無に帰すとも親愛なる君へ (12)
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第一章 魔神と皇子-1

「だから残った面影を、瞼の裏で大切になぞる。

親愛なる彼を忘れぬように。

鮮烈で眩しく、愛おしく憎く、唯一にして初めての、俺の……。」

 

無に帰すとも親愛なる君へ

第一章 魔神 と 皇子

 

 

皇歴2017年。

神聖ブリタニア帝国第98代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアの治世。

ブリタニアはその国是に則って、傍若無人な姿勢をそのままに、他国への侵攻を続けていた。エリアと呼ばれる植民地は20にまで及び、着実に世界をその手に収めようとしている。

その国の都、ペンドラゴンのブリタニア皇宮の中に、とある離宮が存在した。

 

名を、アリエス。

 

星の名を冠するその宮には、もちろん皇族が住んでいた。

第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと、第十二皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニアだ。

黒の皇子と呼ばれるルルーシュ皇子はしっとり濡れた烏の羽のような髪を持ち、皇族の中でもとりわけ目を引く美麗な少年。

ロイヤルパープルと呼ばれる瞳のその色を、誰より色濃くして両目に収めている。彼の纏う空気は常にある種の緊張を帯びていて、それが壁となり他人が軽々しく立ち入ることを良しとしない。彼が現れるだけで、一陣の風が吹いたかのようにさぁっと場の空気が変わるのだ。

支配者の貫禄を16にして十分すぎるほどに纏った少年は、冷徹に言葉を紡ぐ。

ただし、同腹の実妹といる時だけは別だった。理知的で作り物のように精巧な顔を崩れさせ、この世の優しさをかき集めたかのようなとろけた顔に豹変する。

妹――ナナリー皇女はふうわりとしたシルエットに皇帝譲りのミルクティ色の髪を持つ、お姫さまという言葉がぴったりの可憐な少女だ。しかし、それだけで終わるような存在ではありはしない。

少女らしさの奥に、ひっそりと、だが確かに芯を抱いている。少しでも頭のあるものならば、その凛とした佇まいにただ者ではないとすぐに悟るだろう。

 

彼らはふたりでこの宮に住んでいる。

アリエスは美しく、小ぢんまりとした城だったが、2人だけにはやはり広すぎた。

もちろん皇族の住処、たった二人っきりなわけがない。警備、メイドにコック、執事。全て揃っている、ただ少しその数が少ない。

他の宮に比べ圧倒的だ。理由は簡単で、兄ルルーシュがそう命じているから。末端の掃除をするためだけの使用人ですら、彼は自ら面接し、その目で見てから採用を決める。

少数精鋭。この宮にはその言葉がぴったりだ。

けれどもぴかぴかに磨き上げられた花のある空間には、どうしても拭えないがらんとした空白がある。

かつての華やかさが失われどこかひっそりとしているのは、単純に宮に使用人が少ないことだけが理由ではない。

 

かつて。

 

そう、彼らの母が生きていたころのこと。

マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。

皇帝の寵愛を受けた、豪胆で、快活だった皇后だ。

彼女は7年前に鬼籍に入り、帰らぬ人となっている。

それよりこちら、ヴィ兄妹の生活はがらりと変わることになった。

彼女は庶民の出であった。であるから皇帝の寵愛を受けたマリアンヌ皇妃亡き今、彼らを積極的に庇うものなどほとんどおらず。有力であったアッシュフォード家は同時期に没落。幼い兄妹はあっという間に後ろ盾を無くしたのだ。兄のルルーシュは母を失ったテロに巻き込まれ、足を撃たれた。そしてそれから一度も自らの足で地を踏んではいない。車椅子が手放せない体だ。

さらに悪いことに、可愛がっていた彼女を失ってから、皇帝は残された子に一切の興味を失った。謁見を申し出たふたりに冷たい言葉を浴びせかけ突き放すと、たびたび訪れていたアリエスに足を踏み入れることは二度となかったのだ。

なんということだろう。これには皆驚いた。母を亡くしたからこそと二人を可愛がり、その果てにいつか皇位継承権の順位をみごと無視した結果が待ち受けているのではと、恐れていた者も多かったというのに!

皇帝用に作られた棟には、もう何年も掃除と管理以外の目的で立ち入られていない。

 

皇帝から見捨てられた兄妹。

 

気の毒に、可哀想に。誰もがそう思いながら、ある者は同情し、ある者は喜んだ。

そしてそのどちらも、彼らに手を差し伸べることはなかった。

マリアンヌの死後、ただ一度に終わった皇帝への謁見。

そこで兄ルルーシュは父に盾突き、暴言を吐いた。

その罰とするかのように彼は留学という名目で国外へ放り出された。一触即発、いつ戦争が起きてもおかしくない国へだ。

人質だった。

誰がどう見てもわかりやすく、明白な形での出国。

そしてこのまま帰って来ないのではと噂が立ち始めた頃、思い出したようにブリタニアへと返された。皇位継承権もそのままに。

すわ廃嫡かと思われたこの事件は、名実ともにただの留学となった。廃嫡などそこまでするつもりはなく、父に楯突いた皇子にお灸を据えるつもりだったかと、周囲は納得。

しかし皇帝が彼らを突き放した、というのは依然変わりない事実だった。

思えば、皇帝がルルーシュに対し良いと言える扱いをしたのはこれが最後であるだろう。

そして残る妹のナナリーも、政治の道具として他所の国へやられるのは時間の問題であった。ナナリーとルルーシュなど初めからいなかったもののように扱われ、実の子として扱われていないのはもはや明確であったから。

 

しかし幸いなことに、彼らには力があった。

才があった。

兄のルルーシュは現在、その頭脳の類まれなさを如何なく発揮し、稀代の指揮官として頭角を現している。

妹のナナリーは13歳という幼さながらもKMFへ騎乗し、「閃光のマリアンヌ」と呼ばれた母の面影をはっきりと感じさせる戦いを見せる。

彼女の戦いと、彼の頭脳がなければ切り抜けられなかった死線。

それがこの2、3年ほどで、じわりじわりと増え始めていた。

実力だけでいうなれば、ナナリーは最高位の軍人「ナイトオブラウンズ」に所属してもおかしくないほど。皇帝の冷遇によりそれは叶わなかったが、ふたりは逆風にも負けず、力こそ正義、そのブリタニアにとって失うのが痛い価値を持つものへと成長したのだ。

 

 

「御苦労、下がれ」

 

ルルーシュは労いの色を滲ませ執事兼世話係の篠崎咲世子に告げ、彼女が礼をしてから退室し足音が小さくなっていくのを聞き届けると、はぁっと深いため息を吐いた。

車椅子の背もたれに深く体を預け、両肘をひじ掛けに置き、腹の上で手を組み目を瞑る。

ナナリーが戦場にいる。

目下、彼の不安はこれであった。

今頃戦闘中だろうか。今回の指揮はコーネリアだ、あまりにも無茶な注文をつけられることはないと思うが、そうは言えども命のやりとりをする場。危険なことに何ら変わりはない。

もともと軍属でないナナリーは、軍から配属された少ない人間でゼロ部隊と呼ばれる小さなチームを作っている。ルルーシュ皇子の親衛隊という見方も出来るだろう。

自分たちは、要請があればそこへ一時的に所属するのだ。手助けとか便利屋とか悪い時には捨て駒とか、つまりはそういうポジション。日陰ののけ者皇女のチームに入りたい人間などそういない。しかし多くはなくとも、信頼できる人間で固めた彼女の部隊は、年々その力を強くしている。ルルーシュは、彼女のチームの司令官、もしくは軍師であった。

「何としてでもナナリーを守れ」

ルルーシュとしてはそう言いたいところだが、それに首を振るのが当のナナリーだ。一応トップは皇族であるナナリーもしくはルルーシュであるものの、戦闘となれば序列はない。

皆ナナリーを守ることを念頭に置いてはいても、ナナリーの指示はいつも「勝利すること」である。いざとなれば自分など捨て置け、確実な勝利を得ろと可憐な少女は言うのだ。そんなことだからもし何かあったらと思うと、兄としてはいてもたってもいられない。今回だって本当は同行したかった。自分の指示でナナリーを動かすほうが、こんな離れた場所で執務をこなすことの何倍も気が安らぐ。

妹の実力は確かだ。

そう簡単に負けるようであれば、コーネリアから声がかかるはずもない。ちょっとやそっとの相手では、傷ひとつなくその戦場を去る。ラウンズにだって負けやしないだろう。

昨年スリーとして入ったヴァインベルグの子息などは確かに強いと思うが、兄の欲目でなくナナリーの方が上手だ。彼女は、ゼロ部隊は強い。

しかしやはり、心臓が何かに掴まれているような苦しさを除けることはできなかった。

 

本当なら、自分が彼女を守る立場なのに。妹は足の悪い兄をなんとか守ろうと、一足も二足もはやく大人になろうとしている。無邪気なままでいさせてやれなかったことが、悔いても悔やみきれない。

仲が良く年の近い皇女であるユーフェミアの、戦場を知らぬがゆえの天真爛漫さ、瞳の無邪気さを思うと、感じないはずの足がひどく痛むような気がした。

胃が重く、今朝から何も喉を通らない。咲世子に叱られてなんとかサラダと紅茶は口にしたが、それが限界であった。早く終われ。無事に終われ。早ければ、日付の変わる前にナナリーからの通信があるはずなのだ。

 

「お兄様、皆無事に作戦を終了いたしました!」その一言が早く聞きたい。一分が信じられないほど長く感じた。仕事をしている間は別のことを考えていられるのに、こうなるともうだめだ。整理整頓を心がけ、常に綺麗な机の上は雑多に物が乗ったままだ。片付ける気にすらならなかった。

こうして離れて仕事を行うことで、ふたりのどちらかが優れているのではなく、どちらも優秀であるのだと内外に知らしめることができる。

ナナリー。

その可憐で穏やかな見た目からは、激しい大立ち回りを見せる様子は想像できない。軍人でもない口だけが大きな貴族たちを黙らせるだけの戦果を、彼女が自らの手だけで勝ち取る必要があるのだ。

幾度も死線を潜り抜け、ひとつひとつ積み上げた彼女の戦歴には、今やはっきりとした利があった。もちろんルルーシュも同じだ。

あんな見捨てられた、まだ子どもの皇子に頼るなど軍人として名折れ。そう嘲られていたのはもう昔のこと。今やそれなりの頻度であちこちからお呼びがかかり――つまり便利屋扱いだが――ルルーシュが出て行って、相手に痛い思いをさせられなかったことなど一度もない。こちらが苦々しい思いをしたことももちろんあるが、何の成果もあげられずに戻って来たことだけはないのだ。

 

そう、負けさえしなければいい。ルルーシュは負けるわけにはいかなかった。そして勝利が期待された場なら、何としてでも勝たねばならなかった。どれだけ不利な状況でも、脳を煮崩してでも抜け道を考える。考えなければならない。その頭脳を価値あるものと認識させることが、この帝国でルルーシュを生かす唯一の術だった。

一刻も早く国の外へ出て行ってしまいたいくらいには大嫌いであろうとも、嗤われても罵られても、這いつくばって文字通り、死にもの狂いで居場所を守らねばならないことは皮肉だ。皇帝に頭を下げることがどれほど屈辱であったとしても、他人の助けなしで生きられない自分では、大事な妹を守ってやることはできない。どころかもしもの時に、自力で逃げることすらできないのだ。愛する存在のお荷物になることだけは嫌だった。

 

ナナリーに画面越しでなく会えるのは最速でも5日後だ。それまでに干からびやしないだろうか、自分は。毎度のことだというのに、凝りもせずその心配をした。眠らなければ明日に支障が出るが、この状態で安眠できるとはとても思えない。

 

それになにより、ここが住み慣れたアリエスではないことが、ストレスを煽っていた。

ブリタニア宮。母マリアンヌが生きていたころから、この辺りの部屋はヴィ家専用の場であった。普段はアリエスで過ごし、時折、例えばパーティが長引いた夜なんかにはここに泊まる。幼いころはその頻度も高く、アリエスであれば距離のあるせいでなかなか顔を出せぬ皇帝も、自ら足を運んだものだ。

それだけならまだ良い。

けれども、母が殺されたのはここだ。ここから5分と経たないところにあるホールの階段上で、母は自分の上で、その美しい体を穴だらけに、朱を散らせて息絶えた。そんなところに泊まらせるなど正気の沙汰ではないと言いたくとも、ルルーシュたちにそんな配慮をしてくれる人間はここにはいない。

 

「ナナリー……」

 

小さく呟く。

手を握ってくれる彼女が要れば、この心も安らぐのに。

今まさに激しい銃撃戦の中にいるかもしれないと思うと、よけいに気分が悪くなった。頭はぐるりと回るし、胃はむかむかと不快さを主張している。

 

そして、口元に手をやった時だ。

この部屋から繋がる奥の部屋で、小さな物音がした。

 

(なんだ……?)

 

首を傾げた。

自分は何時間もここにいるし、入ってきたときだって、隣には誰もいなかった。当然だ。

 

気のせいだろうか?

誰もいるはずがないのだ。

 

なのに不思議と胸騒ぎがして、ルルーシュは車椅子のポケットから銃を取り出した。手に握り、じっと豪華な装飾の施された扉を見つめる。向こうは寝室だ。ベッドくらいしか置いていない部屋。なぜだかそこから気配を感じた。

先ほどまで――ほんの2、3分前までなかったものだ。

 

気味が悪い。

 

(ホラー映画のようだな)

見たこともないくせにそう思った。だいたいこういう場合は、ドアを開けて、ほっとした時に後ろに化け物が現れる。

 

ルルーシュはそっと後ろを振り返った。もちろん、何もない。

 

――バカバカしい。

さっさと何もないことを確かめて、日付が変わるまでナナリーを待とう。車椅子のハンドルを握り走らせ始めた、その時だった。

 

何の躊躇いもなく、勢いをつけて扉が開いた。

 

 

 

 

……あまりのことに、思考が停止する。

 

男だった。

 

ぞっとしたまま、あらゆる可能性に考えを飛ばす。単純に考えれば、何をどうやってか潜んでいた暗殺者というのが筋だろう。反射的に仕舞いかけていた銃の安全装置を外して向けた。

かしゃり、無機質な音が響く。

 

黒い髪を持つ、細く華奢な男。白いシャツに細身のパンツというあまりにもラフな格好で、銃もナイフも持っていない。

それどころか、殺気すら感じない。素手でルルーシュを殴り殺すことができるようには到底見えない頼りない体だ。いや、こちらも軟弱な男だから関係ないか。

 

けれども問題はそこではなかった。

そう、そんなことはもはや些事だった。

 

男は、自分が良く知る姿をしていたのだ。

 

おそらくナナリーの次に、人生で顔を見ている人間。

知っている、どころではない。知り過ぎている。

だが、それはあってはならないこと。

 

その人間と顔を合わせるのは、鏡の中でだけなのだから。

 

 

男は、ルルーシュとまったく同じ顔をしていた。

 

 



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1-2

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同じ顔の男。

 

いや、顔だけではない。声も背格好も非常に良く似ていた。おそらく背丈も。ルルーシュが立つことができれば、このくらいの背丈になるのではないだろうか。まるでクローンだ。

 

男は目を瞠り、ルルーシュを見つめた。

全く同じその顔を。次に、車椅子と足へと視線が移った。それはほんの一瞬のことであったけれど、ちらりと向けられるその瞬間に、ルルーシュはひどく敏感であった。

憐憫。同情。戸惑い。侮蔑。

時と場合によって実に様々な感情が飛んでくるが、それらすべてに負の要素を持たないものは存在しない。見るほうはそのつもりがなくても、やられるほうはすぐに理解する。不快に思うことすら面倒になるほど慣れたそれに対して、しかし今だけはそれどころではなかった。

男はきょろきょろとあたりを見回し、怪訝そうに首を傾げる。なぜ自分がこんなところにいるのかわからないと言いたげな顔だった。それはこちらも同じで、おそらく、ルルーシュも似たような顔をしているのだろう。

先ほどまで誰もいなかった空間に、なぜか自分と同じ姿の人間が出現しているのだ。

 

「………………貴様は、何者だ」

 

「……おまえこそ」

 

皇子としてのプライドでなんとか心を保ったルルーシュが先に口を開くと、男は虚を突かれたような間抜け顔に不敵な笑みを浮かべ、寄越した。

馬鹿にしたようなその顔にかちんときて、銃を見せつけるように手首を揺らす。いつでも撃てるという威嚇だった。

なのに男はそれを意に介したふうもなく、笑んだままだ。それどころか、優雅に腕を組んでこちらを値踏みするように見据える。

 

「言葉遊びをする気はない。どこでそのような顔に作り替えたのか知らないが、私の寝室に侵入するなど不敬にもほどがある」

「不敬。……おまえは皇子なのか」

「何をバカげたことを言っているんだ?このブリタニア宮殿に侵入しておいて、私がだれか知らないと?ふざけるなよ」

「そうか、ここはやはりペンドラゴンなのだな」

 

話が通じない。厄介だと顔を歪める。

とにかくこの痴れ者を捕まえてもらおうと、銃を持たないほうの手で胸ポケットから取り出したアラームのスイッチに手をかけた。ボタンの少ない携帯電話のような見た目のそれは、鳴らせばすぐさま警備が駆けつけてくる。身につけている身を守るもののひとつだ。

 

とたん、ぽやぽやしていた男が焦ったように手を伸ばした。

 

「待て!」

「誰が待つか」

「人を呼ばれると困る。撃ってもいいから誰も呼んでくれるな」

「はあ?」

 

言っている意味がわからない。

「おまえ――いや、ルルーシュか。ルルーシュ、俺に敵意はない。見ればわかるだろう?落ち着いて話をさせてくれ」

「何を――」

 

男はどんどん近づいてくる。

 

「撃つぞ!」

「好きにしてくれ。でも出来れば、音が響かないように銃口を押し付けろ」

「なにを……っ」

 

男の白いシャツの襟。その間に覗く肌には、妙なタトゥーがあった。首を覆うように、羽ばたく鳥のような赤い文様が浮かんでいる。

 

「さあ」

 

男がルルーシュのすぐ前まで来た。

奇妙な懐かしさは一体なんだろうか。

彼はルルーシュの突きつけた銃に腹を押し付け、撃つなら撃てと顎でしゃくった。しかし、トリガーにかけた指は動かない。動かせなかった。

 

(――撃ってはいけない)

 

銃を向けているのはこちらだ。なのに、自分が銃口を押し当てられているように肝が冷えている。なぜ?どうして?

 

「……撃たないのか?」

「…………っ」

「よし、なら話をさせてくれ。確認したいことがある」

 

男はくるりとルルーシュの後ろに回り、後ろに引く。配慮に富んだ優しい手つきは、初めて車椅子を扱うもののそれではなかった。まったく自分のペースでことを進め、こちらの混乱っぷりなどおかまいなしだ。男はルルーシュを寝室へと連れ込み、用心深く扉を閉めた。もしも誰かが入ってきてもいいようにーーそう見えた。

 

 

「撃たないでいてくれたことに感謝しよう。人に集まってこられたらいろいろ困るんだ」

「……後ろ暗いところがあるのは確かなようだな。おまえはテロリストか?いや、違うな。誰の差し金でここへ来た?」

「だから違うと言っているだろう。こんなバカみたいな恰好で暗殺に来るわけないだろうに」

男はルルーシュをベッドの脇に停めると、自分は図々しくも寝台の上に腰かけた。これだけで処刑できるほどの不敬である。誰にも彼にも敬えと偉ぶるつもりなど毛頭ないが、これには不快感が胸を占めた。

 

「……貴様は何者だ」

「……L.L.」

「エルツー?」

「Lを二つ並べて、L.L.。名前だ」

「イニシャルだけということか?ふざけるなよ」

「ふざけるも何もこれが正しい名前だ。身分はそうだな、魔王、とでもいっておこうか」

 

男――L.L.は優雅に足を組んだ。

 

「余程捕まりたいらしい」

「バカ、やめろ!鳴らすな!敵意はないと言ってるだろうが!」

「信用できるわけがなかろう!第一貴様はどこから入った。まさか窓から入ったのではないだろうな」

「いや?ここは三階だろう?そんな芸当俺には無理だ。そもそもどうしてここに飛ばされたのかさっぱりわからない。若い緑髪の女を見なかったか?チーズとトマトとバジルの臭いがぷんぷんするやつだ」

「見ていない」

 

そんな臭いを纏った若い女の姿は想像もできない。

 

「……飛ばされたとはどういうことだ?ワープでもしてきたような言い草だな」

男は不遜に笑った。

「そのまさかだと言ったらどうする?」

「――バカバカしい。そんなことあるはずないだろう」

 

こいつ、もしかして電波か。呆れ返ったルルーシュに、L.L.は唇の端を吊り上げた。その偉そうっぷりだけは、確かに魔王と自称するだけあるレベルだった。

 

「では、俺はどこから侵入したと?窓からだとでもいうつもりか?この下はちょうど警備の兵がいる地点だったと思うが、それを倒し、窓には傷一つつけないで、音も立てずに外側から鍵を開けて?大泥棒になれるな」

「ずっと柱の陰にでもいたんだろう。人のいない時間を狙って入り込んだ」

「ほう。ここを掃除するメイドはともかく、貴様の住むアリエス宮でもないここで、皇族を部屋にひとりにする前に、危険がないか確認をする兵はどう対処するのかな」

「……貴様」

 

L.L.と名乗った男は腹の立つ、人を食ったような笑みでつらつらと言葉を吐く。

ブリタニアの内部を知っているような口ぶり。皇子なのかとふざけたことを質問してきた割に、ルルーシュの名前を知っていた。いや、顔だけを知らなかったという可能性もないわけではないが――とにかくルルーシュは警戒を解いていない。銃口は男に向けたままだ。

 

「と、言ってもだ」

 

男は疲れたふうにため息を吐き、突然ふらりと立ち上がる。

さらにはおい、とルルーシュが止めるのにも構わず、顎に手をやり難しい顔をして部屋の中を徘徊し始めた。壁にかかっている大きな鏡の前で自身の首のタトゥーを訝し気になぞる。自分と同じ顔には不可解だと書いてあったが、そんな顔をしたいのはこちらの方だ。

きょろきょろとあたりを見回して、それからおもむろに寝室の扉を開ける。自分から閉めたくせに、ずかずかと向こうの部屋へと侵入してゆく。さっきまでナナリーを思って悶々としていた机へとに近づいてゆくので、途端に焦った。散らかったままのそこには重要な書類だってある。自分以外に見られては困るものもあるのだ。

呆けている場合ではない。

何かされてはたまらないと、ルルーシュは車椅子を走らせて追いかけた。男は机の上に先ほど使っていたカッターナイフがあるのを見咎めるや否や、それを手に取る。

カッター。――凶器だ。

怖気が走る。ぎくりと体が固まったルルーシュに男はクスリと笑い、

 

「刺されるとでも思ったか?」

 

そのまますぱっと自らの指を切った。

「な――ッ」

 

――ぱたり。

 

血の滴が落ちた。自分で自分の指を切った。自傷。――なぜ?

彼はそれを無感動に眺めている。いや、眺めているのは自身の傷口か。ルルーシュはもう言葉が出ない。どう見ても奇行だ。語りは正常だったが、やはりこの男、頭がおかしいのか?

 

「……コードを持ってることに変わりはないのか」

 

小さく男が――L.L.が呟く。コード?何のことだろう。

ルルーシュが眉を寄せると、彼はようやくこちらに関心を戻した。こちらはわけがわからなくて混乱しているのに、机を汚してすまない、何か拭くものはあるか?と呑気に聞いてくるものだから、危険な状況も忘れて素直に腹が立つ。

けれども自分の机を汚されているのは気分のいいものではないし(よりにもよって血液だ)、相手は凶器を持っているのだ。こちらにも銃があるとはいえ。刺激したくなくて、「左の引き出しにティッシュペーパーがある」と答えるしかない。

男はこちらも素直に礼を言うと、机と、ナイフと、自身の指をぬぐう。あとで除菌しなくてはならないなと思ったとき、待ちかねた、この場にそぐわぬ電子音が響いた。

 

ロイヤルプライベート通信。

 

(ナナリー!)

 

頭からなにもかもが吹っ飛んだ。

猛スピードで車椅子を机に向かって走らせ――せめてもの理性で銃は持ったままだ――いつもの場所に陣取ると、銃身を振って除けと合図する。

「ここだとお前の姿が映る」

L.L.は何も言わずに大人しく退いた。相変わらず微塵も殺気が感じられない。一体なんなんだこいつは。

人一倍どころではなく3倍も4倍も警戒心の良い自分の勘が、これは大丈夫だと判じていることに疑問を抱きながら、とにかく早くと通信を繋げた。途端、にこにこと笑う愛しい妹の姿が映る。

 

「お兄様!」

「ナナリー!無事か?」

「はい。皆元気に生還いたしました、作戦は成功です!これからお姉さまが後片付けをしてくださって、何もなければ週末の朝にはここを発ちます!」

「そうか――そうか、よかった」

 

ほっとして顔を覆う。はぁと深いため息が、先ほどとはまったく違う響きを持って漏れた。

画面の中にはナナリーを除いた3人のメンバー全員が揃っており、それぞれ良い表情でこちらを見つめている。ルルーシュはもう一度安堵の息を吐いた。良かった。しかしすぐに、不自然な動きに気が付いた。自然と声が低くなる。

「ナナリー……手首を見せてみろ」

とたん、愛らしい妹がうっと詰まった顔になった。すぐ後ろのヴィレッタがやれやれと首を振る。

「隠せるはずないでしょう、ナナリー様」

「大丈夫ですわ、このくらい……っ」

「そういう問題じゃない」

アーニャがぴしゃりと言う。ナナリーは渋々と、淡いグリーンのラインが入ったパイロットスーツの袖をまくり上げた。

画面越しではわかりづらいが、少し青くなっている。いつも帰還の報告では通信台に手を突いて話し始める彼女が、今日に限ってそれがなかったのだ。その場にある機材の型にもよるが、今日の通信機はナナリーの異常を発見するに大いに役立ってくれた。

 

「どうした、それ」

 

労わるのと、叱るの。半分ずつの低い声で問えば、敵の攻撃でナイトメアが大きく揺れ、水平を失ったコクピット内部で、大きく体をぶつけたらしい。――ということは。

「手首だけじゃないんだな?なぜそれをはやく言わない!」

「ごめんなさい、心配させると思って――帰国したらお知らせするつもりでした。医師に診てもらいましたが、軽い打ち身だそうです」

 

その程度で済んで良かった。ほっと息を吐き、違うそうじゃない、と再び顔を険しくさせる。

 

「――ナナリー、何度も言うがそうやって隠すのをやめろ。嘘を吐かれるほうが俺は悲しいぞ」

「でも……」

「ルルーシュ様はナナリー様が軍務でいらっしゃらないと食事も喉を通りませんから、怪我などして余計に心配させるなんてと、それが御嫌なのだそうですよ」

ジェレミアが苦笑する。今度はこちらが言葉に詰まる番だった。

「咲世子め――話したのか」

「咲世子さんは悪くありませんわ、お兄様」

「わかってる。――ちゃんと食べるから。お前も変に隠さないでちゃんと教えてくれ」

「わかりましたわ。約束ですよ?」

「ああ、約束だ」

 

引き分けと相成ったところで、ルルーシュはすっかり存在を忘れていた(不審者の存在を忘れるなどありえない)L.Lが、とんでもなく険しい顔でこちらを見ていることに気が付いた。

警戒すべき類のものというよりは、

 

(……何をそんなに驚いているんだ?)

 

ルルーシュのことを知ったような口ぶりからして、ナナリーと会話した、ただこれだけでそんな顔をするはずはないのだが。

気になってそちらを見つめていたら、ナナリーが怪訝そうな声を上げた。

「お兄様?」

「っ、どうした、ナナリー」

「どうかなさいました?もしかして、どなたかいらっしゃってるんですか?」

「いや、そんなことないよ。大丈夫だ」

「そうですか……?」

「ああ」

ウソを吐くなと言ったそばから、こちらが嘘をついているのは心苦しい。が、まさか今目の前に自分そっくりの怪しい男がいるんだとは言えるはずもなく、微笑んで誤魔化すよりほかない。

それからしばらく会話したが、ジェレミアがそろそろお休みになられてはと言うので、惜しいがそうさせてもらうことにした。この忠実な部下は、明日のルルーシュの予定をしっかり覚えているらしい。それがルルーシュにとってなかなか気の重いものだということも。

「夜ももう遅いしな。ナナリー、皆も、御苦労だった。ゆっくり休め」

イエス、ユアハイネス。全員の声が重なり、ナナリーのお休みなさいませ、を最後に通信が切れた。

 

画面が暗くなったのを見届けてから、さて、と不審者に視線を戻した。

 

「お前は何をそんなに驚いているんだ?」

「……今の通信相手は?」

「私の妹だが。私のことを調べている割に、ナナリーのことは知らないのか?」

「……ナナリー」

 

呼び捨てにするなどなんたる不敬か。そう思ったのに、不思議とその言葉は出てこなかった。

「皇女殿下が戦いに……?ナイトメアだと……」

ふらりとL.L.が揺れる。眩暈を起こしているらしい。そのまま瞳だけ力を持って、ぎろりとルルーシュを睨んだ。

「彼女が戦場に出ているのに、おまえは何をしているんだ」

「私は指揮官だ。この体でナイトメアに乗れるわけないだろう」

「ああ……なるほど…………そうか」

L.Lはとんでもないショックを受けているらしい。よろめき、俯き、ふらふらとルルーシュのすぐそばの椅子に座った。さっき一人でナナリーを案じていたルルーシュのように、手で顔を覆っている。見れば見るほど自分にそっくりな男だった。一体何に動揺しているのだろうか。

 

「……ついでに聞いておきたいのだが」

「私は貴様に聞きたいことが山のようにあるのだがな。その指がすっかり綺麗になっているのはいったいどういうわけだ?」

「こういう体なんだ。この程度の傷なら一瞬で治る……さっき、撃ってもかまわないと言っただろう?殺されても俺は死なん」

「は、随分ファンタジックなことを言うんだな」

「本当のことだからな。嘘だと思うのなら撃ってみればいい。ただし、人を呼ぶなよ。俺は研究材料としてモルモットにされるのは御免だからな。……いや、そんなことより聞きたいことがある。マリアンヌ皇妃は亡くなっているのか?お前が庇われてその足になったというわけか?皇女殿下は巻き込まれず、ナイトメアに乗れるくらいには元気なんだな?」

「……お前はいったいなんなんだ」

知り過ぎていたり、何も知らなかったり。

「お前は何だと思う?」

「……私によく似ているな」

「そうだな」

 

ルルーシュは困ってしまった。手品でもなんでもなく、男が自分の指を切るのを間近で見た。そして、ティッシュで指をぬぐった時にはその痕すらなかったのを。仕掛けがあるようには見えなかった。けれども、L.L.がルルーシュにそうと錯覚させるため、種を仕掛けたとも考えられる。しかし、なんのためにそんな回りくどいことをする?

ルルーシュは再び銃を手に取り、L.L.の頭蓋に押し付けた。彼は抵抗することもなく、平然としている。……いや、少し嫌そうだった。

 

「ドッペルゲンガ―……とか」

 

自分で言いながら、あまりの非現実さに笑いが零れた。冗談めかして尋ねてみる。

「なあ、お前を殺したら俺も死ぬのか?」

「それはないと思うが……。俺は何度も死んだことがあるが、お前はないだろう?」

「あってたまるか」

ルルーシュは吐き捨てた。

この男の言っていることが本当だと、そんな気がしていた。敵意はない。殺す気もない。どころか自分と同じようにナナリーを案じている。どこか、別の世界の自分を見ているような……そんな気すらした。

 

これで本当に生き返れば、この勘を頼っていい証明にもなるだろうか――。

 

(違う、そうじゃない)

夜だから、こんなバカげた思考に陥ってしまうのだろう。

ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、自分の勘だけを信じるには、少々命を狙われすぎていた。これが体に爆弾を移植し、整形してルルーシュになりすましてこの部屋まで来たただのテロリスト――という線もなくはない。撃て撃てと挑発し、心臓が止まれば爆発、ルルーシュどころかほかの要人までもを一網打尽だ。

人を呼ぶなと懇願するL.L.。とりあえず致命傷にならないところを撃って、その結果を見てから信用するか決めるかと引き金を引こうとした、その瞬間――ルルーシュはピクリと反応した。

 

「どうした?」

L.L.が首を傾げる。ルルーシュは唇に人差し指を立て、囁いた。

「気配がする」

緊張感の欠片も持っていなかったL.L.が、ここへ来て初めて剣呑な目つきに変わる。ちらりと目線を動かして、じっとそちらを見つめ……やがて頷いた。彼も理解したらしい。

 

――ドアの向こう。殺気だ。

 

一応軍人であり、常に暗殺の危険に晒されてきたルルーシュはこの手の気配に敏感だ。悪意のない者であるなら気づかないことも多いけれど、これは。

足音はしない。

けれど確かに近づいてくる。隠れたいのがまるわかりなのに、隠す気のない殺気。

隠せるだけの技量がないのかもしれない。……相手はそんなに手練れはでない。

 

「お前を殺しに来てるか」

「可能性がないわけじゃない」

とはいっても、この状況だとそれを疑うよりほかない。

 

(なんなんだ、今日は)

 

明らかに尋常ではない不審者に、明らかな刺客。

アラームに手を伸ばす。しかし、押す寸前で思いとどまった。

こいつをどうするかだ。

隠せる場所がない。クローゼットなんて都合のいいものはここにはなかった。机の下?テーブルクロスもないのに無理だ。チェストならあるが、そんなところに人間が入るはずもない。隣の寝室も同じだ。

 

(くそっ)

 

舌打ちしたい気分だった。

どこにも隠れる場所がないというのは、彼がこの部屋に潜んでいたわけではなく、どこからかワープしてきたということを証明することだからだ。

臍を噛む思いに拳を握ったとき、L.L.が動いた。自分の頭蓋に押し付けられていた銃をあっさり奪う。声を上げようとすれば、低い緊迫した声で黙れと囁かれた。迷いなく車椅子のレバーを手に取られ、寝室へと押されていく。先ほどのように気を遣った動きではない。

暗い部屋へ入るなりルルーシュを抱き上げ、乱暴ともいえる手つきでベッドに投げ置いた。そのまま間髪入れずにこちらの着ている上着を剥ぐ。

そこで初めて、ルルーシュは彼が何をしようとしているのかわかった。はじめは扉の向こうの人間と共犯なのかと思ったが、どうやらその反対らしい。消えそうに小さな声で怒鳴る。

 

「バカ!今すぐ人を呼べば」

「ここに入って来られる人間が何の作戦も立てていないと?だったら嬉しいな」

 

L.L.の動きは手早かった。乱暴に下まで剥ぎ取り着替えてしまう。

 

もうひとりのルルーシュが出来上がる。

その瞬間、ノックの音がした。

 



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1-3

3

 

声を張り上げ、答えたのはルルーシュではなかった。

今まさに肌を晒し、ルルーシュの服に着替える男だ。胸の真ん中に、禍々しい大きな歪な傷痕がある。古傷にしてはくっきりと赤く、ぷくりと腫れあがった線は、奇妙な紋様のようだ。

 

「誰だ」

「夜分遅くに申し訳ございません、ルルーシュ殿下。セオドア・ドゥリトルでございます。シュナイゼル殿下より、明日の会議についての伝令と、預かりものを持って参りました」

「……誰?」

L.L.が囁く。

「……第5皇子のところの騎士だ。ついこの間、戦で皇子ともども私に恥をかかされたところだよ」

今度は自分が扉の向こうへいらえを返す。

「……伝令に関しては、通信でよいのでは?こんな夜遅くに。明日会うのだから、直接渡せばよかろう」

「今日中にとのお達しでして――」

「……少し待て」

またもL.L.が答える。相手は2人が交互に返事をしているなど気づく様子もない。同じ声だ。

身なりを整えたL.L.。

ルルーシュは下着姿に剥かれ、これ以上ないほど無防備だ。

まるで双子。自分の足で立っていることを除けばルルーシュそのものであるかのような男は、こちらの身体を丸く折り畳み、シーツをかぶせ、枕の位置を動かし、一見人が入っているとはわからないように仕立てた。

「何を」

「死にたくなければ言う通りにしろ。……俺が“痴れ者”と言ったら、これを鳴らして信頼できる部下を呼べ」

「な――L.L.――」

「ルルーシュだ。今はな」

L.L.はにやりと笑った。悪巧みをする子どものような表情だった。

今の今までルルーシュが乗っていた車椅子に乗る。

部屋へ戻ると、「入れ」と告げた。

 

 

入って来たのはセオドア・ドゥリトルらしき男。――と、足音がもうひとつ。ドゥリトルのうめき声と、かちゃりと拳銃を鳴らす音。

 

(なるほど)

ルルーシュは嘆息した。これではこちらが会話を記録に残しても意味がない。考えたものだ。

音だけでじゅうぶんに様子が想像できた。哀れなドゥリトルは、そのもうひとりに銃をつきつけられていた。

「――そちらの兵士の方は?」

L.L.がひどく落ち着いた声色で尋ねる。

「し、知りませぬ。殿下のお部屋に向かおうとしたら……」

「第5皇子は既に他の手の者が向かっている。もちろん彼を殺す気はありませんよ。ルルーシュ殿下、あなたが大人しくしてくれていたらね」

兵士の格好をしているらしい男はご丁寧に、変成器まで使用している。

グルか、そうでないのか。

十中八九前者だ。

わかっていれど、どうすることもできない。

第5皇子は皇妃も後見も大貴族だ。ルルーシュなんか比べ物にならない名門。これがはったりであろうがそうでなかろうが、あとあと面倒なことになるのが目に見えている。

 

「なるほど。彼は脅されていると。賊よ、貴様は何を望む?」

「貴殿の死を」

「不敬を承知で言わせて頂くが、殺して価値があるのは兄上のほうであろう?なぜ私などを狙う」

「エリア8での籠城戦を覚えているか」

 

覚えているはずがない。彼はルルーシュではないのだから。

L.L.は間を置かず、ああと嘯いた。

 

「わたくしの兄はそこであなた様に殺されたのです。あなた様に――いいえ、ゼロ部隊に」

「だから私を殺すと?……いや」

シナリオとしては十分だろう。けれど。

ルルーシュは歯噛みした。一瞬の間があって、ゼロ部隊を知らない様子だったL.L.も、相手の言わんとするところを理解したらしい。肝が冷えた。おそらくハッタリだ。けれどももし本当であれば。

 

「――私と私の部隊を、か」

ナナリーが。

 

「話が早くて助かります。あなたの愛しい妹君のお命を一秒でも永らえさせたいのなら、こちらへ。戦闘を終えられ、今頃さぞリラックスされていることでしょうね。……どうしました?早く来て下さい。私の命令一つで皆が動きます」

「…………」

「ああそうだ、その手の銃は捨てて頂きましょう」

「……私を殺して、その後で妹も殺すんだろう」

「そうなるかもしれませんね。しかしこちらに来ていただかなければ、あなたたちだけでなく、なんの関係もない第5皇子まで。……おっと、人を呼ぶなよ。不審な動きをした瞬間にこの男を撃つ」

「卑怯者ッ」

 

L.L.は声を荒げた。卑怯者ーー二重の意味でだ。

刺客を差し向けられているらしい当の皇子は、今頃紅茶でも飲みながら、部下たちがうまくやっているかやきもきしているところだろう。彼のことは、少なくとも私人としては、嫌いではない。嫌いと思うには、彼は少々自分より低い舞台にいすぎる。言うまでもなく、公人としては害にしかならない馬鹿だ。

ここペンドラゴンは、7年前にそこにどんな背景があろうと、テロ組織を侵入させた過去がある。警備は厳重だ。このような不届き者が潜り込むなど笑止千万。不可能に決まっている。

そう、あの時と同じように――誰かが招き入れでもしない限りは。

ルルーシュ1人ならともかく、第5皇子ともども始末したいと思う派閥はない。2人はあまりにも真逆に過ぎる。どちらにも危害を加えて得をする者などいない。犯人は火を見るより明らかだ。

どこまでが協力者なのかはさすがにルルーシュもわかりかねるが、首謀者は絞られる。

連中はルルーシュが軍での立場を強め、シュナイゼルに重用されるようになったのが気に入らないのだ。それがついこの間の戦いでとんでもない失態を犯したものだから、いよいよルルーシュへお門違いの恨みが爆発したに違いない。

 

L.L.はどう返事をするか。だいたいにして、今繰り広げられている話もあれにはさっぱりのはずだ。

彼の演技はとても上手い。まるでルルーシュ本人、いや、自分を上回るかもしれない。

なぜ自分を助けようとするのか。

何者なのか。それすらわからない謎の男。

 

「わかった。……ナナリーには手を出すな。もちろん兄上にもだ。私がそちらに行く代わり、まずはそれを解放しろ」

それ、とは第五皇子の騎士だろう。

彼の唯一の武器である銃を捨てる音。車椅子の立てるモータ音。

L.L.が敵のもとへ向かうのがわかる。

騎士と交換に、今度は彼が銃をつきつけられたらしい。低い呻き声に、車椅子が蹴り倒される派手な音がした。実際にはL.L.は難なく立つことが出来るが、ここでそれをするとまずいだろう。おそらく苦しい体勢を強いられているはずだ。首だけに腕を回されて、あとはだらりと垂れ下がっているとか。

さあ、どうなる。

緊張するルルーシュを置いて舞台は進行していく。

わかりやすいことにーーそして、ありがたいことに。皇子を捕らえた瞬間に彼らは安心してしまったようだった。

 

「……何だ?まさか貴様ッ」

「そのとおりですよ殿下。彼とエリア8はなんの関係もない。これは我々の仕組んだことです」

「どこまでも下衆な手を……ッ」

 

暗殺に来たのにどうしてそこまで悠長に喋っているのだろうか。

疑問に思うまでもなく、それが首謀者の首謀者たるゆえんだ。黒の皇子が屈服する様を見たかったのだろう。くだらない。

 

「兄上の命かッ」

「そうですよ。殿下はあなたにほとほとお困りでおいでだ」

「ハッ、逆恨みもいいところだ!それで私を殺すと?ボロが出ないわけがなかろう」

「それはどうでしょうかね。あなたが一番よくおわかりでは?」

「……何だと?」

「見捨てられた皇子のあなたが殺されたところで、皇帝陛下はすっきりなさるだけでしょう。我々も軍にちょっかいを出す余計な犬が消えて助かる。捜査などまともにやるわけがない……あの時と同じようにな」

「私だけでなく母上までも愚弄するか!どこまでも虫唾の走る男だな……許されることではないぞ」

「もうすぐそのお母上に会えるのですよ、殿下」

「……腐っていやがる」

「どうとでも。……やれ」

「くそ、くそっ、ナナリー……ッ」

 

乾いた音がした。

 

ご丁寧に静音設計のようで、音はさほど大きくはない。

最後のあがきともがいた後、皇子はずるずると崩れ落ちた。どさり、重い音。

肝が冷える。不死身だと――そう言っていたけれど。

 

……だけど、本当に?

 

「……死んだか?」

「そのようです」

「ふん。……よし、サイラス。録音機器の類がどこかにあるはずだ。探して壊せ」

「は」

「ここに誰も駆けつけてないということは、外と連絡はとっていまい」

容赦なく部屋を漁る音が続く。殺されたばかりのL.L.の身体を、ドゥリトルが悪態をつきながら蹴る。やがて小さく歓声があがった。

「……ありました!」

「よし。……殿下、わたくしです。聞こえますか。任務を遂行致しました。すぐに帰還いたします」

ドゥリトルは第五皇子に連絡を取っている。勝利を確信している、浮ついた声だ。

「念のため隣も調べますか?」

「用心深いな。寝室にそんなもの置くわけがなかろう?いいだろう、見ておけ」

 

(余計なことを!)

冷や汗が伝う。

足音がこちらに向かう。ああ、まずい。

身を固くする。下手に動けば気づかれる。けれども何もせずとも、すぐに見つかるに違いなのだ。

近づいてくる。

がちゃりと扉に手をかけられた、その瞬間。

 

「……“痴れ者“が」

 

静かな声と共に、唐突な銃声がした。続けてもう一発。悲鳴と共に、男二人が崩れ落ちる重い音。

ルルーシュは反射的に警報を鳴らした。

もう1分もせずにここに兵が来るだろう。

こわばっていた体から力が抜けて行く。

……作戦成功だ。L.L.とかいう謎の男、本当に不死身らしい。

 

「な――ッ」

「いくら息絶える寸前とはいえ、銃を奪い取られてそのままにするなんて。気を抜き過ぎでは?まったく」

「お前、なぜ、確かに今っ」

「死んだと?いいえ?――打ちどころがよくて助かった。ナナリーからもらった時計のおかげです」

「な……!?何を言っている、嘘をつくな!確かに私はお前の脈が止まっているのを――その血は――」

「なんのことかわかりませんね。とにかく」

容赦の無い銃声がもう一度。

「答えろ。ナナリーに刺客を差し向けたというのは本当か。であれば、今ここでその命」

「ち、違う!嘘だ!ハッタリだ!」

「真か」

「ほ、ほんとうだ、ほんとうだ……」

ルルーシュはほっと息を吐く。L.Lも扉の向こうで同じことをした。

「――よかった。ああ、命は取りませんよ。いろいろと聞きたい話もあるので。ここであなた方を殺してもこちらが損をするだけだ。今人を呼びましたから、もうしばらくそこで転がって居ろ」

「貴様、どうやって!」

「どうやってと言われても。普通に隠し持ってただけです」

「騙したのか!」

「人聞きの悪いことを言うな!皇子である私を亡き者にしようとしておいて――反吐が出る。沙汰を待てッ」

 

喋りながら、どうにかこうにか足の不自由を演じつつ車椅子に乗ったらしいL.L.が寝室に入って来た。遠くからばたばたばたとかけつけるあ音も聞こえてくる。衛兵たちだろう。

L.L.扉を閉めるなり、立ち上がってこちらへ駆け寄った。ルルーシュもシーツを剥いで飛び起きる。

自分と同じ顔は唇をつり上げ、

 

「よくやった」

「こちらのセリフだ。……まったく、証拠まで取れるとは思わなかったぞ」

「大したことではない」

首を振る。

 

しかし、これは実際、難しいことである。

 

権力のある第5皇子の罪を明らかにするには、己の立場では不利であった。どうにか人を呼んだところで、捕まるのは使い捨てのチンピラひとり。実際にルルーシュを殺そうとした人間は罪に問われず、むしろ被害者としてのうのうと皇族で居続ける。少しでも異母兄を疑うようなことを言えば、後で後ろ指を指されるのはこちらだ。

 

もしも今日この男がおらず一人だったとしても、殺されてやるつもりなどルルーシュにはなかった。それでも彼がいたおかげで、有利なカードを手にできたことは明らかだ。

向こうもここまでうまくいくとは、と思っていただろう。彼らだって、ルルーシュの立場を危うくできればよかったのだ。皇族である自分の命を優先しても、兄の騎士の男を守らなかったことを糾弾される。身分からして明らかにおかしいことなののだが、ここはそういう世界だった。

 

L.L.は頭から幾筋かの血を流していた。頭蓋を撃たれて平気でいるのは確かにおかしいだろう。不死身という言葉は信じるより他なさそうであり、改めてぞっとした。

彼はそれをもともと着ていた白いシャツでぬぐい、今来ている皇子の服を脱ごうか迷う素振りを見せる。ルルーシュはそれを制した。

 

「着替える時間はなさそうだ。問題は、ルルーシュの顔をした男が二人いるのをどう片付けるか――」

「寝室に人を入れないようにするしかないが……」

「……咲世子だけには、最悪説明する。黒髪の日本人だけ入れろ」

「わかった」

 

L.L.が部屋を出ていくのと、衛兵が飛び込んでくるのは同時だった。

 

 



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1-4

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4

 

「ルルーシュ様、朝でございます」

「ああ、起きてるよ――入れ」

 

咲世子が入ると、主、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアはいつもと変わらぬ朗らかな笑みを浮かべ、ベッドの上で待っていた。

 

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 

渡された服に、自分で着替えてゆく。多少の不便はあってもルルーシュにとってはこれが普通、当たり前にできることだ。ただし、これが人間としてごくありふれた光景でも、皇族として奇妙なことであるのは否定できない。

 

「お加減はいかがでしょう?」

「平気だよ。結局あれで怪我一つしなかったんだから、運に感謝だな」

「無茶はもうやめてくださいね。ご自分をもっと大事になさってくださいませ」

「わかっているさ」

 

身体が持ち上げられた。車椅子に乗せられ、礼を言う。これがいつもの朝だった。

はじめこそ――もう何年も前のことだ――一人で全部やると言い張っていたが、動かぬ足を抱えて一人で車椅子に乗り降りするのはなかなか労を要する。皇族なのだから、自分がいるのだから、と押し切られ結局咲世子に任せることになっていた。

だがそれでも、支度は出来る限り自分でやると決めている。

簡単に今日のスケジュールを確認する。いつものルーチンだ。淡々と受け答えを進めていた咲世子は、だが、最後にやや戸惑いがちに言った。

 

「私のお部屋に匿っている方は――」

「後で話をしたい。顔は隠したままで、アリエスに送り届けられるか?」

「了解致しました」

 

――昨晩は、眠るまでには時間がかかった。

深夜の騒ぎは、ルルーシュが大事にするなと言って憚らなかったせいでそこまで大きくはならなかった。

が、事件は事件。第5皇子は捕らえられ、沙汰待ちだ。ルルーシュは今日の仕事を終えてから、夜、捜査に協力することになっている。

幸運に恵まれましたななどと言われたが、半分正解で半分間違いだ。昨晩は、一人の男が確かに死んでいる。

 

自分と同じ姿をした男――L.Lが。

 

 

「ルルーシュ様。隣のお部屋に何者かが……」

あとで聞いたことだが、衛兵たちが事の重大さにさらに上のものを呼び出している間、彼女は不審そうに、L.Lにこう囁いたらしい。

流石は篠崎咲世子。彼女だからこそ、自分の護衛を安心して任せられる。それでL.L.はこちらへやってきて、咲世子を部屋へ引き入れた。沈黙が落ちる。ルルーシュは少し考えて、シーツを剥いで再びベッドに起き上がった。

目を合わせると、彼女が息を呑む気配がした。

 

「咲世子、それは私の影だ」

「……影、ですか?」

咲世子は目を丸くしてL.L.を見る。驚愕の眼差しを向けられる男は、目だけでいいのかと確認を寄越し、ルルーシュは頷いた。そうして次の瞬間、L.L.は嘘のようにあっさり立ち上がった。

「先日見つけて、交渉中なのだ。密会の途中だったのだがな。意図せずして、本当に演じてもらうことになってしまった」

咲世子は納得したようにルルーシュとL.L.を交互に見つめ、感嘆のため息を吐いた。

「すばらしい変装術ですね」

「いや、こいつはもとからこうだ」

ぎょっとする。あまり表情を動かさない咲世子にしては珍しいといえる顔。

「素顔なのですか?」

「ああ」

「まあ………」

ぽかんと口を開けるさまは、ますますレアな光景だった。

「……天然でここまで似ている方は、世界のどこを探してもいらっしゃらないでしょうね。まるでドッペルゲンガーです」

「だろう?」

ルルーシュは笑んだ。

「それで咲世子、悪いんだが、これを朝までお前の部屋に置いてほしい。私が影武者を使おうとしていることが知れるのは喜ばしくないからな。顔を隠せるもの……怪しくない程度に姿を曖昧にできるものが欲しい。すぐ用意できるか」

「もちろんです」

「助かる――頼んだぞ」

 

そうして咲世子が手早く持ってきた、彼女自身のものだというマントと侍女服にL.Lは着替えた。よりにもよってと思ったが、そうそう都合の良い話もないだろう。

細いからか見苦しくない。見苦しくないーーと言うより、まっさきに浮かんだ感情は、

 

(似合うな……)

 

化粧も何も無しに女装が似合う男というのを初めて見て、ルルーシュは人肌に温まっている己の服を着直しながら戦慄した。

姿かたちが同じなのだ。

それは、自分にも似合うということではないか。

恐ろしい考えを振り払い、気を取り直して口を開く。

 

「お前、いったいどこからやってきたんだ」

「異世界から。……と言ったら信じるか?これが真実だが」

「…………」

超常を目の前で見せられたのだ。嘘だなと、さっきのように鼻で笑うことはできない。だからと言って、そうだったのかと頷くことも簡単ではなかった。

答えず、「これからどうする」と次を問う。

 

「とりあえずシー……こちらの連れを探す。手がかりがないわけじゃないしな」

「さっき言っていた緑髪の女か?」

「ああ」

「…………それ、もっと楽にしてやろうか」

「は?」

「皇族の権限を使えるようにしてやろうか、と言っている」

 

L.L.はメイドのエプロンを後ろで結ぶ手をぴたりと止め、ルルーシュを凝視した。

 

「条件は?」

理解の速い男だ。頭の回転まで、等しく自分のようではないか。

「お前、俺の影武者をやれ」

先ほどの嘘を本当にしてしまおうというわけである。

L.L.はきょとんと眼を丸くし……その後でフンと笑った。実に高慢ちきな笑みだった。

 

「味をしめたか」

「悪いか?」

「いや。……いいだろう。結ぶぞ、その契約」

 

――正体不明の怪しい男に、何故そんなことを言ったのか。

一夜明けた今でも、不思議と後悔はない。

とにかく今日アリエスに帰ってから、詳しい話をすることになるはずだ。

ルルーシュは身支度を終え、待機していた咲世子を呼んだ。

 

 

 

 

ブリタニア宮の宰相棟にある大会議室はざわついていた。

時間になっていないからか、まだこの場のリーダーが顔を現していないからか、各々好きに話し合っている。揃った顔は一部の皇族と軍の上層部に、数人の大貴族。どうでもいい話をしているもの、水面下で駆け引きしながらにこやかに笑うもの、真剣な顔で真剣に国を案じているもの――様々である。

皇帝はこのような会議には出てこない。ルルーシュとしてもしょっちゅう会いたい相手ではないからそちらのほうが助かるが、このところ彼は、政治は他の者に任せきりであった。公の場に姿を現すこともめっきり減っている。

そろそろ退位した後のことをお考えになられているのでは、と専らの噂だ。それはつまり、今現在最も次代の皇帝と予想されている人物が、即位してうまくやっていけるかどうかの様子見期間ではないかということ。

 

部屋に大きく設けられた楕円形のテーブルに、一か所だけ椅子の用意されていない、ぽっかりと空いた空間がある。

自分の席だ。

ルルーシュがそこまで行き、車椅子のロックをかけている間も、自分を見てはひそりひそりと会話する声は聞こえていた。部屋に入ってからずっとである。いつものことで、慣れたものだった。

昨日あんなことがあったせいで余計にひどい。ナナリーに向かってこんなことをしているのを見れば一瞬で腸が煮えくり返るが、自分なら、相も変わらず好きものだなと思うくらいだ。

くだらないおしゃべり。

聞いておくべき価値のあることはほとんどない。よってどうでもいい。しかし今日はひときわ大きな声で話しているのが媚びを売って損ではない相手でもあったので、顔を上げ、偶然目が合いましたというふうに目を瞬き、とびきり優しく微笑んでおいた。この席に着くまでに通った道に居た者には(つまりは皇族である)挨拶をしていたが、彼らのところへは行っていない。

 

暫くして、お待ちかねの男が入ってくる。

第二皇子シュナイゼルだ。

第一皇子であるオデュッセウスが入室した時よりも、はるかに場の空気が引き締まる。帝国宰相。現在皇帝に一番近いとされる男。

優雅に現れた異母兄は側近のカノンを連れ見事なブロンドを揺らし、「遅れてすまないね」と朗らかに言った。

 

ルルーシュがこれに呼ばれるようになったのは一昨年のこと。

発言権は皇族であるからもちろん存分にあるが、あるだけで本当に自由にできるかというとそうでもない。分を弁えて行動しろという話だ。

好きにぽんぽん言葉を吐けば、いくらそれが有用な意見であろうとも、うるさいと思われることは必至。

何より皇帝であるシャルルが、ルルーシュが政ごとに口を出すことを一切良しとしないのだ。軍略は別としても、ブリタニアという国の重要な一手に関わることには手出しさせてもらえない。

公共事業――例えば自分と同じように、何かしらのハンデを持つ者が暮らしやすい国になるように配慮された街の整備とか――できるのはその程度だ。ニュースに取り上げられたとして、責任者の名前もろくに出ないような、出たとしても次のニュースにすぐ忘れられてしまうような、そんな仕事たち。そのあまりにあからさまな理不尽に、ルルーシュたちが日陰者、もしくは兵器のひとつとされる状況の最も大きな理由がある。

 

この場で最も力があるのは、第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアであった。宰相閣下であるのだから当たり前だ。

そしてルルーシュたちが皇帝に見捨てられながらも地位をなんとか保てているのは、シュナイゼルがルルーシュたちを擁護し支えようとしてくれているからでもある。よって、ルルーシュはこの食えない男に頭が上がらない。

10歳の頃に突きつけられた皇帝の言葉がずっと刺さったままであるこちらとしては突っぱねたい施しでも、そうもいかないのだ。こういった席でも「ルルーシュはどう思う?」と話を振られることが多く、そこできちんと発言できるか否かは、この面々を前には非常に重要なことだった。

 

とはいえ今日の面子を見れば、大きなことを決めるわけではないだろう。

まず始めにと切り出されたのは昨日の事件。沙汰が下りるのは1週間後ということで、それまで第五皇子の拘束は解かれないらしい。

大変だったねと微笑みかけられても、大多数に「そのまま死ねばよかったのに」と思われているのが間違いないこの場では心も休まらない。

次々変わってゆく話題に耳を傾けながらも、昨日突然現れた男について考えていた。

 

「さて、次にクロヴィスの任期終了の件だが」

――クロヴィス・ラ・ブリタニア。第三皇子だ。現在はエリア11の総督をしている。

ブリタニアにおいてエリアの総督というのは、通常の場合6年周期で交代の決まりを持つ。そのまま続行するのも良し、本国に帰るのも良し、だ。ひとつのエリアを自分の国のようにしている総督は少なくないためクロヴィスが交代を希望しない可能性もあったが、彼はそろそろ国に戻りたいらしい。

エリア11といえば7年前に制圧した、地下資源サクラダイトの保有エリアだ。経済的にとても重要な場所だが、未だにテロの絶えない地域でもある。そろそろそれについての話が回ってくるだろうなと思っていたルルーシュは驚きはしなかった。しかし、次の異母兄の言葉に目を丸くすることになる。

「私はルルーシュが良いと思うんだが、どうかな?」

「シュナイゼル殿下!?」

「ルルーシュ殿下を、ですか」

 

会議室がどっとざわめく。あちらこちらから視線が飛んできたが、ルルーシュは完全に虚を突かれ、それどころではなかった。

 

「…………兄上?」

「どうしたんだい、ルルーシュ。クロヴィスの希望でもあるよ。嫌かい?」

「……いえ。とても光栄です。是非とも任せて頂きたい。しかし、兄上、なぜ私に?」

 

狙っていなかったわけではない。しかしエリア11では、何かとっておきの作戦が必要で、また長期に渡って戦わなければいけないテロ事件も起きていないはずだ。他にも候補はたくさんいるし、廃嫡寸前と指を指される自分にお鉢を回したいと思う人間はそうそういないだろう。

そう、例えば、シュナイゼルのような人間を除けば。

 

「知っての通り、エリア11には未だにテロが多い。こちらが危うくなるほどのものではないのだけどね。しかし、叩いても叩いてもなかなか減らないから困るとクロヴィスが嘆いていたんだ。君の力を借りてみたいと言っていたから、それなら後任を任せてみたらどうかと私が勧めたのさ。陛下も了承してくださった。……できそうかい?」

「やってみせます」

はっきりと答えた。

ルルーシュをひとつのエリアに置くということは、今までのように便利屋のような扱いはできないということだ。それがあるから自分が推されることはないだろうと踏んでいた。今ここで自分にどこかのエリアを任せても、ブリタニアには大したメリットはない。

しかしルルーシュからすれば実力を発揮できるのと、息苦しいブリタニアから抜け出せるのとで、二重の意味でのまたとない好機だ。

クロヴィスは確かに目をかけてくれているが、そう来るとは。

もし自分がここにひとりであったなら、高笑いのひとつでもしていただろう。シュナイゼルが何も考えずにルルーシュを推したわけではないことくらいわかっている。どうせ裏では何か食えないことを考えているのだ。しかしそれを差し引いても、飛びつかない理由がない。いくつもパターンを思い浮かべてみても、ルルーシュとナナリーにデメリットがないのだ。

 

他の面々はルルーシュそっちのけで話を続けている。ここで総督として成功を収められては困る人間も多いはずだ。年々実力をつける自分をしつこく暗殺したがっている連中とか。

ルルーシュの頭脳は本国にあってほしいと望む声もあったのは、本心かはともかく嬉しい限りだ。自分がシュナイゼルに勝るとは言えずとも、引けをとらない自覚はある。

ルルーシュは黙って成り行きを見守っていた。

正直外野が何と言おうとも、宰相であるシュナイゼルがこう言っているなら決定だ。どうかな?などとしらじらしい態度をとっていても、それは最早父を通した決定事項なのだから。

あの男がルルーシュをどうでもいいと思っているのなら、極東の島国に放るのも頷ける。

けれどもここまで冷遇しておいて、いまさら総督の地位を与えることは不可思議ではある。奇妙とさえ言える。

 

「ルルーシュ、君に希望はあるかい?」

やがて話がまとまり、シュナイゼルが問うた。

間髪入れず頷く。これだけは譲れない。そしてシュナイゼルの中では、これも決定事項であろうことは想像がついた。ナナリーと引き離されて、ルルーシュが頷くはずないのだから。

地位の向上よりも何よりも、ルルーシュにとっては彼女を傍で守ることがすべての前提条件であるのだから。

 

「私の妹であるナナリー皇女を、直属部下もしくは副総督にして頂きたい」

 

異母兄は、予想に違わず頷いた。

 

 

「ルルーシュ」

ぞろぞろと出て行く貴族たちに続こうとすれば、シュナイゼルに引き止められた。

車椅子をくるりと方向転換させる。

「なんでしょう、兄上」

「昨日は大変だったね」

「ええ。兄上の沙汰、ひどいものにならなければよいのですが……」

嘘だ。正直死刑にしてほしい。今度何かされたらたまったものじゃない。ルルーシュで失敗したからと、ナナリーに牙が向かうかもしれないのだ。

シュナイゼルはやや申し訳なさそう(に見えるだけ)な顔を作った。

 

「私のせいかもしれないね」

「……と、言うと?」

「クロヴィスとルル―シュの話をしていた時、あの子もあそこにいてね。君を総督にしたくなかったんだろう」

 

(……なるほど)

 

ようやく合点が行く。確かに突然の凶行だとは思っていた。

昨日のうちに死んでいれば、総督になれるはずもない。そんなニュースも知らずにあの世行きだった。

シュナイゼルがどこまで第五皇子の行動を読んでいたのかーー。考えたって疲れるだけな問題に、ルルーシュは早々に見切りをつけた。

極上に甘やかな、それでいて自信に満ちた凄みのある笑みを浮かべる。

 

「兄上の期待にお応えできるよう、尽力致します」

 

 

ナナリーには、帰ってきてからのサプライズにしてやろうかな。

そう思って携帯を懐に直した。決定事項とはいえど、正式な拝命はまだである。未発表の事柄が漏れまくるのはどこでも同じだが、さすがにシュナイゼル自身が選んだメンバーでの会議でそれをやる人間はいなかった。あの男のことだ、漏らした人間を特定するくらいわけない。

 

クロヴィスの任期終了は二か月後。無論それ以前からエリア入りしてもダメなわけではない。クロヴィスのことだ、少し早くに来いと言うのは容易に予想がつく。

二か月以内にの予定は入っていない。細かな事柄をひとつひとつ処理しながら、昨日当然現れた男、L.Lをどのタイミングでどのように使うか、ルルーシュは考えた。これは実際本人と話し合うのが良いだろう。連れの女を探す手立ても見つけなければならない。

「……そういえば、エリア11――日本といったか。咲世子の国だったな」

ルルーシュはアリエスへの道すがら、車椅子を押す執事に話しかけた。

電動車椅子だ。自分で押すと言っているのに、喜々としてやらせてくださいと言われては断りづらい。実際咲世子の押し方はとても丁寧なので嫌ではないが。

ルルーシュがなんでも一人でやりたがるので、従者としては物足りないのかもしれない。ジェレミアなんかはその筆頭であり、もっと使ってください!としつこいくらいに言われる。既に最大限に使わせてもらっているというのに。

「はい、そうでございます」

「昔、似たようなことを聞いたが……もう一度聞かせてくれ。日本人のお前が、アッシュフォードに雇われたのは何故だ?」

「アッシュフォードには戦時中に大きな御恩がありましたので。ですがそのおかげで、ルルーシュ様とナナリー様に仕えることが出来ました」

咲世子は滑らかに答えた。事前に用意されていたのがわかる言葉選びだ。

篠崎咲世子。もう6年ほどの付き合いだ。

マリアンヌの後見であったアッシュフォード家はテロを阻止できなかったことやナイトメア開発競争において帝国との価値観の相違、続けての事業の失敗などにより、現在は伯爵位を剥奪されている。それにより、ルル―シュたちは見事なまでに後ろ盾を無くした。現在はお互い助け合う形をとっているが、それだって言い方を変えれば利用しあっているだけだ。

彼女はアッシュフォードの代表であるルーベンの屋敷のメイドとして雇われたが、優秀さを買われてブリタニアに送られたのだ。

尋ねたことはない。けれどおそらく、祖国を離れることは彼女の本意ではなかっただろう。自分から国を奪ったブリタニアの、まして皇族に使えるなど。

当時の彼女の心中を思うと胸が痛んだ。

同時に自分自身の持つ消えぬ憎しみも、腹の底で疼く。

 

始めこそルルーシュもただのメイドとしてアリエスに住まわせていたのが、いつからかこのような形に変わっていった。それほどまでに当時のアリエスには人手がなく、皇帝に見放された立場というのは危うかった。明日にも皇位継承権を剥奪されるかと噂されていたものだ。もちろん今だってその可能性は消えていない。こんなふうに捨て置いておきながら、地位や権限は奪われなかったことはいっそ不自然と言っても良かった。それとも、すっかり忘れられているということか。

 

「今の日本は、日本人から見てどう思う?」

「……かつての姿はもうありません。日本人ははっきりと差別され、イレブンは人とも思えぬ扱いを受けております」

「そうか」

 

咲世子はずれた回答をした。しかしそれで十分だ。これ以上は皇帝への批判であるとわかっていたから言葉を濁したのであろう。彼女が今口にしたことは、ブリタニアでは当たり前の、国是に過ぎない。

 

それが気に入らない。

 

自身の本当の安らぎは、あの男を引きずり下ろした先にしか存在しないのだ。あの男のすべてを否定する方法で、エリア11を治めてみたかった。

「………咲世子」

ややあって、わずかな乱れもなく車椅子を押す彼女に問うた。

いや、確認だった。

 

「着いて来てくれるな?」

「もちろんでございます」

 

その言葉に、ルルーシュは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

アリエス宮に帰還する。

さて、件の男は客間に居た。着ているものは咲世子が手配したのだろうか――自分のものだ。メイド服で居させ続けるのも酷だろう。

 

「おかえり」

 

ルルーシュを一目見るなり、言った。

相変わらず殺気なんてどこにもない。暇をしていたのだろう、部屋に備え付けられているチェス盤は対局の最中だった。対戦相手はL.L、彼自身であるようだが。

ゲームの進め方は、ルル―シュのものと非常に似ていた。いや、自分より上手かもしれない。戦ってみて、果たして勝てるだろうか。

こつんと小さな音を立て、白のキングが黒のクイーンを倒した。

 

「キングをそんなに前に出すのか」

「ああ」

当然だ。L.Lは悠然と微笑んだ。

 

「――王から動かなければ、部下は付いてこないだろう?」

 

同じ顔をした男。

その口から発せられる、ナナリーと自分の志のひとつ。

ルルーシュは息を呑んだ。

 

「……契約をするにあたって、確認しておきたいことがある」

「そうだろうな」

 

命を救われ、目の前で超常を見せられたのだ。ひとまず話を聞く気にはなっていた。それでも完全に信用するにはほど遠い。

対する男はリラックスしていて、昨晩撃たれたことに対し文句の一つもない。

ルルーシュのために用意されたアフタヌーン・ティ。

紅茶を一口飲んで本題に入った。

 

「簡潔に聞こう。貴様、ただの空似ではないな。突然現れた理由も――異世界とか言っていたが。わかるように話してもらおうか」

「いいだろう」

L.L.は驚くほどあっさりと、

 

「パラレル・ワールドの存在を、お前は信じるか?」

 

ルルーシュは肯定も否定もしなかった。

「おそらくお前も、予想はついているのだろうが」

彼はそこで言葉を切り、自分の紅茶に口を付けた。

 

「懐かしい味だな。母上が好きだった銘柄だ」

「お前は……やはり、」

「そうだ」

 

L.L.は頷いた。

 

「俺の昔の名は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国第十一皇子だった。異世界の、おまえ自身だ」

 

 

 



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1-5

なんとなく予想はできていた。もちろん、信じるかは別として。

 

「……別世界の俺は、どうして人間じゃなくなってるんだ?その世界とやらは魑魅魍魎が闊歩する世界だとでも?」

「俺も昔は人間だったさ」

L.L.が屈託なく笑う。

「まだ確認はしていないが――この世界でも、条件を満たせば不老不死にはなれる可能性はある」

「不死だけじゃなく不老なのか。……おまえいくつなんだ」

「さあな。18の頃にこうなったとだけ言っておこう」

「本気で言ってるのか?」

「これは異なことを、殿下」

くつくつと、酷薄さを感じるような笑い声。かんに触る。

「その異能を見たばかりじゃないか、昨日」

「……見たわけではない」

「屁理屈を」

L.L.は言いながら、前髪をかきあげる。確かに額を撃たれたはずなのに、傷跡ひとつなかった。優雅に足を組み――ルルーシュには絶対出来ないことだ――おそらく癖なのだろう――左手で奪ったばかりの黒のクイーンを弄ぶ。

「俺も聞きたいことがある。……母上が亡くなった詳しい経緯と、お前が今置かれている状況を教えてくれ。なぜナナリーが戦場に出ている」

「……いいだろう」

尋ねられるまま、自分の人生と環境について語った。

と言っても、誰が調べてもすぐに知れる程度のことだけだ。わざわざ本人に会うまでもないようなことである。一通り聞き終えたL.L.は唸り、何だか知らないが頭を抱えた。

 

「お前の世界では、撃たれたのはナナリーだったのか?」

「そうだ」

顔を右手で顔半分を覆い、くぐもった声を出す。次には隠されていない左目で、じろりとルルーシュに視線を乗せた。

「悪いが、あまり詳しくこちらのーー俺のいたもとの世界について話す気はないぞ」

「何故?」

「未来を知りたいか?そうなるともわからない、いたずらに不確定な、お前の大事な人間が死んでいくだけの話を。――――荒唐無稽な話だが、これは本当のことだ。俺は自分自身に嘘が吐けると思うような評価を下していないし、だからこそ事実を話すことにした。そちらの方が遥かに手っ取り早いーーそう思うだろう?自分に嘘を吐くほどバカバカしいこともない。……まあ、この世界のお前が俺と違って愚鈍でなければの話ではあるが?」

「……そうだな」

 

ルルーシュは盤上に手を伸ばし、黒のビショップを進めた。駒を取ったわけではない。しかしこの局面での最善手。それを見たL.L.は、満足そうに目を光らせた。いいだろう、と偉そうに言葉を吐くと、話を続ける。

 

「さっきも言った通り、もといた世界についてあまり詳しいことは話せない。が、こちらも困ったことに連れが消えている。ワープした場所はもとの世界でもここ――ペンドラゴンではなかったし――それどころか遠く離れている。俺にはあいつがどこに飛ばされているかわからない。ワープするのに使ったネットワークのようなものに接続ができなくて、連絡も取れない」

「連れとは、さっき言ってた緑髪の女か?」

「そうだ」

「ネットワークとは一体なんだ」

「話す気はないーー知るべきでない。この世界にその仕組み自体があるかもわからないし、あったとしたら迂闊に話せばお前の身が危うい。いろんな意味でな。必要であれば、時期が来れば話す」

「…………そうか」

「やけにあっさり引くな?」

「俺は頑固だからな、話さないと言ったら話さないんだ」

「ふ、そうだったな」

 

ルルーシュはもうひとりのルルーシュ――ややこしいのでやっぱりL.L.と呼ぶことにした――彼に問うた。

「足を悪くしたのがナナリーだったというのなら――それでは俺が今のあの子のように筆頭騎士として戦場に出ていたのか?」

L.Lは目を丸くした。不思議そうに、

「お前、自分が戦闘で活躍できると思うのか?その足が自由だったとして」

「……いや、思わない。俺は戦略を考えるのに向いているよ。……質問するだけ無駄だったな」

 

ルルーシュは、ほかのどの人間に対してとも違う、不思議な一体感をL.L.に感じていた。不老不死らしいが、見た目は18歳。

つまり己の一つ上だという、不思議な青年。神も超能力も信じていないところに、突然不老不死の人間が現れて困惑しないわけはない。今だって頭の中はごちゃごちゃだ。

けれどもその戸惑いを、知らぬ、しかし心地よい安心感が緩和していた。

思ったままにそれを告げれば、彼も頷く。

「他人という感覚が薄い」と。

魂の結びつきとはこういうことを言うのだろう。こればかりは、体験しなければわからない。言葉で言い表すには特殊な感覚に過ぎた。

妙な催眠をかけられている可能性も捨てきれはしなかったが、だとすればルルーシュに勝ち目はない。

例えそうであったとしても、ただ殺されるだけで済むものか。存分に利用してやる。しかしそれも、そんなことにはならないとどこかで誰かがルルーシュに告げていた。誰であれ気を許すのは危険だとそう思うのに、心がほっとしてしまう。

自分がもうひとりいるというのは、とても奇妙で、安心するものだった。

 

「あいつを探し当てないことには帰るにも帰れない。一体どうなっているのか……どこで何をしているんだか」

「なんだ、仕組みをすべて理解しているわけではないのか」

「ほとんどわかってないと言ったほうが正しい。ここに来ることだって、予想できなかったわけじゃなくとも、やはりイレギュラーだ。パラレルワールドはいくつもあるらしいが、俺たちがここを指定したわけではない」

ルルーシュは相槌を打つ。L.L.に詳しいことを話す気がない以上、自分にはどうしようもない。

「その女はブリタニア国外にいるかもしれないのか?」

「ああ。俺が放浪して探すには難しい」

「つまり手伝えということか。その代わりに俺の影を務めてくれる、と。」

「そうだ」

 

いつのまにか、黒の駒はルルーシュが進めることになっていた。

L.L.の一人遊びから、ルルーシュとの対戦へと変化していた。

 

強い。

 

ルルーシュはいくつもの罠を避け、こちらも同じように網を張り巡らす。

ルルーシュよりは性格の悪くない打ち方だ。数手交わしたところで、自分と同じ顔が辟易したように眉を寄せた。

 

「お前の打ち方は、シュナイゼル兄上とばかりやっていた人間だと言うのがよくわかる癖がある。周りに強い人間がいなかったんだろうが――」

「はっきり言ったらどうだ?底意地が悪いと。シュナイゼルもお前の世界にいるのだな。ほとんど鏡写しのようなものなのか」

「ノーコメントだ」

 

L.L.は言い、できれば捨てたくはないと思っていたポーンをあっさりと奪った。予想していなかったわけではないが、思わず苦い顔になる。

「しかし……これだけ見た目が同じなら、たとえ入れ替わっていても、相手が身内でも騙せるだろうな。昨日の咲世子のように」

「お前のほうが少しだけ幼い顔をしているが、誤差の範囲か」

かつん。駒が倒れる。

仕返しとばかりに、ルルーシュが白のナイトを討ち取ったのだ。L.L.がぴくりと眉を寄せた。

自分と自分の会話は、恐るべきスムーズさで進んでいく。

二人の契約は、彼が向こうの世界に帰るまでという条件付きで、成立することになった。自分が協力する代わりに、お前も自分に協力しろ、と。

 

 

「……チェックメイト」

 

どれほど時間が経っただろう。途中で咲世子が(今この男をただのメイドに見せるのは無理だ)新しく持ってきてくれた紅茶が冷めきった頃、対局は結末を迎えた。

ルルーシュの負けだ。

ギリギリでL.L.が勝利をもぎ取ったというところだが、まぐれ勝ちでないところは確かだ。

悔しさに表情を消すルルーシュに、L.L.は16歳の自分に負けたらそれこそ終わりだと苦々しく吐く。どうやら自分が16歳の時よりも、この世界のルルーシュは強かったらしい。

 

「……お前は魔王なら、魔法も使えるのか?魔王、とか言っていたが」

 

ふと、思いついて尋ねた。

別の世界から来たというのであれば、そこで不思議なことがいくら起きてもおかしくない気がしたのだ。非科学的?いまさらだ。

黒のキングを手に取った彼は、穏やかに返事を寄越した。さあな、と。

「……お前の世界には、魔女や魔物もいるのか?」

これにはL.L.はくすりと笑った。

「ああ、いるかもしれないな」

 

 

 

 

 

「エリア11だと?」

L.L.が素っ頓狂な声を上げた。部屋がない彼は、ナナリーたちに紹介するまでルルーシュの私室に居住することになった。風呂上がりで濡れた髪を拭くのもそこそこに、ルルーシュを凝視している。

「そうだ」

「……お前、日本にはこれまで行ったことがあるか?」

「ないが?なんだ、エリア11に何かあるのか」

問い返せば、L.L.は言葉を濁す。それこそが答えでもあった。

辺境エリアの名に大げさな反応を示した時点で、逃げられはしない。自分に嘘は吐けないのを目の前の男もわかっているからか、隠しはしなかった。しかし、多くを語ることもなかった。

 

「住んでいたことがある」

「ほう?」

「昔の話だ」

「……そういえば、答えていなかったな。お前はいくつなんだ?」

「気になるか」

「いや、それほどでもない」

 

素直に首を振ると、L.L.はフンと鼻で笑った。足を組み(こちらの気を遣って止めようとしたのだが、ルルーシュはその類の気遣いが大嫌いだと主張した)ソファーに腰かけ、数分前まで第五皇子の件で通信をしていたルルーシュを眺める。

ルルーシュの服はわずかに小さく、夜着のズボンは少しだけ短かった。踝が露わになっている。

 

「で、どうするんだ。いつから俺はお前の身代わりをすればいい?」

「エリア11に行ってからはもちろんだが――そうだな、試験的な意味合いも兼ねて、いくつか夜会に出て欲しい。エリア11、日本。あそこはテロは多くとも資源は潤沢で経済もなかなかに潤っている。そんな美味しい座を、尊ぶべき生まれの第三皇子から庶民の血の混ざった捨て犬に譲れるかという話だ。昨日みたいなことがまたすぐ起きてもおかしくない」

「……ブリタニアはそんなにあからさまに皇子を狙う国だったか?」

「お前の世界ではそうはならなかったのか?」

「いや……まあ、そうか。皇帝から7年も無視され続けていればそうなるか」

明らかに誤魔化しだ。

 

(……今はいいか。まだ)

 

追及する気はない。

ルルーシュは窮屈な襟元を寛げる。今夜の予定はすべて終えた。湯浴みののち寝るだけだ。

 

「とにかく、実力がいくらあろうと、俺とナナリーがなんとか体面を保っていられるのはシュナイゼルやコーネリアたちの言葉添えあってこそだ。それはつまり手柄を奪われた奴が大勢いるということ。正直恨まれるクチだけは年々増えている」

「だろうな」

「ブリタニアは弱肉強食、蹴落としてこその国だ。没落貴族なんていくらでもいるし、その端の端の連中が襲い掛かってくることも多い。自分が利用されてるなんて夢にも思わずにな。哀れすぎていっそ笑える。咲世子がついている時は撃退してくれるが、あれに任している仕事も多いし、常に一緒というわけにはいかないんだ」

「もちろんそれはわかっている。そうではなく」

「ああ、ちゃんと考えている」

 

ルルーシュは頷いた。

 

「お前には常に俺の側にいてもらう。要は側近だ。いつでも入れ替われるようにな。正体は臥せるが、お前が影武者を演じることはうちの――ナナリーもいる戦闘チームだけに明かすことにする」

「メンバーは?」

「ナナリー、ヴィレッタ・ヌゥ、ジェレミア・ゴットバルト、ナナリーの専任騎士候補のアーニャ・アールストレイム。名前だけ知らせても仕方がないから後で資料も見せるが、この4人だけだ。あとは咲世子だな」

「了解した」

「で――表向きには新しい側近ということにするつもりなんだが。顔は隠して」

「ああ」

「お前には適当な偽名を考えてもらいたい。L.L.なんて名前では、流石に皇宮で働かせるわけにはいかない」

もっともな主張だ。兵士が顔を隠すこともあるブリタニア。皇族の直属ともなれば、どんな変人や奇妙な経歴を持った人間がいても、制度的にはなんら問題ない。だから、顔を隠すこと自体に不安はない。しかし名前は別だ。記号が名前なんて、怪しすぎる。

L.L.は確かにと頷いた。

 

「アラン・スペイサーなんかどうだ?」

「偽名と言って真っ先に思いつくのがそれか。俺と同じで気味が悪いなーーーー偽名臭すぎる、却下だ」

「ルル・ランペルージとか」

「ふざけているのか?ランペルージはともかく、ルルはない」

「……なら、ジュリアス・キングスレイなんてどうだ」

 

L.L.は唇の端を吊り上げて言った。

どこか、含みのある笑みだった。

 

「……変わった名だな。悪くはないが」

「是非ともこれで」

「何かあるのか?」

「少し、な。お前に悪いようにはならないから」

 

悪い顔だ。とてもナナリーには見せられないような。

L.L.を睨めつけるが、得体の知れないドッペルゲンガーは相変わらず平然としていた…………まあ、いいだろう。

「それで」

ルルーシュは気を取り直して、

「お前の連れは何という名前だ?」

「C.C.」

「……お前と同類か。そいつも不老不死なのか?」

「そうだ」

「……そうか。で、特徴は?」

「それなんだが」

L.L.は腕と足を組んで難しい顔をした。

「名前も特徴も大っぴらにして探すことはできない。彼女はもともと追われる身で、もしかするとこの世界でもそれは同じだ。そちらを助けることはできるかわからないが、もしもいたとして、無関係の彼女にとばっちりで何かあったら困る」

「誰に追われていると?皇族より厄介な相手か?」

「ああ」

頷いてから、訝しい顔をするルルーシュの視線に耐えかねて――というより、自分と同じ頭脳が次々と推測を弾き出しているだろうことに、気まずげに視線を逸らした。

……まあ、いいだろう。

ルルーシュは先ほどと同じことを思って、話を次に移した。

 

 

 

 

 

 

新総督が不老不死の男と怪しげな会話をしている頃。

ところ変わって、エリア11――いや、日本。京都だ。

かつて観光客で賑わったその街も、今ではブリタニアに占領されるエリア11のいち都市に過ぎない。けれど文化財は破壊されるか放置されるかなこの国の中で、比較的マシな対応ができている地域でもあった。それは現総督クロヴィスが日本古来の文化を大層気に入っているからであり、ここを拠点とするとあるグループの力が大きいことも理由のひとつだ。

租界ともゲットーともつかない郊外。

山と海の近いその場所に、白い壁に囲まれ、決して仰々しくはないささやかな、それでいて厳重な警備の行き届いた建物があった。外からでは、それが何の施設かはわからない。

一見ただの民間会社のビルのようだ。

 

もちろん実際は、そうではない。

 

こここそが日本最大の反帝国組織、キョウト六家の盟主の数ある家のうちのひとつであり、大企業・皇コンツェルンの京都第三支部であった。無機質なコンクリート造りの建物。

大企業だというにはあまりに人の少ないビル。内部の部屋もパソコンの並ぶ事務室やや応接室、会議室――どれも驚くようなものではない。

しかしそのうち一つのフロアに、あまりにも場違いな空間があった。他の階とは打って変わって、広がるのは日本古来の風景。

畳が敷かれ、襖がある。

廊下は当然のように、あたたかみある木製。

コンクリートの壁には和室用の壁紙が張られたうえで丁寧な処理が施され、見た目には違和感がない。

ワンフロアまるまるを使用してのそれは、襖を開け放てばどこかの城に迷い込んだかと思うほど広々としている。

専用のパスを打ち込まなければ停まることすらないその階で、エレベーターを降りたひとりの少年がいた。

この空間によく馴染む、袴姿である。腰には鞘に収まった一振りの刀。両手でワゴンを押している。楢でできた、細やかな彫り物がされているものだ。抽斗の金具の台座に鎮座するのはこの国を象徴する菊。

少年は柔らかそうなくるくるとした茶色の髪を揺らし、ぴかぴかに磨かれた廊下を足袋で歩き続けると、ひとつの襖の前で止まった。

しゃがみこみ、姿勢を正し、凛とした声を出す。

 

「神楽耶様。枢木スザク、参上仕りました」

 

しばしの間を置いて、返答があった。

 

「――お入りなさい」

 

少年――スザクは丁寧な所作で襖を開けた。しかし部屋にいるのが彼女ひとりだとわかると途端、静まり返った水面のような空気を砕けさせた。

先ほどまでの臣下然とした礼はどこへやら。

遠慮をすっかり放り出し、ずかずか部屋へ入り込む。

 

「なんだ、神楽耶ひとりか」

「なんだとはなんです、スザク」

 

可憐な声が不服気に返す。

部屋はこのフロアにあるどの部屋よりも豪勢に作られていた。というよりこの最上階は、ここと、この隣しか普段は使っていない。他は客人と会談するための部屋ばかり。あくまでここは主である少女の隠れ家のような的場所なのだから、当然でもあった。

少し離れた場所に寝室あるけれど、ここにはあまり泊まることもない。

豪勢だが下品ではない、日本の繊細な技術を凝らして作り上げられた部屋。

少女は大きく設けられた御簾の向こうにいた。

文机に向かい、何やら書き物をしていたようだ。隣には積み上げられた本と、開かれたパソコン。少年は神聖な雰囲気すら漂う御簾をあっさりとめくり、聖域へと侵入する。

少女も否やは唱えなかった。

彼女こそが皇の姫にしてこの建物の主、またキョウト六家の盟主、皇神楽耶その人である。

相対する少年――スザクは、日本最後の首相枢木ゲンブの息子であり、彼女の元許嫁であった。

 

「差し入れを持って来たよ。宇治の新茶だってさ」

「まあ素敵。…………スザク。またわたくしに淹れろと?」

スザクのスに妙なイントネーションをつけて、神楽耶は眉を寄せる。

「だって、神楽耶が淹れたほうが美味しいじゃないか」

「それはそうですけれど」

「神楽耶の好きな最中も持ってきたよ」

スザクはじっとりとした視線の彼女を気にもせず、いそいそとお茶の用意をする。

一度廊下に出て、押してきたワゴンから次々に敷物と皿を出し、神楽耶贔屓のメーカーの最中を乗せる。茶以外の用意は進んでやるのだった。神楽耶はふうとため息を吐くと、芳醇な香りの茶葉を急須へ運び、そこに湯を注ぐ。

 

「それで?」

 

その一言に、うきうきした様子だったスザクが真剣な顔つきになる。

「うん。やっぱりクロヴィスは国へ戻るみたいだ。再来月には新総督がここへやってくる。誰かまでは、まだブリタニアの方でも決まってないみたいだけど」

「まあ、皇族の誰かでしょうね」

「僕もそう思う。皆で可能性が高い人を挙げてみたけど、途上エリアのここに矯正エリアのための人材派遣はないだろうし、今の状況がとんでもなく悪化することはない、と」

「希望的観測ですわ。最悪の事態を考えないと」

「……だよね。神楽耶はどう考える?」

「曲がりなりにもサクラダイトの産出エリアです。そろそろテロ組織を壊滅させたいと思う総督が来るかもしれません。それも、きちんと能のある」

「……紅蓮に乗ることになるかもしれないかな?」

「それは総督次第でしょう。いずれにせよ、軍の中で発表があればすぐに知らせなさい」

「それなんだけどさ、神楽耶」

「なんです?」

 

神楽耶は湯呑に茶を注ぐ。こぽこぽと軽やかな音が響く中、スザクは胡坐をかいた膝の上に乗せた拳を握りしめた。ぎりりと歯を食いしばっている。

 

「やっぱり僕もブリタニア軍に、」

「なりません!」

「だって!僕だけ何もせず見てろっていうのか!?軍の訓練だって受けたんだ、僕ならすぐに現場に――」

「スザク、あなたは枢木スザクなのですよ。ゲンブ叔父さまの息子。代わりはいないのです」

「わかってる!だけど、任務だってそうそう死に直結するものばかりでもないし、うまい具合に躱せば、安定した――」

「上官の機嫌一つで奪われる命の何処が安定していますか!バカなことを言うものではありませんッ」

「だけど、神楽――」

 

ぱん。乾いた音が響いた。

手を振り上げた少女。

横を向いて目を丸くする少年。

神楽耶がスザクの頬をはたいたのだ。

彼が呆気にとられる中、神楽耶はまっすぐ声を張る。

 

「あなたはわたくしの夫でしょう!不安になるのはわかりますが、しっかりなさい!」

スザクは暫し呆けたのち、ばつが悪そうに顔を背けた。

「……元、だけどね」

「些細なことです。どうせ、日本を取り戻した暁にはそうなるのでしょうから」

神楽耶は毅然とした調子だ。どう見ても不安定であるスザクとは、まるで逆。

そのまま湯呑に口を付ける少女に、スザクも倣った。あつあつのそれを、ぐいっと飲み干す。ふうふうと冷ましてから飲んでいる神楽耶には到底真似できない芸当であった。

 

「……落ち着きましたか?」

 

神楽耶は頃合いを見計らい、問うた。

スザクの頭が上下する。

いつまでたっても大きな変化をもたらせないことに、彼がいらついているのはわかっていた。つい数か月前に完成した国産のナイトメア、紅蓮。クロヴィスの任期終了間近に騒ぎを起こしては、次に派遣される総督が腕の立つ軍人になることは明らかだ。

だからこその戦略的な温存期間。

しかし、血気盛んな少年には耐えがたい。

スザクは軍の最下層で、それでもスパイとして身を張る仲間たちのことが羨ましいのだ。

日本のために。そう思って戦えることが。命を投げ打つことができるのが。スザクは日々、益があるのかわからない交渉に出掛ける日々だ。何の役にも立たないと感じていることだろう。

 

「スザク。あなたは今の任務をきちんと遂行しなさい」

 

神楽耶は少年の頬を両手で包み込み、目を反らすことは許さないというようにじっと覗き込む。スザクは悪い考えを取り払うように瞬きを繰り返すと、神楽耶を見つめ返した。

 

「了解致しました、神楽耶様」

 

そして少女の小さな手を取り、はっきりとした口調で言った。

 

「――俺が君を守るよ。俺たち二人で絶対にこの国を、日本を取り戻すんだ」

 

 

 




こういうスザクくんと神楽耶がどうしても読みたくて読みたくて、探したのになかったんでもう書きました。増えろ~~


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1-6

ヴィレッタの一期の格好がとても好きです。ゼロ部隊は純血派とはちょっと違うデザインのものを着ていますがだいたいはあんな感じなんじゃないかな。


ジェレミア・ゴッドバルトは非常に熱い、厚い、篤い忠誠心の持ち主である。

心に決めた相手にはどこまでも忠義を尽くす。現在皇族のヴィ家に仕えているが、それはもともと彼らの母、マリアンヌに仕えていたことに由来する。彼女亡き後も残された兄妹に仕え守り続けて、今ではこのアリエスで最も古い臣下だ。

 

「すまないな」

「いえ」

今日のルルーシュ殿下は既に公務を終えられ、調理場に立たれていた(実際は座っているが)。彼が料理を本格的に趣味とし始めたのはここ数年のことで、そもそもは料理人が信用できないと疑心暗鬼になったところから始まっている。彼が11歳の頃の話だ。

ちょうどそのころ薬物に耐性を付けるための訓練を行っている最中で、余計にそういったものへ敏感になり、わかりやすい拒絶反応を示していた。そんなところへ毒入りのスープが出てきたものだから堪らない。結局料理人は買収されており、辞めるその日に殿下に毒を盛った料理を出し、そのまま逃げようとしていたところを捕まったのである。信じられないほど間抜けな計画は、やはり間抜けな貴族の仕組んだものであった。とうぜんあっさり捕まったわけだがしかし、そのような立場の者が殿下を裏切ったことに、アリエスには大きな動揺が走ったものだ。

殿下ご自身が決めたわけでもない使用人。皇帝に寵愛されし妃のもとに、力が集まらないわけはないのだ。落ちれば掌を返すような薄っぺらい忠誠心の者だっていた。

信用できるわけもない。今アリエスに仕えているのは、ルルーシュとナナリーが選んだ人間だけだ。

「ジェレミア、冷蔵庫からミルクを」

「イエス、ユアハイネス」

「あとバニラエッセンスも出してほしい」

「了解致しました」

ひんやりと冷えたミルクを渡す。ルルーシュ様は彼専用に作られた調理スペースで手際良くレシピを進めていった。

「殿下、今日はどうされたので?」

「何かないと料理してはいけないか?」

「いえ、そんなことはございませんが……今日の殿下はやけに楽しそうに動いていらっしゃいますので、何かあったのかと」

「ほう?具体的にどのあたりにそう思うんだ」

ルルーシュ様はきらりと目を輝かせ、面白そうに笑む。その間も作業は進めて行く。いつもより何もかもの動きが少しずつ速く、そのお顔、いやお体全体から上機嫌なのが伝わってくる。

わくわくしている、という表現がぴったりだろうか。

「いいことがあったのは確かだ。だからこうして今日の晩餐を皆に振る舞おうと早くから準備しているのではないか。きちんと教えるから、夜まで待て」

「イエス、ユアハイネス」

「……ジェレミアは俺をよく見ているな。いつでも、どこでも。お前ほど信頼できる人間もそういない」

「身に余るお言葉でございます……これからもこのジェレミア、誠心誠意仕えさせて頂きます」

「ふ、頼もしいな」

殿下はハンドミキサーで混ぜていた生クリームが出来上がったのか、手を止める。ティスプーンですくって味見をして、うん、と頷かれた。

「おまえも舐めるか?」

「い、いえ、そのような」

「遠慮するな。どうだ?」

殿下から差し出された別のスプーンを恐る恐る口にする。それは上品な甘さでふわりと舌に乗り、やさしくほどける。

「美味でございます」

「そうか」

殿下は悪戯が成功したように目を輝かせ、さっと調理台に向かい直した。時刻はまだ昼の2時で、殿下が今作っていらっしゃるのは今晩のデザートである。何を作るのかは教えてもらえず、ジェレミアには検討がつかない。なにせルルーシュ殿下と来たら、とんでもない手際の良さで一度にいくつもの品を作られてしまうのだ。所狭しと並ぶ器具と材料の用途をわかっているのは彼だけである。

「ジェレミア、そろそろ時間じゃないか?」

「は。夕食の一時間前には必ず戻ってまいります」

「急がなくていいぞ、たまにはゆっくり稽古をつけてやれ」

ジェレミアはこれから暫く軍務である。ナナリー殿下の下に着く前に所属していた部隊にも顔を出すので、ルルーシュ殿下はそれのことを仰っているのだろう。

ジェレミアは挨拶をして、甘い香りの漂う厨房から退室した。毎度のことながら、殿下自らがお作りになったものを口にできるなどなんと贅沢なことか。夜が楽しみだと、期待に胸を膨らませずにはいられない。

 

 

「……やりすぎ?そうか?これは数日しっかりお前とあいつのやりとりを聞いての行動だし、お前もこれくらいは……は、調子に乗ってるとボロが出るぞということか。それは一理ある……にしてもジェレミアは本当によく見ているな。ちょっと怖いくらいだ。さすがに別人だとは思い至らないみたいだが、ちょっと不審がっていたぞ。ああ、まったくだ。我が部下たちは優秀すぎていけない。……お前のじゃないって?その通りだ。ん、まだ何かあるのか――ナナリー?どうだろうな、わかってほしいようなそうでないような――複雑な心境だ。

……お前もそう思うだろう?」

 

 

 

 

ヴィレッタ・ヌゥは、もともと庶民の出である。騎士候という身分を手にしてはいるが、それにしたってまだまだ低すぎる階級だ。無論こんなところで終わるつもりはない。上がれるところまで這い上がり、冷笑されることもなく堂々と政治の場に立つのだ。

そういった考えでは、今の所属部隊に身を置くのは、将来性を捨てたとも同義であった。

ヴィレッタが現在所属しているのは、ゼロ部隊と呼ばれるヴィ家の皇族が取り仕切る異色の部隊だ。全ての構成員を合わせたって十数人しか存在しない、戦闘ともなればもっと少なくなる少数精鋭部隊は、KMFの登場で成り立つようになった編成だ。全員に割り振られたハイスペックのナイトメアと、高い技術力がなくては話にもならない。皇女であるナナリー・ヴィ・ブリタニアはその中でも最も高い操作技術を持つ、才能に恵まれた努力者だった。力あるものが先導するのは当たり前の話で、リーダーである彼女が突っ込んでいくこともままある。けれどもそれを指示するのが彼女を世界で一番、そして唯一の宝とする実兄ルルーシュなのだから恐ろしい。兄妹の絆は強く固く、まるで世界に二人しか存在しないよう。二人が部隊の人間に親しい意味での笑顔を向けるようになったのは、この2,3年の話なのだ。

ゼロ部隊は強い。ブリタニア軍を率いるコーネリアやダールトンも認めるところで、シュナイゼル宰相閣下などはとくに目をかけてくれている。それなのに部隊の地位は低い。

いや、第十一皇子と第十二皇女の部隊である。決して低いはずはない。けれどもやはり、現場にいるのは相手の地位を文字として識別し従うロボットではなく、ドロドロの心を持つ人間だ。彼らは、幼い頃には特に、皇帝陛下からの冷遇と同じものを、そっくりそのまま国の人間から受けていた。逆に言えば、肉親の情と、庇いだてしても地位が危うくならない皇族の数人だけが彼らを支援している状況だ。見事なまでに孤立している。それはマリアンヌ皇妃が亡くなり一年にもならないころ、二人を支援しようとした有力貴族があっさりと爵位を剥奪されたことにも大きな関係があるだろう。大財閥を持っていたアッシュフォードもそれに続き、そうなるともはや、二人に居場所はなかった。軍の道へ入るよりほか、ブリタニアで生き延びる術はなかった。

 

「ああ、ヴィレッタか。済まないが、ナナリーとアーニャはどこへ行ったか知らないか?」

廊下を歩いていると、声を掛けられる。振り返ればルルーシュが、きょろきょろとあたりを見回しながら車椅子を走らせているところだった。ヴィレッタは仰天して、思わず叫ぶ。あんなことがあったばかりだというのに!

「殿下!伴のひとりくらいお付けください。咲世子はどうしたのです」

「咲世子はちょっと、調べ物をさせに本宮の資料室に行ってもらっててな」

「ジェレミア卿は」

「さっきまで一緒にいたんだが、今日は軍の用事があるから」

「……ならば私をお呼びください。なんのための内線ですか」

「悪い」

ルルーシュは悪びれもなくそう言うと、で?とヴィレッタを見上げた。

「いえ、ナナリー様は今日は御見掛けしておりません。アーニャに連絡いたしましょうか?」

「いや、知らないのならいいんだ」

そう言いながらもルルーシュは車椅子を止める気配がない。どこへ行くのだろうか。

ヴィレッタの気持ちを見透かしたように、ルルーシュは短く「厨房に戻るところだ」と言う。

「部屋で休憩してたんだが、そろそろ始めないと夕飯に間に合わない」

「お手伝い致しましょうか」

「いや、いいよ。ああ、その手に持ってるの、頼んでいたナナリーの古いシミュレータのデータだろう?懐かしいな。今もらっておこう」

ヴィレッタは記録媒体と紙媒体、両方のファイルを渡す。何故今更これが必要になるのかわからなかった。ルルーシュは受け取ると、それを置きに部屋に戻ろうと車椅子を回転させて逆方向に進み出す。慌てて後を追う。

「兄上の特派を知ってるか?」

「はい」

「あそこがナナリーの専用機を作ってくれることになってな。今開発中のランスロットは、試験機とはいえ魅力的だ。それに乗れたら一番いいかと思ったんだが……」

「何か問題でも?」

「あれはダメだ。簡単な設計を見せてもらったんだが、ナナリーに乗せられる代物じゃない。パイロットの身体のことを考えてなさすぎる。ユグドラシルドライブの扱い方といい、共鳴パルス設定とかいうのも……パイロットの神経作用数値があまりにも高すぎる。脱出ポッドがないのは後からどうとでもできるが……ナナリーは女の子だぞ?ただでさえKMF戦は成長期の身体に過酷なのに、もし身体機能に問題が出たりしたら……」

ルルーシュは考えるだけでも恐ろしいというふうに目を閉じる。ヴィレッタはパイロットとして必要なことを学んだだけなので、ルルーシュの言っていることすべてはわからない。

「ですが特派が、なぜ……」

「例によってシュナイゼル兄上のご厚意だ。が、ちょっとした縁ができそうだよ。それも今晩説明する」

はあ、とヴィレッタははっきりしない返事を返した。帰還した晩、明後日の夜は皆開けておけと命じられた。それが時々開かれる夕食会であり、何か話があるということしかわかっていない。

「今は全員グロースターだからな。そこに特派の機体が入れば戦力も変わるぞ。いずれは皆の専用機も作りたいが、資金の問題もあるし」

ルルーシュはそこで彼の自室に辿り着くと、もういいぞ、とヴィレッタを返そうとした。

しかし、彼はこれから厨房に戻るのだ。しかもどうやら一人で。この間あんなことがあったばかりなのに、そんな危ないことはさせられない。ヴィレッタは尾のように括りあげた長い髪を揺らし、すぐさま首を振った。

 

 

 

ヴィレッタは上昇志向だ。ここでいつ死ぬかもわからない危険な戦へ突っ込むのを繰り返すよりは、コーネリア軍や他の将軍のもとで功績を上げるほうが良いだろう。

しかし、それにどれだけの時間が要るのか。それを思えば若い時分は、この舞台で一発逆転、好機が訪れる確率に賭けてみようかとも思ってしまった。ジェレミアは軍に所属した際の初めてのボスであり、その彼があっさりと地位を捨てここへ所属したことも大きかったかもしれない。

けれどもとにかくアリエスへ来たばかりのヴィレッタは、見捨てられた皇子の部隊と今までの地位、それに大した変わりはなく、内部での冷遇ぶりを除けば、名目上は騎士候という出世が待っていたためにこの道を選んだだけで、ルルーシュとナナリーに対する忠誠などかけらも持ってはいなかった。あるとすればそれは「皇族」への敬意だけであった。

6年前。

ジェレミアを追ってきたような形になった彼女を一目見たルルーシュの視線の冷たさを、きっと忘れることはないだろう。ナナリーの不安げに揺れる瞳も。

「あんな若い女にナナリーを任せられるか?おまけにあの目。わかるだろう、ジェレミア。信用ならん」

「ですがルルーシュ様。あれの能力は私も高く評価しております。与えられた任務はきちんと遂行する者です」

「忠誠を誓うのが僕らならな!」

ルルーシュとジェレミアがこう会話するのを、アリエスに来て三日目でヴィレッタは聞いた。運悪く扉の前に来た時に聴こえただけなのだが、結局盗み聞きのようになってしまい、ルルーシュは「それみたことか」と言わんばかりだった。

マリアンヌ皇妃が亡くなってから一年。ルルーシュが留学から戻り、ほんの一月と経たない頃だった。

ヴィレッタに与えられた仕事は、ナナリー皇女の護衛と、彼女の軍事訓練のコーチ役であった。ナナリーは物覚えもセンスもよく、教えたことはすぐに自分のものにした。幼さゆえに体に負荷がかかる過激なものは避けても、体術の訓練である以上、ナナリーには生傷が絶えなく。そのたびに兄は、代わってやりたそうに心配していた。

とはいえことナイトメアに関しては、ルルーシュが口出しすることが多かったのだが。

 

「ナナリー!」

シミュレータのポッドから降りてきた妹に、幼い少年の鋭い怒声が飛ぶ。訓練を開始する際には確かにいなかった姿に、少女は思い切りびくりと跳ね上がった。ルルーシュは人を避け、器用に車椅子を走らせると、ものすごい剣幕で怒り出した。

「お兄様」

「今のはなんだ?あんなところを攻撃していては意味がないだろう!無駄撃ちだ。それじゃあすぐにエナジーフィラーが切れておしまいだ。それに作戦も良くない。同じ機体で正面突破できるほどお前は強くない!囲まれて終わりだ。この間は出来ていただろう、もっと集中しろ」

「は、はい……」

「実戦ならお前は生きて帰ってないぞ」

「でもお兄様、敵はグラスゴーには乗っていません。対KMFでなければ、今の――」

「言い訳をするな。確かに敵との戦いではまだナイトメア戦ではないが、お前が前線に出るころにはそれが普通になっている。そうでなくとも、手を抜いていい話にはならない」

「……」

「手抜きでなくとも集中できていなければ同じ話だ。わかるな?」

「……はい」

ナナリーは泣きそうになっていた。唇をぎゅっと引き結び、目に力をこめ、泣くのを懸命に堪えている。ナナリーは当時8歳。こんなところへ出てくるには、あまりにも幼かった。実戦に出るのは10歳になってからだという兄の厳命に従い、ひたすら訓練を繰り返す毎日だ。この頃は独立部隊はまだなく、勢力を付け始めたコーネリア軍に面倒を見てもらっている状況であった。

ナナリーが厳しい視線の兄を懸命に見つめ返すのを見て、とうとうルルーシュが相好を崩した。

「でも、良くなってる部分もあったよ、ナナリー。僕が見てたのは途中からだけど、スラッシュハーケンの扱いも上手くなってた。最初に壁を崩そうとしたのはとてもいい」

「本当ですか?」

「おまえに嘘を言ってどうするんだ。……ほら泣くな。今日はもう終わりだろう?迎えに来たんだ。美味しいアップルパイを焼いたから」

「おにいさま……っ」

ルルーシュに抱き着くナナリーをよしよしと撫でながら、彼は妹に向ける情のこもった目から一切の温度を無くし、ヴィレッタを見た。笑んだままではあったが、その目は敵を見るそれである。

「アリエスまではジェレミアについてもらう。君は今日のデータの保存をして、次回の予定を調整してきてくれ」

「は」

のちに司令官となる兄ルルーシュがこの時期何をしていたかというと、ひたすら勉強し、自分の味方をしてくれる皇族のところへ顔を出してはその仕事ぶりを学んだり、手伝ってみたり、医師を探しては治らない足をどうにかしようと躍起になったり、目まぐるしく様々な、その実どこか単調で、日々に大きな変化をもたらすことはないことをしていた。おそらく彼が最も辛かった時期のはずだ。

皇子なのに。

皇族なのに。

いいや、だからこそ。

ヴィレッタが経験してきた荒波よりもずっとひどい激流に、10歳の子どもは立っていた。現実には機能しない足を叱咤し、なんとかこの皇宮で生き残る術を探していた。足掻こうとする姿は滑稽かもしれなかったけれど、ひどく美しいものにも思えた。

傍で見ていたヴィレッタに、心境の変化はないわけはなかった。ただの踏み台としか思っていなかった当時の地位にいつしか誇りを覚え、誰に何を言われても関係ない、必死に生きる彼らを守りたいと、そう思うようになった。いや、違う。期待以上に仕事をこなし、自分こそが彼らをブリタニアの上層へ押し上げてみせるのだと、そう息巻いていた。

庇護する対象でなく、心から敬愛する主君と仰いで彼らについて行こうと思うようになるのは、そのもっと後のことである。

 

 エリア7の反乱の鎮圧にルルーシュが駆り出されたのは、5年前の冬のこと。12歳の少年に指揮を任せるなど正気の沙汰ではなく、決定したのは些か変わり者の部下も多く持つシュナイゼル・エル・ブリタニア第二皇子。とはいえまさかルルーシュを総司令に置くわけにもいかない。シュナイゼル本人が赴き、最近傍に置くようになった軍師が試験的に指揮執り、ダメなようなら第二皇子本人が出てくる、という形での起用だった。

まさか12歳の子供に命を預けたい兵士もいないだろう。ルルーシュは幼すぎる声を隠すよう変成器を使い、兵士の前に姿を現さず、エリア7へと赴いた。自分も本物の戦いを勉強すると言い張ったナナリーとともに。彼女が戦場をその目で見るのは、初めての経験だった。

当時ゼロ部隊はまだ存在せず、ヴィレッタは皇女つきの側近に過ぎない。そのため戦うことはなく、司令部で彼の動きを見ていただけだった。

舌を巻いた。

最新鋭のナイトメアに真正面から向き合うことを避けた相手は地形をたくみに利用し、こちらの戦力を限りなく落とした。ルルーシュはそれをさらに利用し、圧倒的な武力のごり押しでなく戦略で攻め落とした。利用するはずがされた敵はぬかるんだ窪地に追いこまれ、敵の所有する数少ないナイトメアたちがどうにか上がろうとしても、それは叶わなかった。スラッシュハーケンを刺して、機体を支えるだけの強度がその土になかったのである。相手が立てていた作戦そのものを嫌味なほどなぞる形で、ルルーシュは一網打尽にしてすべてを焼き払った。

作戦内容自体は、優秀であるとはいえ驚くほどのものではない。そもそも負けることが想定されていない戦況だった。しかしこちらの犠牲は少なく、何より初めてだとは思えぬ冷静で堂々とした指示。それこそにヴィレッタは身震いした。少年の持つ可能性が恐ろしかった。

 

だが。

 

『ナナリーは私が必ず守り抜く。例えどんなに汚い手を使おうと。どれほど恥辱に塗れようと。……それが、彼女の手を汚すことであったとしてもだ』

 

あの日。

生々しい戦場に画面越しですら耐えられず、吐いて倒れたナナリー。それもそのはず、当時はナイトメア戦が主流になりつつある段階で、移行期で、つまり歩兵や旧時代の戦車だって数多く存在したのである。指令室では顔色を悪くしながらも平気なふうに装ってみせ、側仕えの者とルル―シュだけになるまで耐えたのは、彼女の皇女としてのプライドと兄の顔に泥を塗るまいという信念から。類稀なる才を持った、少女の強さの欠片がそこに現れていた。

未だ戦地。常のものではない慣れぬ寝台に横になって眠るナナリーの小さな手を握り、ルルーシュは言ったのだ。ナナリーはどんな手を使っても私が守り抜く、と。

後ろで手を組み、距離をとって控えていた自分。そこに側近らしい近しさは微塵もなかった。決意の滲む声にヴィレッタが何も言えないでいると、ルルーシュはそれを別の意味ととったらしい。

『おかしいと思うか?私は歩けもしない。立つことすらできない。私はいずれ、この子に守られることになる』

なぜこの兄妹が、わざわざ皇位継承争いの真っただ中に飛び込まねばならなかったのか。

理屈はわかる。このブリタニアにおいて、自分の意志で生きようと思うなら、彼らはこうするしかなかった。身の振り方を自分で決める、それすら彼らはできない。

それを生きているとは言わないのだと、ルルーシュとナナリーは言った。血の滲むような努力を重ねる兄妹には、なにやら大事な約束が交わされているらしい。つらいとき、アリエス宮のメイドである咲世子に教わったという指切りを大事そうに、秘めやかに、二人がするところを何度も見ていた。

小指を絡ませながら、生きるのだと言う。それがこの頃の二人の習慣で、口癖だった。

ヴィレッタは、小さな幼い背中に告げた。

 

『殿下、それは、守られているのではありません』

『……では、何だと?』

『ナナリー様にできないことを、殿下が。殿下にできないことを、ナナリー様が。自分の得意なことで互いを守り合う。それは背中を合わせて、共に戦うと言うのです』

『……』

 

ルルーシュとナナリーの、いずれ花開くであろう力を知っているから。この魑魅魍魎の宮廷をきっと生き抜かれると思えるから。でももう、それだけではなかった。

『ルルーシュ様。このヴィレッタも、その道で共にありたいと思っております』

彼らが戦地で散ることになろうとも。最後まで、と。

その時の自分に、打算はなかった。地位の向上すら頭から消えていた。

そんなことは初めてのことだっただろう。

心からの願いだった。

『……ヴィレッタ』

ルルーシュは長い長い沈黙を破り、自分の名前を呼んだ。

 

『俺は――』

 

 

自分は、もはや6年前と同じではない。

いくら彼らを貶されようと、価値のわからぬ輩めと笑ってしまえる。自分が彼らの側にあれることに、誇りを持っていた。

たとえこの二人がどんな危機に瀕しようとも――この命を散らすことになっても。最後の瞬間まで仕え続けたいと、そう思っている。

だが、もちろんそんなことにはなりはしない。

自分は生き延び、いつの日か、主人の抱える円卓の騎士となるのだ。

 

 

「……余計なことを言うな?何がだ。お前が特派のことをべらべらしゃべるから、てっきり俺は……そんなつもりはなかったって、お前、それで司令官として大丈夫か?」

 




ヴィレッタさんはそう簡単に命を捨てるほどの忠誠心とか持たない人だと思うので悩みました。結局地位の向上は全く諦めてないポジで落ち着くという。
12歳のルルーシュくんは何を言ったんですかね。ヴィレッタさん、ラウンズになるおつもりっぽいですよ、殿下、大丈夫ですか?


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1-7(完)

7

 

「それでは、ゼロ部隊の帰還を祝って」

「お兄様のご無事を祝って!」

「乾杯!」

橙色の証明が照らすダイニングに、明るい声が響いた。

ヴィレッタがシャンパンを、ジェレミアはワイン。アーニャはオレンジジュース。ナナリーとルルーシュはジンジャエール、咲世子は烏龍茶。グラスの形も中身も違う6つの杯が掲げられる。賑やかな談笑と共に、食器が控えめにぶつかりあう繊細な音が響き始めた。テーブルの上に所狭しと並ぶのはルルーシュ手製の料理たち。彩豊かなそれらは肉に魚に野菜にと栄養は満点で偏りがないうえ、皆の好物ばかりだ。コース式になってはおらず、かといって格式ばった中身でもなく、盛り方や並べ方だけで言うなれば、とても庶民らしい。素材はもちろんこの国で最高級、味だって一流のシェフにひけをとらない。

この席にマナーをうるさく騒ぎ立てる無粋な人間はいない。ただしマナーのなっていない人間は一人としていないため、端から見るととてもお上品な光景ではある。

それぞれが声を掛け合い歓談しながら、思い思いに好きな料理を取ってゆく。節度を保った主従でありながら、それ以上に命を預け合う仲間。心地よい距離感。これがアリエスでのゼロ部隊だ。

 

「ルルーシュ様、それ食べたい。よそって」「どれくらいだ?」「いっぱい」「……これでいいか?」「もう少し」「成長期だな、アーニャ。最近背が伸びていると聞いているぞ。いいことだ」「ジェレミアさん、お注ぎしましょうか」「そんな!ナナリー様にそんなこと……」「好きでやってるんですよ。もうっ、このやり取り何年してるんです。いい加減慣れてくださいな」「光栄です……」「ヴィレッタさまは明日はナナリー様と訓練場ですか」「ああ。咲世子はいつも通りか?」「はい。暫くはルルーシュ様、書類仕事が増えそうですから、私もアリエスにいることが増えるかもしれませんね」「書類仕事?なぜだ」「それは……」

「咲世子」

口々に話し合う中、ルルーシュはきちんと聞いていたらしい。蛇のように目を細め、ちろりと視線をやり待ったをかける。当然、事情を知らぬ4人はきょとんとするばかり。

「そういえば、ナナリー様のナイトメアの……」思い出したように口を開いたヴィレッタも、ルル―シュは名を呼んで黙らせる。

お兄様?首を傾げたナナリーには、しかし、とろけるような笑顔でオレンジジュースのおかわりを注いでやった。蛇のように睨まれた二人はやれやれと顔を見合わせる。するとすぐさまルルーシュから、そこの二人顔がうるさいぞと理不尽な文句が飛んだ。

 

「それにしても、ルルーシュ様の料理は相変わらず美味ですなあ」

「ふ、そうか」

「はい!この鴨のマリネなんかは特に素晴らしく……!」

「殿下、相変わらずレシピは教えてくださらないのですか?」

「企業秘密だ」

「……でも、ちょっと今日は味が違いません?」

「私もそう思った」

「おや、ナナリー、アーニャ。どうしてそう思う?」

 

ルルーシュが尋ねる。ゼロ部隊仲良し年少組の二人は顔を見合わせて、唸った。

「塩気が少しだけ強い、ような」

「どこがどう違うと言われても、上手くは説明できないのですけれど……私の好物のこのポテトサラダなんかは、いつもと変わりありませんし」

「ほう?」

「……ていうか、ルルーシュ様、今日、変。発表って何?」

全員の視線がルルーシュに集まる。穴が開くほど見つめられ、ルルーシュは口に運ぼうと持ち上げていたフォークを一度皿に置いた。

まじまじ。じろじろ。

あまりに素直な視線で、他の皇族――第一皇女のギネヴィアあたりなら不敬だと怒りを露わにするようなシーンだ。

「デザートまで待て」

「咲世子は知ってるのに」

「護衛特権だ。お前だって俺の知らないナナリーの秘密、いっぱい知ってるだろ」

「殿下、破廉恥」

「な……ッ」

ルルーシュが口を開けたまま固まる。白すぎる美しい肌が、血を巡らせて朱へと変じた。

ナナリーはくすくす笑って、自らの騎士に乗じる。

「そうですよお兄様。女の子の秘密を探ろうだなんて、邪推されても仕方ありませんわ。ね、アーニャ」

「そう」

「そんなつもりは……、ッ、アーニャ・アールストレイム!全くおまえは……!疚しい気持ちはない、本当だ、ナナリー」

「あら、どうかしら」

「…………お前、ユフィに似てきたな」

「そうですか?だったら嬉しいな。ユフィ姉さまは私の憧れですから」

「そんなところまで似なくていい!おい何を笑ってるジェレミア!隠しきれていないぞ!」

「そんな、ルルーシュ様……私はただ、お二人がお可愛らしいなと」

「男がかわいいなどと言われて嬉しいものか!」

ルルーシュは唸り、どっと疲れてため息を吐いた。一呼吸置いて、ようやくサラダを刺したままのフォークを口に運んだ。

「あら、お兄様。デザート、一つ多くありませんか?」

「いいや。7人分であってるよ」

ぱたぱたと用意されたデザートを並べるナナリーが首を傾げた。同時に咲世子が椅子を持ってきて、ルルーシュの隣に置く。もともと6人では余裕のあるテーブルだ。窮屈には感じない。

「お客様がいらっしゃるんですか?」

「そうだ。いや……客ではない。暫く我々と共に動く人間だ。仲間……というべきかな。まだ試用中で、完全に信頼しているわけではないんだが」

「ゼロ部隊に新しいメンバーが入るのですか?」

驚くジェレミア。ルルーシュは懐からインカムを取り出し、「来い」と言った。それから忠義深い臣に顔を向ける。左右それぞれの車椅子のひじ掛けに悠然と両肘を置き、胸の前で手を組む。

「違うな。私の側近となる男だ。咲世子と違って非戦闘員だが」

「側近?」

「文官ということですか?」

芸術的な美しさすらあるデザートに手をつけることもなく、隊員たちは口々に疑問を呈する。

ルルーシュは微笑んでいるだけだ。

やがて、ダイニングにノックの音が響いた。

ルルーシュは入れとも言わない。全員が静まりかえって数秒。主の許可を得ず、扉はあっさり開かれた。

そして、全員が驚愕に目を見開いた。

そこに立っていたのは、ルルーシュそっくりの男――L.L.だったのだから。

 

 

「お兄様……!?」

初めに口を開いたのはナナリーだった。愛らしい菫色の瞳をまんまるにして、ルルーシュと謎の男を見比べている。

L.L.は悠々と、ルルーシュたちのところまで歩いて来た。一番近いところにいたナナリーの前で制止すると、ゆっくりと跪く。そしてルルーシュによく似た声で言った。

「初めまして、ナナリー皇女殿下。ジュリアス・キングスレイと申します」

「ジュリアス……さん?」

「ええ」

「ルルーシュ様、この方は――」

ヴィレッタが困惑した声を出す。お顔を上げてくださいとナナリーに言われ、L.L.――ジュリアスは皆が見慣れた顔そのもののそれを、再び全員に晒して見せた。

ロイヤルパープルの瞳。凛々しい眉に、すっと通った鼻筋。どこか危うくも感じる、細くすらりとしたスタイルの良さ。

違いを見つけるほうが難しい。秘匿されていた双子の兄だとか弟だとか言われても、納得できるだろう。絶句した面々を満足そうに眺め、ルルーシュはにっこり笑った。

 

「彼はジュリアス・キングスレイ。今日づけで私の側近をやってもらう。……というのが

表向きだ」

 

――では、裏があるんだな。隊員が怪訝そうに、おそるおそるという風にジュリアスの様子を伺った。

「実際は――私の影武者を。務めてもらうことになった」

「影武者……!?」

「失礼ですが殿下、本当にこの方と血縁関係は……」

「ない。他人の空似、そっくりさんだ。化粧もマスクもしていないぞ」

嘘は言っていない。だって、L.L.はこの世界のマリアンヌから産まれたわけではないのだし。ルルーシュと彼に繋がりがあるわけでもない。

生体検査を要求した際、L.L.はあっさりと応じた。しかし外部の人間に結果を見られるのは御免だとは強く主張し――その理由は、実際に検査してみてすぐにわかった。

遺伝子情報が、指紋が、声紋が網膜が、合致する人間がこの世のどこにいようか。

偽造できるものではない。それこそクローンでも作らない限り。ブリタニアに不死身のクローンを作る技術があったなら、ルルーシュはその線も疑っただろう。

紛れもなく、彼はもう一人のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだったのだ。

それだけではない。いくつもの項目で、L.L.は通常の人間ではありえない数値を叩き出してみせたのだ。これにはさすがのルルーシュも、予想していたこととはいえ戦慄した。

科学には嘘は吐けないものだ。人知を超えた存在の証が目の前にいることに寒気立った。

ルルーシュひとりで検査を実施し、他の人間に見せなかったのは正解だった。こんな事実、どこにも出せない。同時に、影武者としては最高の存在。

指紋を残すことを恐れて、彼は手袋をしている。普段はこれで良いとしても、このアリエスを含めブリタニアのセキュリティシステムは生体認証が主であるから、それをどう誤魔化すかがネックだ。

ーーと、ルルーシュが思考の海から意識を戻してもなお、全員が呆然としていた。何度もジュリアスとルルーシュの間を視線が行き交う。

座れとルルーシュに命じられ、彼は空いていた、用意されたばかりの席に腰かけた。

そして再び、初めましてとにこやかに挨拶をする。

「あんまり見事だから採用したんだが、さっきも言った通り暫くは試用期間だ。妙なところがあれば遠慮なく言ってくれ。もちろん自分が危ない場合は遠慮なく撃っていい。これまで通り」

これまで通り。

そう、第十一皇子の特殊部隊・ゼロにおいて、その手の事件がなかったわけではない。ルルーシュが自分で選んだ人材がスパイと化したことや他の皇族の手の者だったことが、今までに二度あった。一人はヴィレッタに裏切りを明かされ、またひとりはナナリーが捕縛した。最愛の妹が凶器を持つ裏切り者に対し大立ち回りをしたと知ったときの、ルルーシュの怒り狂い様は団員の記憶に鮮烈に残っている。考えうる限りの恥辱と痛みを味合わせ、拷問ののち殺すと息巻く兄を宥めるのは、当のナナリーですら難しいことだった。

裏切られること。それはこの部隊の中であっても、予測しておかねばならないことだ。なによりそんな者を引き入れてしまった自分の目が甘かったのだと、年若い少年は常に自省を繰り返してきた。

今度ばかりは事情が特殊に思えるが、それでも味方だと判断するには時期尚早だ。承知済みだとばかりに、隊員は揃ってイエスと返した。

 

「……本当にお兄様の双子のようですわ。見分けがつきません」

「だろうな。事実、ヴィレッタにジェレミア。お前たちは見分けられなかった」

「はっ?」

年長者二人がそろって素っ頓狂な声を上げる。

「咲世子もか?まあ、あの時は気が動転していただろうからノーカウントだな」

咲世子がふふふと微笑む。ジェレミアとヴィレッタは目を白黒させてジュリアスとルルーシュを交互に見続け、ルルーシュは皇子とは思えないような酷く悪い顔で、実に楽しそうに、爆弾ともいえる種明かしをした。

 

「騙すようなことをして済まないな。今日一日、朝食の時間以外に俺は自分の部屋の外に出てないんだ」

「今日の料理は、殿下のレシピに則って自分が作りました」

ジュリアスが悪戯が成功した子供のように言った。どうでもいいが、L.L.と一緒にいるうち、自分が普段どのような顔をしているのか客観的に理解できるようになってきた――ルルーシュはそれがいいことなのか悪いことなのか、いまいちわからない。わかったほうがいいのかすらわからない。

 

「まさか……」

「会話は俺がインカムで指示を出してたんだ。気付かなかったろう?」

「それで今日の殿下は……その、なんだか少し違和感があったのですが……」

「ああ。あれは俺もやりすぎだと思ったよ」

自ら生クリームを食べさせたあれだ。俗に言う"あーん"だ。兄妹でも恋人でもあるまいに。

「本当に入れ替わっていたのですか?」

「本当だ。彼には一週間ほど、アリエスの観察と、俺の癖や仕草を練習させていた」

ヴィレッタは呆然として、一週間、と呟く。もっとも後者に関しては、何もせずとももともとほとんど同じだった。歩ける身体とそうでない身体によるものから生まれる差異を埋める程度だ。

「ジュリアスさんは、役者か何かでいらしたのですか?」

「似たようなものでしょうか。行き場がなく困っていたところを、殿下に拾って頂きました」

尋ねたナナリーに対し、ジュリアスが完璧に微笑した。皇族なんて常に演技しているようなものだ。ルルーシュはシャンパングラスを傾けながら、その皮肉に内心嗤う。

「ジュリアス、って呼んでもいい」

「構いません、アールストレイム卿」

丁寧に返されたアーニャは、淡々とした表情をわずかに曇らせる。

「同僚になるんでしょ。私、年下。敬語はいらない」

「しかし……」

「ルルーシュ様の顔で敬語を使われても、気持ち悪いだけ」

きっぱり。

確かにと、全員が顔を見合わせた。その通りだ。

「……アーニャ。……で、いいか?」

「いい」

「……これが発表ですか?」

おもむろにナナリーがルルーシュの方を向いた。その言葉の裏にあるものを察し、

「さすがだなナナリー。これで終わりじゃない」

ルルーシュは艶やかに笑った。しかし、と続ける。

 

「先に、デザートを食べてしまおうか」

 

どうやら驚きの連続で、皆食後の楽しみを忘れかけていたらしい。はっとして、それから甘味に癒された表情をする。アーニャはぱしゃりと写真を撮っていた。後でブログにでも載せるのだろう。L.L.はそんな彼女の様子を凝視していた。一週間の観察の間で見慣れているはずなのに、どうしたのだろう。なんでも写真に撮りたがる少女など、別に珍しいものでもないだろうに。

とにかくまずはこれを食べる。話はそれからでも十分だ。ルルーシュの言葉に皆が頷く。

これからの計画。目指すところ。今話せる段階で……それでも重要なことばかりだ。どうせ知ることになるとしても、途中で隣の男には退室してもらわなければならないだろう。今日付けで仲間になる新入りに明かすことではないものも多い。他のメンバーの目がある以上、仕方のないことだ。

 

長い話になる。

 

 



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第二章 翡翠の双眼-1

二章です
ブリタニア出発~エリア11編


1

 

空が青いと心が安らぐ。

同時に、ブリタニアが攻めてきたあの日も青空だったと思い出す。

カレンは睨み付けるように空を見ていた。

学校に行く気にもなれない。かと言って他にすることがあるわけでもなく、ゲットーのビルの上で大の字になって寝ころび、流れる雲だけを眺めている。

こうしていれば、憎いブリタニアの建物なんて目に入らない。空だけは7年前と同じでいてくれる。夏を間近にしてそよぐ風のぬるさも。でも、その香りは昔とは違う。

鉄と、なんともいえない微かな淀んだ生臭さ。埃臭さ。どれも如実に環境の悪さを物語っている。租界を知っているからこそ、なおのこと悪く感じた。

ごうごうと大きな音が近づいて来て、空を侵す。ブリタニアの航空機だ。カレンは息を吐き、目を瞑った。憎い憎いブリタニア。すべてを奪ったブリタニア。それを示すようなものは、なにひとつだって見たくもない。

……だけど。

深呼吸、ひとつ。目を開ける。雲を覆い、国旗がでかでかと貼られた灰色の武骨なそれが頭上を通り過ぎていくのを見つめた。いや、睨んだ。

カレンはブリタニア人と日本人のハーフだが、生まれてこのかた一度たりとも自分をブリタニア人などと思ったことはない。それどころか、超巨大帝国に反旗を翻す存在だ。

この日本からあの国を排除する、反体制の考えを持ち、その思いに則って活動する。

つまりカレンはレジスタンス――ブリタニアの言葉で言うならば、テロリストだ。

日本を取り戻す、そのために抗う生き方を選んだ人間。

ならば目を背けてはならない。

あんなものがこの国を侵している、それが日常になってしまっている、この現状を。

レジスタンスの活動も、最近は派手にはやれていない。総督が代わるからだ。今この時期に治安を不安定にさせれば、次の総督は日本人にとって嬉しくはない人選となるだろう。自分たちのような存在にとっても。

新総督は、第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。と、そう発表されはしたものの。このエリアの情勢によっては、変更されることだってあるかもしれない。

聞くところによると、彼はカレンと同い年の少年。それも、足が不自由で生活はすべて車椅子というハンデを抱えているのだそうだ。しかしお飾りかと侮ることができそうにもないのは、彼が「黒の皇子」と有名な、ブリタニア有数の優秀な軍人だからだろう。

その彼が、どういった方針で来るのかはわからない。だが今までのようにはいかないことは明白だ。クロヴィスは、そういう意味ではありがたい総督だった。

果たしてこの現状を、兄がいれば、なんと言っただろうか。

 

兄――ナオトが死んで、まだ、三か月しか経っていない。彼がいないのだという実感が、日常のあちこちに見え隠れする。一日に何度も「死」を見せつけられ、意識させられる。ゲットーに来るたび強く感じる寂しさ。ここは荒廃した日本の残骸であると同時に、兄に会える場所だったのだ。シュタットフェルトの仮面を脱いで、彼に駆け寄る瞬間が大好きだった。カレンがレジスタンスの活動に参加することを快く思っていなかったナオト。それでもたった二人だけの兄妹だ。走ってくるカレンの姿を捉えた瞬間、ふっと目元が柔らかくなるのが嬉しかった。カレンと、困ったように名を呼んで。

呼んで――くれないのだ。もう二度と。

ブリタニア軍の施設を攻撃し、壊滅させる作戦だったあの日。兄は逃げ遅れ、爆発に巻き込まれたという。遺体は、この目で見ていない。だけど建物を覆いつくす派手な赤と、喉が焼けそうな爆風。それをよく覚えていた。あんなものの中にいたらどうなるか、わからないはずはない。

あの状況では、助かることはありえない。墓だって遺品を埋葬しただけだけど、確かに存在する。

それでも、ただ空を睨むことしかできなくても、こうして生きていれば。

「心配したか?」と眉を下げて、カレンに怒られるのを恐れるようにしながら、戻ってきてくれるのではないだろうかと思ってしまうのだ。

鼻の奥が熱くなる。

もう泣くまいと何度思っても、こみ上げるものは止まらない。じわりと涙が滲んだとき、後ろから声を掛けられた。

「カレン」

「……井上さん」

起き上がり振り向けば、同じレジスタンスグループの女性が屋上へと至る扉のところに立っていた。扉――いや、扉自体はもうないのだ。引き剥されたのか、蝶番のあとだけが、そこに扉があったことをはっきりと示している。同じように窓も割れてしまっているこのビルは、内部だって砂だらけだ。それでもいくらかの日本人が、雨風をしのげる家として暮らしている。残された設備を見るに、昔はなにかの会社だったらしい。それもかなり大きな、しっかりとしたところ。必要な書類や名簿なんかはそのまま残されている。日本万歳、ブリキは死ね――落書きはでかでかと、あちこちに好きなように書かれていた。

以前、この会社の忘年会か何かと思われる色褪せた集合写真を拾ったとき、溢れる笑顔でいっぱいのこの人たちのいったい何人が生き残り、何人が名誉ブリタニア人となり、何人がゲットーで貧困に喘いでいるのか、考えるだけで悲しくなった。

「お昼食べようよ。ま、カレンが持ってきてくれたやつだけどサ」

「いいですね」

井上がカレンを気遣ってくれていることはわかっていた。そして彼女もまた、テロリストグループの中で親友と言える女性を亡くしたばかりだ。彼女が特別だったくらいで、井上はもともと過度な干渉はしない。カレンは彼女がなぜレジスタンスにいるのかも、本当の名前が名乗っている井上なのかも知らなかった。

彼女はカレンの隣に腰を下ろす。租界で買ってきたサンドイッチとプリンだ。

「あ~、こういうちゃんとした甘いもの久しぶり。最近ろくにごはん食べてなかったからさ」

その間井上が何をしていたか、もちろんカレンには知る由もない。トウキョウにいなかったらしいことくらいしか知らない。

「デザートから行くんですか?」

「いーのよ、美味しけりゃ」

んーと嬉しそうな声を上げる彼女は、到底テロリストには見えない。

「ガッコ、行かなくていいの?」

「いいんです」

「そっか」

何度目かわからないやり取りをする。近頃は集まるだけでやることがなく、鬱屈とした状態が続いていた。学校。あそこは私の居場所ではない。カレンは目を伏せる。

「新総督、ルルーシュだっけ?」

「ええ」

「顔は軍以外には明かされてないんだったっけか。まったく、どんなのが来るのやら」

「黒の皇子、というからには黒髪なんでしょうか」

「さーーぁ。優秀な軍人なんだし、腹が黒いのは間違いないと思うけど。負けたことないらしいわよ、彼。今のエリアの四分の一の制圧に関わってるとか」

どこでその情報を手に入れたのだろうかと思うが、聞いても教えてくれないだろう。

「副総督に妹のナナリーって聞いてますけど、こっちは13歳って」

「ふざけてるわよね」

ズゴズゴと音を立ててパックジュースを飲む。「ま、その子もKMFのプロらしいけど。悪夢のナナリーって言ったら、海外じゃ新総督なんかよりよっぽど名前が売れてるわ」

「いよいよレジスタンスを潰しにかかるってことでしょうか」

「そう見ていいんじゃない?」

まるで他人事のように彼女は言った。しかしそうではない。どう手を打ったものか、半ば呆然としているのだ。今までだって、ブリタニアに打撃を与えるようなことができていたわけではない。なのに戦争のプロ中のプロが来るというのだから、今度こそ徹底的に、日本という国の息の根を止められると考えたほうがいいだろう。無論、そんな状況をハイそうですかと受け入れるわけもないが。

「キョウトが日本解放戦線を通して団結を呼びかけてるでしょう」

「ああ……何年か前からやってるあれですか。実際、あんまり効果はないように思いますけど」

「それぞれの思想もグループの生まれ方も違うもんね。でも、今度は本気みたい」

「本気?」

「あちこちに、キョウト六家から直接に使者が訪ねてるんだって。うちにも連絡がきた」

「私たちみたいな小さなグループに……ですか?」

「そう。今までこんなことなかったのに、キョウトも危機感持ってるんでしょうね。扇、どうするのかしら」

「さあ……」

扇は兄の親友だ。ナオトの跡を継ぎリーダーをやっているが、本人も認める通り、あまり纏めることに向いている人ではない。すぐに結論は出せないだろう。

カレンはさっきとは違い、俯きながらサンドイッチを頬張った。

どちらにせよ、大きな変革はすぐそこだ、

そのためにカレンができることは決まっている。自分は戦士なのだから。

「戦える準備はしておかないとね」

「ええ」

 

 

 

 

「再来月――2017年6月をもって、私ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが、エリア11の総督に就任することが決定した」

 

 

アリエスにて自分の部隊に発表をした夜が明け数日経つと、宰相府から大々的に情報が公開された。

急すぎる第五皇子の乱心の理由も、これで知れたことと噂が立っている。継承権争いに敗れた敗者の沙汰は厳しいものとなった。皇族であるから、一般的な罪人よりはやはり軽く死刑にはならない。しかし皇籍奉還となれば、皇族としては命を奪われるより重い刑。こちらとしてはどうなろうと知ったことではないが、最早あの男に従うものも多くはあるまい。今更皇族だから皆が自分の言う事を聞いていたのだと気付いたとて、もう遅いのだ。

皇族だから。それは自分にも言えることだ。皇族でなければ、皇帝の血を引いていなければ、ルルーシュの言うことを聞く人間などいない。すべてを無くしても傍にいてくれると思えるのは、ナナリーだけだ。

ルルーシュは通常の公務に加えて、エリア11についての勉強で暇な時間がなかった。

遠征の予定がすっぽりなくなっていたのは、ルルーシュの総督就任が決まっていたためだったのだろう。シュナイゼルが手を回していたに違いない。おかげで助かっている。

自分と姿かたちがそっくりなジュリアス・キングスレイーーL.L.は、反対に暇を極めている。ルルーシュの仕事を手伝わせるわけにもいかず、用意した彼の部屋で、本を読んだり調べ物をしたり、彼には彼なりのやることがあるらしかった。

与えたパソコンは、履歴がすべてルルーシュに送られるようになっている。日本語のページも多数あることから、彼が日本語を読めるのだと知った。ルルーシュには全解読が難しいような記事をいくつも読んでいる。話すことも可能だそうだ。自分も多少なら話すことが出来るが、ひらがなはともかく漢字にはまだ弱い。資料によればイレブンのブリタニア語の浸透率は悪くないが、交渉術があって損はない。ネイティブ以上に堪能だというジュリアスが、咲世子といっしょになって日本語を教えているところを最近はよく見る。言葉だけでなく、文化も。

ルルーシュがとる予定の政策にとって、「エリア11」ではない、「日本」を理解することは欠かせないからだ。

自分の護衛として忙しい咲世子に対し、暇なL.L.の存在は助けになっている。本当にルルーシュ様と話しているみたいとアーニャは言っていた。それは確かに、そうだろう。その感覚は間違ってはいない。

 

「ルルーシュ。今晩の夜会、俺も行ったほうがいいんだったな」

「ああ」

ルルーシュが異母兄クロヴィスから送られた資料とにらめっこしていると、ノックののちL.L.が入って来た。スイッチひとつで顔を覆うバイザーが降りてくる帽子を脱ぎ、シャツと一体化した鼻までを覆う黒のマスクを外した。肩に羽織るような形の襟のない白いマントを外して軽く畳み、ソファーに掛ける。露出は少ないというより、ない。肌の見えているのは、バイザーを外した時に目の周りだけだ。稀有なロイヤル・パープルを隠すため、髪色と同じ色のコンタクトを付けている。全身を覆う服装は、側近というより一兵士だろう。アリエスの中だとしても、ゼロ部隊以外にその姿をさらすことはなかった。

驚くべきは、この面倒な造りの服を彼がひとりで作り上げてしまったことだろう。手慣れた様子でミシンを鳴らす自分の顔をした男。ルルーシュは裁縫などできない。せいぜいボタン付け程度で、裁ちばさみやらまち針やらは持ったこともなかった。

ジュリアスからL.L.へと戻った彼は、昼食だと言ってサンドイッチを机に置く。

「格好はこれでいいのか?」

「構わない」

デザインにはL.L.も口出しした。自分が着るものなんだからという言い分には、ルルーシュを皇族として敬うものなどどこにもない。自分に対して敬われても困るのだが。自分と自分の会話はいつでもすさまじいスピードで進み、服のデザイン、つまり好みに関してもそれは同じだった。

「今晩はお前が新しい側近だと言うことを見せつける目的であるのと同時に、俺と周囲の関係をお前に知ってもらうための伴だ。お前の世界とどれだけ違うか知らないが、これまで通りやってくれたらいい。俺は咲世子に守ってもらうし、ナナリーの護衛はジェレミアとアーニャに任せるから心配はいらない」

「わかっている。皇族方は誰が来るんだ?」

「オデュッセウス、シュナイゼル、コーネリア。ギネヴィア……カリーヌも来ると言っていたか?」

「ユーフェミアは?」

「学校だ。全寮制のな」

言うと、L.L.は納得した顔になった。

「ユフィの夏休みが始まる前にブリタニアを発つことになりそうだな」

「会いたかったのか?」

ルルーシュはエリア11の経済状況の資料を眺め、そこから考えうるこれからの懸念事項と対策を考えながらを尋ねた。自分が現在異母妹に抱いている気持や、かつて抱いていた想いを考えて、思うところがあったためだ。どんな世界か知らないが、そこにユーフェミアがいるのだとしたら、あるいは。

「いや。元気ならそれでいいんだ。学生でいれるのはいいことだよ」

L.L.はどちらともつかない答えを返す。

「それはそうだ」

ルルーシュは頷いた。本当なら、ナナリーだって学校に通わせたかった。ユフィのように、幸せに学生生活を過ごして欲しかった。

二人の望みを叶えるため、その未来を否定したのは他でもないルルーシュだったけれど。

L.L.の口ぶりから、この鏡像も学校に通えなかったか、途中でやめてしまったのだろうなと感じた。自分ではなくナナリーが足を駄目にしてしまったというのなら、呑気に学生なんかしている場合ではないだろう。

「ところで――随分楽しそうだな」

「そう見えるか?キングスレイ」

ルルーシュは目だけで彼を見た。ジュリアスという偽名にも慣れてきたらしいL.L.もまた、目だけで返事をする。それを見たルルーシュはふっと笑った。

「ああ、楽しいな。何より俺が指揮を執っていいというところが」

「ほう?」

「今までの仕事はあくまで戦争の指揮だからな。うちは戦いになってから呼ばれるんだ。つまり手遅れに、な。そうなるまでの外交の手腕がお粗末すぎて頭を抱えたのは数え上げればきりがない。そもそも戦いになるまえに治めればいいものを……何度無駄な戦闘にナナリーたちを駆り出したか。それが彼女の負担にならないわけがない。戦場で体は危険に晒されるわ、余計な心労は増やすわ……そこにかける金も無駄だ。軍事費を何だと思っているんだ?ジャブジャブと湯水のように浪費して……公債を発行しているとはいえ、もとを辿れば国民の血税によるものだってことを忘れてるんだろうな。そんなに余っているなら分けろ。まったく無能な上官ほど使えないものもない」

「同意だな」

「お前はどうしていたと聞いても無駄か?」

「ああ、無駄だ」

彼は目を細め、ルルーシュの机の上にあったエリア11の資料を眺めている。手に取っているファイルはフジ周辺、サクラダイトの採掘場についてのものだ。

霊峰フジは、日本という国を語るうえで欠かせない存在だ。200年以上噴火していないものの活火山であり、人間の居住区域を考えれば十分な脅威である。千年の長きに渡り人々の心を癒し、ある時は指標にある時は情景に、ある時は畏怖の対象だった。この象徴たる存在が日本人の心の風景であることは言うまでもない。

それが無残にも破壊された今は、名を奪われたエリア11の現状を現しているようで皮肉であった。かつての美しい景観は失われ、人工的な鈍色に輝いている。サクラダイトには利用価値があり、ブリタニアも大変世話になっているのだから、ここが重要なポイントになることは間違いない。つまり、この人工的な鎧が剥がれることはありえない。

咲世子がこの写真を見つめる目が、ひどく複雑な色を帯びていたことを思い出した。目の前の男にそういった様子はなく、ぱらりぱらりとページをめくっていく。

「どういう方針で行くのか聞いても?」

「当面は衛星エリアを目指すつもりだ。ブリタニアにおいて、俺の名が評価されないと意味がないからな。わかりやすい数字の出る結果を出さなければいけない。であれば、エリア全体の生産率の向上を目指すべきだろう。テロ組織の撲滅は言うまでもないが、それ以上に内部改革のほうが頭が痛い。俺の名前にさして力はないから、兄上のもとで甘い汁を吸っていた奴はそうやすやすと従ってもくれないはずだ」

「そうだろうな」

クロヴィスは、悪い人間ではないが良い為政者ではない。送られてきた資料を見てもそれは明らかで、浪費している暇があるなら政庁の連中くらいきちんと手綱を持ってくれというのが本音だ。これをどう片付けたものか。総督の権限を振り翳して手段を択ばないでいられるのならざっと50通りは容易いが、そうもできない。そんなことをすれば、ルルーシュの乗る船はたちまち転覆するだろう。ブリタニア本国に数多存在する自分の敵と手を組まれたりなんかしたら、目も当てられない。腐った連中にどの程度飴を与えるべきか、見極めが進退を左右する。いっそ組織を一から作れたらいいのにとすら思う。

苦い顔をしていると、L.L.がくすりと笑った。

「何がおかしい」

「いや。気を悪くしたなら済まない――懐かしいなと思っただけだ。俺もそうしてぐるぐる考えていた頃があったが、あれはこんな気持ちで見ていたのかとな」

「あれ?」ルルーシュが眉を顰めると、L.L.は肩を竦めた。やれやれ、といった風に。

「魔女の話だよ」

「……相変わらず意味の分からないことを――」

「ルルーシュっ!」

 

突然だった。

 

ルルーシュが自分の言葉を言い終える前に、こんこんと軽快なノックが響いた。

「ユッ……」

L.L.が喉から変な声を出し、驚いたように扉の方を振り返った。暫し硬直、それからルルーシュを見返してはっとした顔つきになる。第11皇子が二人もいたらおかしいだろう。それが影武者と知られることもいけない。彼は急いで首のところで布を余らせ皺をつくっているマスクを引き上げ、ソファーに置いた帽子を手に取った。

ルルーシュも驚いていた。声の主はここにいるはずがない存在だ。

「ユフィ!?」

扉の向こうからは鈴の音のような明るい声。

「はい!入ってもいいかしら?」

「ま、待て」

ルルーシュは机の見られてはいけないものたちにさっと覆いをした。L.L.のほうもきちんとジュリアスになったのを確認し、「いいぞ」と許可を出す。

「失礼致しますね」

静かに入って来たのは、桃色の少女。

第3皇女・ユーフェミア。

全寮制の帝立コルチェスター学院に通うはずの、ルルーシュの異母妹だった。




二章のトップバッターはカレンちゃんでした
ブリタニア出るまでとにかく女の子ばっかり出てきます
趣味です


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2-2

「……また帰って来たのか!」

「またとはなんです、ルルーシュお義兄さま」

ユーフェミアは頬を膨らませる。ポニーテールに結い上げた髪が優雅に揺れた。

「学校をさぼってここに来るとは、学生としてどうかと思うぞ」

「残念ながら、ハーフタイムですわ。ふふ、いつもお忘れになるんだから」

「もうそんな時期か。……帰ってくるとは聞いてなかったな」

「寮にいるつもりだったのですけれど、ルルーシュに良いニュースがあったときいたものですから」

 

ユーフェミアは、舞うように軽やかに招かれた。

ルルーシュが机から離れてソファーの方へ向かうと、勝手知ったるとばかりに腰を下ろす。ハーフタイム――学期の半ばにある短い休暇だ。すっかり忘れていた。

ルルーシュは妹をここまで案内してきたメイドにティーセットを持ってくるよう言いつけ、いったん下がらせる。ルルーシュの紅茶が飲めるとわくわくするユーフェミアはどこまでもマイペースだ。L.L.はどこか居心地悪そうに壁際に立っている。平静を装ってはいるが、先ほどのぎくしゃくした態度はかなり珍しかった。

「まずは、エリア11総督就任、おめでとうございます」

「ありがとう」

「でもちょっと寂しくなるかしら。遊びに来れなくなっちゃう」

「この夏は忙しくなりそうだから難しいが、その次の長期休暇にでも遊びに来るといい」

「そうしようかな」

ユーフェミアは嬉しそうににこにこと笑った。と、ルルーシュは気にかかっていたことを尋ねた。

「……まさかと思うが。一度リ家には戻ったよな?」

彼女が着ているものは、コルチェスター学院の制服だったのだ。品ある濃紺のブレザーに、膝までの純白のスカート。考え抜かれたバランスの細いリボンタイ。クルー丈のソックスに革靴。どこへ出しても恥ずかしくない美しい制服だが、さすがに皇宮では場違いな服装だ。

「いいえ?だって一番にお祝いを言いたかったんですもの」

「コーネリア義姉上は……」

「まだ知りません」

ルルーシュは頭が痛くなった。リ家の皇妃はヴィ家を毛嫌いしている。ルルーシュのところに行くと言っていい顔をするわけがないだろうが、だからといって戻ってきて一番に顔を出すのがここというのも問題だ。ルルーシュは肘をつき額を押さえて、呻くようにL.L.を呼んだ。

「……ジュリアス。咲世子のところへ行って来てくれ。ユフィが来ていると姉上に伝えろ」

「了解致しました」

L.L.が少し高めの声で答える。マスク越しであるため少しくぐもっているが、これくらいがちょうどいい。万が一録音した音声を解析された場合、同一人物の声だとわかってしまうため変成器を導入すべきか検討中だったが、今のところ他人の前では常にこの調子だ。

それを聞いたユーフェミアが、甘えるようにルルーシュに上目遣いをする。

「ね、もう少し遅くしませんか?今からだと、今夜の夜会に出ることになってしまいます。もう少しギリギリにすれば、準備が間に合わなくなってちょうどいいわ」

「パーティは面倒か?変わらないな」

「半年程度で変わるわけありません。……褒められ通しでも、それはお姉さまあってのことですし、ダンスだって……断るのも大変だし。ブルックナー伯爵の弟君が、もう最近本当にしつこくて」

ユーフェミアは膝の上で重ねる両の掌を、居心地悪げにもじもじと絡ませる。

「ユフィに気があるんじゃないのか?」

「だとしたら……いえ、たぶん、きっと、そうなのですけれど……お兄様が気付くくらいですもの……そうに違いないわ……」

「何か言ったか?」

「いいえ。だとしたら、余計に困ります!お母さまが縁談なんて言い出さないか、ずっとヒヤヒヤしてるんですから。ルルーシュが相手をしてくれればいいのに」

「俺も夜会のダンスは好きじゃない。足がこうで良かったと思う唯一の機会だな」

二人はくすくすと笑った。幼い頃から共にいる彼女には、妙な気を遣うことも、遣われることもなくて居心地がいい。

しかし、それとこれとは別問題。ひとしきりふわふわした空気を充満させたあと、ルルーシュはだが、と続けた。

「連絡はさせてもらう。妃殿下にも姉上にもな。姉上は今日……確か宰相府にいらっしゃると言っていたはずだ」

「そうですか……ねえ、ルルーシュ」

「甘えてもダメだぞ、ユフィ。面倒なことになるのは俺なんだ。ナナリーがもうすぐ訓練場から戻るから、それで機嫌を直してくれ。まあ、午後のトレーニングに付き合ってもらうことになるかもしれないが」

「もう、そういうことじゃないのっ!だいいちナナリーのトレーニングに付き合うなんてぜったい無理!死んじゃいますっ。本当、あのときは大変だったんだから、私今でも……じゃなくって!このお方はどなた?」

このお方。

ユフィが手を向けて示したのは、L.L.だ。ルルーシュはああ、と頷いた。

「ジュリアス・キングスレイ。最近採用した側近だ」

ユーフェミアは驚いたように口に手を当てる。警戒心が強く人間不信なルルーシュが新しく誰かを採用し、さらには側近にしたことに驚いているのだろう。

「軍属の方?」

「いや。平民だ」

「まあ」

ユーフェミアは、咲世子のもとへ行くべきか、そもそもどのタイミングで部屋を出るべきか、測り兼ねているようなL.L.を側に呼んだ。ジュリアスはついこの間ナナリーにそうしたように、そっと跪く。

「珍しいこともあるのね……ルルーシュが市井から人を選ぶなんて。きっととても優秀な方なのでしょう。初めまして、ジュリアスさん。ユーフェミア・リ・ブリタニアです。ルルーシュやナナリー、アリエスの人たちにはいつもよくしてもらっているわ。仲良くしてくださいね」

「……初めまして、ユーフェミア皇女殿下。お会いできて光栄です。ご紹介に与りました、ジュリアス・キングスレイと申します」

「お顔を見せてはいただけませんの?」

ジュリアスはルルーシュを見た。どうするんだ、お前が決めろ。そういうことだろう。

「少々見た目が刺激的でね。……バイザーくらいなら」

ルルーシュが言うと、すぐに彼の目だけが露わになる。帽子を外してしまうと髪型や輪郭がはっきりとしてしまうため、外すことはなかった。

「気にしませんのに」

「お目を汚すことになりますので、どうか」

皇女の頼みを受け入れない人間など、ブリタニアにはいてはならない。ユーフェミアはそんなことを気にするタイプではないが、ルルーシュは助け船を出してやった。

「あんまりいじめてやるな。……ほら、行ってこい」

「御意」

L.L.がマントを翻して部屋を出ていく。と同時に、メイドが茶の用意を持って現れた。

 

 

 

帝都ペンドラゴン・ブリタニア軍KMF専用区画第5野外演習場。

だだっ広い空間に金属のぶつかり合う音が響く。大きなロボット――ブリタニアの誇る最新兵器、KMFが模擬試合をしていた。安全を考慮し、それを観る側はナイトメアに騎乗しているか、建物内からフロア一面の大きなガラス越しに見ているかのどちらかだ。息を呑むような試合に、大勢が詰めかけている。どちらも一兵士には人気のある存在であることが、余計に観衆の熱を煽っていた。

灰色のグロースターが、紫色の同機体と激しくぶつかり合う。かと思えば、灰の機体がランドスピナーを駆使して素早く逃げ回る。じりじりとした睨み合いののち、スラッシュハーケンが飛び出す。紫の機体から威嚇として銃撃が放たれるが、実際に弾が届くころにはすでに対象は移動していた。動きを読んだのだ。

この試合に設けられたルールとして、銃の弾数は決められている。今ので紫の機体の残りは一発となり、対する灰の機体は3発だった。エナジーフィラーの残量も、最初から減らされている。

障害物の少ないこの場所では、なにをどう使うかどう動くのか、パイロットの実力がはっきりと表れる。既に試合開始から十分が経過していた。両者、拮抗している。エナジーの残量からしても、そろそろ決着がつくはずだった。

お互いのナイトメアの胸あたりについたファクトスフィアはちかちかと輝き続けている。睨み合いと激しい攻撃の掛け合いが繰り返される。武器を用いない、ナイトメアの腕だけでの取っ組み合いのような動きから、既に数分経っていた。飛び出してきた灰色の機体はわずかに後れを取り、猛スピードで接近した紫の機体に左腕を封じられる。そのまま銃が光り左腕を落とされ、続いて右腕も掴まれて封じられる。次いで機体ごと密着されて、抱え込むようにされては術がない。抑え込まれた機体は動きを停止した。そのまま脱出ポッドに銃を突きつけられれば終わりだ。命の奪い合いがない以上、試合は決する。勝敗はついたかと誰もが思った――が、しかし。

わずかな空白ののち、突如灰色の機体が後退した。抑え込まれた状態で、悪あがきにしか見えない動きであった。掴まれた右腕に抱えた銃を動かそうとする。だが、引きずられる形になりながら封じた両腕を離さずそれを追おうとした紫にはその動きに気を取られ、わずかに隙が生まれる。抑え込もうとして、ぴたりとくったいた機体同士がほんのすこし離れた。

その瞬間灰色の機体は動きを変え、なりふりかまわず拘束から逃げ出す。と同時進行に、機体の腹部にスラッシュハーケンを繰り出した。見事命中したそれは、一気に形成を逆転させる。相手が反応する前にさらに高速で機体を引き離して距離を取った灰色のグロースターは、容赦なく紫の機体を引きずり倒した。

地響きすらしそうな派手さで、グロースターが転倒する。

これ以上ないほどはっきりとした形で、勝敗はついた。

わずかな静寂。

次の瞬間、第5演習場はどっと沸いた。

それぞれのハッチが開いて、中から騎士たちが出てきた。転倒したグロースターから難なく飛び降りたのは、ギルバート・G・P・ギルフォード。長い黒髪に眼鏡の彼は、第三皇女コーネリアの騎士である。彼自身も、帝国の先槍という異名を持っていた。

苦い顔をしながらも笑って見せ、観衆に向かって礼をしてみせる。

もうひとつの機体からワイヤーを使い降りてきたのは、あの容赦のない激しい戦闘を行っていたとは思えない可憐な少女。軍の規定のものではない、彼女オリジナルのパイロットスーツを着ている。

安全性と機能性を第一にしながら、可愛らしさにもこだわったそれ。下半身は二重構造で上はスカートとなっており、隠れているスカートの下はショートパンツの形をしている。それより下に視線を落とせば、これも一見すると普通だが、実際は軍人仕様に素材とつくりに拘り抜いたオーバーニーソだ。

彼女もまた一礼すると、ミルクブラウンの髪を揺らして、ギルフォードに駆け寄った。労わるように話しかけている。身振りからして、怪我の有無を尋ねているのだろう。すぐにその顔はほっとしたようにほころび、花のような笑顔へと変わった。今度は自分が怪我をしていないか尋ねられたのか、その場でくるりと回転してみせる。

彼女こそが、第十二皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニア。皇族でありながら、第十一皇子の特殊部隊“ゼロ”の筆頭騎士であり、敵国からは「ナナリー・オブ・ナイトメア(悪夢のナナリー)」と呼ばれている存在であった。

 

「さすがです、ナナリーさまは」

建物内に戻ってから、ロビーで紙コップのコーヒーを飲みながら一息つく。

「うふふ。でも危なかったです」

ナナリーは笑い、年かさの騎士を見上げて「お腹ががら空きになる悪い癖、直ってないですよ」と悪戯っぽく言った。ギルフォードに軽々しくそんなことが言えるのは、彼の主コーネリアか、ナイトオブラウンズか、同じコーネリア軍のダールトン将軍くらいのものだろう。

ギルフォードは気を悪くしたふうもなく「お恥ずかしいばかりです」と肩を竦め、

「ナナリー様も慌てると取っ組み合いに持ち込もうとする癖、直りませんね」

と言ってのけた。ナナリーはうっと詰まり、苦い顔で頷く。

この二人、仲がいい。

ギルフォードは、ヴィ家の二人が特別に仲のいいリ家姉妹の忠臣だ。お互いに悪感情は抱いていないし、ギルフォードにとっては見守るべき姫君で、とてもお可愛らしい存在である。そのうえ優秀な軍人でありお互いに高め合えるレベルともなれば、近しくならないわけがない。今日のように機体を破壊することが許されるまでの模擬試合はそうないが、シミュレータでの手合わせはもちろん、体術の相手にもなっている。ナナリーの騎士であるアーニャも含め、女性としては相当に腕の立つ部類だ。同部隊のヴィレッタをとうに超えているだろう。彼女の重い攻撃を得意とする一方、しなやかですばしっこいナイトメアさばきは、普段の格闘技の癖がよく表れている。

それに二人は、実際の戦いでも同じ戦地に向かうことも多い。ライバルであり、戦友なのだ。

ナナリーは年の離れた兄のように、コーネリアに忠義深い騎士を慕っている。直属の部下でないという距離感が、ジェレミアとも違って心地良いのだという。

 

ナナリーは警戒するようにあたりを見回して、はぁとため息を吐いた。

「お兄様が来ていなくて本当に良かったですわ。最近はお部屋に書類仕事でこもってばかりで……休んで欲しいと思いますけれど、今だけは感謝しなくちゃいけないかも。もしもいらっしゃったら、今頃雷です」

『――ナナリィッ!』

ルルーシュの怒鳴り声を知っているギルフォードは、鬼のような形相で、恐ろしく的確な指摘をする兄殿下を思い浮かべた。彼女のたゆまぬ努力と、一切の妥協を許さない兄の指導あってこそ、ラウンズにもひけをとらないナナリーの力は生まれている。

ナナリーは叱られる様を想像したのか、ぶるりと体を震わせた。

「ほんとうだったら、あの始めのほうでギルフォードさんが体勢を崩したときに、一気に落とさなくちゃいけなかったんです。それを私ったら……レスリングごっこがしたいなら帰れ、とか言われちゃう」

「言いそうですね、殿下は」

「エリア11に行ったら訓練ばかりしているわけにもいかなくなりますし……もっと頑張らないと」

「あまりご無理はなさらないでくださいよ?」

「ええ。でも平気です。お兄さまの望む駒になるためなら、なんにも苦じゃありません。体の方がついていかなくて困ってるくらい」

ナナリーは微笑んで言った。ともすればルルーシュが妹を駒とする、非道な人間に思えるかもしれない。しかし、そうではない。

ヴィ家の兄妹は、作戦をチェスに見立てる癖があるのか、よくこうした言い方をする。

そしてナナリーの言う駒――彼女が目指すのは、キングの次に強い駒、クイーンだ。

本来の役目のナイトすら飛び越えて、すべての駒に抗う術を持つ者。

それもそうだ。特殊部隊ゼロとは、専任騎士こそいないけれど、もともとルルーシュの親衛隊。人数の少なさは、そもそもが軍のいち部隊として組織されたものではないからである。司令官としてのルルーシュが自分の手足として先陣を切らせる精鋭部隊、それがゼロだ。ルルーシュのどんな無茶な命令でも遂行できなければ、存在意義がない。

後ろ盾も実績もないかつての彼が任務を遂行する上で、ナナリーたちをあまりにも危険な配置につかせなければいけなかったことは、一度や二度どころではない。しょっちゅうだった。

だからこそルルーシュはすべてを賭けてナナリーを鍛えたし、ナナリーもそれについて行こうとした。10歳で戦場に出た兄妹。ルルーシュはともかく、実際に戦闘に出るナナリーのそれは、ナイトメアの台頭あってこそ成立したものだ。13歳と10歳の子供が戦を勝利に導くなど、いったい誰が予想できただろうか。まったく御伽噺だ。

20歳を過ぎたばかりのコーネリアと共に、愕然とし、ぞっとしたことをよく覚えている。二人は天才だった。その天才たちの努力の結果ナナリーの実力が部隊の中でも特に秀でてしまったため、彼女が先頭を切ることはいつまでも変わらない。いくら指示するのがルルーシュであれ、実際手を下すのはナナリーだ。だからこそ彼女は、その似合わない二つ名を有名にさせてしまったのである。

悪夢のナナリー。

「そういえば、シュナイゼル殿下の特派で新しい機体をおつくりになるとか」

「そうなんです。第7世代のナイトメアですよ?きっと今までとは変わります!今開発中のランスロットには乗れないそうなので、私の専用機として別のを作ってもらうことになるんですが……その機体で、戦術が戦略を上回るくらいになってみせるんです」

ナナリーはぱっと笑顔になった。14歳の少女の、向日葵のようなその笑顔。殺戮兵器の話をしているようには、とても思えない。喜々として性能の違いを語るナナリーは、とても生き生きとしている。ギルフォードは相槌を打ちながら、そんな機体が完成した暁には、彼女には二度と勝てなくなってしまうだろうと考えていた。

その時、フロアが俄かにざわめいた。二人が何事かと異変のあった方向を見ると、伴を引き連れ歩いてくる一人の女性。

「コゥ姉さま!」

「姫さま」

パイロットスーツにもなる皇族服を身に纏い、悠然とこちらへ向かってくる。二人は慌てて立ち上がり、手の中のコーヒーをこぼさないようにしながら彼女へ駆け寄った。

紫の瞳を抱く彼女は、ナナリーの異母姉であり、ギルフォードの主。第三皇女コーネリアだ。

「二人とも、そんなに焦らなくてもいい。……試合、見ていたぞ」

「まあ」

ナナリーの頬がぽっと染まる。隠すように頬に手を当てた。

「恥ずかしいところをお見せしてしまいました……」

「いいや、見事だったよ。絶好調だな。それに、副総督就任おめでとう」

「そんな……ありがとうございます。あちらに行ってデスクワークが増えたら、体が鈍りそうで心配で」

「ルルーシュがいてそんなことにはならないさ。あれはどこに行こうとも、お前の厳しいコーチだからな」

ナナリーは照れたように微笑んだ。コーネリアの優しい口調に、兄を褒める色があったのが嬉しくて堪らないのだ。

「姫様、何故こちらに?今日は宰相府に向かうはずでは」

ギルフォードが問うと、コーネリアは首を振った。

「もう終わったよ。夜会の準備もあるし、一度離宮に戻るつもりだったんだが、アリエスから連絡が来てな」

「アリエスから?」

ナナリーがきょとんと首を傾げる。

「休暇で戻ってきて一番に、人の家に帰った困った娘がいるらしい。丁度いいからナナリーも拾ってくるようにと言われたよ」

「まさか、ユーフェミア様が」

「そうだ。まったく……」

コーネリアは嘆かわしいというように額に手を当てると、シャワーを浴びて着替えてこい、と騎士と妹に向かって告げた。

 




なんだか急に伸びたんだが大丈夫か?何故??
感想も評価もブクマもたくさん頂いて嬉しいです、ありがとうございます~~予約投稿?機能?を初めて使ってみますちゃんとできてるか?
今回はまるまる書き直したいところ(KMFのとこ)があったんですが、別件で二万字のデータが吹っ飛ぶという大事件があったため、もう体力も気力もありませんでした アア……

前回が異常でまた亀更新に戻りますがよしなに!次回はアリスちゃんとあのお姫様とで夜会回です。


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2-3

「あーら、あの二人も来てるのお?」

広々とした賑やかなホールに、わざとらしい声が響いた。

声の主は、大きく二つに結い上げたのが特徴的な明るい髪の少女。名を、カリーヌ。神聖ブリタニア帝国第九皇女だ。ルルーシュたちヴィ家を昔から毛嫌いしているうちの一人である。可憐な見ために似つかわしくない毒をマシンガンのように浴びせることで有名だ。むろん、ルルーシュとナナリーの中だけで。ヴィ兄妹は人前で皇族批判などできる立場ではない。

ほどよく着飾ったルルーシュとナナリーは会場へやって来たばかりで、入口付近にいる彼女を無視することはできない。ルルーシュはナナリーに目配せをし、そちらへと車椅子を走らせる。二人の後ろを、こちらもほどよく着飾ったアーニャに、いつものメイド服の咲世子が続いた。全身を覆い隠したジュリアスも。

「やあ、カリーヌ。元気そうで何よりだ」

「ご機嫌麗しゅう、カリーヌお姉さま」

カリーヌは貴族の娘に囲まれていたが、呼ばれてようやく気付いたという風に二人を振り返る。取り巻きたちもそれに倣った。今夜の夜会は皇族と婚姻関係を結んでいる貴族から数人しか来ることができないから、数は普段の半分以下だ。それでもいっそ見事なほど、全員が侮蔑の表情を浮かべている。

懇意にしている第一皇女ギネヴィアの姿はない。既に会場のどこかにはいるはずだが――カリーヌのところにおらず、シュナイゼルやオデュッセウスもまだな様子を見ると、どこぞの大貴族の男とご歓談中といったところだろうか。

「あらルルーシュお兄様にナナリー。ご機嫌よう。お元気?」

「御蔭様でな」

「エリア11の総督になるんですって?大変ね、総督だなんて。ナナリーは副総督?皇帝陛下のお情けで未だに皇族面してられるだけの庶民の子供のくせに、どれだけ面の皮が厚いのかしら」

カリーヌは淡いレモン色の炭酸の入ったグラスを揺らしながら言った。冷笑が浮かんでいる。第5皇子の沙汰が出た以上彼に言及することも擁護することもないが、カリーヌが彼を慕っていたことを思うと、心中穏やかでないのは明らかだ。もしも彼らの企みが成功していたとして、彼女がルルーシュの失脚を心から喜んだであろうことは間違いない。

「シュナイゼル兄上とクロヴィス兄上の推薦でね。任されたからにはやりきってみせるよ」

「エリア11っていったら未だにテロばっかりの野蛮な地域でしょう?クロヴィスお兄様にあんなところは似合わないわ。その点、戦場が大好きなお兄様たちには向いてる場所ね」

いつもならもう少し迂遠な言い方をするところを、容赦がない。ルルーシュは苦笑した。

腸が煮えくり返っているのだろう。ナナリーはまるで褒められているかのように、にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべたままだ。

「しばらく会えなくなるな。カリーヌはユーフェミアやマリーベルみたいに高等部には上がらないのか?学校に行くのも楽しいと思うが」

「お気遣いどうもありがとう。でも、ルルーシュお兄様の案じられることじゃありませんわ」

カリーヌがルルーシュの名前に嫌みなアクセントをつけて言った。取り巻きの大貴族の少女たちが、ひそひそりと言葉を交わす。

「学校に行ったことのない殿下に仰られても……ねえ?」

「殿下はブリタニアにすべてを捧げられているお方ですから」

「皇帝陛下のお目には届いていないようですけれど」

言いたい放題だ。

その皇帝陛下に名前を憶えられてもいない小娘に言われたところで、痛くも痒くもない。

と、後ろに控えていたジュリアスが動いた。皇族同士の会話を邪魔しない程度に控えめな態度で、そっとナナリーに近づく。ナナリー皇女殿下。囁き、振り向いたナナリーに膝を曲げて体を低くすると耳打ちした。彼がナナリーにそうするときはしゃがむのだ。しゃがんでもらう自分とは逆だ。

きょとんとした様子のナナリーはやがて、向日葵が咲いたかのような笑顔に変わった。そのままルルーシュに飛びつく。先ほどの異様なまでのにこにこ笑顔とは大違いだ。もっともその笑顔の種類が違うことに気付けるのは、アリエスの人間だけだろう。

「お兄様。アリスちゃんが来ているそうです。行ってきても……」

「いいぞ。ユフィたちが来る頃には戻れよ?」

桃色の妹は、先刻姉の手で祈り虚しくリ家の離宮に引きずられて行った。今頃ドレスを着せられて、頬を膨らませながらこちらへ向かっていることだろう。

「はい!……カリーヌお姉さま、失礼致します」

ナナリーはカリーヌの返事もそこそこに、自らの騎士を連れて会場の隅へと急ぎだした。ルルーシュの視線は他よりずいぶんと低いため見つけるのにやや時間がかかったが、壁際に退屈そうな顔をしている少女がいる。アリス――アリス・ヴァルトシュタイン。地位はナイトオブイレブン――皇帝陛下直属のナイトオブラウンズの一員だ。

彼女は外見こそブリタニア人であるものの、出自のはっきりしない孤児だ。本来であれば名誉ブリタニア人扱いであるところを、数多くの特権を持つナイトオブワン・ビスマルクの養女となることで、完全なブリタニア人としての戸籍を手に入れている。彼女はさすが身体能力を見込まれて養女となったというだけあって、ザ・スピードと呼ばれるほどに素早いナイトメアさばきを見せる。アーニャと三人、同い年のせいもあってか仲がいい。今はなにやら同僚のジノ・ヴァインベルグに構われているようだが、うざったそうなオーラを隠しもしていなかった。数十センチも差のあるジノと並ぶと、相変わらず大人と子どもにしか見えない。

 

相手がラウンズであるならば、カリーヌも大きな態度には出れないようだった。暫くナナリーの背を睨んでいたものの、興味を失くして再びこちらを向いた。

「……お兄様、それは?」

それ。カリーヌに人間扱いすらされなかったジュリアスが、バイザーの下でうっそりと笑った気配がした。

「ああ。最近側近にした男だよ。ジュリアス・キングズレイだ」

ジュリアスが懇切丁寧な礼をする。本来いち側近や文官は、皇族に対して喋りかける権利を持たない。大抵の側近は平然と話しかけるが、それはもともと彼らが貴族の出であることが多いからに過ぎない。さすがというべきか、ジュリアスは現在の自分の立場を理解し弁えていた。彼にとっても妹だろう存在に。

「ふーん。こんなパーティにそんな恰好で、無粋ね。顔くらい出したらどうなの?」

カリーヌはジュリアスを上から下までじろりと睨め付ける。

「見た目が少々刺激的な男でね。公の場で見せるには、ちょっとな」

ルルーシュはユーフェミアに言ったものと同じ言葉を吐いた。説明などこれで十分だ。二目と見られないほどひどい顔をしているのか、もしや負傷兵なのか、いやいやどこかの貴族では、前科者であるから顔を出せないのでは――好きに想像すればいい。

ひそひそと会話を交わすのは何も目の前の貴族の娘たちだけではない。皇族同士の会話など、360度全方位から注目されている。カリーヌひとりに紹介しただけで、ジュリアスの名は明日には多くの人間の知るところとなるはずだ。もっともルルーシュはこれから唾を吐きたくなるような連中にも微笑んで挨拶をして回らなければならないし、後から他の皇族たちとも会話するだろう。その都度ジュリアスを紹介することになるのは明らかだ。ルルーシュは咲世子以外に側仕えを置いたことがないのだから。

今日の目的はジュリアスの存在を知らしめることと、そのジュリアスに自分がどんな人間とどのような距離感で話すのか、それをひとつずつ覚えさせるためだ。このふたつにおいて、ルルーシュが気を張らなければいけないことは特にない。相手は自分自身だ、きちんとこちらが満足のいく仕事をするだろう。その横に微笑みながら立つ咲世子は、彼が何らかの刺客である可能性を捨てていないため、いつも以上に気を張っているだろうが。

ルルーシュは、いつも通りに魑魅魍魎たちの相手をするだけだった。

再びホールがざわめく。先ほど通って来たばかりの豪勢な入口に、リ家姉妹が姿を現した。

 

 

 

ルルーシュの私屋には二つの出口がある。

ひとつは普段使う、宮の廊下へと続くもの。もうひとつは、ガラスでできた大きな開き戸だ。バリアフリーの整ったスロープを降りて部屋を出れば、そこは小さな――といっても、宮廷のそれを基準としての小ささだが――中庭だ。

この庭を抜けた先に、ナナリーの部屋がある。

噴水と、お茶をするための小さな東屋庭の真ん中に置き、まっすぐの一本道をメインとして色とりどりの花や植物が植えられた庭。背の高い植物も多く、ちょっとした森か、はたまたジャングルかという風体だ。一般的な庭園とは様相が異なるだろう。常に座った状態のルルーシュが見回すだけで花を楽しむことができるように、というナナリーの配慮だ。ルルーシュは彼女ほど花を愛でる趣味はないが、その心遣いこそが有り難かった。目が冴えて眠れなかったルルーシュは、夜着のまま、中庭に出ていた。

夜でも不自由なく庭を行けるよう、橙色のランプが道沿いに植えられている。

それに助けられて庭のなかほどまで走ると、リラックスするように軽く伸びをする。すぐ隣にある、アガパンサスの匂いを嗅いだ。澄んだ夜の空気の中でほうと息が漏れ出る。

静かだ。夜の静寂が心地いい。

ルルーシュは深く車椅子にもたれ、目を閉じる。

夏の風が吹いていた。花の香りを乗せて、ルルーシュを通り抜けていく。

どれほどそうしていただろうか。離れたところで、きぃ、と扉の開く音がした。

目を開けてそちらを見る。音の方向からそれしかないと思っていたが、予想通り、ミルクブラウンの少女。淡いブルーのネグリジェに淡い緑の薄手のショールを羽織り、静かにこちらを見ていた。そのままてくてくとこちらへと歩いてくる。ナナリー。小さく呟いたが、おそらく聞こえてはいないだろう。

ルルーシュも最愛の妹のもとへと車椅子を進ませる。二人は庭の真ん中、東屋の中で邂逅した。

「まだ寝ていなかったのか?」

「眠れなくて。……お兄様も?」

「ああ。……ナナリー。こんな格好で外に出てくるものじゃないよ。冷えるだろう?そんな素足で」

ナナリーは外用のサンダルに裸足だった。

しかしそれ以上に、彼女は下着も付けておらず、決して男性の前に出ていい恰好ではない。

ショールをどけてシルクのネグリジェを明るいところでよく見れば、難なく胸の頂の尖りを確認できるだろう。

けれどもルルーシュは、はしたないとは言わない。純粋に妹の健康だけを心配していた。

「何か、嫌なことでも言われた?」

「いいえ。……お兄様こそ、何か言われたのですか」

言われた。それはもうしこたま。

けれどもう、いつものことだ。傷つくことすらばかばかしい。

「たいしたことじゃない」

「…………そうですか」

ナナリーは納得していないのがわかる様子で、薄く息を漏らす。嫌なことを言われたのは、彼女も同じであるだろうに。

ナナリーはそっとしゃがんでルルーシュを覗き込んだ。同時に長い髪が地に付かないよう、手で片側に寄せ、首の後ろを回らせて胸の前に下ろした。

深夜の静けさに合わせたように、音のない動きだった。ほのかに光る橙色が、妹の菫色の瞳を輝かせている。どこか暗い雰囲気を漂わせているのは、明かりの少ない場でその姿に濃い陰影が現れているせいだけではないだろう。

「……ね、いっしょに寝てもいい?」

彼女が敬語を取り払うことは滅多にない。誰に対してもそうで、思い返せば母が死んだあの日からだ。皇族らしさのない年相応の少女としての言葉は、彼女が最大限に甘えるときにだけ現れる。こういう時の妹の表情はほとんど無で、その感情はとてもわかりづらい。寂しがっているのだな、ということくらいしか。ルルーシュはどうしたんだとショールの端を抑える少女の手を取ってみせた。

冷えている。

兄は顔を顰め、「部屋まで押してくれるか?」と言った。なかなか自分の部屋に戻りそうにない彼女とここで話し続けるよりは、そのほうがいいだろうと判断して。

ナナリーはそれには素直に従い、ルルーシュの後ろに回ると、車椅子をUターンさせる。

車輪が地面を踏む音と、軽やかなぺたぺたという足音。ナナリーは一言も発さなかった。

怒っている――のではない、と思う。彼女は怒っている時、もっとわかりやすく冷ややかだ。どうしたというのだろう。

スロープを上がり部屋へ戻ると、ナナリーはそのまま寝室まで進んで行ってしまう。

様子がおかしい妹の話を、ソファーでゆっくり聞くつもりでいたルルーシュはやれやれと息を吐いた。予想通りナナリーはルルーシュを軽々と抱き上げ、寝台の上に乗せてしまう。薄い上掛けまできちんとルルーシュに掛けてから、自分もいそいそと潜り込む。ベッドサイドのランプだけの室内は薄暗く、まるで恋人同士の密会のようだ。

「ナナリー」

すっかり弱って呼ぶと、少女は少しだけ機嫌を直したようで、くすくすと笑った。毛布の下で勢いよく抱き着かれ、柔らかい体と密着する。ばふりと大きな音がして、埃が舞った。

「寂しい病か?」

「ええ」

ナナリーは悪戯っぽく言った。ルルーシュはふわふわした髪に指を通し、頭を撫でる。ナナリーはルルーシュの胸に顔をうずめ、すうと匂いを嗅いだ。変態臭いと指摘しても辞めない。安心感が得られるのだと言う。母親を求めるそれに近いのだろうなと、ルルーシュは判じていた。ルルーシュは母マリアンヌのように柔らかくもないし、もちろん胸もないのだが、まあ、そういうことではないのだろう。6歳だったナナリーはもう、母を亡くしてからの時間の方が長いのだ。ルルーシュにこうして抱き着いた回数の方が、多い。

そしてあと一年ほどで、自分もそうなる。それだけの長い間、二人で支え合って来たのだ。

だとしても二人の距離感はおかしい。口さがない噂好きの誰か――アリエスの外の者が見れば、たちまち禁断の関係だと面白おかしく囃し立てられるだろう。それもまた二人を陥れるための材料にされるのだ。

だけど、やはりこれは家族の情の域だ。

二人は実行こそしなかったが、今でも同じ風呂に入れる自信がある。お互い裸を見られたとて、何にも思いはしないのだ。夜着を晒すなどという破廉恥な真似に対しても、思うことはない。兄妹として異常だと言われたとて、この距離感が当たり前なのだから仕方がない。この点においては母親を亡くしたあの時のまま、変わらずに二人は成長した。二人とも見目麗しい御蔭で纏う空気がどこか艶やかで危なげになっていることにすら、ちっとも気付いていない。

もしもジュリアスがこの場にいたなら、俺でもここまでではないぞと顔をひきつらせたかもしれない。ルルーシュのまだ知らぬ緑の魔女がその場にいたならば、シスコンブラコンもいよいよ末期だなといやらしく笑っただろう。

ナナリーがルルーシュをくすぐる。ルルーシュはこらやめろと怒りながら、否応なく生まれる笑いから逃れようと身を捩らせた。アメジストに涙が滲む。

兄が反撃とお返しすれば、妹も悶絶する。ばたばたと揉み合って、しばらくの攻防。10年前とやっていることが変わらないヴィ兄妹のくすぐり合戦は、降参です!という妹のかわいい悲鳴によって幕を閉じた。もみくちゃになった寝台を整え、お互い頭を元通り枕の上に着地させ、息を整える。もちろん鍛えているナナリーの方が回復は早かった。

「ね、お兄様」

何だ?未だ息が整わず、目だけで答えたルルーシュにナナリーは言う。

「そろそろ教えてくださいな。あのジュリアスさんという方、本当は何者なんですか?」

「な……」

驚きに目を見開く。

「寂しいです。私たちの間に嘘はない、でしょう?」

――鋭い子だ。ルルーシュは苦笑いを浮かべた。

「ずっとそれを気にしていたのか?」

「はい。……一緒に寝たかったのは、最近あんまり忙しくて、かまってもらえなかったからっていうのもありますけれど」

「かわいいことを言う」

ぐしゃぐしゃと髪を撫ぜられて、ナナリーはもうっと抗議の声を上げた。お兄さま。

「……ジュリアスな。嘘はついてないんだが」

「騙されるのもいやです」

むっつりと唇を尖らせる。柔らかな小さい体を抱き込みながら、ルルーシュは唸った。

「いつおかしいなって思った?」

「お兄様が隠してることに気付いたんじゃありません。私はそんなに鋭くあれませんもの。……ジュリアスさんが、あんまりお兄様に似ているから。私を呼ぶときの優しい顔なんて、本当にそっくり。それに、私の好物を作るのがとてもお上手。お兄様だって、気の置けないふうじゃあありませんか?そう見せないように努力はしていらっしゃるけど」

「他のみんなは何か言ってる?」

「そっくりだなあって、それだけです」

「そっか、よかった」

ルルーシュは安心したように言うと、妹の手を握った。

ここからひとつも、嘘は吐かないよ。

――勘が鋭く、目を見つめたり手を握ることでそれがさらに鋭敏になる少女への誠意のあらわれだ。

「荒唐無稽な話だけどね――」

 

そしてルルーシュは語り出した。この一月強の間に起きた、不思議な出会いとその存在について。

ナナリーは黙って耳を傾けた。衣擦れと二人分の呼吸だけがある部屋に、ルルーシュの優しい語り声が続いてゆく。

「……どう?」

「……確かにみんなには言えない話かもしれません」

ナナリーは驚きを隠すことなく表して、ぱちぱち瞬きを繰り返す。ルルーシュの話を疑うことなどありえないというように、「本当ですか?」なんて相槌はひとつもなかった。

「明日、L.L.さんって呼んでみようかしら。お兄様なのだとしたら、ルルーシュって名前のはずですよね。イニシャルだけって言っても、どうしてLなんでしょう」

「さあな。聞いても教えてくれないぞ」

ルルーシュはフンと鼻を鳴らす。ナナリーはベッドの天蓋を眺めながら、

「そっちの私みたいに、お兄様の代わりになれたらよかったのにな」

「バカを言うな」

「だって」

「そしたら俺は、お前をゼロの筆頭騎士にはしてやれないぞ。アリエスで待ってるだけなんて嫌だろう?」

「嫌です」

即答。「お兄様の期待に応えられるように、もっと頑張るんです」

兄は極上に甘く微笑んだ。蜂蜜みたいと妹の騎士に評される表情だ。

「ギルフォードに聞いたぞ?あまり無理をするなよ」

「はい」

「エリア11に行ったら、悪夢のナナリーじゃなくて、本当のナナリーに相応しい仕事を任せるからな。俺の代わりに、慰安とか式典とか行ってもらう」

「あら。私が悪夢なのは、本当のことだと思いますけど」

ナナリーはこともなげに告げる。数えきれないほどの人間を殺してきたのは、事実である。

ルルーシュはわずかに表情を曇らせ、黙ってナナリーの頭をポンポンと叩いた。済まないなと小さく呟かれて、少女は眉を吊り上げる。

「そういう意味で言ったんじゃありません」

「わかってるよ、ナナリー。……やっとここまで来た。今度の仕事が成功したら、変わるぞ」

「はい。……エリア11で、私の名前が売れてないといいですけど。ナイトメア・オブ・ナナリーが優しい仕事なんて、うまくいかなさそうです」

「うまくいくようにするさ、俺が」

言って、ルルーシュはベッドサイドに手を伸ばし、かちりと軽い音を立て明かりを消した。

寝る体制に入ったルルーシュは、相変わらずナナリーを抱いたまま。ナナリーも、その腕の中で丸まったままだ。誰より安心する相手が側にいることに、二人ともにすうっと眠気が忍び寄った。二人ぶんの体温は暖かく、心地良い。やがて呼吸の音だけが部屋を支配し、ようやく眠りが訪れようとしていた。

「……絶対、優しい世界を作るんです」

眠りに落ちる寸前、ナナリーは小さく呟いた。もう兄は眠っているだろうか、そう思いながらのそれに、しかし答えがあった。呂律は危うげで、自分と同じように眠りの海に沈みそうな様子だ。

 

「ああ、約束だ。……たとえ、父上を殺すことになっても」

 

ナナリーは唇の端を、ほんのすこし吊り上げた。どこか泣きそうにも見える、少女らしからぬ悟りを帯びた微笑みだった。

 

そう、約束。7年前、あの夜からの。

けれどもそれに返事をする前に、少女は意識を手放した。




ハァハァしながら書きました。カリーヌたんかわいい!かわいい!ギネヴィアさまも出したかった!ナナリーかわいい!ルルナナ近親相愛しすぎぃ!!(※この作品の二人は間違いなく兄妹愛です)
今までの回で一番楽しんで書いたのは間違いないです。
ジノとアリスの身長差とか自分で妄想しておいてめちゃくちゃ萌えますね……アーニャは確か160超えてるんですよね。どう考えてもアリス・ナナリーはそれより小さい……カワイイ……50センチくらいあるんじゃないの……えっジノって何センチ……今とても自然に2mある前提で話したけどさすがにそこまではないのでは……?190くらい……???


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2-4

来ましたね!!総集編公開日!!テンション上がったので記念(?)に上げちゃいます


「優しい世界になりますように。」

 

少女が言った。

 

「契約成立だ。」

 

また別の少女が言った。

 

「――これは祈りだ。」

 

少年が言った。

 

そうして世界は回る。言の葉を織りなし、それに絡めとられる。

そこには嘘があるだろう。決して真実だけではない。もしかしたら、嘘しかないのかもしれない。

それでも回る。言葉の綾は編まれ、重なり合い、いずれ惨禍を引き起こしたとしても。

 

――明日は、来るのだ。

 

突風が吹いた。

髪が吹き上げられ、一瞬にして視界がその色に埋まる。

少女は風が収まるのを待ち、微動だにしなかった。

古城の回廊から見下ろす景色は、夏の森。じっとりと不快な暑さもなく、心地良い。

彼女は何をするでもなく、ただ外を眺めていた。落ちてきた髪が曲線を描いて着地する様は、まるで一枚の絵のように美しい光景だ。

感情の読めない、どこか神秘的な容貌。うら若い外見とはうらはらな、落ち着いた深い眼がアンバランスだった。それが見るものの、なにかいけないものを呼び起こす魔性さすら感じさせる。

瞬きを数回。金色の瞳が見え隠れする。

なぜここだったのだろう――少女は考えた。自分がここで目覚めたこと。それにどんな意味があるというのだろうか。いや、意味があるのだろうか?すべては神々の気まぐれではないのか。

わからなかった。何も。今の少女には情報も、力も、そして伴もいなかった。まったく困った状況だ。

「ニャー」

「……ニャー?」

少女が初めて森から視線を外し、声のしたほうを見た。そこにいたのは黒猫。

立ち止まり、少女の方をじっと眺めている。様子を伺っている、というべきだろうか。

少女はしゃがみこみ、手を差し伸べる。ほんの気まぐれだった。猫の方もそうだっただろう。

おそるおそる少女の方へ歩いて来て、鼻先を少女の白い手に押し当てた。少女が撫でると、撫でさせてやらないでもない、という偉そうな態度を示す。ついには抱き上げられても、不快そうにはしていない。少女は腕の中の暖かい温度を撫でてやりながら憂い顔を浮かべ、さらにはひどく悲し気に息を漏らした。

「……チーズくん……」

それは、いついかなる時も共に過ごした相棒の名前だった。抱きしめていないと落ち着かない。抱きしめているのに、抱かれているような包容力。いつもいつでも一緒。それほどまでに愛した相手だった。

なのに、彼はもう元気な眠り顔を見せてくれることはないのだ。なんという理不尽だろうか?見るも無残に引き裂かれた愛らしい顔。思い出すたびに胸がきゅうっと締め付けられる。彼に対する申し訳なさでいっぱいになる。抱いている猫はあたたかい。けれどこの心は、あの黄色い彼でないと埋められない。

少女の胸中を知ってか知らずか、猫は退屈そうに鳴いた。うとうとと心地よさそうに、鈍い覚醒とまどろみを繰り返している。心地よい午睡を、少女の腕の中でとることに決めたようだった。

再び大きく風が吹いた。

吹き上げられた少女の、うつくしい緑の前髪の隙間。そこから、赤い紋様が見えた。

 

遠いブリタニアから、極東の地エリア11へ。

今まさに移動している最中の青年の首に記されているものと、酷似したものだった。

 

 

 

 

「兄上。お久しぶりです」

「ルルーシュ!よく来たね。すこし背が伸びたかい?」

「胴長になった、と仰りたい?」

「まさか。足が伸びすぎて、前より持て余してるよ」

「クロヴィスお兄様!」

「おっと、ナナリー。飛びつく癖は相変わらずかい?よく来たね。少し見ないうちに、素敵なレディになった」

「お兄様こそ、相変わらず素敵な皇子様っぷりですわ」

「君もね。お姫様」

クロヴィスがナナリーの手を取り、その甲にキスをする。

「……恥ずかしくないのか?いつもこうか?」

再会を喜ぶ異母兄弟妹たちがべたべたに甘い空気を持ってはしゃぐ後ろで、ジュリアスが微動だにせぬまま、小さく隣のアーニャに尋ねた。ほんのかすかな小声のそれを聞き取って、アーニャは「そう」と答えて見せる。

「そうか……」

ジュリアスは心情を読み取りづらい複雑な声を出すと、それきり何も言わなくなる。

7月10日。新総督と副総督は、エリア11の地に降り立った。足の不自由なルルーシュは自力でタラップを降りることができないため、少々大掛かりな装置を使って航空機を降りた。どう考えても咲世子に抱いてもらい、車椅子を別に下ろしてもらったほうが早いのだが、クロヴィスの後ろにずらりと並ぶ兵士の前では、さすがに体面がよろしくないというものだ。

ルルーシュは、自分の数歩後ろにいる影武者がバイザーの下で目を細め、ひどく眩しそうにこちらを見ているとも知らずに微笑んでいた。ナナリーと言葉を交わすクロヴィス。総督としては駄目出ししたいことが山のようにあるが、兄としては嫌いではない。むしろ、好きだ。だからこそ悲しいとも思う。彼の中にある、模範的なブリタニア人としての差別が。

彼が行く手を阻むのなら、ルルーシュは躊躇いなく兄を撃つだろう。ナナリー以外の、他の誰とも同じように。その屍を越える覚悟はある。

「ルルーシュ?長旅で疲れたかい。体を休められるところを用意しようか。政庁には君とナナリーの私室はもう用意してあるから、そちらでもいい。」

黙り込んでいたのが違うものに見えたのか、クロヴィスが気遣わしげに言った。とにかく移動しようとの総督の命で、ルルーシュたちはヘリポートを離れる。ナナリーは着ているドレスに見合う淑やかな歩き方で踏み出し、咲世子はルルーシュの車椅子を押した。ジュリアスとアーニャがその後ろに続く。予め、新しい側近については伝えてあった。

「……エリア11は湿気が多いですね。暑くなりそうです」

空から降りてまだ数分と経っていない。しかし既に、7月の気候がブリタニアとどれほど違うか、ルルーシュは肌で感じていた。

「ああ。夏は日向に30分と出ていられない。体調を崩さないよう気をつけなさい」

「ありがとうございます。しかし兄上、俺の部屋というのは総督用の私室になるはずですよね。でしたら兄上は今どこに……」

「……客間に」

ルルーシュは額に手をやり、大きくため息を吐いた。この人は本当にルルーシュに甘い。

「あなたが先にそうしてどうするんですか!兄なのですから、私などにそのような……」

クロヴィスは怒られると踏んだのか、うっと身構え、しかし、果敢にも反撃に出た。

「だけどルルーシュ、私はお前の部屋をデザインするのを楽しみにしていたんだ。総督業の最後の褒美だとね。そのために家具を持ってこさせなかったんじゃないか。ちゃんとシノザキと相談したんだよ」

「咲世子!?」

ルルーシュはぐるりと振り向く。この兄皇子が、名誉なんて側近にして……と難色を示していた過去をルルーシュは忘れていない。その彼が自分から連絡を取っただと?

祖国へと数年ぶりに戻った彼女はにこやかに微笑み、

「ルルーシュ様にはバリアフリーが欠かせませんから。車椅子の置き場所なんかも、ご相談を受けましたので」

「……まさか兄上、改装したなどとは言いませんよね」

「……まあ、少しね」

少し。とはつまり。

「俺は足がダメなだけなんですから……!そんなに大事になさらなくても……」

「でも、お兄様は過ごしやすくなるじゃありませんか。これから数年はお世話になるお部屋なんですから、快適なのはいいことですわ」

ナナリーが絶妙なタイミングで助け舟を出す。クロヴィスは妹の援護に俄かに元気を取り戻した。

クロヴィスの側近たちは、皆苦笑に近いものを浮かべている。どれだけ兄が張り切っていたかわかるというものだろう。一見和やかで、すべてがうまくいきそうに見えた。しかしもちろんそうではない。そんなことあるはずがない。政庁の重要な人間はすべて頭に入っている。さてこれらが兄がいなくなっても言う事を聞くか。問題はそこであり、きちんと自分の目で見極める必要があるのだ。

 

歓迎会を終えて部屋に戻ると、ルルーシュはバイザーとマスクを外したL.L.を振り返った。

「どうだ、久しぶりのエリア11は」

「変わらないな。見たところ」

「そうか」

――つまり、彼は日本がブリタニアに占領されてから、この7年間の間にこの国にいたことになる。

「就任は一か月早まって、再来週には総督は俺になる」

「ああ」

「その前にしておきたいことがあるんだが」

「租界とゲットーの視察、だろ?」

「そうだ」

「それはいい。が、お前顔割れてるだろう?皇族に詳しいのがいたら、いくらなんでもばれるだろう」

「はあ?俺はまだ表には出ていないぞ」

ルルーシュが言うと、L.L.はびっくりしたように口を開ける。

「……は?学生でもない、軍人としてやってきたお前が?」

「そうだ。軍と皇族、一定以上の貴族――ほとんど皇族の身内みたいな奴らにしか顔は割れていない」

「お披露目会とか」

「シュナイゼルが取り計らってくれようとしたんだがな。『必要ない』。父上の言葉でご破算だ」

冷遇っぷりを物語っているというものだろう。普通、皇族はお披露目パーティというものがあるのだ。学生からそのまま副総督になった第8皇子あたりはなかった気がするが、それはあくまで特例。ルルーシュとナナリーは総督の就任式でその姿をメディアに晒すことになる。そのすぐ後の演説がエリア11全土に放送されるのが、自分が電波にその姿を乗せる初めてだ。

L.L.はルルーシュの簡潔な一言で納得したようだった。そうか、とだけ零す。これに驚いたということは、やはりルルーシュと彼は違う人生を送っているようだ。そもそも、彼が異世界の皇歴2017年から来たのかもわかりはしない。歴史の違いを眺めてみれば面白そうだ。

「それで」

L.L.が髪を耳にかけながら言う。

「俺には代わりに兄上の――クロヴィス殿下の相手をしろと。行けるチャンスをうかがうから、お前はいつでも代われるようにしておけと」

「わかってるじゃないか」

影武者は馬鹿にしたような顔をこちらに向ける。わからないわけないだろう、余裕の顔にはそう書いてあった。

「兄上に言えば止められる。もしくは大事になる。ありのままを見ようと思えば、お前を使ってこそこそするのが一番だろう?」

「咲世子を連れていけよ」

「勿論」

「ブリタニア人はゲットーでは目立つぞ。わかってると思うが」

「構わない」

「それと、高価なものは身に着けないでおくんだな。良いカモだ。……と言っても、お前のは桁がおかしいものしかないか。俺が買ってこようか?庶民の服」

「いいのか?」

「自分のものも買ってくる。窮屈な服を着るのもそろそろ疲れるからな」

L.L.はぐうっと伸びをした。ルルーシュが怪訝な目を向けると、腕を組んで机にもたれた。

「庶民の生活に慣れてるんだ、俺は」

「庶民のって――」

「お兄様?入ってもいいでしょうか」

コンコンとノック。

続き部屋になっている(クロヴィスが咲世子に相談したのは大正解だったと、この点では言える)ナナリーの部屋からだ。

会話が中断されるが、L.L.とナナリーだったらどう考えてもナナリー。

ルルーシュはすぐさまいいよと返事を返す。

「……ジュリアスさん!」

現れたナナリーは、まだ八時半だというのに寝間着姿だった。てっきり先ほどまで来ていたドレスのままだと思っていたルルーシュは驚く。いくら自分とはいえ、そんな恰好のナナリーを他の男に見せるわけにはいかない。慌てたルルーシュが口を開くより先に、ナナリーが眉を吊り上げた。

「他の方がいらっしゃるのなら先に言ってください、お兄様のバカッ!」

頬を赤く染めて、慌てて自分の部屋に戻ってゆく。

ナナリーは、自身が真実を知ったことをL.L.に明かしていなかった。初対面の時のまま、ジュリアスさんと呼ぶ。曰く、「カードは多く持っているほうが良いのです」。

にしてもこれもまた兄であると知っているはずなのにあの反応は、きちんとL.L.とルルーシュを区別してくれている証拠だ。ルルーシュはほんのわずか嬉しくなった。

「ナナリー皇女は、お前の部屋に寝間着で来るのか……?」

「俺の部屋で一緒に寝ることもある。さすがにアリエスの外だし、今日は違うと思うが……」

L.L.は信じられないとばかりに顔を引きつらせていた。ナナリー、と小さく呟いて頭を振る。それがどちらのナナリーを指すものか、ルルーシュは言及しなかった。

人前に出るに値する格好になったナナリーが、再びこちらの部屋へとやってきた。

まだ怒っているようだ。きっとルルーシュを睨む。しかし、ジュリアスに御見苦しいところをお見せしましたと言うのを忘れない。こちらこそご無礼をと返すL.L.の瞳は、極上に優しいものだった。

が。

「ところで皇女殿下。殿下がゲットーの視察に行かれるそうですが、ご一緒なされますか?」

L.L.が爆弾を落とした。

「なっ」

ルルーシュはがたりと車椅子を鳴らした。

ぎろりとL.L.を睨むと、彼は臣下然とした態度を崩さぬまま素知らぬ顔。この場ではそれはただの茶番に過ぎないと言うのに。

「彼女は副総督です。殿下がそうなさると仰るのなら、知っておく権利があります」

「ナナリーに影はないぞ」

「優秀な騎士がどうとでもするでしょう」

「きっさま……」

臍を噛む。何を言い出すのだ。

「ゲットーは危険だ。何があるか……」

「咲世子がいるでしょう」

「お前はナナリーが心配じゃないというのか!」

怒鳴ると、L.L.はふうとため息を吐いた。

「ナナリー様を向かわせられないようなところに、私は殿下を行かせるわけには参りません。死なれては困る」

とんでもなく不敬な言葉が飛び出たが、L.L.はナナリーがいるのを理解しているのだろうか。ナナリーは確かにそうですと頷いた。ああそうだ、援護が期待できないのはわかってはいた。

「それにお兄様?」

「なんだいナナリー」

「私とお兄様、セットだったら余計に目立ちますよね」

「言うまでもない。確実に姿を覚えられる」

「でしたら、それを狙うのはどうでしょう?ほら、私って印象悪いから。直々に視察にくるくらいには、ナンバーズのみなさんに興味を持ってるって思ってもらえたら……」

言葉が尻すぼみになり、小さく消える。ルルーシュがどんどん険しい顔になって自分を見ているせいだろう。兄は本気で怒っている時の顔をしていた。

「ナナリー。わがままを言うな」

「でしたらお兄様のはわがままじゃないと言うのですか?クロヴィスお兄様を騙して!」

「……兄上に知らせたら大事にするだろう!俺はお前を危険な目に遭わせたくないだけだ!」

「私だってそうです!なぜわからないのですか!」

ナナリーは華奢な体を震わせて言った。

にらみ合いが続く。頑固者どもめ、ルルーシュそっくりの男が内心毒づいたことを、二人は知らない。

「――総督」

ナナリーはやがてすっと背筋を伸ばし、正面からルルーシュを見据えた。正確には見下ろした、が正しいのだが。

「副総督として、租界及びゲットーの視察に参りたいと存じます。数度に渡り、トウキョウだけでないエリア全体を、正式に就任する以前にこの目で見ておきたいのです」

「……お前の好奇心を満たすためにか?」

「いいえ。副総督としての地位ありきでは見られないものを、一人のブリタニア人として感じたいのです。総督と並び、この国を治める者として」

ルルーシュは暫くナナリーを見つめ、ナナリーもそれに応えた。ナナリーとしては兄のこの姿は恐ろしく、ごめんなさいと謝ってしまいたいくらいであるが、そうもいかない。

ピリピリとした空気が渦巻く。

「……俺といるときは咲世子がいるからいいが、そうでなければお前の騎士だけでなくジェレミアを連れていけ。お前とアーニャでは男がいないのに不安が残る」

「……お兄様!」

「総督だ」

ルルーシュは地を這うように低い声で言った。その顔は未だ硬い。しかし彼が「俺」と言った段階で、責められるべくはナナリーではない。駄々をこねているのは、最早ルルーシュの方であった。

「私がいけないところにお前が行け。傷ひとつなく帰って来い。……いいな」

 

ぎゅっと眉を寄せ唇を引き結んだナナリーは、しぶしぶとばかりに縦に首を振った。

 




チーズくん(´;ω;`)ブワッ
初の死人(?)を出してしまった……もう蘇らない……
少女も……CCっぽい人も超ショック受けてる……

ところで前々からご指摘いただいてた年齢のところ直しました
まだ7月なのでルルーシュは16歳ナナリーは13歳です
このシリーズはパラレルなのでナチュラルに年齢操作が入りますがこの二人は反逆と同じ
ただし、年はそのままでも皇女の順位はけっこう弄ってて
第一 ギネヴィア
第三 コーネリア
第六 マリーベル
第七 ユーフェミア
第九 カリーヌ
第十二 ナナリー
第十六 ユーリア
です こうじゃない表記があったら今度こそミスです
そういえばマリーベルさまってルルーシュと同い年なのに「お兄様」って言ってるから誕生日12月なんですね
わかる 12月みある
天秤のライラちゃんは、彼女を入れると話が一気にややこしくなるので、この世界線にはいらっしゃらない……今のところ……公式が何か言い出さない限りは……みたいな感じです


やっとエリア11に着きました。
次回、スザクくんのターン!!


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2-5

「どういうつもりだ」

「別に」

L.L.はルルーシュを見もせずに、興味深そうにチェス盤を眺めている。

チェスセットは自分のものを本国から持ってきたが、彼が見ているのはクロヴィスが用意したものだ。兄君コーディネートのこの部屋の備品である。ガラスでできた駒。緻密な彫刻が施された透明なそれに少しばかり色が練りこまれ、ガラスの中で模様を描き綺羅と輝いている。

陣営のひとつは落ち着いた紫。もうひとつは鮮やかに明るい緑だ。

ルルーシュとナナリーの好きな色をと、そういうことだろうか。また酔狂なことをしたものだ。

「触っても?」

「好きにしろ」

苦々しく言うと、L.L.は緑のナイトに手を伸ばした。

「相変わらず、クロヴィス殿下は趣味が良いな」

「総督を辞したら、そろそろ本格的に継承権争いから退くと仰っていた。まあ、英断だろうな」

「へえ」

「……それで?どういうつもりだ」

ルルーシュは再度問うた。きちんと説明しろと迫る声に、L.L.はやはり表情を変えぬままに、

「俺はナナリーの願うことをしてやれなかったからな」

「は?」

「契約者の命は守ろう。できる限り。しかし、自分の可愛い妹と同じ姿をした少女の思いに沿ってやりたい、とも思った。それだけだ」

「しかし――危険だ――」

「ならば俺もお前をそこに向かわせるわけにはいかない。ナナリーはいざという時動ける。戦える。しかしお前は動けない。冷静に考えるんだな」

ルルーシュは黙るしかなかった。悔しいが、彼の言う事は正論だ。

「それよりも。頼みがあるんだ」

黙り込んだルルーシュを気にした風もなく、もしくは気を遣ったのか、L.L.がナイトをもとの位置に置いてこちらを向いた。盤上の駒はすべて元通り。

「一人分の航空機を貸してくれ。C.C.を探すのに必要だ」

「どこへ行く気だ?」

アテがあるのだろうか。予想外の言葉に、ルルーシュは眉を寄せた。

 

明るい部屋の照明に照らされ、盤上の駒は輝いている。

ゲームは未だ始まっていない。舞台は静かにその時を待っている。

両陣営が睨み合いを終え、駒が歩き出すのを。

 

L.L.は静かにその場所の名を口にした。

ルルーシュには知る術もない、眼前の魔王に因縁深いその地の名を。

 

「――神根島だ」

 

 

 

 

枢木スザク。

その名を知らぬものは、日本を取り戻そうと奮闘する人間の中にはいないだろう。

彼は日本最後の首相、枢木ゲンブの息子だった。

枢木ゲンブ自身は、7年前の戦争折にその生涯を閉じた。戦争によって、ではない。事故だった。徹底抗戦を主張した男は、戦争の終結を見ることなく、あっけなくその生涯を閉じた。

宣戦布告から20日と1日が経った8月31日の早朝4時。枢木邸は炎に包まれた。公表こそしていなかったが、首相は心臓の病を患っていた。火元は彼の私室。煙草を吸っている途中にでも、運悪く発作が起きたのではないかと言われている。勿論、心臓病の人間が喫煙するのはご法度だ。不幸な事故であり、首相が隠れて煙草を吸っていたこと、誰もその事実を知らなかった。

勿論、巧妙な暗殺ではないかとする説もある。

しかし真相は闇の中。彼の死から14日後、日本はわずか一か月で降伏した。

 

狭い茶室で、二人の男が正座で向き合っている。

「……つまり、貴方たちに全面的に従え、傘下に入って部下となれ。そういうことですね?」

着物姿の初老の男が言った。ラフな格好の少年は首を振りかけ、しかし思いとどまった。

「我が主――皇神楽耶はこの国の姫であり、同時に有能なる政治家です。戦闘指揮は日本解放戦線の藤堂と片瀬、そして私枢木スザクが行います。全国から集められた者に有能な人材があれば、部隊編成にも変わりがありましょう」

男は渋面を作る。

「新総督・ルルーシュとナナリーは、現在のエリアのうち5つもの制圧に関わり、うち2つに至っては総指揮を執っています。これがどれほど危険な事態なのか、わからない貴公ではないはずだ」

「……我々は我々のやり方がある。いくらキョウトといえど……」

「ですから!」

スザクは頭を振った。

「そのキョウトも潰されるということです!何も残らない!我々はすべて飲みこまれておしまいです!そうして日本は完全になくなり、イレブンとしての人生を受け入れることになる……!」

「キョウトは巧妙に隠れているではないか。皆名誉という笠を着て未だに良い暮らしをしておる」

「その分日本人に回せるよう、裏ルートへの出資は惜しんでいません。……どうかわかって頂きたい。相手はブリタニアです。彼らにとって、キョウトなど爵位も持たないただの被支配民族の一端に過ぎない存在。潰えたところで痛くもかゆくもないのです。どころか、日本人の心を砕くいい機会だ。口実などいくらでも作れる。ルルーシュは、我々が調べたところ民間人にこそ手を出しませんが、決して甘くはありません。目的のためなら手段を選ばない男です。どんな卑怯な手を使って我々を陥れるかわからない」

そこでスザクは言葉を切り、頭を下げた。

「若輩者が大きな口を叩くこと、お許しください。しかし、どうか……どうか、力を貸しては頂けませんか」

少年の声は切実だった。本気でこの国を案じていることがありありと伝わる。

対する男はわずかに表情を和らげ、唸った。

「……確かに、枢木ゲンブの息子とお見受けする。その熱意、かの男によく似ている」

スザクは顔を上げなかった。

頑固者なところも似ているようだ。男は内心苦笑した。

ここで頷けば、のちのち組織内で自分は糾弾されるだろう。しかし部下たちを説得できないというのなら、自分もそこまでの人間だ。

17歳の少年の、青臭くも真摯な訴えに、心を動かされた。

であるのなら、自分も覚悟を決めねばならないだろう。

「……いいだろう。私の負けだよ、枢木の息子よ」

スザクがばっと顔を上げた。そして、すぐさま再び頭を下げる。

「ありがとうございます……!」

「私が下を説得できないかもしれない。その時は、私だけでもそちらへ向かおう」

「神楽耶も……いえ、神楽耶様も喜びます」

少年らしい声で言った姫の名。慌てて言い直す。きっと、それが素なのであろう。

――まだ子供なのだ。

けれども、その希望に賭けてみたいと思ってしまった。

 

 

久々に色好い返事をもらえたな。

スザクは上機嫌に東京への道を戻っていた。サングラスをかけ、シャツの裾を風ではためかせながらバイクを走らせる。

何度か訪ねての今日だったが、彼は父を良く知る人物だった。それがうまくいった理由であるというのはなんとも微妙な気持ちになるが、考えても詮無いことだろう。

――と、後ろから猛スピードのワゴン車がやってくる。危うく轢かれそうになって、スザクは慌てて避けた。タイヤから火花が散ったのは、気のせいではないだろう。

「邪魔だぞ、イレブン!」

追い抜かれざまに怒鳴られる。

どっちがだよ。

スザクは心の中で毒を吐いた。イレブンなら、轢き殺してもいいと言うのか。ふざけている。今のはスザクが避けなければどう考えても事故になっていた。吹っ飛ばされて地面に叩きつけられ転がって、顔が削がれていたかもしれない。それを邪魔だぞの一言で。

……これだからブリタニアは。

このままトウキョウ租界へ行き、ゲットーにいる扇とかいうチームにもう一度顔を出して、それから静岡へ。枢木神社の手入れをしたら、京都へ帰って神楽耶へ報告だ。道路脇に一度バイクを止め、時計を見ながら予定を立てていた時だった。

「大丈夫か?」

突然後ろから声を掛けられた。スザクに租界に住む知り合いなんていない。

驚いて振り向くと、舗装された歩道の端に寄りスザクを見上げる、全く見たこともない少年がいた。

「困った奴だな。もう少しで轢かれるところだった」

ブリタニア人の少年だった。いくつか年上――いや、どうだろうか。ブリタニア人は大人びて見えるから、わからない。だが問題はそこではなかった。

ちょっと信じられないくらいの美人。日本人の者とも異なる漆黒の髪に、茶の瞳。

「あ、ああ……」

スザクは驚きながら頷いた。

少年は足が不自由なのか、車椅子に乗っている。後ろにいるのは親類には見えない女性。日本人だ。車椅子の持ち手にそれぞれ手を乗せていた。

すぐ向こうにある池袋のモールにでも行っていたのだろうか。

面食らうスザクに構わず、少年は微笑む。

「けがはないか?」

「へ、平気だよ」

ブリタニア人が、わざわざ見ず知らずのイレブンに話しかける?

「……僕はイレブンだ、君みたいなブリタニアの人が心配するなんて――」

「そういう考えは好きじゃないな。それに租界にいるんだから、君は名誉だろう」

少年はぴしゃりと言った。

「でも、君が自分をイレブンだと言うならちょうどいいな。トウキョウには詳しいか?租界じゃなく、ゲットーのほうだが」

「アラン」

「大丈夫だよ、咲世子さん」

女性が嗜めるように少年に言った。彼は軽く笑ってそれに返す。アラン、という名前らしい。

「どうして?」

スザクは訊いた。観光気取りでゲットーにやってくるブリタニア人。いるのだ。そういう輩が。彼もそのクチだろうか。それ目当てで声を掛けた、と。そういうことだろうか。

少年はしかし、スザクに向かって柔らかく目を細めた。

「俺の母は日本人でね。7年前の戦争で死んだんだが……俺の病気もよくなって、ようやく出歩けるようになった。だから母の故郷を―――彼女がどんなふうに生きたのか、それをきちんと見ておきたいと思ったんだ。彼女――咲世子は母の妹だ」

日本人からしたら、冷やかしに見えるかもしれないが……。少年はすまなさそうに眉を下げて言う。嘘には見えなかった。第一、嘘をつく必要もない。

ブリタニア人の彼が躊躇いなく「日本」と呼んだことに、スザクは嬉しくなった。

そう、ここは日本なのだ。エリア11、なんて名前ではない。

「じゃあ君、ハーフなの?」

「まあ、そうなるな」

なんだ、そうだったのか。納得して、こわばっていた顔から力が抜ける。声が弾んだ。こういうブリタニア人だっているのだ。

悪いのはブリタニアという国そのもので――住む人間ひとりひとりじゃない。そう、みんながみんなひどい奴じゃない。

「そういうことなら。僕は東京に住んでるわけじゃないけど、そこそこ地理には詳しいよ。どこに行きたい?」

「そうだな……母の故郷はトウキョウじゃないから、どこでも構わないんだ。でも、人が生活してるところに行きたい」

「わかった。……うーん、じゃあ、シンジュクに行こうかな」

「シンジュク?」

「うん。ここからそう遠くないし、あそこは色々と……象徴するような場所だから」

「どういうことだ?」

少年が首を傾げる。どこか幼くも感じられる動きだった。着ているものはそう高いものではなさそうだが、振る舞いひとつひとつにどこか高貴さを感じる。貴族か何かだろうか。

「歩きながら話すよ。……いや、君たちは電車でシンジュクまで行ったほうがいいかな。僕はバイクだけど、後ろに乗せてあげられないし」

「それ以前に、二人乗りは法律違反だぞ」

「固いこと言わないでよ。ね、君名前は?僕は枢木スザク」

「俺はアラン・スペイサー。こっちは咲世子さん」

咲世子と呼ばれた女性が微笑む。彼女は夏らしく、白い爽やかなワンピース姿だった。被っている麦わら帽子がよく似合っている。肩から下げる、品の良い小さな革鞄以外に持ち物はない。

「よろしくな、枢木」

「スザクでいいよ」

アランは一瞬きょとんとして、目を瞬かせた。それからふっと笑う。とてもきれいな笑みだった。

「そうか。……じゃあ、スザク。よろしく」

アランがすっと掌を差し出す。スザクはバイクから降り、握手した。

 




とうとうエンカウント~ 

次回はこのままこの続きです。


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2-6

シンジュク租界の駅構外でスザクは待っており、やがて出てきたアランと咲世子に合流した。歩きでゲットーまで向かう。咲世子は女性にしてはかなり体力があるらしく、つらそうな顔ひとつしなかった。そのうちずいぶん歩いてようやく街は荒廃した趣を見せ、アランが電動車椅子を動かしづらいでこぼこした道になり始める。租界とゲットーの境界は管理されているものの、抜け道がないわけではない。しかしそもそもブリタニア人がゲットーに入るのは自由であり、逆が出来ないだけだ。

「シンジュクは激戦区だったはずだよな」

「そう。トウキョウの中でも被害がひどいところだ。ここから麹町と神田、港区の方もだいぶひどい。……ってわからないか。トウキョウ湾、海のあるほうっていったらわかりやすいかな。ここも最近やっと人が戻り始めて、活気が出てきたところなんだ。」

あっちの方、とスザクは指を指す。ちょうど神田の方向だ。父が仕事をしている間に、神田祭に行ったことがあった。あの頃の神楽耶はお姫様らしいわがままっぷりがひどくて、かなり手を焼いたのだ。SPに肩車をせがみ、楽しそうに行列を眺めていた。

「そうか。……いいこと、なんだよな」

「ブリタニアがもう少しゲットーに目を向けてくれたら、復興も早いんだろうけど……あ、ごめん」

「気にするな。俺はブリタニアの国是や政策に、そこまで賛成しているわけじゃない。母のこともあるし」

アランは気安く告げ、スザクはそっかと頷いた。

出会って一時間と少ししか経っていないのに、居心地よく感じるのは何故だろう。

アランが今まで出会ったどのブリタニア人とも違うように感じていた。というか、神楽耶以外の同年代の人間とこういうふうに話すこと自体久しぶりだ。レジスタンスの組織で年の近い人間に会う事はあったが、スザクの立場もあって、親し気に話しかけてくれる人なんてなかなかいないのだ。自分がスメラギの犬と呼ばれていることを、スザクは知っている。

仕方がないのだ。キョウトは財閥の力をほとんど失わずに名誉として成功した人間たちの集まりであり、裏切り者と罵られるだけの理由はある。裏での活動も、六家の重鎮たちが動きたがらないことが原因で随分動きが鈍い。スザクが大きくなってようやく、年上を敬い、立場を立てつつ自分の意見を通せるような戦い方を覚えてきたところなのだ。キョウトにあるのは財力だけと、思われるべくして思われている。

「スザク。あっちにあるあれは?」

「駅ビルだね。新宿は世界で一番乗降客数が多い駅だったんだよ」

「あの人たちは何をしているんだ?」

「あー……租界から拾ってきたゴミの仕分けだね。まだ使えるものもあるし、修理すれば大丈夫なものもある。今日のは主に電化製品なのかな」

「ここは繁華街だったのかな」

「そうみたいだね。あ、ここはカラオケだったみたい」

「なあ、あっちの路地の方のビル。あそこ、ちょっと入ってみたい」

「車椅子じゃ無理だよ」

「……咲世子さん、いいかな?」

「えっいやいや、それなら僕がおぶるよ!男がいるのに女性に任せるのは」

「そうか?じゃあ、頼もうかな」

アランはスザクを「枢木」として見るでもない。ひどく過ごしやすいなと思う。肩からふっと力が抜けるような。

久々にやってきた新宿は、前よりかは少し状態が良くなっているように見えた。

ボロボロのまま放置される建物たちは変わりない。荒廃した、命を数多奪われた凄惨さはそのままだ。しかし、空気が明るいといでも言えばいいだろうか。廃墟そのものの、死んだ街の空気ではない。少なくともがれきは両脇にどけられ、人の通る道が形成されている。麹町の方は、これすらまだだったはずだ。

道行く人々は日本人二人を連れるブリタニアの少年を訝し気にちらちらと見たが、彼が車椅子に乗っていて、華奢な体はどこか儚さを演出するからだろうか――ガラの悪い連中も声をかけてくるようなことはなかった。実際は「最近夜食を摂ることが多くて太った」と苦い顔をして語り、言葉遣いも始めに思ったよりはがさつだ。それらがひとつひとつ、彼は外見から見られるような弱弱しい存在ではないことをスザクに教えた。

小さな子供たちが走っている。このゲットーで、子どもの笑顔は何よりの希望だ。純粋な笑い声が聞けること、その尊さ。

鬼ごっこをしているのだろうか。鬼になった少年が女の子を追いかける。少年は走るのが得意ではないのか、すぐに息をあげ、煤けたビルの壁に手をついて休憩している。

ねえ待ってよお、と疲れた声。やーだよ、じゅんくんとっろい!オトコのくせになさけないのぉ!少女らしい柔らかな髪を頭の上でふたつに結っているのが特徴的な女の子は、容赦のない無邪気な返事を返した。少年はじゅん君というらしい。やがて女の子が駆け離れていってしまうと、それを待っていたように、物陰から別の少年が現れた。じゅん、鬼代われよ。チヨたち、年上だからってチョーシのってんだぜ。俺が捕まえてやるよ。じゅん君の顔がぱっと輝いた。よっちん、ありがとう!先ほどとは、打って変わって明るい声。それを受けた少年――よっちんは、自分から鬼になると、じゅん君とは比べ物にならない速さで駆けて行った。

よっちんのガキ大将さを感じる振る舞いが、どこかかつての自分に重なって見えた。チヨちゃんも、あの頃の神楽耶に。ただしスザクは神楽耶に目にもの見せてやろうと思うことはなかった。自分が年上だったからかもしれない。侍として、そんな恥ずかしい真似はできないと思ったのだ。

しかし、じゅん君やよっちんたち男の子と、チヨちゃんたち女の子たちはそんなことはないらしい。対等、いや、年下の少年ふたりがやや劣勢のようだ。

最終的にチヨちゃんが泣く事態にならないといいけどと、スザクはぼんやりと思った。

よっちんは昔なら、女と一緒になんて遊べるかよと突っ張っていたかもしれない。ひょっとすると現在のトウキョウゲットーの子どもの少なさが、彼らの関係を築いているのだろう。

スザクの隣で一部始終を見ていたアランが、ふっと笑った。

「どうかした?」

「いや。俺もああだったなあと思って。女の子とやってるのに、全然追いつけないし、勝てないんだ。俺の場合、鬼を代わってくれたのも女の子だったけど」

「……生まれつきじゃないの?足」

「ああ」

妙に間をあけてしまったスザクに対し、アランはおかしそうに笑んだまま、ごく普通に答える。そしてそれ以上を語る気がないらしく、ただ眺めている。確かに、初対面でそこまであれこれ尋ねるのは立ち入りすぎだろう。

このあたりは人が多く住み、比較的治安もいい。所詮はイレブンとしてだとしても、それなりに余裕のある人間が集っている地域だ。さっきの子どもたちは楽しそうだったが、中には過激ないじめが後を絶たないところもある。同じ日本人同士でも、争いはやまない。

そんなスザクの思考を読んだかのように、アランが口を開いた。

「日本人の中の格差も問題だな」

「うん。地域によっても差があるし。トウキョウは壊滅したからこんなだけど、被害が少なかった県はかなり様子が違う。キョウトは自治が行き届いてるから、生活の質自体が他所とは異なる。軍の管理が雑なんだ。県ごとにルールが違ったりして、これじゃ江戸時代だよ」

一介の名誉ブリタニア人にしては、全国の様子を知り過ぎている。スザクはそれを説明する危うさにも、隣のアランがすっと目を細めたのにも気が付かなかった。

「江戸時代?」

「300年から150年前くらいの日本のことをそう言うんだ。国をいくつもの小さなグループに分けて、それぞれの地域のトップに政治を任せてた。県じゃなくて藩って名前でね」

「へえ。……やっぱりスザクに案内してもらって良かった。俺とは全然視点が違うな」

「ありがとう。そりゃあ、日本人だからね」

スザクは何気なしにそう返したが、アランは顔色を悪くした。

どうしてだろうと内心首を傾げ、思い至る。

ブリタニア人、征服者としてぬくぬく生きている君と一緒にされても困る。

もしかして、そういう意味にとられただろうか。

「あっ、アラン、あの、変な意味じゃないから!怒ってないし」

「いや、俺が考えなしだったよ。すまない」

あまりにも素直なその態度に、スザクも申し訳なくなる。

「ごめん、嫌な言い方になっちゃったね」

「気にしないでくれ。俺が変な勘違いしたのが悪いんだ……ところでスザク、旅でもしてるのか?」

「へ?」

「いや、全国の様子に詳しいからさ」

「あー……」

スザクはかりかりと頭をかいた。旅……のようなものだろうか。神楽耶の命であちこちの現状把握や、今みたいに交渉に出ているわけだけど。

「そんなようなものかな。従姉妹がいてさ、彼女がいろいろ知りたがる」

「へえ」

アランは興味深そうに頷いた。

「従姉妹殿が行けないのか?一緒に。楽しいだろうに」

もっともな疑問だろう。スザクは事情があってね、と誤魔化すことしか出来なかった。

立ち入ったことを聞いたかとアランはそこで退却し、話題を変えようとした。

しかし、アランが明るい顔で口を開きかけたとき、携帯が鳴った。彼のジャケットの胸ポケットからだ。

「いいかな」

律儀にもスザクに確認をとり、電話を取る。彼が端末の画面をそっと確認して、耳に当てるまでのわずかな時間に、スザクが持っていない(ことになっているだけで、キョウトの人間は皆持っている。現在も、マナーモードであるだけで鞄の中にある)携帯電話の画面に、「Julius」と表示されているのが見えた。動体視力の良さのおかげである。そしてそれに気を取られている間、咲世子がスザクの様子をじっと見ていたことにも、残念ながら気付くことはなかった。

「……は?ああ。……ああ、それでいい。適当に……俺でもお前でも同じことだろう。いや、俺がやらないで済むならそれに越したことはないんだ。あ、いや、いっそ全日お前がやればどうだ?名案だと思うんだが。そう、モデルが変わるとよくないぞ。…………わかった、ああ、わかったから。首と胸さえ出さないなら好きな格好をしろ。あの人の言う通りになるなよ。天使の真似事をさせられるからな。俺は御免だ。……切るぞ」

会話が進めば進むほど、アランは険しい顔つきになっていった。呆れが強くなり、ついにはうんざりしている。スザクと会話している時には全く見せなかった、鋭い雰囲気だった。途中で額を押さえて天を仰いでいたので、余程のことなのだろう。苦々しい顔でアランは携帯を仕舞った。さっきうっかりとはいえ見ちゃったし、覗くのはよくないなと顔を背けていたせいで、スザクは彼の携帯の待ち受け画面を見ることはなかった。もしそちらに顔を向けていたら、ミルクブラウンのふわふわした長い髪を持つ少女が猫を抱き、こちらに笑いかけている画像を目にすることになっただろう。そして彼は知る由もないが、その少女の携帯の待ち受けもまた、目の前の少年が猫を抱き、微笑む姿であった。

「どうしたのですか?」

「ジュリアスだ。……絵のモデルをやらされることになった」

咲世子の問いに、アランが苦々しく答える。咲世子はまあまあと顔を綻ばせ、アランの苦虫を噛み潰したような顔とは正反対だ。

「君、絵になりそうだね」

「スザク……ありがとう。しかし……そんなことをしている場合ではないというのに……」

「忙しいのかい?」

「少しな。父から任されたことがあって、てんやわんやになりそうだ」

「体、壊さないように気を付けてよ?」

「家族からも言われてるよ。耳に痛いな」

車椅子。父から任されたこと。ゲットーを見たがる。エリア11に詳しい様子。

スザクがもう少し勘が良ければ、ここで気付けたかもしれない。しかしこういった方面ではアランの方が何倍も上手であったため、スザクに勝ち目はなかった。真実にたどり着くには、あまりにも突飛な発想が必要だった。

 

スザクとアランと咲世子はそれからしばらくシンジュクを回り、日が傾き始めた頃に租界に戻った。パーキングに停めていたバイクを取りにいくところまで付き合ってくれ、スザクは何より咲世子の体力に驚いた。かなり歩いたのに、疲れた様子ひとつ見せていない。

マラソン選手のようなことをしていたと言う咲世子はとてもそうは見えず、いかにも女性らしさに満ち溢れていて、スザクは感心するばかりだ。

「今日は楽しかった。……また会えたらいいな。友達になれたら――いや、ダメならいいんだけど」

そんなことを言った自分に驚いた。

スザクには友達というものがない。

幼い頃はいないでもなかった。しかし日本が戦争で敗れてからというものの、それまで以上に周りは大人だらけになり、スザクと年の近い存在といえば、神楽耶しかいない。

そして神楽耶は従姉妹であり元許嫁であり、スザクにとっては妹だ。

枢木として見られないこと。それがこんなに心地良いことだとは、スザク自身も知らなかった。お父上が、と言われないこと。

スザクの抱える秘密を刺激し続ける日常は、疲れないといえば嘘になる。

しかし父がいたからこそ、スザクがそれなりの目で見てもらえるのも確かだ。

だからこそ、出自に不満を言うつもりもない。第一、言う資格などありはしない。

アランはスザクの葛藤をよそに、口元を綻ばせた。

「嬉しいな。俺、友達っていないから」

「そうなの!?」

スザクは驚く。なんて偶然だろう。

「友達だって言ってくれる人はいるんだが……俺にとっては、なんていうのかな……妹みたいな相手なんだ」

スザクも神楽耶が男で、なおかつあと数年早く生まれていれば、きっと友達だっただろう。

別れ際になって、親近感がぐっと増す。こんな感情を抱けるのが敵国の人間であることに、一抹の悔しさを感じた。スザクは、ブリタニア人と仲良くする気はないのだ。

でも。

「お前の住所、聞いてもいいか?新居に移ったばかりで、まだ自分の住所覚えていないんだ」

「いいよ」

スザクは快諾した。

「あちこちふらふらしてるから、あんまりすぐに返事は出せないかもしれないけど……」

渡された、咲世子のメモとペンで枢木神社の住所を書く。完全にゲットーの中だ。焼かれた街ごと棄てられた枢木家周辺は、今も戦争の爪痕がそのまま残っている。そしてゲットーへ郵便物を送るのは、ブリタニア正規の役所では無理だ。そういうものを請け負っている企業へ依頼するしかない。不便なうえに高いが、キョウトの仮住まいを書くわけにもいかないのだ。

「ゲットーか。ま、なんとかなるだろう」

「もっと君と話したいな」

「またすぐに会えるさ」

スザクは別れを告げ、バイクに跨り走りだした。交渉は成立し、良い人にも出会えた。あの無礼なブリタニアの車も許せそうだ。

夕焼けが綺麗な色をしている。実にいい気分だった。

 

 

 

「……すぐに会えるよ、枢木スザク」

スザクの走り去る姿を見ながら、アラン――ルルーシュは呟いた。受け取ったばかりの住所のメモ。一瞥して、咲世子に手渡した。

「どういたしましょう」

「適当に捨てておけ」

残しておく必要はない。枢木スザクの素性を洗えば済むことだし、何より、たった今暗記した。

偶然だった。枢木ゲンブの息子の名は知っていたが、顔までは。ただの、善意にもならない偽善が大当たりを引いてしまった。

敵に話すには危険なことも、スザクは一般人のアランにぺらぺら話してくれた。おかげでこちらは、この先を考えるための重要な素材をいくつも手に入れることができた。ありがたいことだ。

「どう思う、咲世子」

「やはりレジスタンスかと」

「どう見ても、だな。わかりやすいことこの上なかった。隠すのが下手すぎる。根が正直で良いやつなんだろうな。はっ、こんな立場でなければ、本当にオトモダチにでもなっていたか?笑えるな」

笑うというよりかは嗤いながら、ルルーシュは続けた。

「――しかし、NACは黒で間違いないだろうな。日本解放戦線を抱える、レジスタンスの総元締め……主に資金面での貢献。政府と癒着していた巨大財閥の名残――もはや旧時代の遺物に過ぎない。これを潰せば、あとは楽だ。」

ひどく悪い顔でそう言ってから、少し声を低くした。

「……咲世子もやはり、あちら側へ渡りたいか?」

「全く思わない、と言えば嘘になりますが」

咲世子は間髪入れず、短く答えた。この女がこうして本音をさらけ出してくれるのを、ルルーシュは非常にありがたく思っている。

「彼らが犠牲を払って日本を取り戻すより、ルルーシュ様がここを衛星エリアに昇格させるほうが早いでしょう」

「だが、日本ではない。彼らの矜持は奪われたままだ」

「だからこそ、私もこのように申し上げました」

ルルーシュは満足そうに微笑んだ。ひじ掛けに両の肘をつき、手を組む。

「矜持。そう。……それが問題だ。」

プライドと誇り。尊厳。

『生きる』ために、最も奪われてはならないもの。

「――命か矜持か。枢木、お前はどちらをとるのかな」

 

 

 

「……嘘、だ」

スザクは呆然と呟いた。

画面から目が離せない。

唇が震えている。

目の前の現実を、頭が拒否しているのがわかった。

 

8月31日。

エリア11新総督就任式が行われた。

政庁にて行われている最中のそれが、中継されてエリア全土に届いている。

それはいい。スザクも神楽耶と並び、彼女の部屋でそれを見ていた。

大きな液晶に映し出される政庁の様子。

そして、クロヴィスの後に続き現れた車椅子の少年。これが問題だった。

ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

17歳という若さの新総督は――数週間前に会って以来、音沙汰のなかった彼だった。

(騙したのか……!)

熱くどろりとした憎悪が、腹の底から湧き、あっという間に溢れ出す。

神聖ブリタニア帝国、第11皇子。

どこがハーフだ。どこが、母さんの育った日本だ!

ルルーシュの後ろに続くのは亜麻色の髪の少女。ルルーシュの実妹にして副総督、ナナリーだ。悪夢のナナリー。まるで天使のような顔をしているが、あの女がKMFに乗り通った道に、命あるものはないのだという。

『政庁に御集りの皆さん。そして中継をご覧になっているエリア11に住む帝国臣民の皆さん、ナンバーズの方々。私は神聖ブリタニア帝国第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアです。本日は……』

クロヴィスの気障ったらしい演説も、まるで耳に入らない。ひたすらに目の前がぐるぐると回り続けるのを感じていた。画面の外にいるだろう少年に、今すぐ掴みかかってやりたい。

彼の言葉はすべて嘘だ。あの笑顔も気安さも。

アラン・スペイサー?日本人の母?反ブリタニア思想?随分バカにしてくれたものだ。

スザクを誰なのか、予め知っていて接触してきたに違いない。

自分は何を話した?キョウトの不利になることは言ったか?冷や汗が流れる。

『そして私は今日をもって総督を退任し、ここにいる私の弟、第11皇子ルルーシュにその席を明け渡します。副総督には第12皇女ナナリーを。彼らは私以上に、このエリアの治安向上、そして経済の発展に尽力することでしょう。私は前総督として全力を持って彼らを支援し……』

「スザク?」

神楽耶が自分の様子がおかしいことに気付く。

スザクは、今や怒りと混乱でぶるぶる震えていた。

「神楽耶……まずい」

「は?」

枢木は完全に疑われただろう。目を付けられた。あの日自分はブリタニアへの敵意を、どれほど語った?乗せられているのだとも知らずに!

「新総督ルル―シュ。数週間前に、あれに会った」

「なんですって!?」

神楽耶が頓狂な声を上げた。がちゃんと音を立てて、彼女の手元にあった湯呑が倒れた。緑茶が畳へと広がり、しみ込んで行く。

「ハーフで、日本人の母の故郷が見たいと嘘をついて……そ、んなふうには見えなかった!日本が見られて嬉しそうに……イレブンの現状に悲しそうにして……全部嘘だ、嘘、だった。信じられない、瞳はカラーコンタクトでも入れてたのかな、紫じゃなかった。僕はゲットーを案内した。くそ、ブリタニアめ、それで……!」

支離滅裂になってゆくスザクの言葉。神楽耶は察したらしい。艶のある唇を噛んだ。

「どの程度話したのです」

「ブリタニアの国是に賛同できない一般人に対して喋るようなことしか言ってない、けど……」

「…………相手が悪すぎましたわね」

神楽耶はそれきり、痛むかのように頭を抑えて黙り込んだ。

「くそ……!もっと警戒するべきだった!」

歯噛みする。

悔しかった。今頃この放送を見て愕然とするスザクをあざ笑っているに違いない。いや、そんなふうに騙したことすら忘れている?善良な市民を演じて、何人の日本人を騙したのだろう!

目の前が真っ赤だ。許せない。ブリタニア。これがブリタニア。

友達になれそうだと思ったのに。だって、あんなに楽しい時間は久しぶりで。

敵国の人間でも、わかりあえると――思ったのに。

そうこうするうち、クロヴィスが話し終える。第三皇子が退くと、配下が慌ただしくやってきて、スタンドマイクの高さを大幅に下げた。

それも終わると、今度はルルーシュがクロヴィスのいた舞台中央へやってくる。車椅子に乗る少年には、マイクの高さはちょうど良いくらいだ。

新総督の就任演説。

スザクを卑怯な手口で騙しきった少年は当然座ったまま、その口を開いた。

 

 

『帝国臣民の皆さま。それからナンバーズの方々。私が新総督の、第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです――――』

 




8/31、ちょうど中の日付と一致しましたね
総督就任日でした。反逆本編では、このあたりがキュウシュウくらいかな……?と思っているのですが、果たしてどうでしょうか。
現実には、ルルーシュくんが皇帝になった日(の、放送日)。


ミックスって言ってるのに反逆以外が出て来ねえと思ってらっしゃる方いらっしゃると思います、もうすぐ出るのでちょっと待ってくださいね!アキトのキャラはまっだまだ出てきませんが、他はもうすぐちらほらと。

今回はデート(笑)から、スザクくんガチギレまででした。顔面蒼白スザ神楽、可愛すぎませんか。
ルルーシュくんの言う「妹みたいな友達」が果たして誰のことか、ぜひ考えてみてくださいね。
12の大好きなキャラですので、気付いたらそんな設定になってしまったのです。


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2-7(完)

一人用の航空機から降り立ったL.L.は、相変わらずの軽装だった。

頭の中が静かだ。堅牢に作られた自分という個。それが直接どこかへ繋がることなどなく、閉塞感に満ち溢れ、しかしだからこそ居心地のいい空間。

そういえばかつてヒトであったときは、こんな感覚だったのだ。

とても懐かしいそれに、もう少し浸って居たい気持ちはある。しかしおそらく同じ事態に陥っているだろう共犯者が――一応――心配――いや、気にはなってはおり。

どうせどこかでふんぞり返って無限にピザを食べているのだろう。

それでも連絡が取れないのは不便なので、こうしてここへ来てみたのだが。

夏の風が頬を撫でる。空は吸い込まれそうな力強い青で、大きな雲がのびのびとしている。

初めてこの島に来たのも、こんな夏の日だった。

いい思い出はほとんどない場所だ。因縁深いと言う方が正しい。

この島に弟の墓がないことは知っているのに、つい足が向きそうになった。

感傷に浸る心を律する。ここへ来た目的を忘れてはならない。

これで問題が解決するかもわからないのだが、やってみるしかないのだ。

崖の隙間が遺跡の入口。

どうやらそれは変わらないらしい。だがずっと狭く細く、入口も開けた場所にあるのではなかった。おかげで見つけるのに時間がかかり、さながら遭難者のごとく彷徨うのは遠い日を思い出させた。

見つけたそこは、完全に埋まっているのではない。確実に人の出入りが可能なようになっている。

それはつまり、クロヴィスがここを発見した事実はなさそうだということ。おそらくはやはりブリタニア皇帝が、ここを狙ってこのエリアを攻め、切り開いただろうということ。

L.L.は遺跡に侵入し、ひたすらに歩いた。

「勝手に元の世界に戻されることはないだろうが……」

実を言うと、少し不安だ。

Cの世界について知ってることなんて、ほとんどないに等しいのだから。イチかバチかの賭け。博打。確実性なんてひとつもなく、とうぜん好きなやり方とは言えなかった。

「それでもやるしかない、か」

足を止める。ついにそこまでやってきたのだ。

奇妙な模様の彫られた大きな扉。

いったいいつどのようにしてできたものなのかわかりはしない。自分が派手に爆破した痕もここにはない。

ため息をひとつ吐く。

何も起きなかったらどうしよう。

何か起きてもどうしよう。

……こういう先が全くわからない事態は大嫌いだ。

だから。

早いところ終わらせてしまおうと、少年は扉に手をついた。

 

――瞬間、まばゆい光があたり一面を覆った。

 

 

「……ん?」

同時刻、ブリタニア。

ひざを抱えてちょこんと座っていた、長い長い金髪を持つ子どもが、小さく首を傾げた。

 

 

 

 

『――私は悲しい。このエリア11に来て愕然としました。租界とゲットー、このふたつのあまりの差に。トウキョウ租界の電車から見る左右の風景の差を、きっと誰もがご存知でしょう。景観は美しさとは程遠く、廃墟同然。街は死んでいる。おまけにそこに住むイレブンは野蛮極まりなく、強盗、恐喝、暴行事件があとを絶たない。幼い子どもはろくな教育も受けられず、愚鈍な人間ばかりが育っている』

嘆かわしいとばかりに、ルルーシュが頭を振る。芝居がかった動作だった。

自分の目で見たゲットーの感想がそれか。

もし今脳の血管が切れて倒れたとしても、スザクは驚かない。

唇から血が出た。強く噛み過ぎたのだ。

『そして、なぜイレブンたちがこのようになっているのか?答えは簡単だ。彼らは負けた。敗者だからである。我が父皇帝陛下の仰ると通り、人は平等ではない!――そう、人は差別されるためにある。だからこそ人は争い、競い合い、そこに進歩が生まれる。この世は弱肉強食、敗者に残るのは死と屈辱のみだ。我らブリタニアは常に戦い続けてきた。競い合うことで、技術を発展させ文明を近代化させ、今日まで栄えてきたのである』

ルルーシュは柔らかな語りから、だんだんと力強い話し方に変わり、低い声は腹から出されて芯を持っていた。大きく手を振り、瞳には熱がこもっている。

「そんなの、間違ってる……」

スザクは呟いた。

おまえは皇族として生まれたから、ふんぞり返っていられるだけではないか。

高いところから偉そうに。

『――しかし』

ルルーシュは言葉を切った。同時に、纏う空気が少し変質した――ような気がした。

どこがと問われても、スザクにはわからない。

隣の神楽耶は、食い入るように液晶に見入っていた。

睨むように。挑むように。

『生まれつき美しいもの、醜いもの。親が貧しい者、裕福なもの。生まれも育ちも才能も、人間はみな違う。しかしだからといって諦めてしまえば、そこで終わりだ』

ルルーシュは断言した。

『イレブンたちよ。兄らは何故、今なお敗者で居続ける?ナンバーズはブリタニアの臣民である。貴様たちは既に、我々が守るべき我が国の民である。その民がこのような現状であること、私は悲しい。優秀な我が兄クロヴィスがこの地を治めてもう5年が過ぎた、その結果がこれだ。貴様たちは、自ら牙を抜いたのだ!』

「どこが……っ」

神楽耶が苦々しく吐き出した。

クロヴィスがナンバーズを冷遇した政策をとっていることなんて、今更調べるまでもなく、このエリアに住む者の共通認識。

『私はこのエリアをより良くするために全力を尽くす。ブリタニア本国にも引けを取らぬ、美しい場所にすると誓おう。イレヴンは皆犬畜生と同じだなどと言うつもりはない。獣の理屈でしか生きられぬ者は、私が手を下すまでもなく淘汰されゆく。

……ナンバーズよ、全力を尽くせ!私はその分の見返りを返そう!ブリタニアの民よ。先ほど私はイレヴンたちの残虐さ、愚鈍さを説いた。彼らの劣り、それが何故だかわかるだろうか?余裕がないからだ。環境に、金に、体に、すべてが切迫した状況にあるからだ。彼らの現状を変えることで、エリア全土にこれまで以上の平穏と、円滑な経済活動が齎されることは間違いない。それでもなおイレヴンが我々とは比べようもないほど劣り、野蛮であるのなら、誇ればいい。圧倒的に我々が優れているだけの話だ!』

ルルーシュはカメラを睨み付けるようにして見据えた。

画面の向こうにいる何者かに、はっきりとその存在を主張し、見せつけていた。

それはスザクであり、神楽耶であり――彼を見つめるすべての人間。

スザクはごくりと唾を飲みこんだ。

これが、スザクの戦わねばならない敵。

 

『そして私は、民の生活を脅かすテロ組織を許しはしない。これ以上、いたずらに平穏を脅かすだけの犯罪者を放置してはならない!

エリア11に住むすべての者よ、戦え!そして勝利し、ブリタニアを更なる進歩へと導くのだ!』

 

余りにも、強大に思えた。

 

 

 

 

 

『――オールハイルブリタニア!』

 

その言葉で締めくくられた映像を、ルルーシュは興味なさげに停止させた。

こんなものだろう。

ブリタニアの国是を失わない程度に、これからの政策の方針を主張した。万が一にも反旗を翻す存在に見えないように、皇帝への忠誠っぷりを語る顔は陶酔しているとすらいえる。

愉快なものではない。

隣でそれを見ていたL.L.も、同じような顔だ。

「感想は?」

「――何と言ってほしいんだ?やや変わってはいるが、ブリタニアらしいスピーチじゃないか」

「それならいい」

L.L.はルルーシュから端末を受け取り、就任式から会見に移った映像を再び再生させた。組んだ膝に乗せ、たいしておもしろくもないテレビ番組を見るようにして眺めている。

自室ではない、通信用の謁見室では暇つぶしもこれくらいだろう。

「ところで、神根島に行った収穫はあったのか」

「あった」

「……見つかったのか?C.C.とかいうのが」

「いや、それじゃない」

「じゃあ何だ」

「本来の能力が解放された」

「…………、…………」

まだ何かあったのか。

突っ込み待ちかと思うような返答にルルーシュはしばし黙り、ややあって、

「……まだ何かあったのか?」

思った通りのことを尋ねてやった。

「ネットワークに繋がっただけなんだがな。つまり、俺はこの世界では未接続のアンノウン・デバイスだったということだ。治癒能力だけ残っていたのが何故かわからん。封印されてもおかしくないだろうに……まあ、とにかく初期接続は大事らしいってことか。こっちの世界にも快適にアクセスできるようになった」

具体的な政策について尋ねられた画面の中のルルーシュが、はっきりしているようでよくわからない適当な答えを返している。そこに混ぜられたわずかな皮肉に、L.L.はフフンと笑った。笑いどころは自分とだいたい同じと、つまりはそういうことである。

……そんなことはどうでもいいのだ。

ソファーでふんぞり返るこの男、まったくわけのわからないことばかり。

「俺にわかるように説明する気は?」

「ない」

「だと思った。……神根島に何か重要なものがあるくらいしかわからないぞ、こっちは。俺が勝手に調べてもいいのか?」

「深入りしない方が得策だ。お前とお前の妹の平穏を守りたいのなら」

L.L.は顔色ひとつ変えなかったが、それが本気の忠告であることは手に取るようにわかった。

「具体的に、本来の能力を取り戻したお前は今までとどう違うんだ」

顎に手をやり、ふむ、と考え込む様子を見せる。

「……お前に関係があるのは、ショックイメージを見せること、くらいか」

「ショックイメージ?」

「こちらが指定した映像を押し付けたり、嫌な記憶だけ掘り起こしたり、悶絶して気をやるくらいのものも……とにかくトラウマを作ることができる、というか――つまり、脳をいじくって刺激的なイメージを対象に見せることができる。触れさえできれば、相手が銃を持っていても倒すこともできる」

随分ふわふわした説明だ。非現実的――超常の力なのだから、当たり前か。

やってみるか?お勧めはしないぞ。

L.L.がルルーシュに向かって手を差し出した。

お勧めはしないのなら、何故やらせる。

おそらくルルーシュが能力の把握をしておきたいだろうと考えてのことだろう。ルルーシュとしてもその通りなので、やっておきたいとは思わなくもない……が。

「今は遠慮しておこう」

「そうか」

今は休憩時間に過ぎない。すぐに公務が入っている。

「中華連邦との通信会談だったか?エリア11総督就任の祝辞とか聞いたが」

ルルーシュの断りの理由を見越してか、L.L.が先回りして言った。そして首を傾げた。

「大宦官が、お前に一体何の用だ?随分親し気じゃないか。国から祝いのメッセージが届くなんて、極秘でなければ大事になるところだぞ」

「シュナイゼルを通しているから、情報が洩れることはないさ」

「そんなことを聞いてるんじゃない。わかっているだろう?」

今度はルルーシュが首を傾げる番だ。

「お前こそどうした。俺ともあろうものが、俺の過去を忘れたか?」

「知ってるさ。中華連邦に留学してたんだろう?半年。紛争地帯にほっぽり出されたり、朱禁城の隅で退屈に殺されたり、そのまま中華に捨てられそうになるとか、散々だったらしいじゃないか。だから何故なんだ、と聞いている。あちらが馴れ馴れしくしてくるのはわからないでもないが、お前が受け入れるのがわからない」

「お前は……」

ルルーシュは静かに目の前の男を見つめた。

この様子を見るに、彼に、中華連邦に放り出された過去はないらしい。

「――ブリタニアに要請したのは大宦官だが、そもそも希望したのは彼らではない」

「は?」

L.L.がことさら胡散気な顔をした、その時だ。通信台からピピピと時間を教えるアラームが鳴った。

ルルーシュは通信台の前で姿を整え、同じ顔の男は会見映像を止め、画面に映らないところで大人しくする。

彼がここにいるのは、先ほどまでのどうでもいい話をするためだけであり、本来必要ではない。聞かれても困ることがないのでいていいぞ、としているだけだ。

少しの間を置いて、中華と通信が繋がった。ほとんどプライベート通信ともいえる今回のそれは、国と国の間であるだけに、やはり政治的な意味を持たざるを得ない。大宦官ともどうでもいい会話を適当に受け流し、ルルーシュは目的の人物が出てくるのを待った。

十数分は付き合っていただろう。三十分の制限時間の大半を使われていた。実際に相手と話せる時間は、10分にも満たないに違いない。おまけにプライベートと銘打っているのは名ばかりで、あちらは大宦官が付きっきりで会話を聞いている。

他人であって他人でない、そんな奇天烈男しか側にいないルルーシュとは訳が違うのだ。

そして、ようやく。

 

『お、お久しぶりです、ルルーシュ……!』

 

「ええ」

 

長く伸びた髪。最後に見た時よりもずっと長い。そのせいか、彼女の姿はより神秘的に見えた。世にも珍しい髪と瞳の色は、神々しさすらもってルルーシュの目に映る。彼女が純粋無垢を体現したような存在であるからかもしれない。

大きくなったな。感慨とともに、ルルーシュは返事をした。

 

「お久しぶりです――麗華さま」

 




天子さまでした。ブリタニア皇族クラスタの12ですが、かなり好きな女の子です
芯のあるとことろがいいですよね、しんくーがいなくなってもきっと強くやっていけそうなところが いや単純にハチャメチャ可愛い……
果たして復活でしんくーは生きているのでしょうか……
幼少ルル―シュと幼少天子さまの組み合わせあまりにも事件じゃないですか?考え付いたとき天才だと思っ、もうね、次章「蜘蛛の巣」もぜひお楽しみください


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第三章 蜘蛛の巣-1

シャルル皇帝陛下は、現実を受け入れられないのだ。

遠まわしではあるが、このような噂が帝国内を駆け巡っていることは事実である。

現皇帝は一代でブリタニアを巨大帝国に押し上げ、その版図を瞬く間に広げてしまった辣腕の持ち主だ。その彼が現実を見ていないなどと、はて、妄言にしか聞こえぬ。

けれども詳しく聞いてみれば、確かに頷かざるを得ない内容なのだ。

皇帝陛下が未だにルルーシュ殿下にひどい冷遇をなさるのは、彼の面立ちを見るたびに、亡くなったマリアンヌ皇妃を思い出して辛いからではないか、と。

私室に彼女との思い出の品を置き、未だに毎月墓参りをなさっているらしい。

そんな彼女に似たルルーシュ皇子を、受け入れられない。

幸せだったころを思い出すから。

残酷な時の流れを感じるから。なぜ彼女がいないのだと、悲しみに暮れてしまうから。

だから遠ざけられるのだ、と。

確かに皇子は7年前皇帝に謁見した際、「マリアンヌを守るどころか守られて、なんたる軟弱っぷりか」と怒鳴られている。

十歳の幼子に、降ってくる銃撃から母を守れとというのは無理があり過ぎる話だ。しかし、それを他でもない皇帝陛下が仰るのだから仕方がない。

マリアンヌ皇妃が死んだのは弱いからだと言い切って見せたのも、現実を受け入れられないが故の暴言。騎士であったころから重宝し、即位後に起きた『血の紋章事件』では華々しく皇帝を護った、あの女傑が死ぬはずはないと。

宮にテロリストを引き入れ、さらには皇族に害を成した犯人として捕まったのは一人の皇妃。それを知ってすぐの皇籍剥奪も、尋常ではない怒りを表しているように見える。

もちろん皇帝の私室などおいそれと入れるものであるはずがなく、思い出の品がどうだなんて確かめられるはずもない。墓だって皇族陵にあるわけなので、先祖の墓参りだと片付ける者も多い。決まって命日に訪ねているわけではない。犯人にしても、皇妃を殺害したからの処遇ではなく、ブリタニアという国に弓引く行為であるのは明らかなのだ。

それでも、たわごとと切り捨てるには早計だと思わせる話だった。

事実マリアンヌが死んで以降、あれだけ激しかった女性関係もすっかりなりを顰めている。こちらは当のルルーシュとしては、いい加減枯れたんだろうとしか思えないが。

表に出てくることも徐々になくなり、今では宰相シュナイゼルと二人で皇帝をやっているようにすら見えるほど。

他にも噂を裏付けるようなエピソードはいくつかあり、密かに、まことしやかに噂されるこの話を、聞けば聞くほどバカバカしいと一蹴することはできなかった。

――だから父を許せるかと言われれば、否。

死んだ人間に囚われて生きた人間を蔑ろにしては、意味がないではないか。マリアンヌが母としてルルーシュとナナリーを慈しんでいたことは言うまでもない話なのだ、彼女が今のような状況を望むわけがない。まったくふざけた話である。

けれど、考えたとて詮無いことだ。皇帝がルルーシュたちにここまで冷たく当たるのは、もはや自分たち自身には、愛情がないとしか思えない。今更あの時のように噛み付く気も、縋る気もない。

 

ただ。

 

本当に――今でも。

今でも父が母だけを愛しているのであれば、それが本当の話ならば――。

 

思うところがないわけでは、ない。

 

 

 

中華連邦との会談は、つつがなく終了した。ルルーシュが麗華と話すことが出来たのは、たったの7分41秒だった。

蒋麗華。

中華連邦の最高位「天子」である、12歳の少女。7年前、突然始まり突然に終わった中華連邦の留学の際、少しだけ親交のあった人間だ。

誘拐もどきの事件があってから、朱禁城に軟禁状態になったルルーシュと、同じく城の外に出られない天子。彼女はルルーシュから外の話を聞きたがり、ルルーシュは少女を会えない妹に重ね合わせ、箱庭の時を過ごした。天子はルルーシュをよく慕い、ルルーシュも可愛がった。天子である彼女の名前を呼ぶことができるのは、中華連邦のトップである彼女自身がそれを許したからだ。

いやむしろ、そう呼んでくれ、呼べと。そこまで強く言わなければ、大宦官に阻止されていたに違いない。ブリタニアの皇子と仲良くすること、外から余計な情報を天子に与えること、その両方を疎んでいた彼らに監視されながらの、幼い関係だった。

ルルーシュのことを「友達」と言うのは世界でたったひとり、彼女だけである。

数年ぶりに姿を見た麗華は、あの頃と変わらぬまま。身体は幼い少女期を抜け出ようとしているのに、その思考はまるで子供だった。安全な朱禁城の中で、見事に時を止められてしまっているらしい。ルルーシュにはそれが哀しく憐れで、しかし愛おしくも映った。

ルルーシュもナナリーも失ってしまった素直さ、穢れなさ、そして無知。そのすべてを、麗華は知らずに育んでいた。

 

それにしても。

「シュナイゼル殿下はルルーシュ様と天子様とのご婚約、本気で進められるおつもりのようですね」

「まだ俺に何も言ってこないところが幸いか?知らぬふりができる」

ジェレミアはルルーシュの政務に付き合い、朝から書類仕事を手伝ってくれていた。ルルーシュが総督である以上、主な役職がゼロ部隊隊員だけというわけにもいかない。ゼロ部隊のメンバーにはそれぞれ役職名が付いて、ジェレミアは現在は総督特別補佐だ。反対に、ヴィレッタにはがっつり軍の方に行かせている。彼女なら、ルルーシュたちとエリア11軍とをうまく繋ぐ役目を果たしてくれるだろう。

咲世子は護衛だが、スケジュール管理なんかの身の回りの世話は大概任せているのでこちらもジェレミアと同じ役に就かせている。

総督主席補佐にはクロヴィスの時からいる、裏で面倒なことになっていなさそうな男を採用。家柄、能力、地位……そのすべてを見て文句が出なさそうな、しかしちゃんと使える人間を選ぶのは一苦労だった。

「相手が中華の主となると、継承権の低い俺があちらに取り込まれるのは明らかだからな。出来れば避けたい――いや、そうなればそれはそれで他に手がないわけでもないか……ジェレミア、中華料理は嫌いだったか?」

「あまり嗜んだことがないのでなんとも……」

「まあ、そうだな」

ルルーシュは苦笑いをした。

個人的には、政治的に利用できるなら結婚も吝かではない。

麗華は、それこそ顔も知らない人間と結婚させられるよりは、ルルーシュの方が嬉しいのだろうが――いや、あの星刻とかいう男と結ばれるのが一等嬉しいだろうか。ルルーシュは会ったこともない男。彼女は嬉しそうに、大切な約束を交わした人だと言っていた。

もちろん彼女が望んだとて夢物語。

彼女の思うままの相手と結ばれるなど、土台無理な話だ。地位には雲泥の差がある。何か利益が生じるわけでもない。

中華自体も、ここ数年はブリタニアと仲良くする方向に向かっているらしいが、どうなることやら知れない。ルルーシュが放り出された当時は一触即発で、いつ戦争が始まるとも知れなかったのだ。今でも腹の内では何を考えているやら知れぬ。例えば先週ニイガタゲットーで起きた不審な動き、あれはバックに中華がいるに違いない。

油断などできるはずもなかった。

「各エリアの予算はどうにかなりそうか?」

「フクオカとオオサカ、アイチブロックは厳しそうです。並べてみると、今までどれだけ好き放題していたのかよくわかりますよ」

「あとはNACか」

「うまくやっていますが、この予算であの展開の仕方はやや無理があるかと」

「ふ、ただの寄付で済むといいがな」

「癒着ですか」

「おそらくは、こちらがあちらに取り込まれて、な。早々にボスの首を挿げ替えたほうが良さそうだ。まったく、兄上はこれも放置していたのか?何故だ……」

理解に苦しむと頭を抱えるルルーシュに、ジェレミアはどうしたらよいやらと困った顔。クロヴィスを批判するなど、この皇族崇拝馬鹿には考えられないことなのである。

「ゲットーの自治権が強いのは確かですから、文化財の保護に重きを置かれたクロヴィス殿下ならば、良好な関係を築けなくなるのを懸念してかと……表面上はうまくいっていたわけですし」

「こちらの立場が上なのに、そんなこと気にしてどうする?」

「……はい」

「おい、お前を責めてるわけじゃない。そんな顔をするな」

クロヴィスが本国に戻り、ルルーシュが総督となり一か月。まずは自分の足場を整えなくてはと始めた内部改革も、そろそろいったんは一息つけそうだった。ようやくテロ組織の殲滅に手が付けられる。脅しのようにぶちぶち地方の組織を潰しても、大元を叩かなければ意味がない。今のところどのグループも不思議と、軍事資金にはそれほど困っていないようで。まったくおかしなことである。これは宣戦布告ととるべきか?

「10日――いや、7日にすべきか。ジェレミア、どう思う?」

「どちらでもよろしいかと思われますが……」

次の作戦決行日を、ルルーシュは決めかねていた。

「ナナリーの体調を思うとな、10日なんだが――その次の日にホッカイドウに行くことになっているだろう。どちらが負担だろうか。ホッカイドウに日程を合わせてるせいで、こっちには俺はついていけないし……」

体調というのは、月経周期のこと。

そこをわざわざはっきり言う必要もないだろう。ジェレミアはきちんと察することのできる男だ。初潮が来たのが去年の暮れで、ルルーシュは考えなければならないことがひとつ増えた。

そもそもいち兵士の体調を気にして日程を変えるというのがおかしな話だ。わかってはいる。それでもまだエリア11の軍がルルーシュ軍として固まりきっていない今、トップのナナリーが万全に仕事ができる状態なのは必須項目となる。そんなことを言っていられない時はルルーシュも心を鬼にして出撃命令を出してきたが、余裕があるときは合わせてやりたい。

ジェレミアは唸る。

「ナナリー様は、何と?」

「お兄様の決めた日が最高のコンディションの日です、だと」

ルルーシュはカタカタとキーボードを打ちながら、苦々しくため息を吐いた。本心から言っているのがわかるから突っ込めないのだが、如何せん、どうにも。

「午後までには決めて頂きますからね」

ジェレミアは力のこもった口調で言った。

「わかっている」

「それから、昼食を摂らないでお仕事をなさるのはよくありません。最近食が細いとシェフから聞いておりますよ。一体どうなさっ……はっ、もしや、何かお悩みなのでは……」

「……エリア11の気候の変化が少し応えただけだ。問題ない」

「確かにここ数日、不安定な日が続いておりますからね。しかしそれでは逆効果。ルルーシュ様の御身はまだまだ成長途中でございますから、」

「大丈夫だジェレミア。悪かった。ちゃんと食べるから」

「本当ですね?このジェレミア、そのお言葉に何度も騙され」

「今度ばかりは嘘ではないから安心しろ」

「夜は閣僚方と会食ですが、だからといってほとんど召し上がらないでよいわけではございませんからね。毒見の方は万全を期しますので、安心してお食事をなさってください」

「ああ。ちゃんと食べるから……」

「あと、次の連絡会議まであと10分ですので、そろそろ準備を」

「わかっている……!」

今日は咲世子がいない。ルル―シュが隠密行動に当たらせているからだが、そういう場合、ルルーシュの側仕えは彼になる。責任ある立場だと誉に思うのはいいのだが、その結果、やや暑苦しくなるのが難点だった。

 

 

 

 

戦場の匂いを知っている。

焼け焦げた肉。役目を果たした火薬たち。瓦礫の街や、原型を留めない森の埃っぽさ。鉄くずになった兵器たちの哀れで醜い姿。そこから漏れ出る燃料の激臭。

そして隠しようもない、死の匂い。

命が失われた痕跡。

いつだってナナリーは、殺し、破壊し、搾取する立場だった。

まるで悪夢だと思う。

いつまでこんなことを続けるのだろう。

いつになったら、人を殺すために兵器を握る手を止められるのだろう。

銃弾を放ち、鉄の塊を抉ることをやめられるのだろう。

いつになったら――――。

 

違う。

 

そうではない。間違っている。

いつだってやめられるのだ。

自分が一言、もういやだ、もうやめにしようと言えば、それだけですべてが終わるのだ。

悪夢などと言う資格はない。

少女の皮を被った殺人鬼は、隠しきれない血の香りを纏っている。

自分こそが絶望を振り撒いている。際限ない悲しみと憎しみを生んでいる。

ただ一つを失いたくなくて、万の命を奪っている。

 

間違っている。わたしは間違っている。卑劣で、卑怯で、あさましい。なんてひどい。

 

わかっている。

 

でも、間違っているのはわたしではない。

 

 

…………世界の方なのだ。

 

 

ナナリーの一日は、アーニャの飼い猫に舐められることからスタートする。ナナリーと騎士であるアーニャの部屋は目と鼻の先にあり、お互いは好きに出入りできるせいで、アーニャが猫を抱き抱えて訪問、なんてことはざらだ。同じ離宮で寝起きをしてもう何年にもなり、もはやどっちの猫なのかわからないほど。結局侍従は「お猫様」と呼んでいたほどだ。エリア11に来てもそれは変わらず、何匹もいる猫はどちらの部屋にも住み着いている。

今日はざらついた舌に額を舐められ、肩のあたりをぎゅむっ……と踏まれたことで目が覚めた。

夜中の戦闘で疲れて昼まで寝ていたが、そこまでだ。副総督としてやらねばならないことは山のようにある。書類仕事はもちろんのこと、ルルーシュがナナリーに重点的に任せている式典への出席や視察、慰安訪問については、特に気合を入れて臨まなければならない。

経歴からしてナナリーが慈愛に満ちた優しい皇女だと見てもらえるはずもなく、まだまだ課題は多そうだ。少女然とした見た目だけでそう思ってくれるような人は、もともと簡単に騙されてくれるから置いておくとして。

ナナリーをふみふみした猫を、ベッド脇に立ったアーニャが抱き上げる気配がした。

もう起きないと。

今日は公務が始まる前に、どうしても顔を出しておきたい場所があった。

「ナナリー様」

「起きてますよ、アーニャ……」

「目、瞑ってる」

「……今何時ですか?」

「11時10分前」

…………起きないと。

ナナリーはまだ寝たいと叫ぶ体を黙らせて、えいやと起き上がった。頭がぐわんと揺れる感覚がして、気分が悪い。

「おはよう、アーニャ」

「おはよう」

アーニャは既にいつもの格好で、隙は一分も見当たらない。騎士であるアーニャはナナリーよりも早く起きるのが当たり前で、今日もそうだった。同い年で就寝時間も同じはずなのに、これではいけない。いけない、と思うのだが、昨日は流石に疲れたのだ。神経が昂ってしまって、寝付くのにも時間がかかったし。

「一緒に寝ようかって言ったのに」

ナナリーの心中を見透かしたように、アーニャが言う。

「……あんなに寝付けないとは思わなかったんですもの」

ナナリーはやっとベッドを出て、出かける準備を始めた。アーニャは猫の相手をしていて、手伝う素振りはない。ナナリーは顔を洗い、服を着替え、髪をとかし、ぱたぱたと慌ただしい身支度を終えていく。これが二人の主従関係の形であり、騎士と主というよりは、ほとんど親友みたいなものだ。そうであればいいと、ナナリーは思っている。

窓の外を見れば快晴だ。

夢の中の燃えるような暗い夕焼けとは、まったく似ても似つかなかった。

 




三章スタートです。不穏な章タイトルです。
ゼロレク(放送日)9周年。
ゼロレクった本人が出てこない内容で惜しい感。


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3-2

お久しぶりの連続投降。あんな引きをしといて天子様出て来なくてスミマセン。だいぶ先まで出ません。書かなきゃいけないキャラが多すぎて混乱する、、、


二人の親交は、7年とすこし前からスタートしていた。

大貴族アールストレイム家の娘であるアーニャが、行儀見習いにナナリーの住むアリエス宮へやってきたのだ。皇族以外の同じ年頃の同性と関わるのはナナリーにとって初めてで、アーニャもまた、皇族と関わるのは初めてだった。

マリアンヌの方針で一緒に勉強することになったナナリーとアーニャは、緊張しながらも、ゆっくりと仲良くなっていった。そのころのナナリーが天真爛漫そのもので、初めの緊張さえなくなれば、押せ押せと話しかけにいったせいもあるだろう。皇族相手で戸惑っていたアーニャもまた、そんなナナリーに惹かれた。

アーニャがルルーシュとも話すようになり、良好な関係を築いた矢先、けれど二人は離れ離れになることになる。そう、あの事件だ。母の命と、兄の自由な足を永久に奪った忌まわしき事件。

アールストレイム家はすぐにアーニャを迎えに来てしまい、別れすらまともに言えぬまま。ナナリーがたくさんの管に繋がれて眠るルルーシュの傍らで、ぐすぐすと泣いている間の出来事だった。

そしてその二か月後にはナナリーはルルーシュすら奪われて、ひとりぼっちになってしまったのである。ついこの間まであたたかさに満ち溢れていた宮に残された自分ひとり。ジェレミアと名乗る若い男が忠誠を誓っているのすら、ナナリーにはどこか遠くに聞こえていた。まるで水の中にいるよう。プールの中でひとの声を聞いたとき、こんな感じだったなあとぼんやり思った。

どうしてと泣こうとも、喚こうとも。ナナリーの現実は、寒々しいがらんとしたこの宮。

覚えている。よく、覚えている。

あの底なしの寂しさと、絶望を。

ナナリーはパイロットスーツを着る。今日はブリタニア軍への慰問、それから指導だ。知らない年上の男性たちにものをいうのは、正直なところ何度やっても慣れない。気が重くないと言えば嘘になるが、やってみせるしかないではないか。アーニャに、それからヴィレッタもいる。大丈夫だ。

ナナリーは真っ黒い喪服のようなマントを羽織り、鏡を見つめた。首から胸にかけ、大きくブリタニアの紋章が入ったパイロットスーツ。

それはかりそめの服従であり、戒めであり、十字架だ。

これがある限り、ナナリーはあの時の自分と同じ思いを、数多の罪なき人々に与え続ける。

衣食住の心配をしなくていいだけ、自分はまだましだったのだ。

結局虐げられる人々の気持ちなどわかってはいない。

自らの正当化にだけ必死になって、誰かの明日を奪っている。

 

 

 

「どぉ~もぉ、皇女殿下、お久しぶりでぇ~す!」

「こんにちは、ロイドさん。セシルさん」

ナナリーはアーニャを連れて、第ニ皇子シュナイゼル直属の、特別派遣嚮導技術部へと向かった。

研究施設独特の香りを吸い込みながら、ナナリーは作業員たちが集まってこようとするのを手で制した。それでも迷う気配を見せる彼らに、どうぞ続けてくださいと促す。

ナナリーはエリア11に来る前から、彼らに自分のナイトメア制作を依頼していた。

兄の厳しいチェックとナナリーの注文が入るため、完成にはまだもう少しだけかかる。だからただの様子見だ。ナナリーが気になるのだ、第7世代ナイトメアとはどんなものか。

既に完成している、ルルーシュに禁じられているKMF――ランスロットを見上げる。格納庫に仕舞われていないということは、何かしらの調整をしていたのだろうか。

「殿下、こっちですよお」

ロイドの声に導かれるまま、ナナリーは研究室の奥へと入ってゆく。

その機体を目にして、ナナリーは感嘆の声を上げた。

「まだ乗れませんけどね。見た目はだいたいこんな感じになるんじゃないかなぁ~」

「本当にこの色でいいのですか?」

セシルが不思議そうに尋ねる。ナナリーは頷いた。自分の何倍もある大きな姿を見上げ、ほうとため息が漏らす。

「かっこいい……」

そこに鎮座していたのは、ランスロットと同程度の大きさのナイトメア。こちらのほうが少し大きいだろう。その代わりにもちろん脱出ポッドはついているし、妙な共鳴作用もできるだけ抑えられている。ランスロットをナナリー用に弄ったというのが正解だろうか。ルルーシュがほとんど脅しに近い命令をし、そういった危険性を排除したのだ。ナナリーはそんなこと覚悟のうえでKMFに乗っている。今更だ。ルルーシュとの度重なる口論の結果、ぎりぎり勝利をもぎ取った結果と言えるだろう。そのため、ランスロットほどスマートにはなれていない。性能もわずかに落ちてしまう。しかし今までグロースターに乗っていたことを思うと、この機体でできるであろう動きは、きっと以前とは比べ物にならない。

人型に近い形のそれは真っ黒で、研究室の電灯に照らされきらりと光沢を放っている。黒くない部分は一か所もなく、闇の中に溶けて消えてしまいそうだ。

「世界で二台目の第7世代KMF、ランスロット・モルガン。機動性抜群、防御力ばつぐん、もちろん攻撃力もば~つ~ぐん!」

ロイドが腕を広げ、モルガンを示して見せる。

ランスロットに機動力でわずかに劣る分、余計な機能は削がれに削がれ、使い方次第ではランスロットをも上回るだろう。火力は十分だ。

「このままデヴァイサーが現れなければ、ランスは試作としてお蔵入りになっちゃいそうですねぇ。僕としては適合率88%の殿下に乗ってもらいたかったんですけどぉ」

「お兄様が、近いうちに見つけると仰っていましたけれど……」

セシルに案内してもらい、コクピット内を見せてもらう。随分と狭い。操作の仕方も今までとは異なるだろうことが、一目でわかった。あれこれ説明されながら、ナナリーはよくコクピットを観察した。一通り教授を受けると、今度はナイトメアが持つ武器を見せてもらう。見たこともない武器ばかりだ。

「これは?」

「そちらはVARIS――Variable Ammunition Repulsion Impact Spitfire、可変弾薬反発衝撃砲です。弾薬の反発力をコントロールできまして、従来のライフルとはけた違いの性能なんですよ。砲撃形態に移行することも可能なんです」

セシルが楽しそうに説明する。

「春には出来てたんですけど、最近パワーアップ目指していろいろやってるんですよぉ。もうちょっと改良したいんですよねえ」

「すごいですわね……」

スラッシュハーケンで主に戦うナナリーとしては、このままでも構わない。

しかし、とうとうと説明を続けるロイドに、興味を惹かれたのもまた事実。

「……これ、わたくしが使わせて頂くことは?」

「お、お、興味がおありでぇ?」

ロイドが嬉しそうに言う。眼鏡の奥で瞳がらんらんと輝いていた。

「ナナリー殿下のナイトメア制作に関しては、完全に別で予算が下りてるんです。ルルーシュ殿下から」

きっとルルーシュが、シュナイゼル異母兄に援助してもらうのを厭ったのだろう。これ以上借りを作りたくないと、そう思っているに違いない。二人でケチケチして貯めてきた予算は、こういう時の為にあったのだ。

(シュナイゼルお兄様だって、そんなつもりはないと思うのだけど)

ただ、必要とあらばそれを逆手にとるのがシュナイゼルだ。ナナリーも、そこのところはよく理解している。

けれどもナナリーがルルーシュの次に懐いている兄はシュナイゼルなので、個人的には少し悲しいところだ。

『みんなが争わなくていい世界に、なればいいなと思うよ』

7年前のシュナイゼルの言葉。

やり方が違うだけなのだ。

ナナリーは、エリア支配に苦しむすべての民の安全と、そして誇りを取り戻したいと思う。

シュナイゼルは、エリアすべてを平定し、すべてをブリタニアが支える平和を求めている。

きっと話し合えばわかるはずだ。シュナイゼルのもとを訪れて、世界を知ろうとしていたあの頃のように。ナナリーの想いを伝えることはクーデターそのものだから、今はまだ、出来ないけれど。幼さに任せて気持ちを訴えてみた返事が、先の言葉だ。

「どうですか、ナナリー様~?」

ロイドが悪徳業者のようないやらしい笑みを浮かべ、奇妙なダンス(の、ようなもの)を踊ってみせる。ナナリーはぼんやりと思考に沈んでいたことにはっとして顔を上げた。幸い、3人はナナリーが違うことを考えていたのには気づいていないようだ。

ナナリーは再び、その新型兵器を見る。

つまりナナリーがこれを「使う」といえば、その瞬間から予算のことを考えず好きにできるということだ。

今度こそまともに、しばし考える。ルルーシュは好きに使えと微笑むだろうけれど、ゼロ部隊の残りの面々のことも考えなくてはならない。しかしこれが完成すれば、アサルトライフルにここにあるヴァリス、それに加えてこれと、選択肢が広がることになる。

頬に人差し指を当てて、うーんと唸った。

意見を求めてアーニャを見る。すると彼女はふるふると首を振り、

「心配いらない。アールストレイムが、エリア11総督就任祝いに結構な寄付をしてくれてる」

そのお金で、多分私のナイトメアを作る。

と、付け足すので。

「……じゃあ、わたくし、このヴァリスをモルガンに装備したいと思いますわ」

にっこり笑って、言った。

 

 

 

 

アーニャと再会したのは、ルルーシュが中華連邦より戻った後だった。

貴族の娘に会いたいというくらいなら、皇族権限を振りかざしてもいいのだとルルーシュが笑って、ナナリーはようやく安心して願いを口に出すことが出来た。アールストレイム家はもうヴィ家に関わりたくないと思っているのは、ナナリーはよくわかっていたからだ。

あのころとは何もかもが変わってしまったアリエスで、再び二人は顔を合わせた。

ナナリーはヴィレッタに軍人としての訓練を、ルルーシュにナイトメアのコーチを受け始めたばかりで、生傷をいくつも作っていたし、手にはKMF操縦者特有のまめができていた。それを見たアーニャは大層驚いて、おろおろしながらナナリーに事情を尋ねた。ナナリーの現在の状況を、アーニャはほとんど知らなかったのである。

以前と変わらないアーニャを少しだけ羨ましく思いながら、ナナリーはすべてを話した。

兄との約束、それ以外を。

『10歳になったら戦場に出る』、その言葉に同い年の少女は目を見開いた。

「そんな……!そんなの、危険」

「わかっているわ。でもそうしないと、私もお兄様も生きていけないのです」

「そんなことない。きっと他に道が……」

「ないのです、アーニャ」

ナナリーは静かに首を振った。

「死んじゃうかもしれないのに」

「その覚悟はあります。お兄様を守って死ねるなら、本望だわ」

この一年で、ナナリーは知った。世界が優しいだけではないことを。恐ろしいもので満ちているということを。

一触即発状態の地に兄だけ追いやられて、ナナリーは、どうにか現状を知ろうと努力した。

6歳だったナナリーに、大人の難しい事情はわからない。それでもわかろうとした。今はわからなくても、いずれきっとわかるから、今はなんとかしがみ付いて、知識として取り込むべきなのだと。

簡単な単語すら綴りがわからなかったというのに、今思えば随分に無謀な話だ。新聞や本を読めるようになるために、まず言葉から取りかからねばならなかったのだから。できることといえば、それしかなかったのだから仕方がない。腐っても皇女、学びは同年代の市井の少年少女よりかはずっと進んでいただろう。しかし、だから大人の世界の話をすべて理解できるかと言われれば、まさかそんなわけはなかった。それでも幸いなことに、時間だけはあったのだ。

今となっては、あの時の自分は英断をしたと断言することができる。

ナナリーは自分が学んでいることの半分も理解できていないと知りながら、それでもアーニャが言うほど簡単に皇族として「生きる」ことができるとは思わなかった。

まだ舌足らずな幼い声で、毅然として言うナナリー。二人の側に控えていたジェレミアが涙をこらえていたことをナナリーは知らないが、その言葉を正面から受け止めたアーニャもまた、泣きたい気持ちになってしまった。うるませた瞳をそのままに、おろおろしながら、アーニャは言った。

「……じゃ、じゃあ、わたし、わたしが……私がナナリー様を守る。ナナリー様のナイトになる」

ただの勢いからか、それとも揺るぎなき決意か。

騎士候補として決まったときに尋ねてみれば、彼女は「どちらも」と言った。

 

特派を出て、車を呼んで政庁から出て少しの軍基地に向かう。ヴィレッタもそちらに向かっているはずだ。

力を抜いて目を閉じ、しばしの休息をとる。

あれから7年。アーニャは士官学校に入ることなく、ナナリーとともに歩むことに決めた。

違う可能性はあったのかもしれない。それこそ彼女の言った通り、他に道があった。アーニャ・アールストレイムの貴族の娘としての人生を狂わせたのはナナリーだ。奪ってばかりのこの人生で、いちばん初めに奪ったものだった。

たったの7歳で人生を決めてしまうなど、早計にも程がある。

自分のことを棚に上げ、ナナリーは思う。皇族という何より重い肩書を背負う自分と彼女とでは、わけが違うのだ。

むろんアールストレイム家が、娘をヴィ家にくれてやることなど許すはずもない。

そんなことをして皇帝の癇に障れば一族はおしまいだ。

だから、ナナリーはアーニャの気持ちだけで十分だと思った。嬉しかった。変わらぬ情がまだここに、もうひとつあったのだと。またひとつ、信じる心を捨てずに済んだと。

そのまま友の手を放さずに済んだのは、兄、ルルーシュのおかげだ。

アーニャが帰った後、夕食の席でルルーシュにその話をした。心のどこかでしょんぼりしているさまを気取られぬよう、嬉しさだけを語り、気丈に話したつもりだった。

するとルルーシュは、ナナリーの予想(そうか、と微笑んで頷くとか)を裏切って難しい顔をし、それからすぐさまアールストレイム家――ではなく、シュナイゼルに連絡を取った。自分の力でどうにもならないのなら、宰相候補として活躍する彼にこそ頼るべきだと、そういう心づもりである。

あの時のルルーシュの行動の素早さといったらなかった。

「アーニャが自分からそうなりたいと言ったんだろう?好きあってる者同士、力に引き離されるのはもう御免だよ」

と、ここは予想通りに優しく笑い、ナナリーの頭を撫でた。

そうしたら安心してしまって。

内に込めていただけの昂った感情は決壊し、わんわんとルルーシュの胸で泣いたのだ。あれほど泣いたのは、きっと母が死んで以来初めてだった。ずっと堪えていたのだと、止まらない熱いものを頬に感じながら自覚した。

 

 

運転手の声で、ナナリーは目を開ける。もうすぐ着きますとの言葉通り、車は駐車場へと向かっていた。軍基地らしい武骨な音が、車の外から聞こえてくる。

隣のアーニャに声をかけようとして、やめた。

疲れが出ているのだろう。ナナリーの騎士はすうすうと眠っていた。

ふっと頬が緩む。

もう少しだけ寝かせてあげたい。

ナナリーは小さな声で運転手に返事をすると、座席にもたれ、その穏やかな寝顔を見つめていた。

 

シュナイゼル異母兄に頼った結果、どうなったか。

言うまでもない。

だって今自分の隣に大事な伴があること、それが結果であり、すべてだ。

 

 

 

 

――あの時アーニャ・アールストレイムを引き止めたのは、情からではなかった。

ナナリーが望んでいるから。それが第一で、アーニャの気持ちについては考えていなかった。大人しくやや表情の乏しい見た目とはうらはらに、彼女は感受性豊かなのだ。あの年にしてすでに戦地を眺めていたナナリーに感化されただけだろうと、そう思っていた。

だからこそ逃げられてはたまらない。

ナナリーが欲しいと言うものを、権力に溺れた大人に奪われてたまるか。あの事件以来なにもかもに遠慮がちになったナナリーが、久方ぶりにわがまま(だとはルルーシュは思わないが)を言ったのだ。あの子と一緒にいたい、と。

それにアーニャが本当に騎士になるというのなら、好都合。ナイトであるならば、いざという時に必ずナナリーの盾になってくれる。信用できる人間の数がごっそり減ってマイナスを記録している今、少しでも可能性を残しておきたい。主を守って死ねるなら、騎士の本望だろう。

すべては打算。ルルーシュがシュナイゼルに連絡をとった段階では、アーニャ・アールストレイムという少女の人生がどうなろうと、知ったことではなかった。その命すら。

彼女にはナナリーのために、約束された生を捨ててもらう。

抵抗なくその思考を終えたとき、自分の冷酷さに自嘲が漏れたものだ。母のいるあのあたたかいアリエスで、自分自身も親交を持っていたと言うのに。

ルルーシュは、どうしようもなく何かを失ってしまったらしい。

もう取り返しがつかないものだと、その時に気が付いた。

策略なしでは、どうやら自分はもう生きられない。だって、それでは生きていけないことを知ってしまった。それはこの魑魅魍魎の蔓延る皇宮だろうと、テロリズムの横行する外の世界だろうと同じこと。

一抹の寂しさはあった。自分を取り巻く環境は少年時代と永久に別れを告げさせ、容赦の無い修羅の世界に放り込もうとしている。

だけど自分が選んだ道。

ならばと、ルルーシュは冷徹に生きることにしたのだ。

 

気持ちのいい秋晴れのある昼日中。久々の休日。総督就任が決まってから、休みとは無縁の生活をしてきた。誰とも休暇の予定が合わなかった――強いて言うならL.L.だけ――日。休日は仕事をしてはならないというナナリーの厳命に従っているルルーシュはやることもなく、同じ顔の男と世界情勢から夕飯のメニューについてまでを語り合いつつ、チェスを打ち合って遊んでいた。今後のエリア11を左右する発言もぽんぽん飛び出していたので、枢木スザクあたりが「お遊び」なんて聞けば、激怒のままに政庁を爆破させたかもしれない。ちなみに、1勝2敗で一度切り上げた。

散歩に出ようと屋上庭園に向かうため私室を出たら、アーニャの猫がなぜか廊下に出ていて、出来ない自分の代わりにL.L.にしゃがんで拾ってもらったのだ。どうやらアーニャの私室の隣の、小さな猫専用部屋――といっても、そこにあるベッドで妹主従が仲良く眠っていることも多々あることから、第二の寝室と言って差し支えないかもしれない――にカギがかかっておらず、なんとか奮闘して出てきたらしい。オートロックのはずなのに。確認させれば、アーニャ自身が自分で解除していたようだ。

理由はあとで聞くとして(もちろん説教付きで)、ルルーシュはひとまず猫を戻すことにした。

悪いとは思いつつ入ったその部屋で、壁に掛かったナナリーとアーニャの昔の写真を見つけて。

ふと、彼女を騎士にするに至った経緯を思い出したのだ。

自分でも調べていただろうに、わざわざL.L.がルルーシュに尋ねてきたせいもあるだろう。ルルーシュは彼に、懐かしい話を語った。

アーニャとナナリーは13歳。もしアーニャが成人していれば関係なかっただろうが、今はまだあまりにも若い。二人がもうお互い以外を選ぶことはないと確信できる以上、ルルーシュとしてはいつ正式な任命をさせてもいい。けれどここまで来たのであれば、そのニュースも有効に活用すべきだろう。少なくとも、エリア自体もルルーシュたちもどたばたしている今ではない。エリア中のテロ組織の息の根を止めたころにしようか。

「……どうする?」

ルルーシュは抱いていた白猫と目を合わせ、無為だと知りつつ話しかけてみた。ふてぶてしい顔をしたそいつは、ぶにゃんと可愛くない声を漏らした。

 




あにゃなな回でした。1章からズルズルやってる部隊紹介パート、残るは一人!

追記
活動報告機能テスト的に使ってみましたが、リクについてちょろっと書いてますので気が向いたら見てやってくださいー


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3-3

「……くそっ!」

スザクは拳を振り下ろした。何に向けたわけでもないそれは、空を切って終わる。

ルルーシュ総督が来てからというものの、活動は最悪にうまくいっていない。

突発的に攻撃を仕掛けて援軍が来る前に撤退しても、一週間以内に根城を捕まれて潰される。ならばと拠点自体を移動させ続ければ、すぐさま指名手配の触れが出る。特に総督の親衛隊とかいうゼロ部隊。あれが出てくると、もう絶望的だった。先頭を切るとんでもない動きのナイトメアのパイロットは、副総督のナナリーだという。あの見た目からは想像もつかない大胆で鋭利な動きをする。4人という少ない人数ながらそれぞれの技量がとんでもなく、先日はその日テロを起こしてすらない北海道の大規模なグループが一夜にして壊滅した。総督も同行したというから、あれが現在のブリタニアの実力といっていいはずだ。まるで話にならないというのが所感である。自分たちが直接対峙し、紅蓮を出せばどうなるか。それはまだわからない――。

 

スザクは歯噛みする思いだった。

だいたいにして、どこからテログループの情報を手に入れているのか。アジトの場所。幹部の素性。スパイを放たれているのだとしたら優秀すぎる。

絶対に裏切ることのない、限られた一握りしか知らない情報だってあるのだ。どうやって?

方法のひとつは判明している。

こちらがわかりやすく被害を受けているからだ。

六家の面々から、サイバー攻撃の報告が上がっている。厳重なセキュリティをかいくぐって情報を盗み、ウイルスをまき散らして去ってゆくのだそうだ。そこまでしておいてその痕跡が残されていることがわざとらしく、日本人など目ではないとあざ笑われているようで腸が煮えくりかえった。

だけどそれだけでは辻褄は合わない。ハッキングだって、最も重要な情報の眠るメインコンピューターに忍び込めるほどではなかった。

スザクはいらいらとした気持ちのまま、竹刀を振り下ろす。ルルーシュは今のところ日本人をひどく扱うようなことはしていないが、安心はできない。

「それではいけないな」

「――藤堂さん」

静けさの支配する空間に、突然男の声が響いた。スザクのものではない。

振り返れば、スザクの師であり、現在は部下でもある男が背後に立っていた。胴着を着たスザクとは違い、日本軍の軍服を纏っている。日本解放戦線の拠点にある鍛錬用の道場は、枢木の屋敷にあったあの空間とよく似ていた。

「後ろを取られたことにも気づけないとは」

「すみません」

返す言葉もない。

「ブリタニアの皇子かい。気になっているのは」

「……それ以外ないでしょう」

「神楽耶姫様の機嫌を損ねたとか」

「それは……いつものことです」

スザクはこわばった顔を緩ませた。藤堂がこんなふうに冗談を言うなど、どうやら自分は相当きているように見えたらしい。

「……どうすればいいんでしょうか」

クロヴィスの時と、あまりにも違い過ぎる。キョウトが全国に連携を呼び掛けても、そのキョウトが太刀打ちできないのであればどうしようもない。

いたずらにテロを起こすだけではだめなのだ、もう。

やるなら、戦争。勝利しなければ、ブリタニアをこの国から排除することは不可能だ。サクラダイトがある以上、どうやったってブリタニアはこの国を手放す気はない。

だけどどうやって勝てと言うのだろう?あの強大な国の、有数ともいえる有能な司令官に?

「関東のほうは、どうですか」

総督ルルーシュが就任する半年ほど前から、日本解放戦線を主導して、集まってきたテログループの軍事訓練を行っている。スザクは地元でもある東海地域からのグループを受け持つひとりだ。

そうして集まってきた者たちの中には、既にルルーシュによって指名手配されたものもいる。同じ日本人を裏切るなど、そんな事をするはずがないと思いたくとも、貧窮したイレブンは懸賞金に目がくらんでしまうのだ。おかげでゲットーすらまともに歩けなくなった人間は少なくなかった。実際にブリタニアに突き出されたものもいて――処刑されたことで、キョウトの傘下から離反するグループもいた。

ストレスのたまる生活の中、ブリタニアへの気持ちだけでやっていくことは、難しい。

それはわかる。

けれど、統率のとれた組織を――強い軍隊を作らなければいけない。

数年前からの全国への呼びかけは確かに無駄ではなかった。軍人として育ってきたものも多い。それでも足りないと、今回は頭の固い六家を黙らせ、どんな弱小グループにも声を掛けに行ったのだ。

遅すぎる始動。

スザクの力がなかったがゆえの結果。それでもやるしかないのだ。

スザクの問いかけに、藤堂は唸った。やはりそう簡単にうまくはいかないらしい。もともと軍人でもない一般人だ。ナイトメアがある時代でよかったと、それだけは感謝をしてしまう。これで本当に剣の時代であったなら、道のりは途方もなかっただろう。

「そういえば一人、若い女の子がいるな」

「……ああ、カレンのことですか」

スザクはこともなげに返す。藤堂がおや、と視線を寄越した。

「知っているのか?」

「何言ってるんですか。扇グループ、でしたっけ。あそこに勧誘に行ったの僕ですよ」

スザクが言うと、藤堂は納得したように頷く。

「ハーフなんですよね。見た目はブリタニア人に見えるから、浮くでしょう」

「おまけに大貴族に引き取られているご身分だからな。シュタットフェルト――サクラダイト目当てに日本に来た成金一族だ」

「詳しいですね」

「あの家は戦前から日本に目を付けていたからな」

過去を見るように、目を細めて藤堂が遠くを見やる。聞けば聞くほど、紅月カレンという少女の状況は特殊だった。イレブンとして暮らしている人間から心無い言葉を吐かれることもあるかもしれない。本人も辛いだろう。

「それにへこたれるような子じゃないことが救いだな」

「そんな気性だったら、初めからレジスタンスなんてやりませんよ」

スザクは数か月前に東京で会った少女を思い浮かべた。

強い意志を持った瞳。嫌いではない。むしろ好感を持っている。運動神経も相当に良さそうだったし、磨き方次第できっと化けるだろう。

スザクの考えを見透かしたように、藤堂が続ける。

「KMFのシミュレートをやらせてみたんだが、あれはすごい。スザク君、君にも匹敵するレベルだ」

師にこのように言われるのは少しくすぐったい。が、確かにナイトメアに限ってはスザクの方が上手であるのは事実だ。

「本当ですか。紅蓮の予備パイロットが欲しいと思ってたところなんですが、いけそうでしょうか」

藤堂が言うのなら、かなり期待できる。活発そうなあの少女なら頷ける話だ。

「どうだろうな。一度、きみが見てみたらどうだい。あの機体はまだ実戦経験がないとはいえ、紅蓮のパイロットは君だし」

「そうですね……」

紅蓮は、量産機でないのだから当たり前だが――扱いづらい特殊な機体だ。インドとの話し合いもそろそろまとまりそうで、開発者がもうすぐ密入国する予定だった。ルルーシュは戸籍管理だけでなく、それらに対しても厳しい網を張り始めているので、急いだほうが良さそうだった。

と、少し離れたところに置いていたスザクの荷物の中で、携帯が鳴った。

スザクは藤堂に目配せをしてから、音の発信源へ駆け寄る。神楽耶だった。

「もしもし――」

「スザク!今すぐ私のところに来なさい!」

「……君、今富士にいるんだろう?僕は成田にいるから、今から行くと少し遅くなるけど――」

「かまいません。待っていますから今すぐいらっしゃい。今日はもう仕事はないでしょう?それから成田にいるというなら、そこに藤堂は?」

「いる――っていうか、今一緒だよ」

スザクは藤堂を振り返った。スザクの会話から、相手が誰かわかっているのだろう。

神楽耶様か?視線での、確認するような問いかけに頷く。

「では彼に、明日の夕刻、富士まで来るように伝えなさい。桐原が呼んでいます」

「わかったけど……」

スザクは戸惑いの声を出した。神楽耶がここまで取り乱すなど、そうないことだ。

「何があったの?」

神楽耶は息を詰める。尋常ではない様子だ。これはただごとではない。スザクも知らず緊張する。

愛しい妹は深呼吸ののち、早口に告げた。

「総督ルルーシュから、エリア全土の有力企業にパーティの招待がありました。名誉と純ブリタニアの区別なく」

「それじゃ、」

スザクはごくりと唾を呑んだ。神楽耶がええ、と硬い声を出す。

「……皇コンツェルン代表のわたくしにも、呼び出しがあったということです」

 

 

 

「……行くの?」

「行かないわけにいきますか。相手は総督ですよ?」

「それ、僕も行けるかな」

ところ変わって、富士。スザクはあれからすぐにバイクに飛び乗り、妹のもとまで馳せ参じた。少女は風呂にも入らず待っていてくれた(スザクのほうは、途中で大雨が降ったせいで、ひとまずシャワーを浴びさせてもらったのだが)。

夜着の浴衣を身に纏い、首にはタオルをひっかけたまま。スザクは神楽耶と二人、難しい顔を突き合わせる。

「というよりこれは、あなたも呼び出されていると考えるのが筋でしょうね。パートナーを連れてくることが許可されています」

「……どういうつもりだろう』

「懐柔か、挑発か……わかりません。武器の携帯は当然許可されませんが、スザクなら素手でもわたくしを連れて逃げるくらいはできるしょう?」

「そりゃ銃くらいならね。でも向こうが完全に罠を張ってるなら無理だよ。六家のみんなはなんて?ていうか、他に呼ばれた人は?」

「わたくしだけです。ですから、困ったことになったと言っているのです」

確実に、神楽耶を狙って何かするつもりだということだ。

「ちなみにいつ」

「再来週です」

スザクは唸った。再来週。何が起きようとも、今の戦力からは何も変えることが出来ない時間だ。嫌な想像が頭を駆け巡るが、慌ててそれを振り払う。そんなことは俺がさせない。

「ま、神楽耶がテロ組織に関わってることはばれてないはずだし――俺はともかく――」

「腹をくくるしかなさそうですわね」

結局それだった。呼ばれた段階で、逃げ道はない。

神楽耶が、スザク来るまでに調べ上げた招待リストを見せる。確かにどれも有名企業ばかりだが、名誉ブリタニア人の企業は少ない。一覧をスクロールして見ていくが、皇は浮いていた。それに、経営陣を集めたこのパーティに、実質的な経営者ではない神楽耶を招待するのはおかしい。

(何を考えている、ルルーシュ……)

神楽耶に何かするつもりなら、ただでは済まされない。

スザクが何か不穏なことを考えているのを察知したのか、神楽耶が眉を寄せた。

「何かあれば、あなただけでも逃げるのですよ」

「どうして!」

「わかっているでしょう?旗頭が抜けてどうします。むしろ私に危害が加えられたことで、士気が上がるかもしれませんわ」

「冗談でもそういうこと言うなよ……」

「大丈夫。私は勝利の女神ですから」

「その女神がブリタニア側に囚われてたら意味ないだろ」

スザクはげんなりとため息を吐いた。神楽耶はあら、と虚を突かれた顔をし、それから私ったら嫌ですわところころ笑った。

笑っている場合ではない。

もちろん当事者である彼女が一番にわかってるだろう。年相応の幼さを感じる笑みを引っ込め、少女はすぐに真顔に戻った。スザクは未だパソコンの画面を見ながら、

「これ、会社ごとの資料は?」

「明日の朝には上がってきますわ」

「流石」

「当たり前です」

なら明日またじっくり見ればいいか。

……だが、それにしても。

「援軍は期待できそうにないメンツだね」

「孤立無援ですわ」

まさにその通り。名誉があるかと思えば、そこはご丁寧に、わざわざ皇のライバル社だった。

皇が困ったことになれば、あちらとしては大助かりだろう。味方をするよりも、ブリタニアのトップに跪く方が利のある連中ばかり。

スザクは頷こうとして、しかし、ある名前を見つけた。

読み違いかともう一度確認する。うん、間違ってない。

 

「……シュタットフェルト」

 

スザクの脳裏に浮かんだのは、先ほど藤堂と話したばかりの、紅い髪の少女だった。

 

 

 

 

「――久しいな、ミレイ」

ルルーシュはゆったりと言った。

真向かいに座る少女は、いささか緊張したように微笑んだ。ざっくりと胸元の露出したドレスを着ているが、たった10分の謁見のこの機会に、この服をチョイスしたのは果たして誰なのだろう。ルルーシュとしては、女性がむやみやたらと露出するのは好まないし、そういった意味でナナリーの服はたいてい清楚で禁欲的だ。妹のユーフェミアがそういったドレスを着るのも正直あまり良い顔はできない。そんな自分にこんな格好をぶつけてくるとは、ルルーシュのことを何か勘違いしているに違いなかった。

「殿下におかれましては、ますますご活躍のこと……」

「そういう堅苦しいのはいい。昔馴染みだろう?」

「は……しかし、殿下、」

「ミレイ。昔のように、ルルーシュと呼んでくれて構わない」

「……ルルーシュ様」

「そうだ」

ルルーシュは頷いた。ひじ掛けに両肘を置き、胸の前で両手を絡ませる。

「成長したな。もうすっかり大人の女性だ」

「ありがとうございます。テレビで拝顔しておりましたが、ルルーシュ様こそますますお美しくなられて……」

「男に美人と言ってもな」

ルルーシュはくすりと笑った。

淡い色のドレスが良く似合っている少女。名前はミレイ・アッシュフォード。幼い頃二、三度だけ会ったことのある、アッシュフォード家の一人娘だった。

もちろんルルーシュは忙しい身。旧知のご令嬢とただのお茶会、なんてものはありえない。

「ルーベンから話は聞いているだろう?」

「はい」

「できそうか。いや、やってもらわないと困るがな」

「正直に申し上げますと、やはり容易ではないと思われます。が――必ずや」

「頼もしい」

ルルーシュは二人の前に置かれた書類に目を落とす。時間がなかったので、部屋の隅に突っ立っている露出ゼロの覆面男に作らせたものだ。

 

『私立アッシュフォード学園 名誉ブリタニア人奨学金制度』

 

ルルーシュが次の春から手を付けようとしているものだった。

名誉ブリタニア人の入学が認められていないわけではない。しかしそれなりに学費もかかるし、何より差別問題があり、現在名誉の生徒は一人もいない。

「初めから仲良しこよしになるなどとは思っていない。そんなことなら、世界は今頃もっと平和だろう?数年のうちは多少なりとも辛い思いをしてもらうさ。君が生徒会長なら、私の予想よりかは良い空気になってくれると思うんだが」

総督に就任してすぐ始めたことに、戸籍の整理がある。今までなあなあになっていたイレブンの把握も、これですっきりする。うまいこと逃れていた連中も決断を迫られ、結局名誉ブリタニア人となった者もいる。

「ご期待に添えられるよう、全力を尽くします」

「頼むぞ。なんだか聞いたところによると、妙な祭りを開催しまくっているのだろう?私も一度見てみたいものだな」

巻き込まれるのは御免だが。

ルルーシュは心の中でそう付け加えた。

「愉快な学園じゃないか。ナナリーもこういうところに通ったら、さぞ楽しかっただろうな。入学希望者も圧倒的で、わざわざ本国から留学してくるものもいる。これはきっと、お前の活躍の賜物だぞ」

「恐悦至極に存じます」

ミレイが嬉しそうに顔を綻ばせた。そこからほんの数分、他愛のない雑談をする。やはりミレイは緊張していたが、そのくらいが総督として仕事をやりやすい距離感でもあるのだ。ルルーシュはいくつかミレイに質問をし、学園に対しての理解を深める。

「殿下、そろそろです」

「ああ」

L.L.が声を上げて、ミレイの退出を促す。彼女は貴族の娘としてまったく恥ずかしくない礼儀をもって部屋を出ようとしたが、ルルーシュが最後にそれを呼び止めた。

「ルーベンに言い忘れた。おそらくこの件は、新聞の一面になるだろうからそのつもりでいてくれ」

ミレイはきょとんとする。このニュースは騒がれはしても、そこまで大きくなるほどのことではない。今まで一切入学できなかったならまだしも。

「どなたか話題になるような方が?」

ミレイは理解が早かった。ルルーシュは意味ありげな笑みだけ浮かべ、何も言わない。

今度こそL.L.がミレイを退出させ、すぐに入れ替わりで、今度は役人が入室した。

ミレイは賢い。

ルルーシュが考えているのは、まさにそういうことだった。

 

 




興道楽しみ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
来場者得点鬼畜~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!1


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3-4

「どういうことだ?誰を入れる気なんだ」

夜、ルルーシュの仕事を手伝っていたL.L.が唐突に言った。すぐにアッシュフォードの件だと思い当たる。返事をしようとして顔を上げ、目が合う。

ルルーシュは怪訝な顔のL.L.をまじまじと眺めた。

いつもの側近服に、覆面だけを帽子ごとすっかり外した姿。もうすっかり板についたようで、見る側のこちらも違和感はない。

思えば随分彼を部下としてこき使っている。対して彼は不平を言うでもない。

不満はないのだろうか。なんだか急に気になって、尋ねる。

「質問を質問で返すな。しかも全く関係ない話題だろうが」

「いいだろう?」

カタカタとキーボードを叩く音が響く部屋。

L.L.はディスプレイに顔を戻し、表情を変えぬまま、

「暇だからだ」

実にわかりやすい理由を述べた。

「それに、お前の行く末を見てみたい。行動の結果が、どんなものであろうとも」

「それは――」

ルルーシュは言葉の意味をしばし考えた。が、大半があまりいいものとは言えず。

迷った末に聞くのをやめた。代わりに、投げられた問いに答える。

「枢木スザク」

瞬間、L.L.がすべての動きを停止した。ぴたりと硬直する。眉間の皺が濃くなった。思いもよらない名だったに違いない。むしろ、この名を知らない可能性の方が高かった。ルルーシュは説明するつもりで待ったが、L.L.はそのまま固まり――その名に心当たりがないか、記憶を探っているのだろうか――やや間をあけてから、

「……日本最後の首相の息子か?」

「詳しいな。そうだ」

「話題性なんてあるか?何を企んで……」

L.L.はディスプレイを眺めたままぎゅっと眉を寄せた。しかし何かひらめいたのかはっとする。突然にがたりと音を立てて立ち上がり、ルルーシュの方を向いた。

 

「まさか、ランスロットに乗せる気か!?」

 

ルルーシュは目を見開いた。

L.L.が返してくる言葉は、十通りは想像できた。けれどもまさか、ルルーシュすらまだ決定していなかった、ぼんやりとした考えを言い当ててくるとは思わなかったのだ。

「どうしてそう思う」

「それは、」

L.L.が口ごもった。

「……首相の息子とはいえ、それだけだ。所詮イレブン。たいした話題にもならないだろう。だが、総督付きに大抜擢された名誉ブリタニア人ともなれば話は別だ。総督に一番近く、それでいて政治には関わらせない位置。戦闘員しかない。条件をクリアしつつ人の目を集めるなら、ランスロットに乗せて、ゼロ部隊に突っ込むのが一番だと思っただけだ。騎士にするのに反発が出ようとも、実験機用の使い捨てだとしておけば言い訳は立つ。それに特派だ。シュナイゼルの管轄に誰も口は出せない…………もちろんあれはピーキーな機体だし、素人が扱えるかは知らないが」

「大当たりだ、L.L.」

ルルーシュは素直に感嘆の声を上げた。その通りだった。初めて会ったあの日から、ルルーシュは枢木を利用するつもりだった。

「……本当に乗れるのか?」

「さあな」

「さあなってお前……」

「だが、あれにナイトメアに乗る才能があるらしいのは確かだ」

「どうしてわかる。いや待て、お前は枢木を知っているのか?」

「言ってなかったか?シンジュクで「オトモダチ」になったと」

L.L.の顔がこわばった。くつろげた高い襟の中にある、朱いタトゥの入った白い首。その喉が、ごくりと唾を呑む動きをしたのがわかった。

……何だ?

「……イチから話せ。ぜんぜんわからない」

気のせいだったのか。次の瞬間にはL.L.は呆れたように目を回し、その姿はまったくいつも通り。自分が過剰に反応してしまっただけかもしれない。

気を取り直し、ルルーシュは従った。ことの発端、あのシンジュクの日を語り出す。もちろん仕事をしながら。

だいたいのあらましを話し終えると、L.L.はため息と共に「なるほどな」と吐いた。

「それは友達とは言わないし、何より今頃、枢木のほうはお前に激怒しているだろう。友好的どころか、次は刺されるかもしらんな」

「だから“オトモダチ“だと言ったろう?――で、その時枢木が渡してきた住所に咲世子を向かわせて、ばれないように家探しさせた。田舎のゲットーなんかに住んでも生きていけんだろうと思ってな。或る程度生活感があったから本当に住んでいるのかも――いや、それは今はいい。相当厳重に隠されていたが、日本式物置のドゾウに地下室があってな、テロリストとしての顔が隠されていたよ。痕跡を残さずに資料とデータを拝借した。で、そこから更にいろいろ調べさせてもらった」

「最近潰しているテロ組織――」

「情報提供者は彼だ。本人は知る由もないだろうさ。むしろ、裏切りやスパイを疑って疑心暗鬼になっているんじゃないか?」

ルルーシュは酷薄に笑った。自分の迂闊さで何人死んだか、それを教えてやる日が楽しみだ。

もちろんその盗みは咲世子だからこそできたことで、他の人間なら不可能であり、スザクにそれを予想しろというのも無理な話だった。気の毒に。

「……趣味が悪いな」

「敵に対してこのくらい、当たり前だろう」

「違うな。間違っているぞ?俺が言っているのは、知らないところで部下を殺していたと枢木に告げ、その反応を楽しむことについてだ」

「……お前も似たようなものだと認識していたが?」

「そうであろうとも、悪趣味であることに変わりはない。……部下にするつもりなら、なおさらやめるべきだ」

L.L.は達観した口調で言った。忘れがちだが彼は、ルルーシュよりもずっと年上らしいのだ。説教じみたことも言うだろう。おとなしく聞くかどうかは別として。

返事をしなかったルルーシュに、L.L.は言葉を続けた。

「しかしまあ、なるほど。経緯はだいたいわかった」

左足を上にしていた足を組み替え、背もたれに体を預け、ふーっと長い息を吐く。今夜はため息が多く聞ける夜だ。幸せが逃げると言ったのはユフィだったか。

「この前のハッキングはそこが元手か」

「そうだ」

「それで?その枢木スザクをどうやって引っ張ってくる?ランスロットに乗っての同胞殺し、引き受けるかな。舌を噛んで死ぬんじゃないか?」

「それももう考えてある」

ルルーシュはにっこりと笑った。他人からすれば、悪魔のような笑みと評されるものだった。

テロリストの親玉的存在である少年をブリタニアに取り込む。それは、水面下で大きな意味を持つものとなるだろう。

L.L.はやれやれとでも言いたげに頭を振ると、眠気覚ましのコーヒーを淹れるために席を立った。

 

 

 

 

きらびやかな会場が、客人を待ち受けていた。

高い天井に吊るされているのはシャンデリア。レースの美しいテーブルクロス。グラスひとつだって、職人が生み出した繊細な薄さを持つ良い品だった。すべてが品よく、上質な空間。

スザクと神楽耶は緊張しながら、そうとはわからせないように微笑んでいた。和服ばかりの二人も、今日ばかり洋装だ。神楽耶を包む淡いピンクのドレスは少女らしさをよく演出し、スザクの着る黒のタキシードは少年をほどよく大人に見せていた。

二人がいるのは賑やかな会場の隅。その中央で、主催――ルルーシュが、挨拶を述べていた。

篠崎咲世子というあの時ルルーシュとともに自分を騙した女が側についており、肌を一切見せない不審な覆面男もついている。副総督は今日はいないようで、ゼロ部隊というのだったか、それに所属しているヴィレッタが警護隊長として配備されている。

「急な申し出でしたのにも関わらず、これほど多くの皆様に集まっていただけで光栄です。私がエリア11新総督、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです。――総督となって日が浅いが、若輩者なりに責務を全うさせて頂くつもりだ。お手柔らかに頼む」

穏やかな低い声。前から思っていたが、こいつ、ブリタニア皇族にしては腰が低いほうだ。

それとも、会場には貴族連中も交ざっているせいだろうか。

「――つきましては、エリア11のさらなる経済の発展を目指し、懇親会を開かせて頂き――」

狡猾なのだろう。スザクを騙したあの時のように。

ルルーシュは長々と話す気はないらしく、さっと纏めると乾杯の合図をとった。

総督自らがここまでする必要があるのだろうか。いや、きっとこれもなにかの策のひとつ。あの化け物が何を考えているのかなんて、スザクにはわかりっこないことだ。

立食形式のパーティーはとてもいい空気でスタートし、それぞれの会社の重鎮がそろってルルーシュのもとへ挨拶へ行く。スザクと神楽耶は打ち合わせ通り、ブリタニア人が一通り挨拶を終えてから行くことにする。角が立たないし、何よりスザクと神楽耶は表向きの理由でここに呼ばれたのではないことくらいわかっている。

スザクはちらと目で会場を見回し、の少女を目で探し当て、神楽耶に囁く。

「カレン、あそこにいるね」

「ええ」

紅い髪の少女、カレン・シュタットフェルトがそこにいた。パートナーとして娘を連れてきた人間はそういないが、シュタットフェルト氏にそのつもりがあるかどうかにかかわらず、ここにいる多くがカレンを跡継ぎと考えていると予想するに違いない。彼女は下品過ぎない着飾りで淑やかに壁の花となっていたが、それでいてもぐもぐ口を動かしているところにはこっそり笑いを漏らしてしまう。料理に罪はないし、何より彼女のいるテーブルの料理担当は名誉の、日本が存在したころにはかなりのランクの店なのだ。そのあたりがカレンのツボを刺激したに違いない。

 

 

「か、神楽耶、様。紅月カレン、参上致しました」

「そんなにかしこまらなくていいのですよ。スザク、お茶を」

「僕は侍従じゃないんだけど……はいはい、わかりましたってば」

あの夜から明けてすぐのことだ。スザクたちは東京からカレン・シュタットフェルト――もとい紅月カレンを富士に呼び寄せ、すぐさま事の次第を話した。突然呼び出されて着替える間もなかったらしく、トウキョウ租界にあるアッシュフォード学園というところの制服を着たままだった。ずっと登校していなかったのを、数か月前から桐原の指示で通わせるようにしていたのだ。大貴族・シュタットフェルトの名前があるのなら、利用しない手はない。彼女は積極的に家の事業に関わる様子を見せるという、少々特殊な任務を帯びていた。桐原から藤堂を通しての指示だったため、スザクがそれを知ったのは最近――藤堂と話したあの夜だったが。

「私も、そのパーティーに?」

「見ておいて欲しいのです。総督ルルーシュと、私たちを」

「見てるだけで、いいんですか」

「ええ。あなたにはまだルルーシュの疑いの目はかかっていません。できることなら、シュタットフェルトの人間として、彼と接触してみてください」

「でも――私なんか、組織の末端の人間で――」

「それなんだけどね」

スザクかカレンに湯呑を差し出し、言った。あつあつのお茶を受け取ったカレン。

「君には紅蓮の予備パイロットになってもらいたいと思ってる。シミュレートを見させてもらったよ。君なら、安心して紅蓮を任せられる」

「ぐ、紅蓮?」

「紅蓮弐式。壱式もあるんだけど、そっちは日本にはないから。インドで開発、国内で製作された国産ナイトメア。これまでの常識を壊す強力なナイトメアだ。まず第七世代と言っていい」

「どうして、私が」

カレンは混乱の極み、もうわけがわからないと困惑しきった声を出した。

「君の才能は藤堂お墨付きだし、僕もこれはいけると判断した。それに、年が近い方が何かとやりやすいこともある」

言外に六家の連中の頭の固さを愚痴るようになってしまったが、カレンはそうとはとらなかったようだ。

もちろんスザクだって藤堂の言葉だけで決めたわけではなく、カレン本人をきちんと見てから決めたことだ。こっそり東京の小基地に顔を出して、その動きをこの目で見ている。戦闘の勘というか、テクニックだけではどうにもならない天賦の才をありありと感じた。考慮の結果歴戦の軍人ではなく、素人同然の彼女に任せることにしたのだ。

光栄ですと、カレンは頬を紅潮させて答えた。その顔に未だ戸惑いが浮かんでいたので、スザクは言った。

「君には、戦う理由があると聞いた。――兄がいたんだろう?」

カレンが目を瞠る。

「どうして……」

「扇という男から聞いた。僕らは信念を持つ人間こそを選びたい。迷って座り込むより、先に進める人間とともに行きたい」

言い終える頃には、少女の顔からは、もう浮かれた様子は消えていた。

「これからやるのは戦争だ。死ぬ覚悟はあるか?」

彼女は背筋を伸ばし、スザクを半ば睨み付けるようにまっすぐ見つめ、頷き。

「とっくにあるわ」

鋭く返したのだった。

 

 

カレンは表の世界で力を握ることを目指しつつ、戦ってもらう。学校に行く暇がちゃんとあるだろうかと不安になったが、彼女の父も馬鹿ではない。まずは学校の勉強をきちんとしなさいと言うのだそうだ。カレンの父がカレンを邪険にしていないどころか継がせる気があることに、スザクは驚いた。そこまで環境に恵まれていてどうして、日本人であることを選んだのか。

ルルーシュは次々に会話する人間を変えていた。内容までは聞こえない。しかしルルーシュと会話を終えた後、固まった微笑みを浮かべたり、冷や汗をかいていたり、少しばかり呼吸が乱れていたりするものは少なくなく――少なくともスザクにはそう見えた――懇親会という名目の、事実上の監査の一端も兼ねているのだろう。

スザクと神楽耶は話しかけられてはそれに返し、腹の探り合い(こちらはスザクはめっぽう苦手であり、神楽耶がうまく対応していた)をし。少女は慣れぬ踵のある靴に、少年は妹姫を守らねばという使命感と、その緊張をあらわにせぬように気を付けながら微笑むことにやや疲れてきた頃。

 

「――スメラギ殿」

 

場がざわついた。

ルルーシュのほうから、二人に声を掛けてきたのである。

 

それは、大きな意味を持つ。

壱、ルルーシュが一目置くほどに皇は重要な企業なのか。

弐、あの娘はスメラギの経営者ではなく、どちらかといえば看板である。であれば日本の姫であった身分を重視しておられるのだろうか。

参、いやそれよりも、ルルーシュ総督はイレブンを、どう扱うおつもりなのか――。

 

とにかくルルーシュはじわじわとこちらに近づいて来てはいたのだが、それは会場の同線的にも人の流れからしても不自然なことではなかった。距離が二メートルまで縮まったところで、ルルーシュは長々と話す中小企業の社長の話を半ば強引に打ち切り、二人に声を掛けたのだ。そのままあろうことか、総督自ら近づいてくる。二人は仰天した。

「総督」

神楽耶の声が、さすがに、ほんのわずかに震えた。

気付いたのはスザクだけ――いや、彼も気付いている。スザクはルルーシュの顔を見て直感した。二人がはっとして皇族に対する最敬礼をしようとしたのも、神楽耶が決まりきった口上を述べ上げるのを、手で制した。

「私はこんなだから、見下ろしてはいけないと皆気を遣ってくれるんだが――そのような配慮、必要ないよ。こちらもかえって疲れてしまう」

「これは考えが及ばず、」

「皇殿。よいと言っている」

ルルーシュが少し強く言った。身分を感じさせる、威圧と威厳のある言い方だ。そうされれば、二人はもう黙るしかない。

ルルーシュはそのまま、普通に皇コンツェルンのエリア11における経済効果なんかについて話し始めた。先ほどまで他の連中としていたのと何も変わらないような内容だ。神楽耶は直接経営陣ではないとはいえ、何もわかっていないわけではない。自らの会社だ、そこらの社員よりよっぽどまともに理解している。そんな彼女が頓珍漢な答えを返すわけもなくて、打てば響くとばかりに会話が弾んでいく。ルルーシュはそれを受け、ひどく楽しそうに微笑んだ。

「貴殿は素晴らしいな。副総督である我が妹と同じ年だが、あれよりも賢いかもしれない。素晴らしい」

会場じゅうがルルーシュとスザクたちに注目していた。詮索する視線は居心地が悪い。本心がどうあれ、ルルーシュにそこまで言わしめた女ということになるのだ、神楽耶は。

「料理を摂っていないようだが、口に合わなかったか?」

「いえ。このような場には慣れておりませんので、聊か緊張しておりまして」

神楽耶が幼い表情を作ってみせる。ルルーシュはそうかと優しく言うと、いよいよスザクの方を向いた。

「この間は済まなかったな、騙すようなことをして」

「いえ、理解しております」

「もう親しくはしてくれないのか?スザク」

ルルーシュがスザクの名前を呼んだことで、今度は神楽耶ではなくスザクが目という目に視線で滅多刺しにされる。

「ルルーシュ総督、彼とお知り合いで?」

どこかの貴族らしい男が声をかけた。ルルーシュは頷く。

「以前、護衛とこっそりゲットーの視察に行ってな。その時偶然会って、案内してくれた男だ。その時は偽名を名乗るしかなくてな――」

「そうでしたか。いやしかし、危険なことを……」

「大丈夫さ。私の護衛は強いから」

なあ?ルルーシュが言って、咲世子を見上げ、手に持っていたグラスを揺らした。咲世子は心得たとばかりに無駄のない所作で新しいもの持ってきて取り換える。

一見ただの侍女にしか見えない彼女がルルーシュのSPだということはもう公に知られていて、周囲はただ驚きをもって見守るのみだ。確かに言われてみれば、彼女の身のこなしは只者ではないのだ。どうして気付かなかったのだろう。

咲世子が気づかせないようにしていたからで、熟練した技術は自分より数倍上手の人間だからと、スザクはまだ知らない。

「殿下はイレブンをどう扱うおつもりですかな」

また別の男が聞いた。日本人であるスザクたちがいるのをわかっていて尋ねており、いやらしい笑みを浮かべている。

「労働力の大部分は彼らだからな。無闇に使い捨てることなく、良い雇用関係が築けるといいと思っている。使い捨ては一見楽に見えるが、コストパフォーマンスは最悪だよ」

本気かそうでないのか――けれども彼の政策を見るに、その言葉は真実で。

日本という国を壊すのではなく、吸収する気でいるのだ、この男は。

「ルルーシュ殿下」

そこへシュタットフェルト氏がやってきた。さすが彼ほどの貴族ともなると、あっさり話しかけられるらしい。今度はカレンを連れている。

「これが先ほど話した娘でして。年は殿下と同じでございます」

「ほお」

ルルーシュは興味が移ったというように、スザクと神楽耶を見るのをやめた。

身体ごとシュタットフェルトの二人に向きなおる。とても器用に電動車椅子を動かしていた。

「彼女は学校には?」

「アッシュフォード学園に通わせております」

「へえ、そうか」

ルルーシュがことさら笑顔になった。それをシュタットフェルト氏が疑問を抱くと、

「アッシュフォードは私の後見だからな。ルーベンも、こんな聡明そうな女性を生徒にできて幸せだろうさ。カレンと言ったか?学校は楽しいか」

「は――はい。毎日とても楽しく――刺激的な毎日です」

カレンはうわずったこえで答えた。緊張のあまり、おかしな言葉になっていることに本人は気づいているだろうか。

ルルーシュはそうかと返し、励めよと言葉を残して、また別のテーブルへと移っていった。

カレンはスザクたちとほとんど目を合わせない。そのようにスザクが指示したからだ。

しかしこの同じ年頃の少年少女が、妙に意識し合っていてどこかぎこちない。

初対面だから、というものとはどこか違った。

そのことが逆にルルーシュの不審を煽ってしまったことには、気付かなかった。

かちり。

またひとつ彼らのあずかり知らぬところで、歯車がひとつ噛み合った音。

大いなる歯車の存在を――どこかのロマンチストな数代前のコード保持者が聞けば、それを運命と言うのだと笑んだかもしれないが――わずかでも察知できていたのは、後ろに控えていた覆面の男だけ。

別の未来を知る彼の仮面の下の表情は、誰一人として知ることがなかった。

 

 

 




ちなみにL.L.さんが着てる側近服は、ルルーシュ帝政下のギアス兵の格好から目玉要素を抜いたような感じのやつです あのシュンッてバイザー収納されるやつ 怪しい~!!


ていうか興道見ました……………………………ちょっとみんな見たほうがいいですね…………………ほんとにヤバイです……………………………………私の推しが…………………


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3-5

結局あの日、神楽耶とスザクはあれ以上声をかけられることなく夜会を終えた。そんなものだろう。むしろ名誉のもうひとつは声さえかけられなかったことを思うと、破格の待遇だった。

ルルーシュはなにがしたかったのだろう。スザクと神楽耶が疑問に思うより先に、しかし、再びあちらから連絡がきた。

先日はとても楽しかった。あんなに実のある会話ができたのは久しぶりだ。今度は個人的に会わないか?――要約すると、こういうことだった。

いよいよ何か仕掛けられる。もちろん今度も拒否権はない。

そして二人は、エリア11始まって以来初めて、総督の客人として政庁に呼ばれた日本人ととなった。

 

 

 

 

雨が降っていた。

台風が来ると言っていたっけ。

今度のそれは自分の名と同じらしく――ブリタニアでは台風に女性の名前を付ける習慣があるのだ――同僚のジノには面白がられた。

そう珍しい名前でもない。むしろここブリタニアでは、古臭い名前に当たる。

少女――アリスは電気をつけることすらせず、寝台に寝転がっていた。ラウンズであるというだけで与えられた屋敷は広過ぎて居心地が悪い。新築の香りが消え切らない部屋は、ここが自分の居場所ではないことを示しているかのようだった。

だからといって、ほかに行くあてがあるわけでもない。

地下都市で過ごした幼年時代。ずいぶんと遠いところまで来たようで、何も変わってはいない。アリスはあのころのまま、そう、石壁の家に住んでいたころのままだ。

もう何年もあの場所とも、あの場所の人間とも関わりを持っていないのに、未だ自分の心はあの世界にあるらしい。

あんなものでも故郷なのか。

こういうのを郷愁とか、センチメンタルとかって言うの?

個人的な関わりのあった人間たちの顔を思い浮かべた。サンチア、ルクレティア、ダルク、それから――。友達とは言えなかったが、奇妙な仲間意識が自分たちにはあった。辛くとも寂しくとも、それをよすがに耐えることができた。

同じモルモット。わずかな硬貨と同等の命。そして異能の力。

「うじうじするのは嫌いなのにな」

長く息を吐く。

今は仲間はいない。アリスはこのブリタニアにひとりでやってきて、数年経ったいまなおひとりだ。

おもむろに起き上がって、大きな格子窓にもたれる。

カーテンの引かれていない冷たいガラス。

濡れた外の世界がよく見えて、同時に、自分の姿も夜の世界に映し出されていた。

意識を集中させれば、右目は禍々しい赤に憑りつかれている。うすぼんやりと発光しているせいで、ぴかぴかに磨かれたガラスは赤をよく映した。

アリスにあるのはこの篠突く雨と、静まり返ったよそよそしい部屋のみ。初めてできたお友達は遠い国へと行ってしまっているし、つまりここ数か月、ちっとも元気が出ないのだ。

今までもそうだったじゃないか。アリスの役目は昔から人殺し。変わらない。

そういえば同じ年頃の彼も、暗殺任務を主としていた。無機質な瞳を閉じれば人殺しになんて見えやしない、ふわふわした小動物のような少年。

今頃どうしているだろうか?――バカバカしい考えだ。答えはわかりきっている。

きっと自分の知らないどこか遠くで、同じように誰かの命を奪っているのだ。

 

いまさらだった。当たり前のこと過ぎて、そこには哀しみも怒りもない。心の痛覚はマヒして久しい。

とにかく気分が晴れないのは確かで、アリスはその気持ちごと押し出すように、一気に息を吐きだした。

 

「浮かない顔だ」

 

え?……え、何?

アリスは驚き、声も出せずに固まった。

今何か聞こえたんだけど。幻聴?

アリスの頭が真偽を判定する前に、もう一度声がした。

「こっちだよ」

闇が揺れた。

闇の中から――開けっ放しにしていた、寝室と私室を繋ぐ旧式のノブ付きドアの向こうから歩いてきたのは、黒いドレスの人物。ドレスと同じような真っ黒いヴェールに覆われて顔は見えない。その裾からはプラチナブロンドが伸びていた。腰まではある、長い髪だ。

突然のことに頭がついていかない。だけれどひとつだけわかったこと。

侵入者だ。

そうとなれば、やることは。

体に染みついた反射として、赤い目が先ほどまでより強く光る。異能の力が働いている間に、拘束してしまおう。銃はどこだっけ?アリスが想いを巡らせたとき。

「やはり嚮団の人間か」

「え……っ」

ギアスが効かない!?

アリスは驚いて目を見開き、立ち上がろうと浮かせた体を硬直させた。

「そう怯えないで。聞きたいことがあるだけなんだ」

「……な、なに……」

アリスは上ずった声で答えた。ギアスが効かないというのなら、できることはあまりにも少ない。だいたいどうしてギアスが効かない?アリスのギアスは遮蔽物でダメになるものではないのに。目を閉じていても同じこと、そのはずだ。

「マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアという女性を探している。私は、彼女の手伝いをしたい」

「ま、マリアンヌ……?あんた、何言ってるのよ。マリアンヌ皇妃は7年前、亡くなってるでしょう?」

黒いドレスの――男なのか女なのかわからない人物は、落ち着いた声色で言った。変声機を通しているせいで、性別はわからない。スレンダーな体はどちらとも取れる。

「その情報が嘘かもしれないから聞いている」

「知らないわよそんなの……ていうかなんであたしに聞くわけ?」

「本当に知らないか。私は嚮主V.V.に追われる身。だからこそ彼女に協力したい。彼女の存在を知っているのなら、どうか教えてくれ」

「知らないってば」

先ほどよりも語気を強めて、もう一度同じ答え。

「そうか……」

相手は感情を感じさせない声で言うと、

「邪魔をして悪かった。もう帰るよ」

そのまま闇に帰ってゆくそぶりを見せた。

「え、は、ちょっと待ってよ!」

アリスは思わず引き留める。

「あんたなんなの、ギアスは効かないし、嚮団のこと知ってるし……だいたいどこから……」

謎の黒衣の人物は立ち止まった。繊細なレースがあしらわれた黒いドレスが、床を引きずる音を止める。

「ギアスが効かない人間。そんなもの、わかりきっているだろう?嚮団の主と同じ存在さ」

「コード、ユーザー……」

「そうだ。コードの名前は知っているんだな。あれはいったいどこまで君たちに話しているのか……」

「なんのこと?」

「こちらの話だ。しかしもうひとつの質問には答えられないな」

「……あなたもギアスを?」

「昔は。君のギアスは他人の時間を操る類のものと推測しているが、どうかな?見たところ手に入れてから5年ほど。それだけ使って暴走しないのは才能の問題だろうが――間違っているか?」

「……合ってるけど」

アリスはぞっとしながら答えた。

そう。アリスのギアスはザ・スピード。他人の体感時間速度を弄ることで、こちらが超加速したように見せかけることができる。時を止めているのではなく、あくまで体感速度を支配しているから、1秒を1週間にだってしてしまえる。相手がどんなギアスを持っていようと、先に発動してしまえばアリスの勝ちだ。能力をオンにする――たったそれだけのことでも、永久にも等しい時の中では万年かかるだろう。

だけど、どうしてこの侵入者が知っているのだ。嚮団の人間?V.V.を裏切った誰か?

どうして、と零れたのは無意識だ。黒衣はふっと笑い、

「きみがギアスを持っていると仮定さえすれば、推測するのはそう難しいことではなかったよ。戦闘でしか使っていないのかと思いきや、普段もよく使っている。ナナリー皇女を虐めていた貴族の娘の下着を抜き取ってやった逸話もあるとか。ナイトオブワンの養女が、ずいぶんお転婆だ」

「な、どうしてそれを……っ」

「目撃者はそれなりにいただろう?あの日は身分の高い娘たちの集まりだった。招待客本人か、その護衛か――その中に私がいても、ちっともおかしくはない」

それもそうだ。今思えば、皇族の離宮でやるのはまずかった。確か――ピスケスの離宮。あのころアリスはヴァルトシュタイン卿の養女というだけでラウンズなんかではなく、マリーベル殿下がナナリーにやさしい方だったから、大事にならずに済んだのだ。

「もう一度確認する。本当に知らないんだな?」

「知らない」

「では、きみは嚮団の人間――私の敵として見させてもらう」

「待ちなさい」

アリスは慌てて言い募った。

「私たち嚮団の人間は、コードユーザーを見つけたら捕らえるよう厳命されているわ。だから追われているっていうのね?」

金髪は一瞬黙った。違ったか?アリスが思ったとき、「そうだ」と返事が返される。

「あれは厄介だ。嚮団の組織力もね。できれば見つかりたくない」

「なら心配いらないわ。私、嚮団に忠誠心なんて持ってない。もちろんブリタニアにも」

「――ふ、天下のナイトオブラウンズが主義者か」

「私は嚮主にそうするように命令されたからこうしているだけよ。逆らう力もないし」

「では、命令されれば私を捕らえる、そういうことだな?」

確かにそれは事実だった。アリスは直接これを捕まえろと言われてしまえば、逆らうすべは持たない。返す言葉もなかった。

「……アリス。きみを責めているのではない」

妙に冷えた室内。しばしの沈黙を破って、甘やかな声が溶ける。

「きみの気持ち、確かに受け取った。いずれきみや、きみと境遇を同じくする子どもたちが自由になれるよう、私も力を尽くそう」

慰めているのか?どうして?

不気味な侵入者はなおも話し続ける。

「時が来たらまた会おう。今宵のことは誰にも言うな。禁を破れば、君の大事なあの子は無事では済まない」

「っ、ナナリーに何をする気!?あの子になにかしたら、ただじゃおかないわ!」

黒衣はそこで黙った。

ややあって、

「……きみの『大事な人』は、やはりナナリー皇女なのだな」

しまった!

なんて愚かな真似をしたのだろう。アリスは歯噛みした。もう遅い。

「きみを敵にするつもりはない。いつか手を組めればいい。そうしたい。だから我々の関係に支障を来すようなことがないよう、保証が欲しいだけだ。もしも約束を破れば、どうなるかは知れたことと思う。心を読むギアスに秘密を暴かれたとでも言うなら考えるが、それ以外ならば看過できかねる。君がどう秘密を漏らしたか、私にはわかる。隠せるなどと思わないことだ」

「……わかったわ。だから約束して。ナナリーには何もしないって」

「ああ」

黒衣は踵を返す。金の髪を不思議になびかせて部屋の隅の闇へと再び身を隠し、部屋から出て行く。追いかけることはアリスにはできなかった。そのベールを無理やり剥いでしまうには、リスクが大きすぎるのだ。

アリスはおそるおそる寝台を下り、確認する。もう部屋には誰もいなかった。一体どこから入って来たのだろう。この部屋は鍵をかけていないし、ギアスで対応できるアリスにとって賊は雑魚だ。警備も薄い。――でも、軽々しく侵入できるはずもない。

「あいつ……」

コードユーザー。V.V.以外に初めて目にした。

つくづく奇妙な力だと思う。知っていることはギアスを与えられることと、不老不死であることくらいだ。謎に満ちている。

ナナリーの名前をどうして出してしまったのか。やってはいけない行為だった。迂闊だった。

悔いたところでもう遅い。できることは口を噤むことだけ。

V.V.が血眼になって探しているのがさっきの奴である可能性は高い。ばれたらただでは済まないだろう。だからそうと疑われたくなくば、せいぜい今まで通り、いつも通りでいるだけだ。

ナイトオブイレブン、アリス・ヴァルトシュタイン。使い勝手の良い殺戮人形として。

 

雨は降り続いていた。激しい雨音が、この静かな部屋の窓を叩き付けていた。

 

 

 

 

ルルーシュがL.L.の部屋に入って初めに見たものは、黒いドレスを身に纏い、金髪のウィッグを被った自分そのものだった。

「…………な、おま、」

「な……ッ」

フリーズすること、約二秒。

双方、同じような反応をしてしまう。さすがは自分。

「こ、これはその、」

「お、お前、趣味だったのか……だからあの時のメイド服もあんなに……」

「違うっ!こんな趣味は持たない!」

「じゃあなんでそんな恰好してるんだ!」

「カムフラージュのためだ!俺だと認識されたくない相手に会ってきたんだ!」

「はあ?お前、式典の後は部屋に籠るって言ってただろう。政庁を出たデータもない。どこに行っていたって?」

今日は朝からルルーシュの代わりに会議に出席し、その後は一日自室でやることがあるとか言っていたではないか。

「そ、れは……」

L.L.がしどろもどろになった。ルルーシュは、彼がしまったという顔をしたのを見逃さなかった。

「嘘はバレるぞ」

気まずい沈黙。ののち、L.L.はしぶしぶと

「……システムを少々弄らせてもらった」

「手癖の悪いハッカーだな。いっそクラッカーと呼ぶべきか」

「何とでも言え。契約に則って、リターンはきちんと……待て、お前はなぜノックもなしに入ってきた?」

「貴様が扉のロックをかけていなかったからだろう!自動ドアなんだ、立っただけで開くのは当然だろう!」

「俺が?ロックをかけていなかった?」

「そうだと言っている!」

「な……」

L.L.はびっくりしているのがよくわかる狼狽えっぷりで、金髪の長いウィッグにドレス姿のままよろめいた。しかしそれより、ルルーシュの姿でそういうことをするのはやめてほしい。今すぐ脱いでほしい。新しい発見だったが、自分の顔に金髪は似合わないらしかった。母似の顔だ、確かにそうだろう。なんともちぐはぐな印象を受ける。

ヴェールを被っていたらしく、見慣れないそれが机の上に投げ置かれていた。ルルーシュのドン引きした視線をうっとおしそうにウィッグを剥いでいく。すぐさま見慣れた黒髪が姿を現す。ちょっとホッとする。そんな覚えはないのに突然女装した自分を見せつけられているのだ。困惑は当然だろう。

L.L.はドレスもおかまいなしに脱いでいく。コルセットやらなにやらを身に着けていないことにまたホッとした。見るだけでよくわからないダメージを受ける予感がしたのだ。

「で、何の用だ」

L.L.はぱさりとドレスを床に落とし、下着姿になる。ドレスをハンガーにかけるのはいいが、(自分とはいえ)他人の目があるところで服を着るより先にやるのは果たして褒められた行為なのか。

「誰に会いに行っていた?」

「知らないほうがいいぞ。オウジサマには危険だからな」

下着男は軽口を叩いた。ルルーシュが睨み付ければ、肩を竦める。

「話せないんだこればっかりは。疑うなら構わない、好きにしてくれ。俺の不老不死の秘密は、軽々しく詮索するべきものではないんだよ」

これは口を割らない。まさに暖簾に腕押し。ルルーシュは苛立って舌打ちする。

明日からこの部屋に監視カメラをつけるかと思案した。けれどもこれがL.L.自身に関係する、この世界に来た理由とも関係のある何かだということは、ルルーシュにもわかる。いわば最大の秘密。これでも彼なりの譲歩なのだろう。

「随分と信頼されたものだな」

「好きに取ってくれ」

L.L.は言い、黒のタンクトップにゆとりのあるパンツを身にまとう。このまま寝るつもりらしい。ぼうっと眺めていれば、寝室に引っ込んでゆくので慌てて引き留めた。

「早く要件を言わないからだ」

呆れたようにルルーシュのところまで戻ってくると、椅子に腰を下ろして早くしろとばかりに睨めつける。

彼はルルーシュと話をするとき、必ずと言っていいほど椅子に座る。ご丁寧に目線を合わせてくれるのだった。どうも無意識からの行動らしいが。

「来週の式典、お前が出てくれ」

「スピーチはお前が考えるんだろう?」

「ああ」

影武者としての仕事は、定期的に依頼している。

もちろんそのときL.L.だと認識しているのはゼロ部隊の人間だけ。L.L.が表に出ている間、ルルーシュは人目のない場で別件に追われている。

殺される心配のない時など存在しない。それでも確率が低かろう時でさえ任せると、L.L.はふっと笑って仕事頑張れよと言うのだった。何もかも見透かされている。

不愉快であった。

 

 




2週間ぶりらしいのですがなんか2か月くらい更新してなかったみたいな気分です
ようやくアリスちゃん登場。


追記 そういえばこれは先に言っておかないといけなかったんですが、「ナナナにおける」アリスとナナリーは公式カプだと解釈しているのでそういう…そういう感じで…この話のアリスちゃんがどうなるかはまだ私もよく知りません


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3-6

「神楽耶殿、久しいな」

「まあ、たったの3週間ですわ」

政庁に招かれたスザクと神楽耶。これで三度目の訪問だった。秋は深くなり、すっかり山は色づいている。なのにこれといった進展はなく、総督はひたすらに二人と親交を深めようとするばかりだ。一瞬たりとも気を抜けないこのお茶会。いつまで続くのだろうと、二人とも疲れ果てていた。

まるで平和なのはこの部屋だけ。外へ出れば、順調に日本はこの男に食われている。副総督のナナリーもお優しい皇女として好かれていたし、ルルーシュの評価は言うまでもなかった。就任からまだたったの2か月だというのに、エリア11の生活は向上し始めている。

ゲットーでもこのままブリタニアに従順であることを選ぶ人間が増加傾向だ。これは頭が痛かった。

 

――なんのために戦うっていうんだ。また戦争が起きて、人が死ぬだけだろ。

――ブリタニアがこの国にいる限り、俺たちはナンバーズだ!理不尽に虐げられるのは変わりない!あの総督のご機嫌ひとつじゃないか!

――だからそれがおかしいって。ルルーシュ様は無闇に私たちを殺さないと思うけど。

――ルルーシュ様だって!?てめえ、それでも日本人か!

 

昨日も、このような会話を聞いてきたばかりだ。このままでは士気が落ちて、みんなの気持ちが揺らいでしまう。まやかしの平和を甘受してしまう。そんなのはいけない。間違っている。でもスザクだって、いたずらに戦いを起こして人を死に追いやりたいわけではないのだ。

「今日はどのようなお話を?」

神楽耶がゆったりと告げる。ルルーシュは微笑み、胸の前で手を組んだ。

「そうだな。少し、今までとは違う話がしたい」

来た!

ふたりの間に緊張が走った。

スザクはいつでも神楽耶を守れるよう、さらに気を引き締める。

「スザク、そんなに緊張するなよ」

ルルーシュは茶化すように言い、

「神楽耶殿は、今の日本をどうお思いかな」

「……にほん、ですか」

「そう。エリア11ではない。私は、日本――日本の文化が好きでね。護衛が日本人で、なじみ深かったせいもあるのかもしれない。だけど今のエリア11の体制は、とてもその文化を守ろうという姿勢はないだろう?どうにかできないものかと思ってね」

「と、仰いますと?」

「エリア制度のあり方について考えたい。ブリタニアと同じ環境を作るのでは、ただの劣化コピーしか出来ない。土地も人も、何もかも違うのだから。それは我が国の国是に反する。ブリタニアは進化を求める国だ。ならばどうすればいいか。今はもう過去の栄光と闇に葬られたことだが、日本にはもともと、世界に誇れる立派な技術力があった。文化だって他のどことも違う独自の進化を遂げた、類を見ない価値がある」

だろう?ルルーシュは言って二人をかわるがわる見、一息つこうとばかりにティーカップを傾けた。美しい蓮華模様の描かれたそれは、副総督・ナナリーのお気に入りなのだそうだ。スザクと神楽耶は、未だ彼女への目通りはかなっていない。

「この国にもともとあった文化を復活させたい。愚鈍なイレブンとは言うが、私はそうは思っていないのだよ。今のこの情勢じゃ大きな声では言えないが、ね」

「誇りに思いますわ。この国に生まれた者として」

神楽耶が穏やかに返す。本当に一見、ただのお茶会である。そこにある奇妙な緊張感さえ無視すれば。

「けれどどうにも難しい。イレブン向けに政策をとれば、貴族からも軍人からも不満が出る。お恥ずかしい話、私には地位などあってないようなものだ。ご存知かもしれないが、父上にお認めになってもらえなくてな。後ろ盾もない。庶民のたたき上げと思ってもらって、間違いではないのだ」

それはスザクも知っていた。

ルルーシュのことを調べて、真っ先に出てくるのはその話だった。

母であるマリアンヌ皇妃の殺害テロ。それにより受けた重度の障害。皇帝からの異常なまでの冷遇。意図的に端に追いやられ、皇族として行った仕事はほとんどが福祉事業。それも、とてもささやかな。そこまでしか立ち入ることを許可されなかった。おかげで彼は軍人にならざるを得ず、エリア平定にその力を存分に使うこととなり。エリア17の制圧がたったの5日で終わったのは、彼の手腕によるものだ。なのに皇帝は、その功績を認めることはなかった。

「総督でありながら、あちこちにいい顔をしていなければ立っていられない。これがコーネリア姉上などであれば、話はずっと早かっただろう。だが私は当面、ブリタニア人向けに考えたことしかできない。日本人にしてやれることは何もない」

ルルーシュは『日本人』とはっきり言った。

「エリア制度そのものに、これでも思うところがないわけではなくてね。くれぐれも外に漏らさないでくれよ?こんなことを言っているのが父上の耳に入れば、私は廃嫡だ」

長い息を吐く。そのまま憂い顔で頬杖を突く。意識してはいないだろうが、さすがの皇族だ。全てが無駄に優雅だった。

「将来的にだ。衛星エリアになれば自治権はある程度復活するからいいとして――エリア・日本と。名をつけられればいいと思う。数字だけでは個性も情緒もない。そう思わないか?」

なんて傲慢な。怒鳴りつけてやりたい気分になったが、そんなことをするわけにもいかない。

密かに奥歯を噛みしめるだけだ。

「日本の名が再び公に帰るのであれば、これほどうれしいことはありません」

「そうか。よかった。私の独りよがりの考えだったらどうしようかと思っていたんだ。安心したよ」

「いいえ、素晴らしい考えです。わたくしはあなた様を理解できていませんでした。それほど我々のことをお考えになってくださっているとは」

「……神楽耶殿は、やはり素敵なお方だ」

ルルーシュは言葉を切り、そこで突然、そう突然、押し黙る。

「ルルーシュ様?」

神楽耶が不思議そうに、心配した声を出す。ルルーシュは我に返り、ばつがわるそうに視線をそらした。

「ああ、いや――」

わざとらしいような、それが素であるかのような、どちらにも見える振る舞い。

スザクは彼の、こういう底知れないところが大の苦手だ。気持ち悪いのだ。

嘘で包まれた、何か別の生き物に見えて仕方がない。

「俺は――違う、私は。まったく、このようなことを言うのは初めてで、なかなかうまく出来ない。恥ずかしいな」

神楽耶はきょとんとしてみせた。だがその実、ふたりとも冷や汗をかいている。今度は何を言い出すつもりだろう、この男。

「気を長くしないとできないことだ。日本人もブリタニア人も、お互いの印象をよくしていく必要がある。そう簡単な話ではない。だからこそ」

ルルーシュは言った。

 

「神楽耶殿。私、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと、婚約を結んではくれまいか?」

 

 

はっきり言って政略結婚だ。だけど私は、君のことが気に入った。聡明で美しい魅力的な女性だ。どうだろう。急がなくていい――いや、返事は早めに欲しいかな。私個人としては、いつまでも待ちたいくらいだが。私の立場からのこのような願いは、きみにとっては命令に聞こえるかもしれない。だけど貴女という人間を気に入ったからこそ、意思を尊重したいと思う。ああ、混乱させてすまない。たとえ断ったとしても、ひどいことには絶対にならないから。約束しよう。

 

そうして皇子は最後に神楽耶のそばまで来て、手を取り、その甲に口づけた。

 

――色よい返事を期待しているよ、神楽耶殿。

 

にっこりと、見たことのない穏やかな笑みで。

 

 

 

 

「婚約ですって!」

悲鳴のような驚愕の声が響いた。

久しぶりに兄妹そろっての食事だった。直々に任せた咲世子以外の給仕は席を外し、各々の時を過ごしている。本来なら咲世子にメイドまがいのことをさせるべきではないのだが、ほんのわずかでも外部に漏れる危険のある会話をするときには、ルルーシュは世話を拒む。そして自分でやろうとするのを、いつも咲世子が止めるのだった。

ナナリーは両手からカトラリーを落とし、がたりと立ち上がった。おののいたように数歩下がり、わなわなと震えだす。皿の料理に撃墜したナイフとフォークが、それぞれシェフ自慢の特製ソースを派手に散らせた。

「行儀が悪いぞ、我が妹よ」

「あ、あ、あなたって人は……」

「咲世子。すまない取り替えてくれないか?悪いな。ほらナナリー、咲世子も忙しいんだぞ。余計な仕事を増やすな」

「聞いてませんそんなの!スメラギカグヤ!?日本の姫じゃないですか!ええ、知っていますわよ。つい昨日、名誉ブリタニア人の経営する企業への税負担に関しての書類、そうですお兄様が回してくださったお仕事、彼女の名前の入った意見書に判を押したところです!なかなかの策士ですわ。お兄様もお褒めになっていたとか!それがいつの間に求婚するような仲になっていたのです!?お兄様は枢木スザクを我が陣営の人質とし、皇の力を封じると仰っていたではありませんか!」

ぜーはー。叫んだ肩で息をする。

その横でまったく動じていない咲世子が新しいナイフとフォークを用意し、ソースの飛び散ったテーブルクロスをさっと拭く。いつ見ても無駄のない洗練された動きだ。

「ナナリー。座れ」

聞こえていないのか、妹は茫然としていた。なにごとかをぶつぶつ呟いている。頭を抱えだしたので、ルルーシュは諦めて、ナナリー副総督、と低く言い直した。

「座れ」

「……はい、総督」

すごすごと席に戻ったナナリーに、ルルーシュは甘く微笑みかける。確かに話していなかったことを勝手に実行したルルーシュが悪く、彼女の動揺ももっともだ。でもそんな、そこまでの反応を示されるとは思っていなかったのだ。

まるで手負いの獣をなだめすかすかのような状況。

「誕生日おめでとうを先に言ったほうがよかったかな」

「……いえ、後でよかったです。ありがとうございます」

「数日遅れになってしまった。顔を合わせたのも4日ぶりだ。すまないな」

「そんなことはございません。うれしいですお兄様……いいえ総督。どういう、ことか、説明、して、頂けるのですよね?」

ナナリーからは負のオーラが溢れ出していた。静かに激昂しているのがわかる。もう一度言おう。ここまでとは思わなかったのだ。ルルーシュは苦笑する。するとすぐさま「何を笑っているのです」と鋭い睨みが飛んできたので真顔に戻った。

ナナリーは怒りのまま食事を再開する。これ以上冷めてはコックに失礼だと、憤りながらもぎゅもぎゅと、しかし優雅に皿をきれいにしてゆく。

「……たいしたことじゃない。彼女は確かに可憐で賢い女だけど、俺が私情で本気で惹かれたと思うか?」

「お兄様の好みはユフィ姉さまですものね。ぜんぜん違うタイプですわね」

「……そんなに怒るな、そもそもいつの話をしているんだ。俺にはおまえだけだよ。麗華と婚約させられるかもって言ったときは、そんなに怒らなかっただろう」

「“かも”でしょう。天子とは実行されていないからいいのです。お兄様が決めたことじゃありませんし。でも皇神楽耶には、嘘でもご自分から求婚されたってことでしょう?なんて言ったのです?」

「婚約を結んではくれまいか」

「まあ安直。捻りの欠片もない」

「捻らないほうがいい場合もあるだろ」

「んもう、そういうことを言ってるんじゃありません!」

何を間違えたのかわからない。最近ナナリーが何を考えているのか、本気でわからないことが増えてきた。由々しき事態だ。この場合、誰に相談すべきだろうか。ジェレミア……はダメだ。求めている答えではないものが返ってくる。ルルーシュへの賛辞のシャワーとか。咲世子は天然だから不安が残る。やはりアーニャか?いやナナリーに話が行くに違いない。

秘密にしてくれと頼むのも、こんなことに権力を使うのは癪だ。ならばヴィレッタ?ナナリーとは真逆のタイプに思えるが、それでも同じ女性であることに変わりはない。よしヴィレッタか。あ、いや待て、ナナリーの侍従に同じ年頃の女がいたな。キューエルの妹とかいう……訓練兵だったはずだ……ってそうじゃなくて。ルルーシュは脱線し始めた思考を慌てえ戻した。この状況で違うことなんか考えても見ろ。ナナリーがどうなることやら知れない。

「神楽耶には広告塔になってもらう。婚約破棄でもなんでもやりようがあるし、まんいち結婚することになったとしても妾止まりだよ。彼女を正妻にするメリットはない」

「……お受けになるのかしら」

「ああ、どう出るかな。断られたらそれを貸しとして枢木を頂く。受け入れるというなら、結納品代わりに枢木を頂く。向こうもまさか『ひどいことにはならない』なんて信じるほどバカじゃないだろうし」

「どっちにしろ連れてくる気なのですね」

「当たり前だろう?日本のテロリストの旗頭はあいつだ。戦力もそうとうなものと聞く。咲世子に持ってきてもらった資料にあった、盗品のグラスゴーでの演習結果も素晴らしい。さらに10歳まで日本のデータでは、剣道、柔道、ジュニアの部全国優勝。試合映像を見てみるか?10歳のお前と、動きがぜんぜん違うぞ。天才というやつだろうな。これが本気で戦争仕掛けるつもりで鍛えてきたなら、実に面白いことになっているだろうさ」

情報源はL.L.だ。どこから拾ってきたのか知らないが、暇なうえ日本語に堪能な奴だからこそできたことだろう。あの頃のナナリーも、同い年どころか二つ三つ上なら体術でも負けなしだった(今は咲世子に篠崎流を仕込まれたこともあり、大人の男にだって負けはしない)。十歳の枢木スザクは当時のそのナナリーと喧嘩して、余裕で勝ってしまえそうだった。期待できる。ランスロットに乗せるには魅力的なパーツだ。

ナナリーはむすりと不貞腐れた。スザクを褒めるような言い方がお気に召さなかったのだろう。

「とにかく皇は利用するだけの存在だ。必要なくなれば捨てるさ。もちろん娶ったとして、妻としての行為を要求する気もない。お前が心配するようなことはないよ。さ、機嫌は直してくれたか?」

「ええ、子供っぽい真似をしました。わたくしももう14歳ですから、分別はつきます」

ナナリーはにっこりと笑った。だが言葉とはうらはらに、不穏なオーラは、ぞわぞわと放出されたままだった。

おいしくいただきましたと言って、今度こそ静かにカトラリーを手放しナプキンで口を拭う。

「わたくし、部屋に戻りますわね」

「デザートは」

「減量中です、私のは初めからありません。おひとりでどうぞ」

「な、ナナリー」

「なんでしょう」

「い、一緒に寝ないか?少し遅くはなるが――そう、この前ふいにしてしまっていただろう?ちゃんと」

「今日はアーニャと一緒に寝るの。私が先にベッドに入っていては、お忙しいお兄様の仕事の邪魔になりますわ」

「そんなことは」

「おやすみ、おにいさま」

お、や、す、み、とでも表せそうな、一音一音区切った挨拶。

ナナリーはつんと言い捨てると、すたすたと出て行ってしまったのであった。

 

「…………何を間違えたんだ」

 

 

14歳、思春期盛り。ナナリーの繊細で拗らせた乙女心と独占欲を理解するのは、ルルーシュには少しばかり難しいことであった。

 



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3-7

私生活のストレスがマッハなのであげちゃうんですけどこうやって予定がずれこんでいく……後で困るのは自分だ……あんまり見直ししてないので盛大なミスがあるかもしれません あったらあとで直します……




 

よく晴れた秋空だった。ルルーシュは機嫌よさそうに、指令室で出撃の合図を出すのを待っている。

隣に控えるL.L.はといえば、さきほど特派で見せられた製作途中の機体について、ぶつぶつ言っていた。

「殿下、いつの間にあんなものを……」

「良いだろう?形になるまでナナリーにも内緒にしていたんだ。ばれると怒るから」

「心配していらっしゃるのですよ。まさか私が操縦することになるとは」

「不満か?」

「滅相もございません」

 

ガウェイン――。

 

複座式の機体。ドルイドシステムとハドロン砲を搭載した、類を見ないKMF。長距離攻撃型であり、KMFとしては異例の高い演算能力を有したそれは指揮官が乗るのに最適だった。シュナイゼルに余計な借りを作ってでも、正直、欲しかった。

「君のために作ったんだけどね」などとシュナイゼルは言っていたが、嘘くさい。

だがこれでルルーシュもG1ベースでぼけっとしているだけの存在ではなくなる。キングから動かなければ部下はついてこないのだ。その信念に、ようやく自らを沿わせることができる。

予定では、ルルーシュはL.L.に抱かれて機体に乗り込み上の席に、L.L.は下、操縦席に着席することになっている。こちらで操作できるものといえば、ハドロン砲の発射ボタン程度。危険すぎる?いいや、この機体は空を飛ぶ。

ロイドが前から奮闘していたフロートシステムの小型化に成功したのだ。これがあったからこそ、ナナリーはルルーシュが戦場に出ることに頷いた。近いうちに完成してお披露目ができるだろう。ルルーシュがナイトメアに乗るのなら、護衛の咲世子も自由になる。さすがに専用機は作れないだろうが、それでもうまくいけば2体、いや枢木スザクの確保に成功すれば3体、一気にうちの部隊に追加できるのだ。目覚ましい戦力アップとなる。これが楽しみでなくてなんだろう。いち総督が持つには出過ぎた戦力だと言われても、シュナイゼルの技術部に協力しているという言い訳が立つのはありがたい。

もちろん今日のところはいつもと変わらず、指令室からの参戦だった。

「サムライの血、な」

中部最大のグループだ。もちろんブリタニア軍を動かせるルルーシュからすればどうということはない。問題は。

「来るだろうか。クルルギは」

「来るでしょう」

「おそらくは」

ジュリアスと咲世子がそれぞれ答える。ルルーシュは満足そうに頷いた。

「サムライの血は日本解放戦線に次ぐ巨大組織だ。ここを崩せば京都と富士の防波堤が決壊すると言ってもいい。これの陥落を見過ごすようなら、イレブン鎮圧など赤子の手をひねるよりたやすいことだ」

ナナリーのナイトメア、ランスロット・モルガン。漆黒の悪夢はついこの間、チバゲットーで初の演舞を果たした。わざとナイトメアの所有数が多く、メカニックでもいるのか中古品らしさを感じないそれらが自慢のグループを狙い、その結果、ナナリー一機でほとんど壊滅。この現状なら、そろそろ向こうも奥の手を出してくるだろう。キョウトが最新式のナイトメアを所有しているという話は、早いうちからわかっていた。搭乗するのはおそらく枢木だ。ルルーシュはくつくつと喉の奥で笑う。

「気が立っているだろうな、この間の婚約話で。向こうだって素性がばれていることを分かったうえでの猿芝居だ。神楽耶姫の心痛、察してあまりある」

「……殿下」

まだ採用されて日の経っていない、覆面の側近ははぁとため息を吐いた。不敬罪なのだが、皇子自身が咎めない以上、誰も異を唱えることはできない。

「皇子殿下にあるまじき顔ですよ、ルルーシュ様」

咲世子がふんわりと笑った。

「それじゃあどっちがテロリストだか、わかりはしませんね」

「お前に言われたくないな。その面の下でどんな顔をしているやら」

「わたくしは殿下の側近として、相応しい顔をしていますよ」

「それはそれは。ろくでもないな」

『――殿下』

ルルーシュが中央を陣取る通信台に、大きく部下の顔が映し出される。

「アレックスか」

『こちらの準備はすべて整いました。ご指揮を』

「あいわかった。そちらも、武運を祈る」

クロヴィスの元部下。エリア11軍の将軍だ。どうやらクロヴィスがルルーシュのことを褒めちぎっていたようで、いかな日陰皇子と言えど問題はなくやれている。確かに優秀な男ではあった。この男がルルーシュに異を唱えず、軍の人間をまとめようと奮闘していることは、こちらにとってもありがたい。おかげで軍部の掃除には、余裕をもって取り組める。今は政庁の、無能だが地位だけはある役人をどう角を立てずに排除するか、そちらで頭がいっぱいだ。

ルルーシュは目をつむり、深呼吸をする。

いつ何時でも、何度やっても、殺し合いをしろと宣言するのは重い。

それでも隠しきれない昂揚が自身の中にあることに、嫌気がさす。自分が、戦いを好んでいるだと?人の命を屠って悦んでいる?まさか。

ルルーシュは耳に掛けたマイクのスイッチを入れる。

 

『――テロリスト諸君に告ぐ。こちらはエリア11総督ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである。貴様たちの行いは我が国に対する反逆であり、また臣民の安全を脅かす卑劣な行為である。5分以内に投降せよ。我々は無駄な争いを好まない。返答がない場合、突入する。繰り返す。テロリスト諸君に告ぐ――』

 

 

あの男に似ていると感じることは、ルルーシュにとって屈辱でしかなかった。

なのに口元は三日月にゆがむ。少年皇子はたしかに笑っていた。

そして背後に控える男は、声を出さずに小さく何事かをつぶやいた。

眼前で昂っている少年。かつての自分によく似た姿を眺めながら、彼は目を細めてこう言っていた。

スザク、と。

 

 

枢木スザクは深呼吸をした。

策は打った。自分の宝への守りも完璧だ。

『スザクくん、準備はできたか』

『はい。藤堂さん、合図が下りたら地下の指揮を任せます』

『承知している。では、またあとで』

『また』

静かな機械音が響くコクピット。今まで数度、実戦には参加してきた。この間の戦いには運悪く参加しておらず、結果があれだ。あの化け物のようなナイトメア。悪夢のナナリー、その言葉が脳裏をよぎらずにはいられない。真正面からあれとやって、勝てる機体はおそらくない。この紅蓮ならいい勝負にはなるだろうが――。

「だけど、こちらの手をそれだけと思っているなら」

スザクはごちた。

「おまえの負けだ、ルルーシュ。そのいけ好かない仮面を剥がしてやるよ」

 

 

 

『全軍攻撃開始!』

ルルーシュの声が響いた瞬間、一斉に最前線のナイトメアが動き出した。山をまるごと要塞化した巨大なアジトを持つここは、さすがのルルーシュでも内部構造までは掴めていない。どこにどんな施設があるのか、首魁はどこにいるのか。スザクはそのような情報まで、あの蔵に置いていてはくれなかった。

ずんずんと進軍してゆき、ジェレミアを先頭に進む。それぞれ坑道の入り口から内部を割り出す予定だった。しかしルルーシュの予想通り、そこへ入る前に、中からイレブンたちが飛び出してきた。

「すべて撃破し、ジェレミア、お前はキューエル隊を率いて先に行け。セシリア、カラム隊もあとに続け、内部で数手に分かれろ」

「イエス・ユアハイネス」

中に入って、袋のネズミにされたらおしまいだ。だからこそ慎重に、探知機能をフルに使うしかない。どのみち誰かを向かわせねばならず、そうなるとここでエリア11軍のみを向かわせるのはあからさまに捨て駒と言ってしまうようなものだ。だからジェレミアを向かわせた。ルルーシュが名実ともに地位ある人間ならばこの程度気にもしなかっただろうが、それができれば苦労しない。

「ジェレミア、十分に注意しろ」

ルルーシュは中へと向かわせた隊と映像を共有しつつ、入り口で戦っている部隊へ目を向けた。敵の使用機体はグラスゴーと、それを改造したらしい灰色の機体――無頼というらしい――が数機。目ではない。しかし動きは他のグループとは段違いであり、統率のとれた動きだ。今までも訓練はしてきるようだったが、付け焼刃感が否めなかった。だが、これはははっきりと違う。

外へ出てきたたくさんの無頼やグラスゴー。サザーランドまで交じっているのには、ブリタニア軍内部からの手引きとしか取れず、舌打ちするしかない。

それらをほぼヴィレッタとブレア隊に任せ、ナナリーとアーニャを温存する。

杞憂で終わるだろうが、ナナリーのエナジーを多く残しておきたい。

次々とイレブンたちが脱出ポッドを使い戦線離脱してゆくが、今は追わない。

「新しい機体。お前は何か知っているか?」

ルルーシュはジュリアスを呼び、囁いた。

「……答えると思うのか?」

「命を無駄にしたくないのなら、くだらんルールは捨ててもらいたい」

言い切ると、ジュリアスは黙った。答える気があるのかないのか、黙って戦況を見つめている。

指令室の壁に大きく設置された液晶。上空からアジトの全体を簡略化して映した図に、ぽつぽつと点が浮かび上がってゆく。熱源反応の集まっている区画だ。これらのうちのどれかに、このグループのリーダーがいる。だが、そいつを生かすつもりはルルーシュにはなかった。

「正面突破、ジェレミア卿に続きます!」

別の隊から通信が入った。よし行けと言ったと同時、液晶の前であちこちと通信を交わしていたオペレーターからポイントを割り出したと報告が入る。ルルーシュはジェレミアを向かわせた。

予定通りだ。今のところ、不審な機体を発見したとの報告もない。

探索班のプライムサーチでは、一か所に人の熱が集中している。地下だ。相当の人数がいる。

ここの装備は旧時代のものばかり。ルルーシュが調べた内部構造と、部下から上がってくる情報はほぼ同じだ。これまで通り、枢木スザクから拝借したデータ。

制圧したのち幹部を引きずり出せ、できなければ一掃。先頭を走るジェレミアにそう伝え、

ルルーシュは内部を進む隊を小分けにしつつ、外から山ごと蜂の巣にするための準備をする。

ナナリーの出る幕もないだろう。思い違いだったかと、ルルーシュが眉を寄せた、そのとき。

ぴぴぴぴとけたたましい音がして、突如、ある一点で次々とLOSTの文字が光った。

「なんだ!」

ちょうどロストしたあたり、そこの部隊長に通信をつなぐ。

「わかりません、見たことのない赤い機体が――!うわあああッ」

「おい!」

来た、新型か!ルルーシュはぎりと歯を食いしばる。次々にやられていくそのさまは、ナナリーのモルガンが敵側にいるかのようだった。そして正体不明の敵は、間違いなくナナリーの方向へ向かっている。

「ヴィレッタ!ナナリー、アーニャ!」同時に通信を入れて叫ぶ。しかし、ヴィレッタからの返事はない。ロストはしていないのに、なぜ?予測していなかった事態。今までなかったことに苛立ち、返事のあったほうに声をかける。

「ナナリー、そいつを食い止めろ!アーニャ、お前はナナリーをカバーして――」

「駄目だ!」

「は?」

横から突然ジュリアスが声を張り上げた。通信台に手を突き叫ぶ。

「ナナリー!、っ……皇女殿下、お逃げください!アーニャもだ!枢木スザクが乗っている!その機体は――」

ジュリアスはようやく、自分の手の内を明かす気になったらしい。だが感心している場合ではなかった。この取り乱しよう。

ナナリーが危険だ。

「なぜ枢木だと」

「あんな動きをするのは奴だけだ!」

ルルーシュはモニタ前であたふたしているオペレーターたちに指示を飛ばした。それぞれの部隊の無事を確認させる。

「ブレア隊と連絡取れません!機体の動きが完全に停止しています、ヴィレッタ卿もです!」

「なに!?」

集団故障などありえない。しかし、その現実が目の前にあった。

「オーギュスト隊、応答せよ!」

「アレックス将軍とも連絡がつきません!」

何が起こっている。ルルーシュは血の気が引くのを感じた。

そうこうしている間に、ナナリーの前に件の機体が現れた。

ファクトスフィアの映像をこちらにも受け取れるようにすれば、禍々しい銀の手を持った赤い機体。

――あの手、何かがある。

距離を取れ、とは言わなかった。二人とも理解していた。

だけどそれでは不十分だった。ジュリアスが駄目だもっと距離を取れと叫んだと同時、アーニャのグロースターの頭、コクピット部分が銀色の手に捕まった。嫌な予感がした。頭の中で警報が鳴り響いている。まずい。

覆面の男が大きく舌打ちをする。

事情を理解しているらしい彼が、手を突いていた通信台からゆっくりと手を放した。それが諦めの姿勢に見え、悪寒が背を駆ける。

「ナナリー殿下、今すぐお逃げください。敵の狙いはあなたです」

「アーニャ!」

ナナリーからの返事はなかった。引き攣るような声で騎士の名を呼ぶ。

その瞬間、それは起こった。

銀の手から、奇妙な熱放射がされている。ナイトメアはたちまち変形し、ぼこぼこと、病気にでもなったかのようにあちこちを膨れさせていったのだ。

おぞましい光景だった。

中にいるパイロットが無事ではすまないのは明らかだ。サクラダイトとともに爆死するか、急上昇したコクピット内の熱にやられるか。ルルーシュも彼女の名を叫んだ。いけない!

ナナリーが金切り声で逃げなさいと叫んだ。それに対しもっと切羽詰まった声で、殿下逃げてくださいとジュリアスが叫ぶ。ここまで追い詰められたことも、このような方法で攻撃されたこともナナリーにはない。軽いパニック状態だった。

アーニャがナナリーの言葉通り、脱出機構に手をかけた。間に合ったらしく、勢いよく飛び出していったコクピット。あそこで意地を張ったって、ナナリーを守ることはできず、死ぬだけだ。ルルーシュは重苦しく短い息を吐く。汗が頬を伝った。

いったい何が起こっている?

「ブレア隊動きました!」

オペレーターが歓喜の声を上げる。それを聞き、ジュリアスは忌々しそうに地団太を踏んだ。

「ゲフィオンディスターバーが切れた。だが、その分のエネルギーは……次は殿下だ。おそらく森じゅうに仕掛けられているぞ。逃げても無駄だ」

ジュリアスは体から力を抜いた。

ルルーシュはその行動が信じられず、目を見開く。彼は怒りのあまりだろうか、震える声で言った。

 

「――もう間に合わない」

 

次の瞬間、派手に炎を立ててアーニャの機体が爆発し、ナナリーの動きがぴたりと停止した。

ジュリアスの予言が的中したのだ。

自分の口から妹の名が飛び出したが、どうすることもできない。

そしてこちらの大騒動を知らないはずのジェレミアから、焦った声が飛んできた。

「ルルーシュ様罠です!我々の到着と同時に地下の坑道へと逃げられ、威嚇砲撃ののち、すぐに内部の爆破が始まりました。彼らはここを放棄するつもりです。現在地上へ向かっていますが、間に合うかどうかは」

「な……っ」

地下坑道、そんなものはなかったはずだ。

「やられたな」

ジュリアスが温度のない声で言う。

「貴様……っ」

「それよりもナナリー様が」

咲世子が絶望的な声を出す。動けなくなったナナリーは、囲まれて捕らえられた。

そのまま担がれ、真新しい黒い機体を盾に素早く退散していく。すぐそばにあり、巧妙にかくされていた地下への道へと潜ってゆく。

追え、と言う暇もなかった。彼らの姿が消えるとともに、入り口は爆破され、ふさがった。

呆気なかった。

これ以上ない、見事なまでの敗北だった。

 

 



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3-8(完)

「ラクシャータ・チャウラー、KMF開発に転向した元医療サイバネティクスの権威。特派のロイドやセシルと、同じ大学の研究室だったはずだ」

「それがなぜ日本解放戦線に下っている!」

「さあな。ブリタニアを良しとしない組織に与していたんだろう。勢力の大きさと本拠地から考えて――おそらくはピースマーク。今はインドにいるか、すでに密入国しているか……後者だろうな。ゲフィオンディスターバーを扱えるのは彼女しかいない」

 

撤退し、政庁までの帰り道。ルルーシュは気が狂いそうだった。

なんとか戻ってきたジェレミアたちへの労いの言葉もなく、ルルーシュは車椅子の肘置きを叩いて叫んだ。

「皇神楽耶を捕まえろ!名目はなんでもいい……枢木スザクを呼び出せ!今すぐにだ!」

「ルルーシュ様、」

「イエス以外の返事はいらない、早く呼べ!あいつがこの組織のトップだ!」

なりふり構わず叫び、戦から戻ったばかりのジェレミアに、今どこにいるとも知れぬ枢木スザクを呼び出させた。

 

ナナリーが攫われた。

声明は出ていない。誘拐してこちらを脅すのが目的ならまだいいが、もしも、もしも、もしものことがあったら。ナナリーは戦姫だ。殺してしまえば現在のゼロ部隊は瓦解する。断言できるほど、ナナリー・ヴィ・ブリタニアの戦力は大きい。皆が知っていることだった。ナナリーに仕事を取られた兵士がどれだけいるか。ルルーシュと同じように、彼女もまた一部の人間にとっては邪魔だった。

実のところナナリーへの暗殺未遂は、ルルーシュのそれよりも多いのだった。

ナナリーを潰せばルルーシュなど、放っておくだけでいい。

自分の足で逃げることもできない非力な皇子。

妹の死に憔悴しきったルルーシュを殺すことなど、赤子の首を捻るより容易い。

そう思われているのだろう。

ルルーシュはナナリーが。

ナナリーはルルーシュが。

ヴィ兄妹のアキレス腱が何かは、あの魍魎渦巻く宮殿の、誰もが知っていた。

その弱点がイレブンの知るところになったって、なにひとつおかしくはないのだ。

顔は真っ青になり、脳は鈍くしか回転しない。

それでもジェレミアからの連絡を待つ間、幸いにもルルーシュにはやることがあった。

あの赤い――グレンとかいう機体。ゲフィオンディスターバーなどという、作戦をひっくり返してしまう恐ろしい技術。

それらを何故、ジュリアスが黙っていたのか。

あのとき指令室にいた、つまりはナナリーの誘拐を知る僅かな兵たちには、突然こちらの知り得ない敵の技術を叫びだした覆面の男に疑念が生まれているようだった。無理もない。ルルーシュは弁解などしてやらなかった。低い声で残れと告げた。

そして尋問のように問い詰める。G1ベースに二人きり。皇族専用の椅子が置かれる場所にはそれはなく、ルルーシュの車椅子が鎮座する。握った拳がぶるぶると震えていた。

地上からナナリーの消えた地下の構造を調べようにも、当然のごとく難航している。

埋まった入口を掘り返し、地下道に侵入しても同じことだった。まるで迷路のように入り組んでいて、ふさがれた道や地上への出口も多く、つまりは追い切れていない。最近作られたものではないということは判明していた。

日本解放戦線は、リスクを冒して広範囲にこの地下道を張り巡らせていたのである。探索班のひとつがかつての地下鉄路線に出たことには、クロヴィスの、そして自分の放置を恨むことしかできない。日本は電車でどこまでも行ける国だった。都市部には地下鉄が張り巡らされている。トウキョウでもテロリストの逃げ場やホームレスの棲み処として問題になっており、早いところ片づけてしまいたい問題でもあったのだ。もっと早くに手を打つべきだった。

初めに逃したのがいけなかったのだ。地の利はあちらにある。なんとしてでも、あのときナナリーを取り戻さねばならなかった。いや、捕まってはいけなかったのだ。

どうにかなってしまいそうだった。

面を外したジュリアス――L.L.は、ひどく青ざめていた。真っ白と言ってもいいその顔色に、少しだけ怒りが静まる。自分と同じくらい、この事態に危機を感じているようだった。

どういうことか説明しろ。詰問すれば静かに答えた。今回現れた新手の正体を開発したのはラクシャータ、彼女だと。その機能までを大まかに説明され、怒りはさらに募った。

そこまで知っていてどうして!

「…グレン。ゲフィオンディスターバー。お前はそのすべてを知っていた。知っていて教えなかった!こうなる可能性があると知りながら!」

口に出すと、その卑怯さが許せなかった。戦場だ。数多の命が潰えること以外に、確かなことなどひとつもない。勝利も敗北も、約束されることはない。万が一のそれをなんとか消し去りたくて、ルルーシュはこれまで必死にやってきたのだ。情報収集だって怠らなかったのだ。

L.L.はそんなルルーシュを知っていた。知っていて、そして宝のような情報を持っていながらもそれを秘した。

「契約破棄も考えねばならないな。言い訳のひとつでもしてみたらどうだ」

ルルーシュが沸騰した冷ややかな声で告げると、L.L.は苦しそうに眉を寄せる。

何も言おうとしないことに我慢ならない。いっそ撃ってしまおうかとすら思った。どうせ死なないのだ。これが苦しみ息絶える姿でも見れば、少しは溜飲が下がるかと思った。

一秒が永遠にも感じる。

時計の針は何周しただろう。そう考えてしまうほど十分すぎる沈黙を置いて、L.L.は重々しく口を開いた。

 

「…………俺は、この世界の人間ではない。こことは異なる世界、異なる時間、異なる摂理からやってきた」

 

何をいまさら。

「知っている」

「言っただろう?未来を知っているというのは嘘ではない。俺はこれから起こりうる事件も、新たに現れる兵器のことも知っている。お前がこの先ガウェインに乗り、どんな使い方をするかも、すべて」

「ならばなぜ!お前なら……お前なら防げたはずだろう!」

悲鳴のような声が出た。ナナリーが今、どんな目にあっているか、それを思うだけで胸が刺されるように痛い。失うかもしれない恐怖に襲われる。

ただひとつ、あの子はルルーシュのすべてだ。

彼女のために、彼女と交わした約束のために、ルルーシュは戦っている。

彼女との明日のために、人殺しとなる道を選んだ。

なのに。

「……だからこそ。未来は不確定だ。俺がお前に教えることで、より悪いほうへと向かわないとも限らない。この世界へと渡る途中、俺は見た。世界を飛び越えたコードユーザーが、その先の世界を破滅に導いてきた数多の過去を。未来を教えることで、教えた本人にも予測できなかった、最悪の未来が待ち受けていたのを」

L.L.は静かに語る。ルルーシュはその雰囲気に、認めたくはないが、気圧され――黙った。

それほどまでにL.L.は悲愴な空気をまとっていた。ここまで彼が本音らしきものを打ち明けるのは初めてだ。

コード――おそらくは彼の持つ能力。不老不死の原因であるらしいそれについて、名を口にするのも同じこと。初めて会ったあの夜に独り言のように言ったっきりで、一度も言葉にすることはなかった。

 

「いい機会だから言っておく。俺はこの今、2017年の段階で、お前とは全く異なる人生を送っていた。何もかもだ。お前が奪う立場として生きてきたなら、俺は奪われる立場だった。生まれは同じでも、すでにブリタニアの皇子などではなかった」

「…………」

「未来どころか今この瞬間すら異なる。俺の知る世界の今ガウェインは完成していたし、実戦投入されていた。ランスロット・モルガンは存在しなかった。だからこそこのもうひとつの世界で、紅蓮弐式とゲフィオンディスターバーも、自分の知るものなのか確証はなかった。不確定事項を話すことで、世界が歪むのを俺は恐れた」

 

ルルーシュと同じ顔の男が、ゆっくりと瞬きをする。皇歴2017年の今日は、何もかも決定的に変わってしまった、あのブラックリベリオンからほんの少し前。そこにはまだ、彼の愛した日常があった。

ルルーシュはそれを知らない。そしてL.L.自身、それを覚えているかは定かではない。だけど彼はその瞬きの間に、彼の『世界』を思い出していた。

L.L.は真摯に話す。

どう言えば伝わるか。ルルーシュを別の世界の自分ではなく、まったくの他人として、丁寧に言葉を選んでいた。

電気の点いた部屋がどうしてか暗く見える。隅々まで明るく照らされていることに、違和感を感じてしまうような空気だった。

「俺は見守ると決めた。ここでは俺は傍観者だ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは二人もいらない。ここはお前の世界で、お前はお前の人生を生きるんだ。だからこれからも俺は、知っていることを教えられない。今日のようにぎりぎりで、どうしようもなくなってから言うかもしれない。それが駄目だと言うのなら、今ここで契約を破棄しよう」

まっすぐ、強い光に射抜かれた。

緊迫した空気は、初めて会った、つい数か月前のあの夜のようだった。

言い終えたL.L.は瞬きもせず、答えを待っている。

ルルーシュは戸惑う。怒りはとうぜん、まだあった。ナナリーが捕まったのは自分のせいだが、情報を先に与えられていれば、まずこんな作戦はとらなかった。

 

だが。

 

……だが。

 

「契約は続行だ」

 

ルルーシュは絞り出した。

「お前の言う“魔女”を見つけるまで。……ここにいろ」

 

紙のように白い顔をしたL.L.。彼には彼なりの苦悩があるのだろう。

『未来を知りたいか?』

あの日の声を反芻する。華麗な入れ替わり劇をした日のことを。

『いたずらに不確定な、お前の大事な人間が死んでいくだけの話を――。』

大事な人が死んだのだと言っていた。

ルルーシュが当たり前に接する面々の中には、彼にとっての死人もいるのかもしれない。

いや、いるだろう。

必ず。一人や二人ではないのだろう。

 

だから――。

 

違う。そう簡単に納得できるものか。

まさかそこまで単純には考えられない。単細胞ではあるまいし。

それでも今はひとまず、この関係を続行することを、ルルーシュは選んだ。

その時耳につけたままのインカムから、ジェレミアからの枢木スザクを確保、政庁へ連行するとの報せが入った。

 

 

 

「……ルルーシュ?」

 

呼ばれたような気がして、少女は振り返った。懐かしく親しい伴の声に。

もちろんそんなような気がしただけだ。現状を鑑みればありえない。

聞きたかったからせめて幻聴を、だなんてまるで夢見る乙女のようではないか。

ふ、と唇の端だけで自嘲を浮かべた。

死なずの魔女とはまったく相いれない響きだ、笑わせる。

くるりと回って向き直ると、着慣れてしまった、軍服にしては可愛すぎるスカートが揺れる。

なかなか着心地がよかったが、これともそろそろお別れだ。それを伝えにここへ来たのだ。

幻などに焦がれなくても、もうすぐ会える。あれがどこにいるかはわかっているのだ。

私はC.C.だから。――と、言うにはいまいちなこの状況。格好がつかない。

少なくともルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの居所なんて誰でも知っている。

エリア11。

久しく聞かない名だった。懐かしい。

そう、懐かしい、と思えるほどの時を、もう。

ルルーシュ、ああ、あいつは大丈夫だろうか。

かつての思い出に塗れた世界で別人を名乗る。気が狂ってやしないか、正直ちょっと心配だ。

だからそのためにも、今しなければならないことは。

少女――C.C.はそのまま目の前の扉を開き、

「レイラ。いるか」

するりと部屋の中へ入っていった。

 

 



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第四章 血と鋼のニオイ-1








思ったよりも早かったなと、神楽耶は思った。

この地を踏んで数日。ようやくここへ来た目的を遂げることができそうだ。

本来ならば隣にいるであろう男を思う。キョウトからの護衛を数人引き連れては来たが、ひどく落ち着かなかった。彼はいるだけで神楽耶を安心させ、勇気づけてくれる。神楽耶の兄であり、夫であり、共犯者。あの血に染まった日がなければ、きっとここまで彼と強く結ばれることはなかっただろう。

目を瞑れば、大丈夫だよと微笑む姿が容易く浮かぶ。

だから神楽耶も同じように、遠い地にいる彼を思って祈った。

――大丈夫ですから、安心してお行きなさい、スザク。

果たして作戦はうまくいったか。ブリタニアに手の内をさらす形ではあるが、その代わりにナナリー副総督を手に入れられるのならば。

スザクと神楽耶に疑いがかけられ――いや確信を持たれている以上、こちらはどこまでも不利だ。このまま、どうやら向こうに情報が流れているらしい現在の大きなアジトを捨て、何年もかけて作り上げた、人の手の及ばぬ深い山中にある巨大な地下都市や潜水艦を拠点とする。そして本格的に動き出す。名誉ブリタニア人の枢木スザクと皇神楽耶は雲隠れしてしまう。

その計画をうまく運ぶために、ナナリー・ヴィ・ブリタニアを人質にする必要があった。

神楽耶が国外へと身を隠したのも、ルルーシュの手から逃れるため。

一世一代の大勝負が始まろうとしていた。

 

「お待たせいたしました」

 

来た。

神楽耶は身構える。大宦官とお付きの女官に連れられて、純白が姿を現す。少女はやや緊張したふうにおずおずと挨拶した。

通訳を断り、神楽耶は流暢な中国語で告げた。

「お会いできて光栄ですわ、天子様。皇神楽耶と申します」

自分と同い年の少女は、ひどく幼く見えた。

無垢、その言葉がぴったりだ。ひたすらに美しい、観賞のための壊れ物のよう。

彼女を交え、大宦官と話すは世界情勢。天子は半分ほどしか理解していないようだった。噂通りの傀儡の天子ということか。

中華とはここ数年よい付き合いをしている。しかし彼らの目的がいずれの日本支配であることは明らかで、うかうか心を許せるわけもない。彼らはブリタニアにもいい顔をしているのだ。

どちらをも選べるように。どちらを切り捨ててもよいように。

神楽耶が日本から来たと知り、天子は顔を輝かせた。

「エリア11といえば、ルルーシュが総督をしているところですね」

「え、ええ」

とっさのことに動揺を隠せず、神楽耶は焦った。

なぜ彼女がルルーシュのことを親しげに呼ぶのか?

「ルルーシュが総督になってから、エリア11の経済は潤っていると聞いています。彼ならば、きっと民を皆救ってみせるでしょう」

「失礼ながら、天子様はルルーシュ総督のことをご存じで……?」

「ええ。ルルーシュは7年前、この中華へ留学に訪れていたのです。わたしの、唯一のお友達ですわ」

天子が笑う。ルルーシュのことが好きでたまらない、愛しく思っているというのがよくわかる心からの笑み。

大宦官たちは複雑に思っているようだったが、神楽耶が興味を引かれたのを装って尋ねると、詳しい事情を説明してくれた。半年間朱禁城で過ごし、天子さまと交流を持ったと。

天子の名で呼ぶことを、世界で唯一、天子直々に許された人間だと。

ルルーシュ殿のこととなると、わがままも申されますものなあと、また別の宦官も言った。

すっと血の気が失せる。顔色が変わったのが自分でわかった。

冷汗が背を伝う。

自分たちは、決定的な一手を間違えたのかもしれない。

 

 

 

 

現れた枢木スザクは硬い顔をしていた。さすがに緊張もするだろう。ここまで早くとは思わなかったのかもしれない。これがもう少し遅ければ、戦局は変わっていた――例えば考えたくもないが、暴行されたナナリーの写真のひとつでも寄越されれば、ルルーシュは何もできなかっただろう。

ジェレミアに命じ、ルルーシュが知るはずのない、枢木スザクの個人用携帯に連絡を送った。

皇神楽耶を指名手配――発見次第問答無用で殺害の許可の降りる一級のものだ――されるか、ここへ来るか選べと。

スザクのプライベート番号。そこまで調べがついているのだと、牽制する役割もあった。ついでに紅蓮弐式の名まで出してやった。どこまで漏れているのかと顔を青くしたことだろう。

ここまでやっても来なければ、それまで。

断固殲滅だ。

もうひとつの鍵、皇神楽耶。こちらはヴィレッタに調べさせ、現在中華にいることは割れている。

そう、よりにもよって中華だ。なんと愚かな選択をしてくれたのだろう。ついている。天は俺に味方している!

ルルーシュは笑いを抑えきれなかった。絶望的なこの状況を、わざわざあちらからひっくり返してくれるとは!

自陣のクイーンを丸裸にして、タダで済むわけがないというのに。

武器の確認はしたが、万が一の時のため部屋の外には咲世子が控えている。

静かだった。先ほどL.L.と話した時も同じように沈黙が落ちていたが、緊迫し、やるかやられるかという空気は先ほどの比ではなかった。まるで戦場――いや、正しく戦場だ。

ぴりぴりした空気が肌を刺す。沈黙を破ったのはルルーシュで、わざと酷薄に笑った。長ったらしい前置きをするつもりはなかった。

「日本解放戦線の首魁どの。今すぐ我が妹を返してもらおうか」

「……なんのことでしょう、総督。自分はただの」

「御託はいい。いいか、とびきりの極秘情報を教えてやろう。中華連邦の天子、蒋麗華は私の婚約者だ。いずれは中華の主となる私が、被支配民族の小娘ひとり殺せないと思うか?」

スザクが目を見開く。驚愕に震える唇から、引き攣れたような声が漏れた。ルルーシュはクツクツと喉を鳴らす。

「やはり知らなかったか。私が中華へ留学していたことはあまり知られていない。情報収集が甘かったな?ブリタニア本宮の役人レベルなら誰でも知っている話だ。お前はチェックに失敗したんだよ」

もちろん煽るための嘘だ。ルルーシュの留学先はほとんど秘せられていた。知っていたのはわずかな皇族と、宮殿の中枢を牛耳る、その中でも最も力のある貴族くらいのものだろう。今となっては簡単に入手できる情報ではないはずだ。

「お前の姫とこの国の未来、どちらを取るかな?ここでお前がしらを切るなら、私は彼女を探すためにどんな手をも使おう。必要とあらばイレブン虐殺もやむなしだ。今の甘ったれた政策など、今すぐやめていいんだぞ」

両手を広げ、残念だというように首を振る。

麗華と婚約しているというのははったりだ。正確には婚約予定、である。まだ正式な話として挙がったわけでもない。だが皇族の間でかなり具体的に審議されていることであり、ルルーシュがシュナイゼルに望めば、来月にでも挙式となるだろう。

とにかく、ここで真実だと思いこませられればなんでもよかった。

「神楽耶に婚約を申し込んでおいて……っ」

「ブリタニアは皇族に限り一夫多妻制だ。さすがに数に限りはあるが――おいおい、まさか知らなかったのか?我が父上の奔放ぶりを知らぬわけではあるまいに」

鼻で笑う。スザクは取り繕うことをやめたらしい。殺気が膨れ上がり、般若のような形相になってゆく。

まるで獣だ。

「きっさま……!」

「お前に残された道はひとつだ。ただちにナナリー副総督を開放しろ」

「僕が……俺が、おまえの言うことをきくと思うのか。どうせ殺されるなら彼女も道連れだ。一両日中に僕が戻らなければ、副総督は僕の部下に殺されることになっている」

「ならばお前をネズミどもの巣に戻すまでだ。わが軍の誇るナイトメアの軍隊が、お前を丁重に送って行ってやるさ」

スザクがぎりと唇を噛む。

「……ここまできて、計画をふいにするわけにはいかない。僕と神楽耶が消えたって、組織は機能する」

強情な奴。

まるで自分が正しいと疑わない澄んだ目。それはルルーシュが大嫌いなものだった。そんな目をしているやつに、ろくな人間はいない。

抑えていた苛立ちが爆発しそうになって、

「死ぬ覚悟はある。ナナリー・ヴィ・ブリタニアは返さない」

――そのまま怒髪天を突いた。

「ふざけるなッ!!」

バァンと机を叩き、置いてあったチェス盤の駒を薙ぎ払う。机の上のランプが大げさに飛び上がり、倒れた。ルルーシュの真ん前に、黒のポーンが転がって止まる。

「自分こそが正義だとでも言いたげな顔だな?枢木スザク。貴様こそがこれまで情報を売っていた日本解放戦線の最大の裏切り者だとも知らず、ご苦労なことだ!ああ、そうだな、貴様がそのつもりならかまわない。残ったネズミともども歓迎してやるさ。お前と神楽耶の二人ぽっちが死のうが死ぬまいが、どうでもいいことなんだよ。今更殺す相手がふたり増えたところで、私はなにも変わりはしない。そんなことで腹が治まると思うな!おまえたちだけで済むはずないだろう……私の、俺の妹に対する命がナンバーズ二人?笑わせる。たった今、お前はイレブン全員を売ったと思え。構うものか、矯正エリアと同じ扱いをしてやる!」

「なっ……」

「なにを驚いた顔をしている?当然だろう?何のためにお優しい政策にしてやっていると思っている、ナナリーのためだ。彼女は無駄な血が流れるのを好まない――――ああ、それとも裏切りのほうか?お前が教えてくれた“家”の地下室には、ずいぶんと助けられた。礼を言っておこう……枢木。お前はおめでたいな。なんにも気づかず今日まで来れて、幸せなやつだ。お前こそが、テロリストどもを無駄に死に追いやってきた男だというのに!」

しん、と部屋が静まり返る。

スザクは呆然とし、そして――吠えた。

鎖から解き放たれた獣は激昂のままに机に乗り上げ、そのまま車椅子に座るルルーシュに飛び掛かってくる。強引に押し倒される。ルルーシュは強かに頭を打ち付けて、呻いた。スザクは我を忘れているのか、ルルーシュの顔を思い切り拳で殴った。手加減なしのそれに口内は切れ、口の端には血が滲む。

「この、この……っ、卑怯者が!あの悪魔の女がお優しい?そんな……そんなことが信じられるか!あれだけ、あれだけ他の国を蹂躙して奪っておいて!どれだけ死んだ!どれだけ殺した!」

「ルルーシュさま!」

咲世子が部屋に飛び込んでくる。落ち着いた足音が続くのは、おそらくこれはL.L.だろう。政庁に戻るなりふらりと消えたと思えばこれだ。ずっと部屋の外にいたのだろうか。

「咲世子さん。大丈夫だ」

L.L.が囁いているのが聞こえる。しかしどうでもよかった。どうだってよかった。ずきずき痛む頭も、切れた口の端も。

ナナリー。

微笑む彼女の姿がちらつく。今どこでどうしているだろう。きっとヴィ家の名に恥じぬ振る舞いを、副総督の名に恥じぬ行動をしているだろう。その姿が浮かぶだけに、胸が痛かった。

自分の所為だ。

床に転がってスザクにマウントをとられたまま、それでも目だけは抵抗し射殺すように睨み付ける。意識せずとも地を這うような声が出た。

「ナナリーを侮辱するな。……皇族の俺たちに、ほかに道があったと思うのか」

「知ったことかそんなもの!」

「ほら見ろ、お前は敵を知ろうともしない!そんなことだから敗北する!お前の敗北はあの小賢しい女の死と同じだ。今頃は天子と呑気に茶でも楽しんでいるかもしれないが、俺はいつでもあの女を捕まえられる」

麗華には悪いが、彼女の純粋さこそを利用させてもらう。ルルーシュの頼みなら彼女はまず間違いなく、なんの疑いもなく聞いてしまうだろう。この程度のことなら大宦官も頷くはずだ。すでに神楽耶には国家反逆罪という立派な罪がある。庇ったところで益のない罪人を匿ってブリタニアに引き渡さないことは、今の中華にとって得ではない。治外法権?バカバカしい。それを理由に難癖をつけて今度こそ中華に攻め入ることだってできる。

我らがブリタニアは、そういう強盗の国だ。

上手い政治ができる人間がいるなら別だが、あの大宦官の腐った頭じゃ、駆け引きしながら回避するなんてのはまず無理に違いないのだ。

だが、これは麗華とルルーシュの関係さえなければ、絶対に成立しなかった交渉。だからこの策を取った日本側が愚かだったのではない。ただ、惜しかった。こちらにとっては、ぎりぎりのところで首が繋がったも同然だ。もしも逃亡先がオーストラリアやEUであれば、ルルーシュは確実に負けていた。

「実に素晴らしい選択をしてくれた。さすがは私の、未来の、妻だな」

揶揄うてやればスザクは震えた。怒りのあまりか、恐怖のあまりか。ちょうど自分の首あたりにあった彼の両腕が、吸い寄せられるようにそこに手をかけ、絞めた。ぐっと息が詰まる。

さすがに驚くが、視界の端の咲世子が短刀を構え、今すぐにでもスザクを殺せる状態であることに安堵する。

「……は、お前はバカか?ここで俺を殺してみろ。ブリタニアと戦争だぞ。衛星エリアになるどころか、矯正エリアに格下げだ」

「その衛星エリアが与えてくれるのは偽物の、押し付けられた平和に過ぎない!イレブンとしての!俺たちは違う……っ、俺たちは、日本人だ!」

「その名が欲しいために何人が死ぬ?今俺が総督であるほうが良いという連中がどれだけいるか考えてみるんだな。お前たちのプライドのために戦争を起こして、そのまま自尊心だけで生きていけるのなら結構だが――そんな考え無しの男に、ナナリーを侮辱する資格はない。あの子は自分が最前線に立つことで、最も犠牲の少ない道を選んでいる。帝国の誰より強い騎士になることで、最も早く戦争を終わらせてきた。その結果を、お前たちが悪夢だなんだと呼んでいるに過ぎない」

「何言ってるんだ?戦争を終わらせる?仕掛けたのはお前たちだろう。お前たちが侵略なんてしなければ、こんなことには……ッ」

スザクは憎しみの籠る声で言った。ルルーシュの首から手を放し、拳で空を切る。

 

……そうだ。

父シャルルがこんなことさえしなければ、ルルーシュもナナリーも、人殺しになどならなくてよかった。ルルーシュは返す言葉を持たなかった。

スザクは正しい。

そう、それだけは真実なのだ。自分たちの手が血に塗れたのは、紛れもなく、あの男のせい。永久に子どもでいることを奪われて、花火の上がる音の代わりに、何十もの命が爆破される音を聞いてきた。花の香ではなく、死臭を嗅いで生きてきた。

「……咲世子」

ルルーシュの一声で、有能な護衛がスザクを引きはがしにかかる。

ルルーシュは崩れ落ちてしまったスザクの唇が、わなわな震えながら「かぐや」と動くのを捉えた。

ルルーシュを抱き起しに来たL.L.は、元通り車椅子に乗せてしまうと、あとはスザクを静かに見つめている。何も言わない。だけど視線は雄弁だった。隠そうとはしている、でも出来ていない。まるで自分が痛いかのような顔だ。

この男は「あんな動きをするのは奴だけだ」と断言していた。まるでスザクの操縦をよく知っている口ぶりだ。それはつまりは、そういうことなのだろう。

彼はスザクを知っていたのだ。

数か月前、ランスロットとスザクをいやに素早く結びつけたの思い出す。おそらく枢木スザクは彼の世界でも、ランスロットのパイロットだったのだ。もしかすれば親しかったのかもしれない。オトモダチだと言った時の、L.L.のこわばった顔。

スザクはまだ震えている。

ルルーシュはしばし考えた。家族か、妹か、妻か。スザクの神楽耶に対する心など知りもしないが、大事なものを思う気持ちは知っている。知っているからこそ、今までさんざん利用してきたのだ。非道なやり口に手を染めたこともある。

つい数分前に、純粋に慕ってくれる麗華の心を使おうとしたように。

拘束されながらソファーに座らされたスザク。ルルーシュに襲い掛かってきたときの殺気は消え失せている。噛みつく元気もないようだった。用意してきた手は奪われ、守りたいものすべてを人質に取られている。絶望だけが、静かにスザクを抱きしめていた。

ふう、とゆっくり息を吐く。あんなに怒鳴ったのはいつぶりだろうか。らしくもないことをした。

ナナリーの命が無事であるとわかった以上、焦燥は少しはましだ。扱いに不安は残るし、できることなら今すぐあの華奢な身体をこの腕に抱いてやりたい。

だけどこの男と皇神楽耶が、乱暴することを許すことはないはずだ。

現場の人間によっては、多少手を上げるようなことはあるかもしれない。それでも拷問や、ましてや女性の尊厳を奪ったりするようなことは、決して有り得ないと信じることができた。ずっと気に食わなかったこいつの正義ヅラのおかげで。この男が、そんな悪役じみたことできるものか。

きっと甘いと知りながら、ルルーシュは口を開いた。

「我が妹の扱いは、捕虜だろう。国際法に則っているんだろうな」

「……ああ」

ならばよし。ナナリーはしっかりしている。今も日本解放戦線のアジトかどこかで、毅然と前を向いていることだろう。

怒りは消えるはずもない。しかし今は。

当初の計画を思い出す。

こいつをランスロットに乗せるなら。ゼロ部隊に入れるのなら。

そしていま、この状況なら。

 

「枢木スザク。ナナリーを無事に返すと言うのなら、皇神楽耶にも、日本人にも手は出さないと約束しよう」

 

スザクがのろのろと頭を上げた。ぎりぎりのところで瞳から光は失われておらず、ルルーシュをまっすぐに刺す。

「お前に日本を返してやる……とは言わない。サクラダイトを失うのはわが国にとって不利益だ。タダで手放すことはない。中華連邦が隣にある以上、この国からブリタニア軍が退くこともないだろう。だが、それでも日本人の名を返し、名誉と権利を回復させてやる。……そう言ったら、どうする?」

咲世子がはっと顔を上げてルルーシュを見た。ゼロ部隊にしか話していない、ルルーシュの計画。そのさらに向こう、ナナリーと自分だけの秘密を、ルルーシュは口にした。

「……いきなりなんだ」

「お前の力が欲しい。あの動き、紅蓮の機体性能だけで片付けられる話ではない。……そうなんだろう?ジュリアス」

「ロイドが大喜びだ」

彼こそがランスロットのパイロットだと、認めたも同然だった。黙っていたいはずの、彼の世界の情報だ。さすがに驚いて見やるが、視線を逸らして応えない。

ならば。ルルーシュはスザクに向き直った。切れた口の中がひりひりしていた。血の味。生々しく感じながら口を開く。

「私の軍門に下れ。その代り、お前に世界を返してやる」

「……それもブリタニアの世界だろう?間違ったやり方で得た結果に、意味はない」

「あくまで徹底抗戦にこそ意味があると?与えられた平和に意味はないと。父枢木ゲンブの志を継ぐのなら、それもいいだろう。だがその結果、何人の日本人が命を落とす?合理的に考えろ。情を捨てろ。鬼になれ。導くものでありたいのなら」

必要なのは結果だ。過程はいらない。結果に過程が必要だというのなら、それをも描いてみせるまで。

演じることだ、何もかもを。

騙し、媚び、篭絡し。憎いものに頭を垂れてきた。

そうしてここまでやってきた。

だからこれからもそうするまでだ。その道行きについて来れないと言うのなら、脅してでも意のままに動かして、利用して棄てる駒とするだけ。

「……エリア日本、か。そんなようなことを言ってったっけ。お前が言っているのは、そういうことだろう?」

「どうだろうな」

「どのみち僕に拒否権はない。断れば、この国も神楽耶も、どちらも失う。お前はそうするつもりなのに、どうしてそんなことを訊く?」

「簡単なことだ」

ルルーシュは優雅に笑んだ。

言うか、言わまいか。今なら戻れる。

目の前の可能性に賭けてみたいだなんて、どうかしている。

自分と同じ男が、あれほど気にかける存在だから?そうかもしれない。きっとそうだ。自分自身がこんな気持ちの悪い偽善者に惹かれるなど、ありえないのだ。

 

「この数か月、お前を見ていて思った。頭は悪くない。生真面目で扱いづらそうだが、自分の立場と優先順位は理解している。利用するには最高の駒だと思っていた」

 

だけどルルーシュは、言葉を紡ぐのをやめられなかった。

 

「が、気が変わった。神楽耶姫を捨てる必要はない。ただ、私の地獄の道行きに付いてこい、私の、真の意味での仲間になれと――そう言っている」

 

沈黙が部屋に落ちた。長く、重苦しい静けさ。

枢木スザクは、言葉を理解するのにずいぶんと時間がかかったらしい。じっくりと固まった後、

ゆっくりと口を開き、

 

「――何を、言っている?」

 

もっともな答えを返した。

 




四章です。後半あたりから徐々に雰囲気が変わってくるというか……よりなんでも許せる人向け!みたいになります。そこからもまだしばらくは大したことないのですが、該当シーンの直前で急に注意喚起すると面白くないので!
あと、双貌未読だと面白さが半減していくと思うのでぜひ読んでください……マリーベル・メル・ブリタニアをよろしくお願いいたします……映画見ました???あの可愛い可愛いマリー 動いたんですよ マリーが……………………ブルーレイ買うしかありませんね 


お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、この世界のブリタニア側はルルナナの戦場での働き・枢木がランスロットに乗ってバンバンデータをとったりしていない・黒の騎士団もいない、ということで本編より若干ナイトメア開発がゆっくりです。ラクシャータ側はそんなことないのでゲフィオンディスターバーはとっくに式根島での「効果範囲も持続時間もまだまだ」の域は脱していたりします。


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4-2

ナイトメアの中で30分ほどお荷物よろしく輸送されて、ようやく停止したかと思えば投降を命じられた。第一駆動系以外は動かせるだろうと高圧的に教えられ、確かにその通りで。悔しくも見事な技術力だ。

ここに来るまで、右に左に上に下にとずいぶん入り組んだ道を行っていた。間違いなく地下であり、日本軍がそのような巨大迷路を作り上げているなんて、ルルーシュもナナリーも想像していなかった。完全敗北の文字が瞼の裏で踊る。

これは戦略も戦術も関係ない話――情報ですでに負けていた。戦において最もあってはならないことだ。一番やってはいけない負け方だ。

勝ち目のないこの状況。

しかし屈することは許せず、投降を拒否。そうすれば予想通り、日本人たちはコクピットをこじ開けにかかる。ランスロット・モルガンの装甲は一流だ。端っこをめくるような真似しか出来ず、その隙間から若い男の声が聞こえた。日本語だった。すべてを理解できるわけではないけれど、7つの時からの日本人の咲世子がそばにいたのだ。外国語に日本語を入れない理由はない(もちろんそれだけではなく、極東事変が始まるまでは日本語は学ぶ価値のある言語だった)。長きに渡る語学学習は、初めて聞く咲世子以外のネイティブの発音にもそれなりの成果をあげてくれた。

「やっぱカイテンヤイバトウがないとダメだ。誰かやってくれない?僕のはもうエナジーつきそうだから」

「ならば私が」

「頼むね、ナギサ」

カイテンヤイバトウ。その意味を解読するべく頭の中で単語帳をめくったが、すぐにそれが何か、ナナリーはランスロットの振動で知ることになった。鈍色のナイトメアが伝統的な日本刀を模した剣でコクピットをこじ開ける。引きずりだされたナナリーは一斉に銃を向けられた。

静かに目だけで見渡せば、それなりの規模の広場だ。ナイトメアを十数機は保管できそうな――掘ったままを鉄骨で補強をしただけの簡素な土色のそこで、味方はもちろんいない。全方位から憎々しげに睨まれている。当然だ。

ずっと埃っぽい空気が鼻をむずむずさせ、上半身は同じ姿勢でいたせいで凝っている。

「頭の後ろで手を組め」

モルガンをこじあけたナイトメアから女の声がした。先ほどのナギサという女だろう。ここは従うしかない。そのままワイヤーロープではなく、ナイトメアの手によって地面に降ろされた。緊迫感漂う空間。だけど皇女を捕らえたことに成功した歓喜が漂っているのを、ナナリーは肌で感じていた。慌ただしく動くものもいれば、自分の周りで銃を構える者もいる。それぞれの顔つき。それを見て改めて実感する。

ここはブリタニア軍となんらかわりない、きちんとした組織のようだと。

「追っ手は?」

「余裕はあるが長く留まっていられるほどではない。皇女が発信機を持っている可能性もあある、検査を忘れるなよ――チバ」

「承知」

仲間内の会話は日本語。

こちらが理解しているとは思われていないだろうが、男たちは確信的な言葉をひとつも吐かず、統率のとれた動きで車両やナイトメアに戻り、再びどこかへ発進する。ナナリーは軍用車に押し込められた。窓はすべて格子がつきカーテンが引かれ、外の様子は見えない。左右と一番奥にのみ座席があり、まるで罪人の護送車だ。先ほどまでと同じように、車はすぐ、迷路を進むように曲がった。車は整備されていない地面を走り、がたがたと揺れる。

共に乗車した女兵士は二人だった。

うち一人はナギサ・チバというらしいさっきの女で、ナナリーはすぐさまボディチェックを受けた。真っ黒い小さな検知器をそこかしこに近づけられる。発信機や武器の類を携帯していないことがわかると、二人は通信機でそれを報告し、ナナリーを拘束した。

女二人なら、のしてしまうことはナナリーにはたやすい。だけどここでそんなことをしても無駄だ。余計に立場が悪くなる。

大人しくしていれば、手足を枷に嵌められ、一番奥の座席に座らされて繋がれる。我らがブリタニアの捕虜の扱いからすれば、まだ人道的だ。ここで見知らぬ女二人の前で全裸になって、拘束衣に着替えさせられるくらいのことは覚悟していた。それを思えばかたい座席も、冷たい金属の枷もかわいいものだ。

 

さて。

これからどうすべきか。

 

ジュリアス――L.L.が、ナナリーに逃げろと叫んでいた。

己の騎士の危機に、目の前が真っ赤になっていたこと。なんだかわからないが、機体の動きを停止させる武器を日本側が完成させていたこと。この地下迷路の存在を知らず、情報が足りていなかったこと。敗因はいくつもある。

しかし結局は、ナナリー自身に戦場にいる自覚が足りなかったのだ。あのときまっさきに退くべきだったのだ。

アーニャは無事だろうか。きちんと戻れているだろうか。

兄にはきっと叱られるだろう。生きて帰ることができれば、だが。

……私を殺せ、と。

捕虜となっても、それだけは口にすることができない。もはや自分の存在が自軍にとって邪魔だとわかり、かつ兄が暴走しないと確信できるまで、ナナリーはこんなところでおめおめ死んでやることはできない。

それに皇女としての誇りを保つと言うならば、さきほどコクピットの中で舌を噛んで死ぬべきだったのだ。だけどできない。それだけはどうしてもできなかった。

理由は簡単。それも、民の上に立ち責任を持つ存在としては最低なこと。

 

自分はブリタニア帝国の皇女である前に、ルルーシュの妹。

今死ぬことが、兄にとってどんな影響を及ぼすか。ナナリーにとって、それが最も大切なことだった。

 

 

アジトらしきところに車ごと入ったようだった。がたがたとしつこかった振動が失せ、なめらかに進んでいく。とっくに方向感覚なんてものはなく、されるがままだ。

目隠しをされて手を引かれ、次に連れて来られたのは簡素な一室。拘束具がインテリアのように鎮座している点を除けば、いたって普通の部屋だ。異臭のひとつもない。

一般庶民が使うような寝台に、優雅にお茶でもできそうな机と椅子。手洗いはない。もしかして、頼めばそこまで連れて行くつもりなのだろうか。

(こういうのは普通、部屋の隅でしろって言うものじゃないかしら)

なかなかの好待遇だ。ただしもちろん監視カメラはばっちりで、脱走はまず無理だろう。

ここで大人しくしていろ、とナギサが言う。素直に従ってやってもよかったが、ナナリーはここで初めて自ら口を開いた。幼いころから慣れ親しんだ、エンペラーズ・イングリッシュで尋ねる。

「ここのボスには会えるのでしょうか?伝えたいことがあります」

「大人しく待っていろ」

にべもない。 

そのまま拘束もなく部屋に残されると、今度こそやることがなくなってしまった。捕虜のくせに拘束衣にも着替えさせないのか。

いや、今の日本解放戦線に拘束衣なんてものはないのかもしれない。

(……っていうか、そんなことどうでもいいですね)

益のないことだ。ぐずぐず考えていても仕方がない。長く息を吐くと、寝台に皇女らしい動きで寝転がった。この待遇と、今まで見てきたこの組織の乱れぬ動きを考えれば、寝ている間に命か尊厳かを奪われるということはないだろう。

疲れていた。

うつぶせになって、おにいさま、と声にならない唇の動き。それだけで緊張がほぐれて、ナナリーはいとも簡単に眠りに落ちた。

 

 

「……うわ、寝てる」

大物なんだかバカなんだか……。

「うーん、残念ながら大物なんだろうね」

井上がやれやれと首を振って言った。カレンは監視カメラをものともせず、健やかに眠りにつくナナリー・ヴィ・ブリタニアを見つめた。捕虜になったというのに、まるで臆するそぶりがない。皇族なんて面の皮厚くてナンボだとわかってはいても、敵ながら天晴と思わずにはいられない。それともやはり、こんな状況になってもカレンたちなど取るに足らないということだろうか?それならば腹が立つ。

ここは戦場から約2時間の山中。ブリタニアの施設を装ったアジトだった。カレンは学校が終わってからそのままここへ来て、捕らえられていた皇女を監視カメラ越しに見ることになったのである。上からの計らいで、監視室にいるのは女だけだ。カレンもそのうちのひとりとして任命されている。甘いんだろうなとは思えど、神楽耶様の命では仕方がない。

「ずっとこの調子ですよ。もう四時間」コーヒーを飲んでいた水無瀬がぼやく。

「通信機とかも持ってないみたいだし、あんまりピリピリしなくてもいいってさっき千葉さんが」一番前のモニターのところにいた双葉が伸びをしながらカレンを振り向く。

「わ、それブリタニアの学校の制服?カレンちゃん」

「え、あ、はい」

「外では言えないけど、かわいいね。でもちょっとスカート短いか~?膝上15センチじゃ済まないでしょ、それが規定の長さってスゴイな」

「あ……っと、すみません、着替えてきますね!」

「あっやだ、悪い意味で言ったんじゃないから気にしないで。そんなかしこまらなくていいよォ。ここにはうちらしかいないし」

「でっ、でも、えっと、その……これ動きづらいので!」

カレンだって、こんなものを一秒でも長く着ていたくはない。一度挨拶に顔を出しに来ただけなのだ。慌てて部屋を出ようと扉に急ぐと、

「あ」

視線を彷徨わせていた日向が、間の抜けた声を上げる。全員がそちらを向けば、彼女はそろりそろりとモニターを指さした。

ナナリーが起き上がり、実に御姫様らしく、控えめな伸びをしているところだった。

沈黙。

なんともいえぬ微妙な空気が全員の表情を彩る。

ナナリーは時計も、暇をつぶすものも何もない部屋で何をするかと思えば、長座体前屈やら屈伸やら、体操をし始めた。

『お夕飯、出るのかしら、ここ』

本当に立場をわかっているのか、呑気に呟く。

ナナリーはきょろきょろと、部屋のどのカメラを見るか決めかねているようだったが、すぐにひとつに絞ると、それに向かって語りかけた。

『私が捕まってもう数時間は経っています。ここに時計はありませんが、夜の9時ごろでしょうか?そろそろ総督ルルーシュのほうから動きがあったかと思いますが、如何でしょう?』

カレンたちは答えない。けれどやるべきことはわかっていた。この映像を情報管理室に繋ぐことだ。片瀬や藤堂たちがいるはずの部屋。

「片瀬将軍、藤堂将軍。そちらに通信を繋ぎます」早口に井上が良い、すぐに共有モードに入る。

ナナリーはその間も喋り続けていた。

「そちらから声明は出されたのでしょうか?どちらにせよ、わたくしを害するなどとは一言でも口になさらないことです」

『……それは貴様の気にすることではない』

ややあって、苦々しい片瀬の声が響いた。カレンは学生服というひどく場違いな格好で、しかし顔つきは戦士のものとなってモニターを見ていた。

『本来ならば、すぐに伝えておくべきだったのでしょう。ですがわたくし、どうしても眠かったもので。戦闘の疲れを癒すことにしてしまいましたわ』

ナナリーは片瀬の言葉を綺麗に無視した。

『わたくしは捕虜ということでしょうが、それでも総督には通用しません。今ならまだ禁固刑で済みますよ。長引けばどうなることかわかったものではありません。あなたたちも、兄であるルルーシュがわたくしを溺愛していることくらい知っているでしょう?もし少しでも手を出すようなことがあれば、あなたたち全員、一族郎党あらゆる拷問ののち最も苦しむ方法で死に至るということを忘れないでください』

『貴様に言われる筋合いはないわ!今の自分の立場を考えてみてはどうだ!』

片瀬の荒い声に、ナナリーははてと首を傾げる。

『わたくしがあらゆる尊厳を奪われるとき、あななたちもまた、同じ運命を辿るのですよ。何を恐れることがありますか?わたくしはわたくしの命よりも、総督のお命が大事なのです』

こういうのをイレブンでは、イチレンタクショウ、と、言うのでしたか?

煽っているとしか思えない発言だった。

映像を見ている全員が殺気を揺らめかせる。が、なおもナナリーは続ける。

『わたくしがお兄さまにお願いしたのです。このエリア11ではナンバーズにも良い待遇を、と。そのわたくしがいなくなれば、総督はあななたちのことはすぐに見捨てますよ。総督業はボランティアではありません。効率よく統治することこそが、我々皇族に課せられた使命なのです』

日本をエリア11と呼ぶだけでもいきり立つ者ばかりのここで、その発言はあまりにも支配者然とした傲慢を見せつけるものだった。

とはいえ、とナナリーが破顔する。

『このままここで大人しくしていることに変わりはありません。いくらわたくしでも、銃もナイトメアも取り上げられて、逃げられるだなんて思いませんわ』

いまのは親切心からの忠告です。こてんと首を傾げ、話はそれで終いだとばかりに、ところでお腹が空きましたと言ってのけた。

強盗の国、侵略者の国。ブリタニアの皇女らしい言葉。映像を見ていたおそらく全員が、そう思った。

 

 

「アーニャ」

ジュリアスがそっと呼びかけると、少女は「ルル―……」と言いかけ、しかしこちらを見てふっと笑った。

精密検査の途中だが、彼女が疲れ切ってしまったことで一度休息をとることになったのだ。

弱弱しく横になる姿からは、KMFに騎乗する騎士としての猛々しさは感じられない。ジュリアスは部屋の扉の鍵を閉めたのを確認すると車椅子から立ち上って、ベッドのすぐそば、壁に凭れる。そろそろ付き合いも長くなってきた。ルルーシュが見せる表情とジュリアスが見せる表情。その違いを理解し、ジュリアスがジュリアスとしての顔を向ければ、すぐにわかるようにはなっていた。

もちろん影武者として仕事をしている時には彼の演技は完璧で、到底わかりっこない。

「ルルーシュ様かと思った」

「残念。総督はエリア11の今後について、枢木スザクと話し合ってるよ」

「枢木スザク?」

「殿下が捕まえた。咲世子の情報から連絡をとってな」

「そう……」

「首を痛めたと聞いたけど?」

「検査では何もなかった。痛みもだいぶ引いたし……今は、すこし頭が重いだけ」

静かに応えたアーニャ。やがて沈痛な面持ちになって、両手で顔を覆う。

今にも消えそうな震える声で言った。

「ナナリー様が捕まったの、私のせいだ……」

「俺のせいでもある、気に病むな。……アーニャたちには言っていなかったけど、昔ほんの少し、あの機体停止の仕掛けや赤いKMFの開発者と関わりがあった。まさか日本解放戦線に与しているとは思わなかったが――予想できたことだった」

「でも、私、騎士なのに。守れなかった」

いつもと同じ、淡々とした口調のアーニャ。

しかし隠しきれない悲嘆と悔しさが滲んだその声は、かえってジュリアスの心を痛めさせた。

「君がこうして無事であることが、あの方の一番お喜びになることだよ。今回の君に落ち度はない。それでも納得できないのなら、ナナリー様が戻ってきてから叱ってもらえ。俺はルルーシュ様にしこたま怒鳴られてきたところだ」

「…………うん」

アーニャは小さく頷いた。

ぐしゃぐしゃと頭を撫でられ顔をしかめる。いつも括っているふうわりとした髪は、検査のために解かれて膨らんでいた。乱暴な言い方も腹立たしくなるほど雑に頭を撫でるのも、自分を励ますためのものだとわかっているからされるがままだ。

やがて彼は髪をかき回すのをやめると、そうっと優しく手で梳く。ひどく優しく慣れた手つきで、アーニャは不思議に思うのだった。ジュリアスの幼いもの――アーニャが幼いということではなく、彼よりも、という意味だが――に対する振る舞いは、とても堂に入ったものなのだ。年の離れた弟か妹か、そんな存在がいるのではないかと思う。プライベートなことを語らないジュリアス。だから、過去を尋ねたことはないけれど。

ピピピと電子音。アーニャの携帯だ。

起き上がって取ろうとしたので、ベッドサイドのテーブルに置いてあったのをジュリアスが取って渡した。

アーニャはすぐさま開きチェックする。一体何の報せか、画面を見る目が僅かに見開かれたのをジュリアスは見逃さなかった。

「どうかしたか?」

「……ううん。なんでもない」

アーニャが確りと返すので、退かざるを得ない。

そのときジュリアス自身の携帯も鳴り、ヴィレッタからの着信だった。

「まずい。ここに来ることを言ってない」

ジュリアスは途端に焦った顔になり、最後にもう一度「あまり気に病むな」と残すと車椅子に乗り、ルルーシュ総督としての仮面を被って部屋を出ていった。この慌ただしい時に会いに来る時間は本来なかったはずだ。それも影武者の仕事中。わざわざこちらの心中を慮って来てくれたのだろう。わかりやすくはないけれど、ジュリアスはとても優しい男だ。

気遣いがこそばゆい。アーニャはぎゅっと目を瞑って、これ以上ないほど悔いる。長く悔いれば偉いというわけではない。ぐっと唇を噛みしめてから、ゆっくり視界を開く。

くよくよするのはやめだ。ここでひとりでそれをしたところで、何が変わるわけでもない。アーニャはこれから、無事に戻って来たナナリーに叱ってもらうのだ。

今までだって、先に戦線離脱することはあったのだから。

いつもの自分に戻らなければ。

 

――まだ頭が重い。それでもやるべきことがある。

表示されたメール画面。アーニャに送られてきたのは近況報告の催促だった。なにも今来なくてもいいのに、タイミングが悪すぎる。最悪だ。

しかしこれはアーニャにとって最優先事項のひとつ。紛れもない仕事であり、使命。

強制はされていない。もちろん断る権利もなかったけれど、確かに自分の意志でしていることだ。

 

青いドレスのすそが、脳裏で優雅に翻った。

 

 




年内最終更新です。
たくさんの閲覧、評価、感想ありがとうございました!

追記:これ書かなきゃだめでした よいお年を!


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4-3

サムライの血と名乗るテロリスト集団。

それを撲滅するべく向かったエリア11軍を待っていたのはサムライの血を吸収したさらに大きな組織、日本解放戦線の罠。

新型武器を使用した大胆な作戦にもののみごとに引っかかり、軍は副総督ナナリーを奪われた。ナナリー副総督の実の兄である総督ルルーシュは怒り狂い、手ぬるい真似などせずに全面戦争に踏み切るかと思われた。

 

ここまでの状況を思えば、ことは至極単純であるはずだった。

だが。

「何を…おっしゃっておられるのですか?」

集められたゼロ部隊の面々は呆然とした。

「聞こえなかったか?同じことを2度言うのは嫌いだな」

後ろで手を組み立ち尽くす部下たちに対し、ゆったりと重厚な椅子に座すルルーシュは凄味のある低い声を出した。

「これを私の直属の部下にすると、そう言った。特派のランスロットを預けると」

「なぜ!」

叫んだのはヴィレッタだ。常ならば誰より冷静にルルーシュの言葉を受ける彼女。けれど今日ばかりはそうもいかなかったらしい。

「恐れながら殿下、私もお考えを測り兼ねます」

ジェレミアも続けた。

現在影武者として現場に出ているジュリアスはこの場にいない。ルルーシュが椅子に座っているのは、車椅子に彼が乗って行ってしまったためだ。(もちろん部屋に入って来た時からなぜか素顔全開だった彼は、冷静になったスザクを大いに混乱させることとなった)。

仕事中の影武者と奪われたナナリー、検査を終えて今は眠っているアーニャを除いたゼロ部隊の幹部といえばつまりは、ジェレミアとヴィレッタ。

拘束されるでもなく立たされている枢木スザクと相対するのは、二人の隣に立つ咲世子以外には初めてのことだった。

スザクはおとなしく従順にしてはいるが、その表情を見れば屈辱の服従だということは明らかだ。ジュリアスの時とはわけが違う。

こんな明らかに危険なものを入れて、我らが主はどうする気なのか――。心中はありありと察せられた。ルルーシュは朗々と続ける。

「私の計画を話した。まだお前たちに言っていなかったことも含めて、な。計画の根幹を、ナナリーと二人で7年かけて練って来たものを話した」

美しき紫水晶が強い光を発する。

誰よりも近くで仕えてきた二人には、それだけで彼の覚悟が知れる。

これは戯言でもなんでもない。本気なのだ。

「このように明らかに俺のことを心の底から憎んではいるが、一応納得はしてくれたよ」

枢木、名乗れ。

どこか甘やかに命じられ、スザクはブリタニア式の礼を取った。

「枢木スザク……准尉です。本日付で特派遣技術部所属を任じられました。よろしくお願いします」

准尉。

軍に籍を置いてもいなかったこの男が准尉だと!

途端にいきり立った二人にうっとおしげに眉を寄せたルルーシュは、「騎士になるにはそれくらいの階級が必要だろうが」と跳ね除ける。ちょっと前から在籍してたことにするから大丈夫不審じゃない、などと続けるがそういうことではない。

「さっきの戦闘の記録、見ただろう?わかっているはずだ、こいつが並大抵の乗り手ではないことを。テロリストどものところでとったデータでは、ランスロットに乗せるには申し分ないそうだ。このままあれを放置してても仕方ないし――もちろん実際にシミュレートさせてみる必要はあるが――そうだな、ロイドにはこいつの後見人になってもらおう。アスプルンド家の後ろ盾だ、うるさい蠅どもを黙らせるくらいにはなるだろうさ」

「ですからあの、そういうことを言っているのではなく……」

「わかっているよ。つまりは、」

ピピピ。

今から何か重要なことを言うのだと、皆が思ったそのときに通信が入る。ルルーシュが言葉を切って携帯を取り、ああ、とかそうだ、とか任せる、とか返事を返した。相手はジュリアスのようだ。

戦場となった山の処理、回収したカスタム機、捕縛した敵、ナナリー殿下が攫われたということの隠蔽。それらの采配を任せているのだ。大抵のことは部下がやる手筈でも、仕事はたっぷりある。おまけにクロヴィスのおかげで軍にまで少々の腐敗臭がし、余計に面倒だ。

「それでいい。任せたぞ」

ルルーシュはスザクがいるのを鑑みてか、余計な固有名詞を使わず会話を乗り切る。難しいことなのに、不思議と彼とはそれで通じるのだった。阿吽の呼吸とでもいえばいいのか。仲間が優秀なのは喜ばしいことだけれど、咲世子もジェレミアもヴィレッタも、ちょっとだけ嫉妬心があるのは否めない。だって、我々のほうがずっと長く仕えてきたのに――。

「さて」

眉間の皺をぐりぐりと解して、ルルーシュは再び3人に向き直った。

「ここから先のことを、きちんと言葉にしたことはなかったな。だからハイわかりましたと簡単に頷いて欲しくはない。外に漏れれば俺は廃嫡、お前たちは首と胴が永遠に分かれることになると思え」

ルルーシュの物騒な言葉にぎょっとする。しかし言葉の意味をじわじわと飲み込んでいくと、全員今までとは違う意味で顔をこわばらせる。

皇帝陛下に知られてはいけないこと。ブリタニアのために心血を注いできたルルーシュに、そんなものは存在しなかった。それがひっくり返るということは。

「……ご決断なされたのですね」

ジェレミアが厳かに告げた。

「ああ」

ヴィレッタは静かに次の言葉を待った。

枢木に話した二人の聞いていない計画の内容とは、これなのだ。

長きに渡って彼に仕えて来た二人に、類稀なる主の目指す世界がどんなものか、まったく見えていないわけではなかった。

実際にナナリー殿下とどんな話し合いを重ねてきたのか知ることはない。しかし彼が今まで積み上げてきたものに、周囲への立ち居振る舞いに。一番近くで見ていて感じたほんの小さな、僅かで微かな違和感や疑問たちを突き詰めてみれば、おそろしく強大な野望が見えてくるのだった。

それは勘違いではなかったのだと、二人、今はっきりと知った。

ルルーシュが口を開く。

 

「この侵略戦争を終わらせる。あの男を皇帝の座から引きずり下ろし、神聖ブリタニア帝国の破壊を、そして再びの創造を。私はナナリーとともに、帝国に革命を齎す」

 

それは、盤上の駒が動き出す合図。

 

「このことを生涯口外せぬと誓うのであれば、今、この部屋から退出することを許そう。すべて聞かなかかったことにして本国へ帰ると良い。お前たちがどちらを選んでも咎めはしない。私がクーデターを企んでいると知れれば、どうなるかはわかっているだろう?刑は免れない。もはや生き残りのないヴィ家は私とナナリーが自ら死ねばいいだけ。アリエスの使用人は巻き込むかもしれないが…………そこの枢木もだ。こいつは女ひとり守れればどうということはないらしい」

軽い口調にスザクが顔を歪める。今にも噛み付きそうな形相だ。

「咲世子は既にその身一つ。そしてもとより咲世子も枢木も、ブリタニアへの忠誠心などありはしない。しかしお前たちは違う。この国を愛し、誇りに思って軍人と成った。本国に戻れば家族がいる。ジェレミアよ、ゴットバルトの名に付ける傷は重いだろう。皇族殺しのヴァインベルグがその名を回復するのにどれほどの労を必要としたか、知らぬわけではあるまい?だが私は躊躇わない。血の繋がった家族であろうと、すべてを手折るつもりだ。国ひとつ作り替えようというのだから、その程度の覚悟なくしてやれるはずもない。クロヴィス兄上も、コーネリア姉上も、ユフィやマリーも。邪魔をするのなら容赦はしない。この場にはいない我々の仲間、アーニャだってそうだ」

 

慕う兄姉と、妹を。殺すと言う。いつからその覚悟を決めていたのだろう。

いつから、『本当に』やってしまえるだけの、非情さを持ち合わせていたのだろう。策略と陰謀の中で生きる皇族が皆、多かれ少なかれ持ち合わせているものとも違う。それこそ世界全部を敵に回しても構わないくらいの、壮絶な色。

二人にはわからない。主君は自分のそういったところをナナリー殿下にだけ見せてきた。

誰にも知られてはならないと、兄妹だけで作り上げた大きな覚悟。

迷いなく軍人になった二人。きっと決めていたのだ。いつかこうすると。

ブリタニアの破壊――その道を選んだとき、まだたったの10歳と7歳だった。

「きれいごとで世界は変えられないから……」

ルルーシュは自分に言い聞かせるように言った。

この場にいる誰もがよくよく知っていた。世界でもっとも濃く、苛烈な戦場の最前線にいた7年だ。

主が言い放つ。

「選べ」

篠崎咲世子に迷いはなかった。一瞬の間を置かずに、主の前に跪く。忠誠の印だ。

ジェレミア・ゴットバルトはごくりと唾を呑み、尋ねた。

「ルルーシュ様、ひとつお尋ねしても構いませんでしょうか」

「なんだ」

「……私は、もともとは貴方様ではなく、お母上であるマリアンヌ様に仕えておりました。敬愛しておりました。お声を掛けてもらうことを夢見、叶った日には気持ちが昂って眠ることなどできないほどに。当時の私はただの警護隊員でしたが、しかし私のルルーシュ様への忠誠心は、確かにそこから始まっているのです」

「ああ。知っている。覚えているよ」

「マリアンヌ様は皇帝陛下の妻であり、騎士でありました」

「そうだな。永久欠番、ナイトオブシックスだ」

「……ルルーシュ様のご意志がマリアンヌ様に刃を向けるものであろうと、お進みになられるのですか」

「……嗚呼、我が騎士、ジェレミアよ」

気持ちの昂りからか瞳を潤わせ声を震わす騎士に、ルルーシュは優しく微笑んだ。

「そうだ。私は、母の骨を踏んででも、あの男にこの歪んだやり方を止めさせる」

「ナナリー様の、御為ですか」

かの皇女は争いを嫌う。平和であれ、平和であれと心から涙しながら、しかしその手で人を殺す。どれだけの苦しみか、察するにあまりあった。軍人として生きながら、まるで聖女なその心を保つことの難しさ。彼女はいつだって、自分が手に掛ける人々に偽りない懺悔を捧げる。小さな体に抱えるにはあまりに大きな矛盾。大抵は耐えられずに疲弊して、自らの心を殺していくのに。

だがその大いなる矛盾は、ブリタニアが世界を治めれば終わるのだ。

終わりがどこにあるか、知るのが皇帝陛下ただおひとりだとしても。

「……そうだよ。あの子と、あの子に笑っていてほしいという、ただの俺のエゴだ」

「ブリタニアが世界を手にすれば、いずれ争いは止みましょう」

その通りだ。ルルーシュは首肯した。

「このままEUが陥落すれば、戦わずして降伏する国は増えるだろう。世界がブリタニアの属国になる未来もいよいよ現実味を帯びてきた。……俺は、すべての国がひとつになるのもそこまで悪いことではないと思うよ。頂点に立つのが我が国だとて構わないだろう。だが父上のやり方がいただけない。あの方ならばもっと別の手を取れるはずだ。我が国のひどい内乱状態をここまで変えた辣腕を持っているのに、いたずらに戦火を広げるのは悪手でしかない………世界平和のためと言って、その間にどれだけの命が失われる?ノブレスオブリージュの名のもとに、現実に行われていることはかけ離れているだろう。お前たちは知っているはずだ。ナンバーズたちの生活を。咲世子という優秀な仲間に教えられたはずだ。人種差別……我が国の言葉で言うなら、区別か。それがどれだけ非効率的なことかを。もちろん利益はある。我らがブリタニア人はナンバーズという奴隷を得て富を増やした。上と下をハッキリさせた構造は確かに効果的だ。数字がそう言っている。だがしかし、武力でしか語れぬ野蛮な時代は終わったと思わないか?」

ジェレミアは黙った。つまり、彼の言いたいことは。

「正直に言ってしまえば、父上の考えが気に入らない。この戦争の意義だってそうだ。あの方はただ一言、争って先へ進めとしか言っていない。侵略順もメチャクチャだ。このエリア11はサクラダイトもあり、落とす価値のある国だったろう。だけど全部がそうではない。どう考えても経済支配から落とせるような、辺鄙な小国を攻めにかかってなんになる?だいたい世界制覇後の展望は?戦争する相手をなくしたら、今度はどうやって進化する?膨れ上がった軍事力の矛先は?テロリズムは蔓延り、結局平和など来やしない。いたちごっこだ。もちろん争いのない世界なんてない、そんなことはわかっているさ。俺が言っているのが青臭い理想論だってことも。だが父上は、一方的な狩りを終わらせる気すらない。差別が国是だと?ふざけるな!あの方は間違っている。最早為政者の資格などない!」

ルルーシュは声を震わせた。

「俺は知っている。差別されるために生まれた人間の一生がどう終わるのか。今はこうして権力を振りかざす椅子に踏ん反り返っていても、その実その椅子から立てもしない弱者の身体だ。あのまま国に棄てられていたらどうなっていたと思う?母上と仲良く空の上さ。そう、私は一度死んでいる。いや、陛下からすれば生きてすらいなかった。私はそれがどうしても耐えがたい。この世の地獄を知らぬからそんなことが言える。私は地獄を見、舞い戻って来た。そんな鬼に、いまさら情など期待はできない。何があろうと進むだけ」

薄く嗤うルルーシュ。

このまま皇位継承者争いから一歩離れて、ひたすら帝国に貢献する日陰者の皇子であれば、穏やかに一生を終えることだってできるはずなのだ。だけどその道を選ばない。わざわざ血みどろの世界に踏み込む。ナナリーのため?違うと、二人ともわかる。

彼は、彼の信じる正義のために戦うことにしたのだと。

そのために愛する者さえ手に掛けると言う。どれだけ彼が母を慕い、愛しているか。それを二人は知っている。

それでもやると言う。

 

だから。

 

「ご無礼をお許しください、ルルーシュ様。このジェレミア・ゴットバルト、生涯貴方様に御伴いたします」

言って、貴族らしく優雅に跪いた。

残ったのは二人だ。

「枢木」

ルルーシュはスザクのほうを見もせずに言った。

「約束を忘れるな。お前は確かに同志だが、それはこのジェレミアや咲世子も同じこと。お前はもうブリタニアの軍人で、我が騎士の一人だよ」

スザクのプライドを根元からへし折るような言葉だった。

そもそも、スザクはこの宗教じみた誓いを述べる二人とは違って、この皇子に忠誠心などないのだ。だが選ぶ権利を与えられた彼らと違い、スザクはもう契約をしてしまった。ここで否やを唱えることなどできはしないし、ありえない。ルルーシュもそれをわかっていて、さながら犬を躾けるがごとくスザクに命じるのだ。明確な言葉にはせずとも、今命じられているのはひとつ。

 

跪け、と。

 

屈辱でしかない。

しかしそうしなければ、決してジェレミアたちがスザクを認めず、受け入れず、またルルーシュが彼らを軽んじたことにも他ならない。

枢木スザクはすべてを理解した上で、湧き上がる憎悪を飲みこんで。二人がそうしたように、跪いた。ルルーシュがうっそり笑った気配が、何よりも屈辱だった。

最後はヴィレッタ・ヌゥ。こちらを向いたルルーシュとまともに目を合わせる。しかし、彼女の答えは決まっていた。少年が妹の手に縋り、体を震わせていたのを見たあの夜から。

ヴィレッタは静かに主に跪いた。ルルーシュがおかしそうに言う。

「大丈夫だ、私についてこれば、地位は必ずついてくる。お前が望む区画整理だってやってやれるさ」

嗚呼、何もかも見透かされている。ヴィレッタは胸の内で苦く笑った。

ルルーシュを囲むようにして、4人の男女が跪く。

もう引き返せない。

「今一度問おう。私の地獄に、ついてくると誓うか?」

イエス・ユアハイネス。あるものは歓喜に身を震わせ、ある者はただ静かな水のように、あるものは唇を噛みしめながら、ある者は改めて主に惚れ直し。

「我が騎士達よ。その心、確かに受け取った。だから……一度しか言わないぞ。よく聞け」

獅子たちの主は一呼吸を置き、言った。

 

「――ありがとう。これからもよろしく頼む」

 

 

革命の火種がくすぶっている。

 

かつて、鬼の子の産声を聞いた者はいただろうか。

地獄の炎をその目に映し、焼け跡の中から産まれた鬼の慟哭を。

戦場に立つ鬼子を見て、自らも魔道に落ちんとした無垢な少女を。

幼き兄妹から産まれたそれは、やがて大きなうねりとなり、世界を包む。

 

その行く末を。

 

今はまだ、誰も知らない。

 

 

 

 

 

「今は日本に入ってくるのも一苦労やろうにようやったなぁ。いやほんま物資の流通も一苦労やねんで?NACも目ぇ付けられてるし」

厳重な警備の中案内されて、アジトの入口にやって来た少年がいた。出迎えにと寄越されたのはもともと日本解放戦線所属ではなかった、数年前までチンピラ風情だった男だ。二人は巨大な地下アジトへと足を進めて行く。素直についてくる少年は、16、7と言ったところか。ずいぶんと若い。

「ああ。遅れてすまなかった……定刻には間に合うと思うんだが。ラクシャータはもう慣れた頃か?」

「あ、大丈夫やで。なんでか知らんけど、今さっき上から中止命令が来た。えーっとラクシャータ博士?あの色っぽい色っぽい姉ちゃん。今日の作戦にも参加してはったみたいやしええ感じなんとちゃうか?んで、ようこそと言いたいとこやけど。今はちょっと込み合ってて。もーちょい早うか遅くかに来てくれたら余裕あったんやけどなぁ!」

「白炎はここで?」

「預かっとるよ。あんたの機体なんやろ?」

もっと年上が来ると思っていたから意外だ。今一番ピーキーな機体を任されているのは枢木スザクや紅月カレンと言った若い者だが、まさかまた同じくらいの年の人間が増えるとは。幹部が機嫌を悪くしそうだ。

「そうだ。だから俺がここに派遣されることが決まった。……ラクシャータと一緒に来た研究チームに、俺よりも幼い少女がいたと思うんだが」

「ああ、あの子。えらいカワイかったから覚えてる。何回か見たけど元気そうやで。耳聞こえへんねやろ?ようやれてるな」

「賢いから」

短く答えた少年に、男は何を思ったか、にやりと笑って

「もしかして、お前のコレか?」

指を立てた。少年にハンドサインが伝わるのか、言ってから男は考えた。

しかし意味は通じたようだ。

ならば、このクールな子どもは迷惑そうにあしらうかと思ったが。

「そうだ。変な気を起こせば容赦しないぞ」

少年は冷めた目で男を見つめ返す。まるで獣に襲われるかのような怖気が体を走って、男は慌てて口をつぐんだ。おーこええ。ありゃガチだ。

しかし、すぐに気持ちを取り戻すのがこの男の良いところであり、悪いところでもあった。彼は西の出身であったが、東京のチームからここへ来た玉城という男と仲が良かった。案内を任されたのはひとえに、この阿呆のように忙しい時に暇な奴で、訛りはあれどちゃんと英語が喋れる奴。あと、ブリタニア人でもむやみやたらに突っかからない奴。という選考基準に当てはまったのが、彼だったからだ。

廊下を歩くコツリコツリという音。

ふと前を歩く日本人の男が立ち止まり、後ろを振り返って、聞いた。

「そういやあんた、名前は?」

実った稲穂のような、見事な金髪の少年が答える。ひどく整った顔立ちで、左目元のほくろが印象的だ。

 

「オズ。……オルフェウスだ」

 

 




あけましておめでとうございます。
もう2018年も一週間経ってますが……こわ……

宗教かな??跪く必要ある??みたいな回でしたがやっとオズが出せました。トップバッターはオルフェウスおにいたまです。オズ既読の方は、既にアレ……??と思う設定ですね。
だって幸せな二人が見たかったんです……思う存分いちゃつかせたい……。


今年は本編で書けなかったものすごくどうでもいい設定をちょこちょこ書こうと思います。
今回はナナリーとルルーシュの身長体重。

ななり:163センチ50キロ台中ほど(体重は正確には12もよくわかりません)
ストレスや幼少期からの訓練のせいか身長はやっぱりあんまり伸びなかった。アーニャと同じ高さ。
体重は特に下半身に筋肉が普通にあることに加え鍛えているため当然増える。見た目にそこまでの差はない。
るるーしゅ:176センチ54くらい
痩せすぎ。下半身の筋力がないしそもそも机仕事ばかりで動いてないことも拍車をかけている。動かさないなら太るものなんだけど二次元に愛された皇子様な上あんま食べないから脂肪がつかない体質。そのへんは反逆ななりと同じ。(ちなみに反逆のルルーシュさんにはふつうの男子高校生くらいは食べててほしいです。)
ぱっと見のガリガリ具合はエルツーさんと並んで違和感がないくらいなのでつまり皇帝期くらい。たぶん。
こういうわけで重さはほとんど変わらないため、鍛えているナナリー(つよい)はふつうに兄を抱っこできるのでした( ˘ω˘)


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4-4

「ナナリーを取り戻さないことには話にもならない。枢木、お前は神楽耶を呼び戻せ」

「は……」

儀式めいた誓いが終わるや否や、ルルーシュはすぐさまいつもの冷徹な指揮官の顔に切り替えた。

「は……じゃないだろ。見ろ、ジェレミアが視線だけでお前を殺せそうだそ」

「……」

「……頑固な奴め。まあいい。咲世子、ジュリアスの様子を見てきてくれないか?」

咲世子はすぐに御意をとなえ、きびきびした無駄のない動きで部屋から出ていく。ルルーシュはその背を見送って言った。

「ああなれとは言わないがな、志すくらいはしろ。俺たちしかいない時はよくても、お前はこれから名誉ブリタニア人にして総督付きの直属になるんだぞ。咲世子の例があるから部下にすること自体に騒がれなくても、騎士になるんだ。それはそれはすさまじい針のむしろだろう。そんなところで皇族に礼を欠いてみろ」

「他人の前ではしっかりやるさ」

「同僚たちに対する礼も欠くな。お前だけそんな態度で許されるはずないだろう。ジェレミアたちを侮辱しているようなものだ」

それはわかる。さっきだって、そう思ったから素直に従った。しかしやはり、プライドが許さない。慣れるには時間が必要だ。だって、ブリキ野郎に傅くなんて!

「殿下、やはり……」

ジェレミアが苦く言う。今にもやっぱりやめるべきだとかなんだとか、長々と説教を垂れそうな空気だ。

しかしルルーシュは

「できなければどうなるかは、こいつが一番わかっているだろう」

あっさりとしたものだ。寝首を搔かれる心配とかしてないのだろうかと、何度目にもなる呆れと憤りを抱く。スザクができるはずないと知っているから、こんな余裕を漂わせているのだ。

「なあ、枢木准尉?」

「……イエス、ユアハイネス」

ルルーシュはそれを聞いて愉快そうに笑った。くっくっと声まで上げて。

「絶対殺す、とでも言いたげな顔だな。いいぞ、すべてが終わったらやってみろ」

「殿下!」

とうとうジェレミアが吠えた。番犬よろしく威嚇のオーラを放出しており、今すぐにでも噛み付いてやるという気迫を感じる。隣のヴィレッタは冷ややかにスザクを睨めつけていた。こちらはこちらで、主への忠誠心がありありと。先ほどの場でわかったつもりではあったけど。皇族とその部下というのは、こんなにも心酔するのが普通なのだろうか?

「お前はさっきから五月蠅いぞ、ジェレミア。やすやす殺されてやるわけないだろうが。だいいちそんなことになったら、俺が死ぬ前にナナリーがこいつを殺すさ」

甘く見られたものだ。つい先ほど、そのナナリーをスザクの手で討ち取ったというのに。

「白兵戦ならどうだろうな。咲世子と戦って勝ててからその顔をしてくれ」

ルルーシュは侮りを隠しもしなかった。ジェレミアとヴィレッタがうんうん頷いている。篠崎咲世子、同じ日本人の女性。ルルーシュの護衛であることは知っているが、彼女がいったい何者だというのだろう。

「殿下、アーニャにはいつ?」

もう相手にできないとばかりにヴィレッタが話を変える。それでルルーシュも、スザクを揶揄ういやらしい表情を引っ込めた。

「あれにはナナリーの口から説明させる。アーニャの主は私ではなく、ナナリーだからな。――そう、それでだ枢木。明朝、ナナリーを迎えに行ってこい」

あっけらかんとした物言いで皇子は言った。日本解放戦線がこの作戦のためにどれだけ労を費やしたかも、捕虜を無条件で解放しろなんて難題を押し付けていることも、まったく気にも留めない。

 

神楽耶になんて説明しよう。

この腑抜けがと怒鳴られる未来が簡単に想像できて、もう、スザクは胃に穴が開きそうだった。

 

 

 

 

 

「それでは……」

「疑われている。枢木の名前は日本人には良く効くだろうなんて言ってはいるが、監視であることは明らかだ。NACの名前は出さなかったけれど、中華の神楽耶様にも言及してきた。婚約を申し込んだのだって、我々の身動きを取れなくするため以外に理由は考えられない」

「折角捕らえた皇女を解放しろと!?せっかく各国との連携も取れてきたというのに」

「ナナリーこそがすべてだと、ルルーシュは言ってのけました。彼女が害されるようなことがあれば、イレブンに対する慈悲など捨てると。ここで彼女を手放さないのは悪手。自分はそう思います」

スザクは憎憎しげに言ってのけた。真っ赤な嘘だが、ルルーシュが憎い気持ちはこの場の誰とも変わらない。表情を作るのは難しいことではなかった。

スザクは名誉ブリタニア人であり、枢木ゲンブの息子である枢木スザクを総督付きの軍人にすることでナンバーズたちに好印象を与えようとしている。レジスタンスを武力で黙らせながら、一般市民には懐柔策で通そうとしているのだと訴えた。

駄目押しに神楽耶との婚約まで明かし、ルルーシュの本気を見せつける。さっさとここを治安の良い模範エリアにしたいのだと。

実際それは間違っていなかった。ルルーシュの目的はブリタニアの現体制の崩壊にあるのだから、いちエリアの統治にいつまでも構ってはいられないのだ。新しいエリアの形を作り上げ、結果で本国を黙らせる。それが当面の目標だ。

「しかし……」

大佐の三木が唸る。他の何人もが同じように難しい顔をした。当然だ。この作戦のために、スザクたちは長い間準備してきた。

「しらを切りとおす、というのは……」

「無理であろう」

ばっさりと切って捨てたのは、意外にも桐原だった。驚いてそちらを見る。目指すものは同じだが、このご老公はとにかくスザクと意見が衝突してばかりなのだ。

「あの皇子はそこまで馬鹿でも優しくもない。アレは疑わしきは罰する人間だ。むしろ、今この状況があれの掌で踊らされていると言ってもいい。強硬な態度を取れば、結果は目に見えている。神楽耶の身柄を抑えられてしまえば、こちらはおしまいだ」

「私もそう思う」

藤堂が続いて頷き、スザクはほっとする。いい流れだ。

もしも神楽耶をあのまま手に入れていたら、ルルーシュは確実に彼女を処刑した。捕まえたテロリストは皆殺しにしてきた実績があるのだから。

ギリギリで回避したことを知っているスザクとは違い、この場の誰もがそれを恐れている。

神楽耶が捕まるということは、皇の姫が捕まるということ。

それを見過ごし活動を続けたとて、彼女を見捨てたという事実が日本人にとってどの程度の衝撃かは想像に難くなく、結果的に一般人の味方は消え失せると見て間違いない。

だからこの場の誰も、神楽耶本人はどうでもよくても、彼女を軽んじることができないのだ。

枢木玄武の息子。戦闘能力以外では、その価値でしか認められない自分と同じ。

唇を噛んだスザクをちらと見て、どうやら勘違いしたらしい藤堂が続ける。

「しかしこのタイミングでナナリーを返せば、彼がテロリストだと言っているようなものだ。慎重に行かねばならない……勝てない戦と負け戦は別物だ」

「であれば、これから我らはどうするべきか」

「枢木のと皇のが疑いを掛けられている以上、キョウトも大きくは動けない」

「EUとの極秘協定を進めるしか」

「ピースマークからの派遣はどうなっている?各地の反ブリタニア組織ともっと連携すべきだ」

大きく日本国旗の掛かった室内で、男たちが次々と言葉を交わす。

こうなることは想定済み……いや、ルルーシュの読みの内だった。

ナナリー副総督が帰還するのは暫く後のことになる。

スザクは慎重に場の空気を読み、合間を見ては発言していく。ルルーシュの立てた筋書き通りに、台本を読むように。

ここは既に、彼の描いた舞台の上なのだった。

 

 

会議が終わって数時間。正午に差し掛かるころ、部下たちを予定を少し早めてアジトから追い出した。しばらく帰ることのない、海外に向かう部隊だ。その代わりに一人の女を迎え入れる。いや、姿かたちは今出て行った部下たちのひとりそのものであった。

「川口」

スザクは女をそう呼んで、ナナリーの閉じ込められている部屋へと向かう。彼だけを室内に入れて、食事を運ばせた。監視室からその様子を伺う。

行動はどうでも構わない。問題は、ナナリーに気付かせることだった。

『イレブンから与えられる食事なんて、皇女様には不愉快だろうけど』

川口が嫌味を放つ。そんなことありませんと微笑んで返す皇女。

『ナンバーズはブリタニアの臣民です』

『偉そうに。そういえばあんたのところにも、一人イレブンがいたわよねえ?篠崎とか言ったっけ。ブリタニアに尻尾振る裏切り者』

『そう見えるのですか』

『当たり前でしょ?』

川口は大げさにため息を吐くと、ちっと舌打ちをしてみせた。やれやれとばかりに手を振り、雑に食事を置いて出てくる。ナナリーは何も言わなかった。動揺もなにひとつ見せない。しかし30分ほど経過すると、おもむろに手洗いに行きたいと言い出した。シグナルはきちんと伝わったようだ。隠そうとしているが、どこか腹が痛そうでもある。おおかた、飲み過ぎた水で冷やしたのだろう――と、監視は判断する。

さすがにトイレまで見張りはない。部屋の隅にあるバケツでしろ、だなんてこともなかった。上層部の一部は苦い顔をしていたが、ナナリーが電子機器の類を所持していないことは既に明らかだ。それくらいは許せということだ。

スザクは再び、先ほどの川口を向かわせる。こういった無理ができるのも、スザクが枢木の人間で、日本解放戦線とキョウトのどちらもでそれなりの地位にあるからだ。

川口がナナリーを軽く拘束してから連れていく。人通りもある廊下で、なおかつここは日本解放戦線のアジト。どうやっても逃げられはしない。監視室の緊張も、かなりゆるやかなものだ。スザクは様子見は終えたとばかりに監視室から出ると、ナナリーが入った多目的トイレのすぐそばで、万一にも彼女自身と顔を合わさない場所で待つことにした。

これで日本を、皆を決定的に裏切ったことになってしまった。

 

 

「咲世子さん!」

ナナリーはトイレに入るなり、その中に潜んでいた女性に駆け寄った。合図を知っているものでないとわからない、左肩を右手で抱く仕草。咲世子の変装は完璧で、まったく見抜けなかったナナリーは驚いた。声を上げそうになったのを、鉄の仮面でなんとか押さえつけたのだ。それ以上は何の合図もなく出て行った咲世子。ここでは監視があるからダメ、そういうことだろう。ならばここから出なくては。もしかすれば、何らかの策を講じてナナリーとコンタクトを取るつもりなのかもしれない。そこでナナリーはわざとたくさん水を飲み、腹が痛くなったように見せかけて部屋から出ることに成功した。さてここからどうすべきか、思案したところで咲世子が現れたのだ。

「ナナリー様。あまり時間がないので簡潔に説舞いたします」

「ええ」

「枢木スザクが我が陣営に入り、ルルーシュ様が“CODE-R”を始動なされました」

「……!」

ナナリーは息を呑んだ。

枢木スザクの動きを封じるというのは決めていたことだった。ナナリーが捕まらなければ違うシナリオが用意されていたのに、兄は大きく違う道を選ぶことになってしまった。そして、計画が始動したということは。コードR。ルルーシュとナナリーにだけ通じる名。

咲世子は早口で話す。

「ここはトチギゲットーの一区画の地下にあたり、殿下の計画通りに運べばじきに解放の段取りが取られます。御戻りになったら、ナナリー様の口から専任騎士に計画をご説明せよとのことです」

「了解しました」

ルルーシュはアーニャにはまだ何も言っていない。それは配慮であり覚悟であると同時に、アーニャが活動できない安静状態にあるということでもある。ナナリーは眉を寄せた。それでも咲世子が何も言わないということは、心配するようなことは何もない。

大丈夫、あの子は大丈夫。

時間が惜しいのだ、ナナリーは自分に言い聞かせ、必死に質問をこらえた。

咲世子は続けてこれからの予定を話す。頷いて、彼女の少し長めの手洗いは終了した。

 

 

枢木スザクがゼロに入るだけではなく、コードRの仲間となった。ジェレミアもヴィレッタも計画についてくると言ってくれた。

これらの情報を一気に与えられたナナリーは、部屋に戻ってももはや寝ている場合ではなかった。先ほどまでと変わらぬ退屈そうなそぶりをしながら、頭の中では必死に己のやるべきことを組み立てていく。

ここから先は、誰も知らない闇の世界なのだ。

一瞬の油断も許されはしない。

騎士であるアーニャのこと。殺すかもしれぬ肉親たちのこと。情もしがらみもナナリーにはあって、それを断ち切る覚悟は既にある。

しかし、自分の道はとうに後戻りなどできぬ。切るだけならばまだいいのだ。切ることなく、篭絡するのが最も難しい。

計画においてナナリーに課せられた使命は重かった。黒のクイーン、とルルーシュは言う。その通りだ。この駒、何があっても取られるわけにはいかない。

(シュナイゼル兄さま……)

ナナリーはぎゅっと目を瞑った。

 

 

 

それから5日後。

慌ただしく呼び戻された皇神楽耶を待っていたのは、ルルーシュに跪く愛する兄の姿であった。いつものお誘いをルルーシュ総督から受け、NACより日本解放戦線より先に、直接に政庁に向かったのだ。

「其方……何のつもりじゃ」

神楽耶は仮面をかなぐり捨てて低い声を出す。スザクから事前に伝えられていたキーワードは「向日葵畑」だ。それはつまり、スザクと神楽耶にとって、敗北を意味するものであった。

睨み付けられたルルーシュはひどく愉快そうに唇を歪めた。

「あなたのそういう姿が見たかった。あのお飯事は聊か退屈になってきていたのですよ」

怒った顔も可愛らしいですね、と。呑気で場違いなセリフ。

「スザク。これは……どういうことじゃ。説明せい」

呆然と尋ねる。部屋にはルルーシュの側近たちが集っており、その中には神楽耶が戻って来たのと同時に解放されたらしいナナリー副総督の姿もある。疲れが見て取れたが、彼女はルルーシュの隣に大人しくちょこんと座っていた。

「ナナリー、休んだ方がいいんじゃないか?夜にはクロヴィスランドが待ってるんだよ。寝ておいた方があとあと楽だぞ」

「いいえ、総督。そんなわけには参りません」

甘ったるい砂糖菓子のような兄の声にかぶりを振ったナナリーは、にこりと笑って神楽耶に向き直る。

「皇さん、初めまして。実はわたくしも本当に、今さっき戻ったばかりなのです。良い関係が築ければと思いますわ」

「枢木、私語を許す」

呆然として返せない神楽耶を横目に、ルルーシュが高慢に言い放つ。

スザクはそこで立ち上がり、神楽耶に向き直った。神楽耶は驚愕する。スザクの胸元には、この部屋にいる人間がにつけているものと同じ、鳥の羽根のような小さなバッジを――ゼロ部隊所属の証を身に着けていた。神楽耶と同じ色をした瞳は暗く、沼の底にいるかのようだ。それがどこかあの日を思い起こさせ、ぞくりと悪寒が走る。あまりの衝撃に思わず後ずさった。

「……ごめん」

「スザク」

迷子のような顔で謝るから。神楽耶はたまらなくなって名を呼んだ。なにかがあったのだ。スザクにはもうどうしようもない、だけど後悔していることが。それがわからぬ神楽耶ではない。そんな生半可な付き合いをしてきてはいなかった。

計画に抜かりはなかったはずだ。

ナナリーを抑えられて動揺したルルーシュの隙をつき、派手なテロを起こし、そちらの対応に追わせる。あからさまな誘導のために、もう2,3部隊、続けざまに、時間をあけて東京周辺を狙わせる部隊の準備もあった。わざわざピースマークに依頼までしたのだ。その間にスザクたちは本拠地を潜水艦に移す。そして偽のアジトの情報を本拠地として、本来であればつかめない程度の極秘として流し、エリア11軍を散らばらせた状態でルルーシュをおびき寄せる。当然ナイトメアでやってくるだろうルルーシュたちに再びゲフィオンディスターバーを行使して全軍を壊滅状態に陥らせる。そのわずかな間にG1を落とし、あわよくばルルーシュまでも捕らえてしまおうという算段だった。トップが消えた政庁を奪い、何年もの話し合いを重ねたユーロピアを中心とした諸外国と連携を取ってブリタニアとの睨み合いを始める……その予定だった。

それがどうして、こうなっている。

「ゲフィオンディスターバー、紅蓮。それらの弱点をこちらが理解したこと。我々が枢木スザクを最も早く呼び出す手段を持っていたこと。神楽耶さん、あなたが中華に逃れてくれていたこと。……あなた方の敗北した理由は他にもありますが、最も大きいのは、枢木准尉がイレブンよりもあなたを選んでしまったことでしょう。神楽耶さんの命を捨てて計画のまま行動していたら、こちらは危なかったかもしれません。何しろ私とモルガンは敵につかまり、アーニャは動けない。半分いないのですから、ゼロはいつもの機能を果たしません。総督がまだ手綱を握りきれていないエリア11軍を分散させ、同時多発的なテロでさらに混乱を呼ぶ。少ない手勢の本命を迎え討つときは、そちら側に有利な場所が選ばれる。仕掛けた地形の罠とゲフィオンディスターバーを使ってしまえば、あとは赤子の手を捻るよりも容易いでしょう。わたくしがいる可能性があるアジトを、総督が遠距離から集中砲火できるはずもありませんもの。ルルーシュ総督は捕まって、エリア11陥落の出来上がりでした。枢木准尉の判断が、私たちを救ったと言っても過言ではありません」

神楽耶の思考を呼んだかのように、ナナリーはとうとうと説明する。余裕ある姫然とした態度に、皮肉たっぷりの言葉。腸が煮えくり返った。

しかし、反逆者だとばれたのであれば殺せばいい。どうしてそれをしないのか。いや、それとも、日本人たちに効果的な枢木と皇の名を徹底的に利用するか。初めからルルーシュはそうしたかったのだから。枢木准尉。そうナナリーは言った。彼は既に、憎き憎きブリタニア軍の人間にされてしまったらしい。なぜそんな階級を与えたのかまでは理解できないが。

「……それで、私たちをどうするおつもりです?スザク。捕まったとしても、どうして口を割ったのですか」

神楽耶はそれを知りたかった。神楽耶の知るスザクは、どんな拷問を受けても口を閉ざし、使命をまっとうする人間だ。大事なことをすべて黙したままに、果てる覚悟だってあったはずだ。

「それも簡単なことです。彼は、我々の計画に加担することを選びました」

「計画……?」

「ええ」

ナナリーは笑って頷く。けれどそこで神楽耶を見るのをやめ、心からの親しみを込めていると一目でわかる優しい目で、騎士候補であるらしいアーニャ・アールストレイムを見つめた。

「アーニャ。お兄様から説明がまだだと聞いています。これから話すことはとても大事なことだから、しっかり聞いて。そして選んでちょうだい。……私の騎士を、辞するかどうかを」

アーニャが目を瞠り、息を呑んだ。そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。まだ首に包帯を巻いている少女は、しかし混乱の最中であっても答えは一つしか用意されていない。相手は主で、そして皇族なのだから。

イエス・ユアハイネスと。

「本当なら、二人っきりで話したかったのだけど。ごめんなさい、神楽耶さんがちょうど戻ると聞いたから。時間が惜しいの。わかって」

主であるというのに、懇願するような口調。それには黙っていたルルーシュが「ナナリー」とたしなめる。

「アーニャはそんなこと気にしない。それに、覚悟はできてるはずだ」

少女の瞳は、主から放たれた言葉の衝撃に揺れていた。しかしルルーシュはそれを無理やり黙らせて、話を続けさせる。ナナリーは意を決して、神楽耶に座るように命じた。

アーニャの隣だ。反逆者をそのように扱うなど聞いたこともない。しかし部屋にいる全員はそれに異を唱えない。ルルーシュとナナリーを囲むように配置された椅子は、円卓のようでもあった。

「神楽耶さん。わかっていると思いますけど、あなたにも選ぶ権利はあります。私たちに与するか、」

「裏切りか死か、でしょう。わかっていますわ」

神楽耶はぴしゃりと返した。スザクは沈痛な面持ちだったが、しかし、ルルーシュへの憎しみが手に取るようにわかる。そんなにも憎んでいるのに、なぜ計画とやらに加担しようとするのだろう。わからなかった。

「話が早くて助かりますわ。ではもう、結論から言いましょう」

ナナリーは言った。

「我々はブリタニア皇帝を失脚させ、皇位継承争いに勝利し、皇帝の椅子に長兄オデュッセウスを据えるつもりです。その暁には、エリアに国の名を返すと約束します」

 

 




バタバタしていたらかなり時間があいてしまいました>< 叛道まで約2週間・・・・、、、、、


<今回のどうでもいい設定>
今回出てきたゼロ部隊のバッジ、反逆本編で純血派がつけてた赤いやつを縮小したようなものです。ややかわいくデザインされており、CCさ○らでよく出てくるタイプのぐるぐるっとした丸い羽根・の赤色バージョンをイメージしていただけると。キュートですね。ナナリーのまっくろパイスーに映えます。

あとさらにどうでもいい情報ですが、ナナリーのパイスーは一見ミニスカに太もも丈のサイハイソックスなので(2-2参照 確認したらオーバーニーソとありますがふともも丈はサイハイですね。こう、絶対領域が四角ではなく扇型になるタイプのガーターなんですがあれって名称あるのでしょうか。グリンダ騎士団のアレと同じ形)下にパンツがある構造なのにパンツそのままよりもえっちに見えます。
同じ丈でもスカートの方がえっちに見えること、ありますよね。スカートの中の宇宙に想いを馳せる、あれです。
ナナワンでド性癖コスチュームを妹に着せたことを加味して……という言い訳を建前に12の性癖でこうなりました。反逆では棒のように細い彼女の足は筋肉あるのでよりなまめかしい感じでエッチになるのではと思います。
皇女ドレススタイルの時はほとんど足首しか見えない彼女のふとももの絶対領域が晒されるパイスー。のちのち出ますが私服でもひざ丈より上はほぼ着ませんしパンツスタイルもけっこう多めなナナリー。のふとももが晒されるのは戦闘時だけ!デザインしたのは大好きなお兄ちゃん!!
いいですね!!!

スケベ心全開で申し訳ありません。


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4-5

「……ふざけたことを仰いますのね」

計画を話し終えたナナリーに対し、引き攣った顔で神楽耶が返したのはこれだった。

ナナリーは笑みを崩さない。

「ブリタニアの経済支配に甘んじろと」

「そうですね、わたくしたちもボランティアではないので。我が国の利益、民の生活を考えなければなりません」

「それは、そうでしょうね。今まで甘い汁を吸ってきたブリタニア人がいきなり富を失えば、国が傾くのは目に見えています」

「でしょう?それで強硬路線に走られては困るのです。何のために戦争を終わらせたのかわかりません。ですのでしばらく……と言っても数十年はかかるでしょうが……ひとまず誰も死ぬことはありません」

「エリアとされている国を解放したところで、経済支配はいつかの火種となるだけでは?」

「ええ、その通りですわ。ですからそこが私たちの腕の見せ所です。もちろん簡単に行くとも思っていません。信じて頂かなくとも構いませんが、皇族として生まれた以上、生涯をかけて世界を造り変えるつもりです」

「黙って屈しろと」

「まあ、そういうことになります」ナナリーはこともなげに頷いた。

「命より……大事なものがあるとしても?」

「あなた方のプライドのことですか?そんなこと、気にしている場合でしょうか?」

「……ッ」

「仰る通り我々は卑怯な侵略者ですが、あなたたちが負けたこともまた事実ですもの。まさか、正義だのなんだのといった議論をここでなさるおつもりですか?」

神楽耶は唇を引き結んだ。平静を保っているように見せかけても、握った拳はぶるぶると震えている。

「神楽耶、」

「スザク!」

いよいよ耐えられなくなって、ついに叫ぶ。

「なぜ……なぜ、わたくしを見捨てなかったのです!そうしていれば、こんな……こんなっ」

「今更言ったところで詮無いことです。屈辱的な事実はあなた方の内にだけ残り、今なおゲットーで貧困に喘ぐ子どもは救われる。ねえ神楽耶さん。私たちの手を取るか殺されるか、道はふたつ……いえ、もうひとつ。ここで自刃するか、ですわね。それしかもう残されていません。枢木准尉がなんのために膝を折ったのか、よく考えて返事をしてください」

それからナナリーは、しかし怯えたように目を伏せる。敵には決して見せぬ、ただの少女としての姿。一瞬ののち、「アーニャ!」意を決して呼びかけた。

「その……すぐに、返事をちょうだい。迷う心で、付いてきてはいけない」

アーニャは顔面蒼白だ。そんな顔を見たくなかったとばかりに顔を歪めながら、主である少女は畳みかける。

「アールストレイム家だって、謀反の意が知れれば無事ではすまない……終身刑ならまだいい方。それでもこんな私に付いてきたい?」

敬語を伴わないナナリーの言葉。皆、黙ってそれを聞いている。

「シャルル……陛下を、あの方を殺すの?」

「場合によっては。……だけど、知っていたでしょう?私がお父様に、恨みの気持ちがないと言えば嘘になると。お母さまを、お兄さまを、あんなふうに……あんなふうに、して。私は、ええそうよ、ただの私怨だとわかっているわ………だけど、どうしても。許すことは出来ないの」

ナナリーはもう動揺していなかった。凪いだ水面のように、騎士を見つめている。神楽耶はきっと、こんな言葉は言えないだろう。自分の命を捨てることは惜しくない。

だけどこれから飛び込もうとする大渦に一緒に飛び込むときは、きっと一緒にいてほしい。スザク、お願い、そばにいて。もしいけないとわかっていても、そう言ってしまうだろう。

いや、ナナリーにとってそうすることのできない相手が、ルルーシュなのか。

そのルルーシュは一言も発することなく見守っていた。が、アーニャがすっかり黙ってしまって俯いた頃、隣に座る妹の手を握って、小さく彼女を促した。

「アーニャ……」

「……ナ、ナリー様」

「無理なことを言いましたね。もう何も言わないわ。預けている騎士章を……」

「ナナリー様!」

「……なに?」

桃色の少女が顔を上げた。その反応に、ナナリーは期待の色を浮かべそうになる。いけないと引き締めながらも隠しきれていなく、これがあの副総督だとは思えない。大衆の望む皇女の仮面を引き剥し、そこにいるのはただのナナリーだった。

「私を殿下の騎士に。どうか……」

「…………」

「候補じゃなくて、仮……じゃなくて。本物の騎士に……」

 

がたり。

 

ふらりと立ち上がったナナリーはアーニャに駆け寄ると、その体を思い切り抱きしめた。ほとんど体当たりだ。今どうにかしなければいけないはずの神楽耶もスザクも置き去りに、そのまま、強く強く抱きしめる。隠れた顔のむこうからずずっと鼻を啜る音がして、ヴィレッタが目を瞠った。泣いている?まさか。

いったいどうしたものか。神楽耶は完全に調子を狂わされて、スザクを見やる。スザクも同じような心境らしかった。総督ルルーシュも微笑み――心温まる、と言えるはずのそれが、禍々しいものに感じてしまうのはなぜか――皆一様に、ほっとしたような顔つきだ。

「私、ずっと思っていたの。あの日アーニャが私の騎士になるって言った時から、嬉しくて仕方なかったけれど、どこかで後悔していた。こんなふうに生きなくてよかったのにって。学校に通ったり、誰か好きな人でも作ったりして、それから家を継いで――貴族として当たり前の生活を、私が全部奪ってしまった。これでよかったのかって、ずっと……。なのに私は今また貴女を、とんでもないことに引き入れようとしている。騎士なんかになってしまったら、もう絶対離れられないのに。どうしてそんなことを言ってくれるの?馬鹿だわ」

アーニャはいくらか戸惑う素振りを見せたが、向かいに座るジェレミアやヴィレッタの顔を見て、何か思うことがあったらしい。ナナリーを抱き返し、ナナリー様こそ、と言った。

「馬鹿はお互い様。もうずっと同じ船に乗ってるのに」

「ごめんなさい……」

「謝らないでください。私が選んだ」

ぽんぽんと背中を叩く。これがクーデターの計画だとか、エリア解放だとか、そんな血なまぐさい話でなかったらどれだけよかっただろうか。部屋全体の空気がいよいよ緩みだしたとき、それを良しとしない人間がばつんと断ちを入れた。

「ナナリー。泣き止め」

頬杖をついたルルーシュだ。

「そんな顔で開演式に出るつもりか?辛気臭いことこの上ないぞ。副総督の仕事に支障を出すな」

反射だろう。妹でありながら、彼の忠実な部下でもあり続けるナナリーは、すぐさまルルーシュを向き直って泣き止んだ。ずずずっ、と皇族らしからぬ鼻を啜る音を立ててはいたが、なんとか良しが出たらしく、今度は咎めは飛んでこなかった。

「いいだろう。今日は式後の仕事はキャンセルしてやるから、ゆっくり二人で話せ。お前たちはどうも言葉が足りていないようだから」

「でも総督、あれは……」ヴィレッタが顔を曇らせると、

「ジュリアスは今晩暇だったな」

「…………ええ、はい。時間が作れないわけでは」

一番端に座っていた男が唸るようにイエスと返す。覆面の下から聞こえるくぐもった声は、言外に、他にやらなければならないことがあるのだとはっきり示していた。

ルルーシュは満足そうに一同を見渡すと、悠々と息を吐く。

そしてとうとう、

「……さて、皇殿?時間が来たようだ」

――蛇の目が神楽耶を捉えた。

わかっている。神楽耶に逃げ道などない。

だがしかし。神楽耶たちが正式な国の代表であるならばまだしも、神楽耶もスザクも、キョウト六家というひとつの組織の一員に過ぎない。勝手が許されるわけもないのだ。

結果がどうあれ、これはまごうこと無き裏切り。

「殿下」

神楽耶が張り付けたかのように唇を引き結んだままでいると、ぱしゅんと軽い音を立てて咲世子が入ってくる。

「遅くなって申し訳ありません」

「いや、いい。片付いたか?」

「はい」

神楽耶は彼女を凝視した。篠崎咲世子。彼女自身を知っているわけではなかったが、その苗字ともなれば話は別だ。篠崎。

皇家だって長きに渡って護衛を任せてきた忍の一族だ。ブリタニアに公開処刑された神楽耶の父母である皇家当主は、篠崎家の当主の弟を護衛としていたはずだ。彼もまた、ブリタニアに殺されたはず。初めて彼女を見たときから、なぜそんな一族の生き残りがブリタニアに与しているのか、理解が出来なかった。わけを知りたくとも、狸芝居のあの茶会でそんなことができるはずもない。

刺すようにこちらを見てくる全員の視線を振り切って、神楽耶は彼女に声を掛ける。ルルーシュの右隣に座った咲世子は、落ち着き払って返答した。

「何でしょう」

「貴女、“あの”篠崎の者ではないのですか」

「ええ、如何にも。私が父より当主を継いだ篠崎流の後継者です」

「なぜ……貴女のような方がブリタニアに下っているのです。あなたの一族はすべてブリタニアの手で殺されたというのに」

「私の主はブリタニアでは御座いません。私は、ルルーシュ様に仕える女です」

咲世子はきっぱりと言い切った。

「ではあなたは、このCODE-Rに賛成していると?」

「はい」

「日本がどのように戻ってくるか、わかっているのですか」

「もちろん」

咲世子はそこで言葉を切り、アーニャにひしりとくっついているナナリーをちらと見た。

「ナナリー様がどのようなご説明をなさったのかはわかりませんが……そのご様子だと、あまり良い伝え方はなさらなかったようですね。ルルーシュ様も」

表情はほとんど変わらないが、どこか苦笑するような気配を滲ませる。そして彼女は、話す言葉を日本語に切り替えた。

「神楽耶様。私は日本人としての誇りはなにひとつ捨てておりません。己が親族に教わった生き方に、今も恥じてはおりません。ルルーシュ様もナナリー様も、お口はあまりよろしくありませんが、今のブリタニアを変えようという熱い志を持っていらっしゃいます。そのためのお力も、持っていらっしゃいます」

真摯に語りかけてくる咲世子。まっすぐと神楽耶を見る目は澄んでいて、彼女が言葉通り、日本人としての誇りを秘めていることが伺えた。明朗な日本語からも、それがわかる。

「……話を聞いてみても、雲をつかむような計画です。まるで子どもが立てたような夢物語ですわ。失敗する確率の方が、私は強いと思いますけれど」

「そのために、殿下方は全力で準備をしてこられました。決して無謀なことではありません。私は、この方に賭けてみたいのです」

なおも苦々しい顔をする少女。まだあどけなさの強く残るその姿で敵陣に放り込まれ、かかる重責はいかほどのものか。

そこで咲世子はふと微笑んだ。

「篠崎家の人間の欠点をご存知ですか、神楽耶さま?」

 

 

 

篠崎咲世子は忙しい。それはもう忙しい。なにせルルーシュの御傍係と、エリア総督である彼のお傍係と護衛を兼任しているうえに、雑多な用事もこなすのだ。隠密として放たれることもままあるのだから、目まぐるしいことこの上ない。昔はナナリーに篠崎流戦闘術を仕込んでいたし、今でも手合わせをする。二十代も半ばになり、最近少し体の変化を感じるのが悩みの種だ(年上であるヴィレッタに相談してみれば、最近化粧水を変えたとややずれた返答をもらった)。

一人で何役もこなす咲世子は、部隊いち忙しい。何日も仲間と会わないことはざらだ。並大抵の根性でできる役ではなかった。

しかし咲世子は、憎き敵国の皇族にわざわざ誠心誠意奉仕するほど愚かではない。名誉ブリタニア人としては破格の給料をもらっているのだから、そのようにする同胞もいるにはいるだろう。しかしやはり、帝国の中枢でナンバーズが、猿が、イレブンがと罵られながら、それでも頭を垂れることは、咲世子にとって許しがたいことだ。自由と名前を奪われても、心に刻んだ日本人としての誇りまで奪われたつもりはない。屈辱には変わりない。

なぜそれに耐えてまで彼に仕えるか。簡単だ。

彼がブリタニア帝国の破壊と創造を、本気でやろうとしているから。咲世子が仕えているのは「ルルーシュ様」であって、間違っても神聖ブリタニア帝国ではない。

ついこの間、仲間に初めて吐露された本音たち。

7年前から彼がそれを計画していたことを、咲世子は知っていた。

 

 

咲世子は当時、イレブン開拓を目指しやってきた貴族のうちのひとつであるアッシュフォード氏のSPであり、表向きはメイドだった。なぜって、他に仕事がなかったのだ。

篠崎流は知る人ぞ知る隠密機動の名家。昔から、将軍、天皇、首相など、名だたる人間を守って来た。決して日本史の表に出ることはなくとも、家系図を辿ればその歴史の重みが知れる。

しかしその日本はブリタニアに敗北した。当時の咲世子は16歳。免許皆伝をもらえるところだった篠崎流見習いであり、高校生であった。

いくら身体能力に優れた人間であろうとも、降ってくる爆弾に、KMFに勝つことは叶わない。そこに守るべき相手がいればなおさらのことである。一族の大半はトウキョウ戦に巻き込まれて死亡し、咲世子は運良く、奇跡的に、命からがら逃げおおせた。残った者はわずかだ。いまどうしているのか、生きているか死んでいるかすらわからぬ者も、最後まで主を守り、ブリタニアに処刑された者もいる。仕事と割り切り逃げればいいものを、一度この人だと惚れてしまうと、生涯相手に仕えてしまうのが篠崎一族の悪いところだった。

篠崎流当主の娘であった咲世子は、腹をくくって篠崎流を継ぐことにした。躊躇したのはひとえに、父からまだ一人前のお墨付きをもらえていなかったからである。

焼け跡の家からせめても役立つ資料をかき集め腕を磨く日々。咲世子ひとりがブリタニアに盾突いたところで焼け石に水、まったくどうしようもないことだ。それでははて、これからどう生きればいいのか。途方に暮れていた。なにせまだ高校生だったのだ。いくら身体能力に優れていれど、戦争に負けて国がなくなってしまったときの身の振り方なんてもの、知っているわけもない。いや、年齢なんて関係なかった。答えを知っている者なんて、ほとんど誰もいなかっただろう。

大学に受かった、あの人に明日会える、本社に栄転だ、子どもが出来た……。そんな人々の日々の営みは、あっさりと終わった。宣戦布告から1か月もたたぬうちに。

明日の見えない焼けた国で、勝手にイレブンと名付けられたのだ。途方に暮れているのに腹は空く。どんどんブリタニア人が乗り込んでくる。咲世子もそのひとりだった。

だが絶望している場合ではなかった。それではいけない。そんなことでは生きていけない。どうしたって、明日は来る。

――自分はここで死んではいけない。後継者を見つけ、育てなければいけない。

ただひとつ、強烈なまでに咲世子がわかっていたのはそれだけだ。

篠崎流を託された人間としての使命。

最後に父と言葉を交わしたのは、東京が火の海になるその日の朝だった。

咲世子もそろそろ一人前だと、自分も負けていられないと。

父は確かにそう言った。だから諦めてはいけない。

咲世子は考え抜いた末、名誉ブリタニア人となった。

そして、まずは職だとふらふらとしている時、町である親子を助けた。娘が車に挽かれかけ、咄嗟に身体が動いたのだ。いくら敵国の人間だろうと、小さな子どもにまで責任はない。少女の両親はイレブンである咲世子を汚らわしそうに睨めつけたが、その父――つまりは少女の祖父はそうではなかった。

咲世子が職を探している途中だと言えば、ならばうちで働かないかと誘ったのだ。

それがルーベン・アッシュフォードである。

まさかこの半年後ブリタニア本国に飛ばされるなどとは、思ってもみない咲世子であった。

 

 

 

SPとして採用されたものの、まあとにかく、没落貴族の命を狙う人間はいない。結局ほとんどメイドとして使われることになり、孫娘のミレイの世話をしていた。仕事も板について来たある日、ルーベンはこんなことを言った。

この家は5大貴族とも言われる大貴族だったのだが、事業に大失敗して今こんなことになっている。先祖に顔向けができんよ。ああ、マリアンヌ様さえ生きていれば……、と。

咲世子は日本人の小娘で、ブリタニアの事情など知る由もなかった。情報の大事さはよくわかっていたから、適度に学んではいたけれど、しかし所詮イレブン。ブリタニアにおける身分制度を、肌で知っているわけもない。

とにかくルーベンにとっては、貴族社会の理を知らず、自分より身分が低く、話を聞いてくれて、外に漏らさない人間が必要だったのだ(外に漏れてはいけない、というのはルーベンの外聞やプライドの問題で、咲世子が知ってまずいようなことはひとつもなかったが)。

つまりは愚痴の吐き出し役。

マリアンヌ様は素晴らしい方だった。あのまま生きていらっしゃれば、今ごろ我々のガニメデに……とか、あの時あそこで手を引いたのが失敗だったとか、しかし博打を楽しめなくて、人生何を楽しむのか?とか。それはそれはバリエーション豊かな、しかし最終的には同じようなことを言っている彼の愚痴に付き合う日々。ぽつりと、殿下方はどうしてらっしゃるかなあ、とこぼすこともあった。

アッシュフォードはマリアンヌ皇妃の後ろ盾で、彼女がテロによって身罷った後、事業に大失敗して後を追うように没落した家だ。今なおヴィ・ブリタニア家の後見ではあっても、力はたかが知れている。ブリタニア本国でお助けすることすら、御家存続を思えばできなくなるような。そのくらい当時は大惨事だったのだ。エリア11での事業が安定してようやく、ルーベンは残された皇子皇女の話をするようになった……そんな、ある日のことだった。

 

「アリエス宮の人手不足が深刻だ。うちからも何人か使用人を派遣したいが、わたしは君も送ろうと思う」

 

いつものように、ミレイが寝付いた後。寝酒を持って行ったとき、つまりは愚痴に耳を傾ける深夜。

ルーベンはとんでもないことを言い出した。

「……と、おっしゃいますと」

「アリエスのコックが、殿下に毒を盛ろうとしたらしい。ありえないことだ……ありえないことだよ」

嘆かわしい、ありえない、とばかりに首を振るルーベン。ありえないのはこっちだった。

「信用できる人間を送りたいのだ。今更アッシュフォードがヴィ家の足を引っ張ろうだなんて、あまりにも益のないこと。ルルーシュ殿下も、少しは安心なさってくださるかと」

プリンス・ルルーシュ。咲世子はそのとき初めて皇子の名前を知った。

「しかし旦那様、私は……」

「お願いだ咲世子。殿下が大きくなられて、皇宮で力を身に着けるまで……側にいてやってくれないか」

「そう仰られましても、ブリタニア語に自信もありません」

「この家でこれだけ支障なく仕事ができるようになったんだ、大丈夫だ」

「イレブンですし」

「かまわない」

 

いや、構うだろう。

 

英語だってとりわけ得意であったわけでもない。英語教育の進んでいた日本では、高校卒業時には軽い会話は難なくこなせるように実践的なカリキュラムを組んでいたが、咲世子はまだ高校2年生だった。この家でも普段の仕事の内容を問題なく理解できるようになっただけだ。ルーベンだって簡単な言い回しばかりを選んで、咲世子にもわかりやすいように話していたではないか。

何よりナンバーズが皇宮などに入っていいのか。入れたとして、それは立場の危うい皇子にさらに悪い噂を立てるだけではないのか。今だってミレイの両親にはうっとうしがられている。ひとつの家の中だけでこうなのだから、どうなるかなど想像に難くない。

咲世子はいつになく饒舌で言い募った。

口に出す言葉以上に、ペンドラゴンだなんて冗談じゃないという気持ちがあった。

だって咲世子は、ある程度生活が安定したらブリタニアに抵抗する同胞のところにでも行くか、ゲットーの子どもたちの学校で後継者探しでもしようと思っていたのだ。ブリタニア本国首都ネオウェルズ?冗談じゃない。そんなところに日本人がいるものか。ルーベンのことはそれなりに好ましく感じていたし、ブリタニア皇帝を慕うからといって、その人自身が差別に塗れた冷血漢ではないのだということも知ることができた。一方でマリアンヌ皇妃や残された皇子らを慕うのは、なによりも彼らが皇族であるからだということも。ルーベンはそんな話はひとつもしなかったが、もしもこれから皇子たちが廃嫡されるようなことがあれば、手を差し伸べるかは微妙なところだ。しかしそれは貴族に生まれた彼らなりの処世術であって、仕方がないこと――少なくとも身分社会の理では――なのだと、学ぶこともできた。ブリタニアの身分制度というものが、このころには咲世子にも現実感を持って把握することが出来始めていたのだ。

ブリタニア人だらけの生活の中でしか、理解できないこともある。

生活習慣ひとつから思想に至るまで、何もかも少しずつ、見える景色が違う。

ブリタニア人を憎むのではなく、刃を向けるべきは――。咲世子が心からそう思えたのは、この家に仕えた日々があったからだ。

が、皇族に仕えるだなんてまっぴら御免。ブリタニア自体は憎いのだ。

ルーベンはそんな咲世子の気持ちを感じ取ったのだろう。こちらも粘り強く、重ねて言い募る。

「殿下のお気に召さなければ戻ってくるといい。確かにナンバーズであればやりづらいだろう。だが、私は殿下にせめても、今出来る一番マシな事をしたいのだ。私の世話などかまわん。この家の選りすぐりを送るから、きっと殿下の役に立ってくれ」

 

ルーベンが事業に成功し、また失敗したのは、この頑固さが原因だろう。

いかに経営に疎い咲世子でも確信できるほどだった。困った。

現在の日本人の状況は惨憺たるものだ。職にありつけるものなどごくわずか。戦後の混乱であっさりと軌道に乗れたのは悪く言えば変わり身の早い、よく言えば合理的な人々であり、いわばかつての日本で上流階級にいたような人間ばかりだった。そんな中でたったひとりでうまく立ち回れたのはほとんど奇跡みたいなもの。アッシュフォード家の使用人だって、まさかすべて日本人から雇ったわけではない。大半は昔からこの家に仕えているブリタニア人だ。もちろん恩義は感じていた。

恩をあだで返してはならない。義理人情、一期一会は大切にせよ。

篠崎家の家訓の一つだ。

断ることもできただろう。しかしそうするのは、家に誇りを持つ咲世子には心苦しいことだったのだ。

一族に顔向けできない生き方はしたくない。

であれば、咲世子にできる返事はひとつしかない。

 

Yes,Sir.

 

その一言で咲世子は10日後にも航空機に詰め込まれ、トランクひとつだけを手に、生まれ育った祖国を離れることになった。

このときはまだ、すぐに戻ってくるだろうという確信を持っていた。

 




スーパー捏造パート、咲世子過去編。



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4-6

待っていたのは案の定、ひどい人種差別。

入国審査からはじまり、どこまで行っても消えることはなかった。アジア人は一目で区別がつく。欧米のナンバーズたちとは違い、誤魔化すことなどできるわけもなく、中華人をからかうための言葉を投げられるのであればまだいい方だった。

アッシュフォード家から共に来た使用人たちと帝都へ入ったのがブリタニアの地を踏んで二日目の朝。離宮の並ぶ広大な区画を車で行き、他と比べればやや小ぢんまりした宮にたどり着いた。

「遠路はるばる御苦労」

そう言って迎えたのはジェレミア・ゴットバルト。のちの同僚である。自分と同じように7年分若く、少し長めの髪を後ろに括っていた。

彼は使用人たちの中に咲世子がいるのを見つけるや否や、使用人団のボスとして先頭にいた老齢の執事に険しい顔を向けた。

「貴様、あれはイレブンではないか?」

「左様で御座います」

「何故連れてきた?殿下の名に傷が付いたらどうしてくれる」

「は、しかし、彼女は大変優秀なメイドでして。SPも兼任することが可能でございます。能力はアッシュフォードの名を賭けてもかまいません」

「SPだと?」

「如何にも」

ジェレミアは咲世子をじろりと眺めた。いや、睨んだ。それから小馬鹿にしたようにフンと笑う。こんな小娘に何ができると、そう言われたような気がした。

「まあ良い。殿下がお決めになることだ」

てっきりここで門前払いされるのかと思いきや、咲世子は宮内へと招かれた。

きらびやかなはずなのに、どこか閑散としている。訪れる者を歓迎するような玄関ホールの細やかな装飾も、埃ひとつない絨毯も見事だ。なのに、あまりにも寒々しい空気が充満している。ここが皇族の住む空間だとはとても思えない。

大ホールに集められ、きちりと列を組んだ使用人たち。しばらくして車椅子の少年と、それを押す少女が如何にも軍人らしい女を伴にやってきた。殿下自らのご登場というわけだ。

それを誠実さと言うべきか、暗殺を警戒しての様子見と言うべきか――わかりはしなかったが、幼く高い声で紡がれる「面を上げよ」という皇族らしい命令で顔を上げたとき、吸い寄せられるように皇子の顔に目を奪われた。

正確には、目だ。

この目。咲世子は知っている。敗戦した祖国で散々見てきたものだ。親を殺され、兄妹を奪われ、友と別れ……それでもなお生き延びてしまった、孤独と絶望に置き去りにされたこどもの目。

咲世子自身、同じ顔をしていない自信はない。

 

ルルーシュ皇子の目は沼の底のようで、深い紫は翳り、薄暗かった。一方で爛爛と光ってもいるのは猛禽のそれだ。日本人たちが浮かべるその光は、怒りと復讐。ならば、この皇子は一体何に、ここまでの怒りを、憎悪を燃やしているのか。

皇妃が殺されたのは知っている。ならばテロリストか。

さらに、皇子というにはあまりにも殺伐とした空気を纏う彼の車椅子を押してきた少女は、ハウスメイドなどではなかった。彼女も皇族、妹のナナリー姫だったのだ。

こちらは不安げに揺れる瞳が年相応の少女らしく、大きな違和は感じられない。

「ルルーシュ様。こちらが新しく、アッシュフォード家から派遣された者たちです。アッシュフォード当主の人を見る目は確かですから、どうか」

「ああ……」

ルルーシュ皇子は沈んだ暗い瞳で、数十人の男女を見つめる。注意深く、ひとりひとり斬るようにしながら視線を滑らせていく。そしてやはり、咲世子のところで止まった。

「おい。……そこの。アジア人」

「は」

咲世子はすかさず礼をとる。ルルーシュは訝し気に、

「イレブンか?」

当然の質問をした。暗い瞳には猜疑の色が見え隠れしている。スパイか?暗殺者か?と。

「左様で御座います、殿下」

「担当は」

「ハウスメイドと……護衛を」

「護衛?」

そんなもの頼んだ覚えはないと、ルルーシュはつっけんどんに言い放つ。横からジェレミアが、それはこの女が勝手に申しているだけのただの妄言ですと慌ててフォローを入れた。ただのメイドであるから気にしなくてかまわない、気に入らなければ今ここで追い返しましょうというようなことを続ける。そうしてくれた方が有り難い。早く日本に戻りたいのだ。

咲世子は期待して次の言葉を待った。

しかし、ルルーシュは、「ふうん」と興味なさげに返すだけで。

「仕事ができるなら構わない。ジェレミア、わたしの警護はお前に任せるさ」

「イエス・ユアハイネス」

咲世子はそれきり声をかけられることもなく、そして追い返されることもなく、アリエス宮の使用人となってしまった。

 

この時点で、やや計算が狂い始めていた。

 

 

咲世子に任された仕事は専ら掃除、雑用。当たり前だ。ふつうのメイドの仕事がそれだし、イレブンなんてさらに重要な仕事から遠ざけられるに決まっている。

もちろんルルーシュやナナリーの部屋に入らせてもらえるわけもなく、廊下だとか窓だとか手洗いだとか、そういったところを掃いて磨いて。アッシュフォード家にいたときの方が遥かに忙しかったに違いない。任される仕事はいつも似たようなもので、交わす言葉も当然同じ。イレブン相手に親しい雑談など、これもまあ、ありえない。

そんな調子だから、そろそろブリタニア語が錆びてしまうのではないかと不安に思っていた。使用人棟ではアッシュフォードからやって来たメイドと同室だったが、彼女たちもまた、イレブンである自分に話しかけてくることは少なかったのだ。

体術の方も然りである。すっかり鈍ってしまっていて、どうにも困った状況だった。自分から暇を申すことはできるのか、アッシュフォードの顔に泥を塗らないタイミングはいつか……そんなことばかり考えて過ごしていた。

 

そうして(恐るべきことに)三か月が経ち、優秀だった咲世子はもっと広範囲を任されることになった。もともと信じられないくらい人手の足りないアリエス宮だ。少数のベテランで回すと言っても限度がある。イレブンだからといびる暇もないほど事態は深刻だ。

皇女であるナナリーの部屋の前の廊下を担当するようになると、彼女と顔を合わす機会が――いや、遠目に見る機会が増えた。

なにせ、掃除というのは主の目の入らないところでやるのがごく普通のことだ。ナナリーと顔を合わせるのは、彼女が予定にない行動をしたときだけだった。

 

「きゃっ!」

 

ある日、昼寝をしているはずの時間に突然部屋のドアを開けて走って来た彼女にぶつかって、慌ててよろけた彼女を抱いた。ぼふん、と音を立てて衝突した反動は大きく、支えなければ転んでしまっていただろう。

「お怪我はございませんか」

「ええ……」

思い切り咲世子の足に顔をぶつけたナナリーは、赤らんだ鼻の頭をこすこすと撫でていた。ぶつかった相手が誰かわかると、きょとんと目を丸くする。

「あなた……確か、イレブンの」

「はい。殿下に対する非礼、処罰は如何様にも」

そうだ、このまま解雇してくれ(処刑であれば、うまく逃げ出す自信もある)。そんな思いで咲世子は述べたが、ナナリーはとんでもないとかぶりを振った。

「あなた、名前は?」

「サヨコ・シノザキと申します」

「サヨコね。サヨコは、アッシュフォードからのハウスメイドでしたよね」

「ええ」

「なぜあの家に仕えることに?」

好奇心でいっぱいの目。彼女は咲世子に興味を持ったようだった。困ったことになった。

「皇女殿下のお耳に入れるようなことでは……」

「あら、わたくしが聞きたいと言っているのですよ?」

ナナリーはにっこりと笑う。さすがにこのあたりは支配者、お姫様らしかった。

「ルルーシュ殿下がお知りになったら……」

「大丈夫。お兄様だって、説明したらわかってくださるわ。サヨコ、いっしょにお茶を飲みませんか?」

「そ、のような……」

「これは命令です、サヨコ・シノザキ」

がんとして言い張られてしまえば、咲世子にできることはない。イエス・ユアハイネスと跪くことだけであった。会話が聞こえる程度の位置にいた、ナナリーの部屋の前を守る兵士が、皇女殿下の気まぐれにも困ったものだとばかりの呆れた表情を浮かべていた。

 

 

 

完璧なティーセットに加え焼きたてのフィナンシェが用意され、3時のおやつは始まった。ティーセットを用意した同僚とも言えるメイドは、ナナリーに引っ張ってこられた咲世子をぎょっとして迎えた。

彼女以上にぎょっとした顔をしたのは、既に席についていたルルーシュだ。

「な、ナナリー……!?」

「お兄様、今日は彼女をゲストに招きましたの」

「……何を言っているのかぜんぜんわからないよ、俺にもわかるように説明してくれないかな?」

「ですから、彼女とお兄様と、3人でお話がしたくって」

車椅子に座った少年皇子殿下は、わけがわからないと顔を歪ませた。お前が何かしたのかとばかりに咲世子をぎろりと睨む。帰宮のお出迎えを許されていない自分が彼と顔を合わせるのは、ナナリーと同じく初日ぶりだった。

「もう、お兄様。サヨコはなんにもしてませんわ」

ナナリーが拗ねた声を出して、ルルーシュが呆けている間にもうひとつ椅子を用意させた。

どうしたらよいものか当惑しきったこちらに笑顔で言い放つ。

「第12皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニアが命じます。今日は私とお茶をすること!」

大きく結い上げた、ウサギの耳のような髪をふうわりと揺らして。

咲世子は、怒りに震えているらしい少年皇子が、このままここで咲世子を解雇してくれることを期待していた。しかし自分の椅子に座ったナナリーが、「イレブンの話を聞かせてください」と言ったとたん、なぜだかひゅるひゅると怒気が低下した。表情は変わらないが、纏う気配は全く異なる。いったいなんだと言うのだろう。

「ナナリー。そのつもりで呼んだのか?」

「ええ。これ以上に参考になる方はいらっしゃいませんから」

「そうか……」

ルルーシュは何やら思案すると、咲世子に座るように促した。

なぜかしらと思わずにはいられない。どういうつもりなのだ。

「名は?」

ルルーシュが尋ねた。

「サヨコ・シノザキと申します」

「ではシノザキ。今日はわたしたちのティータイムに付き合え。第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアから、重ねて命ず」

少年皇子はにんまりと微笑んだ。咲世子はぬかるんだ沼地のような瞳の奥で、怪しい光が瞬いたのを見た。

 

出身は?

エリア11のどのあたりなんだ?

歳はいくつだ?

――ということは、極東事変の際はまだ学生だったのか?

家族はどうしている?

ナイトメアフレームの戦いを見たか?

 

ナイトメアの駆った後はどのような状況でしたか?

開戦から2週間程度での降伏でしたが、国全体の雰囲気はどのような感じでした?

エリア総督にはヘンリーお兄様がなられましたけれど、一臣民から見てどのようなお方ですか?

 

眩暈がするほど配慮のない質問がぶつかってきた。生々しく戦争を語れと、侵略した側が言うのである。それも、侵略者たちを正義とせんという考えのもとに。

戦禍に巻き込まれた人間に対して、あまりに無神経と言えるだろう。部屋の隅に控えているメイドも、ポーカーフェイスを保ちながら、しかし、やや呆れた空気を醸し出していた。

 

咲世子が思っていたよりもこの兄妹は多くの知識を持ち、賢く、大人だった。無邪気な子どもだからと膨らまなかったブリタニアへの思いは、彼らにも適応されてしまうだろう。

すこしだけ残念にも思いながら、咲世子はやや適当に答えを返していった。雑な返事をすればクビにしてくれるのではないかと思ったからだ。もちろん、アッシュフォードの体面を考えつつ。

いよいよ咲世子がすっとぼけ始めた頃、ルルーシュはぴたりと質問をやめた。

そういえば、と話題を切り替える。

 

「君はミレイの御傍係をしていたとか?」

「ええ……」

突然呑気な話に切り替わって、やや面食らいながら頷く。

ナナリーも不自然と言えるほどの方向転換をしたルルーシュをきょとんとして見つめる。紅茶にばかり手をつける兄とは違い、ナナリーは既にフィナンシェを5つ平らげていた。

「彼女は元気か?元、とはいえ婚約者だから」

「あ、お兄様ったら。ミレイさんにも良い顔をするんだもの。まだお好きなの?」

ナナリーが頬を膨らませる。ルルーシュは弱った顔をして、口の端を引きつらせた。

「な、ナナリー。だから、僕はミレイにはそんな……」

「ユフィ姉さまのことも大好きなくせに」

「ユ、ユフィのことは……それは……おまえ……」

妹姫の名を出されたとたん、ルルーシュはうっと言葉を詰まらせ、視線を逸らす。誰が見ても、ユーフェミアのことが気になっている、と丸わかりだった。

「ナナリー。昔の話だよ。全部。昔の」

「本当?」

「いつも言ってるだろう?一番大事なのはお前だって」

「ほんとーに、本当ですね?」

「ああ。約束するよ。ミレイはそう……お前にとってのアーニャみたいなものだよ」

「騎士?」

「……違う。友人だ……お前だってミレイのこと好きだろう?あ、いや、もういい。そうだシノザキ、アッシュフォードでの暮らしはどうだった?イレブンは屋敷に数人だけらしいが」

 

じわじわとナナリーから逃げ、逸らしていた視線が咲世子のほうへとずれ、話が戻ってくる。

咲世子はここは真面目に答えねばならないと、ありのままを……いや、少しアッシュフォードに良いように、話した。ルルーシュは興味深そうに聞いている。嫉妬心を鎮めたナナリーもそうだ。

この皇族の兄妹がいったい咲世子に何を求めているのか、まったくわからなかった。無遠慮すぎる質問をぶつけてきたことからも、いずれ軍を率いる際に少しでも役立ちそうな知識を求めているのかもしれなかったし、単純に物珍しい日本人と話してみたかっただけかもしれない。とにかく二人は好き勝手に咲世子に質問をぶつけ、時折打ち合わせていたように目を合わせるのだった。

 

お茶の時間は一時間。仕事の邪魔をして悪かったなと解放された咲世子は、あんなに雑な対応をしていたにも関わらず、なんの咎めも受けずに再び掃除をすることになっていた。

……わからない。

大階段の途中で、雑巾を手にやや呆然とする。

一体彼らは何がしたいのか。

嫌になったらいつでも、だなんてルーベンは言っていたが、はいそうですかとあっさり辞表を提出するわけにもいかない。恩があるからと受けてしまったのがいけなかった。一体いつどのようにここを去ればよいものか、咲世子はそればかり考えている。

しかし、篠崎流の勘だろうか?以心伝心とばかりに交わしていた兄妹の視線が妙にひっかかった。なんとなく嫌な予感もしていた。

そしてその予感は、見事に的中した。

 

 

 

「サヨコさん、これからよろしくおねがいします!」

第十二皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニア。7歳の彼女の御傍係に任命されたのは、その二月後のことだった。にっこり笑う少女の、うさぎのようなおさげが元気に揺れる。

それを、何度目かの眩暈を起こしながら見つめていた。

 




叛道ショックから立ち直りつつあります。でも進まないのは全然変わんなくて困りますね。

咲世子編はちょっと長いです。もう少しだけ続きます。

今回のどうでもいい設定 L.L.さんのプライベート

ふらふら街に出かけたりもする彼ですが顔が顔なので変装しています。
ルルーシュ殿下が歩くという発想がないためにあんがい雑でも気づかれず、適当なサングラスなどで誤魔化している。スザクくんの不審者グラサンではなく、ハリウッドスターみたいなやつ。
しかしそれでも自分が政庁に入るシーンを見られるわけにはいかないので基本ルルーシュくんから貸してもらってる車を乗り回しており、念には念を入れて少年らしい私服を着ることもなく、そこそこの確率でスーツなので、その姿はさながら芸能人か、優秀なSPか、カタギじゃない人のよう……。


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4-7

「サヨコさんは天然ね」

ナナリーの傍につくようになってしばらく、しみじみとこのようなことを言われた。家族や友人、アッシュフォードでも何度か言われたことだが、咲世子には実感がなく、彼らの言いたいことはまったくわからない。

「そうでしょうか」

「ええ。そんなところが素敵ですわ」

彼女は咲世子を非常に気に入った様子であった。プライベートをよく知りたがり、無邪気にはしゃいで見せる。

と思ったらナイトメアの訓練場に出掛け、年齢に見合わぬ内容の勉学をこなし、ジェレミアやヴィレッタに剣の手ほどきを受けていた。

ちぐはぐな印象。

咲世子のそれは日に日に深まる。ブリタニアのために、とかテロリストへの憎悪、とか、そういった目を眩ませるような激情に取りつかれているようにも思えない。彼女はひどく冷静だった。兄だけを見つめていて、そしてその兄もまた同じだった。

兄妹だけの完成された空気に入り込めるものは誰もいない。彼女と一番の友人であるという、アーニャ・アールストレイムもそれは同じだった。

訓練でぼろぼろになって帰ってくるナナリーを見ると、彼女の年の頃には篠崎流の修業が始まっていたことを思い出し、懐かしい気持ちになる。

それは祖国を、家族を、自らの役割を思い出すことと同義だった。

ブリタニア皇族らしさを増して行くナナリーに、思うところがないわけではない。

敵国の人間に仕えて、いずれ大きな脅威となるものの世話なんかして、いったい自分は何をしているのだろう。

イレブンと罵られ、馬鹿にされ、屈辱はいつだって拭えない。せっかく離宮とはいえ国の中枢に仕えているのだから、スパイ活動のひとつでもやってみてはどうなのか?

しかし、その情報を伝える仲間もいやしない。

アッシュフォードに来たこと自体が間違いだったかと思い始めたころ、それは起きた。

初めて戦場を見たナナリーが帰って来てすぐだった。はつらつとしていたのが突然倒れた。高熱で、無理をしていたのだというのは誰の目にも明らかだった。

しばらく離宮の外に出る用事も訓練も入ってはいない。スケジュールを組んだのはルルーシュで、これを見越していたのだろう。

「マリアンヌ様が亡くなられた時も、一度こんなことがあったのよ」

ナナリーが生まれたときから彼女の世話をしている、初老のメイドが手洗い場で偶然会った咲世子に言った。皇妃が死に、兄皇子も重傷。それなのに気丈に振る舞っていたと。しかしルルーシュが退院するまでこらえにこらえた体は限界を迎え、結局ひどくこじらせたのだそうだ。彼女は顔を曇らせて、我慢されるから心配だと零す。

一年もアリエス宮に仕えていれば、そして主である皇女が慕っているのであれば、咲世子への対応はふたつに分かれる。急にやって来て、どうやって取り入ったのかという冷たいもの。主がああしておおらかに接しているのに、自分が差別をしてどうするのかと普通に接するるもの。この女性は後者だった。

「どうしてそんなに急かれるのかしら。シュナイゼル派の傘下に入られた今、ここまで自分を追い詰める必要はないはずなのに……」

そうなのだ。

マリアンヌ皇妃がいなくなり、皇帝から冷遇されているのにこの頑張りよう。なんとか陛下の心を戻し、皇位継承争いで利を得ようと見えるのは咲世子にも理解できる。しかし今のルルーシュはむしろ帝位を望まぬ発言を繰り返し、留学でブリタニアの素晴らしさを理解した、国のために尽くすと繰り返しているそうだ。シュナイゼルに懐いている様子から、彼を支援するつもりなのだと受け取っている者が大半。当のシュナイゼルからもそのような態度が見られるからこそ、信憑性は増している。今はまだ子どもで、力などないに等しいルルーシュたちを暗殺するのは、シュナイゼルに喧嘩を売るも同然だ。

このまま猛スピードで成長するのは、逆に敵を増やすことに繋がるというのに、なぜ。表面的にはおかしくないことかもしれなくとも、咲世子には、彼らのひどく冷静に何かを目指している様子に、なにか奇妙に胃の腑をつつかれているような心地に陥るのだ。

咲世子は時折、使用人に決して聞こえない小声で、ルルーシュとナナリーが何事かを話しているのを見ている。

そのときの表情はふざけているものもあれば、真剣そのものの場合もある。

あの兄妹は、いったい何を企んでいるのだろう?

 

咲世子はその夜、ルルーシュがナナリーの見舞いに来ることを知るなり、一計を案じた。

この長い疑問を終わらせてしまおうと思ったのだ。

長くいればいるほど、情が増すだけだ。咲世子には、やらねばならないことがある。

あの二人が何を考えているのか、それを見極めてからここを去ろうと決めたのだ。

 

人払いをしたナナリーの部屋に、咲世子は潜んでいた。

篠崎流の実力をもってすれば容易いことだ。盗聴器の類を使うより、これが最も安全で確実な方法だ。中庭を通ってやってきたルルーシュは、静かに車椅子をベッドのそばで停車させた。

「ナナリー。熱はだいぶ引いたって聞いたよ」

「はい。でも多分、もう一度上がるって」

「うん。……だから、今日は早く寝ようね」

やさしく妹の手を握る。

気配に敏いルルーシュでも、咲世子にはまったく気づいていない。気付かれれば、名門篠崎の名折れだ。今日重要なことが聞けるとは思わない。これを繰り返せば、そのうち真実を知れるだろうと思っていた。

しかし、そうはならなかった。

 

「お兄様、ごめんなさい。私はまた……」

「いいんだ。ナナリー、仕方ないことなんだから。正直に言っていいんだよ、きつかったろう?体力おばけのおまえが二度も倒れるなんて」

「……私が、あれをするのですよね」

やや間をあけて、ナナリーが言う。あれ、というのは戦場での兵士の振る舞いだ。

思い出すように、か細く弱弱しい声。

「……やめるか?」

ルルーシュが静かに口を開く。

「やめても、いいんだよ、ナナリー。俺はお前さえ無事なら、なんだっていい。このままシュナイゼル兄上のところに行けばいい。皇族なんてやめちゃって、ここから逃げたっていいんだ」

「……いやです」

「ナナリー」

「決めたんです。優しい世界を、お兄様と作るって」

優しい世界?

突然と飛び出した中朝的な言葉に内心首を傾げる。

「ナナリー。わかってる?何度も言うけど、これからおまえと俺がすることは、大勢の知らない人の命を奪うことで――血の繋がった相手を手にかけるかもしれないんだぞ」

「……っ、わかって、います」

「たとえばユフィを、アーニャを殺せと言われて、できるか。もしも、そんな日が来てしまったら、できるか」

「……お兄様、は」

「俺は……」

ルルーシュが口を閉ざす。かんたんに口にできるほど、軽いものではなかった。

少年の方が揺れる。長い沈黙があって、ぎゅっと、さらに強く妹の手を握りしめた。

「やるって決めた……決めたんだ。あの日」

彼らはいったい何を話しているのだろう。優しい世界を作る――それがどうして皇族を殺すことに繋がるのか。

「こんな世界間違ってるって思った。だけどナナリー、それにお前を巻き込むことはしなくていいんだ」

「いいえ、お兄様。いいえ。何度も言っているでしょう?私はお兄様が一番大事なんだって」

ナナリーが微笑む。見たことのない、包み込むようなそれ。7歳の少女が浮かべるにしては、あまりに切ないものであった。ただ満たされるだけの子どもでは、あんなに胸を打つ表情は浮かべられない。どこまでも柔和な微笑みでありながら、失ったものの大きさをありありと見せつける。

「お兄様がその道を行くというのなら、私は付いて行く。どこまでも。お兄様と一緒にいられないことが一番つらいことなんだって、私もあの日、知ったんだから」

だから、とナナリーは続ける。痛いほどに握られた自らの手を、もう片方の手で兄の手ごと包み込む。

 

「ブリタニアをぶっ壊すことくらい、ちっともつらいことじゃない」

 

 

衝撃が襲った。

 

「ナナリー」

「咲世子さんに日本の話を聞くとき――イレブン、と言わなくてはならないことが、とても悲しいの」

「……うん」

「私はお兄様の見た炎を見ていないわ。だけど、同じくらいに変えたいと思っているの。お兄様の罪に私を巻き込んでいるなんて、思わないで」

静かな声だった。話していることで熱がぶり返し始めたのか、頬を上気させている。それに気遣うルルーシュを、ナナリーは止めた。

「お兄様、約束して。絶対よ。もう二度とそんなこと言わないで」

「うん」

「熱に浮かされてるなんて思ってるんだったら、わたし、許さないから」

「うん。……でもナナリー、もう寝よう」

「約束してくれたらね。もう、これが最後のチャンスなんだから。本当ならお兄様、もうとっくに“針千本”なのに」

「わかってる。……ごめん、俺が悪かった」

「そうよ。すぐに弱気になるんだから」

ちょっとだけ茶目っ気を含ませたナナリーに、ルルーシュが笑顔を取り戻す。妹の手を握っていた手を解くと、ナナリーを覆いかぶせていた手を退けた。そしてお互いわかっているとばかりに、小指を絡ませる。

咲世子のよく知っている仕草だった。

 

ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます。

 

「指切った!」

わずかばかりに奇妙な発音で歌いあげた二人は、元気に絡めた指を解く。

「絶対だからね」

敬語を抜いたナナリーの言葉に、ルルーシュは頷いた。

「約束する。何があっても」

 

そうしていよいよ頬を赤くさせたナナリーは、呂律が怪しくなっていく。今度こそおしまいだと会話を切り上げたルルーシュは、ジェシカを呼ぶからと、あの初老の女性のメイドの名を出した。

 

「ゆっくりおやすみ」

 

そしてそのまま咲世子に気付くことなく、部屋を出て行ったのだった。中庭を通って、自らの部屋へと戻ってゆく。

 

咲世子は呆然と立ち尽くしていた。

熱い何かが身体じゅうを駆け巡っている。血が沸騰しているようだと思った。

たったいまここで交わされた会話を、盗み聞きした秘められた兄妹の真意を、何度も反芻する。

かちりかちりと、不可解に思っていたピースが埋まっていった。

彼らが何をするつもりなのか。

どう生きようとしているのか。

じんわりと理解してゆく。どんどん体は熱くなった。

そうしてメイドのジェシカがナナリーのところにやってきて、せっせと看病をしてやって、一人がいいと言うナナリーに、何かあれば呼んでくれと言い残して部屋を出て行ったとき、咲世子はようやく、わかったのだ。

 

 

 

 

神楽耶が大きな瞳をまん丸くして、怪訝そうにこちらを見つめている。

咲世子の家族が、彼女の父母を護って散っていった。無残な最期だ。馬鹿な最期だ。わかっている。

「これと惚れこみ、決めた主。彼らがどんな無謀な地獄に飛び込もうとも、ついて行かずにはいられない性分なのです」

 

神楽耶が何かに気付いた顔をした。

叔父を思う。自分だけ逃げることもできたはずだ。けれど彼はそれをしなかった。

できなかったのだ。

決めてしまったから、見つけてしまったから。

 

「もう、自分の意志では変えられません」

 

全身で理解するのだ。雷に打たれたように、落とし穴に落ちてしまったように。

この人だと、強く思う。

 

「私は、ルルーシュ様とナナリー様に仕える女です」

 

咲世子もまた、あの日。主を見つけてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

「マリーベル」

名を呼ばれ、目を開けた。

長く眠っていた名残をそのままに、夢見るような瞳で自分を見ている。

「ずっとここにいたの?」

「ええ」

「今日は、学校でしょう?」

「いいのよ、そんなの」

「よくないわ……」

咎めるように言いながらも、母――フローラは嬉しそうに微笑んだ。

咲き誇る花のような人だった。髪は艶を失って久しく、瑞々しかった肌は生気のない紙のような色だ。ここ一年でどっと老け込んだ彼女は、ともすれば老女のようでもあったのに、しかしやはり美しかった。綺羅と輝く瞳だけは変わらず、優しくマリーベルを抱擁する。

ふと深い蒼の光に違うものを感じ取り、マリーベルはたまらず立ち上がった。椅子が音を立てて揺れたけれど、構っていられなかった。

幼き日のように母のベッドに腰かけ、まったく力の入っていない左手を包んだ。

予感めいたものがあった。

彼女も感じたのかもしれない。今にも泣きそうなマリーベルに、微笑みを深めた。

「私のかわいいマリー」

「はい、お母さま」

「自らの心に恥じぬよう生きなさい。周りの人を愛してね」

「ええ。きっと……必ずや、お母さまのような女になってみせます」

「好きなように生きるのよ」

「私の憧れはお母さまですから、好きに生きればそうなってしまいます」

マリーベルはくしゃりと笑った。きっと母は自分を見抜いている。見抜かれていることを知ってなお、マリーベルは彼女の望む自分でありたかった。だって今は。今が、その時なら。優しい嘘を、ついていたい。

母の顔を覗き込むと、自らの髪がはらりと零れる。

母と同じ色の髪だ。だけど色が抜けた今の彼女のそれは随分薄くなってしまっている。薔薇色と評されたかつての輝きはもうない。

今日はあたたかい。ああ、そうだ、あと10日前にもこんな気候だったのなら、もう一度母の大好きなあの薔薇園を見せてあげられただろう。こんなにも穏やかな午後で、やさしい陽が窓を通り抜けてぬくもりを届けてくれるのに、なのに、寒々しい。

この陽が彼女を連れていってしまうのだ。

悔いても憤ってもどうにもならぬ。刻々と迫るその日に怯えるマリーベルにできたのは、精一杯笑顔を作ることだけだった。他愛のない話をしながら。来ぬ未来の話をしながら。

「眠いわ……体が重くて」

やがて、母はゆっくりと言った。

「でも、もう少し話していたいの」

「マリーはここにいますわ。お母さま、お母さま、大丈夫……」

おやすみなさいと言う勇気が出なかった。覚悟に覚悟を重ねてきたのに、いざとなれば駄目だった。繋がっている手は震えずいる代わりに、じとりと汗ばむ。

「マリー……ベル……」

いよいよ掠れた声で母が言った。ああ。

その時が来たのだ。

 

世界で最も愛しい人が、ゆっくりとその目を閉じていく。

 

堪えきれなかった。

行かないで。

行かないで。

まだそばにいて!

そう泣き喚きたい。わたしのお母さま。いつでも優しく抱きしめてくれたお母さま。どうして今度はわたしのお願いを聞いてくれないのですか。盛り上がった涙がぽたりと母の頬に落ちる。ああ、泣いてしまう、いけない。

最後だとわかっているから、こみ上げる思いを振り切った。

「愛しています、お母さま」

その言葉が聞こえたのかどうか、マリーベルにはわからなかった。

母の唇の端が、少しだけ持ち上がったような気がした。

 

「ユーリアに、よろしく……お伝えください」

 

返事はなかった。

そっと彼女の顔に近づいてみれば、もう。息はしていなかった。

午睡をするように穏やかに、永い眠りについている。

 

誰も入ってきてくれるな。邪魔をしてくれるな。

 

今だけは。

 

マリーベルは、すべてを自分に許した。

まだあたたかい彼女に縋りついて、シーツに顔を埋め、感情のままに。

痩せてしまった体は驚くほどに華奢だ。この細い体で抱きしめてくれたことを思うと、もうたまらない。

ここにいるのは皇女でも主席の優等生でもなくて、ただの、フローラの娘のマリーだった。

 

 

その晩、ブリタニア皇族メル家、フローラ皇妃の薨去の報がブリタニアを駆けた。

 

 

 

 




とうとう死人が出た

今回のプチ設定・ルルーシュくんの車椅子

ルルーシュくんばかりですみません。

成長に合わせて弄ったり作り直しているのでけっこうな台数を所持しているのですが、現役のものでも10台以上あったりします。式典用・普段用などシーンに合わせて使い分けられるように自分で作ったのと(めっちゃブリタニア軍マーク入ってるやつとかある)貰い物のオシャレデザインのやつがあります。
クロヴィスお兄様とか今回登場マリーベルさんの家、超々稀に貴族から。あっちょっといいな……て本人も気に入ってるやつからまあ、作ってくれたんだから貰っとくか……みたいなのまで。基本的に自分で動きたいので美しさを追求しすぎて実用性がしんでるみたいなのはもう全然使ってません(しかしルルーシュのために作られたものなので、とうぜん、乗ると文句なしに最高の芸術品みたいになります)
自分で作ったうちのひとつにゼロカラーに酷似したものがあってL.L.さんは密かにびびったりしました。こわいね。


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4-8

「フローラ様が身罷られた」

本国から直接通信を受け取ったルルーシュは、すぐにナナリーを呼んだ。

長く患っていた彼女の死期が近いことは知らされていたし、本当を言えば、総督就任より前、ブリタニアを出るまでもたないかと思ってもいた。それが三か月以上も延びた。芸術肌だった彼女と親しくしていたクロヴィスは、最後にきちんと会うことが出来て良かっただろう。

「……お式は」

「国葬は向こうの時間で明後日だ。マリーベルが段取りを決めると」

皇位継承争いに興味のなかったフローラは、妹姫のユーリアを早くに亡くしたせいもあるのか、娘のマリーベルをそう育てようとはしなかった。学校に通わせ、皇族として恥じぬ振る舞いをせよとだけ言い含んできた。

だからこそ敵も少なかった。もともと大きな貴族の娘でもあり、誰からも非難されない理想的な妃だったのもあるだろう。国内にはフローラの名を冠する植物園があったり、クロヴィスがエリア11に作ったテーマパークにも彼女のデザインしたアトラクションや建物が多くある。国民にも慕われた素晴らしい方だった。ルルーシュたちも、彼女にはよくしてもらった。

なので当然、

「俺は本国に戻って式に参加してくる。お前は副総督としてここに残れ。三日で戻るから」

「わかりました。フローラ様と、マリーベルお姉さまによろしくお伝えください」

ナナリーは心得ていると頷き、

「では私の訓練の予定をキャンセルして、スザクさんと打ち合わせをしておきますね」

「悪いな、アッシュフォードの方は任せる。ランスロットの調整も、早めてついでにやっておいてくれ」

「ロイドさんが喜びますね」

「あれは放っておけ」

ルルーシュは辟易したように顔を顰めた。

くすくす笑うナナリーは、あ、と思い出したように付け足す。

「咲世子さん、いませんから連れて行けませんよね」

咲世子はしばらく密偵中だ。神楽耶にキョウトへ連れて行かせた。

「ああ。護衛は適当にいいのを連れていくけど――どうかした?」

「ジュリアスさんは?」

「……忘れてた。どうしようか」

ルルーシュは唸った。

自分が不在の間代わりにちまちました仕事を裁かせるか、連れて行って適当な仕事を任せるか。本国に戻っても式に出たらすぐに戻ってくるのだから、いてもいなくても変わらない。

「ああでも、マリーベルに会わせておくべきかな……」

彼女は敏い。L.L.には一度、彼女と会話する姿を見せておくべきかもしれない。

マリーベル。

同い年の妹――彼女の勘の良さと賢さは、侮れるものではない。華やかなようでいて棘のある、薔薇のようなと評するに相応しい少女だ。

どこをどうしたってルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである影武者を見破ることなどできようもないが、しかし――。

ルルーシュは再び唸る。

ここ数日、人使いが荒かった自覚はある。あれはルルーシュの部下のふりをしてくれているだけの協力者であり、対等な存在だ。

「ナナリー。ここで大量の仕事を与えるのと、本国の化け物どもの巣に連れて行くの、どっちがいいと思う?」

「あら、ここに残って少ない仕事を任せるという選択肢はないのですか?」

「ジェレミアがあれだけ働いてるのにそれはない」

「じゃあ、お兄様が良いと思う方をお選びになってくださいな。お兄様はL.L.さんで、L.L.さんはお兄様なのですから」

妹はにっこりと笑った。

それでは行ってらっしゃいませと言い残し、もうルルーシュのくだらない問答には付き合ってくれない。

当然だ。仕事は山のようにある。

ルルーシュはもう一度だけ唸ると、内線を手に取った。

 

 

数時間後、ルルーシュは小型艇に乗って空の上にいた。

「それでわざわざ戻らせることにしたわけか」

――L.L.と一緒に。

「ああ」

「嫌がらせかな?」

素顔のままじろりと睨んでくるL.L.は、くるくるとルルーシュから奪ったばかりの白のポーンを弄ぶ。

「やっぱりそう受け取るか」

「違うな。お前が嫌なんだろう?俺は別に、いまさらペンドラゴンに思うところなんてないさ。お前がわざわざ自分の嫌な方を押し付けたことに感激してるんだよ」

「お前も俺なら、フローラ様に挨拶をせねばな」

「都合の良い時ばかり自分扱いするのはやめろ」

ルルーシュは黒のルークを追い詰める。片眉を上げたL.L.は予想通りナイトを仕掛けてきたので、今度はビショップで挑発する。

この男と暇つぶしにチェスをやりながらどうでもいい話をするのは、もはや見慣れた光景だ。

「しかし、マリーベルか」

「彼女がどうかしたか?」

「いや。会うのが楽しみだ。この間の夜会にはいなかったしな」

当たり前だ。死期の近い母を置いて夜会に出るなど、マリーベルにはありえない。

「懐かしい」

L.L.がどこかしみじみと言うので、ルルーシュは首を傾げる。L.L.が感傷めいたものを見せる相手など、ナナリーくらいのものだ。この間の枢木のは、今のところ見ないふりをしてやっている。少し気になって、何かあるのかともう一度尋ねてみた。

L.L.は答える。

「同志みたいなものだ。ちゃんとうまくやれた、な」

予想通り、わけのわからない答えが返ってくる。もうわかりきっていて、ルルーシュはその答えで満足した。

 

 

悪逆皇帝・ルルーシュと違って、ちゃんと死ぬことができた。

かつて黒衣に身を包んだ妹が、出来ることならこの世界では、と。

 

 

 

 衣裳部屋のクローゼットの奥に眠っていたラウンズの黒いマントを引っ張り出させ、ジノ・ヴァインベルグは複雑な気持ちでそれを羽織った。これを実際に身に纏うのは初めてのことであり、できればあまり着たくないものであった。

国葬は三日後。ジノだって本来ならそれに参加するつもりだったのが、そうもいかなくなってしまった。だから出立前にピスケスの離宮に挨拶に行かねばならない。当日までは皇族のみが面会を許されていて、今回はラウンズが唯一の例外だった。

フローラ様は誰にも彼にも慕われていた。それゆえに国全体の沈んだ気配は大きい。皇妃が亡くなるのは五年ぶりのことであり、四度目のことだ。そのすべてが、公にされている事実はどうあれ皇宮内の継承権争いを巡ってのものである。今回の葬儀の扱われ方がそれまでとは異なるものになりそうなのは、原因が病であり、後ろ暗いところのないものだからだ。

皇帝陛下はお顔を出されるのだろうか。近頃めっきり公の場に姿を現さない陛下は、三度目の妻の葬儀、つまりはマリアンヌ妃の式から参加していなかった。

あまりにも深い悲しみととるものもあれば、皇妃たちの存在そのものに興味を無くされたのだととる者もある。ジノには判断つけがたかった。

「遅いわよ」

離宮に近い同行者の邸宅まで行けば、すでに門扉の外で待ち構えている。護衛も部下もなく、運転手を待たせた車を除けば一人の、不機嫌そうなナイトオブイレブンだ。

「遅刻してないと思うけど」

「連絡来てないの?出発が一時間早くなったの」

「ええっ?聞いてないぞ」

「何やってるのよあんたの部下は」

同じように黒いマントを羽織ったアリスは眉間の皺を一本増やし、「行きましょう」と呟く。ジノは黙ってうなずいた。流石に今日ばかりは、くだらない冗談を言い合う気にもなれなかった。

 

水に囲まれた宮は大変芸術的な趣で、離宮の集中するこの区画の中でも最も奥まったところにある。ユーリア姫が亡くなられた後、皇妃の心と体、両方を鑑みてここに移られたのだ。

朝の爽やかさに、庭園にある噴水の音が涼やかだ。中庭の方には見事な薔薇園があって、二人とも訪れたことがある。いや、アリスはラウンズになる前からそれなりに親しい付き合いがあったから、ジノよりずっと多いかもしれない。

車を降りたところで、もう一組の来客があることに気が付いた。

駐車の許可されているもう片方の道に黒い車が停まっていた。二人の男が宮に入ろうとしているところだ。誰であるかは遠くともわかる。シルエットが特徴的すぎるのだ。

「ルルーシュ殿下」

追いついて、アリスが驚いた風に声をかける。エリア11にいたはずだが、葬儀の日取りを思えば戻ってくるのが早い。報を聞いてすぐ飛んできたとしか思えない。

「アリスか」

噂の部下、覆面男のキングスレイに車椅子を押させていたルルーシュが振り返った。

「戻っていらしたのですね」

「フローラ様にはお世話になったからな。ああ、残念ながら、副総督まで留守にするのは出来なかった」

「あ、いえ……そういうことでは」

「ナナリーも会いたがっていたよ」

仄かに赤面したアリスをからかうように言う。そのまま一緒に行く流れとなり、遺体の安置されている一室に案内される。道すがら、ルルーシュがもっともなことを尋ねた。

「ラウンズがどうして?」

面会できるのは皇族のみ。昔は皇族のみで別れを告げる日が設けられていたのが、シャルル帝政下でこのように変わった。単純に皇族の人数が増え過ぎて、これと決めた日に予定を合わせるのが困難になったせいだろう。

「皇帝陛下から特別にご許可が。我々は今日の午後にロシアの方へ向かいますので、式に参列するのはどうしても無理がありまして」

ジノは答える。既に宣戦布告してしまったのだ。ちょっと身内に不幸があったから待って、とは言えない。

「ああ、そうか。ついに始まるんだったな。EUとの開戦も秒読みだし、ラウンズは忙しくなりそうだ」

「そうなりますねー」

ジノは肩を竦めた。「殿下方がいらしたら、もっと早く片付くでしょうに」

「買い被りすぎだぞ。さすがにEU本土は時間がかかるだろう」

「ロシアの方は否定しないんですね」

「まあ、な。――やめようか。フローラ様のいらっしゃるところでする話でもない」

「おっと、これは失礼を」

妃は血生臭い話を好まなかった。事件の影響が大きいだろう。あの7年前の毒ガステロで重傷を負い、さらには娘を亡くされたのだ。おそらく葬儀では、兵士たちが列を作ることはあっても、ナイトメアの登場はないだろう。皇帝陛下の版図拡大の政策をも、よくは思っていなかったのかもしれない。しかし彼女はただ口を閉ざし、離宮で草花や芸術に、たまのお茶会に親しむようになった。ジノが実際に会ったのはほんの2、3度だ。

 

 

ちぐはぐなメンバーだ。ルルーシュはジュリアスに押されながら思う。ジノは貴族としての付き合いだったはずだが、アリスはナナリー同様よくしてもらっていた。思うところは多いだろう。いつもと同じはずの、元気に結い上げた髪が沈んでいるように見える。髪飾りがいつもの赤やピンクではなく、喪に服した黒のリボンだからだろうか。

「マリーベルは?」

ふと案内の侍従に尋ねる。

「お式の打ち合わせに出ていらっしゃいます。戻られるのは夕方ごろかと」

「昨日はちゃんと眠っていたか?」

なるべく平坦に、しかし心配する色を滲ませる。懸念は予想通りだったらしく、ほとんど眠っていないとのことだった。やはりか。

「言っても聞かないだろうからな……でも一応。私が休めと言っていたと伝えてくれ」

今は仕方がない。無理をして、やるべきことで目の前をいっぱいにしなければ、心の方が倒れてしまうのだ。ルルーシュはそれを知っていたから、多くは語らない。

到着したとの侍従の声で、四人とも前を向いた。

 

静かな部屋だった。妃の好んだ雰囲気そのままの穏やかな空間で、彼女は静かに眠っていた。

ルルーシュは自分で棺のもとまで進むと、静かに目を閉じる。

彼女もまた、言ってしまえば、殺すことのできる相手だった。身分に恵まれ、人に恵まれ、だからこそ安寧のなかで生きられた人だった。

だけど、彼女のことを親族だと認識していたし、情もある。美しいと、好ましいと思っていた。

 

身内が去る寂しさは、何度経験しても嫌なものだ。

静かに祈りを捧げる。

別に急いで戻ってこなくてもよかった。ゆっくり顔を見れるうちならいつだって。これもブリタニアに忠誠を誓う、ルルーシュ皇子のパフォーマンスのひとつだ。

今更それを悲しいとは思わない。

けれど、少しだけ煩わしいと思った。

 

 

 

 

「文化祭が終わったっていうのに、どーしてまだこんなに仕事があるんだろ」

「馬術部が馬をイベントテントに突っ込ませたから」

「わかってるけど~」

シャーリーは口をとがらせて鞄を抱え直した。リヴァルのバイクに乗っていけばもっと早く済む用事でも、荷物を乗せるスペースがないのだから仕方ない。サイドカーでもあればは話は別だが。

先日の文化祭でのハプニングにより、生徒会の備品もかなりの被害を受け、買い直したり修理したり。ノートパソコンの修理が終わったから、シャーリーとリヴァルが店まで受け取りに来たのだった。学園まで届けてもらう?ノーだ。予想外の出費に泣く生徒会は、今は数百円が惜しい(会長がニューイヤーイベントをやらないというなら話は別だが)。直接原因である馬術部は、もちろん既に予算を大幅にカットされている。

これから電車とバスで、アッシュフォード前まで戻るのだ。

と、そこに、二人は奇妙な光景を見た。

「……すごい」

何がすごいって、量が。

ピザ屋のテラス席。休日の午後ともなれば店内は満員で、多少風のある今日みたいな日でも外まで埋まることもある。真っ白いパラソルの下で、空になった皿を重ね、さらに目の前にワンホールを広げている少女がいた。かなりの美少女だ。

結い上げた編み込みの緑髪は見たことがないほどに美しく、稀有な色だと一目で知れる。EU系の顔立ちをした彼女は優雅に一枚一枚を食べる――というより吸い込んでいき、向かいに座る少年は呆れ顔で眺めていた。彼は何も食べずにコーラだけ飲んでいた。

カップルだろうか。

「うわぁお。あれ、彼氏が奢らされんのかなあ」

リヴァルがおっかねえ、というように肩を竦めた。

同感だ。だけどそれでも彼女と一緒にいたいと思うのだから、恋ってすごい。

シャーリーはまだ本物の恋というのをしたことがない。してみたいと、ずっと思ってはいるのだ。

「いいなあ……」

「え、何が」

リヴァルがおののくように体を引いた。何か勘違いをされてしまったらしかった。違う。確かに「ここは俺が払うよ」なーんて言われてみたいとは思うけど、シャーリーは折半したい派だ。

「腹減って来た。早く戻ろうぜ」

「はーい」

二人は駅に向かって歩き出す。残されたのは、人々の注目を集めている男女だ。

彼女らはまったくもってカップルなどではなかった。そして彼女のピザの支払いが、ジュリアス・キングスレイで領収書が切られていることを、平和な学生は二人知らない。

もちろんジュリアス本人も、知る由もなかった。

 

「……まだ食べるんですか」

「そうだな、これで最後にしておこうかな。デザートも食べたいし」

「…………」

「しかしあれだな。こっちに来てからどこもそうだったが、この国は特に。懐かしい香りがする」

「……ピザの?」

「違うよ」

少女は最後の一口を終えてコーラを流し込むと、にやりと笑った。

「歴史の歯車が音を立てる香り――。」

 

血と鋼のニオイだ。

 




章タイトル回収。しつちゃん日本上陸していた模様。誰と一緒にいるんでしょうね?

どこかのあとがきで書いてたんですけど(消したかも)4月はお休みです~!!のでしばらく更新ないです~!!!5月が皇道でさえなければ5月も休んでた ハハ りざれく発表も来たし本当に一刻の猶予もなさそう ハハ 

追記 最後ちょっと間違えてるとこあったので直しました 領収書のとこ

今回のプチ
アリスちゃんのラウンズ服
長袖+上半身露出なし+ショーパン+ヒールが少し高め5センチのロングブーツです。上半身モニカやノネットさん、下半身アーニャみたいな組み合わせですね。アーニャと違ってガーターソックスはなし。なのでより肌が見えていて、燕尾服っぽい尾で隠れている後ろから見た時と前から見た時でギャップがあってよい。
ショートブーツのほうがえっちだな~~と思ったんですけどブーツと手袋はカスタムなしが基本のようだったので諦めました(でもヒールをつけてしまった)


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4-9

「枢木准尉は、紅蓮が初めてのKMF騎乗で?」

「はい。実戦では」

「そうですか。初めてであの動き――素晴らしいセンスですわ。お兄様の意見も頷けます」

「殿下が?」

「あなたにランスロットを任せるというのは、お兄様の案ですもの」

「そう、ですか」

「うふふ。お兄様のこと、お嫌い?」

「……答えづらいことを仰るのはやめてくださいませんか」

スザクは顔を歪めた。

あの兄にしてこの妹ありだ。あらごめんなさいと肩を竦める姿に、まったく謝罪の気持ちは見られない。ポニーテールにした髪がゆさゆさ揺れた。

副総督にして皇女殿下は、今日は動きやすそうなスーツのパンツルックだった。華美すぎるきらいのあるブリタニアの、しかも皇族の服装にしてはかなりシンプル。それでも一着いくらほどするかは、さすがにキョウトで育ったスザクにはすぐにわかる。

「それにしてもランスロットですか。裏切りの騎士の名を冠するあれにあなたが乗るだなんて、私のモルガンと同じくらい皮肉。まあモルガンは、私が自分で付けた名前ですけど……」

「モルガン?」

「アーサー王伝説、ご存知ありません?ランスロットなんて名前が付いてるから、つい私もそれにちなんだものにしてしまいました」

「少しかじった程度なものでして、あまり詳しくはありません」

「では教えてあげます」

ナナリーがぴたりと足を止める。自動扉が軽い音を立てて開いた。

特別嚮導派遣技術部――特派に与えられた一角の、中枢ともいえるラボだ。

すぐに目に入ったのは、真黒の見覚えのある機体。ナナリーはそれに駆け寄ると、ひどく優しい手つきで触れる。

「綺麗だと思いませんか?」

「……ええ」

この場合イエスの意味となるノーの返答。この言語を学び始めてから随分立ったが、それでも未だに間違えそうになってしまう文法だ。言葉だけは従順に、しかしスザクは真逆の気持ちを込めて答える。綺麗だと?ありえない。ナナリーは構わず続けた。

「モルガン・ル・フェ。アーサー王の楽園を守護する癒しの精にして、邪悪な魔女に仕立て上げられたかわいそうな女」

「……あなたは、自らを魔女ではないと?」

入口のすぐそばで敬礼をしている研究員が、あまりにも不敬な発言にぎょっとしたようにスザクを見た。

ナナリーはゆっくりと振り返り、唇を吊り上げて目を細めた。一連の動作は、いっそ艶めかしさすら持ってスザクの眼に映る。

「まさか」

少女は怪しく微笑んだ。

「私は自ら魔女になると決めたのです。ただ、王をお守りすることを誓った魔女に」

王――。

それがこの国の長を示しているのではないと、スザクにはよくわかる。

兄を妄信する彼女の瞳には、至高の黒しかないのだ。

ナナリーとスザクは、しばらくじっと見つめ合っていた。まるで威嚇し合う二匹の獣だった。

細かいキズをチェックする素振りで機体の裏側に回り、研究員から見えないところへ潜り込む。スザクがそれについていけば、ふと、ナナリーが小さく零した。

「あなたはあの人のためなら、なんだってできるんですよね」

「……ええ」

「世界で一番、大事な、生きる理由」

「あなたもよく知っているでしょう」

それを鍵にしてスザクをはめたのに、今更なにを言う?

「……あなたと私は、似ていますね。とても」

「え?」

ナナリーは答えなかった。

にぱっと少女らしい笑みに変わる。そのままモルガンの陰から飛び出した。

「ランスロット。まったくどうしてこんな名前を付けたんですか?ロイド・アスプルンド」

音もなく忍び寄って来ていた科学者。ナナリーは振り返らずに問いかけた。

白衣の男はスザクとナナリーの中間点で、にへらぁ、と不気味に笑った。

「どぉしてでしょうねえ。――殿下、彼が?」

「そうですわ。ギネヴィア姫と不貞を働く裏切りの騎士」

「殿下!」

さすがにスザクは顔色を変えた。何を言い出すのだ――ギネヴィアと、本当にその名を頂く皇族がいるのに!うじゃうしゃいる皇族の中でも、女性トップの皇位継承権を持つ姫。誰だって知っている。

「冗談ですよ、准尉。わたくしは神話の話をしているのですから、不埒な妄想はおやめになって。だいいち、あなたがギネヴィアお姉さまに御目通りすることはまずありませんから安心なさってください」

「そうだよぉ、えーと、」

「スザク・クルルギです、ロイド」

「そうスザクくぅん!」

ロイド――この組織のトップだと聞かされていた男――は、ひょろりと背が高く奇矯な仕草で体をくねらせた。マッドサイエンティスト、という言葉が脳裏を駆けていく。

「やぁぁっとボクのランスロットにデヴァイサーが!待ってたよぉ!」

「シュナイゼルお兄様が、イレブンが騎士になることを許可してくださったおかげですよ。もう、なかなか大変だったんですからね。ご許可を頂いてからが長かったんです。それはもうねちねちと……」

「ね、ね、今すぐシミュレータ乗せて構いませんかぁ?」

ロイドはもう聞いてもなかった。相当奇天烈な人物らしい。

「ロイドさん!」

後ろに立っていた女性が叱るように口を挟んだ。

「申し訳ありません、皇女殿下」

「構いません。准尉、こちらセシル・クルーミー女史ですわ」

副所長だ。彼女はまともそうだった。そして驚いたことに、スザクを見ても嫌な顔をしない。たいていのブリタニア人は――このマッドサイエンティストような人は例外としても――イレブンなど毛嫌いしている。民間人ならまだ希望はあるが、軍人などは特に。少なくとも今までスザクが見聞きした情報、つまり名誉兵として送り込まれた同胞たちからの情報ではそうだ。能力があるとはいえ、もっと嫌がられることを予想していた。

しかし彼女はにっこり笑って、

「よろしくね、スザクくん」

手を差し出したのだった。

 

 

 

「総督業はうまくやっているようだね。順調だ」

「本心では?」

コツリ。白のルークが2マス前へ。

「君がどこまでやれるのか、じっくり見させてもらおうかな」

「でしょうね」

ルルーシュは嘆息した。コトリ。黒のキングを一度下がらせる。

この発言を引き出せるようになるまでに何年かかったか。わかってるね、わかってますよの暗黙の了解では駄目だ。すべて吐かせる。どれだけ滑稽な図であったとしても美徳なんぞ、この人相手には捨て置けというもの。言葉にすることに意味がある。

「ナナリーは欠かさず私にメールを送ってくる。先週のは、彼女の騎士の猫の写真だった」

「ああ、そのメールの時は側にいたから知っています。可愛いでしょう。ブチと言うんですよ」

「ブチ。聞きなれないね」

「名誉の側近が付けたイレブンの名です。ああいう模様をブチと言うそうですよ。――で、少しは絆されましたか?」

「さあ、どうだろう。ルルーシュこそ、少しは諦める気になったかい?」

コツリ。白のビショップが黒のクイーンを奪い取る。

思わず苦い顔になったのを、意地の悪い兄は笑みで返す。

「いいえ、まったく」

コトリ。黒のキングを横へ動かす。

コツリ。白のビショップがさらに進む。

勝敗の行方は、既にどちらもわかっていた。

「………………投了です」

コトリ。黒のキングをさらに横へ動かす。ステイルメイトの完成だ。

憮然としたルルーシュに、シュナイゼルはまた笑う。不愉快だ。

「引き分けと見なせばいいものを」

「プライドの問題です」

ゲームスタートから一時間と少し。時間はあと少しだけ残っているが、先に決着はついてしまった。粘りに粘ってこのざまである。チェックメイトされないだけマシだ。

「少し見ないうちに面白い手を使うようになったね。良い対戦相手を見つけたのかな」

「ご想像にお任せしますよ」

「例えば噂の側近の彼」

「気になりますか?」

ルルーシュはちろりと視線を上げた。相変わらず何がそんなに面白いのか、微笑を浮かべたままの顔つき。

「相当厳重に守っているね。私にも明かせないのかな?彼の正体は」

「あなただからこそ、ですよ。兄上」

シュナイゼル・エル・ブリタニア。ルルーシュの数多くいる兄弟姉妹のうち最も厄介な兄であり、そして。

「彼は、あなたとの賭けのキーになる」

人生をかけての大博打の最中の、賭けの相手だった。

正面からじっと見つめ合う。無言の応酬。これが嫌いなのだ。

「そういえば」

長い沈黙を破ったのはシュナイゼルだった。チェスの為に机上に置いた時計のおかげで、3分も見つめ合っていたのだと知ってがっくりくる。無駄な時間過ぎる。3分。地球も救える時間だろう。

「ナナリーもそう言っていたよ。随分と楽しそうだったね」

「通信したんですか!?いつ!?」

顔を見て!?メールじゃなく!?

「先月、だったかな。彼女の誕生日の少し後」

「それは……」

もしや、あの夜のことだろうか。神楽耶に申し込んだと知らせた、あの。

(ナナリー!?)

アーニャと寝ると言っていたのになぜシュナイゼルと!この忙しい男にアポなしは無理に決まっているのだから、前から決めていたに違いない。ルルーシュに怒り狂った後のシュナイゼルなら、さぞかし癒されたことだろう。彼女はシュナイゼルに懐いている。

舌打ちでもしたい気分だ。打ち明けるのは次の日の朝にすればよかった。ああでもあれからまたしばらく忙しかったんだった。駄目だ。

「おや、何かまずいことでも?」

「いいえ……」

ルルーシュは呻く。

あのナナリーの怒りは予想以上だった。しかし理由は、わかる。

自分たちは共犯者。お互いがお互いを守る者で、守られる者でもある。大きな秘密を作ることも、守れない場所に行ってしまうのも、どちらもルール違反だった。今回ばかりは策略の仕様上仕方のないこととはいえ、それでもルルーシュが手の届かない場所に行くことを、彼女はひどく恐れたのだ。そんな大事なことを先に言ってくれなかったのを怒ったのだ。

何故言わなかったか?ルルーシュはあの時直前まで迷っていた。愛する妹の心を知っていればこそ、無駄になるかもしれない案で彼女を不安にさせたくなかったのだ。

ナナリーもすぐに気付いただろう。だけどそれをも含めて打ち明けて欲しかった。

だからあんなにも。

(……俺のせいだ)

あの強いナナリーをそこまで追い詰める理由。

考えるまでもなかった。あの中華への留学だ。たった一人の宮殿で、彼女がどれほど恐ろしかったか。今度こそ離すまいと、彼女は必死なのだ。

お願いだからどこにも行かないで、と。病的なまでの寂しがり屋は年々マシになっている。だけどそれは彼女が大人になったからで、傷が癒えたわけではないのだ。

ちゃんとわかっている。ただナナリーの乙女心(らしい。アーニャに翌朝「ルルーシュ様は乙女心をわかってない」と言われたから多分そうなのだ)に少々の誤算があっただけだ。

「私を篭絡しようと頑張るあの子は可愛いね。年々説得力を増しているから、危うく私も騙されそうになるよ」

「人聞きの悪い言い方するの止めてもらえませんか。そんな詐欺師みたいな。俺とナナリーはひとつの考えを示しているだけです」

「皇帝陛下の前で言えるかな」

「………………兄上、趣旨を忘れてませんか?」

「忘れていないよ。君たちの行動で、私の理想を変えて見せるんだろう?」

「あなたはその間、俺たちが何を言っても記録に残さず、誰にも漏らさない」

「もし君たちが負けた場合は、私は君たちを好きにできる。皇帝陛下に売ることさえ、ね」

そう。

ルルーシュとナナリーは、シュナイゼルに勝負を挑んでいる。

ブリタニアは、この男を倒さずして変えられる国ではない。しかし戦うには、あまりに危険な相手だった。だから二人は、この男を篭絡することにしたのだ。『賭け』と、そう称して。

言ってしまえば、クーデターのお誘いだった。

はっきりと口にしたことはない。いつも二人は端から見ればとんでもない遠まわしの言葉選びで、正直クーデターを考えているようには見えないだろう。それでもこの男は気づいている。当たり前だ。そんなこともわからないような相手なら、そもそも敵にも、力強い味方にもならない。一を聞いて、十どころか百で返す男だ。

ルルーシュは迂遠すぎる物言いで誘惑する。シュナイゼルにはわかりやすい言葉を開示させる。じりじりじりじりり。もはや根比べのようなものだ。他人の目があるところでは、この話は一切持ち出さない。ルルーシュは力なき弟として彼に媚び、彼はそれに少しだけ甘い顔をする。バカバカしいまでのわざとらしさで。

「陛下が君たちをどうするかは、さすがの私にも予想がつかない。今のところは、私の下で良いように動いてもらうだけだろうけれど」

「いいんですよ。命ごともらうってはっきり仰ってくださって。そのつもりでしょう?」

「私が勝てばね」

「ええ、俺たちが負ければ」

シュナイゼルは、皇帝シャルルを全面的には支持していない。

この七年で、そこまでは言葉にさせることに成功した。初めから二人は気づいていたし、だからこそ賭けなんぞと言い出せたのだ。

兄の本心を、ルルーシュは分からない。ルルーシュたちの考えそのもののようなことを言ってのけたかと思えば、とんでもない危険思想を持ち出すこともある。

この溝の埋め合いを、異母兄弟でやり続けている。

平和を目指していることに変わりはないのだ。

問題はその形について。「平和」の意味について。それだけだ。

たったそれだけに、幾億の命がかかっている。

第二皇子シュナイゼルと日陰者ルルーシュ。彼は今すぐにでも自分たちを処分できるに違いない。

だからこそのゲーム。シュナイゼルにその気がなければ成立しない、危険なゲームだ。何故そんなものにこの男が乗るのか。

簡単だ。

「――そして、あなたに負けは存在しない」

ルルーシュたちが勝利しても、この男が負けたことにはならないのだ。

シュナイゼルは机に手を伸ばし、いやらしくもルルーシュから取り上げた黒のクイーンを弄んだ。そして笑う。

笑うのだ。この男は。

「私の人生を変えてくれるんだろう?」

何一つ面白くもない癖に。

「やってみせますよ。あなたを楽しませてみせます」

ルルーシュたちのベットは命。シュナイゼルのベットは、心だった。

 

 

 

「……えーと」

夕方。宰相棟から戻って目にしたのは、アリエスの庭園で華を咲かせる妹たちの姿だった。

11月も後半だ。寒いだろうに、なぜかコートを着てまで庭に出ていた。

完全に参った様子のジュリアスが側についている。ユーフェミアから連絡があったので先に帰らせたのだ。ルルーシュ自身はシュナイゼルの側近、カノン・マルディーニに送られて帰って来た。

「……ユフィ?」

ちょっと状況がわからない。ユーフェミア、は、いい。理由はわからないが、連絡があった以上いることに驚くはずもない。

だが。

「久しぶりね、ルルーシュ。半年ぶりかしら」

目の下の隈を化粧で誤魔化す、もう一人の妹。いつも結っている髪は下ろしたままで、なかなか見慣れぬ新鮮な姿だった。

「……マリーベル」

誕生日は一月と変わらない。妹なのか姉なのか、時々測り兼ねる妹だった。

なぜ彼女がここにいるのか。

「……えっと」

「アリエスの庭を見に来たの。ユフィに頼んで連絡してもらったわ」

「……なぜ?」

「お母さまが」

ああ。それだけでルルーシュは全てを察した。

マリーベルは綺麗に整えられた庭園を見渡すように、遠い目をして白い息を吐く。

「亡くなる前に、もう一度アリエスを見たいと。この離宮が好きだったから」

「……マリー」

ルルーシュは名前を呼んで振り返らせる。平気な振りをしているが、危うい状態の彼女。かつての自分とナナリーと、重ならなかったといえば嘘になる。しかしそうではなく、もっと単純に、純粋に。

黙って腕を広げると、マリーベルはゆっくり歩いて来てしゃがみ、ルルーシュの腕の中に収まった。黙っている。泣きも喚きもしない。だけど無言で、彼女は泣いている。それがわからぬ兄のつもりではなかった。

だから。

そっと抱き返して、ぽんぽんと背中を叩く。

「ユフィ」

二人の様子を見守っている、寒がりの妹に目を向けた。

「ありがとう」

おかしいとは思っていたのだ。彼女は突拍子もないが聡明な女性で、こんな時にただ遊びに来るなんてありえないから。何かあるんだろうなとは思っていたが、こういうわけか。

ユーフェミアが悲しみごと包み込むように微笑む。彼女のそういうところが好きだ。

ルルーシュは天を仰いで息を吐く。

白い息が空気に溶けて、ゆっくりと消えて行った。

 




お久しぶりです 尻叩き更新

今回のプチ……が特に思いつかない……のでお休みで なんかあったような気がするけど~~なんだっけ

追記:
今!双貌のオズ!全10巻が毎日更新で無料で読めます!!ので読んでください!!ぜひ!!さすがにリンクは貼れないので


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4-10(完)

泊まっていったらどうかしら、とユフィがこの宮の主を差し置いて言い出した。しかし全く異論はなく、感謝すらする。この状態の彼女を、たった一人となってしまったピスケスの宮に戻すのは気が引けた。

一人になりたい顔をしながら、その実誰かに居て欲しいのがマリーベルだ。

突然の死ではない。ずっとわかっていた「その日」が来た彼女に必要なのは人の温もりだ。

頷きかけたルルーシュは、しかし思い出して口を開く。

「ピスケスの離宮には、ジヴォン嬢が待ってるんじゃないのか?」

ルルーシュでも知っている彼女の親友、オルドリン・ジヴォン。もしマリーベルが騎士を持つような身分になったら、間違いなく彼女がなるだろうと確信できる頼もしい女性だ。

こんなとき頼りたいのは、きっと彼女であるはずなのに。

マリーベルは首を振る。

「今日明日はフェンシングのトーナメント。棄権しようとするから命じて行かせたわ」

ユーフェミアは既にそれを知っていたらしい。だから、とルルーシュとマリーベルの手をそれぞれ取る。どのくらい外にいたのか、彼女の手はひんやりと冷たい。

 

「パジャマパーティしましょ!」

 

 

 

「おかしいだろう!」

ルルーシュはバァン、と机を叩いた。

パジャマパーティ。いいだろう。ユーフェミアとマリーベルは皇族らしいどろどろした諍いからは距離のある仲の良い姉妹。きっと慰めになるはずだ。快諾してひとまずアリエスの中に戻ってから、ホールで迎えに客間を手配させようとした時だ。ユーフェミアはコートを脱ぎながらあっけらかんと言ったのだ。

 

『ルルーシュの部屋でいいかしら?』

『は?』

 

そして現在。

女たちはきゃっきゃっとルルーシュの部屋で菓子を食らい、客専用の風呂場の準備を待っている。入れる入浴剤がどうのこうの、お前たち人の家という自覚はあるか?というほどフリーダムさを発揮していた。急なパジャマの要請にそれぞれの離宮まで飛ばされた侍従たちには、戻ってきたらそのまま終業にしてやろう。いやそれより。そうじゃなく。

「お前たち、自分をいくつだと思ってるんだ!はしたないとは思わないのか!」

頭が痛い。

「嫌ねルルーシュ、寝るときは客間に移りますよ」

「じゃあ寝るまではいるんじゃないかッ、皇女が、いやそれ以前だ!女性として異性に夜着を見せるなッ」

「ナナリーとはまだいっしょに寝てるくせに」

マリーベルがいやらしく目を細めた。

「な……ぜ知っている」

「私がオルドリンと寝てる時の話をしてたら、あの子自分で言ってたわ。マリー姉さまは外に漏らしたりしないからって」

ナナリー。ルルーシュは一瞬で頭痛が悪化して呻いた。

「えっそうなの!?ナナリーったら、どうして私に言ってくれないのかしら」

「ユーフェミアにはいいところ見せたいんだと思うわ。恥ずかしいんでしょう」

 

そうかなぁ、そうよ、14歳で兄と寝てるなんておかしいもの。

っていうかおかしいのはルルーシュよね。確かに。

 

言いたい放題である。

無理難題を言いつけられて、どうしようもなくなった厳しい戦況を勝ちに導くよりしんどい。

脱力していると、ユーフェミアがあっ、とこちらを向いた。

「大丈夫、ちゃんと下着は付けるし心配しないで!」

「バカそういうことを言うなはしたない!とにかく駄目だ。風呂に入ったら二人で客間に、」

「いいでしょう?血の繋がらない殿方じゃないんですから。まあシュナイゼルお兄様やオスカーお兄様なら気にしますけど、ルルーシュだし……」

「ね。女の子みたいなものよね」

「行儀作法をイチからやり直したほうがいいみたいだな……コーネリア姉上に告げ口してもいいんだからな……」

「コゥお姉さまも、ルルーシュならいいって仰るんじゃないかしら」

「中世じゃあるまいし、バレなきゃいいのよ」

頭が痛い。とても痛い。

いらいらと肘置きを指で叩いていると、ユーフェミアが上目遣いにルルーシュを見る。甘えるだけのそれではない。わかるでしょう、とばかりに雄弁な目だった。

「今日は特別。ね、ルルーシュお兄様」

「………………」

 

それを言われたら、断れないではないか。

 

「……今日だけだからな」

長い息を吐く。やったぁ、と見た目だけは可憐に喜んで見せる妹たち。中身はモンスターに近い。

湯浴みの用意ができたとメイドが来たのはその直後だった。

ご要望通りマルディーニの限定ローズバニラをご用意させていただきましたとの報告にきゃーきゃーはしゃいでいる。先ほどナナリーに連絡を取り、彼女の入浴剤コレクションを使っていいかと訊いたのはルルーシュだった。妹に甘いと言われれば頷くことしか出来ない。その通りだ。

じゃっディナーで会いましょ!とすたこら去っていく。アリエスでは普段、食事と風呂の順は逆である。

 

 

「お転婆姫だな」

「本当にな」

当然ルルーシュも風呂に入るし食事もする。まだ四時だ。どうせ当分上がって来ないので、ルルーシュもフライトで疲れた分(心労の方が大きい気もする)ゆっくりすることにした。バスルームまで付き添ったのはジュリアス――L.L.で、鍵を閉めてから面を外す。もうなんだかどうでもよくなってきて、どうせ自分だしお前も入るか?と言いかけたのをこらえた。

ルルーシュとL.L.に問題がなくても、一緒にバスタイム過ごしました丸出しで戻るのは外聞が悪い。

皇族のくせに世話を嫌がるルルーシュのことを知っているから、L.L.も必要以外の手助けはしない。風呂用の車椅子に乗り換えるのを軽く手伝った後は、彼らしくもなく疲れた顔を滲ませて突っ立ていた。ぐったり、と言うに近い。鏡の中の自分と寸分違わぬ同じ顔だ。カラーコンタクトのせいで、瞳の色だけが違う。

「どうした」

彼女たちがおかしなテンションになったのはルルーシュが現れてからのはずだ。それまでは多分、マリーベルはあの庭を眺めていただけだったはず。

もうマリアンヌも、ユーリアもフローラも二度と現れない。美しくも空虚な庭。

「変わらなければ、と言っていた」

「どっちが」

「どちらもだ。意味はそれぞれ違うみたいだったが、思うところがあるんだろう」

ルルーシュはふうん、と返す。それだけでこの自称魔王がこんなに参った顔をするはずがない。でも聞いたらもっと疲れる気がしたので、先にシャワーを浴びることにした。浴室に入ればL.L.もついてきて、濡れないように隅っこの椅子に座っている。今日はルルーシュの疲労を見越して、事故を起こさないか監視のつもりなのだろう。必要ないが、所詮自分なので気にもならない。

そんなことより風呂から上がった後が怖かった。パジャマパーティと称して、彼女たちはルルーシュを玩具にする気なのだ。絶対に。これは予想ではなく、経験測からの確定事項だ。

やはりナナリーを連れて来なくて正解だった。

お転婆すぎるプリンセスがひとり増えるだけで、心労はとんでもないのだ。

「……で?」

湯につかる。人心地ついて、座ったまま寝ている男に声をかけた。L.L.はルルーシュ以上に、隙間時間で熟睡するのが上手い。

「ユーフェミアは前から、もっときちんと勉強して皇族として恥ずかしくなくいたいと言っているんだろう?恐らくはお前とナナリーの影響で。つまりはコーネリア姉上の過保護から抜け出したいわけだ」

「ああ」

「マリーベルも完璧なプリンセスでいることに疲れている様子だ。正確には、フローラ様が望んだ姿。あの子はもう少し苛烈な性格に見える」

「間違ってないな」

マリーベルは言わない。いつもいつでも沈黙を守って来た。しかし妹の命と母親の寿命を奪ったテロリストを、深く恨んでいる。もしもフローラまでもがあの日死んでいたら、ルルーシュのように幼くして軍人の道を選んだかもしれない。自らの手で犯人を屠るために。あのスタジアム毒ガステロの犯人グループは、まだ半分ほど捕まっていないのだ。ルルーシュだって、母を殺した犯人が捕まっていなければそう望んだだろう。

「もう母親はいないのに、自分の望む姿とは違う優等生で居続ける。ストレスだろう。さらには同級生、果ては教師にまで腫れ物みたいに扱われるのを不愉快に思うだろう。あの子はヘタな同情は好かないからな」

「まあ……そうかもしれないな」

それがどこへ繋がると言うのだろう。

怪訝な目を向ければ、L.L.は重々しく続ける。

「ユーフェミア。覚えているか?俺が初めて彼女に会った日」

「制服で人の離宮に帰って来た日か」

「そう。あの日の会話だ。『次の長期休暇にでも遊びに来るといい』、『そうしようかな』。」

L.L.はそこで言葉を切った。

こちらが察するだろうと判断したのだ。ルルーシュは濡れ髪をかきあながら言葉を咀嚼し――浮かんだ光景にまさか、と青ざめる。

「お前の考え過ぎだろう?」

「だといい。俺もそう思いたい。しかし、ちょっとテンションがおかしくなった皇女二人がお泊り会感覚で違う離宮のバスルームにはしゃぎ、開放的な空間で本音を少しでも曝け出し、お前という帝国の最前線で戦う、総督就任により17歳の皇族では一番の出世頭となった有能な男について話すうちに――どうなるかな」

「やめろ……」

「エリア11なら、お披露目がまだな二人の顔は割れていないなぁ?冬期休暇はもうすぐそこだ。休暇の間に羽根を伸ばそうとするかもしれない――さああの二人が、休暇だけで済むか」

「やめろ……!」

L.L.はいつの間にかにやついていた。

「よく考えたら俺はお前の侍従でいいだけだから、何も心配することはなかったな。杞憂で済むといいなあ?」

まさに魔王と言うに相応しい、いやらしい笑み。久々の長湯だというのに、まったくリラックスできなかった。

青ざめたままに夕食の為に食堂へ向かったルルーシュに、先に着いていた二人が振り返って発した言葉は「ルルーシュお兄様!」だった。

普段はルルーシュとしか言わないくせに。

 

後は覚えていない。覚えていないことにしたい。

したかった。

 

 

 

 

約束通りに3日で帰った。

 

モンスター襲来の晩はとりあえず忘れたことにして、フローラ妃の式に参列。

18になるまでは表に娘を出さないという彼女の意向に従って、マリーベルが整えた式で、彼女はメディアや皇族と姻戚関係があるわけでもない貴族連中の前には姿を見せなかった。弔辞を任されたクロヴィスが、第三皇女の言葉として合わせて読んだ。母を慕ったマリーベルらしい式。政略で死んだ皇妃ではないから、ぎらついた空気も薄く。皇族の式としては随分に久しい、純粋に故人を思う場所だった。

しかしいつまでも感傷に浸ってはいられない。これから自分がやることも思えばなおさらだ。来た時同様に飛んで帰って、そして、ルルーシュとジュリアスを迎えたのは。

 

「おかえり、ルルーシュ」

「な……」

 

夜も遅い。

ナナリー様がお待ちですと言われて向かったのに、そこにいたのはナナリーではなかった。

――いや、誰だ?

ルルーシュが返事をしようと口を開けた瞬間、

 

「……っC.C.!」

 

歩きながら面を外しているところだったジュリアス――L.L.の怒鳴り声が響いた。至近距離にいたせいで耳がキンとする。

「うるさいぞルルーシュ。せっかくこの私が直々に足を運んでやったというのに。お前が迎えに来て然るべきだったんだからな。酷い目に遭ったんだ」

「連絡一つ寄越さなかったくせによく言うな。お前、俺がどれだけ――」

「心配してくれたんだな?」

「黙れ。どうせピザでも食ってたんだろうが……!」

「いやぁ、領収書が貯まって仕方ない。キングスレー様で切っといた」

「人の金を使うんじゃないッ!」

「いいじゃないかどうせお前の金じゃないんだし。経費だ経費、国家予算でどうにかするだろ?なあ、謎の覆面男ジュリアス・キングスレイ?もしかして改名か?私もそう呼んだ方がいいのかぁ?」

「この……っ」

 

……えーと。

 

ルルーシュは固まる。ここまで激情をあらわにするL.L.を見るのは初めてだった。

ソファーに身体を預けている女――いや、少女。緑の髪に金色の目だ。L.L.をからかうことに全力を注いでいるようにしか見えない彼女を、L.L.はC.C.と呼んだ。つまり彼女が。

「L.L.、お前、その女性が――」

「L.L.?」

少女が遮って、きょとんとする。

ひどく整ったその顔がゆっくり奇妙に歪んだ――と、思った、

その瞬間。

 

「るっ、ルルーシュ、おま、お前まだその名前諦めてなかったのか!」

 

火が付いたように爆笑を始めた。

あっはははは、と声を上げ、バンバンソファーを叩き出す。

 

「えるつー、えるつー!そうかそうか、そんなにイニシャルだけは恰好良かったかぁ!」

「うるさいッッ黙ってろ!!!」

「いやこれは笑うだろう、笑わない方が、ウッ、あの男にも聞かせてやりた、あ、ひ、もう無理あっはははお腹痛い」

ひぃひぃ言っている。過呼吸を心配した方がいいレベルだった。L.L.は顔を真っ赤にして、どことなくいつもより表情が幼い。

「……っ、ルルーシュ!」

L.L.がバンッとソファーを叩いて振り返った。このルルーシュ、というのは今度こそ自分のことだ。

 

「この魔女が俺の連れだ。C.C.だ」

 

やはり。

総督就任のあの日以来、あんまり何も言わないからどうする気なのかと思っていたら。

「おいお前も名乗れ。いつまでも笑ってるんじゃない。聞いてるのか」

「うん聞いてる、聞いてるから、ふ、ふっふふふ……くっ……」

「……そうか」

L.L.が一段低い声を出した。

「人の名前をそんなに笑うのか。なら俺もお前を正しい名で呼んでやらないとなぁ?聞いてるかC.C.?ああ悪い違うな――」

「C.C.だ。よろしくな、皇子様」

少女――C.C.はすっと笑いを収めて立ち上がり、ルルーシュに向かって不敵に笑った。

すさまじい変わり身の速さだ。

 

美しい女だった。

 

緑の髪は見たことがない稀有な色で輝いていたし、金色の瞳はなるほど、彼女が年相応の中身ではないと感じさせる深みと落ち着きがある。カントリー調のワンピースはナナリーにも似合いそうなかわいらしさで、少女らしさを演出していた。

「悪いが私にとってのルルーシュはこの、え、エルツーと名乗っているおとふっふふ」

「おい」

「L.L.と名乗っている男なのでな、お前のことはまた別の名で呼ばせてもらおう」

「あ……ああ、構わないが」

あまりにも予想外、そして見たことのないタイプの女性で戸惑う。「俺の連れ」と言うからてっきり恋人かと思っていたので、どうにもそうは見えない雰囲気に圧されてしまった。ルルーシュはL.L.が「契約のことだが」と持ち出すまで混乱していた。

「C.C.が見つかった以上、もうここにいる必要はない。だけどここで終了というのは寝覚めも悪いから、しばらくは手を貸す。ただし、ある程度自由には動かせてもらう。それでいいか?」

「――ああ」

つまりは彼の善意、自由意志だ。

 

「お前の計画、見届けさせてもらおう。お前の行く末を見たいと言ったのは俺だしな」

「わかった」

ルルーシュは頷く。

隣のC.C.はここでは茶化さず、盗み見ればひどく優しい顔でL.L.を見ていた。ころころと印象の変わる女だ。しかしL.L.が彼女の表情に気付く前に、にやりと笑みを形作る。

「ルルーシュ、お土産がある」

「は?」

「私に感謝してほしいな。殺されかけたんだから、そのまま捨ててきてもよかったんだぞ」

「何言ってる、お前それよりコードは」

「ナナリー、もういいぞ」

C.C.はL.L.を完全無視で奥の扉に声を掛けた。ここまでで、自称魔王が魔女にめちゃくちゃに振り回されている図がよくわかった。

ナナリー。そう、彼女が待っていると言ったのに姿が見当たらなかった。はぁーいと可愛い声がしたのは奥の扉からで、すぐに開く。

 

そこにいたのはナナリーだけではなかった。

貴族的に着飾った少年。タイやカフスなんかの小物には見覚えがあり、ルルーシュの私物だ。

ベビーフェイスと言うのが似合う可愛らしい顔をしていたが、雰囲気が問題だった。

血の香り、とでも言えばいいだろうか。

戸惑った様子の今はなりをひそめているが、危険なオーラだ。ただ者ではない――。

 

「驚いたろう?」

C.C.が笑った。

L.L.の顔は驚愕に満ち溢れている。彼は少年を知っているようだった。

 

 

「ロロ…………」

 

 

 

 

 四章/第一部 完




ここまでが第一部のようです。最終話萌え詰め込み過ぎて大変なことになっている回ですね。しつちゃん、登場するまで約20万字かかったそうでタメが長すぎる。
それでは次章「まほろばの夢」でお会いしましょう。

追記:この下に追記は恥ずかしいですね。
クロヴィスお兄様登場の2-4なんですけど過去の自分と解釈違い衝突を起こしてあまりに許せなかったのでちょっとだけ直しました。一~二文で口調だけなので内容に変化はありません、読まなくて大丈夫です。


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第五章 まほろばの夢-1

少年は失った。命を。名を、顔を、そして時を。

永遠に見放され、ネヴァー・ランドの住人となる。

時計の針は止まった。それでも目まぐるしく動く世界。

激しい渦の中でひとり異質なものとなって、初めて見えたものもある。

見えなくなったものも、ある。

この道を選んだのは自分だ。後悔はない。これが罰なのだから。贖罪なのだから。

だけど。

 

埋められない寂しさがある。未だ、やはり、死にも焦がれる。

何よりも、会いたい。声が聞きたい。

愛しい人の笑顔がよぎる。

名前を呼んでほしい。出来ることならあと一度だけ。

救えなかった君に。

巻き込んでしまった君に。

自分のすべてを預けた、君に。

 

「ゼロ、時間です」

「――ああ」

 

君に「明日」を任された。お互いに、それだけの責任と罪があった。

 

だから、自分は仮面の英雄となったのだ。

 

 

 

 

隣の温もりに異変を感じて目が覚めた。魘されている。嫌だ、熱いといううわごとですぐに察した。

「おい」

少々強引に揺さぶる。悪夢から解放してやることの方が大事だ。しかし一度眠ると起きると決めた時間まで目覚めない彼女は頑固で、うんうん唸りながらいっこうに目を覚まさない。仕方がない。

すうっ、と深呼吸。

苦痛に歪む幼い顔を上から見下ろす。そっと両頬に手をやりそして

「いひゃいいひゃいいひゃい!」

ぐいぐいぐい。手加減なく引っ張って揺さぶった。ないだろう。レディに対する礼ではない。

しかし。

「……オルフェウス?」

亜麻色の睫毛を震わせて、ゆっくりと瞼が開いて行く。

「……おはよう、エウリア」

彼女はこうでもしないと起きない。

恋人の真っ赤になった頬をさすってやりながら、オルフェウスははーっとため息を吐いた。

 

 

「また魘されてた?ごめん」

「そろそろ近いし仕方がないことだ。それよりも普通にゆすった時にちゃんと起きてくれ」

「ゴメンナサイ」

二人いっしょの部屋になれたことがこの任務での幸いだった。

いつものように二人で食堂に向かう。優れた口話(読唇術)の技術があれど完全な理解は難しい彼女と、手話交じりで軽口を叩く。

「今日のスケジュールは?」

「いつも通りゲフィオンディスターバー。今日はラクシャータ先生が紅蓮から離れてこっちに来てくれるから楽しみ。あと、義足の調整もそろそろお願いしようかなって。オルフェウスは?」

「午前は訓練。午後からはフリー」

「わかったわ。ゆっくりできるうちにしておいてね、そろそろピースマークの仕事が来る頃でしょう」

「察しが良いな。週末にミスエックスがご到着だ。エリア11をしばらく離れることになりそうかな」

「まあ!しばらくいられるのかしら!久しぶりにお茶がしたいわ」

「お前に時間がないと思うぞ。まあ、いつまでいるのかは聞いとく」

「わ~っありがとう!」

はしゃぐエウリア。今朝の夢が尾を引いていないはずがないのに、まったくそんな素振りは見せない。自分くらいには、もっと弱った姿を見せて欲しいと思うのに。

エリア11、日本解放戦線とのピースマークの協定。その証としてやってきてもうすぐ一月。

しばらくこちらで活動しつつ、いつもの任務もこなすつもりだ。傭兵業は忙しい。エウリアがラクシャータ・チャウラ―のチームとしてここにいるのだから、勝手が悪くてもここを拠点としないわけにはいかなかった。

「オズだ、久しぶり。あっその子がエウリア?」

朝からカツ丼。パンチのあるメニュ―の乗ったトレイを持っているのは紅月カレン。KMFの若手エースとして、めきめき力を伸ばしている少女だ。

「そうだ」

エウリアは自分の名前が出たことに気付き、にっこりカレンに笑いかける。

「紅月カレンさんですね?オルフェウスから聞いてます、エウリアです。耳が聞こえないので会話に難があると思いますが、この通り話すのはできますから、ぜひお声をかけてくださいね」

「わっ、ちょっと待って!……はいオッケー。こちらこそ、よろしく」

カレンはカツ丼をテーブルに置くと手を差し出し握手する。彼女のこういうところが好きだ。実年齢より幼く見えるエウリアは、カレンと並ぶと姉と妹のようですらある。

「カレンさんは紅蓮の予備パイロットなんですよね。輻射波動、私もほんの少しだけお手伝いしたんです。可愛がってくださいね」

「オズから聞いてる。すごいわ、その歳でナイトメアの研究チームにいるなんて」

初対面のカレンの言葉は読み取れない。「オズ」「ナイトメア」あたりは見慣れた動きだが、それだけだ。オルフェウスが通訳し、エウリアは頷く。

「これしかやることがなかったものですから。カレンさんこそすごいです」

「カレンでいいわ、エウリア」

どうしたって男ばかりの組織では同じ年頃の女というだけで嬉しいのだろう、どちらもいつもより楽しそうに見える。この空間だけやたらとほのぼのしていて、会話内容さえ無視すればブリタニアの租界かと思うほどだ。

「こんな時間からいるってことは昨日からいるんだな。家にいなくていいのか?」

オルフェウスはカレンの元気に跳ね上がった髪を見つめて言った。彼女がブリタニア側では「おしとやかで病弱なお嬢さま」だということは既に知っている。

「まあ、たまにはね」

「たまにじゃないだろ」

軽口を叩き合う。カレンは私にとってはこっちが本業だと口を尖らせると、同じグループの女に呼ばれて駆けて行った。隣の恋人はそれをじっと見送っている。あまりに熱心な視線なので何かと思えば、

「カレンさんのカツ丼おいしそう。あたしもあれにしようかなぁ。でも最近だし巻き卵がブームなのよ。どっちがいいと思う?すごいのよ、口に入れたら出汁がじゅわあって」

「……俺はパンを食べる」

オルフェウスよりも2週間ほど先にエリア11入りした恋人は、既に日本食びいきになり始めていた。こんなに長く離れていたのは久しぶりだった。

 

二人でピースマークの一員となって、もうすぐ三年目になる。

 

 

 

 

「私はルルーシュと同じ部屋でいい」

というセリフにやはり恋人なのかと思えば、なぜか共に眠ることは否定しないL.L.から訂正が入り、しかしやはりこの状況は、じゃあお前たちの関係はなんなんだと問いたくなる。

「……」

今日L.L.は久々の休日だった。しかし急ぎの用が出来たために部屋に乗り込むと、仲良く眠っている二人の姿。シングルベッドで窮屈そうに、体を向け合って丸くなり猫のようだ。お互いの顔の距離は30センチもない。

「……おや、皇子様じきじきに起こしにきてくれたのか」

先に起きたのはC.C.だった。ふわぁあと大きな欠伸をして伸びをする。着ているものはL.L.のシャツで、その下にアンダーウェアなどはない。当然透けている。さすがに、固まった。

ルルーシュの様子を見て、C.C.はにまにま笑う。

「反応が違って面白いなあ。なんだ、お前はまともに女の身体に興味があるのか?それこそ17歳男子の反応というものだ。見たいか?傾国のピチピチボディだぞ」

 

……なんなんだこの女は。

 

何をどう好んでL.L.が、というか自分自身が彼女と一緒に同衾までする仲になったのかわからない。本当に恋人じゃないのか?ならなぜ……もしかして身体だけは関係があるとかそういう……?

黙りこくったルルーシュに、C.C.は目を細める。

「ないよ。妄想やめろ、童貞皇子」

「どッ……」

無礼な。

怒りを通り越して引いていると、彼女は起き上がってベッドに腰かける。下半身も下着しか身に着けておらず、またそれを隠す様子もない。大人しくしていれば綺麗な女なのに、言動がありえない。卒倒しそうだ。

ルルーシュはいくら日陰者と罵られようと、腐っても皇子なわけで。触れ合う女はみな上流階級。つまり、こんなにはしたない女を見たのは初めてだった。いや、庶民と触れ合った時だってこんな奴はいなかった。

どういうつもりでそんな真似ができるんだ。ひくひくと口の端が痙攣するのがわかる。

「ルルーシュなら寝ているぞ。多分今日は起きない」

「……どうかしたのか?」

ルルーシュは呆れと怒りを取り下げて顔を曇らせた。

L.L.は自分と同じくきっちりしていて、いつも定刻には制服を着こんで完璧だ。仕事がない時は部屋に戻って二度寝しているのかもしれなかったが、それでも顔は出すのだ。

「ずっと私を探して神経を張っていたみたいだからな。疲れてるんだ。おそらく引きこもって奥の奥で寝てるから、殴ろうがゆすろうがまず無駄だ。回路に侵入できない今の私では起こせない。そんなに緊急なのか?」

「……いや、それならいい。今日やってほしかった事だから」

「そうか」

C.C.はひとつ頷くと、さて、とルルーシュを見た。

「ピ○ハットを頼みたい」

「は?」

「だからピザだピザ」

「……シェフに作らせればいいだろう。デリバリーだよな?そんなもの政庁に呼ぶわけないだろうが」

「問題ない、私はやっていた。可能か不可能なら可能なことはもう知っている。ピザ○ットだ、例外は認めない」

「総督として許可できない。ありえない。どういうつもりだ。そんなにそこのピザがうまいのか?」

「うまい。しかしそれ以上に切実な問題がある」

C.C.はベッドを降りるとずかすか部屋の隅まで行き、広げたままのトランク(散らかっている)から何やら紙を取り出して、それが勲章であるかのように突きつけた。

「……は?」

〈ポイントを貯めてチーズくんをもらおう! キャンペーン期間:2017年10月15日~2018年3月29日〉

でかでかとした文字の下に、シールを張るスペースのようなものが設けられている。既に三枚貼ってあった。

「……なんだこれは」

「見てわからないのか?このキャンペーン期間を過ぎるとチーズくんは手に入らないんだよ。わかるか?もう、手に、入らないんだ。だから私はこのピザ○ットを頼み、早急にチーズくんをゲットしなければならない」

「……このぬいぐるみが欲しいのか」

「そうだ」

「却下だ。そんなに頼みたいなら引っ越してくれ。そもそもお前は役職なしのままならここにいてはいけないんだ。ジュリアス・キングスレイはただでさえ色々噂されてるんだから、これ以上余計な種を増やさないでもらおうか。女を囲ってるなんて示しがつかない」

「じゃあ皇子様の女ってことにしたらどうかな」

「ふざけるな。俺はL.L.じゃない――あんまり侮辱するようなら問答無用で追い出すぞ」

「……はぁ」

わかったよ。C.C.は「がっかりした」「期待外れ」みたいな顔でこちらを見てきて腹が立つことこの上ない。どうしてそんなに上から目線なのか。C.C.はピザの紙を机に置き、ひとまず折れる気になったようだ。

「仕方ない、お前の部下として働いてやる。その代わりいい役を見つけてくれよ、あんまり側近を増やしても問題だからな――もちろん激務は論外だ。ピザも、いいだろう。店で食べてきてやるさ」

「………………」

頭が痛い。立場や権力を振りかざす気はないが、ここまで偉ぶられるとどうにもさすがに不愉快だった。

「そうか、ルルーシュは契約がないとこのくらい辛辣だったんだな……そうだった……契約でピザが食べ放題、そういうことだったのか……」

なにやらシリアスな顔で大真面目に納得している――ように見せかけて、こちらをからかっているのがよくわかり不愉快。契約?この女は、自分とL.L.のように何らかの約で結ばれているのだろうか?

「不老不死というのは傲岸不遜になるものなのか」

「その通りだとも。私はC.C.だからな」

C.C.は「ピザハ〇トの実店舗に行く」と決まったとたんに出かける準備を始めた。トランクから昨日とは違う服を取り出している。おいまさかこのまま着替える気じゃないだろうな。

「こんな麗しの美少女でもお前の何十倍も生きてるんだ、私はルルーシュの比ではないぞ。年長者は敬え――用がないならそろそろ出て行ってくれるか?着替える」

「そのくらいの慎みはあるんだな。安心したよ」

嫌味ったらしく言ってやると、鼻で笑って返された。

「あいつが言うから守ってやってるだけだ。いまさら恥じらいも慎みもありはしない」

あんなに玩具にしていたくせに、そういう言いつけは守るのか。この二人の関係、距離感、全てがよくわからない――じゃない。

ルルーシュはこの女自身にも用があるのだ。

「おい。あのロロとかいうのはどうするつもりで連れてきたんだ」

「ああ」

C.C.は飄々とした態度を止め、いきなりどきりとするほど真面目な顔でこちらを振り返った。

「昨晩ルルーシュと話したんだが、おそらくお前にとって最も厄介なものを連れてきてしまった」

「……詳しく話せ」

「あれは諜報機関の一員で、ブリタニア皇帝が秘密裏に抱えている私設部隊のものだ。歴代皇帝とわずかな直属以外は存在すら知らない、プルートーン以上のトップシークレット。そんなものを勝手に連れてきたとなればまずいどころの騒ぎではない。しかしこちらももはやあれを手放すと危険だから、ここに匿うしかない」

「諜報って……皇帝の……」

「そう。あいつは暗殺のプロだ。お前の優秀な護衛の篠崎咲世子でも絶対にかなわない。殺した数は既に三桁を超えているはずだ」

「…………なぜそんなものを」

冷や汗が流れる。爆弾もいいところだ。嵐のごとくやってきた女は、本当にとんでもないものを連れてきてくれたらしい。

「今のところ敵意はない。わかっているだろう?」

ルルーシュは答えなかった。そんなものあろうとなかろうと、とんでもないものであることに変わりはないのだ。

 

昨日の晩。

「ロロ……」

呆然とした顔で呟いたL.L.に、少年は目を細めた。

「あなたがルルーシュですか。僕をこんなところに連れてきてどうするつもりです?厄介にしかならないはずだ」

「……それを決めるのはお前じゃない。少なくとも、俺は厄介だとは思わないよ、ロロ」

静かな声だった。それきり何も言わない。いや、何を言うべきか迷っているようだった。悲しみのような、歓喜のような、怒りのような。

ロロというらしい少年に言葉をかけられない代わりに、C.C.を小さく睨む。

「なぜ連れてきた」

「わかっているだろう。見捨ててよかったのか?」

「……いや。そうじゃない、だけど……」

煮え切らないL.L.。この間のマリーベルといい、L.L.が「ルルーシュ」であった世界で、よほど大事な人間だったのかもしれない。

ルルーシュは仮説を立てていた。彼の世界で死んだ相手なのではないか、と。

(正しかったみたいだな……)

この反応。おそらく正解だろう。まるで幽霊を見るかのような驚愕ぶりだった。

長い沈黙。重いそれを破ったのはナナリーだ。

「お兄様、C.C.さんたちを勝手に入れてしまってすみません。でも嘘をついていらっしゃるようには見えなくて。それにこれ以上二人を外に置いておくと、騒ぎが大きくなりそうだったので仕方なく……」

「騒ぎ?」

「今朝、そこのバスターミナルで爆弾騒ぎがあったんです。C.C.さんとロロが唯一その場にいたせいで疑われてしまって警察に引っ張られそうだったんですけど、二人ともIDもパスポートもなくって、捕まったらとにかく厄介だったんですって。そこでC.C.さんがお兄様の名前をお出しになって、私に連絡が来てしまって」

「……なるほど」

それは外に置いておく方が厄介だった。

ルルーシュがL.L.の連れを探すと約束した以上、これは義務ですらある。

そして彼女がある程度の警戒を解いているのは、彼女自身の観察眼と、おそらくは手を握っての会話。

ルルーシュの考えを察したのか、ちょっとした尋問みたいになっちゃったんですけど、と照れ笑う。そうだろう。敵意はありますか?誰かに言われて来たのですか?といちいち確認したに違いない。

「お兄様にジュリアスさんの探し人のお名前は聞いていたので驚きませんでした。むしろ、ヴィレッタとジェレミアを宥めるのが大変でしたわ」

容易に想像がつく。なるほど経緯はだいたいわかった。ルルーシュは気になっていたことを尋ねた。

「で、その格好は?」

「私とロロ、似てるでしょう」

「似てなくも……ないけど」

「あんなに多い兄弟の誰より似てるんですもの、一瞬お父様の隠し子かと。双子みたいだなあと思ったら面白くなっちゃって、ここ数日忙しかったからストレスもたまってて、つい」

つい、じゃない。

つまりは着せ替え人形ごっこをやってしまった、すごく楽しかった……。ということだ。

ルルーシュはロロとC.C.を交互に見る。確認したいことも質問したいことも多すぎて、ナナリーが彼らの不老不死を知らない設定で通していることがさらに面倒に拍車をかける。時差ボケもきついというのにこの状態。

さすがのルルーシュも、こう絞りだすのが精一杯だった。

「とにかく今日は遅いから、詳しいことは明日で良いか?」

 

 

――明日にしてよかった。こんな大変なこと、あんなに疲れたときに聞きたくなかった。

「C.C.。お前を探すことはL.L.との契約内容のうちだった。だがそんなお荷物のことまで責任はとれない。俺としては、事が広まらないうちに葬っておきたい話だ」

つまりはロロを処理するということ。皇帝に気づかれないうちに。

ルルーシュたちの計画において、彼はあまりに危険すぎる。皇族ですら知ることの許されない秘密部隊の一員。どう考えてもまずい。

「そうだな。そう言うだろうと思っていたよ」

C.C.は服を手にして立ち上がる。ルルーシュに見えない死角に移動し、どうやらそこで着替え始めたようだった。衣擦れの音の向こうから、彼女は続けた。

「お前もルルーシュだ。おそらく察しがついているだろう?ロロがルルーシュの世界でどんな人間だったか」

「――死んだんだろう。何かしら悔いている。引け目がある」

「そうだ。もちろんロロはあいつの知るロロじゃない。赤の他人だ。あのロロに何をしたって贖罪になどなりはしない。お前とルルーシュが別人であるようにな」

手早く着替えを終え戻ってくる。淡い紫を主とした中華風のワンピースは清楚さを滲ませ、先ほどまでのはしたなさはない。ようやくまともな格好だ。

「ロロと出会ったのは偶然だ。だけどきっとあいつがロロを見つけていたら、あの場所から救い出そうとするだろう。それがわかっていて無視はできない。私はルルーシュを愛している」

彼女はきっぱりと言った。

「――それがどうした?」ルルーシュは苛立ちを抑えて言った。どんな理由を並べ立てようとも、こちらの事態は何一つ好転しない。

「聞かないんだな。私とルルーシュの関係を」

「興味もないし理解も出来ない」

「ふ、子供にはまだ早いさ」

C.C.は笑う。そしてその笑みをゆっくりと崩し、温度の消え失せた真剣な顔をした。

「これは私のワガママだ。傍観者であるべき存在の持ち込んでいい厄介ごとではない。――済まなかった」

「……つまり、このまま匿えと?何のリターンもなしに」

「そうだ。……頼む」

ルルーシュはハッと嗤った。何を言い出すかと思えば。

「自分勝手だな。さすがは魔女と言ったところか?無理だ。リスクが大きすぎる」

「しかし任務を放棄して行方をくらました以上もうロロは」

「お前の責任だ」

「…………わかった」

C.C.は頷いた。

 

「ルルーシュと話をする。三日くれ。良い案が出なければ私の責任だ。ルルーシュに恨まれてでも、私がロロを始末する」

 

「……いいだろう。三日だ」

 




オズO2始まりましたね!宣伝に更新です 隔週更新に戻すつもりだったのにこんなお祭りが始まるとは……まあ皇道見たら止まるのでちょうどいいかな
双貌のオズ、コミックニュータイプで毎日更新、無料掲載中ですからね!
ミスエックスが登場してましたが、まずコミック版だけ読み進めていた私はあのシーンまで彼女は22~25歳くらいだと思い込んでいたので衝撃がすごかったです。未成年……み、みせいねん 大人だと思っていやらしい目で見ていたので途端に襲う罪悪感

O2はどんどん絵が綺麗になるしオズオズは格好いいしマリーはどんどん狂って可愛いことになってもう大変です。いい女なのでもっと知ってほしい……最高のプリンセス しかもCVは内田真礼さん(デレマスの蘭子ちゃんの人)
CVの話ならオルドリンはスパクロ(スパロボのスマホゲーム)で聴けちゃうすごくかわいい こんなに可愛くて強くて「守るよ」って言ってくれてそりゃマリーも惚れちゃうね 

マリーベルは限定の機体なんですが、彼女が必殺撃つときカットインが動くんですよ
そのモーションが淑女の挨拶カーテシー(スカートの両裾を軽く持ち上げてお辞儀するほうです よく見るやつです)で……それを戦闘服のままやるんですよ 持つ裾なんかないのに!
もう解釈が最高に合致していて……誰が考えたんですかあれ?
お金を払わせてください 最高です 
頭は下げずにやっており(プリンセスなので皇族以外にされたら困る)簡略化された優雅な挨拶、
彼女の高貴さを表しつつも「御機嫌よう」というニュアンスで敵に対しての煽りでしかないです
その御機嫌ようもこんにちはじゃなくてじゃあなあばよ感があるほうですし 冥途で元気でやれよみたいな皮肉を感じる……可憐なモーションについてる台詞が「フルパワーで仕掛ける……!」ですからね
マジで撃破する5秒前にわざわざそんなことする精神の苛烈さ最高 可愛い 実際は操縦してるのであくまでイメージですけど

長くなった



第5章は休憩と変化と答え合わせの章です。
一番初めに出て来てるゼロさまはあなたの知るゼロさまで合ってますよ。

今回のプチ:しつちゃんの中華風のお服ですが、新商品として出てたバ.トル.リ. ンクの描きおろしのお洋服をイメージしています。めちゃくちゃ可愛くないですか?可愛いですよね、何あれ 公式サイトで見れます






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5-2

目が覚めた。

 

こんなに眠ったのは久しぶりで、L.L.がまともな人間だったのなら寝すぎの頭痛のひとつでも起こしていただろう。けれどまったくそんなことはない。

起き上がると、ルルーシュがL.L.用にと手配したパソコンを弄っているC.C.の姿があった。淡い紫と白が上品にまとまったワンピースを身に纏い、長い髪を横で三つ編みにまとめている。

彼女もルルーシュが目覚めた気配に気が付いたようだった。ゆっくりと振り返る。

 

「おはよう」

「――おはよう」

「何時だ?」

「夜の8時」

「そんなに寝てたのか……」

 

確かに起こすな!とは言った。言ったものの、ここまで爆睡できるとは思わなかった。

 

 

解散の運びとなった昨夜、L.L.はC.C.を連れて部屋に戻った。なかなかいい部屋だな、などと言って勝手にずかずか入っていくが無視。二人きりだ。これで包み隠さず話ができる。怒りのままに低い声を出した。

「説明してもらおう。何故連絡しなかった?」

「悪かったよ。こちらも少々ごたついていた」

「嘘だな。面倒臭いな、まあ自分から行けば怒られないだろ、て思ったんだろう」

「ばれたか」

悪びれもなく白状する。あまりにも弁解する気がない様子に、呆れかえって怒る気も失せる。

そう、こいつはこういう女だった。

 

「……遺跡で接続すれば、コードは正常化する。可能性は考えていただろう?」

「ああ。私はEUにいて――遺跡の場所が正確にわからないのと、侵入できそうになかったのと両方だ」

「そうじゃない。神根島に行けば戻るが、行くか、と聞いている」

 

C.C.は黙った。

言ってしまってから、意地の悪い質問だと自分でも思った。

 

「このままでは不便だし安定しない。いざというとき不安も残る」

「そうだな」

 

背を向けたまま顔を見せない。抵抗のつもりか。

その真意は、L.L.にはお見通しだ。

だから、

 

「――でも、もう少し後にするか」

 

言って、背中を向ける彼女を後ろから抱きしめた。

 

彼女が。コードを得てからCの世界の鎖で繋がれていた彼女自身が、思いがけず数百年ぶりに個を得たのだ。

コードを封じて過去の自分を表に出そうとも、意識本体はCの世界に繋がったまま。自我は消えないし、休まることはない。

そんな状態を数百年と続けた彼女が、ふいに解放された。

記憶の管理倉庫もない。Cの世界に接続もできないし、ルルーシュのようなコードユーザーとテレパスすることも、意識の世界で会うこともできない。

それでも手にした、人間として当たり前の世界だ。

 

静寂。

脳には自分の声しかしない。

心地の良い閉塞感。安息。

 

どれほど望んだものだろう。

彼女に比べればほんのわずかしかコードを所持していない自分でさえ懐かしく、手放しがたいものだったのだ。人間に戻ることを望む魔女にとってこの状態がどんなものか、察してあまりある。

それを思えばこそ。

ある程度推測もしていて、見事当たってしまったからこそ、怒る気は失せてしまった。

この世界のルルーシュは皇子であり総督。側にはジュリアス・キングスレイとかいう怪しげな男がいる。居場所はわかっていたのだ、電話一本寄越さなかったことは完全にこの女が悪い。

それでもきっと懐かしい感覚は錯覚を起こさせて、ルルーシュにも出会わず、この地獄のすべてが夢で、自分はまだ16歳の少女だと。

 

そう思えるような時間だったのかもしれない。

 

「……心配したぞ」

「悪かった」

「ロロを連れてきてどうするつもりだ?」

「偶然あいつの暗殺任務の途中で遭遇したんだ。嚮団はギアスがきかない人間を追っているらしい。この世界の私がどうしているかもわからなかったから、見られた以上帰すわけにはいかなかった」

「……わかった。どうするかはゆっくり考えよう。俺はひとまず、寝る」

 

L.L.は抱擁を解くと荒々しく上着を脱ぎ、ドサリとベッドに崩れ落ちた。

緊張の糸がやっと切れた。

常にCの世界のネットワークに接続し、うっかりV.V.や、どこにいるかもわからない母と遭遇しないように気をつけながら探っていたのだ。どうせ自分と同じように接続できていないだけだろうと思ってはいたが――だからといって、さすがに何もしないではいられない。結果、尋常でなく疲れる羽目になった。

 

「探してくれていたんだろう?ありがとう」

「なんだ、随分素直に言葉が出るようになったじゃないか」

「私はいつも素直だ」

「言ってろ」

 

相変わらず可愛げのない女だ。

ここまで連絡を寄越さず一人で動いていた事実だけで、彼女の感傷などばればれ。なのに隠したがる。

知られているとわかっているのに逃げようとする。

数百年分染み付いた癖は、そう簡単には治らない。

 

「……お前も」

「なんだ?」

 

巨大な睡魔に抗わず、このまま寝てしまおうと意識を閉じかけたルルーシュの頭を、おもむろにC.C.が撫でた。なめらかな指が髪に通る。

「顔を見るのがキツイやつもいただろう」

「……ああ」

その通りだった。

 

自分が利用し踏みにじり、殺した人々。

憎しみに燃えたはずの人間が優しい顔をする。

悪魔と罵った口で名を呼ぶ。

それを当たり前のものとして、なんの抵抗もなく受け入れる自分と同じ姿の少年。

 

死人には二度と会えない。

あれは死んだ彼彼女らではない。

違うものだ。同じではない!

なのに確かに生きている。自分の記憶にある姿で動き、話す。

きつくないわけがなかった。

 

これから行く末がきっとつらいものなのに、前を見て戦う者。既に命を落とした日を過ぎたはずなのに、血に塗れた世界とは無縁に生きる者。もしかしたら今度こそあんな結末を迎えなくていいのかもしれないと思うと、どう動けばいいのかわからなくなった。

 

何もしないのが正解だ。傍観者でいるのが正解だ。

大切なものならなおさら遠ざけておくべきなのだ。

知っている。わかっている。

だけど紅蓮にやられるナナリーに叫ばずにはいられなかったし、自分自身のあんまりな行動には苦い顔をしてしまう。微笑むユーフェミアには笑みを返してしまう。

 

許されるはずもないのに。

 

我ながら細い神経だ。罪人の癖に、たった一言の労わりをもらっただけで心が解れた。

ひどく安心してしまう。その心地良さのままに、眠りへと転がり落ちて行った。

 

 

――そして目覚めたのだ。20時間睡眠を完遂した今、やるべきことは情報交換による現状把握。

 

「俺が確認した限りでは、クロヴィスが不老不死の研究をしていることも、遺跡を発見した様子もなかった」

C.C.は現在テレパスが使えない。ハグだのキスだのではい終了とはいかず、言葉でひとつひとつ確認作業が必要だった。

「それからナイトオブイレブンのアリスに接触を図った。ビスマルクの養女と言うから探ってみればギアスユーザー、嚮団出身者だ。体感時間操作のギアスを持つ――ロロにも匹敵する厄介なギアスだ」

嚮団出身者。つまり、あちらでは自分が命じて黒の騎士団に虐殺させた少女かもしれなかった。

「直属部下とされている何人かもそうだ。サンチア、ルクレツィアとか言ったかな。お前が言った通りコードユーザーを探して捕らえるように言われているみたいだったが、それがC.C.らしき人物を指すわけではないらしい」

「……ということは、私はそもそもギアスを得ていない可能性が高いな」

 

C.C.はため息交じりに足を組み替える。

 

「早合点じゃないのか?」

「いいや」

黄金の目は細められ、なぜか自信ありげに告げる。

「お前、ここへ来たときどこへ転送された?」

「……ペンドラゴンだ。ルルーシュのいる隣の部屋だった」

「やはりな。お前がわざわざ自分自身に近づくはずないと思ったよ。おそらくそれは偶然ではない。自分と一番結びつきの強い場所に飛ばされたんだ」

「じゃあC.C.、お前は」

「EUのとある村だ。なぜか濁流の川の中で、わけもわからずチーズくんと一緒に1キロ以上流された私はしっかりと死んで復活し、そしてズタズタになったチーズくんは生き返ることはない……」

見ろ。

後半につれてどんどん悲しげな声になったC.C.は、部屋の隅に広げたトランク(既にそのあたりだけ散らかっている)の底から黄色いものを取り出した。

 

「あー……」

 

以外に何が言えるだろうか。

この魔女が何故これほど執着しているのか知りたくもないが、とにかく異世界に行くと言っているのに抱きかかえていた大事なぬいぐるみは、大いに変色し全身をずたずたに引き裂かれ中の綿もかなり減り、もう直すとかそういうレベルではなかった。悲惨。

しかし遺体を最大限綺麗な状態にしようと努力した痕が見られ、目も当てられないレベルではない。だからなんでお前はそんなにこれに執着しているんだ!

「新しくチーズくんを手に入れたところで、このチーズくんの代わりにはならない。でも私は愚かにも、また応募券にシールを貼っているんだ。求めずにはいられない。馬鹿なことだとわかっているのに……。この私にもまだ人らしい執着が」

「わかった。で?」

「だから」

 

C.C.はキッとL.L.を睨んだ。

 

「おそらくはそこが私の生まれた村だ。もしくは死んだ場所。数百年の地形の変化で川になっていただけで――いや、それは今はいい。私は売られて物心ついた時からあの状態だったが、覚えている限りでは、私の育った国だったよ。私が魔女として今も生きているなら、そんなところに飛ばすか?ランダムでもない、わざわざ生まれたか死んだかした場所に」

「……なるほど」

「羨ましいな。悲惨な人生かもしれないが、少なくとも人間としてお陀仏できている」

C.C.は肩を竦めた。

「そしてチーズくんを呆然と抱きかかえたまま一昼夜を過ごしたかわいそうな私は戦場の視察だかで偶然いた軍人に拾われて、世話になっていたというわけだ。ルルーシュ皇子の目覚ましき活躍で侵略順が微妙に異なるようだな?EUの開戦は秒読みだのなんだの言われてはいるが、まだ少し先になりそうだ。だから特にこれということはなく平和だったな――それより、お前が新総督の側近でジュリアス・キングスレイを名乗っていると知った時、笑ってしまったよ」

「深い意味はない。皇帝がキングスレイの名に反応するか知りたかっただけだ。キングスレイ家はあちらの世界ではお前も知っている通り奴の――」

「違うぞそういう意味じゃない。最後まで聞け。いいか、私が拾われた軍人の名はレイラ・マルカル。嚮団時代の私がギアスを与え損ねた女だ」

「……誰だ?」

「そうか、その名までは覚えてないか」

 

彼女は頷き、勿体ぶって言い直した。

 

「こう言えばわかるか?ハンニバルの亡霊を生む部隊の参謀、ゆくゆくは司令官だよ」

「――ほう」

「な、面白いだろう?」

「まあな」

 

示し合わせてもいないのに、あの時の敵と味方をなぞるような位置と名前だ。

 

「エリア11にお前がいるならそこに行けばいい。そう思っていた矢先にロロに出会って、そうなれば無視もできないし逃がせば私が困る。嚮団の目を避けながらここまで来るのは骨が折れたよ。やつらのしつこさは私がよく知っているからな」

「大丈夫なのか」

「何がだ?」

L.L.は昨晩から気がかりだったことを尋ねる。

「V.V.だ。居場所が割れないのか?」

「あいつは位置探知は下手くそだ。昔も脱走者の行方を掴めず、結局ほかのギアスユーザーに探させて殺していた。ルルーシュ、お前を見るに同じコードでも所有者によって発現の仕方は違うようだな」

C.C.はしつこく撫でたり抱いたりしていた故・チーズくんを大事そうにトランクに仕舞い直し、今度はどさりと横に寝転ぶ。緑髪が曲線を描いて広がった。

起き上がっているL.L.を見上げる。

 

「さて、お前のほうを詳しく説明してもらおうか」

「いいだろう」

どこから話すべきか逡巡し――結局一番初めから、ゆっくり話すことにした。

 

「――ふうん?」

聞き終えたC.C.は、猫のように目を細めた。

「おまえとしてはどうなんだ。自分自身に対面した感想は?」

事実だけを淡々と話した。どうせ後から悪趣味にも質問攻めにあうとわかっていたからだ。

L.L.はフンと鼻を鳴らす。

「十七歳の俺よりまともだな」

「ほう」

「ナナリーが元気なことや、俺自身の身体に難があることも――いろいろ関係あるだろうけど。少なくとも臣民を思うまともな王族だ。間違ってもブリタニアをぶっ壊しそうにない。穏便で狡猾だ」

「16歳――もうすぐ17か。それで18のおまえと並んで違和感が少ないあの顔だ。あれはあれなりに大変なのだろうさ。お前のように平穏な学生の味など知らない」

「ああ」

「――だが、本質は変わらない」

「……そう思うか?」

「朝、少し話したよ。ロロのことで怒っていた。コードだ嚮団だと言うわけにもいかないから、私の感情だけで連れてきたと言ったが――手厳しいな」

「そうだ。ロロ」

はっとしたL.L.に、C.C.が顔を曇らせる。

「それだよルルーシュ。期限は三日後。それまでに、あの皇子様が納得する理由を捻りださなくてはならない」

 

コード。

嚮団。

ギアス。

それらを伏せて、皇帝への裏切りにも等しい行為を。

 

「……ルルーシュたちに匿ってもらう必要はない。要はこの場を見逃してもらえばいいんだ」

「それができるどうかだな。万に一つ、かかわったことが知れればまずいことになる――と思っているわけだからな、あの皇子は」

「ロロだって素直に俺の言う事を聞いてはくれないだろうし――待てC.C.、お前、ロロにどこまで話した?」

「ようやくそこに気づいたな」

C.C.は呆れたようにぐるりと目を回した。

「そう、私どころかお前がコード持ちだとロロは知っている。お前のことは、コード特有の不思議な力で前から自分を知っていたとかなんとか言ってあるよ。そのへんは適当につじつまを合わせてくれ」

「…………」

 

L.L.は痛む頭を抱えた。その仕草は、朝にルルーシュ皇子がやったものとそっくりだ。知らぬは本人ばかりなり。

 

「皇帝はルルーシュたちを始末する気などないんだ。あいつさえ納得してくれれば……記憶喪失だったとか、正体を知りませんでしたでいけると思ってもらわないと困る」

「どちらにせよもしV.V.たちが接触してきたら、ギアスを見抜けるわたしたちが守ってやるしかない。おまえ、影武者で良かったなあ。ギアスがかかったふりをしてやれるじゃないか。それで切り抜ければどうにかなるさ」

「おまえ……そんな楽観的な」

「こうなった以上、なんとかするしかないだろう」

「なんとかするって――何をどこまで。ラグナレクの接続は?」

「それは知らないさ。選ぶのはこの世界の人間なんだから――まあ、計画の存在くらいは明かしてやってもいいかもしれないが。ギアスもない皇子じゃできることなど何もない」

L.L.も同じ考えだ。超常には超常でもって返すしかない。

黙って続きを促すと、C.C.は肩を竦める。

「記憶喪失だのなんだの、私が提案してもあの皇子は頷かない。だから猶予を設けたのさ。お前が納得させてくれ」

「無茶を言うな。俺の手口はそのままあいつの技でもあるんだぞ。丸め込むなんて無理だ」

「じゃあ、本音を話し合ってきてくれ」

女は話は終わったとばかりにシャワーを浴びる準備を始めた。こうなればもうこっちの話は聞いてくれない。

 

「魔女め」

 

L.L.が苦々しく吐き出すと、C.C.はひどく楽しそうに笑う。

 

こうしてようやく、異世界からの来訪者は合流した。

 

 

 

「まあ、マリーベルお姉さまとユフィお姉様が」

「二月ごろから来るつもりだそうだ。あんな、浮かれたままのノリで決めたことを本気で実行するとは思いたくないが……」

「実行なさるでしょうねえ」

「ユーフェミアは姉上を説得。マリーベルは留学しますなんて言える状況じゃないからな。落ち着いたら連絡を寄越すと言っていた」

「楽しみですけど……ちょっと頭が痛いかも」

 

ナナリーが苦笑いをする。

そうなのだ。

皇族がここエリア11にやってくる。そのまま身分を隠して滞在。もしも何かあったとして、その時の責任はすべてルルーシュに降りかかってくる。

自己責任だと口を酸っぱくしていても無駄だ。日陰者皇子、ルルーシュの立場を思えば余計に。

留学するなら他のエリアにしろ!と思うが――無理なことは、彼女らの兄をやり続けてきて知らないわけはない。折れないのだ。

そうしてルルーシュが唸っていると、横から声がかかる。

 

「……殿下、発言してもよろしいでしょうか」

「もうしてるじゃないか」

「……なぜ自分をお呼びになったのでしょう」

「用があるからに決まっているだろうが」

 

何を当たり前のことを――スザク。何もないのに同席なんかさせるか。

ルルーシュの私室、深夜零時半。寝酒を手にしたルルーシュと、モルガンの調整から戻ったばかりのパイロットスーツ姿のナナリー。

忙しい二人が時間を取れたのは一週間ぶりで、和やかな会話は10分以上続いていた。呼び出したスザクを放っておきながら、だ。

スザクとしては、あ~帰って神楽耶に愚痴りたい、と思い続ける10分だった。ルルーシュは会話を遮られたことに不満そうにしつつも、それでもしっかりこちらに向き直る。

 

「明日。お前のゼロ部隊入隊をマスコミに報道させる」

「はい」

「我が部隊は事実上、直属のナイトメア親衛隊になる。そこへナンバーズ初の騎士だ。反発は凄まじいだろう。特派の実験機で所属は異なる、兄上のお墨付き、戦闘には研究に必要な分のデータを取るくらいでしか出さない――と、方々へ言い訳は十分に用意している」

「はい」

 

篠崎咲世子という前例があるだけに、直属にナンバーズを置くことは正直さしたる問題ではない。イレブンが騎士になる、その一点だけ――それは既に聞いている。しかしなぜ、わざわざそれを公にする必要があるのかが謎だった。

キョウトと日本解放戦線を脅す目的なら、エリア全土、いや全世界に明かす必要はない。イレブンの生活が安定し始め、ゲットーの治安もわずかに回復している状況の今、好感度を上げるために公表するにしては無駄な手のような気がする。

スザクの疑問などお見通しだろう。ルルーシュはにっこり笑った。

 

「特派の軍務はさほど忙しくない。それならふたつの帽子を被るのも――そうだな、こういうのを日本語でなんと言うんだったかな」

「二足の草鞋?」

ナナリーが首を傾げて助け舟を出した。なんでそんなの知ってるんだと突っ込みたいのをこらえる。

「そう、それだ。二本のワラジも難しくないだろう。だからスザク、お前、学校に通え」

「……は?」

「幸いにも特派を間借りさせているアッシュフォード大は高等部のすぐ横だ。登校時間も短くて済むな。だからこれからは基本特派で寝起きするように。そっちの方が反発も少ないはずだ。政庁には週一程度顔を出すだけで――」

「えっ、いやあの、ちょっ、ちょっと待ってください」

 

スザクは声を上げすにはいられなかった。

 

「何だ、いちいち遮るな」

「自分は解放戦線での仕事もあって……しばらくは両立させてやるって……」

「ああ、済まない。じゃあ二足じゃなくて三足か。この言い回しはありなのか?」

「知りません」

 

唐突な日本語教授の要請をばっさり切り捨てて、スザクは言い募る。

 

「しかも学校って……学校?ブリタニア人の?」

「そうだ。それで、二月からユーフェミアの護衛をやれ」

ルルーシュはさらに爆弾を落とす。スザクは教え込まれた屈辱の敬語もかなぐり捨てて、あんぐり口を開けるのが精一杯だった。

 

「はぁ?」

 

 





今回のプチ:この世界のチーズくんキャンペーン期間の年以外は現実の反逆放送期間。


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5-3

「リフレイン?」

カレンは眉を寄せる。初めて聞く名だ。

「麻薬だよ。それの粗悪品」

電話の向こうの扇が疲れた声を出した。

「過去に戻った気になれるってのが特徴かな」

「売れそうですね。日本人に」

「誰だって懐かしいよ――ブリタニアに占領される前の日本が。日本人を狙い撃ちにした薬だ。解放戦線の末端には、手を染めてるやつもいるって噂」

「まさか、上はわかってて放ってるんですか?」

「そんな余裕はないってさ。幹部はガチガチの軍人の集まりだ。自ら手を出す奴が悪いって考えなんだよ」

「そんな……」

カレンは携帯を強く握る。体調不良を理由に一限で帰宅したカレンは、自分の部屋で紅蓮と無頼のマニュアルを広げている。シュタットフェルトの父が先週からしばらく本国に戻ることになったのをいいことに、カレンは適度に学校をさぼり始めていた。ブリタニアでの居場所を作ることはキョウトからの指示でもあるから、あくまでほどほどにだが――。

「私から、スザクに掛け合ってみます」

翡翠の瞳の同胞を思い浮かべる。カレンたちが独立したグループなら単独で動くこともできただろう。しかし組織に入ることを選んだ以上、そうもいかない。ならばトップに掛け合うしかないではないか。幸いにも、カレンはその地位を手にしている。

「本当か?」

扇の声が明るくなった。

「ええ。ですけど今日のニュース――見ました?スザクも疑われています。名誉として過ごすなら携帯なんて出せないでしょうし、あっちに顔を出すのも難しいみたいですから、しばらく会う機会すらありません。私とスザクの間で話がついても、そこからは……」

「確かにそうだな――わかった。俺達でももう少し探りを入れてみるよ。しばらくは東京に戻ってるから、あっちに連絡をくれ」

「わかりました。扇さんたちも気を付けてくださいね」

通話終了のボタンを押す。カレンはふーっとため息を吐いた。

枢木スザクが総督直属部隊に入ることになり、ナンバーズの生活向上のテストケースとして、新たに作られた奨学金コースでのアッシュフォード学園入学が決まった。

そのニュースを学校で聞いたカレンは、いてもたってもいられず戻ってきてしまったのだ。

(何考えてるのかしら、あのルル―シュとかいう男……)

唇を噛む。ナイトメアのマニュアルのそばにある雑誌を睨み付けた。こういうのも読んでおくべきだ、と神楽耶に勧められた情報誌だ。政治欄ではルルーシュの政策について、好き勝手にそれらしい講評がなされている。皇族に絶対服従のブリタニアのマスコミでも、日陰者皇子と名高い彼に対しては少々なめてかかっている節があった。もちろん、まさか批判が書いてあるわけではない。べた褒めなのだ。それでもどこか侮りは透けて見え、如実に形を成してしまう。

 

「新しいエリアの在り方を追求する――名誉ブリタニア人制度の活性化、ね」

 

見出しはこうだ。そう、それこそがカレンたちレジスタンスを悩ませている理由。

このままナンバーズの生活が安定してしまえば、日本を取り戻したいと思う日本人などほとんどいなくなってしまうだろう。時間が過ぎれば過ぎるほど。ブリタニアのもとでの生活が定着しきれば日本は完全に死ぬ。そのとき戦争だと言ったところで、再び混乱を呼んで大勢が死ぬだけとなる。

もちろん今はまだ大丈夫だ。いきなりブリタニア人が変わるわけもなく、差別も、ひどい労働環境もたいした変化はない。

それでも変化が起き始めているのは確かなのだ。注意深く見ていなければわからないほど、ゆるやかに。

いきなり方向転換しては反発があるからと、ルルーシュが手綱を取っているようで気味が悪い。というよりそれが真実だろう。

すさまじい切れ者だ。

(そもそもなんでそんなことするわけ?わけわかんない――)

ナンバーズは奴隷だ。仕事と言っても超低賃金の使い捨て。それがあるからブリタニアは富を得ることができているというのに、自らそれを変えるなんて、いったいどういうつもりなのか。

おまけに今度はリフレインなとどいう麻薬だ。問題が山積みすぎて頭が痛い。

(……ひとまず)

何か飲み物でも用意して、気を落ち着かせよう。

 

 

「あっ、カレンお嬢様!」

キッチンから戻る途中で玄関ホールの近くを通った時、耳障りな声に呼びとめられた。

意識せずとも、今日一番の不快さを露わにした声が出る。

「何」

呼び止めたのはそこには一人のメイド。……カレンの実の母親だ。

「お友達がいらっしゃっておりますが、どちらに御通ししましょうか?」

「友達?」

カレンは眉を寄せる。

母親の手が示す方向、そこには――。

「会長」

カレンの所属している(させられた)生徒会のボスがいた。なんで。

まだ学校の時間のはずなのに。

「どうしたんですか?」

「ごめんね、急に。体は大丈夫?」

「え、ええ、少し寝たら、落ち着いて」

「そっか。本当はアポ取ってきたかったんだけど、ちょーっと午後から急な予定が詰まっちゃって」

「……枢木スザクの件ですか?」

学校は大騒ぎだった。理事長の孫娘である彼女に面倒ごとが行くのは想像に難くない。

「そんなとこ。詳しいことは言えないけど、私たちも今日情報解禁って知ってたわけじゃなかったから。もーてんやわんや。で、今のうちに渡しておきたいものがあって」

「はあ……」

いつもの気さくな様子に圧されて頷く。すると唐突に、後ろから厭味ったらしい声がかかった。

「あらぁ」

しまった。

内心舌打ちする。

振り向けばホール奥の階段上に面倒な相手がいた。継母だ。

「お友達って言うからてっきり男だと思ったら」

「私の交友関係がどうだろうと、あなたには関係のないことでしょう?」

「偉そうな口を叩くのね。外泊に朝帰り、不登校、ゲットーにも出入りしているらしいじゃない」

「だから……」

「お父様が本国にいるのをいいことに。血は争えないわね」

いらいらする。カレンはキッと睨んで言い返した。よくもそんなことが言えたものだ。

「父の留守を楽しんでいるのはあなたの方でしょう!」

どれほど自由に遊び惚けているか、あの父に教えてやりたいものだ。

やたらと派手で下品なドレスに身を包む女。彼女が顔を歪めて言い返す前に、今度は逆方向から派手な音がした。振り返れば、花瓶を割っておろおろする……母の姿。

いよいよ頭が痛くなり、呆れたままに叫んだ。

「何やってるのあなたは!」

すみません、すみませんと繰り返して、素手で破片を拾おうとする。馬鹿と怒鳴りたいのをこらえて近づけば、今度は水を得た魚とばかりに継母が嗤った。

「本当に使えないわね。女を売るしか能がなくて」

母は言い返すこともない。もちろん、ただのメイドが主人に逆らうなんてあってはならない。当たり前のことなのだけれど、むしょうにイライラする。

そうこうしているうちに別のメイドがやってきて、もういいから、と突き飛ばすようにして彼女を追い出した。カレンをいたぶる興を削がれた継母も引っ込んで、残されたのはカレンとミレイだ。

「えーっと……」

「こっちです」

さすがに困った顔をするミレイ。早くここから離れたくて、カレンは彼女を自室に案内した。

 

 

「なかなか複雑な家庭みたいねえ」

「渡したいものってなんですか?」

キッチンから持って帰る途中だったティーセットが役に立ってしまった。自分用に持ってきたものをそのままミレイに出すことにして、カレンは本題に切り込む。

「うーん、おじいちゃんに頼まれてね」

「理事長に?」

「そうよー。はいこれ、中学からの成績証明書」

テーブルに出された封筒に、茶を用意するカレンの手が止まる。

中学。

中学というのは、それはつまり。

「……バレたってことですね。私がイレブンとブリタニア人のハーフだってこと」

ミレイは微笑むだけだ。真実を知っても、罵ったり蔑んだりしない。彼女はそういう人だ。カレンはティーポットを置いて、ゆっくりため息を吐く。

「……さっきのは継母です。本当の母親は花瓶を倒したドジなメイドの方」

「父親は――シュタットフェルト家のご当主様?」

いまさら隠すことでもない。カレンは素直に頷いた。

「バカなんですあの人は。結局使用人扱いで――大して仕事もできないから、どんなに馬鹿にされてもへらへら笑うしかできない。わざわざこの家に住まなくてもいいのに、いつまでも未練がましくて……。要するに、昔の男に縋ってるんですよ」

「嫌いなんだ、お母さん」

「鬱陶しいだけです」

吐き棄てる。カレンの勧めたクッキーを素直に咀嚼し飲みこんだミレイは、苦笑を維持したままに肩を竦めた。

「ま、ヘビーな話よね。正妻も妾もその娘も、一緒に暮らしてるなんて」

「そうでもないですよ。衣食住に不自由はないし。我慢できないってほどじゃありませんから」

そうだ。ゲットーで暮らしてるみんなのことを思えば、カレンは自分だけぬるま湯につかっているようなもの。この茶や菓子だって、お嬢様が手を付けないと旦那様が心配してああだどうだ、まわりがうるさいから摂っているだけだ。

「そう?……でもね」

ミレイわざと明るく振る舞うような口調を引っ込め、大人びた憂い顔を浮かべた。

「ひとつひとつは我慢できる事でも……積み重なれば。いつか擦り切れてしまうものよ」

 

 

 

 

「二重スパイ……と言っても、どこまでできるかはわかりませんが」

スザクはゲットーのレジスタンスに場所を借りて、幹部たちと通信していた。今は本当の事情を知らぬマスコミに見つかるのが一番恐ろしく、ルルーシュの作戦通りに動くと言ってもひやひやものだ。サングラスで変装はしてきたから、幸い見咎められることはなかったが。

「疑われているのか」

「泳がされています。今日は忙しいのかそんな気配はありませんが、街でも監視がついていることが増えました。大人しくしているしかなさそうです」

「持てる情報はすべて流せ」

「もちろんです」

当たり前だとばかりに頷く。

けれど、逆である。

スザクは持てる情報のすべてをルルーシュに流さなければならない。二重スパイなのは間違いなかった。スザクも、神楽耶も。日本の裏切り者として。

ブリタニアからの監視などいない。日本側とこまめに通信する機会を奪うためにルルーシュが考えたものだ。こう言っておけば、しばらく連絡を絶っても不審には思われない。

(ただの監視ならどれだけよかったか)

少しでもブリタニアを裏切る真似をすれば、神楽耶ともども破滅の道に追い込まれることは明らか。わざわざ面倒なことをしなくたって、既に首輪は付けられている。

「だからあんな作戦には賛同できぬと言ったのです」

不機嫌な声を出すのは草壁。彼は幹部の中でも旧体制の維持を望む保守派だ。

革新を求める神楽耶とスザクには否定的な顔をする。

「二重スパイが好機などと、本当にそうお思いか?中村殿」

「しかし今出来る最大の抵抗はこれしか……派手にテロを起こすわけにもいかない」

「そんな弱腰で、日本人の誇りはどうするのだ!時間はもう限られている!」

草壁の言葉に数人が頷く。

(まーた始まった)

スザクは呆れ果てる。旧体制のお偉方は、頭が固すぎる。

「ピースマークとの協定など、今すぐにでも破棄するべきでは?」

別の保守派が唸る。ごちゃごちゃと交わされる議論。こういう時は、自分が発言すべきタイミングをじっくり観察するしかない。

「EUと中華連邦はどうなっておる」

「中華連邦の天子とルルーシュの婚約、あれはどうなったのだ?枢木よ」

「そんなことまで話すか?ただのパイロットだろう」

「あー……はい。ナナリーと話しているのを聞きました。機密が漏れたおそれがあるから、いったん白紙に戻す、と」

機密が漏れたおそれ――とはすなわち、ルルーシュがスザクをテロリストではないかと疑っていた場合、この情報が良くないところへ流れたことを懸念している――ということだ。

実際は、既に疑うも何もない関係。

そもそも、婚約自体彼らには知りようもないことだ。ルルーシュがわざと情報を流し、彼らが自分で掴んだかのように思い込ませているだけ。テロリストに漏れたとなれば、今まで通りに事が進むはずもない。

シュナイゼルに報告したら白紙になったと、実にあっけらかんと言っていた。つまりは天子と結婚する道を自ら捨てたのだ。それだけ彼がこの計画に抱いている熱量が伝わってくる。

「ならば中華連邦はブリタニア側につくのを未だ迷っているということか」

「いや、もう中華は捨てたほうが良いでしょう。今回のようなことがあれば危険すぎてとても――」

「しかしEUも信用ならんだろう」

「やはりそもそもの方向が間違っているのでは?日本一国でやるべきだ」

話は一向に終わる気配を見せない。それぞれが不安なことを吐露しているだけで、建設的な議論とは言い難い。こうなるともうダメというか、幹部たちに藤堂やキョウトの面々が加わらない限り、だいたいいつもこうだった。まともに話ができるのはほんの数人だ。

切り上げ時を見計らう。スザクも暇ではない。午後から政庁にアッシュフォードの関係者がやってくるのだ――もう一時間もない。それより前に、神楽耶に一度電話をしておきたかった。

頃合いを見計らい離脱する。

機密を扱うからと長い間占領してしまった部屋から出ると、ここの面々が暗い顔をしていた。書き込みの入った地図を広げていて、不穏だと言わざるを得ない。しばらくテロの予定はないはずだ。

「ありがとうございました。……どうかしたんです?」

スザクがわかっていないふりで問いかけると、扇という男が振り返った。ここのリーダーだ。言い淀む様子にさらに突っ込めば、彼は沈んだ調子で口を開く。

「枢木さん。リフレイン、って知ってますか?」

「リフレイン?」

「やっぱりご存知ありませんでしたか」井上――だったはずだ。女が返す。

「ほらな、幹部も幹部、枢木の当主さまがこんな話知ってるわけねーだろうが」

だらしなく汚れたソファーに身体を投げ出している――えーっと名前が思い出せない――男が乱暴に吐き棄てる。

「玉城!」

隣の男が窘めた。えーっと、この人も思い出せない。何百という構成員の、全ての顔と名前を一致させるなんて土台無理だ。

「構いません。最近各地の見回りもできていないのは事実です。で、何ですか?リフレインって」

「麻薬です」別の男が――この人は覚えている。吉田だ。

彼の言葉に驚いたスザクは、サングラスをかけようとしていた手を止めた。

「麻薬?」

ええ、と今度は扇が受ける。

「日本人を狙い撃ちにした薬です。関東を中心に出回ってるんですよ」

「解放戦線の末端の、俺らみたいなクラスの奴も手を出してるって聞いてます。第三師団で突っぱねられましたから、枢木さんのところまで届いてないのも無理はありません」

「そう、ですか――」

ごめん神楽耶、電話はできそうにない――スザクは心の中で謝る。

サングラスをしまい。彼らに一歩近づいた。

 

「詳しく聞きましょう、その話」

 

 

 




ほぼ一か月も更新してなかったようでビックリしています、お久しぶりです。
今回は無に帰すで初(?)の本編に近い展開やシーンでした。
扇さんたちもようやく出せてホッとしてます。オールキャラものの看板が嘘じゃなくなってきましたかね……!?



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5-4

 

「ロロ」

呼びかけられて、顔を上げる。ナナリーの姿があった。

「……皇女、殿下」

「聞きましたよ。あなた、なかなか大変なんですってね。うちで匿うとか、匿わないとか――」

「匿うというより、逃げられないように捕まってるんです。C.C.に」

このまま嚮団に帰るべき――いや、もう遅い。こんなに時間が空けば、疑われてギアスをかけられるだろう。自白のギアスを持つ人間は今はいないはずだが――例えば拷問に適した能力者なら大量にいる。暗殺任務だって、自分の代わりになる人間などいくらでもいるのだ。殺してしまったほうがずっと楽に決まっている。

「あら、あなたの身のこなし、なかなかの技量でしょう?C.C.さんなら倒せるんじゃありません?」

「無理です。特殊な事情があるんですよ」

「ふふっ、不老不死、ですか?」

「――なぜ、それを」

「L.L.さんとC.C.さんには内緒ですよ。私も知ってるんです。あの二人が異世界から来たって」

「……異世界?」

「えっ?」

「えっ?」

「…………まずいわ」

しまった、という顔をしたナナリーがぱっと口を押えた。ロロはナナリーが来て初めて、彼女の言葉に興味を持つ。

「どういうことです?異世界って――そんなギアスがあるのか?」

「ギアス?」

「えっ?」

「えっ?」

客用に設けられた部屋は無駄に広く、皇族のプライベートゾーンにあるせいで衛兵もいない。二人っきりの空間に沈黙が落ちた。

「…………」

「…………」

似た顔を突き合わせて、お互い奇妙に緊張した。先に我を取り戻したのは、さすが皇族、ナナリーだった。

「ロロ?どうやら私たち、お互いの知らないことを知っているみたいだわ。それも多分――話しちゃいけないことね。あのイニシャルコンビが情報を制限してるんだわ」

イニシャルコンビって。そんな、売れないコメディアンみたいな。

「話してもいいのかしら?私はカードが多い方がいい。ロロ、そのギアスっていったい――」

「話しませんよ」

「まあ。どうして?」

「話すべきことではない。弱点を晒すも同然だ」

「私がブリタニアの皇女だと言っても?」

「僕はブリタニア人ではありません。皇帝陛下の私設部隊だと聞かされたでしょう?あの人以外の命令に従う義務はありません」

「ふーん、そう」

「というか貴方、仕事はいいんですか?」

「毎日身を粉にして働いている私に、ちょっとくらいプライベートな時間があるのは問題ですか?――イベントがキャンセルになったんですよ。クロヴィス兄さまが企画していた施設の――なんだか、管内設備の日本人が随分たくさんストライキ?いえ失踪?したとかで――ま、それほど低賃金でこき使っていたんでしょう。自業自得です。そうじゃなくて。私たち、情報を共有するべきじゃないかしら?お父様の私設部隊ってどういうことです?」

「……危険だとは思わないんですか」

どうしてそんなにずかずか踏み込むのか、ロロには理解できない。

「あなたが私に話したことを話さなければいいんですもの。この軟禁――いえ、監禁が近いかしら?そんな状態で逃げられるはずもありませんし。あなたはとても腕が立つみたいで、生身の人間じゃあ逃げられてしまうのでしょう?L.L.さんの言う通り、この部屋は最新の機械制御でガチガチですから心配ありません。私はお兄様の役に立つことなら、なんだってしてみせるんですよ」

「お兄様のため、ね。――愛、とでも言うつもりですか」

「いけない?」

「くだらない。とは、思います」

ロロの返事に、何が楽しいのか、ひとりでくるくるとターンを繰り返していたナナリーがぴたりと動きを止めた。ふわふわと舞っていたシンプルなドレスは重力に逆らわず、すとんと落ちる。

ロロに背を向けた状態から、ぐるり、と上半身だけひっくり返してこちらを見た。髪が床に付きそうだ。

「ねえロロ」

「はい」

「私ね。夢があって。そのためにはなんだってしたいの。だからその為に、使えるものはなんだって欲しいわ。そして、あなたはとても魅力的です」

「……僕が?何故?」

ルルーシュとナナリーにとっては、父に反逆した印ともとられかねないロロを匿うのは危険すぎるはずだ。出会った時からやけに近しい態度の彼女が、ロロには不思議でならない。ナナリーは踊るようにロロの座るソファーまで来ると、すとんと隣に座った。

「お父様の私設部隊。その存在を知れるだけですごいことだわ。もしかしたらこの政庁にもスパイはいるかもしれないし、今この時にもわたしたちの計画が漏れているかもしれない。あなたがいることでその探りも入れられるし、なにより――私たちが戦う時に役に立つ」

「……クーデターでも企んでいるんですか?」

「やだ、そんな。正直に言うと思う?――ふふ、そうよ」

ナナリーはわざとらしく恥ずかし気に身をくねらせ、とんでもないことを言った。

「僕がこの情報を持ち帰ったら、どうなるかわかっているんですか」

「だから、あなたはここから逃げられないんですってば。慢心じゃないわ。今もこの部屋には赤外線が張り巡らされているし、必要なら壁からマシンガンが出てくるわ。そういう客のための部屋なの、ここ。絶対に逃がさない」

ロロはじっと自分を見つめる少女を睨んだ。にこにこ笑って胡散臭い。

「……何が目的ですか」

「お父様を裏切って。どうせ、もう戻っても殺されるだけでしょう。捨てる命なら私にちょうだい」

「……あなたの奴隷になれと?」

「そこまでは言ってないけど。腹心になって欲しいの。お兄様にとっての咲世子ね。あなたは隠密に向いている。才能があるってわかるわ。任務に生きてきたんでしょう――愛なんて知らないくらいに」

「……ッ」

耳に吹き込まれた言葉に、ロロはギアスを発動させた。

皇女だか何だか知らないが、偉そうに好き勝手、耳障りで仕方ない。

固まった彼女を乱暴にソファーに押し倒し、首を絞める。そこまでしてから解除すれば、驚いた顔の彼女と目が合った。

「……もしかしてギアスっていうのは、超能力のことなの?」

ロロは答えなかった。

「僕が逃げられなくても、あなたをここで殺すことはできる」

脅しにギアスを使った――ロロ自身は自覚がなかったが、初めての行動だった。

「あなたはしないわ」

「僕が何人殺してきたか、聞いたんでしょう?いまさら、」

「そうじゃなくて。気持ちが乱れている。踏み切るには少し足りないでしょう?あなたはきっと衝動で殺すような人ではないし。自分にも他人にも執着しないで――諦めてる」

「は?」

「私、人の感情を察するのが上手なんです。だからこうして、お話をするのが特技」

ナナリーはきっぱり言うと、首を絞めるロロの手に自分の手を重ねた。

「L.L.さんは、彼の持つ特殊能力を使って異世界から――ここと似た世界、パラレル・ワールドから来た、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアなんですって。つまりは別の世界のお兄様。あなたは彼の後悔。違う世界で死んだあなたは、あの人の大切な人だった。あなたに会ったL.L.さんの顔を見れば、すぐにわかった」

「……だから?」

「だからあなたに興味がある。違う世界の別人でも、本質は変わらない。お兄様と同じ人にあんな顔をさせたあなたに、興味がある」

「そんな別の世界の自分に重ねられても、困――」

「ロロ。任務だけに生きる機械人形に、お兄様は決して、あんな顔はしない。あなたの奥にあるやわらかいところを、私は知りたい。あなたの本質を」

ナナリーは遮り、ロロをまっすぐに見上げた。殺されかかっているというのにこの気迫は、これが姫かと思わせる威厳があった。偉そうなそぶりをうざったく思ったばかりなのに、背筋が勝手に伸びてしまうようなオーラに気圧されかけて、いっそう不快になる。

「自分勝手な」

「私はあなたを後悔にしない。あなたを、そう――仲間にしたいのかもしれないわ。ロロ」

「……ここで断れば?」

「残念だけど、一生監禁、――いえ、お兄様なら生かしておかないかな」

「正直ですね」

ロロは思わず笑ってしまった。偉そうな口を聞く割に。

「あなたへの興味と、あなたの危険性は別のことだから」

「……その本性、総督は知っているんですか」

冷徹にして冷酷だ。

ロロを着せ替え人形にして遊んだ、あの少女然とした柔らかさも確かに嘘ではないのだろう。しかし、二つの顔にはあまりに距離がある。

「知っていますよ。ただ、ここまでとは思っていないかも。でも私をこんなふうにしたのはお兄さまだから、怒ったって知らないわ」

彼女もまた、修羅の世界に放り込まれた一人だ。もしもルルーシュに守られるだけであったなら、こんな苛烈な顔をする少女にはならなかっただろう。花でも愛でるのがお似合いの、年相応の箱入り娘だったに違いない。

「私とお兄様がやっているのは、命を懸けたゲームです。でも私は勝ってみせる。だから、あなたが私の手を取れば、それは未来につながる」

「僕が――未来に希望を持つ人生を送って来たと思いますか?」

「だからこそよ」

ナナリーは一瞬も目を反らさない。

「あなたを愛したいな。お兄様の大きな楔になれるあなたが、少し羨ましいのかもしれない。私たちはお互いが近すぎて――他人にはなれないから」

「だから、あなたの言ってる僕は僕じゃない。L.L.だって、ルルーシュではないでしょう」

「そう、だからあなたはお兄様じゃなくて、私を愛して」

力の抜けたロロの両手を解き、ナナリーは起き上がる。ロロをぎゅっと抱きしめた。

その時の奇妙な心地を――なんと言えばいいだろうか。

抱きしめられることは、随分と久しぶりで。ロロをロロとして抱く相手は、初めてかもしれない。

「今の私はあなたを愛していない。あなたもそう。だけど、私たちはお互いに良い共犯者になれそうでしょう?私とあなた、似ているもの」

「似ている?」

「疲れているところがね」

ふわふわした物言いは、真意を伝える気があるのかないのかわからない。

「何も知らないくせに、知ったようなことばかり」

「じゃあ、疲れた私を癒すのはどう?」

「お断りです」

「契約でもいい。主を変えてみない?そうすれば、私はあなたに任務をあげる。今のあなたの生きる理由を。そしてあなたを追うあなたの組織から、守ってみせる」

ぎゅう、と。ナナリーはいっそう強くロロを抱きしめた。

ロロは知らない。ナナリーは、最も愛する他人のアーニャにさえ、こんな言葉遣いはしない。ルルーシュにも、滅多にしない。

ナナリーは惹かれたのだ。手を握って尋問まがいの質問をする間に、着せ替え人形にして遊ぶ間に。血の香りを纏う、硬質で言葉少ななこの少年に。見過ごせるはずのそれは、彼の素性を知って確信に変わった。

打算と計算に隠された、ナナリー個人の思いだ。

この人なら、と感じる何か。

これが恋?まさか。

もっと深くて凪いだ――やわらかい何か。

「僕を利用しながら、僕を愛する、と」

「そういうこと。利用だけの今までと比べると、プラスになるんじゃないかしら」

「愛が?」

「愛を知ってみてから判断するもの、悪くないと思うわ」

 

ナナリーは抱擁する。ロロはぬくもりの中で腕を返すこともせず、ただ抱かれるままにしばらく、ようやくひとつ、頷いたのだった。

 

 

 

「……おい?なんでそいつを連れてきた」

「ああ、気にしないでください殿下。ちょっとピザ部の部長になりたいだけらしいので」

「政庁から通うのはやはり目立つな?おまけに私のこの美貌では、どうやったって注目の的だ。どうしようか、ルルーシュ」

「……っ、気にするだろう!通うのは枢木だ。そいつまで採寸する必要がどこにある!」

「大丈夫です殿下、金は私の財布から出ます」

「ふざけるな……」

「ほら見ろ、前と同じじゃないか。採寸する必要なんてない」

「あれは借り物だろう?一度くらい、わたし用に仕立てたのがあっていいじゃないか。お前もするか?」

「いらない」

「いらないのはお前もだ、聞いているのか!おいジュリアス!」

「あの、殿下」

「なんだ!」

「枢木さまの採寸が終わりましたので……」

「……わかった」

 

ルルーシュはイライラしていた。とても。

スザクの制服を作り、単位数に合わせた選択科目がどうこう、という細かい決め事をして、ミレイから学校の説明をさせ、ルルーシュはルーベンと今後の展開について話す。時間にして40分の予定。

という空間に、なぜかL.L.とC.C.、急遽オフができたナナリー、彼女にひっついてきたアーニャが集まっていた。暇なのか?L.L.は仕事があるはずなんだが、何でお前はここにいる?アーニャ、お前も特派に呼び出されていなかったか?

まともに仕事をしているジェレミアとヴィレッタが偉く見えてくる。採寸の為に呼ばれた専属テーラーを巻き込み、見た目だけなら若い奴らがごちゃごちゃ言っていて、もうなんというか、ひとまず無視だ。

スザクとミレイが予定通りに動いているのを見て、ルルーシュはルーベンに向き直った。

「うるさくて済まない」

「いえ。彼らも入学予定で?」

「……知らん。今のところその予定はない」

何を考えているんだ。不老不死セットはともかく、ナナリーだ。どういうつもりだ?

「……二月から。そちらの学校は四月始まりだから、授業もほとんどない後期から、ということになるが。第四皇女のユーフェミアが留学したいそうだ。身分を隠して通いたいと。できそうか」

出来そうか、と皇族に尋ねられ、ノーの答えを返すことは非常に難しい。そんなことはわかっているが、一応尋ねてやった。本当はマリーベルも来るかもしれない、というのは伏せておく。ご老体は卒倒しかねない。

「それは、護衛の方は……」

「貴族の娘ということにして、どこかの名前を借りる。そうすれば多少物々しいのがいても問題ないだろう?校内では、枢木に命じて側につかせる。彼女は16歳だが、スザクと同じ二年のクラスに入れてくれ。一人で一年のクラスに入れるのは不安が過ぎる」

学力的にどうだ、という話はまったく問題ない。ブリタニア皇族が、その程度の勉学もこなせないなどあってはならない。すべて人より遥かに秀で、そこからさらにキラと輝く才能を見せつけてこそだ。

「頼むぞ」

無理を言っている自覚はある。

それでもルーベンは承知の答えを返したし、それしか用意されていなかった。

 

 

「あら、良い具合ですね」

ルルーシュには黙って、隣室でこっそり、もう一人の採寸が行われていた。本当はナナリー自らやりたいところですらあるけれど、残念ながら姫育ち。針を持ったこともないし、いつだって測られる側だ。見様見真似しかできはしない。ルルーシュに声もかけず、アーニャを連れてこちらにやってきたナナリーは、ちょうど終わった様子にうんうんと頷いた。

メジャーをあちこちに這わされてうんざりしている主役は、ロロだった。

くれぐれも他言無用と言い聞かせて部屋を出て歩き出す。すぐ後ろに、こちらも終わったらしく出てきたL.L.とC.C.が続いた。

「……殿下。どうするつもりなんですか、こんな……」

「あなたはもっと、命のやり取りとか、そういうところじゃない場所にいてみるべきだわ」

「だから学校に通えと?」

「そう。普通の世界に慣れなさい。でも私と関わりがあるって明かすのは避けるべきね。次の春から高等部に一般入学にするべきかしら。あなた、隠密にしては血の匂いがしていけないのよ。咲世子を見てごらんなさい。まさか武人には見えないでしょう?私の師匠よ」

「はあ……」

にこにこ話すナナリーに、疑問を抱いたのはアーニャだ。

「ナナリー様?」

彼女がこんなに砕けた様子を見せることなど、ない。

たった数日前に知り合った相手にする態度ではなかった。

「アーニャ。ふふ、内緒ですよ。彼、私のものにしたいんです」

「……どういうこと?」

「ゼロ部隊でも親衛隊でも、もちろん騎士でもなくて。私個人の配下にしたいのです。あくまで、裏のね」

そこまで言って、ナナリーはくるりと振り返った。

 

「ね、ジュリアスさん。少しお話しませんか?」

 

同じように部屋を出て、後ろを歩いていたジュリアスとC.C.。彼らに向かって、にっこりと微笑んだ。

 




お久しぶりでございます 映画見てからぶつりと途切れていたようで……ボチボチ……書ける精神状態になってきました……
でもいろいろ考える間に解釈がドンドコ変わっちゃってこれまでの話とどう整合性付けるかアワワなのが悩みどころです(´Д⊂ヽ
8話あたりまでが皇道見るまでに書いてたとこなので、突然テンションが変わったら察してください


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5-5

 

「珍しいですね。皇女殿下が私と、だなんて」

ナナリーの私室に入ると、ジュリアスは素顔を晒して息を吐く。

帽子のかたのついた髪を整える、たおやかながら大きく骨ばんだ指。その爪の先までが完璧な影武者だった。

「嫌ですね。ジュリアスさんが避けていらっしゃったからでしょう?」

二人きりになることはある。だけどそれは仕事中の話で、プライベートではまずないことだ。いや、仕事でだって必要最低限。自分から近づいてくることはまずない。いつでもそれとなく躱し、逃げているのだ。理由はおおよそ察しがついていた。

「私という存在は近すぎて、傍観者の仮面を被るのは疲れるのでしょう?L.L.さん」

言ってやれば、ジュリアス――L.L.は僅かに目を瞠り、それから完璧な微笑を浮かべた。優美な唇の持ち上げかたは、ジュリアス・キングスレイにはありえない。

確かにルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがここにいる。

どちらがそうしようと思ったのでもない。彼の存在だけで、一瞬で部屋の空気が変わった。

「ルルーシュが教えたのか。いつから?」

「ブリタニアを出る少し前です。フェリシア皇妃のパーティがあった日ですね」

「ずいぶん前だな。全然気づかなかったよ」

さすがに滑稽に感じたのだろう。敬語を取り払い、ソファーに腰かける。ジュリアスとしての仮面をかなぐり棄ててしまえば、余計に似ていた。兄そのものだ。ナナリーはポニーテールに結い上げていた髪を解きながら、じっと自分を見つめる男を見返した。

「ナナリーを思い出しますか?」

「意地悪な質問だな。君だって、歩けるルルーシュを想像するだろうに」

その通りだ。素顔の彼を見るたび、どうして兄が犠牲にならねばならなかったのかと、苦い後悔が胸を刺す。

私が代われたならば。何度も思った。

「どうしていきなり打ち明ける気に?」

「決まっているでしょう、ロロです」

さっきのアーニャとの会話までは聞こえていなかったらしい。まだるっこしい前置きをするつもりはなく、さっさと本題に切り込むことにした。

「彼はあなたの世界のロロではありません。彼にどんな悲惨な最期が待ち受けていたのか知りませんが、あなたは傍観者です。この世界の彼に踏み込まないでください」

「待ってくれ、そんなつもりは」

「嘘」

ナナリーはぴしゃりと否定した。

「どうして?君も言う通り、俺は傍観者だ。積極的に関わる気なんてないよ。ここに置く口実を作るだけだ」

予想通りの言葉に歯噛みした。わかっていない。

「それがいけないんです。あなたが居場所を作ってしまったら、もともと厄介な立場の彼はあなたに押し付けられるはずです。間違っても私やアーニャには触れさせません。ジェレミアやヴィレッタだって、余計な疑惑に絡めとられれば無事では済まない。わざわざ近づけるはずもないでしょう?そしてあなたとロロが近くなれば、どうやったってお兄様にも近い人になってしまう。あなたとお兄様は、今では誰よりも近い存在ですから」

「……ルルーシュが取られそうで不安かい?」

「否定はしません」

ナナリーは首肯した。

「ですがそれ以上に――ギアスという力。察するに、超能力のようなものでしょうか?その存在を知れば、お兄様は絶対に手を出してしまう。下手を打てば計画をおろそかにして、怪しげな研究にのめりこんでしまうかもしれない」

「ロロが話したのか?」

L.L.が今度こそ目を丸くする。

いいえ。小さく首を振る。

「ギアス、という言葉をうっかり言ってしまっただけ。でも力を行使しました」

「それだけで?いや、力って――一度で気づいたのか?」

「私は篠崎流の皆伝を頂いたのですよ?おかしいかおかしくないかくらい、気付かなければ名折れです。もっとリラックスした状態で、例えばロロが親しい間柄なら気付かなかったかもしれませんけど――さすがに危険だとわかっている相手に押し倒されて何も思わないなんて、そこまで気を抜くはずもありません」

「そう、か……」

「私の意識を途切れさせる力、体感時間を鈍くさせる力、大きなものなら、時を止める?ふふ、いよいよSFじみていますね。ああでも機械で抑えられるなら、効くのは動物だけなのかしら。あなたの世界の彼も『ギアス』を持っていたということは、生まれつき?それとも何らかのきっかけで発現するもの?」

つらつら考察を重ねたナナリーはそこで言葉を切り、弄んでいたヘアゴムを手首に通す。

「……というふうに、私は力の詳細は知らないんです。でも、ギアスという力は彼のような能力に限らない――ということまでは知っています。違いますか?」

そんなギアスがあるのか?とロロは言っていた。

ギアスという力が彼の持つ一種類だけならば、そんな台詞は出てこない。

「……答えられない」

「そうですか」

それ以上追及しない。もとから期待もしていなかった。

「とにかく私は、あの力をお兄様に近づけたくありませんし教えたくもありません。あんなもの、お兄様に最も与えてはいけない力です」

「どうしてそう言い切れる」

L.L.が険を纏い、眉をピクリと痙攣させる。

「人の分を超えた強大な力は確かに便利でしょう。だからこそ手を出すものはだんだんと大きくなって、うまくいけばいくほどにエスカレートする。いずれ危険な作戦に踏み切るかもしれない。成功すればそれで構いません。でも失敗したら?苦戦を強いられたら?L.L.さん、そのときあなたならどうしますか?一度手にした力を、手放せますか?」

「…………それは」

「お兄様は。もしも自分を犠牲にして勝てる状況なら、私なんか捨てて行ってしまう。自分の破滅なんてどうでもいいんです」

「それは君も同じだろう?」

「だからこそ」

ナナリーは部屋の中をぐるぐると歩き続ける。座ってしまったら、弱気になってしまいそうだった。嫌だった。この男の前で、ただのナナリーとしての顔を見せるのは。

「いざという時どういうことをするか。お互い自覚しているからこそ怖いのです」

自分も相手も同じことをする。だから、最も危険な道がわかる。

「その理屈で言うと、君もギアスの力を利用するように聞こえるな」

「ええ」

頷き、歩くのをやめた。

 

「だからロロを。私にくださいませんか?」

 

 

嘘ではない。

ロロ個人に興味があるのも、彼が兄にとって大きな存在になるのが怖いということも、嘘ではない。

だけど彼の力と技術も魅力的だ。すべてが彼を欲しいと思った理由だ。

単純な感情で動くほど、ナナリーは情に厚くない。そんなものはとうの昔に棄ててきた。内側に入れるのは仲間たちだけで、ロロはまだその入口にすら立っていない。

「どういう、ことだ」

「私の私兵にしたいのです。隠密として。諜報員として。お父様からそっくりそのまま、主を私に変えろということです」

「ギアスのことも、この交渉もすべて隠して?君はルルーシュには嘘を吐かないんだろう?これがどういうことかわかっているのか」

「ええ。だから嘘じゃありませんよ、言わないだけです。お兄様のために」

「騙していることに何の変わりもない。ルルーシュのため?それこそ嘘だ。お前のためだよ、ナナリー」

ついに「君」と呼ぶのをやめた。

今自分は、L.L.が「ルルーシュ」となっていく瞬間を見せつけられているのだ。

ひどく気分が悪い。吐きそうだった。

「……ならば、それでも構いません。私はお兄様に嘘を吐きます」

L.L.が呆然とした。ナナリーだって驚いていた。

勢いで出た言葉。だけど確かに本心だった。

兄に、嘘を吐いてでも、私は。

「……ひどい裏切りだ」

「それでも止めません」

「言い訳を並べても、結局はギアスを独り占めしたいということだ。あれはお前だって手を出していい力じゃない。ギアスの危険性をわかっていないんだ」

「ではギアスについて、詳しく教えてくださるのですか?扱い方を」

「そういうことじゃない!だから……どうしてそう聞きわけがないんだ!」

「なんとでも仰ってください」

あなたは私の兄ではない。兄貴面をして、身勝手なこと言わないで。

叫びそうになる。張り裂けそうな思いをよそに、L.L.は止まらなかった。

「とにかく駄目だ。ロロはお前のものではない」

「彼は承諾しました。良いも悪いも決めるのはロロ自身です。L.L.さん、あなたがわたしに協力してくださらないなら、私が彼を殺します」

「何を、」

「ねえ、彼を失いたくないでしょう?」

ことさらに甘く囁いてやる。

「どちらにせよお兄様は彼を殺すつもりです。どうにか逃がしてやろうと思っているのでしょう?私ならうまくやれる。お互いいいことしかありません。嫌だ嫌だと言ったって、どれかは選ばなくてはなりません。私の誘いを断れば、あなたは最も忌避する道を選ぶことになる」

私が彼を殺すのを、見たくはないでしょう?

実に効果的な台詞だった。L.L.の顔がぐしゃりと歪んだ。

「……俺が協力したとしても。殺すつもりであることに変わりはない。ロロをこちらに引き込むこと自体、ルルーシュが認めるはずない」

「そうでしょう。お兄様は、何を言っても認めないでしょう。でも言ったじゃありませんか、お兄様に嘘を吐くと。私が手を下したと言えば、お兄様は素直に信じます。あなたは自分自身であるがゆえに、疑われ、嘘を見抜かれる。でも私なら?私を疑うなんて、お兄様にできるはずもない!あとはあなたが黙っていればいいだけです。傍観者らしく、何も、言わないだけ」

「いい加減にしろ、ナナリー!」

「それはこっちの台詞です!そんなふうに私を呼ばないで!」

限界だった。ナナリーはとうとう声を荒げた。

悲鳴にも近い憤り。この男の前では、およそ初めてのこと。

L.L.はぎょっとして固まった。

「ナナリー。どうしたんだ。何か……おかしいぞ」

「私はとっくにおかしくなっています。魅力的な駒を欲しがるのは普通でしょう?」

「そうじゃない。そういうことじゃないんだ」

L.L.はかぶりを振った。立ち上がりナナリーのもとまで歩いてくると、肩を掴んで覗き込む。

 

「何があった?何を、そんなに……怯えている?」

「怯える?」

ナナリーは目を瞬いた。

 

――L.L.の世界で、L.L.の環境だったからこそ、彼はロロとのつながりを得た。ただそれだけで、この世界のロロとルルーシュにはなんの関係もなく、もちろん情なんてどこにもない。きっと兄は今すぐ殺すべきだと思っているだろう。ナナリーが置いていかれるなんて、居場所を取られるなんてありえない。こんなに警戒する必要なんてどこにもない。

だけどナナリーがあの時感じた一人ぼっちの恐ろしさは、近頃焦燥のような形をとって、じわじわナナリーを飲みこんでいるのだ。だから神楽耶との婚約――結局婚約などせずともどちらも手に入ったのだから、結局はお流れになるだろう口約束――あれだって、とても恐ろしかった。子供じみた独占欲。馬鹿みたいだとわかっている。自分がおかしくなりかけていることも。普通じゃない、異常だ、ちゃんと自覚している。

なのに夢すら見る。ルルーシュがナナリーを置いて、どこかへ行ってしまう夢。

「……怖くて当然でしょう」

 

声が震えていた。どんどん悪夢の頻度は増えている。何度飛び起きたか知れない。

 

兄が。死んでしまう、夢。

 

どくどく血を流して、その目を、閉じていく、夢。

 

「私はお兄様を、あなたのようにはさせたくありません」

いまL.L.のそばにナナリーはいない。それだけで彼の世界で何が起こったか、わからぬはずもない。あちらの自分は死んだのかもしれない。生きて決別したのかもしれない。

どちらにせよ、横たわっているのは別離だ。

そこに異能の力の介在は間違いない。

そんな危ないもの、近づけてたまるか。

いけないものだ。恐ろしいものだ。

 

何のために強くなった?人を殺し、騙し、傷つけて。何のために?

 

『優しい世界になりますように』

 

すべてはひとつの願いのため。

平和を願う心は本物だ。世界の平和を、民の安穏を、柔らかな明日を心から願っている。

そう言いながら銃を構える。

家族を失いたくないと言ったその口で、誰かの家族を奪う矛盾。

わかっていて、だけど譲れなくて。だって、お兄様のいない明日なんて。

あなたがいない世界なんて、なにひとつ優しくはない。

 

なんとしてでも守りたくて、そのために鬼になったのに、こんなところでこんなものに奪われてたまるものか。

そんなの絶対に許さない。

 

「私はただ、どうしたらいいか、お兄様も、この世界も、守りたくて」

 

意味の繋がらない言葉。L.L.は当惑したままに、おそらく衝動でナナリーを抱きしめた。心配しているのだろう。今の自分は、錯乱しているようにしか見えないに違いない。

彼も「ナナリー」の兄だ。「ルルーシュ」なのだ。彼にとっての本物ではなくても、愛すべきものなのだ。

「やめてください!」

ナナリーはぞっとしてもがき、己を包む身体を突き飛ばした。L.L.を映す視界がぼやけていく。そうすれば小さな違いを見極められなくなって、兄とこの男の境界があやふやになって怖かった。怖くて、余計に目が熱くなった。

泣いてしまう。嫌だ。この人の前では嫌だ。

「……ナナリー?」

優しい声。

お兄様と同じ声。

縋ってしまいそうになるのだ。そうだ、本当は自分だって、兄の姿をしたものを愛さずにいられるわけはない。でもそうしてしまったら、きっと駄目になる。兄とこの男の区別は、しっかり付けねばならない。最後のプライドだ。

「……どうして泣いてる。何がお前をここまで……」

何が。夢のせいだ。鮮やかな血の海のせいだ。あまりにもリアルな。

どうして今になってそんな夢を見る?

原因が何なのか。うすうす見当は付いていた。

 

お願い。お願いだからどうか。

ナナリーはいっそ懇願するように吐き出す。もう涙は止められなかった。本気で心配しているのがわかるL.L.。愛しいと思ってしまう。どうしようもなく惹かれてしまう。

兄だって、この人が来てから柔らかい顔をすることが増えた。仕事だって無理をしないでいられるようにもなって、ナナリーではどうすることもできない孤独を、埋めてくれていることも知っている。

なのに。

 

ナナリーには彼が、愛しい人の姿をした死神のように見える。

 

「お兄様を、連れて行かないでください……」

とうとう泣き声で崩れ落ちた。今こそすべての仮面は剥がれ落ちて、兄にすら見せない本音が溢れる。

 

闇に溶ける、血だまりの夢。

恐ろしい妄想に憑りつかれ始めたのは、この男がやって来た直後からだった。

 

 

 

 

 

ナナリーの精神感応の力。あれはギアスと同じで意志の力で強さが変わり、また成長するものだ。彼女が少しでも多くの情報と力をと強く望んだことで、C.C.の世界でのこの時期のナナリーよりも力は強い。そしておそらく、L.L.が来てからさらに。

 

だからこそ、どうしたものか。

 

C.C.は悩んでいた。

 

二人は兄妹だ。世界が違うとか、別人だとか、そんなことは関係ない。遺伝子情報が同じである以上、血の繋がりは確かにある。最も影響を受けやすい存在だ。

これはいけないなと、二人が一緒にいるところを見た瞬間に感じた。

どうやらL.L.もある程度察していて、だからこそナナリーとの接触は避けている。

それでも足りない。

彼女は同じ存在であるあの皇子様よりもずっと、L.L.の影響を受けているのだ。L.L.の内部を読み取ることは出来ないといえど、なにか妙な症状があってもおかしくはない。

そのあたりが理由だろう。話がしたいなんて言い始めたのは。

(難しいな)

二人が兄と妹であることには変わりない。違う世界の存在だとしても、お互いを愛さずにはいられないだろう。ナナリーがL.L.の正体を知っているとは聞いていないが、先ほどの態度はどうもそのようにしか見えなかった。

 

愛していても。愛する人の姿をしていても。

それ以上に大事な「本物」が存在する。

偽物は本物にはかなわない。ドッペルゲンガーのように、偽物が本物にとっていいものとは限らない。近くにいることで悪影響を及ぼすなら、なおさら愛だけではいられない。いられるはずもなかった。

愛していても跳ねのけねばならないということは往々にしてある。最も大事なもののために、他の全てを捨てねばならないこともある。

それがどれほど心を引き裂くことか、C.C.は知っていた。

 

 

「美味しいよ。どうぞ」

「いただこう。スコーンなんて久しぶりだな」

――そんなことを考えながら、一緒にのけ者になったアーニャ・アールストレイムとティータイムを過ごしていた。

そう。

(マリアンヌがいるのかどうか、だ)

C.C.は熱心にスコーンにジャムを塗る少女を見つめた。ギアスの気配は感じない。しかし、それはあちらの世界でも同じことだった。マリアンヌが力を行使して初めて、C.C.のコードは察知し得た。もしも彼女が同じやり方でこの少女の中に潜んでいるなら、C.C.にもルルーシュにも気づくことは出来ない。

(条件は同じだ)

行儀見習いで来ていた少女。C.C.がいないだけで、暗殺の真実はおそらく変わらない。

ならば彼女の中のマリアンヌが、、目の前にいるコードユーザーを見逃す理由がわからない。マリアンヌの性格ならここまで長ったらしい様子見などせずに、チャンスを伺ってL.L.を捕縛するはずだ。

(それとも――本当に死んでいるのか)

考えなかったわけではない。ギアスの力で生き延びたのがそもそも奇跡なのだから。

「……食べないの?」

クランベリーのジャムを塗ったスコーン。もくもくと食べる手を止め問いかけられ、自分の分に手を伸ばす。ジャムではなく、その隣のクロテッドクリームに手を伸ばした。

C.C.はスコーンを食べるときにはいつもこうするのだ。初めては思い出すのも馬鹿馬鹿しいくらいの遥か昔、遠い過去のこと。長い長い時間の向こうだ。

 

(ルルーシュ……)

 

そう遠くない未来、L.L.は壊れる。

これがもうひとつ、いや、本題の悩み。

C.C.は心配だった。

ただの人間が百年も二百年も生きて、まともな精神を保てるはずがない。できると思う人間がいるのなら代わってほしいくらいだ。

時間の重さを知らないから、そんなことが言える。

C.C.だって何度胸を砕かれ、傷つき、その果てに地獄の目覚めを迎えたか知れないのだ。発狂は一度や二度では済まず、だけど狂うことは簡単ではなく、正気のままに地獄を味わう。受け入れたと思っても終わらない。また新しい苦しみが襲い掛かり、その度にこれ以上の深い絶望があるのかと呆然とする。

変わらないことと、変われないことは違う。

進まないことと、進めなくて、置いて行かれることは違うのだ。

同じ不老不死がいることが自分との違いだが、そんなものは気休め。カウントダウンは始まっている。

だからこそ過去をなぞるこの世界が、彼の虚(うろ)に拍車をかけはしまいか――。

 

(いや、心配する資格はないか)

 

自嘲を零す。

たった一人でこの環境にいて、L.L.が疲弊することくらい予想がついていた。なのに数か月も放置したのは自分だ。

L.L.はこんなC.C.の胸中までをあらかた察している。そしてまたしても自分を優先した自分に、魔女めと罵ってはくれないのだった。

ただ優しく抱きしめるのだ。

 

ルルーシュはここを見届けると言う。けれどもこの世界と、自分たちの世界の時間の流れが同じかなんてわからないのに。

 

(早く戻らなくていいのか、ルルーシュ)

 

こうしている間にも、あちらの時は進む。ここで見る過去の鏡像ではない。

彼が本当に愛した人たちが一刻一刻、死に近づく。

 

(――それとも、戻りたくないのか)

 

どちらが苦しいのだろう。

ありえたかもしれない『今日』を見せつけられること。

自分を置いて進んでいく『明日』を見つめ続けること。

 

尋ねる勇気を、C.C.はまだ持てない。

L.L.は自分のことにはとりわけ鈍い。無意識に見ないふりをするのだ。

もしも彼に自覚がなければ、寝た子を起こすことになってしまう。

 

パンドラの箱には希望が残される。しかし、悲劇を呼ぶには違いないのだ。

 

「美味しくなかった?」

アーニャが首を傾げる。C.C.は首を振った。

「さすがは皇室お抱えのパティシエだ」

慣れ親しんだバターの味を苦く感じるのは、きっと――。

 




なな火山噴火。もう少しこの不安定さを前フリしておくべきだった……!!と書いた時に思ったんですが、これ書いてるとき4章終盤までもうあげてたので手遅れだったんですね・・・へへ……


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5-6

「きゃーっ、見てあれ!あれがゲイシャってやつなの?」

「そうなんじゃないか」

「こんな中でも伝統を保っているのはすごいことね。キモノ着てみたいな、レンタルできるお店があるんだったかしら?」

「ギオンの方にな。イレブンがやってるところで――」

「行きましょう、行くしかないわ。ゴージャスなドレスもいいけどこういうのもとってもクールで――」

「俺も行かなきゃいけないのか?」

「当たり前じゃない。キモノなんてエスコートするためにあるようなものだって聞いたわ。歩きにくいんでしょう?」

「知らない……」

カコォン、と鹿威しなるものが鳴る。

オルフェウスは今、見事な日本庭園にいた。

 

「寒い……」

 

――今年初めてだという雪の中で。

 

ミス・エックスはエリア11に到着するなり自分の仕事を済ませ、こちらにも矢継ぎ早に任務の連絡を済ませると、そんなに長くはいられないから!急がなきゃ!などと言い観光に繰り出した。オルフェウスを引っ張って。

エウリアがいてくれたらまだマシだったろうに、「ごめんね、ラクシャータ先生がこんなに時間を取れる日はあんまりないの」と悲しそうに送り出されてしまった。若手のエースであるエウリアの学ぶチャンスをつぶしたくはない。それに近頃体調の悪い不安定な彼女を、こんな極寒に連れ出すなんてやはり気が引ける。

「……出発は明後日だよな。風邪を引きそうなんだが――」

「あっちで温かいもの飲めるみたいね」

聞く耳なし。長い白髪をマフラーにうずめた彼女はオルフェウスの手をしっかと握り、ずんずんと歩いて行く。ロマンチックなものはひとつとしてなく、オルフェウスが逃げるのを阻止するためだった。

 

キョウトブロックは、エリア11でも有数の自治区だ。皇コンツェルンというかつての財閥が占領後すぐさま名誉に下って代表の権利をかっさらうと、そのまま居ついている。名誉企業となった会社の本社はトウキョウにあるようだが、それでもここは、中心地なのに日本と見まがうほどだ。租界とゲットーの境目もトウキョウほど厳重ではなく、地震の為の階層ブロックも存在しなかった。

「あなたたちオフもずっとアジトにいるの?観光に繰り出さなきゃつまらないわよ、愛しのハニーを楽しませなくてどうするの」

「俺たちの自由だろ」

オルフェウスは唇を尖らせた。ぐいぐい引っ張られながらなにか食べ物を売っている屋台へ。

「なにこれ、魚に入ってるのは……えっと……ハァイ、ミスタ。これは何?アンコ?」

「豆を砂糖で煮た甘いクリームさ。うまいぞ、ひとつどうだ?」

「いただこうかしら!」

自分を置いてとんとん話が進んでいき、オルフェウスはため息とともに景色を見渡した。

戦前はもっと美しい場所だったのだろう。今だって見事だが、全盛期の輝きほどではないのだろうと感じさせるものがあった。

連れて来てやりたかったな、と恋人に想いを馳せる。

ちらちら舞う雪は綺麗で、雪、と来ればしかし、忌まわしい日を思い出さずにはいられなかった。

「初めて会った時も雪だったわね」

いつのまにか隣に来ていた彼女がぽつんと呟いた。

「……本当は、出発は明日の方がいいんだろう」

「気づいた?うん、だから全力で向かってね。間に合わなくなると大変だし。それにオズ、あなた、この日は絶対仕事受けないじゃない。絶対断られるのわかってること言わないわよ。まったく、調整大変だったんだから。あっちでズィーに怒られなさい」

「ああ」

「元気そうでよかったわ、エウリア」

「……ああ」

そう見えても、この時期はやはり不安定だ。

彼女も見越しているのだろう。オルフェウスが待っているからと仕事に焦りを生ませないために、わざわざ観光に引っ張ってきたことも察しが付く。いや、自分が楽しむのにちょうどいい荷物持ちが欲しかったのと五分五分だろうか。オルフェウスの腕にかかったのショッパーの数からして、推して然るべきだ。

「はい、オズの分。カスタードらしいわ」

これもそうだ。彼女が奢ってくれることなど珍しい。

「一口ちぎって頂戴。これおいしいけど意外と重いのよ、ひとりで食べたら気持ち悪くなっちゃいそう」

……いや、やはり通常運転だった。

たい焼き、というらしい菓子を頬張りながら、オルフェウスは薄く積もり始めた雪を見つめる。

明日は12月5日。

エウリアが奇跡的に一命をとりとめた日。その命を救ってくれた恩人・ミスエックスと出会った日だ。

そして、エウリアとオルフェウスの間の小さな命が消えた、命日でもある。

吐く白い息が雪と混ざり合い、幻想的な空間だった。

 

 

「マリーベル様、学校をお辞めになるって本当!?」

教室に顔を出した途端、マリーベルは生徒たちに囲まれた。突然のことに目を丸くしてみせる彼女と一緒に、オルドリンも輪の中に入れられてしまう。

「もう噂になってるの?すごいわね――ええ。オルドリンも一緒よ」

涼やかに答えると、食い入るようにこちらを見つめていた女生徒たちから一斉に悲鳴が上がった。

「そんなあ」

「オズの剣さばきがもう見られないなんて……っ」

「次の華会ではマリーベル様に主役をお願いしようと思っていたのに!」

「いつ!?いつお辞めになるんですか!?」

こんな具合に。女生徒は思い思いに口を開き、遠巻きに眺める男子生徒も動揺した様子だ。

「そうね……今月いっぱいかしら。クリスマス休暇に入るときがお別れね。だから今年はパーティ、参加できそうにないわ。ごめんなさいね」

「どうしてこんなに急にお辞めになるのか、お訊きしても?」

「公務に就こうかと思って。前から勧められてはいたのだけど、断っていたから――でも、いい機会かしらと。しばらくは表に出ず、お勉強になると思うわ」

「そうですか……」

まさか皇族を引き止められるなど、誰も思っていない。わけを知ることが出来ただけでも僥倖だ。ましてや母を亡くされたばかり、突然の行動の原因がそこにあるのだということは、誰しもわかっていた。

「今日は顔を出しただけなの。今週はもう来られそうにないから――あ、オルドリンは来るわ。私の分まで構ってあげて。今ならなんでもお願い事を聞いてくれるから」

マリーベルが悪戯っぽくウインクするので、彼女たちはきゃあと弾んでイエスユアハイネス、だなんて言っている。オルドリンはわざと不愉快げな声色を出し、茶化すように返した。

「もう、私のこと便利屋だと思ってない?」

「みんなあなたが憧れなのよ」

「マリーったら調子いい」

「ふふっ」

マリーベルは機嫌良さそうに笑うと、行きましょうとオルドリンの手を取る。教室に来てまだ少しも経っていないけれど、止める者はいなかった。

ご機嫌ようと優雅な一言で廊下に出るマリーベルについて行く。学内とはいえ皇女なのに、ほかに護衛はいなかった。簡単なことだ。オルドリンこそが、マリーベルを守る役目を請け負っているSPなのだから。

 

二人と入れ違いに教師が教室へと入り、授業が始まる。始業ベルが鳴ったあとの、遅刻ぎりぎりを狙ってきたのだ。その方がずるずると長引かずに済む。通常生徒の通ることを許されない教師用の通路に入ると、オルドリンは親友を見た。

「言わなくて良かったの?」

「何を?」

「わかってるくせに」

「だって、極秘だもの。遊学すると言ったら今からエリアじゅうの学校を調べられてしまうし、皇女が二人もいるだなんて公になったりしたら、ルルーシュに迷惑になるでしょう?隠していても漏れるようなことなんだから、言わないくらいがちょうどいいわ。ルルーシュのところでお勉強させてもらうつもりでいるのも本当だし、嘘は言ってないもん」

「それはそうだけど。あれ、二人って……ユーフェミア様、コーネリア殿下のご許可下りたの?」

「そこね。難航中のようだわ。可哀想にルルーシュ、ユフィに何を吹き込んだってとばっちりの通信を飛ばされたみたいよ」

「あ~……」

御気の毒に。

コーネリア殿下はユーフェミア様の留学を即却下、しかしユーフェミア様がそれで引くはずもない。今リ家ではブリザードが吹き荒れているとのことだ。

数度御目通りがかなっただけのオルドリンですら容易に想像できる光景に苦い顔になる。ユーフェミア皇女はオルドリンのように決まった護衛もおらず、それが余計に姉殿下の不安を煽るのだろう。しかしユーフェミア様の力押しが勝ちそうな気がしていて、マリーも同意見らしい。そしておそらくはルルーシュ殿下も。

もうすぐ一学年下のクラスで、今見てきたのとまったく同じ光景が見られるだろう。違うのは、彼女が「ユフィ」と愛称で呼ばれていることだろうか。

貴族でもぎちぎちに階級がある。敬称つきで呼びあうことも珍しくないこの学校で、皇族が皆に親し気に名を呼ばせるなど、マリーたち他の皇族にしてみればずいぶん酔狂なことらしい。逆はあっても、普通は「プリンセス」を付けるものだ。学内で、いいや、皇族以外で「マリー」と呼ぶことを許されているのなんて、オルドリンだけかもしれない。

しかしアッシュフォードにいるうちは皇族の振る舞いは許されないし、偽名の貴族としての階級を持ち出すこともルルーシュ殿下が禁じた。校風に合わないのだそうだ。であれば、とうぜん誰も様付けでは呼ばないだろう。皆に呼び捨てにされる彼女を、どうにも想像しづらかった。

「そのルルーシュに私が怒られたわ。言い出した自分たちでなんとかしろ、だって。コゥお姉様をどうにかするだなんて、それこそユフィにしかできないったら。あの子、どうする気なのかしら。……ところで、オルドリン?」

「ん?」

「本当にいいの?私についてこなくても……」

上目遣いにオルドリンを見る。ちらりと不安げに揺れる光を、自分が見逃すはずもない。

「何言ってるの。私はマリーの騎士だもの。どこへでもついて行くわ」

「まあ。騎士だなんて恐れ多い身分だわ」

マリーベルは微笑んだ。騎士は、副総督かそれに準ずる地位を持つ皇族でなければ持つことができない。皇族であれど、ただの学生である彼女の持てるものではない。

しかし言葉とはうらはらに、彼女が浮かべるものは今日一番の、嬉しそうな微笑だった。

(当たり前じゃない)

オルドリンは雄弁な微笑みに帰すように、大きく頷く。

死の煙に包まれた地獄のような世界から、無事に戻って来たあの日から。

「エリア11はどのくらい寒いのかしら。髪型を変えようかなって思っているの」

両手を頭の後ろにやり、優美なハーフアップを纏めたリボンをいじるマリーベル。

オルドリンは決めたのだ。ずっとずっと前に。

 

その笑顔を守るのだと。

 

 

 

「リフレインだと?あれは既に鎮静化したはずだろう」

スザクの報告に、眉を跳ね上げたのはジェレミアだった。

「そうなのですが……事実、ゲット―では過去最大の蔓延となっているようです」

「ホウ。通じている者がいると、こういった情報は回ってきやすいな」

皮肉が混ぜられたヴィレッタの返事。スザクは気づかないふりで続けた。

昼に扇たちから実態を聞いて、いてもたってもいられなくなったのだ。

 

麻薬がゲットーに広がっている。

 

治安が悪い地域や劣悪な労働環境を狙って投げ込まれる、たった数本の注射がもたらすものは残酷な夢と中毒だ。苦しい人を選んでつけこむ卑劣なやり方。爆発的な広がり方は尋常ではなく、密かに確実に、この国を蝕んでいる。今まで知らなかったこと自体、由々しさを物語っているというものだ。

(なのに)

あちら側に顔を出す時間のないスザクは、神楽耶を通じて皆に話を伝えた。しかし結果は思わしくないどころか、悪化を招くことにしかならなかった。

薬に手を出すような者が、この日本解放戦線に所属するなど言語道断。

元締めであるキョウトに知れたことが明らかになったとたん、我が部隊からそんな不名誉が出たことを知られてはならぬと、あちこちで中毒者探しが始まって、見つかれば荷物を纏めて出て行けと命じる具合になってきたらしい。たった一日でこれである。その素速さを、もっとほかにどうにかできないものか。

しかしいけない。責任ばかり追及して、肝心のリフレインはどうにもならぬまま。

もちろん手を出したものは咎められるべきだ。でも個々に対する対応と、全体の処置を取り違えてはいけない。

ゲットーは法治国家ではないのだ。取り締まればいいだなんて呑気に言っている場合ではない。

これを見過ごしてどうなるだろうか。自己責任だと言ってどうなるだろうか。ましてや事態の解決に奔走することもなく、手を出したものを追い出しては意味がない!

「違法であるうえ、下の下で動いているものです。我々も知るところではありませんでした。本日ゲットーのグループより聞き、皇からキョウトへ打診してみたものの、動く気はないようで如何ともしがたく。このままでは民は、」

「いや待て。イレブンの問題ではない。警察は何をしている」

「こちらではリフレインを担当していたのは――ブレイク伯だったはず。あの者が謀りをするなど考え難い。もちろん調べる必要はありますが、ジェレミア卿、それより下で何者かが改ざんしていると見るべきです」

「うむ……」

二人は難しい顔を突き合わせ、もうこちらの話など聞いていない。あれやこれやと勝手に意見を述べ合って、やがてスザクにこう言った。

「事態は考えるより深刻だ。慎重に行かねばなるまい。ルルーシュ殿下にもご報告しておく。御苦労だった」

 

(何だって!?)

 

「待ってください!事は一刻を争います。せめて調査部だけでも作ってはいただけませんか」

「警戒されて隠れられてはたまらん。一度潰してこれならば、それだけ根が深いということだ。わからんか」

「しかし!」

「くどいぞ枢木。殿下には私から報告する、いいな。これは命令である」

同じ部隊の同僚である。

そうはいえども、階級はあちらが上。おまけにこちらはテロリスト。

「……わかりました」

なればスザクには、どうしようもないではないか。

ここにL.L.がいれば、彼は、スザクの性格を知っている。どうにか言いくるめて納得させただろう。しかしこちらはまだスザクと出会って日が浅い。問題の重さに気を取られている二人は、政庁を出たスザクが、人波に紛れて携帯を手にしたことを、知る由もなかった。

 

 

「もしもし神楽耶?うん、今話してきたよ。対応する気があるだけこっちよりマシだけど、すぐには動けないらしい。そうだ、しばらくどうにもならない――それで。俺に、考えがあるんだ」

 






やぁっとオルドリンを出せました。マリーはこの世界では髪型がずっと幼少期のころのままだった設定です。


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5-7

「どうだ」

「泣きつかれて……寝てしまったな」

 

C.C.が顔を出せば、L.L.がソファーに寝かせたナナリーの頭を撫でているところだった。

何も言わずに見つめていれば、L.L.が影の落ちた顔で呟く。

「よくないことはわかっていた。でも、ここまで影響されているとは思いもしなかった」

C.C.は答えない。答えずとも、L.L.は続ける。

「この子の側にいるのはよくないことだろうか。俺とアイツの契約は終了した。ここにいる義務ももうない」

「中途半端に放り出すのか?ギアスを知ったナナリーが、どうなるのかわかっていて。それともロロを殺すか?」

「……できない」

「ではどうする」

「……どうしたらいい?」

「話せばいい。ナナリーの見る悪夢が、何によって引き起こされたものなのか」

「別世界のことを話すのはタブーだ」

「それでうまくいった世界もあった。見ただろう?」

「希望論だ!」

 

L.L.が吠える。

 

「それでナナリーにもしものことがあれば……!俺のせいでこんな、こんなにも追い詰められて、そのうえ余計なことを吹き込んで危険に晒す?できるか、そんなこと!」

「ロロとナナリーは組むことになる。お前にだって、わかるだろう」

「……ッ」

「あの皇子様は合理的だ。ここでロロを手放して、追手に見つかっても、もとの場所に帰られても困る。殺してしまえば、処理する方法なんていくらでもあるさ。溶かしてしまえば、政庁の外に運び出す必要すらないしな。いや、逆に一度自由にして、その後でこっそり殺したほうがいいな」

L.L.は無言でこちらを睨め付けた。仮にも世界征服を成し遂げた皇帝の絶対零度、もしC.C.が普通の女なら竦み上がって泣いていただろう。

けれども残念ながら普通の女ではないので、けろりとして先を続ける。

「あいつはおまえほど甘くはない。ギアスもない。確実に、絶対に口を封じたがるだろう。それをひっくり返すような案を思いつくか?連れてきた私が言うのもなんだが――無理だろう。ロロをどうにか攻略する方が楽だと、お前が一番よくわかるんじゃないのか?」

 

ロロをそもそもルルーシュに引き合わせたのが間違いだった。

そんなL.L.の非難の眼差しに、今度は肩を竦める。

 

「すこし浮かれていたようだ。お前とあいつは違うっていうことを――忘れていたわけではないんだけどな」

それでもじりじりと刺す視線はやまない。

とうとう悪かった、と告げてみれば、それで溜飲を下げたわけではないだろうが、切り替えたらしい。

「……過ぎたことを言っても仕方がないか。これからどうするかだ」

「ナナリーの言う事を飲むか?」

「ロロに篭絡が効果的なことはわかりきっている。だから、俺がそうするつもりだった。うまく誘導してやれば、自分の人生を選ばせることだってできるはずだ。そうしてほしかった。誰かの道具になるのではなく――フ、かつてそうした人間のエゴだと、わかってはいるさ。とにかく、俺の監督付きで生かすならルルーシュだって文句は言わなかったはずなんだ。騙せない代わりに、そのあたりの信用は得られる。でもナナリーはそれを拒絶する。しかし、この子の希望は危険すぎる。すべて黙って見るわけにはいかない」

「ではどうする」

「C.C.。俺は今、ジュリアス・キングスレイだ」

「うん?」

突然何を言い出すのだろう。C.C.は眉を寄せた。

「ルルーシュ・ランペルージではなく。もちろん、もちろん、ヴィ・ブリタニアでもなく。だけど、また新しい名前が必要らしい。お前は誰になる?」

L.L.は膝の上の愛しい姿に目を落とし、彼女が確実に眠っていることを念入りに確認すると、

 

「―――――――では、嫌なのだろう?」

 

その名を告げた。

 

「………、……………」

「一度呼んだだけで、そんな反応をするようでは、なぁ?」

 

優しく、いたわりの気持ちを込めて――紡いでみせたくせに、次の瞬間にはにやにや笑いを繰り出してくるものだから、C.C.も慌てて調子を取り戻す。

 

まったく無駄に年を取って、かつての少年らしい素直さやかわいらしさを年々捨てている。からかいやすさは減退するいっぽうだ。

面白くない。その点では、あの皇子様には懐かしさすらあると言えた。

 

「そうだな」

「では、学生生活を送っても問題ない名は?」

 

C.C.は、L.L.が言いたいことを察した。

 

「おまえもアッシュフォードに行く気か?」

「ああ」

 

L.L.は頷いた。この部屋に入って来てから初めての、自信ありげな、C.C.の好きな笑い方だった。

 

「ナナリーは、ロロをそうしたいらしい。なら近くで見守るくらいはさせてもらおう。この提案も拒絶するだろうが頷いてもらう。嚮団の人間が近づいて来た時に傍にいられるほうが良い。表向きには、マリーベルとユフィの護衛、世話係とでもするさ。お前も、彼女たちの覆面護衛としてな。生きた盾が二つもあるんだ、あいつだっていいと言うだろうさ。契約は終了したし、止める権利もないだろう?」

「それで新しい名か。総督付きのジュリアス・キングスレイが学園でのんびりやっているなんて、確かにおかしすぎる」

 

名前。

自分たちには、いくつ名前が必要だろう。

 

予期せずコードを継承し隠れて生きる間にも、いくつもの偽名を使って生きてきた。それがまたひとつ増えるだけのこと。

耳触りのよさそうな新しい自分をつくるのはもはやルーチンワークで、ふたりにとっては遊びだった。

 

「セラ、クリスティアナ、キャロル、カッサンドラ、キャシー……どれがいい、ルルーシュ?」

挙げてみたのは、C.C.がL.L.と出会ってから使ってきた偽名だ。イニシャルがCなのはほんの遊び心、もしくはくだらないこだわり。

「レオン、リール、ルシウス、ロクサス、ラリー、レオナルド……」

相手の偽名もあげてやる。これもイニシャルがLになるものばかり。ジュリアスなんてのが特殊なのだ。

L.L.は興味なさげにどれでもいいさ、と伸びをする。

「ああでも、ランペルージを使う気なら、ちゃんとあいつに確認を――」

のんびり言った時だった。

突然言葉を切り、C.C.がなにごとかと見やれば、ナナリーがゆっくりと目を開けているところだった。

 

 

「……L.L.、さん」

「おはよう。少し疲れていたみたいだから、起こさなかったよ」

「わたし、あのまま、……!?」

ナナリーはなにやらはっとして飛び退った。

L.L.から急いで身体を離し、とんでもないと顔を青ざめさせる。

“赤の他人”の膝で眠るなど、ナナリーにとってはありえない行動だったのだろう。

以前、寝間着姿を目撃した時も同じような反応をされた記憶がある。

 

「失礼しました、L.L.さん――今、何時ですか?」

「君が眠ったのが七時半、今は九時」

「そんなに……」

 

口を両手で覆い、なんてこと、と漏らす。

おろおろしながらもC.C.の姿を認め、それで少し冷静になったようだった。

 

「……お話の続きをしましょうか?」

「明日でもいいよ。少し頭を冷やしたほうが良い」

「いいえ。お気遣いは必要ありません」

ナナリーはキッとL.L.を睨み付けた。

「あなたが何かしたわけではありません。すべては私の思い込み――ですから私のわがままに付き合っていただく必要も、」

「あー、ナナリー。口を挟んで済まないが、お前が見ている夢は間違いなくこいつのせいで合ってるよ。お前とこいつの相性は最悪だ」

C.C.はややこしいことになる前に、と真実をちらつかせてやった。

「お前の勘は当たっている。そしておそらくその夢は、わたしたちにとっては過去、現実に起きたことだ。わかるか?つまり『ギアス』のせいであんなことになったんだよ」

 

ナナリーは目を瞠る。やはりと声を出さずに呟いた。

鋭い子だ。

だからこそ精神感応の力が伸び、ここまでコードの影響を受けるようになってしまったのだ。

 

「だから、俺はこれ以上君の側にいるのは良くないと思う。離れるべきだ」

L.L.が静かに言った。

「必要ありません。原因があなただったとしても、所詮はただの夢。私さえちゃんとしていれば、誰にも迷惑はかけないでしょう?」

「それでも。君が憔悴するのを見るのは嫌だ。ただでさえ君は――ルルーシュと一緒に戦場に立つことに、苦しんでいるというのに」

言うか言うまいか。迷った末に吐き出された言葉。少女は顔を歪ませた。

「私を、憐れんでいらっしゃるのですか?」

「違う!おまえが心配で、俺は……」

「いいえ!」

 

見え透いた嘘だとばかり、ナナリーは勢いを取り戻し、猛攻撃を開始した。

 

「L.L.さん、私、前から気付いていましたよ。私が戦うことに、あなたがどんな顔をしているのか。確かにあなたのナナリーは歩けず、ナイトメアに乗れるはずもなく、きっと兄の言葉のまま、守られることを選んだのでしょう。でも私は違う。私はお兄様を守ることができる!あなたのようにさせないことができる。できることに手を伸ばすことの、何がいけないと言うのですか。……私は。お兄様にこれ以上殺してほしくないのです。奪う命は必要なだけでいい。少なくできるならそれがいちばんいいんです。だからロロのことも、お兄様から逃がしたい。これ以上、罪を、」

 

「あいつは命令するだけだ。実際に手を下すのはお前なのに?」

 

「罪を被れない苦しみって、あるでしょう。あなたが私を心配するように、私はお兄様の心が心配なのです。本当は私と同じくらい、苦しんでいるのに」

 

堂々巡りだ。これでは眠る前と変わらない。

互いが互いを想っている――ただそれだけのことなのに。

二人ともそう感じたのだろう。同時に言葉を詰まらせ、ナナリーがかぶりを振った。

 

「私は。皇女です。義務があります。この国を変える責任があります。苦しいのは当たり前です。人なんて殺したくありません。でも!民の苦しみの上に立つ私たちが、同じように苦しむのは当然でしょう?たとえ最期を処刑台の上で迎えたとしても、それが結果だということです」

「……ナナリー」

「お兄様が、私をこの道に引き込んだのではありません。私が自分で選んだんです。今よりもいい世界を、優しい世界を、目指すために」

 

L.L.にとって、記憶を刺激する言葉だった。

完全に黙りこくってしまって、これはだめだとC.C.に判じさせるには十分で、口を挟まずにいるには限界を迎えていた。

 

「ナナリー。ルルーシュも。お前たちが、お互いを想い合っていることはよくわかった。だけど今は、ロロをどうするかだろう?頑固ばかり言ってないで決めてくれ。期限は明日なんだ」

「……そうですね」

「私とルルーシュは、お前と同じようにロロを殺すことを望んでいない。お前がアイツをアッシュフォードにやるというなら、それについていこうと思っている。私は生徒として、コイツは皇女の世話係としてでも潜り込むさ」

「彼を――私が手に掛けたことにして、学園に。あの生徒数なら紛れられるし、お姉さまたちの護衛はロロのことなんて知りませんもの。C.C.さんも知っての通り、政庁に入れる時だって顔を隠していたでしょう?ゼロ部隊に気付かれなければいいのですから、条件はクリアも同然。……あなたたちがついていく、というのは、L.L.さんがジュリアスを辞める、ということですか?」

「急にいなくなれば噂が立つ。もともとそう表に出ていない奴だから、たまに顔を出すくらいはするさ」

「やめろと言っても、譲る気はないのですよね」

「おまえの目の届かないところで、ルルーシュとロロの距離が縮まるということだ。それでもおまえの兄であるルルーシュとはなんの関係もない。生きていることすら知らないのではな」

「……そう、ですね」

ひとつひとつの理由はさておき、ナナリーはL.L.を本能的に忌避している。今までそんな態度を微塵も取って来なかったこと自体が賞賛されるものなのだろう。こんな反応になるのも致し方ない。

「ルルーシュ。お前もなんとか言え」

難しい顔のまま固まっているL.L.。

声をかけてようやく口を開く気になったようで、まったく世話の焼ける――。

 

「ロロは、彼の所属していた組織――ようは、ギアスという力を使う集団から追われている。……そして、俺とC.C.には――ギアスが、効かない。だから彼を守ることもできる」

 

「……わかりました」

 

ナナリーは、ソファーから立ち上がる。L.L.の目の前にしゃがみ、手を重ねる。その手はわずかに震えていた。

 

「では、私たちは共犯者、ということになりますね。――お兄様に嘘を吐くなんて。生まれて初めて。うまく、できるかしら」

「ナナリー。不安なら……いや、そうだな」

L.L.は重ねられた幼い手を、ゆっくりと包み込んだ。

「俺たちは共犯者だ。大丈夫、うまくやれるよ」

「本当に?」

「約束する。……今度こそ、嘘はつかないよ」

 

――こうして。

新たな契約は、結ばれた。

 

 

 

 

 

「お兄様?まだお仕事?」

 

ナナリーが私室に入ると、兄はまだ机でなにやらやっているようだった。

妹の姿を認めると端末から目を離し、眉間の皺を解きほぐす。あからさまな疲労が見て取れた。

「仕事、というか――なんというか――」

 

『ナナリー!こんばんは』

 

「ユフィお姉さま?どうなさったのですか?」

画面の向こうから飛んできた声は慣れ親しんだ姉のもの。

ナナリーは抱いていた緊張もどこへやら、ルルーシュのもとへ駆け寄った。画面に映っているのはリ家の離宮――コーネリアの私室。深夜のこちらとは違い、明るい陽射しが差し込んでいる。

 

『うん。お姉さまがね、ようやく認めてくださったの!それでルルーシュに――』

『まだ認めてはいない』

 

ユーフェミアを遮る形で硬い声が割り込んだ。

コーネリアが不機嫌さを隠しもせず、ユーフェミアの隣に腰かける。

 

『ユフィがどうしても折れなくてな。昔からこの子は、おまえたちに妙な影響を受けて……』

「軍に入るなどと言い出すよりマシですよ。何です、またお小言ですか?俺はついこの間も、謂れのない罪を問われたばかりですよね。おかげでマリーベルの嫌味がすごかったんですから」

『お前は本当に可愛げのない』

「やだな、誉めても何も出ませんよ」

『……もういい。ユフィが……そう、本気で勉強したい、と言うのでな。危ないことはしない約束をした。破ったら即帰国だとも』

 

この言葉をもらうのに、ユーフェミアがどれほど粘り、戦ったかは自明だ。

 

『そこで改めて。お前には迷惑ばかりかけてしまうことになるが、この子の安全に万全を期してほしい』

「もちろん。貴族の子女なら護衛のひとりやふたり妙ではありませんし、学園側とはもう、マリーベルは病を患っているという名目でクラブハウスを使用する、と話がついています。ユフィもそこにくっつく形で問題ないでしょう」

『うむ……』

「学内の護衛、あちらはジヴォン嬢がつくということですが、ユフィの方は指名はありますか?」

『いや、ない。お前に一任するさ』

「わかりました」

ルルーシュはにっこり笑って返す。

まさかコーネリアはルルーシュがナンバーズをつけようとしているとは思いもしないし、兄はそれを見越したうえで言質をとったのだ。何か言われれば、『俺の総督としての政策に口を出されるというのなら、姉としてではなく皇女としてお命じください』などと言い出すつもりなのだ。

もしユーフェミアが皇女だと露見するようなことがあれば、ナンバーズと皇族が親しく交流している――おそらく彼女の性格からして、枢木スザクとも仲良くするだろう――事実が明るみになり、あっという間に政治的な意味を孕んでしまう。

そうした意味でもコーネリアの激怒は想像できたが、その時の為の布石だ。

 

『何があっても自分の責任と言い聞かせた。命を落とすようなことがあっても、と。しかし、できる限りの守りを頼みたい』

「わかっていますよ、姉上」

 

言葉通りの意味ではない。引き受けた以上守れと、こちらも念を押してきている。

そこまでを見届けて、ユーフェミアの顔がぱあっと明るくなった。

 

『では――』

『……いいだろう。一年間。エリア11への遊学を許可する』

『おねえさまっ!』

 

ユーフェミアががばりと抱き着く。こら、人前でやめなさいと窘めるコーネリアからは厳しい面持ちが消えうせて、なんとか厳めしくしようとしてはいるものの、すっかり妹に甘い姉の顔だ。

 

「わかりました。アッシュフォードにもそのように伝えておきます。ユフィ、浮かれすぎるなよ。そちらでやるべきことはやっておくように」

『わかってるわ、もう。お姉さまに散々言われてるもの』

『済まなかったな、夜遅くに』

「いいえ、姉上。今日中に片付いてよかったです。――では」

『おやすみ。ルルーシュ』

 

姉妹からの挨拶で通信は途切れた。と、兄は長いため息を吐き、ぐったりと体から力を抜く。

 

「これで決まっちゃいましたね、本当に」

「ああ……」

「お風呂は?」

「もう入った。寝るだけだ」

「じゃあ、一緒に寝ましょうか」

 

言うなりナナリーは兄に両腕を差し出した。

首に回される手。そのまま抱き上げて、寝室へと運ぶ。素直に応じたところからして、余程疲れているのだろう。年かさの男性の身体を抱えるのは楽ではないけれど、今日はろくに動いていないのでトレーニングだと思えばちょうどいい。

そっと下ろす慣れた動作。やわらかく寝かされた兄の隣に潜りこみ、兄の顔を覗き込んだ。

 

 

そうして用意してきた甘い言葉を抱えて、ナナリーは、生れて初めて、兄に嘘を吐いたのだ。

 

 



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5-8

「誕生日おめでとう、ルルーシュ」

「……ああ」

朝食の席で言い放たれた言葉に、L.L.は目を瞬かせた。思えば去年、自らの世界で迎えたこの日は悠長に祝われたりしている場合ではなかった。

空き家だと思って勝手に住んでいたボロ屋に管理人がやってきて、しかもその家には死体が隠されていた。立派な殺人事件の現場だったのだ。床下から死体を出すシーンを見てしまったのと、勝手に住んでいたのと――二重の意味で追いかけられ、逃走するのに手間取って危うく捕まりかけた。悪逆皇帝の顔を見られてはまずいとかばってくれたC.C.は犯人を捕まえに来た警察に一緒に引っ張られそうになったり散々で、どうにか合流した頃にはクリスマスが終わっていた。新年まであと1日あるかないかというところだった。

 

(……そうか、あれからまだ一年か)

 

異世界の研究を始めたのがその少し後のこと。一年なんてついこの間、そういう感覚が染み付き始めていたせいだろう。もう遠い昔のことのように思える感覚は不思議だった。

長くて短い時の中に住むせいだろう、彼女が祝ってくれるのだって毎年のことではない。だからこそ、祝いの言葉は新鮮さをもって伝わった。

 

「ああそうだ、お前もな。ルルーシュ皇子。何か欲しいものでもあるか?」

「……今すぐピザごと出て行ってくれるのが最高のプレゼントかな」

「それは残念。私はここで食べると決めてしまったんだ」

 

C.C.は肩を竦める。チーズ臭が広がるのはルルーシュ総督閣下の執務室だった。朝食――急ぎの仕事が出来たので、片付けながら片手間に摂るサンドイッチ――の横で、ピザをまるごと広げている女。

ルルーシュは睨み付けたが、完全に無視を決め込んでいるL.L.に学ばなければと思い直した。相手をしてはいけないのだ。

「スザクは今日から特派か。ナナリーも午後から顔を出すと言っていたな。一緒に軍まで行って演習だそうだ」

「へえ」

「あのロロとかいうのはどうしてる?まだあの部屋か?」

「俺をロロから遠ざけてるのはお前だろ?知らないぞ。で、彼がどうした」

「解放の手はずが整ったから、もうすぐ――」

「殺すのか?」

L.L.が尖った視線を向けた。

「今日は約束の三日目。お前がさっさと面倒ごとを終わらせたいのはわかっているし、殺すのがいいに決まっているのはわかる。だが俺もそれでは困るんだ。だから、」

「だから、折れてやると決めたんだ」

「俺が責任を持ってーー、なんだって?」

説得するべく言い募っていたのに、あっさり真逆の答えが返ってきた。拍子抜けしてぽかんとしていたL.L.は、何が狙いだとばかりに目を細める。

「……急にどうして。ナナリー殿下が何か言ったのか?」

「まあ、そうだな」

「ルルーシュ!」

言外に話す気はない、とぴしゃり。なのになおも食って掛かる。しつこく重ねる鏡像に、ルルーシュは呆れ果てて言い捨てた。

「だから。今日そのまま形成外科に送り届ける。顔を変えるのが絶対の条件だ。命が助かるなら安いものだろう?ーーここまでだ。それ以上を話す気はない」

「……その医者は」

「そっちは今のところ保留だ。どれだけ金を詰んでも、喋る奴は喋るしな。必要であればどうにかする」

「……、そうか」

L.L.は深いため息を吐いて立ち上がった。

「どこへ?」

「会えるのは最後なんだろう。顔を見てくる」

きっちり仕事は終わらせたL.L.は、ルルーシュの返事を聞く前にさっさと立ち上がって出て行ってしまう。もちろんいつもの覆面は忘れずに。

残されたC.C.は何が楽しいのかニヤニヤ笑い、相棒が出て行った扉とルルーシュとを交互に見た。

「……何だ」

「面白いなあと思って」

「……」

ルルーシュは今度こそ無視を決め込んだ。咲世子からの報告を読むために、端末に目を落とす。

 

誕生日。

 

十七歳になったって、やることは変わらない。

変わらないのだが、皇族にして総督の誕生日。エリア11は本日祝日だ。

夕方からはパーティがある。そちらへの面倒臭さで、ベッドから出るのに随分苦労した。

(――安全は保障する、か)

L.L.もひょっとしたらわかっているのかもしれない。ルルーシュが彼を生かす気などないことを。

手を下すのが、ナナリーであるということを。

気分が沈みそうになったところへ、C.C.が最後のピースを手に持ったまま、「そういえば」と切り出す。

「私とルルーシュは、アッシュフォードに行くことにした」

「なんだと?」

ルルーシュは眉を跳ね上げる。

C.C.に関しては予想がついていないでもなかった。なにせ、目の前で制服の採寸をしていた。

だがL.L.も、とはいったいどういうことだ。

「それは――」

詳しく尋ねようとした時だ。

電子音が鳴り、咲世子の報告の続きが届いたことを知る。優先すべきを選んで指先で画面を叩いたルルーシュは、今度はぎゅうっと眉を寄せた。

「――リフレインだと?」

 

 

「己が嘘をついていると、相手の嘘を見破りづらい。ばれないかひやひやしている時は特にな。お互いマイナスの状態で、ようやくドローだ。君はすごいな」

「まさかこんなことで初めての嘘を吐かれるなんて思っていませんわ」

L.L.がロロの隔離部屋に行くと、そこではパイロットスーツ姿のナナリーが彼を兵士に仕立て上げているところだった。顔はほとんど隠れているし、皇女の護衛だとでも思われるだろう。ご丁寧に黒髪のウィッグを被せ、準備は万端だった。

「アーニャはスザクさんと一緒に、私より先に特派に行かせたんです。騎士がいるのにさらに護衛をつけるのは変でしょう?それだって本当は直属のマリーカさんとかに任せるべき話ですから、そっちにもいいように用事を作って、全員いなくなるように……。調整するのが大変でした」

ナナリーの今日の化粧は常より少し濃い。――ということにL.L.は気付けるはずもなく(プロのテクニックはあるものをないものにするのだ)、よってその下に濃い隈があることには余計に気付く由もない。

 

『愛してる、ナナリー』

 

ナナリーは、今朝の夢の終わりにそんな言葉を聞いた。

ひどく優しく、愛に満ち満ちているのに、胸が引き裂かれるような切ない響きを持っていた。

 

だからきっと、あれは。

兄ではなく、L.L.の声なのだ。

 

「皇女殿下?やはり体調が」

ナナリーははっと我に返った。

「いえ、何も」

「……そうですか」

L.L.が「ルルーシュ」としてーーもうひとりの兄として振る舞うなら、ここで追及の手を止めはしなかっただろう。だけどナナリーは己の為に、改めてきつい線引きをしたのだ。

二人は赤の他人であると。

そうなれば皇女の兄ヅラをするなんて不敬にもほどがある。以ての外だ。

理解しているL.L.は臣下然と大人しく引っ込み、ロロを見やる。

「住居は」

「租界のマンションに部屋を借りました。適当な戸籍は作ったので――ほら。ネブロス・ランパータ」

IDカードを渡してやると、まじまじ見つめながらネブロス、と復唱する。覆面のせいでその表情は伺えなかった。

 

「ネブロスなら、ニックネームがロロでもそれほどおかしくないでしょう?ほら、もしお兄様が生徒名簿でも目にした時に、うっかり名前でひっかかったら困るじゃないですか」

「――そもそも僕はロロでもなんでもないんですけどね。あなたたちが勝手に呼んでるだけで」

「一生付き合う名前よ。可愛いと思うわ、ロロ」

「はあ……」

 

少年は相変わらずこの姫に振り回されている様子だった。L.L.が直接会うのはあの夜、C.C.と再会した日以来だ。言いたいことが溜まっていたのか、ロロはL.L.を睨めつけた。

「あなたのせいでこんなことになっているんですよ。もうメチャクチャだ」

「……すまない」

「これがバレたらどうなるか、わからない貴方じゃないでしょう。あの人だって、」

「奴らの追手は常に警戒している。――ルルーシュの計画がうまくいくなら、君はこちら側にいるのが最終的には安全だ」

「だから、僕は命なんて……いや、もういいです。行きましょう」

ロロはうんざりしたとばかりに大きく息を吐き、わずかな荷物を抱えて立ち上がった。ナナリーも時刻を確認して、計画通りを確認するといよいよ一歩を踏み出す。ただの一歩。けれどもこれまでとは決定的に分かたれる一歩を。

 

L.L.は覆面越しに囁いた。

「自由にして、本当に大丈夫なのですか」

いまさら嚮団に戻ることはできない。そうは言っても、彼の気持ち次第だ。コード継承者という手土産をもってすれば、なんだってひっくり返る。自由になったとたん、自殺しないとも――限らない。この少年は、自分の知る彼ではない。彼が絶対にしないことをしたって、なんらおかしくはないのだ。

「……それも含めて、彼に預けるんですよ。そのくらいしなければ、こちらの気持ちも伝わりません」

ナナリーの瞳がふわと光る。

けれどもそれは策略に満ちた冷たい美貌ではなく、よく知る自分の妹の顔によく似た、春の日だまりのようなものだった。

可愛らしい悪戯っぽさ。あどけなさ。……純粋さ。

思わずはっと息を呑む。

「もちろん、保険はかけてありますけれど」

「保険?」

「秘密です。じゃあ、頑張ってくださいね」

「――頑張る?」

何をだ。しかしいらえは帰らず、ナナリーたちは部屋を出た。

ひとり残されたL.L.は、首を傾げるしかない。

 

「……何を?」

 

 

 

 

「えー、生徒会に枢木くんを入れて欲しいと言うお願いが来ています」

ミレイ・アッシュフォードの言葉に誰しも固まった。

 

「か、会長。それって“あの”?」

「そうですあの!ルルーシュ様直属の!」

「って言っても、なんか部署自体は離れてて名前だけなんじゃなかったっけか」

「そうなの?」

「あーいや、正確なとこはわかんないけど。で、俺たちどう接すればいいんですか?敬語のほうが?」

 

リヴァルが問う。ごもっともな質問だ。

ミレイは胸を張って答える。

 

「えー、普通の生徒として接してほしいそうです」

「って言ってもなあ~……」

「イレブンだし……」

 

パソコンに向かっていたニーナが小さな声で言う。

「まあ、テロリストとかじゃあないわけだし。普通に普通の転校生として、ひとつよろしくお願いしたいんですけど。っていうか、お願いっていうか、んー、彼が部活に入れそうにないなら自動的に、って感じ?」

「そ、それは総督じきじきの……?」

「うむ」

きゃー!とシャーリーが顔を覆った。どちらかといえば、ぎゃあ、に近い悲鳴だった。

「そんなの断れるわけないじゃないですかぁ!」

「ん、ま、そうなのよ。ゴメンね」

「会長、直接ルルーシュ殿下にお会いになったんですか?」

驚いた声を上げたのはカレンだ。

重々しく頷くミレイにまたもや生徒会室はざわつく。

「ど、どんな感じでした」

「どんな感じって……言われても……やっぱオーラがすごいかな?」

「ですよねえ」

「現実味がないよな。やっぱり一目で庶民とは違う感じなんだろうなー」

すごいねえ。ねえ。

貴族は見たことがある。目の前にいるミレイもそうだ。

でも、皇族はない。

皇族に対するある種の畏怖は、言葉にするのが難しいものだ。生まれた時からそこにいらした、国の頂点の美しい血族。惚れ惚れとした空気すら漏らす面々に、ミレイは内心苦笑いした。

彼女は知っているのだ。もうすぐ本物の皇族、お姫様が身分を隠してここにやって来ることを。

 

「ま、今日はそのルルーシュ殿下のお誕生日なので祝日ですが。我々は枢木くんの歓迎会の段取りを決めたいと思います!」

「そんなことより、ミレイちゃん。単位は大丈夫なの?」

ニーナが冷静な声でミレイを刺した。ぐ、と固まる。

「まあ……いいの!大丈夫!」

 

大丈夫ではない。

 

数々の縁談をぶち壊してきたミレイだったが、今年の夏、とうとう数奇な相手が現れた。どんなに雰囲気を壊すことを言ってもまあいいんじゃないみたいな感じで、とにかく駄目だった。じゃあミレイが卒業したら。という具合にまとまりかけたので、全力で留年に向けて頑張っているのだ。つまりは大丈夫ではないが、大丈夫なのである。

と、そこへ軽やかな着信音。カレンだ。

いつも通りのおっとりした表情で電話を取り、すみません、と外へ出かけた彼女は、そこで素っ頓狂な声を上げた。

 

「はぁ!?」

 

常ならぬ荒々しさに全員の視線が集中する。

「――っごほ、ごほっ。え、何て……?ごめんなさい、もう一度言ってもらえるかしら」

よっぽどビックリすることだったのだろう。すぐにいつもの調子に戻った彼女に、再びばらばらになるそれぞれの視線。カレンはうん、うんと何度か頷くと、すぐに電話を切る。

「ごめんなさい。家の用事が出来てしまったの、今日は帰るわ。歓迎会の話、あとでメールして頂けると助かります」

「あ、うん」

どこか有無を言わせぬ口調。なんとも言えない圧に、ミレイも頷くしかなかった。

 

「すみません……」

 

こほり。

 

やはり先ほど大声を出したのがいけなかったのだろう。小さく咳をするカレンに、送ろうか?と声を掛けるが断られる。じゃあお大事に、と見送って、生徒会メンバーは本日の議題に戻った。

生徒会室を出て角を曲がった瞬間、カレン・シュタットフェルトが全力で走りだしているとも知らずに。

 

「――玉城、あの、バカッッ!」

 

 

 




復活のル、大ヒット公開中らしいですね✋もう見ました?✋作者は見ました ルルーシュがナナリーを守って親指を立てて溶鉱炉に沈んでいくシーンあたりが最高でしたね!
更新久しぶりすぎて これが本当の最後のストックなんですが内容を理解するのに時間がかかりました ややこしい…こんがらがってる……作者も混乱する……


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