響け!オーボエカップル (てこの原理こそ最強)
しおりを挟む

第1話

 もう寒さはほとんど感じず逆に暖かさを存分に感じる今日この頃。頭上には桜が咲き乱れ風に花びらを乗せている。天候は晴れ。絶好の登校日より

 

 オレは堺 春希(さかい はるき)。今年から高校2年生。吹奏楽部所属。今日は久々の登校だ。なんでかって?まぁ1年のときに少しやらかしまして…はははは…えっ理由!それは…また今度で…とにかく今日から新学期、とは言っても入学式からもう1週間経ってんだけどね。まぁその辺は気にしないでいざ!学校へ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校に着くと前までの学校とは少し違うことに気づいた。朝の学校から楽器の音色が聞こえる

 

「どうなってんだ?」

 

 そう思いながら耳を澄まして聴いてみる

 

「あ?これは…」

 

 オレは聴き覚えのある音色を発見する。そしてその音色に笑みを浮かべその音源へ向かう

 

 その音のするのは校舎の2階、オレも馴染みのある部屋の前だ。階段を登り柱の陰からそっと顔の半分だけを出しその音を出している人物を見つけ出す。そこには青がかった髪のロングヘアーで前髪をぱっつんにしていて、楽器を吹いているのに無表情。全然変わってない。だがそれが逆に嬉しい

 

 オレは演奏がひと段落ついたところでその人物に声をかける

 

「綺麗な音だな」

 

 その一言で向こうはオレが誰だかわかったのか、こちらを向くや否や持っている楽器を椅子に置いてこちらへ駆け出してきた。そしてオレに抱きついて顔をオレの胸に埋めてきた。オレはそこにある頭をそっと撫でる

 

「おかえりハル!」

 

「あぁ、ただいまみぞれ」

 

 鎧塚みぞれー同じ学年で同じ吹奏楽部員で…オレの彼女である

 

「もう大丈夫なの?」

 

「おう、心配かけたな」

 

「じゃあまた一緒に吹けるの?」

 

「あぁ、またよろしくな」

 

 オレから顔を離しオレを見上げるみぞれの顔には笑みが見て取れる。いつもはあまり感情を顔に出さないみぞれがときたまこうやって笑ったりするとめちゃくちゃ可愛い

 

「そういえば学校、いや"吹奏楽部"なんか変わった?」

 

「うん。放課後来るんでしょ?」

 

「皆さんに挨拶しなきゃだしな」

 

「じゃあそのときにわかるよ」

 

「そっか。じゃあオレ職員室行かなきゃだからまた後でな」

 

「うん」

 

 オレは少しさびしそうな表情をするみぞれの頭を撫でそう言う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー職員室ー

 

 コンコン

「失礼しまーす」

 

「おぅ堺、ようやく復帰か」

 

「はい、それでオレのクラスって」

 

「◯組だ」

 

「了解です。ありがとうございました」

 

 そう言って職員室から出ようとするとある先生が目に入った

 

「あれ(のぼる)さん?」

 

「おや、もしかして堺くんですか?」

 

 オレが名前を呼ぶとその見るからに穏やかそうな人が返す

 

「はい、お久しぶりです!どうしてここに?」

 

「ここの生徒だったんですね。ここに赴任したからですよ」

 

「なるほど。昇さんがいるならそりゃあ変わりますよね」

 

「おや、もう聴かれましたか」

 

「いえちゃんとは。でも今まで朝吹いてるやつなんて何人かしかいなかったんで」

 

「そうですか。堺くんは吹奏楽部に?」

 

「はい。戻ろうと思っています」

 

「それは心強い」

 

「光栄ですが贔屓とかやめてくださいよ?」

 

 オレはそうは言いつつ心ではこの人はそんなこと絶対しないと知っている

 

「もちろんです」

 

「ではまた放課後に」

 

「はい。あ、最後に校内では先生をつけてくださいね」

 

「了解しました、滝先生」

 

 

 

「失礼しました」

 

 懐かしの人に挨拶もしてこれからの高校生活にワクワクが止まらないオレは職員室を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ークラスー

 

 朝のホームルームの時間に先生に呼ばれ教室に入る。転校生かよ…

 

「堺 春希です。初めての人は初めまして、久しぶりのやつは久しぶり。1週間遅れたけどオレもこのクラスだからよろしく」

 

 パチパチパチパチ

 

「先生オレの席は?」

 

「ん?お前の席用意するの忘れたから後ろならどこでもいいぞ」

 

「おいおい、適当か」

 

 まったくこの先生は1年のときもこんなんだったな

 

 オレは席を決めるため教室の後ろの方を見回すと、こっちを見ながらこっちにおいでと手で招いている子がいる。可愛いかよ

 

「一緒のクラスだったんだな。また一緒に居られるなみぞれ」

 

「うん。嬉しい」

 

「オレもだ」

 

 その子の正体はみぞれだった。なんという運命。楽しくなるのは部活だけじゃないみたいだな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー放課後ー

 

 今日のところの勉強はついていけた。オレ天才じゃね?まぁそんなことはおいといて…

 

「みぞれも音楽室だろ?」

 

「うん」

 

「じゃあ一緒に行くか?」

 

「…うん」

 

 そのうんは1回目のうんよりも力強いのがわかった。他のやつじゃ絶対わかんないだろ

 

「じゃあ行くか」

 

「うん」

 

 たかが教室から音楽室までの道のり。それだけの距離だがこれまで会えなかった期間があったからものすごく嬉しい

 そんなことを考えているとオレの右手が何かに握られた。それはみぞれの手だった。まぁわかってたけど…

 

「みぞれ?」

 

「…ダメ?」

 

「んなわけねぇだろ?」

 

「…よかった」

 

 そして俯くみぞれ

 

「…照れてる?」

 

「…///」

 

 覗き込むと少し頰が赤い

 

「…可愛いな」

 

「…バカ///」

 

 オレはそう言って手の握りを強くするみぞれをもっと可愛いと思いながら音楽室を目指す

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

 ー音楽室ー

 

 オレは音楽室の前で止まる

 

「どうしたの?」

 

「みぞれは先入ってな」

 

「ハルは?」

 

「後から行くよ。今入ったらいろいろごった返しそうだし」

 

「わかった」

 

 みぞれは音楽室に入って行った

 

 

 

 

 ー10分後ー

 

「堺くん、まだ入っていなかったんですか?」

 

「はい、自己紹介とかしなくちゃなんで…先生と入った方が効率がいいかなと思いまして」

 

「なるほど。では、行きましょうか」

 

 そう言って音楽室のドアをスライドさせて中に入る滝先生について行く

 

 オレが入った瞬間案の定ざわざわしだした。あの人誰かなっていうやつはおそらく1年生だろう。他は言葉は発しないが驚いた表情をしている。みぞれとクラスメイト以外だが…

 

「では皆さん。始める前に新しい入部者を紹介します」

 

 それでオレにバトンタッチ

 

「どうも皆さん、1年生の方々は初めまして。2年の堺 春希です。訳あって今まで休んでいましたが、今日から部活に復帰します。よろしくお願いします。」

 

 パチパチパチパチ

 

(ありゃ?あれって…)

 

「では始めましょうか。堺くんはどうしますか?」

 

「あ、最初見てていいですか?」

 

「わかりました。これ楽譜です」

 

「ありがとうございます」

 

 オレは今から演奏する楽譜を受け取り後ろの打楽器の横に立つ。後ろに移動するときみぞれに『ガンバレ!』と口パクしておいた。みぞれも頷いてたから伝わったと思う

 

 

 滝先生が指揮台に上がる。するとみんなの顔つきが変わる

 

(ほぉ)

 

 そして演奏が始まった

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 正直に言うと、めちゃくちゃ驚いた。あれだけグダッてた吹奏楽部が合奏してる

 そんな気持ちの中、滝先生は1パート1パート指摘していった。その指摘もすごく的確だ。さすが昇さん

 

 そして、

 

「最後に鎧塚さん」

 

「はい」

 

 みぞれが吹いているのはオーボエという楽器でオレもそうなんだけど人数少ないから今はみぞれが1人。よってこれまで楽器名で呼ばれてたのにオーボエだけみぞれの名前が呼ばれた

 

「今日の音、すごくよかったですよ。何かあったんですか?」

 

「…いえ、ありがとうございます」

 

「そうですか。今後もその調子でお願いします」

 

「はい」

 

 滝先生が…褒めた?しかもみぞれを…?何これ…オレが褒められた訳じゃないのに超嬉しい!!

 そんなことを考えているとオレの一番近くでやっているパーカッション(打楽器)の田邊 名来(たなべ ならい)先輩、通称ナックル先輩が

 

『よかったな』

 

 上級生と同級生はオレとみぞれの仲を知っている。だから小声でそう言ってくれた

 

『はい!』

 

 オレは満面の笑みで答える。もちろん小声で

 

「では次は堺くんも入ってください。あなたならできるでしょう」

 

「わかりました」

 

 オレは音楽室の隣の用具室からオーボエを持ってくる。自分の持ってくるんだったな…

 そして音楽室に戻ると、

 

「………くんのお祖父様が私の音楽の先生でしたので、その関係で堺くんとは知り合いです」

 

 先生がオレと知り合いだってことを話していた

 

「先生、話したんですか」

 

「聞かれたので」

 

「まぁいいですけど」

 

 そう言ってオレはみぞれの隣に立つ

 

「椅子ないんで立ったままでいいですか?」

 

「堺くんが構わないなら、構いませんよ」

 

「ありがとうございます」

 

 そしてオレを見上げているみぞれに小声で

 

『いい音奏でような』

 

「(コクッ)」

 

 頷いた。やっぱみぞれが隣にいるとテンション上がるな!!!

 

「皆さんいいですね?」

 

『はい!』

 

「鳥塚さん、お願いします」

 

 ♪〜

 

 鳥塚さんのクラリネットの音に合わせた全員でのチューニングが始まった。これだけで去年と比べられないくらい上手くなってることがわかる

 

「では、始めましょう……3、4!」

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 あぁこれだ。これが合奏だ!

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話

「では今日はここまでにしましょう」

 

『ありがとうございました!』

 

 部活が終了し、滝先生が音楽室を出た瞬間

 

『堺くん(春希くん)(春希)おかえり(なさい)!!!』

 

「あ、ただいまです」

 

 みんな(1年生以外)がオレの元に集まってきた

 

「みんな落ち着いて。でも本当にお帰り!」

 

「部長!またお願いします!」

 

 部長でバリトンサックスの小笠原 春香(おがさわら はるか)先輩。なんでも優しく教えてくれるお姉さんみたいな人。でも精神面が弱い…

 

「よく帰ってきてくれた!私は嬉しいよ!」

 

「副部長もまたお願いします!」

 

 副部長でユーフォニアムの田中 あすか先輩。いい人なんだけど考えていることがよくわからない人

 

「あ、麗奈」

 

「お久しぶりです春希先輩!」

 

 オレの声かけに黒髪ロングヘアーで容姿端麗(みぞれには劣るけど←ただのバカ)の1年生がその容姿には似合わない大きな声で挨拶してきた

 

「なぁに〜、あんた高坂さんとも知り合いな訳〜?」

 

「副部長その顔やめてください。ただ通ってたスクールが一緒だっただけですよ」

 

 てかみぞれはオレの腹抓るのやめて。地味に痛い

 

「本当にそれだけ〜?」

 

「本当ですよ。それにオレにはもうみぞれがいますから」

 

 オレは胸を張ってそう言い切る。だってホントのことだし

 

「うわ〜言い切ったよ。こんな公の場でそんなこと言えるあんたどうかしてるよ。ねぇみぞれ」

 

 そう言ってみぞれに話しかけるのは同じ学年でオレとみぞれの同じ中学出身でトランペットの吉川 優子(よしかわ ゆうこ)

 みぞれはというと少し照れてるのか俯いている。うん、可愛い!

 

「うっせぇぞリボン」

 

「リボン言うな!」

 

 こいつはいっつもおっきなリボンしてるからオレはそう呼んでる。なかなかからかい甲斐のあるやつだ

 

「まぁまぁ、でもまた堺くんと鎧塚さんのオーボエダブルパートが聴けるんだね」

 

「中世古先輩、任せてくださいよ!オレとみぞれでいい音奏でますよ!」

 

 3年生でトランペットの中世古 香織(なかせこ かおり)先輩。内面・外面共にパーフェクトの女性。男性女性関係なく人気が高い

 

「仲間が戻ってきてくれて嬉しいぞ!」

 

「また同じパート同士よろしくね」

 

「来南先輩に美貴乃先輩じゃないっすか!お願いします!」

 

 3年生でファンゴットの喜多村 来南(きたむら らいな)先輩と岡 美貴乃(おか みきの)先輩。どっちも後輩想いのいい先輩だ。それに話しやすい

 

「あの部長」

 

「ん、何?」

 

「1年生の紹介とかしてもらっていいですか?」

 

「あぁそうだったね。じゃあ1年生は自己紹介していって。名前と担当楽器でいいかな?」

 

「それで大丈夫です」

 

 1年生の自己紹介が終わったがなんと25人もいた。こりゃ名前覚えんの辛いな

 

 

 

 

 ー帰り道ー

 

 新学期最初の部活を終えみぞれと帰宅中。彼女と一緒に帰る。青春だ!!

 

「どうしたの?」

 

「ん?みぞれと一緒に帰るのが嬉しいんだよ」

 

「…そう」

 

 いかんいかん顔に出てたか。だが気をつけても顔が緩む

 みぞれとは帰り道も乗る電車も同じなのだ。だから電車でみぞれが降りるまで一緒にいられる

 

「みぞれはいつも朝練は今日と同じ時間か?」

 

「うん。大抵は」

 

「じゃあオレもその時間に合わせるわ。これで朝も一緒に行けるな」

 

「…うん」

 

 オレはみぞれと中学の頃から付き合い始めたが中学2年の後半になってやっとみぞれの言う"うん"の聞き分けができるようになった。オレの得意分野の一つだ。今の"うん"は嬉しいときのだ

 

「これからはコンクールに向けての練習だな」

 

「うん」

 

「あの先生どう思う」

 

「いいと思うよ」

 

「辛くないか?」

 

「…辛いけど、これからはハルが隣にいるから平気」

 

 隣にいるオレに顔だけ向けて言ってくるみぞれ。なにこの可愛い生き物!

 

「そうだな。オレも明日から自分の持っていくから前みたいに2人のダブルパートできるぞ」

 

「うん。楽しみ」

 

 そしてみぞれが降りる駅に着いた

 

「じゃあまた明日な」

 

「うん」

 

「何時の電車に乗るか連絡くれ」

 

「わかった」

 

「じゃな」

 

「(フリフリ)」

 

 手を振っている。持って帰りたい!静まれ!オレの腕!!

 

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話

 

 

 ー次の日ー

 

 昨日の夜にみぞれからの連絡で教えてもらった時間に駅に着く電車に乗り、みぞれが乗ってくる駅を目指す。そうは言うもののたった3駅だが

 

 目的の駅に着きドアが開くとみぞれが乗ってきた

 

「おはようみぞれ」

 

「おはようハル」

 

 そう言ってオレの隣に座る

 

「楽しみだな」

 

「うん」

 

「この時間で何番目くらいなんだ?」

 

「1番」

 

「だろうな」

 

「うん」

 

「じゃあオレらの音でみんなを迎え入れるか」

 

「うん」

 

 ガタンガタンと揺れる電車はそんな2人を乗せていく

 

 

 

 

 

 

 ー学校ー

 

 昨日も来たが昨日とは全く違う気持ちだ

 

 楽器は2人とも自分のもので時間もかけずセッティングを終わらせる。最後にオレ達の音を聴けと窓を全開にして準備完了

 

「みぞれどうだ?」

 

「オッケー」

 

「よっしゃ!じゃあ始めるか」

 

「うん」

 

「オレはみぞれのために」

 

「私はハルのために」

 

「いい音奏でようぜ」

 

「うん」

 

 そして今年初めてオレら2人だけの二重奏《デュエット》が始まった

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 1曲が終わった

 

「ふぅ」

 

「…」

 

「どうだった?」

 

「…かった」

 

「へ?」

 

「楽しかった!」

 

 いつもより目を見開きキラキラさせながらオレに迫ってきた

 

「いつもよりすごい楽しかった!」

 

「オレもだよ」

 

「もう1回!」

 

「いいよ。お前が満足するまで付き合ってやる」

 

 そして2人の二重奏は続く

 

 

 

 

 

 

 

 ークラスー

 

 朝は特に集まって演奏ということは滅多にないので個人練で終わる

 オレとみぞれはあの後2、3曲自由に吹いて終わってしまった

 

「いやー今日のみぞれはアグレッシブだったね」

 

「…///」

 

「あんなみぞれ久々に見たよ」

 

「…うるさい///」

 

 みぞれは朝のデュエットの間はずっとテンションがあがったままだった。そんで終わった後に我に返って恥ずかしくなってしまっているのだ

 

「照れなくても大丈夫でしょ」

 

「…恥ずかしい」

 

「ははは、ほれ」

 

「おにぎり?」

 

「お昼までお腹持たないと思って作ってきた。入らなかったら食べなくてもいいぞ?」

 

「ううん、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 2人で授業前の軽い食事を済ませた。持ってきて正解だったな

 

「昼はどこで食べる?」

 

「ここでいい」

 

「いいのか?」

 

「ハルがいるから大丈夫」

 

 その言葉に思わず抱きしめたくなるがここは教室だ。抑えるんだオレ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー放課後ー

 

 部活のため音楽室に来た。そこでオレ達は滝先生から衝撃的な発表を耳にした

 

「今年はオーディションをしようと思います」

 

『えっ!?』

 

「オーディションて…」

 

「はい。私が1人1人皆さんの演奏を聞いてソロパートも含め大会に出るメンバーと編成を決めるということです」

 

『えー!』

 

 まぁ今まで上級生優先の決め方しかしてこなかったから驚くのは無理ないか

 

「難しく考えなくてもよろしいですよ?3年生が1年生より上手ければいいだけの話です。尤も、皆さんの中に1年生より下手だけど大会には出たいという方がいるなら別ですが」

 

 うわー、昇さん意地悪ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーパート教室ー

 

「いきなりのオーディションかぁ」

 

「大丈夫かなぁ」

 

 来南先輩と美貴乃先輩は少し不安げだ

 

「課題曲と自由曲の譜面とCDもらってきました」

 

「みぞれサンキュー」

 

「「ありがとう」」

 

「課題曲が田坂 直樹作の『プロヴァンスの風』で自由曲は堀川 奈美恵の三日月の舞か。マジか!滝先生エグいな!」

 

「聴いてみよっか」

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「かっこいいね」

 

「うん。でも難しそう」

 

「こいつは複雑な気持ちだな」

 

「なんで?」

 

「これオーボエの“ソロ”あるんすよ」

 

「「え!」」

 

「…」

 

「ということは…」

 

「オレとみぞれがソロを巡って争うってことっすね」

 

 マジでか…昇さん……もしかしてわざとか…?

 

「まぁとりあえずこの4人で合格しないと意味ないんで練習しましょう!」

 

「そうだね!」

 

「ここのパートはみんなで合格しよう!」

 

「(コクッ)」

 

 先輩2人はやる気を出し、みぞれは黙って頷くが内では燃えているようだ

 

 でもホントソロどうしよう…

 





そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話

 

 

オーディション宣告されてから何日経ったかもう覚えてねぇ

 

 

 

 試験も終わりオレもみぞれも勉強はできる方なので赤点で追試みたいなことはなかった。勉強会はすげぇ楽しかった

 

 

 

 

 

 

 

 さて季節も春からオレの嫌いな梅雨に入り始めたからなのか雨が多くなってきた。これからは替え用の靴下を持って来るべきだな

 

 

 

 

 

 

 

 オレ達のパート(オーボエ&ファンゴット)の練習はかなりいい具合に進行していった。みぞれは1人だったときより断然音が良くなってるみたいだ。オレも毎日みぞれと一緒にいるから調子が全く下がらない。ファンゴットの来南先輩も美貴乃先輩もオレ達に感化されてのことか練習への熱がすごい

 

 

 

 

 

 でもオレはまだソロのことで悩んでいた。オレとしてはみぞれのソロを聴きたいってのもあるがそのために手を抜いた演奏をするのはみぞれにも昇さんにも失礼になる。別にみぞれよりオレの方が上手いだなんて思ってはいないが万が一ってこともあるからな…はぁ……

 

 

 

 そして全体練習

 

 

 

 ♪~♪~♪~

 

 今は自由曲の“三日月の舞”をみんなであわせてるところだ

 

 パンパン

 

 昇さんが手を叩いて曲を一時中断させる

 

「田邊くん、ここのロールフォルテピアノ(意味:強く叩いてすぐに小さく)ですがアクセントをもっと大袈裟にください」

 

「はい!」

 

「いい返事ですけど、ズボンのファスナーが開いています」

 

「えっ!?」

 

 あらら、ナックル先輩恥ずかしい

 

「では頭からもう一度」

 

 オレもだけどみんな昇さんに教わってから大分上達したと思う。あの人の指示が的確すぎるんだよな

 

 

 

 

 

『ありがとうございました!』

 

 あれから何度か合わせて今日は終了となった。これからは自主練やら下校やらで別れるだろう

 

「せんぱーい!今日は一緒に帰っていいですか?」

 

「うん、いいよ」

 

「やったー!」

 

 リボンは相変わらず中世古先輩にべったりだな

 

 ♪〜

 

 みんなが片付けをする中、トランペットの音が響く

 

「麗奈ー、片付けだぞー」

 

「わかりました!」

 

 あいつ吹いてたとこってソロのとこじゃん。まぁ1年が練習しちゃいけないなんて言われてないからな…ソロか……

 

「みぞれ」

 

「…なに?」

 

「帰りに話がある」

 

「…わかった」

 

「じゃあ帰るか」

 

「うん」

 

 今日も一緒に帰るオレ達にであった。雨振りそうだから運が良ければ相合傘とかできんじゃね!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案の定雨が降ってきた。もちろん相合傘してますよ

 

「…みぞれはソロどうする?」

 

「どうするって?」

 

「正直に言うとオレはみぞれのソロが聴きたい」

 

「私もハルのソロが聴きたい」

 

「やっぱそうだよなぁ」

 

 オレもこう思ってるんだからみぞれも同じ気持ちだとは思っていた。嬉しいんだけどね

 

「手抜いたりしないよね…?」

 

「するわけないだろ。そんなことしたらお前に失礼だ」

 

「よかった」

 

「そこで提案だ」

 

「?」

 

 みぞれは首を傾げてきた。可愛いな!

 

「オレはみぞれのソロが聴きたい。みぞれはオレのソロが聴きたい。じゃあどっちもやろうぜ!」

 

「…どういうこと?」

 

「どうせオレら全国行くんだから府大会と関西大会で1人ずつソロやらね?ってこと」

 

「滝先生は許してくれるのかな」

 

「オレとみぞれの演奏が甲乙付け難くなったらいけるべ」

 

 そのためには練習あるのみだな

 

「…それができるなら私もそれがいい」

 

「じゃあ決まりだ!明日からまた練習がんばろうぜ!」

 

 オレはその言葉と同時にみぞれの頭に手を乗せる

 

「うん」

 

 みぞれはそれに笑顔で答える

 

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話

 ー翌日の放課後ー

 

 今日も全体練習は続いていた。合奏しては昇さんが止め指摘。これを何回も何回も繰り返す

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 パンパン

 

「今のところサックスだけでもう一度。オーボエソロ前まで」

 

『はい』

 

 昇さんの指示によるサックスだけの演奏にみんなが耳を傾ける

 

「1、2、3…」

 

 ♪〜

 

 パンパン

 少し演奏したところでまた止められる

 

「粒が荒いです。もっと滑らかに音を繋げられませんか?そして穏やかにオーボエを迎え入れてください」

 

『はい』

 

 さすが昇さん。オレもそこは気になってた

 

「テナーサックス出だしがブレてます。1人ずつ、斎藤さん…」

 

「はい」

 

 3年生でテナーサックスの斎藤 葵(さいとう あおい)先輩。あまり話したことないが大人しいイメージの人だ。この頃元気がないように思えたが大丈夫かな…

 

 ♪〜

 

「もう一度」

 

「…」

 

「どうしました?」

 

 昇さんからの指示に反応しない先輩

 

「わかりました。斎藤 葵さん」

 

「はい」

 

「今のところいつまでにできるようになりますか?」

 

「…」

 

 また沈黙

 

「残念ながらコンクールは待ってはくれません。いつまでにと目標を決めて課題をクリアして行く。そうやってレベルを高めていかないといい演奏はできません。わかりますか?」

 

「はい…」

 

「ここは美しいハーモニーで戦慄を出さなければいけません。今テナーサックスのあなただけがこぼしています。受験勉強が忙しいのはわかります…が同時にあなたはコンクールを控えた吹奏楽部員でもあります」

 

「…」

 

「もう一度聞きます。いつまでにできるようになりますか?」

 

「…」

 

 みんなが心配そうな視線を送る中、先輩は言い出す

 

「先生」

 

「何ですか?」

 

「…私、部活辞めます」

 

 全員に衝撃が走る。音楽室内がざわめく

 

「…理由はありますか?」

 

「今のまま部活を続けたら志望校には行けないと思うからです。前から考えてはいたんですが…これからもっと練習が長くなることを考えると続けるのは無理です」

 

 なるほどね

 

「そうですか…わかりました…後で職員室に来てください」

 

「はい」

 

 先輩は立ち上がる

 

「斎藤先輩、辞めないでください!」

 

「葵、待ちなよ!」

 

 同級生や後輩の声にも答えずに自分の荷物を持ち音楽室を出て行った

 

 ガタン

 

「ん?」(黄前さん?)

 

 1年生でユーフォニアムの黄前 久美子(おおまえ くみこ)さんが後を追って教室から出て行った。その後に部長も続いた

 まぁ3年生だし受験勉強なら仕方ないよ。でもここまで来て止める人が出るって、やっぱ悔しいよな…

 

「ん?みぞれ?」

 

 オレが心で悔やんでいるとみぞれがオレの肩に寄っかかってきた

 

「…」

 

「…」

 

 言葉はなかったがみぞれもオレと同じ気持ちだとすぐわかり頭に手をやる

 

 その後全体練習は途中で終わりパート練に入った。その時間に会話はほとんどなく重い雰囲気となっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー翌日ー

 

 昨日のこともありみんなの中に笑顔の者はいなかったそれに部長が欠席していた

 

 ♪〜

 

 最初のチューニングでもいつもより音が張っていないのがわかった

 

「はい、ユーフォ今吹いてた?」

 

「はい」

 

「あ!すいません…」

 

 今日は副部長が前に立っているからユーフォは2人になっている

 

 今のチューニング中、2年生でユーフォニアムの中川 夏紀(なかがわ なつき)はちゃんと吹いていたが黄前さんはぼーっとしていたため吹いていなかったようだ

 

「なんで?チューニングは必要ないの?」

 

「いえ」

 

「じゃあちゃんと吹いて」

 

「はい…」

 

 無理もねぇ…昨日のことを考えると黄前さんは以前から斎藤先輩と面識あったっぽいし

 

 そして昇さんがきて全体練習が始まった

 

 

 

 

 

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 パンパン

 

「204章節目から低音パートだけでもう一度」

 

『はい』

 

「3…」

 

 ♪〜

 

 ありゃ、ちょっとズレたな

 

 パンパン

 

「黄前さん」

 

「あっ」

 

「何かもたついてませんか?さっきからずっと音を取りこぼしています。ちゃんと集中してください」

 

「はい…」

 

「では今日はこれまでにします」

 

『ありがとうございました!』

 

 どうしたもんかね…ここはいっちょ先輩風吹かしますか!

 

「みぞれ」

 

「なに?」

 

「悪いんだけど今日先帰ってて」

 

「…どうして?」

 

「うーん、後輩のアフターケア?」

 

「...わかった」

 

「ごめんな」

 

「…プリン」

 

「へ?」

 

「ハルの作ったプリン食べたい」

 

「お、おう。明日持ってくるよ」

 

「約束」

 

「約束だ!」

 

 みぞれはオレが作るものなら何でも食べてくれるが、中でもスイーツ系はめっちゃ喜んでくれる

 

 

 

 オレは黄前さん達が入って行った教室のドアを叩いて呼びかける

 

 コンコン

「黄前さん、ちょっといいかな?」

 

「あ、春希先輩」

 

「お疲れ様です」

 

「どうもです」

 

 黄前さんと一緒にいる1年生で初心者で入って今はチューバの加藤 葉月(かとう はづき)さんと同じく1年生で吹部で唯一のコントラバスの川島 緑輝(かわしま サファイア)さんもあいさつしてきた。緑輝って名前には最初驚いたなぁ

 ついでに1年の中に1人堺って名字の子がいたからオレは後輩の春希先輩で通っている

 

「お疲れさん」

 

「何か用ですか!」

 

「黄前さんにね」

 

「私に?」

 

「斎藤先輩のことだろ?」

 

「っ!」

 

 ビンゴ!まぁみんなわかってると思うけどね

 

「あんま気にすることないぞ?受験勉強なら仕方ないし」

 

「はぁ…」

 

「やっぱり気になっててたんですか?」

 

「幼馴染だもんね」

 

「…」

 

 それでも黄前さんは俯いてしまう

 

「あれ?春希?」

 

「堺くん?」

 

「ん?おぉ、夏紀と長瀬」

 

 オレに声をかけながら入ってきたのは中川 夏紀とオレらと同じく2年生でチューバの長瀬 梨子(ながせ りこ)

 

「こんなところにどうしたの?珍しいね」

 

「後輩のアフターケア」

 

「あんたが?」

 

「おう!いい先輩だろ?」

 

「はいはい」

 

「あの!先輩!」

 

 オレらがバカな会話をしていると黄前さんが話しかけてきた

 

「…去年、何かあったんですか?」

 

「あー」

 

 オレらは楽器を片付けるため用具室に向かう。長瀬は帰ったが

 

「まだ話してなかったのか?」

 

「まぁね」

 

「2年生が少ないことは気づいてました。結構な人数が辞めてしまったことも…」

 

「先輩方はどうして部に残ったんですか?」

 

「オレはみぞれがいたからだ」

 

「あたしはやる気がなかったからかな…でも、そのときはそれがいいと思ってたんだよ」

 

「思ってたんですか?」

 

 夏紀の言葉に驚く川島さん

 

「吹奏楽ってサッカーみたいに点数で勝ち負けがはっきり決まらないじゃん?コンクールも決めるのはあくまでも審査委員だし」

 

「はぁ…」

 

「そんなはっきりしない評価で振り回されるのって、本来の音楽とは違うんじゃないってやる気のない先輩達が言っててさ。あたしもそう思ってたわけ」

 

「でもそれはキツい練習したくない先輩の言い訳だったんだよ」

 

 オレの言葉に夏紀は一旦俯く

 

「そうなんですか」

 

「今の2年の中に真面目に練習するやつもいてさ。オレも含めてな。そいつらが先輩に練習しようって言いに行ったときがあるんだ」

 

「…そのときね、無視したんだよ。まるでその子達がいないみたいに振舞って。いなくなるまでずっと続けて…」

 

「っ!!」

 

「ひどい!ひどすぎます!」

 

 3人はそんな先輩いるのかみたいな顔でビックリしている

 

「でもそれに意見できる人はいなかったんだよ。ここにいる春希を除いてはね…」

 

「春希先輩は…」

 

「だがオレも全部のパートを見れたわけじゃねぇんだ」

 

「それでも先輩達の中でも香織先輩や葵先輩は頑張ってた。無視には加担しないでそれぜれの話を聞いて間を取り持とうとして…」

 

「でも、辞めてしまったんですね…」

 

 3人は一気に暗い表情となった

 

「うん。晴香先輩も葵先輩も香織先輩も多分思ってるよ。あの子達辞めるの止められていたら今頃…って」

 

 そうだろうな…

 

「思っていないのはあすか先輩ぐらいじゃない?」

 

「あすか先輩が?」

 

「あぁ、あの人どっちにも加担してなかったな」

 

「うん。どこまでも中立。今と全く変わらず…」

 

 どんよりムードは続く

 

「まぁそれぐらい去年と今年の空気は違うってこと!」

 

「あれだけやる気のなかったお前が少しやる気を出してるしな」

 

「うっさい!」

 

 ドガッ!

 いたっ!!蹴られた

 

「まぁなんだ。困ったことや相談があったらいつでもオレのところに来たまえ!」

 

「え、あ、はい…」

 

 さて、後は部長か…

 

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話

 ー翌日ー

 

 今日は久々に青空を見た気がする

 

 授業も終わりみんなが音楽室に集まる。あ、ちゃんと約束のプリンはみぞれにあげましたよ?昨日の夜に牛乳足んなくて焦った!マジ焦った!!まぁ喜んでもらえたからよかった

 

 さて、今日は部長は…来てるみたいだな

 

「みんな、昨日は休んでしまってすみませんでした。体調も戻ったので今日からまた頑張ります」

 

 パチパチパチパチ

 じゃあこれを機にいっちょ盛り上げますか(ニヤり)

 

「ちょっと拍手するところじゃないって!」

 

「やっぱりそこに立つのは副部長より部長の方がいいですね」

 

「おっと春希、それはどういう意味だい?お姉さんに話してみ」

 

「何ってそのままの意味じゃないですか。だからこれからは皆勤賞で頼みますよ?」

 

「こらこら、理由になってないぞ?」

 

「はいはいあすかそこまで。春希くんもありがとう」

 

 部長の顔に少しだが笑顔が戻ったか…大丈夫そうかな

 

「じゃあチューニングb (べー)

 

 ♪〜

 

 これまでのようにチューニングが始まった。うん、いい感じ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーもう何日?ー

 

 今日は朝から学校がざわついていた。それは音楽室も例外ではなかった

 

「香織先輩!」

 

「ん?」

 

 またリボン

 

「あの、もしよかったらあがた祭り…」

 

「ごめん!あすかと晴香と一緒に行こうって言ってて…」

 

「えー!」

 

「邪魔だってさー」

 

「うっさい!」

 

 リボン撃沈。ドンマイ…中世古先輩も最後まで聞いてあげてくださいよ。夏紀は余計な一言を…ホント犬猿の仲だな

 

「へぇ、(みどり)ちゃん妹さんと行くんだ」

 

「はい!毎年そうなんです」

 

「へぇ、仲良いんだね!」

 

 どこもかしこも祭りの話題ばっかだな

 

「祭りか…ん?」

 

 オレはふいに袖を掴まれた

 

「みぞれ?」

 

「…」

 

 みぞれは黙ったままだ

 

「遅れてすみません。すぐ始めましょう」

 

 そこへ昇さんが入ってきた

 

『後ででいいか?』ボソッ

 

「(コクッ)」

 

 みぞれがなんの用だったのかは後で聞くとしてとりあえず練習に集中しよう

 

 

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 パンパン

「皆さん言ったはずですよ?この部分は何を表現しているんですか?田中さん」

 

「はい!地球を離れただ1人遠い星に旅立つ、その旅路を祝福するように月が舞っている場面です!」

 

 何故か劇のように振り付けを入れて説明した副部長。なんであんなノリノリなんだ?

 

「ちなみに作曲者は子供の頃から1人で夜空を見るのが大好きで…」

 

「そこまでで結構ですよ」

 

 昇さんナイス!副部長長いよ!後のやついらなかっただろ!笑われてるし…

 

「今の田中さんの舞はなかなかのものでした。あのように自由奔放に恥ずかげもなくここの音は軽やかに勇ましく!わかりますね?」

 

『はい!』

 

 昇さん、それは褒めてるんですか?

 

「みぞれは大丈夫か?」

 

「大丈夫」

 

「ならいい」

 

 みぞれは別に問題ないみたいだ

 

「では次、ベルリンBの頭、クラリネットからいきましょう」

 

『はい!』

 

 その後もいつも通りの時間が過ぎて行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー帰り道ー

 

「で、どうした?」

 

「…」

 

 さっきのことを聞いてみるがまた黙ってしまった

 

「…たい」

 

「ふぁ?」

 

「…ハルと一緒に、お祭り…行きたい」

 

 俯きながら話しているがおそらく恥ずかしいんだろう

 

「じゃあ行くか!」

 

「…うん」

 

 みぞれからこうやって誘ってくれるのはホントに嬉しい

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー祭りの日ー

 

 オレとみぞれは駅で待ち合わせしている。みぞれが浴衣着てくるって言ってたからオレも浴衣を着てきた。久々すぎて着方忘れてた

 

 オレが着いたのは集合の15分前だ。少し早かったかと思っていたら駅のホームからオレの待ち人が降りて着た

 

「ごめん、待った?」

 

「大丈夫大丈夫。オレも今来たとこ」

 

「…ホントに?」

 

「マジだよ!なんでそこ疑うんだよ」

 

 なんか定番の会話で始まったな

 

「それ似合ってるな。可愛いぞみぞれ」

 

「っ!…ありがと///」

 

「じゃあ行くか」

 

「うん」

 

 オレはみぞれの手を握り歩き出す

 

「みんな来てるだろうから会うかもな」

 

「…恥ずかしい///」

 

「似合ってるから大丈夫だよ」

 

「…///」

 

 ありゃ、黙っちゃった。相当勇気出して来たんだな。可愛いかよ!

 

「何食べる?」

 

「ハルが行きたいところでいい」

 

「そっか。腹は減ってるか?」

 

「少し食べて来たから、今はそんなに」

 

「了解だ」

 

 オレはそう確認して歩き出す。目的地は…

 

「ほれ」

 

「りんご飴」

 

「嫌いだったか?」

 

「ううん」

 

「ならよかった」

 

 ここの屋台のはそんなに大きくないから選んだ

 

 そのまま歩いていると見知った顔の人達に出会した

 

「おや〜?おやおや〜?」

 

「げっ」

 

「げっとはひどいんじゃない?」

 

「ならその顔やめてくださいよ副部長」

 

 それは部長、副部長、中世古先輩の3年生組だった

 

「あすかがごめんね」

 

「こんばんわ」

 

「どうもっす」

 

「(ペコリ)」

 

「2人はデートかい?」

 

「見ての通りですよ」

 

「そうかそうか」

 

「あすか、邪魔しちゃいけないから行くよ」

 

「ごめんね。楽しんでね」

 

 そう言って部長と中世古先輩が気を利かせてくれて行ったしまった

 

「みぞれ大丈夫か?」

 

「…ちょっと疲れた」

 

「じゃあ座るとこ行くか」

 

「うん」

 

 オレ達は屋台の通りから抜けて公園のベンチに腰掛けた

 

「ほれ」

 

「ありがと」

 

 オレはみぞれにお茶を渡す

 

「やっぱみぞれといると楽しいな」

 

「私もハルといると楽しい」

 

「また来ような」

 

「うん。約束」

 

「おう!約束だ!」

 

 オレとみぞれはその後も祭りをまわり、いろんな知り合いと会ったがすげー楽しかった

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話

 あがた祭りも終わってみんなの制服が白に統一された。またそれに伴いオーディションが近づいて来たことで部内の緊張感は増していた

 

 ー音楽室ー

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「Cの頭タンバリンのロールにもっとアクセントください」

 

「はい!」

 

 おぉ今日もナックル先輩は元気だねぇ

 

「今注意したところを重点的にパート練習を進めてください」

 

『はい!』

 

 この頃全体練習で演奏が中断する度…

 

「先生!クラ(クラリネット)なんですけど…」

 

「はい、この後来てください」

 

「フルートもお願いします」

 

「はい」

 

 こんな風に自ら疑問点をぶつけるようになった。みんなそれだけオーディションに必死ってことかな。オレもうかうかしてらんないな…

 

 一方パート練は自分たちのパートが足を引っ張らないようにと練習に熱が入り、個人練では楽譜とにらめっこしている時間が次第に増えそれぞれ自分の目指すところだけを見つめ不安に追い立てられるように練習を続けて行く

 

 

 

 

 

 

 

 ーパート教室ー

 

「来南先輩さっきの演奏でここ焦ってませんでした?」

 

「そうなんだよ!どうも息継ぎのタイミング取れなくって」

 

「じゃあここで息継ぎしてみてください」

 

「ん?わかった」

 

 ♪〜

 

「おぉ!前より全然楽!!これで少し余裕持てるよ!ありがとね」

 

「どういたしまして」

 

 どうやらアドバイスが役に立ってよかった

 

「春希くん、ここの音の強弱なんだけど…」

 

「あぁ、ここっすね。ここは波をイメージしてみてください」

 

「波?」

 

「音の波です。最初は弱くでどんどん強くしていって最後にまた弱める感じで」

 

 オレは美貴乃先輩の質問に体の前で腕を使って波を描きながら答える

 

「なるほど!」

 

 これも役に立ったようでよかった

 

「そういえば鎧塚さんは今日の音もすごいよかったけど何かあったの?」

 

「…いえ」

 

 そう言いながらオレの方を見てくる

 

「あぁ」

 

「そういうことですか」

 

 2人もオレの方を見てくる

 

「はい?」

 

「愛の力か…」

 

「っ!…///」

 

「あら〜鎧塚さん照れちゃってる」

 

「…///」

 

 みぞれは俯いたままだ

 

「はいはい、練習続けますよ」

 

「「はーい」」

 

 オレ達は全員でオーディション合格するんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーオーディション当日ー

 

 遂にこの時がやってきた。こんなに緊張してるのは久しぶりだ

 

「ではこれよりオーディションを始めます」

 

 始まる…

 

「私達が参加するA編成でのコンクールは1チームにつき最大55名までしか参加することができません。つまりここにいる何名かは必ず落選してしまいます。皆さん、緊張していますか?」

 

「してま〜す」

 

 ここでしない奴はどんだけ肝が座ってるんだよ

 

「ですよね。ですが、ここにいる全員コンクールに出るのに恥じない努力をしてきたと思っています。胸を張って皆さんの今までの努力を見せてください」

 

 みんなの目つきが変わったな

 

「では、始めます」

 

『よろしくお願いします!』

 

 

 

 

 

 

 ーパート教室ー

 

 今はオレらの順番が来るのを待っている

 

「みぞれ、調子はどうだ?」

 

「…問題なし」

 

「オレらなら大丈夫だ。だろ?」

 

「うん」

 

 大丈夫そうだ

 

「ちょっと〜、私達は?」

 

「もちろん、先輩達も受かりますよ」

 

「そう言ってくれるとなんか落ち着くよ」

 

 そうこうしてると順番が回ってきた

 

「先オーボエだそうです」

 

「わかりました」

 

「じゃあ先輩方、お先です」

 

「えぇ」

 

「頑張ってね。鎧塚さんも」

 

「…はい」

 

 オレとみぞれは音楽室を目指す

 

「みぞれ」

 

「ん?」

 

「いい音奏でような」

 

「うん」

 

 オレらは最後にお互いの手を握り合った

 

 

 

 

 

 ー音楽室ー

 

 最初はみぞれからだった。外で待機していたオレにもその音は聴こえていた。それに感化されたからかいつも以上に興奮している

 

 そしてオレの番

 

 ♪〜

 チューニングもいつも通り

 

「大丈夫ですか」

 

「はい」

 

「ではお願いします」

 

「はい…ふぅ…いきます」

 

 ♪〜

 うん、なんの問題もない

 

「はい、結構です。では次にソロのパートをお願いします」

 

「はい…ふぅ…いきます」

 

 ♪〜

 うん、オッケーだ

 

「はい、結構です」

 

「ありがとうございした」

 

 特に話もなくオレの番は終了した

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー結果発表の日ー

 

 オーディションから数日後の今日、いよいよ結果発表だ。消えたはずの緊張がまた蘇ってきた。音楽室には張り詰めた空気が漂った

 

 教室に副顧問である松本先生が入ってきた

 

「それでは合格者を読み上げる。呼ばれたものは返事をするように」

 

『はい!』

 

 その瞬間オレの手をみぞれが掴んだ。オレはそれを握り返す

 

「まずパーカッション!田邊 名来!」

 

「はい!」

 

 そしてどんどん名前が呼ばれていく

 

高久 (たかひさ)ちえり!」

 

「はい!」

 

「クラリネットは以上の4名」

 

 そして…

 

「続いてファンゴット、喜多村 来南!」

 

「はい!」

 

「岡 美貴乃!」

 

「はい!」

 

「以上2名」

 

 先輩方やったじゃん!

 

「続いてオーボエ、鎧塚みぞれ!」

 

「…はい」

 

 手の握りが強くなる。よかったなみぞれ

 そして手の握りが一層強くなる

 

「堺 春希!」

 

「はい!」

 

「以上2名」

 

 ふぅ…なんとかなったな

 みぞれの方を向くとこっちを向きながら目に涙を浮かべている

 

「ソロについては…あとで滝先生の方からお話がある」

 

 あらそう。なんか異例の事態にざわついている

 そして発表はまだ続いている

 

「続いてユーフォニアム、田中あすか!」

 

「はい!」

 

「黄前 久美子!」

 

「はい!」

 

「以上2名」

 

 夏紀…

 

「では最後にトランペット、中世古 香織!」

 

「はい!」

 

笠野 沙奈(かさの さな)!」

 

「はい!」

 

滝野 純一(たきの じゅんいち)

 

「はい!」

 

「吉川 優子!」

 

「はい!」

 

「高坂 麗奈!」

 

「はい!」

 

「以上5名。ソロパートは高坂 麗奈に担当してもらう」

 

「えっ!」

 

 おぉ!さすがぁ!

 

 こうして合格者全員の名前が呼ばれて終わった

 

 

 

「やったね春希くん!」

 

「はい!」

 

「でもソロのこと気になるね」

 

「そうですね」

 

 そしてみぞれの方を向くと

 

「うおっ!」

 

 みぞれが抱きついてきた。しかも泣いている

 

「おめでとうみぞれ」

 

「うん!ハルも!」

 

「おう」

 

 そして教室のみんなから見られる

 

 こうして大会のメンバーが決まって新たな一歩を踏み出した

 

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話

 オーディションが終わった。オーディションである以上上級生が落ちて下級生が残るなんてことはよくある話だ。だからと言って全員がその結果に満足しているかというとそんなことはない。妬み、恨み、こういう感情は少なからず出るものだ。だが今のこの吹部なら妬みによる嫌がらせのような頭の悪い行動をする者はいないだろ

 

 ー音楽室ー

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「3分25秒です」

 

 時間を計ってくれている1年生が演奏が終わった瞬間そう告げる

 

 オーディションが終わり大会に出るメンバーが決まったことでいよいよ本番に向けた練習が始まった。オレらが出場するA部門では課題曲と自由曲を合わせて12分の間に終わらせなければならない。今は課題曲の方の時間を計っていた

 

「課題曲は今のペースがいいでしょう。コンクールの演奏時間は12分。もちろんその時間をオーバーしてはいけませんが焦って曲を台無しにしてしまうのはもっといけません。今のペースを忘れずに行きましょう。十分時間内に収まります」

 

『はい!』

 

「では本日はこれまでにします」

 

『ありがとうございました!』

 

 今日の練習も終わったなぁ。そして恒例、各パートもしくは個人での質問タイム…と思いきや

 

「あの先生、リストに書いてある毛布って…」

 

「毛布です」

 

 毛布?

 

「皆さん、家にある使ってない毛布を貸して欲しいんです」

 

『はい』

 

 こんな夏に我慢大会でもやるのかな…ないな

 

「うち毛布ちょー余ってます。でも毛布で何するんですか?」

 

 全く見当のついていない加藤さんが長瀬に聞いている

 

「それは当日のお楽しみかな」

 

「えーなんです?」

 

 まぁ音楽で毛布使うっていったらあれだろ

 

「みぞれは毛布持って来られるか?手伝おうか?」

 

「…じゃあお願いしようかな」

 

「わかった。明日お前ん家行くよ」

 

「…わかった」

 

 オレとみぞれがそんな話をしていると…

 

「…高坂ってラッパの?」

 

「はい、らら聞いちゃいました」

 

 ん?麗奈?

 なんか麗奈の名前を耳にした

 

 

 

 

 

 

 ー翌日ー

 

 オレはいつもの朝練に出ている時間よりも早く家を出た。一旦みぞれの家に寄るからだ

 みぞれの家に着くともうみぞれは家の外に出ている

 

「わりー、待たしたか?」

 

「ううん大丈夫」

 

「それか?」

 

「うん」

 

 そこには大きな毛布が2枚重なって置いてある。オレはそれを丸め両脇に抱えようとすると…

 

「ハル、これ」

 

「ん?おぉサンキュー!」

 

 みぞれがおにぎりをくれた

 

「作ってくれたのか?」

 

「…うん。今日のお礼に」

 

「そんな気にしなくてもいいのに。でもありがとな」

 

「…うん」

 

 オレはみぞれ特性おにぎりを食べて毛布を抱えみぞれと一緒に登校した

 

 

 

 

 

 

 ー音楽室ー

 

 みんなが持ち寄った毛布はどんどん音楽室の床に敷き詰められていった

 

「余ったものは壁に貼り付けてください」

 

 昇さんの指示がとぶ

 

「なんだ、みんなで泊まり込むわけじゃないんだ」

 

「したければしてもらっても構いませんよ?私は帰りますけどね」

 

 腕を組んで生徒がいうことに軽いジョークで答える昇さん

 

「先生終わりました」

 

「はい、ご苦労様です」

 

 やっぱりこれは…

 

「これでこの教室の音は毛布に吸収され響かなくなります。響かせるにはより大きな音を正確に吹くことが要求されます。実際の会場はこの音楽室の何十倍も大きい。会場いっぱいに響かせるために普段から意識しなくてはいけません」

 

『はい!』

 

「では皆さん、練習を始めましょう」

 

『はい!』

 

 やっぱりそういうことね

 

 そしてみんなが練習を始めようと椅子やらの準備を始めようとすると…

 

「先生!1つ質問があるんですけどいいですか?」

 

「なんでしょう?」

 

 リボン?

 

「…滝先生は以前から高坂 麗奈さんと知り合いだったっていうのは本当ですか?」

 

 は?

 

「…それを尋ねてどうするんですか?」

 

「優子ちゃんちょっと…」

 

「噂になってるんです!」

 

 中世古先輩が声をかけるも話を続けるリボン

 

「オーディションのとき、先生が贔屓したんじゃないかって!答えてください先生!」

 

「贔屓したことや誰かに特別な計らいをしたことは一切ありません。全員公平に審査しました」

 

「高坂さんと知り合いだったっていうのは…?」

 

 昇さんは一瞬困った表情になり答える

 

「事実です」

 

 その返答にまわりはざわめく

 

「父親同士が知り合いだったっていうのもあり、中学時代から彼女のことを知っています」

 

「なぜ黙ってたんですか?」

 

「言う必要を感じませんでした。それによって指導が変わることはありません」

 

 麗奈の方を見てみると窓の方を向きながら肩を震わせている

 

「だったら!」

 

「だったら何だって言うの!?」

 

 限界がきたのか、麗奈が振り向きリボンに発言する

 

「先生の侮辱をするのはやめてください。なぜ私が選ばれたかわかるでしょう?香織先輩より私の方が上手いからです!」

 

「っ!!あんたね!自惚れるのもいい加減にしなさいよ!!」

 

 …これ以上はマズいな

 

「優子ちゃんやめて…」

 

「香織先輩があんたにどれだけ気使ってたと思ってるのよ!!それを!」

 

「いい加減にしろ」

 

 おもむろにオレは声を発する

 

「お前らそこまでだ。麗奈も落ち着け」

 

「…はい」

 

「でも!」

 

「2人の言い分はわかった。まず麗奈は先生をバカにされて怒るのもわかるが先輩にあの言い草はダメだ」

 

「…はい」

 

「少し頭冷やしてこい」

 

「…失礼します」

 

 オレがそう言うと音楽室を出て行く

 

「黄前さん」

 

「は、はい!」

 

「麗奈についていてやってくれ。オレが見る限り一緒にいるのが多いのは君だ」

 

「わ、わかりました!」

 

 そう言って黄前さんも音楽室を出て行く

 

「さて優子、確かに中世古先輩は3年生で最後だ。だがそれも含めてのオーディションだ」

 

「…でも!」

 

「じゃあ聞くが、先生と知り合いだった麗奈が贔屓と見るならオレはどうなんだ?」

 

「っ!それは…」

 

「オレも先生とは以前からの知り合いだ。オレも贔屓されたと見るのはお前の勝手だがな、オレは練習を怠ったとは思ってない」

 

「…」

 

「それに言い方は悪いがお前が中世古先輩を押すのも贔屓じゃないのか?」

 

「っ!!」

 

 オレの言葉に優子は目を見開く

 

「春希くんそれは…」

 

「わかってますよ先輩、こいつにそんな気ないってことは。でもオレからはそう見える」

 

「…」

 

 優子は次第に涙を流す

 

「先輩を思うお前の気持ちもわかるがもう少し考えてくれ」

 

 こうしてその日は重い空気の中練習が続いた

 

 

 

 

 

 

 ー帰り道ー

 

「…」

 

「ごめんなみぞれ」

 

「…なんで謝るの?」

 

「だって怒ってるし」

 

「…怒ってない」

 

「なら、抓るの止めてもらえない…かな?」

 

「…」

 

 みぞれは1度こちらを向き、抓る強さが増す

 

「いてててててて!!マジでごめんて!」

 

「…そく」

 

「ん?」

 

「約束。もう1人で無理しないで」

 

「わ、わかったよ」

 

「…」

 

「いたたたたた!なんで!?」

 

 その日はずっとみぞれの機嫌は治らなかった

 

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話

 ー翌日ー

 

 オレは教室の担任との二者面談があったため遅れて部活に向かっていた

 音楽室の前に来ると…

 

「先生?」

 

 昇さんが出てきた。練習はまだ始まってなかったのか?

 

「堺くん。今日はパート練習にしましたのでよろしくお願いします」

 

「え、あ、はい」

 

「それでは…」

 

 音楽室に入っても昨日のことが原因で重い空気のままだった

 

 

 

 

 

 ーパート教室ー

 

「先輩方、すいませんでした」

 

 オレは教室に着くとすぐに先輩2人に頭を下げる

 

「え!?何が!?」

 

「ちょっと、頭上げて!」

 

「重い空気を作ってしまったのオレなんで…」

 

「ち、違うよ!春希くんのせいじゃないよ!」

 

「そうだよ!みんなちょっと混乱してるだけだよ!」

 

 ホントに先輩がこの2人でよかった

 

「ありがとうございます!」

 

 そしてオレ達は音楽室に集まるように言われた

 

 

 

 

 

 ー音楽室ー

 

「はい、もう少しで先生がいらっしゃると思います。その前に大事な話があります」

 

 部長が前に出てそう告げる

 

「最近先生について根も葉もない噂をよく聞きます。そのせいで集中力が切れてる…コンクール前なのにこれじゃあ金はおろか銀だってあやしいと私は思ってます。一部の生徒と知り合いだったからといってオーディションに不正があったことにはなりません。それでも不満があるならこそこそ裏で話さずここで手を挙げてください。私が先生に伝えます。オーディションに不満がある人…」

 

 リボンを含めて何人かの人達が手を挙げる

 

 ガラガラ

 

「先生!」

 

 タイミング悪くそこに昇さんがやってきた

 

「今日はまた随分と静かですね。何ですかこの手は?」

 

「オーディションに不満がある人です」

 

「優子ちゃん!」

 

 先生の質問に直球で答えるリボン。それに声をかける中世古先輩

 

「なるほど。今日は最初にお知らせがあります。来週ホールを借りて練習することは皆さんに伝えていますよね?」

 

 昇さんは歩きながら話す

 

「そこで時間をとって希望者には再オーディションをしようと考えています」

 

 その知らせに室内がざわつく

 

「オーディションの結果に不満がある人やもう一度やり直して欲しい人はここで挙手してください。来週全員の前で演奏をし全員の挙手によって決めます。全員で聴いて決定する。これなら異論はないでしょう。いいですね?」

 

 昇さんは教室内を見渡し全員の顔を確認する

 

「では聞きます。再オーディションを希望する人」

 

 そこである人は立ち上がり挙手をして言い放つ

 

「ソロパートのオーディションもう一度やらせてください」

 

「香織…」

 

 中世古先輩…

 

「わかりました。では今ソロパートに決定している高坂さんと2人で、どちらがふさわしいか再オーディションします」

 

 

 

 しばしの沈黙…

 

 

 

「あのー先生」

 

「はい、何でしょう喜多村さん」

 

 その沈黙を破ったのは来南先輩だった

 

「オーボエのソロはどうなったんですか?」

 

「あぁそうでしたね。伝えるのが遅れてしまいましたが、ソロは“お二人”にお願いしようと思います」

 

「…はい?」

 

 みんなはその意味がよくわかっていないようだ。オレでもビックリしてる。まさか相談しようとしていたことがいきなり起きるんだからな

 

「どういうことですか?」

 

「ソロは2人ではできないですよ?」

 

「言い方が悪かったですね。お二人には各大会で1人ずつソロをやってもらおうと思います」

 

『えー!』

 

 本日2度目の衝撃

 

「正直言うと今回のオーディションで一番悩んだのがこのオーボエのソロでした。堺くんも鎧塚さんもとても素晴らしい演奏でどうにも選びことができませんでした。これは副顧問の松本先生も同意見です」

 

 オレはこの結果に満足している。だが逆に異議を申す奴もいるだろう…

 

「待ってください!」

 

 勢いよく立ち上がったのは優子だ

 

「ならトランペットもそうしてくれればいいじゃないですか!」

 

「先程私は言いました。“どうしても選べなかった”と…トランペットの場合は私と松本先生のお二人が高坂さんとその時は選びました」

 

「でも!」

 

 どうしても引き下がれない優子。無理もない…

 

「…わかりました。ではこうしましょう。堺くん、鎧塚さん。」

 

「はい」

 

「…はい」

 

「あなた達にも来週ホールで演奏してもらいます。そしてみんなにも聴いてもらいましょう」

 

 なんとオレらもホールで1人ずつやることになった

 

「…みぞれはいいか?」

 

「…うん」

 

「じゃあ大丈夫です」

 

「ありがとうございます。これでいいですか?吉川さん?」

 

「…はい」

 

 それ以上は何も言わず席に座った優子

 

「先生」

 

「はい、堺くん」

 

「自分から少しいいですか?」

 

「…はい、構いませんよ」

 

「ありがとうございます」

 

 オレはお礼を言って前に出る

 

「皆さん、先日は身を弁えない行動をしてしまい、また部の雰囲気を壊してしまいすみませんでした!」

 

 オレはその言葉と共に頭を下げる

 

「特に麗奈と優子にはキツい態度を取ってしまった。ホントにすまなかった!」

 

 1度顔をあげ再び頭を下げる

 

 

 

 またもや沈黙…

 

 

 

 しかしその沈黙を破ったのは意外や意外、優子だった

 

「だー!あんたに謝られても鳥肌立つだけなのよ!だからもういいわよ!!」

 

「ホントか?」

 

「しつこいわね!もういいって言ってるでしょ!!」

 

「…ありがとう」

 

「先輩、私ももう気にしていません。それに決着は来週つくので」

 

「麗奈…ありがとう」

 

 2人とも、ホントにありがとう

 

「春希が謝るなんて、どういう風の吹きまわし〜?」

 

「副部長その顔やめてください。みぞれに怒られました…」

 

 オレは昨日のことを思い出し肩を落とす

 

「なんだー!最後は惚気かこのやろー!!」

 

「ナックル先輩うるさいです。なら早く彼女作ればいいじゃないですか?なぁ後藤?」

 

「なんだとー!!」

 

「そこでオレにふるなよ…」

 

 \ははははははは!!!/

 

 ナックル先輩は怒りながらツッコミ、いきなりふられた2年生でチューバの後藤 卓也(ごとう たくや)は困った表情に。こいつが長瀬と付き合ってるのはもうみんな知っている

 

「はいはーい、そこまで。春希くんもそのことはみんな気にしてないからここで終わりね」

 

「部長、ありがとうございます」

 

 オレは部長にそう言って自分の席に戻る。この部活に人達はみんないい人だ

 

「いてっ!」

 

「…バカ///」

 

 席に戻ると赤くなってるみぞれがわき腹にパンチしてきた。照れてる

 




そして、継の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話

 ー音楽室ー

 

 オーディションの不満も全部ではないが晴れてきた

 

 今日も今日とて全体練習の音が音楽室に響き渡る

 

「トロンボーン23章節目セカンドだけで1度いただけますか?」

 

『はい』

 

「いや1人ずついきましょう。塚本くん」

 

「はい」

 

 1年生でトロンボーンの塚本 修一(つかもと しゅういち)くん。経験者で以前はホルンをやっていたらしい

 

 ♪〜

 

「…塚本くん、そこできるようになってくださいと先週から言っているはずです」

 

「はい…」

 

「こんなところを何度もやっている時間はありません。明日までにできるようになっておいてください」

 

「はい…」

 

 このように昇さんは包み隠さずダメなところは指摘してくる

 

「ではその次から全員で。3…」

 

 ♪〜

 

 この後何回か通して朝練は終わった

 

 

 

 

 

 ーお昼ー

 

「あっついな〜」

 

「…そうだね」

 

「みぞれは大丈夫か?」

 

「うん」

 

「水分はしっかり摂れよ?」

 

「わかってる」

 

 オレとみぞれはお昼を食べに外の木の木陰に来ている。この時期は校舎よりも外の方が涼しいかもしれないな

 

 ♪〜

 

 そこにトランペットの音が聴こえる

 

「やってるな」

 

「…」

 

「オレらも少し休んだらやろうか」

 

「…うん」

 

「…今、すっげぇ楽しそうな顔したな」

 

「…してない」

 

「素直じゃないなぁ」

 

「…」

 

 みぞれは黙ってしまった。でもこれは怒っているわけではなく照れているのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー放課後ー

 

 さて、いよいよ再オーディションの時間がやってきた。ホールを使うから楽器の運搬をやらなきゃいけない。こういうときに男手は必要なんだよなぁ

 

「では皆さん、準備を始めましょう」

 

「中世古さん、高坂さん。それと堺くんと鎧塚さん」

 

「「はい」」

 

「はい」

 

「…はい」

 

「あなた方は準備はいいのでオーディションの用意を」

 

「「はい」」

 

「わかりました。みぞれ行くぞ」

 

「うん」

 

 麗奈と中世古先輩はそれぞれ自分のトランペットを持ち2人違う場所へ向かう。オレ達はもちろん一緒にいるに決まってる

 

 

 

 

 

 

 ♪〜

 

「みぞれ調子はどうだ?」

 

「…うん、大丈夫」

 

「そっか。オレも大丈夫だ。まぁ今日は気楽に行こうぜ」

 

「うん」

 

「でも…」

 

 オレはそう言って隣にいるみぞれの肩に手をやり引き寄せる

 

「楽しもうぜ」

 

「…うん///」

 

 

 

 

 

 先にトランペットの再オーディションが行われることになった

 

「それではこれよりソロパート再オーディションを行います。両者が吹き終わった後全員の拍手で決めましょう。いいですね?中世古さん」

 

「はい」

 

「高坂さん」

 

「はい」

 

 2人ともいい目をしている

 

「では最初に中世古さん、お願いします」

 

「はい」

 

 ♪〜

 

 オレは目を閉じ聴覚だけに神経を研ぎ澄ます。うん、いい音だ

 

 

「ありがとうございました」

 

 演奏が終わると先輩はそう言って一礼する。そして拍手が起こる

 

 

「では次に高坂さん、お願いします」

 

「はい」

 

 ♪〜

 

 オレは先程と同じように目を閉じる。うん、さすが

 

 

「ありがとうございました」

 

 先輩と同じように一礼する。そして拍手は起きない

 

 

「それではソロを決定したいと思います。中世古さんがいいと思う人」

 

 \パチパチパチパチ/

 

 リボンが立ち上がり拍手する。でも…少ないな……

 

「はい。では高坂さんがいいと思う人」

 

 \パチパチパチパチ/

 

 こっちは黄前さんが立ち上がり拍手する。オレも麗奈の方がいいと思ったから拍手

 みんな拍手しねぇじゃん…

 

「はい。中世古さん」

 

「はい」

 

「あなたがソロを吹きますか?」

 

 意図がありありの質問をする

 

「…」

 

 

 

 少しの沈黙

 

 

 

 

「…吹かないです。吹けないです。ソロは高坂さんが吹くべきだと思います」

 

「せんぱい…うぅ……あぁぁぁ!!」

 

 優子は大声で泣きだす。あいつはそれほど中世古先輩のことを想っていたんだろう

 

「高坂さん」

 

「はい」

 

「あなたがソロです。中世古さんではなくあなたがソロを吹く。いいですか?」

 

「はい!」

 

 うん。いい目だ

 

 

 

「さて、次は堺くん、鎧塚さん。お願いします」

 

「わかりました。みぞれ」

 

「うん」

 

 オレ達は先の2人ともすれ違い壇上に上がる

 

「じゃあみぞれ、やるぞ!」

 

「...うん」

 

「オレはみぞれのために」

 

「私はハルのために」

 

「いい音奏でようぜ!」

 

「うん」

 

 もうこれはオレ達にとってのルーティンだな。同級生や先輩達はこの事をもう知っているので別に驚く顔もせずに見守ってくれている

 

「よろしいですか?」

 

「はい!」

 

「…はい」

 

「では、鎧塚さんからお願いします」

 

「…はい」

 

 ♪〜

 

 オレは目を閉じてみぞれの演奏を聴く。うん、綺麗だ

 

 

「(ペコリ)」

 

 演奏が終わるとオレは目を開け、そこには明らかに驚いているみんなの顔が目に入る。どうだ?オレの彼女凄いだろ?

 

 

「はい。では堺くん、お願いします」

 

「はい…ふぅ…いきます」

 

 ♪〜

 

 うん。良好良好

 

 

「ありがとうございました」

 

 一礼してみんなの顔を見てからみぞれの顔を見る。珍しくみんなの前でも笑っている

 

「はい、ありがとうございました。どうですか皆さん?私の決断は納得していただけましたか?」

 

『はい!』

 

 みんな元気良すぎ。来南先輩と美貴乃先輩は何で泣いてんの?

 

「先生、ちょっといいですか?」

 

「何ですか?」

 

「みぞれ、一緒にやろうぜ!」

 

「…うん!」

 

 オレとみぞれは同時に構えそして旋律を奏でる

 

 ♪〜♪〜

 

 ホールの舞台にオレとみぞれの2人きり。先生からのあの言葉。みぞれとの二重奏。最高だ!

 

「うわ〜」

 

「すごっ!」

 

「綺麗」

 

 みんな口に出てますことよ?まぁそう思ってもらえてこっちも嬉しいがな

 

 

「ありがとうございました」

 

「(ペコリ)」

 

 \パチパチパチパチ/

 

 全員が立ち上がって拍手喝采の嵐。それをオレとみぞれは受ける。うん、やっぱ最高だ!

 

「私からはもう言う必要はありませんね。さて皆さん!このお二人に負けないよう一層練習していきましょう」

 

『はい!』

 

 こうして再オーディション&オレとみぞれのソロ発表が終わった

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話

 学校は夏休みに入って早朝から夕方まで練習自体は長くなったのだがその練習も一瞬で過ぎ誰もが足りないと思っている。そんな中急に訪れた事態

 

 

 ー音楽室ー

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「う〜ん…今の所ユーフォも入れますか?」

 

「えっ」

 

「どこですか?」

 

 いきなりの指摘に驚く黄前さんと驚いた様子は全くない副部長

 

「162章節目ですコンバスとユニゾンで」

 

「黄前ちゃんいける?」

 

「は、はい!」

 

「久美子ちゃんここです」

 

 先生の話で黄前さんに楽譜を持ちながら駆け寄る川島さん

 

「あ、ありがとう」

 

「それとオーボエ」

 

「はい!」

 

「ここのところ音を少しズラせますか?」

 

「う〜ん…ちょっとやってみていいですか?」

 

「はい」

 

「みぞれはいつも通り吹いて」

 

「(コクッ)」

 

 先生に言われたのを実際にやってみる。イメージは先に吹いているみぞれを追いかけるイメージで…

 

 ♪〜

  ♪〜

 

『おー!』

 

「こんな感じですかね?」

 

「はい、これからそれでお願いします」

 

「わかりました。みぞれはつられたりしないか?」

 

「…大丈夫」

 

「ならOKだ」

 

 しかし今はすぐできたけど合奏の中だと難しそうだな。練習あるのみ!

 

 

 

 

 ーパート教室ー

 

「先輩方少し手伝ってもらっていいですか?みぞれも」

 

「もち!」

 

「うん!」

 

「(コクッ)」

 

「ありがとうございます!ここなんですけど…」

 

「あぁさっきのところ」

 

「途中から変わると難しくなるよね」

 

「はい…少しでも他の音と合わせたいです」

 

 合奏のとき完全に思い知った。他の音があると難しさが断然違う。頑張ろう!

 

 

 

 

 

 

 ー何日か後ー

 

 今日もこのクソ暑い音楽室の中練習三昧だ

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「はいそこまで。前よりはよくなりましたがそれでもまだ求められる音にはなっていません。ここはあなた達次第です!」

 

 確かに以前よりは格段によくなった。しかし全国に行くにはまだまだってことだ

 

「トロンボーン、今出だしがズレたのは誰ですか?」

 

 その昇さんの言ったことに塚本くんが手を挙げる

 

「練習でできないことは本番では絶対にできません。そのつもりで取り組んでください」

 

「はい…」

 

 塚本くんは以前指摘されたところにまだ手こずっているらしい

 

「では158章節目から」

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「はい、やめて。ユーフォ、162から1人ずつ聞かせてもらえますか?まず黄前さんから」

 

「あ、はい!」

 

 ♪〜

 

 ん〜、ちょっとぎこちないかな…

 

「はい、そこまで。黄前さんそこ難しいですか…?」

 

「…」

 

 大丈夫かな…

 

「本番までにできるようになりますか?」

 

「はい…」

 

「本番でできないということは全員に迷惑をかけるということですよ?」

 

 昇さん聞き方ひでぇ…

 

「もう一度聞きます。できますか?」

 

「…はい!できます!」

 

 おぉ、いいい返事!気持ちが篭ってるのがよくわかる

 

「…わかりました。ではその次から全員で」

 

 その後も練習は続く

 

 

 

 

 

 ー翌日ー

 

「コンクールまで残り10日です。各自自分の課題にしっかり取り組んでください」

 

『はい!』

 

 部長の一声で今日の練習も始まった

 

 

 

 

 

 

 

 ーパート教室ー

 

 ♪〜♪〜

 

「うん、大分よくなったんじゃない?」

 

「そうですか?」

 

「うん!なんか滑らかに入れてるし!」

 

 練習のおかげか先輩にはいい感じに聴こえたらしい

 

「みぞれはどうだ?なんか不快な感じにあるか?」

 

「…大丈夫。タイミングも合ってると思う」

 

「そうか」

 

 みぞれに言われてオレは張っていたの糸が切れたかのように椅子の背もたれに寄りかかる

 

「ふぅ」

 

「…はい」

 

「おう、サンキュ!」

 

 みぞれが水をくれた

 

「いけそう?」

 

「大丈夫だ!心配すんな!これでもお前のパートナーだぞ?」

 

「そうだね」

 

 オレがニカッと笑うとみぞれも笑顔を見せる

 

「今日のこの教室の温度高くない?」

 

「違う暑さが混じってるからね」

 

 横では先輩2人が訳のわかんない会話をしていた

 

 

 

 

 

 

 ー音楽室ー

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「テナー、バリトン、ユーフォ、ここ重要です」

 

『はい!』

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「7章節目からもう一度。ここのバリトンもっとクリアに」

 

『はい!』

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「スネアー(スネアドラム)はここにアクセント」

 

「はい!」

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「前にも言いましたよ。この曲はホルンがかっこいい曲です。わかってますか?」

 

 曲をやっては昇さんが止めて指摘。いつものことだがコンクールのこともあるため頻度が増してきた

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「トロンボーン塚本くん」

 

「はい!」

 

「今のを常に吹けるように」

 

「…」

 

 おぉ克服したか!でもいきなりのことで言葉なくしてやがる

 

「では次、158章節目から」

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「はい、そこまで」

 

 ここで止まるのは何回目だろう

 

「トランペットはちゃんと音を区切って」

 

『はい!』

 

「ホルンはもっとください」

 

『はい!』

 

「そしてユーフォ、ここは田中さん1人でやってください」

 

 …マジか……

 

「田中さん、聞こえましたか?」

 

「…はい」

 

「ではもう一度、今の指示に気をつけて」

 

 黄前さん…ショックなのはわかるがここで腐っちゃダメだ!

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「はい、オーボエ」

 

「はい」

 

 ヤベェ、なんかやらかしたかな…

 

「今のところ、その調子でお願いします」

 

「…はい!」

 

 よかったぁ〜〜〜〜〜

 

 黄前さんは大丈夫かな…

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話

 まだ日が完全に登っていないうえ新聞屋さんが朝刊を配り始めるぐらいの時間、オレはみぞれの家の前に立っている

 

 今日はとうとうコンクール本番。10日なんてあっという間だった。だがその10日の間も充実した練習ができたと思う

 

 そうこうしていると今日はコンクールのため正装、つまり冬用の制服を着ているみぞれが玄関から出てきた

 

「おはようみぞれ」

 

「おはようハル」

 

「暑そうだな」

 

「…今はそうでもないかも」

 

「んじゃあ行くか」

 

「うん」

 

 朝の挨拶を軽くに済ませ学校へ向かう

 

 

 

 

 

 ー学校ー

 

 はっきり言って来るのが早すぎた。今何時と腕時計を見るとまだ6時になっていなかった

 

「…早すぎたな」

 

「…そだね」

 

「少し吹くか」

 

「うん」

 

 オレとみぞれはいつも朝練をしている教室へ向かう

 

 

「準備いいか?」

 

「大丈夫」

 

「…」

 

「…」

 

「なぁみぞれ」

 

「…なに?」

 

「いよいよだな」

 

「うん」

 

「約束する。今日は今までで一番いい音聴かせてやる!」

 

「…うん。楽しみにしてる」

 

「じゃあやるか」

 

「うん」

 

 ♪〜♪〜

 

 朝の光が強くなって青く見えてきた空に向かってオレ達の音は響いていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー音楽室ー

 

 みんなが集まり出してそれぞれが楽器の用意をしていく。一番大変なのはパーカスだろう…持って行くものたくさんあるだろうし

 

 

 そして準備がひと段落ついたところで

 

「はーい。みんな聞いてー。各パートリーダーは自分のメンバーがいるか確認してください」

 

 これは点呼のようなものだ

 ここで人がいないなんてことになったら騒ぎになることじゃすまないぞ…

 

「トランペット」

 

「全員います」

 

「パーカス問題なし」

 

「フルート全員います」

 

「クラ揃ってます」

 

「ファンゴット、オーボエ大丈夫で〜す」

 

「トロンボーン揃ってま〜す」

 

「低音オールオーケー」

 

「えっとサックスも大丈夫」

 

「はい、わかりました」

 

 全員いるみたいだな

 

「えっと、7時過ぎぐらいにトラックが到着するみたいです。楽器運搬係の指示に従って速やかに楽器を移動させてください」

 

『はい!』

 

「楽譜係」

 

「はい。今から譜面隠しを配ります」

 

「受け取ったら各自無くさないようにね」

 

 楽譜隠しないと譜面にメモしてるのがバレバレなんだよなぁ。特に女子は楽譜に応援メッセージと書くよな

 

「ほれみぞれ」

 

「ありがと」

 

 譜面隠しをみぞれに渡し、オレは楽器運搬の手伝いに行く

 

 

 

 

 

 

 ー校門ー

 

 楽器の積み込みも終わり、今は松本先生からありがた〜いお言葉を頂いているところだ

 

「全員気持ちで負けたら承知しないからな!いいな!」

 

『はい!』

 

「はぁ…はぁ…すいません!お待たせしました」

 

 相変わらず時間に緩いな…

 

「全員揃ってますか?」

 

「えぇ」

 

「そうですか」

 

「先生!ちょっといいですか?」

 

「どうぞ」

 

「森田さん」

 

 ん?

 

「はい!中川」

 

「うん」

 

 夏紀?

 

「えぇ、私達サブメンバーのチームモナカが皆さんへのお守りを作りました。今から配りますからどうぞ受け取ってください」

 

「イニシャル入りです」

 

『おぉ!』

 

 すげぇな。こりゃあ一層頑張んないとな!

 

 

「ほれ春希。みぞれも」

 

「お、サンキュー」

 

「…ありがとう」

 

「2人のはお揃いだから」

 

「わかってんじゃん」

 

「…どうも」

 

 オレとみぞれには夏紀がくれた。夏紀の言った通りオレとみぞれのお守りの模様は一緒でイニシャルが違うだけだった

 

「みんなもらった?」

 

『はい』

 

「毎日遅くまで練習する中全員分用意するのはすごく大変だったと思います。ありがとう、拍手」

 

 \パチパチパチパチ/

 

「それではそろそろ出発します」

 

「小笠原さん」

 

「はい?」

 

「部長から皆さんへ何か一言」

 

「えっ!私ですか!?」

 

「よっ!待ってました部長様!」

 

「茶化さないの!」

 

 いきなりふられて驚く部長とそれを茶化す副部長

 

「えっと、今日の本番を迎えるまでいろんなことがありました。でも今日は、今日できることはいままでの頑張りを、思いを全て演奏にぶつけることだけです。それでは皆さんご唱和ください。北宇治ファイトー!」

 

『おー!』

 

「さぁ!会場に私達の三日月が舞うよ!」

 

『おー!!!』

 

 部長の一言、そして副部長の喝によりみんなのボルテージは最高まで達した

 

「はしゃぎ過ぎだ!」

 

 と思ったら今度は松本先生から喝をもらった。厳しいでしょ!

 

 

 

 

 

 

 

 ー会場ー

 

「はーい。各パートリーダーは人数がいるか再度確認。終わったら各自楽器の準備をしてください」

 

『はい!』

 

 会場はこの前のホールより大きかった。そして当たり前だが他校もいる。強豪とかそういうのがわからないがみんなこの日のために練習を頑張ってきたのだろう

 

「そろそろ移動しまーす」

 

 

 

 

 

 

 

 ー多目的ホールー

 

「ではこのドアを閉めたら音出しオーケーです」

 

 案内の係の人に連れてこられたのは音の調整用のホールみたいだ。ドアが閉まったと同時にみんなはそれぞれチューニングを始める

 

 ♪〜

 

「音合ってない…」

 

「大丈夫大丈夫」

 

「よく聴いて」

 

 ♪〜

 

「ちょっと高いかも」

 

 

 パートごとだったり自分でだったり各々がそれぞれのチューニングをしていく

 

 ♪〜

 

「…大丈夫だな」

 

「うん」

 

 オレとみぞれのチューニングもOKだ

 

 そして全体のチューニング

 

 ♪〜

 

 うん、みんな大丈夫だ

 

「よろしいですか?」

 

『はい』

 

「えっと〜、実はここでいろいろ話そうと考えてきたんですが…あまり私から話すことはありません」

 

 ですよね〜なんとなくわかってた

 

「春、あなた達は全国大会を目指すと決めました。向上心を持ち、努力し、音楽を奏でてきたのは全て皆さんです。誇ってください。私達は“北宇治高校吹奏楽部”です」

 

 話すんかい!まぁそのおかげでみんなに笑顔が戻ったな

 

「そろそろ本番です。皆さん、会場をあっと言わせる準備はできましたか?」

 

『…』

 

 沈黙

 

「初めに戻ってしまいましたか?私は聞いているんですよ?会場をあっと言わせる準備はできましたか?」

 

『はい!!!』

 

「では皆さん、行きましょう」

 

 昇さんは会場へのドアを開け

 

「全国に」

 

 

 

 

 

 

 ー待合室ー

 

 あるところでは

 

「緊張する…」

 

「大丈夫。うまく行く」

 

「…うん!」

 

 

 またあるところでは

 

「普段通りに行こう」

 

「うん」

 

 

 みんな緊張しないわけがない

 

 そして…

 

 \パチパチパチパチ/

 

 会場から拍手が起こる。前の学校が終わったみたいだ

 

 オレはみぞれの頭の後ろに手をやり額同士をくっつける

 

「やるぞみぞれ」

 

「…うん」

 

「楽しもうな」

 

「…うん」

 

 そして額を離し

 

「オレはみぞれのために」

 

「私はハルのために」

 

「今日は最高の音奏でようぜ!」

 

「うん!」

 

 最後に恒例のやつをやって準備は万端。気のせいかみぞれの頰は赤く見えたが問題ないだろう

 

 そして…

 

「北宇治の皆さんどうぞ」

 

 いよいよだ

 

 

 

 

 

 

 いい緊張感の中指定の席に座り楽譜を広げる

 

 明かり点灯

 

『プログラム5番、北宇治高等学校吹奏楽部。課題曲4番に続きまして自由曲堀川奈美恵作曲“三日月の舞”。指揮は滝 昇です』

 

 アナウンスによって課題曲と自由曲、そして昇さんの説明がなされた

 

 \パチパチパチパチ/

 

 一礼して振り向いた昇さんはオレ達を一回り見て腕を挙げる。そしてみんなは楽器を構える

 

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 

 オレ達北宇治高校吹奏楽部の演奏が、今、始まった

 

 

 

 

 3分25秒

 

 練習のときと同じタイムで課題曲が終了し続いて自由曲へ

 

 一旦降ろされた昇さんの腕が挙がり、再び全員が構える

 

 

 

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 

 

 

 出だし好調!みんなが完全に1つとなって合奏している

 

 

 そしてオーボエのソロ。今回はみぞれ。ソロに入る前にみぞれと目が合い、オレはその音にの虜になる

 

 

 ♪〜

 

 

 あぁ、やっぱいいな

 

 

 

 

 

 そしてその後も順調に進みトランペットのソロに…

 

 

 

 

 ♪〜

 

 

 

 

 うん、いい音奏でてる

 

 

 

 

 

 

 

 そしてオレ達の演奏が終了した

 

 \パチパチパチパチ/

 

 

 鳴り止まぬ拍手を前にオレの心には“満足”の言葉が大きく映し出されていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー審査発表ー

 

「うぅ、めちゃくちゃ緊張する」

 

「ヤバいよこの緊張感」

 

 仕方ない。みんなそうだ

 オレは隣のみぞれと手を握り合っている

 

「きた!」

 

 舞台の2階から審査結果の用紙が垂らされる。そこには…

 

 金:北宇治高等学校

 

 この文字が堂々と印されている

 

『やったー!!!』

 

 あるものは隣のやつと抱き合い、あるものは顔を手で覆って肩を震わせる

 

「…ハル」

 

「みぞれ」

 

 みぞれは目に涙を浮かべオレに抱きついてくる

 

 

 

 だが結果発表はまだ終わっていない

 

「えぇ、この中で関西大会に出場する学校は…」

 

 その学校名を出した瞬間、会場は湧いた

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話

「賞状誰か持ってー」

 

「私はいいよ…」

 

 コンクールが終了し、その熱が冷めないうちに記念撮影をするべくみんなは集まっている

 未だに実感が湧かない。オレ達北宇治高校が“全国”なんて…

 

「じゃあいきます!こっち向いて何かポーズとって!」

 

 カメラマンさんの指示に従い各々今の嬉しさを存分に体で表した

 

 オレ達北宇治高校吹奏楽部はコンクールで金賞を取り、さらに全国行きを決めたのだ。そしてここからまた新たな一歩を踏み始める…

 

 

 

 

 

 

「はーい、みんな集まってー」

 

 部長の声かけにみんなが集まる

 

「お願いします」

 

「えーと、こういうのは初めてなのでなんて言ったらいいのかわからないのですが…皆さん、おめでとうございます!」

 

「いえ!むしろ感謝するのはこっちの方です!」

 

 全くもってその通りですね。昇さんには感謝しても仕切れないでしょう

 

「みんな!せーの!」

 

『ありがとうございました!』

 

「…あ、はい。ありがとうございます」

 

 あっさりだな…

 

「私達はたった今から代表です。それに恥じないようにさらに演奏に磨きをかけていかなければいけません。今この場からその覚悟を持ってください」

 

『はい!』

 

 そうだ。これからオレ達は代表で演奏するんだ

 

「では移動しまーす」

 

 

 

 

 

 ーバス内ー

 

「今日の最高だったぞみぞれ」

 

「…ありがと///」

 

 来るとき同様隣同士に座りみぞれに声をかける

 

「次はハルの番」

 

「おう!」

 

「期待してる」

 

「任せろ!」

 

 みぞれはそう言い終えて疲れたのかオレの肩に寄っかかって寝てしまった

 

 

 

 

 

 

 

 ー学校(音楽室)ー

 

 学校に着くと運搬係と一緒に楽器を音楽室に運ぶ

 運び終わったら音楽室に全員集まり今後の予定表が配られた

 

「全員行き渡りましたか?」

 

『はい』

 

 予定表には空白の方が多いが何も書いてなくても練習するのが当たり前だ。この予定表にはこの後も本当の夏休みとは程遠いことを意味していた

 

「8月の17、18、19の三日間、近くの施設を借りて合宿を行います。今日帰ったらご家族にきちんと話してください」

 

 合宿かぁ…楽しみだ!

 

「その前の15と16に休みって書いてあるのは…」

 

 ん?ホントだ

 

「そのままの意味です」

 

『えー!』

 

「練習したいのはやまやまなんですがその期間は必ず休まなければならないと学校で決まっているらしくって」

 

「自主練もダメなんですか?」

 

「学校を閉めるらしいんですよ」

 

 意識の高さがよくわかる。みんなそれだけ大会にかけているんだろう。関西に行けたという事実が全国を夢から現実のものにしていた

 

「とにかく残された時間は限られています。3年生はもちろん、2年生、1年生も来年あるなんて思わずこのチャンスを必ずものにしましょう」

 

『はい!』

 

「では練習に移りますが、その前に…」

 

 昇さんがそう言うと入口のドアが開かれた。入ってきたのはサブメンバーのチームモナカだ。しかも楽器を持っている

 

「えーと、皆さん関西大会出場おめでとうございます」

 

「私達チームモナカは関西大会に向けてこれまで同様みんなを支え一緒にこの部を盛り上げていきたいと思っています」

 

「おめでとうの気持ちを込めて演奏するので聞いてください!」

 

「では!」

 

「行くよ!」

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 合図と同時にチームモナカによる学園天国が演奏された。そして終わりには…

 

『Congraturation!!』

 

 \パチパチパチパチ/

 

「ありがとうございました…グスッ!」

 

 部長泣いてるよ!

 

「みんな…本当に…うぇぇ…」

 

「もー!こういうときは景気良くいかないとダメでしょ!じゃあいくよー!北宇治ファイトー!」

 

『おー!!!』

 

「それ私の~」

 

 こうして北宇治高校吹奏楽部の新たなスタートが切られた

 

 

 

 

 

 

 

 ー翌日ー

 

 今日も朝練のためにいつもの電車のいつもの席に座っている。だが昨日はなかなか興奮が収まらなくって全然寝られなかった。だから今すんげぇ眠い…

 

「ハルおはよ」

 

「…おぉみぞれ、おはよ」

 

 いかんいかん。少し寝てしまっていたみたいだ…

 

「眠いの?」

 

「んー?昨日寝れなくってな」

 

「そうなんだ」

 

 みぞれはそう言ってオレ頭に手をやる

 

「…寝癖」

 

「あぁ、わりー。寝ぼけてたから」

 

 学校までにはちゃんと目を覚まさないとな

 

 

 

 

 

 

 ー学校ー

 

 今日もオレらは1番だった。いつも通り職員室に音楽室の鍵を借りに行く

 

 コンコン

「失礼します」

 

「おや、お二人ともいつも早いですね」

 

「いえいえ、音楽室の鍵…」

 

「はいどうぞ」

 

「ありがとうございます。失礼しました」

 

 オレは鍵を受け取り職員室を出る

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー音楽室ー

 

 今日はなぜか音楽室でやることになった。なんでかはわからん…

 

 ♪〜

 

「どうだ?」

 

「…大丈夫」

 

「じゃあ始めますか」

 

「…うん」

 

 チューニングも終わりオレ達は演奏を開始した

 

 

 

 

 

 ♪〜

 

 ガラガラ

 

 どれぐらい経った頃だろうか、音楽室のドアが開いた

 

「おはようございます」

 

「ん?麗奈か、おはよう」

 

「(ペコッ)」

 

 ん?今日は黄前さんもいるじゃん

 

「珍しいね。今日は2人?」

 

「はい、今日は2人です」

 

「そう…」

 

 みぞれから話しかけるなんてこっちもまた珍しいな

 

「あのー、先輩方はいつもこんな早くに来てるんですか?」

 

「…うん、来てる」

 

「まぁもう慣れたな」

 

「練習好きなんですね」

 

「…ハルがいるから」

 

「オレもみぞれがいるからかな」

 

「…そうですか」

 

 なんか引かれたな、なんでだ?

 

「そうだ麗奈、昨日のソロよかったぞ」

 

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

「れ、麗奈?」

 

 いきなりの麗奈の豹変ぷりに驚いている黄前さん

 

「黄前さんはもう少しで例のところできそうだな」

 

「え、あ、そうですかね…」

 

「あぁ、焦らずじっくりな」

 

「…はい!」

 

 おぉおぉ、元気があっていいねぇ若いのは

 

 その後中世古先輩やリボンが来たりと続々と集まり出した

 

「みぞれは夏休みの宿題どれくらい終わった?」

 

 いきなりリボンがきた

 

「…ほとんど終わった」

 

「えー!いいなぁ!ねぇお盆暇?一緒にやらない?」

 

「…ハルが一緒だけどそれでもいいなら」

 

「…」

 

 リボンはいわゆるジト目でオレの方を見て来た

 

「まぁいいか」

 

「なんだよ?」

 

「あんたもたまには彼氏離れしたら?」

 

「…?なんで?」

 

「はぁ、はいはい、私が悪かったわよ」

 

 なんでかわかんないが諦めたリボン。だがオレとみぞれの2人っきりの時間を壊したお前は万死に値する!どうしてくれようか!!

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話

 ー音楽室ー

 

「よろしくお願いします」

 

『よろしくお願いします』

 

「よろしくお願いします」

 

 練習が始まる前の挨拶を終えいざ練習が始まる。と思いきや…

 

「ではさっそく今日の合奏を始めていきますが、今日はその前に1人紹介したい人がいます」

 

 紹介したい人?

 

 ガラガラ

「失礼します!」

 

 入口のドアが開いてでかでかと声を発しながら男の人が入って来た

 

「彼はこの学校のOBでパーカッションのプロです。夏休みの間、指導してもらうことになりました」

 

「プロ!?」

 

「マジで!」

 

 パーカッションの方から驚きと歓喜の声があがる

 

橋本 真博(はしもと まさひろ)といいます。どうぞよろしく!あだなははしもっちゃん。こう見えても滝くんとは大学からの同期です。滝くんのことで知りたいことがあったらどんどん聞きに来てね!」

 

 

 

 シーン…

 

 

 

「あれ、反応薄いなー」

 

「余計なことは言わなくていいですよ」

 

「滝くんモテるでしょう?女子からキャーキャー言われてるんじゃないの?」

 

「はい、吹奏楽部員“以外”の女子から…」

 

 あははは!こんなスパルタが知られたらどうなるんだろう!

 

「あはは!吹部女子からは人気ないかー!ごめんなー!滝くんが口悪いのは昔からでね…イタッ!」

 

「余計なことは言わなくていいですと言いましたよ…!」

 

 \あははははは!!!/

 

 橋本さんと昇さんのやりとりにみんなは笑い出す

 そして橋本さんは黄前さんの前に行き…

 

「起きてるー?」

 

「…あ、はい!」

 

「新任のコーチなのに興味なし?落ち込むなー!」

 

「すみません!」

 

「はいパーカス!最初からビシビシいくよー!」

 

『はい!』

 

 パーカスは気合い入るなー

 黄前さんはどうしたんだ?なにかあったのかな…?

 

「おもしろそうな人だな」

 

「…そうだね」

 

 みぞれはそれだけ言うと楽譜に目を落とす。今日もみぞれは平常運転だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー3日後ー

 

 今日も朝練にみぞれと来て少ししたら意外なことにリボンが1人で来た。いつもは中世古先輩と来るのに

 

「よぉリボン。今日は1人なんだな」

 

「うん、ちょっと2人に話があって」

 

「…話?」

 

「聞いてない?」

 

「なにが?」

 

「…?」

 

「そっか、どうしよう…」

 

 いったいなんなんだ。そう思っていると…

 

 ガラガラ

 

「あれ2人とも早いんだね」

 

「おはようございます」

 

「はよーござまーす」

 

「おはようさん」

 

 麗奈と黄前さんが登校してきた

 

 挨拶しただけで何の会話もしない状況でみぞれが口を開く

 

「…優子」

 

「ん?」

 

「…仲悪いの?その2人と」

 

「えっ!」

 

「えっ!」

 

「…」

 

「ほえ?」

 

 みぞれの発言にビックリするリボンと黄前さん。麗奈の表情は変わらない

 

 また沈黙…

 

「え、えーと…」

 

「ふっ、そうなんですか?先輩」

 

「さぁ、どうなんだろうね?後輩」

 

「ふふふ…」

 

「ははは…」

 

「お前ら意味深すぎだろ」

 

「いやー、仲いいって言うか悪いって言うか…普通って言うか、そう普通!先輩と後輩って感じです!多分」

 

「…ふ〜ん」

 

 いやいや、お前が聞いたのにその返しは酷いんじゃない?みぞれさん

 

「じゃあ私達は外で練習して来ます!行こう…」

 

 そう言って退出していく2人

 

「あれだけいろいろあったのにホント、みぞれって部内の人間関係のこと疎いよね…」

 

「…だって興味ない」

 

 オレは!?

 

「でもまぁそこがみぞれのいいところなんだけどさ」

 

「…私にはハルがいるから」

 

「みぞれ…」

 

 ヤベッ!泣きそう!←ホントバカ

 

「さっきの話、のぞみのことなんだけど…」

 

「っ!」

 

「…」

 

 チッ!嫌な名前聞いた

 

「…のぞみ」

 

「うん。のぞみがね、部活に戻りたいって話してきたらしいの…」

 

「そう…」

 

「ありえねぇ」

 

 オレはそう口に出してしまった…クソッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー全体練習ー

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「はい、初めのトランペットの入り方が気になります。パーではなく初めからパーンと出してください」

 

『はい!』

 

「それとフォルテッシモ(意味:最も強く)の音が汚くなっています。あくまで大きく美しくです」

 

『はい!』

 

 オレは朝のことが頭が離れないまま演奏に臨んでしまった

 

「おーいナックル!パーカスは1発目のロール大分正確になったのわかる?最初にパッと聞いた感じはあってたけど、なんか雑だったから」

 

「はい!滝先生から何度も指摘されてたんですけどやっと掴めたような気がします」

 

「でしょでしょ!?僕のこともっと尊敬してくれていいから!」

 

 \あははは/

 

「他には何かありますか?」

 

「そうだね…全体的にちょっと大人しい印象がある。普段のみんながそのまま演奏に出てる感じだね。もう少しでお互い図々しくなった方がいい。気になったことがあったらどんどん言い合ってみるとかね。わかった?」

 

『はい!』

 

「あとオーボエはレベル高いねー!僕もビックリしたよ!」

 

「ありがとうございます」

 

「(ペコッ)」

 

 今のオレにはそんなことより考えてしまうことがあった

 

「では今のところからもう一度」

 

『はい!』

 

 

 

 

 

 

 練習も終わり残って練習しようとしていると…

 

 ♪〜

 

 あの忌まわしいフルートの音が響いてきた

 

「みぞれ!」

 

「…うっ」

 

 みぞれは苦しみがってしまう。そこへ…

 

「鎧塚先輩…?春希先輩も…」

 

「黄前さん…」

 

「大丈夫ですか…?」

 

「…気にしないで」

 

「…本人がこう言ってるから大丈夫だ。ありがとな」

 

 みぞれは立ち上がり階段を降りようとする。オレはそれを支える。すると…

 

 ♪〜

 

 クソッ!

 

「この音…」

 

 なんなんだよ!

 

「…この音嫌い」

 

「え?」

 

「黄前さんは気にしないでいい」

 

「は、はい」

 

 オレはみぞれを支えながら階段を降りる。そして中庭のベンチに座らせる

 

「ちょっと待ってろ。カバン取ってくる。今日はもう帰るぞ」

 

「…うん。ありがと」

 

 オレはみぞれの分の荷物も持ってきてみぞれに付き添いながら帰った

 

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話

 ー翌日ー

 

 みぞれの体調はすぐよくなって本人も大丈夫とのことだ。しかしオレはもうあの音を2度とみぞれに聞かせたくないと思った

 

 今日は気持ちを切り替え練習に臨んだ

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「はい、Lからのフォルテッシモ音が濁らないようにしてください!」

 

『はい!』

 

「スネアーはロールだらしなくならないように」

 

「はい!」

 

「では本日の練習はここまでにします。明日からはお盆休みに入りますがその後すぐ合宿です。体調管理にはくれぐれも注意して風邪など引かないようにしてください」

 

『はい!』

 

「ヘックシュ!!」

 

「注意してくださいね」

 

 \はははは!!/

 

「はい…」

 

 指導する立場の人が何やってんだか…

 

「では合宿の予定確認するからパートリーダーはいつもの教室に集まってくださーい」

 

 お盆か…

 

「みぞれはお盆どっか行くのか?」

 

「…特にどこも行かないけど」

 

「どっか行くか?」

 

「…行きたい」

 

「決まりだ!」

 

 休みに彼女とデート、充実してるぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー休みー

 

 せっかくの休みだしみぞれとデートをします!みぞれとデートをします!!大事なことだから2回言いました

 

「どこ行きたい?」

 

「ハルが行きたいとこでいい」

 

「そっか。室内入れるとこがいいよな…あっ!」

 

「…?」

 

 オレはいいところを思いついたのでみぞれの手を握り連れて行く

 

「…水族館」

 

「静かだし、涼しいし、いいだろ?」

 

「うん」

 

 チケットを2人分買い中に入る

 

「おぉ!」

 

「…」

 

 久々に来たけど案外イケるな!みぞれも目をキラキラさせている

 

 その後も水槽ごとに足を止め中を見ながら館内を楽しんだ

 

 帰りの電車はまだ夕方なためか人は少なかった

 

「今日は楽しかったな」

 

「うん」

 

「また行こうな」

 

「うん」

 

「合宿の準備できてるか」

 

「…まだ」

 

「手伝おうか?」

 

「大丈夫」

 

 そして今日はオレが降りる駅の方が先に来てしまう

 

「ホントに送らなくて大丈夫か?」

 

「…大丈夫」

 

「じゃあまた合宿でな」

 

「うん」

 

 電車の扉が閉まり発車する。みぞれはオレが見えなくなるまで手を振り続けていた。可愛かったです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー合宿日ー

 

 お盆休みはあっという間に終わり2泊3日の合宿が始まった

 ホールは広く充実した合宿になりそうだ!

 

 練習は着いて早々例のホールで行われるようだ。いつもの音楽室とは全然違うから自ずと興奮してしまう

 

 ガチャ

 先生がドアを開けて入って来た

 

「では練習を始める前に皆さんに紹介したい人がいます。どうぞ」

 

 ガチャ

 昇さんの声でドアが再度開きすごく綺麗な(みぞれには劣る←超バカ)女性が入って来た

 

「今日から木管楽器を指導してくださる新山 聡美(にいやま さとみ)先生です」

 

「新山 聡美といいます。よろしく」ウフッ

 

「木管!」

 

「よっしゃ!」

 

「超美人じゃん」

 

「さすが滝先生」

 

「えっ!そういうことなの!?」

 

 彼女さんかな?

 

「木管だって」

 

「…よかったね」

 

 あれ?みぞれさんご機嫌斜め…?

 

「午後は木管は第2ホール、パーカスと金管はこちらで練習します。新山先生は若いですが優秀です。指示にはきちんと従うように!」

 

「優秀だなんて、褒めても何も出ませんよ?」

 

「いえいえ、本当のことを言っているだけです」

 

「まぁ!滝先生にそう言ってもらえて嬉しいです」

 

 何これ、彼氏と彼女の戯れですか…?

 

「なになに!?」

 

「マジなやつ!?マジなやつ!?」

 

 先生たちの会話で起きたざわめきが収まるのは少し時間がかかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー夕食ー

 

 その後午前は全体、午後は指示があった通りに別れ練習をした

 ちなみに夕食はカレーだ

 

「いやーなかなかキツかったな」

 

「…そうだね」

 

「もう一回が何回続いたよ」

 

「10回以上かな」

 

「さすが滝先生が連れ来た人だよね」

 

「スパルタが2倍に…」

 

 テーブルを挟んで座っている来南先輩と美貴乃先輩も木管だから新山先生のスパルタ練習を共に乗り越えた仲間である

 

「先輩大丈夫ですか?まだあと2日ありますよ?」

 

「…ヤバいかも」

 

「これはこれで辛いね…」

 

「とか言いつつ練習こなす先輩さすがですよ」

 

 オレの最後の一言に笑顔が戻る先輩2人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー夜ー

 

 さすがに男女で同じ部屋になることはできなかったのでみぞれとは別々の部屋になってしまった

 

 みぞれから連絡があって今は外で得意の音ゲーをやっているとのことだったからオレはその隣でぼーっとしている

 

「…よく無音でできるな」

 

「…慣れれば簡単」

 

「それ音ゲーじゃなくね?」

 

「そう?」

 

 そんな会話をしていると襖のような扉が開く音がした。そこから出て来たのは黄前さんで手すりにもたれかかってイヤホンを耳にした

 

 ♪〜

 

 おいおい音漏れしてるぞ。ていうかこの曲…

 

 少しするとみぞれは手をとめ手すりの下の隙間から黄前さんの足をつつく

 

「ひゃっ!鎧塚先輩!と春希先輩」

 

「よっ」

 

「その曲やめて。嫌い」

 

「あ、すいません!」

 

 黄前さんはすぐ曲を止めてくれた

 

「先輩達はどうしてここに?」

 

「リズムゲーム。眠れないから…」

 

「その付き添い」

 

「どうぞ…」トントン

 

「はぁ…」

 

 そしてみぞれはオレがいるのとは反対側の椅子を叩きながら黄前さんを招く

 

「…」

 

 そして沈黙…

 

「ねぇ、コンクールって好き?」

 

「え?」

 

「私はそんなに好きじゃない。結局審査員の好みで決まるでしょ?」

 

「…でもそれは仕方ないかなって、思っちゃってます……」

 

 みぞれはゲームを一時中断して黄前さんの方を向く

 

「仕方ない?たくさんの人が悲しむのに」

 

「すみません…」

 

「こーら、言い方悪いぞ?」

 

「…ごめん」

 

 オレはみぞれの頭に手を乗せて言う

 

「私はそういうのはあまり好きじゃない」

 

「…じゃあ、鎧塚先輩はどうして続けているんですか?」

 

「ハルがいるから」

 

 みぞれは今までにないくらい間を空けずに答えた

 

「ハルが隣にいてくれたから続けられた。でもコンクールはあまり好きになれない…」

 

「そうですか…」

 

 そこで会話は終わり、黄前さんは自室に戻った

 

「…ごめんねハル」

 

「なにが?」

 

「楽しくないってわけじゃないの。でもコンクールでいい成績残そうとは頑張れない」

 

「まぁオレもだいたいおんなじようなもんだよ。オレはみぞれとやりたいからやってる」

 

「私もハルが一緒だから」

 

「じゃあこれからもそれでいいんじゃない?そのうちいい成績残すことが嬉しいって思えるときがくるさ」

 

 オレはそう言いながらみぞれを抱き寄せる。みぞれもオレの背中に手を回す

 

「オレらはオレらのペースでやっていけばいいよ。実際それでいい音出てるしな」

 

「…うん。ありがと」

 

「じゃあそろそろ戻りな。さすがに寝ないとヤバいぞ?」

 

「…」

 

 みぞれを離すと下を向いたまま黙っている

 

「…ハル」

 

 みぞれはオレの顔を見上げ何かを要求しているように見える。オレは瞬時にその意図に気づいた。そしてみぞれの唇に自分の唇を合わせる

 

「…///」

 

 離してみぞれの顔を見るとこの暗さの中でもわかるくらい真っ赤になっている

 

「じゃあ戻りな」

 

「うん、おやすみ///」

 

「おやすみ」

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話

 ー合宿2日目ー

 

 この合宿では演奏だけではなく基礎の基礎までやるらしい。朝のミーティングでは呼吸と発声練習をする

 

「じゃあ呼吸から」

 

『ふ〜』

 

「大きく吸って吐いてー」

 

 その後パート練が入り、午後はひたすら合奏が続く

 

「では10回通しに入ります」

 

『はい!』

 

 10回通しというのは課題曲と自由曲を合わせて10回通しで練習するというものだ。2曲合わせて約12分、1回2分の休憩を入れて計120分以上はかかる。最後の方はみんながバテバテの状態になる

 

「では20分休憩にします」

 

「ふぇ〜」

 

「20分かー、ちょっと吹いてくるかな♪」

 

「えっ!」

 

「すげぇな」

 

 みんながバテている中まだ吹く余裕が残っている副部長

 

「ほれみぞれ」

 

「…ありがと」

 

 オレは自分が飲んでいた水をみぞれに渡す。でもすぐには飲まず口元を見ている。あぁ…

 

「もしかして昨日のこと思い出してんのか?」

 

「…」

 

 あ、黙った。図星か

 

 その後も演奏は続いた

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「今の感じで良いですがこの曲は単純なbフラットメジャーが随所にある曲です。そこを綺麗に合わせるよう意識しましょう」

 

『はい!』

 

「あとスネアーが少し後ろに感じるよ!もっと前に」

 

「はい!」

 

「それとーティンパニー!」

 

「はい!」

 

「今のところワンテンポ早かったろ!」

 

「はい…」

 

「今そんなことやっててどうするのー。罰金ものだよ」

 

「はい!」

 

 橋本先生はホント指導のときとそうでないときですごい変わるなぁ

 

「ではもう一度頭から。チューバ!ゲスの音、広くとりすぎています。指は回ってますが口が間に合っていません。テンポを早めたらこの有り様ですか?」

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「はい、そこまで。ここは今の演奏を心がけてください。ユーフォ」

 

「「はい!」」

 

「関西大会は今のところを…“2人”で吹いてください」

 

「はい!」

 

「…!」

 

「黄前さん」

 

「ひゃい!?」

 

「返事は…」

 

「…はい!」

 

 黄前さんやったな!

 

「先生方は何かありますか」

 

「正直君達はどんどん上手くなってる。強豪校に引けをとらないぐらいにね。特にオーボエの2人!」

 

「へ?」

 

「…?」

 

 橋本先生がいきなり熱弁したと思いきやなんか褒められた?

 

「この2人は何と言っても表現力がうまい!しかし他のみんなはまだ足りない!それが強豪校との決定的な差だ!北宇治はどんな音楽を作りたいか、この合宿ではそこに取り組んでほしい!」

 

『はい!』

 

「橋本先生もたまにはいいこと言いますね」

 

「いやーたまには余計だろ?僕は歩く名言集だよ」

 

 あははは…なんか言ってるよあの人

 

「それにしてもオーボエの2人は息ピッタリすぎて逆に気持ち悪いよ」

 

「…それは褒めてるんですか?」

 

「もちろん!なに?恋人同士だったりする?」

 

「そうですよ。あ、手出さないでくださいよ?みぞれはオレのなんで」

 

 オレはそう言ってみぞれを抱き寄せる。今のセリフめっちゃクサいな…

 

「あはははは!」

 

「うぉ〜、かっくいい」

 

「副部長その顔やめてください」

 

 パンパン

「はい、そこまでです。橋本先生も生徒をからかうのはやめてください」

 

「いやー失敬失敬」

 

「では最初からいきます」

 

 みぞれの方を向くと少し恥ずかしがってるが顔は笑顔になってる。うん、可愛い!

 

 

 

 

 

 

 

 ー夜ー

 

 今日は夕飯後に花火をするそうだ

 ちなみに夕飯は麻婆豆腐だった

 

 オレが1人ポツンと座っているとみぞれが花火を持ってやって来た

 

「…やろ?」

 

「おう」

 

 みぞれが持って来たのは線香花火だった。オレはそれに火をつけて輝く線香の光を見ている

 

「なんか落ち着くな」

 

「…そうだね」

 

「今日褒められたな」

 

「…うん」

 

「やっぱりオレだけじゃなくてみぞれも一緒にってなるとより嬉しいよ」

 

「…私もハルと一緒で嬉しい」

 

「それじゃあ言葉足らずじゃね?」

 

「…?」

 

 首をかしげるのやめて。可愛いから

 

 それからしばらくして花火は終了した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなが就寝する頃、オレは眠れなくて夜風に当たろうと外に出ていると…

 

「だから関係ないってば!」

 

 ん?リボン?

 角を曲がったところからリボンの声がした

 

「なんでのぞみが戻っちゃいけないのさ!」

 

「だから知らないってば!」

 

 …のぞみ

 

 オレは声の方に向かう

 

「夏紀…」

 

「っ!」

 

「春希…」

 

「…のぞみが戻ってくる?」

 

「春希…いつから」

 

「今さっき。それよりものぞみが戻るとか言ってたか…?」

 

「…うん」

 

 優子は完全に困惑した顔になっている。夏紀もオレの声のトーンでなのかすごく強張っている表情をしている

 

「…それマジありえないから」

 

「っ!なんで!?」

 

「はっ?逃げ出した奴が今更戻ってくるとか虫が良すぎる」

 

「…でも!」

 

「それに辞めないで頑張った奴に失礼だ。だからあいつの復帰はありえない」

 

 オレはそう言い残してその場から遠のく

 

 

 

 

 

 オレはその日一睡もできず、次の日の合宿最終日も大きなミスはなかったものの集中力にかけていた

 

「…ハル、どうしたの?」

 

 今日の演奏を聴いていつもと違うのを悟ったのか、みぞれが聞いてきた

 

「いや、大丈夫だ」

 

「…ホントに?」

 

 みぞれは心配そうな顔でオレを見上げる

 

「…じゃあ、ちょっといいか?」

 

「…っ!!」

 

 オレはみぞれの腕を掴み勢いよく引き寄せ抱きしめる

 

「…少しこのままでいさせてくれ」

 

「…うん」

 

 その後3分ぐらい抱きしめていただろうか

 

「ありがと、もう大丈夫だ!」

 

「…ホント?」

 

「あぁ、みぞれのおかげだ。ありがとな!」

 

「ならいいけど」

 

 そうだ、みぞれを悲しませることは絶対にやっちゃいけねぇんだ!

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話

 合宿が終わり今関西大会のことのついて集められた

 

「関西大会の順番が決まった」

 

 ザワザワ…

 

「静かにしろ!それで北宇治高校は…16番目の演奏になる」

 

 23組中の16番か…悪くないな

 

「あのー他の高校は…?」

 

「ん!」

 

 

 なぜか松本先生に睨まれる…先生目つき怖っ!

 

「主な強豪校ですが大阪東照は午前の部の3番目、秀大付属は12番目、そして明星工科は私達の前の15番目になります。」

 

『えー!』

 

「明星の次なんて〜」

 

 強豪校の次に演奏することになったんだ。そういうリアクションは当然か…

 

「なにー?強豪の次だからってビビってんの?」

 

「そりゃー、ねー?」

 

「うん…」

 

「関係ない関係ない。関西大会なんてどこも強豪校なんだから」

 

「橋本先生の言う通りです。気にすることはありません。私達はいつもと同じように演奏するだけです」

 

『はい!』

 

 関西大会まであと10日を切っている。ここからは演奏もそうだけど体調にも気を配っておく必要があるな

 

 

 

 

 

「鎧塚さん、堺くん」

 

「?はい」

 

「はい…」

 

 練習が終わるとオレとみぞれのもとに新山先生がやってきた

 

「今回の大会、私はあなた達が全国への鍵だと思っています」

 

「…はぁ」

 

「お二人とも以前から上手いと思っていたけどこの少しの期間でまだ成長しています。でも堺くん…」

 

「はい?」

 

「合宿のときもそうだったけどたまにあなたらしくない演奏がありました。鎧塚さんもそれに気づいてつられてしまっていました」

 

「…」

 

 オレは黙ったままだがその原因はなんなのかはわかっている

 

「…」

 

 みぞれも黙ったままオレの方を見ている

 

「あなた達の演奏は素晴らしいけど、そのときの演奏を聴くとなんだか苦しくなるの」

 

「すみません…」

 

「何があったかは聞かないけれど、私はあなた達に最高の演奏をしてもらいたいの」

 

「はい」

 

「…」

 

 話はそれで終わりオレはみぞれと帰宅した

 

 

 

 

 

 

 ー翌日ー

 

 ♪〜♪〜

 

 朝練でオレはいろんな感情を持ちながらひたすら吹いていた

 

「…ル、ハル」

 

「…あっ!どうした?」

 

「…今日のハル変」

 

 みぞれはオレの音でそれを察したのか、演奏を中断して話しかけてきた

 

「…ハル」

 

「ん?」

 

「昨日のこと気にしてる?」

 

「…そだな」

 

「…気にしなくていいと思う」

 

「みぞれ?」

 

「私はハルのために」

 

「っ!オレはみぞれのために」

 

「私はこれだけで十分」

 

 …ははっ、まさかみぞれに励まされる日が来るとはなぁ

 

「そうだな、うん!そうだった!」

 

「…ハル?」

 

「ありがとみぞれ!」

 

「…うん」

 

 オレの何かが変わったのかみぞれに笑顔が見れた

 

 ♪〜♪〜

 

 その後のオレが出す音は自分でもわかる通りこれまでの音とは全然違った。みぞれのおかげだ!

 

 

 

 

 

 しかし、この状況は長くは続かなかった…

 

 

 

 

 

 いつも通りパート練を2人でやっているとき事態は起こった

 

 ♪〜♪〜

 

 いい感じだ

 

「なんか久しぶりだね」

 

 っ!この声!!

 

 オレは顔を上げその声の主を見る。

 

「みぞれ、春希」

 

 それはオレ達の気持ちなんて全くわかってない、完全に友達に会うときの笑顔でいるのぞみだった

 

 その顔を見た瞬間、みぞれは楽譜を置いている台を倒して逃げるように走り去る

 

「みぞれ待って!みぞれ!」

 

 最悪だ!

 

 オレはみぞれを追いかけようとするのぞみの前に立ちはだかり

 

「やめろ」

 

 オレは殴りたい衝動を必死に抑えそれだけ言ってみぞれのあとを追いかける

 

 

 

 

 

 

「みぞれ!」

 

 オレはみぞれが入って行った教室に入り、膝を抱え蹲っているみぞれを優しく抱きしめる

 

「ハル…」

 

「大丈夫だ」

 

 オレは優しく語りかける

 

 その後に黄前さんがやってきた

 

「先輩…」

 

「黄前さん」

 

「あの、何かあったんですか…?えっと、のぞみ先輩のこと嫌いなんですか…?」

 

「…黄前さん、今その話は……」

 

「嫌いじゃない。そうじゃない」

 

 黄前さんが聞いてくることを止めようとするオレに被せてみぞれが言った

 

「じゃあ何か嫌なこと言われたとか…」

 

「違う!違う、のぞみは悪くない。悪いのは全部私…私がのぞみに会うのが、怖いから…」

 

「どうしてですか…?」

 

「…わかっちゃうから。現実を…」

 

「現実…」

 

 オレは今すぐにでもこの話を止めたかった。でもなぜ止めないで聞いてたのかはオレにもわからない…

 

「のぞみは特別…大切な友達……私、人が苦手。性格暗いし。友達もいなくて、ずっと1人だった…のぞみはそんな私と仲良くしてくれた。のぞみが誘ってくれたから吹奏楽部に入った。嬉しかった…毎日が楽しくって。」

 

 みぞれは顔をオレから離す

 

「でものぞみにとって私は友達の1人、たくさんいる中の1人だった」

 

「そんなこと…」

 

「だから!部活辞めるのだって知らなかった。私だけ知らなかった…」

 

 みぞれのオレを抱きしめる力が強くなったのがわかった

 

「相談1つないんだって、私はそんな存在なんだって、知るのが…怖かった……わからない、私はどうしていいか…わからない……」

 

 そこへリボンがやってきた。走ってきたのだろう、汗をかき肩が上下している

 

「はぁ…はぁ…みぞれ…」

 

「優子先輩…」

 

「優子…」

 

 オレはみぞれを離し、立ち上がる

 優子はみぞれに駆け寄る

 

「何心配させてんのよ!」

 

「ごめん…」

 

「まだのぞみと話すの怖い…?」

 

「(コクッ)」

 

 優子の問いかけにみぞれは頷く

 

「だって、のぞみは私の…拒絶されたら……」

 

「なんでそんなこと言うの!?だったら私はみぞれの何!?私はみぞれの何なのよ!?」

 

「…優子は、私が可哀想だから…優しくしてくた。同情してくれた…」

 

 その言葉に優子は涙を流す

 

「ふざけんなっ!!!」

 

「っ!ハル…?」

 

「優子が同情?ホントにそんなこと思ってんのか!嫌いな奴とここまで親しくするわけないだろ!!お前はこいつを友達と思ってなかったのか!?」

 

 オレはさっきの言葉にキレた

 

「じゃあオレはなんだ!!みぞれはオレも同情で付き合ってるとでも思ってたのか!!!?」

 

「っ!ちが…」

 

 オレは1度ふぅっと息を吐き自分を落ち着かせる

 

「そう思ってるなら私もいい加減キレるよ!?」

 

 オレに変わって優子が続ける

 

「部活だってそうよ!ホントのぞみのためだけに部活続けてきたの!?あんだけ練習してコンクール目指してホントに何もなかった!?府大会で関西行き決まって嬉しくなかった!?私は嬉しかった!!頑張ってきてよかった、努力は無駄じゃなかった。中学から引きずってきたものからやっと解放された気がした!」

 

 優子はみぞれを押し倒す

 

「みぞれは違う!?何も思わなかった!?ねぇ!!」

 

 みぞれは目を瞑り顔を横に振る

 

「嬉しかった…でも、でも…それと同じくらい辞めていった子に申し訳なかった……喜んでいいのかなって…」

 

「「いいにきまってんだろ(る)!!!!」」

 

 オレと優子の声が重なった

 

 優子はみぞれの腕を引っ張って起こす

 

「いいに決まってんじゃん…だから、彼氏の前だけじゃなくて笑ってよ…」

 

 みぞれはその言葉を聞いて泣きだす

 

「ちょっ!みぞれ!」

 

 そうやって辞めってったやつのことを考えるのはみぞれのいいところだな

 

 そしてまた教室に誰かが入ってきた。夏紀と、それに続いてのぞみが…みぞれのオーボエを持って…

 

「のぞみ先輩…」

 

「…」

 

「のぞみ…ちゃんと話したら…?」

 

 みぞれは立ち上がりゆっくりとのぞみの前に行く

 

「あすか先輩がこれ持ってけって…」

 

 のぞみがオーボエを渡してくる

 

「私、何か気に触るようなことしちゃったな…?私バカだからさ、心当たりがないんだけど…」

 

「…どうして」

 

 みぞれが口を開く

 

「どうして、話してくれなかったの…?」

 

「え?」

 

「部活、辞めたとき…」

 

「だって、必要なかったから…」

 

「え…」

 

「だって、みぞれ頑張ってたじゃん。私が腐ってたときも、誰も練習してなくても練習してた。そんな人に一緒に辞めようとか、言えるわけないじゃん」

 

「…だから言わなかったの?」

 

「うん…もしかして、仲間外れにされたと思ってた…?」

 

「…うぅ……」

 

「え、なんで、違う!」

 

 また泣き出したみぞれに駆け寄るのぞみ

 

「待って、違うの!ホントそんなつもりじゃ!みぞれごめん、ごめんね!」

 

「…ごめん」

 

「どうしてみぞれが謝るの?」

 

「私ずっと避けてた…勝手に思い込んで……怖くて…ごめんなさい!」

 

「ねぇ、みぞれ…私府大会見に行ったんだよ?みんなキラキラしてた。聴いたよ?みぞれのソロ。カッコよかった!」

 

「ホント…?」

 

「ホントに決まってんじゃん!私さ、中学の頃からみぞれのオーボエ好きだったんだよ」

 

 その言葉と共に持っているオーボエを前に出す。みぞれはそれを受け取る

 

「なんかさ、キューンてしてさ!聴きたいな、みぞれのオーボエ!」

 

「…」

 

「みぞれ…」

 

「うん…私も聴いてほしい」

 

 みぞれは泣きながらだが笑顔になる

 みぞれ、お前はホントに優しいよ…オレは……

 

 オレはその様子を後ろに教室を出ようとする

 

「…ハル?」

 

 それに気づいたみぞれが声をかけてくる

 

「みぞれはホントに優しいよ。すまないがオレはまだみぞれを置いて逃げ出したそいつを許すことはできない…」

 

「っ!それはちが…!」

 

「あぁ、違うのかもしれない。お前にそんな気なかったかもしれない。だが実際お前がみぞれを置いて部活を辞めた。みぞれはそれで凄く悲しんだ。それは事実だ」

 

「…」

 

 オレの言葉に黙り込むのぞみ

 

「だがみぞれはお前を想い続けた。みぞれがもう大丈夫なら、オレはそれを止めることはしない。お前がいてみぞれが大丈夫なら“オレが部を離れる”」

 

『っ!』

 

「こんな気持ちのまま大会に臨んだらいけない…部長達にはオレから言っとく」

 

 オレはそう言って教室を出ようとする

 

「待って!」

 

 しかしみぞれが駆け寄りオレの背中に抱きついた

 

「確かにのぞみは友達!でもハルが隣にいないのはもっと嫌!!」

 

「みぞれ…」

 

「ハルがいたから部活が楽しかった!ハルがいたからいい音出せた!ハルがいなかったら、私は…」

 

 みぞれはオレの背中に顔を押し付けて泣いている

 

「ハル…お願い……隣にいて…」

 

 はぁ…またみぞれを泣かしてしまった

 

 オレはみぞれに向き直りみぞれの肩に手を置く

 

「…当分のぞみとは仲良くできないぞ?」

 

「(コクッ)」

 

「…迷惑かけるかもしれないぞ」

 

「(コクッ)」

 

 涙を流しながらオレの目を見て「行かないで!」と訴えてくる

 

「…はぁ、わかった。お前の隣はこれからもオレだ」

 

「…うん!」

 

 みぞれ…ありがとう

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話

 ♪〜♪〜♪〜

 

「ホルン、Lの前音符もう少しください!」

 

『はい!』

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「トロンボーン、バッキングの縦気をつけてください!」

 

『はい!』

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「ユーフォ、前も言ったようにFの音は高めにとってください」

 

「「はい!」」

 

「あとは…黄前さん」

 

「はい」

 

「今の演奏を忘れないように」

 

「…はい!」

 

「では今の点を注意してもう一度最初からいきます。本番を意識してください。もう一度言います、本番です!」

 

 みんなほとんど完成に近づいてきた気がする。そして関西大会は明日に迫っている

 

 

 

 最後の練習が終わり、昇さんが最後の言葉を投げかける

 

「いいですか?皆さん。明日の本番も難しくは考えないでください。我々が明日するのは練習でやってきたことをそのまま出す。それだけです」

 

『はい!』

 

「んっ!それから夏休みの間コーチをお願いしていた橋本先生と新山先生は本日が最後となります」

 

『えー!』

 

「最後に一言お願いします」

 

 そっか、2人は今日が最後か…

 

「約3週間、短い間でしたが確実に皆さんの演奏は良くなったと思います。その真面目な姿勢は私も見習うべきものがたくさんありました。明日の関西大会、胸を張って楽しんできてください」

 

 新山先生、ありがとうございました…

 

「えーと、僕はこんな性格なので正直に言います。今の北宇治の演奏は関西のどの高校にも劣っていません!自信を持っていい!!この3週間で表現が実に豊かになりました!特に、鎧塚さんと堺くん!」

 

「…はい」

 

「はい」

 

「前から表現力があったけど新たな表現力が加わった感じだ!何かいいことあった〜?」

 

「…はい!」

 

「まぁ…」

 

 みぞれはのぞみとの仲が解消されて、それを見てオレはより一層みぞれのために吹こうと思ったくらいかな…

 

「おぉ!いいねー!今の2人のように明日は素直に自分達の演奏をやりきってください!期待してるよ!!」

 

 \パチパチパチパチ/

 

 橋本先生、ありがとうございました…

 

「起立、ありがとうございました!」

 

『ありがとうございました!!』

 

 先生達からの言葉を受け取り、オレはみぞれと一緒に帰路についた

 

 

 

 

 

 

 オレ達は少し公園のベンチに寄っている

 

「ハル…今までありがとう」

 

「どうしたんだ、急に」

 

「ハルがいてくれたからここまでやってこれた」

 

「…そっか」

 

「そのおかげでのぞみとも仲直りできた」

 

 それはみぞれが頑張ったからだよ。じゃあもうオレは用済み…ってことかな……

 

「・・でもやっぱり隣はハルにいてほしい」

 

「…」

 

 オレはその言葉に何も言えず固まってしまった

 

「だから…」

 

 そう聞いた瞬間頰に柔らかい感触を感じる

 

「だから…///これからも、側にいてほしい…///」

 

「…当たり前だ!」

 

 オレはみぞれの両頬に手をやる

 

「オレはこれからもお前のパートナーだ!部活でも生活でもだ!!」

 

「…うん」

 

「…のぞみのことは、もう少し時間をくれ」

 

「ふふっ」

 

 オレはみぞれの顔から手を離し、みぞれはオレの言ったことに笑う

 

「これからもよろしくな!みぞれ!!」

 

「うん!こちらこそ」

 

 オレはその答えを聞いてみぞれの顔に自分のを近づけ、キスをした

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー関西大会会場ー

 

 大会は既に午前の部を終え結果が出ようとしているところだ

 

「先輩、見てきました!」

 

「どうだった!?」

 

「東照を含めた3校が金でした!それから、立華高校は銀だったみたいです…」

 

「えっ!」

 

「ウソ!?」

 

「はぁ、もう吐きそう…」

 

 立華が銀…立華ってどこだ?

 

「ほらほら、私達に他の学校を気にしいてる余裕なんてないよ。今は演奏のことに集中して」

 

 そうだ、他の学校は関係ない。オレ達はオレ達だ!

 

 

 

 

 

 

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 全員でチューニングの時間

 

「はい止めて。では1回だけ深呼吸をしましょうか。大きく息を吸って〜」

 

『スゥ〜』

 

「吐いて〜」

 

『はー』

 

「吐いて〜、吐いて〜。気持ちを楽にして。笑顔で」

 

『ははー』

 

「私からは以上です」

 

 ですよねー

 

「部長、何かありますか?」

 

「えっ!」

 

「先生!」

 

「はい、田中さん」

 

 副部長?珍しいな

 

「部長の前に少しだけ」

 

 そう言って副部長は楽器を置き立ち上がった

 

「去年の今頃、私達が今日ここにいるのを想像できた人は1人もいないと思う。2年と3年はいろいろあったから特にね。それが半年足らずでここまでくることができた、これは紛れもなく滝先生の指導のおかげです!」

 

 そうですね。全くもってその通り

 

「その感謝の気持ちも込めて、今日の演奏は精一杯楽しもう!」

 

『はい!』

 

「…それから今の私の気持ちを正直に言うと、私はここで負けたくない。関西に来れてよかった、で終わりにしたくない。ここまできた以上なんとしてでも全国に進んで、北宇治の音を全国に響かせたい!」

 

 副部長…

 

「だからみんな…これまでの練習の成果を今日全部出し切って!!」

 

『はい!!!』

 

「じゃあ部長、例のやつを」

 

「えっ!あっ、はい!」

 

 部長慌てすぎ

 

「ではみんなご唱和ください。北宇治〜ファイトー!」

 

『おー!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 ー舞台裏ー

 

 今、みぞれはのぞみと一緒にいた。そこにオレはまだ入れない…

 

 緊張はしてる。でもいい感じで気分が高揚している。これなら大丈夫だ

 

「ハル…」

 

「ん?もういいのか?」

 

「…うん」

 

 1人で集中しているとみぞれがやってきた

 

「のぞみといなくて大丈夫なのか?」

 

「…ハルと一緒にいたかったから」

 

「さようで…」

 

「…嫌だった?」

 

 オレは悲しい顔をするみぞれの頭に手を乗せる

 

「んなわけねぇだろ」

 

「よかった」

 

 みぞれは笑顔になってくれた

 

「用意はいいか?みぞれ」

 

「うん、大丈夫」

 

「OKだ」

 

「ハル」

 

「ん?」

 

「ソロ、頑張ってね」

 

 それはみぞれからの激励の言葉だった。やべぇ、テンションあがるなー!!!

 

「任せろ!出場したやつの中で一番の音聴かせてやる!!」

 

「うん!」

 

 そろそろかな…

 

「みぞれ」

 

「っ!」

 

 オレはみぞれを抱き寄せ額同士をくっつける

 

「いくぞ!」

 

「うん!」

 

「オレはみぞれのために」

 

「私はハルのために」

 

「今日も最高の音奏でようぜ!!」

 

「うん!」

 

 そして前の学校の演奏が終わり、オレ達の番が回ってきた

 

『プログラム16番、北宇治高等学校吹奏楽部』

 

 アナウンスによりオレ達の紹介がされ、昇さんが観客席の方に一礼する。指揮台に乗りこちらを向いて一間開けて構える

 

 さぁ、いってみよう!

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 

 

 

 

 

 課題曲が終わり、次に自由曲

 

 オレはもう一度心の中で気合を入れなおす

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 

 

 

 

 そして、オレのソロがやってきた

 

 オレは入る前にみぞれの方に目をやると、こっちを見てきたみぞれと目が合った

 

 ♪〜

 

 これまでにないような音が場内に響き渡った

 

 

 

 

 

 

 そして流れるような演奏が続き、トランペットのソロ

 

 ♪〜

 

 うん、完璧

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレ達は全てを出し切ったと思う。少なくともオレはそうだ

 

 今、北宇治の結果を待っている。隣の人の手を握り合い、みんな下を向いて必死に祈っている

 

『プログラム15番、大阪府代表明星工科高等学校、ゴールド金賞』

 

 次…

 

『プログラム16番、京都府代表北宇治高等学校、ゴールド金賞』

 

『うぉー!!!』

 

「やったな、みぞれ」

 

「うん!」

 

 よし!とりあえず金はいった!!!問題は…

 

 

 

 

 

 

『続きまして関西から全国に行く3校を発表します』

 

 いよいよか…

 

『プログラム3番、大阪府代表大阪東照高等学校』

 

 \パチパチパチパチ/

 

『プログラム15番、明星工科高等学校』

 

『やったー!』

 

 \パチパチパチパチ/

 

 残るは1つ…

 

『最後に…プログラム16番、京都府代表北宇治高等学校』

 

「やったー!」

 

「よっしゃー!!」

 

 みんなは立ち上がって肩を組み喜んだり、泣いて立ち上がれなかったりだ

 

「みぞれ!」

 

「…うん!やったね、ハル!!」

 

 みぞれは涙を浮かべているが笑顔でオレにそう言ってきた

 

 今度は全国にオレらの音聴かせてやる!!

 

 

 

 

 こうして北宇治高等学校は全国の切符を手にした

 





そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話

 

 関西大会が終わり、吹奏楽部が全国を決めた北宇治高校は今文化祭を迎えていた。天気予報では台風が接近中ということだったが、文化祭が中止にならずにすんでよかったよかった

 

 オレ達吹奏楽部は今体育館でミニコンサートをしている最中である。副部長が指揮を務め、今回はコンクールに出ていなかったメンバーも揃っての演奏となっている

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 全国行きを決めたというのが評判になってたのかなかなかの人数のお客さんが来ている

 

 \パチパチパチパチ/

 

「えー、私達がこうして活動できているのも先生や家族の方々、そして皆さんのおかげです。本当にありがとうございます」

 

 曲を終えて副部長が皆さんへ挨拶をする

 

「全日本吹奏楽コンクールは10月の末から名古屋で行われます…そこでも皆さんにいい報告ができるよう頑張って練習していきたいと思います。それでは最後の曲です!学園天国!」

 

 副部長の挨拶が終わり最後の曲に移った

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレのクラスの出し物は“メイド喫茶”だった。そのため男子は接客はやらなくていい一方、裏方(料理など)をやっている。メイド喫茶…ということは必然的にみぞれもメイドの格好をするというわけだ!オレはもう既に見たのだが…可愛すぎて直視できなかった!!でもその反面、みぞれに接客ができるのかと心配でもある…

 

 オレが注文されたものを作っていると…

 

「ハル、注文」

 

「はいよー」

 

 みぞれが注文を伝えにやってきた

 

「黄前さんと高坂さんだった」

 

「へー、ちゃんと接客できてるか?」

 

「…まだちょっと慣れない」

 

「そっか」

 

 まだみぞれには接客は早かったようだな

 

「何よこれー!」

 

「ん?今の声ってリボンか?」

 

「うん。優子来てるよ」

 

「じゃあ夏樹が持ってったあれって…」

 

「優子にだって」

 

 もう何段積んだかわかんないぐらいのタワーケーキ持って行ってたな。今にも倒れそうなやつ。あれってどう見ても嫌がらせだよな…

 

「ほれ、ケーキ2つ」

 

「うん。ハルは会わなくてもいいの?」

 

「そうだな、行っとくかな」

 

「じゃあ行こ」

 

「おう」

 

 今はそこまで忙しくないからオレも来た2人に顔を合わせるべく厨房から出る

 

「あの2人仲いいよね〜」

 

「のぞみ先輩」

 

「いらっしゃい」

 

「のぞみもあれ食べたい?」

 

「えっ!?いや、気持ちだけで十分だよ…」

 

「好きな方食べる?」

 

「こら、それは客のだろ」

 

「あ、春希先輩」

 

「こんにちわ」

 

「よっ」

 

 黄前さんと麗奈が座っているテーブルには既にのぞみがいて、みぞれがお客に出すケーキをのぞみにやろうとしたから頭にコツンと手で叩いて注意した

 

「お前ら仲いいな」

 

「そうですか?」

 

「いつも2人でいるじゃん」

 

「春希先輩に言われたくないですよ」

 

「それもそうか」

 

「否定しないんですね…」

 

「事実だしな。でもこの頃みぞれをのぞみに取られそうでな…」

 

 のぞみと仲直りできたのはいいんだが、休み時間とかのぞみと一緒にいる時間が長くなってオレは寂しい…

 

「ちょっと〜、言い方悪くない?」

 

「そうか?」

 

「先輩方は仲直りされたんですね」

 

「まぁな。いつまでもギクシャクしたまんまで部活続けるわけにもいかねぇし」

 

「…そうだね」

 

「…2人が仲直りして私は嬉しい」

 

「みぞれ!」

 

 みぞれの言葉にオレは泣きそうになるのを必死にこらえ、のぞみはみぞれに抱きつく

 

「っと、そろそろ持ち場に戻るわ。そんじゃあな、ゆっくりしてってくれ」

 

「「はい」」

 

 オレは2人にそう言って厨房に戻った

 余談だがリボンはタワーケーキを完食したらしい。考えるだけで甘ったるいな…

 

 

 

 

 

 やっと休憩かー。と言っても特に行きたいとこないし屋上にでも行こうかな…

 オレはそう思って階段を上って行き、この文化祭中に屋上に来る物好きはいなく屋上には誰もいなかった。オレは柵にもたれかかるように座り、持って来た本を読み始める

 

 

 

 

 屋上に来てからどれくらい経った頃だろうか、オレは誰かに体を揺さぶられた

 

「ん?みぞれか」

 

「ハル、声かけても全然反応なかった」

 

「おぉ悪い。夢中になってた」

 

 オレは読書に没頭していたためみぞれが声かけてきてくれたことに全く気づかなかった

 

「どうした?」

 

「一緒に回ろうと思って…」

 

「オレとでいいのか?のぞみと一緒の方が…」

 

「…なんで?」

 

「いや、せっかく仲直りできたんだし…」

 

「…私はハルと回りたい」

 

 ……。なんだろ…この頃ホントに涙腺が……

 

「じゃあ行くか!」

 

「うん!」

 

 オレはみぞれの手を取り階段を降りて行く

 

 

 

 

「どこ行く?」

 

「ハルの行きたいところがいい」

 

「いつもオレの行きたいところだから、たまにはみぞれの行きたいところに行きたいぞ」

 

「…私はハルと回れればそれでいい」

 

「…じゃあいろいろ見て回るか」

 

「うん」

 

 最終的に目的地は決めずになんとなくで回ることにした。オレとみぞれは手を繋ぎ指を絡ませる。いわゆる恋人つなぎなるものだ

 

 

 

 

 

「みんないろんなのやってるな」

 

「そうだね」

 

「みぞれはお化け屋敷とか大丈夫か?」

 

「…多分」

 

「麗奈のクラスがお化け屋敷みたいなんだ。さっき来てもらったし行かないか?」

 

「うん」

 

 オレ達はとりあえずさっきの例も兼ねて麗奈のクラスがある階を目指した。その途中で…

 

「よっ!」

 

「こんにちわ」

 

「あ、どうも」

 

「(ペコッ)」

 

 橋本先生と新山先生が上から降りて来た

 

「部活もあったのに準備大変じゃなかった?」

 

「まぁ…でもほとんどクラスのやつらがやってくれたんで」

 

「ふふっ、部活の方は私達も力を貸すから、頑張りましょうね」

 

「よろしお願いします」

 

「…よろしくお願いします」

 

 そこで話が終わると思いきや…

 

「ところで〜、2人はデートかい?」

 

 橋本先生がニヤニヤしながら聞いてきた

 

「そうですけど」

 

「いや〜!青春してるね〜!」

 

「そりゃあ高校生なんで」

 

「違いない!」

 

「ほら、邪魔しちゃ行けないからもう行くわよ。ごめんなさいね」

 

「いえ」

 

 橋本先生はこういう話が好きなんだろうか?いい歳して…

 

 

 

 

 

 麗奈のお化け屋敷は意外と凝っていてなかなかだった。麗奈はというとお化け役をやっていたが、こっちは迫真の演技で少し驚いてしまった。今は外でさっき買ったクレープを食べている

 

「どうだ?」

 

「美味しい」

 

「そっか」

 

「でもハルの作ったやつの方が美味しい」

 

「おぉ、嬉しいこと言ってくれるねぇ!こいつー!」

 

 みぞれから嬉しい言葉をもらい、みぞれの頭を少し強く撫で回す

 

「来年も一緒に回れたらいいな」

 

「…回らないの?」

 

 みぞれはオレが言ったことにキョトンとしながら聞き返してくる

 

「いや、絶対一緒に回ろうな!」

 

「うん!」

 

 その後も文化祭を2人で回り、楽しい時間を存分に過ごした

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話

 ー翌々日ー

 

 案の定台風が直撃し翌日の学校は休みとなってしまった。この結果に喜んだ者は果たして何人いるんだろうか…

 

 さて、オレはというといつも通りみぞれと一緒に登校している

 

「鎧塚先輩、春希先輩」

 

「ん?」

 

「おはようございます」

 

「黄前さん、おはよう」

 

「おはよう」

 

 突然後ろから声をかけられ、その正体は黄前さんだった

 

「相変わらず早いですね」

 

「のぞみに笑われたくないし、昨日休みだった分もあるし」

 

「私は小テストがあったのでラッキーでしたけど」

 

「来週やるみたいだけど?」

 

「うわっ!麗奈」

 

 今度は麗奈登場

 

「いつもより早いのね」

 

「うん…なんか気が早まっちゃって」

 

「久美子ちゃ〜ん、麗奈ちゃ〜ん」

 

 今度は川島さんか

 

「おぉ、緑ちゃんも早練」

 

「えへへ」

 

「みんなここまで来たら全国でも金賞をってことなのかな?」

 

「当然」

 

「そうです!そうなんです!このままみんなでいっぱい練習してどんどん上手くなりましょう!」

 

「そしたら上手な新入生たくさん入ってくるかな」

 

「新入生?」

 

 気が早くないか?

 

「当たり前でしょ、滝先生がいるんだから。いい先生のところにはいい生徒が集まる」

 

「麗奈みたいな?」

 

「…否定はしない」

 

「オレはみぞれがいればどんな奴が来ても問題ないかなぁ」

 

「私も」

 

「相変わらずラブラブですね」

 

「もちのろんよ!」

 

「…///」

 

 だってみぞれいなきゃ楽しくねぇし…

 

「あ、あの花…」

 

「あぁ、イタリアンホワイトですね」

 

「イタリアンホワイト?」

 

「あの花がどうかしたの?」

 

「え、いや、綺麗だなーって…」

 

「わかります!緑も大好きです!花言葉もロマンチックですよね〜」

 

「花言葉?」

 

「あぁ、確か“あなたを思い続ける”だっけ?」

 

「はい!よくご存知ですね」

 

「たまたまな」

 

 昔みぞれの誕生日に花送ろうかなって思ったときがあって、そのときにいろいろ調べたんだよなぁ…

 

「私ね、滝先生が顧問でよかった」

 

「当然でしょう。行こっ!全国が待ってる」

 

「そうです!緑達には全国での活躍が待っているのです〜!」

 

 上手な新入生…確かにそうは思うけど、それと同時に3年生の引退がそこまで近づいて来ているのを意味していた

 オレはもう少しこのメンバーで吹奏楽やっていたいと思う

 

「ハル?」

 

「…あぁ、大丈夫。オレ達も行くぞ」

 

「うん」

 

 あれこれ考えるのは後だ。今は全国が最優先だ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー学校(音楽室)ー

 

「それでは皆さん、合奏は予定表の二重丸のついた日に重点的に行います。よろしいですね?」

 

『はい』

 

「では今日はこれで終わります」

 

『ありがとうございました』

 

 今日もキツい練習が終わった。みんなは昇さんから今後の予定表を受け取りそれぞれ確認する

 

「駅ってあの吹き抜けのとこでしたよね?」

 

「うん。なんでコンクール前の大事な時期にこんなもの入れるのかなー」

 

「コンクールを優先させたいって声もあったみたいだけど、滝先生が演奏する機会は大切にしなさいって」

 

 そんな会話を来南先輩と美貴乃先輩としていると部長からお知らせがあった

 

「あとまだ秘密なんだけど、駅ビルコンサートにはセーラ女子高校も出場します」

 

「ウソ…」

 

「そんなにすごいの?」

 

 初心者で入った加藤さんはわかんないかー。まぁオレもそれがスゴいのかは知らんけど…

 

「当たり前です、葉月ちゃん!全国大会金の常連ですよ!緑、CDブルーレイ持ってます!」

 

 それはそれは…全教不足ですいません

 

 

 

 

 

 

 

 ー教室ー

 

「今回は全員で演奏できるから、のぞみも入れるんだってな」

 

「うん」

 

「よかったな」

 

「うん」

 

 みぞれは見るからに嬉しそうだ

 

「じゃあちょっとノート運びに職員室行ってくるな」

 

「…手伝う?」

 

「大丈夫大丈夫。んじゃ、行ってくるな」

 

「行ってらっしゃい」

 

 ん?なんか今のやりとり、新婚みたいじゃね?←頭の中おめでたバカ

 

 

 

 

 

 

 

 

 職員室に行く途中で黄前さんに出くわした

 

「あれ、黄前さん」

 

「あ、春希先輩」

 

「黄前さんもノート係?」

 

「はい」

 

「じゃあ一緒に行こう」

 

「はい」

 

 別に目的地は一緒で、ここで別々に行く理由もないからいいでしょ

 

 

 ー職員室ー

 

「失礼します…」

 

「どう責任を取ってくれるんですか!?」

 

 職員室に入ろうとすると中から女の人の怒鳴り声が聞こえてきた。その人の隣にはあすか先輩がいる

 

「すみません…」

 

「どうしてあなたが謝るの!?誤ってもらうのはこっちでしょ!」

 

「大きな声出さないでお母さん」

 

 お母さん…?

 

「先生なら子供にとって今何が大切かわかりますよね?」

 

「えぇ…」

 

「部活動で推薦入学するならまだしも、うちの子は一般受験なんですよ?」

 

「お、お母様のおっしゃる通りです…」

 

「だったら!すぐに退部届を受理してください!!」

 

 た、退部!!?

 

「えぇしかし…今年の吹奏楽部は頑張っていましてですね……全国大会にも…」

 

「私は何があってもその退部届を受け取るつもりはありません」

 

「…どうしてです?サックスの3年生の退部は認めたと聞きましたけど?」

 

「斎藤さんは自分の意思で退部すると言ってきました。だから認めたのです。しかし今回は違います。その退部届はお母さんの意思で書かれたものではないですか」

 

「…それの何がいけないんですか?この子はここまで私1人で育ててきたんです。誰の手も借りずに1人で!だから娘の将来は私が決めます!部活はこの子にとって枷でしかありません!」

 

「えぇ、その気持ちはわかります。しかし…」

 

「私は本人の意思を尊重します。田中さんが望まない以上その届は受け取りません。何があってもです」

 

「滝先生…もう少し言い方を考えて」

 

「田中さんは副部長として立派に部をまとめてくれています。その悲願である全国大会に出れるのです。応援してあげることはできませんか?」

 

 副部長…このまま全国行かないまま終わっていいんですか!?

 

「…あすか、この場で退部すると言いなさい」

 

 あぁ!?

 

「え!?」

 

「言いなさい。今、辞めるの」

 

 おいおい、本人の意思は無視か!?

 

「…お母さん、私部活辞めたく…「パンッ!」」

 

 副部長が言おうとしたことはお母さんのビンタによって遮られた

 

「あっ!」

 

 これにはさすがの黄前さんも声が出る

 

「…なんで、なんで私の言うことが聞けないの!!!」

 

「お母さんちょっと…」

 

「あんな楽器吹いてるのも私への当てつけなんでしょ!!?そんなに私のこと苦しめたいの!?…はぁ…はぁ…あっ!あすか…あすか、ごめんなさい…私また…カッとしちゃって……」

 

 一旦冷静になって自分がやったことに気づいた副部長のお母さんは副部長の頰に手を差し伸べるがそれは副部長によって止められる

 

「…大丈夫」

 

「っ!ごめんなさい!」

 

「先生すみません。今日は母と一緒に帰りますので、部活休ませてもらっていいいですか?」

 

「…わかりました」

 

 副部長は一度礼をしてお母さんの手を取り、オレ達の横を通って職員室を出た。そのときの副部長の顔はとても冷たい表情となっていた

 

 その事件の話は瞬く間に広がり、吹奏楽部にも動揺が広がっていた

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話

 ー翌日ー

 

 しかしそんなみんなの心配を嘲笑うかのように副部長はあっさりと現れた

 

「副部長来たんですか?」

 

「うん。学校は休んでたんだけどね」

 

「パート練に顔出したらしい」

 

「大丈夫なんですかね…?」

 

「どうだろ…あすかはよくわからないからね」

 

 どうなるんだろうか…

 

 

 そしてそれから副部長は部活に来なくなった

 

 

 

 

 

 ー1週間後ー

 

「あすか先輩、今日も来ないのか?」

 

「え、あーうん…」

 

「連絡は?」

 

「今は気にしてもしょうがないよ。練習に集中するしかないんじゃない?」

 

 黄前さんと塚本くん、そして夏紀と3年生でトロンボーンの田浦 愛衣(たうら めい)先輩がそんな話をしている

 

 副部長が部活に来なくなってから既に1週間が過ぎていた。きっと明日は来ると信じてみんな不安を押し殺していた

 

 

 

 

 ー放課後ー

 

 オレはいつものようにみぞれと練習後も自主練していた

 

「この頃のぞみと夏紀が居残って練習してるらしいな」

 

「うん。のぞみの練習に付き合ってもらってるんだって」

 

「そっちに行かないでいいのか?」

 

「ハルが休んだら行くかも…」

 

「じゃあ一生ねぇな」

 

「そうだね」

 

 みんなが副部長のことを考えている中オレ達はそんなこと気にならないかのように練習していた。実際気にしていないわけではないが、気にしていても仕方ないと割り切っているのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー翌日ー

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 今日もみんなの演奏には覇気がなかった

 

 パンパン

 

 そんな演奏を聴きかねたのか、昇さんが演奏を止めた

 

「…なんですかこれ。皆さんちゃんと集中してますか?」

 

『…』

 

 みんなは黙ったままだった。しかし昇さんはそれに何も言わない…何が原因かは昇さんさんもわかっているようだった

 

「あのー」

 

「なんですか?」

 

 そんな沈黙の中、リボンが手を挙げて質問する

 

「あすか先輩の退部届、教頭先生が代理で受け取ったっていう話は本当なんですか…?」

 

 みんなの視線は一気に昇さんに向く

 

「…そのような事実はありません。皆さんはこれからもそんな噂話が出るたびに集中力を切らして、こんな気の抜けた演奏を続けるつもりですか…?」

 

 それに答えられる者はいなかった

 

「…今日はこれまでにして、残りはパート練にしましょう」

 

「先生!」

 

 部長の声かけにも応じず、教室を出て行ってしまう昇さん

 

 このままじゃ駅ビルはもちろん、全国大会にも影響が出るかな…仕方ない。キャラじゃないけど…

 

「皆さん!」

 

 オレがいきなり立ち上がり声をあげたことにみんなは驚きつつこちらに目をやる

 

「副部長がいなくて不安なのはわかります…でも皆さんは副部長に頼らないと何にもできないんですか?言い方が悪いことは謝ります。でも副部長がいないだけでこんな演奏をしているようじゃダメだと思います。部活ってそういうもんだったんですか?」

 

「…そんなの言われなくてもわかってるよ。でもさ…!」

 

 オレの言葉に反論しようとする3年生でトロンボーンの野口 ヒデリ先輩を中世古先輩が止めてくれた。オレはそれれに感謝しつつ続ける

 

「部長はどうなんですか?このままでいいんですか?」

 

「私は…」

 

 部長は一瞬口を紡ぐがすぐに返事をしてきた

 

「私はあすかの方が優秀だと思ってる。だからあすかが部長をやればいいってずっと思ってた…私だけじゃない、みんなもあすかが何でもできるから頼ってた。あすかは特別だから、それでいいんだっって…でもあすかは、特別なんかじゃなかった。私達が勝手にあすかを特別にしていた。副部長にパートリーダーにドラムメジャーとか…仕事を完璧にするのが当たり前で、あの子が弱気なとこを見せないから大丈夫だろうって思ってた」

 

 部長は一呼吸おいて続ける

 

「…今度は私達があすかを支える番だと思う。あの子がいつ戻って来てもいいように…もちろん、去年のこともあるからムカついてる人もいると思う。頼りない先輩ばっかって思ってる子もいるかもしれない。でも、それでもついて来てほしい…お願い、します……」

 

 

 部長はそう言い終えて一歩前に出て頭を下げる。部長、盛大に勘違いしてるな

 

「舐めてんすか?部長…オレ達の中にそんなこと思うやつがいると思ってたんすか?それこそ心外です」

 

「そうです!言われなくてもみんなついて行くつもりです!本気なんですよ?みんな…」

 

 オレの言葉にリボンが続く

 

「まぁ、あんたの場合好きな先輩に私情を持ち込みすぎだけどね」

 

「うっさい!なら春希はどうなのよ!?」

 

「あれはもう手遅れ」

 

「なんでオレが悪口言われんの…」

 

 \はははははは/

 

 夏紀がリボンに言ったことにリボンがツッコミ、なぜかオレまでとばっちりをうけた

 

「オレは相手に迷惑かけてないぞ。そいつと一緒にするな」

 

「じゃあ私は迷惑かけてるって言うの!?」

 

「その通りじゃない」

 

「うっさいっての!だいたいあんたねー!こういうときは…!」

 

「あぁはいはい、これだからいい子ちゃんは…」

 

「なぁにー!!」

 

 茶番劇はまだ続いた

 

「てなわけで部長。あなたがやるならもれなくみんなついて行きますよ!」

 

「みんな…ありがとう……」

 

 こうしてオレ達は副部長不在の中、今までの演奏を続けることができた

 

 

 

 

 

 ー帰り道ー

 

「さっきのハル、カッコよかったよ」

 

「やめてくれ、内心すげぇ恥ずかしいんだから…」

 

「次の部長はハルかな」

 

「なんでだよ、そういうのはリボンの方がむいてんだろ」

 

「そんなことないけどな…」

 

「そんなことあるんだよ」

 

 そんな会話をしながらオレとみぞれは下校した

 

 

 

 

 

 

 

 ー駅ビルー

 

 今日は駅ビルコンサート本番。最後まで副部長は練習には来なかったが、あれからみんなしっかりと練習には励めた

 

「セーラ女子、やっぱり堂々してるね」

 

「そうか?」

 

「春希にはわからないかもね〜」

 

「気にしてもしょうがないだろ」

 

 セーラ女子高校の面々を見たのぞみはそれを見て感嘆しているが、正直オレらと何が違うのって感じだ

 

「あれ、あすか先輩…」

 

「ん?ホントだ」

 

 そこに副部長が来た

 

「来れたんだ」

 

「言ったでしょ!迷惑かけないって」

 

「あすか先輩!」

 

「先輩!心配したんですよ〜」

 

 瞬く間に副部長の周りにみんあが集まり、長瀬は泣きながら抱きついた

 

「もう、また泣く」

 

「あすか」

 

 部長が副部長に近づく

 

「私、ソロ吹くことになったから。しっかり支えてね」

 

 部長はそう言って副部長に楽譜を渡す

 部長の目は今までのものとは全く違い、何かを覚悟した目をしている

 

「…もちろん!」

 

 ようやっとみんな揃って演奏できるな

 

 そろそろかな

 

「んじゃあ、準備しますかね」

 

「…」

 

 オレは準備しようて椅子やら楽譜置きやらを用意しようとするが、なぜかみぞれがこっちを見つめてきている…

 

「…あの〜みぞれ?どうかしたか…?」

 

「…しないの?」

 

「え、あぁ…今日は別に気合い入れるほどのものじゃないし……」

 

「そっか…」

 

 みぞれが言いたいことは瞬時に理解できた。オレの返答を聞いたみぞれは明らかにテンションが下がった…オレはそれを見て慌てて荷物を置き、みぞれを抱き寄せる

 

「わりー、大会じゃなくてもみぞれの隣でやるのは変わりないもんな…気の抜けた演奏するわけにはいかねぇよな」

 

「…」

 

 抱き寄せているためみぞれの顔は見れないが、みぞれが服をギュッと掴んできた。オレはそれを合図に体を離す

 

「やっぱ演奏前にはやっとかないとダメだな。ごめん…」

 

「…大丈夫」

 

「じゃあ改めて…」

 

 オレはそう言ってみぞれの額に自分の額を当てる

 

「オレはみぞれのために」

 

「私はハルのために」

 

「いい音奏でようぜ」

 

「うん」

 

 額を離すとみぞれはさっきとは別人のように笑顔を見せた

 みぞれの中でもこれは演奏前の気合い入れるみたいになってるのかな…気をつけよう

 

 そして、オレ達の演奏が始まった

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 

 

 待ちに待った部長によるソロ

 

 ♪〜

 

 おー!さっすがー!

 部長の奏でる音は今までにないくらい最高なものだった

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話

 

「みぞれ…」

 

「…?」

 

「さっきはごめんな」

 

 コンサートの片付けをしながらオレはみぞれに演奏前のことを謝った

 

「…大丈夫」

 

「…でも」

 

「じゃあ約束。これからは演奏する前は必ずしてほしい」

 

「…あぁ、わかった!約束だ!!」

 

 みぞれは笑顔を見せて片付けに戻った

 

 こうして駅ビルコンサートは終わった

 

 

 

 

 ー翌日ー

 

 コンサートが前日にあったからって次の日が休みになることはなく今日も練習だ

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 メトロノームに合わせてみんなの音を合わせる

 

「はい、次13番」

 

 部長が一度止めて次にいこうとすると…

 

 ガラガラ

「田中 あすか、帰還しました!」

 

 副部長が勢いよく入ってきた

 

「何が帰還よ!」

 

 副部長は駅ビルコンサートが終わり、コンクールが迫っても練習に来ることはほとんどなかった

 

「みんな心配してたんだよ!?」

 

「既読スルーやめてください」

 

「何度も言ってるでしょう?迷惑はかけないから」

 

「ですけど…」

 

 みんなが心配してることを本当にわかっているのかと疑うぐらい副部長の調子は全く変わらない

 

「はーい、みんな座って」

 

 まぁ、もう副部長がいなくてもみんなの調子が大きく下がることはなくなった

 

 

 

 

 

 

 

 ー翌日ー

 

 しかし副部長はまた部活に来なくなった

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

「はい、ありがとう」

 

 今日は橋本先生が来てくれている

 

「えーと、そうだなー……はぁ…正直に言わせてもらうと、なんか辛気臭い。学校が始まって練習時間が減っているのに夏休みの音を維持できているのはスゴいと思う。けどみんなあの頃より硬い!音がごちゃごちゃで聴いててキツい」

 

『はい』

 

「もしかして全国だから緊張してる?みんな全然面白くなさそうだよ?滝くんみたいに怖い顔して…」

 

 いやいや、全国なのに緊張しない方がムリですよ…

 

「私は怖い顔なんてしませんよ」

 

「これだから自覚のない人は困るな〜。いろんな学校の子に言ってるけど、実はコンクールがあんまり好きじゃない。一生懸命やってるなら金でも銀でもいいって思ってる。まぁ耳にたこかもしれないけど、音を楽しむと書いて音楽。金だの銀だの意識して縮こまって固くてジメジメした演奏してたら意味がない!明るく!楽しく!朗らかに!はい、復唱!」

 

『明るく…』

 

「はきっと明るく!」

 

『明るく!楽しく!朗らかに!』

 

「はい、じゃあ気になったところを順番に言っていくと、まずユーフォ」

 

「は、はい」

 

「全然音聞こえてなかったけど?本当に吹いてた?」

 

「…吹いてました」

 

「1人だからかもしれないけど音小さいな〜。いつもの上手い先輩は?ほら、あの赤いメガネの」

 

「あすか先輩は…その……」

 

「今日は欠席です」

 

「この大事な時期に!?まぁいいや。とにかく!もっとちゃんと鳴らさないと!」

 

「はい、クシュン!」

 

「大丈夫?」

 

「あい、ずみません…」

 

 完全に鼻声じゃん。風邪ひいたかな…オレも気をつけないと

 

 

 

 

 

 

 

 ー放課後ー

 

 部活に時間かけるのは当然であるが、オレらの本分は勉強である。それを思い出させる中間試験が迫ってきている…そ・こ・で!

 

「一緒に勉強しようぜ!みぞれ!」

 

「うん、いいけど」

 

「え〜、たまにはみぞれ貸してよ〜」

 

「のぞみ。まぁみぞれがお前とって言うなら強制はしない」

 

 オレがみぞれとの勉強会の申し込みをしていると横からのぞみが入ってきた

 

「…」

 

「みぞれ?」

 

 みぞれは少し悩んでいるようだ

 

「…仕方ねぇ、今回はのぞみとやんな」

 

「ハル」

 

「別に負けたわけじゃねぇからな。まぁたまには友達付き合いも必要ってことだ」

 

「…うん」

 

 みぞれは申し訳なさそうにこっちを見てくる。オレはそんな顔をしているみぞれの髪の毛をグシャグシャにするぐらいの強さで頭を撫でる

 

「そんな顔すんなよ。どうせのぞみがみぞれに教えることなんて1つもねぇんだから」

 

「なっ!ひっど〜い!」

 

「ホントのことだろ。みぞれにしっかり教わることだな」

 

「ぶー」

 

 頰を膨らませたってみぞれの方が何百倍も可愛いわ!←勉強とは違う意味の大バカ

 

「ははは、じゃあ帰るわ」

 

「じゃあ私も」

 

「大丈夫なのか?」

 

「うん」

 

「そっか、じゃあな」

 

「また明日」

 

「バイバイみぞれ〜!春希は知らな〜い!!」

 

「子供かよ…」

 

「ふふっ」

 

 子供みたいなのぞみをあとにオレはみぞれと一緒に帰った

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー翌日ー

 

「あれ、今日黄前さんは?」

 

 朝から黄前さんが来ないので川島さんに聞いてみた

 

「あ〜、今日は学校お休みしますって連絡きました。ね?」

 

「うん…」

 

「やっぱり風邪だったんだね」

 

「ですね」

 

「やっぱりって?」

 

「昨日早退したんだよ」

 

「…知らなかった」

 

「無理もないですよ〜。パート練のときでしたから」

 

「川島さんはいい子だね〜。夏紀もこれぐらい素直だったらな〜」

 

「聞こえてるからね」

 

「ありゃ、これは失敗」

 

 その後聞いたが、今日は副部長も黄前さんも欠席だからユーフォが誰もいなくなってしまい、急遽合奏には夏紀が入ることになったらしい

 

「夏紀は風邪引かなそうだよなぁ」

 

「何で?」

 

「だって、何とかは風邪引かないって言うじゃん?」

 

「それは私がバカってこと?」

 

「いやいや、滅相もない。オレは何とかしか言ってないじゃん」

 

「それムカつく」

 

 \ははははは/

 

 オレと夏紀の漫才が意外に受けたところで先生が来て練習が始まった

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー翌日ー

 

「おっ、来たな」

 

「もう大丈夫なの?」

 

「はい!」

 

 今日は黄前さんが風邪から復活した

 

 しかし、それと同時に重大な発表が昇さんからされた

 

「1つ皆さんにお話があります。田中さんが今週末までに部活を続けていく確証が得られなかった場合…全国大会の本番は、中川さんに出てもらうことにします」

 

 その言葉にみんなは衝撃を受けた

 

 副部長…

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話

 昇さんから副部長がこのまま部活に参加できなかったら全国大会には夏紀に出てもらうという報告を受けた帰り道、オレもみぞれも平然としているが2人とも内心不安になっていた

 

「どうなっちゃうのかな…」

 

「さぁな、副部長次第だろ。相手が親じゃ時間かかるかもしれないけど」

 

「滝先生の判断は正しいと思う?」

 

「う〜ん…確かに全国目指してるのにこんな浮ついた状態じゃいけないとは思うけど、副部長と全国で演奏したいって気持ちがないわけじゃないしな」

 

「難しいね」

 

「そだな」

 

 オレもみぞれも視線は変えず前を向いて歩いている。考えないようにしていてもどうしても副部長のことが気になってしまう

 

 

 

 

 

 

 ー翌日ー

 

「ではもう一度」

 

 今日の部活には新山先生が来てくれている

 

「3、4…」

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 副部長は今日も部活には来ず、夏紀の譜面には副部長からのたくさんのアドバイスが書かれてるそうだ。これはホントにもう来ないことを意味しているのか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー放課後ー

 

「えっ、“あすか先輩取り戻すぞ”大作戦…?」

 

「そ!」

 

「なんですか?その作戦…」

 

「あっ、言っとくけど作戦名決めたの香織先輩だから」

 

「す、素敵な作戦名ですね…」

 

 黄前さんわかりやすすぎ。中世古先輩はネーミングセンスないんですよ…

 

「話は夏紀から聞いてる。来週副部長の家に勉強教えてもらいに行くらしいじゃん」

 

「無理です!」

 

「まだ何も言ってねぇよ」

 

「そこでお母さん説得して来いって言うんですよね!」

 

「…まぁ、ね」

 

「無理ですよ!無茶言わないでください…」

 

 そう言って勢いよく立ち上がる黄前さんの肩にポンッと手を置く夏紀

 

「大丈夫、香織先輩からいいもの貰ってるから」

 

 夏紀はスカートのポケットからなんか可愛い手紙を出して黄前さんに見せる

 

「駅前幸富堂の栗饅頭がオススメだよ、なんですかこれ…?」

 

「あすか先輩のお母さんの好物なんだって。これさえ持っていけば全てオーケー」

 

 んなわけあるか!

 

「私の目を見て言ってください」

 

「オーケー…」

 

 目をそらすな!

 

「はぁ…」

 

「苦労をかけるね」

 

「なら春希先輩言ってくださいよ〜」

 

「オレはみぞれ以外の女性の家に上がるのは忍びない」

 

「何ですかそれ…」

 

「とにかく本当にここまでうまくやって来たよ。高坂さんのときもみぞれのときも」

 

「私は何も…それを言うなら春希先輩の方が…」

 

「そんなことないぞ、黄前さん」

 

「そうだよ、どうしてあすか先輩が黄前ちゃんを呼んだと思う?」

 

「…わかりません」

 

「私は黄前ちゃんなら何とかしてくれるって期待してるからだと思う」

 

「そんなことないです!それにそれでもしあすか先輩が戻ってきたら、夏紀先輩吹けなくなります」

 

「おバカ、夏紀がそんなこと考えてこんな話すると思うか?」

 

 黄前さんは黙って俯く

 

「私はいいの。来年もあるし…今この部にとって一番いいのはあすか先輩が吹くことなんだから」

 

「それは、夏紀先輩の本心ですか…?」

 

「…黄前ちゃんらしいね。うん、本心だよ」

 

「夏紀!春希!終わった?」

 

 夏紀がそう言うと後すぐに、のぞみとみぞれがやって来た

 

「ありゃ、来たんだ」

 

「もう!こっちから行くって言ってたのに!」

 

「のぞみ先輩、鎧塚先輩…」

 

 のぞみとみぞれは黄前さんの前まで来て告げる

 

「伝えて欲しい、あすか先輩に。待ってますって」

 

 みぞれの言葉に黄前さんは固まる。いや、いろいろ考えてくれているんだろう。俺にはそう感じた

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー帰り道ー

 

「そんなことを…」

 

 さっきオレが言ったことを夏紀がみぞれとのぞみに話した

 

「そういえば春希、前に私の家に来たことあったよね」

 

(ギクッ!)

 

「あぁ、うちにも来なかったっけ?」

 

(ギクッ!!)

 

「ハル…」

 

 表情を変えないでみぞれがこっちを見て来た

 

「ち、違うんだみぞれ!のぞみのときはみぞれにどう告白するか相談に乗ってもらってただけで!夏紀に至ってはこいつが休んだときにプリントを届けに行ったら夏紀のお母さんが上がってけって言うから!!断じて浮気とかじゃないから!!!!」

 

「…ふふっ、ハル慌てすぎ」

 

 オレが必死に弁解しようとしてる姿が面白かったのか、みぞれは笑い出した

 

「別に大丈夫だよ。私はハルのことを信じてるから」

 

「みぞれ…」

 

「へぇへぇ、今日もお熱いことで…」

 

「じゃあみぞれ、春希が私にどんな相談してきたか聞きたい?♪」

 

「え!?ちょっ!おい!!」

 

「…聞く」

 

 おいおいみぞれ!のぞみも何言い出してんだよ!!

 

「ならオレは先に帰る!!」

 

 オレは恥ずかしくなって逃げるように走る

 

「ハル」

 

 でもオレの後をみぞれが走って帰ってきているが、追いつけるわけがない。オレは止まってみぞれを受け止める

 

「…ど、どうした?」

 

 オレは昔のことを思い出して恥ずかしくってみぞれの顔を見れなかった

 

「冗談だから。一緒に帰ろ…?」

 

「…あぁ」

 

 その後からのぞみと夏紀も追いついてきた。そして2人からも軽く謝られて一緒に帰っていった

 

 

 

 

 

 

 

 ーテスト勉強週間ー

 

 今日からテスト前期間となり部活も早めに終わるようになった。それと同時になぜか親が出張で1週間ぐらい家を空けるみたいだ。つまりこの1週間家には1人きりだ。別に寂しくはない、逆に静かで集中できるな

 

 学校も終わり家に帰って家事やら何やらを済ませるともう既に時計の短針は8を指していた

 

「うわっ、もうこんな時間か。なんで人間てテスト前とかテスト期間中に部屋の模様替えしたくなるんだろう…」

 

 女子か!と自分にツッコミを入れて夕食の買い物に出ようとしたとき…

 

 ピンポーン

 家のチャイムが鳴った

 

「はーい(こんな時間に宅配か?)」

 

 ガチャ

 玄関のドアを開けるとそこには見知った顔の人が立っていた

 

「…みぞれ?」

 

「えっと、こんばんわ」

 

「お、おう。まぁ立ち話もなんだからどうぞ…」

 

「うん、お邪魔します」

 

 オレはなぜみぞれがここにいるのかと困惑している中、みぞれを中に入れる。そしてリビングに案内しイスに座らせとりあえずお茶をコップに注いでみぞれの前に出す

 

「ほれ」

 

「ありがと」

 

「それで、どうしたよ」

 

 オレはみぞれの向かい側に座りどうしてこんな時間に来たのか聞いてみた

 

「ハルが今日から1週間1人だって言ってたから」

 

「言ったな」

 

「だから…泊まってもいい?」

 

「…」

 

 オレは一瞬固まった

 

「はい?」

 

「…ダメ?」

 

「いや、ダメとかじゃなくて…」

 

「大丈夫、お母さんには許可もらってきた」

 

「だからそんな大きい荷物持って来たのか?」

 

「うん」

 

 最初からみぞれの大荷物に気になっていたがこれで解決した

 

「はぁ…まぁもう来ちゃったし、追い返すわけにもいかないからな」

 

「じゃあ…」

 

「あぁ、いいよ。でもなんでだ?」

 

「ハルとも勉強会したかったから」

 

 そういうことね。それで異性の家に泊まりに来るとか、みぞれってたまに積極的だな

 

「…迷惑だった?」

 

「そんなわけあるか。嬉しいよ」

 

「よかった」

 

 これまで少し不安げな顔をしていたみぞれに笑顔が見れる

 

「後でみぞれのお母さんに連絡するとして、みぞれはもう夕飯食べたか?」

 

「まだ」

 

「じゃあ買い物行こうぜ。正直この家の冷蔵庫にはほとんど何も入ってない…」

 

「わかった」

 

 オレはこうしてみぞれのいきなりのお泊まり発言にビックリしつつも内心みぞれと一緒に入れて嬉しい感情のまま、みぞれと一緒に夕飯の買い物に出かけた

 

「何食べたい?」

 

「ハルの作るのならなんでもいい」

 

「そっか。今日はあんま時間ないからオムライスかな」

 

「うん」

 

「あと風呂上がりのこれかな?」

 

 オレはそう言ってラムネを手にとってみぞれに見せる

 

「っ!」

 

 みぞれは相当嬉しいのか目を見開いて力強く頷く。みぞれ炭酸系好きだもんなぁ

 

 

 

 

 

 

 買い物を終えたオレ達は家に帰ってオレが料理をしている最中にみぞれは荷物の整理をし、夕飯を食べ、みぞれが風呂に入っている間にみぞれのお母さんに連絡をした。なぜか「これで将来は安泰だわ♪」とか言ってたけど、冗談だよね?冗談であってほしい…まぁそれは一旦置いといて、みぞれの後にオレも風呂に入り、今はオレの部屋で一緒に勉強をしている

 

「夏休み明けてからのだから範囲が狭いな」

 

「うん」

 

「みぞれは何か不安なものとかあるのか?」

 

「化学かな」

 

「あぁ、オレも嫌いだ」

 

 オレは根っからの文系なんだ

 

 その後11時半くらいまで勉強してオレは部屋から出て行く。オレの部屋をみぞれに貸すからだ。部屋を出ようと立ち上がるとみぞれと目が合ってなんで出て行くの?みたいな顔されたから一応聞いてみた

 

「どうした?」

 

「ここで寝ないの?」

 

「さすがに思春期の男女が1つの部屋で寝るのはマズいだろ。オレのベッド使っていいからみぞれはここで寝な」

 

 そう言って部屋のドアを開けようとすると服の裾を掴まれた

 

「ん?」

 

「…一緒に寝よ?」

 

 振り返るとみぞれが上目使いでオレにお願いしてきた。それはズルい…

 

「…寝相悪いかもよ?」

 

「大丈夫」

 

「…」

 

「…ダメ?」

 

「…のぞみとかに言うなよ?」

 

「うん」

 

 オレは観念して一緒に布団に入る。みぞれの上目使いでお願いされたら断るの不可能…

 

「じゃあ消すぞ」

 

「うん」

 

 電気を消して暗くなると余計にみぞれを意識してしまう

 

「おやすみ、ハル」

 

「あぁ、おやすみ」

 

 オレ、寝れるかな…

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話

 ー翌日ー

 

 昨日はなんとか寝れました。みぞれが横で寝てるって考えると目が冴えちゃったので羊を数えてたら寝れたみたいです。そして朝、みぞれの寝顔を見ることができました。素晴らしく可愛かった!!そして一緒に朝食を食べ、一緒に登校してきました。いっつも一緒に登校してるからみぞれがうちに泊まったなんて誰も思わないでしょう

 

 そして朝練の前、オレ達や低音パートのメンツは揃って黄前さんの押しかけた。

 

「どうでした!?」

 

「どうって…?」

 

「あすか先輩のことだよ〜」

 

「あ、はい…元気そうは元気そうでしたけど、部活に戻ってくかっていうとあまり…」

 

「そっか〜…あんなに成績いいのに、お母さん何が不満なんだろう…」

 

「そうですよ!先輩はちゃんと勉強と部活を両立しているのに、それを邪魔するなんて緑は嫌です!」

 

「どうどう…」

 

「でも、将来的なことを考えたらこのまま部活を辞めて勉強に専念する方がためになるって考え方もあるけどな」

 

「それはそうだけど…」

 

「それは親が決めることじゃないと思うがなぁ」

 

「でも、やっぱり緑はあすか先輩と部活やりたいです!」

 

「だよね」

 

 川島さんの主張に同意した夏紀が川島さんの頭を撫でる

 

「香織先輩!今日の帰り少し時間ありますか?」

 

「どうしたの?」

 

「少し教えて欲しいところがあって」

 

 またリボンか。ホントに中世古先輩にべったりだな

 

「あ、香織先輩だ。ちょっと話してくる。香織せんぱーい!」

 

「あ、おはよう」

 

「ちょっと!邪魔しないでよ!何よ」

 

「香織先輩に話があるの」

 

 犬猿の仲も健在だな

 

 

 

 

 

 

 ー放課後ー

 

 今日も部活は早く終わりいつもならまだ楽器を持っている時間に帰っている

 

「夕飯の材料買って帰るか」

 

「うん」

 

「今日はどうする?」

 

「今日は私も作る」

 

「オッケー、じゃあ無難に肉じゃが?」

 

「いいよ」

 

「決まりだ」

 

 夕飯は肉じゃがになりその材料を買って帰宅した

 

 

 

 

 帰宅してそれぞれ部屋着に着替えて料理開始

 

「みぞれは普段こういうのやるのか?」

 

「まぁ、たまに」

 

「そっか」

 

「ハルは」

 

「まぁ、たまに」

 

「そう」

 

「…」

 

「…」

 

「ふふっ」

 

「ははっ」

 

 みぞれと全くおんなじ返しをしてしまって思わず2人同時に笑ってしまった

 

 それから2人で夕飯を食べ、風呂にも入り、少し勉強して昨日と同じように2人一緒に寝た

 

 

 

 

 

 ー翌日ー

 

 オレは昼休みに飲み物を買いに行っていたらその声は聞こえてきた

 

「コンクールに出てください」

 

 黄前さん?それと副部長

 裏っての人が来ないようなところに2人がいたがどうも入っていく雰囲気ではなかったのでドアに隠れるようにして聞き耳をたてる

 

「要件はそれだけ?」

 

「はい」

 

「なら答えはノー。理由は部活にとって私が出ない方がいいから」

 

「そんなことないです…」

 

「どうして?練習も来ない、本番にも出るかわからない人なんて迷惑以外の何者でもない。私だったら絶対嫌だな〜」

 

「先輩には、事情があります…」

 

「事情ある子なんて他にいっぱいいるよ?しかも私は、のぞみの復帰に反対しちゃったしね〜。それが自分のときは例外ですなんて言えると思う?」

 

「でも、みんな言ってます。あすか先輩がいいって」

 

「みんな?みんなって誰…?」

 

「それは…」

 

「だいたい、そのみんなが本性を言ってる保証がどこにあるの?」

 

「…保証?」

 

「あすか先輩が出た方がいい、あすか先輩と吹きたい。そりゃあみんなそう言うよ。だってそう言っとけば誰も傷つかない、誰にも悪く言われないもん」

 

「だからって、全員がそう思ってるとは限らないじゃないですか…!少なくとも低音パートのみんなや夏紀先輩は絶対あすか先輩に出て欲しいって思ってます!」

 

「どうしてそう言い切れるの?」

 

「言い切れます!」

 

「…ふふっ、黄前ちゃんがそんなこと言うなんてね〜」

 

「ダメですか…?」

 

「ダメじゃないけど…黄前ちゃんそんなこと言えるほどその人達のこと知ってるのかな〜って思って」

 

 は?

 

「みぞれちゃんとのぞみちゃんのときも黄前ちゃん、結局最後は見守るだけだった。境界線引いて踏み込むことは絶対にしなかった。気になって近づくくせに傷つくのも傷つけるのも怖くてなーなーにして安全な場所から見守る。そんな人間に相手が本音を見せてくれてると思う?」

 

 それを聞いて黄前さんは黙ってしまう

 

「なんだ、珍しく威勢がいいと思ったらもう電池切れ?私がこのままフェードアウトするのがベストなの…心配しなくてもみんなすぐ私のことなんか忘れるよ…一致団結して本番に向かう。それが終わったらどっちみち3年は引退なんだから」

 

「後輩苛めて楽しいですか?副部長」

 

 オレは限界がきて2人の空間に割って入った

 

「春希」

 

「春希先輩…」

 

「はぁ…後輩苛めて何が楽しいんだか」

 

「苛めてないよ。本当のことを話しただけだよ」

 

「じゃあ副部長、ベストって何ですか?あなたにとってその答えがベストでも黄前さん達にとってのベストは違うんじゃないですかね?」

 

「…」

 

 副部長は笑顔から一変、オレを睨むように見てくる

 

「それに黄前さんにあーだこーだ言ってましたけど、あなたはどうなんですか?ずっと中立を守ってどっちにも付かず我が道を行ってとうとう勝手に部を辞める。親が決めたから仕方ない?その中にあんたの気持ちは入ってるんすかね?」

 

「言ってるでしょ、私が私自身で辞めるって決めたの」

 

「大人ぶるんじゃねぇよ」

 

「っ!」

 

 オレの口調が突然変わったのに2人は驚いた顔になる

 

「黄前さんは部のやつらのことを何もわかってない?それはあんただろ。部のみんながあんたを必要としてないわけねぇだろ。あんたをすぐ忘れるわけねぇ。そんなこともわからないあんたに黄前さんがどーのこーの言われる筋合いはねぇはずだ。なのに自分は大人だから全部わかってますってか?自分は特別だから?冗談じゃねぇ。あんたもただの高校生だ」

 

 そして次の言葉を発しようとしたが、黄前さんの顔を見たらさっきの驚いた顔ではなくちゃんと覚悟が決まったような顔をしていたのでオレはここで終えることにした

 

「そこんところよく考えて黄前さんの話を聞いてやってください。黄前さん、後は任せるよ」

 

「はい!」

 

 オレは後のことを黄前さんに任せて自分の教室に戻った

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー翌日ー

 

 ♪〜

 

 オレは朝練の時間、いつも通りみぞれと音を合わせている

 

「じゃあ、頑張ってね」

 

「えっ?」

 

 夏紀?どこ行くんだ?

 

「始まりますよ?」

 

「ん?あれ、もしかして聞いてないの?あすか先輩も意地悪だな〜」

 

 副部長?

 

 すると

 

 ガラガラ

「ごめん、遅れた」

 

 入ってきたのは副部長だった

 

「田中先輩!?」

 

「あすか先輩!」

 

 副部長のいきなりの登場に室内がざわめく

 

「みぞれ知ってたか?」

 

「うん、夏紀に聞いた」

 

「なんでオレに言わなかったの!?」

 

「…」

 

 こいつ確信犯か!?

 

「夏紀、ごめん」

 

「謝らないでくださいよ。私、あすか先輩のこと待ってたんですから」

 

 夏紀と入れ替わりに副部長が元の位置に座る

 

 とりあえずよかったのかな

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話

 

「皆さんも既に聞いていると思いますが、無事田中さんがコンクールに出場できることになりました」

 

「結局みんなに迷惑かける形になってしまって本当にすみませんでした。これから本番まで必死に練習していい演奏したいと思います。よろしくお願いします」

 

 \パチパチパチパチ/

 

 副部長はそう言って頭を下げる。まぁ戻れてよかったですね

 

「なんか随分真面目な挨拶だな〜。性格変わった?」

 

「そうですね、ちょっぴり大人になったのかも♪」

 

 副部長は橋本先生の質問にそう答えて黄前さん、次にオレの方を向く

 

「確実に良くなってきたように思いますが、慢心はいけません。決して思い上がらず最後まで向上心に持って練習に励んでください」

 

「ラストスパートかけるぞ!」

 

『はい!!』

 

 橋本先生の鼓舞に大きく返事するみんな。ここからは1つ1つの練習がすごく重要になってくるな

 

 

 

 

 

 

 

 ーパート練ー

 

 全体練習が終わってそれぞれのパート練に入る前に確信はないが麗奈が少し元気がないように思えた

 

「高坂さんが?」

 

「うん、なんとなくだけどな」

 

「何かあったのかね」

 

「オレ達パートも違うし、みぞれに関してはあんま接点ないからな」

 

「うん」

 

「黄前さんにでも聞いてみるか…とりあえず今は練習に集中だな」

 

「うん」

 

 考えるのは後にして今はパート練に集中する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー帰りー

 

 今日の部活が終わりオレはさっき思ってたことを確認するために黄前さんを訪ねようと思う

 

「みぞれは先帰っててもいいぞ?」

 

「一緒に行く」

 

「わかった」

 

 オレは別に1人でもよかったんだがみぞれが来るって言うから一緒に行くことにした

 

 

 

 ー低音パート教室ー

 

 いつも低音パートのユーフォやチューバ、コンバスが練習している教室に行ってみたが、もう誰もいなかった

 

「もう帰ったかな …」

 

「なら明日の朝でいいんじゃない?」

 

「それしかなさそうだな…じゃあ帰るか」

 

 黄前さんがいないんじゃ仕方ないから、オレは諦めて帰路につこうと学校を出て校門を抜けようとすると

 

「あれ、黄前さん」

 

「あ、春希先輩に鎧塚先輩」

 

「お疲れ様です」

 

「どうもです」

 

「加藤さんに川島さんまで」

 

「こんなところで何してるの?」

 

「えっと、あはは…」

 

「まぁいいや、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

「え、私にですか?」

 

「麗奈に何かあったか知らない?」

 

「春希先輩も気づいたんですか」

 

「も?」

 

「私も麗奈になんか避けられてる感じがするんです…」

 

「原因は?」

 

「それが全く見当がつかなくて…」

 

「そっか」

 

 黄前さんがわからないとなるともう直接本人に聞くしかないな

 

「それで3人はなぜここに?」

 

「麗奈に事情を聞こうかなって待ってるとこです」

 

「あぁ、そういうことね」

 

 するとそこへ

 

「来ました」

 

「あ、麗奈今帰り?よかったら一緒に帰ろ…」

 

「悪いけどこの後用事あるから」

 

 キッパリと断られてしまった。しかもオレとみぞれにあいさつもせずに

 

「フラれたね〜」

 

「久美子ちゃん!追いかけて!」

 

「いや、でも…」

 

 その後黄前さんは麗奈を追いかけることなくオレ達はみんな駅に向かうということなので5人一緒に帰宅中だ

 

「確かにちょっと変な感じだったね。なんか嫌なことでもあったのかな」

 

「わかりません…でも麗奈ちゃんが何の理由もなしにあんな態度取るとは思えません」

 

「そうかな…」

 

「えっ?」

 

「麗奈って結構めんどくさいとこあるからなぁ。些細なことに拘るというか」

 

「そういえば昔からそういうやつだったなぁ」

 

「あっ!私は悪くないなんて言ってないですよ!?」

 

「誰もそんなこと言ってない」

 

「ただ…」

 

 そこで気づいた。信号渡りそびれた…

 

 

 

 オレはその後の帰りはずっと麗奈のことを考えていた

 

「…ハル」

 

「…あっ!わりー、どうした?」

 

「隣に彼女がいるのに他の女のこと考えてる」

 

「ブッ!!お前そんなこと言うキャラだっけ…?」

 

「言ってみたくなった」

 

「勘弁してくれ、心臓に悪い…」

 

「ふふっ、気になるなら聞いてみれば?」

 

「それが聞いてもいいことなのかわからないから困ってるんだよ」

 

「あすか先輩にはあんなにズカズカと言ったのに?」

 

「…なぜみぞれが知ってる……?」

 

「今日あすか先輩から言われた。ハルにコテンパンに言われたって」

 

 あの人は!なんでみぞれに言うかなぁ…

 

「でもありがたかったって」

 

「…そっか」

 

「だからハルなら大丈夫」

 

「どこから来るんだよその根拠。でも、ありがとな」

 

 オレはそう言ってみぞれの頭を撫でる

 

 

 

 

 

 

 

 オレは家に帰って頃合いを見て麗奈に連絡してみることにした

 

『もしもし』

 

「麗奈か?オレだ、春希だ」

 

『わかってますよ。何か用ですか?』

 

「いや、お前に何かあったのかなぁって」

 

『…なんでもないです』

 

「なんでもないわけないだろ」

 

『…』

 

 返答がない

 

「いったいどうしたんだよ」

 

『…先輩は、滝先生の以前からのお知り合いでいたよね?』

 

「ん?まぁな」

 

『じゃあ、滝先生の“奥さん”のこと…知ってましたか……?』

 

「…あぁ」

 

「私、滝先生のこと好きなんです」

 

「…」

 

 マジか…薄々気づいてはいたけどホントだったのか……

 

『そのことは久美子も知ってるんですけど…久美子、滝先生に奥さんがいることを私に黙ってたんです……私は言ってほしかったのに…』

 

「そのことを黄前さんとは…?」

 

「話してません…」

 

「それはダメじゃないのか?黄前さんにだって言わなかった理由があるかもしれない」

 

『…』

 

「だから今すぐにでも会って話せ。黄前さんなら来てくれる」

 

『…はい、ありがとうございました』

 

「おう」

 

 オレはそこで電話を切った。後は黄前さんに任せるしかないな…この頃黄前さんに任せてばっかで、ダメな先輩だなオレ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー翌日ー

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 パンパン

「弱い…弱いです。全然弱い」

 

「すみません…」

 

 今日は麗奈が絶不調だ

 

「集中できていませんね。やる気はあるんですか?」

 

「…あります」

 

「では、すぐに立て直してください」

 

「はい…」

 

「では、Hからもう一度」

 

 大丈夫かねぇ…確かにオレも今みぞれにフラれたりなんかしたらあんな感じになりそうだなぁ

 

 

 

 

 

 

 全体練習を終えパート練になったが、オレは気になったので一旦抜けて麗奈のところに行ってみた。しかし既にそこには

 

「なんだ、いい音出てるじゃない」

 

「優子先輩…」

 

「ここんとこ、ずっと集中切れてるでしょ?」

 

「…」

 

「…香織先輩も心配してたから、何かあるなら話してよ。私じゃ話しにくいかもしれないけど」

 

 あいつが麗奈の心配!?何があった…

 

「…ありがとうございます。すいません、立て直します」

 

 ♪〜

 麗奈はリボンに感謝の言葉だけ言って再びトランペットを吹き始める

 

 戻って来たリボンにオレは

 

「いい先輩じゃん」

 

「うっさい」

 

 あいつもコンクールのことを考えていろいろ気を回してるんだな

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーまた翌日ー

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 あれから麗奈は表情が変わることなく音も一切乱れなくなった。むしろ音が以前よりも力強くなった気がする。

 

「各自早め早めの行動を心がけてください。では各係ごとに集まって当日の行動の確認を行ってください」

 

 部長からの指示でみんなが移動する中、オレも移動しようとすると麗奈がやってきた

 

「春希先輩」

 

「どうした?」

 

「これが終わった後少し時間いいですか?」

 

「ん?まぁ少しなら」

 

「ありがとうございます。では後で」

 

 オレは何かなと考えているとみぞれが覗き込んできた

 

「…告白?」

 

「んなわけねぇだろ」

 

「わからない」

 

「…安心しろ。オレにはみぞれだけだ」

 

「…うん///」

 

 なぜかそんなことを考えて不安そうになるみぞれをオレは優しく撫でる。みぞれは頰を赤くしているが嬉しそうだ

 

 

 

 

 ー玄関口ー

 

「先輩、ありがとうございました」

 

 麗奈はいきなり頭をさげてきた

 

「いや、それを言うなら黄前さんにだろ」

 

「久美子にもちゃんと言います。でも先輩には久美子と話すきっかけをいただきました。なので…」

 

「わかったから頭を上げろ」

 

 オレの言葉を聞き麗奈は頭を上げる

 

「その様子じゃ滝先生の奥さんのこと聞いたみたいだな」

 

「はい。あと“春希先輩に助けられた”とも言ってました」

 

「うわ〜、その話したのか昇さん」

 

 昇さんは奥さんが亡くなって吹奏楽から離れていった時期があった。それは仕方ないことだとオレも思ったが、昇さんの奥さんに亡くなる前に昇さんがいないところで言っていたことがあった。「あの人に私の夢を叶えて欲しい」と…オレは奥さんの最後の願いを叶えてあげたいと思い、そのとき楽器すら見ようとしなかった昇さんを殴ってでも戻ってこさせた

 

「やめてくださいって言ったはずなんだけどなぁ…」

 

「でも感謝してましたよ」

 

「はぁ、まぁいいけど。もう大丈夫なのか?」

 

「…完全に大丈夫とは言い切れませんが、覚悟はできました」

 

「オッケーだ。絶対全国で金獲るぞ」

 

「はい!」

 

 オレ達はそこで解散…とはならず、今日みぞれはのぞみ達と帰ったので麗奈と駅まで一緒した

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話

 ー大会前日ー

 

 ついにその日が明日に迫っていた。これまでの日々は長かったようで短かった。昇さんが北宇治に来てからの部活は大変だったり少し混乱したこともあったけど、以前よりは比べ物にならないくらい充実していたと思う。明日はその集大成だ。コンクールに出るやつはもちろんコンクールメンバーではない連中も気合が入っていることだろう

 

 全国大会の会場は名古屋で開かれ、オレ達は現地で一泊するため前日のうちに名古屋に入る。バス内ではみんな緊張やら集中やらで会話は少なかった。オレの隣に座ったのはもちろんみぞれで、今日はさすがのみぞれでも緊張しているらしくオレはバス移動中の大半の時間、みぞれの頭を撫でていた。これは決してオレからではなくみぞれにお願いされたからだ

 

 

 

 

 ー会場ー

 

 会場に着いて楽器を運び、今はみんな音の調整をしている。本番前に最後の練習をするのだ

 

 

 ♪〜

 

「どうだ?」

 

「大丈夫」

 

「みぞれもいつも通りだ」

 

「うん」

 

 自分の耳だけでなくみぞれにも自分の音が変ではないか入念にチェックする

 

「では始めましょうか」

 

『よろしくお願いします』

 

「いよいよ明日が本番になりますが、焦らず落ち着いていつも通り音を重ねていきましょう」

 

『はい』

 

「小笠原さん」

 

「はい、ではチューニングbで」

 

 ♪〜

 

 ♪〜♪〜

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 全体のチューニングをして最後の練習が始まった

 

 

 

 

 

 

 

 ー旅館ー

 

 練習を終え、オレ達は泊まるホテルにやってきた。夕食を食べ風呂にも入りそろそろ消灯の時間だ。それまでオレはナックル先輩達にオレとみぞれのことをずっと聞かれていた。まぁこういう話で気を紛らわしたいのかなと思って嫌々付き合っていたが...

 

 消灯時間を過ぎて少しした頃、オレの携帯に一本のメールが届いた。みぞれからだ。そこには『眠れない』と書かれていた。『オレも』と返信すると『ロビーで待ってる』と返ってきた。オレは1枚上に羽織ってロビーに向かった。途中自販機であったかい飲み物を買おうとしたら、そこに黄前さんと塚本くんがいた。どうやら2人も眠れなかったらしい

 

「みぞれ」

 

「ハル」

 

「ほい」

 

「ありがと。あったかい」

 

「あったかいの買ったからな」

 

 ロビーにあるソファーに座っているみぞれに買ってきた飲み物を渡すとそんな感想が返ってきた

 

「明日だな」

 

「うん」

 

「不安か?」

 

「…少し」

 

「そうだよな、オレもだ」

 

「ハルも?」

 

「あぁ…でもな隣にはみぞれがいる。そう考えると自然と不安が消えるんだ」

 

「…」

 

 オレがそう言うとみぞれは目を瞑る。少しして目を開けた

 

「ホントだ。私もハルが隣にいるって考えると大丈夫になった」

 

「だろ?」

 

「うん」

 

「確かに不安や緊張はあるけど、橋本先生も言ってたろ?まずは楽しむことだって」

 

「そだね」

 

 やっぱり、あのことがあってからみぞれは変わったな

 

「もう大丈夫そうだな」

 

「うん、ありがと」

 

「おう!じゃあ戻るか」

 

「…うん」

 

 明らかに残念がるみぞれ。でもそろそろ寝ないと明日に響いたら大変だし…仕方ない

 

「その前に、みぞれ」

 

「なに…っ!」

 

 オレを見上げてきたみぞれにそっとキスをする

 

「今日はこれで我慢してくれ。オレももう少し一緒にいたいけど、寝ないとヤバいから…」

 

「…うん///わかった///」

 

「お利口だ」

 

 俯いていて顔は見えないが耳を赤くしているみぞれの頭にポンっと手を乗せる

 

「送ってくか?」

 

「大丈夫、おやすみ」

 

「あぁ、おやすみ」

 

 オレはみぞれが階段を登って行くのを確認してから自分の部屋に戻り寝た

 

 

 

 

 

 

 

 ー本番当日ー

 

「はーいみんなー、ちゃんとリボンつけてる?」

 

 部長の声かけにオレは左肩を確認する。出場者はみんな赤いリボンを左肩につけなければならないらしい

 

 会場に入る前に親から連絡があって、みぞれの両親と一緒に見にきてるそうだ。仲いいな

 

 

 

 

 

 

 ♪〜

 

 みんながそれぞれ音の確認をする

 

「はい。これからいよいよ本番です。私達は春に全国大会出場という目標を掲げ、ここまでやってきました。結果を気にするなとは言いません。ですがここまで来たらまず大切なのは悔いのない演奏をすることです。特に3年生…」

 

『はい!』

 

「今日が最後の本番です。この晴れ舞台で悔いのない演奏をしてください」

 

『はい!』

 

 先輩方…ホントに今日が最後なんだな……

 

「先生、一言いいですか?」

 

「もちろんです、どうぞ」

 

 部長が立ち上がる

 

「ついに本番だよ。私今日だけは絶対ネガティブなこと言わない。私ね今心の底からワクワクしてる。いい演奏をして、金獲って帰ろう!」

 

『はい!』

 

「じゃあ副部長のあすか」

 

 部活に呼ばれ立ち上がる副部長

 

「え〜っと、全国に関してみんなにいろいろ迷惑をかけてしまいました。こうやってここにいられるのは本当にみんなのおかげだね…ありがとう。今日はここにいるみんな北宇治全員で最高の音楽を作ろう!それで、笑って終われるようにしよう」

 

『はい!』

 

「…ご静聴ありがとうございました!晴香!」

 

「よーし、ではみなさんご唱和願います。北宇治ファイト〜!」

 

『おー!!!』

 

 部長、副部長、絶対金をプレゼントします!

 

 

 

 

 

 

 

 ー舞台裏ー

 

 今日は最初からみぞれと一緒にいるが、近くでは黄前さんが手に人を書いて食べていた。古いな!

 するとみぞれが自ら黄前さんに近づく

 

「鎧塚先輩、春希先輩」

 

「今日最高のリード」

 

「オレも万全だ」

 

「そうなんですか」

 

 するとみぞれは手をグーにして黄前さんに向ける

 

「えっ、えっとー」

 

 黄前さんは自分も同じように手をグーにしてみぞれのそれに合わせる。オレもそれに便乗して黄前さんのそれに合わせる。そしてみぞれは言葉なしにただ笑いかけ、オレの手を取って離れる

 

 

 

「みぞれも先輩になったな」

 

「そうかな?」

 

「そうだろ」

 

 すると

 

「北宇治、行くよ」

 

 部長から声がかけられる。オレはその声を聞き隣のみぞれに向き直る。みぞれもオレの方を向く。そしてみぞれの頭を引き寄せ額同士をくっつける

 

「みぞれ、ありがとう。これまでやってこれたのはみぞれのおかげだ」

 

「私もハルのおかげでここまでこれた」

 

「絶対金獲るぞ!」

 

「うん!」

 

「あと、ソロも頑張れ」

 

「任せて、最高の聴かせてあげる!」

 

「その粋だ!よし、オレはみぞれのために」

 

「私はハルのために」

 

「今日は今までで最高の音奏でようぜ!」

 

「うん!」

 

 そしてオレ達は舞台に出て行く

 

『プログラム3番、関西代表北宇治高等学校。指揮は…』

 

 おそらくアナウンスで北宇治の紹介がされていたんだろうが、そんなの聞こえないくらい集中していた

 

 

 

 昇さんが指揮台に上がり、始まる

 

 さぁ、全国のみなさん。これがオレ達、北宇治の音だ!とくとご覧あれ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー結果発表ー

 

 \パチパチパチパチ/

 

『お待たせいたしました。それではこれより、高等学校後半の部の表彰式を行います』

 

 いよいよだ

 

『では初めに今回のコンクールに出場した指揮者の方に指揮者賞を贈呈します』

 

「指揮者賞?」

 

「各校に送られる賞です。私達はそのあとに…」

 

 へぇ〜、そんなのあるんだ

 

『せーの、山ちゃん大好きー』

 

 なんだ?

 他校がいきなり全員で声をあげたのでオレはビックリしてしまった

 

「しまった!これがあった!」

 

「どうする?何も決めてないよ!」

 

 これって絶対なのか!?

 

『続いて…』

 

『せーの、鈴木先生マジイケメ〜ン』

 

 こういうのもありなのか…オレらは?

 

「次だよ…」

 

「間に合いませんね…」

 

 オレら何もないじゃん!

 

『滝 昇』

 

 呼ばれちゃった。仕方ない…とオレが立とうとした瞬間、麗奈が立ち上がった

 

「先生、好きです!」

 

 おー!言った!いやいや、1人はさすがにダメじゃね?オレもすぐ立ち上がり

 

「先生、最高〜!!!」

 

 大声でそう言い放った。これ結構くるな…

 

「高坂!春希!ナイスファインプレー!」

 

「助かった」

 

 リボンと中世古先輩がオレ達にそう言ってくる。やめてくれ…余計恥ずかしい……

 

 その後指揮者全員に賞が渡されいよいよ…

 

『お待たせしました。高等学校後半の部の成績を発表します』

 

 みんながそれと同時に手を合わせ祈るように北宇治の番を待っている

 

『1番、ぎがん商業高等学校、銀賞』

 

 \パチパチパチパチ/

 

『表彰状、高等学校後半の部、ぎがん商業高等学校…』

 

「ねぇハル」

 

「ん?どした?」

 

 審査委員の人の言葉を聞いている中、みぞれが唐突に話しかけてきた

 

「高坂さんって先生のこと好きなの?」

 

「あぁ、オレの口からは何とも…」

 

「それ肯定してるのと同じだよ?」

 

「ヤベッ!いいから、今は集中しろ!」

 

 いきなり何の話かと思えば…

 

『2番、かたしき高等学校、ゴールド金賞』

 

『きゃー!!』

 

 呼ばれた学校のやつらの歓喜の声が上がる

 

 次か…

 

『3番、北宇治高等学校…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みぞれ」

 

「…?」

 

 みぞれはオレの方を向く

 

「来年、絶対金獲るぞ!」

 

「うん!」

 

 

 オレ達北宇治高校は“銅賞”に終わった

 




そして、次の曲が始まる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話

「私達3年はこれで引退です。最後になりますが、今日までこんな不甲斐ない部長についてきてくれてありがとう。この1年は嫌なことも…いっぱいあったけど……不安なことばっかで辛かったけど…それ以上にみんなとの演奏が楽しくて……」

 

 もう言ってる最中に泣いちゃったよ

 

 \パチパチパチパチ/

 

「では、泣き虫部長に変わって一言。正直、今日の演奏で言いたいことは何もありません。北宇治の音は全国に響いた!私達は全力を出し切った。本当にみんなお疲れ様。そして3年生はこれで引退、あとは2年生の天下です。もう不安しかありません」

 

 \あはははは/

 

「え〜、私はみんなが知っての通り回りくどい話ができないのではっきり言います。今回の結果、私はめちゃくちゃ悔しい…でも3年に雪辱の機会はもうない。こんな思いは私達だけでたくさん…だから来年は必ず、金賞を獲って。これは最後の副部長命令です!わかった?」

 

『はい!』

 

 こんなときにだけ副部長とか言われてもなぁ…

 

「よーし!その返事忘れないよ?あと、春希は何か失礼なこと考えなかった?」

 

「ソ、ソンナコトナイデスヨ」

 

「ちょーカタコトだけど、まぁいっか。卒業しても毎日見にくるからね」

 

「先輩、それ最悪です…」

 

「違いねぇ…」

 

「え〜なんでよ〜」

 

 \ははははは/

 

 夏紀の言葉にオレも同意し、それに異議を唱える副部長。すると…

 

「お姉ちゃん!」

 

「えっ、ちょっ!」

 

「久美子?」

 

 黄前さん?

 

 黄前さんがお姉ちゃんと叫び、走って行ってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー翌日ー

 

 3年生が引退して、新たな役員が選出される

 

「部長に指名された吉川 優子です。何か反対意見はありますか?」

 

「いんじゃない?」

 

「賛成」

 

「ありがとうございます。では…」

 

「春希はやらないの?」

 

「オレか?オレは辞退した。それに、オレよりリボンの方が適任だろ」

 

 実際はオレも部長に推薦されたが、丁重にお断りさせていただいた

 

「リボン言うな!んっ!では改めて信任されたものとみなします。続いて副部長の選出です」

 

 はぁ、めんどくさいなぁ…でもそういう条件だし、仕方ない…

 オレはそう思いながら嫌々立ち上がる

 

「えぇ、副部長に“強制的に”指名された堺 春希と」

 

「中川 夏紀です。私は強制とかじゃないですけど…反対意見ありますでしょうか」

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ!あんた達が副部長!?聞いてないんだけど!」

 

「そりゃぁ言ってねぇしな」

 

「本気なの!?先輩達何考えてるのよ…」

 

「知らないよ。私だってあんたが部長って聞いたときははぁ?ってなったし」

 

 やっぱりこうなったか…ホントにあの先輩達は何を考えているのでしょうねぇ。後藤も頭を抱えていた

 

「あすか先輩たっての希望だし」

 

「あの人完全に面白がってるな」

 

 後藤よ、オレも同感だ

 オレと夏紀はとりあえず前に出る

 

「というわけで…」

 

「全く気は進まないけど、先輩の頼みなんで」

 

「こいつをサポートしていきたいと思います」

 

「「よろしく」」

 

 2人で同時に軽く頭を下げる

 

「人のこと指ささないで欲しいんですけど」

 

「はぁ、失礼しました部長」

 

 夏紀はリボンに対してお嬢様風にスカートを掴んで言う

 

「もうー!バカにしてー!!!」

 

 ホントこいつはからかい甲斐があるな

 

 こうして北宇治高校吹奏楽部が新たな道をスタートする中、オレはこれからどうなるんだろうという不安とまたみぞれと演奏できるという喜びに溢れていた

 

 

 

 

 

 

 ーまた翌日ー

 

 今日からもう新体制での練習となり、今まで部長…小笠原先輩が立っていた場所には新部長のリボンが立って音の調整をしている

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 しかし、そこでのみんなの音は非常に“薄かった”。3年生がいなくなたことを痛く痛感する瞬間でもあった。3年生がいない分人数が少なくなる。そうなれば必然的に音の大きさは小さくなるわけで…新入生が来るまでは仕方ないか……

 

 

 

 

 ー帰り道ー

 

「3年生ホントに引退したんだよな」

 

「うん」

 

 みぞれと一緒に帰っているときにふと心の声が出てしまった

 

「今日の練習でわかったよ…3年生がどれだけ偉大だったか」

 

「そうだね」

 

「でも、みぞれは今日もいい音だったぞ」

 

「ありがと。ハルも綺麗な音だった」

 

「オーボエはオレらだけだから変わらないけど、来南先輩と美貴乃先輩いないとやっぱ寂しいよな…」

 

「うん…」

 

 オーボエを吹くのはオレらだけだとしてもパート練の人数が減ってしまったのはホントに寂しい…みぞれもおんなじ気持ちのようだ

 

「来年は金、獲りたいな」

 

「…大丈夫」

 

「ん?」

 

「私とハルが一緒にいれば、絶対に獲れる」

 

「っ!そだな」

 

 みぞれの言葉にはなんの根拠もないが、しかしその言葉だけで、いや、それをみぞれから聞いただけでオレのやる気はマックスになった

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーはたまた翌日の朝ー

 

 ♪〜

 

 今日はみぞれと一緒に歩いていたら途中でのぞみに会ったので一緒に登校した。するとある教室からすごく上手い、それでいたとても聴き慣れたような音が聴こえてきた。その場所へ行ってみると

 

「あれ、黄前さん?」

 

「あ、はい!」

 

「あすか先輩かと思った」

 

「え?」

 

「うん、すごく似てた」

 

 そこにはオレ達が想像したあすか先輩ではなく、黄前さんがいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー数日後ー

 

 今日は3年生の卒部会。今日が来て欲しくないと思ったやつも多いであろう。そう思いながらもこの日を楽しんでもらいたい、この部でよかったって思ってもらいたいとみんなはせっせと自分の役割をこなした

 

 オレはというと卒部会で催す企画を考える係だった。最初はありきたりなものでいいかなって思ったんだけど、それじゃあ面白くないからみんなからいろんな案をもらいつつ最高の会にするため一生懸命考えました

 

 

 

「それでは!卒業生の皆さんの入場で〜す!」

 

 \パチパチパチパチ/

 

 司会進行役の加藤さんの言葉で入場してくる先輩達。何週間か会ってないだけなのにすげぇ久しぶりな気がする

 

「香織せんぱ〜い!!」

 

「はやっ!」

 

 リボンはもう泣いてるのかよ

 

 

 

 それから何個か出し物をして司会をオレに変わった

 

「皆さん楽しんでもらえているでしょうか?」

 

『はーい』

 

「それはよかったです。ではここで“先輩ならわかって当然!楽器を演奏しているのは誰でしょう?ゲーム!!”」

 

 \パチパチパチパチ/

 

 これがオレの考えた企画だ

 

「ルールを説明します。これから各パート毎に現役生の中の誰かが楽器を演奏します。先輩達には目隠しをしてもらってそれが誰なのかを当てていただきます。正解された方には景品が、間違ってしまった方には罰ゲームもありま〜す」

 

 オレが説明を終えると3年生のみんなはビックリしたり面白そうな顔をしたりと様々だった

 

「では第1問目トランペットです」

 

 その言葉を聞いて1年生が先輩に目隠しをする

 

 演奏者が楽器を持って前に出てオレ達がサンフェスで演奏したあの曲の一部を演奏する

 

 ♪〜

 

「はい、ありがとうございました。では3年生のみなさんは目隠しを取っていただいて、テーブルにある紙に今演奏した人の名前を書いてください」

 

 3年生が書いた紙を集めてそれぞれ解答を確認する

 

「え〜、では正解の人はこの人です!」

 

 ♪〜

 

 さっきと同じように演奏が響く

 

「正解は赤松 麻紀(あかまつ まき)さんでした。残念ながら間違えた先輩がいらっしゃいました。ヒデリ先輩…」

 

「うぐっ!」

 

 オレの指名に室内にいる全員の視線が集まる

 

「オレは悲しいですよ」

 

「…悪かったよ」

 

「では罰ゲームの特製青汁を飲んでいただきましょう!」

 

 説明しよう!特製青汁とはオレが半日かけて作ったいろんな青汁を混ぜて完成したものだ

 

 ヒデリ先輩は紙コップ半分ぐらいの青汁を一気に飲み干すしたが、顔がさっきとは別人のように悪くなっている

 

「ではどんどんいきましょう!次は…」

 

 その後もどんどん続けていった。罰ゲームを受けた先輩はヒデリ先輩同様、無残な姿になってしまった

 

「では最後にオーボエですが、これは先輩だけではなくみなさんにやってもらいましょうかねぇ。もちろん先生方もです」

 

「我々もですか」

 

「はい。せっかくですから」

 

 オレがいきなり言い出したことに一瞬戸惑いを見せた昇さんだったが心地よく引き受けてくれた

 

「あ、1、2年もな」

 

「そうなの!?」

 

 今度はリボンが驚いた声を上げる

 

「みぞれがその方が面白いって」

 

「うん」

 

 既にオレの隣に来ていたみぞれが同意する

 

「ではみなさん目隠しをしてください」

 

 みんなが目隠ししたのを合図に演奏が始まった

 

 ♪〜

 

「はい。ではみなさん取って大丈夫ですよ。こっちかなって思った方を紙に書いてください。当然ですが先輩方やみぞれが大好きなのぞみは間違えたりしませんよね〜」

 

 オレはプレッシャーをかけるつもりでニヤニヤしながらそう言った

 

 みんなから集めた紙を確認してその結果を発表する

 

「では発表します。いや〜、来南先輩と美貴乃先輩はさすがっすね」

 

「当然!どんだけあんた達の聴いてたと思ってるのよ」

 

「でも他の人には難しいかもね」

 

 長い間同じパートで一緒だった先輩にわかってもらえたのは嬉しいな

 

「それと滝先生もお見事です」

 

「ありがとうございます。最後まで悩みましたけどね」

 

 昇さんも見事正解していた

 

「では改めて、まぁ気づいた人もいるかもしれませんがこの流れからして他の方々は全員不正解でした。難しかったかね?」

 

 オレはまたニヤニヤしながらみぞれに聞いてみる

 

「そうかもね」

 

 みぞれも笑顔でオレに答えてくれた

 

「そういうのいいから早く正解を教えろ!」

 

 しびれを切らしたナックル先輩に急かされる

 

「わかりましたよ。正解はこれです」

 

 そしてさっきの演奏を再びする

 

 ♪〜

 

「わかりましたか?」

 

『…』

 

 正解した3人以外の人はポカーンとしてて言葉が返ってこない

 

「みなさん大丈夫ですか?今見たように正解は“2人同時”でした〜。大成功だな、みぞれ」

 

「うん」

 

 つまりオレかみぞれかではなく、オレ達は2人で演奏していたのだ。みんなが呆然としているのをオレとみぞれはこの結果になることを予想していたかのように笑い合う

 

 その後も数分みんなはそのままの状態が続いた。みんなが正気を取り戻したところで会も次に進みこれまでの出来事の映像を見たりした

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 そして今は3年生による演奏を聴いている。これまでは一緒に演奏することはあっても外から見ることはなかったからなんか新鮮だ

 

 そして次はオレ達の番。その前に

 

「先輩達と過ごした時間は私達に取ってかけがえのないものですそれを後輩にも伝え北宇治吹奏楽部を作っていきたいと思います!そして全国で金を必じゅ…」

 

『ぷふっ!』

 

 噛んじゃったよ

 

「大事なところで…」

 

「うるさい!!!えっと、では私達から決意を込めて卒業生のみなさんにこの曲を送ります!」

 

 オレ達は自分の席に行き、のぞみが変わって前に出る。今日の指揮者だからだ。オレ達が贈るのはオレ達に取って忘れることのできない“三日月の舞”だ

 

「みぞれ、いい音奏でような」

 

「うん」

 

 いつものやつも終え、のぞみの腕が上がった

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 オッケー

 そして、トランペットのソロ

 

 ♪〜

 

 いつも通り

 

 そしてオーボエのソロ。今日は“2人”でやる

 

 ♪〜

 ♪〜

 

 オレとみぞれの音がガッチリ重なる。ばっちり!!

 

 ♪〜♪〜♪〜

 

 \パチパチパチパチ/

 

「ありがと〜…」

 

 演奏が終わると先輩からありがたい拍手を受け取ることができた。ちなみに小笠原先輩は大泣きだ

 

 そして、卒部会は幕を閉じた

 

 

 

 

 

 

 

 ー卒業式ー

 

 今日は3年生がホントに最後の日だ。生憎の天気だが式をやるのには支障はない

 

 式が終わる頃には雨は弱い雪に変わっていた。オレは先輩方一人一人に挨拶して回った。田中先輩は見つけることができなかったけど…

 

「来南先輩、美貴乃先輩、今までありがとうございました!」

 

「こっちこそ…」

 

「ありがとうね…鎧塚さんも」

 

 先輩2人は目尻に涙を浮かべみぞれを含めて3人で抱き合っている

 

「これからも頑張ってよ?」

 

「公演とか見に行くからね」

 

「…はい」

 

「期待しててくださいよ!」

 

 一番お世話になった先輩方に挨拶を済ませると、みぞれがオレの手を握り走り出し校舎に入って行く。

 

「どうした!?いきなり!」

 

「先輩達を私達の音で送り出したい!」

 

 走りながらみぞれはそう言ってきた。オレはその言葉を聞いて引っ張られる側から引っ張る側になって音楽準備室に向かい自分の楽器を持って3階の廊下に行き窓を全開にする

 

 ♪〜

 

「どうだ?」

 

「大丈夫」

 

「よし」

 

 2人ともチューニングを終えてお互い向き合う。オレはいつものようにみぞれの額に自分の額をくっつける

 

「先輩を送り出すからってオレの気持ちは変わらねぇぞ?」

 

「私も」

 

「オレはみぞれのために」

 

「私はハルのために」

 

「いい音奏でようぜ!そんで最高の気分で送り出してあげよう!」

 

「うん」

 

 ♪〜♪〜

 

 オレ達の音はどこまでもどこまでも響いて行く

 






“響け!オーボエカップル”はこれで完結となります

これまで読んでいただきありがとうございました!!!





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誓いのフィナーレ1

お久しぶりです。
「劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~」を見て書きたい衝動にかられました。少し書き方が変わってしまったかもしれないんですがそこはご了承をお願いします。

※お読みいただく前に何点か注意事項がございます。ここで無理だな思った方はお止めになった方がいいかもしれないです
・「劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~」と「リズと青い鳥」を無理矢理一緒の作品に落とし込んだので時系列や矛盾が発生するかもしれません
・最後は原作とは違う結果となっています
・原作では一言もしゃべっていないキャラをたくさん出してます。話し方や印象が全然違うかもしれません
・作者の欲望がそのまま入っております

以上のことをご了承いただいた上でお楽しみください



オレ達の初めての全国は銅賞で幕を閉じ先輩達も卒業してしまった。そして来たる新年度。部活は新体制となり再び動き出す。不安はある。頼りになる先輩達はもういない。でもオレ達ならできる。先輩達もそう期待してくれているはずだ

 

だがやはり先輩達は偉大であった。卒業した後の部活を見たら一目瞭然だった。人数が半分ほどに減り空間ができてしまった音楽室は寂しささえ覚えた。しかしどうやっても先輩達が戻ってくることはない。ならばどうするか。新入生に期待するしかなかった

 

新学期が始まると同時に行われる新入生部活勧誘。先輩達卒業後からの当面の目標は新入生ゲットとなった。正直期待はあった。というのも前回全国出場。しかも初ということは強豪校とされる学校ほど人数は多くないと推測できる。しかも北宇治は公立だ。私立のように推薦があるわけではない。なのでオーディションがあったとしても本番に出られる可能性は十分にあると予測できる

 

まぁ別にそんな裏がなくとも勧誘は積極的にやるつもりだったし、もちろん演奏もする。演奏するということは全力で臨む。でないと顧問から何を言われるか....

 

「ハル」

 

「ん。おぉおはよみぞれ」

 

「おはよ」

 

さて、新学期になったところでオレの生活が大きく変化するわけはない。いつも通り朝早くにオレのマジで可愛い超絶天使の彼女と合流し、いつも通り一緒に学校へ登校する

 

「ハル、また寝癖」

 

「マジ?直したと思ったんだけどな」

 

「ホントに?」

 

「...ウソですごめんなさい。めんどくさくて手櫛しただけです」

 

「でもそれがないとハルって感じしない」

 

「それって褒めてんの?」

 

「...」

 

そこで無言になるなよみぞれさんや...

 

気がつくともう学校の最寄駅だった。電車を降り改札を抜けていつもの通学路を手を繋いで歩く。ん?もちろん手は繋ぎますよ。当然じゃぁあ〜りませんか

 

「桜きれいに咲いたな〜」

 

「そだね」

 

「今日も晴れそうでよかった」

 

「うん」

 

「最近あったかくなってきたけど朝方はまだちょっと肌寒いな」

 

「うん」

 

「みぞれは寒くないか?」

 

「平気。ハルの手あったかいから」

 

「そっか...」

 

「うん」

 

はぁ...この時が一生続けばいいのに...と思ったのも束の間、学校に到着しました。この道一日に3mぐらい伸びねぇかな

 

学校に着いたらこれまたいつも通りいつもの場所、校門を見下ろせる廊下に椅子を運び、持っていた楽器を取り出す

 

〜♪

〜♪

 

「どうだ?」

 

「大丈夫」

 

チューニングはバッチリ。窓の外にはちょうど半分くらい太陽が顔を出してあったかい日差しを受けている

 

「なぁみぞれ」

 

「ん?」

 

「今日から新学期だし、あれやってもいいか?」

 

「うん。私もしたい」

 

「そっか。なら失礼して」

 

みぞれに了承を得てオレはみぞれの方を向き顔を近づける。みぞれの頭に手を置いてお互いの額を合わせる

 

「新学期、楽しみだな」

 

「うん」

 

「そのうち他のやつらも来るだろうしいつも通りオレらの音で出迎えてやろう」

 

「うん」

 

「今日からまたよろしくな、みぞれ」

 

「こちらこそ、ハル」

 

「んじゃ改めて。オレはみぞれのために」

 

「私はハルのために」

 

「新学期早々いい音、奏でようぜ」

 

「うん」

 

オーボエカップルの美しい音色は窓を飛び出し今日もまた響いていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよお二人さん。相変わらず早いのね」

 

「おぉリボン」

 

「だからリボン言うな!」

 

時刻は6時30分を少し回ったころ。我らが吹奏楽部の新部長、吉川優子のご到着である

 

「お前も早いじゃんか」

 

「当たり前でしょ、部長なんだから」

 

「ならオレ達よりも早く来いよ」

 

「それはムリ」

 

「頑張ればイケるって。なぁみぞれ」

 

「うん」

 

「みぞれ...あんた最近そいつに感化されてきてない?」

 

「そう?」

 

「はぁ...もういいわよ...今日は頼んだわよ?」

 

「ホントにいいのか?ホールとかならともかく外の、しかも勧誘でガヤガヤしてる中音が届くかわからんぞ」

 

オレが言ってるのは今日の新入生勧誘の件だ。毎年のように校門のところで演奏はするのだが今回はリボンの提案でオレとみぞれがこの場所からいつものように音を出してくれとのことだった。通常オレらのオーボエのような木管楽器は野外での演奏はしない。のだが...

 

「前にも言ったけど二人のオーボエが私達の最大の武器だと思ってる。悔しいけど」

 

「それは素直に受け取るよ」

 

「だからそれを新入生にも聞いてほしい。大丈夫!策はあるから!二人はいつもみたいにいい音色を出してくれるだけでいいの!」

 

新部長からの強い要望。オレはチラッとみぞれを見るとみぞれと目が合い軽く頷いた

 

「了解だ。任せろ」

 

「えぇ頼んだわよ」

 

「そっちも頑張れよ。そっちでミスあったら元も子もねぇんだから」

 

「わかってるわよ!」

 

リボンは言われるまでもないってな感じで階段を降りて行った

 

「だってよみぞれ」

 

「うん。みんななら大丈夫」

 

「んだな。大役を任された以上こっちも気合入れないとな」

 

「うん。ねぇハル」

 

「ん?」

 

みぞれは静かに立ち上がり持っていたオーボエを椅子に置いてオレの目の前に立った。オレは座ったままなので今はみぞれのほうが目線は高いわけでオレが見上げる形になっている。するとみぞれは両手でオレの両頬に触れさっきのように額同士を合わせた

 

「私とハルなら大丈夫」

 

「おう」

 

「今度は私からさせて?」

 

「もちろんだ」

 

「私はハルのために」

 

「オレはみぞれのために」

 

「いい音、奏でよう」

 

「おうよ!」

 

本日二度目。それに久しぶりにみぞれからしてもらったな。ヤベッ、泣きそ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登校時間になり先輩達と同じダークグリーンのスカーフをつけた新入生が続々とやってきた。それに伴い吹部の演奏も始まっている。ありがたいことに新入生だけでなく新二、三年生も立ち止まってその演奏を聴いてくれている。そして...

 

『ちゅうもーく!!!』

 

部長の声が大音量になって聞こえてきた。拡張期でも使ったのだろう

 

『はい、それではお願いします!』

 

「なるほど、そういうことね。みぞれいいか?」

 

「うん」

 

みぞれの返答の瞬間に楽器に口をつけ、指揮者が指揮棒を振る合図のようにオレは足で音を鳴らし二人のデュエットを始めた

 

〜♪〜♪〜♪〜

〜♪〜♪〜♪〜

 

およそ1分30秒。その間静かに聴いてくれたようだ

 

『はい!吹奏楽部です!』

 

最後に部長からの挨拶で初日の勧誘を終えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始業式を終えてクラス替えの発表を確認した後に吹部のメンバーは音楽室に集まった。ちなみに今年もみぞれとは同じクラスだ。ありがとう神様、いや先生方

 

「あ、春希くんとみぞれちゃん!」

 

「さっきぶり」

 

「おっす」

 

二人で座ろうとした席の後ろにはクラリネット担当の島(しま)りえとテナーサックス担当の平尾澄子(ひらおすみこ)がいて澄子の方はオレやみぞれとおんなじクラスだった

 

「お互いにこれから大変だな。クラはバスクラ(バスクラリネット)でサックスはバリサク(バリトンサックス)、オレらはファゴットする人らいなくなっちまったな」

 

「そうだよね〜」

 

「バリサクもできないわけじゃないけど、晴香先輩の代わりをすると思うとね」

 

「確かにな〜。そういう面でも先輩らは偉大だったって思い知らされるよ」

 

「二人はもうダブルエースって感じだったけどね」

 

「まったく否定しないところ春希くんらしい」

 

「オレとみぞれの音に自信あるからな。な?みぞれ」

 

「うん」

 

「さっすが!」

 

「今日からもよろしくね」

 

「おうよ」

 

「はーい注目」

 

ちょうど話が途切れたところで部長から声がかかった

 

「じゃあ時間になったのでミーティング始めまーす。これで全員?来てない人手を上げてー」

 

「さむっ」

 

「うるさい!」

 

\はははは/

 

「あと春希はこっち!」

 

「あ、そういえばオレ副部長だったわ」

 

「ちょっと!ちゃんと自覚を持って!」

 

「へいへい。すいませんねお代官様」

 

「誰がお代官様よ!」

 

\あはははは/

 

みんなの笑い声の中オレはみぞれから離れる悲しみをグッ!っと堪え前に出て夏紀の隣に立った

 

「えーっと知っての通りこれが三年生の引退した北宇治の現状です。このままではコンクールにも出られません。一年生の勧誘は始業式が始まってからの一ヶ月が勝負です!そのつもりで各自頑張ってください!」

 

「お代官様しつもーん」

 

「だからお代官様言うなっての!なに?」

 

「勧誘って具体的に何を頑張ればよろしいのでしょうか」

 

「それは...各々考えて頑張るのよ!」

 

「丸投げってことですな...承知しました〜」

 

新入生勧誘の具体案は特になく各自が頑張ってゲットしてこい!という方針で決まり、その後パート練をして新学期最初の部活が終了した

 

そして来たる入部希望の日。勧誘の甲斐もあってかありがたいことに結構な人数の新入生が見学に来てくれた。部長から軽い挨拶と説明があった後に各パートに分かれて新入生を歓迎した

 

「さて、オレらのとこにはどんぐらい来るかね〜」

 

「みーぞれ!♪」

 

「のぞみ」

 

「はぁ〜。おーい調さーん。おたくのじゃじゃ馬どうにかしてくれー」

 

「むっ、じゃじゃ馬とは失礼な!」

 

「ごめん春希、みぞれ。そのじゃじゃ馬私でも手に負えなくて」

 

「えー調ちゃんまで酷いよー」

 

やってきたのは新入生ではなく隣に陣取ったフルート&ピッコロパートの希美とパートリーダーの井上調(いのうえしらべ)だった

 

「そっちはどうだ?」

 

「今のとこ一人だけ。始まった瞬間ダッシュで来て驚いたわ」

 

「なんでまた」

 

「なんか南中出身で希美に憧れてるとかなんとか」

 

「へ〜それはまた物好きな」

 

「ちょっとさっきから私に対して酷くない?」

 

「そんなことないぞ?」

 

「調先輩、希美先輩、ちょっといいですかー?」

 

「高橋さん、どうかした?」

 

先輩二人を呼びに来たのはピッコロ担当の二年生、高橋沙里(たかはしさり)だ

 

「初心者の子が何人か来てくれたので」

 

「ホント!すぐ行く!また後でねみぞれ!」

 

「うん」

 

「じゃあ私も行くわね」

 

「おう、頑張ってな」

 

「春希先輩、鎧塚先輩、失礼します」

 

「うん」

 

「ピッコロ経験者来るといいな」

 

「ホントですよ〜。期待して待ってます!」

 

そう言って二人の先輩の後を追っていった

 

「あの〜」

 

「おぉ、いらっしゃい」

 

遂に我がパート第一号来賓者である。のだがなんだか見た目がギャルっぽい

 

「剣崎梨々花(けんざきりりか)です〜。オーボエやってました〜」

 

「おぉマジか!オレら二人もオーボエだよ」

 

「ということは始業式に吹いてたのって...」

 

「オレら二人だ」

 

「そうだったんですね!」

 

剣崎さんはそれを聞くと興奮したように思い切り机に手をついて身を乗り出してきた

 

「あの音聞いてどんな人なんだろうってすっごく気になってたんです!えっと...感動しました!」

 

「ありがとな。そんな風に言ってもらえるとこっちも嬉しいよ。な、みぞれ」

 

「うん。ありがと」

 

「こちらこそありがとうございます!色々教えてください!」

 

「ということは高校でもオーボエってことでいいのかな?」

 

「もちろんです!」

 

「おっしゃー、一人ゲット!じゃあ部長に報告してこなきゃな。みぞれ、頼めるか?」

 

「うん」

 

「じゃあ剣崎さんはみぞれについていってね」

 

「わかりました!」

 

ふむ、見た目はあんなだけど至って普通のいい子じゃないか

 

「あの!」

 

「お」

 

続いて新たに二人新入生が来てくれた

 

「兜谷(かぶとだに)えるです!」

 

「籠手山駿河(こてやまするが)です!」

 

「いらっしゃい。二人はオーボエとファゴット、どっち希望?」

 

「私ファゴットやってました!」

 

「私も、コントラファゴットの方を」

 

「おぉマジか!いやー実は二人ファゴットやってた先輩達が卒業しちゃって、今ファゴット担当いなかったんだよね」

 

「そうなんですか」

 

「しかもコントラの方ははじめましてだわ」

 

「やってる私もあまり同族の人に会ったことないです...」

 

「でも大丈夫。二人とも経験者なら基礎はできてると思うし、あとの技術に関しては顧問の昇さ...滝先生が教えてくれる。といっても二人も高校で新しい楽器をやりたいかもしれないし、他の楽器を触ってから決めて全然いいから」

 

「いえ、私はファゴットを希望します!」

 

「私もです!」

 

「ありがとう。超歓迎する!」

 

「「それに...」」

 

「ん?」

 

「「間近で先輩方のオーボエを聴きたいので!!!」」

 

「お、おう...お手柔らかに頼むな」

 

ふふふ...オレとみぞれのオーボエにこの二人も虜ではないか。いやー嬉しいね。それにしても兜と駿河か...二人のコンビ名は”徳川家康“だな!

 

「んじゃ部長に報告行くぞ。おーいリボン!」

 

「リボン言うな!」

 

わがままなやっちゃなー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新入生の楽器決めも順調に終わり各パート毎の案内に移った

 

「ここがオーボエとファゴットの練習場。パート練って言われたら大体ここだから集まってな」

 

「「「はい!」」」

 

「んじゃとりあえず座って座って」

 

一年生を適当なところに座らせてオレとみぞれは一年生に向かい合うように椅子に腰掛けた

 

「したら自己紹介と行こう。オレはオーボエ担当で副部長をとある一個上の先輩に押し付けられた堺春希だ。わかんないこともあるだろうし気楽に接してくれ。そして」

 

「鎧塚みぞれです」

 

・・・沈黙

 

「それじゃあ一年生も改めて自己紹介お願いするわ」

 

「それじゃあ私から〜。はじめまして〜剣崎梨々花です〜。オーボエ希望で入部しました〜。よろしくお願いしま〜す」

 

「はいよろしく。その間伸びした話し方、オレらは気にしないけど先のこと考えると部活中とかは気をつけた方がいいかもな。じゃあ次」

 

「はい。兜谷えるです。担当希望はファゴットです。よろしくお願いします」

 

「よろしくな。兜って漢字ちゃんと書けるか怪しいから今度教えてくれ。じゃあ最後に」

 

「は、はい!ひゃっ!」

 

最後の籠手山さんは緊張してたのか勢いよく立ち上がってしまい椅子を倒してしまった

 

「すいません!」

 

「っと。大丈夫。落ち着いて」

 

籠手山さんは椅子をあげようとするが屈んだときに今度は腰が机を押してしまい倒れそうなところをたまたま前にいたオレが止めた。ドジっ子かな?

 

「初日から先輩にご迷惑を...」

 

「大丈夫だって。とりあえず自己紹介を頼むな」

 

「は、はい!籠手山駿河です!コントラファゴット希望です!よろしくお願いします!」

 

「うん、緊張してたかな?」

 

「は、はい...」

 

「ウチはトランペットとかサックスみたいに大所帯じゃないからすぐ打ち解けるさ」

 

「ありがとうございます」

 

自己紹介も終わったところで部活の説明に進めた

 

「大体こんなところかな。何か質問ある?」

 

「部活終わった後の自主練はやっても大丈夫でしょうか?」

 

「もちのろん。というか用事がない限り全員やってるな」

 

「普段の練習はどういう感じなんですか?」

 

「基本的にはコンクールに向けての演奏が中心。あとは各パートに分かれてパート練。その他は...あ〜。死ぬ覚悟をしといた方がいいな...」

 

「え...」

 

「特に夏はしんどいぞ...」

 

「そんなにですか...」

 

「ガンバロウ...」

 

「先輩!戻ってきてください!」

 

「ハル」

 

「はっ!こいつは失敬。他にあるか?」

 

「おやつはいくらまでですか〜?」

 

「自分の体型が崩れてもいいならいくらでも許可するぞ〜?」

 

「あ、あははは...」

 

「他には?」

 

「ハル、時間」

 

「おっとそうだな。一旦音楽室に戻るぞ。他に質問があったらその都度聞いてくれ」

 

「「「はい」」」

 

「サンキューみぞれ」

 

「うん」

 

オレとみぞれが一年生三人を引き連れる感じで音楽室へ戻った

 

各パートが集まったところでリボンと夏紀、オレとトランペット担当で三年生の加部友恵(かべともえ)、黄前さんの五人が前に出た

 

「そういうわけですのでしばらくの間、一年生は加部さんと黄前さんが見ます。あとでそれぞれ集まってください」

 

「いてっ」

 

リボンが話している途中ではあったが昇さんの登場だ。どうやら開ききらなかったドアにぶつかったようだ

 

「すみません、少し早かったですかね?」

 

「いえ」

 

「それにしても随分集まりましたね。これだけの人数がいればきっと演奏にも厚みが増すでしょう。尤も人数がいるだけでまったく結果を出さない無能な集団にならないとも限りませんが」

 

早速出たよ爽やか笑顔からの毒舌

 

「去年も同じことをお話したのですが私は生徒の自主性を重んじることをモットーとしています。みなさんを甘やかしたり突き放したいわけではありません。これが一番合理的な方法だと私は考えています」

 

話をしながら昇さんは黒板に大きく”全国大会出場”と書いた

 

「これが去年の目標でした。今年の判断はみなさんにお任せします」

 

「先生、チョーク借りていいですか?」

 

「どうぞ」

 

「口先だけのスローガンなら誰でもできる。だからここではっきり言っておきます。やるからには本気でやりたい。ここで決めた目標を最後まで本気でやり抜きたい」

 

とカッコよく言いながら黒板の”出場”の文字を消し”金賞”新たに書き直したはいいが、チョークの扱いがヘタクソでキーっと嫌な音がなってしまう

 

「多数決を取るのでしっかりと手を挙げてください。この一年緩くやるか。それとも!」

 

リボンは黒板に手をやりながら力強い目で全員を見渡した

 

「それでは全国大会金賞を目標にする人」

 

その問いかけに手が挙がらなかった者はいなかった

 

「みんなの気持ちはわかりました。では今年の目標は、全国大会金賞とします!これから大変なこともいっぱいあると思いますがきっと乗り越えられると信じています!頑張りましょう!」

 

『はい!』

 

「わかりました。それでは音を合わせてみましょう。チューニングbで」

 

♪〜

 

♪〜♪〜♪〜

 

新たにクラのパートリーダーになったりえの音出しからチューニングが始まり、北宇治高校吹奏楽部の新体制がスタートした

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誓いのフィナーレ2

吹部最初の目標は毎年恒例のサンライズフェスティバルとなり、演奏はもちろん各々自分自身のレベルアップに努めていた

 

♪〜

 

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

 

「はい」

 

「平石さん」

 

「はい!」

 

「今、何を考えて吹いていましたか?」

 

「えっと...」

 

「ただ漫然と吹いているだけではいけません。息遣い、音の形、周囲の空気、それらを感じて一つのフレーズとして音楽を作ることを意識しましょう」

 

『はい!』

 

「ハーモニーも同じです。今自分が何の役割を担っているのか。それを意識してください」

 

やっべーそんなこと一回も考えたことなかったー。演奏のときなんて周りの音は意識しなくても入ってくるし頭ん中はみぞれのことばっかだしなー。んで最初の演奏はまぁこんなもんかってな感じで終わった。続いてはパート練

 

 

 

そして一週間、二週間...一ヶ月が経過したある日オレは友恵のお願いで一年生の音出しの場に付き合っていた

 

♪〜♪〜♪〜

 

指揮者である久美子が演奏を止めるとばらつきはあるものの経験者がほとんどのためきちんと止まった

 

「出したいと思ったタイミングで自分の出したい音が出ているか、音の粒が揃っているか、音の形を意識してください」

 

『はい!』

 

「久美子がこんなになって。成長したんだね〜」

 

「どこから目線ですか...」

 

「はいはい。副部長から何かある?」

 

「そうだな〜。同じパートの三人には前に聞いたけどみんなにも聞いておく。自分達の演奏をどう思う?十分にできてる?これでも大丈夫そう?自分はまだまだ?はい求」

 

オレはコントラバス担当で最近緑に弟子入りしたと噂の月永求(つきながもとむ)を指名した

 

「緑先輩には到底及ばないですが、演奏はできているのではないでしょうか」

 

「じゃあなんで久美子から注意を受けた?」

 

「それは...」

 

「できてねぇからだよ。いいか?この中でこの一ヶ月だけでもみんな成長している。個人差はあるけどな。さやか、心子」

 

「「はい!」」

 

オレはトランペット担当の滝野(たきの)さやかとパーカッション担当の東浦心子(ひがしうらもとこ)に向かって声を投げる

 

「お前ら上手くなったな。さやかは友恵に、心子は万紗子に昼だったり練習以外でも教わってるとこをよく見るよ」

 

「「ありがとうございます!」」

 

「梨々花、える、駿河はそんな目で見るな。お前らも上手くなってる。なんたって毎日オレとみぞれが見てるんだからな」

 

不安そうな目でこっちをみていた同じパートの三人にそう声をかけるとパーッと花開くように笑顔になった

 

「だがまだ足りねぇぞ。ということは他の一年はもっと足りねぇってことだ。いくら経験者だからといって向上心のねぇやつはどんどん抜かされていく。それも忘れるなよ?」

 

『はい!』

 

このときオレは返事をしなかった者が二人ほどいたのをたまたま見てしまった。しかもどちらも低音ときた

 

そしてサンライズフェスティバルのオーディションも終わり本格的に行進も織り交ぜた練習が始まった。サンライズフェスティバルは屋外で行われるため、必然的に木管担当やコンバス担当は演奏の周りのカラーガードやチアリーダーの役割を担うのだ。というわけで今年はみぞれのチアリーダー姿が見られる!!!!

 

「部長!大丈夫!?」

 

「ほっとくしかないんじゃない?追いかけてるのは去年のドラムメジャーなんだから」

 

「まぁあいつならやってのけるだろ」

 

「あら、春希が優子に向かってそんなこと言うの珍しい」

 

「オレはお前の方が心配だぞ夏紀。大丈夫なんだろうな」

 

「...うん、なんとかする」

 

グラウンドの半分を借りて練習している一角では部長がドラムメジャーのバトン練習を行なっていた。さっきから落としてばっかだけど

 

オレは今回カラーガードを担当することとなった。しかし同時に全部署のサポートも担っている。行進など全員で合わせるときは手助けをしている。今はその手助けの時間だ。カラーガードのフリに関しては緑にお願いしている

 

ートランペット組ー

 

「卓と玉里ー、歩幅とか前後左右の間隔気にしてラッパ下がってるから気をつけてな」

 

「「はい!」」

 

「純一は上級生なんだからもっと周りを見てやれよ」

 

「ぐっ、面目ない...」

 

ートロンボーン組ー

 

「修一、お前以外女子なんだからお前が歩幅合わせないでどうすんの」

 

「はい!」

 

「あと隊列の一番前がお前らなんだからここスピード合わないと後ろ総崩れだかんな」

 

『はい!』

 

さて、そろそろオレも自分の練習せねばな

 

「美代子ー、卓也ー、ヘルプ必要なら呼んでくれ」

 

「ありがとう!」

 

「わかった」

 

オレ個人の練習。団体での練習。各部署のサポート。うん、オレ頑張った!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして本番、サンライズフェスティバル当日。天気は晴れ。そしてなんと言っても...

 

「み、みぞれー!!!」

 

「ちょっ、ハル...」

 

「可愛いぞみぞれー!!!」

 

「恥ずかしい...」

 

今日のチアリーダ姿のみぞれも天使である

 

「先輩意外に身体付きいいですね」

 

「おいこら、意外にとはどういう意味だ」

 

「だってチューバの後藤先輩とかならともかく春希先輩は〜」

 

「よーし梨々花いい度胸だ。明日からの練習覚えておけよ?」

 

「ひっ!」

 

「そこで笑ったお前達もだー!!!」

 

全員パート練前に筋トレの刑だ!とオレらなりの緊張解きをしていると新しくチューバ担当になった一年生の鈴木美玲(すずきみれい)が楽器も持たずに走り去っていくのを久美子とユーフォニアム担当で一年の久石奏(ひさいしかなで)が追いかけてった。何事かと思いはしたもののすぐ戻ってきたので解決したのだろう

 

そして北宇治の番がやってきた。ゲート付近に整列しドラムメジャーであるリボンの合図とともに行進が始まった。内容的にはまぁ大きな失敗もなかったし周りのお客さんからの反応も悪くはなかったので及第点ではあったと思う

 

 

 

 

 

 

 

 

サンフェスが終わったのも束の間、今日からはコンクールに向けた指導が始まる

 

「今年の課題曲は”マーチ スカイブルードリーム”。自由曲は”リズと青い鳥”です。高難度ですがみなさんの目標を達成するのにふさわしい曲だと私は考えています。オーディションはテスト前に二日かけて行います。審査は一人ずつとなりますのでそのつもりでいてください。コンクールメンバーの上限は五十五名ですが、出場するに達していないメンバーが多かった場合にはその人数を下回りる可能性も十分にあります。慢心せずに練習に取り組んでください」

 

『はい!』

 

その後少し音合わせをしてからパート練に移った

 

「はぁ〜今回もオーボエソロあるじゃんかー」

 

「うん」

 

「ま、今回はみぞれが吹くのがいいのかもな」

 

「なんで?」

 

「今回のソロフルートとのデュエットじゃん。調や他の子には悪いけどフルートのソロは希美だろ」

 

「うん」

 

「でもオレあいつと音合わせる自信ないんだよなー。というか絶対合わない気がする」

 

「そんなこと...」

 

「まぁそんな気がするってだけだし、やってみんことにはわからんけどな」

 

「うん...」

 

そこに一年生三人がやってきたので練習を始めた

 

「とりあえずこっからここまでやってみよう。三人は何も気にせず吹いてみて。みぞれはいつもより音抑えめで他の人の音をよく聴きながら頼む」

 

「わかった」

 

「んじゃ」

 

オレはいつも朝みぞれとやってるときみたいに足で床を叩きつつ吹き出しのタイミングを取った

 

♪〜♪〜♪〜

 

「ふむ、やっぱり三人とも基本はちゃんとできてるからこれからは音の強弱をもっと意識してみよう。多分全体練習のときに滝先生からその都度指示があると思うからメモ忘れないようにな」

 

「「「はい」」」

 

「みぞれはなんかある?」

 

「ちょっとズレてたかな」

 

「まぁ最初だしな。でも修正できるなら早いに越したことはないか。まずはオレら三人とファゴット二人はそれぞれのパートでお互いに音のズレが出ないよう心がけようか」

 

「「わかりました」」

 

「お二人に合わせるの、自信ないです〜」

 

「んなの最初から自信ありますって言える人の方が少ないわ」

 

梨々花には悪いがコンクールにはえると駿河の力が必要だ。もちろん梨々花へのサポートを怠るわけではないが

 

そして帰り道、オレとみぞれは途中にある公園のベンチに寄り道した

 

「なぁみぞれ」

 

「なに?」

 

「今日進路志望の紙渡されたじゃん?」

 

「うん」

 

「みぞれはもう進進路決まってるのか?」

 

「決めてない。ハルは?」

 

「一応大学進学はするつもり。でも何系に行くかはまだ」

 

「そうなんだ」

 

「候補はあるんだけどね。そこは先生と家族と要相談だな。みぞれは何かやりたいことないのか?」

 

「別に。ハルと一緒にいられるならそれでいい」

 

「...」

 

みぞれのその言葉はすげぇ嬉しい。嬉しいんだけども...

 

「なぁみぞれ。オレはお前がホントにやりたいことを見つけてそれをやるための進路を目指してほしい」

 

「でも、私は...」

 

「オレもできることならみぞれと一緒にいたい。今のとこ大学卒業したらちゃんとみぞれのご家族に挨拶する気でいるし」

 

オレの言葉にみぞれは驚いたのか目を見開いた。そしてすぐ俯き照れている

 

「でもオレにもやりたいことがある。みぞれにも絶対あるはずだ」

 

「私にも...」

 

「別にみぞれがやりたいことをやっててオレが消えるわけじゃない。オレだってみぞれにいなくなってほしくないしな。ちょっと考えてみないか?」

 

「うん」

 

「うっし、んじゃ帰ろ」

 

進路か。もうそんな時期にもなっちまったんだな...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

 

「はい。今日の練習はここまでにします。今日は課題曲を中心にやりましたが、明日はリズの方を中心に行います。そのつもりで準備をお願いします」

 

『はい!』

 

「部長から何かありますか?」

 

「はい。この前決めた通り今年の北宇治の目標は全国大会で金を取ることです。今度オーディションがあるけど選ばれたメンバーもそうでないメンバーもチームの一員であることに変わりはないから。みんなで支え合って最強の北宇治を作っていこう!」

 

『はい!』

 

「私からは以上です。副部長からは何かありますか?」

 

「私からは特に」

 

「わかった。春希は?」

 

「んじゃちょっとだけ。一年生には今友恵と黄前さんが面倒見てくれてるけど別に二人だけに頼る必要はないからな。楽器の質問ならむしろ同じパートの先輩を頼ってもいい。それと二、三年生もお互いに頼れ。先生にでもいい。技術面なら滝先生が教えてくれるし根性論やら勉強に関してなら松本先生が教えてくれる」

 

オレが先生方の方を向くと黙って頷いてくれた

 

「それから部長と副部長!お前らも自分だけで抱え込みすぎないように!オレも色々みんなに頼らせてもらうからな。以上でづす!」

 

「はい、ありがとうございます。それでは解散しましょう」

 

『ありがとうございました!』

 

「ふぅ〜」

 

「お疲れ様」

 

「おう。上級生ってのも大変だな」

 

「お疲れ様です〜」

 

「おぉ梨々花。お疲れさん」

 

「お疲れ様」

 

「先輩方、今度ファゴットの子達とダブルリードの会やるんですけど」

 

「ダブルリードの会?なんじゃそりゃ」

 

「いえ、ただ部活終わりにお茶するだけなんですけど。先輩方もどうですか?折角五人しかいないダブルリードですし」

 

「おーいいじゃないか。みぞれは?」

 

「ハルが行くなら」

 

「みーぞれ。折角かわいい後輩ちゃんが誘ってくれるんだ。みぞれ自身が行きたいかで決めな?」

 

「...」

 

みぞれは俯いて考える。後ろではえると駿河が手を合わせて必死に祈っていた

 

「行こう、かな...」

 

「おっしゃ決まり」

 

「本当ですか!?」

 

「あぁ、行くときまた誘ってくれ」

 

「わかりました!約束ですよー?」

 

「あいよ」

 

梨々花はファゴットの二人の元に戻っていき三人でハイタッチをしていた。そんなに行きたかったとは先輩冥利に尽きるってもんですな〜

 

「じゃ帰りますか」

 

「その前に理科室行ってもいい?」

 

「おう。なんか用事か?」

 

「フグに餌あげに」

 

「へぇ〜。んなのいたんだ」

 

理科室に着くと奥の窓際に水槽があってちっちゃなフグが何匹か泳いでいた

 

「いつも来てたのか?」

 

「たまに」

 

「だよな。じゃなきゃオレが知らないわけねぇな」

 

「うん」

 

「鎧塚さん、堺くん」

 

「あれ、新山先生」

 

入り口に立っていたのは新山先生だった

 

「お久しぶりね」

 

「なんでここわかったんですか?」

 

「剣崎さんがここだって教えてくれたの」

 

「そうですか」

 

「コンクールの曲素敵な曲に決まったわね。この曲ではフルートとオーボエがリズと青い鳥を表していると言われているわ。第三楽章の掛け合いはきっとリズと少女の別れ」

 

「そうみたいですね〜」

 

「...私には青い鳥を逃してやったリズの気持ちがわかりません」

 

「そう...」

 

オレも初耳だ

 

「そうだ!今日は二人にお話があって来たの。二人は進路は決まってる?」

 

「大学に進学するつもりですけど、具体的にはまだ」

 

「わたしはまったく...」

 

「そう。ならちょうどよかった。二人とも音大に興味はあるかしら」

 

新山先生はオレらにそう尋ねて持っていたパンフレットを渡してきた

 

「もしこれを見て興味が湧いたら教えてね」

 

「わかりました」

 

「それじゃ」

 

新山先生は別に進学を勧めるわけでもなくパンフレットだけ渡して教室を出て行った。オレらもパラパラと中を見るだけで教室を出た

 

「みぞれ、春希」

 

渡り廊下を歩いていると前から希美が声をかけてきた

 

「何してたの?」

 

「フグに餌あげてた」

 

「へぇ〜。ハマってるの?フグ」

 

「うん、かわいい」

 

「今度私も行っていい?」

 

「うん、希美も一緒に」

 

「それ何?」

 

「パンフレット」

 

「それはわかるよ。見てもいい?」

 

「うん」

 

「これ音大のパンフレットじゃん!あれ、みぞれって音大受けるの?春希も」

 

「新山先生がくれた。興味ある?って」

 

「ふーん」

 

「希美?」

 

「私も、ここ受けようかな...」

 

「それなら勉強頑張らないとな〜。ちゃんとは見てないけど新山先生が勧めてくれるってことはそれなりの大学だと思うけど〜」

 

「うへ〜、春希のそのドヤ顔ムカつく〜」

 

いやー勉強できてよかったわー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ...」

 

「何このスケジュールの組み方。あんた一人で無理しすぎ」

 

「大きなお世話なんですけど」

 

「君はあすか先輩じゃないんだよ?」

 

「わかってるわよそんなこと」

 

今は昼休み。部長と副部長、みぞれと希美が音楽室に集まっていた

 

「どれどれー?うわっなんじゃこりゃ。お前スケジュール管理ヘタクソすぎんか?」

 

「うっさい」

 

「ペンと消しゴム借りるぞー?」

 

「あ、ちょっ!もうー。そうだ希美、部費は?」

 

「塚本と滝川と、滝野がまだ」

 

「即取り立て取り立て」

 

「私がー?春希おねがーい」

 

「ふざけんな、お前会計係だろが」

 

「えー」

 

「ほいリボン。少し調整した。あとここは模試な」

 

「あ、そういえば。部活に専念したいのに」

 

「私と同じ志望校なんてあなたかわいいとこあるわよねー」

 

「は?そこんとこだけマジ最悪なんですけど」

 

「大学行っても、ずっと友達だよ」

 

「うーわ何これ鳥肌。大学被ったの死ぬほご偶然なんですから」

 

「でも意外だったわ。てっきり香織先輩追っかけるのかと思ってたのに」

 

「クッ!できることならそうしたかったわよ!」

 

「成績が追いつかなかったのよねー」

 

「あんたはもう!」

 

「みぞれと春希、音大受けるんだよ」

 

「そうなんだ、凄いじゃん!」

 

「ね!」

 

「まだ決めたわけじゃないけど」

 

「てか今言う必要あるか?てかお前も受けるって言ってただろが」

 

「希美、音大受けるんだ」

 

「ん〜まぁね。確定じゃないけど...」

 

「もうすぐあがた祭りだね〜」

 

「そうだった。ヤバい、時間全然足りない...」

 

「あんたは一回部活から頭離しな」

 

「みぞれー、一緒に行こうよ。あがた祭り」

 

「え...」

 

「もう予定あった?」

 

みぞれは黙ってオレの方を向いた

 

「そっか。今年も春希と行くんだよね。優子と夏紀は空いてるよね?」

 

「うんオッケー行く。部長は?」

 

「行くけど」

 

みぞれが少し悲しそうな顔をしていたのに気づいた

 

「それ、オレらもついてっていいか?」

 

「え、別にいいけど。いいの?」

 

「ま、高校最後だしな。それに別にお前らがいようとみぞれとイチャイチャできるし」

 

「うわ〜、それこっちが滅入りそうなんですけど」

 

「そんときはわたあめかりんご飴奢ってやるよ」

 

「なんで甘いものなのさ。普通辛いものでしょ」

 

「へいへい。いいか?みぞれ」

 

「うん!」

 

ホントは...ホントは今年もみぞれと二人で回りたかったよチクショー!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あがた祭りの日は午前中は雨が降ってたけど幸いにも夜は止んでくれた。前に約束したように五人で行きました

 

「さて、ここら辺でいいでしょ」

 

「ん?何がだ?」

 

「ここで私達とは別行動。後の半分はお二人でどうぞ」

 

「え、でも」

 

「これはみぞれが提案してきたことなんだよ?ね、みぞれ」

 

「うん」

 

「そうなのか」

 

「ってなわけでまた明日ね二人とも」

 

屋台を半分ぐらい回ったところでオレとみぞれ、リボン夏紀希美の二手に分かれた

 

「ホントによかったのか?みぞれ」

 

「うん。みんなとも来たかったけど去年約束したみたいにハルと一緒に回りたいのもあったから」

 

「そっか。ありがとな」

 

「私こそありがとう。気を使ってくれたの知ってる。行こっ」

 

みぞれが手を引いてくれた。おかげで今年の思い出が一つ心に刻まれた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誓いのフィナーレ3


今回言葉遣いの悪い描写が出てきますがご容赦ください


 

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

 

「トロンボーン。ダイアモンドのDはmp(メゾピアノ)で。昨日も言いましたよ」

 

『はい』

 

「ユーフォ。ベートーヴェンのB、二回ともαが合わないのは致命的です全体に傷がつく」

 

「「「はい!」」」

 

「ではこのあとはパート練習とします」

 

『はい!』

 

「はーい注目。パート練習に移る前に一つ今後の部活に関わる重要な話があります」

 

「そんな大事じゃないよ」

 

「自分で話す?」

 

「うん」

 

リボンと一緒に前に出たのは友恵だった

 

「突然すみません。私、加部友恵は吹奏楽部の奏者を辞めることになりました。オーディションにも参加しません」

 

「先輩...」

 

「ウソ...」

 

「あーストップストップ、そんな大騒ぎしないで。退部するわけじゃないんで」

 

「そうなんですか?」

 

「あんた達ほっぽって行くわけないでしょ?私はマネージャーとしてみんなのサポートをしていきたいと思っています。なので困ったことがあったらどんどん言ってください。演奏のこと練習のこと人間関係。恋愛相談は...別料金で」

 

「友恵先生!ウチの彼女がかわいすぎてどうしたらいいでしょう!?」

 

「そのままでいいんじゃないでしょうか」

 

「ですよね~」

 

「ハル...」

 

\あはははははは/

 

「とにかくこれは前向きな決定なのでみんな心配しないで練習に励んでください。ではマネージャー加部友恵をこれからよろしくお願いします」

 

\パチパチパチパチ/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テスト前の梅雨により朝から雨が止まない今日、いよいよオーディションの日となった

 

「さて、準備はいいかお前達」

 

「「「はい!」」」

 

「うん」

 

「今日までよく頑張った。知ってるか?全体演奏でオレらに向けて注意の回数」

 

「注意の回数?」

 

「数えたこともありません」

 

「聞き逃さないよう必死でしたので」

 

「ふふふ、聞いて驚け。なんと全パートで一番少ないぞ!」

 

さすがオレら。そして一年生よ、よく付いてきた!

 

「練習量や努力量はどのパートにも負けん!あとは先生達の前でいつも通り演奏できるかだ」

 

「緊張します〜」

 

「だろうな。そこで頑張った三人にオレとみぞれからお守りをやろう」

 

「お守り?」

 

「おう。ほれ!」

 

オレとみぞれは持ってきたものを三人に渡した

 

「これって」

 

「オレとみぞれ特製のリードストラップだ。ちなみにえると駿河の分はオレが、梨々花の分はみぞれが作った」

 

「先輩方が」

 

「普通にリードとしても使えるけど、今日は慣れてるやつの方がいいと思う」

 

「それに”ダブルリードの会”にぴったりだと思ってさ」

 

「「「ありがとうございます!!!」」」

 

「おう!」

 

「うん」

 

三人とも喜んでくれてよかった。その光景をみてみぞれと微笑みあった

 

そしてオレ達の番がやってきて最初はオレからだった

 

「では堺くん、お願いします」

 

「はい。ふぅ...いきます」

 

♪〜

 

「はい大丈夫です。それでは次にソロパートを」

 

「はい。ふぅ...いきます」

 

♪〜

 

「はい、結構です。相変わらずいい音色です」

 

「さらに腕に磨きをかけたようだな」

 

「ありがとうございます。あの先生」

 

「なんでしょう」

 

「不躾とは思うんですが、今回のソロをみぞれにしてもらえないでしょうか」

 

「理由を聞いても?」

 

「一人でならソロやる自信があります。でも今回はフルートとの掛け合いが必須。フルートでソロを吹くとしたら推測ですが希美になるでしょう。オレはまだあいつと掛け合いができるほど心の整理ができていません」

 

「理由はわかりました。しかしそれは鎧塚さんの演奏を聴いてからとなります」

 

「もちろんです。尤もみぞれが落ちるわけないですけどね」

 

オレは立ち上がり一礼して教室を出た

 

「ハル...」

 

「ごめんな。別にみぞれに譲りたいって思ってるわけじゃない。ただまだオレはお子様ってだけだ。それよりみぞれの番だ。なんも心配してない。みぞれは受かるって確信してる」

 

「うん。任せて」

 

「おう」

 

その後梨々花、える、駿河と順番に呼ばれあとは結果を待つのみとなった。部屋でちょっと話をした後にオレはトイレに向かった。しかしその途中、前に久美子とあすか先輩が言い争ってた場所にユーフォの三人が出ていくのを見かけた。どうやら夏紀のためにオーディションで手を抜いたらしい。しかしその理由が最後の大会に三年生である夏紀を押し除けて自分が出たで何か言われるということから身を守るためだと

 

「いいからオーディションに戻るよ!」

 

「いいですよ、私はもう終わりましたので」

 

「滝先生と約束したんだから!」

 

「いいですってば!やめてくださいよ!」

 

夏紀が奏の手を掴み連れて行こうとするも奏はそれを力づくで離した

 

「よぉやってんな〜」

 

「春希...」

 

「なに?ここってそういう言い合いする聖地にでもなったの?」

 

「先輩、今は...」

 

「あぁわかってる。全部聞かせてもらったから。とりあえずそこのクソ生意気な一年。上級生なめてんじゃねぇぞコラ?」

 

オレは声質を2トーンくらい下げて奏に浴びせた

 

「別になめてなんか...」

 

「なめてんだろうが。敵を作りたくない?夏紀がヘタクソな先輩だから罪?自分の身を守るために席を譲る?」

 

「それのなにがいけないんですか?」

 

「じゃあなんで全国金賞を目標としたときに手を挙げた?」

 

「それは、みんな挙げてたから...」

 

「じゃあなんでお前はまだ部活続けてんの?」

 

「演奏が好きだからですよ」

 

「んなのここにいる全員そうに決まってんだろ。その上でコンクールに向けて頑張ってんだろが。そんな中お前が、お前だけがんなていたらくで。これが迷惑じゃないならなんだ?」

 

「なら私が受かって夏紀先輩が落ちたとき、私を悪くいう人がいたらどうするって言うんですか!」

 

「そんなん思ってんだったら部活なんて辞めちまえ。これが一年緩くやるって目標なら別にそれでも構わないさ。だけどな、今の目標は全国金賞だ。どんなに上手くても向上心のない上に最初から席を譲るようなやつは今の北宇治にはいらねぇんだよ。胸糞悪ぃ」

 

「なんで、同じパートでもないあなたにそんなに言われなきゃならないんですか...」

 

「あぁん?これはパート以前の問題だろうが。それ以前にお前が一年でオレが三年、おまけにオレは副部長だ。部活の方針について部員に言及してなにが悪い。勝てもしないのに理屈で勝とうとしてんじゃねぇよクソガキが」

 

「春希、そのくらいにして」

 

「...チッ、わーったよ。はーっ。んじゃあとは頼んだぞ?久美子一年生指導員」

 

その後ピチャピチャと足音が聞こえたってことは雨ん中走ってったみたいだな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これよりコンクールメンバーを発表する。呼ばれた者ははっきりとした声で返事をしろ」

 

いよいよ合格者発表

 

「まずトランペット。吉川優子」

 

「はい!」

 

「滝野純一(たきのじゅんいち)」

 

「はい!」

 

「高坂麗奈」

 

「はい!」

 

「吉沢秋子(よしざわあきこ)」

 

「はい!」

 

・・・

 

「続いてユーフォニアム。中川夏紀」

 

「,,,はい!」

 

「黄前久美子」

 

「はい!」

 

「久石奏」

 

「...はい!」

 

「チューバ。後藤卓也」

 

「はい!」

 

「長瀬梨子」

 

「はい!」

 

「鈴木美玲」

 

「...はい!」

 

「コントラバス。川島緑輝」

 

「はい!」

 

「月永求」

 

「はい!」

 

「低音パートは以上だ。続いて木管。クラリネット。島りえ」

 

「はい!」

 

・・・

 

「続いてオーボエ。堺春希」

 

「はい!」

 

「鎧塚みぞれ」

 

「はい」

 

「続いてファゴット。兜谷える」

 

「...はい!」

 

「籠手山駿河」

 

「...はい!」

 

絶対金獲る。梨々花の分まで

 

コンクールメンバー五十五人全員が呼ばれ先生二人から少し話があってからパート練となった。そこで梨々花は悔し涙を流した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅雨も終わり本格的な夏に入り出した。我ら北宇治高校吹奏楽部は見事関西大会への切符を勝ち獲った。しかし満足できたわけではない。オーボエ、フルートのソロパートはまだぎこちなく全体的にもまだまだな内容だった。今日からまたより一層練習に力を入れなくてはならない

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

 

「はい。それでは十分休憩の後最初から通しでやります」

 

『はい!』

 

「二人とも、一旦立って伸びでもしときな。集中力切れかかってるのか最後の方音乱れてたぞ」

 

「「はい!」」

 

「でも他が間違ってるのに釣られないのはすごいことだ。この調子で頼むな」

 

「先輩達もすごいです。さっきからノーミスじゃないですか!」

 

「集中切らさない方法とかあるんですか?」

 

「んー。みぞれなんかある?」

 

「わからない。演奏中はずっとハルのこと考えてるから」

 

「そ、そうですか...」

 

「でも何かを意識するのは大事だぞ?隣の音、周りの音、音の流れ、強弱。いっぺんにでなくとも一回の演奏で一つ意識しながらやってみると集中できるかもな」

 

「なるほど」

 

「やってみます!」

 

「はーい注目!後で合宿についての打ち合わせをしますのでパートリーダーは3年1組に集まってください!」

 

「学年リーダーも」

 

「あっ学年リーダーも!」

 

『はい!』

 

あの合宿が舞い戻るのか〜...新山先生あぁ見えて鬼だからな...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習は毎日続いた。今日は自由曲の方を重点的に演奏している

 

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

 

「傘木さん、オーボエの音を聴いていますか?悪くはないですがあなたの方が感情できになりすぎることがある。この部分はお互いの音を聴くことが何より大事です。あなたから鎧塚さんへそっと語りかけるように。できますか?」

 

「はい!」

 

「鎧塚さん、ここはオーボエとフルートの掛け合いがすごく大事です。あなたもフルートからの問いかけに応えなければなりません。音楽には楽譜に書き切れない間合いがあります。譜面の隙間を流れる心を汲み取ってください。もっと詠って。できますか?」

 

「はい」

 

楽譜にない部分。流れる心。感情...

 

「じゃーん!」

 

「なっ!なんだそれはー!!!」

 

「ふっふっふ...この前先輩達にプールに連れてってもらったときの写真です」

 

パート練の休憩中、梨々花がスマホの画面を見せてきたと思えばそこにはMy lovely angel みぞれの水着姿の写真があったのだ

 

「あ、私達も連れていってもらいました」

 

「先輩方がたくさんいて少し緊張しちゃいました」

 

「みぞれの水着姿...尊すぎる...」

 

「あ、春先輩!」

 

「倒れちゃった...」

 

「あらら〜刺激が強すぎましたかね。みぞ先輩、写真送っていいですか?」

 

「うん」

 

「嬉しかったです。夏の思い出ができました」

 

「私も!」

 

「今度は私達もどこか誘いますね!」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして次の日

 

「削ってるの?」

 

「うん。梨々花ちゃんの分」

 

「こっちはファゴット二人の分だ」

 

「ふーん。二人は音大受けるんだってね」

 

「まぁな」

 

「優子は喜んでくれる?」

 

「もちろん。すっごい嬉しい!」

 

「よかった」

 

「ねぇみぞれ。春希や希美が受けるから音大受けるの?」

 

「安心して。それもあるけど決めたのは私自身だから」

 

「...そっか」

 

「優子先輩、トランペット揃いました」

 

「わかった、すぐ行く」

 

「よう麗奈。ラッパよろしくな。こいつ支えてやってくれ」

 

「ちょっと!」

 

「もちろんです」

 

「高坂まで」

 

「あの」

 

「ん?」

 

「ちょっとお話いいですか?鎧塚先輩」

 

お呼びはみぞれらしい。この二話してるとこあんま見たことないな

 

「すみません、どうしても自由曲のオーボエソロがずっと気になってて。先輩、希美先輩と相性悪くないですか?」

 

「高坂...?」

 

「そんなことない、と思う...」

 

「今の先輩すごく窮屈そうに聴こえるんです。わざとブレーキかけてるみたいな。多分希美先輩が自分に合わせてくれると思ってないから」

 

「高坂!」

 

「すみません。そんな顔させるつもじゃなかったんです。でも私は先輩の本気の音が聴きたいんです。鎧塚先輩が本気を出したら春希先輩に匹敵すると思ってるんで」

 

「麗奈、それはみぞれ自身もわかって...」

 

「ハル...」

 

「みぞれ」

 

「大丈夫。自分で伝える。希美は悪くない。窮屈なのは私が怖がってるから。青い鳥を逃すのを。希美が今度いついなくなるのかわからない。だから私から籠を開けて自由にさせるのが怖いの」

 

「そうですか。失礼しました」

 

「高坂!ごめんみぞれ、春希」

 

「いいって。麗奈の意見も間違ってないからな。問題はフルートの方にもあると思うけど」

 

「春希...」

 

「さ、ラッパのパートリーダーいなくてどうすんの。さっさと行った行った」

 

リボンもみぞれを心配する顔を見せるが麗奈の後を追いかけていった

 

「なぁみぞれ」

 

「なに?」

 

「さっきの口調だとリズと青い鳥の原作は読んだみたいだな」

 

「うん」

 

「ならリズがみぞれで青い鳥が希美と見ていると」

 

「うん。ひとりぼっちだった私のところに来てくれた青い鳥が希美だから」

 

「そっか。オレもあれ読んだとき、オレにとっての青い鳥はみぞれだったんだ」

 

「私...?」

 

「あぁ。中学で初めて会ったときのこと覚えてるか?」

 

「うん。ハルが一人で練習してるところに希美が私を連れていってくれた」

 

「そう。そのパートに先輩がいなくてひとりぼっちで練習してたときに来てくれたのがみぞれだった」

 

「あれは希美が誘ってくれてから」

 

「きっかけはな。でも結果はこうして出会えたんだ」

 

「うん」

 

「それでオレも思ったよ。青い鳥であるみぞれをリズであり籠であるオレが自由を奪ってるんじゃないかって」

 

「そんなこと!」

 

「ってみぞれは思うよな。でもオレは一応籠は開けたつもりなんだ。この前の進路の話覚えてるか?」

 

「あ...」

 

「うん。あれがオレなりのみぞれを自由にするっていうことの答えだった」

 

「ハル...」

 

「でもオレにもみぞれと同じ気持ちはあったからな。逃したくない、離れたくないって。だからオレが出した最終的な答えは、”リズも青い鳥と一緒に行けばいい”」

 

「一緒に...でもそれじゃあ」

 

「あぁ、お話とは食い違う。でも別にオレがあの話通りに進んでやる必要はないって思ったんだよ。あの話はあの話、借りたにしてもオレが決めるんだからオレの話に塗り替えていいんじゃないかって思ってな」

 

「自分の話に塗り替える」

 

「そ。それに青い鳥側からしてみたらリズも十分に青い鳥だったのかもしれんしな」

 

「...」

 

「楽譜内にはない感情って部分。大丈夫、今のみぞれなら感じられる。またわからなくなったら頼れ。その辺の話を一回希美としてみな。あいつがどんな想いでソロに挑んでるのか理解する必要はあるからな」

 

「うん。ありがとハル」

 

「みぞれは羽ばたいていいと思う。安心しろ。少なくともオレは一緒にいる」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日からまたコンクールに向けて橋本先生と新山先生にもしばらく練習に参加してもらいます」

 

「えー三年生と二年生のみんなは久しぶり。一年生ははじめまして、橋本です。しばらくの間練習見せてもらうことになりましたのでよろしく」

 

橋本先生が珍しく丁寧に挨拶をされている中オレとみぞれ、新山先生は静かに会釈し合った

 

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

 

前半は課題曲を練習しその後は前と同じように橋本先生はパーカスに新山先生が木管に重点的にアドバイスをくれた。新山先生がオレ達のパートに来ているときふと見るとみぞれと希美の目が合ってみぞれが手を振っているのに希美は顔を背ける光景を見てしまった。そのときの希美はどういうつもりだったのかはわからない

 

後半が始まる前、オレはみぞれに呼ばれて理科室に来た

 

「どうしたみぞれ」

 

「新山先生とも話してようやく見つけた気がしたの。私なりの演奏が」

 

「そっか」

 

「後半最初、先生に第三楽章通しでお願いするつもり」

 

「ん、なら聴かせてもらうよ」

 

「それで、ハルにも手伝ってほしい」

 

「おう、なんでも言ってくれ」

 

「私に、勇気をちょうだい」

 

「わかった」

 

オレはみぞれに近づいていつものように額同士を合わせた

 

「オレはみぞれのために」

 

「私はハルのために」

 

「違う」

 

「え...」

 

「今日は、みぞれもみぞれのためにするんだ。オレから羽ばたいて行くように。必ず追いかけてみせる」

 

「わかった。絶対来てね」

 

「任せろ!いい音、聴かせてくれ」

 

「うん。いい音、奏でてみせる」

 

音楽室に戻り後半を始めようとしたときにみぞれが手を挙げた

 

「すみません。第三楽章、通しでやってもいいですか?」

 

「...いいでしょう」

 

一瞬沈黙になった。みぞれが自分からこういうことを発言するのは初めてなことで、滝先生でさえも一瞬の間があった

 

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

 

ここからオーボエソロ...

 

♪〜♪〜♪〜

 

みぞれ、覚醒のとき。しっかりと自分の翼で羽ばたいた

 

♪〜♪〜♪〜

 

待ってろ。すぐ追いつく

 

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

 

今は演奏なんて関係ない。他の音なんていい。ただ追いかけろ

 

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

 

もう少し...あと少し!

 

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

 

追いついた。みぞれも感じ取ったのかオレを見てくれた

 

あぁ、やっぱりここがいい...

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誓いのフィナーレ4

演奏が終わった。周りでは橋本先生含め驚きで固まっている者、一部の生徒のように感動で涙を流す者。どちらにせよ全員がみぞれの出した音に魅了された

 

「すごいです先輩...」

 

「圧倒されました」

 

「自分の演奏に集中できなくなっちゃいました」

 

「みぞれ、本当にすごかった!」

 

良かった。すごかった。感動した。今のみぞれにどんな言葉をかけたらいいか考えながらみぞれの演奏の余韻に浸っているといつの間にかオレの頬を涙が辿っていた

 

「ちょっ!春希泣いてんの!?」

 

「えっ...あ、すまん」

 

「べ、別に謝らなくてもいいけど...」

 

「先輩...」

 

「ハル」

 

みぞれがそっと優しくオレの手を握った

 

「すぐわかった。ハルが追いかけて来てくれたのも、追いついてくれたのも。だからありがとう。私を一人にしないでくれて」

 

「みぞれ...」

 

オレはその言葉が嬉しくて恥ずかしながら俯いたまままた泣いてしまった。よかった。追いつけてホントによかった

 

その間にみぞれは誰かを追いかけるように音楽室から出て行った

 

「鎧塚先輩、どうしたんでしょう?」

 

「なんか急いでたね」

 

「見当はつく」

 

「あら、もう泣かなくていいのー?」

 

「あぁ。見苦しいものを見せて悪いな。オレもまた頑張らないと」

 

「先輩だって十分上手いと思いますけど」

 

「いや、さっきのみぞれの演奏聴いたろ?あれに匹敵するぐらいにはならねぇと」

 

「先輩だって本気出してないですよね?」

 

「え...」

 

「出してないというか出せなかったっていうのが本音だけどな。オレもみぞれと一緒で壊れるのが怖かったんだと思う。自惚れてるわけじゃないけど」

 

「みぞれもあんたも難儀な性格よね」

 

「ならお前も彼氏を作れリボン。そしたらオレらの気持ちも少しはわかるだろうよ」

 

「なっ!余計なお世話よ!」

 

「さて、オレも行ってくるわ。すぐ戻る」

 

「えぇ。()()のこと、よろしくね」

 

「おう」

 

リボンは察していたのだろう。それか前々からわかっていたのか。意義と見てるよな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

向かったのは例の理科室。中には思った通りみぞれと希美がいた

 

「...新山先生が音大勧めたのみぞれと春希だけだもんねー。みぞれ昔から上手いもんねー...みぞれはズルいよ。本当ズルい...」

 

「のぞ...」

 

「私さ、みぞれに負けたくなくて。同等になれるかなって同じ音大に行くって言った。私才能ないからさ。みぞれみたいにすごくないから。音大に行くって言ってればそれなりに見えるかなって思って...」

 

「のぞみ...」

 

「私、みぞれみたいにすごくないから...私、普通の人だから...」

 

「違う...」

 

「みぞれはさ、きっとこれから広い世界に出て行くんだよね...リズと青い鳥はなんとかみぞれに見合うように頑張るよ」

 

「のぞみ...」

 

「みぞれのソロを支えられるように頑張るから...」

 

「のぞみ!」

 

オレはそのまま理科室を出ようとする希美の目の前に立ち塞がった

 

「春希...」

 

「ハル...」

 

「今お前の感情当ててやろうか?100%の"嫉妬"だ。あなたがすごいからー。私はあなたみたいになれないからー。迷惑な言い訳も甚だしい」

 

「...本当の、ことじゃん」

 

「とりあえずみぞれの話も聞け、この自己中振り回し娘が」

 

「っ!春希に何が...!」

 

「聞いてのぞみ!」

 

「っ!みぞれ...」

 

オレの言葉に怒りを露わにした希美だったが、みぞれの呼びかけに体を向き直した

 

「のぞみはいつも勝手。一年生のときも勝手に辞めた。私に黙って」

 

「...昔のことでしょ」

 

「昔じゃない。私にとっては昔じゃない。私はずっとのぞみを追いかけて来た。のぞみに見放されたくなくて楽器を続けたときもあった。のぞみと一緒にいたかった」

 

「そんな、大袈裟なこと言わないで」

 

「大袈裟じゃない!全部本当」

 

「ズルいよ...私、みぞれが思ってるほどの人間じゃないよ。むしろ軽蔑されるべき」

 

「のぞみは私の特別。のぞみにとってなんでもなくても私には全部特別!」

 

「なんでそんなに言ってくれるのかわからな...」

 

みぞれは希美に向かって大きく手を広げた

 

「どうした、の?」

 

「大好きのハグ」

 

そしてそのまま呆然としている希美に抱きついた

 

「私、のぞみがいなかったらなんにもなかった。楽器だってやってない。ハルとだって出会えてない。のぞみが声かけてくれて、友達になってくれて、優しくしてくれて嬉しかった」

 

「ごめん、それよく覚えてないんだよ」

 

「みんなを引っ張っていつも楽しそうですごいなって思ってる」

 

「みぞれは努力家だよ」

 

「のぞみの笑い声が好き。のぞみの話し方が好き。のぞみの足音が好き。のぞみの髪が好き。のぞみの、全部...」

 

「みぞれのオーボエが好き」

 

少ししてのぞみは笑い始めた

 

「のぞみ...?」

 

「ありがとう。ありがとうみぞれ...ありがとう」

 

一見落着、なのかな...

 

「おーい。終わったかね」

 

「あ、んー。ねぇみぞれ。私、みぞれのソロしっかり支えるから。今はまだ待ってて」

 

「のぞみ...」

 

「あたりめぇだ。支えられなかったら受験落ちるよう呪ってやる」

 

「なにそれー。ってかなに怒ってんのー」

 

「あん?女同士でも目の前で彼女があんな好き好き連発してたらムシャクシャもすんだろが。いいからとっとと戻るんぞ。このムシャクシャ演奏にぶつけてやる」

 

「あーあ。なんかごめんねみぞれ」

 

「ううん。あんなハルもかわいいから」

 

「あーはいはい。お熱いこって...」

 

この一件以来、希美は一般受験の勉強に力を入れるようになったとか

 

そしてその日の帰りは希美の提案で吹部の三年全員でファミレスで勉強会となった。全員部活に全力集中したい気持ちはあるのだが一応受験生。勉強の方も怠ってはならないのだ

 

「梨子と卓也はやっぱり同じ大学行くのか?」

 

「一応ね」

 

「やっぱりってなんだ」

 

「んなのわかつだろうよ。いいねーラブラブじゃん」

 

「春希くんに言われたくないような」

 

「心配するな梨子。オレらだってお前らに負けないくらいラブラブだ」

 

「あんたらは熱すぎ。多分春希のせいで地球温暖化進んでるねこりゃ」

 

「うるさいぞ夏紀。だったら地球温暖化防止に必要な3R言ってみろ」

 

「リサイクル、リユース、リデュースでしょ」

 

「ほぉやるじゃんか」

 

「まぁ勉強してるからね」

 

「ならその意味もちゃんと説明できるんだよな?」

 

「え...」

 

「えー夏紀そんなのもわかんないのー?」

 

「優子も人のこと言えないよー?ここの証明で何分かかってるの」

 

「うっ...」

 

「やーい。美代子もっと言ってやれー」

 

「あんたね!」

 

「二人とも落ち着いて...」

 

「ほっときなって。それで慧菜、この化学式なんだけど」

 

いつものように夏紀とリボンのじゃれあいをバストロンボーン担当の岩田慧菜(いわたけいな)が止めようとする。まぁ二人ともそのうちやめるでしょってことで調がその慧菜に質問をしている。ちなみに慧菜は代々医師家系のためもあってこのメンバーの中でも勉強はできる方である

 

「もぅなんで日本人が英語やんないといけないわけー?海外行かなきゃできなくても困らないじゃん!」

 

「只今絶賛困ってんじゃねぇか。いいからほら、アクセントとか発音は覚えれば点取れるんだから頑張れ」

 

「ちょっと待って、なんで私と滝野が同じ答えで澄(澄子)ちゃんが違うのさ!」

 

「どういう意味だ!」

 

「うっさい!もう一回解く!」

 

「あははは...」

 

この中でもおバカな部類に入る純一と答えが一緒になって頭のいい部類に入る澄子が違ったことで不安になった希美がもう一度答えを解き直してる。いい判断だ。その「ぬ」は否定の意味じゃねぇぞ

 

「あれ?嘉吉の乱で足利義教暗殺したのって赤松満祐じゃなかったっけ?」

 

「年号が違うと思う。嘉吉の乱は1441年。1221年は承久の乱」

 

「あ、そうだー。もうひっかけばっかー」

 

「日本史世界史現代社会なんてひっかけ問題のオンパレードだろ」

 

「問題文全部読まないとー。りえのことだから嘉吉の乱、赤松満祐!って感じで答えたんでしょー?」

 

「むー調ちゃんひどーい。当たってるけど...」

 

この後も10時くらいまで勉強会は続いた。こうやって部活以外でも仲良しな三年生組であった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みに入ってようやっと合宿の日がやってきた

 

「みんなーお盆はしっかり休んだかい?はしもっちゃんですよー。いやー今年は海外での仕事が多くて、なかなか来れなくてごめんね?」

 

「はしもっちゃん英語しゃべれるんですか?」

 

「アイウィルビーバーック」

 

「長話は止めてくださいね」

 

「んー滝くんのイジワル〜」

 

「新山です。今年も合宿頑張りましょう。よろしくお願いします」

 

\パチパチパチ/

 

ハイ、ガンバリマス...地獄の合宿が始まりました

 

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜

 

「サックスフォン。ベートーヴェンのB、mp(メゾピアノ)です」

 

『はい!』

 

「トランペット。ナショナルのN、最後のten.(テヌート)気を抜かないように」

 

『はい!』

 

「ビブラフォン。今使ってるのはミディアムソフト?」

 

「いえ、一番ソフトです」

 

「ミディアムソフトにして。焼き加減はミディアムレアですよー...全然おもしろくないな」

 

ホントにおもしろくない...橋本先生調子悪い?

 

「ユーフォ。キングのK、音もらえますか?」

 

「「「はい」」」

 

「...3、4」

 

♪〜♪〜♪〜

 

「はい。ここは奏者を一人にしましょう。黄前さん、お願いします」

 

「はい!」

 

初日から絞りに絞られました...

 

「大丈夫かー?」

 

「や、ヤバいです...」

 

「こんなにキツいとは...」

 

「まだ初日だぞ〜?」

 

「ハル、おかわりいる?」

 

「お、じゃあお願いしようかな」

 

「先輩方はなんで平気そうなんですかー」

 

「まぁ去年もやったし」

 

「んだな。覚悟してたし」

 

「新山先生、きれいな顔してあれは卑怯です...」

 

「おいおい、そんなこと新山先生本人に聞かれたら...」

 

「私がどうかしましたか?」

 

「ひっ!に、新山先生...」

 

「驚かせてしまってすみません。なにやら私の名前が聞こえてきましたので」

 

「い、いやー。新山先生の指導はわかりやすいなーって話してたんです」

 

「そ、そうなんです!それにとっても美人で!」

 

「奏者としても女としても尊敬します!」

 

「あらそれはありがとうございます。ふふっ、それならもっと頑張りますね」

 

「「「え...」」」

 

「それでは♪」

 

褒められたのが嬉しいかったのかルンルン気分で離れていった

 

「こりゃ明日の練習は今日よりもハードだな...」

 

「なにしてるんですか先輩!」

 

「こうなるとは予想できんかった...」

 

「あー、空があんなに青い...」

 

「帰ってこい駿河。上にあるのは天井だし、なんなら今は夜だ」

 

「どうしたの?」

 

三人で希望を失っているとなにも知らないみぞれが帰ってきた

 

「すまんみぞれ...」

 

「「すいません先輩...」」

 

「?」

 

なぜ謝られたのか理解できずキョトンとした顔で首を傾げるみぞれ。最高にかわいいです

 

夕食の後に去年と同様みんなで花火をした後、オレとみぞれは芝生の上に座って星空を満喫している。ちなみにみぞれは脚を開いているオレの間にスッポリ挟まっている

 

「なぁみぞれ」

 

「ん?」

 

「オレさ、プロ目指そうと思うんだ」

 

「プロ...」

 

「遅いかもしれないけど。でも滝先生も松本先生も、新山先生も不可能ではないって言ってくれてるんだ。それに...」

 

「それに?」

 

「それにさ、みぞれとの繋がりを途切れさせたくないんだ」

 

「え...」

 

みぞれが振り返ったのに対して笑顔を見せて話を続ける

 

「今でこそこうして付き合ってるけど、オーボエがオレたちを出会わせてくれた。間接的に希美がってのがちょっと思うところはあるがな」

 

「ふふっ、そうだね」

 

「なんだよーわかってるよ。ただそれに対して納得したくないオレがいるだけだ。とにかくオレとみぞれを繋げてくれたオーボエを断ち切りたくないんだ」

 

するとみぞれがこちらに向き直り大きく手を広げてきた。あ、これアレだ。大好きのハグだ

 

「はいぎゅー。どした急に」

 

「私もプロ目指す」

 

「そうなんか?」

 

「うん。私も新山先生に言われて考えてた。でもやっぱりハルと一緒に行きたい。その方が頑張れるし、絶対楽しいと思う」

 

「それはオレも楽しいと思う。でもいいのか?大学も、その先もずっとオレがそばにいることになるぞ?」

 

「うん。私はむしろそれを望んでる」

 

「でもそうなるとまたオレは...」

 

「これは私の意思。私自身がハルと一緒にいる道を選ぶ」

 

みぞれは一旦離れて見つめ合う

 

「私はハルの手が好き」

 

「オレはみぞれの声が好きだ」

 

「ハルの優しいところが好き」

 

「みぞれの笑った顔が好きだ」

 

「ハルの...」

 

「みぞれの...」

 

「「オーボエが好き(だ)」」

 

「「...」」

 

「ははっ」

 

「ふふっ」

 

二人とも目を瞑り額同士を合わせた

 

「ホントに、一緒にいてくれるか?」

 

「うん。ハルこそ、私と一緒にいてくれる?」

 

「もちろんだ。絶対離さねぇ」

 

「うん」

 

額を離し目を開ける。そして静かにキスを交わした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月28日(日)第64回全日本吹奏楽コンクール予選関西大会が始まる

 

「北宇治ー!そろそろ入りまーす!移動中迷子にならないように!」

 

「あーいたいた。おーい!」

 

「香織先輩!」

 

なんと晴香先輩、あすか先輩、香織先輩が激励&応援に来てくれた。それに...

 

「やぁやぁ後輩くん」

 

「来たよー」

 

「来南先輩に美貴乃先輩!」

 

「久しぶり」

 

「鎧塚さんも久しぶりだね」

 

「お久しぶりです」

 

「頑張ってね!」

 

「期待してるんだから!」

 

「任せてください。ガッカリはさせません」

 

「さすが」

 

「言うね〜。じゃあ私ら行くね」

 

先輩の期待を胸に中へ入り本番前最後の音合わせに移った

 

♪〜♪〜♪〜

 

「バッチリだな」

 

「うん」

 

\パンパン/

 

音出しを止めるよう昇さんが手を叩いた

 

「では部長」

 

「はい!」

 

リボンが前に出る

 

「はいちゅうもーく!」

 

「してるって」

 

\あはは/

 

「去年の冬から部長になっていろんなことがありました。一年生、二年生三年生。それぞれ大変なこともあったと思いますでもみんなで支え合って最高の形でここまで来れたと思ってます!それと副部長」

 

「は?」

 

「なんだ?」

 

「ありがとう!」

 

リボンは夏紀とオレに頭を下げた

 

「なっ!なんで今なの...」

 

「おう、しっかり感謝したまえ。しかしまだ早いぞ部長。今日全国行きを決めて、そんで全国で金撮ったらもう一度言ってくれ」

 

「そうね。この最高のメンバーで私はずっと演奏していたい!これで終わりにしたくない!全員で全国行こう!」

 

『はい!』

 

そしてオレ達の番はもうすぐだ。舞台袖に移動しそのときを待つ

 

「二人とも大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃないです...」

 

「手の震えが止まりません...」

 

「ふむ。なら小さな円陣でも組むか。梨々花。ちょっと来てくれ」

 

「はい?」

 

オレとみぞれ、えると駿河にサポートメンバーの梨々花も加えて五人で円陣を組む

 

「みんな一旦目を瞑れ。そんでいつもパート練してた教室を思い出せ。楽しかったな。また一緒に練習したいな。終わらせたくないな。ならどうしたらいい?はいみぞれ」

 

「全国に行けばまた練習がある」

 

「その通りだ。またこの五人でパート練を、この北宇治メンバーで演奏をしよう。なんも怖がることねぇ。大丈夫。演奏は二人の指と頭が覚えてる。うし、目を開けて」

 

全員が目を開いて顔を見合う

 

「楽しめ!この状況を!」

 

「「はい!!!」」

 

「梨々花は最後まで応援頼むぞ?」

 

「もちろんです!」

 

そろそろ時間だな。オレとみぞれはお互いの額を合わせる

 

「みぞれ。先輩来てくれて嬉しかったな」

 

「うん」

 

「みんな期待してくれてる」

 

「うん」

 

「先輩にも他のお客さんにも進化したみぞれを見せてやれ」

 

「うん」

 

「無論、隣にはオレがいる」

 

「ハルの隣にも私がいる」

 

「おう、頼りにしてる」

 

「私も」

 

「よっし、オレはみぞれのために」

 

「私はハルのために」

 

「今日もいい音、奏ようぜ」

 

「うん」

 

「北宇治行くよー!」

 

さぁ、刮目せよ。これが新しい北宇治の本当の姿だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「13番、和歌山県代表華英中・高等学校:銅賞」

 

「14番、兵庫県代表光川高等学校:銀賞」

 

「15番、京都府代表北宇治高等学校:ゴールド金賞」

 

とりあえずは一安心。そしてここからだ

 

「続きまして10月来たる全国大会に出場する三団体を発表します」

 

「一校目、3番:大阪府立明星工科高等学校」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二校目、15番:京都府立北宇治高等学校」

 

『きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!』

 

『よっしゃぁぁぁぁ!!!!!!!』

 

やったか...全国だ...

 

「先輩!!!」

 

「全国です!全国ですよ!!!」

 

「そうだな」

 

「ハル」

 

「ん?」

 

「やったね」

 

「あぁ。あとは、全国で金を獲るだけだ」

 

「うん」

 

北宇治は無事全国への切符を手にすることができた

 




最後原作とは変えまして全国へ行くエンディングにしました。この先を書くかどうかは未定です。気分が乗れば投稿するかもしれないです。

読んでいただきありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誓いのフィナーレ5


『響けユーフォニアム』劇場版新作おめでとうございます!
ということで続きを考えてみました。

最後の投稿からだいぶ間が空いてしまっています。
書き方など変化している部分があるかもしれませんがご容赦いただけると幸いです。


 

「みなさん。お疲れ様でした」

 

全国への切符を手にした北宇治高校吹奏楽部は会場外に集まって滝先生の話を聞いていた

 

「素晴らしい演奏でした。残念ながら最高とまではいきませんでしたが」

 

「一言多いですよ先生」

 

「では今日の演奏で満足した方は挙手を」

 

当然だれも上げるわけがない

 

「よかった。これで満足されていてはどうしようかと思いました」

 

間違いなく明日からの練習が一段と辛くなるのだろう

 

「しかし裏を返せばまだまだ伸びしろがあるということです。せっかく全国に行ってもいいと認めていただいたんです。明日からの練習も頑張りましょう」

 

『はい!!』

 

「では部長からなにかありますか?」

 

「はい」

 

滝先生に呼ばれて優子が前に出た

 

「みんなお疲れさま。おかげで第二関門を突破できた。先生の言う通り明日からの練習も頑張りましょう!」

 

『はい!』

 

「副部長は?なにかないの?」

 

「私はいいよ」

 

「じゃあオレから一言だけ」

 

優子の指名に夏紀は遠慮し春樹が前に出て優子の隣に立った

 

「今日の演奏で悔いが残ったやつはたくさんいると思う。オレもその一人だし」

 

春樹の言葉に俯く者もいれば強いまなざしで見つめてくる者もいる

 

「でも今だけは単純にこのメンバーでまだ演奏できることがなにより嬉しい」

 

今度の言葉でさっき俯いた者含めて全員が再度こっちを見た

 

「全国で金を獲る。このメンバーで。みんなもうひと踏ん張り頑張ろう!」

 

『はい!!』

 

春樹は全員の返事を聞いて元の位置に戻った

 

「はい。それでは明日の練習について...と言いたいところですが」

 

『?』

 

滝先生が珍しく歯切れが悪かったため全員が疑問に思った

 

「明日は完全休みとする!」

 

『えー!!?』

 

「みなさん意気込んでいたところ申し訳ないのですがこれはコンクール前から決めていたことでした」

 

「今日の移動もあって全員自覚はないかもしれないが疲労が溜まっているはずだ。明日はゆっくりと休養を取り万全な状態で明後日からの練習に取り組むように!」

 

松本先生がいつものようにはっきりと物を言っている

 

「異論は認めん。明日私は学校にいるがもしお前らの内一人でも校内で見かけたときは覚悟するように」

 

『はい』

 

「では全員バスに乗り込め」

 

松本先生の号令でバスに乗り始めた

 

「休みか~。まぁ確かに疲れてるか」

 

「そうかも」

 

「演奏のときは気分が高まっててわからなかったな」

 

「うん」

 

「先輩」

 

春樹もみぞれと一緒にバスに乗り込もうとすると久石奏に呼び止められた

 

「どうした久石」

 

「ちょっといいですか」

 

「なんだ告白か?すまんがオレには愛する人が」

 

「違います。先輩タイプじゃありませんし」

 

「あーそうかい」

 

確かに誰にでもいい顔をする久石だが春樹の前だけ目つきが悪かった

 

「はぁ。この前はすみませんでした」

 

「どの件だ。求をからかったやつか?それとも合宿で久美子のカレーにタバスコ混ぜてたやつか?」

 

「ち、違います!っていうかなんで知って...」

 

「上級生をなめるなよ?あとは夏紀のシャーシンを全部抜いた...」

 

「だー!もういいです!真面目な話なんで聞いて下さい!」

 

「なら、オーディション前のやつか」

 

「っ!はい...」

 

おちゃらけた感じから一変真面目モードとなったことに久石は驚いている

 

「ハル?」

 

「みぞれには話してなかったな。オーディション前に久石と一悶着あったんだよ」

 

「...」

 

「奏ちゃーん。あ、春樹先輩と鎧塚先輩」

 

「久美子か」

 

空気が変わって黙り込んでしまった久石。そこへ久石を探しに来たのか久美子がやってきた

 

「ど、どういう状況ですか...?」

 

「久石からの謝罪を聞いているところだ」

 

「謝罪?」

 

「オーディション前のやつ」

 

「え...」

 

「...」

 

「一旦顔を上げろ久石」

 

当事者でもある久美子が来たからなのか久石はスカートをぎゅっと握りしめて俯いたままになってしまった

 

「許す」

 

「っ!?」

 

春樹が一言そう言うと久石は驚いたように顔を上げた

 

「なん、で...」

 

「あの後どうなったかは夏紀から聞いた。それに練習中でも明らかにお前の目つきや打ち込み具合が変わったのがわかったしな」

 

「でも...」

 

「久石は謝罪しに来たんだろ?なら許すか許さないか。んで同じ副部長の夏紀からの報告と実際にあの後の久石の感じを鑑みて許した。それで終わりだろ?」

 

「でも...」

 

「奏ちゃん」

 

すんなりと許しを得た久石は納得ができないのか引き下がらないところに久美子から声がかかった

 

「もう大丈夫なんだよ」

 

「黄前先輩...」

 

「わかってる。春樹先輩が許してくれても自分自身が許せないんだよね。私もその経験があるから。でもさ、ずっとそのままだと先に進めないんだよ」

 

「そうだぞ。それに許すとは言ったが今回のことを完全に忘れることは許さないからな。これを糧にして今後の勤しみと先輩への敬いを忘れないことだ」

 

「あの、春樹先輩。最後のはいらないんじゃ...」

 

「なにを言うか久美子教官!先輩への敬意は大切だぞ。あ、部長への敬意は少しランク落としていいからな」

 

「聞こえたわよ!」

 

「やべっ...」

 

いつの間にか優子に背後を取られていた

 

「いつまで経っても来ないから探しに来てみれば...!」

 

「せ、先輩として後輩のお悩み相談をな...」

 

「黙れバカ!」

 

「おいおい、お前より成績いいぞ」

 

「そういうことじゃない!!」

 

「ハル、火に油」

 

「というか焼却炉にガソリンだなこりゃ。逃げるぞお前、ら...」

 

振り向いたその先に久美子と久石の姿はすでになかった

 

「先に逃げやがったあんにゃろ!!」

 

「はーるーきー!!」

 

「あははは...行くぞみぞれ!」

 

「ちょっ!待ちなさいよ!!」

 

春樹はみぞれの手を引いてバスに向かって逃走した。優子の戻る場所も同じだと言うのに...

 

バスに戻ると案の定久石と久美子は戻っていた

 

「こら後輩。先輩を差し置いて先に戻るとは何事か」

 

「え、えっと~」

 

「だって巻き添え食らいたくなかったんですもん」

 

「馬鹿者。それならみぞれを連れていけ」

 

「そうでした...鎧塚先輩すみません」

 

「別に」

 

「今度からは春樹先輩を見捨てても鎧塚先輩を連れて戻りますね」

 

「ちょっ、奏ちゃん」

 

「久石お前...」

 

「は、春樹先輩。これは...」

 

「よくわかってるじゃないか」

 

「「へっ?」」

 

「この世のすべてに対して優先されるのはみぞれだ。これからもよく覚えておくように」

 

「ちょっとハル」

 

「鎧塚先輩のことになると一気にアホになるんですね」

 

「ん?」

 

「いえ別に。ほら、そろそろ出発するみたいですよ」

 

「おう」

 

春樹とみぞれは隣通しで席に座った

 

「遅かったじゃん」

 

「ちょっとなー」

 

「あんまりみぞれのこと振り回しちゃダメだよ?」

 

「そうだな。ごめんなみぞれ」

 

「大丈夫」

 

「みぞれもたまにはガツンと言ってやらなきゃ」

 

「大丈夫だから」

 

「ウチのみぞれは寛大なんだよ」

 

「確かにそうかもね」

 

「そして天使だ」

 

「それはわかる」

 

「ちょっ...」

 

春樹は通路を挟んだ隣にいる友恵と硬い握手を交わした

 

「そうだ。明日急遽休みになったからさ、3年みんなでどっか行こっかって話になってるんだけど」

 

「すまんな。明日はゆっくりするわ」

 

「えー。みぞれは?」

 

「私は、行きたい」

 

「よーしどこにする?遊園地?それとも水族館?」

 

「豹変しすぎでしょ。これがみぞれパワーってわけね」

 

言うまでもない。みぞれが行きたいなら春樹も必ず行くに決まってる

 

「みぞれはどこか行きたいとこある?」

 

「ハルとならどこでも楽しいと思う」

 

「それはオレも思うよ。みぞれとだったらその辺の川辺でも楽しいさ」

 

「うん」

 

「あーちょいちょい。二人きりの空間になるのはもうちょい待ってね~」

 

「えー」

 

春樹とみぞれの空間に入ってくるとは。友恵はなかなかの猛者である

 

「なー梨子ー。卓也とデートに行こうとしてる候補場所とかないのー?」

 

「ちょっと春樹くん。なんてこと聞いてくるの...」

 

春樹は行く場所の候補を探すべく後ろに座っているチューバカップルに声をかけた

 

「なー卓也ー」

 

「うるさいぞ春樹。お前だって鎧塚さんと行きたいところあるだろ」

 

「え、オレらが決めていいの」

 

「それは絶対ダメ」

 

「ほらー。こうやって友恵の姉御が止めてくるんだもんよ」

 

「姉御って言うな。それはともかくどっか行きたい場所ない?」

 

「ん~そうだな~。私はどちらかというと静かなところがいいかな」

 

「後藤は?」

 

「俺もどちらかと言えば静かなとこの方が」

 

「おー気が合うね。さすが」

 

「はい茶化さないの。ちょっとみんなに聞いてみるね」

 

「ごめんね友恵ちゃん」

 

「いいのいいの。あ、優子お疲れ」

 

「本当に疲れたわ。誰かさんのおかげでね」

 

「いやーそんなに言われると照れるな」

 

「褒めてないわよ!」

 

「まぁまぁ優子。滝先生も戻ってきたし座んなよ」

 

友恵の言う通り滝先生が戻ってきてようやく出発するようだ

 

「ねぇハル」

 

「ん?」

 

「今日、泊まっていい?」

 

「急にまたどうした。全然いいけど。ちょっと親に連絡するわ」

 

「うん。ありがと」

 

「ねぇみぞれ。よくそいつの家泊まってるわけ?」

 

「うん。たまにだけど」

 

「そうなんだ。あんたみぞれに変なことしてないでしょうね」

 

「変なことってなんだよ。オレがみぞれの嫌なことするわけがなかろう。それにお互いの親公認だし」

 

「いいなー。なんか憧れちゃう」

 

「友恵ならすぐ彼氏の一人や二人できるでしょ。面倒見いいし」

 

「二人いちゃダメでしょ。でもありがと」

 

「みぞれさん...痛い痛い」

 

「...」

 

「大丈夫だって」

 

友恵を褒めたことに嫉妬したのかみぞれが太ももをつねる。その春樹は安心させるためにみぞれの頭を撫でてやるともっと撫でてほしいとでもいうようにもたれかかってきた

 

(可愛すぎて鼻血出そう...)

 

「ねぇ友恵。ブラックコーヒー持ってない...?」

 

「ごめん優子。さっき私が飲んじゃった」

 

「部長。これどうぞ」

 

「あらありがとう」

 

気分でも悪くなったリボンにチョコのようなものを渡したのは春樹達の前の席に座っているえるだった

 

「助かるわ。よく持ってたね」

 

「慣れてますので」

 

「「あー...」」

 

チラッと見えたのだがえるが渡したチョコはカカオ70%と書かれていた。

 

バスが出発して数分で大方の者は疲れで寝てしまった。そんな中春樹はというと超絶ラブリー彼女が春樹の肩にもたれかかったまま眠っているためそんな彼女の寝顔を写真に収めている

 

「ねぇ春樹」

 

「どした?」

 

「絶対、金獲ろうね」

 

「もちろんだ」

 

まだ起きていた優子と改めて誓いをたてた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校に着いて楽器などの運搬と片付けを全員で行った

 

「みぞれお疲れー」

 

「のぞみ」

 

「春樹もお疲れ。搬入とかありがと」

 

「調こそお疲れ。女子だと大変だからな。それに搬入した後の整理とかは調達がやってくれたじゃん」

 

「そうだけどさ」

 

「それよりも、あれをどうにかしてくれ。なんかムカムカしてくる」

 

春樹はみぞれに抱き着いている希美を指さす

 

「あれぐらいで妬かないの。別に他の男子にされてるわけじゃないんだし」

 

「それでもなー。でもみぞれも満更でもないみたいだから言いづらい...」

 

「へー。偉いじゃん」

 

「だろー」

 

「めっちゃドヤ顔するじゃん」

 

「調ちゃーん。春樹くーん」

 

「どうしたのよりえ。みるもいるじゃん」

 

「おつおつ~。明日のこと聞いちゃってさ」

 

「どこ行くの!?みんでなんてすっごい楽しみだよ!」

 

自分の片付けが終わったりえとみるがやってきた

 

「今友恵が探してくれてる。行きたいところあったら友恵に言ってくれ」

 

「海行きたい!」

 

「行くの明日だぞ。準備とか間に合わないだろ」

 

「そっか~」

 

「ちょっと加部っちと話してくるよ」

 

「私も行くよ!」

 

「いってらっしゃい」

 

りえとみるはすぐに友恵の元に行ってしまった

 

「みんなでおでかけなんてどこでも楽しそうだよね」

 

「だな」

 

「春樹はみぞれと二人っきりじゃなくて寂しい?」

 

「んー。確かにみぞれと二人っきりも楽しいけど、今のこのメンバーでわいわいやってるのも好きだからなー」

 

「それは同意。残ってよかったよ」

 

「調が残ってくれてホントに助かった。じゃなきゃあのじゃじゃ馬誰も扱えないって」

 

「私も戻ってくるって聞いたときは驚いたけどね」

 

「そりゃな」

 

未だにみぞれといちゃついているのぞみを見ながら調の表情は少し曇った気がした

 

「最初はちょっと思うところがあったけどね」

 

「調だけじゃない。多分オレの方がヤバかった」

 

「それはそうでしょ。私は思っただけで言葉にしたりしてないし」

 

「まぁ若気の至りってことで」

 

「ついこの間じゃん」

 

春樹のギャグが効いたのか調はまた笑い出した

 

「ハル」

 

「みぞれ。もういいのか?」

 

「うん。のぞみも加部さんのとこに行っちゃったから」

 

「オレ達も行くか?」

 

「ううん、大丈夫」

 

「そっか」

 

みぞれがすっと春樹の隣に近づく。でもいつもより近い気がする

 

「みぞれ?」

 

「...」

 

返事はない。もう春樹の腕とみぞれの肩がぶつかるほど近い

 

「あ、ごめんみぞれ。そんなつもりじゃ」

 

「別に...」

 

「どういうこと?」

 

「あんた...もしみぞれが他の男子と仲良く話してるのを遠目に見つけたらどう思う?」

 

「あー」

 

「そういうことよ」

 

「...」

 

理解した。考えるだけでも心臓爆発しそうな春樹

 

「ごめんみぞれ」

 

「大丈夫」

 

終わった後めいっぱい甘えさせてあげようと春樹は決意する。うん。決して春樹自身が抱きしめたいからではない。断じてない。と思う...

 

「先生!搬入全部終わりました!」

 

「楽器の点検と整理も終了です!」

 

「わかりました。ではみなさん、次の練習は明後日の放課後になります。ゆっくり休んでください」

 

『はい!』

 

こうしてオレ達の全国をかけた一日が終わりを迎えた

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誓いのフィナーレ6

 

「「キターーーーーー!!!」」

 

到着一番、テンション爆上がりのみるとのぞみが叫び出した

 

ここは動物園とアスレチックが併設されたテーマパーク。友恵が全員の意見を聞いて選んでくれた最適な場所だ

 

「来て早々迷子にならないでよー?」

 

「大丈夫だよ!調ちゃん心配しすぎ~」

 

「チケット買いに行くよ~」

 

「はーい」

 

「私も行くー」

 

完全に調と澄子が保護者の役だと感じる。しのぶもそれに続く

 

「朝早いぜまったく」

 

「男がぶつぶつ言わないでよ。いつもの朝練よりはだいぶ遅いでしょうが」

 

「そうだけどよ」

 

「滝野ってそういうこと口にするからモテないんじゃない?ちょっとは春樹や後藤を見習ったら?」

 

「春樹は鎧塚が行くとこならどこでも行くだろうし後藤は真面目野郎だ。一緒にすんな」

 

「それはあんたよりも二人の方のセリフよ」

 

ぶつくさ言ってる純一に注意を払う優子と友恵の図は部活以外でもこういう感じらしい

 

「じゃあオレ達も行くかみぞ...」

 

「みぞれー!私達も行こっ!!」

 

「のぞ...」

 

みぞれとチケット売り場に行こうとした瞬間、のぞみに取られてしまった春樹

 

「ドンマイ春樹くん...」

 

「のぞみちゃん今暴走中だから...」

 

「グスン...」

 

「いやグスンて...」

 

「ほら涙拭いて」

 

「のぞみちゃんのことになると豆腐メンタルなんだからー春樹くん。ほーら!行くよ!」

 

「アリガトりえ...慧菜...美代子...」

 

のぞみが行ってしまって涙を流していた春樹をりえと慧菜が慰めてくれて美代子が背中を押す

 

「卓也と梨子はどうしたんだ?」

 

「二人はもう行っちゃったよ」

 

「相変わらず梨子が後藤のこと引っ張ってた」

 

「あそこの二人はそういう関係で上手くいってるんだな」

 

「私も彼氏欲しいな~」

 

「美代子ならすぐできるでしょ。りえだって慧菜だって」

 

「作るにしても時間がね~」

 

「それはわかるかも...」

 

「梨子もみぞれも同じ部活だから」

 

「じゃあ純一は?」

 

「あー...」

 

「え、えっと...」

 

「ないねー」

 

「あーね」

 

哀れや純一。なにもフォローが思いつかない春樹を許してやってほしい

 

「そういえば春樹くんとみぞれちゃんって音大目指すって本当なの?」

 

「まぁな。新山先生に誘われてオレもみぞれも頑張ってみようかって話にはなってる」

 

「すごいよね。でも二人の実力なら当然かもね」

 

「元々すごかったけど去年の全国辺りからすごいもんね二人とも」

 

「よせやい。照れるぜ」

 

「あー春樹本当に照れてんじゃん」

 

本当に照れている春樹の顔は赤くなっていた

 

「3人はどうなんだよ。吹奏楽は高校で辞めるのか?」

 

「私はちょっとわからないかな。進学予定のところ勉強大変だろうし...」

 

「慧菜の進学先医学部だもんね」

 

「うん。続けられるなら続けたいんだけど」

 

「私はひっそりと続けるかな」

 

「なんだよひっそりって」

 

「サークルかクラブがあれば入るくらいってこと」

 

「私も同じ感じかな~」

 

「なるほどね」

 

慧菜は進学次第。美代子とりえは続けるらしい

 

「どっち回りで行く?」

 

「左からでいいんじゃない?」

 

「いきなり猛獣コーナーなんだ」

 

「なんか餌やりできるみたい」

 

ライオンの檻の前にはでっかい肉を餌として販売していた

 

「ライオンってなんで百獣の王って呼ばれるんだろ。やっぱり強いからかな」

 

「諸説あるけどいろんな彫刻とか絵画、それに国旗とかにも使われてるからって聞いたことある」

 

「へー。春樹くんよく知ってるね」

 

「なんかの番組で言ってた気がする。それにライオンってそんなに強くないらしい」

 

「そうなの?」

 

「オスって群れの中ではなにもしないらしい。狩りをするのも子育ても全部メスの仕事。なのにゾウとかサイとかによく負けるんだってよ」

 

「マジ?女に仕事させるなんてヒモじゃん。イメージ変わっちゃった。そんな旦那さんは嫌だな~」

 

「まぁ人間とライオンじゃ世界が違うからな」

 

美代子の疑問に前に知った知識を披露できて春樹の気分がちょっと良くなった

 

猛獣エリアを抜けると鳥やら鹿やらの森に住む動物のエリアに入った

 

「ミミズクってフクロウとほとんど一緒だよね。あれってホントに耳なのかな?」

 

「あれはただの飾りだ」

 

「え...」

 

「フクロウの耳はふわふわの中だからあのぴょんっとはねた角みたいなやつはなんの意味もないらしい。シルエットから葉っぱに擬態してるって話はあるみたいだけど」

 

「そーなんだ。でもカワイイからいいや」

 

「そういえばどっかにフクロウカフェっていうのがあるらしいぞ」

 

「マジ?ちょっと行ってみたいかも」

 

「異様な空間だろうな」

 

りえの疑問に前に知った知識を披露できて春樹はさらに気分が良くなった

 

次はゾウが見えるエリアに入った

 

「ゾウって耳大きいよね~。どれくらい耳がいいのかな~?」

 

「ゾウは耳がいいわけじゃないぞ?」

 

「え、そうなの?でもあんなに耳おっきいんだよ?」

 

「あれは放熱板の代わりだからな。用途が違うんだ」

 

「放熱板?」

 

「熱を逃がすためのやつ。オレらは服脱いだり汗が出て体温調節できるけど他の動物はできなくて。ゾウはあのでっかい耳で風を送りながら体温を下げてるんだって。オレらで言うとこのうちわで扇いでる感じだな」

 

「へー。それじゃあのパオーンって声出すのは聞こえてないの?」

 

「あれのほとんどは威嚇じゃないか?ゾウの意思疎通は足でしてるらしいからな」

 

「足?どうやって?」

 

「足で地面を強く踏んでその振動で意思疎通してるらしい。だからゾウの足裏の感覚器官は鋭いんだって」

 

「なるほどね~。春樹くんなんでそんなこと知ってるの?」

 

「たまたまテレビでやってたからな」

 

「そうなんだ。でもなんかすごいね」

 

慧菜の疑問に前に知った知識を披露できて春樹はまた気分が良くなった

 

その後も変に身に付いた動物の知識を披露していると大人気のふれあいコーナーに立ち寄った

 

「ふわ~」

 

「カワイイ~」

 

「もふもふ~」

 

のぞみ、える、澄子の三人がうさぎを抱えて癒されている。その隣にしゃがんで何か見ているみぞれを発見した春樹。同じように横にかがむ

 

「みぞれ」

 

「ハル」

 

「ひよこだな」

 

「うん」

 

「ちっちゃいな」

 

「うん」

 

「カワイイな」

 

「うん」

 

「みぞれの方がカワイイな」

 

「...」

 

「さすがに引っかからないか」

 

「バカ」

 

ふざけていってみたがひっかかりはしなかった

 

「ねぇハル」

 

「ん?」

 

「みんなと何話してたの?」

 

「みんな?りえ達のことか?」

 

「うん」

 

「オレの動物雑学を披露してた」

 

「雑学?」

 

「この前一緒に動物の生態やってた番組見ただろ?」

 

「うん」

 

「あれで覚えた知識そのまんま話しただけ」

 

「そうなんだ」

 

のぞみに連れられてたみぞれがちょくちょく後ろの春樹達を見てたのは気づいてた

 

「この後は一緒にまわるか」

 

「うん」

 

マップ的にももう後半戦入ってる。ここからはみぞれを独り占めにさせてもらおうと画策する春樹

 

「なぁみぞれ」

 

「なに?」

 

「なんでひよこ達さ、オレには寄ってきてくれないんだろ...」

 

「えっと...」

 

「あー大丈夫。みぞれの方に集まってるのには見る目あるなチビ達って思ってるから」

 

「...」

 

「二人はなに見てんの?」

 

二人まったりした時間を過ごしていたが夏紀が入ってきた

 

「ひよこ」

 

「ちっさいねー」

 

「当たり前だろ。リボンはどうした?」

 

「お花摘みに行ってるよ」

 

「なるほどね」

 

「春樹は意味わかるんだね」

 

「そりゃな」

 

「滝野に同じこと言ったら「ここに花畑なんてあったか?」だって」

 

「あー、想像できるわ」

 

「本当にやなっちゃうわ」

 

「もうそういう存在として見ていくしかないな」

 

純一はもう少しデリカシーとかその辺の勉強した方がいいのだろう

 

「お待たせー」

 

「結構かかったね」

 

「混んでたのよ。そろそろ次行きましょうか」

 

「そだね。おーい、そろそろ次行くよー」

 

「は~、離したくない」

 

「一匹ぐらい持ち帰ってもいいかな...」

 

「ダメに決まってるでしょ」

 

優子が戻ってきたので出発しようとするとずっとうさぎと戯れていたのぞみとえるがぶー垂れたので調お母さんが強制的に立ち上がらせている

 

ふれあいコーナーの次はアフリカに生息している動物達のエリアだった

 

「キリンだ」

 

「うん」

 

「キリンってまつ毛が長いから目にゴミが入りにくいらしい。だから瞬きが極端に少ないんだって」

 

「そうなんだ」

 

「餌やりあるみたいだけどやってみるか?」

 

「うん」

 

春樹は餌用のニンジンを購入しみぞれに渡す。すると匂いに釣られたのか一頭のキリンが近づいてきた

 

「...」

 

「怖がらなくて大丈夫」

 

みぞれは恐る恐る手を伸ばす。するとキリンは下を伸ばしてニンジンを受け取った

 

「食べるとこはブサイクだな...」

 

「私は嫌いじゃないかも」

 

「マジか」

 

キリンの食べる姿はみぞれのお気に召したらしい

 

「すぐなくなっちゃったな」

 

「うん」

 

「手、洗いに行くか」

 

「うん」

 

このエリアを抜ければ元の位置に戻って動物園は終了。次はアスレチックになる

 

「みんないる?」

 

「あれやんないの?いない人ーってやつ」

 

「うっさい!」

 

「みんないるみたい」

 

「じゃあ次に行きましょ」

 

「コースで分かれてる」

 

「私達も分かれる?それとも一緒に行く?」

 

「分かれてもいいんじゃない?」

 

「じゃあ俺は最難関コースだ!!」

 

チーム分けもまだの内に純一が出発してしまった

 

「まったくあいつは...」

 

「別にいいんじゃない?私も最難関行ってみようかな」

 

「あ、調ちゃん私も行く!」

 

「私は運動苦手だから、初心者のコースにするね。後藤くんはどうする?」

 

「俺も別に運動得居ってわけじゃないから初心者でいい」

 

「とか言って~。梨子と一緒に行きたいだけなんでしょ~?」

 

「みるちゃん!!」

 

「にひひ~。私は中級者コースにしよっと」

 

「もうみるったら...

 

「ごめんね梨子ちゃん、後藤君」

 

純一に続いて調とのぞみが上級者、梨子と卓也はセットで初心者、その梨子卓也カップルをからかったみるが中級者コースに入ってそれを澄子としのぶが追った

 

「私も初心者でいいかな。それでも怖いなー...」

 

「じゃあ慧菜、私と一緒に行こっか」

 

「本当!?ありがとう友恵ちゃん!」

 

「私も中級者にする」

 

「私も中級者に挑戦してみる」

 

慧菜と友恵は初心者、美代子は中級者、りえが中級者に行くのは意外であった

 

「優子は?」

 

「私も中級者かな~」

 

「へー。上級者できる自信ないんだ」

 

「何ですって...?」

 

「じゃあ優子ができない上級者コースを私がさくっと終わらせちゃいますかね」

 

「あはは...言ってくれるじゃない...その挑発受けてやろうじゃないの!!」

 

最初は無難に中級者コースを選んでいた優子だったが夏紀の挑発であっけなく上級者コースへ。普段ケンカしているように見えて本当に仲がいい

 

「オレ達も行くか」

 

「うん」

 

みんながそれぞれコースに入っていくのを確認して春樹とみぞれも出発した。いざ中級者コースへ

 

みぞれは運動がでいないわけではないができるわけでもない。最初は初心者コースを勧めたが本人が中級者をやってみたいと言うのでこっちに来た。春樹の使命はみぞれを無事に制覇させてあげることと胸に誓った。現状特にいらない宣言である

 

「手握ってるから。気をつけてな」

 

「ありがとハル」

 

なんとここのアスレチックは樹上で遊べるツリートップアドベンチャーとなっていた。樹の間に足場が設けられハーネスを着用して進んでいくアスレチック。現在大人から子供まで楽しめると大人気らしい

 

「怖くないか?」

 

「大丈夫」

 

「みぞれってこういうの結構好きよな」

 

「うん。意外?」

 

「最初のころはそう思ったけどな。でももう何度も遊園地だったりカラオケだったり行ってるからみぞれのことはだいぶわかってるつもり」

 

「私もハルのことは大抵わかってる」

 

「だろうな」

 

もう泊りまでする仲なんだし隠し事なんてできるわけもない

 

「ハル」

 

「ん?」

 

「少し怖い?」

 

「な、なんで?」

 

「高いとこ、あまり得意じゃないから」

 

「そうだな。でもこれくらいならまだ平気。上級者だったらちょっとヤバかった...」

 

春樹達のいるのは中段。一個下の段は初級者で上が上級者。上を見上げるとちょうど優子と夏紀が渡ろうとしている。優子はめっちゃ震えている。それを後ろから見ている夏紀はいい笑顔だった

 

「っ!みぞれさん!?」

 

「ん?」

 

「急に揺らさないでもらえます!?」

 

「なにもしてないよ」

 

と言いつつも無意味な上下運動でわざと揺らしている。顔には出さないがたまにSっ気が出てくるみぞれ

 

「後ろ来てるしもう行くよ!」

 

「なにもしてないのに」

 

「わかってるから!もう全部わかってるから!とぼけても無駄だから!」

 

「ハル、カワイイ」

 

「は?みぞれの方がカワイイから」

 

(((何やってんのこのバカップル...)))

 

周りから(何やってんのこのバカップル...)みたいな視線が2人にささる。ただ2人は特に気づくようすはない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しかったー!!」

 

「森の中のアスレチックって爽快感がすごかったね」

 

「慧菜、最初あんなに怖がってたのに後の方スイスイ行けてたじゃん」

 

「友恵ちゃんがいてくれたおかげだよ!」

 

「はぁ...はぁ...」

 

「あっれ~優子。そんな息切れしてどうしたのかな~」

 

「あんた...覚えときなさいよ...」

 

「「「はぁ...」」

 

「ど、どうしたのみるちゃん達...」

 

「梨子...この後抹茶アイス食べに行こ...」

 

「い、いいけど。なにかあったの?」

 

「胃もたれ...」

 

「なにも食べてないよね...」

 

「目の前であんなにイチャコライチャコラされて...」

 

「アスレチックやったのに別のことで疲れた気がする...」

 

「すごい仲良かったよね」

 

「あれを見てその感想が出るのはしのぶくらいよ...」

 

なにがあったか春樹にもみぞれにも心当たりはなさそうだがみると澄子がげっそりしている。なぜかしのぶは大丈夫そうだ

 

「春樹。何があったんだ?」

 

「さぁ。別になにもなかったと思うんだけど。みぞれわかる」

 

「わからない。大丈夫かな...」

 

((絶対あんたらのせいだよ!))

 

同じく中級者コースを行っていたりえと美代子がめっちゃ春樹を睨んでいる

 

「この後どうすんだ?」

 

「ちょっと行ったところにバーベキューできるとこがあるからそこでお昼よ」

 

「おっしゃ!肉だ肉!!」

 

調からお昼はバーベキューと聞いた純一がまた走り出した。さすが男の子。元気元気

 

「あ。みぞれ少し待ってて」

 

「え、うん」

 

春樹は売店でとあるものを見つけたのでそれを買ってをみぞれに渡した

 

「ラムネ?」

 

「しかもビン。みぞれの好きなもの」

 

「うん。ありがと」

 

みぞれは嬉しそうにビンの蓋に口を付けて傾けた

 

「美味しい」

 

「そっか」

 

「ハルはいいの?」

 

「この後バーベキューらしいしお腹空けとかないと」

 

「少しいる?」

 

「いいのか?」

 

「うん。ハルだって好きでしょ?ラムネ」

 

「まぁな。じゃあ一口だけもらう」

 

春樹はみぞれからビンを受け取って一口だけいただいた

 

「...」

 

「どした?」

 

みぞれがじーっと春樹の方を見ている。ビンの縁?口元?

 

「あー。ここは人いっぱいだからまた後でな」

 

「うん」

 

表情には出ないみぞれだが春樹はみぞれの今の気持ちは「間接キス...直接がいい」的な考えを読み取った。こんな公衆の面前でするわけにはいかないので頭を撫でて紛らわした

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誓いのフィナーレ7


Netflixでまた1から見直して、絶対もっとおもしろく書けたと後悔しました。まぁもう遅いんですけど笑
それともう少し葵先輩を登場させてあげればよかった...

とりあえずみぞれがかわいすぎ...



 

青空の下でバーベキューというのは青春というものを感じざるを得ない。さらにそれを際立たせるのは目の前に広がる広大な芝生の広場。風に乗って草の香りも...

 

「おまっ!それ俺が育てた肉!!」

 

「甘いね滝野。バーベキューは戦場。取るか取られるかの世界なのよ!」

 

「気を抜いてるのが悪いのよ」

 

...は焼肉の匂いでかき消されてしまっている。バーベキューってこんな戦場みたいにバチバチするだったかふと疑問に思うがこれも友達同士でやる醍醐味か。確かに火がバチバチ言ってるけども

 

「まったく。皿よこせ純一」

 

「おー春樹!お前だけが俺の味方だ!」

 

「はいはい」

 

夏紀や優子に肉を取られた純一をかわいそうに思って春樹は自分達の分を少し分けてやった

 

「春樹くん食べてる?」

 

「さっきからずっと火の番してくれてるじゃん。変わるよ」

 

「慧菜も澄子も優しいな。でも大丈夫。ちゃんと食べてる」

 

「そうなの?」

 

「ハル。はい」

 

「ん」

 

三台あるバーベキュー台の一つを始まってからずっと火の番をしている春樹と変わろうとする慧菜や澄子だったが、春樹はみぞれが差し出してきたピーマンを食す

 

「あふっあふっ」

 

「あーそういうことね」

 

「ご、ごゆっくり...」

 

どういう意味の返答なのか春樹にはわからなかったが口に物を入れてしゃべるのもダメなのでグッドサインだけ出していた

 

「美代子~」

 

「ん?」

 

「こっち入れてもらっていい...?」

 

「どうかした?」

 

「あの甘々空間のせいで食べるもの全部甘く感じるの...」

 

春樹とみぞれが作り出す空間にあてられた澄子と慧菜は美代子が火の番をしている方に逃げてきた

 

「あの二人はよくやるわね。でもこっちに来ても変わらないかも」

 

「どうして?」

 

「ほら」

 

澄子の質問に美代子はとある方向を指さした

 

「ほら長瀬」

 

「ありがとう後藤くん」

 

「ね?」

 

「本当だ。でもあっちよりかはまだいいかも」

 

「そんなだったんだ...」

 

「美代子ちゃんもあっち加わってみたらわかるよ」

 

「それは遠慮しとくわ...」

 

美代子は慧菜からの提案を丁重に断った

 

「あの二人はいつまでもあんな感じなんでしょうね」

 

「調ちゃんもそう思う?」

 

「まぁね。進学先も一緒なんでしょ?」

 

「確か二人とも新山先生からのお誘いで音大を受けるってのぞみが言ってたよね」

 

「毎年倍率が大変なことになってるって聞いたことあるよ」

 

「そうなんだ」

 

「慧菜が言うんだから間違いないんでしょ」

 

なんだかんだ言いつつ話すことは自然と春樹やみぞれのことになっていた

 

「でも二人なら難なく合格できちゃいそう」

 

「「「わかる~」」」

 

「今の内にサインもらっとく?」

 

「あの二人なら有名になってもメール一本でくれそうだけどね。特に春樹は」

 

「春樹は元々レベル高かったけど、あの練習以降のみぞれの勢いがすごいよね」

 

「うん」

 

「あれは鳥肌たったね...」

 

「春樹くんも今まで全力じゃなかったんだってね」

 

「羨ましくあり嫉妬もするけど、なんか誇らしく思っちゃうんだよね」

 

「澄子も?」

 

「も?」

 

「実は私もなんだよね」

 

「調も?」

 

思っていることが同じと気づいた調と澄子はお互いに微笑み合う

 

「なんか意外」

 

「なによ意外って」

 

「のぞみの時みたく対抗心燃やすもんだと思ってた」

 

「確かに負けたくない気持ちはあるけどね。でも最近だと二人の演奏を間近でもっと聴いてたいって思っちゃうのよ」

 

「なるほどね~」

 

調の言うことに他の3人も揃って頷く

 

「そういえば2人ってさ、演奏中に何回かお互いに目合わせてるの知ってる?」

 

「え、マジ...?」

 

「うん。パーカスって一番後ろからみんなのこと見れるからさ、なにかの合図なのか知らないけどたまに目を合わせてるの見るよ」

 

「そうなんだ。何でだろうね」

 

「聞いてみる?」

 

「だね。気になるし。おーい春樹ー」

 

「ん?」

 

みぞれに食べさせてもらいながら肉や野菜を的確に焼いていた春樹を呼んだ

 

「どした?」

 

「春樹とみぞれって演奏中にお互い目を合わせてるって本当?」

 

「なんだいきなり。まぁ本当だぞ」

 

「うん」

 

「本当だったよ...」

 

半信半疑だった調が本人が本当だと言うのでさらに驚いた

 

「なにか意味があるの?」

 

「意味...って言うか確認かな」

 

「確認?」

 

「隣にハルがいてくれてるって確認」

 

「隣にみぞれがいるって確認」

 

「それを演奏中に?なんで?」

 

「ハルがいてくれて安心するし、その方がいい音出せるから。だから本当はソロやりたくない」

 

『えー!!!』

 

みぞれの発言に全員が驚く

 

「なんで!?どうして!?」

 

「ソロってどのパートでも花形だよ!?」

 

「それをやりたくないなんて...」

 

「どういうことみぞれちゃん!?」

 

「えっと、隣にハルがいなくなるから」

 

『???』

 

みぞれの言葉に全員まったく理解できなかった

 

「ソロで吹くってことは同じパートの他のやつらは吹かないってことだろ?」

 

「そりゃソロだし」

 

「それがオレもみぞれも嫌なんだよね。互いの音が聴こえなくなるから」

 

「そう、なんだ?」

 

「私は自分で吹くのも好きだけど、ハルが吹いてるときの音聴くのも好きだから」

 

「同じく。いくら演奏中でもみぞれの音が聴けなくなるのは無理」

 

「もう...2人ともなんなんよ...」

 

「なんだその言い草は。聞かれたから答えただけなのに」

 

「こんな惚気を聞かされるとは思わなかったよ」

 

「惚気か?パートナーの音をずっと聴いていたいって普通のことじゃないのか?」

 

「普通だと思ってた」

 

「そうだよな」

 

「2人には普通かもしれないけど私達にはそうじゃないのよ...」

 

「「??」」

 

「2人して何言ってんの?みたいな顔止めて」

 

「でもすごいよね二人とも。演奏中に目を合わせてるってことは滝先生の指揮棒から目離してるってことだよね」

 

「あー確かに」

 

「意識したことなかったかも」

 

「あんたら本当に人間...?」

 

「失敬だな」

 

ついに春樹とみぞれは人間認定すらされなくなってしまった

 

「さてと。そろそろ食後のデザート作りを始めますか」

 

『な、なんだってー!!?』

 

「4人はオレ達の悪口を言ってたのであげませーん」

 

「そ、そんな...」

 

「悪口じゃないよね...」

 

「そうそう...褒めてたんだよ」

 

「うん。2人はすごいって...」

 

「ホントにー???」

 

「本当だよ!」

 

「じゃあみぞれは?」

 

『天使!!』

 

「よろしい。くれてやろう」

 

『ははーーー!!』

 

「ハル...恥ずかしいからそれ止めてって言った」

 

「ごめんごめん」

 

春樹達にひれ伏している4人を横目にみぞれが春樹の胸のあたりをぽかっと叩いてきた

 

「ごめんて。でもほら、共通認識だから」

 

「そういうのは、ハルにだけ言われればいい...」

 

「...」

 

「ハル?」

 

「はっ!」

 

みぞれのつぶやきに一瞬時が止まっていた春樹

 

「ごめんみぞれ。すぐデザート作るな」

 

「うん。楽しみ」

 

その一言で春樹はみぞれを待たせてはいけない思考になり急いで焼バナナチョコレート乗せを作って全員に配った

 

「ねー春樹」

 

「どうしたリボン」

 

「リボン言うなっての。この後一応解散の予定なんだけど、春樹の家集まれたりしないかしら」

 

「集まるって?」

 

「これで解散ってなんか寂しいし、もう少しみんなでいたいかなって」

 

「それは別にいいけど、なんでウチなんだ?」

 

「みんな実家だし。それにこの人数入れるとしたら春樹の家ぐらいしかないから」

 

「まぁ確かに。別にいいぞ?」

 

「助かるわ。みんなに伝えてくるわね」

 

「おう」

 

まだ日も明るいしこれで解散だとちょっと寂しいと春樹も感じた

 

「みぞれ」

 

「なに?」

 

「今日の夕飯どうしよっか。なに食べたい」

 

「今食べたばかりだから思いつかない」

 

「そりゃそうか」

 

「昨日はサバの味噌煮だったから中華とかがいいかも」

 

「なるほど。みんな来るみたいだしどうせ夕飯ぐらいまでいるだろ。みんなで餃子作るか」

 

「うん。楽しそう」

 

「なんなら中華てんこ盛りにするか。餃子、酢豚、エビチリ、小籠包...はめんどくさい」

 

「ハルの油淋鶏食べたい」

 

「おっけー作るわ」

 

「みんな聞いてー」

 

春樹とみぞれが夕飯のメニューを考えていると優子が全員に声をかけた

 

「今日はこのバーベキューで終わりのつもりだったんだけど、春樹の家に集まれることになったから大丈夫な人はよかったら来てね」

 

『行く!!』

 

「じゃあ一旦解散して春樹の家に再集合ね!」

 

『おー!!!』

 

全員で来るらしい。買い出しが大変そう...

 

「こりゃ買い出しに人手がいるな」

 

「うん」

 

「話は聞かせてもらったよ」

 

「お、お前は...!」

 

「春樹くん...たまに変なノリが出るよね」

 

「すまんすまん」

 

救いの手を差し伸べたのは莉子と卓也だった

 

「買い出しの手伝い俺が行こう」

 

「いいのか?卓也」

 

「家にお邪魔させてもらうだけなのは申し訳ないからな」

 

「私も行くよ」

 

「ホントか莉子。助かるわ」

 

「ありがとう」

 

「ふふっ。なんかみぞれちゃん春樹くんの奥さんみたいだね」

 

「奥さん...」

 

莉子の言葉にみぞれが一瞬目を見開く。奥さん...素晴らしいな...と春樹は未来のことを想像してしまう

 

「あ、春樹ー」

 

「どした調。澄子と美代子も」

 

「必要なものあったら買っていくけどなにかある?」

 

「いいのか?」

 

「もちろん!」

 

「じゃあ夢と希望を頼む」

 

「「「...」」」

 

「冗談だ」

 

「いやわかってるわよ」

 

「ノリが悪いなー。でも助かる。後でリストメールするわ」

 

「おっけー」

 

「じゃあこれ」

 

「え」

 

春樹は財布から諭吉2枚を取り出し調に渡した

 

「いいよこんなに!」

 

「いや買い出ししてくれるし」

 

「春樹の家使わしてもらうんだから!」

 

「いいから持ってけって。実は親からもらいすぎて困ってたんだ」

 

「でも...」

 

「大丈夫だと思う。残ってた方がハルのお母さんに怒られるから」

 

「え、そうなの?」

 

「ウチの親っていい意味でも悪い意味でも豪快な人なんだよ。みぞれと初めてデートしたとき全然使わないでいたら「みぞれちゃんに質素なデートさせて何考えてんの!!!」って怒られたし...」

 

「わー...」

 

「だから気兼ねなく使ってくれるとありがたい。というかお願いします」

 

「変な頼まれ方。でもそういうことならありがたく使わせてもらうね」

 

「おう。夜は期待しててくれ」

 

「春樹。俺達はどうすればいい?」

 

「卓也も莉子も一旦帰るだろ。早めに来てもらって一緒に買い出しに行ってくれると助かる」

 

「わかった。春樹くんのお家に着いたら連絡するね」

 

「おう」

 

そこで春樹はふと思う。なぜみんなは自分の家の場所知ってるのかと

 

「ハル。私達も帰ろ」

 

「そだな」

 

「みぞれー!また後でね!ついでに春樹もねー」

 

のぞみに向かって小さく手を振るみぞれ。それを見て春樹は決して口にはしないが心の中でのぞみにグッドサインを出していた

 

みんながぞろぞろ帰る中春樹達も電車に乗った。ほとんどがバスで帰るらしく電車組は春樹達だけであり、電車よりバス使用者の方が多いのは京都あるある

 

「座れたはいいものの眠くなるな」

 

「そうだね」

 

「みぞれは疲れてないか?」

 

「ちょっと疲れたかも」

 

「普段は教室ばっかだからな」

 

「でも楽しかった」

 

「んだな。友恵には感謝しないと」

 

「うん」

 

電車の極意。座れたらとりあえず手を繋ぐ

 

「ねぇハル」

 

「ん?」

 

「今日も泊まりたい」

 

「いいけど。お母さんは...」

 

「これ」

 

みぞれが見せてきた携帯画面にはみぞれのお母さんから一言『いいわよ』とだけ書いてあった

 

「行動が早いな」

 

「いい?」

 

「もちろん。じゃあ先にみぞれの家に寄ってから帰るか」

 

「うん」

 

もう最寄りの駅に着いたので改札を出て真っすぐみぞれの家に向かった。そして歩いて数分で見慣れた家に到着した

 

「用意する」

 

「手伝うよ」

 

「ありがと」

 

「いつものことだ」

 

本当なら女子の衣類などに男子が触るのはいかがなものなんだろうが、そんな関係からはとっくに卒業している

 

「みぞれの部屋はいつ見てもきれいだな」

 

「あんまり見なくていいから」

 

「オレの部屋にはよく来るのに?」

 

「それとこれとは別」

 

女子とは難しいものである...

 

「用意って言っても大抵ウチにあるから荷物少ないな」

 

「そうかも」

 

「明日は学校だから制服ぐらいか」

 

「うん」

 

これだけ通っているのだから既に部屋着も歯ブラシもある春樹の家には常備してあるため特に持って行くものはなさそうだ

 

「じゃあ行きますかね」

 

「うん」

 

みぞれの家から徒歩10分ほどで春樹の家がある

 

「ただいま~」

 

「お邪魔します」

 

「まぁ誰もいないけどね」

 

「今日もお仕事?」

 

「らしい」

 

いつも通り親は仕事でいない。大抵いないので春樹はもう慣れてしまっていた

 

「ねぇハル」

 

「ん?」

 

玄関のドアがしまったタイミングでみぞれが春樹の服の裾を引っ張りながら呼んできた

 

「もう、誰もいない」

 

「あー」

 

さっきの欲はまだ切れてなかったらしい。そっとキスをした

 

「オッケー?」

 

「もう一回」

 

「欲しがりめ」

 

本当に高校生かというぐらい積極的な彼女を見て春樹の脳内は『みぞれがかわいすぎる』で覆われてしまった

 

「とりあえず一回シャワー浴びてきな」

 

「ハルは?」

 

「夕飯の準備」

 

「一緒に入らないの?」

 

「湯舟溜めてないんだから一緒はムリだろ」

 

「そう...」

 

「また夜な」

 

「わかった」

 

みぞれは少し寂し気に春樹の部屋から着替えを持ってシャワーを浴びに行った。その間に春樹は冷蔵庫の中身と調味料などのチェックをやった

 

「シャワーありがと」

 

「あいよ」

 

「ハル」

 

「ん?」

 

シャワーから戻ってきたみぞれが持っていたのはドライヤーと櫛だった

 

「承知の助。座って」

 

「うん」

 

みぞれがいなかったら女性の髪を乾かすなんて作業一生縁がなかったかもしれないと心の中で感じる春樹。いつものように丁寧にみぞれの髪を乾かしていく

 

「コンディショナーがなくなりかけてた」

 

「マジ?換えあったかな」

 

「なかった」

 

「危ね。今日ついでに買ってくるか」

 

「うん」

 

春樹はあまりコンディショナーを使わない。しかしみぞれが頻繁に来るため減りは意外にも早かった

 

「ほい終了」

 

「ありがと」

 

「どういたまして」

 

髪を乾かし終えるてドライヤーを片付けようとするとみぞれが春樹にもたれかかる

 

「どした?」

 

「ううん」

 

「...」

 

「...」

 

しばし沈黙の時間。シャワー後のせいかみぞれはあたたかい

 

「...」

 

「...」

 

するとみぞれは携帯で音ゲーを始めてしまった

 

「今日する時間なかったもんな」

 

「うん。ハルもやる?」

 

「オレはいいかな。あんま上手くないし」

 

「慣れたらハルでも簡単だと思う」

 

「慣れるまでが大変そう...」

 

みぞれは話をしつつもノーミスで一曲クリアした。難易度『鬼ムズ』

 

そこから20分くらいほんわかな時間が流れて莉子と卓也が到着したのでみんなで買い出しに出かけた

 

「私達はなに買うの?」

 

「澄子達に飲み物やらお菓子やら頼んだから夕飯の材料だな」

 

「春樹が作るのか?」

 

「もちろん。どうせみんな夕飯までいるだろ」

 

「おそらくな」

 

「男がオレと卓也と純一だけで助かった。大量に作らなくてもよさそう」

 

「確かに男子ばかりだと大変なことになりそうだね」

 

「てなわけでカート二台あれば大丈夫だろ。回りながらどんどん入れていこ」

 

「わかったよ」

 

「了解した」

 

「うん」

 

友達と買い出しというのはあまり経験しないことかもしれないが案外楽しいものだった。莉子は普段から料理をしてるらしく野菜選びなど活躍し、卓也はなにも力になれないと悔やんでいたが重い荷物持ってくれて春樹としては大いに助かった。そしてみぞれは好きなソーダグミに目を取られてていつも通り天使でだった

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誓いのフィナーレ8


アンサンブル観てきました。みぞれが可愛かった。
黄前部長頑張れ〜!


 

 

買い出しを終えた四人は重い物を主に春樹と卓也が持ち、軽めの紙コップなどはみぞれや莉子が持っている。そんな彼らが春樹の家に戻ると友恵と慧菜、それとりえが今にもチャイムのボタンを押そうとしているところだった

 

「あ、春樹くん達!」

 

「早いな三人とも」

 

「えへへ。楽しみで待てなかったよ!」

 

「私も。なんか他の人の家ってワクワクするよね」

 

「わかる~」

 

「莉子達もう来てたんだね」

 

「うん。春樹くんとみぞれちゃんが買い出しするって聞いて2人じゃ大変だと思って」

 

「そうだったんだ。言ってくれれば手伝ったのに」

 

「卓也手伝ってくれるって聞いたしいいかなって。それよりなによ、その大荷物」

 

女性は荷物が多くなりがちとよく聞くが、それにしても友恵も慧菜もりえも旅行かというほどの荷物を持っている

 

「え、お泊りセットだけど」

 

「は?」

 

「え?」

 

泊まりと聞いて春樹はきょとん顔をする

 

「もしかして聞いてない?」

 

「初耳なんだが。みぞれ何か聞いた?」

 

「知らない」

 

「えー。優子なにやってんのよ」

 

友恵はすぐさま優子からのメールを春樹に見せた

 

「はーん。さては最初から泊まり気だったなこのやろう」

 

「ごめんね春樹。てっきり春樹から許可が出てるものだとばっかり」

 

「悪いのはこいつであって友恵が謝ることないだろ」

 

「じゃあみんなでお泊りはなしだね...」

 

「残念だけど仕方ないよね...」

 

「なんでだ慧菜、りえ。オレはダメとは言ってないぞ?」

 

「「え?」」

 

残念がるりえと慧菜に春樹は意外な返答をした

 

「確かに聞かされてなかったが元々夕飯は作るつもりでいたし。慧菜やりえ一人だけとかだったらさすがに断ってたけどみんないるなら大丈夫だぞ」

 

「そうなの!?」

 

「おうよ。みぞれも喜ぶし。な?」

 

「うん」

 

「よかったー!」

 

「ありがと春樹くん!」

 

「ありがとねー。みぞれも」

 

「どういたしまして」

 

「そういえば卓也達は?荷物持ってなかっただろ」

 

「実はみぞれちゃんに入れてもらったときに中に置かせてもらってて」

 

「みぞれ...」

 

「ごめんなさい」

 

「怒ってないよ」

 

莉子も卓也も最初から知ってたらしい。みぞれは家主である春樹になんの断りもなく荷入れをしてたことにシュンとして落ち込むが、すかさず春樹がフォローした

 

「まぁさすがに女子大所帯の中でオレ一人はきついし。卓也がいてくれるだけで一安心だ」

 

「先に言わなくてすまない」

 

「いいって。さて、中に案内しよう」

 

一緒に夕飯で終わるかと思っていたら泊まりまでとなると、春樹はまだまだ楽しくなりそうと心躍らせた

 

「うわー!玄関から広ーい!」

 

「そうか?」

 

「うん!ウチとは大違い!」

 

「ねね!探検していい!?」

 

「別にいいが。そこまで広くないぞ?」

 

「やった!行こっ慧菜!」

 

「うん!」

 

荷物そのままにしてりえと慧菜が廊下を進んでいってしまった

 

「テンション高いなーりえ」

 

「いきなり騒がしくてごめんね春樹」

 

「大丈夫大丈夫。ホントにつまんない家だから」

 

「そうなの?そうは見えないんだけど。みぞれなにか教えてよ」

 

「本棚の裏に隠し通路がある」

 

「なにそれ!?」

 

「嘘」

 

「えー...」

 

「変な冗談止めなよみぞれ」

 

「驚くかなって」

 

「みぞれってこんな冗談言う子だったっけ...」

 

「ノリはいいぞ。な?」

 

みぞれは真顔のままでピースしている

 

「なぁ春樹。まだ玄関なんだが」

 

「おーすまん」

 

卓也に言われてまだ玄関だったことを思い出した。リビングに案内して買ってきた食材を片付ける

 

「莉子と卓也ありがとな。ゆっくりしててくれ」

 

「いいの?」

 

「買い出しだけでもめっちゃ助かったわ」

 

「ありがとー。お言葉に甘えさせてもらうね」

 

「卓也もサンキューな」

 

「あぁ」

 

食材の片付けを終えて春樹は卓也と莉子の手伝いに感謝しつつキッチンに入った

 

「私はなにか手伝うよ」

 

「大丈夫。友恵はこれから頼らせてもらうから」

 

「どういうこと?」

 

「調や澄子と一緒に暴走するであろうえるとかのぞみのストッパー役」

 

「あー...が、頑張る...」

 

「頼むわ」

 

友恵達がリビングでまったりするのを見つつ春樹は夕飯の準備に取り掛かろうとエプロンを装着した

 

「ハル」

 

「どしたみぞれ」

 

「手伝う」

 

「いいよ。オレよりも友恵達頼む。他人の家でそのうち手持無沙汰になるだろうから相手してやって」

 

「でもハル一人じゃ大変でしょ?」

 

「餃子のタネ作ったらみんなにやってもらうからそこまでじゃないよ」

 

「本当?」

 

「ホントホント。その気遣いだけで嬉しいよ。ありがと」

 

感謝の意味も込めてみぞれの頬を撫でると嬉しそうに若干みぞれの顔が緩んだ

 

「じゃあ向こうは頼んだ」

 

「うん。なにかあったら呼んで?」

 

「おう」

 

みぞれはリビングに戻り春樹は餃子のタネを作るべくニラやらキャベツやらを細かく切ってひき肉と混ぜ合わせる。量が量だけにボールはものすごく重い

 

餃子のタネ作りを20分程で終わらせるとチャイムが鳴った。春樹はみぞれに出迎えを頼むと調、澄子、美代子、それと純一が入ってきた

 

「お邪魔しまーす」

 

「邪魔すんなら帰って~」

 

「あいよ~...ってなんでよ」

 

「おー。やるな調」

 

「甘く見ないことね春樹」

 

「二人ともなにやってんの?」

 

「重いんだから早く入れって!!!」

 

女子三人はお菓子類を、純一が飲み物を一人で持ってきたのか。だからこのメンツか

 

「お疲れ純一。飲み物こっちに持ってきてくれ」

 

「また持たせる気か!?」

 

「冗談冗談」

 

よほど疲れたのか「勘弁してくれ...」と滝野は大の字で寝転がった

 

「お疲れ」

 

「腕がパンパンだ」

 

「ラッパで鍛えてるからいいじゃんか」

 

「重さが段違いだわ!」

 

「だろうな。ゆっくり休んでな」

 

「言われなくとも~」

 

春樹は純一が持ってきてくれた飲み物をを冷蔵庫に入れた。量が量なだけに全部入るか心配だったがなんとか入った

 

「ねぇ春樹くん」

 

「どした美代子」

 

「もしかして料理一人でやってるの?」

 

「そうだが?」

 

「えー!大変じゃない!?」

 

「そうでもないぞ?でも少しゆっくりしたら頼もうと思ってるんだ」

 

「なにかすることあるの?」

 

「これ」

 

美代子にさっき作った餃子のタネと買ってきた餃子の皮を美代子にみせた

 

「みんなで包んでくれ」

 

「この具は?」

 

「さっき作った」

 

「す、すごいね...春樹くんも量も...」

 

「タネだけなら簡単にできるからな。後はみんなに任せた」

 

「わかった。頑張ってきれいに作るよ!」

 

「頼んだ」

 

「オッケー!みんなー!」

 

美代子はみんなを呼んで餃子作りを始めた。それを確認した春樹は油淋鶏とエビチリ用のタレ作りを開始した

 

「春樹ー。皮包むようの水くれない?」

 

「あ、悪い」

 

タネと皮だけ渡して皮をくっつける用の水を渡し忘れていたのを調に指摘されてボールに水を入れる

 

「もらうぞ」

 

「すまんな卓也」

 

「これくらい別にいい」

 

「かたじけない。ときに卓也。今日の夜はどうするんだ?」

 

「なにがだ?」

 

「莉子と一種に寝る部屋を用意するか?」

 

「なっ!?」

 

慌てふためく卓也はうっかり渡した水入りボールを落としそうになった

 

「あっぶねー」

 

「す、すまん...」

 

「そんな驚くと思わなくてな。莉子ー」

 

「はーい」

 

「ちょっといいか?」

 

卓也一人では判断に困りそうだったので莉子を呼んだ

 

「どうしたの?」

 

「卓也に聞いたんだが、今夜莉子と卓也二人で寝る部屋を用意するか?」

 

「えー!!!?」

 

「どうしたの莉子!!」

 

「なんかあった!!?」

 

「だだだ大丈夫!大丈夫だよ!」

 

「どうなの春樹!」

 

「大丈夫だ。ケチャップの付いたオレの手を血だと思って驚かせちゃっただけだ」

 

「なーんだ」

 

「びっくりしたー」

 

「驚かせないでよー」

 

なんとか誤魔化せたようだ。餃子組は包むのを再開した

 

「ちょっと春樹くん!」

 

「いや、オレのせい?」

 

「春樹くんのせいだよ!なんてこと聞くの!?」

 

「せっかくだし二人きりの方がいいのかなって」

 

「そ、それは...」

 

「俺達はまだ学生だ」

 

「オレとみぞれはいつも一緒に寝てるぞ」

 

「二人とは違うよー...」

 

「まぁみんないる中でいきなり二人でってのは厳しいか。ごめんな二人とも」

 

「ううん。気を遣わせちゃってごめんね」

 

「すまん」

 

「いいって。じゃあ餃子は頼んだ」

 

「うん」

 

「あぁ」

 

すると探検をしていたりえと慧菜が戻って来た。なんとしのぶもいる

 

「ただいま~」

 

「あれ、りえ達もいたんだね」

 

「探検してた!」

 

「そうなの?」

 

「あれ?しのぶどうやって入ったんだ?」

 

「2階からちょうど見えたから私が玄関開けちゃった」

 

「お邪魔してるよ〜」

 

「そっか。ならいいや。三人とも手洗ったら餃子包む手伝いを頼む」

 

「すごっ!楽しそう!」

 

「すぐ手伝うね」

 

「洗面所ってどこかな?」

 

「みぞれ頼むー」

 

「こっち」

 

みぞれが3人を連れて洗面所へ向かった

 

「餃子って作るの初めてかも」

 

「そうなんだ。家族で作ったりしなかったの?」

 

「私はなかったかな。中華屋さんに食べに行くとこじゃないと餃子なんて食べないし」

 

「私は小さいころお母さんとよく作ったよ」

 

「だから美代子こんな包むの上手いんだ。澄子も初めてにしては上手いよ」

 

「調ちゃんは具がパンパン」

 

「言わないでよー」

 

「お待たせ~」

 

「おー来た来た。まだまだ作らないといけないからよろしく」

 

「はーい!」

 

「ちょっと滝野!そろそろ手伝んなさいよ!」

 

「えー」

 

飲み物を持って来た純一は来てからずっと休んでいたが、流石に声がかかった

 

「なー純一。2組の森さんだっけ?あの子中華料理が好物らしいぞ。餃子作れること知ったら見る目変わるかもなー?」

 

「マジ!?あの森ちゃん!?」

 

「そうそう。今度それとなく伝えてやっから」

 

「おっしゃ任せろー!!!」

 

最近純一がカワイイと思ってる子を餌にすると急にやる気になった

 

「あんた...」

 

「これだから男って...」

 

若干名の女子が純一の言動に少し引き気味だ

 

「春樹」

 

「卓也?どうした?」

 

「俺に餃子を包む才能はなかったみたいだ」

 

「なるほどね。ならこっち手伝ってくれよ」

 

「それは構わないが、包丁を持ったことなんて家庭科の授業でしかないぞ」

 

「大丈夫。やってもらうのはタレとかの混ぜる系だから」

 

「そうか」

 

「そんじゃエプロン持ってくるからちょっと待っててくれ」

 

「悪いな」

 

「構わんよ」

 

俺はキッチンを抜けて2階にある自分の部屋に向かった

 

「ハル」

 

「どした?」

 

「優子達ももうすぐ着くって」

 

「了解。意外にみんな早かったな」

 

「うん」

 

2階に上がろうと階段を上るのだがなぜかみぞれも付いてきた

 

「エプロン持ってくるだけだぞ?」

 

「知ってるよ?」

 

「うん...?」

 

じゃあなぜ...?という春樹の疑問に対してキョトンとしてる顔のみぞれ

 

「それにしてもこれだけの人数入るって。ウチって広かったんだな」

 

「今気づいたの?」

 

「え。みぞれ気づいてた?」

 

「まぁ。最初に来た時驚いたから」

 

「驚いてたのか...」

 

みぞれが最初に来たのってまだ付き合いたてだったため、今とは違い表情から読み取ることは難しかった

 

「えっと。エプロンエプロン~。ってみぞれさーん。無言で人のベッドに倒れないの」

 

「ハルの匂い」

 

「そりゃあな。っていうか結構な頻度で一緒に寝てるだろ」

 

春樹がエプロンを探してる間にみぞれはベッドに横たわっていた

 

「私の匂いはしない」

 

「自分では自分の匂いってわからないらしいぞ」

 

「そうなんだ」

 

「こらこら、俺の枕を抱えるな」

 

「ハルもいる?」

 

「それはみぞれの。差し出さなくていいから」

 

「んー」

 

「ほーら。もう戻るよ」

 

みんないてみぞれも相当テンションが上がっているようだ。そこにチャイムが鳴り残りの優子達が到着したのだろう

 

「着いたみたいだな」

 

「うん」

 

「出迎え行くぞー」

 

「うん」

 

部屋を出て階段を下り玄関を開ける。思った通りリボン、夏紀、のぞみ、みるの四人がいた

 

「やっほー春樹」

 

「早かった?」

 

「いんや。逆に夏紀達が最後だ」

 

「マジ!?ホントだ!靴いっぱい!」

 

「私達も相当早いと思ったんだけどなー」

 

「ま、家の遠さ順だろうな。さぁ入った入った。全員で夕飯の準備だ」

 

春樹とみぞれは来た四人を引き連れてリビングに戻り、春樹はキッチンに戻った

 

「卓也お待たせ。ほいこれ」

 

「悪いな」

 

「いいって。じゃあさっそく混ぜ混ぜタイムといこう。でもその前に肉切っちまうな」

 

卓也にエプロンを渡した春樹は酢豚用の豚ロースを切ってボールに入れ片栗粉を加えた

 

「よく混ぜてくれ」

 

「これはなんの意味があるんだ?」

 

「肉が柔らかくなるしタレと絡みやすくなる」

 

「なるほどな」

 

「コショウ入り塩をくらえ~」

 

春樹は調理の説明をしつつ卓也が混ぜ合わせているボールに塩コショウをまぶす

 

「これぐらいでいいか?」

 

「いいじゃんいいじゃん。じゃあ一回手洗って次こっち」

 

「エビか?」

 

「エビチリ用のな。さっきみたいに混ぜ混ぜしてくれ」

 

「わかった」

 

春樹が野菜を切ったりして卓也に下ごしらえやタレ作りをやってもらう。クッキングはまだまだ続くようだ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誓いのフィナーレ9


2本立て。この後の展開頑張って考えないと…


 

 

「ねー。あれどういう状況?」

 

「男二人で料理してる」

 

「それは見ればわかるわよ」

 

「じゃあなんで聞いたのよ」

 

「なんであの二人なのってこと」

 

「いつの間にかああなってんのよ」

 

みぞれに続いてリビングに入った優子はキッチンの様子を見て驚いた

 

「私達女子がこれでいいの...?」

 

「いいんじゃない?今どきは男性でもキッチンに入る時代だし」

 

「そういうもんかしらね」

 

「なら優子が手伝ってくれば?」

 

「わかった」

 

優子は夏紀に言われてキッチンに入った

 

「なにか手伝うことはあるかしら?」

 

「今のところ特にないな。それにこっちは店員オーバー気味だし」

 

「確かにそうね...」

 

キッチンは春樹と卓也が入っているためもう一人入れるスペースはなさそうだ

 

「餃子の方が大変なんだからそっちを頼む」

 

「わかったわ」

 

「というかリボン。泊まるなら先に言ってくれ。常識だぞ」

 

「うっ...悪かったわよ...」

 

「まったく」

 

「だから言ったじゃん」

 

「ならその時に夏紀が連絡くれよ」

 

「うっ...」

 

「はぁ。次から気をつけてくれよ?」

 

「「ごめんなさい」」

 

「おう」

 

キッチンに入れないので優子と後から来た夏紀餃子チームに戻った

 

「ここから見ても春樹って手際いいわね」

 

「あーわかる。手慣れてる感じ」

 

「ねーみぞれ」

 

「ん?」

 

「春樹っていつもご飯作ってるの?」

 

みると話していたのぞみが疑問に思ったのでよく知っているであろうみぞれに問いかけてみた

 

「うん」

 

「ふーん」

 

「っていうかみぞれ、どれくらいの頻度でここに来てるわけ?」

 

横で餃子を作りながら聞いていた優子が入って来た

 

「週に1回。多い時は週に2、3回かな」

 

「さすがに多すぎない?」

 

「そう?」

 

「親は心配しないの?」

 

「互いの親公認らしいわよ」

 

「えー。まだ高校生なのに」

 

「はぁ...私のみぞれが~...」

 

「のぞみ」

 

いつも春樹と一緒にいることを知っているため寂しくなったのかのぞみがみぞれに抱き着いた

 

「莉子と友恵ー。ちょっとキッチンいいか?」

 

「なにー?」

 

「ちょっと火の番を頼む」

 

「りょーかい」

 

春樹は二人にキッチンを任せ一旦リビングを出て風呂場に向かった。それをみぞれはのぞみに抱きつかれながら目で追っていた

 

「タオル人数分あったかな...」

 

「大丈夫」

 

「うぉっ!?みぞれ...驚かさないで」

 

「ごめん」

 

「いいよ。それで大丈夫って?」

 

「私も家から持ってきた」

 

「お、さすが~」

 

春樹はみぞれの頭を撫でまわす

 

「じゃあ風呂掃除しちまうか」

 

「ハル。ちょっといい?」

 

「ん?」

 

みぞれに呼ばれて春樹が振り向くとぼふっとみぞれが抱き着いた

 

「どした?」

 

「なんだか今日は、ハルが遠い」

 

「あー。ずっとキッチンにいたから」

 

「のぞみ達がいて楽しいけど、やっぱりハルがいないの寂しい」

 

「そっか。ごめんな」

 

「ううん。ハルは悪くない」

 

数分間抱き合った二人はお互いに満足できた

 

「じゃあ俺は風呂洗ってから戻るから」

 

「うん。わかった」

 

先に戻ったみぞれは知りえないが寂しさを感じてくれていることを知った春樹のニヤけは止まらなかった

 

「あ、みぞれちゃんおかえり~」

 

「ただいま?」

 

「こっちおいでよー。お話ししよ~」

 

リビングに戻ったみぞれを呼んだのはしのぶと澄子のサックスコンビだった。みぞれとしては仲が悪いわけではないがのぞみや優子ほど絡みもないので少し緊張している

 

「みぞれちゃん、よくここに来てんだよね」

 

「うん。週に1回は。多いときだと2、3回」

 

「そうなんだ。よく一緒に帰ってるもんね」

 

「部活以外では何してるの?」

 

「家でまったりしてるかな。たまにでかけるけど」

 

「へー。でもみぞれらしいかも」

 

「私らしい?」

 

「イメージでね。みぞれって外でワーッと遊びまわるより家でゆっくりしてそうだなって」

 

「確かにそんなイメージかも。でも出かけるときはどこに行ったりするの?」

 

「近くを散歩したり、たまにゲームセンターに」

 

「みぞれちゃんがゲーセン!?」

 

「うん」

 

「あーでもみぞれってよく携帯で音ゲーやってるよね」

 

「そういえば合宿のときやってるの見たかも」

 

「合宿はあまりハルと一緒にいられなかったから...」

 

「春樹くんと...」

 

「あまり一緒に...?」

 

澄子としのぶは合宿のときを振り返る。食事のとき、練習のとき、お風呂上りのとき...ずっと一緒にいなかったっけ...?

 

「そ、そういえば私みぞれちゃんと春樹くんの出会いのこととか聞きたいな」

 

「え...」

 

「あ、それ私も気になる!」

 

「えっと...」

 

みぞれ達の馴れ初めが気になった2人はみぞれに詰め寄る。押し寄せる2人にみぞれは壁際まで追い詰められてしまった

 

「ちょっと二人とも。みぞれいじめてないで手を動かしなさいよ」

 

「俺に超絶ラブリー天使をいじめるのは誰だ?そいつ夕飯抜きにすんぞコラ」

 

「春樹はこっちでしょ。油もういい感じだと思うよ」

 

「あいよー」

 

風呂掃除から戻って来た春樹はみぞれを追い詰めている2人に問いただそうとするがキッチンから友恵に呼ばれた

 

「サンキュー二人とも」

 

「ううん。見てるだけだったし」

 

「じゃああとは揚げて混ぜるだけだから大丈夫よ。あ、包み終わった餃子こっちに持って来てほしい」

 

「りょーかい」

 

油の温度もちょうどいいので卓也にこねてもらった肉を挙げていく。その間にエビチリを完成させていく

 

「すごい手際の良さだな」

 

「そうか?肉挙がるの待ってる時間がもったいないからな。同時進行ってやつだ。あ、サラダ忘れてた」

 

忘れてたと言いつつもまったく慌てる素振りのない春樹は予め盛り付けていたサラダを冷蔵庫から出す

 

「純一。運ぶの手伝ってくれ」

 

「あいよ」

 

「卓也もこれ頼む」

 

「わかった」

 

春樹は純一にサラダを、卓也に完成したエビチリを持っていってもらった

 

「さて、酢豚ももうできるし。餃子も第一陣があと2分ぐらいだな」

 

「運ぶの手伝うよ~」

 

「サンキューりえ。じゃあ小皿と醤油刺し持っていってほしい。紙皿で買ってきてるから」

 

「りょーかい」

 

「私はなにかあるかな?」

 

「美代子は箸とコップかな」

 

「わかったよ」

 

「純一~。それ出したら飲み物よろしく!」

 

「オッケー!」

 

「春樹くんなんだか店長みたい」

 

「そうか?俺の家だし俺が指示出した方がいいかなって」

 

「その考えめちゃ助かる~」

 

「じゃないとサボるからな。な~みる?」

 

「さ、サボってないよ...?」

 

「ホントか~?調や慧菜に話しかけてたとこしか見てないんだが...」

 

「え、えっと...」

 

「まったく。酢豚と油淋鶏できたから持っていって」

 

「喜んで!」

 

やはりサボっていたみるにできた料理を任せて春樹は餃子の第2陣、3陣に取りかかった

 

「ハル」

 

「みぞれ~」

 

「お疲れ様。そろそろ私も手伝わして」

 

「じゃあご飯いるやつ聞いてきてくれ。んで盛るのも頼んだ」

 

「うん」

 

せっかくキッチンに来てくれたみぞれだが春樹の頼みでご飯食べる人数を確認してご飯をよそい始める

 

「餃子も完成っと」

 

春樹も役割を終えてエプロンを脱ぎ最後の餃子を持ちながらキッチンを出た

 

「お待たせ」

 

「悪いわね。全部任せっきりで」

 

「構わんよ。みんなで楽しんでくれるならなんだっていい」

 

「ハル」

 

「ん?」

 

「ハルも楽しまなきゃダメ」

 

「わかってるよ。じゃあ部長。なんか一言」

 

「えぇ」

 

みんな座っている中優子が立ち上がった

 

「まず家を貸してくれて料理まで用意してくれた春樹。ありがと」

 

「おう」

 

「それに突然だったけどみんな集まってくれてありがと。私達の代はいろんなことがあったけどこのメンバーは本当に最高よ。明日からの練習も頑張って絶対全国で金賞獲るわよ!」

 

『おー!!!』

 

「じゃあいただきます!」

 

『いただきまーす!!』

 

優子の号令で全員一斉に箸を伸ばして食べ始める

 

「うまっ!!」

 

「餃子の焼き加減最高!!」

 

「酢豚もタレが絡んでて美味しい!」

 

「エビがぷりっぷり!」

 

箸が止まらないとはこのことだろう。全員お昼にバーベキューで腹いっぱいになってるはずなのにさすが学生と言うべきか

 

「ご飯おかわり〜」

 

「早いな純一」

 

「もうご飯が進むわ進むわでよ」

 

「だがすまん。また炊いてるからあと10分ぐらい待ってくれ」

 

「そりゃそっか」

 

「「...」」

 

みんな絶えず箸を進める中莉子と美代子の表情が曇っている

 

「ど、どうした...?もしかして口に合わなかったか...?」

 

「ううん。美味しいよ...美味しいんだけどね」

 

「なんか、負けた...」

 

「勝ち負けがあるのか...?」

 

「だって...」

 

「ねぇ...」

 

「んー。まぁなんだ。気にするなって」

 

「どうしよ。嫌味にしか聞こえない...」

 

「おいおい」

 

「ハル」

 

「ん?」

 

「はい」

 

「あーん。あふっ!」

 

『イチャイチャすんな!!!』

 

みぞれが酢豚をハルに食べさせると全員から非難の声が上がる

 

「なんで俺ら怒られてんだ?みぞれわかる?」

 

「わからない」

 

「だよなー」

 

「あんた達のせいでせっかくのご飯が全部デザートになっちゃうのよ」

 

「だってさみぞれ。よくわからんが控えた方がいいらしい」

 

「うん」

 

「助かるわ」

 

斯くして春樹の作ったもの全部調味料が全て砂糖の味になることは防がれた

 

「今回ちょっとピリ辛にしてみたんだけど、みぞれ大丈夫か?」

 

「うん。これぐらいなら」

 

「よかった」

 

みぞれは事前に所望していた油淋鶏を食している

 

「ハルの作るもの全部美味しい」

 

「そんなことないだろ。中学のときに作った黒焦げのコロッケ覚えてるだろ?」

 

「あれは仕方ないと思う」

 

「油の温度と揚げる時間ちゃんと調べなかったからな...」

 

「あれもいい思い出」

 

「それからカツ系とか唐揚げは上手くなったもんだ」

 

「あれ美味しかった。明太パスタ」

 

「ホント?じゃあ今度また作るよ」

 

「楽しみ」

 

(結局イチャイチャすんのかよ!!!)

 

全部砂糖味になることは防がれた...のか?

 

全員食べるに食べあんなに作った餃子はみるみるうちになくなっていく。春樹自身も作りすぎた感があったのだがなんてことはなかった

 

「食べたな〜みんな」

 

「美味しかったー」

 

「満腹」

 

「食べすぎたまであるかも」

 

「ごちそうさま〜」

 

「じゃあちょっと休んだらみんなで手分けして片付けするわよ」

 

「ん?いいよ別に」

 

「あんたがよくても私達が納得しないのよ。いいから座ってなさい」

 

「だって何がどこにあるとか」

 

「あーもううっさい!みぞれ春樹抑えといて!」

 

「うん」

 

優子に言われてみぞれが春樹の右腕をがっしり掴んだ

 

「みぞれー」

 

「ハルが全部やる必要ない」

 

「みぞれのいう通りだよ!あとは私達がやるから!」

 

「一番信用ができないのがお前なんだよのぞみ」

 

「なんでよ!?」

 

「バケツとかひっくり返しそうだし」

 

「そんなことしないよ!」

 

「まぁまぁ。のぞみにはテーブル拭き頼むから」

 

「澄ちゃーん...」

 

「じゃあそういうことで春樹、いろいろ使えわせてもらうね」

 

「あー。んじゃ頼むわ夏紀」

 

家に集まらせてもらって晩御飯までご馳走になって片付けまでさせるのはさすがにということで春樹とみぞれを残して全員が動き始めた

 

「なんだか悪いな」

 

「私も手伝いたかった」

 

「それは私達もだよー」

 

「あれ莉子。それに卓也も」

 

「俺達は買い出しをしたから片付けには参加させてもらえなかった」

 

みんなと一緒に移動した莉子と卓也が戻ってきた

 

「みぞれは春樹の見張りだし後藤達は私達よりも早めに来ていろいろしてくれてたんだから当然だよ」

 

「のぞみがもっともなこと言ってやがる」

 

「春樹ってさ、私に対しての当たり酷くない?」

 

「そうか?」

 

「さすがの私でも傷つくの!」

 

「へー」

 

「ハル。めっ」

 

「のぞみすまなかった」

 

「...謝られてるのになんか納得できない!」

 

「傘木手止めるなよ...」

 

テーブル拭き担当はのぞみと純一。その他は皿洗いとその拭き取りを担っている

 

「そういやお疲れ様だったな莉子も卓也も」

 

「何がだ?」

 

「低音パートでいざこざあったんだろ?」

 

「あー」

 

春樹の指摘に心当たりがある莉子と卓也

 

「私達がなんとかできればよかったんだけどね。ほとんど黄前さんに任せちゃったし」

 

「久美子は面倒見がいいからな。それに今回の主犯は久美子の直属の後輩の奏だし。どっちかと言えば夏紀の担当だろ」

 

「悪かったよ...」

 

「別に責めてるわけじゃないって。あの問題児には俺からたっぷりと言っといたから」

 

「そうみたいだな。合宿前に久石から謝罪があった」

 

「まったく問題児ばかりで大変だよまったく。なぁのぞみ?」

 

「うっ...」

 

「お疲れ様ハル」

 

「うーみぞれ〜。俺の癒し〜」

 

「ちょっ、ハル」

 

春樹は頭を撫でるみぞれを抱き寄せる

 

「アンタは全部請け負いすぎなのよ。少しは回しなさいよね」

 

「リボンには言われたくねー。阿形祭り前のこと忘れたとは言わさん」

 

「うっ...」

 

「私達だって部長副部長に任せっきりなとこあったし」

 

「みんなで分担できればよかったね」

 

「友恵もりえもありがとな。でも普通他パート事情なんてわからないって」

 

「でもミーティングで各パートの内情話してればよかったかも」

 

「確かに莉子の言う通りだわ。そしたらみんなで解決できたな」

 

「もう遅いかもしれないけど明日からのミーティングでは共有していこうよ」

 

「そうだな。みんなそれでいいか?」

 

『異議なーし』

 

「俺達のパートは報告することなにもなさそうだなみぞれ」

 

「うん」

 

「あら、ならウチもないよ」

 

「そんなこと言ったらこっちだって平気だよ」

 

「ホルンはみるちゃんが一番不安だからね〜」

 

「なっ!?りえ酷い!」

 

「だってたまにパート練の教室からホルンじゃ出ない音聞こえてくるんだもん」

 

「それは...」

 

「まぁリーダーがみるなら自然と下はしっかりするかもね。反面教師ってやつ」

 

「夏紀まで!?うわーん!調ちゃーん!」

 

「おーよしよし。ちょっと。本当のことでももう少し言葉を選ばないと」

 

「フォローできてないよ調ちゃん!」

 

「頑張ろうねみる」

 

「うわーん!!」

 

カチャカチャ、キュッキュとキッチンからは止まず音が鳴っている

 

「そういえばリボンさー。最近麗奈から妙に視線感じるんだけどなんか知ってる?」

 

「あーそれ私気づいて聞いてみたよ。なんかライバル視されてるみたいだよお二人さん」

 

「どういうことだい友恵さんや。そもそもパートが違うじゃなぁいか」

 

「なにその話し方。理由までは聞いてないけど」

 

「さよか。まぁ俺とみぞれの方が上手いけどな」

 

「やってる楽器が違うでしょ。春樹が言ったんじゃない」

 

「そうだった。今度本人に聞いてみるか」

 

「それがいいんじゃないかな」

 

「俺よかみぞれの方がよっぽど上手いのにな」

 

「ハル。嘘はよくない。ハルの方が上手」

 

先ほどまでの甘い雰囲気が一変した

 

「おいおいみぞれさんよ。そいつは聞き捨てならないな。ちょっと前まではオレだったかもしれないけどこの前からみぞれの急成長自覚ないのかよー。今は断然みぞれの方が上手い」

 

「ハルこそ過小評価。ハルはずっと私に合わせてくれてた。それだけでハルの方が上手いって明白」

 

二人は見つめ合いつつもその目つきは珍しく鋭くなっていた

 

「無自覚に手を抜いてた時点で三流以下だって自分でわかってる。今更本気出したところで今まで全力で積み上げてきたみぞれに追いつけるわけない」

 

「追い付けてないのは私の方。ハルはただ待っててくれてるだけ。私が追い付けたとしても追い越せることは絶対にない」

 

「なにおう...今日は全然引き下がらないじゃんかみぞれ」

 

「このことでは絶対引かない。ハルが諦めて」

 

「...」

 

「...」

 

春樹とみぞれが一歩も引かない。鋭い眼光のまま見つめ合っている

 

「なにしてるのよあの二人は」

 

「たまにあるよね。お互いに相手のことが1番って言ってる惚気合いなのに」

 

「だ、大丈夫なのかな...」

 

「大丈夫よ慧菜」

 

「でも...」

 

優子と夏紀の慣れてる組は呆れた感じで特に行動に移すことはなかったがあまり見慣れていない慧菜はアワアワと不安がっている

 

「ほら。どうせああなるんだから」

 

「あー」

 

春樹とみぞれはお互いに額を合わせて動かなくなってしまった。いつの間にか自分の言っていたことの強情さよりも相手に言われていたことの嬉しさの方が勝っている

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誓いのフィナーレ10

 

 

優子達が片付けを終えても春樹とみぞれはずっと同じ状態だった

 

「あーイイ感じのとこ悪いんだけどいいかしら?」

 

「...」

 

「......すまん。なんだ?」

 

「ったく。順番にお風呂借りたいんだけど」

 

「それならもう準備できてるから全然構わないぞ。タオルとかも用意してある」

 

「助かるわ」

 

「みぞれー!一緒に入ろ!」

 

「のぞみ。でも...」

 

「気にしないから。みぞれが選んでいいよ」

 

「...二回入る」

 

「ふやけっちまうよ」

 

「...じゃあ、今日はのぞみと入るね」

 

「おう」

 

「やったー!みっぞれー!」

 

「ちょっと待った」

 

「なんでよ春樹ー」

 

「純一と卓也。悪いが先に入ってくれないか。1人ずつでいいから」

 

「あ?別にいいけどよ」

 

「えー!」

 

「駄々こねないののぞみ」

 

「だって~」

 

「せっかく春樹が気を遣ってくれてるのになんでわからないのよ」

 

「そういうことね。どっちから入るよ後藤」

 

「俺はどっちでも」

 

「なら俺から入るわ。一番風呂だぜ!」

 

「入浴剤は純一が決めていいぞ」

 

「やっりー!」

 

純一は早速着替えを持ってリビングを出た

 

「じゃあ悪いが卓也は手伝って。テーブル移動させる」

 

「わかった」

 

「戻ってくるときに布団持ってくるからみんなすまんがどんどん敷いていってくれ」

 

『はーい』

 

春樹と卓也はテーブルの両端を持ってリビングを出て客間として使っている和室に移動させた。そしてその部屋の押し入れから布団を出してリビングへ戻る。これを布団など含めて6往復はした

 

「疲れた~」

 

「そうだな」

 

「さすが卓也。チューバで鍛えてるだけあるな」

 

「まぁな」

 

「俺よりも莉子の方が力強かったりして」

 

「春樹くん。試してみる...?」

 

「モウシワケゴザイマセン」

 

莉子の笑顔を見て春樹の背筋はぶるぶるっとなった

 

「あがったぞー」

 

「おう。じゃあ卓也」

 

「あぁ。先にいただくな」

 

「おう」

 

戻って来た純一と交代するように卓也がリビングを出た

 

「春樹。お前ん家の風呂広いな!」

 

「そうか?」

 

「足伸ばしても全然余裕な湯舟初めてだぞ」

 

「そうなのか」

 

「お風呂そんな広いんだ。楽しみ!」

 

「シャンプーとかはみぞれの借りるといいよ。じゃあ純一、風呂上がりで悪いが手伝ってくれ」

 

「まだなんかあんのか?」

 

「内緒」

 

春樹は純一を連れて再びキッチンに入った

 

「私達はどうしよっか」

 

「こんな時は恋バナでしょ!」

 

「えー」

 

「だって合宿の時は疲れすぎてすぐ寝ちゃったし。こんな話する機会なんてないだろうし」

 

「じゃあ莉子からね」

 

「え、私!?」

 

「どうせ後藤の話でしょー」

 

「じゃあみぞれ」

 

「まだこの二人の惚気話聞く気なの!?」

 

卓也が風呂で春樹と純一もいなくなったため女子のみで恋の話に花を咲かせる

 

一方キッチンでは...

 

「純一はひたすら生クリーム混ぜといてくれ」

 

「今度はなに作るんだ?」

 

「秘密」

 

「なんだそりゃ。まぁ春樹の作るもんでまずいなんてことはないだろうけど」

 

「それはありがたいお言葉だな」

 

純一に生クリームを入れたボウルを私自分は鍋に入れた牛乳に上白糖を入れて弱火で溶かしながら別のボウルに卵黄を入れる

 

「どれくらい混ぜればいいんだ?」

 

「6分立ちぐらいまで」

 

「専門用語は止めてくれ」

 

「まぁとりあえず混ぜてて」

 

上白糖が溶けきった牛乳を卵黄の入ったボウルに入れてよくかき混ぜる。そしてザルで濾しながら再び鍋に戻して中火でとろみがつくまで混ぜる

 

「春樹。風呂ありがとう」

 

「おう卓也」

 

「なにか手伝うことはあるか?」

 

「あとはほとんど冷やすだけだから大丈夫。リビングでゆっくりしておいてくれ」

 

「わかった」

 

春樹がふとリビングに目をやるとのぞみとみぞれがいなくなっている。風呂に入ったのだろう

 

「春樹どうだ?」

 

「いい感じ。じゃあこっちのやつと混ぜ合わせるぞ」

 

とろみのついたものを氷水で冷やしていたところに生クリームを加えバニラエッセンスも数滴垂らし軽く混ぜる

 

「そんでこれをバットに移して冷蔵庫で30分ぐらい冷やす」

 

「なんとなく作ってるのわかったわ」

 

「さすがにわかるか。あとは30分後に冷凍庫に入れるだけ。サンキューな純一」

 

「これくらいどってことねぇよ」

 

春樹と純一は後片付けをしてからリビングに戻った

 

「ねぇ春樹くん。今度はなに作ったの〜?」

 

「風呂上がりのお楽しみだぞりえ」

 

「え〜。気になる〜」

 

「悪いもんじゃないから安心しろ」

 

「それはわかってるけど」

 

「トランプとUNOあるぞ」

 

「やるやるー!」

 

布団も敷き終わってすることもないので春樹は引き出しからトランプとUNO、花札を取り出した

 

トランプ参加者:優子、夏紀、みる、りえ、卓也、梨子

 

「ちょっと誰よ!?♢9止めてんの!」

 

「言うわけないじゃん」

 

「アンタね!」

 

「どうだかね。はい♤3」

 

「んー。私パスしよっかな」

 

「♧5」

 

「あ、ありがとう後藤くん!♧4!」

 

UNO参加者:美代子、友恵、純一、慧菜、しのぶ

 

「ドロ2をくらえ!」

 

「じゃあ私も」

 

「私もー」

 

「えー!?」

 

「ドンマイ慧菜ちゃん。私が仇を討つね」

 

「ドロ2が3枚だと!?」

 

花札参加者:春樹、澄子

 

「じゃあ萩のカスを置くぞ」

 

(春樹には鹿と蝶が揃ってる。今の萩で猪を揃えられるとまた点差広がっちゃう)

 

「今だした萩のカスはもらうわね」

 

「ふっ。かかったな澄子。それはフェイクだ」

 

「なっ!」

 

春樹は場にある桜のカスを桜の短冊で取った

 

「赤短完成」

 

「やられた!」

 

「あー!みんな楽しそう!」

 

それぞれのゲームを始めてまだ1ゲーム目でのぞみとみぞれが風呂から戻った。意外と早かった

 

「じゃあ次はもうあがってる私としのぶちゃんがお風呂いただくね〜」

 

「それがいいかも」

 

「あいよ」

 

トランプで一番にあがったりえとUNOで一番にあがったしのぶが次に風呂に向かった

 

「ハル」

 

「はいよ」

 

いつものようにドライヤーを持ってきて春樹に渡した

 

「春樹!もう1勝負!」

 

「みぞれの髪乾かし終わってからな」

 

花札の勝者は春樹。赤短と種札の多さで勝利となった

 

「澄子ー。よかったら花札教えてくれない?」

 

「友恵。興味あるの?」

 

「親戚のおばちゃん達がやってるの見たことあって。やってみたいなとは思ってたから」

 

「そうなんだ。じゃあやってみよ!覚えたらすぐできるようになるよ!」

 

「よろしくー」

 

「みぞれ熱くないか?」

 

「大丈夫」

 

本日みぞれのドライヤー2度目の春樹。日頃からやっているおかげで手際はいい

 

「もう!後藤のせいで私ビリじゃない!」

 

「これも作戦だ。許せ吉川」

 

「おっしゃこれで最後だ!」

 

「負けた〜!」

 

トランプでは優子、UNOでは美代子の負けで決まったようだ

 

「次大富豪やりたい!」

 

「お、大富豪なら俺もやるぜ!」

 

「じゃあ次UNOやる人おいでー」

 

「はーい」

 

その後も交代で風呂に入りながらみんなでカードゲームを楽しんだ

 

「春樹。あんた強すぎない...?」

 

「ふふふ。まだまだよの〜友恵さん」

 

「その顔ムカつく〜!」

 

「はっはっは」

 

「ハル。次は私」

 

「いいだろう。今日はまだ2勝2敗だからな。最後は勝たせてもらうぞみぞれ!」

 

「私も負けない」

 

春樹とみぞれは澄子と友恵には全勝しているものの互いには互角の勝負。二人とも燃えている

 

「ダウト!」

 

「ホントにいいの?」

 

「今度こそ絶対大丈夫!ダウトダウト!!」

 

「残念でしたー」

 

「またー!?」

 

「はいスキップ」

 

「おい中川。何枚スキップ持ってるんだ」

 

「教えるわけないじゃーん」

 

みんな楽しんでいるようだ

 

「春樹お風呂ありがと」

 

「本当に広いね」

 

「お眼鏡にかなって光栄だよ。じゃあ最後に俺も入ってくる」

 

「はーい」

 

全員風呂に入り終わったので最後に春樹がリビングを出て脱衣所に入った

 

「賑やかな一日になったな」

 

「ハル」

 

「うぉっ!?みぞれか。びっくりした...」

 

「ごめん」

 

「いいよ。どうした?」

 

「2人きりになりたかった」

 

「そっか」

 

春樹はドアの前でもじもじしているみぞれを抱き寄せた

 

「俺もみぞれと2人きりになりたかったよ」

 

「ハルも?」

 

「そりゃそうさ。でもみぞれが1人になることがほとんどなかったから」

 

「ごめん」

 

「謝ることはないよ。みぞれは人気者だから」

 

「そんなこと」

 

「みぞれ雰囲気変わったもんな。あんなに人見知りだったのに」

 

「今でも会うのが初めての人は苦手」

 

「それは知ってる」

 

抱き寄せられたみぞれも春樹の背中に手をまわす

 

「みぞれ」

 

「なに?」

 

「キスだけしていいか?」

 

「うん」

 

みぞれが目を瞑る。春樹が顔を近づける。唇を合わせる。みぞれの抱き着く力が強まる

 

「あーヤバいヤバい。風呂入るわ」

 

「どうしたの?」

 

「これだけじゃ我慢できなくなる」

 

「別にいいよ?」

 

「ダーメ。みんないるんだし」

 

「むぅ...」

 

「そんなカワイイ顔しないで。ね?」

 

「わかった。我慢する」

 

「ありがと」

 

「じゃあ...もう一回だけ...」

 

「仰せのままに」

 

周りにみんながいてもお互いに近くにいたい、触れ合いたい衝動は持っている。それはどれだけ時間が経っても消えないものだろう

 

「じゃあ今度こそ風呂入るな」

 

「うん。戻ってる」

 

春樹はみぞれが脱衣所から出てから服を脱いで風呂に入った

 

みぞれがリビングに戻ると全員テレビの前に集まっていた

 

「あ、みぞれ~」

 

「これなにかわかる?」

 

夏紀がみぞれに見せたのは「①」とだけ書かれたDVDだった

 

「これ、ハルが初めて楽器を触ったときの映像」

 

「なにそれめっちゃ気になる!流しちゃダメかな...?」

 

「大丈夫だと思う」

 

「本当!?」

 

「じゃあみぞれの許可も得たことだし、上映会と行きましょー!」

 

本人の了承もなしにDVDをデッキに入れて再生した

 

「うわ!春樹小っちゃー!」

 

「何歳ぐらいなんだろ」

 

「確か小学2年生のとき」

 

「へー。そんなころから」

 

「でも春樹くん持ってるのトランペットだね」

 

「そういえば春樹くん、いつだかトランペット吹いてたことなかった?」

 

「あー。確か高坂がねだったんじゃなかったか?」

 

「そんなことあったの?初耳なんですけど」

 

「あん時吉川先生に呼ばれてたからな。あいつラッパもめっちゃ上手かったぞ」

 

「うへー。みぞれさ、春樹の弱点とか知らないの?」

 

「お前はなんてこと聞いてんだ調」

 

風呂に入っていたはずの春樹がもうあがっていた

 

「は、早かったね...」

 

「さすがにシャワーで済ましたよ。それより調。俺の弱点とはどういうことだ?」

 

「い、いやー...あはは...」

 

「まったく。勝手に人の過去を見やがって」

 

「みぞれがいいって」

 

「ならよし」

 

「アンタって...」

 

春樹の手のひら返しっぷりに優子は頭を抱える

 

「ねぇ春樹くん。最初はトランペットだったんだね」

 

「親に連れられて行った教室だったし。なんで最初にラッパ手に取ったのかは覚えてねーや」

 

「いつオーボエ吹くようになったの?」

 

「この後出てくると思うけど小4ぐらいだったと思う」

 

「すごいね。なんでオーボエだったの?」

 

「音出すのも難しいって聞いたから。それに親から煽られた」

 

「どういうこと?」

 

「オーボエの音が出せないなんて春樹もまだまだね、って母親に言われた。それでムカついてめっちゃ頑張った」

 

「動機がそれってどうなんだよ...」

 

「いいんだよ別に」

 

春樹の言うように小学4年生でオーボエを握る映像が流れた。それまではいろんな楽器を触っては止めて触っては止めてを繰り返していた

 

「あれ?この子どっかで...」

 

「そいつは麗奈だ」

 

「えー!?」

 

①のディスクが終わって②をつけると小学6年生になった春樹を睨みつけている女の子が映っていた。それが北宇治の次期エースであろう高坂麗奈だった

 

「確かに。もう面影あるわ」

 

「なんで睨まれてんの?」

 

「スクールで俺の方が多くシールもらってたからかなー」

 

「シール?」

 

「演奏が上手い子に先生がシールくれてたんだよ。麗奈も相当貰ってたんだけどな」

 

「春樹の方が多かったから悔しい、と」

 

「多分な」

 

「なるほどね~。そんな昔からの仲なのね」

 

「まぁな。中学は別になっちゃったけどコンクールでよく顔合わせてた」

 

「あーあの子」

 

「忘れてたんかいみぞれ」

 

「ごめん」

 

みぞれと春樹は同じ中学。ならば絶対に会ってるはずだがみぞれの記憶にはなかったらしい

 

「あ、そだ」

 

「ハル?」

 

春樹はおもむろに立ち上がりキッチンから先程冷凍庫で冷やしていたものを取り出し小皿に分けた

 

「あぶねー。せっかく作ったのに忘れるとこだった」

 

「おいおい冗談はやめてくれよ」

 

「悪いな純一。さぁみんな。デザートをお食べ」

 

「アイス!!」

 

春樹が純一の手を借りながら作ったものは女子なら嫌いな者はいないであろうバニラアイスだった

 

「春樹くんいつの間に作ったの?」

 

「しのぶ達が風呂に入ってる間にな」

 

「すごいね」

 

「もっと時間があったらもう少しマシなもの出せたんだけどな」

 

「十分だよ。ありがとね」

 

デザートと言ってもそこまで量もないため全員ペロッと食べてしまった

 

「あーん。もうなくなっちゃった~」

 

「わがまま言わないのみる」

 

「は~い」

 

「時間も時間だしな。女子は結構気になるだろ?」

 

「それはまぁ...ね」

 

春樹に指摘されて自分のお腹を気にするみる

 

「あ、中学生の春樹くん」

 

「これ文化祭?」

 

「みぞれとのぞみもいる!」

 

「懐かしい!!ね、みぞれ!」

 

「うん」

 

「ここまで映像で残してくれる人いないよね」

 

「こういうイベント事には絶対に来る両親だから。特にみぞれにベタ惚れ」

 

「確かに。体育祭とかすごかったよね」

 

「応援は嬉しかったけど、少し恥ずかしかった...」

 

『頑張れー!!!』

 

『みぞれちゃーん!!かわいいわよー!!』

 

タイミング良く体育祭でみぞれを応援する春樹の両親の声が流れた

 

「さっきからみぞれちゃんしか出てこない...」

 

「これでまさかオレの家族が撮った映像なんてとても思えんな...」

 

「...」

 

春樹の両親の熱狂ぶりがみぞれには絶えられないのか珍しく春樹以外の前でも顔を赤くしている

 

「みんなそろそろ寝ないと」

 

「わっ!ホントだ!もうこんな時間」

 

「えー。まだいいんじゃない?」

 

「明日も朝練あるんだから」

 

「悪いが起こすから覚悟しろよ貴様ら」

 

「ちなみに、何時くらい...?」

 

「うーん。いつもの時間だと5時半とかじゃないか?」

 

「うぇっ!!?」

 

「みぞれなんかもっと早いぞ?」

 

「マジで...!?」

 

さすがに春樹やみぞれほど早起きをしている人はいないらしく、特にみると純一は絶望の顔をしている

 

「じゃあ女子はここを使ってくれ。卓也と純一は和室だ。布団はさっき敷いといたから」

 

「わかった」

 

「あいよ」

 

「みぞれはどうする?」

 

「私は」

 

「みぞれは私達とここで寝るんでしょ?」

 

「...」

 

のぞみがさも当然のように言うがみぞれは不安がっている

 

「悪いなのぞみ。最後くらいオレに譲ってくれ」

 

「ハル...」

 

「いいだろ?」

 

「うん。私もハルと一緒がいい」

 

「かぁ〜ダメかー」

 

「お熱いことで」

 

「くれぐれもみぞれに変なことするんじゃないわよ?」

 

「余計なお世話だわ。じゃあ全員布団に入れー」

 

気づけばもう22:00になろうとしていた。良いこは寝る時間なので全員を布団に入らせる

 

「じゃあ消すぞ。別に起きてても構わんが明日寝坊しても知らんからな。じゃあおやすみ」

 

「春樹」

 

「ん?」

 

電気を消した後春樹を呼び止めたのは優子だった

 

「今日は本当にありがとね」

 

「おう。今度は全国金賞の祝賀会をここでまたやろうぜ」

 

「えぇ」

 

「みぞれおやすみー」

 

「おやすみ」

 

「滝野と後藤も明日ちゃんと起きてよね」

 

「言われるまでもない」

 

「むしろお前らの方が心配だっての」

 

春樹とみぞれ、卓也と純一はリビングから出てその扉をそっと閉めた

 

「じゃあ二人ともおやすみ」

 

「あぁ」

 

「今日はマジでサンキューな。最高の思い出になった」

 

「ならよかったよ。だが最高の思い出は全国で更新しようぜ」

 

「そうだな!」

 

卓也と純一は和室へ。春樹とみぞれは階段を上がり春樹の部屋に入りそのままベッドに入った

 

「ふぁ〜。さすがに疲れたな」

 

「お疲れ様ハル」

 

「ありがと」

 

「今日、すごく楽しかった」

 

「そうだな。部活が忙しくてなんだかんだみんなで出かけるなんてことなかったもんな」

 

「うん。私、みんなと出会えてよかったと思う」

 

「それはオレもだ。このメンバーでホントによかった。だからこそ、次絶対金を獲る」

 

「うん」

 

「それに、全国の人達に一皮剥けたみぞれの音を聴いてほしい」

 

「ハル...」

 

みぞれはいつものように春樹に抱きつきながら春樹の顔を見上げた

 

「私も、いろんな人にハルの音を聴いてほしい」

 

「なら、明日からまた。二人でいい音、奏ようぜ」

 

「うん」

 

二人は新たな誓いを胸にしながらお互いに抱き合いながら眠りについた

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アンサンブルコンテスト 1


お久しぶりでございます。

続きがまだなんですけど先にアンサンブルコンテストを書いてしまったのでよろしくお願いします。


 

 

〜side 久美子〜

 

こんにちは。黄前久美子です。優子先輩達3年生が引退されて新部長を任されてしまいました

 

正直、とても不安です。でも任された以上は一生懸命頑張ります!

 

〜side 久美子〜 終了

 

「久美子〜」

 

「あれ?葉月ちゃんどうしたの?」

 

「どうしたのって。もう始まるよ〜」

 

「え...えっ!?もうこんな時間!?」

 

部活のミーティング前に心を落ち着かせる意味も含めて少し楽器を吹いていた久美子は葉月に呼ばれてもうミーティングの時間が迫ってることにようやく気がつき急いで荷物を持って教室を飛び出した

 

「なにしてたの?」

 

「ちょっと吹いてた」

 

「しっかりしてよ。()()()

 

「すみません...」

 

音楽室前で待っていた麗奈に小言を言われすぐさま謝る久美子。教室にはすでに部員全員が集まっていた

 

「はいちゅーもく」

 

前に出た久美子が呼びかけると話し声がぴたりと止み全員が正面を向いて久美子に注目する

 

「えー...」

 

部員全員の視線が一気に久美子に集まる。新部長になったとは言えまだこの状況に慣れなていない久美子は次の言葉が出るまで少し詰まってしまう

 

「久美子?」

 

「あ、うん。では部内ミーティングを始めます」

 

麗奈に声をかけられようやく次に始めることができた久美子は前部員を見渡す

 

「まずは前に配ったプリントを見てください。今日の議題は“アンコン”についてです」

 

アンコン。正式名称<アンサンブルコンテスト>。全国吹奏楽コンクールと同様各都道府県から代表の座を競い合う競技会である

 

「文化祭も終わったので今日はこのアンコンについて話しになります。じゃあまずはドラムメジャーから」

 

久美子はドラムメジャーを継いだ麗奈とアインタクトを取りそれを受け取った麗奈が久美子の隣に歩み寄って全員に向かって説明を始める

 

「今回私達が参加するアンサンブルコンテストは吹奏楽コンクールと同じく中学、高校、大学、一般の部があります。府大会から全国へと勝ち進むシステムも一緒です」

 

麗奈の説明に合わせて副部長の任を任された秀一が黒板に書き出す

 

「ただ、明確に違う点は"少人数制"というところにあります。人数は3〜8人、そして五分以内の演奏と決まっています。そして開催は12月末となります。さらに出場できるのは1校につき一編成までです」

 

アンコンの説明を終えた麗奈は1歩下がり久美子と交代した

 

「通常は各学校推薦された人達が代表となり出場しますが、滝先生と相談したところ全員が関わった方がいい、という話になりました」

 

「全員が関わる?」

 

「それってどういうことですか?」

 

久美子の説明に疑問の声が上がる

 

「各自規定に沿って部内で編成を自由に組んでもらい12月初旬に演奏会兼オーディションを行います!そして!」

 

上がった疑問に答えた久美子は力強く黒板を叩いた

 

「府大会に出場する代表を決めることとします!」

 

『えー!!!』

 

音楽室に驚きの声が上がった

 

「パクリかよ...」

 

久美子の振る舞いにボソッとこぼす秀一。まだ部の代表として慣れない久美子は先代部長を真似てみたもののやはりしっくりこない

 

 

 

「あ〜から回った〜」

 

「形から入ろうとするからでしょ」

 

「う〜ん、ていうか緊張した」

 

「まだミーティングの度に緊張してんのかよ」

 

「ん〜話してる間は普通なんだけどね。でも終わった途端どっと疲れが...」

 

ミーディングを終え部長、副部長、ドラムメジャーの3人は職員室へ向かっていた

 

「ま、慣れるしかないな」

 

「なんか偉そう」

 

「ホント。副部長に言われなくてもわかってるし」

 

「へいへい」

 

慰めたつもりが返って責められる形になってしまった秀一だったがいつものことだと軽く受け流す

 

「でもアンコン、結構タイトだよな」

 

「そうなんだよね〜」

 

「で?久美子は誰かと組む予定?」

 

「いやまだ全然。でも私は多分あぶれた子のフォローに入る感じかな〜」

 

「...。そう」

 

「麗奈は?」

 

「特には」

 

「そっか」

 

いつにも増してそっけない麗奈に久美子は慣れっこなのかうまく合わせている

 

「ただ」

 

「ん?」

 

「なあなあで済ますような子はいや」

 

「おー、さすが」

 

「らしいな」

 

いつもながら麗奈の演奏に対する本気度が久美子と秀一はひしひしと感じた

 

「でも先輩達参加しないのはラッキーだったよな」

 

「どういう意味?」

 

「いやだってよ。こんなん絶対春樹先輩と鎧塚先輩の圧勝だろ」

 

「あー」

 

「...」

 

秀一の発言にすぐ納得してしまう久美子と特にリアクションがなかった麗奈

 

「あの2人絶対一緒だろ?」

 

「だろうね」

 

「あのペアに勝つなんて想像できないわ」

 

「確かに...」

 

「負けないし...」

 

「え...?」

 

「春樹先輩にも鎧塚先輩にも絶対負けない...」

 

久美子は知っていた。麗奈は普段おとなしくてクールな感じが出ているがその中身は人一倍負けず嫌いだったということを

 

「失礼します。滝先生」

 

「あ、黄前さん。高坂さんに塚本くんも、呼び出してすみません」

 

「ッ!」

 

職員室に入り顧問である滝先生を尋ねるとその寝癖で跳ねているだらしのない髪型を見て麗奈が密かにトキめいた

 

「先生いつもと雰囲気が...」

 

「ああ、もしかしたら寝坊したからかもしれませんね。最近寒いのでつい」

 

「ですよね〜。私も全然布団から出れなくて。あははは...」

 

「黄前さんもですか」

 

「はい」

 

「...」

 

(見るな見るな見るな見るな見るな...)

 

滝先生と笑い合う久美子を穴が空くかのごとく凝視している麗奈。話しながらもそんな麗奈に気づいた久美子は制服の下で冷や汗が止まらなかった

 

「そ、それでお話というのは」

 

「はい。校内オーディションについて相談がありまして」

 

「相談?」

 

「はい。今回は私や松本先生ではなくみなさんの投票で決めたいと思いまして」

 

「え、そうなんですか...?」

 

「はい」

 

いつものコンクールメンバー選考のように先生方が評価しないと口にする滝先生に対して静かに驚く麗奈

 

「客観的に他人(ひと)の演奏を評価するのもとても大事なことなのでいい機会だと思っています。ただその際に3年生にも投票してもらうかどうか迷ってまして」

 

「3年生ですか。まあ演奏会でもあるし、見に来る先輩はいるだろうし。なら俺はしてもらっていいと思います。当事者じゃない分客観的に見られると思いますし」

 

「私は反対です」

 

「ほう」

 

滝先生の提案に賛成する秀一に対して麗奈は反対の意を示す

 

「演奏メンバーだけの投票にした方が結果に納得できると思います」

 

「なるほど。副部長とドラムメジャーはこう考えているようですが、部長はどう思いますか?」

 

「うぇっ!?あ、え、う〜ん...」

 

秀一と麗奈が対立の形になってしまい頭を悩ましていた久美子は滝先生の質問に素早く反応することができず頭をフル回転させて答えを考え出す

 

「じゃあえっと、投票を2つに分けるといいんじゃないですかね。現役生だけの投票と3年生を含めたお客さんで来てくれた人の一般投票とか」

 

「ふむ」

 

「いいかもな」

 

「え...」

 

「そうですね」

 

自信なんてこれっぽっちもなかった口から出ただけの回答がなにやら納得されてしまい逆に困惑する久美子

 

「しかしそうなると結果割れの可能性がありますね」

 

「ですよね...」

 

「その時は高坂の言う通り現役生の投票結果を優先すればいいと思います」

 

「なるほど。高坂さんはどうですか?」

 

「私もそれなら構いません。ですが...」

 

「まだ何か?」

 

最終決定権は現役生の投票と言うなら先ほど麗奈が言ったような後腐れはないように思えるが麗奈は答えを言い淀んだ

 

「さっきは現役生が自分達で決めたことなら納得ができると言いましたが」

 

「はい」

 

「その、春樹先輩と鎧塚先輩、音大に行かれるお2人の判断なら誰からも文句は出ないのかなって思いました...」

 

「確かに。一理あるかもしれませんね」

 

「麗奈...」

 

さっきまではあの2人には負けないぞ宣言をしていたのにここで2人に審査を任せるほど麗奈は春樹とみぞれの実力を買っているのだと思った久美子

 

「俺もそれには同意です。春樹先輩も鎧塚先輩もぶっちゃけ俺らとは格が違います。そんな人達に評価してもらえるなら納得できるし、選ばれた人達は自信になると思います」

 

「塚本くんの言う通りあの2人は顧問の私から見ても技術レベルは頭1つも2つも抜きん出ています」

 

「...」

 

滝先生が春樹とみぞれを褒めるよな言葉を出すと麗奈は悔しいのか拳を握りしめる

 

「ただ彼らの存在は部の中でも大きい。おそらくですが彼らを慕う生徒も多いでしょう」

 

「それはもちろん。多分全員が尊敬しています」

 

「だからこそ彼らを目の前に緊張で本来の力を発揮できずに演奏を終えてしまう子は、そこから立ち直るのも大変でしょう」

 

「それは...」

 

「ま、全国を経験した今のみなさんにそんなことはないと思いますが」

 

滝先生は笑顔で、しかし真っ直ぐと久美子を見つめた。それを久美子は言葉通り優しくは受け取れなかった。むしろそんなことで緊張して力が出せない生徒なんていませんよね、そう言われているような気がした

 

「わかりました。とりあえずは部内と一般、それぞれ分けて投票する方向で進めましょう。堺くんと鎧塚さんに関しては今回は他の3年生と同じように一般の投票に参加してもらいましょう」

 

「えっ!こんな簡単に決めちゃっていいんですか!?」

 

「はい。少なくとも私はよいと感じましたよ。多くの部員に配慮した優れた案だと思います」

 

「わ、わかりました...」

 

まさか自分の出した提案がそのまま通ってしまうとはついぞ思っていなかった久美子。驚き呆然としたまま職員室を出て自分の教室まで戻った間の会話の記憶がなかった

 

 

 

 

「決まってしまった...」

 

パート練の教室に戻った久美子は改めて滝先生との会話を思い出しながらも決まってしまったことはしょうがないと次に起こりうる問題に手をつけようとしていた

 

「やっぱり不満は出るよね〜...しっかり前もって説明をすれば...」

 

「なにが出るんですか?」

 

久美子がどうしたもんかと悩んでいるところへ奏が声をかけた

 

「ううん、なんでもないよ」

 

「そうですか」

 

「部長〜いますか〜?」

 

そこへ1年生でありながら春樹やみぞれから今後を託されたオーボエ担当の梨々花が久美子を訪ねてきた

 

「あ、メンバーの報告に来ました〜」

 

「えっ、もう決まったの!?」

 

「はい。これお願いします」

 

「うわ〜派手だね」

 

梨々花から受け取ったのは派手派手にデコレーションされた一枚の紙。そこには梨々花が集めたアンコンで一緒に参加するメンバーの名前が書かれていた

 

「あれ?奏ちゃんとは組まなかったの?」

 

「私は組みたかったんですよ〜?でも奏が金管やひたひって(やりたいって)...」

 

「騙されてはいけませんからね。この子が木管五重奏やるって言ったんですからね」

 

「え〜奏が先だって」

 

お互いにお互いの頬を指で突き合って自分のせいではないと主張する

 

「それじゃあ奏ちゃんは?」

 

「ホルンをこの子に取られて」

 

「あ〜」

 

「だって木管五重奏にはホルンが必要なんだもん。可愛い私で申し訳ない」

 

「無視してくださいね」

 

「もう、強がっちゃって〜」

 

「というか可愛さ関係ありませんし」

 

奏は梨々花に狙っていたホルンの子を取られたからなのかそうでないのか梨々花を無視する。しかしそんなこといつものこととでも言うように梨々花も笑って受け入れている

 

「はあ〜...みんなどんどん決まってくな〜」

 

「楽器に限りがありますからやりたいものがあったら急いだ方がいいですよ」

 

梨々花の報告を遠目に聞いていた葉月が1人でぼやくと美玲が軽く注意を呼びかける

 

「そうだよね。みっちゃんは誰かに誘われたりしたの?」

 

「ノーコメントで」

 

「それってイエスだよね...」

 

「え〜っ!?みっちゃん私とバリチュー四重奏やるって言ったのに!」

 

「誘われてないけど...」

 

「以心伝心!」

 

「いや無理でしょ!」

 

何気なく聞いた葉月の質問へ返答した美玲にさつきが物申す

 

「部長」

 

「はーい」

 

「これお願いします」

 

「あ、はいはーい」

 

「続々と」

 

また新たにメンバー報告をしに久美子の元へホルン担当の1年生、屋敷さなえがやってきた

 

「ホルン三重奏か」

 

「えっ!?」

 

「はい。ライヒャの"6つのトリオ"をやろうと思って」

 

「なるほど」

 

梨々花の時と同じようにただ報告を受ける久美子であっったが隣で聞いていた奏にしてみればメンバーに入れたいホルンの枠がまた減ってしまったことに肩を落としそうになっていた

 

「部長はやっぱり高坂先輩とですか?」

 

「え?いや、まだ決まってないけど...どうして?」

 

「え、あ、そうなんですね...さっき高坂先輩がうちのパートリーダー誘ってたのでてっきり...」

 

「へぇ〜そうなんだ」

 

「えっと...すみません、それじゃあ失礼します!」

 

自分の言った発言で少し気まずくなったと思ったさなえは耐えきれず急いでその場を去った

 

「先輩、もしかしてちょっと寂しかったりします?」

 

「麗奈だっていろいろあるでしょ」

 

「ふ〜ん」

 

「なにー?」

 

「別に〜なんでもないですよ〜」

 

奏のなんとも含みのある生返事に久美子は疑問が募った

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アンサンブルコンテスト 2

 

 

こうしてアンサンブルコンテストに向け吹奏楽部は動き出した

 

「なあ、俺と一緒にやろうぜ!」

 

「おう!いいぜ!」

 

 

 

 

「ねえ、私と組まない?」

 

「ごめん!もうメンバー組む人決まっちゃってるの!」

 

「え〜...」

 

「本当にごめん!」

 

 

 

 

 

 

 

「この子は私がもらうの!」

 

「なに言ってるの!私よ!」

 

「ちょっ先輩方〜」

 

「まあまあ落ち着いて...」

 

 

 

 

 

 

 

コンテストまで2ヶ月弱あるものの代表を決める演奏会は12月頭。チーム決め、楽曲決め、練習を考えると実はかなりタイトあスケジュールになる

 

「よしっ!」

 

楽器準備室のボードに現在決まっているメンバーとそのメンバーの名前を線で消している部員名簿を張り出す

 

「はぁ〜」

 

メンバーの取り合いの仲介や相談、部長としての仕事をこなさなければならないものの自分の練習もしなければならない久美子。ため息をつきながらもいつもの個人練習場所にきた

 

「部長の仕事に自分の練習...今はまだいいけどな〜...はあ...コンクールの時期が来たらと思うと不安で仕方ない」

 

「泣い、てるの?」

 

「んっ?」

 

突然久美子の耳に女の声が入る。しかし辺りを見渡してみても自分以外誰もいない

 

「違、うの?」

 

「ひゃっ!?うっ...」

 

また。恐る恐る声のする方に目を向けると...少し開いた窓の隙間からこちらを覗き込む目がっ!

 

「うわあっ!?」

 

「驚かないで...私」

 

「えっ...あれ?鎧塚、先輩?」

 

「当たり。んっ!」

 

窓の隙間から覗き込んでいたのはみぞれで窓を開けようとしたのだが窓の立て付けが悪いのか全然動かなかった

 

 

「お待たせみぞれ。ん?これはこれは黄前新部長じゃん」

 

「ど、どうも」

 

「...」

 

「ん?どうしたみぞれ?」

 

久美子を呼びながら自分ではびくともしなかった窓を簡単に開けた張本人を頬を膨らませて見つめるみぞれの視線に気づいた春樹。するとみぞれは春樹の腰あたりを軽くポンっと叩いた

 

「ど、どした?」

 

「なんでもない...」

 

「んー?まあいいや。とりあえずこれな」

 

「ん。ありがと」

 

「よかったら新部長もどうぞ」

 

「あ、ありがとうございます。でもその新部長って呼ぶのやめてください」

 

「え?ダメ?」

 

「なんかバカにされてる気がします」

 

「失敬だな。まあいいけど」

 

春樹はみぞれと久美子に買ってきた飲み物を渡した

 

「やっぱり泣いてた?」

 

「久美子泣いてたのか?」

 

「えっ?いえ全然」

 

「ん?どいうこと?」

 

「なんでそう思ったんですか?鎧塚先輩」

 

「なんとなく」

 

「そうですか」

 

「んー?」

 

どうも話が見えない春樹は首を傾げる

 

「先輩方はここで練習を?」

 

「ああ。先生が空き教室用意してくれたからな。大抵はここで練習してる」

 

「お2人共音大受験ですもんね」

 

「うん」

 

窓の正面にある教室には2本のオーボエと2セットの楽譜などが置かれていた

 

「あ、梨々花ちゃんパートリーダー頑張ってますよ」

 

「なら、よかった」

 

「俺達のパートには久美子の代が入らなかったからな。ああ見えてしっかりしてる梨々花なら大丈夫だと思うが気にかけてやってくれ」

 

「もちろんです」

 

自分達も久美子を部長に推した2人は改めて安心感を覚え揃って笑顔になる

 

「滝先生から聞いたよ。アンコンの方は順調か?」

 

「まあ今のところは。部員の取り合いしてるところに仲介として入るぐらいなので」

 

「そう、なんだ」

 

「もし春樹先輩と鎧塚先輩が参加してたらいろんな人から引くて数多だったと思いますよ」

 

「かもな」

 

「否定されないところがすごいなって思っちゃいます...」

 

「ハルと一緒なら、なんでもいい」

 

「そだな」

 

いつもの惚気た空間が始まりそうな予感がした久美子は即座に自分の練習に戻ろうとする

 

「あ、久美子」

 

「ッ!は、はい」

 

「よかったらセッションするか?」

 

「えっ?」

 

「ここで会ったのも、何かの縁」

 

「いやついこの前まで同じ部員だったんじゃ...」

 

「俺達もたまには違う音を混ぜたいなって思ってたんだ。まあ久美子さえ良ければだが」

 

「わ、私なんかがお2人に混ざるなんて...」

 

「気にしなくて、いい」

 

「これも練習だと思えばいい」

 

「じゃ、じゃあ...」

 

こうして急に始まった3人によるセッション。しかし終わってからその実力の差に心が折れかけそうになった久美子。ただ戻る前に春樹とみぞれからもらった"久美子(黄前さん)はちゃんと上手い"という言葉が逆に今後のやる気に繋がった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ数日でどんどん埋まってくな〜」

 

アンコン出場を決める演奏会があると発表してから数日で結構な数のグループが久美子の元へ届いていた

 

「部長」

 

「...」

 

「ん?久美子先輩」

 

「あっ」

 

「どうしたんですか?」

 

「ううん、大丈夫。ごめんね」

 

張り出したグループと名簿の中でまだ線を引かれていない自分の名前を見ながらぼーっとしてるとさつきの呼びかけに気が付かなかった久美子

 

「ならいいです。これお願いします」

 

「あー!決まったんだね!」

 

「そうなんです!トロンボーンの子に一緒にやらないかって言われて!」

 

「そっか〜よかった。奏ちゃんとみっちゃんも決まったし」

 

「はい!」

 

「確か金管七重奏だっけ。なんの曲やるんだろ」

 

「確か"ティー・タイム"って言ってました。このグループはエリートですね。コンクールメンバーが多いので演奏が楽しみです」

 

「さっちゃん達はなにやるの?」

 

「私達は"高貴なる葡萄酒を讃えて"です!」

 

「あれ確か10人でやる曲だよね」

 

「はい!アレンジしてやれば絶対吹けない曲ではないですし、簡単なのにすると気持ち的にサボっちゃう気がして。えへへ」

 

「ッ!」

 

敢えて難しい曲にして高みを目指す姿勢とさつきの無邪気な笑顔にやられた久美子はさつきの頭に手を乗せた

 

「いい子!」

 

「えっ。そ、そうですか〜?」

 

「うん、いいと思う」

 

さつきの頭を撫でつつ奏や美玲達が所属するグループを見ても嫉妬などせず長所なのか短所なのか、なにか言葉をかけるべきか悩む久美子。こんなちょっとしたことでも部長としてなにが正しいか考えてしまう、なにか凝り固まっていく感覚が恐ろしくもある、まだ未熟だと自分に言い聞かせるのが精一杯だった

 

「まだまだだな...先輩達ってやっぱりすごかったんだな〜」

 

戸締まりなどを済ませた久美子は靴を履き替え校舎の外へ。そこには麗奈に葉月、みどりといつものメンバーが待っていた

 

「お疲れ様です!」

 

「お疲れ〜!」

 

「遅くなってごめんね〜」

 

「いいよ。部長の仕事でしょ?」

 

「そうですよ。そこで謝るのは違うと思うのです」

 

「ほう?」

 

「はい。ではこういう時はなんと言うのですか?黄前さん!」

 

「はい!川島先生!」

 

「なんか始まった」

 

「ありがとうございました!です!」

 

「どういたしまして」

 

ちょっとした茶番を終えてようやく帰路につく4人

 

「久美子ちゃんは部長さんなんですから謝りどころはちゃんとしとかないととみどりは思うのです」

 

「なるほど、そんなもんか〜」

 

「部長がナメられると部の士気にも影響が出るってことね」

 

「ん〜奥が深い」

 

「やっぱ大変?部長は」

 

「ん〜...考えることが多いかな」

 

「なにかあったらちゃんと頼ってよね。そのためのドラムメジャーと副部長なんだから。去年優子先輩に中川先輩と春樹先輩がいたみたいにね」

 

「そうですよ。私達もいますし!」

 

「そうそう!どーんとなんでも言ってよ!」

 

「みんなありがと。じゃあ遠慮なく肉まん奢ってもらうね」

 

「オーケーそうじゃない」

 

「あははは!」

 

冗談を交えつつも去年や一昨年のことを思い出し自分1人で抱え込むのは良くないと改めて思った久美子だった

 

「そういえばチューバの鈴木さん、もうどこ入るか決まったんだよね?」

 

「みっちゃんですね」

 

「うん。奏ちゃん達と同じところ」

 

「あ、そうなんだ」

 

「うん」

 

「さすが久石さん」

 

「抜け目ないよね〜」

 

麗奈が他のパートの子を話題に出すということは勧誘の件なのかと察した久美子

 

「そういえば麗奈も勧誘やってるんだっけ?ホルンの子から聞いたけど」

 

「うん」

 

「...。そっか〜」

 

「なに?」

 

「ううん、なんでもない」

 

急に目を合わせなくなった久美子になにか疑問を感じつつもそれ以上聞き返さなかった麗奈

 

「はあ〜。私のチュパカブラ、だいぶメッキ剥がれてきたんだよね」

 

「あれメッキじゃなくてラッカーだけどね」

 

「そうなの?まあ意味はわかるし」

 

「ニジマスをトラウトサーモンって呼ぶようなものでしょ?」

 

「えっ!?トラウトサーモンってシャケじゃないんですか!?」

 

「ニジマスは川魚だけどトラウトは海で繁殖するためにニジマスを品種改良したもの」

 

「「「おー!」」」

 

「麗奈ちゃんお魚博士なんですね!」

 

「父が魚好きだからその受け売り」

 

麗奈の新たな発見をしたところで電車が到着した

 

「んじゃ!私買い物あるから今日はあっち」

 

「うん。またね〜」

 

「さよなら」

 

「また明日」

 

いつもは3人のところ今日は久美子と麗奈の2人だけで電車に乗り隣同士で空いてる席に座った

 

「麗奈のお父さん魚好きだったんだね」

 

「うん」

 

「何気に知らないことあるよね」

 

「そりゃ。久美子のお父さんのことだって私全然知らないもの」

 

「まあわざわざそんな話しないもん」

 

「それは確かに」

 

日常会話で自分の父親の話をすることなんて滅多にないシチュだろう

 

「そうだ久美子。アンコン...一緒にやらない?」

 

「えっ」

 

「管打八重奏やろうと思ってて。実はさっき加藤さんも誘った」

 

「...」

 

「なに、その顔」

 

久美子はじーっと麗奈を睨んでいた。その視線に気づいた麗奈は久美子を見返す

 

「だって〜思ってたタイミングと違う。なんかムカつく」

 

「なにそれ」

 

今度は頬を膨らませて怒っている仕草を見せる久美子

 

「嫌なの?」

 

「ん〜どうしようっかな〜」

 

「別に嫌ならいいけど」

 

「えっ!ウソ!やりたい!やらせてください!」

 

「え〜どうしようかな〜」

 

「もう〜麗奈〜」

 

自分がやられたことをそっくり返した麗奈がこの場の勝者となり見事麗奈と同じグループに久美子が参加することが決まった

 

「そういえば今日春樹先輩と鎧塚先輩と会ったよ」

 

「ふ〜ん。アドバイスでももらった?」

 

「アドバイスなのかな〜。でもちょっとしたことはもらったと思う」

 

「なにそれ?」

 

「それよりも一緒にした演奏の方が衝撃的すぎてさ〜...」

 

「ちょっと待って。今なんて言ったの?」

 

「ん〜?一緒に演奏...おわっ!」

 

聞き返されたのでもう一度話そうと麗奈の顔を見た久美子は目を見開いて自分の顔を見ている麗奈に驚いた

 

「な、なに...?

 

「したの...?春樹先輩と鎧塚先輩と...」

 

「な、なにを...?」

 

「演奏...」

 

「う、うん...」

 

「...」

 

「麗奈...?」

 

「...。久美子なんて知らない」

 

「えーっ!?なんで!?」

 

その後なぜか麗奈はは電車を降りるまで久美子と口をきかなかった。久美子はそれにずっと困惑したままだった

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アンサンブルコンテスト 3

 

 

それから時が過ぎるのは意外に早く部員は各々メンバーを集め続々とチームが出来上がっていった

 

「また音が増えたか」

 

「うん」

 

いつも通り放課後練習を重ねていた春樹とみぞれはアンコンに向けた演奏数がまた増えたのにいち早く気がついた

 

「盛り上がってるみたいだな」

 

「そうだね」

 

窓の隙間から入ってくる少し肌寒くなり出してきて風と共に聴こえる新しい音に2人は耳を傾ける

 

「ハルも、やりたい?」

 

「そう見えるか?」

 

「ううん」

 

自分で聞いては見たものの春樹と同様一切そう思っていなかったみぞれは軽く首を横に振る

 

「俺は全国でやりきった。後はこれからもみぞれと一緒にいる。今考えることはそれだけだよ」

 

「...」

 

窓枠に手をかけ晴れた空を見上げながら言った春樹の言葉が相当嬉しかったのか、みぞれは手に持っていたオーボエを椅子に置いて後ろから春樹に抱きついた

 

「うん...私も」

 

みぞれも思うことは春樹と同じ。これからも一緒にいたい。そんな気持ちが溢れんばかりに春樹のことをぎゅっと力強く抱きしめた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麗奈を筆頭に久美子も参加が決まったチームも最後のメンバーの勧誘が成功しようやくが全員が揃った

 

「なんかかしこまって挨拶するのもあれだけど、トロンボーン担当の塚本秀一です」

 

「チッ...」

 

「舌打ちしたのかお前...」

 

「はぁ...」

 

「しかもため息。なんて顔すんだよ...」

 

久美子は一切聞かされていなかった秀一のメンバー入りにとてつもない感情を抱いていた。もちろん悪い方の

 

「言ってなかったっけ?優良物件でしょ」

 

「そう〜?」

 

「おい...」

 

納得のいかない久美子は麗奈を睨みつけるが本人は参加に賛同的。ただやっぱり納得できないようす

 

「ト、トランペット担当の小日向夢です!私だけ1年で恐縮です...」

 

「大丈夫大丈夫、全然気にすことないよ!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「うん!パーカスの井上順菜です。よろしくお願いします」

 

メンバーで唯一の1年生で緊張で体を強張らせている夢に対して順菜がフォローを入れる

 

「同じく2年、パーカスの釜谷つばめです。よろしく」

 

「チューバ担当加藤葉月です!頑張ります!」

 

「ホルン、森本美千代です。実は幹部に囲まれて私も緊張してます...」

 

「えっ、同学年だよ?」

 

「いや、そうだけどさ〜」

 

「気持ちはわかる」

 

「でしょ?」

 

「え〜」

 

確かに集まったのは部長の久美子、副部長の秀一、ドラムメジャーの麗奈と幹部が勢揃いで同じ2年だとしても緊張してしまっていると言う美千代とそれに同意する順菜

 

「え〜っと、ユーフォ担当の黄前久美子です。よろしくお願いします」

 

「高坂麗奈、トランペット担当。よろしく」

 

同じ部活の仲間なのだから今更とは思うが一応全員が自己紹介を終える

 

「なんかワクワクしてきた!」

 

「これから忙しくなるね!」

 

「はい!」

 

「やるからには悔いのないようにやりたい。気を引き締めて全力でやりましょう」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

「もちろん!」

 

「おー!」

 

こうして麗奈をリーダーとした(?)この8人は"管打八重奏"でアンコン出場を目指すこととなった

 

ただ、全てが順調...そんなことは決してなかった。チームに入れない子。つまり()()()()()が出てきてしまったのだ

 

「仕方ないんじゃない?そんなにぴったりに部員全員が振り分けられるわけじゃないんだし」

 

「そうだけど...でもどうにかしてあげないと。やっぱり何人か2つの編成で兼任してもらわないとダメかも...」

 

「私は反対。その子の負担が大き過ぎる。演奏のレベル自体落ちちゃうし」

 

「それはわかるけど...」

 

想定してなかったわけじゃない。でもいざこういう状況になってどうしたら最善なのかわからなくなってします久美子

 

「やっぱり無理だよ」

 

「ん?」

 

頭を悩ましている久美子の耳につばめの声が聞こえてきた

 

「でもつばめキック無理でしょ?手と別々の動きできないし」

 

「それは...」

 

「演奏する曲はマリンバがすごく引き立つし、私はつばめがマリンバがいいと思うけど」

 

なにやら不安げなつばめを同じパーカス担当でもある順菜が慰めていた

 

「何事?」

 

「釜谷さん不安あるみたい。さっき合わせてた時もタイミングズレてたでしょ?」

 

「確かに」

 

「とりあえずチューバとマリンバが改善点ね。チューバはある程度想定してたけど」

 

麗奈も麗奈でアンコンに向けてチームの問題点解決に取り組んでいた

 

「10分経ったら再開でいい?」

 

「あ、うん!」

 

一度教室を出る麗奈に久美子もついていく

 

「でもつばめちゃんがいいって言ったのは麗奈なんでしょ?」

 

「それはね。実際上手いし。それに...」

 

「それに?」

 

「春樹先輩が一目置いてたから...」

 

「春樹先輩が!?」

 

少し悔しそうに話す麗奈。2人とも春樹の実力は身をもって理解しているため、そんな春樹が評価をしたということに久美子は驚き声を上げた

 

「春樹先輩が、珍しいね」

 

「うん。私もびっくりした」

 

「麗奈は?」

 

「ん?」

 

「麗奈のことは何も言ってなかったの?春樹先輩」

 

「...聞きたい?」

 

「あー何その顔。ちょっとムカつく」

 

さっきまで不貞腐れた子供のような表情をしていた麗奈だったが久美子から自分のことを春樹がどう評価してくれたのか聞かれると勝ち誇ったようなドヤ顔で久美子を見返した

 

「で?秀一は?」

 

「釜谷さんと同じ。上手だから」

 

「...」

 

「何?疑ってるの?」

 

まだ秀一の参加に納得できていないのかまた麗奈を睨む久美子

 

「小日向さんだけは私からじゃなくて向こうから誘われたんだけど」

 

「そうなの?」

 

「うん。彼女アンコンやるって決まった日に私のところに来たの」

 

「後輩から先輩誘うってすごい勇気だね。しかも麗奈をなんてねっ!」

 

「なんか中学の時からやってみたかった曲らしくって。だから一緒に出てみよって。ま、彼女も上手いっていうのもあったけど」

 

「じゃあ結局みんな上手さ優先?」

 

「まぁね。加藤さんもすごく上手くなってるし」

 

「あー。春樹先輩も言ってた。初心者から始めた子の中では一番伸びてるって。長瀬先輩のスパルタについて行った成果だなって」

 

「ふーん、春樹先輩が」

 

「あ...」

 

春樹が葉月のことも話していたことをポロッと口に出してしまいまた不機嫌な感じになる麗奈。それを見て久美子はやってしまったとばかりに口元を抑える

 

「はぁ。まぁ中には鈴木さんみたいに断られた子もいるけど、大体は実力があると思ったから誘った」

 

「私は...?」

 

「ん?」

 

「私を誘ったのも奏ちゃんに断られたから...?」

 

聞きたいけど聞きたくない話。久美子は恐る恐る質問してみた

 

「だったら嫌?」

 

「嫌っていうか...嫌だよそりゃ」

 

「なんで?」

 

ちゃんとした回答は得られなかったがもしそうだったとしたらやはり気分は良くないようすの久美子

 

「だって一番がいいでしょ。麗奈に選ばれるなら...」

 

「ふっ」

 

ちょっと拗ねたようすの久美子を見て不敵に笑う麗奈

 

「正直に言うと今回久石さんは最初から誘ってない。ユーフォで頼むなら久美子って決めてた」

 

「その話には誘われるのだいぶ遅かった気がするんですけど...?

 

「久美子なら私以外と組まないって信じてたから」

 

「え〜嘘っぽい」

 

「前に聞いた時フォローに回るって言ってたし。それに中学の時も久美子って真っ先に選ばれてたし。だから...」

 

「ん?」

 

麗奈は少し不安げに、そして恥ずかしげな表情に変わる

 

「断られたら、嫌だし...」

 

「っ!私も麗奈と一緒にやりたなって思ってたよ!誘ってくれてありがとう!」

 

麗奈が信じてくれてたこと。自分を選んでくれたこと。認めてくれていること。嬉しさを隠しきれない久美子は勢いよく麗奈に抱きついた

 

「べ、別にお礼言われることじゃないし。大体ユーフォで一番上手いのは久美子だって前から...」

 

「はいはい全部嬉しいよ」

 

「離して」

 

揶揄われる感じとなったため麗奈は久美子を引き剥がした。でも上機嫌が治らない久美子は教室に戻るまで麗奈にちょっかいをかけまくった。一瞬もし自分より実力がある人が現れたら、麗奈の中での自分はどうなってしまうのだろうという考えをグッと押し殺して...

 

 

 

 

 

 

♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

「ふぅ。少し休憩するか」

 

「うん」

 

「調子はどうですか?」

 

自分達の演奏にさらに磨きをかけるため毎日精進を怠らない春樹とみぞれの下に滝先生が顔を出した

 

「ぼちぼちですかね」

 

「そうですか。それはよかった」

 

「先生の耳にはどう聴こえましたか?さっきから聴いていたんでしょ?」

 

「おや、バレていましたか」

 

実は少し前から2人の練習に耳を傾けていた滝先生。2人はそれに気づきつつも練習を中断せず、むしろ聴かせるように続けていたのだった

 

「急な来客にも乱されないのはさすがというところでしょうか」

 

「今更ですよ。ここ最近影から誰かに聴かれてるなんてしょっちゅうですから」

 

「そうですか。お2人の演奏にいろんな人が足を止めてしまうのでしょうね」

 

「それは当然ですよ。俺とみぞれなんですから」

 

「ちょっ、ハル...」

 

春樹は自分よりもみぞれの方がすごいんだぞとでも言いたいかのようにみぞれの頭を撫でる

 

「いい自信です。音楽は人の感情でその音色を変えます。お2人のその自信がその奏でる音に影響されているのでしょうね」

 

「先生にはそう聴こえましたか?」

 

「えぇ」

 

「そうですか。ならまだまだですね」

 

「おや?十分だと思わないんですね」

 

「わかってるくせに」

 

春樹は変わらず目の前で笑顔でいる滝先生、いや、その腹の底で"はあなた達はまだまだこんなものじゃないでしょう"と煽ってきている風に見えるその笑顔でいる滝に一言申した

 

「そんな世辞は今までももらっていました。でも俺達が目指すのはその先、そうでしょ?」

 

「安心しました。こんなところで満足してもらってはこちらも困りますので」

 

「相変わらずで何よりです」

 

「これでも期待しているんですよ。お2人には受験のためなんてもので立ち止まらず、もっとその先を目指してほしんです」

 

「言ってくれますね」

 

「おや?怖気付きましたか?」

 

「んなバカな」

 

滝先生にはこんな脅しをしても意味はないとはなからわかっていた。笑顔で見つめてくる春樹、そしていつもと変わらず無表情で見つめてくるみぞれ、そんな2人の目には何かを成し遂げようとする力強い何かが感じられた

 

「それでは練習の邪魔をして申し訳ありませんでした。頑張ってください」

 

「はい」

 

「はい」

 

遠ざかっていく滝先生の後ろ姿。ボサボサの髪、ズボンから飛び出しているシャツ、左右別の靴下。側から見ればなんとも尊敬できない先生。ただ春樹やみぞれにとってこれ以上のない恩師。そして、いつか認めさせてやりたいと思える人でもあった

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アンサンブルコンテスト 4

 

 

「あの〜...どうしてここに?」

 

まだアンコンのメンバーが見つけられてない子のフォローや自分の練習に加え部長としての仕事もある久美子はいつものように楽器準備室に訪れるとそこには優子とのぞみの姿があった

 

「なんでって」

 

「新部長が心配だからに決まってるでしょ〜」

 

「その割に楽しそうですね...」

 

「本当はね、演奏会でオーディションしてアンコンの代表決めるって聞いたからさ」

 

「はい、まぁ」

 

「だから何か手伝えることないかなって。私達時間あるから」

 

「えっ?でも、受験...」

 

「終わったの。3人とも無事合格したから」

 

「本当ですか!?実はまだどこに入るか決まってない子がいて!模試よかったらその子達のサポートを...って...」

 

「...」

 

先輩達の手が借りれると知り興奮気味の久美子の顔にずずーっと自分の顔を近づけて睨みつける優子

 

「その前に言うことなーい?」

 

「あ、あ〜...おめでとうございます」

 

「うむ」

 

「あははは!」

 

自分の現状が大変すぎて大事な祝辞の言葉をかけ忘れてたのを思い出した久美子

 

「じゃあ!」

 

「決まったら連絡してね〜!」

 

「ど〜も〜」

 

「あっ!お疲れ様です!」

 

部員名簿に自分達の名前とこの場にいなかった夏紀の名前まで書いてその場を去った先輩達。そこへちょうど鉢合わせた緑があいさつだけして入れ替わるように部屋に入る

 

「勝手に夏紀先輩の名前も書いていってしまった...」

 

「同じところに合格したってみどりも聞きました」

 

「一応確認に言った方がいいよね」

 

「多分...」

 

手を貸してくれるのはありがたいのだが余計な仕事まで増やしてくれて少し呆れ気味の久美子

 

「それとあっちも確認しとかないと」

 

「あっちって?」

 

「ん?もう1人。いや、2人かな」

 

「はい?」

 

久美子の言うことを緑は理解できないようだったが特に説明することなく久美子は準備室を出てとある場所へ向かった

 

 

 

 

 

 

 

「私は、出ない」

 

「同じく」

 

「ですよね〜」

 

久美子が向かったのは春樹とみぞれの元だった。のぞみや優子と仲良くしていたみぞれも参加するのかと思い確認に来たのだった

 

「受験ありますもんね。すみません急に変なこと言っちゃって」

 

「ううん。誘ってくれて、嬉しかった」

 

久美子が懸念したのとは裏腹にみぞれにも春樹にも優子達のように出る意志はないようだ

 

「のぞみにもお礼、言っといて。ありがとうって」

 

「えっ。それは自分で言った方が...」

 

「...?自分でも言うよ?」

 

「ん?ん〜?」

 

「どうしたの?」

 

まだみぞれ節に慣れていない久美子はみぞれの返答に少し困惑する

 

「それじゃ言葉足らずだろ?みぞれ」

 

「ハル」

 

困惑している久美子を前にみぞれの頭に手を乗せる春樹

 

「それにしても部長頑張ってるみたいだな」

 

「そうなんでしょうかね...自分ではよくわからないです」

 

「まだ始まったばかりだからな。なのに先輩からも無茶振りとか大変だな」

 

「あ、あはは...」

 

助かるのは事実だが仕事が増えたのも久美子自身感じているので反応に困ってしまう

 

「ハルは出なくて正解」

 

「ん?」

 

「絶対選ばれるから」

 

「それはみぞれもだろ?」

 

「ううん。ハルの方が確実」

 

「あ〜...あれ麗奈?」

 

「ッ!?」

 

いつもの2人の空間が始まりそうな予感がした久美子はさっさと退散しようとしたところ曲がり角のところから顔だけ出してこちらを伺っている麗奈を見つけた

 

「どうしたの?」

 

「久美子こそ」

 

「私はちょっと先輩達に聞きたいことがあって」

 

「そう」

 

「なんだ麗奈。今日も来てたのか」

 

「えっ...」

 

いつもの凛々しさをどこかに置いてきたのかたどたどしく出てきた麗奈に春樹が声をかけると麗奈は一瞬にして固まった

 

「どうして...」

 

「いやだって毎日のように来てただろ」

 

「...」

 

「そうなんですか?」

 

「うん。いつもはそこから出てこない、けど」

 

「へぇ〜」

 

「...」

 

いつも堂々としてる麗奈がコソコソと先輩達の練習を聞いていたことを知りニヤッとした表情で見る久美子の目線の先でバレていたことが恥ずかしいのかプルプルと震えている麗奈の姿があった

 

「久美子達はメンバー決まったのか?」

 

「あ、はい。麗奈と同じグループで」

 

「やっぱりな」

 

「知ってたんですか?」

 

「いや今初めて知った」

 

「え?じゃあなんでわかったんですか?」

 

「同じところから、2人の音してたから」

 

春樹とみぞれは日に日に聞こえる音が増えていたのは当然、どのグループにどんなメンバーが集まったのか大体検討がつくほど音を聴き分けていた

 

「す、すごいですね...」

 

「1年、2年と聴いた音だからな」

 

「黄前さんと高坂さんのは、わかりやすい」

 

「ッ!ありがとうございます!」

 

2人しては別にそんなつもりはなかったが勝手に尊敬する先輩2人に褒められたと勘違いした麗奈は大きく感謝を述べた

 

「あの!」

 

「どした?」

 

「もしよろしければ練習を見てもらえませんか!?」

 

「無理」

 

「...」

 

「麗奈!?」

 

みぞれの返答を最後にさっきの喜びから一変、この世の終わりのように目に光が消え倒れそうになる麗奈を即座に久美子が支えた

 

「こらみぞれ。また言葉不足だぞ」

 

「?」

 

「すまんな2人とも。実は曲へのアドバイス含めて俺達が練習を見ることは禁止されてるんだ」

 

「どういうことですか?」

 

「アンコンオーディションの話が出たその日だったかな。滝先生と松本先生に言われたなんだよ。不平等になってしまうからダメだって」

 

「そうだったんですね」

 

麗奈のように落胆な感情などなく納得してしまった久美子

 

「早めに来た梨々花にも断って泣かれた時はビビったわ...」

 

「大泣きだった」

 

「あ〜...想像できちゃいます」

 

オーディションメンバーを早々に決めた梨々花は誰よりも早く春樹とみぞれを頼って相談に来たのだったが、今のように断りを入れると大泣きを初めてしまったのだ

 

「他にも何人か来たけど全員断ってる」

 

「それなら最初に先生も言ってくれればいいのに」

 

「教えを乞うのもまた上達に必要なこと、らしい」

 

「なるほど」

 

確かにこうなるなら最初から禁止とされている方が楽なはずだろう。だがこれも指導の一貫と先生方は見なしているようだ

 

「ほら麗奈。そろそろ戻れ」

 

「あ...はい...大丈夫、です...」

 

「なら、よかった」

 

「いやいやいや」

 

明らかにまだいつもの状態には戻っていない麗奈の言葉を鵜呑みにするみぞれに待ったをかける久美子。もうごちゃごちゃだ

 

「受験が終わったらまた見てやるから。だからはや...「本当ですか!?」...お、おう...」

 

「絶対ですよ!?約束ですからね!?」

 

「わかったわかった」

 

「行くよ久美子。私達も練習」

 

「えっ!?ちょっ!待ってよ麗奈!」

 

ようやくいつもの調子を取り戻した麗奈はスタスタとその場を去っていく。なぜか置いていかれてしまった久美子は急いで麗奈を追いかけた

 

「練習、熱心?」

 

「そうだな。俺達も負けられないな」

 

「うん」

 

オーディションに向けて練習に励む後輩達に負けないよう春樹とみぞれも練習を再開した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久美子達が春樹とみぞれを訪ねた日の次の日の昼休み。3年生の教室がある階の廊下で少し騒ぎがあった

 

「何かあったの?」

 

「優子ちゃんと夏紀ちゃんがいつもの言い合い」

 

「へぇ〜。受験で最近なかったのに久々じゃない?」

 

廊下の騒ぎを見たりえが同じクラスにいる澄子に報告している

 

ちなみにこの2人は優子達のように既に受験は終わっている。無事に合格に辿り着いたのだ

 

「受験終わった組は呑気でいいね〜。ね〜慧菜〜」

 

「え、えっと〜」

 

「口悪くなってるよ美代子」

 

「だってさ〜」

 

澄子とりえとは反対に今でも机に参考書を広げ目下勉強中の美代子と慧菜がいた

 

「大丈夫だよ。美代子ちゃんこの前の模試でA判定だったんだし」

 

「そうだよ。もっと自信持ちなって」

 

「もう終わった組の嫌味にしか聞こえない〜」

 

「ダメだねこりゃ」

 

今の美代子には何を言ってもマイナスに捉えれらてしまいそうだと感じる澄子

 

「美代子が来週で慧菜がその次の週だっけ?」

 

「うん」

 

「そうなの。はぁ、日にちを確認する度にドキドキする...」

 

「全国のステージにも上がってるんだから慣れてるでしょ?」

 

「それとこれとは違うの!」

 

同じ緊張でも全国の舞台と受験というものは違うらしい。澄子とりえはこれ以上美代子の気に触らないよう廊下の様子を見にいった

 

「なに勝手に人の名前書いてくれちゃってんの!」

 

「優しさでしょ〜。夏紀先輩はお気持ちだけで十分なんで大丈夫です、って言われないための」

 

「そんなこと言ってウザいOG化してんのはアンタの方なんじゃないの?」

 

廊下には3年の間では珍しくもない優子と夏紀が言い合いをしている光景。そこには後輩である久美子と奏の姿もあることから吹奏楽関係と察した澄子とりえ

 

「黄前ちゃん、こんな先輩に遠慮なく言っていいからね。ウ・ザ・いって!」

 

「誰がよ!」

 

「それで、参加の方は...?」

 

「別にいいけどできたらこいつと別だと嬉しい」

 

「はぁ〜!?今なんて言った〜!?」

 

「だ〜か〜ら、アンタと一緒は嫌って言ったの」

 

「あ、アンタって!!」

 

まだまだ続く言い合い。ただそんな先輩2人を放置して久美子と奏は退散した

 

「なにやってんだか後輩の前で」

 

「でもなんか久しぶりだねこういうの」

 

「確かに」

 

「部活やってるころは毎日のように見てたからね〜」

 

「あ、えるちゃん」

 

「やっほー」

 

教室の窓から廊下の様子を見ていた澄子とりえの元に別クラスのえるがやってきた

 

「全国終わってからそんなに経ってないのにもう懐かしく感じちゃうね」

 

「そうだね〜」

 

「最高の終わり方はできたけど、できるならもっと一緒にやりたかったね」

 

3人それぞれ部活をしていた時の思い出を思い浮かべる。楽しかった瞬間、大変だった瞬間、いろんなことがあったと3人共通して考えていた

 

「なんか、卒業してからも集まりたいよね」

 

「そうだね」

 

「それなら大丈夫みたいよ」

 

「え?」

 

「どういうこと澄子ちゃん」

 

「春樹が考えてくれてるんだって。このメンバーでまた演奏がしたいって」

 

「そうなんだ」

 

「春樹くんが」

 

これでお別れ、終わりというわけではなくまた次もあると知れて無意識にも口角が上がってしまうりえとえる

 

「まぁえるはその前に頑張らないといけないものがあるけどね」

 

「...。さ〜てと、そろそろ戻ろっかな〜」

 

「えるちゃん...」

 

聞いての通りえるもまだ受験が終わってない勢。しかも少し不安が残ってそうだ。そんなえるのわかりやすい変わりように少し呆れてしまうりえ

 

「言ってくれれば手伝うからちゃんと頑張って」

 

「わ、わかってるよ〜...」

 

えるはこれ以上言われるのはまずいと思い自分のクラスに戻った

 

「大丈夫なのかな...」

 

「あの子も2年全国のステージに立ってるんだからやるときはやる子よ。職員室に通ってるのもよく見るし」

 

「そっか。あとは春樹くんとみぞれちゃん...は大丈夫そうだね」

 

「あの2人は誰よりも心配ないでしょ」

 

「そうだね。愚問だった」

 

澄子とりえだけじゃない。優子達他の吹奏楽メンバーはみんな春樹とみぞれの音大合格を信じて疑ってはいなかった

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アンサンブルコンテスト 5

 

 

3年の協力もあり全員が無事にどこかの編成に振り分けられた

 

そして11月が過ぎ部員はそれぞれ12月の演奏会に向けて練習を重ねていった

 

「ごめん遅れた!」

 

「遅い!」

 

部長の仕事で練習参加に遅れて急いでいた久美子が練習教室のドアを開けると同時に麗奈の叱責が飛んだ

 

「マリンバは先走りすぎでチューバは遅れすぎ。それとチューバはもっと音量差つけて。強調するポイントが分かりにくくなるから」

 

「はい!」

 

「はい...」

 

「じゃあもう一度最初から」

 

麗奈の叱責は遅れた久美子へのものではなかった。また最初から演奏を始める前に久美子に目配せをする麗奈。それを受けて久美子は急いで用意を済ませ位置についた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またズレた」

 

「そうだな」

 

後輩達が練習している音を春樹とみぞれが自分達の練習の休憩中に聴いていた

 

「つばめだな。まだ自分の課題に気づいてないのか」

 

「残念?」

 

「そりゃな。もったいないだろ?実力はあるのに合奏になるとダメになるなんて」

 

「うん」

 

春樹は実力を評価しているつばめがなかなか頭角を表してくれないのを嘆いていた

 

「妙子のとこは面白いな。全員パーカスで構成か」

 

「楽しみ」

 

♪〜♪〜♪〜♪〜

 

「あ、のぞみ」

 

「グループに入れなかった後輩についてくれたらしいな。リボンと夏紀も」

 

「うん、聞いた」

 

聴こえてきたのはフルートの音。それを聴いてすぐさまのぞみのものと聴き分けたみぞれはさすがの一言に尽きる

 

「ちょっとイタズラしてみるか?」

 

「ダメだと思う」

 

「だよな」

 

ここまでいろんな音を聴いていると演奏をしたくなってしまう春樹は勝手にグループの音に混じってみようかと画策するがみぞれに優しく止めれて断念した

 

 

 

 

 

 

 

 

学校が休みの日でも部活はある吹奏楽部。そんな部活が終わったあとはいつも通り演奏会に向けた練習をするのが常となった

 

そんな中麗奈達のグループでは少し問題が発生していた。注意を受けつつも着実に実力を伸ばしていく葉月に対してつばめはそうではなかったのだ

 

そんな状況を見兼ねた久美子はつばめに一緒に練習しないかと提案。そこへ葉月も参加し集まった

 

「すっかり足手まといになっちゃってるからな私」

 

「そんなことないと思うけどな」

 

「いや、ある。私が一番わかってる。高坂さんだって本当はみっちゃんを誘いたかったんだろうし」

 

自分のことを理解し自分の今置かれている立場をも理解して練習に励む葉月。久美子はそんな葉月を心配しつつも何か力になれないか模索していた

 

「葉月ちゃんって音をしっかり聞きすぎて遅れてるのかも」

 

「どういうこと?」

 

「ん〜。楽器って息吸って鳴るまでのタイムラグがあるでしょ?その計算が抜け落ちてる、気がする?」

 

「ほぇ〜。久美子はそんな計算いちいちしてるの?」

 

「いちいちっていうか体感かな〜。基礎練習の時から意識してると自分の意思と楽器の出る音がぴったり重なる時があるから」

 

「あ〜。そういえば後藤先輩にも言われたよ。基礎練習の意味を考えろって」

 

「じゃあ頑張るしかないね」

 

「頑張って武者修行するよ」

 

「ごめんなさい!待った?」

 

久美子が葉月へアドバイスをしてるところにつばめと順菜もやってきた

 

「ううん。じゃあ始めようか」

 

「その前に一度つばめの演奏を聴いてくれない?」

 

演奏前に順菜は用意したメトロノームの針を動かす。そしてそれに合わせてつばめはマリンバを叩いた

 

「ふぅ」

 

「「お〜」」

 

「どう?」

 

「いや、上手でびっくりした。つばめちゃんマリンバ上手だよ」

 

「だよね!でも、リズム感だけが致命的で...」

 

「えっ?」

 

楽器問わず何かを演奏するには致命的すぎる原因を吐露する順菜とその本人であるつばめは罰が悪い顔をする

 

「でも今は叩けてたよね?」

 

「それはテンポがきちっと決まってるから」

 

「リズムっていうかノリ?見たいのが合わなくて人と一緒だと全然...」

 

「しかもアンコンだと指揮者いないからなおさら...美代子先輩や春樹先輩にも気にかけてもらってたんだけどなかなか治らなくって...」

 

つばめは申し訳なさそうにスティックを握り締める

 

「わかった。じゃあとりあえず今のところもう一度やってみよっか。今度は私も入るから」

 

「うん...」

 

久美子はつばめに近づきつばめ自身もまたスティックを構えた

 

「じゃあいくよ?」

 

「うん」

 

♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

♪〜 ♪〜 ♪〜 ♪〜 ♪〜 ♪〜

 

「あ〜」

 

「あっ...」

 

まだ初めて5秒も経たないところで久美子は吹くのをやめた。それにつられてつばめも演奏を止める

 

「なになに?どうしたの?」

 

「ダメだった、っていうことだよね...」

 

「つばめちゃん、"息"!」

 

「息?」

 

「息?」

 

「息?」

 

久美子がなにを言ってるのかわからずつばめ、順菜、葉月の順で復唱してしまった

 

「うん。マリンバって呼吸する必要ないから意識してないのかもだけど、私達はみんな息継ぎする必要があるから。今見てたらつばめちゃん全然息してなかったように見えたから」

 

「いや〜まさかそんな〜」

 

「考えたこともなかった」

 

「マジ!?」

 

まさかの展開に驚く順菜

 

「打楽器も同じように息継ぎしてくれないと合わないよ」

 

「今までどうやってたのよ...」

 

「耳でずっと聴いて...ここだって...」

 

「そんな...リズムゲームじゃあるまいし...」

 

音程を合わせる以前の問題だったとはさすがに思わなかった順菜は頭を抱える

 

「他の人見ないと合わないよ」

 

「でもそういうことってあると思うよ?私もたまに言われるもん。えっ、そんなことも知らなかったの?って」

 

「自分にとってあたりまえなことでも他の人にとってそうじゃないって意外と多いからな」

 

「あ...」

 

「ん?どうしたの?」

 

久美子が言ったことにつばめは目を見開いた

 

「あ、ごめんね。前には...やっぱりなんでもない」

 

「え〜?」

 

「そういうのよくないと思う!」

 

「ちょっ!」

 

不適に笑いその後の言葉を出すのをやめたのが気になりすぎてつばめの髪をぐしゃぐしゃにする順菜。その状態でつばめは全国大会のオーディション前の個人練習でのことを思い出していた

 

 

 

 

 

『つばめ。合奏がどういうことかよく考えろ』

 

『え...?』

 

『つばめがやってるのはずっと"演奏"なんだよ。演奏は1人でもできる』

 

 

 

 

 

先輩に言われたその言葉がつばめは理解できないでいた。でも今久美子から言われたことでようやくわかった。他を見ないでいた自分は確かに演奏しかしてなかったのだと

 

「じゃあみんなで合わせてみよっか」

 

「うん。今なら"合奏"できる気がする」

 

「よっしゃきた!」

 

「私も入る!」

 

その後のつばめの成長は凄まじかった。元々実力は買われていたため演奏自体は申し分なし。問題であった他の音に合わせることだったが久美子のアドバイスのおかげで次第にタイミングがズレることがなくなった。その影響もあってつばめ自身の自身にも繋がった

 

それは同時に他の者にも影響をもたらしみんなの演奏力も高まった。その相乗効果はつばめや葉月に顕著に現れ麗奈も驚くほどだった

 

「なんかちょっと悔しい...」

 

「なんで?」

 

「久美子が見てからみんな明らかに上手くなった」

 

「みんなが頑張っただけだよ」

 

「謙遜ね」

 

麗奈は自分の指導が間違っていたとは思っていない。ただ自分ではなく久美子の指導で見るからに上達したことに少し嫉妬感を覚えただけだった

 

「でも、だから久美子は部長に向いてるんだと思う」

 

「そうなのかな〜。でも、麗奈にそう言ってもらうのは素直に嬉しいよ」

 

久美子自身は今でも自分が部長の器ではないと卑下していた。ただ同級生下級生はもちろん現3年生から部長の素質ありと見出され託されたのも事実だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして演奏会本番当日

 

「そっち側大丈夫?」

 

「うん。もうすぐ段差あるからね」

 

久美子はつばめと一緒にマリンバを体育館へ運んでいる最中だった

 

「マリンバ高い楽器だから注意しないとね」

 

「うん」

 

「いくよ?せーっの!」

 

校舎から体育館へ続く通路。その中程にある段差で片側を2人持ち上げ慎重に移動させる

 

「「んっ!」」

 

少しズラしたところで今度は反対側を持ち上げ段差に下ろす

 

「黄前さん」

 

「ん?」

 

「黄前さんて1年からずっとコンクールメンバーだったでしょ?」

 

「うん」

 

「コンクールってやっぱり怖い?」

 

「えっ?ん〜。怖いっていうか緊張はするかな」

 

「そっか」

 

久美子はつばめが一体なにを聞きたいのかイマイチわからなかった

 

「よいしょーっ!」

 

「はいっ!」

 

マリンバを段差からまた体育館への通路に力を合わせて戻す2人

 

「ほーっい!」

 

ようやく段差を乗り越え後は体育館までの平坦な道を運ぶだけとなった

 

「あのね」

 

「ん?」

 

「私下手だし、今まで自分がコンクールメンバーに選ばれないのは当たり前だって思ってたんだけど...でも、私もコンクールに出たいって思ってもいいのかな...」

 

「...。ダメなんて言う人いないよ」

 

「そう、かな...」

 

「そうだよ」

 

「そう。そっか」

 

アンコンの練習で一気に頭角を表し、さらに合奏の楽しさを覚えたつばめは希望に満ちたような笑顔でマリンバを押した。そしてそんなつばめの変化にただ嬉しさを感じた久美子もすぐさま追いついて再び手を貸した

 

「ありがとね黄前さん」

 

「どうしたの急に」

 

「黄前さんのおかげでここ数日すごく楽しいんだ。前までは全然上手くいかない自分に嫌気が差してて、自信もなくて...」

 

「そんなことないよ。つばめちゃん元から上手かったんだし。私はちょっとお手伝いしただけで」

 

「それがきっかけで私でもちょっと自信が持てるようになったんだ」

 

「それならよかったよ」

 

久美子の言葉が最近の演奏に繋がっているとして感謝の言葉を向けるつばめ

 

「でもね、悔しくもあるんだ」

 

「悔しい?」

 

「うん。なんであんな簡単なこと今まで気づかなかったんだろうって」

 

「前にも言ったでしょ?自分にとって当たり前なことも他の人にはそうじゃないかもしれないって」

 

「でも、もしもっと早く気づいてれば先輩達に恩返しできたかもしれないって思って」

 

「あー」

 

久美子はつばめが言っているのはおそらく同じパートで手をかけてくれた美代子や他パートの子にも積極的にアドバイスをくれていた春樹達のことを言っているのだろうと察した

 

「じゃあこれから頑張ろうよ」

 

「えっ...?」

 

「確かに先輩達とはもう一緒に演奏はできないけどさ、あれから成長したつばめちゃんを見てもらおうよ」

 

「成長した私...」

 

「先輩達ならアンコンが終わっても地区大会だって県大会だって全国大会だって見に来てくれる。その時に生まれ変わったつばめちゃんを見てもらえばいいよ。多分、先輩達も期待してると思う」

 

「...。春樹先輩も、喜んでくれるかな」

 

「なんなら春樹先輩が一番喜んでくれるんじゃない?」

 

「そっか...そっか!」

 

若干マリンバを押すつばめの力が強くなる。久美子はそれを感じてか話を聞いてかつばめの中で春樹に先輩後輩の尊敬以上の気持ちがあることをなんとなく察してしまった

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アンサンブルコンテスト 6


今話にて最後となります。
ありがとうございました。


 

 

アンコン出場へ向けた演奏会が幕を開けた

 

会場には吹部を引退した3年生のみならず多くの生徒、先生方が演奏を聴きにやってきていた

 

現在みどりと求によるコントラバス二重奏が行われており、この次に演奏する久美子や麗奈達は準備室で待機していた

 

「結構な期間をこのメンバーで練習してきたけど今日ようやくその成果を見せることができて嬉しく思います。校内予選を勝ち抜いてアンコン出場を目指しましょう!」

 

リーダーである麗奈の宣言の後秀一を筆頭に全員が手を重ねる

 

「久美子」

 

「うん。北宇治ファイトー!」

 

『おー!!』

 

久美子の掛け声の下全員が気合を入れ、いざ本番へ

 

 

 

 

会場にて...

 

「みんなまた上手くなってるね」

 

「うん。あれからまだ数ヶ月なのに」

 

「これが若さなのかな。羨ましいね〜」

 

「私達と年そんな変わらないでしょ」

 

 

 

 

 

またまた会場にて...

 

「中川ミスってたな」

 

「受験があったししょうがないよ」

 

「後で優子に煽られるんでしょうね」

 

「比べてのぞみは相変わらず美味かったわね。なんか悔しいけど」

 

 

 

 

 

そして舞台の上手側。オーボエを持った2人がなにやら動きを見せていた

 

「まだまだこんなところで満足させるわけにはいかないな」

 

「うん」

 

「行くぞみぞれ」

 

「うん」

 

「オレはみぞれのために」

 

「私はハルのために」

 

「今日は後輩達の度肝を抜いてやろう」

 

「うん」

 

「いい音、奏ようぜ」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさん。とても素晴らしい演奏でした」

 

前組の演奏が終了し部員全員がステージを降り傍聴者と同じくステージの上から話す滝先生に目を向ける

 

「本来でしたらここで投票という流れなのですが、飛び入り参加でもう1組いらっしゃいます」

 

いざ投票というところで滝先生がもう一組いることを伝えた。現役生で残っている人はいなかったと全員が疑問に思う

 

「それではどうぞ」

 

滝先生がステージ下手に退場したところで会場全体の明かりが一気に消えた。そしてステージ上を歩く足音

 

♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

足音が止まり全員の耳に聴こえてきたのは一切澱みのないキレイな音。繊細かつ流麗な響きが会場にいる全員の耳から入り脳と心臓を震わせる

 

そして暗闇の中パッと光放たれた2本のスポットライト。照らし出されたのは、春樹とみぞれだった

 

案の定全員驚いている。しかし声を出せない。いや、声が出ないという表現の方があっているかもしれない。それほど春樹とみぞれの奏でる音に魅了されていた

 

以前久美子が優子達のように演奏会に出るか確認したところ2人には出ないとはっきりと返答をもらっている。春樹はそんな驚いた表情を見せていた久美子に気づいてしてやったりの笑顔を見せ、みぞれは変わらず真顔のまま音を出し続けた

 

『堺 春樹くん、鎧塚 みぞれさんによるオーボエ二重奏。曲は「白鳥の湖」です』

 

滝先生がマイクでアナウンスをしてすぐ春樹とみぞれは互いに目を合わせ奏でていた音に変化を生ます。それは音大進学を目指すのに恥じないものだったのは全員が一瞬でわかった

 

♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜

 

♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜

 

「え...」

 

「なに、これ...」

 

「すごっ...」

 

2人の演奏は今まで共に同じ部員として演奏を続けていた3年を含めた吹奏楽部員にはもちろんのこと、オーボエがどういう楽器でどういった音が出るのかすら知らない一般で来てくれた生徒、先生にも衝撃を与えた

 

「春樹先輩...みぞ先輩...」

 

「さすがです...」

 

「ずっと聴いていられるよ..」

 

特に同じパートで研鑽を積んだ梨々香、える、駿河の三人は改めて自分達はすごい先輩と1年を過ごしてきたと自覚した

 

♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜

♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜

 

「...」

 

「麗奈...」

 

演奏が続く中隣で静かに涙する麗奈を見つけた久美子。そんな麗奈の表情から久美子はいろんな想いを感じ取ったのだった

 

\パチパチパチパチ/

 

曲が終わり長丁場の演奏を座りながら聞いていた生徒もその場に立ち上がって拍手をした。スタンディングオーベーション。この場でこれ以上の賞賛はないだろう。春樹とみぞれはそれに応えるようお互いに顔を見合わせお辞儀をした

 

そして...

 

「梨々香!」

 

「はい!?」

 

「える!」

 

「はい!」

 

「駿河!」

 

「は、はい!」

 

「楽器持って来い!」

 

「「「っ!はい!!」」」

 

突然春樹に呼ばれた3人は急いで自分の楽器を持って舞台に上がった

 

「最後に一緒にセッションしたいなってみぞれと話してたんだ」

 

「うん」

 

「先輩...」

 

「いい、んですか...?」

 

「私達では...」

 

急なことで上手く言葉が出ない後輩3人。さらにさっきの春樹とみぞれ演奏で若干萎縮してしまっている

 

「これはオーディションには関係ないしましてや金がかかった全国の舞台でもない。俺達はただ、純粋に3人と一緒に演奏がしたいって思ってる」

 

「「春樹先輩...」」

 

「みんな、一番一緒に練習してきた仲間だから」

 

「みぞ先輩...」

 

春樹とみぞれの嬉しい言葉に後輩3人はもう泣きそうになってる

 

「部活中にいつもやってた練習曲、忘れてないだろうな?」

 

「はい!」

 

「もちろんです!」

 

「今でも練習でやってますので!」

 

「よし。じゃあ行くぞ」

 

みぞれと後輩3人は楽器を咥え春樹の足に注目する。そして春樹が足で1、2、1、2、3、4...と刻み演奏が始まった

 

♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜

 

春樹とみぞれは聴いている部員や一般の人々よりも後輩三人を頻繁に見渡していた。それに反応するように後輩3人も演奏しながら春樹とみぞれを見る余裕がある。なんの重圧もなく、言わばパート練習をしていた教室の延長線のよう。側から見ていた久美子達にもすぐわかった。みんなすごく楽しそうだった

 

♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜♪ 〜♪〜

 

\パチパチパチパチ/

 

先ほどのスタンディングオーベーションとまではいかないものの拍手喝采。梨々花はみぞれに抱きつきえると駿河は春樹から頭を撫でてもらっていた

 

「3人とも、本当に上手くなったな」

 

「春樹先輩...」

 

「おい梨々香泣くなよ。パートリーダーだろ?」

 

「そうですけど...もっと先輩達と部活したかったです!」

 

「私もです!」

 

「私も!」

 

拍手が止まない中3人はもう涙を堪えられていない。これで終わり。どうしてもそう考えてしまうのだった

 

「コンクール見に行く。期待してる」

 

「みぞせんぱ〜い!!」

 

「先輩!」

 

「頑張りますー!!」

 

3人は泣きながらみぞれに抱きつく。ただみぞれは無表情のまま。いつも通りだ

 

「お疲れ様でした」

 

「滝先生。急な申し入れを受けていただいてありがとうございました」

 

「いえいえ。私もあなた方の演奏をみなさんに聴いておいてもらいたいと思っていましたので」

 

「そうですか」

 

舞台袖で春樹とみぞれの演奏を聴いていた滝先生がステージに戻ったタイミングで拍手は鳴り止んだ

 

「では最後にみなさんに伝えておくことはありますか?」

 

「はい」

 

滝先生から時間をもらい春樹はステージに目を向ける後輩達に向き直った

 

「まずは演奏会お疲れ様でした。そして突然の乱入をしてしまったすまなかった」

 

春樹は一旦謝罪を込めて頭を下げた

 

「今日急遽参加したのはこれからの北宇治吹奏楽を任せる後輩達に伝えたいことがあったからだ」

 

春樹は一度みぞれに目配せをして自分のいるところに近寄らせる

 

「俺もみぞれも決して天才なんかじゃない。だが努力を積み重ねてさっきの演奏ができるまで成長できた」

 

春樹の話を後輩達は真剣な表情で聞いている

 

「努力は裏切らない。信じられないと言うなら俺とみぞれが証明してやる。だから自分の腕を磨き続けろ。困難にぶち当たったらいろんな人を頼れ。そのための部であり仲間だ。塚本新副部長!」

 

「は、はい!」

 

「副部長がなにをしなきゃいけないのかはもう伝えてる。ただそれは一般的なことであって秀一達の代やこれから入ってくる新入生でどうなるかなんてわからん。サボってる暇はないぞ。常に頭使えよ?」

 

「っ!?はい!」

 

副部長を引き継いだ秀一は春樹からの喝でまだ新体制が始まったばかりだからといって甘く見ていた自分を思い出し力強く返事した

 

「高坂新ドラムメジャー!」

 

「はい」

 

「泣いてる暇はないぞ」

 

「っ!?」

 

春樹とみぞれの演奏を聞いて涙したのがバレていてすぐさま俯く麗奈

 

「憧れるのはいい。悔しがるのもいい。弱音を吐くのもいい。だがそれ後輩に見せるな。部のリーダーは久美子だが演奏の実質的なリーダーは麗奈なんだ。そいつの弱腰な姿を見せれば士気に関わる」

 

「...」

 

「だが誰よりも先頭を行けるのが麗奈だと思って俺達3年はお前に託した。期待してるぞ。部のことも、麗奈自身のことも」

 

「...。はい!」

 

春樹の言う通り魅入ってしまったと同時に悔しかった。でもそんな尊敬できる先輩からもらった"期待してる"の言葉。麗奈は頭を上げ力強く返事した

 

「黄前部長!」

 

「はい!」

 

「頼んだぞ」

 

「えっ...」

 

久美子は困惑した。秀一や麗奈に比べてたった一言。はっきり言えば自分も2人のようにアドバイスが欲しかった。ただでさえ部長なんて役職自分には不釣り合いと思っているからだ

 

そんな久美子の手をそっとに握る者がいた。久美子が顔を向けるとその正体は麗奈だった。まるで「久美子なら大丈夫」と、そう言っているような目をしていた。そんな麗奈を見て再びステージ上にいる春樹に目を戻すと、春樹は変わらず真剣な表情で久美子を見ていた。そんな春樹を見て久美子は麗奈の手を握り返し決心した

 

「はいっ!」

 

「いい返事だ」

 

久美子の返事を聞いた春樹は満足したように笑った

 

これにてアンコンオーディションは終了

 

部員投票結果

第1位:クラリネット四重奏 「革命家」

第2位:金管七重奏 「金管七重奏のための"ティー・タイム"」

第3位:サックス三重奏 「スペイン舞曲集よりガランテ・バレンシアーナ」

(実質第1位:オーボエ二重奏 「白鳥の湖」ー棄権)

 

一般投票結果

第1位:管打八重奏 「フロントライン〜青春の響き〜」

第2位: 金管七重奏 「金管七重奏のための"ティー・タイム"」

第3位:コントラバス二重奏 「メヌエット」

(実質第1位:オーボエ二重奏 「白鳥の湖」ー棄権)

 

 

アンサンブルコンテスト校内代表は部員投票結果に基づきクラリネット四重奏 「革命家」となった

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。