グルメの王子様 (重要大事)
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物語を☆食べる

ある年の3月。

深々と降り積もり雪に覆われた田舎の駅プラットホームに電車が止まる。

厚手のコートとマフラーを身に付けた少年は、父母や友人たちに見守られ、大荷物を持って搭乗しようとする。

「じゃあ・・・そろそろ行くね」

「ハンカチは持った? チリ紙は?」

「母さん・・・ボクもうそんな小さな子どもじゃないんだよ。今日で13歳になったんだ」

「でもねぇ・・・まだあなたには早い気がするわ。いくらお父さんの仕事を継ぐためとはいえ、全寮制の学校に編入なんて」

 地元の小学校を卒業した後、少年は父が経営する会社を継ぐための勉学へ本格的に打ち込む事を念頭に、最高の条件と設備が整った学校への編入を決めた。猛勉強の末に見事合格―――4月から編入予定だ。

「味楽来学園(みらくるがくえん)は一流の料理人を育成する学校だ。最近は広く内外からもいろんな生徒を迎え入れているけど、何も料理人になることだけがすべてじゃない。食を通じて烏丸食品の将来経営に役立てようと思ってる」

「無理しちゃダメよ。いつでも帰ってきていいんだからね」

「わかってるよ」

名残惜しく母や地元で長くを過ごした友人らと別れ、少年は新たな門出の第一歩を踏み出すべく電車へと乗る。

汽笛が鳴って電車が出発しようとした直前、窓を開け最後の挨拶をする。

「行ってきます!」

「あ、待って主税(もんど)!」

すると、母親が息子へ渡しそびれていた弁当があった事を思い出し、慌てて息子の方へと駆けより手渡す。

「お弁当。食べなさい」

母親の愛情が詰まった弁当を、息子・主税は破顔一笑し受け取る。

「ありがとう!」

そうして、ついに電車は発車する。

主税は窓にうすら映った自分の顔を見つめながら遠く離れる故郷の事を想い、母が朝早くに作ってくれた弁当を食べ進める。

(ありがとう、母さん。みんな。ボク・・・必ず卒業して烏丸食品の三代目跡取りとして立派な男になって帰って来るからね)

 

 

 

―――グルメの王子様―――

 

 

 

 

味楽来市(みらくるし)―――首都近郊付近に位置する企業城下町。太古より、新鮮な食材が数多く集められた場所で、料理人の“食の都”と称される。

取り分け新鮮な食材が集う町として知られていたここは、かつて、美味を求めて列島諸国を漫遊していた味納言(あじなごん)という女性が訪れた際、出された料理に感動し、「五重のお重」を遺したと言い伝えられている。

お重に描かれた図柄は市内各地で散見され、町作りにも大きな影響を与えている。

 

 

4月上旬

味楽来市 味楽来市場通り 王子食堂

 

町の商店街の中に一角を構える定食屋・王子食堂。その跡取りとして生まれ、料理人の道を邁進する少年がいた。

名を王子真之介(おうじしんのすけ)(13)。類稀なる料理の腕と大人顔負けの食の知識を有するゆえに、人は彼をこう呼ぶ。

“グルメの王子様”と―――。

「ふぅ~。」

 午後2時過ぎ。

食堂の仕事がひと段落つき、庭先で趣味である家庭菜園に没頭する真之介。春先にかけて雑草の伸びが良くなり、まめに手入れをしていた折。

「真之介くーん!!」

 正面玄関の方から聞こえてきた自分を呼びかける声。

 額に汗を流しつつ声のした方へ振り返ると、ポニーテールを靡かせ太陽の如く笑みを浮かべる自分と同い年ぐらいの少女が顔を出して近づいてきた。

 名を姫野美味香(ひめのみみか)(13)。真之介の最大の理解者であり、街一番の富豪「姫野家」の令嬢にして、料理人一族の宿命を背負いし少女。

「おう美味香。来てたのかって・・・」

 美味香へ呼びかけようとした直後、真之介は目を見開き彼女の着ている物に目が行った。

 目の前で笑みを浮かべながら立ち尽くす美味香が着ているのは、彼女が通っている一流の料理人育成を基本理念とした『味楽流学園』指定の制服。燃えるような赤を基調とし、所どころに白などが混じっている。

「その制服・・・そうか今日は中等部の入学式だったっけ?」

「はい! 姫野美味香13歳、今日から晴れて中等部に進級です!!」

 今年の3月までは初等部に在籍し、初等部の制服を着ていた為、何となく真之介は彼女を見て感慨深くなってしまう。

 季節は瞬く間に過ぎてゆくのもさることながら、気が付けば自分も美味香も今年で中学生と言う実感が何となく湧いてこない。

 真之介の気持ちとは裏腹に、美味香は一人有頂天気味にはしゃいでいる。そんな彼女を見ていると真之介自身もどこか安堵してきた。

「そっか。もう小学生じゃないんだよな・・・あの美味香も今じゃ立派な中学生。いやー、なんか感動するわー」

「中学生ということですから、料理の腕も知識も小学生の時とは格段に違います!」

「ほお・・・自信満々だな。じゃ試しにクイズ出してやろうか」

 中学生成り立てで妙な自信に燃える美味香にはうってつけだと思い、真之介は彼女の力量を図る為の問題を用意した。

「調味料の“さしすせそ”・・・これを正しく説明してくれ」

「真之介君、私をバカにしてませんか? それくらい私じゃなくても小学生でも簡単に解けますよ」

 問題内容が簡単ゆえにどこか不満気に頬を膨らませる美味香。

それを内心かわいく思いながら、口元を緩め「そうだな。中等部に進級した美味香さんなら朝飯前だろうな」と、言ってやった。

「とーぜんです!」胸を張って宣言した美味香。早速、真之介が見ている前で問題の答えを口にする。

「『さ』は砂糖。『し』はお塩。『す』はお酢。『せ』は・・・『せ』は・・・あれ?」

「どうした」

「えっと・・・『せ』ってなんでしたっけ?」

「いきなりこれだよ」

 こうなる事は察しがついてらしく、軽く頭を抱える真之介。

「ミミカ、『せ』はお醤油でプ!」

 そのとき、解答に苦慮する美味香に代わって、彼女の鞄から顔を覗かせたパンダともクマとも取れる顔の珍生物・タマが答えを言って来た。

「あ・・・そうでしたそうでした! 『せ』はお醤油です♪それで―――『そ』はソースですよね♪」

「なに言ってんだよ。『そ』は味噌だよ!」

「え・・・? 『そ』って、お味噌の『そ』だったんでか・・・!」

 初めて知ったかの如く一人衝撃を受ける美味香。

 流石にここまでは予想していなかったらしく、真之介もタマも唖然としながら今の今まで勘違いをしていた彼女を見、深い溜息を突く。

「美味香・・・小学生でも答えられる簡単な問題なら答えてくれよ。問題を出したオレがすげー恥ずかしいぜ・・・」

「真之介の言う通りでプよ。ミミカは料理人として半人前もいいところでプ」

「す、すみません・・・///」

 本当ならこんな珍答で彼を呆れさせるつもりなどなかった。成長した自分の姿をただ純粋に見て欲しかっただけだった。

 美味香はこの次は今回の様な醜態を晒すまいと今一度料理の勉強に努める事を固く心に誓った。

「ところで、真之介は何をしているんでプか?」タマがふとした拍子に尋ねる。

「見ての通り家庭菜園だよ。雑草がすっかり伸びちまったもんだからな、こうやってむしり取ってんだ」

「あら?」

 すると、美味香は小さな畑の中で育つ新芽を発見した。

申し訳ない程度に土の中から伸びているセリの葉に良く似た芽。『さしすせそ』は答えられなかった美味香だが、真之介が育てている物が何なのかは直ぐに理解出来た。

「真之介君・・・・・・これニンジンですよね?」

「ああ、やっと芽が出たんだ」

 我が子の様にニンジンの新芽を見つめる真之介。

 美味香も彼の横に並んで小さくも元気に育ち始めている命を愛おしく見つめる。

「かわいいですね」

「ニンジンってのはのんびり屋だからな、生長の早い雑草を細目に抜かねぇとあっという間に駄目になる。こいつはあと5ミリほど育ったら、2回目の間引きををするんだ」

「なんだか大変ですね」

「大変だけどやりがいは感じてるさ。考えもみろよ美味香・・・こんな小さな芽が栄養いっぱいの食べ物になるだなんて神秘的じゃねぇか。ニンジンに限らず、オレたちは命をもらって生きているんだ」

「命をもらって・・・・・・」

 何気なく口にしたその言葉だが、真之介の言っている事はまさにその通りだと思った。

 自分たち人間は当たり前の様に食べ物を口にしているが、それは全てにおいて元は命ある物であり、自分たちは生きる糧として他の生物から命を頂いているのだ。

 真之介はおもむろに立ち上がると、手拭いを肩に掛けながら自分が目指すべき道について雄弁に語り出す。

「オレはな美味香、この王子食堂の跡取りとしていずれは店を大きくしたいと思ってる。だけど単に技術だけの料理人になるつもりはねぇ。食べることは生きること・・・それを料理を通して色んな人に伝えたい。それが今のオレが目指すべき料理の道なんだ」

 凛とした瞳と引き締まった表情で夢を語る真之介の横顔に、美味香は思わず惹かれ、つい見とれてしまう。

 明確に目の前の少年への好意に気付いたのはつい数年前の事。いつの間にか自分にとって彼と言う存在は大きな支えであり、目指すべき目標ともなっていた。

「真之介君・・・・・・とーってもすてきです♡」

「シンノスケ、行方不明だった間にずいぶん大人になったでプ」

「ま、いろいろ遭ったけど今となっちゃいい思い出だ」

 

 

 味楽来学園。

味楽来市にある、料理人の育成を目的とする全寮制学園。真之介と美味香はここの中等部に在籍している。

かつて味納言がもたらした「五重のお重」をそのまま再現した様な外見は町の象徴であり、若き料理人たちはここで互いの腕を研鑽し合う。

 奨学生でもある真之介は中等部への進級が無事決まった事もあり、普段は店の手伝いで休みがちな学校へ参加し、美味香たちとともに授業を受ける事にした。

 

 

味楽来学園 中等部 1年か組

 

「やぁみんな。中等部進級おめでとう」

そう言って集まったか組の生徒たちに挨拶を交わすのは、この度学園に新しく赴任したばかりの新任教師の男性。

「私がこのクラスの担任を受け持つ事となった、結城(ゆうき)ゲンマイだ。よろしくね」

「ぷっ、有機玄米(・・・・)ですって」

「おもしろい名前でプね」

 美味香もタマも、大半が思わずクスッと笑ってしまう様な名前に反応を示す。

 そんな中で真之介は一人呆れた様子で、担任の名前を笑うクラスメイトたちを諌める発言をする。

「お前ら笑うなよ。有機玄米なんて良い名前じぇねぇか。いかにも健康的だぜ」

「そ、そうかしら・・・・・・」

「ん? おおキミか、噂の天才少年というのは・・・・・・」

 すると、担任の結城が自らの名を評価してくれた真之介を見るなり、おもむろに近寄って来た。

「真之介君、お知り合いですか?」

「いや。今日会うのが初めてだけど」

 会って間もない人物から好意的な目で見られるのにはそれなりの理由がある。結城は穏やかな表情で真之介を見つめながら、事の次第を語り出す。

「君のことはシャペル先生からよく聞いてるよ。高等部への飛び級と十傑入りを蹴った事も含めてね」

「ああ、あんときの!」

 言っている話の内容を理解し、合点がいった。

 以前、真之介は学園の中でも特に審査に厳しいとされる高等部の男性教諭ローラン・シャペルから美味香とともに五つ星の評価を獲得。その上彼のお墨付きを得て生徒による学園自治の中枢を担う組織「十傑評議会」への加入を推薦された事があった。

葛藤の末、真之介は十傑評議会入りを蹴って、現在も美味香たちと同じ学年で同じ授業を受ける事を甘んじて受け入れたのだ。

「まぁ今日はオリエンテーションも含めて軽い自己紹介だけにしようと思おう。それで、今日は私から君たちにぜひ食べてもらいたいものがある」

「食べ物ですか!!」

「ミミカ興奮し過ぎよ」

人一倍食い意地の張った美味香を冷静に諌めるは、彼女の大の親友でもある中華料理店の跡取り娘・張鈴々(チャン・リンリン)(13)。

「ん? なんだこのニオイは?」

「この香しい匂い・・・・・・」

 結城が取り出した大きめの漬物樽。そこから漂う臭いに一部は鼻を曲げ、一部は香しいと表現するなど反応は千差万別。

 やがて、結城が樽の蓋を開けると―――中にはぬかみそがびっしりと詰まったキュウリやナスなどの野菜がごろごろと出て来た。

「ゲンマイ特性のぬか漬けだ。親交の証にぜひ味わってほしい」

「ぬか漬けって・・・」

「よくうめお婆ちゃんが作っていたんだなあ・・・」

「でも、このニオイがねえ・・・・・・」

 ぬか漬け自体は食べられるし、嫌いと言う訳じゃない。

 ただ生徒たちはもっと洒落たプレゼントを期待していたので、正直あまり嬉しそうではなかった。

「おまえら! ぬか漬けをバカにするんじゃねぇ!!」

 するとそのとき、期待外れだったと落胆する周りの反応に業を煮やした真之介は、机を叩いてから語気強くぬか漬けの素晴らしさをアピールする。

「ぬか漬けはな、世界に誇る発酵食品なんだぞ! 糠漬けや麹(こうじ)漬け、酒粕漬け、醪(もろみ)漬け、べったら漬け・・・世界広しと言えど個体の漬物でもこんなに多いんだぞ」

「ど、どうしちゃったのよ真之介君・・・!?」

「なんだかすごく熱が入ってるよね・・・」

「当たり前だろ山田! オレはぬか漬けが大好きなんだ! 自分で作ってるくらいだ!」

「ほお・・・自分でぬか漬けをねぇ。うわさ通りおもしろそうな子だね。じゃあ、私のぬか漬けも食べて欲しい」

「んじゃお言葉に甘えて!」

 ぬか味噌がたっぷりと付いたキュウリを受け取り、真之介は早速結城が一から育てたぬか漬けを頂く事にした。

「いただきまーす! あーん!」

 ガリっ・・・。モグモグ・・・。

「うまぁい!! こりゃ見事な浸かり具合だ!!」

「お褒めに預かり光栄だね。さあ、みんなも食べてくれ」

 真之介が太鼓判を得た事がある種の指標となった。

当初不承気味だった生徒たちは真之介に促された様にぬか漬けへと手を出し、その味を堪能する。

ガリっ・・・。モグモグ・・・。

「美味です~~~!!!」

「プ~~~!!」

 食べた瞬間に、美味香とタマはあまりの幸福に揃って昇天しそうなリアクションを取って見せた。

「ほんと。ニオイはあれだけどとーってもよく浸かってるわね」

「ああ・・・なんだか心が温かくなってきたんだね~」

「ふふ。若だんなってば♪」

 彼女たちほどではないにしろ、周りも思いのほか味わい深い結城のぬか漬けに概ね好感触を示す。

「ぬか漬けは定番の物以外にもナノハナやセロリ、粒ニンニク、くさや・・・いろいろな物があるんだ。中でも一番の変わり種は、フグの卵巣のぬか漬けだろうなあ」

「フグの卵巣漬け?」

「でも真之介君、確かフグの卵巣は食べられないんだな?」

「そうなんですか先生?」

怪訝そうに美味香が尋ねると、結城は「その通り!」と即答し、教師らしく詳しい解説をする。

「フグの卵巣にはテトロドトキシンという猛毒が詰まっていて、大型のトラフグなら卵巣一つでおよそ十五人を殺せるそうだよ」

「うへぇ~~~」

「その卵巣を塩漬け一年、ぬか漬けで二~三年かけて毒抜きする。つまり漬けはじめてから食べるまで、三~四年もかかるんだ」

「やっぱりおいしいんですかあ?」

「うまいけど・・・まあ珍味だね」

 ちなみに、食品衛生法により食用が基本的に禁止されている卵巣を、この加工法で食品として製造しているのは、現実では日本全国で石川県白山市の美川地域、金沢市の金石、大野地区のみである。

「ミミカは食べたことないの?」

「わ、私もさすがにそこまでは・・・結城先生は食べたことあるんですか?」

「うん、ずっと昔だけど知り合いの先生にいただいたんだ」

「死ななかったんだ・・・・・・」

「こら山田! 不謹慎だぞ!」

 ネガティブな発言をする古典的なインド人のような風貌の男の子・山田カズオを叱咤する真之介。結城は苦笑気味に山田の発言に胸を痛める。

「フグの卵巣漬けかぁ・・・あたしも食べてみた~い」

「そうですよ、先生僕たちにも食べさせてくれたまえ」

「いや~~~そうは言ってもこの辺じゃなかなか手に入らない物だしなあ・・・・・・」

「理屈だけ聞かされても納得できねぇよ」

「そうよそうよ!」

「う~~ん・・・困ったなぁ」

 滅多に食べられない珍味を皆に食べさせるのは極めて酷だと思った矢先、思わぬ救いの船が通りかかった。

「先生、よかったらそのぬか漬けボクが用意しまようか?」

「え、ホントに?」

 率先して手を挙げた一人の生徒に皆が注目する。

 精悍な顔立ちに眼鏡をかけた少年・烏丸主税(からすまもんど)は穏やかな顔を浮かべていた。

「なぁおい、誰だあいつ?」

 去年からのクラスメイトでもなければ、同学年でも見た事の無い新顔に疑問符を浮かべる真之介。美味香は耳元で「今年中等部へ転入してきた烏丸くんです。今年から同じクラスなんですよ」と、教えてやった。

「烏丸くん、キミの家にあるのかい?」

「家じゃなくて別荘に。父の仕事柄、フグの卵巣以外にも地方の変わった食べ物が揃ってるんです」

「烏丸くんはあの大手食品メーカー“烏丸食品”の跡取りなんだな」

 真之介並に豊富な食の知識を多く持つ坊主頭で丸眼鏡を掛けた少年・段田はじめ(13)こと、若だんなが烏丸主税のお家事情を簡潔に説明する。

 聞いた直後、真之介は思わず立ち上がって平然とこの場に居るクラスメイトを指差しながら驚愕する。

「烏丸食品って・・・あの証券取引場1部上場の大企業じゃねぇか!! てことは烏丸はその・・・・・いわゆる・・・!!」

「御曹司、ですね♪」

 味楽一の富豪である美味香の言葉にはただならぬ重みが含まれていた。

「だけど、烏丸食品の跡取りがどうしてこの学園に?」

「はい。将来経営の役に立つかと思って、この学校の入学を決めました」

「なるほど。味楽来学園は体裁の上では一流の料理人の育成というのを掲げているが、最近では海外のさまざまなニーズに合わせてひとつの考え方にこだわらないようにしているから、君のように地方から編入する子も多いと聞く」

 結城の中で合点が行ったところで、真之介が初対面の烏丸へずけずけと顔を近づけ、興奮気味に尋ねる。

「なぁなぁ烏丸、本当に食えるのかフグの卵巣漬け!」

「も、もちろんだよ。なんだったらみんなで別荘に行って、全国のいろいろな食材をもらってもかまないけど・・・どうでしょうか先生?」

「うん、そういう授業もいいねえ」

「別荘行きた~い!」

「食べた~~~い!!」

「先生、行きましょう行きましょう!!」

「中等部進級でいきなりの課外授業・・・・・・カンベンしてほしいな」

 概ねクラス全員の意見が一致する中、山田カズオだけは否定的な言葉を呟いた。

 

 

2日後―――

か組の一行は、結城ゲンマイ引率のもとで、烏丸主税の別荘がある大自然に一面を覆われた別荘へと向けて課外授業に出発した。

 

 

プアアアアン・・・・・・。

味楽来市から新幹線に乗って別荘へ向かう一行。途中、駅弁を食べながら今回の旅に関する他愛のない話で盛り上がる。

「ビミ~~~♡」

 美味香の場合、旅の話よりも購入した駅弁の方に意識が向きがちであった。これもまた致し方ない事だと昔から彼女を知る面々はさほど驚く事はなかった。

「そういえば真之介君。私、新幹線に乗るのはじめてです!」

「ブッ―――!!!」

味楽一の富豪の娘から飛び出した衝撃発言に真之介は口に含んでいたウーロン茶をすべて吐き出し仰天する。

「ミミカちゃん、どういう生活送ってたんだな!?」

「たぶん新幹線が必要ない生活よ」

 リンリンも若だんなある程度彼女の発言には予防線を張っていたつもりだが、やはりそれでも全く驚かない訳にはいかなかった。

 そんな中、真之介たちの初等科時代からのクラスメイトで外国からの留学生・マルコが烏丸へ問い掛ける。

「烏丸くん、別荘っていうのは遠いのかい?」

「味楽来からだとだいたい2時間くらいで到着するよ」

「楽しみですね~、フグの卵巣漬け」

「どんな味なんでプかね~」

 未だ味わったことの無い珍味に想像を膨らませる美味香とタマ。

 誰しもが今回の旅に大いなる期待を寄せていた。そうして、一行を乗せた新幹線は着実に目的地へと向かって進み続ける。

 

 

2時間後―――

山間部 烏丸別邸

 

 味楽来市から遥々辿り着いた烏丸家保有の別荘。

か組一同は静謐(せいひつ)な山の中でひっそりと佇むも趣を醸し出す木造作りの古民家を見て、感嘆の声を漏らす。

「すげぇ~~~これが烏丸食品の社長の別荘かあ」

「ステキねー!」

「みんな揃ってるかな?」

 結城が人数確認をしていると、美味香の肩の上でタマが困った顔で言って来た。

「シンノスケがいないでプー!」

 

「真之介君、どこですかー?」

 到着して早々に真之介が居なくなった。

 全員は別荘がある山中から、河川の近くを探し回った。

「いたんだなぁー!」

 しばらくして、若だんなが真之介らしき人影を発見した。

 クラスの輪から一人外れた真之介は、川の水を眺めながら身を屈めていた。そして次の瞬間―――躊躇する事無く顔を水の中へと突っ込んだ。

「真之介君!!」

 突拍子もない行動に驚いた美味香たちが慌てて彼の元へ駆け寄ると、

「ぷわはぁ~~~」

 顔をびしょびしょに濡らした真之介が嬉しそうな顔を浮かべていた。

「真之介君、きみは何をやってるんだ!?」

「見てわからねぇかマルコ。ここの川の水の水質を調べてたんだ」

 そう言うと、濡らしたばかりの顔を再び川の方へと近づけ、皆の心配を余所に川の水をゴクッゴクッ・・・と、音を鳴らして飲み始めた。

「ちょ、真之介君・・・川のお水なんか飲んだらお腹こわすわよ!」

「やめといた方がいいんだな」

「ん―――!! ここの水はいい水だぜぇ」

 野性味溢れる真之介の行動に、彼との付き合いの浅い結城や烏丸はただただ呆然と見つめるばかりだった。

 

 今回の課外授業の目的は烏丸食品が取り寄せた全国各地の珍味を体験し食文化についてを学ぶこと。

 中でも全員が待ち望んでいるのは普段滅多にお目にかかれないフグの卵巣を用いたぬか漬けである。

 全員で噂の食品を上から見下ろすと、ぬか漬けにされたフグの卵巣は全体的に黄色っぽく、どことなく明太子を彷彿とさせるものだった。

「これがフグの卵巣漬け・・・・・・」

「なんだか明太子みたいですね」

「見た目は地味だが、口に入れると味わい深い風味がするんだよ・・・」

 早く食べたい・・・。皆、考えている事は同じであり全員喉から手が欲しいとばかりに、生唾を飲む回数が無意識に増える。

「ボクは焼いたのをお茶漬けにするのが好きなんだ」

 おもむろに烏丸は皿から適量の卵巣を取って白米の上に乗せると、熱々のお茶を注ぎ込む。

「「「「おいそうです(うまそうだな)(ぜったいおいしいよ)!」」」」

指を加えるクラスメイトたちの前で、烏丸がまず最初に毒見役を兼ねてお茶漬けを賞味する。

ズズッ・・・。ズズッ・・・。

「う~~~ん、卵巣の旨味とコクがからみあって・・・」

聞くや、美味香はゴクッと、喉を鳴らした。

「さあ、みんなもどうぞ」

「「「「「「「「「「「「いただきま~す!」」」」」」」」」」」」

緊張の面持ちで待ちわびたフグの卵巣を口の中へと含む。その味を確りと己の舌を以て堪能する。

「とーってもビミです!!」

「でもそのまま食べるとしょっぱ~い!」

「お茶漬けは確かにおいしいんだな!」

「私はチビチビつまんで焼酎がいいな」

「先生まるっきりオヤジよ」

 的を射たリンリンのツッコミが冴えわたる。クラス一同が笑いに包まれる。

「ほかにも全国の珍味が揃ってますからどうぞ」

「わぁーい!! いただきまーす!!」

 今回烏丸がフグの卵巣漬け以外で用意したのは全部で六品。

そのどれもが市場ではなかなか出回らない物ばかりで、子どもたちは未だ体験した事の無い珍味を心置きなく舌鼓し笑みを浮かべる。

「さすが烏丸くんだね、授業でこんなおいしいもの食べれるなんて」

「こんなにグロテスクな見た目なのに食べるとすごく美味しいって・・・不思議よねー」

「・・・・・・・・・」

 殆どの者が肯定的な意見とともに笑顔を浮かべる中、王子真之介一人だけはフグの卵巣漬けと睨み合ったままずっと立ち尽くすばかりでいた。

「真之介君、食べないんですか?」

「怖い顔してどうしたんでプか」

 気がかりになった美味香とタマが横で尋ねる。

 真之介は箸で抓んだフグの卵巣を凝視しながら、閉ざしていた口を開き烏丸へと問う。

「このフグの卵巣のぬか漬けのつくり方にはいつくかの秘伝があってな、素人にはまずつくれないんだ・・・烏丸、これは本当に大丈夫か?」

「もちろんだよ!」

「王子君は、案外臆病なんだね」

「気持ちはわからなくもないんだな」

「・・・・・・」

 じっと卵巣を睨み、これ以上ないくらい睨んだ挙句、真之介は恐る恐る卵巣を口の中へパクッと含む。

「・・・・・・・・・グッ!!」

 次の瞬間、真之介は箸を落とし、苦しそうに首元を押さえ始めた。

「し、真之介君!?」

「は、謀ったな、烏丸・・・・・・」

 という恨み言を言い残すように、真之介は顔中から汗を吹き出し力なくその場に倒れ込んでしまった。

「キャアア!! 真之介君!!」

「シンノスケ!!」

「大丈夫か王子君!!」

 慌てて周りが倒れた真之介の元へ駆け寄り安否を気遣う。

「なーんてな!」

 直後、ヒョコッと顔を上げた真之介は平然とした様子で舌を出していた。

 思わず面を食らう美味香たちを余所に、真之介は「いい演技だったろう」と悪戯な笑みを浮かべていた。

「猛毒の詰まったフグの卵巣を食べようなんていう民族はオレらぐらいだよ。食への執念を感じるよな。ははははは!」

「紛らわしいことすんじゃないわよ!!」

パチン―――!

真之介の態度に激怒したリンリンから容赦ないグーパンチをもらったのは想像に難くはない事だった。

 

楽しい試食会もあっという間に終了し、各地から集められた珍味は綺麗に真之介たちの胃袋へと吸収された。

「今日は烏丸くんのおかげで、貴重な勉強をさせてもらったよ、ありがとう」

「どういたしまして」

「ぼくはこの『がん漬』が面白いと思ったんだな」

「わたしは『紅葉漬』が好きだなあ」

「オレはリンリンに一発見舞われたのが痛かったよ」

真っ赤に腫れ上がった左頬を押さえる真之介を見ながら、マルコは「自業自得だろ・・・・・・」と、彼の今回の行動を嗜める。

「地方ごとにいろんな珍味があるものだよねえ」

「食文化の多彩さがわかるよね」

「そうだな、だけど本当に大切なのはただ味比べする事じゃない」

 真之介が口にしたその言葉に全員の視線が自然と集まる。周りからの視線が一身に集められると、真之介は真剣な表情で口にする。

「食文化を知るって事は、それぞれの食べ物にまつわる物語を食べる(・・・・・・)って事なんだ」

「物語を食べる、ですか?」

(どういう意味だ・・・・・・?)

 意味深長な言葉ゆえに烏丸は眉を顰め思考に耽る。

 すると、春のうららかさが感じられる外の景色を眺めていた結城が、生徒たちにひとつの提案を持ちかける。

「どうだいみんな、腹ごなしにみんなで晩のおかずを調達に行かないか?」

 

 別荘を後にして食材調達へと駆り出したか組。やって来たのは、先ほど真之介が水質を調べていた河川だった。

 一様に釣竿とクーラーボックスを用意し、クラス一丸となって晩の食材である川魚を釣り上げようと盛り上がる。

「おかずの調達って・・・釣りのことだったんだなぁ」

「だいたいここ魚なんかいるのかなあ?」

 ついネガティブな事ばかりを口走る山田だったが、その隣で釣りをしていた真之介が「心配するんな山田」と、見かねて声をかける。

「さっき川の水を飲んで確かめた。この川には必ずいい魚が棲んでる」

「本当かい真之介君?」

「ああ間違いねぇ。ほら、言ってる傍から」

「あっ!!」

 すると真之介の言った通り、山田の竿がクンクンと強く引いていた。

「だ、段田くん、網、網!!」

「は、はいなんだな!」

ゆっくりと竿を引いて行くと、山田が釣り上げたのは体長30センチを超える大きなイワナだった。

「やったあ!!」

「おめでとうなんだな!」

「嬉しいな。ボクが最初に釣り上げるなんて」

「やるな山田くん。よーし、僕も負けないぞ!」

「ぼくだって釣って見せるんだなぁ」

 山田に触発されたマルコと若だんなも熱心に魚釣りを始める。真之介はこの光景を見て、破顔一笑。自分もまた大物を釣り上げようと意気込み魚釣りを再開する。

 

 男たちの士気が上がる半面、美味香とリンリンは慣れない川釣りに悪戦苦闘気味でいまいち盛り上がりに欠けていた。

「釣れないわねえ・・・」

「お魚さんかかりませんねー」

 いくら慣れないからと言っても、魚釣りの醍醐味は何と言っても釣り上げる事。それが達成されない時ほど苦痛で退屈な事はない。

 ふと周りを見渡せば、殆どが一回は魚を釣り上げており、美味香たちの近くで魚を釣っていた烏丸に至っては入れ食い状態で既に何十回も釣り上げている。

「はあ~~~いいなあ、烏丸くん」

「まぐれまぐれ」

「あっ」

「え?」

 そのとき、美味香とタマがようやくリンリンの竿に当たりが来ている事に気付いた。

「リンリン、引いてるでプ!」

「キャッ! ど、どどど、どうすれば・・・どうすれば~~~」

「落ち着いてくださいリンリン! 結城先生、きてください!」

 初めての当たりにあたふたとするリンリン。動揺する彼女を助けようと、美味香は近くを巡回していた結城を呼んで手伝ってもらう。

「まず竿を立ててゆっくり寄せるんだ」

「こ、こうですか?」

「そうそう。よし今だ!」

「キャア!」

 思い切り竿を振り上げた瞬間、岩場にドスッと尻餅を突いてしまった。

 結城はリンリンを起き上がらせてから、彼女が釣り上げた手のひらサイズに収まるイワナを見せてやった。

「おめでとう。キミのイワナだ」

「これをあたしが・・・・・・」

 周りの物よりは遥かに小さなものではあった。

 だが不思議とリンリンの心はこの上も無い満足感と充実感でいっぱいだった。

 

 日も暮れた夜分。

 全員で釣り上げたイワナを塩焼きにして、全員で食す事にした。

「いい色になってきた。焼き色が黄色いのは脂がのってる証拠だな」

「おいしそうです~~~!」

「ほら、焼き上がったぞ美味香」

「いただきま~す」

 真之介から渡された焼き焦げの付いたイワナを豪快にかぶりつく。その瞬間、口の中いっぱいに旨味と油が一気に溶け出してきた。

「美味~~~~♡」

「アッツ・・・・・・でもうンめえ!!」

「ハフハフ」

「や~ん、おいひ~!」

(・・・・・・・・・ただイワナに塩をふって焼いただけなのに・・・・・・なぜこんなにうまいんだろう?)

 調理方法は極めて単純。一流の料理人でなくても作る事は出来る。

 塩を振って焼いて食べる・・・・・・たったそれだけの工程しか無いにも関わらず、実際に食べた時の感動はフグの卵巣漬けを食べた時よりも遥かに超える。

 烏丸は何故これほどまでにイワナが美味くなるのか。何故これほどまでに皆が感動する事が出来るのかが気になって仕方なかった。

「それにしても、自分で釣ったイワナをその場で塩焼きにして食べるなんて、なんか感動よねー!」

「フグの卵巣のぬか漬けも贅沢だけど、本当の贅沢ってこういうのかもしれないね」

「だねぇ・・・」

 何気なく周りがそんな話をしているのを耳にした直後、烏丸は「そうか!」と口にして立ち上がる。

クラスメイトたちの視線が向けられた直後、烏丸は先ほどの真之介の疑問とともに自らの疑問の答えも導き出した。

「これが物語なんだ・・・!」

「物語?」

「それがどうしたって言うんだい?」

「そう言えばさっき真之介が言ってたでプー」

 

『食文化を知るって事は、それぞれの食べ物にまつわる物語を食べる(・・・・・・)って事なんだ』

 

「このイワナがうまいのは、ボクらがみんなで一緒に釣りをしたっていう物語があるからじゃないかな?」

「物語が・・・・・・・・・」

「今日食べたいろんな珍味にしても、どうしてその土地でその味がうまれたのか・・・素材・味付け・食事作法・器・・・・・・それぞれ全てに物語があるんだよな。ただテーブルに珍味を並べて食べても味比べでしかない。その食べ物が持ってる物語に想いをはせることで、初めて食文化の面白みがわかるんじゃないだろうか」

 傍で烏丸の言葉を聞いていた真之介は、自分が暗に伝えたかった事が伝わった事に内心感動していた。

 そして、自ら大切な答えを導き出したクラスメイトを称えて、烏丸の元へ近づき「ほい」と、焼きたてのイワナを見せる。

「お前が釣ったイワナだぜ。烏丸」

 

 

数日後―――

味楽来学園 中等部 1年か組

 

 課外授業を終えた後、か組に烏丸の姿は無かった。その理由を結城が皆に伝える。

「え、烏丸のヤツ、物語を探しに?」

「何でも海外でトローリングだそうだよ」

「海外? トローリング?」

「釣ったその場で食べる喜びが忘れられなくて、次はキングサーモンで体験するらしいんだな」

「さすが烏丸食品三代目!」

「へえ、そうか・・・・・・キングサーモンな・・・・・・」

 食の物語に気付いた少年は、新たな職の物語を求めて一旦この国を離れ、遠く離れた海外へと旅立った。

 恐らくすぐに帰ってくるであろうとは思うが、帰って来たとき、彼はどんな物語を見つけ出すのかと思いながら、真之介はやれやれと言った表情を浮かべる。

「まあとりあえず・・・・・・なんでもいいや。先生、授業はじめっちゃてくれ」

「うん。そうしよっか」

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:魚戸おさむ 脚本:北原雅紀著 『玄米せんせいの弁当箱 1巻』(小学館・2008)




登場用語
河豚の卵巣の糠漬け
石川県の郷土料理。河豚の子糠漬けとも呼ばれる。
5月から6月にかけて日本海沿岸で獲れたゴマフグを解体し、取り出した卵巣を1000リットルタンクに漬け込む。この際に約30%もの食塩を加えるため、内部の水分が外に出て卵巣が固くなる。塩蔵は1-1.5年間かけて行なわれ、それが終わると水洗いして表面の塩を除いた後に糠、米麹、唐辛子とともに一斗樽に漬けられる。この糠漬けの工程では石の重しなどで木の蓋を押さえて空気に触れないようにし、イワシから作ったいしるが縁から注ぎ込まれる。
半年ないし1年ほど糠漬けされた卵巣は、採取してマウスでテトロドトキシンの含有量を調べた後、出荷される。石川県の要項では基準値は1グラムあたり10マウスユニット以下となっている。また、糠漬けの後にさらに酒粕に1ヶ月漬け込むと河豚の子粕漬けとなる。


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食卓の☆向こう側

5月中旬

味楽来市 味楽来市場通り

 

「さあらっしゃい、らっしゃあい!! いらっしゃいませ―――! 本日は赤字覚悟の特売セール実施中で―――す!!」

 ミラクルストリートは常に人で賑わっている。人々が足繁く通う理由、それは日々変化と進化を続ける新鮮な食を求めてだ。

 味楽来市は全国でも珍しい海・山・里の豊かな自然環境に恵まれ、美味なる食材が数多く生み出されている。その素晴らしい地域の食資源をアピールするとともに、食事を通じて地元住民への愛着を醸成するとことを目的に、数十年前から市全体として「食」をキーワードとした町づくりが行われ、現在に至っている。

 そして今ここに、新たな時代を担うであろう未来の料理人の姿があった―――。

 

 

「兄ちゃん!! 頼むもう一声まけてくれよ!!」

 行きつけの八百屋の前で大声を張り上げる少年・王子真之介。

必要経費を最小限に抑え、かつ最高品質の食材を得ようと粘り強く値切り交渉を続ける姿は、最早この商店街では見慣れた光景だった。

「かんべんしてくれよぉ、真之介くん。これでも商売なんだ」

 若い従業員は注文された野菜を手に抱えながら真之介からの要請に応じかねており、終始困惑した様子だ。

 なかなか折れてくれそうにない。久しぶりの手強い相手に秘かな闘争心を燃やすとともに、真之介は強硬策を発動させる。

「兄ちゃんには優しさってもんがねえのかよ!! 兄ちゃんみたいな奴がいっぱいいるから、世の中が世知辛くなるんだって!!」

「いや別に世の中は関係ない気が・・・」

「あ~あ、なさけないな! この国はもうおしまいだよ」

「そ、そこまで言わなくても・・・・・・」

「ああいいよいいよ、もう二度と兄ちゃんのところでは買わないから。これからは町外れの八百屋で買うことにするから」

 言うと、敢えて冷たく突き放し八百屋を後にしようとする。

「あ、ちょっと・・・!」

「じゃあな!! 優しくない兄ちゃん!!」

 ここで大事なお得意さんを失う訳にはいかなかった。真之介の機嫌を損ねそっぽを向かれる事を恐れた従業員は、不承不承だがやむを得ず彼を引き留めるための最後の手段に打って出た。

「あぁーわかったよ、100円ぽっきりでいいってば。持ってけドロボー!!」

「誰がドロボーだって? 金なら払っただろ?」

 とは言うものの、実に嬉しそうな表情で従業員が差し出した野菜を受け取り、代金僅か100円を差し出すのであった。

「へへへ、サンキューな兄ちゃん!」

 満足のいく結果に終始ご満悦。すると、そんな彼に声をかける者がいた。

「真之介君、お見事です!」

 振り向くと、同じクラスの美味香が笑顔で立っており、彼女の肩にはタマが愛玩動物っぽく乗っかっていた。

「よう美味香。タヌキも一緒か」

「さすがはシンノスケ、お金の事にはがめついでプねー」

「がめついとは失礼だな。出来るだけ安い食材で美味い物を調達する・・・こんなの基本中の基本だろ」

 それを聞いてクスッと笑う美味香。ふと、真之介が両手いっぱいに抱えるポリ袋の多さが気になった。

「それにしてもずいぶんと買い込みましたねぇ」

「ぜんぶ新メニューの材料に使うんだよ」

「お荷物重そうですね。お手伝いします」

「おおサンキューな。ついでだ、ちょっと寄って行ってくれ」

 

 

味楽来市場通り 王子食堂

 

 美味香に荷物落ちを手伝ってもらったお礼に、真之介は商店街で大量に買い込んだ食材を使った新作メニューをいの一番に美味香へと食べさせあげる事にした。

「よっし! 材料はぜんぶある」

 腕まくりをし、使う材料を調理台に乗せて入念に確かめると、期待に胸を膨らませている彼女へと声をかける。

「ミミカ、少し待っててくれ。ウマいもん作ってやるからなぁ」

「はい♪」

 それでは、今回真之介が作ろうとしているメニューを紹介したいと思う。

 よろしければ、皆さんも普段の食事の一品に加えてみてはいかがでしょうか・・・。

 

 

野菜の蒸し煮の作り方

材料

・野菜(タマネギ、ニンジン)—――600g

・薄揚げ—――185g

・ゴマ油―――2玉

・塩—――大さじ1

 

①ふたが閉まる鍋を用意する。

②鍋底に手を入れると「熱い」という程度(あちっ・・・じゃない)になるまで弱火で温め、ゴマ油を少し敷く。

③タマネギを入れ、「じゅわじゅわ」という程度の火加熱(ジャーッ・・・は熱し過ぎ)でいためていく。

④ニンジん、揚げを加えていため、塩をひとつまみ(親指と人さし指でつまめる程度の量)振る。

⑤具を真ん中に寄せて、鍋にふたをする。

⑥ごく弱火にして、野菜に汗をかいてもらう。

⑦ふたから湯気が出たら、出来上がり

*味噌汁を作るときは、この野菜の蒸し煮にだしか水を入れ、強火で沸騰させてから、最後にワカメ、みそを入れる。油が浮いてしまったら、ゴマ油の入れ過ぎだと思ってほしい。

 

 

 

手順に従い調理すること数十分。

出来上がったばかりの新メニューを持って、真之介は空腹の美味香の元へと運んだ。

「王子流、野菜の蒸し煮完成だぁ!!」

「わーい!! いただきまーす!! あん・・・」

 興奮した彼女が熱々の野菜を口に含んだ瞬間、真っ先に飛び出した言葉は―――

「ビミ~~~♡」

 その一言に限る。

 天上にも昇るような心地。幸せという言葉を噛みしめる瞬間。舌の肥えた彼女のこうしたリアクションを見る度に、真之介の中の料理人としての自信と彼女を喜ばせる事が出来たという達成感が満たされる。

 やがて、正気に戻った美味香は率直な味の感想を口にする。

「余計な味を付ける事無く、ほんの少しの油とお塩でほんのりと甘い味が口の中にいっぱいに広がって来ます。しかも蒸す事によって野菜本来のうまみを『引き出す』ことにも成功しています。もちろん、栄養も逃していない、これはいろんな料理に応用できます」

「さすがは真之介、食材の活かし方は形無しでプねー」

「へへ。オレのモットーは食材を余すことなくすべて使い切る、一物全体食(いちぶつぜんたいしょく)だからな」

「イチブツ・・・? なんですか・・・?」

 普段の授業でも聞いた事の無い小難しい単語に目を点にする美味香。

真之介もこの反応はある程度予想しており、まぁそうなるわな・・・と、心中呟くと彼女の為に言葉の意味を説明する。

「まぁ実際の話、オレも言葉自体を知ったのはつい最近なんだけどな・・・美味香、食事をするうえで一番大切な事って何だと思う?」

「食事をするうえで大切な事? そうですねー・・・・・・やはり栄養バランスではないでしょうか?」

「確かに『食事のバランスが大切』って、考えるのは一般的な答えとしては正解だろう。けどな、最高のバランスはそこにある健康な命を偏りなく全ていただく事だとオレは考えてる。一物全体食っていうのはまさにそういう事なんだ」

「「へぇー」」

 中学生ながらに真之介が食にかける並々ならぬ思い、その思いから生まれる貪欲なまでの知識量、見識の深さは最早子供とは言い難い物だった。

 終始感心に絶えないでいる美味香たちを一瞥、真之介は破顔一笑してからある事を提案してみた。

「おぉそうだ、今度の日曜、知り合いの農家の手伝いをする事になってるんだけどよ・・・・・・美味香も一緒に来ないか?」

「私が、ですか?」

「料理人たるもの、うまい料理を作りたいならまずは食材の成り立ちから知るべきじゃないのか? 食育のいい勉強になるし、何より農作業は楽しいんだ」

「でもボクは泥だらけになるのはイヤでプよー」

「バカヤロウ。泥だけになってやるからおもしろいんだろう。なぁ、リンリンや若だんなも誘って一緒に来いよ」

「農作業・・・・・・わかりました! ぜひ参加させてもらいます!」

 

 

日曜日―――

味楽来市郊外 竹庵養生園(ちくあんようじょうえん)

 

 車で移動することおよそ30分ほどの山間に位置する農園。

 真之介は知り合いの伝手を辿って、この竹庵養生園で農作業の手伝い(アルバイト)をする事になっていた。

 天気は朝から快晴で、早朝8時からの収穫作業の為に真之介は出面(でめん)(*日雇い労働者の意)として駆り出され仕事に当たっていた。

「いやあ真之介くん、今日は日曜日だって言うのにすまないねぇ」

「いいんだよ道田のおっちゃん。オレ、農作業好きだから!」

「学校の友だちまで誘ってくれて。助かるよ、若い子が手伝ってくれるのは!」

 後継者不足が深刻な問題となっている農家にとって、若い人とのコミュニケーションは滅多にない機会である。あの手この手で農業に興味を持ってもらおうと試行錯誤を繰り返すところも多いと聞くが、実際どれだけの成果が出ているかは定かではない。

 真之介の様な農作業好きな子供も実に稀有な事例である。現に、彼に誘われ農作業を手伝っている美味香やタマ、リンリン、若だんなに至っては真之介の様に活き活きと笑顔でいられる余裕はなかった。慣れない農作業に悪戦苦闘。低姿勢を保ち続ける事で生じる体への負荷で険しい顔を浮かべるばかり。

「ふう~。やっぱり大変ですね」

「ボクはほんとうは来たくなかったんでプよー・・・」

「あ~、腰が痛い。けっこうきついわねー」

「真之介くんもずいぶん奇特なことをするんだな」

「奇特って、農作業のどこが奇特なんだよ若だんな」

 思わずツッコんだ直後、美味香の視界に一匹のモンシロチョウが飛んで来た。

「あ、チョウチョ!」

 するとモンシロチョウの方から美味香の元へとゆらゆらと近づき、差し出した彼女の人差し指前で止まって見せた。

「ふふ、コンニチハ。」

 心和む光景だった。疲労気味だったリンリンと若だんな、そして真之介は可憐な少女とチョウが戯れる画に思わずほっこりとする。

「チョウチョが飛んでいるという事は、ここが無農薬で野菜を育ててる証拠なんだな」

「虫は友だち! 虫は何も悪くないのに殺虫剤で殺すなんてかわいそうだぜ」

「ホントよね・・・」

 何の気なく始まった会話。

 すると真之介に声をかけられ農作業に参加をしていたか組の担任・結城ゲンマイがふと、感慨深そうに語り始めた。

「もう20年以上前の話だけど・・・・・・僕の知り合いが住む、田んぼの美しい村があってね。ある年から、その田んぼに農薬を空中散布したんだ。そうしたらその後、カエルや赤トンボが姿を消し、虫の音も聞こえない静かな村になってしまった・・・・・・」

「え・・・・・・」

 誰もが一瞬手を止める。

 自然と皆の視線が結城へと向けられる。結城は真顔を浮かべたまま「その後も毎年農薬空中散布による静けさは続いた・・・・・・」と呟く。

ゴクッと、額に汗を浮かべ息を飲む若だんな。

「その村の人達は、さぞかし不気味だったと思うんだな」

「それって・・・・・・カエルや赤トンボと同じ農薬を吸って、地元の人達の健康は大丈夫だったんですか?」不安気な顔でリンリンが尋ねる。

「たしか当時、農薬を浴びた小学生が病院にかつぎ込まれる事故が起きたって本で読んだことがあるなぁ」

 知識の上で記憶してある当時の史実を真之介が思い出しながら口にする。

「結局、空中散布は20年続いたが、六年目から共同散布ではなく、希望者のみの散布に変わった。おかげでカエルや赤トンボも戻ってはきたんだが・・・・・・」

 歯切れの悪そうに結城はこれ以上その話をする事はなかったが、美味香たちは聞き入った様子で、どこか気味の悪い感覚に陥る。

「でもまぁ・・・」

 そう言うと、今なおひらひらと宙を舞うチョウたちの群れを目で追いながら真之介は率直な意見を述べる。

「殺虫剤をまくことより、虫に食われない丈夫な野菜をつくる方法を工夫することが大切なんだけどなぁ・・・」

「虫に食べられない野菜ですか・・・・・・」

「植物には元来、自分の身を守る力が備わっている。たとえばトマトの茎に生える毛は虫から身を守るためのものだ」

「そうなんでプかあ・・・・・・」

何の気なく疑問に思っていた事実が明朗になり、タマも納得の声を漏らす。

「だけど農薬を使って育てられた野菜は、生きる力そのものが弱い。防虫ネットやハウス栽培で雨風や紫外線の妨害もほとんど受けないからな」

「温室育ちの現代っ子みたいなもんね」

言いながら、リンリンは隣の美味香をちら見。これにはさすがの本人も不承気味な様子で「な、なんですか?!」と、嘲笑う彼女に頬を膨らませる。

「野菜そのものの力を引き出してあげることが、何よりも大切なんだ。自分の近くで育った旬の露地もの―――つまり、自分と同じ季節や気象条件の中でたくましく健康に生き抜いた新鮮な命かどうか・・・・・・大自然の息吹を感じながら、命をいただくことが食の基本だからな」

「命をいただく・・・・・・」

 時折真之介の口から出てくるその言葉。美味香は聞くたびに何度も何度も共感し、自分自身にも強く言い聞かせる。

 決して他人事なんかじゃない。人間もまた食物連鎖の上で成り立つ地球の生命のひとつであり、その為に他の生物から命をもらい生きている。彼の言葉は日常の中でつい忘れがちになりそうな大切な事をいつも思い出させてくれるのだ。

「お父さ~~~ん! 狭山さんがいらしたわよー!」

 すっかり話し込んでいた時、助っ人として、養生園の農家・道田耕作(みちだこうさく)の知り合いで大農園を経営する狭山元八(さやまげんぱち)―――という男性が応援に駆け付けた。

「どうも、こんちは!」

「狭山のおっちゃん、しばらくぶりだな!」

 真之介は応援に来てくれた狭山の元へと駆けよると、久方ぶりとなる知り合いとの再会を喜び握手を交わす。

「おう真之介くんか。背が伸びたね」

「おっちゃんも元気そうだな。今日はオレの友だちと学校の先生も連れて来たんだ!」

「どうも初めまして」

「「「「よろしくお願いします(お願いでプー)!」」」」

 真之介の紹介を受け、美味香たちは律儀に狭山へと首を垂れる。

「うん! 最近の子にしては感心感心! 君たちみたいな子がもっと増えてくれるといいだんが」

「狭山さん、実はこの子たちに農薬の事について話していたんだが・・・狭山さんからも是非いろいろ教えてやってほしいんだ」

 

 農作業がひと段落ついた後、道山から頼まれた狭山は「農薬ねぇ・・・」と腕組みをしながら内容を思案。日陰に集まった真之介たちは真剣な眼差しで狭山からどんな話が聞けるのかと言った様子で前のめりで構える。

「あぁ・・・そういえばこないだ農薬散布中に浴びちまったよ。風向きが急に変わっちまってな。がはははは・・・」

 ほがらかに笑う狭山。真之介たちは顔を見合わせる。

 なぜ彼はこんな風に笑っていられるのか。それが彼らの共通見解であり、同時に率直なる疑問だった。

「がはははって・・・・・・笑ってて大丈夫なんですか?」不安に感じた美味香がおもむろに問う。

「大丈夫だ! きちんとマスクつけて長袖着て、完全防備で散布してっから。がはははは・・・」

「30~40年前ならともかく、散布中に吸い込んですぐ中毒症状を起こすような急性毒性が強い農薬は今はもうないしね」

「それでも農薬を浴びて健康にいいわけないんでしょ?」

「体内に少しずつ蓄積してじわりじわりと体を蝕んでいくんだな」

「ちなみに“農薬”っていうのは“農毒薬”の略字だって知ってたか?」

「そうなんですかー」

 真之介が言ったこの言葉は決して語弊ではない。

 1996年、米国の生物学者で作家のレイチェル・カーソン女史が著書の『沈黙の春』 で『農薬は殺生物剤』と警鐘を鳴らしている。

また、百姓医師と知られる竹熊宜孝(たけくまよしたか)氏は『農薬は農毒薬の略字 なり、虫はコロリと人間ジワーと殺される』と農薬の本質を鋭く見抜いている。

「そんな危ないことしないで早いとこ無農薬に切り替えたらいいのに」

子供ながらに感じた疑問。するとリンリンのもっともな指摘を受けた狭山は、「ご心配はありがたいがね。そう簡単にいかんのだよ、これが・・・・・・」と、やや渋い顔つきで声を漏らし現実の厳しい状況に嘆息を突く。

「そうかもしれないけど・・・なんで自分の体を犠牲にしてまで農薬を使うんですか?」

「使わなきゃ商売にならんからさ」

「商売って・・・・・・農薬まみれの野菜なんて誰も買いたがらないでしょ? 無農薬の方が売れるんじゃないんですか?」

ゴホン! と咳払いをした直後、狭山は疑問の尽きないリンリンと真之介らを見ながらおもむろに語ってくれた。

「君はまだ若いからわからんだろうけど・・・土地を買って、設備を整えて―――俺達は借金を抱えて畑に投資してるんだ。病気や害虫が発生して作物が採れなくなったりしたらどうなると思う?」

「それは・・・・・・」

「それに部会(ぶかい)ごとに農薬を使う基準が決められててな・・・その決めた回数以上農薬を使っていないと・・・・・・部会に出そうと思ったら基準を守らねえとな」

「ぶ・・・部会って・・・?」

「農家の組合だよ。作物ごとに分かれているんだ」疑問符を浮かべる美味香の為に、結城が補足した。

「部会に出せば、無農薬といって高く売れるわけでもないしなあ」

「みんな一緒に扱われるからっすね」

「だけど、無農薬で農業してる人もたくさんいるんじゃないですか。このミチダさんもそうじゃないんですか・・・ねぇ、ミチダさん?」

「うちは規模が小さいからね」

「小さい? 十分だと思うでプけど・・・・・・」

 タマからすれば今いる農場も広大と呼ぶのに相応しい規模だった。タマだけじゃない、美味香もリンリンも、若だんなも、何を以ってして規模が小さいと言っているのかと一瞬分からなかった。

 ちなみに、農林水産省によれば、農家とは「経営耕地面積が10a(アール)以上の農業を営む世帯または農産物販売金額が年間15万円以上ある世帯」と定義されている。

「狭山さんとこみたいに大きな市場を相手にしていない・・・狭い畑で数畝(すうせ)ごとにいろんな作物をつくって直売所に出したり、お得意さんに宅配したりしてるだけだからね」

「なるほど、それなら部会を通さなくてもいいんだな」

「いろんな作物が植(う)わっていれば、いろんな生き物が集まってひとつの害虫が大被害をもたらしにくくなるから、農薬に頼る必要もないしな」

「なるほど・・・・・・」

「だけど、そんなやり方はオレら大規模農家にはできねえんだ。人件費もべらぼうに高いし、農家のなり手もいない・・・・・・害虫を人の手で取るような手間のかかる作業をしてたら、農作物が高価になるだけだ」

「たしかに・・・・・・」

「それに生産量にも限界がある。国全体の需要を考えてみろ。大規模にひとつの作物をつくる農業も必要なんだよ。オレ達だって・・・・・・本当は農薬なんて使いたくないさ。農薬散布は重労働だし、健康にも良くない。それに何よりも消費者に嫌われる。オレの知り合いには畑の周囲の住人に気を遣い、深夜に農薬を散布してる奴もいるくらいさ」

「そうなんだ・・・・・・」

「そのくせ、買った野菜に虫がついていようもんなら、消費者は怒ってクレームをつける」

 ふう・・・。深く息を漏らすと、狭山はこう断言した。

「俺達に農薬を使わせてるのは、結局消費者なんだ」

 聞いた途端、美味香たちは絶句した。

知らなかった。いや、知ろうともしなかった。自分たちの知らないところで農家はこんなにも重たい責任を背負っている事など、毛ほども知ろうとしなかった。

 当たり前の様にスーパーや八百屋で購入している野菜は、農家一人一人の手間暇をかけているだけでなく、様々なジレンマの中で生み出されている。そんな農家が抱える心中の思いを美味香たちはこのとき初めて知る事が出来た。

 話を聞き終えた後、一同は暫し沈黙し言葉を紡ぐを躊躇った。

 だがそのとき―――不意に真之介が立ち上がると、話をしてくれた狭山を真摯に見つめながら45度に上半身を倒し、頭を下げて言う。

「狭山のおっちゃん、ありがとうございます」

「え?」

「い、いきなりどうしたんでプかシンノスケ?」

 突然の真之介の行動は周りを驚かせた。

 だが、それ以上に狭山を驚かせたのは真之介の口から飛び出た言葉だった。

「農薬の問題を考える時、オレたちはどうしても自分中心に考えがちだ。食材の残留農薬の恐怖ばかりを口にする・・・・・・」

「それは、まあ・・・・・・」

「たしかにそうだけど・・・」

「だけど・・・・・・農家の人たちはオレたち消費者の求める農産物をつくるために、農薬を浴びつづけているんだ。オレたちの食卓に届けるために」

「・・・・・・」

「農薬の一番の被害者は・・・・・・実は、農家の人たちなんだよな」

 聞いた瞬間、美味香たちは全員ハッとした表情を浮かべる。彼の言う通り、農毒薬の被害を最も受け身も心も削っているのが他ならぬ生産者自身である事に。

「だから・・・ありがとうございます」

「・・・・・・」

 狭山は内心諦観していた。どうせこんな話をしたところで、彼らはおろか消費者の誰一人にも理解なんてされないとばかり思っていた。

だが、ここに確かに理解してくれる者がいた。農業を愛し、食を愛する次世代を担う未来の料理人―――真之介の一言に心打たれた途端、狭山の双眸から零れるのは紛れも無く歓喜の涙であった。

「狭山さん?」

「だいじょうぶですか?」

「がはははは・・・みっともねぇ・・・・・・ただ・・・・・・そんなふうに言ってもらえたら、オレらもつくりがいがあると思ってよ。がはははは・・・」

 込み上がる熱い思い。こんなにも胸が熱くなるのは久しぶりだった。それだけ狭山にとって今回の出来事は嬉しいの一言に尽きた。

「ですが・・・・・・実際残留農薬のせいで、健康被害も出ているんですよね。農家の人がたいへんなのはわかりますけど、やっぱり残留農薬は心配です」

「ミミカの言う通りよねぇ」

「もちろん、農薬はできるだけ体に入れない方がいいに決まってる。そのためにも、自分でしっかり食品を選ぶ力を身につけねぇと」

「でプねー・・・」

「最近は食の安全への関心が高まって買い物の時にきちんと食品表示を見て、産地や生産者、流通経路を気にしたりする人が増えてきてる。ついでに『原材料』まで見ると、より安全度は高まるけどな」

「あ、このあいだ結城先生の授業で習いました。トレーサビリティーですよね♪」

 覚えたての知識が出て来た瞬間、美味香が結城を見ながら笑顔で答える。結城は「大正解だよ!」と、笑顔で返す。

「そしてもっと大切なことは・・・・・・自分で安全を生み出す力だ」

「安全を・・・・・・生み出す力?」

 どういう意味なのか、真之介が言った言葉の意味を深く考える美味香たち。

「要するにだ。農薬を毛嫌いするばかりじゃなくて、オレたち消費者自身もほんとの安全の意味を考えなきゃって事だよ・・・・・・」

「ほんとの安全の意味?」

 弥(いや)が上にも思考の迷路に陥る美味香。リンリンも若だんなも深く考える。

 思案し悶々とする友人たちを見、へへへ・・・と笑った真之介は、腰を上げると全員へと号令をかける。

「おっし。んじゃ食べに行こうぜ・・・本当に安全でうまい食事をな」

 

「皆さん、おつかれさまでしたねぇ」

「「おつかれさまでーす!」」

「「「「おつかれさま・・・です(プ)・・・」」」」

 時刻は正午。

 本日竹庵養生園で行われた収穫作業はすべて終了。真之介と結城以外は皆々くたくたになった様子で顔をげっそりとさせていた。

 養生園の道田とその妻は収穫の手伝いをしてくれた真之介たち全員の労をねぎらう。

「いやーこれだけたくさんの方に手伝っていただくと、作物の収穫もあっという間だったわね、お父さん」

「本当に助かったよ、ありがとう」

「それは良かったんだなぁ。ははは・・・」

「若干一名死んでいますが・・・」

「お、おなかが空いてもうだめです~~~」

 普段陽の下で農作業などやった事の無い美味香にとって、今回の体験は人生にまたとない機会だった。貴重な経験を積むとともに、その代償に彼女の空腹は最高潮に達しており、意識は朦朧とし立っている気力すら失いかねているほど。

 そんな美味香を見て、破顔一笑した真之介は彼女の空腹に応えてやろうと道田と狭山の妻たちへと呼びかける。

「おし・・・じゃあ狭山と道田の奥さん方、お願いしていいかな?」

「はいはい」

「まかせといてね」

「お願いでプか?」

「ああ、これから人生の大ベテラン二人に知恵を拝借しようと思ってな」

 

 

午後12時34分

竹庵養生園敷地内 道田宅

 

 談笑の絶えない賑やかなひと時を過ごしたのち、茶の間へと集まった人々の元へと運び込まれた新鮮な野菜を作った手料理の数々。

「わぁ、おいしそうです!!」

 はらぺこな美味香は見た目だけでも空腹を満たしてしまいそうな料理を見ながら目を輝かせる。

「スゴイねぇ。さすが大勢でつくるとあっという間にご馳走の出来上がりだ」

「ではお手を拝借・・・いただきます!」

「「「「「いただきます!!」」」」」

 食卓へと運ばれてきた料理を美味しそうに頂きながら、寄り集まった人たちが自然な会話をして盛り上がる。今の時代に失われつつある家族の肖像がそこにはあった。

 会話が楽しければ自然と食事も美味くなり、箸もそれに伴って進む。

 概ね楽しい食事をしていた折、結城はあまり箸の進んでいない様子で訝しげに料理を見つめる若だんなの事が気になった。

「段田君。どうしたんだい?」

「結城先生、さっき真之介くんは『安全な料理を食べに行く』って言っていたんだな。だけどこれ・・・」

「農薬を使ってるのに・・・・・・かい?」

 若だんなの何の気ない疑問に対し、正面に座っていた狭山が真っ先に応答。

「あ、い、いえ・・・すみませんなんだな・・・」

これにはさすがに罰が悪いと感じた若だんな。咄嗟に謝ってしまう。

「いやいいんだ。たしかにうちの畑じゃあ農薬を使ってる。それが気になる気持ちはわかるよ」

「若だんなはこの食事が危険だと思うか?」隣に座っていた真之介がおもむろに尋ねる。

「え? い・・・いや危険というわけじゃ・・・・・・」

「たしかに、農薬は気にはなるけど・・・でも狭山さんがそんな危険な食材をこうやって私たちに食べさせるわけないじゃない」

 純粋無垢に満ちたリンリンの言葉を聞いて狭山は笑みを浮かべ、ほっとした様子で茶碗の中を白米を口へ運ぶ。

「リンリンの言う通りだ。つくっている人の顔が見える―――これほど安全なことはないよな。美味香もそう思うだろ?」

「そうですね」

「“安心”と“安全”は似ているようで実は違う。たしかに安全性だけをいえば、海外のオーガニック食品の方が安全かもしれない。実際、無農薬だからな」

 食卓に集まった皆の視線が真之介へと向けられ、彼の口から出る言葉ひとつひとつに熱心に耳を傾ける。

「でもオレは、こうして顔の見える農家の人から譲ってもらった野菜の方が好きだ。農薬を使っているかどうかよりも、もっと豊かなものがそこにはあると思う」

「真之介君・・・・・・そうですよね」

「でもね、農薬には見えない恐怖もあるんだ」

「え?」

 難しい顔を浮かべて結城が懸念する農薬の見えない恐怖。その実態について彼は次のように説明する。

「農薬を浴びたり口にしたりした本人の健康はもちろんなんだけど・・・こういう化学物質が本当の意味で怖いのは、実は僕達現世代じゃない。精子や卵子・・・・・・つまり、次世代への影響なんだ。もう半世紀も前の話になるけど・・・工場廃液による有機水銀に汚染された魚介類を食べたことにより集団的に発生した公害病があった。四肢の感覚障害や運動失調、ふるえなどをおこし重傷者はそのまま亡くなった。この公害事件はまだ補償は完全に終わっていないし、現在も病気で苦しんでる人がたくさんいる」

 そう語ると、結城は持ちこんだホワイトボードに文字を書き綴る。

「よし! じゃあか組の四人に問題を出そう。次のうち同じように汚染された魚を食べながら症状が軽かった人たちがいる。それはどんな人たちかな?」

結城が書き綴ったのは以下の四つ選択肢だった。

 

1、伝統食を食べていたおじいさん・おばあさん

2、体力が有り余っている20代の若者

3、細胞がどんどん入れ替わっている幼児

4、その他

 

「私は①だと思います」

「あたしは②じゃないかしら・・・」

「ぼくは③だと思うだな」

「答えは①でプよ! おじいちゃん、おばあちゃんはむし歯にならないけど入れ歯でプからね」

 と、愛嬌たっぷりにそう答えたタマ。聞いた瞬間、食卓を囲んでいた道田・狭山夫妻は思わず笑いを込み上げた。

「いいんやタヌキ。メチル水銀はそんな笑えるようなレベルの話じゃなかったんだぜ」

 タマの言ったジョークを掻き消すような真之介の低く真剣な声色。

「先生、答えは④だ。もっと正確に言うと妊婦さんだ」

「さすがは王子君。良く知ってるね」

「妊婦さん?」

「どうしてなんですか?」

「つまり、母親が食べたメチル水銀を胎児が全部引き受けたんだ。だからその地方で生まれたこうした赤ちゃんのことを『宝子(ほうこ)』って呼ぶんだ」

 1956年5月1日、熊本県水俣地方で発見された『水俣病』がまさにそれである。中でも1962年に胎児性水俣病と呼ばれる症例が確認された。

誕生する段階で母体からメチル水銀を引き受け、その影響により脳の発育が不十分だったり、神経細胞が壊されたりして、言語の障害や運動失調など様々な症状を抱える。熊本、鹿児島両県によると、55年以降に生まれた水俣病の認定患者は77人(3月末時点)。複数の患者団体によると、そのほとんどが胎児性患者とみられ、このうち約20人が亡くなっている。生存者も体調の悪化などで、多くは療養施設やケアホームなどに入所している。

「このように・・・母親に何もなくても、生まれてきた赤ん坊に影響が出る場合だってある。食べた本人が異常がないから安心といえるほど簡単な問題じゃないんだ」

「ん~~~・・・やっぱり無農薬じゃなきゃダメってことですか・・・」

「でも・・・・・・普通に暮らしてて農薬を完璧に避けるなんてぜったい無理だし・・・」

「無農薬にこだわり通せるほどのお金もないんだな・・・・・・」

 自分たちの健康を害するかもしれないと分かっていながらも、経済的な問題から農薬を使った野菜を購入するしかない。

 だが、それによって健康被害を受ける可能性もゼロとは言い切れない。日々を生きていく為には経済的なコストを最小限に抑えなくてはいけない。

 日常生活に潜むジレンマに突き当たる。和やかだった食談がいつの間にか静まり返り、皆だんまりとしていた・・・・・・そのとき。

「うまあい!!」

 沈黙を破ったのは、またしても真之介が発した言葉だった。

「どれもこれもほんとにうまいなあ。うまい、うまい!」

 唖然としながら真之介を見ると、一人食卓に並べられた食べ物を次々へと小皿に装っては美味しそうに食べていた。

「ほらほらみんなも食べようぜ、せっかくの料理がもったいだろ!」

「真之介君・・・」

 美味香たちは真之介を訝しげに凝視しながら彼の真意を考える。

「いやあ、このカボチャは栗みたいにホコホコだ!」

 果たして真意などあるのかどうか。それは彼自身でないとわからない。

「ん~~~、このカラっと揚がった食感、たまらないなあ」

だが少なくともこれだけは言える。今の真之介はただテーブルに並べられた料理を食べる事に夢中になっているだけの一人の少年である風に思えた。

「プッ」

「くくく・・・・・・」

「「「「「「あっははははは・・・」」」」」」

 真之介を見ているうちに、悩んだり不安になっている事が馬鹿らしく思えた。自然と笑いが込み上げいつしか食卓は元の賑やかさを取り戻した。

「そうそう、笑う門には福来たる! 塞いだ顔して食べてたらどんな安全な食べ物でもおいしくなるからな!」

「まいったんだな、真之介くんには」

「でも、なんでもおいしく食べないともったいないでプー」

「そうね、みんなでつくったんだもんね、どれも特別な料理だもんね」

「よーし、私もモリモリ食べますよー!!」

 小皿に装えるだけの料理を運び、美味香は宣言通りに食べ進め、その度に「ビミです~!」と叫んでは昇天。周りはそんな彼女の姿を見て更に笑いを零した。

「考えてみればあれだね・・・・・・狂牛病(BSE=牛海綿状脳症)やら、食品偽装表示やらでここのところ特に騒がれてはいるが、“食の不安”は何も最近始まったわけじゃないよねぇ」

「40年ほど前には、食品添加物や残留農薬の体への影響が問題になって、消費者運動が起きたりしていたし・・・・・・」

「少し前には、O-157(病原性大腸菌の一種)による食中毒や環境ホルモン(内分泌攪乱物質)が問題になってた」

「確かに・・・・・・」

「いろんな問題が起きるたびに俺達農家は忙しくなる。書類を書いたり、検査をしたりな」

「消費者が安全・安心の保障を求めるからですね」

「最近はそういう書類づくりに忙しくて、畑に行く時間が少なくなっちまうありさまだよ」

「そうなんでふ(・)か?」口いっぱいに食べ物を含んだ美味香は意外な事実に吃驚する。

「安全・安心の責任は農家にだけあるわけじゃないのにな」

 現実に起きている食の問題とどう真摯に向き合うか・・・・・・それを思案するヒントを、真之介は食卓に並べられた食べ物に見出す。

「実はな、この献立にもヒントがあるんだ」

「今日の献立は、真之介くんからのリクエストなのよ」

「真之介くんからの?」

「そういえば、梅おばあちゃんから聞いたことあるんだな。日本の昔ながらの調理の下ごしらえには、害を取り除くテクニックがたくさん隠れてるって」

「“水にさらす”、“ゆでこぼす”、“アクをとる”・・・そういう下ごしらえのひとつひとつに、食材から有害物質を減らす効果があるんだ。それに、塩や酢、醤油なんかの調味料を用いた下ごしらえは、野菜や魚の水気・臭みを取るだけじゃなくて、同時に有害物質も取り除いてくれるんだ」

「へえ~・・・まさに一石三鳥四鳥ねー」

「まだまだあるぜ。乱切り、半月切り、いちょう切り、ささがき・・・野菜の切り方にも意味があるんだ。細かく切ったら有害物質の溶出面積も大きくなる」

「溶出でプか・・・?」

「つまり、それだけ有害物質が溶けだして野菜に残りにくくなるんだ」

「え~~~、さっき私たちがやってたことにそんな効果があったなんて・・・・・・!」

「知恵を拝借っていうのはそういう意味だったんですね?」

「あらまぁそうだったのお、おばさん今初めて知ったわ。あはははは」

「だから真之介くんは、この献立をリクエストしたのね、ナットク!」

 作った本人たちすらも知らなかった事実に驚きと、それを見事に実現させた真之介の手練手管は大人も脱帽するほどだった。

「さらに、食べ方にも工夫があったりして」

「食べ方ですか?」

「ほお・・・具体的にどういう事かな?」

「ずばり体内に入ってしまった不安物質を、体外へ排出するための工夫だよ。たとえば、ビタミンA・C・Eや食物繊維を多くとったら毒を排出しやすくなるんだ。食べ物同士の組み合わせ、調理法で、そういう除毒作用を促すともいわれる。ふろふき大根やいり豆腐、筑前煮といった日本型の食事には、知ってか知らずかそういう効果があるみたいだ」

「つまり食の安全は、畑と台所の両方が大切だということね」

理解したリンリンがそう呟いた直後、食卓を囲む道田・狭山夫妻も挙って頷いた。

「食を委ねるということは、命を委ねるということ。だからこそ人任せにしすぎず、少しでも自分の力で安全を生み出そうとする姿勢が大切なんだとオレは思う」

「たしかに僕達は野菜に限らず、つい安さや見栄え、手軽さなんかを優先して食品を買ってしまう傾向にある。なぜこの食材や食品が安いのとか、なぜ同じ野菜が一年中売っているかなんて考えないで買い物するし・・・・・・」

「だからこそ生産者の顔が見えるものを選んで買ったり、手間をかけて調理したりするってことなのよね」

「そうなんだな」

「つまり、農家さんも調理する人も食べてくれる人に喜んでほしいという気持ちは同じだってことですね、真之介君」

「そうだぜ美味香。手間をかけることは愛情の表われなんだ。愛情が湧けば自ずと手間をかけたくなるのは、どんな人でも同じなはずだ」

 目の前に並べられた献立。すべてここに来てから自分たちとともに調理をした道田・狭山両夫妻とともに作り上げた品々。それを見ながら、真之介は両手を前に差し出し口にする。

「手間をかけることと愛情は比例する! だからこそ手料理はうまい!!」

「うまいこと言うね、王子くん!」

「さすがは真之介くんなんだな!!」

 この場に集まった者たちからの拍手喝采が真之介へと向けられる。本人は照れた様子で頬を掻きながら、小皿に盛った料理を口へ運ぶ。

「たしかに・・・こういう手料理を食べていれば生活習慣病の予防にもなりますしね」

「基本的に、ぼくたち日本人の体には和食が合ってるからマイナスに働くことはほとんどないんだな」

「何も残留農薬や添加物ばかりが“食の不安”じゃない。個人個人の食生活の乱れそのものをもっと改善していくように心がける必要があるんだ」

「マスコミの影響か、最近は目先のちょっとした危険に過敏になって、バランスを欠いた安全志向が蔓延してるからねぇ」

「食の安全はもちろんだけど、もっと本質的な“食の安全”は毎日きちんと食事ができる保障を得ること―――大事なのは食卓の向こう側(・・・・・・・)なんだ」

 

 

 

 食の問題を語る上で欠かせない『食料自給率』の問題。

 現状、日本の食料自給率は下がり気味で、カロリーベースで39パーセント。日本人の食卓の殆どは輸入品に依存している。

 私たち消費者は今、毒性や添加物の含まれない食品を求めることこそが“食の安全”だと思っているが、毎日の食事ができる保障が無くなり、飢えに直面したとき・・・生き物は最大の危機に直面する。飢える時に、残留農薬や添加物のことを考える余裕はなくなる。

 しかし“食の安全”に振り回されるだけでなく、きちんと食材と向き合い、お弁当や家族の団欒を持つことがまず大切だ。そうすれば、自然と危ないものを食べる確率は減り、食事を大切にすれば食べ物を無駄にすることも少なくなる。

 

 

 “食卓の向こう側”―――あなたなら、この問題をどうお考えになりますか?

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:魚戸おさむ 脚本:北原雅紀著 『玄米せんせいの弁当箱 3巻』(小学館・2008)

作画:魚戸おさむ 原作:佐藤弘、渡辺美穂 『食卓の向こう側 コミック編①』(西日本新聞社・2007)




補足情報
アルブレヒト・テーアによる農業の定義
「農業は営利事業であり、植物体、動物体の生産(さらに加工の場合も)によって利益を生み出すこと、すなわち利殖をその目的とする。」
「この利益が持続的に多ければ多いほど、この目的はますます完全に達成される。それゆえ最も完全な農業とは、農業者の能力、生産諸力、資産状況に応じて、できるかぎり最高の利潤を持続的に引き出す農業である。」






参照・参考文献
著者:アルブレヒト・テーア 『合理的農業の原理(上巻)』(農文協・2007)


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