくか。だがその前に死体を片付けるぞ。病気にでも感染したら大変だからな」

 

 その場に転がる大量のモンスターの死骸を、みんなで手分けして穴を掘らせ、埋めていった。

 計画の第二段階も無事完了した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 こちらには無敵の魔法使い集団、紅魔族が付いているとはいえ、魔王城のほぼ全軍を相手にしたのだ。

 もちろん無傷とはいえない。

 <サトーズ・フィスト>の上で高級なお茶を飲みながらも、自分の軍勢の損害を確認する。

 

「怪我人は下がらせろ。衛生兵に見てもらえ」

 

 いつの間にか動けなくなったアルタリアも手当てを受けている。

 

「次こそ最後の決戦だ。戦えない奴は控えさせろ。マリンの所へ行け!」

 

 戦いに犠牲はつきもの。だが一番関心を持つべき所は、自軍の被害と敵軍の被害を比べることだ。

 先ほどの戦いで、我が軍よりも魔王軍の方が壊滅的な被害を受けたならいい。

 どうなったか魔王城を千里眼で観察すると。

 

「ダークプリースト! ダークプリーストはいませんか!?」

「回復してくれ! 頼む!」

「薬草はもうないのかよ! おい!」

 

 思ったとおりだ。

 大量の怪我人を城内に戻したため、混沌と化している魔王城内部。

 

「あんたは最強の魔法使いなんだろ? 俺の吹き飛んだ腕を何とかしてくれよ!」

「こっちだ! 腕なんかいいだろ! それより俺の仲間が今にも死にそうなんだ! 早く来てくれ!」

「それより城の修復が先だろ! あの大穴を防がないと」

「武器は余ってないか? さっきの戦いで全部取り上げられちまって!」

 

 魔王城内部では怒号が飛び交っている。

 

「なんでもかんでも我に頼るな! いくら無限の魔力があるといっても、我が肉体は一つなんだぞ? 一度に出来るか!」

 

 正直ウンザリした顔で、仕方なく部下を回復していく最強の魔法使いさん。

 

「我が結界は完全だった! それを聞かずに飛び出して行ったお前らが悪いのだ!」

「なんだと! あんな単純な策に気付かなかったお前のせいだろ!」

「お前が奥に引っ込んだから、俺達が飛び出す羽目になったんじゃねえか!」

「なにおう! ノイズには新兵器があるとか言ったのは貴様らのほうだろうが!」

 

 責任を押し付けあっている魔王軍。ここまでくるともうダメダメだな。

 

「なぁ聞こえるか!? もう一度、こっそり爆撃といこうかな?」

 

 拡声器で魔王城に向けて告げると、反応しピクッと体を止める魔法使い。

 そしてどこかに魔法使いが潜んでいないか、空を飛んで確認を始めた。

 

「二度と通じると思うなよ! 今度こそ結界内に侵入した敵は消し去ってくれる」

 

 どうやら目を閉じ魔力を探っているようだ。

 その分、魔王軍の建て直しが疎かになっている。

 

「からかって来い!」

 

 これだけで十分だった。紅魔族は俺の思惑を理解し、こっそりと結界に近寄り……。

 

「そこかああ! 『ライトニング』」

 

 魔法使いが攻撃をするとすぐに引き返す。

 

「そこだ! そこだ! そこだ!」

 

 様々な方向から結界に近づこうとしては、逃げるを繰り返す紅魔族。

 敵は魔法を浴びせ続けるが狙いが定まらない。

 紅魔族は面白がって結界に軽く魔法を浴びせる。それに過剰反応する敵。

 どうやら完全に疑心暗鬼になっている。

 からかっている間に、俺の軍勢は最終突撃の準備が出来ていた。

 そろそろ最終勧告と行こう。

 

「よく聞けええ! 魔王の軍勢よ! 俺だって、本気でお前らを根絶やしにしたいわけじゃない! 魔王が相手だから、泣く泣くやっているんだ。そこでだ、お前たちが助かる唯一の方法を教えてやる! 魔王の首を俺の元に持ってこい! 魔王の首さえ取れれば、あとはどうでもいい!」

 

 その言葉を聞き、魔王軍に目に見えるほどの動揺が走った。

 

「魔王の首……!?」

「そうすれば、俺たちの命は助かるのか?」

「もうこんな狂った戦争から、おさらばできるのか?」

 

 口々に会話をするモンスターたちに。

 

「貴様らあああ!! 貴様らあああああ! そんな事をしてみろ! 魔王に立ちふさがるものは、この私が成敗してくれる! まずは我をたおしてみろ! さあ、やるならやってみろ!」

 

 激怒して味方に怒鳴りつける堕天使。

 大変だな、あいつも。

 魔王軍がほぼ壊滅した状況で、城を修復し、仲間を回復し、紅魔族が侵入しないか見張り、さらには諦めムードの自軍を鼓舞しなければならない。

 中間管理職の悲しさだろうか。過労死しないか少し心配だ。

 追い込んだのは俺だけど。

 だがこれでいい。そろそろ切り札の登場だ。

 

「よし、ひゅーこ。ようやくお前の出番だ。お前の役目は寝返ってきたモンスターを誘導し、安心させる事だ。同じ元魔王軍としてよおく教えてやれ」

「マサキ、魔王の命令はモンスターにとって絶対だから、いくらこんな事をしても、裏切りなんて起きないわよ? いや多少は、中にいるモンスターたちに同情するけど。今ほど魔王軍じゃなくてよかったと思うときはないわ」

「気にするな。必ず寝返るとも。今のは単なる脅しに過ぎん。俺たちの最後の突撃が終われば間違いなくな。その時は任せたぞ」

 

 ひゅーこを<サトーズ・フィスト>に残し、俺は地上に降りていつもの仲間と共に、決戦へと向かう。

 

「紅魔族の部隊が結界を破り、強引に進入。更に二手に別れ、一つはあの一番厄介な幹部を釘付けにする。もう一つは結界を張っている魔方陣の破壊。その隙に俺達が魔王城内部に進入する」

 

 最終プランを皆へ確認させる。

 全員が高純度のマナタイトを装備し、いつでも魔王城の結界を切り裂いて侵入できるよう待機している。

 

「そのまま魔王を殺せばいいんだろ?」

「違うって何度も説明しただろ! 魔王は放置し、『セーブポイント』を確保する。その時点で残った魔王軍の大半が裏切る。それで勝利だ」

「だからなんだよセーブポイントって!?」

「セーブポイントはセーブポイントだ。ボスの前には必ずあるものだ。とにかくセーブポイントを確保する。それを見た魔王軍が総崩れを起こし、俺の元へ寝返る。こうして独りになった魔王を総攻撃し、戦争は終わる」

「そんな都合のいいものあるのか? 今までは割りといい外道っぷりをみせてくれたけどよ、最後の最後で楽観的過ぎやしないか?」

 

 アルタリアの反論はもっともだ。

 

 ――セーブポイント

 

 無論、そんなものがあるわけがない。

 だが今まで捕虜を拷問し、聞きだした重要な場所だ。この作戦の要になる。

 俺の本当の狙いを聞き、仲間が躊躇わないようにコ-ドネームで呼んでいる。

 

「セーブポイントの確保が、魔王軍に決定的な敗北をもたらす」

 

 念押しに告げる。

 セーブポイントの正体。

 それは魔王城にいる、非戦闘員の住処だ。

 怪我人が送り込まれる医務室もある。

 魔王が城で豪華な生活を送るためには、どうしても戦闘要員以外の魔族が必要になる。

 兵たちの家族もいるだろう。そんな奴らを人質にし、モンスターたちに降伏するよう再三警告するのだ。

 恐怖だ。恐怖こそ戦いの鍵だ。

 仮に寝返らなくても、魔王軍全体に混乱が起きればそれでいい。その間に工作チームが魔方陣を破壊すれば結界は消滅し、あの堕天使も弱体化するだろう。

 

「結界を強引に破り前進だ! これより最後の戦いに向かう! 全員! 英雄になる覚悟は出来ているな!!」

「くっ! くっ! 貴様らなど我一人で片付けてやる! もう部下など頼らん! いつでもかかって来い!」

 

 歯を食いしばりながら答える堕天使。

 愚かな奴め。

 戦争はチームワークだ。

 配下を軽んじるものが、どういう目に合うか。

 この俺がワンマンプレーの限界を教えてやろう。

 限りなく邪道で、外道で、卑劣な方法で。

 計画の最終段階が、間も無くスタートする。

 

 

 

「ノイズの興亡! この一戦にあり! 続けええ!」

「お待ちください隊長!」

「って何? 今一番いいところなんだけど?」

 

 飛び出そうとすると、副隊長に止められた。

 

「隊長! ノイズから緊急通信です!」

「なんの用だ! すぐに魔王をぶっ倒してやるから、少し待つように言えよ!」

「そ、それが……緊急事態の用で。すぐさま隊長に替わるように命令が……」

「よこせ!」

 

 出鼻を挫かれたのでイラつき、受話器を取り不機嫌そうに聞く。

 

「もしもーし、こちらマサキ大隊長! もうすぐ魔王を制圧する。少し待ってろ! 総督にもそう伝えろ!」

『今すぐ! 今すぐ帰還しなさい! 帰還してください! こちらノイズ! 攻撃を受けている! 早く! 早く! 助け――ブツッ』 

 

 俺の言葉を無視し、向こうから怒鳴り声がし、切れた。

 

「見てください! アレ!」

 

 俺と同じ、千里眼スキルを持っている部下が叫んだ。

 俺も同じ手段で眺めると……そこにはノイズが怪物に襲われているのが見えた。

 

「え? え? どうなってるの? なにあれ?」

 

 通信機を取り落とし、呆然と立ち尽くす。

 だがハッと気を取り直し。

 

「ええっと、ヤバイ。マジでヤバイ。このまま全軍撤退! い、いや、そうしたら、魔王城に残ったやつらに反撃を受けるかも。よし、お前ら。いいか、ゆっくり後退だ。こっちの状況がバレたらまずい。あえて後退するように見せかけて……実際に後退する。安全圏になったら全力で逃げる。いいか? いいよな?」

 

 思いもよらない事態に、混乱しながら命令をだす。

 あとはいかに魔王軍を誤魔化せるかだ。

 

「と、と、と突撃の前に、もう一度波状攻撃だ! 予備のカタパルトを組み立て用意!」

「予備なんてありましたっけ?」

「あるんだよ! 無いけど! いいから組立作業に向かえ! それと残存のゴーレムを全て前に出せ! プランDの準備だ!」

「プランD? そんなのありましたっけ?」

「うるせえ! あったんだよ! 今決めたんだよ! 早く準備しろ! やれ!」

 

 もう俺の作戦は滅茶苦茶だ。困惑する部下達。敵も同じく困惑している。俺の顔から余裕が消えて、明らかに戸惑っているのがバレバレだからだ。

 

「あいつは何をやってるんだ?」

「攻めてこないのか? あそこまで言って?」

 

 そうだよね。明らかに変だよね。

 そりゃそうだよね。結界の前からUターンしたら流石におかしいよね?

 

「待て! 相手はあのサトー・マサキだぞ! これも何かの罠の可能性が!」

「ああやってこっちを油断させているのかも」

 

 頼む、俺の悪名よ。俺達が安全圏内に逃げおおせるまで、相手に恐怖を与えておいてくれ。

 

「危なかった。またこっちを誘い出す罠かも」

「そうだ。マサキは人間とは思えないほど外道だからな」

 

 よし! いいぞ。さすが俺。今まで自分でもドン引きするような作戦を次々とやってきてよかった。

 

「おい! 見ろ! あの遠くを! ノイズが炎上しているぞ!」

「マサキが逃げるのは、故郷が破壊されたからだ!」

 

 バレた。

 

「誰だかしらねえが! ありがてえ!」

「よくも今までやってくれたな! 借りを返すときだ! ぶっ殺してやる!」

 

 しかも怒り心頭だ。まぁ俺の仕出かした行為を見れば当たり前か。

 

「全軍退避――!!」

 

 もう隠す必要も無い。

 俺たちは死に物狂いで魔王城から逃げ出した。

 

「あと少しだったのに! ちくしょう! ちくしょーーーーー!!」

 

 

 ――こうして俺の魔王城攻略計画は、あと一歩のところで無残に失敗したのだった。

 




マサキの冒険で一番の外道プレイを書ききった。
あとは落ちていくだけです。あと3話プラスエピローグで終わる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 19話 ゲームオーバー

 散々な目に合った。

 ブチギレした魔王軍の残党に、死ぬほど追いかけられた。

 本来なら絶対に魔王城を離れないはずだったあの堕天使が先頭に立ち、思いっきり魔法を浴びせてきた。

 ゴーレムや<サトーズ・フィスト>を特攻させ、なんとか命がけで逃げ延びて、ようやく紅魔の里までたどり着いたのだが。

 

 自分の屋敷にたどり着き、作戦ルームにて全員を持ち場に付かせると、あることに気付く。

 

「無い!」

 

 俺のコレクションルームに仕舞っていた神器がなくなっている!

 部屋には紙が残されていた。

 手に取ると。

 

『闇に呑まれし神器を回収するために盗賊クリス、神に遣わされただ今参上!! 今宵もまやかしの美しさ、いただきました』

 

「あのアマアアアア!!」

 

 手紙を破きながら叫ぶ。

 

『……追伸。サトー・マサキはもっと勇者らしい戦い方をして下さい』

「余計なお世話だ! 覚えてろ! 今度会ったら元々ない胸をやすりで削ってやる!」

 

 クリスめ! あのエリス教徒の盗賊が! ドサクサに紛れて火事場泥棒とはやってくれる!

 

「ノイズとの交信が完全に途絶えています! 状況は不明! 王も住民もどうなったのか全くわかりません!」

「観測した限りでは、ノイズは完全に崩壊! 全ての建造物が粉砕され炎上しています」

「住民を確認できません。死体は現時点では目視できていませんが……」

 

 一方会議室では、困惑した部下達が右往左往し、怒号が飛び交っている。

 まさか戦闘の最中に国が滅びるとは。

 こんなの想定外すぎる。どうしろっていうんだ。

 

「隊長! 大変です! 魔王軍だけでなく、ベルゼルグ王国も、マサキ隊長の首に賞金をかけました!」

「そんな報告聞きたくない!」

 

 頭を抱えながら、部下に怒鳴り返す。

 なんでだ? なんでこうなった? 俺が賞金首だと? わけがわからない。

 

「いわくノイズを襲撃した原因は、マサキ隊長のクーデターだとか……?」

「ありえんわ! 魔王侵攻の真っ最中だったんだぞ! あのタイミングでクーデター起こすバカがどこにいるんだ! 魔王軍の反撃で我が軍は壊滅だぞ!? 堕天使はめっちゃ怖かったし! 実際に死ぬかと思ったわ!」

 

 報告者に必死で反論するが。

 

「我々に言われましても……。ベルゼルグ国に説明しなければ意味が……」

「わかってるよ畜生! でもベルゼルグの俺に対する評価は最悪なんだよ。かって俺がやったことは……、アクセルを水没させ、裁判を暴動でぶち壊し、アルカンレティアでも事件を起こして、仕舞いにゃ女騎士を人質に見舞金をふんだくった。これで説得が出来ると思う奴はバカだ! こんなことになるならもっとまともに生きればよかったよ!」

 

 困った顔の部下に、諦めの顔をしながら愚痴っていた。

 なんてこった。いままでやってきた悪事が全て自分に帰ってくる。

 そういえば誰かが言ってたな。いつか罰が当たるって。

 今がその時か。ついに幸運の女神に見放されたのか。

 

「やったことは仕方ない。仕方ないだろ!? 今は悪い事ばかりだ! いい報告はないのかよ! くっそう!」

 

 うなだれる俺を、部下が残念そうな顔で見ている。

 俺が今まで好き勝手してこれたのは、魔王退治という大義名分があったからだ。

 ノイズの援助が無くなったこの状況では、それはもはや不可能になった。

 

「あの蜘蛛の化け物……アレは一体なんなんですか!? ノイズが……俺たちの祖国が……」

「……母さんは無事だろうか?」

「ノイズには私の恋人が住んでいたのよ! 魔王軍を倒したら結婚しようって! それがどうしてこんな……」

「隊長が、いや誰が止めようと! 俺はノイズに行くぞ! みんなが無事か確かめるんだ」

 

 俺の部下、ブラックネス・スクワッドには悲壮感が漂っている。 

 無理もないだろう。こんな理不尽な目に合ったのだから。

 俺だって最悪だ。悪魔が夢で言ってた巨大な蜘蛛ってアレの事かよ!

 本当に最悪だ! 

 俺の綿密なプランをことごとく破壊してくれた。

 

「待て! まずは部隊を編成しなおす! 支援物資をなんとかかき集めるから、それまで少しの間だがこらえてくれ!」

 

 今にも飛び出していきそうな部下達を説得し、何か自分に出来ることはないか考え直す。

 彼らの悲しげで、暗い表情を見ていると冷静になってきた。

 そうだ、ここで部下に当たっても仕方ない。彼らの隊長として、やるべきことをするのだ。

 俺にはこの世界に故郷なんてない。だが彼らにはある。いやあったのだった。

 そんな彼らの故郷が破壊されたのだ。魔王でもなく、予想だにしなかった方向から。

 外道プレイはもう終わりにしよう。もう遅いかもしれないが、心を入れ替えて働こう。

 故郷をなくした、今まで俺なんかのために尽くしてきてくれた部下のために。

 それがノイズの大隊長として任命された俺の責任のはずだ。

 

 ――そう決心していると。

 

 

「何かあったのか?」

 

 家から出ると紅魔族が全員集合していた。

 

「マサキ、お前の野望はここで終わりだぜ。いい加減観念しな!」

 

 眼を赤く光らせて、いっくんを中心にした紅魔族が俺を取り囲む。

 

「どういうつもりだ?」

「賞金首を捕まえにきた。ただそれだけだよ」

 

 観念しろ、という風にいっくんは言った。

 

「マサキ様に手を出すなら、この私が全員つぶしてあげますよ!」

「やってみなさいプロトタイプ! いつまでもあなたが最強だと思ったら大間違いです!」

 

 睨みあうレイとななっこ。

 

「下がれレイ。こいつらの話を聞いてみよう」

 

 まずはいっくんに、何が目的か尋ねるとしよう。

 

「ノイズがこんな事になったというのに、なんのつもりだ!? 今こそ協力して救助に向かうときだぞ! ノイズが生んだ改造人間であるお前たちにも手伝ってもらう! 下らない事をしてないで準備をしろ!」

 

 怒って説教をすると。

 

「何を言っている? ノイズ? 改造人間? そんなの知らないな」

「我々は古より続く、伝統ある魔法使い魔法使いの一族!」

「厄災をもたらす者マサキよ! お前の封印こそが我が一族の宿命! 今日この時こそ、古代からの因果を断ち切る!」

「神話の時代から継承された聖なる魔法。その輝きを見よ」

 

 なにを言っているんだこいつらは。

 誰が厄災だ。なんだその設定。

 なにが古より続くだ。出来て一年もたってないだろ。

 絶対今考えただろ。

 つっこみたいことはたくさんあるのだが。

 

「で、なにが目的だ?」

「我が名は紅魔族のリーダー、いっくん! そして我が目の前にいるのは! 危険なテロリスト、サトー・マサキ! お前の身柄を拘束する!」

「……なるほどな。俺の首を差し出し、ベルゼルグに取り入る気か。貴様らほどの魔法使いなら、どこの国でも引く手あまただろうな。だがな! 貴様らを作ったのはノイズだ! 力を与えたのもノイズ! お前ら全員ノイズの所有物だ! 勝手な真似はさせん!」

 

 紅魔族がどこに所属しているか再確認させるが。

 

「何言ってんだ! ノイズは滅んだぞ!」

「まだだ。まだ滅んではいないとも。俺がいる。俺がノイズだ」

「お前が? ひゃはははは、笑わせんなよ! 誰もお前なんか認めねえ! もうノイズには縛られない! 紅魔族は自由だ!」

 

 無視して構わず独立宣言をするいっくん。

 

「俺は心を入れ替えた。目的も変わった。これからは魔王退治ではなく、ノイズのために尽くすつもりだ。そんな俺に逆らうと言うのか? これは反逆だぞ!」

「バカも休み休み言えよ! お前が今までなにをしたか忘れたのかよサトー隊長さんよ! 心を入れ替えただって!? 口ではなんとでも言えるさ。あんたはやりすぎたんだよ」

 

 ……言い返せん。

 なんというぐうの音も出ない正論。

 

「ともかく、俺たちはノイズなんかどうでもいい。紅魔族は紅魔族だけでやっていくさ。話し合って決めたんだ。そのためにまずはベルゼルグとの関係をよくしとかないとな。そのためにはマサキ、あんたは邪魔だ。安心しな、命までは取るつもりはない。向こうの牢屋でせいぜい改心するんだな」

 

 そうか。

 こいつらは改造で過去の記憶がないのだ。

 ノイズは彼らにとっても故郷だったはずだが、ほぼ覚えていないんだ。

 紅魔族にとって故郷は紅魔の里。ノイズではないのだ。

 

「いい話を聞いたぞ。そういう事か。もうお前たちにとってノイズは必要ないと? 本当にどうでもいのか?」

 

 これは失点だぞ紅魔族。目の前にいる赤い眼をした男を、心の中で嘲った。

 

「くどいなああんた。紅魔族は魔法のエキスパートだ。何だって出来るし作れる。ノイズなんて知るか。ま、俺たちが安定したら、ノイズの残党の世話をしてやってもいい。だがまずは自分達の生活基盤が先だ!」

 

 その言葉を聞き、にやりと笑う。

 

「……やはり、準備しておいて正解だったな。本来なら使いたくなかったが、引き金を引いたのは貴様らのほうだ。俺を捕まえるだって? やってみろ。出来るものならな。『対R戦術』発動!」

 

 俺を取り囲む紅魔族。その紅魔族をさらに取り囲む、ブラックネス・スクワッド。俺が会話しているあいだに密かに潜伏スキルで配置についていた。

 

「い、いつの間に! 『カースド……』」

「もう遅い! 『マジックキャンセラー』」

 

 紅魔族が魔法を唱えるが不発に終わった。

 

『マジックキャンセラー』

『バインド』

『バインド』

『マジックキャンセラー』

『バインド』

『バインド』

 

 あっという間に紅魔族を組み伏せる黒の部隊。どんなに強かろうと所詮は魔法使い。

 初手の魔法さえ封じることが出来れば、近づいて倒して終わりだ。

 

「制圧!」

「動くな!」

「よくも! よくも! 自分だけ! 助かろうと!」

 

 詠唱出来ないように口をふさがれ、激怒した黒の部隊に次々と確保されていく紅魔族。

 

「紹介が遅れたな。彼らはブラックネス・スクワッド。正式名称は紅魔族補助隊。だが真の目的は貴様らが反抗したとき、制圧するために鍛えた我が精鋭。あの倉庫にある誇り被った蛇の欠陥品ではない。彼らこそ本物の『魔術師殺し』だ」

 

 ブラックネス・スクワッドの活躍を見て満足して言い放つ。

 

「自分達の強さを過信したな? この俺がなんの備えもなく紅魔族を放置したと思っていたのか? 想像力が足りんな。知能の高さもそれでは持ち腐れだ」

「この程度で俺たちを止めたつもりかよ! 詠唱無しでもお前らなんて……!」

 

 辛うじて逃げたいっくんが、そこまで言いかけたところでピタリと言葉を止めた。

 

 

 俺の手あるのは禁断の毒ガス兵器。デッドリーポイズンスライムガスの容器。

 

 ――髑髏の描かれた無機質な容器を見て。

 

「…………なんて……いや、話の続きと行こうか、……サトー大隊長」

 

 いっくんは引きつった顔でゴクリと喉をならした。

 

 

 

「全員ガスマスクを装着せよ!」

「ストップ! 降伏! 降伏するから!」

 

 俺の号令を聞き、慌てて両手をあげるいっくん。

 

「毒ガス兵器は使用禁止だろ!? なんで持ってるんだよ!」

「禁止はされたさ。しかし生産は続けていた。いざという時の切り札にな。こういうときに使うのさ。なぁBCMW-001よ。フン」

 

 いっくんの背後に回り、槍を突きつけて言った。

 

「ま、待て! わかった。黒の部隊、ブラックネス・スクワッドよ! 悪いのはマサキだ! お前たちのことも助けてやる!」

「耳を貸すな! こいつは自分達だけ生き延びようとした男だぞ! どうせ用が済めば見捨てるに決まってる! 惑わされるな!」

 

 この男!

 力で勝てないとわかれば今度は俺の配下、ブラックネス・スクワッドを甘い言葉で懐柔する気か。

 

「俺たちの目的はマサキだけだ! そいつの首にかかった賞金を元手に、ノイズを復興させよう! 約束するから! 頼むから放してくれよ! 最強の紅魔族と組めばこの世界は手にしたも同然だぞ?」

「お前たちにあるのは魔法使いとしての強さだけだ。金も稼げば手に入るだろうが、すぐに用意は出来ん! 俺にはあるぞ! 金も食料もいざという時のために保存してある。救援を待つノイズには持って来いだ!」

 

 俺といっくんは互いに、どっちに付くのが得か全員の前で説明しあう。

 

「さっき言った事は、本当だぞ! ノイズを見捨てたわけじゃない。少し後回しにするつもりだっただけだ。だけどやっぱり、俺達は同じノイズの民だ! ノイズの救援を先にしよう! それにマサキさえ渡せばベルゼルグも満足するだろ? 援助だってくるかもしれない! 障害なのはどう考えても厄災マサキだ!」

「もういい! それ以上喋るなら……この場で始末してくれる! 俺がどういう人間か、よおく知っているだろう? 味わってみるか!?」

 

 槍で突き刺そうと狙いを付けると。

 

「よ、よせ! 悪かった! 悪かったって。冗談だよな?」

「俺は下らん冗談は嫌いだ! 特に笑えないのはな! こうなったらモンスターだろうが人間だろうが関係ない! ぶっ殺してやるわああああ!」

「や、やめろお! マジであぶねっ!」

 

 構わず命乞いをするいっくんに迫る。

 

「いっくん! 私たちに構わず逃げ――むぐぅ!」

「安心しなさい7番! 1番が死ねば、次は私があなたを始末してあげます。マサキ様にはむかった罪! 断じて見逃すことは出来ないですからねえ!」

 

 レイは紅い眼を光らせ、ななっこを地面に押さえつけている。

 

「た、隊長! やりすぎですよ!」

「な、なにも殺すことは……」

「見捨てようとしたのはムカつくけど、そこまでする?」

 

 紅魔族を捕らえてはいるものの、引き気味のブラックネス・スクワッド。

 

「こうなったらとことん堕ちてやるよ! さっきまでは真面目にやろうと思ってたのにヤメだヤメ! 人殺しだろうがなんだろうが知るか! 話を聞かない奴は処分してやる! 見せしめだ! 今日からより磨きのかかった正真正銘の悪党になってやるぜええええ!!」

 

 もはや全てどうでもいい。やけくそ気味に槍を振り回し、いっくんを追い立てていると。

 

 

「いい加減にしなさい! マサキ!!」

「ぐふっ」

 

 緊張した空気が張り詰める中、マリンが俺を殴った。

 

「ざまあみろ! 今すぐあの卑劣漢にやり返せ!」

 

 いっくんは倒れた俺に向けて魔法を唱え始め……。

 

「あなた達もです!」

「はい」

 

 マリンに睨まれ、しゅんとする紅魔族たちだった。

 

 

 ……そして俺は、いや俺達は、散々マリンに正論で説教されることになった。

 

 

 

「みんな落ち着きましたか!? 我らが反目しあってどうするのです! 一致団結し、あの暴れまわる怪物を止めるのです! それが我々ノイズ生き残りの使命じゃないのですか!?」

 

 俺といっくんの二人はマリンの前で正座している。後ろに同じく正座するそれぞれの仲間たち。

 

「こいつらが!」

「こいつが悪い!」

 

 罪を押し付けあっていると。

 

「まとめて『セイクリッド・ブロー』を食らわせますわよ?」

「「すいませんでした!」」

 

 マリンのひと睨みに怯え、二人で土下座した。

 

「マリン、マサキ様のやり方に口を出すのは――」

「お前は空気読め! いいから座ってろ! 座ってください!」

 

 この反省ムードの空気の中だろうが、お構いなしで立っていたレイを座らせる。

 

「私なにもしてねえよな? マジで私何もしてねえよな?」

「止めなかったから同罪ですわ!」

「ええー」

 

 アルタリアは納得いかないと言った顔でマリンにぶーぶー文句をたれていた。

 

 

「あの怪物を破壊するのも重要ですが、その前にノイズに向かい、住民の安否を確認するのが先ですわね! すぐに準備しましょう!」

 

 マリンがこれからの目標を告げる。

 

「俺が間違ってたよマリンさん! 自分達だけ助かろうなんて最低だよな」

「そうだマリンさん! みんなでノイズを助けに行こう!!」

 

 紅魔族が答える。

 

「マリン軍医! アークプリーストのあなたこそノイズには欠かせない人材です!」

「きっとノイズの国民はマリン軍医の助けを待っていますとも! 早く行きましょう!」

 

 ブラックネス・スクワッドも答える。

 

「手を合わせよう! 赤と黒の部隊が力を合わせれば、どんな困難も乗り越えれる!」

「勿論です。光栄ですよ。こんな日をずっと夢見ていました」

 

 いっくんと副隊長が硬い握手をする。

 いい光景だ。

 紅魔族もブラックネス・スクワッドも、この苦難の時に、互いに手を取り合って――

 

 

 ん……?

 いや、おいなんだこれ?

 リーダーシップがいつの間にか俺からマリンに移ってるんだけど。っていうかマリンが言った事って、俺が言った事と全く一緒じゃね?

 なんで紅魔族はマリンには素直に従うんだよ。

 

「おい隊長はこの俺だぞ! お前らいつの間に――」

 

 つい叫ぶが、みんなの冷たい目で見られてふと気付いてしまった。

 先ほど取り乱して大暴れしたことで、皆からの信頼を失ったことに。

 

「……でも今はマリンに権限を譲ります。俺は隊長らしく、食料物資でも運んできます。すいませんでした」

 

 仕方なく頭を下げて影に引っ込むことにした。

 

 

「やってらんねーぜ。まぁ今は俺よりマリンの方が適任か。俺がトップじゃ、色々角が立つだろうし……」

「マサキ様からリーダーの座を奪うとは。マリン、やはり我が宿敵!!」

「言うなよレイ。この状況でみんなが必要としているのは外道じゃない。正しい人間なんだ。俺たちの中で一番まともなのは……一応マリンだろ?」

「それは理解してますけど、妥協するのはやっぱり嫌いですよ」

 

 俺が悪いとわかっているのに苛立ってくれるレイ。でもキレずに愚痴るだけですむなんて丸くなったのかな。

 

「なぁ? やっぱり私悪くないよな?」

「そうかもね。でもその話はあとで。これから隠した物資を取ってくるから、手伝ってくれよ」

「勝ったほうが正しいはずだろ? あの紅いのを倒しちまったんだから、マサキが正しかったんじゃねーか?」

「お前はブレろ! いい加減、力以外の解決方法も学ぼうぜ? アルタリア」

 

 アルタリアは相変わらずだ。少しも成長してない。いや出会った時からすでに手遅れだったのかも。矯正不可だ。

 俺が言うのもなんだけど。

 

「滅んだも同然の国の職にこだわった所で何の価値もねえ。あとはマリンに任せるとするか。思えば隊長職も結構大変だったし、やめだやめ!」

 

 戦いは終わったのだ。俺の負けで。

 戦いが無いのなら、鬼畜外道のマサキ隊長はいらない。

 現状ノイズは戦いどころじゃない。

 俺も当分は大人しくして、賞金が取り消されるまで待つか。

 ノイズの後片付けが終わったら、もう野望も何もかも捨てて、どこか遠いところで面白おかしくニート生活も悪くない。

 

 ――ふとそんな事を思っていると。

 

「大変だ! あの怪物が! この紅魔の里に向かってるぞ!」

 

 紅魔の里にて、誰かが叫ぶ。

 千里眼スキルで見ると、その言葉通り、あの蜘蛛の怪物、機動要塞がこの紅魔の里目掛けて突撃してくるのがわかった。

 接近まであと数時間というところだろうか。

 

「……ではマリン隊長、指示をお願いします!」

 

 ビシッとマリンに敬礼すると。

 

「ふざけないで下さいマサキ! 隊長はあなたでしょう! 早く指揮を取ってください!」

「ええー」

 

 悲しいかな、マリンの天下はすぐ終わった。

 この世界は新たな戦いに飢えていた。

 戦いが始まれば必要になるのは真人間でなく狂人だ。敵に容赦せず、冷酷で合理的で、徹底した行動を起こせる狂人なのだ。

 先ほどあれだけ俺の事を敵視してきた紅魔族も、嫌そうな顔をしながらも期待の目で見てくる。

 

「しょうがねえなあ! やればいいんだろ!? やれば! 当分戦いはやめようと思った矢先にこれだ! 何もかも俺の思い通りにいかない! だがいいよ! やるよ! はいはい鬼畜外道のマサキ隊長が、いつもみたいに非道な手を使いますよ!? でもなんもねえからな! 策とかなんも用意してないから! 負けても文句言うなよ!」

 

 俺達の戦いはこれからだ!

 てか終わりたかったのにちくしょー!

 




残りこの話を含め三話+エピローグの予定でしたが、思ったより文章が長くなったので更に一話追加します。
中々思い通りにいかねえー!
投げ出さないので安心してください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 20話 超巨大機動要塞戦

 どうやらノイズを破壊した化け物は、それだけでは満足せず紅魔の里をも目標に定めたようだ。

 軽い振動を感じる……それが段々と大きくなっていくのもわかる。

 作戦室にて、立体投影された地図で里と敵の位置を確認する。

 魔道カメラを付けた鳥を使い、空から機動要塞を偵察させている。

 時間はあまり無い。

 その前に最後の確認だ。

 

「敵の、あの怪物の情報は!?」

「不明です!」

「武装は!?」

「不明です!」

「弱点は!?」

「不明です!」

「くっ!」

 

 報告を聞き、思わず悔しがる。

 いやわかるけども。情報があるならとっくの前に俺の耳に入ってる。

 オロオロ頭を抱えていると、投影された映像が一つ一つ消えていった。

 敵は対空兵器も装備しているようだ。空中からの攻撃は不可能か。そもそも飛べないけど。

 

「そんなんで戦いが出来るか!? 敵を倒すには敵を知らないとダメなんだぞ! 何もかも不明とか舐めてんのか! 俺が魔王を倒すためにどれだけ情報を集めたかわかるだろ!?」

「あの巨大な建造物についてわかっているのは……『機動要塞』というコードネームのみです。なにしろ巨額の国家予算をかけて作り上げたそうですからね。機密事項のため、関係者以外には閲覧を許可されていませんでした」

「はぁー……そうだよな。そうだよなあ」

 

 ため息が出る。

 なんでもいい。情報が欲しい。あの巨大な怪物、おそらくノイズが作り出した最悪の超兵器の情報が。

 ……作り出した張本人のノイズは潰されてしまったが。

 

「隊長! 秘密施設からこんなものが。暗号か何かで書いてありますので、私には読めませんが」

「暗号もクソも日本語じゃねえか。なになに……」

 

 渡されたメモを読んでみると。

 

『……はぁーー。機動要塞ってなんだよ。バカじゃねーの? 作りたければ勝手に作ればいいだろ。どうして俺がやらんきゃなんねえんだよ。無理に決まってるだろ! お前所長だろ?って言われたけど、知ったこっちゃねー! やらなきゃ所長クビだって!? クビでいいわ! いいって言ってるのに! 誰も俺の言うこと聞いてくんない。……っというか超大型の兵器作るんだったら人型合体ロボでよかったじゃん。なんであっちは却下したんだよ! どう違うんだよ! それならテンションあがるのに! この国アレだ。クソだわ。終わってるわ。あーもうやってらんねーよ! こうなったらバカのフリでもして逃げよ。なんかいい方法ねーかなあー? そうだよ、裸で走り回るってのは……』

 

 ……メモはここで終わった。

 何やってんだあの博士は。それとこの国は。

 

「……なんの参考にもならんな。これで全部か?」

「はい」

 

 残念そうに首を振る副隊長。

 

「ノイズに行って生き残りと話せれば……詳細が聞けるかもしれないが、そんな暇は無いか」

 

 そうだ。もう時間は無い。

 やるしかないのか。

 正体不明の敵と、勝つか負けるかわからない無謀な戦いを。

 今までの戦いではまず敵のデータを調べ、弱点となる方法をみつけて倒してきたのに。まぁゴリ押しもあったけど。

 敵が何なのかもわからず闇雲に迎え撃ち、自分達が強ければ勝ち、相手の方が強ければ負ける。

 なんてシンプルなんだろう。

 本当に俺らしくも無いクソな戦いだ。

 

「全員聞け! 戦術を告げるぞ」

 

 最後の号令に、ブラックネス・スクワッドも、紅魔族も、無言で耳を傾けた。

 

「紅魔族が魔法で攻撃、黒の部隊が撤退の援助だ。魔法を撃ち終えた紅魔族と共にテレポートで逃げる。使えない奴にはマナタイトを渡しておく。これで紅魔族の魔力を無理やり回復させた後、テレポートを使わせろ」

 

 作戦は単純だ。遠距離から魔法で攻撃し、無理だったらテレポートで逃げる。

 

「全員無茶をするなよ。紅魔の里が破壊されてもまた作り直せばいい。この里はかって魔王軍に蹂躙されたが、すぐさま復興した! それを思い出せ! 壊せないようなら逃げるんだ! いいな!?」 

「前のはほぼ毒ガスのせいだろ?」

「マサキが里中にデッドリーポイズンスライムを放ったから、除染が大変だったんだぞ?」

 

 紅魔族の無粋なつっこみが入るが。

 

「それを言うなよ。とにかくこの里を可能な限り守るつもりだが、無理なら全力で逃げる。俺は逃げるからお前らもちゃんと逃げろよ! 逃げ遅れたやつは知らん。いいな!」

 

 とにかく逃げろ。逃げる事こそ全てだと、全員に強く説明した。

 

「私は何するんだ!? こんな面白そうな戦いを待っていたんだ! やらせろ! やらせろ!」

 

 期待の眼差しで眺めるアルタリア。

 つーか楽しそうだなあ。こんなときだってのに。

 

「アルタリアの役目は救助だな。そのスピードを生かしてな、やばそうな仲間を助けてやれ」

「ええー。私だって戦いてえよ! 救助なんてねえぜ。前線で戦わせろよ」

「あの巨体相手にお前が何の役にたつんだ?」

 

 聞き返すと。

 

「あんなもんぶっ壊し――。……うーん? イヤイヤ、さすがに無理かー。救助するわ」

 

 彼女も無理があると気付いたのか、こくこくと頷いた。

 

「よし! わかってくれて嬉しい。いいか? 俺は勝つことが好きだ。結果が全てだった。だが命がなくなれば終わりだ。今回の戦いでは生き延びることこそが本当の勝利だ。生きていればあの機動要塞を破壊する方法が見つかるかもしれない。欲しいのはアレとの戦闘記録だ。情報を集め、次に生かすのだ」

 

 そうだ。この戦いで敗れようとも次がある。生きてさえいれば。

 俺は賞金首で、世界中の嫌われ者になったが、それでもまだ終わっていない。終わる気は無い。どんな手を使ってでも権力を取り戻してみせる。

 そのためには機動要塞と戦ったという実績が必要だ。

 ただ逃げただけでは賞金首のままで、臆病者のままで終わる。例え負けようが抗った事を世界に示さないとならない。

 これは最終決戦じゃない。俺の最終的な勝利のための布石だ。どうなるかはまだ自分にもまるでわからないが。

 フン。この世界に来て、ここまで先が見えない戦いなんて久しぶりだ。勝っても負けても、その後が全く予測できない。

 面白い! いや嘘だ。全然面白くない! 普通の勇者ならこういうときにワクワクしたり燃えたりするんだろうが、俺は違う。予想外すぎることなんて嫌いだ。

 

「では各自バラバラにテレポートで避難した後、この座標に集結しろ」

 

 個人的な魔道具を投影装置に挿入し、スクリーンに地図のある地点を点滅させる。

 

「ここに何があるんです?」

「俺の個人的な秘密基地だ。いろんなものが揃ってる。どうせ後で行く予定だったから丁度いい。今回の戦闘に加わらない奴らは先に行け。ほら、ひゅーことか」

 

 紅魔の里からもノイズからも離れたある場所。あそこには色々ある。俺の悪事がつまっている。本当なら隠しておきたかったんだがこの際そんなことは言ってられない。

 

「基本はこれでいくとして、他に何か無いか!? 使えるものは何でも使うぞ!」

 

 自分の作戦を説明した後、その場の全員に意見を聞くことにした。

 

「『魔術師殺し』!」

「却下! 機動要塞が魔法を使うとは限らん。一番危険なのはあの図体で押しつぶされることだ。そもそもあのポンコツ動かねえし! 仕舞っとけ!」

 

 首を振って答える。

 

「『レールガン』!」

「……使えるかもしれん」

 

 レールガン、その言葉にピクッと反応して頷く。

 

「一番運の強いやつは? 命中率は運に大きく左右される。なるべく運の強いやつ!」

「……全員の冒険者カードを照合した結果、運のステータスが一番高いのは、BCMW-01こといっくんですね」

 

 副官の言葉を聞き、紅魔族のリーダー、いっくんにみんなの注目が集まる。

 

「よりによってお前かよ」

「こっちの台詞だよ!」

 

 ぼやく俺の声を聞き、言い返すいっくん。

 

「まぁいい。いっくんに任せる。レールガンの操縦は出来るよな?」

「前撃ったときと一緒だろ? 簡単さ。もう充填済みだろうから一人でも使えるよ。魔力を注ぎ込む必要は無いぜ」

 

 前回は一発撃つのに紅魔族の半数が魔力切れになってたっけ。

 だがすでに充電済みなら問題ない。

 そういえばまだ俺は実物を見てなかった。博士から適当に作ったから、いつ壊れてもおかしくないと聞き、放置していたのだ。

 そんな不確かなものを作戦に使うのは嫌だが、この際どんなものでも構わない。

 レールガンは紅魔の里の中心に高くそびえたつ、防衛用のタワーに設置してあるはずだ。

 あそこからなら里全体が見渡せる。指揮には持って来いの場所だ。

 

「全員配置に付け! 俺はいっくんと砲塔に向かいそこで指揮を取る! 作戦開始だ!」

「「「「了解!!!」」」」

 

 声を揃えて答えるブラックネス・スクワッド。

 

「やるか」

「ま、しゃーねえでしょ」

「ノイズの後始末は、同じくノイズに作られた私達がつけましょう」

「こういうの燃えるよな! 滅びた祖国のために立ち上がるとか、まるでおとぎ話の主人公じゃないか!」

「ノイズのために! これは復讐の烽火だ! 覚悟しろ機動要塞!」

 

 ……一方紅魔族はバラバラだ。

 でも機動要塞と戦う、その心は一つだ。一つの筈だ。そうであってくれ。

 それぞれ迎え撃つために走り出した。

 

 ……接近まであと一時間と言ったところか。

 いっくんと共に階段を登り、砲塔の頂上までたどり着くと、そこにはレーザー砲台があった。どうみてもこれが『レールガン』だろう。

 

「なるほど、こいつは強そうだな」

 

 ゴテゴテした金属や配線コードに覆われた、SFっぽい機械的な巨砲が備え付けられているのをみて納得する。

 すぐ隣には照準装置が付いた座席があり、すかさずいっくんが乗り込む。

 

「見てろよマサキ、これさえあれば相手が魔術師殺しだろうが魔王だろうが、機動要塞だろうが仕留めてやるぜ! これには狙撃スキルも付いているからな。ってあれっ?」

 

 自信満々に座ったいっくんだが、急に困った表情をしてこちらを振り向いた。

 

『エラーです。照準システムの起動に失敗しました』

 

 と、同時に砲塔内でアナウンスが鳴り響いた。照準座席の前のモニターが赤く表示される。

 

「どういうことだよいっくん! お前簡単に撃てるって言ったじゃねえか!」

「いや待てよ、確かに前はこれでよかったんだよ! おかしいな?」

 

 俺といっくんは二人で言い争いを続ける。

 

『エラーです。照準システムに致命的な問題が発生しました。ロックオンが出来ません』

 

 そんな俺たち二人の狼狽を嘲笑うかのように告げるアナウンス。

 

「クソ! うるせえ! なにか変わったところは無いか? 前撃ったときと今で違うことは!?」

「なにもねえよ! ここに洗濯物が干してあるだけで!」

「なんであいつはこんな所に洗濯物を! まさかこの中に重要なパーツが混じっているかもしれん! 探すぞ!」

「「よいしょ!!」」

 

 二人で協力して洗濯物を仕舞うと。

 

「やっぱなんもねえな。普通の白衣が干しているだけだ」

「ポケットもよく探せよ。クソ! もう時間がねえってのに。このまま動かないならレールガン抜きでやるぞ!」

 

 必死で白衣になにか入ってないか漁っていると、あることに気付いた。

 

「……おい待て。いやちょっと待て。なんだこの物干し竿は!」

 

 洗濯物の方ばかり注目してて気付かなかったが、物干し竿だと思っていたものは、物々しく、長大なライフルだった。

 

『エラーです。レールガンをセットしてください』

 

 さっきからこの機械はなにを言っているのか、もう一度思い出せ。

 ……照準システム? 照準システムのエラー? レールガンのエラーではなくて?

 

「おいまさか。ちょっと手伝え」

 

 ゴテゴテした機械の横を確認してみると、案の定継ぎ目がある。

 ロックしてある金具をずらすとパカっと開き、内部に細長い空間が見える。

 恐る恐る物干し竿ライフルを入れると、隙間に丁度ピッタリ収まった。

 

『システムクリアー。標準システム起動成功。レールガンセット完了。充電終了。発射可能です』

 

 照準のモニターがグリーンに変わり、『ROCK』と『FULL』の文字が点滅している。

 

「おい! どうやったんだマサキ! 上手くいったぞ!?」

 

 白衣を調べていたいっくんが俺に尋ねる。

 

「み、認めたくないが、この物々しい砲台は単なる照準装置だ。充電器も兼ねてるかもしれないけどな。で、さっきあった物干し竿みたいなのが、『レールガン』だ」

「なんだってー!」

 

 驚きの声をあげるいっくん。

 

「い、いやそんなまさか!? あの細長いのが!? 馬鹿にしてんのか!?」

 

 信じられないといった顔をするいっくんの前で、もう一度物干し竿を取り外すと。

 

『エラー! 照準システム使用不可。レールガンを再セットして下さい』

「な?」

 

 物干し竿みたいな長いライフルを指して言った。

 

「え!? 『レールガン』は、『魔術師殺し』にも対抗できるマスターの最強の発明品で。我々紅魔族の切り札で……。ええ!? それが!? その長いのが!?」

「そうだ! あのハゲ博士! ふざけた兵器ばっかり作りやがって! 殺意が沸いてくるわ! 今度会ったらぶん殴ってやる!」

 

 レールガンを再設置し、照準システムを作動させて呟いた。

 

「なあ! 俺はいまだに納得できないんだけど!! 『レールガン』の新の姿がこんなんだと知ったら、里のみんなは悲しむぞ!?」 

「だったら黙っとけばいいだろ!? とにかくこのおふざけ兵器は動くようだ。下らん手間をかけさせやがって! 戦いに備えるぞ!」

 

 未だぎゃーぎゃー言う男を照準席に座らせ、全軍に準備完了の知らせを告げた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ついに来たぞ! まずは第一陣と行くか」

 

 千里眼スキルを使い、機動要塞をこの目にはっきりと映す。

 大きな足が一つ、一つ地面に下りるたび、ビリビリと振動が里中に響く。

 ここまで震えが来るとは。

 なんてでかさだ。重さだ。

 そして――

 

「――早い」

 

 物凄いスピードで迫ってくる蜘蛛の巨体。赤く光る七つの眼が、こちらを睨みつけている。

 まさしく破壊の化身。周辺にある森だろうがなんだろうが、踏み砕いてまっすぐ進む。

 あの無敵の行進を止められるものは誰もいないだろう。

 いや本当にそうか?

 試してやろう。 

 

「迎え撃て! プランA!」

 

 隊列をなした紅魔族が逃げずに立ち向かう。

 

『ファイアーボール』

『ファイアーボール』

『カースド・ライトニング!』

『カースド・ライトニング!』

『ライトニング・ストライク!』

 

 巨大な怪物目掛け、遠距離から次々と高威力の魔法を撃ちこむ紅魔族だが。

 

「効いてません!」

「やはり……あのサイズでは」

「無念だ! テレポートを頼む!」

 

 ブラックネス・スクワッドと共に次々と消えていく紅魔族たち。

 

「真打ち登場! 我こそは最強の紅魔族にして、里の守護者ななっこ! 爆発魔法の伝説はここから始まる――って早い! 早すぎです! 名乗りを上げる時間も無いのですか!」

 

 残ったななっこがポーズを決めるが、構わず無視して前進する機動要塞。

 

「人の世にっ! 『爆発魔法』! 生まれしころより……『爆発魔法』! 爆発道ぃ!! 『爆発魔法』!」

 

 伊達に最強を名乗っているわけではなさそうだ。当たれば即死どころか死体すら残らないような破壊力をこめた魔法が、次々と機動要塞目掛けて轟音と共に降り注ぐ。

 その激しい光の点滅はここまで届き、空を真っ赤に染め上げた。

 どちらが破壊の化身かわかったものではない。

 衝撃だけで周辺の木々はたちまち薙ぎ倒され、引き起こした風が台風のように物を持ち上げている。

 

 だが……。

 

「なっ!」

 

 思わず声をあげるななっこ。

 機動要塞は無傷だった。

 透明な膜の様なものに遮られ、魔法での攻撃をことごとく弾いている。

 

「撤退しろ! どうやら結界を装備しているようだ。魔法ではどうしようもない! 引き返せ!」

「ぐぬぬ……。私の爆発魔法が敗れたわけではないです。結界に阻まれただけです。今回はこのぐらいで勘弁してあげますよ!」

 

 無念そうに呟きながら、ななっこは仲間と共に後退した。

 そんなななっことは逆に、前に進むレイ。

 

「プロトタイプ! 今のを見たでしょう!? あなたよりも強い魔法で! やっても無理だったんです! 引き返しますよ!?」

 

 ななっこの警告にも関わらず前進するレイ。

 

「レイ? 何をやっている。ななっこの魔法の威力はお前より上だった。これは事実だ。諦めてテレポートで逃げるんだ!」

「……」

 

 俺が通信機越しに叫ぶと、レイは少し黙った後。

 

「どうやら本当に魔法は通じないみたいですね。ならば直接乗り込んで、中からぶっ壊して見せましょう!」

 

 そう宣言した。

 

「私には魔法使いとしての能力だけではなく、長年のストーカー行為で鍛えた背筋力があります! 握力も! 脚にしがみ付き登りあがって見せますよ! 」

 

 ストーカーの自覚があるならやめて欲しい。

 いやそれより。

 

「無茶だ! 無茶すぎる! あの巨体に! このスピードだぞ! お前がいくらしぶといと言っても限度がある! よせ!」

「私は怒っているのですよ! マサキ様の野望を台無しにしただけでなく! 賞金首にしたのも、全部この蜘蛛のせいです! 全身全霊を込めて! この醜い怪物を破壊します!」

 

 紅い眼を輝かせ、体の周りに紅いスパークを散らしながらも、レイは歩き続ける。

 

「私はマサキ様のことが好きです。目にしてからずっと! 歯向かう障害はなんであろうと始末して見せます!」

「言ったはずだぞレイ! 機動要塞を破壊できなくてもいいと! 次がある!」

 

 通信機に何度も叫び続ける。

 

「賞金首になってしまったマサキ様は、この戦いが負ければ命を狙われる事になります。そんな状況では、再び今までのように舞い戻ることは不可能じゃないですか!!」

「わかってる! わかってるとも! そこから何とか持ち直してやる! 次を作る! それが俺だ! 俺なら出来る!」

 

 気付いていたか。

 そう、次なんてない。

 この戦いが終われば、俺はただの犯罪者として逃亡の人生が始まるだろう。

 生きようが死のうが、少なくとも冒険者としての生活は終わりになる。

 

「マサキ様が魔王を倒し、いずれ全世界を支配する新たな覇者として君臨する姿を、私は見たかったのに! それを!」

「気にするな! 賞金首のままでもいい! そうだレイ! 二人でどこか遠くに逃げよう! 誰も知らないような場所で、山賊になるってのはどうだ!? そんな人生もいいだろ!?」

 

 犯罪者に身を落とそうとも、生きていればまた新たなチャンスがあるはずだ。

 山賊になるのも悪くは無い。それをレイと、自分にも言い聞かして説得する。

 

「マサキ様、私のような人を側においてくれてありがとうございます。ねぇ、本当に、私の事が好きですかマサキ様。私はあなたを独占できればそれで満足だったんですが……、最後に教えてください」

 

 レイは足を止めて、巨大な蜘蛛の怪物の目と鼻の先で聞いてきた。

 

「……ぐぐ、愛している! 本当だとも! レイ! だから行かないでくれ!!」

「マサキ様! ありがとうございます。その言葉だけで勇気がもらえました」

 

 その言葉と共に、レイは土煙の中に消えた。

 

 

 レイ……。

 レイ!

 胸が痛い。

 大事ななにかがなくなったような、胸に大きな穴が開いたような気がする。

 俺はこんなに弱い人間だったのか? 

 俺は目的のために、勝利のために、仲間だろうがなんだろが平気で捨て駒にする冷酷非情な男だったはずなのに!

 心など、とっくに捨てたものだと思っていたのに。

 ……大きな虚無感が俺の中で生まれ、それはすぐに強い怒りへと変わった。

 

「プランBに移るぞ。第二陣! 準備!」

 

 自分でも驚くほど冷静に、しかし目に狂気を孕みながらも、しっかり機動要塞を睨みつけ、次の命令を下した。

 

「ま、待てよマサキ!」

「なんだ!?」

「プロトタイプが……れいれいさんがやられたんだぞ! それをお前!」

 

 人でなし! という表情で今にも掴みかかってきそうないっくんだが。

 

「……。救助に向かう時間は無い。機動要塞はもう紅魔の里に入った。俺が目的は機動要塞の破壊だ。違うか!? リーダーの役目は冷静になることだ! お前も紅魔族のリーダーなら肝に銘じろ!」

 

 怒りと狂気に満ちた、俺の鋭い目を見て怯んだ。

 彼も俺の様子を察したのか、もう何も言い返しては来なかった。

 そう、作戦が終わるまで非情になれ。それが指揮官の仕事だ。

 

 レイの事を思うたびに胸が痛くなる。「マサキ様!」といつも俺に付きまとっては、信じられない事をし、手を焼かせる。

 俺の事が大好きで、でもいつも俺の思い通りにはならない。そんな怖くて恐ろしい、俺の可愛い子悪魔……いや悪魔

 レイ……。

 ずっと「マサキ様!」の声が脳内でループしている。彼女の言葉は、きっと俺の脳に残り続けるだろう。

「マサキ様!」

「見てろよレイ。俺があの機動要塞を破壊してやるからな」 

 

 第二のプランはタイミングが命だ。早すぎても遅すぎても駄目だ。

 もう少し、もう少し引き付けて。

 

「マサキ様!」

 

 わかっているぞレイ。お前の思いは無駄にしない。

 

「なあ。おーいマサキさん、マサキさん」

 

 そんな俺を肘で小突くいっくん。

 

「なんだ! この戦いの雌雄は、プランBの成功にかかっているんだぞ!? 邪魔をするなら……」

 

 いっくんは無言で俺の後ろを指差した。

 流石に気になって指の先を見ると。

 

「マサキ様! マサキ様! ギリギリでテレポートで脱出してきました!」

 

 空気もフラグも読めないヤンデレが、ほぼ無傷で目の前に現れて、笑顔で言った。

 

 

 ぷっつん。

 

 

 俺の中で何かがキレた。

 このゴキブリ女……やっぱ殺しておくべきだったかも。

 

「てめぇ! 何でもお約束を無視したらいいと思うなよ! 逆張りか! ああコラア! 大人しく死んどけこのクソメンヘラ!」

 

 俺はかってないほどブチギレ、フラグをブレイクしたレイを蹴りにしながら叫ぶ。

 

「『勇気がもらえました』って言ったよな!? 何の勇気だコラア!」

「逃げる勇気ですよ。愛しているという言葉だけで、全身が暖かい気持ちで包まれました。未来への希望も!」

「うるせえ! もう一度死にに行け! 殺す!」

「ぐっ! 苦しい! 苦しいですマサキ様! でもドメスティックバイオレンスなマサキ様も素敵です! もっと強くしてください! ううっ!」

 

 怒りのままにレイの首を絞めながら叫ぶ。

 やってくれたな。俺の心を滅茶苦茶にかき乱しやがって! こんなに心を揺さぶられるなんて! 許しがたいことだ。殺す!

 

「ここまでコケにされたのは生まれて初めてだ! 絶対許さん! 望みどおりこの場で犯してやる!」

「ゴバッ! 痛い! 本気でキレたマサキ様も素敵です! こんな積極的なの初めてです! これが初体験ですね!? 暴力的で、怒りのままに! 一生忘れられない思い出に、傷になるでしょうね!」

「うるせえ死ね!」

 

 レイに容赦なく腹に膝蹴りを食らわせた後、顔面を思いっきり殴りつけて地面に突き倒し、馬乗りになって服を破り捨てる。

 

「愛のあるセックスなんて無いと思えよ! お前に与えるのは痛みだけ! 俺の心を弄んだ代償だ!」

「望むところグボッ! ううぅ! 、いい。素晴らしい! げふう……、うれしい。愛する人の怒りを受け止められるなんて……光栄すぎま、ぐふう!」

 

 殴られながらも興奮気味のレイ。俺は彼女を押し倒しながら暴力を振るい続けた。

 

「おーい、おーい。マサキー! お取り込み中のとこ悪いが、第二陣が合図を待ってるんだけど……」

「ああ!? ……ああそうだったな。やらせろ!」

 

 いっくんにせかされ、なんとか冷静さを取り戻して、レイを捨てながら言った。

 

 

「このバカのせいで危うく台無しになるところだった! プランB! 発動!」

「「『クリエイト・アースゴーレム!!』」」

 

 遠距離攻撃がそれほど得意ではない紅魔族たちを集めさせ、力を合わせて一体の巨大なゴーレムを作らせる。

 より強いゴーレムを作るには活動時間を削るしかないので、ギリギリのタイミングで生成させる。

 彼らが最後の砦だ。

 クソヤンデレのせいで少し遅れてしまったけど。

 

「よしいいぞ、その調子だ!」

 

 地面の土がもりもりと盛り上がり、里の家を飲み込みながらも巨大な人型を形作っていく。

 想像以上の大きさだ。もはやこれはゴーレムではない。巨人(タイタン)だ!

 紅魔の里を守る巨神を見て思わずガッツポーズをする。

 

「おお! なんて巨大な雄雄しき姿!」

「紅魔族が力を合わせば、城をも超えるゴーレムだって作れるぜ!」

 

 怪獣同志の戦い。

 神々の争い。

 目にするのはまさしくそれだ。

 ノイズが作り上げた狂った蜘蛛の怪物。

 紅魔族全員の魔力を使って作り上げた、超サイズの巨人。

 二つの巨大な化け物が今、激突する。

 

「行けーーー!」

「これが紅魔族の底力だ!」

 

 決着はあっさり付いた。

 殴りかかろうとした巨人の片腕は、蜘蛛に触れた途端に崩れ落ちる。

 これは間違いなく魔法結界の効果だろう。

 

「お、おのれえ! またしても結界が!」

「腕がなくなっちゃったよ!」

「怯むな! 想定の範囲内だ! そのまま押さえつけろ!!」

 

 片腕を失った巨人にさらに命令し、全身を使ってのしかかり攻撃をさせる。

 単純な大きさでは巨人の方が上だ。

 いくら魔法が通じなかろうが関係ない。

 結界で崩れるゴーレムの土砂を、そのまま機動要塞に浴びせてやる。

 大量の土でその素早い動きを封じ、入り込んだ砂で機械の歯車を停止させる。

 巨人が敗れようが道連れにしてやる!

 完璧だ。完璧なプランだ。これなら倒せなくとも動きを封じることは出来る。

 そう考えていると……。

 

「だ、ダメです! 機動要塞の結界のせいで、ゴーレムの土が全て弾かれます!」

「なにい!」

 

 なぜだ……。完璧すぎるプランだったはず……。

 

「おそらくだけど、ゴーレムは魔法で作ったもの。体を構成している土も魔法の影響下にあるから……同じように魔力結界で防がれたんだと思う」

 

 そういうことか……。

 なんてことだ。これじゃあ機動要塞を押し止める計画は失敗だ。

 巨人に次の命令を出す暇も無かった。

 スピードは全く落ちないままに、蜘蛛は大きくジャンプし、たやすく巨人のお腹を貫通した。

 

「ああ無理!」

「やられた! 逃げろ!」

「やっぱり大きさだけにこだわったもやし君だからねえ。勝てないかあ」

「いいから捕まれ! 『テレポート』」

「急げ! 『テレポート』」

 

 

 巨人崩壊!

 それと共にゴーレムを作り出していた紅魔族たちが、黒の部隊と共に次々と退却していく。

 これで紅魔の里に残ったのは、俺といっくんの二人。それとプラスクソ女だけだ。

 

「こうなったら最後のプランC! 『レールガン』の出番だ! いっくん、お前の肩に世界の命運がかかってると思えよ!」

「プレッシャーかけんなよ! マジやめろよ!」

 

 もはや機動要塞は目と鼻の先! 里を蹂躙しながら、俺達のいる射撃タワーに接近してきた。

 

「俺はやればできるやればできる!」

「そうやればできるやればできる! いっくんはやれば出来る子だ! 頼む!」

「マサキ様と私もやればできる!」

「レイ! てめえは黙ってろ!」

 

 いっくんを応援しながら、ウザいレイに言い返してレールガンの狙撃を待つ。

 頼む。

 レールガンが最後の希望だ。

 破壊力は知っている。

 結界だろうとたやすく貫通できる! 多分!

 欠点は口径の小ささだ。もし貫通したとしてもどうでもいい場所にあたれば、機動要塞は止まらない。

 

「いっくん! お前は念押しにマリンに支援魔法をかけて貰ってたよな! 運が上がってる! だから必ず当たる! 機動要塞のコアを狙え!」

「言われんでもわかってるわ! 中心だろ! 見てろよマサキ! それと世界! 俺が救世主になる姿を!」

『照準システム、ターゲット・ロックオン完了』

「発射!」

 

 強烈な、眩い光が砲塔から発射され……!

 その閃光は魔力結界を軽々と貫通し。

 まっすぐと機動要塞の中心へと向かい……。

 向かい……。

 向かい、小さな穴を開けて当たってそのまま消えた。

 消えた……。

 消えた?

 

「消えたぞ! おい、どうなってるんだ!?」

「俺が知るか! ちゃんとレールガンは発射したんだ! お前も見てただろ! でかい怪物のドテッパラに突き刺さった!」

「だったら貫通するはずだ! なんで全くダメージを受けてないんだ! 小さな穴を開けただけだぞ!」

「魔力結界は貫通できた。止まったのは機動要塞の内部でだ。そこでなにか硬いものに、レールガンが止められたんだよ。他に考えられるか?」

 

 そんな馬鹿な……。『レールガン(仮)』で破壊できないものなど……この世界には……。

 ある、はずが……。

 

「……コロナタイトか。そういうことか」

 

 ようやく気付いた。

 巨大な機動要塞を動かす無限のエネルギーはどこから生まれているのか。

 コロナタイトだ。ゲセリオンの内部にあったアレを、機動要塞の動力源として使ったのか……。

 コロナタイトならレールガンを防げてもおかしくない。

 通りで渡したとき総督が大喜びしていたわけだ!

 なんていうことだ! こんなことになるぐらいならあんなもん捨てればよかった。

 

「はぁ、作戦は全て失敗。いっくん、俺たちもテレポートで撤退するぞ。ほら、レイも」

 

 諦めのため息をつき、最後の指示を出して言った。

 

「おいちょっと待ってくれマサキ。レールガンも持っていく」

「そんなポンコツにもう用はない。まぁいい好きにしな。一緒に飛ぶか。時間は無いぞ」

 

 いっくんが急いでレールガン本体を取り出している。

 俺は目の前に迫る機動要塞の7つの目を見て言う。

 

「よし、これで全員安全な場所に――」

 

 そこまで言いかけた所で。

 

 

「まだ終わってません! 天命を果たす時が来ました! アクア様!」

 

 今すぐ三人でテレポートをする直前に、マリンがいつの間にか砲塔の真上にいて、叫んだ。

 

「マリン! 何やってる!? 降りて来い! 一緒にテレポートで逃げるぞ!」

「逃げません! これがアクシズ教徒アークプリーストの、預言者である私の使命です!」

 

 頑として首を振るマリン。

 

「無茶だぞ! 無駄死にしたいのか、マリン!?」

「いいえ、マサキ。私が全身全霊をかけて魔力結界を打ち消して見せますわ。結界さえなくなれば紅魔族のみなさんでどうにかなりそうですし。邪悪な結界の解除はプリーストの役目です!」

 

 マリンはいつも以上に真面目な顔をし、目をつむって頷いて言った。

 

「本当に破れるという保障はあるのか!? 向こうはコロナタイトを動力源にしている! 無限のパワーだ! 勝ち目なんて!」

「確約はできません。ですがやって見せます! 今日この日この時こそが、私が生まれてきた理由に違いありませんわ。アクア様は世界の混乱を止めるために、私に予言の声と、青き髪と、青い目を授かってくれたのです!」

 

 全く聞く耳を持たないマリン。

 これだから、ワガママで頑固な仲間は嫌いだ。

 

「行ってください、マサキ。このあとの事は任せましたわ」

「ダメだ! マリン! やめるんだ!」

 

 彼女はもう飛び降りた後だった。

 マリンの周囲に複雑な魔法陣が浮かび上がった後、手に白く光る玉を握り締め、機動要塞目掛けて殴りかかった。

 

「『セイクリッド・スペルブレイク』!!」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ……終わった。

 何もかもが破壊された紅魔の里に、俺達は戻ってきた。

 

 マリンを見つけた。

 酷い様子だった。

 手足は変な方向に曲がり、体からは内臓が飛び出し、絶対にお茶の間に見せてはならない姿で横たわっていた。

 モザイク必須な様子で、地面に寝転がっている。

 

「マリン! おい! マリン! どうしてあんな無茶をしたんだ!」

「……マ、……マ、サキですか……」

 

 必死で声をかけると、かすかに反応があった。

 まだ息がある!

 

「おい衛生兵! 早く回復させろ!」

「こんなに重傷だと無理ですよ! 私たちの力じゃ治せません!」

「見習いではなく、正式なプリーストでもいれば……」

 

 ブラックネス・スクワッドのプリーストたちが必死で回復魔法をかけているが、治る様子はない。

 

「け、結界を……かかか解除す、ううっ! ことは……未熟な私には無理……でした……わ」

 

 今にも消えかかりそうなマリンの声。

 

「……そろそろお迎えが来そうです。最後に約束してください。……マサキ、あの兵器を……破壊してください」

「……あの兵器か」

 

 手を握るが反応はない。おそらく感覚がないんだろう。

 

「アレを破壊することが、私の天命……アクア様、お許しください」

 

 女神に謝り、残念そうに目をつむるマリン。

 

「マリン! 目を覚ましてください! 私との再戦はどうするんですか!? 勝ち逃げなんてずるいですよ! ねえ」

「思えばお前とは一度も決闘した事なかったな。戦おうぜマリン! お前の力強さ! もう一度見せてくれよ! こんな所でやられるタマじゃないだろ? うううっ」

 

 レイもアルタリアも涙を流しながら、マリンに声をかけている。

 

「……みなさんとの旅は……、酷かったですが――ゲホッゲホッ。……楽しかったですわよ。向こうでアクア様に、罪が軽くなるようにお願いしておきます……」

 

 そんな俺たちを見て、笑いかけながら彼女は言った。

 

「……時間です。マサキ、最後にお願い……。あの兵器を……破壊……」

「……ああ、約束する」

 

 もう動かない折れた手を、強く握り締め。

 

「くっ、アークプリーストさえいれば!」

「洗礼を終えた、高レベルのアークプリーストさえここにいれば!」

 

 衛生兵たちが苦悶の表情で、涙している。

 

「マリン様!」

「マリン様!」

 

 マリンの言葉を聞き、アクシズ教徒に改心したモンスターたちもみな、彼女の様子を嘆いて涙し、頭を垂らしている。

 誰もが彼女の最期を嘆いていた。

 マリン……。

 彼女だけが俺達の良心だった。

 狂信的ではあったが善人だった。

 マリンだけが俺の悪事にはっきりとNOを告げた。おかげで俺は隠れてやるはめになったんだが。

 彼女の目の前で堂々と悪事が出来る者はいなかった。

 マリンは正義だ。

 だから紅魔族もブラックネス・スクワッドも、みんなマリンのことを尊敬していた。

 こんなに良い奴から死に、悪人が生き残るなんて……。

 そんなのあんまりじゃないか。

 この場にいる全員の中に大きな悲しみの嵐が吹き荒れていた。

 偉大な預言者の死を前にして、みんなで頭を下げて祈っていると。

 

 

 

「ノイズが滅んだのは本当だったようだな! なんとも無様なこったぜ」

 

 これは。

 このどこかで聞いたことのある、ムカつく声は……。

 

「ノイズってのは魔道技術大国なんだ! 探せばまだお宝があるかもしれねえ! それにここは確か改造人間が住んでた場所だぜ!? 噂じゃヤバイ兵器を守らせてたらしい! それさえ手に入れれば、この俺がアクシズ教のニューリーダー、いや世界征服も夢じゃねえ!」 

 

 あいつだ! 

 絶対に仲間にしたくない最悪の男、アクセル教徒のナンバーツーだ!

 

「今すぐあの愚か者共をこの場に連れて来い!」

 

 欲深いアクシズ教徒め。そのおかげで助かった。地獄に仏だ。マリンを回復できるアークプリーストが、向こうからやってきた!

 




遅くなりました。そして長くなった。
もっとダイジェストで短くする予定が……全然うまくいきませんね。
レイの行動は急遽思いついたので……でもそのおかげでレイの最近薄れてきたヤンデレキャラ感を取り戻せたと個人的な思いを。
ではラストまで突っ走ります。
今年中には終わらせる予定です。頼むから終わってくれ。お願い。変なアイデアとか思いつかないでくれ俺!


今回出てきた紅魔の里の設備(ぶっちゃけ後付け)
・観測場(多分後に展望台になる)
・レールガン発射搭(崩壊)
・作戦室(崩壊)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 21話 マサキの秘密基地

 ここはレイヴンキープ9。

 八咫烏のために密かに作った俺の秘密の拠点の一つなのだが。

 

「怪我人を運び込め!」

「プリースト! プリーストを早く!」

「まさかのアクシズ教徒が助けに来てくれたぞ! しっかりしろお!」

 

 今や滅んだノイズ残党の臨時基地となっている。ノイズも紅魔の里もあの機動要塞に破壊されつくしたからだ。

 秘密基地を中心とし、戦闘可能な者だけを拠点へ、あとの非戦闘員の住民は難民キャンプに集めた。

 

「早く回復させろ! マリンが終わったら他の怪我人もだからな!」

 

 ノイズが崩壊した事をかぎ付け、ハイエナのように廃品回収をしていたストック率いるアクシズ教徒達をとっつかまえ、マリンの治療に当たらせている。

 

「わかったよ畜生! なんでこの俺様が人助けのような真似をしなくちゃなんねえんだよ!」

 

 愚痴るストック。またの名をアクシズ教徒の永遠のナンバートゥー。

 いや、お前の職業はなんだよ。

 だがさすがは腐ってもアークプリースト。瀕死状態だったマリンの傷はあっという間に回復されていく。

 

「あのババアを引き摺り下ろせる兵器が埋まってねえか探しに来たのによ! とんだ無駄骨だ! こんなことなら先にノイズの方に行けばよかったぜ」

「だが会えて嬉しいぞストック。お前が来なければ、本当にマリンは死んでいた。言いたくないが恩に着る」

「おいおい、感謝の気持ちがあるなら、俺様の野望に手を貸してくれよ!」

 

 まぁ助かったのは事実だ。少しくらい感謝しても悪くはない。

 

「いいぞ。紅魔の里地下に封印していた、世界を滅ぼすとまで言われた兵器の一つを、貴様にくれてやろう」

「そりゃいいぜ! 本当だろうな!? 騙したら承知しねえぜ!?」

 

 世界を滅ぼしかねない兵器……実はただのゲーム機やら玩具やらなんだが。

 どうせ気づきはしないだろう。数個渡してやるか。

 

 

「ではマサキ! 約束どおり機動要塞を破壊しましょう!」

 

 なんとか喋れるほどには回復したマリンは、とたんにそんな事をいう。

 

「さっきのは無し! ナシだ! あんなん倒せるわけないだろ!」

 

 首を振って断ると。

 

「約束したではないですか! 破る気です?」

「お前が死ぬって思ったからだよ! 生きてるんなら無しだ! 壊すなら一人でやれ! それに俺が嘘つきなのは周知の事実だろ!?」

「相変わらずのクズですねマサキは! そもそもここはなんなのです!? 周りにマンティコアが沢山いるのはどうして? しかもなぜ攻撃を仕掛けてこないのです? やけに人に慣れていますわね」

 

 マリンはがっかりしながらも、この場所について疑いの目をして次々と質問を浴びせてきた。

 

「マンティコア共は俺の部下だ。あいつらに運送を護衛させている。噂で聞いたことがあるだろ? 八咫烏の隊商はモンスターに襲われないと。その理由が奴らさ。マンティコアの縄張りを守る代わりにな。WIN-WINの関係だろ?」

「八咫烏!? アクセル発祥の警備会社ですよね!? まさかあなたがトップでしたの?」 

「元な。今は社長の座はアーネスに譲っている」

「うん? たしか警備会社八咫烏の成立のきっかけは、モンスターの素材を奪う悪者から守るためで……。その悪者が確かマサキで。アレ? なんで警備会社とあなたが繋がってるんですの!? はっ!? まさかアレは壮大なマッチポンプ!?」

 

 八咫烏の事だけはマリンに知られるわけには行かなかった。今まで必死に隠してきたがここまで来たらもういい。ネタ晴らしだ。

 

「今頃気付いたか。モンスターの素材を奪う悪党にして、逆に守り手でもあるガーディアン。それがこの俺の八咫烏よ! まぁ元だけどね」

「あなたって本当に最低のクズですわ!」

 

 そんな激怒するマリンに、今度は同じく激怒しているレイが飛び掛った。

 

「マリン、先ほどはよくも私のマサキ様と、手をずっと握り合うなんて真似をしましたね! 死ぬ間際だと思ってたから許したものの! 復活するならアウトです! 許しませんよ!」

「え? あ、はい?」

 

 仲間の死の淵を目の当たりにし、さっきまで泣いてたウチのヤンデレは、涙が乾く前に頭を切り替えてキレていた。出端を止められて戸惑うマリン。

 

「あ、アレ……? なんで涙が?」

 

 レイの瞳からまた新しい涙が頬から零れ落ちる。おそらくマリンが無事だとわかって安堵したのだろう。そんな彼女自身の感情に、レイは自分でも戸惑った。

 

「……。べ、別にあなたが助かったからといって、嬉しくなんか無いんですからね!」

 

 ま、まさかのツンデレだ! ヤンデレのクセに!

 裾で涙を拭きながらもマリンに嫉妬する様子を見せるレイ。感情と言ってる事があってないぞ。

 

「フッ、素直じゃねえな。レイは。ううっ……ぐすぅっ! ぐすっ! 私は嬉しいぜ! マリンが生きてて! もうあえなくなるかと思ったぜ!? うううう! うわーん!」

 

 一方ガチ泣きしてマリンを抱きしめるアルタリア。

 

「ごめんなさい、レイさん、アルタリアさん。皆さんにも心配をおかけしましたわね。

 

「ああ、みんな無事でよかった。生きてるって素晴らしい。俺たち四人がいる限り、どんな苦難も敵じゃないな! ハッハッハ!」

「何いい話風にまとめようとしてるんです! しっかりと質問に答えてもらいますからね!」

 

 笑ってその場を後にしようとすると、ガシッとマリンに肩を捕まれた。

 仕方なくここにあるものを説明するはめになった。

 

「この猫耳やエルフ耳みたいなものはなんです? 尻尾も」

「それはな、スパイの変装のために作らせたんだが、なぜかファッション道具としてヒットしてな。今や八咫烏の人気商品の一つだったものさ」

「着眼点は最悪ですが、商品としてはまぁよしとしますわ。で、これは?」

 

 やれやれとした顔で、今度はカードを見せつけられた。

 

「それは偽造した冒険者カードだ。これもスパイ用に……。どうだ? タッチパネルは無理だったが、見た目だけはそっくりだろう? おい! マリン! その目をやめろ!」

「マサキ、あなたって人は! 油断も隙もありませんわね!」

「うるせえ! もう全部おしまいなんだよ! ちくしょう!」

 

 マリンの非難なんて知ったことかと逆ギレする。

 他の皆も俺の悪の秘密基地の内容を確かめている。

 

「それにしても……知ってた以上に酷いな隊長。ノイズでの悪事の証拠が次々と出てくるんですが」

「物資の横流し、禁制品の密輸に、盗品の資金洗浄、王に黙って兵器を他国へ売買までしてたのか? 懲役は100年あっても足りそうにないぞ?」

 

 在庫管理の書類や取引の受注記録を発見し、さすがに庇いきれないと言った顔をするブラックネス・スクワッドたち。

 

「うるせえ! よかっただろ? 俺が悪事で金儲けしてて! もし真面目に冒険者やってたらよ、ここに基地も食料もなかったんだぞ! ああ!?」

 

 開き直って説明した。

 そう、俺には金もあるし食い物もある。武器もだ。

 全て今のノイズの難民に必要なものだ。現在アーネスに誘導させている真っ最中だ。

 

 

「愚かな人間共! こっちに避難しな! 早く逃げるんだよ! 食料もあるから! 全くなんであたしが人間の誘導なんか! これもあの旦那のふざけた予言のせいだ!」

「アーネスさん!」

「コンビニリーダーのアーネスさんじゃないか!」

「ありがとうアーネスさん! あなたは天使!」

「最悪だ! この上位悪魔アーネス様が、まさか天使扱いされる日が来るなんてえ!」

 

 アーネスは本当にもううんざりという顔で、渋々難民に食料を配給している。

 

 

「ちなみに俺が他国に売りつけた兵器はな、どいつもこいつも役立たずの失敗作ばかりだ! 廃棄処分のを回収しただけでノイズを裏切ってはない! バカな貴族が高い金で買ってくれたよ。あんなゴミをな」

「それはそれで問題だろ!」

「本当に良心が無いのか? 隊長は!?」

 

 黒の隊員が怒りを通り越してあきれ返っている。

 一方そのころ、紅魔族は紅魔族で別の発明品に夢中だ。

 

「こ、これはまさしく伝説のアイテム!」

「いくらななっこと言ってもこれは渡さんぞ!」

「待て! これは紅魔族の、いや世界にとっての宝だ! これを装備していいのは紅魔族のエリートだけだ」

 

 その様子を見てため息を吐く。

 紅魔族が取り合いをしているのは、そんな優れたチートアイテムでもなんでもない。

 俺が少し前に、貴族に成りすますために作らせていたカラーコンタクトレンズの完成品だった。

 色は青以外にも色々あるが。

 

「これをつければ! あの姿が! ビジュアル的には最凶といっても過言でもないオッドアイになれるんですね!」

 

 オッドアイ。正式には虹彩異色症。

 目の色が左右で違うという有名なアレだ。

 厨二心をくすぐる最強クラスの設定だ。

 認めよう。俺も憧れた事があった。

 かって募集された小説の中には、10作に一つはオッドアイキャラが存在したという噂もある。

 オッドアイとは、それほど若き子供たちを捕らえて話さない、魅惑の姿だ。

 この秘密アイテムを使えば、全中学生の夢が実現する。

 まぁぶっちゃけ単なるカラコンなんですけどね。

 

「そういえばいっくん、手に持っている長いのはなんですか?」

 

 巨大なライフルを背負ういっくんの姿を見て、仲間が尋ねていた。

 

「え? これ? ああ、これは業物の物干し竿だ。大事に使ってくれ」

 

 レールガンだということは黙っておくようだ。やはりみんなをがっかりさせたくないからだろうか。

 長いだけのライフルは彼らの厨二センスから外れてるのだろうか? 境界がよくわからん。

 

 

 ――こうして。

 マリンが回復し、そして今までの罪が洗いざらいバレて怒られた後に逆ギレし、ブラックネス・スクワッドからも呆れられてやはりまた逆ギレし。

 アクシズ教徒に謝礼の手はずを考えながら、紅魔族のカラコンの取り合いは放置して。

 それからアーネスに命じて、悪事で稼いだ富を全部ノイズの難民のためにばら撒く。

 

 ああ忙しい!

 明らかに隊長の仕事を超えてるぞ!?

 俺の役目は戦いのはずだ。なんで難民の世話までしないとならんのだ。

 ノイズの地位を利用して好き勝手した引け目はあるけどさ……。

 つーか他にいないのかよ! それなりの地位の生き残りとか!?

 俺の肩にのしかかる、やるべき仕事が多すぎて大きなため息をついていると。

 

「ベルゼルグ王国からの使者が参りました。隊長」

 

 くっそなんだこの忙しいときに!

 

「入れろ!」

 

 ベルゼルクから二人の使者がやってきた。一人は文官。もう一人は騎士。どちらも女性だ。

 うん、あの文官は見覚えがあるんだけど。

 あいつは確か、俺をベルディアとセットで処刑しようとしたクソ検察官だな。

 

「あの時はよくも俺を処刑台に送ってくれたな。サナー、お前への恨みが消えたわけではないぞ?」

 

 睨み付けて、脅すように告げる。

 そもそもベルディアの単なるセクハラ問題と、国家転覆罪をごっちゃにしたこの無能が悪いのだ。

 ベルディアは軽犯罪はしたかもしれないが、処刑されるほどの大罪は犯してなかった。

 全部この女の勝手な決め付けのせいだ。

 そんな致命的な間違いを犯したサナーは、俺に掴みかかってくるかと思いきや。

 

「さぁ殺しなさい! ここに送られた時点で死を覚悟してますからね! ベルディアの件以降、私は責任を取らされて失職! 貧しい日々を送っていたらいきなり使者になれといわれ! 任務はあのサトー・マサキの元へ向かえだなんて! もう死ねってことでしょうが! これ実質処刑ですもん! さぁ覚悟は出来てますよ! やりなさい! 私を殺せば、おそらくベルゼルグがあなたを完全に敵認定しますからね! さぁ」

 

 どうやらを地位を剥奪されただけに留まらず、全てを失ったようで、もうやけくそ気味に煽ってきた。

 

「いいから早くやれええ! 殺せええ! キルミーベイベー!」

「サナー殿、落ち着いてください。私たちは話し合いに来たんですよ?」

 

 元エリートのプライドも何もかも捨て、小さな子供のように寝転がりジタバタするサナーを宥める、一人の女騎士。

 

「久しぶりだなサトー殿。いや今はサトー隊長と言ったほうが正しいか? 私たちはノイズの状況の確認と、サトー・マサキ殿、あなたの真意を尋ねに来たのだ」

 

 兜を取るとそこには見知った顔が。ダグネス嬢ことダスティネス卿。アルタリアの幼馴染の騎士だ。

 

「ダグネース! よく来たな! 今すぐ勝負……」

 

 ダグネス嬢の姿を見るやいなや、剣を鞘から抜こうとするアルタリア。

 だがハッとした顔で手を戻し。

 

「……すまんダグネス。今はお前に構ってる暇は無いんだ。ちょっと後でな」

 

 アルタリアはそっと武器をしまい、ポンと肩を叩く。

 

「おいアルタリア! それだとまるで私が戦闘狂みたいじゃないか! 仕掛けてくるのはいつもお前のほうだぞ!」

 

 そんな彼女に心外とばかりに言い返すダグネス嬢。

 

「本題に移りましょうか。サトー・マサキさん、あなたはベルゼルグ王国での狼藉だけでは飽き足らず、ノイズを崩壊させたテロリストの疑いがかかっています! 殺るなら早く、なるべく痛みの無い方法で! ベルゼルグの使者である私を殺せば、自動的にあなたと戦争状態に――」

「落ち着いてくださいサナー殿、あなたは王国に見捨てられたわけじゃあありません。騎士であるこの私が付いているでしょう?」

 

 決断を急ぐサナーにダグネス嬢が落ち着くように説得している。

 

「フン! 騎士といってもダクティネス卿一人だけでしょうが! あなた以外の騎士は同行を拒否してましたよ!? どう考えても私を処分するつもりよ! あなたも私の事なんかより自分の事を気にした方がいいですよ! 帰ってきた女騎士たちはみんな言ってましたねえ! サトー・マサキはとんでもないクズだと。その非道さは貴族中で噂になってて! そんなケダモノがダクティネス家の令嬢を目の前にしたら、きっと野望をむき出しにして犯されて殺されますよ?」

「まぁ確かに、最近では『マサキが来る』といえば、人どころかモンスターさえ怯えて逃げ出すという。『マサキ』という名前を呟くだけで子供が泣き止んだり、モンスター避けの呪文になってたりと。そういえばこんなものが」

 

 そう言ってダグネス嬢が差し出してきた紙には。

 

 

『マサキに対する好感度アンケート』

 

「……この街で店を出しましたがちっとも客が来ません。八咫烏という会社ばかり儲けています。よく分からないけど、多分マサキの所為だと思います(アクセル武器屋の店長)。マサキが怖くて夜も眠れず昼寝してます。夜襲専門なのにおかげで仕事したくても出来ません。俺がトマトジュース飲んでいるのもマサキの所為です(吸血鬼)。マサキが実在する所為で、ウチの神様の人気がちっとも出ません。マサキこそ真の破壊の化身だと信者の間で変なうわさがでてやってけません(破壊神崇拝者)。怖い怖い、マサキが怖い、あとはビンに入ったスライム怖い(元魔王軍のモンスター)。彼女が出来ないのはマサキの所為(中年男性)。彼氏が出来ないのはマサキの所為(冒険者のお姉さん)…………。…………えっと、なにコレ」

 

 思わず聞き返す。

 いつの間にか俺がとんでもない人物に仕立て上げられてて驚く。

 ていうか勝手に人の名前で遊ぶなよ! 誰が破壊の化身だ! なに変に神格化してるんだ。馬鹿にしてるだろ。

 

「まだあるぞ」

 

 続けて言いながらダグネス嬢が再び差し出してきた次の紙を受け取ると。

 

「…………マサキって響きがなんか怖い(女騎士)。部下に隠れて横領とか脱税とかやってそう(ギルドの人)。そんな事より出会った時の感心を返して欲しい(元チンピラ冒険者)。山を出て新しい縄張りを作ると言ったら、それは良い事だと最初の狩りを手伝ってくれました(マンティコア)。魔王よりマサキの方が嫌い(国王)。ウチのカミさんが詐欺に引っかかったのは多分……(疲れた顔のおじさん)。もう一度言うぞ。……なにコレ」

 

 しかも大体あってるのがムカつく!

 ムカついて紙をぐちゃぐちゃにしていると。

 

「国民の正直な声だ。マサキ殿が賞金首にするのに、異を唱えるものはいなかったぞ。なあ、本当にお前たちが起こした事件ではないのか? 正直私もサトー隊長、いやマサキ殿の人柄は知っているからこそ、あまり擁護出来なくてなあ……」

 

 ダグネス嬢は困ったような顔で俺を見て告げた。

 

「お前も俺がやったと思ってるのか? ついさっきノイズを滅ぼした、その例の兵器と戦ってな! 死に掛けたところだよ! なんで俺がノイズを破壊する必要があるんだ! まだあの国には利用価値があったのに!」

「ああ、ここにいる黒い服の冒険者に聞いたよ。泣く子も黙る紅魔族と、マサキ隊長殿の部下達を総動員させ、命がけであの機動要塞に立ち向かったのだろう? 結果こそ残念だったが……見事な奮闘だったそうだな。……だがな、それだけではベルゼルグの貴族やお受けが納得してくれないだろう」

 

 ダグネス嬢は俺を本気で俺を疑っているわけではなさそうだ。死んだ目をしている無能検察官とは違って。あっこの女酒を飲み始めやがった! 完全に挑発してやがる!

 ……どうしよコレ。

 どうやったらベルゼルグ王国を説得できるんだ?

 機動要塞を破壊できれば? いやいやいや。

 ぶっちゃけ無理ゲーなんだよ。あんなんどうやっても勝てない!

 

「うう……」

 

 困る俺。同じく困るダグネス嬢。酒に逃げるサナー。使者を威嚇するレイに、一人だけやる気満々のマリン。多分何にも考えていないアルタリア。

 次第にみんな無言になっていると。

 

「隊長! 我らアルティメット5も到着しました!」

 

 モノクルの女性を中心に、5人の紅魔族が大きな声と共に姿を見せる。

 

「そうか、そういえばいたなお前ら。で、少しは強くなったか?」

「現時点ではレベル5まであがりました! ちなみに使える魔法はありません! 上級魔法意外覚える気が無いからです!」

「難民キャンプに篭ってろ! 邪魔だ!」

 

 使えない奴らに怒鳴り返した。

 彼らを帰らせた後、もう一度考え込み前回の戦いを冷静に分析する。

 

「俺達は敗れたが、全くの無駄ではなかった。先ほどの戦いでわかったことがある。あの機動要塞、誰かが動かしているのかと思ったが……、おそらく暴走しているな。チームの一つにカタパルトを組み立てさせていたが……全く無視して行きやがった」

「カタパルトが残ってるんですか? 魔王との戦いで全部破壊されたのかと」

「正確にはカタパルトっぽい何かだ。発射能力はない。だが遠目で見ると本物に見えるはずだ。もし誰かが操っているなら真っ先に破壊に向かったはずだが……」

 

 あの機動要塞の、機械とは思えないむき出しの野生的な動きを思い出して言った。

 

「おそらくだが……、機動要塞は人の手で動いていない。ただただ暴走している。コロナタイトから湧き出る無限のエネルギーを源にな。敵に意思のないことが、機動要塞を破壊する最後の鍵かもしれん」

「なるほど。それでどうやって壊すんです? 機動要塞を!?」

「俺は鍵と言っただけだ! 方法はない! 今のところはな。だがもし……仮に、機動要塞を破壊することが出来る兵器があるならば、隙を付くことは出来るかもしれない。あくまであればの話だぞ?」

 

 マリンに説明する。

 

「それでサトー殿。機動要塞を止めることができる、そんなモノが実在するのか?」

「わからないな。少なくとも俺は持っていない。だがノイズにはあるかも。ノイズの軍隊長である俺でも、全ての兵器を把握しているわけではないからな。そもそも機動要塞だって聞いてなかったし! そうだ。この際一度ノイズに帰還するか? 使えるものがあるかもしれないぞ?」

 

 ダグネス嬢に答えた後、今度はこちらから提案する。

 

「そうだな。我らの第一の目的はノイズの政府と接触することだった。ノイズが崩壊したため、誘導されてここに着いたが……。もし王が存命なら謁見せねば」

「サトー・マサキではなく、ノイズの王がお相手なら使者としての礼儀がありますからね。そしてサトー・マサキがこの事件に関わっている証拠を見つけましょう!」

 

 飲んでた酒瓶をポイ捨てて、急に真面目になるサナー。

 俺には礼儀は無しかよ。

 まぁこんな小物などほうっておこう。

 

「俺が紅魔族の抑止力としてブラックネス・スクワッドを創設したように、あの機動要塞に対抗できる兵器があるかもしれない。あいつらに俺のような聡明さがあることを願うよ」

 

 可能性は薄いな。

 もしそんなものがあるならば、ノイズが襲われたときにとっくに使ったはずだろう。

 しかし他に頼るものは無い。

 最後の望みを賭けて、俺のパーティーと最小限の部下を引き連れ、ベルゼルグからの使者と共に、魔道技術国ノイズへと向かう事にした。




おのれえええ!
書いていると文字数が二倍に膨れ上がった。
またここで一話増えてしまう……
戦後処理って結構やること多かったわ。甘く見てたわ。
キャラもラストに向けて再登場させたら、台詞で文字数がやばい事に。
最小限の描写のはずなのに。

予定

次話タイトルがコンティニュー
その次が最終回です。

本当はこの話がコンティニューで、次で最終回の予定が、文字数が増えすぎたせいで分割。
最終回で全て丸く収まり、このすばの世界に移行するようにプロットを書いているのに、中々行きません。
頑張らないとなあ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 22話 コンティニュー

 久々のノイズだ。

 それにしても、なんという無残な姿だ。

 

「魔王を倒すまで戻るつもりはなかったのだが、こうも痛々しく変わり果てた姿になるとはなあ」

 

 あの大きなビル郡は徹底して破壊され、ファンタジー世界に不釣りあいだった近代的な町並みは完全な廃墟へとなった。

 世はまさに世紀末……。いつ物陰からモヒカンが現れてもおかしくは無い。

 

「目に映るのは焼け野原ばかり。コンクリートや鉄くずは沢山ありますが、使えそうなものは何も見当たりませんね」

 

 レイがキョロキョロと周りを確認して言う。

 

「なあ、マサキ殿。やはりあの難民が全てで、他の生き残りはいないのでは?」

 

 残念そうな顔でダグネス嬢が聞いてくるが。

 

「そんな筈がない。ノイズの上層部は腰抜けばかりだ。軍事は俺が来る前は傭兵に頼りきりのな。あいつらが国民を守る盾になるはずがない。我先に逃げ出すだろう。難民の中にいなければ別の所に隠れている」

 

 ノイズのお偉いさん方の実情を知っている俺は、きっぱりと断言した。

 それからしばらく壊された街の中を進み、ある地点で立ち止まった。

 

「ここだ。ここに秘密のシェルターがあったはずだ」

 

 皆を止めて、瓦礫の中に埋もれた地下への入り口を発見する。

 

『炸裂魔法』

 

 レイに瓦礫をどかさせ、砂を掻き分けて、入り口の横にある、ゲームコントローラーの様なタッチパネルを発見した。

 横に日本語で『立ちスクリュー』と書かれている。

 うん、こんなアホなセキュリティを考え付くのはアホ博士だけだろう。

 コントローラーを操作して軽々とロックを解除し、中へと入った。

 

 

 

「貴様ら何者だ! どうやってここに!」

「魔王の手先か!? 動くんじゃねえ!」

 

 しばらく進んでいると、SFチックなスーツを着込み、同じくSFチックな銃を持つものに止められるが。

 

「俺だ。サトー隊長が帰ったと、周りに伝えろ」

 

 俺の顔を見るやいなや、安心した様子ですぐに武器を収めた。

 

「これはサトー隊長、ご無事でしたか!?」

「でもどうやってあの扉を解除したのです? あの謎かけは、ここにいるもの以外には知られていないはず!?」

「おい、サトー隊長はノイズの英雄だぞ? どんな謎も通用しないに決まってる」

 

 驚いた声で聞く近衛兵たち。

 というかアレはダメだろ。ゲーム好きの日本人が一人いればすぐ突破されるぞ。 

 

「発明に頼りすぎるのも危険だぞ。どんなセキュリティも破られる可能性がある。せめて二重にしとくべきだったな。それはそうとお客さんだ。ベルゼルグからの使者を連れて来たと上に言って来い」

 

 警告したあと、自分が来た理由を告げた。

 

「はい、すぐに。でも隊長がいてくれて心強いですよ」

「ええ、我々はこのよくわからない新武器を持たされたものの、どうやって使うのかイマイチわからなくて」

「そもそも実戦経験がないからな。訓練はしたけど」

 

 案の定頼りにならないノイズの近衛兵たち。やっぱダメだなこいつら。

 彼らに案内されながら地下道を進んでいくと。

 

 

「おのれ私から所長の座を奪ったばかりか、ノイズを崩壊させるとは! あの男許すまじ! 必ず報いを受けさせてやる! 完成を急げ!」

 

 シェルター内部には開けた空間があり、そこで一人の白衣の女性が指揮をとり、巨大なアンテナを必死で建造中だった。

 確か元所長で、博士の同僚だった研究者だ。

 

「あ、あの元所長? サトー隊長が参りましたが? それとベルゼルグからの使者も」

 

 近衛兵の報告を聞くと、女研究者はイラつき。

 

「元所長って言うな! あの男の裏切りのせいで、今や所長の座に戻った!」

「いまさら所長の座にしがみ付いてもしょうがないだろう? ノイズはもう無いぞ?」

 

 元所長に冷ややかにいってやった。

 

「!? これはサトー隊長。生きていたとは思わなかったよ。てっきり魔王軍にやられてしまったのかと。ノイズの民が機動要塞によって滅ぼされた今、あなただけが頼りです」

 

 ハッとした顔で俺を見て、リフトから降りて挨拶する元所長。

  

「情報が古すぎるわ。そもそもノイズの民は無事に避難できていたぞ!? ちゃんと地上の様子を探ったらどうだ? なんで情報を集めようとしない?」

「だって! だって、地上怖いし……。まだ機動要塞がいるかもしれないし……」

 

 俺の質問に、狼狽えながらモジモジして答えた。

 

「そうだ、そうだな。お前ら外に行って来い!」

「嫌ですよ怖いし!」

「外は危険だ! この中なら安全!」

「食料も十分あるし……無くなってから出ればいいじゃん」

 

 近衛兵に命令するが、反発される元所長。ダメ過ぎるぞこいつら。俺は今までこんなもやしっ子集団のために戦ってきたのかと思ったら情けなくなる。

 

「私達はベルゼルグ王国から来ました! 何があったのか詳しく教えて欲しい」

「あ、私が使者のサナーです。彼女は護衛のダスティネス卿。あなたがここのトップですか? 是非王にお取次ぎをお願いします」

 

 ダグネス嬢に出遅れて、自己紹介するサナーに。

 

「え、ええっと。私は研究開発部の元所長で……、所長が裏切ったから繰り上げで所長の代役をしたけど、正式な辞令は得てないからまだ研究員のままかなあ。だってこの状況でまともに手続きが出来なくてさー! ベルゼルグとの交渉は……私の仕事じゃないし」

「なるほど。では我らは誰と話せばいいのです?」

「そ、そうね。ノイズの政治家たちはあそこの部屋にいるね。使者の方々はあちらに向かってくれると助かりますね」

 

 元所長が示した先では、お偉いさん方がみんなで集まってピンボールやパチンコやダーツをやっていた。

 

「おい! お前少し変われよ!」

「嫌だね! もう俺達はおしまいなんだ! 最後の日まで楽しむつもりだ!」

「ひゃっほう! それにしても、エルロードへ売る予定の玩具があってよかったぜ!」

「コレがあれば退屈しないですむ。今頃地上は機動要塞で滅びただろうし、地下だけが安全だ!」

 

 ダメだこいつら。

 国が滅びてもう色々と諦めてやがる。

 

「私はダスティネス卿だ。ノイズの代表と話がしたい!」

「お、いい姉ちゃん。あんたもやるか? この台は面白いぜ?」

「待ってよ! せっかく久々に新顔に会えたのよ! 私と勝負しない? ダーツで」

「そっちのお姉ちゃんも、どうだ? 一杯飲まねえか? まだ高級ワイン残ってただろ? 出せだせ!」

「え? いいんですか? ではお言葉に甘えて。死を覚悟してきた任務で、こんな幸運にありつけるなんて!」

「サナー殿! なに流されてるんです! 我らの使命を思いだしてください!」 

 

 ダメだこいつら。ダメすぎる。

 かつてはノイズで偉そうにしていた政治家たちは、今や酒を飲みながら目の前の娯楽に溺れ、現実逃避している。

 最新技術のみに頼った国の末路がコレか。やはり力が無くては国を支配する事はできん。

 どうやら完全にノイズは滅んだようだ。

 

 

「あいつらは当てにならんな。で、元所長。ん? いや博士はどうした? あんたじゃなく、本物の所長だよ。裏切ったとかどういう意味だ?」

 

 あまりに情報量が多すぎて少し混乱していたが、整理していると不穏なワードがあったので尋ねると。

 

「今頃なにを言っているの!? ああ、サトー隊長は知らなくて当然か。あの男は! ノイズを裏切ったのよ! 国家予算をかけた対魔王軍用の機動要塞プロジェクトを任されたあいつは。設計図を作り、コロナタイトを持ってくるように言った。そこまではよかった。ゴーレムとしては斬新な蜘蛛の設計図に、コロナタイトを動力源に使うことで半永久的にエネルギーを供給させる。さすがね。私を差し置いて所長になっただけの事はあるな」

 

 元所長はウンウンと頷きながら、関心した様子で言った。

 

「こうしてあの男は機動要塞が作られていくのを、口も出さずにただ見ていた。でもそれが奴の狙いだったのよ。今まで感心が無い振りをして私達を騙したの。そしてあの悪夢の機動実験の前日! 自分一人になったところを見計らい、完成した機動要塞を乗っ取って工場を脱走したの!」

 

 すると今度は憤りながら説明を続けた。

 

「マジかよ? あいつはそんなことをするタイプには思えなかったけどなあ。そもそも蜘蛛きらいとか言ってたような?」

「あの男の野望はそれだけでは終わらなかったわ! 機動要塞を製造した工場を破壊しただけでは留まらず、私たちの故郷のノイズにまで! 最初はシールドで防いでたけど、向こうはコロナタイトからの無限の供給がある。エネルギー切れを起こして、こうして魔道技術国、ノイズは滅ぼされたのよ。ぐすん」

 

 泣きながら机を叩き、悔しがる元所長。

 博士。そんな怖い奴だったなんて知らなかったよ。国を滅ぼしたいのだったら相談してくれればよかったのに。

 こんなのではなくもっとスマートなやり方で合法的に……。

 

 いや待て。

 博士はなにがしたいんだ?

 ノイズを破壊してどうなる?

 しかも紅魔の里まで襲うとは。あそこには博士の大好きなおもちゃやゲーム機があるのに。もう飽きたのか?

 そもそも紅魔族はレイとひゅーこの二人を除けば、全員博士のことをマスターと呼んで慕っていた。

 クーデターを起こすなら紅魔族と共謀した方が手っ取り早い。

 でも、そうなれば俺のブラックネス・スクワッドが立ち塞がることになって、クーデターは失敗……。

 だから一人で機動要塞を乗っ取り、ノイズを滅ぼしたのか?

 

 ……ううん、なにか引っかかる。

 それはおかしい。俺の部隊が紅魔族を制圧するために作ったというのは、総督と俺と彼らと極一部の者にしか知られてないはず。

 当然紅魔族の生みの親である博士には、決して漏らさないようになっている。

 いや、情報がどこから漏れるかはわからない。あのゲームと玩具しか興味ないようなおっさんが、気付いていたのか? 

 だから紅魔族には頼らず機動要塞を乗っ取ったのか?

 博士はなにを企んでいる? この先になにがある?

 ノイズを破壊して、紅魔の里を破壊して、これからもどんどん破壊していっても、結局は降りたところを狙われれば終わりだろう。

 ずっと機動要塞の上で過ごすつもりか?

 

「くっ」

「サトー隊長、あなたも悔しいですか? 当然だよな。あの男に裏切られたのだから!」

 

 元所長の言葉に。

 

「違う! そうじゃない。博士がなにをしたいのか全くわからないんだ!」

 

 機動要塞の上で次々と町を、国を破壊し、それからどうするんだ?

 機動要塞の力で世界を支配する? いやあの兵器がいくら強くても、支配するには降りなければならない。そうすれば負ける。

 支配ではなく破壊なのか? 世界を破壊したいだけ? あいつにそんな破壊衝動なんかあったっけ?

 

「待てよ……。紅魔の里での戦いのデータを思い出せ」

 

 紅魔の里での戦い。あの時はカタパルトには目もくれずに突撃してきた。まぁカタパルトは偽物だったが。いくら魔法の通用しない結界があるとはいえ、もし岩が要塞に直撃すれば、当たり所が悪ければ操る博士が怪我をするかも?

 どんな些細な事でも、人が動かすのなら止めに来るはずだ。

 そうだ、だからあの時は人の手によって動いて無いと結論付けたんだ。

 機動要塞はただ暴走してるだけだと。 

 でも博士が中にいるってことは……? 中にいながらなんであんな直線的な動きを?

 まさか……。

 

「わかったぞ! 博士は多分、機動要塞を直接動かしていない。実験日の前日に過って起動スイッチを押して、そのまま止まらなくなったのかも!? 止められないから降りてこない! それなら全ての行動に納得がいく!」

 

 推理した結論を発表した。

  

「そ、そんなわけ! あなたはあの男の友人だったから、彼を庇うつもりだ!? そうね!?」

「もし人が操ってるなら、もっと人為的な動きをするはずだ。仮に博士の野望が本物だとすれば、自動運転にしているのかどっちかだ。なんにせよ、意思もなく動いている。証明する方法は機動要塞を止める以外無いがな」

 

 元所長に説明した。

 

「ふむ。で、仮に機動要塞が暴走状態にあるとして、どう違うのだよ? 結局は危険なだけじゃないの!?」

「大きな違いだぞ、元所長。人がいれば、もし機動要塞を脅かすものが現れた際、逃げるか、真っ先に破壊に向かうだろう? だが自動ならばその心配はない。いつも通り突っ込んでくるだけだろう。隠れる必要がなくなる」

「ふむふむ。なるほど。戦いについては専門外だからわからなかったけど、そういうのがあるのね。軍人の意見は中々参考になるね」

 

 納得する元所長。

 

「それでだ。ここにきたのは機動要塞を破壊する兵器がないかを確かめるためだ。機動要塞の最も恐ろしい所は三つある。一つはあの巨体。二つ目は魔術結界。そして最後にスピードだ。どれか一つでも排除できれば、勝てる可能性はある」

「それならいい兵器があるわ! いいじゃない! 今丁度組み立てている最中! アレよ!」

 

 俺は倒すために必要な三つを述べると、笑顔で巨大アンテナを指差す元主任。

 

「アレは魔法結界を破壊できるの! 元々は魔王城の結界を破るために作ってたんだけど、機動要塞にも効くはずよ! だって魔王城のも要塞のも原理は一緒だもんね。これで勝てるわ! 見てなさいあの男! 引きずり降ろして処刑してやるからね!」

「本当か? もし結界が解除できるなら、あとは紅魔族に集中砲火させればいい。いくらあの巨体でも連続で食らえばいつかは止まる」

 

 勝機が見えてきたぞ。ここで機動要塞を止めることができれば、俺はもう一度英雄へと返り咲くことが出来る。

 そうなれば賞金首も取り消されるだろう。悪事は全てバレてしまったが、またやり直すチャンスはある。

 

「ええ、1分以上照射することで、あの憎き機動要塞に張られた結界は粉々にはじけ散るでしょう!」

 

 そんな俺の希望を撃ち砕くように、元主任はドヤ顔でそんな事を言ってきた。

 

「1分以上だと!? あの機動要塞の速度と破壊力を見ただろう? 紅魔族ですらどうしようもないアレの前で! 1分とか舐めてんのか! 持ちこたえられるわけねえだろ! 一瞬で剥がせるのはないのか!」

「そんな女神のような真似が出来るわけないでしょうが! これでも最新の兵器だからね? ……ああ、そういえばサトー隊長、前にも巨大なゴーレム兵器を建造してましたね。機動要塞ほどではないですけど! アレにこのアンテナを載せれば――」

「追いつけるわけねえだろ! アレ単なる輸送用だぞ! 足も遅いしどうしろっていうんだ」

 

 名案が浮かんだという顔の元主任につっこむ。

 

「あの四本足の兵器は『機動要塞』を作る際に、色々参考にさせてもらったなあ。四本足では困難だったスピードの問題や、山岳地帯での不安定さも、二倍の八本脚にすることで解決したしね!」

「なに勝手な事してんだよう。マジで俺が作ったみたいじゃん。はぁーマジ勘弁してくれ」

 

 自慢げに語る彼女にため息をつく。

 

 

 紅魔族用歩行型トランスポーター。

 紅魔族を安全に戦場の最前線に送るために作った輸送器。でも紅魔族にかっこ悪いと言われて計画は破棄。

 変わりに俺の個人的な旗艦として再利用したんだが。相手を威圧する以外あまり意味はないけど。

 

「たしかアレは、全部で四機作ったところで製造が中止されて……。記憶ではそれぞれ――

 

 一番艦<サトーズ・フィスト>は魔王城から撤退するときに大破。

 二番艦<グレートアクア>は完成したが倉庫に入れてて。

 三番艦<レッドフォース・ゼロ>は動力源を入れる前に放置。

 四番艦<ブラッディ・ダッチェス>は組み立てる前に終わった。

 

 ――二番艦、<グレートアクア>はどうなった!? アレは動けたはずだが?」

「<グレートアクア>は、機動要塞の暴走の際に勇敢に立ち向かったのですが……無残に押しつぶされました」

 

 そうだろうなあ。だってアレろくな武装ないし。

 

「でも<グレートアクア>がひきつけているおかげで! シェルターへの避難は無事に完了しました!」

 

 さすがはマリンにちなんでつけただけの事はある。本人同様勇敢だったな。

 

「そりゃそうなるだろうな。で、残った二つは?」

「<レッドフォース・ゼロ>なら現在、残存するマナタイトを設置、間も無く完成するでしょう。さらに<ブラッディ・ダッチェス>の部品を使い、最大限の改造をしています。スピードは3割り増しになると思います」

 

 別の工場の様子がモニターで表示される。そこには着々と魔改造されていく<レッドフォース・ゼロ>の姿が。

 強化され脚が少しマッチョになった四本足の大型ゴーレムは、一見頼もしそうだが。

 

「で、3割り増しになったスピードで、機動要塞の前で、1分以上逃げ回れることは出来るのか?」

「待ってください。今計算してます。……ふむ、ほうほうそうですね、98%の確率で破壊されるでしょう。でもサトー隊長が言うとおり、本当に人が動かしていないのなら、おお凄い! 85%まで確率が落ちましたね!」

「ダメじゃねえか! 全然安心できねえよ! 15%の確率とか絶対に無理!」

「いや待ってください。いくら自動運転といえども、結界の解除を始めようとすれば流石に防衛システムが感知するでしょうから……そうなった場合は、95%の確率で破壊されます」

 

 無理だな。

 これは諦めるしかないか。3%しか変わってねえよ。

 動きの遅い<レッドフォース・ゼロ>で、機動要塞の結界を解除するのは不可能だ。

 

「ではサトー隊長。5%の確率に賭けてください」

「やれるか! アホか! ノイズの奴らは頭のいいバカばっかりだ! なんならお前がやってみろよ!」

「戦いは軍人の専門だろ!? 我々研究者の仕事はそれをサポートすることだから」

「ふざけんな! だからテメーは所長の座を追われたんだよ!」

「くっ!」

 

 キレて元所長と言い争う。

 うん無理。

 結界の解除に1分もかかるなら、<レッドフォース・ゼロ>で機動要塞を食い止めるのは無理だ。

 むしろ別の何かに機動要塞が手こずっている間に、こっそりと忍び寄って結界を破壊できれば。

 だがそんなものはない。機動要塞を1分、動きを止めることなど。紅魔族でも、あいつらに作らせたゴーレムでもほぼ一瞬で破壊された。

 この世界に機動要塞に対抗できるものなど存在するわけが……。

 …………待てよ?

 

「……いや1つだけあったぞ。機動要塞を1分以上足止めできる場所が」

 

 このとき、俺の頭の中に最悪の考えが浮かんだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 元所長に二つの兵器の完成を急がせ、俺は俺で新たにやることが決まった。

 最後の戦いのための、部隊の再編成だ。

 まずマリン、レイ、アルタリアと俺の4人で集まる。

 

「これから行う作戦は、常識をかなり逸脱することになる。混乱が起きないよう、俺の指揮権を明確にし、一致団結する必要がある」

「今までとどう違うんだ? マサキは昔からやりたい放題やってきたじゃねえか」

 

 アルタリアが突っ込んでくるが。

 

「今まで以上にだよ! とにかく、ヤベー戦いになる。誰も見たことも聞いたこともない作戦だ。俺の今まで培ってきた力、武力、魔法、知略、交渉術、嘘、詐術。全てを継ぎ込む必要がある。それでもなお勝てる可能性は低い」

「マサキ! 本当に!? 本当に機動要塞を止めることができるのですか? 私の使命を果たすことが?」

 

 次は何度も聞き返すマリンに。

 

「言っただろ! 可能性は低いと。約束は出来ない。だが絶対に勝てる戦いなど存在しない。だがこれが最後のチャンスだ。これを逃せば、機動要塞を止める事は永遠にできない! やるだけやってみるぞ」

「それにしてもさっきの女! 長い事マサキ様といちゃいちゃと許せませんね。この戦いが終わったら、消し炭にしていいですか?」

 

 相変わらずのレイだが。 

 

「フン、だがレイ。お前はあの元所長に魔法を浴びせるような真似はしなかった。お前もわかっているんだろう? 野望には妥協が必要だと。そうとも、あいつはこの作戦に不可欠だ。成長して嬉しい。じゃあこれからノイズの王の元に向かうぞ!」

 

 笑って言い返し、シェルターの最深部にある、王専用の特別室に向かった。

 

「ここは通せません! 王は今、絶対安静なんです!」

「誰であろうとも通ることは出来ません! 面会は謝絶です! これは王命です!」

 

 近衛兵が立ち塞がるが。

 

「どけ」

 

 睨み付けて告げる。

 

「いけません! 王は病気なんです」

「王に逆らうなら、国家反逆罪で処刑しますよ」

 

 何が国家反逆罪だ。

 国なんかとっくにないというのに。

 

「どけ! これは要望ではなく命令だ。『バインド』」

 

 近衛兵を縛りつけ、王の部屋の扉を蹴り飛ばして開けた。

 

「これはこれは総督、お見舞いに参りました」

『シュー……コー……』 

 

 どうやら病気というのは嘘ではなかったようだ。明らかに弱りきった様子の総督を見て、軽く頭を下げる。

 

「無礼者! 誰が通していいと! うぐっ」

 

 無粋な秘書官にはバインドで締め上げて口を塞いだ。

 

「総督、あなたの忠実なる僕、サトー隊長です。ノイズのための最後の戦いの指揮を取りたく、君命を受けに参りました」

『ま、まさ……か、こんな事に……なる……とは。無念……シュー』

 

 総督はノイズの崩壊で持病のあらゆる病気が悪化したようで、完全に弱りきっている。シェルター内では医療設備も限られるだろう。

 

『誰か……我がノイズが……何故こんな……ゴホッゴホッ』

 

 どうしてかって? どうしてこんな目にあったのか?

 単純だ。貴様ごときに魔道技術兵器は過ぎた玩具だ。

 自分の器以上の物を手にした報いが来た、それだけだ。

 

「では総督。私に君命を与えてください。機動要塞を破壊する! そう命じてください。全身全霊を持って尽くします」

『我が……ノイズが…………コーホー、世界を手に』

 

 俺の言葉が聞こえないのか、未だに過去にしがみ付く総督。

 

『……早く武器を……魔王を倒す……兵器』

「わかりました! この私サトー・マサキが、最後の命令を承りました。機動要塞のことはお任せください」

 

 もう無視して頷いた。

 

『魔王の……首を……ガハッ! ゴホッ! ゴシュー……』

「なんですって!? この俺にノイズの全指揮を預けると? 私を将軍に!? 光栄です総督!」

 

 勝手に話を進めてやるか。

 

「会話が噛み合ってませんわよ?」

「マサキ様、強引に君命を受け取る気ですか」

「ハッハッハ! あいつらしいな」

 

 俺の外道さに、もうすっかり慣れっこになった3人が行った。

 

『魔王を……倒し……もの…………なんでも……願いシューー、コーシュー』

「ええお任せください。ノイズの民もこの私がなんとかしますから。機動要塞を破壊し、亡国の民を導く。偉大で慈愛に満ちた王よ、あなたの命は、決して無駄にはしませんとも!」

 

 総督の耳元で最後に適当に頷いた後、立ち上がった。

 

「よし、もうこいつに用はない。では俺が将軍になった証として何かないか? ノイズの象徴のようなものは!?」

 

 無駄に豪華な病室の中で物色していると、アニメやラノベではよく見る、まさに象徴的なものを見つけた。

 その武器の名は日本刀。ジャパニーズカタナだ。

 

「これはいい。将軍に相応しい武器だ」

 

 ノイズは内政チートが集まりできた国。

 その内政チート持ちは日本人。きっととある日本人の一人が、自分の故郷の武器に憧れて独自に作り上げたのだろう。

 

「まさしく本物の刀だ。この世界でよくここまで再現したものだ」

 

 神器と呼ばれる、この世界に来たものが持ち込めるチートアイテムとは違い、その刀はあくまでただの武器だった。それでもなおこの武器の魅力は損なわれることはない。鞘から出して眺めると、綺麗に湾曲した刀身には、木目のような模様が浮かび上がる。

 

「ま、待て! その武器は! 刀はノイズの国宝といっても過言ではない。多くの鍛冶師が再現しようとしたが、ついに同じものは出来なかった。世界に二つとない宝を!」

 

 バインドを何とか口から外し、秘書官が叫ぶが。

 

「武器は戦うために作られたものだ。飾っておくものではない。戦場になければただの飾りだ。民のいない……、この王と同じだな。今からこの俺が、真の刀にしてやろう」

「ついに言ったな! サトー隊長! いやサトー・マサキ! お前など不敬罪で!」

 

 俺の言葉を聞き激怒する秘書官に。

 

「そういえばまだ試し切りをしていないな。丁度いい。将軍に逆らった小娘を直々に成敗する!」

「なっ! よせ! ここで私を殺せばお前は! 本当に! その目、本気だな!? わかった!! お前が将軍だと認めるから!」

 

 縛られた秘書が必死で許しを請う。

 

「フン、『バインド』! それでいい。俺は戦いに向かう。ノイズの後片付けにな。総督もお前らも、あとは好きにしろ」

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 彼女に拘束スキルを再度放った後、刀を納めて部屋から出た。

 

「ごめんなさいねー! でも世界の危機なんですわ。許してくださいませ」

 

 マリンは拘束された近衛兵たちに、一応謝りながら俺に続いた。

 

 

 

「サトー殿!? 一体どこに行ってたんです?」

 

 没落したノイズの政治家たちの娯楽に無理やりつき合わされ、ウンザリした顔でヘトヘトになったダグネス嬢がやってきた。

 

「なんて様だ。国民を守る義務を放棄している! 貴族階級の振る舞いとは思えん! 彼らの態度には憤りを感じる!」

「あれが国を失った権力者達の成れの果てだ。これはノイズだけではない。全ての国の定めだ。ベルゼルグの貴族も自国が滅びてしまえば同じ運命をたどるだろう。ダグネス嬢よ、国家の崩壊は人の立場を変える。こうならないようにあなたは全力で祖国を守れよ」

 

 特権階級といえど、国が無ければ貧民と同じだ。

 哀れな元貴族共を見て冷ややかに警告する。

 まぁあいつらには最後の仕事をやってもらわないといけないからな。

 この俺がノイズのトップになった事をはっきりと認めさせなければ。

 

「ノイズの貴族よ!! 聞け! 王より君命を受けた! 俺に従え!」

 

 娯楽施設で遊んでいる貴族に大声で怒鳴りつけた。

 

「なんだとサトー隊長?」

「いくらノイズの英雄でも、我々に命令する権利などない」

「そうだ、お前は単なる部隊の隊長にすぎない! 調子に乗るなよ?」

 

 強気でギャーギャー言い返す元貴族共に。

 

「隊長ではない。俺は将軍だ! 全員! サトー将軍と呼べ!!」

 

 日本刀を振り上げて再度怒鳴りつけた。

 

「あ、あれは。ノイズの国宝のカタナ!?」

「なぜあいつが持っている? おい!」

「王がアレを手放すなど考えられん。まさか本当に将軍に任命されたのか?」

 

 元貴族共のなかでどよめきが走った。

 

「その通り! 王は死の間際に、この俺を後継者へと選んだ。この俺はノイズの将軍にして! この国のニューリーダーだ!」

 

 刀を高く掲げたまま、はっきりと宣言した。

 

「なに勝手に殺してるんですか?」

 

 ボソっとマリンが小声で呟く。

 

「嘘だ! 病床の王からマサキが奪い取ったに違いない!」

「これはマサキによるクーデターだ!」

「認めないわ! 誰がお前なんかに!」

 

 元貴族共は予想通りの反応を示す。俺は一度刀を納めて、次の話を進める。

 

「フン、いいか元貴族共。もうノイズは滅んだ! 完全に! まずはそこから認めることだ。この俺も、今になってはこんな国など欲しくは無い! 俺の目的は機動要塞を止めることだ。欲しいのは止めるための兵器だけ。元貴族のお前らに要求することは何も無い。はっきり言って邪魔だ。大人しくしているなら、このシェルターの中にある、隠し財産はそのままにしておいてやろう!」

 

 隠し財産の事を指摘され、顔色が明らかに悪くなる元貴族共。

 

「隠し財産? ナンノコトカナ?」

「ノイズが攻撃を受けたとき、全部ナクナッチャッタヨ?」

 

 明らかにキョドった口調で反論されるが。

 

「わかった。そういう態度を取るのか。よしレイ。あの上に光る出っ張りがあるだろ? あそこを破壊したら扉が――」

 

 そこまで言いかけたところで。

 

「これはこれはサトー将軍!」

「私はあなたに従いますとも!」

「英雄サトー・マサキ殿! 将軍への就任おめでとうございます」

「ノイズを救うのはあなたしかいない!」

 

 ふんぞり返っていた元貴族は椅子から飛び降り、みんな大慌てて俺に跪いた。

 俺は悪党だ。ノイズの隊長をしながらも裏取引も行っていた。

 自然とノイズの闇の情報にも詳しくなる。

 なにせこいつらは俺の組織だとはつゆも思わずに、利用してせっせと金を溜めていたのだ。

 バレバレなんだよバカ共。

 

「よし、全員異論は無いな!? 俺は今から将軍だな! ブラック・ワンよ。お前も今日から副隊長じゃない! 隊長に昇格だ! よかったな!」

「は、はぁ」

 

 この流れでついでに黒の部隊の副隊長も出世させた。

 

「よし、これで俺の邪魔をするものはいなくなった。俺の指揮の下、残りの兵器をかき集め、最後の作戦に出る」

 

 こうしてノイズの残党は全て俺の元に屈服した。まぁ滅びた国の力なんて無いも等しいが。

 だが少なくともノイズ最後の戦いだけは自由に出来る。その後は知らん。

 あと不安要素は……。

 チラっと仲間の姿を見て。

 

「それにしてもだ! 俺の命令をちゃんと聞いたのがアルタリアだけとはな! レイもマリンも勝手に特攻するし! 仲間だからといって上官舐めんな! 今まで一番のバカはアルタリアかと思ったが違ったみたいだな! 聞いてるのか馬鹿女二人!」

 

 前回独自の行動をした、マリンとレイを正座させて説教した。

 アルタリアだけが腕を組んで偉そうにふんぞり返っている。

 そんな彼女に質問する。

 

「ではアルタリア先生。どうして突撃しなかったんですか?」

「ああ? そりゃあんなでかいのに勝てるわけねえだろ。常識考えろよ?」

 

 アルタリアの至極真っ当な答えに納得し。

 

「だそうだ。お前らよく聞けよ! 先生の言葉をよ! このバカ! バカ! カス共!」

 

 さらに激しく二人を攻め立てた。

 

「私にアクア様の声が聞こえる理由。それはこれを止めるため、使命だから仕方なく!」

「結局無意味だったくせに! 役立たず! 無駄死にだったぞマリン!」

 

 マリンに怒って。

 

「私は直前で引き返しましたからセーフです」

「アウトだ! よりたちが悪いわ! 俺がどれだけ心を乱したか! 作戦が台無しになる寸前だったぞ! 結局失敗したけどな!」

 

 レイにも怒った。

 

「次は無いと思えよ。っていうか次しか無いけどな。マリン、本当に機動要塞を止めたいのなら、俺の命令には絶対服従しろ。レイ、今度勝手な真似をしたらお前との婚約は解消する。いいな!?」

「はい」

「婚約解消されても、私には関係ありませ……いやすいませんでした」

 

 素直に謝るバカ二人。

 

「そこでだ、今度の戦いの要となるのはアルタリアだ。作戦が成功するかどうかはお前にかかっている」

「マジか? 勝ち目があるなら何だってやるぜ! ワクワクするぜ!」

 

 アルタリアに期待をこめていった。

 

「なんでアルタリアが!? いやすいませんでした!」

 

 嫉妬するレイだが、俺の目線を感じてすぐに謝った。

 

「アルタリアと、結界を破壊できる兵器。この二つが要だ。元所長! 完成はまだか!?」

 

 女研究員に聞くと。

 

「元所長って言うな! ああ、マサキ隊長……いや将軍が部品を優先させてくれたおかげで、もうすぐ完成します。ああ、なあ、将軍になったなら、私も所長にしてくれません?」

「いいぞ。お前は今から所長だ! 将軍が命ずる!」

「やったー! よっしゃ! これで私も正式に所長ね!」

 

 地位が滅茶苦茶軽くなっているのだが、嬉しそうだし突っ込まないでおくか。

 

「将軍! 結界解除波動送信機が完成すれば、あの憎き機動要塞を破壊できるんですね?」

「スーパー結界キラー」

「は?」

 

 俺の言葉に聞き返す女所長。

 

「結界解除波動送信機が……」

「スーパー結界キラー!」

「……」

「……」

 

 少し沈黙が流れた後。

 

「……スーパー結界キラーが完成すれば、機動要塞を?」

「ああ、その通りだ。このサトー将軍に任せろ」

 

 女所長は折れて頷いた。

 なんだよ。俺のネーミングセンスに文句あるのかよ。

 あとは紅魔族やブラックネス・スクワッドに作戦を伝えるか。ついでにアクシズ教徒にも。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 スーパー結界キラーが完成。

 <レッドフォース・ゼロ>の改造も終了。

 さらに残存する全ての魔道ゴーレムをノイズの跡地に集結させた。

 後は人間の軍隊だ。

 

「紅魔族、この戦いが終わったらカラコンはくれてやる! アクシズ教徒! お前らには世界を滅ぼしかねない兵器を数個! これでどうだ!?」

 

 紅魔族、アクシズ教徒へそれぞれ聞くと。

  

「あの神器を!? 神器を超えた伝説過ぎるアイテムをくれるのなら! 命も惜しくは無い!」

「いいぜマサキ。あんたは話が早いから助かるぜ。これでゼクシスに一泡拭かせてやる。そうなればこの俺様がアクシズ教のニューリーダーだ!」

 

 リーダー格であるいっくんもストックも快く同意してくれた。

 

「だが命令には絶対だぞ? 従わない奴はこのサトー将軍が処罰してやる! 贈呈の品も破壊する。わかってるよな!?」

 

 念押しに迫った。

 俺の処罰はともかく、アイテムが壊される事を恐れた二人は渋々ながらも納得した。

 次はダスティネス卿だ。

 

「俺達が責任を持って、あの兵器を破壊する。その時は俺の懸賞金を取り消してくれよな」

「ああ、ダスティネス家の名において、約束しよう」

 

 頷くダグネス嬢。

 サナーは役に立たないと思い、シェルター内においてきた。

 

「だが私も手伝おう! もはやこれはノイズだけの問題ではない!」

「ダグネス嬢、いやダスティネス卿。あんたは見届け人になってくれ。この俺があの機動要塞を破壊する様を見て、俺の事を判断しろ。正義か悪か決めるといい」

 

 ベルゼルグ王国との交渉も終わった。

 これで全ての戦闘準備が完了した。内部からの障害は無くなった。

 あとは戦うのみだ。

 

 

「これよりプランD! デストロイヤー計画を始める! 最後のクエストだ! 全員覚悟を決めろ!」

「おおー!!」

「やってやる!!」

「はい将軍!」

「いくぞ!」

「見てろよゼクシズ!!」

「邪眼のため!」

 

 抜いた刀を大げさに持ち上げ、出陣の合図を告げた。

 ブラックネス・スクワッド。

 紅魔族。

 アクシズ教徒。

 ゴーレムたちが俺の刀に答え、それぞれの武器を持ち上げて答えた。

 

「なにがあっても、マサキ様に付いて行きます! 運命の人ですから!」

「お前と出会えて楽しかったぜ! 多くのモンスターを血祭りに上げてきた! 私らは最高の仲間だ」

「マサキは勇者ではなかったのかもしれません。でもあなたと、いいえあなた達と過ごした時間は消えません。マサキの外道っぷりにはいつも手を焼かされましたが、今はいい思い出です」

「やめろよお前ら。まるでこれで最終回みたいじゃんか。遺言みたいなことは言うなよ! フラグっぽいんだよ!」 

 

 四人で手を取り合い、俺たちの最後のクエストが始まる。

 旅の終わりだ。

 




やっとノイズ関連の後始末が終わりました。
登場人物を最小限にしたいと思ったのに結構出てきて大変。
まぁもっとカット出来たような気もしますが。
特に博士の同僚の女研究者はキャラが定まってなくて変な人に
こんなに喋らせる予定は無かったからなあ。

あとは最終回に向かうだけです。
マサキの最終作戦……勘のいい人にはバレバレだと思いますが、まぁ最後まで付き合ってください。


紅魔族用歩行型トランスポーターの艦名を
<インフリクター> → <サトーズ・フィスト>に変更しました。
4つのゴーレムの語源をわかりやすくするためです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三部 最終話 この素晴らしい世界にデストロイヤーを!

 天気は快晴。雲ひとつ無い晴れ渡った青空。

 俺達がたどり着いたのは、お馴染み魔王城の眼前。

 紅魔族とアクシズ教徒という、この世界で思いつく限りの最悪の組み合わせで向かったためか、さえぎるものは何もなかった。

 魔王城といえば、前の戦いで色々壊してやったにも関わらず、すっかり元通りだ。

 さすがはこの世界の悪の親玉。魔王といったところか。

 <レッドフォース・ゼロ>を先頭に、後方に魔道ゴーレムを引きつれ、長蛇の陣形で一直線に向かう。

 長蛇の陣……縦方向にはめっぽう強いが、横からの攻撃には成すすべもないという、弱点をむき出しにした形。

 だが関係ない。俺は別に魔王と戦いに来たわけではないからだ。

 

 

「……また来たのか。今度はなにが目的だ?」

 

 俺の姿を確認するやいなや、ウンザリしたような顔で登場する堕天使。もとい白マント。

 

「サトー・マサキよ。史上最低最悪の冒険者よ。貴様の邪道な行いは神の怒りに触れ、ついにノイズを滅ぼした。これは天罰であろう。堂々と戦うならまだ遅くは無い。受けて立つとうではないか!」

「貴様に用は無い、白いの。俺はサトー将軍! 魔王に話がある! 魔王を出せ!」

 

 巨大ゴーレム艦から降りて、堕天使に興味ないと言い返した。

 

「なんだと? ここまで我を侮辱するとは。魔王と会いたければ、まずこの我を倒してから――」

「俺は、いや俺達は魔王と戦いに来たわけではない。話し合いだ。さあ出せ!」

 

 堕天使を無視して地べたに座り込んだ。

 

「どこまでもどこまでもこの我を舐めおって。全軍、今すぐあの男を始末して来い!」

 

 堕天使が命令を下すが、魔王軍は紅い眼の紅魔族に睨まれた上、ダメ押しとばかりにアクシズ教徒の存在を確認しガタガタ震え上がり、全員魔王城の奥へと引っ込んでいった。

 

「腰抜け共が! もういい! こうなったらこの我が直々に消し去ってくれる! 魔王軍一の魔力を誇るこの我の、必殺の奥義を見るがいい!」

 

 堕天使はスッと浮き上がり、結界の外に出ようとしたそのときだった。

 

「下がれ。いつまでオレを玉座で待たせるつもりだ。待ちくたびれたぞ!」

「魔王よ! 古来から勇者と魔王の戦いは一対一で行うものだ! あなたの出番はまだだ!」

「どうせ相手は一対一で挑んでこない。魔王のルールは適用されんだろ? いつまでもゴチャゴチャ城の外でやられるとい加減頭にくるんだよ。一気に消し去ってやる」

 

 堕天使を制止し、ついに魔王がその姿を現した。赤い肌をした大柄な男。若々しく力に溢れたその体。半裸なのは少し笑える。さらに巨大な角が頭に生えている。日常生活で凄く邪魔そうだ。なんだあのヘラジカは。

 まぁあのわかりやすい姿に、誰が見てもこう呼ぶだろう。

 

 魔王、と。

 

 

「お前か、噂のサトー・マサキとかいうのは? とんでもなく姑息で卑劣な男と聞いたが、ただの弱い人間にしか見えねえな。弱い人間がこのオレになんの用だ? 一瞬で捻り潰してやるぜ?」

「始めまして魔王様。本日はお日柄もよく。戦うなんてとんでもない。我々は降伏にきたのです。ノイズは崩壊し、恐ろしい兵器が世界を蹂躙しています。こうなれば魔王様の配下になるしか道はありません」

 

 やる気満々で手に魔力を溜めていた魔王は、俺がすぐにゴマスリを始めるのを見て戸惑った。

 それから少し考えた後。

 

「お前を受け入れたところで何の得がある? 虫けらが」

 

 よし、待ってたぞ! この質問をな。

 

「魔王軍には強力な魔力結界を始めとする、古代の魔法や新たな魔道生物を生み出す高い技術力があります。ノイズで数々の武勲を立て、将軍にまで上り詰めたこの私の実力はご存知でしょう? 今度は魔王軍のために働きたいと思います」

 

 もう一度頭を下げ、話を続けた。

 

「なるほど。内部から破壊するつもりか。貴様の魂胆なぞお見通しだ」

「違います。レイ、スクリーンを出せ!」

 

 さあ来るぞ。

 この世界の命運をかけた、プレゼンテーションの始まりだ。

 魔王によく見えるように、空中に魔道具で自分の計画を書いた企画書を投影させる。

 

「魔王軍の所有する、最先端のモンスター改造技術を植物に使います。品種を改良し、冬に強く、暑さにも強い食物を作り出します。またモンスターも家畜化し、より美味な品種を作り上げます。結果年中美味しい料理を味わうことが出来ます」

「そんなことをしなくても、襲って奪ったほうが早い!」

 

 魔王が馬鹿馬鹿しいと首を振るが。

 

「奪うには限度があります。それより自分で生産したほうが効率がいいですよ。魔王様や一部の限られた幹部だけではなく、兵全体に安定した食料を提供できるようになります。農地を作り、モンスターたちを働かせます。また、過剰な食物は他の国家に輸出し、貸しを作ります。そう、まずは農業大国を目指します! 魔王製のブランドを作り、経済的にこの世界を支配するのですよ!」

 

 そのまま紹介を続ける。

 

「魔王様。耳を傾けてはなりません」

「だれがするか!」

 

 堕天使の忠告に魔王が怒っている。

 

「次に貨幣制度! 魔王様の元に集まった大量の金を元に、独自の通貨を発行します。そうなれば人間たちも魔王様の圧倒的な富を前に、自然とひれ伏す事になるでしょう」

 

 もう自分がなにを言ってるのかよくわからない。今まで培ってきたテキトーな知識をつなぎ合わせ、それっぽいことをいい続ける。

 

「どうでしょうか魔王様? これなら完全に世界を支配できますね。勇者と魔王の戦いなんて古い古い! これからは経済の時代ですよ。さらに稼いだ金で新兵器を作り、武力でも圧倒的に世界を上回る。おお、見事で完璧なプランだと思いませんか?」

 

 必死な俺の言葉に、魔王はあまり興味を示さない。

 脳筋なのか? まぁ見た目からしてパワー形なんだが。

 クソッ、馬鹿には俺の話が理解できないのか?

 

「その話乗ったああ!!」

 

 俺がなんとか魔王の注目を引こうとしている中、急に後ろから声がした。

 

「アクシズ教徒の未来を背負って立つこの俺様、ストックが世界を制する姿が見えたぞ! さあマサキ、一緒にやろうじゃねえか!」

「お前には言ってねえよ! 黙れ!」

 

 ストックだ。

 こいつめ。俺のプレゼンテーションをすぐに理解しやがった。さすがは無駄な野心家だけの事はある。

 

「……貴様、見たところアクシズ教のようだが。魔王しばくべしの教義があるんじゃないのか?」

 

 魔王がストックに尋ねると。

 

「そこは解釈の問題でさあ。しばくって言っても殺せとは書いてない。ちょっと棒でつついただけでも一応しばいたことにすればいいじゃねえか。一々こまけえなあ」

 

 それは流石に無理があるだろう。

 

「俺とマサキと魔王の、三頭政治で行くか! それで決まりよ!」

「だから入ってくるなよ! お前の席なんてねえ! 話がややこしくなるからしゃべんな!」

 

 ストックと掴み合いをしていると。

 

『コール・オブ・サンダーストーム!!』

 

 無視されてイラついたのか、魔王が天に手を突き出し、強大な魔力を使い天候を操作する。

 空がみるみるうちに暗雲垂れ込み――

 垂れ込まなかった。

 透き通るような晴天の青空が続いた。

 

「……? アレ? なんでだ? いでよ雷! 『コール・オブ・サンダーストーム』」

 

 首を傾げる魔王。

 だが何度やっても何も起こらない。

 なぜなら。

 <レッドフォース・ゼロ>の先には、てるてる坊主が吊るされていた。

 

「……一応持ってきたけど。役に立つとは思わなかったなあ」

 

 天候を強制的に晴れに出来るという、誰が作ったのかよくわからない魔道具。

 雨が少ない季節しか使えないため、失敗作として捨てられていたのを回収しておいた。

 

「オレを馬鹿にしてるだろ! オレの城の周りがなんでこんなに晴れてるのかと思ったら、それもお前のせいか!」

「誤解ですよ魔王様! もし雨が降れば声が聞こえなくなると思って、念のために用意してただけですから!」

 

 魔法を解除させられてキレた魔王に必死で謝る。

 

「それより魔王様よう! とっとと俺たちと一緒に世界を征服しようぜ!? なあに、魔王の力、マサキの知恵に、この俺様の溢れ出る野心があれな、こんな世界あっという間じゃねえか!」

「うるせえ! 黙ってろ! バーカ!」

「なんだと! 魔王のこのオレに向かってバカだと? いいだろう。今すぐ殺す!」

「違う魔王様! 今のはストックに! アクシズ教徒の愚か者に言ったんですよ! 魔王様では無いですって!」

「おい魔王!? お前は本当に力が欲しくないのかよ!? そんなんじゃあ魔王として恥ずかしいぜ?」

「ケッ、欲深いアホ女神に仕えるクズめ!!」

「言ってくれたな魔王! このストック様を怒らせたことを後悔させてやるぜ!」

「おいストック、止めろ。落ち着け!」

 

 俺、魔王、ストックの三人で、ごちゃごちゃと言い争いが始まった。

 もうグダグダだ。

 まさかストックが食いつくとは思わなかった。

 やっぱりこのバカは置いてきた方がよかったかも。 

 どう収集をつけようか困っていると。

 

 

「魔王様! 私です! ヒューレイアスです!」

 

 突如ひゅーこが俺の前に出て、叫んだ。

 

「私の事をお忘れですか!? 魔王様!」

「クックック、久しぶりだなヒューレイアス。もちろん、忘れてはいないぜ」

 

 魔王はひゅーこの姿を見て、にやりと笑って答えた。

 そんな馬鹿な!?

 ひゅーこが名前を覚えられているだと!?

 いやあ、流石に失礼だったか。

 

「私が一人になったとき! この世界で立った一人ぼっちになったとき、助けてくださったあの時の恩は今でも覚えています! ゲセリオン様が私を始末しようとしたのは何かの間違いですよね!?」 

 

 ひゅーこは必死で、魔王へとすがりつくような声で話を続けた。

 その様子を見て、空気を呼んで口を閉じる俺とストック。

 

「そう、私がかって人間だったころ……。仲間と共にダンジョンへ挑み、そして全滅して……。気が付いたら自分だけ生き伸びてて! だけど体が魔族に改造されてて! かっての故郷に戻れば化け物だと石を投げられ! この世界でたった一人になった私を受け入れてくださった、魔王様への恩は!」

 

 急にそんな重い設定を語りだすひゅーこ。

 え!? こいつ元々人間だったの?

 てっきり最初から魔族かと。しらねーよそんなの。

 

「覚えているともヒューレイアス。お前を受け入れた時の事を。なんとも傑作だったぞ。かっての同胞だった人間たちを、葛藤しながらも手にかけるその姿。罪悪感に苛まれながらも、オレへの忠誠を示すために必死で戦ってくれたなあ。オレは影で笑ってたんだ。悪魔たちも言ってたぜ。最高の悪感情を味わえたとな!!」

「え……。嘘ですよね。そんな!」

 

 魔王から悲しい事実を知らされ、信じられないといった顔で頭を抑えていた。

 

「人間に戻れてよかったじゃないかヒューレイアス。今までオレに尽くしてきた礼だ。今度は魔王には向かった冒険者としてなぶり殺しにして……いやもう一度魔族に改造してやろうか? そうすればまた友達だなヒューレイアス。クッ、ハッハッハッハ!」 

「…………うっ」

 

 ひゅーこは静かに、袖に顔を押し付けて泣き始めた。

 

「うわぁ……なんという鬼畜」

 

 魔王の所業にドン引きして呟くと。

 

「お前が言うなあ!」

「お前にだけ! お前にだけは言われたくないわ!」

 

 ひゅーこ、魔王双方に何故か罵倒される俺だった。

 

 

「大丈夫です? ひゅーこ?」

「私たちはあなたを裏切ったりしませんからね」

 

 ひゅーこを慰める紅魔族。

 とりあえず彼女の事はあいつらに任せよう。

 

「フン、少しは面白いものが見れたな。サトー・マサキ、ひゅーこを人間に戻すとは中々わかってるじゃないか。あの女は人間と魔族の狭間で苦しむ。それが楽しくてな」

 

 このクズめ。

 なんて事は言わない。

 俺もあまり人の事は言えないからな。

 しかも少し魔王の態度が軟化したぞ。こういうわかりやすい悪っぽいことをすれば魔王は喜ぶのか?

 ひゅーこは可哀想だったが、感情的になる必要は無い。

 最初の計画通りにことを進めるだけだ。

 時計を見る。

 まだだ。もう少し時間が必要だな。

 

「魔王様に質問です!」

「なんだ?」

 

 下らない話でもするか。

 

「魔王様の角、凄く立派ですが……邪魔じゃあないですか? 寝るときとか首痛くない?」

 

 体に比べて大きすぎの、アンバランスな角の事を聞いた。

 

「教えてやろう。別に隠すことでもないしな。この角はな、魔力を込める事で何よりも鋭く、その辺の鎧だろうが軽く貫通する硬度に変えることが出来る。でも逆にやわらかくする事も出来るんだぞ。寝るときや日常生活では下に下ろしている」

「へー、そうなんですか。それなら楽ですね」

 

 どうでもいい事を聞き、ウンウンと頷く。

 

「ところで……ずっと気になっていたのだが。こっちからも質問だ。その変わった形のゴーレムはなんだ?」

 

 四歩脚の、機動要塞ほどではないが大きなゴーレムを見て、魔王が尋ねる。

 上には誰も乗っていない。

 

「これは贈り物です魔王様。今世間を騒がしている機動要塞の原型となったもの。我が妻にちなんで名付けた……その名も<レッドフォース・ゼロ>。いかがですか? 改造次第ではあの機動要塞をも上回る戦力になると思いますが?」

 

 <レッドフォース・ゼロ>を魔王に紹介して答えると。

 

「ほう、昔旅の勇者から聞いたことがある。降伏すると見せかけて贈り物をし、中にトラップをしのばせる。確か……トイレの木馬かな?」

 

 惜しいな。ちょっと名前が違う。トロイだよ。

 まぁ俺は、そんなバレバレな作戦なんて立てないがな!

 

「結界の中に入れる必要はないな。なんならここで飾っておいてもいいですよ!」

 

 魔王の疑惑の視線に安心させるように答える。

 

「ほう? じゃあなぜ持ってきたんだ?」

「単なる贈り物としてですよ。要らないならこのままでいいです」

 

 不味い、不味いぞ!

 これだけは壊されるわけにはいかん。

 何も乗っていない、四歩脚の大型ゴーレムだから気にしないで欲しいのだが。

 

「怪しい」

「えっ? ただのデカイだけのゴーレムですよ? 機動要塞みたいに魔法結界も付いてないし。ぶっちゃけ大きいだけ。何の役にも立ちません。失敗作なもんで」

 

 思わず声が裏返ったが、それでも何とか納得させようとする。

 

「……」

「……」

 

 俺と魔王の間で、一瞬静寂が流れた後。

 

「『カースド・ライトニング』!」

「マジックキャンセラー」

 

 魔王が突然、<レッドフォース・ゼロ>に向けて魔法を放つ。

 すぐさまマジックキャンセラーで魔法を打ち消させるが。

 

「し、しまったぞ将軍!」

「魔王の魔法だけではなく、我々の魔法まで消されました!」

 

 巨大ゴーレムの真上に突如出現する巨大アンテナ。

 ゴーレムの上には何も無かったわけではない。紅魔族がかわりばんこに光の屈折魔法を使い、スーパー結界キラーが置いてあるのを見えないように隠していたのだ。

 『マジックキャンセラー』に巻き込まれる形でその魔法がかき消され、ついに姿を現してしまった。

 クソッもう少し時間を稼げれば……。

 

「サトー・マサキ、それはなんだ!? なにを隠していた。説明しろ!」

 

 急に出現したアンテナを見て怒鳴りつける魔王。

 

「違います! これは単なるおまけで! 大したものじゃないです」

「じゃあなぜ隠していた。それで何をするつもりだったんだ! 言え!」

 

 魔王に必死で言い訳するが。

 

「降伏するなど真っ赤な嘘だったのか。わかってはいたが許さん! 『カースド・ライトニング』!」

「マジックキャンセラー」

 

 魔王の魔法を消し去るが……。

 まずいな。このままでは作戦は失敗だ。

 頼む、アルタリア、早く来てくれ!

 

 

『……マサキ! 聞こえてるか! アルタリアだぜ。もうすぐそっちにいく!』

 

 もうダメかと思ったとき、アルタリアから通信が入った。

 

「急げ! もう魔王の奴にバレた! 早く来い!」

『任せなマサキ、もう魔王城が見えるぜ』

 

 アルタリアからの返事と共に、あの何度も味わった、軽い振動が聞こえた。

 間に合ったか。

 いやギリギリかもしれん。

 遠く離れた森の向こうから一直線に、機動要塞がこちらへと向かってくる。

 機動要塞を誘導するのはアルタリアだ。

 紅魔族、アクシズ教徒たちからありったけの速度強化の支援魔法を浴び、超スピードで走っている。

 『デコイ』スキルを起動し、あの巨大な化け物を引き寄せながら。

 機械相手に囮スキルが通用するかは賭けだったが、ノイズ跡地から引っ張り出したマジックポーションを飲ませて無理やりドーピングさせることでなんとか可能になった。

 

『でもよ、マサキ。ちょっとまずいことになっちまって』

「なんだ!?」

『私の囮スキルが効きすぎたのか……デカイのどころか周りのモンスターも全部引き寄せてしまって……。あのポーションの効果やばすぎるぜ』

 

 千里眼でよく見れば、アルタリアと機動要塞の後ろに大量のモンスターたちが押し寄せている。

 俺たちノイズ残党は事実上、前方の魔王城、後方のモンスターたちに挟み撃ちにされた状況だ。

 

「想定内だ! 構わず来い! 全員モンスターの大軍に注意せよ!」

 

 機動要塞だけを引き付ける都合のいい薬なんてあるわけない。野生のモンスターを巻き込むだろうと思った。だが数が多すぎるな。

 酷い戦いになりそうだ。 

 とりあえず、魔王に紹介でもしておくか。

 

「ではご覧下さい魔王様! この地響きが聞こえますか? あれぞ魔道技術国が生み出した恐怖の破壊兵器でございます!!」 

 

 俺が指をさした先には、圧倒的な威圧感を誇る巨大な蜘蛛型兵器。

 不気味な七つの眼を紅く光らせ、まっすぐと魔王城目掛けて凄まじい衝撃を放ちながら向かってくる。

 地面の揺れがドンドン大きくなっていく。

 このまま行けば、俺の長蛇の陣の最後方部に配置してあるゴーレムに接触するだろう。

 それでいい、ゴーレムを破壊し続けて、まっすぐ俺の所へ。魔王城の目の前に来い機動要塞!

 

「ぬうっ、だが魔王城には結界がある。結界があるからあんなものは通用せん。だよな!?」

「その通りです魔王様。我が無敵の魔力結界がある限り、魔王城は絶対に安全です」

 

 焦りを感じた魔王を安心させる堕天使。

 

「そうでなくては困るのだ魔王様よ! 機動要塞の相手を少しの間頼みますよ! だいたい一分くらいな!」

 

 これこそ俺が立てた最後の計画。デストロイヤー・プランだ。

 機動要塞を魔王城にぶつけ、苦戦している隙にスーパー結界キラーで機動要塞の結界を解除する。

 あの圧倒的な存在感を持つ機動要塞を足止めするには、同じく圧倒的存在感のある魔王城しかない!

 とても無理がある作戦なのはわかっている。危険だし、上手くいく確率も低い。

 下手をすれば魔王軍と機動要塞を同時に相手をしないとならない。アルタリアにたかるモンスターを含めれば更に増える。

 だが解除に1分もかかるスーパー結界キラーの使い道が、他に思いつかなかったのだから仕方ない。

 ベルゼルグの王都にやったら殺されそうだし、その上1分持たないかもしれない。

 防波堤の役目はこの世界で悪を気取っている魔王に任せよう。

 

 

「あぁ魔王様。最後のお願いでございます。これより機動要塞は魔王城を襲うでしょう。ですが魔王城は強力な結界に阻まれ安全でしょう。ですからここは黙って見逃してください。そうして下さるなら恩は決して忘れません。魔王様のためにしばらく尽くしましょう。私の前に散っていったあなたの幹部、バラモンド、あの黒いドラゴン、ゲセリオン以上の働きをしてみせましょう」

「人間風情が調子に乗りおって! 貴様の力など必要ないわ! 全軍! あそこにいるクズの人間を殺せ! 殺した奴は魔王幹部に取り立てる!」

 

 交渉決裂! 魔王の命令と共にモンスターたちが飛び出してきた。

 

「そうか。それなら交渉ごっこはもう終わりだ! 全軍! 魔王軍を撃退せよ! <レッドフォース・ゼロ>を全力で防御しろ!」

 

 俺も部下達に命令しかえした。

 最終決戦の始まりだ。

 

「ぶっ殺せええ!!」

「やらせるかああ!!」

 

 続々と城から飛び出す、ありとあらゆるモンスターに、紅魔族が先制とばかりに魔法の雨を浴びせる。

 消し飛ばされるモンスターたちだが、幹部になれると聞き命がけで特攻をしてくる。

 混乱の間に俺はそそくさと、<レッドフォース・ゼロ>の上に避難した。

 

「全軍<レッドフォース・ゼロ>を何とかして守れ! 俺も守れ! 近づかせるな!」

 

 激を飛ばす。

 鎧を来たモンスターは紅魔族の『カースド・ライトニング』を前にズタズタになり、それでも潜り抜けたものはブラックネス・スクワッドの『バインド』で拘束される。さらにそれすら越えたものに待っているのはアクシズ教徒たちによる激しい可愛がりだ。

 正直あまり見たくはない光景だったが、次々とモンスターを戦闘不能にしていく姿は、さすがこの世界一の嫌われ者集団と言ったところか。

 血みどろの戦いが繰り広げられる中。

 激戦区とは離れた場所に闇色のローブをまとった魔導師風の者たちが整列し、俺目掛けて魔法を浴びせてきた。

 

「『マジックキャンセラー』! おい! あっちの魔法使い集団に気をつけろ! 誰か突撃して切り刻んで来い!」

「無理ですよ隊長! いえ将軍! 『マジックキャンセラー』 みんな目の前の相手だけで精一杯です! 数が圧倒的に不利です!」

 

 マジックキャンセラーを発動させながら答える副隊長、いやもう隊長だ。

 

「魔道ゴーレムを動かす。機動要塞のコースはもう変わらないだろう。手が空いたものは敵魔法使いに向けて攻撃せよ!」

 

 コントロール用の水晶に手を当て、機動要塞を誘き寄せるエサ用として後方に並べていたゴーレムたちを前進させた。

 

「少しは楽になったぜ。お返しといくかな。『カースド・ライトニング』」

 

 紅魔族の一部が敵魔法使い目掛けて撃ち返す。

 避けそこねた敵は雷で黒コゲになっていた。

 これで予定どおりに……。

 

「大変です隊長! いえ将軍! 『マジックキャンセラー』のスクロールがあと僅かです!」

「スーパー結界キラーを守りきれません!」

 

 くっ!

 なんということだ。

 すでに機動要塞は魔道ゴーレムの最後尾を破壊。

 まっすぐこっちに向かってくる。

 魔王城接触までもうすぐだ。

 そこまではいいのだが、それからも1分以上持ちこたえねばならないのだ。

 現時点で敵の雑魚を蹴散らして優勢とはいえ、まだ向こうには結界を張っている堕天使と魔王がいる。

 あの二人の攻撃をマジックキャンセラー無しで凌ぐことは……無理だ。

 計画は失敗か……。

 

 こうなったら……

 こうなったら……

 こうなったら! 

 

 

「間に合わん! スーパー結界キラー、目標を変更! 魔王城結界に定めよ」

 

 最後の手段だ!

 

「ええ!? じゃあ機動要塞はどうするんです!?」

「諦めろ! 俺は最善を尽くした! こうなったらヤケだ!」

「このスーパー結界キラーは、機動要塞用に作られ……魔王城の結界には……」

 

 反論する元所長だが。 

 

「なんだと元所長! お前は自分の発明に自信は無いのか! 出来るはずだ!」

「元所長って言うな! ……確かに機動兵器も魔王城の結界も原理は一緒だけどね……。でも――」

「だったらできるはずだろうが! やれ!」

 

 俺の迫る気迫に、コクコクとうなずく元所長。

 

「わかりました! スーパー結界キラー、ターゲット変更! 発射!」

 

 アンテナの向きがガクンと逆方向に向き、白い光線が魔王城結界に向けて放射された。

 

「結界を破壊しろ! 魔王よ、この俺の申し出を無視したことを後悔するがいい! こうなったら道連れだあ!!

 

 魔王の結界が不気味にレインボーな色をして揺らぎ始めた。

 

「結界同期完了! フン、この私の発明品にかかれば、魔王結界だろうが機動要塞だろうがお手の物です。はぁ、はぁ。ビビったわー」

「信じてたよ元所長! いや所長! あんたはやれる奴だと!」

 

 あまり知り合いでもない女研究員に、嬉しくてついハイタッチしてしまった。

 

「なんだ!? 何をした!?」

 

 巨大なアンテナから発せられる強い光を見て、思わず目を反らす魔王。

 

「おそらく我が結界を破ろうとしたのでしょう。だが所詮は人間の戯言。こんなものきかぬわ! 残念だったな!」

 

 と返す堕天使。

 だがその台詞とは裏腹に、顔は汗でダラダラ、両腕を上げて必死で歯を食いしばっている。 

 明らかに強がっているぞ!

 

「見ろあの姿! 効いてる! 効いてるぞ!」

「結界がめっちゃ薄くなってますよ。これ、強化しなくても普通の魔法で穴が開くくらい」

「お、こんなんアークウィザードどころか、見習い冒険者でも突破できるんじゃねえの?」

 

 魔王軍のモンスターを蹴散らし前進した紅魔族が、結界を見て言った。

 

 

「なんだこれは! どんな手を使ったんだ!?」

 

 ガクっと膝を付き、ひいひい言う堕天使。

 そんな堕天使の横に立つ魔王。

 

「だが完全な破壊まではいかなかったな。結界さえ残れば問題ない。あのおかしな兵器さえ壊せば我らの勝利だ!」

 

 スーパー結界キラーを指し、勝ち誇る魔王だが。

 

「お前達が有利に見えるか? 違うな。状況はイーブンだ! あの魔法使いを狙え! 今なら結界を楽に通過できる! 直接攻撃だ! 魔法使いを殺せば結界も消える! チャンスだ! 殺せ!」

「なっ!?」

「お前らがスーパー結界キラーを壊すか、俺たちが堕天使を殺すか!? 競争といこうか魔王よ!」

 

 <レッドフォース・ゼロ>の上で高らかに宣言した。

 

 

「紅魔族! 一番乗りだ! 最強の魔法使いを倒し、称号を奪い取れ!」

「アクシズ教徒! 全軍出撃!! 今こそ魔王をしばけ! アクア様のために! そしてこのストック様がニューリーダーになってやるぜえ! 行けええ!」

 

 いっくん、ストックの号令と共に、次々と結界内に飛び込んでいく紅魔族&アクシズ教徒。

 

「もういいわ! こうなったらこのオレ自らここで相手してやろう。魔王が魔王たる所以を! 真の力を見せてやる!」

 

 今の魔王の能力は知っている。だから直接戦わない方法をずっと考えてきたんだ。

 いかにして魔王と直接戦わず、奴の地位を奪い、孤立したところを紅魔族に処理させる。

 それが俺の魔王攻略計画だったのだが、いまやどうでもいい。

 

「全員! 魔王なんて無視だ! 魔法使いに集中砲火!」

「このオレの力は! 倒された幹部の怨念を吸収し、パワーアップすることだ。貴様らに倒された者の恨みを……。っておい! 無視するな!」

 

 俺が指示を出す前から、すでに紅魔族は堕天使の方に集中狙いだ。

 

「オレが真の力を見せてやる! 見せてやるって言ってるのに! 無視するな。お前は下がれ!」

「ひいいいいい! 無理! 今下手に動くと結界が壊れます!」

「くっ!」

 

 魔王が必死で部下を守るという、シュールな光景になっている。

 紅魔族が堕天使の方を狙っている一方で。

 

「アホ女神アクアなんか知ったこっちゃねえが! よくもこの俺様を人前でクズ扱いしてくれたな! 許せねえ! パッド光線を食らいやがれ!」

「逆ですわよストックさん! それは神に仕えるプリーストとしてアウト!」

 

 ストックが魔王に魔法を浴びせる。思わずつっこむマリン。

 

「そんなへなちょこ光線効くか! 本物の魔法と言うのを見せてやる」

 

 魔王は平気な顔をしてストックのパッド光線を受ける。

 パッド光線……っていうか祝福魔法なんだが、幸運の女神を裏切ったため真逆の効果が発生する。

 アレは実質デバフだ。

 

「食らえインフェル――うっ」

 

 魔王が魔法を発射する直前に、城壁の煉瓦が落下し、手に当たった。

 

「ぎゃあああああ! 魔王様! こっちは味方ですよ! どこ狙ってるんですか!」

「熱! 死ぬ死ぬ!」

 

 魔王の灼熱の炎が配下の軍勢に浴びせられる。

 

「岩が手に当たっただけだ。今度こそ! 食らえ! 『インフェル――」

 

 また二発目を撃とうとしたところで、魔法の直撃で背後の城が崩壊し、魔王の真上に瓦礫が注ぎ込まれ埋まっていく。

 ……魔王にも効くのか。ストックのパッド光線、いやアンチ祝福魔法。

 運を一時的に下げる効果って結構怖いな。

 

「ざまあねえぜ! 見たかアホ魔王!」

 

 ストックは思ったよりずっと危険な人物かもしれない。

 味方にしたくはないけど、敵にもしたくないなこいつは。

 

「ぬうう!」

 

 瓦礫を吹き飛ばして、おそらくダメージは受けてないが、キレ気味の魔王。

 

「おのれえ! なんで簡単に城が崩壊したんだ!」

「修復は突貫作業だったので!」

 

 部下にキレる魔王に。

 

「もっともっとお見舞いしてあげまさぁ。魔王様よお!」

 

 パッド光線を浴びせ続けるストック。

 

「そんなの効かぬと言ってるだろが! 食らえ! 『カースド・ライト・オブ・セーバー』」

 

 しかし魔王の魔法は不発。光で作り上げた剣はその場に落ちた。

 魔力不足でなく失敗だろう。とことんついてないな。

 その間にも魔王に向け、次々と石を投げつけるアクシズ教徒たち。

 

「なぜだああ! なぜ食らう全ての攻撃が『改心の一撃』なんだ! しかもこっちの攻撃はほぼ当たらん! なにをしたああ!」

 

 ノーガードでパッド光線を食らいまくった魔王は、今頃になって異変に気付いた。

 

「お前たち、俺の活躍ぶりをよく目に焼き付けとけよお! アルカンレティアに帰ったらあの老いぼれゼクシスに聞かせてやれ! 『パッド光線!』」

「これ以上あいつの光線を受けるのはまずい!」 

 

 魔王はたまらずストックから背を向けた。

 

「見ろよ! 魔王様ともあろう方が逃げ出してやがる。あんなんで魔族のリーダーとは笑わせるぜ。俺様が変わってやろうかこのウスノロが! HAHAHAHAHAHA!」

 

 魔王がかわしたため、今度は堕天使にパッド光線が当たる。

 

「我には聖なる力は――ってウエッ! なんだこの歪な聖なる力は! こんな穢れた『ブレッシング』見たことがないぞ! いったいどれだけ神を馬鹿にしたんだ! 吐きそう!」

 

 同じ神属性の力を持つであろう堕天使は、腐った物を食べたようにおなかを押さえ始めた。

 過去に何をしたんだストック。

 

 しかし

 これだけやってもまだ魔王の結界は壊せないのか。

 紅魔族の魔法を次々と食らい、パッド光線も食らい、それでもなお体を再生させながら結界を維持する堕天使。

 最強の魔法使いの称号は伊達ではないようだ。

 だがあと一撃だ。決定的な一撃を食らわせれば戦いは終わる。

 後ろで凄まじい轟音を立てて迫る機動要塞が来る前に。

 

「そろそろ紅魔族最強の切り札の出番ですよ。こんな薄まった結界。この私の爆発魔法で粉々にしてあげましょう! 我が名は――」

「魔王様! いや魔王よ!」

 

 ななっこが今こそ時が来たとばかりに、戦闘前の口上を上げようとしたとき、ひゅーこが変わりに出た。

 

「なんだヒューレイアス! 貴様はすでに用済みだ!」

 

 ひゅーこに言い返す魔王。

 

「魔王! 煽らないで下さい! ヒューなんとかは元は優れたアークウィザード。魔族に悪落ちした事でパワーアップしてました。その上更に改造を受けたなら……どんな力を秘めているか、想像したくもありません」

「なんだって!? あんな弱虫に何が出来るってんだ! あの狂ったプリーストの方がよっぽど危ないわ!」

 

 ストックの光線を本気で避けながら魔王は言った。

 

「あの魔王城での日々は! 私が魔王軍として過ごした日々は! 偽りだったんですね魔王!」

「何度言わせる気だ! お前もこのふざけた連中共々! 皆殺しだああ!」

 

 その言葉を聞き、ひゅーこは納得した顔で俺の元に来た。

 

「そうですか! ではもう迷いは無くなったわ。マサキ! 冒険者カードを渡して頂戴!」

「ドサクサに紛れて俺に攻撃しないよね?」

 

 ビビりながら聞き返すと。

 

「なんて疑り深いの!? せっかく決めたのに台無しじゃない! 空気読んでよ! あんたにもいつか仕返ししてやるけど、今じゃないわ!」

「いいぜ。受け取りな!」

 

 仕方なく冒険者カードを投げ渡した。

 

「ねぇ、知ってる?」

「なにをです? ひゅーこ」

 

 自分の見せ場を止められて、ちょっとすねているななっこ。

 

「爆発魔法は最強の魔法じゃないの。実はもう一つ上があって、その名は――」

 

 そんなななっこにニコりと笑いかけて。

 

「――爆裂魔法!」

 

 

 冒険者カードを弄り、凄まじい魔力をついに解き放ったひゅーこ。

 その激しい魔力の流れは、最強の魔法使いであるななっこや、最悪のストーカーのレイを遥かに上回っていた。

 

「我が名はひゅーこ! 元魔王軍幹部候補にして、今や紅魔族の一員なる者!」

 

 あれほど嫌がっていた、中二くさい紅魔族流の名乗りをあげるひゅーこ。

 バサッとマントを翻し、空に手を掲げ詠唱を始める。

 

「ナンバーBCMW-EX! 最強のポテンシャルを秘めた改良型紅魔族! 封印されし古代の禁呪……爆裂魔法を操るもの!!!」

 

 まるで封印された力を解放するかのように、眼帯を投げ捨て、紅く目を輝かせながら宣言する。

 

「……うっ……うう……っ…………!」

「ひゅーこが! ひゅーこが! ひゅーこが」

「元魔族のひゅーこが、とうとう……」

「あのひゅーこが、本当の意味で仲間に!」

「カッコイイ! ひゅーこ、カッコイイ!」

「ひゅーこが秘めたる力に目覚めたんだ!」

 

 紅魔族は攻撃を停止し、全員がひゅーこに注目し、涙を流して喜んでいる。

 

「ああああ、どうしたら! どうすれば!」

「もうダメだあ、オシマイだあ……!」

「何なんだ! 何なんだアイツは、魔王軍のパシリじゃなかったのか!」

「結界がもう保たない! 早く逃げないと、結界の崩壊と同時にあの巨大な化け物に踏み潰されるぞ!」

「なぜ突然、あんなラスボスみたいなのが出てきたんだ! どうして詠唱の段階でこんなに大気が揺れるんだ! アイツこそが魔王様みたいだぞ!」

「お、お母さーん!」

 

 その一方、多少は魔法を使えるモンスターたちは、目を白黒させて怯え始めた。

 

「……黒より黒く闇より暗き漆黒に我が深紅の混淆を望みたもう。覚醒のとき来たれり。無謬の境界に落ちし理。無行の歪みとなりて現出せよ!」

 

 一刻一刻と強大になっていくひゅーこの魔力。

 

「誰だああ! あいつに『爆裂魔法』なんて教えたのは! いやあの古代の魔法を使える奴はそんなにいるわけないな! お前だろ!」

「た、確かにこの我だが……」

「お前はなんてことをしてくれたんだ! お前のせいで!」

「だってアレは魔王様が……いやお前がやれって言ったからではないか! 最強の魔法使いの力を見せ付けろって! 使うと一時的に結界が維持できなくなるから嫌だって何度も止めたというのに!」

「でもお前も! あんなスキル習得したところで、ヒューレイアスには使いこなせないって言ってた! 言ったぞ!」

「あの時のあいつなら無理だったよ! でもまさかパワーアップして帰ってくるなんて、しかもスキルポイントを溜め直すのは無理だと思ったからだわい! あいつが再リセットするとか想定できるわけなかろうが!」

 

 この状況になり、魔王と堕天使が内輪もめを始めた。

 

「フッ。もう幕引きは近いな」

 

 互いに責任転嫁をする魔王軍トップの姿を見て嘲笑った。

 

 

「……踊れ踊れ踊れ、我が力の奔流に望むは崩壊なり」

 

 ひゅーこの詠唱が続くやいなや、モンスターの大群がこっちへ押し寄せ――

 死に物狂いで特攻して――。

 目の前で90度方向転換し、遠くへ走り去った。

 

「迎撃ぃ……する必要はないか。ほおっておけ」

 

 魔王城に潜むモンスター達は、どうやら魔王を見捨てて逃げ出したようだ。

 

「並ぶ者なき崩壊なり。万象等しく灰塵に帰し、深淵より来たれ!」

 

 ひゅーこは魔法を完成させ、今にも弱りきった魔王の結界向けて振り下ろそうとした。

 

「ま、待て! ヒューレイアス、悪かった! いやさっきのは冗談だよ! 今からでも遅くない、帰ってきてくれぬか? ヒューレイアス・サルバトロンよ!」

「サルバトロニアだよ! 今更もう遅いのよ! よくも私の心を踏みにじったわね! これが私の最大の威力の攻撃手段、これこそが究極の攻撃魔法よ! 裏切られた私の憤怒を思い知りなさい!」

 

 完全にキレたひゅーこは、顔と目を真っ赤にしながら魔王に言い返す。

 

「……これからは、オレも心を切り替えて、部下に優しい魔王になろうと思います!」

 

 城を見捨て、ガシャポン機から吐き出される玉みたいにポンポン逃げてくモンスターを見て、後悔する魔王に。

 

「もう遅いいいい!」

 

 堕天使が最後のつっこみをした。 

 

「『エクスプロージョン』ッッッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 凄まじい衝撃と、舞い上がる爆煙、城を中心とした巨大なクレーターが、戦いの終わりを告げた。

 

 

 爆裂魔法。

 これがそれか。

 魔王城の結界はおろか、城の上部ごとごっそりと消し去っていた。

 おまけの衝撃でスーパー結界キラーもぶっ壊した。

 この世界最強の威力を誇る魔法か。なるほど、看板に偽りは無いな。

 

 

「……この爆裂魔法が禁忌とされた理由はね、あまりの絶大な威力に……敵はおろか周囲の地形すら変えちゃうの。なにより自分の限界を超える魔力を消費しちゃうから、一撃撃てばろくに身動きすら出来なくなるのよ。こんなのネタ魔法よ」

 

 ぐったりして倒れているひゅーこが説明した。

 

「さ、さすがは我がライバル、ひゅーこです。ですが最強の魔法使いは私です! 私の爆発魔法もこのままでは終わりませんよ! 伝説には宿敵がつきものですからね!」

「何よそれ! いつの間にライバルになったのよ! そんなの初耳なんだけど!?」

 

 ななっこに背負われながら反論するひゅーこ。

 

「将軍! 魔王を発見しました」

「ああ、見えてるよ。目の前だな」

 

 城は一応まだ半分以上残っているが、部下に見捨てられた魔王が地面に倒れていた。

 

「貴様ら……! よくも!」

「魔王よ。俺は本当に戦う気は無かったんだ。だけど信じてくれないんだったらこうなるよね。協力してくれればこんな酷い事にはならなかったのに残念だよ」

 

 悪い、と言う風に軽く魔王に告げた。

 

「魔王……もう無理だ。魔方陣は滅茶苦茶……我が体も限界……。当分結界の仕事はお暇を貰います。地獄に帰らせてもらう」

「おい!」

 

 粉々になって死んだと思った結界担当の堕天使は、最後のひと踏ん張りで体を再生させながら、魔王に告げて消えた。

 これで魔王は完全に一人ぼっちだ。

 

「こうなったらサトー・マサキ! 貴様だけでもころ――ぐはっ」

 

 魔王が俺に向かい魔法を唱えようとしたそのとき。

 

「オッラアア! マサキ! 間に合ったか!? で、どうなったんだ! あのでかいのを止めるんだろ? 魔王は騙せたのか!?」

 

 アルタリアが超速で到着した。

 

「アルタリア。お前はよくやった。だが失敗だ。機動要塞を止めることはできなかった」

「そうか。だったらしゃーねえなあ。で、今斬り付けた奴は誰? なんか敵っぽかったからとりあえずぶっとばしといたが」

 

 アルタリアに出会いがしらにやられるとは、どこまでもついてない奴。

 

「それが魔王だよ」

「おいマジかよ!? だったら私が魔王を倒した勇者って事に!?」

 

 首をふって答える。

 いくらアルタリアの攻撃が強いとはいえ、一撃で倒せるほどやわな相手じゃない。

 案の定瓦礫のなかから起き上がる魔王。

 そういえばこいついっつも瓦礫に埋もれてるな。

 

「よくもやったな女騎士! 不意打ちとはな! だがオレはこの程度では!」

「やるか!」

「いや待て、お前が来たってことは、アレも来たってことだろ? 戦う暇なんてねえよ。とっとと撤収するぞ。レイ!」

「はいマサキ様!」

 

 ノイズ残党軍にわかるように、レイが炸裂魔法で撤退信号を上げた。

 みんなで仲良く撤収だ。

 

「さぁここからが本当の勝負だ! オレの真の力! これまで倒された幹部の怨念を吸収し、最終形態へと変身して皆殺しにしてやるぜ! 恐るべき姿を見るがいいぜ!」

「魔王さんよ、あんたと遊ぶ時間は無いんだ。来るぞ? 本当の破壊者が。早く逃げるが吉だ」

 

 魔力を高め戦闘を継続しようとする魔王に、冷静に告げた。

 

 

 この振動。

 激しい振動。

 このプレッシャー。

 爆裂魔法の煙が晴れると同時に、その凶悪な巨体が姿を現した。

 魔道技術国ノイズが、対魔王用に作り上げた機動要塞が、魔王城のすぐ側に到着した。

 魔王城を守る結界はもう無い。

 機動要塞は立ち止まり、7つの目で魔王城を確認し、大きく震えた。まるでにっこりと笑ったかのようだった。

 それから子供が要らない玩具を壊すように無邪気に、執拗に破壊活動を再開した。

 

「ぐぐぐぐぐ! おのれええええええ!!」

 

 魔王は城を守るように立ち塞がる。

 そのまま崩れ行く城の中に消えた。

 

「……見ているか? 博士よ」

 

 撤退の最中にふと呟いた。

 元々対魔王軍用に作られたものだ。

 ならばその目的は果たされたのだ。

 博士よ、中で見ているなら、安心するといい。

 

 

「人類も、モンスターも平等に破壊する。これぞデストロイヤー計画! ここに完了!」

「そういう計画でしたっけ?」

「うるせえ! 計画に変更はつきものだ! 帰るぞ!」

 

 口うるさいマリンの突っ込みにいつものように答え、壊されていく城を後にし帰還した。

 こうして俺の、いや俺たちの最後のクエストは終わりを告げた。

 




サトー・マサキの冒険! これにて終了!
まぁエピローグが残ってますけどね。

書き始めたときから、最後のオチはデストロイヤーを魔王城にぶつける事でした。
長かった……すべてはこの時のために書いていた。
このタイトルだと普通博士が主人公じゃね? と何度も思ったけど
そうすれば最終回で戦うラスボスがいなくなるからなー。女研究者をいびってもなー。
今思えばタイトル詐欺だったかもしれない。
だって三部行くまでデストロイヤーどころか機動要塞のきの字も無いからなあ。
それまでクズ主人公がクズなことをやるだけっていうただ性格が悪いだけの作品……。


色んなオリキャラを登場させたり、原作キャラを変に改変しないように考えたり、Web版設定を引っ張り出したり。
半分オリジナルじゃないキャラを出したり……ストックとか。
実質クロスオーバーじゃん……特にストックとか。

女研究員とか、名前も無いモブで設定も考えてないキャラの台詞長かったりと、プロット通りにはいかないものです。
ノイズの説明要因として丁度よすぎたからなあ。

色々と悩んで寄り道もあって、でも

「博士がデストロイヤーを作って、そのせいでノイズは崩壊した」

という筋道は一応たどれてよかったです。


ぶっちゃけこの作品の一番の功労者は、ブラック・ワンくんだと思います。
マサキの糞みたいな命令に黙って従う彼は本当に苦労人でいい人だと思います。
それではエピローグで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ

 機動要塞は、結界のなくなった魔王城をやりたい放題に蹂躙し尽くし、次の獲物を探してどこかへと走り去ったらしい。

 それと魔王は死ななかったらしい。いわく、もし死んだなら誰かしらに天からの使いが来るそうだ。逃げたなアイツ。

 きっと今頃、一から魔王軍を再建しているだろう。

 魔王も大変だ。

 城もなければ軍隊も無い。あの様ではまた人類を脅かすようになるには相当時間がかかりそうだ。

 当分は平和な世の中が続くだろう。

 

「チッ魔王の奴。どうせならぶっ壊してくれればよかったのに。そうすれば魔王軍を壊滅させた上に機動要塞も破壊できて、一石二鳥だったのによ!」

 

 思わずぼやく。何事も思い通りにはいかないものだ。俺の作戦と同じように。

 

「それでだダスティネス卿! 俺にかかった賞金はどうなる?」

 

 ベルゼルグから来た騎士、ダグティネス卿に聞くと。

 

「あの兵器を破壊できなかったから、おそらく説得するのは難しいと思う」

 

 残念そうに答えるダグネス嬢。

 

「そうなるだろうな。まぁ失敗したのは事実だ! 仕方ない。全部俺のせいにしてていいぞ!」

 

 これで俺は晴れて大物賞金首だ。もういい。なったものはしょうがない。俺はできる限りの事はした。それでダメだったなら、後は受け入れるだけだ。

 

「いや、私も! 将軍殿の活躍はこの目で確認した。まさか魔王城の結界を破壊し、ほぼ壊滅に追いやるとは……。いつの日か、あなたの無実を証明してみせよう」

「そんな無駄なことはしなくていい。俺の冒険はもう終わりだ。もう未練はない。色々とやりきったからな! それよりもだ、アルタリアの事をお願いしたい」

 

 強化魔法のおかげで、自分の限界以上のスピードを出せたアルタリアはご機嫌で剣を振り回している。

 

「おい! ダグネス! 見てたか!? 私の活躍を! 凄いスピードで突っ走り、魔王を思いっきり切り裂いてやったんだ! すげえだろ!? 魔王にあんなことできるのは私だけだぜ!?」

「すまない、速すぎて見えなかった」

「んだと! だったらお前で再現してやる! 構えろ!」

 

 相変わらずケンカっぱやいアルタリア。

 もうダグネス嬢と決闘する気か。

 いや、今まで我慢してただけかも。

 本当ならダグネス嬢を見るやいなや問答無用で突っ走る、そういう奴だった。

 ダグネス嬢も満更でもない様子で、決闘の準備をしている。

 なんだかんだで仲がいいよなこいつら。

 

「決闘の前にお願いがある。アルタリア、いやアレクセイ・バーネス・アルタリアは……色々と問題はあるが、使いようによっては優れた戦士になる。俺の代わりに彼女の事を任せたい」

「アルタリアの事なら、将軍よりよっぽど詳しいぞ。なにしろ昔からの付き合いだからな。安心してくれ!」

 

 胸を張って答えるダグネス嬢に。

 

「念のためとりせつも用意しておいた。この通り使えばアルタリアは騎士としてもやっていけるはずだ。頼むぞダスティネス卿」

「おいマサキ! なにごちゃごちゃ言ってんだ? もう私もよ、魔王と戦った英雄だからな! ダグネスに本物の戦士ってのを教えてやらねーとダメなんだ!」

 

 アルタリアについての説明書を渡して離れた。するとすぐにガチャガチャとした音がする。

 どうやら決闘が始まったようだ。

 アルタリアの事はこれでよしとして。

 

 

「マリンはどうする!?」

「私は、モンスターたちにアクシズ教の素晴らしさを教える宣教師になりますわ。魔王が逃げ去った今こそチャンス。やりがいがあります!」

 

 相変わらずの曇りない青い瞳で答えるマリン。

 

「いい夢だ。頑張ってくれ。お前ならできるさ。そういえば、機動要塞の事はもういいのか?」

 

 あれだけ固執していた機動要塞の事を尋ねると。

 

「ええ。なんとなくですが……私には新しい未来が見えたのです。アクア様に選ばれた勇者と、アクア様があの要塞に立ち向かう勇敢な姿が。デストロイヤー……そんな言葉が聞こえてきます。あの要塞はアクア様がきっと何とかしてくれます。私はまた、もう一度、自分の使命を探そうと思いますわ。新しい信者と共に」

 

 屈託のない笑顔で答えるマリン。

 マリンの側には、アクシズ教徒に改心した様々なモンスターが揃っていた。アンデッド、悪魔は除くが。

 しかも前より増えている。

 どうやら最後の戦いで、魔王城から撤退している最中にも布教を行っていたようだ。

 抜け目のないやつ。

 実は結構ヤバイよなこいつ。

 

 

「で、マサキ様! 私は!?」

 

 よし、とりあえず次は紅魔族だな。

 

 

「オサ! オサ! オサ!」

「族長! 族長! これからはあなたが紅魔族のリーダーだ!」

「ひゅーこ族長! 万歳!」

 

 爆裂魔法の威力に相当痺れたのだろう。

 感激して、ひゅーこを胴上げする紅魔族。

 

「ちょっとやめてよ! やっとひゅーこって名前に慣れてきたのに! その新しいあだ名はなんなの!?」

「ひゅーこ、いや族長には負けたよ。あんたこそ紅魔族の長に相応しい」

 

 困惑するひゅーこのもとに、いっくんがスッと、カラコンを差し出した。

 

「そんなの要らないから! ねぇ! 誰か私の話を聞いてええ!!」

 

 首を振って拒絶するひゅーこだが、紅魔族はそんなことお構い無しだ、

 

「さすが我がライバル……。私も爆発魔法を鍛え、いつかこの世界の伝説に刻まれるくらいに。その時はどっちが凄いか改めて勝負しましょう! ひゅーこ族長!」

「勝手に闘争心を燃やさないでええ!! 族長ってどういうこと!? なんで誰も聞いてくれないの! 新手のイジメなの!? ねえ!」

 

 紅魔族は、新たにひゅーこをリーダーとして生まれ変わるようだ。

 

 赤の部隊の次は、黒の方だな。

 ブラック・ワンを中心に整列する部隊。

 

「お前たちの任務は完了した! ブラックネス・スクワッドよ! 今まで付き合ってくれてありがとうな」

 

 これまで俺を支えてくれた頼れる部下、ブラックネス・スクワッドにねぎらいの言葉をかけた。

 

「ブラック・ワン。いやアレクサンドル!」

 

 認識番号ではなく本名で呼ばれた事に驚いたのか、BS-01ことアレクサンドルが俺の顔を見た。

 

「ではアレクサンドル、そしてお前たちに最後の指令を与える。今までの戦いですでにわかっていると思うが……いくら強いアークウィザードといえど、弱点はある。紅魔族を倒すために創立されたお前たちなら、一番よくわかっているはずだろう?」

 

 うんうん、と頷く隊員たち。

 

「紅魔族を守れ! それが最後の命令だ。紅魔族の力に目をつけた多くの国や、邪悪な魔の手先が欲しがるだろう。悪い奴に……そう例えば俺のような悪人に利用されないためにも、彼らを助けてやれ!」

「「「はい将軍!!」」」

 

 俺の最後の命令に、笑顔で応える隊員たち。

 

「それではこれにてブラックネス・スクワッドは解散だ! 紅魔族と仲良くな! 元気でやりな!」

 

 手を振って言った。

 かつての、最高の部下達に。

 

「将軍? 質問が!」

「もう将軍じゃないぜ。アレクサンドル」

「はい、マサキさん! 質問があります。ええっと、その武器なんですが。結局使いませんでしたね」

 

 アレクサンドルに腰に挿した刀のことを聞かれ、納得して頷く。

 

「ああ、この日本刀の事か。これはあくまでシンボルだ。ノイズ残党をまとめ上げるためのな。こいつの役目は全員で魔王城に向かえた時点で必要なくなった。そうだ、お前にやろう。俺には要らないものだからな」

 

 俺は刀をアレクサンドルに渡した。

 

「いいんですか!? これはノイズの国宝とも聞いていますが」

「いいんだ。賞金首の俺が持ってたら無駄に狙われるだけだ。お前と、紅魔の里に渡しておいた方が安全さ。嫌なら売り払ってもいいぞ! 好きにしていい」

 

 彼らには戦いにおける様々な事を教えた。

 諜報、陣地構築、伏兵、夜戦。その他様々なことを。

 俺の作った無敵の軍隊だ。紅魔族と組めば、きっとどんな相手にも負けないだろう。

 

 

 他には渡しそびれたものはないか、もう一度考え、気付く。

 

「ああ、そこの紅魔族、ちょっと来い!」

「なんだよマサキ」

「これからひゅーこ族長の就任式で忙しいってのに!」

 

 俺の顔を見て、嫌そうな顔をする紅魔族に。

 

「このメガネはくれてやる。ある悪魔の能力が備わっている。全てを見通すとかいう悪魔のな。占いに使ってもいいし、望遠鏡に使ってもいいな。レンズは二つあるから、大事に使うといい」

 

 俺の魔道メガネ。思えば目立つ活躍は出来なかったな。でも影で色々と役に立った。だがもうこのアイテムからは卒業だ。

 

「おい! これは本物の魔道具じゃねえか! いいのか!?」

「何か裏があるんだろ? おい!」

「いい。どうせいつかは手放す予定だった。なにしろ全部覗かれてるみたいで嫌だからな。あの悪魔にな!」

 

 眼鏡を外して裸眼になって言った。

 なんだかこの姿もなんか新鮮だな。

 

「マサキ様! 眼鏡を外した姿も素敵です! では私とこれから一緒に――」

 

 あとなにかやり残したことは……そうだ、アクシズ教徒だ。

 

 

「おーい、ストック! 約束の兵器だ! これだ!」

 

 ゴーグル型のディスプレイの着いたゲームを手渡した。

 

「マサキ! これは一体どういうもんなんだ!?」

「いいか、まずはここを覗き込め」

 

 ゴーグルを覗くと、真っ赤な画面が広がる。

 

「いったいなんだこれは、マサキ! なにか見えるぞ」

「見えるか? よし、いい調子だ。それはお前に世界を滅ぼすほどの力がたまる兆しだ。そしてこっちにあるコントローラーで制御しろ。見えたものを動かすんだ!」

 

 バーチャルガールを起動させ、コントローラーで操作させる。

 

「凄えぞ! なんだか飛び出して見える! こんなもん始めてみたぜ!」

「そのままスコアを溜めていけ。最大になったとき、お前は本物の力を手にすることになるだろう! さぁやれ!」

 

 ストックはこのまま放置だ。

 

「いいぞ! 本当にわかってきたぜ! コツさえ掴めば簡単なこって!」

「おいストック! 貴様ばかりずるいぞ!」

「命がけで戦ったのは俺たちも一緒だ! 変われ!」

「世界を手にするのはこのストック様だ! 誰にも渡すものか! わかった! 揺するな! あとで変わってやればいいんだろ? 壊れたらどうする気だよ! 世界が滅びるんだぜ!」

 

 仲良くゲームで遊んでいるアクシズ教徒に少しほっこりする。

 さあて、あとはこれが単なる玩具だとバレる前にとんずらするだけだ。

 

 

 

「さあ再契約だ。アーネス」

 

 全員の姿を見届けた後に、アーネスの元へ行った。

 

「嫌な予感しかしないんだけどさあ。今度は何を仕出かすつもりだい?」

「そういうな。この契約はお前にとっても得なはずだ。なんせ前払いだからな」

「絶対騙されるか!」

 

 ブスっとした顔で答える我が下僕の悪魔。

 

「悪魔は代価として魂を得るんだろう? そして地獄に持っていく。それなら俺の目的とピッタリじゃないか。魂だけなんてケチなことは言わん。俺の体ごと地獄へ持ってけ」

「はぁ?」

 

 何を言っているのか、という呆れた表情で声の出ないアーネス。

 

「正確には俺ごとっていうか、荷物ごとだけどな。この中には地獄でも通用しそうなサバイバルグッズが入っている。おおっと安心しろ。魔素の濃い地獄でも平気なように専用のガスマスクを作っておいた。いやあ、いざって時絶対に逃げられるように準備してたんだ。さすがに地獄まで追って来る様なやつはいないだろ? おい、旅立ちだ。早く行くぞ!」

 

 荷物を背負って、改めてアーネスを急かす。

 

「ご主人、地獄に行くってどういうことかわかっているの? あそこには悪魔の使役した代償で、悪感情を払い続ける悪人たちが行くところだよ」

「なんだ、俺にピッタリではないか。じゃあ契約内容は……この私、サトー・マサキは、多分これからもアーネスを使役するだろうから、その代償として、先払いとして地獄に行きます。これでいいな」

 

 無視して契約書を書く俺に。

 

「先払いって何!? どういうことなの!? こんな契約嫌なんだけど!?」

「お前の命を見逃した時の借りがあるだろ? このままずっと俺の元で働くのは嫌だろう? 再契約なんてチャンス、今しかないぞ? それに俺も鬼じゃない。いつかお前に飽きて契約を取りやめるかもしれない。その時はお前は自由だ。またウォルバクとかいう邪神の元へ戻れるぞ?」

 

 そう言うと、泣きながら契約書にサインするアーネス。

 

「じゃあな」

 

 最後にみんなに手を振って、地獄へと旅立ちした。

 

 

「フッハッハッハ! ここが地獄か! 身を隠すには持って来いの場所だ! さあ我がパートナー、アーネスよ。俺が他の悪魔に取られないように守るがいい。そうなればお前はただ働きだぞ!」

「はぁ、もう勘弁して欲しいんだけど。っていうか正直あんたの魂、欲しくない」

 

 今回は対等な契約にしたためか、アーネスと俺に上下関係はない。ご主人と呼ばずにあんたと呼んでくる。

 

「連れてきといてなんだけど。あんた、地獄を舐めてるよ。あたしより強い悪魔だってたくさんいるんだよ? そうなったらいくら契約といっても守りきれないからな。その荷物が尽きたときがあんたの最後になるよ」

「それなら安心するがいい。新しいテレポート先にな、この地獄を登録しておいた。魔王城前も紅魔の里ももういらないしな。あと俺の古いテレポート先にな、アクセルがあってな。俺はあそこを追い出されたんだが、まだ色んな場所に財産を隠しててな。やばくなったら逃げて、あっちで装備を買い換えればいい。何度もチャレンジできるさ」

 

 自慢げに語ると、アーネスは困った顔をし。

 

「!?!?!?!?!?!?!????? と、登録? 地獄をテレポート先に登録? 地獄ってテレポート先に登録できるもんなの?」

「やってみたら出来た、それだけだ。全く無用心な奴らだ。これだと地獄の物を持ち出し放題じゃねえか。それだけで金には苦労しなそうだなあ。思ったよりは楽そうだ」

 

 にこやかに答えると、少し悲しそうな顔をしたアーネスが。

 

「…………。あんたにはもう何も言うことはないさ。好きにしな。で、どこへ向かうつもりだい?」

「目指すは悪魔公爵のバニルだ。十分過ぎるほど、俺の目から悪感情を貰ったはずだ。感想を聞きにいくとするか。待ってろよ! バニル!」

 

 俺の冒険は終わった。

 そう、サトー・マサキとその仲間の冒険は。

 

 ここから始まるのは別の話だ。

 邪悪な人間の男マサキが地獄に降り、そして世界に厄災をもたらすまでの暗い暗いお話。

 この素晴らしい世界を、俺にとって都合のいい世界にして、本物の闇を見せてやる。

 いつか世界も気付くだろう。だがその時はもう遅い。

 この俺が、この世界に新たな秩序をもたらしてやろう。

 

 まずは……地獄から始めるとしよう。

 こうして俺は、目の前に広がる大きな闇の中へ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そういえば。あんたの嫁、放置してきたけどよかったのかい? なんだかあたし、あとでめっちゃ恨まれそうな気がするんだけど」

「いいんだ。俺はしばらく一人になりたかった。あいつがいたら色々と調子狂うからな」

 

 まぁどうせ来るだろうしな。あいつは

 レイが来るまで地獄ライフを楽しむとするか。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「じゃあな」

 

 マサキ様はそう言って、目の前から消えてしまった。

 

「え!? これで終わり! マサキ様!? 私との幸せな日々は!? ええ!?」

 

 取り残された私は、慌てて周囲をうかがうと。

 

「なんだかマサキらしいですね。自ら地獄に行く人間なんて聞いたことありませんわ。きっとまた何か悪い事を企んでいるに違いありません。その時はこの私が、アクア様に代わってお仕置きです! オーホホホいえプークスクス! プークスクス!」

 

 マリンはモンスターを引き連れ笑っていた。

 

「私はダグネスと一緒にベルゼルグに戻るぜ。そういえばオヤジってまだ生きてんのかな? マサキ、また会う日が楽しみだ。どんな奴になってるか、ワクワクするぜ」

 

 アルタリアもニコニコしながら帰国する準備を始めた。

 

 どうして?

 みんな寂しくないの?

 マサキ様と別れたというのに。

 私達は強い絆で結ばれた、最強のパーティー……。

 リーダーであるマサキ様がいなくなったら、私達もバラバラに……。

 

 いいや、強い絆で結ばれたというのはちょっと言いすぎだったかも。

 マリンは変な神を拝む頭のおかしな人だし。

 アルタリアは血を求めて暴れる危険な野生児。

 マサキ様のことを本当に理解しているのは私だけだった。

 そう私だけ。

 よく考えなくては。

 マサキ様の事を。

 

「ひゅーこ族長! 私は、いや僕はアレクサンドルと言います。これからよろしくお願いします」

「あ、あの……族長ってなに?」

「何かお困りでしたら、マサキ元将軍と共に作った都市開発計画書がありますので、いつでも頼ってください」

 

 マサキ様の副隊長だった男は、紅魔族へ挨拶へと向かっている。

 なるほど、マサキ様が紅魔族を倒すために作り上げた黒の部隊。訓練されてはいるが、圧倒的な火力はない。

 紅魔族と組めば、お互いの弱点を補強できる。

 さすがはマサキ様。きちんと残したものたちの事も考えている。

 私もマサキ様の事を考えないと!

 

「ああああーーー!!」

 

 気付いた。気付いてしまった。

 

「どうしました? レイさん?」

「なんだ? レイ」

 

 マリンとアルタリアが、心配そうに私に聞くが。

 それどころじゃない!

 

「今マサキ様は、アーネスとかいう女悪魔と二人きり! これは許せません! 浮気ですか? 浮気ですよね! こうしちゃいられません! 時は一刻を争います!」

 

 私が密かに預かっていたもの、ランダムにモンスターを使役できる魔道具を取り出し。

 即! 召還!

 

 成功したようだ。強力な力を持つ悪魔を呼び出したようだ。

 

「ヒュー、ヒュー、ヒュー」

 

 右目は青く、左は白い。

 一見普通の好青年のように見えるが……少し心配だ。

 なにせ後頭部がない。

 これでは私の話を理解出来ないかもしれない。

 

 紅魔族やアクシズ教徒たちの顔が引きつっている。

 かなり危険な悪魔だということは、彼らの反応ではっきりとわかる。

 でも私にとってはどうでもよかった。

 地獄にさえ行ければ、マサキ様の元へ追いつけるのなら、相手が上級悪魔だろうが、公爵だろうが関係ない。

 

「あなたの名前は何!? 私の名前はレイ。私は地獄に行きたいの。私を地獄に連れてって。早く! 今すぐ! 早くしないとアーネスとかいう泥棒猫に私のマサキ様を取られる! 急いで!」

「ヒュー、ヒュー……、待って、早くてよく聞こえないよ! もっとゆっくり頼むよ!」

 

 やはり後頭部がないせいだろうか。

 もう少しわかりやすく説明しなければ。

 

「私を! 地獄に! 連れて行け!」

「ヒュー……、僕はマクス。マクスって言うんだ? 君はなんて」

 

 ダメだ。別に悪魔の名前を知りたかったわけではないのに。

 いいえ、よく考えよう。契約には名前を聞く必要があった。

 この悪魔はまず自分の名前を明かした。多分これが順序なのだろう。

 

「そう? マクス、私はレイ。レイとよんで。レイよ」

「ヒュー、ヒュー、レイ、レイだね。レイは何が望みなんだい?」

 

 望みならさっき言ったのに。

 また言わないといけないのか。

 全く、マサキ様の身に性悪女が迫っているというのに。

 本当にのんきで、頭のない悪魔だ。

 

「マクス! 私を地獄に連れて行きなさい!」

「地獄に連れて行く? どうして? 地獄に連れて行くのは、代償を払うとき――」

「いいから、連れて行きなさい!」

 

 私が強く迫ると、視界の周りがぐにゃりと曲がり、体がふわりと浮かんでいた。

 再び目が見えるようになったとき、気付くと大きな屋敷の中にいた。

 辺りを見回すと、手足を捻じ曲げられた人間たちが苦痛の声を漏らしていた。

 拷問部屋か何かだろうか。

 

「レイ! レイ! 地獄に連れて来たよ! これからもっと願いを叶えるよ! 僕に仕事をおくれよレイ! 早く願いを言ってよ! レイ! レイ!」 

「これから? もう用はないです。失せなさい悪魔。あとは自分でやります」

 

 無事に地獄にたどり着いたことを確認して、マクスに告げた。

 悪魔と契約することが危険なことは百も承知だ。なにせ昔からずっと黒魔術を研究していたのだ。すべては愛しい運命の人と結ばれるために。

 簡単な願いだけ頼み、あとは自力でやるのが私の悪魔の使い方だ。

 

「もっと欲望に忠実になってよ! レイの願いを叶え、代価が欲しいよ。ねぇ!」

「代価ですか? 何が望みですか? 悪感情が欲しいんですよね? あなたは苦痛が好物なんですよね? くれてやりますよ!」

 

 私はナイフを取り出し、思いっきり自分の腕に突き刺した。

 

「満足ですか?」

 

 吹き出す血を浴びせて聞いた。

 

「レイ! レイ! そんなのダメだよ! もっと良い声を聞かせてくれよ! ヒュー、ヒューッ!」

 

 不服らしい。

 ただ地獄に来るだけなのに、わがままな悪魔だ。

 

「レイは綺麗な瞳をしてるね」

「この眼が欲しいんですか? 1つあれば十分ですからね。上げましょうか?」

 

 ナイフで目をえぐりとろうすると。

 

「レイは嫌いだよ! もういいよ! 絶望の味がしないなら意味がないんだよ。出会ったことを忘れたいよ。その目は要らない! 嫌い!」

 

 いつの間にか、屋敷の外に追い出されていた。

 ふと気付けば腕の傷も元に戻っていた。

 どうやら契約は終了したようだ。

 

「ここまで連れて来たお礼に、せめてもの忠告です、マクス。その頭は普通の人が見ると気にするでしょうから、隠したほうがいいですよ!」

 

 どうせ私の言葉も、いや出会った事すら忘れてしまうんだろう。でも代価なしで悪魔を使ったのは癪なんで一応言っておいてやろう。

 

「それといきなり拷問部屋に連れて行かないほうがいいですよ! そんな場所を見せてしまえば警戒されますからね! それでは公爵様!」

 

 地獄の公爵の一人、真実を捻じ曲げる者マクスウェル。

 恐ろしい大物を引いてしまったものだ。

 きっと彼に頼めば、すぐにでもマサキ様の元に連れて行ってくれるだろう。

 でもそれでは駄目だ。

 自分の力でやらないと意味が無い。

 マサキ様は、私の手で物にしなければ。

 悪魔に代償として掻っ攫われては元も子もないのだ。

 ああマサキ様。

 

 マサキ様マサキ様マサキ様

 マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様

 マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様

 マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様

 マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様

 マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様マサキ様

 

「……マサキ様」

 

 しばらく歩いていると、付近に邪悪な気配を感じた。

 悪魔たちだろう。

 地獄に人間である私がいるのが珍しいのだ。

 彼らの目にはさぞ旨そうに移っただろう。

 この私を捕まえ、思う存分に拷問し、悪感情をご馳走としていただくつもりに違いない。

 

「あぁ……、望むところです。愛は障害が強ければ強いほど燃えるもの! マサキ様! 私はほんの少し、穢れてしまうかもしれませんが……間違いなくあなたの元に向かうので! その時は夢の新婚生活と参りましょうね!」

 

 私は走った!

 いざマサキ様の元へ!

 魔素を思いっきり吸い込んで!

 どこにいるのかわからないが、地獄にいることだけは確かだ。

 それだけで十分だ。十分すぎたのだった!

 

「待っててくださいマサキ様!! あなたの愛しき妻! レイがあなたの元へ向かっています! ヒーッヒッヒッヒッヒッヒ!!」

 

 灰と化した悪魔達の残骸を踏み潰し、私は走り続ける。

 地獄に私の笑い声が響き渡った。

 地獄よ、地獄。地獄に住む悪魔たちよ。

 聞きなさい。震え上がりなさい。私が、私たち夫婦が地獄にやってきました。

 

 これからの世界はきっと薔薇色になるでしょう。

 本当の愛を! 恐怖を! 私とマサキ様が教えてあげますから! 染め上げてあげますから!

 

「待っていてくださいね!」

 

 

                                        完

 




これまで見てくれた皆さん、ありがとうございました。
これでマサキたちの冒険はおしまいです。
仲間たちはそれぞれ、自分の人生を見つけてバラバラになります。
多くの人と出会いそして別れがあるのです。
きっと彼らはみんな、うまくいくと思います。
ちなみにアーネスを登場させた理由は、このオチにもっていくためです。
それ以上でも以下でもない、アーネスの活躍シーンがほぼないのはそのためです。

・主役マサキについて思ったこと

悪人を書こう。とにかくクズで、嘘つきで、悪いことはショボイことも大きなことも全部やる。
そんな俺の思いをぶつけてできたのが彼です。
書いてて思ったのが、本当に彼はひどいなって。
話が進み、所持金が増えるたびに悪の規模も順調にパワーアップしていくので
なんなのコイツ? そんなに世界征服したいの? って思いました。
というかこの話は、ただのチーターでしかなかった小悪党の人間が、金を手にし、軍を手にし、権力を手にしていくというラスボスが生まれるストーリーに見えてきました。

そういう意味ではデストロイヤーは救いです。
この先どんなにマサキが酷い事をしようと、最後はデストロイヤーが全部台無しにしてくれるので、安心してクズ行為を続けさせられました。
ありがとうデストロイヤー。ありがとうマサキ。
でもこれからはまともな普通の主人公を書きたいです。
悪には懲りたよ。


・ゴキブリメンヘラ女について

なんでヒロインをヤンデレにしようとしたのか。なんでだろ?
最初に決まったのがダクネスの真逆のアルタリアで
次にアクアの真似をする狂信者のマリンで
炸裂魔法の使い手ってとこまでを考えたとき、マリンとアルタリアの性格だとどうやってもラブコメに発展しない。
でもマサキ自身の性格のせいで普通の女は来ないだろう。
で、たどり着いた答えがヤンデレだった気がします。
ヤンデレなら主人公がクズでも問題ないし(白目
ヤンデレのやることを調べたら……基本は他の女に嫉妬、猟奇的、逆レイプ。
クズのマサキなら女の人にモテることはないからピッタリすぎる! 仲良くなった女冒険者をバラバラにしないで済む!
なんて失礼な事も考えました。
まぁ色々ありましたが、マサキとレイはいいカップルだと思います。

・ついでにマクスとレイの関係について

多分同属嫌悪みたいなものです。
どっちも献身的に尽くすタイプで、四六時中嬲ってくれます。


・マサキとレイのこれからについて

不明です。
ひょっとしたら地獄で恐るべき力を得て世界に恐怖をもたらすのか。
それとも強い悪魔にあっさり負けて死んでしまうのか。
どちらの未来もあると思います。

もしマサキが強大な力を手にし、『この素晴らしい世界』に害をばら撒くのなら。
倒しといてください。
誰でもいいから遠慮せずぶっ殺しといて下さい。
きっと色んなアイテムやらなんやら使って抵抗してくると思いますが、頑張ってください。
カズマさんが現れるまでにこいつの野望を止めてください。
話が始まらないんで。




3月から続く、長い長いストーリーもこれで終わりました。
ではこれまで本当にありがとうございました。
最後まで気がかりだったのは……ゲセリオンの弱さかな。
もう少し強いキャラに出来たような気がします。

また別の小説を始めるかもしれません。
その時はまた。


……今度は悪人主人公は止めよう。クズ過ぎてハーレムしづらいし。
美少女が惹かれる理由が思いつかないし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デストロイヤー・レムナント ……ボツネタなど
【最終章の予告】


 目の前に広がるのは……燃え広がるノイズの町並み――

 

マサキ「またこの夢か」

マリン「『逃げるのよ! 遠くに逃げるの!』 何のことなんですアクア様! 何から逃げるのです!?」

マサキ「マリン、お前も見たのか? この国が崩壊する夢を」

 

マサキ「神と悪魔、光と闇、双方から警告が来るとは……この国で一体何が起ころうとしているんだ?」

 

 

 

――WARNING!――

 

マサキ「俺には向かう奴は誰だろうと容赦しない。魔王だろうが、紅魔族だろうが……博士だろうがな!」

 

――WARNING!――

 

ゲセリオン「我が名はゲセリオン! 最強の魔王幹部よ。魔法も! 物理も何も効かないのさ。私は無敵の存在なのだよ!」

いっくん「なんだこいつは! スライムか? 魔法も何も通用しない! 逃げろ!」

 

――WARNING!――

 

ノイズ王『紅魔族……ブラックネス・スクワッド……お前たちには期待していたが、我も我慢の限界だ。いつになったら魔王を倒せるのだ? 将軍!?』

マサキ「お待ちください総督。まもなく制圧する手筈です!」

ノイズ王『もういい。ドクターには新しい兵器の開発を急がせている。コードネームは“機動要塞”』

 

――WARNING!――

 

マサキ「俺が次の魔王になったら、全てがうまくいくと思わないか? 勿論人を襲わせたりしない。モンスターはちゃんと管理する。俺がこの世界で新しい秩序を作るんだ。長い平和が訪れる」

マリン「それはディストピアって言うんですよ。ろくな世界にはなりませんわ」

 

――WARNING!――

 

紅魔族26~30「我らは最強の紅魔族! アルティメットファイブ! 暴走の欠陥を抑えつつ最大限まで魔力を引き出した紅魔族の完成形です!」

いっくん「そうか、歓迎するぜ! 楽しみだな」

 

――WARNING!――

 

マサキ「魔王城を封鎖しろ! 兵糧攻めだ! 結界を作動していればテレポートも出来まい! 限界になって出てきた奴らを殺せ!」

黒の部隊「イエッサー。将軍、封鎖は順調です」

紅魔族「魔王だろうが幹部だろうが出て来い!」

 

――WARNING!――

 

マサキ「ようやく会えたな。魔王よ。俺の名はサトー・マサキ。ノイズの将軍だ。俺の噂は耳に届いてるだろう? 降伏すれば命は助けてやる! 抵抗するなら……死よりも恐ろしいものが待っているぞ」

 

――WARNING!――

 

ひゅーこ「ねぇ、知ってる?」

ななっこ「なにをです? ひゅーこ」

ひゅーこ「爆発魔法は最強の魔法じゃないの。実はもう一つ上があって、その名は――」

 

 

――警報! 警報! 魔道技術国ノイズは滅びました――

 

 

マサキ「馬鹿な……何が起きた! 勝利を目前にして?」

アルタリア「でもよ、マサキならどうにか解決法をみつけるんだろ?」

マサキ「無茶を言うな! こんなの想定を超えてる。……無理ゲーだよ。どうしようもない」

巨大な動く構造物を眺めながら。

 

――警報! 警報!

 

紅魔族に包囲されるマサキ。

いっくん「サトー・マサキ! お前の身柄を拘束する!」

マサキ「やってみろ。出来るものならな」

 

―ー警報! 警報!

 

ひゅーこ「これは人間だけじゃない! 魔王、モンスターにとっても! この世界全てのものにとって脅威よ!」

 

――警報! 警報!

 

いっくん「俺たちの魔法が全く通用しないなんて」

ななっこ「退却! 退却です!」

いっくん「クソッ! いくらなんでもでかすぎるんだよ!」

逃げ惑う紅魔族たち。

 

――警報! 警報!

 

ブラック・ワン「将軍! この先にはなにがあるのですか?」

マサキ「俺にもわからない。なにも。俺はこれまで、多くのものを踏みにじってきた。モンスターだろうが、人間だろうが……なにもかも。それがこの結果なのか?」

 

――警報! 警報!

 

アーネス「愚かな人間共! こっちに非難しな! 早く逃げるんだよ! 全くなんであたしが人間の誘導なんか! これもあの旦那のふざけた予言のせいだ!」

 

――警報! 警報!

 

れいれい「なにがあっても、マサキ様に付いて行きます! 運命の人ですから!」

アルタリア「お前と出会えて楽しかったぜ! 多くのモンスターを血祭りに上げてきた! 私らは最高の仲間だ」

マリン「マサキは勇者ではなかったのかもしれません。でもあなたと、いいえあなた達と過ごした時間は消えません。マサキの外道っぷりにはいつも手を焼かされましたが、今はいい思い出です」

マサキ「やめろよお前ら。まるでこれで最終回みたいじゃんか。遺言みたいなことは言うなよ!」 

四人が手を取り合う。

 

――警報! 警報!

 

ななっこ「この作戦が終わったら、私達はどうなるのでしょうか」

マサキ「好きにすればいい。ノイズはもう無い。自分達で決めるんだ」

 

――警報! 警報!

 

マサキ「これが最後の作戦! 最後のクエストだ! この先の未来は、俺にもわからない。どこにも勝者のいない戦いをこれから始めるぞ! いや、終わらせるんだ! 俺たちの手で!」

紅魔族「はい!」

黒の部隊「イエッサー!」

 

――警報! 警報!

 

マリン「私にアクア様の声が聞こえる理由がやっとわかりました! これを止めるため! それが使命なんですね!」

マサキ「マリン! よせ!」

 

 

 

 

 

バニル『大きな蜘蛛が……全てを破壊するだろう……』

 

 




クライマックスにかけての予告編として作った駄文です。
作成時期はゲセリオン戦の前らへんだったと思います。
時系列もミスリード(笑)を誘うためにちゃんと無駄にバラバラにしてます。

作ってすぐ公開しようか悩んだのですが、正直言って読者には不必要な上に章の途中で急に話がぶった切られるのもなあと思って放置しました。
ぶっちゃけ何度も見返すことでラストスパートに向けて自分のモチベーションを上げるために使ってました。

予告での台詞は本編で使わなかったり、改変されたりしてて、やっぱり先に公開しなくてよかったなあと今でも安堵してます。
嘘予告になりますしね。

マサキが魔王城を兵糧攻めにしようとしてた名残もあります。
いざ魔王城を封鎖したとき、紅魔族25人とブラックネス(略)25人に加えてゴーレムだと兵糧攻めは無理があるよなあと思い本編では作戦が変わってます。

やっぱり公開しなくてよかったなあと何度も思う予告編でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

設定:マサキたちの服装

・マサキ(サトー・マサキ)

 

 場所により服装が変わる。

 共通:眼鏡、茶髪

 

―この世界に飛ばされた直後

 

 服装:灰色のジャージ上下

 武器:レンタルソード

 

―アクセルにて、装備品を揃えて

 

 服装:灰色をベースにした軽い鎧。一般モブが着てそうな見た目がショボい装備。

 敵に襲われた際、なるべく目立たないようにしようとマサキなりに考えている。

 ショボい見た目と裏腹に高級な素材を使っているためそこそこ頑丈。

 

 武器:中サイズの槍、懐に金の柄のナイフ

 またスクロールを大量に所有している

 

―ノイズの隊長として

 

 灰色をベースにしたシンプルな将校用の軍服。胸には階級を示すプレート付き。

 相変わらず目立つのを嫌うため勲章や肩章はつけない、地味な服装である。

 見た目より安全性を優先した金属製のクソダサヘルメットを被るときもある。

 戦場では身を隠すために上から迷彩柄のマントを羽織る。

 華やかさからは程遠い、とにかく無駄のないシンプルな服装を好んでいる。

 

 武器:中サイズの槍、懐に金の柄のナイフは同様だが、ナイフはブーツに隠している。さらに儀礼用のサーベルを腰にぶら下げている。サーベルは出撃の前に掲げたりするが、戦闘では使うことは無い。あくまでシンボル。

 勿論スクロールを大量に所有している。

 

 

・マリン

 

 見た目:髪型、目の色もアクア様と同じ。しかし表情は真面目そのもので、少し落ち着いた印象がある。

 服装も基本はアクア様と一緒なのだが細かい違いがある。露出が控えめ。

 スカートが長く、膝より下。殴るときに痛めないようにカバーするため、少しごつめの手袋をつけている。

 殴るだけでなくキックも多いため、下にスパッツをはいている。

 一番の特徴は羽衣と同じ色のマフラーを首に巻いている。

 

 武器:アクアの杖を模した枝。花もドライフラワーで自作してくっつけている。

 武器としての効力はゼロ。すぐに折れる。

 全くといっていいほど役に立たないため、戦闘中は素手で殴っている。

 お金がたまってからは全く同じデザインの金属製の杖に買い換えたが、相変わらず戦いには使わない。

 小枝と違い簡単に折れることがないため本人は気にいっている。

 

・レイ(れいれい)

 

――改造前

 

 見た目:髪型はボサボサの長ロング。後ろだけではなく前髪も長く、目どころか鼻の辺りまで顔が隠れている。

 目を隠しているのは、自分の赤い目がコンプレックスでもあるから。

 服装は魔法使いと言うよりも、邪悪な魔女と言った方がいい。

 髪にせよ服装にせよ他人の見た目を気にすることはない。その瞳の色以外は。

 ボロボロの布切れと髪型、そして気味の悪い動きでお化けによく間違えられる。

 

――改造後

 

 見た目:改造前と同じロングヘアーだが、いわゆる普通の女子にありがちな常識的な髪型になっている。

 服装は改造前の黒をベースとした色合いから、赤い色の魔法使いの服装へと変わっている。

 髪型と服装は博士が用意したもの。元々はメイドロボ用のスペア。

 プロトタイプ(試作機)である証に、服には多数の黄色いラインが研究者によって入れられた。

 記憶を取り戻したあとも、マサキに好評だったため昔の服に戻さずにこのままにしている。

 またこの頃から見た目にも気を使い始めた。

 

・アルタリア

 

 見た目:目の色は貴族の証の碧眼。髪はオレンジの短髪で切りそろえている。

 本来の髪の色は黄色だが、モンスターの血を浴び続けてオレンジに染まった。

 オレンジ色のインナーの上にクルセイダーらしい鎧を着ている。

 鎧は一見頑丈そうに見えるが実はスカスカである。金属製に見えるが実はメッキ。防御力は皆無。非常に軽い。

 

 武器:一般的な剣と盾。手入れはしているが彼女の力に耐えられないようでよく壊れる。しょっちゅう買い換える必要がある。

 盾はまともに使う事がない。敵に投げつけたり、そもそも装備してない事も多い。

 のちにバラモンドの剣を手に入れてからはそれを愛用としている。

 先っぽが斧状になっている、どう見ても悪役の振るう大剣である。鞘に収まらない、というかそもそも鞘がないためむき出しにして持ち歩く。

 




キャラクターの服装の詳細です。
とくにマサキの服装は作中であまり描写しなかったけど、自分の中ではまぁこんな感じになっています。
描写しなかった理由は主人公の見た目なんて読者それぞれの好きに想像してもらえば大丈夫! それとあと単純にめんどくさかったからです。

(自分の中では)マサキは生存確率を上げるために凄く地味な格好をあえてしています。
勿論モブに紛れて逃げるためです。

他のキャラの見た目は、ほぼみなさんの想像通りだと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。