学園ヨルハ (A.K.ミラー)
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第一話 ― 二号さん家

 

 

 

『報告:登校時間が迫っている』

 

 

『…………報告:登校時間が迫っている』

 

 

『ヨルハ機体2Bに告ぐ、登校時間が迫っている』

 

 

『…………………………』

 

 

『………………どうしてもやらなくてはいけないのか』

 

 

『ぴ、ぴぴ…………ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピブッ――!』

 

 ズバシッ!――と、音を立てて。

 

 アラーム音を模して(さえず)っていたポッド042の頭頂部を、強烈な平手打ちが襲った。

 彼の、箱型の筐体上部から突き出ていた円筒状の小さなユニットが押し込まれ、それが何かのスイッチであったかのように沈黙する。

 続いて、彼の筐体にのし掛かっているその“手”の主が、身じろぎして声を上げた。

 

「う、うぅん…………」

 

 ヨルハ二号B型、通称2B(トゥービー)――女性型のアンドロイドである。

 落ち着いた色味の銀髪のショートヘア。可憐さと凜々しさの同居した端正な顔立ち。つややかな唇、色香漂う口元のほくろ。控え目に言っても美少女だった。

 パジャマ姿の彼女はしばらくベッドの上でもぞもぞとして、やがて薄目を開けて声を発した。

 

「…………もう朝?」

『抗議:あまりに酷い仕打ち』

 

 ポッド042が、未だ毛布に抱きついたまま寝ぼけたことを抜かしている“主人”に抗議の声を上げる。

 彼女に対する抗議のポイントは三点ほどあった。

 誇り高き随行支援ユニットである彼を目覚まし時計代わりに使ったこと。

 寝る前に、「それっぽいアラーム音で起こして」という謎めいたリクエストをしたこと。

 そして、その無茶振りにすら恥を忍んで応えてみせた彼に対し、頭頂部への掌打一発で黙らせるという蛮行に及んだ挙げ句、結局イマイチ覚醒していないことだ。

 断固許すまじと思い声を上げたポッド042に対し、彼の主人――2Bは、しかし、その抗議を黙殺することにしたようだった。

 

「…………着替え、なきゃ」

 

 彼女は眠い目を擦りつつ、自分自身に言い聞かせるように呟きながら、むくりと身を起こした。

 

「メガネ、メガネ……」

 

 と、枕元の“電子メガネ”を手繰り寄せると、すっぽりと頭から被って、位置を調整する。

 その黒い“目隠し”のようなアンドロイド用メガネは、電子的に視力矯正を行うほか、ポッドと連携して日々の暮らしをお助けする様々なアプリを表示できるAR機能を持った優れものだ。

 目元と頭の後ろを通るように電子メガネを巻くと、上からカチューシャでもってそれを固定する。

 電子メガネが機能を開始すると、彼女はベッドに腰掛けたまま、壁に吊された()()を見上げた。

 ――ヨルハ学園の黒い制服だ。

 人類の絶滅した地球で暮らすアンドロイド達のために開かれた高等学校のひとつ――ヨルハ学園。

 2Bは今日からそこに通うことになっている転校生なのだった。

 

「うまくやれるかな……」

 

 これから始まる学校生活に対してか、不安げに呟く主人。

 ポッド042も少し心配ではあった。

 彼女は不器用だ。感情を素直に表現するのが苦手で、冷めた人間(アンドロイド)だと思われがちだが、実は多感な方だ。長く付き合って貰えれば彼女の心根の優しさも伝わると思うのだが、どこまで他人に期待できるだろうか。

 なんと声をかけるべきか迷っていると、部屋の入り口の方から声がした。

 

「2B」

 

 と、ドアを開けて入って来たのは、ヨルハA型二号――通称A2(エートゥー)だった。

 2Bとは、口元のほくろの位置まで含めてそっくりな顔立ちをしている。が、双子ではない。

 同じ色の銀髪を腰まで届くほどに、無造作に伸ばしている。

 

「……お姉ちゃん」

 

 と彼女を見やって、2B。

 A2は2Bの姉であり、この家の家主だ。

 元々ヨルハ学園の生徒で、2Bの一年先輩にあたる。

 ヨルハ学園に転入することになった2Bは、彼女がひとり暮らしをしていたこの家に、数日前に引っ越してきたのだった。

 

「なんだ、まだ着替えてなかったのか」

 

 まだパジャマ姿の2Bに対し、既に制服姿のA2が呆れた声を上げる。

 

「もうすぐ朝食できるから、さっさと着替えてきな」

「……うん」

 

 2Bがこくんと頷いて立ち上がるのを見届けると、A2は居間の方へ戻って行く。

 パジャマを脱いで下着姿になると、2Bはヨルハ学園の制服に着替え始めた。

 

 最初に白いタンクトップのインナーを着て、丸襟の白ブラウスを羽織る。

 ブラウスのボタンを留めると、次はジャンパースカート――かと思いきや、先にストッキングを履き始めた。

 片足ずつベッドに載せて、黒いステイアップストッキング(注・長靴下。ガーターストッキングを、ガーターベルト無しで固定できるよう穿き口にストッパーを仕込んだものを指す)をぴっちりと止まるところまで引き上げれば、穿き口部分のシリコンストッパーは()()()()太ももに食い込むことになる。決して彼女が太っているだとか、彼女の太ももが過剰にむちむちしているだとかそういうことではないのだ。

 かくして下着をぎりぎり覆い隠す白ブラウスにストッキングという大変フェティッシュな格好がナチュラルにできあがり――この瞬間の光景にはポッド042も脳内保存(スクリーンショット)を禁じ得ない――仕上げへと突入する。

 最後に白いヨルハ学園のシンボルマークが刺繍された、黒いベルベットのジャンパースカート(JSK)を上から被ると、ウェストベルトをキュッと締め、一年生であることを示す赤のリボンタイをちょうちょに結んで、彼女の着替えはフィナーレを迎えた。

 

「……よし」

 

 姿見で着こなしをチェックして、2Bが声に満足げな色を浮かべながら頷く。

 それから部屋を出ていく彼女に随行して、ポッド042も居間へと向かった。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「焼き魚……」

 

 テーブルの上に並べられてある朝食を見て、2Bが声を漏らす。

 焼き魚、味噌汁、お米――旧世界の日本の朝食三種の神器が揃っている。

 その中でも焼き魚に対して、2Bは熱心に視線を注いでいた(目隠ししてるけど)。

 既に朝食を箸でパクついていたA2が顔を上げて。

 

「ん、魚は嫌いだったか?」

「いや…………アジじゃないか見てただけ」

 

 と説明する2Bに、A2がむっとしたように声を上げる。

 

「当たり前だろ。アジは猛毒――それくらい私でも知ってる」

「……そうだよね」

 

 安心したという風に頷いて、2Bも椅子に座って食べ始めた。

 昔貰い物のアジを([K])って酷い食中毒に見舞われたことは、2Bのトラウマになっているらしい。

(人生のエンドロールが見えたとか三時間分のデータが飛んだとかなんとか錯乱したことを言っていた)

 若干おおざっぱというか、抜けたところのあるA2に対する心配としては、まあ妥当なところだと思う。

 

「……そうだ。今日ってお姉ちゃん部活ある?」

 

 ほぼほぼ朝食を食べ終わった頃、2Bが思い出したという風に言った。

 

「……ん、無いけど。どうして?」

「私はまだこの家の鍵を持っていないから、帰る時は一緒の方が良いと思って」

「あー、そうか。そうだな」

「うん」

「…………」

「…………」

 

 そこで会話が終わりかけて、2Bが「いや……」と焦った声を上げる。

 

「待ち合わせの時間とか場所とか決めないと……」

「え? そんなの適当で良いだろう。授業が終わったら私か2Bのクラスってことで」 

 

 そこまできっちり決める意味が分からないという風に、A2が言う。

 

「……それだと行き違いになった時連絡つかなくて困るでしょ」

 

 と、2Bが困惑した声をあげる。

 「だって――」と彼女はポッド042を指し示しながら、続けた。

 

「お姉ちゃん、スマホ持ってないし……」

 

『提案:スマホ呼ばわりの即時中止』

 

「あ、そのハコってスマホだったのか? 釣り具だと思ってたけど」

『提案:ハコ呼ばわりと釣り具呼ばわりの即時中止』

「たしかにそういう機能(アプリ)も入ってるけど……。というかお姉ちゃん“箱”って呼び方はないよ。ゲーム機のことをピコピコとか言っちゃう歳でもないし」

『肯定:当機はハコではない。――疑問:ヨルハ機体A2の言語センス』

「いや、だってハコだろうそいつ。スマホにしてはデカいし」

「……デカくてもスマホはスマホだよ」

『訂正要求:随行支援ユニットはスマホではない』

「そいつを半分ことかできないのか?」

「できるわけないでしょ……もう一台あれば別だけど」

「……役に立たないハコだな」

『報告:心外すぎる』

 

 どこかズレた会話を繰り広げるおおざっぱ二号姉妹に対してポッド042の上げた数々の抗議の声は、しかし、またしても黙殺されたのだった。

 

 ……まあ、この姉妹に付き合っていればこんなことばかりだ。

 ポッド042はその日早々に諦めの境地に達した。

 彼女らが健康で、元気に生きてくれていれば、随行支援ユニットとしてはそれが一番で、後のことは些末なことなのだから。

 

 

(つづく)




こうだったらいいなぁ、という妄想を元に書いてます。
これくらいの分量で、軽く、四コマくらいの軽さで読めるものを書いていきたいなと。
今回は登校するところまで辿り着きませんでしたが、次回はします。


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第二話 ― 転校生はクール系?

 旧世界の廃墟建ち並ぶ都市の中心に、その学び舎はある。

 人類の絶滅した地球で暮らすアンドロイド達の為の高等学校、九校あるうちのひとつ――ヨルハ学園。

 周囲の寂れた廃墟群の中にあって、その校舎(バンカー)は新築同様に白く輝いて見えた。

 

 スリックな見た目の校舎内、先生の後について廊下を歩いていく。

 背後にはポッド042が浮遊し、通学鞄を保持しながらついてきていた。

 近づくとプシュッ、と空気の圧搾音を立てて、教室の引き戸が自動で開く。

 外から伺う限り、室内は生徒たちの雑談でざわざわとしているようだった。

 担任のホワイト先生の後に続いて、2Bは幾分か緊張しつつドアをくぐる。

 

「皆席に着け、今日は転校生を紹介する」

 

 教壇につくなり、凜とした声をホワイト先生が上げる。

 長い長い金髪をポニーテールに結んだ、精悍な顔つきをした女性型アンドロイドで、結構――いや、かなり“熟れた”カラダをしていらっしゃる。時と場所が違えば司令官とかやっていそうな意思の強さを感じさせる鋭い眼光。男勝りでありながらフェミニンさもしっかりと保持した、大人の女性といった雰囲気だった。

 

 教室内の生徒は二十名ほどか。

“転校生”というキーワードに牽引されて、クラスの皆の視線が一斉に教壇の傍らに立つ2Bに注がれる。

「名前を」とチョークを渡されて、2Bは黒板に名前を書くと、横に「とぅびぃ」と振り仮名を振った。

 振り返ると、自己紹介をする。

 

「ヨルハ二号B型、通称2Bです…………よろしくおねがいします」

 

 ぺこりと2Bが一礼すると、間があった。

 ん、自己紹介それだけ? というクラスメイト達の思考ルーチンの働きが伝わってくるようだったが、他に言うべきことも思いつかず、2Bは押し黙る。

 硬直した空気を感じて、内心焦りを感じ始めたそのとき――

 

「はいはいはーい!」

 

 と教室の後方、元気なキャピ声で手を上げた女子がいた。

 

「もしかして、2Bさんって()()“A2先輩”の妹さんですかー?」

 

 その三つ編みお下げの金髪の子は、いかにも女子女子した声音で問うてくる。

 2Bが(“あの”って、“どの”?)と思いつつ、「そうだけど……」と答えると、

 

「おおっ」

「A2さんの――?」

「ああー」

「そういえばよく似て――」

 

 と、一気にクラスがざわついて、クラス内の空気の硬くなっていた部分がほぐれて溶けだしたようだった。

 三つ編みお下げは「すごーい!」と胸の前で両手を合わせて感激した声を上げて、まくし立てるように、

 

「お姉さんに似てクール系美人なんですね! でもA2先輩の方はさばさばクールで、2Bさんはどちらかというと大人しクールな――」

「そこまでだ、6O(シックスオー)。雑談しろとは言ってないぞ」

 

 ホワイト先生に窘められて、6Oと呼ばれた彼女は「は~い」と返事をして、それからちろっと舌を出すと肩を竦めながら2Bに笑いかけてきた。女の子らしい愛嬌のある笑顔。

 なんだかよく分からないが、姉のA2が校内では有名人らしく(部活関係だろうか)、2Bの極めて内容に乏しい自己紹介もそれで補完された雰囲気になったようだった。

 助け船を出してくれたらしい彼女に感謝を込めて微笑みを返すと、なぜだか彼女は一瞬きょとんとして目を丸くして、次の瞬間ほのかに頬を紅潮させたように見えた。

 続いて――

 

「まったく……それじゃあ皆、仲良くするように。2B、お前の席は“あそこ”だ」

 

 とホワイト先生に席を案内される。

 そこは通行用に机の間隔を空けた通路を挟んで、6Oの隣の席だった。

 近くまで行くと、ニッと笑みを浮かべて手を差し出してくる彼女の手を握り返し、よろしくと挨拶を返す。

 そして反対側、通路の開いていない、机が接している方の隣席である“彼”にも声をかけた。

 

「よろしく」

 

 こちらを見上げて手を差し出し、人当たりの良い笑みを浮かべて応じてきたのは、銀髪の少年だった。

 

「よろしくおねがいします、2Bさん。僕は9S(ナインエス)です」

 

 その手を握り返しつつ、2Bは9Sと名乗ったその少年を観察した。

 自分と同じ目隠し型の“電子メガネ”をして、ポッドを随伴させている所に、“同じ機種のスマホを使っている人への軽い親近感”に類するものを感じる。自分と同じ色味の銀髪の、メンズナチュラルショート。小動物系というべきか、背が低く、全体的に線が細い。物腰は穏やかで、人懐っこさと臆病さの入り混じったような声は聞くものをどこか安心させる効果があるようだ。理性的な色を宿しながらも庇護欲をそそるような幼さを残した風貌、弟に欲しがる女子がいるようなタイプで「――いや、むしろ単に媚びショタと呼ぶべきか、腕も足も細くなよなよしい、そのくせオタッキーな好奇心の持ち主、ネット中毒、サブカルクソモヤシ……」

 

「って、後ろでなにヒドいこと言ってるんですか6O!」

 

 9Sがたまらずといった具合に声を上げた。

 ひょこっと2Bの背後から6Oが顔を見せて、悪びれずに言う。

 

「いえ、9Sに対する2Bさんの心の声を代弁しようかなーって」

「わ、私はそんなこと……」

 

 9Sを見ていると途中から背後の6Oがひそひそと囁きかけてきて、一体どういうことかと思っていたのだが、そういうことだったらしい。

 まあ、彼の太ももが自分より細そうだったのは色んな意味でどうなのかなと思わないでもなかったが――

 

「単に6Oの個人的な偏見を垂れ流しただけでしょうが! やめてくださいよ!」

「実際ネットで情報収集とか好きでしょアンタ」

「好きだけども! S型(スキャナーモデル)の本能ですよそれは!」

(この二人、折り合いが悪いのかな……?)

 

 間に入れず、やいのいやいの言い合っているのを見比べていると、

 

「そこ、いつまでくっちゃべっている! ホームルームを始めるぞ!」

 

 とホワイト先生の怒号が飛んだ。

 ホームルーム自体は連絡事項(通学路に出没する露出狂型変態機械生命体には気をつけるようにだとか)が淡々と伝えられて、生徒間での協議事項もなかったのですぐに議題は尽きたのだが、最後に――

 

「ああ、転校生の2Bには案内役が必要だな。それじゃあ隣の席の9S、色々と面倒を見てやってくれ」

 

 と、ホワイト先生が思い出したように付け加えたことで、また一悶着あった。

 

「わかりました。2Bさん、わからないことがあれば――」

「反対! 反対反対、はんたぁーーーーーーいっ!!」

 

 快く了承しようとした9Sを盛大に遮って、どういうわけか6Oが抗議の悲鳴を上げた。

 がたっと音を立てて席から立ち上がる。

 

「私だって隣ですよ先生!」

「いや、6Oは通路挟んで離れてるから、色々と不便――」

「うるさいなぁナヨンズは黙ってください!」

「ナヨンズ!? 初めて聞いたよ!?」

「いま私が考えましたからね!」

「陰で皆にそう呼ばれてるのかと心配したよ! どうしてそこまで僕に辛く当たるんだ!?」

「うるさいですよナヨショタ! 先生! 2Bさんの案内役、私がやります! やりたいですっていうかなんだか私の天職とか運命って感じがすごいします!」

「いやいやいやいや、意味がわからないから!」

「どうせ9Sは言われたからやります程度だったのに私に横取りされそうになって反発してるだけでしょう!?」

「半分そうだけども! それ自分で言う!?」

「でも棚ぼたで美人とお近づきになれそうでラッキーとも思ってたくせに!」

「えっ、そっ、そんなこと……というかそれを言うなら6Oにだって任せられな――!」

 

「ええい、う る さ い マ セ ガ キ 共 が !!!!」

 

 またしても言い争い始める二人にホワイト先生が雷を落とした。

 その迫力に、流石に言葉を失う二人。

 次に彼女はこちらを見て、呆れ声で問うてくる。

 

「……2B、お前が決めろ。どちらがいい?」

「え……」

 

 6Oと9Sの視線が2Bに集中する。

 急に話の矛先を向けられて、2Bはどぎまぎと二人の顔を見比べた。

 視線に圧力を感じる。特に6Oの方から……。

 9Sは選んで欲しいのか欲しくないのか、心中複雑な様子だった。

 そもそも自分の案内役が取り合いみたいになっていること自体、意味が分からないのだが……。

 自分のような転校生の案内役なんて、こんなに進んでなりたがるものだろうか?

 

「わ、私は……どちらでも……」

 

 やはりどちらとも言えずにそう答えると、

 

「……そうか、ならばどちらも案内役ということにしよう。9S、6O、頼んだぞ」

 

 と投げやり気味に目を瞑って(と言うか、実際さじを投げるような仕草をしながら)先生が場を仕切った。――6Oが「やたっ!」と小さくガッツポーズする。

 そして先生が「以上、ホームルームを解散する」と宣言すると、ホームルームはお開きとなった。一限目の教師が来て授業が始まるまで、しばしの休憩時間がある。

 先生が退出した直後、6Oが通路を越えてギッと椅子を寄せてきた。

 ずいっとこちらへ身を寄せてきながら、

 

「なんでも聞いてくださいね! 2Bさん! なんなら手取り足取りお教えしますから!」

「わ、わかった……」

 

 反対側では9Sが、すまなそうにこっそりと耳打ちしてくる。

 

「ごめんなさい、2Bさん。6Oが変なことしないように、僕もちゃんとサポートしますから」

「う、うん……」

「なによ変なことって!」

 

 だが6Oは聞いていた。2Bと9Sの間に割って入るようにぐいっと顔を出して、反撃に移る。

 

「変なことなんてしませんよ! 私今ちゃんと好きな人いますから大丈夫です!」

「全然大丈夫な気がしない……それに“その先輩”のことなら僕のリサーチではもう恋人が――」

「あー! なに勝手にリサーチとかしてるんですか、スキャナーモデルはこれだからもう! プライバシーの侵害って人類の偉大な言葉を知らないんですか!」

「いや、前にそのことで悩み相談されたような気が……」

「恋の行方は蓋を開けてみるまでわからないんです! 外から与えられる解決なんて要りませんよ!」

「なら僕はなんで前に相談をされ――」

「気の迷いです!」

「理不尽すぎるっ!?」

 

 と、またしてもいがみ合いが始まったのだが。

 

(案外仲が良いのかも…………?)

 

 二人の口調や視線に本格的な嫌悪や憎しみが混ざっていないことに気づいて、2Bはそう思った。

 喧嘩するほど仲が良い、という旧世界の人類の慣用句が思い浮かんだが、それが正しい使い方なのかはわからない。

 

 転校というのは、もう出来上がったコミュニティの中に突然放り込まれるわけだから、そこに溶け込めるかどうかというのは――特に2Bのように口べたなタイプにとっては――結構分の悪い賭けになる。

 それで不安もあったのだが、二人のおかげで、どうやらひとりぼっちになる心配だけはないようだった。

 まあ、その二人の(主には6Oの)勢いに押されて他のクラスメイトがどうやら引いてしまっているのを見れば、これはこれで問題があるかもしれない、とも思うのだが……。

 

 ――ともかく。

 2Bのヨルハ学園での登校初日は、そんな感じで始まった。

 

 

(つづく)




2Bのそばに居るのはやっぱりこの二人なのかな、と。
9S視点だとまた変わると思うのですが……。
感想ありがとうございます。励みになります。
始まったばかりなのでペース早いですが、段々落ちていくと思います。


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第三話 ― 『さん』は付けなくていい

 

 

24D(トゥーフォーディー)の! ランチタイム☆レター!(エコー)』

 

 

『こんにちは! さあ、本日も始まりましたみんなのボクッ娘アイドル24Dがパーソナリティを務める「ランチタイム☆レター」! ボクの放送を聞いてくれているみんな今日も元気かな~っ? (聞いてる風に間を空ける)……うんうんっ!』

 

 

『それじゃあ今日も早速リスナーのみなさんからのお便りを紹介していくねっ☆』

 

 

『森の国駅前にお住まいのペンネーム・ノケモノロボさんからのお便りです! えー、ボクハシャベ、リカタガオカ、シイカラミンナニ、って読みにくいなこれ(地声)……次のお便りっ☆ 水没都市区にお住まいの――』

 

 

 

「…………なにこれ」

 

 昼休みの時間になり、一緒にお昼食べましょうと9S、6Oに連れられて廊下を歩きながら。

 校内放送のスピーカーから流れてきた滑らかな語り口のおかしなノリの放送に、2Bは首を傾げた。

 

「ああ、放送部の活動ですね。いつもお昼に自前のラジオ番組を放送するんですよ。パーソナリティの子がアイドル志望らしくて……なんというか強烈ですよね、キャラが」

「私小さい頃からあの子知ってますけど、昔はあんな感じじゃなくてもっとこう普通っていうか地味目というか大人しかったですよ? 一人称普通に“わたし”でボクッ娘でもなかったですし」

「キャラ作りなんですね……アイドルって大変だなぁ」

 

 9Sの説明に、6Oが乗っかって、恐らく24D本人は知られたくないだろう情報まで明らかになった。

 他人の情報を事細かに覚えているのはO型(オペレーターモデル)の本能のなせる業だろうか。

 

「放送部と言えば――」

 

 と、9Sが話題を切り替えた。

 

「2Bさんはなにか部活とか入らないんですか?」

「部活…………」

 

 おうむ返しに呟く。

 特になにも考えてはいなかった。

 

「……入らなきゃ駄目?」

「いえ、別にそういう校則があるわけでもないですし、大丈夫ですよ。僕も入っていませんし」

「A2先輩と同じ部に入ったりしないんですか? B型ならスポーツ系は引く手数多(あまた)だと思いますけど」

「うーん…………」

 

 あまりピンと来ずに、2Bは少し考えて、口を開いた。

 

「“釣り部”はないの?」

「釣り……って魚釣りですよね? 2Bさん、釣りをされるんですか?」

 

 意外、という風に9Sが聞き返してくる。

 2Bはこくりと頷いて答えた。

 

「釣りなら少しは腕に覚えがあるから」

「へぇ……意外というかなんというか」

「旧世界の人類の趣味ですよね? 2Bさん、渋いですね~」

 

 6Oが感心したような声を上げる。

 9Sが彼のポッドから立体投影(ホログラフィック)ウィンドウを表示して操作しはじめた。

 

「釣り部釣り部……あ、少人数のクラブですけど、あるみたいですね。ほら――」

 

 学内(バンカー)ネットワークにアクセスしていたらしい。

 すいっと滑らせてきたウィンドウには、ヨルハ学園魚釣り部の紹介ページが表示されていた。

 その中のある一文に目を留めて、2Bは訝しげに呟いた。

 

「“釣り竿”完備……?」

「ああ、自分の釣り竿を持ってなくても部の備品があるので大丈夫ですよ、ということですね」

 

 と9Sが説明してくれたのだが、2Bの疑問はもっと()()()なところにあった。

 

「“釣り竿”って、何……?」

 

「「え…………」」

 

 9Sと6Oの唖然とした声がシンクロする。

 

「2Bさん、釣り竿を知らないんですか? 釣りには絶対必要な道具だと思うんですけど……」

「今まで、一体どうやって釣りを……?」

 

 二人におずおずと訊ねられて、戸惑いながらも2Bは答えた。

 傍らに浮遊するポッド042を指さして。

 

「……ポッドで」

 

『肯定:当機は魚釣り機能を導入(インストール)済』

 

「ず、随行支援ユニットで……?」

「それって釣りと言えるんでしょうか……?」

「…………違うの?」

 

 言葉に詰まる二人に2Bが小首を傾げ、困惑した声音で訊ねる。

 二人が説明してくれたところによると――

 一般的に魚釣りというのは“釣り竿”という、もっと物理的に不便なデバイスを用いて行うのだそうだ。

 それが旧世界の人類が行っていた“釣り”で、学園の釣り部がやっているのもそれなのだという。

 つまり、2Bの慣れ親しんだポッドによる釣りを行う部活はないのだということだった。

 

「そうだったんだ……」

 

 2Bはショックを受けていた。

 自分がこれまでやってきた釣りは、釣りじゃなかったんだ……。

 将来、漁師になろうかと思っていた時期もあったのに。

 

「でっ、でも……これを機に釣り竿デビューしても良いと思いますよ? ね、6O?」

「え、あ、あーっ、そうですね! きっと楽しいですよ!」

「…………いい。やめておく」

 

 若干悄然としてしまった2Bを見て、慌てて二人がフォローを入れてくるが、彼女はかぶりを振った。

 図らずも拗ねたような言い方になってしまったが、別に意地を張っているわけでもない。

 ポッド042を手元に呼び寄せて、優しげな手つきで撫でながら言う。

 

「この子を使わない釣りに、興味は無いから」

 

 たとえそれが本物の釣りではなく、単なるポッドのおまけ機能(スマホゲー)に過ぎなかったとしても。

 あくまで自分が愛した釣りは、ポッドと二人三脚で行う“協力プレイ”だったから、と。

 

『報告:光栄』

「そ、そう…………」

 

 二人はそんな2Bとポッド042の様子をどこか呆然と見つめて、やがて、まあ当人が納得しているならそれで良いかと思い直したようだった。

 校舎(バンカー)内の分岐路まで来ると、9Sが口を開いた。

 

「じゃあ、ご飯どうしましょうか? ここから食堂かグラウンドにいけますけど」

「グラウンド?」

 

 食堂は分かるが、グラウンドというのは? と2Bは聞き返した。

 

「パン屋さんが来るんですよ、移動販売の。店主さんの出自が不明でちょっと怪しいんですけど……」

「でも美味しいんですよね、焼きたてで。人気ありますよ」

「食堂のご飯も美味しいですけど、あれは玄人向けですから」

「玄人向け……?」

 

 二人の説明に紛れた、違和感のある言葉。

 学生食堂に初心者向けも玄人向けもあるものだろうか?

 

「回避しなきゃいけない危険なメニューがあるんですよ。食堂のおばちゃんが変わった人で……」

「たまにアジフライ定食とか作りますもんね、あの人。あとは、一度食べたら異常に病みつきになって、一日一回は食べないと禁断症状が出て、一回の服用量も段々増えていく電子ドンブリとか」

「それは本当にドンブリなの?」

 

 ドンブリの服用量とは一体……。

 9Sが肩を竦めて、

 

「まあ、皆それはちゃんと分かってて普通のメニューを選ぶんですけどね。新入生の時引っかかった子たちは死なない程度に酷い目にあっていましたけど」

「そう…………」

 

 なんだか()()()()()()()()()話だ。

 とりあえず食堂はまたの機会にということにして、三人はグラウンドに出ることにした。

 

「あ、もう来てるみたいですね」

 

 9Sが言って、グラウンドの片隅を指し示す。

 そこには――

 

『たりらりらぁー♪ だりらりらぁー♪ るーれーろーらーれろれろれぇー♪』

 

 陽気な管楽器の伴奏と共に、奇天烈な歌を流す一台の奇妙な軽トラックが停まっていた。

「激安!」「値引きはもう無理!><;」と(のぼり)を掲げて、荷台にずらりとパンを並べている。

 

『いらっしゃい~♪ まいどあり~♪ まーいーにちー焼きたてだぁ~♪』

 

 歌の音程が適当というか、不安定だが、これはこれで妙に耳に残る歌だった。

 軽トラの前に、ヨルハ学園の生徒たちが列を作っている。

 そこでふと気づいた2Bが声を上げた。

 

「……店主はどこだろう?」

『推測:不在』

 

 軽トラの周りには、制服を着た生徒たちの姿しか見当たらない。

 彼らは自主的に会計を済ませているようだったが、そもそも運転手すらいないのはどういうことか。

 

「ああ、あそこですよ。ほら、トラックの前の」

 

 と、9Sが指さした、その先には――

 

「なに、あれ…………」

 

 軽トラの前面、ヘッドライトに挟まれた、その中央に。

 めり込むようにして、球状の、ある種ホラーめいた“面”がくっついていた。

 焼き魚に似た白く濁った瞳、ニィッと上下の歯をずらりと見せて口が裂けるほどの笑みを浮かべている。

 その謎の生物の顔(?)は、軽トラと一体化していた。

 6Oが胸の前でぱちんと手を合わせて、

 

「カワイイですよねー、()()()()!」

「えっ……」

 

 2Bは衝撃を受けて言葉に詰まった。

 その“面”が店主らしいということもさることながら――

 

(可愛いって、あれが……?)

 

 たしかに自分自身“可愛い”という言葉からは縁遠い(と2Bは思っている)し、可愛いを語る資格は無いかもしれないが、アレを可愛いと言い切る6Oの感覚とは乖離がありすぎてちょっと怖い。最近の可愛いはどうなっているの。

 2Bの中の“可愛い”という言葉の定義がかつてない揺さぶりを受けていると、9Sが苦笑して。

 

「女子の“カワイイ”は当てにならないですよねぇ……。あの店主さん、アンドロイドでも機械生命体でもないらしい不思議な人なんですけど、まあ、パンはまともなので心配ないですよ」

「そ、そう……」

 

 私もいちおう女子だけど……、と釈然としないものを感じつつも、2Bは列に並んだ。

 やがて順番が来て、パンの並んだ荷台の前へと三人はやってきた。

 

「いらっしゃい!」

「わっ」

 

 2Bが荷台に近づいてパンをひとつ手に取ると、軽トラの前方からその面が話しかけてきて、思わず取り落としそうになった。

 今も流れているへんてこな歌と同じ声だ。鈴の鳴るような少年の声。

 隣の6Oが落ち着かせるように、

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ、2Bさん」

「あれ、もしかして、初めてのお客さんですか?」

 

 訊ねてくる“店主”に、軽トラの前面に回って、恐る恐る挨拶を返す。

 

「……こんにちは」

「こんにちは! 僕は店主のエミールといいます! アナタは?」

 

 文字通り張り付いた笑みは寸分たりとも動かなかったが、たしかにその面が喋っているようだった。

 

「……私は2B、転校してきて、今日からヨルハ学園に通ってる」

 

 幾分か落ち着きを取り戻して、自己紹介をする。

 

「2Bさん……転校生さんでしたか! 毎日ここでパン屋をやっていますので、これからどうぞご愛顧のほどよろしくお願いします!」

「よろしく。…………あ、ポッド――」

『既にお財布機能を起動、会計済』

 

 気がついて、手に持っているパンの会計を済ませようとポッド042に声をかけたのだが、既にことを済ませた後だったらしい。便利なスマホだ(と言ったら怒られるのだが)。

 続いてパンを購入した9Sと6Oと共に、エミールと名乗ったその店主に軽く手を振って別れを告げる。

 

「ありがとうございましたー! どうぞまたお越しください!」

 

 彼の弾むような声を背後に聞きながら。

 2Bは(――まあ、たしかにちょっとカワイイかもしれないな)と思い始めていた。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 一日の授業が終わって。

 放課後のチャイムが鳴ると、生徒達は各々部活に行くなり、帰宅するなりと教室から散っていく。

 

「どうでしたか? 授業とか、大丈夫でした?」

 

 帰る準備をしながら、隣の9Sが聞いてくる。

 2Bはこくりと頷いて。

 

「たぶん大丈夫。今日より前の授業でやった内容を前提にした説明が多かったから、そこは分かりづらかったけど……」

「あー、たしかに教科書に書かれてなくて授業だけでしか言わないこととかありますもんね」

 

 納得という風に9Sは頷いて「そうだ――」と続けた。

 

「――なんならこれまでの授業のそういう箇所をピックアップして、整理したのを明日持ってきますよ」

「え、そんなわざわざ…………案内役の役目の範疇じゃないし、申し訳ないから良いよ」

 

 2Bが首を振って断ろうとすると、9Sは苦笑して言う。

 

「大丈夫ですよ、その手の作業はスキャナーモデルにはお手の物ですから。それに……」

 

 と、ひと呼吸あけて、思い切ったように。

 

「友達の為に何かできるのって、僕、嬉しいんです」

「…………友達」

 

 2Bがその言葉を反芻するように呟くと、9Sは柔らかな微笑みを浮かべた。

 

「そうです。僕たち、もう友達ですよね……?」

 

 ゆっくりと、瞬きをするような間をあけて――

 

「…………そうだね、ありがとう」

 

 ヨルハ学園で出来た最初の友人に素直に感謝を述べると、2Bは胸に手を当て、続けて言った。

 

「なら……9S……」

「なんですか、2Bさん?」

 

「“さん”は付けなくていい」

 

「……え?」

「友達の名前に、敬称は必要ない」

 

 その言葉を口にするのには少し勇気が要った。

 言葉を受け取った9Sが目隠しの裏で、目を丸くしているような雰囲気が伝わってくる。

 やがて彼は口元をほころばせると、嬉しそうに返事をした。

 

「……わかりました。2Bさ……いえ、2B!」

 

 その時、9Sの傍らに浮いていた彼のポッド(153というらしい)が警告を発した。

 

『警告:ラブコメの波動を検知』

「えっ?」

 

 虚を突かれた9Sが声を上げる。

 2Bはその“なんとかの波動”とやらの意味が分からず、ポッド042に向かって訊ねた。

 

「有害なもの?」

『回答不能:哲学的な問い。ただちに影響はない』

「ふーん……」

 

 9Sの方は「なに言ってるんですかいきなり! 独断の論理思考と発言を禁じますよ!?」と彼のポッドに向かって慌てていたが。

 ――と、その時。幽鬼のような表情で、ゆらりと9Sの背後に現れた者がいた。

 

「……なぁ~に、良い雰囲気になってるんですかぁ~っ9S! 私が居ない隙に!」

「イテテテテテテ、し、6Oッ!? や、やめて――!?」

 

 最後の時限が終わった直後、“花を摘みに”行っていた6Oだった。

 9Sの目隠し型電子メガネの結び目をぐいぐいと引っ張って、顔にめりこませている。

 

「し・か・も! もう2Bさんを呼び捨てにしてるってどういうことですか~っ!?」

「アダダダダ!? 目が! 視覚センサーが壊れるっ!」

「お、落ち着いて6O……6Oも、私の名前は呼び捨てでいいから――」

 

 と2Bは宥めようとしたのだが。

 ばっと9Sを解放して6Oが詰め寄ってきた。

 

「いいえ! 私はまだ“さん”付けでいきます! “9Sのついでに”みたいなのが()ですから! 差別化です差別化!」

「そ、そう……」

「あっ、でも2Bさんのこと友達だと思ってるのは私も同じですよ! 同じっていうか9Sより上です!」

「さっきからヒドいな!」

 

 復活した9Sが目の辺りをさすりながら抗議の声を上げた。

 6Oにも友達と言って貰えて、2Bは内心喜んでいたが。

 

 そんな感じでヨルハ学園に通い始めた最初の日、2Bには二人の友人が出来たのだった。 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 二人と別れて急ぎ足で南の校門へ向かうと、腕を組み、門にもたれかかるようにしてA2が待っていた。

 2Bは、「お姉ちゃん」と声をかけて――

 

「待たせてごめん」

「ん、私も今来たばかりだよ」

 

 そう言ってA2は門から背を離すと横に並んできて、姉妹は連れ立って歩き始めた。

 廃墟都市の建物の残骸に絡みつく、巨大な樹木の葉鳴りがさざめいて聞こえる。

 

「……楽しかったか?」

 

 ふと、隣を歩くA2が訊ねてくる。

 こちらには顔を向けずに、何気なく、という風に。

 

「……うん」

 

 2Bは頷いて。

 A2の方に顔を向けて、続けた。

 

「こっちに来てよかった」

「……そうか」

 

 A2は2Bを横目にして、ふっと優しげな笑みを浮かべた。

 ぽんぽんと2Bの頭を撫でる。

 

「それは良かった」

 

 ……それから二号姉妹はどちらともなく手を繋ぐと、仲良く家に帰っていった。

 

 

(つづく)




サブタイトルのセリフを全体のラストに持ってくるという案もあったのですが……。
次回は9S視点。私的にはある意味一番楽しみにしている回(になる予定、書き上がらないと出来はわかりませんが)です。


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第四話 ― 姉弟の時間

 ヨルハ学園から徒歩三十分(人類換算)。

 廃墟都市の南端にある、鉄骨とコンクリートで造られた集合住宅。

 更に南の砂漠地帯にある廃墟群の一部を研究し、当時の姿で再現されたその“レプリカ”は、絶滅した人類がかつて“団地”と呼んだ建造物だ。

 そしてその“団地”には、今はこの地に満ちるアンドロイド達が住んでいた。

 

「ただいま」

 

 言いながら、ペンキで臙脂色に塗装された鉄製のドアを開ける。

 奥の居間にいるであろう同居人の()()に聞こえているかどうかは定かではないが、別に構わない。

 とにかく言うことが大事。

 帰宅しての第一声というのはそういうものだと、旧世界の人類のデータにはあった。

 狭い玄関で靴を脱ぎ、トイレや浴室に面した長細い廊下を歩いて行くと、台所のある居間へと辿り着く。

 その扉を開くと、台所に立つその背に向けて、改めて帰宅を告げた。

 

「ただいま、()()()

「おかえりなさい、9S」

 

 振り返って応答してきたのは、エプロンを身に纏った女性型アンドロイドだ。

 絹糸のような金髪。左のサイドだけを長く垂らした、アシンメトリのショートヘア。

 きりっと冴えた切れ長の瞳、理知的な顔つき。

 優等生、几帳面といった表現がしっくりとくるような佇まいをしている。

 名をヨルハ二十一号O型、通称21O(トゥーワンオー)と言った。

 9Sの姉である彼女もまたヨルハ学園の生徒で、一コ上の先輩にあたる。生徒会の役員でもあった。

 

「夕飯ができたところなので、運ぶのを手伝ってください」

 

 彼女は事務的な口調でそう言うと、鍋で煮込んでいたホワイトシチューをおたまで皿に盛り始めた。

 9Sも「わかった」と頷くと、その皿に加えて、スプーンやコップも食器棚からテーブルへ並べていく。

 冷蔵庫の当番表には、今週の食事当番が21Oであることが示されている。

 ほどなくして姉弟の食卓が整って、テーブルに向かい合って座ると――

 

「今日はシチューの味つけの配合を変えてみたのですが」

「へぇ、そうなんだ」

「……美味しいですか?」

「うん、具材に味が良く染みてる」

 

 スプーンでシチューを掬って口へと運びつつ、訊ねてくる21Oに答える。

 実際そこまで味の変化は感じられなかったのだが、それを素直に言うほど子供ではない。

 21Oは頷いて、

 

「そうですか、人類のレシピデータを解析した甲斐がありました」

 

 口調は堅いし、抑揚にも乏しいが、声音にはほんのりと満足感が滲んでいる。

 彼女はその潔癖そうな見た目を裏切らず、弟の9Sに対しても敬語を欠かさない。が、それが姉弟の距離感の遠さを表しているかというと、そうではなかった。

 食事を続けながら、21Oが問うてくる。

 

「学校はどうですか? 楽しいですか?」

「楽しいよ。姉さんは?」

「私も問題ありません。勉強の調子はどうですか? 難しいところがあればいつでも()()()()()が教えますからね」

「大丈夫、問題ないから……。スキャナーモデルはそういうの得意だし」

「そうですか……偉いですね」

「…………」

 

 こんな調子で――少し過保護で、未だに子供扱いしてくるのには閉口するが――彼女は弟思いの姉だった。

 学校生活の話をされて、「そういえば――」と思い出して9Sは言った。

 

「今日うちのクラスに転校生が来てさ」

「把握しています。たしか女子でしたね」

 

 こともなげに、21O。

 

「どうして知っているのかな……?」

「生徒会役員ですから。弟のクラスの情報を入手するのは難しくありません」

「そ、そう……」

 

 理由になっていない気がしたが、深く突っ込まないことにする。

 彼女には少し過保護なところがあるから。

 

「……それで、その子がどうしたのですか?」

「うん、それがすごい美人さんだったんだけど――」

 

 促されて話し始めた途端、向かいから“カッ!”と陶器と金属がぶつかり合う鋭い音が聞こえてきた。

 9Sが一旦口を止めて、対面を見やると、どうやら21Oが皿にスプーンを激突させたらしい。

 彼女はそのポーズで一瞬固まって、すぐに何事もなかったかのように澄ました顔で食事を再開して、「それで?」と続きを促してくる。

 

「その()()()()()()がどうしたのですか?」

 

 言葉にトゲがあるような気配を感じつつも、9Sは続けた。

 

「う、うん。()()って言うんだけど、僕の隣の席になったから、その子の案内役をすることに――」

 

 カランッ!

 

 再び甲高い音が鳴り、9Sが話を中断する。

 見ると、21Oはスプーンを皿の上に放り出し、立体投影(ホログラフィック)ウィンドウを呼び出してなにやら慌ただしく操作しているところだった。

 テーブルマナーに厳しい彼女が食事中にそのような奇行に走るなんて、明らかに異常だ。

 9Sの経験上、こういった場合この姉はろくなことをしていない。

 

「…………姉さん?」

「……なんでしょうか?」

 

 手を休めずに返事をしてくる21Oに、内心ジト目になって9Sは訊ねた。

 

「なにをしてるの?」

「いえ、B型(戦闘モデル)への装備転換の申請をしておこうと思いまして」

「なぜ今!? というか、そもそもなぜ!?」

 

 唐突に21Bになろうとしている姉を問いただすと。

 彼女は手を止めて、こちらに視線を移すと、きっぱりと真顔で説明してきた。

 

「その女を始末します。世間一般的に、弟の貞操を守るのはお姉ちゃんの役目と決まっていますから」

 

「いや、意味わかんないよ!?」

 

 ……訂正しよう。

“少し”どころではなく。

 21Oは9Sに対して、“かなり”過保護なところがある。

 普段は冷静沈着という言葉が服を着て歩いているような彼女だが、9S絡みの案件では簡単に正気を失ってしまうのだ。

 それに彼女はいかにも常識的なようでいて、どこか感性が“ズレて”いるところもある。

 彼女は「ですから――」と真顔(に見えるが正気を失った表情)で続けた。

 

「お姉ちゃんはあなたが心配なのです。あなたははっきり言ってしまえばチョロいですから」

「チョロいって……」

「ちょっと優しくされたらすぐ懐いてしまうということです」

「いや、意味はわかるけど……」

「先ほどその女を“2B”と呼び捨てにしていましたね? あなたの性格から言って、普段ならば会って初日の相手を呼び捨てで呼んだりはしません。ということは、それは彼女によってそう呼ぶように差し向けられたということではありませんか?」

「その女て……いや、“差し向けられた”って言い方がおかしいよね……? 2Bは単にもう友達だから敬称は付けなくて良いって言ってくれただけで――」

「ほらご覧なさい。もうそんな風に丸め込まれて、チョロいにも程があります。良いですか? 登校初日にも関わらず、初対面の異性に自分を気安く呼び捨てにするよう差し向けるような女子は、相当な手練れ(ビッチ)と決まっているのです」

「ビッチて! それは姉さんの基準がおかしいだけだと思うよ!?」

 

 もはや過保護というレベルですらないかもしれない。

 9Sのツッコミも虚しく、21Oは親指の爪を噛むような仕草をしながら、

 

「……ピュアな弟が食い物にされる前にアバズレは抹殺しなければ。しかし、相手はおそらく生まれついてのB型、私がB型に換装したとしても一筋縄ではいかないでしょう……最終的には刺し違えて(Dエンド)でも……」

「なんか思い詰めてるし……」

 

 ぶつぶつと呟き続けているその瞳の奥は、ぐるぐると渦を巻いているように見えた。

 9Sは額に手を当て、「はぁ……」とため息をつく。

 それから取り乱した姉を落ち着かせ、一連の流れをきちんと説明するのには、しばらくの時間を要した。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 食事が終わると、食器洗いは9Sの役目だ。

 二人分の食器と鍋を洗うのにそれほど手間は掛からない。

 すぐに洗い終わって軽く伸びをしていると、背後から「そういえば――」と21Oが話し掛けてきた。

 脇にベランダから取り込んだ洗濯物のカゴを抱えている。それをテーブルに置いて、

 

「週末に東京デパートに買い物に行く予定です。貴方の下着(パンツ)もそろそろ買い換える時期なのですが、サイズは変わっていませんか?」

「いや、姉さん――」

 

 9Sはその看過できない発言に対して即座に異議を申し立てた。

 

「僕ももう子供じゃないんだから、自分のパンツくらい自分で買うって前に言ったよね……?」

 

 高校生になってまで姉に自分の下着を買われるのはある種の拷問だよ、と主張する。

 実際それで前回から9Sが自分で下着を選んで購入し始めたのだから、もう姉の出る幕はない筈なのだ。

 

「いえ、9S――」

 

 と、それに対して21Oが立体投影(ホログラフィック)ウィンドウを呼び出して、「これを――」と、すいっと滑らせてこちらに見せてくる。

 

「貴方が前回自分で購入してきた下着の柄について、“有り”か“無し”かネットで投票を募ったのですが」

 

「なんてことしやがる!?」

 

 声を荒げずにはいられなかった。

 そこには、O型(オペレーターモデル)アンドロイド向けの井戸端会議サイト“アンドロ小町”のページが表示されていて、

“最近弟の購入した下着の柄、有りか無しか?”というトピックで投票が行われていた。

 もちろん下着数点の実際の写真もアップロード(晒し上げ)されていて――

 

「これもう拷問っていうか処刑だよッ!!」

 

 あまりの仕打ちに頭を抱えて悲鳴を上げる。

 21Oはなおも続けて――

 

「もちろん匿名で名前は伏せてあります。投票の結果ですが、およそ65%が“無し”という判定でした。お姉ちゃんとしては弟がマジョリティから“無し”とされるセンスの下着を身につけているのは心配で――」

「あああああーっ!! 聞きたくない聞きたくない!!」

 

 投票結果を解説してくる姉に頭を掻きむしりながら。9Sはふとページのある部分に目を留めて、

 

「っていうか、投稿者名の“21お姉ちゃん”って、これ最悪特定まであるじゃないかッ!!!!」

 

 絶叫した。

 しかし、こちらの抗議がイマイチ伝わっていない様子で、21Oは写真のひとつを指さすと、

 

「特に、この“塔”をモチーフにした柄のものはどうなのでしょうか? この“姉ツー”さんというユーザーからのコメントでも指摘があるとおり、“塔”というのは太古の機械生命体が宇宙に向けて“方舟”を射出するために設置した発射台ですが、まさかこの柄は着用者の下半身からそういった類いの何かが発射されるという謂わば性的な暗喩(メタファー)なのでしょうか? だとしたらお姉ちゃんあんまり感心しな――」

「わああああああああ――んっ!!!!」

 

 追い打ちをかけてくる姉の声を、耳を塞いで声を上げるという旧世界より伝わる由緒正しきテクニックで打ち消しつつ、9Sは泣きながら自室へと逃亡したのだった。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「うう……ぐすっ…………」

「……元気を出してください」

 

 自室のベッドの上で膝を抱えていじけている弟のそばに屈んで、21Oはそっと声をかけた。

 

「もう文句はつけませんから、下着はあなたの好きな物を選んでください」

「もういいよ……もう一生姉さんが買ってきたパンツでいいんだ僕は……」

「そんなこと言わずに……」

 

 恨めしげに呟く弟を宥めながら、まただ――と苦い思いに胸中が満たされる。

 まただ。またやってしまった。

 この世界にたったひとりの()()を想う制御不能な気持ちに突き動かされて、いつも暴走してしまう。

 今日はそれも二度目だ。

 

「……ごめんなさい、9S」

 

 弟の隣に腰掛けて、21Oは謝罪の言葉を紡いだ。

 悔恨の思いで眉をハの字にして、しゅんと項垂(うなだ)れながら――

 

「お姉ちゃん、またやってしまいましたね。あなたを傷つけるつもりはなかったのですが……」

「……傷ついてなんてないし、もういいって言ってるじゃないか」

 

 拗ねた声音で言い返してくる弟に、いよいよ意気消沈してしまった21Oの口からは、

 

「ごめんなさい、私……あなたが大切で…………だから……どうか……」

 

 嫌いにならないで――と、そこまでは言葉にならなかったが、気がつけば縋るように9Sの袖をつまんでいた。

 すると――

 

「…………あーもう!」

 

 しばしの沈黙を挟んで、9Sが苛立った声を上げた。

 びくんと肩を跳ねさせる21Oに、背けていた顔を向け直して、はぁっと呆れたようなため息をひとつ。

 肩をコケさせて、気勢が削がれたように言ってくる。

 

「……姉さん、そういうのは無しだよ」

「え?」

「そんな風に悲しそうに落ち込まれて、お願いされて、なんだか僕が悪いことしてるみたいな気になってくるじゃないか。それに、怒ることはあっても姉さんのこと嫌いになんてな、る……わけ……が……ないのに」

 

 最後は気恥ずかしくなったのか赤面し、そっぽを向いて、声が尻すぼみに小さくなっていったが。

 

「9S……」

 

 21Oは感極まって、言葉をなくしてしまった。

 目を潤ませて、今すぐ目の前の弟に抱きつきたいとうずうずする両腕の衝動を抑え込んでいる21Oを見て、「と、とにかくさ!」と9Sが照れ隠しのように声を上げて、

 

「姉さんはやっぱりどう考えても過保護すぎるからさ。少しは僕のことを信用して、子供扱いするのも減らしてくれれば良いと思うんだよ……うん」

 

 ぽりぽりと頬を掻きながら言ってくる心優しい家族(おとうと)の姿は、それはそれは尊くて。

 

「……わかりました」

 

 しっかりと頷いた21Oの顔には、柔らかな微笑みが浮かんでいた。

 そうして、しばらく二人してベッドに腰掛け、言葉も無く、ゆったりとした姉弟の時間が流れて。

 やがて21Oは「そうだ――」とふと思いついて提案した。

 

「週末の買い物は一緒に行って、あなたの下着を私が選んで、私の分はあなたが選んでくれるというのはどうでしょうか?」

「…………それもかなり精神的に拷問じみてるよ」

 

 姉弟の仲直り記念には良い案だと思ったのだが、9Sにはやれやれと首を振りながら却下されたのだった。

 

 

(つづく)




オペレーターモデルって井戸端会議的な物とか好きそうですよね、多分。
6Oのイメージもありますが、基本O型コミュニティは女子女子してそうだなーと思ってます。

書いて消してを繰り返している内に時間が結構経ってしまいました。
自分の中での期待値が高すぎるとこうなるんですね。
次回はもっと軽く書けたら良いなと思います。


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第五話 ― お姫様抱っこ

 義体(からだ)に備えられた環境センサーが風切り音を捉えた。

 分析の結果、戦場を飛び交う“弾幕”のうち、ひとつが自分への直撃コースを辿っていることを認識する。

 赤黒い、見るからに禍々しい見た目をしたその球状の弾体が着弾する瞬前、2Bは回避機動に移った。

 B型(戦闘モデル)の、四肢の駆動を司る優秀なサブプロセッサーの演算により、彼女の身体はアンドロイドの視覚センサーをもってしても視認するのが困難な速度領域へと瞬間的にシフトする。

 美しい脚をピンとまっすぐに振り上げた、惚れ惚れとするほど見事な側方宙返りの残像が瞬き、彼女が元いた位置を弾体が虚しく通り過ぎていく。直後、しなやかな着地姿勢を取る2Bのシルエットが再び鮮明になった。

 直近の脅威は去った。が、その場は依然として争乱の最中にあり、一瞬たりとも油断はできない。

 緊張により加速した思考の中、2Bは環境センサーの囁きを聞き漏らさないよう感覚を研ぎ澄ませる。

 しかし――

 

「ぐえっ……!?」

「6Oッ!?」

 

 背後で6Oの悲鳴。

 ひやりと背筋を走る悪寒に振り返ると、2Bが避けたその弾体が、流れ弾となって彼女に直撃していた。

 被弾した彼女は、そのままその戦場における死者の一員と化した。

 

「くっ……!」

 

 悔恨の思いに唇を噛み締める。

 自分が避けなければ……とも考えるが、2Bもタイミング的に回避するしかなかったのだ。

 背後に運動性能の低いO型(オペレーターモデル)の6Oが居たのは不運だったとしか言いようがなく、悔やんでも仕方ないのだが、それでも自分の流れ弾で友軍に死者を出したことに対する動揺は大きい。

 その動揺を――2Bは必死で抑え込んだ。

 戦場は待ってくれない。その場で仲間の死を乗り越えるしか、生き残る道はない。

 

 その、()()()()()()という名の戦場では。

 

「あいたた……うー、やられちゃいました~」

 

 ぼやきながら相手コートの外へと小走りに向かう6O。

 “死者”となった彼女は、お馴染みのルールで外野として復活のチャンスを待つことになる。

 かつての人類が生み出した“ドッジボール”という競技。

 アンドロイドの運動性能に合わせて競技性を担保するべくボールの数を六つに増やしたその“成れの果て”は、今日のアンドロイドたちにとっては高校の体育の授業でもやるくらい親しみのあるスポーツだ。

 ……そう、今はヨルハ学園の体育の授業中――体育教師のアネモネ先生の監督の下、グラウンドに設けられたコートで、2Bたちのクラスはドッジボールに打ち興じていた。

 2Bが転校してきて、あれから一週間が経っている。

 

「2Bさ~ん! がんばってくださ~い!」

 

 敵陣の、そのまた向こう側の外野エリアでのんきに声援を上げる6Oの声を聞きながら。

 胸に「とぅびぃ」と書かれたゼッケンを貼った体操服姿の2Bは、先ほど6Oに当たって地面に転がっていた()()()を、拾い上げて小脇に抱えていた。

 その赤黒い輝きを放つイクラかなにかのような奇妙な色合いの球体は、なぜだか「避けなきゃ」と本能が掻き立てられるような見た目をしているように思う。

 

(6Oの仇を、討つ……!)

 

 決意を胸に、2Bは先ほど6Oを葬ったボールの主に狙いを定めた。

 敵陣に立つその相手は、――たしか8Bと言ったか――自分と同じB型のようだ。こちらの視線に気づいて、口の端に不敵な笑みを浮かべて見返してきている。キャッチに自信があるのか、来るなら受けて立つといった雰囲気だ。転校生である2Bの、B型としてのスポーツの才能についても、自身もまた往々にして運動部所属であるB型の生徒達は注目しているようで、事あるごとに力試ししたがっているみたいだから、それも兼ねているのだろう。

 2Bはそこまで相手を分析して、結論づける。

 相手がキャッチに自信があるというのなら――

 

(キャッチできないくらい速い球を投げる……!)

 

 2Bは冷静沈着で理性的に見えるが、意外と根は脳筋だ。

 とはいえ、そんな力押しを可能とするだけの義体性能と、義体操作のセンスが2Bにはある。

 敵陣と自陣を往復する残りのボールの数々のうち、自分を狙って飛来するものを次々に躱しながら、2Bは助走を付け始めた。

 自陣の中で最大限に加速しつつ、舞うように側宙を交えて遠心力を蓄えていく。

 敵陣との境界線まで到達した瞬間、「ふっ!」と短い呼気と共に左足で深く前方へ踏み込んだ。

 溜め込んだ運動エネルギーは足下から上半身へ伝わり、弓なりになった上半身から鞭のようにしならせた腕が伸び、最後に手首のスナップを利かせて二重振り子の原理でもってボールに更なるスピードを上乗せした。

 全身の勢いを乗せたそのボールが、ぼっと空気の炸裂音を響かせ、衝撃波を伴って2Bから放たれる頃には、相手の顔色は変わっていた。

 

「う、うわっ!?」

 

 向かってくるボールのあまりの速度に顔をひきつらせると、先ほどまでの自信はどこへやら、小さく悲鳴を上げて逃げるように回避機動を取る。

 そこから起きたことは――結局回避しきれなかった相手に()ボールが着弾したということを除けば――先ほどの出来事と大体同じ構図だった。

 つまり――

 

「いだっ!」

 

 避けようとした8Bの背中を一旦経由して、跳弾したボールが――

 

「え、ぐはぁッ!?」

 

 その()()()()()、相手チームの()()の顔面に着弾した。

 他のボールに気を取られていた彼は直前になって気づいて振り向いたのだが、“時既に遅し”だった。

 そこから先は、スローモーションのように見えた。

 ごがっ!――と、ドッジボールにあるまじき鈍い音がして、跳ね飛ばされた9Sが宙に浮く。

 跳弾の角度は浅く、2Bの放ったボールはほとんど威力の減衰も受けずに、9Sの頬をまともに捉えていた。

 彼の身体は放物線を描き、手足が力なく虚空に放り出され、空中でぐるりときりもみ回転して。

 衝撃力を伝えきったボールが天高く打ち上がる中、一呼吸置いて、どしゃっと音を立てて地面に落下した。

 まるで交通事故の現場かなにかのようなその光景に――

 

「な……9Sッ!?」

 

 衝撃を受けた2Bの悲鳴が上がった。

 彼女の剛速球の餌食になり、地面に横たわった銀髪の少年はそのままぴくりとも動いていない。

 静まりかえった場に、てんっ、てんっ、と落ちてきたボールが跳ねて。

 周囲が唖然として動きを止める中、アネモネ先生がピピッと笛を鳴らして、試合が中断された。

 赤ジャージ姿の褐色の彼女は、歩み寄りながら9Sに声をかける。

 

「おーい、大丈夫か?」

 

 その周りではクラスメイト達が、

 

『す、すごかったね今の見た?』

『はは、狙われたの私じゃなくて良かった――』

『流石B型。いや、B型にしてもあの動きは……』

『あの才能……是非我がグラビティボール部に――』

『いや、うちの部にこそ――』

 

 と騒然としている中。

 

「9S!!」

 

 2Bは血相を変えて9Sに駆け寄っていた。

 完全に意識を持っていかれてぐったりとしている9Sの傍に屈み込んで膝を突くと。

 

「ご、ごめん。9S……9S……!」

 

 あわわ、と身体に手を触れながら、

 

「ポッド!」

 

 コートの外で他の生徒のポッド達と一緒に観戦していたポッド042を、急いで呼び寄せた。

 一緒に9Sのポッド153も様子を見についてきたようだった。そばにふよふよと浮遊している。

 続いて、2Bは焦燥に満ちた声でポッドに向かって、

 

「止血ジェルと論理ウイルスワクチン! それと――」

「いや、要らないだろうそれは」

 

 錯乱した2Bにアネモネ先生が半眼になり、呆れた声で突っ込みを入れてきた。

 

『非推奨:当該9Sに負傷は認められず、この程度のバイタル低下に応急処置は不要』

 

 ポッドにも言外に「大げさすぎ」と(たしな)められる。

 

「で、でも……」

 

 と2Bは9Sをあらためて見下ろした。

 彼の義体の隅から隅まで目を走らせるが、たしかに、外傷はない。

 頭部への強い衝撃で保護モードに入ったようで、眠ったまま静かに息をしている。

 アンドロイドの頑丈な義体に対し、ボールがぶつかったぐらいで大騒ぎしすぎなのかもしれなかった。

 肩を落とす2Bに、「まったく……」と額に手を当て、やれやれと首を振ったアネモネ先生が、

 

「保健委員はいるか? 彼を保健室へ運んで欲しいんだが――」

 

 と周囲に呼びかけたのだが、誰もその呼びかけには応えなかった。

 クラスメイト達は顔を見合わせていて――

 

『保健委員って誰だったっけ?』

『7Bでしょ? 今日来てない、っていうか最近来てない……』

『来てもいつも寝てるあの――』

『ああ、あのサボり魔の……』

『今日も多分どうせ家で寝て――』

 

 ひそひそと交わされるやりとりを聞いて、アネモネ先生が再び呆れたように言う。

 

「なんだ、欠席か? じゃあ誰でも良いから彼を保健室へ――」

「私が!」

 

 食い気味に、2Bは志願していた。

 一刻も早く9Sを手当てしなければ、という衝動の余韻に突き動かされて。

 

「私が運びます、先生」

「そ、そうか……じゃあお願いしようか」

 

 気圧された様子のアネモネ先生から許可を貰うと。

 

「ごめんね、9S……」

 

 呟くように声をかけると、2Bは脱力した9Sを仰向けにして、()()()と、()()に手を差し込んで抱きかかえ、すっくと立ち上がった。

 その光景に、(にわか)に場がざわついた。

 

『お、“お姫様抱っこ”だ……!』

『“お姫様抱っこ”だわ……!』

『人類作品で見たことある奴だ……』

『やだ2Bさんイケメン……』

『立ち姿が凛々しすぎ……』

『いや、配役が逆じゃない? あれじゃ9S君が完全にヒロインじゃないの――』

『いやいや、むしろそっちの方が私としては評価したくて――』

『2Bさんもそうだけど、お姫様抱っこされてる方も様になりすぎなのが問題よね……』

『だからそこが良いんですって――』

 

 ひそひそと、幾分か興奮した様子で話し合うクラスメイト達。

 そんなざわめきを気にも留めず――というか、聞いている精神的余裕がなかったのだが――そのままくるりと踵を返して、9Sを運んでいこうとする2Bを、

 

「2Bさん!」

 

 金髪の三つ編みお下げの女の子――6Oが追いかけてきた。

 彼女の体操服には「しっくすおー」とゼッケンが貼られている。

 

「大丈夫ですか? お手伝いします!」

 

 その申し出に、2Bは「大丈夫」とかぶりを振った。

 腕の中の9Sにちらっと視線をやって、

 

「これくらいは、軽いから。保健室の場所も、この前ふたりに教えて貰ったし……ポッド」

『了解:目的地をマップにマーク』

 

 ポッドが応え、視界の端、黒い目隠し型の電子メガネの表示領域(ディスプレイ)に表示された校舎(バンカー)のミニマップに、赤い光点が灯る。

 

「そうですか……」

「その代わりと言ってはなんだけど――」

 

 と、2Bは続けて6Oに願いを伝えた。

 

「できれば、私の分も6Oに頑張って欲しい」

「えっ? 何をですか?」

 

 虚を突かれたという風に6Oが聞き返してくる。

 2Bは元いたコートの方を見やって、

 

「ドッジボール……試合の途中だったから」

 

 自分の投げたボールの犠牲となった9Sは保健室まで運ばなければ気が済まないが、自分が抜けたことでチームのメンバーとしての責任が果たせないというのも悩みどころだったのだ。

 

「あ、ああー……なんて律儀な……」

 

 納得したという風に6Oが声を漏らす。

 苦笑しながら、「2Bさんらしいですね……」と呟いて。

 

「わかりました! 2Bさんの分まで頑張ってみます!」

 

 笑顔を浮かべて気合いを入れるように両のこぶしを握ったポーズをしてみせる。

 彼女はそのまま踵を返そうとして「あ――」と思いついたような声を上げて、

 

「あの、頑張りますから、()()、あとで私にもしてくれませんか?」

 

 と、“お姫様抱っこ”を指さして、はにかみながら訊ねてきた。

 

「……? 良いけど……」

 

 どうしてそんなことを、と頭の上に疑問符を浮かべながら2Bが答えると、6Oが「やたっ!」と小さくガッツポーズしてコートの方へ戻って行く。

 なにがそんなに嬉しいのか分からなかったが。まあいいか、と2Bはすぐに気を取り直して、9Sを保健室へと運んで行った。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 保健室の位置は知っていたが、中に入るのは初めてだった。

 コンコン、とノックすると、「はーい」と声が聞こえて、空気の圧搾音を響かせてドアが開く。

 

「いらっしゃい。あらA2、髪を切っ……いや、A2じゃないわよね?」

 

 中に居た人物がこちらに挨拶しかけて、途中で訝しげな顔になって訊ねてきた。

 胸まで伸びた赤みがかった栗色の髪、翡翠のような色合いの瞳。全体的に“お姉さん”という雰囲気の女性型アンドロイドだ。

 彼女は2Bのことを最初どうやら姉のA2だと思ったようだったが、2Bは2Bで、

 

「……()()()()()?」

 

 と、怪訝な声を上げていた。

 中に居たのは音楽教師のデボル先生……だと思うのだが、なぜか白衣を着ていて、いつもと雰囲気が違う。

 どうして音楽の先生が保健室に? と戸惑う2Bの様子を見てか、彼女は納得顔になって、

 

「ああ、転校生なのね? 私は養護教諭の()()()、音楽教師のデボルとは双子なのよ」

 

 と説明してきた。

 

「双子……そうだったんですか」

 

 2Bもようやく腑に落ちた。

 デボル先生には人類音楽の授業でもう何度も会っていたが、彼女に双子がいたとは知らなかった。

 というか、双子というのはそもそもアンドロイドには珍しいタイプだ。

 しかも、同じ学校で養護教諭――いわゆる“保健室の先生”をやっているとは。

 よく見れば、外ハネ気味のデボル先生に対し、ポポル先生の髪は内巻き気味のようだった。声もおっとりとしているように聞こえる。

 それ以外は本当によく似ている。が、2BとA2のような同型機の姉妹ほどには瓜二つでもない。

 それが双子ということなのだろうが……。

 

「あなたはA2の妹さんかなにか?」

「はい。私は2B、お姉ちゃ……A2の妹で、先週こちらに――」

 

 と、あらためて2Bがポポル先生に自己紹介していると――

 

「んー? いま私の話した?」

 

 保健室の奥の方から声がして、閉まっていたベッドのカーテンのひとつがシャッと開いた。

 それは、今度こそデボル先生だった。

 あくびをひとつして、彼女はベッドから降りると、こちらに歩いてくる。

 やはりよく似ているが、どことなく性格の外向性、内向性が雰囲気となって現れているようだった。

 彼女は2Bの姿を認めると、

 

「2Bか、どうしたんだ、“それ”?」

 

 2Bの腕の中でぐったりとしている9Sを指さして訊いてくる。

 

「これは……」

 

 と、保健室に来た本来の目的を思い出して、2Bが一連の流れを説明すると――

 

「アハハハ! それで女の子にお姫様抱っこされるとは、9Sの黒歴史確定だな!」

「デボル……笑っちゃ悪いわよ」

 

 デボル先生が快活な笑い声を上げて、ポポル先生がジト目で(たしな)めた。

 が、彼女も口の端を微妙に歪めているようだった。

 2Bは意味がわからず「黒歴史……?」と首を傾げていたが。

 

「入って。大したことなさそうだけど、念のためメンテナンスするわ。まずはベッドに寝かせましょう」

 

 とポポル先生に招かれて、2Bは9Sを抱えたまま部屋の中に入った。

 彼をそっとベッドの上に寝かせると、ポポル先生が用意してくれたキャスター付きの丸椅子に腰掛ける。ポポル先生も同型の椅子に腰掛けると、9Sに向かって立体投影(ホログラフィック)ウィンドウを開いてチェックシーケンスを実行し始めた。

 待っている以外にできることもなく、手持ち無沙汰になった2Bは疑問に思っていたことを訊ねた。

 

「デボル先生はどうして保健室(ここ)に?」

「あー、それは……」

「しょっちゅう入り浸ってるのよこの人。というか、音楽の授業の時間以外は大体ここに居るわね」

 

 答えにくそうにするデボル先生に代わって、立体投影(ホログラフィック)ウィンドウを操作しながらポポル先生が答えた。

 具合を悪くでもしたのかと思ったが、違うらしい。サボりというやつだろうか? 教師なのに。

 

「ここは居心地が良いからな、ベッドもあるし、ポポルもいるから」

 

 悪びれずにデボル先生が言う。「それに」と続けて――

 

ヨルハ学園(ここ)に来るまで色々あったし。折角のんびりできるんだから今を満喫しないと」

 

 そういうと彼女はポポル先生の背後に立ち、しなだれかかるようにして腕を回すと、

 

「本当に、色々あったんだ…………なぁ、ポポル?」

 

 もう一度、意味深めいてしみじみと言うデボル先生に、ポポル先生がため息混じりに半眼で付け加えた。

 

「主にはお酒のせいでね。デボルったら酒癖が酷くて、前の職場追い出されたのもそれが原因だったし」

 

 酔っ払うと「にゃ~」とか言うのよこの人、と肩を竦める。

 

「おいおい、酒癖に関してはポポルも同罪だろ」

 

 背中にくっついているデボル先生が心外という風に抗議した。

 彼女はこちらに向かって説明してくる。

 

「むしろ決定的なのはいつもポポルの暴言でね。ポポルって酔うとめちゃくちゃ機嫌が良くなるんだけど、それが変な感じになると突然キレだして言葉遣いが荒くなるんだよ」

「そ、そうなんですか」

 

 おっとりとした雰囲気のポポル先生の酒癖がそんなだというのは意外だ。

 デボル先生と逆じゃないのかと思うのだが、酒癖というのはそういうものなのかも知れない。

 どちらも一度酔ったところを見てみたいような、見たくないような……。

 

「記憶にないわよそんなの」

 

 むっとした風にポポル先生が言う。

 デボル先生が顔をひきつらせて、

 

「いや、暴言どころか、実際に暴れて建物とかに被害を出したことだって一度や二度じゃ――」

「記憶にありません」

 

 ポポル先生は、あくまでシラを切り通すつもりのようだった。

 彼女はそこでお酒の話は終わり、とばかりに、

 

「……外傷無し、機能に異常なし、再起動シーケンスにも問題ないわね。しばらくしたら目を覚ますわ」

 

 立体投影(ホログラフィック)ウィンドウを見ながら告げてきた。

 

「そうですか…………良かった」

 

 2Bは安堵して息を吐いた。

 そのままじっとベッドに横たわる9Sを見つめていると。

 

「ねぇ、ずいぶん健気に見つめてるみたいだけど、そいつとはどういう関係なの?」

 

 と、興味津々とばかりにデボル先生が訊ねてきた。まだポポル先生にもたれかかっている。

 

「どういう……?」

 

 ピンと来ず、2Bが首を傾げていると。

 

「やめなさいよ。そういうの、私達みたいなおばさんが茶々入れるのって良くないわ」

 

 ポポル先生が眉を顰めて、背後霊かなにかのようにくっついているデボル先生に苦言を呈した。

 デボル先生は「おばさんとは失礼な」と憤慨していたが。

 どういう関係って言われても――と2Bは考えて、

 

「クラスメイトで、友達です。こっちに来てから、はじめての」

「……そういう話をしてるんじゃないんだけどなぁ」

「……?」

 

 素直に説明すると、デボル先生が呆れたように言った。

 じゃあ何の話をしてるんだろう? とますますわからなくなって頭の上に疑問符を浮かべていると、

 

「その子のことどう思ってるのか? って話よ」

 

 と、横合いから()()()()()が言った。

 

「……さっきやめろって言ったのは誰だったっけ?」

 

 デボル先生が半眼になってツッコミを入れる。

 

「仕方ないじゃない、好きなんだものこういう話」

 

 女性は誰だってね、とポポル先生は肩を竦めて開き直った。

 一方2Bは、その質問になんと答えたら良いか考えていた。

 先生達の言う“そういうの”だとか“こういう話”というのが何を指しているのかはわからなかったが。

 

(どう思っているか、か……)

 

 胸中で質問を反芻する。

 眠っている体操服姿の9Sを見ながら、転校してきてからのことを思い返して。

 

「9Sは……優しい子だと思います。親切で、気遣いができて、好奇心が強くて、心根が純粋で……」

 

 彼は、きっとどこまでも“良い子”だと思う。

 直感ではあるが、それが一週間クラスメイトとして一緒に過ごしてみての印象だ。

 しかし、その回答にも双子の先生たちはイマイチ満足してはくれなかったようで、

 

「う~ん、そういう話でもないんだけどなぁ」

「鈍感系主人公みたいな受け答えね……」

「……?」

 

 困ったように苦笑していた。

 2Bが困惑していると、デボル先生が「……まあ、いいか」と諦めたように言って、ポポル先生が、

 

「そういう話をするなら、私たちはどうなのかって話もあるわよ?」

 

 と話の矛先を変えた。

 

「え~? ほら、私にはポポルが居るし、ねぇ?」

 

 と、デボル先生は悪戯な笑みを浮かべて、更にポポル先生に纏わり付くように背後から腕を巻き付ける。

 

「あら、光栄。でも私は競争率高いわよ?」

 

 立体投影(ホログラフィック)ウィンドウを見ながら、ポポル先生が素っ気なく言うと、デボル先生が激烈な反応を示した。

 

「マジで!? 聞いてないんだけど! 誰!? 誰がポポルを狙ってるの!?」

 

 目を見開いて驚愕の声を上げ、ガバッとポポル先生を覗き込むようにして問う。

 それにポポル先生はまたしても素っ気なく、「冗談よ」と答えた。

 

「なんだ……びっくりして損した」

 

 と、デボル先生がむくれてポポル先生を突き飛ばすように解放する。

 ふふ、とポポル先生が含み笑いを漏らして、

 

「まあ、保健室の先生ってだけでなにかと人気はあるのだけどね」

「いや、そういう人気なら音楽教師だって負けてないはず……」

 

 と、それから双子の先生達の会話はとりとめのない話に流れていったのだが。

 2Bの心中では、先ほどの質問の余韻がまだ尾を引くように残っていた。

 相手のことをどう思っているのか、という質問。

 逆に言えば――

 

(9Sは、私のことをどう思っているんだろう……?)

 

 どうしてそんなことが気になるのか、自分でも不思議だった。

 結局、胸に浮かんだその問いが答えを得ることはなく、それは茫洋とした忘却に追いやられていったのだが。

 

 ……その後、弟が保健室に運ばれたと聞いた21Oが血相を変えて飛び込んできたり、2Bが彼女にすごい勢いで説教されたり(床に正座させられた)、それを目を覚ました9Sが必死で宥めたり、保健室にお姫様抱っこで運ばれた経緯を知った9Sが恥ずかしさのあまり家に帰ってから密かにベッドの上で頭を抱えて悶絶したりといった騒ぎもあったのだが。

 それは、また別のお話。

 

 

(つづく)




朗読劇の台本ネタバレを一部見てしまい、かなり色々と衝撃でした。
三日間ほど傷心?旅行に行ってきます(嘘、関係ないです)。
一応旅先でも書くつもりですが、まずインプットを優先したいなと。


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第六話 ― 11cmの格差

『…………こほん』

 

 

『ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピ――ッ!』

 

 

 ブゥンッ!――と、野太い風切り音。

 アラーム音を囀るポッド042は、それを撃墜せんとする寝ぼけた“主人”からの一撃を辛うじて回避した。

 このやりとりも毎朝のことだ。もうこのお決まりの一撃をむざむざ食らったりはしない。

 わざわざ口に出しはしないが、このときの彼の気持ちを言葉にするならば「ふ、甘いな」という、主人の愚かな行いに対するささやかな勝利の喜びだろうか。

 

「う、ん…………そうだ…………漁師に…………むにゃむにゃ」

 

 ……行動目標を未達成と判断。

 

『おはようございます、2B。ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、おはようございます――』

 

 覚醒に至らず寝言をほざく主人に、ポッド042は目覚ましを続行する。

 彼女は先ほどの一撃で右手を伸ばしたポーズのまま、ふとんとパジャマをはだけさせている。右手はベッドからはみ出し、だらりと垂れ下がっていた。

 なんともだらしない姿で、自分の主人がそのような醜態を晒しているというのは随行支援ユニットとして忍びなく、一刻も早く解消すべく声をかけ続ける。

 ベッドの上に残る左手の一撃が飛んで来る可能性も考慮し、万全の警戒をしつつ――

 

『ピピピピッ、ピピピピッ、おはようございます、2B。ピピピピッ――』

 

 そのときだった。

 

「うるさい黙れ」

『ピピガッ――!』

 

 背後から苛立ち気味な声。同時に、衝撃がポッド042の頭頂部を襲った。

 まさかの不意打ちに空中の姿勢制御を失い、あわや墜落しかけて、床ぎりぎりで立て直す。

 再び上昇しながら背後を振り返ると、そこには主人の姉にあたる人物(アンドロイド)――A2の姿があった。

 先ほどまでポッド042が居た座標空間に、手刀を振り下ろしたポーズでこちらを見下ろしている。

 彼はそのまま彼女の目線の高さまで上昇すると、大小四つのアームを広げて抗議の意を示した。

 

『要求:突然の暴挙に対する釈明』

「近所迷惑だからだ。そもそも今日は祝日で、目覚ましの必要がないだろう」

 

 腕を組み首を傾けながら、呆れた声でA2が言う。

 腰まで無造作に伸ばした長い銀髪がふわりと揺れた。

 

『…………』

 

 たしかにそうだな――と、一瞬納得してしまったポッド042ではあったが、反論の余地はあった。

 

『……ヨルハ機体2Bより、祝日の場合の目覚まし行動を例外とする命令は受けていない』

「いや、融通を利かせろよ……使えないハコだな」

『…………』

 

 ……まあ、ポッド042自身も、それが屁理屈めいた言い分であることは否めなかった。

 しかし、またしても“使えないハコ”呼ばわりとは、不名誉にも程がある。

 その評価は容認できない、と彼は抗議の声を上げかけたのだが――

 

「ん…………ポッド……お姉、ちゃん?」

 

 そこで薄く目を開いた2Bが、ポッド042と、それからA2を認めて声を漏らした。

 二人の話し声が、結局、彼女を覚醒へと導いたようだった。

 

「起きたか」

『おはようございます、2B』

「おはよう…………ふわぁ、メガネ……」

 

 ポッド042の挨拶に応えて、あくびしながら目隠し型の電子メガネと、カチューシャを装着する2B。

 身を起こし、ベッドの上にぺたんと座ると、シンプルな黒のワンピースに身を包んでいるA2を改めて見やって、訊ねた。

 

「お姉ちゃん、どこかに行くの?」

「ああ、バイト……というか、パスカルの手伝いでな。孤児院に行ってくる」

「パスカル?」

「この家の大家だよ。普段は森の国区で孤児院の院長をやっててな、家賃の代わりに休みの日は手伝ってくれって言われてる」

「大家さん……そうなんだ」

 

 姉妹の暮らすこの家は旧世界の日本家屋の再現物件(レプリカ)らしく、こぢんまりとした二階建ての一軒家だ。

 元はA2がひとり暮らしをしていたのだが、そこへ2Bがヨルハ学園に転校するため引っ越してきた。

 借家だったとは知らなかったが。

 

「じゃあ、朝食は作っといたから。夕方には帰るけど、昼食は自分でなんとかしてくれ」

 

 そう言って踵を返そうとするA2の背中に、2Bが「待って」と声をかけた。

 

「私も行く」

 

 そう言いながら立ち上がると、慌ただしく着替え始める。

 ばっとパジャマを脱ぎ散らかす妹に、A2が眉を持ち上げて。

 

「行くって、何をしに?」

「お姉ちゃんを手伝いに」

 

 言いながら、2Bは黒いステイアップストッキング(注・長靴下。ガーターストッキングを、ガーターベルト無しで固定できるよう穿き口にストッパーを仕込んだものを指す)に手を伸ばした。

 彼女がそれを片方ずつ、ぴっちりと留まるところまで引き上げていると、A2が顔をしかめて言う。

 

「いや、必要ない。……学校で友達もできたんだろ? せっかくの休日なんだから、そいつらと一緒に買い物にいくなりなんなりして、もっと仲良くなった方がいいだろう」

 

 そんな風に気遣う言葉を口にする姉に、2Bは「ううん」とかぶりを振って。

 

「私もこの家でお世話になってるから、私だけ遊んでいるわけにはいかない」

 

 クローゼットからワンピースを取り出して上から被り、袖に手を通す。

 同じ黒のワンピースでもA2のシンプルでタイトなものとは対照的に、フレア気味のゆったりとしたシルエットで、ウェストリボンがついていた。

 それをキュッと締めると――

 

「さあ、行こう。お姉ちゃん」

「…………まったく」

 

 A2がやれやれと髪をかき上げて、無駄に生真面目な妹に嘆息する。

 こうなったら彼女は頑なだ。

 

「……まあ、新しい住人だし一度大家に顔見せておくべきではあるか」

 

 呟くように言うと、A2は諦めたように腰に手を当てて。

 

「OK、待っててやるから先に朝ご飯食べな」

「わかった」

 

 二号姉妹(とポッド)が連れ立って家を出たのは、それからしばらくしてのことだった。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 森の国区は、かつて文字通り“森の国”と呼ばれた機械生命体達の集落のあった場所だ。

 旧世界の人類廃墟でもあり、石門・石柱の残骸が建ち並ぶ森の奥に、朽ちた城塞がどっしりと構えている。

 森を満たす木々は、旧世界から激変した環境に適応した結果、極めて大きく太く成長するものが多い。

 森の国区の外れには、そんな木々と比べてもひときわ巨大な樹が一本ある。

 その、旧世界のビルほどもあろうかという巨木こそが、“パスカルの孤児院”のある場所だった。

 

「これは…………」

 

 2Bはその場所に至って、感嘆の声を漏らした。

 その巨木に打ち込まれたドーナツ状の足場の上に、子供部屋ほどの大きさの小屋がぽこぽこと並んでいる。

 ある種幻想的な光景だ。小屋はそれぞれ箱と円筒を組み合わせたような形をしていて、旧世界の人類資料の絵本に出てくる“妖精の家”のような趣がある。

 その足場へと、姉とふたり、地上から伸びた吊り橋を渡って――

 

「パスカル」

 

 姉のA2が声をかけたのは、いまどき滅多に見られないような、かなり古い型式の機械生命体だった。

 円筒形の頭部に緑色に瞬くカメラアイ、俵型の胴体、見た目はどこか人類遺物のオモチャめいている。

 機械生命体とアンドロイドは、かつて戦争があった頃のようには敵対していない。が、無条件に心を許せるほどに融和しているわけでもなかった。

 というか、アンドロイドがアンドロイドとしてしか存在しようがないのに対し、今や機械生命体の在りようは様々だ。アンドロイドのような――人のような――見た目をしているタイプ、いかにもロボット然としたタイプ、動物型や魚類型など言葉が通じないタイプもいる。意思と感情を持ち、言葉が通じる相手であったとしても、多くの場合独特な価値基準・思想・行動様式を持つ彼らは、アンドロイドと相容れるとは限らない。どこまで行っても別種の知的生命体なのだ。

 2Bだってことさら機械生命体を嫌っているというわけではないが、初対面の機械生命体相手は自然と警戒するのが道理だった。

 A2はそんな2Bの様子に気づいてか、わずかに苦笑しているようだった。

 

「ああ、A2さん。いつもありがとうございます」

 

 パスカルと呼ばれたその機械生命体は、優しげな声で挨拶を返してきた。

 独特のカクカクとした身振り手振りをしながら、古い動力のせいか小刻みに上下に揺れている。

 A2は肩を竦めて。

 

「……家賃の代わりなんだから、礼を言われるようなことじゃない」

「はは、A2さんが来ると、子供たちも喜びますから……そちらは、お話を伺っていた妹さんですか?」

 

 続いてパスカルは、A2の背後に隠れ気味に立っている2Bに気づいて訊ねてきた。

 

「ああ、2Bだ。手伝いに来ると言って聞かなくてな」

「……こ、こんにちは」

 

 A2に紹介されて一歩前に出ると、おずおずと言って、ぺこりとお辞儀する。

 

「こんにちは。はじめまして、2Bさん。私はパスカル、平和を愛する機械生命体で、ここの院長をしています。A2さんのお家の大家などもさせていただいています」

 

 パスカルの対応は物腰穏やかで、丁寧だ。

 こちらの警戒心を和らげようとしてくれているような配慮も感じる。

 

「……その節はお世話になってます」

「いえいえ、こちらこそA2さんにはいつもお世話に――」

 

 と、そこで会話を遮って、突然子供の甲高い歓声が上がった。

 

「あーっ! A2お姉ちゃんだーっ!」

「お姉ちゃんだーっ!」

 

 見ると、少し離れたところに、赤い服を着た小さな女の子がふたり、目を見開いてこちらを指さしている。

 双子か、姉妹か、瓜二つの姿をした彼女らの声に反応して表れた子供たちが、口々に歓声を上げた。

 

「ほんとだっ! おねえちゃんだ!」

「A2オネエチャン、キテルヨ、ミンナーッ!」

「「ワァァァーッ!!」」

 

 子供だ。孤児院なのだから、当然子供がいる。

 生命力に溢れた声だ。

 孤児院のあちこちから次々に子供たちが沸いて出て、こちらに駆け寄ってくる。

 ドドド、と足音の振動が足場を揺らし、あっという間に取り囲まれてしまった。

 見たところ子供たちは機械生命体、アンドロイド入り混じっている。

 機械生命体の中でも新旧ごちゃ混ぜで、アンドロイドとほとんど見分けの付かない最新の人型もいれば、太古の昔に主流だったボールヘッド型もいる。

 子供たちは2Bの存在に気づくと、ぐいぐい詰め寄ってきた。

 

「お姉ちゃんが二人居るーっ! なんでっ? なんでっ?」

「A2オネエチャンガ、フタリ、イルーッ!」

「ナンデ、フタリ、イルノーッ!?」

「お、お前ら、ちょっ、くっつくな――!」

「あああ、すみませんうちの子供たちが――」

「A2お姉ちゃんとそっくりーっ!」

「オネエチャン、ダァレーッ?」

「わ、私はお姉ちゃ……A2の妹の2Bで、同型機だから――」

 

 たじろぎつつも説明しようとする2Bだったが、子供たちが押しあいへし合いして次々に入れ替わるせいで、いったい誰に向けて喋っているのか自分でも分からない。

 

「すごーい! お胸がA2お姉ちゃんよりおっきーい!」

「~~~~~~ッ!?」

 

 急に胸をガシッと掴まれて、目を白黒とさせる。

 慌てて見下ろすと、先ほどの少女たちだった。

 目を輝かせて、片方は2Bの胸を鷲掴みにしている。

 すぐに他の子たちも群がってきて――

 

「ホントダーッ!」

「A2オネエチャンヨリ、ズット、デカーイ!」

『肯定:ヨルハ機体2BとA2の胸囲には11cmの格差が存在』

「へー、そうなんだー!」

「柔らくてあったかーい!」

「や、やめ、掴まないで――」

「オッパイ、オッパイ、スキ、スキ」

「どうして同型機なのにここ(・・)はA2お姉ちゃんと同じじゃないのーっ?」

「お・ま・え・らァァァァァッ!!」

 

 はしゃぐ子供たちの対応に困り果てていると、堪忍袋の緒が切れたという風にA2が怒声を上げた。

 主犯たる少女たちが拳で頭をぐりぐりされて、痛い、痛い!と涙目でジタバタしている。

 「お前も何言ってんだ!」と、ポッド042にも手刀が加えられていた。

 それからA2は子供たちを遠くへ押しやるようにして――

 

「邪魔だ! ちょっとあっち行ってろ!!」

 

 しかし、子供たちはすぐに抗議の声を上げながら、A2の雷をものともせずに詰め寄ってきた。

 

「えーっ! お姉ちゃんたち遊びに来てくれたんじゃないのーっ?」

「遊んでよーっ!」

「A2オネエチャン、2Bオネエチャン、アソンデーッ!」

「い、いや私は手伝いに来ただけで――」

「アソンデ! ネェネェ、アソンデヨー!」

「こーらー! 皆さん! A2さんと2Bさんが困っていますよ!」

 

 やっとパスカルも制止に加わって。

 ふたりが解放されるまでには、もうしばらくの時間を必要とした。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 前掛けをして、トンカチを持ったA2が小屋の屋根のひとつに上っている。

 屋根板が老朽化しているからということでパスカルに頼まれて、修繕作業を行っているのだった。

 それを遠巻きに見上げながら、2Bはパスカルと共にキッチンに立っていた。

 もうすぐお昼ご飯の時間ということで、メインはカレーライスで2Bが調理担当だ。

 現代においては、アンドロイドも、機械生命体も、食事によって活動エネルギーを補給するのが一般的なのだが、中には食事機能の仕様にバラツキのある子供たちもいて、そうした子たちについてはパスカルが全て把握しており、細かく作り分けているようだった。

 

「オネエチャン、アソンデーッ!」

「わっ! 登ってくるなよ危ないだろ!」

「遊んでよーっ!」

「わかった! わかったから降りてろ! もう、あとで遊んでやるから!」

「わーい!」

「ヤッタァァ!」

 

 A2と子供たちのやりとりが聞こえてくる。

 

「お姉ちゃん、すごい人気……」

「そうなんですよ。A2さんはお優しいですから、子供たちにもそれが伝わるんでしょうね」

 

 思わず呟いた一言だったが、パスカルが拾って応じてきた。

 2Bの方はというと、A2と離れてからは遠巻きにうずうず見つめてくる子たちは居るものの、やはり2B単独では人見知りするのか、先ほどのようには近づいて来ない。さっきまで子供の持つエネルギーのようなものに当てられて疲弊していたからホッとする反面、少し寂しくもある。

 調理の手は止めずに、和気藹々としている子供たちを眺めながら。

 

「みんな仲が良いですね。ここでは誰も相手がアンドロイドだとか、機械生命体だとかいうことを気にしていないみたいで」

「ええ、そうなんですよ。みんな赤ん坊の頃から同じ場所で暮らして、兄弟同然で育ってきていますから……ここの子供たちの関係性は、私の希望なんです。いつか、世界中の人々があんな風に、手を取り合えるようになれれば良いのですが……」

 

 どこか遠い目をして語るパスカルに、2Bはばつが悪い思いがした。

 先ほどパスカルと初めて対面した時のことを思い出して――

 

「まだ、私は相手が機械生命体だとどうしても気にして警戒してしまうというか、あんな風には……」

「今はそれが普通の反応だと思います。A2さんも、ここに来はじめた頃は大分機械生命体の子供が苦手なご様子でしたから……」

「……お姉ちゃんはずっとここに来てるんですか?」

「ええ、家をお貸ししてから、ずっとですね。あの家はそもそもお譲りするつもりだったのですが」

「そうなんですか?」

「子供たちと住むには狭くて、持て余していましたから。でもA2さんは借りたいだけだと、家賃も払わなきゃ気が済まないからと言って聞かなくて、それで妥協点としてこちらを手伝って貰うことにしたんです」

「そうだったんですか……」

「おかげですごく助かっていますよ。子供たちも見ての通りA2さんを姉のように慕っていますし」

 

 休日に手伝いに来るだけなんて、家賃の代わりというには楽すぎるのではないかと思っていたが、そんな経緯があったらしい。パスカルにしてみれば、そもそもが不必要な対価なのだ。

 しかし、あの家をただで譲って貰うなんて受け容れられない、という姉の気持ちは2Bにもよく分かる。

 そういうところは似たもの姉妹だ。

 

「あの、パスカルさん」

 

 2Bは改まって、訊ねた。

 

「これからも、私も一緒に手伝いに来ていいですか?」

「ええっ? そんな、もう十分A2さんには助けていただいていますから、この上2Bさんまで……」

 

 驚いて、遠慮の言葉を口にするパスカルに、2Bは「いえ――」と首を振って。

 

「私がそうしないと気が済まないんです。私も、あの家でお世話になっているから」

 

 そう言うと「お願いします」とぺこりと頭を下げた。

 

「あああ、そんな……頭を上げてください」

 

 パスカルが慌てて言う。

 それからため息混じりに苦笑しながら――

 

「やはりA2さんの妹さんですね。……わかりました。どうぞ、お好きな時に手伝いに来てください」

「ありがとうございます」

「……これで私がお礼を言われるというのも、変な話なのですが」

 

 言って、パスカルは肩を竦めた。

 そこへ――

 

『報告:あと五分で炊飯が完了』

「わかった」

 

 炊飯器の様子をモニタしていたポッド042が報告してくる。

 2Bの方も準備完了だ。大きな鍋の中にたっぷり入ったカレーが焦げ付かないよう、火を落とした。

 それから程なくして、子供たちを呼び集めると、食事の時間となった。

 

 巨木の根元、地上にある広場にテーブルをたくさん並べて。

 子供たちが2Bの作ったカレー、パスカルの作った数々の料理を、それぞれ思い思いに口に運ぶ。

 2Bの対面には例の少女たちが真っ先に座った。どうやら気に入られてしまったらしい。

 

「……美味しい?」

 

 少女たちに訊ねるとふたりとも「「うんっ!」」と満面の笑み。

 

「そう、よかった」

 

 やはり料理は自分の為に作るよりも、他人(ひと)の為に作る方が好きだと感じる。

 というより――

 

(他人の為に何かをするのが好きなのかな、私は)

 

 性に合っていると言うべきか。

 とにかく2Bのカレーは子供たちに好評のようで、沢山おかわりされるのを見るのは満足感があった。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「どうした2B、疲れたか?」

「うん…………すごく」

「はは、じゃあ、そろそろ帰るか」

 

 昼食の後は大変だった。

 食事が終わると、A2が約束通り子供たちと遊び始めて、それに2Bも巻き込まれた。

 鬼ごっこ、隠れんぼ、木登り――アナログな遊びは体力を使う。無尽蔵に元気が湧いてくるのではないかという子供に付き合って、昼寝の時間になるまで駆けずり回らされた。

 子供たちを寝かしつけ終わった後、2Bは、肉体的にも精神的にも疲労困憊で放心してしまっていた。

 A2と共に、孤児院の出入り口の吊り橋へと向かう。

 

「A2さん、2Bさん、今日は本当にありがとうございました」

「ああ、じゃあ、また来るよ」

「また」

 

 見送りに来たパスカルと、別れの挨拶を交わして、家に帰るべく吊り橋を渡り始めたそのとき――

 

「お姉ちゃん!」

「お姉ちゃん!」

 

 2Bの服の裾が、背後からぐいっと引っ張られた。

 

「あなたたちは……」

 

 振り返ると、例の双子(?)の少女たちだった。

 一方は2Bのワンピースを腰の辺りで掴んで、もう一方は何かを胸の前に抱えている。

 それを2Bに差し出すと――

 

「これあげる!」

「あげる!」

「これは……」

 

 それは、植木鉢だった。

 中には当然と言うべきか、花が植わっている。

 なんだか神秘的な形をした花だ。

 

「へぇ、なんだか変な形をした花だな」

 

 と、隣のA2が感心したように言う。

 自分も同じような感想を抱きはしたが……もっと言い方があると思う。

 

「“砂漠のバラ”だよ! こないだみんなで砂漠に遠足に行ってきた時にねー、採ってきたの!」

「採ってきたの!」

「へぇ、砂漠に生える花があるのか。よく見つけたな」

「うん! わたしたちの“宝物”なのっ!」

「たからものなの!」

「……そんな大切なもの、貰って良いの?」

 

 訊ねると、少女達は満面の笑みを浮かべて頷いた。

 

「うん! みんなと遊んでくれたお礼なの! その代わりに、また来てね!」

「来てね!」

「……そっか」

 

 2Bは植木鉢を受け取ると、微笑みを浮かべ、少女達の頭を順に撫でて。

 

「ありがとう、また来るね」

「「うんっ!」」

 

 手を振って、駆け戻っていく少女達を背に、A2と2Bは家路につく。

 

「よかったじゃないか」

 

 隣を歩く姉が、口元に笑みを湛えて優しげに言ってくる。

 

「……これ、水とかあげた方が良いのかな?」

 

 貰ったは良いものの、いままで花を育てたりした経験もなく、不安になって2Bは訊ねた。

 A2は頭を掻きながら、

 

「あー、それは私も知らないな……花とか育てたことないし」

「お姉ちゃんもか……ポッド」

『推測:植物であるならば、定期的かつ適度に水分を与える必要あり』

「そう……」

 

 納得していると、A2が半眼でツッコミを入れてきた。

 

「いや、どれくらいの頻度で、どれくらいの量をだよ? それがわからないとどうしようもないだろう」

「そっか……ポッド、検索」

『……検索の結果、該当無し(・・・・)。当該植物に関するデータが不足』

「役に立たないハコだな……」

『……報告:屈辱』

 

 満足な情報が得られず、不安げに手元の植木鉢に視線を落とす。

 このままでは、すぐに枯らしてしまうのではないだろうか。

 子供たちの“宝物”を貰っておきながら、それはあまりに心苦しい。

 そんな妹の様子を横目に見ていたA2が、不意に思い出して言った。

 

「……そういえば、うちの学校には園芸部(・・・)があったな」

「園芸部?」

「ああ、学校の敷地内に温室があるだろ? そこを管理してる部があるんだよ。色んな花の栽培に挑戦したりな。人類がいた頃の花もあるとか。そいつらのところに持っていってみれば良いんじゃないか?」

「なるほど…………そうしてみる」

 

 今日は祝日で、明日は登校日だ。

 今晩だけで枯れてしまうということは流石にないだろう。

 明日の朝、早めに登校して、園芸部に持ち込んでみよう。

 そう決めると、2Bはその植木鉢を大事に抱えて家まで持ち帰った。

 植木鉢に視線をやるたび、わずかに微笑みを浮かべながら。

 

 

(つづく)




子供の世話って同じ量の運動よりずっと疲れる気がします。
砂漠のバラが出ました。ということで次回はあの娘の回です。


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第七話 ― 恋多き乙女

 ヨルハ学園の正門を抜けて、グラウンドを横切り、校舎(バンカー)の裏手へ回ると。

 そこには私たち園芸部の使う温室があります。

 教室一個分ほどの大きさでしょうか、白い骨組みにガラス張りの円筒形、紅茶のポットの蓋のような可愛らしいドーム型の天井――温室の外にも私たち園芸部が育てる植物は広がっていますが、中のそれは密度が違い、色とりどりの花々で埋め尽くされています。

 校舎裏を歩いて、私は、一歩、また一歩とその温室へと近づいて行きます。

 早朝の清々しい空気を吸って、吐いて、大丈夫、と自分に言い聞かせました。

 

「大丈夫……木星占いの結果も恋愛運最高だったんですから……!」

 

 思わず口に出してしまいながら、両のこぶしをギュッと握って気合いを入れました。

 木星占いというのは、木星の大赤斑(だいせきはん)の色と形状から健康運、仕事運、恋愛運なんかがわかっちゃうという、私たちアンドロイドの間で根強い人気のある占いです。

 大赤斑というのは木星にある高気圧性の巨大な渦で、紅茶にミルクを垂らしたようなと言いましょうか、木の板に見られる節目のようなと言いましょうか、そんなような見た目をしています。

 私は今日という日を――つまり、占いの結果が“恋愛運:最高”と出る日を、ずっと待ちわびていました。

 来る日も来る日も木星を観測しては、じれったい気持ちで胸を焦がした日々も今日でおしまいです!

 今日は、朝起きてからリップがうまく塗れました。

 三つ編みが綺麗に決まりました。

 空を見上げれば快晴です。

 天気がいいと気分も良いですね。

 運気が私に味方してくれているのをビンビン感じます!

 

「すぅー……ふぅー……」

 

 また深呼吸をひとつ。

 温室のドアの前まで来ました。

 ガラスを通して差し込んだ朝日を反射して、温室の中の花々が輝いています。

 私がヨルハ学園に入学して、園芸部員になってから、ずっとその成長を見守ってきた花たちです。

 私は、この、私たちの生きる世界の自然が好きです。

 綺麗な花、大きな木、可愛い動物……豊かな自然を見ていると、心が温かくなります。

 園芸部に入部したのも、それが理由でした。

 温室の中に、たったひとり、人影が見えます。

 もちろん、それが誰だか私にはわかっています。

 彼女(・・)と確実に二人きりになれるタイミングを狙って来たのですから。

 こんな朝早くに温室にいるのは、園芸部の中でも彼女をおいて他に居ません。

 私はドアにそっと手をかけて、静かに開きました。

 むんと漂う温室の空気、濃密な植物と土の匂いが充満しています。

 青空の下、吹く風にのって届く香りとはまた趣が違いますね。

 かつての人類もこんな匂いを嗅いでいたのでしょうか。私たちアンドロイドの環境センサーは人類の感覚を可能な限り再現しているはずですが、最早それは誰にも証明できません。

 そんな温室の一角、こちらに背を向けて、プランターの世話をしている彼女に、私は声をかけます。

 既に心臓(ブラックボックス)が早鐘を打ち始めているのを感じながら、

 

「先輩」

「……あら、6O(・・)。こんなに早く来るなんて、珍しいわね」

 

 振り返ったのは、花のように美しい女性型アンドロイドでした。

 線の細い、気品のある顔立ちをしています。長いまつげに、切れ長の瞳。

 黒髪の、腰まで伸びたストレートヘアはツヤツヤで、枝毛が一本も無さそうです。

 彼女こそは私が入部以来想いを寄せている、園芸部の、私と同じO型(オペレーターモデル)の先輩です。

 

「おはようございます!」

「おはよう」

 

 彼女は前掛けをして、軍手をはめて、右手には移植ごてと呼ばれる金属製のスコップを持っていました。

 前掛けも、軍手も、泥だらけです。

 それは長年の使用で染みついたものもあれば、現在進行形で付着したものもあるようでした。

 どうやら、彼女は花の植え替え作業を行っていたようです。

 その足下のプランターに目を移すと、美しい花が植わっています。

 一輪咲きの、お星様のマークのように広がる五つの花弁は白っぽくて(・・・・・)――

 

「まさか、“月の涙”……? 成功したんですか!?」

 

 私は思わずここへ来た用件(・・)のことも忘れて、声を上げていました。

 それは、それほどの大事だったからです。

 “月の涙”と呼ばれるその花は、特有の、淡く輝きを放つ白色の花弁を持ちます。

 とても稀少で栽培が極めて難しくて、私も画像データでしか見た事がありませんし、野生のものが奇跡的にぽつんと生えているのを見つけられれば、願いが叶うだとか、大金持ちになれるだとか言われているような幻の花です。

 都市伝説では、私たちの住むこの地域のどこかには、そんな月の涙が一面に咲き誇る場所があると言います。その光景は、まるで光の絨毯を敷き詰めたようだとか。私も死ぬまでに一度でいいからそんな光景を見てみたいものです。

 月ノ涙の栽培は私たち園芸部の長年の悲願で、部のエースである先輩もずっと挑戦してきたものでした。

 私は彼女がどれほど熱心に取り組んできたかを知っています。いつもその背を見つめていましたから。

 だから、私はついに先輩の、園芸部の悲願が達成されたのかと、舞い上がりかけたのですが――

 

「……よく見て」

 

 先輩はふっと目を細めて、かぶりを振ります。

 私は近寄って、「あ……」と小さく声を漏らしました。

 一瞬の昂揚がしぼんでゆきます。

 

「“水色”……ですね。その隣は、“桃色”ですか……」

 

 それは、“月光草”と呼ばれる花でした。

 写真データにある月の涙と全く同じ形状をしているのですが、花弁の色が違います。

 月光草が交配によって赤・黄・青・橙・桃・水色と、花弁の色を変えることはわかっています。

 私たち園芸部は、月光草が白色の花弁をつけたものこそが月の涙と呼ばれる花だという仮説を立てていて、それが正しいことはほぼ確信していますが、先輩達が代々何年も挑戦してきて、未だに月の涙の交配には成功していません。

 今もつい気が逸って見間違えてしまいましたが、水色も、桃色も、私たちが交配に成功した中ではだいぶ白に近い色ですが、写真データの“月の涙”のように輝くほどの白色というには程遠いですね。

 

「なにが足りないのかしらね……」

 

 物憂げに先輩が呟きます。

 そんな横顔も素敵です。

 

「この水色の子なんか、あともう一歩で白って感じなんですけどねぇ」

「でもいくら水色を交配させても、これ以上あの(・・)白には近づけない気もするのよね……」

 

 いったい、どうやったら月の涙になってくれるのでしょうか。

 ――と、そこで。

 腕を組んで考え込む先輩を横目に、私はハッとなって、ここへ来た本来の目的を思い出しました。

 そうでした。私は先輩に、大事なお話があるのでした。

 一度は収まった心臓(ブラックボックス)の鼓動が、再び加速していきます。

 ギュッと胸の辺りを握って、

 

「せ、先輩」

 

 うわずった声で再び呼びかけます。

 

「なにかしら?」

 

 私に視線を戻して、軽く小首を傾げて、先輩。

 私の態度がいつもと違う雰囲気であることに、気づいたような表情です。

 大丈夫……、私はもう一度自分に言い聞かせます。

 恋愛運は最高。

 リップも綺麗に塗れた。

 三つ編みも綺麗に決まってる。

 天気もいい。

 今日の私は調子が良い。

 場所(ロケーション)も最高。

 早朝の学校、温室にふたりきり、私が、先輩が、大好きな花たちに囲まれて。

 だから――

 

「す、好きです……っ! 大好きっ! つ、付き合ってください……っ!」

 

 噛み噛みになってしまいました。

 想像の中ではもっとちゃんと告白できていたのですが、うまくいかないものですね。

 私は先輩の返事を待ちます。

 胸の高鳴りは最高潮で、頭の中が真っ白になりそうなほど緊張しています。

 頬が高熱を帯びて、目が潤んでもう泣きそうです。

 

「……………………」

 

 先輩が口を開くまでに、永遠とも思えるような時間が過ぎ去ったような感覚がしました。

 それは本当は、十秒に満たない時間だったのですが。

 すぅ、と先輩が静かに息を吸う音が聞こえました。

 いよいよです。私の想いは、果たして先輩に届くのでしょうか。

 

「ごめんなさい」

「…………え」

 

 その言葉に、私の心臓(ブラックボックス)は凍り付きました。

 先輩が、すまなそうに目を伏せて、視線を逸らしています。

 

「あなたの気持ちには気づいていたわ。けれど、私、もう付き合っている彼女(・・)がいるから…………」

 

 ごめんなさいね。と、もう一度。

 すれ違いざまに謝罪の言葉を口にすると、言葉を無くして立ち尽くす私のそばを通り過ぎて、先輩は温室から出て行きます。

 背後で、ドアを静かに開け閉めする音が響いて。

 先輩の言葉を理解する事を、思考ルーチンが拒絶していて。

 頭の中が、エラーで埋め尽くされて。

 そのままたっぷりと。三十秒は固まっていたでしょうか。

 

「そ………………そんなぁ………………」

 

 やがて、ようやく震える声でそれだけ絞り出すと。

 私は、その場に膝から崩れ落ちました。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 旧世界の廃墟都市の中心に、その学び舎はある。

 人類の絶滅した地球で暮らすアンドロイド達の為の高等学校、九校あるうちのひとつ――ヨルハ学園。

 周囲の寂れた廃墟群の中にあって、その校舎(バンカー)は新築同様に白く輝いていた。

 

 正門をくぐり、グラウンドを横切って、校舎(バンカー)の裏手へと回ると。

 庭園があって、その中心にはガラス張りの小さな建物があった。

 教室一個分くらいの大きさだろうか。あれが姉から聞いた“温室”だろう。

 孤児院の子供たちに貰った“砂漠のバラ”の植木鉢を、おへその前あたりでちょこんと抱えて。

 

「少し早く来すぎたかな……」

 

 呟きながら、2Bは歩みを進める。

 校舎裏に人影は見当たらない。

 グラウンドには運動部の子たちがまばらに活動しているのを見かけたのだが。

 温室の周りでは、庭園というには幾分雑多な感じで、様々な植物が栽培されている。

 ユリや、サクラにスズラン。名前を知らない花や木の数々。

 花々の香りと、微かな腐葉土の匂いが漂う庭園を横切って、温室に近づいて行く。

 中を覗いてみて誰も居なかったらまた放課後にでも来よう。そう思いながら、

 

「……失礼します」

 

 ドアを開いた。

 

「ぅ……うぅ……ッ……っく……うぅぅっ…………うぅぁ…………」

「……?」

 

 中に入ると、誰かの嗚咽が聞こえた。

 草花に満ちた室内を見渡すと、奥の方にへたり込んでいる人影が目に留まる。

 金髪の、三つ編みお下げの女の子。

 あれは――

 

「…………6O?」

 

 その背に声をかけると、彼女はびくんと肩を震わせて、こちらへと振り返った。

 

「とぅ…………ヒック…………とぅ、2Bざぁん…………」

 

 こちらの名前を呼ぶ声は酷い涙声で、実際言いながらボロボロと涙をこぼしている。

 2Bは慌てて彼女に歩み寄って、

 

「どうしたの? 6O、一体なにが――」

「うわはぁあああぁぁあぁぁぁん゛!!」

「――っ!?」

 

 皆まで言い切る前に、どん、と6Oが胸に飛び込んできた。

 背に両手を回され、ぎゅうっとしがみつかれて。

 2Bは植木鉢を片手に持ったまま、中途半端にばんざいをしたようなポーズで固まった。

 

「し、6O……?」

「う゛ぅぅ……ぐぅ…………ヒック…………うう゛ぅぅ…………っ!」

 

 6Oは2Bの胸の中で盛大に泣きじゃくっている。

 しばしの混乱から立ち直ると。

 植木鉢を一旦ポッドに任せて、2Bはそっと彼女の肩に触れ、あらためて訊ねた。

 

「6O、一体なにがあったの?」

「う、ううっ…………」

 

 息をひきつらせながらも、顔を上げて、6Oが口を開いた。

 

「実は……ちょっと(・・・・)好きだった先輩を食事に誘った(・・・・・・)ら、断られちゃって……っ!」

「え」

「私、これからどうやって生きていけばいいんですか……? 2Bざぁぁん……!」

「そ、そんな事……聞かれても……」

 

 予想外の返答に、2Bが狼狽えた声を漏らす。

 食事の誘いを断られたくらいで、そんな大げさな話になるものだろうか?

 どうやって生きていけばいいかなんて、そんなの自分が答えられるわけがない。

 返事に困っていると、

 

「ぐすっ…………私、もうヨルハ学園にいられないでずぅ…………うぅ」

「そ、それは……」

 

 2Bはたじろいだ。

 どうしよう、6Oが何故そこまで思い詰めているのかはわからないが、このままでは彼女はヨルハ学園を去ってしまうかもしれない。

 せっかく友達になれたのに……。

 

「……それは困る」

 

 2Bが言うと、6Oがはたと動きを止めた。

 顔を上げて、上目遣いで見つめてくる。

 どこか暗闇の中で光明を見つけたような顔で。

 

「…………2Bさんは、私を必要としてくれるんですか?」

 

 2Bはどうやら説得のチャンスと、懸命に言葉を探す。

 

「6Oは、友達だから…………それに、私もまだ転校してきたばかりで6Oのサポートが必要なことが沢山あると思うし……だから――」

「2Bさん…………!」

 

 じーん、と感じ入った様子で6Oが瞳を潤ませる。

 ぽろぽろと涙がこぼれる。だが表情からは悲痛さが消えて。

 

「だから、学校をやめるなんて言わな――」

「やめませんっ!」

「え」

 

 急に嬉々とした声で手の平を返した6Oに、2Bが唖然とした声を上げた。

 

「……やめないことにしたの?」

「はい、やめませんっ!」

 

 6Oは、ぐいっと涙を拭うと、2Bの手を取って。

 

2Bさんと一緒なら(・・・・・・・・・)、私、永遠にだってヨルハ学園に居られそうですっ!」

 

 言って、ぱあっと笑顔を輝かせた。

 

「そ、そう……永遠……それもどうかと思うけど……」

 

 卒業しないつもりなのだろうか。

 今の一瞬で彼女に一体どのような心境の変化があったのか。

 自分の拙い説得にそこまでの効果があったとは思えないのだが、とにかく彼女のメンタルは驚異的なV字回復を果たしたらしかった。

 

「うふふふふ、2Bさん♪」

「な、なに……?」

「なんでもないです、呼んでみただけ♪」

「そう……」

 

 やたらとゴキゲンになった彼女のテンションは、よくわからないことになっていた。

 少し怖い……。

 2Bはたじろぎつつも、温室(ここ)に来た理由を思い出して、話題を変えることにした。

 

「6O、園芸部の人を探しているのだけど、知らない?」

 

 6Oが眉を持ち上げる。

 

「2Bさん、園芸部に御用なんですか? 私も部員の端くれですけど……」

 

 それから、ハッとなって詰め寄ってきた。

 

「もしかしてお花に興味が!? 入部希望とかですか!? なんなら手取り足取りお教えしますよ!?」

「い、いや……興味というか――」

 

 なんだか話がおかしな方向へ転がりそうだったので、2Bは慌てて事情を説明した。

 パスカルの孤児院で、子供たちから花を貰ったこと。

 そして、その花の世話の仕方がわからなくて、このままでは枯らしてしまいそうで困っていること。

 あと、入部するつもりは今のところないこと。

 

「そうですか……残念です。2Bさんと一緒に部活動できたら楽しかっただろうなぁ……」

「……ごめん」

「あああ、私こそすみません、気にしないでください! それで、そのお花というのは?」

「ポッド」

『了解』

 

 ポッド042から植木鉢を渡された6Oが「これは……」と、しげしげとそれを見つめた。

 園芸部員らしく、植物に対する彼女の“好き”が伝わってくるような表情で。

 なんだか神秘的な形してますね……と、自分と同じ感想を呟くのを聞きながら。

 2Bは続く彼女の言葉を待った。

 やがて、6Oが2Bに植木鉢を返しながら、

 

「“アデニウム(・・・・・)”ですね。初めて見ました」

「アデニウム? “砂漠のバラ”じゃなくて?」

 

 聞き返した2Bに、「えーとですね――」と6Oが説明する。

 

「かつて人類が“砂漠のバラ”と呼んだ花……というかモノ(・・)には、二種類あるんです」

 

 植木鉢を指さして。

 

「ひとつは、“アデニウム・オベスム”という花の品種の通称で、もうひとつは鉱物(・・)です」

「鉱物? バラなのに?」

「私も実物は見たことないんですけど、なんでも、砂漠のオアシスが干上がった時に、水に溶けていたミネラルがバラの花のような形に結晶化してできるものを指すらしいですよ」

「そうなんだ……」

「で、アデニウムについてですが……」

 

 と、そこで6Oは手元に立体投影(ホログラフィック)ウィンドウを呼び出した。

 学内ネットの園芸部データベースを見ながら、

 

「ふむふむ、花言葉は“純粋な心”、“一目惚れ”ですか……2Bさんのイメージにぴったりですね!」

「……育て方は?」

「育て方は、と……ああ、結構楽ですね。まず、水を溜め込む性質があるので乾燥に強くて、こまめなお世話は必要ないんですが、逆に湿度が高すぎたり、水をやりすぎると腐ったりして枯れてしまうので注意です。夏場は植木鉢の土が乾いたらあげる感じで、冬場は水は一切あげちゃダメなので秋口から水やりはどんどん減らしていく感じですね。雨の当たらないところで、日当たりの良い、風通しのいいところに置いてあげると良いです。寒さに弱いので冬は室内に避難させてあげるとかした方がいいですね。八度を下回ると落葉して休眠に入ります。五度以下は避けないといけません。それから二年に一回は植え替えをした方がいいのですが――」

「ち、ちょっと待って、6O」

 

 焦った声で2Bが待ったをかけた。

 6Oはきょとんとして小首を傾げると。

 

「どうしました?」

「……申し訳ないけど、説明してくれている内容がさっぱりわからない」

 

 2Bには6Oがぺらぺらと捲し立てていた内容が全く理解できていなかった。

 水はやらなきゃいけないけど、やりすぎちゃダメ? 日当たり? 気温?

 はっきり言って、全く覚えられる気がしない。

 

「花の世話がそんなに複雑だなんて……」

 

 すっかり気後(きおく)れしてしまった様子の2Bに、6Oが「あ、それなら!」と手を合わせて言う。

 

園芸部(うち)で預かるってのはどうでしょうか?」

「預かる?」

「ええ、園芸部に預けて貰えれば、こちらで面倒を見られますよ。ということです」

 

 それは魅力的な提案だった。

 他人(ひと)に預けて任せっきりなんて無責任じゃないかとも思うが、自分の裁量で見当外れな世話をして枯らしてしまうよりは遙かにマシだろう。

 

「……それは、迷惑じゃないの?」

「全然! むしろウチに無いお花なので、皆喜びます! 勝手に増やしちゃったりするかもですが……」

「それは問題ない……たまに花の様子を見に来てもいい?」

 

 訊ねる2Bに、6Oはにっこりと笑顔を浮かべる。

 

「もちろん! 毎日来てくれても良いくらいですよ!」

「……じゃあ、お願いしようかな」

「はいっ、任されました!」

 

 再び2Bから植木鉢を受け取ると、6Oは鼻歌交じりにそれを日差しの良いところへ置きに行く。

 戻ってきた彼女に、2Bは謝意を告げた。

 

「6O、お礼になにかできることがあれば言って欲しい」

「いえいえ、お礼だなんてそんな! むしろこちらが園芸部を代表して貴重なお花を持ってきていただいたお礼をしたいくらいですけど…………あっ」

 

 名案を思いついたとばかりに6Oが両手を打ち合わせて、

 

「もし、よろしければなんですけど……」

「……?」

 

 手をもじもじとさせながら、上目遣いに見つめてくる。

 

「今度、一緒に買い物……とかっ! どうでしょうかっ?」

「良いけど……それがお礼になるの?」

 

 小首を傾げ、疑問符を頭の上に浮かべて問う2Bに、

 

「はいっ! お礼と言いますか役得と言いますか……とにかく喜びます!」

「そう……わかった。それくらいなら、いくらでも」

 

 言った瞬間、6Oが一旦後ろを向いて、「……よしっ!」と小さくガッツポーズをして。

 再び振り返ると――

 

「それじゃあ約束ですよ、2Bさん!」

 

 向日葵(ひまわり)のような笑顔を咲かせた。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 放課後のチャイムが鳴って、帰宅前。

 

「ふんふん、ふふふん♪ ふふふん、ふふふ~♪」

 

 朝からずっと妙に機嫌よく、時折鼻歌を漏らしている6Oを横目に。

 9Sはこっそりと2Bに耳打ちした。

 

「……なんだか今日の6O、ずっとニヤニヤしてて気味が悪いんですけど、なにかあったんですか?」

「さぁ……?」

 

 2Bもよくわからないらしい。

 

「な~に2Bさんにくっついてるんですか、9S?」

 

 ひそひそ話をする体勢のふたりの間に、6Oが目ざとく割り込んできた。

 どこか9Sから2Bを庇うような体勢になって、引き離そうとしている。

 

「いや、それを言うなら6Oだって今日は2Bにべったりじゃないですか」

 

 半眼になって9Sは答える。

 やれリボンタイが曲がっているのでお直ししますだの、体育が終わったら足をお揉みしますだの、今日はいつにも増してやたらと2Bに対するスキンシップが多かった。

 6Oは肩を竦めて。

 

「は~ヤダヤダ。私と2Bさんの仲良し具合に嫉妬してるんですか? 見苦しいですねぇ? 2Bさん?」

「いや……私はそんなこと……」

「僕には一方的に6Oが絡んでるようにしか見えないんですけど……」

 

 呆れつつ、9Sは本人に直接訊ねることにした。

 

「まあいいや。6O、今日はなにか良いことでもあったんですか? 妙に機嫌良さそうですけど」

「それはですね……ふふふっ」

 

 訊かれて、嬉しそうに含み笑いを漏らす6O。

 やっぱり気味が悪い……。

 6Oははにかみながら、少し小声で。

 

「私、実は例の先輩(・・・・)に告白して、フラれたんですよ!」

「はぁ……え? 告白したんですか?」

 

 例の先輩とは、6Oに以前相談されたことがある園芸部の先輩の件だろう。

 自分がリサーチしたところ、もう恋人がいるようだったので、その時は“見込みナシ”と伝えておいたのだが、そんな9Sの忠告の甲斐もなく、6Oは告白に踏み切って、当然の如く玉砕したというわけだ。

 ――と、思うのだが、そのセリフを嬉々として言うのはあまりにもチグハグだった。

 

「フラれたのに、どうしてそんなに嬉しそうなんですか……?」

 

 怪訝な声で訊ねる9Sに、6Oはよくぞ訊いてくれましたという風な顔になって。

 席に座っている2Bの背後に回ると、腕を回して寄りかかった。

 

「私が落ち込んでいたら2Bさんが相談に乗ってくれて、励ましてくれましたから!」

「6O、ちょっと重い……」

 

 2Bは困惑している様子だったが。

 

「……そういうことですか」

 

 9Sは理解して、呆れ声になった。

 つまり、失恋の傷を癒やすのは“新しい恋”というわけだ。

 フラれたその日に、というのは切り替えが早すぎるというか、軽すぎるというか……。

 まあ、6Oと付き合いの長い9Sは嫌と言うほど見てきた流れだ。今に始まったことじゃない。

 6Oは昔から惚れっぽくて、“恋多き乙女”だった。

 と、そこへ――

 

「あの……今の話って、本当ですか?」

 

 おずおずと声をかけてきた女性型アンドロイドがいた。

 クラスメイトだ。

 ショートヘア、目隠し型の電子メガネをして、いかにも気弱そうな印象を受ける。

 彼女は三人の視線が返ってきて、怖じ気づいたように一歩下がりながら、

 

「2Bさんが、その……6Oちゃんの、その、そういう(・・・・)相談……を受けたって話なんですけど……」

 

 それでもなんとか消え入るような声で、おどおどと説明してくる。

 そんな彼女に、6Oが応じた。

 

「本当ですよ! 2Bさんは傷ついた私の心を救ってくれましたから!」

「そこまでしたかな……?」

 

 2Bは首を傾げているが。

 

「そうですか……あの、もしよろしければ、なんですが……」

「……なに?」

 

 続きを促す2Bに、彼女はこう切り出した。

 

「私の相談にも、乗っていただけないでしょうか……? 私、今付き合ってる先輩がいるんですけど、ちょっと悩みがあって……」

 

 それから彼女は、――彼女の名前を覚えていなかった2Bのために――16D(シックスティーンディー)と名乗った。

 

 

(つづく)




というわけで6O回でした。
ニコ生でコンサート・朗読劇を観ましたが、最高でしたね。画面の前で泣きそうに……。会場に居ればボロ泣き必至だったでしょう。行けた人が本当に羨ましいです。
元ネタの6Oの「ちょっと好きだった先輩」は英語のセリフだとオペレーターの先輩(女性)になっていたので、一応それ準拠としました。(司令官説があったりするんですが)
ニーアは好きなキャラばっかりですけど、オペレーターの二人は特に好きです。

追伸:感想って返信できたんですね……。


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第八話 ― それがどんな真実でも

 恋愛関係の悩みを相談したいという16D(シックスティーンディー)に付き合って。

 9S、2B、6Oの三人は、ヨルハ学園近くの「喫茶サルトル」にやって来ていた。

 シルクハットをかぶったボールヘッド型の機械生命体のマスターが営む喫茶店だ。

 同じく機械生命体のウェイトレス達は出自が彼のファンらしく、店舗規模に反して数が異様に多い。

 マスターは留守がちというか、ほぼ店にいないので、実質的に彼女らが店を回しているようなものだった。

 

『実存は本質に先立つものだ。』

『まず第一に理解しなければならないことは、自分が“理解していない”ということだ。』

『すべての答えは出ている。“どう生きるか”ということを除いては。』

 

 壁紙にやたらと書き込まれた格言の引用がうるさい。

 四角い木製のテーブルの四人席に座り、注文を取りに来たウェイトレスに、

 

「じゃあ私は“存在と無”、ホットで!」

「私は、“真理と実存”を……コールドで」

 

 対面に座る6O、16Dの二人がオーダーを告げたのに続いて、

 

「じゃあ、僕は――」

 

 と、9Sも注文しようと口を開きかけたのだが。

 ふと、S型(スキャナーモデル)の真実を追求する本能が、隣でまごついてる2Bの気配を感じ取った。

 彼女は困惑した様子で、メニューを懸命に見つめているようだ。

 ああ、そうか。――と9Sは悟った。

 2Bはこの店に来るのは初めてだった。

 ここのマスターはコーヒー豆のブレンドの種類に“存在と無”だの“真理と実存”だのと変な名前を付けるせいで、初見だとメニューを見ても何をどう注文したら良いのかわからないのだ。

 

「2Bは、僕と同じもので良いですか?」

 

 助け船を出すと、2Bが顔を上げて、ホッと安堵した気配を漂わせる。

 

「……うん。じゃあ、お願い」

「じゃあ、“弁証法的理性批判”を、ホットで2つ」

 

 任されて、一番飲みやすいブレンドを注文する。

 対面から6Oが「どうして自分は気づけなかったのか」と、口惜しげな視線を向けてきていたが。

 

「……それで、悩みというのは?」

 

 コーヒーが運ばれてくると、9Sは切り出した。

 

「はい……先ほどもお話した通り、私、今付き合ってる人がいるんですけど……」

「あっ、それって11B(イレブンビー)先輩のことですか?」

 

 両手をぱちんと合わせて6Oが横槍を入れる。

 三人の中では彼女が一番相談を受けるのに乗り気だった。(どう見ても興味本位だったが)

 おどおどと気弱な雰囲気の16Dは、6Oの指摘に動揺した様子で、

 

「え、そう、ですけど……」

「やっぱり!」

「……あの、先輩も私も普段は秘密にしてる筈なんですけど、どうして知ってるんですか?」

O型(オペレーターモデル)ですからね。そういうのはなんとなくわかっちゃうんですよね~」

 

 言い当てた6Oは得意げだ。

 16Dが心配そうにおずおずと問う。

 

「あの、もしかしてなんですけど、“アンドロ小町”で晒されてたりするんでしょうか……?」

 

 6Oは苦笑しながら手を振って、

 

「あはは、それはないですよ。あくまで私の個人的な情報網と“勘”の成果です。というか、“アンドロ小町”なんて作り話とネタ投稿ばっかりで信憑性皆無なので、情報源としてはあてになんないですよ? この前も“弟のパンツの柄大公開!”みたいな感じで写真を載っけてた人が居ましたけど、ああいうのって絶対ネタで自分で男物のパンツ買って写真アップしてるだけで……って、9S? どうしたんですか?」

「……頭が痛いの?」

「いや……なんでもないので話を続けてください」

 

 思わぬ場面でダメージを受けた9Sが額を押さえながら続きを促すと、「それで、悩んでることなんですけど……」と16Dが本題に戻る。

 まだ心配そうにこちらを覗き込んでいる2Bには、大丈夫、と手で合図を送って。

 

「……最近先輩の様子がおかしいんです」

「おかしい?」

「用事があるとかで、たまに私を置いてどこかへ行ってしまうんです……なんの用事か訊いても答えてくれないし、もしかしたら浮気されてるんじゃないかって……気が気じゃなくて……」

「ふぅん、怪しいですね」

「でしょう!?」

 

 適当な相槌を打った6Oに、16Dがガバッと詰め寄った。

 

「6O、適当なこと言わない」

「ご、ごめんなさい……」

 

 2Bに窘められて、6Oがシュンと肩を竦ませる。

 

「今週の土曜日の夜もずっと前からデートの約束をしていたんですけど、今日になって大事な用事ができたからって急にキャンセルされて……理由を聞いたらやっぱりはぐらかされて……おかしいですよね。……どうして? どうして私には言えないの……? 私のデートより大事な用事ってなんですか……? おかしいですよこんなの……絶対、こんな……こんなのって……!」

「し、16Dさん?」

 

 16Dの声が震えて次第に大きくなっていく。

 不穏な気配に9Sが彼女に呼びかけるが、彼女は両手で顔を覆うと、

 

「絶対浮気ですよね!? 私捨てられる寸前ですよね!? “お前のことは()が守る”なんて、いつも言ってくれてたのにっ!! あんなに愛し合ったのに……っ!!」

「お、落ち着いて……」

「まだ浮気と決まったわけじゃないですよ!」

 

 半狂乱の16Dに2Bがおろおろと声をかけて、6Oが肩に手を置いて落ち着かせようとする。

 9Sは彼女の変わりようと微妙な爆弾発言っぷりに若干引いていた。

 店内の客入りはまばらだが、流石に周囲の目が気になる。

 

「私……一体どうしたら……っ!」

 

 すすり泣く16D。その背をさする6O。どうしたらいいかわからない様子の2B。

 9Sは考えた。

 まだ浮気と決まったわけじゃない。

 このままここで話し合っていても埒が開かない。

 真実を明らかにしなければ、何も解決しないだろう。

 そう結論づけて、

 

「……わかりました。その人が浮気しているかどうか、僕が調査しますよ。S型(スキャナーモデル)ですから、そういった調査はお手の物です」

 

 本当は浮気調査なんかに使ったらS型の性能が泣くが。

 

「あ、私も協力しますよ!」

「私も」

 

 9Sの申し出に、興味本位全開の6Oと責任感の2Bが続いた。

 

「皆さん……」

 

 16Dは顔を上げて、鼻をすすって、涙を拭うと、

 

「……有難うございます。どうか、よろしくお願いします」

 

 言って、しずしずと頭を下げた。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 見渡す限り広大に、巨大に(そび)え立つ鉄骨とコンクリートの威容。

 赤さびた縞鋼板の床を歩けば、カツカツと甲高い音が鳴る。

 そこは“工場廃墟”と呼ばれる場所。

 かつて人類が兵器製造工場として建造し、人類滅亡後は機械生命体の製造拠点になっていた時期もある。

 その入り口前の広場に、9S、2B、6Oの三人は立っていた。

 6Oが訊ねてくる。

 

「本当にこの中なんですか、9S?」

「ええ、その筈ですよ、追跡マーカーはこの中を指し示していますから」

 

 土曜日の夜。

 16Dの恋人である11Bが、本来は今日の予定だったデートをキャンセルした理由である“大事な用事”――その正体を突き止める為に、9Sは学園にいる時にポッド153に命じて彼女に追跡マーカーをあらかじめ付けておいたのだ。

 結果、11Bの居場所を示すマーカーが停まったのがこの場所だった。

 ちなみに16Dはというと、もし浮気の現場を見てしまったりしたら正気を保っていられないとのことで、明日の調査結果報告まで自宅で待機して貰うことになっている。

 

「恋人とのデートをキャンセルしておいてクラブ(・・・)に居るって……浮気濃厚ですねぇ」

 

 内部から、ドゥン、ドゥン、ドゥン、と重低音を漏らす工場廃墟を眺めながら、6Oが言う。

 

「まあ、まだわかりませんよ」

 

 9Sは肩を竦めた。

 そう――“クラブ”だ。それが今の工場廃墟の在り方だった。

 正確には、工場廃墟の敷地は非常に広大なので、状態の良い一部の建物を改装して使っているのだが。

 旧世界の資料にはこうある。

 クラブとは、かつて人類が音楽の集団鑑賞を建前に、主には“交流(であい)の場”として運営していた施設だ。ナイトクラブ、ディスコテークなどとも呼ばれていた。

 大音響の音楽が流れる広めの屋内に男女が集まって、身体を揺らして踊る。

 区分は飲食店で、アルコール飲料――お酒も提供される。

 純粋に踊るのを楽しみとする者もいれば、出会いを求めてくる者もいる。

 アンドロイド達がその文化を復興した現在(いま)も、大体同じ感じだ。

 この地域のメジャーな“週末の娯楽”のひとつになっていて、ヨルハ学園の生徒も結構来るらしい。

 

「私、クラブに来るのは初めてなんですよね」

「そうなの?」

「ええ、よく行ってる友達は居ますけど、私は来たことなくて。2Bさんはどうですか?」

「私もない」

「ドレスコードは大丈夫だと思うんですけどねー」

「ドレスコード……そんなのあるんだ」

 

 6Oと2Bが言葉を交わし合って、それぞれ自分の格好を見下ろし始める。

 もちろん普段ヨルハ学園で見かける制服姿ではなく、私服だ。

 6Oはぴちっとしたパンツスタイルで、2Bは黒のワンピース。

 いずれもよく似合っている。(6Oが調子に乗るので口には出さないが)

 自分の服装も半袖のポロシャツにチノパンで、まあ、ドレスコード的には問題ないだろうと判断する。

 

「……ふぅ」

「なんですか、ひょっとして初めてのクラブで緊張してるんですか? 9S?」

 

 小さくため息を吐いたところを、目ざとく6Oに見咎められた。

 だが誤解だ。9Sは小さくかぶりを振ると、

 

「いや、ちょっと疲れてて」

「なんで入る前から疲れてるんですか……」

「大丈夫?」

 

 6Oが怪訝な顔になり、2Bが心配してくれているが、詳しく事情を説明するのは恥ずかしい。

 ここに来る前に姉の21Oと一悶着あって疲れているというのは……。

(出かけるってこんな時間に? 夜遊びですか? そういうのお姉ちゃんは感心しませんね、たしかに、貴方だってもう年頃の男子、多少ハメを外すくらいは仕方ありませんが――)

 

「……大丈夫です。さあ、行きましょうか」

 

 気を取り直して、クラブ“工場廃墟”の入り口へと向かう。

 入り口の黒服の機械生命体――門番(バウンサー)のボディチェックを受けて、受付で三人分の料金を支払うと、分厚い鉄のゲートが重い駆動音を響かせて開いた。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「――――ね」

「?」

「――せんね」

「え? なんですか?」

「うーごーきーまーせーんーね!!」

「痛っ! そこまで叫ばなくても聞こえますよ!」

 

 6Oに耳元で大声を出されて、9Sが片耳を手で押さえながら抗議する。

 円筒形の広い室内は大音声で音楽が流れているせいで声が聞き取りづらい。

 身体に響く重低音、暗い室内を飛び交うレーザーライト。

 DJブースを中心として、フロアで音楽に合わせて踊る者達。

 アンドロイドと機械生命体が入り混じっている。

 ロボットダンスを踊る機械生命体がいたりして、なんだかシュールだった。

 バーカウンターの近くには乾杯して騒いでいるグループもいる。

 そんな連中から距離を置くように、9S達三人は壁際に佇んでいた。

 6Oだけは楽しげに身体でリズムを取っているが、2Bと自分はどうしてもまごまごとしていて、いかにも不慣れという感じが否めない。6Oがたびたび一緒に踊ろうと2Bをフロアへ誘っていたが、その度に断られていた。

 尾行している対象――11Bの行動はと言うと、6Oの言うとおり奇妙だった。

 三人から少し離れた壁際にいるのだが、ひとりぼっちで、誰と話すでもなく踊るでもなく、ずっと壁に背を預けてじっとしている。

 全くと言っていいほどクラブに居ることを楽しんでいる風には見えない。

 まるで、ただ時間を潰しているだけとでもいうように、無表情にそこにいた。

 

「てっきり中で浮気相手と待ち合わせしてると思ったんですけどね~」

「……浮気してて欲しかったみたいな言い方ですね」

 

 あてが外れて少し残念そうにしている6Oを内心ジト目で見やる。

 ちなみに、11Bは女性型アンドロイドだった。

 一人称が“俺”というのは、彼女の男勝りな性格を表しているのだろう。

 同性型同士で付き合っているというのは、男女という生物学的性差による機能制限のないアンドロイドの間では別段珍しいことでもない。それでも人類から与えられた男性型・女性型という区分や、男性・女性に特有の気質といった概念をアンドロイド達が捨てなかったのは何故か。居なくなってしまった人類(かみ)への憧憬か、崇敬か、執着か。それとも種族としての同一性・一貫性を損なうことへの(機械生命体にはない)恐怖か。

 ――と、逸れかけた思考を正して、9Sは6Oの言葉に続いた。

 

「クラブに来て楽しんでいるという風でもないですよね。一体何の為にここに居るんだろう……」

 

 謎が提示されると、S型の本能が疼く。

 浮気相手と会うわけでもなく、クラブ自体を楽しんでいるわけでもない。

 別の目的があってここに居るのだとしたら、それはなんだ……?

 その答えは、結局9Sが探るまでもなく、程なくして向こうの方からやってきた。

 

「音楽が……」

 

 最初に気づいたのは2Bだった。

 音楽がフェードアウトしていく。

 

「もうおしまいですか? 朝まで続くって聞いてたんですけど」

 

 6Oが不思議そうに呟く間に音楽は止まり、レーザーライトの光も失われて真っ暗になった。

 急に止まったわけではないので、停電ということもないだろう。

 他の客はというと、驚いてざわついている様子もなく、逆に何かを待っているように静かだ。

 そこへ――

 

『はい、皆さん盛り上がってますかー? ショウケースの時間ですよ~!』

 

 と、ぱっとスポットライトが灯り、マイクを手に持った女性型アンドロイドが照らし出された。

 彼女がいるのは他の場所より一段高くなったところ――つまり“ステージ”の上だ。

 他の客が彼女を拍手と声援で迎えるのにつられて、9Sたち三人も拍手をしたところで。

 6Oが納得したという風に言った。

 

「ああ、ショウケースがある日なんですね」

「6O、知っているの?」

「ええ、友達から聞いた話によれば、日によってはただ音楽を流すだけじゃなくて、ステージでバンドが演奏したり、ダンサーがパフォーマンスをしたりといったショウをやるイベント日があるらしいので、たぶん今日はそれですね」

「なるほど……」

 

 今ステージ上にいる彼女は司会進行を務めるMCということらしかった。

 

『では本日の出演者をご紹介いたしましょう! ヨルハ学園出身のアイドル――』

 

 MCの彼女が出演者を紹介する傍ら、9Sはふと11Bの方を見やって、

 

(…………居ない?)

 

 壁際に居た筈の彼女の姿が消えていることに気がついた。

 

(マーカーは……良かった。どこかに行ってしまったわけじゃないのか……)

 

 マップ上の追跡マーカーを確認して、胸を撫で下ろす。

 しかし、だとしたらどこに居るのだろうか?

 室内を見渡しても、マーカーのある位置は人混みに紛れてしまっていてよく分からない。

 MCの口上が終わると同時――

 

『ハーイ! 皆さん、いつも僕を応援してくれてありがとう! みんなのアイドル、42Sでーす!』

 

 ステージの照明が始まって、流れ出した音楽と共に少年型のアンドロイドが飛び出して来た。

 天然パーマの淡い金髪、ツリ目の碧眼――絵に描いたような美少年だ。

 

「きゃあああああああっ!! 42Sきゅーーーーーーん!!」

「こっち向いてぇーーーーーっ!!」

 

 客側から黄色い声が上がり、彼がその声に応えてにこやかに手を振り返す。

 

「ああ、あれ42S先輩じゃないですか」

 

 隣の6Oが言った。

 

「6O、知ってるんですか?」

「うちの放送部のOBで、けっこう有名な先輩ですよ。今24Dがやってるお昼の放送も、前は42S先輩の番組だったらしいです。卒業後は地下アイドルとして活動してるって聞いてたんですけど、こんなところでやってたんですね~」

「へぇ……」

 

 しかしまあ、地下アイドルとはいえすごい人気だ。

 観客からの声援の“圧”がもの凄い。

 

『じゃあ一曲目、歌わせていただきまーす! 皆さん準備はいいですか~っ?』

「うおおおおおおおおおおんっ!!!! 42Sきゅぅぅぅーーーーんッ!!」

 

 ……いや、よく聞いたらさっきから声援の音量を際だって押し上げているアンドロイドが一人いる。

 ステージのド真ん前でペンライトを振って、飛び跳ねながら黄色い声を上げまくっている彼女は――

 

「11B、先輩……?」

 

 見失ってしまっていた11Bだった。

 怪訝な声を上げた9Sに6Oが反応して、

 

「あ、本当だ。あれ11B先輩ですね……」

アレ(・・)が……? 随分様子が違うみたいだけど……」

 

 隣の2Bと共に、なんと言って言いかわからないというような表情で、その光景を見つめる。

 

『ラララ~、天使は歌うよ~♪』

「うきゃあああっ!! 4・2・S! きゅーんきゅーーーーーーーーーーんッ!!!!」

 

 11Bはというと、42Sの歌に合わせて奇抜な合いの手を入れている。周りの観客が引くほどの。

 とても普段一人称が“俺”の彼女とは思えない豹変っぷりに、9Sは頬を引きつらせて、

 

「つまり、11B先輩がデートをキャンセルした大事な用事って……」

 

 結論に達した。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 夜が明けて、日曜日の朝。

 喫茶サルトルに移動した9Sたち三人は、調査結果の報告のため、16Dを待っていた。

 四人席、テーブルに頬杖をついた6Oが言う。

 

「結局、浮気じゃありませんでしたね……」

「そうですね……」

 

 9Sが相槌を返す。

 昨日はクラブで慣れない徹夜をしたということもあり、三人とも寝不足で疲れている。

 9Sとしては、このあと家に帰って姉の21Oと対面することを考えると頭が痛かった。

 

(結構強引に振り切って出てきちゃったからなぁ……泣かれたらどうしよう……)

 

 隣では2Bがカクンと船を漕いではハッとなってこっそり姿勢を正すというのを繰り返していた。

 素知らぬ顔でバレていないか周囲の様子をチラチラと伺っているようだがバレバレだ。

 

「“浮気”ではありませんでしたけど、でも……」

 

 結局あの後11Bの様子を夜通しずっと観察しつづけたが、42Sと11Bはアイドルとファンという関係以外の何者でもなかった。二人が接触したのもライブ終わりに11Bがサインと握手を求めに行った時くらいだ。

 結論としては、11Bは単に42Sの熱狂的なファンなだけで、浮気はしていない。

 とはいえ、だ。

 

「恋人とのデートを反故にしてまでライブに行くほどのファンって、どうなんですかね……? しかも、それを恋人に秘密にしているというのは……」

 

 隠しているということは、浮気ではなくとも本人がやましく思ってはいるということだ。

 9Sは嘆息して、

 

「16Dさんに報告するの、気が重いですね……」

 

 なんと説明して良いやら。

 “浮気はしていなかった”ということだけ伝えるのか。

 それとも恋人とのデートよりアイドルのライブを優先していることまで伝えてしまうのか。

 自分の言葉が二人のその後の関係を左右してしまうかもしれないと思うと気が進まない。

 隣の2Bが口を開いた。

 

「真実を知ったからには、言わないと」

「……それが、どんな真実でも?」

 

 問い返すと、2Bは頷いて。

 

「これは二人の問題だから、それが良いとか悪いとか私達が判断するべきじゃない」

「……そう、ですね」

 

 まあ、正論だった。真面目で不器用な正論ではあるが、2Bらしい。

 2Bがそう言うのならそれで良いか、と9Sも心を決める。

 そこへカランカランとドアベルの音が響いて、16Dがやってきた。

 

 ◆◇◆◇◆

 

「そうですか……浮気じゃなくて、42S先輩の追っかけで…………」

 

 一連の説明を聞いた16Dがその話を反芻するように呟いた。

 目隠し型の電子メガネをしている為に表情は判断しづらいが、声が沈んでいるように思う。

 コーヒーカップ辺りを見ていた視線が下がって、そのまま段々と俯いていく、唇を引き結んで。

 そして――

 

「くっ……」

 

 背を丸めて肩を震わせ始めた。

 

(……泣いてる?)

「16D……」

 

 6Oが宥めようとしてか、彼女に呼びかけながら背中に手を置こうとする。

 だが――

 

「くふっ……ふふふふふ……」

「え」

 

 予想外の事態が起きた。

 堪えきれないという風に身体を震わせている16Dは、どういうわけか……笑っていた。

 目の前の光景に唖然としてしまっている9Sたちを尻目に、16Dの口角が次第に吊り上がり、

 

「ふふふっ、くふっ、あはっ、あははっ、あははははははははっ」

 

 ついには顔を上げると、哄笑を上げ始めた。

 おかしくて堪らないという風に、両腕で身体を抱くようにして。

 狂気を感じる。

 

「……何がおかしいの?」

 

 2Bが訊ねた。

 

「だって、先輩の気持ちが私から離れてしまったわけじゃないんでしょう? なら、喜ばしいことじゃないですか。それに、普段あんなに勇ましく振る舞っていた先輩が、“ドルオタ(・・・・)”だったなんて…………フフッ」

 

 おかしそうに、16D。

 

「頼りになる先輩を演じたいみたいだったから、私もこんなもの(・・・・・)をつけてまで弱い女を演じて我慢してましたけど……そんな弱みがあるのなら……ククッ」

 

 しゅるり、と衣擦れの音を響かせて16Dが電子メガネを外す。

 メガネの奥に隠れていたのは、自信に満ちあふれた気の強そうなツリ目だった。

 確かにこれがメガネに覆い隠されていなければ、誰も彼女が内気だと思わないだろうというような。

 素顔を晒した彼女はすっきりとした様子で、

 

「くふ、ふふふ、これで攻守逆転できそうだわ。私、本当はリードしたいタイプだったのよね」

 

 嬉しそうに微笑んで、艶然と髪をかき上げる。

 見た目だけでなく、口調まで変わっていた。

 目の奥が妖しい光でぎらついている。

 豹変した彼女に圧倒された9Sたちが言葉を失っていると、

 

「……さて、ちょっと先輩と話をつけてくるわね♪ 相談に乗ってくれてありがとう♪」

 

 16Dが立ち上がって手を振ると、るんるんとした足取りで店を出て行ってしまった。

 カランコロンとドアベルの音が鳴った後、静寂だけが残る。

 三人はしばらく呆然と見送って。

 

「アレで本当に良かったんでしょうか……」

「さあ……本人が喜んでいるなら良かったと思うけど」

 

 呟くように問いかけた9Sに、2Bが小首を傾げて言う。

 

「……2Bって意外と大雑把ですよね」

 

 後日――電子メガネをやめて大胆なイメチェンを遂げた16Dと、完全に彼女の尻に敷かれてしまった11Bの姿が校内でたびたび目撃されるようになった。

 力関係が入れ替わっても、結局、彼女らは大変幸せそうだったという。

 

 

(つづく)




次はA2視点回でしょうかね……


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