フューチャー・フレンズ (ファルメール)
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第00話 『こうら』と『しょくしゅ』
ずっと続くまどろみのような感覚から、彼女は目を覚ました。
体を起こしてみる。
少し、違和感を覚えた。
まず体が、随分小さくなっている。
視線が低くなっている。
今は、元の体の3分の1ぐらいの視線の高さしかない。
それに今までは四本足で立っていた筈が、二本足で立てるようになっていた。
きょろきょろと周囲を見渡す。
低くなっているとは言え彼女の視座はとても高く、視界はとても広い。まばらな樹と、平原。草むらには、ちらほらとこちらを見ている人影が見える。
「……」
視線が合うと、その人影はさっと隠れてしまった。
「……」
聞きたい事、知りたい事は色々あったが、これでは調べようがない。
彼女は仕方無く、ふて寝を決め込む事にした。
「……」
ごろりと横たわって、目を閉じる。
再び彼女が眠りかけた、その時だった。
「ひゃあーーっ!! た、助けてーーーっ!!」
「うわあーーっ!! おっきなセルリアンが出たーーーーっ!!」
「……!!」
悲鳴。
聞こえた方に顔を向けると、こちらへ向けて少女二人が走ってくるのが見えた。
一人は全身がてらてらしていて、首筋から何本もうねうねしたのが生えていた。
もう一人は大きな耳と短めの尻尾が生えた黄色の毛皮を着た少女だった。
そんな二人の背後からは、青色の大岩に無数のうねうねと目玉が付いたような物体が迫っていた。
「……」
彼女は上体を起こした。
すると彼女の影が、二人の少女も二人を追ってきた物体も、すっぽりと覆った。
良くは分からないが、二人の少女はこの物体に追われている。ならばこいつをやっつければいいのは判った。
そっと、かつて前肢だった部位を掲げて、振り下ろす。
ずしーん!!
地面それ自体が揺れたようだった。
振り下ろされた彼女の掌は、二人の少女を追い掛けてきた物体を、蚊のようにぺちゃんこにして潰してしまった。
これで安全。
「……」
彼女は、二人の少女を見下ろす。
二人は目を丸くして彼女を見上げていたが……やがて、大きな耳を生やした方が目を輝かせて走り寄ってきた。
「すっごーい!! こんなおっきくて強いフレンズ、初めて見たよ!!」
「……」
「あ、私はサーバルキャットのサーバル!! こっちは友達のしょくしゅちゃん!!」
「しょくしゅです。よろしく」
「……」
「あなたは何のフレンズ? どこから来たの? 縄張りは?」
「……」
彼女は、首を横に振った。
「羽が無いから鳥じゃないし、フードが無いから蛇の子でもないね……しょくしゅちゃんと同じで、何のフレンズか分からない子なのかな?」
「でもサーバル、この人背中に甲羅をしょってますよ。亀の仲間なんじゃないでしょうか」
しょくしゅと名乗った方の少女が、頭から生えている何本ものうねうねしたものを動かして、彼女の背中を差した。
「じゃあ『こうらちゃん』だね!! それで良い?」
「……」
彼女はこくりと頷いた。
「ねぇ、こうらちゃん!! 体、登ってもいい?」
「……」
こうらと名付けられた彼女は、そっとサーバルに手を差し出す。
了承の意志を受けて、サーバルは器用に腕を伝ってこうらの肩に乗った。
「じゃあ、私も」
しょくしゅは、うねうねしたものを伸ばすとそれを伝うようにして、サーバルが乗ったのとは反対側の肩に乗ってきた。
「ねぇねぇ、こうらちゃん!! 立って立って!!」
「……」
こうらは頷いて、立ち上がる。
さばんなちほーの果てが見えるほどに、視界が広がる。
「うわあーっ!! たっかーい!! こんな景色、初めて見たよーーっ!!」
「綺麗……」
「……」
これが『こうら』と『しょくしゅ』そしてサーバルとの出会いだった。
この出来事を切っ掛けに三人は友達になった。
こうらは他のフレンズよりずっと体が大きいので、近付いたりすると殆どのフレンズは怯えて逃げてしまう。
だからもっぱら、しょくしゅとサーバルの方が彼女の縄張りに遊びに来るのが常だった。
数ヶ月ほど、そんな日が続いたある日の事だった。
「随分降ってるね」
こうらの体の陰に入って雨宿りしていたサーバルが、空を見上げて呟く。
この所、一週間か十日か……ずっと太陽を見ていない。
「大丈夫かな……このまま降り続いたら、川の水の量が増えて沼が溢れて一帯が水没するかも……」
「……」
こうらは、肩に乗っていたしょくしゅの体を鷲掴みして地面に降ろしてやる。
そうして立ち上がり、歩き始める。
「どうしたのこうらちゃん!!」
「何処へ行くの!?」
ゆったりとした歩みではあるが、こうらの背丈はサバンナのどんな樹よりもずっと高く、歩幅も相応に広い。サーバルもしょくしゅもそのスピードにはついて行けずに、置いてけぼりにされてしまった。
こうらがしばらく歩くと、先程しょくしゅが話題に上げた川に着いた。
「……!!」
ここ最近降り続いている雨のせいで、川は水の量がいつもよりずっと増えていて、流れも比べ物にならないほど速い。その流れの先には沼があって、沼は今にも溢れそうになっていた。
「……」
こうらは少し躊躇ったように動きを止めたが、それも束の間だった。
川に片足を入れる。
流石の巨体も、膨大な水流のパワーを受けてぐらりと傾く。
「待って!! こうらちゃん!!」
振り返ると、息せき切ってしょくしゅが駆けてきた。
「待って待って!! あなたが何をするつもりか分かったぞ!! 川を体で堰き止める気だね!! 危ないよ、止めて!!」
「……」
だが他に方法は無い。
こうらは手を振ってしょくしゅにこれ以上近付かないよう合図すると、川に再び入ろうとする。
「そうじゃなくて、こうらちゃん!! 樹でも岩でも何でも良いから、どんどん川に投げ込んで!!」
「……」
しょくしゅの意図は分からないが、こうらは彼女に従う事にした。
一度川から上がると、樹木を雑草のように引っこ抜いては川に投げ込んでいく。
しょくしゅも、頭から生えたうねうねしたのを総動員して木の枝を掴むと、どんどんと川に投げ込む。
こうらがしょくしゅの体よりずっと大きな岩をひょいと摘んで投げ込むと、流石に流れが弱まったように思えた。
「よし!! こうらちゃん、後はあの樹や石で作った壁が流されないように支えるんだ!!」
「……」
肩に乗るしょくしゅの指示に頷くと、こうらは体ごとぶつかるようにして即席の壁を支える。
「……」
「ううっ……まだ無理かな……」
しょくしゅも、両の手とうねうねしたのを全て使って壁を支えているがじりじりと隙間から水が噴き出していて壁が崩れそうになっている。
「おーい!!」
声に振り向くと、サーバルを先頭に何人かのフレンズがこちらに駆けてきていた。
「しょくしゅちゃんの言う通り、連れてきたよ!!」
「どうしましたの?」
カバが、いつも通りのおっとりした口調で尋ねてくる。
「カバさん!! みんな!! 川が溢れないように堰き止めるんです!! 手伝って!!」
「!! 分かりましたわ!! サーバル、シマウマにガゼルも!! あなた達はそちらを支えて!!」
「分かったよ!!」
「みんな、頑張って!!」
近隣のフレンズ達が力を合わせて、押し潰すような水の圧力を食い止めていく。
そうして、どれほどの時間が経っただろう。
やがて、光が彼女達を包んでいた。
夜が明けて、雨が上がったのだ。
いつのまにか、川の流れはいつも通りの優しく穏やかなものに戻っていた。
「沼は……」
溢れていない。
当然、周囲一帯も水没などしておらず水は引きつつある。
「やったー!! 防ぎ切ったぞー!!」
「やった、やった!!」
「やりましたのね」
「バンザーイ!! バンザイーっ!!」
フレンズ達が手に手を取り合って互いを讃え合い、生き残った事、守りきった事、やりきった事を祝福し合う。
こうらは、座ったままそんなフレンズ達を見下ろしていたが……辺りに目を向けてみると沢山のフレンズが集まってきていた。
今までは、彼女の巨体を怖がって近付いてこなかった者達だ。
彼女達は、次々に握手を求めたり体を登ったりして親愛や感謝を伝えてくる。
この時、こうらは本当の意味でジャパリパークの、さばんなちほーの仲間として受け入れられたのだ。
そしてまた、いくらかの夕陽が彼女達を通り過ぎていって……
ジャパリパークに、サンドスターの輝きが降り注ぐ季節がやってくる。
しょくしゅとこうらがやって来てから、一年が過ぎたのだ。
「サーバルちゃんによるとこのサンドスターで、また新しいフレンズが生まれてくるんだって」
「……」
「優しいフレンズだといいね」
「……」
肩に乗るしょくしゅに、こうらは頷き返す。
そしてこの翌日。
彼女達の次の冒険が、幕を開ける。
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第01話 さばんなちほー 1
「うわぁ、食べないで下さいぃ」
「食べないよ!!」
ある日のさばんなちほー。
昼寝から起きたサーバルは、近くを通り掛かったフレンズを見かけて、本能的に追い駆けっこを始めた。
大好きな狩りごっこである。
一時は見失ったものの、得意のジャンプからのし掛かりで捕獲。
しかし、捕まえたのは見た事のないフレンズだった。
「えっと……あなたは、ここの人ですか? ここ、どこなんでしょうか?」
「ここはジャパリパーク。私はサーバルキャットのサーバル。このへんは私の縄張りなの!!」
「えっと……じゃあ、そのお耳と尻尾は……?」
「どうして? 何か珍しい? あなたこそ、尻尾と耳のないフレンズ? 珍しいね!!」
サーバルもこのジャパリパークで過ごしてそれなりに長く、色んなフレンズを見てきたがこの子はその中のどれとも共通点がない。
「どこから来たの? 縄張りは?」
「えっと……分かりません」
「あぁ、昨日のサンドスターで生まれた子かな?」
「サンドスター?」
「うん、昨日あの山から吹き出したんだよ。まだ周りがきらきらしてるでしょ?」
説明しつつ、サーバルは眼前のフレンズをじっくり観察していたが、羽が無いから鳥のフレンズでもないし、フードが無いから蛇のフレンズでもない。
良く分からないながらも観察を続けていると……このフレンズが背中にしょっていたものが目に入った。
「あれ? これは?」
「えっと……鞄、かな……」
「かばん……かばん……かばん……」
「ヒントになりますか?」
「分かんないや。でも、バブカリが作るのに少し似てるかも」
「バブカリさん……ですか?」
「うん、このさばんなちほーで、『どーぐ』を作れる二人のフレンズの中の一人なんだよ。バブカリなら、何か分かるかも。ついてきて、案内するよ」
「あ、ありがとうございます……」
「あ、そうだ……何の動物か分かるまでは……あなたの事は『かばんちゃん』で、どう?」
「あ、ありがとうございます……」
「むぅ……今日のは失敗作……」
長い尻尾を持った赤ら顔のフレンズは、気難しい顔をしてたった今編み上げたカゴをひっちゃぶいてしまった。
先程サーバルの話題に上った『どーぐ』を作れる二人のフレンズの一人、バブカリである。
バブカリは激しい気象の変化を生き残った唯一の猿で、元々は樹上の生物であったのが草原に適応するように進化している。
彼女の頭脳は知恵を失っておらず、彼女の手は、器用さを失っていない。
彼女は草の茎を使って複雑な構造をしたものを編む事が出来る。そしてそれをどのように使えば良いのかも理解している。
……の、だが。
このバブカリはどうやら職人気質のようだった。今日の作品は満足行くものではなかったらしい。
「私にはどれも同じに見えるけどね……使えば変わらないと思うよ?」
「手触りが微妙なのさ」
「ふーん? 私には分からないけど」
すぐ傍らには、『どーぐ』を作れるもう一人のフレンズ、しょくしゅが座り込んでいる。彼女も一心不乱に、何かを作っているようだった。
「しょくしゅ、そう言う君は何を作っているのかな?」
「ああ……最近、この辺りでもセルリアンが増えたらしいじゃない? 私も、こうらに守られっぱなしという訳には行かないからね」
しょくしゅが、頭から伸びたうねうねしたもので道具を掴んでバブカリに見せる。
長く真っ直ぐな木の枝の先っぽに、尖った石が蔓で括り付けてある『どーぐ』だった。
「? それは、何に使うのかな?」
「セルリアンが出たら、こいつで石を一突きしてやっつけてやるのさ」
しゅっと、石が付いた方を前にしてその『どーぐ』を突き出すしょくしゅ。
「すごい。君はこんなのを作れるフレンズなのか」
「ふふふ……」
「おーい!!」
話していると、馴染みのある声が聞こえてきた。二人がそちらを向く。
「バブカリ!! しょくしゅちゃーん!!」
「ああ、サーバル」
「サーバルじゃないか。元気そうだな? おや……そっちの子は?」
「かばんちゃんだよ」
「ど、どうもよろしくです……」
「よろしく」
「こちらこそ、ご丁寧に」
頭を下げるかばんに、しょくしゅとバブカリも釣られたように頭を下げた。
「かばんちゃん、何の動物か分からないらしくて。でも、こんなのを持ってたから、バブカリなら何か知ってるかもと思ったんだけど……」
サーバルから鞄を受け取ると、バブカリはしばらくはそれを揺すったり匂いを嗅いだりして観察していたが……
やがてくわっと目を剥いて、舐め回すように鞄をあらゆる角度から調べ始めた。
たっぷり十分もそうしていただろうか、彼女はやっと我に返ったらしい。咳払いして3人に向き直る。
「あぁ、ごめんごめん……こんな凄いのを見るのは私も初めてでね。つい我を忘れてしまったよ」
「凄いの?」
「そうさ。この鞄……だったかな? これは、私のカゴなどとは比べ物にならないほど、細い物がびっしりと頑丈に編み上げられている。隙間も無いし……どうやったらこんなのが造れるのか……私にも分からないな」
「うーん、じゃあ、かばんちゃんが何の動物かはバブカリにも分からないの?」
「残念ながら……力になれなくてすまないね」
「い、いえ……」
「これはとしょかんに行かないと分からないかも」
「図書館……ですか?」
「うん、分からない事があったら、としょかんに行って調べるんだよ!! ついてきて、途中まで案内するよ!!」
「あ、ありがとうございます……」
立ち上がるサーバルとかばん。
「じゃあ、私も一緒に行こう。最近はセルリアンが増えているらしいし……二人だけでは危ないからね」
しょくしゅも、作りたての『どーぐ』を杖にして立ち上がった。
「かばんちゃん、だったね? 私はしょくしゅだよ。自分が何の動物か分からないらしいけど……あまり深く悩む必要は無いよ。私も自分が何の動物かは分からないけど、かれこれ一年、楽しくやってこれたんだから」
「よ、よろしくお願いします……」
「よーし、じゃあ、まずはゲートに向けてしゅっぱーつ!!」
「おーっ!!」
「お、おーっ……」
「気を付けてね。セルリアンを見かけたら、逃げるんだよ」
バブカリはそう言って3人を見送った後、カゴ作りを再開した。
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第02話 さばんなちほー 2
「がーいど、がーいど、さばんながーいど♪」
陽気に歌いながら進むサーバルを先頭に、一行はサバンナを進んでいく。
道中、崖に突き当たった。
サーバルは自慢のジャンプ力で軽々と崖を下っていく。
しょくしゅは頭から伸びたうねうねを器用に使って体の安定を確保して、危なげなく降りていく。
対してかばんは、手足を使ってじりじりと降りていく。表情を見ると少し怯えているようだ。
「はやくはやくー!!」
サーバルに急かされて、かばんは気持ち動作を速くする。しかしそれが良くなかった。
「うわぁっ!!」
手が滑ってバランスを崩してしまう。
当然、かばんの体は崖下に真っ逆さま。
「わぅ!!」
しかし地面に激突する前に、しょくしゅが頭のうねうねを伸ばしてかばんの体を空中でキャッチしていた。
しょくしゅはそのままかばんを、ゆっくりと下ろしてやる。
「大丈夫?」
「は、はい……ありがとうございます……すいません、僕がのろまで……」
「へいきへいき、フレンズによって、得意な事違うから」
と、サーバル。
「あ、ありがとうございます……あ、しょくしゅさん」
「うん? どうしたの、かばんちゃん」
「すいませんが、その道具を二つ貸してもらえませんか?」
かばんが指差したのは、しょくしゅがバブカリと作っていた「どーぐ」だった。職人気質の仕事人気質で100点以外は99点も0点も同じなバブカリと違って、しょくしゅは実用レベル(80点)に達していれば使うタイプだった。その為、試作した物も含めて幾つかの「どーぐ」を持ってきていたのだ。
「うん? いいけどこんなのどうするの?」
うねうねを動かして、しょくしゅはかばんに「どーぐ」を渡す。
「ありがとうございます。よっと……」
かばんは棒状のその道具を両手に持つと、それぞれ杖のように使って体重を支えた。
フレンズ達は知らないが、遠い地ではストックやトレッキングポールと呼ばれていた道具と同じ要領である。
「あぁ、これなら楽ちんです」
「へぇ……」
しょくしゅも真似をして同じように、杖のように使ってみる。
すると体重が上手い具合に分散して支えられて、足への負担が小さくなった。
しょくしゅは感心したようにかばんを見詰める。この「どーぐ」はセルリアンをやっつける為の物だったのに、こんな使い方があるとは。
「すごいね。君は、「どーぐ」を上手く使えるフレンズなのか」
ううんと頷くしょくしゅ。
こうした一幕を経て、一行はゲートへと向かう。
途中、小さなセルリアンと遭遇したがこれはサーバルがやっつけてしまったのでしょくしゅの「どーぐ」が威力を発揮する事は無かった。
水場ではカバに会って、最近セルリアンが増えているので気を付けるようにと忠告を受けた。
そうして日が落ちる前にゲートの付近にまで辿り着いた一行であったが……ここで足が止まってしまう。
ちょうどゲートを塞ぐようにして、セルリアンが陣取っていたのである。
「うぅっ……さっきのより大分大きいですよ……」
「でも、さっき誰かの悲鳴が聞こえたし……助けなきゃ!!」
サーバルがそう言って、セルリアンに突進するが……5メートルほどまで距離を詰めると、足が止まってしまう。
「ええーっ!! 石が無いよ!! なんでーー!?」
立ち往生してしまう。
セルリアンの弱点は体のどこかにある石だが、眼前のセルリアンは一見してそれが見当たらなかった。
「うぅっ……こんなの初めて……」
「サーバルさん、石は後ろに!!」
「あっ、ほんとだ!! 背中にある!!」
弱点を見付けたサーバルは何とか後ろに回り込もうとするが、セルリアンもさるもの。巨大な目の視線とサーバルが繋がっているかのように動いて、簡単には背後を取らせてくれない。
「よし、ここは私が……」
4本の「どーぐ」を携えてしょくしゅが前に出る。
「待って、しょくしゅさん。何とか、僕がセルリアンの注意を引いてみます」
かばんは、道中で見付けた看板に付けられたケースから取り出した地図で紙飛行機を折ると、それを飛ばした。
ゆったりと飛行するそれはセルリアンのすぐ脇を通り過ぎていって、その動きを追おうとしたセルリアンの注意がサーバルから紙飛行機に移る。
ぐるりと、体を回すセルリアン。
当然、弱点の石がある背中がサーバルに晒される形となる。
「今だ!! サーバル!!」
「みゃみゃみゃみゃみゃ……!! みゃーっ!!」
サーバル自慢の爪が、セルリアンの石に食い込んだ。
石が砕けて、セルリアンの巨体も木っ端微塵となった。
「ふん……私のこの「どーぐ」の出番はなかったか」
少し残念そうに、溜息を吐くしょくしゅ。
一方でサーバルは、かばんへと駆け寄った。
「すごーい!! 何あれ何あれ!! あのひゅーって飛ぶやつ!!」
「えっと、紙飛行機かな……作ったんですけど……」
「作ったーーっ? すごいすごーーい!!」
「私にも是非使い方を教えてほしいな」
しょくしゅもかばんに歩み寄ってくる。
「えっと……作り方は……うっ……」
紙飛行機の作り方を説明しようとするかばんだったが……不意に、その表情が凍り付いた。
「? どうしたの、かばんちゃん。妙な顔をして……」
「う……うし、うし……」
「牛? ここには牛のフレンズは居ないが……」
「うし、後ろ……後ろです!! 二人とも!!」
「「!?」」
ここでサーバルとしょくしゅは、妙に自分達の周りが暗くなっている事に気付いた。まだ日暮れまでには時間がある……
と、いう事は……
「「ま、まさか……」」
恐る恐る二人が振り向くと……
「うわあーーーっ!! また出たーーーっ!!」
先程のセルリアンの3倍はある巨大セルリアンが、すぐ後ろに迫っていた。
「今度こそ、私の出番だな。くらえっ!!」
しょくしゅが、手にした「どーぐ」を投げ付ける。
棒状の「どーぐ」は、その尖った先端がセルリアンの風船のような体に見事突き刺さった。
「やった!!」
と、喜んだのは一瞬だった。
セルリアンは何ともないかのように全身から伸びたうねうねで「どーぐ」を掴み、引き抜くと、べきっとへし折ってしまった。
「ああっ!!」
「ううっ……どうしよう!!」
「ま、また紙飛行機を……」
「危ない!!」
かばんは再びセルリアンの注意を逸らすべく紙飛行機を折ろうとするが、その前にセルリアンがうねうねを振り下ろしてきた。サーバルが咄嗟にかばんに飛び掛かって、二人は何とか攻撃をかわした。
「どうしよう!!」
万事休す。
かと、思われたが……
ズシ……
地面に付いたしょくしゅの掌に、かすかな振動が伝わってくる。
「これは……二人とも、私に付いてきて!!」
「う、うん……!!」
「どうするの!?」
「いいからこっちへ!! 急いで!!」
しょくしゅに先導されて、サーバルとかばんが走る。セルリアンも、ぴったり3人を追ってくる。
しかし少し走って、すぐにサーバルが青い顔になった。
「ま、待ってしょくしゅちゃん!! そっちは崖だよ!!」
「いいから私に任せて!!」
しょくしゅはそう言うと、頭のうねうねを伸ばしてサーバルとかばんの体を捕まえ、崖から身を躍らせる。
一瞬の浮遊感があり、そのすぐ後に風圧が襲ってくる。
数十メートルの高度から、3人は落下していた。
崖の下はさばんなちほーには珍しい森となっている。
しかしこの高さから落ちたのでは、樹がクッションになったとしても到底助からないだろう。
「うわああああああーーーーっ!!」
しかも、セルリアンも3人を追って崖から飛び出してきていた。
これは、落ちるよりもセルリアンに空中で捕まってやられる方が早いかも知れない。
だが逃げようにも、空中では精々手足をばたつかせるだけで身動きが取れない。
絶体絶命。
しかし、その時だった。
森の緑を割るようにして巨大な手が伸びてきて、その手は空中で見事にしょくしゅ、サーバル、かばんの3人をキャッチする。
そしてもう反対側の手が、ハエを払うようにセルリアンを吹っ飛ばした。
丸い体のセルリアンはボールのように跳ねて、500メートルも飛んでやっと止まって、態勢を立て直す。
一体、何が起こったのか?
ぎょろぎょろと目を動かして状況を把握しようとして……セルリアンは、たじろいだような戸惑ったような動きを見せた。
ずしん……!!
轟音。さばんなちほーの大地が揺れる。
ずしん……!!
震動。水場に、波紋が生まれる。
ずしん……!!
森の中から、この音の主が姿を見せる。
鎧のような甲羅を身に纏った、一人のフレンズが姿を現した。
しかもこのフレンズは、大きい。
セルリアンも大きいが、このフレンズに比べれば道ばたの小石ぐらいのスケールでしかない。
それほどにこのフレンズは、大きな体を持っていた。
立ち上がったその身長は、彼女が身を隠していた森の一番高い木よりも、ずっと高かった。
手も足も、その巨体に見合うほどに大きい。
そしてその左手には、空中でキャッチしたしょくしゅ達3人が乗っていた。
「あ、僕達……生きてる……?」
何で生きているのか信じられないという顔で、かばんがきょろきょろと視線を彷徨わせた。
「うわぁーーっ!! 来てくれたんだね!! こうらちゃん!!」
「こうら……うわぁああっ!! たべ、たべな……」
初めて見るこうらの巨体は、かばんにはショックが大きかったようだ。反射的に逃げようとしてこうらの掌から落ちそうになって、慌ててサーバルとしょくしゅが体を掴んで支えた。
「大丈夫、食べないよ!! この子はこうらちゃん!! このさばんなちほーで、一番おっきくて一番強いフレンズなんだよ!!」
「こうら……さん……ですか……」
「……」
こうらの視線がかばんと合って、彼女はにっこりと笑みを見せた。
「助かったよ、こうら。あなたが近くに居てくれたのはツイてた」
「……」
うねうねを上手く使って、しょくしゅはこうらの肩へと移動した。
「気を付けて、あのセルリアンはまだ戦うつもりだ」
「……」
しょくしゅに言われてこうらが見ると、セルリアンは全身から何十本もうねうねを伸ばして、しかもそれらは先端が全てハエトリソウのような形状になって、噛み付こうと大きな口を開けた。
「……」
じっと、視線だけを動かしてこうらがしょくしゅを見る。しょくしゅは彼女の行動の意味を、すぐに察した。
指示をよこせ。このフレンズは、そう言っている。
ならば自分がこの状況で出す指示は、一つだけだ。
「やっつけちゃえ!! こうら!!」
「……!!」
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第03話 さばんなちほー 3
先手必勝!!
と、ばかりセルリアンは全身から生えたうねうねをこうらめがけて伸ばしてくる。
うねうねの先端はワニの口のようになっていて、牙にも思える突起が生えていた。
うねうねは、いくつかはこうらの足に絡みついて引っ張り、引き倒そうとする。
いくつかのうねうねは、先端の口がこうらの体へと噛み付く。
「こうらちゃん!!」
サーバルが叫ぶ。
「……」
しかし、こうらは蚊が刺したほどの痛みすら感じていないように表情を変えない。
こうらがその名の通り身に纏う甲羅の鎧の上からでは、セルリアンの牙は文字通り歯が立たない。
鎧の無い所に噛み付いた牙も、分厚く固いこうらの皮膚はまるで角質。こちらも歯が立たない。
セルリアンは力一杯、こうらの両足に巻き付けたうねうねを引っ張って巨体を転ばせようとするが、こうらはびくとも動かない。
「そのうねうねを掴むんだ、こうら!!」
「……」
肩に立つしょくしゅの指示通り、こうらは巻き付いたうねうねの一本をむんずと掴む。
そして引っ張る。
セルリアンは、一瞬も持ち堪える事が出来ずにアメリカンクラッカーと呼ばれたオモチャのようにこうらによって振り回される。
こうらは掴んだうねうねを使ってそのまま頭上で何度もセルリアンをくるくる回すと、たっぷり遠心力を乗せて地面に叩き付けた。
何かが爆発したかのような轟音。そして土煙が上がって、クレーターが出来た。セルリアンはその中心に居る。流石の大型セルリアンもダメージが大きかったのか動きが鈍いようだった。
だが、弱点の石を破壊していないのでまだのろのろとだが動いている。
まだやっつけていない。
「よし!! こうら、こいつを押さえ付けて!!」
「……」
再びしょくしゅの指示に従い、こうらは右手でセルリアンの全身を地面に押し付けるようにして動きを封じる。
しょくしゅは先端に尖った石を付けた棒状の「どーぐ」を手にすると、滑り台のようにこうらの腕を下りていく。
そうしてセルリアンに肉迫すると、弱点の石に思い切り「どーぐ」を突き立てた。
今度は先程と違って、弱点を的確に貫いたので効果は覿面。
セルリアンの巨体は、粉々に砕け散った。
「やったーーーっ!! すっごーい!!」
「こ、こうらさんもしょくしゅさんも……すごいですね……」
こうらの左手の上でサーバルはぴょんぴょんと飛び跳ねて、かばんはぽかんと大口を開けていた。
「……うーん、まだまだ、このどーぐにも改良が必要かな……」
手にした「どーぐ」をまじまじと眺めながら、しょくしゅはぶつぶつと呟いている。
と、何かに気付いたように視線を上げる。
自分を見下ろしているこうらと目が合った。
ぐっ、と親指を立てる。
「……!!」
同じようにこうらも親指を立てて返した。
こうした一幕を経て、三人はこうらの肩に乗ってさばんなちほーとじゃんぐるちほーを繋ぐゲートの入り口まで移動した。
「じゃあ、気を付けてね。じゃんぐるちほーでもとしょかんに行きたいって言えば、フレンズの子が次のちほーまで案内してくれるよ」
「ありがとうございました。サーバルさんやしょくしゅさん、こうらさんが居なかったら……僕、どうなっていたか……」
「かばんちゃんはすっごい頑張り屋さんだし、こんな凄い技を持ってるんだから、どんなちほーに行っても大丈夫だよ!!」
サーバルの腕の中には、幾つもの紙飛行機が抱えられている。これはかばんが作り方を教えたものだ。
「何の動物か分かったら、是非また会いに来て欲しいな……この……かみひこーき以外にも……色んな「どーぐ」の作り方を教えて欲しい……」
しょくしゅも、うねうねで紙飛行機を触りながら、名残惜しそうに語る。
「……」
こうらは何も言わずに、手を振る。
「はい!! 必ず、また会いに来ます!! じゃあ……」
ぺこりと頭を下げると、かばんはゲートへ向かって歩きだした。
途中で一度振り返る。サーバル、しょくしゅ、こうらはそれぞれ手を振る。
かばんはもう振り返らなかった。
ゲートをくぐって真っ直ぐじゃんぐるちほーへ入っていって、やがて木々に隠れてその姿は見えなくなった。
「では……私達は帰ろうか」
「……」
しょくしゅがそう言うと、こうらはしゃがんで掌を上にして左手を地面に置いた。乗れ、という意味の動作だ。
しょくしゅは「よいしょ」とこうらの手の上によじ登る。
「ほら、サーバルも」
そう言って促すが、サーバルは動かない。
ゲートの方を、じっと見ている。
「? サーバル?」
「しょくしゅちゃん、こうらちゃん……私、もう少しかばんちゃんについて行ってみるよ!! ちょっと……心配だし」
「そう……」
しょくしゅはそう言って、ちらりとこうらを見る。
「「……」」
視線を合わせた二人は、それぞれサーバルに視線を送る。
「そう、か……そう言うような気がしていたよ。では、君とかばんがいつ帰ってきても良いように、君の縄張りはしっかりと私達が守っておくよ」
「……」
しょくしゅの申し出を受け、こうらも頷く。
「二人とも、ありがとう!! じゃあ、行ってくるね!!」
サーバルはそう言うと走り出して、じゃんぐるちほーに入っていった。
先程のかばんの時と同じように、しょくしゅとこうらはその姿が見えなくなるまで見送っていた。
「じゃあ、こうら……私達は帰ろうか」
「……」
左手にしょくしゅを乗せて、こうらはずしーん、ずしーんと足音を響かせつつ、さばんなちほーへ戻っていった。
二人がさばんなちほーの縄張りに戻ってみると、バブカリが会いに来た。
「しょくしゅ、これを見てくれ。新作だよ」
バブカリ特製のカゴは、その品質の良さから愛用するフレンズも多い。
しかし今日、彼女が持ってきたカゴは普通の物と少し違うようだった。
大きさはしょくしゅの上半身ぐらいもあって、二本の蔓が半円を描くようにその側面に付けられていた。
「これは、いつものとどう違うんだ?」
「ふふふ……」
よくぞ聞いてくれたという自慢げな顔になって、バブカリはさっとそのカゴを持ち上げた。
そして、蔓が作っている輪っかに腕を通す。
するとカゴは、ひょいっと彼女の背中に背負われる形となった。しょくしゅは思わず「おお……」と声を上げた。
「かばんちゃんの道具……鞄、だったかな? あれにヒントを得た新作だよ。これなら手で抱えられるぐらいの大きさにせざるを得ない従来のカゴよりもずっと沢山の物が入れられるし、何より荷物を運ぶ時に両手が自由になるんだ」
「凄い。流石だね、バブカリ。私も負けてられないな」
「ふふふ、それほどでもあるよ」
自慢げに胸を張ったバブカリだが、しばらくそうしていて満足したのか「うん」と一つ頷いて話題を切り替える。
「さてと、しょくしゅとこうら。今日は新作のお披露目もあるが、もう一つ用事があって来たんだ」
「用事? 何か頼み事かな?」
「いや、お客さんが来ているんだ。じゃんぐるちほーから。出て来て」
バブカリがそう言うと、それが合図だったのだろう。木の陰から、一人のフレンズが現れた。
オレンジ色の美しい体を持った、鳥のフレンズだ。
「君は……」
「初めまして。私はスピットファイアバードのファイアだよ」
鳥のフレンズは、丁寧に自己紹介する。
スピットファイアバードは一億年後の、かつて南極大陸と呼ばれた土地に発生した森林地帯で繁栄すると考えられている、フラッターバードと総称される鳥のグループの一種である。
最大の特徴は派手なオレンジ色の体と、その武器であろう。
彼女は敵に襲われそうになると、腐食性の酸を鼻から吐いて身を守るのだ。
「あなた達がしょくしゅとこうらね?」
「私達の事を知っているのかい?」
「ええ、あなた達は有名よ。さばんなちほーで一番賢いフレンズのしょくしゅと、一番強いフレンズのこうら。二人揃えば出来ない事なんてないってね」
「う、うん……そう言われると照れるな……」
バブカリの赤ら顔と同じくらい顔を赤くし、うねうねで頭を掻くしょくしゅ。
「……」
こうらも少し、顔が赤いようだ。
「その二人に、是非頼み事があるの。私の友達を助けてほしいのよ」
「助けるのは良いけど……まずは事情を話してもらわないと。何があったの?」
ファイアは「確かに」と頷いて話し始めた。
「……実は、私の友達のフレンズが、もうずっと住処の洞窟から出て来なくて引き籠もってしまっているのよ……このままじゃ病気になってしまうんじゃないかと思って……心配なの」
「成る程、それで何とかその友達が出てくるようにしたいと。それに私達が協力すれば良いのだね?」
「……引き受けてくれるかしら?」
「喜んで力を貸すよ。それにしても、じゃんぐるちほーか」
ちらっと、しょくしゅは顔を上げてこうらと視線を合わせる。
「……!!」
こうらは、しょくしゅの意図を察して頷いた。
じゃんぐるちほーとは。
これは向こうで、かばんやサーバルと会えるかも知れない。
「? どうしたの?」
「ああ、いや……こちらの事だよ。じゃあ、じゃんぐるちほーに行こうか。その友達の所まで、案内してもらうよ」
「ええ……ポグルの事、よろしく頼むわ」
「ポグル!!」
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第04話 じゃんぐるちほー 1
「へぇ……初めて来るけど、ここがじゃんぐるちほーか」
鬱蒼とした密林を、しょくしゅは歩かずに進んでいく。
彼女は頭から伸びた何本ものうねうねを木の枝に引っ掛けると、遠心力でぐるぐると体を回す。
その勢いでちょうど鉄棒競技のように何回転もすると、枝からうねうねを放す。
すると当然、しょくしゅの体は慣性の法則に従って空中に投げ出される。
空を飛ぶしょくしゅはそこからうねうねを伸ばして、別の枝を掴む。そこから再び大回転。その繰り返しで地上を歩くよりもずっと速く、木から木へ飛び移って進んでいく。彼女は樹上の方が地面の上より余程快適そうだった。
「引っ越ししようかな」
そんな軽業を繰り返して、しょくしゅは歩きづらい森の中を軽快に進んでいく。
「……」
こうらはいつも通りだ。
じゃんぐるちほーは樹木が覆い茂っているので、彼女は木を倒さないように注意深く進まねばならなかった。
その為、ただでさえ普段からゆったりとした動きが余計ゆったりとなってしまっていた。
とは言え、そこまで問題がある訳でもない。しょくしゅの軽く10倍は背丈が高いこうらは歩幅もそれ相応に広く、たった一歩の歩みで相方の何十歩分かを進んでいく。
鳥のフレンズであるファイアは、空中に浮きながら二人を先導していく。
「気を付けてね。特にこうらは、足下に注意して。この辺りの水溜まりには……」
どぼーん!!
ファイアが言い掛けた傍から、盛大に水音が上がった。
「あっ!!」
「うん?」
ファイアとしょくしゅが見ると、水溜まりにこうらが足を突っ込んでしまっていた。
事態が呑み込めていないしょくしゅは狐につままれたような顔で、一方でファイアは大慌ての表情だ。
「ああっ!! こうら、早くそこから足を抜いて!!」
「……? ……!!」
こうらもファイアの意図が良く分からなかったようだが……
少し間を置いて、ぴくりと彼女の眉が動く。
ざばぁっ!!
蹴り上げるような勢いで、足を水溜まりから引き抜く。
大量の水が舞い上がって、水の中から丸太のような物が飛び出してきた。
しかし丸太ではない。良く見ると、バブカリがカゴで取ってくるようなものとは大分違うが、魚である事が分かった。
体は全体として平べったく、あちこちにトゲがあって大きな口を持ったグロテスクな魚だ。
「ルークフィッシュだよ」
ルークフィッシュは一億年後のベンガル沼地で、最も危険な生き物とされている。
何日も沼の底にその体を横たえて、やって来る獲物を狙う待ち伏せ型のハンターだ。
しかもこいつは電場を発生させる能力を持ち、デンキナマズやシビレエイのように電場の乱れを感知して獲物の接近を察知する。そうして獲物が射程距離に入ったと見るや、大きな口で獲物を呑み込んでしまうのだ。それだけでも強力だが、これは相手が小さく弱い獲物である時に限っての狩猟方法。この魚はそれとは別に大きな獲物を倒す術も持ち合わせている。
それが発電能力だ。ルークフィッシュは大きな手強い獲物を、強力な電気ショックで倒すのだ。その電圧はおよそ1000ボルト。現代最強の発電魚であるデンキウナギの約2倍という恐るべき威力である。
「こいつのビリビリには今まで何人もフレンズがやられてるの。普通は二、三日は動けないんだけど……」
ファイアはそう言って、こうらを見やる。
「えっと、こうら……何ともないの?」
「……」
頷くこうら。
ちょっとシビれただけのようだ。
「凄いね。流石はさばんなちほーで一番強いフレンズ」
溜息混じりに、いやはや脱帽といった表情を見せるファイア。
「……」
こうらは、陸に打ち上げられてじたばたしているルークフィッシュを鷲掴みにすると、元の水溜まりに放してやった。
「これからは誰もこの水溜まりに近付かないように、ツタを使って近寄れないようにするとかすると良いかもだね」
うねうねを伸ばして、樹から下りてきたしょくしゅが言った。
「ツタを使って……成る程、そんな手があったのね。それを思い付くとは、流石はさばんなちほーで一番賢いフレンズ」
感心した顔になるファイア。
そうして進んでいくと、森が無くなって川に突き当たった。
「ファイア、ここからはどうやって進むんだい?」
「……いつもは、ジャガーが渡しをやっていて乗せてくれるのだけど……」
周囲を見渡してみるが、ジャガーのフレンズの姿はない。
「……」
「うわっ?」
すると、こうらが無造作に手を伸ばして空中にいるファイアの体を掴まえた。
「じゃあ、私も」
しょくしゅはそう言って、枝から空中に飛び出す。その先には彼女が掴まれる枝は無い。
しかし、心配はご無用。
しょくしゅの落下する軌道にこうらが手を用意して、見事にその体をキャッチした。
「……」
そうしてしょくしゅとファイアの二人を大切そうに胸に抱えると、こうらは川を進んでいく。
水に濡れたのは、彼女の膝ぐらいまでだった。
「これは……凄いね。私も空を飛べるけど、こんな風に川を渡るのは初めてよ」
「そうだろ? こうらは凄いんだよ」
自分の事のように誇らしげに、しょくしゅが語る。
しばらく進むと「あんいんばし」と呼ばれる場所に差し掛かった。
岸に上がってみると、カラフルな彩色が施された箱のような物が森の中にあって、そのすぐ傍に二人のフレンズが人待ち顔で座り込んでいた。
ジャガーと、コツメカワウソだ。
「わー!! すごーい!! おっきーい!!」
こうらの巨体を見ると、カワウソは好奇心を刺激されたらしい。楽しそうに近付いてくる。
「ね、ね!! のぼっていい? のぼっていい?」
「……」
こうらはしょくしゅとファイアを下ろすと、代わりにカワウソの体を掴んで肩に乗せてやった。
「わーい!! たかーい!!」
「……」
展望台のような風景を満喫したカワウソが今度は下りたがっているのを見て、こうらはカワウソが乗っている側の手を、30度ほどの角度を付けて地面に付けて下ろしてやった。カワウソは、すぐにこうらのこの行動の意味を察したらしい。
さあっ、と、こうらの腕を滑り降りる。
即興の滑り台は、カワウソのお気に召したらしい。地面にまで滑り降りた彼女は、すぐにこうらの足にしがみついてきた。
「もいっかい!! もいっかい!!」
「……」
こうらはまたカワウソの体を掴むと肩に乗せてやり、再び腕を滑り台にしてやった。
「わーい!! たーのしー!!」
こんなやり取りを尻目に、しょくしゅとファイアはジャガーと話し始めた。
「ファイアじゃないか。さばんなちほーに行ったって聞いてたけど……」
「ええ、ちょっとポグルをどうにかしてもらおうと思って、しょくしゅとこうらに相談に行ってたのよ。あなた達は、こんな所で何をしてるの?」
「実は……」
ジャガーの話を纏めると、少し前にさばんなちほーからサーバルとかばんがやって来て、二人はとしょかんに行く為にジャパリバスを探していたらしい。ボスやジャガーの情報からジャパリバスを見付ける事は出来たが、バスは運転席と客席がそれぞれ対岸に放置されてしまっていた。
そこでかばんのアイディアから森の木やツタを利用して作った橋を架け、運転席を移動させて客席と合体させた物が、ジャガー達のすぐ傍にある物、ジャパリバスらしい。
しかしいざ動かそうとした所、バスは動かなかった。ボスによるとバッテリーなるものが切れているらしい。それを充電する為にサーバルとかばんは、高山に行ったという事だった。
「そうか、あの二人もここへ来たのか……」
「ふうん……バスにも興味はあるけど、まずはポグルだな。ファイア、案内してくれるかな?」
「ええ、分かったわ。では、行きましょうか二人とも」
「……」
「あ、おもしろそー!! わたしもいっしょにいくー!!」
こうして一行は、カワウソを加えてポグルの住処に向かう事となった。
じゃんぐるちほーをしばらく進むと、岩肌に作られた洞窟が見えた。
ファイアによると、この洞窟に件のぽぐるが住んでいるという事だった。
「ポグル!! 私、ファイアよ!! たまには外に出なさーい!! 体壊すわよー!!」
洞窟の入り口から、ファイアが声を掛ける。
やや間を置いて、返事が返ってきた。
「ファイア~、ボクはここから出ないっす~……楽園はここにあるっす~……」
気の抜けたような、覇気の無い声だ。
「と、まぁ……こんな感じで……どうにか頼めないかしら」
「成る程……」
うむむとしょくしゅが唸った時に、こうらが動いた。
「……」
「こうら?」
「……」
「? どうしたの?」
「まずは、こうらがやってみるって」
「……お願いするわ」
ファイアの許可が下りたのを確認すると、こうらは大きな体を目一杯屈める。
そうして洞窟の中に、腕を突っ込んだ。
巨大な体を持つ彼女だが、流石に腕だけなら洞窟に入れる事が出来た。
こうらはこのまま、洞窟の中のポグルを掴んで引きずり出すつもりのようだ。
しかしこの作戦は、あまり良くはなかったようだ。
すぐに、洞窟の中から悲鳴が聞こえてきた。
「ぎ、ぎゃあああああああああっ!! 手が!! 手が!! た、助けて!! 誰か助けてぇぇぇぇぇっ!!!!」
ポグルの声だ。
まぁ、これは当然の反応と言える。
彼女の視線で見ると、入り口から洞窟の通路とほぼ同じぐらいの大きさの手がぬっと伸びてきて自分を捕らえようと迫ってくるのだ。
誰でも悲鳴を上げるだろう。
そして残念ながら、こうらにはポグルを掴まえる事は出来なかった。
洞窟の通路はポグルが住んでいる区画までは曲がりくねっていて、奥まではこうらの手が届かなかったのだ。
「……」
しばらくは何とか手を入れようと体をゆすったり腕を入れ直したりしていたが、やがて諦めたらしい。こうらは腕を洞窟から引き抜く。
だがこれは、単に作戦が失敗に終わっただけには留まらなかった。
「お外怖い、お外怖い、お外怖い……」
洞窟からは、繰り言のようにそんな声が聞こえてくる。
「……悪化したわね……」
「う、うん……」
顔を見合わせるファイアとしょくしゅ。
「……」
こうらは、申し訳なさそうに顔を伏せた。
「そもそも、ポグルが引きこもりになった原因は何なんだい? もっと早くに聞いておくべきだったね……」
しょくしゅの問いを受けて、ファイアは顎に手をやって考える仕草を見せる。
「そう、ね……元々ものぐさな子ではあったけど、それでも今までは時々は外に出て、一緒に散歩とかはしてたのよね……それが少し前に、何か妙な物を拾ってから……今みたいに引きこもりになってしまったのよ」
「妙な物?」
「ええ……何かこう……平べったい板みたいな物で……触ると表面がピカピカと光って……」
「ふう、ん……?」
身振り手振りを交えてファイアが説明するが、どんな物なのかはイマイチしょくしゅにもイメージ出来なかった。
やはりこういうものは実際に自分の目で見ない事には、どうしようもあるまい。
「取り敢えず、一度ポグルと会って話してみるよ」
「あ、わたしもいくー!!」
「カワウソ……まぁ、良いけど。じゃあ、ファイアとこうらはここで待っていて」
「分かったわ。ポグルの事、お願いするわね」
「……」
こんなやり取りを経て、今度はしょくしゅがポグルの脱・引きこもり作戦を行う事になった。
しょくしゅとカワウソは、洞窟の中に入っていく。
洞窟は、入り口以外にもあちこち微妙な隙間があるのかも知れない。うっすらとだが光が差していて、中の様子が伺える。
二人はカーブを2回ほど経て、広い空間に出た。
そこでは陽光の他に、色とりどりの光が中から差していた。ピコピコと、軽快な音も聞こえてくる。
洞窟の中には一人のフレンズが居て、そのフレンズが持っている板から、光と音は出ていた。
「わぁー!! おもしろそー!!」
カワウソは、早速フレンズが持っている板に興味を持ったらしい。
一方でしょくしゅは、フレンズの方に視線を注いだ。
まるまると太って毛皮を着た、背の低いフレンズだ。
「あれ~。初めて見る顔っすね~。ファイアの友達っすか~?」
「……あなたが?」
「ええ、ボクが、ポグルっす~」
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第05話 じゃんぐるちほー 2
ポグル。
一億年後の地球において、唯一生き残る哺乳類である。
大きさはハムスターぐらいで、植物の種子を主食とする。
しかしこの小さな動物は、自分の力で種子を探したりはしない。食べ物は、住処にたっぷりと用意されている。
ポグル達が食べる種子を調達するのはシルバースパイダーと呼ばれる蜘蛛だ。
彼らは巨大な網で風で飛んできた種子を捕まえる。しかし彼らは『肉食』でありこれを食べることはしない。
……ポグル達の生業は、蜘蛛に養われて必要に応じて食われること。家畜だ。シルバースパイダーが網で回収した大量の種子は、家畜を太らせるための飼料なのだ。
自ら生きる力さえない小さな生き物。これが、かつて恐竜に取って代わって繁栄した哺乳類の、その最後の末裔の在り様なのだ。
「あぁ~、この板っすか~?」
ポグルはカワウソが興味を持っているのに気付いて、持っていた板を差し出した。
「これ、前に散歩先で拾ったんすけど~。面白いっすよ~」
そう言ってポグルは、板の表面で指を動かす。
すると板の表面に、今までしょくしゅもカワウソも見た事もないような鮮やかな色とりどりの光が生まれた。
その光はただ光っているのではなく、じゃんぐるちほーの風景を切り取ったような映像となっていた。
「おおおっ……!! こ、これは一体……?」
「わー!! おもしろーい!!」
しょくしゅとカワウソ、両名ともに反応は違えど同じようにこの板の機能に驚いたようだ。
それを見て、ポグルも少し気を良くしたらしい。
「まだまだ、これだけじゃないっすよ~」
と、板上で指を滑らせる。
板の上に表示されたじゃんぐるちほーの景色の上に、何かの目印のような小さな絵がいくつも浮かんできた。
ポグルは、指でその絵の一つを叩く。
すると板に表示された画面が切り替わって、赤・青・緑・黄の四色の玉ががいくつも重なっているような画面になった。
更に画面の上から、それぞれの色の玉がどんどん落ちてきていて画面の中に詰まっていく。
「これは?」
「どうやらげーむ、というものらしいっす~。これをこうやって……」
ポグルは画面を触って、落ちてきている玉の動きを操作する。
そうして画面の下では赤色の玉が4つ連なって、ぱっと消えた。
「おおっ……」
「どうやら、この丸いのは4つ重なると消えるみたいっす~。それで、どれだけ長くこの一番上まで、丸が積まれずに耐えられるかっていう遊びみたいっす~」
「わー!! おもしろそー!! やらせてやらせてー!!」
「はいはい。まずはここを、こう……そして……」
カワウソに板を渡すと、ポグルは操作方法を教えていく。
しょくしゅは、肩を並べている二人を後ろから覗き込んでいる。
「つ……次は私も……」
そうして、彼女も交代しつつ「げーむ」に興じる。
ひとしきり遊んだ後、ポグルは再び板の上で指を滑らせた。
「まだまだ、他にもあるっすよ~」
すると驚くべきことに、板の上に浮かんだ景色と、その景色の中に描かれた人影が動き出した。しかもそれに合わせて音楽や声まで出始めたのである。
「うおおっ……!! こ、これはっ……!?」
「わー!! わー!! おもしろーい!!!!」
しょくしゅもカワウソも、目を輝かせてポグルが持つ板に齧り付いた。
信じられない。こんな小脇に抱えられるぐらいの大きさの板に、フレンズが入っているとでも言うのだろうか?
「どうやら、これはえーがというものらしいっす~。色々なえーががあるっすよ~」
そう言って、何やら操作するポグル。その都度、板の上に表示される映像が切り替わった。
*
<オーストリア式のさよならはこうよ>
むちゅ~……
<ドイツ式のさよならはこうだ!!>
ドカッ!!
*
<レフトからダイレクトでホームに球が返ってきた!! ランナーノックアウト!!>
<ショルダーアタックだーーー!!>
<やったぜ、スリーアウトチェンジだ!!>
*
様々な『えーが』が上映されて、時を忘れてそれに熱中するポグル、カワウソ、しょくしゅ。
「ポグル、次のえーがはどんな……はっ!!」
と、言い掛けたところでしょくしゅはかろうじてながら我に返った。
「い……いかんいかん……」
危うく自分たちまで引きこもりになる所だった。自分たちはポグルをこの穴から出すために来たのに。
『……とは言え、ポグルの気持ちも分かるな。こんな面白いものを手に入れたら、そりゃあ引きこもりになる。私でもそうなるかも』
しかしファイアが危惧していたように、いつまでも穴蔵暮らしでは体にも良くない。少しは外に出なければ。
「……ポグル、その板がすごく面白い物なのは分かった。しかしファイアも心配しているし、君もずっとこんな所に居ては体を壊すだろう。せめて散歩ぐらいはしてみては?」
「む……」
しょくしゅの申し出を受けて、ポグルはものぐさそうにではあるが、板の表示を消して彼女に向き直った。
「でも……外には面白い遊びもないっすから~……」
「遊びなんてものは、何でだって出来るんだよ。仲間が居ればね。そうだね例えば……」
しょくしゅはしばらく考えて、ぽんと手を叩いた。
「カワウソ、お弁当にジャパリまんを持っていたろう? それを出してくれるかい?」
「いーよ」
カワウソが、ジャパリまんを置く。
「私もジャパリまんを持っているんだ」
と、しょくしゅ。これでジャパリまんが二つになった。
「さて、私たちは3人。しかしジャパリまんは二つ。このままでは必然、誰か一人が食べられない。二人は食べれるのに、自分だけのけもの。このままでは喧嘩……下手をするとするかも知れない……怪我……っ!! 見ることになるやも知れぬ……血っ……!! それは私たちとしても避けたいところ。では、どうすれば良いかな?」
「うーん……」
「そりゃあ、ジャパリまんを3人で分ければ良いっすよ~」
「尤もだね、ポグル。ではどうやって分ければ良い?」
「そりゃ勿論……」
ポグルはジャパリまんをそれぞれ三つに割って、都合6つに分けた。
「こうやって、それぞれ二切れずつ食べれば良いっすよ~」
「確かに」
頷くしょくしゅ。
「でも、これらのジャパリまんはどれも微妙に大きさが違うから、沢山食べる子と少ない子が出ることになるね」
「むっ……じゃあ、どうするっすか~?」
「いっぺんに分けるのではなく、順番に取っていくのだよ」
「順番?」
「そう、この6つのジャパリまんを、まず私たちの中の誰かが1つ取る。その最初に取った者は、次に選ぶのは6番目にするんだ」
「ほうほう……」
「次に、2番目にジャパリまんを5個の中から選ぶ子は、次には5番目に選ぶ。3番目に取った子は、そのまま続けて4番目に選ぶことが出来るようにする。つまり、1たす6は7、2たす5も7、3たす4も7。これなら、量は完全には公平にならなくても、機会は公平に出来るだろう?」
「なるほど、その発想はなかったっす~」
感心したという表情のポグル。しかししょくしゅの話はまだ続きがあった。
「で、ここからが重要……カワウソ、すまないけど外に出て、適当な木の葉っぱを何枚か取ってきてくれるかな?」
「はーい!!」
カワウソは外に走って行って、すぐに戻ってきた。
そして、抱えてきた葉っぱを地面にまき散らす。
「……では、それぞれここから一枚ずつ葉っぱを取って裏をみんなに見せるんだ。虫食いの穴が、いくつあるかを見せ合う」
見せ合った葉っぱは、しょくしゅは虫食いの穴が3つ。ぽぐるは19。カワウソは穴が無かった。
「わーい!! 私のは穴がなーい!!」
「では……穴が少ない順に、カワウソ、私、そしてポグル。この順番で、ジャパリまんを取る組み合わせを決めるんだ」
「組み合わせを決める……っすか~?」
「そう……カワウソ、まずはあなたがどの順番でジャパリまんを選ぶか決める。最初と最後か? 二番目と五番目か? 三番目と四番目か? そしてカワウソが選んだら、今度は私が残った二つの内から、またどちらかを選ぶ。そして最後組み合わせは、ポグルのものになる。どの順番で選ぶのが、一番効果的にジャパリまんを食べられるか? それを考える遊びさ」
「おもしろそー!! わたしやりたーい!!」
カワウソの反応を受け、しょくしゅは優しい目を彼女に向けた。
「そうだねカワウソ。その面白そう、が大切なんだ。争いごとではなく、遊びにすること。それが私たちフレンズにとって、大切なことだと私は思う。そしてポグル……」
「ん……」
「今見せたように、仲間と一緒なら遊びなんて何だって出来るんだ。無ければ作れば良い。みんなで話し合って、ルールを決めてね。その板も凄いが、外だって面白いよ。少しは、出てみないかな?」
「うーん……」
少しだけ悩んだようなポグルだったが、それも僅かな時間だった。
「そうっすね~。この板も時々日に当てないと動かなくなるし、たまにはファイアと遊ぶっす~」
板を持つと、立ち上がった。
しょくしゅとカワウソは、ハイタッチを交わし合う。
こうして、ポグルは洞窟から出てきた。
「ああ!! ポグル!! 心配したのよ、もう!! これからは時々、私と散歩しましょう!!」
「あ……心配かけて悪かったっす~……ファイア……」
抱きつかれたポグルは、流石に凄く心配させてしまったのが分かったのだろう。申し訳なさそうな顔になった。
「……」
こうらは、ぐっと親指を立てる。しょくしゅも同じポーズを返した。
ともあれ、これでファイアからの依頼は完了。後はさばんなちほーに戻るだけだが……
そこで、ファイアに呼び止められた。
「ここまで世話になったのに、何もしないのは心苦しいわ。何かお礼をさせてほしいのだけど」
「別に私たちはお礼が欲しくて来たわけではないし……ねぇ、こうら?」
「……」
しょくしゅに言われて、こうらも頷く。
「まぁ、そう言わずに……あぁ、そうだ!! あのこうざんのてっぺんに、紅茶っていう美味しい飲み物を出すお店があるって、私の友達が言っていたわ。これから私が飛んでいってその飲み物をもらってくるから、是非ご馳走させてよ」
ファイアが指さす先には、高い高い山が聳え立っていた。
「ファイアの、友達っすか~?」
「えぇ、友達の、グレートブルーウインドランナーが言っていたわ」
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第06話 こうざん
グレートブルーウインドランナー。
一億年後の世界に現れる、ツルの子孫である。
この鳥には特徴が多い。
空の色を写し取ったようなメタリックブルーの美しい体。これは空気が薄い場所での強烈な紫外線から体を守る為の進化である。
次に瞬膜。爬虫類や鳥類が持つ目を保護する為の薄い膜であるが、この鳥のそれは強い紫外線から目を保護する為に偏光レンズのような働きをする。つまりは自前のサングラスを掛けているようなものだ。
しかし何と言ってもこの鳥の最大の特徴は、その羽根であろう。
グレートブルーウインドランナーは、何と二対四枚の翼を持つ。
通常の鳥と同じ、手に相当する部分の翼。そして羽毛の生えた足である「翼肢」の二種類の翼があるのだ。更には頭の両側にある羽毛の眉も、カナード(前翼)として水平安定板の役目を果たす。
この鳥は高原に点在する餌場を行き来する為、長距離を高速で移動する手段を求められる。よって、遙か遠くまで高速で飛べる翼が必要となる。一方で、餌場に降りる時には低速での運動性が重要となる。この相反する条件を満たす答えが、二対四枚の翼だった。
前方の細長くて大きな翼は、風に乗って高速での滑空を可能とする。
一方で後方の翼を広げると揚力が増す為、獲物へ向かって急降下出来る。
これらは総じて、飛行に特化した進化であると言える。
グレートブルーウインドランナーは生きている時間の殆どを、空で過ごす。彼女に休息の時間はほんの少しだけあれば良い。彼女たちは現代のアマツバメのように空を飛びながら眠るのだ。
「……ZZZ……」
グレートブルーウインドランナーのブルーは、その日も風をベッドに快適な眠りの中に居た。
フレンズとなって人型の体と手足を手に入れてからは時々地面に降りて休む事もあったが、彼女は空の方が大地よりもよっぽど居心地が良かった。
「もう食べられ……ムニャムニャ……」
良い夢を見ているのだろう。テンプレートな寝言と共に、口からは涎が垂れている。
しかし快適な睡眠は、最悪な形で破られる事になる。
「うみゃみゃみゃ~~っ!!」
ドカッ!!
「うわわっ!! な、何だ!?」
突然の悲鳴。上からの衝撃。
ブルーは一発で夢の世界から現実に引き戻された。
「ど、どうしたの!? 君は一体!?」
「あ、ごめんね!! 私、山登りの最中に落ちちゃって……」
落下してきて、今は自分の背中に乗る形になっているそのフレンズを見るブルー。身体的な特徴から判断して、猫科動物のフレンズのようだ。
落ちてきたのはサーバルだった。
「山登りをしていたの?」
「うん、山の上に”ばってりー”を”じゅうでん”できる場所があるらしくて、友達のかばんちゃんがトキと一緒に空を飛んで行ったんだけど……トキは一人しか運べないから、私は山を登って行く事にしたの」
「なるほど……”ばってりー”や”じゅうでん”はよく分からないけど……山の上にあるそんな場所って言ったら……多分、ジャパリカフェかなぁ……」
「知ってるの?」
「多分だけどね。ちょうど良いから、連れて行ってあげるよ」
「ホント? ありがとう!!」
「いいのいいの。それじゃあ、しっかり掴まっていてね」
サーバルは猫科動物特有の優れたバランス感覚で、器用にブルーの背中で体勢を整える。
そうしてサーバルがしっかりと背中に掴まった状態になったのを確認すると、ブルーは衝撃でズレたサングラスを掛け直し大きな翼を広げて、その名の通り風を受けて空を駆けていった。
+
+
+
「確かこの辺りに……」
「あ、あれ!! あそこに何か見えるよ!!」
山頂まで上昇したブルーはきょろきょろと下を見回していたが、ややあってサーバルが声を上げた。
指を差した先に視線をやると、覆い茂った草が規則的に取り除かれていて、何かの模様が描かれていた。
「なんだろう、あれ?」
「さぁ……? しかし、アルパカが出してくれる”こーちゃ”に似ているようにも思えるわね……降りてみようか」
「お願いするね!!」
「分かった」
頷くと、ブルーは足に付いた翼を広げて降下していく。
地面が近くなると、草地で何人かのフレンズが作業しているのが見えた。
「あ!! あれ、かばんちゃんだよ!! かばんちゃーん!!」
「サーバルちゃん!!」
一人のフレンズが、サーバルの声に反応して手を振ってくる。
「知り合いなの?」
「うん、友達のかばんちゃんだよ!!」
ブルーの着陸を待たずに、サーバルは彼女の背中から飛び降りた。
「びっくりしたよ。てっきり山を登ってくるかと思っていたから」
「途中で崖から落ちちゃったけど、ブルーに助けてもらったんだよ」
「あぁ、ブルー。いらっしゃぁい。また来てくれたんだねぇ」
もこもことした毛皮をかぶったフレンズが話し掛けてくる。ブルーが話していたジャパリカフェの店主である、アルパカ・スリだ。
「こんにちは、アルパカ。今日はジャパリカフェに用があるっていうフレンズを連れてきたのよ」
「ここで”ばってりー”を”じゅうでん”できるって、ボスは言ってたんだけど……」
「サーバルちゃん、それならもう見つけたよ。後は少し時間を掛ければ充電できるって」
かばんがそう言った時、ぴょこぴょこと独特の足音を鳴らしながら、ボスことラッキービーストがやって来た。
<充電できたよ。充電できたよ>
と、同時に一同の頭の上を影が通り過ぎていった。
「?」
サーバルが顔を上げると、鳥のフレンズがまたしてもこちらに向けて飛んできていた。
トキの紅白のツートンカラーとも、ブルーの青い体とも違う、オレンジ色の美しい体をしたフレンズだ。
スピットファイアバードのファイアである。じゃんぐるちほーから飛んできたのだ。
「あぁ、ファイアじゃない。来たんだ」
「久しぶり、ブルー。見つかりにくい場所にあるって聞いたけど……空を飛んでたら変わった模様が見えて、もしかしたらと思ってね……ここがジャパリカフェか……」
「わぁ~。今日はこんなにお客さんが来てくれたよぉ。ささ、お席へどうぞ。ゆっくりしていってねぇ」
アルパカに案内されて、一同はジャパリカフェのテラス席に腰掛ける。
常連であるブルーを除いては一遍に4人も客がやって来たので、店主であるアルパカの喜びも一入らしい。客は殆ど来ないが、しかし接客の練習はしっかりやっていたのだろう。慣れた手つきでカップを並べていく。
そうして紅茶に舌鼓を打つかばんやサーバル達。
「それじゃあ、ここで一曲……」
「ううっ……」
披露されたトキの歌は、正直上手いとは言えないものであったがしかしこれでも相当マシになった方らしかった。
アルパカによれば喉に良いお茶を煎れたとの事だった。それとトキはまだフレンズの体を使っての歌い方に慣れていなかったが、腹式呼吸などコツを掴みつつあるのも一因らしかった。
「あぁ、そうだアルパカ。お茶をこれに詰めてくれないかな?」
ファイアはそう言って、懐から銀色の筒のような物体を取り出してテーブルに置いた。
「? 何これ何これ?」
と、持ち前の旺盛な好奇心を見せるサーバル。
「はかせから貰ったんだよ。”すいとー”っていうらしいけど……」
ファイアはそう言うと、筒の先端部分を外す。中は空洞になっていた。
「この中に水を入れたり出来る”どーぐ”らしいわ。じゃんぐるちほーに居る友達にも、紅茶をご馳走してあげたくてね」
「分かったよぉ。ちょっと待っていてねぇ」
アルパカはそう言って、紅茶のおかわりを用意しに店の中に戻っていった。
「ファイアさんは、お友達に紅茶を飲ませてあげる為に、ここまで来たんですか?」
「ええ、そうよかばん。あの二人には随分と助けられてしまったから、何かお礼をしなくてはと思ってね……」
「そうですか。きっと素敵な方なんですね」
「今度紹介するわ。きっと仲良しになれるわよ」
紅茶を飲んだ時のしょくしゅとこうらの顔を思い浮かべて、ファイアはふふっと笑った。
じゃんぐるちほー。
ファイアの帰りを待つ間、しょくしゅとこうら、それにポグルはポグルの住処である洞窟のすぐ前に座り込んで、のんびりと過ごしていた。カワウソはそろそろかばんとサーバルが戻ってくるかも知れないので、先にジャパリバスの方へと帰っていった。
「はい、ここに○を書いて……これで私の勝ちだ」
「ううっ……また負けたっす~。強いっすね~。しょくしゅ……」
しょくしゅはポグルと、ゲームに興じていた。
地面に3×3の9個のスペースを用意して、そこにしょくしゅとポグルが交互に○と×を書き込んでいき、縦横斜めのいずれかで○×のどちらかが一直線に並んだ方が勝ちというゲームである。
しかしどうも形勢は一方的だ。
戦績はこれまでしょくしゅの10戦10勝。ポグルは自分が先攻になっても後攻になっても、○側になっても×側になっても勝てないのでやきもきしているようだ。
「さぁ、次はどんな遊びをするかな?」
しょくしゅがそう言った時、ピピピ、と電子音が聞こえてきた。
「!」
見れば、日当たりの良い場所に置いてあったポグルの板が音を発していた。
「あぁ、また動くようになったみたいっす~。えーがの続きを見ようっす~」
「良いね。私もさっきの続きが気になっていたんだよ」
しょくしゅが、ちらっと視線を動かす。
「……」
こうらが、落ち着かなさそうに体を揺すっていた。
「……どうやら、こうらも同じみたいだ」
「あぁ、それじゃあ再開するっすよ~」
ポグルはそう言って、慣れた手つきで板を操作する。
すると先ほど終わったところから、”えーが”が始まった。
<親方!! 空から女の子が!!>
「ははは、空から女の子か……」
笑いながら、しょくしゅが顔を上げる。
空から女の子が降ってくるなんてそんな事、現実にはある訳が……
ないと、そう思って空を見上げて……
そうして見上げたそこに、彼女はとんでもないものを発見した。
「点……?」
木々の間から覗く蒼天に、ぽつんと小さな黒い点が落ちていた。
しかもその点は、徐々に大きくなってきている。
「何だろう?」
そう思って目を凝らすと……
「あ、あれは!!」
それは黒点ではない事が分かった。
「こ、こうら!! 上、上!!」
「……? ……!!」
相棒に言われてこうらは顔を上げて……彼女もとんでもないものを見つけた。
黒い点に見えたのは、こちらへ向けて落ちてきているフレンズだったのだ。
「間に合えっ!!」
しょくしゅは頭のうねうねを幾重にも交差させると、即席のネットを編み上げて落ちてくるフレンズの落下軌道に用意する。
落ちてきたフレンズは、見事しょくしゅが作った網の上に落ちて、何度かそこでバウンドはしたものの地面に叩きつけられもせずに事なきを得た。
「な、何なんっすか~? その子は……」
「さ、さぁ……私もフレンズが空から降ってくるなんて初体験で……」
しょくしゅは注意深くうねうねを動かして、落ちてきたフレンズを降ろしてやった。
地面に横たわったそのフレンズを注意深く観察してみると、あちこち怪我をしているが命に別状は無いようだった。
「……」
「あぁ、大丈夫よこうら……気を失っているだけみたいで……」
しょくしゅは相方にそう答えると、落下してきたフレンズの観察に戻る。
「羽があるし……ファイアみたいな鳥のフレンズなのかな?」
それなら落ちてきた事にも納得いくが……
「でもしょくしゅ、この子、鱗があるっすよ~? 鳥に鱗なんてあるっすかね~?」
「ふむ……?」
ポグルの指摘に、しょくしゅは首を捻った。
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第07話 じゃんぐるちほー 3
「う、うーん……」
うめき声と共に、そのフレンズはむくりと体を起こした。
きょろきょろと周囲を見渡す。空は見えず、薄暗い。どうやらどこかの洞窟の中らしい。
「あぁ、気が付いたかい?」
掛けられた声に振り返ると、首筋から何本もうねうねしたものが生えたフレンズが気遣わしげな顔で覗き込んできていた。
「えっと……あなたは……?」
「ん……自己紹介がまだだったね。私はしょくしゅ。さばんなちほーのフレンズだよ。ここはじゃんぐるちほーで、私の友達のポグルの住処なんだ」
「あ……私は……?」
「驚いたよ。君はいきなり空から落ちてきたんだ……たまたま空を見上げなかったら、地面に叩き付けられていたかも知れない……危ない所だった」
「空から……」
羽根と鱗を持ったそのフレンズは、頭をさする。
今までは寝ぼけていて頭に霞が掛かっていたようだったが、徐々に記憶がはっきりしてきた。
「聞かせてくれるかい? 君は、何故空から落ちてきたんだい? えっと……君は……」
「フリッシュ」
「!」
「私はフリッシュ、デス」
+
+
フリッシュ。
二億年後の世界に現れると考えられている、魚の一種である。
遙かな昔、地球にはパンゲアと呼ばれる巨大な大陸があった。それが地底のマントルの流れに乗って動き続け、少しずつ引き裂かれていって気の遠くなるような時間を掛け、現代の七大大陸と七つの海が誕生した。しかし大陸の動きはまだ止まっておらず、今でもほんの僅かずつではあるが、大陸は動き続けている。
それが二億年後の世界になると、動き続けた大陸は再び一つに集まって第二パンゲアと呼ぶべき一つの超大陸へと変化すると予想されている。
大陸が一つとなれば必然、それを囲む海もまた一つとなる。
地球にたった一つの海。故に「地球海」と呼ぶべき、広大な海に。
一方、現代より一億年後の世界ではとてつもない地殻変動によって生態系が大崩壊し、あらゆる生命を滅びが襲う。地球史上7度目の、大量絶滅である。
闇と有害物質によって世界は覆われ、陸も空も、そして海でも滅びは連鎖していく。まず海面近くのプランクトンが絶滅し、海での食物連鎖が崩壊するのだ。
そんな大絶滅を逃れた深海に潜む僅かな生命によって再び生存競争が始まった時、いち早く進化して爆発的に勢力を伸ばすのはエビやカニといった甲殻類である。
生き残った魚たちは生存圏を奪われ、逃げ惑い……やがて、彼女たちの居場所は次第次第に海には無くなっていく。しかしここで彼女たちは思いも寄らない、驚くべき進化を遂げた。
海を捨てたのだ。
既に鳥類は地球から姿を消しており、その隙間に滑り込むようにして彼女たちは天空の支配者となった。飛ぶ事を覚えたのだ。
一億年という永い時の中で胸ビレは翼へと進化し、浮き袋は肺となった。
現代にもトビウオなど空を飛ぶ魚は居るが、しかし彼女たちのそれはあくまでも滑空でしかない。対してフリッシュ(正確には海の側で生活する彼女たちはオーシャンフリッシュと呼ばれる)のそれは本物の飛行。鳥類の十八番であった技能を、かつて海の住人であった彼女たちは身に付けた。
彼女たちは海上を飛びながら油断無く海中の様子を探り、波間の獲物を捕らえ去って行く。
二億年後の空を自由奔放に駆ける彼女たちこそが、現代の魚類の子孫なのである。
+
+
「……あー、段々思い出してきたデスよ……私はいつも通り漁をしていたんデスが……今日は天気が悪くて……嵐に巻き込まれたんデス」
「嵐に? では、それで吹っ飛ばされて……じゃんぐるちほーまで……」
「そういう事デス。それで飛ばされた先で、あなたが助けてくれて介抱までしてくれたという訳デスね? 何とお礼を言って良いか……」
ぺこりと頭を下げたフリッシュは立ち上がろうとするが、すぐに顔をしかめて崩れ落ちてしまった。しょくしゅが、慌てて彼女に駆け寄って支える。
「い……いたたたた……」
「無理をしない方が良い……君は怪我がまだ治っていない」
「そ、そうみたいデスね……あたた……」
体をさすりつつ、苦笑いするフリッシュ。頭の翼が動くが、しかし他の鳥系フレンズのように体が浮き上がる気配は無い。
「どうやら、翼を痛めてしまったみたいデスね……これじゃあ飛べないデス……」
「ふむ……」
腕組みして、ついでに頭から伸びるうねうねもそれぞれ絡ませて考える仕草を見せるしょくしゅ。
しかしそうして考え込んでいたのも、ほんの数秒だった。
「では、私とこうらが君を海まで送っていこう」
「えっ?」
驚いた顔になるフリッシュとは対照的に、しょくしゅはどうして眼前の相手がこの提案に疑問を持つのかが分からないという様子であった。
「今の君は怪我をしてるし、それに飛べないのだろう? 一人旅は危険すぎる。最近はこの辺りにもセルリアンが多くなっているらしいからね……襲われた時、戦うにせよ逃げるにせよ、連れは居た方が良い……」
「い、いやしかし……見ず知らずのあなたに助けてもらって、手当てしてもらえただけでもありがたいのにこれ以上は……」
「なぁに、困った時はお互い様だ」
「……で、でも……」
尚も助けを辞退しようとするフリッシュに、しょくしゅは少しばかり困った顔になって、すぐに悪戯っぽい笑みを見せた。
「それじゃあ、こうしよう。次に私が困った事があれば、君が助けてくれ。つまりは君に貸しを一つ作る、という事さ。それなら問題あるまい?」
「……」
この申し出を受け、今度はフリッシュが考える仕草を見せるが……やがて諦めたようにふっと笑った。
「……そうデスか……では、今回はその申し出に甘えさせてもらうデスよ」
フリッシュの答えに、しょくしゅはにかっと、会心の笑みを浮かべる。
「ふむ……しかし、私は海に行った経験は無い……どう歩けば海に行けるのか……?」
「それなら分かるっすよ~」
相変わらず気が抜けるような間延びした声で、この洞窟の主であるポグルがやってきた。
彼女は手に持った光る板……かつてこれを作った生き物たちが”タブレット”と呼んでいたその道具を操作する。これを拾ったポグルは説明書など読む機会は無かったが持ち前の好奇心から様々な操作を試し、今では”げーむ”や”えいが”など多くの機能を使いこなす事が出来た。
ポグルは、二人に見えるようタブレットを差し出す。
画面には、今はジャパリパークの地図が表示されていた。しょくしゅは、さばんなちほーでかばんが見せてくれた紙で出来た地図を思い出した。しかし今、ポグルが見せてくれている地図はあれよりもずっと詳細で細かい地形の高低差などがよく分かる。
「おぉ~。こ、こんな物があったとは……」
初めて見るタブレットに、フリッシュは興味津々といった様子である。一方でしょくしゅは「ふぅむ」と顎に手をやって表示されたマップをじっと見詰める。
「海に行くにはまず……ここからさばくちほーへ抜け、こはん、そうげん、としょかんと移動して……ゆきやまを越えて……その先っすね~……けどかなり距離があるっすよ~」
「まぁ、のんびり行くさ……サンドスターが尽きない程度にね。では、行こうかフリッシュ。立てるかい?」
しゃがみ込むと、肩を貸してやるしょくしゅ。
「世話になるデス……」
そうして外に出る3人。外では、ファイアとこうらが、ジャパリカフェから持ち帰ったこうちゃを飲みながら待っていた。
「うわっ、大きい!!」
「ははは、こうらを初めて見たフレンズは、みんなこんな風に驚くよ……」
肩を揺らして笑いながら、しょくしゅは相方を見上げる。
「こうら、私達はこれからこのフリッシュを海まで送っていく事になった」
「……」
事後承諾で、しかもこうらも同行する事が既に決定しているかのようなしょくしゅの物言いだが、そんな相方に対してこうらは嫌な顔一つしない。
「……」
そっ、と大きな手をフリッシュとしょくしゅに差し出す。一言も喋らないが「乗れ」とそう言っているのだ。
満面の笑みを浮かべるしょくしゅ。こうらも同じように、にっこり笑って頷いた。
やはり自分たちは、気が合う。
困っているフレンズを助けるのは、当たり前なのだ。
しょくしゅとフリッシュは、こうらの掌に上に乗った。そのままエレベーターのように、こうらの肩へと運ばれていく。
「海へ行くのね……最近はセルリアンも増えているし、気をつけて行くのよ。まぁ、こうらが一緒なら心配要らないか」
「フリッシュを海に送っていったら、帰りにまた寄ってくれっす~。次こそ、げーむであんたに勝つっすよ~、しょくしゅ」
ファイアとポグルに見送られ、しょくしゅとフリッシュをそれぞれ両肩に座らせたこうらは、ずしんずしんと地響き立ててじゃんぐるちほーを進んでいく。
差し当たって目指すは、さばくちほーだ。
「あっ!! あれは!!」
同じ頃、さばんなちほー。
二人組のフレンズ、アライさんことアライグマとフェネックは、草むらに座り込んでいるフレンズを見つけた。
そのフレンズは、頭に何か被っている。アライさんとフェネックに背を向けていて、二人にはまだ気付いていないようだ。
またとないチャンス。アライさんはそのフレンズに向かって突進した。
「早くも見つけたのだ!! たぁーーーーっ!! ふぃっ!!」
「うわっ!?」
後ろから飛びかかるアライさん。完全に不意を衝かれたそのフレンズは、あっさりと組み伏せられてしまう。
「いきなり何をするか!!」
がぽっ!!
「むぐっ?! むぐぐっ……?」
そのフレンズ、バブカリは怒ってすぐ側に置いていた籠をアライさんの頭に被せる。視界を塞がれた形になったアライさんは右往左往していたが、フェネックが籠を外してやるとようやく落ち着いたようで、荒くなっていた息を整える。
「アライさん、大丈夫?」
「平気なのだ、フェネック……それより、取ったのだーーっ!!」
アライさんは籠を被せられても手放さなかった戦利品、バブカリが頭に被っていた物を高々と掲げる。
「って……あ、あれ……?」
しかし、すぐに違和感に気付いた。
「な、何か違うのだ……」
困った顔になるアライさん。
バブカリが頭に被っていたのは探していた”ぼうし”と似ているが、細かい所があちこち違う。そもそもこのぼうしは植物の茎で編まれているが、探していたぼうしはもっと柔らかくてふんわりした手触りだった気がする。
「何なんだ君たちは……」
少し怒ったような顔と声で、バブカリが話し掛けてくる。
「じ、実は……これと似たものを被ったヤツを探しているのだ。あいつを早く捕まえないと、パークの危機なのだ!!」
「多分間違いだけどね~」
フェネックはちょっぴりからかうような口調だった。
「うーん……それは多分、サーバルと一緒だった彼女の事だろう……」
「知ってるのか?」
「あぁ」
バブカリは頷き、アライさんが手にしているぼうしを指さした。
「そのぼうしは、彼女が被っていたのを参考にして作ってみた新作だよ……中々、良く出来た」
今、アライさんが手にしているそれはかつて”麦わら帽子”と呼ばれていた道具に、酷似していた。
「アライさん、やってしまったねぇ」
「う……これ、返すのだ。飛びかかったりして、ごめんなさいなのだ」
ばつの悪そうな顔になって、アライさんは頭を下げるとバブカリ製のぼうしを差し出した。
「いや、良いさ。間違いは誰にだってある。しかし次からは気をつけるようにね」
バブカリはぼうしを受け取ると、被り直す。
「サーバル達は、としょかんに行くと言っていた。もし追いかけるつもりなら……ちょっと待って……」
バブカリは近くの木の洞に手を入れると、手頃な大きさの籠を取り出してアライさんとフェネックに差し出した。
「これは……」
「おぉ~」
覗き込む二人。
中には捕ってきてさほど時間が経っていないのだろう。殆ど痛んでいない魚が何匹か入っていた。
「道のりは遠いからね。これを持って行くと良い。お弁当だ。お腹が空いたら食べてよ」
「あ、ありがとうなのだ……」
「お姉さんありがとぉ~」
「よし、元気百倍!! 出発なのだ!!」
「アライさん、急いじゃダメだよ」
弁当片手にアライさんが走り出す。フェネックはのんびりマイペースに、その後ろを付いて行く。
バブカリはそんな二人を見送っていたがやがてその背中が見えなくなると、再び座り込んで籠を編み始めた。
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第08話 さばくちほー 1
ずしーん……ずしーん……
遮蔽物の無い、見渡す限りの黄金の大海原を、一つの巨大な影が動いていく。
さばんなちほー最強にして最大のフレンズ、こうらの巨体だ。
彼女の両肩には、左側にしょくしゅ、右にはフリッシュがそれぞれ腰掛けていた。
嵐に巻き込まれて海からじゃんぐるちほーまで吹っ飛ばされてきたフリッシュ。ちょうど落下点に居合わせて彼女を助けたしょくしゅとこうらは、怪我をしてしまった彼女を海まで一緒に送っていく事にした。
進んでいくと徐々に木々はまばらになって、代わりに砂が多く目に入るようになってきた。じゃんぐるちほーを抜けて、さばくちほーに入ったのだ。
「ポグルに見せてもらった地図によると、ここからとしょかんへ抜けるルートで海まで行けるらしいよ」
と、しょくしゅ。
じゃんぐるちほーで、ポグルの持っていたタブレットに表示されていた地図を見ていた彼女は、それを覚えていた。
どしーん、どしーん……
「…………」
こうらの動きは、その巨体からのイメージ通りゆったりとしている。だがじゃんぐるちほーの殆どの木よりも背が高い彼女は歩幅が信じられない程に広いので、実際にはかなりのスピードでさばくちほーを移動していた。
正確には分からないが、この分ならさばくちほーを抜けるのにもそう時間が掛からないだろうとしょくしゅが思った、その時だった。
「むっ!!」
「……」
「あ、あれは……なんデス?」
巨体のこうらと、彼女の肩に座っていてほぼ同じ高さの視点を持っているしょくしゅとフリッシュは、すぐ同じものに気付いた。
前方の空に、黒い渦が舞い上がっている。
「な、何だあれは?」
しょくしゅは『どーぐ』を自作するなど高い知能を持ったフレンズではあるが、いくら頭が良くても初見のものには適切に対応出来ない。もしここに、かばんとラッキービーストが居れば、あれは砂嵐だと分かっただろう。
「うむむ、あれは嵐のよう、デス。海で見たのに似てるデス」
フリッシュが、じゃんぐるちほーまで飛ばされる切っ掛けとなった体験を思い出しているのだろう。ぶるっと体を震わせながら言った。
本来フリッシュが生きるであろう2億年後の世界では、既に地球に陸地はプレート移動によって第二パンゲアと呼ばれる超大陸一つとなっているので必然海も地球海と呼ばれるもの一つとなっており、第二パンゲアの東海岸には「ハイパーケーン」と呼ばれる時速400キロを超える暴風が吹き荒れ、20メートルにも上る高波が打ち付けている。
オーシャンフリッシュはその風によって内陸の砂漠地帯までぶっ飛ばされて、その地の生き物の命を支える糧となるのだが……
そうした因果関係上、嵐やハリケーンの類いにフリッシュはどうも縁があるらしい。
「……」
「こうら?」
「な、何デスか?」
いきなりこうらが、両手でしょくしゅとフリッシュを鷲掴みにした。勿論、握り潰しなどしない。卵を掴むような手付きで、優しく握っている。
そうして二人を、特に怪我をしているフリッシュは注意深く地面に下ろす。
「どうしたの、こうら?」
「…………」
「ちょ、ちょっと? 何をするデス?」
いつも通り何も言わず、こうらはまずは跪くと、次には大きな体ですっぽりと二人に覆い被さってしまった。
そうして彼女の祖先である亀の防御態勢のような姿勢を取ったこうらの背中に、砂嵐が襲い掛かった。
数時間後。
砂嵐の去ったさばくちほーは、またいつも通りの静けさを取り戻していた。
立ち並ぶいくつもの砂丘。
その一つが、不意にぶるぶると動き始める。やがてその振動は少しずつ大きくなっていって……
どばあっ!!
爆発するような勢いで砂が弾け飛んで、その下から姿を現したのはやはりと言うべきか、こうらの巨躯であった。
「……」
こうらはぶんぶんと体を振ると、体に付着していた砂を払い落とす。
そして彼女の体の下からは、殆ど砂を被っていないしょくしゅとフリッシュが這い出してきた。
「ありがとう、こうら。私達を砂嵐から庇ってくれたのね」
「ありがとうデス。でも、大丈夫デスか?」
「…………」
礼を言うしょくしゅとフリッシュに、こうらはやはり何も言わない。
代わりに、しゃがみ込むと掌を二人に差し出した。「乗れ」と言っているのだ。
しょくしゅとフリッシュが掌に乗り移った事を確認すると、こうらは水平を保ったままその手を肩へと運んでいく。まずは右肩にフリッシュが乗って、左肩にしょくしゅが乗り移った。そうして二人が肩に座って安定した姿勢を取った事を十分に確認した上で、こうらはまた砂漠を歩き始めた。
そのまま一時間ほど、砂漠を進んでいくこうら。
すると、さばくちほーにしては珍しく、草が多く茂っているエリアが見えてきた。
「おおっ……」
今迄さばんなちほーから出た事が無かったしょくしゅは、思わず感嘆の声を漏らした。
こんな不毛の土地にも、草が生える場所もあるとは。
「こうら、今日は結構歩いたし、明日も歩くだろう。もうすぐ日も暮れる。今日はこの辺りできゅうけーしよう」
「……」
こうらは頷いて、草が茂っている場所に移動しようとする。
と、その時だった。
「おーI!!」
背後から、声が聞こえてくる。
「「「!」」」
振り返る3人。
すると、砂丘をぴょんぴょんと飛び跳ねながら、こっちへ向かってくる人影が見えた。
ひとっ飛びで、軽く10メートルは跳躍している。サーバルのジャンプも見事なものだが、このフレンズのジャンプもそれに劣らないものがあった。
そのフレンズはジャンプを繰り返しながら、やがてこうらの足下までやってくる。
「……」
こうらは、まずは両肩からしょくしゅとフリッシュを下ろした。その上で自分も丸まったような姿勢になって、可能な限りこのフレンズと目線の高さを合わせる。
「間に合って良かったYO。ここから先には進んじゃ駄目だYO」
「……あなたは? あ、私はさばんなちほーのしょくしゅ、こっちはうみのフリッシュで、こっちの大きいのは私の相棒のこうら」
「私はデザートホッパーのホッパーだYO」
と、フレンズが名乗った。
*
デザートホッパー。
一言で言うならば二億年後の砂漠地帯に生息する、ジャンプする軟体動物である。
私達の時代で陸生の軟体動物と言えば、ナメクジやカタツムリのような這いずり回ってのろのろと移動するイメージが一般的であろう。
一方で海生の軟体動物、イモガイなどは腹足を跳躍する為の器官に変えて、砂の中から飛び出す事が出来る種もいる。これは外敵からの逃走の手段として用いられる。
デザートホッパーはご先祖様からこの能力を継承して、跳躍を逃走術ではなく一般的に用いられる移動の為の手段として昇華・発展させた種だ。
日差しの強い砂漠では、一滴の水分とて無駄には出来ない。
そこへ行くと、常に粘液を垂れ流してその上を滑るような移動法は、水分の無駄遣いと言える。砂漠に適応したデザートホッパーは外皮を固く進化させて体内の水分ロスを防ぎ、更に跳躍移動する事によって熱い地面と接触する時間を可能な限り少なくしているのだ。
*
「へえ、あなた達がしょくしゅとこうら。有名だYO。噂通り大きいんだNE」
「よろしく、ホッパー」
ぺこりと頭を下げるしょくしゅ。
「ところであなた達、ここから先へと進んじゃダメだYO」
「? どうしてデスか?」
「……見せた方が早いNE」
フリッシュの質問を受けたホッパーは、手近にあった小石を拾うと、草むらに向けてひょいっと投げた。
すると、地面に落ちて跳ねると思われた石が、すっと砂に吸い込まれるように音も無く消えた。
「……あれ?」
「よく見TE」
「むむ……?」
しょくしゅがじっと目を凝らすと、やがて全体像が見えてきた。
「こ、これは……っ!!」
地面に、穴が空いているのだ。
「……」
更にこうらがその巨体を活かして高所から見てみると、その落とし穴の中にはセルリアンの体が見えた。
先程までは日が暮れ始めて暗くなりつつあるのと砂塵で良く見えなかったが、注意深く観察すると草や葉っぱに見えたものも、実はセルリアンの擬態であると分かった。
「デスボトルプラント型のセルリアンだYO」
デスボトルプラントとは、デザートホッパーが生きるのと同じ時代に発生すると予測されている肉食性の植物である。
本体は地中に居を構えて、地上には茎や葉を伸ばして光合成を行ない、砂漠の草食性動物を誘き寄せている。そうしてまんまと腹を空かせた獲物が草を食べようとして真上にやって来て「危ない!!」と思った時にはもう手遅れ。既に彼等は、ぽっかりと開いた口に呑み込まれているも同然であるからだ。
彼等の立っているそこは、金魚すくいのポイに使われるもなかのような、薄氷の上なのだ。
そして上に乗って重さが掛かると、水に濡れたもなかは破れるのが道理。
破れて落下したそこは、既に「死」の中。逃れる術は無い。毒のある棘がぐさりと体中に突き刺さって、獲物はじわじわと消化されて食われながら殺されるのだ。
動物が環境に適応して進化するように、セルリアンもまたこのさばくちほーに適応した結果、獲物であるフレンズを探すのではなく待ち受けるような能力を獲得したのかも知れない。
「この辺りを通ろうとするフレンズが、一杯やられてしまったからNE。私はこれ以上犠牲者が出ないように、注意して回っているんだYO」
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第09話 さばくちほー 2
「おお、ではホッパー、あなたはセルリアンからこのちほーのフレンズ達を守っているのか」
「立派デス」
しょくしゅとフリッシュからの賞賛を受けて、まずはえっへんと胸を張るホッパー。
しかしすぐに、残念そうに肩を落としてしまった。
「でもさばくちほーは広いからNE。いくら私のジャンプでも、一度に沢山の場所へは行けないからどうしてもどこかでフレンズ達の犠牲が出てしまうんだYO」
「成る程……」
腕組みして、ついでに頭から生えているうねうねも同じように絡み組ませて考える姿勢を見せるしょくしゅ。
ホッパーは一人だが、さばくちほーは広大。そしてそこに住むフレンズ達も多いのでどうしても手が回らない部分が発生してしまう。
この問題の肝は、セルリアンが群生しているポイントにフレンズ達が立ち入らないようにする事だ。
だが今はほとんどホッパーしかデスボトルプラント型セルリアンの存在を知らないから、話して回るにも時間が足りずに、対応がどうしても後手後手に回ってしまう。
「うーむ……どうにかして、ここに入ってはいけないと知らせられればな……おや、あれは……?」
うんうんと唸りながら周辺を歩き回っていたしょくしゅは、少し離れた岩陰に小さな建物がある事に気付いた。
近くまで行ってみたが、フレンズやセルリアンの気配は感じない。
用心深く扉を開いてみると、やはり中は無人だった。
「ここは……」
小屋の中には、ロープや棒、それに均等な大きさに切り揃えられた木材が無造作に並べられていた。
しょくしゅ達には知る由も無い事だが、このさばくちほーの地下には広大な迷宮が広がっている。これは遙か過去に建造されたものであり、迷宮の拡張や補修工事を行う為にさばくちほーの各所には資材小屋が設置されていた。
かつてこのちほーに迷宮を築いた者達はもう居ないが、彼等が残していった物は彼等が去った後もサンドスターの効果によって経年劣化が抑えられ、建設作業が行なわれていた当時のそれに近い状態のまま、資材小屋も中の資材も保存されていたのだ。
「ここには私もあまり入った事がないけDO、良く分からない物が沢山あるYO」
「ふむ……」
しょくしゅはそこに積まれていた資材の中で、固くて真っ直ぐで中が空洞になっている棒。遠い過去では鉄パイプと呼ばれていた道具を手に取った。
自分の身長ほども長さのある棒を、折ったり曲げたりしてみようと力を入れるが鉄パイプは中々に頑丈で、それなりに本気を出さなくては形が変わる気配を見せなかった。
「そして次は……」
鉄パイプを置くと、今度はロープを手に取るしょくしゅ。
軽く引っ張ったりして、強度を確認する。こちらもそれなりには頑丈で簡単には千切れそうにはなかった。
「うん、長さも堅さも十分……」
「どうしたNO、しょくしゅ?」
「何をしているデスか?」
「……」
ホッパーとフリッシュは近付いてきて、こうらは小屋の入り口から目を覗かせて中の様子を伺っている。
「ホッパー、手伝ってくれるかな? 何とか出来るかも知れない」
「?」
こうして、しょくしゅのアイディアが実行に移された。
デスボトルプラント型セルリアンの群生地を囲むようにして、一定間隔で鉄パイプを打ち付けていく。これはこうらの役目だった。超重量級フレンズの彼女のパワーはケタ外れで、ハンマーのように上から叩いたりなどせずとも、指で摘まんで地面に埋め込むだけで、しょくしゅやホッパーの力では引っこ抜けないほどに強く固定出来た。
そしてその鉄パイプに沿うようにして、ロープを張り巡らせていく。これはしょくしゅとホッパーが担当した。まだ怪我が治っていないフリッシュは、見学である。
ロープを上中下の三段に分けて回して、簡単な作りだが(勿論しょくしゅやホッパーはそんな名前など知る訳がないが)プロレスやボクシングのリングロープのような形になった。
「どうかな、ホッパー。これなら何も知らないフレンズが、簡単にこの内側に入る事もなくなると思うのだけど」
「おー、これは良いNE!! 流石はさばんなちほーで一番賢いしょくしゅ!! 素晴らしI!!」
手を叩いて喜ぶホッパー。その後、すぐに上目遣いになった。
「では、他の場所にも同じように作業するから、手伝ってくれるかNA?」
しょくしゅが、目を丸くする。
「…………何? 他にもこんな群生地があるの?」
「……実は、後3カ所ほDO」
「……そうか。まぁ良いや、私達も急ぐ旅な訳じゃないし。行こう、こうら」
「……」
いつも通り何も言わずこうらがぬっと左手を伸ばすと、しょくしゅとホッパーが両手に抱えて何往復かが必要だった量の資材は、全て彼女の小脇に軽く抱えられてしまった。そうして空いた右掌が差し出されて、しょくしゅ達3名はそこに乗る。全員が安定した姿勢になった事を確認すると、こうらはいつも通り泰然とした足取りで歩き始めた。
ずしーん、ずしーん……
「な、何だ!?」
「わぁ、揺れてるよ!!」
「二人とも伏せて!!」
さばくちほーの地下迷宮。
そこでは迷い込んでしまったかばんとサーバル、そしてこの迷宮の調査を行なっていたツチノコが出口を探して彷徨っていたが……
唐突に迷宮全体がぐらぐらと揺れて、震動で天井からパラパラと埃が落ちてきた。
反射的に、姿勢を低く取るかばん。
ずしーん……ずしーん……………ずしーん………………ずしーん……
揺れは、少しずつ遠くなっていく。
やがて震動が無くなったのを確認すると、3人は立ち上がった。
「何だったんだろうね、今の」
「俺もこんなのは初めてだが、地面が揺れたんだ。としょかんではかせから聞いたじしんというヤツかな?」
「い、いや……まるで何か凄く大きな物がこの上を通ったような……」
そう呟いたかばんは、さばんなちほーで出会った大きなフレンズ、こうらを思い出した。
「あんな風に大きなフレンズさんが、このちほーにも居るのかな?」
ホッパーに案内されたしゅくしゅ一行によるバリケードの作成は、まずまず順調と言って良かった。
二番目と三番目のポイントも、同じように鉄パイプとロープを使って封鎖することに成功した。
そうして残る四番目のポイントに差し掛かろうという時だった。
「うわーっ、助けてーっ!!」
「「!!」」
絹を裂くような叫び声が聞こえてきた。
「大変DA!! 誰かがセルリアンの群生地に落ちたんDA!! 助けないTO!!」
「こうら、急いで」
しょくしゅの指示に従い、こうらは少し足取りを早める。
ややあって、最後のポイントに到着した。
最後のセルリアン群生地は、ちょうど窪地のようになっていた。
その真ん中辺りにある岩場に、フレンズが一人取り残されている。
「おーい、大丈夫か!!」
「あっ、お願い、助けて!!」
窪地の淵から手を振るしょくしゅに気付いたそのフレンズは、彼女も手を振って助けを求めてくる。
「大変DA、すぐに助けなKYA!!」
「ストップ!!」
ホッパーが飛び出そうとするが、しょくしゅに制された。
何で邪魔をするのかと一瞬だけしょくしゅを睨むホッパーであったが、すぐに彼女の行動の意味を悟った。
誤って落下してしまったのであろう要救助フレンズが居るのは、デスボトルプラント型セルリアンの群生地の、そのど真ん中だ。つまりはこの窪地の中は、落とし穴だらけである。
とてもじゃないが、あのフレンズの所にまで辿り着くことは出来ないだろう。下手に助けに行っても二次遭難してしまうのがオチだ。
こうらが巨体とリーチの長さを活かして手を伸ばすが、さしもの彼女をしても、窪地の真ん中にまでは手が届かなかった。
……と、なると後は空からの救助であるが……
残念ながらこの中で唯一空を飛べるフレンズであるフリッシュは、まだ怪我が治っておらず飛べなかった。
「すまないデス。私が飛べたなら、簡単に助けられるのに……」
申し訳なさそうに、フリッシュが目を伏せる。
そんな彼女の頭にぽんと置かれたのは、しょくしゅの頭から伸びているうねうねだった。
「大丈夫だよ、フリッシュ。ここは、私達に任せて。怪我している子は、ゆっくりして美味しい物を沢山食べるのが仕事だからね」
そう言ったしょくしゅは、相棒を見上げた。
「こうら!!」
「……」
「その辺りにある岩を拾って、この窪地の中に投げ入れて!!」
「……」
相方の意図は分からないが、しかし今迄、しょくしゅが間違った事を言った試しは無い。
こうらは指示に従って、片手で持てるぐらいの大きさの石(とは言っても彼女は巨体なので、しょくしゅやホッパーの身長よりも大きい)をひょいと掴むと、窪地に放り投げた。砂漠の殆どは岩石で覆われているので、岩は無尽蔵にある。
どすん!!
重い音を立てて、岩が窪地の中に落ちる。
「わあっ!!」
窪地に落ちたフレンズが、涙目になって悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっTO!! しょくしゅ、何をやっているNO!?」
ホッパーが詰め寄ってくるが、しゅくしゅは涼しい顔だ。
「まぁ、見ててよ。こうら、もっとだ!! もっと岩を投げるんだ!! 絶対にあのフレンズには当てちゃダメだよ」
「……」
こうらは頷くと、次々に岩を窪地の中に放り投げていく。あっという間に窪地の中は岩だらけになった。岩の何個はデスボトルプラント型セルリアンの口の上に落ちて、落とし穴を塞いでしまった。
「……よし、これぐらいか。こうら、もう良いよ」
しょくしゅがさっと手を上げた動作に連動して、こうらが投擲を中止した。
「さぁ、ホッパー。ここからはあなたの出番だ」
「……?」
しょくしゅの意図を掴みかねたように、ホッパーは首を傾げる。
「ふふふ、分からないかな? 岩の上なら、落とし穴は無いよ!!」
「おおっ、成る程デス、流石はしょくしゅ!!」
「……とは言え、私では岩から岩へと跳び移ってあのフレンズを助けるのは無理。そこであなたの出番だよ、ホッパー」
「……そうKA!!」
しょくしゅが岩を投げさせたのは、落とし穴の位置を確認する為だったのだ。彼女が言った通り、岩の上ならばワナは無い。単純だが中々素晴らしい発想だと言えるだろう。
後は岩から岩へ、安全な足場を文字通り跳び石のように跳躍して移動して、フレンズを助けに行く者が必要になるが……
ジャンプこそは、その名前に『跳躍する者(ホッパー)』を戴く、デザートホッパーのホッパーの十八番であった。
まさしく水を得た魚の如く、滑らかで生き生きとした動きで岩から岩へと飛び移り、造作も無く要救助フレンズの元へと到着すると、彼女を抱えてそのまましょくしゅ達の所へと戻ってくる。
「やったー!! 凄いデスよ、しょくしゅ!!」
「いや、私だけじゃない。岩を投げて足場を作ったこうらと、見事なジャンプで助けに行けたホッパー。みんながいたからこそだ。ジャパリパークの掟は自分の力で生きる事。でも、自分の力だけで出来ない事を、他の誰かに助けてもらう事も同じぐらい大切な事だと、私は思うよ。だからフリッシュ、あなたも怪我が治ったら、私やこうらを助けてね」
「……はい、しょくしゅやこうらが困った時には、必ず助けに行くデス!!」
そう話していると、ホッパーがフレンズを抱えて戻ってきた。
そのフレンズは、すぐにしょくしゅの側まで来ると、両手を取って握手して、深々と頭を下げる。
「ありがとう、ありがとう!! もうダメかと思ったよ!! あなた達は命の恩人だ!!」
「なに、困っているフレンズを助けるのは当たり前だよ。私はしょくしゅ、こっちのがフリッシュで、大きいのはこうら。あなたは?」
「スクローファ。私はスクローファだよ」
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