金髪さんの居ない銀英伝 (ドロップ&キック)
しおりを挟む

第01章:”アスターテ・ラプソディ”
第001話:”ていとく!”


少しサブタイ変えてみた。


 

宇宙暦796年/帝国暦487年2月

アスターテ星域近辺、銀河帝国戦艦”ブリュンヒルト”

 

 

 

(どうして私はこんな場所に居るんだろう……)

 

何もかもおかしかった。

死に方はそりゃ褒められたものではなかったが、確かに自分は”自由惑星同盟”の軍人だったはずだ。

彼はそう自戒する。

だが、

 

「ローエングラム()()()、星を眺めておいでですか?」

 

いつの間にかそばに立っていた赤毛で長身の……自分と正反対の肉体的特長を持つ少年の面影が残る優しそうな青年に声をかけられる。

赤毛についで目立つのは左腰に下げた実戦だけでなく儀礼にも使える美しい装飾がなされたサーベルと、右腰の実体弾型の拳銃が収められた皮製のホルスターだろうか?

サーベルは青年が帝国騎士(ライヒスリッター)に就任したとき、拳銃は士官学校を飛び級で卒業し正式に任官したときにそれぞれ男が贈った物だった。

 

「いや、思えば遠くへ来たもんだと思ってね」

 

不思議そうな顔をする赤毛の青年に提督用の個室に座る黒髪の男は苦笑し、

 

「それとジーク、そのローエングラム伯爵様っていうのはやめてくれ。確かに何の因果かローエングラムの爵位と領地は継いだが、私自身は昔と何一つ変わっちゃいないさ」

 

すると赤毛の青年、ジークフリート・キルヒアイスは嬉しそうな顔で、

 

「とはいえさすがに”ヤン(Jan)先生”と呼ぶわけにはいかないでしょう?」

 

 

 

「余人が居ないときにはそれでかまわないさ。しっかり者なうえ紅茶を入れるのが上手い君が、TPOを弁えないとは思えないしね」

 

まるでその台詞に答えるようにキルヒアイスは用意してきたティーポットからマイセンブルーのカップに紅茶を注いだ。

その慣れた優雅な仕草は副官というより、むしろ出来のいい若執事を思わせる。

同じ黒衣でも軍服よりも執事服が似合いそうな気配さえある。

 

「ああ、すまないね。本来は従兵(ボーイ)にさせる仕事なんだけど」

 

キルヒアイスにしてみれば冗談ではなかった。

生涯の人生の師と仰ぐ銀河帝国屈指の名提督、口に出して言うと本人が困ったような顔をするので滅多に口にしないが、忠誠を捧げることを誓ったヤン、少し前までは”ヤン(Jan)ヴェンリー(Wenlea)()()”を名乗っていた生活能力が著しく劣った男の身に周りの世話をすること……生活全般に限らず軍人としての職務や身辺警護など含めたそれは、キルヒアイスにとって当然の義務であり日常であり大いなる喜びであった。

今は皇帝の寵姫となった母親譲りの金色の髪が印象的な”あの人”との約束……自分は傍らで、あの人は後宮から共にこの冴えてるとはいえない風貌だが不思議と人を引き付ける”異能の天才”を支えると誓ったのだ。

 

そんなキルヒアイスにしてみれば、敬愛すべき恩人にとり重要な要素である紅茶を誰とも知れない従兵に譲るなどとんでもないことだ。

そもそも、軍人としての道を歩み始める前、ヤンの”二人目の生徒”であった頃から紅茶を入れるのは彼の役目だったのだ。

そう、誓いと共に”一人目の生徒”、あの人から絆として受け継いだ。

もっとも内心に反して返答はシンプルで、

 

「いえ、お気になさらず。なれない者に煎れさせて先生の士気が落ちても困りますので」

 

ヤンは軽く笑い、

 

「確かに私は士気の高い提督と評されたことはないね。今以上の士気の低下が指揮能力の低下に繋がることは大いにありえるからね。そうなれば全体の生存率にも跳ね返ってくるか……」

 

少し真面目な顔をする。

 

「ところでジーク、紅茶はありがたいけど用件はそれだけかい?」

 

「いえ」

 

キルヒアイスは首を横に振り、

 

「皆さんがお待ちです」

 

するとヤンは面白そうな顔をし、

 

「皆さんじゃないだろ? 熟練にして歴戦のメルカッツ殿と新進気鋭のファーレンハイト君は特に作戦プランには不安がないだろうしね。無論、ウルリッヒも」

 

ヤンが挙げた名は、人生の先輩としても慕う歳の離れた先輩軍人と最近目をかけてる食い詰め貴族の若手軍人、そして黒い手帳と共に受け継いだ『とある老将の遺産』とも言える身内、情報参謀だった。

 

「差し詰め、戦力差に不安を駆られた”理屈好き”が他の面子を煽って押しかけてきたってとこかい? 内容は撤退の進言だろうね」

 

キルヒアイスは言葉ではなく苦笑で応えた。

 

「やれやれ。説明も給料のうちか」

 

背伸びして体をほぐし、

 

「ではジーク、ロクでもない仕事を再開するとしよう」

 

”帝国の黒魔術師”と自由惑星同盟軍から怨嗟と共に呼ばれる常勝無敗の帝国上級大将、”ヤン(Jan)ヴェンリー(Wenlea)フォン(von)ローエングラム(Lohengramm)”は椅子より立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヤン提督、転生前とファーストネームとファミリーネームがひっくり返ってます。
ついでに割りとリア充。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第002話:”孫子と韓非子”

 

 

 

「つまりシュターデン中将、君はこう言いたいのかい? 私がダゴン会戦におけるヘルベルト大公と同じ立場となろうとしてるので、それを止めたいと」

 

ブリュンヒルトの提督席の肘掛に頬杖をつきながら、退屈な長い独演会を聞かされた嫌気を隠そうともせずに”ヤン(Jan)ヴェンリー(Wenlea)フォン(von)ローエングラム(Lohengramm)”上級大将は返した。

 

フリードリヒ3世の3男の名を出された”理屈倒れ”の評判高い参謀は鼻白ませるが、ヤンは大して気にした様子もなく、

 

「そして君はインゴルシュタット中将と同じ目に合うのは御免こうむるというわけかい?」

 

思わず噴出しそうになったファーレンハイトをギロリと睨むシュターデン。実はよく見ればメルカッツも微妙に髭が震えていた。笑いを必死でかみ殺す歴戦の老将というのは中々にレアだ。

対していつものような優しげな笑みを浮かべてるのはキルヒアイスであり、ヤンの懐刀ともいえる情報参謀のケスラーは涼しい顔をしていた。

この二人はヤンの身内とも言えるので、この程度の諧謔は慣れっこなのかもしれないが。

フォーゲル中将とエルラッハ少将はどう反応していいか困っているようだが。

 

 

 

簡単に言えば、かつて宇宙暦640年/帝国暦331年に勃発したダゴン星域会戦では、享楽的かつ楽観的な目論見で大失態をやらかし、世紀の敗北を蒙ったのはヘルベルト大公であった。

だがヘルベルトはまがいなりにも皇族であり、処刑など不可能であった。そこで敗北の責任をとる形で詰め腹を切らされた……実際には、切腹ではなく銃殺に処されたのが実質的な指揮官だったインゴルシュタットだ。

 

「そう言えば君は中将だったな。かくいう私は間違っても皇族などではないけどね。ただ、たまたま妹が寵姫などをやっているが」

 

その切れ味抜群な自虐ネタについにたまらず思い切り噴出すファーレンハイトに、髭どころか唇までぷるぷる震えだしたメルカッツ。

キルヒアイスはヤンの生徒としては先輩にあたる輝くような金髪の”()()”の面影を懐かしそうに思い出し、ケスラーはまだ仕えてから日の浅い新たな主に改めて敬愛を感じたようだ。

 

「ふ、不敬ですぞっ!」

 

どうやらヤンの諧謔は理屈屋には通じなかったらしい。

シュターデンはヒステリックに叫ぶが、

 

「キルヒアイス、別にいいよ」

 

ヤンはそっと左腰に下げたサーベルの柄に手を落としたキルヒアイスを目ざとく見つけ嗜める。

この色々とチートスペックの赤毛のノッポは、普段は温厚なくせに特定の条件が重なると途端にベルセルクになるのをヤンはよく知っていた。

ちなみにこのサーベル、柄や護拳、それに鞘は細緻な装飾が施されたいかにも貴族趣味な代物だが、刀身は実は”装甲擲弾兵(パンツァーグラネディア)”などが使う戦斧(トマホーク)と同じ炭素クリスタル製。つまりガチ戦仕様だ。

ダイアモンドと同じ硬度の長さ1ヤードの刃と、”燕返し”もどきを使うキルヒアイスの剣技が相乗されれば、シュターデンは痛みを感じる前に首と胴が泣き別れになるだろう。

 

「まあ、冗談はさておき……給料分の仕事はしようか」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「今回の作戦を要約すれば、” 兵は拙速(せっそく)なるを聞くも、いまだ功の久しきを()ず”と言ったところかな?」

 

ヤンはシュターデン一人を論破するような真似はせず、居並ぶ提督たちに問いかけるように提督席から言葉をつむいだ。

 

「はっ?」

 

まるで呪文を聞いたような顔をするシュターデンに、

 

「孫子を知らないのかい? クラウセヴィッツやリデルハートも悪くないけど、戦場に身をおくなら孫子は読んでおくべきだ。未だに通じる珠玉の教えの宝庫さ」

 

だが残念なことに前世も現世もどこか歴史家と言った趣のあるヤンにとっては身近でも、帝国同盟を問わず多くの軍人にとって孫子は古典というよりむしろ古文書で、特に非ゲルマン的な物に価値を置かない帝国では存在自体を知らないものが圧倒的に多数派だった。

 

ヤンはその貴重な例外だが、当然のように教え子であるキルヒアイスは熟読してるし、それは最初の弟子とも言える妹……黒髪を父から受け継いだ自分と対照的に、母から金色の髪を受け継いだ”アンネローゼ”も同じだった。

もっとも今はグリューネワルト伯爵夫人と呼ばれるようになった妹は、孫子より韓非子を愛読書として好む傾向があったのだが……

 

「そのような石器時代の例えを持ち出されても……」

 

蔑むというより戸惑うといった表情のシュターデン。

石器時代という言葉に、ヤンは思わず飲み友達の人型のヒグマなのかヒグマ型の人なのか迷う風貌のトマホーク・マイスターを思い出す。

 

「ならその君の言う石器時代の戦術でリン・パオの二番煎じを破ってみせるとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




韓非子を愛読書にしてるグリューネワルト伯爵夫人って一体……
ケインズとかも読んでそう(えっ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第003話:”ドワーフに酒と斧は付き物です”

作中に出てくる巨大ドワーフは、フィリオネル=エル=ディ=セイルーンではないのであしからず。


 

 

 

さてさて、ここはブリュンヒルトのヤンの私室。

提督の執務室らしくそれなりに豪華な作りだが、さすがに軍艦だけあって某ブラウンシュバイク家やリッテンハイム家のお召し戦艦ほど貴族趣味丸出しではない。

 

とはいえ飲み会……もとい。ブリーフィングを兼ねた茶会を開ける程度の広さと応接セットはあり、ヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラムはそれを十分に活用していた。

 

何が言いたいかといえば、要するに身内を集めた親睦会を開催していた。ある意味、艦隊における本当のブリーフィングともいえるが。

集まってるのはヤンはもちろん、副官兼執事じみているジークフリート・()()()・キルヒアイス、情報参謀のウルリッヒ・ケスラー、艦隊の副司令官であるウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ()()、そしてファーレンハイト少将である。

 

「せっかく敵が三派に分かれて分進してきてるんだから、合撃される前に速度を生かして各個撃破を狙うっていうのはさほど奇策じゃないと思うんだけどなぁ」

 

とヤンはここに呼ばれなかった今頃盛大に「机上の空論」と言語のブーメランを飛ばしてるだろうシュターデンを思いながらぼやいた。

 

「きっと理屈倒れ殿には、”()()”の戦術論は難しすぎたのでしょう」

 

しれっと毒を吐くファーレンハイトにウンウンとうなずくキルヒアイス。

 

「ひどいな君たちも」

 

ヤンは思わず苦笑するも、

 

「ファーレンハイト君、ところでその”プロフェソール(教授)”という呼び方は、相変わらずひどく違和感があるんだけど。私は別に軍大学を含めた大学で教鞭をとってるわけでもないしね」

 

「しかしキルヒアイスのように直接薫陶を受けたわけではないので、”先生”とは呼べませんからね。同じ理由で教官も却下。かといって公ならともかく私的空間で爵位や階級で呼ばれることも好まない……小官なりに考えた結果です」

 

どうやら比較的に歳が近いせいか、あるいは食い詰め貧乏貴族の子弟たるファーレンハイトと元平民で現帝国騎士のキルヒアイスには共通項でもあるのか若手同士ずいぶん気が合うようだ。

 

もっとも別の世界線と違ってキルヒアイスの交友関係は、飛び級進学した士官学校の少し年上の学友を中心に広くもないが狭くもない。

例えば、彼が未だ交流のある先輩の中には某鉄壁の名があったりするのだが……それは追々語られるだろう。きっと。

現状で一つ言えるとすれば、彼なりに努力して交友関係を広げ維持するようにしているのは、師匠たるヤンが生き方を多少なりとも反省したのか割と社交性を持って生きてるせいもあるということだろう。

 

ヤンにとり、本質的には人付き合いは未だ煩わしい範疇に入るものだが……貴族として生まれ生きている以上、決して人間関係は軽視していない。

一度ならずも痛い目を見て短い人生を終え、ようやく自己保身やら腹芸やらを身に着けたともいえるが……

その成果はきちんとあがっていて、彼の”生きている人脈”は中々に豪華なラインナップを誇っている。

 

 

 

例えば幼年学校/士官学校を足早に卒業したキルヒアイスが「自分をもっと鍛えたい」と言い出したときに放り込んだのは”装甲擲弾兵(パンツァーグラネディア)”であり、その装甲擲弾総監(おやだま)の巨大ドワーフにヴェンリー領の地酒であるブランデーを樽ごとトラックの荷台ガン積みにして持ち込んで縁を作ったりしていた。

 

まあその後、帝国のブランデー品評会にて必ずベスト10入りする上物のブランデーの時ならずの差し入れで歓喜に沸きかえった擲弾兵官舎は、なし崩しに上から下まで飲めや歌えやの大宴会に突入。

擲弾兵の猛者達を酔い潰しという戦術で粗方殲滅/蹂躙した後、意気投合ししみじみと改めて固めの杯を合わせる黒髪の冴えない”非常勤提督”と巨大ドワーフの姿があったという。

 

遥か太古、それこそロードス島なんかの御伽噺の時代からドワーフは斧好きで酒好きと相場が決まっており、またウワバミっぷりに関しては人後に落ちないヤンなので、出会ってしまえば友誼を結ぶのは当然なのかもしれない。

官舎を出るとき、このどちらかといえば『首から下は”貴族の標準型(=役に立たない)”』と呼ばれるヤンが肉体的屈強さにかけては帝国随一と目される宴会に参加した親愛なる装甲擲弾兵諸兄全員から畏怖と尊敬と二日酔いの混じった敬礼で見送られた……というのは最も新しい帝国都市伝説の一つだった。

 

 

 

もっともこれとて貴族としての評価の中に”帝国貴族一の変り種”を持つヤンのエピソードの一つに過ぎないが。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「シュターデン卿はこの際、置いておくとして」

 

さりげなくシュターデンをディスるメルカッツ。きっとこの老将もヤンに毒された一人だろう。

 

「後輩、敵はこちらの各個撃破で大人しく食われるような相手なのかね?」

 

ヤンはニヤリと笑うとケスラーを見やった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




巨大ドワーフ=人型ヒグマ=装甲擲弾総監

やんはぶらんでーのちからでぱんつぁーぐらねでぃあをみかたにつけた!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第004話:”彼れを知りて己を知れば、百戦して危うからず”

珍しく日に二度目の投稿。


 

 

 

「まさに先輩の言うとおり、”彼れを知りて己を知れば、百戦して危うからず”ってとこですね」

 

ヤンはニヤリと微笑みながら懐刀の一振り、故リヒャルト・フォン・グリンメルスハウゼンから黒皮の手帳や()()と共に受け継いだウルリッヒ・ケスラーを促した。

 

そして一同の眼前には三次元投影(ホログラム)式の空間展張ディスプレイによりアスターテ近海の彼我の戦力予想模式図がリアルタイムで表示されていた。

この手の装備は普通、ブリッジにしかないが情報を重んじるヤンはそのスケールダウン版をブリュンヒルトの私室に取り付けていたのだった。

 

「さてウルリッヒ、我々の前に立ちはだかる敬愛すべき同盟の勇者、第2艦隊を率いるパエッタ中将に第4艦隊のパストーレ中将、さらには第6艦隊のムーア中将を君はどう評する?」

 

ヤンは公的な場ではなく私的な場では”反乱軍”という呼び方を使わないことは近しい者の間ではよく知られていた。

彼に言わせれば、『敵対者を蔑んだところで我が軍が強くなるわけでもあるまいし。むしろ無意識の侮りとなるのなら害悪でしかない』とのこと。

 

「”金権主義者(トリューニヒト)の腰巾着”ですね。あの者の政治的バックアップがなければ提督の器があるかは疑わしい」

 

「いっそ清々しいまでにバッサリと切り捨てたもんだね」

 

ヤンは苦笑するが否定はしない。

前世の記憶を頼りにしすぎるのも危険だが、公的なものだけでなく私的にもフェザーンを経由して行った諜報や情報収集の結果、彼らの人物像は彼が”知っていた”ものと大きな差異は無い様で安堵した経緯がある。

 

「パストーレ中将は予想外の事態が起きたときの対応力に乏しく、思考の柔軟さや精神的安定に問題があります。ムーア中将は粗暴な性格から思考が硬直しやすく頑迷な性質なようです。攻勢作戦は出来ても耐えの防御戦に対する適性は低いかと」

 

ケスラーの報告にヤンとメルカッツは同時に頷き、

 

「パエッタ中将は二人に比べてバランスこそ取れているけど、果断さはなく小さくまとまりがち……ってとこかい?」

 

「御意」

 

そう返すケスラーに、

 

「だとすると潰す順番は第4→第6→第2の順番かな? 位置的にも無理や矛盾はないし」

 

「そのココロは?」

 

面白そうな顔をする休みの日になるたびにオーディーンにあるローエングラム伯爵の別邸かお隣のキルヒアイスの実家で飯を食ってることの多い食客将軍のファーレンハイトに対し、ヤンは『わかってるくせに』と言いたげな表情で、

 

「要の位置……中央に居るパストーレ中将は奇襲に弱い。それに彼我の距離が最も近いからね。まず真ん中の艦隊を潰して左右の連携を断つ」

 

不意にヤンの視線が鋭くなり、

 

「第4艦隊の殲滅には時間はかけられないよ? 手間取ると左右から第2と第6に挟撃される……だから奇襲で一気呵成に攻め、一撃離脱気味に削って戦力より脱落させる。第2ではなく第6を次の標的にするのは防戦となったときの粘り腰の差だね。誤差の範囲かもしれないけど……あっさりつぶしてくれるならそれに越したことはない。我々は三連戦しなくてはならないんだから、時間はかけたくない」

 

 

 

「ほう……我が後輩は、第2をこの3艦隊の中では最も難敵と見るか」

 

メルカッツの言葉にヤンは頷き、

 

「ええ。さっきも言ったとおり、思い切った手は打ってこなくともバランスがいい。それに、」

 

ヤンは立体投影される画像に第2艦隊の人員リストを追加し、

 

「提督の質もさることながら、あそこの参謀には気になる名前がありますから」

 

と二人分の名のホログラムを指でなぞり色を変えると同時にパーソナルデータを呼び出した。

 

「”マルコム・ワイドボーン”に”ジャン・ロベール・ラップ”……? おや? どこかで聞いたことがあるような?」

 

首をひねるメルカッツに、ヤンに二杯目の紅茶を煎れたキルヒアイスはにっこりと微笑み、

 

「自由惑星同盟のプロパガンダで言うところの”エル・ファシルの英雄()()()”ですよ。メルカッツ大将」

 

だが表情に対し、その目は笑っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




元の世界線に例えるとこんな感じ?

キルヒアイス→ユリアン
ファーレンハイト→アッテンボロー
メルカッツ→ビュコック爺さん
シェーンコップ→巨大ドワーフ

ちなみにシトレポジは某ミュッケンさん?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第005話:”アスターテの舞台裏・帝国篇”

ヤンとラインハルトの違い→ローエングラム伯を心配する面子の平均年齢


 

 

帝都オーディーン、統帥本部、本部長室

 

 

 

「ミュッケンベルガー卿、少し落ち着かんか」

 

目の前に座る威風堂々たる宇宙艦隊司令長官”グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー”元帥が珍しくみせる落ち着かない姿に、この部屋の主であるシュタインホフ統帥本部総長は思わず呆れたような声を上げる。

 

「ふん。言われるまでもなく落ち着いておるわ」

 

「嘘を言うな嘘を」

 

逆にこのいつもは可愛げのないほど落ち着いてる後輩がうろたえ気味な姿を興味深げに見てるのは、軍務尚書のエーレンベルクであった。

 

そもそも帝国軍三長官と呼ばれる軍どころか国家レベルでも重鎮が一つの部屋にそろい踏みしてるのはアスターテに出兵した一人の若い貴族が原因である。

 

「そもそも(ワシ)は貴族の問題が戦場に持ち込まれるのは好かん」

 

父のウィルヘルムは第二次ティアマト会戦で戦死した艦隊司令官、大叔父ケルトリングは軍務尚書という貴族とはいえ生粋の軍人家系であるミュッケンベルガーは生臭いことこのうえない政治問題、とりわけ貴族のお家事情を戦場に持ち込まれることを毛嫌いしていた。

そういう意味では「皇帝よりも皇帝らしい」と評される武威に溢れた外観にふさわしい潔癖さを持っていると言っていいだろう。

 

「まともな軍人なら誰も好まんさ。まあ流石にフレーゲル男爵が今回の遠征の詳細情報をフェザーンに流していたのは呆れたが」

 

以前、「戦場の空気を吸わせたい」というブラウンシュバイク公爵の意向でイゼルローン要塞の攻防戦にて幕僚(実質的には権限のない観戦)として参加させたフレーゲルのにやけた顔を思い出し、ミュッケンベルガーは顔をしかめるが、

 

「まさか卿の後釜として企画された”()()()の出兵”に、ああも門閥どもが絡んでくるとは思わなんだが」

 

 

 

本来、今回のアスターテへの出兵は威力偵察……どころか半ばパワープレゼンス程度の意味しかなく、その理由も表向きは「ヤンの艦隊司令官としての適性を見る試金石」という物だった。

裏の理由はヤンをその実績によって出世させ元帥府を開闢させることであったが。

 

「どうやら門閥貴族の若造どもは、ヴェンリー子爵だけでなくローエングラム伯爵まで背負うことになったヤンの存在が妬ましくて仕方ないようだのう。あるいはヤンがブラウンシュバイク公やリッテンハイム侯に続く”第三の門閥”になることを恐れているやもしれんが」

 

「それだけではあるまい? おそらく卿の後継者と誰もが認めているのが余計に面白くないのであろう」

 

向けられたエーレンベルクの視線にミュッケンベルガーは今度こそ露骨に苦虫を噛み潰したような顔をした。

ヤンとミュッケンベルガーの付き合いは、ヤンの軍歴から考えれば長い。

それ以上に単なる貴族的なおべっかではなく、あるいは爵位を笠に着て目に余る振る舞いをするでもなく、戦場にて有言実行で上を立てようとするヤンの姿勢はミュッケンベルガーにとり非常に好ましいものだった。

 

例えば先のイゼルローン防衛線にてミサイル艇群による奇襲を看破し、それをミュッケンベルガーに進言して「ミュッケンベルガーの命令により警戒に出ていた」という体裁を整え分艦隊を率いて迎撃/全滅させたのはヤンだった。

 

実際、歴史書に”第6次イゼルローン攻防戦”と書かれることになる戦いにおいてヤンが出撃したのはこの1回きりで、後はでしゃばらずにミュッケンベルガーの副官としてイゼルローンの指令所に詰めて黒子に徹し、むしろ自分に縁のある下級貴族や平民出身の士官たちに多くの出撃の機会を与え、戦功を稼がせた。

この時に戦隊や分艦隊指揮官として立身出世を果たした若手の中には、後に双璧と謳われる二人に加え、士官学校の同級生である芸術家や黒鑓の猪に魔弾の射手などが居たようだ。

 

本人曰く「私は無理に戦功をあげる必要もない身ですから」

 

一見すると貴族らしい台詞にも聞こえるが、ミュッケンベルガーにはそれがヤンという男の器の大きさや寛容さを感じさせた。

気がつけば『爵位は低いが財力と強かさ、そして変わり者は帝国貴族トップクラス』という評判から距離感をつかみかねていた”()()()提督”……領地や所有する複数企業、通称”ヴェンリー財閥”の切り盛りで戦場に立つ機会がさほどない男との距離は縮まり、同盟軍が引き上げる頃には彼の数少ない自慢である自領の名産である持ち込んだ紅茶やブランデーで共に喉を潤すのはミュッケンベルガーにとり密かな楽しみになっていた。

 

もっともヤンに言わせれば「相対的過去のローエングラム伯のようにいちいち狩場に出向いて自分の腕前を確かめるほど、私は勤勉じゃないのさ。それに今更だろ?」ということであろう。

 

とまあこんな調子で、後に続く第三次ティアマト会戦においてヤンに対するミュッケンベルガーの評価は更に上昇し、何かと互いに敬意と便宜……ヤンは貴族としての立ち位置から、ミュッケンベルガーは軍人としての立ち位置から払うようになり、いつしかヤンは”ミュッケンベルガー引退後の後継者”と目されるようになっていた。

 

 

 

もっともミュッケンベルガーは素直という評価を受けたことのない人物であり、

 

「仕方あるまい。現状の貴族、特に爵位持ちの中でヤンの小僧ほどの手練(てだれ)はおるまい?」

 

ミュッケンベルガーとてイゼルローンの中で自分とヤンを忌々しげに見ていたフレーゲルの視線を忘れたわけではないが……ヤンという逸材に比べるなら、それは本来なら唾棄すべき問題だった。

 

「否定はできんな。むしろ競争相手がおらん」

 

「だが実績は今一つ足りぬ……あの男を宇宙艦隊の統率者に据えるには”()()”が足りぬ。それは自らが首魁として艦隊を率い示すしかあるまい。特にあやつの場合は」

 

本来なら彼は膨大と言っていい戦果を誇るヤンだが、本人は『三十路手前で閣下と呼ばれれば十分な出世さ』と嘯くばかりで、戦功一位をミュッケンベルガーや他のものに譲ってしまっている。

違う世界のローエングラム伯より10歳近く年上なのに同じ階級になってしまってるのはそれも原因の一つだった。

確かにヤンの言うとおり出世は貴族という要素を含んでも一般的には早いが、ミュッケンベルガーとしては気を揉むところだ。

 

「それにあやつは常に軍にいるというわけではないからな……可能な限り機会を与えんと」

 

事実、ヤンは先に挙げた第六次イゼルローンや第三次ティアマトなど大きな戦いには呼ばれて参戦しているが、普段の彼はむしろヴェンリー子爵兼ローエングラム伯爵としての領地運営や、ヴェンリー家が所有する財閥の総帥としての側面が強い。

 

「ヤンを直接知らぬ将兵の間には、実力に対する不安や疑問視があると?」

 

「いかにも」

 

鷹揚に頷くミュッケンベルガー。

その不安視を一掃するための今回の出兵だったが……ヤンを快く思わない貴族達の横槍が入ったのだ。

 

本来の出兵規模は1万5千隻程度の常識的規模で分艦隊指令は副官のメルカッツと最近家に入り浸ってると噂のファーレンハイトだけ、またヤンの実力を測るという名目からもはや半ば家臣となりかけていた実力を示していた双璧は外されたが、艦隊参謀長は第三次ティアマト以来気心の知れたエルネスト・メックリンガーが務める予定だった。

 

しかし横槍により参謀長は理屈倒れのシュターデンに挿げ替えられ、5千隻の追加と同時に”足手まといにしかならない”エルラッハとフォーゲルが遠征に名を連ねた。

言うまでもなくこの三人は門閥貴族に連なるものである。

 

「だが妙だな……門閥の若手の専横はいつものこととして、ヤンと公や侯との関係は悪くないはずではないか? 陛下も娘婿を止めるようなことは言ってはおらぬ。それにリヒテンラ-デ侯もなんら掣肘しておらぬようだし」

 

 

 

こうして三人の老人は、ヤンを案じつつ頭を捻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




帝国の爺様たちが書き易すぎてワロタ。
おかげでいつもの倍くらいの文章量に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第006話:”アスターテの舞台裏・同盟篇”

前回までのあらすじ

帝国爺様連合:「喝っ! さっさと出世して元帥にならんか!」

門閥若手:「ヤン、邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔(以下エンドレス)」

赤毛:「先生なら天下を取れる!」

寵姫妹:「禿同」

非常勤:「いや、そんな気ないんだけど……」


 

 

 

舞台は再びアスターテ……

 

 

 

自由惑星同盟軍、第2艦隊旗艦”パトロクロス”

 

 

 

「”ダゴン会戦、再び”か……なあラップ、やっこさんは乗ってくれると思うか?」

 

そう士官学校で主席を争った頃からのライバルであり無二の親友に問いかけたのはマルコム・ワイドボーンだった。

 

「どうだろうね。ヴェンリー提督、いや今はローエングラム提督かな?の恐ろしさは俺たちも身に染みてる」

 

「だな。第四次ティアマトの時には、頭押さえ込まれていきなり挨拶代わりのレーザー水爆を撃ち込まれたっけか……ガスジャイアントに」

 

その時のことを思い出しぶるりと身を震わせるワイドボーン。

実際、あの時は九死に一生……実にきわどいタイミングで生還した。

 

「それだけじゃない。艦隊戦では精細さを欠いたって言われてるけど、常にミュッケンベルガー艦隊をフォローできる位置に居座られたせいで迂回戦術がとれなかったよ」

 

「それを言うなら大惨事……いや、第三次ティアマトの時もそうか。第11艦隊を包囲殲滅したのはミュッケンベルガーだったが、真っ先に踊り疲れたホーランドをエピメテウスごと()ったのはヴェンリーだったな……」

 

「そして第11艦隊の救援に向かったビュコック提督とウランフ提督を邪魔したのも彼とメルカッツ提督だったよ。ローエングラム提督はメルカッツ提督にあらかじめホーランド提督を討った後のことを考えて艦隊を迂回させていた」

 

「そして自分はホーランドを同盟史上最年少の元帥にした後、さっさと狩場の番人に早代わりってか? 嫌なヤローだ」

 

吐き捨てるようなワイドボーンだったが、それはヤンに対する恐怖の裏返しなのかもしれない。

 

「ワイドボーン、問題なのはローエングラム提督の底知れない恐ろしさがまだ軍全体にいきわたってないことだ。”帝国の黒魔術師”だなんて忌み嫌ってる連中はまだ救いのある方で、パエッタ提督……いや、ロボス元帥一派は未だ”妹の七光り”だなんて呼んでる」

 

難しい顔をするラップだったが、

 

「要するに『帝国貴族のボンボンが自分たちより優秀』って苦い現実を認められないのさ。大体、地位も名誉もあり三十路前に上級大将サマだ。このままいけばミュッケンの後釜は確定だろう。しかも商売で恐ろしく成功してやがる……知ってるか? フェザーンじゃ『ヴェンリーがフェザーン人だったら毎年シンドバット賞をもっていかれる』なんて冗談があるんだぜ?」

 

「認められないもんか……」

 

「ああ、認められん。自分たちが惨めになるからな。突き詰めてしまえば、『最高の成功者は帝国主義の中にあり。共和制や民主主義の中ではそれより劣る者しか生み出せない』……なんて結論になりかねん」

 

「貴族主義の肯定、か。人はより優れた者に大きな権限を持たせ統率されるべきって」

 

ワイドボーンは頷き、

 

「自由惑星同盟が自らの政治的正しさを証明できるのは、貴族が主張に対して中身は甘やかされて育った傲慢で無能な暗愚揃いだからだ。同盟にとって貴族はそう言うものではなくてはならん。現実はともかく建前的には平等で同じスタートラインに立ち、競い切磋琢磨し家柄や血筋よりも本人の努力と能力で社会的チャンスをつかみ成功する……誰でも成功する機会が与えられてる共和制や民主主義がより上質であるってな」

 

「だがローエングラム伯爵の存在は同盟の主張する政治的、あるいは社会工学的優位性を全否定する……か」

 

「そうだ。地位も名誉も金もあり、代々にわたり民に慕われる()()()領主で戦争も強い……そんな奴が貴族として君臨し、自分達が踏みつけられるなんて我慢ならないだろ?」

 

 

 

きっとこの二人の会話を聞いたらヤンは複雑そうな、あるいは困ったような笑みを浮かべるだろう。ついでに『私はそんな大袈裟な存在じゃないさ』とでも言うだろうか?

 

「だから同盟上層部は是が非でもヴェンリーを殺したい。百歩譲っても捕らえてやっこさんの名誉や地位を地に落としたいのさ。幸いなことに、」

 

ワイドボーンは一度言葉を切ると皮肉げな笑みを浮かべ、

 

「貴族はお家芸の足の引っ張り合いを望んでるらしい。ヴェンリーを妬み疎んでるのは連中も一緒、おそらく情報を知らせてきたフェザーンもだ。だから”ダゴンの再現”なんて状況が生まれた」

 

「だが、そんな簡単な相手か? ローエングラム提督が自分に向けられた悪意に気づかないとは思えないんだけど」

 

「まあ気づいてるだろうな……気づいた上でそれを利用するだろうさ」

 

「ワイドボーン、この場合、もっとも警戒すべきは包囲が完了する前に各個撃破されることじゃないか?」

 

ラップの台詞にワイドボーンは頷き、

 

「パエッタ提督にはそれとなくその可能性を伝えておく。すぐに聞き入れられるとは思えないが、やらんよりはマシだろう」

 

 

 

幸いにして士官学校を主席で卒業し優等生かつ秀才肌の努力家……優秀な軍人としての評価をワイドボーンは勝ち得ていた。ラップも同期で次席であり、病気療養のため一時退役していたため階級こそ低いがその優秀さを疑う者は少数だろう。

むしろラップの階級が低いからこそワイドボーンを部下として支えることができる。

 

軍も”エル・ファシルの英雄()()()”としてプロパガンダとして利用しているため、二人を積極的に組ませていた。

”武に秀でる”ワイドボーンに”智に勝る”ラップ……ゆえにパエッタにとり別の世界線の非常勤参謀よりは受け入れやすいに違いない。

 

だが、それが戦況に決定的な影響を与えるのか未だ未知数だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ワイドボーン、見・参☆

ヤンとアッテンボローのシーン→ワイドボーンとラップのシーン



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第007話:”であ・るふとばっふぇん・ふろって”

銀英伝で一番の機動兵器戦術職人はメルカッツさんだと思う。

この小説は多分にメルカッツ押し成分を含んでいます。


 

 

 

アスターテ星域、自由惑星同盟第4艦隊旗艦”レオニダス”、艦橋(ブリッジ)

 

 

 

「ば、バカなぁーーーっ!! なんで帝国の戦闘艇にこんな場所で襲われるのだっ!?」

 

それが第4艦隊提督パストーレ中将の聞き取れた最後の台詞だった。

直後、メルカッツ大将麾下の単座雷撃艇とワルキューレからなる”混成(Gemischt )機動兵器群(Luftwaffen-Gruppe):GLG”の急襲で艦橋を破壊されて真空中に吸い出され、見事スペースデブリの仲間入りを果たしたのだから。

 

だが、彼も寂しくはないだろう。

有機無機を問わずデブリ仲間は、これより大量発生するのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

同アスターテ星域、帝国軍”メルカッツ()()分艦隊”、旗艦”()()()()()()()

 

 

 

「脆い。脆過ぎるな……」

 

そうアドミラルシートで呟くのは、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ()()であった。

自慢の航空部隊( Luftwaffen)に敵艦隊旗艦、分艦隊旗艦、戦隊指揮艦が食い荒らされる様子をリアルタイム・ホログラムで表示される空間展張ディスプレイを見ながら、メルカッツはどことなく面白くなさそうな顔をしていた。

 

「ご不満ですか?」

 

そう問いかけるのは副官のベルンハルト・フォン・シュナイダー少佐だ。

 

「なに。大将への昇進祝いに後輩(ヤン)が気と口を利かせて下賜が許された”ヨーツンヘイム”……せっかくのデビュー戦の相手としては、いささか物足りないと思ってな」

 

とメルカッツは髭を撫でる。

 

「小官に言わせれば贅沢な悩みですな。主砲アウトレンジからの航宙艇の大量投入による一気呵成の急襲ならびにピンポイントでの粉砕は、提督の十八番とするところではございませんか?」

 

シュナイダーの言葉に偽りはない。

同盟軍将官には「粘り強くいやらしい戦いをする」と防御に定評のあるメルカッツだが、それはかれの一面に過ぎない。

むしろ真骨頂と言えるのは、雷撃艇や戦闘艇を用いた航空機動戦術にあった。

 

そもそもメルカッツがこの手の戦いを得意とするようになったのは同盟軍との正面切った戦いではなく、辺境の反政府組織や海賊、密輸団や麻薬組織の船舶との戦いであった。

 

その手の非政府がまともな戦闘力を持つ船……例えば払い下げの軍艦などを持ってることは貴族や軍の一部による叛乱を除けば稀であり、大概は武装商船レベルだ。

その手の違法改造船舶は全体的に小兵であり武装や防御は貧弱だが、商売柄のせいで速力と隠蔽性(ステルス)に優れている。

しかも堂々たる艦隊なぞ組むはずもなく、小部隊か下手をすれば単艦航行……

 

人目を阻んで後ろ暗い活動をする相手に、敵艦の撃滅を主目的とした正規軍艦で戦うのは中々に難しい。

戦闘が始まればまず勝てるが、宇宙から逃げ隠れする相手を見つけ出し戦闘に持ち込むまでが至難の技なのだ。

 

そこでメルカッツが考え練りこんだのが、『航宙艇の大量投入による広域捜索と機動追撃』だった。

現代風に言うなら『エアシーバトルにおけるワイドレンジサーチ&ハンター・キラー』とでもなろうか?

 

 

 

そのような経緯もあり、メルカッツは現代で言う艦隊航空戦を得意としていたのだ。

第二次世界大戦時の某帝國軍に例えるなら、山口多門あるいは角田覚治あたりに例えられるだろうか?

そのせいもありメルカッツの率いる分艦隊はかなり特徴的な編成が成されていた。

そもそもヨーツンヘイムは膨大な防御力を誇るヴィルヘルミナ級直系の巨大艦であるが、その最大の特徴は最大180機ものワルキューレを集中運用できることにあった。

言うならばヨーツンヘイムは航空戦艦、あるいは装甲空母に類する軍艦だ。

 

それだけではない。メルカッツの率いる28()0()0()隻の分艦隊の中には、先祖に当たる巨艦ヴィルヘルミナ級を改装した”改ヴィルヘルミナ級雷撃艇母艦”12隻と、144隻の標準戦艦を改装した”ワルキューレ装甲空母”が含まれていた。

ちなみにこれら150隻強の機動艇特化型の船は、今回の遠征にシュターデン達が参加すると決まった時点で、ヤンが軍や自領の艦隊から急遽かき集めて直援艦ごとメルカッツに預けた兵力だった。

本人曰く『貴族特権って言葉は好きじゃないけど、特権というのは使うべく時して使わないと意味がないからね』とのこと。

 

実は雷撃艇母艦も装甲空母も今回初参戦というわけではなく、記録上は第六次イゼルローン攻防戦にて源田実……もとい。カール・グスタフ・ケンプ大佐を艦長とする船をはじめ、複数が試験的に運用されていたらしい。

 

だが今回のように3桁に上る数が集中運用されるのは初めてであろう。

いや、それ以前に大量投入できる前段階の大量建造、いや大量改装が可能となった裏には、ヤンやヴェンリー財閥の存在が見え隠れするようだが……

 

ともかく現在のメルカッツは1万機以上の雷撃艇やワルキューレを集中投入できる手段を持ち、それを遺憾なく発揮していた。

司令や指揮を司る高価値目標(HVU)を次々と宇宙の藻屑に変え、第4艦隊を大混乱に陥れていた。

なるほど艦隊副指令だけでなく、ヤンから非公式に”航空参謀”と古式ゆかしい呼ばれ方をするだけの戦いっぷりだ。

もっとも彼に言わせれば、1万機以上の航空機でたかだか100隻に満たない船を沈めればいいだけなので難しい仕事ではないのかもしれないが。

 

 

 

「ファーレンハイト艦隊が突撃を開始したようですね」

 

混乱をさらに拡大させるべく、どこぞのオレンジ猪ばりの猛チャージを開始する若手艦隊の様子をディスプレイで確認したメルカッツは徐に、

 

「隊を撤収させよ。ほどなく本艦隊の統制斉射(サルヴォー)が来る。邪魔してはならん」

 

「ハッ!」

 

敬礼しながらシュナイダーは「なるほど。名将とはこういうものか」と納得する。

無理に欲張らず引くべきときには引く……攻め時だけではなく引き際も弁えてこその名将なのだと。

 

「我が艦隊は雷撃艇ならびワルキューレを回収後、本艦隊のフォローに回る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ケンプ、涙目。

たまには真面目に解説など……

銀河帝国の宇宙空母は本来、標準戦艦をベースに建造されたって設定がありますが、OVAに画像を起こす際、雷撃艇を運用するのに標準戦艦ではどう考えてもサイズ的に無理があり、あわててヴィルヘルミナ級をベースに再設定されたって経緯があるようです。
フリコレにある宇宙空母は、このヴィルヘルミナベースの船ですな。

というわけでこの作品では、標準戦艦ベースのワルキューレ用装甲空母とヴィルヘルミナベースの雷撃艇母艦という形で、空母職人メルカッツともども両方登場させました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第008話:”兵は勝つことを貴び、久しきを貴ばず”

今度は猪が涙目?


 

 

 

アスターテ星域、ファーレンハイト分艦隊旗艦(高速戦艦)”Jagdpanther(ヤークトパンター)

 

 

「あいつらは一体全体、どんな提督教育を受けてるんだ?」

 

既にこちらは上方真後ろ(チェックシックス)をとっているのだ。

上策は全速沈降しながら機雷をばら撒くか艦載機(スパルタニアン)を緊急発進させてこっちの出足を少しでも止め、そのまま逃げる、あるいは可能なら隙を見て回りこむかだ。

 

無論、そうされてもファーレンハイトはたやすく逃がしたり反撃させてやるつもりはない。

メルカッツの分艦隊が航空兵力に特化してるように、彼の艦隊は速度に特化しているのだ。

戦艦の比率は低いが全て高速戦艦で占められており、代わりに速度に秀でた巡航艦の割合が高い。

言ってしまえば戦艦と巡航艦を身内トレードした形でこれらの船を確保していた。

 

反面、防御に回れば打たれ弱く、基本的には足を止めた撃ち合いには向かない……その速力と突破力を生かし、切り込むことを信条とした編成だった。

威力よりも鋭さを重んじる……ファーレンハイトもその特質をよく弁えており、第4艦隊を屠った時はメルカッツが司令艦や指揮艦を沈めた後、全速で突撃し、混乱を拡張させ敵艦隊を壊乱させた。

彼の役目はここまでであり、一撃離脱に徹したのだ。

強いて言うならその戦い方は第二次世界大戦の某帝國海軍の水雷戦隊に近い。

 

この後、艦隊砲戦の統制斉射で殲滅したのはヤン率いる本隊だった。

それは別にいい。いいのだが……

 

「敵に後を取られて一斉回頭するとは……同盟は、どんな内容の艦隊教本を使ってるんだか」

 

とはいえチャンスなのは変わりはない。

今回はメルカッツ自慢の航空隊は牽制に徹し、せっかく自分達が後方から奇襲できる機会を作ったのだ。

むしろ無様な艦隊機動で無防備で大きな横っ腹を晒してるのだから、撃たないという選択肢はない。

 

「全艦に告ぐ! 恐れることなく肉薄し、敵の肥え太った横っ腹を刺し貫け!!」

 

その闘将の面目躍如たる命令に、ファーレンハイト麾下の艦隊は十全に応えた。

かくて第6艦隊は、見るべきところもない提督のムーアごと消滅したのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

アスターテ遠征艦隊総旗艦”ブリュンヒルト”、艦橋

 

 

 

「やれやれ、ここまでは順調と言っていいのかな?」

 

相変わらず安楽椅子に座るような姿勢でアドミラルシートでつぶやくヤンに、

 

「はい()()。被害は予想を大きく下回ります。まずは完勝と言っていいでしょう」

 

と返すのはキルヒアイス。階級で呼ばれるのも爵位で呼ばれるのも好まないヤンに配慮し、公的な場所ではキルヒアイスは閣下という一般名詞を使っていた。

 

ヤンは不思議な感覚を味わっている。

 

(かつては討たれる側だったもんだが……いざ自分が攻め手に回るとは、何とも複雑で珍妙な気分だよ)

 

とはいえ、それ自体もある意味慣れたものと言えば慣れたものだ。

 

(それにしても、前世のこととはいえ同盟の兵士を殺すことに何の躊躇も感じないとはね……)

 

 

 

「ジーク、私は存外に薄情なのかもしれないね」

 

「は? 小官は、閣下ほど情に厚い方に会ったことはありませんが……」

 

キルヒアイスにナチュラルに返され、ヤンは困ったように頭を掻く。

自分で行った仕草なのに、やけに前世とのつながりを意識させた。

 

「ところで閣下、エルラッハ提督とフォーゲル提督から追撃の許可要請が来ていますが」

 

「却下」

 

ヤンはにべもなく切り捨てた。

 

「”兵は勝つことを貴び、久しきを貴ばず”……ですか?」

 

キルヒアイスが孫子の兵法、作戦篇の一節を諳んじると、

 

「全く持ってその通り。それに今はだらだら戦っている時間がない。残敵を掃討するのは普通なら悪い判断じゃないが、今はもう1会戦控えてるのを忘れないでほしいもんだよ」

 

そしてふと思い出したように、

 

「ところでシュターデン卿は、まだ医務室かい?」

 

そう、最初の戦いでシュターデンは慣れない戦闘での極度の緊張のせいか倒れ、医務室に運ばれていた。

もしかしたら事前の食事の中に無味無臭で遅効性の……が混入していたかもしれないが、信頼の置ける旗艦付軍医が『過労と緊張の積み重なりでしょう』と診断している以上はその通りなのだろう。少なくとも公的記録にはそう記載されるはずである。

今は睡眠薬で安らかな眠りの中にいるはずだった。

ヤンは別に都合が悪い現実ではないので別に思うところはない。キルヒアイスや軍医や厨房のスタッフが証拠を残すようなヘマはしないだろうし。

 

「戦の最中に昼寝とはいいご身分だよ。出来れば私もそうありたいものだ」

 

「閣下にそうされては全員がヴァルハラで昼寝することになりますが?」

 

「それは遠慮したいな。せっかく生まれたんだ。もう少し現世っていうのを味わいたいもんだ」

 

「御意」

 

キルヒアイスは満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シュターデンはオチ担当。
これが世界の摂理だってわかんだよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第009話:”かいてき!”

快適ではなくて会敵なはず。一応。


 

 

 

 

 

 

アスターテ遠征艦隊総旗艦”ブリュンヒルト”、艦橋

 

 

 

「ジーク、悪いけど全艦隊に通達を頼めるかい? 次の会戦にはまだ時間があるし、将兵を問わず交代で食事と休息をとるようにとね。ああ、負傷者はそんなに出てないと思うけど、各艦で一般兵用の医務室が怪我人で溢れて廊下に寝かされてるような状況があったら、空いてる場合に士官用の医務室の解放を許可するとも」

 

了解です(ヤボール)。閣下」

 

無意識に帝国貴族基準ではありえない優しさに溢れた人誑しっぷりを発揮するヤンに、キルヒアイスは嬉しそうに微笑む。

キルヒアイスは思うのだ。カリスマには色々な形があってよい。鮮烈なだけがカリスマではないと。

鮮烈な輝きを放つ恒星だけが星ではなく、家路に続く夜道を優しく照らす……月明かりのような、そんなカリスマがあってもかまわないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

アスターテ星域、自由惑星同盟第2艦隊”パトロクロス”

 

 

 

「バ、バカな……なんで帝国の艦隊が正面から来る……なぜ、パストーレとムーアはなぜ来ないっ!?」

 

アドミラルシートでうろたえるパエッタに、主席参謀であるワイドボーンは非情なる現実を()()告げる。

 

「先ほど申し上げたとおり第4/第6艦隊は既にないでしょう。我々は我々の力だけでこの窮地を乗り切らねばならぬのです」

 

ワイドボーンは思わず嘆息したくなった。

そもそもラップが発案し自分の権限で戦闘宇宙艇(スパルタニアン)をまとまった数で飛ばして全周囲警戒してなければ、きっとあっさり奇襲を喰らい、反撃の機会すらなく殲滅されていただろう。

 

言い方を変えれば、奇襲を防げて艦隊の舳先を敵艦隊に向けられただけだ。

第4/第6艦隊に比べれば遥かにマシな状況だが、かといって不利であることは否めない。

 

「まさか2個艦隊が食われたというのか……? 君は」

 

「ええ。全滅なのか壊滅なのかは定かではありませんが」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

アスターテ遠征艦隊総旗艦”ブリュンヒルト”

 

 

 

「まいったね。敵の警戒網が思ったより広かったよ。第4と第6が食いつぶされた可能性を読まれたかな?」

 

敵の索敵網に艦隊を発見され苦笑するヤン。

だけど、奇襲のアテが外れたのに……どことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか?

 

「どうやらパエッタ中将は、部下の進言を素直に聞き入れる程度の度量はあるようだ」

 

「? 索敵機による哨戒網の構築はパエッタ中将の発案ではないのですか?」

 

「いんや。私の想像通りなら、提案したのは参謀のワイドボーンかラップのどっちかだろうね。性格や思考形態から考えて、パエッタ提督は第4/第6艦隊が先に壊滅したって可能性を考えようとはしないはずだよ」

 

それは情報に基づいた思考分析(プロファイリング)というより、過去……正確には前世の経験と記憶が大きな判断材料となっていたのだが。

幸い軍情報部や諜報機関、自らの組織が集めた情報から総合的かつ多角的に判断しても、個人の能力や性格に大きな齟齬が起きてる訳じゃなさそうなので、とりあえずは安心材料だ。

 

だが、そんなヤンの何気ない言葉の端々が、キルヒアイスは少し面白くない。

同盟のプロパガンダである”エル・ファシルの英雄コンビ”が知られてからヤンは妙にその二人のことを気にしてるようだし、キルヒアイスからしてみれば無駄に高く評価してるように思えてならない。

それが嫉妬心(ジェラシー)だという自覚はあるが、面白くないものは面白くないのだ。

 

「閣下、いかがなさいますか?」

 

その思いを表情に出さぬよう押し込めつつキルヒアイスが問う。

別の世界線のローエングラム伯爵なら迷いなく紡錘陣形からの突撃を敢行するだろうが……

 

「機先を制せなかった以上、ここは安全策をとろう」

 

ヤンはいつものように穏やかな表情で、

 

「全艦隊に通達。()()()にて敵艦隊を殲滅する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何気に原作ヤンよりあっさり進言が受け入れられているワイドボーン&ラップ。

やっぱり非常勤参謀より秀才コンビのほうが受け入れられやすい?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第010話:”懸念がないわけじゃないんだよなぁ by ヤン”

少し編成の話など。


 

 

 

アスターテ星域、銀河帝国アスターテ遠征艦隊総旗艦”ブリュンヒルト”

 

 

 

「全艦隊に通達。()()()にて敵艦隊を殲滅する」

 

別の世界線でのローエングラム伯が紡錘陣形で艦隊一丸となって突撃し果敢に戦功を稼いだのに対し、ヤンが選んだのは安全策だった。

 

しかし実はヤンにも不安材料がないわけじゃない。

これまで出てきた話ではメルカッツが雷撃艇母艦や装甲空母が切り札となる空母分艦隊、ファーレンハイトが高速戦艦と巡航艦が主力の高速艦隊、残るのが正統派の艦隊砲撃戦を行う本艦隊だ。

だが、その本隊も今回のアスターテ遠征では、いつもと勝手が違っていた。

その編成を簡単に言えば……

 

ヤン直轄艦隊→10000隻

シュターデン中将分艦隊→1000隻

フォーゲル中将分艦隊→2000隻

エルラッハ少将分艦隊→2000隻

 

メルカッツの分艦隊2800隻やファーレンハイトの2500隻に比べれば小勢だが、これは門閥若手貴族がヤンの遠征の足を引っ張るためにあわててかき集めた兵力が約5000隻だったと言う事だろう。

ちなみにお邪魔トリオの最先任であるシュターデンの直轄隻数が一番少ないのは、彼の主な役割が艦隊参謀長として押し付けられたものであるせいだった。

ただ、問題となるのは提督の資質や技量もさることながらヤン直轄を除く本艦隊の練度で、さしもの門閥でも急場で5000隻を集めるのは苦労したらしく、軍の正規艦だけでなく貴族の私設艦隊の艦艇も混ざっており有体に言えば”寄せ集め”、あるいは”烏合の衆”である。

それでも5000隻をかき集められるあたり、やはり門閥貴族の権勢は侮れない。

 

ただ上記のような理由でその練度はヤンに言わせても『まがりなりにもアスターテまで迷子を出さずに艦隊行動を取れたのは、この世に奇跡というものがあることを示すいい事例だ』という程度だ。

 

実際、第4艦隊/第6艦隊に止めをさす際に本隊による艦隊統制射撃が敢行されたが、ヤン直轄の艦隊が(ヤン的には往年の)第歴戦……第13艦隊ほどとは言わないがまずまず及第点をつけられるものであったのに対し、残る分艦隊は本当に射撃の合図に合わせて「適当に撃っていた」だけだった。

その命中精度は、わざわざ語るほどのものじゃない……というより帝国軍の名誉のために伏せておくべきものだろう。

 

 

 

何が言いたいかと言えば、ヤンが率いる本艦隊は数字的には15000隻と第2艦隊を上回っているが、それは額面どおりに受け取るべきものではなく精鋭1万隻と正しい意味で足を引っ張る5000隻の複合艦隊だった。

つまりヤンは自分の直轄の半分に達する足手まといを抱えて戦いに挑まねばならなかった。

 

しかもシュターデンはどっかの赤毛が活躍したのか昼寝中だった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

概略図

 

 

           2

     ○ □ 1☆ →    ←第2艦隊

           3

 

☆→ヤン直轄艦隊、○→メルカッツ航空分艦隊、□→ファーレンハイト高速分艦隊、1→シュターデン分艦隊、2→フォーゲル分艦隊、3→エルラッハ分艦隊

 

実際には本艦隊はもっと幅の広いU字状に広がっているが……

ファーレンハイトの高速艦隊はじりじりと匍匐前進するような戦闘には向いてないので、敵が色々と()()左右どちらから突破を図っても速度を生かした強襲が出来る位置取りをし、メルカッツは戦闘艇群の砲戦距離外からのアウトレンジ攻撃を生かすために後方に置かれた。

指揮官不在のシュターデン分艦隊は勝手な判断で動かれても困るので、「予備兵力」という扱いでヤンの直轄艦隊後方に配置される。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

ヤンの戦術は至ってシンプルだ。

普通はとらないが中央突破を狙うのなら定石(セオリー)通りに中央で衝撃を受けとめつつ左右の鶴翼を延ばして包囲を強め、メルカッツの航空隊を突入させ陣を乱した後に迂回させたファーレンハイトの艦隊を切り込ませる。

もっともありがちなのは比較的脆弱な左右のどちらかの突破戦術だが、そのためのメルカッツとファーレンハイトの配置だ。

突破を図る敵艦隊の側面をファーレンハイト艦隊が突き、メルカッツの航空隊が強襲する。

敵の足が鈍れば再び包囲も可能だろう。

 

そしてこちらと会戦せずに逃げの一手を打つなら、そのまま追撃戦に移行すればいい。

古今東西、最も被害を出すのが追撃戦であり、現状の配置は敵がどう動いてもヤンに損はないはずだった。

だが、

 

(いや、どうせなら更なる安全策をとるか……先輩のことだからもうスタンバイはできてるだろうし)

 

「決めた。ジーク」

 

「何でしょう? 閣下」

 

「メルカッツ提督に打電。航宙隊の発艦を要請。先の先は取れなかったけど後の先は取っておきたい」

 

ヤンはニヤリと笑い、

 

「敵は広域索敵にずいぶんと戦闘艇(スパルタニアン)を張り込んでるみたいだからね。存外、残っているのは艦隊直援艇くらいだと思わないかい?」

 

 

 

ヤンの要請から最初のワルキューレが発艦するまで5分とかからなかった。

さすがは熟練にして老獪なメルカッツ、航空戦の名手の面目躍如たる手際の良さだ。

 

無駄に兵が死ぬことを好まないたしかにヤンらしい采配だが、果たしてそれが吉と出るか凶と出るかは今のところ誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




気がつけば二桁、冗談抜きにこれも呼んでくださる皆さんのおかげです。
ありがとうございました。

まだまだアスターテが長引きそうですが、面白いと思える展開を目指して。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第011話:”ソラを舞う猛禽”


サブタイ、脳筋の誤字に非ず。




 

 

 

アスターテ星域、第2艦隊周辺

 

 

 

畜生(ダム)っ! 男にケツを追い掛け回されても嬉しくもなんともねえっ!! 俺は()()()の趣味はねぇよ!!」

 

同盟の撃墜王、どちらかといえば女のケツを追いかけたいタチのオリビエ・ポプラン()()は、あまりといえばあまりの状況……比喩ではなく雲霞の群れのごとく押し寄せてくる帝国の雷撃艇/戦闘艇(ワルキューレ)混成群に呪詛の言葉を吐きつける。

言うまでもないが追い掛け回されてるのは物理的にではなく……いや、物理的は物理的にだが、リアルケツを帝国軍人に掘られそうになってるのではなく、愛機のスパルタニアンを2機のワルキューレに食いつかれ、追尾されていたのだった。

 

「どっちを向いても敵だらけじゃねぇかっ!!」

 

 

 

『帝国がいつのまに、これだけの機動兵器の集中運用能力を持ったんだか……正直、驚きだな』

 

通信機越しに聞こえてくる相方、イワン・コーネフの窮地においてもなおクールさを失わない声が妙に恨めしかった。

だが確かに言われたとおりだ。

スパルタニアンを半格納式(半露天繋留式)に100機搭載するスパルタニアン母艦、”ラザルス級宇宙空母”に代表されるように本来、戦闘艇の集中運用はむしろ自由惑星同盟軍のお家芸だった。

これまで帝国軍は宇宙艇専用の母艦を持っておらず、戦闘艇の集中運用に関しては同盟の後塵を拝していたはずだ。

 

(どうやら帝国のポテトヘッド共も専用空母を建造し始めたってことか……)

 

第六次イゼルローン攻防戦において、ヴィルヘルミナ級大型戦艦や標準戦艦を改装されたと思われる空母が試験的に運用されていたという情報はあったが……

 

(この様子じゃ大量建造された上に集中運用されてるって考えたほうが妥当だな)

 

とはいえ同盟も負けてないはずだ。

ここ10年くらいはフェザーンが妙に気前良く戦費を貸し付けてくれてる(戦時国債を購入している)せいで、ラザルス級宇宙空母の大量建造はアイアース級旗艦型戦艦同様に進んでるし、噂じゃ空母のエンジンを流用した次世代大型戦艦の開発も進んでるらしい。

 

だが、残念なことに明日登場する兵器に今日の戦場を変える力はない。

それに、

 

(空母が沈む前に艦隊直援艇全機発進命令を出した奴には感謝だな……)

 

何も悪いことばかりじゃない。広域索敵に艇数を割かれたのは痛いが、そのおかげで敵艦隊を手早く発見でき、敵大編隊の接近を察知することができた。

誰の判断だかポプランには知れないが、すばやく「全てのスパルタニアンは発進せよ! 飛べる機体は1艇たりとも残すな!」と命じたおかげで、飛べないまま艦と運命を共にするパイロットはほとんどいないはずだった。

無論、数の差はいかんともしがたく、しかも敵は小憎らしくも”二艇分隊(ロッテ)”を最小戦闘単位とし、僚艇をフォローしながら攻めて来る。

押され気味ではあるが、可能な限り乱戦に持ち込みどうにか対処はしているが……

 

「こうなりゃいっそ勲章と出世のタネが向こうから飛んでくるって思うしかないか!」

 

『違いない……!』

 

 

 

しかしポプランはふと気づく。

 

(おかしい……)

 

「どうして雷撃艇が一つもいねぇんだ……?」

 

大宇宙(おおぞら)を舞う荒鷲(アドラー)達の血生臭い戦いは、まだ終わる気配すら見せてなかった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

第2艦隊旗艦”パトロクロス”

 

 

 

「一体、何をやってるんだ敵の戦闘艇は……なぜスパルタニアンと空母ばかりを狙う……」

 

また1隻、困惑した表情をするパエッタ。

無理もない。彼はどちらかといえば砲戦屋で航空戦は門外漢だ。

 

「”被害極小”ですよ」

 

「被害極小?」

 

疑問を隠そうともしないパエッタに頷き、

 

「敵はこちらの防空能力を根こそぎ奪い取ろうとしています。個艦搭載火器だけでの防空能力は、同盟/帝国を問わずさほど高いわけじゃありませんから」

 

第二次世界大戦の頃から、艦隊最強の防空兵力は空母艦上機だった。イージス艦の登場などにより少しは趨勢は変わったが、宇宙時代に入り再び防空能力は航空機……いや、搭載戦闘艇に依存するようになっていた。

それにはいくつかの理由があるが、帝国も同盟も宇宙艦隊戦の花形は密集陣形からの艦隊砲撃戦であり、軍艦もそれに特化した形態へと進化していったことも原因だろう。

軍艦は本質的に砲撃戦に勝利するために建造されるものであり、こと艦隊戦においては主力ではなく()()()な兵器に過ぎない小型戦闘艇へのリソースを割く位なら、より対艦砲撃に特化したほうがコストパフォーマンスが良いと一般に考えられていた。

 

また、慢性的な艦船の数的劣勢に悩まされていた同盟ならともかく、帝国はこれまで小型戦闘艇を大規模に、そして有機的な運用をしてくることはなかった。

それはスパルタニアンとワルキューレの設計思想にも出ている。

スパルタニアンは攻撃力に重きを置いていて、敵艦に肉薄して撃破することを念頭に置いて設計されている。対してワルキューレは横軸/縦軸共に旋回する武装を兼ねたスラスターユニットに代表されるように運動性やトリッキーな動きを追求している。

ワルキューレは、どちらかといえば対艦戦よりもスパルタニアン・キラーとしての役割を期待されていると言っていい。

 

「しかし、空母やスパルタニアンをどれほど落としたとしても、艦隊戦では決定的な役割にはならんのではないかね?」

 

確かにパエッタの言うことにも一理ある。()()()()()()()()()だが。

 

「だからあるのでしょう」

 

「ワイドボーン()()、一体何があるというのか?」

 

正直に言えばワイドボーンは既に諦めの境地に入っていた。いわゆる『駄目だコイツ。早く何とかしないと』の心境である。

彼は嘆息したい気持ちを押さえつけ、

 

「スパルタニアンを落とすだけには飽き足らず、母艦を潰して航空兵力を根元から継戦能力まで奪わなくてはならない理由が、です」

 

その時、

 

「天頂方向より敵雷撃艇部隊、来ますっ!!」

 

オペレーターの悲鳴のような声がパトロクロスの艦橋に響き渡った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




銀英伝の諸星あたる、華麗に登場♪(中の人つながり)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第012話:”メルカッツさんは雷撃艇職人”

ちょっと捏造エセエフ設定が入りまーす。


 

 

 

帝国軍のみがもつ固有の戦闘宇宙艇、”雷撃艇”はかなりユニークな艇種と言える。

 

前回にも似た様なことを書いたが……スパルタニアンは基本的に対艦戦闘をメインに、同盟軍艦の数的劣勢を補うために開発された小型戦闘艇だ。単独でのワープもできなければ駆逐艦の主砲の前ですら直撃すれば落ちる程度の防御力しかない。

しかし、敵弾を受けるのではなく『当たらなければどうということはない』と言わんばかりに軍艦に対する相対的な運動性を高め、持ち前の的の小ささの相乗効果で被弾率を下げるという発想で設計された。

 

その戦術に何度も煮え湯を飲まされた帝国が開発したのが純対戦闘艇用戦闘艇、スパルタニアン・キラーのワルキューレだった。

しかしスパルタニアン・キラーを優先し更なる運動性を求めた結果、運動性やターレットスラスターに物を言わせた変化自在の動きでスパルタニアンを翻弄することは出来たが、いかんせん火力と防御力は劣る物となった。

これは別段、おかしな話ではなく敵艦を沈めることを目的にしたスパルタニアンとスパルタニアンを狩ることを目的にしたワルキューレの設計思想の違いだ。

むしろ後発のワルキューレに対し、絶え間ない改良で多少は不利でも対抗できてるスパルタニアンの基礎設計の秀逸さと拡張/発展性の高さをほめるべきだろう。

 

 

 

さてこの帝国と同盟の名機を比較するのはこれくらいにして、そろそろ雷撃艇に話を戻そう。

ワルキューレは対スパルタニアン戦を想定して作られてる以上、より頑強な艦船相手に戦うのは今一つ攻撃力が物足りない。

そんな現状を打破すべく開発されたのが雷撃艇だった。

 

開発コンセプトは(別の世界線とは微妙に異なるかもしれないが)至ってシンプルで、「スパルタニアンを無視して敵艦を沈めることに専念する戦闘艇」だった。

むしろ初期のスパルタニアンに近いコンセプトだろう。

スパルタニアンはワルキューレという強力なライバルの登場により、その進化の過程で否が応でもでも対戦闘艇能力を向上させざる得なかった。

何しろ敵艦に肉薄して撃沈する前にワルキューレに食い散らされては元も子もないのだから。

余裕があるなら同盟とてワルキューレ・キラーを開発したいのであろうが……生憎、艦隊戦における()()()()に大枚を支払うより艦隊整備に注力したかったし、スパルタニアンの改良型でもどうにか対応できるならそうしておきたかった。

 

ゆえに空戦能力は目覚しい向上を果たしたが、本来の対艦攻撃艇としての能力はさはど上昇してるとは言えないのが実情だ。

だが、そうであるがゆえにワルキューレもスパルタニアンの発展と改良に対抗すべく対艇戦闘力を向上させるしかなく、対艦戦闘力はどうしても後手に回すしかなかった。

 

帝国/同盟を問わず軍艦と呼ばれるものは大体二種類のパッシブ式防御装置を持っている。

一つは”防御スクリーン”。艦前面に展開し強力な敵艦の砲火を文字通り真正面から受け止める幾重もの『単位相指向型(モノフェーズ)光波』を重ねた光学防壁だ。この装備は敵の砲撃を防御しつつ防御主の攻撃を透過させることが可能であり、光学エネルギー/運動エネルギー兵器双方に有効ではあるが。消費エネルギーも大きく基本は常時ではなく戦闘時のみに展開され、また敵艦の集中砲火で飽和させられれば貫かれることも多々あるようだ。だが、戦闘艇程度の火力では普通は太刀打ちできないだろう。

もう一つは艦を繭状に包み込むように発生させる”防護フィールド”。これは磁場や電磁波を利用した可変形状式の反発力場であり、一種のディストーション・フィールドといえる。ただ防御フィールドは「出力を上げれば敵の攻撃にも有用」という程度だ。それも当たり前の話で敵の主砲を防ぐ純粋な光学盾として開発された防御スクリーンに対し、防護フィールドの役割は宇宙空間に漂うデブリなどの超高速衝突体の接触から船体を守ることを基本に搭載されている。またそれゆえに常時展開型だ。

 

ワルキューレの対艦戦術は、接触しそうな至近距離まで近寄り敵艦の防護フィールドを自艇のバリアをピンポイントに集約し敵フィールドに局所的に干渉/中和し相対速度を合わせながら突入、フィールドの()()でレーザーなりレールガンなりで破壊するのだ。

実際、そんな銃剣突撃じみた、あるいは戦場で曲芸じみた戦闘機動をできる腕前をもったパイロットが圧倒的少数派なのは言うまでもない。

 

そこで帝国の戦闘艇開発部門は一つの決断を下した。

いっそワルキューレの対艦攻撃機能はオマケ程度と割り切り、対艦専用の戦闘艇を作ってしまおうと。

火力は近距離なら防護フィールド()()敵艦にダメージを与えられる物が望ましいとされ、防御力は敵艦の主砲は無理でも対空兵装にある程度は耐えられること、機動力は基本強襲となるので直線速度は速いが運動性は敵艦が回避運動を行っても追従できれば良いとされた。

結果として小ぶりなワルキューレどころかスパルタニアンよりもはるかに大型な艇になってしまい、いわゆる艦載機としては運用できず効率的な集中運用をしようと思ったら専用の母艦が必要となってしまった。

 

だが他の兵器と同じく長所と同じくらいの短所を抱えながらも本来の目的に使用された際の雷撃艇は、強力な戦力となりうる。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「天頂方向より敵雷撃艇部隊、来ますっ!!」

 

第2艦隊旗艦”パトロクロス”のブリッジにオペレーターの悲鳴のような声が響いた。

 

「全艦対空砲撃を密にせよ! 艦隊防空弾幕シーケンス用意! データリンク/火器管制演算リソース優先度を一時的に対艦砲戦から対艇防空戦にシフト! 火線を集中させ敵を近寄らせるなっ!!」

 

張りのある声を響かせていたのは、提督のパエッタ中将ではなく艦隊筆頭参謀のワイドボーン准将だった。

彼はパエッタを一瞥し、

 

「で、よろしいですな?」

 

「あ、ああ」

 

その鋭い視線に竦んだようにパエッタは力なく頷いた。

パエッタはわかってしまったのだ。

この若者が自分では見通せない戦場の風景を見ていることが……

だが、その時、

 

「直撃、来ます!」

 

「ワイドボーン、巡航艦が盾に!」

 

オペレーターとラップの声が重なり、

 

「全員、伏せろぉーーーっ!!」

 

ワイドボーンの言葉とブリッジに轟音が響いた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作の技術設定を微妙に改竄。

ワイドボーン&ラップ、覚醒フラグ?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第013話:”俺、生きて帰れたらジェシカと結婚するんだ……”

色々な意味でフラグ乱立回。


 

 

 

「全員、伏せろぉーーーっ!!」

 

ワイドボーンの声が響くと同時に轟音が響き、パトロクロスのブリッジが巨大な衝撃に揺さぶられた!!

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

もし貴方が神の視点を持っていたのなら、このような情景が見えただろう。

第2艦隊旗艦を屠るべく直上方向から逆落としで四艇小隊(シュバルム)で迫り来る帝国軍の雷撃艇。

乱戦の中でその存在を最初に気づいたのは、ワイドボーンでもラップでもなく同盟軍巡航艦”ケープタウン”の艦長、ジャンジャック・ヴァノン少佐だった。

 

「死ぬ数は少ないほうがいいな」

 

ケープタウンが位置していたのはパトロクロスの後方斜め上方。

旗艦を失い混乱する艦隊の死者数と巡航艦1隻の死者数……考えるまでもなかった。

 

「機関全速! 武装分のエネルギーリソースを全てフィールドに回せ!」

 

ケープタウンが射線に突っ込んだのは、4艇の雷撃艇が合計96門のレールガンを発砲した直後だった。

 

 

当たり所にもよるが、至近距離なら戦艦すら沈める雷撃艇の一斉射……巡航艦などひとたまりもなかった。

船体に満遍なく被弾したケープタウンは一撃で轟沈し、乗員の生存は絶望的だった。

だが、彼らはその役割を果たした。

そう、パトロクロスへの直撃を防ぐことに成功したのだ。

 

だが唯一の予想外は、爆砕したケープタウンの残骸がパトロクロスにも命中し、致命的ではないもののダメージを与えていたことだった……

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「クソ……どうなった……?」

 

自分でも緩慢と思える動作でワイドボーンは体を起こす。

床に伏せていたせいもあり骨折などはしてないようだったが、顔をしかめる程度に全身がズキズキ痛む。

 

「ラップ、生きてるか!? 生きてたら返事をしろ! 死んでても返事しろ!」

 

頭を振りながらワイドボーンは周囲を見回す。端的に言えば地獄を髣髴させる風景だった。

あちこちで同僚が床に投げ出される、あるいは叩きつけられるかして呻き声を上げていた。

壁に亀裂が入っていたり火災が起きていたりはしていないが、咽るような濃厚な血の匂いがやけに鼻腔を刺激した。

 

「生きてるよ……あんまり大声を出すな。頭に響く」

 

声は思ったより近くから聞こえた。振り向く先にいた珍しく顔をしかめる親友の姿にワイドボーンは安堵する。

 

「それと無茶を言うな。死んでたら返事なんてしたくてもできないさ」

 

「フフン。俺は一度見たいと思ってたんだ。ゴーストというものを」

 

「なら自分でなってみろ……って、パエッタ中将はどこだ?」

 

二人は同時に見回し、

 

「んがっ!?」

 

「うっ……」

 

顔色を変えて同時に叫ぶ。

 

「「衛生兵っ!!」」

 

二人の視線の先に居たのは、衝撃で投げ出され床に打ち付けられた血に濡れる提督の姿だった……

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

衝撃でアドミラルシートから放り出されたパエッタは、ことのほか重症だった。

応急処置では事足りず、麻酔をかけられ医務室へ緊急搬送されるほどに。

そしてパエッタは離脱する自分の最後の責務として、怪我による出血と麻酔で薄れ行く意識の中で艦隊の命運をワイドボーンとラップに託した。

 

後に歴史家は語る。

アスターテ会戦と呼ばれることになるこの戦いにおいて、パエッタが残した最大の功績は二人への指揮権の移譲だったと。

 

「俺がパエッタ中将よりこの艦隊を預かった臨時提督、マルコム・ワイドボーン准将である!!」

 

艦隊への全域通信の一声は、なぜかどこかの男塾の塾長を思わせるものだった。

 

 

 

「提督不在となり不安になる者もいるだろう。だが、心配は無用だ!!」

 

ワイドボーンは自分の胸を打ち、

 

「なぜならこれより第2艦隊の指揮は、この俺! ”十年に一度の秀才”と謳われたマルコム・ワイドボーン自らが執るからだ!!」

 

とドヤ顔を決めた。

ただしラップは「フラグにならなきゃいいが……」とつぶやいたという。

 

「それだけではないぞ! 艦隊参謀ジャン・ロベール・ラップ()()も未だ健在! ”エル・ファシルの英雄コンビ”がそろい踏みである以上、我々に負けはない!!」

 

言ってることは無茶苦茶かもしれないが、だが確実に効果はあった。

巨大な敵を前に折れかけた士気が、確かに修復されつつあったのだから。

 

「全艦に告ぐ! 艦隊機動同調プログラム”C-5”を起動させろ! な~に、なんのことはない」

 

ワイドボーンは漢臭く笑い、

 

「帝国のポテト頭どもに艦隊戦のやり方を教育してやろうではないか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

決戦、いや生き残りのために俄かに活気立つパトロクロスのブリッジにて……

 

”ぽん”

 

ふと肩に置かれた手にワイドボーンが振り返ると、ラップが瞳のハイライトを消していた。

ラップは妙に空ろな声で、

 

「俺、生きて帰れたらジェシカと結婚するんだ……」

 

「やーめーろーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




めるかっつの”かいしんのいちげき”でわいどぼーんとらっぷがかくせいした!

わいどぼーん→提督Lv↑
らっぷ→参謀Lv↑

わいどぼーんは”鼓舞”をおぼえた!
らっぷは”昏い瞳”をおぼえた!

らっぷのこうぶつに”ぱいんさらだ”がついかされた!

追記
ママ、僕にもオリキャラ(即死)が書けたよ……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第014話:”運命なんて無いと言いたいもんだね”

それは何時かヤン自身が歩いた道?





 

 

 

帝国軍アスターテ遠征艦隊”ブリュンヒルト”

 

 

 

「メルカッツ大将麾下雷撃艇部隊、敵艦隊旗艦に損傷を与えたり!!」

 

オペレーターの弾むような声に沸きたつブリッジ。

 

「敵の通信を傍受! 解析成功! 敵司令部の被害甚大! 提督、重篤の模様!! 指揮不能!」

 

さて余談ながらこの戦場には地味ながら帝国も同盟も少数ではあるが”()()()”を試験的に投入していた。

今回は帝国側にスポットを当ててみよう。

例えばそれは、ワルキューレの左右のターレット・スラスターユニットに武装に変えてアクティブ/パッシブの光学センサーを含む各種センサーを搭載した”偵察型”、武装の代わりにロングレンジのディッシュタイプ・レーダーを搭載した”早期警戒型”、この二種はいずれも”艦隊の目”を担うべく特化の方向に改装された艇であった。

ついでに言うとこのタイプは練習機にも使われる復座型ワルキューレを原型に開発されており、パイロット以外にオペレーターが乗り込む。

その効果は十分に発揮され、前の二度の戦闘でヤン艦隊が先手を取れたのは、この二種の活躍が決して小さくはない。

 

また雷撃艇には機雷敷設型のバリエーションが知られているが、これにも1種のバリエーションが追加されていた。

それは可動部分のない、ワルキューレに比べ大柄なボディの容積を生かし、レールガンの代わりにECM/ECCMなど電子戦機器とそれを操るシステムオペレーターを搭載、通信の中継もこなせる”電子作戦型”だ。

今、まさに敵の通信を傍受したのがこの電子作戦型雷撃艇だった。

 

艦隊の目となる偵察型ワルキューレに早期警戒型ワルキューレ、敵を通信工学的に撹乱しつつ聞き耳も立てる電子作戦型雷撃艇……この三種のバリエーション・モデルは『物理武装ではなく情報その物を武器とする”武装なき決戦兵器”』という共通項があった。

そしてこれらの開発には、情報というものを誰よりも重んじるヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラム伯爵上級大将の意向があり、実際に改修キットの開発が行われたのはヴェンリー財閥傘下の1企業だった。

 

更に言うならこれは帝国軍の正規兵器開発計画ではなく、プライベート・プランとして開発/製造されたものであり、今回の作戦に投入されたのも実は実戦テストを兼ねた「有用性を示す”帝国軍への売り込み(デモンストレーション)”」という意味合いもあった。

評価試験材料にされた同盟軍はたまったものではないだろうが、ヤンは中々に優秀な商売人なようである。

 

 

 

投入された新兵器がそれぞれの特化した効力を裏方ながら発揮し、沸き立つ艦橋だったが……

 

「なお敵の指揮権はマルコム・ワイドボーン准将なる艦隊参謀長に移行した模様! 他、指揮可能と思われる艦隊司令部要員はジャン・ロベール・ラップ大佐!」

 

その瞬間、ヤンはあからさまに渋面を作った。

 

「やれやれ。どうやら面倒な手合いが生き残ってしまったようだね……あの二人はよほど彼らの神様に好かれているのか、それとも私が主神オーディーンにでも嫌われているのかな?」

 

(まさか歴史の修正力があるなんて思いたくはないけど……)

 

「されど歴史は繰り返す、か」

 

 

 

「閣下?」

 

心配そうな視線を向けてくるキルヒアイスにヤンは渋さを引っ込めいつもの柔和な表情になると、

 

「ジーク、私は運命という言葉が嫌いでね」

 

「知っています。確か”人の自由意志に対する冒涜”でしたか?」

 

「ああ。だから運命的なものを感じるとつい反抗したくなる。我ながら子供っぽいとは思うけどね」

 

「といいますと?」

 

「”エル・ファシルの英雄コンビが揃って巨大な敵の前に挑む”。実に彼ら好みの”運命的なヒロイック・サーガ”だと思わないか?」

 

キルヒアイスが少し困った顔をするが、

 

(それにしても……敵国の軍人とはいえ、かつての親友の()()()と呼べる相手の無事を喜ぶより、生きてることを残念に思うとはね)

 

「私も随分と生き汚くなったもんだよ」

 

ヤンは少しだけ自分が嫌になりそうだった。

 

 

 

「閣下はそれで良いと思いますが?」

 

「なぜだい?」

 

「小官を含め閣下がヴァルハラに逝かれては困る人間が、帝国には数多く居ます」

 

それもまた事実だとヤンは自覚している。

何の因果か帝国に貴族として生まれてきて30年近く……かつての享年に近づくにつれ、自分が抱えるものはどんどん増えていった。

これで抱えることを拒否できるほど嫌えたらよかったのだが、キルヒアイスに妹のアンネローゼ……他にも好ましいと思えるものが、切り捨てられなくなってしまった者達が多くなりすぎてしまっていた。

 

だからこそ、むしろ帝国は改良/改善すべき余地は多々あれど、ゴールデンバウム王朝は倒れて然るべきとは思えないようになってしまっていた。

必要なのは皇帝を殺す革命ではなく、社会の害悪を取り除く変革だとも。

困ったことにヤンは、自分が既に薄れ逝く記憶の中にある同盟よりも現在生きている帝国のほうが気に入っていたのだ。

 

 

「やれやれ。そう言われては迂闊に戦死することもできないじゃないか」

 

ヤンは軽く髪を掻く。その表情は少し照れくさそうに、

 

「では、せいぜい生き残る努力をするとするかな?」

 

そしてスッと目を細め、

 

「全艦、第一戦速で前進せよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




謎組織のヴェンリー財閥。

その始まりは意外に古く、高祖父(曽祖父の親)の代に起業した通運会社が始まりだという。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第015話:”ルアー・フィッシング”

やっぱ敵やライバルが弱いと盛り上がらないし(えっ?


 

 

 

艦隊配置概略図

 

 

           2

     ○ □ 1☆ →    ←第2艦隊

           3

 

☆→ヤン直轄艦隊、○→メルカッツ航空分艦隊、□→ファーレンハイト高速分艦隊、1→シュターデン分艦隊、2→フォーゲル分艦隊、3→エルラッハ分艦隊

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

第2艦隊旗艦”パトロクロス”

 

 

 

「ラップ、敵主力の左右……なんか動きが悪くないか?」

 

アウトレンジの航空戦が終われば次は間合いを詰めて砲撃戦、それは定石(セオリー)通りといえばそれまでなのだが、ワイドボーンの目には教本に載せたくなるぐらい隙無く陣形を整え前進してくる中央に比べ、どうにも左右が出遅れてる感じがしていた。

ぶっちゃけてしまえば、かなり連携に難があるようだ。

 

「ああ。待て……右の分艦隊には戦艦”バッツマン”が、左には”ハイデンハイム”が識別できた」

 

「ん? 聞いたことのない艦名だな?」

 

「データベースによれば、フォーゲル中将とエルラッハ少将の乗艦らしいな」

 

「誰だそいつら?」

 

「門閥貴族の後ろ盾で将官になれた、いわゆる”()()()()将軍”のようだ。フェザーンからのデータにもうちのデータにも、階級に見合った戦功は記載されては居ないよ。その分、貴族達との交友関係が記載されているが」

 

ラップの言葉を聞くなりワイドボーンは心底呆れた顔で、

 

「ヲイヲイ……なんだってヴェンリーの野郎はそんないかにも使えなさそうな貴族の腰巾着連れてきたんだ? あいつの手下か?」

 

「いや。ヴェンリー子爵家は独立系だ。代々、意図的に門閥化してない。ローエングラム伯まで継いだ今でも門閥化はしてない筈だ。フォーゲル中将はブラウンシュバイク閥で、エルラッハ少将はリッテンハイム閥らしい。フェザーンからの情報だから、こと貴族に関することは確度は高いと思うぞ?」

 

「なんだ? 二大門閥からの援軍か?」

 

だがラップは首を横に振り、

 

「援軍のつもりなら、もっとまともな人材を出すさ。おそらくは貴族なりの政治的理由じゃないかな?」

 

「貴族の政治?」

 

「ああ。おそらくローエングラム伯の勝利やこれ以上の英達を望まぬ輩が居る……そういうことだと思う。おそらくフェザーンに情報を流したのもその勢力だ。じゃなければ正確()()()遠征艦隊データの説明がつかないさ。フェザーンの情報収集能力がどれほど高くても限度があるからさ」

 

するとワイドボーンは面白そうな顔をして、

 

「貴族サマには下々の俺らにはわからない高貴さゆえのお悩みがあるってことか。ハハッ、ザマァみろだ」

 

そして不意に真面目な顔をすると、

 

「おいラップ……引っ掛けやすそうなのはどっちだ?」

 

「軍服の中身が大差ないなら、当然階級が低いほうじゃないか?」

 

「よっしゃ!」

 

ワイドボーンはパンと拳と掌を合わせ、

 

「全艦に告ぐ! 艦隊は紡錘陣形を維持したまま()()一杯! 目標、敵艦隊右側面分艦隊! ただし艦隊速力は全速の()()()を維持!!」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

パトロクロスのダメージは思ったよりはひどくなく、まだまだ航行だけでなく戦闘にも指揮にも耐えられそうだ。

戦闘艇群の空襲は斧で断ち切ったように唐突に終わり、もうすぐ全面艦隊戦が始まろうとしていた。

 

艦隊の状況は、正直良くはない。

敵の艇群は旗艦だけでなく分艦隊旗艦や戦隊指揮艦を集中的に狙ったらしく、艦隊の統制は著しく難しくはなっていた。

だが……

 

(一丸となって突っ込むことぐらいは出来る……!!)

 

そのための”C-5”プログラム……旗艦を軸に艦隊運動を連動させるアプリだ。

柔軟で迅速な陣形変化は難しくなるが、反面、プリセットされた特定の陣形での運用を半ば半自動化し効率よく行える。

そもそもこれは新設艦隊が艦隊機動の基礎を学習する段階で使われる軍事教練プログラムで、本来なら実戦……しかも正規艦隊で使われるような代物ではない。

 

だが、だからこそこのような……艦隊の指揮命令系統がズタズタにされたような状況では役に立つ。

如何にもエリート軍人を絵に書いたような風貌と言動のワイドボーンだが、その思想も発想も決して硬直などしていない。

もっとも硬直などしていたら、ラップはともかくアッテンボローなどとはつきあえないだろうが。

 

「ラップ、釣れると思うか?」

 

ワイドボーンが何をやろうとしているのかとっくに理解していたラップは頷き、

 

「頭のいい大物は狙えないかもしれんが、雑魚は釣れる……その程度に魅力的な疑似餌(ルアー)だと思うぞ? 我々は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ルアー=疑似餌

餌かと思って食いつくとえらいことになるので注意。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第016話:”銀河釣行。釣場:アスターテ”

ワイドボーンはより思い切りよく、ラップはより腹黒く(えっ?




 

 

 

帝国アスターテ遠征艦隊旗艦”ブリュンヒルト”

 

 

 

「敵艦隊、フォーゲル艦隊を目指し突撃する模様!!」

 

「そっちに来たか」

 

ヤンに特に驚いた様子は無い。

彼に言わせれば左翼分艦隊(フォーゲル)/右翼分艦隊(エルラッハ)共に戦力はどっこい。甲乙つけがたいというよりむしろ丙丁つけがたい。

左右どちらの突破を選ぶにしても、分厚い中央を正面突破を狙うよりも遥かにリスクは少ないだろう。

 

それにどっちを選んだにせよ、メルカッツ自慢の戦闘艇部隊により数を削られ指揮系統をズタズタにされた第2艦隊相手に一撃で壊乱するほどには脆くもない。

突撃を受けるフォーゲル分艦隊でも、緩衝程度の役割は果たすはずだ。

ならフォーゲル分艦隊が敵の足を鈍らせてる間、自分の率いる艦隊とエルラッハ分艦隊は反時計回りに、速度が強みのファーレンハイト分艦隊がフォーゲル分艦隊を迂回して時計周りに回り込み側面から押し潰せばいい。

 

フォーゲル分艦隊が仮に突破されようと、その頃には後詰めのメルカッツ艦隊が行く手を防ぐだろう。

ヤン艦隊の後に配置された1000隻のシュターデン分艦隊が遊兵化してしまうが、指揮官不在(医務室で爆睡)の小艦隊は機甲予備として置いておくという見方もできる。

 

 

 

ヤンの迎撃計画

 

       ↑ → → → ↓

    ↑→ ↑   2  ← ← ←↑

    ○  □ 1☆ →→↑ ↑  ↑第2艦隊

           3→→→→↑

 

☆→ヤン直轄艦隊、○→メルカッツ航空分艦隊、□→ファーレンハイト高速分艦隊、1→シュターデン分艦隊、2→フォーゲル分艦隊、3→エルラッハ分艦隊

 

 

 

これが被害極小になる……はずだった。

だが、ヤンにはどうにも不自然な気がした。

 

(敵の艦隊速度が遅すぎる……)

 

いくら指揮系統が半壊させられているとはいえ、第2艦隊の動きが緩慢すぎるようにヤンには見えた。

フォーゲル分艦隊に的を絞り食い破るつもりなら、それこそ最大戦速で突進を試みるべきであろう。

時間を追えば追うほどこちらの左翼サイドの布陣は分厚くなり、突破が難しくなる。

 

(誘っているのか……? だが、一体何を?)

 

いくら出足を遅くしようとこっちもじりじりと距離を詰めてるし、逆サイドからファーレンハイトの高速分艦隊が迫っている以上、第2艦隊が誘っていてメリットが無いように思えた。

 

 

 

図らずもヤンはここで、自分もまた神でもなんでもなく、間違いを起こすことが当たり前の”人間”だということを証明してしまった。

何が言いたいかといえば……彼もまた判断を誤ったのだ。

 

人はどれほど客観視を心がけようと完全には、それこそ無意識にまである主観を完全に払拭することは出来ない。

ヤンもまた同じで、前世まで含めて長い軍人生活で敵は常に自分を狙ってくる、自分を罠にかけようと知恵比べを仕掛けてくると思っている部分があった。

 

また、例え練度が自分の率いる艦隊より劣っているとはいえ、そして提督が門閥の戦知らずの若造に顎で使われる程度の存在だったとしても、「正規の軍人教育を受けて将官&提督になってる以上」は、常識的な行動をとると思い込んでいた。

軍人の戦場における最大の役割は勝利すること……戦術的目的を達成することであり、それ以上に優先するものなどない。

 

確かにそれが軍人としての常識だろう。

だが……

 

 

 

「エルラッハ分艦隊、最大戦速に加速! 一気に前に出ます!!」

 

「なんだって!?」

 

驚いたのはヤンだった。

確かに外周より反時計周りに回り込まねばならないエルラッハ分艦隊は、内側から回るヤン艦隊に比べ増速する必要はあるが、それを見越しての鶴翼の陣をとったのだ。

本来であればエルラッハが最大加速に転じるには、しばしの時間的余裕があったはずだった。

しかし、

 

「エルラッハ分艦隊、()()()()()()()()()()()()()()を”横切り”敵艦隊へ突貫します!!」

 

「馬鹿な……」

 

ヤンは自分の戦術が足場から崩れるような錯覚に陥ったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

一方その頃、パトロクロスでは……

 

 

 

食いついた(フィッシュ)!」

 

喜色満面の顔をするワイドボーンが居たりする。

 

「食い意地の張った間抜けな魚が、どうやら群れからはぐれたみたいだな」

 

ホッとした表情でさらりと毒を吐くラップ。よほど悪運が強いのか、メルカッツの空襲の中でもかすり傷一つおってないアッテンボローがギョッとした顔で敬愛すべき先輩を見た。

 

「こういうのを”海老で鯛を釣る”というのか?」

 

「いや、どちらかといえば”まな板の上の鯉”というべきだろう。無論、鯉は敵の分艦隊だが」

 

二人はニヤリと笑い、

 

「全艦隊に告ぐ! 艦隊速度、全速! 急速回頭! ()()()一杯!!」

 

「全艦隊! 長距離砲戦用意! 短距離砲戦の準備も怠るな!!」

 

 

 

 

 

最初からワイドボーンもラップもヤンと知恵比べなぞすることに興味も無かったし、意味も見出せなかった。

ただ彼らは命があるうちにいち早くこの戦場より立ち去ることだけを望んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さすがエルラッハ、期待を裏切らずやらかしてくれる!の回。
そこにしびれるあこがれない。

 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第017話:”貴族の在り方とその利用法についての一考察”

今回の主役はエルラッハ少将です(断言


 

 

 

ヤンがヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラム伯爵でもなく、ヤン・ユリシーズ・フォン・ヴェンリー子爵でもなく、帝国貴族に生まれる前のただの楊文里(ヤン・ウェンリー)と呼ばれていた頃の二つ名に、”魔術師”というものがある。

 

言いえて妙だ。錯覚に思考、心理……隙や盲点を突き、”奇跡という事象が起きたと誤認させる”ことが魔術の本質なら、ヤンが行ったのはまさにその手の行動だろう。

別の言い方をするなら、ヤンは”戦場の心理学者”とも呼べる。

 

それは今も健在であり、敵も味方も「軍人ならば」彼が掌で躍らせることは容易いかもしれない。

しかしそれが軍人ではなく、”()()貴族としての判断”として行われたとすれば……どうだろうか?

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

第015話でラップが語っていたが、「いや。ヴェンリー子爵家は独立系だ。代々、意図的に門閥化してないよ。ローエングラム伯まで継いだ今でも門閥化はしてない筈だ。フォーゲル中将はブラウンシュバイク閥で、エルラッハ少将はリッテンハイム閥らしい。」だ。

 

そもそも門閥というのは貴族同士が政略結婚や養子の融通などをし、血脈により繋がり一門化/貴族として派閥化していったものだ。

ブラウンシュバイク公爵家やリッテンハイム侯爵家は、まさにその典型だろう。

例えばフレーゲル男爵は、先代の故フレーゲル男爵とブラウンシュバイク公の妹との間に生まれた甥にあたる。

 

対してヴェンリー家は代々の総領が可能な限り庶子から嫁を取るように心がけており、少なくともヤンにヴェンリー家の家督全てをヤンに押し付け、合法ロリな妻と頑強な初老の執事と少数の使用人を乗せて現在銀河の彼方を目指し旅立ったフリーダム過ぎる先代……タイラー・フィッツジェラルド・フォン・ヴェンリーの代まではそうだった。

 

またヴェンリー家が首尾徹底してるのは、基本的に「相続者たる男子は一子しかもうけない」という家訓があることだろう。

銀河帝国開闢の中に名を連ねるヴェンリー家の長い歴史には、二人以上男児をもうけた者もいるかもしれないが、その場合はヴェンリー家とは関わりの無い者として異なる姓が与えられ養子にだされたようだ。それも原則として非貴族の家にだ。

 

別にこれはヴェンリー家代々に渡りストイックだったとか、あるいは清廉潔白だったという話ではなく、門閥化による勢力拡大より、代替わりのたびに起きる相続の面倒事やそれに漬け込まれたときの厄介さを嫌ったというものであろう。

いずれにせよ貴族としては稀有な存在なのは間違いない。

事実、代々の当主は門閥を持たぬ代わりに人脈作りやコネ作りには熱心だったらしく、そのネットワークは未だ深く広く、帝国のさまざまな階層に広がり、またフェザーンや同盟にも伸びているという噂さえある。

 

だから未だヴェンリー家は明確な門閥化はしておらず、また相続することになったローエングラム伯爵家も断絶(領地は断絶したときに返納という形がとられ、皇帝直轄領として管理されていた)しており門閥は存在しない。かつてローエングラム家と血縁のある貴族が帝国有数の金持ちであるヤンが継承したことを幸いに門閥を主張しているが、家門が復活した現ローエングラム伯と血縁が無い以上、あらゆる意味で認められていない。

 

例えば、国務尚書のクラウス・フォン・リヒテンラーデ侯爵によれば「血縁がない以上、ローエングラム伯が認めん限り門閥とは言えんな」とのこと。無論、ある理由から好意的な意味で昵懇な関係であるリヒテンラーデ侯は、ヤンが天地がひっくり返っても特権階級に胡坐をかきたがっている門閥の増量など認めないことをよく知っていた。

 

 

 

さて話をエルラッハに戻そう。

エルラッハは本名にはフォンがつくが、どうやら次男かそれ以下だったようで爵位は継承できていない。

基本貴族の爵位と家督、財産は長男相伝なので次男以下は雀の涙程度の財産分けしかこないのが普通だ。基本的には爵位を相続する長男が不慮の死を迎え、なおかつその長男に男子が居ない場合の体のいいスペアというところであろう。

 

エルラッハもそんなスペアの中の一人なのだが、この男にもそれなりの自尊心と野心があった。

家督が継げなかった実家は、大きくも豊かでもないが幸い大貴族のリッテンハイム家の門閥の一つ。食うのに困って入った軍でもそれなりに”()()()”に入れ、大して武功もあげずに閣下と呼ばれるまでになれた。

おかげでリッテンハイム閥の中でも武闘派の一人として名が知られるようになれたようだが……

そこで降って沸いたのが今回の遠征への参加だった。

 

つい先ごろ、帝国開闢以来の武と船と商売を司ると言われる名門ヴェンリーの自分より若い総領が、妬ましいことに同じく開闢以来の名門だが断絶し陛下自らの預かりとなっていたローエングラムの爵位と領地までも継承したというのだ。

これが別の世界線のローエングラム伯だったら「なり上がり風情が、高貴な血を差し置いて許せぬ!」となったであろうが、元々開闢以来の名門貴族であるヤンに面と向かって言うのは憚られた。

 

それにヤン自身の貴族としての権勢や経済力、そして妹が寵姫となったことで得られと恩われる陛下やリヒテンラーデ侯などの宮廷での後ろ盾などを考えれば、財務尚書で汚い金を溜め込んでると噂されるカストロプ公爵などを尻目に”総合力は帝国貴族第三位”のヤンに向かってケンカを売るなど貴族としては自殺行為だ。

 

だが嫉ましいものは妬ましい……そんなときに同じ”次代の帝国を担う若い貴族”というカテゴリーの中で、ヤンに貴族としての評価で天地ほども水があけられていた門閥の若手爵位持ちが声をかけてきた。

「ヤンを殺せば自分たちに疑いがかかり、一歩間違えば破滅させられる。だが、あいつの武功を少しでも下げられればいい。元帥昇進の話が流れれば上出来」という誘いは、中身こそ単なる嫌がらせだが自分と同じ暗く湿った思いの発露であり、それに共感したエルラッハは進んで受けた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

同じような参加背景のあるフォーゲルもだが、エルラッハは完全にアテが外れてしまった。

自分とフォーゲルは見事にヤン艦隊の両翼を勤め、よりによってヤンの武功の一助になってしまったのだ。

自分の軍才を疑うということを貴族らしい特性で思考回路から削除しているエルラッハは、自分達が計画通り順調にヤンの”重し”になってることに気づかず、むしろ自分たちの軍才を使いこなすヤンに戦慄していた。

 

このまま行けば自分は「たった1個増強艦隊で敵3個艦隊を撃滅した英雄の一員」として中将への出世は間違いないだろうが、それはヤンも同じであり、ヤンが元帥となった暁には「ヤンの英達の一助になった」という評価が確定してしまう。

そうなれば自分はリッテンハイム閥の中で爪弾き、最悪は追放されてしまう。

 

明らかに自己に対する過大評価であるが、あまり明るいとはいえない未来にエルラッハは焦り、こう結論してしまう。

 

「そうだ。ローエングラム伯が武功一位ではなく、私が一位となればよい。さすればローエングラム伯の元帥昇進に疑問視が生まれるはずだ」

 

と……

 

「艦隊、全速前進せよ!!」

 

「ですが、まだ旗艦より命令が……」

 

「かまわん! 戦場で武功を立てられず何が武人! 全艦、加速しつつ取り舵一杯! 進路、敵艦隊側面!!」

 

 

 

かくて喜劇が幕開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヤンも帝国貴族の中では立派に変人枠だけど、親父は輪をかけてフリーダムだった罠(笑

まあヴェンリー一族は、初代から始まり代々変人ぞろいの気がする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第018話:”アスターテ会戦を終わらせてみた”

サブタイとおりにやたら長かったアスターテ、終幕。


 

 

 

エルラッハ分艦隊が文字通りに抜け駆けして前進、旗艦本艦隊の真正面を横切り第2艦隊側面へ突進するという珍事が起きたとき、ワイドボーンは確かに笑っていた。

それはそうだろう。こうも簡単に計略に引っかかるとはつい笑い出したくもなる。

 

「全艦隊に告ぐ! 艦隊速度、全速! 急速回頭! ()()()一杯!!」

 

「全艦隊! 長距離砲戦用意! 短距離砲戦の準備も怠るな!!」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

現在の各艦隊配置模式図

 

        →  

    ↑  ↑   2      ↓←第2艦隊

    ○  □ 1☆→   ↑→↑ ←

           3→→↑

 

☆→ヤン直轄艦隊、○→メルカッツ航空分艦隊、□→ファーレンハイト高速分艦隊、1→シュターデン分艦隊、2→フォーゲル分艦隊、3→エルラッハ分艦隊

 

 

 

実際にはエルラッハ分艦隊は図上では斜め右上方向にヤン艦隊の進路を横切るように突進、第2艦隊は斜め左下方向へエルラッハ艦隊の右側面を突くように動いていた。

そして始まったのは一種の咄嗟戦、あるいはいびつな交差砲戦だった。

 

艦隊統制斉射(フリート・サルヴォー)三連! 撃てっ(Fire)!!」

 

ワイドボーンの号令の元、最初に火蓋を切ったのは第2艦隊だった。

三連続で放たれた艦隊統制射撃は真横ではないが右側面斜め上方よりエルラッハ分艦隊に突き刺さった!!

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「ぜ、全艦回頭! 急げ! 敵へ艦首を向け反撃するんだ!!」

 

相手の左側面を突くつもりが逆に右側面を突かれ、エルラッハはよほど慌てていたのだろう。

本来なら彼の分艦隊は今の全速を維持したまま前方へ駆け抜け回り込み、第2艦隊の後方へ喰らい付くべきだった。

だが、よもや敵の集中砲火に晒されている中、艦隊機動で一斉回頭など明らかな無茶であろう。

 

回頭するためには艦隊は足を止めるとは言わないまでも減速せねばならず、そして機動中は攻撃も出来ず撃たれたい放題の無防備状態となってしまう。

何よりまずかったのは……

 

「直撃、来ます!!」

 

「なあっ!?」

 

エルラッハには語義どおり()()()()武運が無かった。

 

 

 

確かにワイドボーンは艦隊三連射を命じたが、それは分艦隊に火線を集中させるように命じただけであり、特に分艦隊旗艦を識別して一点集中で狙い撃ったわけではなかった。

つまりエルラッハの乗艦”ハイデンハイム”が減速して回頭しなければそもそも命中しなかったのかもしれないのだった。

 

そして三連射で旗艦を仕留めた後、エルラッハ艦隊は悲惨だった。

そもそも敵艦隊はメルカッツの戦闘艇群の痛打を浴びたとはいえ、未だ1万隻以上の艦隊だったのだ。

エルラッハの想像通り奇襲で側面を突ければまだ混乱をさせられただろうが……奇襲する側がされる側に転落すれば、さらにどうにもならなかった。

 

4倍の敵から側面への集中砲火を受けた分艦隊は、熱湯にカキ氷を放り込んだときのように容易く消えた。

ただカキ氷と違うのは、大量の残骸が発生したことだろう。

 

そして付け加えると、エルラッハ艦隊はヤン本艦隊の進路上、ないし射線上を()()してる最中に第2艦隊の強襲を受けたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

「やられたよ。見事なもんだ」

 

アドミラル・シートで天を仰ぐヤン。

 

「わき目も振らずに離脱しましたね」

 

そう相槌を打つキルヒアイス。

彼の言葉通り第2艦隊はその場で砲撃戦を行い戦果を拡大するような真似はせず、壊滅したエルラッハ艦隊の横をすり抜けるように最大戦速で駆け抜けた。

また艦隊同士の最接近ポイントで狙い済ましたように、擦れ違いざまの居あい抜きじみたタイミングで未確認の新型長射程ステルスミサイル……おそらくは同盟が持ち込んだ新兵器を乱射しエルラッハ分艦隊への駄目押しとしたが、それ以外はひたすら逃げの一手だった。

 

「まったく……呆れるほど徹底してるよ」

 

しかもご丁寧なことにミサイルの弾頭は個別誘導多弾頭型のレーザー水爆……まともに反撃できない瀕死の群れに、自己誘導するレーザ-水爆の散弾を浴びせられたようなものだ。

 

「良将っていうのはねジーク、逃げ方が上手いんだよ。引き際を間違えないからね。むしろ負け戦でいかに被害を抑えられるかが、良将の条件なのかもしれないね」

 

変に実感のこもったヤンの言葉にキルヒアイスは頷く。

 

「メルカッツ提督とファーレンハイト提督の艦隊が追撃をかけてますが……」

 

ヤンは苦笑し、

 

「尻尾だけでも踏みつけられたら上出来だよ。先輩の艦隊は攻撃レンジは広いけど艦隊の足は標準的、ファーレンハイトの艦隊は普通なら追いつけるかも知れないけど……」

 

「飛び散ったエルラッハ艦隊の残骸(デブリ)を迂回しての追撃になるため最短ルートは進めない……ですか?」

 

ヤンは疲れたように頷き、

 

「艦隊配置から伏兵に高速艦隊があることを見抜き、見越してあの場所とタイミングで撃ったのなら……エル・ファシルの英雄コンビとやらは本物の天才、私がどうあがいても勝てる相手じゃないよ。もし偶然だとしたら……」

 

「だとしたら?」

 

ヤンは降参するようにおどけた感じに両手を挙げ、

 

「もっとお手上げだよ。私がどうあがいても勝てない”武運の持ち主”だってことさ」

 

 

 

「でも閣下、あそこでエルラッハ少将が抜け駆けするとは普通は考え付きません。それは聊か過大評価し過ぎなのでは?」

 

キルヒアイスはどうにも面白くない。

元々高いワイドボーンとラップの評価を、ヤンが更に引き上げたように見えることにだ。

 

「いや、そんなことはないさ。実はねジーク、私は敵艦隊の初動の前進が”()()突進”だっていうのはわかっていたんだよ」

 

「えっ?」

 

「だが敵は私を誘ってるように見えた。だが私はそんな誘いには乗らないし、あえて逆利用しようと乗ったとしても相手の出方が見えなかった。仮に私が釣り出されたとしても、彼らにとっては包囲が固まるだけだからね。だけど違ったのさ……」

 

ヤンは肘掛に頬杖をつき、

 

「釣り出そうとしていたのは、最初から私じゃなかった。左右の分艦隊だったんだよ」

 

キルヒアイスが驚きで大きく目を見開いた。

 

「私はエルラッハ少将とフォーゲル中将を最初から”有効な戦力”として見てなかった。言い訳になってしまうが、出兵直前になって無理に押し付けられた戦力と思って、指揮権掌握を徹底させることを怠った。背中から撃たれさえしなけりゃ上出来ぐらいに考えていたんだ」

 

少し後悔を滲ませた瞳で、

 

「別の言い方をすれば、彼らの心の動きを把握してなかったってわけさ。そして敵のほうが遥かに二人の心理を深く読み、行動を予想していた……つまりはそういうことだよ」

 

ヤンはふと深いため息をつき、

 

「結局、私もまだまだ読みが甘く青臭いということか。人は中々成長するのが難しい生き物だって思わないかい?」

 

「やはり私には閣下が大きな失敗をしたようには思えませんが……これからいかがなさいますか?」

 

「できることはさほどないよ。敵ももう逃げてしまったしね。後は先輩とファーレンハイト君が戻ってくるまでの間、エルラッハ艦隊の要救助者を回収して、船も連れて帰れるものを選別して、敵艦で鹵獲できそうなものを見繕えれば上出来。あと例の最後に放たれたミサイルは新型だろうから、現物を拾えればなおいいね……それが終われば撤収準備だよ」

 

常に味方の救助を最優先に考える相変わらずのヤンにキルヒアイスは嬉しそうに微笑みながら、

 

「”()()準備”の間違いではないですか?」

 

キルヒアイスの言葉にヤンは少し渋い顔をして、

 

「最終戦で一弾も撃ってないんだ。しかも相手はおそらく逃亡に成功するだろう。とても凱旋って気分じゃないさ」

 

「ですが敵3個正規艦隊を相手取り、分断しつつ各個撃破。3個艦隊中2個艦隊を壊滅せり……十分な戦果だと思われますが?」

 

「まあ、そういう見方もできなくはないか」

 

「普通はそういう見方しかしません」

 

「ふむ……まあ下手に欲をかいて自滅するより、現状の戦果に満足を見出すほうが確かにまだ建設的だね」

 

 

 

キルヒアイスは困ったように笑う。

本人は「自分が欠点だらけの人間だ」というが、キルヒアイスにしてみればヤンの数少ない欠点の一つは「自分のなしたことを過小評価しがち」だということだ。

 

だが、ふと思う。

それは単純な過小評価でも卑下でもなく自虐でもなく、純粋にこの生涯の師とも呼べる男がどれほど高い場所を見ているのだろうかと……

 

”できれば自分も同じ高みを見てみたい”

 

キルヒアイスはそう願わずにいられなかった。

 

 

 

 

 

なんとも微妙な幕切れだが……こうして純軍事的と呼ぶにはいささか不純な理由で勃発したアスターテを巡る戦いは、終わりを告げるのだった。

 

この戦いが歴史にどんな意味をもたらすのか?

それを語れる者は、まだこの銀河どこにもいなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆さん、ご愛読ありがとうございました!

ご感想、とても励みになりました。
お気に入りや評価はモチベーションの源でした。

やたら長かったアスターテも終わり、次回からは……はて?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第02章:”ヤン・ファミリーの日常”
第019話:”戦勝報告”


新章突入。
色々キャラが出てきそうですが、まずトップバッターは……


 

 

 

”アスターテ会戦”と呼ばれることになったこの戦いにおいて、帝国の評価はおおよそキルヒアイスの予想通りの評価だった。

 

”たった1個増強艦隊で倍以上の3個艦隊を破った稀代の英雄!”

 

”帝国の魔術師、叛徒共をアスターテより一掃!!”

 

”ヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラム伯爵こそ、帝国と貴族の強さと正しさの体現者!!”

 

まあ、最後の一つは多分にプロパガンダが含まれているものの、概ね帝国の上から下まで大勝利に沸きかえっていた。

エルラッハ少将の戦死という勝利に水を差す一事例があったものの、それは「大規模な艦隊戦に不慣れなエルラッハ少将が包囲のための突出のタイミングを間違えた」という結論がなされた。これが「命令無視の独断専行でヤン艦隊の進路に踊り出た」などと書くと大問題となり角が立ち、エルラッハのバックボーンであるリッテンハイム家と無用な波風を立てかねない。

それを回避しつつ、当たり障りのない「エルラッハのミスによる自滅」という結論を書き、ヤンに責任が及ばないようにしてるあたり戦闘詳報をまとめたケスラーの政治センスが光る。

 

ちなみに初戦でぶっ倒れアスターテからの帰還まで医務室で治療中だったシュターデンではあるが、「戦闘時における極度の緊張からの不可抗力」と看做され、特にお咎めなしとなった。ただし昇進は見送られたようだが。

ついでにあだ名が”理屈倒れのシュターデン”に次いで”戦場倒れのシュターデン”という二つ名が追加されたらしい。

そういう意味では門閥貴族トリオの中での唯一の勝ち組はフォーゲル中将で無事に大将への昇進を果たし鼻高々だが、ブラウンシュバイク閥の若手からの評価は……という感じだ。まあ、真面目に軍人続ける分には問題ないだろう。

 

残りは順当に昇進。メルカッツは上級大将に、ファーレンハイトは中将にそれぞれ昇進した。

キルヒアイスやケスラーはもちろん、ヤンも昇進となるのだが……まあ、それは後の話に譲ろう。

 

今回スポットライトを当てたいのは……

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

ベーネミュンデ侯爵夫人邸

 

 

 

「はぁ……ふぅ……」

 

侯爵夫人の称号を持つ寵姫の館に相応しい整理の行き届いた広々とした自然公園と見紛う庭の一角で、化粧をした顔立ちの整った男が大の字で芝生に寝転がっていた。

特に大きな怪我をした様子はないが、呼吸は荒くさしずめ青色吐息と言ったところか?

オネエ系かもしれないが色男が台無しである。

そして、そんな男を刃を落とした練習用のサーベル片手に見下ろす、汗一つかいてないような涼しい顔の()()美女が居て、

 

「ねえ、”クルムバッハ”……貴方、少し剣の腕が落ちた?」

 

「そ、そんなことはないと思いますが……」

 

「デスクワークばっかりで鈍ってるんじゃないかしら? 衰えを歳のせいにするには、貴方はまだ若すぎるわよ?」

 

()()()()()()様、お言葉ですが実戦剣術の乱捕りを1時間ぶっ通しで続け息一つ乱れてない貴女こそ、むしろ規格外だと思いますが?」

 

「そう? ジーク……ああ、私の弟分ね?もこのくらいはできるんじゃないかしら? まだ追い抜かせる気はないけど。普段からそれなりに鍛えてるし。あっ、でも潜った鉄火場の数はそろそろ負けてるかも」

 

穏やかな調子で何やら突っ込みどころ満載の会話をしているこの美女、名を”アンネローゼ・フォン・グリューネワルト”伯爵夫人……現在二人居る銀河帝国第36代皇帝”フリードリヒ4世”の寵姫であり、旧姓を”アンネローゼ・フォン・ヴェンリー”といい、要するに悠々自適な寵姫ライフを満喫中の”ヤンの()”である。

 

さてアンネローゼ、木陰に置いといたスポーツドリンクのボトルの一つを、ようやく上半身を起こせる程度に回復したオネエ……もとい。クルムバッハに投げ渡す。

その時、

 

「”アンネ”、相変わらず無駄にハイスペックな身体能力よね貴女ってば」

 

と後から褐色肌に黒髪の美女から声がかかる。

するとアンネローゼは嬉しそうな顔で、

 

「”シュザンナ姉様”、ご機嫌麗しゅう♪ それと結構、無駄じゃないんですよ? 実際、ドロテーアさんの一件では役に立ちましたし」

 

その返答に呆れ顔で返すシュザンナ姉様、公式には”シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ”伯爵夫人。

つまりもう一人の皇帝寵姫である。

特徴はどんな理由からか妙にアンネローゼに懐かれ、しょっちゅう屋敷へ気軽に遊びにこられてしまう事。そんなアンネローゼを憎からず思っており、なんだかんだと世話を焼いてしまうことだろうか?

ちなみにシュザンナは韓非子の存在自体を知らないらしい。

 

「プロの決闘請負人に普通に勝っちゃう寵姫って、実際どうなのよ?」

 

 

 

シュザンナが言っているのはいわゆる”決闘者”のイベント、ハイドロメタル鉱山の利権を巡ってヘルクスハイマー伯爵にシャフハウゼン子爵が決闘を申し込まれた一件のことである。

ヘルクスハイマーはプロの請負人に依頼し、寵姫になりたての頃に子爵婦人に世話になった恩返しもかねて、シャフハウゼン側の代行者として決闘場に立ったのがアンネローゼだった。

 

アンネローゼは十分に勝算があった。

流石にフリントロック/先込め式のタイプは持っていなかったが……実はアンネローゼ、母親譲りの金髪が美しい可憐な外見とは裏腹に、趣味で火薬式の銃は拳銃から重機関銃までコレクションしてて扱いなれており、乗馬しながらの狩りもお手の物、早撃ちにも自信があった。

 

なんせ実家、ヴェンリー家にいた頃は敬愛MAXハートな(ヤン)の影響からか、ヴェンリー財閥傘下の一つ”ヴェンリー警備保障”が所有する宇宙戦艦”エーデルワイス”に乗り込み、

 

『たかが武装商船に毛が生えたような海賊船風情で、一昔前の鹵獲修理(レストア)品とはいえ旗艦型正規戦艦のアコンカグア級と張り合おうだなんていい度胸じゃないですか……その勇気に免じて全力でお相手してあげます! 全艦、長距離砲戦用意! ただちにスパルタニアンを全艇発艦させなさい!』

 

と女だてらに輸送船の積荷を狙う宇宙海賊やら何やらと殺り合っていたのだ。

よくこんなのが寵姫やってられるといっそ感心すべきか……あるいは帝国軍の艦長や提督に女性が居なくてよかったというべきか? 一体どこのエメラルダスなんだ? いや、エメラルダスは海賊の方だったか。

 

貴族のしきたりである決闘こそ初体験だったが、鉄火場、あるいは血と硝煙の匂いにアンネローゼは慣れっこだった。

伊達に荒くれ揃い戦闘艦乗りどもから、”鉄砲お嬢”とか”ガチ戦乙女(ワルキューレ)”とか呼ばれていたわけではない。

見た目は温室育ちの可憐な花でも、中身は野育ちのタフな雑草……それがアンネローゼの本質というわけだ。

 

別の世界線の弟が見たら、喜ぶか嘆くか微妙なところだろう。

 

もっとも海賊やら暗殺者やら殺し屋やら誘拐犯やら強姦魔やらを返り討ちにしていたときの癖で、決闘の作法である手ではなくつい眉間を撃ち抜いてしまったのはご愛嬌だろう。

まあ相手の”黒ずくめ”もアンネローゼの心臓を狙っていたのでお互い様だろうが。

 

ヘルクスハイマーは当然、異議申し立てをしたが皇帝に「ふむ。何故そちは、我が寵姫に眉間を打ち抜かれる程度の代行人しか用意できなんだのか? 不思議だのう」と言われ押し黙るしかなく、報復したくともその後にヘルクスハイマー自身が”ある秘密”を知ったためにそれどころじゃなくなったようである。

まあ、その後の一件にもヤンが関わっているので、ヘルクスハイマーにとってヴェンリー一族は鬼門かもしれない。

それはともかく……

 

「ああ、そうそう。今、連絡来たけど……お兄さん、勝ったみたいよ?」

 

「当然ですわね♪」

 

アンネローゼ、どうやら本当に欠片ほども心配してなかったようである。

 

「あら、驚かないのね? 倍以上の敵が待ち構えてるって聞いてたけど……」

 

アンネローゼは同性であるシュザンナさえも見惚れるような笑顔で、

 

「兄を宇宙(うみ)の藻屑にしようと思うのなら、たかだか倍程度じゃとても足りません。最低でも4倍は用意しないと逆に蹴散らされるのがオチですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今生のアンネローゼの身体能力=原作ラインハルトの身体能力?
下手すればそれ以上だったりして。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第020話:”天賦の才”

大御所×2、登場


 

 

 

ところ変わってここは帝都オーディン、新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)、黒真珠の間。

玉座が置かれたいわゆる謁見の間で、本日はヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラム伯爵への元帥杖(Marschallstab)の授与式典が厳かに執り行われていた。

 

黒真珠の間に現れたヤンの姿を見た居並ぶ武官/文官/貴族達は、最初に思わず言葉を失った。

 

帝国軍ではおなじみの黒地に銀糸の意匠を凝らした軍服に合わせるのは、鮮やかなターコイズブルーの大綬(サッシュ)と深みのあるフォレストグリーンのマント……

 

整ってはいるが冴えない、あるいは華がないと評価されることもあるヤンだが、その貴族とは思えぬ穏やかで温和な雰囲気に、空の蒼と森の翠を思わせる装いはよく似合っていた。

 

ヤンは自然な動きで跪く。

皇帝からはいつも通りに酒匂がしたが、ヤンに気にした様子もない。

前世を知ってる者がいるなら信じられないだろうが……いかにも典礼になれた貴族的な仕草は、何気に様になっていた。

 

「面をあげよ」

 

そしてフリードリヒ4世はいつものように黒曜石を思わせる……貴族らしからぬ野心に曇らぬ澄んだヤンの瞳に満足を覚え、

 

「中々に(かぶ)いておるのう」

 

と楽しげに口を開く。

そう、有象無象が言葉を失ったのは、ヤンのマントの色……深いグリーンは、自由惑星同盟を象徴する色だったからだ。

付け加えれば明るい青は、思い入れ深い”前世の愛艦(ヒューベリオン)”をイメージしたカラーなのだが……流石にそれを指摘できる人間はいないだろう。

 

いや、存外にそうとも言えないか?

どんな因果律が働いたかわからないが、今生においてもヤンは”ヒューベリオン”を前世とほぼ同じ色と形で()()()()しており、戦場を駆け巡る愛艦ではなく自領と他星系を行き来するプライベート・クルーザーとして乗っていた。

鹵獲した敵艦を改造して自家用機よろしく乗り回してるあたりも、彼の周囲の評価の一つとなってることだろう。

 

「どちらも私好みの色を使っただけのこと。我らが国土を不法占拠する()()風情に、何を遠慮することがございましょう?」

 

「そういえばサッシュのその色は、そちの()()()の色だのう」

 

「御意に」

 

一応、ここが宮廷であることを弁えた言い回しに皇帝はカカッと笑い声をあげ、

 

「よいよい。”ジャスティン”を始祖とするヴェンリーの漢は、そうでなければならぬ。存分に傾くがよい。余の名において許そう」

 

皇帝の、取りようによっては凄まじい解釈が出来る言葉に静謐であるべき玉座の間にざわめきが広がった。

何しろ皇帝直々に”傾奇御免状”を賜ったようなものだ。

 

「ヤンよ。努々忘れるでないぞ? ヌシの主は儂一人じゃ。他の者に頭を垂れる必要など無用。武辺者と呼ばれようと無作法者と呼ばれようと、好きなときに好きなだけ己を貫くがよい」

 

すると、

 

「陛下、お戯れが過ぎますぞ」

 

と諌めたのは、国務尚書のクラウス・フォン・リヒテンラーデ侯爵だった。

特にホッと胸をなでおろしたのは貴族たちだった。

全てではないが大半の貴族達は常々、陛下はこの若造に目をかけすぎると思っていた。

そう、高々”寵姫の兄”である()()の分際に。

 

「この者のことはそれなり知っておりますが、生憎と武辺者、傾奇者と呼ばれる気性は持っておりませぬ。持っているのは数多の戦を己が才覚で勝ち抜く力……所詮は戦場にて放ち磨かれる”天賦の才”でありましょう」

 

はい。諌言かと思えば更に持ち上げてきましたリヒテンラーデ。

ヤンの笑みに困ったような成分が含まれる。

 

「ヌシも戯れについては儂のことは言えまいに。まあ気はわからぬでもないがのう」

 

そして皇帝は再びヤンをまっすぐ見て、

 

「ヤンよ、今日この日よりヌシは帝国元帥となり、元帥府を開闢し同時に宇宙艦隊副司令としてミュッケンベルガーを支える立場となった」

 

一度言葉を切り、

 

「若くして帝国有数の力を得たヌシは、その手に入れた力で何を願い、何を成す?」

 

 

 

「陛下に安息を、銀河に安寧を」

 

「それだけかのう?」

 

「男には勇気を、女には愛を、老人には安らぎを、子供には未来を……明日はきっといい日だろうと希望を持て、人が普通に生まれ、生き、そして死んでいける世界を私は望みます」

 

すると今度こそフリードリヒ4世は呵呵大笑する。

今の帝国でそれを成す事がどれほど難しいかわかってる故に。

 

「ヌシは存外に欲深いのぉ。実によい。それでこそローエングラムを継がせ、元帥杖を授ける甲斐があるというものぞ。このような愉快な気分は久しぶりじゃのう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

さて、”ヤン(Jan)ヴェンリー(Wenlea)フォン(von)ローエングラム(Lohengramm)伯爵は、いくつか屋敷を持っていた。

一つは本宅とも言えるヴェンリー星域にある、ヴェンリー家始まりの場所でもある生家。

もう一つは現在、鋭意建築中の領事館機能や簡易的ながらも艦隊や地上部隊の司令機能、詰め所の機能をもたせたローエングラム公館。

そして最後は、ここオーディンにある帝都別館だった。

 

一応、アウトラインだけ語っておくと……ぶっちゃけキルヒアイス家の隣の屋敷だ。

別の世界線のラインハルトが住んでた家と立地条件は同じだが、かなりでかい上に豪華だ。

それもそのはずで、ミューゼル家(仮)を含む数件の家を買い取り更地にしてから立てたのがこの別宅らしい。

別に意図したものではなく、その当時にまとめて数件買い叩ける場所がキルヒアイスのお隣を含む土地だったというわけだ。

 

そもそもヤンがわざわざオーディンに屋敷を建てることになった理由は、ヴェンリー子爵の家督を継いだ際にどうしても参内する機会が増えてしまい、いちいちホテルに泊まるくらいならいっそ寝泊りする家を建てたほうが安上がりで面倒くさくないじゃないのか?と思ったかららしい。

 

ちなみにヤンは「オーディンに住居を用意してくれないか?」と言っただけで、用意したのは先代ヴェンリー家当主と共に星空の大海へ旅立った執事からノウハウをすべて受け継いだとされる、デキる男のステレオタイプのような若い執事……その名を”レオポルド・シューマッハ”。

()帝国軍人で現在は退役し執事業に専念し、得意技の一つは”主の管財”。ついでに名字のせいか車の運転も得意らしく、アマチュアの草レースでは表彰台の常連だったりする。

元々はブラウンシュバイク公爵家の係累だったようだが、たまたま出会った先代のタイラーが若輩ながらシューマッハに光るものを見出し、交渉の末に青田刈り&一本釣りしたようだ。

執事の一般業務から車の運転、ボディガードに私設艦隊の参謀、果ては潜入ミッションに要人誘拐までこなせるスーパー執事だが、時には気を利かせ()()()ことが珠に瑕。

確かに住居を頼んだが、ヤン的には別荘みたいな物なのだからもっとこじんまりした物を想像していたのだが……出来上がっていたのは、オーディン市外に居を構える貴族の屋敷として過不足ない立派な代物だったりするのである。

その時のヤンの台詞は、

 

『レオ、君が優秀なのは疑う余地もないが、時にはそれも考え物だよ』

 

だったりする。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

シューマッハのことはさておき……この生来の面倒臭がり気質がヤン&アンネローゼ兄妹とキルヒアイスを引き合わせることになるんだから、世の中何が幸いするかわかったもんじゃない。

まあ、ヤンがいくら運命を否定しようと、世の中には”ご都合主義の神様(デウス・エクス・マキナ)”はそこらじゅうに転がってるらしい。

 

「どうやら今回も無事に我が家に帰ってこれたか」

 

軍の公用車からキルヒアイスと共に降り立った時、ヤンは少しは感慨深げにつぶやいた。

戦場では何かと人外扱いされかねないこの男ではあるが、それでも帰宅するときは人並みにホッとするらしい。

最初に見たときは『普通の一軒家建てたつもりが屋敷だったでござる』だったが、今となっては見慣れた感もある屋敷の門を潜ろうとするヤンに、

 

「では”先生”、また後ほど」

 

「ああ。ジーク、来るのはしっかり親孝行してからでかまわないさ」

 

手をふるヤンに思わず苦笑するキルヒアイス。もしかしたら先生にとって、自分は初めて会った時から印象が変わらないのかもしれないと思ってしまう。

まあ、だからと言って別にかまわないが。

 

 

 

とりあえず、戦士にも休息が必要なのは確かだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヤン・ファミリー(?)の平均年齢を引き上げてる帝国爺様×2、絶好調!
というか当分、表舞台から退場しない気がする……

そして微妙に名前だけ出てきたシューマッハにヒューベリオン。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第021話:”えるふぃん・りーと”

エルフィン=妖精
リート=歌

某アニメとは一応、無関係。
救われなかったキャラに愛の手を?




 

 

 

どうにもこの美術部……もとい。物語には難がある。

何が難かと言えば、色気がない。

 

そこで今回は、そこをフォローしてみようと思う。

なんのことはない。帝都オーディンにあるヤンの別宅の様子を覗き見ようというわけだ。

 

 

 

さてキルヒアイスを見送ったヤンは、「海図にない航路を見つけ出そう~♪」などと鼻歌を歌いながら門を潜る。

ヴェンリー子爵家初代当主”ジャスティン・タイラー・フォン・ヴェンリー”が遺したとされ、代々受け継がれた家歌……貴族が口ずさむ歌としてはややポップ過ぎる気もするが、まあ代々何かと破天荒、帝国貴族としては異端の道を歩き続けたヴェンリー家にとっては何を今更と言ったところだろう。

 

そして屋敷のボリュームに負けない重厚なオーク材で作られた大きなドアが開かれると……

 

「お帰りなさい! あなた!!」

 

玄関に入るなり突然飛びついてきたのは、美しい金色の髪の女性、

 

「おっと!」

 

『首から下は”貴族の標準型(=役に立たない)”』と評されるヤンだったが、流石にこの強襲は予想されていたのでしっかりキャッチする。

まあ帰宅するたびの通過儀礼(毎度のこと)が奇襲になるわけもない。

そしていつも以上に優しげな表情で抱きとめた女性の金髪を撫で、耳元でそっと囁く。

 

「やあ、ただいま。私の可愛い”妖精(エルフィン)”」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

エルフィン(elfin)”、”妖精”を意味する愛らしい愛称で呼ばれるこの女性、旧姓を”エルフリーデ・フォン・コールラウシュ”という。

そして今は、

 

「もう! 新婚の私をこんなに心配させるなんて悪い人!」

 

「ごめんごめん」

 

会話からお察しくださいだが……今の名は、エルフリーデ・フォン・ローエングラム伯爵()()、ヤンがローエングラムの爵位と領地を継承したときに嫁入りした、分家ではあるが正真正銘リヒテンラーデ侯の孫娘である。

 

言うまでもないが、黒真珠の間でリヒテンラーデが『無能な若手貴族を煽るように』露骨なまでにヤン押しした根本的な理由は、エルフリーデが理由である。

つまり軍才に関しては疑う余地のない”自分の身内”であるヤンをアピールするという形を取った、政治的行動だということだ。

もっとも単純に孫娘の婿()殿()を自慢したいという児戯めいた、というか孫煩悩な老人らしい気持ちもあったようだが……そのあたりはしっかりフリードリヒに見抜かれていたが。

 

さて、ともすれば貴族らしい政略結婚/リヒテンラーデの露骨過ぎる陣営強化に見えるかもしれないし、事実「ヴェンリー家もついに門閥化か!?」という危惧、あるいは期待もあったようだが……

そんなことをエルフリーデに下手に聞かれようものなら、

 

『私達は恋愛結婚です!!』

 

と般若の顔で全否定するだろう。無論、刃物片手に。

とはいえ彼女の主張もまた事実であり、ヤンがヴェンリーの家督を継いだ時のパーティーで「嗚呼、この人は私にとっての永遠の新緑……枯れる事なき心の大樹」と、貴族にあるまじき優しげで穏やかな雰囲気にエルフリーデが一目惚れしたらしい。

噂に過ぎないが、その時、エルフリーデの瞳の中のハイライトは仕事を放棄していたらしい。

 

その後、ヤンを巡る熾烈な女の戦いがあったらしいが……それは戦場以上に怖すぎるので詳細は割愛させていただきたい。

考えてみればご先祖様(ジャスティン)は駆逐艦艦長として銀河連邦軍人時代のルドルフと共に海賊退治に勤しんだという逸話が公式史に残ってるほどの帝国開闢以来の名門、子爵あるいは伯爵という地位、巨大財閥のオーナーで銀河有数の金持ち、おまけに女癖も悪くなく貴族としては不自然なくらい周辺はクリーン……残っているのが不思議なぐらいの超々優良物件なのだから、そりゃあ争奪戦も苛烈になるだろう。

 

 

 

もっともヤンに言わせれば、父親に厄介事を丸ごと押し付けられた結果であり、面倒そうだしする気もないが女遊びに精を出す時間的余裕なんて欠片もなく、結果身持ちが硬いと誤認されるようになっただけだ。

事実、家督を継いでからも帝国セレブの出会いの場であるダンスパーティーやら何やらにはほとんど出れなかったし、出たとしても精神力をすり減らすような権力者達との密談で忙しく、とても浮名を流す余力はなかった。

 

口は出すが財閥の運営は基本、信頼できる人任せではあるが、彼が決済したり指示を出したりしなくてはならない事象が0なわけもない。

また、代々の”当主の仕来りで士官学校”に入ったはいいが、目立つ気はなかったがひょんなことから活躍してしまい、本人にとっては不条理な巡り会わせでトントン拍子で出世してしまった。

またその異例な出世の速さの裏には、帝国軍には貴族が出世しやすい土壌がある上に、妹が寵姫に入り込んでしまったということも大きく影響していた。

ヤンは帝国における多岐にわたる貴族の権勢に内心辟易しながらも、それを利用して上手く立ち回っている自分もいるので頭から否定するわけにも行かず、

 

『世の中、こんなはずじゃないことばかりだなぁ。ホントに』

 

と、どこぞのクロスケみたいなことを夜空を見ながらつぶやいていたらしい。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

もっとも第三者の視点から見れば完全に自業自得だろう。

ヴェンリー家で語り草になってる”実録! 神童ヤンぼっちゃま伝説(仮称)”の中には、こんなエピソードが残ってる。

 

ヴェンリー財閥の一部門に前にも出てきた”ヴェンリー警備保障”という会社(実質的にヴェンリー家の私設軍)があるが、それまでは財閥の輸送船団の積荷を、海賊や怪しげな輩から守る護衛艦に帝国軍払い下げの中古軍艦を主に使用していた。

だが年齢一桁の頃のヤンは、

 

『軍は鹵獲した()()艦を研究や機能実証や実験に使った後、大量に放置しているはず。まずはそれを頂きましょう。現役で使われていた以上、軍の払い下げより型は新しい物が多いはずですし』

 

『戦場には修理を施せばまだ使える艦が結構、置き去りにされてるもんですよ? それをデブリ回収の名目でサルベージしましょう。それを有償サービスとして提供すれば一石二鳥です』

 

『う~ん……どうも「所詮、叛徒の船」ってあまり意味のない優越感があるせいか軍の性能調査は不徹底だなぁ。あれでも帝国の最新鋭艦や一級品を沈める性能があるのに……そうだ。いっそウチで自前に研究して、造船部門の技術的フィードバックに使ってみませんか? 幸い、同盟由来の技術ならパテントの発生もしませんし。何せ相手は国家じゃないんですから』

 

『確かに同盟の船は地表には降りられませんが、そもそも帝国艦が重力圏への降下/離脱機能を持っているのって暴徒鎮圧とか叛乱時の地上制圧作戦のためでしょ? ウチが戦闘艦使う相手って輸送船団の積荷を狙う海賊とかですから、実際にはあまり問題ないですよ。地上に降りて戦う必要があるなら、それこそ帝国の払い下げ艦を使えばいい』

 

などなど。ヴェンリー家内では普通に同盟って言葉が使われていたのも驚きだが……ヤンが異常なほど自由惑星同盟の軍艦に関して造詣が深いことに周囲の大人はひどく驚いたらしい。

まあ、()()()()を知っている親愛なる諸兄には不思議でもなんでもないだろうが。

ついでに言えばおそらくこのあたりの発想は、前世の同盟崩壊後の経験が生きているのだろう。

 

こうして生まれたのが新たな傘下企業、同盟艦船艇の技術研究/解析と再生(レストア)などを行う”ヴェンリー船舶技研”。代表取締役はヤン・ユリシーズ・フォン・ヴェンリー(当時9歳)だった。

 

そんな経緯がありヴェンリー警備保障は、格安で高性能で型の新しい”船団()()()”を大量配備することに成功させ、現在は”同盟1個正規艦隊をもう一揃え”と呼ばれるまでの保有数を誇るようになっていた。

第019話に出てきたアンネローゼが乗艦としていたアコンカグア級のレストア・シップである”エーデルワイス”もその中の一隻だ。

またヤンが今生でも相棒とする……前世とは役回りは違うが、星系間移動手段として座乗する機会の多い個人所有の船(プライベート・シップ)の”ヒューベリオン”は、買い取った同盟の同名鹵獲戦艦、改装が施されていない標準仕様(ストック)状態のアコンカグア級ヒューベリオンを、次世代新装備試作品の実証テストを兼ねてヴェンリー船舶技研で前世の記憶を頼りにfs改造し、グリーンからターコイズブルーに塗り替えた船だ。

違う点をあげるとすればマーキングが”144M”ではなく、ヴェンリー子爵家の家紋……通称”そよ風の紋章(ゼビュロス)”に差し替えられ描かれてることぐらいか?

 

またヤンにより得られた利益はそれだけにとどまらず、同じく財閥傘下の”ヴェンリー造船”は、技術的なブレイクスルーやパラダイム・シフトを果たし、ライバル企業に大きく差をつけることになった。例えば、軍からは「ヴェンリー造船に発注した船は不思議と他の造船所製より性能がいい」ともっぱらの評判だった。ただヤンに言わせれば「性能がいいんじゃなくて本来の性能がでているだけ」とのこと。同じ部品/同じ設計図を使っているが、品質管理や加工精度レベルでも差が出ているのではないだろうか?

ちなみに同盟艦から得た技術は、ちゃっかり解析したヴェンリー船舶技研名義でヤンが帝国でのパテントを取っていたりする。

 

これは間接的ながらも財閥全体……例えば財閥となるきっかけとなった最老舗の”ヴェンリー通運”や”ヴェンリー兵器開発”、その他多くの工業系部門にも大きな利益を齎せたという。

もっとも当の本人にしてみれば、

 

『それなりに愛着のあった同盟の船が、無残な姿で打ち捨てられている姿を見るのはどうにも忍びなくてね』

 

と困ったように頭を掻くだろうが。

 

 

 

とはいえ万事が万事、商売でも戦場でも無自覚にこの調子だったらしく、結果として気がつけば今の立ち位置に収まってしまっていた。

もっともヤンにとってはそんな日々が不快なはずもなく、「サボりたい。昼寝したい。だらけたい」という気の抜けた台詞とは裏腹に、否応なしに前世の自分が驚くほどの勤勉さあるいは謹厳さを発揮してしまった。

 

まあ、これが父タイラーが「これなら私より上手く切り盛りできるだろう」と家督を押し付けられ銀河に愛妻(合法ロリ)と逃避行された直接的な原因だろう。

 

我ながららしくないと思いながらも忙しく日々は流れ、前世以上に異性とは無縁な日常にふと現れたエルフリーデより告げられる愛は心地よいものであり、気がつけばその”後ろ盾の厄介さ(リヒテンラーデ)”を知りながらも結婚することに躊躇いはなかった。

もっともリヒテンラーデだけでなく皇帝さえも、ヤンにとっては”()()()”と同義語かもしれないが。

 

そして、いつの頃からかエルフリーデもまた、ヤンにとって「帝国で戦う十分な理由」の一つになっていたのだ。

 

 

 

腕の中に感じる温もりに、ヤンはようやく生きて帰ってきたことを実感できるような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まさかの一日三度投稿。しかも文章量のバッケン・レコード……自分でもなぜ出来たか不思議(汗
きっと二度と出来ないだろうなと。

ヤン、原作より少し気障です。
貴族として生きた影響か、はたまた前世の不良中年との記憶の残滓か?

エルフリーデ、かなり人間丸いです。
ただしその分、病んデル気も?
デレてる相手がヤンだから、まあいいかと。浮気しそうもないし。
これが本当の”ヤンデレ”……いえ。言ってみたかっただけです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第022話:”ヤンの家族”

ヤン一家(ファミリー)ではなく、ヤンの家族(ファミリー)って感じで。

エルフィン様、刃物でサクッがこじれてなんだか大変なことに……




 

 

 

さて舞台は未だオーディンのヴェンリーないしローエングラム別邸。付け加えるとキルヒアイスのお隣さん。

より深く言うと玄関ホールだ。

 

そこで抱き合うヤンとその妻のエルフリーデ。

もう一人、登場人物を挙げるなら主の帰宅に合わせて玄関をあけ、入ると無粋にならないよう音を立てずに素早く閉めた執事服姿の美丈夫、現在『私は彫像です。お気になさらないでください』モードで二人、夫の帰還を全身で喜ぶ新妻の図を生暖かい目で見ているレオポルド・シューマッハだ。

 

「と、ところでエルフィン、なんというか……随分と扇情的な格好をしてるね?」

 

するとエルフリーデはちょっと名残惜しそうにヤンの腕から抜け、ついっと社交ダンスのように裾をつまみあげる。

ただしつまみあげたのはドレスではなく、フリフリで純白のエプロン。

そして、その場でターン。

形のいいお尻が丸見えだった。

 

「うふふ♪ 最近、庶民の間で流行ってる”裸エプロン”という装いですの。あなたって庶民の風俗とか芸能文化とか好きでしょ?」

 

ヤンは天井を仰ぎ見て、視線をそのままスターチュー・モードを続けてるシューマッハにスライドさせ、

 

「……レオ、犯人は君だね?」

 

するとシューマッハは涼しい顔で、

 

「私が愚考しますに、お家のためにもお世継ぎは必要かと。それもなるべく早く。きっと大旦那(タイラー)様も大奥(アザリン)様もお孫様の誕生を待ち望んでいらっしゃることでしょう」

 

「あの二人がそんな殊勝なもんか。せっかく帝国貴族やらヴェンリー家やらの枷が外れたんだ。孫云々の前にきっと今頃、この宇宙のどこかで私やアンネの知らない弟や妹の量産体制に入ってるだろうさ。パコパコとね」

 

ちなみに先代の妻であるアザリンが夫のタイラーを呼ぶときの愛称が”パコパコ”……自分で言っておいてなんだが、まさか子作りの擬音だとは思いたくはないヤンだった。

それはともかく、

 

”ぎゅっ”

 

エルフリーデは再び抱きつき、上目遣いで……

 

「駄目……だった?」

 

ヤンは精神的白旗をあげつつ、再びエルフリーデをハグハグする。

戦場では常勝無敗という表現がよく似合うヤンだが、今のところ一度も妻に勝ったことはなさそうだ。

ヤンとて人間、たまには勝てない相手もいるのだろう。きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

さてその数時間後……

ローエングラム別宅の玄関に入ったキルヒアイスを出迎えたのは、

 

「いらっしゃい。ジーク♪」

 

またしても金髪が美しい美少女だった。

金髪つながりでエルフリーデの娘?と言いたくなるが、いくらなんでも年齢が近すぎる。

どちらかといえばエルフリーデ、もしくはアンネローゼの妹だろう。

 

「やあ、マルガレータ。元気そうで何よりだよ」

 

さて、この名前でピンと来た紳士諸兄もいらっしゃるだろうが……

この少女の古き名は”マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー”、そして現在の名は”マルガレータ・フォン・ローエングラム”、そうヤンの養女である。

 

 

 

別の世界線ではベンドリング少佐と共に同盟に亡命したマルガレータが、なぜこうも堂々とオーディンにいるかと言えば……それはもう運命の皮肉としか言いようがない。

 

まず皇帝家にまつわる遺伝子障害の秘密を知ってしまったヘルクスハイマー伯爵が、リッテンハイム侯爵に消されようとした経緯や指向性ゼッフル粒子発生装置まで持ち出し、これらを手土産に一族で同盟に亡命しようとした経緯は変わらない。

 

ただ、イゼルローン方面に向かった伯爵の船の針路には、ヴェンリー船舶技研での改造を終えたヒューベリオンの試験航海に託けて、ヴェンリー通運やヴェンリー通商のお得意様である辺境貴族たちへの挨拶がてらに辺境の遊覧航海を楽しんでいた休暇中のヤンとキルヒアイスがいたのだ。

 

ヒューベリオンと辺境星域でエンカウントしたヘルクスハイマーは、無理もないが帝国領に単艦潜入した同盟艦だと思い接触をかけた。

運が悪いことにヘルクスハイマーの船からは真正面に近かったせいか、はたまた単に見落としたのか? 側面に描かれたヴェンリー家の家紋、通称”そよ風の紋章(ゼビュロス)”が見えなかったようだ。

その通信にキナ臭さを感じたヤンは一計を案じ、

 

『私は自由惑星同盟軍准将、ヤン・ウェンリーだ。貴艦が接触を望む意図を聞きたい』

 

と同盟軍人のふりをしてサウンド・オンリーで返答したのだ。

そのあまりに堂の入った演じっぷりにキルヒアイスを含むブリッジクルーは目を丸くしたらしい。

 

『どうだい? 私の()()も中々捨てたもんじゃないだろ?』

 

『先生が多芸であることは知ってましたが……まさか演技までこれほどの完成度を誇るとは思いませんでした。姿が見えなければ誰でも同盟軍の士官だと信じるでしょう』

 

『ま、まあ、”昔取った杵柄”というところかな?』

 

キルヒアイスは「先生は昔、演劇とかもかじってたのかな?」と思ったとか思わなかったとか。

ただ、この逸話に尾鰭がついて、ヤンの元に同盟に潜入工作する人員のレクチャー依頼が後を絶たなかったという。

それを受けてしまうあたり、やっぱりヤンだったりするわけで。

 

 

 

ただ、もし世界の修正力というものが実在するとすれば、本当に根性悪だと思う。

地獄に仏と喜んで()()()()()に移ろうとしたときに、焦ったのかはたまた故障なのか減圧事故が別の世界線と同じく発生し、マルガレータを遺し一族郎党が全滅してしまったのだ。

 

誰のせいでもない事故により、目の前で血族全員を失い呆然とするマルガレータ……

その姿が前世の出会った頃のユリアンに重なったヤンは放置することも出来ず、そのまま保護したのだ。

 

本来なら彼女はヘルクスハイマーの唯一の生き残りとして家督を継げるはずだが、現状ではあまりに危険すぎた。

そこでヤンはマルガレータの協力を得てサルベージした”公開できない話”をネタに交渉。データを十分に取った軍事機密の発生装置もそのまま軍へ返納することとした。

 

ただリッテンハイム侯自身はマルガレータの身の安全を保障し、何かと商売柄付き合いのある彼のことは個人としては信頼していたが、それでもヘルクスハイマーを継がせるのはハイリスクだった。

まだ年齢が二桁に乗ったばかりの幼女が、財産目当ての野獣どもに性的な意味で食い散らされでもしたら目も当てられない。

 

そこでヤンは妹を通じて宮廷工作を行い、ヘルクスハイマーの家督と財産/領地は陛下の名において預かり(事実上の凍結)とし、マルガレータが成人するまでは養女として自分が保護し、彼女が成人したら改めて継承するかを問うという形にしたのだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

以上のような経緯でマルガレータはフォン・ヴェンリーを経由してフォン・ローエングラムの姓を名乗ることになった。

もっとも成人したら普通にヘルクスハイマーを継承しようとは思っているが。

フォン・ヴェンリーはともかくフォン・ローエングラムなら門閥作れそうだし。

 

「あれ? ところで先生は?」

 

「お養父(とう)様ならお養母(かあ)様と近接戦の真っ最中よ? きっとベッドの中で」

 

「えっ?」

 

「まあ、必ずしもベッドの中とは言えないのが、お養母(かあ)様なんだけどね。この間はいそいそと犬耳と首輪と尻尾を用意してたし。一体どこでナニをしてるんだか」

 

と呆れたような表情だが平常運転モードで語る美少女。

ヴェンリーあるいはローエングラムを名乗る以上、いちいちこの程度では動じなくなるようだ。

毒されたとも言うが。

 

「え、えっと……」

 

リアクションに困るキルヒアイスに、

 

「しょうがないって。お養母様ってばHENTAIって名の淑女なんだし。あれ? それとも淑女って名のHENTAIだったかしら? ともかくお養母様の愛って色々重いのよ。自分に素直すぎるし……でも貴族らしいと言えば貴族らしいわね」

 

マルガレータはため息をついて、

 

「私の見立てだとお養父様って、それこそ貴族らしい特殊性癖の持ち主ってわけじゃないはずなんだけど……付き合いがいいというか。あれでお養母様にベタ惚れしてるみたいだしね。一種の”惚れた弱み”ってやつかしら?」

 

とマセたことをのたまうのであった。

 

 

 

まあ、これが彼ら&彼女らの日常といえば日常だろう。

この後、魔術師が再び姿を現すまで、マルガレータとキルヒアイスはシューマッハが気を利かせて用意したお茶で、優雅なティータイムを楽しんだという。

蛇足ながらあの事件以来、顔を合わせる機会も多く比較的歳も近いこともあり、キルヒアイスに少なからぬ好意を持っているマルガレータは終始ご機嫌だった。

基本、世話焼きはキルヒアイスのパーソナル・スキルだが、ご他聞にもれず暇があれば何かとマルガレータの世話を焼いたことも、きっとこの二人を近づけているのだろう。

 

まあ、未来は誰にもわからないが……なんとなく期待させてくれる初々しい二人(カップル)だ。

 

 

蛇足ながら……ほどなくヤンと一緒に姿を現したエルフリーデの肌が妙に艶々していたのは、きっと気のせいじゃないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず登場した三人のヒロインの二つ名を、唐突に考えてみた。

嫁→”()のエルフリーデ”。愛の重さに定評あり。ヤンが勝てそうもない数少ない相手。

妹→”()のアンネローゼ”。作品における個の公式武力チートの一人。リアル・ワルキューレ。

娘→”()のマルガレータ”。智謀に秀で交渉能力も高い。新生ヘルクスハイマー家を背負える逸材。

ヒューベリオンがさっそく存在意義を発揮?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第023話:”ヤキンとボアズ”

いよいよ、始動ですよー


 

 

 

オーディン郊外

 

 

 

用意された広大な敷地に聳える、最新の技術を投入し、様々な機能を有した真新しい巨大な建造物……この日、元帥に昇進したヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラム伯爵はついに元帥府を開闢する運びとなった。

 

 

 

「とはいえ、私はここで待ってるしかないんだよね」

 

といつものようにキルヒアイスの淹れた上質な紅茶にブランデーを垂らし、その香りと味を楽しむヤン。

どっちもヴェンリー子爵領の自慢の特産品だ。

そして、その芳醇な香りに誘われるように……

 

「おう、”飲兵衛(バッカス)”! 約束どおり陸戦隊要員として来てやったぞ!」

 

ばぁーーんと派手に扉を開けて、吼えるような声で入ってきたのは……

 

「やあ、”ブラウベア(ヒグマ)”。待ってたよ」

 

ヒグマと言ってもガチのヒグマではない。ただしどこかしこも大きく太い、逞しすぎる体格は聊か人間離れしており、赤い剛毛と口髭と相まって、リアルヒグマと間違われ森で猟師に撃たれても文句は言えない風貌の男だった。

 

今更、誰だか言うまでもないだろうが……彼の名はヨハン・ホルザッカート・フォン・オフレッサー。泣く子も黙る”装甲擲弾兵(パンツァー・グラネディア)”の総監であり、トマホーク一丁で狩った首の数を足場にして、ついに上級大将まで上り詰めた男である。

 

ヤンは立ち上がり、アームレスリング・スタイルの握手で”飲み友達”の来訪を歓迎する。

人間の枠組みの中をつま先立ちしているような体格のオフレッサーと首から下は貴族の標準とされるヤンが並ぶ姿は大人と子供のような大きさの違いを感じさせるが、にんまりと笑う顔から互いが得がたい存在だと思ってることがよくわかる。

 

それより何より、互いを愛称で呼び合う相手なぞヤンはともかくオフレッサーには滅多にいないだろう。

ただしこの元帥府にはその貴重な例外がゴロゴロいそうだが。

例えば、

 

「お久しぶりです。”教官”」

 

「おう。”赤毛の坊主”、久しいな」

 

前にチラッと書いた記憶があるが、自分を鍛えなおしたいキルヒアイスがヤンに頼んで紹介してもらったのが装甲擲弾兵部隊であり、その時に直々に指導してくれたのがオフレッサーだった。

その縁でヤンとオフレッサーは未だ時間が合えば飲み明かす関係になったのだが。

ちなみにオフレッサー婦人は身長150cmに満たない小柄な可愛い系で、もし21世紀の日本なら夫婦で歩くと職質されること受けあいだ。娘も二人いるが髪の色以外はどっちも奥さん似らしい。

 

「ブラウベア、何か飲むかい?」

 

「黒ビールを頼む。それもキンキンに冷えた奴をな。今日はこの時期にしちゃあ暑い」

 

ソファにどっかと腰掛け、遠慮なく注文を出すオフレッサーに、苦笑しながらオーダーをこなすキルヒアイス。

どことなくオフレッサーに久しぶりに会えて嬉しそうだった。

 

 

 

しかし、ここにオフレッサーがいる意味は大きい。

確かにオフレッサーに艦隊指揮など出来るはずもないが、別の戦力を率いるのは抜群に上手い……そう、これは事実上、”装甲擲弾兵(パンツァー・グラネディア)”は全隊を以ってまとめてヤンの麾下に入ったことを意味するのだ。

事実、この広大な施設の中には装甲擲弾兵の新宿舎や発令所、各種訓練場や装甲車両置き場が完備されている。

というよりも装甲擲弾兵を呼び込むために、不足分は私費を投入して広大な土地を買収していた。

親愛なる諸兄の中には”富士の裾野にある演習場”に行ったことがある方がいるかもしれないが……あれが丸々敷地の中にあると思ってくれればいい。しかもそれも敷地の一区画扱いでだ。

 

有体に言えばヤンは銀河最強の艦隊を創出する前に、銀河最強の陸戦隊を手に入れたということになる。

本来、この手の大規模な移管には一悶着も二悶着もありそうだが……実はそうでもなかったらしい。

 

一つはヤン自身の立ち位置の強さ。これには元帥という地位や爵位、家門の権勢という個の力に加え、皇帝を頂点とするリヒテンラーデら宮廷とミュッケンベルガーに代表される軍部の”二重の後ろ盾”があった。

何より、装甲擲弾兵自体の立ち位置の難しさが影響していた。

 

上品に言っても装甲擲弾兵は「精強なのは認めるが、扱いに困る部隊」だったからだ。

地上の叛乱鎮圧や海賊退治が帝国軍の主任務だった時代ならいざ知らず、同盟とエンカウントしてからというもの、言うまでもなく戦争の花形は宇宙艦隊戦、それも万の戦船が撃ち合う様な戦場だ。

必然的に装甲擲弾兵の出番は減っていた。

 

それでも敵地にある地上の要所攻略などのミッションや地上基地の防衛などの任務はあるが、それで活躍の場が艦隊勤務に比べて多いかと問われればそんなわけもない。

 

戦争全体を見て必要であるかないかと聞かれれば間違いなく必要な部隊ではあるが、戦場で必須かと問われれば必ずしもそうでない部隊……それが現在の装甲擲弾兵の立場だった。

 

それゆえにヤンに力が集中することを事あるごとに反対したがるフレーゲルら門閥若手貴族たちからも、こと装甲擲弾兵の扱いについては文句一つ出なかった。

おそらく若手門閥の言う「粗野で乱暴で野蛮で、泥臭く血腥い戦い方しかできない」という装甲擲弾兵への評価が、彼らの口を噤ませているのだろう。

 

それに彼らにとって苦々しいことだが、自分たちと同じ”()()()()”の一人であるヤンが、野蛮人たちを飼いならせるわけはない……そう思っているようだった。

知らないとは幸せなものである。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

さて、ちょうどキルヒアイスが黒ビールを運んできたとき、トイレから戻ってきたのは……

 

「やれやれ、歳は取りたくないものだな。シモが近くなってかなわん」

 

「おう、メルカッツ。久しいじゃないか」

 

「なんだ? トイレにまで響く妙にでかい声が聞こえると思ったら、オフレッサーか」

 

そうアスターテへの遠征で上級大将に昇進し、ローエングラム元帥府副指令を拝命したメルカッツだった。

どうやらこの二人、非主流派同士という共通項のせいか気が合うようだ。

ついでに言えばこの二人、以前よりヤンが接点で顔見知りになっていて、メルカッツも飲み会に参加したことがあった。

まあ、飲兵衛とヒグマに酔い潰されたが。この歴戦の老将、未だ酒量に至っては人間の常識の範疇を越えていないようだ。

 

「キルヒアイス、儂にも黒ビールを」

 

「はい。副指令」

 

昼間っから酒?と思うかもしれないが、この辺の面子にとっては黒ビールなど水と同じだろう。

少なくとも大ジョッキ一杯程度では欠片ほども酔いはしない。

 

艦隊と陸戦の大ベテラン二人、戦場で産湯を浴びたような二人の上級大将こそが自分の元帥府の大黒柱だとヤンは考えていた。

そしてこれから起こるであろう国難にも……

 

(願わくば、この二人が元帥府の”ヤキンとボアズ”にならんことを、か)

 

ソロモン神殿の正門に聳えたとされる旧約聖書の時代に名を刻む二柱、対の大黒柱……自分はソロモン王になる気はないが、ベテラン二人にはそういう役割を担って欲しいと願った。

 

 

 

「ブラウベア、一杯引っ掛けたところでコイツを見ておいてくれないか?」

 

「なんだこいつは?」

 

そうキルヒアイスからブランデーの香りがする紅茶のおかわりを受け取ったヤンが差し出した書類には、

 

「おい、バッカス……これって」

 

「ああ」

 

ヤンは頷き、

 

「ウチの造船所で改装してる標準戦艦ベースの装甲強襲揚陸艦に巡航艦/駆逐艦ベースの各種対地支援艦。新型装甲車両に鹵獲した戦闘艇(スパルタニアン)を改造した対地直接支援攻撃艇、個人携行武装やその他諸々……装甲擲弾兵に準備している新装備のリストとその概要さ。現場の使い手としての意見を聞かせてほしい」

 

「こりゃまたエラく豪勢だな?」

 

ニヤリと凄みのある笑みを浮かべるオフレッサーに、

 

「それだけ装甲擲弾兵の活躍の場が多いってことさ」

 

そしてオフレッサーは大声で笑い出した。

 

「それはいい。抜群にいいな!!」

 

どうやらこの飲み仲間の下についてれば、死に場所探しに苦労することはないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




動き始めたヤン元帥府。
最初の揃ったのは、元帥府の大黒柱になるだろうオッサン二柱、ラインハルトの元帥府にはいなかった二人です(^^
イメージ的には、

メルカッツ→ビュコック
オフレッサー→シェーンコップ

って感じでしょうか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第024話:”絵描きと猪”

静と動が着任しました!


 

 

 

舞台は未だにヤンの元帥府。

 

 

 

「まずはアスターテの勝利と元帥昇進を祝わせてもらうよ。”学友(ヤン)”」

 

「そっちもヴェスパトーレ男爵夫人とよろしくやってるみたいで何よりだよ。”メック”」

 

ヤンががっちり握手してるのは、士官学校以来の付き合いとなる友人、”芸術家提督”の二つ名を持つエルネスト・メックリンガーだった。

 

「フフン。お前から挨拶で女性の話題が出るとはな。やはり時間は流れるものだ」

 

「違うよ、メック。時間は都合よく流れたりなんてしない……積み重なるもんだ」

 

妙に実感のこもった言い回しに少し首をかしげるメックリンガー。

 

「それと忘れてるみたいだから言っておくけど、私とて今や妻帯者だ。この程度の冗談は返せるさ」

 

「忘れるもんか。あのときの結婚式は度肝を抜かれたもんだ」

 

「……ああ。私もだよ。まさか国家ぐるみの慶事(イベント)にされるとは思わなかった。できればこじんまりとしたかったんだけど……」

 

 

 

ヤンの言う”こじんまりとした結婚式”というのは、相手が相手だけに流石に無理だろうが……

ただそれを差し引いても少しだけ、いや、かなり()()()()だった気もする。

その皇族も裸足で逃げ出すような盛大すぎる結婚式……正直、今は夫婦揃って鬼籍に入ってる皇太子のご成婚の儀でさえも、もう少し控えめだったはずだ。

もしもノリノリで皇帝やリヒテンラーデが自ら黒幕となり準備に勤しんでいなければ、不敬罪に問われていたかもしれない荘厳さと派手さだった。

 

式場までこの日のために用意されたらしい馬車でパレードさせられたことで、一度死を乗り越えた筈のヤンでさえ”生涯稀に見る受難の一日”と言わしめた一日が始まった……

その馬車を護衛を兼ねて囲むのは、華やかな儀仗隊に扮した()()()()()だ。

無論、先頭を切るのはオフレッサー。そしてオフレッサーが乗って潰れない馬がいることに驚くヤン。きっと”遺伝子操作した馬”とか”馬に似た別の生き物”と言われても信じたに違いない。

なんでも、皇族じゃないので本家儀仗隊は出せないと典礼省あたりに言われたらしいが、「ならば飲み友の晴れ舞台、ワシが一肌脱いでやろう!」と名乗りを上げたのがオフレッサーだった。

 

どう考えても迫力とか威圧感では本家に圧勝し、結婚式場ではなくこれから古式ゆかしい合戦に向かうと言われた方が説得力がありそうなインチキ儀仗隊に誘導されつつ、着いたのは伝統と格式に彩られた大聖堂。

ヤンはもうこの時点で嫌な予感全開、できれば失踪したかった。

 

無論、世界はヤンにそんなに甘いわけでも優しいわけでもなく、待っていたのはどんな心境からか神父役を買って出たミュッケンベルガー……ヤンは頭痛薬を持ち歩いてなかったことを酷く後悔したらしい。

そこから状況は(主にヤンにとって)加速度的に悪化していった。

リヒテンラーデが参列しているのは親族ゆえに覚悟していたが、上座には何食わぬ顔で神聖にして不可侵なはずの皇帝(フリードリヒ)が座っていた……おまけアンネローゼと、さらにそのアンネローゼに抱きかかえられた物心もつかないような現皇太子(おさなご)まで連れられて列席していたのだ。

()()()に……

その時、もしフリードリヒに尋ねたら、したり顔で答えたに違いない。

 

『アンネローゼの()の結婚式じゃぞ? 儂が親族席にいても問題あるまい』

 

と……

ヤンは、眩暈と共に帝国の未来に暗雲が立ち込める姿を幻視した。でもそれは、ただのヤンの心象風景だったのだろう。

その後、ワルキューレの編隊が大聖堂上空で曲芸飛行とスモークで祝賀のメッセージを描くわ(これがやりたいために会場が新無憂宮じゃなくなったらしい。新無憂宮上空は飛行禁止)、宇宙艦隊はずらりと最新鋭艦を並べ、当時は受け取ったばかりのブリュンヒルトを中心にして主砲の一斉射で”宇宙の花火大会”を演出するわ……もう何の式典だかわからない状況だったらしい。

 

無論、これだけ派手にやるのだからその模様は帝国全土に生中継され、録画された情報はフェザーンを通じて同盟にも流れた……その事実を知ったとき、ヤンは心の中で『亡命……は消えたな』とつぶやいた。

 

ケスラーとシューマッハが手を組んだ情報統制のせいで、事前にここまで派手にやるとは聞いてなかった新郎(ヤン)は顔を引きつらせながらも、義祖父(リヒテンラーデ)に「これも国威発揚のため。我慢せい婿()殿()」と言われれば、そうするしかなかった。

むしろ終始ご機嫌だった新婦(エルフリーデ)の胆力に驚嘆したものだ。

自分は未だあのときの事を思い出すと、背中に変な汗が滲み出るというのに。

 

 

 

ヤンはその時の記憶を振り払うように首を小さく左右に振り、

 

「ウルリッヒも迎えにいってくれてご苦労だったね」

 

「いえいえ。大した手間ではありませんでしたし」

 

軽く恐縮してみせるケスラーだった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

しばらくすると、まるでオフレッサー登場の再現のように執務室の扉が再び勢いよく開かれる。

姿を現したのは、

 

「”我が師匠(マイン・マイスター)”! お招きにより不肖の弟子ビッテンフェルト、只今参上しましたっ!!」

 

これまたオフレッサーに負けず劣らずデカい声で入ってきて、古風な挨拶と共にビシッと敬礼を決めるのは、”フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト”中将。

ヤンを師匠と呼び尊敬する、オレンジの鶏冠頭がトレードマークの愛すべき宇宙時代の猪武者だ。

 

ここで少しヤンとビッテンフェルトとの出会い、そしてビッテンフェルトが何故ヤンを”師匠”と呼ぶのか触れてみよう。

 

 

 

実はヤン、士官学校に特別講師、シミュレーター教官として何度か足を運んでいた。

というより彼にしては珍しく、自ら進んで時間を見つけ出向いていた。

勿論、下心満載での行動で前世において強敵だったラインハルト揮下の綺羅星若手将軍の今生の腕前を確かめに行っていたのだ。

無論、将来を見越してスカウトするかの見定めに。

 

士官学校としては、驚くもありがたい話だったろう。

二大門閥でさえ一目置く名門超有力貴族なのに、その戦働きは素晴らしいを通り越して凄まじく、三長官や陛下の覚えもめでたい雲の上的な存在直々の申し出だ。

おまけに出自が出自だけに問題児だらけの貴族子弟も、家柄では誰にも劣らぬヤン相手では面と向かっては反発しにくい……

そして戦を知るヤンからシミュレーションを通して、現在の”生の戦場”を片鱗でも学生達が感じることができれば御の字だろう。

それに上手くすればヤンとのパイプも出来るかもしれない……

 

ともかくそんな旨み満載な申し出を断るわけなかった。

 

 

 

基本、ヤンが優秀な生徒を指名するという方式が取られたが……ある年の選ばれた生徒の一人がビッテンフェルトだった。

そして最初の戦いでビッテンフェルトは、ハンデをもらっておきながらボロ負けした。

 

前世では既に提督となった後にリアルでボロ負けしたのだから、前世まで含めれば半世紀以上生き、トータルで当時のビッテンフェルトの年齢以上に同盟と帝国で軍人として戦ったヤンに学生の身分と経験で勝てというほうが無茶であろう。

 

ただ、そんな裏事情を知らないビッテンフェルトは、素直に悔しがり再戦を挑んで……また負けた。

だが、今度はただ負けたわけじゃなかった。まさに猪のような彼の気性を気に入ったのか、ヤンはなぜ負けたのか懇切丁寧に教えたのだ。

そしてビッテンフェルトだけでなく選抜し戦った若者たちに、

 

『もし私とまた戦いたいなら、時間が合うなら相手をしてあげよう。屋敷のシミュレーターで良ければだけどね。それまで腕を磨き、自分の敗因をよく考え吟味してみることだ』

 

と言い残して。

ビッテンフェルトは学生時代と任官後も含めてキルヒアイスを除けば全ての教え子中最多、のべ30戦以上戦い、全敗していた。

だが、無為に負け続けたわけでない。ちゃんと成長し、改善し、最後はハンデなしでヤンに肉薄できるところまで来ていた。

 

そしていつの頃からか、ヤンを”艦隊戦の師匠(フロッテ・マイスター)”と半ば崇拝するがごとく尊敬するようになっていたようだ。

 

 

 

 

 

 

続々と集まりつつあるヤンの元帥府。

果たして次回は、誰が着任するだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ケスラーは元々元帥府にいて、メックリンガーを迎えにいってたでござる。

それにしてもこの帝国、無茶をやる(笑



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第025話:”伊達男と疾風、その過去”

ついにキマシタワー。


 

 

 

「ぬおぉおぉーーーーっ!! ロートルに負けるかぁぁぁーーーっ!!」

 

「ほれほれ、どうしたどうした”猪の小僧”? 威勢がいいのは口と鶏冠頭だけか?」

 

 

 

(こ、ここは動物園か……?)

 

厳格であるべき元帥府、その長たる元帥の執務室のドアを潜ると帝国軍で生身でエンカウントしたくないランキングNo1であること請け合いな”巨大ヒグマ(オフレッサー)”と、見覚えがありすぎる……というか腐れ縁と呼びたくなるほどエンカウント率がなぜか高い”オレンジ猪(ビッテンフェルト)”が腕相撲をとっていた。

しかもヒグマが片手、猪が両手のハンデ付で……何を言ってるかわからないだろうが、もっと訳がわからないのはそんな帝国軍の誇る猛獣、あるいは珍獣対決を見せ付けられている彼、”オスカー・フォン・ロイエンタール”自身だろう。

 

「やあ、()()

 

いつものように朗らかに迎えるヤンの姿にロイエンタールは軽く安堵しながらも、

 

「閣下、これは一体何事……?」

 

「なに。大した事じゃないさ。我らが愛すべき”ビッテン”が、我が飲み友達ブラウベア(オフレッサー)との腕試しを所望でね。シミュレーションでも艦隊戦ならビッテンの圧勝だろうし、肉弾戦ならブラウベアの圧勝だ。だから中間を取ってこういう形にしたのさ」

 

そして軽くウインクしながら、

 

「これなら怪我人もでないだろ?」

 

 

「さすが師匠(マイスター)、考え方が合理的で無駄がない」

 

とロイエンタールの後からひょっこり姿を現したのは、見かけは短躯の優男だが、中身は剛直そのもの……陽性で比較的穏やかな気風がどこかヤンに通じるものがある男、そう”ウォルフガング・ミッターマイヤー”だ。

 

ヤンへの呼び方もビッテンフェルトと同じだが、その心酔度もビッテンフェルトに負けず劣らずだ。

というのもミッターマイヤーにとってヤンは大袈裟でなく命の恩人だった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

話はクロプシュトック事件、爆弾を用いた皇帝暗殺未遂事件とその後に起きたクロプシュトック領制圧戦にまで遡る。

クロプシュトック領の制圧は貴族達、特に見せ掛けでも武功を稼ぎたい若手貴族達の暴虐と惨劇の場となった。

その時、軍から派遣されていたミッターマイヤーは貴族達による略奪と虐殺を防ぐために腐心していたが、ついに若手貴族達が老婆と孫娘であろう幼女に対する凌辱と略奪・殺害の現場を見るに至り我慢の限界に達し犯人全員を射殺した。

 

その射殺された犯人の中に、ブラウンシュバイク公爵の縁者であるコルプト大尉、ブラウンシュバイク閥のコルプト子爵の弟がいたのだ。

 

ミッターマイヤーの行動は軍規的になんら問題ないものであったが、そうであるが故にミッタマイヤーの命の危険……具体的には暗殺を危惧したロイエンタールは、士官学校時代からの知古であり、艦隊戦の師としていつか追いつきたいと思っていたヤンの元をたずねたのだ。

 

結果から言えば、これは英断だった。

彼は貴族の特権でミッターマイヤーが収監/拘留されていた軍刑務所にロイエンタール(とキルヒアイス)を引きつれ、型遅れではあるが()()()で上空に乗り付けた。

 

これにはまさにミッタマイヤーの命を付けねらっていたフレーゲル達も度肝を抜かれただろう。

 

『まっ、使えるときに使うのが特権ってもんだろうしね』

 

とヤンは嘯き、上空支援でワルキューレを飛ばし、更には練度と迫力では装甲擲弾兵にもそうそう引けはとらない”ヴェンリー警備保障”所属の鉄火場のエキスパート、新型の軽量装甲服と暴徒鎮圧用の非致死性装備で身を固めた『特殊作戦任務群(アイゼン・リッター)』が降下/強襲し、フレーゲル達をあざ笑うかのようにあっさりとミッタマイヤーの身柄を確保し、悠々と離脱していったのだ。

 

 

 

それからしばらくミッタマイヤーとその家族はヤンに匿われるが、腹の虫が収まらないのがブラウンシュバイク公だ……と思いきや、実はそうでもなかったらしい。

面子を潰されることをマフィア並みに嫌う貴族だが、否応なく貴族というものを知り慣れてしまったヤンは別のアプローチから攻めることにした。

曰く、

 

『公、貴方の面子はいくらなら売ってくれますか?』

 

最初に武力と破天荒な振る舞いで『何をしでかすかわからない、敵に回すのは危険な存在』と印象づけ、次でわかりやすい共通価値観である金で懐柔する……自分で自分をどう評価するかは不明だが、ヤンも随分と”生臭い腹芸(政治的行動)”ができるようになったものである。

 

とはいえそこは腹芸を基本スキルとするブラウンシュバイク公。ただで負けてやる気は毛頭なく、また久しぶりに歯ごたえのある交渉相手に楽しくなってきたのか……

 

『なら今後十年、ブラウンシュバイク公依頼の荷の運賃を3%引きっていうところで』

 

『子爵よ……君の鑑識眼では、私の面子はそのような値段なのかね? 随分、安く見積もられたものだな』

 

と本来の目的そっちのけで交渉に没頭。延々続く交渉の最後にがっちり握手し、『今後、現ブラウンシュバイク公が当主でいる場合に限り、ヴェンリー通運が受けるブラウンシュバイク領の荷運賃を5%引き』というところに落ち着いたようだ。

 

見ようによってはブラウンシュバイクの判定勝ちのように見えるかもしれないが、実はそうでもない。

この運送コストだと自前の船を出すより安いので、ブラウンシュバイクは流通のかなりの部分をヴェンリー通運に発注することとなり、結果としてシェア拡大に繋がったのだ。

言ってしまえば「損して得をとる」典型になったようだ。ブラウンシュバイク家とのパイプも太く出来たのも悪くはなかった。

ついでに言えば現ナマをちらつかせないあたり、ヤンは存外にこの”Win-Winの落とし所”を最初から狙っていたのかもしれない。

 

 

 

だが、ここで収まりがつかないのがコルプト子爵。

親玉同士が、自分に関知出来ないところで勝手に手打ちにしてしまったのだ。

彼の不満はすでに爆発寸前……変なところで暴発されて無駄に被害をばら撒かれても困り者、と考えたヤンは少々”()()()()”を企画する。

 

『コルプト子爵、私とブラウンシュバイク公の裁定がそんなに気に入らないのなら、いっそ()()()()と決闘でもしてみるかい? ただ普通に銃の撃ち合いじゃミッターに分がありすぎる』

 

この時、コルプト子爵は鼻白ませたが、これは逆に言えばヤンの術中にはまったと言える。

ヤンが行っていたのは、その時のロイエンタールがニヤついてたことからもわかるとおり、明らかな挑発だったのだから。

撤退できないところまで追い込んで、無理やり勝負を受けさせる罠ともいえた。

 

『ならここは一つ、宇宙空間で勝負をつけようじゃないか。古式ゆかしい”単艦同士の一騎討ち形式(ジョスト・スタイル)”。子爵、君は自分の船でも公の伝手をつかってでも装備と人員を用意するといい。とはいえミッターのほうは、まだ若く経験はないけど正規軍人。まだハンデは足りないか? そうだな……』

 

ヤンは小さく微笑み、

 

『私の妹が輿入(こしい)れの時に置いていった叛徒の鹵獲艦がある。人員も正規軍人ではなく社の乗組員を貸し出そう。国家の貴重な財産である正規軍人を、”たかが私闘”に使うわけにもいかないからね』

 

そしてダメ押しする。

 

『子爵側は贅を凝らした船に君に縁があるだろう人員、ミッターは妹が乗っていた()()()()()()に船に慣れてるとはいえ()()()の乗組員。ほら、ちょうどいいハンデだろ?』

 

ここまでプライドを悪い意味で刺激されれば、コルプト子爵は引くことなどできるわけもなかった。

そもそも決闘とは貴族の嗜みであり、ハンデまでつけられて逃げたとあってはいい笑いものだ。

相手がろくに経験もない軍人+女が艦長だった船となれば、なおさらだろう。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

さて、賢明な読者の皆様ならもうお分かりだろう。

ヤンが言っていた”妹が置いていった船”とは、一昔前のモデルとはいえ旗艦型戦艦アコンカグア級を改装した”エーデルワイス”……ちゃんと良好な”動体保存(モスポール)”状態で保存されており、乗り込むのはかつてアンネローゼを”鉄砲お嬢”と慕った荒くれたちだ。

実はこれはハンデでもなんでもなく、”勝つための布石”だった。

無論、ヤンはエーデルワイスの名を出さなかったし、コルプトが同盟の船やら何やらに詳しくなく、アンネローゼが趣味で純白の塗装に金の装飾ラインをほどこし、リアル花のエーデルワイスをイメージしたカラーリングの船の元々がなんだったのかを知らないことを前提としていた。

 

 

 

それでもコルプトは、標準戦艦を貴族風にアレンジし、左右に()()を配した別の世界線のシュターデンが乗っていたような船を決闘宙域にもちこんできたが……その程度で勝負になるはずもなかった。

 

本来なら決闘は殺すところまでやるものではなく、どちらかが降参を認めれば勝負がつくというものであったが……

盾艦を沈められ、その後もほぼ一方的に撃たれてスクラップ置き場にしか行き場のないような姿になってもなお、コルプトは負けを認めなかった。

弟殺しへの復讐心がそうさせたのだろうか?

 

だが、決闘は唐突に終わりを告げた。

何度目かの被弾の衝撃で投げ出されたコルプトが、床に叩きつけられた際に打ち所が悪かったのか「首の骨を折って死んだ」らしい。

 

決闘の最中に起きた不慮の事故だろう。

まったく痛ましい話だが、決闘の最中に果てたのだから、むしろ貴族の誉といえる。

そう判断したブラウンシュバイクもヤンも、特に調査するような無粋な真似はしなかったようだ。

貴族は死に様まで貴くならなければならないらしいので、当然の配慮だろう。

 

 

 

この結末も、ある種の様式美か?

ただ、この決闘に意味があるとすれば、ミッタマイヤーが疾風への覚醒をうながす一助になったこと、あるいは双璧と呼ばれる二人がヤンの元へ馳せ参じる決意をかためたことだろう。

 

その決意の延長線上が、今ここにロイエンタールとミッタマイヤーがいるということなのだから、確かに意味も意義もあったイベントだった。

だが、ロイエンタールにとって忘れられない記憶がある。

それは親友の堂々たる戦い方ではない。

 

ヤンがヨット代わりに使っている”ヒューベリオン”に同乗する許可をもらい親友の決闘を共に観戦し、コルプトの死が伝わったときのことだ……

 

『なあ、ロイ……』

 

なぜか提督席ではなく付属の机に腰掛けながら観戦していたヤンは、静かに言い放った。

 

『これで少しは宇宙も綺麗になったと思わないかい?』

 

口元は冗談めかして薄い笑いを描いているが、その瞳に宿る怜悧な光を見たとき……ロイエンタールは背筋にゾクリと走るものを感じた。

 

それは人が持つ本能的な恐怖であると同時に、紛れもなく歓喜だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回、過去最長(笑

ヤン、貴族特権と金の力をフル活用して事態の収拾を図るでござる。
でも精神的に追い詰めて、撤退できなくなったところで仕留めるやり口は前世と一緒?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第026話:”あどみらりてぃーず”

なんとなく「その元帥府は、提督がいっぱい」な感じ?




 

 

 

さて、赤毛の愛弟子に始まり燻し銀にヒグマ、諜報員に芸術家、猪に双璧コンビとにぎやかになってきたヤンの元帥府だが、もちろんこれだけで収まるわけはなく、

 

「やあ、エルンスト。誘いに応じてくれて嬉しいよ」

 

”こくん”

 

と頷いたのは別の世界線で沈黙提督と名高い、ザ・チェックメイト”エルンスト・フォン・アイゼナッハ”だった。

出会いのいきさつも、この変わり者に似合う一風変わったものだった。

 

アイゼナッハが輸送艦艦長だった時代、一刻を争うような緊急時において被補給対象の巡航艦に自分の輸送船を併走させ、文字通り宇宙空間で『投げ渡す』という離れ業をやってのけた場面を、たまたまヤンが目撃したからだ。

 

『口ではなく行動で示すタイプか……うん。コミュニケーションには苦労するかもしれないけど、悪くないね』

 

これがアイゼナッハを知ったときのヤンの最初の評価だったらしい。

他にもこの二人の繋がりがあるとすれば、”三次元チェス愛好の士”ということだろうか?

実際、時間が合うことが前提だが、この二人はよくネットワーク回線を通じてオンライン対戦をやってるらしい。

 

無口ではあるが堅実に確実に仕事をこなし、「良い仕事とは、地味で地道な作業の積み重ねから生まれる」ということを良く知っている……あるいは体現してる男だろう。

性格は真面目で温厚、だが投機的な作戦も顔色一つ変えずに執行できる豪胆さもきちんと併せ持つ。

なんとなくその在り方は、主人に従順な大型犬を連想させる。

 

正面戦力最優先の帝国にしては珍しく、前世の経験から敵味方を問わず情報と兵站補給線(ロジスティック)を重要視するヤンは、輸送船団護衛任務(トレイダー・エスコート)のエキスパートという役割をアイゼナッハに期待していた。

そこからもヤンの沈黙提督に対する高い評価が垣間見えていた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

無論、来訪はまだ続き……

 

「君がコルネリアス・ルッツかい? 話は聞いてるよ。妹が世話になったようだね?」

 

意外といえば意外なことに、この世界においてルッツをヤンに強く推薦したのはアンネローゼだったらしい。

 

話は例の黒尽くめとの決闘まで遡る。

音と反動がたまらないという理由で火薬式の銃自体は愛用していたアンネローゼだが、流石に先込め式のフリントロック・ガンなんて21世紀でさえも骨董品な代物は範疇外だった。

この年代物のレクチャーを買って出たのが、身分を隠してお忍びで息抜きに通っていた火薬銃オッケーの射撃場で、知己を得たルッツだった。

 

どうやら別の世界線に比べ大幅に行動の自由があるらしい寵姫は、火薬式銃をこよなく愛する射撃仲間として決闘後もルッツと交流があったようだ。

 

 

 

「あのじゃじゃ馬……いや、引き金が妙に軽い(トリガー・ハッピーな)妹が、紛いなりにも寵姫なんてやってられるのも君と一緒に射撃を楽しんでるからかもしれないね? 今でも妹と仲良くしてくれてありがとう」

 

とにこやかに微笑むヤンだったが、ルッツにしてみれば冷や汗ものだった。

実は、貴族と縁のないルッツ、本当に最近までアンネローゼが寵姫だと知らなかったらしい。

 

そして彼女が何者なのか気づくきっかけになったのが……つい先日、彼女の「庭に射撃場のある邸宅」に招かれたところ……射撃場に合うようなジーンズ&Gジャン姿のアンネローゼと一緒にいたのが、

 

『よう来たの、若いの。儂のことは気にするでない。ただ火薬式の銃とやらに興味をもった通りすがりのご隠居Fじゃ』

 

そう快活に笑う、アンネローゼと同じような系統のラフな服装に身を包んだ筋骨隆々とした老人……それが誰だか気づいたルッツは、思わず卒倒しそうになったらしい。

 

よくよく考えてみれば、この老人……若い頃には市中で金がないのに飲んだくれて、皿洗いさせられたなんて逸話が残っているのだ。

そのすぐそばには、店に入るなり友人の予想外の姿に笑い転げる先々代のヴェンリー子爵家当主がいたりするのだが……

 

ともかく、この手の行動は年季の入り方が違っていた。

蛇足ながら……銃の撃ち方を覚えた老人は、『なかなか当たらんのが逆に愉快じゃのう。何やら人生のようじゃ』とアンネローゼに負けず劣らずのハッピーなトリガーっぷりを見せ付けたそうな。

 

ほどなく、神聖にして不可侵な銀河皇帝の装飾品に、火薬式の”黄金の拳銃”が追加されたという噂が流れたらしい。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

そして、ルッツとくれば次は当然……

 

「”アージュ”、久しぶりだね? 息災なようで何よりだ。その後、奥さんとご子息の具合はどうだい?」

 

ヤンの言葉に苦笑しながらアージュこと”アウグスト・ザムエル・ワーレン”は、

 

「ええ。母子ともども元気ですよ。閣下」

 

ワーレンはヤンに大きな()()があった。

今から数年前ワーレンは、ヤンが大きな戦いがないときに功績稼ぎに行われる軍務、定期哨戒任務に出た時、副長として同行したことがあった。

ちょうど彼が28歳のときのことだ。

奥さんが身重だと知ったヤンは任務が終わったら残務は他の人間に任せすぐに家へ帰るように伝え、しばらくの有給休暇の申請も取り付けた。

 

事態が急変したのは、帰港しワーレンが急いで帰宅しようとした直後のこと……妻が突然、産気づいたというのだ。それも危険な状態だったという。

 

それをそばで聞いていたヤンはすぐに執事のシューマッハへ連絡を入れ、ドクターヘリをワーレン夫人の下へ向かわせるよう手配し、同時に貴族御用達(ごようたし)の腕が良いと評判の産婦人科病院へ緊急入院の受け入れを準備するように伝えた。

無論、ワーレンへは直ちに病院へ向かうよう促すのを忘れなかった。

 

後で話を聞けば、合併症を引き起こしており、もう少し遅れれば危ないところだったらしい。

おまけに赤ん坊は逆子であり、母子共に危険な状態だったが、帝王切開でなんとか無事に出産……という男が経験することのない修羅場だったようだ。

遅くてもアウト、産婦人科医の腕が悪くてもアウト……その両方のアウトを覆したヤンという男に、ワーレンは強い尊敬と感謝を感じると共に、いつかこの大きすぎる借りを返したいとずっと願っていた。

 

だからこそ、これこそ神々が与えてくれた好機、とワーレンは改めて決意を固めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

さて、一回ヤンの元帥府から視線を外してみよう。

場所は惑星オーディンの、ちょうど市街を抜けて郊外へ通じる道路の上だ。

 

 

 

「ファーレンハイト先輩、相乗りさせてもらってすみません」

 

「いいさミュラー。ちょうど俺も元帥府へ向かうところだったし」

 

と助手席に座る”ナイトハルト・ミュラー”に優しげに微笑むのは、先のアスターテ会戦の活躍で中将に昇進した”アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト”。

彼がハンドルを握るのは、中々瀟洒なリトラクタブル・ハードトップ・タイプ(幌ではなく閉めると普通の車のようになる硬質素材の開閉屋根があるオープンカー)のスポーツ・クーペ。名は”WMW645SCi”。

中将に昇進して給料が上がったのに気をよくしたのか、珍しく奮発/散財に踏み切り最近買ったばかりの彼の地上における相棒だ。

 

よほど気に入ってるのか、ハンドルを握るファーレンハイトの横顔はかなり上機嫌そうだ。

ちなみにどこかで聞いたことがあるような会社名WMW(ヴェー・エム・ヴェー)、公式名称は”Wenlea(ヴェンリー) Motoren(モートレン) Werke(ヴェルケ)”で意味は”ヴェンリー領の自動車会社”……言うまでもなくヴェンリー財閥の一企業である。

歴史は意外に古く、ヤンの四代前……大祖父の時代、ヴェンリー領の領民の大半が中産階級になることを見越し、「領民にも一家に一台の自家用車を!」というコンセプトの自動車、いわゆる”大衆車”を大量生産するために起業された自動車メーカーだ。

そしてヤンの生まれた頃には、少なくともヴェンリー領の領民は一家に一台の自動車があることは当たり前になっている。

企業の理念を忘れぬために未だ大衆車が主力だが、いまやシェアを拡大し大金持ちか貴族しか買わないような車もカタログやショールームに加えていた。

 

蛇足ながらファーレンハイト、ヤンの配慮でこの車を社員割引&社員向け無金利/無担保ローンでお買い上げだったりする。

この抜け目のなさは、流石食い詰めというところか?

もっとも普通にヤンに頼めば、各屋敷で乗られる機会もなく眠っている車を『好きなの持っていくといい』と軽く貰えそうだが、まだ付き合いの浅いヤンに施しを受けるのはプライド的にも躊躇われたのだろう。

 

いや、単にヤンが保有してる車が庶民の平均年収の二桁年分が当たり前のアホ高い超高級車ぞろいで、年間維持費を想像したら青くなっただけかもしれないが……

 

 

 

とにもかくにも着任する中では若手二人、この様子だと程なく無事に元帥府に着きそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ファーレンハイト、愉快なお兄ちゃん化計画!(挨拶

1話あたりの新キャラ登場数のタイトルホルダーになりそうな回です(^^
アイゼナッハ、ルッツ、ワーレン……渋い三人ですが、実はしっかりとヴェンリー兄妹に縁があってでござるの巻。

そしてそこそこな高級車に乗ろうと、やっぱりファーレンハイトはファーレンハイト、貧乏性……もとい生活力があるのは変わらない。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第027話:”吊るされた男”

ある意味、出オチ?



 

 

 

さてさて、後に「攻守揃ってバランスが良い」と評されることになるファーレンハイト&ミュラーコンビは敷地の中に愛車で入り、まだ余裕のある駐車場に止める。

ここからは徒歩で元帥府本庁舎に向かうのであるが……

 

「おや? こんなところに()()殿が? 誰かを捕まえに来たのか、はたまた動物園から逃げ出したヒグマや猪を捕縛にきたか」

 

車から降りたファーレンハイトは、どこか困ったような顔で本庁舎を見ていた憲兵隊の腕章をつけた若い軍人に声をかける。

 

「先輩……本人達に聞かれても知りませんよ?」

 

誰のことを言ってるのかよ~くわかってるらしいミュラーは今にも変な汗を掻きそうな顔をしているが、

 

「なに、あれでヒグマ殿も猪先輩も気の良い心の広い方だ。この程度じゃ怒りはせんよ」

 

とファーレンハイトは軽く笑い飛ばし、再び若い憲兵将校に視線を向ける。

階級賞を見たらそう自分と歳は変わらないのに中将であることに軽く驚きながらすっと綺麗な敬礼を作り、

 

「ギュンター・キスリング大佐であります。このたび、憲兵隊本部より元帥府付憲兵隊隊長として着任することになりました!」

 

ファーレンハイトは少し崩れた感じに返礼し、

 

「そいつはご苦労」

 

しかしこのとき、驚いた顔をしたのが、

 

「ってキスリング、卿か!?」

 

「ってミュラー! おいおい久しぶりだな? 卒業式の打ち上げの時以来か?」

 

「ミュラー、知り合いか?」

 

顔見知りらしい二人にとりあえず声をかけるファーレンハイトにミュラーは、

 

「ええ、士官学校の同期です。まさかこんなところで再会するとは思いませんでしたが」

 

「それはこっちも同じことだよ。それにしても、もう准将閣下か? こりゃ同期の出世頭は卿に決定だな」

 

「艦隊勤務は出世が早いだけさ。なにしろ戦死しやすいから空席も出やすい……って、思い出話に花を咲かせてる場合じゃないな。先輩、お待たせしてしまいすみません」

 

歳相応の素の表情を見せるミュラーを面白そうに見ていたファーレンハイトは小さく首を左右に振った。

 

「いいさ。中々興味深いものが見れたし。ところでキスリング大佐、こいつの学生時代にやらかした面白話とか知っているかね?」

 

するとキスリング、ニヤリと笑い、

 

「そりゃあもう、ご所望なら何なりと。手付けにこんなのはどうです? 夜中に宿舎をこっそり抜け出して呑みに行ったのはいいが、慣れない酒に酔い潰れた挙句、年上のオネーサマにお持ち帰……」

 

「キスリング! 先輩!」

 

慌ててキスリングの言葉をインターセプトする未来の鉄壁。恥ずかしい過去話を暴露される瀬戸際のミュラーは、わりと必死である。

 

「なんだ後輩? せっかく愉快な話が聞けると思ったのに」

 

「そういうのはいいですから! ところでキスリング、卿は庁舎を見ながら困り顔をしていたようだが?」

 

「ミュラー、誤魔化し方が下手過ぎだぞ? まあ、いいか。困っていたのは事実だし」

 

とキスリングは庁舎に視線を向け、

 

「いや、一体なんだって元帥府の庁舎に装甲擲弾兵(パンツァー・グラネディア)が陣取ってるのかと……」

 

確かに庁舎正面玄関には、ご丁寧に装甲服を着込んだ強面(こわおもて)が、一人は突撃小銃タイプの速射型(マシーネン)ブラスター、もう一人が象徴的武装といえる炭素クリスタル製のトマホーク片手に立っていた。

 

「中将閣下、ここはローエングラム伯爵元帥の元帥府で間違っていませんよね?」

 

プッと思わず噴出すファーレンハイト。

言われてみれば確かに戒厳令下でもあるまいし、完全武装の装甲擲弾兵が元帥府の玄関守ってるなんて構図、困惑して当たり前だろう。

 

「簡単に言えば、憲兵隊が着くまでの間、代役を買って出てるのさ。彼らの親玉は、我らが御大将とは無二の飲み仲間でね……何かと世話を焼きたがるのさ」

 

そう苦笑しながら、

 

「まあ、気にすることはないさ。よほど機嫌を損ねなければ、いきなりトマホーク振り回してくることもないだろうさ」

 

さっさと歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

「ファーレンハイト、引率ご苦労さん。ミュラー君と君は……キスリング君でいいかな?」

 

本来なら雲の上的な人物の眼前に来て緊張が滲み出てる若手二人の固い敬礼に対し、アスターテですっかり打ち解けたらしいファーレンハイトはいつもどおりの崩した敬礼で、

 

「いえいえ。ですが閣下、いい加減付き合いも長引いてきましたし、そろそろ小官も”元帥閣下の()()”に仲間入りさせていただきたいものです」

 

するとヤンは小さく笑い、

 

()()()()、これでいいかい?」

 

「まさに本懐」

 

と満足げに笑うファーレンハイト。

 

「やれやれ。どうして皆揃いも揃って私の眷属とやらになりたがるもんかね? 正直言って、苦労背負い込むばかりで思ってるほど旨味も利点もメリットもないと思うんだけど?」

 

真顔で首を振るキルヒアイスを横目で見ながらファーレンハイトは、

 

「さて、それはどうでしょう? 少なくても私は格安で愛車が買えましたが?」

 

そう楽しげに笑っていた。

 

 

 

「まあ、よいか。とりあえずこれで主要な面子は大体揃ったことだし」

 

するとヤンとの付き合いが比較的古い、それこそ彼の任官当時から何かと縁があるメルカッツは、

 

「シュタインメッツ少将はどうしたのかね? ヤン、まさかお前さんが呼んでないとは思えないんだが……」

 

「ああ、”カール”は今、私の”新しい愛艦”の完熟訓練中ですよ先輩。アスターテに参戦できなかった理由もそれです」

 

ヤンとメルカッツが話しているのはカール・ロベルト・シュタインメッツ少将のことだ。

腕と気風のいい男で、アスターテ会戦の少し前までヤンの座乗する”ブリュンヒルト”の艦長を務めていた。

 

メルカッツはアスターテのときに顔を見なかったので、てっきり貴族達の横槍が入って遠ざけられたと思っていたが……どうやら真相は違っていたようだ。

 

「まあ、他にも頼んでいたことがあるし……程なく着くでしょう。ん?」

 

元帥府に響くかすかな震動……

 

「噂をすればなんとやら。時間ぴったり、彼はやることにいちいち卒がない」

 

徐々に強くなる震動に一部を除き軽く動揺する面子だったがヤンは軽く微笑み、

 

「とりあえず屋上に出てみようか? きっと面白いものが見えるはずさ」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

ヤンの元帥府の屋上は一昔前の校舎のように開放スペースとなっていた。

そこに今居並ぶのは、いずれも劣らぬ猛者達ばかりのはずだが……目の前、いや頭上にある風景を見るなり度肝を抜かれ、唖然としていた。

 

そう広大な元帥府に負けぬ巨大な()()……黒い影を落とす”白亜”の船が発散する無言の圧力に、一同は息を飲んだ……

ヤンはいつもと変わらぬ穏やかな調子で、

 

「紹介しよう。あれが私の新たな愛艦、”()()()()()()()()()”だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




救われなかった艦に愛の手を♪

ヤンがガルガ・ファルムルに乗るってのは、実は原案最初期からの設定だったりします。

そしてファーレンハイトとミュラーとキスリングの掛け合いが書いてて妙に楽しかったでござる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第028話:”じんじ!”

実はちょっぴり政治(?)的力学の話も……


 

 

 

単純なハードウェア的な意味でのスペックから考えれば、”ガルガ・ファルムル”こそが銀河英雄伝説最強の船だと宣言してもさほど異論を上げるひとはいないだろう。

 

全長1.2kmを越える巨体に、4門と砲数は少ないが砲撃戦でいかなる戦闘艦をもアウトレンジで撃破できる発振器直系40cmオーバーの巨砲を備え、それに飽き足らず膨大な容積を生かして180艇ものワルキューレを格納。

防御力も当時の最先端だった傾斜装甲の概念を取り入れ、ベースとなったヨーツンヘイムを軽く凌駕していた。

巨体なら鈍重とも思われがちだが、それは事実と異なる。合計で帝国軍標準型戦艦8隻分に相当する推力を発生するエンジン4基を左右ポッド状態に搭載し、高速戦艦に劣らぬ速度と標準戦艦を上回る旋回性能を確保しつつ、被弾時には誘爆するまえにエンジンブロックを切り離し投棄するということも出来た。

 

ヨーツンヘイム級の2番艦という扱いだが、実質的には”改ヨーツンヘイム級”と呼べるほど改良が成された船であり、単艦として出鱈目なハイスペック、いやオーバースペックを持つガルガ・ファルムル……だが、ヤンにとっては前世といえる原作では戦果に全く恵まれなかった。

唯一の戦歴であるラグナロック作戦では二度とも”()()()()()”、敗北。

 

そして最後はオーディンの数多い別名であるガルガ・ファルムル=「吊るされた男」の名のとおり、首吊り自殺という形で主を失い、以後戦闘旗艦として戦場へ出る機会は永遠に失われた……

 

確かに沈むことはなかったが……戦船として造られながらも戦場に立つことを存分に出来なかったというのは、戦場で果てた先輩のヨーツンヘイムよりある意味、不幸なのかもしれない。

 

そんな自分と微妙に関わりのあるガルガ・ファルムルを、ヤンは放っておく事ができなかったらしい。

まあ彼のことだから、他にも理由はあることだろう。何しろ思考から感傷を平然と排除できる男だ。

 

ともかくヤンは自分の提言で起業されたヴェンリー船舶技研を筆頭にヴェンリー造船やヴェンリー兵器開発など複数の財閥傘下企業が帝国軍、特に試作艦開発に関わっていたため、そのコネを幸いに入手に漕ぎ着けたようだ。

 

形式上は下賜の形が取られたため、きっとアンネローゼも暗躍したに違いない。

何よりヤンが元帥府開闢に伴い、「陛下からの恩賜品」として賜った船は、これだけではないのだから……まあ、それは後のお楽しみとしておこう。

 

 

 

ただ、このガルガ・ファルムル、どうも原作と大分雰囲気が違う。

形自体は同じなのだが、前話で書いたように表面が()()、つまりブリュンヒルトと同じ色なのだ。

勘のいい皆さんならすでにお察しかもしれないが、実は装甲表面処理にはブリュンヒルトと同じくシュピーゲル・コーティングが採用されており、前世で「ミスター・レンネン」が座乗したそれより更に防御力が引き上がってるようだ。

 

外見から分かるのはこの位だが、他にもヤンの趣味というか戦術やドクトリンに合わせ色々改良されてるようだが……まあ、それもそのうち明らかになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

さて、しばし後……

 

「カール、ご苦労様」

 

ヤンにぴっしりとした敬礼を返すカール・ロベルト・シュタインメッツ。

 

「船旅は快適だったかい?」

 

「ガルガ・ファルムルは、見かけや図体に反して素直な特性ですからね。艦長席の座り心地も抜群です。強いて言うなら……」

 

シュタインメッツは戦艦乗り、昔で言うなら海の男らしい癖のある笑みで、

 

「”乗り手に優しく、敵に厳しい戦艦”ですな」

 

ヤンもにっこり笑い、

 

「そいつは何より」

 

 

 

場所は再び元帥府本庁舎の中だが、部屋は会議室に移っていた。

 

「とりあえず、まずは私の元帥府の基本方針を発表しよう」

 

ヤンはコホンと咳払いし、視線が集まるのを確認すると、

 

「既に知ってる面々もいるけど、私は人を階級で呼ぶのも階級で呼ばれるのも好まない。無論、爵位でもだ。それと堅苦しいのは苦手でね。堅苦しいことを要求される場所以外では貫かせてもらうよ」

 

”まず最初はそこから!?”とツッコミを入れたくもなるが、ヤンとして譲れない一線だった。

 

「ちなみに元帥府は”堅苦しさを要求される場所”では()()()ない」

 

ヤンは断じてを特に強調し、

 

「私自身、たまに忘れるが……こう見えても私は貴族でね。だからとても我侭なのさ。元帥府が法的には私の”準私有地扱い”になる以上、好きにさせてもらうよ」

 

初めてヤンとエンカウントし、そのキャラの破天荒さに面を食らってる真っ最中のミュラーとキスリングはともかく、他の人間は付き合いの長さの差はあれど既にこの「軍人もしくは貴族にあるまじきフランクさ」の洗礼は既に経験済み。

だから苦笑をもって答えるだけだ。

 

 

 

「では次は早速、人事を発表するとしようか? もったいぶる必要もないしね」

 

とヤンは明日の天気を語るような気楽さで、

 

「まずは元帥府副指令はメルカッツ先輩、お願いします」

 

「うむ」

 

鷹揚にうなずくメルカッツに、

 

「また全艦隊が一丸となって動く場合は、戦闘艇群(こうくう)統括参謀もお願いします。この元帥府には若い者が多い……良きお手本になっていただければと」

 

「やれやれ。年寄り使いの荒い奴め」

 

「年寄りと呼べるほど歳はくってないでしょうに。私の義祖父(リヒテンラーデ)に言わせれば『ようやくヒヨコから卒業したばかり』とか言われますよ?」

 

「それは比べる相手が間違ってるぞ」

 

と会議場のあちこちで笑い声が上がる。

 

 

 

ブラウベア(オフレッサー)、君は”装甲擲弾兵”の最高司令官って立ち位置は変わらない。だが管轄は元帥府付の複合陸戦任務群となった。守りはこの元帥府はもちろん、場合によってはオーディン全域が入ることになるかもしれない」

 

「おいおい。随分と穏やかじゃないな」

 

無論、オフレッサーはヤンが言わんとすることを理解していた。

帝都オーディンは、『流血帝』と恐れられたアウグスト2世をあげるまでもなく、歴史的に見て血と腐臭には不自由しない土地柄なのだ。

 

「そんな事態には、勿論ならないに越したことはないんだけどね……それはともかく、君には前にも話したと思うけど敵地、ことさら地上の要所を制圧できるのは陸戦のスペシャリストだけだ。艦隊は地上を焼き払うことは出来ても、直接占領することはできない」

 

ヤンは言葉を選ぶような表情で、

 

「よりによって君に揚げて欲しい首級(みしるし)は、宇宙にない場合が多いんだ」

 

「それはそうだろう。バッカス(ヤン)が供物に欲しい首は、別に提督の首じゃあるまい?」

 

「まあね」

 

ウムと鷹揚に、そしてどことなく嬉しそうに頷く。

 

「ワシは存分に斧を振るえる戦場さえ用意してくれれば、文句はないぞ」

 

「冗談。トマホークだけじゃなく用意した他の装備を使いこなしてくれなきゃ困る。君らを投入する予定の戦場は、いくらブラウベアでも人力じゃどうにもならないことも多いんだ」

 

「そいつぁ楽しみだ!!」

 

ガハハと豪快に笑うヒグマ殿である。

 

 

 

「お次は、我が元帥府の主力たる中将の面々だね?」

 

実はヤンの元帥府には、上級大将が二人もいるが、大将がいない。

基本、ヤンを除けば下級貴族と平民だけ、しかも上級大将二人を除けば若手だけなので必然的にそうなってしまう。

 

「まずはメック。君は私の権限で1階級昇進させ、大将になってもらう。既に三長官には根回し済み、『一人くらいなら元帥府の開店祝いでご祝儀昇進させてよい』だそうだ」

 

だが慌てたのはメックリンガー本人で、

 

「ちょっと待て、ヤン。武勲も立ててないのに昇進というのは……」

 

「まあ聞いてくれメック。君には元帥府付参謀長になってもらおうと思ってるんだ」

 

「元帥府付参謀長?」

 

ヤンは頷き、

 

「ああ。私は最大9個艦隊率いねばならないからね。まずそれだけの数を私が一人で統括するにも限度がある……」

 

ヤンの脳裏に浮かんだのは、帝国/同盟の最大規模の艦隊正面決戦となった”アムリッツァ会戦”だった。

 

「まあ艦隊が9個一丸となって動く機会は流石に少ないと思う。そうなると艦隊を二つに分ける……おそらくはメルカッツ先輩に別働隊を率いてもらうことになる場合が多いだろう」

 

ヤンは腕を組みながら、

 

「その場合、原則として私が直轄で6個、メルカッツ先輩が3個艦隊って規模になるだろう。さてメック、君は6個艦隊を能動的かつ効率的に動かすには、どうしたらいいと思う? それも有能なのは間違いないが、それぞれに個性の異なる提督の特質を生かしながらだ」

 

ヤンの直轄が1個に五人の頼りになる提督がいるとしても、総戦力10万隻に届こうかとする兵力の統括は楽な仕事じゃない。

というよりそれだけの規模の艦隊を動かしたことは、歴史上でも何人いるだろうか?

もしかしたら史上空前規模なのかもしれない。

 

そしてヤンの要求はどうやら単に艦隊を動かすというわけじゃなさそうだ。

 

「……戦場の全体像が見える者を、艦隊統括の専門職に置く、か?」

 

ヤンは頷き、

 

「ただ、その統括役が他の提督と同じ階級なのは、どうにも()()が悪い。馬鹿馬鹿しい話だけど、古今東西、軍隊っていうのは階級が最優先されるからね」

 

「しかし、なぜ私なんだ?」

 

「君の能力も勿論だが、一番の理由は年齢さ」

 

メックリンガーは苦笑しながら、

 

「ヤン、君は私をロートルだと言いたいのか?」

 

だが、ヤンは極めて真面目だった。

 

「下手に若手を抜擢すると、保守層から反発がね……国軍ってのは、組織工学的に保守思想が強くなりがちだ。国防を担うのだから当たり前だけどね。だから基本的に年功序列を好む……この慣習、いや因習じみたそれは軽んじていいもんじゃない」

 

 

 

ラインハルトが、なぜ若手非主流派の軍人以外から、貴族だけならまだしもああも軍全体で嫌われたのかといえば、いくつもの理由が浮かぶが……「若すぎる」というのも大きな要素だった。

一歩一歩地道に努力を重ね昇進してきた人間が、ある日突然能力もコネももってる自分の子供ほどの若造にあっさりと抜かれる……面白いわけはないだろう。

自分が積み重ねてきた日々はなんだったのかとさえ思ってしまうはずだ。

ラインハルトの能力を頑なまでに認めたがらなかったのは、自分の辛かった日々が全て否定されてしまう……そういう思いがあったからであろう。

嫉妬や劣等感というのは無視するには強すぎる感情であり、それは解消されることなく蓄積されていく……その「()()()()()()」に食われ多くの者が破滅していった。

 

前世、帝国軍より風通しが若干良かった”はず”の同盟軍の中ですら、少なからず同じような経験をしたヤンはそれをよくわかっていた。

そりゃ精神的制裁(リンチ)を何度も受けてれば、学びもするだろう。

 

「ところでメック、革新勢力が強い軍隊は、なんて名乗るか知ってるかい?」

 

「いや……」

 

ヤンは不思議と自嘲的、いや自虐的な空気を感じさせる笑みで、

 

()()()、さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ケンプ? ミスターレンネン?
知らない子ですね。

IN → メルカッツ、ファーレンハイト
OUT→ ケンプ、レンネンカンプ

ただし作品にこの先ずっと出てこないとは言ってない(えっ?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第029話:”酷い貴族サマってのもいたもんだね”

人事発表の続き……のはず。


 

 

 

さてヤンが頭である事は当然として、元帥府副指令にメルカッツ上級大将、元帥府付陸上任務群司令官にオフレッサー上級大将、そして臨時昇進を果たしたメックリンガー()()の参謀長への着任がそれぞれ発表されることとなった。

 

とりあえずは無難な人事と言ったところだろう。

 

「次にロイ、ミッター、ビッテン、エルンスト、ルッツ君、アージュ、アーディはそれぞれ正規編成の艦隊を率いてもらう。階級は中将だし問題ないだろう?」

 

公式的に言えばロイエンタール、ミッタマイヤー、ビッテンフェルト、アイゼナッハ、ルッツ、ワーレン、ファーレンハイトの七名だ。

半ば予想していたとはいえ、それぞれの形で喜びを出す七人の提督……非主流派として過ごしてきた日々を思えば、その喜びは一入(ひとしお)だろう。

 

「私とメルカッツ先輩の艦隊をあわせて9個艦隊……勘定は合うだろう?」

 

 

そして次は当然、准将から少将に昇進したケスラー、もともと少将のシュタインメッツ、大佐から准将に昇進したキルヒアイス、元から准将のミュラーの番だった。

 

「ジークはまだ若い。しばらくまだ私の副官でどうだい? 第一、君が淹れた紅茶が一番舌に合うんだ」

 

「喜んで」

 

そう微笑むキルヒアイスは本当に嬉しそうだった。

准将が副官というのも贅沢に思えるが、ヤンの階級が階級だけに不自然とは思えない。

 

「カールは、旗艦艦長の続投ってことで。不満がなければね」

 

「まだ艦長席にも馴染んでないのに、早々と外されたほうが嘆きますって」

 

と笑うシュタインメッツ。

 

「ウルリッヒは情報参謀としては勿論、分艦隊を率いて私の本艦隊の一翼を担ってもらおうと思ってる。ああ、メックもミュラー君にもね」

 

「えっ!?」

 

そう声を発したのはミュラーだった。

反して落ち着いてるのはメックリンガーで、

 

「規模は?」

 

「差し詰め一人当たり5000隻。私が直轄で15000率いるよ。ああ、15000は他の正規艦隊の定数だと思っていて欲しい」

 

潤沢な艦数に驚きを隠せない提督たちだった。

分艦隊でも5000隻と言うのはかなり破格だろう。

 

「となるとヤンの本艦隊は30000、正規2個艦隊分か……少々多すぎやしないか?」

 

メックリンガーの言葉にヤンは首を横に振り、

 

「いや、アスターテで20000を率いてみたが、分艦隊司令官がまともなら存外に悪くないんだよ。それにメック、君達の能力を生かそうと思ったら、最低5000はいる」

 

「ふむ……」

 

髭をいじりながら何やら考え込むメックリンガーに、

 

「それに手元に30000あると、取れる戦術選択肢が格段に増えそうなんだよ」

 

「どうやらロクでもない未来が待ってそうだな……主に()()にとってだが」

 

だがメックリンガーは何かを思い出したようにフッと笑い、

 

「そう言えばヤンは、叛徒という言葉を好まなかったな?」

 

「覚えていてくれて幸いだよ。私は敵を無駄な優越感から過小評価をして痛い目に合いたくないんだ」

 

そしてあえて周囲を見回し、

 

「これは共通認識として持っていて欲しいんだけど……敵は()()()()()を越える人口を誇る、強力な”()()”だということだ。叛徒なんて規模でもなければ、軍隊だって張りぼてじゃない。甘く見ると寝首を掻かれるのは私達の方だというのは肝に銘じていてくれ」

 

そう、なぜなら……

 

「帝国の人口は()()()()()しかいない。敵は帝国との人口比で5:3、経済規模で5:4を誇る勢力……国家という名の”正真正銘の化け物”さ」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

その後、キスリングも「元帥府付憲兵隊の隊長さんだよ」と紹介され、

 

「まっ、一つお手柔らかに頼むよ。ああ、ただし軍規違反がわかれば何一つ遠慮することはない。規律は美徳で重んじられなければならないものだからね……特に民間人と禍根や軋轢を残すような事例は優先的に対処してくれ。守るべき民に手を上げるような輩は放置できない。無論、階級や身分は考慮しなくていいよ? そのための憲兵隊なんだし」

 

と柔らかい笑顔でヤンに言われ、

 

「とはいえ、憲兵隊もいい人材を回してくれたものだね」

 

思わず恐縮してしまう一幕があった。

 

 

もっとも前世のヤンを知るものがいるとすれば、「お前が言うな!」と言われそうだが。

とはいえキスリングとて杓子定規の堅物ではなく、清濁併せ呑む気質だ。取り締まるべき軍規違反とそうでないものの区別くらいはつく。

そうでなければ、憲兵隊という手柄が立てにくい裏方にいながら弱冠20代で大佐などにはなれないだろうが。

 

 

 

「ああ、そう言えば全員に言っておかなければならないことがあったね」

 

ヤンは悪戯っ子のような顔で、

 

「この場にいる正規艦隊、分艦隊の提督には階級に関係なく”()()()”が与えられる手はずになっているんだ」

 

”ざわっ!!”

 

一気に色めく提督達……それはそうだろう。

『自分だけの船を持つ』というのは、全ての帝国軍艦乗りのステータスであり、憧れであり、夢だ。

当然、そこへ至る道は厳しい。

 

なぜなら専用艦は、「皇帝陛下より下賜される」という形式がとられるため、大将以上でないと受けられないと不文律で決められていた。

実際、皇帝を憎んでいたラインハルトでさえ、下賜されたブリュンヒルトに子供のように喜びはしゃぎ、素直に受け取っていたほどだ。

そして彼はブリュンヒルトを溺愛し、生涯の愛艦とした。

 

「実はカールにガルガ・ファルムルの慣熟航海のついでに、船たちをまとめて引き取りに行って貰ってたのさ。もうオーディンの衛星軌道上に待機させてある」

 

ヤンの言葉にシュタインメッツは頷く。

 

「ただ、どの船を誰に渡すかの話をする前に、君達に伝えておかなくてはならないことがある。今回、君達に渡す船は、公式には”陛下より直々に下賜された船”って扱いじゃないんだ」

 

ヤンはクスリと笑い、

 

「表向きは『可愛い可愛い寵姫の兄が元帥府を開いたので、妹のおねだりで気をよくした陛下が祝いの品を大盤振る舞いした』ってことになっている」

 

ギョッとする一同にヤンは愉快そうな雰囲気を隠そうともせず、

 

「『依怙贔屓(えこひいき)されて調子に乗ったその兄は、一人では乗り切れない船を()()()()で集めたお気に入りの部下達に分け与えた。恐れ多くも陛下の賜り物を』って顛末なのさ。今回はね」

 

 

 

ガッハッハ!と笑い出したのは、ブラウベア(ヒグマ)ことオフレッサーだ。

 

「おいおいバッカス(飲兵衛)、そりゃまたヒドい貴族サマもいたもんじゃねえか。思い違いも甚だしいな」

 

「まったくだよブラウベア。同じ帝国貴族として私も恥ずかしい限りさ」

 

と肩を竦めるヤンについにメルカッツまで低い笑い声を上げ始めた。

流石は上級大将のベテランコンビ、肝が座っている。

 

そしてヤンは再び見回し、

 

「まずはそういう状況に”()()()”はなっていることを認識しておいて欲しい」

 

 

 

「何故?と聞いてよろしいですか? 閣下」

 

そう真っ先に口を開いたのはロイエンタールで、

 

「もちろんさ、ロイ」

 

ヤンはすっと瞳に宿る知性の濃度を濃くし、

 

「”思考は言語によって形成される”、さ。つまり言語にない概念は思考の判断材料にならない。食べ物の好き嫌いにどこか似てるね? 好き嫌いがないという人間は”食べたことがないもの”は好き嫌いの範疇に入らないもんだよ。存在すら知らないんだから当たり前だけどね」

 

ヤンが言わんとすることに首をかしげる一同だが、

 

「あっ……先生、そういうことですか?」

 

最初に合点に至ったのは、当然のようにキルヒアイスだった。

 

「ジーク、君が辿り着いた答えを言ってごらん」

 

ヤンは正解に至ったであろう愛弟子に促した、

 

「先生は……『門閥の若手貴族にわかりやすい状況を、()()()作った』んですね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




帝国と同盟の人口、人口比、経済比が原作に比べてちょっと変です。

銀河帝国:250億人→300億人
自由惑星同盟:130億人→180億人
人口比率(帝国:同盟) 250:130→5:3(300:180)
経済力比率(帝国:同盟) 48:40→5:4(50:40)

フェザーンの人口を加えてちょうど500億人、フェザーンの経済掌握は相変わらず10%なので……フェザーンを加えた人口比率が15:9:1、経済力比率は、5:4:1になります。

原作に比べ人口増加は帝国/同盟共に50億人ですが、同盟は人口比で原作を上回り、帝国は経済力比(+一人当たりの経済力)で原作より改善されているみたいです。

更に重要なのは、全体的に人口が増えてるので比率は上のとおりでも「経済規模自体が拡大」していますが、「艦隊数/観戦保有数から見た戦力」は”拡大した人口や経済規模に比べれば大きな差はない”って感じらしいのです。

バタフライ効果?









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第030話:”白鳥誕生秘話”

この世界における白鳥とヤンの出会いの物語?


 

 

 

「要約してしまえば単純なのさ。貴族にとって縁故人事は当然であり、依怙贔屓(えこひいき)は自分達がされて当たり前の物だと思ってる……貴族特権ってのが、まさにそのものだからね」

 

ヤンは苦笑し、

 

「自分達が”優遇されるべき対象”から外されてるのは不満だろうけど、私がやってること自体は本質的には同じ。()()()()だから()()……と少なくとも彼らにはそう映るだろう。しかも依怙贔屓される側はともかく、する相手が陛下じゃ文句は言えない」

 

「そんなマイスターがあんな連中と同じなんて……」

 

そう思わず口に出したのはミッターマイヤー。

貴族の蛮行こそが、ヤンの配下に加わる直接のきっかけになったのだから、そのリアクションもある意味当然だろう。

 

「別に彼らがどう思おうとかまわないんだよミッター。今のところ彼らと全面的に敵対するメリットは無いからね。彼らが『専横が過ぎるがやはり()()』と安心してくれれば御の字、何より君らに階級やら何やらの面倒を抜きにして艦を分け与えられる口実と根拠ができた」

 

ヤンはフフンと笑い、

 

「実を言えば私がガルガ・ファルムルを選択したのも、一足早くアスターテでデビューを飾ったヨーツンヘイムをメルカッツ先輩が受け取ったのも、どちらも彼らへの対策の一環でね」

 

メルカッツが頷くのを確認してから、

 

「貴族、とかく門閥貴族の巨大艦好きは有名だ。例えばブラウンシュバイク公の”ベルリン”、リッテンハイム侯の”オストマルク”……ヴィルヘルミナ級をベースに徹底的にカスタマイズした『動く宮殿』、いずれも劣らぬ巨大艦だろ?」

 

頷きのリアクションに満足しつつ、

 

「さてここで問題だ。何故、彼らは巨大艦を好むんだろうね?」

 

「誰でもわかりやすい権威、権力、権勢の象徴だから……ですか」

 

と答えたのは意外なことにビッテンフェルト。

この男、性格は猪かもしれないが頭は悪くない。

 

「正解だよ、ビッテン。巨大艦こそ見栄と虚栄の象徴なのさ」

 

嬉しそうに笑うがキルヒアイスと違って何やら獰猛さが出てしまうのがビッテンフェルトらしい。

隣に座ってたケスラーが若干引き気味だったのが印象深い。

 

「だからこそ、今回君達への艦を引っ張ってくる前に私は『最強最大の船』……ブリュンヒルトより大きく新しいガルガ・ファルムルを受領し、メルカッツ先輩には先んじて同じく巨大艦として完成していたヨーツンヘイムを受け取ってもらった。元帥府の序列一位と二位が優先的に、いかにも権威主義が具現化したような巨大艦を受け取る……君達が受け取る船は、いずれもこの2隻よりは小さい。さて、これは貴族達にとってどんなメッセージに見えるかな?」

 

ヤンは悪戯が成功した子供のように楽しげだった。

 

「さらに言うならば儂は当時、大将に昇進していたが中将の最後の方から乗っていた”ネルトリンゲン”のままだった。大義名分は立つ上に、一応は貴族だからのう。説得力は十分だな」

 

メルカッツのフルネームは、ウィリバルト・ヨアヒム・()()()・メルカッツ。メルカッツ家は弱小貴族で彼本人は爵位を継げる立場になかった……故に軍で出世したのだが、貴族軍人であることには違いない。

 

「閣下……閣下はどれほど前からこの計画、元帥府設立のプランを練っていたのでしょう?」

 

戦慄を隠さない表情のワーレンに、

 

「さあね。覚えてないくらい昔からなのは確かだよ。少なくともメルカッツ先輩に改良型標準戦艦の()()であるネルトリンゲンが渡るように手配したのは私だからね」

 

 

 

静まり返った会議場の空気をほぐすようにヤンは明るい声で、

 

「とりあえず貴族の中では悪評も評判のうちだ。それは『あの野郎、上手くやりやがって』って意味だね。まあ、貴族達の魑魅魍魎じみた裏事情の話はこれぐらいにしておこう。精神が不健全になりそうだからね」

 

そして全員を見回し、

 

「さて、表向きは以上のように『陛下からの賜り物を、一人じゃ乗り切れない私が独断で君らに分け与える』って体裁になるけど、もちろん本当の事情は異なる」

 

一呼吸置いて、

 

「今回、君らに渡されるのは新技術や新機軸を建造に用いた”実験艦”や、設計などに新しい概念を導入した”コンセプト艦”、あるいは本格的な量産を始める前に実戦で評価試験をしたい”先行量産艦”……言ってしまえば、試作艦ばかりなのさ」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「事情説明するにあたって、私がブリュンヒルトを()()した経緯を語ったほうが手っ取り早いと思うんだけど……どうだろう? ジークとカールには今更の話だろうけど」

 

するとキルヒアイスとシュタインメッツは顔を見合わせ、

 

「いえ、先生のお話に無駄なことなどありません」

 

と断定口調のキルヒアイスに、

 

「こう見えても私はあの船に愛着がありましてね。閣下の口からその馴れ初めを語っていただけるなら、むしろ興味深いですな」

 

実に船乗りらしい意見を言うシュタインメッツ。

他の面々にも反対は無いようだった。

 

「同意は得られたと判断するよ? さっそくだがブリュンヒルトは体面的には慣例どおり、私が大将を拝命したときに『陛下より下賜された』ってことになってるけど、事実は大分違う。ブリュンヒルトは本来、あそこまで大々的に戦闘に使う予定は無かった船なんだ。建造当初は、まさか艦隊旗艦に使われることなんて夢にも思ってなかったろうね」

 

一部を除き軽く驚く一同。

無理も無い。先のアスターテや第三次ティアマト会戦など赫々たる戦果を上げ、”帝国最強の戦艦”と誉れ高いのがブリュンヒルトの一般的な評価だったのだ。

 

実はここに居並ぶ提督の中にもブリュンヒルトは『最新技術をごまんと詰め込んだ最新最強の戦艦』であり、常勝無敗のヤンにとっての『鬼に金棒』的な代物だと思っていた者も多い。

 

「そもそもブリュンヒルトは、傾斜装甲の概念やシュピーゲル・コーティングなんかの帝国が次世代戦闘艦に盛り込もうとしていた実用化の目処がついたばかりの先端技術と、当時は同盟の帝国より明らかに優れた電子機器やセンサー技術、ソフトウェア処理なんかの技術を盛り込み、『とりあえず戦闘艦の形にして飛ばしてみて、各種性能や特質の実証評価試験をしてみよう』って理由で組まれた……言うならば、”技術デモンストレーター艦”なのさ。だから建造費用に標準戦艦7隻分なんて馬鹿げた予算がついたんだ」

 

意外すぎる事実に反応に困る提督達……その中で会議参加者の一人であるキルヒアイスではなくメイド(なぜかメイド服に階級章がついていた。少尉だった……)の少女に運ばせた黒ビールをグビグビ煽るオフレッサーが妙に微笑ましい。

 

「手前味噌だけど、同盟艦の技術解析に関しては帝国一を自負する財閥(ウチ)の”ヴェンリー船舶技研”もブリュンヒルトには設計段階から深く関わっていてね。船の形になってからも、よくウチのドックでメンテしてたっけ……金をかけてお嬢様育ちになってしまったせいか、とにかく気難しくて手のかかる”()”だったよ」

 

どこか懐かしそうに語るヤンだ。

実はこの世界においては、ブリュンヒルトの内部システムのうちソフトウェアを含めたコンピューターシステムは、ヴェンリー船舶技研を含めヴェンリー財閥の企業がメイン・コントラクターとして開発されていた。

その際、多くの技術のブレイク・スルーやパラダイム・シフトが必要だったのは想像に難くない。

 

「加えて建造に使われた技術がとにかく目新しい、言い方を変えるなら当時としては海の物とも山の物とも知れない怪しげな技術の集合体だ……そんなわけで実証実験が終わった後は、中々に”嫁の貰い手”が見つからなかった。それに維持費もバカにならない。建造費も破格だけど、年間維持費も全く戦闘しなくても巡航艦1隻丸々新造できるくらいかかるしね」

 

ついでに『例えばシュピーゲル・コーティングなんで軽く二桁は剥いだり塗り直したもんだよ。あんまり頻繁にコーティング作業やるから、宇宙に中古のコロニーを再利用した専用ドックを作ったりもしたなぁ』と付け加えるヤン。

帝国のまだ生まれようやく実用段階に達した未成熟の技術と同盟から取り入れたばかりの帝国には縁のない技術……この二つの技術の婚姻の場とされた”白鳥”は、流麗な見た目と裏腹にそりゃあ気難しくもなるだろう。

 

「とんだ金食い虫だけど、ちゃんとした性能が発揮できる環境を整えさえすれば一級品の戦闘艦であることは違いない。それを遊ばしておく手は無いだろ? だから下賜に託けて、運用費用は財閥もちにして私が貰い受けたのさ。幸い、ある程度貰うまで時間があったせいで、ブリュンヒルトに搭載して実験したい装備もいい感じに増えていたしね」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

ブリュンヒルトにまつわる秘話を聞き、何ともリアクションに困る提督達……だがヤンはにんまり笑い、

 

「さて、ここまで話せば私が貴兄らに何を期待してるかわかるだろう?」

 

「まったく閣下という人は……閣下の辞書には退屈という文字がないのでしょうな」

 

と切り出したのはロイエンタールだ。

 

「逆さ、ロイ。私は退屈を満喫し、昼寝を好きなだけ耽溺できる未来を得るために、今を戦ってるのさ」

 

するとキルヒアイスはちょっと考えてから、

 

「先生が昔言っていた『()()()()()()()()のため』にですか?」

 

「ああ、そうだね。私は『たかが何十年の平和』のために戦うのかもしれないね」

 

ヤンは『未だに、ね』という言葉を内側に封じこめた。

 

「バッカス、なんの話だそりゃ?」

 

オフレッサーの言葉にヤンはかすかに笑い、

 

「なに大した話じゃない……際限なく続く戦争より、戦争と戦争の間のわずかな平和な時間の方が、よっぽど人間にとって価値があるって話だよ」

 

 

 

その時のヤンの笑顔は、『ひどく儚く、まるで今にも消えてしまいそうな不思議な笑顔だった』とキルヒアイスはその日の日記に書き残していた。

 

ヤンが帝国にいながら戦う理由……きっとそれはいくつもあるだろう。

だが残照のように残る前世の祈りに似た”()()”もまた確かに心の片隅に根を下ろしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キルヒアイスはもちろんだけどロイエンタール……君、ヤンのこと好き過ぎでしょ(挨拶
いやBL的な意味ではなく(笑

さすが二度目の人生のせいかヤンは謀将の器十分だけど、メルカッツも結構お茶目な狸親父です。

追伸:ヤンのあの名台詞をようやくだせたー。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第031話:”ヤン教授による現代帝国軍艦講座・前編”

今回と次回に渡って船の説明入りまーす。


 

 

 

「とりあえず、まずは今回持ち込んだ船の話をしようか?」

 

ヤンは手元のコンソールを操作する。

この元帥府の会議室、後に通称”円卓の間(アーサーズ・ルーム)”と呼ばれることになるその部屋には、由来となる提督や元帥府の首脳陣が全員座って余りある円卓があり、その円卓の中央部には大型三次元プロジェクターが据え付けられていた。

無論、提督達の手元にも抜かりなく個人用ホログラム・プロジェクターが完備されている。

 

「さっきも言ったが、今回君達の手元に来るのは、大別して”実験艦”、”コンセプト艦”、”先行量産艦”の三種だ」

 

そしてコンソールを弄り、中央のプロジェクターに4隻の船を立体投影させる。

 

「トップバッターは”バルバロッサ”、”トリスタン”、”ベオウルフ”、”ヴィーザル”の4隻だ。詳細なデータは手元のホロ・ディスプレイで確認して欲しいけど……とりあえずこの4隻は実験艦にカテゴライズされる。ただ、実験すべき内容は船によって大きく3種類に分かれるのさ。まずは、」

 

ヤンは赤い船を拡大し、

 

「”バルバロッサ”は、実質的にブリュンヒルトの姉妹艦といえるね。より正確に言うなら、ブリュンヒルトの装備の中でも明らかにオーバースペックな部分、必要ないもしくは必要性の低い部分、費用対効果の悪い部分を削り、高い性能と実用性を確保しつつより現実的な値段で建造できるかの模索した船なんだ」

 

苦笑しつつ、

 

「だけど建造費用は標準戦艦4隻分、ブリュンヒルトが7隻分だったことを考えれば半額ちょっとで済むけど、それでも高すぎる。バルバロッサを量産しようものなら、帝国は同盟よりも軍事予算で崩壊……いや、破綻するだろうね」

 

 

 

「次は”トリスタン”に”ベオウルフ”だ」

 

さてここで注意して欲しいのだが、別の世界線では”人狼”を意味する”Beowulf(ベイオウルフ)”だったが、この世界では誤字ではなく、伝承(サーガ)に出てくる竜殺しの英雄”Beowulf(ベオウルフ)”の方だ。

スペルは同じだし細かい違いだが……帝国や同盟の人口と経済比の差異、ヴェンリー家の存在、史実より明らかに建造数が異なるアコンカグア級戦艦……ここはどうやらヤンが前世と認識した世界とは「()()()()()()()()()」では無いようだ。

 

「この2艦は姉妹艦、いや”双子艦”と呼ぶべき船でね。同じコンセプト/異なる方向性で作られたのさ」

 

と2隻をクローズアップし、

 

「基本コンセプトは『ブリュンヒルトで実証/実戦データを得られた新技術と既存技術の融合。その最適解を探るマッチング・テスト艦』。ほら、ブリュンヒルトは論外にしてもバルバロッサも高すぎるだろ? ならば新技術を限定的に用いて従来技術を底上げしようって考えたのさ。技術的な意味でのハイ・ロー・ミックスと考えていい」

 

現代に例えるならF-22やF-35は高すぎるから、その開発で得られた技術を部分的に用いてF-15やF-16の発展型を作ろうということなのだろう。

 

「だけど特色はきちんとある。傾斜装甲の概念を船殻構造に取り入れ防御力が高く、指揮通信統制機能が従来型戦艦を凌ぐのは共通。全体的に破綻の少ない高機動なバランス型の設計だけどトリスタンは火力重視、ベオウルフは速度性能重視に設定されている」

 

 

 

「さてヴィーザルだが……この開発コンセプトがけっこう面白い。前者3艦がアプローチは違えど言うならば”ブリュンヒルトの系譜”の船なんだけど、ヴィーザルは『帝国と同盟の技術の融合、その親和性と方向性を探る』ってコンセプトの実験艦なんだよ」

 

と妙に楽しげなヤン。それもそのはずで、

 

「すでに開発コンセプトから察した諸兄もいるかもしれないけど……この船は軍ではなく、私が財閥の中でも特に何かと設立から関わってきた”ヴェンリー船舶技研”が開発の主導的立場を担ったのさ」

 

彼は他の船と雰囲気の違うヴィーザルを拡大投影し、

 

「傾斜装甲概念の船殻と同盟のそれと比べれば艦首に集中した大口径な主砲はまさに帝国艦だけど、中身やそれ以外の装備はかなり同盟艦に近いんだ。左右だけでなく上下も対称性を持たせた機関配置なんかにも、それが現れてるね」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「さて、お次は”コンセプト艦”か」

 

ヤンは再びコンソールを操作し、

 

「これに該当するのが”クヴァシル”と”アースグリム”だ。この2艦は、従来の建艦コンセプトにない概念で開発されたんだ」

 

その2艦をピックアップする。

 

「クヴァシルは『巡航艦を再設計することにより徹底的に機能拡大し、艦隊旗艦に相応しい能力を持たせる』だよ」

 

ヤンは元帥というより歴史学者の顔になり、

 

「言うならば”宇宙時代の超甲巡”ってところかな? 巡洋戦艦のコンセプトを引き継いだ高速戦艦との対比を考えると、実に興味深いね」

 

「超甲巡に巡洋戦艦? 聞いたことの無い艦種だな?」

 

首をひねる芸術家気質の元級友(メックリンガー)に、

 

「ああ、それを話すなら人類がまだ宇宙に飛び出す前……戦艦こそが海の女王だった時代、大艦巨砲主義華やかなりし頃の話をすべきだね? いいかいメック、近代海軍黎明期の頃の戦艦は、機関出力やらなにやらの問題で”高火力&重防御、ただし鈍足”って代物だったんだ」

 

なんとなく士官学校で講義する戦史教授のような雰囲気を出すヤン。

ちなみに若手、特にヤンから直接教練や指導を受けた者達は、とっくに『講義を受ける準備』を終えていた。

具体的に言えば、熱心に聴きながらメモを取る手を止めない。

ちなみに後に同盟から”ヤン・チルドレン”と呼ばれ恐れられる提督達にとり、手書き入力可能なタブレット端末やアナログのメモ帳は必須携行アイテムだ。

元々優等生気質のキルヒアイスやミッターマイヤーはもちろん、不真面目な印象を持たれ易いロイエンタールや猪突猛進こそ我が心情のようなビッテンフェルトが熱心にメモ書きしてる姿など、普段の彼らを知る者に言わせればレアもいいとこなのかもしれない。

しかし、かつての同級生は驚かないだろう。素行に問題の多いロイエンタールも、気質に難ありなビッテンフェルトもヤンの授業だけは超優等生になる……そんな都市伝説じみた噂が、実しやかに当時の士官学校で囁かれていたのだから。

 

まあ、この一癖も二癖もある先輩達の、普段の評判を裏切るような勤勉さに目を白黒させた代表格がミュラーであり、この会議の後、慌てて元帥府の購買へ文房具を求めて走ることになる。

その際、同行した先輩達がやたらと最新文房具に詳しかったことに面を食らったのは全くの余談だ。

 

「その時代背景の中、戦艦の火力は維持しつつ巡洋艦並みの高速を出すために装甲防御を犠牲にしたのが”巡洋戦艦”、巡洋艦をベースに高速性はそのままに、火力と装甲防御を『準戦艦級』にするため船体を拡大させたのが”超甲巡”と考えていい」

 

現実に存在した船に準えると前者は日本の金剛型や英国のレパルス、超甲巡の名を冠した日本のB-65型は完成しなかったが、ドイツのシャルンホルストやグナウゼウがコンセプト的に近い。

 

「なるほど確かに似てるな」

 

 

 

「アースグリムはあえて言うなら”打撃戦艦”と呼ぶべきものでね。ちょっとした要塞砲に匹敵する威力の()()()を1門搭載しているんだ。まあその砲も威力が凄まじい分、連射は利かない……というか1発撃つと砲周りがオシャカになって、修理しない限り次弾発射できないって欠点はあるし、他にも制約が色々あるんだけど……」

 

と少し難しい顔をしてから、

 

「だがここぞという時なら、あるいは使()()()()()を間違わなければ、戦術レベルなら文字通り”一発逆転”を狙える船だね。現実的に撃てるのもその一発だけだけど」

 

ヤンが微妙な顔をするのも理解できなくは無い。一発限りの必殺技持ち軍艦というのも判断に難しいだろう。

 

「あと特徴的なのは、その特火砲以外は可能な限り既存の部品を使えるように設計されてることかな? まあ特火砲を撃ったら必ず修理が必要になるから、頷けなくはないコンセプトなんだけど……いや、旗艦型戦艦として使うだけの性能はあるし、特火砲を撃たない限りは部品供給の面からもメンテしやすい船ってことになるかもしれないね?」

 

「ということは、特火砲を撃たない限りは戦力維持もしやすいってことですね?」

 

そう質問するファーレンハイトに、

 

「そうなるね。ただ基本的には()()が強い船だよ。言うならば”必殺の一撃を隠し持つ曲者”ってとこかな?」

 

「曲者、ですか……」

 

ファーレンハイトが楽しげに微笑んだ。

どうやら曲者という表現がお気に召したらしい。

 

 

 

ともあれ、ヤン主催の『帝国軍最新戦闘艦艦講座』は、もうしばし続くようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




正直、今回と次回は趣味全開(笑

艦船設定資料作るより、ヤンの口から「前世で敵対した()達の」のことを語らせてみたかった。後悔はしてない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第032話:”ヤン教授による現代帝国軍艦講座・後編”

今更ですが、船に関する独自解釈含有です。


 

 

 

「では最後に、”先行量産艦”だね。このカテゴリーは”量産予定艦の雛形”って役割が与えられている。つまり本格的な量産を始める前に長所や欠点、特性や特質を戦場で洗い出し、本格量産モデルにフィードバックさせ完成度を高めようってことなのさ。それこそ量産が始まった後に致命的欠陥が明らかになったんじゃあ、目も当てられない」

 

そう前置きしたところで、

 

「実はこれについては、身近なところに先例がある」

 

ヤンはメルカッツを見て、

 

「メルカッツ先輩が、ヨーツンヘイムを下賜される前に乗っていた船……さっき話に出でてきた”ネルトリンゲン”がまさに”量産を前提とした雛形”だったのさ。実際、ヴェンリー造船(ウチ)では一昨年の終わりくらいから製造ラインが、従来型標準戦艦から”ネルトリンゲン級改良型標準戦艦”に切り替わってる。軍の工廠や他企業のドックでも徐々にそうなっていってるはずだ」

 

ネルトリンゲンについて少し説明しておけば……

従来の標準戦艦をベースに主砲を4門増やし、砲門や艦重量の増加に伴い後部メインエンジンも大型増強した船だ。

側面積増大による防御力の低下は機関出力の増大による防御スクリーン/防護フィールドの強化で対応している。

特にこれといった目新しい技術は使わずに火力は1.5倍強増し、速力は標準戦艦と高速戦艦の中間あたりまで増加し、従来型と同等かそれ以上の防御力を確保した船というのがネルトリンゲン()のアウトラインだった。

無論、量産型は指揮通信統制機能などの旗艦能力がダウングレード化されコストダウンが図られているが。

 

「付け加えると元帥府に配備予定の標準戦艦は、新造分に関しては全てネルトリンゲン級になる予定だよ」

 

と決して小さくはない戦力強化に繋がる情報を提示した。

 

「それを踏まえてっと……今回、量産を前提とした実戦テストを行って欲しいのは、この5隻。次世代旗艦型戦艦『フォルセティ()』の3隻、ネームシップで1番艦の”フォルセティ”、2番艦の”スキールニル”、3番艦の”サラマンドル”に……」

 

よく似たシルエットの姉妹艦3隻に、更に2隻分の立体映像に追加する。

 

「現行の高速戦艦を再設計/改良発展させた”ケーニヒス・ティーゲル”、既存技術の集大成を目指した同じく次世代旗艦型候補の”フォンケル”だね」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「まずはフォルセティ級からと行こうか? フォルセティ級は、ブリュンヒルト建造で得たノウハウや()()()()()新技術で、今後大規模化の一途を辿るだろう艦隊に対応できる次世代旗艦に必要なスペックを持つよう設計されたシリーズさ。違う言い方をすれば、新技術を導入したとはいえ量産前提の船だ。技術的冒険は避けたいからトリスタンやベオウルフのように大胆な導入はしてない。ただし、」

 

ヤンは一呼吸置き、

 

「フォルセティの最大の特徴はむしろ”船体構造その物”にあるんだ」

 

立体映像は再びフォルセティ級三姉妹に戻り、

 

「同盟の旗艦型戦艦、いわゆるアキレウス級と呼ばれるタイプは”モジュラー・ブロック工法”を用いて建造されてるのは知ってるかい?」

 

と今度は自社、”ヴェンリー警備保障”も保有する同盟軍の大型戦艦の立体映像が三姉妹の上に投影される。

 

資料によってはアイアース級、パトロクロス級と呼ばれることもあるが、この世界ではこのシリーズ()()を指すときはアキレウス級、先行量産型は試作艦アイアースの名をとりアイアース級、実戦からフィードバックされたデータを元に本格的なマイナーチェンジが行われたパトロクロスから始まる本格量産型を特定して呼ぶときはパトロクロス級と呼ばれていた。

 

さらに付け加えるとアキレウス級の設計を徹底的に簡素化/ローコスト化をし、分艦隊旗艦に特化させた簡易量産型の”ロスタム”級なんて物まで既に登場している。

ヤンが得た情報によれば、このロスタム級の建造は急ピッチで進んでおり、艦隊旗艦型として期待されて量産されたが、今や分艦隊旗艦がお決まりのポジションとなっているアコンカグア級や、更に古い旗艦型のカンジェンチュンガ級との置き換えがかなりのペースで行われているらしい。

 

 

 

「簡単に言えば船の各部位をモジュラー化して生産、それを接合して1隻の船を完成させるってやり方なんだ。具体的には艦首に来る武装区画(アームド・ブロック)、中央部の船体区画(ハル・ブロック)、後部の主機区画(エンジン・ブロック)の三つにだね。これのメリットは、とにかく生産性が高いことだ。例えば建艦ドックを使うのは、別々の場所で生産されたブロックを接合するときだけでいい。ドックが1隻建造される間に占有される時間が恐ろしく短いんだ」

 

ヤンの言葉に合わせるようにアキレウスの三次元モデリングが三分割され、

 

「他にも被弾しても破損したブロックだけを交換してしまえばすぐに戦列復帰できるとか、同じ意味で改良モデルのブロックが登場したときアップデートしやすいってメリットがある。加えて各ブロックには結合部位(ハード・ポイント)ってのが設定されていて、相乗効果で拡張性/発展性がやたらに高いのさ」

 

今度は再結合した船体のブロックが次々に組み替えられさなざまなオプションがくっついては離れ、様々なシルエットがアニメーション仕立てで連続投影されていく。

それはとてもアキレウス級という一つの艦型から派生したとは思えない多様なバリエーションだった。

 

「付け加えるとトータルの建造コストや維持コストも統一フォーマットで作られる以上、バリエーション展開しても量産効果やら何やらで低く抑えられるだろうね」

 

 

 

 

「とても合理的、まるでベルトコンベアで戦艦を量産してるように見えるけど……帝国の軍艦建造には使えない。なぜだかわかるかな?」

 

「船体強度の問題でしょう。言ってしまえば三つに輪切りにした船を一つに接合するなら、接合部がボトルネックとなり、どうしても一体構造船体(モノ・ハル)を持つ船には強度で及ばない」

 

「さすがカール、船の専門家は伊達じゃないね」

 

ヤンは微笑みにシュタインメッツはなんとなくドヤ顔だ。

 

「帝国軍艦は大気圏への降下/離脱が必須とされているから、重力下や大気圏内行動のために高負荷に耐えられる物理的船体強度が求められるのさ。竜骨(キール)フレームが構造的に入れられないモジュラー・ブロック工法で作った船は、特に巨大艦になるほど縦軸モーメントや捩り剛性の面で強度維持が難しくなってくるからね……まさに宇宙専用艦のみで艦隊を揃えられる同盟ドクトリンならではの強みだよ」

 

流石に前世は同盟軍人、それも上層部にいただけにヤンは同盟艦のメリット/デメリットに詳しい。

加えて今生では同盟艦の技術解析/習得を専門に行う”ヴェンリー船舶技研”の発起人になっただけあり、その知識と造詣は一層深まってるようだ。

 

「だけど、モジュラー・ブロックって概念そのものは、見るべき部分が多い。やっぱり拡張性や発展性のメリットは大きくて、レトロ・フィットが簡単に出来るなら陳腐化もしにくいしね」

 

ヤンは同盟艦のデータをデリートしながら、

 

「そこで話はフォルセティに戻る。フォルセティはこれまでの帝国艦のご他聞にもれず船体(ハル)その物は高強度の一体構造だ。だが、武装やエンジン部分は”ユニット・コンパートメント構造”になっていてね。要するに該当部分がユニットになってて簡単に船体から取り外したり、取り付けたりできるようになってるのさ」

 

そしてフォルセティ級三姉妹をクローズアップし、装備の異なる部分を強調処理で投影する。

 

「だからバリエーションも作りやすい。フォルセティは全てのフォルセティ級の雛形だけあってベーシック仕様のバランス型。2番艦のスキールニルは出力強化型の高速仕様、3番艦のサラマンドルはアースグリムの特火砲ほどじゃないけど大型砲と射出型のアンカーフックを搭載する火力重視だね」

 

スキールニルとサラマンドルの装備差は、どことなくベオウルフとトリスタンの関係に似ていた。

 

「無論、損傷した場合もユニットごと交換するって方式になるから、予備ユニットがある限り修復も短時間で済むよ。そういう意味では戦力維持もし易くて、酷使されやすい旗艦向きの構造だね」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「次は……と、”ケーニヒス・ティーゲル”といこうか? 開発コンセプトもわかりやすいし」

 

ヤンは再びコンソールを操作する。どうでもいいが、機材操作もだがやけにプレゼン慣れしているようだ。

やはり名門貴族に加えて財閥総帥というのは伊達ではないということだろうか?

 

「基本的にケーニヒス・ティーゲルは高速戦艦を再設計、発展改良させたものだ。基本の竜骨(キール)フレームは高速戦艦と共通で、発想的にはネルトリンゲン級に最も近い」

 

何やらビッテンフェルトが妙に食い気味に見ているが、

 

「再設計にあたり主眼とされたのは、指揮通信能力・攻撃能力・加速能力の三点だね。基本的な防御力は、高速戦艦と大差ないだろう。出力が大きい分、航続距離も褒められたものじゃないけど……アースグリムとは別の意味で、ここぞという時に強みを発揮する船だと思う」

 

 

 

「最後は、”フォンケル”だけど……これもコンセプトはシンプルで、『既存の技術とその延長線上にある安定した技術を結集して高性能旗艦を作る』だよ」

 

そのコンセプトどおりに投影された船は、傾斜装甲の概念を取り入れておらず、これまで登場した船の中でも悪く言えば無骨な、よく言えば質実剛健な印象があった。

 

「実を言えばこの船は、”フォルセティ級が失敗作だった場合の保険”って意味も建造理由に含まれてる。だから技術的冒険は極力避け目新しい装備はないけど安定性、信頼性、頑強さに優れ、おまけに正面火力も高くて操艦特性も素直。扱いやすい船だよ」

 

そして先行量産型と称された全ての船を一度に投影し、

 

「もう一度言うけど先行量産型の最大の役割は、実戦データを本格量産モデルにフィードバックし完成度を高めることだ。それは忘れないで欲しい」

 

 

 

 

 

 

一通りの説明を終えたヤンは元帥府付従軍メイド(?)が淹れた紅茶を一口飲む。

やはりキルヒアイスが淹れた物が一番舌に合うのか、不満さが微妙に表情に出ていた。

そして咳払いをし、

 

「さて、この場に集まる紳士諸君はどの()がお好みかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




地味っ()扱いされる船にも愛の手を!(挨拶

ヤンが妙に同盟艦に詳しいのは、前世の記憶と経験からだけではなく、自分の会社でも扱ってるから。
実は前世よりも今生の経験のほうがより強く影響してたりして(^^

それにしても今回は実際に量産されたら結構、恐ろしい船ばかり。
実際、劇場版のメルカッツ艦、ネルトリンゲンは量産型が既に生産されてるし、1万隻オーバー規模の艦隊戦が通例でも、指揮通信統制能力をグレードダウンさせた量産型ケーニヒス・ティーゲルとか100隻でもビッテンの手元にきたら……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第033話:”昏い瞳”

前半と後半で、ちょい雰囲気違います。
実は世界の秘密に触れてる?


 

 

 

「メルカッツ先輩、議長を頼めますか?」

 

「うむ」

 

「ジーク、カール、議事進行と意見のとりまとめを頼む」

 

「はい。先生」

 

Ja(ヤー)。お任せください」

 

「おい、飲兵衛(バッカス)。ワシはどうすりゃいいんだ?」

 

ヒグマ(ブラウベア)、君は装甲擲弾兵(パンツァー・グラネディア)の面倒を頼むよ。キスリング君も憲兵隊のところに戻って元帥府の構造や組織の把握に勤しんでくれ」

 

一通りの艦の説明をし終えたヤンは一度会議を解散とし、誰がどの艦を使うか話し合うように促した。

会議室をこのまま使っていいと告げ、既に艦が決まってる年長組のメルカッツを議長に、副官と艦長に進行役をするよう依頼する。

オフレッサーとキスリングの”地面がある場所こそがメインステージ”組には原隊復帰(?)を願い、それぞれの仕事をしてもらおうという訳だ。

 

実際、提督達の中で壮絶な船の分捕り合い……もとい。活発な議論が始まっても問題ないだろう。

議論が白熱化しても、大人なんだしまさか話し合いが殴り合いに発展リーチなんてことない……とは言い切れないが(ロイエンタールとか、ビッテンフェルトとか)、キルヒアイスがいればとりあえず問題はないはずだ。

 

左腰には炭素クリスタル製刀身のサーベルを、右腰には実体弾型の大型拳銃を常に帯剣/帯銃しこれ見よがしに武装してる上に、

両手首……軍服の袖口の部分には、折りたたみ式(フォールディング)ブラスターを2丁を携行しているのだ。

そう、手首を捻るとシャコンと掌に飛び出してくる”中二仕様”の()()だ。

 

なんでも妹が愛用してるのを見て、自分も気に入って装備したとかなんとかとヤンは聞いたことがある。

 

(そういえばその昔、”銃型(ガン=カタ)”とかいう古式CQBの研究を二人でしてたっけ……)

 

今の帝国にガン=カタは伝承されてないので、使い手は古い資料や画像データを漁って技術(スキル)を発掘、日々研究と研鑽に勤しんだアンネローゼとキルヒアイスくらいだろう。

いや、アンネローゼが寵姫となった後、同盟よりの亡命者という肩書き持ちの”ヴェンリー警備保障”に存在する特殊作戦任務群(アイゼン・リッター)の隊長が興味を持って研究と研鑽を引き継いだから……使い手、今は三人か?

 

アイゼン・リッターの隊員や、オフレッサーも『至近距離銃撃乱戦(メキシカン・スタンドオフ)に特化した射撃体術』に興味があるらしいから、使い手はこの先増えるかもしれない。

 

ヤンは聞いただけでよくはわからないが……他にもキルヒアイスはサーベルスキルの”イアイ”という物もマスターしてるらしい。何でもサーベルの刀身と鞘の湾曲を利用した”サーベル版のクイック・ドロウ”と妹は語っていた。

 

最も”首から下は貴族の標準仕様(=役に立たない)”と謳われたヤンには縁のない話だ。

ただし、ヤンも携行して苦にならないくらい軽く小さいマイクロ・ブラスターは持ち歩いてるし、結婚指輪(マリッジリング)に偽装した大きな宝石のはめ込まれた指輪は、1発限り撃てる「隠しレーザー銃」になっていたりする。

要するに別の世界線のアンスバッハが持っていたアレだ。この世界でも持ってるかもしれないが。

ヤンはヤンなりに、一応は身を守る努力はしてるようだ。

前世の最後が最後だけに、やはり考えることはあるのだろう。

 

本物の結婚指輪はどうしたかって?

プラチナの鎖を通してペンダントにして、肌身離さず首から下げてますが何か?

ちなみに奥方(エルフリーデ)は指輪だけじゃ物足りないのか、わざわざ同じデザインのボディ・ピアスを作って愛用してます。服(あるいはエプロン)を着てれば見えないから、本人の名誉のためにもどこにとは言わないが……入れているのは尖がってる部位の三ヶ所とだけは告げておこう。

もちろんレーザーガンにはなってない。

 

 

 

「ところでバッカスはどうすんだ?」

 

「私がいないほうが議論の自由度が高まるだろ? それにちょっと一人で考えたいこともあってね……」

 

「先生、紅茶はいつお持ちしましょう?」

 

卒なくオーダーを取りに来るあたりは流石はキルヒアイスと言えるだろう。

 

「議論に決着がついてからでいいよ」

 

そう手を振りながら背を向け、ダウンタウン・ステッ~プ♪と口ずさみながらヤンは去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

ヤンはカーテンを締め切り照明を落とした、まだ素材の匂いが残る真新しい執務室の中にいた。

執務机に備え付けの人間工学に基づいた高機能チェアではなく、私物で持ち込んだロッキング・チェアに深々と座り、ブライヤー製のパイプで煙をくねらせる。

どちらも自領の職人にフルオーダーしたものだ。

パイプタバコは今生で、父親(タイラー)から貴族の嗜みとして教わったものだった。

前世では喫煙は人類の持つ悪癖の一つだと思っていたが、今生では他人に迷惑をかけない限りは悪いもんじゃないと思っている。

少なくとも紫煙と共に流れる香りは、深く考えるときに役に立つ。

 

 

 

今、この部屋の中で光源となるのは、ヤンの周辺に浮かんでいる複数のホログラム・ディスプレイだけだった……

 

そこには()()の帝国と同盟を比較した様々なデータが投影されている。

 

「果たして、私は間に合ったのかな……?」

 

そう呟くヤン……だが、彼の身に纏う空気はいつもの春の日差しを思わせる穏やかで暖かなそれではない。

むしろ温度感を感じさせない空虚な物だった。

 

ディスプレイを見つめる瞳もまたどこか虚ろ……その瞳の奥にあるのは、ロイエンタールがいつの日にか見た『奈落の底を覗き込むような暗き深遠』が宿っていた。

 

目の前に並ぶデータは、正直帝国軍の幹部なら特に入手に苦労しないものばかりだった。

だが、そこに()()()()を見出せるのは、おそらくこの世界ではヤン一人のはずだ。

 

「帝国人口()()()()人、同盟人口()()()()人……経済力比5:4。改めておかしな世界だよ」

 

ヤンが帝国に生まれ貴族だと知り、それを精神的に嚥下できた頃……強烈な違和感を感じたのはそこだった。

人口数も人口比率も明らかにおかしい。

ここがもし自分が知る()()()()()()()()()だったら、誤差と呼ぶにはあまりにも大きな差異だ。

 

ここが過去の世界だったら人口比は250億:130億、経済力比は48:40(6:5)でなければならないはずだ。

ヤンはその差異の原因を確かめるべく調べ……すぐに答えに行き着いた。

 

(まさかアーレ・ハイネセンの後に続く脱出者が、同時代にあれほどいたとはね……)

 

同盟の人口増加の理由は単純だった。

いわゆる「長征1万光年」が起きたのは帝国暦164年/宇宙暦473年頃のだったが、前世ではその脱出行は『帝国軍による執拗な追撃が行われた』とある。

しかし、この世界では……

 

『ふん。反逆者が帝国を出て行きたいというのなら好きにすればいい。かの者達は言うならば帝国の不良債権、負の財産じゃ。叛乱を起こすでもなく不用品が宇宙に自ら望んで廃棄されにいくというなら、止める謂れはないのう。それより余は帝国の再建に忙しい。よいな? 些事でいちいち余の手を煩わすな』

 

と時の皇帝オトフリート2世が発言。

事実、彼は「軍を動かす予算があるなら再建に回すわい」と追撃を許さず、むしろ帝国の治安回復に軍を積極的に投入した。

つまりハイネセンに続けとばかりに生産された”ドライアイスの脱出船”の建造や出航を支援するようなことはないが、逆に邪魔することもなかった。

 

後に叛徒と呼ばれる存在を気にしなかったせいか過労の蓄積具合が減り、オトフリート2世の統治時代は前世に比べ10年近く延びた。

そしてその期間、脱出ラッシュは続いたのだ。まさに大脱走時代(グレート・エスケープ)である。

 

その割には人口増加数は少ないような気がするが……前世でもハイネセンら新天地に辿り着いた16万人は、「最初の16万人」であっても同時期の「最後の16万人」ではないとヤンは見ている。

でなければ、ダゴン星域会戦の勝利やフェザーン航路の発見で帝国より大量の亡命者が押し寄せた時期があること加味しても、同盟はハイネセン発見から250年程度で約8万倍の人口増加を遂げたことになってしまう。

 

クローン培養など明らかに国家に修復不能な歪みを齎す手段でも使わない限り、流石にその増加率は現実的じゃないだろう。

ならば時代はずれても段階的に、あるいは継続的に帝国よりの脱出劇は続いたと考えるべきだろう。

前世ではハイネセンは半ば神格化されていた……ルドルフと帝国をあまり強く非難できない状況に同盟はあり、ことさら彼の”()()()()()”が強調されただけであろう。

 

実際、今の地球に例えるとわかりやすい。

アメリカは先住民を半ば絶滅させて移民が打ち立てた国で、最初の移民船「メイフラワー号」の偉業が米史では称えられるが、それはシンボルという意味合いであり、メイフラワー号の前後に移民船がないわけじゃない。

「長征1万光年」も同じ性質のものだとヤンは考えていた。

 

 

 

「最初から初期人口が違っていたのなら、差が出るのも当然か……」

 

そして帝国の人口増加の謎はといえば、

 

「まさかヴェンリー家が根本的な部分まで関わっていたとはね……」

 

ヤンは前世の記憶を頼りに、単純な人口だけでなく”今生の()()()()()()”を調べたのだ。

そうすると驚くべきことが判明する。

前世の記憶では存在しなかったはずのヴェンリー星系には、なんと30億人もの領民が居住していたのだ。

 

元々、ヴェンリー星系は子爵という貴族が持つには不似合いなほど良好な環境……三つの有人惑星に資源採掘し放題のアステロイド・ベルト、宇宙船の燃料庫となる三つのガスジャイアントを持つ、帝国で稀に見る“素性のいい星系”なのだ。

いや、それ以前に子爵という比較的低い爵位で星系を丸々一つ所有しているのは、ヴェンリー家以外にはないだろう。

 

正確には、貴族になるのを嫌がった自由と放埓を愛する初代ジャスティンを、帝国にくくり付けるために仲間達が用意したのがヴェンリー星系だったりするのだが……ちなみルドルフは最初、ジャスティンを公爵どころか大公にするつもりだったらしいが、そこはジャスティンが粘り勝ちし子爵という地位に辛うじて納まったようだ。

 

ヴェンリー星系の素性の良さは、元々は大公領を予定していたのなら頷けるところだ。

 

それ以外の残り20億人のうち、少なくとも10億人はヴェンリー家の影響は無視できない。

なぜなら+10億分はイゼルローン方面を含む帝国領外苑(リム)部、いわゆる”辺境領域”で増えていたからだ。

 

今をときめくヴェンリー財閥全ての母体となった「始まりの企業」である”ヴェンリー通運”は、時の当主の船好き/航海好き/旅好きが高じて帝国領を回るうちに、自前で輸送船をもてない弱小貴族/領主が多くいることを発見し、単なるビジネス・チャンス以上の相互扶助を目的に起業された会社だ。

 

その最初期の顧客名簿に名を連ねていたのが、今の辺境在住貴族達だった。

帝都惑星オーディンがあるヴァルハラ星系から離れれば離れるほど、貧しく人口も少なくなるのが帝国の常だった。

そして有力貴族であればあるほどヴァルハラ星系近くに領土を持ち、その貴族達が政治経済を牛耳る帝国が辺境開発などに力を入れるはずない……それが前世の帝国の姿だ。

 

だが、ここに風穴を開けたのがヴェンリー家だったというわけだ。

流通をはじめ、国家が金を出さないならばとヴェンリー家が無担保/無利子の有力貴族専用金融から金を引っこ抜き、ヴェンリー銀行を通じて先行投資や融資という体裁で資本を投下し、開発を行ってきたのだ。

 

おかげで辺境は、ヴェンリー財閥に取り今や重要な物理的/人的資源の供給地であり、また贅沢品の需要がないだけで中々に魅力的な消費市場(マーケット)だった。

しかもありがたいことに、特に門閥貴族を中心に『辺境貴族=国が金を回さない=貧しい』というイメージが一般的であるので、あまり文句を言われないらしい。

ただ”辺境に投資するヴェンリー一族=変人貴族”という評価にますます磨きがかかっているようだが。

 

 

 

ヤンは深く思考を沈下させる。

その瞳は仄暗く、知性と闇に満ちていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




過去最長文章量、更新~♪

やってみたかったネタ:『キルヒアイス(&アンネローゼ)+”銃型(ガン=カタ)”=個人戦闘能力チート(笑)』

ガン=カタが何かわからない人は、よろしかったら”リベリオン”って映画を検索してみてください。
中二スピリット擽られること請け合いですよ~(^^





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第034話:”金と政治と戦争と”

今回はいよいよ、あの問題国家(?)と問題集団の話題が……


 

 

 

ヤンは深く思考を沈下させる……

 

 

 

「人口比や経済比の変動も確かに着目すべきだけど……」

 

銀河帝国:250億人→300億人

自由惑星同盟:130億人→180億人

人口比率(帝国:同盟) 250:130→5:3(300:180)

経済力比率(帝国:同盟) 6:5(48:40)→5:4(50:40)

 

それが、この世界ではヤンのみが知る帝国と同盟の人口と経済の変動だった。

人口比がやや同盟有利となり、逆に一人当たりの経済力は逆に帝国が幾分改善してるのがわかる。

前世は同盟が帝国人口の半分強しかいないのに帝国の経済力は同盟の20%増しに過ぎなかったが、今生では同盟は人口で帝国の60%はいるが、帝国の経済力は同盟の25%増しである。

 

「重要視すべきはむしろ、比率よりも帝国と同盟の()()()()()()()()が50億人ずつ上昇していることかな?」

 

代々ヴェンリー家に家具を納品していた建具職人一族の熟練職人が作ったロッキング・チェアに揺られながら、同じく名人と呼ばれる者の手により生み出されたブライヤー・パイプで紫煙をくねらせる……

 

ヤンが珍しく見せる”貴族らしい姿”だったが、そこに楽しんでいる様子はない。

目線は、フェザーンの状況を示すデータに移っていた。

 

「そしてその()()()()()()()()()()経済の中で、フェザーンは相変わらず20億人の人口で経済の1割を確保してる、か」

 

フェザーンを加えた場合、前世の人口比率が25:13:2、経済力比率が24:20:5。今生は人口比率15:9:1、経済力比率は、5:4:1……明らかにフェザーンの一人当たりの経済力は上昇している。

 

「なぜだ? って考えるまでもないな……フェザーンの経済投資が活発化してる。特に同盟領域において……」

 

フェザーンは『形的には帝国の自治区、実質的には独立国』という体裁は相変わらずだが、前世よりもかなり露骨に同盟に投資、投機、企業売買に土地売買など金融介入していた。

 

 

 

実はこうなってしまったのは、またしてもヴェンリー家が関わってくる。

どういうことかと言えば……

結論から言えば、フェザーンの帝国への大規模経済進出は半ば頓挫してしまっているからだ。

 

順を追って説明しよう。帝国は同盟を未だ国家とは認めてないので体面的には”()()貿()()”は成立しない。

かといって、180億人規模の市場(マーケット)を放置するのはあまりに惜しい……という訳でクローズアップされたのがフェザーン回廊であり、交易惑星フェザーンだ。

 

つまり今生においても、三角貿易に中継貿易と貿易拠点としてのフェザーンは潤い、経済データとして繁栄していた。

実しやかに囁かれる『ヴェネツィア以来の悪辣な重商主義国家』というのは間違った評価ではないし、フェザーン商人が戯曲『ヴェニスの商人』に出てくる悪徳商人に準えて”シャイロック”と帝国/同盟問わずに陰口叩かれるのも頷ける。

 

しかし、フェザーン商人の……いや、フェザーン経済の肝ともいえる独立自由商人や通運関係企業などの船持ちが、全く帝国内の交易網/流通航路を掌握できなかったのだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

少し歴史を紐解こう。

帝国が同盟の存在を知ったのが、宇宙暦527年(帝国暦218年)の同盟建国から約一世紀経った宇宙暦640年(帝国暦331年)のことである。

そしてフェザーンが成立したのは、それから約半世紀後の宇宙暦682年(帝国暦373年)のことだ。

 

そして、同盟が発見される前にヴェンリー家は既にヴェンリー通運を軸に財閥化しており、帝国屈指の巨大産業にのし上がっていた。

 

例えば、同盟との接触以前にヴェンリー財閥が傘下企業としていたのは、”ヴェンリー通運”を皮切りに”ヴェンリー通商”、”ヴェンリー造船”、”ヴェンリー銀行”、”ヴェンリー保険”、”ヴェンリー土地開発”、”ヴェンリー社会保障”、”ヴェンリー警備保障”、”ヴェンリー農機/工機/重機”の機械生産トリオ、”ヴェンリー食品”に”ヴェンリー医療”、他にもetcetc……

 

何が言いたいかといえば……フェザーンが歴史に登場する前に、主要航路はとっくにヴェンリー家により押さえられていたということだ。

 

当初は辺境の弱小貴族に対する相互扶助を目的としたヴェンリー通運も、その利便性のよさと貴族系企業と思えぬ良心的な価格設定で、特に自前で交易船や輸送船を持てない貴族や小勢力/企業などに販路を拡大していたのだ。

 

販路/流通網の拡大にあわせて帝国に航路使用料を払い、デブリ排除や物資補給などが行える中継ステーション、電波灯台やガイドビーコン、護衛艦を常駐させる警備所を兼ねた観測所などをを設営し航路管理していたのは、ヴェンリー財閥だったのだ。

当然、フェザーンの交易船にただで航路や交易インフラを使わせるわけもなく、管理航路の通行料や施設使用料を吹っかけたのだ。

 

 

 

これに頭にきたフェザーンは、直接的手段をとることを選択した。

裏で海賊を雇い、ヴェンリーの船や施設を襲わせる言わば”()()()”として使おうとしたのだが……これが見事に失敗した。

 

当たり前だが、同じ手は遥か以前にヴェンリー家と敵対する貴族が行っていたのだ。

そう、その昔”貴族達の私掠船”その対抗手段として起業されたのが”ヴェンリー警備保障”だ。

なんせヴェンリー家初代当主のジャスティン・タイラー・フォン・ヴェンリーは、銀河連邦時代に駆逐艦の艦長としてルドルフと一緒に海賊狩りやってた経歴の持ち主だ。

その血筋であるヴェンリー家が、海賊や海賊を私掠船として使った敵対貴族に容赦するわけがなかった。

 

例えばある時など、拘束して船倉に放り込んだ乗員ごと海賊船が、雇った貴族の屋敷の”()()()”自動操縦で落ちた。

勿論、落ちてくるのは海賊船だけとは限らない。

例えばヴェンリー家に返り討ちにあい無残に破壊された海賊船の残骸が、重力に引かれて大気圏内で燃え尽きない流星雨となり落下した。

またある時は、貴族の私有船が原因不明の故障を起こしてコントロールを失い自領に落ちた。

耐用年数が過ぎ廃棄場所へ搬送中のスペースコロニーや、軌道を外れた小惑星なども落ちたことがあったらしい。

特に後者二つは、一体どこの宇宙世紀なんだかという感じだが……

無論、全ては”事故”として処理された。

 

本来、メテオ・スィーパー(惑星落着物破砕)の作業も担う私有艦隊が貴族にはあるはずだが……それがどういうわけか悉く機能してなかった。だが、それは多くの場合は不問とされた。

ただ、私有艦隊がスクラップになっていたケースもあれば、()()()()()にヴェンリー家の船が増えていたケースもあるが……それは些事と看做されたらしい。

 

というのも根本的にこれはあくまで『貴族同士の諍い』であり、権力者が絡んだ面倒事に国は関与したがらないのは古今東西同じで、宇宙時代になってもそれは変わらないようだ。国に構造的腐敗があれば尚更だろう。

例えば積極的に関わり、有力貴族……特に経済的/物理的報復手段が豊富なヴェンリー家の恨みを買うのは、極めて得策じゃない。

ましてやそこに建前的には非合法、公式記録上は存在しないことになってる宇宙海賊まで登場するのだ……誰だって火中の栗は拾いたくないし、わざわざ藪を突いて蛇と対面したいとは思わない。

だから、事件自体には見て見ぬふりをして、事が終わったら適当にお茶を濁すのは、ある意味無難な選択なのだろう。

言ってしまえば、

 

『どうせ法で裁けないんだから、好きなだけ殺し合ってください。煩い事は言わないし、黙認だってしますから』

 

というある種の正しくも投げ遣りな態度だった。

こんな顛末を見せ付けられたのだから海賊も敵対貴族も震え上がり、ヴェンリー家に”直接的/物理的な手段”で手を出すものはいなくなった……

 

 

 

それが語り継がれていた恐怖神話じみた土壌があるのに、新興のフェザーンごときの頼みなど聞く海賊などいるはずもなかった。

非合法集団でありながらしぶとく生き残ってるとはいえ、ヴェンリー家に不用意に手を出して同胞を大幅に削られた過去など簡単に忘れられるものじゃない。

しかもフェザーンは気づいていなかったが、声をかけた中に助命する代わりにヴェンリー家に従属と忠誠を誓った海賊もいて、それがヴェンリー家にフェザーンの陰謀を伝え……逆にフェザーンの交易船が海賊の標的にされた。

 

 

結局、フェザーンの交易船は定期航路や主要交易路の掌握を諦め、始祖レオポルド・ラープの時代から繋がりがあった貴族相手に発注があったときにチャーター貨物船を飛ばす日々となったのだ。

さしものヴェンリー家も有力貴族の息がかかった合法の荷を襲うほど、貴族というものに無知ではなかった。

もっともそれ以外は、容赦などしなかったが。

特に貴族が表沙汰に出来ない密輸船など、格好の餌食だったようだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

こうしてフェザーンの資本は帝国から尻尾を巻いて逃げ出し、帝国で手に入れそびれた物を同盟で手に入れようとした。

まだ国家として未熟で法的整備が十分ではなく、監視の目も行き届かない同盟はフェザーンにとって魅力的なマーケットとなった。

また商人にとって特権階級が利益を独占する封建的帝政より、『経済力を上回る政治力は存在しない』ことから資本主義社会のほうが相性がよかった。

同盟は実質はともかく建前的には共和制民主主義だが、同時に経済は資本主義であり、帝国との恒常的な戦争状態の突入で経済に健全性が失われつつあった……軍事産業複合体が幅を利かせ始めたこの時期は、フェザーンにとって同盟経済へ食い込むまたとない好機となったのだ。

 

「かくて同盟経済はフェザーンと表裏一体となったか……」

 

現在、同盟経済が前世より表向きは堅調なように見える根本的な理由は、フェザーンとの密接な経済的連結だ。

それは財閥側の調査資料……フェザーン資本の同盟への年間投資額の上昇率や、同盟領内におけるフェザーンの保有資産の増加率、戦時国債を含むフェザーンの同盟国債の買い付け金額もそれを物語っていた。

 

もし同盟がヤンのみが知る前世の同盟の末期的な経済状況ならば、帝国との経済力比はもっと開いてただろう。

 

 

 

「同盟はフェザーンが歴史に登場してから経済的ドーピングを服用し続け、すでに危機感が麻痺してる……常用するのが当たり前になっている。いや、むしろドーピングというより麻薬かな?」

 

麻薬といえば地球教の十八番。地球教とフェザーンは常に表裏一体……いや、むしろフェザーンこそが地球教が同盟や帝国に食い込むための”表の顔”に過ぎない。

 

ヤンは『自分が誰に、何のために殺されたか?』を忘れてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




自由惑星同盟強化ふらーぐ!(挨拶

どうも同盟もフェザーンも原作より更に厄介になってるようです(^^

ただし、それ以上にヤンも……いや、ヤンを含めた代々のヴェンリー家がエゲツなかったでござる。

海賊にも敵対貴族にも恐れられたヴェンリー家……でも若手門閥貴族は、その恐ろしさがわかってない罠。

ヤンの何気におっかない性格は、前世記憶や彼の資質もさることながら血筋も影響してそうな……?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第035話:”帝国人、ヤン”

同盟が思ったより強力かも……


 

 

 

ヤンは思考を加速させる……

そして加速させるたび、その瞳の色は、どんどん”昏さ”を増していった。

 

『よく似た時代/二回目の生』という異常状況を考えれば、ヤンの思考はもはや常人の及ぶ範疇ではないといえた。

何しろ自分の前世と今生を比較し、その際を認識し、それを判断材料に『歴史と銀河を俯瞰図的な目線』で見ようとしているのだ。

その視点は言うならば……止めよう。そういう比喩はきっとヤンは嫌う。

 

 

 

「フェザーンが()よりも同盟への資本介入を強化してるのなら、同盟への地球教の侵食も比例してると考えたほうが無難だろうなぁ……」

 

だが、今は表立って殺伐とした行動を地球教にすべきときじゃないことを、ヤン自身はわかっていた。

単純に言えば”機が熟して”ないのだ。

相手は自分だけでなく、時の皇帝すら暗殺してみせた相手、油断すべきじゃない。

 

人類の発祥の地でありながら、長い長い時を「いない者」として扱われた彼らの恨みは深い。

もっとも現状、ヤンは前世の記憶だけでなくかなり高い精度でフェザーン共々地球教の動向を把握していたので、少なくとも前世よりは有利な状況にあった。

 

なぜ?と問われれば、長くなりすぎるので詳細は省くが、地球教を危険視し潜在的敵対者と看做してきたヴェンリー家当主は、何もヤンが最初ではなかった。

経緯や理由は違うが、辿り着いた結論は似たり寄ったりだったらしい。

 

故にヴェンリー領では地球教は事実上”禁教”であり、全てが貴族にあるまじき寛容さを持つと評されることもあるヴェンリー家が、数少ない絶対不寛容さを示す相手が地球教だった。

 

無論、新たにヤンの領地となったローエングラム領でも、歴代の当主にしかその存在を知らされない”()()”……仮称”カリオストロ”とでもしておこう、が暗躍。

人知れず地球教徒の内偵と炙り出しを進め、”駆除”を開始しているようだ。

 

実はヤンをはじめヴェンリー家とフェザーンの対立の裏側には、経済的なそれだけでなくこの様な因縁もあった。

 

無論、ヤンもその”()()()()”の全容は知っていた。

知っていたが……知ったときも今も、不思議なほど感情が揺り動かなかった。

それは自分が一度死んだ、いや『殺された』経験ゆえだろうか?

かつて、ヤン・ウェンリーと呼ばれた男は、自分の生存に関して聊か素直にあるいは貪欲になっていた。

 

 

 

「だが、帝国も同盟も艦船保有数や艦隊数に大差はない……少なくとも人口的には、余力を持った状態で戦争してるってことか……」

 

では、同じく余力があるだろう予算はといえば……

 

「それがこの結果か」

 

あくまでそれはヤンにとり、現状をきちんと把握するための確認作業だった。

 

同盟軍は、予算を安易な兵力増大に使わなかった。

確かに数というのは強力な力だが、だが生産性がなく基本的に物資も人命も浪費する軍を増大させることは、逆に国家経営を傾かせることを同盟は良くわかっていた。

 

ヤンの視点からすれば、今の同盟は前世の信号機すらまともに管制できなかった状態とは異なり、今生の同盟は社会インフラを維持できるだけの健全な労働人口があり、それは言い方を変えれば50億の納税者(資金源)を増やしたに等しい。

だからこそ同盟は、金を兵員数でも船の数でもなく”建艦の質”を上げることに注力した。

 

例えば、”ヴェンリー警備保障”は、アンネローゼの置いていった”エーデルワイス”を含め2隻のアコンカグア級を保有し、ヤン自身も同じくアコンカグア級のカスタムモデル”ヒューベリオン”を個人所有している。

だが、前世においてはアコンカグア級は、『新世代の艦隊旗艦として期待されたが、ハードウェア的な性能が足りずに分艦隊指揮がせいぜい(これは戦争が急速に大規模化し、1個艦隊の艦数が加速度的に増大したせいもある)であり、結果ととして同級3隻しか建造されなかった船』である。

そのアコンカグア級の失敗を踏まえて開発されたのが、今生で言うアキレウス級なのだが……

 

だが、今生では1番艦のアイアースが竣工した後も、”分艦隊旗艦や地方艦隊、警備艦隊などの小規模艦隊の手頃な旗艦”としてアコンカグア級は継続生産され、確認されてるだけで40隻以上生産されたベストセラーとなっていた。

 

 

 

さらに問題なのは、前出のアキレウス級で”ヴェンリー警備保障”では初期生産型のアイアース級を1隻、現行のパトロクロス級をバリエーション違いで2隻保有している。

もう、想像ついたかもしれないが……前世において25隻前後、バリエーション含めても30隻程度しか建造されなかったアキレウス級は、今生では現在()()()の物だけでも40隻以上、最終的な生産数は60隻を軽く越えると予想されていた。

 

さらにアキレウス級の簡易生産版(ローコスト・モデル)、アコンカグア級やそれ以前の旗艦型カンジェンチュンガ級の代替として開発された分艦隊旗艦仕様の”ロスタム”級にいたっては、様々な省力化/省コスト化が功を奏して建造コストがパトロクロス級標準仕様の半額にまで下がり、その建造数はロスタム級だけで100隻を越えると噂されていた。

もうほとんど標準戦艦のノリだ。

 

そして問題はそれだけでなく、

 

「なんだって、もう試作艦が完成してるんだ……?」

 

ヤンの視線の先にあるのは、三叉のような奇妙な形をした見慣れぬ大型戦艦と、自分の棺桶となったそれと同型の巡航艦のテスト画像だった……

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「それに標準戦艦のバリエーションとしてアバイ・ゲセル型やムフウエセ型も、既に試験運用が始まってるのが確認されている……結果が良好ならすぐに量産できるだろうね」

 

紫煙を吐き出しながらヤンは独りごちる。

ヤンがあげた二つのモデルはどちらも標準戦艦をベースにした強化発展型で、アバイ・ゲセル型は指揮通信統制機能、いわゆる旗艦機能を強化したモデル、ムフウエセ型は砲の口径は落とすがその代わり門数を大幅に増やした火力増強型だ。

標準戦艦もアキレウス級ほど大胆ではないがモジュラー・ブロック工法が取られているため、このようなアップデートはやりやすいのであろう。

 

前世にも見かけた覚えのあるタイプだが、その登場は”アムリッツァの()”だったはずだ。

 

「もしかしたら量産型ネルトリンゲンでも互角に撃ち合うのがやっと……っていうのは、流石に嫌だな」

 

お気づきの方は居るかもしれないが……ヤンの”ガルガ・ファルムル”をはじめ、本来はこの時点では完成してない筈の船が完成していた理由……

ヤンが自分の財閥と権力をフル動員して、彼に似合わぬパワープレイで技術加速/建造加速させた理由は、まさにこの同盟の『開発加速と質的強化』にあった。

 

「わかってたことだし、一難去ってまた一難とは言わないけどさ……」

 

だが、つい脳裏に浮かんでしまう。

同盟が最新鋭艦を前面に押し立ててヴェンリー星系に押し迫る姿を……

 

「冗談じゃない」

 

同盟との精神的決別はとっくにできていた。

様々な資料を集め、必ずしもこの世界が『()()()()()()()()()()()ではない』と認識した瞬間から、前世は自分の記憶の中にしかない世界だと理解した。

 

だから自分は同盟軍のヤン・ウェンリーではない。帝国軍元帥、ヤン(Jan)ヴェンリー(Wenlea)フォン(von)ローエングラム(Lohengramm)伯爵なのだと。

 

民主主義が嫌いになったわけじゃない。共和制を見限ったわけでもない。

だが、帝国という文字通りの別天地から離れて見ることで、より客観的な視点を持てたのは確かだ。

 

自由惑星同盟を、民主主義や共和制と同一視することも妄信することも、もう無い。

だからヤンは言葉にする……

 

「かつての私に守りたい物があったように、今の私にも守りたい()()が居るんだ」

 

そしてヤンは布石を打つために、いくつかの指令書を送信する。

 

「予算も時間も有限だけど、まだ無茶が利くのは予算だな……」

 

アニメの製作だろうと戦艦の建造だろうと、足りなくなりがちのなのはこの二つだ。

だが、かつてなら選択できない手段を取れるのが、()()ヤンだ。

 

「なら私は相対的に、あるいは間接的に時間を金で買うとしよう」

 

と開発予算の増額を指示する。

その増額対象の項目には”リューベック”、”ニュルンベルグ ”、”エイストラ”、”ウールヴルーン”の名があった。

いずれも『()()()()()()()開発の技術的叩き台』となる要素を持った船達だ。

 

時計の針が戻せぬのなら、逆に時計の針を推し進める……それがヤンの選択だった。

座して死を待つことを断固として拒否するヤンは、更にいくつかの()を選択肢として思考するのだった……

 

 

☆☆☆

 

 

 

するとその作業が終わるのを見計らうように、

 

”PiPiPi”

 

特定の人間しか知らない、”秘匿回線”の呼び出し音が鳴ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




珍しくヤンが内面を吐露する回。
微妙に同盟への決別回だったかも?

過去は過去、前世は前世と割り()()、はるか前に”今”を選んだヤンは……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第036話:”チョイスの理由”

ちょっとした伏線回収回です。そして微妙な中の人ネタ?


 

 

 

その存在自体を知る者がほとんどいない秘匿回線の通信が呼び出し音を鳴らし、

 

「はい」

 

ヤンが通信をうけると、

 

『儂じゃ』

 

「リヒテンラーデ侯……?」

 

何故このタイミングで?とヤンは思わなくもないが……通信を入れてきたのはリヒテンラーデであった。

 

『ウォッホン』

 

わざとらしい咳払いと共に、画面越しにジロリと見られる。

 

「……義祖父殿、何かお呼びですか?」

 

『うむ』

 

こだわりの男、違いのわかる老人リヒテンラーデ……存外、ヤンに御爺様と呼ばれるのを気に入ってるらしい。

まあ、気持ちはわかる。

 

『ヤンよ、まだ軍服を着ているのならばちょうど良い。()()()へ馳せ参ぜよ』

 

「今からですか?」

 

『そうじゃ。形式的には「ヌシが口から直に船の礼を述べたい」ということにしておく』

 

「かしこまりました」

 

リヒテンラーデの言い回しから、通信では言えない別の用件があることをヤンは察した。

それも割りと緊急な。

 

『待っておるぞ』

 

 

 

通信が切れた後、人知れずヤンはため息をついて、

 

「やれやれ……また厄介ごとかな?」

 

「はい、()()()()。おそらくは」

 

といつの間にかヤンの元帥の証たるターコイズブルーのサッシュとフォレストグリーンのマントを手に持って現れたのは、例の少尉の階級章をつけた銀髪のメイド少女だった。

最近の目標は、主が満足する紅茶を淹れること。

 

「”ショーシャ”、ありがとう」

 

と身支度を整える少なくとも見た目はキルヒアイスより若く見える少女に礼を言う。

さっきまで確かに独りだったはずだが、意識か時間かを操作したように突然現れたメイド少女にもヤンは驚いた様子はない。

むしろヴェンリー家の”最も深い闇(カリオストロ)”に繋がる少女ならば、気配を消して気づかれぬように忍び寄るなど当然の嗜みだろうくらいにしか思っていない。

 

ちなみにショーシャ、”ショーシャ・ゲーマルク”という名は本当の名ではない。

元帥府付メイドとして配されるときに与えられた名だ。

実際、別のミッションでは”サーシャ・ドーベンヴォルフ”という無駄に格好いい名前を与えられていたし。

 

誤解のないように言っておくが、名を考えているのはヤンではない。暗部の元締めたる”庭師(ペール)”だ。

 

「いえ」

 

と賜ったばかりの元帥杖も手渡そうとするが、

 

「いや、式典じゃないからいい」

 

「畏まりました」

 

「会議の具合はどうだい?」

 

「さきほど飲み物をお持ちしましたところ、既に佳境に入っておりました」

 

「なろほど。じゃあジークを連れ出しても平気かな? ショーシャ、後を頼むよ」

 

「御意」

 

別にヤンは憲兵隊を信用してないわけじゃない。ただ、自分の命を狙う者の中に地球教徒が混じってることを考えると……まあ、”餅は餅屋”と言葉を濁しておこう。

 

少なくともこの少女、洗脳済みの地球教徒を”()()”するときに顔色一つ変えずにナイフでハリネズミにしたり、平然と”人体のふしぎ展”をやったりする性質なのをヤンは良く知っていた。

というか以前に目の前で見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

少しだけ時間を巻き戻しつつ、舞台は会議室……

 

 

 

「やはり私はバルバロッサが欲しいな。何よりあの”()”がいい。それに情報参謀としては敵通信傍受可能な広域/長距離FTL通信用のブレード・アンテナを追加したいところだ」

 

「おおっ! 赤くてツノ付かっ! 卿には妙に似合いそうだな?」

 

何やらケスラーとビッテンフェルトが盛り上がっていた。

 

「うむ。何故だかわからないが、不思議と自分でもそんな気がする。やけにしっくりくるというか……」

 

「そうだろうそうだろう! なにやら船も通常の3倍の速度が出そうではないか!」

 

楽しげに笑うビッテンフェルトにケスラーは苦笑で返し、

 

「流石に3倍は大袈裟だよ。最高速はせいぜい1.3倍だ」

 

どうやらこの二人、妙に馬が合ってしまったようだ。

激しい気性のビッテンフェルトに常に冷静なケスラー……考えてみれば、互いにないところを補い合えるコンビなのかもしれない。

 

「ビッテンフェルト卿、卿はどの船を選ぶのだ?」

 

「そんな長くて堅苦しい呼び方はよしてくれ。今日から同じ釜の飯を食うんだ、ビッテンでいいぞ。師匠もそう呼んでくれるしな。何気にお気に入りだ!」

 

ビッとサムズ・アップでイイ笑顔を魅せるビッテンフェルトに、ケスラーもちょっと控え気味のサムズ・アップで応え、

 

「なら私もウルリッヒでもケスラーでも、好きなほうで呼んでくれてかまわない」

 

「じゃあケスラーだな。短いほうが呼びやすい」

 

ガッと二人は握手し、

 

「改めてよろしくな! ケスラー!」

 

「こちらこそだ。ビッテン」

 

 

 

「ああ、忘れていたが俺はケーニヒス・ティーゲルを貰おうと思ってる。船のコンセプトがシンプルで力強いのが気に入ったし、何より量産型が生まれればオリジンを使う俺の元に真っ先に配備されるだろう? 戦力の集中投入の面から考えてその方が効率がいい」

 

「なるほど……ビッテンは切り込み役が希望か? なら私は情報収集で卿の切り込めそうなポイントを探り、フォローするのも悪くないな」

 

この時、誰が考えただろうか?

この二人が、後にヤン元帥府の切り込みコンビ、”赤い(Roter)彗星(Komet)”と”オレンジ(Orangen)(Eber)”として戦史に燦然とその名を刻むことになるとは……

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「意外だな? ケスラーはクールで物静かな男だと思ったが……あの騒がしいのに意気投合するとは」

 

「逆に真反対なのがいいんじゃないのか?」

 

「なるほど……一理あるな」

 

とこちらは程なく”双璧”と呼ばれることになりそうな、ロイエンタールとミッターマイヤーの実は先輩後輩コンビ。

 

「私はトリスタンを選ぶつもりだが、ミッターマイヤーはベオウルフにしたらどうだ? 速度重視の艦は卿の好みだろ?」

 

ミッターマイヤーは頷き、

 

「ああ。実は、ベオウルフにするかスキールニルにするか迷ってたんだ。どっちも速度重視の素性のいい船だろ?」

 

「ふむ。確かにスキールニルも悪くない船だと思うが……だが、”俺のトリスタン”と双子の姉妹といえるベオウルフの方が、装備の違いによる特性の差異などの話が卿と深くできると思ったのさ」

 

ロイエンタール、ちゃっかりトリスタンの所有を宣言……

 

「うん。そういうことならベオウルフにしよう!」

 

そしてあっさり乗せられるミッターマイヤーであった。

相変わらず仲のいい二人である。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「ほう……卿はアースグリムにするのか?」

 

「ああ。閣下の言う”曲者”という表現が気に入った。いざという時は戦術レベルなら一撃逆転の装備があるのも面白いし、可能な限り標準部品を使うという心意気もいい」

 

そう話し込んでるのは、メックリンガーとファーレンハイトだ。

 

「そういう卿は、クヴァシルか? ”宇宙時代の超甲巡”の」

 

「ああ。コンセプトとデザインに美しさを感じた」

 

そういうものかな?とファーレンハイトが思っていると、すすぅーっと近づいてきたのは、

 

「む? 卿はヴィーザルを選ぶのか?」

 

”こくこく”

 

と頷くアイゼナッハ。

 

「ほう? 卿がケレン味のある実験艦を選ぶとは意外だな」

 

興味深そうなファーレンハイトにアイゼナッハはタブレット端末に何やら書き込み、

 

”閣下の直参企業が計画/設計した船だから乗ってみたい”

 

考えようによっては子供っぽい理由だが……なるほど、確かにそれは言えるとタブレット画面を見た二人は納得するのだった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「うん。やはり初めての船は安定性と信頼性だ。”フォンケル”にしよう……!」

 

とグッと拳を握るのはフォンケルとフォルセティのどちらにしようか迷っていたミュラーで、

 

「いいんじゃないか? 素直な特性っぽいし。分艦隊とはいえ初めて艦隊を率いるなら乗艦は扱いやすいほうがいいぞ? 指揮に集中できる」

 

と応えたのは早々とスキールニルを選んだルッツ。

機動性/速度性重視の船だが、素早く最適射点に向かえるのが気に入ったらしい。

実はスキールニルにもエネルギー消費が激しいためあまり多様は出来ないが、サラマンドルほどではないにせよ大口径ビーム砲が搭載されているのも高ポイントのようだ。

 

「ああ。私は装備の面白さに惹かれた。息子に『お父さんの船はドラゴンなんだぞ~。強力なブレスは吐くし、鋭くて大きな爪だって持ってる』って自慢したくてね」

 

とは愛妻家で子煩悩なワーレン。台詞からもわかるようにサラマンドルを選択。

息子は御伽噺に出てくるドラゴンが大好きで、最近はファンタジー系VR-MMOの影響か、大きくなったらドラゴン・ライダーになりたいと言い出したらしい。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「ほう……どうやら見事に割れたようだな?」

 

そう若者達を生暖かい目で見ていたのはメルカッツで、

 

「ええ。好みがばらけていてくれて助かりました」

 

ホッとするのは非殺傷設定にした2丁ブラスターでの銃型(ガン=カタ)を用いた鎮圧モードを披露しなくて済んだ……もとい。殴り合いの仲裁という物理介入をしなくて済んだキルヒアイス。

 

「しかしフォルセティが余ってしまいましたね。素直ないい船なんだが……」

 

引き連れて運んできたシュタインメッツはぼやくが、

 

「なんの余ったのがクセのないフォルセティなのは、逆に幸運じゃな。あれなら誰が用いても過不足ないだろう」

 

と好々爺然とした貫禄を見せるメルカッツ。

ヤンの人選は、意外な友誼を結ばせながら中々上手く機能しているようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




総統府付従軍メイド少尉の名(この任務限定)がついに判明!(挨拶

ちなみに元ネタは……”ショーシャ”=”瀟洒”
瀟洒で銀髪で認識操作とか時間操作できそうなメイド?
ファミリネームはお察しの通りアレです(^^

そしてケスラー……やっちまったぜ(笑
しかもビッテンとなぜか友情フラグが成立。

愛妻家で子煩悩なワーレンの選択理由が妙に気に入ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第037話:”まっしぶ・おーるだー”

サブタイ元ネタは、某水城お嬢様の名曲だったり。


 

 

 

「やあ、船はそろそろ決まったかな?」

 

大体意見がまとまったところで、ヤンがふらりと会議室に顔を出す。

無論、全員が敬礼で迎えるが……

 

「ああ、別にいいよ。悪いけど、私は今から新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)に参内しなくてはならなくなってね……ジーク、護衛を頼めるかい?」

 

「もちろんです、先生」

 

「メルカッツ先輩、申し訳ないですが皆の意見を要望書という形で取りまとめておいてくれますか?」

 

「ああ。かまわんさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

待っていたリヒテンラーデと、とりあえずエンカウントを果たしたヤンである。

 

「お早いおつきじゃな。感心だの、婿()殿()

 

割とこの呼び方が気に入ってるらしいリヒテンラーデに、

 

「いえ、お待たせしてしまい申し訳ないです。義祖父殿」

 

と合わせる形で返しておく。

 

「ふふん。ではいくぞ」

 

 

 

バラ園……皇帝フリードリヒ4世の唯一の趣味であるバラの栽培を行う私的な空間、新無憂宮の奥の院にあたる温室……と()()()()()

 

さて曲者、あるいは『煮ても焼いても喰えない奴』という共通項を持つ老人と義理の孫は、丹精に育てられてるらしいバラの回廊を歩き、栽培道具など置いてある温室据付の納屋と呼べるあばら屋へと入る。

 

銀河帝国皇帝と呼ばれながら、本当の意味でプライベートに浸れるのは、この温室とその中にある小さな小屋一つ……そう聞けば、非情な現実と世知辛さに涙を誘うかもしれない。

 

無論、「表向きしか知らない人間」にとっては、だが。

 

 

 

『クラウス・フォン・リヒテンラーデ侯爵、ヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラム伯爵の各生体コードを確認しました』

 

木製の扉に偽装した炭素クリスタルを含む積層甲板の扉が閉まるなり、遮音力場が室内に発生し音響学的に外界と遮り、同時に女性の声を模した流暢な合成音声が流れて自動応対アナウンスが開始された

どうでもいいが、宇宙時代までヴォー○ロイドの技術が受け継がれて何よりである。

 

『音声パスワードを入力してください』

 

「「『この門をくぐる者は一切の望みを捨てよ』」」

 

とリヒテンラーデとヤンの声が唱和する。

ちなみにこのパスワード、ダンテの「神曲」地獄篇第三歌に出てくる一節で、ある分野においては御馴染みのフレーズだった。

 

『パスワード確認。声紋合致。ようこそリヒテンラーデ様。ローエングラム様。御主人様がお待ちなのです』

 

語尾が何やらどこぞの駆逐艦娘っぽかった気もするが……声もなんか途中から微妙にロリっぽくなった気もするし。

ヤンの記憶が正しければ、この部屋をはじめこの区画のセキュリティ管理は、無駄に優秀な学習型AIシステムが使われているらしい。

有事の際には、『システムの本気を見るのです!』とか言い出すのだろうか?

どうせならドイツ艦のほうが良かった気もするが……ポンコツ気味なのとか特に。

 

それはともかく……

ヤンとリヒテンラーデはぽっかりと床に開いた穴……地下への階段を下りる。

降りた先はエレベータホールになっており、二人はそれに乗り込むと更に地下へ……

 

 

 

そして着いた先、開いた扉の先に居たのは……

 

「ふんぬ! ふんぬ!」

 

130kgのベンチプレスを軽々と揚げる、

 

「マッチョ老人」

 

「こりゃ!」

 

だが咎めるリヒテンラーデもあまり強くは言えない。

いやだって、確かにヤンの要約はあまりに正しかったのだから。

 

「よう来たの、二人とも」

 

そうニカっと笑うのは、普段は『わざと酒をしみこませアルコールの匂い漂う』ダボダボな服を着て、体形を隠しているが……その実は「脱ぐと私は凄いんです♪」と言わんばかりの肉体美を誇る”フリードリヒ4世”であった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

フリードリヒはベンチプレス台から立ち上がる。

広い肩幅の骨格に張り付くのは六つに割れた腹筋に分厚い大胸筋、二の腕の太さなど明らかにヤンの太もも以上だろう。

まさに全盛期のハルク・ホ○ガンか、はたまたブロック・レスナ○か?

 

「ちょっと待っておれ」

 

とフリードリヒは吊るされたプロ格闘家がよく愛用しているその道では有名なウォーターバッグの前に立ち、

 

「ぬぅん!」

 

”ズドン!”

 

殴った音が既におかしかった……内蔵された衝撃センサーが示した数値は軽く1tを超えていて、更におかしかった。

計測エラーではない。なにせこのモデルは計測の正確さが売りで、間違っても21世紀のゲーセンによくある「中学生が殴ったらパンチ力800kgが出てしまう」ような玩具ではない。

 

「まあまあかのう」

 

スーパーへヴィ級プロボクサーのハードパンチャーと同等の数値を出しといてこの調子……色々とおかしいし偽者くさいが、紛れも無く()()()フリードリヒ4世でなのある。重要なので二度言いました。

 

「相変わらずご壮健なようで何よりですな、陛下」

 

リヒテンラーデは突っ込まない。突っ込んだら負けというのではなく、本当に「凡庸帝の真の姿」はこっちのようだ。

 

「いや、これでも全盛期より大分衰えたわい。中々”酒場の用心棒(バウンサー)”をやっていた頃のようにはいかんのう」

 

と、自分の老いを感じて少ししんみりしてしまうフリードリヒ……これで衰えたというのなら、一体全盛期はどんな化け物だったんだろうか?

ヤンは、今は亡き祖父から聞いたことがある。

『あやつが酒場の皿洗いをやっていたのなぞ、事実ではあっても、あやつのやらかした”若さゆえの過ち”の中じゃ大人しい方だな』……らしい。

 

どうもこの皇帝、弟と兄が骨肉の次期帝位争いをやっていた頃、小遣い稼ぎにバウンサーやったり時には地下闘技場の賭け試合に参戦していたらしい。

祖父によれば、その時の通り名は”偉大なるフリードリヒ大王(フリードリヒ・デア・グロッセ)”……阿呆である。

一時期、地下闘技場で無敗を誇ったらしいが、試合に出ると強すぎて賭けが成立せずに引退したらしい。

ちょうどその時期、兄弟が共倒れしたし、タイミング的にはちょうどよかったのだろう。

 

そう考えると「肉体の頑強さと健全さ」に異常なこだわりをもち身体的弱者を遺伝子レベルで排除したルドルフの正当な後継者というのは存外、フリードリヒなのかもしれない。

少なくとも、歴代の皇帝でここまで立派な肉体を誇った皇帝は、そうは居ないだろう。

 

ちなみにその地下闘技場のプロモーターをやっていたのも先々代……そりゃあヤンもグリンメルスハウゼンと繋がりもできるだろう。

 

「こりゃ程なく要介護じゃのう。シュザンナには迷惑かけてしまうかもしれん」

 

「陛下、特技欄に”ゲルマン式投げ落とし(ジャーマン・スープレックス)”と書ける御老体に介護が必要とは思えませんが?」

 

肩にタオルをかけかんらかんらと笑うカ○ル・ゴッチ……もとい。フリードリヒに思わずツッコミを入れてしまうヤンであった。

やはり「その妹、見た目に反して中身は凶悪につき」を地で()()アンネローゼを寵姫にしてるんだから、この老人もやはり大概だった。

 

 

 

「ところで陛下、今回は何用ですか? まさかスパーリングの相手をせよとか言うんじゃないでしょうね?」

 

すると皇帝はにやりと笑い、

 

「だとしたらどうする?」

 

「謹んで義祖父殿にお役目進呈いたします」

 

「年寄りに無理難題を投げるでない! せめてオフレッサーを呼ばんか!」

 

ヤンもだが、リヒテンラーデも何気に色々酷かった。

 

「冗談じゃ」

 

当たり前である。この二人、どっちをとっても1tパンチに耐えられそうもない。五十歩百歩だろうが……ヤンよりリヒテンラーデの方がまだ耐久力がありそうに見えるのは何故だろうか?

 

そしてフリードリヒはスポーツドリンクを飲みながら、事も無げに切り出す。

 

「そろそろカストロプ公がヴァルハラに旅立つそうじゃ」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

明日の天気を告げるような気楽さで言われたそれに、

 

「そろそろ()()ということですか?」

 

と同じような口調で完全な他人事として返すヤン。

 

「うむ。豚は一番太った頃が食べごろだからのう」

 

とはリヒテンラーデ。やはりこの爺様酷い。

 

「つまり公の才覚では、これ以上の()()は無理と……」

 

 

 

オイゲン・フォン・カストロプ公爵。現銀河帝国財務尚書。15年もの間、財務尚書を勤め権力を乱用して不正蓄財を重ねる……というのがその人物像だ。

無論、不正蓄財と一言で言っても、掠め取った国家予算や賄賂の類は数知れずで、その蓄財の為に犯した殺人やその他余罪もまた数多い。

 

ただ、これまでそのような俗物が()()()()()理由は、勿論ある。

カストロプは同じく拝金主義のフェザーンと非常に相性が良かったらしく、金への執着が強い繋がりを作りいつの頃からか「帝国におけるフェザーンの”経済的バックドア”」となっていた。

 

無論、そのような所業は疾うの昔に察知されており……だからこそ、帝国へのフェザーンの金の流れを掴む”囮”として重宝されていたのだ。

実際、カストロプが居なければフェザーンと裏で繋がってる、潜在的なものや無自覚なものを含めた正しい意味での”()()()”を浮かびあがらせるのは、かなり面倒な作業だったろう。

最初の頃、就任直後こそ慎重だった物の、やがて人間にありがちな感覚の麻痺でより派手に大胆にカストロプは金をかき集めるようになっていた。

そして同時に自分の権力を、公爵という爵位を過信するようになっていた。

曰く、『どれほど違法な手段で金を集めようと、儂には誰も手出しできん』と。

 

だが、彼は気づいていなかった。

金の流れからフェザーンの侵食ネットワークの特定を終えたとき、彼の命運は半分は尽きていたことを、だ。

ただ、それでも今まで生かされた意味があるとすれば、緊急財政出動が必要な場合の”ブタの貯金箱”の役割といったところか?

 

「もはや硬貨の入らなくなったブタの貯金箱など、カチ割って中身を出すに限るじゃろ?」

 

フリードリヒはそう快活に笑いながらウインクするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ついにでてきた今生版フリード爺様の肉体美!(挨拶

久しぶりの投稿で、私は一体何を書いてる?(笑
実は酒の匂いは完全にフェイクだった罠ってわけです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第038話:”どうするんじゃ?”

カストロプの命運は……確定ですな(えっ?


 

 

 

オイゲン・フォン・カストロプ公爵……15年もの間、財務尚書を勤めたこの男の処分が決まったらしい。

 

そもそもカストロプが今まで生かされてきた理由は、懲りずに帝国に経済侵食をしかけてくるフェザーンの金の流れと、それに組する売国奴の内定調査を行うためだ。

 

それが特定できた昨今、いつ処分されるかは時間の問題だったが……なんのことはない。それが公式に決まったというだけの話だ。

 

「さて、ヤン……ヌシはどう動く?」

 

親しげに問うオールド・マッチョ……もとい。フリードリヒ4世に、

 

「”どう”、とは?」

 

リヒテンラーデは溜息をついて、

 

「おぬしなら一々説明しなくともわかるであろうに」

 

「いえいえ。言葉を聞きながら論点を整理し、思考を積層させるのは重要な作業ですよ?」

 

むしろフリードリヒは面白げに、

 

「なるほどなるほど。我が”()()()()()()()()”は、老化による認知症防止の為に老人達に脳トレせよとおっしゃるか」

 

「いえいえ。未だ衰えの欠片も見えぬ皇帝陛下と()()()()にそのようなことを言うなど、おこがましいを通り越して不敬の極み」

 

「何を白々しい」

 

と呆れ顔のリヒテンラーデ。そして気を取り直し、

 

「カストロプ公オイゲンの死と同時に公の悪事が一切合財白日の下に晒され、その罪をもってお家は断絶、資産は1帝国(ライヒス)マルクも残さず没収じゃ。そうなれば……」

 

「叛乱を起こすでしょうね……公爵になり損ねた息子のマクシミリアンは。というかそこまで徹底的にやるってことは”ブタの貯金箱を叩き割る(不正蓄財を含む全資産没収)”よりも、むしろカストロプ公爵家を歴史用語にするほうが主眼と考えていいので?」

 

ヤンの言葉に頷いたのは、本人曰く”年上の義弟”たるフリードリヒで、

 

「よい見せしめになるであろう?」

 

「それはどちらに対しての? 増長する門閥貴族? フェザーン?」

 

「両方に決っておろう」

 

ヤンの言葉にウインクで返すのは、歴史ある家を蔑ろにすることに定評のあるフリードリヒ。

存外にお茶目な爺である。まるででっかい悪戯小僧のようだが、こういうところがB婦人を骨抜きにしたのではあるまいか? あと筋肉。

 

 

 

「ふむふむ」

 

ヤンは何度か頷き、思考を吟味し出した結論は……

 

「なら、私がすぐ動くのは得策ではないでしょう」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「ヤン、どういうことじゃ?」

 

「強いて名づけるなら、”二虎共食の計”ならぬ”二鬣犬(ハイエナ)共食の計”とでもなりましょうか?」

 

「そのココロは?」

 

禅問答の『作麼生(そもさん)説破(せっぱ)』ではないが、小気味のいい斬り返しをしてくるリヒテンラーデに、

 

「門閥貴族の若者達は、味をしめてると思うんですよね……”クロプシュトック事件”の略奪と陵辱を」

 

とヤンは憂いを帯びた表情を見せる。

 

「ほほう。つまりはあの時と同じく貴族達に討伐軍をやらせよと?」

 

フリードリヒに言葉にヤンは頷き、

 

「ええ。ですが絶対にクロプシュトックの時とは、決して同じようにはいかない」

 

「なぜそう言い切れる?」

 

今度問うたのはリヒテンラーデだった。

するとヤンは携帯端末をとりだし、

 

「カストロプ公はフェザーンとの強力なパイプがあるからですよ……ご覧ください」

 

そう言いながら三次元投影されたのは……

 

「こ、これは……!?」

 

海千山千、苛烈な宮廷闘争を生き抜いた古狸、リヒテンラーデも流石に驚いた。

 

「あれはもしや……噂に聞く”アルテミスの首飾り”かのう?」

 

 

 

”アルテミスの首飾り”とは?

同盟が首都惑星ハイネセンの静止衛星軌道上に惑星をぐるりと取り巻くように設置した12個1セットの超大型自動迎撃人工衛星、同盟首都を守る最強の防衛システム……とのことだ。

惑星を取り巻くその姿が首飾りを連想させるためにそう名づけられたが、それとおそらくは同様の代物がカストロプの主星周囲に設置されていた。

 

「おそらくは。もちろん、こんな馬鹿げたシステムを売り渡すのはフェザーンですよ」

 

「あやつら、最近はほんに自重せんのう」

 

とはリヒテンラーデの言。ヤンは激しく同意しながら、

 

「とはいえこれだけだったらさほど脅威にはならないんですよ。所詮、どれほど高性能でも”宇宙空間の固定砲台(ファランクス)”。バカ正直に真正面から撃ち合いでもしない限り、やりようはいくらでもあります」

 

「ということは他にも?」

 

「ええ。むしろこっちの方が厄介かも……」

 

ヤンが画像を切り替えると……

 

「……のう。これは”ヌシの会社(ヴェンリー警備保障)”の艦隊ではないのか?」

 

そこに写っていたのは明らかにアキレウス級を中核とした同盟軍の”()()戦闘艦群”だった。

ただし見慣れぬ黄土色のカラーリングに、カストロプ家の紋章がマーキングされていた。

 

「同盟の軍艦はモジュラー・ブロック工法を用いてますからね。分解/結合が簡単なんですよ。おそらく大物(戦艦級)はバラして別々の輸送船で、何度かに分けて輸送船で運んだのでしょう。そして巡航艦以下は張りぼてで偽装してそのまま”独立商人の輸送船”として帝国に入国させ、『カストロプ家が乗員ごと買い取る』って形にしたのだと思います。まあどちらもカストロプ公の権力があれば人知れずに行うのも容易いでしょう」

 

”同盟”と口にしても誰も咎める者はいない。つまり()()はどういう性質の話し合いが行われる場なのかを如実に示していた。

 

 

 

「それにしても同盟の最高機密に属するはずの”首飾り”に、現役艦……なぜこうも簡単に? いや、帝国内はいい。門閥貴族の頭目に、それと紐で繋がった内務省と軍部の高官がいればどうとでもなる」

 

だがヤンはさして面白くもない表情で、

 

「”()()”の調査によれば、1隻のみ存在するアキレウス級……見た目がかなり違うというか、原型とは似ても似つかない特盛感満載の船ですがおそらくパトロクロス級のバリエーションは、書類上『試験航海中に事故を起こし、廃艦になった船』らしいですよ? 書類通りなら今頃はスクラップ・ヤードにあるはずなのに」

 

二人の老人が微妙な顔になるのを確認し、

 

「腐ってる部位と方向性が違うだけで、腐ってる事象自体は帝国も同盟もさして変わりはしませんよ?」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「これは”不愉快な現実”という奴じゃな? もっとも現実は大抵が不愉快なものと相場が決まっておるが」

 

と妙に重みのある言葉を放つフリードリヒ。

 

「なるほどのう……これだけの軍備を事前に、それも秘密裏に整えていたということは薄々と自分が消されることを感づいておったか?」

 

「おそらくは。伊達に15年もの間、国家予算を牛耳ってきたわけじゃないということでしょう。それなりの嗅覚があったと考えるほうが自然です」

 

「してヤン……おぬしがすぐ動かぬ理由、”二鬣犬(ハイエナ)共食の計”とはつまり、」

 

ヤンはニヤリと笑い、

 

「溜め込んだ金を物理的な保身につぎ込んだ名門貴族と、盗賊と大差ない門閥の若手……強欲なもの同士、餌をちらつかせ共食いさせるにはちょうどいいとは思いませんか?」

 

「ほほう。ついでに”噛ませ犬”としても使うつもりじゃろ? あるいは物差しかの?」

 

フリードリヒの本来は聡明な男であることを窺わせる発言に対し、

 

「首飾りはともかく、戦う前に実力を知っておきたい相手がいるんですよ」

 

「ほう……ヌシほどの男が一体、誰を気にかける?」

 

「”エリザベート・()()()”・フォン・カストロプ……マクシミリアンの妹です」

 

「なぬ……?」

 

「去年の帝国三次元チェスオープントーナメントにおいて、弱冠11歳で史上最年少優勝した……まぎれもない()()ですよ。その獰猛な指し手から付いた二つ名は、」

 

ヤンは薄く笑い、

 

「”BERSERK(ベルセルク)”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何気に新キャラ登場フラグ?

一応、オリキャラで道原版のエリザベートさんの差し替えです(^^

それにしてもイリヤにベルセルクって……(笑





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第03章:”発:カストロプ、着:イゼルローン”
第039話:”情報学的火計”


新章、スタート。
乱は静かに開幕する……ん? 静か?




 

 

 

オイゲン・フォン・カストロプ公が()()()()に爆死……失礼。”不慮の宇宙船事故”で死んだ。

自領に戻る途中の事だった。

 

そして『まるで死ぬことを待っていた』ように公の悪行が、余すことなく”公的機関”より発表された。

 

そう、一晩にして名門貴族が”国家の大逆人”となってしまったのだ。

話はヤンのみが知る前世のように、「カストロプ家だけの問題」ではなくなっていった。

 

原因は前世にはなかった、あるいは在り方の違った組織の存在がある。

ヤンが受け継いだ、帝国内部の貴族の醜聞収集に抜群の能力を発揮するケスラーを後継者とする”老謀将の遺産(皇帝の黒手帳)”や、当主が代々拡張と補強を繰り返したヴェンリー財閥が持つフェザーンどころか同盟まで長い手が伸びる網の目のように広がる諜報ネットワーク、そして当主のみに受け継がれる”ヴェンリー家の闇(カリオストロ)”……

 

国家的に当然の言えば当然だが、軍や内務省などの公的機関だけの調査ではきっと前世(原作)と同じ結果になっていただろう。そこまで貴族の権勢は強く、帝国の深部まで蝕んでいた。

 

だが、今生では上記のような『貴族の圧力など、どうということはない』勢力が動き、カストロプ公の死に合わせ一気呵成に情報学的殲滅戦を行ったのだ。

いや、ネットワークを含めた各メディアの反応から察するに「情報戦的な意味での火計」と表現したほうが良いのかもしれない。

その結果……

 

「これは中々に興味深いねぇ~」

 

「先生が本気で動けば、このくらいにはなるでしょう」

 

元帥府の執務室でキルヒアイスの淹れた紅茶の香りを楽しみながら、ヤンは大炎上するメディア……報じられる身分に関わらず続出する逮捕者、あるいは自殺者の情報に目を細めた。

 

実は今回の情報戦、意図的にフェザーンの名は伏せられており、あくまでも『カストロプ公の汚い金』にまつわる人間しか出ていない。

というより、その範疇しか槍玉に挙げられていないが正解か?

 

勿論、意図はある。

 

(一気に潰そうとすれば内乱確定だからね……それは()()得策じゃない)

 

カストロプ公が作り上げた”フェザーンの帝国経済侵食ネットワーク”をこのタイミングで全て断ち切れば、かなりの数の貴族が日干しになり、自棄を起こした貴族達の内乱祭りになるだろう。

それを全て駆逐できるほどの力は、ヤンとてない。無論あくまで『今のところは』だが。

 

「カストロプ公とその一派は、”良い見せしめ(スケープゴート)”になったと思わないかい?」

 

「まさに”兵は詭道なり”ですね?」

 

前世を知る者からすれば考えられない台詞を、キルヒアイスは今生でも変わらぬ爽やかな笑顔で言い切った。

爽やかな性格だが、思考は黒い……ような気がしないでもない。

幼少期からヤンのそばに居れば無理もないが。

 

「そうだね、ジーク。戦いというのは何も戦場だけで行うものじゃない。戦場で出るのはあくまで”結果”に過ぎないと私は思っているのさ」

 

ヤンは喉を潤してから、

 

「いいかい、ジーク。戦場に着くまでいかに準備を終えられるかで勝敗の八割は決まる。そして我々帝国に仕える軍人は”常在戦場”の心構えを持つべきなのさ」

 

「ですが閣下、それでは先ほどの『何も戦場だけで行うものじゃない』と矛盾してはいませんか?」

 

と質問したのはロイエンタール。

前世で浮名を流したこの色男、”女好きの金銀妖瞳(オッドアイ)”という評判はどこへやら。

ヤンが居れば暇ができるとしょっちゅう執務室へ顔を出すようだ。

本気で蛇足だが……最近のロイエンタールの女性の好みは”誠実な女性”らしい。まさに人は変われる可能性があることを示す好例だろう。

 

「実はこれが矛盾しない。この常在戦場って意識は、さっきジークが言っていた”兵は詭道なり”に繋がるんだよ」

 

「と言うと?」

 

「”兵は詭道なり”というのは、究極的には戦場では物理的な弾の飛ばしあいより、心理戦が大きく勝敗を決することが多いってことさ。特に戦力が拮抗してる場合はそうだね。相手の心理を、言い方を変えれば意図を読みきれるなら倍程度の相手を引っくり返すのはそう難しいことじゃないのさ。現にアスターテがそうだったろ?」

 

ふむと頷くロイエンタール。

実際、そう簡単なことじゃないないのはわかってはいるが……だが、この恩師と呼べる人物が言うと、事も無げにできるような気がするから困ったものである。

 

「つまりは騙し合いさ。相手の意図を挫き、こちらの意図を通そうとすれば必然的にそうなる。さて、ロイ……」

 

ヤンは意味ありげに笑うと、

 

「これは我々の”普段のあり方”にも言えるとは思わないかい?」

 

 

 

「正直、閣下の言わんとするところが朧気過ぎて……」

 

困惑するロイエンタールだったが、

 

「師匠は、我々が平時より戦場に近い立ち位置にいると言いたいのではないか?」

 

意外なところから援護射撃が飛んできた。

そうロイエンタールと同じく執務室IN率が高いビッテンフェルトだ。

この男、デスクワークが苦手と臆面もなく言う割には勤勉である。

 

「そうだね、ビッテン……これは皆に自覚してほしいところなんだけど、こと帝国において我々軍は『極めて政治的な立場』にいるのさ」

 

かつてなら嫌悪しそうな言葉、『軍はシビリアンコントロールを受けてこそ』という発想とは真逆の台詞を、極めて冷静に口にするヤン……

少なくとも彼は”現状”を冷徹なまでに受け入れていた。

 

「軍というのは本質的には、『国家より必要とあれば破壊と殺戮を許された組織』であり、”純然たる()()()()”なのさ。本来ならそこに政治的意図は介入すべきじゃないけど……だが同時に私達は、いや私が好きに使える戦力でさえもいかなる貴族の私兵集団を超える破壊力を持つ。つまり”帝国で最も物理的な力を持つ集団”さ」

 

その時にロイエンタールは答えに行き着く。ただビッテンフェルトに先を越されたのが少々悔しい。無論、表情には出さないが。

 

「貴族の専制政治が基本の帝国では……我々こそが貴族に対する抑止力だと?」

 

ヤンは無言で頷き、

 

「議会決定、建前的には間接民主主義による国民総意(シビリアン・コントロール)で動く同盟軍ならともかく、軍は貴族政治……貴族の私的利権の為に動いてはならない。動いていいのは国益に関わる時だ。では貴族が我々を動かしたいときどうすると思う?」

 

「まさに虚虚実実……」

 

ロイエンタールは呻くような声を上げる。

 

「我々は暴力装置として帝国の政治に関わってしまう……好む好まざるに関わらずに、ね」

 

(もっとも、本来なら戦争自体が政治の一形態に過ぎないんだけどね……)

 

150年も続いている戦争の明らかな弊害だろう。

それを理解していない人間が帝国、同盟を問わず多すぎるとヤンは考えていた。

 

(戦争の()()()か……)

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

若い提督たちに簡単なレクチャーを終えたヤンは、別の段階に思考を切り替える。

 

(政治センスも悪くないジークやロイ、ビッテンもこの”()()()()”に気づいてないのなら、とりあえず安心材料と考えていいのかな?)

 

ヤンは思考する。

今回の『あえて現状で把握しているフェザーン・ネットワーク全てを潰さなかった理由』を……

 

フェザーンの黒狐(ルビンスキー)が、『我々がフェザーンの触手全てを把握してない』と思い込んでくれれば上出来だね……)

 

最も大きなチャンネルであるカストロプ公が失脚/抹殺され、その係累も次々に破滅すればフェザーン・ネットワークは寸断され確かに帝国に対する経済侵食は弱まるだろう。だが、フェザーンは必ず残ったネットワークを再編し、機能回復を試みるはずだ。

それでいい。

 

(再構築する過程を監視すれば、連中の手口がわかるからね。見落とした部分も浮かび上がってくるだろうし)

 

あえてフェザーンの根は残す。

より深く根を張られないように……文字通り禍根を”根こそぎ”取り払えるその日が来るまで。

重要なのは、『現状でこちらがどこまでフェザーンの尻尾を掴んでいるか』をルビンスキー、あるいは地球教に悟らせないことだ。

もっと言うなら『帝国はフェザーンがトカゲの尻尾切りができる部分までしか掴んでない』と誤認させること……

 

(やれやれ。我ながら悪辣になったもんだ)

 

だが、不思議と嫌悪感はなかった。

 

 

 

「閣下」

 

遠慮がちに声をかけてくるケスラーに目線を向けると、

 

「カストロプ公マクシミリアンが全資産の返納を拒否……反旗を翻しました」

 

ヤンの口元が微妙に歪む。

どうやら”新しい帝国”の胎動が始まった……それを悟るような笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キルヒアイスが無自覚に黒い!(挨拶

爽やかなのに思考がエグい。だがヤンが先生なら仕方ない?

ロイエンタール&ビッテンフェルトが何気に成長率が……疾風? ああ、奴はエヴァに還ったよ……(注:LCLに溶けたわけではありません)


基本、ヤン鎮守府……もとい。元帥府はホワイトなので有事意外なら休暇は割と自由に取れます(^^
最後に有事になったみたいですが。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第040話:”イリヤ様が射てる”

サブタイ元ネタはアレですな。
射てる→射る+いてこましたる?
ただし射るのは中性子ビームのようですが。


 

 

 

「ふん……つまらぬ有象無象どもだ。ろくな抵抗も出来ずに瓦解するとはな。同じ帝国貴族として嘆かわしいにもほどがある」

 

と宇宙戦艦の艦橋、それもアドミラル・シートに腰掛けて、壊滅した貴族艦隊を鼻で笑うのは、年端もいかぬ……見かけ通りなら、年齢が二桁に達したかどうかも怪しそうな幼女だった。

先天性色素欠乏(アルビノ)と思われる雪のように白い肌に白銀の長い髪……身長140cmに満たないだろう、出るとこは当然のように出ていない凹凸の乏しい華奢な肢体……

 

「これではヴァルハラも門戸を開かんだろう。あれは戦士の魂が最後に行き着く場だからな……戦士でもない者に開くわけも無い」

 

ただ、そのルビーのように紅い瞳には、常人を竦ませ睥睨するような力があった。

幼い体を漆黒の軍服と純白のマントに包み、指揮杖代わりに握るは身の丈を越える《ピンク色》のバルディッシュ!

制帽を阿弥陀に被り、スクリーン一杯に広がる船の残骸を上機嫌に見据える彼女こそ……

 

「敗残兵どもよ! その魂の奥底に刻むがよい! 我が名はElijah(イリヤ)! エリザベート・イリヤ・フォン・カストロプである!!」

 

ファーストネームではなく”自分でつけた”ミドルネームを強調するイリヤ。

Elijah……イリヤ、もしくはエリヤ。それは新旧の聖書にも登場する古代の王にして奇跡を起こせし者の名……

皆さんも既にお気づきだろう。

この娘、

 

「我が名の元に平伏するがよい!!」

 

見事なまでに重度の中二病を患っていたのだ!!

 

 

 

年齢的にはしょうがないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

「どうやら彼女は絶好調みたいだねぇ」

 

と緊張感の無い声で、宇宙時代でもしぶとく生き残ってる紙媒体の新聞を読むヤン。

ここは毎度御馴染みヤン元帥府の執務室。

 

船がそろそろ揃い始めているので、提督達はいそいそと編成された艦隊の調練を兼ねた愛艦の慣らし航海(シェイク・ダウン)へと向かっていた。

 

実は珍しいことにキルヒアイスも不在……というのもヤンの代理として直轄艦隊への訓練観察と乗り手(ていとく)が決まらなかった”フォルセティ”の慣らし航海だ。

基本的に先生にべったりのキルヒアイスだが、いざ有事となったときに『先生の手足のように自在に動かせなければ意味が無い』と張り切って出発していた。

ヤンはヤンで、

 

『ジークもそろそろ、その手の経験を積んでもいい頃だしね』

 

という調子だった。

まあ艦隊訓練の総監としてメルカッツが宇宙に上がってるし、直轄艦隊は自分の分艦隊の訓練もかねて元級友の芸術家肌(メックリンガー)が束ねてるので問題は無いだろう。

 

ついでに言えば、分類上は明らかに悪友であろうブラウベア(オフレッサー)は、実は憲兵隊……というかキスリングに懇願され制圧任務に同行しており、留守にしていた。

 

キスリングの部隊は元帥府付きとはいえ基本的には出向扱いで、ひとたび憲兵隊上層部の命令があれば現場へ駆けつける義務があった。

 

ではオフレッサーに同行を頼むその意図は……逮捕されるのが嫌で「貴族特権を盾に屋敷に立てこもる輩の対処」のためとでもなるだろうか?

基本、軍で逮捕権を行使できるのは憲兵隊だけなのだが……どこにでも往生際が悪い者はいるもんで、貴族特権を振りかざされるとどうにもやりにくい。

というわけで『先生、お願いします!』『うむ』という時代劇の悪側のようなノリで御登場願うのが、強面が揃い踏みのオフレッサー率いる装甲擲弾兵(パンツァー・グラネディア)というわけだ。

 

ついでに言えば、彼らの装備はヤンのテコ入れ……『ブラウベア、出かけるついでに試作陸戦装備のテストを頼めるかい?』と渡された新装備の数々で、ただでさえ厳つい面子が更にその厳つさに磨きをかけていた。

 

例えば供給された”新型軽量装甲服”。性能詳細は省くが……その黒色に染められた硬質な外観は、「どこからどう見ても犬狼伝説(ケルベロス・サーガ)に登場する”プロテクト・ギア”です。ありがとうございました」という感じなのだ。

 

プロテクト・ギアを御存知の皆様には想像して欲しいのだが……重火器やトマホークで武装した死神を具現化したような黒甲冑集団が明らかに治安用ではなく野戦用の戦闘装甲車で乗りつけてぐるりと自分の家を取り囲み、雄叫びをあげ武器を打ち鳴らし、演習モード(非殺傷設定)でMG42っぽい大型速射ブラスターを空に向けて発砲し、庭には同じく爆風も破片も飛ばない非殺傷武器だが代わりに強烈な音と閃光を放つスタン・グレネードを投げ込んでくるのだ。

 

これで心が折れないほうがむしろ異常だろう。

 

オフレッサー的には(ぬる)すぎるミッションだが、明らかに装着時の快適性が格段に増した装甲服をはじめ、限定的とはいえ新装備のテストができてそれなりに旨味があるようだ。

加えて、”オーディン()()”のシミュレーションもこっそりできるとなれば尚更だろう。

 

ちなみに万が一にも頑迷に立てこもりを続けたり、抵抗してきた場合は普通に発砲許可が出ているのは御愛嬌。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

とまあそんなこんなで今の元帥府はガラガラ。無論、元帥府の機能を維持できる人員は残っているが、それ以上のものではない。

そして、

 

「ご主人様、お茶です」

 

「ああ。ありがとう(ダンケ)、ショーシャ」

 

表情には出さないが上機嫌な元帥府付き従軍メイドのショーシャである。

浮気相手になりたいとは言わないし、子種が欲しいとも言わないが、”ヴェンリー家の暗部(カリオストロ)”の女性構成員にはありがちなことなのだが、彼女のヤンへの想いもわりと重い……いや、洒落ではなく。洒落にもならない程度に。

具体的には主の使用済みの物品を後生大事にとっておいて、後で部屋で一人の時にこっそりクンカクンカしたりペロペロしたりするくらいには慕っていた。

その時、自分の下着は洗濯が必要な状態になるようだ。

当然、それがヤンにバレるようなヘマはしない。バレたところでヤンは苦笑するだけだろうが、奥方にバレたらどうなるかは微妙なところだ。

 

「随分と楽しそうに記事をお読みですね?」

 

「まあね。わずか12歳の少女にいい大人の貴族艦隊がケチョンケチョンにやられたともなれば、もう笑うしかないだろ?」

 

ヤンが読む新聞には、

 

『貴族に死後似合うのはヴァルハラなどではない! 似合いなのはコキュートス、それもジュデッカであろうな!』

 

とイリヤが言い放ったとされる啖呵がヘッドラインを飾っていた。

一応、解説しておけばコキュートスはダンテの『神曲』の中では地獄の最下層とされ、ジュデッカはその中心にある場所で『恩ある者を裏切った咎人』が落とされる地とされる。

ヘルヘイムとかニヴルヘイムとか言わないあたりが、彼女らしいといえば彼女らしい。

 

「ご主人様の見立てだと、その天才少女の天才は()()でしょうか?」

 

「多分、本物じゃないかな? 少なくとも軍事的才能は凡庸じゃないよ」

 

 

 

さて、マクシミリアン・フォン・カストロプが叛乱を起こしてからのあらましを軽く書いておこう。

最初、説得の為に旧カストロプ閥の重鎮、フランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵がマクシミリアンの説得に向かったが、説得は失敗し軟禁されてしまう。

その時のヤンのコメントは、

 

『説得に応じるくらいなら、最初から叛乱なんて起こさないさ。むしろマリーンドルフ伯を星に招きいれ交渉テーブルについたマクシミリアンを評価するべきじゃないかな? もっとも彼は伯を最初から人質にするつもりだったかもしれないけどね』

 

と割と辛辣な物だった。

ヤンにとっては軟禁されたされないは所詮、カストロプ閥の問題。マリーンドルフ伯が出向いたのも、旧盟主の子息が叛乱などを起こしたら、カストロプ閥全体に咎が及ぶ可能性を考えたからだろうし、自ら率先したのも身の潔白を証明したい……つまり保身目的の行動だと見透かしていた。

 

少なくともヤンは前世において「ヒルダがどうやってラインハルトに取り入ったか?」を聞きかじり程度だが知っていた。なので、その評価はおのずと準じた物になる。

前世の記憶を必要以上に信じるのは危険だが、相対的に比較して大きな差が無いなら参考程度にはなるとヤンは経験から知っていた。

 

誤解の無いように書いておくが……前世においてヒルダ、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフの行動にヤンは別に嫌悪感を持ったわけではない。ただ、『良くも悪くも貴族政治家らしい行動だねぇ』と思っただけだ。

もっとも、女性として見た場合は、

 

『政治家を娶るほど酔狂じゃないさ』

 

とでも言うだろうか?

ヤン的には、「犬耳や怪しげな尻尾や首輪やリードをもって潤んだ瞳で甘え擦り寄ってくる妻」のほうがよほど魅力的なのだろう。

人としては割と駄目な気もするが……そんな浮世離れ(?)した部分も含めて、ヤンは”可愛いエルフィン(エルフリーデ)”を溺愛していた。

 

 

 

それはともかく、マリーンドルフ伯が軟禁された後……

 

『ふむ。元貴族が起こした乱ならば、同じ貴族が治めるのが道理というものであろう』

 

とフリードリヒ4世が半ば勅と呼べる発言をしたのだ。

平たく言えば”煽った”とも言う。

 

大義名分を得た若手貴族達の選抜チームは、普段は示す機会が無く持て余し気味の『自慢の軍事的才能』を存分にふるい、陵辱と略奪の宴となったクロプシュトック事件の再来を夢見つつカストロプ領へと侵攻をしたが、

 

「それにしても見事なまでに返り討ちにされたもんだ」

 

現在に至るという訳である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イリヤ様は中二病!!(挨拶

ただしキャラ的には色物なのに、実力は本物なのがこの娘のタチの悪いところ(^^


はてさて、この内乱は果たしてどう動くことやら……




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第041話:”ベルセルク”

今回は、イリヤ vs 貴族のダイジェスト的なノリで。


 

 

 

「では授業を始めようか?」

 

会議室に集まった面々、こうして全員集合するのはわりと久しぶりな気がするヤン元帥府の面々を見回しながら、ヤンはおどけた様子で会議開催の宣言をする。

 

だが、ここに集まる歳若の提督はそれを冗談だと思っていない。彼らにとってヤンの見解を聞ける機会は、まさに”特別授業(レクチャー)”以外の何物でもないのだから。

ヤンの生徒として年季の入ってるキルヒアイスやロイエンタール達は勿論、まだ買ったばかりの雰囲気が取れてない端末片手のミュラーも真剣な表情だった。

 

「さて、まずは”第一次カストロプ会戦”の概要から説明しよう。ああ、名称は適当に私がつけたもので公式のそれじゃないよ」

 

そしてヤンはコンソールを操作し、まずは『カストロプ星系へ向かう約5000隻の貴族連合艦隊』を投影する。

 

「最初から貴族艦隊は勝ち目があるとは思えない……結論から言えばそうなるね。第一の敗因は、まずは事前の調査不足だ。敵を侮ることに関しては天下一品の貴族に対して言う台詞じゃないかもしれないけど、彼らはカストロプ領の戦力分析を怠った」

 

次に投影されたのは、カストロプ本星に巻きつくように静止衛星軌道上に配置された、無人攻撃衛星群……”アルテミスの首飾り”だ。

第038話でもヤン自身が言っていたが、彼はかなり早い段階で”首飾り”の存在を掴んでいたが、それを貴族達と情報共有することは無かった。

後で問われたとしても、

 

『頼まれても無いのに、どうして私がわざわざ情報を進んで提供する必要があるんだい? そんなお節介をしたところで、彼らがへそを曲げるだけだよ』

 

くらいは言ってのけるだろう。

 

「結局、衛星群がなんなのかわかってない貴族艦隊は不用意に近づき……カストロプにしてみればぎりぎりまで引き付けたところで、一斉射撃を開始した」

 

画像はその首飾りの発砲シーンに切り替わる。

画像データがえらく緻密だが、どうやらヤンはカストロプ領にも監視艦を潜り込ませてるようだ。あるいは偽装監視所かもしれないが。

 

「そして第二の敗因は、撤退に失敗したこと。より正確に言うなら首飾りの砲撃に驚いて、戦力の建て直しも出来ずにそのまま壊走してしまったことだね」

 

まさにその状況が投影される。

元々貴族艦隊は、数に任せてカストロプ領を攻めるつもり……有体に言えば烏合の衆であり、例えば旗艦を中心に艦種ごとにまとめて理路整然と配置して進軍してたわけじゃない。

 

そこに首飾りから主に艦船密集地点に向けて一斉射を不意打ちで喰らったのだから結果は押して知るべきだろう。

 

「最後に第三の敗因は……”()()”の存在」

 

 

 

画面に映るのは、威風堂々と敗残貴族軍を討ち取るべく進軍するカストロプ私設艦隊……いや、

 

()()に敬意を表して”イリヤ艦隊”とでも名付けておこうか? 貴族艦隊の索敵圏外に待機していたイリヤ艦隊の約4000隻が突撃を開始し、壊走する艦隊に後から一斉に殴りかかったのさ」

 

それはあまりに一方的な戦いであり、

 

「古今東西、撤退戦っていうのが一番被害を出すものだけど、この場合も同じだ。注目して欲しいのは、首飾りで撃ち抜かれた数よりもイリヤ艦隊に屠られた数のほうがかなり多い」

 

つまり、

 

「アルテミスの首飾り()()は脅威ではない……とまでは言わないけど、カストロプ防衛の肝はむしろ『首飾りと防衛艦隊の有機的連携』にあると思えるね。トーチカなんかの固定砲台と機動兵力による防御戦は、ある意味古典的でさえあけど……現状において決して侮っていい相手じゃない。実際に連携はかなり上手いよ。”第二次カストロプ会戦”でもそれは証明されている」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

第040話でのエピソードは、第一次カストロプ会戦の直後の話であったが……

見事に貴族連合を返り討ちにしたことで門閥若手は縮み上がり、カストロプ討伐に対して及び腰になってしまった。

 

その間、カストロプ勢力は隣のマリーンドルフ星系に侵攻し、2星系からなる地方王国の設立を目論んでいた。

事態を『()()()()()()()()()()()』皇帝は、その名において以下のような勅令を発布した。

 

『カストロプを討ち取りし者には、没収するカストロプの財産と領土の半分、ならびに爵位の無いものには爵位を与え、爵位のある者には爵位を一つ上乗せすることを約束しよう』

 

無論、貴族向け……貴族の戦力を消耗させるための言葉である。有体に言えばテコ入れである。

竦んでいた貴族達は、若手だけでなくそこそこ名のある者までも欲には勝てずに参戦を表明する。

こうして再び貴族の私設軍を中核とする第二次討伐軍が編成された。

だが……

 

「第二次討伐軍、前回より増えて合計6000隻だったけど……正直、戦術が前回よりもまずかった」

 

ヤンは画像を切り替え、

 

「首飾りを恐れるあまり、戦術をアウトレンジと思われる場所からの”遠距離レーザー水爆弾頭ミサイルによる惑星への直接攻撃”に切り替えたのさ」

 

カストロプ領まで手に入るというのに、地表を核攻撃というのは本末転倒という気がするが……

無論、貴族達も考えてないわけは無い。

つまりカストロプ邸以外の場所に核を落とし「ちょこっと地表を焼いて脅し、継戦意思を砕く」のが目的で、都市に落とせば領民が、農地に落とせば農奴が蒸発するだろうが、「平民や農奴が何人死のうと彼らが感知するところではない」ので問題なく実行された。

 

「だが、やっぱり彼らは首飾りの性質を理解してなかったのさ。今や対艦隊兵器に分類されてるけど、本来は惑星に落着してくるデブリや隕石なんかの超高速質量体排除を目的とする”メテオ・スィーパー”が御先祖様だ。当然、対ミサイル迎撃能力は一流だったのさ」

 

基本的にアルテミスの首飾りは、自動迎撃システムであり定点設置のイージス艦のような役割も担っている。

遠距離からのミサイル攻撃で防衛線を突破しようというのなら、それこそゼントラーディ艦隊が地球を死の星に変えたような半端じゃない飽和攻撃が必要なのではないだろうか?

 

無論、貴族連合にその覚悟があるならこのような結果はないだろうが……

 

「第一波の惑星直接攻撃があっさり防がれた後、貴族艦隊は懲りずにそのまま第二波ロングレンジ・ミサイル攻撃を敢行しようとしたけどね……そこをイリヤ艦隊に狙われた」

 

画面は猛然と突っ込んでくるイリヤ艦隊に切り替わった。

アングルから考えて、残存艦のデータに残っていたものだろうか?

 

「意識が惑星に集中し()()()タイミングを狙ったとしか思えないけど、実に鮮やかなものだよ。だが、問題はそれだけじゃない。こうも簡単に奇襲を喰らったのは理由がある……」

 

ヤンは腕を組み、

 

「貴族達に言わせれば『こんな場所にイリヤ艦隊はいるはずない』だろうね」

 

「欺瞞、だな?」

 

重さを感じるメルカッツの声に頷き、

 

「まさに。貴族達の情報では、イリヤ艦隊は”侵攻したマリーンドルフ領”にいるはずだった。だけど実際はそうじゃなかった」

 

「というと?」

 

金銀妖瞳に面白そうな光を浮かべるロイエンタールに、

 

「ウルリッヒ」

 

回答を促したのは懐刀ともいえる情報参謀だった。

 

「確かにマリーンドルフ領への侵攻を行ったときは、”イリヤ艦隊は()()()()揃っていた”はずです。ただし、マリーンドルフ()()に降りたのは大気圏降着/離脱能力がある”帝国艦”だけでしょうね」

 

ケスラーの言葉にヤンは満足そうに微笑み、

 

「そうだね。イリヤ艦隊の主力は今となっては同盟艦だろう。イリヤ嬢の駆る旗艦”ベルセルク”を含めてね」

 

 

 

”ベルセルク”、イリヤの二つ名である”BERSERK”の名がつけられたこの船は、元はと言えば事故で廃棄された事に()()()()()アキレウス級バリエーションの1隻で、同盟時代は”ハーキュリーズ”と呼ばれていた。

 

ハーキュリーズとは”Hercules”と書き、”ヘラクレス”の英語読みだ。

この船は、アキレウス級の中では最も巨大な”クリシュナ(同盟第8艦隊旗艦)”の同型艦として生まれ、巨大な図体に強力な火器を押し込んだはいいが運動性が悪く扱いが難しいとされていて、それを示すように試験航海中に小惑星に座礁/大破し、そのまま廃棄された事になっているが……何の復活の呪文が唱えられたかデータ上は廃艦のままモジュラー・ブロックごとに修復/アップデートされ、隠蔽されたままカストロプに運び込まれて再結合、名前の異なる戦艦として復活を遂げていた。

 

「だけど同盟艦は大気圏への降着/離脱機能はない。ならば降りてくるのは帝国艦だけ……もし、帝国艦と同盟艦の混成艦隊だった場合、降りてこない同盟艦はどこにいると思う?」

 

「普通は、惑星近海に待機してると思いますね」

 

とはキルヒアイス。

 

「そうだ。占領を()()()なものにするなら、マリーンドルフ星系に艦隊拠点すら作りたがるかもね」

 

ヤンの言い回しに最初に気づいたのはロイエンタールで、

 

「まさか……マリーンドルフ領の侵攻自体が、貴族艦隊をおびき寄せ、油断を誘う罠だったと……?」

 

ヤンは頷き、

 

「マクシミリアンがマリーンドルフを併合して地方王国を作りたいっていうのは本音だろうけど、イリヤ嬢は現有戦力では難しいと考えたんだろうね……だから、その状況を最大限に生かす状況を整えた。そんなところじゃないかな?」

 

「ええ。となればマリーンドルフ本星に降着した船の周辺にしか陸上兵力を展開していない理由にも説明が付きます」

 

ケスラーは自分の入手した情報を脳内で反芻する。

カストロプ家は亡父も息子も、傲慢さと強欲さでは帝国貴族の中ではトップクラスと目されている。

なのに侵攻を受けたマリーンドルフでは、未だに主要都市が占拠され暴挙狼藉が日常的に行われているという報告は入っていない。

 

むしろ占領軍は都市からある程度離れた場所に降り、主砲を都市に向けて睨みを利かせているが、それ以上の行動はしていないようだった。

 

「理由は即座に撤収できるようにだろうな。制宙権をとられ敵地に取り残された陸上軍など、遠からずに壊滅の憂き目を見る」

 

唸り声のように発したのはオフレッサーだった。

おそらく、過去にそのような経験があったのだろう。だが、その状況を乗り越え生きてるあたりが流石といえるが。

 

 

 

「さて、このように再び奇襲を成功させたイリヤ艦隊だったけど、その先の攻め方も中々見事でね。ミサイルの発射準備にあった船を片っ端から蹴散らしながら半包囲を展開、首飾りの射程まで巧みに押し込んでいるのさ」

 

艦隊と衛星の挟撃に晒された貴族艦隊がどうなったかなど、もう語る必要もないだろう。

その貴族艦隊6000隻の半分は、軍事顧問として同行していた貴族系軍人のシュムーデ少将麾下の2000隻が含まれていたが、それが戦場で大きな役割を果たすことは無かった。

どちらかといえば、全うな軍事顧問というより『貴族に逆らわない軍人で、戦力の水増しになる』という判断で選ばれた男なのだから無理も無いだろう。

 

そして第一次、第二次のカストロプ会戦は、イリヤが確かに”狂戦士(ベルセルク)”の二つ名に相応しい存在であることを証明してしまっていた。

 

ヤンは冷めて台無しになる前に紅茶を飲み干すと、

 

()はこういう手合いだと理解してほしい。理解したうえで対策を考えるんだ」

 

そして告げる。

 

「私の予想が正しければ、そろそろ私()にも回ってきてほしくないお鉢が回ってきそうだしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キャラは色物だけど、戦闘は色んな意味でガチBERSERKなイリヤお嬢様でした(^^

実はこのお嬢、1万隻くらい食ってるんじゃないだろうか?
ヤンにしてみても、「想像以上に出来るなぁ」と思っていそうです。

ヤン「まあ、貴族を噛ませ犬にした甲斐はあったかな? 大体、好む戦術も読めてきたし」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第042話:”選抜メンバー”

ヤン元帥府にお鉢が回ってきたようですよ?


 

 

 

ヤンは待った。

二度にわたり貴族艦隊を撃退してみせたカストロプ勢に手のつけられなくなった『帝国』自体が、自分達に声掛けするのをだ。

 

いや、正確に言うなら『()()()()()()()()()()()最終的にはヤン元帥府に討伐依頼』が来る手筈になっていた。

ただ、その”予定調和”に導くには、それなりの手順を踏む必要があっただけだ。

 

実はいくつかのルート分岐があったのだが、その中でも最も理想的な展開である『貴族が複数回壊滅し、否応無くヤンへ討伐が回ってくる』ルートへと誘導できたのはありがたいことであろう。

 

もっとも、それを成すために裏表に関わらず色々と”()()()”をしてきたのだが……

 

例えば、イリヤがあそこまで的確に効率よく”貴族の座乗する船”を叩けた理由のひとつが、『事前に遠征軍の詳細データを握っていた』からだ。

よくフェザーンが使う手法だが、それが何処からの意図的な情報漏洩なのか……今更語る必要はないだろう。

 

 

 

「ヤンよ。直々に勅を与えよう」

 

「謹んでお受けいたします」

 

そして本日、ついにヤン元帥府にカストロプ討伐命令、いや勅命が下った。

ヤンは黒真珠の間にて恭しくそれを賜る……まさに予定調和、言い方を変えればこれも一つの”様式美”だ。

 

門閥の若手貴族達は複雑な表情を浮かべた。

正直、もうカストロプには関わりたくない……手持ちの兵力を減らしたくないし、命だって惜しい。

それに自分達がしくじらなければ、ヤンが勅を賜ることは無かった。

 

いくら厚顔無恥が売りの貴族とはいえ、そのぐらいの自覚はある。

それに『貴族の起こした叛乱を貴族が収める』という皇帝が口にした初期条件なら、()()()()()()”若手名門貴族”であるヤンは確かに適任だ。

何しろ相手は、帝国開闢以来の名門ヴェンリー子爵家と、今は断絶してるとはいえかつては武門名高きローエングラム伯爵家のダブルネームの持ち主、言ってしまえばヤンは貴族の中の貴族だ。

 

確かに自分達が勝てなかったのは悔しいが、ヤンが出張って勝つなら辛うじて『貴族の面子』は保たれる……つまりはそういうことだ。これも心理学で言う一種の”代償行動”だろうか?

 

しかし賢明なる読者諸兄も彼らの思考の滑稽さに気が付いたことだろう。

彼らが未だヤンを”同類”だと信じて疑わないこと、更に言えば若手門閥すらも『ヤンなら勝てる』と無条件で、そして無意識に思ってしまってることだ。

きっとヤンに尋ねれば、

 

『なんともお目出度い思考なことで』

 

と苦笑するだろう。

もっともヤンは、その”お目出度い思考”を読みきった上で行動しているのだろうが。

”味方に擬態する”のは、いつの世でも有効な謀略なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

「さてと勅が下ったところで、そろそろ本格的にカストロプ攻略の会議を始めるとするかい?」

 

ここはいつもの元帥府会議室。

ヤンは軽い調子で会議の開幕を宣言する。

 

「まず最初にだが、とりあえず討伐には3個分艦隊を投入するよ」

 

一瞬、会議場がざわつく。

ヤン元帥府の基準なら、分艦隊でも5000隻編成がデフォだ。3個分艦隊ともなれば15000隻……通常の1個正規艦隊以上の戦力になる。

最新の情報更新によれば、降伏した残存貴族艦隊を取り込んではいるもののカストロプ艦隊の総戦力は5000隻以上~6000隻以下というところらしい。

流石に3倍兵力はやりすぎと思わなくはないが、

 

「私はイリヤ嬢と首飾りのコンビネーションを甘く見たくは無いのでね。”攻撃三倍の法則”を今回は取らせてもらうよ。戦う前に勝利を決めようとするのは、戦争の基本だしね。あえて同じ程度の数で知恵比べする必要はないさ」

 

これは『防御絶対有利』の原則を宇宙にも当てはめたともいえるが……

 

「それにできれば敬愛すべき貴族諸兄が『子飼いの提督3人、戦力3倍を投入すれば勝って当然』って思える状況を作っておきたいんだ」

 

 

 

ヤンに言わせれば、『戦場に着く前に勝敗を決めるのが理想』であり、それに照らし合わせるならこの場合は『敵の3倍の兵力を揃え、任意の場所/時間に投入できるようにする』事が本当の意味での戦いであった。

実際、ヤンは前世でも今生でも『可能な限り有利な状況』を作りたかったし、相応に努力はした。ただ前世ではそれが様々な理由で上手くいかないことが多く、今生ではそれができるだけの”力”がある……それだけの話だ。

 

だが、世間は『同等、もしくは優勢な敵に勝たなければ優将とは言えない』という風潮がある……

冗談ではなかった。敵の圧倒的優勢を引っくり返したことは前世を含めれば何度もあるが、それは断じてヤンの本意ではない。

『勝たないと詰むので、仕方なくやった』に過ぎなく、本人は『楽して勝つ』ことこそが王道であり、本道だと考えていた。

『寡兵で大軍を討つ』のは邪道……悲しいかなそれを突き詰めてしまったのが、前世のヤン・ウェンリーという男だった。

 

「”劣勢を引っくり返したアスターテの奇跡”は、所詮は奇跡に過ぎないと思わせておきたいね」

 

「それは理解した。で、誰を動員するんだ?」

 

と頃合を見て適切な言葉を挟むメルカッツ。

老獪という言葉は何も艦隊指揮にのみ現れる物じゃない。

 

「ジークとウルリッヒ、それにミュラー君にしようかと思ってる」

 

意外といえば意外な人選に、

 

「意図を聞いてかまわないか?」

 

と聞いてきたのは元級友にして参謀長のメックリンガーだった。

 

「構わないさ。といっても大した理由があるわけじゃない。ジークは、私の副官としてこれまでやってきたからこそ将としては無名。ウルリッヒは、情報畑で提督としては無名。ミュラー君は、まだ若く比例して実戦経験が少なく無名。無名ゆえに侮ってくれれば助かるし、仮に”無名なのに討伐軍を任せれたのだから何かある”と踏んで躍起になって調べても、本当に艦隊戦に限れば実戦データが出てこないから調べようが無い。”情報隠蔽されてる”と誤認して疑心を持ってくれたら、なお良いよ」

 

かなり性格の悪い放言を放つヤンに指名されたキルヒアイス、ケスラー、ミュラーが思わず苦笑する。

 

「それにウルリッヒが少将でジークとミュラー君は准将。階級も低く分艦隊の指揮を命じられても不自然じゃない。加えて『小生意気な貴族元帥が、手駒を出世させたいから討伐にねじこんだ』と思われると、よりいいね。実際、そういう意図も無いわけじゃない。軍は階級社会である以上、階級を上げておいて損は無い」

 

軍人としてベテランのメルカッツやオフレッサーだけじゃない。

この場にいるほとんどの者が、ヤンの発言から『ヤンが率いる必要がある艦隊が現状の9個じゃ収まらなくなる』可能性を察知した。

だが、それをこのタイミングで口にする無粋者は居ない。それはまだ”可能性”に過ぎないのだから……

 

「ところでヤン、この元帥府にはもう一人少将がいたはずだが?」

 

しっかり気を使いシュタインメッツを見るメックリンガーだったが、

 

「カールは問題ないよ。ガルガ・ファルムルの艦長である以上、出世の機会はいくらでもあるだろうから。というか、いつまで艦長で留まっていてくれるか心配なくらいさ」

 

ヤンは無自覚で言ってるのだろうが、実はかなり自信満々の発言である。

その力みの無い言葉は、提督達には単純な真実、あるいは確定された未来に聞こえた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「では遠征軍の三人は、よく話し合って作戦を練ってくれ。ああ、それと定数は15000隻だけど杓子定規に一人5000隻を率いる必要はない。艦を融通しあうのは構わないし、随行する艦は必ずしも”戦闘艦でなくてもかまわない”よ」

 

ヤンはそう告げると、

 

「ただし、一つだけ思考的制限はつけさせてもらうよ?」

 

小さく笑い……

 

「”艦隊と首飾りの連携を、何らかの手段を用いて分断する”。それが作戦の肝になるはずだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作よりかなり大規模な戦力の派兵が決ったようですよ?
ヤン、容赦ねぇ~(^^



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第043話:”爆炎と落石”

いよいよ作戦が朧気ながら見えてくる……


 

 

 

「ほう……ジークが”アルテミスの首飾り”担当で、ウルリッヒとミュラー君がイリヤ艦隊担当かい? うん。悪くないね」

 

ヤンは紙媒体で印刷された作戦概要書と電子データを見比べながら、脳内でシミュレーションしてゆく。

あらゆる可能性を吟味し、”不測の事態”を発見し塗りつぶしてゆくのも彼の役目だった。

 

「なので先生、私は”指向性ゼッフル粒子発生装置”付きの工作艦を、できれば50隻くらいお借りしたいと思います」

 

紅茶を注ぎながら言うキルヒアイスに、

 

「かまわないよ。とはいえ、軍内だけでそれだけの数のゼッフル粒子発生装置をいきなり用意するのは難しいか……いいよ。それは”ヴェンリー財閥(ウチ)”で用意しよう」

 

ゼッフル粒子といえば気化爆薬……厳密には特定の高エネルギーを励起状態で封じ込められる微粒子なのだが、彼らが話題にしているのは中でもナノマシン・コントロールでゼッフル粒子を任意の密度/範囲で散布できる”誘導機能付きの粒子発生装置”のことだ。

 

実は、ヤンと指向性ゼッフル粒子発生装置は何かと縁がある。

第022話”ヤンの家族”でちらりと述べたが……ヘルクスハイマー事件の後始末、マルガレータと共にヤンはゼッフル粒子発生装置を手に入れていたのだ。

無論、現物はとっくに軍に返却したが……その際にデータを吸出し、ヴェンリー財閥でライセンス生産できるよう手を回したのだ。まあ、その装置の保有を含めて情報を一切開示せず、一般販売もしないことが条件だったが。

ヤンは前世の記憶、特にアムリッツァ会戦でその有用性を知っていたので、その条件でもかなり乗り気だったらしい。

 

『機雷原の除去だけでなく、デブリをまとめて処理したり宇宙の土木工事に色々使えそうだね』

 

兵器ではなく民生転用を真っ先に考えてしまうあたりヤンらしいが、そのために秘匿名称”宇宙発破”というコードですでに3桁ほど量産し、現場で使っていたのだ。

本当か嘘か今やヴェンリー財閥の宇宙作業員の間では、「発破もってこい」というとこれを装備した作業船が来るらしい。

 

「となるとジーク、工作艦は()()()()()()のデブリ帯を上手く利用すれば、存外簡単に首飾りへ接近できるかもしれないね?」

 

「なるほど……では、同時に私の艦隊を目立つように迂回させ、首飾りの射程ぎりぎりで陣取るというのはどうでしょう?」

 

「いいアイデアだね。虚と見せかけて実、実と見せかけて虚……まるで”空蝉”だね。じゃあ、そこにもう一捻り加えてみよう」

 

「と、いいますと?」

 

師弟の話し合いはより深く、そしてより悪辣な方向へと流れてゆく……

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「ウルリッヒとミュラー君は必要なものがあるかい?」

 

「そうですね……」

 

ケスラーは腕を組み、

 

「閣下の財閥では、資源小惑星に推進器をつけて自立移動させるようなことは?」

 

「日常的にやってるけど……それが?」

 

「いえ。艦隊をカストロプ本星より引き剥がすのに使えないかと」

 

ヤンはその話しっぷりに何をやるのかピンと来たのか、

 

「いいよ。手配しよう」

 

二つ返事で快く了承する。

 

「じゃあウルリッヒ、君達はまず小惑星帯(アステロイド・ベルト)に潜むってことだね?」

 

「ええ。そこに”()()拠点”を設営します」

 

「なるほどなるほど」

 

ヤンはどこか楽しげに、

 

「なら、どうせ工作艦を持ち込むんだ。艦船型のダミーを持っていくといい。何かの役に立つはずさ」

 

するとケスラーはニヤリと笑い、

 

「閣下も中々悪辣なことをお考えですね? ところで私の愛艦(バルバロッサ)と誤認されるようなタイプも御用意できますか?」

 

「ウルリッヒ、君自身が打って出るのかい?」

 

「”保険”……のような物ですよ。少々トリッキーな手を使う場合の」

 

急速に作戦を修正し煮詰めてゆく、頭の回転が速い上に性格のあまりよろしくない上官二人の話についていけないミュラーであったが……不意にケスラーにポンと肩を叩かれ、

 

「ミュラー、作戦の成否はもしかしたら卿の”粘り腰”次第かもしれないな」

 

「えっ?」

 

ヤンはフフッと笑い、

 

「ところでウルリッヒ、君は”()()”に自信はあるほうかい?」

 

「どちらかと言えば得意分野ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、概要書ではなく細部まで詰められた正式な作戦計画書がヤンの手元に回ってきた。

そして、会議室にて……

 

「衛星攻略計画”爆炎計画(プロイエクト・ゲヘナ)”、艦隊攻略計画”落石計画(プロイエクト・アクシズ)”、共に承認しよう」

 

と提出された書類に了承印を押した。

 

ブラウベア(オフレッサー)、悪いけど(シメ)の地上制圧は任せたよ」

 

それを聞いたオフレッサーはガハハと豪快に笑い、

 

「おうよ! こうも早く出撃の機会が回ってくるとは、望外の喜びというものよ!!」

 

かなり上機嫌な様子だ。

実際、叛乱の鎮圧は装甲擲弾兵(パンツァー・グラネディア)の十八番なのだから当然かもしれない。

 

「そんなに歯応えのある相手がいるとは思えないけど……まあ、いいか」

 

ヤンは苦笑しながら、

 

「今回、選抜したのはブラウベアを含めても四人だけど、残りの面々も『自分だったらどうする?』ということを考えるんだ。想像力は実に大事だよ。経験上から言わせて貰えば、硬直化した思考ほど手玉に取りやすいものは無いからねぇ」

 

ヤンは笑っていた……が、他の提督たちにとっては笑えないし、冗談にもなってなかった。

特に士官学校で直接、ヤンにシミュレーション上で教鞭を手痛く打ち下ろされた者達は、それが事実であると強く認識できたからだ。

 

「思考的視野、発想的視野が狭まれば、有能な敵ならそこを必ず突いて来る。敵の裏をかき、自ら理想とする戦術目的を達成するのは常道だ。想定外、予想外の事態が起きたときに柔軟に対応できなければ、どれほど大軍でも瓦解する危険性はあるもんさ」

 

ひどく現実味を帯びた言い回しだった。

実際、前世においての話ではあるがヤンはここに居並ぶ提督達を”翻弄した側”なのだから当然かもしれない。

 

「環境の変化に適応できない生物が滅びるのとどこか似てるね。戦場は純粋な生存競争の場でもあるのだから、似てるのは当たり前かもしれないけどね。違いがあるとすれば自然環境か人工環境か……人の能動的意思が介在するかしないかな?」

 

そう言葉を区切り、

 

「そしてシミュレーションは攻め手側、帝国軍として戦うだけじゃ不十分だ。時には盤面を引っくり返して、自らカストロプの雇われ将軍や同盟軍の将校として戦ってみるといい。そうすれば、敵の内面に一歩踏み込めるはずだ」

 

 

 

戦いが始まる前に言う台詞じゃないが、カストロプの叛乱は帝国史に一石を投じた出来事(イベント)であっても、長大にして広大な歴史の一幕と呼ぶには小さなイベントだ。

 

実際、帝国500年の歴史において貴族の叛乱などそう珍しいことではない。

だが、もし歴史的に意義を求めるとするならば……

 

ヤン元帥府(ヤン・ファミリー)を大きく飛躍させる最初の一歩だったことではないだろうか?

 

 

 

「ところでウルリッヒ……」

 

「なんでしょう?」

 

「イリヤ嬢を生け捕りにできるかい?」

 

Naturlich(もちろんです)! Meine Grose Fuhrer(我が偉大なる盟主よ)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ぜっふるぜっふる!(挨拶

どうやらキルヒアイスは原作同様に爆炎(ゲヘナ)を使うけど一捻り、ケスラーは……中の人ネタ?(^^

赤くて角付きに乗り、小惑星落としに○リコンって……まあ、まんまですな(笑
最後の台詞()()は無駄に格好いいんだけどな~。

ヤンがイリヤ上を生け捕りにしたい理由?
少なくとも性的な理由じゃないですよ? むしろ宇宙の塵にするのは惜しい的な……







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第044話:”赤い謀略”

サブタイは旧ソ連っぽいですが、特に関係はありません(笑


 

 

 

その日、カストロプ星系域周縁部小惑星帯(アステロイド・ベルト)は混乱と絶叫に包まれた……

 

「繰り返す! 宇宙(そら)が3に敵艦が7だ! 宇宙(そら)が3に敵艦が7!! ぎゃあああーーーーっ!!」

 

抵抗するまもなく撃沈された哨戒(ピケット)艦の艦長には悪いが、それは流石に少し大袈裟だろう。

いくらなんでも押し寄せた艦隊は、搭載している雷撃艇やワルキューレ、シャトルに救命脱出ポッド……どころか搭乗人員まで含めたって億はいかない。

まあでも気持ちはわからなくも無い。

万を越える艦隊など、星系守備がメインの貴族私設艦隊が見る機会など滅多にないのだから。

 

とはいえ約15000隻中、純粋な戦闘艦は12000隻だけで、残る3000隻は非戦闘艦。非戦闘艦でも通常の長期遠征に必須な輸送艦や補給艦、病院船を含めた多数の工作艦、非戦闘艦とは少し違うが小規模ながらオフレッサーら装甲擲弾兵(パンツァー・グラネディア)を乗せた戦隊、通称”機甲艦隊(パンツァー・フロッテ)”が混じっていた。

 

標準型戦艦をベースに大改装した”装甲強襲揚陸艦”をはじめとするこの部隊……ヤンはどうやらより能動的な意味において装甲擲弾兵を”海兵隊”化したいようだ。

もう少し語弊の少ない言葉で言うなら、「装甲擲弾兵のより機動的運用手段の模索」と言ったところか?

 

ヤンはもちろんドイツ第三帝国の”柄付き手榴弾(ポテト・マッシャー)”をデザイン・モチーフにしたような従来の強襲揚陸艇母艦も保有しているが、試験的な数とはいえこれら「艦隊戦闘艦をベースとし遠目には見分けが付かない海兵艦」をわざわざ開発し投入するメリットの一つは早速現れてるようだ。

よほど詳細に観測しない限り、「主砲の門数を6門から2門に減らした標準戦艦がある」などとは気づかないだろう。

 

 

 

装甲擲弾兵の活躍は後に譲るとして……

静かに、されど徹底的にカストロプの哨戒網を潰したヤン元帥府の若手三提督を中心とした3個分艦隊は、まんまとカストロプ星系に侵入し、アステロイド・ベルトに進駐することに成功した。

そして工作艦部隊は、「まるで恒久的拠点を設営するように」動き始めるが……

 

 

 

「”赤いの”! どけっ!!」

 

『ほほう。随分つれない台詞を言うじゃないか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

自領の星系のど真ん中に拠点など作られてはたまらないとおっとり刀で駆けつけたイリヤ艦隊を出迎えたのは、意外な敵だった。

 

長い角のような印象を与える鋭角的なブレード・アンテナを装備した、”やたらと目立つ赤い船(バルバロッサ)”を中心にアステロイド・ベルトの外側に展開した防衛艦隊……

いや、意外だったのは防衛艦隊自体ではない。というより普通に待ち構えてると思っていた。

だが、いきなり通信をつなげてきて、

 

「ほう。挨拶とは礼儀がなってるではないか」

 

と応じてみれば……

 

『会いたかったよ。イリヤ嬢、そしてカストロプの諸君』

 

「はぁ!?」

 

 

 

イリヤは自分の目と正気を疑った。

だってとにかく赤かったから……

 

いや、赤いのはバルバロッサだけの話じゃない。

通信に映った白黒(モノトーン)メッシュの男……

 

『私はウルリッヒ・ケスラー。ヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラム伯爵元帥の幕僚の一人で少将だ。今回の討伐艦隊司令官を任されている』

 

「……なんでそんなに赤いのよ?」

 

そうケスラーの軍服は、真紅だったのだ。

たしかにデザインは彼がいつも着ている軍服と変わらないが、生地が黒から赤へ見事に変貌を遂げていた!

ちなみ銀糸の部分は金糸に代わられ、まず間違いなく特注品であろう。

強いて言うなら組み合わされる黒いケープ風のショートマントに帝国軍正規軍服(くろふく)の意匠が残る。

蛇足だが、ロングマントとサッシュの組み合わせは元帥のみに許された装束であり、さすがにロングマントは憚られたのだろうか?

 

『我らが盟主から、今回の出征にあたり賜ったものだよ』

 

 

 

ケスラーの名誉の為に言っておくが……断じて彼の趣味ではない。

というより、「総司令官より目立つ情報参謀がいるかっ!!」というのが常識的なものだろう。

だが、ヤンに言わせれば……

 

『常識を覆すから策略になるのさ』

 

となる。

ヤンに言わせれば、人は第一印象をそう簡単に覆せない生き物らしい。

だから初対面というのは非常に重要なのだ。

そしてこの場合、重要なのは……

 

『イリヤ嬢のケスラーと私に対する人物評を狂わせたい』

 

つまりこの冗談のような赤服も、立派に謀略の一環なのだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

ケスラーは、この赤服を手渡され唖然とした日を思い出す。

この服を着るように言われると同時にこう告げられたのだ。

 

『私は正規軍、元帥府に預けられた軍隊を私物化/私兵化して遊び半分で動かす駄目元帥で、ウルリッヒはそれを良しとしている駄目な部下さ』

 

『それはまあ、なんとも……』

 

リアクションに困るケスラーに、

 

『真紅の船に真紅の軍服……軍艦をスポーツカーと勘違いし赤く塗り上げ、そろいの軍服を仕立てた駄目な元帥だ。部下はその伊達と酔狂に大いに賛同する、派手好きなプレイボーイ……って設定はどうだい?』

 

なんとなくどこぞの金持ちのステータス的な”赤い跳ね馬”を連想させる言い回しでこたえるヤン。

 

『それを小官に?』

 

『ミュラー君は性格的にも経験的にも無理がある役柄だろうし、ジークは初対面の女の子に紳士的には接せられても、口説くような演技をさせると途端に不器用になる……ウルリッヒ、君が適任だよ。幸い艦隊では最先任だし、真っ先にイリヤ嬢との対話を試みるのが君でも不自然さは無い』

 

討伐部隊全体で見るなら無論、最先任は上級大将のオフレッサーだが、彼が指揮権を発動するのは大気圏の下だ。

そもそも今回は、装甲擲弾兵団が同行することは隠蔽されている。

 

『……イリヤ嬢に我々が強くとも”派手好きの貴族とその腰巾着が集まった軽薄な集団”だと印象付けたい。君の提案した派手な”メテオ・フォール(アクシズ落とし)”こそが、”カストロプ攻略の切り札”だと信じ込ませるためにね』

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

だからケスラーは、謀略成就の為に全力を尽くす。

 

『似合ってるかい?』

 

だが、慣れとは恐ろしいもので、ケスラーはこの服をわりと気に入り始めていた。

なんというか……派手なのに着ていると不思議としっくりくるような安心感があったのだ。

 

それにヤンが言うことも理解できる。曰く”目立たないことだけが謀略ではなく、目立ち敢えて人目を集めることで謀略をなすこともある”……

隠したい()()があるなら、視点を別のところに向けさせるのはある意味、当然といえた。

 

「派手……目が痛くなりそう」

 

少しげんなりした表情のイリヤだが、紅い瞳には蔑むような色は無かった。

それに彼女は「似合わない」とは言ってない。

 

『それは残念な評価だな』

 

「フン……その”赤い伊達男”が、小惑星帯で何をしてる?」

 

『決まってるだろ? カストロプ(きみたち)を屈服させる準備さ』

 

「させると思うか?」

 

『なるほど……フロイライン(お嬢さん)は私と戦場音楽を奏でることをお望みかな?』

 

 

 

ヤンに言わせればイリヤは天才である。

だが、同時にあまりにも若く……いや、幼すぎた。

 

その幼さゆえに、経験不足故に誘導され信じ込まされてしまったのだ。

自分が倒すべき敵が、この『作られた赤いケスラー』だと……

 

断言しよう。

彼女は、”思考の枷”に囚われた、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ついに軍服まで”あのお方”っぽくしてしまいました(挨拶

もしかしたら銀英伝二次屈指の”派手なケスラー”だったりして。
なんとなくケスラーがラスボス仕様(笑)ですが、それも実は孔明の罠ならぬヤンの罠……イリヤはケスラーにロックオン()()()()()ようですよ?

まあ討伐艦隊司令艦なので、まるっきり間違いじゃないんですが(^^



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第045話:”クラスター・フラクタル・モデリング”

少女、歯噛みする。
赤服、にこやかに送り出す。
鉄壁、鍛えられる?


 

 

 

「ファイエル!」

 

かつて同盟時代は”ハーキュリーズ”と呼ばれていた戦艦、今は提督にちなんで”ベルセルク”と改名した船のブリッジで、エリザベート・イリヤ・フォン・カストロプは愛らしい声で一斉射撃の号令をかけるが、

 

「固くはないが崩しにくい……」

 

思わず歯噛みしたくなる。

 

ケスラーの艦隊は決して堅牢な防御陣形を引いてるわけではない。

実際、突進して砲撃をかけると、いとも容易く突破できそうな雰囲気にはなるが……

 

「艦隊損耗率、5%を突破しました!」

 

「くっ……」

 

だが、妙にカウンターが上手い。

こっちの突撃を”やんわりと受け止め、受け流し”ながら、即座に切り返し艦ごとに練度がバラバラなこちらの艦隊の()()を的確に狙ってくる。

 

「強敵ね……」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「やるではないか」

 

一方、バルバロッサのブリッジではケスラーが思わず賞賛の声をあげていた。

 

「個艦の練度が不揃いの中で、よくもああまで艦隊としての体裁を維持できている」

 

イリヤはケスラー艦隊の崩せるようで崩せない”柔軟な防御”に驚嘆していたが、ケスラーはまったく別の見解を持っていた。

実はケスラーはイリヤが想像してるような防性の艦隊運動に関しての苦労はほとんどしていない。

 

無論、正規軍であるケスラーの艦隊は全体的にイリヤ艦隊より練度が高く、均質だということも影響してるだろう。

いや、それが最大の差異かもしれないが……無論、それだけが理由で現状のような状況が発生してるわけじゃない。

 

それは前世にはなかった、同盟の鹵獲品の徹底的な調査をはじめとするコンピュータのハード・ウェアのなりふり構わない進歩、ソフトウェアの改良に継ぐ改良の賜物……ヴェンリー財閥の総力を結集させ開発させた()()()()()()()()の執念の産物ともいえるシステムのおかげだった。

 

 

 

そのシステムの名は、”クラスター・フラクタル・モデリング・システム”。

そもそもこのシステムの原型、群体生物の行動解析……例えば微生物や魚の群れを”動的柔フラクタル構造体”と捉え、そのフラクタル構造体の中から個々をクラスターと解釈し、三次元モデリング解析を行うことを骨子とするシステムだった。

その理論を元に艦隊戦に適応するよう開発されたのが上記のシステムでる。

 

例えば従来の艦隊戦の砲撃は、レンジ・ワイル・スキャンやトラック・ワイル・スキャンによる艦隊砲撃がメイン、それをチャート化すると、

 

データリンクにより各艦や哨戒艇などのレーダーをはじめとするセンサー情報を結合(複眼化)/情報の共有化 → 捜索/索敵 → 索敵した敵の中から脅威度を判定 → 抽出した高脅威度の敵を索敵を()()しつつ追尾 → ロックオン/発砲

 

というのが基本の流れとなる。

これを艦隊統制射でやるか個艦砲撃にするかは、提督のその都度の判断だろう。

 

だが、クラスター・フラクタル・モデリング・システムは、データリンクによるセンサーの複眼化や情報の共有化までは同じだが、敵艦隊を断片(クラスター)が寄り集まった”一つの動的柔フラクタル構造体”と解釈し()()()()()追尾、『条件付け』を行い、その条件に当てはまるクラスターを自動抽出し高精度追尾/ロックオンを行うことを可能としていた。

そして付ける『条件』は、かなり曖昧(ファジー)な内容でも良い。

 

具体的に言うなら、ケスラーは『旗艦を基準に、艦隊運動に追従できていない、もしくは命令自体を実行できていないクラスターを優先的に抽出』という指示を出し、実行させたたのだ。

それは例えば、魚の群れの中から弱った固体を見つけ出し、狙いを定める捕食者の行動に似ている。

 

またこのシステムは敵艦隊を一つの構造体として処理するため、艦隊全体としての動きが先読みがしやすく、また自艦隊も同種の構造体としてモデリング処理されるため、『群れとしてどう動けばいいか?』の指示が出しやすい。

もし、このシステムの欠陥をあげるとすれば、その最たるものはシステムの概要や理論を理解してないと扱いづらい単なる宝の持ち腐れになること、そして持ち腐れにするにはあまりに高価なシステムだということだろう。

実際、コンピューターユニットだけで、軽く巡航艦1隻買える値段なのだ。おかげで現在、搭載されてる船は”()()()()()の旗艦級”しかない。

 

 

 

結局、ヤンは「楽して勝つ」「味方の損害は少ないほどいい」という信念を、前世(かこ)今生(いま)も形を変えて貫いているのだ。

かつての彼は戦場で自分の智恵を絞り成しえたし、今の彼は戦場の”遥か以前”にそれが成し遂げられるようになったに過ぎない。

どこぞの国民的子供向けアニメじゃないが、今のヤンは累計60年近い生の蓄積で得た「あんなこといいな、できたらいいな」を出すだけでいい。叶えてくれるのは不思議なポッケでは無くヴェンリー財閥のスタッフ達だ。

 

その結果として、イリヤ艦隊は受け流され、ウィークポイント……二度に渡り行われた貴族主体の討伐軍から引き抜き再編した”追加兵力”を集中的に狙われ、血を流し続けていた。

 

だがケスラーが驚嘆したのは、一方的にじわじわと着実に味方が削られてる中で、未だ「艦隊を維持できている」ことだ。

堪え性というものが微塵もない並みの貴族艦隊なら、プレッシャーから恐慌に走り、統制を失っても可笑しくはない状況だ。

 

「これが”カリスマ”というものか?」

 

正規軍を基準にするなら烏合の衆に近しい集団を率いていながらこれだけの統率を維持できるのだから……

 

(たしかに閣下が欲しがるのも無理は無い、か)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

「ウルリッヒ・ケスラー! その名、確かに我が魂に刻んだぞっ!!」

 

そう捨て台詞を残し、イリヤ艦隊は損耗率が10%に達した頃に撤退を開始した。

ケスラーは特に追撃の姿勢は見せなかった。

だが、

 

『これでお別れとは実に残念だよ。また(まみ)える日を楽しみにしてよう』

 

「言ってるがいいっ! 次こそは貴様に敗北の屈辱を味あわせてくれようぞ!!」

 

イリヤ、多分それはフラグだ……

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

『ケスラー卿、初めてのシステム実戦運用は上手く行ったようですね?』

 

傍受が極めてされにくい指向性近距離通信の向こう側にいるのは、”赤毛のノッポさん”ことキルヒアイスだった。

 

「ああ。期待以上の出来栄えと言っていい。システムの柔軟性や冗長性は高いし、特性と使い方の()()を上手く掴めば色々と応用が利きそうだ」

 

『それは重畳ですね。先生もきっと喜ぶでしょう。それにしても……』

 

キルヒアイスは小さく微笑み、

 

『ケスラー卿が思ったよりも演技が達者で驚きでした。()()も様になってますし』

 

「おいおい。どちらかと言えば、今回の私の役回りは『アルルカン(道化師)』だ。素直に喜んでいいかは、実に悩みどころさ」

 

とケスラーは苦笑と共に、普段より芝居がかった調子で返す。

存外、今回の道化師役は、ケスラーにとっていわゆる”当たり役”、あるいは”はまり役”なのかもしれない。

 

何しろ芝居がかった言い回しなのに嫌味は無く、普段より仰々しい動きなのに自然だった。

 

「もっとも、演じることが嫌いな者は情報参謀には向かないだろうね。演じて相手を翻弄し、相手の演技を見破り真意を見抜くのも重要な仕事さ」

 

どちらかと言えば、それは諜報員の適正のような気もするが……まあ、言わぬが花だろう。

 

『”人生は舞台。人は皆、役者”ですか?』

 

「シェイクスピアか……悪くないセンスだ」

 

ケスラーとキルヒアイスの二人で話しているような描写になってしまったが、実はこれ通信での提督会議。参加者はもう一人いるはずなのだが……

 

「ところでミュラー、随分と静かじゃないか?」

 

『どうかしたんですか?』

 

『いや……どうも自分の知っている軍隊とは色々かけ離れていて、思考的咀嚼するのに時間がかかってしまってます』

 

その表情は困惑だ。

まあ確かに普通の軍隊は、侵攻軍の司令官が赤い戦艦に乗って赤服で華麗に登場したりはしないだろうが。

だが、ケスラーは柔らかい笑みで……

 

「ミュラー、今更何を言っている? 閣下が開いた元帥府が、よもや普通であるはずがあるまい?」

 

そして、キルヒアイスも生暖かい瞳で、

 

『早く慣れてくださいね』

 

『えっ? 俺? 俺がおかしいのか!?』

 

思わず歳相応の地が出てしまってるミュラー……

彼がいずれ頂くだろう”鉄壁”の二つ名は、このままいくと物理面ではなく精神面のことを表すようになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




チート・システム!(挨拶
いや、でもこういう群体モデリングや解析システムは既に21世紀にもあるので、言うほどチートじゃなかったりしますが(^^

どちらかと言えば、ガルガ・ファルムルに搭載されてる”()()()()”システムのが同盟には厄介かな?

負けるな同盟! それ以前に負けるなイリヤ! そして何より……負けるなミュラー!(笑




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第046話:”演説”

やや短めですが……


 

 

 

その日……

ウルリッヒ・ケスラーの声が、全チャンネルを通じてカストロプ全域にフルボリュームで響き渡った……

 

 

 

『初めましてカストロプの諸君。私の名はウルリッヒ・ケスラー少将。ローエングラム伯爵元帥府に名を連ねる一人であり、大逆賊マクシミリアン・カストロプの討伐を任されたものだ』

 

ケスラーは、あえて()()()も爵位も切り捨て、平民の名を呼ぶように告げる。

無論、これも立派に挑発だ。

 

『カストロプにはエリザベート・イリヤ・()()()・カストロプが率いる強力な守備艦隊があり、また巨大な自動攻撃衛星群がある。二度に渡り貴族艦隊を退け、諸君らもさぞかし安心してるに違いない……』

 

イリヤに関してのみケスラーは()()()フォンを付ける。

この叛乱の首謀者……裁かれるべきは誰であるかを明確化するために。

 

そしてケスラーは腕を振り上げ、

 

『だが、見るがいい!!』

 

ケスラーの腕の動きに合わせるように、画像が投影できる全ての受信機(レシーバー)に映し出されたのは、核パルスエンジンやパサート・ラムジェットが取り付けられた巨大な岩塊……同時に映る工作艦との対比を考えるなら最長部で50kmはありそうな小惑星だった。

 

『諸君らは二度の貴族艦隊の戦いで、艦隊や攻撃衛星の威力を晒してしまった。それ故に私は断言しよう! 諸君らの攻撃能力を逆算し選ばれたこの小惑星は砕けないと!!』

 

ケスラーは言霊使いだろうか?

言葉巧みにカストロプの選択肢を狭め、思考を絞ってゆく……

 

 

 

『ゲームをしようではないか』

 

ケスラーは楽しげに微笑み、カストロプ本星とその周辺の模式図を出し、

 

()()()()は、これより加速する小惑星……いや、小惑星では味気ないな? ”アクシズ”と命名しよう。アクシズに随伴し、攻撃衛星の射程ぎりぎりまで護衛する。そして、』

 

ケスラーは星の周囲にあるラインを浮かび上がらせ、

 

『このラインが、”阻止限界線”だ。これを過ぎればいかなる手段を用いても、アクシズの落下を阻止できなくなる。十分に加速したアクシズがカストロプに落ちればどうなるか……想像できない者はいまい?』

 

そして本来の意図を隠す。

 

『さあ! 互いの生存をかけたゲームを始めようではないか!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

「これじゃあ本気で道化だよ」

 

と苦笑するケスラーに、

 

『いえいえ、立派なものでしたよ? 間違いなくこれで、アクシズこそが”カストロプ攻略の切り札”と認識したでしょうし』

 

そういつもどおりにこやかなキルヒアイス。

 

「そうでなくては困る。何しろ閣下にお借りした”電子作戦艦”を総動員し、かつてない規模の通信ジャック(乗っ取り)をしたんだ。これで騙せなかったら、道化以前に笑いものだよ」

 

本邦初公開のピカピカの秘密兵器というわけではないが……ヴェンリー造船の隠れた名品と言われる電子作戦艦群をケスラー達は定数以上、カストロプに持ち込んでいた。

 

一口に電子作戦といっても、ECM/ECCM、ESMなどのアクティブ・タイプと傍受/計測/解析などのパッシブ・タイプの二つに別れ、さらに細かく分類できるが……

 

ヴェンリー造船謹製のそれらの特徴は、『既存の船体(ハル)を可能な限り流用して作る』であった。

装甲強襲揚陸艦の項でもちらりと触れたが……この数種の電子作戦艦は、輸送艦/戦艦/巡航艦/駆逐艦をベースに作られており、詳細に観測しない限り外観からそれと見破るのは難しい。

 

しかも戦艦など戦闘艦ベースのそれは、最低限の自衛用武装は残されてる(例えば戦艦の砲門数6→2)うえに防御スクリーンや防護フィールドは逆に強化され、サヴァイヴィリティ(生存性)は逆に向上してることもあり、前線を含め戦場全域での使用が考慮されていた。

つまり撃ち合いには向かないが、守りながら逃げ帰れる可能性は高いのだ。

 

そして今回のプロパガンダ放送でではこれらの艦が、雷撃艇ベースの電子作戦艇ともども活躍したのだ。

ヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラムという男、情報を司るユニットには殊更注力する傾向があるようだ。

 

「キルヒアイス、そろそろ征くかね?」

 

『ええ。お世話になりました』

 

そうキルヒアイスは敬礼と共に返した。

彼の艦隊は、これより”アルテミスの首飾り”破壊作戦、”プロイエクト・ゲヘナ(爆炎計画)”実行の為に別行動をとる必要があった。

幸いにして監視ポイントを破壊するなどの敵哨戒網の物理的な遮断と艦艇による電子作戦群の電子攻撃で、よほど運が悪くなければ別働隊は感知されずに行動できるだろう。

 

『それにしてもあんなバルーン(ハリボテ)で、敵の目を誤魔化せるのでしょうか?』

 

小惑星”アクシズ”表面には、軍用艦型のダミーバルーン発生装置が無数に取り付けられていた。

とはいえ、ミュラーはその効果について少々懐疑的のようだ。

 

(良い傾向だな……)

 

下手に新装備を過信するより、慎重なほうがいざというとき困らないことをケスラーは良く知っていた。

だからこそ、彼は情報士官としてキャリアを積み上げてきた経験を提示する。

 

「心配はいらない。宇宙軍が海軍と呼ばれていた時代から、船の数が合っていれば安心するものさ。仮に熱エネルギー輻射から真偽を探ろうとする者がいるとしても、アクシズに取り付けた推進器の熱量は膨大だ。例えバルーンが本物であっても、船の熱量など簡単にまぎれてしまうものだ。それにアクシズ前面に展開する卿の艦隊が、いい熱源的雑音になってくれるはずだ」

 

『なるほど……』

 

そう、アクシズ進行においては、敵艦隊を迎え撃つ前衛艦隊はミュラーが率いることになっていた。

そしてケスラーとキルヒアイスはアクシズ至近に展開し、最終防衛ラインを担当する()である。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

指向性ゼッフル粒子発生装置を搭載した工作艦を虎の子とするキルヒアイス艦隊を見送ってから十数時間後……

 

「では、我々も出航するとしよう」

 

ケスラーの静かな号令と共にアクシズのエンジンに火が入り、ゆっくりとその巨体を前進させてゆく……

その姿は、まるで小魚の群れを従え海を遊弋する鯨……そう喩えるのは少々ロマンチックすぎるだろうか?

いや、むしろもっと殺伐とした、あるいは空虚な光景に喩えるべきだろう。

 

カストロプの目線から見れば、この全ては欺瞞で塗り固められた光景なのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっぱり中の人的にはやっておきたかった!(挨拶

でも、これも戦略的情報操作なわけなので、やはりケスラーの得意分野かも?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第047話:”若さゆえの過ち”

ケスラー、絶好調!
イリヤ、怒り心頭!
ミュラーーーっ!?


 

 

 

カストロプ本星に接近する小惑星”アクシズ”……

ウルリッヒ・ケスラー討伐軍司令官の目的は、”アルテミスの首飾り”の火力では破壊しきれないこの巨大質量を落下させること……

 

「貴様、正気かっ!? こんな物を落とせば、星が冷えて人が住めなくなるぞっ!!」

 

落下不可避となる阻止限界点を越える前に軌道を逸らすべく、全力で迎撃に向かったのはエリザベート・イリヤ・フォン・カストロプ率いるカストロプ守備艦隊、通称”イリヤ艦隊”。

なりふり構わずかき集められた玉石混淆の艦艇総数は、5000隻に達する。

 

『それがどうした? 私は討伐に来てるのだよ』

 

「聞いてるぞ! この討伐とやらが成功すればカストロプの半分は貴様らの物になるなるのだろう!? それなのに星を壊してどうするっ!!」

 

イリヤは吼える。

アクシズの表層近辺、ど真ん中に陣取る赤い戦艦を睨みつけながら。

 

『何か誤解しているようだが……我らが盟主、ヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラム伯爵元帥はカストロプ領など別に欲してはおらんよ。ヴェンリー領に続きつい近年ローエングラム領まで手に入れ、新たな領土の経営を軌道に乗せるのに忙しい。この上、カストロプの半分を賜った日には、手が回らなくなるそうだ』

 

「貴様……!!」

 

『気に入らんようなら言い方を変えよう……これは粛清なのだよ! カストロプの重力に魂を引かれ、叛乱を起こした者達への』

 

「それはエゴだ!!」

 

『何を今更。いずれにせよ君がこの現状を変えたいのなら、力尽くでも止めるしかあるまい?』

 

「言ったなっ! なら貴様の言葉通り力尽くで止めてくれよう!! 全軍、突撃せよっ!!」

 

イリヤの号令一下、艦隊が動き始める!

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「……おい、ウルリッヒ・ケスラー」

 

イリヤ艦隊とアクシズ前衛艦隊が。そろそろ互いを射程に入れようかという頃……

 

『何かな? イリヤ嬢』

 

「貴様! いつまでその岩塊にへばりついている!? イソギンチャクか何かかお前はっ!!」

 

イリヤが激昂している理由は、ただ一つ。

センサーに間違いがなければ、宿敵である赤い戦艦……”バルバロッサ”は初期位置から微動だにしていなかった。

ケスラーは内心、「イソギンチャクとは中々上手いことを言う」と感心しながら、

 

『なに、私にも部下というものがいてね。年若い彼も、そろそろフロイラインのダンスへの誘い方や踊り方を覚える頃合だと思っていたのだよ。そうではないかね?』

 

通信画面に強制操作で新たなウィンドウが開かれ、

 

『なあ、ミュラー』

 

 

 

『ケ、ケスラー卿!? いきなりなんてことするんですかっ!?』

 

唐突に画面に映し出されたのは、軍服姿の人のよさそうな青年……

 

「……誰だ? お前は?」

 

そんな彼にイリヤは怪訝そうな表情を隠そうともしない。

 

『ミュラー、敵とはいえ自己紹介くらいしたらどうかな? これはフロイラインに対する礼儀の問題だよ。敵味方に関係なくね』

 

対しケスラーは涼しい顔で、

 

『なっ!?』

 

画面上で困惑と驚愕に染まるミュラーだったが、ケスラーは面白そうな顔をしながら……

 

『卿は少々アドリブに弱いからな。ちょうどいい機会だろ?』

 

『……ケスラー卿、私は軍人であり役者ではないのですが?』

 

『これも立派な軍務さ』

 

 

 

「お前ら! コメディを演じたいのなら他所でやれっ! わざわざカストロプまで来てやるんじゃないっ!!」

 

ついに堪忍袋の緒が切れたように指揮杖代わりに愛用してるピンクのバルデッシュを画面に突きつけるイリヤだったが、

 

『冗談ではない。我々は本気で戦争を楽しみにきたのだよ。それに私もだが彼もコメディアンではなく、正真正銘君の眼前に展開している艦隊の若き司令官さ』

 

イリヤがもうじき射程に収める敵前衛艦隊……琉球武器の”(サイ)”のような印象の無骨な戦艦を中心とした艦隊が、顔立ちは整っているが、いやだからこそ軍人よりも映画俳優の方が似合いそうな灰銀髪の青年が提督だということにイリヤは心底驚いたらしく、

 

「この若造がかっ!?」

 

『君のほうが遥かに若く見えるけどね、”お嬢ちゃん”』

 

流石に”見た目幼女(イリヤ)”から若造呼ばわりされたのは心外だったのか、ちょっとムッとした様子で切り返すミュラー。

ケスラーは「これも若さか」と聞こえぬ小声で呟いた。

 

「ほほう……このエリザベート・イリヤ・フォン・カストロプを、お嬢ちゃん呼ばわりとはいい度胸だな? その度胸に免じて名を聞いてやる」

 

『別に度胸があると自負してるわけじゃないが……小官はナイトハルト・ミュラー准将。君を倒しに来たローエングラム元帥府に属する提督の一人だ』

 

「カカッ! 言いよる! お前のような青二才に我が討たれると申すかっ!!」

 

『少なくとも君が私に勝つよりは、勝算あると思うけど?』

 

イリヤはギロリと睨み、

 

「ミュラーとやら気に入ったぞ! 思わず捻り潰してしまいたいほどになっ!!」

 

『それはこちらの台詞だ! 潰せるものなら潰してみせるがいい!!』

 

「ウルリッヒ・ケスラー! 今すぐこの”()()”を駆逐して、岩の玉座でふんぞり返っている貴様を引きずり出してやる! 首を洗って待ってるがいいっ!!」

 

『笑わせるな! お前の相手などケスラー卿が出るまでも無い!!』

 

 

 

そして二人の声が唱和する!

 

「『全艦、砲撃戦用意!!』」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

通信を遮断したケスラーは、「いつもの自分」にメンタルを戻し、気持ちをリセットする。

”演技者としての自分”は、とりあえず当面は必要ないはずだ。

 

ケスラーは現在の結果に、情報将校という意味においては非常に満足していた。

プロパガンダ放送で”アクシズ落下”がカストロプ討伐の本命だと信じ込ませることができた。

 

そして今回の通信で、「バルバロッサはアクシズの最終防衛ラインに居る」とイリヤに完全に()()させることができた。

言うまでも無くイリヤとのファースト・コンタクトから演説、そして今回のセカンド・コンタクトに至るまで、全ては計算ずくの謀略だったのだ。

 

ケスラーの目的は、アクシズ落しなどではなくあくまで”イリヤ艦隊の無力化=イリヤの捕縛”である。

ミュラーに事前相談なしで繋げたのもその一環。ミュラーに演技はまず不可能と見ていたので、だからぶっつけ本番でやったのだが……

 

(想像以上の成果だ……)

 

ミュラーがしどろもどろになって侮られたなら、それはそれでやりようはあった。

だが、成果は上々。イリヤは自分がアクシズに居ると信じ込み、最初に倒すべき敵をミュラーに定め、自分を認識しながらも思考の外に追いやった。

だが……

 

「ミュラー……12歳の女の子と同じ目線で言い争ってどうする」

 

ちょっとミュラーが心配なケスラーであった。

 

「見てしまうものだな。若さゆえの過ちというものは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鉄壁さんがフラグ建てよった!(挨拶

ミュラーで遊んでるようでいて、実はしっかり計略の内だったケスラーです(^^



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第048話:”聳える壁に挑む狂戦士”

 

 

 

「なんて”堅さ”よ……!!」

 

渾身の一点集中突破を跳ね返され、思わず中二尊大モードではなく地の言葉が出てしまうイリヤ……

ミュラー率いるアクシズ前衛艦隊は、それほどまで守備が堅かった。

 

玉石混淆とはいえイリヤ艦隊は5000隻、対し敵艦隊は7000以上8000以下というところだろう。

数的不利とはいえ、戦術を吟味し一点集中突破は狙えば、戦況を引っくり返すことが不可能ではない差のはずだ。

 

だが数字の差以上に守りが堅く、フェイントを交え少しずつでも削れるように比較的弱い部分を見つけ出し、波状攻撃をかけるも結果は芳しくはない……どころか、むしろ逆撃でゴリゴリとこちらの艦隊が削られてるような気がした。

 

 

 

(ウルリッヒ・ケスラーと真逆のタイプだとは思わなかったわ……)

 

イリヤに言わせれば、ケスラーはカウンターの名手だ。

やんわりとこちらの攻撃を受け流し、突っ走った先端ではなく側面や後方の弱点と呼べる部分にカウンターで強撃を加え、連携を分断することで切っ先を鈍らせ深く潜り込ませないようにしながら、可能な限り各個撃破を狙う巧妙な手を使う。

ケスラーの攻め手の肝は、受け流してからカウンターに繋げるまでの”()()”だろう。

 

(こんなとんでもない奴がいたなんて……計算違いもいいとこよ)

 

だが、ミュラーはそもそも崩れないし崩せない、正統派の防御の上手さがある。

ケスラーが速さと鮮やかさを持ち味とするなら、ミュラーは差し詰め堅さと重厚さだろうか?

まず目に付くのは初期布陣の巧みさと、こちらが攻勢に出た場合の局所的な陣形変化の素早さだ。

防御主体の戦術をとる場合、防御が高い戦艦を前面に出すのは定石と言える。が、問題なのはミュラーが戦艦の物理的、あるいはハードウェア的な防御力に頼りきってないことだ。

 

戦艦は確かに機動盾としても使える頑強さを持つが……ミュラーは戦艦で組み上げた”()()()”を見せつけながら、その実は壁にこちらが接触する前に機先を殺ぎ、突破力その物を奪うことに秀でていたのだ。

具体的には、『防御戦における火線の集中』がやけに上手かった。

 

例えばこちらが一点集中突破を試みようとすると、その進行方向に手早く戦艦を集中させると同時に機動力のある巡航艦や駆逐艦で編成された小艦隊……昔風に言うなら”水雷戦隊”を無数に編成して側面から切り込ませ、こちら側の”突破の()()”となる船を戦艦群の砲撃と合わせて叩いて来るのだ。

無論、戦艦群の後方にも巡航艦を中心とした打撃部隊はおり、戦艦群と水雷戦隊群を無理に突破しようとして密集陣形から外れた船を1隻1隻的確に削ってゆく。

 

では分散して多方向からの複数合撃にしたらどうか?

そっちのほうが結果は悲惨だ。

何しろハードウェア的な性能差は置いておくとしても、個々の練度や全体の統制能力に大きく水をあけられてるだろう現状では、先回りされて各個撃破されるのがオチだった。

 

無論、イリヤは無能とは程遠い存在だ。

擬似突出に擬似後退、対艦戦に秀でたスパルタニアンと対戦闘艇戦に優れるワルキューレによる複合戦闘艇群による牽制など、手変え品変え様々な戦術を試しているが、未だこれといった決定打は見つからず……率直に言うなら完全に攻め(あぐ)んでいた。

 

幼くして三次元チェスで頂点を極めたイリヤであるが、その最大の特徴は”狂戦士(ベルセルク)”とも揶揄される強烈な攻勢にあった。

だが、その最大の持ち味がいとも容易く跳ね返される現状に、イリヤは小さな拳を握り締める……

 

「だが、我は引かぬ逃げぬ退かぬ! 我が背後にはカストロプの民がいるのだ!」

 

覚悟を込めた瞳で、(サイ)のような印象の戦艦……ミュラーが座乗する”フォンケル”を睨みつけた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

だが、イリヤにとって朗報……と呼べるかは不明だが、

 

「なんて娘だ……」

 

その最新鋭旗艦型戦艦”フォンケル”に座乗するナイトハルト・ミュラーは、イリヤが思ってるほど余裕があったわけじゃない。

むしろ、背中に冷や汗を掻いていた。

 

「本当に12歳の女の子なのか?」

 

いくらなんでも嘘だろうとミュラーは言いたくなる。

判定勝ち狙いというなら、確かに自分は勝てるだろう。少なくとも現状で流し続けてる血の量は、明らかにイリヤ艦隊のほうが多い。

だが、それは当たり前なのだ。

こちらには画期的と呼んでいい艦隊指揮統制システムである”クラスター・フラクタル・モデリング・システム”がある。

加えて練度でも数でも上回ってる以上、有利に進められるのが普通だ。

 

ミュラーは、それらの戦力倍化要素が自分の提督としての力量だと履き違える迂闊さは、幸いにして持っていない。

システムを未だ十全に使いこなしてるとは言えないが、『敵の攻勢基点となる船の複数抽出』や『艦隊というフラクタル構造体から戦艦というクラスターを抜き出してのきめ細かい誘導』、『艦隊フラクタルから水雷戦隊という小フラクタルを複数抽出しての有機的な運用』などは、全てシステムのバックアップがあればこそだと自覚している。

 

更に言えばこちらには、強力な電子戦を展開できる電子作戦艦群まで随行させてるのだ。

つまりハードキルだけでなくソフトキル的な手段を用いて効率的なECMをしかけ、通信や各種センサーにジャミングをしかけられる……効果は限定的かもしれないが、言うならば電子的に相手の耳や目や声を奪えるのだ。

同盟艦は総じて帝国艦よりECM/ECCM/ESMなどの電子戦性能が高いと言われるが、それでも専門に作られた船ほどじゃないだろう。

そして傭兵が混じってる可能性も否定できない……いや、むしろここ最近のカストロプの戦力の拡充を見る限り普通に居るだろうが、あくまで主力は帝国、それも志願でれ徴兵であれカストロプの住民だろう。

そんな彼らが、同盟艦の装備を使いこなせるほど電子戦に精通してるとは思えない。

 

 

 

そしてそれらの要素を含めて戦ってもなお、イリヤは油断ならない相手……”()()”だった。

例えば先の一点集中突破にしても、ミュラーは全く異なる感想を持っていた。

 

「本来ならイリヤ嬢は針のような、あるいは錐のような鋭さをもった突撃がしたかったろうに……」

 

だが、それが練度の問題で艦隊としての集中と連携が甘くなり、結果としては釘や杭のような太さになってしまう。

だからこそ、比較的簡単に切り崩せたのだ。

 

(イリヤ嬢にもし、こちらと同等のシステムと艦隊練度があったら……)

 

正直、あまり想像したくない状況だった。

おそらく彼女は、そのトータル・リソースを攻勢に全部振り分けるだろう。

しかも実際に戦ってみると判るが、力技のような大味な手だけでなく、陽動部隊を用いた牽制や撹乱、戦闘艇群によるテコ入れなど小技にも年齢に似合わぬ老獪さを感じさせる手を平然と使ってくる。

 

ミュラーは気を引き締めなおし、

 

「ケスラー卿、仕上げは頼みましたよ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

イリヤは内心、自覚無いままに焦っていた。

三次元チェスプレイヤーとしての彼女は、広い視野を持ったプレイヤーであると言える。

盤上全隊を見回し、全体の流れを見て、無数の手を脳内でシミュレートしながら攻勢点を見抜き、一気に攻め込む……そんなプレイヤーだ。

 

練度をはじめ、自分の率いる艦隊が質的にも量的にも劣ることは頭では理解していた。

実際、彼女はその質的に劣る艦隊を率い、ケスラーを感嘆させ、現在進行形でミュラーを驚嘆させている。

 

だが、同時に「同じスペックの駒を使い、思考のみで勝敗を決する」ゲームに慣れすぎていたのも事実だ。

ケスラーに負けたこともだが……「盤上ではついに巡り合った事の無い”堅牢な打ち手”」であるミュラーの存在が、彼女の内面を揺さぶっていた。

 

その表には表れないが小さくはない動揺が彼女から思考的余力を奪い、ある可能性を失念させていた……

 

「天頂方向に熱源多数!! 敵艦隊別働隊と思われます!!」

 

オペレーターの悲鳴の声が響き渡る。

 

「識別は……敵の”赤い旗艦”ですっ!!」

 

「なんだとっ!?」

 

 

 

かくて罠の口は閉じられる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりのガチな艦隊戦(殴り合い)!(挨拶

まだ同盟と本格的に()り合う前に強敵に巡り合うことによって、ミュラーの鉄壁への覚醒が早まりそうです(^^

そして最後に美味しいとこもってくのは、やはり赤い人でした(笑



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第049話:”謀ったなぁぁぁーーーっ!!”

 

 

 

「天頂方向に熱源多数!! 敵艦隊別働隊と思われます!!」

 

オペレーターの悲鳴の声が響き渡る。

 

「識別は……敵の”赤い旗艦”ですっ!!」

 

「なんだとっ!?」

 

「砲撃、来ますっ!!」

 

「謀ったな!! ウルリッヒ・ケスラァァァーーー!!」

 

刹那、イリヤ艦隊旗艦”ベルセルク”が巨大な衝撃に襲われた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤いツノ付き(バルバロッサ)”は、一体何処から艦隊を率いて現れたのか?

 

無論、彼の盟主の”前世(かつて)の二つ名”じゃあるまいし、怪しげな魔術を使ったわけではない。

答えは単純、『アクシズがアステロイドベルトから出立したとき、既にケスラーと彼の率いる1000隻あまりの小艦隊は別行動し、イリヤ艦隊の索敵圏外から迂回していた』だ。

そう、イリヤがアクシズの表層に控えるバルバロッサを見たが、あれは最初から工作部隊が取り付けたダミーバルーンだった。

 

全てはこの瞬間のための”謀”(はかりごと)だった。

プロパガンダを流し、小惑星にアクシズといかにも意味ありげな名前をつけこれ見よがしに発進させることでイリヤをおびき出し、ミュラーに目を向けさせあたかも自分がアクシズで構えてるように見せかけた。

 

通信は、超光速通信を使いいくつもの中継艦(プレクシー)を通し、アクシズから発信されてるように偽装した。

カストロプの哨戒網を徹底的に潰したのも、ミュラーがイリヤ艦隊に執拗なまでに電子戦を仕掛けたのも、全てはこの”決定的な瞬間”まで、ケスラーの存在を隠すためだったのだ。

 

「全艦、砲撃戦用意! 優先攻撃目標、イリヤ旗艦周辺の200隻! ただちに排除せよ!」

 

ケスラーが率いているのは、最新のネルトリンゲン級改型標準戦艦と高速戦艦で編成された200隻の戦艦と高速戦用にチューニングされた800隻の巡航艦/駆逐艦だった。

 

速度を最優先とした編成であり、まさに一撃離脱に特化した艦隊だ。

ケスラーはイリヤ旗艦の周辺に展開する障害となる200隻に対し、自ら艦隊から敵艦1隻に対し戦艦1隻に巡航艦と駆逐艦を合わせた4隻を加えた5隻を割り振るように指示を出し、オペレーターに入力されたクラスター・フラクタル・モデリング・システムが最適解を見つけ出した。

そして、

 

「ファイエル!」

 

ケスラーの号令一下、イリヤ艦隊に逆落としをかける1000隻が一斉に火を噴いた!

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

麾下艦隊に障害の排除を命じたケスラーの狙ったのは、イリヤが座乗する”ベルセルク”一点のみ!!

 

ブリュンヒルトの下位互換/ダウングレード/ローコスト版と思われがちなバルバロッサだが、実は『実戦テストに投入可能な新世代技術実証艦』、言うならば”宇宙を駆ける実験室”だったブリュンヒルトに比べ設計年代が新しく、また最初から軍艦として設計されてる分、より軍艦としては洗練されていたり秀逸な部分がある。

その一つが艦首主砲群、”六連装マルチモード中性子(ニュートロン)ビーム・ランチャー”だ。

 

ブリュンヒルトの武装は、従来と同じ中性子ビーム砲を分散配置し、これに画期的な理論値水平360度/垂直180度射界をもつ”ポール・マウント砲口”を採用することで、船体随所に分散配置されたビーム砲の火線を自在に集中させることに成功していた。

これはこれで艦の姿勢に依存せず中性子ビームを自在に指向できる優秀な装備で、実はバルバロッサにも正面から見るとX状に4門ポール・マウントビーム砲が副砲として側面に装備している。

 

だが、六連装ビームランチャーはそれとは開発ベクトルの異なる装備だ。

さて、この装備の説明前に帝国/同盟を問わず艦首に集中装備されることが多い、固定砲身の従来型中性子ビーム砲について少し説明しておこう。

 

正面に砲口を向けて固定装備されることが一般的なビーム砲群だが、本当に正面しか撃てないのか?と問われれば、別にそんなことはない。

実は砲口部に局所斥力場を発生させ、重力レンズ理論の応用で不可視の力場砲身を形成し中性子ビームを偏向できるようになっている。

物や配置場所によりけりだが……基本的には大体上下左右15~30度の円錐状の射角を持っていることが普通だ。

感覚的には、正面だけでなく斜め上下左右に撃てると考えていい。

 

ではバルバロッサに装備されてるマルチモード・ビーム・ランチャーは、何がどう違うのかといえば……

まず根本的な考え方は「六門一組の装備」、言うなればバルカン砲やガトリング・ガンに近い発想の装備なのだ。

そしてマルチモードの名のとおり、六連装の砲門からのいくつもの砲撃パターンを持っている。

 

一番標準的なのは”連射”モード。1番砲身から短い間隔で1→2→3と次々に発砲するモードで砲身冷却もしやすく各コンポーネントの負荷が小さいために持続射撃能力が高い。

次に”斉射”モード。六門を同時に発砲するモードだが、これは六門を単一目標に向けて射撃するパターンに加え、巡航艦や駆逐艦など自艦より防御力が低い目標の掃討を目的とした”二目標同時攻撃(3門1組で1目標を攻撃)”、一門ずつ別の標的を狙う”六目標同時攻撃”などが可能だった。

 

最後に最大の特徴であるのが”同調収束射撃”モード。六門の中性子ビーム砲を完全同調射撃で発砲、()()()斥力場砲身で収束し、あたかも「六門分のエネルギーを一門の大型ビーム砲のように撃つ」という対重防御/長射程の高出力射撃モードだ。ただ、連射モードとは逆に砲身冷却やコンポーネントへの負荷の問題で連射は利かない。

アースグリムのように”肉を切らせて骨を断つ”ような自壊覚悟の超高出力砲撃システムでこそない(無論、威力もあそこまでではない)が、やはり多用すべきものではないだろう。

 

余談ながら、このようなマルチモード射撃が可能となったのは砲口群の上にある艦尖端部、ノーズ・コーンに仕込まれた最新鋭システム”連続可変斥力場砲身発生装置”、通称”ラムダ・マズル”があるからなのだが……これの搭載により建造コストが上昇したため、結局はこのラムダ・マズルを搭載するより、必要なら大型ビーム砲を積んだほうがコスト・パフォーマンスが良いと言う結論に至ったようだ。

故にトリスタン以降の船には、この装置は搭載されてないようだ。

 

さて、この高価でユニークな砲撃システムでケスラーが一体何を撃ち抜いたのかと言えば……

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「くっ……」

 

確かに艦全体が揺さぶれるような強烈な衝撃だったが、なんとか提督席から床へ投げ出されずに済んだイリヤは歯を食いしばりながら現状把握に努める。

 

幸い”ベルセルク”は、元同盟艦。やたらと殺傷能力の高い()は配置されていない。

同盟艦も立て付けが悪いのか、それとも元々安普請なのか構造材が崩れてくる場合もあるが……とりあえず、幸いにして今回はそのようなことはなかった。

あちこちアラートが鳴り響いているが……だが、少なくともブリッジ内で致命的な爆発や火災は起きていない。

ただ、運悪く床に投げ出されて体を打ちつけうめき声を上げてるものは居る。

 

「衛生兵を至急ブリッジへ! 怪我人は下手に動かしたり破片を抜こうとするな! 一気に出血し死期が早まる場合がある! 任務を続行できるものは被害報告をせよっ!!」

 

頭を軽く振り叫ぶ。

その凛とした姿は、なるほど確かにカリスマと呼べるのかもしれない。

 

「イリヤ様、た、大変です! 亜空間スタビライザーが……」

 

手元にダメコンの立体映像を起動してみると、エンジン・ブロックから後方へ100m以上も伸びるテールフィン、”亜空間スタビライザー”がまるで巨大なビーム溶接機を当てられたように根元付近から溶断されていた。

これがエンジン・ブロック本体に当たれば機関爆発は免れないだろうし、ハル・ブロックに直撃していたら、今頃ブリッジ要員は全滅の憂き目を見ていたかもしれない……

 

「運がよかったとでも……まさか!?」

 

イリヤの背筋に冷たいものが走った……

 

()()()スタビライザーを狙ったのか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




中の人と戦艦の色的に強襲が似合いそう(挨拶

なんとなくバルバロッサを強化してみました(^^
いや、原作だとスペックよくわからなかったのもありますが、赤くて角付き、優れたコンピュータシステムとくれば、次は強力なビーム砲かなと。

戦艦は簡単に乗り換え出来ないと思うので、ちょっとずつ地味にバージョンアップしてこうとか思ってます。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第050話:”決着”

 

 

 

自由惑星同盟軍の現用旗艦型戦艦”アキレウス級”には、エンジンブロックより後方100m以上伸びるテールフィンが一般に装着されている。

”亜空間スタビライザー”と呼ばれるそのパーツは、名前のとおり亜空間(ワープ)航行中に船体を安定させる働きを持たせる部品として取り付けられているが、実は戦闘が行われる通常空間でもメインノズルからの噴射ガスをフィンの表面に発生させた力場でベクトル制御し、一種の高機動デバイスとしての役割も担っていた。

今の地球の用語に当てはめると”ベクタード・スラスト・コントロール”とでもなろうか?

 

無論、宇宙船の姿勢制御や機動制御などは船体各所に無数に配置されたスラスター群、例えば取り付けられる位置によってバウ・スラスターやハル・スラスターと呼ばれるそれらによっても行われるが、現在の宇宙船の通常空間航行方法がガス噴流による反動推進式である以上、最大推力のメイン・スラスターのベクトル制御は運動性に大きく関わる。

加えてフィン自体をアクティブに動かし、言うならばUCガンダム世界におけるAMBACに相当するような能動的重心移動による機動補助も行っているようで何気に多機能なフィンユニットのようだ。

 

アキレウス級の中でも、重武装と引き換えに運動性を原型から大幅に劣化させた”クリシュナ”型ともなれば、その依存度はより大きいに違いない。

そしてイリヤが座乗する”ベルセルク”は、元同盟の”ハーキュリーズ(ヘラクレス)”……クリシュナの相似形のような姉妹艦だった。

 

 

 

「イリヤ様……」

 

「どうにもならんな」

 

珍しく自嘲的に笑う彼女……

 

()()を壊されてはどうにもならん。ベルセルクの図体はでかいからな……いくらメイン・エンジンは無事でも、スラスター運動だけであの”赤いの”の攻撃をかわせるとは思えん」

 

上手い場所を狙ったもんだとイリヤは嗤う。

だが、同時に意図も読めた。

どんな理由かはわからないし、どうせろくでもない理由だとは思うが……

 

(殺す気はないということか……)

 

亜空間スタビライザーはその構造上、破壊されれば運動性に大きく影響ができるが反面、極めて誘爆しにくい部品であった。

つまり攻撃を受けても船体そのものには爆沈させるようなダメージを与えず、運動性能や亜空間航行能力だけを殺す……名前にちなんで言うなら、まさにアキレウス級の”アキレス腱”とも言える場所のみを射抜いたのだから、最初からそのつもりだったと考えるべきだ。

 

「肉便器だの性欲処理器だのという余生は、正直勘弁して欲しいものだな……そういうのは、兄上の周辺で食傷気味だ」

 

「イリヤ様……」

 

イリヤを心配そうに見るのは、同じような外見年齢の黒髪を短くそろえた副官兼侍女ポジのメイド服の少女だった。

ヤンにとってのキルヒアイスのようなものだろうか?

 

「”ミュウ”、冗談だ。差し手(戦い方)を見れば、ある程度は人間性がわかる……少なくとも、()()に肉棒を無理やりねじ込むような下品な感性はしてないだろうさ。あの赤いのにしても青二才にしてもな」

 

(というかそんなシンプルな獣性を持ち合わせていなさそうなあたりが、逆に厄介そうだが……)

 

「イリヤ様……上を」

 

オペレーターの一人が恐る恐るという感じで、艦直上を映すカメラ画像をホログラム・モニターを拡大投影させた。

だが、イリヤは不適に微笑み、

 

「ほほう……いっそ見事ではないか?」

 

そこに映っていたのは、相対速度を合わせ舳先をブリッジに突き立てるようにぴたりと静止する赤い戦艦(バルバロッサ)だった。

いつでもブリッジを零距離で撃てる……その意味がわからぬほど、愚かではない。

 

「ミュウ、全艦に武装の安全装置ロックと機関停止命令を。”敵も味方も”絶対に()()()()がないようにオープン・チャンネルで伝達しろ」

 

ミュウこと”ミュヒャエラ・エーデルフェルト”は、その命令を即座に実行する。

無論、その意図は理解している。

つまりイリヤの命令を無視し戦闘を続行するようであれば、それは既に彼女の指揮下ではないと宣言するに等しい。

そして、その意図を察するように……

 

『降伏勧告をする前に先手を打つとは、素早い判断に感服の極みだよ』

 

「フン……心臓の真上に銃口を突きつけられてるのだ。悪党の口からお決まりの台詞が出るのを待つ必要はあるまい?」

 

モニターの向こう側に映る男は苦笑を浮かべ、

 

『酷いな。それじゃあまるで私が悪党のように聞こえる』

 

「違うとでも? ウルリッヒ・ケスラー」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

端的に言って、イリヤ艦隊は王手詰み(チェック・メイト)状態だった。

旗艦はすでにブリッジの真上にバルバロッサから砲口を向けられ、艦隊自体もケスラーの奇襲に合わせて前進を始めたミュラー艦隊により半包囲されていた。

無論、バルバロッサと共に突入してきた1000隻は未だほぼ健在……

 

ケスラーの手痛い一撃で旗艦の周囲に展開していた200隻は瞬く間に沈められ、ベルセルクの周辺には残骸漂う空間があるだけだ。

この状況でなお戦おうとする者は、それこそ自殺志願者……いや、ここで生き残っても「確実な死」が待ってる者だけだろう。

 

『聞くまでもないが降伏は受け入れてくれるね?』

 

「言うまでもないが受け入れよう」

 

とイリヤは鷹揚に頷く。

それはとても降伏したとは思えぬ堂々たる姿であり、

 

「だが、同時に命の保障は欲しいな。当然、我のではないぞ? 降伏した艦隊の者達のだ。叛乱に加担()()()以上、我が言えた義理ではないが、我が命に従っただけの者達には寛大な処置を願いたい。それが降伏の条件だ」

 

無論、イリヤとて自らが交渉を持ちかけられるような立場にいるとは思ってない。

だが、これは一つ通過儀礼(イニシエーション)……貴族としては領民に、提督としては部下のためにやっておかねばならぬことだろう。

 

『いいだろう』

 

そしてイリヤの読み通り、そのままケスラーは受け入れた。

端っから殺す気はないのは百も承知だ。だが、こちら側から言い出すことに意味がある。

まさか()()()()に勝った側から殺す気はないと口頭で言い出せるはずも無く、また負けた側から命乞いしそれを受け入れることで寛容さを演出できるというものだ。

 

『しかし……未だ戦闘態勢を解かぬ船は、一体どうすればいい?』

 

ケスラーの言葉通り、不穏な動きをする船も少数だがあるにはある。

よほど捕虜になりたくない事情があるのだろうが……

 

「知れたこと。我が声を聞かぬというのであれば、それは既に我が旗の下より離反したという事……何のために我が未だオープン・チャンネルで降伏を受け入れる旨を流し続けてるかは、理解できよう?」

 

 

 

ケスラーはイリヤの想像を超える聡明さに内心舌を巻いた。

なるほど確かに三次元チェス最年少女王、駆け引きも読みも一流だ。

 

(なるほど……閣下が欲しがるのも道理だ)

 

無様は見せられないとケスラーは、イリヤが停船命令を流した時からクラスター・フラクタル・モデリング・システムに抽出/追尾させていた『敵対行動を止めぬ船』をロック・オンし、

 

()を殲滅せよ!』

 

この戦場における最後の閃光が輝いた!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長かったイリヤVSケスラー+ミュラーの戦いもようやく決着です(^^

後は”種明かし”と戦後の交渉(?)
そしてついに赤毛のノッポさんの見せ場かな?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第051話:”欠陥品”

種明かし、あるいはイリヤ回……かな?


 

 

 

『エリザベート・イリヤ・フォン・カストロプ殿、貴女の戦争は終わったのだ』

 

それはイリヤの命に従わぬ者達を物理的に()()した後のケスラーの言葉だった。

 

『おめでとう』

 

その時、イリヤは呵呵大笑した。いや、どこぞの幼女ヴァンパイアが如くカカッと大笑した。

そう、それはいっそ気持ちいいほど完敗し、だからこそ敗北を素直に受け入れられたがゆえの清々しい笑顔だったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

「なぬっ!? 最初から小惑星(アクシズ)を落とす気はなく、全ては我を誘い出すための茶番だっただと!?」

 

その事実を聞いたとき、流石のイリヤも唖然とした。

 

「ああ。その通りだ」

 

と悪戯に成功した子供のように満足げに微笑むのは、応接テーブルを挟んで座るケスラーだった。

 

 

 

さてさて、ここはケスラー艦隊旗艦、”赤い角付き”こと”バルバロッサ”の貴賓室である。

れっきとした戦艦の中に豪華な調度品が置かれた貴賓室があるのは妙と思われるかもしれないが……この船をはじめ旗艦をまとめて発注したヤンも貴族だということだ。

 

別にヤンが珍しく貴族趣味丸出しに走ったという訳ではなく、彼も帝国貴族である以上はその”()()()()”を完全に払拭することは不可能で、否応無く”貴人”とカテゴライズされる人間を乗せる羽目になることを考慮せざるえないという意味でだ。

()()ならどうとでもなるが、時には敵対的な……とまでは言わなくても、非友好的な”それ”を乗せる必要が出てくる可能性も無視できず、相手が難癖つけることにかけては天下一品の貴族ともなれば……という大人の事情、あるいはハイソな事情がある。

 

その分、ブリッジをはじめ船内には、誇大妄想と虚栄と自壊の象徴のような重く脆い大理石の柱など一柱たりとも建ててないが。

ヤンに言わせれば……

 

『柱も部屋もどっちも無駄なような気もするけど……倒れてこない分、部屋の方がまだマシなんじゃないかな? たまには使おうとする物好きがいるかもしれないし。それこそ大理石の巨大石柱なんて使い道ないだろ? インテリアにしてもいい趣味とはいえない』

 

とのことである。

実際、こうして好き好んで使ってる物好き……いやいや、招くべき賓客(ゲスト)がいる以上、確かに全くの無駄ではなかったようだ。

どうでもいいが、イリヤとお付の侍女(ミュウ)の胸の部分を見て、「賓客というより貧胸だな……」と思ってはいけない。

なにしろゲストらしいので、丁重に扱われてる二人から武器を取り上げるような真似をケスラーはしていない。

つまり何やら色々妖しいギミックが仕込まれていそうなイリヤの得物、ピンクのバルディッシュも健在だ。

ミュウもブリティッシュ・メイドスタイルのロングスカートの下には”淑女の嗜み(物騒な代物)”を隠していそうだし。

それを言い出したらアンネローゼやマルガレータも似たり寄ったりだが……というかマルガレータはまだネコさんパンツに護身用のマイクロ・ブラスターと可愛いものだが、アンネローゼの場合は……何処に何を隠してるのかわからない怖さがある。

 

昔から、それこそ寵姫になる前から愛用しているキルヒアイスも御愛用の両袖口のフォールディング(折り畳み式)・ブラスター&カフ・スライダー(手首を捻るとシャコンと銃が飛び出てくる”アレ”である)のセットに、ガーダーベルトと一緒に巻かれた両太腿の火薬式自動拳銃とナイフを叩き込んだホルスター、それとある程度の対レーザー/ブラスター能力も兼ね備えた防弾防刃仕様のコルセット、靴先に仕込まれたナイフ、単発レーザーガン仕様の指輪……はお約束にしても、他に何を持ち歩いてるやらである。

ちなみにこれだけの装備を身につけても、アンネローゼは普通()()に動ける。

具体的には、時折重力や人間の身体能力や関節の可動領域を無視した動きをする。

 

もはや寵姫なのかSPなのか不明な感じではあるが、あのリアル熊と素手で張り合えるマッチョ老人(フリードリヒ)にSPが必要なのかは非常に微妙な気もする。

 

それはさておき……

 

 

 

「つまり何か? 貴殿らは我を誘き出すためだけに小惑星に大規模な土木工事を行い、アステロイドベルトから引っこ抜いたというのか?」

 

「他にも理由はあるにはあるが……私の指揮する”プロイエクト・アクシズ”の最大の目的は……エリザベート・イリヤ・フォン・カストロプ、君を生きたまま身柄確保することだ。それが閣下、ヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラム伯爵元帥の意思でありオーダーさ」

 

無論、並行して行われてるだろうカストロプ本星攻略作戦、キルヒアイス指揮の”プロイエクト・ゲヘナ”の陽動だということはおくびにも出さない。

 

「呆れたな……流石に自分の価値がそこまであるとは考えておらぬかったよ。ローエングラム伯は我を生け捕りにして何を望む? こう言ってはなんだが、我は女としては全くの”()()()”だぞ?」

 

 

 

「欠陥品?」

 

不思議そうに首をかしげるケスラー。

強敵、難敵、それに天才という評価なら納得もするが、イリヤと欠陥品という単語が上手く結びつかない。

 

「見た目でわかるだろう? ”先天的白子(アルビノ)”な上に成長障害……正確には”幼体固定症候群(ジュブナイル・シンドローム)”だ。珍しいタイプの遺伝病でな、別名”幼態成熟症候群(ネオテニー・シンドローム)”と呼ばれることもある。要するに第二次性徴を迎えることなく成体になってしまうのさ」

 

イリヤは苦笑しながら、

 

「だから初潮を迎えることも無い……つまり子をなすことができんので、政略結婚には使えん。所詮、後には繋がらぬ命だ。加えてこの姿から成長も老化もせん。死ぬまでこのまま……と言えばメリットにも聞こえようが、見た目どおり子供並みの新陳代謝、つまり細胞の分裂速度だ。かといってテロメアが特別長いわけでもなく、他の致死因子が他人より少ないわけじゃない。医者の見立てでは、我の寿命は50歳まで生きられれば大往生といったところのようだな」

 

その事実をとっくの昔に受け入れていたイリヤはむしろ淡々と話す。

 

「晴眼帝が劣悪遺伝子排除法を有名無実化しなければ、我などは『生まれなかったこと』にされていただろうな。いや、今でもさして変わらぬか……我が表舞台、三次元チェス選手権に出れたのも、実際の年齢が幼いからだ。父が存命だとしたら、我はそう遠くない将来、”いつまでも成長しない姿”を見られぬために幽閉でもされていただろう」

 

そして侍女兼副官のメイド少女を見て、

 

「ミュウ……ミュヒャエラ・エーデルフェルトも同じ病でな。『同病相哀れむ』という奴だ。”もう一人の同朋(はらから)”が本星いるが……まあ、あやつのことだ。上手く立ち回っておるはずだろう」

 

そう言い終えるとイリヤはケスラーに向き直り、

 

「以上が我の秘密、我が欠陥だ。これを聴いた上でどうする?」

 

むしろどう返答するか興味深そうに微笑んだ。

 

 

 

「なんだ、”その程度”のことか」

 

ケスラーは芝居がかった調子で安堵した表情を見せ、

 

「閣下の判断は、それを聞いたところで何一つ変わらないだろうな。改めて判断を仰ぐまでも無い」

 

「ほう……欠陥を抱えた我を抱え込むと抜かすか? 保守的で閉鎖的な貴族社会では、取り返しのつかぬ汚点になりかねんぞ? 我とてヘルクスハイマーが何故死んだのか……その経緯をまったく知らぬわけではない」

 

「些細なことさ」

 

ケスラーはばっさりと切り捨て、

 

「閣下が貴女を欲しがる理由は、そんな”小さな事柄”では小動(こゆるぎ)もしないはずだ。少なくとも私はそう考えるよ」

 

イリヤは一瞬、ぽかんとした顔をする。

その表情は、彼女の年齢に相応しい幼いそれだった。

 

「……まさか重度の幼児性愛者(ペドフィリア)というオチはあるまいな? 不本意ながら我にそういう需要があることも承知している。実際、その手の求婚もあったようだしな」

 

意外なことにそれは、父のオイゲンが猛反対して彼女の耳に入る前に頓挫したらしい。

別に娘可愛さではない。

イリヤがなれるとしたらよくて妾、悪ければ人目の届かぬとこに隔離された性玩具(オモチャ)だ。

遺伝的欠損の身内が、貴族社会では巨大スキャンダルになるのはヘルクスマイヤーがリッテンハイムに消されかかったことから自明の理……有力貴族の正妻ならまだしも、イリヤを外に出して得られる物に比べたら、自業自得で敵の多かったオイゲンの背負うリスクはどう考えても割に合わないとの判断からだった。

 

「生憎と閣下がそのような性癖をお持ちとは聞いたことがないな」

 

内面の動揺を押さえ込み、そう軽く言い切るケスラーの鉄面皮っぷりはさすが情報将校の面目躍如といったところか?

 

「ククク……」

 

イリヤは表情を大人びたそれに戻すと喉の奥から絞るような笑い声を出し、

 

「面白い。我も俄然、”帝国一の変人貴族”に邂逅してみたくなったぞ」

 

 

 

 

 

そしてこの語らいこそが、彼女の運命を大きく変えてゆくことになる。

そう、後世に”カストロプを最も効率よく踏み台にした女”と評されるほどに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キルヒアイスまで届かなかった!(挨拶

これでイリヤのターンは終了です(^^
次回からはいよいよプロイエクト・ゲヘナに視点が移る予定っす。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第052話:”卑怯者”

今回はこの時点で名前が出てくるのは珍しい人が……


 

 

 

さて、時はケスラー&ミュラー・コンビがイリヤと会敵する直前あたりまで遡る……

 

 

 

哨戒網を徹底的に破壊したカストロプ星系、それも主星にほど近い場所を進む艦隊があった。

その数、約3000。その中心となるのは旗艦型戦艦”フォルセティ”。

近未来の戦場で必要とされるであろう次世代型旗艦の要素を過不足無く備えた船であり、従来と最新の技術バランスが良い船でもあった。

 

そして、それを指揮するのは……

 

「では、”提督”もお気をつけください」

 

外身は優雅に中身は質実剛健……確かにフォルセティの主であることにキャラクター的にも存在的にも違和感無いのが、この赤毛のノッポ。

ジークフリード・()()()・キルヒアイス准将である。

 

『ええ。”()()”の足を引っ張らぬよう粉骨砕身の覚悟で任を果たして見せましょう』

 

通信モニターの向こう側で恭しく一礼するのは、執事服姿の中年男性。

年齢的にはオーディンの屋敷を守るシューマッハより一回り以上年上だろう。

割と整った顔立ちの白人男性で、執事服も着慣れた様子だ。

 

さてさて、我らがキルヒアイスがどこに通信を繋げているのかといえば……実は自由惑星同盟の現行旗艦型戦艦、アキレウス級の1隻だった。

 

 

 

その船は、標準のアキレウス級より長い船体に、両サイドにそれぞれえ巡航艦1隻分の推力を発生させる副反応炉と推進器を備えたバルジを装着しているのが特徴だった。

そのため全幅は標準の72mに対しほぼ倍加してしまっているが、そもそも標準ドックの幅が同盟より広い帝国内での運用なら問題ないだろう。

ただバルジを装着したせいか、船体側面のスパルタニアン発進口はなく、おそらく艦載機として搭載しているのはシャトルなどの連絡艇や脱出艇などではないだろうか?

それを補うためか逆に対戦闘艇用の12cm口径五連装対空荷電粒子砲は増設され、標準の左右合計8基40門から14基70門へとなっている。

 

このような特徴を持つのは、アキレウス級の中でもエピメテウスやヘクトルであり、おそらく元はそれらの船の姉妹艦だったのだろう。

言うまでも無く特徴は、余剰推力の大きさゆえの高速性……最新の帝国旗艦型各艦と比べても速度で引けを取らない高速戦艦ということだ。

 

だが、明らかに今の”彼女”が同盟の船ではないことを示すのは、その肌色と”アクセサリー”だ。

つまり船体は同盟のグリーンではなくネイビーブルーに塗られ、艦首付近に誇らしげに描かれるのは”そよ風の紋章(ゼビュロス)”……そう、つまりはヴェンリー財閥所属の船、より正確にはヴェンリー警備保障が現在3隻保有する鹵獲したアキレウス級の1隻だった。

 

かつての艦名はわからぬが、現在の艦名は”ニーズヘッグ”……ゲルマン神話に登場するラグナロクを生き延びた魔竜であり、その意味は「怒りに燃えてうずくまる者」だ。

そのニーズヘッグは、ヴェンリー財閥全部門からかき集められた指向性ゼッフル粒子発生装置搭載の工作艦群とその護衛艦隊を率い、今回の作戦に参加する為にやってきていたのだ。

 

 

『それにしても若様とこうして轡を並べて宇宙を駆ける日が来るとは感無量ですなぁ……生き延びてみるものです。まこと人生は面白い』

 

そうニーズヘッグの艦橋から微笑む男にキルヒアイスは苦笑で返し、

 

「若様はよしてくださいよ。それは遠くない将来に生まれるだろう先生と奥様の子供に相応しい呼び方です。そうは思いませんか?」

 

幼い頃から知る執事服姿の男に呼びかける。

 

「”()()()”提督」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーサー・リンチ

 

かつては同盟軍少将であり、エル・ファシル駐留艦隊の司令官だった男だ。

だが、「民間人を見捨てて逃亡」したうえに「帝国の正規軍ではなく貴族に投降」し捕虜になった、大いなる”同盟軍の面汚し”だ。

 

もし、”エル・ファシルの英雄”がワイドボーンとラップのコンビだとするなら、リンチは見事なまでの汚れ役……”最悪の卑劣漢”だろう。

英雄が英雄として成立するためには必ずその対比、あるいは()()()がいる。

軍の正規将官が「民間人を見捨てる」などあるまじき軍の存在意義に関わる不祥事、さらには「軍人ではなく帝国の悪の象徴である貴族に同盟軍が屈した」などという国家の威信に関わる不名誉を払拭するため、是が非でもヒーローを作り上げたかった同盟上層部は、リンチに全ての責任を押し付けることで事態の打開を図った。

 

つまりそれは「リンチの独断による民間人を切り捨てた上での敵前逃亡」であり、対して「同盟軍の命令と存在を遵守したのが二人の英雄」という構図の成立だった。

 

ゆえに同盟軍はマスコミを使い世論を操作し、徹底的にリンチを貶めた。

つまり、「悪いのはリンチと従った者達であり、同盟軍は市民を見捨てたりもしなければ、貴族に屈したわけでもない」という風潮を作り上げたのだ。

まさに政治である。

 

 

 

リンチは、本来なら野垂れ死にと大差ない悲惨な最期を迎えるはずだった。

例えば同盟軍は、公式に「アーサー・リンチの軍籍を剥奪した上に不名誉除隊処分。今までの全て功績も破棄。またいかなる意味においても捕虜返還要求リストにその名を加えない」と宣言した。

不名誉除隊である以上、恩給などの退役後の福利厚生が全て水泡に帰すのは当然としても、なお厳しいのは「現在だけではなく過去にまで遡ってアーサー・リンチなる恥知らずな軍人は”同盟軍には存在しない”」とされたのだ。

 

これは明らかに前世より悪い、あるいは徹底した処置だ。

ヤンはやる気はないだろうが……例えこの世界にラインハルトがいたとしても、リンチを工作員として送り込むことは不可能だということを意味してる。

 

更には主に同盟市民に都合のいい怒りの矛先として「命の危険がある」ことを理由に、妻とは超法規的措置で即座に離婚が成立。妻子ともども別の戸籍と名が用意され、「リンチとはかかわりの無い人間」として生きてゆくことになった。

 

おそらく銃殺や終身刑を除けばもっとも重い処置だった……否、もし軍籍を持ったまま帰国すれば、そのまま軍法会議→軍法廷。敵前逃亡やサボタージュは銃殺刑になることも珍しくないため、ある意味においては温情とも取れる措置なのかもしれない。

つまり軍籍剥奪の上、過去の功績も抹消では軍法会議でも軍法廷でも裁けるはずも無い。

蛇足ながら軍法は、無論全てでも万事でもないが一般に民法や刑法より厳しい処罰が下りがちだ。

 

だが、この報告を劣悪な環境で有名……五年後生存率の低さでは帝国で五指に入る収容所に収監されていたリンチは、看守が面白おかしく話す上記の内容を耳にしたとき、心より絶望した。

いっそこの地獄に近い場所で朽ち果てたほうが幸せかもしれない……

そうとすら思った。

 

だが、そんなときに一人の来客があった。

無論、リンチに帝国で面会を求めに来る様な知り合いはいない。

誰かといぶかしみ、いざ面会に応じてみれば……

 

『なっ!?』

 

リンチは比喩でなく絶句した。

軍人、あるいは貴族とは思えぬ柔らかで優雅な物腰のその青年は、

 

『はじめまして、リンチ提督。私はヤン・ユリシーズ・フォン・ヴェンリー。一応、子爵で少将だ』

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

『端的に言ってしまえば、私は貴殿をスカウトしに来たのさ。ただし軍ではなく、わが社の社員としてだけどね』

 

最初、リンチはなんの冗談かと思った。

自分は貴族に投降した腰抜け、民間人を見捨てた薄汚い卑怯者……そう評されているはずだ。

実際、ヤンにもそう告げ、

 

『冗談なら止めてくれ。貴族サマってのはこんな辺鄙なところにまで俺をからかいにくるほど暇なのか?』

 

帝国で貴族にこんな口をきけば、帝国人でも眉間に穴が開いても不思議じゃない。

ましてや捕虜ならなんの呵責も無いだろう。

それがわかった上での口のきき方だった。

 

『ところが冗談じゃないのさ』

 

しかしヤンは軽く皮肉を流して切り返してくる。

 

『リンチ提督、確かに君の名誉は地に落ちた。ただしそれは”同盟において”さ』

 

『……なにが言いたい』

 

『君は英雄を生み出すための捨石にされた。そして画策したのはロボス中将あたりじゃないかな? 中将は中々の”軍政家”でらっしゃるようだしね』

 

『!?』

 

『今回の一件、上手く民衆の矛先を政府や軍から逸らせれば、間違いなく出世の一材料にはなるだろうね。ロボス中将は”()()()での戦い”の腕前も悪くないようだよ? 特に最近は、政治家との関係構築に熱心なようだ』

 

ヤンは誘導し、明確な走り出す方向を指し示した。

無論、時には怒りや憎しみが巨大な起爆剤……落ちぶれ絶望のそこに沈んだ男が再起するに十分な威力の起爆剤になることを熟知していた。

 

 

 

『”泣くな、復讐しろ”……古い諺だ』

 

それが例え復讐という怨念に支えられた物だとしてもだ。

 

『だけど、こうも続く。”最高の復讐は幸せになることだ”とね』

 

『幸せ……だと? この俺にか』

 

『ああ』

 

ヤンは大きく頷き、

 

『同盟に戻ったところで貴殿にそれは望めない。だが、帝国でならば私が手助けできるかもしれない……ただし、捕虜のままでは無理だろうね。いや、既に貴殿は軍籍を剥奪されてる以上、捕虜ですらない。ただの戦争犯罪人としてここに収監されている』

 

『……俺に亡命しろと?』

 

ヤンはもう一度頷き、

 

『私が手を貸せるのは、君が帝国の人間になってからだ』

 

そして一呼吸置いてから、

 

『”アーサー”、帝国人としてやり直す気はないかい?』

 

 

 

 

 

それは過去……ほんの小さな出会い。

その出会いに歴史的意義など無いのかもしれない。

 

だが、紛れも無くヤンにとっては前世との大きな相違であり、同時に明確な分岐点だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リンチ提督、華麗に登場!(挨拶

ただし帝国側だけどね(笑

この作品のヤンは、基本的に「清廉潔白な綺麗なキャラ」ではないんですよ。
ヴェンリー領だけで30億の領民を抱え、食わせていかなければならないので、綺麗ごとはいってられないようです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第053話:”サクセサー”

渋くてニヒルなリンチ提督は好きですか?

2018/07/05追記:展開の都合上、既婚者の数が変わりました。
三人全員ではなく、二人です。一番の若手はまだ未婚のようです。







 

 

 

『”アーサー”、帝国人としてやり直す気はないかい?』

 

 

 

さて、世界を神の視点で見れる親愛なる紳士淑女諸君にはヤンのリンチに対する行動は、どう映っただろうか?

 

前世の罪滅ぼし? 代償行為?

無論、そのような意識も全く無いと言ったら嘘になるだろう。

ヤンとて一応は血の通った……どちらかと言えば情の厚い人間だ。

ただ、好意に非常にむらっ気があるのは既に皆さんが知るところであろう。

 

だが、ヤンは……ローエングラム領()引き継ぐ前の当時の名で言えばヤン・ユリシーズ・フォン・ヴェンリー子爵少将は、情だけで物事を判断するほど単純な男ではなかった。

前世を同盟将校として生き、母国が滅び暗殺で幕を閉じた人生を終え、今生は資金力なら帝国最有力と噂される帝国貴族として生きる羽目になった男の内面は、なるほど確かに”人間にあるまじき”混沌と闇を抱えていてもおかしくはない。

 

『胡散臭いな……』

 

別にヤンが内面に人知れず抱えた”得体の知れない混沌”に感づいたわけではないだろうが、リンチは怪訝な表情を解こうとはしなかった。

まあ、同胞に極限まで貶められたのだから、全てに懐疑的になるのはむしろ当然だろう。

 

『俺の再起に手を貸す……それに子爵、お前に何の得がある?』

 

『無論、代償をいただくさ。取り立ててやって欲しいのは、()に”ある証言”をしてもらうことかな?』

 

ファーストネームに代名詞……自分の呼び方が変わったのはリンチにもわかったが、それを問うより先に聞きたいことがある。

 

『証言?』

 

ますます訝しげな表情になるリンチにヤンは涼しい顔で、

 

『”リンチ提督は、民間人の安全をマルコム・ワイドボーン、ジャン・ロベール・ラップに託し、自らは艦隊を率いて民間人の脱出を支援すべく()となった”』

 

『えっ……?』

 

『”ワイドボーン、ラップの両名がそれを証言しなかったのは、混乱した前線ではよくある連絡の不行き届きでその命令が届かなかった。リンチ提督は計画通りに陽動作戦を行い、奮戦し見事に民間人が脱出するまでの時間を稼いだ”……こういうシナリオはどうだい?』

 

『ちょっと待て……それは……』

 

『別におかしな話じゃないだろ? 君が降伏したのは、”隕石群に偽装した脱出船団が、こちらの哨戒網を抜けた後”だ。公式記録にしっかり残ってるしね』

 

『確かにそうかもしれんが……』

 

『”だが自由惑星同盟はろくな調査もせずにエル・ファシル防衛失敗の責をリンチ提督に押し付けた。そこに正義は無い”』

 

 

 

『正義か……ロクでもない言葉だ』

 

吐き捨てるようなリンチの言葉にヤンは頷き、

 

『全くの同意だね。どの時代のどの国の国営墓地も、正義って言葉に踊らされた成れの果てで満員御礼さ』

 

そしてリンチはヤンの言葉を反芻するように逡巡し、

 

『つまり子爵サマは、こう言いたい訳か? 俺に”卑怯者”から”裏切り者”になれと』

 

『端的に言えばそうなるね』

 

だが、ヤンはリンチの言葉を否定せず、

 

『だけど気にする必要はない。先に君を裏切ったのは同盟のほうだ。同盟に裏切られた君は、”見限った”のさ』

 

『物は言いようだな』

 

そう言い放つとリンチはニヤリと笑い、

 

『だが悪くない』

 

『誘った私が言うのもなんだが、卑怯者も裏切り者も汚名に変わりはないのなら、より利益があるほうを取るべきだ』

 

ヤンは柔らかな笑みを浮かべ、

 

『アーサー、君はここで”終わり”じゃない。まだ”これから”がある以上はね』

 

 

 

この時、リンチは大声で笑った。

それは久しぶりの心からの笑顔だったという。

 

アーサー・リンチ……この時、まだ絶望はしていても腐ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

そこから先の話は、掻い摘んで話そう。

その日の内に収容所を出たリンチは、ヤンの要望どおりの証言を行った。

 

このインタビューは”リンチ証言”と銘打たれフェザーンと帝国の諜報網、さらにヴェンリー家独自の諜報ネットワークを通じて同盟にスクープとして拡散され、一気に大騒ぎとなった。

例えるならあちこちで大炎上祭りが開催された。。

事態を重く見た同盟政府ならびに軍部は、文字通り火消しに躍起になり……

 

”これは捕虜に政治的取引を持ちかけ一芝居を打たせた帝国の悪質なプロパガンダ”

 

”卑怯者が裏切り者になっただけだ。民間人を見捨てた者が、今度は保身の為に国を売ったのだ”

 

という主張を言葉を変え、表現を変え、内容は変えずに繰り返した。

一応、その成果はあがり、基本的に民主主義国家らしい移り気な市民特性も手伝い、やがてこのスキャンダルは「帝国のプロパガンダ」と断定され収束していく。

 

ただ、一点の曇りなき”エル・ファシルの英雄”という政府と軍部が好んで仕立て上げた美談に、疑念という土が付いたのもまたまぎれも無い事実だった。

 

 

 

ヤンは無論、約束を守った。

リンチをヴェンリー財閥の中でも精鋭であるヴェンリー警備保障に招き、

 

『実はウチでは大量の同盟の鹵獲軍艦を使ってるんだけど……その特性を熟知していて、なおかつ艦隊指揮をできる人間が中々いなくてね。いや~、アーサーが受け入れてくれて本当に助かったよ』

 

と素直に喜んだという。

実は前世も含めてヤンのリンチへの評価はそう極端に悪いものじゃない。

民間人を見捨てたことには問題あるが、前世の自分はそれを囮にしたのだからどっちもどっちだと考えていたし、絶対勝てない数の敵に包囲されて降伏を選ぶのはむしろ悪い判断ではない。

 

 

 

そこから長い付き合いになるわけだが……

リンチはヴェンリー警備保障の中で帝国というものや貴族というものを学び、提督としても人間としてもまだ自分が成長の余地があると自覚した。

そして徐々にっその頭角を現すと同時に……率直に言って、ヤンに完全に毒された。

 

ヤンは天性の”()()()”であることは否定のしようが無いと思う。

どんな経緯があったか今一つ不明だが、気が付けばリンチは軍のブート・キャンプより厳しいと噂されるヴェンリー家本宅にて開催される執事研修を幾度も受け、骨の髄まで執事の何たるかを叩き込まれて”執事もこなせる提督”あるいは”提督もこなせる執事”として覚醒(?)した。

 

シューマッハも同様だが、ヤンの前で常時執事服を着れるというのは相応のキャリアと意味があるということなのだ。

無論、そんな生活である以上、酒びたりになるような余力はなかった。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

こうしてヴェンリー家が誇る”三大お抱え成功亡命者(サクセサー)”の一人、アーサー・リンチは爆誕した。

ちなみに残る二人のサクセサーのうち、一人は同じくヴェンリー警備保障の”特殊陸上作戦任務群(アイゼン・リッター)”の隊長で、もう一人は財閥全体の老舗中の老舗で花形のヴェンリー通運の統括部を取り仕切ってるらしい。

 

三人揃って帝国人の平均年収の軽く数倍は年俸を得ている高給取り(実は元帥府の提督達より高給取り。軍人は公務員なので当然かもしれないが)で、ついでに言えばアイゼン・リッターの隊長を除く二人は帝国での再婚組で、参考までにリンチの奥方のデータを書いておくと……

 

・奥方の年齢は、キルヒアイスとそう変わらない(ミュラーより確実に年下)。

・既に二女一男をもうけている。一番年上の長女は今年幼稚園に入園。

・同僚や部下の証言:「リンチ提督の奥方って毎年妊娠してね?」、「いやむしろ俺はボテ腹姿しか見たこと無いんだが?」

 

とのことらしい。

現代日本で言えば「奥様は女子高生」という感じだったのだろうか?

 

 

 

とにもかくにもヴェンリー警備保障の中で着実に実績を重ねてきたリンチは、こうしてヴェンリー財閥中から集められた指向性ゼッフル粒子発生装置搭載の工作艦群とその護衛艦を引きつれ、はるばるカストロプ本星付近までやってきていたのだ。

 

なぜヤンが軍の工作艦を使わないのかと言えば、単純に質&量とも財閥の工作艦の方が勝っていたからだ。

ヘルクスハイマー事件で得た副次的利益の中で、ヤンは本来なら軍事機密の指向性ゼッフル粒子発生装置のライセンス生産権を、「情報公開しない」ことを条件に獲得した。

 

財閥では単に大量生産だけにとどまらず現在進行形で発展/改良が勢力的に続けられており、また宇宙空間での土木工事や廃艦の一斉爆破処分などに積極的に用いられていた。

 

そんな経緯もあり、ヴェンリー財閥は指向性ゼッフル粒子発生装の保有数も運用実績(ノウハウ)も軍以上に持っていたのだ。

 

 

 

キルヒアイスが見送る中、リンチ率いる工作艦隊は慣性航行に切り替えゆっくりとカストロプ本星に近づいていく。

目的地は、二度の貴族艦隊撃破で急増した本星周辺のデブリ帯だ。

”アルテミスの首飾り”が内包するセンサー以外はまともに機能していないカストロプ勢力では簡単には捕捉できないだろう。

 

「では我々も参りましょう」

 

リンチ艦隊が十分に離れたことを確認したキルヒアイスはニコリと微笑み、

 

「全艦、機関出力最大! 広域ジャミング開始! 我々がカストロプに来たことを派手に報せるとしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




しっかり「復讐=幸せになること」は達成していたリンチ提督でした(挨拶

リンチ夫人の奥様はきっと茶髪のショートカット、身長は150cm前半できょぬーだと思います(えっ?

とはいえ、リンチ提督の中にはまだまだつけなきゃいけない”オトシマエ”がありそうですが……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第054話:”舌火・思考誘導の実践”

大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
また、待っていてくれた皆様、本当にありがとうございます。


 

 

 

「全艦隊、停止」

 

キルヒアイスが座乗する”フォルセティ”率いる艦隊は、ちょうど「”アルテミスの首飾り”のセンサーに捉えられるが、射程外」の位置で命令と共にぴたりと進撃を止めた。

 

そして、キルヒアイスはご丁寧な事に全周波数チャンネルでの発信を命じ、

 

「叛逆者マクシミリアン・カストロプに告ぐ。ただちに通信に出なさい」

 

徐にそう切り出した。

言うまでもなく最初っから挑発である。

貴族を示す”Von(フォン)”も入れていなければ、爵位もつけていないのだからそれ以外の何物でもないだろう。

無論、カストロプの領地も爵位も既に”公的に過去のもの”となってる以上、間違いではないのだが。

 

そして垣間見える思い切りの「上位者としての口調」だ。

つまりキルヒアイスはこの短いセンテンスの中に、「もはやお前は栄光ある帝国貴族ではない。農奴以下のただの叛徒である」という意味を込めてるのだ。

 

平行世界(げんさく)”でも定評ある温厚な彼からはちょっと想像のつかない露骨な行為だが、今の帝国騎士位をもつジークフリート・()()()・キルヒアイスならこの位はできて当然の芸当なのかもしれない。

幼少の頃から深い付き合いのある”先生(ヤン)”のおかげ、あるいは”せい”でこの少年の面影を残す甘いマスクの青年は否応なく貴族と言うものを相応に理解しているのだから。

 

『貴様……!!』

 

そう立体スクリーンに映ったのは、ある意味において貴族らしいといえる育ちは良くとも中身の剣呑さが滲み出た、中々に顔立ちの整った長髪の男だった。

 

安い挑発だとはわかっているはずだが、だが自分の通信に出ないとなればそれこそ貴族にとっては重要な”面子”が木っ微塵になるだろう。

 

”ジーク、貴族って生き物とって「名誉を汚される」というのは我慢しがたいことなんだよ。要は面子の問題さ。そのためには命を懸けることも珍しくない。度し難いことにね”

 

師であるヤンの言葉を胸中で反芻し、

 

「退廃と享楽と放埓は貴族の嗜みですか?」

 

と、キルヒアイスはマクシミリアンの手に抱かれたままの「はだかくびわ」の幼女を見やる。

媚薬でも投与されているのであろうか?

その目に光は無く、口と股の間からは違う種類の体液をだらしなく垂れ流しているその哀れな性玩具と成り果てた姿を見ながらも、キルヒアイスの心中は自分でも驚くほど動じなかった。

 

嫌悪感のようなネガティブな熱量を持った感情は沸き起こらず、ただ深く冷たく沈降するような……頭の芯から冴え冴えするような感覚だけが残った。

 

『羨ましいか?』

 

「特には。小官は別に幼児性愛者(ペドフィリア)というわけではないので。ただし、」

 

キルヒアイスはスッと目を細めた。

 

「忠告申し上げるなら、ご自身が既にそのような特権を振りかざせる立場にはないことを自覚するべきだと思いますが?」

 

その声は自身でも驚くほどに温度がなかった。

 

『貴様!……何が言いたい?』

 

敵、マクシミリアンが通信に出た時点で術中にはまっているのはわかっていた。

だからこそ、より完璧を期すのが自分の仕事だとキルヒアイスは自覚しており、

 

「エリザベート・イリヤ・フォン・カストロプが率いる艦隊は全滅しました。完膚無きにまで……徹底的に殲滅しましたので」

 

『バカなっ!! この短時間でできるはずはない!』

 

「お疑いならば、これから転送する座標を御確認することをお奨めしますよ。ああ、ただし電波/電磁波/量子等の能動的な(アクティブ)探査手段はジャミングをかけてますので、”アルテミスの首飾り”に搭載された受動的な(パッシブ)光学センサーで確認した方がいいでしょう。無論、最大望遠で」

 

 

 

『なっ!?』

 

マクシミリアンの驚愕に染まる顔を見て、キルヒアイスは少しだけ溜飲を下げつつ、

 

「もっとも現状見えてるのは約45分前の姿ですがね」

 

カストロプが確認できたのは、凡そ2700光秒前先に小惑星(アクシズ)あったときの姿だ。

参考までに言っておけば太陽→木星間の距離が2596光秒とされているのでほぼ等しいと考えていいだろう。

 

「現在、アクシズと名づけた小惑星は徐々に加速しながらあなたの星に接近してます。最終的な加速は光速の0.1%ほどになる予定ですが」

 

『貴様、正気か!?』

 

 

 

アクシズと言うと、元ネタのガンダムに登場した小惑星アクシズは”長辺:約5.3km/短辺:約4.2km”というサイズだったらしい。

だが、形だけとはいえカストロプ主星に星間物質吸引式推進機関(パサート・ラムエアジェット)を吹かしながら接近してくる岩塊は、ケスラーやミュラーの艦隊が表面に偽装駐留していたようにかなり大きい。

具体的には体積比で1000倍くらいはありそうだ。

 

参考までに書いておくなら、6550万年前に地球のユカタン半島に落着し大規模な気象変動と寒冷化を招いた隕石の大きさは長辺10km程度、最終速度は秒速10~20km程度だったらしい。

その被害は、直径150km/深さ30kmのクレーターを作り、周辺にマグニチュード11の地震と大規模な火災、高さ300mの津波を引き起こした。

結果として、当時の地球に存在していた恐竜を含む70%の生物が、衝突と誘発された環境の急激な変化に耐え切れず死滅したといわれている。

 

「生憎と正気ですよ? 我が元帥閣下曰く『これ以上の不動産(わくせい)は通常業務に差し障りが出るために不要』との見解なので」

 

キルヒアイスは表情に一片たりとも変化を生じさせず、

 

「小惑星が落着すれば貴方だけではなく星の多く命が失われましょうが……これは戦。故、看過すべきことなのでしょう」

 

非情ではない、言うとすれば無情だ。

もっともキルヒアイスとしてはわざわざバスター岩石落しをする気はないが、かといってそれを相手に察せられてしまうほど純朴ではない。

やはり、ヤンという男のそばに長らく居たせいで良くも悪くも影響を受けまくっていた。

だからこそ、

 

「なので貴方ができる選択肢は、今のところ御自慢の”アルテミスの首飾り(げいげきえいせい)”でアクシズを止められることを祈る程度です」

 

どこか師匠に通じる優しげで温和な風貌に反するような毒を、何食わぬ顔で吐くこともできる。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

”いいかい、ジーク? 挑発と言うのは立派な戦術だ。舌戦なんて言葉もあるくらいだからね。だから用途は単純に相手を怒らせて冷静な思考力を奪うってことだけじゃないのさ”

 

(感情を刺激して冷静な判断力を奪い、なおかつこちらの意図に沿うように思考を誘導する……)

 

孫子の兵法を紐解くまでもなく、戦争で物理的なそれと同等か場合によってはそれ以上の効果をもたらすのが精神的なそれ、いわゆる心理戦だ。

そして自他共に認める心理戦の名手たるヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラムの内弟子たるキルヒアイスも、また知らず知らずのうちに少なからず心理戦に高い適正を持ち始めていた。

特にヤンがこれと言って奥義を伝授したわけではないが……一種の”門前小僧習わぬ経を読む”という奴であろうか?

 

(これで思考は絞れたかな?)

 

そしてキルヒアイスは先を読む。

すでに若きカストロプの思考は自分の艦隊とその後にある加速装置付きの巨大岩塊、そして今や最後の手札となった物騒な首飾りに固定化されたと考えていいだろう。

 

つまり、

 

「一応、」

 

(他の可能性に気づいた気配はない)

 

「降伏勧告はしましたからね?」

 

フォン・キルヒアイスが微笑んだ瞬間、

 

『なっ!?』

 

カストロプが本拠を構える星の衛星軌道が紅蓮の炎に染まった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前書きにも書きましたが、お待ちいただいていた皆様、申し訳ありませんでした。
そして何より、お待ちいただきありがとうございました。

いずれ活動報告などにも書かせていただこうと思っていますが、身内が鬼籍に入り、また仕事を変えるなど私事にあまりにも変化があり、しばらく短文の執筆さえままならぬ状態でしたが、此度少しずつでも執筆モチベーションが回復してきてるので、わずかばかりでも書いていこうと思ってます。

かつてとは比べ物にならない程度の遅筆となり、またクオリティも当然のように下がっているでしょうが、またお付き合いいただければこの上なく幸いです。


追記:っこのシリーズのマクシミリアン・カストロプは”道原かつみ”先生の漫画版を参考にしています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第055話:”諸君、棒給分の働きをはじめようではないか”

ある意味、原作ラインハルトよりもタチの悪い洗脳かもしれない。


 

 

 

さて、キルヒアイスがカストロプと舌戦を繰り広げ始めた頃まで時は遡る……

 

 

 

「リンチ()()、工作艦は全て所定位置に配置完了。全艦、異常なし。ただちに作戦行動可能です」

 

「よろしい。大変結構だ」

 

相変わらずの……それこそ、かつて自分が指揮していた記憶の中の自由惑星同盟の正規軍すらも大きくしのぐ練度の高さに、今はキルヒアイス麾下にあるヴェンリー警備保障の途別編成艦隊を率いるアーサー・リンチは大いに満足を覚えた。

本来はヴェンリー財閥、より細かく言うならヴェンリー警備保障保有の”民間船”なのだから、工作()と証するべきだろうが……これらを工作艦と称して不自然さを感じないのが、この集団(かんたい)がどういう集団かを物語る。

 

(人生とは実に奇妙なものだ……)

 

号令の前に、リンチは少しだけ”ニーズヘッグ”……かつては別の名を持っていただろう同盟の旗艦級戦艦(アキレウス級)のアドミラル・シートで感傷にふける。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

敗北した自分は全てを失ったと思った。

ヤンの口から国にも、軍にも、家族にも裏切られたと聞いたときには絶望すら感じた。

だが……

 

『アーサー、君はここで”終わり”じゃない。まだ”これから”がある以上はね』

 

そして人生は大きく変転した。

 

”泣くな、復讐しろ。最高の復讐とは幸せになることだ”

 

とは同じくヤンが語った言葉だったか?

 

(なら、きっと俺は上手く復讐できてるのだろうな……)

 

プライベートでは、ショートカットの髪形がよく似合ううら若き愛らしい妻に、妻との間に恵まれた目の中に入れても痛くない可愛い子供達。

仕事では、率いるのが私設艦隊と聞けばかつて正規艦隊を率いてたと聞けば都落ち感はあるかもしれないが、それが既知宇宙最大の財閥であるヴェンリー家のそれとなれば話が違う。

艦船などの装備から下級兵員に至るまで、ハード/ソフト共に質/量共にかつて自分が率いていたそれを遥かに凌駕しているのだ。

そもそも自分は同盟軍人時代には、ついぞアキレウス級など座上したことなどなかった。

無論、給与一つ見てもかつての比ではない。

 

”アーサー、私は支払った給料分以上の仕事は求めない主義なのさ”

 

今の上司はそう語る。

 

『忠誠なんて物は君の給料には含まれていない。君はただ給料に見合った働きをしてくれればいい』

 

 

 

(つくづく不思議な御仁だ……)

 

今でこそ主人(ヤン)は更に多忙となり、自分と直接顔を合わせることは稀になったが、一昔前……自分がまだヴェンリー警備保障に再就職した頃は、まだ幾許かの余人を交えず離す機会があった。

 

『最近の自由惑星同盟の政治家も軍人も忘れがちだけどね、本質から言うなら同盟軍は”市民軍”なのさ。つまり市民が同じ権利と義務を持つ市民を守るために抽出され作られた組織……だから国家やら正義やら大儀やらを言い出す前に、市民を守ることを最優先せねばならないのさ』

 

自分がどう返答したかはよく覚えてないが、耳が痛かったのは覚えている。

 

『なぜだかわかるかい? 単純明快、市民が軍のスポンサーだからさ。理想や幻想を省けばそう言う結果にしかならない。君たちが消耗するトイレットペーパーから軍艦まで、その財源は全て市民の血税だ。ならそのスポンサーの意向に沿うのが、本来のあり方じゃないのかい? 民主主義国家の軍人は、聊か特殊とはいえ所詮は公僕、つまりは公務員だ』

 

『少なくとも自由惑星同盟における公務員の定義、あるいは理念とは「国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行に当っては全力を挙げてこれに専念しなければならない」だったはずだね? では、同盟軍が市民に提供できる”公共の利益”とはなんだい?』

 

それもまた答えに詰まった。

 

『自由惑星同盟の成り立ちから考えれば、同盟軍に求められる公共の利益とは”圧政を旨とする帝国や暴虐極まる貴族から、力なき市民の命とその財産を守る”ことさ。その本質を考えれば、今の同盟政府も軍もその本質から大きく逸脱しているけどね。それとも手段と目的が逆転してると言ったほうがしっくりくるかな?』

 

リンチもそれは薄々心のどこかで感じていたことだ。

”同盟軍とは何か?”……入隊のときに同盟憲章に宣誓したが、それが形ばかりの誓いだったことはフェザーンにて奇しくも自分自身で証明してしまった。

 

『ああ、心配は要らない。アーサー、君が生まれる遥か以前からこの”歪み”は存在していたんだ。むしろ150年も断続的に戦争をし、国家が健全な姿を維持できるほうが異常だろうね。何しろ同盟だけでなく帝国にも”戦争を知らない世代”がいないんだから……この現状を、”戦争の恒常化”を異常と感じられないことこそ、もはやこの上なく異常なんだろう』

 

ヤンのその時の瞳をリンチは凝視しなくて正解だったろう。

何も底知れぬ深遠の闇を自ら進んで見る必要はない。

 

『さて、アーサー……君は幸か不幸か、同盟憲章に誓った責務から亡命と同時に開放されたわけだ。なら、君が新たに獲た責務はなんだい?』

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

(プロフェッショナルとしての在り方……か)

 

リンチは気づかずに苦笑していた。

記録を読む限り主人(あるじ)……今の名をヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラム伯爵と名乗る男は、帝国開闢から衰えることなく脈々と続く名門の家に生まれた生粋の貴族だ。

まさに”貴族の中の貴族”と言っても間違いはない。

だが……

 

(だが、同盟軍人だった俺以上に同盟を理解し、把握している……)

 

その時に感じたのは、そのどこか底冷えするような感覚は「敵に回らなくて良かった」という安堵だろうか?

「彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず」とは孫子の兵法の中でも有名な一説だが……ヤンはリンチから見ても同盟(てき)を知りすぎていた。

本来なら不思議と言う言葉で片付けられるものではないが……リンチは深く考えるのをやめる。

それはもしかしたら生物の持つ本能からの警鐘だったのかもしれない。

我が主はどうしようもない人誑しで、まるで巨大な重力源(ブラックホール)の様な引力で人を惹きつけるところがある。

だが、その人的重力井戸の奥底を覗き込むのは極めて危険……好奇心は猫をも殺すという言葉もあるが、少なくとも相応の不退転な覚悟がいる。

 

もはや手遅れのような気がしないでもないが……だが、幸いにしてリンチは自分が想像していたよりは長い生涯で、ついぞ”ヤンの本当の深遠”にたどり着くことはなかった。

まあ、ヤン自身が”もう一つの生涯”を誰にも語る気がなさそうなので、今のヤンの同盟を見る鬱屈とした思いの源泉を察することが出来る人間は、キルヒアイスを含めてもいないだろうが。

 

「では諸君、」

 

今は目の前の仕事をまずは片付けるとしよう。

 

「棒給分の働きをはじめようではないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

リンチの命令の元、未だカストロプに感知されていない50隻の工作艦はヴェンリー財閥での秘匿名称”宇宙発破”、軍事用語で言えば”指向性ゼッフル粒子発生装置”を作動させた。

 

ナノマシン・ガイダンスに導かれた大量のゼッフル粒子は、ほどなくカストロプ静止衛星軌道上に並ぶ12基の無人重武装衛星群”アルテミスの首飾り”を飲み込むようにまとわりつきはじめる。

もし粒子を視認することができたのなら、きっとアルテミスの首飾りは環状の濃霧に覆われたように見えただろう。

いや、それどころか細緻な誘導がなされた危険極まりない粒子は、もしかしたら衛星内部までわずかな隙間を見つけ入り込んだのかもしれない。

 

「リンチ提督、キルヒアイス准将閣下より入電! 爆破要請です!!」

 

そしてリンチは待ちに待った瞬間のため軽く息を吸い込み、

 

「発破……!!」

 

刹那、カストロプの星には紅蓮に染まる灼熱のオービタルリングが出現していた!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヤンは人誑し……はっきりわかんだよね(挨拶

原作ラインハルトはリンチの劣等感や絶望、怨嗟に復讐心を煽って”同盟に仕込む毒”として仕立てましたが、この世界のヤンは(前世記憶から引き継いだ申し訳なさがあったことは否定できませんが)、真逆の選択肢を取り”自らの手駒”としたようです。
まあ、金があるからこそできる荒業と言えばそれまでですが(^^

ヤンは前世の反省から、「味方を吟味する」「吟味した上で味方を増やす」という方針のようですよ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第056話:”ケーニッヒスベルガー・クロプセ”

今回、新キャラが出てくる予定です。
その存在は実はチラチラと仄めかされてはいたんですが(^^




 

 

 

「ば、バカな……」

 

自らの宮殿の大広間で愕然とする若きカストロプ……

この男とて無能ではない。故に何が起こったか即時に理解したのだ。

どのような手段を使ったのかは理解できないが、ただの一撃で自分が持つ最大兵力が無効化された……それだけは疑いようもなかった。

 

『おや? 御自慢の衛星は強火で煮込まれ”ケーニッヒスベルガー・クロプセ(肉団子のホワイトクリーム煮込み)”になってしまったようですね?』

 

画面の向こう側でいけしゃあしゃあと皮肉をかます赤毛の若い男をカストロプは睨みつける。

どんな罵倒をくれてやろうかと思案するが、

 

『残念ながらハウプトグリヒト(メインディッシュ)の時間は終わりですが……ならば、次はナッハティッシュ(デザート)を堪能していただきましょう』

 

急激な展開についていけず、思考停止するカストロプを更に追い込むようにキルヒアイスは、彼に似合わぬ酷薄な微笑を浮かべて告げる。

 

『いかがなさいますか?』

 

デザートが何を意味するのか?

惑星に落ちつつある小惑星(アクシズ)なのか? それとも……いずれにせよ、カストロプにとりロクでもないものなのは確かだろう。

 

だが、マクシミリアン・カストロプという男は、貴族としても人間としても甘すぎた。

例えば、である。

赤毛の青年と話している間に、いつもは見下している下々の者達がこっそりと武器を用意していることに気づかないあたりが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

さてさて、再びシーンは元同盟艦の”ニーズヘッグ”のブリッジに戻る。

 

「ふぅ……いつ見てもいいものだ」

 

そうアドミラルシートでぼそりとつぶやくのは執事服を着こなす程度には慣れてしまったアーサー・リンチ、ヴェンリー警備保障から抽出、今回のカストロプ攻略艦隊に「書類上、レンタルされた形」になる指向性ゼッフル粒子発生装置を搭載した50隻の工作艦を含む特別艦隊を率いる提督だ。

 

実は”発破”の起爆は、彼的には五指に入るお気に入りの”宇宙風景”だった。

流石に大型の軍事衛星群なんてものを吹き飛ばしたのは初めてだが、おそらく彼は帝国内で最も指向性ゼッフル粒子の扱いに長けた一人ではないのだろうか?

なんせ通常業務で、デブリの除去などで使っているのだから。

 

(やはり爆発はいい……刹那の輝きは、美しくも鮮烈だ。まるで宇宙に咲く大輪の花火のようではないか)

 

更に今回はヴェンリー家保有の宇宙発破搭載工作艦の半数を投じた過去最大規模の”()()()”である。

宇宙を彩る爆炎に魅入られた者としては、心に来るものがあるのだろう。

一般人から見れば少々危険に感じる小さな耽溺を味わっていると、

 

『リンチ、そろそろ星に降りてかまわんか?』

 

空間投影型の立体スクリーンに映し出されたのは、細身ながら筋肉質な長身と銀灰色の髪が特徴の同僚、

 

「ああ、待たせたな。”()()()()()()()”」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

ヘルマン・フォン・リューネブルク

かつて同盟最強の陸戦隊と名高い”薔薇の騎士(ローゼン・リッター)”連隊第11代連隊長だった男であり、今から5年前の宇宙歴791年(帝国歴482年)に帝国へと逆亡命してきた男だった。

 

そして亡命直後にヤンにスカウトされ、まるで濁流に流されるようにあれよあれよと言う間にヴェンリー警備保障へと就職。

その持ち前の陸戦スキルの高さと指揮能力を存分に発揮、今やヴェンリー家お抱え陸戦(白兵戦)兵力では最強、おそらく同数/同条件で戦うなら帝国全体を見回してもオフレッサー率いる”帝国装甲擲弾兵団(パンツァー・グラネディア)”くらいしか上位者がいないだろうヴェンリー警備保障が誇る特殊作戦任務群”鋼鉄騎士団(アイゼン・リッター)”の総隊長を務める。

 

プロテクト・ギアを思わせる新型軽量装甲服をなぜか小粋と表現したくなるように着こなし、精悍と言う言葉を擬人化したようなこの男にはまさに打ってつけの仕事だろう。

今更だが、ヴェンリー家の三大成功亡命者(サクセサー)の一人がこの漢だ。

 

そして今回の作戦でオフレッサーと装甲擲弾兵団ではなく、リューネブルク率いるアイゼン・リッターが参加しているのは相応の理由があった。

 

 

 

一つはまず”指揮権”の問題。

今回の遠征の最先任は少将のケスラーだ。対して大酒飲みのヒグマ(オフレッサー)はあれでも上級大将……問題しかない。

ならオフレッサーじゃなくて配下だけを出せばよいと思うかもしれないが、大好物の鉄火場を前に飲み友達に「待て」を言うほどヤンは無慈悲ではない。

 

もう一つは……というか、どちらかと言えばこっちが本当の理由なのだが、”部隊の性質”の問題だ。

百戦錬磨の白兵戦エキスパート部隊である装甲擲弾兵団は確かに強力無比な戦力だが、得意とするのは制圧戦や蹂躙戦等のパワープレイ、まっとうな正面切った戦いだ。

艦船で移動し、惑星や敵拠点への強襲と制圧などを行うことを考えれば、その性質は正規戦がメインの”海兵隊”に近い。

 

一方、特殊作戦任務群はその名のとおり特殊な作戦、つまりは非正規戦に分類される暗殺や破壊工作、逆ベクトルを持つ要人警護に人質奪還などもその任務に含まれる、正しく”特殊部隊”だ。

現実のグリーンベレーやデルタフォースをイメージしてもらえればいいかもしれない。

ついでに言えば、ヤンの軍務以外で使う拠点や住居に張り付いてる警備員も実はこの部隊の者達だ。

 

例えば、第025話において過去にミッターマイヤーを救出して見せたのも当時のアイゼン・リッターだったし、彼らにとってそれは初めての救出作戦ではなかった。

今回の作戦では、マリーンドルフ伯の人質奪還作戦(ホステージ・エスコート)が含まれてる以上、アイゼン・リッターの方が確かにより適してるのだろう。

 

 

 

『待ったとも。久しぶりの大規模叛乱(おおいくさ)、武人としては大いに奮い立つというものだ』

 

だが、既に社の重役用サロンで何度も飲み明かしてる友人でもあるリンチは、実はリューネブルクが見た目とは裏腹に思いのほか子供っぽい部分があることを知っていた。

例えば出会った頃にあった高い名誉欲は、実は銀河帝国(てきこく)からの亡命者……権力闘争の負け犬の末裔と蔑まれた故に叶えられなかった英雄願望の裏返しだ。

そういう分析が出来るのも、年齢においてもヴェンリー家とのかかわりに関しても先輩であるからだろうか?

 

「それで本音は?」

 

『閣下にオモチャを与えられ、使ってみたいと思うのは貴殿だけではないということだ』

 

なるほどと納得いく返答だった。

リンチの口元に自然と笑みが浮かぶと、

 

『リンチ、何か?』

 

「いや、お前さんは相変わらず”閣下”と呼ぶのだなと思ってな」

 

『うむ。あのお方は爵位や階級で呼ばれるのを好んではいないからな。かといって総帥や会長と呼ぶのはどうもしっくりこない』

 

リューネブルクのヤンへの忠誠心がずっと高いと思っているリンチ(だが他者から見れば方向性が違うだけでいい勝負らしいが)は苦笑しながら、

 

「なるほど。だが、リューネブルクよ……」

 

『ん?』

 

「もしかしたら、もはやお前さんが望むような状況は、あの星にはないかもしれんぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キルヒアイスが実にいい性格になってしまった(挨拶

実はこのシリーズのキルヒアイス、紅茶だけでなく主夫技能も高そうです(笑

そしてついに出てきたヴェンリー家お抱え三大成功亡命者(サクセサー)の一人、リューネブルク!

どうやら帝国に逆亡命してきた早々、ヤンに一本釣りされたみたいですよ?
社会的地位も高収入もあるので、余裕があるせいか原作より大分性格が丸いみたいです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第057話:”装甲強襲揚陸艦”

今回の主役は人ではなく船?
とはいえ、その裏にはヤンの意図が見え隠れ……かも。




 

 

 

この世界線における”ヤンの私兵”と言えば、今のところは元帥府の未来の綺羅星提督よりもヴェンリー家、あるいはヴェンリー財閥のお抱え戦力となるだろう。

 

中でもいの一番に数えられるのは、最大戦力保有枠である”ヴェンリー警備保障”だ。

ヴェンリー警備保障だけでも保有艦艇総数は、帝国正規1個艦隊に匹敵するとも、いやその倍とも言われている。

最新の調査ではとりあえず”()()()()()()”だけで1万隻を優に越えていると報告されている。

 

他にも船舶を運用する部門(その最右翼が老舗のヴェンリー通商)があるので、艦艇船舶の保有総数は計り知れない。

その数、家ではなく財閥と言う体裁をとってこそいるが、おそらくブラウンシュバイク家やリッテンハイム家を凌ぎ帝国貴族随一の船持ちだろう。

いや、一つの家ないし企業体が持つ艦船/船舶保有数なら銀河最大かもしれない。

 

そして、その保有艦艇には中々に面白い特徴がある。

何度か出てきているが、多くの鹵獲などで入手した同盟艦艇が存在しているのだ。

多分にヤンの趣味が入ってるような気がしないでもないが……それはさておき、同じ軍艦なら同盟艦と帝国艦の明確な違いは何かと問われれば、まず第一に出てくるのは大気圏/重力圏への離発着機能の有無だろう。

 

帝国軍は内乱の鎮圧や国威発揚のために比較的惑星へ軍艦を下ろす機会が多いので、これはもう標準装備と言っていいくらいたいていの軍艦はその機能を持つ。

逆に市民軍が本質の同盟軍は、「市民に危害が及ばない宇宙空間で帝国艦艇を撃滅する」ことを旨(あるいは建前)としているため、この手の機能は装備されておらず宇宙空間の戦闘に特化させた設計思想で建造されている。

 

上記のような理由があり、ヘルマン・フォン・リューネブルクと彼が率いる特殊作戦任務群(アイゼン・リッター)が乗り込んだのは、戦艦を改装した”装甲強襲揚陸艦”だった。

 

 

 

”第023話:ヤキンとボアズ”にも少しだけ装甲強襲揚陸艦の名が出てきたが、いい機会なのでヴェンリー警備保障御自慢の”装甲強襲揚陸艦”について少し掘り下げてみたい。

 

帝国軍には元々、強襲揚陸艦と分類される100mに満たず自前のワープ航法機関も持たない小型揚陸艇と、それを16隻運搬するドイツ第三帝国の”M24型柄付き手榴弾(ポテトマッシャー)”に似た印象の”揚陸艦()()”がある。

だが、総帥(ヤン)

 

『せっかく陸上兵器じゃ太刀打ちできないだろう重装甲/高火力を兼ね備え、オマケに惑星揚陸機能が搭載されてる高性能艦がごまんとあるのに、使わないのはもったいないよね?』

 

鶴の一声でヴェンリー船舶技研で開発が始まったのが、従来の軍艦を改装した”装甲強襲揚陸艦”シリーズだ。

 

どうもヤンは常々この”兵員輸送に()()()()()()”揚陸艦(サイズ的に強襲揚陸艇と書くほうが適切)や揚陸艦母艦には不満があったようだ。

ヤンは実は艦隊戦だけではなく、いずれ度々起こるだろう”様々な惑星(拠点)揚陸戦”にも非常に注視していた。

彼が想定する状況で欲したのは、

 

”大規模な兵員と陸戦用重武装や補給物資を余裕を持って運べる十分なペイロードを持ち、揚陸した場所でそのまま前線基地として使える堅牢さと指揮通信統制能力、地上部隊に十分な火力支援を行えるだけの火力に撤収が決定すれば速やかに兵員を収容し安全圏まで離脱できる機動力を兼ね備えたオール・イン・ワン、あるいはスタンディング・アローン性が高い船”

 

という従来の揚陸艦に求められるそれとは別格の性能である。

つまりところ、宇宙空間を行き来できる陸軍基地……というか頑強な城砦だ。

「撤収命令が出るまで粘り強く戦い抜く」ことを旨とした砦と前世の記憶と兼ね合せて考えれば、ヤンが「どんな戦場を想定しているのか?」が朧気ながら見えてくる気がする。

少なくとも、「帝国臣民(民間人)の叛乱」などを想定した装備でないのは明白だろう。

 

 

そのような要求性能から、白羽の矢が立てられたのが標準戦艦と巡航艦だった。

駆逐艦も候補にあがったらしいが、改装しても小ぶりな船だけありペイロードの確保が難しくコストに見合わないために候補から外されたようだ。むしろ主武装のレールガンで衛星軌道上あたりからの支援砲撃の方が効果が高いとされた。

 

標準戦艦は言うまでもなく大柄な図体で容積に余裕があり、艦首正面に6門並んだ主砲のうち下4門を降ろすことにより更に巨大な収容スペースを確保。

そのスペースに完全編成の1個機甲旅団規模の揚陸兵とその装備、各種補給資材に司令部機能までひっくるめて詰め込み、主砲の撤去で余力が生まれた出力を有効利用するべく、攻守を含む各種装備を積み込んでいる。

一例を挙げるなら、原型の標準戦艦では基本正面にしか展開できなかった単位相光波(モノフェーズ)を多重化させ磁気で補強する防御スクリーンを艦全隊を包み込むように全周囲展開できる。

ガンダムSEEDに出てきた”アルテミスの傘”をイメージするとわかりやすいだろうか?

ただ、これにも欠点はあり、全周囲展開すると一点集中展開に比べ単位面積あたりのエネルギー密度が薄くなり、”敵艦の攻撃”を受け止めるには不十分な防御力になってしまう。

 

一方、巡航艦は元々動体中央部がモジュラー構造になっており、その部分を丸々入れ替えることが出来る。

故に基本的には”揚陸艦用モジュール”を開発し、装着するだけの”お手軽ポン付け改造”だけで十分な初期性能を持たせることが出来た。

そのため、戦艦ベースのそれより開発が早く、以前にミッターマイヤー救出に向かったのも、実はこのタイプの先行型だ。

もっともその後も開発が続けられ、現行型は戦艦同様に主砲のオミットやそれに伴う地上用装備の追加など最適化も当然のように行われていた。

 

艦隊戦用の軍艦を揚陸艦に改装とはなんとも贅沢に聞こえるかもしれないが、実はこれらはあまりコストはかかっていない。

実は素材となっているのは、

元をただせば中古艦、それも動体保存(モスポール)とは名ばかりの、修理するより新造するほうが早いし安いと判断された半スクラップばかりだ。

標準戦艦も巡航艦も製造が開始されてから既に半世紀は経とうかというベストセラーというよりロングセラーで、未だ初期ロットのモデルが生き残っているとすれば既に耐用年数を過ぎて前線では使い物にならない旧式老朽艦だろうし、また比較的新しい艦でも損傷度が一定以上であれば回収されても応急処置だけして捨て置かれるというのは割りとよくある話だ。

 

ヴェンリー財閥は傘下のヴェンリー造船で帝国正規艦を新造や修理、メンテやアップデートなどを請け負うだけでなく、不要艦の回収や保管も請け負っている(この帝国企業にあるまじき豊富なオプションサービスもヴェンリーがシェアを伸ばしている一因だろう)ため、それこそ開発素材は掃いて捨てるほどあった。

 

言い方を変えればそれらを有効利用したのが”装甲強襲揚陸艦”シリーズであり、ヤンの前世の末期を考えれば、この勿体無い精神も理解できなくもない。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

実戦テスト用に3隻建造された標準戦艦ベースの揚陸艦のうちの1隻、”レパント”のアドミラルシートにおいて、ヘルマン・フォン・リューネブルクはかすかに、だが満足げに微笑んでいた。

 

「隊長、随分と御満悦ですね?」

 

そう声をかけてきたのはローゼン・リッター時代からの部下で、自分に付き合って帝国に亡命し今では副官を勤める青年だった。

 

「そう見えるか?」

 

「ええ。とても」

 

「なに……」

 

リューネブルクは微笑を笑みに変え、

 

「まさか陸戦一本槍の俺が、提督席に座る日が来るとはな……そう思ったら可笑しさを感じてただけだ」

 

そう、現在ゼッフル粒子で巻き起こされた爆炎を貫き、雲を割り悠々とカストロプ居城を目指し降下する戦艦ベースの”レパント”を中心とした5隻の装甲強襲揚陸艦部隊の最高責任者、小規模な艦隊……いや戦隊を率いる提督は、紛れもなくリューネブルクであった。

 

「閣下の粋な計らいですね?」

 

「まったくだな」

 

 

 

自分の人生はそこそこ程度には上手くいっている。

リューネブルクはそう考えていた。

どこで自分の事を聞きつけたのかは知らないが、亡命してすぐに声をかけられたときは正直、かなり驚いた。

だが、物は試しと口説かれてみれば……

 

(なるほど、確かに同盟では味わえなかったろう満たされた日々なのは間違いないな)

 

地位も金も名誉も自分が欲するもの、望んだものより多くのものが手に入った自覚はある。

だからそれらはもう満ち足りてる。

 

まあ、鉄火場(しごと)が楽しすぎて、恋愛面は遠のいてしまったような気もするが……まあ、それも致し方なしだ。

 

(ならば今望むのは……)

 

「できれば心躍るような戦いだな」

 

 

 

 

 

 

 

だが、リューネブルクはこの直後、思いもよらない出会いを経験をすることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 




俺、カストロプ篇が終わったら”金髪さんがいる”の方も更新するんだ……(挨拶

嘘です。ただし、もしかしたらその前に更新するかもしれませんが(えっ?

ちなみに”レパント”以外のほか2隻の戦艦ベース揚陸艦の名は、”サラミス”に”アクティウム”。
いずれもガレー船時代の有名な海戦で、間違いなくヤンの趣味でしょう(^^

追記:第053話の改定後の前書きにも記しましたが、リューネブルクは現在、独身になりました(笑



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。