1話もの 俺ガイルクロス (まーぼう)
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北極星(ポラリス)

はがないとのクロス。
両作品から1人ずつ出演してもらい、中学時代を捏造しました。
性格やら過去の設定やらで原作と食い違う部分も多いですが、そこらへんを原作でやる前に書いた話なんで勘弁してください。


「困ったなぁ…。どうしたらいいと思う?」

 

 放課後の人気のない教室で、私は親友に悩みを相談していた。

 

「いきなり好きだとか言われてもどう答えればいいかわからない。角が立たないように断るにはどうすればいいんだ?」

 

 そう。私は今日、男子から告白された。それも女子から人気の高い福山君からだ。だが私は男と付き合うつもりなどさらさらないのだ。

 

「贅沢な悩み?そうかも知れないけど本当に困っているんだぞ?他人事だからって気楽に言わないでくれ」

 

 自慢ではないがこういうことは初めてではない。中学に上がったくらいからちょくちょくある。そして同じことがある度に、同じことに悩まされる。

 

 

「あー、ったるい。沼田のヤロー、準備室の片付けくれー自分でやれっつーの」

「ホントだよねー。何かっつーとすぐ生徒に押し付けてさー」

「つーかあいつ女子のこと見る目エロくね?」

 

 

 ガヤガヤと、騒音を撒き散らしながら女子の三人組が入ってきた。

 目が合って、同時に声を上げる。

 

「「「あ」」」

 

 私は咄嗟に目を伏せ教室を出ようとした。

 

「待ちなよ」

 

 三人組の真ん中、クラスでもリーダー格の女子に呼び止められて、つい脚を止めてしまった。

 

「何逃げようとしてるわけ?」

「べ、別に逃げたわけじゃ……」

「ハァ?聞こえないんだけど?」

 

 威圧的な声に、私は俯いて黙ってしまう。

 三人はそんな私を取り囲み、次々に言葉を浴びせてくる。

 

「あんたさぁ、ハッキリ喋るとかできないわけ?」

「いっつも下ばっか向いててさぁ」

「話聞いてんのかよ、オイ」

 

 聞いてるわけないだろう。どうせ同じことしか言わないくせに。売女共が。

 

「あんたさぁ、福山君に告られたからって調子のってない?」

 

 やはりそれか。

 見ればリーダー格ともう一人にはからかいの気配があるが、残りの一人からは本気の憎悪が見て取れる。

 こいつはきっと、福山君のことが好きだったのだろう。それで他の二人が手伝っているわけだ。嗚呼、麗しき友情。反吐が出る。

 大体私が責められる筋合いなどどこにもない。言い寄ってきたのは向こうだし、まだ返事してないとは言え私は断るつもりだ。何より以前から好意を抱いていたというのなら、さっさと行動しないそいつが悪い。

 しかし彼女たちには、そんな当たり前の道理も理解できないらしい。

 

「聞いてんのかっつってんだろ!」

「ぁぐ!?」

 

 いきなり髪を掴まれ引き倒された。弾みで捲れたスカートからのぞく太ももに、上履きの底が叩きつけられる。

 

「っつ!」

「ちっと男にモテっからって図に乗ってんじゃねーよ」

 

 図に乗ってなどいない。お前らが勝手に僻んでるだけだろうが!

 

「何ガンつけてんだよ」

「!……」

 

 思わず目を逸らしてしまう。

 

「言いたいことあんだったらハッキリ言えよ。そういう態度がムカツクつってんだろが」

 

 何を言っても言わなくてもムカツクんだろ。だったらお前らみたいなのと話したくない。

 

「……ちっ」

 

 リーダー格は一つ舌打ちすると、爪先を私の鳩尾に突き入れた。

 

「ぐっ!」

 

 私は腹を抑えてうずくまる。

 

「そんなんだからダチの一人もいねーんだよ」

「!」

 

 ふざけるな。群れなければ何もできないくせに。何がダチだ。貴様らの言う友情など便所紙よりも薄っぺらい代物なんだぞ。そんなことも分からないような連中が私を語るな。

 怒りにそんな呪詛が沸き起こる。だが彼女たちには届かない。

 売女共は目線を交わし合うと、三人で次々蹴りつけてきた。

 私はただ身体を丸め、耐えることしかできない。

 どのくらいの時間が経ったのか、やがて蹴撃が止む。反応が無いことに飽きたのか、欠伸などしていやがる。

 リーダー格は全身に靴跡をつけた私を見下ろしながら、わざとらしくこう言った。

 

「あーごめん。うちらさっきトイレ行ったの忘れてたわ」

「…………っ!」

 

 ビクリ、と身体が震える。それに満足したのか、最後に一発蹴りを入れて、彼女たちは耳障りな笑い声と共に去っていった。

 

 

 

 私は、ずっと固まっていた。

 

「……ふっ!……ふっ!……」

 

 乱れる呼吸を無理矢理抑え込む。歯を食いしばって涙をこらえる。

 泣いてたまるか。あんな低俗な奴らのために、涙など流してたまるか。

 どのくらいそうしていたか。

 完全下校時刻を告げるチャイムを聞いて、ヨロヨロと立ち上がる。

 

「……うん。大丈夫。ありがとう」

 

 私を心配してくれる、心優しい親友にそう答える。

 惨めだった。

 でも、私には、彼女くらいしかすがれるものがないのだ。

 

 

 

 翌日、私は学校を休んだ。

 親にばれないように制服を洗濯するのに苦労した。お陰で制服はまだ湿っている。それを自分への言い訳にして、逃げた。自覚くらいは有る。

 ベッドで寝返りをうってため息を吐く。

 普段私を気にかけてくれる親友も、さすがにここには居ない。この部屋に初めて通す相手は、もうずっと前から決めているからだ。

 

 目を閉じて思い出す。

 私の15年という、さして長くはなくても決して短くはない人生の中で、ただ一人友人と呼んだ少年のことを。

 彼と過ごす時間は楽しかった。誰かと一緒に居ることを楽しいと思ったのはあの頃だけだ。

 だけどそんな時間は長くは続かなかった。急に引っ越してしまってそれっきり。別れを告げることさえできなかった。

 彼を責める気は無い。というか責められるべきは私だ。

 彼と会えた筈の最後の機会を、私は臆病さから不意にしてしまったのだから。

 

 彼は今どうしているだろう。

 私を恨んでいるだろうか。

 私のことなど忘れてしまっただろうか。

 それとも……私に会いたいと、思ってくれてるだろうか。

 彼が居なくなったあの日から、私はいつも彼のことばかり考えて生きてきた。

 なんの救いも無い、星明かりすら射さないような暗闇の人生の中で見つけた灯火。それが彼だった。

 その金色の光を、煌めくような黄金ではなく、出来損ないのプリンのような金色を目指して歩き続ければ、また何時か再び出会えると、ただそれだけを信じて生きてきた。

 けれどその光は、歩いても歩いても近付くことはなく、むしろ遠ざかるばかりで。

 真っ直ぐに目指していた筈のその光を、いつの間にか見失って。

 どっちへ進めばいいのか分からないまま、それでも歩き続けた。一度止まってしえば、もう歩けなくなると分かっていたから。

 だけど、その歩みはとても遅く、進んでいるのかどうか、自分でも分からない。

 

 私はもう、疲れてしまったのだ。

 

 

 

 通学路を歩きながらため息を吐く。

 学校に行きたくない。でも、そう何度も仮病を使うわけにもいかない。

 憂鬱だった。

 優しい親友が気遣ってくれるが、それに応える気力すら湧かない。

 ただひたすら下を見続け、授業で指された時以外は喋らず、体育で余り者として先生と体操し、一日中俯いて過ごす。

 それが学校という空間で私に与えられた役割だ。そして、役割を全うできない者には制裁が待っている。

 小学生の頃はやり過ごすのは難しくなかった。だが、中学に上がってからは、この制裁を受けることがしばしばあった。

 ようするに、色気付いた男子が血迷って告白してくるようになったのだ。こちらとしては迷惑でしかない。

 そしてその後は、この前のようなことがしばらく続くわけだ。

 それほど長い期間ではない。私の経験上、精々一月か、早ければ二週間程で飽きる。ああいう連中の言う「命懸けの恋愛」などその程度ということだ。無論、有り難くも何ともないが。

 そういえば、と思い出す。

 3年になって三度目だが、前の二回は特に短かったな。

 

 教室に入ると騒がしかった。

 一昨日の三人組と目が合い、何を言われるかと身を固くしたが、ただ一瞥されただけであっさりと視線を外された。

 どういうことかと訝しんでいると、周囲の注目が教室の前方に集中していることに気付く。

 目をやれば、黒板にでかでかと落書きがあった。皆それを見てぷークスクスと笑っている。

 

 

『俺たち付き合ってみる?』

 

 

 男子の似顔絵らしきものが黒板に描かれ、その隣の吹き出しにそんなセリフが入っていた。

 

「ナルヶ谷マジキモいよねー」

「鏡見たことあんのかっての」

「ゆり子大丈夫ー?」

「……いや、マジしゃれになんないから。ジョーダンでもやめてよ」

 

 あのビッチ共の声が聞こえた。どうやらリーダー格がナルヶ谷とかいう男子に告られたらしい。黒板の前で立ち尽くしているあいつのことだろうか。

 

「あいつ少し前にかおりにも告ったんでしょ?身の程知らねーのかっていやマジで」

 

 ……そういえば前にもこんな騒ぎがあったな。というか割としょっちゅう色んなことをしでかしている気がする。そのくせろくに印象に残ってないというのはどういうことか。

 教室中がそいつの噂で夢中になっている。ある意味凄まじい影響力だ。売女共も新しい話題に夢中で、私のことなどどうでもいいらしい。

 一人だけは敵意に満ちた視線を投げかけてきていたが、リーダー格にその気がない為か、突っかかってくることはなかった。

 よく分からんが助かったらしい。おそらくは最短記録だ。

 あの男子にも感謝くらいはしてやってもいいかもしれない。

 

 

 

 放課後、私は一人、教室を掃除していた。

 他の当番はとっくに帰った。昨日休んだからその分働け、だそうだ。

 このくらいは構わない。一人になれるのはむしろ有り難いくらいだ。

 どのみち早く帰ったところですることもないのだ。私は親友と他愛ない話をしながらのんびり掃除することにした。

 さすがに一人では手間がかかり、掃除が終わる頃には既に陽も沈みかけていた。

 帰り支度を済ませ、教室を出たところで女子と鉢合わせた。あのビッチ共の中で、最後まで私に敵意を向けていた女だ。

 ここで会ったのはただの偶然で、私を待ち構えていたわけではないらしい。驚いた表情で、キョロキョロと周りを見回している。仲間でも探しているのだろう。

 ……捻り潰す好機ではあるが、それをやると、後々仲間を連れて復讐にくるのは目に見えている。

 折角他所に目が向いているのだ。関わらない方が無難だろう。

 そう考えてさっさと離れようとすると、「ちょっと」と、わざわざ声をかけてきやがった。人が折角見逃してやってるのに……!

 私は脚を止めて振り返る。

 目が合って、すぐに逸らす。下を向く。

 何をやってるんだ私は……!

 情けなさに涙が滲む。相手の顔は見えないが、きっと嘲笑っているだろう。

 口を開く気配。罵倒が飛んでくるだろうというタイミングで、

 

「あの、」

 

 男子から声をかけられた。

 私の背後から発せられたその声は、私を飛び越え目の前の女へと投げかけられる。

 

「あの、俺、前から木下さんと話してみたくて」

 

 いきなり過ぎて振り向くこともできなかった。

 木下と呼ばれた女も、虚を突かれたような顔で呆けていたが、次第に嫌悪、というか気持ち悪い物を見るようなものに表情を変化させていく。

 

「……え?ちょ、何?やめてよ。ていうかあんた昨日ゆり子に告ってたじゃん」

「それは、ホラ、話しかけるきっかけが欲しかったというか……」

「いや、ムリだから。ていうかおかしいでしょそれ。……いや、マジムリ。ホントやめて。ゴメン、あり得ないから」

 

 木下(?)はそう言い残して逃げていった。

 私は唐突すぎる流れの変化に付いて行けず、ようやく動けるようになった時には、既に誰も残っていなかった。

 

 翌日、噂の男子の呼び名はキモヶ谷に変化していた。

 

 

 

「キモヶ谷マジ最悪」

「つーかきっかけ欲しくてとか何様だって」

「身の程知れよ」

「木下さん可哀想……」

 

 昨日に輪をかけてメタクソに蔑まれているキモヶ谷。

 木下の意識も彼に移り、私は今度こそ解放されたようだ。

 結果的にとは言え、助けられた立場でこんなことを考えるのはどうかと思うのだが、昨日のアレは私もキモいと思った。セリフはともかく、声音というか口調とかそういうのが。

 木下の反応を見る限り、表情とかも相当だったのではないだろうか。

 身の程を知れという言葉にも、つい納得してしまう。

 本当にキモいかどうかを抜きにしても、クラスのこの状態から目が無いことくらい分かりそうなものだが。

 黒板には昨日と同じように落書きがあり、やはり昨日と同じようにキモヶ谷が立ち尽くしている。

 どんな顔をしているのか見てみようと思った。

 自分より下の相手を見下して安心したい。そんな浅ましい心理が働いたのかもしれない。

 だからだろうか。

 予想したどれとも違う表情に、私は立ち竦んでしまった。

 

 

 授業中、教師の声を聞き流しながら、私はずっとキモヶ谷のことを考えていた。

 普通、あんな扱いを受ければショックを受ける。当たり前だ。

 そうなれば怒るとか、悲しむとか、恨むとか、そんな感情を抱くものだろう。いや、それが喜悦の類いだったとしても、ここまで戸惑いはしなかったかもしれない。

 だがあの時、あいつの表情は、いかなる感情も映してはいなかった。

 それも、衝撃のあまり感情が凍り付いたとか、そういうのでもない。なんというか、分かり切った何かを確認してるだけのような、そんな感じだった。

 

 あいつは何だ?まるで理解できない。

 結構頻繁に話題になる割に、ろくすっぽ印象に残らない、特異な性質を持つ男。

 これまでに何度も似たような騒ぎを起こして、その度に同じような目に会ってきている。普通なら一度で学習しそうなものだが。

 そこではたと気付く。

 そう。学習するのだ、普通は。ならば彼には学習能力が無いのか?

 そう決め付けて、愚かと蔑むのは簡単だ。だがそんな人間、そうそう居るとは思えない。だとすると、彼は学習した上で同じ過ちを繰り返していることになる。

 

 過去のことを思い出す。

 3年になってから、二度告白された。その時にも嫌がらせを受けたが、ほんの筈かな期間で収まった。何故だ?

 何かの騒ぎが起きて、皆の興味がそちらに移ったからだ。その騒ぎとは……。

 衝撃が走る。

 そうだ。あの時もあいつが騒ぎを起こしたんだ。私はそれで偶然助かった。

 ……そんな偶然有り得るか?ではあいつが私を助ける為に騒ぎを起こしていたと?

 そんな筈はない。私とあいつは口をきいたことすらないんだ。大体、それ以外にもしょっちゅう……

 

 そこまで考えて、ある恐ろしい可能性に思い至る。

 まさか、『私』を助けたわけではないのか?

 『私のような思いをしている者を、片っ端から』助けているのか?

 そんな筈はない。そんな生き方耐えられる筈がない。

 だけど、もしそうなのだとすれば、一体どれ程の強さがあればそんなことが可能なのだ?

 

 私は、恐怖した。

 

 

 

 全ての授業が終わって、あの男に話を聞くべく首を廻らせると、既に教室を出ていくところだった。

 早すぎるだろ。

 心の中で毒づきながら慌てて追いかける。

 校門を出たところでようやく追い付いた。出るのが早すぎた為か、周囲には誰もいない。

 

「待て!」

 

 制止の声を上げると、彼は立ち止まって、どんよりと腐った視線を向けてくる。

 

「あぁ?」

 

 う゛っ……!?

 これは……確かにキツい。不覚にもあのビッチ共に同情してしまった。

 だが怯むわけにはいかない。私は意を決して言葉を吐き出す。

 

「お前、何故あいつらに告白したのだ!?」

「うがあぁぁあぁっ!?」

 

 いきなり頭を掻きむしってのたうちまわるキモヶ谷。え?何コレ?

 

「いきなり人の黒歴史の新たなる1ページ刺激してんじゃねえよ!なんだお前は!?」

「く、黒?」

「あんな性悪女に惚れてたとか黒以外の何色歴史だ!夢色か!パティシエールか!」

 

 な、何を言ってるんだこいつは?いや、確かに色でイメージするなら黒以外あり得ないだろうが。

 

「んで?あんた何?何の用?」

 

 そう、チンピラのように睨めつけてくる。なんか私のイメージと大分違うような……。

 ともあれ質問は変わらない。

 

「今回お前が起こした騒動。あれは私を助ける為か?」

「はぁ?何言ってんだお前」

「私があいつらに絡まれているのを見てあんな騒ぎを起こしたのではないのか?」

「だから何言ってんだお前は。自意識過剰なんじゃナイデスカー?」

 

 こ、こいつムカつく……!

 

「ったく、機嫌悪りい時にわけ分かんねえ言いがかりつけてくんじゃねえよ。これからリア充共にどうやって嫌がらせするか考えなきゃならんのに」

「とぼけるな!お前の行動はどう考えても……リア充とは何だ?」

 

 聞き慣れない単語につい気勢を削がれてしまう。

 

「んなことも知んねえのか?リア充ってのはリアルが充実してる人間、ようするに俺を振ったような奴等のことだ。ああムカつく。死ねよリア充」

「な、なるほど……」

 

 そんな言葉があるのか。しかし……

 

「よく堂々とそんな最低発言ができるな。まさか本当に偶然なのか?」

「だからさっきからそう言ってんだろ。木下も福山も関係ねえよ」

「……ふざけるな」

「あ?」

「ふざけるな!」

 

 思わず怒鳴っていた。

 こいつはただ、学習能力のない愚か者で。空気を読まずに告白して。場を出鱈目に引っ掻き回しただけだと?

 ならば私は?

 そんなものに救われてしまった私は、このクズ以下だと?

 

「認めない……」

「何言って」

「認めない!お前は!全てを知って!私を救う為に行動した筈だ!」

 

 そうでなければならない。私は、クズに助けられる程落ちぶれてはいない!

 

「お前は!他人の評価などモノともしない鋼の心と!崩れ逝く者に手を差し伸べずにいられない、孤高の魂を併せ持つ!誰よりも気高い男だ!」

「……勝手に言ってろ。付き合ってられっか」

 

 そう吐き捨てて去っていく。

 勝手にしろだと?ああ、そうするさ。

 私は疑り深いことにかけては一家言あるつもりだ。だからお前の言うことなど信じない。

 こんな態度を取るのは私に気を遣わせない為だ。

 一度も話題に出してない福山くんの名前が出てきたのはお前が事情を知っていたからだし、去り際に見えた口元が笑みの形に歪んでいたのは私の理解を得て嬉しかったからだ。

 勝手にそう信じさせてもらう。

 

 

「あんな性格悪い奴は初めて見た」

 

 私の呟きに親友が同意してくれる。

 私も相当捻くれてる自覚があるが、あの男に比べれば可愛いものだろう。

 名前を呟こうとして、あだ名(というか悪口)しか知らないことに気付く。結局お互い自己紹介もしなかったな。

 まったく、常識が無いのか。二人揃って。

 知らず、笑みが漏れる。憂鬱な気持ちが嘘のように消えていた。

 またあの女共に絡まれるかもしれない。別件でトラブルが起きるかもしれない。だけどもう怖くない。あの男に比べれば、誰だろうが雑魚に過ぎない。

 私にも掴めるだろうか。彼の強さの、ほんの一欠片でも。そうすればもう、惨めさに泣くことも無くなるだろうか。

 彼の強さは、きっと紛い物の強さ。

 他に光があれば、霞んであっさり消えてしまう、そんなか細い輝き。

 けれど多分、必要なのだ。私のような人間には。

 善も悪も暴きたてて、全て焼き尽くしてしまう太陽ではなく。闇夜に迷った旅人に路を示す、北極星(ポラリス)のような光が。

 気付けば、見失った筈の灯火が遠くに見える。

 遥か彼方の金の光と、頭上に輝く星の光。この二つがあれば、私はまだ歩ける。

 いつか自分でも輝けるようにと、大きく息を吸い込み、

 

 

「リア充は、死ねッ!!」

 

 

 天に吠える。

 通りすがりの一年がビクリと身を竦め、怯えたようにそそくさと去っていった。

 ……照れが入る内はまだまだだな。あの男の領域は遠い。

 

「どうだ?似てたかトモちゃん?」

 

 存在しない、声も表情も持たない筈の親友が、笑って背中を押してくれた気がした。



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収束する結末

俺ガイルとバカテスと中二恋とニセコイのクロス。
出番というかセリフ量に偏りがあるけど気にしない方向で。いや、主人公じゃなくてヒロインで作品を選んだんで。


 俺は知らなかったのだ。

 

 

 アトラクタフィールドという概念を知っているだろうか?

 世界と時間は線で表すことができる。これを世界線と呼ぶ。

 世界線は人の行動、選択、その他様々な要因によって分岐する。まるで細かい糸のように。

 しかしどれほど世界が分岐しようとも、例えば誰かの『死』のような大きな出来事は、必ず全ての世界線で起きてしまう。

 この、分岐に関わりなく同じ結末に辿り着いてしまう世界の構造がアトラクタフィールドだ。宗教的な言い方をするなら運命と呼んでも良いだろう。

 先ほどの糸の例に例えると、世界線が糸ならば、アトラクタフィールドは世界という糸がより集まった紐だ。これ以上詳しいことが知りたいならシュタゲを観てくれ。俺文系だし。

 とにかく何が言いたいのかと言うと、世の中には、どうやっても避けられない運命ってやつが存在する、ってことだ。

 

 

 

「じゃあヒッキー、ハイこれ!」

「お、おう」

「悪いけどあたし、今日は優美子たちとご飯食べるから。後で感想聞かせてね?」

「ああ、分かった……」

 

 後があったらな。

 由比ヶ浜は俺に包みを渡し、パタパタと音を立てて去っていった。

 俺は少し前から由比ヶ浜と付き合い始めた。鳥肌立ちそうではあるが、俺もリア充の仲間入りを果たしたわけだ。

 そして今回のこれはリア充の定番イベント、彼女の手作り弁当である。

 大事な事なのでもう一度言おう。彼女の、由比ヶ浜の手作り弁当である。

 ……気のせいなのは分かっている。なのに可愛いナプキンに包まれた弁当箱からは、地雷臭どころか死臭が立ち上っている気がした。ごめんな、小町。お兄ちゃん、もう帰れないかもしれん……。

 

「比企谷くん、どうしたの?」

「ん?……ああ、吉井か」

 

 弁当箱を抱えて途方に暮れていた俺に声をかけてきたのは、我が2年F組を代表するバカ、吉井明久だった。

 

「……なぁ吉井、死に場所を選べるとしたらどこで死にたい?」

「何その嫌すぎるアンケート!?答えると僕どうなるの!?」

「いや、単に昼飯どこで食おうかなと思っただけなんだが」

「なんだ、そういうことか。天気も良いし、屋上とか良いんじゃない?」

「何故あっさり納得する……?でもまあ屋上か。悪くないな」

「でしょ?じゃあ昼休みも短いし早く行こうよ!」

「何?着いてくる気?いや、別にいいけど。そういやその弁当、もしかして姫路の手作りか?」

 

 吉井もまた弁当箱を抱えていた。

 姫路瑞希というのは吉井の彼女だ。

 ふわふわぽわわんとした美少女で、学年2位の成績を誇る才女でもある。こいつのおかげで俺の国語は4位に落ちてしまった。ん?落ちたってなんだ?最初から4位だったよな?

 吉井は俺の質問に、昔日を惜しむかのような表情で答えた。

 

「……うん。そうなんだぁ……」

「だから何故人生を儚むような眼をする……?」

 

 良いじゃん、彼女の手作り弁当。爆ぜろリア充。あ、これだと俺も死ぬのか、面倒くせぇ。

 

「まあいいか。行こうぜ」

 

 こうして俺達は屋上に向かった。

 

 

 屋上には先客がいた。

 

「富樫か」

「一条くん、こんにちは」

「あ、比企谷先輩、どうも」

「吉井先輩、こんちわっス」

 

 この二人は富樫勇太と一条楽。共に一年生でありながら彼女持ちだ。

 吉井が挨拶した一条の方は一年の有名人で、金髪ハーフの許嫁がいるにも関わらずクラスメイトに彼女を作ってしまったという剛の者だ。もげればいいと思う。

 何故吉井と知り合いなのかは分からんが、まあ吉井は顔広いしな。

 一方富樫の方は、本人ではなく彼女の方が有名人だった。

 常に眼帯を身に付けた、邪王真眼を名乗る真性の中二病で、普段の素行からしてアレな為に平塚先生に奉仕部へ連行されてきた。富樫はその時付き添いにきて知り合ったのだ。

 彼女である小鳥遊六花の病状は重く、材木座と意気投合してしまうほどだった。

 俺は自身がリア充になっても、やはりリア充が嫌いだった。なので彼女いる奴とか見ると無条件で死ねとか思ってしまうのだが、富樫の場合、普段の気苦労が理解できてしまう為同情せざるを得ない。だが死ね。

 

「お前らも屋上で飯か?仲良いの?」

 

 この二人も弁当を持っていた。多分彼女の物なのだろう。

 

「いえ、たまたま鉢合わせただけなんですけど」

 

 富樫が答える。偶然一緒になっただけらしい。

 

「そうなんだ。じゃあせっかくだしみんなで一緒に食べない?」

「あ、良いっスね。そうしましょうか」

 

 吉井の提案を一条が快諾する。いや、ちょっとくらい考えてから答えろよ。

 言い出したのが葉山辺りだったら「へ、『みんな』で、ねぇ……?」とか嫌味の一つも返すところかもしれんが、コイツら相手にそんなことするつもりは無い。別に嫌いなわけじゃねえしな。死ねっつってた?リア充見てそう思うのは人として自然な反応だろ?

 しかしどうすっかな。一緒に食うのが嫌とは言わんが、人生最期の食事くらい一人静かに穏やかな心で採りたいところなんだが……いや、まてよ?

 

「それならよ、弁当シャッフルしてみねえか?」

「……え~と、弁当をシャッフルって、なんで?」

「他人の弁当って、なんか気になんねえ?」

「ん?う~ん……?」

 

 俺の言葉に他の三人は揃って唸る。

 よしよし。興味はあるようだ。これで交換が成立すれば俺は命を長らえる事ができる。

 済まん、由比ヶ浜。お前の気持ちは嬉しい。嬉しいんだが、俺はやはり死にたくない。

 

「……そうだね、たまには面白いかも」

 

 吉井から肯定的な言葉。他の二人からも否定は出てこない。よし、勝った!

 

 

 

 そう。俺は、俺達は、知らなかったのだ。

 選んだ答えに関わりなく、同じ結末に辿り着く。そんな選択がこの世に存在することを。

 

 

 

「……交換は終わったな?」

 

 確認の言葉を放つと、三人は神妙な面持ちで頷いた。……神妙?なんで?

 まあいい。奴らの気が変わらない内に食ってしまおう。

 

「んじゃ、時間も押してるし食うか」

 

 

(由比ヶ浜の料理を食う奴には悪いが……)

(小野寺、ゴメン……!)

(……せめて六花の飯で死人が出ませんように)

(姫路さんの料理は本気で命に関わるからね)

(俺の為に犠牲になってくれ……!)

 

 

 全員で手を合わせる。

 

「「「「いただきます」」」」



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受け継がれる物語

俺妹とのクロス。
俺妹キャラがどこに出てくるかは秘密。


 どうしてこうなった……?

 

 

 俺は、というか俺達は今、親父の前で正座している。

 

「おいコラ八幡テメェどういうことか説明してみろや?」

「だから!小町とお兄ちゃんは愛し合ってるの!お兄ちゃんいじめるともう口きいてあげないよ!?」

「だ、だ、だ、だけどな小町?お前達はれっきとした兄妹であって法律上結婚できないっていうかむしろ誰とも結婚させる気は無」

「ごちゃごちゃうるさい!もうお父さん嫌い!」

「こ、小町ぃ~~~~!?」

 

 オロローンと泣き崩れる我等が父。マジ威厳ゼロ。いやもうちょっと粘れよマジで。

 

 小町のセリフから予想はついているかもしれないが、俺、比企谷八幡は、妹である小町と付き合うことになってしまった。本当なんでこうなったんだっけ……?

 発端は確か先週の頭頃だっただろうか。

 朝目覚めると横に小町がいた。多分夜中にトイレか何かに起きて、そのまま寝ぼけて俺のベッドに潜り込んだのだろう。

 俺は特に慌てることもなく、ため息を一つ吐いて小町を起こそうとした。そしてそこでハプニングが起こった。寝ぼけた小町に唇を奪われたのだ。

 これには俺もさすがに固まらざるを得ず、硬直してる間に小町も意識を覚醒させ、俺をボコボコに殴って逃げ出した。

 で、それ以来小町が俺のことを意識し出したらしく、目が合う度に真っ赤になられたり声をかけるとビクッとしたり。

 ただの事故なんだから気にしなくていいだろと思ってほっといたんだが、それ以降なんかの嫌がらせかと思うレベルでエロハプニングが連続し、ふと気がつくとギャルゲーよろしく小町の好感度がMAXを突破。先日告られ、わずか一日で親バレして家族会議勃発。今に至る。……告られた時に断ればよかっただろって?俺を誰だと思ってる。妹が泣きそうな目でしてくるお願いを拒否れるわけねえだろ。

 

 んで、肝心の会議だが、親父が俺に因縁ふっかけ、小町が俺をかばい、小町に強く出れない親父が落ち込み、すぐに復活して俺にからむの繰り返し。全然話が進まねえ。今何ループ目だっけ……?

 

「いつまでやってんの、あんた達は」

 

 ループを断ち切ったのは、これまで事態を静観していたお袋だった。

 

「いや、だけどな、簡単に済ませていい話じゃないだろう?」

「はしかみたいなもんでしょ?小町はまだ子供なんだから、お兄ちゃんを好きになるくらい別に不思議でもないでしょ」

「子供ったってもう中学生だぞ!?」

「まだ中学生よ。このくらいの年で性別の違う兄弟だったら普通の事よ、こんなの。ほっとけばその内勝手に飽きるわよ」

「このままだったらどうする!?」

「小町お兄ちゃんに飽きたりしないもん!」

「ほら!小町もこう言ってるじゃないか!」

「そうなったらその時に考えればいいでしょ。それより明日も平日よ?ほら、もう遅いんだから解散解散」

「いや、でもな……」

「いいからさっさと寝る!ほら、あんた達も!」

 

 そう言って俺と小町をリビングから追い出すお袋。いや適当すぎんだろ、もうちょい危機感持てよ。

 二人して階段を上る。

 

「……んじゃ、おやすみ」

 

 そう言って小町の部屋を通り過ぎようとすると、袖に小さな抵抗を感じた。立ち止まって見ると、小町が小さく摘まんでいる。うおぅ、嫌な予感……

 黙って待っていると、小町はおずおずと口を開いた。

 

「あの、お兄ちゃん……今日、一緒に寝てもいい……?」

 

 ほらー!やっぱりー!お袋がちゃんと厳しく言わないからー!

 

 告られた時はついOKしちまったものの、正直なところ小町とそういう間柄になるつもりは無い。いや、可愛いと思うよ?世界一。でも妹だし。

 俺は千葉最強のシスコンを自称しているが、真面目な話、シスコン・ブラコンってのはあくまでも家族愛の延長であって恋愛には結び付かないものだと考えている。だから法律や倫理観を抜きにしても、小町を『女』として見れるかというと、首を捻らざるを得ないところなんだよな。

 そんなことを考え、どう答えたものかと迷っていると、小町が顔を伏せたままで言葉を続けてきた。

 

「……分かってるよ?これが普通じゃないことも。お兄ちゃんが、小町のワガママに付き合ってくれてるだけだってことも。分かってるの。どうしようもないことなんだって。でも、どうしようもないんだもん。どう言われたって、小町はお兄ちゃんが――」

 

 己を苛む苦痛に耐えながら言葉を紡ぐ小町を見てられず、頭にポン、と手を乗せてセリフを遮る。

 小町はそんな俺を不安そうに見上げてきた。おいやめろ。抱き締めたくなっちゃうだろ。

 

「……今日だけだぞ」

「……うん」

 

 小町は俺の腕に抱き着くと、嬉しそうに顔をすり付ける。

 俺はそれを見下ろし、またため息を漏らした。――保ってくれよ、俺の理性。

 

 

 

「どうしてこうなった……」

 

 娘達が出ていったリビングでソファに深く腰掛け、ため息を吐く。

 

「ま、仕方ないんじゃないの。あたし達の子供なんだし」

「……それを言われちまうと何も言えん」

 

 湯呑みを寄越しながらの妻のセリフに、ため息と共に答える。

 実際仕方ないとも思ってしまうのだ。

 未成熟な内は異性の家族に惹かれるというのは、実は珍しくない。そしてこうなってしまえば、当事者の熱が冷めないことには他所から何を言っても無駄なのだ。

 それはよく分かってる。前例を知っているだけに。

 だからこそ、小町が産まれた時に、八幡と近付き過ぎないようにしようと決意したというのに。

 

「……にしてもあの子達、将来的にはどうするつもりなのかしら。あたしらには助けてくれる友達が居たけど」

「なんで子供が駆け落ちする前提で話してんだ。そうならないように止めることを考えろよ」

 

 言っても無駄だと知りつつ突っ込む。昔からそうだが、こいつが俺の話をまともに聞いた事など無い。

 

「色々世話になっちゃったわよねー。新しい名前まで用意してもらっちゃって」

「まぁ……確かにな」

 

 若い頃に出会って以来世話になりっぱなしの、ぐるぐる眼鏡の親友のことを思い浮かべる。しばらく会っていないが、たまにニュースで見かける限りでは元気そうだ。

 

「ていうか、名前に関しちゃお前が千葉から離れたくないとか言い出さなきゃ変える必要も無かっただろうが」

「だって千葉テレ見らんなくなったらイヤじゃん」

「……八幡の千葉好きは間違いなくお前の遺伝だよな」

 

 言って、またため息を吐く。

 

「……なんか、昔のこと思い出しちゃったわね」

「……そうだな」

 

 色々あった。本当に、色々。

 結婚する前も。した後も。

 それらのことを、思い出した。

 

 

「……今度、久しぶりに二人でどっか行くか。桐乃」

「楽しみにしてるわ、京介」



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しずまれ!我の左腕

材木座が主役の話書く奴なんて俺含めて何人いるんだろうか。
クロス、というかパロディ元は、知ってる人ならタイトルだけで判ると思います。逆に言うと知らない人には言っても判らんでしょう。そういう作品。いや、好きなんですけどね。


「ぐっはあぁぁぁぁぁぁっ!?」

「何やってんだ材木座?」

 

 我が左腕の暴走を抑える為にのたうちまわっていると、我が戦友にして最大のライバルたるヤタガラスの化身、八幡が我の身を案じて駆け寄ってきた。

 

「く、来るな、八幡!今の我に近付くのは危険だ!」

「いや頼まれたって近寄らねえよ。で?何やってんだ?」

 

 八幡はその脚を止め、それでもなお我を案じて声をかけてくる。

 くっ……!このような友を危険にさらすわけにはいかぬ……!

 

「魔王が……我の左腕に封じられし魔王が甦ろうとしている……!逃げよ、八幡……我にかまうな……!」

「あー、そっか。周りの迷惑も考えてほどほどにな。あと設定ブレてんぞ」

「かまうなと言っている……!行け、八幡……!」

「いまさら本気にする奴もいないとは思うけど、救急車呼ばれないようにな」

 

 八幡はそう言い残し、こちらを振り返りながらも使命を果たす為に先に進んだ。我はそれを見届け、ふらつきながらも立ち上がる。

 ふ……!友に信じて任された以上、屈するわけにもいかぬか……!

 

『クックックッ。なかなか頑張るではないか?人間ごときが』

 

 突如頭の中に声が響く。同時に左腕が熱を持って疼く。

 我は薄れそうになる意識に喝を入れ、その声へと叫び返した。

 

「黙れ魔王よ!この剣豪将軍、貴様ごときに屈しはせぬ!」

『さて、その強がりがいつまで持つかな?貴様など所詮は……』

「黙れと言っている!」

 

 左拳を壁に打ち付けると同時に声も消える。

 

「負けん……!やらせはせん、やらせはせんぞぉ……!」

 

 我は立ち上がると、ふらつきながら歩き出した。

 

 

 

 この声が聞こえるようになったのはごく最近のことだ。

 

 奴の話では、異世界で魔王軍と勇者軍ーー魔王の率いる軍団ではなく魔王ばかりがより集まった集団らしい。勇者軍も同様だーーの戦いがあったそうだ。

 その戦いに敗れた者は精神体となって別の世界に逃れたのだが、この声の主もそうした敗れた魔王の一体らしい。ただ、こやつは魔王の中でも少々特殊な存在のようだ。

 

『しかし我は運が良い。たまたま流れ着いた先がこの世界とはな。我は常々この世界に来てみたいと思っていたのだ』

 

 そう。こやつは以前からこの世界のことを知っていたのだ。

 なんでも魔王どもは、異界から自分の力にできそうな道具を召喚する術を持っているらしい。

 そして我に憑いたこいつは、この世界から呼び寄せたアイテムをひどく気に入ったそうな。

 

「貴様……!この世界に何の用だ!何を企んでいる!?」

『ふっ!初めは我の手に入れた力を拡張するつもりだったのだがな、いざ来てみればより強力な装備が選り取りみどりではないか!剣豪将軍よ、それを教えてくれたのは貴様なのだぞ?』

「なん……だと……!それではやはり、貴様の狙いは……!」

 

 

 

 

『クックックッ……。まったく、どの世界でも人間どもの進歩とはすさまじいな。PS4に3DSか!我の手に入れたゲームボーイなど比較にもならぬ!あらゆるゲームに我の名をとどろかせてくれるわ!」

 

 

 

 

 そう、ゲームボーイとそのソフト数点なのだった。

 こいつはゲームにドハマりして世界征服をうっちゃってしまったそうだ。魔王軍敗退の要因もその辺にあるっぽい。まぁそれはともかく。

 

『して剣豪将軍よ、昨夜新装備が出たであろう。我はあの鎌が欲しいのだが』

「だから我は課金はしない主義だと言ったろうが!そもそもあのキャラは鎌スキルなどまったく育ててないのだぞ!?」

『ケチくさいことを言うな!魔王と言えば鎌であろうが!?』

「やかましい!何が悲しくて使いもしない装備のためにリアルマネーを使わねばならん!?」

 

 先の会話の通り、この魔王は現在新世代のハード(ゲームボーイと比較すればなんだって新しいだろう)の虜である。そうした中でもとりわけMMORPGがお気に入りらしいのだが、どうも課金厨の気があるようでことある毎に課金を迫ってくるのだ。しかもーー

 

『ええい、強情な!ならば実力行使よ!』

 

 痺れを切らしたような声とともに、左腕に違和感が走る。そして左腕が我の意思とは無関係にスマホを取り出した。我はそれを慌てて右手で押さえつける。

 

「ぬううう!?やめぬか貴様!?」

『ふっ!言ったはずだぞ、この左腕はすでに我の物だと!さあ、おとなしく諦めて我に貢ぐがよい!』

「ぬおおお!?静まれ!我の左腕!」

 

 このように魔王は日ごとに力を増し、今では我の左腕を操るまでになっている。

 我はどうにか魔王を押さえ込み、フラフラになりながら人の居ない場所を探す。

 

「やらせん……貴様の好きにはさせんぞ、魔王……!」

 

 

 

「あん?なんだこいつ?」

 

 ここなら誰も居ないだろうと屋上に来ると、そこには煙草をふかす三人のDQNが居た。

 この総武校は進学校でそれなりに行儀の良い学校なのだが、この手の輩はどんなところにも一定数いるものだ。ええい!こんなところでたむろしおってからに!

 

『ふむ?剣豪将軍よ、こやつらはなんだ?確か今は授業中とかいう時間ではなかったか?』

「ただのサボりであろう。くそ……他をあたるか……」

 

 仕方なく背を向ける我に、DQNの一人が声をかけてくる。

 

「おい、待てよ」

「ぬ?」

 

 何用だ?我とこやつらに接点など無いはずだが。

 

「おい、やめとけよ」

 

 それを見た他の一人が嗜める。そうだ、もっと言ってやれ!

 

「なんでだよ。ヤニ吸うとこ見られてんだぞ?」

「いや、俺コイツと同じクラスなんだけどヤバい奴なんだよ」

「何?強えの?」

「いやそうじゃなくて、なんつうか単純に関わりたくない」

「……よくわからんけどこのまま帰すわけにもいかねえだろ。軽くシメてついでに小遣いでももらおうぜ」

 

 我を置いてこそこそと話し始めるDQNども。ぬう、いくつか不穏な単語が漏れ聞こえたような……

 

『おい、剣豪将軍。こやつらは結局何の用なのだ?』

「……人に見られてはまずいところを見られたから口を封じようというのだろう」

『ほう!それはつまりこの我に戦いを挑むつもりだと!』

「違うわ!奴らめは貴様のことなど知らぬであろうが!というかこんなカスどもであっても一般人は一般人、貴様に手は出させん!」

 

 

「……なぁ、あいつ一人で何ボソボソ言ってんだ?」

「だから言ったろうが、関わりたくないって。ああいう奴なんだよ」

 

 

『ふふん。貴様ごときが我を止めると?やれるものならやってみるがいい!』

「大口を叩くな!貴様こそ我の左腕一本で何が出来る!」

『フッ……いつから我が使えるのが左腕だけだと錯覚していた?』

「な、何!?」

『言ったはずだ!貴様ら人間から力を吸収し、我の力は回復し続けていると!』

「いや今初めて聞きましたけど!?」

『そしてすでに、このくらいは出来るまでに力を取り戻している!さあ刮目せよ!我が力の一端を!』

「ぐっ、やめ!貴様ら、逃げろォ!!」

 

 

「……なぁ、やっぱやめね?殴んのもやだよオレ」

「い、いや、気持ちはわかるけど見逃したらヤバいだろ?」

「ダイジョブなんじゃね?こんな奴の話聞くやついねーよタブン」

 

 

 DQNどもは我の尋常ならざる様子に度肝を抜かれたのかまったくの無反応。くそ、馬鹿者共め!我が必死で魔王を抑えているのを無駄にするつもりか!

 

『ふははははっ!出でよ!我が卷族よ!』

「う、おおぉぉぉぉっ!やめろぉぉっ!」

 

 

「「「は?」」」

 

 

 我が遂に力尽きたのと、DQNどもがマヌケな表情を浮かべるのは同時だった。

 束縛から解き放たれた魔王の力は無数の魔方陣となって我の周りに浮かび上がり、

 

 

 

 

 そこから大量の触手が吐き出された。

 

 

 

「「「んほおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!しゅごいのオォォォォォォォォォォォォ!!!!????」」」

 

 

 

 

「貴様……なんということを…………!」

 

 無力感に打ちのめされる我の足元には、恍惚の表情で痙攣するDQNども。犠牲者が女子ではなかったことが救いなような無念なような……。一体誰得だこの光景は。

 

『ふん、貴様が傷つけるなとうるさいからマッサージで済ませてやったのだぞ?文句を言われる筋合いなどないわ』

 

 まったく悪びれることなくそう言ってのける魔王。

 そう、こやつはDQNどもを傷つけることはなかった。ただ触手で絡め取ってグニュグニュウニョウニョと弄んだだけだ。無論、穴に潜りこませたりもしていない。

 

「というかマッサージだったのか、あれは?」

『うむ。我の開発した熱湯地獄爆雷触手式マッサージだ。ペットのデスジャイアントシャドウデスクラッシャーヘルサイズインフィニティデスエクスデスくんに仕込むのは苦労したが、効果は見ての通りだ』

「貴様のそのネーミングセンスはなんとかならんのか……?」

 

 熱湯も爆雷もまったく見当たらなかったのだが。あとデスを三回も入れるな。

 

『それはそうと剣豪将軍よ。今の三人から代金代わりにいくらか魔力を頂いたのだがな?』

「何!?」

『量としては微々たるものだが……それでも、これまで地道に溜め込んだ分と併せればそれなりにはなる。これで我は次のステージに進めるぞ!」

 

 その言葉と同時に目の前にまた魔方陣が生まれる。

 正直な話、この声は自分の妄想が産んだ幻覚という可能性を疑っていたのだが、さっきの触手で現実のものだと確定してしまった。実際に凶悪な力を持っていることも。

 こんな奴を好きにさせれば本当に大惨事になりかねない!

 

「貴様!何をするつもりだ!?」

『ふははははっ!そう急かすな!焦らずとも見せてやるわ!』

「うおおお!やめろぉぉぉぉ!」

 

 俺は叫んだ。

 それしかできない。抵抗しようにも何をすれば良いのか分からない。

 体を操られるのなら力で押さえ込めば済むが、宙に浮かんだ魔方陣を消す方法なんて俺は知らない。

 俺は剣豪将軍などではなく、ただの中二病なのだから。

 

 魔方陣から光が溢れ、目を開けていられないほどにまばゆく輝く。

 光が収まるのを目蓋越しに感じとり恐る恐る目を開くとーー

 

 

 

 

『ふむ、こんなものか』

 

 

 

 

 自分の身体を見下ろして満足気に頷く魔王がいた。

 

 

『どうだ剣豪将軍、我の姿は?』

 

 

 俺は呆気にとられていた。自慢気に胸を反らす魔王の姿が、あまりにも予想と異なっていたからだ。

 魔王は人間に近い姿をしていた。

 髪色こそリアルでは有り得ないような鮮やか過ぎる紅だったが、肌も青や紫ではないし、羽も尻尾も生えてない。

 ただ、頭には捻れた大きな角が二本生えていた。ありがちだった。

 ……何故これが予想出来なかったかって?当たり前だろ!最近のラノベやアニメじゃありがちな魔王像だが、それがそのまま現実に現れるとか誰が考えるか!普通魔王とか言われたらもっと化け物じみたのを想像するわ!

 しかも、しかもだ……!

 

「き、きき、貴様!女だったのか!?」

『む?最初にそう言ったろうが』

 

 だから聞いてねえよ!お前の脳内だけで言ったことになってるだけだ!

 魔王は俺よりは年上だろうがまだ十代の少女にしか見えない。いや実際はいくつだか知れたものではないが。

 顔はぶっちゃけ美少女。

 十人に聞けば六人は可愛いと答える。そして残りの四人は美人と答えるだろう。そういう少女だ。

 で、身体がダイナマイツ。身も蓋も無い表現だが、見て初めに浮かんだ言葉がそれだった。取り敢えず平塚教諭以上とだけ言っておこう。

 

 え?て言うか何コレ?

 デブでオタのメガネボッチのところに美少女魔王降臨とかそれなんてエロゲ?(凌辱系)

 

 フラフラと魔王に向かって手を伸ばす。完全に無意識の行動だった。魔王はこちらを見ておらず無反応。

 俺の手がその細い二の腕に触れーーられなかった。スカスカとすり抜けてしまう。

 

 ーーえーと、コレはあれか?あのお約束のああいうことでいいのか?

 

 俺の疑問に答えるかのように魔王がこちらを見ぬまま独り言を洩らす。

 

 

『ーーうむ。ただの幻とは言え、やはり自分の身体があるというのは良いものだな』

 

 

 やっぱりかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!

 期待させてんじゃねえよクソボケ!!!!

 がっかりした!すげえがっかりした!この恨みは一生忘れねえ-!

 

『む?どうした剣豪将軍。拾い食いは良くないぞ』

「誰が拾い食いなんぞするか!?幻じゃ触れねえだろ!」

『何を怒っている?触れないことは最初に言ってあっただろう?』

「だから聞いてませんよ!?その勝手に話したつもりになってるの地味にムカつくんですけど!?」

『ま、この調子で力を取り戻していけば本物の身体を取り戻すのもそう遠くなかろう』

「聞けよ話を!ってちょっと待て。本物の身体?」

『うむ。やはり幻だけではやりたいこともできんからな』

 

 てことはなんですか?これまたお約束ですか?

 え、我の青春ラブコメまだ終わってなかった?

 と、一瞬浮かれかけたがちょっとばかり聞き捨てならないことを口走っていたような。

 

「魔王よ。貴様身体を取り戻して何をするつもりだ?」

 

 こやつは魔王だ。

 見た目に騙されかけたが危険な力を振るう化け物なのだ。

 そんな奴が何かをしようとしている。無視していいことではない。

 魔王を我の問いにニヤリと邪悪な笑みを浮かべて口を開いた。

 

『ふっ、決まっておろうが。我の望みはただ一つ。剣豪将軍、貴様との決着よ!』

「は、はい!?」

 

 え、何ソレ?我こいつになんか恨まれるようなことしたっけ?

 

『あれは我がこの世界に来て間もない頃のことだ……』

 

 戸惑う我を置いて、魔王は勝手に語り出す。いや、今だって大して時間経ってないよね?

 

『我はゲームの進化に感激していた。なんとしてでも自分で遊びたい。その一心で貴様に取り憑き身体の自由を奪おうとした』

「そんな理由で取り憑いたのか貴様」

『そしてどうにか左腕のコントロールを奪い、マウス一つで遊べるPCネトゲにこぎ着けた』

「我が寝てる間に勝手にキャラ削除してくれたアレか」

『そうして気分良くゲームを満喫していた我に、貴様はこう言ったのだ!「うわ、ヘタクソ」と……!』

「あー、あったな-」

『その恨みと屈辱は決して忘れん……!かくなる上は直接対決で叩きのめすのみ!』

「というとつまり、貴様が身体を欲しがる理由は……」

『このままでは対戦などできんからな。やはり両者とも両手が揃ってなければ話にならん』

 

 魔王(ムチムチ美少女)の目的=我とゲームで遊ぶこと

 

 ちょっ、マジで?これマジで我に春来たんじゃね?

 

「あー、その、なんだ。世界制服とか世界を滅ぼすとかはせぬのか?」

『は?なんでそんな無意味かつ面倒くさいことせねばならんのだ?』

 

 うわ-。魔王にあるまじき発言。

 

『それはそうと剣豪将軍よ、いつの間にか口調が治っておるな?』

「ぬ?」

 

 言われてみれば確かに。いや、マジもんのピンチかと思って素が出てただけなのだが。

 

『うむ、やはり貴様はそうでなければな。少し心配したぞ?』

 

 ……やっべ。今ちょっとマジ惚れしそうになった。

 

『これに懲りたらもう拾い食いはするなよ?』

「しねーよ。つか違うっつったろが」

 

 

 

 そんなわけで我は、美少女魔王と共同生活するようになった。

 まぁそうは言っても触ることもできんし、魔王は魔王でそういう方面は知識も経験もからっきしみたいなので、色気のある展開にはなりようがないのだが。

 魔王は肉体獲得を目指して色々しでかすものの、基本的に人を殺したり傷つけたりはしないので、最近ではもう止めることも少なくなってきた。

 勿論人に迷惑かけた時はちゃんと叱る。最初は反抗するんだけど我が本気で怒っているとシュンとする。つうか普通に可愛いんですけどこの娘。是非とも早く身体を取り戻してくれ。

 

 ともあれ魔王のいる生活にも慣れ、ごく自然に過ごせるようになった。問題があるとすれば……

 

 

「ぐあああああああっ!?」

「材木座!授業中に騒ぐな!」

「魔王、貴様、こんどはなんだ!?」

『見よ剣豪将軍!格好良いぞこの剣!』

「だから我は課金はしないと……!」

『良いではないか!貴様のメイン武器と同系統で攻撃力が17も高いのだぞ!?』

「だからってゲームで七千円も使えるか!?」

「材木座!いい加減にしろ!」

 

 

 我の貯金と進級だろうか……?



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同窓会のお知らせ

平塚先生のところにかつての級友から葉書が届きました。


 郵便受けに投函されていた一通のハガキ。

 それに記された文字を読んで、私はため息とともに紫煙を吐き出し、そして懐かしい名前に苦笑した。

 

「またか……変わらんな、彼は」

 

 差出人は小、中学時代のクラスメイト。

 彼とはいわゆる幼なじみというやつなのだが、別に家が隣同士だったとかそんな事実は無い。まあ近所ではあったが、それを言ったら当時のクラスメイトは全員が幼なじみだ。

 もっとも、特別仲の良かった男子という意味ではその言葉のイメージ通りではあったが。

 

 私は当時、モテていた。自慢ではないが、おそらくクラスで一番人気があっただろう。

 女子の友達も普通に多かったが、私は男子のグループに混じって遊ぶことが多かった。彼とはそのグループ内でも特に仲が良かったと言えるだろう。漠然とではあるが、将来はきっとこの人と結婚するのだろうと思っていた。

 もっともその妄想が現実となることはなく、彼は既に別の相手と結婚している。同じグループのリーダー格のガキ大将、その妹さんとだ。

 

 リーダーの剛田くんは妹を溺愛していて、彼女もときたまグループに混じって遊ぶことがあった。彼女はその頃から彼に恋をしていたようで、相談を受けたこともある。

 当時の知り合い達とは連絡をとっていないが、彼女が主婦業の傍ら、念願だった少女漫画家として活躍しているのは知っていた。

 初恋と夢を同時に叶えた彼女のことは、同じ女性として本当に尊敬している。

 

「しかし、いつになったら平塚と呼んでくれるんだろうな、彼は」

 

 女性が結婚することを『名前を変える』と表現することがあるが、私はこれを嫌っている。

 いつまでも結婚できないから、というのももちろんある。が、それ以上に既に経験しているからという方が大きいだろう。

 

 中学卒業の少し前、両親が離婚した。

 何があったのかは正直分からない。

 私には家には何の問題も無いように思えたのだが、両親にとってはそうではなかったらしい。気がついた時にはもう手遅れになっていて、私は母親に引き取られ、逃げるように母の実家へと引っ越した。以来、私は母の旧姓である平塚を名乗るようになった。幼なじみの彼らとはそれから顔を会わせていない。

 タバコを覚えたのはこの頃だ。そして、荒んで誰にでも噛み付き、喧嘩に明け暮れていた私を諫め導いてくれた恩師に出会ったのも。

 

 当時の私は、有り体に言ってグレていた。

 あの人に出会ってなければどうなっていたか分からない。私が教師を志したのもあの人に憧れたからだ。

 結局、タバコだけはやめられなかったな……と、そのあたりのことはいいか。

 

 ともあれ、私が名字を変えたことは連絡してあるはずなのだが、彼が私に寄越すハガキには必ず当時の私の名が書かれていた。

 何らかのメッセージ、という可能性もあるが……おそらく違うだろう。

 

 彼は昔からぼんやりした男だった。

 何をするにも反応が遅く、と言って深く思考しているのかというとそんなこともない。

 美点がまるで無いとは言わないが、はっきり言ってしまえばダメ人間だった。……よくよく考えてみれば、私がクズ男ばかり引っかけるのはこいつがルーツのような気がしてきた。ちくしょう、文句言ってやる。

 

 私はそう決意すると、ハガキの参加のところに丸をつける。ま、久々に旧知の仲間と顔を会わせるのも悪くなかろう。

 

「さて……どんな男になっているやら」

 

 ついでに私の名字の部分、『源』の字にバツをつけて平塚に訂正し、私は短くなったタバコを灰皿に押し付けた。



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種火

ワンパンマンとのクロス。ヒッキーはヒーローではなくパンピーです。
例のあのシーンでモブの中にヒッキーがいたら、という話。


「「「「ええええええええええ!!!!!!!!????????」」」

 

 幾多の声が重なりあう。

 この場には数千人以上の人間がおり、それらが一様に驚嘆の声を上げていた。

 

 

 

 

 

 そいつらは突然現れた。ある日ある時、前触れも無く現れた怪人の群が人々に襲いかかったのだ。

 群と言ってもそれほど数がいたわけではないらしい。それでも武装した警官隊が太刀打ちできないような化け物が、一度に十数体も現れればシャレにならない脅威だろう。

 

 魚のようなヌメった鱗に覆われた者。

 タコを思わせる幾多の触手を持つ者。

 

 深海族を名乗る彼等のほとんどは、ヒーロー達によって討伐されたそうだ。しかし最後に残った奴等の王、深海王の強さは桁が違っていた。

 そいつが弾道ミサイルの直撃にすら耐えるというシェルターの壁を破壊して乗り込んできた時はさすがに終わりかと思った。目の前でヒーロー達が次々に返り討ちに合っていくのを見て思ったのは『ここに小町が居なくて良かった』だったよ。

 後で聞いた話だが、深海王に倒されたヒーローの中には人類の最高戦力であるS級が二人も含まれていたらしい。つまりはそれほどの危機だったわけだから、助かった時の皆の喜びようも半端ではなかった。

 

 

「すげえええええええ!!!!」

「どうなってんだ誰だあれ!?」

「見たか!?ワンパンだぜワンパン!!」

「あの頭なんか見覚えあるぞ!」

 

 

 S級の大型新人ジェノスが敗北し、シェルターの皆が最後の希望を託した無免ライダーも倒されてしまった後。本当に何の脈絡も無く現れたそのハゲは、ただの一撃で深海王を倒してしまった。つうか拳圧で雨雲まで吹っ飛んだように見えたけどさすがに気のせいだろうか?

 当然ながら皆の話題はその男の事一色に染まっていた。その特徴的な頭から知っている者もいくらか居たようだが、基本的には無名の新人ヒーローらしい。

 そうして死の危機から解放された人々が、謎のヒーローの強さに沸き立ち、怪人達の恐怖を思って震え上がり、隣人と互いの無事を確かめ合う。無論俺もだ。

 そんな中で不意に上がったその一言は、不思議なほど良く通った。

 

 

「実はあんまり強い怪人じゃなかったんじゃね?」

 

 

 場の空気に水を差すようなそのセリフに、周りの人々がそれこそ水を打ったかのように静まり返る。

 

 

「い、いや、でも色んなヒーローが負けてるぞ……」

「負けたヒーローが弱かったんじゃね?」

「それは……」

 

 

 なんだかやたらとムカつく見た目のそいつが自信たっぷりにほざくせいか、諌めようとした隣のあんちゃんの方が言い淀む。いやそれだと逆にそいつが正しいみたいになっちゃうだろ。

 実際に周りの連中にも動揺が広がり、それに調子付いたかそいつはさらに言葉を連ねる。

 

 

「そこにいるC級ヒーローが一発で倒しちゃったんだぜ(笑) 負けたヒーローってどんだけ(笑)」

「確かに今の見ると敵が弱く見えたけど……」

「A級とかS級とか、ぶっちゃけ肩書きだけで大した事ないんだな(笑)」

「おいやめろよ。一応命張ってくれたんだぜ」

「命張るだけなら誰でもできるじゃん。やっぱ怪人を倒してくれないとヒーローとは呼べないっしょ(笑) 今回たくさんヒーローに重傷者が出たらしいじゃん?そんな人たちを今後も頼りにできるかっつーと疑問だよね」

 

 

 まあこのクソニー……無s……カスの言う事も分からなくはない。確かに状況だけ見ればこいつの言う通りではあるのだろう。勿論それとこいつの人間性がクソなのは別問題だが。

 

 

「ま、結果的に助かったからいいんだけどさ。ほとんど一般人と変わらないみたいな弱いヒーローは助けに来られても困惑するだけだからできれば辞めてほしいかな」

 

 

 しっかし命助けられといてよくこんだけ言えるなこのゴミ。

 まあ多分ネットに掃いて捨てるほどいる『他人と違うオレkakkeee!』な低脳なんだろうけど、顔晒したまま実行できるのは評価できなくもないか?いやまあただ頭悪いだけなんだろうけど。

 周りの奴等もさすがに腹を立てたのか、そのニートの襟首をひっ掴んでいた。そいつはそれでもなお「なんで?なんで俺が怒られないといけないの?」とかほざいている

 

 

「ヒーロー協会の活動資金は皆の募金が元になってるんだよ?お金払ってるからにはちゃんと守ってもらわないと困るよね」

「お前いい加減にしろよ!」

 

 

 募金ってのは見返りを求めてするもんじゃないんですが。それ以前にお前が金払ってるかが疑問だけどさ。しかしこの状況でもスタンス崩さないとか、こいつもしかして根性あるのか?

 

 

「実際今回はあのハゲてる人が一人で解決しちゃったわけだし他のヒーローは無駄死にだったよね!」

「やめろって!」

「時間稼ぐなんて工夫すれば誰でもできるしさ、他のヒーローって結局ヒーローらしい活躍してなくね!?」

「とにかく助かったんだ!それで良いじゃないか!」

「そうよそうよ!確かに他のヒーローは活躍できなかったけどそこを突っ込むなんて性格悪いわよ!」

 

 

 それにしてもこいつ本当に頭悪いなあ。

 そう思うならお前がやれよとかその時間稼ぎが無かったら絶対犠牲者出てただろとか、言いたい事は色々あるんだがとりあえず、

 

「なああんた」

 

 俺は一歩前に出てそいつに声をかける。タイミングが良かったのか、周りも一気に静まり返った。

 

「あの怪人って弱かったの?」

「は?だからそう言ってんじゃん。つうかC級ヒーローが勝てちゃうような怪人が強いわけないっしょ(笑)」

「あれでも?」

「へ?」

 

 大体予想通りの返事に俺がある方を指差すと、そいつは間抜けな顔でーーいや元からアホ面だったけどーー言葉を失った。

 俺が指したのは、深海王が乗り込んできたところ。奴が『ミサイルすら弾き返すシェルターの壁』に開けた大穴だった。

 

「……そういやあの怪人って壁に穴開けて入ってきたんだよな?」

「シェルターの強度ってどのくらいだっけ?」

「分からんけどそんな事できる化け物が弱いわけなくね?」

 

 周囲からそんなざわめきが聞こえてくる。そいつは分かりやすく狼狽えると、慌てて誤魔化すように喚き出した。

 

「い……いや、たまたまあそこだけ脆かったんだよきっと!欠陥工事か何かで!」

 

 なんだそりゃ。言い訳にしたってもうちょいマシなのがあるだろ?

 俺はこぼれそうになったため息を無理矢理呑み込むと、また別の箇所を指す。

 

「なるほど。じゃああれも欠陥なわけだ?」

「……っ!」

 

 そっちはS級ヒーローのジェノスが深海王を吹っ飛ばした際に開けた穴。こちらは穴の外、遥か先のビルまでがジェノスの攻撃の余波で破損していた。

 そいつは顔をひきつらせ、言い訳を探すようにあうあうと呻く。やがて開き直ったのか、ヤケクソ気味に声を荒げた。

 

「そうだよ!そうに決まってんだろ!そうでもなけりゃC級が怪人に勝てるわけなくね!?」

「あのさ、怪人が弱くてヒーローはもっと弱くて工事は手抜きでって、どんだけ偶然が重なりゃそんな状況が生まれんだよ?あのハゲが異常に強いって考える方がまだ自然だろ」

「はぁ!?そんなわけねーだろC級なのに!つうかさっきから人の揚げ足ばっかとってるけどオタク何様!?自分はどんだけ偉いわけ!?」

 

 なんつうかセリフのすべてに突っ込み所しかないってのもすげえな。自分の言動に疑問を持った事が無いんだろうかこいつは。

 

「周りの奴等もさ!大勢で一人を突つき回して恥ずかしくないわけ!?人としてやって良い事と悪い事の区別もつかね-のかよ!」

「お前どの口が」

「テメーら一人残らずクズだな!人としてサイテーだわ!つうかむしろ人間じゃねーわ!さっさと退治されてくれば!?迷惑だから!」

 

 まあようするにあれだ。何がなんでも自分の間違いを認めないタイプの人間なんだな。と言うかなんだ、うん、ムカつくわこいつ。

 

「……あっそ。んじゃ怪人で良いわ俺」

「はぁ?何言ってぴぎゃあっ!?」

 

 ニートのセリフは当人の悲鳴で遮られた。周囲のざわめきが消え去り代わりに緊張が走る。

 

 周りの連中にはこいつを殴りたいと思っている奴も少なくなかったろう。

 こいつ自身も殴られるかもしれないくらいは考えていただろう。

 それでも本当に手が出るとは誰も考えていなかったはずだ。だからこそのこの静寂。

 

「は……ははははは!」

 

 突然の笑い声は、今しがた俺が殴り飛ばしたニートのものだった。俺は冷めた目で次の言葉を待つ。

 

「絶対訴えてやるからな。ここの奴等全員が証人だ!おいお前ら!さっさとこの犯罪者を取り押さえぎょ!?」

 

 這いつくばったままのそいつの顔面に爪先をぶちこみ黙らせる。と、さすがに不味いと思ったのか、横から肩を掴まれた。

 

「お、おい、やりすぎだ」

「言っとくが、止めに入る奴はまとめてぶん殴る」

 

 その手を払って睨み着けてやると、その兄ちゃんはたじろいで一歩下がった。

 それはそうだろう。良識では止めに入るべきだと思っていても、心情的には俺に近いはずだ。

 それに加えて……

 

「なあ、これからお前のことボコるけど別に良いよな?これだけ人が居るんだ、誰かしら助けてくれるだろ。そのくらい誰でもできるんだろ?」

 

 指を鳴らしながらの俺の言葉に、ニートは恐怖に顔をひきつらせた。これが自分自身の言葉を皮肉ったものだと気付いてしまったのだ。

 周りの者達もまた、こいつが口走った内容を思い出したようだ。俺はそれを確認して仕上げにかかる。

 

「居ると良いな?お前を助けてくれるヒーローがよ」

 

 酷薄に言い放って一歩踏み出すと、そいつはしりもちを着いたままずり下がる。青ざめた顔で助けを求めるように周りを見回すが、皆気まずげに顔を反らすばかり。

 それはそうだろう。

 俺が特別危険な奴に見えるわけではない。実際ケンカが強いわけでもないしな。二、三人に飛びかかられたらろくに抵抗もできずに無力化されるだろう。

 それでも『殴られるかもしれない』という危険を冒してまでこのニートを助けたいと考える奴はそうそう居ないだろう。要はこいつの自業自得だ。

 無論、内心がどうあれこういった事態を止めに入らざるを得ない立場の人間というのも存在する。例えば警察とかーー

 

(プロのヒーローとかな)

 

 あとはあのハゲが止めに入れば万事解決。

 ヒーロー達は栄誉を汚されることなく、このニートもただの被害者としてこの場を去れる。考え過ぎだとは思うが不必要にヘイトを稼いだせいでリンチなんてことにはならないだろう。

 俺はまああれだ。未成年だし最悪でも補導で済むだろ。…………スッキリしたし。

 さて、あのC級が来るまでどのくらいかかるか分からないが、それまで何もしないというわけにもいかんだろう。だからもう一、二発小突いとくかと踏み出した、その時だった。

 

「……何のつもりだ?」

 

 俺は戸惑いを隠せずに尋ねる。そうするしかなかった。

 こんな奴を助けたいと思う奴は居ない。それは自信を持って言える。しかしそれでも尚助けに入る[[rb:バカ > お人好し]]は居るかもしれない。だから俺とニートの間に立ち塞がる者が現れた事、それ自体を驚きはしなかった。

 だけど、それがまだ小学生にもなってない男の子というのはさすがに想定外だ。

 男の子は目に涙をいっぱい貯めて、しかし決してそれをこぼすことなく両手を広げている。

 

 

「お兄ちゃんなら」

 

 

 きっと俺の言葉に対する答えだったのだろう。男の子はたどたどしく、それでもハッキリと俺に告げる。

 

 

「自転車のお兄ちゃんなら、きっとこうするもん」

 

 

 ああ、そういうことか。

 

 俺は思い出した。

 深海王の絶望。その絶対的とすら思える力の前に次々と倒れるヒーロー達。

 その中で最後に残ったその男は、傷付き倒れ、その度に立ち上がり、勝てないと解っていてそれでも深海王に立ち向かい続けた。

 そのズタボロに輝く魂に心打たれたのは俺だけではない。だからこそ皆は、勝てるはずがないと思っていて、それでも彼を信じたのだ。

 

 そんな彼に最初に声援をかけたのがこの男の子だった。俺達は、この子の声があったからこそ彼を信じることができたのだ。

 この子はもうただの子供じゃない。

 誰かのために立ち上がれる人間、ヒーローなのだ。

 

 

 なあ、聞こえたか、無免ライダー?

 あんたに宿る熱は、間違いなく誰かの心に火を灯したぜ。

 

 

 その燃え出したばかりの種火に、俺は怪人として向かい合う。きっとそれが礼儀だ。

 俺は男の子に向かって手を伸ばす。男の子は身動ぎもしなかった。そしてーー

 

 

「ーーっ!」

 

 

 べちんっ、という地味な音が響く。

 やはりというか、男の子は俺のデコピンにも泣き出すことなく、歯を喰い縛って俺を睨み着ける。

 俺はそれに賞賛の笑みを浮かべ

 

「何子供に手ぇ出してんだテメェ!?」

 

 直後に左頬を襲った衝撃に、俺は思い切り吹き飛ぶ。

 見上げれば先ほど俺を止めようとした金髪の兄ちゃんが、拳を振り抜いた姿勢で立っていた。自分が倒れていることを認識してから痛みではなく熱さがやってきて、ようやく殴られたと理解する。

 

 

「大丈夫かボウズ?」

「よく頑張ったな!」

「偉いわねぇ!」

 

 

 周りの大人達が男の子を護るように群がりしきりに褒め称える。近寄れない者はその周りで俺に睨みを利かせていた。

 それで良い。これで正しい。

 あのクソニートはともかく、子供に手を挙げるような悪を許してはいけない。

 

 俺はノロノロと立ち上がり、未だ興奮冷めやらぬシェルターを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「おー痛て」

 

 殴られたところは大したこともなく、痛みはあるが腫れたり痣になったりはしないだろう。せいぜい口の中を少し切ったくらいか。

 痛む頬をさすりつつ人気の無い街を歩く。

 怪人警報で避難済みの街は完全に無人で、先ほどまでの雨で湿気を含んだコンクリートの森はいっそ幻想的ですらある。その雨も冗談のようにすっかり上がっており、突き抜けるような青空が広がっていた。

 水溜まりに映った蒼の中にマッ缶のロゴによく似た雲を発見し、無性に飲みたくなった。丁度よく自販機を発見し、サイフを探してポケットをまさぐる。と、

 

「ありがとな。カッコよかったぜ」

 

 唐突に後ろから聞こえたそんな言葉とともに、アホ毛を押し潰す冷たくて固い感触。

 いきなり頭に置かれた缶コーヒーを手に取り後ろを振り返る、が、誰もいない。慌てて辺りを見回すと、前方の道のかなり先に見覚えのある白マントが揺れていた。

 

 ……いや、どう見ても500メートルはあるよな?コーヒー渡されてから5秒もなかったはずなんだが。

 

 日の光を反射して輝く後ろ頭を眺めつつ缶を開け、中味を口に含む。

 

「……苦、ブラックじゃねーか」

 

 慣れない味に顔をしかめる。

 俺はマッ缶が好きだ。否、愛してると言って良い。小町や戸塚と比べても……い、いかん!?絶対に答えの出ない問題を思い浮かべてしまった!?

 ともかく俺はマッ缶を愛飲しているわけだが、それはコーヒー好きとイコールという事にはならない。というかコーヒーとマッ缶は別物と考えるべき。一緒にするとコーヒー好きが怒る。むしろ俺が怒る。

 つまり何が言いたいかというと、俺はコーヒーが苦手なのだ。正直言ってこんなクソ苦い物を好んで飲む奴の気が知れない。

 だけど、まあ、

 

「……あいつのヒーローネーム、絶対ハゲマントだよな」

 

 そんなことを思いながら飲み干したブラックコーヒーは、不思議と不味いとは思わなかった。



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