鉄血のオルフェンズ ~無欲な悪魔~ (小狗丸)
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人物設定

【シシオ・セト】

 この物語の主人公。

 

 宇宙で活動をするジャンク屋の息子として生まれる。

 父親が大のガンダムシリーズのファンでその影響からか本人もガンダムシリーズに強い興味を持っている。

 

 十歳の頃にとある宙域でほとんど完全な状態なガンダムオリアスを発見したことで、予想もしない所から価値のある物を見つけ出す面白さに目覚め、それ以来自らの事を「トレジャーハンター」と呼ぶようになった。

 父親が技術力を買われてテイワズの技術部に就職してからは助手のローズと二人でトレジャーハンターというジャンク屋家業を続けているが、副業で傭兵や運び屋みたいな仕事もしている為、周りからはトレジャーハンターというより何でも屋という認識となっている。

 

 物心がつく前から父親と一緒にモビルワーカーやモビルスーツに乗ってメカに囲まれた生活をしていた為、メカに関しては異常なまでに優れた才能と技術を持つ。

 操縦では阿頼耶識システムの手術を受けていないにも関わらずモビルワーカーやモビルスーツ、果てには戦艦すらも完璧に乗りこなし、整備では一流のメカニック並の知識と技術を誇る。

 その為、テイワズやタービンズといった組織に何度かスカウトを受けた経験があり、特にモビルスーツに乗っての戦いぶりは一部の海賊や傭兵から「青鬼(ブルーオーガ)」と呼ばれて恐れられる程。

 

 漢字を使った名前は「獅子雄・勢登」。

 

 年齢は十七歳。

 外見は特に醜くも顔立ちも整っていない、何というか地味な印象の日系の少年で、服装は青のジャケットにジーンズとファーストガンダムの頭部の絵がプリントされたシャツ。

 腰のベルトには「MP7A1」と同じ外見のサブマシンガンがホルスターに収められている。

 

 

 

 

 

【ガンダムオリアス】

形式番号:ASW-G-59

全高:18.5m

本体重量:37.7t

動力源:エイハブ・リアクター×2

使用フレーム:ガンダム・フレーム

武装:NLCSキャノン

   ライフル

   サーベル

   ハンドガン

   ナイフ

   シールド

パイロット:シシオ・セト

 

 

 厄祭戦末期に建造された七十二機のガンダム・フレーム搭載型モビルスーツの一機で、ガンダムオリアスは五十九番目に建造された機体である。

 厄祭戦が終結してからおよそ三百年ほど後、シシオ・セトによって装備からコックピット内部にいたるまでほぼ完璧な状態で発見された。

 

 ガンダムオリアスは背部にナノラミネートアーマーをも貫く高威力のキャノン「NLCSキャノン」を装備して、更に脚部には変形して通常歩行から高速起動に切り換える機構を有しており、遠方から砲撃をしてから高速で離脱をする移動砲台のような戦いを得意としている。

 

 ちなみにガンダムオリアスの名前にある「オリアス」とはソロモン七十二の魔神の一体、魔神オリアスの事を指す。

 魔神オリアスは召喚した者に何の代価も無しに自らの知識を与えてくれると伝えられており、「欲の無い悪魔」の異名を持つ。

 その姿は強靭な馬に乗って右手に二匹の蛇を持った尻尾が蛇の獅子とされていて、この姿はガンダム・オリアスの機体のデザインにも受け継がれている。

 

 

 

「NLCSキャノン」

 ガンダムオリアスの主兵装として背部にエイハブ・リアクターと直結する形で二基搭載されている二門のキャノン。

 NLCSキャノンとは「ナノ・ラミネート・コーティング・シェル・キャノン」の略称。

 ナノラミネートアーマーを蒸着させた特殊砲弾をエイハブ粒子で硬化させた後、高出力レールガンで超高速で発射し、ナノラミネートアーマーを貫く高威力を発揮する。

 しかしこの特殊砲弾は非常にコストが高く(通常の砲弾の数倍から十倍)、普段は通常の砲弾を使用している。

 現在NLCBSキャノンに使用されている特殊弾頭を製造しているメーカーはなく、今使用しているのは全てシシオが製造したものである。

 

「ライフル」

 近中距離だけでなく遠距離にも対応できるライフル。

 向かってくる敵の迎撃や突撃時だけでなく狙撃にも使用できる。

 

「サーベル」

 シールド裏に格納されている両刃の剣。

 ただしガンダム・オリアスは中遠距離での砲撃戦をメインとした機体なので予備兵装として扱われている。

 

「ハンドガン」

 フロントスカートの内部に二丁格納されているハンドガン型の近距離用射撃兵器。

 敵への牽制や近距離での集中砲火に使われる。

 高硬度レアアロイの特殊弾を使用しており、近距離ならナノラミネートアーマーにも大きなダメージを与えることができる。

 高硬度レアアロイの特殊弾は製造しているメーカーがなくシシオが製造したものである。

 

「ナイフ」

 腰の左右にあるブースターを兼用するアーマーの内部にそれぞれ一本ずつ格納されている仕込みナイフ。

 これもサーベルと同じく予備兵装として扱われている。

 

「シールド」

 サーベルの鞘も兼ねる大型の盾。

 表面にナノラミネート装甲を蒸着させているので防御力は非常に高い。

 

 

 

 

 

 ……と、色々書きましたが、ガンダム・オリアスは作者が作ったガンプラです。

 というかこの作品はオリジナルのガンプラが完成したテンションで思い付き、書き始めたものです。

 

 ガンダム・オリアスの画像は下に掲載しておきました。

 完成度の低いガンプラですがご了承ください。

 

 

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人物設定2

ネタバレを含みますのでご注意下さい。


人物設定

 

【ローズ】

 シシオと助手として常に彼の側にいる少女。

 

 今は廃棄されているコロニーの、特に貧しいスラムに生まれる。

 十歳の頃に実の親によって缶ビール一本ぶんの金額で売られ、ヒューマンデブリとなる。

 

 ヒューマンデブリとなったローズは当時テイワズの傘下にあった民兵組織に買われ、モビルスーツのパイロットとなる。

 モビルスーツのパイロットとなって二年が経って十二歳になった時、商船の護衛任務での海賊と戦いでローズのモビルスーツは大破となり、デブリ帯に漂流したところでガンダム・オリアスに乗ったシシオに救助される。

 

 救助された後はシシオと彼の父親と一緒にジャンク屋として生活をするのだが、その一年後にローズの買い主であった民兵組織がシシオとローズ達の元に押し寄せて来る。

 その時シシオはその民兵組織に賭けを持ち掛けて見事勝ち、ローズのヒューマンデブリの証である登録書を手に入れてそれを彼女に渡した。

 自分の証明書を渡されて自由の身になったローズだが、自分を救ってくれたシシオにその恩を返すために自分は彼の所有物と言い、シシオの側に付き従うようになる。

 ローズが常にメイド服を着るようになったのもこの頃で、メイド服を着るのはシシオの役に立とうという意思表示のようなものである。

 

 タービンズの構成員達とは境遇が似ているせいかとても良い関係を築いていて、特にモビルスーツ隊をまとめているアミダとはモビルスーツ戦を一から教わった師弟関係で、持ち前格闘センスと合わせた白兵戦の実力はかなりのものである。

 

 ローズという名前は本名ではなく、シシオと出会ったばかりの頃に彼が彼女の「薔薇のように綺麗な赤い髪」から付けたニックネーム。

 本名は別にあるのだが、自分を売った親につけられた名前にはもはや興味がなく、彼女の中では「ローズ」こそが自分の本当の名前となっている。

 

 年齢は十八歳。

 外見は薔薇のように鮮やかな赤い髪が美少女で、服装は富裕層の元で働く使用人のようなメイド服。

 スカートの下には大小のナイフが何本も隠されている。

 

 柴猫侍さんよりローズのイラストをいただいたのでここに掲載します。

 

 

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【ガンダムボティス】

形式番号:ASW-G-17

全高:19.7m

本体重量:38.5t

動力源:エイハブ・リアクター×2

使用フレーム:ガンダム・フレーム

武装:対艦バスターソード

   ブレードライフル

   太刀

   テイルブレード

   クローアーム

   フットナイフ

パイロット:ローズ

 

 

 厄祭戦末期に建造された七十二機のガンダム・フレーム搭載型モビルスーツの一機で、ガンダム・ボティスは十七番目に建造された機体である。

 厄祭戦が終結してからおよそ三百年ほど後、廃棄されたコロニー内でシシオによって発見される。

 シシオは自らの愛機であるガンダム・オリアスが何らかのトラブルが起こった時の予備機としてガンダム・ボティスを回収して修復するのだが、ローズの希望によって彼女の乗機となる。

 

 シシオが発見した時、ガンダム・ボティスは武装もコックピットも抜き取られたフレームのみの姿であり、現在の外装や武装はガンダム・オリアスのコックピットに記録されていたガンダム・ボティスのデータを参考にシシオが製造したもの。

 

 元々ガンダム・ボティスは超重量の格闘武器を使用した白兵戦を想定した機体であり、シシオもそれを考慮して単機で複数の敵を相手にできて、なおかつ戦艦すらも沈められうる装備を揃えた。

 両腕にはガンダム・アスタロトの左腕にあるサブアームと同型のものがそれぞれ装備されていて、これによって本来なら反動が強くて片手では使えない超重量の武器が片手で使用できるようになった。

 

 ちなみにガンダム・ボティスの名前にある「ボティス」とはソロモン七十二の魔神の一体、魔神ボティスの事を指す。

 魔神ボティスは召喚されると蛇の姿で現れて、召喚者が望むと頭に二本の角を生やして手に鋭い剣を持った人間に似た姿になると言われている。

 この人間に似た姿はガンダム・ボティスの機体のデザインにも受け継がれている。

 

 

 

「対艦バスターソード」

 ガンダム・ボティスの主兵装である機体の全長よりも大きい超重量ブレード。

 刀身は高硬度レアアロイ製で、この武装を製造するのにモビルスーツ二機分の費用がかかっている。

 

「ブレードライフル」

 銃身の下に高硬度レアアロイ製のブレードを取り付けたライフルで、ガンダム・ボティス唯一の射撃兵器。

 

「太刀」

 背部のバックパックに取り付けられている二本の太刀。

 ガンダム・ボティスの予備兵装なのだが、他のモビルスーツにとっては充分主兵装である。

 

「バックブレード」

 背部のバックパックに取り付けられているブレードを射出する兵器。

 大型の武器を振るう際にできる隙をカバーする為の迎撃兵装。

 

「クローアーム」

 腰の左右に装備されているサブアーム。

 先端が刃となっていて、バックブレードと同じく大型の武器を振るう際にできる隙をカバーする為の迎撃兵装。

 

「フットナイフ」

 両足に内蔵されているナイフ。

 至近距離での格闘戦に使用される。

 

 

 

 

 ……と、色々書きましたが、ガンダム・ボティスはガンダム・オリアスと同じく作者が作ったガンプラです。

 

 ガンダム・ボティスの画像は下に掲載しておきました。

 完成度の低いガンプラですがご了承ください。

 

 

【挿絵表示】

 



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パイロット情報+戦闘台詞

息抜きに書いてみたシシオとローズのデータと台詞集です。


☆シシオ・セト

 

【精神コマンド】

 集中(修得Lv1)

 分析(修得Lv1)

 直感(修得Lv8)

 補給(修得Lv11)

 魂 (修得Lv29)

 覚醒(修得Lv33)

 

【スキル】

 天才

 強運

 SP回復

 ヒット&アウェイ

 シールド防御

 

【エースボーナス】

 ガンダムフレーム機搭乗時、全ての行動の成功確率に+35%

 

【戦闘台詞】

(戦闘開始・通常)

「さあ、行くぞ。ガンダム・オリアス」

「それじゃあやるか。仕事仕事」

「弾代もバカにならないし、さっさとヤりますか」

 

(戦闘開始・相手がガンダムフレーム)

「ガンダムフレームか……。降参してくれないかな? 出来たら無傷で手に入れたいし……」

「やっぱりカッコいいな、ガンダムフレーム。それで性能はどれくらいかな?」

「オリアス。あのガンダムの名前を知っているか?」

 

(戦闘開始・NLCSキャノン)

「これがガンダム・オリアスの主兵装だ。……出力上昇。圧縮エイハブ粒子の供給開始。砲弾弾頭の硬化現象を確認。ターゲットロック。射撃準備オーケー。NLCSキャノン発射!」

 

(被弾・通常)

「そんな攻撃じゃあナノラミネートアーマーは貫けないよ?」

「うわっ!? ガンダム・オリアスにキズが!」

「この程度なら十分もあれば直せるか」

 

(被弾・相手がガンダムフレーム)

「何だ? 遊んでいるのか?」

「おい……! ガンダムに無様な戦いをさせるなよ……!」

「弱いな……。お前、ガンダムに乗る資格ないよ……」

 

(中破・通常)

「くそっ! 強い……!」

「お前……! よくも俺のオリアスを!」

「機体損傷率57%……! まだ戦える!」

 

(中破・相手がガンダムフレーム)

「あれがあのガンダムの力か……」

「はははっ! そうだよ! それでこそガンダムだ!」

「オリアスと同じガンダムフレーム。甘く見たつもりはなかったんだけどな……」

 

(回避・通常)

「単調な攻撃……素人かな?」

「パターン通りの攻撃なんて当たらないよ」

「その機体……フレームの構造上、この角度には攻撃できないだろ?」

 

(回避・相手がガンダムフレーム)

「ガンダムの性能を活かしきれていない?」

「悪いけどガンダムの扱いなら俺も負けてない!」

「そんなものじゃないだろ? ガンダムの力はさ」

 

 

 

 

☆ローズ

 

【精神コマンド】

 加速(修得Lv.1)

 集中(修得Lv.1)

 信頼(修得Lv.7)

 熱血(修得Lv.15)

 直撃(修得Lv.30)

 愛 (修得Lv.37)

 

【スキル】

 インファイトLv.6

 アタッカー

 底力Lv.7

 カウンター

 気力限界突破

 

【エースボーナス】

 格闘武器を使用時、成功確率に+30%、最終ダメージに+500

 

【戦闘台詞】

(戦闘開始)

「ローズ、そしてガンダム・ボティス。この力、主人の為に」

「シシオ様の為、貴方には死んでもらいます」

「私にはまだ仕事がありますので手早く終わらせますね」

 

(戦闘開始・七刀流攻撃)

「ガンダム・ボティスの刃、受けてみますか? ……驚きましたか? ガンダム・ボティスは七刀流なのですよ」

 

(被弾)

「時間の無駄ですね」

「ダメージの割には揺れますね」

「流石シシオ様のボティス。この程度の攻撃、何の問題もありませんね」

 

(中破)

「シシオ様のボティスを、よくも……!」

「まさか、ここまでの相手とは……!?」

「これ以上の損壊は避けないと……!」

 

(回避)

「遅いですね」

「そんな単調な攻撃なんか」

「例えかすり傷とはいえ、ボティスに傷をつけてほしくありませんね」




可能でしたら誰かシシオとローズのイラストを描いてもらえたら嬉しいです。


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悪魔達の会話

思いついた勢いで書いてみました。


※この話は「ガンダムフレーム機が人間のように話せたら」というパロディです。ガンダムフレーム機の性別はパイロットと同じです。

 

 

【時間軸:物語が始まる七年前】

シシオ(子供)

「……」

 

ガンダム・オリアス

「やあ、初めまして。こうして生きている人と出会うのは久しぶりだ」

 

シシオ(子供)

「……」

 

ガンダム・オリアス

「それでいきなりなんだけど、俺と(パイロット)契約をしないかい? 俺と(パイロット)契約をしたら代償(阿頼耶識システムの手術)無しで力(ガンダムフレーム機の戦力)をあげるよ?」

※ガンダム・オリアスの名前の元ネタの魔神オリアスは、代償無しで召喚者に力を与えてくれる魔神。

 

シシオ(子供)

「……」

 

ガンダム・オリアス

(わ、我ながら嘘臭いな……。一応嘘ではないけど)

 

シシオ(子供)

「…………にぱっ(満面の笑み)」

 

ガンダム・オリアス

(うっ! 何だか騙したみたいで心が痛むな。いや、騙してはいないけどさ……)

 

 

 

【時間軸:#04】

ガンダム・オリアス

「………」

 

ガンダム・アスタロト

「………」

 

ガンダム・オリアス

「……………」

 

ガンダム・アスタロト

「……………」

 

ガンダム・オリアス

「……あの、どちら様でしょうか?」

 

ガンダム・アスタロト

「ガンダム・アスタロトだよ! アスタロト! 悪かったな! こんな変わり果てた姿になってよ!」

 

ガンダム・オリアス

「ええっ!? あのいつも全身赤のカラーリングをしていたアスタロト兄さん!? どうしてそんな姿に?」

 

ガンダム・アスタロト

「…………………………俺にも色々あったんだよ。……聞いてくれるか?」

 

ガンダム・オリアス

「アッ、ハイ」

 

 

 

【時間軸:#10】

※病院で包帯でミイラ男になったガンダム・バルバトスと花束を持って見舞いに来たガンダム・オリアス。

ガンダム・バルバトス

「………なぁ」

 

ガンダム・オリアス

「………はい」

 

ガンダム・バルバトス

「お前の所のパイロット(シシオ)何なの? 俺が病みあがりで身体がボロボロなのを知っているだろ? それなのに遠慮するどころかピンポイントで具合が悪い所を狙ってくるし、容赦はないし……鬼か? アイツは?」

 

ガンダム・オリアス

「一応、俺とシシオのコンビで青鬼(ブルーオーガ)と呼ばれたりしますが……。すみませんでした……」

 

 

 

【時間軸:#14】

ガンダム・アスタロトSF

「ふふん♩」

※鏡の前でポーズをとっているシシオに改造されたガンダム・アスタロトSF。

 

ガンダム・オリアス

「あの……一体どうしたんですか? アスタロト兄さん?」

 

ガンダム・アスタロトSF

「うん? ……ああ、いやな。オリアス、お前の所のパイロットは素晴らしいね。俺の身体をこんなにカッコよくしてくれたんだからね。……うん。前の俺の姿程じゃないがこの姿もカッコいいじゃないか、俺?」

※そう言って再び鏡の前でポーズをとり始めるガンダム・アスタロトSFとそれを呆然と見るガンダム・オリアス。

 

ガンダム・オリアス

(ヤバイな、この人(?) 昔からそんな気配はあったけど、いよいよ本格的なナルシストになったみたいだ……)

 

 

 

【時間軸:#17】

ガンダム・ボティス

「……貴方はグシオン兄さん?」

 

グシオン

「よお、ボティス。久しぶりだな」

 

ガンダム・ボティス

「ええ、そうですね」

 

グシオン

「久しぶりの再会だが、今俺達は敵同士だ。手加減はしないぜ?」

 

ガンダム・ボティス

「はい。それも分かって……」

 

グシオン

「それにしてもお前、見ないうちに太ったなぁ(ニヤニヤ)」

 

ガンダム・ボティス

「………(プチン)」

 

※次の瞬間、ガンダム・ボティスは速攻でグシオンを組み伏せてマウントポジションをとり、ただひたすらに殴り続ける。

 

グシオン

「ゴッ! ガッ!? い、痛! 痛いって! ごめんなさい! すみませんでした、ボティス姐さん! 自分、調子に乗ってました! だからもう勘弁してください!」

 

ガンダム・ボティス

「お前が! 泣く! まで! 殴る! のを! 止め! ない!」

 

グシオン

「いや、泣いてるから! ぎゃ! 痛くて泣いてますから、自分! ぐおっ!」

 

ガンダム・ボティス

「モビルスーツは涙なんか流さない!」

 

グシオン

「無茶苦茶だ、コイツ!? ごべっ! だ、誰か助けて……ぎゃああっ!」



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悪魔達の会話2+α

※この話は「ガンダムフレーム機が人間のように話せたら」というパロディです。ガンダムフレーム機の性別はパイロットと同じです。

 

 

【時間軸:#26】

※ブルワーズとの戦闘でシシオにスクラップ寸前になるまでボコボコにされたグシオンを引っ張るガンダム・オリアスと、その後をついていくガンダム・ボティス。

 

ガンダム・ボティス

「あの、オリアスさん?」

 

ガンダム・オリアス

「何ですか? ボティス姉さん」

 

ガンダム・ボティス

「何、というか、その……。グシオン兄さんの事なんですけど、もう少し手加減できなかったのですか?」

 

ガンダム・オリアス

「いやいや! これは俺じゃなくてシシオがやったんだからね!? というかこれは仕方がないでしょう? シシオってば俺達(ガンダムフレーム機)のことになると色々と暴走するのはボティス姉さんだって知っているでしょう?」

 

ガンダム・ボティス

「それはそうですけど……」

 

グシオン

「う、うう……」

 

ガンダム・オリアス

「っ!? グシオン兄さん! 良かった。生きていたんですね?」

 

ガンダム・ボティス

「大丈夫ですか、グシオン兄さん?」

 

グシオン

「ぐ、グシオ……? うう……頭が割れるように痛い……。ここは、何処だ? 俺は……俺は、誰なんだ?」

 

ガンダム・オリアス&ガンダム・ボティス

「「えっ!?」」

 

 

 

【時間軸:#32】

ガンダム・ウヴァル

「ようやく私の出番か……。ふふん。愚かなる敵共よ、覚悟しろよ。この美しきガンダム・ウヴァルが現れた以上、お前達に待つのは『死』だけだ。フフ、フハハハハ!」

 

※高笑いをするガンダム・ウヴァルの肩にいつの間にか現れたガンダム・アスタロトSFが手を置く。

 

ガンダム・アスタロトSF

「やあ、随分と楽しそうだね? ウヴァル?」

 

ガンダム・ウヴァル

「ん? 何だお前は……!? あ、アスタロト先輩!?」

 

ガンダム・アスタロトSF

「そうだよ。久しぶりだね、ウヴァル。……それでいきなりなんだけど君が今装備している装甲って、俺の装甲だよね? それを何で君が装備しているのかな? 俺がその装甲を大切にしている事は知っているよね?」

 

ガンダム・ウヴァル

「そ、それは、その……」

 

ガンダム・アスタロトSF

「……………ちょっとそこまでツラ貸せや」

 

※この後ガンダム・ウヴァル、ガンダム・アスタロトSFにフルボッコ。

 

 

 

【時間軸:#33】

ガンダム・オリアス

「あ、あれはガンダム・キマリスじゃないか? 久しぶり。元気だったかい?」

 

ガンダム・キマリス

「ふん。気安く呼びかけるな、オリアス」

 

ガンダム・オリアス

「え? 今何て?」

 

ガンダム・キマリス

「気安く呼びかけるな、と言ったのだ。ここは戦場で今の私達は敵同士なのだぞ? それなのに挨拶なんかしてどうする。そもそも、私はセブンスターズに所属する栄えあるガンダムフレームの一機、言わば貴族のような者。そんな私に貴様のような『欠陥品』が話しかけようとするなど……格の違いを知れ」

 

※ガンダム・オリアスは厄祭戦時代、操縦システムの問題から欠陥品扱いされていた過去を持っています。

 

ガンダム・オリアス

「………イラ☆」

 

※この後ガンダム・オリアスとガンダム・キマリスは戦闘を開始するのだが、お互いのパイロットの技量や整備の差もあってか、戦闘が始まってすぐにガンダム・キマリスはガンダム・オリアスにボコボコにされてしまう。

 

ガンダム・キマリス

「ゴッ!? ガッ! ブゲラァ! ちょ、ちょっと待てオリアス! ガハッ! い、いや! 待って下さいオリアス兄様! ゲファ!? 申し訳ございません! オリアス兄様に暴言を言って大変申し訳ありません! ギャッ!? こ、このキマリス、猛省しました! ですからどうかアガガガ……!? どうかお許しくださいぃ!!」

 

ガンダム・オリアス

「よし! いい感じだぞ、シシオ! だがまだまだ油断は禁物だ。何しろ相手はあのセブンスターズのガンダムフレーム機! 俺とは格が違うみたいだからね! ここで一気に畳み掛けるよ。……NLCSキャノン発射用意!(ガンダム・キマリスの言葉はとてもイイ笑顔で華麗にスルー)」

 

ガンダム・キマリス

「ヒイィ!? 慈悲を! どうかお慈悲を!」

 

 

 

☆オマケ

※これはガンダム同士の会話ではなく、本編とは全く関係のない(多分)、とある漫画とのクロスです。

【時間軸:#35】

※ドルトコロニーの騒動が終わり、シシオが一人でドルトコロニー内で買い物をしていると、そこにこの辺りでは見たこともない服装をした少女が現れる。

 

???

「ねぇ、君。ちょっといいかな?」

 

シシオ

「俺ですか?」

 

???

「そうそう、君だよ。……へぇ~、これは珍しいね」

 

シシオ

「珍しい?」

 

???

「そうだよ。ボク、怖い鬼さんから逃げるためにこの世界に来たんだけど、こんなジャンプの世界観とは全く違う世界で君みたいな『アブノーマル』がいるだなんてね。いやいや、この世界もそう捨てたものじゃないかもしれないね?」

 

シシオ

「あ、アブノーマル?」

 

???

「ああ、安心してくれたまえ。ボクは別に君を異常性癖者と言った訳じゃない。とある能力(スキル)を持った特別な人間という意味でアブノーマルと呼んだのさ」

 

シシオ

「スキル? 俺が……特別?」

 

???

「君、他の人には出来ない特技とかあるんじゃないかい? 例えば始めてみる機械でも一目見るだけでその使い方が分かったりとか、どんな機解も自分の手足のように操れたりとかさ」

 

シシオ

「っ!? なんでそれを?」

 

???

「ふふん。これでもスキルに関しては一家言を持っていてね。まあ、ボクは所謂スキルの専門家なのさ。……それだけど君のスキルはシンプルだけどかなりの応用が効いて今時こういうのは珍しいよ?」

 

シシオ

「シンプルだけど応用が効くスキル?」

 

???

「そうだよ。『機』械の全ての情報を瞬時に理『解』し、『騎』乗すれば性能を限『界』まで引き出すことができるスキル。名付けるとしたら……

 

『機騎解界』(ダブルマーベラス)

 

 といったところかな?」

 

シシオ

「機騎解界(ダブルマーベラス)? それが俺のスキル? というか君は一体……?」

 

???

「はははっ。さっきから質問ばかりだね、君は。でもまあいいさ。ボクを呼ぶときは親しみを込めて■■■■■と呼んでくれたまえ」

 

シシオ

「annsinninnsann? その発音ってもしかして君、日本の……あれ? どこに行ったんだ?」



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番外編

思いついた勢いで書いた文章第二段。
他のガンダムの世界にオリアスとボティスを出してみたくて書きました。
続きを書くかは未定です。


「………あれ?」

 

 シシオが目を覚ますと彼は無数の機器類に囲まれたシートに座っていた。

 

「ここは……ガンダム・オリアスのコックピット?」

 

 周囲を見回してシシオは今自分が何処にいるかを確認する。

 

 見間違えるはずがない。ここは間違いなく自分の宝物であり、自分と数多の戦いをくぐり抜けてきた戦友、ガンダム・オリアスのコックピットであるとシシオは確信していた。

 

「だけど何で俺はガンダム・オリアスのコックピットにいるんだ?」

 

 シシオは眠りにつく前の記憶を呼び起こしながら呟く。

 

「確か俺は昨日、ガンダム・オリアスの整備をしていて……ようやく整備が終わった時には日付が変わっていて眠すぎて……それで部屋には戻らずに格納庫で仮眠をとったはずだ。……うん。間違いない」

 

 昨日の行動を小声で呟いてシシオは自分の記憶に間違いないことを確認する。

 

(だけど俺が寝たの格納庫の隅のはずだ。それなのにどうして起きたらガンダム・オリアスのコックピットにいるんだ? ………もしかして)

 

 そこまで考えたところでシシオはある可能性に気づく。

 

「これってまたあの『夢』なのか?」

 

 シシオ・セトには誰にも、それこそいつも自分の側にいてくれる助手のローズにも言っていないある秘密があった。

 

 それは時々ではあるが「とても現実感のある夢を見る」というもの。

 

 夢はまるで別の世界に迷い込んだかのように現実感がある上に数ヶ月、長ければ数年の時間を体感するのだが、目を覚ますと数時間しか経っていない。それでいながら夢の中で得た知識や技術はしっかりとシシオの中に残っているのだから不思議なものである。

 

 シシオが今まで現実感のある夢を見た回数は五回。そして今回で六回目である。

 

 最初に見た夢では、現実の歴史とは異なる歴史を歩んだ地球で日本を拠点とするレジスタンスの一員となり、人型のモビルワーカーのような機体に乗って地球の三分の一を支配する超大国と戦った。

 

 二回目の夢では、南極にあるワープゲートから移動する異星で最年少の戦闘機パイロットとなり、人や戦闘機の姿になる異星人と戦った。

 

 三回目の夢では、太陽系の外の宇宙に新たな新天地を求める巨大移民船団の防衛軍に雇われて、虫のような外見の宇宙怪獣の群れと戦った。

 

 四回目の夢では、現実の火星とは全く異なる水の星となった火星で海賊となり、人の外見をした潜水艦のような兵器で様々な敵と戦った。

 

 五回目の夢では、地球でも火星でもない獣の外見をした起動兵器がまるで野生の動物のように生息している惑星で獅子の外見の起動兵器に乗り、同じく獅子の外見の起動兵器に乗る少年と共にその惑星の危機を救う為に戦った。

 

「それで今回はどんな世界なんだ? ……見た感じ地球っぽいんだけど……て、あれ?」

 

 シシオがガンダム・オリアスのモニターを起動させて周囲の様子を調べてみるとすぐ側に意外なモノを見つけた。

 

 それはシシオが保有するもう一機のガンダムフレーム機、ガンダム・ボティスであった。

 

「な、何でガンダム・ボティスがこんなところに? ……もしかして」

 

 ガンダム・ボティスを発見した驚きで眼を見開いていたシシオはある可能性に気づくとガンダム・ボティスに通信を入れた。

 

『はい。何でしょうか、シシオ様?』

 

 通信を入れてモニターに写し出されたのはガンダム・ボティスのコックピットにいるシシオの助手、ローズの姿であった。

 

『……あの、シシオ様? 変なことをお聞きしますが、私は何故ガンダム・ボティスのコックピットにいるのでしょうか?』

 

 僅かに困惑した表情で質問をしてくるローズ。しかしシシオには彼女の質問に答える余裕などなくただ一言、

 

「どういうことだよ?」

 

 と、呟くことしかできなかった。

 

 ☆

 

 数時間後。とりあえずシシオとローズはガンダム・オリアスとガンダム・ボティスを移動させて人里を探すことにして、その途中でシシオはローズに今の状況を説明した。

 

『……つまり、ここはシシオ様がたまに見られる夢の中で、そこに何故か私も同じ夢を見ているということですか?』

 

 ローズが説明された内容をまとめるとそれにシシオが頷く。

 

「ああ。とても信じられないだろうがその通りだ。ローズ、お前が俺の夢の産物である可能性もあるけど、そうでないとしたら何で今回に限ってお前も同じ夢を見ているか、予想はつくか?」

 

 シシオに聞かれてローズは少し考えてから口を開いた。

 

『そうですね……。昨日私はシシオに夜這……もとい、ガンダム・オリアスの整備に疲れてシシオ様と一緒の場所で仮眠を取りましたから、そのせいかもしれませんね』

 

「いや、ちょっと待って」

 

 ローズの言葉にシシオか思わずつっこむ。

 

 確かに眠る前にシシオはガンダム・オリアスの整備をしていたし、ローズにも手伝ってもらっていた。

 

 そして疲れたから同じ場所、格納庫の隅のスペースで仮眠を取ったのも事実だ。

 

 しかし今、何やら聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。

 

「ローズ、今お前夜這いって言ったか? 俺に夜這いしたのか?」

 

『していません』

 

「じゃあ何で夜這いなんて言ったんだよ?」

 

『言っていませんし、していません』

 

「……本当に?」

 

『シシオ様、しつこいですよ?』

 

「アッ、ハイ。すみませんでした」

 

 ローズの言葉にあっさりと沈黙するシシオ。なんというか、未来の二人の力関係がよく分かるやり取りであった。

 

『それでシシオ様? この夢は一体どうしたら醒めるのですか?』

 

「そうだな……。俺が見てきた夢はどれも大きな戦いが起こっていて、それが一段落つくと夢は醒めるんだ」

 

『そうですか。それでは夢の中で死んだ場合はどうなりますか?』

 

「それはまだ試したことがないな……ん?」

 

「モビルスーツの反応?」

 

 シシオがローズの質問に答えているとガンダム・オリアスとガンダム・ボティスのレーダーに、モビルスーツが一機、こちらに接近してくる反応が出た。

 

『この夢にはモビルスーツが出るようですね。……敵でしょうか?』

 

「それは分からない。一応警戒はしておこう」

 

 シシオとローズが機体を止めると、レーダーに反応したモビルスーツがモニターに映る距離までやって来て、モビルスーツの姿を見た二人は……。

 

「はぁ?」

 

『これは……?』

 

 と、驚きで思わず眼を見開いた。

 

 そしてシシオとローズの前に現れたモビルスーツは外部音声で二人に話しかける。

 

『そこの機械人形に乗っている人達、貴方達は一体何者なんですか?』

 

 モビルスーツから聞こえてきたのは男のようにも女のようにも聞こえる中性的な声。その呼びかけに対してシシオは考えるよりも先に外部音声をオンにして叫び返した。

 

「何者かはこちらの台詞だ! というか何だよソレ!? その、『ヒゲの生えたガンダム』は!?」

 

 このシシオ達とヒゲの生えたガンダムとの出会いが、先程シシオが言った大きな戦いの始りとなることを彼らはまだ知らない。

 

 

 

 

 

 ……続く?




ちなみにシシオは、過去の五つの夢の世界の全てでエースパイロットとなり、自分が味方した陣営を勝利に導きました。


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番外編2

「どうぞ、こちらです」

 

「おお……」

 

「これは……」

 

 シシオとローズは、自分達と同じくらいの年代の褐色の肌をした銀髪の少年に案内されてある建物の中を歩いていた。その建物は現実世界では映像記録でしか残っていないような「お城」であり、シシオとローズも珍しそうに周囲を見回しながら銀髪の少年の後をついて歩いていた。

 

 あの「ヒゲの生えたガンダム」と出会って最初は取り乱したシシオであったが、自分が敵ではなく戦闘の意思もないことをローズと一緒に伝えると、ヒゲの生えたガンダムのパイロットに「自分の上司に会って事情を説明してほしい」と言われてこの城にやって来たのである。

 

 そして今シシオとローズの前を歩く銀髪の少年こそがヒゲの生えたガンダムのパイロットなのだった。

 

「あの……ちょっといいですか?」

 

「ん?」

 

「何ですか?」

 

 シシオとローズが歩きながら城の通路を観察していると銀髪の少年がためらいがちに話しかけてきた。

 

「貴方は初めて会った時、ホワイトドールのことを『ガンダム』って呼んでいましたけと、ガンダムってなんなんですか?」

 

「ホワイトドール? ……ああ、君が乗っていたあの機体のことか。いやな? 俺達の機体と君の機体ってどこか似てるだろ? それで俺達の機体はガンダムフレームっていうシリーズの機体だから思わずガンダムって、呼んだんだ。……それよりそんな敬語なんか使わなくて普通に話してくれないか? 俺達同い年くらいだろ? ああ、ちなみに俺の名前はシシオ・セト。よろしくな」

 

「ローズと申します」

 

「そうなんだ。……うん。こちらこそよろしく。僕はロラン・セアック」

 

 銀髪の少年、ロランの質問に答えてからシシオとローズが名乗るとロランもまた口調を敬語から素の状態に戻して名乗った。そしてそうしている内に三人は目的の部屋の前まで辿り着いた。

 

「グエン様、ロランです。例の二人を連れてきました」

 

『開いているよ、入りたまえ』

 

 ロランが部屋の扉をノックして言うと部屋の中から若い男の声が返事をした。

 

「やあ、よく来てくれたね」

 

 ロランが扉を開いてシシオとローズと共に部屋に入ると、ロラン程ではないが褐色の肌をしたいかにも育ちが良さそうな若い男が三人を出迎えた。

 

「初めまして。私はグエン・サード・ラインフォード。このイングレッサ領を治めている者だ」

 

「俺はシシオ・セトと言います」

 

「ローズと申します」

 

 笑みを浮かべて自己紹介をするグエンにシシオとローズが名乗ると、それを聞いたグエンが首を傾げる。

 

「うん? ミス・ローズは名前だけなのかい? ファミリーネームは?」

 

「……ああ。ローズは色々と複雑な生まれでして……あえてファミリーネームをつけて名乗るとしたら『ローズ・セト』ですかね?」

 

「ええ、そうですね」

 

 ローズは子供の頃に実の親に売られてヒューマンデブリとなり、その後シシオに救われて彼と家族同然の身にとなった。その為、シシオとローズは兄妹みたいな感じで言ったのだが、ロランとグエンはそうは思わなかったみたいだった。

 

「同じファミリーネーム? 二人は夫婦……いや、婚約者なのかい?」

 

「ええっ!? シシオとローズって結婚しているの?」

 

「はいぃ!?」

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 グエンとロランの言葉にシシオとローズが絶句する。

 

「あ、いや……今のは兄妹のつもりで言ったんですけど……。あれ? ローズ? どうしたんだ?」

 

「いえ、何でもありません、シシオ様。気にしないでください……というか、見るな!!」

 

 グエンとロランの予想もしなかった言葉にシシオが慌てながらローズを見ると、彼女は明後日の方向を見ており顔は耳まで真っ赤で、普段ならば決して言わない口調の言葉を自分の主人に言っていた。

 

 それからしばらくしてようやくローズが元に戻るとグエンは話を再開させた。

 

「さて、話を元に戻すとして……。単刀直入に聞こう。君達のその見慣れない生地を使った衣服に報告にあった未知の機械人形……君達は月から来た人類『ムーンレイス』なのかい?」

 

「………」

 

 真剣な表情となって言うグエンの言葉にロランも緊張した表情となってシシオとローズを見つめる。それに対して質問をされた二人は……。

 

「「ムーンレイス? 何それ?/何ですか?」」

 

 と、二人同時に首を傾げた。

 

「……何?」

 

「あれ?」

 

 シシオとローズの反応に思わず呆けた声を出すグエンとロラン。そんな二人を見てシシオは内心で疲れた声で呟いた。

 

(……この流れから考えるにこの夢の戦いは人間同士の戦いか。参ったな。人間同士の戦いって、場合によっては異星人や怪獣の戦いよりややっこしいんだよな……)

 

 

 

 

 

 ………続く、かも?



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番外編3

今回はシシオ達の会話回です。


「あ、あの……。ムーンレイスを知らないって本当ですか?」

 

「うん。知らないな」

 

「私も知りません」

 

「ええっ!?」

 

 ロランは「ムーンレイスを知らない」と言うシシオとローズに思わず訪ねるが、二人に即答にされて絶句した。

 

「あー……。どうやらムーンレイスっていうのは、ここでは知らない人がいないくらい有名なようだな? 悪いけどムーンレイスって何か教えてくれないか?」

 

「……ふむ。どうやら本当に知らないようだね」

 

 ロランの反応を見たシシオが気まずそうにムーンレイスについて訪ねると、グエンが興味深そうな目でシシオとローズの二人を見ながら口を開いた。

 

「分かった。私が教えよう。……ムーンレイスというのは月からやって来た人類で、現在我々地球に生きる地球人とムーンレイスは戦争を起こすか否かの危険な状態にある」

 

 グエンはそう前置きするとシシオとローズの二人に、ムーンレイスの事とこの世界の現状を説明してくれた。

 

「まず最初に、この世界は大昔に大きな戦いがあった。その戦いの歴史は『黒歴史』と呼ばれ、黒歴史のほとんどの記録は失われているが、一部の記録は歴史書の文献やお伽噺となって伝えられている」

 

 そこでグエンは一旦言葉を切って右手の人差し指と中指を立てる。

 

「黒歴史の戦いは地球を滅亡寸前まで追い込み、その当時の人類は二つに別れた。一つは地球に残って人類で、その末裔が我々地球人。そしてもう一つは地球を捨てて宇宙へと旅立ち、月に生活圏を築いた人類で、その末裔こそがムーンレイスなのさ」

 

「ふむ……」

 

「なるほど」

 

 シシオとローズが納得したように頷いたのを見てからグエンは説明を続ける。

 

「地球人とムーンレイスは今まで交流など全くなかったのだが、二年くらい前から急にムーンレイスが『地球に帰還するため、自分達が住まう土地を明け渡してほしい』と我々地球人に接触を図ってきたのだ」

 

「それはまた随分といきなりですね」

 

 ローズがそう言うとグエンは「まったくだ」と言って頷く。

 

「ムーンレイス達の交渉……というよりアレは一方的な通告だったな。とにかく通告は全て無線の音声のみによるものでね。お互いが相手の情報をろくに持っておらず、顔すら会わせない交渉などまともにできるはずはなかった……。そして交渉の結果が全くでないまま二年の月日が経ち、ついにムーンレイスは行動を起こした」

 

「行動ってまさか……」

 

 嫌な予感がしたシシオが思わず口元にひきつった笑みを浮かべて言うとグエンが苦々しい表情となって頷いた。

 

「ああ……君の予想した通りだ。ムーンレイスの軍隊『ディアナ・カウンター』の先遣隊が無数の機械人形と戦艦を率いて地球に侵攻してきたんだ。それによって我がノックスを初めとする地球の各地で大きな被害が出て、その結果我々地球側の軍隊『ミリシャ』との戦闘が起こったのだ」

 

「あー……。まぁ、そうなるよな……」

 

「? 月と地球の戦闘が起こったのですか? 最初グエン様は『戦争を起こすか否かの危険な状態にある』と言っていたはずですが?」

 

 戦闘が始まったと聞いてシシオがため息をつくと、その隣でローズがグエンの言葉に違和感を感じて首をかしげる。

 

「そうだ。最初に戦闘はあったが、今は一応は落ち着いている。現在、私を初めとする地球の貴族達とディアナ・カウンターの指揮官達が改めて土地問題をめぐって交渉を行っており、ミリシャとディアナ・カウンターとの戦闘は本格的なものからにらみ合いに収まっている。……まあ、それでも小競合い程度の戦闘はまだあるけどね」

 

「なるほど……。しかしそれにしてもよく侵攻してきたムーンレイスともう一度交渉ができましたね? これは言ったら悪いと思いますけど、地球人の技術力だとムーンレイスにはとても敵わないから侵攻は阻止できないのでは?」

 

 グエンの説明でムーンレイスとこの世界の現状を理解したシシオは思った疑問を口にする。

 

 この城に来る前に街の様子を見たが、この世界の地球の技術レベルはシシオとローズからすれば信じられないほど低く、宇宙で生活できるレベルの技術を持ったムーンレイスに勝てるとは思えなかった。

 

「それはローラの機械人形のお陰さ」

 

 グエンはシシオの言葉に気を悪くする様子を見せず、横目でロランを見ながら言う。

 

「幸いと言うべきか、ムーンレイスの侵攻が起こった日、ビシ二ティ周辺の土地で守護神と崇め奉られている『ホワイトドール』の石像から一体の黒歴史の時代に作られたと思われる機械人形が発見されたんだ。君達も見ただろう? あの白い機械人形さ」

 

「だからホワイトドールか……」

 

 シシオはロランが自分のガンダムを「ホワイトドール」と呼んでいた理由を知って思わず呟く。

 

「そしてそれを丁度ホワイトドールの石像のある場所で成人式を迎えていたローラが操縦して、ムーンレイスの機械人形の一体を見事退けたのさ。私はこの事実を利用してなんとかムーンレイスを交渉の場に着かせることに成功したというわけだ」

 

 確かに地球側にも抵抗できるだけの戦力があると考えればムーンレイスも迂闊に侵攻を行ったりはしないだろう。そう考えてシシオとローズは再び納得したように頷いた。

 

「そんな緊張した状況で正体不明の機械人形が二体も現れたという報告がはいった。私はこれを確かめるべくローラのホワイトドールに調べに行ってもらった。それが……」

 

「俺達だったって訳か……」

 

 グエンの言葉を引き継ぐ様にシシオが言った。

 

「さて……。私からの説明は以上だ。次は君達が何者なのかを教えてくれないかな?」

 

 グエンに聞かれてシシオはローズに一つ頷いてみせてから口を開いた。

 

「分かりました。……まず俺達は地球人でもなければ月から来たムーンレイスでもありません」

 

 シシオの言葉にグエンは興味深そうな表情となる。

 

「ほぅ……。では一体何処から来たのかな?」

 

「火星です」

 

「火星?」

 

「火星ですって!?」

 

 シシオが火星から来たと言うとグエンが僅かに驚いた顔で呟き、ロランはグエン以上に驚いた顔になって叫んだ。それをシシオは少し不思議に思いながらも話を続けた。

 

「正確には火星と木星の間の宇宙空間にあるコロニー……人が暮らせる建造物から来ました。俺達の祖先は地球人で、大昔に起こった戦争から逃れるために地球から宇宙へと移った移民なんです」

 

 シシオが言ったことは嘘ではない。彼の祖先は厄祭戦終結後に宇宙に旅立った宇宙移民であり、シシオもローズも火星と木星の間にあるコロニーで生まれ育ったのも事実であった。

 

「なるほど、ね……」

 

「まさか月以外にも人が住んでいる所があったなんて……」

 

 グエンとロランもシシオの言葉を自分なりに解釈して納得したような表情となる。

 

「それで? 君達は一体どうして火星から地球にやって来たんだい?」

 

「……それなんですけど俺達もどうして地球にやって来たのかよく覚えていないんですよ」

 

 グエンの質問にシシオは困った表情となって答える。

 

「何? どういうことだい?」

 

「俺達は仕事で地球の近くの宇宙に向かっていました。……そこまでは覚えているんですけど、気がつけば地球にいたんです」

 

 これも嘘ではない。現実世界のシシオとローズはある人物達の護衛で月と地球に向かっており、シシオが嘘をついていないと感じたグエンはひとまず納得して話を続けさせることにした。

 

「ふむ……。では君達の仕事とは?」

 

「はい。俺はトレジャ「ジャンク屋」をやっておりまして……!? おい! ローズ!」

 

 グエンの質問に答えようとしたシシオの言葉にローズが声を重ねる。夢の中でもこのやり取りは健在のようであった。

 

「ジャンク屋とは?」

 

「いや、あの、俺はジャンク屋ではなくトレジャーハン……」

 

「ジャンク屋とは過去の大戦で廃棄された機械の中で使えそうなものを回収し、それを修理したものを販売する職業です」

 

「………」

 

「………」

 

 ジャンク屋について質問をするグエンに訂正するシシオだったが、それを遮ってローズがジャンク屋について説明をする。完全に無視される形となったシシオは悲しそうな表情を浮かべ、そんな彼をロランが同情するような目で見た。

 

「古の機械を見つけ出し使えるようにする……シドのような山師みたいなものか」

 

「そのシド様がどんな方かは分かりませんがその様なものとお考えください。後、私とシシオ様はジャンク屋の他に運び屋や傭兵なども兼業しております」

 

「ほぅ……」

 

 ローズの言葉にグエンは一瞬だけ瞳を光らせてから納得した顔で頷いた。

 

「つまり君達は地球の近くの宇宙で機械を探していたが、何らかのトラブルが起こって地球に落ちて来た。その時の衝撃で地球に落ちて来た辺りの記憶が曖昧となった。……そんなところかな?」

 

「はい。そんなところです」

 

「そうか……」

 

 グエンはシシオの答えを聞くと少しの間何かを考えてからシシオとローズを見た。

 

「シシオ君とミス・ローズ。君達はこれからどうするつもりなんだい?」

 

「いや、それがまだ何をしようか考えていないんですよね」

 

 シシオの言葉にグエンは我が意を得たりといった笑みを浮かべた。

 

「そうか……。それではシシオ君とミス・ローズ。君達、私に雇われる気はないかい? 報酬は勿論、当面の衣食住は出来るだけいいものを用意するよ」



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#01

 火星と木星の間にあるとある宙域。無数のデブリが漂う宇宙を、青色に塗装されてキャタピラの代わりに三本の足を取り付けた戦車のような機械が飛んでいた。

 

 この戦車のような機械は「モビルワーカー」という戦闘から土木工事まで幅広く使われている乗り物で、青色のモビルワーカーは後部に取り付けられているタンクから推進剤を噴出して推力を得ており、その更に後方には人の形をした巨大な機械の残骸が何本ものワイヤーで青色のモビルワーカーと繋がって牽引されていた。

 

 モビルスーツ。

 

 今からおよそ三百年程昔に地球で勃発した「厄祭戦」と呼ばれる、一時は人類が滅亡寸前にまで追いやられた大戦で使用された、人類が使用する兵器の中で「最強」とされる巨大人型兵器である。

 

 厄祭戦時では、それこそ無数のモビルスーツが地球そのものを破壊しかねない程の激しい戦いを繰り広げていたと言われており、今青色のモビルワーカーが牽引しているのはそのモビルスーツの成れの果てであった。

 

 青色のモビルワーカーは上下左右と忙しなく動き、機体だけでなく後ろで牽引しているモビルスーツの残骸にもデブリが当たらないようにスピードを落とすことなく前進していく。

 

「これで三機目。うんうん。今回の探索はけっこう当たりだな」

 

 青色のモビルワーカーの中で操縦士のシシオ・セトは、後方の様子を映すモニターからモビルスーツの残骸を見て満足そうに頷き呟く。そうしている間でもシシオの両手と両足は素早い動作でモビルワーカーを動かすレバーやペダルを操作しており、しばらくすると前方の様子を映すモニターに彼の拠点である一隻の宇宙船が映し出された。

 

 ☆

 

「ただいまー」

 

 モビルワーカーとモビルスーツの残骸を宇宙船の格納ブロックへと移動させたシシオは、モビルワーカーから出るとすぐに宇宙服のヘルメットを取った。

 

 ヘルメットの下から出てきたのは、十代後半くらいで黒目黒髪の青年の顔だった。肌の色から日系人の血が色濃く流れているのは分かるが、特筆すべき点と言えばそれくらいで他には特に目立った特徴はなく、顔立ちが特に整っているわけでもなければ醜いわけでもない。

 

 ……何と言うか十人中八、九人が例え目の前で会話をしたとしても会話を終えて別れた瞬間に忘れられそうな地味な印象の青年であった。

 

「おかえりなさいませ、シシオ様」

 

 そしてそんなシシオを出迎えてくれたのは彼と同じくらいの年齢だが、こちらは逆に十人中十人が「美人だ」と言い、一目見たら中々忘れられないであろう少女。彼女の名はローズと言う。

 

 ローズを見て最初に目がいくのは「薔薇(ローズ)」という名前に相応しい鮮やかな真紅の髪で、次に目がいくのは彼女の服装であろう。

 

 モビルワーカーのコックピットから出てきたシシオを綺麗な直角三十度のお辞儀で出迎えるローズの服装は、貴族の様な裕福な屋敷で使用人の仕事をする女性が着る作業着……俗に言う「メイド服」で、その服装はローズ自身には非常に似合っていたがこの殺風景な宇宙船の格納ブロックの雰囲気には全く似合っていなかった。

 

「見てくれよ、ローズ。大物だよ」

 

 モビルスーツの残骸を指差してローズに言うシシオ。その表情は大きな仕事をやり遂げた達成感で充たされたとてもよい笑顔であった。

 

「はい。とても状態のよいモビルスーツの残骸です。やはりシシオ様は優れたジャンク屋なのですね」

 

「いや! ジャンク屋じゃないから!」

 

 しかし達成感で充たされた笑顔はローズの発言により一瞬で怒りのそれにと変わった。

 

「何度言ったら分かるんだよローズ!? 俺はジャンク屋じゃなくてトレジャーハンター! トレジャーハンターなんだからね!?」

 

 三百年程昔に起こった大戦、厄祭戦。その影響は勃発地である地球だけでなく、すでに人類が生活圏を広げていた火星や木星といった太陽系惑星やその周辺の宙域にまで広がっていた。その為、今シシオ達がいる宙域には厄祭戦の名残りと言うべきモビルスーツや戦艦の残骸に放棄された基地跡が残されている。

 

 シシオの言うトレジャーハンターとは、その厄祭戦の名残りから現代の技術力では製造が困難なレアメタルや貴重な機械類を探し出す職業で、彼の主張はそれ程間違っていなかった。

 

「ローズも知っているだろ!? あのお宝を!」

 

 大声を出したシシオがモビルスーツの残骸……正確にはモビルスーツの胴体にある装置を指差した。

 

 エイハブ・リアクター。

 

 エイハブ・バーラエナという科学者によって開発された相転移炉の一種。生み出されるエネルギーは膨大でモビルスーツ用のものでも施設やスペースコロニーなどの動力源に用いることも可能なほどである。

 

 しかし極めて高いテクノロジーで作成されている上に作成法はギャラルホルンが独占している為、一般人がエイハブ・リアクターを手に入れるには今も稼動している厄祭戦時のエイハブ・リアクターを入手するしかない。そんな理由もあってエイハブ・リアクターは非常に高価な値段で取引されている。

 

 そしてシシオ達は今回の探索で三体分のモビルスーツの残骸、三基のエイハブ・リアクターを回収しており、これらを全てを売却すればここにいる二人だけなら一年以上働かなくても生活できる金額となる。シシオがトレジャーハンターと名乗るのも一理あった。

 

「確かにエイハブ・リアクターは非常に高価なお宝ですけど、それは稼動していればの話です。スリープ状態のエイハブ・リアクターを個人で稼動状態に修復できるシシオ様はやはりジャンク屋の方が相応しいと思います」

 

 だが表情を変える事なく返すローズの言葉にも一理あった。

 

 ローズの言う通り、エイハブ・リアクターは確かに高価で取り引きされるが、それは稼動状態である場合の話。現在見つかる厄祭戦時のエイハブ・リアクターのほとんどは稼動していないスリープ状態で、これを稼動状態に修復するにはやはり高度な技術が必要である。

 

 その為スリープ状態のエイハブ・リアクターを稼動状態に修復できるのは普通、最先端技術を有する大手の工場くらいなのだが、それを個人で修復できるシシオはローズの言葉通りトレジャーハンターと言うよりジャンク屋の方が相応しいかもしれない。

 

「だから! 俺はジャンク屋じゃなくてトレジャー……!」

 

 シシオがローズに叫び返そうとしたその時、宇宙船の中に警報が鳴り響いた。

 

「これは……!?」

 

「救援信号です。近くの宙域で商船が海賊に襲われているようです」

 

 ローズが近くにあった端末に出された情報を見てシシオに報告する。

 

 この時代、地球から遠く離れてギャラルホルンの監視の目が届かない圏外圏では海賊が横行しており、今の様に商船が海賊に襲われる事も珍しくなかった。

 

「シシオ様、どうします?」

 

「どうするって……そりゃ助けるしかないだろ? ローズ、お前は船をその商船と海賊がいる宙域に向かわせてくれ。俺は『相棒』を起こしてくる」

 

「了解しました」

 

 シシオはローズにそう答えると、お辞儀をする彼女に背を向け床を蹴って別の格納ブロックへと向かって行く。

 

 そこにはシシオの「相棒」が、彼が十歳の頃に見つけてトレジャーハンターなる事を決めさせた最高の「お宝」が眠っていた。

 

 ☆

 

 目的地へと向けて順調に航海をしていた商船が突然海賊に襲われてから一時間が経った。

 

 商船が今回の航海で雇った傭兵の大半は既に海賊の手によって沈められていて、商船自体も海賊の攻撃を受けて自衛はおろか航行すら困難な状態に陥っていた。

 

「へへっ。もうすぐ堕ちるな」

 

 モビルスーツに乗った海賊の一人がモニターに映った商船を見て口元をにやけさせる。

 

 もはや商船には勝ち目は無く、このまま行けば商船は堕ちて今回の仕事は終わる。海賊が勝利を確信したその時、変化は起こった。

 

 まず海賊の視界の端で二本の光の線が走った。

 

 二本の光の線は離れた場所で戦っていた海賊の仲間である二体のモビルスーツに命中、その機体を貫いた。そして次の瞬間、二体のモビルスーツが爆散した。

 

「な、何だ!? 重砲!? 重砲がモビルスーツを!? そんな馬鹿な!」

 

 モビルスーツのコックピットの中で海賊はモニターに映った光景を見て信じられないといった表情を浮かべる。

 

 全てのモビルスーツはナノラミネートアーマーというビーム兵器を無効化し、実弾射撃に高い防御力を持つ装甲を有している。

 

 もちろんいくらナノラミネートアーマーといっても何度も攻撃を受ければ実弾射撃でも破壊できるが、たった一撃の重砲でナノラミネートアーマーが破壊されるなんてことは海賊の、モビルスーツ戦の常識では「ありえない」ことだった。

 

「い、一体何処のどいつが……!?」

 

 海賊が先程の射線から逆算をして重砲が放たれた場所に視線を向けると「それ」はいた。

 

 全身を青で塗装した一体のモビルスーツ。

 

 青のモビルスーツは右手に長銃を、左手には大盾を持っており、両肩には二門の大砲を取り付けられていて大砲の狙いは海賊達に向けられていた。

 

 そして何より特徴的なのはその頭部。二本の角の様なアンテナに、人間のようなツインアイ。

 

 そのどれもが海賊は今まで見た事もない全く未知の機体。ただ一つ分かっているのは、あの青のモビルスーツが自分達海賊の敵であるということだけであった。

 

「どうやら間に合ったようだな」

 

 青のモビルスーツのコックピットの中でシシオは、まだ商船が堕とされていない事に安堵の息を吐いた。そうしている内に他の海賊のモビルスーツがこちらを敵と判断して向かって来るのが見えた。

 

「海賊のモビルスーツは五体……小物の海賊だな。これなら使う弾は少なくて済むな」

 

 シシオは呟くと両手のレバーを握る力を強める。

 

「それじゃあ行こうか相棒。……吼えろ! 『ガンダム・オリアス』!」

 

 シシオがレバーにあるスイッチを押し、それに応えて青のモビルスーツ、ガンダム・オリアスの両肩にある二門の大砲がまるで吼える様に砲弾を放った。

 

 ガンダム・オリアス。

 

 これこそがシシオの相棒で、彼の最高のお宝。

 

 ガンダムとはかつて厄祭戦を終わらせたと言われる伝説の機体、七十二機のガンダムフレームの一体である事を意味する。

 

 そしてオリアスとはソロモン七十二の魔神の序列五十九位。地獄の三十の軍団を指揮する大いなる侯爵オリアスを指す。

 

 生け贄や交渉は一切無く呼び出した人間に自分の知識を授け、協力を惜しまない「無欲な悪魔」と呼ばれる魔神の名を冠する機体が今、この宇宙でその力を振るった。



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#02

 ガンダム・オリアスが放った砲撃の第二射は、新たに海賊のモビルスーツの二機に命中してその機体を大破させた。

 

 これで残る海賊のモビルスーツは三機。

 

 最初にいた海賊のモビルスーツは七機だったので半数以上のモビルスーツが落とされたことになるのだが、それでも海賊の増援が現れる気配はない。つまりは今向かってきているモビルスーツが海賊の全戦力であることをシシオは理解した。

 

「半分以上減らせたら充分だな。弾も勿体ないし」

 

 そう言ってシシオがコックピットにある機器を操作すると、ガンダム・オリアスの肩から見えていた二問の大砲が背中に収まり、それを見た三機の海賊のモビルスーツがスピードを上げる。恐らくは遠距離からの武装がなくなった今のうちに接近して戦おうという心積もりなのだろう。

 

「分かりやすい奴等だな。まあ、その方がヤり易くていいけどね」

 

 不敵な笑みを浮かべたシシオが足のペダルを踏み込み、それに合わせてガンダム・オリアスが行動を開始する。

 

 モビルスーツやモビルワーカーは、地上で高速移動をしたり宇宙で推力を得るために、機体の各所に推進剤の噴出するバーニアとスラスターが設けられている。そしてガンダム・オリアスのバーニアとスラスターは腰のアーマーと脚部に集中していて、ガンダム・オリアスはまるで見えない壁を蹴り反動を得るような動きを取って急加速をした。

 

 シシオも海賊達も加速をしながらお互いに向かっているため両者の距離は瞬く間になくなり、加速をして数秒後にはガンダム・オリアスのコックピット内のモニターに海賊達のモビルスーツの詳細な姿が映し出された。

 

 海賊達が乗っているモビルスーツは三機ともスピナ・ロディ。

 

 スピナ・ロディはロディフレームという汎用性の高いフレームを採用したモビルスーツで、戦闘から宇宙活動まで幅広い活躍を見せている。そしてシシオが二歳の頃に父親と一緒に初めて乗ったモビルスーツもこのスピナ・ロディであった。

 

「……!」「ッ! ッ!」「………! …………!」

 

 海賊達が乗る三機のスピナ・ロディは手に持っているサブマシンガンをシシオが乗るガンダム・オリアスに向けて撃つが、シシオはガンダム・オリアスのスラスターや手足を動かし最小限の回避運動を取ることで全ての銃弾を避けて見せた。

 

「先ずはアイツだな」

 

 シシオは先頭を飛ぶスピナ・ロディに狙いを定めると目標にと向かってガンダム・オリアスを更に加速させる。

 

「ッ! …………!」

 

 ガンダム・オリアスの接近に先頭のスピナ・ロディがサブマシンガンを投げ捨て、腰にある肉厚のブレードを手に取る。……だが。

 

「遅いよ」

 

 シシオが操るガンダム・オリアスは先頭のスピナ・ロディが行動を起こすより先にその両腕を蹴り上げ、右手に持ったライフルの銃口を首元にあるナノラミネートアーマーに保護されていない、それもコックピットの真上にある箇所に突きつけた。

 

「まずは一機」

 

 感情が一切感じられない声音で呟いたシシオがレバーのスイッチを押すと同時にガンダム・オリアスがライフルの引鉄を引いた。

 

「……………ッ!?」

 

 ライフルの銃口からマズルフラッシュが閃き、聞こえない筈の海賊の悲鳴が聞こえた気がした。

 

 実弾射撃ではナノラミネートアーマーの破壊は難しい。だからナノラミネートアーマーで全身を固めたモビルスーツを破壊するには、重量のある近接武器で押し切るか、ナノラミネートアーマーで保護されていない箇所を狙う必要がある。

 

 それが一般的なモビルスーツとの戦い方で、シシオがとったのは後者の方法であった。

 

 ナノラミネートアーマーの隙間からコックピットを撃ち抜かれたスピナ・ロディの機体から力が抜けて動かなくなる。

 

 ここまでかかった時間はほんの十数秒間で、その一切の無駄なく敵を仕留める動きはシシオが今まで多くの敵を倒してきた事を意味していた。そしてコックピット内のシシオの表情にも相手が海賊とはいえ人を殺した事に対する罪悪感などは一切無かった。

 

「さあ、後は……アレ?」

 

 残った海賊にシシオが視線を向けると二機のスピナ・ロディは攻撃を仕掛けようとはせず、むしろガンダム・オリアスから遠ざかっていった。

 

「何だ? もしかして逃げた?」

 

 遠ざかっていく二機のスピナ・ロディを見てシシオが呟くと、彼の言葉を肯定するかのようにスピナ・ロディが信号弾を放ち、それを見た商船を襲っていた海賊達も撤退していく。

 

「もう終わりか? ……歯ごたえのない連中だな。やっぱり小物か」

 

 撤退していく海賊達を見ながらシシオはやや拍子抜けした表情で呟いた。

 

 ☆

 

『ハハハッ! そんな事を言えるのはお前だからだよ、シシオ』

 

 海賊との戦いの数日後。シシオは自分の宇宙船のブリッジで一人の男の笑い声を聞いていた。

 

 笑い声の主はブリッジの正面モニターに映っている一人の男。二十代後半くらいで白のスーツを着こなした伊達男という言葉が似合う人物であった。

 

 モニターに映っている男の名は名瀬・タービン。

 

 木星圏を中心に主に小惑星帯の開発や運送を担う企業複合体「テイワズ」の輸送部門で活動している「タービンズ」の代表である。

 

 シシオにとって名瀬は、デブリ帯から回収した機械類の売買や運び屋の護衛等の様々な仕事を何度も一緒に行った大のお得意様であった。先日手に入れたエイハブ・リアクターの販売をするために連絡を取り、そのついでで海賊との戦いの話をしたら今の様に笑われたのだ。

 

『普通、モビルスーツを七機も持っていたら大戦力だ。しかもその海賊共はかなり有名な武闘派だったらしいぜ? それを簡単に倒して小物だなんて言い切れるのは、お前さんとお前さんの相棒の力が凄いからだ』

 

「そうですか? あいつら、数だけはいましたけどパイロットの腕は全然だし、ロクにメンテナンスをしていないのか機体性能も低かったし……。あれだったらラフタさん一人でも勝てましたよ?」

 

『当然でしょ! 私がそんな海賊に負けるかっての! ていうか、私だったらその逃げ出した二機だって逃さず撃ち落としたし!』

 

 名瀬の言葉にシシオが返すと、モニターに映っている名瀬の後ろから一人の女性が顔を出して大声を出す。

 

 ラフタ・フランクランド。

 

 タービンズに所属しているモビルスーツのパイロットの一人でその実力は非常に高く、同時にパイロットとしてのプライドも高かった。

 

『というかシシオ? アンタいい加減ローズと一緒にウチに来なさいよ。せっかく色々出来るのにいつまでもジャンク屋なんかしていたら宝の持ち腐れだよ?』

 

「ジャンク屋じゃないから! 俺はトレジャーハンター! トレジャーハンターですから!」

 

 ラフタの言葉にシシオが顔を真っ赤にして叫ぶ。しかしそれを本気にする者はどこにもおらず、彼の後ろにいるローズは呆れ顔で首を横に振り、ラフタも「はいはい。トレジャーハンター、トレジャーハンター」と適当に返す。

 

『ラフタ、それぐらいにしておけ。とりあえずシシオ、稼動状態のエイハブ・リアクター三基の買い手はついた。代金の方のチェックをしておいてくれ』

 

「あっ、はい。いつもありがとうございます、名瀬さん」

 

 ラフタを抑えて商売の話を締め括る名瀬にシシオも気持ちを落ち着かせて礼を言う。

 

『いやいや、気にしなさんな。お前さんが持ってくるのはいつも上物のブツばかりだからな、こちらも助かっているよ。……そういえばお前さん、これから仕事の予定とかあるのか?』

 

「いえ、確か予定は無かったはずです。無かったよな、ローズ?」

 

「はい。ありません」

 

 シシオがローズに振り返って聞くと彼女が頷く。

 

『そうか……。それじゃあ、お前さん達、月に行ってみる気はないか?』

 

「月……ですか?」

 

 名瀬の言葉にシシオが首を傾げる。

 

『ああ、実は月のお客さんからお前さん達を紹介してほしいという話がきているんだ。で、その月のお客さんは是非お前さん達に月に来てほしいってよ』

 

「その月のお客さんとは?」

 

『お前さんも少しは耳にした事があるはずだぜ。その月のお客さんは「タントテンポ」の頭目ダディ・テッドだ』

 

 タントテンポ。

 

 それは月のコロニー群を拠点とする複合企業で月を中心とした定期航路の管理を行う他、輸送部門、銀行部門といった複数の関連企業を抱え込んでおり、その規模はテイワズと同等である。

 

「タント……テンポぉ!?」

 

「………!?」

 

 名瀬の口から出た予想外の大物の名前にシシオもローズも思わず驚いて目を見開いた。



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#03

 名瀬の話を受けることにしたシシオとローズは、数日かけて月のコロニーにあるダディ・テッドの住居にと訪れた。

 

 ダディ・テッドの住居は月にあるコロニーの一つ、地球にいるかのように自然を再現したリゾートコロニーの中、内部の景色を一望できる丘の上に建てられたコテージであった。コテージの一室に案内されたシシオは一目見て高級品のアンティークだと分かる椅子にどこか落ち着かない様子で座りながら周りを見ていた。

 

「流石はタントテンポの頭目ダディ・テッドの屋敷……。この椅子一つとってもかなりの値打ちものだな」

 

「そうですね。しかしそんな大物が一介のジャンク屋であるシシオ様にどの様な用なのでしょうか?」

 

「ジャンク屋じゃないから!」

 

 シシオの隣に座るローズが少し考えるように言って、それにシシオが怒鳴り返す。

 

「俺はジャンク屋じゃなくてトレジャーハンター! ローズ! お前、そのネタ何度繰り返す気だよ!?」

 

「その言葉はブーメランにして投げ変えさせてもらいます。シシオ様はせっかく一流の技術を持っているのですから、いい加減ジャンク屋としての自覚を持つべきです」

 

「自覚を持つ以前に俺はトレジャーハンターなんだって! 今回ダディ・テッドが俺を呼んだのだって例えば『幻のモビルアーマーを探してほしい』って感じのロマン溢れる依頼をするためで……」

 

「……はっ」

 

「おいっ!?」

 

 ダディ・テッドがここに呼んだ理由の予想を熱く語るシシオであったが、ローズはそれを鼻で笑って一蹴した。

 

「タントテンポの頭目がそんな道楽に手を出すはずがないじゃないですか。恐らくは昔の珍しい機械を手に入れたけど壊れているからシシオ様に修理を頼もうとしているんじゃなでしょうか? シシオ様は一流のジャンク屋ですから」

 

「お前の理由も道楽だろ!? というかしつこいぞ! 俺はジャンク屋じゃ……」

 

「待たせてしまってすまなかったな」

 

 シシオがローズに反論しようとした時、部屋の扉を開いて片手が義手の初老の男、ダディ・テッドが後ろにシシオ達と同年代くらいの二人の少年を連れて部屋に入って来た。

 

 ダディ・テッドと共に部屋に入ってきた二人は、片方は額に傷があって杖をついていて、もう片方はダディ・テッドと同じく片手が義手であった。

 

「あ、いえ、そんな事はありません。俺はシシオ・セトと言います。それでこっちは俺の助手の……」

 

「ローズと申します」

 

 部屋に入って来たダディ・テッドにシシオとローズは椅子から立ち上がって礼をする。

 

「ああ、聞いているぜ。若いのに色々と腕がいいみたいだな。まあ、座ってくれ」

 

「「………」」

 

 ダディ・テッドはシシオとローズに座るように促すと自分も椅子に座る。だが二人の少年はダディ・テッドの後ろで立ったままで、杖をついた少年はまるで品定めをする様な目で、片手が義手の少年はどこか敵意のある目でシシオを見ていた。

 

「それじゃあ早速仕事の話をしようか」

 

「はい。一体どんな仕事ですか?」

 

 ダディ・テッドの言葉にシシオは改めて姿勢を正して話を聞こうとする。

 

「実はな、俺はちょいと珍しいモビルスーツを持っているんだが、以前から壊れて動かないままなんだ。だからお前達にはそれの修理を頼みたいんだ」

 

「あっ、そうスか……」

 

「………♪」

 

 仕事の内容はトレジャーハンターではなくジャンク屋としての仕事で、それを聞いたシシオは悲しそうな顔をして、対照的にローズは笑みを堪える様に口の端を上げていた。

 

 ☆

 

「これは……」

 

「まさか……」

 

 仕事を受ける事にしたシシオ達はコテージの地下にある空間に案内された。そこには一機のモビルスーツが鎮座しており、それを見上げてシシオとローズは揃って驚いた顔をする。

 

「ガンダム・フレーム」

 

 ローズがモビルスーツを見上げながら呟く。彼女の言う通りその機体はシシオが乗るガンダム・オリアスと同じ世界に七十二機しか存在しないというガンダムフレームの一体であった。

 

「それにあのフレームのパーツの位置は……」

 

 シシオがガンダムフレームのモビルスーツを見ながら何かを思い出そうとする様に呟き、それを聞いたローズが彼を見る。

 

「パーツの位置? ガンダムフレームは機体ごとにパーツが違うのですか?」

 

「正確にはパーツの位置がな。ガンダムフレームは基本的に全て同じパーツで構成されているけど、機体ごとに戦闘のコンセプトがあってそれを最適化するためにパーツの位置が微妙に違うんだよ。中にはフレームの一部を大きく変えている機体も……ん?」

 

 ローズに答えながらガンダムフレームのモビルスーツを観察していたシシオは、機体の右腕を見て一つの記憶に思い当たった。

 

「あの独特のフレームの右腕……。ASW-G-29『ガンダム・アスタロト』か」

 

「ほぅ……」

 

「……!?」

 

「マジかよ……!?」

 

 シシオの一人呟いた言葉にダディ・テッドが感心した様に笑みを浮かべ、杖をついた少年と義手の少年が驚いて目を見開いた。この三人の反応を見ると今の予想が当たっているようだった。

 

「機体自体はいい感じにレストアされているけど問題は……。俺はコイツのエイハブ・リアクターを稼動させればいいんですね?」

 

「何でそこまで分かるんだよ……?」

 

 シシオはダディ・テッドに訊ねると、義手の少年が思わずといったふうに呟く。彼の言う通りガンダムフレームのモビルスーツ、ガンダム・アスタロトのエイハブ・リアクターはスリープ状態となっていた。

 

 ガンダムフレームのモビルスーツは他のモビルスーツとは違い、特別に調整したエイハブ・リアクターを二基搭載していて大出力のエネルギーを得ている。しかしその分、ガンダムフレームのエイハブ・リアクターは扱いが難しく、整備には通常のエイハブ・リアクターよりも高度な技術が必要とされている。

 

「そうだ。普通のモビルスーツならともかくコイツの整備には資料が足りなくてな。だからお前達を探して呼んだんだよ。……今も稼働しているガンダムフレームを持つお前達をな」

 

「なるほど、そこまで調べていたんですね」

 

「と言うよりマクマードの野郎がそう言っていたんだよ」

 

「えっ!?」

 

「……なんと」

 

 ダディ・テッドが何でもないように言った言葉にシシオとローズが驚き目を見開く。

 

 マクマード・バリストン。

 

 それはテイワズのトップの人物の名前で、ダディ・テッドの口からマクマード・バリストンの名前が親しげな口調で出てきたことはある意味で驚くべきことであった。

 

(マクマードの野郎って……。以前からダディ・テッドとマクマード・バリストンは同じコロニーの出身者で交遊関係があるって噂があったけど、あれってマジだったのかよ……)

 

 噂の当事者によって噂の真偽が明らかになったことに驚いているシシオにダディ・テッドが話しかける。

 

「マクマードの野郎、お前と親子の盃を交わせなかったことを残念がっていたぜ? テイワズのボスとの盃を拒むなんて、地味な顔の割に大胆な野郎じゃねぇか」

 

「は、ははは……」

 

 ダディ・テッドの言葉にシシオは乾いた笑いを返す。

 

 テイワズとタントテンポ。どちらも木星圏と月のコロニー群を拠点にしている複合企業だがその実体はマフィアであり、シシオは以前にマクマードに盃を交わす……つまり直属の部下にならないかと聞かれたことがあった。

 

「まあ、その話はまた今度聞くとして……おい」

 

「はい」

 

 ダディ・テッドが呼ぶと杖をついた少年がシシオの前に出て杖を持っていない方の手を差し出した。

 

「このガンダム・アスタロトの整備を担当しているヴォルコ・ウォーレンだ。よろしく頼む」

 

「シシオ・セトだ。こちらこそ頼む」

 

 そう言うとシシオは杖をついた少年、ヴォルコ・ウォーレンの手を掴んで握手をして、それから作業を開始した。

 



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#04

「それじゃあよろしく頼むぜ、シシオ」

 

「はい。分かりました」

 

 ダディ・テッドからガンダム・アスタロトの修理の依頼を受けた次の日。シシオは自分の宇宙船のブリッジでダディ・テッドの言葉に頷き答える。

 

 シシオ達が宇宙船のブリッジにいるのは次の仕事のためであった。

 

 昨日、ガンダム・アスタロトのエイハブ・リアクターを数時間で稼動状態にした(本来であれば何日間も時間が必要な作業であり、これには本人と呆れ顔のローズを除くその場にいた全員が驚いていた)シシオ達はダディ・テッドから新しい仕事を受けた。

 

 その新しい仕事の内容は、ダディ・テッドをマクマード・バリストンの元へ護衛し連れて行くこと。

 

 今、タントテンポでは内部抗争の気配があるらしい。そしてつい先日ダディ・テッドはある「情報筋」から自分を暗殺しようとする計画を知って、若い頃から密かに知り合いであったマクマードの元に一時身を寄せることにしたのだった。

 

 シシオ達の仕事はマクマードの元へ行く足の提供とそれまでの護衛。ダディ・テッドがわざわざ外部の人間であるシシオ達を護衛に雇ったのは、タントテンポの誰がダディ・テッドの暗殺を計画をしたのか分からないためである。

 

 ガンダム・アスタロトの修理とは別に多額の前金を受け取り、途中で丁度仕事で火星に行っている名瀬達タービンズとも合流する予定があることを聞いたシシオ達はこの仕事を引き受けることにしたのだった。

 

 今ブリッジには六人の人間がいた。シシオとローズ、護衛対象のダディ・テッドに彼のボディーガードである杖をついた少年のヴォルコ・ウォーレンと義手の少年、そして……。

 

「へぇ……。貴方が私達の護衛なのね?」

 

 シシオと同年代くらいの少女が彼の目を見ながら言う。

 

 少女の名はリアリナ・モルガトン。

 

 ダディ・テッドの一人娘で、月の裏側にあるコロニー群に留学していたのだが、今回マクマードの元に行く際に呼び出されたのだ。

 

「ええ、そうですよ。よろしくお願いします」

 

「うん。こちらこそよろしくね。……それにしても意外ね」

 

「意外、ですか? ……何が?」

 

 リアリナの言葉にシシオが首を傾げる。

 

「だって貴方達ジャンク屋なのよね? ジャンク屋ってもっとこう……油まみれで汚れているイメージだったから」

 

「ジャンク屋じゃないです! 俺はトレジャー「ジャンク屋です」って、ローズ!?」

 

 リアリナの言葉に反論しようとしたが途中でローズに遮られてうろたえるシシオ。そんな二人のやり取りを見てリアリナが呆れたよな表情となる。

 

「何だか不安ね。本当に頼りになるの?」

 

「お嬢。その心配はいりません。俺も昨日調べましたが、彼はトレジャーハンターを名乗っていますがジャンク屋、運び屋、傭兵と幅広くやっていて木星圏ではかなり有名のようです。もちろんそのどの仕事も腕は一流です」

 

 ヴォルコがリアリナの後ろから自分が調べた情報を教える。

 

「特に自分のガンダムフレームに乗っての戦いぶりは凄まじく、一部では『青鬼(ブルーオーガ)』という異名で呼ばれて……」

 

「あー、もうその話はいいじゃないですか? それよりも、もう出発していいんですか?」

 

「ああ。早速頼むわ」

 

 自分の事を言われることに気恥ずかしさを感じてシシオが言うとダディ・テッドが頷き、シシオ達は宇宙船を発進させた。

 

 ☆

 

「………」

 

 宇宙船を発進させて月のコロニーを後にしてから数時間が経った頃。操縦席に座り宇宙船を操縦するシシオは、自宅とも言うべき自分の宇宙船の中であるのに関わらず居づらい気持ちを味わっていた。

 

「………」

 

 シシオが居づらい気持ちを味わう原因は彼の隣、副操縦席に座っている義手の少年にあった。

 

 今ブリッジにはシシオと義手の少年しかいなかった。ダディ・テッドとリアリナ、ヴォルコはローズの案内で客人用の部屋にと向かったのだが義手の少年だけはブリッジに残って、何故かシシオに敵意にも似た剣呑な気配を向けてきていた。

 

「え、え~と、その……」

 

 この気まずい空気を何とかするために義手の少年に話しかけようとするシシオであったが、ここで彼は未だに義手の少年の名前を知らない事に気付いた。

 

「………アルジ・ミラージだ」

 

 義手の少年、アルジ・ミラージが呟くように名乗る。

 

「アルジ、か。……それじゃあアルジ? 俺に何か用かな? 昨日初めてあった時からずっと今みたいな目で見ているよね?」

 

「……お前はガンダムのパイロットで、ガンダムフレームのモビルスーツに詳しいんだよな?」

 

 アルジに気になっていたことを聞くシシオだったが逆に質問で返される。しかしその声音はひどく真剣なものであったのでシシオは機嫌を悪くすることなく質問に答えた。

 

「そうだね。それなりに詳しいと思うよ」

 

「だったらガンダムを使っている傭兵や海賊とかの噂は聞いたことはないか?」

 

 二度目の質問にシシオは少し考えた後で首を横に振る。

 

「ごめん。そういう噂には心当たりがないな」

 

「……そうか」

 

 シシオの言葉を聞いてアルジは少し落ち込んだように眼の光が弱くなった。その様子を見て彼は少しためらいながらも義手の少年に聞いた。

 

「ねぇ? 随分とガンダムにこだわっているみたいだけど、どうしてそんなにガンダムにこだわるんだい?」

 

「……………ガンダムは、俺の仇だからだ」

 

 義手の少年は憎々しげな表情を浮かべ、ありったけの憎悪をこめて吐き捨てるように呟いた。

 

 憎悪のこもった言葉をきっかけに、アルジはシシオに自分のことを話し始めた。

 

 数年前にガンダムフレームらしきモビルスーツが起こした事故によって自身の右手と両親、そして妹を失ったこと。

 

 家族を失ってからは傭兵となって各地を転々としていたが、ある日ダディ・テッドの暗殺計画に誘われたこと。

 

 ダディ・テッドがガンダムフレームの一体の所有者、つまり自分の仇かもしれない人物であると知らされて暗殺計画に参加するが、復讐心が先走って計画の実行日を待たずに単独でダディ・テッドの元に行った挙句あっさりと捕まってしまったこと。

 

 結果としてダディ・テッドはアルジの仇ではなく、アルジは殺されても不思議ではなかったのだが、何故かダディ・テッドに気に入られてボディーガードとして雇われ、今に至ること。

 

(なるほどね。つまりダディ・テッドが自分の暗殺計画を知った『情報筋』は彼って訳か。そして……)

 

 シシオは横目でアルジを見て内心で頷いてから口を開いた。

 

「俺はアルジの仇かもしれないって事か」

 

 ガンダムフレームの一体、ガンダム・オリアスを所有しているシシオは、アルジの右手と家族の仇である可能性がある。それが昨日初めて会った時からアルジがシシオをどこか敵意のある目で見ている理由であった。

 

「……見た感じ、お前は俺の仇じゃない……と思う。だけど俺は……っ!?」

 

 アルジがそこまで言ったところで宇宙船の内部に警報が鳴り響き、それを聞いたシシオが即座に操縦席の機器をチェックする。

 

「何だ!?」

 

「エイハブ・ウェーブの反応が多数接近! 恐らくはモビルスーツ!」

 

 思わず声を上げたアルジだったがシシオの言葉を聞いて顔を青くした。

 

「多数のモビルスーツ!? それってまさか……!」

 

「俺もそのまさかだと思うよ」

 

 アルジの言葉にシシオは機器から目を離すことなく頷く。

 

 この状況で近づいてくる多数のモビルスーツなんて一つしか考えられなかった。間違いなくこのモビルスーツの集団はダディ・テッドを暗殺する為の追っ手。

 

 ダディ・テッドがシシオ達の宇宙船で脱出した情報をどこからか掴んだ追っ手は、シシオ達ごとダディ・テッドを殺そうとこうしてモビルスーツを出してきたのだろう。

 

「ローズ! いるか?」

 

『はい。シシオ様』

 

 シシオがローズがいるはずの部屋に通信回線を繋げるとすぐに彼女の顔がブリッジのモニターに映し出され、ローズの後ろにはダディ・テッドとリアリナ、ヴォルコの三人の姿も見えた。

 

「分かっていると思うけど敵の襲撃だ。俺が迎撃に出るからローズはすぐにブリッジに来て宇宙船を操縦をしてくれ」

 

『はい。分かりました』

 

 モニターの中のローズがシシオの指示に一礼して答える。するとローズの後ろにいたヴォルコが彼女の隣まで進み出て口を開いた。

 

『おい、野良犬』

 

「何だよ?」

 

 ヴォルコが口にした「野良犬」という言葉にアルジが機嫌悪そうに反応する。どうやら今の「野良犬」というのはヴォルコがアルジに対して使う呼び名らしい。

 

『お前はいつまでそこにいるつもりだ? さっさと自分の『仕事』をしろ』

 

「チッ! 分かってるよ」

 

 モニター越しのヴォルコの言葉にアルジは一つ舌打ちをして返事をするのであった。

 

 ☆

 

「……アルジ、本当にいいのかい?」

 

 パイロットスーツに着替え、ガンダム・オリアスに乗り込んだシシオはコックピットの連絡回線を使ってアルジに話しかける。

 

 アルジが今いるのはガンダム・アスタロトのコックピットの中。ヴォルコが言った「仕事」とは、ガンダム・アスタロトに乗って追っ手のモビルスーツを撃退することであった。

 

 ガンダムに家族を殺された者がガンダムに乗って戦う。それは皮肉にも程がある。

 

 シシオがアルジを心配して話しかけると、通信モニターに映るアルジが首を横に振る。

 

『いや、いいんだ。……確かにガンダムは俺の仇だ。だけど俺にはそれを倒す力がいるんだ』

 

 そのガンダムを倒す為の力がガンダム・アスタロト。

 

 ガンダムを使って仇のガンダムを倒す。アルジの目に宿る覚悟の光を見てシシオはそれ以上何も言えなかった。

 

「そうか。分かったよ」

 

『ああ。……ありがとうな』

 

 アルジもシシオが自分を心配してくれているにが分かったのだろう。言葉最後に小さく礼を言い、それを聞いたシシオが小さく笑った。

 

「ローズ、頼む」

 

『了解。カタパルト・ハッチ展開』

 

 シシオがブリッジにいるローズに指示を出すと宇宙船のモビルスーツを発進させる為のカタパルト・ハッチが展開される。

 

「シシオ・セト。ガンダム・オリアス。行きます!」

 

『アルジ・ミラージ。ガンダム・アスタロト。出る!』

 

 ガンダム・オリアスとガンダム・アスタロト。

 

 二機のガンダムが敵を倒す為に宇宙の戦場にと飛び立った。



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#05

 宇宙に出たシシオは早速コックピットの機器を操作して敵の位置と情報を調べた。その結果モニターに映し出されたのはこちらに向かってくる六機のモビルスーツであった。

 

 六機のモビルスーツの内三機は同じ外見と武装の重装甲モビルスーツで、二機は先の三機とは外見は異なるが重装甲で左肩の色が青と黄と違うモビルスーツ、そして残りの一機は他の五機とは全くシルエットの異なるまるで帽子を被った人のような外見のモビルスーツであった。

 

「六機の内五機はロディフレームのカスタム機で、あの帽子のモビルスーツは……百錬のカスタム機か?」

 

 モニターに映る映像を一目見てシシオは敵の機体の種類を判断する。百錬とはテイワズが販売用に製作したモビルスーツである。

 

「ダディ・テッド暗殺の本命はあの帽子のモビルスーツで、肩が青と黄色のモビルスーツは万が一の為の保険。残る三機は今回の追撃に慌てて集めた数合わせ……というところかな?」

 

『何でそんな事が分かるんだよ?」

 

 モニターを見ながらシシオが呟くとガンダム・アスタロトに乗っているアルジが聞いてくる。

 

「何でって、あのモビルスーツの飛び方を見たら分かるだろ?」

 

 シシオはアルジに答えながらモニターに映る六機のモビルスーツを指差す。

 

 六機のモビルスーツの内三機、帽子のモビルスーツと左肩が青と黄色のモビルスーツは適度に距離を置いて何かがあれば即座に離脱も味方の援護も出来る位置取りをしている。しかし残りの三機は機体が接触するくらいに密集していて、シシオの目には素人にしか見えなかった。

 

『そ、そうなのかな?』

 

「そうなんだって。……さて、先ずは数は減らそうか」

 

 アルジに答えてシシオがコックピットのボタン類を操作する。するとガンダム・オリアスの背中にある大砲二門が展開される。

 

 しかしガンダム・オリアスの背中から現れた二門の大砲を見ても六機のモビルスーツは退避行動を見せなかった。恐らくは砲撃をされても重装甲のナノラミネートアーマーで防ぐか、直前に回避すればいいと考えているのだろう。

 

 それはナノラミネートアーマーで守られたモビルスーツのパイロットとしては正しい考えだと言える。……だがしかし。

 

「ガンダム・オリアスの大砲は他とは違うよ?」

 

 シシオが口の端を上げて呟く。そしてその言葉に応えるようにガンダム・オリアスの二基のエイハブ・リアクターが出力を上げる。

 

「出力上昇。圧縮エイハブ粒子の供給開始……砲弾弾頭の硬化現象を確認。ターゲットロック。射撃準備オーケー」

 

 機器を操作して背中の大砲の射撃準備を終えるとシシオはレバーを持つ手に力を入れる。

 

「『NLCSキャノン』……発射!」

 

 シシオがレバーにあるスイッチを押すと同時にガンダム・オリアスの大砲が火を吹く。大砲から発射された砲弾は、通常の大砲のそれとは比べ物にならない程に弾速が速く、超高速の砲弾は戦場の宇宙に二本の光の線を引いた。

 

「「「………ッ!」」」

 

 六機のモビルスーツの内、帽子のモビルスーツと左肩が青と黄色のモビルスーツが危険を感じ、とっさに回避運動を取る。そのお陰か三機のモビルスーツは、砲撃の衝撃波で機体にダメージを受けながらも吹き飛ばされるだけですんだ。

 

 しかし残った三機、密集しながら飛んでいたモビルスーツ達は、ナノラミネートアーマーで覆われた機体をまるで紙のように砲弾で貫かれ、その直後爆散していった。

 

『な……!? 何だよアレは!?』

 

 たった一撃の砲撃で三機のモビルスーツが破壊された光景を見てアルジが思わず声を上げる。

 

 NLCSキャノン。

 

 正式名称は「ナノ・ラミネート・コーティング・シェル・キャノン」と言い、ガンダム・オリアスの主兵装である。

 

 ナノラミネートアーマーで弾頭をコーティングした特殊砲弾を圧縮エイハブ粒子で硬化させて大出力レールガンで撃ち出す事で非常に強力な破壊力を発揮する兵器。使用する砲弾は通常の砲弾の数倍から十倍のコストがするのだが、命中すればモビルスーツだけでなく戦艦すらも破壊できて短期で最大限の効果を出す。

 

 難点があるとすれば弾頭のナノラミネートアーマーが発射されてガンダム・オリアスから離れた時点で硬化現象が急速に失われ最大破壊力を保てる距離が限られている点で、これを解決した上位互換と言える兵器がレアアロイ製の特殊弾をレールガンで撃ち出す「ダインスレイブ」であるが、これは厄祭戦が終結してからは極めて非人道的な兵器として使用を条約で禁止されている。

 

 ちなみにNLCSキャノンはさっきも言ったように最大破壊力を保てる距離が限られている上(それでも実戦では充分な射程距離なのだが)、反動が大きく使用するにはエイハブ・リアクターと直結させる必要がある為、ガンダムフレームの様に耐久性に優れたフレームを特別に改造した機体でないと装備できない「欠陥兵器」という扱いで特に使用は禁止されていない。……というよりその存在がほぼ完全に忘れられているという現状であった。

 

「アルジ、いつまでも呆けてないで。まだ敵はいるんだよ」

 

『あ、ああ……。悪い』

 

 先程のNLCSキャノンの砲撃がよほど衝撃的であったのだろう。半分程放心状態であったアルジにシシオが声をかける。そうしている間に生き残った三機は体勢を立て直して二人に向かって来ていた。

 

「へぇ、二手に分かれて来たか」

 

 シシオが敵のモビルスーツ三機の動きを見て呟く。

 

 生き残った三機の内、帽子のモビルスーツはシシオのガンダム・オリアスへ、左肩が青と黄色のモビルスーツ二機はアルジのガンダム・アスタロトへ攻撃を仕掛けようとするのだった。

 

「でもそれは俺にとっても好都合なんだよね。アルジ、その機体は任せたよ?」

 

 どうやらシシオの方も帽子のモビルスーツが狙いだったようで、アルジに他の二機の相手を任せると返事も待たずに帽子のモビルスーツに向けて機体を加速させた。

 

「………!」

 

 自分に向かってくるガンダム・オリアスに向けてライフルを撃つ帽子のモビルスーツであるが、先程の砲撃の衝撃波でセンサー類に故障が生じたのか狙いは甘く、シシオは難なく敵の銃弾を避けながら敵に接近して行く。

 

「……! ………!」

 

「遅いよ」

 

 ライフルの射撃が当たらない事を悟った帽子のモビルスーツはライフルを投げ捨てると、両手に折り畳み式のダガーを持って迎え討とうとするが、シシオからすれば遅すぎた。帽子のモビルスーツがダガーを用意している隙にガンダム・オリアスは急加速をして帽子のモビルスーツに肉薄し、折り畳み式のダガーを手に取った瞬間に先ず相手の左手を蹴り上げ、次に持っていたライフルの銃口を胴体の横側、人間でいう脇腹に突きつけた。

 

 シシオの見立てではこの帽子のモビルスーツは百錬のカスタム機で、百錬のコックピットは人間でいう腹部の辺りある。つまり今シシオがライフルの銃口を突きつけている先はコックピットがある辺りで、更に言えばそこはナノラミネートアーマーで保護されていない部分であった。

 

「悪いね。このモビルスーツにはこれ以上傷をつけたくないんだ」

 

「…………! ……………!!」

 

 シシオがそう言った直後、ガンダム・オリアスのライフルが火を吹き、彼の予想通りの位置にあったコックピットを銃弾で貫かれた帽子のモビルスーツは全身から力が抜けて動かなくなった。

 

「これでこっちはヨシと。それでアルジの方は?」

 

 帽子のモビルスーツからパイロットの生体反応が消えたのを確認してシシオがアルジの方を見ると、そこには左肩が青と黄色のモビルスーツ二機に囲まれて苦戦しているガンダム・アスタロトの姿があった。

 

「何だアレ? アルジってば、もしかしてモビルスーツの素人?」

 

 アルジが操縦するガンダム・アスタロトは動きがぎこちなく、それを見たシシオは一人呟いてから納得した。

 

 確かにアルジはフリーの傭兵だと言っていたが、個人でモビルスーツを所有して戦いに使用している傭兵なんてそう多くない。アルジが今までモビルスーツが乗った事がなく、これが初めてのモビルスーツ戦だと考えるとあのぎこちない動きも納得できた。

 

「しょうがない。援護しますか」

 

 シシオはそう言うと、ガンダム・オリアスが持つライフルの照準を操作して狙撃モードにすると、狙いを左肩が黄色の方のモビルスーツに向けて二発の弾丸を放った。

 

「…………!?」

 

 ガンダム・オリアスのライフルから放たれた二発の弾丸はシシオが狙った通りの箇所に命中して、左肩が黄色のモビルスーツの動きが止まる。

 

 シシオが狙って撃ったのは、モビルスーツの背中にある二基のブースターであった。宇宙空間での動きはブースターとスラスターがほとんど行っており、メインと思われる二基のブースターを破壊された以上、あの左肩が黄色のモビルスーツはマトモに動く事はできないだろう。

 

「………! ………………!」

 

 左肩が青のモビルスーツがガンダム・アスタロトへの攻撃を止めて動けなくなった左肩が黄色のモビルスーツの元に駆けつける。

 

 反撃をするなら今以上のチャンスはないのだが、ガンダム・アスタロトは攻撃を仕掛けようとせず、そのまま二機のモビルスーツがこの場から逃げようとするのを無言で見送った。

 

「アルジの奴、見逃すのか? ……まあ、いいか」

 

 敵を見逃すアルジの行動にシシオは眉をひそめるがすぐに気持ちを切り替えた。

 

 これはシシオの勘だが、恐らくあの二機のモビルスーツはただ傭われただけの傭兵で、ダディ・テッドの暗殺しようとする者の顔……どころか自分達のターゲットがダディ・テッドである事も知らないだろう。だったら今から追いかけて無理に捕まえたり、倒す必要もない。

 

「帰るか」

 

 シシオが操縦するガンダム・オリアスは戦利品である帽子のモビルスーツを引っ張りながら自分の宇宙船へ帰るのだった。



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#06

『よお。どうやら無事、ダディ・テッドを連れ出してくれたようだな。ごくろうさん』

 

 シシオ達がダディ・テッドを暗殺しようとする追っ手のモビルスーツを撃退して何とか無事に月のコロニー群から脱出してから数日後。火星周辺の宙域に辿り着きタービンズと合流した彼らは、宇宙船のブリッジで名瀬と連絡を取り合っていた。

 

「名瀬さん。全て知っていて黙っていたんですか?」

 

 ダディ・テッドの周辺の事情を黙っていたことについてシシオが責めるような目で言うが、名瀬はそんな視線を受けてもどこ吹く風とばかりに肩をすくめた。

 

『お前さんだったらきっと護衛を引き受けてくれると信じていたのさ。そしてお前さんは期待通りにダディ・テッドをここまで守って来てくれた。流石は俺が見込んだ運び屋……いや、傭兵かな?』

 

「トレジャーハンターですから!」

 

 名瀬の言葉にシシオが怒鳴る。

 

「何度も言いますけど俺はトレジャーハンターですから! ジャンク屋でも運び屋でも傭兵でもなくてトレジャーハンターですから!」

 

『またまた。こっちこそ何度も聞いたぜ、その冗談は』

 

『そうだね。もう数えきれないほど聞いたね』

 

 名瀬がからかう口調で言うとその隣に褐色の肌の女性が現れた。

 

 アミダ・アルカ。

 

 タービンズに所属するモビルスーツ部隊の指揮官であり、名瀬の妻の一人。

 

 タービンズは代表である名瀬以外、全員が女性で構成されており、更にその過半数が名瀬と婚姻関係を結んでいた。アミダはそんな女性達のトップの「第一婦人」で、名瀬を公私ともに支える人物であった。

 

 タービンズの女性達を束ねる女傑は、モニター越しでシシオに向ける。

 

『アンタは色んな仕事に手を出しているからね。そう思われても仕方がないさ。ちなみに私は「何でも屋」って感じがするけどね』

 

「ちょっとアミダさん!?」

 

『はははっ! 何でも屋か! そりゃあいいや!』

 

 アミダの言葉にシシオが抗議しようとするが、その声を遮って名瀬が大声で笑う。耳をすませばシシオの宇宙船と名瀬の宇宙船の両方から、小さく笑う声や笑いを噛み殺す声が聞こえてきたが、シシオはそれを無視することにした。

 

『さて、馬鹿話はこれくらいにするとして……』

 

 ひとしきり笑った名瀬は真面目な表情になると、ブリッジにいるダディ・テッドに視線を向けて礼をした。

 

『お久しぶりです、ダディ・テッド。タービンズ代表、名瀬・タービンです』

 

「おう。久しぶりだな、名瀬。わざわざ迎えに来てくれて感謝しているよ」

 

 名瀬の言葉にダディ・テッドが鷹揚に頷いた。

 

『事情はマクマードの親父から全て聞いています。とりあえずどうぞこちらの艦へ。皆さんの客室を用意させています』

 

「ああ、その事なんだが……。できたらこのままこの艦に乗っていたいんだが構わねぇか?」

 

「え?」

 

 ダディ・テッドが名瀬に意外な申し出をして、それを聞いたシシオが思わずそちらを見る。

 

『ほう……。それはまたどうして?』

 

「俺の護衛二人がこのシシオに聞きたいことがあるみたいなんでな」

 

 ダディ・テッドはそう言うと自分の後ろにいるアルジとヴォルコに視線を向けた。

 

 先日のモビルスーツとの戦闘以来、自分の実力不足を痛感したアルジは時間があればシシオにシミュレーターを使った模擬戦を申し込んできており、ヴォルコもシシオが持つ膨大なガンダムの情報に興味がある様で暇を見つけてはよく質問に来ていた。

 

『そうですか。こちらは別に構いませんが……シシオはそれでいいのか?』

 

「ええ。俺の方も構いません。それで早速『歳星』に向かうんですか?」

 

 ダディ・テッド達が引き続き自分達の宇宙船にいる事を了承したシシオが名瀬に訊ねる。歳星とはテイワズの拠点である巨大な宇宙船で、そこには今回の目的地であるマクマードの住居もあった。

 

 しかし名瀬は頭をかくと決まりの悪そうな顔を作り口を開いた。

 

『あー。その事なんだが……すみません、ダディ・テッド。歳星に向かう前に一つヤボ用ができちまったんです』

 

 名瀬が言うには火星での仕事を終えた後、彼は以前一緒に仕事をした人物と再会したそうだ。しかしその再会した人物はつい最近、ギャラルホルンとトラブルを起こして窮地に立たされていた。

 

 見るに見かねた名瀬は再会した人物に、その人物が経営している企業の所有物を全てタービンズが預かるという条件で力を貸すという話を持ちかけ、相手もそれを了承したのだった。

 

 企業の所有物全てを取られると聞けば暴利が過ぎると思われるが、世界最大の勢力であるギャラルホルンから目をつけられずにすむことを考えればまだ安い対価だろうとシシオは思う。

 

「なるほど……じゃあ、名瀬さんは火星のギャラルホルンと『話し』をつけに行くんですか?」

 

 恐らくその「話し」には戦う事も入っているんだろうな、と思いながらシシオが訊ねると名瀬が首を横に振る。

 

『いや、それがな? 調べてみるとその企業は書類上ですでに廃業となってて、権利等は全て別の企業に移っていたんだ。で、これはどういう事なんだ、と依頼主に問い詰めてみたところ、また厄介な事が分かったんだ』

 

 名瀬に協力を頼んだ人の話によるとその企業は身寄りのない少年達を大勢雇って仕事を与えていたのだが、少年はそれらの恩を無視してギャラルホルンとのトラブル時に会社の権利書等を奪い取り、企業を乗っ取ったらしい。

 

「では名瀬様はギャラルホルンではなく、その企業を乗っ取ったという方々と話をしに火星に戻るのですか?」

 

 今度はローズが訊ねると名瀬がもう一度首を横に振る。

 

『いいや。企業を乗っ取ったガキ共は「ある人物」を地球に送り届けるという仕事を受けていて、宇宙に上がる予定らしいんだ。そこで捕まえる』

 

「そうですか。それでその新しい企業は何ていう名前なんですか?」

 

『ああ、なんでも「鉄華団」という名前らしいよ。……散ることのない鉄の華。中々いい名前じゃないか』

 

 シシオの言葉にアミダが笑みを浮かべて答え、それを聞いた名瀬が苦笑を浮かべる。

 

『おいおい。褒めてどうすんだ? 俺達はこれからその鉄の華摘み取りに行くんだぜ? ……そんな訳で少し時間を貰えませんか、ダディ・テッド?』

 

「ああ、構わねぇよ。それくらいなら大した時間はかからねえだろうしな」

 

『ありがとうございます』

 

 ダディ・テッドが頷き、名瀬が礼を言う。そして話がまとまった所で口を開いた。

 

「そういえば名瀬さん? 前回の戦闘で面白いモビルスーツが手に入ったんでいりません? 百練のカスタム機だからタービンズでなら充分使えますよ」

 

『面白いモビルスーツ? どんなのだ?』

 

「こんなのです」

 

『な……!』

 

 シシオは名瀬に答えると件のモビルスーツの画像をモニターに出し、それを見てタービンズのブリッジにいる全員が絶句した。

 

 モニターに映し出されたのは前回の戦いでシシオが鹵獲した帽子のモビルスーツだった。当然この数日間の間に修理を終えて外見は以前と同じに戻っているが、機体のカラーリングは以前とは変わっていた。

 

 以前の帽子のモビルスーツは赤と黒のカラーリングであったが、今は白を基調としていて一部に青と黒を使ったカラーリングであった。

 

『……なぁ、おい? 何だかどこかで見たような色使いなんだが?』

 

 そう言う名瀬は白の三つ揃いに帽子、スーツの下から見えるのは青のシャツという、モニターに映るモビルスーツによく似た服装をしていた。……というよりシシオがそう見えるようにモビルスーツのカラーリングを変更したのだった。

 

「アレ? 言われてみればそうですね。イヤー、フシギナコトモアリマスネー」

 

『この野郎……』

 

『あっははは! 中々男前なモビルスーツじゃないか。私は気に入ったよ』

 

 視線を逸らしながら完全に棒読みな口調で言うシシオに名瀬が苦笑を浮かべるとその隣でアミダが大笑いをして、タービンズのブリッジにいる他の女性達も笑う。

 

『なあ、どうする名瀬? あのモビルスーツに乗ってみないかい? 今なら私達がモビルスーツの扱い方を手取り足取り教えて一人前のパイロットにしてあげるよ』

 

『勘弁してくれ……』

 

 明らかに面白がっているアミダの言葉に名瀬が苦笑を深くして疲れたような声を漏らす。

 

 結局、帽子のモビルスーツはタービンズに買い取られることになり、シシオ達はタービンズと行動を共にする事になった。




次回、鉄華団を出す予定です。


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#07

 鉄華団。

 

 年齢が二十代に達していない数十人の少年達が前身の企業から大人の構成員のほとんどを追放して名を変えたその企業は、火星独立運動家のクーデリア・藍那・バーンスタインから彼女を無事に地球へと送り届ける仕事を受けていた。

 

 その為、鉄華団は火星に本部を置く星間運送を営む企業の「オルクス商会」に地球への案内役を頼み火星を出発するのだが、その旅路は出だしから波乱を極めた。

 

 鉄華団に案内役を頼まれたオルクス商会は彼らを裏切って出航情報をギャラルホルンに密告し、クーデリアを鉄華団ごと抹殺しようとするギャラルホルンは追撃として数機のモビルスーツ部隊を差し向けたのだ。

 

 しかし鉄華団の方もこの様な事態を半ば予想していたらしく、ギャラルホルンのモビルスーツ部隊に自分達が保有していた二機のモビルスーツを出して抗戦を始める。

 

 シシオ達とタービンズは、鉄華団とギャラルホルンが戦っている宙域から離れた場所でそれぞれの宇宙船のブリッジからその戦いを見ていた。

 

「あれが鉄華団か……。中々面白そうな連中じゃねぇか」

 

「まさか民間の組織がガンダムフレームを所有していたとはな」

 

「ガンダム……!」

 

 ブリッジのモニターに映る戦いを見てダディ・テッドが面白そうに言い、その後ろでヴォルコとアルジが呟く。

 

 ギャラルホルンのモビルスーツ部隊と抗戦している鉄華団の二機のモビルスーツ。片方は頭部と胴体の一部に両肩を改造しているグレイズで、もう片方はシシオとアルジが乗っているのと同じガンダムフレームの機体であった。

 

「あの二機のモビルスーツ、凄いわね。ギャラルホルンと互角に戦っているだなんて」

 

「ええ。特にガンダムの実力はギャラルホルンのパイロットの遥か上をいっています」

 

 リアリナが感心したように言って、ローズが彼女の言葉を肯定しつつガンダムの戦いぶりを称賛する。

 

 そしてシシオは……。

 

「あ、あのガンダムは……まさか……」

 

 ガンダムの戦いぶりを……いや、正確にいえばその「動き自体」を見て、驚愕で目を見開いていた。

 

 ☆

 

『それで? 話ってのは何なんだ、シシオ?』

 

 鉄血団がギャラルホルンのモビルスーツ部隊の大半を堕とし、更にはオルクス商会の宇宙船を沈めて火星から離れた後、シシオは名瀬に連絡を取っていた。

 

『しかも話がしたいのは俺じゃなくてこのオッサンだって?』

 

 そう言って名瀬が見たのはくたびれた格好をした中年の男。

 

 マルバ・アーケイ。

 

 鉄華団の前身である企業「クリュセ・ガード・セキュリティ(CGS)」の経営者であり、今回名瀬に協力を頼んだ人物だった。

 

「はい。……ええと、マルバ・アーケイ、さんでしたっけ? 貴方に聞きたいことがあるんですけど」

 

『ああっ!? テメェみたいなガキが俺様に何のようだ!』

 

 無表情で話しかけるシシオにマルバは明らかに見下した態度で怒鳴り返す。しかしシシオはそれに何の反応も見せず無表情のままで、それを見た本人達以外の全員が変だと感じて怪訝な顔をする。

 

「……マルバ・アーケイさん。貴方、名瀬さんや俺達に言っていない事があるんじゃないですか? 鉄華団は仕事と居場所を与えた恩を忘れて貴方を裏切ったって話ですけど、もしかしたら鉄華団には貴方に反発する理由があったんじゃないですか?」

 

『何だと! 訳の分からねぇ事を言ってんじゃ……』

 

『どういうことだ? シシオ?』

 

 シシオの言葉にマルバが再び怒鳴り返そうとするが、その前に名瀬が口を開いた。

 

「……さっきの戦闘でギャラルホルンと戦っていたガンダムがいましたよね?」

 

『ああ、いたな。ガキにしては中々腕が立つってアミダだけじゃなく、ラフタやアジーも感心していたが、アレがどうかしたのか?』

 

「あのガンダムの動き……あれは『阿頼耶識システム』の動きです」

 

「『………っ!?』」」

 

 シシオが名瀬に答えるとその言葉を聞いた全員が絶句した。

 

 阿頼耶識システム。

 

 厄祭戦時代のMSのコクピットに採用された有機デバイスシステム。本来は宇宙作業機械の操縦用に開発されたが、MSの性能を限界まで引き出す目的で軍事転用された。

 

 パイロットの脊髄に埋め込まれた「ピアス」と呼ばれるインプラント機器と操縦席側の端子を接続し、ナノマシンを介してパイロットの脳神経と機体のコンピュータを直結させることで、脳内に空間認識を司る器官が疑似的に形成される。これによって阿頼耶識システムを使うパイロットは、乗機の情報がパイロットの脳に直接伝達され、従来の操縦ではあり得ない反応速度と柔軟な操作が可能となる。

 

 ただし阿頼耶識システムの手術が行えるのはナノマシンが体に定着しやすい成長期の子供だけで、その上阿頼耶識システムの手術は成功率が低く、手術が失敗すると良くて半身不随で最悪死亡してしまうという危険極まるものであった。

 

 その為、現在では阿頼耶識システムは非人道的なシステムとして使用が禁止されているが、それでも圏外圏にある一部の組織や海賊では今も非合法に使用されているのである。

 

『……シシオ。それは本当か?』

 

「俺がモビルスーツの動きを間違えるとでも?」

 

『………』

 

 固い声をする名瀬はシシオに聞き返されて沈黙する。

 

 シシオ・セトは一言で言えば天才である。

 

 物心がつく前より機械に囲まれて育ったシシオは、モビルワーカーからモビルスーツ、果てには戦艦まであらゆる乗り物を乗りこなす一流のパイロットであり、それと同時にどんなに修理が困難な機械でもたった一人で完全に修理できる一流の技術者でもある機械の申し子だった。

 

 そんな機械に関してはチート級の才能と実力と知識を持つシシオが断言した以上、あのガンダムのパイロットが阿頼耶識システムを使うパイロットであるのは間違いないだろう。

 

「それで? どうなんですか?」

 

『そ、そんな当たり前な事、いちいち言うわけがないだろうが!』

 

 シシオが再度聞くとマルバは開き直ったように怒鳴る。

 

『ちょっと考えたら分かるだろうが!? 何の特技もねぇガキなんぞ何の役に立つってんだ! ヒゲありの「宇宙ネズミ」だからこそ使ってやっていたんだ! 手術をしたからガキ共が反発しただぁ!? 冗談じゃねぇ! 学も何も無い汚いガキ共に芸の一つでも仕込んでやっただけ感謝してほしいくらいだ!』

 

 宇宙ネズミとは阿頼耶識システムの手術を受けた者の蔑称である。今のマルバの言葉からこの中年の男が鉄華団のメンバーを人間扱いしていないのは明白であり、鉄華団のメンバーがこれまでどんな酷い仕打ちを受けて反攻を決意したのかが容易に想像できた。

 

 マルバの言葉を聞いてシシオの表情が険しくなり、ローズは能面のような無表情となって冷たい視線をモニターに向け、アルジは奥歯が砕けそうなくらいに噛み締めて額に青筋を浮かべ、ヴォルコは何も言わずに目を閉じたがそれでも不機嫌そうに眉をしかめ、リアリナは明らかに軽蔑した顔で「最低」と呟いた。

 

『何だその目は! お前ら、俺様に楯突こうとでも……ぐべっ!?』

 

 話しているうちに興奮したマルバはシシオ達に噛みつこうとした時、背後から何者かに殴られた。

 

『ちょっと黙れよ、お前』

 

 マルバを殴ったのは名瀬であった。

 

 名瀬は今の一撃で気絶したマルバをゴミを見る様な目で見ていたがすぐに視線を外し、そのままブリッジにある艦長席に座り込んだ。

 

『……………あー、どうしたものかな。俺は火事場泥棒なんてセコい真似をする悪ガキ共に軽いお灸をすえてやるつもりだったんだが……全然最初の話とは違うじゃねぇ。……はぁ』

 

 しばらく何かを考えていた名瀬が額に手を当てながらため息と共に言葉を漏らす。おそらく彼の頭の中では今、鉄華団は単なる取り立ての対象ではなく、マルバに代わる新しい交渉の相手に成りつつあるのだろう。

 

『でもなぁ……。一度仕事を引き受けた以上、途中で放り投げる訳にもいかねぇし、どうしたものか……』

 

「さっきから聞いてれば一体何を悩んでいるんだ、名瀬?」

 

 何とかうまい落とし所がないか考えている名瀬に対してそれまで黙っていたダディ・テッドが口を開いた。

 

『ダディ・テッド?』

 

「こんな時、やる事といったら一つしないだろ? なぁ?」

 

 ダディ・テッドは名瀬……そしてシシオを見ながら口元に笑みを浮かべて言った。

 

 ☆

 

 ギャラルホルンとオルクス商会と戦いを終えて、何とかその追っ手を振り切った鉄華団の宇宙船の前に、突如二隻の宇宙船が現れた。

 

 二隻の宇宙船は鉄華団の宇宙船と一定の距離を保つと動きを止め、代わりに二隻の内の片方から一機のモビルスーツが出撃した。

 

 鉄華団の宇宙船に向かって出撃したのは全身が青のガンダムフレームのモビルスーツ、ガンダム・オリアス。

 

 そしてガンダム・オリアスの右肩には、古来より決闘の合図として使用されてきた赤布が取り付けられていた。



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#08

話が進んでおらず、申し訳ありません。
今回は鉄華団サイドの話です。
できるだけ原作の雰囲気が出るように書いたつもりですけど、どうでしょうか?


 時を少し遡り、鉄華団が乗る宇宙船、強襲装甲艦イサリビの艦内に非常事態を知らせるアラームが鳴り響く。

 

「何があった!?」

 

 イサリビのブリッジに鉄華団の代表であるオルガ・イツカが入ってくる。それに続いてクーデリアや鉄華団の中心メンバーといえる数人の少年達もブリッジに入ってきた。

 

「前方から所属不明の宇宙船が二隻、こちらに向かってきています」

 

 オルガの言葉にブリッジの通信オペレータ席で作業をしている女性、クーデリアの侍女であるフミタン・アドモスが手を休めず答えた。

 

「所属不明の宇宙船だと?」

 

「はい。こちらに停船信号と共に通信を送ってきていますが……どうしますか?」

 

「繋いでくれ」

 

 オルガの指示にフミタンが手元の機器を操作すると、ブリッジのモニターに白の三つ揃いを着た伊達男、名瀬の姿が映し出された。

 

『よお。アンタらが鉄華団か?』

 

「そうだ。……アンタは?」

 

『俺か? 俺は名瀬・タービン。タービンズっていう組織の代表をやらせてもらっている』

 

「鉄華団代表オルガ・イツカだ。……で? そのタービンズの代表さんが俺達に一体何の用だ?」

 

 お互いが名乗った後でオルガが訊ねると名瀬は一人の男の名前を口にした。

 

『マルバ・アーケイ』

 

「「「………っ!」」」

 

 名瀬が口にした名前を聞いてオルガ達に緊張が走る。しかし名瀬はそれに構わず言葉を続ける。

 

『火星にある民兵組織クリュセ・ガード・セキュリティ、通称CGSの経営者でお前達はつい最近までマルバの下で働いていた。だがCGSがギャラルホルンともめるとマルバはさっさと自分の財産だけを持って夜逃げ。残されたお前達は上の大人達を追い出してCGSを乗っ取ると、鉄華団という名に変えて自分達のものにした。……ここまではあっているかい?』

 

「……アンタ、マルバの知り合いか?」

 

 オルガが警戒心を露にしてモニターに映る名瀬を睨むが、当の本人は特に気にした様子も見せずに話す。

 

『その言葉はイエスと取るぜ? まあ、マルバとは昔一緒に仕事をした仲でな、つい先日火星に立ち寄った時に再会したのさ。その時のマルバはえっらいボロボロで、話を聞いてみるとギャラルホルンともめて困っているって言うんだよ。だから俺はマルバに「力を貸してやろうか?」と言ったのさ。「俺達」だったらギャラルホルンもなんとかできるからな』

 

「俺達?」

 

 名瀬の言葉にオルガが僅かに怪訝な顔をすると、横からオルガに比べてかなり恰幅のよい帽子を被った少年、ビスケット・グリフォンが今さっき自分が調べあげた情報を告げる。

 

「タービンズはテイワズの直系の組織だ。今はまだ規模は小さいけれどあの名瀬って男、テイワズのボスのマクマード・バリストンと親子の盃を交わしている人物だよ」

 

「……そいつは大物だな」

 

 今モニター越しに話している男が予想以上の大物であったことにオルガは驚きながらもどこか不敵な笑みを浮かべ、それをビスケットが不思議そうに見る。

 

「オルガ? 一体どうし……」

 

『おいおい? 人と話している時にこそこそと内緒話か? それはちょっと失礼だぜ。行儀が悪いな、おい?』

 

 ビスケットの言葉を遮るように名瀬が言い、その言葉にオルガが苦笑して視線を名瀬に戻す。

 

「おっと、それはすまねぇ。なにせ育ちが悪いもんでね。……続けてくれ」

 

『そうかい? それでギャラルホルンをなんとかする代価はCGSの資産を全部ウチで管理するって話になっていたんだが……知っての通りCGSの資産の大半はマルバの手元にはなく、お前達鉄華団の所にあるって訳だ』

 

 そこまで名瀬が言うとオルガはもう話は全て読めたとばかりに鼻を鳴らした。

 

「はっ! つまりアンタはマルバから取り損ねたモンを俺達から取り上げに来たって訳だ?」

 

 オルガの言葉にブリッジにいるクーデリアとフミタンを除くほとんどの者が警戒、あるいは怒りの目で名瀬を見る。しかし次の名瀬の言葉は彼等が予想していたのとは若干違うものであった。

 

『……まあ、最初はそんな感じだったんだが、こっちもマルバの野郎とトラブルがあってな。マルバの依頼をそのまま受ける気分じゃないんだよ』

 

「はぁ?」

 

 先程までの眼光が鋭い表情から一転、白けた表情となって言う名瀬に、オルガの隣で話を聞いていた金髪の少年、ユージン・セブンスタークが思わず呆けた声を上げる。

 

『だが一度仕事を引き受けた以上、俺達もハンパに投げ出す訳にもいかねぇ。だからよ……お前達、俺達と決闘をする気はないか?』

 

「決闘だと……どういうつもりだ?」

 

 突然の決闘の提案にオルガが聞くが名瀬は肩をすくめて何でもない様に答える。

 

『どういうつもりも何も今言ったろ? マルバの依頼をそのまま受ける気分じゃないが仕事を投げ出すつもりもないって。その丁度いい落とし所が決闘なのさ。決闘の内容はこちらの代表のモビルスーツとそっちの代表のモビルスーツが一対一で戦って、こちらが勝ったらお前達鉄華団は俺達の傘下で働いてもらう。……安心しな、別に無茶な仕事を押し付けたりなんかしねぇよ。むしろ命を張る必要なんかない真っ当な仕事を紹介してやる』

 

「……何だそりゃ?」

 

 名瀬が提示した「鉄華団が負けた時の条件」を聞いて筋肉質の少年、昭弘・アルトランドが怪訝な表情で呟く。今告げられた条件は仕事に事欠き、資金繰りに苦しんでいる鉄華団の状況を考えればむしろ救いみたいなものであり、とても敗北の代償とは思えなかった。

 

 それはこの場にいる全員が思った事だが、オルガは表情を変える事なく名瀬に話の続きを促した。

 

「……それで? 俺達が勝った場合は?」

 

『お前達の地球までの道案内を俺達タービンズがやってやる。それとテイワズに鉄華団の後ろ盾になってもらうよう俺からもマクマードの親父に頼んでやる』

 

「「「……………!!」」」

 

 名瀬の言葉にオルガ達鉄華団のメンバーは今度こそ言葉を失った。

 

 前の戦闘で鉄華団は勝利はしたものの、地球までの道案内を頼んだオルクス商会に裏切られ、ギャラルホルンに完全に目の敵にとされてしまい、早急に別の道案内役とギャラルホルンにも強い影響力を持つ後ろ盾を必要としていた。だからこそ、その両方を持つテイワズと接触する手段をついさっきまで必死に考えていたのに、こうあっさりと言われては驚くなと言う方が無理な話である。

 

『どうだい? 悪い話ではないと思うがね?』

 

 言葉を失ったまま固まるオルガに名瀬は口元に笑みを浮かべて聞く。

 

 悪い話どころではない。むしろ勝っても負けても願ったり叶ったりの美味い話だ。

 

 あまりに美味すぎて逆に「毒入りなのでは?」と逆に勘繰ってしまいたくなるくらい美味い話だ。

 

 しかしそこまで考えても結局オルガ達が取れる選択肢は一つだけだった。

 

「……分かった。その決闘、受けて立つぜ、名瀬さんよぉ」

 

 どうせこのままでは地球に行く事も火星に帰る事も出来ず、ギャラルホルンに睨まれたまま干上がって鉄華団は破滅だ。ならば例え罠だとしてもこの決闘を受けて勝利をもぎ取るしか鉄華団が生き残る道はない。

 

『よし。そうこないとな。じゃあ、機体のセッティングに一時間やるから、一時間後に代表のモビルスーツを一機出しな』

 

 名瀬はそう言うと通信を終了した。

 

 ☆

 

「悪いな。こっちもやれるだけやってみたんだが、やっぱり機体の調整は完全にできなかった」

 

 オルガと名瀬の会話から一時間後。イサリビの格納庫で唯一の大人である整備班をまとめる整備士、「おやっさん」の愛称で呼ばれているナディ・雪之丞・カッサパが目の前にいる人物に申し訳なさそうに言った。

 

 おやっさんの前にいるのは、彼の半分くらいの背丈しかない黒髪の少年。黒髪の少年の名は三日月・オーガスという。

 

 三日月は鉄華団に二人しかいないモビルスーツのパイロットで、今回の決闘に鉄華団の代表として出るのだった。

 

「別にいいよ。とりあえず動くんだったらなんとかしてみせる」

 

 三日月はおやっさんにそう言うと自分が乗る機体、白いガンダムフレームのモビルスーツ、ガンダム・バルバトスに乗り込む。その背中におやっさんが声をかける。

 

「これは決闘だ。命を取り合う殺し合いじゃねぇ。ヤバいと思ったら降参しちまえ」

 

「しないよ。降参なんて。だってこの決闘に勝たないとオルガは前に進めない」

 

 おやっさんの言葉に三日月はそう言って返すコックピットのハッチを閉め、ハッチが閉まり切る直前におやっさんの「だよなぁ……」という呆れたような声を聞いた。

 

「………くっ! リアクターだけでなく、各部のモーターにも変な負荷がかかってる」

 

 阿頼耶識システムでバルバトスと繋がった三日月は、機体の不具合を直接感じ取り顔をしかめるがすぐに気を取り直して前を見る。

 

「まあ、いいか……。ガンダム・バルバトス、三日月・オーガス、出るよ」

 

 三日月が合図をするとガンダム・バルバトスはカタパルト・ハッチから宇宙船の外に発信した。

 

 名瀬の方の代表はすでに宇宙船から出ており、三日月がやって来るのを待っていた。

 

「あれ? あの青の機体、どこかバルバトスに似ている?」

 

 三日月は自分の決闘の相手を見て呟く。彼の言う通り、右肩に決闘の証である赤布を取り付けた青の機体はガンダム・バルバトスと似ていたがそれは当然であった。

 

 対戦者の機体の個体名はガンダム・オリアスと言い、ガンダム・バルバトスと同じくガンダムフレームのモビルスーツである。

 

 ガンダム・バルバトスとガンダム・オリアス。

 

 白のガンダムと青のガンダム。

 

 互いに魔神の名を冠する二機の兵器の戦いが今始まろうとしていた。




次回はいよいよガンダム・バルバトスとガンダム・オリアスの戦闘で、次回も鉄華団サイドの話です。


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#09

 イサリビから発進する三日月が乗るガンダム・バルバトスをブリッジにいるオルガやビスケットを始めとする鉄華団のメンバーが見送る。

 

 いや、ブリッジにいるメンバーだけではない。イサリビの館内にいる鉄華団の全ての団員達が、三日月と彼が乗るガンダム・バルバトスに注目していた。

 

「いよいよだね」

 

「ああ、そうだな。……頼んだぞ、ミカ」

 

 オルガはビスケットの言葉に頷い後、ガンダム・バルバトスの姿を見ながら呟いた。

 

 ☆

 

『よし。二人とも出てきたみたいだな』

 

 三日月がガンダム・バルバトスを青のガンダム、ガンダム・オリアスの前まで移動させると、コックピットに名瀬からの通信が入ってきた。

 

『今から閃光弾を上げたらそれが決闘の合図だ。決闘のルールはシンプル。どちらかが降参するか死ぬまで戦う、それだけだ。二人とも、準備はいいか?』

 

「うん。いいよ」

 

 名瀬の言葉に三日月が頷く。そしてガンダム・オリアスの方も了承したらしく、名瀬が声を上げる。

 

『よし。それじゃあ……撃て!』

 

 名瀬が乗る宇宙船から一発の閃光弾が発射されると、閃光弾はガンダム・バルバトスとガンダム・オリアスの上方で弾けて強い光を放ち、決闘が始まった。

 

「……!」

 

 決闘が始まって最初に動いたのは三日月が乗るガンダム・バルバトス。

 

 ガンダム・バルバトスの武装は背部の右側にある滑空砲と手に持った巨大なメイスで、ガンダム・バルバトスは滑空砲を展開すると即座にガンダム・オリアスに向けて発射し、そこから更に続けて二発滑空砲を撃つ。

 

「……」

 

 しかしガンダム・オリアスは機体をそらすと滑空砲の砲弾を避けて、続いてくる二発の砲弾も最小限の動きで避けた。

 

「だったら」

 

 滑空砲の砲弾を避けられたガンダム・バルバトスは、手に持った巨大メイスを振り上げてガンダム・オリアスへと突撃すると勢いよく巨大メイスを降り下ろした。

 

 それに対してガンダム・オリアスは左手に持つ盾の表面を巨大メイスの側面に当てて力の向きをそらすと、そのままガンダム・バルバトスの後ろにと回り込んで右手に持ったライフルを撃った。

 

「ぐうっ!?」

 

 ガンダム・オリアスに撃たれた衝撃に三日月が苦悶の声を上げる。

 

 ナノラミネートアーマーで全身を覆われたモビルスーツにとってライフルの銃弾は牽制程度の効果しかない。だがそれはあくまでモビルスーツが「完全な状態」での話。

 

 ガンダム・バルバトスはつい最近三日月が乗り込んで使われるまで施設の発電機の扱いでろくにメンテナンスをされておらず、しかもメンテナンスを行ったおやっさんは元々モビルワーカー専門の整備士でモビルスーツの知識は最低限しかなかったため、ガンダム・バルバトスは完全とは程遠い状態であった。

 

 ガンダム・オリアスが放つ銃弾は全て、ガンダム・バルバトスの整備が行き届いていなくて不具合を起こしている箇所に当たっていて、ガンダム・オリアスの銃弾が当たる度にガンダム・バルバトスの機体が悲鳴を上げる。

 

「コイツ、機体の弱いところを狙っているのか? ……止めろ!」

 

「……!」

 

 ガンダム・バルバトスが巨大メイスを横薙ぎに振るうとガンダム・オリアスはライフルの射撃を止めて後ろに飛びそれを避けた。

 

「何なんだ? コイツ?」

 

 コックピットの中でガンダム・オリアスを見ながら三日月が呟く。

 

 三日月はこれまでに三度ガンダム・バルバトスに乗ってギャラルホルンのモビルスーツと戦い、それ以前はモビルワーカーに乗って仲間の昭弘との模擬戦や実戦を何度も経験してきた。しかし目の前にいるこの青のガンダムは、これまで戦ってきたどの敵とも違う感じがしたのだ。

 

 阿頼耶識システムを通じて機体にパイロットの意思を直接送る動きでも、コックピットの機器を操作するだけの動きでも違う、言わばその中間のような動き。

 

 今まで見たことない動きをする青のガンダムに苛立つ三日月だったが、同時に彼は目の前の敵が自分が戦ってきた中で最強だと確信する。

 

「このっ!」

 

 ガンダム・バルバトスが滑空砲を発射するが、ガンダム・オリアスはブースターとスラスターから推進剤を噴出させて上に飛び回避する。しかしそれは三日月も予想していた事だった。

 

 上に飛んだガンダム・オリアスを追いかけて巨大メイスを振るおうとした三日月だったが、その時彼は予想もしなかったものを見る。

 

 ガンダム・オリアスの腰の左右にあるブースター兼アーマーが噴出口が後ろに向くように横に倒れ、脚部の装甲の一部が変形して人間の二本足から馬の四本足の様な形状にと変わる。

 

「変形した? ……速い!」

 

 思わず呟いた三日月の目の前で変形したガンダム・オリアスは腰のアーマーと脚部から大量の推進剤を噴出させて加速するとガンダム・バルバトスを引き離す。

 

 三日月は知らない事だが、ガンダム・オリアスは背部にある主武装のNLCSキャノンを放ってからその場を高速で離脱、また別の場所から砲撃してから離脱するという移動砲台の様な戦いを本来の戦い方としている。だが今の様に一対一であったり、戦う時間が短時間であれば高速で相手を翻弄する高速戦闘にも対応が可能であった。

 

 オリアス。

 

 ソロモン七十二の魔神の一体であり、ガンダム・オリアスの名前の由来となったその魔神は、強靭な馬に乗って右手に二匹の蛇を持った尻尾が蛇の獅子の姿をしているとされている。

 

 四本足となって戦場を駆けるガンダム・オリアスの姿は、まさに伝説にある魔神オリアスの姿のようであった。

 

 ガンダム・オリアスはガンダム・バルバトスの周りを高速で飛び回りながらライフルを構え、ガンダム・バルバトスの機体の弱いところをまるで「分かっている」かのように正確に狙い撃つ。

 

「ぐっ!? このままじゃ……!」

 

 ガンダム・オリアスが撃つライフルの銃弾がガンダム・バルバトスの装甲の装甲を砕き、機体にダメージを与えていく。

 

 コックピットの中で三日月が危険を知らせるアラームを聞きながら舌打ちしていると、ガンダム・オリアスがライフルを撃ちながら突撃してくるのが見えた。ガンダム・バルバトスに止めを差すつもりかもしれないが、こちらに突撃してくるのは三日月にとっても好都合であった。

 

「これでぇ!」

 

 ガンダム・バルバトスが巨大メイスを横薙ぎに振るってガンダム・オリアスを迎え撃とうとするが、相手もそれを読んでいたようで、青のガンダムはブースターとスラスターの向きを即座に逆方向に向けて動きを止めて、ガンダム・バルバトスの巨大メイスはガンダム・オリアスの数メートル手前で空振りした。

 

 しかしここまでは三日月も予想の内。三日月の本命は別にあった。

 

「……終われ!」

 

 巨大メイスを空振りしたガンダム・バルバトスはそのまま機体を一回転させると、巨大メイスの先をガンダム・オリアスの胴体に向けて、巨大メイスに内蔵されているパイルバンカーを出射させた。

 

 至近距離からの電磁力によって高速で突き出される超合金製の長槍。

 

 それは回避はまず不可能で、モビルスーツのナノラミネートアーマーも容易く貫く必殺の一撃。

 

「……! ……なっ!?」

 

 巨大メイスのパイルバンカーを出射した瞬間、三日月は勝利を確信したのだが、そのすぐ後、目の前の光景に驚愕の表情を浮かべる。

 

「……」

 

 ガンダム・バルバトスのパイルバンカーはガンダム・オリアスを貫いてはいなかった。

 

 パイルバンカーの先端はガンダム・オリアスの数メートル手前で止まっており、ガンダム・オリアスは腰のブースターの噴出口とスラスターがある足の裏をガンダム・バルバトスに向けている奇妙な体勢を取っていた。

 

 これはつまりガンダム・オリアスのパイロットは、三日月が攻撃を仕掛ける直前、あるいは初めて巨大メイスを見た時から内部に仕込まれたパイルバンカーの存在に気づいていて、パイルバンカーが出射された瞬間に後方へ急加速してその一撃を回避したということ。

 

「あっ……!?」

 

「……」

 

 予想もしなかった展開に一瞬動きが止まってしまった三日月だが、その隙をガンダム・オリアスが見逃すはずもなく、ガンダム・オリアスは動きの止まったガンダム・バルバトスに容赦なくライフルの連続射撃を浴びせた。

 

 最早ガンダム・バルバトスは限界であり、ただの銃弾とは言えガンダム・オリアスの攻撃に抗う力は残されていなかった。

 

 まず手に持った巨大メイスが弾き飛ばされた。

 

 次に背部にある滑空砲が破壊された。

 

 続いて胸部のナノラミネートアーマーが砕かれた。

 

 そして。

 

「……」

 

 ガンダム・オリアスはガンダム・バルバトスの胸元、ナノラミネートアーマーを砕かれてむき出しとなったコックピットにライフルの銃口を突きつけた。

 

 ☆

 

「三日月が……負けるだなんて……」

 

「そんな、馬鹿な……」

 

 イサリビのブリッジでガンダム・バルバトスとガンダム・オリアスの戦いを見ていたビスケットとオルガが信じられないといった表情で呟く。

 

 二人の呟きはこのイサリビに乗っている者達全員の気持ちを代弁したものであった。

 

 三日月・オーガスは鉄華団で最強のパイロットで、鉄華団がまだCGSであった頃から誰も三日月が負けるところなんか見たことがなかった。その為三日月の力は鉄華団にとって、特にオルガにとって大きな心の支えであったのだ。

 

 それなのにこうして三日月が敗北する瞬間を見せつけられたオルガ達、鉄華団の動揺は一体どれくらいのものなのだろうか?

 

 オルガ達が言葉を失っている間に、ブリッジのモニターに映っているガンダム・オリアスが、ガンダム・バルバトスに突きつけているライフルの引き金を引こうとしているのが分かった。

 

「や、やめろ……。やめてくれ……!」

 

 その言葉を言ったのは誰だったか?

 

 オルガ・イツカか? ビスケット・グリフォンか? それとも鉄華団の誰かか?

 

 しかしそんな声がガンダム・オリアスに届くはずもなく……。

 

「止めろぉぉぉーーーーーーーーーー!!」

 

 叫び声と共に、ガンダム・オリアスのライフルから銃弾が放たれた。




三日月ファンの皆さんごめんなさい!
ガンダム・オリアスのパイロット、つまりシシオと三日月はパイロットの腕が互角という設定なんですけど、今回はお互いの機体の状態(ガンダム・オリアスは装備が充実していて整備も完璧、ガンダム・バルバトスは装備が不十分な上に整備も中途半端)を考えてシシオの勝ちにしました。
あと、ガンダム・オリアスの変形はキマリストルーパーと同じです。
というかガンダム・オリアスは元々、作者が鉄血のパーツをいくつか混ぜて作ったオリジナルのガンプラです。
というかこの作品はオリジナルのガンプラが完成したテンションで思い付き、書き始めたものです。
反省も後悔もしていません。


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#10

 ガンダム・バルバトスのコックピットに突きつけられたガンダム・オリアスのライフルは三秒間、銃口からマズルフラッシュと共に大量の銃弾を放った。

 

 イサリビにいる誰もがその時、ガンダム・オリアスの銃弾がガンダム・バルバトスのコックピットを貫き、三日月を殺す光景を予想、あるいは幻視した。

 

 しかしガンダム・オリアスの銃弾はガンダム・バルバトスのコックピットを貫いておらず、三日月も殺してはいなかった。ガンダム・オリアスはライフルの引き金を引く直前に銃口をずらして、全く別の方向に銃弾を放ったのだ。

 

「………あ?」

 

 ガンダム・オリアスの不可解な行動に思わず呆けた声を漏らすオルガだったが、青のガンダムの不可解な行動にはまだ続きがあった。

 

「あれって……もしかして降参のつもり?」

 

 ビスケットがモニターに映るガンダム・オリアスを見ながら信じられないといった風に呟く。

 

 ガンダム・オリアスはガンダム・バルバトスから少し離れると両手を武装を装備したまま上げて動きを止めた。その姿はビスケットの言う通り「降参」のポーズに見えた。

 

「あの野郎……一体どういうつもりだ?」

 

『やれやれ。負けちまったか』

 

 オルガがガンダム・オリアスの意図をはかりかねていると、ブリッジに名瀬からの音声通信が入ってきた。

 

「え?」

 

『え? じゃなくてこちらの負けだと言っているんだよ。約束通り地球への案内役と、マクマードの親父と交渉する場を設ける話は引き受けてやる。詳しい話をしたいから代表の奴何人かでこちらの艦に来てくれ』

 

 戸惑うオルガに名瀬は一方的に通信を切り、イサリビのブリッジは何とも言えない雰囲気に包まれた。

 

 ☆

 

「マルバの野郎は適当に痛めつけてから救命ポットに詰め込んで宇宙に捨てといた。ま、救命信号は出しているし、救命ポットには三日分くらいの水と食糧も入れといたから死にはしないだろう。お前達もそれでよかっただろ?」

 

 タービンズの宇宙船、強襲装甲艦ハンマーヘッドの中にある応接間で名瀬は自ら招き入れた客人達にそう言った。

 

 今この応接間にいるのは名瀬とアミダ、オルガとクーデリアと二人の後ろに立つビスケットとユージンの六人であった。

 

「はぁ……。マルバのことは別にそれで構いません。それよりも本当にお願いできますか? 地球への案内役と、俺達鉄華団をテイワズの傘下に入れてくれるって話……」

 

 ためらいがちにいうオルガの言葉に名瀬が肩をすくめる。

 

「疑り深いな、お前。だから決闘に負けた以上、どちらも引き受けるって言っただろ? まぁ、テイワズに入れるかはお前達次第だぜ? マクマードの親父と交渉する場を設けて俺からも頼んでみるが、最後に決めるのは親父なんだからな?」

 

「それは分かっています。ですが……」

 

「もしかしてあの決闘に納得がいかないのか?」

 

「ええ……」

 

 名瀬の言葉にオルガが頷く。

 

 先程のガンダム・オリアスとガンダム・バルバトスの決闘。あの時ガンダム・オリアスはいつでもガンダム・バルバトスを撃ち殺して勝利を得ることができたはずだ。

 

 しかしガンダム・オリアスはガンダム・バルバトスを殺したりせず降参をして、せっかくの勝利を棒に振ったのだ。それがオルガ達には不可解だった。

 

 オルガが内心で「これは何かの罠なのか?」と警戒していると、そんな考えを読んだのかアミダが微笑みながら言う。

 

「そんなに身構えなくてもいいさ。あの子がわざと負けたのだって、ただ単に『マルバの仕事は嫌だけど、鉄華団の仕事は楽しそうだ』みたいな考えだろうからさ」

 

「え……!? そんなことを勝手に決めていいのですか?」

 

 ガンダム・オリアスが降参したのが罠でも何でもなく、パイロットの個人的な感情だと知って鉄華団の面々が唖然とする中クーデリアが聞くと名瀬は何でもないように答える。

 

「構わないさ。元々マルバがあそこまで腐った野郎だと見抜いたのはシシオだったからな。今回の件はシシオの判断に任せていたんだ」

 

「シシオ?」

 

 初めて聞く名前にオルガが首を傾げると、名瀬は口元に笑みを浮かべて言う。

 

「さっきの決闘でお前達のガンダム……バルバトスだっけか? それと戦っていた青のガンダムのパイロットだよ。確か今、お前達の艦に行っているはずだぜ?」

 

「「「「………!?」」」」

 

 名瀬の言葉にオルガ達四人は驚きのあまり絶句した。

 

 ☆

 

「あり得ねぇ!」

 

 ハンマーヘッドの応接間で名瀬の口からシシオの名前が出た頃、当のシシオはイサリビの格納庫でガンダム・バルバトスの機体情報を映し出すタブレットを見ながら叫んでいた。

 

 決闘が終わった後、自分が壊したガンダム・バルバトスの事が気になったシシオは、イサリビに乗り込むとガンダム・バルバトスの修理の手伝いを名乗り出たのだが、肝心の機体の状況を見てそのあまりの酷さに驚きの声を上げたのだった。

 

「……え? ええっ!? いやいや、あり得ないってコレ? 決闘のダメージを差し引いても酷すぎるって言うか、あり得ないって! スクラップ一歩手前じゃん!? こんなんで戦闘に出るなんてあり得ねぇ!」

 

 タブレットの情報を何度も見直してあり得ないあり得ないと叫ぶシシオに、それを聞いていたおやっさんが怒鳴る。

 

「うるせぇぞ! 悪かったな、半端な整備しかできなくて! こちとら……!」

 

「モビルワーカー専門の整備士。モビルスーツの整備の知識は皆無じゃないけど素人に毛が生えたぐらい。ガンダム・バルバトスの整備は向こうにある、まだ分かりやすいグレイズの機体を参考にしたってところでしょう?」

 

「な、何……?」

 

 シシオはタブレットの画面を見ながらおやっさんの言葉を遮って言うと、タブレットから目を離すことなく続けて言う。

 

「機体の整備した跡を見たらすぐ分かりますよ。モビルスーツもそうですけどモビルワーカーで大切なのは情報伝達系の機器。他はお粗末だけど情報伝達系の整備は完璧。特にコックピット。元々阿頼耶識システムはモビルスーツのために開発されたものとは言え、モビルワーカー用の阿頼耶識システムをほぼ完璧にガンダム・バルバトスに適応させている。……いい腕ですね」

 

「……! わ、分かればいいんだよ。分かれば」

 

 自分の仕事を褒められておやっさんは照れくさそうに顔を背け、シシオとおやっさんの会話を聞いていた整備班の少年達は驚きで目を丸くしていた。

 

 そして丁度その時、格納庫に三日月と昭弘が入ってきて、シシオの姿を見つけた三日月が首を傾げる。

 

「……誰、アイツ?」

 

「ああ、タービンズの方からやって来た奴でな。何でもバルバトスの修理を手伝いに来たんだと」

 

「バルバトスの修理を?」

 

 三日月の疑問におやっさんが答え、それを聞いたシシオが振り返る。

 

「まあね。この機体をここまで壊したのは俺だからね。これからしばらく一緒なんだから修理くらいは手伝うよ」

 

『………え?』

 

 シシオの言葉に三日月やおやっさんを初めとした格納庫にいた全員が固まる。しかしシシオはそれに気付かず、別の事に気づいたようで三日月を見る。

 

「もしかして君がガンダム・バルバトスのパイロット? 俺はシシオ・セト。さっきまで君と戦っていた青のガンダム、ガンダム・オリアスのパイロットだ。ヨロシクね」

 

『………はぁ!?』

 

 シシオの自己紹介に格納庫にいたほぼ全員が一旦遅れて驚きの声を上げ、三日月がもう一度首を傾げる。

 

「ジミオ?」

 

「ジミオじゃなくてシシオだよ! 何だよジミオって! あれか!? 地味な男で地味男(ジミオ)って意味か!? というか何で俺のアダ名を知っているんだ!」

 

「当たっているのかよ……」

 

 三日月の言葉にシシオが顔を真っ赤にして怒鳴り、それを昭弘がつっこむ。その時、一人の男が三日月に近づいて声をかけた。

 

「ちょっといいか?」

 

 三日月に声をかけたのは、ガンダム・アスタロトのパイロット、アルジ・ミラージであった。




シシオは機械を扱わせればチート級のハイスペック。
だけど地味。
顔が地味。雰囲気も地味。
つまり地味男(ジミオ)。


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#11

「? アンタは?」

 

 話しかけられた三日月が聞き返すと、話しかけたアルジは三日月の目を見ながら固い声を出す。

 

「アルジ・ミラージだ。……お前があのガンダムのパイロットなのか?」

 

「そうだけどそれが何?」

 

 三日月の言葉にアルジは、何か強い感情を抑え込むように息を吸うと本題に出ることにした。

 

「……お前は、いつからあのガンダムに乗って戦っている?」

 

「はぁ? いつからって……まだ乗り初めて半月も経っていないけど?」

 

「本当だな?」

 

「……何なんだよ、アンタ?」

 

 疑うように質問を重ねてくるアルジに三日月が苛立ち始め、二人の間に張り詰めた空気が流れ始める。

 

「アルジ。彼が言っているのは本当だよ。この機体、俺が見たところ、つい最近まで全く動かしていなかったみたいだ」

 

 アルジと三日月の間に流れる張り詰めた空気をシシオが破り、アルジは三日月から目を離すとシシオを見た。

 

「シシオ、それは本当か?」

 

 アルジの質問にシシオが頷いて答える。

 

「だから本当だって。各パーツの消耗具合を見たらそうとしか思えない。……これは多分だけどこの機体、少なくとも十年以上正座みたいな体勢で放置されて施設の発電装置にされていたんじゃないかな? エイハブ・リアクターがあるモビルスーツを発電装置代りにするのはよくある事だし、それだったらエイハブ・リアクターの出力が不安定なのも、関節部……特に膝の辺りに妙な負荷が残っているのも納得できる」

 

「何でそこまで分かるんだよ……」

 

 シシオの、まるでつい最近までのガンダム・バルバトスの様子を見ていたかのような推察におやっさんが思わず呟き、他の整備班の少年達は驚きのあまり声も出ないといった表情でシシオを見ていた。

 

 そしてそんな整備班の様子を見て、アルジはシシオの推察が当たっていたと分かり、三日月に向き直ると小さく頭を下げて謝罪した。

 

「どうやら俺の考えすぎだったようだ。……疑ってすまなかった」

 

「? よく分からないけど別にいいよ」

 

「そうか。……シシオ。今日はやっぱりシュミレーターの相手は無理そうか?」

 

「ああ、どうやらこの機体の修理と調整はかなり面倒そうだ。すまないな。……ローズ」

 

 三日月に謝罪を受け取ってもらえたアルジが訊ねると、シシオはそれに短く謝ってから携帯端末を使って自分の宇宙船にいるローズに連絡を入れた。

 

『はい。どうかしましたか? シシオ様』

 

「ガンダム・オリアスの予備パーツの内、今からリストアップしたパーツをすぐにイサリビの格納庫に持ってきてくれ。ガンダム・バルバトスの修理に使う」

 

『分かりました。それでは』

 

「よし。それじゃあ、パーツが来るまでにエイハブ・リアクターの調整だけでも終わらせようか?」

 

「お、おう」

 

『はいっ!』

 

 ローズとの連絡を終えたシシオが呼びかけると、今までの会話だけで彼が卓越した機械の知識と技術を持っていると理解したおやっさんと整備班の少年達は同時に返事をした。

 

 ☆

 

「あの……。それでそのシシオってのはどんな奴なんですか?」

 

 ハンマーヘッドの応接間でオルガが名瀬にシシオについて訊ねる。

 

「ん? 何だ? アイツの事が気になるのか?」

 

「ええ、まぁ……。ミカ……ウチで一番腕が立つパイロットを倒した奴ですし、名瀬さんも随分と信頼しているみたいですから……」

 

 名瀬はオルガの言葉に少し考えてから答える。

 

「そうだな……シシオの異名は色々ある。『機械の申し子』、『青鬼(ブルーオーガ)』、『圏外圏一のジャンク屋』。後、これはアイツの自称だが『トレジャーハンター』」

 

「ほ、本当に色々あるんですね。というかトレジャーハンターって?」

 

 シシオの最後の異名にビスケットが首を傾げると、名瀬がシシオの過去を簡単に話す。

 

「シシオはジャンク屋の息子でな。ガキの頃から親父と一緒にその辺の宙域から厄祭戦時代のジャンクを集めてたんだ。それで今から何年か前に、どこかの宙域で武装からコックピットまでほとんど完全な状態のガンダムフレーム、お前達も見たあのガンダム・オリアスを発見したんだ。それ以来、アイツは自分の事をトレジャーハンターと名乗っているって訳だ」

 

 名瀬の話を聞いてオルガ達は納得する。

 

 武装からコックピットまでほとんど完全な状態の厄祭戦のモビルスーツとなると売れば一財産だ。それだけの代物を見つけたとなればトレジャーハンターを名乗る気分になるのも理解できる。

 

「まあ、でも俺を含めて周りの人間はシシオをトレジャーハンターじゃなくて便利屋として扱っているんだがな? 何しろ操縦の腕は阿頼耶識システムを使わずにモビルワーカーからモビルスーツ、果てには戦艦だって一流の腕前で乗りこなすし、モビルスーツ戦の腕はお前さん達も見た通り。整備の腕はスリープ状態のエイハブ・リアクターをたった一人で、しかも短時間で稼動状態にできるくらいだ」

 

「……それ、マジですか?」

 

 肩をすくめながら言う名瀬にユージンが唖然とした表情で聞く。見れば他の三人、オルガとクーデリアにビスケットも似た様な顔をしていた。

 

「おいおい? 俺が嘘をついているって?」

 

「い、いえ! そんなことは……」

 

 名瀬の言葉にユージンが慌てて首を横に振る。それをアミダが可笑しそうに口元に笑みを浮かべる。

 

「ふふっ。そう思いたくなるのも仕方ないね。でも全部本当の話だよ? だから私達タービンズもテイワズも、これまで何度もシシオをスカウトしようとしたんだけど毎回ふられちゃっているのさ。しかもあの子、以前マクマードの親分さん本人から親子の盃を交わさないかと誘われて、それを断っているんだよ」

 

『…………!?』

 

 アミダの口から告げられた予想外の事実にオルガ達四人は揃って驚いた。

 

 ☆

 

「……」

 

 シシオの宇宙船の中でローズは、シシオがリストアップしたオリアスの予備パーツを集めてイサリビに運ぶ準備をしていた。その作業を横で見ていたリアリナが話しかける。

 

「ねぇ? 本当にそのパーツ全部持っていくの? 向こうのガンダムの修理を手伝うのはまだ分かるけど、パーツを分けてあげるなんてサービスのしすぎじゃない」

 

「仕方がありません。シシオ様はガンダムフレームの大ファンですので、例え向こうの機体とはいえガンダムフレームが無惨な姿のままなのは我慢できないのでしょう」

 

 リアリナの言葉にローズは彼女を見ることなく作業の手を止めずに答える。シシオはガンダムフレームに強い興味を持つ父親の影響で彼自身もガンダムフレームに強い興味を持っており、そんなシシオを昔から見ていたローズは彼の気持ちが理解できていた。

 

「そう? ……でも本当にいいの? これだけのパーツ、高いんじゃないの?」

 

 リアリナの言っていることは間違っていない。ローズが用意しているパーツはかなりの数で、そのほとんどがシシオが製造した物とはいえこれだけのパーツをタダで分けるとなると出費はかなりのものである。

 

 しかしやはりローズは作業の手を止めることなくリアリナに即答する。

 

「シシオ様の判断です。シシオ様が決めたことなら私はただ従うまでです」

 

「何で……」

 

 何でそこまでするの、と聞こうとしたリアリナであったが、それよりも先にローズは初めて作業の手を止めると彼女の目を見て言った。

 

「私は『ヒューマンデブリ』。つまりシシオ様の所有物ですから」




話が進んでいなくてすみません。
次回、シシオとローズの出会いを書こうと思うので今回はここで切ることにしました。
そう言えば三日月とオルガって、一体どんな出会いをしてあの様な関係を築くまでに至ったんでしょうかね?


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#12

現在のシシオは十七歳で、ローズ十八歳という設定です。


「え……?」

 

 ローズの口から出た言葉にリアリナは思わず体を硬直させた。

 

 ヒューマンデブリ。

 

 今さっきローズは自分の事をそう呼んだ。

 

 ヒューマンデブリとは二束三文の値段で人身売買される孤児達のことで、その呼び名は宇宙で集めた屑鉄のような値段で取引されていることに由来する。

 

 戸籍が抹消されていて社会的に死んだも同然の存在であるヒューマンデブリは、人ではなく登録書を持つ企業や個人の「所有物」として扱われている。この状況から逃れるには、金で自身を買い戻すか登録書を自分で手に入れるしかないが、現実的には相当困難であった。

 

 ヒューマンデブリとなる孤児の事情は様々だが、貧乏なコロニーや火星のような地域で貧困と治安の悪化により浮浪児となった者も多い。 その様な環境のせいかヒューマンデブリとなった孤児達は教育もまともに受けられず読み書きもできない者が多く、買い取られた後は過酷で危険な重労働を行う労働者か海賊や民兵組織の元で戦う少年兵になる場合がほとんどである。

 

 リアリナは自分が知っているヒューマンデブリの情報を思い出してからローズを見る。

 

 まだ知り合って数日しか経っていない関係だが、それでもリアリナはローズがヒューマンデブリで、シシオがその所有者だとはとても思えなかった。彼女の目に映るシシオとローズの二人は、軽口を叩きながらも互いを信頼している対等なパートナーであった。

 

 でもそれは単なる錯覚だったのか?

 

 実際は対等なパートナーではなく、主人と奴隷の関係でしかなかったのか?

 

 そんなことをリアリナが考えていると、彼女の考えていることが分かったのかローズが明らかに不機嫌そうに眉をひそめる。

 

「一応言っておきますが、シシオ様は私をヒューマンデブリだからと差別したことなんて一度もありませんからね? そもそも私の登録書は五年前にシシオ様から渡してもらっているのですから」

 

 ローズはそう言うと、自分の懐から首にかかった鎖と繋がっている小さなスティック型の記録媒体を取り出して見せた。恐らくはそのスティック型の記録媒体が彼女の登録書なのだろう。

 

「え? 自分の登録書を持っているの? じゃあ何で……?」

 

 すでに自分の登録書を持っているのに自分の事を「シシオの所有物のヒューマンデブリ」と言うローズの言葉にリアリナが戸惑っていると、ローズはガンダム・バルバトスの修理用のパーツをイサリビに送る作業に戻りながら口を開いた。

 

「誰が何と言おうと私はシシオ様の所有物、ヒューマンデブリなのです」

 

 リアリナに……というよりも、むしろ自分自身に言い聞かせるようなローズの言葉に、リアリナは好奇心を刺激されてためらいがちに訊ねた。

 

「あの、さ……。何でそこまでシシオの所有物であることにこだわるの? いや、その……、訳を言いたくなかったら別にいいんだけど……」

 

「…………………………あまり面白い話ではありませんよ?」

 

 十秒程沈黙した後でローズはそう言い、訊ねてみたけど答えてくれるとは思っていなかったリアリナは驚きながらも首を縦に振った。

 

「う、うん! それでもいいから聞かせて」

 

「そうですか……。私とシシオ様が初めて出会ったのは今から六年前、私が十二歳の頃です」

 

 ローズは作業を続けながらシシオと出会った時の事を話始めた。

 

 ☆

 

 ローズがリアリナにシシオと出会った時の事を話していた頃、名瀬もハンマーヘッドの応接間でオルガ達にシシオとの出会いを話していた。

 

「俺達がシシオと初めて会ったのは今から五年前。きっかけはテイワズの傘下にあったとある組織とシシオが揉めたことで……その時シシオはまだ十二だったかな?」

 

「じゅ、十二歳の子供がテイワズの組織とトラブルを?」

 

 名瀬の言葉にその状況を想像したビスケットが青い顔になって思わず呟く。

 

 ギャラルホルンと事を構えた鉄華団も似たような状況なのだが、それでもビスケットは自分がその時のシシオの立場であればとても持たないだろうと思った。

 

「まあ、あれはシシオと組織が揉めたって言うより、その組織が一方的にシシオにいちゃもんをつけていたんだけどな」

 

 名瀬は身内の恥をさらすような苦い顔となりながら続きを口にする。

 

「それでその揉め事のきっかけになったのが、シシオの助手をやっているローズっていう嬢ちゃんなんだよ」

 

 ☆

 

「私は今はもう廃棄されたコロニーの出身で、十歳の頃に親だった人に一晩の酒代……と言うより缶ビール一本ぶんの値段で売られ、ヒューマンデブリとなりました」

 

 作業を続けながらローズは自分の過去を淡々と話す。その声音からは何の感情も感じられず、恐らくはその「親だった人」にはもう親子の情など全く持っていないだろう。

 

 そしてそれは父親に愛され、愛してきたリアリナにとってはとても衝撃的であった。

 

「ヒューマンデブリとなった私はとある民兵組織に買われるとモビルスーツのパイロットにされました。それから二年後、私は海賊との戦闘中に機体が破壊されて宇宙を漂流していました」

 

「え? 宇宙を漂流って……誰か助けに来てくれなかったの?」

 

 リアリナの言葉にローズは首を横に振る。

 

「あの時の私の機体はほとんど大破していました。機体の損傷が少なければ機体を回収するついでに助けてもらえたかもしれませんが、使い物にならなくなった機体とヒューマンデブリなんて捨てられて当然です」

 

「そんな……」

 

 あまりにも酷い話の内容にリアリナは表情を歪ませるが、ローズの方は過ぎた事と割り切っているようで作業と話を続ける。

 

「機体が壊れて身動きが取れなくなった私はどこかのデブリ帯に漂着しました。そしてパイロットスーツに内蔵された酸素が残り少なくなった時に私を助けてくれたのが、ガンダム・オリアスに乗ってデブリ帯のジャンク品を回収していたシシオ様でした。シシオ様に助けられた私は、彼と彼のお父様と一緒にジャンク屋として活動しました。……ですがそんな生活の一年後に彼らがやって来たのです」

 

 そこでローズは作業の手を止まて唇を噛みしめた。

 

 ☆

 

「ローズの嬢ちゃんの所有者ってのは当時テイワズ傘下の民兵組織だったのさ。それでその組織の奴ら、自分達で見捨てておきながらローズの嬢ちゃんが生きているって分かったら、シシオの所に乗り込んでローズの嬢ちゃんの身柄と『自分達のモビルスーツを壊した上にパイロットのヒューマンデブリを盗んだ賠償金』とか言ってべらぼうな大金を要求しやがった」

 

「はぁ!? 何だよそりゃ?」

 

 名瀬がそこまで言った時、ユージンが立場や場所も忘れて納得いかないといった表情で声を荒らげる。しかしこの場にいる全員もユージンと同じ気持ちだったようで、オルガ達は顔をしかめて黙り、名瀬とアミダは苦笑と微笑みを浮かべて彼を咎めたりはしなかった。

 

「納得いかないって? まあ、その時のシシオも納得いかなかったようでな。シシオは組織の奴らに一つの賭けをもちかけたのさ」

 

「賭け、ですか?」

 

「そう、賭けさ」

 

 オルガが訊ねると名瀬は先程の苦い顔とは逆の面白そうに笑みを浮かべた。

 

 ☆

 

「シシオ様が組織にもちかけた賭けとは、その時の私の値段と組織が言う賠償金を合わせたお金の二倍以上の金額を十日間で用意するといったものでした。そしてお金を用意できればそのお金で私を登録書ごと買い取り、用意できなければ私を初めとする全ての財産を渡すという条件で賭けは成立しました。……それでその全ての財産にはガンダム・オリアスも含まれていました」

 

「ガンダム・オリアスも?」

 

 辛そうな顔でローズが語る賭けの内容にリアリナが驚く。

 

 ガンダム・オリアスがシシオにとって最も大切な宝物であるのはリアリナも知っていた。それを賭けに負けた時の担保にするのは一体どれだけの覚悟だったのだろうか?

 

「それからシシオ様は小さな宇宙船に採掘用の資材と一台のモビルワーカーを載せるとデブリ帯へと向かいました。ジャンク屋のシシオ様はデブリ帯から値打ち物のジャンク品を探しに行ったのです。そして賭けを開始して九日目にシシオ様は帰ってきたのですが……」

 

 そこでローズは一旦言葉を切ると、ここではないどこかを遠い目で見ながら呟いた。

 

「デブリ帯から帰ってきたシシオ様を見た時は、私達だけでなく歳星の人達が皆、驚いていましたね……」

 

 ☆

 

「ある日突然、歳星に正体不明の戦艦がやって来てな。しかもその戦艦、船体はボロッボロッなのにエンジンの辺りは元気に動いている奇妙な艦で、一部には『幽霊船が出た!』って言って騒ぐ奴もいたぐらいだ。でもよく調べてみるとその戦艦には微弱な生体反応があって、艦の天辺には漢字で『大漁』と書かれた旗があったんだ」

 

「そ、それってもしかして……」

 

 楽しげに話す名瀬にクーデリアが強張った笑みで訊ねるとアミダが頷く。

 

「そう、シシオさ。あの子はデブリ帯から厄祭戦時代の壊れた戦艦を見つけて、それを動けるように修理してから持って……いや、乗って帰ってきたのさ。しかもその戦艦の中には同じくデブリ帯で見つけて修理したモビルスーツが十機載せてあったんだよ」

 

「……失礼ですけど、それってマジですか?」

 

「当然だろ?」

 

「嘘なんか言ってどうするのさ?」

 

『…………!?』

 

 色々な意味を常識外れな話にオルガが呆然とした表情で聞くが、名瀬とアミダに平然と返されてオルガ達は絶句する。

 

「とにかく戦艦のエイハブ・リアクターと十機のモビルスーツを売った金は、賭けに出た二倍の金額どころか二十倍の金額になってシシオは賭けに勝ったって訳だ。それでその話を聞いたマクマードの親父はシシオを気に入って屋敷に呼び出してな、その時シシオを迎えに行ったのが俺なんだ。そしてマクマードの親父シシオに『親子の盃を交わさないか?』と言ったんだが……くくっ」

 

 そこまで言って名瀬はその時の事を思い出して笑いをかみ殺す。

 

「アイツ、あの時何て言ったと思う? 『ごめんなさい。俺、まだ子供だからお酒は飲めません』だぜ? いやー、あの時は俺もマクマードの親父も一瞬呆けた後、笑った笑った。ハハハッ!」

 

 大声で笑う名瀬だったが、話を聞いているオルガ達は驚きのあまり目を見開いていた。

 

「まあ、シシオの奴は色々と面白い奴ってことだ。お前達も会ってみたら気に入ると思うぜ?」

 

 ☆

 

「そう……。それでシシオは手に入れた登録書を貴女に渡して自由にしたってわけね」

 

「ええ。ですけど私はシシオ様の所有物のヒューマンデブリです」

 

 リアリナの言葉にローズは頷いてから自分をヒューマンデブリと言う。しかしローズの表情は自分を卑下するものではなく、むしろ誇るような表情であった。

 

 ローズは胸元にあるスティック型の記録媒体、五年前にシシオより渡された自分の登録書を両手で握りしめる。

 

「シシオ様がいなければ私は六年前に死んでいました。それだけでなくシシオ様は私に、命の他にも沢山のモノをくれました。……だからこれは全てシシオ様の為に使うモノなんです」

 

「………ローズはシシオの事が本当に大切なのね」

 

「当然です」

 

 リアリナの呟きにローズが即答する。

 

「シシオ様を守る為ならば私はどのような事だってします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……その為なら私の命、あの『悪魔』に捧げる事もためらいません」



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#13

 シシオと三日月との決闘が行われた日から三日後。シシオ達は鉄華団も加えて歳星にと向かっていた。

 

 歳星までの道程は今のところ順調。そしてシシオはハンマーヘッドの格納庫で、百錬のコックピットのシミュレーターを使い訓練をしている最中であった。

 

「また動きが良くなっている。凄い成長速度だな」

 

 百錬のコックピットでモニターを見ながらシシオが呟く。コックピットのモニターにはシシオが乗っているのと同型の百錬が映っており、モニターの百錬が剣を構えてこちらに向かってくるのを見てシシオが口元に笑みを浮かべる。

 

「だけど……まだ甘い!」

 

 シシオが素早くレバーと機器を操作すると、彼の乗る百錬がモニターの百錬の攻撃を避けて背後に回り、それと同時に手に持ったライフルをコックピットに向けて発射した。

 

 シシオの銃弾はモニターの百錬に吸い込まれるように当たりコックピットを貫く。実戦であれば間違いなく即死である。

 

 モニターの百錬が動かなくなるとシミュレーターが終了となり、シシオはコックピットのハッチを開くと外に出た。

 

「お疲れ。これで十連勝だね」

 

「……」

 

 シシオが百錬のコックピットから出るとラフタが笑顔で話しかけてきて、隣にある別の百錬のコックピットから若干不機嫌そうな三日月が出てきた。先程までシシオがシミュレーターで戦っていた百錬は三日月が操縦していたもので、彼は今日だけで今のを入れて十回、三日月とシミュレーターで戦ってそして勝っていた。

 

「ジミオ、もう一回やるよ」

 

「ジミオじゃなくてシシオだって! いい加減名前覚えろよ!」

 

「待て、三日月。次は俺の番だ」

 

 三日月の言葉にシシオが怒鳴るとそこに昭弘が進み出る。

 

 この三日間、三日月と昭弘はタービンズで百錬のシミュレーターを使って、シシオとタービンズのパイロット達を相手にモビルスーツ戦の特訓をしていた。

 

 そして三日月と昭弘の二人は、同世代の男で自分達よりもモビルスーツ戦に長けているシシオに対抗心を刺激されて何度も対戦を申し込んでいるのだが、今のところまだ勝ち星は拾えていなかった。実際、昭弘も三日月と同様に今日だけで十回シシオと対戦して十回負けている。

 

「あー……。悪い、昭弘、三日月。俺、そろそろ自分の艦に戻らないといけないんだ」

 

 シシオは自分に対戦を申し込んでくる三日月と昭弘に申し訳なさそうな顔で言う。

 

 シシオは現在、ダディ・テッドの護衛の仕事を受けている。実際に護衛を行なっているの名瀬達タービンズで自分の宇宙船にもタービンズの構成員達がダディ・テッドの護衛の為に乗り込んでおり、やる事と言ったらアルジのシミュレーターの相手やヴォルコのガンダムに関する質問に答える事ぐらいだが、それでも契約上ダディ・テッドの護衛はシシオなのであまり長い間護衛対象の側から離れる訳にはいかないのだ。

 

「そうか……」

 

「今日も勝ち逃げする気? 本当に汚いよね。ジミオは」

 

 シシオが自分の宇宙船に戻ると言うと昭弘が残念そうな顔をして、三日月が明らかに不機嫌な顔で小さく毒を吐く。

 

「だからジミオじゃなくてシシオだって。というか三日月? 何で俺にだけ当たりがキツイの? 俺、何かした?」

 

「シシオ様」

 

 三日月は三日前に初めて会った時からシシオをジミオと呼び、話す度に小さな毒を吐いていた。その事についてシシオが三日月に問い詰めようとした時、いつの間にか格納庫に入ってきていたローズがシシオに話しかける。

 

「ローズか。迎えに来てくれたのか?」

 

「はい。シシオ様『は』艦にお戻りください」

 

「ああ、分かった。……ん?」

 

 ローズの言葉に一旦頷いたシシオだが、その直後に違和感を感じて首を傾げる。

 

「俺は? ローズはどうするんだ?」

 

「私はここでやる事ができましたので残ります」

 

 シシオの質問にローズは彼ではなく、その後ろにいる三日月を見ながら答える。

 

「……どうやら彼はシシオ様と戦えず不機嫌な様子。ですから僭越ながら私が代わりにお相手をしたいと思います」

 

「ローズ?」

 

「アンタは?」

 

 ローズの言葉から僅かに苛立ちの感情を感じたシシオが彼女の名を呼び、まだローズの名前を知らない三日月が訊ねる。

 

「私はローズ。この方、シシオ・セト様の助手をしております」

 

 三日月の前まで進み出てローズはゆっくりと頭を下げて挨拶をする。

 

「ジミオ「シシオ様です」……の?」

 

 シシオの事をジミオと呼ぶ三日月の言葉にローズは自分の言葉を重ねる。気のせいかその時のローズの目には敵意にも似た感情の光が見えた気がする。

 

「さあ、百錬のコックピットに入ってください。シシオ様がお相手出来ない分、私がお相手になります」

 

「……大丈夫なのかよ?」

 

 三日月を百錬のコックピットに急かすローズを昭弘が疑うような目で見る。ローズの事を知らない人間がメイド服姿の彼女を見れば、とてもモビルスーツの操縦が出来るとは思えないだろう。

 

 そんな昭弘の言葉をツナギを着た銀髪の女性、タービンズのパイロットの一人、アジー・グルミンが否定する。

 

「心配いらないよ。ローズの腕は確かだ。モビルスーツ戦なら今の昭弘と三日月よりも上だろうよ」

 

「………マジかよ」

 

 アジーに断言されて搾り出すような声で呟く昭弘。そして三日月は相変わらずなマイペースな表情のまま頷いた。

 

「そっか。それじゃあやろうか?」

 

「ええ。ヤりましょう」

 

 三日月の言葉に頷いてからシミュレーターを始めるべく百錬のコックピットに向かうローズだが、その会話を横で聞いていたシシオは彼女が言った「ヤりましょう」が「殺りましょう」に聞こえた気がした。

 

 ☆

 

 シミュレーターの中の戦場。二機の百錬の電子頭脳が再現した偽りの宇宙空間で、ローズの乗る百錬と三日月の乗る百錬が戦っていた。

 

「遅いですよ」

 

 ローズが操縦する百錬はブースターから勢いよく推進剤を噴出させて三日月が乗る百錬との距離を詰めると、右手に持つ片刃式ブレードと左手のナックルガードを使い、更には肘打ちや膝蹴り、果てには頭突きまで駆使した連続攻撃で三日月に反撃の機会を与えることなく攻め立てる。

 

「ぐ、うぅ……!」

 

 ダメージを受ける度に百錬のコックピットは自ら揺れることで戦闘の衝撃を再現し、コックピットに揺らされて三日月が苦悶の声を上げる。

 

「このっ!」

 

 三日月が乗る百錬は何とか反撃しようと自分の片刃式ブレードを振るうが、ローズから見ればその動きは単なる悪あがきでしかなかった。

 

「甘いですね」

 

「っ! ……がっ!」

 

 ローズは百錬の機体をひねって三日月の攻撃を避けると、そのまま機体を一回転させて左手のナックルガードを裏拳の要領で三日月の百錬の頭部に当てる。裏拳の衝撃で三日月が再び苦悶の声を上げて彼の百錬の動きが一瞬だけ止まるのだが、その隙を見逃すローズではなかった。

 

「隙だらけです」

 

 ローズは短く言うと片刃式ブレードで三日月が乗る百錬のコックピットを横から貫き、シミュレーターは三日月の即死と判断して終了した。

 

 シミュレーターが終わりローズがコックピットから出ると、もう一機の百錬のコックピットから三日月も出てきた。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 百錬のコックピットから出るなり荒い息を吐く三日月。見れば三日月は全身から大量の汗をかいているが、ローズの方は汗一つかいておらず涼しい顔をしていた。

 

「これで私の十五勝ですね」

 

「………!」

 

 ローズの言葉に三日月が悔しそうに唇を噛む。今の言葉の通り、ローズと三日月は十五回連続でシミュレーターの対戦をして、これで彼女の十五連勝であった。

 

「す、凄え……」

 

 ローズと三日月の十五回にもわたる対戦を横で見ていた昭弘が驚きで目を見開いて呟くとラフタが彼に話しかける。

 

「ローズの格闘センスとアミダの姐さん仕込みのモビルスーツの白兵戦は私達でも手を焼くからね。……でも今日のはいつもと比べてちょっと激しすぎだったような?」

 

「それだけ怒っていたってことさ」

 

 首を傾げるラフタの呟きにアジーが即答して、それを聞いた三日月が彼女を見る。

 

「怒っていた?」

 

「そうさ。アンタがジミオジミオって呼んでいたシシオはそこのローズにとってとても大切な……それこそ自分なんかよりはるかに大切な相手なのさ。それを馬鹿にされたからローズは怒ったのさ。……でもローズ? 三日月だって本気でシシオをけなしている訳じゃないんだ。あんな八つ当たりはもう止めな」

 

「………はい」

 

 三日月に答えた後アジーがローズに言うと、ローズは俯きながら返事をする。それはアジーの言葉が正しい事を証明していた。

 

「そうか……。じゃあ仕方ないな。……ごめん」

 

 三日月はアジーの言葉を聞いて小さく頷くとローズに向けて頭を下げて謝った。

 

「え?」

 

「俺もオルガを馬鹿にされたらソイツを許せないと思う。……だから、ごめん」

 

 突然の謝罪に戸惑うローズに三日月はそう言ってもう一度頭を下げて謝る。

 

「……いえ。私の方も短気を起こして申し訳ありませんでした。……三日月様。貴方にも自分の命に代えても守りたい、お役に立ちたい人がいるのですね」

 

「三日月でいいよ。うん。俺の命はオルガにもらったものだからね。俺の全てはオルガの為に使うんだ」

 

 誇るように笑みを浮かべる三日月にローズも微笑みを浮かべる。

 

「奇遇ですね。私もです。……三日月。一度休憩をしてからもう一度対戦をしますか?」

 

「ううん。今なら強くなれそうな気がするからすぐにやろう」

 

「はい。分かりました」

 

 ローズと三日月はお互いに小さく笑いながら会話をすると、シミュレーターの訓練を再開するべく二人とも百錬のコックピットに入っていった。

 

 そうして再開されたローズと三日月の対戦は、歳星の姿が確認されたというアナウンスが流れるまで続いた。

 

 ☆

 

「シシオ様。ただいま戻りました」

 

「お帰り、ローズ」

 

 ローズが自分達の宇宙船のブリッジに入ると、宇宙船の操縦をオートパイロットにしたシシオが手に持ったタブレットを見ながら声をかけた。

 

「シシオ様? ……それはガンダム・アスタロトですか?」

 

 シシオが持つタブレットをローズが覗き見ると、タブレットにはガンダム・アスタロトの画像が映し出されていた。

 

「ああ。実はダディ・テッドからガンダム・アスタロトを本格的に整備してほしいって仕事の依頼があってな。ついでに『コレ』もこっちの方で作ってみようと思うんだ」

 

 そう言うとシシオはタブレットに映し出されているガンダム・アスタロトの一点を指差した。

 

「そのパーツを?」

 

「このパーツを、だ。このパーツだったら『あの機体』にもピッタリだし、これであの機体も完成する。……今から完成が楽しみだ」

 

 まるでプラモデルを楽しみながら組み立てるような顔でタブレットを見るシシオをローズは真剣な表情で見つめる。

 

「……それで一体いつ頃完成するのでしょうか?」

 

「ん? そうだな……パーツ自体は簡単なものだからアスタロトの整備をしながら作るつもりだけど、あの機体も整備用の資材も歳星の工房にあるから歳星について三日くらいで完成かな?」

 

 少し考えてからシシオにローズは何かを決意した目をして声をかける。

 

「シシオ様。あの機体が完成したら是非私を乗せ……」

 

「却下」

 

 シシオはローズの言葉を遮って即答すると彼女の目を見て言った。

 

「ローズも知っているだろ? あの機体はガンダム・オリアスが何かのトラブルで動かせない時に俺が乗る予備機だ。だから俺用に調整してあるし、色々と装備やプログラムをゴチャゴチャと組み込んであるから、いくらローズが『ピアス』を二つ埋め込んだ阿頼耶識使いでも……いや、阿頼耶識使いだからこそ危険が大きい」

 

 自分の背中辺りを指で軽く叩きながら言うシシオ。その彼の動作と言葉はローズが阿頼耶識使いである事を意味していた。

 

 阿頼耶識システムは機体の情報を直接パイロットの脳に送り込むことで操縦の補佐をするシステムだが、乗り込む機体が高性能で多機能である程、情報の量は多くなりパイロットの脳にかかる負担が大きくなる。最悪、情報量の多さで脳に障害が発生する危険性もあり、それはシシオは到底認められなかった。

 

 シシオの言葉はローズのことを心配したものであり、いつもの彼女であればここで大人しく引くのだが、今回は違っていた。

 

「……お願いします、シシオ様」

 

「一体どうしたんだよ、ローズ?」

 

 直角にお辞儀をして頼んでくるローズにシシオが訊ねると彼女は自分の内にある気持ちを口にする。

 

「私は三日月と話しました。彼は自分の命はオルガ様から貰ったもので、自分の全てをオルガ様の為に使うと言っていました。……それは私も同じです。私の命は六年前にシシオ様に貰ったもの。だから私はどんな時、どんな所でもシシオ様の側にいてお役に立ちたいと思っています。……その為にも私にはシシオ様と同じ戦場に立つ力が、あの機体が必要なのです」

 

 お辞儀をしたままローズは自分の全てを捧げる主人、シシオに頼む。

 

「お願いします、シシオ様。私に貴方のもう一つの宝物を、『ガンダム』をお貸しください」




あまり話が進まず申し訳ありません。
今回はフラグ回です。
・三日月強化フラグ。
・アスタロト強化フラグ。
・ローズのモビルスーツパイロット化フラグ。


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#14

「う、ぐ……あああああっ!」

 

 宇宙船の格納庫に一人の女性の苦悶の声が響き渡る。苦悶の声を上げたのは薔薇のように赤い髪をした少女、ローズである。

 

 ローズは今、モビルスーツの解放状態となったコックピットのシートに座っており、その背中には一本のケーブルが伸びていてシートにある端末に繋がっていた。先程の苦悶の声は、阿頼耶識システムを使いモビルスーツを起動させようとして、機体から膨大な量の情報が送られてきて彼女の脳に負荷がかかりすぎたからであった。

 

「ローズ、大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫です、シシオ様……」

 

 横で様子を見ていたシシオが訊ねるとローズは顔を上げて返事をするが、その顔には大粒の汗が大量に流れていて息も荒く、とても大丈夫そうには見えなかった。

 

「ローズ、阿頼耶識システムでモビルスーツの操縦をするのは出来ないとは言わないけど危険だ。やっぱり……」

 

「いいえ。私は大丈夫です。……私は必ずこの機体に乗れるようになってみせます」

 

 シシオの言葉を遮ってローズは言うと後ろを振り返る。そこには巨大な鋼鉄の悪魔が光の灯っていない双眸でシシオとローズを見つめていた。

 

「……分かったよ。もう止めない。阿頼耶識システムの調整をしてからまた挑戦するとしよう。でもその前に仕事だ。そろそろダディ・テッド達がガンダム・アスタロトを受け取りにこの艦にやって来る」

 

 決意に満ちたローズの横顔を見てシシオは観念した顔で言うと、次に腕時計を指差す。

 

 シシオ達が歳星に辿り着いてからもうすでに七日が経過していた。

 

 ダディ・テッドを歳星まで送り届ける依頼を達成したシシオとローズは、鉄華団とタービンズと別れるとすぐに歳星にある自分達の工房に行き、新たに依頼されたガンダム・アスタロトの整備とシシオの持つもう一体のガンダムフレームを完成させる作業に入ったのだ。

 

 そして今日は整備が完了したガンダム・アスタロトを受け取りにダディ・テッド達がやって来る日であった。

 

「そう言えばそうでしたね。少しお待ちください、着替えてきます。……しかしシシオ様? よろしかったのですか?」

 

 さすがに汗だくの姿で来客を出迎えるわけにはいかないため着替えに行こうとするローズだったが、途中である事を思い出してシシオに訊ねる。

 

「? 何がだ?」

 

「ガンダム・アスタロトの事です。ダディ・テッド様からの依頼は整備だったはずですが、あれでは整備ではなく『改造』です」

 

 ローズがこことは別の格納庫にあるガンダム・アスタロトの姿を思い出して言うが、シシオは心外だとばかりに首を横に振る。

 

「おいおい、人聞きの悪い事を言うなよ。ただちょっと機体の整備をするついでに俺自作の武装と外装を装備させただけじゃないか」

 

「……あれが『ちょっと』ですか?」

 

 思わずジト目になるローズだがシシオは何でもないように言う。

 

「いいんだって。もしダディ・テッド達が気に入らないと言ったら元に戻せばいいんだし。ほら、早く着替えてこいって」

 

「……分かりました」

 

 シシオに言われてローズはまだ納得していない表情のまま着替えに行った。

 

 ☆

 

「こんにちわ。久しぶりです……え?」

 

 着替えを終えたローズと一緒に自分の宇宙船に入ってきたダディ・テッド達を出迎えたシシオは、そこで予想外の人物の顔を見て思わず声を上げた。

 

 シシオの宇宙船に入ってきたのは六人。

 

 ダディ・テッドにその娘のリアリナ。ダディ・テッドのボディガードのアルジとヴォルコ。初めて見る金髪の男。そして……。

 

「よう。久しぶりだな、シシオ」

 

 ダディ・テッドと同じくらいの年代の着物を着た初老の男。

 

 マクマード・バリストン。

 

 木星圏を中心とする圏外圏で絶大な権力を持ち、「圏外圏で最も恐ろしい男」と言われているテイワズのトップ。

 

 そんな重要人物が護衛もつけずにこんな所に来ている事にシシオは驚きを禁じ得ず、彼の後ろではローズも驚きのあまり絶句していた。

 

「ま、マクマードさん? 確か『例の件』の準備で今忙しいはずじゃ? というか護衛はどうしたんですか?」

 

「なぁに、お前さんの仕事ぶりを見てみたくなってな。ちょっくら抜け出してきたのさ。それに護衛ならここにいるだろ」

 

 マクマードはシシオに笑みを浮かべて答えるとアルジとヴォルコの方に視線を向ける。するとそこにダディ・テッドが口を挟んできた。

 

「おい、マクマード。こいつらは俺の護衛だ。お前を守ることは仕事に入っていないぜ?」

 

「おいおいテッド? そんなケチくさいこと言うなよ」

 

「お前が図々しいだけなんだよ。昔と全く変わってないな」

 

「それはお互い様だろ?」

 

 軽口を叩き合うマクマードとダディ・テッド。その二人の姿からは慣れ親しんだ気安さが感じられて、二人が昔からの知り合いであると言う話は本当のようであった。

 

 それとマクマードの護衛の事なら心配はいらないだろう。

 

 テイワズの本拠地であるこの歳星でテイワズのトップであるマクマードに手を出そうと考える人間などそうはいないだろうし、それに今頃はシシオの宇宙船の周囲にはマクマードの部下の宇宙船が周囲を警戒しているはずだ。

 

 そう考えているシシオの横ではローズがリアリナに話しかけられていた。

 

「久しぶりね、ローズ」

 

「はい。お久しぶりです、リアリナ様」

 

「リアリナでいいって。……それより何だか顔色が悪いけど大丈夫?」

 

「ええ。私なら大丈夫ですよ」

 

 つい先程まで阿頼耶識システムを使ってモビルスーツの起動実験を行なっていた影響で顔色が優れないローズをリアリナが心配していると、ヴォルコが彼女とマクマード達に声をかける。

 

「皆さん、お話はそれくらいで……。それよりシシオ? ガンダム・アスタロトの整備は万全なんだろうな?」

 

「ああ、もちろん。機体にちょっと手を加えたけど整備は完璧だ」

 

「いえ、ですからあれは『ちょっと』のレベルではないと思いますが……」

 

「……何?」

 

 シシオとローズの言葉にヴォルコが目を細める。

 

「シシオ。今のはどういう意味だ」

 

「それは実際に見てからのお楽しみかな。さあ、こっちに来てくれ」

 

 軽い殺気すらも漂わせて鋭い視線で見てくるヴォルコにシシオは何でもない顔でそう言うと、彼らをガンダム・アスタロト保管している格納庫へと案内する。

 

 しかしローズだけは気づいていた。ヴォルコに答えるシシオが小さく汗を流していることに。

 

 ☆

 

「ガンダム・アスタロトは機体の左右のデザインが違うから重心のバランスが悪い。しかも主兵装であるあの折り畳み式の大剣……確か『デモリッションナイフ』だっけ? あれが重心のバランスを更に悪くしている。だからガンダム・アスタロトは一回の戦闘で機体にかかる負荷や推進剤の消費が他のモビルスーツよりも多い。……ここまでは分かっているな?」

 

「ああ」

 

「……」

 

 ガンダム・アスタロトが保管されている格納庫の扉の前でシシオがガンダム・アスタロトの問題点を言うとアルジが頷き、ヴォルコも不機嫌ながら無言で頷く。

 

「だからガンダム・アスタロトの整備をするついでに自作の武装と外装を取り付けてその問題点を解決してみたんだ。自分で言うのもなんだけど、結構いい仕事をしたと思うぜ」

 

「御託はいい。早くガンダム・アスタロトを見せろ」

 

 やや自慢気に言うシシオに先程から不機嫌を隠そうとしないヴォルコが言う。

 

「分かったよ。じゃあ皆見てくれ。これが生まれ変わったガンダム・アスタロトだ」

 

「「「「「「………!?」」」」」」

 

 シシオはそう言うと格納庫の扉を開く。格納庫の中はガンダム・アスタロトの姿のみがあって、それを見たヴォルコ達は一瞬、驚きのあまり声をなくした。

 

 格納庫に保管されているガンダム・アスタロトは、シシオに預けられた時の姿とは大きくかけ離れた姿をしていた。

 

 姿の違いを大きく分けて上げると三点上がる。

 

 まずは機体のパーツ。

 

 頭部や腕、脚等は最初の頃の名残が残っているが、胴体や肩は完全に別物で、特に両肩にある盾のようなパーツが特徴的であった。

 

 次に機体の色。

 

 最初、ガンダム・アスタロトは白を基調として一部に青と赤を使ったカラーリングであったが、現在のガンダム・アスタロトは全身が銀色でごく一部に青を使ったカラーリングである。

 

 最後に武装。

 

 全身が銀色に輝くアスタロトは左手に初めて見る巨大なハンマーのような武装を持っており、腰の左側にはデモリッションナイフとは違う大剣を装備している。どちらもヴォルコ達は初めて見る武装であり、見たことがあるものと言えば右手に持つライフルくらいであった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うわぁ……。キレイ……」

 

「何だよコリャ? もはや原型なんてほとんどないじゃねぇか」

 

「いや、違うな」

 

 生まれ変わったガンダム・アスタロトを見てリアリナとアルジが思わず呟くと、ダディ・テッドがアルジの言葉を否定する。

 

「え? ダディ・テッド?」

 

「原型がなくなったんじゃねぇ。逆だ。これはむしろ俺の知っているガンダム・アスタロト本来の姿に近い」

 

 ダディ・テッドはアルジにそれだけ言うとシシオを見る。

 

「シシオ……。お前、どこであれの姿を見た?」

 

「ガンダム・オリアスが教えてくれたんですよ」

 

 シシオはまるで手品の種明かしをするようにダディ・テッドの質問に答える。

 

「ガンダム・オリアスが?」

 

「はい。俺のガンダム・オリアスは武装からコックピットまで全て厄祭戦時のままでして、そのコックピットのデータにガンダム・アスタロトの映像データもあったんですよ。あの外装は参考にして自作したものです。だからこの機体を名付けるなら『ガンダム・アスタロト・シルバーフェイク』ってところでしょうか?」

 

「シルバーフェイク……銀色の贋作、ね」

 

 シシオの名付けたガンダム・アスタロトの新しい名前を聞いてリアリナが呟く。

 

「なるほどな……」

 

 シシオの説明にダディ・テッドは納得したように頷くともう一度ガンダム・アスタロトを見て口元に笑みを浮かべて言った。

 

「……ガンダム・アスタロト・シルバーフェイクか。いい仕事してるじゃねぇか。シシオ・セト」

 

「ありがとうございます」

 

 ダディ・テッドの言葉にシシオは頭を下げて礼を言った。仕事にもよるが、自分の仕事ぶりを認められるのは嬉しいものである。

 

「それでどうだいアルジ、ヴォルコ? 俺が整備したガンダム・アスタロトを見た感想は?」

 

「え? ああ、中々強そうで俺はいいと思うぜ。なぁ、ヴォルコ?」

 

「………」

 

 シシオに聞かれてアルジは自分の感想を言ってからヴォルコに呼び掛けるが、ヴォルコはそれに聞こえいないようにただ呆然とガンダム・アスタロトを凝視していた。

 

「おい、ヴォルコ?」

 

「………う、うあああぁあっ!」

 

 アルジがもう一度ヴォルコに声をかけると、まるでそれを合図にしたかのようにヴォルコは両膝を床につけて大声で泣き出した。




シシオが言った「例の件」とはオルガと名瀬が盃を交わすイベントのことです。
現在、鉄華団とタービンズはそのイベントの準備に忙しく、今回はお休みです。


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#15

「……すまない。みっともないところを見せたな」

 

 シシオによって整備をされて外見をもはや改造と言ってもいいくらい変更されたガンダム・アスタロト・シルバーフェイクを見て泣いていたヴォルコだったが、やがて泣き止むとシシオ達に謝った。

 

「い、いや、気にしないでくれ。でも一体どうしたんだ?」

 

「………そうだな。ガンダム・アスタロトをこの姿に戻してくれたお前達になら話してもいいだろうな」

 

 そう言うとヴォルコは、自分とガンダム・アスタロトとの関係についてシシオ達に話し始めた。

 

 ヴォルコの生家であるウォーレン家が元々ギャラルホルンに所属していた貴族の家系で、ガンダム・アスタロトはウォーレン家に代々受け継がれてきた家の象徴であったこと。

 

 そしてある日、嘘か真かヴォルコの父親に汚職の嫌疑がかけられてウォーレン家は断絶。ガンダム・アスタロトはアングラな市場をさまよい、ヴォルコが再び見つけた時にはフレームだけの無残な姿になっていたこと。

 

 ダディ・テッドとはガンダム・アスタロトの行方を探している時に拾ってもらい、それ以来ヴォルコはダディ・テッドの下で働きながらガンダム・アスタロトの本来のパーツや武装を探してガンダム・アスタロトを本来の姿に戻す事を生きる目標としていること。

 

 それらの事情を聞いた後、シシオはためらいがちにヴォルコに声をかける。

 

「……もしかして俺、余計な事をしたか?」

 

 シシオにしてみれば機体の整備するついでにガンダム・アスタロトを本来の姿に近い姿にしたのは、自分の趣味も入っているとはいえ善意のサービスのつもりだった。だが今の事情を聞くと自分が余計な事をした気になったのだが、ヴォルコはそれに首を横に振って答える。

 

「いや。お前が謝る事じゃない。……むしろよくガンダム・アスタロトをこの姿にしてくれた。感謝する、シシオ・セト」

 

 そう言うとヴォルコは照れくさそうな顔をして杖を持っていない方の手をシシオに向けて差し出す。

 

「こちらこそ。ガンダムフレームの大ファンの俺にとって、とてもやりがいのある仕事だったよ。ヴォルコ・ウォーレン」

 

 シシオもそう言うと差し出されたヴォルコの手を取って握手をして、周りにいた人達はそんな二人を微笑ましい、あるいは眩しいものを見るような表情で見ていた。

 

「いや、しかし見事な仕事だ。シシオよぉ。もし仕事がなくなったら俺のところに来な。いつでも雇ってやるぜ」

 

「おい待てよテッド。シシオは五年前から俺が狙っていたんだぜ? 横取りはやめてくれや」

 

「はっ。五年も前から声をかけても捕まえられないんだったら縁がないって事だろ? 諦めな」

 

「何だとテメエ?」

 

 シシオをスカウトしようとするダディ・テッドとそれを止めようとするマクマードの会話を横で聞いてリアリナがシシオに話しかける。

 

「ねぇ、シシオ? 貴方ってもしかしてとんでもない大物だったりするの?」

 

「いやいや、そんな事はないですよ? 俺はただのトレジャー「ジャンク屋です」オイ!? ローズ!」

 

 トレジャーハンターと名乗ろうとした自分の言葉を遮って言うローズに怒鳴るシシオ。……どんな時でも相変わらずな二人であった。

 

「……さて、テッドの仕事が終わったところで次は俺の仕事を引き受けてくれないか? シシオ」

 

 シシオがローズに何かを言おうとした時、ダディ・テッドとの会話がひと段落ついたマクマードが話しかける。

 

「マクマードさん? 次の仕事って何ですか?」

 

「ああ。お前さんも知っている地球へと向かうクーデリアのお嬢さんと、月のコロニー群へと帰るここにいるテッドの護衛……そのサポートを頼みたいんだ」

 

「え?」

 

 マクマードが口にした新しい仕事の内容にシシオは思わず呆けた声を出す。

 

「ちょっと待ってください。クーデリアさんが地球に行こうとしているのも、その理由も聞いていますけど、ダディ・テッドが月のコロニー群に帰るってどういうことですか? ダディ・テッドはタントテンポの誰かに命を狙われているからマクマードさんの所に避難したんじゃ?」

 

「その誰かさんが分かったんだよ」

 

 シシオがマクマードに訊ねるとそれまで黙っていた金髪の男が口を挟んできた。

 

「貴方は?」

 

「俺か? 俺はジャンマルコ・サレルノ。タントテンポの幹部の一人で輸送部門を取り仕切っている。それにしても……」

 

 シシオに聞かれて金髪の男、ジャンマルコ・サレルノは名乗りを上げると辺りを見回した。

 

「中々いい艦じゃねぇか。装甲は堅くて足も速そうだし、積んでいるのは掘出し物ばかりだ。なぁ? この艦、積み荷ごと俺に売る気はないか? 金なら言い値で払うぜ」

 

「お断りします。それよりダディ・テッドを狙っていたのって誰なんですか?」

 

 シシオがジャンマルコの申し出を即座に断って聞くと、ジャンマルコは「それは残念だな」と割と本気で残念がってから答える。

 

「ダディ・テッドの命を狙ったのは俺と同じタントテンポの幹部の一人、ロザーリオ・レオーネだ。こいつはタントテンポの銀行部門を取り仕切っているんだが、実はギャラルホルンとつるんでタントテンポの資金を不正利用してやがんだよ。俺はダディ・テッドの命令でその証拠を探っていたんだが、ようやく決定的な証拠を掴んだと思ったらダディ・テッドが何者かに襲われて消息不明ときたもんだ。どうしたものかと思った時に、ダディ・テッドとマクマード・バリストンが古い付き合いだという話を思い出して、歳星に来てみたらビンゴだったってわけだ」

 

 ジャンマルコが聞かれるまでもなく事細かに説明してくれたお陰でシシオは事情を全て理解する事ができた。

 

「なるほど。じゃあ、ダディ・テッドが月のコロニー群に帰るのは……」

 

「決まっているだろ? ロザーリオの野郎にケジメをつけにいくんだよ」

 

 シシオの言葉を遮ってジャンマルコが肉食獣の笑みを浮かべて言い、それを聞いたマクマードが口を開く。

 

「これで分かっただろ、シシオ? 火星のハーフメタル利権を勝ち取る為にギャラルホルンを差し置いて地球の経済圏の一つと交渉をしようとしているクーデリアのお嬢さん。ギャラルホルンの役人と繋がっているロザーリオと一戦交えようとしているテッド。もはやギャラルホルンとの戦いは避けられねぇ。クーデリアのお嬢さんの護衛には名瀬達をつけるつもりだし、テッドにはここのジャンマルコ達がいるが戦力は多い方がいい。お前さんなら何とかなるだろ?」

 

 つまりはクーデリア達とダディ・テッド達は月の辺りまでは一緒に行くのだから、それについて行ってギャラルホルンとの戦いを手伝ってこいということ。

 

 シシオはマクマードのあまりにも無茶な依頼の内容と、彼からの大きすぎる信頼に思わず顔を引きつらせる。

 

「いやいや……。マクマードさんってば、俺の事を買いかぶりすぎですよ。……ちなみにその依頼、引き受けたとしたら報酬はどれくらいです? あのギャラルホルンと事を構えるのだから高くつきますよ?」

 

 頼りなさそうな顔で言うシシオだが、断ったりせず報酬次第ではギャラルホルンとの戦いも引き受けると言う彼をマクマードにダディ・テッド、ジャンマルコが面白そうに見る。

 

「ああ、もちろんはした金でお前さんを雇えるとは思っていねぇよ。ちゃんとお前さんが喜びそうな報酬を用意してある。……ほらよ」

 

「これは……えっ!?」

 

 そう言うとマクマードは懐から小型の端末を取り出してシシオに手渡し、端末の画面を見たシシオは驚きで目を見開く。

 

「シシオ様?」

 

「マクマードさん……これは本物ですか?」

 

 主人の変化にローズが訊ねるがシシオはそれに気づいていないようで真剣な表情でマクマードに聞く。それにマクマードが口元に笑みを浮かべて言う。

 

「間違いなく本物さ。まあ、『それ』を用意するのは多少手間と金がかかったがね。それでどうする? 俺からの依頼は引き受けてくれるかい?」

 

「……分かりました。マクマードさん、この依頼、引き受けさせてもらいます」

 

「そうこなくちゃな。こいつらの事を頼むぜ、シシオ」

 

 シシオの返事にマクマードが笑みを浮かべて言う。

 

 こうしてシシオとローズはクーデリアとダディ・テッド達と行動を共にすることが決まったのであった。

 

 その翌日。マクマードの元で名瀬とオルガが盃を交わしてタービンズと鉄華団は兄弟分となり、クーデリアは改めて鉄華団に地球まで護衛を依頼し、タービンズはその道案内として同行することとなる。

 

 そして更にそれから数日後。月までは行き先で一緒であるクーデリアとダディ・テッド達が乗る三隻の宇宙船が歳星から出発した。



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#16

「よし、これで完成っと」

 

 クーデリアとダディ・テッド達が歳星から出発してから三日後。シシオは自分の宇宙船の格納庫で、一機のモビルスーツを見上げながら満足そうに頷いた。

 

 シシオの前にあるのは、黄色を基調としたカラーリングで頭部に二本の角のようなアンテナを装備したモビルスーツ。その横には奇妙な形をした斧のような武器が置かれており、神話にある体が人間で頭が牛の怪物ミノタウルスを連想させる姿であった。

 

「ほぅ。もう完成させるとは大したものじゃないか」

 

 格納庫にいたのはシシオだけでなく、彼の横に立ったジャンマルコがモビルスーツを見上げて感心したように言う。

 

「それにしてもこれが『グレイズ』とはな……よくここまでやったもんだ」

 

 ジャンマルコが言う通り、この機体はギャラルホルンで使われているモビルスーツ、グレイズを改造したカスタム機であった。

 

 シシオ達が一緒に行動をしている鉄華団は、これまでに何度もギャラルホルンと戦闘をしていて、その時に撃破したグレイズを何機か鹵獲していた。それを鉄華団が売り払おうとした時、どこからか聞きつけたジャンマルコがほとんど強引に状態が一番良いグレイズを一機購入して、シシオにカスタムを依頼して完成したのがこの機体である。

 

「どうですか? とりあえずジャンマルコさんの注文通りに仕上げたつもりですけど?」

 

 そう言ってシシオはポケットから一枚の紙を取り出して見せる。それはジャンマルコがシシオにグレイズの改造を頼む時に自らが描いた機体のデザイン画であった。

 

 しかしジャンマルコのデッサン力はお世辞にも高いとは言えず、シシオが持つデザイン画も何と言うか……子供が描いた「ぼくのかんがえたさいきょうのモビルスーツ」みたいな絵という感じである。そんな子供の落書きみたいなデザイン画から改造パーツの設計図を引いて三日で完成させるシシオの技術力はやはりチート級と言えた。

 

「おう、上出来上出来。本当にいい腕だな。ダディ・テッドとマクマードの親分さんが取り合うのも納得だ」

 

 ジャンマルコはモビルスーツを見上げながら上機嫌で頷くと次にシシオの方を見る。

 

「なぁ、シシオ? お前やっぱりタントテンポに……というか俺の所に来ないか? 俺の所だったら退屈はしないぜ?」

 

「おいおい。ちょっと待てよジャンマルコ? シシオは俺達タービンズだって目をつけているんだぜ? それなのに俺の目の前で口説かないでくれよ」

 

 ジャンマルコがシシオをスカウトしようとした丁度その時、格納庫に名瀬が入って来て苦笑混じりに言葉を遮る。

 

「何だよ名瀬? 別にいいだろ? こちとら人手が足りないんだ。優秀そうな人材は誘っておいて損はないだろ?」

 

「よく言うぜ。タントテンポの輸送部門を取り仕切っているお前さんなら人材には困らないだろうが」

 

 肩をすくめて言うジャンマルコに名瀬が笑みを浮かべながら言う。

 

「はっ。それを言うならお前もだろ、名瀬?」

 

「はははっ! 違いねぇ」

 

 会話を交わしながらお互い笑い合うジャンマルコと名瀬。この二人、仕事や性格が似通っているせいか初めてあった時から気が合って、今では古くから友人の様な関係になっていた。

 

「ま、今回はそのモビルスーツで我慢しろよ。グレイズのカスタム機なんてそうそうお目にかかれないぜ?」

 

「しょうがねぇな。……まぁ、俺としてはあっちの方にある機体も欲しいところなんだがな」

 

 名瀬の言葉にジャンマルコはもう一度肩をすくめると、隣にある格納庫に視線を向けてそこにある機体の姿を思い浮かべて言い、それにシシオが申し訳なさそうな顔をする。

 

「あー……すみません。あれはもうローズの専用機ですから……」

 

「分かっているよ。それで? あの嬢ちゃんはまだあの機体に乗っているのか?」

 

 ジャンマルコに聞かれてシシオは頷いてから隣にある格納庫を見る。

 

「ええ。ローズの奴、ようやく『あの機体』に乗れるようになったから少しでも慣れたいって、今もシミュレーターをやっています」

 

「そうか。ローズも頑張っているんだな。しっかし、あんな機体を隠し持っているなんてシシオも隅に置けねぇ……っと!?」

 

「緊急通信?」

 

 名瀬がシシオにからかう様に言おうとした時、シシオ達の側にあった携帯端末から緊急の通信を知らせる電子音が鳴り響いた。シシオが携帯端末操作して通信を繋げるとひどく焦った表情をしたユージンの顔が携帯端末の画面に映った。

 

『シシオか!? そこに名瀬さんはいるのか!?』

 

「名瀬さんならここにいるけど一体どうしたんだ、ユージン?」

 

『どうもこうもねぇよ! 哨戒に出ていた昭弘とタカキが所属不明のモビルスーツ数機に襲われているんだ! 今、三日月が駆けつけてくれたが救援を頼む!』

 

「……!」

 

 ユージンの言葉にシシオが顔を上げると、話を聞いていた名瀬とジャンマルコが頷いて携帯端末から自分達の艦に連絡をいれる。それを見てからシシオは、携帯端末の画面に映るユージンに向けて言った。

 

「分かった。丁度一機、すぐに出せる機体がある。そいつに向かわせる」

 

 ☆

 

 最初は単なる哨戒任務のはずだった。

 

 いつもと違うことと言えば、最初はモビルスーツに乗った昭弘が一人で行くところに「外での仕事を覚えたい」と言う鉄華団の年少組のまとめ役であるタカキ・ウノがモビルワーカーに乗ってついてきたくらいで、始めのうちは何の問題もない哨戒任務であった。

 

 しかし、昭弘とタカキが哨戒任務中に会話をしていた時、「そいつら」は突然現れた。

 

 全身を緑の重装甲で固めた初めて見る数機のモビルスーツ。

 

 その緑のモビルスーツ達は問答無用で昭弘達に襲いかかり、モビルワーカーに乗るタカキを守りながら戦う昭弘が苦戦を強いられたその時、歳星でのガンダム・バルバトスの整備を終えた三日月が長距離ブースターで駆けつけたのだった。

 

「三日月か!?」

 

『殿は俺がやる。昭弘はタカキを連れてイサリビに戻って』

 

 昭弘が通信を入れると三日月が緑のモビルスーツ達を相手にしながら返事を返す。

 

「……分かった。スマン、三日月」

 

『すみません、三日月さん』

 

 三日月の言う通り、タカキを連れたままこの場にいても危険なだけだ。昭弘とタカキは短く詫びるとイサリビに向かって機体を急行させた。

 

 ……しかし「敵」はそんな昭弘とタカキを見逃したりはしなかった。

 

「っ! 何だ!?」

 

『また敵!?』

 

 急いでイサリビに戻ろうとしていた昭弘とタカキであったが、そこに別口の敵が襲いかかってきた。先程まで二人を襲っていたのと同じ緑のモビルスーツ達と、それより一回り大きい背中に巨大なハンマーを背負った重装甲モビルスーツ。

 

 完全に虚を突かれてしまった昭弘は対応が遅れ、その隙をついて巨大なハンマーを背負った重装甲モビルスーツが接近する。

 

「しまっ……!?」

 

 重装甲モビルスーツが背中にあった巨大なハンマーを昭弘が乗るグレイズ改に振るおうとしたその時、「その機体」は現れた。

 

 突然見たこともないモビルスーツが昭弘のグレイズ改と重装甲モビルスーツの間に割れこみ、自らが持つ武器を振るって重装甲モビルスーツの機体を弾き飛ばしたのだ。見れば重装甲モビルスーツの胸部装甲には大きな損傷があった。

 

「な、何だあの機体は……?」

 

 突然現れて自分達を救ってくれたモビルスーツを見て昭弘が思わず呟く。

 

 青と赤でカラーリングされた機体。

 

 左手に持った銃身の下に長刀を取り付けた銃と背中に背負った二本の太刀。

 

 そして何より目につくのは右手に持つ機体の全長を超える巨大な大剣。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 全身を刃で武装したモビルスーツは昭弘とタカキを守る様に重装甲モビルスーツと緑のモビルスーツ達の前に立ち、そのコックピットの中で「彼女」は告げた。

 

「ローズ、そして『ガンダム・ボティス』。主人の命により戦闘に参加します」




ようやくローズの機体を出すことができました。
ちなみに知り合いにガンダム・ボティスの画像を見せたら「ヒロインの乗る機体じゃない。これは中ボスあたりが乗る機体だ」と言われました……。
別にいいじゃないですか、ヒロインがゴツい機体に乗っていたって……。
○ーパーロボット大戦の○ミアだって、○ァイサーガに乗っていたんだし……。


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#17

『その声……ローズか?』

 

『今、ガンダムって……。それってもしかして三日月さんのガンダム・バルバトスやシシオさんのガンダム・オリアスと同じ……?』

 

 コックピットの通信から聞こえてくる昭弘とタカキの声にローズは頷く。

 

「はい、そうです。この機体はガンダム・ボティス。シシオ様よりお借りしたシシオ様のもう一つの宝物です。昭弘様。タカキ様。ここは私が引き受けますのでお二人はイサリビに……?」

 

 ローズが昭弘とタカキにイサリビに戻るよう言おうとした時、目の前の重装甲モビルスーツから通信が入ってきた。

 

『お前ぇえ~! よくもこのクダル様のグシオンを傷つけてくれたなぁ~!」

 

 通信を繋げるとローズのコックピットに耳障りな男の叫び声が聞こえてきた。見れば目の前の重装甲モビルスーツ、グシオンが胸部装甲にあるローズが先程つけた大きな斬撃の痕を指差していた。

 

「グシオン……? それがあの機体の名前? グシオンと言えば確か………あの、少しよろしいですか?」

 

 クダルと名乗る男の通信を聞いてローズは少し考えてから目の前のグシオンに話かける。

 

『女? 何で女なんかがモビルスーツに……』

 

「突然で申し訳ありませんけどそのモビルスーツ、私に渡していただけませんか? 私の考えが正しければその機体、私の主人であるシシオ様が求めているものかもしれませんので」

 

 クダルの言葉を遮るようにローズが自分の要求を口にする。

 

『なん……!?』

 

「渡していただけたらこの場は見逃して差し上げますし、シシオ様の方からも代金が支払われると思われます」

 

『………!?』

 

「「………!?」」

 

 ローズの口から告げられたクダルなど全く歯牙にもかけていない発言に、クダルだけでなく近くで聞いていた昭弘とタカキも言葉を無くした。だが彼女はわざとかそれとも素なのか、彼らの様子に構わず言葉を続ける。

 

「それでどうでしょう? そのグシオン、渡していただけますでしょうか?」

 

『……………ふ』

 

「ふ?」

 

『ふっっっ、ざっけんじゃないわよーーーーー! ナメやがってこのアマ、ぶっ殺してやる! おい、ガキ共! 一斉にカカレェ!』

 

 クダルの怒声を合図にグシオンの周りにた緑のモビルスーツ達が一斉に動き出す。緑のモビルスーツの数は五機。それがローズが乗るガンダム・ボティスを取り囲みながら襲いかかる。

 

『ローズさん!』

 

『おい、ローズ!』

 

『ヒャハハハ! 両手の剣が自慢のようだけど、二刀流じゃ五機を相手にできねぇだろ!?』

 

 五機のモビルスーツに取り囲まれたローズにタカキと昭弘が声を投げかけ、クダルが勝ち誇ったような大声を出す。しかしローズは微塵も焦った様子を見せず、むしろ口元に小さな笑みすら浮かべていた。

 

「二刀流? 残念ですけどガンダム・ボティスは……」

 

 そこまで言ってからローズはコックピットのレバーとフットペダルを操作し、ガンダム・ボティスが彼女の操縦に従って行動をする。

 

 まず右手に持つ大剣で、右側から斬りかかってきた緑の機体の武器を持つ腕を肩ごと斬り裂いた。

 

 次に左手に持つ銃剣を、左側から斬りかかってきた緑の機体の肩の関節部に深々と突き刺した。

 

 左右の腰のアーマーが先端が鍵爪のアームに変形して前方から斬りかかってきた二機の緑の機体の武器を受け止め、敵の動きが止まった瞬間に内蔵されていた刃を展開した両足で二機とも蹴り飛ばした。

 

 最後に背中に背負っていた二本の太刀の間にある刃が勢いよう射出されて、背後から襲いかかろうとした緑の機体を貫いた。

 

「ガンダム・ボティスは二刀流ではなく『七刀流』です」

 

『『……………!?』』

 

 まさに早業。時間にしてわずか十数秒で五機のモビルスーツを戦闘不能にしたローズにクダルも、昭弘も、タカキも驚きのあまり絶句した。

 

『す、凄え……』

 

「当然です。元々このガンダム・ボティスはシシオ様がガンダム・オリアスと同様に乗る予定だった機体。装備も機体性能も並のモビルスーツとは比べ物になりません」

 

 思わず呟いた昭弘の声にローズは誇るように答える。

 

 ローズが言う通り、ガンダム・ボティスは元々シシオが乗るつもりで用意してセッティングをした機体である。

 

 そしてシシオはいつもローズと二人で行動していた為、戦闘では基本一人で戦っていた。だからガンダム・ボティスは、シシオの戦い方に合わせて単機で複数のモビルスーツや敵の母艦を撃破できる武装や機能を備えていたのであった。

 

 しかしこれらの武装や機能を使いこなすには高い操縦技術を必要としていて、初めての実践でガンダム・ボティスを乗りこなし、五機のモビルスーツを瞬殺したローズのパイロットの腕前は非常に高いものと言えた。

 

「さあ、これで部下の方々はいなくなりましたね」

 

『あ……!?』

 

 緑のモビルスーツ達を全て撃破されて半ば放心状態のクダルにガンダム・ボティスが右手の大剣の切っ先を向ける。

 

「それでどうしますか? グシオンを置いてここから立ち去りますか? それとも戦いを挑んでグシオンを奪われますか?」

 

 クダルに問いかけるローズは相変わらず自分が負けるなど欠片も思っておらず、台詞だけを聞けば自信過剰にも聞こえる。だが先程のローズの戦いぶりを見た昭弘とタカキは、それは自信過剰でも何でもなく確かな実力に裏打ちされた余裕から来るものであることを理解していた。

 

『だ……黙れ黙れ黙れぇ! ガキ共をぶっ殺したくらいでイイ気になってんじゃないわよーーー!』

 

 クダルが怒声を上げながらグシオンをガンダム・ボティスに突撃させる。巨大なハンマーを構えながら猛スピードで向かってくる重装甲モビルスーツのグシオンの姿は驚異的であったが、それでもローズの余裕が崩れることはなかった。

 

「そうですか。では、力ずくで奪わせてもらいます」

 

『…………!?』

 

 ローズはグシオンの強奪を宣言するのと同時に左手にある銃剣を構えて発砲。銃剣から放たれた四発の弾丸は、グシオンの胸部に設けられている四門の砲門らしき箇所に命中してそれを破壊する。

 

「まずは怪しい所を破壊して次……はっ!」

 

『『………!?』』

 

 グシオンの胸部にダメージを与えたローズが次に取った行動は両手に持っていた大剣と銃剣を放り投げる事であった。自ら武器を手放す彼女の行動にその場にいた全員にとって予想外のものだった。

 

『じ、自分から剣を……ぐがっ!?』

 

 ローズの予想外の行動によってクダルが意識を捨てられた剣に向けた時、その隙をついてガンダム・ボティスがグシオンに体当たりを仕掛けて、自分の機体ごとグシオンを近くにあった小惑星に叩きつけた。

 

『ごっ! ごのアマ……がっ!?』

 

 小惑星に叩きつけられたクダルが怨み言を言おうとするが、それより先にガンダム・ボティスがグシオンの上に乗りかかってマウントポジションの体勢に持ちかけてから殴り付ける。

 

 ガンダム・ボティスの両腕には重量のある剣を支える為のサブアーム、かつてガンダム・アスタロトの左腕にあったのと同型のものが装備されていて、近距離で振るえばそれはモビルスーツの装甲に打撃を与える武器にもなった。

 

 ローズの狙いは最初の攻撃でつけたグシオンの胸部装甲にある亀裂。そこを左右の拳で交互に打撃を与えていく。

 

「背中の『ガコン!』刀で『ガコン!』コックピットを『ガコン!』貫いても『ガコン!』よかったの『ガコン!』ですが『ガコン!』それだと『ガコン!』修理が『ガコン!』大変『ガコン!』ですからね『ガコン!』このまま『ガコン!』パイロット『ガコン!』だけを『ガコン!』引きずり『ガコン!』出します『ガコン!』」

 

『うわぁ……』

 

『容赦ねぇな、オイ……』

 

 執拗にグシオンを殴りながら話すローズ。言葉の合間にモビルスーツを殴り付ける打撃音を挟ませる彼女の言葉に、流石のタカキも昭弘も引いていた。

 

 そしてそうしている内にグシオンの胸部装甲が破壊され、コックピットの姿が現れた。

 

「逃げるなら今の内ですよ? 早くしないと貴方を握り潰してでも強制的にコックピットから出しますよ」

 

『ひ、ひいぃ!?』

 

 むき出しとなったグシオンのコックピットに手を伸ばすガンダム・ボティス。迫り来る鋼鉄の悪魔の手に悲鳴を上げるクダル。

 

 これでこのまま勝負がつくかと思われたが……。

 

「っ! これは!?」

 

 ガンダム・ボティスがグシオンのコックピットに手をかけようとしたその時、突然襲撃を警戒するアラームが鳴り響き、それを聞いたローズがほとんど反射的にグシオンから飛び退くと、つい数秒前までガンダム・ボティスがいた空間を蒼い影が切り裂いた。

 

「あれは……百錬?」

 

 ローズが突然現れた蒼い影を見て呟く。彼女の言う通り、蒼い影の正体はラフタが乗っているのと同じ百錬を青と黒でカラーリングした機体であった。

 

『あっ! ローズさん、アイツ!』

 

『あの蒼い百錬……あのデカブツを助けに来たのか?』

 

 タカキと昭弘の言葉を聞いてローズが見てみると、二人の言う通り蒼い百錬はグシオンの手を引いて高速でローズ達の元から高速で離脱していくところだった。

 

「逃しましたか……。しかしさっきの蒼い百錬、あの機体は……?」

 

 もう姿が小さくなったグシオンの後ろ姿を見ながらローズは悔しそうに唇を歪めるが、すぐに蒼い百錬の姿……正確にはその両腕にあったパーツを思い出して思案する表情となった。

 

 ☆

 

「お帰り、ローズ。よくやってくれたな」

 

 昭弘とタカキを無事イサリビに送り届けてからローズが自分の宇宙船に戻るとシシオが出迎えてくれた。

 

「ありがとうございます、シシオ様。全てこのガンダム・ボティスのお陰です」

 

 ローズの言葉にシシオは首を横に振って言う。

 

「そんな事はないって。昭弘とタカキが無事だったのはローズのお陰だよ。オルガ達だってローズに感謝していたぜ。……それで三日月は? まだ帰ってきていないみたいだけど」

 

「三日月でしたら無事なようで今戻ってきているみたいです……噂をすれば」

 

 シシオの言葉にローズが答えると携帯端末にモビルスーツが近づいてきているという報告が入り、シシオが携帯端末を操作すると画面にガンダム・バルバトスの姿が映し出された。画面に映っているガンダム・バルバトスは機体に損傷は少なく、特に問題はないように見えたのだが……。

 

「三日月の奴、何を持っているんだ?」

 

 携帯端末を見ながらシシオが首を傾げる。画面に映るガンダム・バルバトスは右手に「あるもの」を持っていた。

 

 それは昭弘とタカキを襲った緑のモビルスーツの一機であった。

 

「あれは……敵の捕虜でしょうか?」

 

「捕虜? ……それにしてはかなりボコボコなんだけど?」

 

 ローズの言葉にシシオが眉をひそめる。

 

 シシオが言う通り、ガンダム・バルバトスが持ってきた緑のモビルスーツは、四肢が切断されたダルマ状態で胴体も損傷が酷いスクラップ同然の姿であった。あれでは中のパイロットも、例え生きていたとしてもかなりのダメージは免れないだろう。

 

 そんな事をシシオとローズが話していると、携帯端末からガンダム・バルバトスに乗った三日月からイサリビに向けた通信の内容が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、昭弘? 昭弘ってさ、弟とかいる?』




今回はローズとガンダム・ボティスの無双回で、ローズを強く見せるためにグシオンを原作以上にヤラレ役にしてしまいました。
グシオンはリベイクになるまではこれからも更にヤラレ役にするつもりです。
グシオンファンの皆さん申し訳ありません(クダルファンとは言ってない)。


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#18

 時は少し遡り、三日月は緑のモビルスーツ達と戦いながらイサリビにいるオルガからの通信を聞いていた。

 

「……そう。ローズが昭弘とタカキの所に」

 

 昭弘とタカキが敵の別働隊に襲われたと聞いた時は流石に少し焦ったが、ローズがモビルスーツに乗って駆けつけてくれたのであればもう安心だと三日月は思った。なにしろローズは、シシオやラフタ達と同様にシミュレーターで何度も三日月や昭弘を倒した実力者なのだから。

 

『ああ。だからミカは昭弘達が戻るまでそのままソイツらの足止めを頼む!』

 

「分かった」

 

 三日月はオルガの声に短く答えてから通信を切ると、目の前にいる緑のモビルスーツ達に意識を集中する。

 

 緑のモビルスーツの数は三機。

 

 最初は四機であったが、その内の一機は三日月がこの場に駆けつけた時に行った奇襲でコックピットごとパイロットを貫いて行動不能にした。

 

 それでも数の上では三日月が不利なのだが、彼はそんな数の不利など全く気にしておらず、歳星で万全の状態に整備されたガンダム・バルバトスの反応を楽しんでいた。

 

「お前も機嫌良さそうだな。……じゃあ行こうか、バルバトス」

 

 自らの乗機によびかけて三機の緑のモビルスーツへと向かう三日月。

 

「………!」「……………………!」「……!」

 

 こちらに向かってくるガンダム・バルバトスを見て三機の緑のモビルスーツは、散開すると同時に示し合わせたかのようにそれぞれ行動を開始した。

 

 まず緑のモビルスーツの一機が球状の物体を投げつけ、次に別の緑のモビルスーツが手に持ったサブマシンガンを発射してガンダム・バルバトスを牽制しつつ、球状の物体を撃ち抜いた。すると球状の物体は破裂して大量の煙が発生させて、ガンダム・バルバトスを包み込んだ。

 

「…………!」

 

 そして煙に包み込まれて視界を失ったガンダム・バルバトスの背後から、最後の緑のモビルスーツが斬りかかる。

 

 視界を奪った上に意識が届きにくい背後からの奇襲攻撃。

 

 通常のパイロットとモビルスーツであればこの奇襲攻撃を避けることは難しく、背後から強烈なダメージを受けることになるだろう。……そう、通常のパイロットとモビルスーツであれば。

 

「へぇ……。こんなのもあるんだ」

 

 しかし生憎と三日月とガンダム・バルバトスは通常のパイロットでもモビルスーツでもなかった。

 

 三日月は緑のモビルスーツ達の奇襲攻撃に慌てることなくむしろ感心するように呟くと、目を閉じて全神経をガンダム・バルバトスのセンサーに集中させて背後からの攻撃を避けて、そのまま斬りかかってきたモビルスーツを蹴り上げた。

 

「………!?」

 

「あっ。いい所に当たった。儲け」

 

 ガンダム・バルバトスの足が当たったのは、丁度緑のモビルスーツの胸元にあるコックピットの周辺だった。それによりパイロットは装甲の上からコックピットごと潰されて緑のモビルスーツの動きが停止する。

 

「あと二機。……せっかくだから試してみるか」

 

 三日月はそう呟くとコックピットのレバーとペダルを操作して、ガンダム・バルバトスが右手に高硬度レアアロイの太刀を持って二機の緑のモビルスーツに突撃する。

 

「まずは……お前だ」

 

 二機の緑のモビルスーツの内、先程サブマシンガンを撃っていた機体に狙いを定めて三日月は太刀を振るった。太刀は右腕の関節、装甲の隙間にと当たって、その衝撃で緑のモビルスーツは右手に持っていたサブマシンガンを落とす。

 

「……!?」

 

「おお~? 本当に効果があるんだ」

 

 三日月は軽く試すつもりだった攻撃が予想以上の結果を出した事に軽く驚きの声を上げた。

 

 今三日月が行なった装甲の隙間を狙った攻撃は、今日までの間にシミュレーターの訓練でシシオ達から教わったものである。今までは巨大なメイスや滑空砲で相手の機体を押し潰す戦い方ばかりをしてきた三日月にとって、今の太刀を使った戦いはとても新鮮な感じであった。

 

「コックピットは胸元にあるんだよな? ……じゃあ!」

 

「…………! ……!」

 

 三日月は武器を落として隙だらけの緑のモビルスーツにガンダム・バルバトスが接近させると、緑のモビルスーツが腰にあるブレードを取り出すよりも先に胸部の装甲の隙間に太刀を差し込んでコックピットを貫いた。当然コックピットを貫かれてパイロットが無事な訳がなく、パイロットが死亡した緑のモビルスーツは動きを止めた。

 

「あれで最後か。………ん?」

 

「……!? ………!?」

 

 動かなくなった機体から太刀を引き抜いて最後に残った緑のモビルスーツを見据えた三日月だったがその時、視界の端に何かが見えた気がした。視線だけをそちらに向けて見ると、そこには緑の重装甲モビルスーツの手を取って高速でここから離脱して行く蒼い百里の姿が見えた。

 

「何だアレ? ………おっと」

 

 蒼い百里と緑の重装甲モビルスーツに三日月が気を取られていると、最後に残った緑のモビルスーツが右手にサブマシンガン、左手にブレードを持って突撃してきた。その動きはどこか鬼気迫るものがあり、それを見た三日月は首を傾げた。

 

「あの機体、動きが変わった? ……まあ、いいか」

 

 三日月はすぐに気を取り直すと、銃弾を避けながら緑のモビルスーツに向けてガンダム・バルバトスを加速させ、瞬く間に距離を詰めて太刀を振るった。

 

「………!」

 

「あっ、外れた」

 

 右腕の関節を狙った三日月であったが、ガンダム・バルバトスの太刀は関節ではなく右腕の装甲に当たって、装甲をへこませながら弾かれる。

 

「このっ!」

 

 続いて二回、関節を狙って太刀を振るう三日月のガンダム・バルバトスだが、その二回の太刀も関節ではなく胴体と左足の装甲に当たってへこませるだけの結果に終わる。

 

「ちっ! やっぱりまだ難しい……なっ!」

 

「…………………!」

 

 攻撃が狙った箇所に当たらず舌打ちすると三日月は後方に飛んで緑のモビルスーツの反撃を避けた。

 

「あんまり動くなよ……!」

 

 他の機体はうまく装甲の隙間に当てることが出来たのだが、それでもやはり太刀に慣れていないことと相手が動き回ることから、目の前の緑のモビルスーツでは装甲の隙間に当てることにまだ成功できていない三日月は、不機嫌そうに眉を寄せると執拗に太刀を振るった。

 

 ガンダム・バルバトスが振るう太刀は緑のモビルスーツの装甲をへこませ、時には四肢を切り落とした。そして三日月が二十回以上太刀を振るった時には、緑のモビルスーツは四肢が無くなって、頭部も胴体も原型が分からなくなるほど装甲がへこんでおり、ほとんどスクラップとかしていた。

 

「……あー、もういいか」

 

 まだ完全に満足したわけではないが、それでも今日の「練習」はこれぐらいでいいと判断した三日月は、緑のモビルスーツに止めを刺すべく胸部の装甲の隙間に太刀を突きつけた。

 

 そして……。

 

 ☆

 

『そこのアンタぁ! 俺様が逃げるまでその白い奴を足止めしろぉ! 分かったなぁ!』

 

 緑のモビルスーツのコックピットの中でそのパイロットは通信機から自分の「上司」からの命令を聞いた。

 

 パイロットの上司が乗っている重装甲モビルスーツは、何やら見たこともない蒼い機体に手を引かれて高速で母艦に帰っていて、見れば胸部に大きな損傷を負っていた。そして先程の上司の声は余裕のない酷く焦ったもので、もしかしたらとんでもなく強い敵に殺されかけて逃げてきたのかもしれない。

 

 いけ好かない……なんて言葉も生温い、殺してやりたいくらい憎い上司が酷い目にあったのを見てパイロットは「ざまぁみろ」と思わず笑いながら呟いたが、その笑いもすぐに消えた。

 

 何しろパイロットの目の前には、たった一機で自分の仲間を三人も殺した恐ろしく強い敵がいて、自分はついさっきこの敵を足止めしろと命令を受けたのだから。

 

 パイロットの本音を言えば今すぐ逃げ出したいくらい恐い。

 

 だがここで逃げ出したところでヒューマンデブリのパイロットには行くところもないし、このまま戦わずに母艦に帰ったりしたら役立たずとして「処分」されるのが目に見えている。つまり生き残るにはここで目の前にいる敵、あの白いモビルスーツを倒すしかないのだ。

 

「やってやる……! やってやるよ、クソッタレ!」

 

 パイロットは自棄になったような言葉を吐き捨てるとコックピットのレバーとフットペダルを操作し、緑のモビルスーツは右手にサブマシンガン、左手にブレードを持って白いモビルスーツに突撃する。

 

「当たれ当たれ当たれぇ!」

 

 緑のモビルスーツはサブマシンガンから無数の銃弾を乱射するのだが、白いモビルスーツはそれを全て避けてこちらに接近するとその右手に持つ太刀を振るった。

 

「ぐっ!?」

 

 白いモビルスーツの太刀が緑のモビルスーツの右腕に当たり、その衝撃で緑のモビルスーツのコックピットが大きく揺れる。

 

 まるでブレード系のような断ち切る武器ではなく、ハンマーのような押し潰す武器で殴られたような衝撃。見れば右腕の装甲がへこんでいて、右腕のフレームにもいくつかの異常が発生していた。

 

「あ、あんなので何度も攻撃されたら……!」

 

 白いモビルスーツの攻撃力の高さを思い知らされた緑のモビルスーツは距離を取ろうとするのだが、白いモビルスーツは緑のモビルスーツに食いついて太刀を振るう。

 

 白いモビルスーツの太刀が今度は緑のモビルスーツの胴体と左足の当たる。太刀が当たる度に攻撃の手を休めて緑のモビルスーツの機体状況を観察する白いモビルスーツの様子は、まるで遊んでいるようにパイロットには見えた。

 

「こ、こいつ遊んでいるのかよ!? なめる……がっ!?」

 

 自分の命をもてあそんでいる白いモビルスーツに怒りを燃やすパイロットであったが、緑のモビルスーツが何か行動を起こすよりも先に白いモビルスーツは続けて太刀を振るって攻撃をする。

 

 白いモビルスーツが太刀を振るう度に緑のモビルスーツの装甲がへこむ。四肢が切り裂かれる。機体に異常が発生する。コックピットがきしむ。

 

「ひ、ひぃぃ……!」

 

 ついさっきまで白いモビルスーツに強い怒りを感じていたパイロットであったが、今では怒りなど微塵もなくただただ恐怖のみを感じていた。白いモビルスーツが十回目の太刀を振るった時点で緑のモビルスーツはもはや動く機能を失っており、パイロットはコックピットの中で両膝を抱えて震えていた。

 

「あ……?」

 

 辛うじてまだ機能しているコックピットのモニターが、緑のモビルスーツに向けて太刀を持っているのとは逆の手を伸ばす白いモビルスーツの姿を映し、それを見たパイロットは直感で理解した。

 

 あの白いモビルスーツが今から自分を殺そうとしていることに。

 

「……!!」

 

 死が間近に迫って来ているのを理解した時、パイロットの脳裏にある一人の少年の顔が浮かび上がった。

 

 それは今まで忘れていた……いや、忘れようとしていた大切な人の顔。

 

 幼い頃に両親を海賊に殺され、ヒューマンデブリにされた時に生き別れた兄の顔。

 

 気がつけばパイロットは脳裏に浮かび上がった兄の名を呟いていた。

 

 

「た、助けて……! 助けてよ……昭弘兄ちゃん……!」

 

 

「……!?」

 

 パイロットが兄の名を呟いた次の瞬間、白いモビルスーツはまるで凍りついたように動きを止めた。

 

「……………え?」

 

 突然の出来事にパイロットが呆然としていると、緑のモビルスーツのコックピットに若い少年の声が聞こえてきた。

 

『ねぇ? 今、昭弘って言った?』

 

 ☆

 

「……それで連れてきたってわけか」

 

 ローズに宇宙船の操縦を任せてイサリビの格納庫にやって来たシシオは、三日月から事のあらましを聞いて納得したように頷いた。

 

「しかしまさか本当に昭弘の弟だったとはな」

 

「うん。俺も驚いた」

 

 シシオの言葉に三日月が頷く。その二人の視線の先では……。

 

「昌弘! 昌弘ぉ!」

 

「に、兄ちゃん!」

 

 三日月の猛攻によりスクラップと化した緑のモビルスーツのコックピットから救いだされたパイロット、昌弘・アルトランドと兄の昭弘が数年ぶりに再会して抱き合っていた。

 

 幸いと言うか昌弘は、三日月の攻撃の衝撃を緑のモビルスーツがほとんど吸収してくれたお陰で「肉体」は大怪我を負っておらず、精々擦りむいて軽く血を流している程度であった。しかし……。

 

「兄ちゃん! 兄ちゃぁん! 恐かった! 恐かったよぉ!」

 

「お、おお……! も、もう安心だぞ、昌弘」

 

 昭弘は自分の胸の中で子供のように泣く昌弘を少し戸惑いながらもなだめる。

 

「き、機体が! 機体がガンガン揺れて! コックピットが少しずつ潰れて狭くなって……! お、俺……俺……死ぬかと思ったよぉ……!」

 

「大丈夫だ。もう大丈夫だからな。よく頑張ったな昌弘」

 

「兄ちゃぁぁん!」

 

 ……そう。昌弘が子供のように泣いているのは生き別れた昭弘と再会できて嬉しかっただけでなく、どちらかと言うと三日月に殺されかけた恐怖の方が大きかった。

 

 昌弘の肉体の傷は大したことはなかったが、精神の方はかなりの重症を負ったのは疑いようがない。

 

 シシオを初めとした格納庫にいる全員(三日月を除く)が、そんな昭弘と昌弘のやり取りを見てなんとも言えない微妙な気持ちとなったのであった。

 

 ……取り合えず、三日月は昭弘と昌弘に一言謝った方がいいと思う。



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#19

 シシオとローズがハンマーヘッドのブリッジに向かっていると、丁度ブリッジのドアの前で反対側の通路からやって来たオルガとビスケットと出会した。

 

「やあ、オルガ、ビスケット」

 

「よお。さっきは助かったぜ、ありがとうな」

 

 シシオがオルガとビスケットに挨拶をするとオルガが礼を言う。オルガが言っているのは先程の襲撃でローズを昭弘とタカキの救援に向かわせたことで、シシオは首を横に振って彼に言った。

 

「気にするなよ。一緒に仕事をしている仲間なんだし、助け合うのが当たり前だろ?」

 

「いや、礼くらい言わせてくれ。お前達がいなかったら昭弘もタカキもマジで危なかった。今度イサリビの食堂に来てくれ。アトラ特製のカンノーリをご馳走するぜ」

 

 オルガの口から出たアトラというのはイサリビの炊事係の少女のことである。アトラの料理の腕は中々のもので、つい先日作り方を覚えたカンノーリは今ではイサリビのクルーの大好物となっていた。

 

「それは楽しみだな。……でもその前にやるべき事があるよな?」

 

「ああ、そうだな」

 

 シシオが笑いながら返事をした後、真剣な表情になって言うとオルガも真剣な表情となり頷き、それぞれの後ろでローズとビスケットも頷いた。

 

 気持ちを切り替えたシシオ達四人がブリッジに入ると、そこにはすでにジャンマルコとアルジとヴォルコの姿があり、名瀬は椅子に座ってモニター越しに誰かと話をしていて、その隣に立つアミダがシシオ達に視線を向けて無言で口に人差し指を立てた。

 

「それじゃあ本気で俺達に喧嘩を売るつもりなんだな? ブルック・カバヤンさんよぉ」

 

 名瀬がモニターの向こうにいる人物に凄みのある笑みを浮かべながら言う。どうやら今のがモニターに映っている人物の名前らしく、シシオはその名前に聞き覚えがあった。

 

 ブルック・カバヤン。

 

 ブルワーズという地球から火星までの宙域で活動をしている武闘派と言われている海賊の頭。

 

 傭兵や運び屋等の仕事もしているシシオは自然と海賊の情報が耳に入り、その中にブルック・カバヤンとブルワーズの名前もあって覚えていたのだった。

 

『へっ。ケツがテイワズだからっていい気になるんじゃねぇよ。力を持っているのはテイワズだけじゃねぇんだぜ?』

 

 モニターの中の人物、ブルック・カバヤンが名瀬の言葉を鼻で笑う。それを見てシシオは、ガマガエルが笑ったらあんな顔になるんだろうな、とぼんやり思った。

 

「そうかい……。後悔するんじゃねぇぞ?」

 

 名瀬はそれだけを言ってブルック・カバヤンとの通信を切るとシシオ達の方に振り返って苦笑を浮かべた。

 

「全く……面倒な事になっちまったな。お前達もそう思うだろ?」

 

「そうかい? 俺は楽しくなってきたと思うぜ?」

 

 名瀬の言葉にジャンマルコが笑みを浮かべて言う。その表情は皮肉でもなんでもなく、本心から楽しそうだと思っている顔で、それを見た名瀬は苦笑を濃くした。

 

「そう言えるのはお前だけだよ、ジャンマルコ」

 

「あの……すみません。それで結局あいつらは何者なんです?」

 

 オルガがためらいがちに聞くと名瀬は話が脱線しかけていたのに気づいて話を元に戻す。

 

「おっといけねぇ。……あいつらはブルワーズって名の海賊だ。それがお前さんらを襲ったってわけだ」

 

「海賊? じゃあ奴らの狙いは俺らの積荷ですか?」

 

「それに加えてクーデリアとダディ・デッドの身柄もだ。大人しく渡せば命だけは助けてやるとえらく上から目線で言ってきたよ」

 

「はい。ブルック・カバヤンさん、馬鹿確定」

 

 名瀬とオルガの会話を黙って聞いていたシシオが突然口を開いて言った。

 

「馬鹿確定? 一体どういうことだ?」

 

 アルジが今の発言の意味を聞くとシシオはそれに肩をすくめながら答えた。

 

「どういうこともなにも……テイワズの傘下で武闘派のタービンズを相手にして、しかもさっきの奇襲では見事に失敗して九機のモビルスーツを失ったのにあの強気な態度……。これはもうテイワズに負けないくらいの力があって、すぐに増援を送ってくれる後ろ楯がブルワーズにあるってこと。それをわざわざ匂わせる発言をして、後ろ楯のヒントまで出すなんて馬鹿としか言いようがないだろ?」

 

 シシオの言葉に名瀬やアミダ、ジャンマルコといった勘のいい人物は笑って頷くが、よく分かっていない人物も何人かいるようで、今度はビスケットがシシオに訊ねる。

 

「ブルワーズの後ろ楯って?」

 

「ちょっと考えたら分かるだろ? テイワズと負けないくらいの力がある組織なんて限られている。その中でクーデリアの身柄を寄越せなんて言ってくる組織なんてどこだと思う?」

 

「……ギャラルホルンか!?」

 

 シシオが謎かけのように言うとオルガが答えに気づき、それにシシオが頷いた。

 

「そう。そしてダディ・テッドの身柄を要求したのはタントテンポのロザーリオと彼と繋がっているギャラルホルンの一部。つまりブルワーズはギャラルホルンとタントテンポの二つからクーデリアさんとダディ・テッドを捕まえるよう依頼されたんだと思う。……報酬は、成功したらギャラルホルンとタントテンポの後ろ楯を得られるってところか?」

 

「おそらくそんな所だろうぜ。さっきの戦闘映像を見させてもらったが、あの蒼い百里には見覚えがある。あれは俺も狙っていたんだが、ロザーリオの奴が防衛の為だとか言って買っていった機体だ。そんな物を持ち出してくるなんてロザーリオの奴も随分と焦っているんだろうな」

 

 ジャンマルコがシシオの予想を肯定する名瀬が口を開く。

 

「それでどうする? シシオとジャンマルコの言葉が正しかったら、ここから先はブルワーズだけじゃなくギャラルホルンとタントテンポとも戦う事になるぜ?」

 

 名瀬の言葉にブリッジにいる全員が愚問だと言いたげな表情で彼を見る。

 

「俺はやるぜ? 久しぶりに楽しい喧嘩になりそうだからな」

 

 まず最初にジャンマルコが笑いながら言い、その言葉にダディ・テッドのボディガードであるアルジとヴォルコが頷く。

 

「当然俺達鉄華団もやります。クーデリアを無事に地球まで送り届けるのが俺達の仕事ですから」

 

「うん。そうだね」

 

 オルガもブルワーズも戦う事を決めてビスケットもそれに同意する。

 

「そう言うと思っていたぜ。……で? お前はどうするんだ、シシオ?」

 

「もちろん俺もやりますよ。それが俺の仕事ですからね。……後、ブルワーズが使っているモビルスーツに一機、気になる機体があるんですよね」

 

 名瀬に聞かれてシシオも戦いに参加する事を言うと、その後で付け加えるような一言を言った。

 

「気になる機体?」

 

「ええ、さっきの奇襲のリーダーらしい機体なんですけどね……ローズ」

 

「はい。シシオ様」

 

 名瀬に答えてからシシオがローズを見ると彼女は手に持っていた携帯端末を見せた。携帯端末の画面にはグシオンのエイハブリアクターの周波数をグラフにしたものが映し出されていた。

 

「それでどうだった?」

 

「はい。先程の戦闘で得られたエイハブリアクターの周波数のパターンですが、ガンダム・オリアスのコックピットに記録がありました。あのグシオンというモビルスーツ、あれはASW-G-11『ガンダム・グシオン』で間違いありません」

 

「よしっ!」

 

 ローズの報告にシシオは思わずガッツポーズを取る。

 

 グシオンというのはオリアスやボティス、バルバトスと同じくガンダムフレーム機に冠されているソロモン七十二の魔神の一体の名前である。それを昔、何かの本で読んだ事があるローズはグシオンの名を聞いた時にもしやと思い、エイハブリアクターの周波数のパターンを記録したのだが、彼女の予想は正しかったみたいだ。

 

 思わぬところでガンダムフレーム機の一機が現れたことに喜ぶシシオの横で、ガンダムの名を聞いて険しい顔をしたアルジが口を開く。

 

「なぁ、ローズ? お前、あのグシオンっていうガンダムと戦ったんだよな? ……強かったのか?」

 

 ガンダムを家族の仇としているアルジが自分も戦う事を考えてローズにグシオンの力を聞き、彼女は前の戦闘を思い出して質問に答える。

 

「……そうですね。弱くはなかったと思います」

 

「ん?」

 

 ローズの言葉にシシオが怪訝な表情をするが、彼女はそれに気づかず言葉を続ける。

 

「確かに機体性能は凄かったですけど、それだけでしたし……。どちらかと言うとあの緑の機体、マン・ロディの連携の厄介だった気がしますね」

 

「………」

 

「シシオ様?」

 

 そこでようやくローズはシシオの様子がおかしい事に気がついた。先程まで新しいガンダムフレーム機を見つけた事で上機嫌であったシシオだが、今は無表情となっていた。

 

「あの……シシオ、様?」

 

「………何?」

 

 ためらいがちに聞くローズにシシオは明らかに不機嫌な声で答えて、それが彼女を不安にさせた。

 

「シシオ様……? 私……何かシシオ様を……その、怒らせるような事を、いいましたでしょうか……?」

 

「いいや。ローズには感謝しているよ? ガンダムフレーム機の一機を見つけてくれたんだから。怒るわけがないだろ。ありがとうな、ローズ」

 

「あ……」

 

 感謝の言葉を口にするシシオであるが、彼はローズを見ずに携帯端末の画面に映るグシオンに視線を向けて口調は不機嫌なままで、そんな態度がローズの不安を増長させる。

 

「おい、シシオ? 流石にそれはローズの嬢ちゃんが可哀想だろ。女の子は泣かすもんじゃないぜ」

 

「え? ……あれ!? ローズ!?」

 

 見るに見かねた名瀬に言われて携帯端末から視線を外すしたシシオは、そこでようやくローズの顔を見て驚く。ローズは普段の冷静さが嘘のように狼狽えていて、顔色は真っ青になっている上に目の端にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

 シシオに救われ、彼の為に自分の全てを捧げるローズにとって、彼の怒りを買い失望されることは何よりも勝る恐怖であったのだ。

 

「あー……いや、ローズの事を怒っていたんじゃないって。いや、本当に。ただちょっとイライラすることがあっただけで……。だからローズは悪くないっていうか悪いのは俺なんだから泣き止んでくれ。なっ?」

 

「は、はい……」

 

 自分の態度のせいでローズが泣きそうになっていることにシシオが慌てて謝罪をして、ローズがまだ震えている声で返事をして涙をぬぐう。そんな二人のやり取りに、ブリッジの空気が戦いを前にした張りつめたものからなんとも言えない微妙な空気となる。

 

「……シシオ。ここはもういいからお前は一先ずローズの嬢ちゃんを泣き止ませとけ。作戦とかが決まったら連絡するからよ」

 

「あっ、はい。それじゃあ失礼します」

 

 疲れた顔をする名瀬に言われてシシオはローズを連れてブリッジを後にした。

 

 それから数時間後、ブルワーズを攻める作戦が決定して実行されることとなった。



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#20

今回は短い上に話が進んでいなくて申し訳ありません。
前回の最後でシシオが怒っていた理由が分かります。


 ブルワーズと戦う事を決めたシシオ達であったが、ギャラルホルンとタントテンポの協力を得ているブルワーズと正面から戦うのは得策ではないので、今度はこちらから奇襲を仕掛ける事となった。まずは航続距離の長いモビルスーツを先行させて、ブルワーズがその後ろから母艦が来ると錯覚した所で、大きく迂回した艦が横から奇襲するというのが名瀬達の立てた作戦であった。

 

 そして先行する事になったモビルスーツは、長距離ブースターを装備した三日月の乗るガンダム・バルバトスとラフタの乗る百里、そして……。

 

『しばらく三人旅だね。よろしくね、二人共』

 

「うん」

 

『ああ……』

 

 三日月が乗るガンダム・バルバトスのコックピットに、ラフタの言葉と三日月とは別の男の声が聞こえてきた。

 

 ガンダム・バルバトスと百里と共に先行に出たのはアルジの乗るガンダム・アスタロト・SF(シルバーフェイク)であった。

 

 シシオによって改造されて(本人は整備しただけと今だに主張)背中に高出力ブースター、肩にブレードウィングを装備したガンダム・アスタロトSFは推進力と航続距離が大幅に上がっていて今回の先行に参加していた。

 

「今回の戦闘、面倒な事になりそうだけど付き合わせてゴメン、二人共」

 

 三日月がラフタとアルジに短く詫びる。

 

 今回の戦闘で最初に戦うのはあの緑のモビルスーツ、マン・ロディの部隊でまず間違いないだろう。そしてそのマン・ロディ部隊のパイロット達は昭弘の弟の昌弘と同じヒューマンデブリの少年達だ。

 

 自分達の仕事とはいえ自分の弟が今まで世話になった少年達を殺さなければならない事に悩む昭弘の気持ちに気づいたオルガは、名瀬とダディ・テッドに頭を下げて「出来る限りでいいからマン・ロディのパイロットを殺さないように戦ってほしい」と頼んだのだ。三日月が謝ったのはその事についてだった。

 

『いいっていいって。あんな話を聞かされたらやるしかないじゃん』

 

『そうだな。……家族を思う気持ちは叶えてやりたいからな』

 

 ラフタが屈託なく笑い、アルジがわずかに視線を逸らしながら言う。ガンダムフレーム機に妹を殺された過去を持つアルジは、ようやく再会できた弟をこれ以上悲しませたくないという昭弘の気持ちが理解できた。

 

『おっ? いい事言うじゃんアルジ。そういうところ好きだよ』

 

『えっ!? ああ、そ、そうですか……』

 

 ラフタがアルジにウィンクをして言うと、アルジは視線を顔ごと向こうに向ける。

 

『……? ねぇ、ちょっと? 話をする時はこっちを見なさいよ。何? こっちを見れない理由でもあるの?』

 

『い、いや、それは……』

 

「アルジは女が苦手なんだよ」

 

 首を傾げるラフタにアルジが何か言おうとするが、それより先に三日月が答える。

 

『おい、三日月! お前、何を……!』

 

『え? なぁに? そうだったの?』

 

 アルジはあっさりと自分の知られたくなかった点をバラした三日月に怒鳴ろうとするが、その前にラフタが面白いオモチャを見つけたような表情で口を開き、そんな彼女の表情を見てアルジは猛烈に嫌な予感を感じた。

 

『へぇ~、そうだったんだ。なるほどねー。それじゃあ確かに、今まで何度シミュレーターの訓練に誘っても来なかった訳だ。うん。納得納得』

 

『ぐ……!』

 

 ニヤニヤと笑いながら言うラフタの言葉を歯嚙みをしながら黙って聞くアルジ。

 

 ラフタの言う通りアルジは今までに何度もタービンズの訓練の誘いを断り、代わりにシシオの宇宙船でシミュレーターの訓練をしていた。その理由は今三日月が言った通りで、女性が苦手なアルジとしてはクルーのほぼ全員が女性のハンマーヘッドに行けるはずがなかった。

 

 その後ラフタは女性が苦手な点についてアルジをからかい、それはブルワーズが潜伏していると思われるポイントに着くまで続いた。

 

 ☆

 

『シシオ様。三日月達がブルワーズの部隊と戦闘を開始したそうです。艦ももうすぐ交戦宙域に着くとオルガ様から連絡がありました』

 

 ガンダム・オリアスのコックピットの中でシシオは、ガンダム・ボティスのコックピットでイサリビと連絡を取り合っていたローズからの通信を聞いていた。

 

 シシオ達の三隻の宇宙船は現在、ブルワーズに奇襲する為にデブリ帯を航行していて、宇宙船の操縦はイサリビにいるオルガ達に任せてシシオとローズはそれぞれの機体の中で待機していたのだった。

 

「そうか」

 

 ローズからの通信にシシオは短く答える。しかし彼の意識の大半は彼女の声でなく、正面のモニターに映っている前の戦闘でガンダム・ボティスが記録したグシオンの戦闘映像に向けられていた。

 

「……何だよこれ? 不細工にも程があるだろ」

 

『不細工、ですか? 確かにあのグシオンはガンダム・オリアスやガンダム・ボティスと同じガンダムフレームとは思えない外見「そうじゃないって」……え?』

 

 シシオの不機嫌そうな呟きにローズが話しかけるが、彼女の言葉はシシオによって遮られた。

 

「俺が言っているのはグシオンの外見じゃなくてその戦い方だよ。何、部下を先に仕掛けさせているの? 普通これだけの重装甲と高出力だったらまず自分から切り込むべきだろ? 初見でどんな武装を持っているか分からない敵には最も落ちにくい機体で様子を見るだろ、普通? あの戦いだってグシオンが突撃してガンダム・ボティスの体勢を崩してからマン・ロディ達で取り囲んで一斉射撃させるのがベストだろ?」

 

『あ、あの……シシオ様? それをされていたら私もガンダム・ボティスも無事ではすまなかったのですが……?』

 

 シシオの口から出た戦術を聞いたローズは、前の戦闘でグシオン達がその戦術を取った場合を想像して冷や汗を流した。

 

「え? ……あっ!? いや、そうじゃないんだ。別にローズとガンダム・ボティスに傷ついてほしかった訳じゃないんだ」

 

 ローズに言われてシシオは今気づいたように慌てて弁明した後、視線を逸らして言う。

 

「分かってる。このグシオンのパイロットが弱かったからローズとガンダム・ボティスも無事ですんだってことは。……でもな、俺はやっぱりガンダムフレーム機には例え敵だったとしても強くてカッコ良くあって欲しいんだよ。今から三百年前に厄祭戦を終結させた七十二機のガンダムフレーム。それは一機で戦局を左右しうる絶対な力であるべきなんだよ。……だけど」

 

 そこまで言ってシシオは戦闘映像のグシオンを再び見る。

 

 戦闘映像のグシオンは確かに重装甲なのにスピードがあって高出力、その上パイロットもそれなりの腕だがそれだけだ。これならギャラルホルンのカスタム機に乗ったエースだったら充分勝てる相手だとシシオは判断する。

 

 シシオにとってガンダムとは憧れそのものである。

 

 勿論兵器である以上、どの様に使うかはその所有者の自由であるが、最強のモビルスーツ「ガンダム」であるならば、戦闘では絶対的な力でどんな敵も打ち倒す圧倒的な戦いをしてほしいし、そのパイロットもガンダムに相応しい優れた乗り手であってほしいとシシオは思う。

 

 シシオの目から見ればグシオンの戦いぶりは、パイロットの技量も戦術も大したことはない機体の性能に頼りきったものにしか見えず、憧れを汚された様な気がして自分が再び不機嫌になっていくのがシシオには分かった。

 

「……ローズ。グシオンを見つけたら俺がいる方に誘導しろ。このグシオンのパイロットにはガンダムの真の力を教えてやる」

 

『分かりました、シシオ様』

 

 気がつけばシシオはローズにそう命令して、彼女もそれに頷いた。その直後、イサリビから交戦宙域に到着したとういう連絡が入った。




前回の最後に怒っていたシシオの心境は、
「モビルスーツ戦の技量はクジャン公以下のパイロットがアグニカのコスプレをして『私がアグニカの再来だ!』と自信満々で宣言しているのを目撃したマクギリスの心境」
といった感じです。


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#21

「俺とローズも出る。俺達の宇宙船の方は頼むよ」

 

 交戦宙域に着いて戦闘準備を終えたシシオはガンダム・オリアスのコックピットからイサリビのオルガに通信を入れた。

 

『ああ、分かった。お前とローズが帰る家は俺達が守ってやるよ』

 

「ありがとう、鉄華団。……シシオ・セト。ガンダム・オリアス。行きます!」

 

『ローズ。ガンダム・ボティス。主人の元へ』

 

 オルガ達に礼を言ってからシシオが出撃して、それに続いてローズも出撃をするのだった。

 

 ☆

 

 ジャンマルコの宇宙船の側を二機のモビルスーツが飛んでいた。その二機のモビルスーツはロディフレームを重装甲に改造したもので、左肩が青と黄色と違うことを除けば全く同じ外見であった。

 

「何で俺達、こんな所で戦っているんだろうな?」

 

『しょうがないでしょ? 今の私達の「所有者」はジャンマルコなんだから』

 

 左肩が青のロディフレームのコックピットの中でパイロットのサンポ・ハクリが思わず呟くと、左肩が黄色のロディフレームのパイロットでありサンポの妹であるユハナ・ハクリからの通信が入ってきた。

 

 サンポ・ハクリとユハナ・ハクリの兄妹は、ヒューマンデブリの傭兵である。

 

 自分達の登録証はすでに手に入れているが戸籍は存在しない為、ハクリ兄妹は社会的には死人も同然であり、いつまた誰かの「所有物」となってもおかしくない立場にあった。そして新たな戸籍を得るために多額の資金を必要としていた。

 

 だからハクリ兄妹は莫大な報酬につられてダディ・テッド暗殺の仕事を引き受けたのだが仕事は失敗。ダディ・テッドの護衛についた一機の青のモビルスーツにあっという間に倒されて、その後はダディ・テッドの暗殺を企む人物を探っていたジャンマルコに捕まり、落とし前として彼の「所有物」とされて今にいたる。

 

「そんな事は分かっているさ。……それにしてもまさかアイツと一緒に戦うことになるなんてな」

 

 そう言ってサンポはローズと一緒に宇宙船から出撃するシシオの乗るガンダム・オリアスを見る。以前は敵として戦い、妹共々殺されかけた相手である為、複雑な気分になるのは仕方がないだろう。しかし妹の方はそう思っていないようで、通信越しに呆れた様な声が聞こえてきた。

 

『サンポってばまだそんな事言っているの? 結局殺されなかったんだしもういいじゃん。それに今は味方でしょ?』

 

 確かにユハナの言う通りであるとサンポは思う。

 

 確かにガンダム・オリアスの実力は本物で味方だと心強い。特に今はブルワーズだけでなくタントテンポのモビルスーツとも戦わないといけないのだから一機でも頼れる戦力がいるのはありがたかった。

 

「そうだな。ユハナの言う通りだな」

 

『そうでしょ? ほら、敵が来たよ!』

 

「……ああ!」

 

 ユハナに言われてサンポはこちらに向かってくる敵のモビルスーツに向けて銃を構えた。

 

 ☆

 

 交戦宙域にはブルワーズのモビルスーツだけでなくタントテンポが援軍として送ったモビルスーツの姿も多数あった。

 

 タントテンポからの援軍は十数機のロディフレームで、その内の一機、宇宙船に攻撃を仕掛けようとした機体とジャンマルコは戦っていた。

 

「オラァ!」

 

 完成したばかりのグレイズのカスタム機、リーガルリリーを操ってジャンマルコは目の前のロディフレームを攻め立てる。リーガルリリーの攻撃は「猛攻」という言葉が相応しい激しさで、手に持ったバトルアックスはロディフレームの両腕を斬り落とした後、頭部からコックピットにかけてロディフレームの上半身を断ち切った

 

「ハハッ! 中々いい具合じゃねえか、このリーガルリリーは! 流石はグレイズをベースにしたモビルスーツだぜ」

 

 リーガルリリーを動かした感触にジャンマルコは機嫌良さげに笑い、次に周囲を見ると笑みをより濃くさせる。

 

「いいぜいいぜ。敵も味方もモビルスーツを出して派手にやり合っている。ここまで派手な喧嘩はそうないぜ。今回の喧嘩は楽しめそうだ……ん?」

 

「………!」

 

 ジャンマルコが乗るリーガルリリーの背後から一機のロディフレームが斬りかかろうとして、それに気づいたジャンマルコが馬鹿にする様に鼻を鳴らす。

 

「はん! ヘタクソが! 不意打ちをするならもっと上手くやりな! ……あぁ?」

 

「っ!?」

 

 ジャンマルコが背後から襲おうとしたロディフレームを返り討ちにしようとしたその時、横から白い影がロディフレームに襲いかかり手に持っていたブレードでロディフレームのコックピットを貫いた。

 

 ロディフレームを一撃で倒した白い影は、まるで白いスーツを着て白い帽子を被った男の様な外見をしたモビルスーツだった。

 

「何だ? あのモビルスーツは?」

 

『よぉ、無事かい? ジャンマルコ』

 

 突然現れた白いモビルスーツにジャンマルコが怪訝な表情をしているとリーガルリリーのコックピットのモニターにノーマルスーツを着た名瀬の画像が映し出された。

 

「名瀬か? お前、モビルスーツに乗れたのか?」

 

『まぁな。最近アミダやアジーやらラフタとかにしごかれてな、それなりに戦えるようになったよ』

 

 ジャンマルコの言葉に名瀬が苦笑を浮かべながら答えるとジャンマルコは獰猛な笑みを浮かべる。

 

「へぇ……。それなりにねぇ……。まぁ、モビルスーツに乗ってこの戦場に来たってことは戦うってことでいいんだよな?」

 

『当然だろ? ハンマーヘッドには俺の女達とガキ共がいる。それをゴロツキ共から守るのは家長の役目だろ?』

 

「はっ! よく言ったぜ名瀬! それじゃあ頼りにさせてもらうぜ!」

 

『こちらこそな、ジャンマルコ!』

 

 ジャンマルコと名瀬は互いに凄みのある笑みを浮かべると同時に敵に武器を向けるのだった。



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#22

「オルガ達も来たみたいだね」

 

『やっとかよ』

 

『も~! 遅い~!』

 

 オルガ達が交戦宙域にやって来たのを三日月が確認すると、同じくオルガ達のイサリビやハンマーヘッドの姿を確認したアルジとラフタが不満気な声を上げた。

 

『とにかくこれでようやく反撃開始ね。さぁ、いくわよぉ!』

 

『ああっ!』

 

 三日月はオルガ達の奇襲の為に今まで囮の役割を努めていて、その為敵に攻撃されてもろくに反撃することができずストレスが溜まっていたラフタが気炎を上げて言うとアルジもそれに同調する。

 

「それじゃあ、行くか」

 

『『………』』

 

 三日月も反撃に移ろうとし、ガンダム・バルバトスから長距離ブースターを取り外して武器を構えると、さっきまでテンションが高かったラフタとアルジの二人が無言で三日月を見た。

 

「? 二人ともどうしたの?」

 

『ねぇ、三日月? 聞こう聞こうと思っていたんだけど、その武器何?』

 

 そう言ってラフタの乗る百里が指差すのはガンダム・バルバトスの右手にある武器。長い柄に敵を打撃するための柄頭を取り付けた武器、メイスである。

 

 三日月がガンダム・バルバトスにメイスを装備させることは不思議ではない。彼は近距離兵装では剣よりもメイスのようなシンプルでいて破壊力のある武器を好んでいるのは皆が知っていることである。

 

 問題はメイスの大きさ。

 

 柄の長さと柄頭の大きさがそれぞれガンダム・バルバトスの全長くらいあり、柄頭はガンダム・バルバトスの胴体ほどあるもはや鉄塊と言える代物。

 

 ……どう見てもガンダム・バルバトスが最初に装備していたメイスより巨大で、あまりの大きさに三日月は長距離ブースターの外側に無理矢理巨大メイスを取りつけてここまで運び込んできたのだった。

 

「これ? シシオに作ってもらった武器だけど?」

 

 ラフタの質問に三日月は何でもないように答える。

 

 前回のブルワーズの奇襲でマン・ロディと戦った三日月は「まだ太刀がうまく使えない。これだと満足に戦えない」と言い、それを聞いたシシオが自分の宇宙船にあったジャンク品を使い三日月が最も取り扱いに慣れていて、重装甲のモビルスーツや戦艦にも充分なダメージを与えられる武器を作ったのだ。それがこの巨大メイスである。

 

 ちなみに三日月は巨大メイスを一目見た瞬間に気に入ったが、その隣にいたおやっさんは製作者であるシシオに「お前馬鹿だろ!? 頭良いけど馬鹿だろ!」と言ったのは別の話。

 

「……貸さないよ?」

 

『いらないわよ!?』

 

『いらねぇよ!』

 

 三日月の言葉にラフタとアルジがほぼ同時に怒鳴り返す。

 

『全くシシオは……。アイツ、たまにメチャクチャなものを作るのよね……ん?』

 

 呆れたようにため息を吐くラフタだったが、こちらにマン・ロディが三機向かってくるのに気づいて表情を引き締めた。

 

『さぁ、無駄話はここまで! それじゃあ行くわよ! 三日月! アルジ!』

 

『おう!』

 

「先に行くよ」

 

 ラフタの言葉にアルジが答え、新しい武器の巨大メイスを試してみたい三日月が先行する。

 

『あっ!? ちょっと三日月!』

 

「ええっと……確か背中を叩けばいいんだっけ?」

 

 慌てて呼び止めようとするラフタの声を無視して三日月はガンダム・バルバトスを加速させながらシシオからのアドバイスを思い出す。

 

 シシオはこの戦いが始まる前に三日月に、パイロットであるヒューマンデブリの少年達を殺さずにマン・ロディを無力化する為のアドバイスをしていた。

 

 その方法はできる限り攻撃をマン・ロディの背面に向けて行う事。シシオがこのアドバイスをした理由は三つある。

 

 一つ目の理由は単純にコックピットがある胸部を押しつぶさない為。

 

 二つ目の理由はマン・ロディの主なブースターとスラスターが背部にあるから、ここを破壊すれば機動力のほとんどを奪える為。

 

 三つ目の理由はモビルスーツの背中には必ず「物理的な破壊は不可能」と言われているエイハブ・リアクターがある事から、背部を攻撃する事でコックピットのダメージを大分減らせる為。

 

「………!」

 

「よっ……とぉっ!」

 

 三機の先頭を行くマン・ロディの攻撃を回避した三日月は、そのまま先頭のマン・ロディの背後に回り込んで背部に向けて巨大メイスを振るった。その直後……。

 

 ーーーーーーーーーー!!

 

 宇宙空間に聞こえるはずの無い轟音が響き渡り、背部に強烈な一撃を喰らったマン・ロディがまるでホームランが決まった野球のボールのように凄まじい速度で明後日の方向に飛んで行った。

 

『『………!?』』

 

 ガンダム・バルバトスがマン・ロディを巨大メイスで弾き飛ばす光景に、残った敵のマン・ロディ二機のパイロットだけでなくラフタとアルジまでもが絶句した。

 

「おー……。凄い飛んだな。……死んで無いよな?」

 

 もう姿が見えなくなったマン・ロディが飛んで行った方向を見て三日月がどこか感心したように呟く。そんな彼のコックピットに疲れた顔をしたラフタの通信が入ってきた。

 

『………三日月。アンタ、マン・ロディじゃなくてタントテンポの援軍か敵の母艦を叩いてきなさい。マン・ロディの方は私とアルジの方で「いや、それは出来ない。悪いな」はぁ!?』

 

 ラフタの言葉に割り込む形でアルジが短く言う。

 

『どうやら俺の敵が来たみたいだ』

 

 そう言うアルジはラフタと三日月を見ておらず、その視線の先にはこちらに高速で向かって来る一機のモビルスーツ、前の奇襲でグシオンの危機を救った蒼い百里の姿があった。

 

「あれがアルジの敵なの?」

 

『ヴォルコが言うにはそうらしい』

 

 二機のマン・ロディの相手をしながら訊ねる三日月の言葉にアルジが頷く。この戦いの前にローズから渡された蒼い百里の画像を見たヴォルコはアルジにこう言った。

 

 あの蒼い百里の両腕にあるパーツはガンダム・アスタロトの装甲だ、と。

 

 今のガンダム・アスタロトSFの両肩にあるブレードウィングはシシオが厄祭戦のデータから再現したコピー品で、蒼い百里の両腕にあるパーツこそかつて失われた本物のブレードウィングなのだそうだ。

 

 だからヴォルコは蒼い百里を見つけたらそれを倒して両腕のブレードウィングを回収しろとアルジに言ったのだ。

 

 アルジとしてはガンダムフレーム機のグシオンに乗るクダルの相手をしたかったが、ヴォルコの過去を知った以上彼の意見を無視する気もなかった。

 

『悪いがあの百里は俺がやる。三日月とラフタさんは他を頼む』

 

「分かった」

 

『あーもー! 勝手な事をしてぇ! 分かったわよ!』

 

 蒼い百里に向けてガンダム・アスタロトSFを加速させながらアルジが言うと三日月が短く答えてラフタが怒りながら返事をするのだった。

 

 ☆

 

「どうやら今のところ俺達が優勢のようだな」

 

『そのようですね。シシオ様』

 

 周囲を警戒しながら戦場の様子を確認したシシオが呟くと、彼の背中を守っていたローズがその言葉を肯定した。

 

 モビルスーツの数こそはタントテンポの援軍を受けたブルワーズの方が上だが、戦力の質はシシオ達の方が上でオルガ達の奇襲が成功した今、戦いの流れはこちらにあった。

 

「今ブルワーズの母艦には鉄華団とジャンマルコさんの艦のクルーが白兵戦を仕掛けているみたいだし、俺達はこのまま艦に敵を近づけないように……」

 

『シシオ様! あれを!』

 

 シシオの言葉の途中でローズが乗るガンダム・ボティスが左手に持つブレードライフルの切っ先である方向を示す。その先には数機のモビルスーツとたった一機で交戦している昭弘のグレイズ改の姿があった。

 

 昭弘のグレイズ改と戦っているの二機のマン・ロディ。そして緑の重装甲で全身を包んだガンダムフレーム機、クダルの乗るグシオン。

 

 クダルの乗るグシオンはやはりと言うか、まず二機のマン・ロディを先攻させてからその隙を突く形で攻撃して、それを昭弘が辛うじて避ける。

 

「………」

 

 シシオはクダルの戦い方を無表情となって見つめるが、内心では怒りが爆発する寸前であった。

 

 伝説のガンダムフレーム機の一機に乗っていながらその性能を全く活かせていない。

 

 ガンダムフレーム機の性能はあんなものでは無い。

 

 機体性能に頼りきった上に部下を捨て駒にした戦い方しか出来ないのに、それで得た戦果を自分の実力だと思っている。

 

 厄祭戦を終結させたガンダムフレーム機は、その悪魔の如き力で守るべき者を脅かす敵を完膚なきまでに叩き潰す暴力的な、一騎当千の戦いを魅せるべきなのだ。

 

 一体クダル・カデルはどこまで伝説のガンダムフレームの名を、シシオの憧れを汚せば気がすむのだろうか?

 

 もう、限界だった。

 

「……ローズ、行くぞ」

 

『はい、シシオ様』

 

 怒りのあまり底冷えする声で言うとシシオはローズを連れてクダル達と戦っている昭弘の元にガンダム・オリアスを向かわせた。




最後のシシオの心境。
→家柄だけが取り柄の新米パイロットが、外見がガンダム・バエルそっくりのモビルスーツを練習機にしているのを目撃したマクギリス。

最後のローズの心境。
→内心で怒り狂っているエリオン公の側に立ち、怯えながらも何とか役に立とうと考えるジュリエッタ。


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#23

「ローズ。まずは昭弘と敵を引き離すぞ」

 

『はい。シシオ様』

 

 シシオはローズに言うとライフルを撃ち、ローズもまたシシオに答えるとブレードライフルを撃った。

 

 ガンダム・オリアスとガンダム・ボティスが放った弾丸は、昭弘のグレイズ改と今まさに襲い掛かろうとしていた二機のマン・ロディの間を通り過ぎ、マン・ロディ二機とグシオンの動きを止めた。突然の援護射撃に昭弘もガンダム・オリアスとガンダム・ボティスがやって来ていた事に気付く。

 

『っ! シシオとローズか?』

 

「ああ、そうだよ。……昭弘、いきなりですまないがそのグシオンは俺に譲ってくれないか? ローズ、お前は昭弘と一緒にマン・ロディの相手をしてくれ」

 

『なっ!? いきなり何を……』

 

『分かりました、シシオ様』

 

 モニターに映るグシオンを見ながら言うシシオの言葉に昭弘が戸惑った声を出し、ローズが頷く。

 

『おい! ローズ、お前まで勝手に……』

 

『お願いします昭弘様。ここはシシオ様のわがままを聞いてください』

 

『っ! 分かったよ』

 

 最初は納得していない昭弘であったが小さく頭を下げるローズに引き下がってみせる。

 

「……すまないな、昭弘」

 

 シシオは昭弘に小さく詫びるとガンダム・オリアスを突撃させた。突然する先は当然、緑の重装甲のモビルスーツ、グシオン。

 

「………! ………ッ!?」

 

「反応が鈍い。……十点減点」

 

 ガンダム・オリアスは盾を前面に出した体当たりを行い、前の戦闘で自分を殺そうとしたガンダム・ボティスに気を取られていたクダルの乗るグシオンは体当たりをまともに受け、それを見たシシオはため息を吐いてから呟いた。

 

『な、何なんだお前は! いきなりヨォ!? お前、あの機体のな……』

 

「俺はシシオ。この機体、ガンダム・オリアスのパイロットだ。……突然だけどお前がその機体、ガンダムフレームに乗るのに相応しいかテストをするから。ああ、ちなみにさっきの奇襲で十点減点したから残り点数は九十点だから」

 

 ガンダム・オリアスのコックピットにグシオンに乗るクダルから通信が入ってくるが、シシオは全く耳を貸さず自分の要件だけを淡々と告げる。

 

『はぁ!? 何がテストだよ! ふざけるんじゃ……!』

 

「テストを続けるぞ」

 

『っ!』

 

 シシオの一方的な言葉に激昂するクダルだが、シシオはそれを気に止める事なく攻撃を、「テスト」を再開する。

 

「次は……」

 

『くうっ!?』

 

 ガンダム・オリアスが右手に持つライフルを射撃し、グシオンがライフルから放たれた銃弾をまともに浴びる。

 

「回避は……あの重装甲じゃあ仕方ないか。五点減点」

 

 ライフルの銃弾を浴びて動きを止めたグシオンを見てシシオは採点をしながら次の行動に移る。

 

『こ、このガキが………っ!?』

 

 憤怒の表情を浮かべて悪態をつこうとするクダルだったが、右手に持つライフルをサーベルに持ち替えたガンダム・オリアスが眼前まで迫って来ているの見て顔を青くする。

 

「はあっ!」

 

『ぎゃっ!?』

 

「………ちっ」

 

 ガンダム・オリアスの突撃の勢いを乗せたサーベルを叩きつけられてグシオンが弾き飛ばされ、その光景に攻撃を仕掛けたシシオの方が苛立たしげに舌打ちをする。

 

 今の攻撃、パイロットの技量さえあれば装甲の曲面を活かして受け流すことも、装甲の厚さと出力の高さを活かして受け止めた後、反撃することもできたはずであった。少なくともシシオの中ではそれくらいは余裕で可能なレベルである。

 

 しかしクダルはその両方とも実行できずに攻撃をまともに受けて、ただ重装甲の防御力に命を救われただけ。その技量の低さがシシオを苛立たせた。

 

「防御が全くできていない。……三十点減点」

 

『ふざけんじゃないわよ! 何が減点だ! 何見下してんだテメェ!? これでも……喰らいやがれぇ!』

 

 シシオの失望した口調にクダルが怒り、グシオンが背中のブースターと手に持ったハンマーに内蔵されているスラスターを一気に点火し、ハンマーを高速で振り回しながらガンダム・オリアスに突撃する。……しかし。

 

『おら! おらおらおらぁ! ……何ィ!?』

 

「この程度で驚くなよ」

 

 気合の声を発しながら放った攻撃をあっさりと避けられて驚くクダルと呆れた声を出すシシオ。

 

 ハンマーを高速で振り回しながら突撃するグシオンの攻撃は当たりさえすれば強力だし見た目も迫力がある。並のパイロットであればその迫力にのまれて動きが固まり、ハンマーの直撃を受けて機体ごと命を破壊されるだろう。

 

 しかしシシオは並のパイロットではなく、彼から見ればグシオンの攻撃は見かけだおしの単調な攻撃でしかなかった。これで攻撃の途中で強引にハンマーの軌道を変えてフェイントをするのならばまだ評価もできるのだが、それすら出来ないなら減点対象でしかない。

 

「攻撃がおおざっぱで単調。次の行動の繋がりも考えていない。十五点減点。……ん?」

 

『おのっ! おのれぇ! 死ね! 死になさいよォォ!』

 

 ハンマーの攻撃を避けられた挙句、更に減点をされたクダルは怒声を上げると共にグシオンの胸部に内蔵されている四門の火砲をされる。しかしシシオはグシオンから発射された四発の砲弾を近くにあったデブリを使って避けて、デブリに当たった砲弾が爆発した爆風だけシールドを使って防いだ。

 

(あれがローズの言っていた『胸部にある怪しい所』か。……勿体ないな)

 

 シシオは戦いが始まる前にローズから聞いた報告を思い出しながら内心で呟いた。

 

 今の火砲、対艦ナパーム弾並の威力でハンマーと同様に当てるのは難しいが威力は高く、至近距離から受ければモビルスーツなどひとたまりもないだろう。

 

 だからこそ勿体ないな、とシシオは思う。

 

 さっきのハンマーの攻撃の直後に火砲を使えばシシオの虚を突けてガンダム・オリアスに多少なりのダメージを与えられたかもしれない。しかしクダルはそれをすることなくシシオに避けれるだけの距離と構える時間を与えて四発とも不発に終わってしまった。

 

「武装の使うタイミングがメチャクチャ。十点減点。弱いな……。お前、ガンダムに乗る資格ないよ……」

 

『だから見下してんじゃないわよ! 何がガンダムに乗る資格だ! こんなモン、大昔のポンコツじゃないの! それをこのクダル・カデル様が有効に使ってやってるんだからむしろ感謝するべきだろうが、この何の役にも立たないデブモビルスーツはよぉ!?』

 

「…………………………!?」

 

 クダルの口から出た言葉を聞いた瞬間、シシオの中で何かが「バキリ……!」という音を立てて壊れた気がした。

 

「………自分の乗るモビルスーツに敬意も愛着も持っていない。三十点減点」

 

 底冷えする冷たい声で減点を告げるシシオ。

 

 これでクダルの持ち点は零となり、シシオの中で彼の処罰が決定された。

 

「クダル・カデル、落第。……これから補習を始める」

 

『ああっ?』

 

 感情が抜け落ちたような無表情となったシシオの言葉にクダルが怪訝な顔をする。しかしシシオはそんなクダルの態度など気にせずに言葉を続ける。

 

「ガンダムについて何も知らないお前にガンダムの真の力を教えてやるよ。……行くぞ! ガンダム・オリアス!」

 

『………!』

 

 シシオがそう叫びコックピットの危機を操作すると、ガンダム・オリアスのツインアイがまるで彼の内にある怒りに応えたかのように真紅に輝いた。




シシオのガンダムフレーム機搭乗資格テスト

クダル・カデル→0点
三日月、ローズ、アルジ→80点代


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#24

『だから見下してんじゃないわよ! 何がガンダムに乗る資格だ! こんなモン、大昔のポンコツじゃないの! それをこのクダル・カデル様が有効に使ってやってるんだからむしろ感謝するべきだろうが、この何の役にも立たないデブモビルスーツはよぉ!?』

 

「………!?」

 

 ガンダム・ボティスのコックピットでシシオとクダルの通信を聞いていたローズはクダルの叫びに自分の表情が強張ったのが分かった。

 

「い、今……何て言ったの? あの馬鹿(クダル)は……!?」

 

『ローズ?』

 

 動揺のあまり普段の口調を忘れて呟くローズにグレイズ改に乗っている昭弘が通信を入れる。しかしローズは昭弘の声に気づいていないのか、モニターに映るクダルの乗るグシオンを凝視していた。

 

 これまで常にシシオの側にいて行動を共にしてきたローズは、今の馬鹿(クダル)の発言で自分の主人がどれだけ怒り狂っているのか容易に想像できた。

 

 そして怒り狂ったシシオがこれからクダルに一体何をして、その余波で周囲にどれだけの危険が出るのかも、予知と言ってもいいレベルの正確さで予想できた。

 

『おい、ローズ? 一体どうしたんだ?』

 

「はっ! 昭弘様! 急いでここから離れますよ!」

 

 もう一度昭弘に話しかけられてローズは思考を現実に戻すと、自分の隣に来ているグレイズ改にここから急ぎ離れるべきだと忠告する。

 

『ああっ? 一体どうして……?』

 

「急いでください! 今のシシオ様の近くにいるのは危険です! 巻き添えを食らう前にこの子達を連れて離れますよ!」

 

『お、おお……?』

 

 突然のローズの発言に昭弘がどういうことなのか聞こうとするが、有無を言わせない彼女達の迫力に思わず頷く。

 

 そしてガンダム・ボティスとグレイズ改がすでに行動不能状態にした二機のマン・ロディをそれぞれ一機ずつ引っ張ってこの場から離れようとすると、それを待っていたかのようにシシオとガンダム・オリアスが行動を開始する。

 

『ーーー!!』

 

『……………は?』

 

 ガンダム・オリアスが行動を開始した瞬間、ローズの耳に驚きのあまりに漏れた呆けた声が聞こえてきた。

 

 ローズには今の呆けた声が一体誰の口から出たものなのか分からなかったが、声の主が一体何に驚いたのかは分かった。

 

 シシオが行動を起こすのと同時にグシオンとそれなりの距離を置いていたガンダム・オリアスがまるで瞬間移動でもしたかのように一瞬で距離を詰めたのだ。その加速速度は今まで比ではなく、シシオはすでに次の行動に移っていた。

 

『っ!』

 

『ごっ! がああぁ!?』

 

 シシオが行ったのは最初の奇襲と同じ盾を前面に出した体当たり。しかし超加速の勢いを乗せたその威力は前よりも遥かに上で、体当たりの直撃を受けたグシオンは装甲を僅かにへこませて後方に吹き飛び、大型のデブリに衝突する事でようやく動きを止めた。

 

『ぎっ! ギザマッ! よく……も……?』

 

 体当たりのダメージから立ち直りシシオに恨み言を言おうとしたクダルであったが、モニターに映るガンダム・オリアスの姿を見て言葉を失った。

 

 ガンダム・オリアスはいつの間にか脚部を馬の四本足のような形に変形させており、ツインアイを燃え盛る炎のように紅く輝かせ、手首や肩口といった各関節部からは膨大な量のエネルギーを青白い炎のような放出させていた。

 

『な……何よ? 何なのよ、それは……?』

 

『何、だと? そんなの決まっているだろ? お前が今さっき馬鹿にしたガンダムの真の姿だよ』

 

 予想だにしなかった敵の姿にかすれた声を出すクダルにシシオは冷たい声で答えるとコックピットのレバーとペダルを操作する。

 

『行くぞ! ガンダム・オリアス!』

 

 シシオの操作を受けたガンダム・オリアスのブースターとスラスターの噴出口が炎を吹くかのように推進剤を噴出し、一気にトップスピードに入ったガンダム・オリアスは直線距離ではなくわざと遠回りをして見せつけるかのように複雑な軌道を描きながらグシオンに迫る。

 

『ひっ! 来るな! 来るんじゃないわよぉ!?』

 

 こちらに迫って来るガンダム・オリアスの姿にクダルは悲鳴のような声を上げ、グシオンが手の持った巨大ハンマーをメチャクチャに振り回す。すると偶然にも巨大ハンマーはグシオンの眼前まで接近したガンダム・オリアスの真横を完璧に虚を突く形となって捉えた。

 

 自分の巨大ハンマーがガンダム・オリアスの真横を捉えたのを見たクダルは、目の前の敵が砕け散る様子を想像して歪んだ笑みを浮かべる。……しかし。

 

『ふん』

 

『………っ!?』

 

 しかし砕け散ったのはガンダム・オリアスではなくグシオンの巨大ハンマーであった。

 

 シシオは迫り来る巨大ハンマーをくだらなそうに鼻を鳴らし、ガンダム・オリアスは左手に持つ盾を振るって巨大ハンマーに叩きつけて砕き、それを見たクダルが驚きのあまり絶句する。そして驚いたのは彼だけではない。

 

『い、一体どうなっているんだ? ……あれは本当にガンダム・オリアスなのか?』

 

 離れた場所からガンダム・オリアスとグシオンの戦いを見ていたローズのコックピットに、同じく離れた場所から戦いを見ている昭弘の呟きが聞こえてきた。

 

 昭弘が思わずそう呟いた気持ちは理解できる。

 

 まるで瞬間移動でもしたかと思うような超加速。

 

 阿頼耶識システムを搭載したモビルスーツ以上の柔軟かつ複雑な機体制御。

 

 偶然とはいえ完璧に虚を突くタイミングの攻撃に反応した反応速度。

 

 超重量の敵の武器を、硬度はともかく重量では完全に負けている盾で逆に砕くという芸当を可能とした出力。

 

 そのどれもが昭弘が知るガンダム・オリアスとは全くの別物で、ローズは一つ頷いてみせて彼の疑問に答えた。

 

「そうですよ。あれは紛れもなくシシオ様のガンダム・オリアス。あの動きはリミッターを解除したガンダムフレーム機の本来の動きです」

 

『あれがガンダム本来の……。ということはローズ、お前のボティスや三日月のバルバトス、アルジのアスタロトもあんなことが出来るのか?』

 

「……理論上は確かに可能です。しかしもし実行したら私や三日月、アルジ様は……最悪廃人となるでしょうね」

 

『はあっ!?』

 

 昭弘の質問にローズが答えると、それを聞いた昭弘が驚いた顔となって彼女を見る。

 

『ガンダム本来の動きをしたらお前達が廃人になるってどういうことだよ、ローズ?』

 

「ガンダムフレーム機は高性能すぎるのですよ。リミッターを解除して本来の動きをさせたら、それを制御するための膨大な量の情報がパイロットの脳に阿頼耶識システムを通じて一斉に流れ込み、ほぼ確実にパイロットの脳に障害が出るのです。昭弘様も阿頼耶識システムでモビルスーツの情報を直接脳に送り込むのがどれだけ辛いかは身をもって知っているでしょう?」

 

『……確かにな。だけど、だったら何でシシオはリミッターを解除したオリアスを乗りこなしているんだ? シシオは阿頼耶識の手術を受けていないはずだろ?』

 

 自分と同じ阿頼耶識使いのローズの言葉に納得した昭弘だったが、すぐに別の疑問に気づく。

 

 今のガンダム・オリアスの動きは人間の反射速度を遥かに超えたものであった。シシオの操縦技術は確かに頭に「一流」がつくくらい優れているが、これはもはや操縦技術でどうなるレベルではなく、阿頼耶識システムの力がなければとても乗りこなせるとは思えなかった

 

「ええ、そうですね。いくらシシオ様といえど操縦技術だけであの動きを出すのは無理でしょう。ですがシシオ様はガンダム・オリアスの『協力』を得ているのです」

 

 昭弘の疑問に答えていたローズはそこで一度言葉を切るとすぐに続きを言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガンダム・オリアスは七十二機のガンダムフレーム機で唯一、『阿頼耶識システムではない特殊な操縦システム』を搭載している機体なのです」



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#25

『何? オリアスには阿頼耶識がついていないだと?』

 

「はい」

 

 昭弘の言葉にローズが頷く。

 

「シシオ様から聞いた話によると厄祭戦時のガンダムフレーム機は一度乗ったら最後、パイロットは阿頼耶識システムから尋常ではない情報を送られて脳を壊され、機体と阿頼耶識システムで繋がっていないと指一本動かせないガンダムフレーム機を動かす為だけの部品になってしまうという正に悪魔の機体だったそうです」

 

『そんなに物騒な機体だったのかよ……』

 

 ローズの説明に昭弘は今まで自分達が頼りにしてきた三日月のガンダム・バルバトスがどれだけ危険な機体だったのかを理解して一筋の汗を流す。

 

「ええ。ガンダムフレーム機は阿頼耶識システムの力を最大限に活用してパイロットを使い潰す代わりに絶大な力を発揮する機体です。しかしシシオ様のガンダム・オリアスはパイロットを使い潰さず、それでいて阿頼耶識システム同等の力を発揮するようにと開発された特殊な操縦システムの実験機なのです」

 

『特殊な操縦システム?』

 

 ローズはもう一度昭弘に頷くと以前シシオから教えてもらったガンダム・オリアスの操縦システムを説明する。

 

「登録したパイロットの脳波や行動パターンを記録して学習し、パイロットの分身と言っても過言ではない専用の補助プログラムを一から構築する操縦システムだそうです。補助プログラムは敵の攻撃に対するパイロットの行動を予測するとそれを補助して、そうすることよって阿頼耶識の手術を受けていない者でも阿頼耶識使い並の機体制御が可能となるとシシオ様は言っていました」

 

『お、おお……。す、凄いんだな……』

 

 正直、ローズの説明を理解しきれない昭弘だが、とにかくシシオはその特別な操縦システムのお陰で今のリミッターを解除したガンダム・オリアスを乗りこなしているのだけは分かった。

 

『だけどそんな凄い操縦システムが何でオリアスにしかないんだ?』

 

 昭弘の疑問は最もである。危険な阿頼耶識システムを使わずに阿頼耶識システム同等の戦闘力を発揮できる操縦システムがあれば、それは量産されて他のガンダムフレーム機や他のモビルスーツにも搭載されても何ら不思議ではない。

 

「私もシシオ様から最初に話を聞いた時は昭弘様と同じ感想でした。しかしこれもシシオ様から聞いた話なのですが、補助プログラムを構築するには膨大な量の稼働データが必要な上、補助プログラムが構築されてもパイロットとの行動の『ズレ』を修正する為にまた膨大な量の稼働データが必要なようです。……シシオ様は補助プログラムの構築に五千時間、行動の『ズレ』を修正するのに二千五百時間の稼働データを取ったと言っていましたね」

 

 五千時間と二千五百時間、合わせて七千五百時間。毎日十時間ガンダム・オリアスを稼働させたとしても二年以上かかる計算である。

 

 その特殊な操縦システムが実験機であるガンダム・オリアスにしか搭載されていない理由はつまりこれである。

 

 いくら画期的な操縦システムであっても、実際にその効果を見せるのに時間がかかりすぎては意味がない。

 

 更に言えば開発された時期も悪かったと言える。厄祭戦……戦争の最中に必要とされるのは即戦力となる兵器である為、いくら将来性があったとしても当時の人間達はガンダム・オリアスの操縦システムを「欠陥品」と判断したのだろう。

 

 そう考えて昭弘は納得したように頷くとローズが「ですが」と言って言葉を続ける。

 

「シシオ様はその才能と情熱をもってガンダム・オリアスを完全に乗りこなしています。そしてガンダムフレーム……七十二機の鋼鉄の悪魔の中で最も心優しく無欲な悪魔、ガンダム・オリアスもそれに応えてくれてます。それがあのシシオ様とガンダム・オリアスの姿です」

 

『ああ……。あれは確かにスゲェな……』

 

 ローズの言葉に昭弘が頷き、二人はコックピットのモニターに映るガンダム・オリアスとグシオンの戦いに目を向けた。

 

 ☆

 

 ローズが昭弘にガンダム・オリアスの操縦システムについて説明している間、シシオは自分から逃げようとするクダルを追っていた。

 

 リミッターを解除したガンダム・オリアスであればグシオンにすぐに追い付いて撃破することは容易いのだが、シシオはあえてそれをせず、追い付いても数回攻撃を加えたらわざと距離を取るという行動をとっていた。その姿は鼠をいたぶり玩ぶ猫のように見える。

 

 高速かつ複雑な軌道で近づき激しい攻撃の連続でグシオンの重装甲を徐々にだが確実に削り、たまにグシオンの援護をしようとやって来るブルワーズやタントテンポのモビルスーツを瞬殺するガンダム・オリアスは正に悪魔と言えた。

 

 しかしそんなガンダム・オリアスの戦いぶりを見ても三日月は恐怖を抱かず、むしろ面白いショーを見たかのような笑みを浮かべていた。

 

「おお~。すっげぇ~」

 

『……三日月。初めてアンタの無邪気な笑みを見たけど、こんな場面で見たくはなかったわ……』

 

 グシオンを圧倒するガンダム・オリアスの動きに三日月が心から感嘆の声を上げると、非常に疲れた顔をしたラフタからの通信が入ってきた。しかし三日月は彼女の声が聞いておらず自分の乗るガンダムフレーム機に呼びかけた。

 

「なぁ、バルバトス? お前もあれくらい速くて強くなれるのか?」

 

 ガンダム・バルバトスに呼びかける三日月の目は戦場の宇宙を縦横無尽に飛び回るガンダム・オリアスの姿のみが映っていた。

 

 ☆

 

「あれは……アスタロトと同じガンダムフレームなのか?」

 

 激しい戦闘の末に蒼い百里を倒してガンダム・アスタロトの本来のパーツであるシールドウイングを回収したアルジは、シシオとガンダム・オリアスを見て思わずと言った風に呟いた。

 

 リミッターを解除したガンダム・オリアスの力はアルジから見ても凄まじく、シシオの手で強化されたこのガンダム・アスタロトSFでもまるで勝てる気がしなかった。

 

 アルジは自分の家族を殺した正体不明のガンダムフレーム機を倒す事を目的としていた。その為にこうして家族の仇と同じガンダムフレーム機のガンダム・アスタロトSFに乗って戦っている。

 

 だが、もし仇のガンダムフレーム機を見つけ出せたとしても、そいつがあのガンダム・オリアスと同じだけの力を持っていたら果たして倒す事ができるのだろうか?

 

 そうアルジが考えているとコックピットにヴォルコからの通信が入ってきた。

 

『おい、野良犬。オリジナルのシールドウイングは回収できたのか?』

 

「ああ、回収したよ。というかいい加減、野良犬じゃなくて名前で呼べよ」

 

 ヴォルコの言葉に答えてから反論するアルジだったが、それに対してヴォルコはくだらなそうに鼻を鳴らす。

 

『フン。野良犬呼ばわりが嫌ならもう少し使える奴になって俺に認めさせてみせろ。……そう、例えば「あれ」ぐらいにやるようになれば名前で呼んでやるさ』

 

 ヴォルコの言う「あれ」とはリミッターを解除したガンダム・オリアスとそれを乗りこなしているシシオの事で、グシオンと戦っている……というか一方的にグシオンを攻め立てているガンダム・オリアスに視線を向けてアルジは表情を強張らせる。

 

「あれぐらいかよ……。いくら何でもハードル高すぎないか?」

 

『アスタロトに乗っているならやってみせろ。シシオではないが俺もアスタロトの無様な姿は見たくはない』

 

(恨むぜ、シシオ……)

 

 これまでもアルジはガンダム・アスタロトSFの操縦に失敗をする度にヴォルコから小言を言われてきたが、今の言葉からこれからもっとヴォルコの小言が増えるのが分かりアルジは心の中でシシオに愚痴を言った。

 

 ☆

 

「ひっ! ひいっ! ひいぃっ!?」

 

 グシオンのコックピットの中でクダルは悲鳴を上げていた。その顔は青ざめている上に大量の汗を流していて、最初の強気な印象はすでになく捕食者から必死に逃げている獲物といった感じであった。

 

 コックピットの中は激しい揺れが何度も襲い掛かり、計器からは機体に深刻なダメージがあること知らせるアラームが絶え間なく聞こえてくる。

 

「く、クソ! クソがぁ!」

 

 一刻も早くここから逃げようと必死にコックピットのレバーやペダルを操作するクダルだが、もはやグシオンの機体はガンダム・オリアスによって半壊されていて満足に動ける状態ではなかった。

 

「チクショウ……! チクショウが! あのガキ、人をこんな風にいたぶって楽しいのかよ? あのド畜生が……ヒギィ!?」

 

 シシオに対して恨み言を言おうとしたクダルであったが、その直後に一際大きな揺れがコックピットを襲う。見ればグシオンの胸部装甲がガンダム・オリアスのサーベルに切り裂かれてフレームを露出していて、そこでついにクダルの精神は限界を迎えた。

 

「あ、あああーーーーー!? もう! もうヤメてよぉーーー! もう二度とガンダムを馬鹿にしないから……ひいっ!?」

 

 恐怖のあまりクダルが悲鳴をあげるとモニターにグシオンの眼前まで急接近したガンダム・オリアスの姿が映し出された。ガンダム・オリアスのツインアイはまるでパイロットのシシオの怒りを表すように紅く輝いており、それを見たクダルは目の前の青いガンダムがまるでこう言っているように感じられた。

 

 

 

 つまり『遅いんだよ。死ね』、と。

 

 

 

「あ……?」

 

 そしてクダルが感じた感じは間違っていなかったらしく、ガンダム・オリアスは露出したグシオンのコックピットに右手を伸ばし、それがクダルが人生で最後に見た光景であった。

 

 ガンダム・オリアスはグシオンのコックピットを右手で触れると一切の躊躇いも見せずに握り潰し、そこでグシオンは動きを止めた。



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#26

 ブルワーズのモビルスーツ部隊の主力であるグシオンはシシオに、タントテンポのモビルスーツ部隊の主力である蒼い百里はアルジによって倒され、更にはブルワーズの母艦が鉄華団のノルバ・シノが率いる突撃部隊とジャンマルコの私兵達に占拠されたことで戦いは終了した。

 

「「………」」

 

 戦闘が終了した後、シシオは自分が倒したグシオンを引っ張って自分の宇宙船に向かっていて、その後ろをガンダム・ボティスに乗るローズが無言でついていた。

 

「………」

 

 ガンダム・ボティスのコックピットでローズは、自分の前を行くシシオの乗るガンダム・オリアスの背中を不安そうな表情で見る。

 

 念願のガンダムフレームの一機を手に入れたというのにシシオの機嫌は非常に悪い。その原因はさっきまでグシオンに乗っていたクダルがガンダムフレーム機を侮辱する言葉を言って彼の逆鱗に触れたからで、いまだに機嫌が悪いことがローズを不安とさせていた。

 

『……ローズ』

 

「は、はい! 何でしょうか、シシオ様!」

 

 突如入ってきたシシオからの通信にローズが驚きと恐れと歓喜が入り交じった声で慌てて返事をする。

 

『ガンダム・オリアスの右手に馬鹿の血がついた……。艦に戻ったら洗うのを手伝ってくれないか?』

 

 シシオはグシオンのパイロットであったクダルをコックピットごと握り潰したガンダム・オリアスの右手を見ながら言う。その表情と声音はゴキブリを素手で潰してしまったような強い嫌悪感に満ちていたが、嫌悪感の向かう先が自分ではないことと主人に頼られたことに安心したローズはさっきよりも明るい声で返事をした。

 

「はい。分かりました、シシオ様」

 

『それとすまないけどガンダム・オリアスの整備の手伝いも頼めないか? ……さっきの戦闘でガンダム・オリアスも俺も身体中ガタガタなんだ』

 

 機嫌が悪そうな無表情からすまなさそうな表情となって言うシシオ。

 

 先程のグシオンとの戦闘でシシオはガンダム・オリアスのリミッターを解除して超高速戦闘を行った。それによってガンダム・オリアスの機体だけでなくパイロットのシシオの身体にも強い負荷がかかっていたのだ。

 

「はい。お任せください、シシオ様」

 

 シシオの表情から彼の機嫌がなおってきた事が分かってローズは小さく微笑む。

 

 敵とはいえ人の死よりも自分の主人の機嫌を優先するローズは普通ではなく非常識で、シシオに依存している事は彼女自身理解している。

 

 だがそれがどうしたというのだ?

 

 普通の世界? 一般的な常識?

 

 そんなものはローズを守ってくれず、むしろ差別して苦しめてきた。彼女を救って支えてくれたのは主人であるシシオだけであった。

 

 その為ローズがクダルの死なんかよりシシオの機嫌を優先するのは当然の事と言えた。

 

「ありがとう、ローズ。まずはこのグシオンを……え?」

 

「あれは……?」

 

 ローズに礼を言ったシシオは自分の宇宙船が見えたところで目の前の光景に思わず目が点となり、ローズもまた思わず驚いた表情となる。

 

「な、な、な……! 何じゃありゃーーーーーーーーーー!?」

 

 シシオは目の前にある光景「ブリッジが潰されている自分達の宇宙船」に周囲に響き渡る大声を上げた。

 

 ☆

 

『すまねぇ、シシオ! ローズ!』

 

『本当にゴメン! シシオ、ローズさん』

 

 ガンダム・オリアスのコックピットのモニターに映るオルガとビスケットが頭を下げてシシオに謝罪をする。

 

『お前達の帰る家を守ると言っておきながらこれだ。本当になんて言って詫びたらいいか……』

 

「いや、それはいいんだけど……あっ、やっぱりよくないけど……。とにかくオルガ? さっき言っていたのって本当?」

 

 心の底から申し訳なさそうな顔をするオルガの言葉を遮ってシシオは先程聞いた自分達の宇宙船のブリッジが潰れた原因を確認する。するとモニターに映るオルガとビスケットが苦い顔となって頷く。

 

『ああ……』

 

「マジかよ……。三日月の奴……」

 

 オルガの言葉を聞いてシシオは疲れた表情となって三日月の名前を呟いた。

 

 シシオとローズの宇宙船のブリッジが潰れた原因。それは三日月にあった。

 

 ブルワーズとタントテンポとの戦闘で最初、三日月は一機のマン・ロディを巨大メイスで野球のボールのように勢いよく弾き飛ばしたのだが、どうやらそのマン・ロディがシシオとローズの宇宙船のブリッジに激突したらしいのだ。

 

 正に天文学的確率。

 

 幸いにも三日月が弾き飛ばしたマン・ロディのパイロットは生きていたのだが、代わりにシシオ達の宇宙船のブリッジは完全に潰れてしまったというわけである。

 

「……………幸いと言うか、ブリッジを直す資材は艦の中にある。だから鉄華団から何人か艦の修理をする人を貸してくれないか? それと艦が直るまで俺とローズをイサリビに泊めてくれ。今回の落とし前はそれだけでいい……」

 

『え? それだけなのか? ……ああ、分かった。恩に着る』

 

『ありがとう、シシオ』

 

 額に手を当てて数秒黙った後でシシオは賠償を要求するが、彼が言ったのは被害者として当然の要求であって賠償は全く求めていないも同然であった。その事にオルガとビスケットは戸惑いながらも安心した表情となって礼を言うと通信を切った。

 

『シシオ様。よろしかったのですか?』

 

 オルガとビスケットの通信と入れ替わる形でローズからの通信が入ってきて、シシオはそれに頷いてみせた。

 

「ああ、構わないよ。賠償を求めなかったらオルガ達も負い目を感じてくれてイサリビを自由に歩かせてくれるだろうし。そうしたらこれからの『仕事』をするにも便利だろ?」

 

『……そういうことですか。承知しました』

 

 シシオの口から出た「仕事」という言葉にローズは納得した表情となると小さく一礼するのだった。

 

 ☆

 

「はぁっ!? 艦一隻にモビルスーツ全て、それにヒューマンデブリのガキ全員だと!? いくらなんでも取りすぎだろうが!」

 

 ハンマーヘッドのブリッジに一人の男の怒声が響き渡る。

 

 今ハンマーヘッドのブリッジにいるのは名瀬にアミダにジャンマルコ、オルガとビスケット、シシオとローズ、そしてブルワーズの頭であるブルック・カバヤン。さっきの怒声はブルックのものであった。

 

 戦闘が終わってブルックが捕虜としてハンマーヘッドのブリッジに連れてこられると、戦闘の勝利者であるオルガと名瀬達は早速彼に戦闘の賠償金を要求した。その内容がブルワーズが保有する二隻の宇宙船の内一隻にモビルスーツ全て、そして昭弘の弟である昌弘を初めとするヒューマンデブリの少年達全員。

 

「払えるわけねぇだろ、そんなの!」

 

「ほう……」

 

 要求された賠償金を支払うと宇宙海賊として再起を図るのはほぼ不可能となるためブルックは血相を変えてこれを拒否すると、それを聞いたオルガが目を細めて口を開く。

 

「賠償金を払わねぇってんなら、お前さんの贅肉を少しずつ削り取って売り払うことになるんだが……それでも構わねぇんだな?」

 

「……! や、やれるもんならやってみやがれぇ!」

 

 オルガの冷たい声音にブルックは一瞬気圧されるがすぐに立ち上がると、隠し持っていた小型の拳銃を取り出してそれをオルガ達に向ける。

 

『……!』

 

 ブルックが拳銃を取り出したのを見て流石にオルガ達も目を見開くが、それはほんの数秒のことであった。

 

「ひ、ひひ…………え?」

 

 隠し持っていた拳銃により優位な立場に立てたことで歪んだ笑みを見せていたブルックであったが次の瞬間、さっきまで目の前にあった拳銃が「拳銃を持っていた右手ごと」なくなっていたことに気付き笑みを凍りつかせた。

 

「……へ、え? あ、ああっ!? あああーーーーー!」

 

 ブルックが拳銃と自分の右手をなくしたことに気づくのとほぼ同時に右手首の断面から血が噴水のように吹き出し、ブルックの口から悲痛な悲鳴が上がる。

 

 そしてそんなブルックの側には、シシオの隣にいたはずのローズが立っており、彼女の右手には鉈と言ってもいい大型のナイフが握られていて足元にはブルックの右手が転がっていた。

 

 ブルックが拳銃を取り出した瞬間、彼から危険な雰囲気を感じ取ってすでに側まで近づいていたローズがスカートの下に常時隠し持っていた大型ナイフで拳銃をブルックの右手ごと切り落としたというわけである。

 

「オルガ。話は終わったって……? 一体どうしたの?」

 

 あまりにも手際よく行われたローズの残虐行為にオルガ達が別の意味で目を見開いていると、そこに三日月が現れてブリッジの惨状に首をかしげる。

 

「……ああ、三日月ですか。いえ、話は賠償金を払えないこのブルック様の身体を少しずつ削り取って売り払うことに決まりまして、まずはシシオ様やオルガ様達に銃を向けた右手を切り落としたところです」

 

 三日月の疑問に完全な無表情となったローズが答える。今の彼女は冷たい墓標のような色の瞳をしており、それがシシオに銃を向けたブルックへの怒りの大きさを表していた。

 

「へぇ……。ソイツの身体を削り取ればいいんだね? ……手伝うよ」

 

 オルガに銃を向けたと聞いて三日月も光のない瞳となって懐から一丁の拳銃を取り出した。

 

「な……!? 何だお前ら! く、来るな! 来るんじゃ……ギャアアアッ!!」

 

 ハンマーヘッドのブリッジに一人の男の悲鳴が長時間響き渡った。

 

 その後、ハンマーヘッドのブリッジは大がかりな「清掃」をすることになったのだが……ブリッジが一体何で汚れたのかは知らないほうがいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、オルガくん? 君のところの三日月くんがスッゴい怖いんだけど、なんとかならない?」

 

「そう言うシシオくんこそ、君のところのローズちゃんがメチャクチャ怖いんだが、なんとかならねぇか?」

 

「「………」」

 

「「無理に決まってるだろ」」

 

「「……………」」

 

「「だよなぁ……。ハァ……」」



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#27

「ん……?」

 

 目を覚ますとシシオは格納庫の隅のスペースにいた。

 

「ここは……イサリビの格納庫? ああ、そうか。昨日、徹夜でガンダム・オリアスの整備をしていたからここで仮眠をとっていたんだ」

 

 横を見ると先日の戦闘で久々にリミッターを解除した全力戦闘を行なったガンダム・オリアスが無言で立っていた。

 

 そしてここはイサリビの格納庫。シシオの宇宙船は先日の戦闘でブリッジが潰れていて満足な作業ができず、無理矢理ガンダム・オリアスだけイサリビに載せて整備をしていたのだった。

 

「そういえば昨日は変な夢をみたな……」

 

 自分が知っているのとは違う地球と月でヒゲの生えた変わったガンダムと一緒に戦って、最終的には世界の危機を救うという夢。

 

 所々思い出せない箇所はあるがシシオの本能が「思い出さない方がいい」と告げていた。何というか、思い出したら人生が終わるというか、人生の墓場に直行する様な気がするのだ。

 

「ローズも夢に出ていたっけ……」

 

 シシオは昨日ガンダム・オリアスの整備を手伝ってくれて、今は自分の側で仮眠をとっているローズを見る。そのせいか昨日の夢にはローズとガンダム・ボティスも現れたのだった。

 

「……うん。シシオ様、おはようございます」

 

 シシオがローズを見ている彼女が目を覚まして挨拶をする。

 

「ああ、おはよう。ローズ」

 

「……シシオ様。変な事を言うようですが私、昨日変わった夢を見ました。よく思い出せませんけど……とても嬉しい夢だった気がします」

 

「そ、そうか……」

 

 小さく笑いながら言うローズに引きつった表情で答えるシシオ。何故か彼女が見た夢を聞くのは危険な気がした彼だった。

 

「お? お前達、ここで寝ていたのか?」

 

 シシオとローズが話をしていると鉄華団の整備班の代表であるおやっさんが格納庫に入って来た。

 

「おはよう。おやっさん」

 

「おはようございます。今、食事の準備を……」

 

 シシオがおやっさんに挨拶をしてローズがいつもの癖で言うと、それをおやっさんが手で止める。

 

「いやいや、それだったらもうアトラが用意してくれてるぜ。ほら、一緒に朝メシ食いに行こうや?」

 

「そうだね」

 

「はい」

 

 おやっさんの提案にシシオはローズは頷くと朝食をとるために食堂に向かうのだった。

 

 ☆

 

「あれは……」

 

 イサリビの食堂にやって来たシシオは、すでに食堂に来て朝食を食べている鉄華団のジャケットを着た少年達を見つけた。

 

 少年達はつい先日鉄華団の団員になった元ブルワーズのヒューマンデブリであり、その中には昭弘の弟である昌弘の姿もあった。頬に大きな傷がある少年と食事をとりながら会話をしている彼の表情は明るくて、それだけで鉄華団の環境は彼らにとって良いものであるのが分かる。

 

「どうやら彼らはうまく鉄華団にとけ込めているようだな」

 

「そうですね」

 

 シシオとローズが話しながら朝食を受け取ると、鉄華団の炊事係の少女アトラ・ミクスタが二人に話しかけてきた。

 

「あの……シシオさんとローズさんですか?」

 

「そうだけど?」

 

「私達に何か?」

 

 シシオとローズが頷いてみせるとアトラは頭を下げて二人に礼を言った。

 

「昭弘さんとタカキ君を助けてくれてありがとうございました」

 

 礼を言うアトラにシシオとローズが首を横に振る。

 

「え? ああ、いや、お礼を言われるようなしていないよ」

 

「ええ。私達は私達の仕事をしただけですから」

 

「いえ。そういうわけにはいきません。お礼をしたいから朝食を食べ終わったら少し待っていて下さいね」

 

「ん? ああ……」

 

「分かりました」

 

 アトラに言われてシシオとローズは朝食を食べ終えてからそのまま食堂で待っていると、そこに大きなトレイを持ったアトラが二人の所にやって来た。

 

「これは……?」

 

「カンノーリですか?」

 

 アトラが持ってきたトレイにはシシオ達が仕事でマクマードの屋敷に行くと決まってご馳走される菓子のカンノーリが大量にのっていた。

 

「はい。オルガさんに言われて用意していたんです」

 

 そう言われてシシオとローズは、以前オルガが例としてカンノーリをご馳走すると言っていたことを思い出す。

 

「お口に合うかは分かりませんけど……」

 

「いや、そんな事はないって………うん、美味い」

 

「……ええ、確かに美味しいですね」

 

「本当ですか!?」

 

 自信なさそうに言うアトラにシシオとローズがカンノーリを一口食べて感想を言うと、アトラが安心と嬉しさから笑顔を浮かべる。

 

「本当、本当。これは確かに美味い……ん?」

 

『………』

 

 一つ目のカンノーリを食べ終えたシシオが二つ目のカンノーリに手を伸ばそうとした時、食堂にいた昌弘を初めとする元ブルワーズの少年達が自分を、正確には自分が手に取ろうとしたカンノーリを見ていることに気づいた。

 

「……食うか?」

 

「え……!? あの……いいのか?」

 

 シシオが訊ねると元ブルワーズの少年達は一瞬だけ驚き、昌弘が代表して聞いてきた。

 

「ああ、いいよ。これだけ沢山あるんだから皆で食べた方が美味いだろ? ローズもそれでいいだろ?」

 

「はい。私は構いませんよ」

 

『………っ!』

 

 シシオとローズの言葉に昌弘達は我先にと二人のテーブルに駆け寄ってカンノーリに手を伸ばす。その様子をシシオとローズが微笑ましく見ていると、そこにオルガと昭弘の二人がやって来た。

 

「よお、シシオ。ローズ」

 

「こいつらに菓子をやってくれて……すまねえな」

 

 挨拶をするオルガの後で昭弘が頭を下げて、それにシシオが苦笑をする。

 

「謝ったりするなよ。さっきも言ったけど、こういうのは皆で食べた方が美味いんだって。それより何か用か?」

 

 シシオが訊ねるとオルガと昭弘の二人は気まずそうな表情となってオルガが口を開いた。

 

「あー……。それなんだがシシオ、昭弘がお前に話があるらしいんだ。……すまねえが、ここでは話せないからちょっとついて来てくれねえか?」

 

 ☆

 

「シシオ! 頼む!」

 

 シシオとローズがオルガと昭弘に連れられて人気のない箇所に行くと、そこでいきなり昭弘が土下座をする。その際に昭弘の額が床に勢い良く床に激突して「ガゴン!」という音がして思わずシシオは気圧される。

 

「お、おぉう……。た、頼むって一体何をだよ?」

 

 シシオに聞かれて昭弘は土下座の体勢のまま顏を上げることなく自分の頼み事を口にした。

 

「……お前がこの間の戦闘で手に入れたモビルスーツ、グシオンを俺に譲ってくれ」

 

「はぁっ!?」

 

「………!」

 

 予想だにしなかった昭弘の言葉にシシオとローズが驚きのあまり絶句する。

 

「……ちょ、ちょっと待ってくれよ、昭弘? お前、今何て言った?」

 

「グシオンを、ガンダムフレーム機を寄越せ、ですか? 昭弘様? シシオ様がアレを手に入れるのをどれだけ楽しみにしていたか知っているでしょう?」

 

「待ってくれ。シシオ、ローズ。昭弘が筋が通っていない事を言っているのは俺達も分かっているんだ」

 

 昭弘の頼みにシシオとローズがその顔に困惑と苛立ちを浮かべるとオルガが口を開く。

 

 先日のブルワーズから賠償金を要求する時、名瀬とジャンマルコは賠償金を受け取らず、シシオはガンダムフレーム機であるグシオンだけを受け取り、それ以外は全て鉄華団が受け取るという話で決着がついたはずであった。

 

 しかし昭弘はシシオの唯一の戦利品を、彼が求めて止まなかったガンダムフレーム機の一機を譲れと言うのだ。これに困惑や苛立ちを感じるなと言うのが無理な話である。

 

「俺も止めたんだが昭弘の奴、『ダメ元でいいから頼ませてくれ』って聞かねえんだ」

 

「そうか……。それで? 一体どうしてグシオンを譲れなんて言い出したんだ?」

 

 オルガの言葉にシシオはひとまず昭弘に事情を聞いてみることにした。その声がかなり不機嫌なものであったが、それは仕方がないことだろう。

 

「……俺はこの前の戦いで大勢の家族ができた……いや、いたことに気づいたんだ」

 

 シシオに聞かれて昭弘はぽつりぽつりと話し始める。

 

「死んだものと思っていた昌弘と再会できて、その昌弘が世話になったガキ共と出会って……。それを助ける為に鉄華団の皆が手を貸してくれて……。それで気づいたんだ。もう家族なんていないと思っていた俺にも帰る場所が、家族ができていたことに。

 俺はもう二度と家族を失いたくないんだ……! 今度こそ家族を俺の手で守りたいんだ。その為には力がいる。シシオ……あのグシオンはお前のガンダム・オリアスと同じガンダムフレーム機で、使いこなせばスゲェ力になるんだよな?

 だから頼む! 無茶な事を言っているのは分かっている! だけどどうか俺に家族を守れる力を、グシオンをくれ!」

 

「……………」

 

 土下座をしながら言う昭弘の言葉に、シシオは難しい顔で無言となってしばらく何かを考えた後、やがて口を開いた。

 

「……………分かったよ」

 

「! ほ、本当か!?」

 

「シシオ様!?」

 

「いいのかよ!?」

 

 呟くようなシシオの言葉に昭弘が顏を上げ、ローズとオルガも驚いた顏となる。そんな三人を前にシシオは渋い顏をしながらも頷く。

 

「ああ……。昭弘は嘘を言うような奴じゃないから家族を守りたいというのは本当なんだろうし、土下座までしての頼みを無視するわけにはいかないだろ。それに俺が所有していたらグシオンはガンダム・オリアスの予備機としてほとんど格納庫の中だ。……それだったら別のパイロットに乗せて存分に戦わせてやった方がグシオンにはいいのかも……しれない」

 

「シシオ……」

 

「ただし!」

 

 土下座の体勢から身体を起こして礼を言おうとする昭弘にシシオが指を突きつける。

 

「ただし! そこまで言ったからには必ずグシオンを使いこなしてみせろよ! もし俺の前であのクダルのようにグシオンに無様な真似をさせたらその時は即座に、力づくでもグシオンを返してもらうからな!」

 

「ああ! ああ! 約束する! ……すまねえ、シシオ。この借りは必ず返す!」

 

 指を突きつけながら言うシシオに昭弘は頭を深く下げて礼を言うのだった。

 

 ☆

 

「シシオ様。……よろしかったのですか? せっかくのガンダムフレーム機を譲ったりして」

 

 オルガと昭弘と別れてからしばらくした後、ローズがシシオに訊ねる。するとシシオは残念そうだがどこかスッキリした様な複雑な顔で答える。

 

「……いいんだよ。もう決めたことなんだから。それに昭弘だったらグシオンを使いこなしてくれると思うからな。ローズだってそう思っているんだろ?」

 

「ええ。昭弘様でしたらそこいらのパイロットよりずっと腕も立ちますし、機体に使われることもないと思います」

 

 これまで何度も練習に付き合い、共に実戦で戦ったことで昭弘の実力を理解しているローズはシシオの質問に頷いてみせた。そしてそれを見たシシオは、自分の予想が外れていなかったことに安堵を覚えると、すぐに思考を別のものに変えた。

 

「それにしても家族を守りたい、か……。それだったら俺達も『仕事』を急がないとな……」

 

 シシオは自分に言い聞かせる様に呟くと、自分がローズと一緒にこのイサリビにやって来た本当の目的を、出来るだけ早く実行しようと思うのだった。

 

 何故ならシシオ達の「仕事」の正否次第ではこれからの行動に支障が出るばかりか昭弘の言う家族……鉄華団にも危険が降りかかるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? 一体誰と通信をしていたんですか? ………『フミタン・アドモス』さん」

 

「貴方は………!?」



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#28

「ロザーリオ様。イサリビの潜入員から通信がありました」

 

「そうか」

 

 月の周辺にあるドルトコロニー群から離れた宙域で停止している宇宙船のブリッジで、タントテンポの幹部ロザーリオ・レオーネは部下からの報告に頷いた。

 

「それで? 通信には何とあった?」

 

「はい。ダディ・テッドを乗せたジャンマルコの艦を初めとする四隻の艦の内、タービンズの艦はドルト6に向かい他の三隻はドルト3に入港。『例の荷物』については気づかれていないとの事です」

 

「結構だ。これでギャラルホルンの計画はほぼ成功したようなものだな」

 

 部下からの報告にロザーリオは満足気に頷く。

 

 今、ギャラルホルンはドルトコロニー群にてある計画を実行していた。

 

 ドルトコロニー群は地球の経済圏の一つであるアフリカユニオンにある企業ドルトカンパニーが所有しているコロニー群なのだが、そこでの労働環境はお世辞にも良いとは言えず労働環境の改善を要求する労働者達が度々デモを起こしていてその激しさは増す一方であった。

 

 そんなドルトコロニー群に目をつけたギャラルホルンは、労働者達の不満を煽るような工作をしたり秘密裏に武器などを提供することであえて暴動を起こさせ、それを自分達の手で鎮圧してコロニーの騒ぎを最小限にする事を計画したのだ。

 

 反乱分子の芽を早期に摘み取ることで治安を維持する、と言えば聞こえはいいが実際はろくに戦い方も知らない労働者達に新兵達をぶつけて実践経験を積ませて、更にはギャラルホルンの威厳を世間に知らしめる悪質なマッチポンプである。そしてそれにロザーリオは協力していた。

 

 この作戦が成功すればドルトコロニー群は、労働者達がしばらくの間は経営陣に逆らわなくなって治安は良くなるだろうが、同時に多くの労働者達を失って生産力が落ちて経済等は不安定となるだろう。その隙をついてドルトコロニー群にタントテンポの企業を進出させる事を考えたロザーリオは、労働者達の不満を煽る工作にも加担したり暴動用の武器を調達する火星の武器商人との仲介役も買って出たのだった。

 

「……いや。ギャラルホルンの計画、成功してもらわないと困る。でないと私は身の破滅だ」

 

 そこでロザーリオは余裕の表情を浮かべていた顔に一筋の汗を流して呟く。彼は今、最大の危機を迎えていた。

 

 ロザーリオは長年に渡って一部のギャラルホルンと結託してタントテンポの資金を不正利用していたのだが、最近になってそれがダディ・テッドや自分と同じタントテンポの幹部のジャンマルコに知られて、確かな証拠も掴んだという情報が入ってきたのだ。

 

 確かな証拠を掴まれている以上、言い逃れは不可能。そう考えたロザーリオはダディ・テッドの暗殺を決意するのだが、暗殺はことごとく失敗に終わる。

 

 やがてジャンマルコと合流したダディ・テッドの一団は途中の妨害も物ともせずに月にやって来るのだが、それでもまだロザーリオには運が残っているようだった。

 

 ロザーリオがドルトコロニー群の労働者達に使わせる暴動用の武器を調達させた火星の武器商人ノブリス・ゴルドン。彼がスポンサーをしている火星の独立運動家クーデリアが、どのような因果かダディ・テッド達と行動を共にするようになったことで、ダディ・テッド達の動きをある程度察知することができた。

 

 更にノブリスが暴動用の武器の送り主名義にクーデリアの名前を利用した事と、暴動用の武器をクーデリアを護衛している鉄華団とか言う民兵組織に運ばせている事を知ったロザーリオはこれを利用する手を思いついた。

 

 ドルトコロニーで暴動が起こればロザーリオ達はすぐにダディ・テッド達を「武器を密輸した犯罪者の仲間」として攻撃する。すると近くに来ている彼と繋がっている一部のギャラルホルンも攻撃をする手筈だ。

 

 いくらダディ・テッドの護衛やジャンマルコの私兵達が強くても、自分達とギャラルホルンの戦力には敵わないだろうとロザーリオは考える。例え逃げ延びたとしても、その頃にはダディ・テッド達はギャラルホルンに目をつけられた犯罪者となって何も出来ないだろう。

 

 唯一の懸念材料はダディ・テッド達が鉄華団が運んでいる荷物、暴動用の武器に気づくかということだったが、クーデリアの世話役という形で鉄華団に潜入しているノブリスの諜報員フミタン・アドモスからの報告では誰も暴動用の武器に気づいていないそうだ。

 

 自分達が攻撃される原因を自分達の手で運ぶとは何という皮肉だろうか。

 

「ダディ・テッドも老いたものだな……」

 

 ロザーリオは、かつて宇宙海賊であった自分を自らの部下に置いて御していたダディ・テッドに昔程の力が無いことに知らずにため息を吐いた。しかしその直後に宇宙船のブリッジにアラームが鳴り響く。

 

「っ!? 何事だ!」

 

「正体不明の強襲装甲艦が接近……っ! 強襲装甲艦からモビルスーツが発進されました! モビルスーツの数は六機です!」

 

「何だと!?」

 

 ロザーリオにブリッジのオペレーターが悲鳴の様な声で報告をする。そしてその報告はロザーリオを初めとするブリッジにいる者全員を驚愕させた。

 

 

 

 

 

「さあ、楽しい楽しい喧嘩の時間だ」

 

 正体不明の強襲装甲艦から発進した六機のモビルスーツの内の一機、そのコックピットの中でジャンマルコは獲物を前にした肉食獣のような笑みを浮かべた。



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#29

『よお、ロザーリオ。久しぶりだな』

 

「ジャンマルコか……!」

 

 正体不明の強襲装甲艦から発進した六機のモビルスーツの一機が出した通信をロザーリオが繋げると、ブリッジのモニターにノーマルスーツを着たジャンマルコの姿が映し出された。

 

『よくもまあ、今まで好き勝手やってくれたな? ここまでやったからには当然覚悟はできているな?』

 

「………!」

 

 好戦的な笑みを浮かべるジャンマルコの言葉にロザーリオは悔しげに歯を噛みしめる。

 

「……ジャンマルコ。何故、お前がそこにいる? お前はダディ・テッド達と共にドルトコロニーに入港したのではないのか?」

 

『ああ、確かにダディ・テッド達はドルトコロニーに入ったぜ。だがお前、よくそんな事を知っていたな? 誰かが教えてくれたのか?』

 

 何故ここにいるのかと訊ねるとジャンマルコにからかう様に返されて、そこでロザーリオは全てを察した。

 

 ダディ・テッドは全て知っていたのだ。

 

 ギャラルホルンの計画も。ドルトコロニーの暴動を利用したロザーリオの企みも。全て。

 

 そしてダディ・テッドはこの一連の企みを逆に利用してロザーリオを攻めることを考えたのだろう。その為に最初に行ったのが……。

 

「そちらに送り込んだ諜報員を始末して、偽の報告をこちらに送ったということか……!」

 

 歯噛みしながらロザーリオが言うと、ジャンマルコは彼の内心を読み取ったかのように顔に浮かべている笑みを濃くする。

 

『そこまで分かっているなら話は早いよな。もう俺が何かを言う必要もないみたいだし、手っ取り早く戦闘で決着を着けようじゃねぇか』

 

「くっ!」

 

 ジャンマルコはそれだけを言うと通信を切り、ロザーリオはブリッジを後にするのであった。

 

 ☆

 

(まあ、あのメイドの姉ちゃんは死んではいないんだけどな)

 

 通信を切った後、モビルスーツのコックピットの中でジャンマルコは内心で呟いた。

 

 ロザーリオの推測はほとんど間違ってない。唯一間違っている点があるとすればイサリビに潜り込んでいた諜報員、フミタン・アドモスが始末されていないという点だろう。

 

 ギャラルホルンとロザーリオの計画はジャンマルコとダディ・テッドも予め調べていた上に、マクマードからの情報もあって大体の全容は掴めていた。そこに自分達の仕事のサポートをマクマードから依頼されていたシシオとローズが、諜報員であるフミタンの尻尾を掴んだことで、計画の詳細な予定やダディ・テッドだけでなくクーデリアも暗殺されそうだったという事実も分かった。

 

 ここまではロザーリオの推測した通りなのだが、その後でクーデリアは自分を裏切っていたフミタンを許し、フミタンもこれによって完全にクーデリア達の仲間となって、自らの手で元雇い主のノブリスとロザーリオに偽の報告を送ったのだ。

 

 そしてロザーリオとギャラルホルンが偽の報告で油断している隙に、ジャンマルコ達は鉄華団がブルワーズから手に入れた宇宙船を使ってロザーリオに奇襲を行い、クーデリアとダディ・テッド達はギャラルホルンの計画を阻止するべくドルトコロニーで「ある行動」を行っていた。

 

「おっ。あいつらもモビルスーツを出したみたいだな」

 

 ジャンマルコ達六機のモビルスーツがロザーリオの宇宙船の間近に差し迫ったところで、ロザーリオの宇宙船から複数のモビルスーツが緊急発進してきた。そしてそれと同時に、近くにいたロザーリオと繋がっているギャラルホルンの艦隊からもモビルスーツが数機発進したのをコックピットのセンサーが感知した。

 

「ロザーリオの奴ら、中々いいモビルスーツを揃えてるじゃねえか。だがこっちだって負けちゃいねえぞ」

 

 コックピットのモニターに映る敵のモビルスーツを見てジャンマルコが楽しそうに笑う。

 

 ロザーリオの宇宙船から発進したのはロディフーレムのカスタム機と百錬のカスタム機、ギャラルホルンの艦隊から発進したのはグレイズのカスタム機であるシュヴァルベグレイズ。合わせた数は二十機を超える大戦力であったが、ジャンマルコ達のモビルスーツも彼の言う通り、そんな数の差を物ともしない豪華な面々であった。

 

 ジャンマルコが乗るグレイズのカスタム機、リーガルリリー。

 

 三日月が乗るガンダムフレーム機、ガンダム・バルバトス。

 

 アルジが乗るガンダムフレーム機、ガンダム・アスタロトSF。

 

 シシオが乗るガンダムフレーム機、ガンダム・オリアス。

 

 ローズが乗るガンダムフレーム機、ガンダム・ボティス。

 

 最後に六機のモビルスーツの中で一番後ろに飛んでいる薄茶色の機体色をしたガンダムフレーム機。

 

 ギャラルホルンの最新モビルスーツ、グレイズのカスタム機の後を、世界で七十二機しか存在しない伝説のガンダムフレーム機が五機も続くその姿は壮観としか言いようがなかった。

 

 ジャンマルコは自分の機体と共に飛んでいる五機のガンダムフレーム機を見て口元を上げてから、薄茶色のガンダムフレーム機に通信を入れた。

 

「よぉ、昭弘のボウズ。そのガンダムフレーム……名前はなんだったか? とにかくそれの調子はどうだ?」

 

『あ、ジャンマルコさん。はい、いい調子だと……思います。それとコイツの名前は「ガンダム・グシオンリベイク」です』

 

 モニターに現れた窓枠に映し出された昭弘がジャンマルコに返事をする。

 

 薄茶色のガンダムフレーム機に乗っていたのは昭弘であり、そしてこの薄茶色のガンダムフレーム機はブルワーズのクダルが乗っていた「グシオン」を改修した機体ガンダム・グシオンリベイク(焼き直し)であった。

 

 ジャンマルコは昭弘の乗るガンダム・グシオンリベイクを見てから感心したように呟く。

 

「それにしても……あれだけボロボロだった機体がよく直ったよな。というか外見なんか前と全く違うし、別の機体なんじゃねえのか?」

 

『いえ、これは間違いなくあのグシオンです。シシオが一晩で直した……というか改造……をしてくれました。……自分の艦の修理も後回しにして』

 

 ためらいがちに答える昭弘の言葉にジャンマルコは呆れたように口を開いた。

 

「はぁ!? シシオの奴、どれだけガンダムフレームが好きなんだよ? いくらなんでもそこまでするか? 普通?」

 

『当然ですよ!』

 

 まるでジャンマルコと昭弘の会話を聞いていたかのように(というより聞いていたのだろう)ジャンマルコのコックピットにシシオからの音声だけの通信が入ってきた。

 

『この俺がガンダムフレーム機を壊れたままにしておくはずがないじゃないですか? 例え昭弘に譲り渡さなくても最優先で直しましたって、ええ! ……というか皆、後で機体の映像データ全部俺にくれない? ガンダムフレーム機が五機も一緒に行動する光景……是非全員の映像データを繋げた完全版にして永久保存しないと!』

 

 全員の映像データを渡してほしいと言ってくるシシオ。音声だけの通信なのでジャンマルコには彼の顔が見えないが、声音だけで彼が非常に興奮しているのが分かった。

 

 そんな時、ジャンマルコのコックピットに新しい人の声が聞こえてくる。

 

『はぁ……。またシシオ様の病気が出ましたか……』

 

 聞こえてきた声はローズのものであった。恐らく彼女がシシオのコックピットに通信を入れて、その声が通信越しにジャンマルコのところまで聞こえてきたのだろう。

 

 ローズの声は今にもため息をつかんばかりの呆れ果てたものであり、それに対してシシオは猛烈に抗議する。

 

『病気って何だよローズ!? モビルスーツを扱う技術者だったらガンダムフレームに興味を持って当然だろ!? しかもそれが自分達のを入れても五機いるんだぞ! そんなお宝映像、俺と父さんだったらそれだけでご飯三杯は余裕でいける……いや! それを見て鼻血を出せる自信がある!』

 

『そんな変態、シシオ様とシシオ様のお父様だけです』

 

『変態!? 変態とまでいうか!?』

 

(コイツら、今から戦闘だっていう自覚あるのかねぇ……)

 

 通信から聞こえてくるシシオとローズのやり取りにジャンマルコは、思わずやる気をいくらか削がれて内心でため息をついた。



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#30

「まったく……何をやっているんだよ、あいつらは?」

 

 ガンダム・アスタロトSFのコックピットでアルジがため息を吐く。

 

 シシオが乗っているガンダム・オリアスとローズの乗っているの様子が何やらおかしいから通信回線を開いてみれば、そこから聞こえてきたのは知り合い二人のいつも通りかつ馬鹿馬鹿しい会話。

 

 思わず頭痛がしてきたアルジはノーマルスーツのヘルメットのフェイスガードを取り外して生身の額に右手の義手の指先を接触させる。

 

 熱を持たない義手の指先はひんやりと冷たくて、頭痛が治まっていく。今日ばかりは右手が義手であることを感謝するアルジであった。

 

「おい……バカ主従。いつまで馬鹿話をしているんだよ」

 

 頭痛が治まったアルジがシシオとローズに通信を送ると、シシオから猛烈な抗議の声が返ってきた。

 

『バカ主従!? バカ主従って何だよ! バカと呼ぶならせめて頭に『ガンダム』をつけてくれよ! それだったらまだ納得でき……!』

 

『私は納得できません。あと、私とシシオ様を一緒にしないでください』

 

『ローズ!?』

 

 自分の言葉を遮って言うローズの名をシシオが呼ぶが、彼女はそれを華麗に無視する。

 

 今のローズの言葉は「シシオが従者の自分より上なのは当然なのだから一緒にしないでほしい」という意味があったのだが、彼女がわざと言い方を悪くした為、今の台詞を悪くとったシシオが明らかに落ち込む。それを見てアルジはもう一度義手の指先を額に接触させる。

 

「いいからやるぞ」

 

 アルジは短く言うとこちらに向かってきている敵に意識を集中させた。

 

 ☆

 

 アルジが敵に意識を集中させるのとほぼ同時に戦闘が始まった。

 

 敵のモビルスーツがまず最初の標的に選んだのは、昭弘が乗るガンダム・グシオンリベイク。

 

 昭弘がガンダムフレーム機に乗るのはこれが初めてということもあり、ガンダム・グシオンリベイクの動きは他の五機よりもぎこちなく、それを見て「この中で一番墜としやすい」と判断した敵のモビルスーツの内二機は彼を狙うことにしたのだ。

 

「へっ! 俺が狙いかよ。……面白れぇ!」

 

 昭弘に向かうのはタントテンポが要人警護等に用いるロディフレームの発展機ラブルス。それを見て昭弘が不敵な笑みを浮かべる。

 

 今の昭弘に敵に対する恐れなどない。

 

 敵に与し易いと侮られた事に対する怒りもない。

 

 あるのは新たに手に入れた力、ガンダム・グシオンリベイクの性能を早く試してみたいという思いのみであった。

 

「行くぜ! グシオン!」

 

 ーーー!

 

 コックピットで昭弘が叫んで機器を操作すると、ガンダム・グシオンリベイクはパイロットの声に答えるようにカメラアイを力強く輝かせて二機のラブルスへと突撃する。

 

「………!」「……………!」

 

 二機のラブルスはガンダム・グシオンリベイクに向けて手に持ったサブマシンガンを撃つ。ブルワーズで使われていた頃の全身を超重量の装甲で固めていたグシオンであれば避けきる事が出来ず幾つもの銃弾を受けていただろうが……。

 

「当たるかよ!」

 

 しかし今のガンダム・グシオンリベイクは装甲を削るのと引き換えに以前とは比べ物にならないくらいの機動力を得ていて、更に操縦しているのは阿頼耶識使いの昭弘だ。ろくに狙いもしていない銃弾など当たるはずもなく、ガンダム・グシオンリベイクはサブマシンガンの銃弾を回避しながら二機いるラブルスの一機に突撃をしていった。

 

「オラァッ!」

 

 昭弘は大声を出すと同時にガンダム・グシオンリベイクを加速させる。

 

 ガンダム・グシオンリベイクは右手に専用ライフルを、左手には大型のシールドを装備していて、昭弘の乗るガンダム・グシオンリベイクは大型のシールドを前に出してラブルスに激突する。

 

「………!?」

 

「確か……装甲と装甲の隙間を狙うんだったな」

 

 大型のシールドを使った強烈な体当たりにラブルスの動きが止まった隙をついて、昭弘は右手にあるライフルの照準をラブルスの装甲と装甲の隙間に合わせる。

 

 それはこの最近知り合った自称トレジャーハンターにその侍女、そして昔から共に仕事をしてきた仲間から教わった「効率のいいモビルスーツの殺し方」であった。

 

「……!!」

 

「……!? …………!」

 

 ガンダム・グシオンリベイクがライフルを発射すると撃たれたラブルスはコックピットを破壊されて動かなくなり、もう一機のラブルスはその瞬間にガンダム・グシオンリベイクの背後に回り込んで手に持った大型のナタのようなブレードで切りかかろうとする。

 

「させるかよ」

 

「………!?」

 

 だが、そんなラブルスの奇襲は昭弘も予測済みであった。

 

 昭弘がコックピットの機器を操作するとガンダム・グシオンリベイクのバックパックの一部が変形して内部から二本の隠し腕が現れ、ナタを振るおうとしていたラブルスの両腕を掴んで動きを止めた。

 

「やっちまえ! グシオン!」

 

「…………!?」

 

 昭弘が吼えると同時にガンダム・グシオンリベイクの隠し腕は力任せにラブルスの両腕を引きちぎり、両腕を失ったラブルスは為す術もなく虚空に投げ出される。

 

「これで……終わりだ!」

 

「………………! ……!!」

 

 両腕を失い、そのあまりの出来事に動きを止めたラブルスに昭弘は超至近距離からライフルを胴体に向けて撃ち、ライフルの銃弾にコックピットを貫かれたラブルスは一瞬機体を痙攣させるとそれきり動かなくなった。

 

 昭弘は敵が完全に死んだのを確認すると、ガンダム・グシオンリベイクが今まで乗っていた機体とは段違いの性能であることを実感する。

 

「スゲェなこの機体……。これだけの力があるんだ、今度こそ俺は家族を守ってみせる……!」

 

 昭弘は操縦桿を握りしめて弟の昌弘と、新たに出来た家族とも言える鉄華団を守り抜く事を一人静かに誓う。その言葉を聞いているものは誰もいなかったが、ガンダム・グシオンリベイクのエイハブリアクターの駆動音やコックピットの機器の起動音が昭弘を静かに祝福していた。

 

 ☆

 

「へぇ……。昭弘も中々やるじゃん」

 

 昭弘の乗るガンダム・グシオンリベイクが二機のラブルスを撃破するのを見たシシオが呟く。

 

 シシオが乗るガンダム・オリアスの隣にはローズが乗るガンダム・ボティスの姿があり、二機のガンダムの周囲にはコックピットを破壊されて沈黙しているラブルスやグレイズが数機漂っていて敵の姿はなかった。

 

「まだ動きにぎこちないところがあるけど、初めての機体でモビルスーツを二機も倒せる昭弘は、三日月と同じくらいセンスがあるよ。ローズもそう思うだろ?」

 

『ええ。シシオ様の言う通り、昭弘様はこれからも強くなると思います』

 

 シシオが通信機越しでガンダム・ボティスのコックピットにいるローズに話しかけると、シミュレーターで昭弘と三日月の訓練に付き合っていた彼女が頷く。

 

「そうか、それなら良かった。ガンダム・グシオンリベイクを譲った甲斐があった………え?」

 

 ローズの言葉にシシオが満足気に頷いたその時、コックピットのレーダーがロザーリオの宇宙船から一機、ここから離れた宙域から二機、新たなモビルスーツが現れたことを知らせてきた。

 

 最初はまた新手の敵が現れたかとあまり興味を持っていない様子のシシオだったが、レーダーが映し出す情報を見ると驚きと歓喜が入り交じった表情を浮かべて思わず叫んだ。

 

「……!? おいおい! このエイハブリアクターの反応はガンダムフレームか! それも二機! こんな所で幻ガンダムフレーム機が二機も現れるだなんて! スッゲェ! これってもしかして夢? 俺ってもしかしていつの間にか眠って夢を見てるの!? 夢だったらお願いだから覚めないでくれぇ!」

 

「……シシオ様が壊れました」

 

 突然のガンダムフレーム機の登場に狂喜するシシオの様子にローズがため息をついた。



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#31

「シシオ様、お気を確かに」

 

「はっ!?」

 

 戦場に未知のガンダムフレーム機が二機も現れたことで狂喜乱舞していたシシオであったが、ローズの呼び掛けによって正気を取り戻した。

 

「すまない、ローズ。少し浮かれていた」

 

「少しどころではなかったと思いますが……とにかく、新しく現れたガンダムフレーム機を見てはもらえませんか?」

 

 ローズはシシオに新たなモビルスーツを観察してもらうように頼む。

 

 機械に関してはチート級の知識と嗅覚を持つシシオは、見ただけでそのモビルスーツの性能や武装をほぼ正確に言い当てる事ができる。この敵の性能を予測するスキルは戦闘においては非常に有用で、このスキルのお陰でシシオと彼が乗るガンダム・オリアスはこれまでに多くの宇宙海賊や敵対する傭兵を倒してこれたのである。

 

 ローズは初めて見る敵、それもガンダムフレーム機が現れたのならば早めにその性能や武装を知って警戒するべきだと考えたから自分の主人に頼み、シシオも彼女と同じ考えであった為、言われてすぐにモニターに映る二機のガンダムフレーム機に視線を向けた。

 

「……う~ん。遠くから来るガンダムはまだ機体がよく見えないから何とも言えないな……。ロザーリオの宇宙船から出てきたガンダムは……………んん?」

 

 ロザーリオの宇宙船から出てきたガンダムフレーム機を見た途端、シシオの表情が怪訝なものにとなった。

 

「シシオ様? どうかしましたか?」

 

 シシオの様子を奇妙に思いローズが話しかけるが、シシオは彼女の言葉に耳を貸さず数秒間ロザーリオの宇宙船から出てきたガンダムフレーム機を観察した後でアルジにと通信を入れた。

 

「……………なぁ、アルジ? ちょっといいか?」

 

『ああっ!? 何だよ! 今戦闘中だ!』

 

 シシオが通信回路を開くとアルジの苛立った声が聞こえてきた。

 

 見れば確かにアルジの乗るガンダム・アスタロトSFは一機のシュヴァルベグレイズと交戦していたが、ガンダム・アスタロトSFは敵の攻撃を避けながら距離を摘めると両手に持ったマイニングハンマーでシュヴァルベグレイズのコックピットを破壊した。コックピットを破壊されたことによりシュヴァルベグレイズは沈黙し、それを確認したアルジは一つ息を吐くとシシオに話しかけた。

 

『ふぅ……。それで? いきなり何の用だよ、シシオ?』

 

「ロザーリオの宇宙船から一機新しいモビルスーツが出てきた。機体名は『ガンダム・ウヴァル』。ガンダムフレーム機の一機だ」

 

『何っ!?』

 

 シシオの言葉にアルジは血相を変えて新しく現れたモビルスーツ、ガンダム・ウヴァルの姿を探す。家族を正体不明のガンダムフレーム機に殺されてその仇を探しているアルジにとって、今の言葉は聞き逃せなかったのだろう。

 

 そしてシシオにはもう一つアルジに伝えるべき情報があった。

 

「それとガンダム・ウヴァルの装甲なんだが……多分全体の七割くらい『オリジナル』が使われている」

 

『オリジナル? 何が使われているって?』

 

「『ガンダム・アスタロトのオリジナルの装甲が使われている』って言ってるんだよ」

 

『……!?』

 

 アルジがガンダム・ウヴァルの姿を見つけるのとシシオが新しい情報を口にするのはほぼ同時で、アルジは驚きで言葉をなくしながらもガンダム・ウヴァルを凝視する。

 

 ガンダム・アスタロトSFのコックピットのモニターに映るのは、黒を基調としたカラーリングの左右非対称の外見をしたガンダムフレーム機。そしてそれに使われている装甲が……。

 

『ガンダム・アスタロト本来の装甲……』

 

「そうだ。あと最後にガンダム・ウヴァルが持っている武装なんだけど……」

 

『武装? ああ、あの両手で持っているハンマーか。……ん? ハンマー?』

 

 言われてみれば確かにガンダム・ウヴァルは両手に巨大なハンマーを持っているのだが、よく見るとそのハンマーはガンダム・アスタロトSFが持っているマイニングハンマーとよく似ている……というか全く同じものであった。

 

「あのハンマー、以前俺が武器商人に製作依頼されて作った物だ。まさか敵が購入していたとは……」

 

『お前が作ったのかよ!?』

 

 シシオの告白にアルジのツッコミが入る。

 

「まあとにかく、あのガンダム・ウヴァルはアルジにとって色々因縁がありそうなんだけど……どうする?」

 

 シシオに聞かれるアルジであったが考えるまでもなく答えは決まっていた。

 

『俺が戦うに決まっているだろ。シシオ、ローズ、お前達は手を出すなよ』

 

 家族を殺した仇かもしれないガンダムフレーム機であるのに加え、ガンダム・アスタロト本来の装甲を装備し、オマケに自分と同じ武装を持つ敵。

 

 その様な敵を前にして何もしなかったり誰かに任せたりする事などアルジには出来るはずなかった。

 

『分かりました。アルジ様、ご武運を』

 

「了解だ。アルジ、俺が見た感じガンダム・ウヴァルの武装は両手に持つマイニングハンマーと右肩のスパイクシールドだけだ。多分ブースターの加速を活かした接近戦とスパイクシールドの体当たりが基本戦術だと思う」

 

『ああ、分かった!』

 

 アルジはローズの言葉とシシオのアドバイスに頷くとガンダム・アスタロトSFをガンダム・ウヴァルの元へと走らせた。

 

「さて……それじゃあ俺達はもう一機の方に行くか」

 

『はい、シシオ様』

 

 ガンダム・ウヴァルに向かっていくアルジのガンダム・アスタロトSFを見送ったシシオとローズがもう一機の敵のガンダムを見ると、もう一機のガンダムは三日月が乗るガンダム・バルバトスに高速で向かっていた。

 

 ☆

 

 自分のところへ向かってきたラブルスとシュヴァルベグレイズを全て倒した三日月は、他の仲間の援護に向かおうとしたところで新手の敵の襲撃を受けた。

 

 新しく現れた敵は、白と紫のカラーリングをしたどこかガンダム・バルバトスに似た外見のモビルスーツと、全身が紫のカラーリング。シュヴァルベグレイズだった。

 

「コイツら何なんだ?」

 

『やっと会えたな宇宙ネズミ! 火星での借りをここで返させてもらうぞ!』

 

「その声……?」

 

 ガンダム・バルバトスのコックピットに目の前のモビルスーツからだと思われる通信が入り、どこかで聞き覚えのある男の声に三日月は眉をひそめた。脳裏にとある事故がきっかけで出会い、そして宇宙に出る時に火星の空で戦ったギャラルホルンの軍人の顔が浮かび上がった。

 

「名前は確か……ガリガリ?」

 

『ガエリオ・ボードウィンだ! 人を馬鹿にするのも大概にしろぉ!』

 

 ガエリオの怒声と共に白と紫のカラーリングの機体が右手に持っていた槍を構えてガンダム・バルバトスへと突撃する。

 

「っ! 速い……!?」

 

 予想以上の敵の速度に虚を突かれた三日月だったがそれでも何とか迎撃しようとした時、青い影が二機のモビルスーツの間に割り込み、青山影は左腕に装備した大盾で敵のモビルスーツの槍を弾いた。

 

『何だっ!?』

 

「ガンダム・オリアス。シシオ?」

 

 ガンダム・バルバトスと敵のモビルスーツの間に現れたのはシシオの乗るガンダム・オリアスであった。

 

 ☆

 

「やぁ、三日月。冷たいじゃないか。ガンダムフレーム機と遊ぶんだったら俺も誘ってくれって……アレ?」

 

『? シシオ、どうしたの?』

 

『シシオ様? 今度はどうしましたか?』

 

 敵の攻撃からガンダム・バルバトスを庇ったシシオだったが、軽口を叩こうとした時モニターに映る敵のガンダムフレーム機を見て固まってしまい、それを不振に思った三日月とローズが通信機越しに聞く。

 

「……なぁ、三日月? 何でここにガンダム・キマリスの姿があるんだ?」

 

 どこか固い声のシシオの質問に三日月は首を傾げる。

 

『ガンダム・キマリス? あの白と紫のモビルスーツのこと? 知ってるの?』

 

「知っているもなにもガンダム・キマリスって言ったらセブンスターズの一角ボードウィン家の初代が厄祭戦時代に乗っていたボードウィン家の象徴とも言える機体だ。それがどうしてこんな所にあって三日月と戦っているんだよ?」

 

『ほぅ? 中々物を知っている奴もいるじゃないか?』

 

 シシオの説明に白と紫のモビルスーツ、ガンダム・キマリスに乗るガエリオがどこか嬉しそうな声で言う。しかし先程まで戦っていた三日月はというと……。

 

『セブンスターズ? 厄祭戦? それって何?』

 

『『知らないの!?』』

 

 三日月の言葉に本人を除くこの場にいる全員が驚きの声を上げた。



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#32

「オラァッ!」

 

「……………!?」

 

 ジャンマルコの雄叫びと同時にリーガルリリーが両手に持つアックスを振るい対峙していたグレイズの胴体を両断する。

 

 胴体を両断されてそのまま動かなくなったグレイズを見てジャンマルコはつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「ふん。あっけねぇな。いくら機体がよくても肝心の腕がなってねぇ。さて、この辺りの敵は全て倒したし他の所に……ん?」

 

 ジャンマルコが次の敵を探そうとした時、一体のモビルスーツがリーガルリリーの元へとやって来た。やって来たのは黒のカラーリングをしたガンダムフレーム機、ガンダム・ウヴァルであった。

 

『ジャンマルコ。貴様、よくもやってくれたな』

 

 ガンダム・ウヴァルから通信が入り、リーガルリリーのコックピットのモニターにロザーリオの顔が映し出される。その表情は微妙に歪んでおり、ジャンマルコはそれを見て相手がかなりの怒りと焦りを懐いていることを感じ取ったが、そんなことはあくびにも出さず笑みを浮かべて軽口を叩いた。

 

「よぉ、ロザーリオ。そのガンダムフレーム機に乗っていたのはお前だったのか。……参ったねぇ、知っている顔は全員ガンダムフレーム機に乗っているのに俺だけ場違いみたいじゃねぇか? なぁ?」

 

『……そんなことはどうでもいい。貴様が、貴様さえいなければ……』

 

「別に俺がいなくてもダディ・テッドはお前を追い詰めていたと思うぜ、ロザーリオ?」

 

 内心の怒りを押し殺しながら言うロザーリオの言葉をジャンマルコの言葉が遮る。

 

「そもそもお前が今窮地に立っているのもお前がダディ・テッドを裏切った自業自得だろ? それなのに恨み言を言うのは筋違いだぜ。腐ってもタントテンポの幹部ならあんまりみっともない姿を見せるんじゃねぇよ、ロザーリオ」

 

『……黙れ!』

 

 ロザーリオがジャンマルコの言葉に堪えきれなくなって叫び、ガンダム・ウヴァルが自分の武装であるマイニングハンマーを構える。それをジャンマルコはつまらなそうに見て口を開いた。

 

「俺をここで倒して一発逆転を狙おうってところか? 別に俺はそれでも構わないが……お前の相手は別にいるみたいだぜ?」

 

『何だと?』

 

 ロザーリオが怪訝な表情となって呟いた次の瞬間、リーガルリリーとガンダム・ウヴァルの間を銀色の閃光が走る。

 

 銀色の閃光の正体はアルジの乗るガンダム・アスタロトSFであった。

 

『あれは……ダディ・テッドが所有していたガンダムフレーム機か?』

 

「やっぱり来たか、アルジ」

 

 突然現れたガンダム・アスタロトSFの姿を見てロザーリオが驚いた顔となり、ジャンマルコが予想通りといった表情を浮かべる。

 

『……ジャンマルコ。すまないがそのガンダムフレーム機の相手は俺がする』

 

 リーガルリリーのコックピットにアルジからの音声だけの通信が入る。通信機越しの声は固く、アルジの事情をダディ・テッドから聞いていたジャンマルコは、その声音だけで彼の心境を理解して頷く。

 

「分かってるよ。一対一の喧嘩に手を出す野暮な真似なんかしねぇから安心してやりな」

 

『……すまねぇ』

 

 アルジはそれだけを言うとガンダム・アスタロトSFをガンダム・ウヴァルにと向ける。

 

『お前は……確か報告にあったダディ・テッドが拾ったという子供か?』

 

『アルジ・ミラージだ。お前には聞きたいことがあるしその機体にも用がある。悪いが相手をしてもらうぜ』

 

 そう言うとアルジが乗るガンダム・アスタロトSFは、戦闘を行うべくマイニングハンマーを構えてロザーリオの乗るガンダム・ウヴァルに突撃した。

 

 ☆

 

「……と、言うわけでセブンスターズはギャラルホルンのトップである七つの名家ってことなんだ」

 

 アルジがロザーリオに戦いを挑んでいた頃、シシオは三日月にセブンスターズ等に関する説明をしていた。

 

 厄祭戦が今から三百年以上昔に起こった大戦でその末期にガンダムフレームが開発されたこと。

 

 厄祭戦の英雄「アグニカ・カイエル」と共に厄祭戦の終結に尽力した七人のガンダムフレーム機のパイロット、その末裔がセブンスターズであること。

 

 アグニカ・カイエルと初代のセブンスターズが所属していた組織が現在のギャラルホルンの前身であり、組織がギャラルホルンとなってからはセブンスターズが運営を担当することになったこと。

 

 シシオは自分の知るセブンスターズと厄祭戦に関する知識を出来る限り分かりやすく伝えたつもりなのだが当の本人はというと……。

 

『……ふーん』

 

 と、いった感じで全く関心を示しておらず、今までのシシオの説明もどれだけ理解しているか怪しいかった。

 

「いや、ふーんじゃなくて……。セブンスターズの一角ににらまれるなんて、それこそ命がいくつあって足りないくらい大変なことなんだぞ?」

 

『うん。うん』

 

 いつも通りの三日月の態度に何故か説明していたシシオの方が焦った表情となり、そのシシオの言葉を聞いていたガエリオはガンダム・キマリスのコックピットの中で何度も頷いていた。

 

「というか三日月? お前一体何をしたらセブンスターズに恨まれるようになるんだ?」

 

『そうですね。私も気になります』

 

『何をって……』

 

 シシオとローズに聞かれて三日月はガエリオと初めて出会った時の事を話し出した。

 

 三日月がガエリオと初めて出会ったのは火星で、クーデリアの護衛の仕事を引き受けて宇宙に出る準備中にビスケットの祖母が経営するとうもろこし畑の手伝いをしていた時、ビスケットの妹である双子の姉妹が車に轢かれそうになったのだ。その車に乗っていた二人の男の内一人がガエリオだった。

 

 幸いビスケットの妹達は車に轢かれる事なく無事だったのだが、頭に血が上った三日月はガエリオに暴行を加えてしまう。その時は大きなトラブルにはならなかったのだが、宇宙に出る時に三日月はギャラルホルンの軍人としてシュヴァルベグレイズに乗って現れたガエリオと交戦する事となり、そこから二人の間には因縁のようなものができてしまったのである。

 

「あー……。モビルスーツに乗っての戦闘はともかく、確かにいきなり不意打ちで殺す気のネック・ハンギング・ツリーなんかされたら怒るよな……」

 

『そうですね』

 

『そう?』

 

 三日月の話を聞いたシシオは思わず額に手を当てて言い、ローズもそれに同意する。普通、いくら親しい人が危険な目に遭ったとしても何の躊躇いもなく殺す気の技は仕掛けないだろう。

 

 しかも三日月ならばその時にガエリオがセブンスターズの一員だと知っていても殺す気のネック・ハンギング・ツリーを仕掛けていたという確信がシシオとローズにはあった。

 

 ちなみにそこまで考えたところでシシオは「やっぱ凄えよ。ミカは……」という最近できた知り合いの声が聞こえた気がしたのだが無視する事にした。

 

『そういう事だ。分かったらそこをど「嫌です」な、何だと!?』

 

 自分と三日月の因縁を説明されたガエリオはシシオに退く様に言おうとしたが即座に断られて戸惑ってしまう。しかしシシオはそんなガエリオの戸惑いなど気にする事もなく三日月に話しかける。

 

「すまない、三日月。このセブンスターズはお前のお客さんかもしれないけど、俺に譲ってくれないか?」

 

『別にいいよ。じゃあ俺は昭弘達のほうを手伝ってくるね』

 

「ああ、すまないな」

 

 三日月はシシオの頼みにあっさりと頷くとガンダム・バルバトスを他で戦っている仲間達がいる方へと向かわせた。

 

『なっ!? お、おい! ちょっと待て!』

 

「行かせませんよ。セブンスターズさん」

 

 この場から立ち去ろうとする三日月を追おうとするガエリオだったが、その前にシシオが立ちふさがる。

 

『貴様……! アイン! あのクソガキの足を止めろ!』

 

『りょ、了解で……うわっ!?』

 

『貴方のお相手は私がします』

 

 シシオに行く手を阻まれたガエリオは紫のシュヴァルべグレイズに乗っているパイロット、アインに三日月の足止めを命じるが、アインが三日月に対して威嚇射撃をしようとした時、シュヴァルべグレイズの前にローズのガンダム・ボティスが立ちふさがった。

 

『貴様何のつもりだ!? 貴様に用など無い! 見逃してやるからさっさと失せろ!』

 

「貴方は無くても俺にはあるんです」

 

 ようやく追い詰めたと思った標的に逃げられた怒りから叫ぶガエリオにシシオは口元に笑みを浮かべながら答え、その様子にガエリオは怪訝な表情となる。

 

『……? 俺に用だと?』

 

「ええ。……いきなりですけど俺ってガンダムフレーム機の大ファンなんですよ。それはもう共通するフレームの図面を目隠しで描けたり、名前の元ネタとなったソロモン七十二の悪魔の名前や順列、伝承を暗記するくらい大好きなんです」

 

『は?』

 

 突然戦いとは関係ない話をされてガエリオは訳が分からないといった顔となるがシシオは構う事なく話を続ける。

 

「だから乗り手がいないガンダムフレーム機を見つけたらなんとしても手に入れたいと思うんですけど、貴方のような乗り手がいるガンダムフレーム機を見つけた時は一回手合わせをしてほしいと考えてしまうんです」

 

『ガンダムフレーム機同士で手合わせだと? そんな事をしてどうするんだ?』

 

 ガエリオの質問に口元に笑みを浮かべていたシシオは笑みを深め、まるで獲物を見つけた肉食獣のような笑顔となって答える。

 

 

「勿論勝って俺のガンダム・オリアスこそが七十二のガンダムフレーム機で最強であることを証明するためです」

 

 

 シシオ・セトは先程自分が言った通りガンダムフレーム機の大ファンだが、その中で最も彼が愛着を懐いているのはやはり乗機であるガンダム・オリアスである。

 

 子供の頃に出会い、今日まで苦楽を共にしてきたもはや半身とも言えるガンダム・オリアス。シシオはもしこの青のガンダムに出会わなければ、自分は機械の知識と技術はあるもののそれを活かそうとする意志や目標を持たないただのジャンク屋で終わっていたと思う。

 

 だからこそシシオは自分に「もっとガンダム・オリアスを巧く乗りこなしたい」、「他のガンダムフレーム機を手に入れたい」といった目標をくれたガンダム・オリアスに感謝して恩を返したいと思っていた。

 

 厄祭戦時代では操縦システムの問題により「欠陥機」の烙印を押されたガンダム・オリアスに「最強」の称号を捧げること。

 

 それがシシオなりのガンダム・オリアスへの恩返しであり、その為ならば目の前のセブンスターズに戦いを挑む事にも一切の躊躇いを感じなかった。

 

「厄祭戦を終結させた伝説のガンダムフレーム機の一機、ガンダム・キマリス……相手にとって不足はない! 行くぞ! ガンダム・オリアス!」

 

 シシオは挑戦の意志を声に出して叫ぶとコックピットの機器を操作し、ガンダム・オリアスは右手のライフルをガンダム・キマリスに向けた。



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#33

 ガンダム・オリアスのライフルから銃弾が発射される。発射された銃弾はガンダム・キマリスの頭部に命中し、それによってガンダム・キマリスのコックピットに衝撃が走りモニターにノイズが発生した。

 

『チィッ!』

 

「……ふぅん。そうか」

 

 ガエリオは小さく舌打ちするとガンダム・キマリスを上空に飛ばしてライフルの射撃を避け、シシオはその動きを見て何かに気づいたように呟いた。

 

『特務三佐! くっ!』

 

『行かせません、と言ったはずですが?』

 

 ガエリオの元に駆けつけようとするアインであったが、彼の前に再びローズのガンダム・ボティスが立ち塞がる。シシオはそんな二人の様子を横目で見てローズに通信を入れた。

 

「ローズ。相手は慣れていない機体に乗っているみたいだけど油断だけはするなよ」

 

『はい。承知しました、シシオ様』

 

『待て。それはどういう意味だ?』

 

 シシオがローズに忠告をすると、ボティスの通信機を経由してそれを聞いたアインが聞いてきた。シシオは上空にいるガンダム・キマリスが攻撃してくる様子がないのを確認してからアインの質問に答えることにした。

 

「どういう意味も何も、それは貴方が一番理解しているだろう? その機体は元々別の人が使っていたもので、貴方はまだ機体のクセの調整や機体に慣れるための慣らし運転もろくにしていない。違います?」

 

『………っ!?』

 

 シシオの指摘にアインは思わず言葉をつまらせた。

 

 今シシオが言ったことは全て事実であった。アインが乗っているシュヴァルベグレイズは元々ガエリオが乗っていたもので、ガエリオがガンダム・キマリスに乗りかえる時に譲り受けたのである。

 

『何故それを知っている……?』

 

「何故ってそんなの見たら分かるでしょ?」

 

 アインの呟きにシシオは何でもないように答えると、モニターに映るシュヴァルベグレイズの右腕、そこに装備されているライフルを内蔵した専用ランスを指差して説明をする。

 

「まずそのランス。さっき三日月の足止めを命令された時、貴方はランスによる突撃じゃなくてライフルによる威嚇射撃を行おうとした。もし貴方がその機体に慣れていたらランスによる突撃をしていたはずだ。シュヴァルベグレイズの加速力なら十分ガンダム・バルバトスに追い付けるし、効果が薄いライフルの射撃よりも効果がありますからね。

 次にローズに行動を邪魔された時の急停止の動作。姿勢制御の為のスラスターの作動と手足の動作が必要以上に多かった。そういうクセがあるパイロットもいるけど、貴方のは明らかに機体の動作を把握しきれていない無駄のある動き。

 その事から貴方はその機体に慣れていないと思ったんですけど、どうです?」

 

『『………!?』』

 

 ほんの僅かな動作から多くの情報を得たシシオの分析にアインとガエリオは驚愕の表情となって言葉を失った。

 

『……おい、貴様。お前は一体何者だ?』

 

 まるで得体の知れない何かに見るような目で見てくるガエリオの言葉に、シシオは笑みを浮かべて答える。

 

「ふっ……。よくぞ聞いてくれたな。俺はガンダムに心を奪われた圏外圏一のトレ『ジャンク屋』ター、シシオ・セト……って!? おい、ローズ!? 邪魔するなよ!」

 

 ガエリオに聞かれてシシオは勇ましく(本人なりに)名乗りを上げようとしたが、肝心なところローズに邪魔をされて抗議の声を上げる。

 

『ジャンク屋だと……?』

 

「トレジャーハンター! トレジャーハンターですから!」

 

 信じられないといった表情で言うガエリオにシシオは必死で訂正をする。しかしガエリオは全く聞いておらず、プライドを傷つけられたという声で叫ぶ。

 

『ガラクタ漁りしか能のない下賎な奴が俺の邪魔をするなぁ!』

 

「職業差別するなよ! それに俺はトレジャーハンターだって言ってるだろ!」

 

 ガエリオの叫びと共に突撃してくるガンダム・キマリスは槍をシシオは怒鳴り返しながら避けると、その無防備な背中にライフルの銃弾を浴びせた。

 

『ぐぅっ! だがまだだ!』

 

「そうだろうね。むしろその程度で倒れてもらったら困るんだよ!」

 

 銃弾を受けながらも闘志が衰えていないガエリオの言葉にシシオは嬉しそうな笑みを浮かべて言うと、ガンダム・オリアスの脚部を変形させて高速機動形態にとなる。人の二本足から馬の四本足となった脚部にある各スラスターが一斉に推進剤を噴出し、それによって加速を得たガンダム・オリアスはほんの数秒でガンダム・キマリスとの距離を詰めた。

 

『なっ!? 速い!』

 

「ガンダムに乗っているならがっかりさせないでくれよ? セブンスターズさん!」

 

『がっ!?』

 

 ガンダム・オリアスの加速に驚くガエリオにシシオは楽しげに言うと、そのまま盾を使った体当たりを仕掛けてガンダム・キマリスを吹き飛ばした。

 

『き、貴様ぁ!』

 

 ガエリオはすぐにガンダム・キマリスの体勢を立て直すと反撃に移る。

 

 ランスによる突撃攻撃、ランスに内蔵されたライフル、そして肩のアーマーに仕込まれた円盤状の刃を射出する射撃兵器。

 

 ガンダム・キマリスは自分の持つ全ての武器を使って攻撃を仕掛けるが、ガンダム・オリアスはそれら全てを危なげなく避けて逆にカウンター気味にライフルによる射撃と盾を使った体当たりを決めてガンダム・キマリスにダメージを与えていく。

 

(ガンダムフレーム機本来の動きが出せていないな……。でもパイロットはマトモな身体至上主義のギャラルホルンの軍人で阿頼耶識を使っていないだろうし仕方がないか。それに武装の特性もしっかり理解して使っているし、少なくとも前戦ったクダルよりはずっと強いな)

 

 シシオは以前自分が殺した今は昭弘が乗っているグシオンの前のパイロット、クダルの事を思い出しながらガンダム・キマリスの分析を続ける。

 

(だけど動きが妙に固い。特に俺が裏をかくような動きをすると二回目三回目はともかく一回目は確実にひっかかる。多分ガンダム・キマリスのパイロットはとても素直な性格なんだけど視野が狭いんだろうな。だから物事の対応力は高い筈なのに、自分の見たものしか信じられなくて予想外の対応が遅れている)

 

 一流のパイロットは相手の機体の動きからそのパイロットの性格を感じとることができるという。

 

 しかしシシオはそれ以上の観察眼を持ってかなり正確にガンダム・キマリスのパイロットであるガエリオの性格を分析して採点を下した。

 

(視野の狭さは戦場で致命的なミスを犯す原因となる……。それを考えたら七十点といったところかな?)

 

『はぁ……! はぁ……! くそっ、ちょこまかと……まさかお前も宇宙ネズミか? 汚らわしい!』

 

 シシオがガエリオの採点を終えた時、丁度本人からの通信が入ってきた。その声は荒く、随分と体力気力共に消耗しているようであった。

 

 これまで鉄華団との戦いの経験によりガエリオの中では「奇妙な動きをするモビルスーツはパイロット=宇宙ネズミ(阿頼耶識使い)」という考えができあがっていて、複雑な動きで攻撃を避けているシシオをガエリオは阿頼耶識使いだと判断して叫んだのだが、その叫びは本人によって即座に否定された。

 

「いやいや、俺は阿頼耶識使いじゃないですよ?」

 

『な、何!?』

 

「俺に攻撃を当てられないのは単に戦闘経験とセンスの差ですね」

 

『何だと!? この俺がお前より未熟だというのか!?』

 

 シシオの言葉にガエリオが怒声を上げる。

 

 本当はガンダム・オリアスの操縦システムもガエリオを圧倒している理由の一つなのだが、それを敵に教えるつもりはシシオにはなかった。

 

『貴様俺を虚仮にするのもいい加減に……!』

 

『うわあああっ!?』

 

 ガエリオがシシオに向けて更に怒声を上げようとしたその時、ガンダム・キマリスとガンダム・オリアスのコックピットに通信機越しに男の悲鳴が聞こえてきた。

 

『っ! アイン!?』

 

「ローズか」

 

 ガエリオとシシオが同じ方向に視線を向けると、そこには四肢を切断されて背中のブースターも破壊されたシュヴァルベグレイズと、両手に剣を持った無傷のガンダム・ボティスの姿があった。

 

『う、ぐ……! 特務三佐から譲り受けたグレイズが……!』

 

『中々に足の速い機体でしたけどようやく止まりましたね』

 

 悔しげなアインの声と淡々としたローズの声が通信機から聞こえてくる。

 

 シシオとガエリオが戦っている間、ローズとアインも戦っていたのだが、ローズとアインではパイロットの技量に大きな差があった。アインはシュヴァルベグレイズのスピードを活かした戦いをして何とか善戦していたのだが、ついにはガンダム・ボティスの剣によって四肢とブースターを切断されてしまったのだ。

 

『それでは終わりにしましょう。……さようなら』

 

『アイン!』

 

 ガンダム・ボティスがもはや戦闘不能のシュヴァルベグレイズに止めを差すべく右手に持つ対艦バスターソードを振り上げ、それを見たガエリオが部下を救う為にガンダム・キマリスを走らせる。

 

 しかし今からガエリオが間に合うはずもなくガンダム・ボティスはシュヴァルベグレイズに向けて対艦バスターソードを振り下ろした。その場にいる全員、当人であるアインでさえもシュヴァルベグレイズがパイロットもろとも真っ二つにされると思った。

 

 だがその予想は全く予想もしなかった形で覆される事となる。

 

『……………え?』

 

 ローズは目の前の光景に思わず呆けた声を漏らした。

 

 ガンダム・ボティスのコックピットのモニターには二機のモビルスーツの姿が映っていた。一機はアインが乗るシュヴァルベグレイズであるが、もう一機のモビルスーツは見たことがなかった。

 

 白と黒のカラーリングで、ここにいる三機のガンダムフレーム機とどこか似た外見をしているモビルスーツ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その白と黒のモビルスーツは高速で現れるとガンダム・ボティスとシュヴァルベグレイズの間に飛び込み、右手に持つ大斧でガンダム・ボティスの対艦バスターソードを受け止め、今まさに殺されようとしていたアインを救ったのだった。

 

『あの機体……まさかアイツなのか?』

 

「おいおい……。ガンダム・キマリスを見たときも驚いたけど、これにもビックリしたよ。いやぁ、本当にビックリしたなぁ……♪」

 

 突然の乱入者に驚いたのはローズだけでなく、ガエリオは白と黒のモビルスーツの姿を見て呟き、シシオはガンダム・オリアスのデータベースがエイハブリアクターの周波数から導き出した白と黒のモビルスーツの機体名を見て口元を歓喜で歪めた。

 

 ASW-G-57「ガンダム・オセ」。

 

 それがあの白と黒のモビルスーツの名。

 

 新たなるガンダムフレーム機に出現にシシオは内心で喜び、感動しながらもある疑問を懐いた。

 

「ガンダム・オセ。『セブンスターズ筆頭イシュー家のガンダムフレーム機』が何でこんな所に現れたんだ?」



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#34

 新たなガンダムフレーム機、ガンダム・オセの登場に喜んでいたシシオであったが、ひとしきり喜ぶと気持ちを切り替えて真剣な表情となりモニターに映るガンダム・オセを見た。

 

「それにしてもあのガンダム・オセのパイロット、ローズの剣を受け止めるなんてかなりの腕だな……。見たところ『本調子』じゃなさそうだけど……って! マズイ!」

 

 ガンダム・オセの戦力を分析していたシシオは、敵の動きの予兆を感じとると血相を変えてコックピットの機器を操作して、それと同時にガンダム・ボティスと鍔迫り合いをしていたガンダム・オセは次の行動に移った。

 

「………!」

 

『くっ!』

 

 ガンダム・オセは大斧の柄を両手で持って振り抜いてガンダム・ボティスの大剣を弾くと、続けてガンダム・ボティスの胴体に右膝を叩き込もうとする。

 

 普通に考えれば今のガンダム・オセの攻撃はコックピットへの直撃さえ避ければそれほど大したことはない。

 

 しかしシシオは一目見てガンダム・オセの右膝の装甲に何かの武装が隠されているのを見抜き、右膝蹴りが決まるとローズとガンダム・ボティスが大きな傷を負う可能性を感じたのだった。

 

(間に合ってくれよ……!)

 

 シシオは祈るような気持ちでレバーの引き金を引く。するとガンダム・オリアスの背部にある二門のキャノンから砲弾が放たれた。

 

「!? ………!」

 

 ガンダム・オリアスのキャノンから砲弾が放たれた瞬間、ガンダム・オセはガンダム・ボティスから大きく離れてそれを避ける。

 

「あのタイミングで外すか? なんて反応速度だよ……て、オイオイ……」

 

 砲撃を避けられたシシオは相手の反応速度に苦笑を浮かべるが、ガンダム・オセの右膝から先程までなかった螺旋状の溝が刻まれている杭、ドリルが生えているのを見ると苦笑を口元をひきつらせる。もしシシオがキャノンを撃たずガンダム・オセの右膝蹴りが決まっていたら、ローズの乗るガンダム・ボティスは今頃致命的なダメージを受けていただろう。

 

『し、シシオ様、ありがとうございます……』

 

 ガンダム・オセの右膝にあるドリルを見て、ローズも自分が危機的な状況にあったのを理解したのだろう。シシオに礼を言う彼女の声は僅かに動揺して震えていた。

 

「気にするなよ、ローズ。……しかしあのガンダム・オセのパイロット、今のを避けるだなんてやっぱりいい腕をしてるじゃないか」

 

 ローズに返事をしたシシオは、自分では動けないシュヴァルベグレイズの機体を引っ張ってガンダム・キマリスと合流するガンダム・オセを見ながら呟いた。

 

 先程のガンダム・オリアスの砲撃のタイミングは完璧だった。普通のパイロットであれば回避どころか認識すら間に合わず、大破とまでいかなくても大きな損傷は免れなかっただろう。

 

 それを避けられた事に対してシシオは悔しいとは思わなかった。寧ろ今懐いた感情は悔しいとは逆のもの。

 

「ははっ! いいね! やっぱりガンダムはそうでないとね!」

 

 シシオが懐いた感情は歓喜。

 

 目の前にいるガンダム・オセのパイロットが、自分の憧れであるガンダムフレーム機に乗るに相応しい力量を持っている事がシシオは嬉しかった。

 

「さあ、仕切り直しといこうか! ローズ、行くぞ!」

 

『はい。シシオ様』

 

 肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべたシシオはローズと共に、ガンダム・キマリスとガンダム・オセに戦いを挑むのだった。

 

 ☆

 

『おおおっ!』

 

「おっと、危ねぇっ!」

 

 ロザーリオの気合いの声に応じてガンダム・ウヴァルがマイニングハンマーを振り下ろすが、それをアルジが紙一重で避ける。

 

「へへっ……。お前の動き、大体分かってきたぜ」

 

『ぐうっ!』

 

 口元に笑みを浮かべたアルジの言葉にロザーリオが苦々しい顔となって歯噛みする。

 

 アルジの言う通り彼とロザーリオの戦いは、最初こそ戦いの年季が上のロザーリオが優勢であったが、シシオから敵の武装や戦い方を事前に知らされた事もあって徐々にアルジが巻き返していったのだった。勿論巻き返したのは相手の手の内を知っていただけでなく、シシオや鉄華団の面々との訓練でアルジの技量が上がっていた事もある。

 

 見ればアルジの乗るガンダム・アスタロトSFは全身のいたるところに損傷を受けているがそれでも動きに余裕があり、ガンダム・ウヴァルもまた全身の装甲に損傷を受けていた。

 

『本来の歴史』であれば絶体絶命の窮地に追いつめられて自爆一歩手前の奇襲でようやく勝利をつかんだアルジであったが、この『歪んだ歴史』では自分の命を賭け金にする戦い方をする事なく勝利へと手を伸ばそうとしていた。

 

『くらえっ!』

 

「当たるかよ!」

 

 ガンダム・ウヴァルが右肩にあるスパイクシールドを前面に出して体当たりを仕掛けるが、ガンダム・アスタロトSFはそれを難なく避けてみせる。

 

「体当たりが得意なのはお前だけじゃないんだよ!」

 

 アルジがそう叫ぶとガンダム・アスタロトSFの両肩にあるシールドウィングが展開。それと同時に背後のブースターの出力を最大にしてガンダム・ウヴァルに向けて突撃する。

 

 展開されたシールドウィングの翼は高硬度の刃でもある。ガンダム・アスタロトSFはガンダム・ウヴァルの横をすり抜けると同時にシールドウィングの翼を敵の左腕に当てる。その結果……。

 

『何ぃ!?』

 

 ガンダム・ウヴァルの左腕が斬り飛ばされる。しかも斬り飛ばされた左腕は主武装であるマイニングハンマーが握られていて、これで敵の戦闘力は半減、いやそれ以上に下がる事になった。

 

『勝負あり、だな。降参しな、ロザーリオ。アルジとの決闘だけじゃなくこのケンカ、お前の負けだよ』

 

 ガンダム・ウヴァルの左腕が斬り飛ばされたのを見てジャンマルコがロザーリオに通信を入れる。

 

 ジャンマルコの言う通り、この戦いは決着が付きつつあった。ロザーリオの乗るガンダム・ウヴァルはもうマトモに戦える状態でない上に、ロザーリオの部下やギャラルホルンのモビルスーツ部隊は三日月と昭弘によってほとんど倒されていた。

 

 もはや自分に勝ち目がないのはロザーリオにも分かっているのだが、敗北を認めればその先には身の破滅しかない為、それを認める事は出来なかった。

 

『ぐうう……! ま、まだだ! まだ私は……っ!? これは?』

 

 苦しげな表情を浮かべながらロザーリオが口を開いたその時、ガンダム・ウヴァルのセンサーがある反応を捉えた。それは十数機ものシュヴァルべグレイズとグレイズによるギャラルホルンのモビルスーツ部隊であった。

 

「ギャラルホルン!?」

 

『おいおい、新手かよ』

 

 新しく現れたギャラルホルンの部隊を見てアルジとジャンマルコは武器を構えるのだが、十数機のシュヴァルべグレイズとグレイズはアルジとジャンマルコには目もくれず、ロザーリオの乗るガンダム・ウヴァルを取り囲む。

 

「……何?」

 

『こりゃあ一体どうなっているんだ?』

 

『な、何だと!? 何故私を!?』

 

 予想だにしなかったギャラルホルンの部隊の行動にアルジにジャンマルコ、ロザーリオが疑問の声を上げる。特に味方の援軍だと思っていたモビルスーツ部隊に取り囲まれたロザーリオは酷く狼狽えていた。

 

 しかし一機のシュヴァルべグレイズに乗るギャラルホルンのモビルスーツ部隊の隊長は、そんなロザーリオの狼狽振りなど気にすることなく機械のような冷たく固い口調で通信を入れる。

 

『ロザーリオ・レオーネ。我々ギャラルホルンは、貴様をドルトコロニーの労働者達に武装蜂起するように煽動した民衆煽動罪の主謀者として拘束する』

 

『な、何だとぉ!? き、貴様! それは一体どう言うことだ!?』

 

 モビルスーツ部隊の隊長からの通信の内容にロザーリオが悲鳴のような大声を上げるが、モビルスーツ部隊の隊長はそれに耳を貸すことなくまるで「用意された台本の台詞を読み上げているかのように」淡々と言葉を続ける。

 

『ロザーリオ・レオーネ。今すぐに投降せよ。投降しない場合、我々はすぐに貴様に攻撃を仕掛ける』

 

「ちょっと待てよ、何だよそれ……」

 

『ふん。これがギャラルホルンのやり方か』

 

 モビルスーツ部隊の隊長のあまりに一方的な態度にアルジが面食らい、ジャンマルコが表情を嫌悪で歪めて鼻を鳴らす。

 

『待てと言っている! この件には貴様らギャラルホルンの……!』

 

『ロザーリオ・レオーネは我々の投降勧告を無視。徹底抗戦をする模様。全機攻撃準備』

 

『『了解』』

 

 ロザーリオの叫びをモビルスーツ部隊の隊長の言葉が遮り、同時に全てのシュヴァルベグレイズとグレイズがハンドアックスを構える。

 

『………!? ギャラルホルン、私を切り捨てると……』

 

『攻撃開始』

 

 モビルスーツ部隊の隊長の命令で十数機ものシュヴァルベグレイズとグレイズが一斉にガンダム・ウヴァルに襲い掛かる。しかし呆然としていたロザーリオはそれに反応できず、ガンダム・ウヴァルは全身に、特に胴体にハンドアックスの刃を受けてしまう。

 

『ご、が……! ば、馬鹿な……』

 

 シュヴァルべグレイズとグレイズの攻撃によりコックピットが変形して身体を押し潰されたロザーリオはそれだけを言い残して無念の表情で事切れた。

 

『味方に裏切られて死ぬ、か……。ダディ・テッドを裏切ったお前には相応しい最後だな、ロザーリオ』

 

「これがギャラルホルンのやり方かよ。無茶苦茶すぎるだろ……」

 

 ロザーリオの最後を目にしてジャンマルコはどこか寂しそうな声で呟き、アルジはギャラルホルンの強引すぎるやり方に怒りを通り越して呆れた表情となるのであった。



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#35

 今回の騒動は元々、月外縁軌道を管轄するギャラルホルン統制局最大規模の艦隊「アリアンロッド」が企んだ陰謀であった。

 

 ドルトコロニーは国ではなく地球にある一つの巨大企業の所有物であり、その運営は企業の経営陣が行ってきていたのだが、経営陣は労働者達に長い間不利な雇用条件等を押し付けていて経営陣と労働者達の間には軋轢が積もっていた。

 

 アリアンロッドはその経営陣と労働者達の間にある軋轢に目をつけ、あえて経営陣と労働者達の軋轢を更に悪化するように裏工作を行い、労働者達に暴動を起こさせた。そしてそれをアリアンロッドが鎮圧することによって、反乱の芽を早めに摘み取ると同時に世間にギャラルホルンの存在をアピールし、最後に経験が浅い隊員に実戦経験を積ませることができるという予定であったのだ。

 

 ロザーリオはドルトコロニーの経営陣と労働者達の軋轢を悪化させる裏工作と、暴動で労働者達に使わせる武器の調達をアリアンロッドから秘密裏に依頼されていた。ロザーリオがこの依頼を受けたのはギャラルホルンとのコネクションを作る他に、この計画が成功すれば一時的にドルトコロニーの生産力が落ちて、自然とタントテンポの本拠地であるアヴァランチコロニーに資金や人材が流れてくる事を期待してのことだったらしい。

 

 裏工作の甲斐もあってドルトコロニーの労働者達の不満は爆発寸前まで高まり、それを確認したロザーリオは武器の出所が分からないように火星の武器商人のノブリス・ゴルドンを通じて労働者達に使わせる武器を調達。この時にロザーリオはノブリス・ゴルドンからダディ・テッド達が武器をドルトコロニーに運ぶ鉄華団と行動を共にしているという情報を受ける。

 

 ノブリス・ゴルドンからの情報を聞いたロザーリオは、アリアンロッドの計画を利用してダディ・テッドを確実に抹殺することを考える。

 

 ロザーリオの考えとはドルトコロニーの労働者達に反乱用の武器を届けた罪を全てダディ・テッドに負わせること。そうすれば自分の手下がダディ・テッド達を倒せなくてもギャラルホルンが倒してくれるだろうし、万が一それらから逃げられても、ダディ・テッドを味方する者はいなくなるだろう。

 

 実際ロザーリオの考えが実行されればダディ・テッド達は打つ手はなかっただろう。しかしロザーリオには大きな誤算があった。

 

 誤算とはダディ・テッドが以前からアリアンロッドの計画を察知していて、ジャンマルコが計画の仔細な情報を調べあげていたこと。元々アリアンロッドの計画をよく思っていなかったダディ・テッドとジャンマルコは、この計画にロザーリオが関わっていることを知ると、ロザーリオを追い詰めることも兼ねてこの計画を阻止する事にしたのだ。

 

 まずジャンマルコを初めとした数人がモビルスーツでロザーリオの宇宙船に攻め込み、ロザーリオとアリアンロッドの目をジャンマルコ達に引き付ける。

 

 その隙にタービンズがダディ・テッドやクーデリアを連れてドルトコロニーにと潜入。潜入後は事前に連絡を取っていた労働者達の代表者やマスコミと共に経営陣がいる会社へと押し掛ける。

 

 ……ちなみにこの時、労働者達の代表者がビスケットの古い知り合いで、更に会社へと押し掛けたとき出迎えに応じた社員がビスケットの実の兄だと分かってちょっとした騒ぎになったのだが、それは別の話。

 

 会社へと押し掛けたダディ・テッドとクーデリアは、今まさに起ころうとしていた暴動がアリアンロッドの仕組んだ陰謀であったことを説明。労働者達の代表者も今回の暴動の為に武器を手に入れた時の情報を提示し、連れてこられてきたマスコミはそれらをドルトコロニーだけでなく、自分達が放送できる全ての宙域のコロニーへとリアルタイムで放送した。

 

 この放送に対してアリアンロッド司令官ラスタル・エリオンは「今回の騒動は主導者であるロザーリオ・レオーネに唆された一部のアリアンロッドの暴走である」と発表。誰が聞いてもあまりに苦しい答えだが、ラスタル・エリオンはそれが真実であると証明する為に主導者であるロザーリオと彼に与したアリアンロッドの隊員達を直ぐ様処断してみせた。

 

 こうして労働者達の暴動は未然に阻止され、経営陣と労働者達はダディ・テッドとクーデリアの立ち会いの元で今後の雇用条件等を見直す為の交渉のテーブルに着いたのであった。

 

 ☆

 

「危険な仕事を押し付けてすまなかったな、オルガ。そっちは大丈夫だったか?」

 

 タービンズの宇宙船ハンマーヘッドの応接室で名瀬はソファーに座って自分の向かい側に座るオルガに労いの言葉をかける。

 

 今回の戦いでオルガ達はジャンマルコ達が鉄華団の宇宙船イサリビに乗って、戦っていたのとは別の宙域でアリアンロッドの目を引き付ける囮をしていた。

 

「いえ、気にしないでください兄貴。俺達は逃げ回ってばっかりだったからそんなに大きな被害もでていません。……しかし俺達が運んでいた荷物がまさかあんなものだったなんて思いませんでした」

 

 オルガは名瀬に返事をした後でそう呟いた。

 

 オルガ達鉄華団がドルトコロニーに運んだ暴動用の武器は、歳星を出る直前に「ドルトコロニーに資源を送ってほしい」という名目の依頼で急遽渡されたものであった。

 

 もしも何も知らないまま武器をドルトコロニーの労働者達に渡していたら、今頃はドルトコロニーで暴動が起こって鉄華団もそれに巻き込まれていただろう。そう考えたオルガの額に一筋の冷や汗が流れた。

 

「確かにな。だけどもう終わったことだし、親父もダディ・テッドも暴動なんて起こさせる気なんてなかったんだから安心しろよ。だから親父はシシオ達を俺達に同行させたんだろ」

 

 名瀬はオルガに安心させようと笑いかけながらここにはいない人物の名前を口にする。

 

 今回の騒動でのシシオの働きは非常に大きなものだった。

 

 ドルトコロニーの暴動を未然に防ぎロザーリオを追い詰める為にまずするべきことは、内通者を見つけ出してこちらの情報の漏洩を防ぐこと。マクマードもダディ・テッドは最初からフミタンが怪しいと気づいていたのだが、問い詰めるにしても証拠が無い上にフミタン以外にもこちらを監視している者がいる可能性を否定でできない。

 

 そこでマクマードはシシオとローズを雇って鉄華団と同行させて、シシオは約百万キロメートル間隔で配置された自立型の宇宙灯台「コクーン」によってエイハブ・ウェーブの影響下で惑星間航行や長距離通信を可能にする管制システム「アリアドネ」にハッキングし、イサリビを初めとする鉄華団らの宇宙船から発せられる暗号通信を解析してフミタンがロザーリオに荷担している内通者であることを突き止めたのである。

 

 ……ちなみにアリアドネにハッキングとか暗号通信の解析とかは普通であれば到底できることではないのだが、シシオが機械に関しては頭がおかしいくらいの働きをするのは今さらだろう。

 

「シシオですか……」

 

 シシオの名前を聞いてオルガは何かを考えるような表情となる。

 

「ん? どうした、シシオと何かあったのか?」

 

「いえ……。考えてみれば俺達、兄貴だけでなくシシオにも色々世話になっているなと思いまして……」

 

 名瀬の質問にオルガは、これまでの間にシシオとローズのお陰で色々と助かった時のことを思い出しながら答える。

 

「何か、シシオとローズに礼を出来ないかと思うんですけど、何をしたら礼になるのか……」

 

 ローズはともかくとしてシシオが好きなものと言えばやはりガンダム。鉄華団が保有しているガンダムフレーム機のガンダム・バルバトスとガンダム・グシオンを渡せばシシオも喜ぶだろうが、あの二機は鉄華団のこれからを考えたら必要不可欠であるし、元々ガンダム・グシオンは昭弘がシシオに無理を言って譲り受けたものだ。

 

 そんな風に頭を悩ませるオルガを見て名瀬が静かに口を開いた。

 

「……ふむ。なぁ、オルガ。それだったらいっそのこと、シシオとローズを鉄華団にスカウトしてみたらどうだ?」

 

「えっ!?」

 

 オルガも今の名瀬の言葉には流石に驚いて彼の顔を見た。

 

「ま、待ってください、兄貴。何でシシオ達を鉄華団にスカウトすることが礼になるんですか? いや、そもそもシシオ達って兄貴や親父にあのタントテンポだってスカウトしようとしてるんでしょう? そんなあいつらが鉄華団に来るとは思えません」

 

 オルガの言っている事は正論である。彼も自分達の鉄華団を卑下するつもりはないが、それでもテイワズにタービンズ、タントテンポとは比べものにならない程の弱小であるのは事実であり、これらの大組織のスカウトをこれまで断り続けてきたシシオ達が鉄華団のスカウトを受けるとはとても思えなかった。

 

「まあ、普通に考えたらそうだわな……。だけど俺はお前達ならいい返事をもらえると思うんだ。……何しろあいつらはある意味お前達と『同じ』だからな」

 

「俺達と、同じ……」

 

 何を言われたか分からないといった表情のオルガに名瀬は頷いて見せた。

 

「ああ、そうさ。ローズの嬢ちゃんはお前達も聞いているかも知れないが親に売られた元ヒューマンデブリ。そしてシシオも親に見捨てられたガキなのさ」

 

「シシオが……親に見捨てられた?」

 

 名瀬の言葉にオルガはますます訳が分からないといった表情となる。

 

 オルガはシシオには父親だけだが肉親がいて、独立した今もたまにだが連絡を取っていると聞いていた。そしてオルガにはその父親が一流のパイロットであり技術者のシシオを手放す理由が思い付かなかった。

 

「訳が分からないって顔だな」

 

 頭の上に疑問詞を浮かべているオルガに名瀬は苦笑しながら事情を説明した。

 

「一言で言えばシシオは優秀過ぎたのさ。それこそ父親が恐れるくらいにな。通常の文字と同時にプログラム言語を理解して、三輪車に乗るより先にモビルワーカーを乗りこなし、五歳にはモビルスーツで宇宙海賊を一人返り討ちにした……等々、他にも冗談みたいな過去話がいくつかあるが全てマジだ。そりゃあ、普通の人間からしたら頼もしいと思うより先に怖いと思うのが普通だろ?」

 

「た、確かに……」

 

 名瀬に言われてオルガはシシオの異常さを再認識すると同時に、父親に見捨てられたという理由を大体理解した。

 

「更に言えば強すぎる力や才能ってのは厄介事を引き付けやすい。前にシシオがローズの嬢ちゃんを引き取った話をしたよな? あの時シシオは今はもう別としてテイワズ傘下の組織ともめていたんだぜ?

 自分の理解を遥かに越える才能を持って洒落にならない程の厄介事を引き付けるシシオを、奴の父親は恐怖の目で見るようになった。俺が父親に見捨てられたと言ったのはそういうことさ。

 実際、今でこそシシオと父親の仲は普通だが、あいつがローズの嬢ちゃんと一緒に独立するまではギクシャクした関係だったらしいぜ?」

 

 ここまでの話を聞いてオルガは完全に理解した。

 

 つまりシシオ・セトはオルガ達鉄華団の面々と同じ「孤児」であるということ。

 

 オルガ達鉄華団の面々が何の力もなくて親に邪魔者扱いされた孤児ならば、シシオは逆に力がありすぎたせいで親に恐怖の対象とされた孤児。

 

 シシオは良くも悪くもガンダム以外の欲を持っておらず、父親を害しようとする悪意など持つはずがない。シシオはただ家族の役に立ちたかっただけで、その為だけに自分の才能を振るったのだ。

 

 その結果が実の父親に恐怖の目で見られて見捨てられるとは皮肉としか言いようがなかった。

 

「あいつ……!」

 

 ここまでの話を聞いたオルガは胸を締め付けられるような思いとなり、気がつけば唇を噛み締めて俯いていた。

 

「俺が見たところ、シシオは心のどっかで『家族』を求めている。実際似たような環境の俺達がスカウトする度にあいつ、かなり真剣に考えていたしな。だからオルガ、お前がシシオ達を鉄華団に誘って『家族』って居場所を与えてやることが出来たら、それが礼になるんじゃねぇか?」

 

「………考えてみます」

 

 名瀬からの言葉にオルガはそう返すことしかできなかった。

 

 ☆

 

 話し合いが終わり、オルガがイサリビに戻った後、名瀬は一人でハンマーヘッドの通信室にいた。通信室のモニターには歳星にいるマクマードの姿が映っており、モニターの中のマクマードは名瀬からの報告を聞いて満足そうに頷いていた。

 

『そうか。鉄華団もシシオをスカウトするようになったか』

 

 報告を聞いたマクマードが関心を持つのは、ドルトコロニーの暴動を未然に阻止できたことでもロザーリオを追い詰めた事でもなく、鉄華団もシシオ達のスカウトに乗り出した事のみであった。

 

 先程のオルガとの会話で名瀬がシシオ達のスカウトを提案したのは、自分の正直な気持ちも含まれてあるがマクマードからの指示であったのだ。

 

「ええ。しかしいいんですかい? もしシシオが親父のスカウトを蹴ってオルガ達の所に行っちまったら、親父のメンツが立たないんじゃ?」

 

 名瀬の言葉にマクマードは鼻を鳴らす。

 

『ふん。そんなのは屁でもねぇよ。シシオがお前達タービンズの所に行こうが鉄華団に行こうが、要は俺の手の届く範囲に収まればそれでいいんだよ』

 

「……随分とシシオに拘りますね? 確かにシシオは一流のパイロットで技術者ですけど、テイワズのトップである親父がそこまで求める程なんですか?」

 

 シシオに対して尋常ではない執着を垣間見せるマクマードに名瀬がそう言うと、モニターの中にテイワズのトップは首を振る。

 

『名瀬よぉ……。お前は何も分かっちゃいねぇ。一流のパイロットで技術者? シシオはそんな言葉で収まる奴じゃねえよ。あいつは正真正銘の「悪魔」さ』

 

「……親父。シシオの一体何を知っているんだ?」

 

 マクマードの言葉から「何か」を感じ取った名瀬が聞くと、マクマードはモニター越しですら威圧感を感じる真剣な表情となって口を開いた。

 

『……これは、お前を信用しているからこそ話す事だ。他の奴には、例えお前の女達にも漏らすんじゃねぇぞ』

 

 マクマードの目は「約束を違えればお前でも消す」と明確に語っていて、名瀬はその眼光に一瞬怯んだがすぐに持ち直して頷いてみせた。

 

『そうか。じゃあ教えてやる』

 

 そう言ってマクマードはシシオの「秘密」を口にしてそれを聞いた名瀬は驚きのあまり目と口を限界まで開いて絶句した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シシオはエイハブリアクターを一から作る事が出来るんだよ』



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