ノンケ提督が艦シーメール鎮守府に着任しました。 (ゔぁいらす)
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ファースト・コンタクト

 「ここが俺の着任する鎮守府かぁ」

桜の舞い散る建物の前に俺はぽつりと立っている。

思っていたものよりこじんまりしていたそれを眺めて呟いた。

俺は大和田 謙(オオワダ・ケン)。急に提督の資質があるとかなんとかで春から大学生になるはずだったのに打って変わって急に提督になってしまった。高校時代は男子校で女っ気のない環境で汗臭い青春を過ごしてしまった俺はやっとこの春適当に大学に入って彼女を作って最高のキャンパスライフを謳歌しようと思った矢先の出来事だった。高校の卒業式の日「急に欠員ができて、大和田には提督の資質があるから××鎮守府に4月付けで着任するように」と、突然担任に言われて折角受かっていた大学の合格も取り消され半ば強引に着任させられた。

話によると突然前任の提督が姿をくらましてしまったらしい。

 

しかし艦娘と言うだけあって女性ばかりの職場で働ける上に受かっていた大学もマークシートを適当に書いたくらいで受かれるようなレベルの大学だったのでどうせ就職は難しいと思っていた節もあったので就職難のこのご時世に職にありつけた上に女性だらけの職場で働けるのだとプラスに考えるしかこの状況を乗り切る方法はなかった。 

 

すると

「あの・・・ここで何をしているんですか?」

突然声をかけられたので振り向くと後ろには中学生くらいの女の子が立っていた家族以外の異性と話すことなんて久しぶりだった俺は焦って返事をした。

「あっあのえーっとぼっ、ぼくはこっここここのちちち鎮守府にちゃっ着任した新しい提督なんだけどきっ、君はここの艦娘なのかな?」

終わった・・・・・いくらなんでもキョドりすぎだろ俺・・・・

早速この気まずい雰囲気の中この娘とやってかないといけないのか・・・・そう思った瞬間

「貴方がここの司令官なんですね!初めまして!ぼっ・・・いえ私吹雪って言いますよろしくお願いしますっ!私も今日付けで着任したんです。私と一緒ですねこれから一緒に頑張りましょうね司令官!」

頭を下げ吹雪と名乗った女の子はそれに続けて満面の笑みを浮かべてくれた。

ええ子や・・・さっきまでの不安が吹き飛ぶ様な笑顔だった。

それに何故かこの娘となら上手くやっていけそうなそんな気すらしてくる。

「あ、ああよろしく」

俺はそう返事をした。

よかった・・・ちゃんと女子とも喋れるじゃんか俺・・・

俺はそっと胸を撫で下ろす。

「あっ、いけない。私は一度ドックの方へいかないといけないのでまた後で会いましょうね司令官!」

吹雪は何かを思い出した様に鎮守府の方へ走って行ってしまった。

「天使だ・・・」

女性と長らくまともに喋っていなかった俺は走って行く吹雪の後ろ姿を見送り、呆然と立ち尽くしていた。

「はっ・・・!いけないいけない・・・俺も行かなくちゃ」

我に返りこんなところでぼーっと突っ立っている場合ではなく執務室へ一度行かなきゃならない。

吹雪は可愛いし優しかったしあんな子と一緒ならこれからきっと華々しい提督ライフが送れるに違いない。

俺は胸をときめかせて鎮守府へ足を踏み入れた。

 

俺はその時この鎮守府に隠された重大な秘密を知る由もなかった・・・



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鎮守府のひみつ

ひとまずpixivに1話として投稿した物です。


 今から5年前、第2次深海棲艦撃滅作戦により艦娘達は深海棲艦の本拠地を叩く事に成功した物の戦力の70%を失うという痛手を負う。しかしその健闘も空しくそれからも深海棲艦の残党が各海域に現れるので既存の各鎮守府を解体し、各所毎に派出所の様な形で小さな少人数の艦娘を置いた鎮守府を点々と配置する形で今の鎮守府が成り立っている。

俺、大和田謙もその鎮守府の一つに着任する事になったのだが・・・・

 

「いやー吹雪いい娘だったな〜もしかするともしかしたら俺のこと・・・・うへへ・・・」

などという後から考えてみればクッソ気持ちの悪い妄想を呟きながら俺は執務室に向かっていると

 

       むにゅり

 

今までに感じた事はないがどこか懐かしいような感触が顔面に走り急に目の前が真っ暗になった。

「なんだなんだ?なんだこの柔らかいの!?しかもいい匂いもする!!俺死んだのか???ここ天国??何?急死?いくらなんでもそりゃないぜオイィ!」

突然未知の感触と視界が真っ暗になったので俺は叫ぶ。 

すると

「あら?もしかして新しい提督?元気のいい子ねぇ♪」

頭上でそんな声がして我に返った俺はよく見ると金髪の女性の胸に顔を思いっきりめり込ませていた事に気付きその場で尻餅をついてしまう。

「あっ、ごごごごごごごごめんなさい!!ちょちょちょっと考え事をしてまして!!!痴漢とかじゃないですハイゼッタイに!すみません警察だけは勘弁してください!!」

俺は必死に弁明しそのまま土下座をしていると

「わかってますよかわいい提督。私は愛宕。ここの鎮守府の艦娘よ♪これからよろしくね」

愛宕と名乗る女性はそう言って俺に頭を下げた。

女神や・・・・さっき会った吹雪が天使なのなら愛宕さんはそうなのだと心の奥で確信した。

「こっ!こちらこそよろしくお願いします!それでは僕は用事があるので失礼します!!!」

もう少し話をするチャンスではあったが胸に顔を埋めてしまった恥ずかしさから猛ダッシュでその場を離れてしまった。

はぁ・・・かっこ悪いところ見せちゃったかな・・・そう思いながらも

これが良く漫画とかで見るラッキースケベって奴かもう俺死んでもいいんじゃね?ってくらいツいてるなぁ・・・美人な愛宕さんに可愛い吹雪。

こんな最高の職場で働けるなんて高校のクラスメイトに何て話して自慢してやろうか特に目つきが悪すぎて女どころか小動物一匹近寄らなかった淀屋なんか死ぬほど羨ましがるだろう。いや、淀屋は目つきがクッソ悪いだけでいい奴ではあるんだけど・・・それにしてもいい匂いがしたなぁ・・・アレが女の人の匂いなのか・・・・なんて事を考えながら執務室前に到着。

 

扉を開けると執務室の中に既に眼鏡をかけた黒髪ロングの女の子が立っていた。

「お待ちしていました。提督、軽巡洋艦、大淀です。本陣からの任務等の報告等が仕事です。これからよろしくお願いします」

彼女は丁寧に頭を下げて挨拶をしてきたので

「本日付けでここの提督になる大和田だ。これからよろしく頼む」

少し偉そうに返事をした。

急に自分が提督になったという実感が湧いてきた。

それにしてもこの大淀も他の二人とは別のベクトルで可愛いしこんな娘と高校生活を送りたかった。こんな娘にちょっとそこの男子〜とか言われたかったなどという戻らぬ過去の事を後悔した。

「大淀、俺はこれからどうすればいいんだ?」

ひとまず大淀と名乗るメガネ美少女にそう尋ねると

「ひとまず艦娘をこの部屋に全員呼んで軽く挨拶をされてはいかがでしょうか?」

彼女はそう提案して来た。

たしかにそうだ。

右も左もわからない俺はそうする事にした。

 

それから10分くらいすると扉がノックされる音が聞こえたので

「入っていいぞ。」

まだ特に何もしていないのに提督風を吹かし少し偉そうに言った。

するよ扉が開き

「ぱんぱかぱーん!」

という声とともに入ってきたのは愛宕さんでその後に続く様に愛宕さんと似た服を着た女性が入ってきた。

てかぱんぱかぱーんってなんすか愛宕さん。

でもそんな事どうでもいいくらいお美しいですよ。と言いたかったが喉をつっかえて結局口にする事は出来なかった。

「提督〜また会いましたね。改めまして私は重巡洋艦高雄型二番艦の愛宕。こっちはは姉の高雄。二人会わせてよろしくね♪」

「貴方が新しい提督ですか。私が高雄型一番艦の高雄です。愛宕共々よろしくお願いしますね」

と二人があいさつをしてきたので俺も挨拶を返そうとしたが

「自分、大和田って言いますこれからお願いいたしまひゅ」

あっ噛んだ。

一番ダメなタイミングで噛んだ。

なんてダメな奴なんだ俺は。

さっきので人生の全部の運を使い果たしたのかと疑うレベルの不幸だった。

しかし

「高雄〜ひゅだって〜可愛い〜」

愛宕さんは頭をなでてくれた。

高雄さんは口に手を当ててクスクス笑っているがなんというか奇跡的に好印象を抱かせた上に頭までなでてもらえるとか明日、いや今すぐに世界が滅んだとしても生涯に一遍の悔い無しと言って昇天出来るとそう思った。

 

それから少しして

「こんにちは〜軽巡洋艦阿賀野型の1番艦阿賀野でーす。提督さぁんこれからよろしくね〜きらり〜ん」

と黒髪のおっとりした雰囲気の女の子が入ってきた。

ぱんぱかぱーんに続いて次はきらり〜んって一体なんなんだここは・・・でも可愛いから許す!と心の中でサムズアップをし

「大和田だ。これからよろしく」

と返すと大淀が

「この鎮守府に居る艦娘は以上です。もう一人駆逐艦娘が新しく赴任してくる予定なのですが・・・・」

少人数な事は知っていたが1つの鎮守府にこのくらいの人数しか居ないとなるとこの人数でやっていけるかどうか不安に思ったが逆にそれだけこの辺りの海域は平和な所なのだと安心もできた。

もう一人・・・多分あの子だろう。

そんなことを考えていると

「すみませーん迷っちゃってました〜」

と聞いた事のある元気の良い声が聞こえてきた。

やっぱり吹雪だ

「おお、吹雪!遅かったじゃないか!」

俺はそ吹雪を迎え入れた。

「提督、この娘ご存知なんですか?」

大淀が少し驚いた顔をした。

「ああ。さっき入り口で会ってさ。この娘が俺と同時期にここに着任した吹雪だ。みんな仲良くしてやってほしい」

折角なので提督風を吹かして吹雪を皆に紹介すると

「初めまして吹雪です!みなさんよろしくお願いします!」

吹雪は深々と頭を下げた。

「ではこれで全員の挨拶が終わったので提督と吹雪さんを部屋へ案内しますね。高雄さん、愛宕さん、阿賀野さんは各自解散で」

大淀がそう言うと

「じゃあまたね提督」

「それではまた。」

「じゃあね提督さん」

と愛宕さん、高雄さん、阿賀野はぞろぞろと部屋から出ていった。

それから大淀が俺を通した部屋はなんと吹雪と同じ部屋だった。

ここで当分の間吹雪と生活する事になるらしい。

もちろん男女同室なんて俺の身が持たないし、倫理的にマズいと思ったので大淀に他の部屋は無いのかと聞いたが、他の部屋はほぼ物置の状態で使える部屋がこの部屋だけしかないとの事だ。

「深海棲艦の出現も報告されていません。それに今日は疲れたでしょうからゆっくり休んでください。それでは提督。また何かありましたら私は執務室に居ますのでそちらまでお願いします」

大淀はそういうとそそくさと出て行ってしまった。

そして部屋には当然だが俺と吹雪の二人っきり

どうしよう・・・こんな時一体何を話せば良いんだ

「あのー」「あの・・・」

俺と吹雪が同時に声を出す

「あっ、司令官からどうぞ!」

吹雪がそう言ったので俺から話す事にした。

「あの・・・こんなのと一緒だと落ち着かないと思うけど数日間の辛抱だからそれまで我慢してくれ・・・俺もまだこの鎮守府のシステムを全然理解できてないし・・・ごめん・・・」

提督といえどまだ俺は何も聞かされていないし吹雪に面目が立たない。

すると吹雪は

「いえ!司令官のお邪魔にならない様にしますね。こちらこそふつつか者ですがよろしくお願いします!!」

と、また頭を下げた。

いちいち可愛いなぁ本当に・・・・そう思ったがあまり悪い印象を与えるとこれからの業務に影響が出るし引かれても困るので

「ああうんよろしく」

俺は淡白に返した。

少し緊張も解けてきたのか前日から緊張やら何やらで眠れていなかったので急に睡魔に襲われた。

少し仮眠しようかな・・・

「吹雪、俺ちょっと寝てるから好きにしててくれ」

「はい!わかりました。おやすみなさい司令官」

吹雪の一言を聞いた俺はベットで横になるや否やすぐに眠りについてしまった。

それから何時間経ったのだろうか?俺は目を覚ますとなにやら水の流れている音が部屋の浴室から聞こえた。

多分吹雪は気をつかって俺が寝ている間に風呂をすまそうと思ったのだろう。

しかし汗臭い灰色の青春時代を過ごしていたとはいえ俺もまだ18歳。

こんなの覗きたくなるに決まってるじゃないですか!

「いやこれは提督としての視察だからやましい考えとか断じてないからええ本当に」

と謎の理屈をこねて風呂を覗きに行く事にした。

こっそり風呂場の戸を少し開けるとスリムでフラットな体付きをした吹雪がシャワーを浴びている。

うーん巨乳派だけど貧乳もいいなぁ・・・・そんな事を思いながら舐め回す様に吹雪を眺めているとやはり下腹部が気になるじゃぁありませんか。

エロ本やエロマンg・・・ゲフンゲフン保健体育の教科書でしか見た事のない女の子の下腹部を生で見れるチャンスなんかこれから二度とないと言って良い!これは保健体育の授業の続きだ!では見させて頂きます!訳のわからない理屈を捏ね意を決した俺は吹雪の下腹部に目をやる。するとどうだろう。毛は生えていなかったがなにやら可愛らしい見覚えのある物がぶら下がってるじゃあありませんか・・・あれー?おかしいななんだろあれ見た事あるなぁ・・・

 

そう思った瞬間

 

「きゃっ!ててて提督!何してるんですか!」

吹雪が悲鳴を上げた。

「やべッバレた!」

これはまずいことになった!とりあえず逃げなきゃ!

俺はとっさにその場を一目散に逃げ去った。

とりあえずどこか落ち着ける場所で今見たものを整理するんだ・・・・!!

そして俺は目についた男子トイレに籠ろう。

あそこなら誰も入ってこないはずだなどという小学生レベルの浅はかな考えでトイレに走り込む。

よし・・ここなら誰にも邪魔されることなく落ち着ける・・・・

はずだったのだが

「あら提督どうしたのそんな息を荒くして?」

「提督もおトイレですか?」

そこには何故か小便器に向けて何かを出している高雄さんと愛宕さんが居た。

えっ・・・なんで女の人が立ちションしてんの?

それになんだあのデッカいモノ♂じゃないアレなんだよ見た事無い大きさのチンK・・・・そこで脳が理解を拒む。

高雄さんと愛宕さんにそんなもの生えてる訳ないじゃあないか。

艦娘の艤装か何かでしょ。

いや〜最近の艤装はインプラント式なのかすごいな〜

ここまで思考は0.05秒だった

ってそんなわけないだろ!!なんだよあれ!?

俺は恐る恐るもう一度愛宕さんの下腹部に目をやるとどう考えてもチ○ポですどうもありがとうございました。

ってことは吹雪の股にぶら下がってたアレも・・・・ 

もう何も考えられない・・・というか考えたくない!!

「なんで艦娘の股から変なもんがぶら下がってんだよおぉ!!誰か説明してくれよぉ!」

俺の悲痛な叫び声が鎮守府にこだました。



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もう一つの秘密

pixivで2話として投稿した物です。すこしシリアスになります。



 前回までのあらすじ・・・

なんと吹雪と愛宕さんと高雄さんにはイチモツが生えていたのだった。

何を言っているかわからないと思うけど俺にもどうなってるのかわからない。

 

「えーっとあの・・・そのご立派なモノは一体・・・・」

俺は恐る恐る話を切り出す。

「そこは改造してないわ、自前よ~」

愛宕さんは当然の様にそう答えた。 

はて?どういう事だろうかもう少し聞いてみよう。

「えっと・・・あの・・・・自前ってどういうことなんですかね?」

「別に隠すつもりは無かったんだけど私男なのよ。こっちの高雄もそうよ。世に言うシーメールって奴ね」

「しー・・・めーる・・・?」

なにそれ・・・?日本語・・・?

電話番号で送れるメールのことじゃないの・・・?

色々な事が一斉に起きて頭の回路がショート寸前まで来ている。

こんなに頭使ったのはいつぶりだろう

えーっとかいつまむとこの2人は男で今ここで立ちションをしてて・・・じゃあ今朝ぶつかったアレは偽物・・・・?

えっ・・・ええええええええ!!!!?

「よくも・・・・・よくもだましたなあぁ!!」

俺はもう訳がわからなくなり叫びながら半べそをかきその場を走り去った。

 

もうその時の俺は何がなんだかわからなくなったのでとりあえずこの異様な状況から抜け出すため、そして外の空気でも吸って落ち着くために鎮守府の外へ出る事にした。

そんな時

「あら提督さんそんなに汗でびしょびしょになってどうしたの?」

という声がしたのでその声の方にふり返ると阿賀野さんがベンチに座っている。

「あっ、あの・・・色々あって・・・・」

流石に愛宕さん達が男だったなんて言えるはずもなく適当に誤摩化す。

「提督さん、そんなに汗かいてるんだったらお風呂入らない?大浴場があるんだけど入ってみない?阿賀野が案内するよ?ここのお風呂とっても大きいんだよ?」

阿賀野さんはやさしく俺に声をかけてくれた。

なんて良い人なんだ・・・・もう信じれるのは彼女しか居ない。

俺は流石に今自室に戻る訳にも行かないしこの気分を落ち着かせるためにも風呂に入る事にした。

「あ・・・・ありがとう阿賀野さん。じゃあ案内して・・・くれます?」

「阿賀野でいいよ」

予想外の返事に俺は耳を疑う。

「へっ?」

「提督さんは阿賀野たちを指揮する人なんだからそんな腰を低くしなくたっていいんだよ。それに阿賀野も敬語じゃ疲れちゃうしぃ〜タメ口でい・い・よ♡ふふっ!」

阿賀野さんはそう言ってウインクをしてくる

な・・・・なんなんだよこの人・・・・・

今日会ったばっかりの俺なんかにこんなに優しくしてくれる上に呼び捨てで良いなんて・・・・

こんな理想的な女の子が居るだろうか?いや居ないね!!

「そっ・・・それじゃあ阿賀野・・・」

あー言っちゃったー!!女の子を呼び捨てたのなんか何年ぶりだろうか・・・

「はぁい?提督さん」

返事してくれたぁぁぁぁぁ!!!よかった・・・本当に呼び捨てていいのかわかんなかったけど本当に本当に呼び捨てて良かった!!

つくずく俺自身が女の子という存在に触れずに青春を送ってきた事を考えて少し悲しくもなったがそんな事はどうだっていい!これから俺は阿賀野さ・・・いいや阿賀野といい感じになってこの鎮守府生活を謳歌するんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!

俺は心の中でそう叫ぶ

「あ・・・阿賀野・・・じゃあその大浴場に案内して・・・もらおうかな」

俺がたどたどしく彼女に言うと

「はーい!それじゃあこっちだよ提督さん。早く早く!」

彼女はそう言って俺の手を引き走り出した。

あれ・・・なんか俺、女の子に手・・・握られちゃってる?

女の子手って思ったよりしっかりしてるんだなぁ・・・

って俺阿賀野と手繋いでるのか!?

ナチュラルに手を触られて理解するのに数秒ほどかかってしまった。

女の子と手をつなぐなんて何年ぶりだろう?

それに風になびいた彼女の黒髪からはなんだかいい匂いがする。

これが女の子の髪の香りなのかぁ・・・いい匂いだなぁ。

そんな聞かれたらドン引きされるであろう事を思いながら阿賀野に手を引かれるままに着いていくと大浴場が見えた。

なにやら入り口は1つしか無かったが基本艦娘しか使わないのならさして問題はないだろう。と心の隅に一瞬生まれた違和感を無視し大浴場の脱衣所に足を踏み入れる。

「じゃあ俺風呂入ってくるよ。ここまで案内してくれてありがとう阿賀野」

と阿賀野に礼を言った。

「お易いご用よ!それじゃあ提督さん、ごゆっくり〜」

阿賀野はそう言うと脱衣所から出て行ったのでこんな呑気な事をやってる場合ではないんだろうけどとりあえず一旦落ち着きたかったので俺は汗でびしょびしょになった服を脱ぎ捨てて大浴場へ入った。

「すっげぇ・・・・」

中はとても広い風呂があり、サウナや露天風呂まで完備されていた。もうとにかく考える事に疲れた俺は無心で露天風呂に入った。

たまらない。体の疲れが一気に飛んで行く様なそんな気持ちになった。

そして落ち着いてきたのでシャワーでも浴びてすっきりしようと露天風呂から出てシャワーを浴びようと蛇口を捻りシャワーを浴びていると

「提督さ〜ん。やっぱり阿賀野も一緒に入るね〜」

そんなのんびりとした声が聞こえて扉が開きなんと阿賀野が浴場に入ってきたのだ。

何たる暁光・・・!バスタオルからはみ出んばかりの胸・・・それに綺麗な肌・・・って違う!見とれてる場合じゃない!こんな子と一緒に風呂なんか入ったら俺が持たないしもし変な事してドン引きされたら・・・・

「うわっちょいくらなんでもいきなりこここ混浴なんてそそそそんなよよよよろしくないと思うなぁ」

俺は急な出来事にまたキョドってしまう。

「いいじゃんいいじゃん。裸の付き合いって奴?なんちゃって☆」

阿賀野はそんな俺に構わず隣に腰掛けてくる。

近くで見ると更にその透き通った肌黒い髪はとても一言では言い表せない美しさ。そしてバスタオル越しに見る彼女のバストは愛宕さん達ほどではなかったがそこそこ豊満だったためやっぱり目が行ってしまう。

落ち着けよ俺・・・こう言うときこそ平常心だ・・・・

自分にそう暗示をかけていると阿賀野はおもむろに胸とバスタオルの間に指を入れ谷間を強調しつつこう言った。

「ねえねえ?阿賀野の胸、どう思う?高雄達には勝てないと思うけど・・・・」

今・・・なんと・・・・ムネ・・・ドウオモウ・・・・・目の前で現実離れした事が起こりまくったので一気に脳が沸騰する様な気になったがシャワーの温度を最低にして頭を冷やし、なんとか正気を保つ。しかしどう返せば良いんだ?確かに愛宕さん達の方がデカいけどアレは偽ものであって・・・でもそれを阿賀野に打ち明けたらどうなるかわからないし・・・・女の子の褒め方など全くわからない俺はとりあえず今考えうる全ての言葉をひり出すことにした

「あーえーっと確かに愛宕さん達よりは小さいと思うけど胸は大きさだけじゃなくて美しさだと思いますハイ・・・アガノ ムネ デカイ ウツクシデス」

何言ってんだ俺は!!後半片言になってるじゃねぇか!ゼッタイ変な奴だと思われる!!とそう思った直後

「わぁ〜提督さんありがとう!阿賀野うれしい!」

阿賀野は俺の事を抱きしめた。

アカン・・・これが乳圧というものか・・・すごい柔らかい・・・愛宕さんにぶつかった時よりも柔らかい気がする。やっぱり偽物の乳より本物ですよね!

っていかんいかんこのままでは窒息死してしまう。

いや・・・その前に鼻血がでて失血死か!?胸に挟まれた俺はそう思ったがあまり乱暴に暴れると危ないのでひとまずこの中に埋もれている事にした。

決して胸を堪能したい訳ではない。阿賀野の身を案じての事だ。断じてやましい考えは無い!!

しっかし俺が今美少女の胸で埋もれて死にかけてるなんて言ったら元クラスメイトの淀屋やカイトはなんて言うかなぁ・・・・

カイトは泣いて羨ましがるだろうけど淀屋は・・・・ 

というか淀屋・・・今何してるんだろ?卒業式の次の日に居なくなったっきり連絡も取れないし・・・・

いいや今はそんな事どうでも良い!今目の前にあるのはおっぱいだけ!それだけ考えてりゃ良いんだよ!!

それに淀屋とは近いうちに会えそうな気がする。なんでかしらないけど・・・それよりおっぱい!!

俺がそんな下劣な事を考えていると

「1週間くらい前にやっと手術の痕が無くなったんだ〜よかったー形が変になってたらどうしようって思ったけど提督さんも喜んでくれたしやっぱり胸にシリコン入れて良かったよ〜」

阿賀野は嬉しそうに言った。

ん?しり・・・こん・・・? シリコンってあの? 阿賀野も偽乳なの?ま、まぁあの2人の胸があんなにデカい(偽乳だけど)んだから多少張り合っていれたのかもしれないし・・・・などと考えているうちに息が苦しくなってきたので

「あの・・阿賀野・・・そろそろ苦しいんだけど・・・」

阿賀野に離してもらう様に頼む。

「あっごめんなさい提督さん。阿賀野嬉しくってつい・・・・」

阿賀野はそう言うと俺を解放した。

その時拍子で流しっぱなしになっていたシャワーの向きが変わり阿賀野にかかり阿賀野に巻かれていたバスタオルがはずれてしまう。

「きゃぁ!」

阿賀野は反射的に胸を手で隠す。

やっぱり手ブラって本当にいい物ですね。

俺はその時の俺の顔をもし自分が見たら全力でぶん殴っているであろうレベルの惚けた顔をしていた。

しかしその表情は一瞬で絶望へと変わる。

両手で胸を隠しているため下半身が無防備になっていたのだ。そこには広大なマングローブの中に高雄姉妹ほどではないが立派な1本の巨塔がそびえ立っていたのだ。

えっ・・・なにそれ・・・・

「ご立派ァ!」

無意識のうちに声を出してしまったがえっ、もしかして阿賀野も男?

さっきまで嗅いでた髪のいい匂いとか俺と繋いでくれた綺麗な手も全部・・・男の・・・・

この鎮守府どうなってんのえっ・・・えっ?????

その時、俺の脳裏にさっき思った言葉がよぎった

こんな理想的な女の子が居るだろうか?いや居ないね!!・・・居ないね・・・居ないね・・・・

脳裏でさっきのモノローグが悲しく何度もリピートされる。

居なかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!確かに理想だけど女の子じゃなかったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!

また俺は訳がわからなくなり

「ごっ、ごっ、ごめんなさいでしたアァ!!」

と叫びながらバスタオル一丁で大浴場から逃げる様に飛び出した。

 

どうなってるんだよここは・・・!?なんで艦"娘"なのに男が紛れ込んでるんだよおおおお

そうだ大淀。あの娘なら何か知ってるかもしれない!

なりふり構わず俺は来た道を通り藁をもすがるような気持ちで執務室へ向かった。

勢い良く執務室の戸を開けるとそこには大淀がいた。

「大淀!ちょっと聞きたい事があるんだけど!!」

「け・・・提督?どうされたんですかそんな鬼気迫る表情で・・・それにそんなバスタオル一丁なんて格好で・・・・」

大淀は顔を真っ赤にして手で顔を覆った。

「どうしたもこうしたもねぇよ!!一体どういう事なんだ?なんで艦"娘"に俺と同じイチモツが付いてるんだよ?ええ?」

鬼気迫る表情で俺は大淀に迫る。すると

「見てしまったんですね提督・・・・」

大淀は表情を暗くして言ってこちらに近付いてくる。

「な・・・・なんだよ・・・」

もしかしてこれ・・・その秘密を知ったからには生かしておけない!とかいって消される奴か!?

嗚呼・・・そんな事ならさっきの阿賀野の胸の中で窒息死・・・・いやいや男の胸で窒息死なんて死んでもごめんだしまだ消される訳にもいかねぇぞ!

近付いてくる大淀に対して俺は身を構えるが

「謙。まだ気付かないの?」

俺に近付いてきた大淀は別に拳銃を取り出すでもスタンガンを取り出すのでもなくおもむろに眼鏡を外してこちらを見つめてきただけだった。

それになんで俺の事呼び捨てで読んで来るんだ・・・・?

そんな予想外の事に呆気にとられながらも俺はそんな大淀を見つめる。

「あ・・・あれ・・・・?もしかしてどっかで会った事ある・・・・?」

なんだろう?どこか見覚えがあるような目つきをしている。

でも俺にこんなメガネっ子の知り合いはいないし・・・

そこでいままでの事を思い返してみる。

阿賀野も高雄さんも愛宕さんも皆男だったし・・・

男でこんな目つきをしてた知り合いが居る・・・

そして俺は半信半疑だが一つの仮説に至った。

「おっ・・・お前もしかして」

メガネをかけている時はわからなかったが、まじかで見るとその目つきの悪さはとてもなじみのある物だった。

それは高校時代の俺の親友だった淀屋 大(ヨドヤ マサル)の目にそっくりだったのだ。いやでもそんな事あるはずがない。

なんたって彼は男なのだから・・・しかし今さっきまで見ていた物がその事すら事実だと思わせる。

いやでもそんな筈は無い・・・と心のどこかで思いながらも

「淀屋・・・なのか?」

俺は恐る恐る大淀(?)に尋ねると。

「そうよ。私は正真正銘謙のクラスメイトだった淀屋大よ」

いやいやちょっと待て無理があるだろ!

何これ新しく入ってきた俺を歓迎する為のドッキリかなにか?いやぁその為に特殊メイクまでして皆が男だったなんて言って俺をびっくりさせようだなんてすんごいサプライズだなぁ〜と思ったが確かにあの目つきの悪い目は淀屋の物だ。

でもやはりあいつが目の前に居る事は信じられないしましてや音信不通だった彼が久々に会ってたら艦娘になってたなんて信じたくない。

「淀屋ってその・・・・あいつの妹さんとかではなく・・・・?」

あいつに妹は居なかった筈だけど今はその可能性に欠けるしかない!!

「うん。正しくは淀屋大"だった"って言った方がいいかもしれない。今の私は大淀だから」

彼女はそう言い切った。

???尚更理解が出来ない。いいや俺自身が理解を拒んでるんだ。

確かに言われてみると身長もそこそこ淀屋に近い様な気もするし・・・・ただそれ以外は全くの別人と言ってもいいし何より淀屋は男だ。目の前に要る少女は一体何者なんだ?もう流石に考える気力さえ起きない。いや考える事を放棄したと言った方が正しいか。

もう訳がわからないぞ。

「いや・・・でも淀屋は男で・・・・それに声も喋り方も・・・恰好だって全然・・・・」

俺は目の前で起きている不条理を必死に否定しようとしたが

「謙に提督の資質があるってわかってから数日後私にも艦娘の適正がある事がわかったの」

大淀・・・いや淀屋は無慈悲に続けた。

色々聞きたい事はあるがとりあえず一番引っかかった疑問を目の前の淀屋と名乗る少女にぶつける。

「いやちょっと待て、艦"娘"って言ってるくらいなんだから女にしかなれないんじゃないのか?」

すると彼女は

「5年前の殲滅作戦で艦娘の戦力の70%が失われたのは知ってるわよね?」

と続ける。これはリアルタイムで中継もされたとても過酷な争いだったからTVのニュースで見ていただけでも全く忘れる事は出来ないほどの激戦だった。

「ああ」

「それからというもの女性の艦娘適合者は少なくなったの。そして男性でも艦娘になれるって事が実証されたらしくてそれからというもの艦娘に適合できる男性は私みたいに艦の記憶を植え付けられて各鎮守府に配置されているの。だから今の私は淀屋大であって淀屋大ではない大淀なの」

この話を急に信じろと言うのも無理な話ではあるがその目つきの悪さとその奥の瞳の真剣さがこの話が真実だと物語る。

「じゃ、じゃあ淀屋は大淀で・・・今目の前に居て・・・・ってでもそれって確か志願制なんだろ?」

脳の処理が追いつかない俺がそう言うと

「ええ。そうよ。私志願したの。でも私大淀になれて良かったと思ってるの。これまで目つきが悪過ぎるせいで友達になってくれたのは謙くらいしか居なかったしそんな謙の役に立てるならこんなに嬉しい事はないの。鎮守府では提督と艦娘という関係でも謙とこうして一緒にいられる事が嬉しいの。だから・・・・」

そう訴える淀屋だった少女を流石に突き放す訳にも行かず

「ああわかった。」

そして俺のせいで淀屋は艦娘になる道を選んでしまった。そんな責任感を勝手に自分自身に背負い込んだ。

それなら俺がこいつにしてやれる事はただ一つだ。

「きっとお前を元に戻す方法もあるはずだ。だからこれから一緒に頑張ろうぜ淀屋・・・いや大淀・・・絶対お前を元に戻してやる」

俺はそう良い大淀の手を差し出すと

「そ・・・・そう・・・・ですね!はい!提督!これから改めてよろしくお願いします!!」

と大淀は嬉しそうに答え俺の手を握った。

なんか調子狂うなぁ・・・

でも手を握る彼女が淀屋だと思うと不思議と気恥ずかしさもないしそんな彼・・・いや彼女なのかな・・・?が秘書官ならなんとかやっていけそうな気もしてくる。

そんなことを考えていると

「と、そうだ提督・・・・愛宕さん達とのわだかまりを解かないといけないのでは?」

そうだった。いくら錯乱していたからとは言え事情を知ってしまったのだから彼女(?)たちには謝らなければいけないし吹雪に関しては覗きをしてしまっているから更になんとかしなければならない。

しかしふともう一つの疑問が浮かんだので聞いてみる事にした。

「なあ大淀」

「なんでしょう提督?」

「あの・・・お前も性別は男のままなんだよな?あの・・・アレとかさ・・・」

「は・・・はい・・・そこは男の子のまま・・・です・・・・」

と大淀は少し恥ずかしそうに答えた。

「やっぱりか・・・・ハハハ・・・はぁ・・・・」

早速初日からいろいろな事があったが女性だらけの職場で働けると思っていたのに結局男だらけの職場でこれから働く事になってしまった俺は一体これからどうなってしまうんだろう?そんな事を考えると急に気が遠くなってその場で俺はぶっ倒れてしまった。

「ていと・・・・謙!ちょっと!大丈夫!?け・・ん・・」

薄れゆく意識の中でそんな大淀なのか淀屋なのかよくわからない彼女の声が聞こえる。

 

なお、大浴場を飛び出してからここまで俺はバスタオル一丁であった。




もうこれを書いたのも半年以上前になり、色々と至らない点が少しずつですがわかるようになって来たので一部文章を修正しながらの転載をしています。


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過去

pixivで3話として投稿した物を加筆修正した物です。


 前回までのあらすじ:ラノベで読んだ様な夢の職場で働けると思っていたら実はそこは美人な男だらけの職場だった上にその中の一人が高校の親友だったのだ。

何を言っているのかわからないと思うがこの時の俺もなんのこっちゃわからなかった・・・・ 

 

「う・・・うーん」

目が覚めると俺はなにやら医務室らしい所にいた。

なんだろう?とてつもなく凄まじい夢を見ていた様な気がする。

この鎮守府の艦娘が皆男でさらにその中の一人が高校時代の親友だったなんて。

「そんな訳ないよな!いくら女性と関わる事がここ数年間無かったとはいえこの鎮守府の艦娘がみんな野郎だなんてそんな夢を見るとか俺も相当疲れてるな!ハハハ・・・」

俺は一人で言い聞かせる様にそう呟くと

「残念ですが提督、夢ではないと言って差し上げますわ。良かった目が覚めたようですね」

と声がしてベッドに備え付けられたカーテンが開き濡れたタオルを持った高雄さんが現れた。

「うわぁ!た、高雄さん!いつからそこに!!というか夢じゃないってどこからどこまで!?」

さっき彼女(?)が立ちションしていたところを思い出し俺は焦りつつも尋ねる

「残念ながら提督がさっき発言された全部がです。それよりもうお体の方は大丈夫なんですか?お水飲みます?」

高雄さんはそう答え、続けて心配そうに聞いてきた。

「あ、ああもう多分体の方は大丈夫なんだけど色んな事が一気に起こりすぎてまだちょっと受け止め切れていないと言いますか・・・・」

「やっぱりそうですよね。いくら見た目が女性でも何の用意も無くあんな物を見せてしまったんですから気持ち悪いですよね。ごめんなさい提督・・・」

高雄さんは悲しそうにそう言った。

気持ち悪いとまでは思わなかったし、どちらかというとこれだけの美人が男だと言う事に驚いている訳であって別に嫌悪感の様な物がある訳ではない。

「いや・・・気持ち悪いなんてそんな事思ってないですよ高雄さん。ただあの時は取り乱してしまって。こっちの方こそ酷い事を言ってしまったから謝らないと。すみませんでした。それに仮に高雄さん達が男だとしてもとても美人だと思います。それに・・・・」

と続けようとした刹那、

「ありがとうございます提督。私・・・そんな事言われたのは初めてで・・・・貴方の様な素敵な提督で良かったです。これからも貴方の手となり足となり頑張りますのでどうかよろしくお願いします!」

急に高雄さんが俺の手を握り涙混じりに詰め寄って来た。

うわぁ・・・近くで見ても男だってわからないくらい美人だなこの人・・・

しかし手は華奢で柔らかかったが結構握力が強かったのでやっぱり男なんだなと再認識させられる。

「あ、はいこちらこそよろしくお願いします・・・」

そして俺は気になった事があったので聞いてみる事にした。

「あの・・・高雄さん?」

「あっ、提督ごめんなさい。痛かったですか?私嬉しくてつい・・・」

自覚はあったらしい。しかしその事ではなかったので

「ここまで高雄さんが運んできてくれたんですか?」

と尋ねると

「いえ。大淀が提督をここまで運んできたんですよ」

高雄さんはそう答えた。

「あいつが運んできてくれたのか・・・・」

俺は高校時代河原で足を怪我して溺れた時淀屋に家までおぶって運んでもらった貰った事を思い出す。

「やっぱ見た目は変わってもあいつはあいつのままなんだな・・・」

俺は少し安心した。

「提督?貴方大淀と知り合いなのですか?最近赴任したばかりで過去の事は何も話してくれないんですけどこの鎮守府の艦娘たちは皆過去に背負ったものを少なからず持っている艦娘ばかりなので詮索はしません。でも昔の事を思い出すと辛い事も有ると思うので出来るだけ昔の事は忘れて接してあげてくださいね。過去なんて忘れてしまった方が良いですから・・・・」

高雄さんは少し暗い表情でそう言った。

高雄さんは相当過去に辛い事があったんだと思うがその事を聞いて今の関係が崩れ、お互いに傷つくのが嫌だったのでそれ以上は聞かない事にした。

しかし淀屋はどうなんだろう・・・・?アイツは本当に俺と一緒に居たい為だけに艦娘になったんだろうか?

俺はそんな事を考えながら高雄さんの持ってきた水を一杯飲んでいると急に外からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきて医務室のドアが勢いよく開かれる。

「提督さん提督さん!大変なの!」

そんな声とともに息を荒げながら阿賀野が医務室に入ってきた。

「ちょっと阿賀野いつも医務室に入ってくるときはノックをしなさいって言ってるでしょ?それに提督も今起きた所なんだから大声をださないの」

高雄さんは阿賀野を優しく諌める。

「違うのそれどころじゃないの!吹雪ちゃんが・・・・吹雪ちゃんがどこにも居ないの!!」

阿賀野は泣きそうになっている。

吹雪が居ない・・・?もしかして俺の覗きが原因で・・・?俺は自分の浅はかな行為を悔いる。

「俺のせいだ・・・」

俺は呟く。

「提督?何があったのか詳しく聞かせてくれませんか?」

高雄さんはそう聞いてくるので出来心で覗きをしてしまった事、そして俺がぶっ倒れるまでの事を全て高雄さんと阿賀野に話した。

「ひっど〜いレディーのお風呂を覗くなんて」

阿賀野は頬を膨らませる。

レディーってお前ら男だろ・・・そう言いかけたが流石に言う訳にもいかなかったので喉まで出かかった言葉を胸の奥にしまい込む。

「でもこれは非常に危ない状態ですよ提督・・・」

高雄さんがそう言ったので何が危ないんだろう?もしかして覗きって重罪なのか?俺軍法会議か何かにかけられて射殺されちゃうのか?という不安が俺をよぎる中、高雄さんは話を続けた。

「私たちは普通の人間が素体になっている艦娘なんですが、駆逐艦に適合する人間はそれほど年端のいかない少年少女だけなんですがその年端のいかない少年少女は大体艦娘適合手術に耐えられなかったため駆逐艦の娘たちの大半は先代の駆逐艦の艦娘達の遺伝子から生まれたクローンの様な存在なんです。なので細胞分裂が著しく普通の艦娘より早くて1日に1回は投薬をしなければ生きていけない体なんです」

良かった・・・・俺の事じゃなかったか・・ってええ?それどころじゃないじゃないか!

吹雪がクローンでこのままだと死ぬ?そんな馬鹿な事があってたまるか。

このまま謝らないで死なれてしまったら俺が一生後悔する事になる。

しかし気がかりな事があったのでひとまず聞いてみる事にした。

「あの・・・クローンならなんでわざわざ男にする必要が有るんだ?艦娘なんだから女のクローンを作れば良いじゃないか」

「実はね提督・・・そのクローンは基本女の子として作られるんだけどごく少数イレギュラーとして男の子が生まれてくるの・・・吹雪ちゃんはそのイレギュラーなんだけど前の鎮守府でそれがバレて酷くいじめられていたの・・・もしかしたらそれがトラウマになってて提督に見られちゃったから出て行ったのかも・・・私たちが男だっていう事も早めに打ち明けようと思ったんだけどまだ吹雪ちゃんには伝えられてなくて・・・・提督さんごめんなさい。もっと早くにこの事を伝えておけば良かったのに・・・」

そう言うと阿賀野は泣き出してしまった。

なんて事をしてしまったんだ俺は・・・それこそ早く探しに行かなきゃいけないじゃないか。

「高雄さん!俺吹雪を探しに行って来ます!ちょっと留守番たお願い出来ますか?」

俺は居ても立っても居られなくなりベットから飛び降た。

「え、ええ。それはいいのだけれど提督・・・」

高雄さんが顔を赤らめている。

「なんです?」

「服は着た方が良いんじゃないかしら・・・・?」

あっ、そうだった俺バスタオルのままだったんだっけ。

てか素っ裸じゃん俺。淀屋の奴気が利かない所まで前と全然変わらないじゃないか。目の前に居る二人にまじまじと全裸を見られた俺は何故か恥ずかしくなってきた

「ごっごっごめんなさあぁい!!!!今すぐ服着て出直してきまあぁす!!!!!」

俺は床に落ちていたバスタオルで股間を隠し自室へ向かって一目散に走り出す。

今日俺めちゃくちゃ走ってんな・・・・

そして自室に戻るともちろん吹雪の姿は無く、机にメモが1枚置いてあった。

「なんだろうこれ?」

そのメモを手に取り読むと

【司令官ごめんなさい。私はもうこの鎮守府には居られません。短い間でしたがお世話になりました。さようなら 吹雪】

と書かれていた。

そんなの絶対にダメだ!まだ今日会ったばかりじゃないか!!

俺はもっと吹雪の事が知りたい!

もっと話したい!

こんな別れ方絶対ダメだ!!

自分勝手かもしれないけどそんな理由でお前を死なせたくない!

俺は整理し切れていない段ボールの山からジャージの上下を探し出し袖を通す。

そして俺は医務室へ戻り

「高雄さん!阿賀野。俺は絶対に吹雪を見つけ出してきます!」

俺は二人にそう告げて医務室を後にしようとすると

「既に愛宕と大淀が探しに行っているわ。提督、この辺りの外れは日が落ちると街頭すらない真っ暗闇だから気をつけて・・・。私も出来る限りの事をやるわ」

高雄さんがそう言った。

「わかりました!では行って来ます!」

再び医務室を出ようとしたその時

「待って!」

次は阿賀野が俺を呼び止めてくる。

「なんだよ?」

俺は焦りからか少し声を荒げて聞くと

「提督さん、私も一緒に行く!提督さんよりはこの辺りの地理には詳しいはずだしきっと役に立つよ。だから連一緒に連れて行って!」

確かに何もわからない土地で一人で人探しをするなんて無茶だと思ったので阿賀野と一緒に行く事にした。

「それじゃあ高雄さん!留守番お願いします!行ってきます!」

俺は阿賀野と共にに鎮守府を飛び出した。

待ってろよ吹雪!俺は絶対お前を見つけ出して鎮守府に連れ戻してやるからな!!

 

 

「あのまっすぐな瞳・・・昔のあの人の事を思い出すわね・・・・」

高雄は二人を見送りつつ聞こえないくらいの声でそう呟いた。



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side吹雪その1 ボクの中の吹雪(私)

pixivに特別編①として投稿した物で吹雪が鎮守府に来る経緯と過去のお話になります。


 ボクは吹雪。そういう名前らしい。家族は居ないしどこで生まれたのかもわからない。あるのは"吹雪”という駆逐艦の記憶がうっすらあるだけ。別に二重人格と言う訳ではないのだがボクの頭に別の何かの記憶がある。そういう不思議な感覚だった。しかしそんなボクが吹雪であるという認識以外に自分の存在を確かめる物は無かった。それに自分自身を証明出来る物なんて一つも無かったボクはただその"吹雪"という存在にすがる他無かった。

それ以外のボクの記憶はあまり無く。はっきり覚えているのは気付いたら施設に居たという事だけだった。始めはあまり気にはならなかったが、その施設にいるみんなとボクは決定的に違った。どうしてボクだけ皆と違うのだろう?そのズレは日に日に大きくなっていった。 

そしてボクは遂に施設の皆を避け、独りで居る事が多くなってしまった。

そんなボクに

「吹雪ちゃん元気ないっぽい?」

「吹雪ちゃん吹雪ちゃん!一緒に遊ぼうよ!」

と二人の艦娘が話しかけて来てくれた。夕立と睦月という艦娘らしい。これは名前を聞いた訳でもなく頭の中で"吹雪(わたし)”の記憶がそう言うのだ。

ボクは自分の中の"吹雪(わたし)”に従って出来るだけボクの事を気取られないように二人と良く遊ぶ様になっていた。その時はとても楽しかったし、一緒に他愛もない話をしているときは自分が皆とは違う事を忘れられた。

そんなある日の事夕立がボクと睦月に嬉しそうにこう言った。

「吹雪ちゃん!睦月ちゃん!夕立追に○○鎮守府への着任が決まったっぽい〜?」

睦月はその事にとても喜んでいたが、それがどういう意味なのかボクは理解していた。遂に夕立達と離ればなれになる時が来たのだと。

それからしばらくして夕立は施設から居なくなった。夕立とはそれっきり会っていないしどうなったのかなんて知る由も無い。

またそれからしばらく経って

「吹雪ちゃん!私も●●鎮守府への着任が決まったの!如月ちゃんもいるんだって!吹雪ちゃんも早く着任先の鎮守府が見つかると良いね!」

と言って睦月も施設から居なくなった。"吹雪(わたし)”はとても嬉しかったがボクは素直に喜べなかったし、ずっと施設にいれば戦いに出る事も傷つく事も無いのに皆はどうしてあんなに喜んでいるのだろう?という疑問しか持てなかった。やっぱりボクはおかしいのだろう。またボクは独りになってしまった。

それからどれくらい経っただろうか?ボクも遂にとある鎮守府に着任する事が決まった。しかしボクは他の艦娘とは違う出来損ないだ。これが気付かれてしまったらボクは捨てられてしまうだろう。そう思ったボクはボクを押し殺し完璧な"吹雪(わたし)”を演じる事にした。

 

「はじめまして、吹雪です。よろしくお願いいたします!」

 

"吹雪(わたし)”はとある鎮守府に着任した。司令官はとても優しく接してくれたし鎮守府の暮らしは苦ではなくなっていた。

しかしそんな時間は長くは続かなかった。

鎮守府に着任してから数ヶ月が経った頃、"吹雪(わたし)”は提督に工廠の裏に呼び出され、そこで司令官は"吹雪(わたし)”にこう言った。

「吹雪!好きだ!!これからケッコンカッコカリを前提に俺と・・・・」

それはまぎれもない告白だった。"吹雪(わたし)”は涙が出るほど嬉しかったが同時にボクが提督を騙しているという罪悪感に苛まれながらも

「あの、あのっ・・・私も司令官のこと・・・大す・・・い、いえっ信頼しています!はい!」

と返した。

 

それから司令官との距離が縮まり、ボクはこんなに幸せで良いのかと思う程楽しい時間を過ごした。しかし距離が縮まってしまったが故に遂にボクの秘密がバレてしまう事になる。

ここからは余り思い出したくもないし覚えていないのだが司令官の態度は一変し、ボクは良く憂さ晴らしの為によく殴られたり酷い事をされるようになった。

「お前は不良品だ。解体されないだけありがいと思うんだな。 それにお前は俺を騙してたんだからこれは当然の報いなんだ!おい吹雪!こんな出来損ないを鎮守府に置いて頂いてありがとうございますと言え!!」

そういつも言われていたこの言葉だけは忘れる事が出来ないし今でも良くこの言葉に苦しめられる。でもボクが司令官を騙していた事は事実だ。だからボクが悪いからこんな事になってしまったんだ。そう自分自身に言い聞かせ、ボクはどんな暴力にだってごめんなさいと言い堪え続けた。でもやっぱり痛いのは嫌だ。戦って傷つく訳でもなくただただ信頼して一度は"吹雪(わたし)”の事を好きだと言ってくれた司令官によってボク自身が傷つけられるのはボクにも"吹雪(わたし)”にも堪え難い苦しみだった。

そんな最悪な日々が何ヶ月か続いた頃、突然他の鎮守府から阿賀野と名乗る軽巡洋艦の艦娘がやって来て、ボクを抱きしめながら

「吹雪ちゃん。辛かったよね?あの提督のやって来た事は全て憲兵に報告したからもう大丈夫よ。あなたはもうこんな辛い事を我慢しなくていいんだよ。」

と言った。

ボクは生まれて初めて抱きしめられた。何故か自然と涙がこぼれ、ボクは生まれて初めて声を上げて泣いたしかしこのままではボクはこの鎮守府を追い出されてそれこそ本当に解体されてしまうのではないか?そんな不安がよぎる中、彼女は

「吹雪ちゃん。あなたが良かったらなんだけど、もし良かったら私たちの鎮守府にこない?万年人手不足でここよりは設備も良くないけどきっと辛い思いはさせないわ。」

と続けた。

ボクは行くアテも何も無かったので黙って頷いた。今度の司令官はどんな人なんだろう?それにまたボクが男だとバレれば嫌われてしまうかもしれない。また酷い事をされるかもしれない。そう思ったボクは再び"吹雪(わたし)”を演じ切る決心をした。

 

それから数日後司令官は憲兵に連れていかれ懲戒処分になったらしい。しかし司令官をそんな風にしてしまったのはボクのせいだ。そんな中ボクだけそんな苦しみから逃げ出しても良かったのだろうか?そんな事を考えながら阿賀野さんから貰った紙を頼りに××鎮守府へ出発した。

そして××鎮守府に到着。まわりには何も無かったがとにかく桜の綺麗な鎮守府だった。その鎮守府の前に佇む一人の男が居たので、関係者かもしれないと思い

「あの・・・ここで何をしているんですか?]

と"吹雪(わたし)”は声をかける。

すると彼は

「はいっ!?あっあのえーっとぼっ、ぼくはこっここここのちちち鎮守府にちゃっ着任した新しい提督なんだけどきっ、君はここの艦娘なのかな?」

とぎこちなく答える。その馬鹿らしさと純粋な瞳に頼り無さそうな人だけどボクはここでは上手くやっていけるかもしれない。何故だかそう思い自然に笑みがこぼれた。そして

「貴方がここの司令官なんですね!初めまして!ぼっ・・・いえ私吹雪って言いますよろしくお願いします!私も今日付けで着任したんです。私と一緒ですねこれから一緒に頑張りましょうね司令官!」

いけない、ついボクと言いかけてしまった。いままでそんな事は無かったのにどうしてだろう?しかし聞かれていたら彼はボクの事を不信な目で見るだろう。また嫌われてしまう。ボクは一瞬そう思ったがその考えは杞憂に終わる。

「あ、ああよろしく!」

彼は笑顔で手を差し出してくれた。

ボクは彼と握手を交わした。とても暖かい手だった。この人なら大丈夫。"吹雪(わたし)”は思った。

それから工廠で簡単に高雄という艦娘と話をした。彼女はボクのアザを見ると

「あら・・・酷いアザ・・・ろくに高速修復材も入渠ドッグも使ってもらえなかったのね」

と哀れみの眼差しを"吹雪(わたし)”に向けた。

「でもこれくらいなら完全にとはいかないと思うけど少しは目立たなくできるわ!だから安心してね。」

そう言って彼女はボクの頭を撫でてくれた。それから執務室で司令官の挨拶があり、その後ボクは大淀という艦娘にまだ部屋の準備が出来ていないからという理由で司令官と同じ部屋に通された。ボクは秘密がバレてしまわないようにこれから細心の注意を払わなければいけないと確信した。すると司令官が

「吹雪、俺ちょっと寝てるから好きにしててくれ。」

と"吹雪(わたし)”に言った。

ボクは司令官が寝ている間に自分の用事を済ませようとひとまず部屋を出る事にした。そして阿賀野さんの元へ行き、阿賀野にお礼を言う事にした。

「阿賀野さん。私をここに連れて来てくれてありがとうございます。ここなら上手くやれそうです!」

すると阿賀野は

「いいのいいの♪でもこの指示をしたのはウチの大淀と高雄と愛宕だからお礼はその三人にも言ってあげてね。阿賀野はただそのお手伝いをしただけだから。」

と言った。どうやらこの鎮守府の皆が総出でボクを助けてくれたようだ。

この人たちを裏切る訳にはいかない。でもボクは皆さんに大きなウソをついている。こんな"吹雪(わたし)”に対して好意的にしてくれている皆を騙しているのだ。そう考えるとボクは気分が重くなった。すると阿賀野に

「吹雪ちゃん顔色悪いけど大丈夫?それにちょっと汗臭いよ?お風呂でも入ったら?今から大浴場へいくつもりだったんだけど一緒に入る?」

と声をかけられる。確かにここ数日ボクはロクにシャワーすら浴びれていなかったが、そんな事をしたらボクの秘密がばれてしまう。そう思ったボクは

「ごっ、ごめんなさい。私、今日はあの日なんです!失礼します!!」

と前の鎮守府で使っていた常套句を使いその場を後にする。あの日と言うのがなんなのかはボクにはわからなかったが誤摩化すときはこうすれば良いのだと"吹雪(わたし)”が言っている。

しかし汗臭いのも問題なので司令官が寝ている間にシャワーを浴びてしまおうとひとまず自室に戻る事にした。

司令官を起こさない様にこっそりと部屋に入り服を脱ぐ。そして洗面所の鑑で自分のアザだらけの姿を見たボクは

「どうしてボクの体はこんななんだろう?」

と呟き風呂に足を踏み入れる。

そしてシャワーを浴びている時、ふと視線の様な物を感じたので振り返ると、提督が扉越しにこちらの事を覗いていた。

ボクは

「ししし司令官!?何してるんですか!」

と叫んだ。するとびっくりしたのか提督は走って出て行ってしまった。

終わった・・・・きっと提督はボクのこの醜い体の事を他の艦娘にも言いふらすつもりだろう。そう思った瞬間前の司令官の言葉がボクの頭の中を容赦なく駆け巡った。

「ううっ・・・」

ボクは吐き気を押さえながらも風呂場から出て、ボクはもうここには居られない。そう思ったボクは服を着て書き置きを残して鎮守府を飛び出した。

 

それからどれ位道の無い山奥を歩いただろう?持病の発作がボクを苦しめる。この発作の原因は施設の人も詳しくは教えてくれなかったが1日1回薬を飲まなければ生きていけないらしい。どこまでも面倒な体に生まれてしまったとボクは後悔する。しかし荷物を全て部屋に置いて来てしまったボクは苦しさからその場にうずくまってしまう。

あっ、ボク死ぬんだ。思い返してみると酷い人生だったな。もう少しだけでも良かったからあの鎮守府に居たかったなぁ・・・・

そう思っていると薄れ行く意識の中人影がこちららに近付いていてくるのがわかった。顔や姿はよく見えなかったが、何故かとても安心できる雰囲気だった。これを言葉に表すとするならどういう言葉なんだろう?この間阿賀野さんに抱きしめられた時も同じ様な物を感じた。そうだ。これはきっと・・・・

「おかあ・・・さん・・・・?」

ボクは無意識にそう呟いていた。そこの意識は途切れた。



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久遠の別れ 

pixivに4話として投稿した物を手直しした物です。


 「吹雪ィ!何処だぁぁぁぁ!」

俺は叫ぶ。

しかし当然返事はない。

俺はあれからアテも無くそこらじゅうを阿賀野と共に吹雪を探し走り彷徨っていた。

「はあ・・・はあ・・・ね、ねえ提督さん?アテも無く探しまわってたら見つかる物も見つからなくなると思うの・・・・」

阿賀野は息を上げている。

「そんな事言ったってどうすりゃ良いんだよ!」

阿賀野の言葉も焦燥感からか俺は素直に受け取ることができず俺は声を荒げてしまう。

なんせ俺たちが鎮守府を飛び出したのは16時頃。日が沈むまでの時間はあまり残されていない。鎮守府周辺を探してくれている愛宕さんが言うには出撃した形跡はないので海に出たとは考えにくいらしい。

今日着任したばかりでこの辺りの地理が全くと言って良いほど無い俺はアテも無く走り回る他無かったのだ。

すると阿賀野は

「確かにそうだけど提督さんちょっと落ち着こうよ。こんな山道に吹雪ちゃんが居るとは思えないんだけど・・・・」

「そんな事言ったって何処にいるかわかんねーんだから探すしかないだろ!」

俺は焦燥感や自分に対する憤りに駆られ半ば話を聞かずに走る。

すると

「ちょっと提督さんそれにしたって急ぎす・・・きゃっ!」

阿賀野が盛大にすっ転んだ。

流石にそのまま置いて行く訳にもいかないので阿賀野の元へ駆け寄る。

「大丈夫か!?」

「あいててて膝擦りむいちゃったみたい・・・ごめんなさい・・・阿賀野鈍臭くって」

阿賀野は俺を心配させないようにと笑ってみせるが見た所結構な擦り傷だった。

阿賀野のケガを見て確かに無鉄砲に走り回っていても無駄に時間と体力を消耗するだけだと悟った。

「ごめん・・・阿賀野。俺、吹雪の事で頭がいっぱいになってた。確かにお前の言う通り少し落ち着かなきゃいけないみたいだ」

俺は無計画に突っ走った事を後悔するが落ち着いている時間などある訳がないぞと言わんばかりに太陽はどんどんと沈み続けている。

「阿賀野、俺が背負ってやるから乗ってくれ」

俺は阿賀野に背を差し出した。

「提督さん・・・良いの?それじゃあ・・・」

阿賀野は申し訳なさそうに俺の背中に負ぶさる。

背中には胸の感触腕にはやわらかい尻と太ももの感触が俺に伝わる。こんなのが男だなんて・・・・と一瞬思ったが腰辺りに何か膨らんでいる物が当たっている感触がすべてを物語る。

それにしても一大事にこんな事を思う俺はつくづく最低な奴だと思った。

「提督さん。今エッチな事考えてたでしょ!」

阿賀野が頬を膨らませて言う

「そそそそんなわけないじゃぁないか!だだだ第一お前は男で・・・」

俺は焦って返事をする。

「あ〜図星ね!やっぱり思ってたんだ。提督さんウソ付くの下手だね。でもそういうわかりやすい所阿賀野好きよ」

い・・・今なんて!?

すすすすきってどういう事なんですかね?????likeなの?そそそそれとも!!!!!!いやまて阿賀野は男で・・・いや・・・でもこの際・・・いやいやいやそれはないない!!!

脳内で2つの勢力が争いを始めたが今はそれどころじゃない事を思い出す。

「ご、ごほん・・・・そ、そんな事より吹雪を探しに行かないと!」

俺は軽く咳払いをし、誤摩化す様にそう言った。しかしどうすればいいんだ?アテも無く探したって下手をすると俺たちが遭難してしまいかねない。

太陽も既に紅に染まり、辺りは暗くなって来ている。そんな時何処からとも無くプロペラの音が聞こえて来た。

「阿賀野、何か聞こえないか?」

「うん。聞こえるよ提督さん。これは艦載機の音!」

阿賀野がそう言うので空を見上げると夕日の向こうからプロペラを備えた小さな飛行機がこちらに飛んでくるのが見えた。

どうやら艦娘が発艦させる艦載機のようだ。

「阿賀野アレなんだか分かるか?ウチの鎮守府からか?」

「いや、ウチの鎮守府には空母は居ないからウチのじゃないと思うけど・・・・」

じゃあ一体どこから・・・?

そんなことを考えていると俺たちの頭上でその飛行機は旋回を始めた。

阿賀野はぶら下げていた双眼鏡を覗き込み

「間違いない。アレは零戦!それに中に乗ってる妖精さんが着いてこいって言ってるわ!」

と言った。

「それは本当なのか?じゃあ俺はこの零戦にかけるぞ。」

半信半疑だったが藁にもすがる思いでその零戦に着いていくことにした。

この声を聞くや否や零戦は旋回をやめてある方向へ一直線に飛び始めた。

「さあ提督さん!あの零戦を追いかけるのよ!出発進行!なんちゃって☆」

阿賀野は俺の背中の上で零戦の進行方向を指差し、俺はその零戦を追いかけた。

しかし山道を抜け道路に出た辺りで零戦は突然見えなくなり無情にも日は沈みきってしまった。

「クソッ!見失った!!どうすりゃ良いんだよ!それにもしアレを追いかけても吹雪を見つけられる確証なんて何処にも無かったのに!!このままじゃ本当に吹雪が死んじまう!」

俺は自分の非力さに悔しくなって跪き地面を叩く。

「提督さんあれ!」

急に跪いた俺から飛び降りた阿賀野はある一点を指差した。

阿賀野の指差す方にはぽつんと小さな建物と看板が建っている

「居酒屋・・・おおとり・・・・?」

こんな何もないところに居酒屋なんか作ってやっていけてるのか不安になったが取りあえず電気が点いているので中には誰かが居るだろう。

もしかしたら吹雪を見かけているかもしれない。

一か八かその居酒屋の主に吹雪を見ていないか聞いてみる事にした。 

「阿賀野はここで待っててくれ!」

阿賀野を置いて俺は一人でその居酒屋の戸を開けた。

「すみませーん!!」

俺は息を上げつつ戸を開けると中にはまさに大和撫子という言葉がふさわしい着物を着た女性が居た。

俺はこの人にどこか懐かしいずっと前にあった事が有るようなそんな気がした。

「あらいらっしゃい可愛いお客さん。何かご用かしら?」

どうやらこの人はここの女将さんらしい。

「すみません・・・この辺でこれくらいの背丈の女の子を見かけませんでしたか?とても危険な状態なんです!」

俺はジェスチャーで吹雪の大体の大きさを伝える。

吹雪は厳密に言うと女の子ではないがいちいち説明するのもまどろっこしかったのでここは女の子で通す事にした。

「ええ。この先で倒れていたからそこに寝かせていますよ。それにしてもずっと苦しそうで私にはどうする事も出来なくて・・・」

女将さんは悲しそうにそう言ってふすまを指差す。

「それは本当ですか?吹雪!吹雪なのか!?吹雪!!」

俺は頼むから吹雪であってくれと願いながら襖を開けるとそこには布団の上で苦しそうにうなだれている吹雪が居た。

「吹雪!吹雪!!悪かった!俺のせいでこんな事になっちまうなんて・・・薬!薬は持って来た!今飲ませてやるからなんとかなってくれ!」

俺はジャージのポケットから薬を取り出し吹雪の口に入れる。

「う・・・・うう・・・・・」

吹雪が苦しそうなのは変わらなかった。

しかし医務室でもどうする事も出来ないからとにかく吹雪を見つけたらこの薬を飲ませる様にと高雄さんに言われたので俺はただただ祈る事しか出来なかった。

すると入り口の戸の開く音がして

「提督さん吹雪ちゃんは居たの?」

と阿賀野の声が聞こえた。

「まあ酷い怪我!今消毒してあげるから待っててね!」

と続けざまに女将さんの声が聞こえる。

どうやら女将さんは相当な世話焼きらしい。

それからしばらくして阿賀野が俺の居る部屋の襖を開け、部屋に飛び込んで来た。

「吹雪ちゃん!吹雪ちゃん!!ごめんね・・・・阿賀野がしっかりお話ししてなかったからごめんね・・・・・ごめんね・・・・・」

阿賀野は泣きながら吹雪に許しを乞う。

元はと言えば俺のせいなのに阿賀野に怪我だけでなくこんな思いをさせてしまったことに対して自責の念に駆られた

するとまた襖が開き、女将さんが入ってくる。

「何があったのかは知らないけどもう薬は飲ませてあげたんでしょう?ここに運んで来た時よりはマシになっているから少しゆっくりさせてあげなさい。大した物はないけどカウンターまでいらっしゃい。もし良かったらごちそうしてあげるわ」

「え・・・?いいんですか・・・?」

こんな見ず知らずの俺たちにそこまでしてもらって良いのだろうかと考えていると

「は〜い!いただきます!!」

阿賀野はそう即答して部屋を出て行く。

確かにここで座っていても何も起こらないと思った俺は阿賀野と一緒に女将さんのお言葉に甘える事にした。

そして席に着くと

「はい。召し上がれ」

女将さんはお茶と肉じゃがとご飯を出してくれた。そう言えば今日は色んな事があって朝からなんにも食べてなかったっけ。

俺は目の前の肉じゃがとご飯を搔き込む。

初めて食べるはずなのに何故かずっと前にこれを食べた気がして、とても懐かしい気分になって自然と目から涙がこぼれていた。

「お・・・美味しい・・です。」

すると女将さんは嬉しそうに

「泣くほど美味しかったの?ほら涙拭いて」

ときれいな布巾を渡してくれた。

横で阿賀野は我を忘れて肉じゃがにがっついている。なんて男らしい食べっぷりなんだ・・・・

「うまいっ!!女将さん!!おかわり!!!!」

阿賀野は元気よく茶碗を差し出す。

「元気な娘ね。でも女の子なんだからもっと上品に食べなくっちゃね」

女将さんはと優しく阿賀野を諌めた。

「はい!すみません!でも私実はおt・・・」

阿賀野はなにやらものすごい勢いで凄まじい事を言おうとしてるので

「あー!すみません!!俺もおかわりください!!!」

俺は大声で割り込む。すると女将さんは笑って

「うふふ・・・。元気でよろしい。私も作った甲斐があったわ。ちょっと待っててね。」

そう言うと女将さんはご飯よそいに行ったのですかさず

「おい阿賀野お前何無関係の人にあっさりとんでもないカミングアウトしようとしてんだよ」

と阿賀野に小声で耳打ちすると阿賀野はハッとなって

「やだ!阿賀野この肉じゃがが美味し過ぎてすごい事言っちゃう所だった・・・肉じゃが恐るべし・・・」

と感嘆の声を洩す。

「はぁいお待たせ。ご飯のおかわりよ。まだあるからたくさん食べてね。」

と女将さんがおかわりを持って来てくれた。

そして

「えーっと阿賀野ちゃん?だっけ?さっき私に何か言いたげだったけど何だったの?」

と聞いて来た。これはマズい・・・なんとか誤摩化さないと・・・・

「あー!こっこいつ実は××町の大食い大会の優勝者なんですよ!なぁ?阿賀野!」

俺は適当な事を言っておいた

「そそそそうなんですよ見かけによらずよく食べるんですよ私〜ハハハ・・・」

よかった阿賀野もいい感じに俺に乗ってくれた・・・・

「そんな大会あったかしら?でもそれならもっと大きな器の方が良かったかしら?」

女将さんは笑いながらそう言った。

「あっ!はい!じゃんじゃん持って来てください!!」

阿賀野は嬉々としてそう返す。

「よかった。二人とも元気になってくれたみたいで。私も嬉しいわ。あっ、肉じゃがも用意するわね」

女将さんは安堵のな表情でいい肉じゃがをよそいに行く。よく見ると女将さんは左足を引きずっている様に見えた。

「女将さん・・・足・・・・」

俺は自然に口から言葉が出てしまっていた。

すると女将さんは

「ああ。これ?昔ちょっとね・・・今は義足なの。びっくりさせちゃったかしら?」

と少し悲しさを混じらせた様な笑顔で言う。

「いえ!こちらこそ無粋なことを聞いてしまったみたいで・・・すみません。」

「良いの良いの気にしないで。それより肉じゃがのおかわりどうぞ。阿賀野ちゃんはこっちね。」

ズシンと阿賀野の前に30センチくらいある皿によそわれた肉じゃがが出て来た

「うわぁ・・・・い、いただきます・・・・」

阿賀野はびっくりしつつも肉じゃがに橋をつける

 

そして・・・

「げぇーっぷ 食べた食べた〜」

げっぷをして腹がパンパンになった阿賀野。

良く食い切ったな・・・しかもあの後2回もおかわりするなんて・・・・

阿賀野の食欲に恐怖心すら抱いた俺だったがふと吹雪の事を思い出す。

「そうだ!女将さん!吹雪は!?」

女将さんは襖をそっと開け、中を覗くと、

「どうやら薬が効いた様ねぐっすり眠っているわ。」

俺も襖の間から中を覗くと先ほどまでの苦しそうな表情から一変。すやすやと眠っている吹雪が見えたのでそっと胸を撫で下ろした。

すると

「もうこの辺は真っ暗でこの夜道を帰ると危ないし貴方達疲れてるでしょうから今日はよかったら泊まって行きなさいな。お布団敷いてあげるから吹雪ちゃんのそばにいてあげて」

女将さんはそう言って吹雪が寝ている部屋の押入れの方へ歩いて行く

「はぁ〜い阿賀野ここから動けないので賛成〜」

と呑気な声が後ろから聞こえた。

「良いんですか?女将さん・・・なにからなにまでやってもらって・・・・」

流石にそこまでしてもらって大丈夫なのだろうかと心配になったが

「良いの良いの!私が好きでやってるだけだからお家とかに電話しなくていい?電話はそこの角曲がった所よ。」

女将さんはそんな心配をかき消す様な笑顔でそう言って電話の場所も教えてくれた。

「ありがとうございます。」

俺は一言お礼を言ってとりあえず鎮守府に電話を入れる事にした

電話が取れる音がしたので

「あ〜もしもし大和田だけど・・・?」

と言うや否や

『謙!!コホン・・・いえ提督!大丈夫なんですか!?今何処に居るんです!?それに吹雪ちゃんはどうなったんですか?』

受話器から大淀の声が聞こえてくる。

あいつ心配性な所も変わってないな・・・・

「あ、ああ吹雪も見つかって今ご厚意で寝かせてもらってるよ。ただ吹雪はまだ動ける様な状態じゃなさそうだし俺もここで泊まる事になったから明日帰るよ」

『寝かせてもらってる!?泊まる!?何処ですかそれは!?』

大淀はすごい勢いで聞いてくるので

「あ、ああこの辺の事はよくわからないから具体的にどこかは分からないんだけど・・・居酒屋おおとりって所」

『居酒屋鳳ですね!わかりました!!明日朝一番に迎えに行きますから待っててください!!!』

大淀がそう言うとぶつりと電話が切れてしまった。

あいつやっぱり淀屋だわ・・・そう再認識する俺であった。

すると

「貴方。お布団吹雪ちゃんの隣に引いておいたから近くに居てあげてね。阿賀野ちゃんは・・・もう寝てるわね。このままお布団かけておいてあげましょう」

という女将さんの声。

それにしても今日は長い一日だったなそう思いながら俺も吹雪の隣で横になる。

「じゃあ私は明日の仕込みがあるから何かあったら呼んでね」

女将さんはそう言うと俺たちの部屋の電気を消し襖を閉じた。

「吹雪・・・・」

俺は心配して手元にあった電気スタンドを点けて吹雪の顔を伺うと吹雪はすやすや眠っている。

でもこのまま吹雪が起きなかったらどうしよう?そんな不安が俺の中をよぎる。

それからどれくらい経っただろうか?俺は結局吹雪が心配で眠れなかった。

するとまぶたがピクリと動きゆっくりと吹雪は目を覚ました。

「う・・・うーん 一体ここはここは?ボクどうして・・・・」

「吹雪!よかった。目を覚ましたんだな!!ここは居酒屋鳳。お前を見つけたここの女将さんが介抱してくれてたんだ。悪かった!全部俺のせいだ許してくれ!!」

俺は思わず吹雪に抱きつく。

よかった・・・あの薬が効いたんだ!

「し、司令官!?どうしてここに?離してください!ボクはもうあそこには居れないんです!」

吹雪が俺を突き放す。

それになんだか様子が変だ。

「な・・・なんで居れないんだ?やっぱり俺のせいか・・・?それにお前ボクって・・・」

「ボクは皆さんを騙していたんです。ボクを助けてくれた阿賀野さん達にまで・・・・」

騙す?いったいどういうことなんだろう?聞いてみる事にした。

「騙すって一体全体どういう事だよ?もっと詳しく話してくれよ!」

俺は吹雪を問いつめると

「司令官さんも見たでしょ?ボクは皆とは違う!ボクは艦娘なのに男なんだ!それにあんなアザだらけの身体を見られたら嫌いになるにきまってるじゃないですか・・・きっと司令官もそう思ったでしょう?」

吹雪は泣きながらそう言った。そう言えば阿賀野はまだあの事を吹雪に話して無いって言ってたな・・・・

「あ、あの・・・吹雪・・・その事なんだけど・・・」

俺は言い辛かったが話を切りだそうとするが

「やめてください司令官!ボクなんか居ない方がいいんだ!さようなら!」

吹雪は立ち上がって出て行こうとするので俺はとっさに吹雪の両肩を掴む

「まだ言ってなかったけど阿賀野も高雄さんも愛宕さんもみーんなお前と同じで男なんだよ!!」

吹雪は呆気にとられた顔をしてしばらく黙り込んだ後

「ウソだ!そんなでまかせ信じられる訳ないでしょう?」

吹雪が俺をを振りほどこうと暴れる。

それならば百聞は一見にしかずだ!阿賀野には悪いけど・・・

「分からず屋だなお前!こっち来てみろよ!!」

「な・・・何するんですか・・・離せっ!離してください!!」

俺は吹雪を無理矢理引っ張って居酒屋のカウンターまで連れていった。

「ぐごごごごぉーぷすぅ〜・・・・・・ぐごごごごぉーぷすぅ・・・ふごっ・・・・・・・・・・・・・・・・・ぐごごごごぉぷすぅ〜」

そこでは椅子にふんぞり返って気持ち良さそうに阿賀野がいびきをかいて寝ていた。

それにしてもすんげぇいびきだなこいつ。

幸運にも女将さんは既に寝ているようだ。よかったこれで心置きなくやれる。

「ほら!吹雪!!よく見ろ!!!!!」

すまん阿賀野!こうするしか吹雪を納得させられる手立てはないんだ許せ!

俺は勢いよく阿賀野のスカートを捲りパンツをずらした。

そこには今日の昼間大浴場で見たものと寸分違わぬイチモツがしっかりとぶら下がっている。やっぱり俺よりもデカい。なんか凹むわ・・・

「うわぁ!ししし司令官!?急に何を!!」

吹雪は目の前で起こったことが理解できなかったのかとっさに顔を手で覆った。

「吹雪・・・よーく見てみろ!」

「見てみろって・・・えっ・・・・なにこれ・・・本当に???」

恐る恐る指の隙間から阿賀野のそれを見た吹雪は鳩が豆鉄砲をくらった様な顔をした。

「ここじゃアレだ外で話すか?俺もお前の事を聞きたい」

「え、はぁ・・・・はい・・・」

阿賀野の名誉の為にとりあえずパンツをもとの位置まで戻し、俺は吹雪を外へ連れ出した。

それにしても阿賀野の奴あんだけやっても全く起きなかったな・・・・

外はまだ四月な上に山奥だったのでとても肌寒かったが頭上には満点の星空が広がっていた。

丁度店の手前にベンチがあったのでそこに腰掛けて話すことにした。

「吹雪、寒いだろ?ジャージ羽織るか?」

俺はジャージを脱ぎ吹雪にそのジャージを着せてやる。

「ありがとうございます司令官。とっても温かいです。ところでえっと・・・アレは一体・・・・」

吹雪が不安そうに尋ねてくる

「ああ。だからさっき言った通りあの鎮守府の艦娘はみんな男だったんだよ・・・」

俺は吹雪に出来心で覗きをしてしまった事。

その後のごたごたで皆のイチモツを見てしまった事を吹雪に話した。

「なんですかそれ!そんな漫画みたいな事が現実に有るんですね!!」

吹雪が笑ってくれた。

暗かったが星と月の光で彼女の表情を窺い知る事は出来た。

「そうだろ?俺もびっくりしたんだよ本当に」

俺も笑いながらそう返し続ける。

「だからお前が男だったなんて事誰も気にしやしないし。皆それを知った上でお前をこの鎮守府に呼んだんだ。だからお前はここに居ても良いんだよ・・・いや居てくれ!誰がなんて言ったって俺がお前のそばにいてやる!だから・・・そう!これは俺の提督としての命令だ・・・・って提督面しちゃダメ・・・かな?」

提督になったら言ってみたかった言葉をこんなところでまさか野郎に使う事になるとは思っても居なかったけど・・・

すると

「そっか・・・そうだったんだ・・・ボクは・・・」

吹雪ははっと何かに気づいた様にそう呟いた。

「ど・・・どうした吹雪?」

「ありがとう。そこまで言ってくれてすごく嬉しいです司令官・・・・でも・・・・それならボクはもう要りませんね」

「おい・・・俺の話聞いてたか?」

吹雪は何かを悟った表情をしている。

その表情を見ているとなんだかこのままでは何故か吹雪が遠い所に行ってしまいそうなそんな気がした。

「ボク、思い出したんです。ボクは"吹雪(わたし)”が作り出した虚像なんだって。」

は、はあ?俺は吹雪が何を言っているのか分からないぞ?

「えーっと・・・どう言うことなんだ?」

「ボクは・・・・」

吹雪は自分が施設の生まれでその施設の中で自分だけが男だった事。

そして前の鎮守府での辛い過去の事を話してくれた。

「ボクは"吹雪(わたし)”が身体の性のズレ違和感を感じなくする為、このコンプレックスを乗り越える為に元より男だったと思い込んで作り出した人格だったんですよ。なんでこんな簡単な事にも気付けなかったんだろう・・・今までずっとボクが"吹雪(わたし)”を演じている。そう思っていました。でも本当はその逆だったんです。だからやっぱりボクはいてはいけないんですよ。もうボクの役目は終わったのだから。あなたになら安心して"吹雪(わたし)”のことを任せられます。」

吹雪が悲しそうに笑う。

「だからもうボクは要らない。後は本当の"吹雪(わたし)”に全て任せます。司令官。ボクが居なくなっても"吹雪(わたし)”のことををよろしくお願いします。貴方に会えて本当によかった・・・でも最後にボクの事もう一度だけ抱きしめてもらっても良いですか・・・?」

吹雪は少し恥ずかしそうに言った。

「あ、ああ。わかった。」

俺は吹雪を抱きしめた。

「すごくあったかい・・・このあたたかさの中でなら"吹雪(わたし)”もきっとこの身体でもやっていける。そんな気がします。次に目を覚ました"吹雪(わたし)”に君ならきっと大丈夫だって伝えてあげてください。短い間でしたがありがとうございました。さよなら司令官・・・・ああ・・・人ってこんなにあったかかったんだ。」

そう言い残すと吹雪は魂が抜けた様にぐったりと俺の方へ倒れ込んでくる。

「おい・・・吹雪!?吹雪!?大丈夫か!?」

何度か呼びかけても吹雪から返事はない。

しかししばらくすると吹雪が再び目をゆっくりと開く。

「吹雪!」

俺は吹雪に呼びかけた。

すると吹雪は何かに気づいて急に立ち上がった。

「司令官!!"吹雪(ボク)”が・・・大切なもう一人の私が居なくなってしまったんです・・・!何を言っているかわからないと思いますが大切な子だったのに急にいなくなるなんて私これからどうしたら・・・」

吹雪は今にも泣き出しそうだった。

まるで大切なものを無くした子供の様に

きっとそんな彼女をもう一人の吹雪は自身が本当の吹雪だと思う事で沢山の辛い事から守り、助けていたのだろう。

それならばそんな彼のためにも俺は目の前の彼女を彼の分まで幸せにしてやらなければならないと心に誓った。

「話は大体アイツから聞かせてもらった。アイツは十分に頑張ったと俺は思うぞ?それにもうアイツが居なくても吹雪はここでやっていける。俺が保証する。吹雪もアイツの分まで精一杯頑張らないとな。それにお前には既に俺たちって言う家族が居るじゃないか。きっと吹雪はもう大丈夫さ。そうだ!アイツがお前に君なら大丈夫だって伝えてくれって言ってた。俺もそんなアイツの期待に応えてやりたい。」

それを聞いた吹雪は泣き出した。

「ありがとう"吹雪(ボク)” 私の辛い事はみんな貴方が背負い込んでくれていたんだね・・・でももう貴方は居ない。私これから貴方の分まで精一杯頑張ります。さようなら。ありがとうもう一人の私・・・」

どうやら吹雪は過去のトラウマを振り切ったらしい。とりあえず一安心だな。

「吹雪、俺と・・・いいや俺達とこれから色んな事をしような!きっと楽しいこともいっぱいあるはずだから。でも今日はもう遅いし明日の朝まで寝るか。お前も相当疲れてるだろ?」

「ありがとうございます司令官!こんな私ですが・・・どうか・・・よろしくお願いしますっ!」

吹雪は深々と頭を下げた。 

「それじゃあ寝ようか」

「はいっ!」

俺吹雪を負ぶさって居酒屋に戻り、阿賀野を起こさないように部屋に入って再び床に就く。

 

布団に入ると

「司令官、おやすみなさい!また明日」

吹雪は俺を見つめて笑ってくれた。

「ああ。お休み」

俺は返事をして手元の灯りを消し、安心感と今日1日の疲れからかすぐに眠りに落ちていった。

こうして俺と吹雪の長い一日は終わったのだった。

 

 

その頃・・・

「ぐごごごごぉーぷすぅ〜・・・・・・ぐごごごごぉーぷすぅ・・・おれ・・・じゃにゃかった・・・あがのもうこんなにたべられにゃい・・・・むにゃむにゃ・・・・ぐごごごごぉーぷすぅ〜・・・・・・ぐごごごごぉーぷすぅ・・・」




吹雪に色んな設定を乗せ過ぎたせいで凄いキャラになってしまったなぁと今になって思います。


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新しい朝

pixivに5話として投稿した物を手直ししたものです


 夢を見ていた。ただただ暗い水の中を沈んで行く夢を。妙にリアリティはあったが、置かれている状況が非現実過ぎたのですぐに夢だと分かった。

「■■さん・・・・いつかきっとまた・・・・」

夢の中で俺はそう呟くと意識が闇に溶けていった。息は苦しく、体も重い。それに身動きも取れない。しかし不思議と恐怖心は無く、何かから解放された様なそんな気持ちだった。

視界は完全に闇に閉ざされたが身動きが取れないなどの状態はそのまま続き、これが夢でなく現実で起きている事だと知るまでに俺はそれほど時間を要さなかった。

俺の上に何かが乗っている。俺は重いまぶたを無理矢理こじ開ける。

「吹雪・・・?」

なんと俺の上に吹雪が乗っかって眠っていたのだ。

えっ、なにこれ?全く覚えてないけどもしかしてやっちゃったの俺?いやいや吹雪は曲がりなりにも男でだな・・・・・俺の童貞男で捨てちゃったのか?しかもこんな年端も行かない子にで?いやこれ犯罪だろこれはヤバい!しかし本当に記憶がないが本当にやっちゃったのか俺!?確かに前の話でフラグ的な物はビンビンだったがこういった事はせめてもう少しお付き合いをしてからですね?いやそれにしたって男とやるなんてそんな・・・・

俺の頭の中がそんな考えを巡り目が一気に覚めていく。すると

「むにゃ・・・司令官。おはようございます。」

吹雪が目を覚ましたようだ。

「すすすすまん!!全く覚えてないんだがえーっとその・・・・」

俺はあわてて弁解をしようとするがなんて言ったら良いんだよ・・・そんな事は知ってか知らずか吹雪は

「ごめんなさい司令官。私一人だと寂しくって・・・・」

と言う。さささ寂しくってなんだよ!!どうしたってんだよぉぉおぉぉぉおぉぉ!

ここまで焦ったのは友達から借りた(←ここ重要)エロマンガが家に帰ると玄関にどどんと置いてあって【おはなしがあります 母より】という書き置きが添えられていた時以来かもしれない。

「い、いや、いくらささささささささしみいや寂しくったってこんな事しちゃダメだろ!まだなんだかんだで俺たち出会ってから1日しか経ってないんだぞ?そんな出会って1日で合体なんてそそそんな」

俺はもう訳が分からなくなっていた。すると吹雪は俺の上から降り

「ごめんなさい司令官。一緒に寝て欲しかったんですけど全然起きなかったからお布団に入れてもらってたんです・・・・ダメでしたか・・・・?」

へ? 今なんて言った?一緒に寝ただけ・・・・?なぁ〜んだそうだったのか。俺は安堵すると同時にさっきまで考えて居た事がいくらなんでも童貞臭過ぎて嫌になった。

「そう言う事だったのか。ははは・・・・ちょっとびっくりしたけど別にそれくらいならお易いご用だ。」

俺は苦笑いをして答える。

「そうでしたか司令官。驚かせてしまってごめんなさい。ところで合体って何ですか?艦娘と合体出来る艤装を提督さんは持っているのでしょうか??」

吹雪は不思議そうに聞いてくる。なんて純粋な子なんだ!尚更俺がさっきまで考えていた事を思い出すとバカバカしくなってくる。

「あ、ああなんでもないよ。それより良く眠れたのか?」

俺は適当にはぐらかす。

「はい!司令官のおかげで!」

吹雪は笑顔で言った。

すると襖が開き

「朝ご飯できてるけどもう起きているかしら?それに吹雪ちゃんの方はもう大丈夫なの?」

女将さんが入ってくる

「あら?お邪魔だったかしら?」

女将さんがこちらを見るとそう言って立ち去ろうとするので。

「あっ!いえ起きてます!!ご飯いただきます!!!いや〜なんだろうなぁ?楽しみだなぁ〜?吹雪!お前も早く来いよ!?」

俺はとっさに飛び起きる。

 

 

そして俺は吹雪を連れて居酒屋のカウンターへ向かった。

「ぐごごごぉ〜・・・・・・ぷすぅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふごっ!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぐごごごごぉ〜・・・・ぷすぅ〜・・・・・」

そこには阿賀野はまだ椅子にふんぞり返って気持ち良さそうにいびきをかいて眠っていた

「まだ寝てんのかこいつ・・・・」

とりあえず揺らしてみよう。

「おーい阿賀野〜朝だぞ〜起きろよ〜」

しかし一向に起きる気配がない。そこに

「はい。お待たせ。こんな有り合わせの物しかないけどどうぞ。吹雪ちゃんは昨日から何も食べてないでしょ?しっかり食べるのよ?」

と女将さんが白いご飯と鮭の塩焼きと味噌汁を持って来てくれた。

「ぐごごぉ・・・・・・・・くんくん ご飯!」

急に阿賀野が飛び起きる。

「ひっ!」

吹雪は突然の出来事に身を縮める。こいつどんだけ食い意地張ってんだよ・・・

「おい阿賀野、そんな急に起きて大声出したから吹雪がびっくりしてるだろ」

俺は阿賀野を諌める。すると

「吹雪ちゃん!よかった〜元気になったのね。本当に良かった・・・・・」

そう言うと阿賀野は吹雪の元へ行き吹雪を抱きしめる。忙しい奴だなほんとに。

「は、はい・・・・ご心配おかけしました・・・・」

吹雪は申し訳なさそうにそう言った。

「阿賀野ちゃんも起きた事だし冷めないうちに召し上がれ。」

女将さんがそう言うや否や

「はい!頂きます!!」

と阿賀野は朝食に箸をつける。

「俺たちも食べるか。」

吹雪に目をやる。

「はい。司令官。いただきます。」

吹雪が朝食に箸を付けたのを確認した俺も

「いただきます。」

と、朝食を食べ始めた。うまい。何の変哲もない日本の食卓って感じだがやはりどこか懐かしさを感じさせる、それに味も申し分無く美味い。

そしてどんどんと箸は進み、すぐに完食する。

「ごちそうさまでした。でも良かったんですか?晩ご飯をごちそうになって一晩泊めてもらった上に朝ご飯まで頂いちゃって。」

俺は女将さんに尋ねる

「良いの良いの。昨日も言ったけど私が好きでやってる事だから気にしないで。それより吹雪ちゃん元気になって良かったわね。」

女将さんは答える。

するとガラガラと音を立て居酒屋の入り口の戸が開かれ

「謙!・・・・いえ提督!お迎えに上がりました・・・・ハア・・・・ハア・・・・」

汗だくになった大淀が入って来た。

「あらお迎えが来てくれたみたいね。これでもう大丈夫ね。」

女将さんは笑う。

「え〜阿賀野もっとおかわりしたい〜」

と阿賀野は残念そうに言う。

「バカ!お前食い過ぎなんだよ!」

俺は阿賀野の頭を叩く

「いった〜い」

阿賀野は頭を抑える

「大淀。阿賀野を連れていってやってくれ。ちょっと足怪我しててな」

俺は大淀に言う

「はい。かしこまりました提督。」

大淀は眼鏡にクイッと手をかけると阿賀野を引っ張って外へ連れ出す。

「あ〜阿賀野鮭もっと食べたいのに〜〜〜〜」

阿賀野は半べそをかきながらも大淀に外へ連れていかれる。

「よし。俺たちも帰るか。」

俺は吹雪に言う。

「はい!司令官!」

吹雪は元気よく答える

「女将さん。何から何までお世話になりました。ありがとうございます。朝ご飯もおいしかったです。」

俺がそう言って頭を下げると

「助けていただいて本当にありがとうございました!」

と吹雪も続けて頭を下げる。

「いえいえ。また何かあったらいつでも来てね。待ってるわ」

女将さんが笑顔で手を振る。

「はい。また来ます。」

俺がそう言って居酒屋を出ようとすると

「ちょっと待って、貴方の名前を聞いていなかったわね。」

そう女将さんが言うので

「謙です。大和田謙」

俺は答える

「謙くんね。また・・・来てね?」

そう手を振る女将さんはどこか寂しそうだった。

「はい。是非!」

そして居酒屋を出ると一台の車が止まっていた。

「これ大淀が運転して来たのか?」

俺は大淀に尋ねる

「はい。そうですけど?」

大淀は答える。淀屋の奴いつの間に免許を取ってたんだろう?そうも思いながらも車に乗り込む

「提督。高雄さんと愛宕さんも心配してますよ。部屋に携帯電話も置きっぱなしでしたし・・・」

大淀は少し怒った様な口調で言う。

すると急に横に座っていた阿賀野が俺に急に抱きつき

「て・い・と・く・さ〜ん?実は昨日の事全部聞いてたの。」

と言ってくる。

「きっ・・・聞いてたって何処から何処まで・・・・?」

俺は恐る恐る聞く。

「どこからって阿賀野のパンツずらす所からに決まってるじゃない!それにしても『お前はここに居ても良いんだよ。いや居てくれ。これは俺のいや提督からの命令だ。』だって〜かっこよかったぁ〜でもあんな方法を使うなんて提督さんご・う・い・んなんだからぁ〜♡」

そう言うと阿賀野は俺にほおずりをする。

起きてた上にコイツ全部聞いてたのかよ・・・・他人に聞かれていたとなると急に昨日言ったセリフが恥ずかしくなり。俺は顔が赤くなる。横に目をやると吹雪も顔を赤らめていた。

 

じょりっ

 

ん?じょりっ?今なんかじょりってしたぞ?この感覚はもしかして・・・・

いや、何かの間違いかもしれない。俺は恐る恐る阿賀野の頬を確認する。

「おい阿賀野。・・・お前ヒゲ生えて来てんぞ・・・・」

俺は恐る恐る言う・・・・

「えっ!ウソ!」

阿賀野は何処からとも無く手鏡を取り出し覗き込む。

「も〜やだ〜ありえな〜い。」

阿賀野の悲鳴が車内にこだまする。

「ふふっ!」

吹雪が笑う。

「もー吹雪ちゃん笑わないでよ〜」

阿賀野は頬を膨らませる。

「いえ。なんかこの鎮守府にこれた事が嬉しくって!」

吹雪は笑顔で答える。

「提督、到着しました。私はガレージに車を止めてくるので先に降りていてください。」

大淀は言う。

阿賀野は車が止まった瞬間一目散に車を降り鎮守府の中へ走って行った。

「吹雪。改めてようこそ!××鎮守府へ。これからよろしく頼むな。」

俺は車から出ようとする吹雪の手を取ると

「はい!司令官!」

吹雪は笑顔でそう答えた。

 

こんなへんてこな鎮守府だけどなんとかやっていけそうだ。

俺は車から降り背伸びをした後ゆっくりと吹雪とともに鎮守府へと歩みを進めた。



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発動!物資調達作戦

pixivに6話として投稿した物を手直しした物です。ひとまず吹雪メインの話はここで一旦終わりです。続きは読みたい方が居れば投稿しようと思います。


 初日から色々あったが次の日は鎮守府に戻った後自室の俺が散らかした荷物の整理ですぐに終わってしまった。

更に次の日朝の早くから俺は大淀に執務室へ呼び出されていた。

「入るぞー」

俺は執務室のドアを開ける。するとそこには清掃員の様な服装をした俺と同年代くらいの長髪を後ろでくくった中性的な青年が大淀話をしていた。

誰だあのイケメン?するとそのイケメンが俺に気付いたのか

「あっ、提督さんおはようございます。」

と笑顔で挨拶をする。

「お、おはようございます」

俺もとりあえず返す。なんて爽やかなイケメンなんだ・・・全てにおいて俺に勝ち目はない。世の女性はこういう男が好きなんだろう。妬ましい。

しかし何をしに執務室に来たんだろう?もしかしてもしかすると大淀の彼氏とかなのか?いくら艦娘になったからって淀屋は彼氏を既に作っていてしかもそれを見せつける為にこんな朝の早くから俺を呼んだのか?いやもしかすると・・・・

 

「提督・・・いえ謙。今までお世話になりました。私この人とケッコンします。さようなら」

 

と俺の頭の中にウエディングドレスの大淀の姿が思い浮かぶ。いやいやいやそれはないそれはない。第一あいつは男だし・・・・いや艦"娘"だからケッコンは出来るのか???いやしかしそんな 俺は訳の分からないまま

「淀・・・いや大淀お前いくらなんでも執務室に彼氏連れ込むなんてお兄さん許しませんよ!!」

一応名誉のため淀屋の性別については伏せる事にしつつも俺は大淀に問いつめる。すると大淀は不思議そうな顔をして

「彼氏?提督何を言ってるんですか?」

と聞いてくる

「すっとぼけるんじゃねぇよ!そこの爽やかイケメンの兄ちゃんだよ!!」

俺はその青年を指差す。

すると大淀も青年もクスクスと笑ったかと思ったら突然青年が俺に壁ドンを仕掛けてくる。

「提督さん?本当に気付かない?」

青年は聞いてくる。顔近過ぎるよ!いくら俺にその気がないからと言って流石にここまで至近距離に接近されるとドキドキしてしまう。しかしこの展開どこかであったような・・・・

俺が口ごもっているとおもむろにイケメンが来ていた作業服のジッパーを下げ始めるではありませんか。

何何??何する気なのこのイケメン!!とりあえず何か話さなければ・・・・

「えっ・・・えーっとその・・・あの・・・どこかで会いましたっけ・・・?すみません思い出せなくて・・・」

すると

「よかった〜提督さんがそう言うなら大丈夫だね!」

と言いジッパーを胸元まで下げた所で止め、後ろで結っていた髪をほどくと長い黒髪が揺れ、シャンプーのような匂いがする。ん?この匂いどこかで・・・声もなんだか聞き覚えが・・・それに顔も良く見ると良く見ると見覚えがあるような・・・・・俺の頭に電撃が走る。

「あっ!お前もしかして阿賀野か?」

俺は言う。すると青年は

「せいか〜い。分かんなかった?阿賀野の変装完璧でしょ!」

と得意げに言う。

「変装も何も常時女装してるのになんでこんな恰好をしてるんだよ?てか胸は何処行ったんだよ胸は?」

俺は聞く。

「あ〜これね。阿賀野の任務なの。他の鎮守府にこっそり侵入して吹雪ちゃんみたいな境遇の娘を探して他の鎮守府や他の働ける場所を斡旋してるの。それとね〜胸はさらし巻いてるんだ〜見る?」

そう言うと阿賀野は胸元まで空けた服の中に着ているTシャツのネックラインを引っぱり胸元に巻いたさらしを見せてくる。

「あー分かったからもう良いよ!」

俺はすかさず顔を手で覆う

「ふふっ♪提督さんったらウブなんだからぁ」

阿賀野は笑った。しかし引っかかる事が有る

「でもそれっていくら味方同士とは言えスパイ行為なんじゃ・・・・?」

と聞く。すると

「大丈夫大丈夫!ちゃんと本陣には許可とってるから。」

阿賀野は得意げそうに言い更に続ける。

「あっ、そろそろ時間だ!」

阿賀野は急に慌て出し髪をくくり直し置いてあったキャップを深く被った。

「それでは提督。行って参ります」

阿賀野は少し低めの声でそう言うと敬礼をして出ていった。

「ちょっとまだ事態が完全に飲み込めた訳じゃないけど気をつけてなー」

俺は阿賀野を見送る。

ふう・・・・とんだ勘違いをしてしまった。そう思っていると大淀がゲラゲラ笑い出し。

「謙!さっきの驚き様は流石に笑うわあははははは・・・・あっ・・・すみませんつい・・・」

と執務室の机をバンバン叩くそしてふと我に返った。

「うっせーよ!そんなの分かる訳ないだろ!第一あんな急に知らない奴が居てお前と話してたんだから焦るわ普通」

俺は少しカチンと来てそう言い返す。すると

「いっ・・・一応私男なんだから男が男を好きになる訳ないじゃないですか!!」

大淀はどことなく目を泳がせてそう言った。そりゃそうか。そういえばこんなバカみたいな会話を高校時代に良くした物だと一瞬懐かしさを感じた。しかしどれだけ素がでても一人称までは戻らないようだ。俺はそんな淀屋が少しかわいそうに思えて来たので。

「ああ。そうだよな。それならなおさらお前は早く元に戻らなきゃな。俺も頑張るから。」

と淀屋に言った。すると淀屋は

「え、ええ・・・そうね。」

と控えめに返事をした。

「ゴホン・・・・それより提督。ここまで朝早くから来てもらった理由がですね」

淀屋は咳払いをして誤摩化す様に本題に入る。そう言えばなにやら任務があるとかで呼ばれてたんだっけ。

「お、おう。なんだその理由ってのは」

俺は大淀に聞く。

「吹雪ちゃんの事なんですが彼女前の鎮守府からリュック一つで来たので全くと言って良いほど生活用品等が無いんですよ。そこで提督には吹雪ちゃんと一緒に県境のショッピングモールまで買物へ行って頂こうかと。」

と言った。なぁんだそんな事か。と思ったがなんで俺なんだろう?別に愛宕さんか高雄さんでも良いじゃないか。むしろそっちの方が適任ではないのか?そう思った矢先、執務室のドアが開かれ

「おはようございま〜す提督〜今日は私今から漁港のお手伝いにいってきますねぇ〜」

と愛宕さんが一言そう言い残し去って行った。なんてタイミングの悪さだ。じゃあ後高雄さんしか居ないじゃないか。

「俺より高雄さんの方が適任なんじゃないか?俺、女の子(厳密に言えばそうではないのだが)の必要な物なんてわからないしさ・・・」

大淀に言う

「残念ながら高雄さんも今日は私の書類の片付けと会計の作業を手伝ってもらうので無理です。」

と大淀は答える。

じゃあ俺が行くしか無いのか。

「ああ分かったよ。」

俺は渋々そう答える。

「ではこの封筒の中にショッピングモールまでの行き方と買う物をまとめたメモとお金が入っているので吹雪ちゃんを起こして行って来てください。それでは提督。ご武運を」

大淀は俺に封筒を渡してそう言った。

「おう。」

おれはそう言って執務室を後にし、まだ寝ているであろう吹雪を起こしに行く事にした。

「おーい吹雪〜起きてるか〜?」

俺は布団に潜り込んでいる吹雪を揺さぶる。

「う・・・うーん・・・司令官おはようございます・・・・どうしたんですか?まだ起床時間ではないと思いますが・・・?」

そう言って吹雪が出て来た。しかしその吹雪の姿はなんと下着だけだったのだ。

「おい吹雪!まさかその恰好で寝てたのか?」

いくら男とは言え女物の下着を付けて目を擦るその姿にはエロさすら感じてしまう。

「ええ・・・何せ今は艦娘の制服しか持ち合わせていなくて・・・」

そうか。こりゃ至急買物が必要だわな。

しかし流石に下着のままでかけさせる訳にも艦娘の制服で町中をうろうろさせる訳にもいかないので

「吹雪、これ着ろ。出掛けるぞ」

俺は服をまとめていた段ボールからパーカーを取り出す。

「はい。これをですか・・・?」

吹雪はパーカーに袖を通す

もちろんぶかぶかだったがいい感じに又の下まであったのでこれで一応外には出られるはずだ。我ながら良い考えだと思った。

「司令官の匂いがする・・・」

吹雪がそう呟いたので

「悪い!もしかして臭かったか?」

俺は心配になったので聞く。すると

「いえ!そんな事はありません!ただ安心出来るんです。」

そう言うと吹雪はパーカーのだぼだぼに余った部分をぎゅっと持ち抱きしめる。

やっぱり天使だわこの娘・・・・とそんな呑気にしてる暇はない。メモによればバスが××町からそのショッピングモールまで出ているようだが2時間に1本しか来ないらしいので急ぐ事にする。

「吹雪!とりあえず話は後だ!行くぞ。」

俺は吹雪の手を引き鎮守府を出た。

鎮守府の入り口にあるバス停で5分ほど待っているとバスが来たので俺たちはそれに乗った。

それから1時間くらい経っただろうか、やっとショッピングモールに到着した。

「司令官!見てください!!お店がいっぱいですよ!!!」

吹雪は目を輝かせそう言う

「吹雪はこういう所に来た事が無いのか?」

俺は聞く

「はい。ずっと施設の暮らしだったので。ついはしゃぎすぎちゃいました。」

吹雪の表情が少し濁る。

「いや。初めてなら仕方ない。よし!今日は思いっきり楽しんで行くか!ひとまず目的の物を買いそろえてからな。」

俺は吹雪にそう言うと

「はい!司令官!」

と吹雪は嬉しそうに答えた。やっぱり吹雪にはずっと笑っていてほしい。俺はそう思った

そして俺と吹雪はメモにかかれていた物を買っていった。

「これで全部買ったか結構買ったな」

そう思い封筒の中のメモを再び確認しようとすると

はらり

ともう一枚のメモが足下に落ちた。

「なんだろう?」

俺はメモを拾い上げて読む

【提督さん。メモにかかれてる物以外にも吹雪ちゃんの服も買ってあげてね☆ P.S お土産もよろしくね〜 by阿賀野♡】

と書かれている。

そう言えば吹雪は制服以外の服が無かったって言ってたっけ。一応寝間着類は買ったが流石に私服が無いのも問題だ。ちょうどショッピングモールの中にファッションセンターむらさめがあったのでそこで吹雪の服を買ってやる事にした。

「吹雪。お前私服無いんだろ?阿賀野が買ってやれって言ってるから買いに行こう」

俺は吹雪に言う

「えっ、そんな悪いですよ司令官。私寝間着と制服だけあれば十分ですから・・・」

吹雪は申し訳なさそうにそう答える

「いやいや阿賀野に頼まれてる訳だし、多分このまま帰ったら俺が怒られるかも知れないし丁度そこに店もあるんだからいいだろ?」

俺は吹雪を説得する

「そ・・・そうですね。じゃあ1着だけ」

吹雪はそう言っておれと一緒に服屋に入る。

しかし女物の服の事なんて全くと言って良いほど分からないのでとりあえず店員を呼んだ。すると

「いらっしゃいませ〜なの!」

これまた特徴的な店員が出て来たなと思いながらも

「この娘の私服を買ってやりたいんですけど俺あんまりそういうのわからないんで適当に見繕ってもらえませんか?」

と頼んでみる。すると

「お易いご用なの〜それにこんなパーカー1枚じゃこの娘がかわいそうなの。ちょっとこの娘お借りするの〜お兄さんはちょっと待ってるのね!」

そう言って店員は店の奥に吹雪を連れていってしまった。

それから30分くらい待っただろうか

「お兄さんお待たせなの!準備出来たからこっちに来るのね」

と店員に店の奥の試着室まで案内される。

そこには年相応の女の子って感じの服装をした吹雪が立っていた。

「ど・・・どうですか司令官?私にこんな可愛い服にあわないですよね・・・?」

と聞いてくる。

「いやいやめっそうもない。見違えたぞ吹雪!すごく似合ってる」

俺はとっさにそう答える。実際服だけでこんなにかわるものなのかと思うほどに見違えた

「そう・・ですか。ありがとうございます司令官!」

吹雪は嬉しそうに頭を下げて来た

「私が選んだんだから当然なのね!」

店員は得意げに胸を張る。そして

「じゃあお兄さんこれ全部あわせて6800円なのね!」

さすがむらさめだ。これだけ買ってもそんな値段なのか。

俺は足早に会計を済まして店を後にする。

「タグは切ってるからそのまま着ていってもらって構わないのね〜ありがとうございましたなの〜」

店員が出口まで見送ってくれた。ほんとに変な店員だったなぁ・・・・

さて一通り買物は済ませたが鎮守府行きのバスが来るまで後2時間くらい待たなければいけない。どうしたものか・・・

こんな事を考えていると俺と吹雪の間を子供が駆け抜けて行って

「パパーママー早く早く〜」

と俺たちの後ろに居た父親と母親を呼ぶ。

「こらこらあんまり走るんじゃあないの!あぶないでしょ?すみませんウチの子がぶつかったりしませんでしたか?」

母親は優しく子供を諭した後俺たちに謝る。

「いえいえ大丈夫ですよ」

俺はそう答えた

そしてその親子を見送ったのだがその親子を見る吹雪の顔はどこか寂しそうだった。

そうか。吹雪は親が居ないんだって言ってたな。そうだ!

「おい吹雪。せっかくまだ2時間もあるし遊ぼうぜ!俺の事はうーんとそうだな〜父親とまではいかな今いけどせめて兄貴とでも思ってくれよな。好きな店でもなんでも連れてってやる!」

自分でも何を言っているのか分からなかったが吹雪が寂しさを紛らわせるにはこれくらいしか思い浮かばなかった。すると

「えっ・・良いんですか?司令官・・・」

と少し間を置いてから

「お兄ちゃん・・・って呼んでも良いですか?」

と言った。 何だこのクッソ愛らしい生物!ほんとかわいいなチクショウ!一人っ子の俺にはその言葉が非常に心に来た。

俺はそんな事を思いながら

「あ、ああ良いぞ。ただ鎮守府に付くまでだからな!」

俺はそう言った。

「はい!お兄ちゃん!私パフェが食べたい!」

吹雪が元気よくそう返事をする。この衝撃に後二時間も耐えきれるだろうか!

「おういいぞいいぞ!お兄ちゃん奮発しちゃうからな!!」

俺は半ばヤケになって吹雪とパフェを食べに行った。

そんな楽しい時間はすぐに過ぎて行き、俺たちは帰りのバスに乗った。

「はぁーいっぱい買ったしよく遊んだな吹雪」

俺は席に着いて吹雪と話す。

「ありがとうお兄ちゃん。こんな楽しい日・・・・私生まれて始めてで・・・・」

吹雪はとても嬉しそうだった。

「ああ。また行こうな。今度は他の皆も一緒に!」

俺はそう言うが吹雪から返事がない。どうやら寝てしまったようだ。

「寝ちゃったか・・・まあアレだけ動き回ったんだし仕方ないな・・・」

俺は吹雪を隣にそっと寝かしてやった。

そしてまたバスに揺られて1時間ほど。やっと鎮守府に戻って来た。

とりあえず執務室へ一言言いに行こうと向かったが執務室には誰もいなかったのでとりあえず自室に荷物を置いて腹も減ったので食堂へ向かった。

そして俺と吹雪が食堂の戸を開けた瞬間

パーンとクラッカーの音がして

「「「提督!吹雪ちゃん!!ようこそ××鎮守府へ!!」」」

と中に居た高雄さん、大淀、阿賀野が俺たちを迎え入れる。

まわりを見渡すと食堂には飾り付けがされていた。急な事にびっくりしたのか吹雪は

「みなさん!これは一体どういう事なんですか!?」

と聞く

「ああこれはね。吹雪ちゃんと提督の歓迎会をまだしていなかったでしょう?だから今日二人に出掛けてもらっている間に私と大淀で準備したの。ささやかだけどこれでも結構頑張ったのよ?」

高雄さんは言う。

「うわぁ〜それにしても吹雪ちゃん可愛い服買ってもらえてよかったね〜私も買物行きたかったな〜」

阿賀野も続けてそう言う

「しかし愛宕さん遅いですね・・・そろそろ帰ってくる頃なんですが」

大淀が壁にかかった時計を見てそう言った。すると食堂の戸が開き

「ぱんぱかぱーんおまたせしましたー♪」

と愛宕さんが何やら大きな皿を持って入ってくる。

「漁港の方から鯛を一匹いただいたの。ちょっと焼かせてもらってたら遅くなっちゃって・・・これが今日のメインディッシュよ!」

そう言って担いでいた鯛を空いていたテーブルの中心に置く

「じゃあこれでみなさん揃った事ですし、歓迎会始めましょうか」

大淀が仕切る。

「じゃあ乾杯よ〜もちろんビールは私と高雄だけね〜」

愛宕さんが待ってましたと言わんばかりにビールを取り出す。

それから高雄さんが皆のグラスに飲み物を注ぎ終わると

「それでは提督何か一言お願いします。」

俺は高雄さんにそう求められたので

「えーっと取りあえずこれから精一杯頑張るので吹雪共々よろしくお願いします!乾杯!!」

俺がそう言うと皆もグラスを高く上げ乾杯をする。

すると吹雪が

「あの・・・こんなにしてもらって本当に良いんでしょうか?」

と俺に聞いてくるので。

「ああ。折角歓迎してもらってるんだ厚意はしっかり受け止めないとな!遠慮せずに食べようぜ!」

と吹雪に言ってやる。

「はい!お兄ちゃん!・・・・あっ!すみません司令官!」

吹雪はとっさに言い直すが

「「「お兄ちゃん!???」」」

と他の4人が鳩が豆鉄砲をくらった様な顔をしてこちらを見る。

「提督さぁ〜ん?ショッピングモールで何があったのか阿賀野に教えて欲しいなぁ〜」

「提督、その発言に対して説明お願い出来ますか?」

そう言って阿賀野と大淀が笑っているが顔は笑っていない様な表情でこちらに近寄ってくる

「えっとですね・・これは・・・えーっと・・・その・・・おい!吹雪もなんとか言ってくれよ!!」

俺は吹雪に助けを求める。

「ふふふっ!ナイショです!」

吹雪が笑いながらそう言う。

「なによそれー!気になる〜」

阿賀野が頬を膨らませそう言う

「まあまあ阿賀野。早くしないと料理冷めちゃうわよ?」

高雄さんが阿賀野にそう言って阿賀野は思い出したかの様に料理を食べ始めた。

そして歓迎会が行われて夜は更けて行き、酔っぱらった愛宕さんが完全にオッサンだったのだがそれはまた別のお話。



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はじめての出撃

pixivで7話として投稿していたものに加筆修正をしたものです。


 オッス俺大和田謙!今俺は何故か漁船の上に居るぜ!!そしてめちゃくちゃ吐きそうだぜ!おえっぷ・・・・

 

どうしてこうなってしまったのか?それは2日前にさかのぼる・・・・

 

「あーやべえ!この間のショッピングモールでハメ外して遊びすぎたせいで手持ちがほぼゼロに近い。最寄りのATMまで歩いて1時間位先のコンビニまで行かなきゃならないしバス代もない・・・初任給もまだまだ先だしどうすりゃいいんだ!」

俺は金欠で苦しんでいた。まあ金がなくてもご飯は出るし問題は今のところ無いと言えば無いのだが、後軽く1ヶ月近くを所持金12円で過ごすと言うのも無理な話である。

そんな事を考えていた折、俺は大淀に執務室へ呼び出された。

「提督、××漁港より任務が届いています」

任務の報告だったらしい。なんだかんだで提督らしい事を今まで何もやっていなかったなと思いながら

「で?任務の内容は?」

と俺は大淀に尋ねる。

「はい。最近この近海の深海棲艦の動きが活発になって来ている様で現在網を破られる等の被害が報告されていて、その真相の調査と漁船の護衛、それと漁のお手伝いです。」

大淀は淡々と答える。

「なるほど。で、俺はここから指示を出せば良いのか?」

俺は更に大淀に尋ねる。すると大淀は

「いえ。提督には漁の手伝いをしてもらいます。」

は?今なんと言った?それって提督の仕事じゃないような・・・

「あの〜大淀さん最後になんて言いました?」

俺は念のため聞き返す。

「ですから提督には漁のお手伝いをしてもらいます。」

大淀はさっきと全く同じ事を言う

「なんで俺が漁の手伝いなんかしなきゃいけないんだよ!なんせ漁なんかした事ないぞ俺」

俺はとりあえず理屈をこねると大淀は答える

「どうも風邪が流行ったそうで漁師さんが皆休んでるそうなんですよ。ですから猫の手も借りたい状態だそうで」

風邪かぁ・・・それにしてもなぁ・・・と考えていると

「日給2万円。それと出来高払いで追加報酬が出るみたいですよ。」

そう大淀は続ける

「やります。」

俺は二つ返事で任務を了承した。所持金12円の俺にとって2万円は大金だった。

「それはよかったです。それでは提督、明後日の午前4時に××漁港集合なので明日は早く寝てくださいね。艦娘たちは海から合流しますので。」

大淀はニッコリ笑ってそう言った。

「それと提督、当作戦のブリーフィングを行うので明日執務室に全員を集めてくださいね。」

大淀は続けた。

次の日ブリーフィングは特に問題無く終わり、俺は早めに床についた。

そして作戦決行当日の午前三時。横で寝ていた吹雪を起こしつつ俺は執務室へ向かった

「提督おはようございます。愛宕、高雄、阿賀野の三名は既に出撃準備中です。こちらをどうぞ。」

既に執務室には大淀の姿があり、紅茶を持って来てくれた。

「おはよう。大淀、お前は出撃準備しなくていいのか?」

書類を片付けている大淀に俺は尋ねる。

「ええ。どうも本当に人が足りないようなので私も船上でお手伝いです。」

大淀は答える

「ああそうか。」

俺は紅茶を飲みながら大淀の話を聞いている。しかしこの紅茶とても飲みやすい。いつも俺は砂糖を4本入れるのだがどうやら淀屋・・・いや大淀はそれを覚えていてくれていたらしい。

それからしばらくして

「遅くなってすみません!吹雪出撃準備完了です!」

「と言う訳だから全員準備完了よ〜」

「提督。それでは私たちは先に漁港へ向かっていますね。」

「提督さんまたあとでね〜」

と準備中だった4人から入電が入る。

「よし。じゃあ俺たちも行くか。」

俺と大淀は街頭だけが照らす暗闇の中××漁港へと向かった。

「なあ。こういう事してると高校時代を思い出すな!俺たちが18歳未満なのがバレてゲーセン追い出されてさ。とぼとぼ3駅位歩いて帰ったよな懐かしいなぁ・・・・」

俺は淀屋と終電を逃して家まで歩いて帰った事を思い出す。

「そうですね提督。忘れもしません。」

大淀はそう答える。二人きりでも俺の事を謙と呼んでくれない事に少し寂しさを覚えた。

そうこうしているうちに俺たちは××漁港に到着した。

「おはようございます。本日はよろしくお願いします。」

大淀が漁港の人に頭を下げたので

「よろしくお願いします。提督の大和田です。」

と続けて頭を下げる。

「君が新しい提督か。愛宕から話は聞いている。私が任務を依頼した長峰だ。今日はよろしく頼む。早速で悪いが船に乗り込んでくれ。」

長峰と名乗る一見ゴツそうだが顔は整った男性はそう言って俺たちを船まで案内した。

そこには既に高雄さんたちが居た。

彼女(?)たちとの朝の挨拶もすませたところで一人の男性がこちらに走ってくる。

「ごめん大門!寝坊した〜。ん?こちらの方が例の提督?奥田って言います。今日はよろしくね」

なにやらチャラそうな兄ちゃんという感じの印象を受けた。

「遅いぞ陸!それじゃあ提督君。船に乗り込んでくれ。これが私たちの船。暁丸だ。」

俺は長峰さんにそう言われ船に乗った。なにやら後ろにブルーシートで包まれた何かが目についたがそれ以外は少し小さめの漁船だ。俺はそれよりも気になる事があったので聞いてみる

「あのー・・・長峰さん?もしかしてこの船に居る関係者って長峰さんと奥田さんだけなんです?」

すると長峰さんは

「ああそうだ。だから君たちを呼んだんだが?」

そう淡々と返す。愛想の無い人だなぁ・・・・ちょっと怖い。

そして船は港を出港。そこから30分程船に揺られていると・・・・

「うっぷ・・・オエ・・・・」

酔いました・・・・

「提督!?大丈夫ですか?部屋があるみたいなのでそっちで休んで良いと長峰さんが言っているのでそちらでお休みになってください」

大淀は心配そうに俺に駆け寄る

情けねえな俺・・・しかし身体は正直だったのでとりあえず大淀から貰った吐き気止めの薬を飲んで横にならせて貰う事にした。そして部屋に移動する際船の後ろ側に何やらブルーシートで包まれた物体が2つ目に付いた。なんだろうアレ?漁で使う道具か何かだろうか?俺はそんな事を思ったが今はそれを調べる様な気にもならないので部屋へ向かいそこで横になった。

横になって数十分程居るとなれて来たのか薬が効いて来たのか楽になったような気がして来た。

そんな時である。突然爆発音がしたと思ったら船が尋常じゃない程揺れる。

「おえっぷ!なんだよ折角マシになって来たと思って来たのに・・・・」

俺は口を手で押さえながら外でなにが起こっているのか知るため甲板に出た。

「提督くん・・・・囲まれたようだぞ。」

長峰さんは苦虫を噛んだような顔でそう言った。

「提督、もう大丈夫なんですか?」

大淀は心配そうに俺に聞いた

「ああ。さっきの揺れでちょいとぶり返したけど・・・ところで何があったんだ?」

俺は大淀に聞き返す。

「報告します。敵駆逐艦イ級フラグシップが1隻、他駆逐艦イ級3隻とロ級2隻前方に出現しました。既に吹雪、高雄、愛宕、阿賀野の4隻が交戦中です!」

そこに愛宕から通信が入る。

「これ位私たちにかかればちょちょいのちょいだから提督はそこで待っててくださいね。総員!撃てぇ〜い!」

遠目でみると4人が何やら大きな魚のような物体と火花を散らし戦っているのが見えた。

あれが深海棲艦か・・・資料で読んだりテレビで見た事はあったが生で見たのは初めてだ。その姿は思っていた以上に巨大だった。

それから10分程で敵部隊は全滅した

「なんて早さだ・・・・」

俺は感嘆の声を洩す。そんな時である

「電探と偵察機に反応!6時の方向?駆逐艦イ級が1隻!それに続いて雷巡チ級が3隻と重巡リ級が2隻?このままだと後ろから来たイ級に追突されます!間に合いません!噓・・・・この海域では駆逐艦クラスしか目撃されてなかったはずなのに・・・・ダメ・・・こんなはずじゃ・・・・これじゃあ謙を助けられない・・・・」

大淀が膝から崩れ落ちる。

その瞬間大きな口を開けたイ級が漁船目がけて飛びかかって来た。

あっ・・・もうダメだ・・・・この物量でぶつかられたりなんかしたら漁船は耐えきれないだろうし何よりアイツの体当たりをまともにくらったら船もろとも俺達はお陀仏だ。せめて大淀だけでもなんとかして助けてやりたいが酔いで足下はおぼつかないしこのまま大淀を抱えて海に飛び込む程の余力もない。

「クソッ!」俺は自分の無力感にそう吐き捨て甲板に拳を叩き付け、よろついた足を奮い立たせ

「淀屋ァァァ!」

俺は友の名前を叫びとっさに膝をつき動かなくなった彼を庇うようにして覆い被さった。

せめて・・・せめてコイツだけでも・・・コイツだけでも助かってくれ・・・・俺はただただそう願い静かに目を閉じる。

俺、こんなところで死ぬのか・・・・せめて彼女の1人や2人は作りたかったなぁ・・・・

そんな事を思ったその瞬間

後ろからゴンと何かがぶつかったような大きく鈍い音がした。

「あれ?生きてる・・・?」

俺は目を開けその音のした方向へ振り向く。

そこではなんと長峰さんがイ級を拳で殴り飛ばしていたのだ。

「そんな・・・生身の人間が深海棲艦を素手で殴り飛ばすなんて・・・」

俺は目の前で起こった事が信じられなかった。

「生身の人間?ああ半分は合っているが半分は間違いだ。陸奥!」

長峰さんが操縦席にいた奥田さんにそう声をかける。

「はいはーい。こんな事もあろうかと41センチ砲整備しといたわよ長門。」

操縦席の奥田さんがそう言う・・・全く何のこっちゃ分からんぞ長門・・・?陸奥・・・・?

「ありがたい。それでは久々に暴れさせてもらう!元ビックセブンの実力思い知れ!!」

そう言うと長峰さんは船の後方に積まれていたブルーシートで包まれた物体からブルーシートを引きはがす。そこには艦娘の艤装だろうか4つの砲の付いた鉄塊がその姿を現し、長峰さんは服を脱ぎ捨てた。漁師服で隠れていた彼の身体からは割れた腹筋に美しい肌そして膨らんだ胸があらわになる。そして鉄塊を装着するや否や長峰さんは海へと飛び込む。

「えっ?女ァ!?長峰さん女だったの!?えっ?えっ?」

俺は酔いも吹き飛ぶ程訳が分からなくなった。

「あらあら?愛宕たちからきいてなかったの?私たちも彼女達と同業者だったのよ。ちょっと大淀ちゃん!そんなとこでへたり込んでないで船の操縦任せたわよ!」

そう良いながら現れたのは豊満な胸を持ったミニスカートをはいた奥田さんだった

「えっ!?奥田さんも!?????」

もう空いた口が塞がらない。こんな事鎮守府に着任した当日以来だ。鎮守府に着任した当日・・・・?もしかして・・・

「私たちも"元"艦娘いえ。元艦シーメールと言った方がいいかしら?それじゃあ船の番は任せるわね。」

奥田さんはそう言って大淀の肩を叩いた。そして大淀は我に帰り

「は・・・・はい!了解しました!」

と船の操縦に向かった。てかあいつ船の運転も出来るのかよ・・・免許いつ取ったんだろ?

それにしてもやっぱりか。しかし元艦娘で更に元男でそれから今は漁師で男装してるってなんてややこしい事をしてるんだこの二人は・・・

そんな事を思っていると奥田さんも艤装を装着して長峰さんのところへ向かい

「久しぶりの戦闘だ。胸が熱いな!戦艦長門、出撃する!」

「ええそうね私も第三砲塔が疼いちゃうわ。戦艦陸奥出撃よ!」

「おいおい縁起でもない事を言わないでくれ陸奥、行くぞ!」

「はぁ〜い。選り取り見取りね、撃てぇ!」

そう言うと2人は向かってくる深海棲艦に対して一斉に攻撃を浴びせる

「すごい・・・一撃で深海棲艦達を木っ端微塵に・・・」

俺は目の前で行われている事をただただ見ていた。長門、陸奥・・・余り詳しくない俺でもこの2隻は凄まじく強い戦艦だという事はニュース等で良く耳にしていたので知っている。

戦いは一瞬で終わった。いくら重巡洋艦とは言え戦艦クラスには敵わずそれだけでなく、遅れて援護にやって来た愛宕さん達の一斉射撃もあったからだ。

 

そして・・・・

 

「びっくりさせてしまったようだな提督君」

長峰いや長門さんはそう言って俺に寄ってくる

「えーっとなんでこんなややこしい事を?それになんで戦艦クラスのあなたがたがこんな漁師なんて事やってるんです?もし良かったらウチの鎮守府に来てくれませんか?ビックセブンが居てくれればどんな事があっても怖くないし心強いですよ!」

俺は尋ねる。

「私たちは5年程前の戦力補充計画の時に艦娘になったのだがその後あまりにも出番も無く、資材も嵩む為除名されたんだ。しかしどうも姿だけは元に戻らなくてな。それから色々あって陸奥とともにこの漁港で働いているんだ。漁業は男所帯と言う事もあるので一応男装してな。それに私たちは今の暮らしに満足している。私は陸奥と一緒にこのままやっていくつもりなんだ。だから提督君、すまないがその申し出を受ける事はできない。しかし困ったときはお互い様だ。アテにしてもらっては困るが最低限のサポートは約束しよう」

申し訳なさそうに俺の申し出を断った後長門さんは簡単にとある鎮守府を除名されてから今に至るまでを話してくれた。長門さんの話を聞く限り二人は手術は受けた物の肉体的な変化は手術による物でなく自然とこのような姿になっていたのだという。

「しかし提督君。元気になったようだから漁の手伝いをしてもらうぞ。」

俺は長門さんに肩を叩かれる。

 

それから俺は淡々と漁の手伝いをし、帰港した。ハードな仕事だったが結構な量の魚が捕れた。これなら給料も期待出来そうだ。

 

「今日は助かったよ提督君。また何かあったら頼む。お礼と言ってはなんだが今日取れた魚を入れておいたから皆で食べてくれ。」

そう言うと長門さんはずっしりと中身が入ったクーラーボックスを渡してくれた。

そんな事をしていると吹雪がこちらに駆け寄って来て

「ごめんなさい司令官!私あの時なにもできなくって・・・・私もっと強くなります!」

と泣きながら俺に謝って来た。

「まあそう泣くなよ。愛宕さん達は長峰さん達の事も知ってたみたいだし、吹雪も今日は頑張ってたじゃないか。十分に大活躍だったぞ。」

俺は吹雪をなだめた。

そこに

「はぁい提督君?これ今日のお給料ね。」

そう言って陸奥さんが封筒を持って来た。

「あっ、ありがとうございます・・・・」

男装していて分からなかったが相当な美人である。

「どうしたの提督君?顔赤いわよ?」

陸奥さんはそう言ってこっちに近付いてくる

「あのあのあのあの」

俺が口ごもっていると陸奥さんは俺の額に額を当てて

「熱は無いみたいね。でも疲れてるでしょうしゆっくり休んでね。おつかれさま提督君♡」

と言ったと思うと俺の頬にキスをした。ああ唇ってこんな感触だったんだ・・・柔らかい。でも陸奥さんは男で・・・・でもでもでもでも。俺はまた訳が分からなくなる。

「あ・・・・ああ・・・・あ・・・き・・・・き・・・す・・・・キスぅ!?」

吹雪と大淀が口を開けて唖然としてこちらを見ている中俺は

「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

と奇声を上げてその場で鼻血を出して倒れてしまった。

「あらあら。こんな事で鼻血出して倒れちゃうなんてウブな提督さんね♡」

薄れる意識の中陸奥さんはそう言っていた。また情けない所見られちゃったなぁ・・・・意識が闇に落ちる瞬間俺はそう思った。

 

それからどの位経ったか俺の意識がハッキリとしてくる。

「ハッ!」

俺は鎮守府の医務室で目を覚ます。そこには高雄さんが居た

「提督。目を覚ましましたか。あの後長門がここまで運んでくれたんですよ?」

と倒れてからここに来るまでの経緯を高雄さんは話してくれた。

そうだったのか。それにしても初キスがあんな事になるなんて・・・大人の女性って怖い・・・・厳密に言うと女性じゃないんだけど・・・・

「そう言えば提督。お給料袋そこに置いてますよ。」

高雄さんはベッド横の棚を指差す

「ああこれか。ありがとう高雄さん。いくら入ってるんだろ?」

俺は早速開けてみる事にする。するとコロンと500円が出て来た

「500円・・・?いや、そんなはずはない2万+出来高って言ってたし・・・・」

俺は封筒の中身を出して見るとなにやら手紙のような物が入っていた

【提督君。お給料なのですが、私たちの弾薬代と燃料費を差し引いたら1円も残らなかったのでとりあえず500円だけ入れておきます。お姉さんからのお小遣いだと思って大事に使ってね♡ P.Sまた漁港に来てね。ごちそうするわ。 陸奥】

流石に急に戦艦クラス2隻も出撃させたらそれ位の金は余裕で吹き飛ぶとは思ったし命あっての物種だから仕方ないとはいえまさか自腹を切られるとも思わなかったし500円しか入っていない事に対するショックから俺は叫んだ。

「くっそおぉ〜!今日1日の俺の労働は一体なんだったんだよおぉ!!結局無一文のままじゃねえかあぁぁ!」

俺の叫びは空しく鎮守府に響き渡った。それから数日間大淀と吹雪はなにやら不機嫌そうだったので大淀に理由を聞く事にした。

「な、なぁ大淀?」

俺は恐る恐る大淀に声をかける。

「何ですか提督?今忙しいので手短にお願いします。」

大淀はそうよそよそしくそう言った。

「いや〜なんか最近大淀冷たいな〜なんて・・・ハハハ・・・」

俺は愛想笑いをした。

「そんな事ありませんけど?」

大淀は言う。

「いっいやぁそれだったら良いんだけど・・・でも俺が陸奥さんにキスされてからそんな感じだなーって・・・」

俺は恐る恐る探りを入れる。すると

「べっ!別にそんな事無いですってば!!」

大淀は顔を赤くして言った。

「ん?じゃあ何でなんだよ?」

俺は更に追求する。

「えーっと・・・・その・・・別に羨ましいとかそう言うのじゃなくて・・・・ホントですよ!?別にそう言うのじゃなくて・・・」

大淀は恥ずかしそうに言った。ホントに噓が下手な奴だなぁコイツは。

「あーなるほど!お前も陸奥さんにキスしてもらいたかったんだな!いやーわかるぜ。男だけどめちゃくちゃ美人さんだったもんなぁ・・・わかるぜ」

俺はそう言って大淀の肩を叩いた。

「ええ!?あっ・・・はいそうです・・・・」

大淀は少し安心した様なそれでいてどこか残念そうな顔をしてそう言った。

「良かった。いつもの大淀に戻ってくれたな。いつかはちゃんと元の淀屋にも戻れると良いな。」

俺は大淀に言った。

「そっ・・・そうですね。それに・・・動けなくなった私の事・・・助けてくれてありがとうございました。あの時の謙・・・かっこ良かった」

大淀はそう言った。

「今俺の事謙って呼んでくれた!?」

とっさな時にしか俺の名前を呼んでくれなかった大淀がやっと普通に話している時に俺の名前を昔のように呼んでくれた。すると

「あっ!よっ・・・呼んでません気のせいですっ!」

大淀はまた顔を赤くして言った。

「ホントにお前は噓付くのヘタだなぁ・・・」

俺はそんな大淀を見て笑った。

「噓なんか付いてません!ホントに呼んでませんから!」

大淀は必死で否定する。

「またまたぁ〜」

俺はニヤニヤして大淀を見つめた

「ホントに呼んでませんって!もう謙のバカぁ!もう知らない!!」

大淀は顔を手で覆い隠して何処かへ走って行ってしまった。

「おっ・・・また謙って言った。アイツホントに変わんないなぁ・・・」

俺はそんな事を呟き走り去る大淀の背中をただただ見送った。



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謙と少年

 まったく・・・とんだ災難だ。愛宕さんに夕飯の買い出しを押し付けられてしまった。

「あーめんどくさい。なんで引き受けちゃったんだろ・・・・」

俺は中身が沢山詰ったレジ袋を両手に持ち、安請け合いした事を後悔していた。

何故こうなったかって?話は数時間前に遡る。

 

「何?昼食が無い??」

食堂はがらんどうで誰もおらず、阿賀野が一人でお菓子をほうばっていた。

「ほへへへほほほほへへほほ」

阿賀野はお菓子を食べながら何か言っている。

「阿賀野、せめて飲み込んでから喋ってくれ」

俺は呆れてそう言う

「んっ・・・ぐっ・・・・うっ!!!げほっげほっ!!!」

阿賀野は一気に食べているお菓子を飲み込んだので喉に詰まったようだ

「大丈夫か阿賀野・・・たっくしょうがねぇな。水持って来てやるからそれまで死ぬんじゃないぞ。」

俺は冗談混じりにそう言って水を用意して阿賀野に渡す。

「ぷはー死ぬかと思ったよー」

呑気な奴だ。俺はさっき食べながら話していて全く聞き取れなかったので

「で、なんで食堂にだれも居ないんだ?何かさっき言ってたけどもっかい言ってくれ。」

と阿賀野に質問する。

「今日の当番は愛宕みたいなんだけど、当番すっぽかしててそれどころか部屋から出てきてないみたいなの。」

阿賀野はそう答える。部屋から出てない?一体どういうことだろうか。

「それってもしかしてヤバいんじゃないか?阿賀野、お前ちょっと様子を見に行って見てくれないか?鍵は大淀から借りてくるからさ。」

俺は阿賀野に頼んでみる。曲がりなりにも女性(厳密に言えばそうではないのだが)の部屋に男の俺がずかずか入って行く訳にもいかないのでとりあえず阿賀野に頼んでみる。

「え〜やだ〜」

即答!?なんて薄情な奴だ!さっき喉をつまらせてたのを助けてやったと言うのに!!

「なんでだよ!」

俺は少し怒り気味に阿賀野に尋ねる。

「え〜だってめんどくさいし行っても無駄だと思うし阿賀野いまお菓子食べてるし〜」

なんなんだよコイツ・・・

「だって今近くに居るのお前だけだしなんせ俺が愛宕さんの部屋にズカズカ入って行くのも悪いだろ!それに飯食えなくても良いのかよ!!」

俺は必死に説得を試みるが

「同性の部屋に入るのになに躊躇ってるの提督さん?それに愛宕が出てこなくなるのは今に始まった事じゃないし。それに阿賀野にはお菓子があるから大丈夫だし〜あっ、いくら提督さんでもこれはあげないからね!!」

なんて奴だ・・・都合のいいときだけ性別を盾にしてお菓子をむしゃむしゃ食いやがって俺は空腹で無一文で鎮守府の飯がライフラインだと言うのに!

「ああもうわかったよ!!俺が行けば良いんだろ俺が行けば!!!!!」

空腹でイライラしていた上にこれ以上何を言ってもムダだと思ったので仕方なく俺が愛宕さんの部屋へ行く事にした

そして俺は執務室にいる大淀に鍵を借り、愛宕さんの部屋の前に居る。

どうすればいいんだろう・・・やはりまずここはノックしてから・・・・

俺はコンコンコンとノックをした後

「愛宕さーん、大丈夫っすか?」

ひとまずそう声をかけてみると・・・

「あ゛〜〜」

となにやらうめき声のような声が聞こえたので居ても立っても居られなくなり戸を開ける

「大丈夫ですか!?入りますよ!!!どうしたんですか愛宕さ・・・・くっさ!!なにこれ!?酒くっさ!!!」

俺はあまりの酒臭さに鼻をつまんだ

「あ゛〜でいどぐ〜」

目を凝らすと真っ裸でうつぶせになって倒れている愛宕さんが居た

「どどどどうしたんですか愛宕さん!!」

俺は驚いてひとまず愛宕さんに声をかける

「ん〜?生理・・・・うっ・・・・ゔぉえええええええ」

そう言うと突然愛宕さんは置いてあったビニール袋に何か(オブラートに包んだ表現)を吐き出した。

はえー生理って大変なんだな〜・・・・・ダウト。ちょっと待てそんな訳無いだろ。落ち着いて薄暗い辺りを見渡すとそこらじゅうにビールやらの酒の入っていたであろう空き缶やビンが散乱していた。

もしかして愛宕さんは昨日の夜中にこれを全部飲んでたってのか?

「噓付け!!って愛宕さん・・・もしかして二日酔いですか?」

恐る恐る聞いてみる事にする

「え・・・ええ。昨日陸奥に貰ったおつまみが美味しくてついお酒が進んじゃって・・・うっ・・・・・」

ああもうそれ以上喋るとまた吐いてしまいそうだったからそっとしておいてあげようと思ったが飯がない。

「あの・・・愛宕さん・・・?いくらなんでも当番すっぽかすのはどうかな〜って・・・・」

俺は苦笑いして愛宕さんに言う

「だって〜こうなっちゃった物はしょうがないじゃな〜い」

なんてだらしないお姉さんなんだ・・・いやこのガサツさはもはやオッサ・・・そんな事を考えるや否や

「今ガサツでだらしないって思ったでしょ?」

コ、コイツニューハーf・・・じゃなかったニュータ○プか!?

「い、いえそそそそんなことないじゃないですか嫌だな〜ハハハハ〜・・・・」

俺は苦し紛れに誤摩化したがこんな誤摩化しが効くはずもなく・・・

「もー提督のいじわる〜」

と愛宕さんはへそを曲げたかと思うと

「オロロロロロロロロロロロロ」

あーあまた吐いちゃったよこの人・・・いつもは綺麗で頼りがいのある人に見えるんだけどお酒入ると酷いなぁ・・・

「あーわかりましたよ。じゃあ俺がかわりに今日の当番変わってあげますよ。でも今度は絶対にちゃんとやってくださいね。」

流石にこんなゲロ(ド直球)吐きまくってる人を働かせる訳にもいかないししょうがないか。すると

「本当ですかぁ?提督大好き!ふふっ♪」

と言いながら愛宕さんが抱きついて来た。なんて調子のいい人なんだろうそれにしても色んなモノが当たってるぞオイ・・・それに凄く酒臭いです・・・

「あの・・すいません・・・当たってるんですけど」

俺は控えめにそう言う

「当たり前じゃない!当ててるんだからぁ」

愛宕さんはそう言って更に俺に胸を押し付けてくる。

しかし俺が気にしているのは胸の方ではない。いや胸も十分に気になるのだが

「いっ・・・いえ胸の方じゃなくて・・・俺の太ももの部分になんか当たってるんですけど・・・・・・・」

そう。確実にアレが当たっているのだ。デカい・・・じゃなくて正直良い気はしない。

「あらごめんなさい。それじゃあお任せして良いですか提督?」

愛宕さんはなにやら嬉しそうにそう言って俺を解放した。絶対からかってるよこの人・・・

「じゃ、じゃあ変わりに買い出しとか行ってくるんでせめて服くらい着てから寝てくださいよ。お大事に。」

俺は半ば逃げる様に部屋を後にする。

「はぁい提督〜おやすみなさ〜い」

と後ろで愛宕さんの呑気な声がした。

こうしてほぼ強引に当番を押し付けられた俺は近所のスーパーで買物を済ませ一息ついていた。

 

「はあー結構重いな。」

俺は荷物を降ろし近くのベンチに腰掛け、安売りだった上にお金が余ったのでこっそり買ったアイスを食べようと袋の中をがさごそと探ってアイスを取り出した。いやぁまだ暖かくはないけど海を見ながらアイスを食べられるとはなかなかに良い所だなぁここ。

そんな事を思いながらアイスを食べ始めようとしたそんな時

「お兄さん見ない顔だね。」

突然後ろから声をかけられた。そこには銀髪の小学生くらいの見た目は中性的だったが服装と髪型からするに少年なんだろうと言うような少年が居た。

「あ、ああここ最近越して来たばっかりだからな。」

俺はアイスを食べながら答える

「こんなところに越してくるなんて物好きだね。何しに来たの?」

少年は不思議そうに尋ねてくる。

「ああ。仕事だよ」

そう言うとその少年は目を輝かせ

「仕事・・・?もしかしてお兄さん最近あそこの鎮守府に来たって言う新しい提督さんなの?」

と聞いてくるので

「ああ。何を隠そう××鎮守府に着任した提督の大和田謙って者だけど?」

と得意げに返事をしてやる。すると

「わー!すごい!!でも最初幸薄そうだしぱっとしないから都会に絶望して田舎暮らしがしたい人かと思ったよ〜」

余計なお世話だクソガキ。そう思っていると

「僕の将来の夢は提督になる事なんだ!いや夢じゃなくて絶対なるんだ」

そう表情を強張らせて続けた。俺は気になったので

「少年、なにやら事情がありそうだけどもし差し支えがなかったら俺に聞かせてくれるか?」

と聞いてみる事にした。すると彼は語り始める。

「僕のお父さんとお母さんはとある鎮守府で技術者として働いてたんだ。でも二人とも突然鎮守府に空襲が来て死んじゃったんだ。だから僕も鎮守府に務めてお父さんとお母さんの仇を討つんだってそう思ったんだ。」

ああ地雷踏んだな。俺は確信した。しかしここは少し恰好を付けてやろうと思ったので

「残念ながら君の夢は叶わないなぁ」

俺はそう言った

「えっ、どうして?」

少年は少し泣きそうになりながら聞いて来た

「理由?そんなの簡単さ。俺の代で深海棲艦との戦いを終わらせてやるからだ。俺が少年の仇も一緒にとってやるから安心しろ。少年、君は復讐なんて物に捕われないでもっと未来を明るく出来るような大人になるんだよ」

俺はキメ顔で言った。決まった・・・・我ながらクッソかっこいい事言ったんじゃない????などと思っていると少年はクスクスと笑い出し、

「提督のお兄さん格好付けようとしてるんだろうけどスベってるよ。クスクス。でも少しかっこいいと思った。ありがとう。少し気が楽になった気がするよ。じゃあ頑張ってね提督のお兄さん」

いちいち突き刺さる事を言ってくるガキだなほんと・・・しかし少しは元気になったようなので良しとしよう。

「ああ。この海の平和は俺と××鎮守府の皆が全力で守ってやるから安心してな!!」

そう少年に告げると

「うん!わかった!!じゃあねぱっとしない提督のお兄さん!僕の名前は(そら)って言うんだ!また会ったら次は鎮守府の話聞かせてね!!」

そう言うと天と名乗る少年は走って行ってしまった。

はあ〜提督って艦娘以外に呼ばれるのは初めてかも知んないけどああいう人たちの為にも頑張らなきゃな!

俺は決意を新たにした所で膝に何か冷たい物が垂れた感触を覚える。俺は恐る恐る膝を確認するとそこには見るも無惨に溶けたアイスが付いていた。

「ああああああアイス食うの忘れてたああ!!」

俺の悲痛な叫びが

はあ・・・今日は付いてねぇなぁ・・・

そんな事を思いながら鎮守府帰る帰り道での事、鎮守府のガレージに何やらかっこいいバイクが置いてあるのが見えた。バイクに詳しくない俺でも聞いた事がある。たしかニン○ャとかいうバイクだ。いやーあまりバイクには興味は無いけどこういうの見るとかっこいいしテンション上がるなぁ・・・しかし誰のバイクなんだろう?そんな事を思いながら鎮守府に戻ると高雄さんに話しかけられた。

「阿賀野から聞きましたが今日は災難でしたね提督・・・ごめんなさい。私他の用事で手一杯で手伝えなくって・・・愛宕いつもお酒飲むとああなのよ。私からキツく言っておきますね。愛宕の代わりに謝っておきます。すみません提督・・・」

高雄さんに頭を下げられる。

「ああいいですよそんなに頭下げなくても・・・」

俺は高雄さんをなだめる。

すると

「あの・・・それとは別に提督にお話があるのですが・・・」

と高雄さんが話を切り出した

「はい。なんでしょう?」

俺がそう聞くと高雄さんは神妙な面持ちで

「提督、付き合って頂けませんか?」

と言った。

えっ・・・?今何と言った??付き合えって言ったか?いやそんな れれれ冷静になれ俺・・・・第一高雄さんは男で・・・いやでもこんだけ美人なら男でも・・・いやいやそこは超えちゃいけないラインでしょ・・・

俺の頭の中で様々な考えが交錯する。一体俺はどうなってしまうんだろう?



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手紙

 「提督、付き合って頂けませんか?」

高雄さんの発した言葉に俺は困惑する。いきなりそんな神妙な表情で付き合ってくれだなって言われたら仮に相手が男だったとしてもこれだけ見た目がこれだけ美人なんだから期待せざるをえないだろ・・・いやいやでも高雄さんは男でだな・・・しかしそんな表情で付き合ってくれだなって言われたのは多分幼稚園の年長の頃くらい振りなので緊張してしまう。いや、単にトイレットペーパーがないとかそこいらで一人で買物に行くのが寂しいから付き合って欲しいとかそういう感じなのかもしれない。ここは期待せずにいこう。

「えーっとあの・・・付き合ってとはどのように?」

俺は慎重に聞き返す。すると

「会って欲しい人が居るんです・・・・」

そう高雄さんは言った。 会って欲しい人?誰だろう?

「誰にですか?」

「私の母です。」

俺が質問をすると高雄さんは答えた。えっ!母ァ!?いやいやいくらなんでも気が早過ぎやしませんかね???流石にまだ俺と高雄さんはそんな関係じゃないし・・・

てかまず第一高雄さんは男な訳でそんな・・・・

などと俺が半ば意味の分からない憶測を頭の中で走らせていると

「実は母が危篤状態らしいのですが、私、艦娘になった事を秘密にしていて会うに会えない状態なんです。でも最期に一目会いに行きたくて・・・迷惑ですよね?」

と高雄さんが遠慮がちに続ける。

以前過去なんか忘れてしまえば良いと言っていた高雄さんがここまで頼んでくると言う事は相当な事なのだろう。しかし何故俺まで一緒に行かなければならないのかがよくわからないので聞いてみる事にした

「いや、別に迷惑とかではないんですけどなんで俺なんですか?」

「それは・・・」

俺が質問すると高雄さんは少し言葉に詰まったが続けて

「私は実はこの鎮守府で整備士をやってるってずっと母に噓を付いてきたんです。今までずっと仕送りと手紙のやり取りをしていたのですが今回こんな事になってしまって、でもこの姿で面と向かって母と会うのが怖くて・・・そこで私が仕事で忙しくて会いに行けないから代わりに提督が代理人として会いに来た事にしてもらって、私はそこに付き添いの艦娘として同行するのでそれで母と一目会えればそれで良いと思ったんですが・・・」

高雄さんの胸の内を聞いた俺は特に断る理由も無いし自分自身もじいちゃんが死んだ時死に目に会えず、何故もっと早く会いに行けなかったのかと後悔し、未だに心のどこかで引っかかっているのでそんな後悔をさせるのは悪いと思い承諾する事にした。

「わかりました。でも会いに行くだけで良いんですか?流石に他に何か伝言とかそういうのは無くても?」

「本当ですか?ありがとうございます!!!伝言の件に関しては手紙を用意したのでそれを私の代わりに母に手渡してくれればそれで良いです」

高雄さんは嬉しそうにそう言った。

「でもそうなると今からでも出なきゃいけないんじゃないんですか?高雄さんの親御さんはどの辺に居るんでしょうか?」

俺はこれだけは外せないと思ったので聞いた。

「そのことならここからバスで1時間くらいの所にある病院に入院しています。出来れば今すぐにでも出発したいのですがこちらも準備が出来ていないので1時間後に出発したいのですが」

そう高雄さんは言った

「わかりました。1時間後ですね」

「はい。1時間経ったら鎮守府の入り口で待っていてくださいね。ではまた1時間後」

そう言うと高雄さんはその場を去ってしまった

俺はひとまず足下に置いていたスーパーで買った物が入っている袋を拾い上げ、食堂へ向かうことにした。

「あっ、提督さん。買物お疲れさま〜今日の晩ご飯は愛宕さんの代わりに提督さんが作ってくれるの?」

そこには阿賀野が居た。こいついつも食堂に居るな。

「いや。今日は急用ができたからカップ麺な。はいこれ」

俺はレジ袋から買って来たカップ麺を取り出し阿賀野に手渡す。すると

「え〜カップ麺〜やだやだ〜こんなんじゃ足りないよ〜」

と不満そうに阿賀野は言った

「お前は昼間っから菓子をぼりぼり食ってただろうが!たまにはこれ位で良いんだよ。それに食い過ぎたら太って制服着れなくなるぞ!」

「むむ〜阿賀野の一番気にしてる事をそんな平然と〜セクハラだよ!?それにこれでも一応運動はしてるんだからね!!」

阿賀野は頬を膨らませそう言った。

「あーはいはい。それとレトルトのお粥も買ってあるから後で愛宕さんに作って持って行ってやってくれ。今日はこんな雑なので申し訳ないとは一応思ってるんだ。そのうち埋め合わせはするから」

そう俺が言うと阿賀野は目を輝かせ

「ほんとぉ?阿賀野提督さん大好き!今日はこれで我慢する!!」

そう言って抱きついて来た。なんてチョロい奴なんだコイツは・・・まだ会って1ヶ月も経っていないがたまに本気で心配になる事がある。あっ、そうだ。

「阿賀野おまえお粥は絶対食うなよ!」

俺はひとまず阿賀野を振りほどき釘を刺す。

「も〜阿賀野そんなに卑しい娘じゃないもん!!」

阿賀野はまた頬を膨らませた。要所要所であざといんだよなぁ阿賀野・・・たまに男だって忘れてしまいそうになってしまう。

「あ〜わかったわかった。じゃあ頼むな。行ってくる。」

「は〜いお土産待ってるね〜☆」

やれやれ厚かましい奴だ。俺はそんな事を思いながら食堂を後にする。

そして一人で射撃訓練をしていた吹雪に

「吹雪ーちょっと出かけてくる。遅くなるかもしれないから先に寝といてくれていいぞ。晩飯は食堂に置いてあるから悪いけど適当に済ませといてくれ。」

と伝える。

「はい!わかりましたお兄・・・司令官!」

「ああだからお兄ちゃんはやめろって」

「すみません司令官!どこかに行かれるんですか?」

「ああちょっと野暮用でな。」

「そうですか。いってらっしゃい司令官!」

吹雪は少し寂しそうに言った。

「ああ行ってくる。」

俺は演習場を後にし、次は執務室へ向かった。

「あっ、提督おかえりなさい」

大淀は頭をぺこりと下げる。

「ああ大淀、帰って来てすぐで悪いんだけどちょっと高雄さんと出掛ける事になってさ」

俺がそう言うと

「高雄さんと?謙!?一体こんな時間から高雄さんとどこ行くのよ!?不純異性交遊は秘書官として私の目の黒いうちは認めませんよ!!」

大淀は血相を変えて俺を問いつめた。異性交遊て・・・同性交遊の間違いだし俺にそんな気はない。俺は大淀に巡を追って説明をした。

「そ・・・そうでしたか。先走ってしまって恥ずかしいです・・・」

大淀は顔を赤らめて言った。

「ま、まあ勘違いなんて誰にでもあるだろ。だから今日は愛宕さんもあんな感じだしカップ麺でガマンしててくれ。ここに置いとくからな。お前好きだっただろペ●ング」

俺は机に大盛りのペ●ングを置いた。

「ありがとうございます提督。最近食べてなかったんですよねぇ・・・」

大淀はそう言った。

「それじゃあ俺そろそろ行くからさ。後は任せたぞ」

「はい。提督行ってらっしゃいませ」

大淀は俺の事を見送ってくれた。

そして俺は自室で服を着替えて一服した。それから少しして約束の時間になったので約束通り鎮守府の入り口付近で待っていると、何処からとも無くバイクのハウリング音がこちらに近付いて来た。

そして俺の目の前で今日の昼間見たバイクが止まりそれに乗っていた女性がヘルメットを外すと中から高雄さんの顔が現れる。

「お待たせしました提督」

そのバイクの持ち主が高雄さんだったらしい。それにしてもライダースーツが高雄さんの豊満だがメリハリのある肢体を強調して非常にけしからんですねはい。股間が少しもっこりしている事に目をつぶればではあるが・・・

「このバイク高雄さんのだったんですね。それにしても以外です。高雄さんがバイクに乗るなんて」

「ええ。高雄になる前から少しかじってたんですがこれだけは忘れられなくて」

高雄さんはごまかすように笑ってみせた。

「提督、これヘルメットです。被って後ろに乗ってください」

そう言って高雄さんは俺にもう一つのヘルメットを取り出し手渡してきたので、俺はそれを被り後ろに乗った。このヘルメットなんだかいい匂いがするなぁ・・・誰が使ってたんだろ?いや待てよ、このままだと確実に振り落とされる訳でどこかに捉まらなきゃいけない。つまり高雄さんに捉まらなきゃいけないって事だろうけどちょっと心の準備が・・・等と思っていると

「提督、なにしてるんですか?飛ばしますからしっかり捉まっててくださいね」

「えっ、でっでもまだ心の準備が・・・ちょっ・・・どわあああああああああああああああ!!!!!」

その事を知ってか知らずか高雄さんはバイクを発進させ凄まじく加速させたので俺はやむなく高雄さんに捉まる事にした。柔らかい。これが本当に男なのだろうかいやしかし早くない??ちょっとこれ早くない????

それからはそんな事を考えている暇もなくただただしがみつく事に精一杯な状態が20分程続き・・・

「おつかれさまです提督。この病院です。私はバイクを停めに行って着替えてくるので少々待っていてください。」

「あ、ああ・・・」

やっと病院に着いたらしい。しかしバスで1時間程度の距離を20分足らずと言う事は相当なスピードを出していたと言う事になるのではないか。見かけに寄らず凄まじい事をするなぁと思いながらもその場に俺はスピードに対する恐怖と安心感からかその場にへたり込んでしまった。

それから10分程で服をいつもの制服に着替えた高雄さんが戻って来た。

「お待たせしました提督。病室まで案内しますので着いて来てくださいね」

そこからは高雄さんの案内で高雄さんの母親が入院している病室の前へとたどり着いた。

病室のプレートには高山 夏海と書かれている。

なんでも一度生死の狭間を彷徨った物の奇跡的に回復し、今は面会も話も出来る状態だという。しかし見ず知らずの人のお見舞いに行くなんて事は今まで経験した事が無かったのでとても緊張する。高雄さんも顔は平静を装っている物のどこか落ち着きの無い様子だ。

しかしここで尻込みをしていても始まらない。俺は意を決して病室のドアを開ける

「失礼します。」

すると

「あんた誰よ?」

と高雄さんの母親らしき人に警戒心丸出しの声をかけられる。怖ええ・・・

「あっ、えーっとですね、自分は息子さんの勤務している××鎮守府の提督をやってます。大和田と言う物です。こっちは付き添いの艦娘の高雄です」

俺がそう言うと高雄さんは軽く頭を下げた。

「その提督さんが何の用よ?それにしても今はこんな若い子でも提督になれるのね。見た感じ馬鹿息子より年下じゃない!どうなってるのかしら」

やっぱ怖ええ・・・高雄さんも目が泳ぎまくっている。しかし萎縮してるだけじゃアレだし目的を果たして足早に退散しよう・・・

「えーっとですね。息子さんが艤装のメンテナンスで忙しくてここまで来れないので代わりに来ました。手紙を預かっていますのでそれを渡して欲しいと」

俺はそう言って高雄さんから預かった手紙を渡す。

「馬鹿息子はこんな私が時にも顔も見せにこないのね。ここ何年も全く顔見せないでとんだ親不孝物ね!親の顔が見てみたいわ!!!」

えーっと親は貴女なんじゃ・・・とツッコミを入れたかったが突っ込んだら何を言われるかわかったもんじゃないので黙っておこう。実は割とお茶目な人何じゃないのかこの人・・・・

それにしても横に居る高雄さんも顔が青ざめている。これはあまり長居出来る雰囲気ではない。

「あの・・・これだけ渡しに来ただけなのでそろそろ失礼いたします。お大事になさってください。失礼します。」

俺がその場を立ち去ろうとすると

「あら、もう帰っちゃうのね。どうしようもない息子だけどこれからも息子をよろしく頼むわね」

一瞬寂しそうな表情をした高雄さんの母親はそう言った。

そして俺達が部屋を出ようとすると

「ちょっとアンタ!」

急に俺は呼び止められる。ヤバい・・・俺何かしたかな・・・?

「はっ!はい!!!まだ何か!?」

俺が恐る恐る返事をすると

「アンタじゃないの!そこの艦娘さんにだけ話があるからアンタは先に出てて」

高雄さんの母親はそう俺を部屋の外へ出るように言うので

「わかりましたー!!!!」

その迫力に押され、俺は高雄さんを置いて病室の外へ出る。そして俺は戸をすごい勢いで閉めて壁に耳を当て中で何が起こっているのか聞く事にした

「ちょっとアンタ・・・」

「はっ、はいなんでしょう?」

高雄さんは困惑しているようだ

「あんた隼雄でしょ。最初からそんな気はしてたけど緊張すると左の親指で人差し指の付け根を掻く癖でわかったわよ」

バレてんじゃん病床だというのに凄い洞察力だ・・・てか高雄さん隼雄って言うのか。

「い、いえ・・・何の事でしょう・・・・」

高雄さんはなんとかやり過ごすつもりのようだ。しかし

「しらばっくれるんじゃないわよ!!噓付くとき右下にうつむく所もまんま隼雄じゃないの!!」

「やっぱり母さんは騙せないな」

高雄さんは嘘をつくのを諦めた様でいつもとは違う口調でたどたどしくそう言った。

「アンタがなんでそんな恰好してるのか聞く気もないけどしっかりやってんの?何年も顔一つ出さないから心配してたのよ!」

「あ、ああなんとかね」

それから十数分母と息子の会話は続き

「じゃあそろそろ提督さんも待たせてるだろうから行きなさい。じゃあね。それと提督さんにキツく言い過ぎちゃったから代わりに謝っておいてね」

「ああわかったよ。またね母さん」

「じゃあがんばんなさいよ高雄さん」

「はい失礼します」

そう言うと高雄さんがドアを開けて出て来た。

「お待たせしました提督。母が無礼を言って申し訳ないです。それでは行きましょうか」

高雄さんは少し寂しそうにそう言った。

「ああ。帰りは安全運転でお願いしますよ」

そしてん病院を後にした俺は再びバイクの後ろに乗る。

バイクへの慣れとさっきよりもゆっくり走っているからかどうも落ち着かないし気まずい。ここはなにか軽く話題を振ってみよう。俺はヘルメットに付いていたインカムの電源を付け話を切り出す。

「あの〜高雄さん?」

「はいなんでしょう」

「いやぁ最初付き合って欲しいって言われたときは告白かと思いましたよ〜ハハハ・・・」

俺がそう言うと

「その心配は無いですよ提督」

と即答された。

「えっ、なんでです?」

すると

「私、既に付き合ってる人が居るので」

「えっ、だっ誰ですか!?」

俺はすかさず聞き返してしまった

「あれ?言ってませんでしたっけ?私愛宕と付き合ってるんですよ」

えっ、今何と言った・・・愛宕ってあの愛宕さんか?姉妹艦レズホモカップルって事なのか・・・・?なんか凄まじい力を感じるワードだなぁ。

「まあ付き合ってるって言っても愛宕一人じゃ心配だからって言うのが大きくて。でも私、提督の事も嫌いじゃないですしどちらかと言うと・・・・」

そこで高雄さんは突然インカムの電源を落とした。

えっ、最後なんて言ったの???めちゃくちゃ気になるんだけど!????

「あらごめんなさいインカムの電池がきれちゃったみたい!」

高雄さんはわざとらしそうにそう謝る

「いやいや絶対わざとでしょ!なんて言ったかめちゃくちゃ気になるんですけど!!」

「ナイショです!ふふふ。」

高雄さんはそう笑うとバイクを速度を上げた。

「うわぁあああ!だから早いですってばー!!」

俺は半泣きになりながら高雄さんに必死にしがみついた。

 

そして次の日何故か阿賀野が高雄さんに凄まじい剣幕で怒られていたのだがそれはまた別の話・・・




高雄と謙が居ない間の鎮守府の様子を書いたサブストーリーもありますのでそちらもよろしくお願いします。
こちらはR-18なので注意https://novel.syosetu.org/119455/1.html


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××鎮守府の性の由々しき事情

pixivで10話として投稿した物を加筆修正したものです


 「いやー結局3年間彼女できなかったなー」

「しょうがないよ。男子校なんだから。」

俺は河原で親友の淀屋とたわいもない会話をしていた。

「淀屋さぁお前卒業した後の進路とか決まってんの?」

「え、ああうん。就職するよ。」

「そうかーお前身寄りが無くて大変だもんなー」

学校帰りに河原で淀屋としょうもない話をするのが俺の日常だった。

「なぁ淀屋、」

「何?謙」

「俺、淀屋が女だったら付き合ってたわ。お前みたいな出来た人間そう居ねえよホント」

「えっ・・・・」

男子高校生特有のしょうもない会話だ。こんな話をもう何回もしていたかもしれない。しかし淀屋は黙り込んでしまった。どうしたんだろう?いつもなら「もうその話何回目だよ〜」みたいな返事をしてくるはずなんだけど

「そうなんだ・・・」

そう言って淀屋が不敵な笑みを浮かべたその時だった。急に淀屋の姿が見る見るうちに黒髪ロングの眼鏡美少女へと変わっていく。

「謙、いえ提督。その言葉を待っていました!私と付き合ってくれるんですね!!」

突然の事に理解が追いつかない

「えっ、まっ・・・ちょ・・・・おおお大淀!?」

「でも私タチなんです!提督!お尻を出してください!」

俺は淀屋に凄い勢いで押し倒されズボンを脱がされ・・・

「ちょっ・・・待て!!俺達こんな事する関係じゃ・・・それに俺達男同士なんだぞ!?」

俺は淀屋を振りほどこうとするが凄い力で抑えられていて振りほどく事が出来ない。

「大丈夫ですよ提督♡愛さえあれば性別なんて関係ありませんよ♡では提督、入れますね・・・」

「えっ!待って!!!?まだ心の準備が・・・・それにここ河原だし・・・えっマジでやんの??ちょっまt・・・アッー!!!!!!!!!!!!!」

 

 

「アッー!!!!!!!!!!!!!!」

そう大声を上げた所で俺は目を覚ました。

なんだ夢か。我ながら凄まじい夢を見てしまったぞ・・・

しかし親友が大淀という艦娘になってしまった事はまぎれも無い現実なのである。

すると急に腹が痛くなって便意が襲って来たのでひとまずトイレに駆け込もうと思ったがカギがかかっている。吹雪が見当たらないした分吹雪が使ってるんだな。

しかし吹雪が出てくるのを待っている程余裕は無い!部屋を出た先に有る共用のトイレまでダッシュしよう。

俺は自室を飛び出し共用トイレへ走った。

そして共用トイレの戸を開けると

「あっ、提督、おはようございます。」

「あら〜提督〜おはようございまぁ〜す。よく眠れましたかぁ?」

と高雄さんと愛宕さんが立ちションをしている真っ最中だった。

「すみません間違えましたァァァ」

俺は反射的にトイレから飛び出すが冷静に考えてみれば2人とも男なので何ら間違いはないのである。しかし未だに慣れないと言うか緊張すると言うか・・・と考えていると俺の腹がグルグルと音を立てる

ああもうだめだ気にしてる場合じゃない!

もう一度戸を開けトイレの個室へ駆け込んだ

俺がトイレで気張っていると

「提督の反応ってウブでホントに可愛いわよね〜」

愛宕さんがそう言って笑っていた。

「ええそうね。」

高雄さんはそう返事をする

ぐぬぬぬ・・・完全にバカにされてる・・・

俺は悔しさを噛み締めながら部屋に戻り、服を着替えて執務室へと向かった。

そして執務室の扉を開け

「おはよーございまーす」

と言って執務室へ入ると

「提督おはようございます。」

と大淀と高雄さんがいつもの様に出迎えてくれる。しかし今朝あんな夢を見たせいで変な目で大淀の事を見てしまう。いやいやいけない!淀屋はあくまで俺の友達なんだ!きっとアイツだってそう思ってるはずだ・・・多分!俺はそんな思いをかき消しながら2人に

「よし。今日は何か出撃任務とか出てるのか?」

と聞いた。すると

「いえ、本陣に寄れば今日も××港近海に敵影見ずとの事です。ただ、色々書いていただかないといけない書類が数件あるので目を通しておいてください」

と大淀は俺に資料を手渡した。

「ああそうか。いつもありがとな」

と俺は大淀に礼を言った。それを見た高雄さんが

「では、私は今日の当番があるので失礼しますね」

と言って執務室を後にする。大淀と2人っきりになってしまった・・・なんだか今日は気まずい気分だ・・・とりあえず紅茶でも入れてもらって落ち着こう。

「なあ大淀・・・」

俺は大淀を呼ぶと

「はい提督!紅茶ですね!!」

とすかさず大淀は紅茶を淹れてくれた。

「おおう、もうこれだけでわかるのか・・・まあそりゃそうか。もう長い付き合いだもんな!」

やっぱりアイツは口調や見た目は変わっても中身は昔のままだ。そう思えた。そして

「はい紅茶です。砂糖4本ですよね」

と言ってティーカップとスティックシュガーを俺の前に置いた。ここまでしっかり覚えていてくれるのは嬉しい

「ありがとう。てかそこまで覚えてんのか大淀、もはや夫婦の域だぞ・・・なっちゃってなハハハ」

俺は少しおどけてみせた。すると・・・

「そそそそんなふふふふふ夫婦だなんてやややだなぁけけけ謙」

大淀は顔を真っ赤にして言った。

「そんな顔真っ赤にしなくてもいいだろ 冗談だよ冗談。お前はホントに冗談通じないなぁ」

「そそそそうですよね・・・ははは・・・はぁ・・・」

大淀は少し安心した様な寂しい様な顔で言った。そしてまた執務室は静かになってしまう。さっきの俺の小粋なジョークのせいでまた気まずい感じになってしまったのだ。また俺は大淀に声をかけようと試みると

「「あの!」」

大淀も同時に言った。

「てっ、提督お先にどうぞ」

大淀がそう言うのでいつも俺の代わりに事務仕事をやってくれている大淀に折角だから今日位はゆっくりしてもらおうと

「ああそうか。じゃあさ、お前毎日ずっと執務室籠もりっきりじゃん。どうせ大した用事もないんだからたまにはちょっと鎮守府うろついてこれば?代わりに俺がここに居るからさ」

と提案した。

「いえ、そんな・・・私なんかが」

大淀は遠慮しているので

「いや良いんだよ。ずっと籠ってばっかりじゃ気も滅入るだろ?たまには息抜きしてこいよ」

と俺は後押しをした。すると

「いえ!悪いですしそれに鎮守府も見回って他の艦娘たちとコミュニケーションを取るのも立派な提督の仕事なんですよ!!」

と大淀は言った。

「いいや!今日は俺がここで仕事をするって決めたんだからお前はゆっくりしてろよ。」

俺はそう大淀に言う。すると大淀が根負けしたのか

「そうですか。わかりました提督。それではこの書類だけ片付け・・・きゃっ!」と言ったそして大淀は手元に置いてあった資料を手に取る。その時大淀は電気スタンドのコードに足を引っかけ俺の方向へと倒れ込んで来た。そして俺も大淀に押され一緒に倒れてしまう。

「いててて・・・」

そして俺を大淀が押し倒したかのような状態になってしまった。これ・・・夢で見たのと同じだ・・・・

「あいたたた・・大丈夫ですか?提督」

大淀は俺に尋ねる。

「あ、ああ大丈夫だ。お前はケガとかしてな・・・・」

俺がそう言おうとすると

「ててて提督!!ななななんで私の胸揉んでるんですか・・・・!!!」

大淀は俺から飛び退きまた顔を真っ赤にして言った。

そのとき俺は大淀の胸を右手でがっちりと掴んでいた事に気付いた。これ漫画で読んだ奴だ!でも相手が淀屋だからなぁ・・・喜んでいいのか悪いのか・・・複雑な気分だ。いやそんな事考えてる場合じゃない!なんとかして弁明しないと・・・!

「ちょっ・・・これは不可抗力でこうなっただけでだだだ断じて胸なんか!!!!うわっ!!マジだ!!ごごごごめんワザとじゃないんだ!!」

でも大淀の胸・・・ちょっと柔らかかったなぁ・・・って違うそうじゃない!!俺がそう言うと大淀は俺の顔を少し見つめたと思ったら

「すすすすみません提督!!!!」

と急に謝りそのまま大淀は執務室から走り去ってしまった。

「何であいつが謝ったんだろ・・・・まあ結果的に執務室から出て行ってくれたし結果オーライか」

俺は起き上がりそう呟く。そして散らかった資料等を片付け事務仕事に勤しんだ。

 

そんな事があった夕方の事、今日1日の業務を終わらせて自室でのんびり過ごしていた。

いつもは自室のシャワーで済ましているのだが久しぶりに風呂に浸かりたい気分だ。そう言えば皆は夕飯の後に風呂に入ると言っていたので夕飯前なら一人で気兼ねなく大浴場に入れる。そう思った俺は大浴場へ行く事にした。

「吹雪、風呂行ってくるわ。お前もいつもシャワーばっかじゃなくてたまには風呂入ったらどうなんだよ?一緒に入るのはマズいけど俺の後にでも入んないか?」

折角なので何やらノートに書き込んでいる吹雪にも声をかけてやる

「いえ。私はまだ日誌を付けているのでごゆっくり行って来てください。それに私・・・他人にあまり裸を見られたくないんです。ごめんなさい」

そういえば前居た鎮守府で酷い目に遭わされてたって言ってたな。俺が裸を見た時確かに多少背中にアザと傷痕はあった物のそこまで気になる物でもなかったのだが吹雪は相当気にしているのだろう。悪い事をしたな。そう思いつつ

「謝る事じゃない。それに俺も配慮が足りなかった。ごめん、それじゃあ風呂行ってくる。」

俺は逃げるように自室を離れた。

そして大浴場の脱衣所で服を脱ぎ終え大浴場の戸を開け

「久しぶりの風呂だ!ヒャッホォォォォウ!!!!」

と浴槽に飛び込む。

いやぁやっぱり風呂は最高だ。心も洗われるような気分になる。

そして一息落ち着いた所で何やら人の気配を感じたので気配を感じた方に振り返ると胸を手で隠した細身の女性が居た。誰だろう?

湯気を掻き分け目を凝らすと見覚えのある目

確かに目元は昔と余り変わっていないもののその身体は昔からそこまでゴツかった訳ではないのだがその華奢な身体に過去の面影はなく、全く男の物とは思えない。ただ下半身に付いたアレだけが彼女(?)の性別を物語っていた。

「おっ、淀・・・淀・・・大淀ォ!?」

「け・・・いえ提督どどどどうしてこんな時間にお風呂へ!?すみません!!邪魔ですよね!!すぐ出ますから!!ごめんなさい!!!」

大淀はそう言って置いていた眼鏡を拾い上げ胸と股間をタオルで隠し、猛ダッシュで大浴場から出て行ってしまった。

何だったんだ今の?あいつも裸見られるの恥ずかしいのかなぁ・・・?それにしても仕草はもう完全に女の子だよなぁ・・・正直恥じらうあいつクッソ可愛かったぞ・・・いやいやいやそんな淀屋が可愛いなどと・・・いかんいかん。淀屋は親友なんだ。それ以下でも以上でもない。変な夢を見たせいで尚更意識してしまっている気がする。

そんな事を思いながら俺も済ませる事を済ませて風呂を出ようとしたその時。

「提督さーん!!お邪魔しまーす!!!」

そんな声が聞こえたかと思うと風呂桶を片手に一糸もまとわぬ阿賀野が入って来た。その姿はもはや男らしいと言っても良い威勢の良さである。

なんだよ晩飯食うまで入ってこないんじゃなかったのかよ!!それに前を隠せ前を!!!

「あっ、じゃあ俺もう上がるからごゆっくり〜」

俺は何気なくその場を立ち去ろうと試みたが

「え〜せっかく提督さんと一緒に入ろうと思ってきたのに〜提督さん冷たい〜」

と阿賀野に捕まってしまう。胸が当たってるぞオイ・・・これは偽乳なんだこれは偽乳なんだこれは偽乳なんだこれは偽乳なんだそう頭の中で連呼し平静を保とうとする物のやはりそのやわらかさは本物の感触を知らない俺にとっては本物たりえる感触である。

「いいいいいやもう体も頭も洗ったし十分暖まったから・・・」

「そんな事言わずに阿賀野ともう少しお風呂居ようよ〜この間は一緒に入ってくれたのに〜」

「あの時もお前が急に勝手に入って来ただけだろ!!」

そんなやり取りが続き

「第一お前一緒に入ろうとか言うんならまずは胸とかそのー・・・アレを隠せよ!!もっと恥じらいを持て!!」

「えーだってお風呂の中にまでタオル入れるのはマナー違反だし〜それに男同士なんだから良いじゃない。裸のつ・き・あ・い♡って奴?」

またこれだ。都合のいい時だけ性別を盾にしてきやがる・・・しかしこれに関しては何も反論出来ず、結局その後阿賀野に言いくるめられ、俺は阿賀野の長風呂に付き合わされてしまった。

風呂に美少女が乱入してくるなど夢のようなシチュエーションではあるのだが阿賀野はまぎれも無く男なのである。喜べば良いのかなんなのか非常に複雑な気分だよまったく

「ハア〜今日は散々だったなぁ・・・・」

俺はベッドに倒れ込み呟く

「司令官、どうかされたんですか?」

それを見た吹雪が心配して俺に声をかけてくる。そうだ。ちょっと試してみよう。俺の中の悪知恵が急に働き出した。

「なあ吹雪・・・」

「なんでしょう?司令官」

「ちょっと裸になってくてないか?」

俺は突拍子もない事を吹雪に言う

「えっ・・・・」

「急に変な事言ってすまん嫌なら良いんだ。それに傷の部分は隠してもらっても良いから」

そう言うと吹雪は少し悩んだ後。

「わかりました。司令官・・いやお兄ちゃんになら私の裸見せても良いよ・・・」

ういうと吹雪は服を脱ぐ開き直ったのか吹雪に妹のスイッチが入ったようだ。

「これでどう・・・かな・・・?お兄ちゃん」

吹雪は顔を赤く染め恥じらい手で胸と股間を隠しながらこちらを見つめている。その中性的な体とその表情はエロスすら感じさせる

「そうだよ!!それなんだよ!!!!!」

俺は吹雪の肩をつかみそう言う。

「ひっ!」

吹雪は突然の事に驚く

「ああすまん。びっくりさせちゃたな。いやお前に無理なお願いをしたのは謝る。ただこの鎮守府にいる艦娘は皆恥じらいもなく裸で異性・・・いや同性なんだけどの前に居る事に何のためらいも感じてないし平然と立ちションはするし俺が風呂に入ってるのにズカズカ入ってくるしで俺に対する羞恥心が全くないんだよ!!見た目が女の子である以上は隠す所は隠すべきだと思わないか?それがしっかりできてる吹雪お前はこの鎮守府で一番の美少女だよ!最ッ高にかわいいよ!!!」

自分でも半ば何を言っているかわからないがつまりそういう事なのである。

「えっ、私・・・可愛い?」

「ああホントに可愛いぞ!!!」

「本当に本当?」

「ああ!本当に本当に本当だ!!」

もう今日の心労と鎮守府に来てから感じている悶々とした気分が相まって俺の心の箍は完全に外れていた。

「お兄ちゃん!私可愛いなんて前の鎮守府では言われた事無かったから本当に嬉しい!!お兄ちゃん大好き!!」

そう言って吹雪は俺に抱きついてくる。・・・・・・

フォーーーー!!!もうアレが生えてようがこれだけ中身が美少女なら男でもいいや!!!!

「ああ俺も大好きだぞ吹雪ぃぃぃぃぃぃ」

俺もそう声を上げ吹雪を抱きしめ返す。

そんな時、部屋のドアが急に開き

「提督、次の作戦について少しお話が・・・」

大淀が突然入ってくる。そして俺と吹雪が抱き合っている所を目撃した彼女は目をぱちくりとさせその場に立ち尽くす

「ちょ、ノックくらいしろよ大淀!!!えっと・・・あの・・・・こっこれはごごごご誤解で・・・・」

俺は必死に弁明を試みるが流石に裸の男の子と抱き合っているのだから何を言っても大淀の頭には入らなくても当然である。大淀は少し震えた後

「けっ・・・・謙のバカァ!」

そう言うや否や彼女の右ストレートが俺の頬を捉えた。

「ぶべらっ!!!」

相変わらず良いパンチだぜ淀屋・・・そのパンチを受け吹き飛ばされ薄れ行く意識の中、最後に見たのは大淀が涙を浮かべ走り去る姿だった。

 

それから数日間大淀は俺と目も会わせてくれなかったし口もきいてくれなかったが憲兵に突き出される事を覚悟して必死で経緯を弁解したところなんとか許して貰えた。

しかしなんであの時淀屋は泣いていたのだろう?それも気になったがこれ以上問題をややこしくする訳にもいかないので聞けずじまいのままだった。 



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side大淀 本当のキモチ

12話を大淀視点で描いた番外編です。


  煩わしい目覚まし時計のアラームが今日も私を夢の中から現実へと引きずり出す。なんだか楽しい夢を見ていた様な気がするので最悪の目覚めだ。

「んんっ・・・」

私は重い体を上げて目覚まし時計を止め、鏡の前に立つ。

最初は慣れなかったこの姿も、やっと慣れて来た。

そして顔を洗い、寝間着を脱ぎ、最初は抵抗しか無かったがもうそんな抵抗も無くなったそして下着を身につけようとしたその時、私は少し胸に違和感を覚える。

「少し大きくなってる・・・?」

最初は体や精神の変化を感じる度に自分が自分でなくなっていく感覚や謙との思い出が無くなってしまうのではないかという恐怖を感じていたがその恐怖も杞憂だった様で今となっては喜びすら覚える。なんて言ったってこの鎮守府には彼を誘惑する胸の大きな女性(厳密に言えばそうではないのだが)が3人も居るのだ。私の控えめな胸に謙は見向きもしてもらえないだろう。

それから手慣れた手つきで軽く化粧をし、制服に身を包み、眼鏡をかけ、カチューシャを付ける。

「よし!今日もバッチリ!」

そう自分に言い聞かせ私は執務室へと向かう。

いつも謙より1時間は早く執務室へ行き、今日の任務などの書類をまとめる所から私の仕事が始まる。楽な仕事では無いが、謙がいつも「ありがとう」とそう言ってくれるだけで何だってできる。そんな気がするのだ。

それから30分程すると高雄さんが入ってくる。これもいつもの事だ。

「おはよう大淀ちゃん。今日も早いわね。足りない日用品のリストは出来ているかしら?」

「おはようございます。そこに置いてます」

高雄さんは私一人で書類の整理をするのは大変だろうといつも手伝ってくれて主に会計をやってもらっている。

それにしても何なんだろうかあの胸は。いつも彼があの胸を鼻を伸ばして見ている。やっぱり謙はああいう胸の大きな女性(以下略)が好きなのだろうか・・・?そんな事を考えながら作業を進めていると

「おはよーございまーす」

聞き慣れた声が聞こえる。

「提督おはようございます。」

私と高雄さんは挨拶を返す。

「よし。今日は何か出撃任務とか出てるのか?」

「いえ、本陣に寄れば今日も××港近海に敵影見ずとの事です。ただ、色々書いていただかないといけない書類が数件あるので目を当通しておいてください」

「ああそうか。いつもありがとな」

この会話の為だけに早起きをしてこの仕事をしていると言っても過言ではない。

すると高雄さんが

「では、私は今日の当番があるので失礼しますね」

そう言って執務室を後にする。

彼と私の2人きりの空間。特に会話は無いがこの時間が1日の中で一番好きだ。

「なあ大淀・・・」

「はい提督!紅茶ですね!!」

「おおう、もうこれだけでわかるのか・・・まあそりゃそうか。もう長い付き合いだもんな!」

彼は基本的にわかりやすい人間なので大体何を言いたいかはわかっている。

「はい紅茶です。砂糖4本ですよね」

そう彼は甘党なのである。

「ありがとう。てかそこまで覚えてんのか大淀、もはや夫婦の域だぞ・・・なっちゃってなハハハ」

夫婦・・・・

ふうふ・・・・

婚姻関係にある男女の一組。夫と妻。めおと。の事である。

彼と私が・・・?

「そそそそんなふふふふふ夫婦だなんてやややだなぁけけけ謙」

私は顔が赤くなる。そしてあくまで提督と艦娘という距離に居る以上馴れ馴れしく彼の事を謙と呼ぶ事は避けていたがついポロリと出てしまった。

「そんな顔真っ赤にしなくてもいいだろ 冗談だよ冗談。お前はホントに冗談通じないなぁ」

彼の冗談はたまに冗談かどうかわからなくなる事がある。

「そそそそうですよね・・・ははは・・・」

鎮守府で艦娘と提督という関係になり、距離が以前よりも離れた気がするが、今の私と彼はこのくらいの付かず離れずの関係の方がお互いに丁度いい。そう自分に言い聞かせる。

しかし彼も私の反応を見て少し気まずくなったのか少しの間の沈黙が執務室を包む。このままではいけない。何か話題を・・・・

「「あの!」」

お互いに声が同時に出る。

「てっ、提督お先にどうぞ」

私は彼に話を譲る。

「ああそうか。じゃあ、お前毎日ずっと執務室籠もりっきりじゃん。どうせ大した用事もないんだからたまにはちょっと鎮守府うろついてこれば?代わりに俺がここに居るからさ」

予想だにしない言葉が来た。

「いえ、そんな・・・私なんかが」

「いや良いんだよ。ずっと籠ってばっかりじゃ気も滅入るだろ?たまには息抜きしてこいよ」

それなら私は提督と一緒に居たいです。そう喉元まで出た言葉を抑え

「いえ!悪いですしそれに鎮守府も見回るのも立派な提督の仕事なんですよ!!」

適当な事を言って彼を説得しようするが

「いいや!今日は俺がここで仕事をするって決めたんだからお前はゆっくりしてろよ。」

彼にそう一蹴されてしまう。高校時代から彼は1度言った事は曲げなかったし、もう何も言っても無駄だと私は思った。

でも自分と違い全くあの頃から変わっていない彼を見て安心する。

「そうですか。わかりました提督。それではこの書類だけ片付け・・・きゃっ!」

何かのコードに足を引っかけ彼の方へ思いっきり倒れ込んでしまう

「いててて・・・」

「あいたたた・・大丈夫ですか提督」

むにゅ・・・

何やら胸に謎の感触が・・・確認してみると私が押し倒した彼が私の胸を揉んでいるではないか

「ててて提督!!ななななんで私の胸揉んでるんですか・・・・!!!」

「ちょっ・・・これは不可抗力でこうなっただけでだだだ断じて胸なんか!!!!うわっ!!マジだ!!ごごごごめんワザとじゃないんだ!!」

どうやら私を受け止めようとしてこうなったらしい。きっと彼はこれ漫画で読んだ奴だ!でも相手が淀屋だからなぁとか思っているに違いない。証拠に彼の鼻の下が少し伸びている。

鼻の下が伸びてる・・・?と言う事はこんな私でもそんな気分になってくれるんだ・・・そうか私でも・・・そう思うと急に胸を触られたという行為が恥ずかしいと思えてきた。ここには居られないそんな気がして

「すすすすみません提督!!!!」

そう言って私は全力で執務室を飛び出してしまった。このまま執務室に戻るのも気まずいので、ここは彼の厚意に甘えて今日はゆっくりさせてもらおう。そう思ったが、今まで他の艦娘たちとは最低限の付き合いしかしてこなかったので、何処で何をすればいいのかもわからない。そこでとりあえず当ても無く鎮守府を歩いてみる事にした。

すると演習場の方から爆音が聞こえてくる。覗きに行ってみよう。そこには吹雪ちゃんが居た。全く熱心である。

彼女はこの鎮守府に来るまでの経緯等を資料で確認する限りどうなるか非常に心配であったが、謙のおかげでなんとかこの鎮守府に馴染む事が出来た様で安心している。すると彼女がこちらに気付いたのか私の方へ駆け寄ってくる

「大淀さん!珍しいですね!!良かったら大淀さんも一緒に砲撃演習やりませんか?」

そう彼女に誘われるが

「いえ・・・私はいいわ。艤装もメンテナンス中だし。」

私は噓を付いた。実際艤装はある。しかし私は今まで1度も出撃した事も無ければ砲を撃った事も無い。理由はずっと執務室で指示を出す役に徹していたと言うのもあったが、実のところ艦娘の適正が低く、水上で航行することすらままならないからだ。それを私は皆に隠している。

「そうですか・・・」

彼女は残念そうな顔をしていた。このままではいけない。折角の機会だし彼女と話してみよう。私はそう思い話を切り出す。

「あの〜吹雪ちゃんはいつもここで一人で訓練してるの?」

「ええ!もちろん。皆さんに比べて経験も浅いですし、足手まといになりたくないので。それにここに来てから私守りたい人が出来たんです!その人のためにも頑張らなきゃ!!」

非常に前向きな少女である。着任したての時はどことなく根暗な少年の様な雰囲気を感じていたが今やそんな面影は何処にも無い。謙のおかげだろうか?守りたい人とは十中八九謙の事だろう。私だって謙を守ってあげたい。もっと適正値が高く戦艦クラスになれていれば謙は私にもっと靡いてくれただろうか?そんな事を考えて居たが考えていても仕方が無い。

「そう、吹雪ちゃんも謙・・・いえ提督に救われたのね。邪魔してごめんね。じゃあ訓練頑張ってね」

そう言ってその場を立ち去ろうとすると

「大淀さん!よくおに・・・じゃなかった司令官の事を名前で呼びますけどお知り合いだったんですか?」

「うっ・・・そ・・・・それは・・・・」

痛い所を付かれた。幸い謙は私との関係を彼女には話していないようだ。適当にここは誤摩化して・・・そんな事を思っていた矢先である

「あ〜阿賀野もそれ気になる〜!」

呑気そうな少々癪に触る声が聞こえる。何も考えてないように見えて実はとても計算高い阿賀野だ。確かに人当たりが良く、私にも好意的に接してくれているが、いつも謙に馴れ馴れしく接しているのがどうも気に入らない。あれ・・・?なんで私こんな気分になっているんだろう?思い返してみるとこの感情がよくわからない。

「あっ!阿賀野さんどうしたんですか?」

「吹雪ちゃん頑張ってるから差し入れ持って来たの。はいチャーハン。昨日の夜食の余り物だけど。」

「ありがとうございます!!頂きますね」

吹雪ちゃんは嬉しそうにチャーハンを受け取る。しかし昨日夕飯をアレだけ食べて夜食にチャーハンまで食べるのかこの女は(厳密に言えば女ではなく以下略)栄養が皆胸に行っていると見える。私ももっと食べれば胸が大きくなるのだろうか?

「それより大淀ちゃん。こんなところにいるなんて珍しいじゃない。私も聞きたいな〜提督さんと大淀ちゃんのか・ん・け・い」

「べっ、別に何も無いです!昔ちょっと知り合いだったってだけで・・・」

「そっか〜じゃあ阿賀野が提督さんと付き合っちゃっても良いんだ〜なんちゃって」

この女(以下略)完全に私をからかっている!

「あまりからかわないでください!怒りますよ!?」

「えへへ〜ごめんごめん。大淀ちゃんもチャーハン食べる?」

「結構です!失礼します!!」

私は演習場を立ち去った。私が阿賀野に対して抱いている感情は一体なんなんだろうか?別に阿賀野に何かをされた訳でもなければ別に嫌いになる要素など無い。 それにさっき拒絶してしまった事で更に彼女との溝が深まってしまったようにも感じる。どうしたら良い物か・・・?

そんな事を考えていると愛宕さんが前から歩いて来た。

「あら大淀ちゃんじゃない。珍しいわね」

「ええ。提督が今日はゆっくりしていろと言っていたので。」

「そう。そう言えば大淀ちゃん。さっきから思い詰めた顔をしてるけど悩み事?お姉さんで良かったら相談に乗るわよ?」

愛宕さんにそう切り出された。確かにこのままもやもやしたまま業務をすれば支障が出るかもしれないし、高雄さんにはあまり迷惑をかけたくないし相談出来る人物と言えば愛宕さんくらいしか居ない。もしかするとこの感情がなにかもわかるかもしれない。そう思った私はその申し出を受ける事にした。

「ここじゃなんだから食堂でも行きましょうか。今の時間はだれもいないでしょうし」

そう言って愛宕さんは私を食堂へと連れていった。

「で、悩みはなに?体の事?それとも・・・」

「実は・・・」

私は謙との関係、そして阿賀野と謙が仲良くしている所を見ると何かよくわからない感情がこみ上げてくる事、そして最近謙が私を避けているのでは無いかという事を全て打ち明けた。

すると

「あ〜なるほどねぇ〜」

そう愛宕さんはなにやらにやつきながら数回うなずくと

「大淀ちゃん。あなた提督の事好きなんでしょ?」

えっ・・・・好き・・・?

「すすすすすすきだなんてそそそそそそんな。私と謙はあくまで親友で・・・そんな・・・私は・・・・」

「その慌てっぷりビンゴね?そんなこと皆艦娘になりたての頃は悩む物なのよ。性別とかのズレとかそう言うのもあるし」

「ででででででも」

「阿賀野ちゃんへの気持ちもいわばヤキモチでしょ?それに阿賀野ちゃんはあの時あえてあなたを怒らせてあの場を話す事で吹雪ちゃんにあなたと提督の話をしなくても良いようにしたんじゃない?」

「あっ・・・・」

私の胸の中のモヤモヤが一気に晴れたような気がした。そうか。私は阿賀野にヤキモチを妬いていたんだ・・・・それに私は謙のこと・・・・なんでこんな簡単な気持ちに気がつけなかったのだろう?いや、こんなこと最初からわかっていたのかもしれない。しかし謙と私は親友という関係を壊したくなかったばかりに自分自身そうだと思いたく無かったからあえて男が男を好きになる訳が無いとその事を否定し、それから有耶無耶にしていたんだ。

それに言われてみれば阿賀野の気配りだったのかもしれない。やはりあの女(略)は侮れない。

「どう?スッキリした?」

愛宕さんはそう私に聞く

「はい・・・でも・・・・」

「でも?」

もうここまで思いのたけを愛宕さんに伝えてしまったので全て聞いてみる事にする

「私・・・確かに謙の事が好きなのかも知れません・・・・でも私と謙はあくまで親友で、謙も多分そう思ってます。急に好意を寄せてこの関係が壊れるのが怖くて・・・・それに私の体はあくまで男のままなのに・・・」

すると愛宕さんが

「そう思ってたから大淀ちゃんは無意識に提督と距離を置こうとしているんじゃない?まだこの鎮守府での生活も始まったばかりなんだから時間をかけていけばいいじゃない。私もある艦シーメールと添い遂げた男を知っているし私は貴方を応援してるわよ」

そう言うと愛宕さんに肩を叩かれた。

そうか。急がなくても良いんだ。それに確かに意識をしすぎて自然と自分から彼を遠ざけていたのかもしれない。

「ありがとうございます愛宕さん。なんかスッキリしました。」

「いいのいいの。それに阿賀野ちゃんへの事を気負いしてるんならプリンでも持っていってあげると良いわ。あの子甘い物に弱いから。あらいけない私陸奥と約束してるの。もう時間だからそろそろ出るわね。いってきま〜す」

「えっ、あっはい行ってらっしゃい」

愛宕さんはそう言って食堂から出て行ってしまった。

それから何時間か経ち日も翳って来た頃私は大浴場へ向かっていた。私自身の貧相な体を他の愛宕さん達に見られるのが恥ずかしいのでいつもこの時間を狙ってこっそり入りにくるのが日課なのだ。

「ふう〜」

湯船に浸かると全てを忘れられるような気がする。そんな時である

 

「久しぶりの風呂だ!ヒャッホォォォォウ!!!!」

 

という大声とともに謙が凄いスピードで湯船に飛び込んできた。

幸いまだ気付かれていないらしい。こっそり抜け出そう。そう思い湯船から出ようとした瞬間・・・

「おっ、淀・・・淀・・・大淀ォ!?」

気付かれた。その時彼に裸を見られた事に対して羞恥を感じた。今まではこんな事無かったのに・・・朝の事を気にしているからなのだろうか?何がなんだかわからなくなった私はとっさに胸と股間を手で隠し、

「け・・・いえ提督どどどどうしてこんな時間にお風呂へ!?すみません!!邪魔ですよね!!すぐ出ますから!!ごめんなさい!!!」

と恥ずかしさの余りその場を駆け出してしまった。

裸を見られるのはこんなに恥ずかしい事だったっけ?そんな事を思いつつ凄まじい勢いで体を拭き服を着て自室に駆け込んだ。途中阿賀野とすれ違ったような気がするがそんな事を気にしている余裕は無かった。

自室に付くや否やベットに潜り込んだ私は

「謙に・・・裸見られちゃった・・・」

と呟いた。なんでこんなに恥ずかしいのかそんな時脳裏に「大淀ちゃん。あなた提督の事好きなんでしょ?」という愛宕さんの言葉がよぎる。この恥ずかしさは謙を男として意識してしまったからなんだろうか?それだけ自分の精神が艦娘になってしまっているのだと再認識させられる。そしてやっぱり私はあの人の事が・・・・

その後夕飯の時も謙とは目が合わせられないままそそくさと夕飯を済まし、自室へ戻る。

このままじゃいけない。愛宕さんももっと時間をかけていけば良いと言っていたじゃないか。それにこの気持ちが本当にそうなのかまだ自分の中では半信半疑だ。これから彼ともっと長く向き合えばその謎も解けるだろう。そう思い私は謙と話をしようと謙の部屋の前に来ていた。

「と・・・とりあえず次の作戦の話と言う事にして・・・・」

私は緊張のあまりノックするのを忘れてしまったが意を決して

「提督、次の作戦について少しお話が・・・」

と言いながらドアを開く。するとそこでは

 

「ああ俺も大好きだぞ吹雪ぃぃぃぃぃぃ」

と叫びながら裸の吹雪ちゃんを抱きしめる謙の姿。

2人は既にそう言う関係だったの・・・?謙はこういう娘(略)の方が好きだったの・・・?様々な思いが私の頭の中を駆け巡る。

「ちょ、ノックくらいしろよ大淀!!!えっと・・・あの・・・・こっこれはごごごご誤解で・・・・」

何が誤解よ・・・裸の女の子(略)を抱きしめながら大好きだなんて誤解も何も無いないじゃない・・・・私の苦労も知らないで・・・謙のバカ 

もう自分の中で感情が制御出来なくなっていた私は

「けっ・・・・謙のバカァァァァァァァァァァ」

と叫び自然と手が出てしまっていた。

そしてそのままその場に居る訳にもいかずその場を立ち去った。

謙に手を出したのはいつ振りだろう?たしか謙が台風の時に川に流されていた子猫を助けようとして死にかけた時に殴ったような気がする。

そんな事はどうでも良い。自分自身の身勝手な独りよがりで彼を殴ってしまった。これは謝っても許される事ではないのかもしれない。

それから数日間は吹雪ちゃんと彼の行っていた事よりも自分が殴ってしまった事を負い目に感じて謙とは目すらあわせる事は出来なかった。このまま謝るタイミングを見つけられまいまま終わってしまうのだろうか?

しかしそんなある日朝起きて部屋を出るとそこには謙が居た。

「もうこうでもしないと謝れないと思ったからお前がいつ起きてるのかもわかんないしここでずっと待ってたぞ。」

「そ・・・そんな。別に私は・・・・」

私がそう口ごもっていると

「すまなかった!!吹雪が好きだって言うのはえーっとあの可愛い弟・・・いや妹分って感じで好きって意味で・・・・それから・・・・・」

その後謙は吹雪ちゃんが身寄りが無く、ショッピングモールで家族を見て吹雪ちゃんが寂しそうにしていたから俺を家族だと思ってくれていいと言った結果妹分の様な物になった事、そしてあの日謙の心労がピークに達していた事を打ち明けられた。それでも納得出来ないのなら憲兵に引き渡すなり切腹するなり何だってしてやる。と最後に付け加えて・・・

やっぱり困っている人を見たら放っておけない所は前から全く変わっていない。以前そんな彼に救われ、そして今心を惹かれているのだとその時やっと気付いた。吹雪ちゃんも同じなのだろう。

「ふふふ」

私は自然と笑ってしまった

「おい・・・なに笑ってんだよ・・・もしかしてキレるの通り過ぎたとか・・・・?」

「いや、謙は昔から変わってないなってそう思っただけ」

「何だそりゃ。俺は前から変わらないしお前がどんな姿になったって親友だからな!」

そうか。やっぱり彼の中での私は親友なんだ。今はそれで良いかな。何故か私はそう思えた。

「ええ私もどれだけ変わっても謙に対する気持ちは変わらない。それに私こそいきなり殴ってごめんなさい・・・」

「ああ気にしてないよ。お前もパンチ力だけは全然昔と変わんないな!」

「もう!謙ったら!」

「これからもよろしく頼むぜ親友」

「ええ。こちらこそ不束者ですが」

「おいおい!そりゃまだ気が早いぞ」

「冗談」

「言ったなコイツ!」

それから謙と私はたわいない会話をした。彼とは高校生の頃こんな馬鹿話をよくした物だ。彼の目に今の私はどう映っているのだろう?まだ親友の淀屋大として映っているのだろうか?もしそうならこれ以上の関係になろうとすればきっと今のこの距離感や関係は崩れ、彼は私を拒絶するだろう。それならこれから時間をかけて、いつかその時が来たら私のこの思いを伝えよう。そう心に決めたのであった。



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出撃前々日

 俺がこの鎮守府に着任してからそろそろ1ヶ月が経とうとしており、そつなく任務などもこなせるようになってきていた。

そんな俺は吹雪と共に今愛宕さんの作った朝食を優雅に楽しんでいるのだが・・・

「いやぁ〜愛宕さんのサンドイッチは最高ですよホント!」

「本当ぉ?喜んでくれて嬉しいわぁ〜うふふ♡」

「愛宕さん!私にも今度作り方を教えてください」

「良いわよ〜」

吹雪や愛宕さんとそんな会話をしていると慌ただしい足音が近付いてくる。

「提督さーんおはようございま〜す」

急に目の前が真っ暗になり後頭部に柔らかい感触を覚える。

最初は鼻血が出そうにもなったが最近はこいつは男なんだ俺より立派なイチモツが生えているんだと頭の中で繰り返し、やっとこらえられる様になったもののやはりこの感触にはまだ慣れそうにない。

「もがががが・・・・阿賀野お前急に抱きつくのやめろって言ってるだろ!」

「えへへ〜ごめんなさい提督さ〜ん」

全く懲りない奴だ。もはやこれが朝の日課のようになってきている。しかしこんなところ大淀に見られたら間違いなくぶん殴られるとは思うが・・・・朝食の席に彼が居ない事を密かに感謝した。

「あら阿賀野ちゃん朝から元気ねぇ〜阿賀野ちゃんの分ももうできてるわよ」

そう愛宕さんが言うと

「はーい!阿賀野もうお腹ぺこぺこ〜いっただっきまーす」

と俺から凄まじいスピードで離れ席に着く阿賀野。これが最新鋭軽巡のスピードなのだろうか?いや違うと思う。

ふと横を見ると吹雪が自分の胸を見てなにやらぶつぶつと呟いていた。

「吹雪どうした?」

「いっ!いえなんでもありません!!司令官、私そろそろ朝の射撃演習に行ってきますね!!」

そう言うと吹雪はそそくさとその場を立ち去ってしまった。もう少しゆっくりしていけば良いのに。と言いつつ俺もそれほどのんびりしている時間はなさそうだ。俺は急いで残りのサンドイッチを口に詰め込んだ。

「愛宕さん、ごちそうさまです。じゃあ俺執務室行ってくるんで」

俺は席を立つ。すると

「提督。それならこれを大淀ちゃんに持っていってあげて。大淀ちゃんの分のサンドイッチよ」

と愛宕さんにバスケットを渡される。

「わかりました。いってきます」

俺は執務室へ向かった

「おいーすおはようさん」

俺はいつもの様に執務室のドアを開ける

「おはようございます提督」

中で作業をしていた大淀と高雄さんが俺に挨拶をする。

「提督も来たので私は失礼します。提督、そこに書類まとめてますので目を通しておいてくださいね。それでは失礼します」

高雄さんは俺にそう言うと執務室を後にする。高雄さんは会計から医務室の番、それに艤装のメンテまで何から何までやってくれているので本当に助かるのだが、一人で大丈夫なのだろうか?とたまに思う。すると

「提督、紅茶お淹れしました」

大淀が紅茶を持って来てくれる。もう朝飯後のこれがないと一日が始まった感じがしない。

「サンキュー大淀、あっ、そうだ。愛宕さんからお前の分のサンドイッチ預かって来てるから食えよ。ほい。」

俺は大淀にサンドイッチの入ったバスケットを手渡す。

「では頂きますね」

大淀はサンドイッチに手をつける。

俺はそれを尻目に大淀の淹れてくれた紅茶を飲みながら書類に目を通す事にした。

いつもは足りない備品や日用品などの経費をまとめた物や、多少サインが必要な書類、それと本陣からのお知らせのようなものばかりなのだが、今日は目に見えて書類の量が多い。

「ふむふむ」

なにやらいつもの書類以外に㊙と書かれた封筒があったので開けてみる事にする。

なになに?トラック泊地周辺で謎の海難事故が起こっている為タンカーの護衛任務を遂行されたし・・・・期間は4月30日のヒトフタマルマルより・・・・・って明後日からじゃん!

「大淀!これ見てくれよ!!」

俺は大慌てで大淀に声をかける

「何ですか提督、そんな急に大声出して」

「いやいやこんな急に明後日トラック周辺に行けだなんてそんないくらなんでも急過ぎるだろ!!何考えてんだ本陣は」

俺は大淀に行き場の無い焦燥感をぶつける。すると

「あー大丈夫ですよその事なら」

と大淀は呑気に返事をする。

「何が大丈夫なんだよ2日後だぞ?準備もしなきゃいけないしそれに今から出発しても間に合うかどうか・・・」

俺がそう言うと

「だからその心配は無いんですって」

大淀はそう一蹴する。一体何が心配ないのだろうか?

「あのですね、トラックまでは数分で行けますから。」

は・・・?一体何を言っているんだ

「いや・・・あの何言ってるかさっぱりなんだが・・・トラックってめちゃくちゃ遠いんじゃないのか・・・?」

俺は恐る恐る聞き返す

「はい。確かに遠いですが遠方への戦闘が絡む作戦や任務には最重要機密(ごつごうしゅぎ)で出撃の認可さえ降りればすぐにその海域まで行く事ができるんですよ。」

今なんて言った・・・・?最重要機密(ごつごうしゅぎ)ってなんだ・・・?

「あのー大淀・・・その最重要機密(ごつごうしゅぎ)ってのは一体・・・・」

すると大淀は答える

最重要機密(ごつごうしゅぎ)最重要機密(ごつごうしゅぎ)です。それ以上でも以下でもありません。私も詳しくは知らないのですが、私達艦娘達を含めたシステムの根幹にある何からしいのですがこの件にあまり深入りすると消されますよ?」

と大淀は不敵な笑みを浮かべる。なにそれこわい・・・・しかし移動の心配をしなくていいのならばそれでいいしこの件には深入りしない方が良さそうなのでもう何も聞かない事にした。

「お・・・おうわかったよ。じゃあ大淀、昼間位に皆を集めて今回の作戦の説明やらをするか。」

「了解です提督。」

そして時間は過ぎ正午・・・鎮守府の皆を集めて会議をする事にした。

「えーこほん、急遽皆をここに集めたのは他でもない。上から出撃の命が下った」

俺は仰々しく話を切り出す。

「え〜遠方〜どこどこ〜?」

すると阿賀野が呑気に聞いてくる。調子狂うなぁ・・・

「それは後で説明するから・・・・とにかく、俺は遠方の出撃と言うものを経験した事がないし、俺はここから指示を出すだけだが皆には頑張って欲しいし、無事に帰って来て欲しい。ひとまず俺からは以上だ。大淀、後は任せた。」

俺は大淀にパスを回す

「それでは私から簡単に説明を。今回の任務はトラック周辺でのタンカーの護衛任務です。なにやらトラック近海で原因不明の海難事故と謎の通信障害がが起きている様で本陣はそれを警戒しての依頼だと思われますが、あの海域での深海棲艦隊の動きはそれほど活発ではありませんが当海域では最近少数ながら深海棲艦が確認されており戦闘になった際はタンカーの護衛を優先するようにとのことです」

大淀の話を聞いていると何やら阿賀野の顔色が悪くなっていた。

「どうした?阿賀野?気分でも悪いのか?」

俺は阿賀野に問いかけるが・・・

「嫌・・・・嫌・・・・阿賀野のせいで・・・阿賀野のせいで・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・」

なにやら阿賀野はぶつぶつと頭を抱えて震えながら呟いている。その彼女の表情は今まで見た事の無い恐怖や悲しみに歪む形相だった。

「お・・・おい・・大丈夫か阿賀野・・・?」

俺は阿賀野に駆け寄るが声は届いていないようだ。すると高雄さんが

「これは少々マズいかもしれないです。私が医務室に運んで様子を見ますから提督は残りの皆さんと作戦会議を続けてください。詳しくは後で話します」

そういうと高雄さんは震える阿賀野をひょいと抱え上げ執務室を後にした。

いつも楽天的でほがらかな彼女に一体なにが起こったのだろう?その重苦しい空気のまま作戦会議は進行し、なんとか編成や当日の流れやルートを残りの皆で確認した。

しかし阿賀野は下手すると参加出来ないかもしれないな・・・

「会議も足早に終わらせたし、俺医務室行ってくるよ。大淀後は任せる」

俺は阿賀野が心配だったので医務室へ向かう。

そして医務室へ向かうと入り口の前に高雄さんが立っていた。

「高雄さん!阿賀野は一体どうなっちゃったんですか?アイツが急にあんな事になるなんて・・・・」

俺は高雄さんに説明を求める。すると高雄さんは重い表情で

「これは艦娘になったものが背負う宿命・・・というか病気のような物なのよ。幸い今は落ち着いているけれど」

と話を始める。病気?一体どんなものだろう?

「艦娘になった者には個人差はあれど断片的に昔の艦の記憶が受け継がれるという原因不明の症状が見られるんです。私もたまに夢に見るわ。嬉しかった事、楽しかった事、悲しかった事、そして高雄(わたし)が沈んだ最期の時の事も・・・」

「そんな事が・・・って事は阿賀野は昔トラック周辺で何かあったって事なんですか?」

艦の事をあまり知らない俺は高雄さんに尋ねる。

「ええ。艦だった阿賀野、そして先代の阿賀野もトラックの全く同じ場所で同じように沈んでいるの。詳しい事は私も知らないですがこれだけは事実よ。阿賀野は多分艦の記憶が色濃く受け継がれていて、その時の事がフラッシュバックしてああなったんだと思うわ」

そんな・・・・歴史は繰り返すとでも言うのか?それに2回も同じ場所で沈み、阿賀野はそのいつ思い出すともしれない記憶の爆弾を頭の中に抱えていたのか・・・

「高雄さん、俺・・・アイツになんて声をかけてやれば良いのかわかりません・・・」

俺は自分の無力さに唇を噛む

「今はそっとしてあげる他無いわ。今度の作戦は彼女を外した方が良さそうね・・・・心配しないでください。私が阿賀野の分も頑張りますから」

高雄さんは俺に心配させまいと笑ってみせる。

しかし指令書には少数だが敵潜水艦の存在が確認されている。対潜装備も用意されたしと書かれていた事を思い出した俺は

「でも高雄さん、もし潜水艦に襲われたらどうするんです?吹雪一人に対潜を任せるのはいささか荷が重いと思うんですが・・・この際この作戦自体を他の鎮守府に代わりに当たってもらえないか検討してもらった方が良いのかも・・・」

そんな事を高雄さんと話していると突然医務室のドアが開き阿賀野が出て来た。そして

「提督さん!そんな迷惑かけられないよ。阿賀野もう大丈夫だから・・・」

と無理に元気そうにそう言ったが表情は曇ったままだった。

「大丈夫ってお前、無理するなよ。それに震えてるじゃないか・・・」

「そうよ阿賀野。まだ寝てなきゃダメよ!」

高雄さんも俺に続いて阿賀野を説得する。

「そんなぁ・・・・阿賀野本当にもう大丈夫なのに・・・」

阿賀野はさらに表情を暗くし、医務室へ戻って行った。

俺は彼女になんと言ってやれば良いのだろうか?ここで「そんな状態でこられても足手まといになるだけだ」と厳しく突き放すのも気が引けるし、だからと言って彼女を自分が沈んだ場所に出向かせてトラウマを悪化させる訳にもいかない。俺は一体どうすれば良いのだろう?

こんな時悩みを受け止めてくれるような人を俺は何故か知って居た。何故そう思ったのか自分自身でもわからなかったがあの人ならばこの悩みを解決に導いてくれる。そう思った俺は居ても立っても居られず鎮守府を飛び出した。



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帰る場所

 あの人ならきっと何か良い助言をしてくれる。そう思った俺は鎮守府を飛び出した。

しかし勢い良く飛び出したは良い物のイマイチあそこに行くまでの道のりを覚えていない。どうした物か・・・

そんな時である。

「あっ、提督のお兄さんだ。どうしたの?」

急に声をかけられる。いつかスーパーに買物をしに行った時に出くわした少年だ。その後何回か会ううちに懐かれてしまったようで会うたびに声をかけてくる。

「おおソラじゃないか。何か用か?」

「いや、なんか走って来たと思ったら急に立ち止まってきょろきょろしてて挙動不審だったからさ。鎮守府で何かあったの?」

お前は職質するときの警察官かよ・・・まあいい。そんな鎮守府の内情を話して彼の夢を壊す訳にもいかないし

「いや、特に何も無いけど?」

適当に返事を返す。すると

「いや。そんな訳ないよ。いつもパッとしない顔してるけど今日は尚更パッとしない顔してるよ?」

ソラは平然と皮肉めいた事を言ってくるが不思議と憎めない奴だ。

「いつもパッとしてないは余計だろ。まあちょっと色々あってな・・・」

「ふーん。まあどうでも良いんだけどね。」

「どうでもいいのかよ!!」

俺は思わず叫んでしまうと

「ハハハ。そんな怒んないでよ。」

ソラはそう言って笑った。年下にここまで馬鹿にされるとは一応社会人なんだぞ俺・・・そんなに威厳無いのか?

「ソラお前友達居なくなるぞそんなに人をからかってると」

俺は苦し紛れにソラにそう言った。すると

「そっ、そんな事無いよ!!ハハハ何言ってるの提督のお兄さん。僕に友達が居ないって!!そんなことは・・・・」

図星だなコイツ・・・

「おい、ソラ俺はあくまで友達が居なくなるって言っただけで友達居ないだろとは言ってないぞ?はは〜ん?さては本当に居ないんだな?ん?」

自分でも大人げないとは思ったが俺はここぞとばかりに追求した。

「ぐっ・・・そんな事は・・・・」

ソラは少し言葉を詰まらせる。

「まあ安心しろよ。友達ならここに居るだろ?俺がソラの友達になってやるよ!」

俺は少しかわいそうになって来たのでそう言ってやる。すると

「・・・・・」

ソラは黙り込んだ。

「ん?どうした?感動のあまり言葉も出ないか?」

俺がそう言うと

「いや、それは無い。」

と彼は即答する。そこは即答なのか・・・・

「いやー年下の子供にそんな事言うなんて・・・正直ドン引きだよお兄さん。こんな年下の子供と友達になろうだなんて下手すると事案だよ?もしかしてお兄さんも同年代の友達いないんでしょ?」

クソッこの野郎人の気遣いも知らないでホントに可愛気の無い奴だ・・・・

「ちっ・・・ちげーし・・・地元にはちゃんと友達いるし・・・」

俺はそう反論するがどうでもいいといったような顔をして彼は続ける

「でも、ほんのちょっとなら考えてあげてもいいかな〜って思ったよ。」

何で上から目線な上に素直じゃないんだコイツは・・・まあでも多少彼の表情は明るくなったからまあ良しとしよう。

「そう言えば提督のお兄さん、こんなところで油売ってていいの?」

お前が呼び止めたんだろうが!と言おうとしたがそうだ。こんなところでのんびり喋ってる場合じゃない

「そうなんだよ。俺、居酒屋おおとりって所にいかなきゃいけないんだけどソラ、どこかわかるか?」

俺は地元民なら知っているかも知れないとソラに聞く。

「お兄さんこんな昼間から飲みに行くの・・・?それ提督としてどうかと思うよ?」

何処まで嫌味な事を言うんだこのクソガキは・・・

「ちげーよ!単に女将さんに用事があるだけだよ!それに俺はまだ未成年だぞ」

俺がそう言うと

「ええ!まだ未成年なの!?幸薄そうだしてっきり二十代中盤くらいだと思ってたよ」

と彼はわざとらしい程のオーバーリアクションでそう言ってくる

「余計なお世話だ!ほっといてくれ!!」

「ごめんごめんお兄さん反応が面白いからついつい弄っちゃうんだ〜おおとりの場所なら知ってるよ。」

ソラは笑いながらそう言う。

「おおとりはそこの道路をまっすぐ言って道路沿いに進んで行った所にあるよ」

とソラは指を指し俺に行き方を教えてくれた。

「おおそうかありがとう。じゃあまたな!」

俺はそう言い残しその場を後にする。

そして道路に沿って歩いていくと居酒屋おおとりと書かれた看板が目についた。この間ここに来たときは吹雪を探して路を外れていたから気付かなかったが結構鎮守府からそう遠くない距離にあったのか。

しかしこんな時間から開いているか心配だったが女将さんはここに住んでいると言っていたのでとりあえずインターホンを押してみる事にした。

インターホンを押してしばらくすると戸が開き

「はーい」

と言いながら女将さんが出て来た。

「あら、謙くん。こんな時間に何か用かしら?でもごめんね。まだ準備中で料理は出してないのよ」

女将さんは俺に申し訳なさそうにそう言った。

「いえ、少し相談事があって来たんです。何故かわからないんですが女将さんに話せば楽になれるような気がして・・・・」

俺がそう言うと

「そうだったの。その為にこんなところまでわざわざ来てくれたんだからどうぞ上がってちょうだい。特にお構いはできないけど・・・」

そう言って女将さんは俺を店に上げてくれた。

「お邪魔しまーす。」

俺はカウンター席に座ると女将さんはお茶を持って来た。

「今はこんな物しか出せないけどどうぞ。それで、相談って何?こんな私でいいならなんでも言ってちょうだいね」

そう女将さんは笑顔で言ってくれた。この笑顔を見るとどこか懐かしいような不思議な気分になる。

「まずこの間は吹雪を助けてくれてありがとうございましたまだちゃんとお礼を言えてなかったので・・・」

俺は深々とこの間の一件のお礼を言い頭を下げた。

「謙くん頭上げて、私はただ吹雪ちゃんを寝かせてあげただけで謙くんがこなかったらあの子は助かってなかったんだからあれは私のおかげじゃなくて貴方のがんばりよ」

女将さんは謙遜してそう言う。そして

「で、吹雪ちゃん今は元気でやってるの?」

と女将さんは続けたので

「はい!おかげさまで」

と俺は返事を返す。

「それは良かった。そうだ謙くん阿賀野ちゃんはどうしてるの?」

女将さんが更に聞いて来た。

「あーその事なんですけど・・・」

俺は阿賀野が今どうなっているか現状を女将さんに打ち明けた。

「阿賀野は今過去のトラウマと向き合わなくちゃいけない状況にいるんです。アイツは相当苦しんでて、アイツのあんな顔見たの始めてで俺、アイツにどういってやればいいのかわからなくて・・・・ダメですね、俺。肝心な時に何もできやしないんです・・・・」

俺は女将さんに打ち明けた。何故だろうこの人にならなんでも話せるような気がするのは

そして女将さんが少し悩んでから口を開いた。

「ごめんなさい。私も阿賀野ちゃんの力になってあげる事はできないわ。詳しい事までは聞かないけど過去のトラウマに縛り付けられているとしても阿賀野ちゃんは今を生きているの。過去に縛られていては駄目。その事をしっかり彼女に伝えてあげて。それに私は何もできないけど謙くん、あなたならきっと吹雪ちゃんを救えたように阿賀野ちゃんの心の支えになってあげる事ができるわ。それでも最後の最後は阿賀野ちゃん次第なのだけれど」

女将さんはそう言った。

たしかに沈んだのは阿賀野ではなく先代の艦娘の阿賀野と先々代の軽巡としての阿賀野であって俺の知っている阿賀野自身ではないのだ。きっとその運命は変える方法はあるはずだ。帰って阿賀野と話をしなければ・・・・おれがそんな事を考えていると女将さんはなにやらゴソゴソと戸棚から箱を取り出し俺の前に置いた。

「この中にはね、私の大切な人がくれたお守りが入っているの」

女将さんはそう言うとその箱を開けた。中にはなにやら小さな袋のような物が入っている。

「これを貸してあげる」

そう言って女将さんはその袋を俺に手渡そうとして来た。

「そんな大切な物俺には受け取れません!」

俺はもちろんそんな女将さんの大切そうな物をもらう訳にも行かず断るが

「いいえ、今これは私が持っていても意味の無い物。だから謙くんに持っていって欲しいの。阿賀野ちゃんの事、大切に思っているんでしょう?」

女将さんはそう言った。俺が阿賀野を・・・?確かに初めて会った時は可愛いと思ったけどアイツは男で・・・でももう1ヶ月もアイツと一緒に居て感じもしなかったがアイツが俺にとってかけがえのない存在になりつつあるのだと言う事を今の一言で認識せざるを得なかった。××鎮守府での大切な仲間。今はそう言う事にしておこう。そんなアイツに・・・阿賀野には居なくなって欲しくないしこれからも同じ時間の中を過ごしていたい俺は心の底からそう思える。アイツがどう思ってるかは知らないが帰ったらアイツに俺のこの思いを伝えよう。

「女将さん。今の一言でよくわかりました。阿賀野は俺にとってかけがえのない存在だって事」

俺がそう言うと

「ふふっ、じゃあこれ受け取ってくれるわね?きっと阿賀野ちゃんと謙くんを守ってくれるわ」

そう言って女将さんは俺に小さな袋を手渡した。

そしてそのお守りに触れたその時だった。何やら俺の頭の奥底で何かがフラッシュバックしなにやら頭の中でヴィジョンの様な物が見える。

 

「・・・・■翔さん、これを持っていてください」

「ありがとう□□これは?」

「私の手作りのお守りです。これを私だと思って持っていてください。」

「□□・・・」

「大丈夫です■翔さん。私は必ず帰ってきます。貴女はこの場所を・・・私の帰る場所を守っていてください。」

「□□・・・わかったわ。きっと帰って来てね・・・・」

「もちろんですよ■翔さん。それでは平和なこの場所で・・・静かな海でいつかきっと会いましょう」

「ええ。またきっと会いましょう□□。私肉じゃがを作って待っているわ。」

 

 

 

 

・・・・さようなら鳳翔さん。貴女だけでも生き延びてください。

 

そこで突然俺の目の前が真っ暗になり、暗闇から何か声が聞こえる

 

・・・・・・・・・・

 

・・・・・くん?・・・・

 

 

「・・・・・くん?・・・・謙くん?大丈夫?」

女将さんの声で正気に戻る。何だったんだ今の?誰かの記憶なのか?片方は女将さんに良く似た女性だったような・・・

「すみません。ちょっとぼーっとしちゃってて・・・・疲れてるのかな」

俺は簡単にごまかす。

「そう、それなら良いのだけれど。あっ、そうだ」

女将さんが何かを思い出したかの様に言う

「何ですか女将さん?」

「阿賀野ちゃん、倒れちゃったんでしょ?昨日の残り物の肉じゃがが有るの。持っていってあげて。」

そう言うと冷蔵庫からタッパーを取り出す女将さん。そして手慣れた手つきでそれを包んで俺に渡して来た。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます鳳翔さん」

鳳翔・・・?いま俺の口からナチュラルにその言葉はこぼれ落ちた。この人が鳳翔と呼ばれていたあの女性・・・・?いやいやそんなはずは・・・・しかし髪を結っていないだけで鳳翔と呼ばれていた女性と女将さんはうり2つだった。そんな事を考えながら俺は女将さんの顔を伺うとなにやら驚いたような顔をして

「懐かしい名前ね。どこでその名前を?」

と言った。

「すすすすみません!なんか口からぽろっと出ちゃったんですよ!!どうしちゃったのかな〜はははは・・・・」

俺はまたごまかすように笑ってみる。すると

「そう。不思議な事もあるものね。私の名前を当てるだなんて」

女将さんが鳳翔?それじゃあさっき見たあの記憶は・・・・でも確証が持てない。珍しい名前ではあるが名前が同じだけで別人かもしれないし。俺は自分の頭に浮かんだ考えを否定するようにかき消した。

「えっ、女将さんの名前鳳翔って言うんですか。不思議だな〜何でわかったんだろうな〜?」

俺は適当にすっとぼけた

「まあ今その名前で呼ぶ人はそうそう居ないんだけどね」

女将さんは笑ってそう言った。しかしさっきのヴィジョンは一体なんだったのか俺の胸に引っかかる。

「女将さん・・・一つ良いですか?その大切な人って言うのは・・・」

俺がそう聞こうとすると

「その話はまた今度ね。それにこんなところで油を売ってないで早く阿賀野ちゃんの所へ行ってあげなさい。それとお守りは貸すだけなんだからしっかり今度くる時には阿賀野ちゃんと一緒に返しに来てちょうだい。またなにかご馳走してあげるから」

と軽く一蹴されてしまった。そうだ。今はそんな事より阿賀野をなんとかしてやらなきゃいけない。

「わかりました女将さん!また来ます。話に付き合わせてすみませんでした。今度はきっと阿賀野も一緒に連れてきます!ありがとうございました!!」

「少しでも力になれたなら嬉しいわ。それじゃあまたね。待ってるから」

俺は手を振り見おくってくれている女将さんを背に鎮守府へと走った。



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かけがえの無い仲間

 居酒屋おおとりを後にした俺は大急ぎで鎮守府へと戻った。阿賀野の容態はどうだろうか。とりあえず医務室に行こう。

そして医務室へと歩いていると吹雪に話しかけられる。

「司令官、お帰りなさい。何処に行ってたんですか?高雄さんが急に出て行ったって言っていたので心配しましたよ」

吹雪は少し怒ったような口調でそう言った。

「急に出て行って悪かった。それより阿賀野の調子はどうなんだ?」

俺は吹雪に尋ねた。すると吹雪は少し不機嫌そうな顔をして、

「医務室でまだ眠っています。高雄さんが様子を見てるみたいですよ」

と言った。

「ありがとう吹雪」

俺はそう言ってその場を後にした。

そして医務室の前に到着。眠っていると聞いたのでひとまず静かにノックをする。

すると、戸が開き高雄さんが出て来た。

「あら提督、何処へ行ってたんですか?」

やはり吹雪と同じ質問をされる。

「ちょっと近所まで・・・」

俺は適当に誤摩化した。

「そうですか、深くは聞きませんが」

と高雄さんはそう言った。

「ところで阿賀野の様子はどうなんですか?」

俺は一番に気になっている事を聞いた。

「もう大分落ち着いたけどまだベッドで横になっているわ」

よかった。阿賀野は落ち着いているようだ。

「あの、高雄さん?」

「はい、なんでしょう提督」

「阿賀野と話がしたいんですけど今話せる状態ですかね?」

俺は高雄さんに尋ねる。

「ええ。寝てはいないはずだしもう話位はまともにできると思うわ。私は席を外した方がいいかしら?」

高雄さんは俺に聞いてくる。

「はい。その方が有り難いです」

すると

「では提督。私は執務室で大淀ちゃんのお手伝いをしていますから何かあったら呼んでくださいね」

そう言って高雄さんは執務室へ行ってしまった。

俺は一度深く深呼吸をしてから医務室の中に入る。

「阿賀野、入るぞ」

すると。阿賀野はこちらに気付き

「提督さん・・・ごめんなさい。阿賀野・・・」

やはり阿賀野の声にいつもの元気は無い。

「阿賀野、俺は今思っている事をお前に伝えに来た」

俺はそう言った。

「えっ・・・・」

阿賀野はそう言って言葉を詰まらせる。

「まあ良いから聞くだけ聞いてくれ。言うぞ。阿賀野、まだ俺はこの鎮守府に来て1ヶ月も経っていないけど吹雪や淀・・じゃなかった大淀、それに愛宕さんや高雄さんそれにお前も含めた皆が居てこそこの××鎮守府だと思ってる。だから誰一人欠けちゃいけないと思うんだ。みんな変わった艦娘(?)しかいないこの鎮守府だけど、みんなかけがえの無い仲間だと俺は思ってる。それにもっと皆と一緒にこの鎮守府でやっていきたい。お前の事ももっと知りたいんだ。だからお前には居なくなって欲しくない。だからお前は無理にあの作戦に出なくても良い。他の3人だけでもきっとなんとかなるし皆も納得してくれる。いや!なんとかする!俺はただここで指示を出す事しかできないけど絶対になんとかしてみせる。だからお前は・・・」

俺がそこまで言いかけると阿賀野がかぶせて口を開く

「提督さん!」

俺はその言葉に驚き話が止まる。そして数秒間の沈黙を破り阿賀野がまた口を開く

「提督さんの気持ちは嬉しい。でも阿賀野本当にもう大丈夫だから!」

阿賀野は無理に元気そうな声を出して言う。そして

「それに皆がいてこその××鎮守府なんでしょ?それなら尚更私だけ何もしないなんてそんなのできないよ。それに阿賀野達の事大切に思ってくれてるって気持ちは十分伝わったから。きっと皆の足手まといにはならないしもしもの事があっても皆が居ればきっとなんとかなるよ。だから阿賀野も行く、トラックに。それと提督さん一つお願いがあるんだけど、良いかな?」

阿賀野はそう言った。

「ああ!なんでも言ってくれ。」

俺は二つ返事で頭を縦に振る。

「提督さん。少し昔話をさせて、艦娘になった男の子のお話。どうしてかな?誰にも話した事ないんだけど提督さんになら話せる気がするんだ」

誰にも話していない?きっと阿賀野の過去の事だろうか。この事を聞くには覚悟がいるかもしれない。しかし阿賀野はそれ以上の覚悟をしている。だから俺は

「わかった。聞いてやる。」

と答えた。

「じゃあ始めるね。昔々・・・・昔といっても何年か前の事だからね!!そんな大昔の話じゃないんだから!!!」

お前自分で昔話って言ってたじゃないか。しかしその声のトーンはいつもの阿賀野に戻りつつあった。

「昔々ある所にお父さん、お母さんそして4人の兄弟が仲良く暮らしていました。長男は高校生になり、アルバイトを始められる年齢になりました。それから高校3年間で貯めたアルバイト代で、丁度両親の結婚20周年だと聞いていた彼は両親に旅行をプレゼントしました。しかし両親は旅行から帰ってくる事はありませんでした。乗った飛行機が深海棲艦に襲われて墜落してしまったからです。彼は俺が旅行をプレゼントさえしなければと自分の行動を悔やみました。収入源が突如断たれ、3人の弟を養って行かなければならなくなった彼は入学が決まっていた大学への入学を取りやめ、日夜弟達の為に彼は朝から晩まで働きました。しかし働けど働けど生活は毎日苦しくなる一方。それでも彼は自分の行いのせいで両親が死んでしまった罪滅ぼしにと弟達の為に働き続けました。しかし安月給な上に4人分の生活費を稼がなければならなかった為どれだけ働いても生活は良くはらなくて、彼は自分のルックスもそこまで悪いとは思っていなかったし、お金持ちの人に気に入られさえすれば大金が稼げると思い興味本位で男娼に手を出してしまったの。彼は沢山の男の人に媚びてお金を稼いだわ。そしていつもの様に仕事に向かった時あるお客さんに突然言われたの。君には艦娘の適正があるってね。後で聞いたらその人はどこかの鎮守府の偉い人だったみたいでその人はこう言ったわ。艦娘になれば、弟達の生活も保証される。それにもうこんな事はしなくて良くなると。その時彼は男が艦娘になれる訳が無い。馬鹿げていると思ったけどそれと同時に今までの自分の行いは弟への罪滅ぼしの為だったのか?それとも自分の寂しさを消す為に快楽を貪るための行為だったのかもしそうならばただ自分が快楽に溺れる言い訳の為に家族を使ってしまっていたのではないかという疑念が彼の中に渦巻いたの。家に帰る事も少なくなって弟達とも余り会わなくなり雌の様な身体になってしまった自分の姿を弟達が見て本当に喜ぶのかと。その時弟達に会うのが怖くなって彼はもうどうにでもなれ。やれるものならやってみろと博打を打つ感覚でその男の話を承諾したの。最初は半信半疑だったし元より体つきが変になっていたから最初は気付かなかったけどどんどん彼の身体は変わって行ったわ。声も、喋り方も何もかもね。身体だけじゃなく頭の中も変わって行くのがわかったわ。最初はそれが恐怖でしかなかったけど受け入れて行った。いえ受け入れざるを得なくなったのかもね。最初の方は弟達に電話をしてたんだけどもう電話もできなくなってそれから月に1回手紙を欠かさず彼は書き続けているの。必死に当時の口調や癖を思い出しながらね。そして一人の艦娘が生まれたわ。そんな彼・・・いや彼女はもう後戻りはできないのならばこの現状を最大限楽しもう。そして自分のような境遇の人間が居なくなるように深海棲艦と戦おうと思ったの。でも艦娘になってからは手紙を送る事さえ億劫になってしまって結局弟達とは連絡も取れずにいる。これがお金目当てで艦娘になっちゃった馬鹿な男の子のお話。どうだった提督さん?良くできたお話でしょ?」

俺はその話を聞いて衝撃を受けた。阿賀野にはそんな過去があったとは

「阿賀野・・・お前・・・」

俺は言葉に詰まる。やっぱり肝心な時俺はなんて言ってやれば良いのかわからないダメな奴だ。すると

「あくまで昔話だからね!あんまり真に受けないでね!!それと阿賀野とこの男の子は関係ないんだから!!」

阿賀野は必死になって俺に言う。

「いや、関係ないってお前・・・後半完全に話の視点が客観視点から主観視点に変わってたぞ。」

俺はそんな阿賀野に突っ込みを入れる。

「そうだった?えへへ・・・」

阿賀野は少し気まずそうに笑った。

「どう。もしこれ阿賀野の話だったら提督さん、こんな汚れた身体のオカマみたいな艦娘嫌だよね?引いちゃった?ただもし私に何かあれば弟達に・・・」

ちょっと待て、コイツやっぱり死に行くつもりなのか?

「阿賀野!そんな事は無いぞ。寧ろそんなので嫌いになってたら今俺はここには居ないしそれに過去がどうだって俺は今のお前の事をかけがえの無い大切な仲間だと思ってる。そう言っただろ?その考えは揺るがない!それにお前じゃない先代の阿賀野が同じ海域で沈んでいようがお前はお前なんだ。俺にとってはお前という存在は唯一無二なんだよ。だからそんな事言わないでくれ!お前は絶対に沈まないしお前は弟さんたちの為にも生きなきゃいけない!!戦いが終わったら絶対に俺が弟さんに会わせてやる!阿賀野・・・いや君の兄さんは姿は変われど海をそして君たちを守るために戦った英雄だってな。だから何も恥じる事も自分を嫌う事も俺の前から居なくなる事も絶対に許さない!お前はお前なんだ!!」

言ってしまった・・・しかし俺の思いのたけは全て阿賀野にぶつけたはずだ。

「提督さん・・・・」

阿賀野は目を潤ませてこちらを見ている。

「お前がトラックへ行くと決めたのなら俺は止めはしない。ただ絶対に俺の元へ帰って来てくれ。俺は待ってるからな」

俺は最期の一押しと言わんばかりに阿賀野にそう言った。

「提督さん・・・・わかった。約束する」

阿賀野は涙を流しながらそう言った。

「そうか。ならこれを」

俺は女将さんから預かったお守りを渡した。

「提督さん、何・・・これ」

阿賀野はお守りを不思議そうに眺めてそう言った。

「ああ、それな。おおとりの女将さんが貸してくれたお守りだ。きっとお前を守ってくれるって持たせてくれたんだ」

俺はお守りについての経緯を説明する。

「それと女将さんがお前にって肉じゃがをくれたんだ。昼から何も食べてないんだろ?よかったら食えよ」

と風呂敷に包まれたタッパーを取り出す。

「あ〜っ!女将さんの肉じゃが!食べる食べる!!」

その声は完全にいつもの元気な阿賀野に戻っていた。肉じゃが恐るべし。

「ちゃんとレンジで温めて食べろよ」

「は〜い。女将さんにこのタッパーとお守りも返しに行かなきゃいけないし絶対帰ってこなきゃね!」

阿賀野はそう言った。

「おう!その意気だ。もう大丈夫だな。じゃあ俺、高雄さん達に話付けてくるからこれで」

俺はそう言って医務室を後にした。

そして執務室で大淀と高雄さんに阿賀野の意志を伝え自室に戻った。

「ふぅ〜今日は走り回って疲れたし休憩でもするか」

俺が自室のベッドに寝転がったその時である。

「司令官・・・・」

何処からとも無く吹雪の声がしたかと思うと吹雪がこっちに向かって来た。元から部屋に居たのか。

「どうしたふぶ・・・んん????」

なにやら吹雪の胸が異様にふくれあがっていた。

「どどどどうしたんだ吹雪そそそそそそその胸は!!」

あのサイズは阿賀野・・・?いや愛宕さんや高雄さん以上にあるぞ!?その身長には不釣り合いな膨らみを揺らしながらこちらに吹雪は迫って来る。

「やっぱり司令官は大きなおっぱいが好きなんですね?」

そう言って俺の横になっているベッドの上に乗りこちらに這い寄ってくる。

「たっ、たしかに大きい胸はすっ、好きだけどどうしたんだよ急に!!」

俺は今起こっている事に理解ができず混乱する。すると吹雪が

「だって最近ずっと阿賀野さんばかりじゃないですか。私の事ももっと見てください。」

吹雪はそう言うと俺に抱きつき胸を当ててくる。ああああああ!胸が!デカい胸が当たってるううううう!!!

俺は興奮して鼻息が荒くなる。

「あは♡やっぱりおっぱいが大きい方が良いんだ。お・に・い・ちゃ・ん♡」

ああああやめてくれええええ正気を保て俺!コイツは男なんだぞ!いやでも愛宕さん以上の胸で迫って来てお兄ちゃんだなんて反則だろおおおおおおお!!!!!!!!

「我慢できん。揉みたい!いや、揉む!俺はおっぱいを揉むぞ吹雪いいいいいいい!!!!!!!!」

俺はぎゅっと吹雪のおっぱいを握りしめた。自発的におっぱいに触るなんて!男の夢っ!!

「あうっ♡お兄ちゃん、そんな力強く握っちゃ・・・」

吹雪がそう言いかけたそんな時である

パァン!!と大きい音がしたかと思ったら吹雪のおっぱいが俺の握っている方だけ縮んでいた。

「あっ、破けちゃった・・・」

吹雪が残念そうに言った。

「あの・・・吹雪・・・?ちょっと説明してくれないか?」

その巨大な破裂音で正気に戻った俺は吹雪に説明を求める。

「あの・・・・これは・・・私いつも司令官が阿賀野さんに抱きしめられてニヤニヤしてる所を見ていたら胸が苦しくなって来て・・・それで私もおっぱいさえ大きければ私にもっと振り向いてもらえると思って風船を・・・・ごめんなさい。司令官」

吹雪は申し訳なさそうにもう片方の風船を服の中から取り出す。

俺はバカバカしくなって笑いが押さえきれなくなる

「ふっ、はははははははははは」

すると

「笑わないでくださいよ司令官!これでも必死に考えたんですからね!!」

と吹雪は頬を膨らませる。

「いや、吹雪は可愛い奴だなーと思ってさ。お前は胸が無くても十分に可愛いよ。」

俺は吹雪にそう言った。

「ホントですか?私司令官の事大好きです!何回だって言います。」

そう言ってまた吹雪は抱きついて来た。さっきのような柔らかい感触がないのが悔やまれるが・・・

そんな時である。部屋のドアが勢いよく開き。

「謙!どうしたんですか!!銃声みたいな音がしましたけど!!!!!」

と大淀が息を切らして部屋に入って来た。

ん?

この感じ何処かで・・・・

冷静に今の状態を分析してみよう。ここはベッドで俺と吹雪は同じベッドで横になっていて・・・更に吹雪は俺に抱きついて・・・・・これはマズい!

「謙?これはどういう事かしら・・・?」

大淀は笑顔で俺に問いかける・・・・笑ってるのが超怖いんだけど・・・・

「ちっ、違うんだ淀・・・じゃない大淀、これは不可抗力で・・・・」

しかし大淀は既に拳を堅く握りしめている。

「一度ならず二度までも・・・馬鹿は死ななきゃ直らないみたいね。謙!歯ぁ食いしばれ!!」

そう言うと大淀の右ストレートが俺を吹き飛ばした

「あべしっ!!二度もぶった!!!」

俺はベッドから落とされ気を失った。

その後俺は、吹雪と共に大淀に事情を話した後大淀の説教を延々と受けたのは言うまでもない。

 

そして時は流れ出撃当日・・・・・



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その先にあるもの

 ・・・身体が重い。身動きも取れない。どうやら航行ができない状態にあり海に沈みつつあるようだ。

阿賀野は艦娘になってからと言うもの良く昔の阿賀野の記憶を夢に見る。これもそうなのだろう。いつも妙にリアリティはあるが、自分ではない自分を見ると言う不思議な感覚には不快感の様な物も感じる。

薄れゆく意識の中一人の艦娘がこちらに近付いてくる事に気付く。

「■■■■■!来ちゃダメ!!逃げて!!!」

阿賀野は必死に伝えようとするが阿賀野の声はもう彼女に届かない。

彼女はぐしゃぐしゃになり泣きながら

「助けられなくてごめんね・・・・」

と阿賀野に言う。その刹那、彼女が爆風に包まれる。

そこで阿賀野の意識は途切れ闇に落ちていった・・・・

 

 

 

朝の静寂を断ち切るように目覚まし時計の音が鳴り響く

「う〜ん。またあの夢かぁ。目覚め最悪・・・ありえな〜い。でもそんな事いちいち気にしてられないよね!私は私なんだから!!」

阿賀野は自分にそう言い聞かせて時計を見る。

「もうこんな時間!?やだやだ!遅刻じゃない!!朝ご飯食べられなくなっちゃう!」

阿賀野は大急ぎで支度を始める。

「最近やっとヒゲが生えてこなくなったのよね〜でもしっかり顔のお手入れはしなくちゃ提督さんに嫌われちゃう!」

いつもこの時間と朝ごはんの時間はどれだけ時間がなくてもしっかり取るのが彼女の日課だ。

「よし!準備完了!阿賀野今日も可愛い♡」

そして彼女は鏡の前でいつも自分に言い聞かせる。いつからかこれが何故か阿賀野の口癖になっている。それは元々阿賀野自身でなく他の誰かの口癖だった様な・・・阿賀野はそんな気がしていた。

「あっ!もうこんな事してる場合じゃない!早く行かなきゃ!!」

阿賀野は急ぎ足で食堂へ向かった。

 

その頃謙はいつもの様に朝食を食べていた。

「いや〜高雄さんの作る和風の朝食も最高ですよ〜」

今日は高雄が朝食の当番のようで、メニューはご飯に味噌汁、それに鰆の塩焼きだ。

「そうですか?ありがとうございます。これでも有り合わせで作ったんですよ?そういえば提督、吹雪ちゃんはどうしたんです?」

高雄は謙に尋ねる。

「ああ、吹雪の奴昨日の夜から緊張して眠れないとかなんとかでずっと緊張してて、なんとか寝かしつけたんですけど起きたら置きらで今は念入りに荷物やら艤装のチェックをしてますよ」

謙は答えた。

「あら、心配性なのね。あの子」

高雄はクスクスと笑った。

そんな時である慌ただしい足音が食堂へ向けて近付いてくる。

「提督さ〜んおっはようございま〜す」

いつもの様に阿賀野は謙に抱きつく。

「もがががが、だから飯食ってる時に急に急に抱きつくなって何度言ったらわかんだよ!」

謙は少し声を荒げ、いつもなら阿賀野はすぐに離れ、笑って謝るのだがその日の阿賀野の様子はいつもと少し違った。

「ごめんなさい提督さん、もう少しだけこのままで居させて・・・」

どうやら阿賀野は今朝の夢の事を気にしているようだった。謙も阿賀野が出撃に対して不安を募らせているのを知っていたので鼻血を全力で堪え、我慢してやることにした。

それを見た高雄は

「あらあら、朝から元気ね。」

と笑って言った

「ハア・・・ハア・・・・もういいだろ阿賀野・・・」

謙は顔を真っ赤にして阿賀野に言った。

「ありがとう提督さん。少し楽になった。」

阿賀野はそう言った。

「お前・・・もしかしてまた昔の阿賀野の記憶を・・・」

謙は阿賀野を心配する。

「安心して提督さん。私は私だから、提督さんがそう言ってくれたからもう怖くないよ。」

阿賀野は謙の頭をなでてそう言った。

謙はまた少し頬を赤らめて照れくさそうに

「そ、そうか・・・ならいいんだけどな・・・」

と言った。そんな時

「阿賀野ちゃん、お熱いのはいいんだけど朝ご飯冷めちゃうわよ?」

と高雄が言う

「そうだ朝ご飯!いっただっきまーす!!!」

阿賀野は素早く謙から離れ、席に着いた

「べっ!別に阿賀野と俺はそんなのじゃないですからね!!」

謙は必死で弁明するが

「うふふ・・・照れなくてもいいじゃないですか」

と高雄に一蹴された。

「ホントにそんなのじゃ無いんですからね!阿賀野からも何か言ってやってくれよ」

謙は阿賀野に助け舟を求めるが阿賀野は朝食を一心不乱に搔き込んでいて話を聞いていないようだった。

「全く・・・出撃直前だってのに緊張してるんだかしてないんだか」

謙は呆れてそう言った。しかし謙はいつも通りの阿賀野を見て少し安心するのであった。

そして謙は朝食を食べ終わり、

「じゃあ俺、執務室に行ってきます。ごちそうさまでした高雄さん。」

そう言って謙は食堂を後にした。

そして謙はいつものように執務室の戸を開け

「ういーっすおはようございまーす」

と執務室へ入った。

「おはようございます提督。」

「提督ぅ〜おはようございまぁす♪」

と愛宕と大淀が謙を迎え入れる。

「今日は高雄さんが当番だから愛宕さんが代わりに手伝ってくれてるのか」

謙は大淀に言う。

「はい。愛宕さんの方が何故か高雄さんより手際がいいんですよね。少しガサツですけど。」

大淀は散らばった書類を片付けながら呟く。

「もぉ〜大淀ちゃんってばひど〜い」

愛宕はわざとらしく頬を膨らませそう言った。

「まあまあ・・・あっ、そうだ紅茶淹れてくれるか大淀」

謙は軽く愛宕をなだめていつものように大淀に紅茶を淹れてもらう事にした。

「はい。すぐお持ちしますね。」

大淀は待ってましたと言わんばかりに紅茶を淹れに行き

「お待たせしました提督」

謙に紅茶を渡す。

「サンキュー」

謙はそう言ってから紅茶を飲んだ。

そして謙が紅茶を飲み終わると

「提督、本日の作戦要項等まとめた書類です。目を通しておいてくださいね。」

と大淀が謙に書類を手渡す。

「わかった。」

謙は返事をした。それを見た愛宕は。

「では私は朝メ・・・じゃなかった朝食に失礼しますねぇ〜提督また後でね♡」

と行って執務室を出て行った。

それからすこししてから謙は全員を執務室へ集めた。

「えー、コホン今回は初の遠方での任務な訳だが、指令書にも書かれている通り今回の目的はタンカーの護衛であって戦闘じゃない。各自戦闘は極力避けるように。それと前にも言ったが誰一人この鎮守府に欠けずに戻ってくる事!これが一番の命令だからな!以上!!それじゃあ皆配置に付いてくれ。ヒトフタマルマルになったら作戦開始だからな」

謙がそう言うと

「了解です提督」

「わかったわぁ」

「はい!司令官!精一杯頑張りますね!!」

「りょうかーい」

と高雄、愛宕、吹雪、阿賀野の返事が帰ってくる。

そして4人が執務室を出て行こうとしたとき

「阿賀野、ちょっと話がある」

謙は阿賀野を呼び止める

「なあに提督さん?阿賀野はもう絶対に大丈夫!お守りも貰ったし」

と阿賀野は笑顔で答える。

「それなら良いんだが、何かあったらすぐに報告するんだぞ。それと・・・・」

謙が更に話を続けようとすると

「提督さん。後の話は帰ってから聞くね。これ以上提督さんと話してるとまた迷っちゃいそうで。だから、帰って来たらいっぱいお話ししよう提督さん!」

阿賀野はそう言った。

「ああ、そうか・・・そうだな。それじゃあ行ってこい!」

謙は他にも言いたい事は沢山あったがこれだけしか言わない事にした。

「はーい!最新鋭軽巡阿賀野!きっと提督さんの元へ帰ってくるわ。それじゃあまた後でね。」

そう言って阿賀野は出撃準備に向かった。

謙はその背中を黙って見送った。

そして数分後

「総員出撃準備完了よ〜」

と愛宕からの通信が入った。

「それじゃあ作戦開始だ!俺はここから指示を出す事と成功を祈る事しかできないけど俺も全力でやるから皆も頑張ってくれ」

謙がそう言うと

『はぁ〜い♪じゃあ皆行くわよ〜旗艦愛宕に続いてねぇ〜ヨーソロー』

と愛宕の声とともに4人の艦娘(厳密に言うと以下略)は鎮守府から出撃した。

それから十数分後

「提督、総員配置に着いた様です。」

と通信係の大淀が言う

「早っ!これが最重要機密(御都合主義)の力か」

謙はトラックに着く早さに驚嘆する。

「えーそれじゃあ作戦開始だ。健闘を祈る。」

謙がそう言うと作戦が開始された。

 

そしてトラック海域では・・・

 

「うーん私、やっぱり緊張しちゃいます・・・」

吹雪は不安そうな面持ちで呟いた。

「大丈夫よ!お姉さんが絶対あなた達を守るから。精一杯私に着いて来てね」

愛宕は緊張する吹雪を優しくなだめた。

「はい!愛宕さん!」

吹雪は元気にそう返した。

それを見ていた高雄は

「阿賀野、あなた大丈夫なの?」

と阿賀野に声をかける。

「大丈夫。阿賀野、提督さんと約束したから。それに、もし何かあっても高雄が助けてくれるでしょ?ね?」

と阿賀野は明るく振る舞った。

高雄はやれやれというような表情を見せたが

「ええ、そうね。誰一人欠けずに鎮守府へ戻れというのが提督の命令だものね。わかったわ阿賀野。ただ無茶をしてはダメよ?」

と阿賀野に言った。

「もちろん!」

阿賀野はそう高雄に返した。

 

 

それから数時間後特に大きな戦闘も無く、タンカーを無事目的地まで護衛する事に成功した。

執務室では

「提督、作戦成功です!」

という大淀の一言で

「あー終わったあああああ!よかったぁぁぁぁあぁ」

謙はここ数時間気が気ではない思いをしていたので自分の事のように作戦の成功を喜んだ!

「皆!おつかれさま。でも鎮守府に戻るまでが作戦だからな。気を抜くんじゃないぞ」

謙は艦娘達にそう連絡した。

『はぁ〜い♪では今から帰投しますねぇ〜』

という愛宕の声が通信機から聞こえる。

そんな時である

大淀が顔色を変え

「提督、トラック泊地より電文です」

と謙に告げる

「んー?どうした?お祝いかお礼の電文でも来たのか?」

謙は呑気にそう言うが

「いえ、そんなノンキな物ではありません・・・・トラック泊地の一艦隊が未確認の敵と接触、かろうじて撤退した物のまだ1隻の艦娘が取り残されているようです。至急救助に向かって欲しいとの事なのですが・・・」

大淀は暗い表情でそう言った

「そ、そんな・・・無事終わったってのに何だよそれ・・・」

謙は嫌な予感がした。

「皆、通信は聞いてたな。一旦泊地に戻って補給を受けさせてもらってからもう一度出撃出来るか?」

謙は艦娘達に問う

『ええ。私は大丈夫よ。』

愛宕は真剣な声色でそう言った。

『愛宕が行くなら私も。』

高雄もそれに続いた。

『私も行きます!足手まといにならないように精一杯頑張ります!』

吹雪もそう続いた。

『提督さん・・・』

阿賀野は何かを言いたげに謙を呼ぶ

「おう何だ阿賀野?お前は無理しなくていいんだぞ。」

謙は阿賀野にそう言うが

『その取り残された艦娘って・・・もしかして那珂って娘・・・?』

阿賀野は少し声をふるわせて謙に聞く

「どうした阿賀野・・・。なあ大淀、取り残されてる艦娘はなんて艦娘なんだ?」

謙は大淀に聞く。

「えーっと・・・噓・・・そんな事って・・・」

大淀が声を詰まらせる

「どうした大淀」

謙は聞く

「取り残された艦娘は、軽巡洋艦川内型の三番艦・・・那珂」

大淀は驚きを隠せないようだった

「なんだって?阿賀野・・・何でわかったんだ?」

謙は阿賀野に聞く。

『私・・・今全部思い出したんだ。阿賀野がどうやって沈んだのか・・・・なんでこんなタイミングで思い出しちゃったんだろ・・・・思い出さなければこんな気持ちにならなくて済んだのにね。阿賀野こうしちゃ居られない!早く那珂ちゃんを助けに行かせて!!』

阿賀野は覚悟を決めてそう言った

「でもお前は・・・」

謙は阿賀野を制止しようとするが

『今すぐ行かなきゃダメなの!このままじゃ那珂ちゃんが死んじゃう!!だからお願い!阿賀野に先行させて!!』

阿賀野はそう続けた

「そんな・・・お前を死にに行かせる訳には行かない」

謙は阿賀野を止めるが

『これだけは提督さんがなんて言っても曲げられない。ごめんなさい提督さん』

阿賀野はそう言い残すと通信を切った。

『ちょっと阿賀野!無茶よ補給も受けずに!!提督!阿賀野が艦隊を離脱しました!早く指示を!』

高雄の声が聞こえる。

「そんな・・・やっぱり運命は変えられないのか・・・・やっぱり俺にはアイツを救う事なんてできなかったのか・・・・クソッ!!」

謙は自分がやはり無力な存在である事を再び思い知らされる。

『提督!!』

高雄は謙に呼びかけるが

「ダメだ・・・肝心な時俺はどうすれば良いかわからない。このまま皆を未確認の敵に突っ込ませて全滅なんて事になったら・・・・」

謙は更に弱音を吐く。すると

「ごちゃごちゃぬかしてんじゃねぇぞ!!お前ホントにキ○タマ付いてんのか?ああん?」

とドスの利いた声が突然通信機から聞こえる

「ヒッ!」

謙は突然の出来事に呆気にとられる。

「えーっとどちら様でしょうか・・・?」

謙は恐る恐る聞く

『ハァ?部下の事も覚えられねぇたぁ少々お前の事を買いかぶりすぎてたみてぇだな。愛宕だよあ・た・ご!!』

その声の主は愛宕だった。

「えええええええええええええええ」

謙は驚愕する。

『お前自惚れてんじゃねぇ!何が俺には救えないだぁ?それに全滅するかもだぁ?そんなに俺たちの事が信用できねぇってか?ふざけんじゃねぇよ!こっちもやれる事はやろうっつってんのに提督であるお前がそんな事でどうすんだよ!?ええ?』

その愛宕の声に謙はもう何が何やらわからないと言ったような状態だった

「ハイ、スミマセン・・・」

謙は謝る事しかできなかった。

「スミマセンじゃねぇよ!そんなんで阿賀野を救えるだなんて甘っちょろい事言ってたのかクソッタレが!!今自分にできる最前の事を今すぐひり出すんだよ!!わかったか?』

謙のすべき事はもう一つしか残されてはいなかった。

「ハイ!今すぐ指示出しますからそれ以上怒鳴らないでください・・・・」

謙は申し訳なさそうにそう言った

『おう、そうか。わかってんじゃねぇか。あ”〜ン”ン”ッ!!あーあー。うん。よし!戻ったわ。わかったのなら宜しい。それで私達はどうしたら良いのかしら提督?』

謙の声を聴いた愛宕は元の声に戻り優しく尋ねた。

「はい!阿賀野に追いつけるのはこの艦隊では吹雪だけ。でも練度の低い吹雪を先行させるのは不安が残ります。なので高雄さんは吹雪に随伴してそのまま阿賀野を追ってください。愛宕さんは一旦戻って弾薬燃料を弾薬を補充してから2人を追ってください。」

謙は少し震えた声で指令を三人に伝えた。

すると愛宕は

『よくできました♡それじゃあ吹雪ちゃんと高雄にはさっきタンカーからわけてもらった燃料と戦闘食料を持たせるわ。私も補給が完了次第追いつけるように頑張るわ〜それじゃあ私はお先に補充へいってきまぁす♡』

と言った。

『司令官!私絶対阿賀野さんと那珂さんを助けます!そして皆で司令官の元に帰ってきます!!』

吹雪も覚悟を決めたようにそう言った。

『提督、愛宕が怒鳴りつけてごめんなさいね。それと救出へのGOサインを出してくれてありがとうございます。その思いも無駄にしませんし阿賀野はきっと連れて帰ります。』

高雄も謙にそう言った。

「でも吹雪、高雄さんは弾薬が切れかかってるから戦闘になったらすぐに退避するんだぞ。あくまでその未確認の敵を見つけても愛宕さんが来るまでは温存するように。それじゃあ那珂、ならびに阿賀野救出作戦開始!」

謙のその一声で高雄と吹雪は救難信号が出ている位置へと舵を取った。



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阿賀野、那珂救出作戦開始数十分前

話は阿賀野、那珂救出作戦開始の数十分前に遡る。

愛宕率いる××第一艦隊はタンカーの護衛を着実に進めていた。

「深海棲艦が多数確認されてると聞いてましたが少数の駆逐艦だけでしたね。これなら私でもなんとかなりそうです!」

吹雪はそう言った。

「こらこら。こんなときこそ油断しちゃダメよ?」

愛宕はそんな吹雪を諌める。

「はい。すみません愛宕さん。吹雪、気を引き締め直します」

2人がそんな会話をしている中高雄は考え事をしていた。

(おかしい・・・大淀から貰った資料には他にも軽巡や雷巡、それに潜水艦の出現が報告されていると書いてあったはずなのだけれどいくらなんでも海が静か過ぎる。逆に気味が悪いわ。それに阿賀野の事も気になるし・・・・)

高雄がそんな事を思っているのを知ってか知らずか阿賀野は呑気に

「疲れた〜早く終わらせて帰りた〜い」

と不満をこぼしていた。それを聞いた高雄は

「もう!人がどれだけ心配してあげてると思ってるのよ!もう少しシャキッとしたらどうなの!」

と呆れた顔で阿賀野に言った。

それからしばらくして艦隊一行は遠回りになるが特に何も無い航路を取るのか近道にはなるが岩礁の多い航路を取るかどうかの岐路に立った。

「提督ぅ〜?どうしますかぁ?」

愛宕は謙の意見を求める

『うーん。やっぱり岩礁があると危険かもしれないしタンカーに負担がかかりかねないからここは遠回りの航路を取った方が良いんじゃないかなぁ・・・・』

提督はそう言うが

「うーん阿賀野は岩礁の方が良いと思うけどな〜」

と阿賀野は言った。

『理由は何だ?まさか早く帰りたいからとかそんな理由じゃないよな?』

謙は阿賀野に問いつめる

「違うの。岩礁が辛いのは深海棲艦も同じはずだからきっとそっちの方が無駄な交戦を避けれると思うの。どうかな?提督さん。」

『なるほど。言われてみればそうか。たまには良い事言うんだな阿賀野。それじゃあタンカーが岩礁でダメージを負わないように細心の注意を払ってくれ』

「も〜褒めてるんだか褒めてないんだか良くわからないよ提督さん。でも阿賀野の意見を聞いてくれてありがとう。こっちの航路ならきっと大丈夫。うん。きっと・・・」

こうして岩礁の航路を取る事になった一行

「阿賀野、あなたこっちのルートを選んだのは本当に敵が少なそうって理由だけなの?」

高雄が心配そうにして阿賀野に聞く。

「やだなぁ、高雄は本当に心配性なんだから。ただ、ただね・・・ここ来た事無いはずなのに見覚えがあるの。いや、見覚えなんて物じゃないもっと奥深くの何かがこの場所を知ってる・・・・ような気がするの。それであっちの航路だけは絶対に嫌だって私に言ってくるの」

阿賀野は少し表情を曇らせる。

「阿賀野、やっぱりあなた・・・」

高雄はさらに不安感を覚えた。

「でも大丈夫!この航路なら早く帰れるし。それに敵さんの数も少ない・・・はず。言う事無いでしょ?ね?」

阿賀野は高雄に心配をかけまいと明るく振る舞った。

「ええ、そうね。そうだと良いのだけれど・・・」

高雄は無理に心配をかけて逆に阿賀野の負担になっては行けないとそこで口を噤んだ。

 

そしてタンカーはそれ以降敵との交戦もなく目的地点に到達。

そんな一行の元に大淀から通信が入る

『トラック泊地の一艦隊が未確認の敵と接触、かろうじて撤退した物のまだ1隻の艦娘が取り残されているようです。至急救助に向かって欲しいとの事なのですが・・・』

その時阿賀野の頭の中にかかっていた霧のような物が徐々にではあるが薄れ始めていた。そして阿賀野は頭の中に一つ浮かんだ艦娘の名前を口にする。

「その取り残された艦娘って・・・もしかして那珂って娘・・・?」

阿賀野は謙に確認を取る。

『どうした阿賀野・・・。なあ大淀、取り残されてる艦娘はなんて艦娘なんだ?』

謙は大淀に聞く。

『えーっと・・・噓・・・そんな事って・・・』

大淀が声を詰まらせる

『どうした大淀』

謙は聞く

『取り残された艦娘は、軽巡洋艦川内型の三番艦・・・那珂』

その言葉を聞いた時阿賀野の頭の中の霧が一気に消し飛んだ。

そして阿賀野の頭の中で過去の艦の記憶がフラッシュバックする。

 

阿賀野は敵潜水艦の攻撃を受け轟沈寸前。そこに一人の艦娘が救援に向かおうとやって来た。その艦娘こそ軽巡洋艦川内型の三番艦の那珂であった。

「那珂ちゃん!来ちゃダメ!!逃げて!!!」

阿賀野は必死に伝えようとするが沈みゆく阿賀野の声はもう彼女に届かない。

いつも誰よりも明るかった彼女はぐしゃぐしゃになり泣きながら

「間に合わなかった・・・助けられなくてごめんね・・・・」

と阿賀野に言う。その刹那、彼女は追撃を仕掛けて来た敵艦載機の爆撃に包まれた。

 

そのビジョンは阿賀野が日夜苛まれていた悪夢そのものであった。

阿賀野は何度もその悪夢から目を背けようとしていた。しかし今目の前で阿賀野を助けようとして沈んでしまった彼女を見殺しにはできない。そう思った阿賀野は

「私・・・今全部思い出したんだ。阿賀野がどうやって沈んだのか・・・・なんでこんなタイミングで思い出しちゃったんだろ・・・・思い出さなければこんな気持ちにならなくて済んだのにね。阿賀野こうしちゃ居られない!早く那珂ちゃんを助けに行かせて!!」

と謙に進言する。

謙から帰って来た答えはNOであったが

「これだけは提督さんがなんて言っても曲げられない。ごめんなさい提督さん」

阿賀野はそう言い残しその制止を振り艦隊を離脱した。

(待ってて那珂ちゃん。今度は阿賀野が絶対に助けるから)

そして話は現在に戻る。

「救難信号が何処に出てるかもわからないまま飛び出して来ちゃったけど・・・」

阿賀野は無計画に飛び出した事を少し悔いていた。しかし後悔をしているヒマは無い。それに何故か不思議と那珂が居る場所が分かる気がする。そう思った阿賀野は先ほど通ってきた航路を通り、分岐した地点まで戻った。

「きっとこっちだ!」

阿賀野は先ほど行ってはいけないと感じた方の航路へ向けて舵を切った。



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来訪者

その頃鎮守府では・・・

「本当にあの指示で良かったのかな・・・?」

と謙が弱音を吐いていた。

「提督、弱音を吐くなんて貴方らしくもない。それにさっき愛宕さんも言ってたじゃないですか。私達も最善を尽くしましょう。それに皆さんならきっと大丈夫です。提督が皆さんを信じてあげなくてどうするんですか?」

大淀は謙を慰める。

「ああ、そうだな。とりあえず愛宕さんの通信を待つか」

謙は大淀の言葉で少し冷静さを取り戻した。

それからしばらくして執務室のドアをノックする音が聞こえた。

「誰だよこんな時に・・・それにどうやって入って来たんだよ」

謙はそう言いながら執務室のドアを開けるとそこには謙程の身長で筋肉質。それに普通の人にしては露出が多い服を着て長い黒髪をたなびかせた見覚えのある人物が立っていた。

「長峰さん・・?どうしてここに?」

「いや。今は長門で良い。愛宕から話は聞かせてもらった。私もトラックに向かわせてもらおう」

彼女は長門。今は長峰という偽名で××港で漁師を営んでいる長門型戦艦のネームシップだ。

「でもそんな、大丈夫なんですかいろいろと・・・」

謙は心配そうに長門に尋ねる

「今は心配なんてしているヒマは無いだろう?報酬は・・・そうだな君の出世払いと言う事にさせてもらおう。私とてブランクはあれどビッグ7の1人だ。その名に恥じぬ支援をさせてもらう」

長門はそう言った。

「はい。わかりました。猫の手も借りたいこの状況、貴方の力を借りれるなら心強いです!」

「了解した。それでは戦艦長門、出撃させてもらう!」

そう言うと長門は執務室を飛び出した。

それから数分後

『長門だ。今愛宕と合流した』

という通信が入って来た

「早っ!!一体どういうテクノロジーなんだよ・・・・」

謙は再びその早さに驚いた。

『それでは後は任せてくれ。何かあればまた通信を入れよう』

長門はそう言った。

そしてトラックでは

「流石は最重要機密だ。ものの数分でここまで着けるとは。是非我が漁船暁丸にもこの機能を実装したい物だ」

長門はそう呟いた。

「ごめんなさいね長門。急に呼び出して」

愛宕は長門に謝罪した。

「いや、気にしないでくれ。それにしても私がまた誰かの指揮の元で戦う事になるとは。そして場所は違えど貴方と肩を並べて戦える事を光栄に思う」

長門はそう言い愛宕に握手を求めたが

「もう!昔の話はやめてって言ったでしょ!まあ良いわ。それじゃあ出撃よ〜」

愛宕は長門とがっちりと握手を交わし遠くを指差した。

「了解!」

2人の艦娘は全速力で救難信号の出ていた地点へと向かった。



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その頃阿賀野は、自分の記憶を頼りに那珂が居るであろう地点へ向かっていた。

「多分この辺りのはずなんだけど・・・それに途中出くわした敵艦との戦闘で弾薬ももうちょっとしか残ってないし・・・」

そんな時である、電探に反応があった。

「艦娘の反応が2つ?いや、もう片方は艦娘じゃない。何・・・この反応?日も翳って来たし、とにかく急がなきゃ!」

そして阿賀野が速力を上げ、反応のあった地点に近付くと急に辺りの天候が悪化し始めた。

「やだ、雨・・・それに艦娘じゃない反応もこっちに近付いてくるし最悪・・・」

阿賀野は少し不満を洩したが警戒態勢に入る。すると暗がりの中から艦娘の様な影が見えた

「那珂ちゃん!」

知っていた。彼女自身は那珂に合った事は無いが、あの髪型は那珂の物だと阿賀野の脳はそう告げている。しかし電探の反応は艦娘の物ではない。それにそれとは別になにか不気味なプレッシャーの様な物を感じる。

「いや・・・那珂ちゃんじゃない、あなたはだれ・・・?」

阿賀野は恐怖心や好奇心に駆られその影に呼びかけた。するとその影は答えた

「ヤハリ・・・キタカ・・・ニドトフジョウデキナイシンカイへ・・・シズメッ!」

その影はそう言うと砲をこちらに向けてくる。

「なに・・・あれ・・・」

阿賀野はその姿に驚いた。その姿は艦娘により近い姿をしていて、更にどことなく阿賀野自身に似ていると感じた。しかし下半身は人ならざる形をしておりそれは深海棲艦である事はわかった。

「そっちがその気ならこっちだって!阿賀野はその向こうに用があるのだから無理矢理にでも退いてもらうわ!最新鋭軽巡の力見せてあげるんだから!」

阿賀野はその影との戦闘に入った。

「全砲門発射ぁ!」

そう言って阿賀野は砲を放った。

「直撃のはず、せめて航行不能にさえなってくれれば・・・」

阿賀野はそう呟いたが

「ソノテイドカ・・・?」

黒煙の中から傷一つ付いていないその影が現れる。

「そんな・・・直撃のはずなのに傷一つ付けられないなんて・・・・」

阿賀野はその装甲の堅さに恐怖した。

「フン!キサマモ・・・コノサキニイルカンムスモ・・・スベテミナゾコへシズメテヤル・・・」

影はそう言うと砲撃を放って来た。

「駄目!速力が出ない・・・やっぱり補給してないから・・・」

阿賀野は砲撃を避けきれずに被弾してしまう。

「きゃああああっ!」

それを見た影は

「フッ・・・ショセン・・・キサマハマガイモノ・・・マガイモノニハワタシハタオセヌ・・・ソレニ・・・ナニモマモルコトスラデキヌ・・・・」

と阿賀野を嘲り笑った。

「このままじゃ本当にやられちゃう・・・それにこの燃料じゃ今から離脱しようとしても追いつかれるのがオチ・・・どうすれば良いの・・・」

いつしか日は沈み辺りは暗闇に包まれていた。

「このままだと夜戦になる・・・弾薬も持ってあと1発2発が良い所。夜戦の一撃にすべてをかける!」

阿賀野はそう決め隙をうかがう事にし、暗闇に紛れ影の攻撃をなんとかかわす事に専念した。

「ドウシタ・・・?マガイモノ・・・ショセンキサマハイツワリノキオクニアヤツラレテイルダケニスギヌ・・・・イマキサマガカンジ、カンガエテイルコトスベテガジブンノモノデハナイ・・・タダノアヤツリニンギョウ二スギヌ・・・アワレナニンギョウヨ・・・スグミナゾコニタタキオトシテクレヨウ・・・」

影はそう言った。その言葉は阿賀野に突き刺さった。

「阿賀野は・・・いや、私は・・・・」

阿賀野はそこで言葉を詰まらせる

「ドウシタ・・・?マダクチゴタエヲスルヨリョクガアルノカ・・・?ミニクイアガキダ・・・・マガイモノメ・・・キサマモ・・・ワレワレトオナジヨウニシズンデイケ・・・・!」

影はそれを見て更に阿賀野を嘲り笑った。その一言で阿賀野は自分の感じている不気味な感覚、そして影の正体に確証はないが気が付いた。

(そうか・・・この影は昔の阿賀野確証はないけどなにか心の深い所であの影の悲しみや無念が伝わってくる・・・・でもっ提督さんが私は私だって言ってくれたから!絶対負けない!!負けるもんですか!!)

「私は・・・私は紛い物なんかじゃない!!この頭の中に流れる記憶が自分自身の物じゃなくったって私は私なんだ!ここに来たのだって阿賀野としてじゃない。私自身がしたかったからそうしただけ!もうこれ以上私のせいで誰かが死ぬのなんて嫌なの!!例えそれが自分の記憶じゃなかったとしても。私にだって守りたい物の一つや二つ絶対守る!!私は阿賀野だけどあなたじゃない!!私は那珂ちゃんを助けて一緒に帰るんだ!!」

阿賀野は覚悟を決め影に砲と魚雷発射管を向ける。

「ホザクナマガイモノメ!ソノクチニドトヒラケヌヨウニシテヤル・・・シズメエエエエエ!!!!!」

影も同じようにして砲を阿賀野に向ける。

その時一筋の光が影の顔に当たる。

「クッ!・・・ナンダ・・・・?コシャクナ・・・・!!」

光が影の全身を映し出し、影はその眩しさに目を覆った。

「動きが止まった。今しかない!!届けええええええええええ!!」

阿賀野は影にできるだけ接近し、全砲門からありったけの砲弾と魚雷を影に放った。



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一筋の光

 阿賀野が影と戦闘をしている頃吹雪達は阿賀野と那珂を捜索していた。

「高雄さん。救難信号はこの周辺から出ていたんですよね?」

吹雪は高雄に尋ねる。

「ええ。この辺りのはずよ。もう日も沈んでしまったし雲行きも怪しい・・・これはマズいわね。せめて探照灯を装備してくるべきだったわ。」

高雄はそう言った

「それに鎮守府とも愛宕さんとも通信が取れません・・・これが報告にあった通信障害・・・・これ以上天候が悪化する前に早く2人を見つけ出してみんなで帰りましょう!!」

吹雪はそう言った。

その時遠くに一筋の光が見えた。

「高雄さん!アレは!」

吹雪が指を刺す。

「間違いないわ。あれは探照灯の光!きっと向こうで戦闘が行われてるに違いないわ。急ぎましょう。」

高雄はそう言った!

「はい!」

吹雪もそれに続いた。

それと同じ頃

「クソッ・・・!通信が完全に遮断されているぞ。これでは阿賀野達は愚か高雄達とも合流出来るかどうか怪しい・・・」

長門は苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。

「こんな時こそ平常心よぉ〜?長門ったらこういう時に弱いのは昔から変わらないんだからぁ」

愛宕はそんな長門をなだめる。

「しっ・・・しかしこれでは・・・」

長門がそう言った途端愛宕は長門に砲塔を向け砲を放った。

「なっ!?愛宕何を・・・?」

そしてその砲から放たれた弾は長門の頬を霞め、長門の後ろから迫っていたチ級に命中する。

「だーかーらー言ったでしょ?平常心だって。ちょっと感が鈍ったんじゃない?」

愛宕は悪態をついた。

「すまない・・・・私とした事が・・・それにしても愛宕・・・あなたは以前と全く変わらない感の鋭さだな。」

長門は愛宕にそう言った。

「ありがと長門。でもそんな悠長な事を言ってる場合じゃないみたいよ?」

愛宕がそう言ったので長門が辺りを見渡すと闇の中からこちらを見つめる怪しい眼光がいくつも見える

「クソッ・・・囲まれて居たか。しかしこの程度私の火力でこじ開けてやるッ!」

「ええ。私も負けてらんないわね!」

長門と愛宕は臨戦態勢を取った。その時

「ん?あれは・・・?」

長門は何かに気付く

「もう長門!こんな時に余所見?」

「いや違う。アレを見てくれ」

長門は何かを指差す

「あれは・・・探照灯かしら?もしかするとあっちに阿賀野ちゃん達がいるかもしれないわね!」

「ああ。それならばあの方向に全速力で駆け抜けるぞ!」

「はぁ〜いそれじゃあ長門遅れないでよ?」

「あなたこそ・・・・敵に足を取られるんじゃないぞ?それでは行くぞッ!」

長門と愛宕は迫り来る深海棲艦を蹴散らしながら光の射す方向へと向かった。



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まどろみの中で

 全弾を影にぶつけた後目の前が真っ暗になった阿賀野は良くわからないあたたかな空間に居た。

「何が起こったの?私はたしか影にありったけの砲弾をアイツにぶつけて・・・それから・・・」

阿賀野は突然の事に困惑する。

「もう燃料も無いし弾薬も無い。阿賀野疲れちゃったなぁ・・・・もうダメかも・・・ん?もしかして阿賀野、沈んじゃったの・・・・?ごめんなさい提督さん。私、約束守れなかった・・・」

阿賀野がそう呟くと

「いイえ・・・あナたは打ち勝ったのよ」

と声が聞こえる。

「誰・・・?」

阿賀野が目をやるとそこには影があった。影と言ってもさっきまで戦っていた影を見ているときのような恐怖心は無く、寧ろ安心感すら覚える。目を凝らしてもぼやけていて良く見えないがその声は影から発せられていることがわかった。

「ありがとウ・・・私達ヲ救っテくれテ・・・これかラはアナタがワタシのカワリにこノ海ヲ・・・守って。後は頼んだよ。新しい阿賀野さん。私達にはできなかった事だけど。じゃあね・・・」

影はそう言うと2つにわかれ消えて行った。

「待って・・・待ってよ・・・・阿賀野は・・・私は・・・・・」

阿賀野は声を上げるがその声は虚空に響いた。

その時阿賀野ははっと気がついた。そこは黒煙の中。そしてさっきまで見ていた物が幻であるとわかった。

(夢・・・?なんでこんなタイミングであんな夢を見ちゃったんだろ・・・)

そして黒煙は徐々に晴れ、目の前にはぼろぼろになった影、いや阿賀野にそっくりな深海棲艦が立っている。その表情はどこか安らかだった。

「ススムガ・・・イイサ・・・その、先には・・・!」

そう言い残すとその深海棲艦は爆煙を上げ海へと沈んで行った。

「阿賀野・・・・勝ったの?そうだ!那珂ちゃんは・・・」

阿賀野は一筋の光の先に一人の艦娘が海から突き出た岩にしがみついているのに気付いた。阿賀野は彼女の事が那珂だと確信した。

「那珂ちゃん!」

阿賀野は残り少ない燃料を使い駆け寄った。

「阿賀野・・・ちゃん?よかったぁ。きっと貴方が来てくれると思ってた。ごめんね。那珂ちゃんにはこれが精一杯だったの」

那珂はボロボロになっていたが阿賀野に笑顔を見せ、持っていた探照灯を指差す。

「ありがとう那珂ちゃん。援護が無かったら阿賀野今頃・・・でも那珂ちゃんを助けられてよか・・・った・・・」

阿賀野はそう言うと気を失ってしまった。

そこに高雄と吹雪が駆けつけた。

「阿賀野さん!」

「阿賀野!」

2人は那珂の膝で横たわる阿賀野に駆け寄った。

「えーっと那珂さん・・・よね?どう?泊地まで航行出来る?」

高雄は那珂に尋ねる。

「補助があればなんとかなりそう。でもそれより阿賀野ちゃんがもう燃料も無いしこんな状態で・・・」

那珂は泣きそうになりながら答える。

「ええわかったわ。それじゃあ吹雪ちゃん。那珂さんの補助を頼むわ。私は阿賀野を運ぶから」

高雄は気を失っている阿賀野を抱え上げた。

「那珂さん。私の肩に捕まってください」

吹雪は那珂に肩を差し出す。

「ありがと」

那珂は吹雪の肩につかまった。

その時

「噓・・・電探に反応・・・私達囲まれたみたいね・・・」

高雄は表情を変えて言った。

「そんな・・・この状態で戦闘なんて・・・」

吹雪も焦りを隠しきれずにそう言った。

「こんなところで全滅なんてまっぴらごめんよ!全速力で振り切るわ!」

高雄はそう言った

「はい!私も頑張ります!絶対に司令官の所に帰りましょう!」

吹雪はそう答え2人は全速力で走った。

それからしばらく走っていると前方から砲撃が襲いかかって来た。

「チ級が3隻にネ級が1隻・・・・戦闘は避けられなさそうね・・・」

高雄がそう言っていると突如ネ級を爆発が包んだ。そして奥から2人の艦娘の影が現れる。

「お待たせ〜♡愛宕、それに長門ただいま到着よ〜」

「探照灯の灯りが見えたので駆けつけさせてもらった。私達が全力で道を作る。なぁに私が居るのだからもう安心して良いぞ。君たちは必ずこの長門が××鎮守府まで送り届けよう」

「愛宕さん!それに長門さんまで!」

吹雪は安堵の表情を浮かべた。

「もう、愛宕。ちょっと遅すぎるんじゃない?」

高雄も安堵の表情を浮かべ愛宕に悪態を突いた。

「間に合ったんだから良いじゃないの♪それじゃあ行くわよぉ〜私は後ろから追ってくる艦を押さえるから長門は先陣をお願いね♡」

愛宕は長門に指示を出した。

「ああ、わかった。あなたに指示を出されるのも今となっては懐かしさすら感じるな。よし!総員この長門に続けぇ!道は私が切り開く!!」

長門はそう叫び、残ったチ級を一掃し、艦娘達は離脱ポイントまで急いだ



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帰港そして・・・

 そのころ鎮守府では

「どうしようどうしよう・・・・無線もずっと繋がらないまんまだし・・・もしかして全滅なんて事に・・・・あああああもうどうすりゃ良いんだよ俺は・・・・」

謙は執務室で落ち着き無く動き回っていた。

「提督、落ち着いてください。まだそうと決まった訳では・・・それに艦娘達の帰りを待つのも提督の大切な仕事なんですよ?」

大淀は必死に謙を落ち着かせようとする。

「わかってる!わかってるよ・・・でももう我慢出来ねぇ!俺は港で皆を待つ!」

謙はそう言って執務室を飛び出した。

「待ってください提督!」

大淀もそれを追った

そしてそれからどれくらいの時間が経っただろうか、××鎮守府の港の先に光が見えた

「おお!やっと帰って来たか!!大淀!艦娘の数は?」

謙は大淀に尋ねる。

「電探の反応によれば数は1・・・2・・・3・・・4・・・5・・・6・・・那珂さんも含め全員健在です!」

大淀は嬉しそうにそう答えた

「ホントか!?みんな良くやった。本当に良くやってくれた!!!おーいみんなーお帰り!」

謙は手を振りながら大声で差して来た光に向かい叫んだ。そしてその光はだんだんと明るくなってきて艦娘達は港へと到着した。そして吹雪は一番先に謙の元へ走って来た

「司令官!怖かった・・・・・でもこうやってしっかり帰って来れました!ただいまです司令官!」

謙は吹雪の頭をなで

「良くやってくれた吹雪。そんでもってよくぞ皆無事で帰って来てくれた。ありがとう・・・ありがとう」

と言った

それを後ろでボロボロになった高雄、愛宕、長門が微笑ましく見ていた。

「高雄さん達は大丈夫なんですか?」

謙は聞く。

「ええ、私はなんとか。それより愛宕と長門が中破・・・それに阿賀野は・・・」

阿賀野は高雄に抱えられていた。

「阿賀野はどうしたんですか!?」

謙は阿賀野を抱えた高雄に駆け寄る。高雄は地面に阿賀野を下ろしたが、阿賀野は安らかな顔をして目を閉じ動かなかった。

「おい!阿賀野、返事をしてくれよ・・・・おい!!阿賀野!!阿賀野!!きっと帰ってくるとは約束したけどお前・・・死んじまったら何もできねぇじゃねぇかよおおおお!!!」

謙が叫ぶ

すると

「うーん・・・むにゃむにゃ・・・牛丼おかわり・・・」

阿賀野はそう寝言を呟いた。

「なんだ寝てただけかよ・・・そんな事だろうと思った。コイツらしいといえばコイツらしいか。ハ・・・ハハハ・・・」

謙は少しさっき自分が叫んだのが恥ずかしくなって笑って誤摩化した。そして謙は目を泳がせ横に目をやると見知らぬ艦娘が目についた。

「えーっと、こちらの艦娘が那珂・・・さん?」

謙は恐る恐る傷だらけの艦娘に尋ねる。

「はぁ〜い!艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー。よっろしくぅ~!」

と那珂は答える

謙は(うわぁ・・・これはまた濃い艦娘だなぁ・・・)と思った。

「えーっとそれで那珂さん・・・」

謙が言おうとすると

「那珂ちゃん!」

那珂は口を挟んだ

「那珂さんは・・・」

再び謙は話を続けようとすると

「な〜か〜ちゃ〜ん〜!」

と那珂は頬を膨らませて言った。

「あっ、はい那珂ちゃんは大丈夫なんですか?」

謙は那珂に押し負け彼女を那珂ちゃんと呼んだ。

「那珂ちゃんは大丈夫〜だけど入渠は必要かなぁ・・・キャハッ☆」

那珂はボロボロだったが提督を心配されるのを避けようとおどけてみせる。

謙はそれを見て(やっぱ濃いなぁこの人・・・・)と思った。

「入渠かぁ・・・でもうちの鎮守府に入渠用の風呂は2人分しか無いし・・・」

謙がそうボヤくと

「それなら那珂ちゃんと阿賀野に先に入ってあげて。私たちはまだなんとか大丈夫ですが2人は今すぐに入渠させないとダメなくらい疲弊していますし」

高雄はそう言った

「ああ、阿賀野は今日のMVPで、那珂ちゃんは客人だからな。先に入れてやってくれ。」

長門はそう言った。

「皆さんがそう言うならそうするか・・・・おーい阿賀野お前入渠だってよ〜起きろ〜」

謙は阿賀野をつつく。すると

「むにゃむにゃ・・・あっ、提督さん。おはよ〜じゃなかった。ただいま」

阿賀野は目を擦り謙に笑顔でそう言った。

「おはよ〜じゃねぇよ阿賀野ッ・・・たく心配かけさせやがって・・・・お帰り。阿賀野」

謙はそう返した。

そして2人を入渠させようとしたのだが。

「あ〜那珂ちゃん最後で良いかなって・・・」

那珂は入渠を拒んだ

「いや那珂ちゃんも相当ボロボロだし真っ先に入渠しなきゃ・・・」

謙は言った。

「そうよぉ。後が使えてるんだから遠慮しないで♡」

愛宕もそう続けた。

「えっ・・・うーん」

那珂は愛宕に押されるようにして大浴場へ連れていかれた。

「じゃあ阿賀野、お前も入渠だ。立てるか?」

謙は阿賀野に手を差し伸べた。

「うん。ありがとう提督さん」

阿賀野は謙の手を取り立ち上がろうとしたが

「きゃっ!」

阿賀野は足がふらつき謙に抱きついてしまう

「あががが阿賀野?」

謙は突然の事に焦る

それを後ろで大淀が睨みつけていたがそれはまた別の話

「ごめんなさい提督さん。まだちょっと足がふらついてて・・・」

阿賀野は笑ってみせる。

「しょうがねぇな。大浴場まで連れてってやるよ。」

そのまま阿賀野は謙の肩を借り、入渠へ向かった。

そして2人は大浴場に着いた。

阿賀野は(いくら阿賀野が知ってても私は那珂ちゃんとは初対面に等しいし、それに私が男だって那珂ちゃんに知られる訳にも行かない・・・気をつけなきゃ)と思った。

「那珂ちゃん?」

阿賀野は那珂に声をかける

「はいぃ!」

那珂は驚いて返事を返す

「あの・・・那珂ちゃん?お先にどうぞ?」

阿賀野は那珂に先に入ってもらう事にした。服を脱ぐ所を見られたくなかったからだ。

しかし那珂も

「いやいや!阿賀野ちゃんもボロボロだしお先にどうぞ?」

と返した。

このままでは埒が明かない。そこで阿賀野は

「ごめんなさい那珂ちゃん。阿賀野お尻に痣があって見られたくないの・・・だから私が先にお風呂に入るからそれまで目を瞑っておいてくれない?」

とその場しのぎの噓を那珂に言った。

「う、うんわかった!那珂ちゃん目、瞑ってるね!!」

那珂は顔を手で覆った。

それを見た阿賀野は細心の注意を払って服を脱ぎ、入渠用の風呂に入る。

「那珂ちゃーんもう大丈夫だよ〜」

阿賀野はそう言った

それを聞いて那珂も服を脱ぎ浴槽に入って来た。その時だった。那珂は足を滑らせてバランスを崩し、身につけていたバスタオルが外れてしまう。

「きゃっ!見ないで・・・・」

那珂はとっさに股間を隠すがそこには阿賀野と同じ物が付いていた。

「那珂ちゃん・・・あなた・・・」

阿賀野はそれについて話を聞こうとするが、

「ごっ!ごめんなさい!隠すつもりは無かったの・・・・でも・・・でも・・・・」

と那珂は頭を下げた。それを見た阿賀野は浴槽から出た。

「阿賀野ちゃん・・・それは・・・」

那珂はそれを見て驚いた。

「そうなの。阿賀野も同じだから。ここでは隠さなくていいんだよ?ね?」

阿賀野はそう言って那珂を抱きしめた。すると那珂はクスクスと笑った。

「なんだぁ〜それじゃあ隠す必要なんて無かったんだ。それにしても偶然にしては出来すぎてるね」

「そうね。那珂ちゃん。あなたとは仲良くなれそう」

と笑った。

そして2人は仲良く長居入渠中にいろいろな話を語り合った。



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その先にあったもの

 救出作戦が無事に成功し、入渠している2人を除いた全員で食事を取っていた。しかし、俺はまともに食事をする事ができない状態に居る。

何故かって?そりゃ決まってるじゃないですか。見渡す限り胸!胸!胸!衣服の破れた所からあらわになる胸。そしてブラジャー!!そのちらっと見える物に何かしらの物を感じてしまう。こんなの目の前にしてたらご飯は何杯だって行けてしまうだろう。いやこれはあくまで比喩表現であって実際直面するととても落ち着かないし目のやり場に困る・・・それに何より目の前には胸が並んでいるが彼女等は皆男なのだ。それが一番の問題で・・・いやいやそう言う事じゃなくて胸が・・・

そんな事を考えていると

「提督君、どうした?あまり箸が進んでいない様だが」

長峰もとい長門さんが俺に声をかけ近付いてくる。ほほー無骨そうに見えて結構派手なブラジャーをしていらっしゃる・・・!いやいやそんな事考えるんじゃあない俺!邪念を捨てろ邪念を捨てろ・・・・俺は頭の中で邪念を捨てようと必死に頑張った。すると

「ん?顔が赤いぞ提督君。ちょっとこっちを向いてくれ」

そう言って長門さんは俺のアゴを持ってくいっと横に向けた。そして額を俺の額に当て

「なんだ。別に熱は無い様だが・・・」

と少し安心したように言った。一瞬自分が何をされたのか分からなかったが理解するのにそう時間はかからなかった。俺は尚更顔を赤くして

「ななななななななな何するんですか長門さん!!そんなはしたない事を!!!そそそそんなかかか顔がちかっかかかったですよ・・・・・」

と言葉に詰まりながら俺は言った。しかし女性(いや長門さんは男性なのだが)に急に顔を近づけられそして額と額が合わさるなんて言う事は今の今まで親にすらされた事が無かったし、それよりも無骨そうに見えても近くで見れば見る程美人だよなぁこの人・・・・いやいやいやそう言う事じゃなくてああもう!何だよもう何のこっちゃ分かんねえよ!!完全に美人さんだよ!こんな人に付いてるとかマジかよ信じらんねぇ!!!

俺は今更な事を頭の中で巡らせる。すると

「はっはっは。面白いな提督君。別に男同士だから気にする事も無いだろう」

長門さんは笑いながらバンバンと俺の肩を叩いた。

「いや気にしますよ!!もうちょい自分の見ためを自覚してくださいよ!端から見たらほんと美人さんなんですから!!!それに男同士でもこんな事しませんよホント!!!!それに胸!そんなビリビリに服破れてんですからあんまり見せびらかさないでくださいよ!!こっちも目のやり場に困って仕方ないんですよ!!!」

俺の頭に巡った考えがそのまま口から出てしまった。やべぇ言っちゃったよそれを聞いた長門さんは少しクスッと笑った後

「そ・・・そうか?私が・・・美人?余り陸奥以外にそう言う事を言われた事がないから・・・その・・・なんと言うか・・・恥ずかしいんだが・・・胸が・・・熱いな・・・・」

長門さんの顔がポッと赤くなって急に大人しくなった。そして何やら恥ずかしそうにしている。俺は誰かに助け舟を出してもらおうと辺りを見回すとニマニマと微笑ましそうにこちらを見ている高雄姉妹(兄弟?)

「ふふふっ♪提督?そんなに私達のおっぱい気になってたの?別に見せてあげても良いわよ〜♡なぁんちゃって」

「馬鹿めと言って差し上げますわ・・・ぷぷっ・・・」

この二人は完全に俺をからかって遊んでいる。そしてその横ではなにやらこちらを睨みつけている艦娘が2名・・・・何で俺睨まれてんの・・・・?このままじゃマズい。とりあえず大淀に声をかけてみよう。

「な、なあ大淀、しょ、醤油取ってくんないか?」

すると大淀は

「はい。かしこまりました提督」

と笑顔で言いながらすっと席を立ち俺の元へ醤油を取って来てくれる。何その笑顔めが笑ってないんですけど・・・・・そしてバァンと音を立てて醤油差しを俺の手元へ置き

「提督?お醤油取りすぎると身体に悪いので気をつけてくださいね?あっ、それと後でお話があるので執務室まで来てくださいね」

その言葉からは殺気すらも感じた。そしてもう一人、吹雪は自分の胸をみてまたブツブツと何かを言っていた。

ああ居辛い・・・・どうにかここを離れる言い訳を考えなければ・・・俺はそう思い、何かこの場を離脱する良い策は無い物か・・・いやあそれにしてもここに阿賀野が居たらもっと話がややこしい事になってただろうなぁ・・・・ん?阿賀野?アイツは今入渠してるからここに居ない訳で、もう一人一緒に那珂ちゃんも入渠してるんだよな・・・?あれ?一緒に入渠してるって事は二人で風呂に入ってるって事だよな?って事は阿賀野の下半身にアレが生えてるのが那珂ちゃんにバレるといろいろとヤバいんじゃぁないかな・・・・でも俺がそのまま大浴場に突っ込むのも良くないしそれとなく阿賀野に様子を聞く為に大浴場前くらいまで行ってみるか。もしかしたら那珂ちゃんが入渠完了するまで阿賀野は風呂に入らないで待ってるかもしれないし・・・・別にあわよくば那珂ちゃんの入浴を覗きたいなんてそんな事はみじんも思ってないんだからな!!意を決した俺は凄まじいスピードで目の前の夕食を掻き込み、

「ごちそうさま!ちょっとトイレ行って来ます!!」

とその場を離れ大浴場前に向かった。

 

 

さて、大浴場の脱衣所に到着した訳だが・・・どうやら阿賀野の姿も那珂ちゃんの姿も見えない。その代わりに大浴場の中から姦しい2人の話し声が聞こえてくる。一体中で何が起こっているんだ・・・・気になる・・・

俺は大浴場の戸に耳を当て中の様子を窺う事にした。

中では

「那珂ちゃんか〜わ〜い〜い」

「阿賀野ちゃん化粧品はどこの使ってるの〜?」

といったキャピキャピとしたガールズトークが展開されている・・・・男には分からん世界だ。いや阿賀野も男なんだけどなぁ・・・・

しかし聞いているだけでは飽き足らない俺は探究心だけはある男だ。ここまで来たんだ那珂ちゃんの裸を拝んで行こういや俺は阿賀野が困ってるかもしれないからちょっと中の様子を見るだけでそんなやましい気持ちは無い・・・ちょっとだけ・・・ちょっとだけ覗くだけだから・・・

その時の俺は女体に飢えていた。本当の女性の・・・股の下に何も無いスッとしているあの感じに飢えていたのだ。

俺はバレないように少しドアを開けそこから大浴場の中を覗き込んだ。

中では相変わらず阿賀野と那珂ちゃんが風呂に入りながら笑談していた。それからしばらくして阿賀野が

「那珂ちゃん、そろそろダメージも回復してきたみたいだし良かったら身体洗いっこしない?」

と那珂ちゃんに提案し始めた。良いぞ!GJだ阿賀野。これで那珂ちゃんの・・・女の子の全裸が拝めるぜ! いやちょっと待てよ・・・?そんな事したらマジに阿賀野が男だって那珂ちゃんにバレないか?一体どうするつもりなんだ?又でアレを挟んで女の子〜とかいう奴で乗り切るつもりなのか?そんな事を考えていると

「うん良いよ!」

と那珂ちゃんも承諾していた。

「じゃあ一旦お風呂出よ〜どっこいしょっと」

と阿賀野が浴槽から出て来た。うーむいつ見てもデカい。高雄さんや愛宕さん程ではないけどデカい・・・えっ?どっちの事かって?どっちもにきまってるじゃ無いですか。こんな可愛い娘のアレのサイズが俺より大きいとなんかヘコむよなぁ・・・そんな事を思っていると

「あ〜待って〜」

と那珂ちゃんも浴槽から身を乗り出す。

おお!小さめだけどハリのある美乳・・・最高だ。そして綺麗なお腹・・・・その下は・・・・その下は・・・・・・・んん?何だあの可愛らしいモノは・・・・えーっとあの・・・もしかしてもしかすると・・・・いやもしかしなくても那珂ちゃんって・・・那珂ちゃんも男かよお!いやまあアレだけ平然と阿賀野と一緒に風呂入ってたんだから当然と言えば当然か・・・・

「那珂ちゃんも・・・男・・・ハハァ・・・」

俺の口から乾いた笑いが漏れる。そんな時である

「あ〜!洗顔脱衣所に忘れたから取ってくるね〜」

と阿賀野は立ち上がりこちらに向かって走って来た。やっやべぇ!逃げなきゃ!俺の脳はその司令を即座に足腰に伝えたが那珂ちゃんが男だったというショックから腰が抜けてしまい盛大にすっ転んでしまう。

そして脱衣所の戸がガラッと開き

「さーて洗顔どこ置いたっけ〜あっ!提督さん!!何やってんの!?」

阿賀野に見つかった。ああ終わった・・・ああまたこれは大淀にぶん殴られるオチかぁ・・・いや一応弁明はしなきゃ

「いや・・・こっ、これはえーっと阿賀野が心配で・・・・」

そんな事をやっていると急に阿賀野に抱きしめられ

「あががががが阿賀野!?ぬっ濡れたままだだだだ抱きしめられたら俺もぬっ、濡れちゃうんだけどなぁ・・・」

とりあえず驚きやその他諸々の感情を押し殺しそれとなく阿賀野を離そうとしたそのとき

「提督さん。でももうちょっとだけこうさせて・・・・命令無視してごめんなさい。でも結果的に那珂ちゃんを助けられた。でも・・・私・・・怖かった。またここで沈むんだ。もう帰れないかもしれないって何回も思った。でも提督さんが私は私だって言ってくれたから・・・ありがと。提督さん」

そう言って阿賀野は更に強く俺を抱きしめる。俺は気の利いた一言を返してやりたかったが同年代くらいの女の子(厳密に言えば男)に抱きしめられたせいでなんと言ってやればいいのか分からず

「おっ、おう。良かったな阿賀野・・・お・・・俺も阿賀野が帰って来てくれた事が一番嬉しいよ・・・」

と適当な返事しか返せなかった。

「ふふっ、照れちゃって・・・私提督さんのそう言う所嫌いじゃないよ。」

阿賀野はそうクスリと笑った。すると大浴場から

「阿賀野ちゃ〜ん何してるの〜?」

と那珂ちゃんの声が聞こえる。

「あっ、いっけない!じゃあ阿賀野入渠に戻ります!じゃあね提督さん♡」

と阿賀野は俺を解放し、あざとく敬礼をしてから大浴場へ戻って行った。

「今のは一体なんだったんだ・・・・」

俺はその後数分感ほど放心状態でそこに立ち尽くしていたがここに長居するのはマズいとハッとなってその場を後にした。それからしばらくして大淀が話があるから執務室に来るようにと言っていた事を思い出し、どうせまた殴られるんだろうなぁと思いながら足取り重く執務室へ向かった。

そして執務室のドアをノックすると

「はい。どうぞ」

と大淀の声が聞こえたのでそのまま執務室へ入る。

「提督、早かったですね。」

大淀はまず始めにそう言った

「えーっと・・・あの・・・話って何だ?」

俺は聞きたくはなかったが早速大淀に話の内容を尋ねた。

「提督、任務の成功によってトラック、そして本陣から電文が届いています。読みますね」

そう言うと大淀は本陣からの文書を読み始めた。なんでもトラック周辺で突然通信機器が使用出来なくなる事件が多発していたそうで、その原因になっていた深海棲艦を阿賀野が沈めたらしい。その功績やらが認められうちの鎮守府に新しい艦娘が着任するという内容、そしてそれに伴って少しこの鎮守府を改築してくれるらしく、5月のゴールデンウイーク中にその工事を行う為その間の休暇が認められたという内容だった。

「との事なのですがどうされますか提督?」

と大淀に尋ねられる。

「えっ?ああ。別に良いんじゃないかな?全部本陣がやってくれるんだろ?それに改築してもらえるなら良い事じゃないか?」

俺はそう返す。すると。

「そうですか」

と大淀は少し複雑そうにそう言った。

「そう言えば大淀、話ってそれだけか?俺もっと怒られると思ってたんだけど・・・」

俺が大淀に尋ねると

「えっ!?いや・・・そのなんと言うか・・・・なんでも無いです!!」

と少し戸惑ったような表情でそう言った。

「ああそうか。じゃあもう良いか?それならその手続きとかの資料片付けるの手伝うよ。」

俺は大淀の持っていた資料に目を通し始める。

そして小一時間程経ち

「これでまあ今日の分は終わりだな。お疲れ」

俺がそう言って執務室を後にしようとすると・・・

「あの・・・謙!いえ提督!」

と大淀に呼び止められる。

「何だよ?まだ何か残ってんの?」

また何か悪い事でもしたのかなと思い俺がそう聞くと

「えーっと・・・あの・・・・いえ!なんでもありません。今日は疲れたと思いますしゆっくりお休みになってくださいね」

と大淀は少し言葉に詰まらせてからそう言った。

「ああ、お前も今日はゆっくり休めよ。じゃあお先に」

俺はそう言って執務室を後にし、俺達の長い一日は幕を閉じた。

後に阿賀野が交戦したという影の正体は軽巡棲鬼改という名前で呼称され、トラックで多発していた海難事故や通信障害の原因である事を本陣から知らされたが、それ以外の事は何も教えてもらえなかった。

 

そして次の日・・・

入渠も終わり那珂ちゃんはトラック泊地に帰る事になった。

「みなさん〜ありがとー☆」

那珂ちゃんは手を振って迎えに来た艦娘達と一緒にトラック泊地へと帰って行った

そして那珂ちゃんを皆で送り終えると

「では私も失礼しよう。ただ出掛けるとだけしか言ってこなかったのでな。陸奥が心配しているだろうし・・・世話になったな。それと・・・提督君・・・美人って言ってくれてありがとうな・・・」

長門さんもそう言って帰って行った。

「急に静かになったわね・・・」

「ええ寂しいわぁ〜」

と高雄さんと愛宕さんが言っている。

「司令官!色々お疲れさまでした!」

吹雪は俺に頭を下げる。

「ああ、吹雪もお疲れさま。そうだ!今日は皆に話があるから夕方に執務室に集まってくれ」

俺は皆に声をかけた。

そしてその場で皆は持ち場に戻ったのだが俺には行く所があった。

まず阿賀野の部屋へ行き

「阿賀野〜?今良いか?」

俺はドアをノックすると

「はーい。提督さん、ご用事?」

そう言って阿賀野が部屋から出てくる。

「ああ、おおとりの女将さんにお守り返しに行かなくっちゃ。お前も来いよ」

俺が阿賀野を誘うと

「うん!行く・・・肉じゃが・・・・」

と即答し口からよだれを少し垂らした

「おいお前食う事しか考えてねぇのな。まあいいやとりあえずそれのお礼を言いに行くから付いてこいよ」

俺は呆れたが

「うん!」

阿賀野は頷いた。

そして俺たちはおおとりへ向かった。

そしておおとりに到着した俺たちは慣れた手つきでインターホンを押すと少し経ってから

「は〜い。あら謙くん。それに阿賀野ちゃん!良かった・・・」

と女将さんは安心した表情で俺たちを迎え入れてくれた。

そしてカウンター席に俺たちを通すと

「阿賀野ちゃん待ってたわよ。この間謙くんが一人で深刻そうな顔でここに来た時はとっても心配だったけどちゃんと帰って来れて良かったわね。私も嬉しいわ。今日はごちそうしてあげる」

そう言ってコンロの鍋に火をかけ始めた。

「わぁい!阿賀野、女将さんの料理また食べられて幸せ〜」

阿賀野は横で嬉しそうにそう言った。そして俺は

「女将さん、お守りのおかげです。これお返しします。ホラ、阿賀野お守り出せよ」

俺は女将さんに一礼した後阿賀野にそう促した

「はぁい。女将さん。お守りと肉じゃがありがとうございました。ちょっと汚しちゃいましたけど・・・」

そう言って阿賀野はお守りを取り出し女将さんに渡した。それを受け取った女将さんは少しふしぎそうな顔をしてお守りを見つめた後。すこしほっとしたような表情になり

「このお守りのおかげねぇ・・・でもこのお守り、今は私が持っていても意味が無いから阿賀野ちゃん持っておきなさい。もうそれはあなたの物よ」

そう言って女将さんはお守りを阿賀野にもう一度渡した。

「えっ、でもこれ提督さんから聞いたけど大切な人から貰ったものなんじゃ・・・」

阿賀野はそう女将さんに尋ねる。しかし

「ええ、でもあなたに持っていて欲しいの。もしまた大切な人がどこかへ行ってしまいそうなときはそれをその人に渡してあげてね」

女将さんは笑ってそう言った。

阿賀野は

「大切な人に・・・かぁ・・・・なんかロマンチック」

と言った。すると

「あっ、そうだわ」

と女将さんは何かを思い出したかのように棚の引き出しを開け

「これ、懸賞で当たったんだけど私こういうのに興味ないし店の仕込みもあって行けないから二人にあげるわ。」

と何やら映画のチケットが入った袋をこちらに手渡して来た

「あっ、ありがとうございます。」

俺はチケット袋を明け中のチケットを見るとそのチケットには【シン・弩ジラ】と書かれており、その下には××シネマコンプレックス専用ペアチケットと書いてあった

どう考えてもこれは懸賞で当たった物ではなく女将さんが××ショッピングモールにある××シネマまで買いに行った物なのだろう。そんな事を考えていると

「ほっ、本当に懸賞で当たったのよ!?丁度2枚だったから謙くんと阿賀野ちゃんのデートにどうかなー・・・って・・・」

と女将さんは少し誤摩化そうとしたのかそう言った。ん?デート!?今デートって言ったかこの人!?

「でででデートって別に阿賀野と俺はそんな関係じゃ・・・」

俺はとっさにそう言おうとすると。

「ありがとうございます女将さん。阿賀野行って来ます!!」

と目を輝かせた阿賀野がそう言った。

「あら。喜んでくれて嬉しいわ。そろそろ肉じゃがが温まってきたわね。それじゃあお皿を取ってくるからもう少し待っててね。」

そう言って女将さんがカウンターを離れたのを見計らい俺は阿賀野に

「おい、お前・・・どういうつもりだよ」

と小声で耳打ちする。

「だって〜折角そう見えてたんならそっちの方が面白いと思ったから・・・それにお守りを貸してもらいにここに来たとき阿賀野とそんな関係だって思わせる感じで提督さんがお話したんじゃないの?でも折角だし良いでしょ?買物も行きたいし付き合ってよ。ね?」

と阿賀野は返す。

俺は少し思い返して恥ずかしくなったが確かにそう思われているのなら仕方ないなとも思った。

「ま、まあ別に買物行って映画見るくらいなら・・・」

俺がそんな事を言っていると

「お待たせ〜肉じゃがよ。」

と女将さんは肉じゃがを持って来てくれた。

「わーい!いっただきまーす!!!」

阿賀野はそれを見るや否や肉じゃがをほおばり始めた。

俺はそれを尻目にデートかぁ・・・いやいや阿賀野は男で・・と今まで何度も頭の中に駆け巡らせた思考を走らせる。いや、まあ同性の友達と映画行ったりする感覚で・・・・うーんまあでも阿賀野は作戦も頑張ったしそれ位はしてやってもいいかな。とも思った。そしてデートなんてものに縁の無かった俺はあんな事になるなんてその時は考えもしなかったのである・・・



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第二次××ショッピングモール突入作戦

 前回までのあらすじ・・・無事作戦を完遂させ一時の安らぎを得た××鎮守府の面々。謙は阿賀野と共に借りたお守りを返しに居酒屋おおとりへと赴いたがそこで女将さんから貰った映画のチケットが原因で阿賀野とデートすることに・・・

 

「なんだよ今のナレーション!俺はデートに行くんじゃなくてただ映画を阿賀野と一緒に見に行くだけだからな!!そこんところ間違わないでくれよ!」

と、俺はナレーションに突っ込みを入れつつ今回の話が始まる。

 

「女将さんおかわり!」

阿賀野は茶碗を掲げそう言った。

「おいおい何杯目だよ・・・もういい加減帰るぞ。すみません女将さんいつも構ってもらってばっかりで」

俺は呆れて女将さんに謝る。

「いえいえ、これだけ美味しそうに食べてくれるんですもの。こっちも作りがいがあるわ。ちょっと待っててね」

女将さんは笑いながらそう言って茶碗に追加のご飯をよそう。

「ありがとーおかみさん」

阿賀野はそれを受けとるや否やまたがつがつと箸を進める

「お前なぁそんな食って大丈夫なのかよ・・・」

俺は阿賀野に聞く

「良いの良いの!今日は阿賀野の帰還祝いでいっぱい食べるんだから!いつ食べられなくなるかわかんないし食べられる時に食べとかないとね」

阿賀野はそう言って箸を更に進めて行く。いやいやそう言う事じゃなくて遠慮をしろよ遠慮を・・・

 

それから20分程経ち・・・・

「ふいー食べた食べた。阿賀野もうお腹いっぱーい。げぷっ」

阿賀野は腹をさすりながらゲップをした。呑気な奴だ

「ふふっ。おそまつさまでした」

女将さんはそれを見ると少し笑ってから頭を下げた。

「すみません女将さん。今日は流石にお金払いますよ」

そう言って俺がサイフを取り出そうとすると

「謙くんお代は良いわよ。私が好きでやってる事だから。」

と女将さんはそれを一蹴した。

「で、でも流石に申し訳ないですよこんなにいっぱい・・・」

俺は流石にただで帰る訳には行かないだろうと思いそう言ったが

「んーじゃあお代の代わりと言ったらアレなんだけど一つお願いを聞いてくれないかしら?」

申し訳なさそうな俺を見た女将さんは提案を投げかけてきた。

「えっ、何ですかお願いって?できることなら何だってやりますよ」

と俺は返した。すると

「じゃあデートのお話しにまたここに来てくれる?」

と女将さんは言った。もっと凄い事を頼まれるかと思って居たがあっけない返答に俺は戸惑った。

「えっ?そんな事で良いんですか?それにまた来いって・・・」

俺がそう言いかけると

「私は謙くんたちが元気そうに来てお話してくれるだけで嬉しいの。だからまた来てね。また肉じゃが作って待ってるから」

女将さんはそう言ってはにかんだ。その笑顔が逆に辛い。なんせいつもここに来ては阿賀野ががつがつとタダ飯を食って帰るのだ。流石にこの厚意に甘え続けるのも俺の良心が傷む。

「いや・・・でも・・・流石にこんなにタダ飯ばっか食わせてもらって。それどころかこっちはまだ吹雪を助けてもらったお礼すらできてないのに」

俺がそう言うと

「そんな事まだ気にしてたの?気にしないで。それに私、もうあなた達に沢山の物を貰ってるわ」

女将さんはそう言った。貰った?一体俺たちが何をしたのか俺にはピンと来なかったが

「謙くん達が××町の海を守ってくれてるからここでこうやって私はお店ができてるの。だからこれはそのお礼みたいなものだから気にしないで。そのかわりこれからもしっかり提督として頑張ってね。おばさんとの約束よ」

その女将さんの言葉で俺はハッとなった。そして自分が提督だという自覚も更に強くなった。こうやって自分たちの働きを感謝される事は素直に嬉しい。しかし俺なんかただ書類の片付けをしてるだけで何もやってないんだけどなぁ・・・

「あの、女将さん。感謝されるのは嬉しいんですけど俺はまだ提督になって1ヶ月足らずで何も出来てなくて・・・」

俺は遠慮がちに呟いた。すると

「謙くん。艦娘達を待つのも提督の勤めなのよ?だから提督はいつも元気で胸を張っていなきゃ。もっと自信をもちなさい。ね?私はただそのお手伝いがしたいだけなの。だから気にしないで」

と女将さんは言った。なんて優しい人なんだ。こんな人を守るためにももっと気合いを入れて頑張らないといけないな。と俺は心に決め

「はい!」

と返事をした。

「いい返事。それじゃあまた来てね」

女将さんは笑った。

「じゃあ失礼します。ごちそうさまでした。おい、阿賀野帰るぞ」

俺は阿賀野に声をかけるが

「すぴー・・・・すぴー・・・・」

阿賀野は寝息をかいていた。こいつ食い終わったらすぐ寝るな。しょうがねぇ

「おーい、阿賀野ー帰るぞ〜」

と俺は阿賀野を揺り起こした。すると

「すぴー・・・すぴー・・むにゃ・・・ごめんなさい提督さん阿賀野寝てた?」

と阿賀野は目を覚まし呑気にそう言った

「お前なぁ・・・どれだけ呑気なんだよ。まあ良いや帰るぞ」

俺は阿賀野の手を引っ張り椅子から立たせる

「それじゃあ女将さんまた来ます。いろいろとありがとうございました」

「女将さんごちそうさまでした。またおいしい肉じゃがたべにきますねー」

俺たちは女将さんに一礼して店を出た

「はーい。また来てね」

と女将さんは手を振ってくれた。

そして店を出て少し歩くと

「うー阿賀野食べ過ぎて歩けないー」

と阿賀野がへたり込んでしまった。

「はぁ?自業自得だろ?そんな距離でもないんだから頑張って歩けよ」

俺は阿賀野にそう言ったが

「えーしんどいー提督さんおんぶしてよおんぶー」

と半ばだだをこねるように言って来た

「おんぶってお前なぁ・・・」

俺が呆れていると

「この間はしてくれたじゃない。ね?良いでしょ?」

と阿賀野は俺の手を持ってあざとくそう言って来た。阿賀野のこういう小悪魔的というのかそういうのに俺は耐性が無い。というかコイツは同性の筈だ・・・筈なんだ・・・しかしこうあざとく頼まれると断るに断れない自分が居る。

「しょうがないなぁ・・ほら掴まれよ」

俺は渋々背中を差し出す

「提督さんありがと♡」

そう言って阿賀野は俺の背中におぶさった。

「阿賀野、前よりちょっと重くなったんじゃないか?」

俺は阿賀野に聞いてみた

「もー提督さん!レディにそう言う事いっちゃダメだよ!」

阿賀野はそう言いながら俺の頭をポカポカと叩く

「そりゃあんだけ食ったら重くもなるだろ!それに第一お前はレディーじゃないだろうが!」

俺は阿賀野が言った事を軽く一蹴した。

「むー言ったなぁ」

阿賀野は頬をふくらませそう言った。それからしばらくして

「あっ、そうだ提督さん」

何かを思い出したかのように阿賀野が話しかけてくる

「何だ?」

俺は答える。

「なんでデートの事OKしてくれたの?阿賀野てっきり恥ずかしいから嫌!とかなんで男同士でデートしなきゃなんねーんだよ!とか言うと思ってたけど」

と阿賀野は言った。

「いや、デートというか映画見に行くだけだろ?それ以上でも以下でもないからな!それにあそこでお前が男だって言うのはマズいだろ?それにお前一応那珂ちゃん助ける為に頑張ったろ?それも兼ねてさ。断るのは悪いなって思ったんだよ」

俺がそう返すと

「ふふふ。そんな事だろうと思った、でもOKしてくれたのは嬉しい。ありがとね提督さん」

阿賀野は少し残念そうだった。

それから少しの沈黙が続いた後阿賀野が話を切り出す

「こうやっておんぶされてると提督さんが鎮守府に来た日の事を思い出すね」

そうだ忘れもしない。初日から大変だった。美人ばかりの職場に来たかと思ったらそこに居たのは皆生物学上では男だったり吹雪を探しに山道に突っ込んだり。俺はまだ1ヶ月前程の話なのにもっと前の話のように感じた。

「ああ。色々あったな。その時もお前が転んで擦りむいたからおんぶしてやったんだよな。いやぁあの日は驚いたよなぁ1日に色んな事がありすぎて」

それから俺は背中の阿賀野としばし思い出話に花を咲かせた。この1ヶ月で俺は既に沢山の思い出を彼女達(厳密に言えば彼らなのだが)と過ごした事を再認識できた。こんな変な職場だがこれからそんなへんてこな彼女達と共に同じ時間を過ごしていくのかと思うと少し不安はあったがそれよりも何よりもワクワクした。

「阿賀野」

「なに?提督さん。」

「これからもよろしく頼むな」

「うん。阿賀野の方こそこれからもよろしくね。提督さん」

俺たちはそんな会話をしていた。そして鎮守府近くに差しかかり

「もうこの辺まで来たんだから後は歩けよ。また大淀に見つかると弁明するのが面倒だしな」

俺はそう言って俺は阿賀野を背中から降ろした。

そして俺たちは鎮守府に付き

「じゃあ後で執務室でな〜」

と阿賀野に別れを告げ俺は執務室へ向かった。

 

そして執務室へ付くと

「お待ちしてましたよ提督。それではこれが休暇関連の資料なので目を通しておいてくださいね」

と大淀から資料の束を貰った。その資料を見て俺はふと淀屋はどうするのだろう?と気になった。

「なあ大淀、いや淀屋」

俺は意を決して聞いてみることにする。

「何ですか提督?」

大淀は素っ気なく返して来たが

「いや大淀としてじゃなく淀屋としての意見が聞きたいんだ。お前は休暇どうするつもりなんだ?もうお前が住んでたアパートは引っ越しちゃったからもうないだろ?実家・・・とかもどこか分かんないって言ってたしどうやって過ごすんだ?」

そう。淀屋は卒業式が終わった次の日こつ然と姿を消したのだ。まあ今となっては理由は明白だが淀屋が一人で住んでいたアパートは空き家になっていたしそのアパートの大家さんに聞いてもどこに行ったのか分からないが引っ越して行った、としか言われなかった。そんな彼が休暇をどこで過ごすのか俺は心配でならなかったのだ。

「えーっと私は・・・鎮守府に残ろうかなと・・・私には帰る所はありませんから」

淀屋は少し寂しそうにそう言った。俺はそんな淀屋を見てどうにかしてやらなきゃいけないと思った

「じゃあ淀屋。ウチ来るか?父さんも母さんも海外出張中で居ないし」

俺はそう淀屋に提案した。

「ええっ!でも・・そんな悪いよ謙」

淀屋は少し困惑してそう言った。

「俺とお前の仲だろ?それにこの間どんな姿になろうとも俺とお前は親友だって言ったじゃないか。何より地元に帰っても一人じゃさみしいしな。ダメか?」

俺は淀屋に問いかけた。

「うん。・・・じゃあお言葉に甘えて・・・」

淀屋は少し遠慮がちにしかし嬉しそうにそう言った。

「よし!じゃあ決まりだな。春休みにできなかった事とかやり残した事をやりに行こうぜ!」

俺は淀屋の手を取った。

「う、うん。不束者ですが・・・お世話になります」

淀屋はそう言った

「おいお前それじゃあウチに嫁ぎに来るみたいじゃねぇかよ!」

俺はそんな淀屋の反応を見て冗談混じりに言ったのだが

「ととと嫁ぐなんてまだそそそそんな気が早いよ謙・・・」

淀屋は顔を真っ赤にした。

「ハハハ!冗談通じない所は全然変わんないよな!」

俺はそれを見て笑った。

 

それから数十分後執務室に全員が集まった。

「えー何度も繰り返すが総員、作戦終了お疲れさま。そして本陣から休暇をとっても良いという電文が来た。なのでゆったりと羽根を伸ばして欲しい」

俺は少し仰々しく皆に告げた

そのなかで一人とても表情が重い艦娘が一人居た

「どうした吹雪?」

俺は心配になり声をかける。

「あの、司令官。私帰る場所が無くて・・・一人で休暇をどうやって過ごせば良いのか分からないんです」

吹雪は寂しそうにそう言った。流石にこのまま彼女をほったらかしにする訳には行かず

「うーん。それじゃあ吹雪、お前も俺の地元来るか?大して面白い物は無いと思うけど」

俺は吹雪も一緒に地元へ帰る事にした。すると吹雪は

「えっ!?良いんですか?私なんかが一緒に行っても・・・」

一瞬悩んだ後そう言った。その表情はさっきのような重い表情ではなくなっていた。

「ああ。そんな寂しそうなお前をほったらかしにする訳にも行かないからな。」

「ありがとうございます司令官!」

吹雪は深々と頭を下げた。

「ああ気にすんなって。愛宕さん高雄さんはどうするんです?」

俺は2人に話を振る。すると

「私は母の病院も近いのでここに残ります」

高雄さんはそう言った。あの怖いおばさんかぁ・・・まあ先も長くないって言ってたし悪くないと思うな。

「分かりました。愛宕さんは?」

「私はもうここが地元みたいな物だからこの辺りで過ごすの。高雄と一緒にね。それに陸奥や長門も居るから皆で色々するわぁ」

と言った。そう言えば2人は付き合ってるんだっけそれならこの辺りの事は2人に任せよう。さて次だ。

「それと阿賀野!」

俺は阿賀野を呼ぶ

「ふぁい!?何?提督さん」

急に呼ばれた阿賀野は驚き返事をした。

「お前は前作戦において多大な戦果を残してくれた。しかし命令を無視した事は事実だ。これをお咎め無しにする訳にもいかない」

俺は提督らしい事を言った。阿賀野は少ししょんぼりとして

「そんなぁ〜もしかして阿賀野だけ休暇無しとか〜?テンション下がる〜」

と肩を落とした。

「いや。その逆だ」

と俺が言うと

「えっ!?もしかして阿賀野クビなの!?それだけは勘弁して提督さん!!」

阿賀野は俺に歩み寄る。

「いやクビにはしない。ただ休暇を利用して行って欲しい所があるんだ」

さあ阿賀野はどんな反応を見せてくれるか

「何処!?阿賀野何処でもいくからぁ!!」

阿賀野は半べそをかいている。しかし良い反応だ。

「今何処でもいくって言ったな阿賀野?」

俺は阿賀野に確認を取る

「うん!阿賀野何処でも行く!!」

阿賀野は頭を縦に振った

「じゃあ休暇中地元へ帰れ」

俺がそう言うと阿賀野は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした後

「へっ?提督さん今なんて?」

と聞き返してくる。

「だから休暇を使って地元へ帰れって言ったんだ。弟さん達に会ってくるんだ。もうずっと会ってないんだろ?また命令無視されて沈まれちゃ俺としても弟さん達にあわせる顔も無いし良い機会だ今のうちに弟さん達に会ってこい」

俺がそう言うと阿賀野は少し悩んだ後

「う・・・うん」

とうなづいた。

「じゃあ確認も取れた事だし各自充実した休暇を過ごしてくれ!以上だ。解散」

そうして集会は終わり、俺が一息ついていると阿賀野が俺に声をかけて来た

「提督さーん。じゃあデートいこっか♡」

そうだった。映画を阿賀野と見に行かなきゃ行けないんだった。

「ああ。今から行くのか?」

俺がそう返すと

「うん。明日から連休だから混むだろうしいくなら今のうちかなって。それと休暇用の服とかも買っときたいし付き合って欲しいな」

と阿賀野は言った。まあそれぐらいは仕方ないかと思い

「ああ。わかった。それじゃあ準備するから待っててくれ。」

「はーい。じゃあ後で鎮守府の正門で」

そう言って部屋へ戻った。

そして部屋に戻り鞄にサイフやさっき貰った映画のチケット等と入れていると。

「あっ、司令官お出かけですか?」

と丁度部屋に戻った吹雪に声をかけられる。流石に阿賀野と映画に行くなんて言ったら吹雪に悪いので

「ああ。ちょっと阿賀野と××ショッピングモールに休暇で使うものの買い出しにな・・・」

俺は適当に誤摩化す。すると

「そうですか」

と少し口を尖らせ言った。俺はそんな吹雪を見て

「まあそんな顔すんなって吹雪にもお土産買って来てやるからさ。」

と少しご機嫌を取った。

「分かりました。待ってますね司令官!」

吹雪は言った。

「じゃあ留守頼むな」

俺は吹雪にそう言い残し部屋を出た。

そして鎮守府入り口で待っていたが

「なんだ阿賀野の奴自分から誘っておいてまだ来てないじゃないか・・・」

俺は阿賀野の悪態を付きつつ待つ事十数分後

「提督さ〜ん待った〜?」

阿賀野がそう言ってこちらに駆けてくる。

俺はその声の方に振り返り

「遅いぞ阿賀野・・・ん?」

阿賀野の姿に愕然とする。私服・・・私服だと!?そういえば阿賀野の私服姿を見た事がなかったので俺は少し驚く。何だよこの美少女・・・いや少女じゃないんだけどさ

「もー女の子は準備に時間かかるの!」

阿賀野はそんな事を言っているがそれどころではない。俺はたしかに阿賀野の私服姿に見とれていたのだ。なんだろうこれがギャップ萌えという奴なのだろうか。学校のクラスメイトの女子と放課後会うと可愛く見えちゃうアレだ。小学校の頃にそんな経験をしたような気がする。俺がそんな事を考えていると

「提督さん?どうしたのぼーっとして」

阿賀野に心配される。

「な、なんでもない」

俺はそう言って誤摩化した。しかし

「あ〜わかった私服の阿賀野に見とれてたんでしょ〜」

と阿賀野は冗談混じりに言ってくるがその通りなので

「そそそそそんなわけないだろ・・・いやでも服・・・は可愛いと・・・思うかなぁ・・・」

と不意をつかれキョドってしまう。ああ完全にバレたなこりゃ・・・

それを見た阿賀野は

「でしょ〜。可愛いでしょこの服」

と嬉しそうに俺に服を見せつけてくる。ああ何だろうこの気持ち・・・しかしこの感じだと阿賀野にまたからかわれるのがオチだ。そう思った俺は

「あー!バスの時間に遅れるぞ早く行こうぜ」

と阿賀野を急かしてバス乗り場へ向かった。

そしてバス乗り場へとたどり着き

「よし。バスには間に合ったな!」

と言った。

「提督さん間に合うも何もまだ来てないじゃない。変な提督さん」

と阿賀野に突っ込まれてしまう。そりゃそうだなんだか良くわからない感情を誤摩化す為に走ったんだもん。

それから数分間何を話せば良いのかわからず気まずい空気が流れる中やっと来たバスに俺と阿賀野は乗り、ショッピングモールへと向かった。

 

 

そのころ鎮守府では

 

「提督お話があるんですけど・・・」

大淀が謙の部屋を尋ねていた。

「あっ、大淀さん。どうしたんですか?」

部屋に居るのはもちろん吹雪だけである。

「吹雪ちゃん。提督どこに行ったか知ってる?」

大淀は吹雪に尋ねる。

「司令官ならさっき阿賀野さんと買物へ行くって言って××ショッピングモールへ行きましたよ」

吹雪のその言葉を聞いた大淀は呆然とした

そして少し黙り込んだ後・・・

「ねえ吹雪ちゃん?私達も買い物に行かない?××ショッピングモールへ」

「ええ!?良いんですか!私行きたいです!」

吹雪は喜んでOKを出した。

「わかったわ。それじゃあ私は車を出してくるから鎮守府の前で待っててくれるかしら」

大淀はそう言って謙の部屋を後にした

(きっと2人で買物へ行けば阿賀野が謙を誘惑するに違いない。このままでは完全に阿賀野に出し抜かれてしまう!それだけはなんとしても阻止しないと!!私だって・・・私だって謙と一緒に買物に行きたかったのに・・・いえこれは決してそんな私怨ではなく二人が間違いを犯さないように秘書官としてきっちり確認するだけ。そうそれだけなんだから!!待っててね謙!)

大淀はただただ自分を正当化させつつも抑えきれない感情に駆られ車を出しに駐車場へ走るのだった。



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思い出の味

 「ふうーやっと着いたな」

ショッピングモールに到着しバスから降りた俺はそう呟く。

結構な長旅だった上に更にバスでの時間が長く感じたからだ

正直私服の阿賀野が可愛過ぎてバスの中でめちゃくちゃ目のやり場に困ったんですけど・・・なんだか無駄に神経をすり減らしているだけのような気もしなくもないが・・・そんな事を考えていると

「提督さーん着いたらお腹空いたねー何か食べにいこうよ」

ん?阿賀野が何か言ったな。

流石にさっきあれだけ食ったのにお腹すいたなんて言わないよな・・・?聞き間違いだよな!?

「阿賀野・・・・今お前なんて言ったんだ?」

恐る恐る聞き返すと

「だーかーらーお腹空いたの。もうおやつの時間でしょ?阿賀野パフェ食べたいな〜」

阿賀野は俺の驚きなど意に介さずそう言った。

「お前さっきめちゃくちゃ食ってただろ!まだ食う気かよ?」

「うん!スイーツは別腹なの!それに艦娘はすぐにお腹空くモノなんだから!」

コイツの腹ん中はどうなってんだよ・・・・

それにまたそんな口から出任せを・・・・まあ俺も喉乾いてるしちょっとぐらいなら付き合ってやるか。

「しょうがねぇなあ・・・」

まだ映画まで時間もあるし少し位なら付き合ってやるよ。

俺がそう言おうとした瞬間

「やったー!提督さんごちそうさま〜」

阿賀野は嬉しそうに俺に手を合わせてくる。

多分奢れってことなんだろうな・・・なんて図々しい奴なんだ。

「おいちょっと待て!奢りだとは言ってないぞ。お前に奢るとサイフがいくらあっても足りなさそうだからな」

「えー提督さんのケチ〜こういう時は男の人が払うモノなのに〜」

「うるせぇ!お前も男じゃねえか!!」

「む〜」

阿賀野はわざとらしく膨れて見せる

クソッ!なんで男なのにこんなあざとくて可愛く見えるんだよ!!

「そ、そんな膨れたって俺はなんとも思わないからな!?」

「えーほんとかなぁ?提督さぁん?阿賀野も頑張ったんだし少しくらいご褒美くれてもいいでしょ?」

阿賀野は目をキラキラと輝かせこちらを見つめてくる。

そんな目で見るなよ!

男だとわかってはいる筈なんだけど何故か胸が変に脈打つ。

「だ、だからそんな事されても・・・」

ダメだ!このまま迫られたら俺やばいんじゃないか・・・?

俺はギリギリのところで踏みとどまっていると

「しょうがないなぁ。じゃあ今回は阿賀野が提督さんに奢ってあげる」

阿賀野は急にそんなことを言い出して呆気にとられてしまう。

「どうしたんだよ急に?」

「うーん、そうだなぁ。これはね、提督さんへのお礼ってところかなぁ?私が悩んでたとき提督さんは自分は自分だろって言ってくれたからこうやって帰って来れたんだもん。それくらいしなきゃね。それに弟達に会うのももう私は以前の自分じゃないと思ってたから怖かったけどもう吹っ切れちゃった。これも提督さんのおかげ。だから今回は特別に阿賀野が奢ってあげるの。じゃあ行こっ!提督さん。阿賀野美味しいパフェのお店知ってるの。こっちこっち」

そう言うと阿賀野は俺の手を引き走り出し、とある店の前で阿賀野は足を止めた。

「ここで〜す」

そこは何の変哲もないファミリーレストランだった。

「なんだ。ただのファミレスじゃないか」

「このファミレスのパフェが一番おいしいんだから!じゃあ入ろっ!提督さん」

阿賀野に手を引かれファミレスに入ると飯時ではないからか空いていてすぐに席に通された。

「提督さん何食べるか決まった?」

「おいおいまだ座って1分も経ってないんだぞ決まる分けないじゃないか。阿賀野は決まったのか?」

「うん。阿賀野ここに来る時はいつもこれって決めてるのがあるの!」

阿賀野は自信満々にそう言ってメニューを置いた。

しかしファミレスなんて来るのも久しぶりだしメニューも豊富だしで何を食べれば良いのか迷うなぁ

それに阿賀野に奢ってもらうと言うのも気が引けるしそんな高いものにするのも悪いだろう。

何にしようか・・・・

そういえば俺は良く近所のファミレスで淀屋とよく飯を食ってたっけ。

そのときはいつもクリームソーダを締めのデザートに食ってたんだよな。

そんな思い出に浸りながら俺はクリームソーダを頼む事に決めた。

それほど高くもないし丁度いいだろう。

「阿賀野、決まったぞ」

「はぁーい提督さん。それじゃあ阿賀野がボタン押していい?いや押させて!」

俺の声を聞くや否や阿賀野は目を輝かせて呼び出しボタンを見つめる

「子供かお前は!じゃあ押せよ。ほらよ」

そう言って俺は阿賀野の近くに呼び出しボタンを寄せてやると阿賀野は即座にボタンを押す。

それから間もなく店員が俺たちのテーブルの前にやってきた。

やってきたのは背丈の低い下手すると労働法に触れそうな見た目の金髪の店員だった。

「お待たせ!ご注文お伺いするよ!」

元気のいい店員だなぁ。

でも敬語くらい使えよ・・・俺がそんな事を思っていると

「じゃあこのメガストロベリーバナナパフェで。提督さんは?」

おおう見るからに食い切れそうにない奴を頼むのかコイツは・・・・

「じゃあ俺はクリームソーダで。」

俺が注文を言い終わると

「ご注文を繰り返すよ。メガストロベリーバナナパフェとクリームソーダだね。それにしてもお客さん見かけに寄らずクリームソーダなんて可愛いね。じゃあもう少し待っててね!」

そう言って店員は俺たちの前から立ち去った。しかし可愛いなんて言われた記憶がないのでなにやら複雑な気分だ。いやいやそれより見掛けによらないのはそっちだろうがよ・・・俺はニヤニヤする阿賀野を見てそう思った。そんなとき俺は阿賀野に声をかけられる。

「ねえねえ提督さん」

「何だ阿賀野」

「あの娘、可愛いと思わない?」

「ええ?まあ、うん」

「へぇ〜そうなんだ。ふふふ」

阿賀野はそう言って笑った。何がおかしいんだろう?

「だから何だよ?」

俺は気になったので聞いてみる

「え?ううん。提督さん女の子見ると口角が少し上がるからもしかしたらそうかなーって。阿賀野と初めて会った時もそうだったよ」

えっ、そうなの!?俺は突然の分析に驚き口角に手を当てた。

「あはは面白〜いそう提督さんのウブな反応好きだよ」

「すすすす好きっておま・・・・そんな言葉を軽々しく口にするんじゃねーよバーカ!」

俺が取り乱す所を見て阿賀野はまたけらけらと笑う。

阿賀野は掴み所がありそうで全然ないしいつもこうやってペースに乗せられている気がする。

それからしばらくしてあの店員が大きなパフェとクリームソーダを乗せたお盆を片手で器用に持ってやってきた。

「お待たせ。メガストロベリーバナナパフェとクリームソーダ持って来たよ。それじゃあごゆっくりね!」

それにしてもあのデカいパフェを片手でお盆に乗せて軽々運んでくるとは一体何者なんだこの店員・・・

店員は手際良くパフェとクリームソーダを並べると

「それじゃ、ごゆっくりね!」

そう言って嵐のように去っていった。

鎮守府の面々にも負けないくらい濃い店員だなぁ。

俺はそんなことを思いながら店員の背中を見送っていると阿賀野はやっぱり見てるじゃん〜気になってるんでしょあの娘?と言わんとするような顔でこちらを見ていた。

「ゴホン、じゃ、じゃあ食べるか」

俺は仕切り直そうとしてそう言うや否や阿賀野はパフェにがっついていた。

何度見ても凄まじい食べっぷりだ

「ホント良く食うよなぁ阿賀野は」

俺もそう呟いた後にクリームソーダに手をつける。

うん。何処でたべてもこのメロンソーダとアイスの味は変わんないな。

特別な事もなくただそれでいて何処か安心出来るそんな味だ。

良く淀屋と食ってたなぁ・・・・

俺がそんな郷愁に近いものに狩られていると急に阿賀野が声をかけてきた。

「ねえ提督さん」

「なんだ?」

「ありがとね」

俺は予期していなかったその言葉に焦りの色を隠せなかった。

「きゅ、急になんだよ?」

「なんだか言いたくなったの。さっきも言ったけど提督さんのおかげで今私はここに居られるなーって自分自身としてしっかりと」

阿賀野は嬉しそうにそう言ってくれたが俺は阿賀野の感謝を素直に受け取る事が出来なかった。

なぜなら俺はあの時阿賀野を止めたからだ。

結果的に阿賀野は那珂ちゃんを無事救出し帰って来れたから良い物のそれは提督として正しい判断だったのか?

あれから何度も考えたがその答えは分からなかった。

結局俺は何も出来ていなかったんじゃないのか?

そんな自責の念から阿賀野のその気持ちを素直に受け取る事が出来なかった。

「でも俺はあの時お前を止めた。おかしいよな。お前はお前だって言っておきながら結局阿賀野という船が沈んだって話を聞いてここで行かせてしまったら本当に阿賀野は沈んじゃうんじゃないかって怖くなったんだ。こんなんじゃ俺、提督失かk・・・むぐっ!?」

話している途中阿賀野から口に何かを突っ込まれて口の中に冷たさと甘さが一気に広がった。

「もーその話はおしまい。どう?パフェ美味しい?」

突然の出来事に俺は頭の中を整理する。

口の中には甘酸っぱい何かと鉄の感触

こっ・・・これはまさかデートで定番の・・・・『あーん』という奴なのでは・・・・・

しかも間接・・・キス・・・・・!?

俺の脳裏にはそんな言葉がよぎり、口の中に入った物をゴクリと飲み込む。

「おっ、おまっ・・・・・!」

俺は頭の中がこんがらがって言葉に詰まっていた。すると

「ふふっ!提督さん顔真っ赤!それに提督さんは間違ってないよ。提督として艦娘の勝手な行動を止めるのは正しい決断だったと私も思う。それに実を言うとあの時は私も自分の意志なんだかなんなんだか良くわかってなかったの。でもね、那珂ちゃんを助けようとしたとき提督さんの言葉のおかげで頭のモヤみたいなのが吹き飛んだの。そのおかげで私は今こうしてパフェを食べられてるんだと思うんだ。だから提督さんには感謝してるの本当にありがと提督さん」

俺はそんなマジメに話す阿賀野に圧倒され

「お、おう。そりゃ良かった」

と返すのが精一杯だった。

そしてしばらく間接キス、あーんの2つの言葉が頭をグルグル回り、放心状態でぼーっとしていると

「ごちそうさまー」

と阿賀野の声で我に返る。

どうやら俺がぼんやりしているうちにあれだけの量のパフェを平らげたらしい。

「もう食ったのかよ!」

「うん!それにしても自分でもこのパフェ一人でこんなすぐに食べきれるようになるなんて思ってなかったな〜」

「と言うと?いつも食ってたんじゃなかったのかよ?」

「あのね私、こう見えて昔は小食だったの。まあビンボーだったってのもあるんだけどね。それで給料が入った次の日は弟達とこのパフェを4人で分けて食べてたんだ。だからこのパフェは私の・・・いや私と弟の思い出の味なの」

そうだったのか。

阿賀野の話を聞く限りはあながち艦娘になると腹が減るというのも間違いではないらしい。

それに俺がクリームソーダを選んだように阿賀野にも同じような物があるんだな。

そう思うと俺は少しほっこりした。

それからしばらくして

「ふうーじゃあそろそろお腹も落ち着いたし映画行こっか提督さん」

「ああ。そろそろ行くか。」

俺たちは席を立ち会計を済ませた。

会計をしてくれたのもあの小さな店員で

「女の子に奢らせるなんて可愛いね!」

と言われたがもはや何のこっちゃ分からなかった。

「ごちそうさん。本当に奢ってもらって良かったのか?」

「うん。これぐらい今の阿賀野からすれば安いもんよ。それじゃあ提督さんそろそろ映画館行こっか!映画なんて久しぶりだからワクワクしちゃう!提督さん早く早く!置いてっちゃうよ!!」

「おいこら待て!食った直後に走る奴があるか!、」

俺は阿賀野を追いかけるようにして映画館へと向かった。

 

同じ頃××ショッピングモールの駐車場に1台の車が止まった。

 

「ぜえ・・・ぜえ・・・やっと着いた・・・」

息を上げて車から降りてきたのは大淀だった。

「大淀さーん早過ぎて目が回るかと思いましたよ〜」

助手席には吹雪が座っていて大淀がここに来るまで相当飛ばしてきたのか少しぐったりとしている。

「吹雪ちゃん。ごめんなさい少し運転荒っぽかったわね大丈夫?気持ち悪くない?」

大淀は吹雪に優しく言葉をかける。

「そ、それは大丈夫ですけどそれにしても珍しいですね大淀さんからショッピングモールにいこうって誘ってくれるなんてだなんて!私、誘ってくれて嬉しかったです」

「ええそうね。今日は久しぶりにお休みだしちょっとは羽伸ばさないとって思ったの。あとこうやって艦娘同士親交を深めるのも大事でしょう?あっ、そうだ吹雪ちゃん」

「何です?大淀さん」

「急いで出て来ちゃったから艦娘の制服のままね。このまま出歩くのは余りいい気がしないでしょ?」

「え、私は別に・・・でも大淀さんがそう言うならそうなのかもしれません。私、あんまり外の事しらないから・・・」

吹雪は少しうつむいた。 

そんな吹雪の事情を知っていた大淀は眼鏡をクイっと上げる動作をすると

「でもそんな事もあろうかとしっかり着替えを用意して来たの!吹雪ちゃんの分もあるのよ。後ろの座席に紙袋があるでしょ?そこに入ってるから」

大淀は胸をポンと叩きそう言った。

「ほんとですか!?じゃあ着替えなきゃ。でも着替えるには狭くないですかこの中・・・」

吹雪は少し嬉しそうな表情をした後首を傾げた。

「ああそれならあそこに丁度トイレがあるわ。あそこで着替えましょう!あそこなら私たちでも抵抗なく入れるでしょ?」

大淀はそう言って多目的トイレを指差した。

「そう・・ですねわかりました!」

吹雪は元気に返事をして大淀と共に紙袋を持ち多目的トイレへ向かった。

(小さい子と一緒にトイレに入るってなんか変な感じ・・・)

大淀はそんな状況に背徳感を覚えていると

「大淀さん・・・・これ男の子の服じゃ・・・」

吹雪は少し戸惑ったような表情をして大淀にそう言った

「ええ?そんな事ないわ。これ着ても吹雪ちゃんは可愛いから女の子に見えるわよ!」

(これくらいしてもらわないと謙に気付かれちゃうからごめんなさいね吹雪ちゃん・・・・)

大淀は心の中でそう静かに思った。

「うーん・・・いつもスカートだったからこんなおしゃれなズボン履くの恥ずかしいですよぉ〜」

吹雪は着替え終えるとモジモジしてそう言った。

(かっ、可愛い・・・年端のいかない中性的な子だと思ってたけどこんな子と謙はいつも一緒に寝てるの・・・?新たなライバル出現かしら?いえいえ今はそれどころじゃないわ!)

「吹雪ちゃん。いつもジャージ履いてるじゃない。それにとっても似合ってるわ。私も着替えるから少し待っててね」

大淀も服を着替え始めた。

(少し可愛過ぎたかしら・・・?でもこれくらいの方がバレないわよね。)

大淀はその長い髪をツインテールにまとめ瓶底眼鏡をかけた。

(これでカンペキね!)大淀は鏡を見てそう思った。

「吹雪ちゃん。この帽子と眼鏡もかけてもらえるかしら?」

大淀はそう言って吹雪に眼鏡と帽子を渡した。

「えっ、でも私別に目が悪い訳じゃ・・・」

「伊達眼鏡って言ってこれはファッションなのよ」

「へえ〜そうなんですか!知らなかったです!どうですか?似合ってますか?」

吹雪はファッションと聞くと嬉々として眼鏡を掛け大淀に尋ねた。

「ええ。とっても似合ってるわ。別人みたい!」

(ええそうよ。これで謙に見つかってもバレないでしょ。)

大淀は不敵な笑みを吹雪に気付かれないように浮かべた。

「それじゃあ吹雪ちゃん。ショッピングに行きましょうか。はぐれないように気をつけてね」

「はい!」

(謙!待ってて!きっと謙のことだから阿賀野の誘惑に負けちゃう。そんな謙を誘惑から守ってあげるから!そ、そうよ!あくまで秘書官として艦娘と提督が間違いを起こさないように指導するだけ!べっ、別に阿賀野がうらやましい訳じゃ・・・ないんだから・・・・)

大淀は吹雪の手を引いてトイレから飛び出して謙を探すためショッピングモールへと入っていった。

 



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トライアングラー?

 ファミレスを出た俺と阿賀野は映画館へと向かっていた。

「提督さーん。席取っといて欲しいんだけど良い?」

阿賀野は映画館に着くや否やそう言った。

「別に良いけど何かあんのか?」

「うん!ポップコーンとか買ってくるね。提督さんは要る?」

コイツまた食べ物の話してるよ・・・俺は少し呆れてため息を吐いた

「あー今また食べ物の話してるって思ったでしょ〜?」

阿賀野はそう言って俺に突っかかって来た

「思ったでしょ〜?・・・じゃねぇよお前さっきどんだけ食ったと思ってんだよ!?」

「だって映画館だよ?ポップコーン食べなきゃ映画館じゃないじゃん!!ここの映画館のポップコーンは美味しいから別バラなの!!それにこの映画館のポップコーンは・・・・・・・」

それから阿賀野のポップコーンに対する熱弁が始まり俺はその熱気に圧倒されてしまった。

「あーわかった!わかったから!!全くしょうがねぇなぁ買ってこいよ。俺が席とって来てやるから」

俺が呆れてそう言うと

「ありがと提督さん。それじゃあ阿賀野ポップコーン買いに行って来るから席はそうだなぁ・・・真ん中よりちょっと後ろの方の席が良いかなぁ。じゃあ行ってくるね提督さん。」

阿賀野はそう注文をつけるとポップコーン売り場へ走って行ってしまった。

それを俺はやれやれと思いながら見送り席を取るためチケット売り場へと並んだ。

そして俺は席を取り終わり、阿賀野と合流した。

「おい阿賀野、席とって来たぞ。ちゃんとお前のいった通りの席にしといたから」

「ありがと。提督さんそれじゃあ早く行って座っちゃおっか」

そう言っている阿賀野の持つお盆には溢れんばかりのポップコーンが乗せられていた。大して腹は減っていなかったがバターの香りと目の前のポップコーンを見ていると少しつまみたくなってしまう。

「おう。そうだな。折角だし俺にもちょっとポップコーン分けてくれよな。席とって来てやったんだから」

俺は少し恩着せがましく阿賀野に頼んでみた。すると

「もーしょうがないなぁ提督さんは。でも今日は特別に分けてあげる。でもちょっとだけだからね」

阿賀野は少し偉そうにそう言った。

「まあこんなところで話してるのもなんだしもう入るか。3番スクリーンだってさ」

「うん!」

俺は阿賀野にチケットを手渡し3番スクリーンへと入った。

 

その頃・・・

(謙を監視s・・・ゲフンゲフン!!じゃ無かった見守る為に来た物の何処に要るか分からないなんて・・・・)

大淀は吹雪を連れてショッピングモール内を彷徨っていた。

「大淀さん!ゲームセンターよっても良いですか?」

吹雪は目を輝かせてゲームセンターを指差している。

「うーん当てもなく歩いてても仕方ないし、ちょっと寄って行きましょうか」

大淀は吹雪を半ば強引に連れて来てしまった事を少し悪いと感じゲームセンターで時間をつぶす事にした。

「やったぁ!私、この間司令官と遊びに来た時太鼓叩く奴やったんですよ。私、アレやりたいです!」

吹雪は嬉しそうにそう言った。

「私も昔良く提督と一緒にやったなぁ太鼓の鉄人。良いわ。私の太鼓さばき見せてあげる」

大淀も懐かしくなりはり切って太鼓の鉄人の筐体へと向かった。

 

そして・・・

 

俺達は映画が終わり、俺達は映画館を出る。

「いや〜弩ジラなんて弩ジラ最終戦争以来見て無かったし逆に新鮮だったなぁ〜」

俺は阿賀野にそう会話を振ってみる。

「うんうん!最期に弩ジラが親指を立てて溶鉱炉に沈むシーンは涙無しには見られなかったよ!」

そんなこんなで映画の内容を2人で語り合った。あー阿賀野が女の子だったらこの状況も文句は無いんだけどなぁ・・・・そんな事を考えていると

「ねえ提督さん・・・・」

急に阿賀野が真剣な表情をする

「どっ、どうしたんだよ阿賀野・・・・」

俺はそんな表情に驚く

「あのね・・・?付き合って欲しいんだけど良いかな・・・?ちょっと恥ずかしいんだけど・・・・」

「ええっ!?な・・・・なんだよ急に・・・」

えっ!?このタイミングで告白!?いやいやいや急過ぎるだろ!!それに何回も言ってるけど阿賀野は男なんだぞ????しかし初めて会った時よりもなんか心なしか顔も更にかわいく・・・いや女の子らしくなってるような気がするし・・・いや元々かわい・・・・いやなんでも無いなんでも無い・・・・落ち着け・・・落ち着くんだ俺・・・・

俺が脳内でこんな思考を走り巡らせていると・・・

「買物・・・付き合って欲しいの。ほら、実家に帰る事になったでしょ?だから男物の服買っとかないとって思って。提督さんならそれっぽい服選んでくれそうだなーって思って・・・ダメ?」

なんだよおおおおそんなことかぁぁぁ俺は少し残念だったがそれと同じくらい安心した。こんな事前にもあったな・・・・

「お、おう分かった。俺が言い出した事だしな。それくらいなら付き合ってやるよ」

「ほんと?よかったぁ。それじゃあむらさめ行こっか!提督さん早く早く!!」

阿賀野は嬉しそうに俺の手を引いファッションセンターむらさめへと向かった。

 

その頃・・・

「うーん謙は何処なの・・・」

未だ大淀と吹雪はショッピングモールを彷徨っていた

「大淀さん・・・ちょっと休憩しません?」

吹雪は大淀にそう言った。そんな時である。

「あっ!」

吹雪が何かに気付く

「どうしたの吹雪ちゃん?」

大淀は食いつく。

「あれ司令官と阿賀野さんじゃないですか?」

吹雪は2人を指差す。

「うーん確かに提督と阿賀野ね。服屋に入って行ったけど何する気でしょう・・・」

大淀の頭には服屋でイチャイチャする2人の映像が浮かぶ

 

『てーとくさーんこの服似合ってるかなぁ〜?』

『ハッハッハッ似合ってるぞ阿賀野〜まあお前はどんな服を着てもお前の魅力の前では霞んじまうけどな』

『も〜提督さんったらぁ〜きゃっ!て、提督さん!?』

『阿賀野・・・俺もう我慢出来ねえよ・・・』

『提督さん・・・』

『阿賀野・・・』

(ダメだ!このままでは謙が阿賀野の毒牙にかかってしまう!!何としてでも阻止しなくては・・・!!でもいきなり突っ込んで行くのはマズい・・・まずは観察よ。観察するのよ大淀!!)

大淀の頭の中の謙が相当美化されていたのはさておき、大淀はやっと謙を見つける事ができ、少し舞い上がっていたのだ。

しかし大淀は出て行ったところで謙に何故出て来たのかと聞かれた場合その理由を自分自身が答えられない事に気付き、一瞬で正気を取り戻し、何かをひらめいた。

「ね、ねえ吹雪ちゃん?」

「なんですか大淀さん?」

「ちょっと耳貸して・・・」

大淀は吹雪に何かを耳打ちした。

「それ面白そうですね!私やってみます!!」

吹雪はそう言ってむらさめの方へと走って行った。

 

その頃阿賀野と謙は・・・

「いらっしゃーいなの!」

あっ、この間の変わった店員だ。俺はそんな事を思っていると

「ああ育田さん久しぶり〜」

えっ!?知り合い!?普通に阿賀野が店員と話を始めたので驚く。でもこの店良く来るって言ってたもんな普通か。

「阿賀野ちゃん元気そうでよかったの〜おっぱいまた大きくなったの?」

「あーうん。1カップくらいかな〜」

なにやら楽しそうに2人はガールズトークを展開している。

「あっ、この間のお兄さん!阿賀野ちゃんのお知り合いだったなの?」

店員は俺に話を振ってくる。

「ああ・・・はい。まあ一応」

俺は適当に返事を返す。

「何〜?彼氏さんなの?阿賀野ちゃんも隅に置けないのね!」

「えへへーでしょ〜?」

阿賀野は胸を張って答える

「おいちょっと待て!俺はお前の彼氏じゃないぞ!」

俺はすかさず修正を入れる。

「え〜提督さんのいじわる〜」

阿賀野は頬を膨らませる。

「えっ!?提督さんだったなの?それじゃあ今の××鎮守府の提督さん・・・?」

店員は驚いてこちらを向く

「うん。そうだよ。今日は阿賀野の服選びに付き合ってもらおうと思って」

ん?ちょっと待て・・・今の・・・ってどういう事だ?俺がそんな事を思っていると

「分かったなの!どんな服を探してるの?」

「今度弟達に合う事になってね。男物の服を買いに来たの」

阿賀野はそう店員に言った。

「あー阿賀野ちゃんあれだけもう会わないって言ってたのに覚悟決めたのね?分かったなのそれっぽい服探して来てあげるからちょ〜っと待ってるのね!!」

店員はそう言って店の奥に消えて行った。ん・・・?ちょっと待てよ、前の・・とか一体何者なんだこの店員?俺はそう思ったので思い切って阿賀野に聞いてみる事にした。

「なあ、阿賀野・・・」

「何?提督さん」

「あの店員知り合いっぽかったし鎮守府の事情も知ってそうだったし一体何者なんだ?」

俺がそう聞くと

「あー育田さんは阿賀野達の同業者だよ〜元だけど」

阿賀野はそう答えた

「えっ!?元同業者って事はあの人も艦娘なのか?」

「うん。阿賀野のセンパイで色々教えてくれたんだ〜右も左も分からなかった阿賀野に女の子の服の選び方とかお化粧のやり方とか色々教えてくれたの。ああ見えて結構しっかりしてるんだから!」

なるほどそう言う事だったのか。俺は少し納得した。そして

「じゃあお前が男だってのも知ってるんだな。急に男モノの服を・・・とか言い出したときは少し焦ったけど」

と俺が言うと

「当たり前でしょ。だって育田さんも男なんだもん」

と阿賀野はあっさりとそう言った。

「えっ・・・えええええええええええ!!!!!!」

俺は驚きの余り声を出してしまう。そんな時

「阿賀野ちゃ〜んそれっぽい服持って来たなの。それとお兄さんそんな声出してどうしたなの〜?」

店員が戻って来た。

「えっ・・・えっとあの・・・」

俺は阿賀野の口から出た事実に驚愕していた。同じような事は何度かあったがまさかこんな普通に黙ってれば美人な人も男だなんて・・・もう性別ってなんだろう俺はそんな事を考えていると

「あー育田さん。提督さんに阿賀野のセンパイだって話してたの〜」

と阿賀野が店員と話している

「ええ〜!もうスク水と魚雷一丁で海に出てたなんて今となっては恥ずかしいのね〜」

「育田さん!そこまで言って無いって〜」

店員は顔を赤くして顔を手で覆い、それを見て阿賀野は笑っていた。えっスク水一丁・・・・・?その言葉に俺の好奇心は刺激される。

「あのー・・・スク水って・・・」

俺がそう聞くと

「ああ育田さんはね、潜水艦だったの」

「はあ潜水艦・・・・」

俺はそれがなんのこっちゃ分からず言葉に詰まっていると

「フフフ・・・バレてしまっては仕方ないのね・・・・このショップ店員育田は世を忍ぶ借りの姿・・・しかしてその正体は潜水艦伊19!イクって呼ばれてたなの!」

はえ〜こりゃまた濃いい人だなぁ・・・・そう言われてもそれがスク水と同関係があるのか分からなかったが阿賀野がおもむろにスマホを弄りだし。

「はいこれ。艦娘時代の育田さんと撮った写真なんだけど」

阿賀野が写真を見せてくる。そこには今より髪が短くどことなく男っぽい阿賀野とその隣にスク水を来たあの店員が写っていた。

「ハハッ阿賀野今と全然違うな。ところでなんで店員・・・いや育田さんはスク水なんだ?」

俺がその疑問を阿賀野に告げると

「ああ潜水艦は基本スク水が制服みたいな物だからね。ねー育田さん?」

「そうなの!股間が目立たないようにするの大変だったのね!いつもサポーターがキツくて股が痛かったの」

と阿賀野と育田さんは言った艦娘って良くわかんねぇなあ・・・・

「へぇ〜そうなんですか・・・」

俺は適当に返事を返すと育田さんが思い出したように

「あっ、そうだ。服持って来たの忘れてたなの!阿賀野ちゃん、これ着てみるの!きっとかっこいいなの!」

そう言って育田さんは阿賀野に服を渡した。

「そうだった阿賀野も忘れてた。それじゃあ試着してくるね提督さん!あっ、覗いちゃダメだからね〜?」

阿賀野はそう言って試着室へ入って行った。

「誰が覗くか!!」

俺は阿賀野にそう言ってやった。すると

「それじゃあイクはこれで失礼するの!阿賀野ちゃんの服が決まったらレジまで来てねなの!あっ、この間来た吹雪ちゃん・・・だっけ?あの娘もまた連れて来てくれたら可愛い服選んであげるの!それじゃあまたね!新しい提督さん!あっ、いらっしゃいませなの〜」

といって育田さんは他の客の接客に向かった。

変わった人だったなぁ・・・・しかしまさかあの人が艦娘だったとは・・・しかもまた男・・・

この短時間でいろいろな事が起こりすぎて頭の中が少し混乱していた。そして少しぼけーっとしていると

「提督さーん」

と阿賀野の呼ぶ声がする。

「おう、なんだ?着替え終わったのか?」

俺は阿賀野に聞いてやる。

「うん。ちょっと見て欲しいんだけど良いかな?」

「何を今更」

「わかった〜ビックリしないでよね。」

といって試着室のカーテンが開けられた。そこにはさっきまでのおっとりした雰囲気の少女はおらず、後ろで髪を1本に束ねた青年が立っていた。少し前に男装している所を見たが、作業服みたいな恰好で帽子を深く被っていて顔が良く見えなかったが、カジュアルな恰好をするとこんな感じになるのか・・・やっぱり端から見れば俺なんかに勝ち目のないイケメンである。ただ前より少し女顔っぽいかも知れない。

「ど・・・・どうかな・・・?」

阿賀野は少し恥ずかしそうにそう言った。見た目が見た目だけに阿賀野の声に違和感を覚えてしまうが

「ああ、似合ってると思う・・・ぞ?普通にかっこいいと思う」

俺は率直な感想を言うと

「やったぁ!阿賀野うれしい!変だったらどうしようかと思った〜!!」

と言って俺に抱きついてくる

「あ〜!!やめろ!その恰好で引っ付くな!変な目で見られたらどうすんだよ!!!」

「え〜ちょっとくらい良いじゃない〜ただ恰好が変わっただけで私は私なんでしょ〜」

阿賀野はここぞとばかりに俺が吐いたセリフを悪用して来た。

「だあああやめろおおおおお離してくれええええ!!」

俺と阿賀野がそんなやり取りをしていると

「あらら?男同士でお熱いのね!」

育田さんが少し意地の悪そうな笑みを浮かべてこちらを見ている

「だああああそんな誤解されるような事言わないでくださいよおおお育田さんも見てないで助けてくださいよおおお!!!」

俺の悲鳴は店にこだまし、逆に他の客や店員に冷ややかな目で見られてしまった。そして

「ありがとうなの〜!またきてね〜」

阿賀野は元の服に着替え直した後会計を終え俺達はむらさめを後にした。

「はあ〜散々な目に遭った・・・・」

今日一日の疲れがどっと出た気がした。

「え〜楽しかったじゃない」

呑気だなぁコイツは

「お前一体誰のせいでこんな疲れてると思ってんだよ!」

俺は少し起こって阿賀野にそう言った。

「えへへ〜ごめんごめん」

阿賀野はいつも通り悪びれる様子もないが・・・・

「あっ、そうだ提督さん。このショッピングモールの屋上行ってみない?」

急に阿賀野にそう聞かれる。特に断る理由も無いので

「別に良いけど何があるんだ?」

と聞いてみると

「あのね、ここの屋上から見る夕日がとっても綺麗なんだ〜一緒に見に行こうよ!丁度良い時間だし」

「へえ〜そうなのか。じゃあ行ってみるか。もうやる事も無いしな。」

そして俺達は屋上へ向かった。そこにはパンダの乗り物やらこじんまりとした遊園地のような空間が広がっていた。

「おお!屋上遊園地なんて今時珍しいな」

「そうなの!珍しいでしょ。この辺りここ以外にあんまりこういう所も無いからね〜」

阿賀野はそう言った。その夕日で赤く染まった遊園地はどこか良いムードって言うんだろうか?なにやら良い感じな雰囲気を漂わせていた。

「なあ」

「提督さん」

俺と阿賀野は同時に口を開いた。

「あっ、阿賀野から言ってくれよ。

「ううん。提督さんから・・・・」

なんだよこれ!?ラブコメとかで良くある奴じゃん!!なんか更に雰囲気が良くなっているような気がする・・・

「ああ。じゃ、じゃあ俺から・・・阿賀野、お前に弟達に会いに行けって言ったときはお前嫌がると思ってたのに結構すんなりだったな。俺も結構迷ってたんだぜ?」

「阿賀野もその事話そうと思ってたの。この間までの阿賀野だったら絶対そんな事言われても会いに行こうだなんて思わなかった。でも提督さんのおかげ・・・かな。阿賀野ね。提督さんにとっても感謝してるんだ・・・それでね?」

阿賀野はそう言って俺を見つめてくる。ああ!これっ!漫画とかで呼んだ事ある奴!ギャルゲとかでやった事ある奴だ!!これギャルゲのシナリオクリア直前の奴だ!!いやいや待て待てそれじゃあこの先に待ってるのは・・・いやいや待て待て阿賀野は男なんだぞ!?

「それでね、阿賀野ね、言おうかどうかずっと迷ってたんだけどね。いつも提督さんのことからかってたけど阿賀野本当に提督さんの事・・・・」

待て待て!それ以上はいけない!!俺はどう返せば良いのか分からない。誰か!誰か止めてくれ!!!そう思った刹那

「ちょっと待ったぁ!!」

何やらこちらに向けて大声が飛んでくる。

「なっ!?」

俺はビックリしてその声の方を振り向く。するとそこには瓶底眼鏡をかけたツインテールの女性が立っていた。

「えっ!?えーっとどちら様です?」

俺はそうその女性に聞く。

「はあ・・・はあ・・・謙・・・・」

息を上げて俺の名前を呼ぶ女性。なんでこの人俺の名前知ってるんだ?そう思って居るとその女性は瓶底眼鏡を外す。

「おっ・・・お前・・・淀屋か・・・?」

「ええ〜大淀!なの?」

俺はいつも見慣れた大淀の姿では無かったのではっきりとは分からなかったがあの目は淀屋の目だ。

そしてそれを聞いた阿賀野も驚きの声を上げる。

しかしそんな淀屋の目は今にも泣き出しそうだった。

「お前も来てたのか・・・・なんでそんな恰好してるんだよ・・・それに一体どうしたんだ?」

「謙・・・私だって・・・・私だって謙の事・・・・・・・」

ん?なんだろう?俺がどうしたって?

「私だって謙の事がッ・・・・・・・」

淀屋がそう言いかけた瞬間

 

ピンポンパンポーン

 

と館内放送が流れる。

××鎮守府より起こしの大淀様・・・迷子の吹雪ちゃんがお待ちです。迷子センターまでお越し下さい。

 

 

ピンポンパンポーン

 

少しその場所には静寂が流れた。

 

「な、なあ淀屋・・・」

「ななななな何?謙」

「吹雪も来てたんだな。」

「ええ!?ああうん!そうなの!!どっかではぐれちゃったのかな〜それじゃあ私、吹雪ちゃんを迎えに行ってくるからごゆっくり〜」

淀屋は何かを誤摩化すようにそう言ってすたこらさっさと走り去ってしまった。なんだったんだ今の・・・

そしてまたその場には静寂が訪れ

 

「な、なあ阿賀野・・・・」

「なに?提督さん?」

俺と阿賀野は気まずい雰囲気の中に取り残される。ここは今のうちに予防線を張っておかないと・・・お互いそっちの方が幸せな筈だ。

「さっ・・・さっきの続きの事なんだけどな・・・」

俺が言いかけると

「ん?ああさっきの事ね!アレはただいつも提督さんの反応が面白くってからかっちゃってごめんね!って言いたかっただけなの!それだけ!それだけだから!!あっ!!!そろそろ帰らなきゃ!阿賀野今日夕飯の当番だったの忘れてた!買物も済ませてないし急いで帰らなきゃ!バス2時間に1本しか来ないし阿賀野先に帰るね!吹雪ちゃんが心配だからそっち見に行ってあげて!それじゃあ後でね!」

そう言って阿賀野も一人走り去ってしまった。

一人残された俺はとりあえず吹雪が居るという迷子センターまで行く事にした。

そして迷子センターに行くとそこには淀屋と吹雪が居て

「うわあああんお兄ちゃあああああああん」

と吹雪が俺に飛び込んでくる

「バカ!お兄ちゃんはやめろって言っただろ!?」

俺はその飛び込んで来た吹雪を押さえる

「だって・・・だって・・・大淀さんにおに・・・じゃなかった司令官さんを見張ってるようにって言われて・・・ぐすん・・・隠れてたらいつの間にかみんな居なくなってて・・・私寂しくて・・・・ひっく・・・」

「ああ分かった分かった」

俺は吹雪の頭をやさしく撫でてやった

「ところで淀屋・・・?」

「えっ!?なんですか提督!?」

急によそよそしくなる淀屋

「吹雪に見張っとけって言ってたってどういう事だよ?」

俺がそう淀屋に聞くと

「え!え〜っとそっ、それは・・・・・・」

淀屋は口をつまらせている。すると

「大淀さんは探偵ごっこをやろうって私に言ってくれたんです!大淀さんは悪くないんです!!」

と吹雪は言った。理由はともかくこんな状態でも淀屋を庇うなんてやっぱりええ子や・・・・

「ま、まあいいや。じゃあそろそろ帰ろうぜ」

俺は淀屋と吹雪に言った

「そっ、そうですね!帰りましょうか!」

淀屋もそう言い、迷子センターを後にした。

「いや〜お前が私も・・・って言ったときは焦ったけどお前に限ってそんな事は無いよな!単に阿賀野となんかそれっぽい感じになってたから止めてくれたんだよな。やっぱ持つべき者は友達だぜ。ありがとう!」

俺がそう言って手を差し出すと

「えっ、う・・うん!そそうなの!あのままだと謙が大変だろうなーって思って!!」

淀屋はまた少し寂しそうな顔をしてそう言った。最近コイツのこんな表情を良く見ている気がする。

「おうそうだよな!やっぱりお前みたいな友達を持てて俺は幸せだよ。それとその私服めちゃくちゃ可愛いぞ!」

俺は淀屋にそう言った。

「もう!謙はいつもそうやって・・・・いやなんでも無い。」

淀屋は嬉しそうだったがやはり何処か寂しそうだった。

そして淀屋が乗って来た車に乗せてもらい帰路についた俺達だったが鎮守府周辺に差しかかった時俺は海沿いで一人ぽつんと海を眺めている見覚えのある人影を見かけた。

「おい、淀屋、ちょっと車止めてくれないか?」

「え、ええ」

「俺、ここで降りるわ。こっから歩いて帰るから先に行っててくれ」

俺は淀屋にそう言って車から降り、その人影の元へ走った。

「よおソラ。こんな時間に一人で海なんか見てどうしたんだ?」

そう海を眺めていた人影はいつも何かと話しかけてくる地元のガキの天だ。

「あっ、提督のお兄さん。そっちこそこんな時間に何しに来たの?」

「いや、俺はお前の姿を見かけてな。こんな時間に一人で居るなんてなんか有りそうだなって思って」

俺がそう言うとソラは少し笑った

「ホントにおせっかいだねお兄さんは。僕はただ海を眺めてただけだよ」

そう話すが、ソラは何やら悲しそうだった。

「ホントにそれだけか?なんか泣きそうな顔してるぞ?」

俺がそう聞くと

「うん。今日はお父さんとお母さんの命日なんだ。最初は海を眺めてるとひょっこり帰って来たりしないかな・・・なんて思って眺めてたのがいつの間にか毎年の習慣みたいになっちゃって・・・・」

ソラはそう話してくれた。

「そうか・・・・邪魔して悪かったな。」

俺がそう言うと

「いや。今までだれも話しかけてくれなかったし、ちょっと寂しかったからほんの少しだけ嬉しかった・・・かな。それに最後にお兄さんに会えて嬉しかったよ」

ん?今最後って言ったか?

「ソラ、最後ってどういう事だよ・・・?」

俺が聞くと

「ああうん。今僕一人で暮らしてるんだけど今年から中学生にもなるのに学校にも行かずに居るのはダメだってどっかの人が言ってね。施設に入る事になったんだ。で、明日の朝にはここを出て行かないといけないんだ。だからこの海を眺めるのもこれが最後だなって・・・」

天は寂しそうにそう言った。

「そうだったのか。少し寂しくなるな・・・」

俺はソラを見るがソラの表情は曇っていた。

「ま、まああれだ!施設でも楽しくやっていけよ!それと俺はお前が何処に居たってお前の事友達だって思ってるからな!いつでも辛かったら帰ってこいよ!まあ数日くらいなら鎮守府に泊めてやるからさ」

俺はそう言って天の肩をポンと叩いてやる。

「あ・・・ありがとう・・・・」

ソラはガラにもなく照れくさそうにお礼を言って来た。

「おっ、お前にしちゃ珍しく素直じゃないか。そんな感じで行けば施設でも友達出来るって大丈夫大丈夫!」

俺は大袈裟に明るく振るまい天を元気浸けてやろうと思った。

「そ、そうだね。短い間だったけど色々話せて嬉しかったよ提督のお兄さん。僕お兄さんに会えて良かったよ。じゃあ僕そろそろ準備とかもあるから帰るね。じゃあさようなら提督のお兄さん」

天は名残惜しそうにそう言った。

「ああ!元気でな!また会おうぜ!絶対だぞ!」

俺はそんな天の背中を見えなくなるまで見送った。

天の背中が見えなくなった時、俺はそうか天の奴居なくなっちゃうんだな。嫌味なヤツだったけど悪いヤツではなかったしきっと何処に行ってもやっていけるだろう。そう思った、そして俺も鎮守府の方へ歩き出した。



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別れの朝

 謙達がショッピングモールに行った次の日の朝

「今日は提督遅いですね・・・」

「ええ。そうね。今朝早くにすぐ帰るからって出て行ったのは見たのだけど。」

いつもと変わらず執務室で大淀と高雄が書類を片付けていた。

「ええ?私には何も言ってくれませんでしたよ!?全くけ・・・じゃ無かった提督は休み前で一番忙しいのに一体何処に行ってるのかしら。」

大淀はすこしため息混じりにそう言った

 

そのころ謙はというと・・・

「多分この辺りだったはずなんだけどなぁ・・・・」

謙はソラに別れの挨拶を言うため昨日天と会った場所に来ていた。アテは無かったが、もしかすると最後にまたここに来るのではないかという彼自身の直感に賭けていた。そこには昨日の夜と変わらずソラが海を眺めている。

「やっぱり今日も来てたんだな」

謙は天に声をかける。

「お兄さん・・・こんな朝っぱらから何しに来たの?仕事は?ヒマなの?」

天は早速謙に悪態をついた。

「ああもう!折角お前に会いに来てやったって言うのにその言い方は無いだろ!」

謙は少し怒ってそう言った。

「そう・・・なんだ・・・お兄さんまさかそういう趣味なの?」

天は謙が会いに来てくれたのが嬉しかったのだが照れ隠しに更に悪態をついた。

「ちげーよ!断じて違う!!折角会いに来てやったのに何だよその言い方!!ってかこんなやり取りもこれが最後なんだなて思うと感慨深いな・・・」

謙は別れを告げに来た事を思い出し、少し寂しくなった。何せ天は××鎮守府に来てから唯一マトモに話せる同性の友人だったのだから。

「そう・・・だね・・・僕こんな時なんて言えば良いのか分からなくって・・・・」

謙の言葉を聞いた天も悲しそうな顔をしてそう言った。

「あー暗い暗い!せっかく明るく別れようと思って来たんだからもうこの話は止め止め!!そうだ。お前に餞別が有るんだよ。」

そう言うと謙はがさごそと持ってきた袋からロボットのおもちゃを取り出す。

「何それ?ロボット?」

天は不思議そうに謙の取り出したロボットのおもちゃを見つめた。

「ああこれはな。俺が小学校だか中学校だかくらいに流行ったロボットアニメ鬼怒世紀ガンヴァレリオンに出て来たRGN-003ネイトリュオンだ!」

謙は得意げにそう語った。

「えっ・・・なにそれダサッ・・・」

天は怪訝な表情でそれを見つめるが

「ダサいってなんだよ!これ俺がガンヴァレリオンの中で一番好きなヤツなんだぞ!アニメでも最期のシーンはもう涙無しには・・・・」

謙は力説をしようとするが・・・

「あーわかったわかったよ。でもなんでそんな大切なモノを僕に?」

天は不思議そうな顔で謙に聞く。

「そりゃ・・・お前・・・俺がソラの事を大切な友達だと思ってるからに決まってるだろ?辛い時はこれ見てこの町の事とか俺の事とか思い出してくれよ」

謙はそう言った

「なんかお兄さんの冴えない顔思い出したら逆にしんどくなりそうな気もするけどまあ・・・うん・・・良く見たら悪くないよこのロボット・・・・大切にするね」

天はそのロボットのおもちゃを大事そうに抱きしめた。

「冴えない顔は余計だ!まあ大切にしてやってくれ」

2人がそんな話をしていると

「おおここに居たのか天くん。」

なにやら一人の男がこちらに近付いてくる

「あれ?長t・・・じゃなかった長峰さんじゃないですかどうしてここに?」

謙は良く見知った顔の長峰がここに居る事を疑問に思い質問をした

「提督君、君こそ何でこんなところに?」

長峰も不思議そうに謙に問う

「ああ、友達を見送りに来たんですよ」

「友達・・・ソラくんの事か?」

長峰は驚いた顔をした。

「ええ・・・まあ一応・・・」

ソラはそう言った。

「フッ・・・そうか。あの人見知りのソラくんが君に懐いたか。」

長峰は嬉しそうにそう言った。

「あのー長峰さんとソラってどういう関係なんですか?」

謙は長峰にそう問う

「ああ、ソラくんの両親にこの子を頼むと言われてな。色々気にかけてやってたんだ一応隣近所に住んでるからな。それでソラくんを今日はそのよしみで最寄りの駅まで送ってやろうって事になってたんだ。」

長峰はそう言った。

「ああそうだったんですか・・・」

謙は納得したように頷いた。

「そろそろ時間だ。ソラくん。最後に提督君になにか言いたい事は無いかい?」

長峰は優しく天に問いかけた。

「あっ・・・あの・・・・こんな僕と短い間だったけど話し相手になってくれて・・・・ありがとう。これ大切にする。」

天は半べそをかいてそう言った。

「おいやめろよ・・・俺まで泣きたくなっちまうじゃねえか・・・・俺もお前と友達になれて嬉しかった。昨日も言ったけどどれだけ離れても俺とお前は友達だからな。また会いにこいよな!!」

謙も涙を拭いながら天に別れの挨拶をして天の頭をワシワシと撫でた。

「うん・・・また・・・ね。お兄さん。僕の事忘れないでね」

天は深く頷いた

「ああ当然だろ?またな!ソラ!!」

謙も涙を拭き笑顔でそう言った。

「そっか・・・ありがとうお兄さんそれじゃあ行くね。バイバイ」

「それでは天くん。そろそろ行こうか。提督君も天くんと友達になってくれて私からも感謝している。ありがとう。それでは私は天くんを責任を持って送り届けよう。」

長峰はそう言うと天の手を引き××漁港の方へと戻って行った。

「元気でなー!!」

謙は天の背中が見えなくなるまで手を降り続けた。そして天の背中が見えなくなり。

「ふう・・・アイツももう居なくなるのか・・・あっ!そうだこんな事してる場合じゃねぇ!朝の仕事すっぽかしたままじゃねぇか!!」

謙は大淀の怒っている顔が頭に浮かび鎮守府へと走った。

 

そんな事があった次の日、彼らの休暇が始まる・・・



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休日の乙(漢)女阿賀野編 前編:再会

今回から3話ぶっ続けで阿賀野休暇編です


 「休み明けにまた鎮守府で。各自充実した休みを送ってくれ!それじゃあ解散!」

謙がそう言うと皆はそれぞれ荷物を持って鎮守府を後にし、阿賀野は一人電車に乗り故郷へと向かっていた。

その車内で阿賀野は

(私って昔どんな喋り方だったかな・・・?もう完全に女の子が板に付いちゃったから思い出せるか不安・・・)

と弟達に自分の現状を気取られないように昔の自分の喋り方や立ち居振る舞い方等を思い出していた。

そんな事を考えているうちに阿賀野は自分の実家のある場所の最寄り駅へとたどり着いた。辺りは既に夕焼けに包まれている時間帯であった。

「もう着いちゃったかぁ・・・・ここはそんなに変わってないなぁ・・・・そうだ。何処かで着替えないと・・・」

阿賀野はひとまず何処かで男物の服に着替えようと着替えられそうな場所を探す事にした。そして線路の高架下へと差しかかった時

「きっ・・・君・・・もしかしてはるちゃん?」

突然中年の男性が阿賀野に声をかけてきた。

(げっ・・・・やば・・・)

阿賀野はこの名前に聞き覚えがあった。『はる』とは阿賀野が以前男娼をしていた時に使っていた名前であり、この男はその時良く金を貰っては行為に及んでいた男であった。

「え〜私そんな名前じゃないしぃ〜人違いじゃないですかぁ〜?」

阿賀野は盛大にすっとぼけるが

「いいや声もちょっと違うし顔の感じも少し違うけどその首元ははるちゃんだよね!?僕には分かるよ!!戻って来てくれたんだね!??清楚な感じになってて見違えたよ!」

男はそう言って息を荒くして阿賀野にすり寄ってくる

「ちょ・・・やめてください・・・ホントに人違いですってば・・・・」

(こっ・・・怖い・・・昔はこんな事で怖いだなんて思わなかったのに・・・・)

阿賀野は男の勢いに押され、恐怖を覚えていた。

「噓はいけないよはるちゃん・・・・そういえば胸、どうしたの?パッド?それとも性別変えたの・・・?それにしても一段と可愛くなったねはるちゃん・・・・」

男は更に阿賀野に詰め寄る。

「いっ・・・嫌ぁ・・・・」

(ダメ・・・怖くて声が・・・出ない!?)

阿賀野はもう完全に男のペースに乗せられていた。

「はるちゃん、キミのせいでおじさん男の子でしか気持ち良くなれなくなっちゃったんだよ?あっ!そうかボクの為におっぱい入れて戻って来てくれたんだよね?また昔みたいにえっちな事しようよ・・・お金も前よりもっと出すからさぁ・・・ね?いいだろう?また気持ち良くしてあげるからさぁ・・・・」

そう言って男は阿賀野の腕を掴んだ。

「ひっ!」

(何で・・・?振りほどけない・・・・私こんなに力も弱くなってたんだ・・・もう・・・ダメ・・・誰か助けて・・・でもこんな事でお金稼ぎしてたんだからこうなるのも当然だよね・・・・バチが当たったのかな・・・・)

阿賀野は半ば諦めていたが、その時

「おいオッサン!その人嫌がってんだろ」

突然そんな声が聞こえる。

「べっ・・・別に良いだろ・・・この娘はエンコーで稼いでるんだからさ!」

男はその声にそう反論する。

「ふぅん・・・でもその割にはそっちが強引に何処かへ連れていこうとしてるように見えるけどな」

そう言うと暗がりから一人の少年が男と阿賀野の方へ向かってくる。

「どうなんです?おねーさん。ホントに今からそんなオッサンとエンコーしに行くんですか?そうは見えないですけどね」

少年は阿賀野にそう語りかける。

「わっ・・・・私は・・・」

阿賀野が助けて欲しいと言いかけると

「うるさい!はるちゃんはボクのモノなんだ!キミにとやかく言われる筋合いは無いぞ!!さあはるちゃん。早く行こう。」

男は阿賀野を引っ張って行こうとするが

「ほーん。今にもそのおねーさん泣き出しそうだけど本当にそれで良いのかオッサン?今ならその子を離すだけで見逃しといてやるけど?」

少年はそう言って身構える。

「だっ・・・だまれえええええ・・・・大人をナメるなよ!」

男は阿賀野を離し、鞄からナイフを取り出し、少年に襲いかかった。しかしそれをひらりとかわし、少年は男の股に思いっきり蹴りを入れた。阿賀野は腰が抜けてその場にへたり込んでしまっていた。

「ぐっおおおおおおおおおおお・・・・・」

男は股を押さえその場にうずくまる。

「お〜痛そ〜まあでも約束通り離したからこのくらいにしといてやるよ。ねえおねーさん大丈夫?ケガとかしてない?」

少年は阿賀野に手を差し伸べる。

「あっ・・・ありがとう・・・あっ!」

(あれ・・・この子・・・・代智・・・・!?)

暗がりと恐怖でよく見えていなかったがその時阿賀野はしっかりと少年の顔を見た。阿賀野はその少年に見覚えがあった。見覚えどころか忘れもしない彼は阿賀野の実の弟[[rb:阿藤代智 > アトウ ダイチ]]だったのだ。

「ん?どうしたのおねーさん俺の顔に何か付いてる?ところでおねーさんどっかで会ったこと有ったっけ?なんか見覚えがあるような無いような・・・まあそんな事今はどーでもいいやとりあえずここから離れよう。おねーさん立てる?」

彼は阿賀野に手を差し伸べた

(代智・・・少し見ない間に立派になって・・・)

阿賀野は今すぐにでも彼を抱きしめたかった。

しかし自分が彼の実の兄だと知られる訳にもいかないので阿賀野はそんな感情を押し殺し

「あっ・・・うん。ありがとう・・・ございます」

わざとよそよそしくそう言って少年の手を取った。

そして二人は高架下から離れ駅前の繁華街へやって来た。

「ここまでくれば大丈夫だね。それにしてもおねーさんどっかで会ったような気がするんだよね・・・俺の事知ってる?」

彼はそう呟く。

「たっ、多分気のせいじゃないかな!あっ、そうだ私急いでるんだ。助けてくれてありがとう!じゃあね!」

阿賀野はその場を逃げる様に走り去った。

「あっ、ちょっおねーさん・・・・気をつけて帰ってね」

そんな彼の声が阿賀野の背中の方から聞こえてくる。

(まさかあんな所で代智に会うなんて・・・それに私が援助交際をしてた事まで聞かれちゃった・・・・)

阿賀野は自分の情けない姿を見せてしまった事、そして一番聞かれたくなかった相手に自分が援助交際をしていた事をバラされてしまい、その場に居られなくなってしまったのだ。

「はあ・・・・はあ・・・・ここなら大丈夫。ここで着替えよう。」

阿賀野は駅前にある共用トイレへ入って行った。ここは以前から阿賀野が援助交際をする際によく着替えに使っていた場所であった。

そして阿賀野は着替えを済ませトイレから出てくる。

「あ〜あ〜ん"んっ!・・・これでなんとか。男の子に見える・・・・かな?でもさっき見られちゃったし・・・帰りたくないなぁ・・・・私・・・じゃなかった!俺だってバレてないと良いんだけど・・・」

阿賀野は自分の出せる極力低い声でそう呟き、重い気分のまま家へ向かった。

 

そして

「よし。着いた。」

阿賀野は自宅の前に着いていた。しかし阿賀野はカギを持たずに出て行ってしまった為インターホンを押さなければならなかった。

(もしこれで気付いてもらえなかったらどうしよう・・・それに勝手に出て行った事怒ってたりしないかなぁ・・・)

阿賀野は恐怖に似た感情に支配されて、その指は震えていた。そしてその震えた指でインターホンを押す。

すると家のドアが開き

「う〜い。新聞と宗教勧誘なら間にあっt・・・・」

中から先ほど阿賀野を助けた少年がそう言いながら現れた。

そして代智は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして阿賀野の顔をみる。

「たっ・・・大賀兄さん・・・・?」

その声を聴いて阿賀野は

(よし・・・・なんとか気付いてもらえた。)

と一安心し、久しぶりに聞く大賀という自分の本当の名前に懐かしい気持ちになる。しかしそんな安心もつかの間。代智は阿賀野に飛びついてくる。

「うわああああん!大賀兄さん今まで何処行ってたんだよおおおおおお!俺一人で凱矢と優宇の世話するのどんだけ大変だったと思ってんだよおおおおお」

代智は先ほどの威勢の良さとは全く違う一面を見せた。

(人前で泣かない代智がこんなに泣くなんて・・・・相当寂しい思いをさせてたのね・・・)

「悪かったな代智・・・全部お前に押し付けて」

阿賀野は抱きついて来た代智をよしよしとなだめる。

「大賀兄さん、ほんとに2年近く連絡も一切よこさないで一体今まで何処行ってたんだよ?毎月あんなにお金が振り込まれてくるのに大賀兄さんとは全然連絡つかないからめちゃくちゃ心配してたんだよ?それに凄く寂しくて・・・・心配で・・・」

代智はそう大賀に言った。

「ああ、心配かけてごめんな代智。ちょっと大きな仕事で忙しくって全然連絡出来なくて。でもまた休み明けたら行かなきゃいけないんだ。許してくれ」

(う〜んこんな感じの喋り方で大丈夫・・・だよね・・・?)

大賀は心の中でそんな事を思いながら代智に謝った。

「うん。大賀兄さんが俺達の為に頑張ってくれてるのは分かってる。それでも帰って来てくれて本当に嬉しいよ。凱矢と優宇もきっと喜ぶよ。あっ、俺が泣いたのは2人には秘密にしといてくれよ兄さん。」

代智は涙を拭い、そう言った。

「ああ分かった分かった。一人で頑張ってくれてたんだもんな」

阿賀野は代智の頭をもう一度撫でた。

「髪・・・・伸びたね」

代智は阿賀野の髪を眺める。

「あ、ああ。切りに行く暇もないくらいに忙しくってさ」

阿賀野はそう誤摩化して頭を掻いた。

その時代智は何かに気付き

「ん?兄さん、その腕どうしたの?何か赤くなってるけど?それにちょっと痩せた・・・?手とか細くなってない?それになんか声もちょっと変じゃない?」

と阿賀野に尋ねる。

阿賀野の手には先ほど男に強くにぎられた痕が残っている。

(やば・・・・なんとか誤摩化さなきゃ・・・・!)

「えっ!?ああこれは電車で寝てる時に出来たんじゃないかなぁ・・・?ははは・・・声が変なのは今ちょっと風邪引いててさ・・・・ごほごほ・・・」

阿賀野はそう適当に笑って誤摩化した。

「ふぅん・・・そうなんだ。まあ立ち話もアレだし上がってよ。兄さんに上がってなんて言うのなんか変だけどさ。お帰り。兄さん」

代智は阿賀野を家に迎え入れた。

「ああ。ただいま」

阿賀野は代智に連れられ家の中へと足を踏み入れる。

「ぜんぜん出て行く前と変わってないなぁ〜」

阿賀野はしみじみと家の中を見渡し、リビングへとたどり着いた。

「ところで凱矢と優宇は?居ないみたいだけど」

阿賀野は気になっていた事を聞く。

「ああ凱矢は部活。優宇は学童保育。凱矢が優宇の事迎えに行ってるからもうそろそろ帰ってくると思うよ。あっ喉かわいてるよね?お茶入れるよ」

代智はそう答え、冷蔵庫から緑茶を出した。

「ありがとう。そう言えば代智は部活行ってないのか?」

阿賀野は代智に更に尋ねる

「ああ。俺が居なくちゃあいつらに飯作ってやれないしバイトも忙しいしやってる暇ないからやめたよ」

代智は少し寂しそうにそう言った。

「代智・・・・俺のせいで・・・」

阿賀野は自分のせいで代智が部活を辞めてしまった事に負い目を感じた。

「いや、兄さんのせいじゃないよ。俺が好きでやってるだけだからさ」

代智はそう明るく振る舞った。そんな時、家のカギが開く音がして、

「ただいま」

「ただいま〜」

と2つの声が聞こえた。

「おっ、帰って来たな。じゃあそろそろ晩飯の準備だ」

代智はそう言って台所へ向かう。

そして足音がリビングに近付いて来て

「兄ちゃん飯まだ〜俺もう腹へってさぁ」

「疲れたぁ〜」

2人の少年がリビングに入ってくる。

「おう!凱矢、優宇お帰り!今日はカレーだから煮詰めてる間に風呂入ってきな。っと、それより今日はお客さんが来てるぜ」

代智はそう言って阿賀野をの方を指差した。

指差す方を見た2人は目を丸くしてその方向へ駆け出した。

「あー!たいがおにーちゃん!久しぶり!!」

「大賀兄ちゃん・・・勝手に出て行ったきりじゃないか・・・・会いたかった」

「優宇・・・凱矢・・・2人とも大きくなって・・・・俺も会いたかった・・・・」

阿賀野は優宇と凱矢を抱きしめた。

「ん?兄ちゃん、なんか柔らかくなった?」

凱矢はそう阿賀野に言った。

「えっ!!?」

そして畳み掛けるように」

「おにーちゃんなんか良い匂いするね〜」

と優宇は言った。

「きっ気のせいだよきっと・・・・ハハハ・・・それより代智が早く風呂入れって言ってるだろ?早く入ってこいよ」

阿賀野はそう誤摩化すが

「え〜たいがおにーちゃんも折角なんだし一緒に入ろうよぉ〜」

優宇はそう言って阿賀野を引っ張る。

阿賀野になる以前末っ子の優宇とは一緒に風呂に入っていた。しかし風呂に入れば自分の身体が以前とは変わっている事を知られてしまう。

「えっ、ちょやめ・・・わた・・・じゃなかった俺は後でいいから!ウチの風呂そんな3人も入れる程大きくないだろ?」

阿賀野は優宇を諭す。

「大賀兄ちゃんもそう言ってるしあんま困らせるなよ優宇。俺は後から行くから先に入れ」

凱矢もそう言った。

「ちぇ〜久しぶりにおにーちゃんとお風呂入りたかったな〜」

優宇は残念そうにそう言って風呂場へ向かっていった。

(ふう〜危ない危ないごめんね。私もう皆とお風呂入れないんだ・・・・)

阿賀野は去って行く優宇の背中を見つめて心の中でそっと呟いた。



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休日の乙(漢)女阿賀野編 中編:食卓

 優宇が風呂から上がり、阿賀野は3人の弟達と食卓を囲んでいた。

「それじゃあじゃあいただきます。」

代智が手を合わせそう言うと

「いただきます。」

「いただきま〜す!」

と凱矢と優宇も続いた。

そして阿賀野も

「い、いただきます・・・」

と続けた。

そして阿賀野はカレーを口に運ぶ。

久しぶりに家で食べたカレーはどこか昔母が作ってくれたような味がした。阿賀野は今にも泣き出しそうだったが弟達の前で泣く訳にも行かず涙をこらえる。

そして団らんとした時間はすぐに過ぎ、皆夕飯を食べ終えた。

「大賀兄さん、どう?俺の料理の腕上がっただろ?」

代智は自慢げに阿賀野に聞く。

「うん・・・・美味しくなってた」

阿賀野は代智に言った。

「そうだろ?母さんが使ってた隠し味とか必死で思い出して作ったんだぜ?」

代智はを張った。すると

「ねえねえ・・・おかあさんとおとうさんいつになったら帰って来るの?たいがおにーちゃんも帰って来たんだから帰ってくるよね?それにたいがおにーちゃんももう何処にも行かないよね?」

急に優宇が悲しそうな顔をして阿賀野に言う。

(優宇にまだ母さんと父さんの事言ってなかったんだ・・・・私が旅行なんてプレゼントしなければこんなことにならなかったのに・・・・)

阿賀野はまた自分のせいで両親が死んでしまった事を悔いた。そして

「ごめん・・・兄ちゃんまたこのお休み終わったら仕事に行かなきゃ行けないんだ・・・優宇、本当にごめん・・・」

と阿賀野は優に言う。すると

「やだ!たいがにーちゃん出て行っちゃやだ!!また皆で一緒に遊んだりしたいのに・・・」

優宇はそうダダをこねる。それを見た凱矢が

「優宇!大賀兄ちゃんを困らせるんじゃない!!大賀兄ちゃんだってなぁ俺達の為に必死でやってくれてるんだぞ!?」

と優宇を叱りつける。

「だって・・・・でも・・・・やだ!皆一緒じゃなきゃやだ!!」

優宇はその言葉を聞いて更に癇癪を起こし泣き出してしまう。

「あーまた始まっちゃったよ・・・」

凱矢はやれやれと言ったような顔をした。

「悪い。俺が母さんなんて言ったからだ。俺が優宇の事なんとかするから凱矢は食器の片付け頼んで良いか?」

代智はそれを見て優宇の側へ向かう。

「ああわかったよそれじゃあよろしく。代智兄ちゃん」

凱矢は慣れた手つきで食器を片付け始めた。

「優宇。そんな泣いてばっかり居たら大賀兄さん困っちゃうだろ?な?」

代智は優しく優宇を諭す。阿賀野はそれを見ている事しか出来なかった。

(ごめんね・・・優宇。全部私のせいなんだ。)

更に阿賀野は気負いした。そんな時、代智が少しフラ付いて壁に倒れ掛かる。

「代智!?」

阿賀野はとっさに代智を支える

「ごめん・・・大賀兄さん。大丈夫・・・ちょっと立ちくらみがしただけだから・・・・」

代智は大丈夫そうに振る舞う。

「代智・・・ちょっと休んだ方が良いんじゃ・・・?」

それでも阿賀野は心配なのでそう声をかけた。

「いや・・・大丈夫。俺がしっかりしなきゃ・・・・大賀兄さんに心配かけたくないから・・・・」

「代智・・・」

そんなやり取りを見ていた優宇は我に返ったのか

「ご・・・ごめんなさい・・・でもぼくたいがにーちゃんと一緒に居たくて・・・・」

と涙を拭ってそう言った。それを見た阿賀野は

「ごめんな。優宇に寂しい思いさせて・・・・それじゃあずっとは無理でも今日は一緒に寝てやるからさ。今はそれで我慢してくれ」

と優宇の頭を撫でる

「ほんとぉ!?たいがおにーちゃん!ありがとう!!」

それを聞いた優宇は先ほど泣きじゃくっていたのが噓のように無邪気に喜んだ。

「優宇は俺が寝かしつけとくから代智、お前はちょっと安め。な?お前が倒れたら凱矢と優宇の面倒は誰が見るんだよ・・・こんな勝手な事言って本当に悪いと思ってる。でも今の俺にできることはそれくらいなんだ・・・」

阿賀野は代智にそう言った。

「ああありがとう大賀兄さん・・・それじゃあちょっと休ませてもらうよ。」

そう言って代智は自分の部屋へと向かった。

「代智兄ちゃん、ここ最近ずっと朝はバイト昼から学校で晩はこうやって飯作ってくれてるんだ。しかも最近なんか寝る間も惜しんで勉強してるし・・・・せめて俺もバイトが出来ればなぁ・・・・」

代智が居なくなったのを見計らって凱矢は阿賀野にそう言った。

「そう・・・なのか・・・・」

阿賀野は更に自分のせいで弟達に要らぬ負担をかけさせてしまっている事を知った。

(やっぱり私皆の側居た方が良いのかな・・・?でもここに居たって私に何が出来るんだろう?それにこんな身体で・・・そんなの絶対隠し通せないよ・・・私どうしたら・・・・)

阿賀野は更にこれからの事で葛藤した。

そんなとき優宇が大きなあくびをした。

「ああ、さっき泣いて疲れちゃったか。じゃあ今日は兄ちゃんと一緒に寝ような。」

阿賀野は優宇をもう一度優しく撫でた。

「うん!じゃあぼく寝る準備してくるね!おにーちゃんも寝間着に着替えなきゃね!早く早く!!」

優宇は笑顔で阿賀野にそう言った。

(そうだ!着替え・・・どうしよう・・・・流石に目の前で着替える訳には行かないし・・・・)

阿賀野は盲点を突かれたとばかりに焦りを見せる。

「あっ、あの兄ちゃんいつもこれで寝てるんだ!だから今日もこれで寝ようかな〜なんてハハハ」

阿賀野はそんな事を言って誤摩化そうと試みた。すると

「大賀兄ちゃん、いつもそんなんで寝てんの?疲れない?別に家なんだからそんな気を張る必要も無いと思うけどな。」

凱矢は心配そうに阿賀野に言った。

(凱矢・・・気遣いありがとう・・・でも今はその気遣いが確実に足を引っ張ってるよぉ〜)

阿賀野は心の中でそう洩した

「ああ!大丈夫大丈夫!!いつもこれで寝てたら逆にこういう服じゃないと寝れなくなっちゃってさ!!だから気にしないで!さ、さあ優宇、兄ちゃんの事は良いから早く着替えておいで」

阿賀野は更に気丈に振る舞い話題をそらした。

「はーい!」

優宇はそう返事をして着替えに向かった。

「うーん・・・・兄ちゃんがそれで良いなら良いんだけどさ・・・兄ちゃん俺達に何か隠し事してるんじゃないの・・・?」

凱矢はそう言った。

「えっ!?そそそそんなぁわたっ・・・じゃなかかった俺がお前等に隠し事なんかする訳ないだろ!?」

図星を突かれた阿賀野は焦りの色を隠しきれなかった。

「わたっ・・・・?って何?仕事も工事の仕事ってだけで何処で働いてるかも教えてくんなかったし突然居なくなっちゃうし兄ちゃんホントに大丈夫?ヤバい仕事に手をつけてるとかじゃないよな?」

(ギクッ!凱矢はカンが良いからなぁ・・・どうやってこの局面を乗り切ろうかな・・・・)

阿賀野は更に図星を突かれてしまう

「ひっ、秘密裏に進められてるプロジェクトだから凱矢達にも言えないんだよ!でも大丈夫ちゃんとした仕事だから!!うん・・・ちゃんとした仕事・・・・・」

阿賀野は自分に言い聞かせるように言った。

「うーんホントかなぁ?まあ兄さんがそう言うなら信じるけど。実際兄さんの稼ぎが無いと俺達やっていけないし。感謝してるよ。うん。ただ無理だけはしないでくれよな。これ以上家族を失いたくないってのは俺も代智兄ちゃんも一緒だから・・・・」

凱矢は阿賀野を心配そうに見つめた。

(ごめん凱矢・・・皆に心配かけさせてたよね・・・・でもこの事を言って皆は私の事を今までと変わらず受け入れてくれるかな・・・・もし拒絶されたら私は何を支えにこれから戦って行けば良いのか分からない。だから知らない方がみんな幸せなんだ・・・・きっとそうだよ。)

「ああ。無理はしないようにするよ」

阿賀野は今にも自分の事を打ち明けたかった。しかしそんな事をして更に弟達との間に溝を作る事を恐れた阿賀野は真実を言えずに居る。そして2人の間に少の間静寂が流れた後

「おにーちゃーん着替えて来たよ!」

とその静寂を打ち破るように優の声が聞こえる。

「優宇!早かったな。それじゃあ俺は優宇の事寝かしつけてくるから凱矢、悪いけど食器の片付けたのむな」

「ああ分かってるよ大賀兄ちゃん。こんなのもう慣れたもんさ。それじゃあお休み、優宇」

凱矢はそう言うと洗い物を始めた。

「がいやにーちゃんおやすみなさーい!じゃあ早く行こたいがおにーちゃん」

優宇は阿賀野の手を引いて急かす。

「はいはい分かった分かったから。それじゃあ凱矢お休み」

「お休み大賀兄ちゃん。折角久々に帰って来たんだからゆっくり休んでくれよ」

阿賀野は凱矢とそんなやり取りを交わして優宇と凱矢の部屋に向かった。

「ここもあんまりかわってないなぁ〜」

その部屋には2つの勉強机と二段ベッドが置かれていた。優宇の定位置は二段ベッドの下の段だ。

「それじゃあたいがおにーちゃんも早く入って!」

優宇は先にベッドに入り阿賀野を呼んだ。

「ああ。それじゃあお邪魔します。懐かしいなぁ・・・」

阿賀野はそのベッドに郷愁を感じた。

「なあ優宇、」

「なぁにおにーちゃん?」

阿賀野は優宇に思い出話を始める。

「この2段ベッド、最初は兄ちゃんと代智で使ってたんだよ。まだ優宇が生まれるちょっと前くらいだったかな。いつも代智とどっちが上で寝るかって喧嘩してたなぁ・・・・」

「へぇ〜そうだったんだ。で、どっちが上で寝てたの?」

優宇は興味津々に聞いてくる。

「ああ結局俺が上で寝てたな。それで凱矢がここで一人で寝るようになってからは俺は自分の部屋で寝るようになったから代智が上に行って凱矢は下だったっけ」

「おにーちゃんたちは皆上が良いの?」

優宇は更に阿賀野に質問する。

「ええ?そりゃまあ高い所って憧れるだろ?」

阿賀野はそう返すが

「ぼくは下の方がいいなぁ。だって絶対上におにーちゃんが居てくれるって思うとなんか安心するから・・・」

優宇はそう言った

「そうか。優宇はホントに甘えん坊だな」

阿賀野はまた優宇の頭を撫でた。

「やっぱりたいがおにーちゃんいい匂いする。おかーさんみたいな匂い・・・それにあったかい」

優宇はそう言って阿賀野に抱きつく。

「こら!優宇!って・・・まあ今日くらい・・いい・・・かな・・・」

阿賀野は優宇を抱きしめる。

「おにーちゃん・・・おかーさん・・・おとーさんみんな・・・・いっしょに・・・・むにゃむにゃ・・・」

優宇はうとうとしている。

(さっき泣いて疲れたのね・・・私も今日は色んな事があって・・・眠たい・・・でもまだ寝ちゃ・・・・・・・・・・)

優宇を寝かしつけたらこっそり抜け出して凱矢の手伝いをしてやろうと思っていた阿賀野だったがその日の疲れからかそのまま眠りに落ちてしまった

 

・・

・・・

・・・・

「・・・・よう・・・・」

誰かの声がする。

「んん〜むにゃ・・・あと10分だけ・・・・」

阿賀野はそんな事を言うが

「またそんな事言って!おはよう!阿賀野姉ちゃん!」

その声の主は凱矢だと分かる。しかしその言葉に違和感があった。

「えっ!?凱矢今なんて!?」

阿賀野はそんな突然の事に耳を疑い聞き直そうとする。

「え?だからおはようって」

「いや、そっちじゃなくてその後」

阿賀野はそう聞き返す

「だから阿賀野姉ちゃんって」

(何で私の事バレてるの!?)

「凱矢・・何言って・・・俺は阿賀野なんて名前じゃ・・・」

阿賀野はそう訂正しようとするが

「何言ってんの阿賀野姉ちゃん?また俺をからかおうったってそうはいかないよ。さあ朝飯できてるから早く降りてきな。母さんも待ってるよ。じゃあ俺先に朝飯食ってくるから。早く来ないと姉ちゃんの分まで食っちゃうからな!」

そう言って凱矢は部屋を出る。

「一体どうなってるの・・・・?」

阿賀野は部屋を見渡す。

「ここは・・・・私の部屋・・・?でも何か違う」

部屋の構造や家具に見覚えはある。しかし部屋の配置が明らかに女の子の部屋だ。そして部屋を見渡して置かれていた姿鏡に映った姿は大賀の時の姿ではなく、パジャマ姿の阿賀野だった。それに今よりもっとほっそりとしていて女の子らしい体型をしている。

「こっ・・・これどうなってるの・・・・なんで私・・・・」

そして股にいつもある感覚が無い

「無い!女の子になってる・・・・なんで・・・」

そんな自信の身体の変化に戸惑っていると

「阿賀野〜早く起きなさい!大学今日からなんでしょ?遅刻しちゃうわよ〜いつまでも艦娘の時の気分で居ちゃダメよ」

と下の階から声が聞こえる。阿賀野はその声にとても聞き覚えがあった。

「か・・・母さん?」

そう忘れる筈も無い。それはまぎれもなく母の声だった。

「母さん!」

阿賀野は居ても立っても居られなくなり、その声の聞こえる場所へと走った。

そしてリビングのドアを開けると

「阿賀野姉さん、そんな足音立てて走っちゃ危ないだろ」

とパンを食べながら喋る代智

「姉さん今日は早かったね」

「あ〜おねーちゃんおはよ〜!」

とこちらに話しかけてくる凱矢と優宇そして

「か・・・・母さん・・・」

そこにはまぎれもなく阿賀野の母の姿があった。

「阿賀野、早くご飯食べちゃいなさい。着替えの時間無くなっちゃうわよ?それになんですかその胸の開いた寝巻きは!女の子なんだからもっとちゃんとして寝なさい!」

彼女は阿賀野にそう言った。

「えっ・・・女・・・の子・・・・?」

阿賀野が聞きかえすと

「ええそうよ!いくら弟が多いからってそんな事してちゃダメよ?」

と彼女は言う。

「本当に母さん・・・なの?」

阿賀野はそう聞く。

「何言ってるの?おかしな娘ねぇ・・・」

彼女はそう答えた。そして阿賀野は考えるよりも先に母の胸へと飛び込んでいた!

「母さん!!ごめんなさい!!!ずっとずっと会いたかった!!私寂しくて・・・・・辛くて・・・・」

阿賀野から様々な感情が溢れ出す。

「よしよし。よく頑張ったわね・・・それに・・・・・」

彼女は阿賀野の頭をなでそう言った

そんな時急に阿賀野の意識が薄れ

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

「母さん!!」

阿賀野はベッドの上で目を覚まし、横では優宇が寄り添って寝息をかいている。

「夢か・・・・そりゃそうよね・・・・私寝ちゃってたんだ。父さんと母さんが死んでなかったらあったかもしれない未来か・・・・・ちょっと変だったけど」

そんな事を考えていると胸に感触がある事に気付く。

「んあっ♡もう!優宇・・・そんな強く触らないで・・・ってええ!?」

寝てる間にサラシが緩んでいたらしく阿賀野の胸に優宇が顔を埋めている。

「もう!優宇のエッチ!!なんとか離れてサラシ締め直さなきゃ・・・」

阿賀野がそんな事を小声で言っていると

「むにゃ・・・むにゃ・・・・おかー・・・さん・・・」

優宇がそう寝言を言いながら更に強く胸に顔を埋めた

(そっか・・・優宇も母さんの夢を・・・・しょうがない。ちょっとだけこうしといてあげる。)

阿賀野はそんな事を思いながら優宇を起こさないように優しく撫た。

それからしばらくして優宇が寝返りを打ち胸から離れたので

「良し!これでベッドから出れるわね。それじゃあこっそりと・・・・」

阿賀野は優宇を起こさないようにベッドから出た。

「今何時だろう?」

阿賀野が部屋の時計を見ると時計は夜中の2時を指していた。

「私結構寝ちゃってたのね。今日は色々汗かいちゃったし今なら誰もいないだろうしお風呂入っちゃおうかな・・・?」

阿賀野はこっそりとリビングとその先にある風呂場を目指した。リビングには灯りは点いていない。

「よし!皆寝てるみたいね。さあそれじゃあ今のうちにお風呂に入っちゃおう。」

阿賀野は湯を沸かし直し、風呂が温まったのを確認すると。

「ふわぁ・・・今日は色々あって疲れたぁ・・・・胸もずっと締め付けっぱなしでしんどかったし・・・・」

そんな時脱衣所にある鏡で自分の姿をふと見る。

「確かにはたから見れば女の子だけど・・・」

阿賀野は自分のクビと肩に触る。

「ここは男だった時からあんまり変わってないのよね・・・やっぱちょっとゴツいかな・・・?」

そして胸に目をやる。

「最初は半信半疑だったけど完全に胸の中まで感覚がある・・・本当にあの特殊シリコン胸と完全に一体化してる・・・?工廠の技術って凄い・・・・それに、んっ♡入れたときより少し大きくなった?」

阿賀野は胸を触ってみる。胸を膨らませた当時は触っても変な感触がするだけだったが今となってはあたかも始めから本物の胸だったかのような感覚がある。

「なにしてんだろ私・・・さあ早くお風呂入っちゃわなきゃ!」

阿賀野ははっと正気に戻りそそくさと風呂に入った。

 

阿賀野が風呂に入ってしばらくした頃怠そうな顔をした代智が部屋から出て来ていた。

「あ〜ちょっと寝すぎちゃったな・・・今日も資格の勉強しなきゃ・・・とりあえず明日は休みだから4時・・・いや5時くらいまでやるか・・・」

代智が寝ぼけ眼を擦ってリビングにやってくる。

「ん?風呂に灯りが点いてる?兄さん風呂入ってんのかな。あっ!そうだ!」

代智は何かを思い出し、台所に置かれてあったビニール袋からシャンプーを取り出した。

「シャンプー切れてたんだった。兄さんに言ってやらなきゃ」

代智はシャンプーを片手に風呂場へと向かった。そんな事を微塵も知らない阿賀野は

「ふんふんふ〜ん♡汗かいた後のシャワーって最高♡」

と久々の実家の風呂を堪能していた。

そんな時である、風呂場の戸が音を立てて開かれ

「兄さんシャンプーきら・・・し・・・・・・・・・・・・・・・・すみませんでしたああああああああああああ!!!」

代智が開けた戸の先に居たのは兄ではなく長髪で胸の大きな女性だったので代智は驚いてその場を逃げ出した。

「きゃっ!?あっ違っちょっ!代智!これは違うの・・・じゃ無かった違うんだ!!!待って・・・待ってくれええええ!」

阿賀野のしどろもどろな叫び声が夜に空しく響いていた。



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休日の乙(漢)女阿賀野編 後編:阿賀野と大賀の間で

 変わり果てた姿を実の弟に見られてしまった阿賀野はただただ震えていた。 

「見られちゃった・・・・どうしよう・・・・私・・・・」

阿賀野はひとまず風呂の戸を閉め、戸にもたれかかった。

(どうすれば良いの・・・・?代智に話す?いや何処から・・・それにそんな事したら代智は私になんて言うか・・・・それに私自身そんな事言える勇気も覚悟も無いし・・・そうだ!逆に考えるのよ阿賀野!!何事も無かったかのよ〜に振る舞うのよ!!落ち着け〜私・・・いや俺・・・!そう。俺は何も見なかった・・・・代智も何も見ていない・・・・代智も何も見ていない・・・・よし。これで大丈夫)

阿賀野はそう自分に言い聞かせ

「さあ早い所風呂上がって寝るか!」

と言い風呂を出て凄まじい勢いで胸にサラシを巻き、髪をくくり何事も無い様に装った。

 

その頃代智はというと

「なっ・・・なんで家の風呂に知らない女の人が居るんだよ・・・・女の・・・人?なんかそれにしては下半身に見覚えのあるナニかがぶら下がってた気が・・・・・」

代智はただただ直面した状態に混乱していた。

「とりあえず走って風呂場を離れちゃったけど・・・・一体あの女の人は一体誰なんだ・・・・いやでも確かにあの女の人俺の名前を呼んでたぞ・・・?しかしあの人どっかで会ったような気が・・・それに風呂場の前の洗面所に脱ぎ散らかされてたのは兄さんの服だったし・・・一体どういうことなんだよ?ああもうわかんねぇ!」

代智は頭をくしゃくしゃと掻いた。

「でもあのまま放っておく訳にも行かないよな・・・とっ、とりあえずもう一回風呂の様子を見に行こう。うん。決して女の人の裸が気になるとかではなく家の安全の為だ!」

代智はそう言い聞かせ風呂場へと戻った。するとそこには何事も無かったかのように洗面所で阿賀野が身体をタオルで拭いていた。

「おっ、代智?どうしたんだこんな夜遅くに?」

阿賀野は何事も無かったかの様に代智にそう声をかける。

「ああ兄さん。いやちょっと勉強をしようかなっておもっ・・・て・・・ってそうじゃなくて!!風呂!さっき風呂に女の人が居たんだよ!!」

代智は阿賀野にそう言った。

「女の人ぉ?夢でも見てたんじゃないのか?」

阿賀野はそうすっとぼけるが

「いやいやいや俺本当に見たんだって!!風呂で気持ち良さそうにシャワー浴びてる女の人」

代智は阿賀野にそう言い張る。

「ええ〜代智風呂になんか来てないぞ?やっぱり気のせいだって!きっとそうだって!!」

阿賀野は念を押して代智に言った。

「そんな訳無いだろ!!だってそこに俺が落としたシャンプーのボトルがあるだろ?さっきそれ俺が落としたんだけど?兄さんなんか怪しいな・・・?」

代智は阿賀野の言動に疑いを持ち始める。

(やばっ・・・でもこのまま切り抜けなきゃ・・・)

阿賀野はそう思い

「ああ〜俺もう眠いし寝るわ〜じゃあ勉強頑張ってな〜」

と阿賀野は脱ぎ散らかしていた服をそそくさと着ようとするが

「ちょっと待って兄さん、胸に巻いてる包帯、それどうしたの・・・・・?それになんか体つき丸くなった?手は細くなってたから痩せたと思ってたけど・・・」

(やっ・・・・ヤバい・・・・誤摩化さなきゃ・・・・)

「あ、ああコレは仕事でちょっとケガしちゃっててさ・・・」

阿賀野は必死に誤摩化そうとするが

「えっ!?それで風呂入ったの!?大丈夫なの兄さん」

代智は阿賀野を心配して詰め寄ってくる。

「う、うん大丈夫だから・・・心配しなくて良いよ」

阿賀野は代智と距離を取ろうと少し後ずさる。

「兄さんホントに大丈夫なの?ちょっと見せてくれる?」

代智はサラシに触ろうとする。

「これホントに包帯の中グロい事になってるから!!見たらトラウマになっちゃうから!!」

阿賀野は必死で抵抗するが

「いやいやそれこそそんな状態で風呂入っちゃいけないだろ兄さん!!とりあえずなんか消毒とかしなきゃ!!いいから早く見せてくれよ!!」

さらに代智は阿賀野に詰め寄る。

「いや・・・だから大丈b・・・きゃっ!!」

阿賀野は後ずさろうとするが、さっき代智が落としたシャンプーのボトルにつまずき仰向けにひっくり返る。

「兄さん!!」

代智はそれを受け止める。

「あっ・・・ありがとう代智・・・・あっ!?」

その受け止めた時の衝撃で阿賀野の胸に巻かれるサラシの締めが甘かったのかサラシが緩み、胸の弾力でサラシがどんどんと緩んでいった。そしてどんどんと阿賀野のバストが露になってゆく。

「に、兄さん!?むっ・・・胸・・・?」

「きゃあああああああ見ないでえええええええ!!」

阿賀野は胸を隠して悲鳴を上げる。

「おわあああああああ!ごごごごめん!!ってえっ!?えええええええ!?兄さん!?」

代智もそれに驚き声を上げた。

(もう誤摩化しきれない。こうなったらもう言うしか無い!)

阿賀野は胸ははだけていたが腹を括った。

「俺・・・いや私艦娘になっちゃったの!!!!!」

阿賀野がそう叫ぶと代智は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしてすこし黙り込んだ後

「えっ・・・?兄さん何言ってんの・・・・」

代智は阿賀野の言葉を理解し切れていなかった。

「ごめん代智・・・・全部話すからリビングでちょっと待ってて・・・」

阿賀野はそう言って立ち上がり代智から離れた。

「う・・・・うん」

代智はもう何がなんだか分からなくなりただただ阿賀野の言う事に従い洗面所から出て行った。

そして阿賀野はふと洗面台に映った今の自分の姿をまじまじと見つめる

(私・・・・もう大賀じゃないんだよね・・・・こんな身体になった私を見ちゃった代知はもう私の事兄さんだなんて呼んでくれないよね・・・・)

阿賀野は自らの姿が以前の自分の物からかけ離れてしまっている事を痛感した。

(でもこうなった以上はしっかり話さなきゃ・・・・もう二度と私の事を兄さんって呼んでくれなくたっていい。円を切られたって良い・・・私は私なんだ・・・だから今の私の・・・・阿賀野でもあって大賀でもある今の私の覚悟を・・・思いを打ち明けるんだ!)

阿賀野は鏡に映る自分にそう言い聞かせて覚悟を決め、胸にさらしを巻かずに脱ぎ捨ててあった服に袖を通してリビングへと向かった。

「おっ・・・お待たせ・・・」

「あ、ああ・・・・」

代智は兄にある筈の無い胸の大きな膨らみを見て困惑した表情を浮かべ、二人の間には気まずい雰囲気が流れていた。

「あの・・・兄さん・・・なんだよね・・・?」

代智は恐る恐る尋ねる。

「う・・・・うん。正真正銘阿藤大賀・・・・だったって言うべきなのかな・・・?今は阿賀野型軽巡洋艦1番艦阿賀野って呼ばれてるけど・・・・」

阿賀野は頷いた後そう言った。

「本当に兄さんなんだね・・・?色々聞きたい事はあるんだけど何でそんなことになったの?」

代智は単刀直入にそう聞いた。

「こんな姿を見ても兄さんって呼んでくれるんだ・・・ちょっと安心した。できれば凱矢と優宇には秘密にしておいて欲しいんだけどえーっとね・・・・話せば長くなるんだけど代智達の為・・・かな・・・?」

そして阿賀野は自分がこうなった一部始終を話し始めた。

「最初は昼間はコンビニ夜は工事現場で働いてたんだけどそれだけじゃお金が足りなくて・・・そんな時私に艦娘の適正があるって判ってもし艦娘になれば兄弟の生活は保証するって・・・それでこうなっちゃったの・・・もう考え方も身体もずいぶん変わったしそれに喋り方も昔の喋り方を思い出すので精一杯で以前の自分かって言われたらちょっと怪しいんだけどね・・・でも今でも代智達を想う気持ちだけは変わってないの・・・それだけは判って欲しい・・・かな」

「兄さん・・・・俺達の為に・・・だから兄さんが居なくなってから急に口座に毎月まとまった金が入って来てたのか」

代智は少し納得した。

「でもね・・・代智・・・それはあくまで表向きの話・・・私が阿賀野になった理由はそれだけじゃないの・・・それと謝らなきゃいけない事もあるの。」

「に、兄さん・・・?」

阿賀野のただならぬ表情に代智は唾を飲んだ。

「確かに建前として代智達を生活させてあげなくちゃいけない。父さんと母さんを死なせてしまった一因を作ってしまった自分自身からの罪滅ぼしっていうのがあるんだけど本当は逃げたかったの・・・」

阿賀野の口からそんな言葉がこぼれた。

「逃げたい・・?何から?」

代智はそう聞く

「色々・・・かな。父さん母さんが死んでからあなたは長男なんだから・・・とかあなたは家族を支えて行かなきゃ行けないなんて言う事をまわりの大人にいっぱい言われたの。そのプレッシャーが一番大きかったの。」

阿賀野はそう言って髪をほどいた。

「代智・・・この髪型何処かで見た覚えは無い?」

阿賀野はそう代智に聞く

「もしかして夕方に会ったおねーさん!?どっかで見た事有ると思ったら兄さんだったなんて・・・」

代智は驚きの声を上げた。

「それでね・・・それだけじゃなくてアルバイトをしてた頃自分のバイト代だけでは4人で生活するのがやっとで代智を高校にも入れてやれない。そんな時バイト先の先輩に・・・その・・・身体を売る仕事を紹介されたの・・・・ごめんね代智・・・そんな方法でお金を荒稼ぎしてたの・・・・」

「そういえばあのオッサンが援交がどうとか言ってたな・・・・でも!それは俺達の為にやってくれたんだろ!?」

代智は必死に阿賀野をフォローしようとするが

「それでもそんな職に足を突っ込んでいたのはもう変えられない事実よ。それにそんなお金儲けで代智達の生活を支えていた事・・・それに・・・それに私のせいで代智達から父さんと母さんを奪ってしまった事・・・そんな罪悪感・・・かな?代智達と一緒に居るとずっとそんな考えが当時の私の中に巡って来てね・・・・ここにはもう居られない。居ちゃいけないって思ったんだ。艦娘になればそんな考えや罪悪感から解放される。そして代智にご飯を食べさせてやれる・・・そう思って艦娘になったの・・・それで代智たちに艦娘になった姿を見られるのも怖くてもうここには帰ってこないつもりだったんだけどね・・・」

阿賀野はそう語った。

「兄さん・・・俺達のせいでそんな・・・」

代智はそう言った。

「代智たちのせいなんかじゃないよ・・・元はと言えば私が父さんと母さんを・・・」

阿賀野がそう続けようとしたとき

「このバカ兄!兄さんはいつもそうだよ・・・いっつもいっつも出来もしないのに一人で抱え込んでさ・・・・!それは言うなっていったじゃないか!!」

代智は怒りの声を上げる

「だ・・・代智・・・!?」

阿賀野は滅多に怒らない代智のそんな声に驚きを隠せなかった。

「なんで俺に・・・俺達にそうなる前に少しも相談してくれなかったのさ!?俺だって・・・俺だって兄さんばっかりに負担かけてるのは悪いって思ってたよ!それなのに俺に高校くらいは出なきゃいけない。大丈夫俺がなんとかするからって言ったのは兄さんじゃないか・・・!それなのに・・・それなのに・・・・こんな事になってるなんて・・・・」

代智は溢れ出る感情を押さえられなくなり泣いた。

「代智・・・・ごめんね・・・・ごめんね・・・・」

そんな代智を見て阿賀野も泣いた。

「兄さん・・・それに艦娘だなんて・・・それこそ命がけの仕事じゃないか!兄さんが死んじゃったらそれこそ俺達はどうすりゃ良いんだよ!?」

代智は阿賀野の肩をつかみ声を荒げる

「大丈夫・・・私が沈んでも手当が入る事になってるから・・・」

阿賀野はそんな代智の迫力に押され目をそらす

「金の話じゃないんだよ!兄さんが死んだら凱矢と優宇だって悲しむだろ!?それに急に居なくなったんだから尚更じゃないか・・・・俺は凱矢と優宇になんて説明すりゃ良いんだよ・・・・!!」

代智はそう言って肩を落とす。

「私だって・・・私だって沈むのだって皆に会えなくなるのは怖かったよ・・・・!それにどんどん男だった時の感覚が消えていってこのままいけば代智達の事や父さん母さんの事も忘れちゃうのかもしれないって思ったら怖くて・・・・」

阿賀野はそう言って目を伏せた。

「ご・・・ごめん兄さん・・・言い過ぎた・・・」

代智もそれを見て少し阿賀野から離れた。

「でも今は違うの。」

阿賀野は代智を見据えた。

「今は・・・こんな私の事を阿藤大賀としても阿賀野としても受け入れてくれた人が居てその人がお前はお前だからって言ってくれたから。だからこうやって帰ってくる事が出来たの。でも艦娘になった姿を見られるのはどんな反応されるかわかんなかったし今でも怖いけど・・・。でもそのおかげで・・・その人や代智達を含めた皆を守りたい。私達みたいな悲しい思いをする人を減らせるようにしたいって心の底から思えるんだ。」

阿賀野は胸を張ってそう言った。

「そうなんだ。決意は固いんだね兄さん。それなら俺が口を挟む事も無いし、何より結局は俺達の為だもんね。そんなになってまで俺達の為に戦ってくれてるんだからまずはありがとうって言うよ。それに俺だって兄さんがどうなったって俺達の兄さんだと思ってるよ。だからせめて自分だけで抱え込むのはやめてここに居ちゃいけないなんて言わないでくれよ・・・ここはいつまでも兄さんを含めた俺達家族の家だからさ。俺が家の事はなんとかするから。」

「代智・・・・」

阿賀野は何かから解放されたようなそんな気分になった。

「ただ・・・」

代智がそう続ける

「優宇に寂しい思いをさせた償いだけはしてもらおうかな・・・?それでいつ頃帰るつもりなの?兄さん」

代智がなにやら不敵な笑みを浮かべる。

「えっ・・・・えーっと後2〜3日は居る予定・・・だけど。」

阿賀野は呆気にとられそう言った。

「それなら・・・ごにょごにょ・・・・」

代智は阿賀野に耳打ちをした。

「ええ〜!!私に母さんの真似をして優宇と話をしろですって!?」

「兄さんのバカ!声がデカいよ!」

阿賀野が驚きの声を出すがそれを即座に諌める

「でも何でそんな事・・・これ以上私に噓を重ねろって言うの?」

阿賀野は戸惑っていた。

「確かに優宇に噓を付く事になってしまうかもしれない。でもまだ優宇は母さんや父さんが死んだっていう事を認識出来てないんだよ・・・思い出すたびに母さん母さんっていう優宇の姿を見るのは俺や凱矢だって辛いんだ。だからせめて母さんの代わりに母さんとして優宇に別れを告げて欲しいんだよ。これなら誰も傷つく事もない。それに優宇だって時が来ればわかってくれるよ。それまでの優しい噓さ。」

代智はそう言った。

「でも何でそれを私に・・・?」

阿賀野は首を傾げる。

「夕方に会ったときから思ってたんだけど、今の兄さん。その・・・アレだ。母さんに似てるよ。」

代智は恥ずかしそうにそう言った。

「そ・・・そう・・・かな・・・・?」

阿賀野も恥ずかしそうに言った。

「母さんの服ならちょっと残ってるからさ、それでも着て優宇に少しでいいからその姿で話してやって欲しいんだ。そうだな・・・せっかくだし明日の夜決行しよう!」

代智はそう言って拳を固めた。

「うん・・・わかった。優宇のため・・・だもんね・・・・」

阿賀野はこれが正しい事ではないと思いつつ頷いた。

「ありがとう兄さん。凱矢はなんとかして明日はあの部屋で寝ないように誘導するから。それじゃあ頼んだよ。ふわぁ〜眠っ・・・今日は色んな事で頭使っちゃったから今日は勉強すんのヤメヤメ。それじゃあ兄さん。俺寝るから。お休み。」

代智は大きなあくびをしてリビングを後にした。

「うん・・・お休み」

阿賀野はそう返した。

「あっ、そうだ。兄さんの部屋、まだ入ってないだろ?最低限の掃除はしてるけど出て行ったときのままにしてるから。」

代智は去り際に思い出したようにそう言った。

そして一人残された阿賀野は

「私も寝ようかな・・・・今から優宇のベッドに入ると起こしちゃうかもしれないから久しぶりに自分の部屋で寝よっと。

阿賀野はそう呟いて自分の部屋へ向かい部屋の扉を開いた。

「2年くらいぶり・・・かな?本当になにも変わってない・・・懐かしいなぁ」

阿賀野は部屋をきょろきょろと見回した。そしてベッドに横になる。

「このベッドも久しぶり・・・ん?あれは・・・」

阿賀野がふと天井を見上げると何やら紙切れのようなものが天井に張り付いていた。

「なんだろ・・・?あれ」

阿賀野は部屋の隅に置いてあった洞爺湖と書かれた木刀でその天井に張り付いた紙切れを引っ掛けて天井から剥がす。

そしてその紙切れははらりとベッドの上へ落ちた。

その紙切れには拝啓いつかの阿藤大賀様へと書かれていた。

「なんだっけこれ・・・?」

阿賀野は首を傾げ折り畳まれていたその紙を開く。そこにはこう書かれていた。

 

拝啓いつかの阿藤大賀様へ

あなたがこのメモを読んでいると言う事はあなたは家に帰って来たと言う事ですね。もしそうならば今のあなたはどうやら俺達の事を忘れていなかったと言う事ですね?そしてあなたは自分が艦娘になった事を弟達に打ち明け、弟達はあなたを阿藤大賀として迎え入れてくれたと言う事でしょうか?そうなら嬉しい限りです。そんな今のあなたは艦娘としての職務を全うしているのでしょうか?それともそんな事は既に終わっていて家に帰って来たのでしょうか?どちらにせよこれを読んでいると言う事は、あなたが家族の事を忘れていないと言う事だと思っています。もしそうならこれからも代智、凱矢、優宇を大切な家族を幸せにしてあげてください。そして身体に気をつけて弟達の為にも元気で居てください。そして何より自分自身を忘れないでください。

阿藤大賀より。

 

阿賀野はそんな紙切れを読み終えた時クスっと笑った

「ふふっ・・・そういえばこんなの書いて出て行ったっけ・・・・もう二度と帰らないとか言っておきながら未練タラタラじゃない・・・情けないなぁ私・・・」

阿賀野はいろいろな感情が入り交じり、目から涙をこぼした。

「ごめんね大賀。今の阿賀野は結局未練も捨てられなかったし結局自分からは自分が艦娘になっただなんて弟達には言えない弱虫のまんまだよ・・・でも大丈夫。今の私は阿賀野だけどしっかり大賀だから・・・・」

阿賀野は自分に言い聞かせるようにそう言った。

「ふわぁ・・・・私ももう眠いや。寝よ。」

阿賀野は懐かしいベッドの感触ですぐに眠りへと誘われた。

 

そして次の日

「兄さーん入るよ」

という代智の声で阿賀野は目を覚ました。

「兄さん!このサラシ置きっぱなしだったじゃないか!それに服とか入れてたキャリーバッグも玄関に置きっぱだったし人に秘密にしといて欲しいって言ってたのにバレたらどうすんのさ!?抜けてる所も全然変わってないね!!」

代智は皮肉混じりにそう言ってキャリーバッグとサラシを阿賀野に手渡した。

「あ、ありがとう・・・私変わってない・・・?」

阿賀野は恐る恐る聞く

「ああ変わってないよ。喋り方とかは全然変わったけどそのまぬけな所とか独りよがりなところは全くね」

代智はそう言った

「ふふっ・・そう。ありがと。代智」

阿賀野はそう言って笑った。

「ああもう!調子狂うなぁその喋り方・・・まあいいやもう朝飯できてるから降りて来てくれよ。もちろんその胸はなんとかしてからね。」

代智はそう言って戸を閉めた。

「代智に変わってないって言われた・・・良かったぁ」

阿賀野は少し安心した。

そして胸を昨晩のようにはだけないようにキツくサラシで縛り上げ、代智達が待つリビングへ向かった。

「おはよう」

阿賀野は声を低くして言う

「兄ちゃんおはよう。昨日は良く眠れた?」

凱矢がそう声をかけてくる

「ああ。よく眠れたよ」

阿賀野はそう頷く

そして優宇が阿賀野に寄ってくる

「たいがおにーちゃん・・・よかったぁ・・・起きたら居なかったからまた居なくなっちゃったかと思ったよ・・・」

優はそう言った。

「ごめんな優宇。ちょっと自分の部屋が気になってさ。」

阿賀野は優宇の頭を撫でた。そこに代智が皿を持ってやってくる。

「兄さん。はい、ベーコンエッグ。冷めないうちにどうぞ。」

代智はそう言って皿をテーブルに置いた。

「ありがとう代智。それじゃあ食べるか。」

「食べるも何も皆兄さん待ちだよそれじゃあ凱矢と優宇も食べな。ほい。」

代智は阿賀野以外の分の皿もテーブルに置いた。

「それじゃあ頂きます。と」

代智がそう言って手を合わせると

他の3人も

「いただきまーす」

と声を合わせて朝食を食べ始める。

(やっぱり家族と食べる朝ご飯はおいしいや・・・)

阿賀野はそう思いながらベーコンエッグをかき込んだ。

 

そしてその日の深夜・・・

「兄さん、準備は出来てる?」

「う・・・うん。」

代智と阿賀野は母の使っていた部屋に居た。

「代智、どう・・・かな?ちょっと髪型も母さんに似せてみたけど・・・」

阿賀野は母の着ていた服を身に纏っていた。

「ああ。似合ってるよ。本当に母さんみたいだ。」

代智はそう言って頷いた。

「ただ・・・・ちょっと胸がキツい・・・・かな?」

阿賀野はボソっとそう言った

「えっ!?兄さん今母さんより胸あるって事かよ・・・いやなんでも無い・・・少しの辛抱だから我慢してくれ・・・・凱矢には俺の部屋で寝てもらってるから。今あの部屋には優宇しか居ないよ。俺はこっそり後ろから見守ってるから。それじゃあ決行だ!」

代智がそう言うと2人は優宇の眠る部屋へと向かった。

(う〜ん請け負ったはいいけど緊張する・・・・私の母さんの真似・・・気付かれないかな・・・?)

阿賀野は不安なまま優宇にを揺り起こした。

「優宇ちゃん・・・・起きて」

(大丈夫よ阿賀野・・・母さんはこんな感じだった筈)

すると優宇は目を開いた

「う・・・・う〜ん・・・誰・・・・?」

優宇はそう言って目を擦ったそして見開いた目で阿賀野を見た。

「優宇ちゃん、大きくなったわね。」

阿賀野はそう言って優宇の頬を撫でる

「おっ・・・・おかーさん!?」

優宇は声を上げた

「しーっ・・・静かに・・・今お母さんがここに居る事はみんなにはナイショなの。急にいなくなったりしてごめんね優宇ちゃん。」

阿賀野はそう言って優宇の唇に指を当てた

「う・・・うんわかったよおかーさん。僕寂しかったんだよ?これからずっと一緒に居られるの!?おとーさんは!!!!?」

優宇は阿賀野を質問攻めをする

「ごめんね優宇ちゃん。お母さんこれからまた行かなきゃいけないの。もう帰ってこられないかもしれない。だから優宇ちゃんにお別れを言いに来たのよ」

「行くって何処に?僕も連れていって!!」

優宇はそう言って阿賀野を抱きしめる。

「優宇ちゃん・・・そこはとっても遠い遠いところで優宇ちゃんは連れていけないの・・・」

阿賀野は優宇から目をそらす。

「やだやだ!!せっかくおかーさんが帰って来たんだからそんな所行くのやめよ!?僕と一緒に居てよ!!」

優宇はそう言ってダダをこね始める。

「優宇ちゃん・・・そんなずっとダダをこねてばっかりで兄さん達を困らせてばっかりじゃいけないのよ?優宇ちゃんわかって・・・」

阿賀野は優宇にそう優しく諭す

「でも・・・だって・・・・皆おかーさんの事待ってるに違いないよ!」

優宇はそう言った。

「ごめんなさい。お母さんだって皆と一緒に居たい。でもお母さんもうここには居られないの。でも大丈夫。私はいつだって優宇のたちの心の中に居るわ。」

「こころの・・・なか?」

「ええ。辛い時悲しい時はお母さんの事、お父さんの事思い出してね。きっとそこに私達は居るわ。それにどれだけ離れていてもお母さんは優宇ちゃんの事きっと見守ってるから。だからいい子で居てね」

阿賀野は優宇の頭を撫でた。

「うん!わかった!僕いい子で居る!」

優宇はそう言って深く頷く

「ありがとう優宇ちゃん。これでお母さん安心して行けるわ。それじゃあ優宇ちゃん。お母さんから最後のお願い。60秒間目をつぶっててくれる?」

「うん!」

「優宇ちゃんはいい子ね。それじゃあバイバイ優宇ちゃん。元気でね」

「バイバイおかーさん!僕頑張るよ!」

阿賀野は目をつぶる優宇の額にキスをして部屋を後にした。そして代智が待機していたリビングへ大急ぎで向かった。

「はあ・・・・はあ・・・・・・これで良かったのよね・・・?」

阿賀野は息を上げる。

「ああ。これで当分は大丈夫だと思うよ。きっとそのうち優宇が死を理解出来るようになる日まで持てば良いけどね。無茶なお願いに付き合ってくれてありがとう兄さん。それで・・・その・・・・もう一個お願いがあるんだけど・・・」

代智はなにやらもじもじしている

「何?私にできることなら。」

阿賀野は耳を傾ける

「えーっと・・・その・・・・折角そんな恰好なんだし・・・・あの・・・頭・・・撫でてくれないかなって。」

代智は恥ずかしそうにそう言った。

「良いよ。」

阿賀野はそう言って代智を抱き寄せた。

「バッ!そこまでやれって言って無いだろ!!」

「良いの良いの。今だけは私が母さんだと思って。代智・・・私が居ない間一人で頑張ってくれてくれてたんだもんね。寂しかったよね?」

阿賀野は代智の頭を撫でた

「やめ・・・それ以上は・・・泣いちゃうからぁ・・・・」

代智は必死で涙をこらえていた。

「私の胸の中で今日は思いっきり泣いて良いよ。私の分も優宇や凱矢の世話をしてくれて。ありがとう代智。」

「うっ・・・うわああああああん!!!ダメだなぁ・・・俺・・・・もう泣かないって決めてたのにっ・・・兄さんが帰って来てから泣いてばっかりだよぉおおおおおおお」

代智は阿賀野の胸の中で思いっきり泣いた。

「よしよし。これは大賀としての私の気持ち。これからも2人のこと任せる事になっちゃうと思うけど私は私で頑張るから・・・2人のことよろしくね」

阿賀野はそう優しく代智に語りかけた。

「うん。兄さん・・・ありがとう・・・俺頑張るから!!」

代智はそう言い阿賀野から離れた。

「代智。もう、良いの?もっと甘えてくれても良いんだよ?今日は私がお母さんだから」

「本当にすぐ調子に乗るところも兄さんのまんまだ・・・兄さんは兄さんだよ。それに良い年こいて胸のある兄貴の胸の中でわんわん泣いてるようじゃ弟達に笑われるからね。ありがとう兄さん。兄さんこそ無事で居てくれよな」

「ふふっ!そう・・・だよね・・・うん。約束する!」

こうして2日目の夜も更けて行った。

そして3日目もすぐに過去り、4日目の早朝。阿賀野はこっそり家を抜け出す事にした。

「よしそろそろ始発の時間だけど今度こそ皆寝てるわね・・・それじゃあ皆元気でね・・・」

阿賀野はそう呟き、玄関に差しかかろうとしたその時

「やっぱりね」

と後ろから声をかけられる。

「だっ、代智!?」

「兄さんの事だ。またなんにも言わずに居なくなると思ってたよ。せめて俺だけでも見送らせてよ。」

それを見た阿賀野は涙を浮かべる。

「代智のバカ!折角一人でこっそり抜け出そうと思ったのに見送られてたら私・・・名残惜しくて鎮守府に帰りたくなくなっちゃうじゃない!!」

阿賀野は少し怒って代智に言う

「バカは兄さんだよ。一人で出て行ったって俺が見送ったって一緒さ。さあ。行くんだろ?約束したじゃないか。家の事は任せてもらって構わないけどそのかわり兄さんは艦娘として頑張るって」

「そう・・・だったわね。それじゃあ元気でね。代智。凱矢と優宇によろしく伝えておいて。代智も身体にだけは気をつけてね。それじゃあさよなら。」

そして阿賀野が玄関のドアを開けると

「おっと兄さんこれ忘れ物」

と代智が何かを阿賀野に投げつけ阿賀野はそれをキャッチする。

「これ・・・カギ?」

代智が投げつけた物はカギだった。

「前に出て行った時からの忘れ物!家のカギも持たずに出て行くなんてどういうつもりなんだ?兄さん!いつだって帰って来てくれよな。ここはいつまでも兄さんと俺達家族の家だし兄さんはどうなったって俺達の兄さんである事に代わりは無いんだからさ。それに挨拶はさよならじゃないだろ?」

その時阿賀野は確信した。

(やっぱり提督さん、どことなくだけど代智に似てるんだ。)

そう思うと阿賀野に自然と笑みがこぼれた。

「うん!ありがと。行ってきます。代智!」

「ああ行ってらっしゃい兄さん。絶対また帰って来てくれよ!」

「うん!絶対また帰ってくる!だからそれまで弟達をお願いね」

阿賀野は大智に別れを告げ、故郷を後にした。



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休日の乙(漢)女吹雪大淀編 前編:提督帰郷ス

 俺は執務室に皆を集めて休み前の挨拶をしていた。 

「それじゃあ休み明けにまた鎮守府で。各自充実した休みを送ってくれ!それじゃあ解散!」

俺はそう皆に言った。

「はぁい♪それじゃあ鎮守府の事は私と高雄に任せてね!」

愛宕さんが胸を張る。

「はい。お願いします。」

「それでは提督、吹雪ちゃん、大淀、阿賀野皆ゆっくり休んで来てね。」

高雄さんもそう言った。

「あの・・・・本当に良いんですか?休みなんか貰ってしまって」

吹雪は不安そうな顔をする。

「大丈夫よ吹雪ちゃん。この辺りは結構穏やかだし休める時に休むのも艦娘のお仕事なのよ。折角の機会なんだからいっぱい楽しんできてね」

愛宕さんは吹雪にそう言った。

「はい!わかりました。それじゃあ私行ってきます!」

吹雪は嬉しそうに執務室を後にする。

「提督、私は少し準備があるので先に出ていますね」

大淀もそう言って部屋を後にした。用意って何する事あんだろ・・・?

「じゃあ俺もそろそろ失礼します。高雄さん、愛宕さん、留守はお任せしました。じゃあ行ってきます」

俺も2人に挨拶して部屋を出ると。

「提督さんっ!」

後ろから付いて来た阿賀野に呼び止められる。

「何だ阿賀野?」

「あの・・・ね・・・?」

阿賀野はそこで言葉を詰まらせた。

「もしかして弟さん達の事か?」

「う・・・うん。そうなんだけど・・・・」

阿賀野は顔を伏せる。

「やっぱりまだ会うのは辛いか?無理な事言っちゃったかな俺・・・」

俺は阿賀野に尋ねる。

「ううんそんな事無いよ提督さん。でもいざ会うとなるとちょっと怖くなってきちゃった・・・でもこんな事がないともう弟達に会う機会も無かったと思うし阿賀野頑張ってみる。だからね・・・?」

阿賀野はそう言うとおもむろに俺の頬にキスをした

「なっなななななななななななななななあああああ!??!?!?!!?」

俺は顔を真っ赤にする。

「へへ〜んだ。そんな無茶な命令出した提督さんに仕・返・し♡阿賀野そろそろ行くね!それじゃあまた休み明けに!!」

阿賀野はしてやったりと言わんばかりの顔をして走り去っていった。

俺はその場に呆然と立ち尽くしそんな阿賀野の背中を見送った。

陸奥さんのもそうだったけど阿賀野の唇も柔らかかったなぁ・・・・っていやいやいやそうじゃなくて!もう最近感覚が麻痺して来ているような気がするが阿賀野も陸奥さんも男なんだから・・・そんな男にキスされて嬉しい訳が・・・ない・・・筈なんだけどなぁ・・・・

「そうだ!こんな事してる場合じゃない。俺も早く行かなきゃ!!」

俺は考えるのをやめて自室に荷物を取りに戻り言われた通り鎮守府の入り口で吹雪と共に大淀を待った。

「司令官、私とっても楽しみです!」

吹雪は目を輝かせて俺に言うので

「あー悪いんだけど吹雪が期待する程の物は無いぞ」

俺は吹雪にそう返す。

「いえ。私ずっと施設と鎮守府で暮らしていて。外をあまり見た事が無かったんです。だから私なんかを外に連れ出してくれて・・・外の世界を見せてくれただけでも私は本当に嬉しいんです!だから今回も楽しい思い出を作りましょうね!司令官!」

吹雪は笑顔でそう俺に言う。本当に吹雪はいい子だなぁ・・・

「ああわかった。それじゃあ吹雪が満足出来るように俺も頑張るよ。」

俺は吹雪の頭を撫でてやった。

「えへへ・・・嬉しいです司令官・・・・そういえば大淀さん遅いですね・・・」

吹雪がふと思い出したように言う

「そうだなぁ。アイツ準備があるからって真っ先に出て行ったのに何してるんだろ?」

俺がそうぼやいていると

「お待たせしましたぁ〜」

と大淀の声が聞こえる。

「お前遅いぞ何して・・・」

俺が声の方向を振り向くとメガネをかけた美少女が立っている。

「すみません提督折角のお出かけなんでちょっと気合い入れてきました!そっちの方が提督も喜んでくれると思って。どう・・・ですか・・・?」

その美少女は顔を赤らめて俺に言う。

「おっ・・・お前・・・淀っ・・・大淀ォ!?」

俺はその姿に驚愕する。もはや淀屋だった頃の面影など微塵も感じさせない程に可憐な美少女がそこに居たのだから。マジかよコイツ・・・結構艦娘になった現状を楽しんでんのか・・・・?

「あ、ああ良いと思うぞ・・・正直めちゃくちゃ可愛い・・・」

俺は正直な感想を彼に伝える。

「本当ですか!?ありがとうございます!おしゃれして来た甲斐がありました!!」

大淀は頭を下げた。うーんそれにしてもやっぱり淀屋の敬語はまだ慣れないなぁ・・・・

「それじゃあ皆揃ったし行こうか。」

俺達はひとまず駅を目指した。そして駅に着き電車に乗ろうとすると

「うわぁ〜!これが電車なんですね!かっこいいです!!」

吹雪が電車を見て子供のようにはしゃいでいた。

「吹雪・・・お前電車見た事無いのか?」

「はい!写真やテレビでは何度か見た事はあるんですが乗るのは初めてで。うわぁ〜凄いなぁ」

吹雪は目を輝かせていた。

そして電車に揺られ大きな駅でひとまず他の電車に乗り換えようとしたとき吹雪の腹が音を立てる。

「司令官・・・お腹空きませんか・・・?」

吹雪は顔を赤らめ俺にそう言った。

「あ、ああ。そろそろ良い時間だし何か食べようか。大淀は何か食べたいものあるか?」

「私は・・・なんでも良いですけど・・・折角なのでお弁当とかどうでしょう?」

「お弁当!?もしかして駅弁という奴ですか!?食べてみたいです!!」

吹雪が弁当という言葉に食いつく

「じゃあ俺が買って来てやるからちょっと待っててくれるか吹雪。」

「はい!司令官」

吹雪は嬉しそうに言った

「提督!買物なら私が・・・」

そう大淀も言う。やはり淀屋の敬語がとても引っかかる。おれはそこでふとある事を思いつく。

「あーあのさ、折角の休みなんだし俺とお前の中なんだから提督はやめようぜ。フツーに謙って呼んでくれていいからさ。後敬語も禁止な。別に2人っきりのときは最近敬語使ってないだろ?」

俺がそう言うと

「でっ・・・でも吹雪ちゃんが見てますし・・・」

大淀はすこしもじもじしてそう言った。

「別に良いだろ鎮守府の外なんだからさ。逆に休みにまで提督やら司令官やら言われるのも堅苦しくて疲れるだろ?」

俺は大淀を諭す。

「はい・・・じゃなかった。うん・・・わかった。謙がそう言うならそうする・・・」

大淀は少し恥ずかしそうにそう言ってくれた。

「じゃあ私も!司令官の事お兄ちゃんって呼んでもいい?」

吹雪も続いて俺に聞いて来るので。

「えっ!?ああ・・・うんいいぞ。ただしこの休みだけだぞ。」

俺はそう返してやった。

「わかった!ありがとうお兄ちゃん!」

吹雪は笑顔でそう言った。やっぱり天使だ。

「謙!もう何デレデレしてるの?」

大淀がそう言って俺の耳をひっぱる

「いでででで!そりゃお前だけじゃ不公平だろ!?」

「そうですよ大淀さん!あんまりお兄ちゃんをいじめないでください!」

吹雪は俺を庇ってくれる。

「そうだぞ大淀!いやもうめんどくさいし帰るの地元なんだからお前の事淀屋って呼んでも良いか?」

俺は大淀に尋ねる。

「ええ!?えっと・・・うん。謙がそう呼びたいならそう呼んで・・・・」

大淀もとい淀屋は少し考え込んだ後そう言った。よし。これで仕事の事を忘れてゆっくり出来るぞ。

「それじゃあ淀屋。俺弁当買ってくるから荷物番頼むわ」

俺は大荷物を淀屋と吹雪に任せ、駅弁売り場へと向かう。

「うーん・・・どれがいいかなぁ・・・これにするか。淀屋肉好きだったし」

俺はとりあえずオーソドックスな焼き肉弁当を3つ買った。

 

そして俺が駅弁を買って戻ってくると何やら淀屋の顔が赤い。どうしたのか問いかけようとしたその時。

「謙っ!ちょっとこっち来て!あっ吹雪ちゃんはそこで待っててね」

と淀屋に引っ張られて吹雪から距離を離される。

「わっ!急になんだよ淀屋」

すると淀屋は俺に顔を近づけ

「謙・・・ずっとあんな子と一緒の部屋で寝てるのよね・・・?」

と耳打ちした。

「あ、ああ。超いい子だぞ?」

俺は淀屋に返してやる

「何あの可愛い生物・・・・天使じゃない」

淀屋は更にそう俺に耳打ちした

「どっどうしたんだよいきなり・・・」

俺がそう聞くと淀屋は俺が居ない間に起こった事を教えてくれた。

 

_____________

私と吹雪ちゃんはぽつんと謙に取り残され静寂がその場を包む。そう言えばあんまり吹雪ちゃんと1対1で喋った事ないなぁ・・・何を喋れば良いのかしら?そんな事を思っていると

「淀屋・・・さん?」

吹雪ちゃんがよそよそしく私の昔の名前を呼ぶ

「ええ!?何吹雪ちゃん!」

唐突にその名を吹雪に呼ばれ私は驚く。

「それって大淀さんの昔の名前なんですよね?」

吹雪ちゃんは私に尋ねてきた。

「ええ。そうよ。私の大切なもう一つの名前」

そう。私と謙を繋ぐ大切な思い出の名前。

「良いですね・・・・名前。私はずっと吹雪だから・・・」

吹雪ちゃんそう言った。しかしどこか寂しそうだった。

「でも何でおに・・・司令官は大淀さんの昔の名前を知ってるんですか?」

「ああそれはね。私と謙が高校時代の同級生で親友だったからよ」

私は胸を張って言った。

「親友・・・羨ましいです。私にはなにも・・・」

吹雪の表情は更に重くなる。その姿は昔の私自身を見ている様で見るに耐えなくなって来たので、

「吹雪ちゃん。私も謙に出会うまでは友達なんて一人も居なかったし居なくても良いって思ってたの。でも謙に出会って変わったの。この人とずっと一緒に居たいって思ったの。だから吹雪ちゃんもそう気を落とさないで。あなたも謙に助けてもらったんでしょ?」

と吹雪ちゃんにそう言ってあげた。すると

「は、はい。そうですね・・・・私も司令官のおかげで寂しくなくなりましたし私の事を必要だって言ってくれた。私も司令官の側にずっと居たいです!」

吹雪ちゃんは力強くそう言った。やっぱりこの子は私と同じなんだな。そう感じた。

「ふふ・・・それじゃあ吹雪ちゃんと私はライバルね。謙自覚の無い人誑しだから・・・」

私はそ吹雪ちゃんにそう笑って言った。すると

「そんなライバルだなんて・・・と言う事は大淀さんも司令官の事・・・・」

あっ、ヤバい・これ以上言われると・・・・謙にバレちゃう!なんとか弁解しなきゃ・・・・!

「べっ別にそんなんじゃ無いわよ!!ただ謙一人だとすぐ何処かへ行っちゃいそうでほっとけないっていうか・・・その・・・」

私は苦し紛れにそう吹雪ちゃんに言い訳した。すると

「ふふっ。大淀さんは私の知らない司令官を知ってるんですね。それじゃあ私の先輩・・・・いえお姉ちゃんですね!」

吹雪ちゃんは笑顔でそう言った。えっ・・・今なんて言ったのこの子・・・・

「おっ!?お姉ちゃん!?!?!?!」

私は突然の出来事に愕然とする。

「ダメ・・・ですか?司令官だけお兄ちゃんって呼んで大淀さんだけ大淀さんって呼ぶのはなんだかよそよそしくて・・・それにもう司令官も大淀さんもみんなも家族みたいな物でしょう?だから・・・」

かっ!!?家族・・・?謙と私が・・・いやいやいやでもそんなお姉ちゃんだなんて呼ばせてしまったら私の面子が・・・

う〜ん・・・私がそんな考えを頭で巡らせていると

「嫌・・・でしたか?」

と吹雪ちゃんは申し訳なさそうに私を見つめてきた。私はそんな吹雪ちゃんの可愛さに押され

「えーっと・・・うん・・・良いわよ・・・・でも謙と一緒でこの休みだけね?」

と言ってしまった。

「やったぁ!ありがとうございます。お姉ちゃん!」

吹雪ちゃんは笑顔でそう言って私に抱きついて来た。

あっ、ヤバい何この子・・・ダメ・・・鼻血でちゃいそう・・・・

__________

「って事があったのよ。吹雪ちゃん・・・恐ろしい子」

淀屋はそう語った。

「あ、ああ。なんと言うかナチュラルに人に庇護欲を掻き立てさせるというかなんというか・・・」

俺もその意見に同意した。

「私・・・正気を保てるかしら・・・?母性的な物に目覚めてしまいそう・・・・」

淀屋はそう真剣な顔で言ったので

「母性本能って・・・お前にそんなのがあんのかよ」

と少し淀屋を小馬鹿にした。

「うっ!うるさいわね!!私だってもう・・・いえなんでも無いわ」

淀屋は何かを言いたそうにしたがそこで話をやめた

「なんだよそこまで言ったんなら最後まで言えよ」

「本当になんでも無いの!なんでも無いから!ほら吹雪ちゃんも待ってるし!」

淀屋はそう言って吹雪のもとに走っていった。

「あっ、おい待てよ!!」

俺もその後を追いかけ。地元行きの列車に乗り車内で弁当を開け3人で食べている。

「お姉ちゃんこれ美味しいね!」

「そうね吹雪ちゃん」

吹雪と淀屋は端から見れば仲睦まじい姉妹の様だ。どっちも本当は男だとは思えないなぁ・・・それに淀屋の奴お姉ちゃんって言われてちょっと浮つき過ぎじゃないか?まあ俺も人の事を言えた口ではないのだが。

「謙?どうしたの?ニヤニヤ吹雪ちゃんを見て」

淀屋に気付かれる。流石に見惚れていたなんて言えないしなぁ・・・・

「いやなんでも無い・・・」

俺はそう誤摩化した

「お兄ちゃん見て見て!景色すっごく綺麗だよ!」

吹雪は車窓に映る景色に目を奪われている。

「吹雪、そんなに珍しいか?」

俺はそう聞いてやる。

「うん!」

吹雪は嬉しそうだ。

「そうか。そりゃ良かった」

「お兄ちゃん!一緒に連れて来てくれて本当にありがとう!」

吹雪はそう言って笑った。やっぱり吹雪は笑ってる顔が一番可愛いや。

横ではそんな吹雪をにこやかに見つめる淀屋が居た。本当に妹を見ている姉のような顔つきだった。

そんなこんなで俺達は電車に揺られ。やっと地元へたどり着く。

「ここがお兄ちゃんの住んでた街かぁ・・・」

吹雪は辺りを興味津々に見回している。

「ああ。本当に大した物はなんにも無い街だけどな。いやぁ2ヶ月振りくらいだけどもう懐かしいなぁ・・・なぁ淀屋!」

俺は淀屋に声をかけた。

「ええそうね。本当に・・・懐かしい」

「それじゃあひとまず俺の家に向かうか」

「うん!お兄ちゃんのお家楽しみ!」

そして俺達は家の有る方向に足を進めた。



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休日の乙(漢)女吹雪大淀編 後編:告白

 俺達は家へと足を進めていた。ん?何か忘れているような気がするぞ?

「あっ、そうだ。」

俺はそれが何かを思い出し声を上げる。

「どうしたのお兄ちゃん?」

吹雪が俺の顔を覗き込む。

「ああ。帰る前に晩飯の食材やらを買って帰ろうと思ってな。家には多分何もないだろうし」

「夕飯なら私が作るわ」

淀屋が俺に言った。淀屋が料理してる所なんて見た事無いし心配だなぁ・・・

「料理ってお前いつもコンビニ弁当とかしか食ってなかっただろ?まあ折角だし今日は俺が作るよ。」

「もう!私だって・・・ちょっとは勉強したんだから・・・」

淀屋は悔しそうにそう言った。

「まあ疲れてるだろうし任せとけって。久々にオムライス作ってやるからさ。」

俺自身もあまり料理は得意な方ではないのだが何故かオムライスだけはホテル級の物が作れるのだ。別に習った訳でも教わった訳でもないのに不思議だけどそんな事はどうでもいい。

「オムライスかぁ・・・・・謙よく私に食べさせてくれたよねオムライス。」

淀屋が懐かしそうに言う

「ああ。お前いつも身体に悪そうなもんばっかり食ってたからな。」

「私もお兄ちゃんのオムライス食べたい!」

吹雪も楽しみにしてくれている様だ。

「よっしゃ!それじゃあ今日は俺が腕によりをかけて作ってやるから楽しみにしててくれよ!」

俺は吹雪にそう言った。

そして家の近所のスーパーにたどり着き、そこで買物をしていると

「おお!謙じゃん久しぶり!」

と声をかけられる

「カイト!久しぶりだなぁ!!」

彼は大須海斗。小学生の頃からの友人だ。

「いやぁお前が提督になったって聞いてビックリしたよ。どうよ女ばっかりの職場・・・羨ましいよなぁ・・・・入った大学全然女の子いねぇんだもん。んでアレか?ゴールデンウイークだから帰ってきた感じ?」

カイトは羨ましそうに俺を見る。流石に鎮守府に居た艦娘が皆男だったなんて事言っても信じてもらえそうにないし適当に返事をしてよう。

「ああ。そうだけど」

俺がそんな返事をしていると

「謙!デミグラスソースってこれでよかったんだっけ?」

と淀屋がデミグラスソースを持って俺に近付いてきた。またこんなめんどくさい時に・・・

それを見たカイトは

「呼び捨て!?おいお前鎮守府勤務で彼女まで作っちゃうとかお前も隅に置けない奴だなぁ・・・で、付き合って何ヶ月なんだよ・・・水臭いなぁオイ・・・どこまで行ったんだよ?え?ちょっと教えろよ」

とオッサンの様なウザ絡みをしてきた。別に悪い奴ではないんだけどなぁ・・・

「いや・・・あのアレは彼女とかじゃなくて・・・」

流石にコイツ実は淀屋だって言う訳にもいかないし

「じゃあなんだよ!?もしかしてアレか?肉体だけの関係とか言うヤツ?」

俺が言い訳を考えている間にカイトは好き勝手な事を言ってくる。男子校と言うのは下ネタへの抵抗を著しく下げるその後遺症がまだ彼には残っていると見た。しかしなんと言った物かなぁ・・・そうだ

「そんなんじゃねえよ。アレだ。従姉妹だよ!ほらゴールデンウイークだろ?ちょっと泊まりに来てんの。なっ!淀子!!」

俺はそう言って淀屋にアイコンタクトする。

「えっ!?私?あっ・・・はい謙の従姉妹の淀子です・・・謙がお世話になってるみたいで・・・」

よかった。淀屋が話を合わせてくれた。そんな俺と淀屋を見た海斗は

「淀子さん・・・・素敵なお名前ですね。謙の友達の大須海斗って言います。よかったら僕とお茶でもしませんか?」

お前目の前で従姉妹って紹介したヤツをナンパする奴があるかよ・・・・ホントに節操無いなコイツ・・・

「いえ。私既に彼がいるので結構です。私まだ買物が残ってるので失礼します。謙、ごゆっくり。」

淀屋はゴミを見るような目でカイトを一蹴し、その場を去った。

「ああっ・・・俺撃沈・・・でもそのゴミを見るような視線も素敵だぁ・・・」

コイツ本当にバカだなぁ。コイツが高校時代の元クラスメイトだとも知らずに・・・俺も海斗を哀れみの目で見つめた。

「謙お前こんな綺麗な従姉妹まで居るとかうらやましいなチクショウ!!」

海斗は俺の方をバンバンと叩く

「ああもう分かったから。俺もまだ買物残ってんだよ」

といってその場を離れようとするが

「なんだよぉ俺とお前の仲じゃないかよぉ〜久々の再開なんだからよぉ〜」

と言って海斗は付いてくる。ああもう距離が近いなぁ・・・・

「ああもう距離が近いっての!気持ちわりぃ!離れろよぉ!!」

こんなバカな事高校時代は良くやったっけなぁ・・・・カイトの絡みは少しウザかったが同時に懐かしさも感じた。そんな時である

「お兄ちゃん!コレ買ってもいい?」

吹雪が食玩を持ってこっちに走ってきた。またタイミングの悪い・・・・

「おっ!?お兄ちゃん!?お前妹居たの!?畜生聞いてねぇぞ!」

また海斗が驚きの声を上げる

「ああ妹は妹でもさっきの淀子の妹だから・・・」

俺の口から流れるように出任せが出てくる

「そうかぁ・・・あんな可愛い姉妹の従姉妹が居るとかお前どうなってんだよぉ・・・まあでもこの娘くらいの年なら俺の範囲外かなぁ」

「うるせぇよ!人の従姉妹をそんな目で見てる事を平然と公言するんじゃねぇ!」

俺と海斗がそんな話をしていると

「お兄ちゃん?そっちの人は?」

と吹雪が不思議そうに聞いてくる

「ああ。昔からの腐れ縁だよ。」

「腐れ縁ってなんだよお前。あっこんにちは僕謙の小学校からの友達の海斗って言うんだけどお姉さんによろしく伝えといてね。」

コイツがあの淀子の正体が淀屋だって知ったらどうなることやら・・・逆に反応が見たくなってきたがまあそこは情けで黙っておいてやろう

「えっ?お姉さん・・・?ああ大y・・・」

吹雪は海斗に言われたお姉さんという言葉に反応し返事をしようとしたがここでその名前を出されるとめんどくさい事になる。よし。ここは吹雪の力をかりてこの場を切り抜けよう。

「ああそうだ俺もまだ買物あるから。じゃあ行こうか吹雪!おやつもっと買ってやるから見に行こうぜ!じゃあなカイトまたそのうち」

俺はそう言って強引に吹雪を連れその場を立ち去った。はぁ〜なんとかなったか・・・

それにしても久しぶりだからか無駄に疲れた・・・アイツ本当に高校の時から全然変わってないしのんきで良いよなぁ・・・

「あの・・・海斗さんとはもうお話しなくてもいいの?」

吹雪は聞いてくる

「ああ。別に積もる話も無いしな。じゃあ淀屋と合流しようか。」

「うん。」

俺はそう言って吹雪と一緒に淀屋を探した

そんな時である

「友達って羨ましいなぁ・・・・」

吹雪がぽつりと呟く

「吹雪お前・・・」

言われてみれば鎮守府には年上の艦娘しかおらず吹雪に友達と呼べる知り合いは居ないのかも知れない。

「でっ、でもお兄ちゃんやお姉ちゃんそれにほかの皆が居てくれるから寂しくないよ!」

吹雪は俺に心配をかけまいとしたのかそう明るく振る舞った。

「そ・・・そうか」

そう言えば今度補充要因が来るって言ってたな。吹雪と友達になってくれるような奴が来てくれると良いんだけど

俺はそんな事を思いながら淀屋を探した。そして肉売り場で淀屋を見つける。

「淀屋!探したぜ」

俺が淀屋に声をかける

「謙、大須くんとお楽しみだったみたいだけど?」

淀屋は笑顔でそう言ったが顔は笑っていない

「お楽しみってお前・・・しょうがねぇだろ彼女って言う訳にもいかないし従姉妹って言うくらいしか無かったんだよ」

「それくらい分かってる。でも淀子は流石に無いわ・・・・」

淀屋はそう言って鼻で笑った

「仕方ねぇだろとっさに考えたんだから!」

「そう。でも私は別に・・・・」

淀屋は何かをブツブツと言っていたが聞き取れなかったので

「えっ?今なんて言ったんだ?」

と聞き返すと

「えっ!?別になんでもない!そんな事より早く買物済ませて帰りましょ。私も早く謙のオムライス食べたいし」

そう言って淀屋はそそくさと俺を連れてレジへ向かった。

そして会計が済み俺達は再び家路に付く。その時の事だった。

「お兄ちゃんとお姉ちゃんってお友達だったんだよね?」

と吹雪が言い出す

「ああ。そうだけど?」

俺はもちろんそう返すが淀屋の様子が何やらおかしい

「吹雪ちゃん。確かにそうだったけど今は友達じゃなくてあくまで艦娘と提督なのよ・・・」

とどこか寂しげに言う

「そんな事言うなよ!俺はどうなってもお前の事を親友だって言ってるだろ?そんな寂しい事言わないでくれよ」

俺は淀屋にそう言った

「ごめんなさい・・・・私・・・もうこんなのになっちゃったから以前の様な友達では居られないの・・・私だって昔みたいに謙とずっとバカ騒ぎしてたかった・・・・でももう私は艦娘なのよ・・・」

淀屋の表情はどんどんと暗くなっていく。そんな時吹雪が淀屋の片手を握り

「それじゃあお兄ちゃんとお姉ちゃんはもう家族みたいな物だね!」

と言った。

「かっ・・・・家族!?」

俺と淀屋は驚きの声を上げる

「そうでしょ?あの鎮守府の皆は家族みたいな物じゃない!だからお兄ちゃんもお姉ちゃんも私も他の皆も家族でしょ!」

そう言って吹雪は俺と淀屋の間に入った。

家族かぁ・・・・吹雪が鎮守府をそう思ってくれていたのならそれはそれで良いのかもしれない。でも淀屋は何でさっきあんな事を言ったんだろう・・・・俺の心の中に疑念が残る中吹雪は俺の右手と淀屋の左手を握った。

「私こうやって歩くのが夢だったんだ。家族ってこうやって手をつないで歩くんでしょ?」

吹雪は嬉しそうに言った

「吹雪ちゃん・・・うん。そうね」

淀屋の表情が少しさっきよりもマシになる

「なんか恥ずかしいな」

俺は少し顔が赤くなった。

「あっ、そうだ!」

俺はふと有る事を思い出す。

「何?謙」

淀屋はそう聞く

「オムライスだけじゃ物足りないだろ?肉屋でコロッケ買って帰ろうぜ!よく学校帰りに買って食ってたヤツ!」

俺はそう提案した。

「コロッケかぁ・・・あのお店のコロッケずっと食べてないし私も食べたい」

淀屋は言った

「私も食べてみたいな!!」

吹雪もそう言った

「よしじゃぁ決まりだな!ちょっと遠回りになるけど行くか」

俺達は肉屋のある商店街の方へ向かった。

そしてその肉屋に到着する。

「ここだぜ吹雪」

夕暮れ時いつもここに来ると香ばしい揚げ物の香りがしていて今も変わらず食欲がそそられる。

「うわぁ〜良い匂い!」

吹雪はそんな香りに誘われてかよだれを垂らしている。

「よし。じゃあコロッケ買ってくるわ。おばちゃん!コロッケ3っつね」

俺は店員のおばちゃんに声をかけた

「あら謙くんじゃない!最近見ないから心配してたのよ?」

「ちょっと色々あって今は家から離れて仕事してるんすよ。そんで休暇貰えたから帰って来たんで折角だしここのコロッケ食べたいなって思って」

「あら〜大変なのねぇ〜ところでえーっと淀屋くん・・・だっけ?」

おばちゃんがそう言ったとき淀屋はびくりと身を振るわせた。

もしかしておばちゃん淀屋の事わかってるのか!?

「よ・・・淀屋がどうかしたんですか?」

俺は恐る恐る聞いた

「あの子も最近見て無いなって思って。元気にしてるの?いかにも不健康そうな子だったから心配で・・・」

なんだぁ・・・単にどうしてるか聞きたかっただけかぁ。

俺と後ろに居た淀屋はそっと胸をなでおろした。

「あ、ああアイツもこの町を離れたみたいなんですけど一応元気でやってるみたいっすよ」

流石に今艦娘やってて今後ろに居るメガネ美少女が淀屋ですとは言えず俺はそう苦し紛れに返した。

「そうだ謙くん!後ろの娘・・・もしかして彼女?謙くんも隅に置けないわねぇ〜」

おばちゃんはそう俺に耳打ちした。今日この話題を振られるのは2度目だ。

そんなに俺と淀屋が一緒に居るとカップルに見えるのかな・・・

「いや・・・そんなんじゃなくて従姉妹っすよ」

俺はそうさっきと同じ返答をする。

「謙くん従姉妹いたのね〜ちょっと謙くんの従姉妹さん!?謙くんいい子だから女の子いたら紹介してあげてね?謙くんずっと彼女ほしい彼女欲しいって言ってたんだから!」

おばちゃんは後ろに居た淀屋に話しかけた。ちょっとそんな恥ずかしい事こんな所で言わないでくれよおばちゃん・・・いやまあこの店に通ってた時一緒にその話をずっと聞いてた淀屋だから問題無いっちゃないんだけど・・・

「えっ!?あっ・・・はい」

淀屋は少し複雑そうにそう返事をする。

「あなた美人だからコロッケ1個オマケしてあげる!そこのお嬢ちゃんも可愛いしもう1個入れたげようかな〜?」

おばちゃんはそう言って袋に余分に2つコロッケを入れてくれた

「すみません・・・」

淀屋は頭を下げる。

「ありがとうおばちゃん」

「それじゃあコロッケ3っつで180円ね!」

「はい。それじゃあ180円丁度で」

「はい毎度ありがとね。それじゃあがんばんなさいよ謙くん!それじゃあまた来てね」

おばちゃんはそう言ってコロッケの入った袋を手渡し俺達の事を見送ってくれた。

 

そしてようやく俺達は家に到着した。

「いやぁ2ヶ月とちょっとぶりかなぁ」

俺はそんな事をぼやきながら家のカギを開ける。

「じゃあ入ってくれ。特に何も無いけどくつろいでくれよな」

俺はそう言って2人を部屋に通した

「おじゃましまーす!うわぁ〜ここがお兄ちゃんの住んでた家かぁ・・・」

吹雪はそう言って家に上がり目を輝かせて辺りを見回している

「淀屋も入ってくれよ。」

俺は何やら戸惑っている淀屋を呼ぶ

「ええ。そうね。まだ1年も経ってないのにここに来るのはとても久しぶりに感じるわ。お邪魔します。」

淀屋もそう呟き家に上がった。

そして俺は2人を和室に通した。

「淀屋、ここで良くゲームやったよなぁ・・・・」

「ええそうね。」

俺と淀屋はしばし思い出話に花を咲かせた。そして少し経った頃

「じゃあそろそろ飯の準備するか。それじゃあ吹雪は先に風呂入るか?」

俺は吹雪にそう言った

「うん!わかった!」

吹雪は頷いた

「それじゃあ今から入れるからちょっと待っててくれよ」

俺は風呂を沸かし始めた。

それからしばらくして風呂が焚けたので吹雪を風呂に案内した。

「何かあったら呼んでくれ。それじゃあ飯の準備してるから」

吹雪にそう言い残し俺は台所で準備を始めた。

「私に何か手伝える事あったら言ってね」

と淀屋が言うので

「それじゃあ食器出しといてくれるか?」

と頼むと戸棚から丁度良い皿を3枚用意してくれた。

正に勝手知ったる他人の家って感じだな

「ありがとう淀屋。それじゃあ後は任せてくれ」

俺は淀屋に礼を言い料理に取りかかった。

なんというか頭で考えると言うより身体が覚えてるって言った方がいいのか俺は着々とオムライスを作った

「よし!後は卵をかけるだけだな」

そんなとき吹雪が風呂から戻ってきたので

「良し!吹雪ナイスタイミングだ。丁度今から出来上がる所だぞもうテーブル座っててくれ。淀屋ーもう出来そうだからお前もこっち来いよ!」

俺は吹雪と淀屋を食卓に座らせた

「お兄ちゃんの料理楽しみだなぁ」

吹雪は目を輝かせて俺を見つめるので俺はすこし恰好を付けて卵をライスの上に乗せ上からソースをかける

「よし完成!我ながら素晴らしい出来栄えだ」

俺は作ったオムライスを食卓へ運んだ

「お待たせ」

「うわぁ〜おいしそう!ただきます!」

吹雪はオムライスを見るなり食べ始めた

「いつ見ても謙のオムライスはおいしそうねそれじゃあ私も頂きます」

淀屋もそう言って食べ始める

2人が食べ始めたのを見計らい俺もオムライスを口に運んだ。我ながら美味い。自分が作った物じゃないってレベルだ。そんな事を考えていると

「お兄ちゃんコレ本当に美味しいよ!こんな美味しいオムライス食べた事無い!」

吹雪はとても嬉しそうだ

「当たり前じゃない!謙のオムライスはどこのオムライスよりも美味しいんだから!!本当に一流のホテルとかで出しても良いくらい!」

淀屋も得意気にそう言った。

高校時代も本当にいつも俺の出したオムライスをうまそうに淀屋は食べてくれていたし、食べる度にそうやっていつも俺を褒めてくれた。

「だからホテルじゃねぇっての!!そんなすごいもんじゃねぇって」

俺は淀屋の褒め言葉にいつも返していた様に謙遜をした。

 

それからオムライスを食べ終わってしばらくすると

「ご飯食べたら眠くなってきちゃった・・・」

吹雪は目を擦っている。

「そうか。今日は移動で疲れたもんな。寝間はそこに空いてる部屋があるからそこ使ってくれ。今から布団出してやるから」

俺はそう言って吹雪が寝られるように布団を敷いてやった。

「まだ俺達は起きてるから何かあったら言いにきてくれ。じゃあお休み」

「うん。お兄ちゃん、お姉ちゃんお休み・・・」

吹雪は布団に入った

そして食卓には俺と淀屋の2人っきりになり

「吹雪も寝ちゃったし冷めないうちに淀屋お前先に風呂入ってくれよ」

「私最後で良いから謙が先に入ってよ」

「それじゃあお言葉に甘えて」

俺は淀屋に言われるがまま風呂に入った

「いやぁ・・狭いけどやっぱり家の風呂が一番だなぁ」

俺はそんな事を言いながら湯船に使っていた。

それからしばらくすると何やら風呂の扉の向こうに人の気配がする。

「淀・・・屋?」

なんでアイツ風呂に来てんだよ?

まだ俺上がってないけど・・・・そんな事を思っていると戸が開かれ一糸まとわぬ淀屋が風呂に入ってくる

「お・・・お邪魔します・・・」

「およよよ淀屋ぁ!?何で入って来るんだよ!!すぐ上がるからもうちょい待ってろよ!!」

俺は手で目を覆う

「謙・・・・恥ずかしいけど私の身体・・・見て・・・・」

淀屋は恥ずかしそうに言った。

「バカそんなの見れる訳・・・」

あれ?なんで俺淀屋の裸見れないんだろう?別に見れない理由なんて無い筈なのに

「やっぱり見れないよね・・・ここはぜんぜん変わらないけどほら・・・おっぱいだって阿賀野達ほどじゃないけどちょっとづつ膨らんできてるしお尻も・・・・こんな女なのか男なのか分からない身体・・・少し前まで本当は謙には見られるのは怖かったの・・・でも・・・でもね・・・・」

淀屋の口がそこで止まる。そして俺は目を覆っているので見えなかったが淀屋が湯船に入ってくるのが分かった

「おいお前・・・何してんだよ・・・・!」

俺は訳が分からなくなり手を顔から離す。するとそこには淀屋が居る

「謙・・・・やっと見てくれた。こんな身体になっても・・・もう昔の面影なって全然無くなった私の事親友だって言ってくれる?大須くんも・・・肉屋のおばさんも私に気付いてくれなかった。もう私が本当に淀屋大なのかどうか自分自身でもわからなくて・・・・」

淀屋は聞いてくる。そんなの当たり前だ。それに淀屋はどうなったって淀屋だ。俺はずっとそうだと思っていた。しかし今目の前に居る彼にそう二つ返事では答えられなかった。目の前に居るのは淀屋ではなく大淀という艦娘にしか見えないからだ。いや違う。見た目が変わろうが口調が変わってしまおうがコイツはどうなったって淀屋なんだ。俺がそう思ってやらないでどうするんだ!?俺は心の中で自問自答を繰り返す。しかしなんと言えば良いのか言葉が見つからず

「そっ・・・それは・・・・」

と俺が返答に困っていると

「私ね・・・謙が大須くんと仲良くしてる所を見て羨ましいって思ったの。私も謙の一人の友達として高校を出た後もバカな事をやっていたいって・・・・私だって謙の事大切な親友だって思っていたいし親友の淀屋大で居たいの。居たかったの・・・・でも・・・でもね・・・・艦娘になってからどんどんその時の感情が薄れていって他の感情に変わっていって・・・」

淀屋はそう言ってまた言葉に詰まる

「おっおいそれって・・・・つまり・・・」

ダメだ!それ以上は言わないでくれ!!

「謙!私・・・・大淀としてあなたの事が・・・・」

そんな事を言われたら俺はどうしてやれば良いのか・・・・

「あなたの事が好きなの!!」

淀屋は俺を見つめてそう言った後涙を流し始めた。

淀屋が俺の事を・・・・・でもコイツは男で・・・・

「ごめんなさい・・・・ずっと言いたかった。でも言ってしまったら謙とはもう元の関係に戻れなくなるとずっと思ってた。でも今日大須くんと謙を見てて思ったの。もう既にあの頃の自分には戻れないんだって・・・・だから・・・ごめん。こんな強引なやり方しか私思いつかなくって・・・・ごめんね謙。こんな訳分からない事言ったら軽蔑されてもしょうがないよね・・・」

淀屋はそう言って黙り込んでしまう。

俺は一体なんて声をかけてやれば良いんだ?俺は精一杯悩んだ。そして頭に浮かんだ一つの行動を実行する。

俺は淀屋を抱きしめた。抱きしめると肌の感触、そして手に触れる長い髪。そして柔らかな身体の感触が伝わってくる。昔よくふざけて抱き合ったりはしたがその時の感触とは全く違う。その感触を肌で感じて更に淀屋が以前の淀屋から変わってってしまったんだと感じてしまう。

「ちょっ!!け・・・謙!?」

淀屋は驚く

「ごめん。俺バカだから何て言ってやれば良いのか分からないんだ。それに俺はお前が今の姿でも親友だって思っていたい。でもお前の言う通りお前の身体を見て胸を張ってそう言えるか自分で考えたけどダメだった。だから今はこうする事しか出来ない。ごめんな淀屋。お前もずっと悩んでたんだろうけど少し時間をくれ・・・今の俺にはお前の好意を受け止めてやれる自信が無いんだ。まだお前の事を親友だって思っていたい。だってそうしないと誰が淀屋の事を覚えててやれるんだよ。俺は今のお前の事ももちろん淀屋としても大淀としても大切に思ってる。でも以前の淀屋との思い出だって大切な思い出なんだよ・・・お前は俺の中では親友なんだよ。それを今更になって否定する事なんか出来ない。でも今のお前を親友だと断言する勇気もない。だからもう少し時間をくれ。でもお前の事は絶対に嫌いにはならない。それだけは覚えといて欲しいんだ。こんな曖昧な返事しか出来なくてごめん・・・・」

俺も思いのたけを淀屋にぶつけた。

「謙・・・そうだよね・・・急にそんな事言われても困るよね・・・・ごめん。でも私の事ちゃんと想ってくれてるのはしっかり伝わったよ。だから少しだけ待ってあげる。でも今度はしっかりと謙の口からちゃんとした気持ちを伝えて欲しいかな」

淀屋は泣きそうな顔で無理矢理笑ってそう言った。

俺は確かに淀屋を大切な人だと思っている。しかしそれは親友としてであって今の淀屋の想いに答えるとするならば今までの親友としての淀屋を否定してしまう事になる。それに何より彼は男なのだ。これだけは変わらない。でも淀屋の想いを無碍にする訳にも行かないし俺は一体どうすれば良いんだ・・・

俺と淀屋を静寂が包み少ししてから

「ごめんね。謙。お風呂の邪魔しちゃって。じゃあ私また上がるからゆっくりお風呂入って。」

淀屋は風呂を上がろうとする

「ああ俺ももう上がろうと思ってたからそのまま風呂入っててくれよ。うわあぁ!!」

俺がそれを止めて風呂を出ようとした時盛大にすっ転んでしまう。誰だよこんな所に石けんおいた奴・・・・

「いてててて・・・」

俺は何かの上に倒れ込んでいる。そして右手には柔らかな感触が・・・・ああこれはいつものアレか・・・・俺が手元にふと目をやると予想通り淀屋の胸を掴んでいた。もうCカップくらいはあるのかなぁ・・・・いやいやそんな事考えてる場合じゃないこりゃまた殴られる奴だ・・・俺がそう思っていると

「謙・・・・強引なんだから♡でも謙とならいい・・・よ?」

あれ?いつもな全力の右ストレートが俺の顔面を襲う筈なのに・・・・

しかし俺の目に映った淀屋は完全に恋する少女の顔をしていた。

「こっ・・・これは事故で・・・・・ごっごめんなさあああああああああい!!!!」

俺はそう言って風呂場を凄まじい勢いで抜け出した。

 

次の日淀屋にこの事を土下座して謝ると冷静に考え直してとても恥ずかしかったのか顔を真っ赤にした淀屋に俺は結局殴られた。

そしてそんなこんなで俺達三人は地元で短い休暇を過ごし、俺達は鎮守府へ戻ってきた。

しかしこれから俺は淀屋もとい大淀と今まで通りにやっていく事が出来るのだろうか・・・・?そんな一抹の不安が俺の心の隅で燻っていた。




次話は愛宕高雄編なのですがR-18なのでこちらの方に載せます。どうかこちらもご覧頂けると嬉しいですhttps://novel.syosetu.org/119455/2.html


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ケン・オオワダと開かずの部屋

 なんだかんだ色々あって俺達は休暇を淀屋と吹雪と共に過ごし、鎮守府へと戻って来た。

「いや〜数日ぶりだけどなんだかもっと長い間居た様な気がするなぁ。」

「そうねけ・・・いえそうですね提督。充実した休暇でした」

淀屋もとい大淀はかしこまったようにそう言った。

「別に鎮守府でもタメ口でいいんだぞ淀屋」

「いえ。公私は分けなければダメですよ提督。ここでは私は大淀です!」

「そ・・・そうか・・・吹雪はどうだった?俺の地元なんもなかったけどしっかり休めたか?」

「うんっ!お兄ちゃん!私こんな楽しいの初めてだったよ!」

吹雪もなんだかんだで楽しんでくれたようで良かった。

でもあんまり人前でお兄ちゃんと呼ばれるのも恥ずかしいし俺と吹雪は同じ部屋で暮らしているだけであってあくまで艦娘と提督の関係だ。

これ以上踏み込んでしまえばいつかそうでなくなってしまった時に辛いのは俺自身だろう。

「おいおい。あんまり他の人の前でお兄ちゃんって言うなよ?」

俺は吹雪に釘をさした。

「う、うん・・・おに・・・司令官!」

吹雪は少し残念そうな顔をしたが元気にそう答えてくれた。

やれやれ本当に可愛い奴だ・・・・

そんな事を思っていると、どかどかと凄まじい足音と騒がしいという声がこちらに近づいてくる。

「提督さぁぁぁぁぁん!!!会いたかったぁ」

そんな声がした瞬間俺の脇腹向に何かが飛び込んで来きて俺の脇腹に凄まじい衝撃が来たと思ったら何か柔らかい物がむにゅりと当たる。

「うおっ!?」

その感触の方を見ると阿賀野が俺にがっちりと抱きついている。

それも胸をぎゅっと当てて。

なんでこいつの胸シリコンとか言ってたのにこんなに柔らかいんだよほんと・・・

正直を言ってしまえばもう少しこのままでいてもよかったのだが大淀がこちらに鋭い視線を送って来ているのでこれ以上この状態でいるのは危険だ。

「だから急に抱きつくなって言ってるだろ阿賀野!!」

俺はがっちりとだきついていた阿賀野を引き離した。

「えへへ〜なんだか久しぶりだね提督さん。どう?久しぶりの地元は楽しめた?」

阿賀野は笑って訪ねて来た。

ふと横を見るともう引き離したのにも関わらず大淀が凄い形相でこちらを睨んでいる。

「あ、ああ・・・阿賀野も今帰りか?」

俺はそんな空気を脱しようと阿賀野に尋ねると笑顔でうなづいてくれた。

どうやら阿賀野もしっかり地元に帰ったらしい。

「で、弟さん達には会えたのか?」

「うん。久しぶりに会えた。」

そう言った阿賀野の顔は晴れやかだった。

「そうか。よかった」

その顔を見る限りどうやら特に問題はなかったようだ。

俺は胸を撫で下ろした。

「じゃあ俺達は一旦愛宕さん高雄さんに挨拶してくる」

俺は阿賀野に別れを告げて執務室へ向かおうとすると

「あー阿賀野も行く〜」

阿賀野もそう言って着いて来た。

大淀は苦虫を噛み潰したような顔でずっとこちらを睨みつけている。

そして執務室のドアを開けると。

「んんっ・・・・愛宕ダメぇ・・・♡そろそろ謙くんたち帰って来ちゃうからぁ・・・・♡」

「んちゅっ・・・いいじゃない高雄・・・もうちょっとだけこうしてて・・・・♡」

えっ・・・なにこれ・・・

目の前では2人がキスをしている最中だった。

後ろでは阿賀野が目を輝かせ大淀は顔を真っ赤にして手で吹雪の目を覆い隠していた。そう言えば2人はそういう関係だって高雄さんが前に言ってたな・・・しかし執務室でイチャつくとはうらやま・・・けしからん。

いやこれは何かの間違いかもしれない。

愛宕さんはともかく真面目な高雄さんが白昼堂々誰もいないからって執務室であんなことするわけが・・・・

俺はドアを一度閉めもう一度恐る恐る開けるとそこには何事もなかったかのように二人が立っている。

しかし服はちょっとはだけてるし息もなんか荒いしそれに顔だって赤いし高雄さんに関してはなんだか目が虚ろだ。

「あらぁ?提督?お帰りなさ〜いお早いのね。それに大淀ちゃんたちも居るんでしょ?入っていらっしゃ〜い」

愛宕さんはさっきまでのことを感じさせないようにそう言って部屋の外で顔を真っ赤にして居る大淀たちを呼ぶが

「はぁ・・・♡はぁ・・・♡提督、お休みは楽しめましたか?」

その隣では高雄さんが女の顔と言うのだろうか・・・愛宕さんをうっとりと見つめて艶かしい息をあげながら聞いてきた。

いやいやいやいやそれどころじゃない様な事が目の前で繰り広げられてたんですけど!?

流石に誤魔化そうっつったって無理があるだろ・・・

「えーっと・・・その・・・・さっきのは・・・?」

俺は恐る恐る訪ねてみるが

「ええ?何の事かしらぁ?」

愛宕さんは見事にすっとぼけた。

いやいやなんのことってそりゃもうあのまま放っておいたらどうなってたか・・・

「いや・・・あの・・・・さっき・・・その・・・・」

俺がそこまで言いかけると

「あぁ?何だって?男がこまけぇことウジウジ言ってんじゃねぇぞ?」

顔は笑っているがドスの利いた声で威圧してくる愛宕さん。

やっぱこの人怖ええわ・・・・

「いえ!なんでも無いです!!」

細かいことどころではなかった気がするが俺はそんな気迫に押され結局はそう言ってしまった。

「それならいいわぁ♪そうだ提督?あなた達が休暇を取っている間にこの鎮守府が一部綺麗になったのよ?もう見てきたたかしら?」

愛宕さんは露骨に話題を変えてきた。

「いえ・・・まだですけど・・・でもそんなものの数日でそんな事が出来るんですかね?」

「それはですね。高速建造材をつかえば一晩で終わるんですよ」

高雄さんがそう言った。

マトモな話をしているはずなのだがそれよりも高雄さんの赤らめた頬に甘い息遣いが気になるんですけど・・・

しかしなんて便利なシステムなんだでも高速建造材についても高雄さんについても突っ込んだら負けな気がするし黙っておこう。

「そ、そうなんですか凄いですね」

「今日は疲れてるでしょうし皆もう休んだらどう?」

「私は書類のお片付け手伝いますよ。これだけお休みを頂いたんですから。」

いつの間にか部屋に入って来ていた大淀が言った。

働き者だなぁ淀屋は・・・今日くらいまだ休みの延長なんだからゆっくりすればいいのに。

「ああ良いの良いの。今日は書類の整理は全部高雄がやってくれたし大淀ちゃんいつも働きづめなんだから今日はゆっくりしてて」

愛宕さんはニッコリと笑った。

ここだけ見てたら優しいお姉さんなんだけどなぁ愛宕さん・・・・

「そうですか・・・すみません。それならお言葉に甘えて今日はゆっくりさせていただきますね」

大淀は律儀ぺこりと頭を下げた。

すると愛宕さんが思い出したように

「そうそう。吹雪ちゃん。あなたの部屋・・・というより新宿舎が完成したのよ。今月また新しい娘が入ってくるからお部屋が増設されたの。もちろんこれも高速建造材のおかげで一晩で終わったわ!」

と言った。

「そんな急に!?」

なんでだろう?元々あの部屋は俺だけの部屋で吹雪の部屋が用意出来るまで同室ってだけだった筈なのに・・・それにきっと俺は吹雪の部屋が出来た事を喜んでやるべきなのに何故か素直に喜べない自分が居た。

こんな急に別室なんて・・・なんだか寂しいな。

でも仕方ないことだしそれが普通なんだと俺は自分自身に言い聞かせた。

「私の部屋・・・ですか・・・」

吹雪も何処か寂しそうだ。

「あまり嬉しくなさそうね。やっぱり提督と同じ部屋が良いの?」

高雄さんが吹雪に尋ねると吹雪は黙って頷く。

そんな吹雪を見て俺は少し安心していた。

「あらそう・・・それなら吹雪ちゃんもそう言ってるし提督が良いなら矯正することではないけれど・・・提督は引き続き吹雪ちゃんと同室で良いですか?」

そんな高雄さんの問いに対する答えは既に決まっている。

「もちろん。吹雪を一人にしないって約束しちゃいましたからね」

「司令官・・・・ありがとうございますっ!」

吹雪はは嬉しそうに言った。

やっぱり吹雪の嬉しそうなところを見てると俺もなんだか嬉しい。

それに何よりこんな可愛い子と一緒に住めるなら願ったり叶ったりだ。(まあ男なんだけど)もう吹雪は俺の妹・・・いや弟みたいなものだし・・・一緒に住むことも苦じゃない。

「それでは提督、もうしばらく吹雪ちゃんの面倒見てあげてね」

そんな吹雪を見た高雄さんはやれやれと言う様な顔をして言った

「はい!もちろん」

それから俺たちは簡単な挨拶や確認を済ませて部屋に戻ると

「お兄ちゃん・・・私まだここに居ても本当に良かったの?」

吹雪は少し申し訳無さそうに聞いて来た。

「ああ。やっとお前と同室ってのにも慣れて来たところだからな。でもそろそろ俺のベッドで寝るのはやめれるように頑張ろうな?大淀に見られたらなんて言われるかわかんねぇし・・・」

「うん!私頑張る。でも・・・」

吹雪がそこで言葉をつまらせる

「ん?どうした?」

「今日は・・・一緒に寝てもらっても良い・・・?」

吹雪は顔を赤らめてそう言った。もう!そんなのズルいだろ!!そんな顔でお願いされたら断れるわけないだろ!!!

「しょうがないなぁ吹雪は・・・良いぞ・・・きょ、今日だけだからな!」

「本当?私嬉しい!」

吹雪は嬉しそうにそう言うと俺に抱きついて来た

そしてその夜俺はまたいつもの様に吹雪と一緒にベッドに入り眠りに就いた。

 

そんな日の深夜の事、俺は尿意で目を覚ます。

「ううっ・・・トイレトイレ・・・」

俺は吹雪を起こさないようにゆっくりと布団から出ようとするが吹雪が居ない。

「あれ?吹雪?」

どこにいったんだろう?もしかしてトイレかな?俺はひとまずトイレを探す事にした。

案の定トイレにはカギがかけられており試しにノックをすると

「ひゃっ!?おっ、お兄ちゃん!?ごっ・・・ごめんなさい・・・あんっ・・・!ごめんおにいちゃんっ・・・・!んくっ・・・・・もう・・・少し時間かかりそうっ・・・・!ひゃうっ!」

何やら吹雪の変な声が中から聞こえる。もしかして便秘か何かなのだろうか?まああんまり深くは聞いてやらない事にしよう。しかし俺も早い所用を足してもう一眠りしたい。

「仕方ないか」

背に腹は代えられないか。俺は部屋の外に有る共用のトイレを使う事にした。

「うぅっ・・・やっぱり夜のこういう所はこええなぁ・・・」

消灯が済んだ鎮守府はただただ非常口の文字がぼんやりと光っている以外は真っ暗で何かが出そうな雰囲気だ。俺は懐中電灯を持って外に出る。

「やべえよ・・・ホントになんか出そうだ・・・早くションベン済まして戻ろう」

俺は駆け足で共用トイレへ向かい用を足した。

「ふぅ〜すっきりした。それじゃあ早く戻って寝よ」

そう思った瞬間

「・う・・・・・い・・・・・」

どこからか女性のうめき声の用な物が聞こえる

「なっ!?なんだ!?」

俺はその声に耳を澄ます

「痛い・・・・・痛いの・・・・・苦しい・・・・」

遠くから何かを痛がる女性の声。これってもしかしなくても幽霊的な何かなのでは!?俺そう言うの苦手なんだよ勘弁してくれよ・・・・幸いその声は来た道とは反対側から聞こえて来た。たしかあっちの方にはno entryと書かれたテープがびっしりと貼られた変な部屋があったんだ。

もしかして何かそれと関係が・・・・・?俺は怖くなり猛ダッシュで部屋に戻り、その日は結局その声が気になって眠れなかった。

 

次の日・・・

「ええ!?夜中の鎮守府で女のうめき声がしたぁ!?」

大淀が目を輝かせている。コイツは昔からホラー映画とかオカルト系が好きだったんだよなぁ・・・・たまに付き合わされて映画見せられたりもしたっけ・・・・

「ああ。昨日確かに痛いって声を聴いたんだよ」

「なんでしょう?ここは以前は旅館だったらしいですしその時の部屋で死んだ女性の霊だったりはたまた志半ばで死んだ艦娘の・・・あの開かずの部屋にはまだ手がつけられていない死体が・・・・」

大淀は露骨に俺を怖がらせようとしてくる。

「わーっ!!やめてくれ大淀!!俺そう言うの苦手だって言ってるだろ!?」

俺は慌てふためいて言う

「謙・・・いえ提督の怖がる顔が面白いんですよ」

大淀は不敵な笑みを浮かべた

「お前まで俺をからかうのはやめてくれよぉ〜」

俺は大淀に泣きついた。

すると

「それじゃあ今夜・・・正体を探りに行ってみます?私と一緒に」

大淀はまた悪い笑みを浮かべる。

こいつ俺がその手のことが苦手なのを知ってる上で誘いやがって・・・!

「なっ・・・何で俺まで行かなきゃいけねーんだよ!!」

「鎮守府の問題を解決するのは提督の義務ですっ!それに・・・」

「それに?」

「一人じゃ怖いじゃないですか〜」

「お前絶対そんな事思ってないだろ・・・」

絶対一人じゃ怖いんじゃなくて俺のビビるところを見たいだけだろ・・・

「じゃあ行かないんですか?」

大淀はそう訪ねてくるが鎮守府の問題を解決するのも提督の義務・・・という言葉が引っかかる。

流石に幽霊的な物をどうこうできる訳ではないが何かが起こってしまう前に真相を掴んでおかなければ他の艦娘に危険が及ぶかもしれない。

この前の任務の時だって俺はただ指示を出して結局は無事を祈ることしかできなかった。

そんな俺が役に立てることがあるのならそれくらいの事はするべきではないだろうか?

「いや・・・でも昨日も気になって寝れなかったし好奇心はあるんだよな・・・それじゃあ一緒に行くか?」

「はい!それじゃあ今日の深夜ですね?」

「ああ。」

俺は大淀と夜中の1時に会う約束をした。

そして深夜1時頃。

吹雪がぐっすり寝ているのを確認し俺はこっそりベッドを抜け出て部屋の外で待っているとこちらに向かって懐中電灯の光が近づいて着て寝間着姿の淀屋がやって来た。

「謙、お待たせ」

「い、いや。今部屋出て着たとこだから」

休暇の時から思ってたけどこいつなんでこんな可愛い寝間着着てるんだよ・・・それに口調もオフモードだしなんか可愛くね?ってこいつは男で俺の親友なんだぞ・・・そんな可愛いなんて・・・

「おい敬語はどうしたんだよ・・・いや。別に良いんだけどさ」

「だって夜は艦娘の仕事はお休みなんだし良いでしょ?ね?それに夜中の鎮守府で2人っきりなんて始めてだしなんだかワクワクしない?」

淀屋は笑った。もうその笑みに以前の彼の面影はほぼ無く本当に美少女のようだ。

たまに可愛い所見せてくんのやめてくれねぇかなぁ・・・・

そんな俺の脳裏にはふと休暇の時の淀屋の言葉が浮かぶ・・・・2人きりかぁ・・・なんか気まずいなぁ・・・

「そっ、それじゃあ行こうぜ!もう気になって寝れないのはゴメンだし正体を突き止めて今日は安眠してやるからな!!」

俺はそんな気まずさをかき消す様に決意した。

すると

「うん!それじゃあ手、繋いでくれる?」

淀屋が手を差し出してくる

「な・・・なんで男同士でてなんか握らなきゃいけないんだよ」

「良いじゃないこの間吹雪ちゃんと私と手繋いだでしょ?それに謙が逃げないようによ」

大淀はまた不敵な笑みを浮かべた。

確かに怖いのは苦手だけど友達をほっぽり出して逃げる訳ないだろ。

でも淀屋がそう言うなら・・・

「わ、わかったよしょうがないな・・・」

俺は渋々淀屋と手を繋ぎ、淀屋は俺の手を優しく握り返してきた。

手の感じもやっぱり以前の淀屋よりも少し細くなったような気がする。

「ありがとう謙。それじゃあその例の場所まで案内してくれる?」

 

そして問題の共用トイレ前に着くとやはり何か人の声が聞こえる。

「・・・・い・・・・やめて・・・・・・・・・・・・・・・・・・たすけて・・・・」

やっぱり昨日と同じ声だ。

なんだかすごく苦しそうな声だし助けを求めてる?!

「淀屋!?聞いたか今の?」

「ええ十分に!こっちから聞こえたわ。謙!早くいこっ!」

淀屋はそう言って俺の手を引いて走り出した。

「うぁあああああいくらなんでも心の準備がだなぁ!!!」

そしてどんどんと声は大きく近くなっていき、ある部屋の前で止まった。

「この部屋からね!」

淀屋は目を輝かせる。

「あれ?この部屋からなのか?」

しかしその声が聞こえて来る部屋はno entryと書いてある例の部屋ではなかった。

俺と淀屋は扉に耳を付け、中の様子を伺う事にした。すると

「痛い痛いってばぁ!もうやり過ぎじゃないかしらぁ」

「愛宕?こんなのでへこたれてたらダメでしょ?」

「あんっ!高雄厳しいんだからぁ・・・痛たたたたた!!痛いってばぁ!誰か助けて〜」

「助けても何も愛宕が悪いんだから!もうちょっと力抜きなさい1」

「あぐっ・・・!だめっ!それ以上はらめぇ!」

ん?完全に高雄さんと愛宕さんの声だ。

一体中で何が行われているんだ・・・・・俺はゴクリと唾を飲み込む。

「謙?どうするの?」

「そう・・・だな・・・ひとまず開けてみるか」

自室ならともかく流石にこんな部屋でもしいかがわしい事を夜な夜なしているなら提督として注意しなくちゃ

俺は覚悟を決めて恐る恐るドアを開けた。

その部屋にはエアロバイクやランニングマシーンが置いてあり、そこでは背中を向けていて顔は見えなかったがスポーツウェア姿の高雄さんと愛宕さんが何やらエクササイズをしている。

どうやらここはトレーニングルームのようだ。

こんな部屋あったのかよ知らなかった。誰か教えてくれてもよかっただろ・・・

部屋の入り口でそんなことを考えて突っ立っていると愛宕さんが俺達に気付いたのか

「みぃ〜たぁ〜なぁ〜!?なんちゃて♪」

そう言ってこちらを振り向いてきた。

その顔はいつもの愛宕さんのものでは無く真っ白だった。

「うわぁっ!!出たぁぁぁぁぁ!!ごめんなさいごめんなさい!!!」

俺は驚いて思わず声をあげてしまった。

「えっ?提督?どうしたんですかこんな夜遅くに」

その声に気づいて高雄さん(?)もこちらを振り向くが今の愛宕さんと同じような顔をしていた

「うわぁぁぁぁぁ高雄さんもぉぉぉぉぉ!?」

「どうしたの謙くん。こんな夜中に?それにそんな顔を真っ青にして」

愛宕さんはいつものようにそう尋ねてくる。

「あ、愛宕さんか・・・顔が・・・・」

俺はガクガクと腕を震わせながら愛宕さんの顔を指差す。

「顔?ああこれ?美容パックよ。こんなのでびっくりするなんて提督結構可愛いとこあるのねぇ〜」

愛宕さんは顔から白いものをぺりぺりと剥がすといつもの愛宕さんの顔が現れた。

なんだパックか・・・流れが流れだからびっくりしてしまった。

しかしこの人すっぴんでもこんなに綺麗なんだ・・・って愛宕さんも男なんだぞ!?それに中身も酔ったらただのおっさんだし・・・

「それで提督?こんな夜中に何か用事かしら?」

高雄さんはすっぴんを見られたくないのかパックをつけたまま俺に尋ねてくる。

「いや・・・なんか昨日この部屋の前を通り過ぎた時に変な声が聞こえるんで幽霊か何かかと思って・・・」

「私はその付き添いです。謙・・・いえ提督がどうしても声の正体が知りたいって言うので」

後ろから淀屋がぬっと出て来た。

お前が見に行くって言ったから仕方なく付き合ってやったのは俺なんだぞ!?まあいいや・・・

「まぁ幽霊ですって!愛宕が変な声出すから・・・提督、驚かせちゃったみたいでごめんなさいね」

「え・・・・ああはい」

俺が呆気にとられていると

「ところで高雄さんと愛宕さんは何をされてたんですか?」

大淀が二人に尋ねる

「ダイエットよ。休みの間に飲みすぎたせいで愛宕の体重が増えちゃったのよ。だから私が付き合ってあげてたんだけど運動も何もしないからこの人たるんでて」

高雄さんが愛宕さんのお腹をぺちぺちと叩く。

確かに太っているとまではいえないが少し下っ腹が出ていた。

「いやぁんっ!もぉ〜高雄〜やめてったらぁ!」

愛宕さんが顔を赤らめる。

「何がやめてったらぁ・・・よそれだけあなたが怠けてたのがいけないんでしょ?」

「あんっ!やめっ・・・!お腹の肉つままないでよぉ」

「ほら、提督が見てるんだからあんまり情けないこと言わないの」

「だってぇ」

なんで夜中に男二人がイチャイチャしている所を見せられなければいけないのか。

いやまあ目の前にいるのは確かに外見的には美女二人なのだがショートパンツがもっこりとしていてどうしてもそれが気になるし幽霊だと思っていたものの正体がただダイエットの為にエクササイズをしていた二人だったとわかると急に力が抜けてしまった。

「なんだよぉ・・・そんな事かぁ〜」

「ガッカリだったねけ・・・いえ提督・・・はぁ・・・」

それにしても残念そうだなぁ淀屋・・・

俺もなんだか怖がっていたのがバカバカしくなってきてそれと同時に眠気が込み上げて来る。

「なんか安心したから急に眠くなってきました。俺寝ます。おやすみなさい」

「私もそうします。高雄さん、愛宕さんおやすみなさい」

「ええおやすみなさい。ほら愛宕。あと一時間はやるわよ?」

「ええ〜やだぁ〜この鬼ぃ〜いたたたたたたたたたた!ちょ、高雄マジでそれ痛てぇって・・・ちょ・・・ちょっと提督助けてぇ〜」

部屋を後にしようとすると高雄さんたちはエクササイズを再開し、愛宕さんが俺に助けを求めて来たがそんな声を背にして俺たちは部屋を出た。

 

「はぁ〜まさか愛宕さんがエクササイズで柔軟するときに出してた声だったなんて人騒がせな人だなぁ・・・はぁ・・・」

俺は大きなため息をつく。

「そうね・・・こういう所には怪談がつきものだと思ってたんだけど・・・・でも謙が美容のパック付けた高雄さんと愛宕さん見るだけであんなに驚くなんていいもの見れたわ!録画したかったくらいよ」

淀屋は嬉しそうだ。

こう言うところは全然変わってないなこいつ・・・・

少しムカついたが以前と変わってないところもある思うとなんだか少し安心したようなきがする。

そして俺達が部屋に戻ろうとしたその時、俺はある異変に気付いてしまう。

「おい・・・淀屋・・・・」

「何?謙」

俺は恐る恐る懐中電灯を後ろに向けた。するとno entryと書かれたテープがびっしりと貼られた扉が開いていたのだ。

「あれ・・・開かない部屋だったよな・・・?」

「え、ええ・・・」

「なんで開いてるんだ・・・?」

「なんでだろ?」

俺の心拍数は見る見るうちに上がっていった。

そして耳を澄ますとトイレの方からぺたっ・・・ぺたっ・・・という足音が聞こえてどんどんこちらの方に向かってくる。

「おい淀屋・・・なんかがこっちに近付いて来てるぞ・・・」

「そうね・・・もしかして本物の幽霊だったりして・・・・」

俺は怖くて後ろが振り向けない。

「おい淀屋・・・先に振り向けよ・・・」

「わっ・・・私もこういうのに直面したのは初めてで・・・・なんか竦んじゃって・・・それに私スプラッタ系は好きだけどジャパニーズホラー系はダメなのぉ・・・!」

淀屋は震えていた。

こいつまじかよ!!もしかして怖かったからって言うのは本心だったのか!?

「なんだよぉ!お前こういうの大好きなんじゃなかったのかよぉ!!」

「だだだだって興味はあったけどまさか本当だとは思ってなかったんだもん!!」

淀屋は声を振るわせている。

そんな事をしている間にもどんどんと足音はこちらに近付いてくる。

ダメだ・・・!逃げるにしてもあの部屋の先は行き止まりだし・・・もしかしたら他の誰かがトイレに起きただけかもしれない!そうだ!そうに違いない!!

「よし淀屋・・・せーので振り向くぞ・・・」

俺は覚悟を決め小声で淀屋に伝えた。

「う、うん・・・」

淀屋はゆっくりと頷く。

「よしそれじゃあせーのっ!」

俺と淀屋は一斉に後ろに振り向き懐中電灯でその音がする方を照らした。

するとそこには顔が隠れる程の長い黒髪をした"何か"がこちらに向かって歩いて来ているではないか。

長い髪、それに生気のない歩き方・・・これってもしかしなくても幽霊!?嘘だろまじで居たの!?

「ぎゃあああああああ!!!!でっでたああああああああ」

こんな二段オチで本物の幽霊見ちゃったの俺!?

「きゃぁあああああ謙私怖い!!!」

淀屋も悲鳴を上げて俺に抱きついてきた。

どどどどうしようこんな時どうすればいいんだっけ・・・塩?いやいやそんなの持ってないし

俺がどうするか悩んでいるとするとその"何か"も

「うわあああああああああああ!!」

と声を上げた。

あれ?あっちもビックリしてるのか?

そして俺達と何かの間に少しの間静寂が流れる。

その静寂を壊す様にその"何か"が

「あっ・・・あの・・・・・」

とかき消されそうな声で語りかけてきた

「うわああああ喋ったああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

幽霊に話しかけられた!?やばい・・・本当にこれ呪われたり取り憑かれる奴じゃないのか!?

俺は恐怖で身を震わせていると

「どうしたの!?」

高雄さんと愛宕さんが部屋から飛び出して来る。

「あっ・・・あれ・・・・・幽霊・・・・」

俺はその"何か"を指差した。

それを見た高雄さんが

「幽霊・・・?あら・・・・初雪ちゃん!また食堂の冷蔵庫から何か持って来たのね!?」

えっ・・・高雄さんとこの幽霊知り合いなのか?

「あの・・・初雪って・・・?」

「ああ提督には言ってませんでしたね。実はこの鎮守府にはもう一人艦娘が居るんです。と言ってももう艦娘なんてやらないって言って部屋から出てこなくなってたんですけど・・・・」

高雄さんはそう言った。

言っといてくれよそんな大事なことくらい・・・

初雪と呼ばれた長髪の少女はまたかき消されそうな声で

「わっ・・・私・・・幽霊・・・じゃない・・・・人聞きの・・・悪い事・・・・言わないで・・・」

と言ってそそくさとno entryと書かれた扉のある部屋に入りバタンと扉を閉めた。

なんだったんだ一体・・・

「えーっとあの子は・・・?」

「あの子は初雪。もう艦娘をやめたんです。でも身寄りがなくて仕方なくここに住み着いてしまってそれに戦場で受けた心の傷がまだ癒えてなくて私達と顔を会わすのが嫌みたいで・・・たまに食べ物とかを取りに夜中にこっそり食堂に出て来たりするんですよ。それに定期的に私が散髪してあげてるんですけど最近全然出て来てくれなくて。でっ・・・でも不器用なだけで悪い子じゃないんですよ?」

高雄さんは寂しそうに言った。

「そうだったんですか・・・ちょっと悪い事しちゃったかな・・・」

俺は少し罪悪感を覚え、一度会って話してちゃんと謝らなきゃな。

そう心に決めた。

 

 

それから半月程月日は流れ・・・




この話にリンクしたサブストーリーがありますのでそちらもよろしくお願いします。
https://novel.syosetu.org/119455/4.html


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春に吹く風

 「はぁ〜何でこんな時に限って俺が買い出し当番なんだよ・・・」

俺は不平不満を漏らしながら両手にパンパンに詰ったレジ袋を持って歩いている。今日は新しい艦娘が数人着任するということで歓迎会用の食材等もついでに買ってくる事になってしまったのだ。なんというタイミングの悪さ・・・せめて誰か手伝ってくれても良いじゃねえかよ・・・

そんな不満をつのらせながらぼとぼと海沿いの道を歩く。

そしていつもの所定の位置で立ち止まり、海が見えるベンチに腰掛けレジ袋からアイスを取り出した。

「ふう〜ちょっと休憩。買い出しの帰りに海を見ながら食うアイスは最高だな!」

一人でそう呟きアイスをほおばる。

やはりここで食べるアイスは格別だ。

俺は一気にアイスを口の中に掻き込む。

 

そしてアイスはあっという間になくなり、俺はつい先月この町を去った小さな友人の事を思い返していた。

「ついこの間まではここに来ればソラと会えたんだけどなぁ・・・・今アイツ元気でやってるのかな・・・?」

急に引っ越すと言ってから日は経ったが引っ越した先でソラが上手くやれているのかここに来るたび心配になっている。

そんな時だ。

海の青とは不釣り合いな桜色の着物を着た少女が何やら辺りをキョロキョロと見回しながら歩いていた。

彼女からは育ちの良さそうな品のあるオーラの様な物が漂っていて、その姿はまるで道路沿いに植えられた青々と茂った木々の中に一つだけ季節外れの桜の花が咲いているかのようだった。

そんな少女に見とれていると少女がこちらに近付いて来た。

やべっ・・・!ちょっと見つめ過ぎた?これって事案モノ!?もしかして警察とか呼ばれるんじゃ・・・・俺の血の気がサッと引いて行く気がした。しかしこの大荷物を持って全力疾走する程の余力も残っておらず、俺はあたかも始めから道路を眺めていたかのようにその少女から視線を外す。

すると

「あの・・・少し宜しいでしょうか?」

その少女はあろうことか俺に話しかけてきた。

ヤバい!何言われるんだろう・・・・ここは平静を装え俺!!

「どどどどうしました桜の花びらの様にお美しいお嬢さん?こんなところ一人で歩いてたら危ないですよ」

しまったァァァァ!完全にキョドってしまった上に余計な事まで言ってしまった・・・これは本格的にヤバいぞ・・・初対面のヤツに桜の花びらの様に美しいだなんてそんな事言うヤツなんて変に思われるに違いない・・・終わった・・・そんな事を思っていると

「あら。美しいだなんてありがとうございます。ふふっ」

少女はそう言って笑った。

よ、よかった・・・変に思われたりはしてないみたいだ。

俺が胸をなでおろしていると

「あの・・・お尋ねしたい事があるのですが・・・お恥ずかしながら道に迷ってしまいまして」

少女はそう続けた。

迷子か。

通りでこの辺じゃ見かけないはずだ。

でもこんな所に一体何のようなんだろう・・・?

そんな疑問が過ぎったがこんな綺麗な子をこのまま放おっていくわけにもいかない。

「はい!何なりと仰ってください!俺が力になります!」

「あらあらそんなにかしこまらないでください。××鎮守府へはどちらに行けば良いのでしょうか・・・?わたくし方向音痴なモノでして・・・」

少女の口からは聞き慣れた場所が飛び出してきた。

鎮守府?こんな子が鎮守府に用って一体なんだろう?

まあいいや。

どうせ帰るついでだs案内してあげよう。

「ああ。それなら俺も今から鎮守府へ行こうとしてる所なんだ。もし良かったら案内するよ」

「まあ!それは奇遇ですね!それでは案内して頂いても宜しいでしょうか?あっ、申し遅れましたわたくし春風と申します」

春風と名乗るは律儀に頭を下げた。

春風かぁ・・・まるで桜の花びらの様な美しい容姿にぴったりな名前だぁ・・・俺はそんな事を思いながら自分も名乗る事にする

「春風ちゃん・・・か。俺は大和田謙。よろしく」

「はい。謙さん・・・鎮守府までどうかよろしくお願い致します」

春風はまた頭を下げた。

どこまでも気品あふれる良い子だなぁ・・・

「それじゃあ行こうか。こっちだよ」

俺は春風を連れ鎮守府へと歩いた。こんなの都会だったら確実に事案になってるぜ・・・しかし綺麗な娘だなぁ・・・こんな娘に声かけてもらえるなんて買い出し任されて正解だったな!そんな事を考えていると

「謙・・・さん?」

春風が俺の顔を見つめて話しかけてくる

「ん?どうかした?」

「いえ。なんだか謙さん嬉しそうだなって。何か良い事でもありましたか?」

マズい・・・知らぬ間に頬が緩んでいた様だ。

これじゃあまるっきり不審者じゃないか・・・

なんとかして怪しまれないようにしなきゃ・・・

「ななななんでも無いよ・・・・?」

「そうでしたか。ところで謙さん?」

春風はまた俺を呼んだ・・・なんか変だったかな・・・?

「はいっ!何かな!?」

俺は声を少し振るわせて返事をした。

「両手に抱えたお荷物重くはないのですか?指が赤くなっていますよ?」

なんていい子なんだ・・・こんな年端もいかないような子なのにこんな気遣いまでしっかり出来るなんて・・きっと良家で育てられたそうとう育ちの良いお嬢様なんだろうなぁ・・・

「心配してくれてありがとう。でもこんなの慣れっこだから全然平気だよ!」

正直指は痛かったが少し見栄を張って軽く荷物を上下に持ち上げてみせた。

そんな事をしているうちに鎮守府が見えてくる。

「あっ、見えて来た!あれが××鎮守府だよ」

俺はレジ袋を持った手を力一杯上に上げ鎮守府を指差した

「まあ・・・あれがそうだったのですか。なんだか小さいのですね。わたくし先ほど通り過ぎてしまいました」

なるほど。

通り過ぎたからあんな所をうろうろしてたのか。

しかしお嬢様だからなのだろうか?割と言い方がはっきりしているというかなんというか・・・・

そんな事を考えながら鎮守府へとたどり着く

「着いたよ。で、ここに何の用なのかな?」

「ええ。はい。わたくしは今日付けでここに着任する事になったのです。すこし約束の時間より早いのですが折角なので先にここの司令官様にご挨拶をと思いまして・・・・」

着任・・・・?

という事はまさかこの子も艦娘なのか!?

こんな戦いとは全く無縁そうなこの子が!?

いやはや時代と言う物は恐ろしい・・・こんないたいけな少女すら戦場に駆り出さなければならないのだから・・・・俺は脳内でそんなポエムを読み上げ彼女に確認を取る

「着任って・・・君艦娘だったの?」

「ええ。そうです神風型駆逐艦の三番艦の春風です」

なんて事だ・・・こんな娘が艦娘だなんて・・・そんな事を考えていると

「ところで謙さんこそ鎮守府にご用があると仰っていましたがなんのご用だったのですか?」

「ああ。俺?俺は何を隠そうここの提督だからさ」

俺がそう言うと春風は目をぱちぱちとさせた後

「失礼致しました!わたくしとんだご無礼を・・・・ここの司令官様だったのですね。食料を大量にもっていらしたのでてっきり雑用係か使用人の方か何かかと・・・」

彼女は言った

最後の二言が余計だ。し

かし礼儀は正しいけどやはり少し嶮の有る言い方をする子だなぁ・・・多分この子に自覚は無いんだろうけど・・・まあいいや。

「いいよいいよ。俺も名乗っただけで何も言ってなかったからね。これは今日着任する新しい艦娘の歓迎会をやるから色々買って来たんだ」

「そんな・・・わたくしを歓迎してくださるのですか?嬉しいです!」

「ああ。ようこそ××鎮守府へ。特に何もない所だけど良い所だよ。さあ中を案内するよ」

 

俺は彼女と共に鎮守府へと足を踏み入れた。

「うーん・・・まずは春風の自室に通してあげたいところなんだけど俺もまだ部屋の事とかよくわかってないんだよね。多分大淀なら知ってると思うからひとまず執務室へ行こうか。とその前にこの荷物を食堂に置きに行かなきゃ。じゃあまず食堂を案内するよ」

「はい。お願いいたします」

彼女はまた頭を下げた。

そしてに食堂にたどり着くと、そこでは阿賀野がテーブルに突っ伏して気持ち良さそうに寝ている。

俺はそんな阿賀野を尻目にレジ袋を厨房の隅に置いて食材を片付け食堂の紹介を始めた。

「ここが食堂。基本的にご飯はみんなここで食べるんだあとそこで寝息をかいてるのが阿賀野っていう艦娘な。いつもあんな感じでマイペースなヤツなんだ。でも悪いヤツじゃないしフレンドリーだから春風とも仲良くしてくれると思うよ」

「昼間っからこんな所でお休みになられるなんて・・・お暇な方なのですね」

春風は言った。

やっぱり少し皮肉めいた事を言う子なんだなぁ・・・まあアイツの名誉の為にも弁護しといてやるか。

「でっ・・・でも暇な事って出撃しなくていいから平和で良いと思うけどな〜それにアイツはあんなのだけどやるときはやるヤツだから!」

俺は少しだけ阿賀野にフォローを入れてやった。しかしこのまま寝かしておくのも問題だ。折角新しい艦娘が来たんだから起こして挨拶をさせよう。

「ちょっと待っててくれ春風、今から阿賀野の事起こすから」

「大丈夫ですよ。阿賀野さんに悪いですし・・・」

彼女は遠慮をしたが

「あーいいよいいよ。どうせもうすぐしたら起こさなきゃいけないんだし。おーい阿賀野起きろ〜」

俺は阿賀野を揺り起こすが例によって全く起きる気配はない。

しかし何度も同じ轍を踏む俺ではない。

今日は秘策が有るんだ!

俺はさっき置いたレジ袋からポテトチップスを取り出し封を開けた。すると

「フガッ!?コンソメの匂いっ!!」

阿賀野は飛び起きる。

まさかこんなすぐに飛び起きるとはほんと食い意地の張った奴だなぁ・・・

「あらあら。面白い方」

それを見て春風はクスクスと笑っていた。

「阿賀野・・・・やっと起きたか。今日はここに新しい艦娘が着任しに来るんだぜ?そんなだらしない所初日から見せてどうすんだよ?」

俺はそう阿賀野を諌めた

「ごめんなさ〜い。でも新しい娘がくるのは夕方でしょ?今阿賀野は優雅なお昼寝タイムだったのにぃ〜それよりコンソメちょうだい!」

阿賀野はそう言って俺の手に持ったコンソメ味のポテチの袋に飛び付いてくる

「おいおい犬かお前は・・・それよりアレ見てみろよ」

俺はコンソメの袋を春風の方に向ける。

「ん〜?誰この子」

阿賀野は春風に気付き首をかしげた

「その今日着任する艦娘だよ」

「はじめまして。春風と申します」

春風は阿賀野に頭を下げる。

「ええ〜ちょっとやだ・・・提督さん!もしかして今さっき阿賀野が寝てたのもポテチの匂いで跳び起きたのもぜ〜んぶ見られてた・・・?」

阿賀野は顔を真っ青にして言った。

「もしかしても何もお前が気持ち良さそうに寝てる所から何から全部見られてたぞ」

「もぉ、やだやだ。あっ、コホン。最新鋭軽巡の阿賀野よ。よろしくね」

阿賀野は春風にそう名乗った。

「こちらこそよろしくお願い致します」

春風はそう返事をする

「ってわけだ阿賀野。これから仲良くしてやってくれよな。おっと執務室に行かなきゃいけないんだった」

「はーい。提督さん提督さん!ポテチ開けちゃったんだから食べても良いよね?」

阿賀野は目を輝かせて聞いてくる。

「しょうがねぇな・・・いいぞ」

俺はポテチの袋を阿賀野にさし出す。

「わーい!提督さんありがとー」

阿賀野はぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。

跳ねるたび胸がぶるんぶるんと上下に揺れているのに目を奪われそうになるがこいつは男なんだと自分自身に言い聞かせてなんとか平静を保った。

「それじゃあ俺は春風と執務室行くから。そうだ、歓迎会用の食い物勝手に食うんじゃないぞ?」

俺は阿賀野に釘を刺した

「も〜阿賀野そんな意地汚くないもん!」

「どの口が言うんだ・・・それじゃあ俺そろそろ行くから」

「ごきげんよう阿賀野さん」

春風はまた軽く会釈をする。

「春風ちゃんまったねー」

阿賀野は片方の手でポテチを抱え俺達の事を手を振って見送ってくれた。

「どうかな春風?あんな奴だけど上手くやっていけそうか?」

「ええ。少々だらしのない方だと思いましたが素敵な方だと思います」

「そうか。ならよかった」

俺は春風の返答に胸を撫で下ろす。

そして演習場に差しかかると吹雪がいつものように一人で射撃訓練をしていた。

本当にいつも熱心な奴だ。

「おーい吹雪ー!」

俺は吹雪を呼ぶと砲を構えるのを止めてこちらに駆け寄ってくる。

「あっ、司令官!帰ってたんですねおかえりなさい!あれ?その子は?」

「吹雪、今日新しく着任する春風だ。仲良くしてやってくれ」

俺は春風を吹雪に紹介した

「神風型三番艦の春風です。よろしくお願い致しますね吹雪さん」

春風は吹雪にも会釈をする

「うわぁ〜!この鎮守府私以外に駆逐艦の子が居なくて同い年くらいの娘とおしゃべりする機会が今まで無かったの!これからよろしくね春風ちゃん!私の事もさん付けなんてしなくて良いよ!!あ・・・あのね・・・急で春風ちゃんも困っちゃうと思うんだけどお友達になってくれる・・・?」

「そうですか。わたくしもまだ艦娘になって間もない身でそう言う方とはあまりお話をした事が無くて・・・そんなわたくしとお友達になってくれるのですか・・・?是非お願いします」

「うん!当然だよ!!これからよろしくね春風ちゃん!!」

吹雪は嬉しそうに春風の手を取った。

「ええ。こちらこそよろしくお願いしますね吹雪」

吹雪に手を握られた春風も嬉しそうに吹雪を見つめていた。

よかった。

春風も吹雪とはすぐに打ち解けられそうだし何より吹雪のこんな表情見た事無かったしそういえば駆逐艦は吹雪一人だったし前もそんな事を言っていたし結構寂しい思いをしてたのかもしれないな。

「吹雪、話してる最中で悪いんだけど俺と春風は執務室へ行くから今はそのくらいにしておいてくれるか?訓練の邪魔して悪かったな」

「いえそんな事はありません。私・・・駆逐艦のお友達が出来て嬉しいです司令官!じゃあ春風ちゃんまた後でね!」

「ええ。また後ほど」

 

俺達は吹雪と別れ執務室へたどり着いた。

「ここが執務室だ。それじゃあ入ってくれ」

俺は執務室の扉を開けて春風を迎え入れる

「失礼致します」

春風と執務室へ入るとそこには大淀と高雄さんが居た。

「あっ、提督帰ってたんですね!お帰りなさい」

「お帰りなさい提督、あら?その子は?」

「ああ。今日着任予定の春風だ。ちょっと早く着いちゃったみたいで買い出しの途中で会ったんだ」

「春風と申します。以後よろしくお願い致します」

春風はまた頭を下げた

「話は聞いています。私はここの秘書官をしている大淀です。よろしくね」

「私は高雄です。医務室も任されているから何か体調が悪くなったりしたらいつでも相談してね」

大淀と高雄さんは一通り春風に挨拶を済ませた。そういえば愛宕さんの姿が見えないな・・・

「高雄さん。愛宕さんを見かけないですけどどこ行ったんですか?」

俺は高雄さんにそう聞く

「ああ愛宕?歓迎会だからお酒が飲めるわぁ〜って言ってお酒買いに行ったわ。まったく。また飲み過ぎないといいんだけど・・・・」

高雄さんは呆れて言った

「そ、そうですか・・・」

また酔っぱらってオッサンみたいになって新しく入ってくる艦娘たちにウザ絡みしなきゃ良いけど・・・・ん?オッサン?

そういえばここにいる艦娘はみんな男な訳で・・・そんな環境にこんないたいけな少女一人を放置していいんだろうか?まあ他にも新しい艦娘は来るっていうし男女比は10:0から多少は女性方向に傾くんじゃないだろうか・・・?

ところで他の娘はどんな子だろうなぁ・・・美人な人だったら良いなぁ・・・俺はそんな事を考えていると

「提督・・・今何か変な事考えてましたよね?」

大淀がこちらを睨んでくる。な

んて奴だ・・・俺そんなに顔に出てたかなぁ・・・

「いっ、いや断じてそんな事はないぞ!」

俺は必死で否定をした。

「そう・・・ならいいですけど。それでは提督?春風さんを部屋に案内してあげてください。これ部屋の鍵です。番号が書いてあるのでその部屋まで連れていってあげてくださいね」

大淀はそう言うと鍵を渡してきた。

「ああわかった。新宿舎の101号室だな。それじゃあ春風、部屋まで案内するよ」

「はい。よろしくお願い致します。それでは高雄さん、大淀さん失礼致します」

春風はまた深々と頭を下げ俺達は執務室を後にした。

そして宿舎の番号に書かれた部屋の前にたどり着き、

「ここだな」

俺は貰った鍵を使って扉を開けた。

「あら・・・少々狭いですがわたくし一人が生活する分には問題の無い広さですね」

「少し狭いかもしれないけどここが今日から春風の部屋だ。今は最低限の物しか無いけど家具とかは近いうちに家具屋さんにお願いして揃えてもらおう」

「ええ。そうですね。ところで・・・」

春風は何かを言いたそうにこちらを見つめる。

「ん?どうした春風」

「わたくし・・・汗をかいてしまって・・・お風呂に入りたいのですが」

春風は少し恥ずかしそうに言った。

「ああ、それならそこにシャワーがあるみたいだけど風呂に入りたいんなら大浴場があるよ案内しようか?」

俺は春風に提案した。今なら阿賀野もポテチ食ってるし吹雪は演習中、大淀と高雄さんは執務室にいるし誰とも出くわす事はないだろう。

「ええ。それでは案内お願いしても宜しいでしょうか」

「それじゃあこっちだ。着いて来てくれ」

俺は春風を大浴場へと案内した。

「それじゃあ俺はここで待ってるから風呂上がったらまた声かけてくれ」

俺は大浴場の入り口で誰かがこないか見張っておこうと思い春風にそう言った。

「いえ。せっかくなので司令官様も一緒に入りませんか?こういう時殿方のお背中をお流しするのがお近づきの印だと聞いた事があります。」

えっ!?ええ!?そんな・・・・良いのか・・・・・?どうする俺・・・どうするんだ・・ここは断るべきなのか・・・?それとも善意は有り難く受け止めるべきなのか・・・・良し!折角一緒に入っても良いって言ってくれてるんだから一緒に入ろう!!

「ほ、本当にいいのか・・・?」

「ええ。構いませんよそれでは行きましょう」

春風はそう言って俺と共に脱衣所へと足を踏み入れた・・・あーやばい・・・心拍数上がって来た・・・

そして春風は着物を脱ぎ始める。

平常心だ平常心・・・俺はなるべく服を脱ぐ春風の姿を見ないように服を脱ぎ、

「それじゃあ俺先には入ってるから!!」

俺は大急ぎで大浴場に駆け込んだ。

それから少しして扉が開き春風が浴場に入ってくる。

・・・・ん?なにやら胸が着物を着ていたときよりも小さい・・・というか無いに等しいぞ・・・?着膨れするタイプだったのかなぁ・・・?

そして駆け湯を済ませ俺の方に春風がやって来て

「ここのお風呂はとても広いですね。わたくし気に入りました。それでは失礼致します」

と言って身体を隠していたタオルを畳み浴槽に足を踏み入れようとする。

その時タオルで隠れて居た股間部からなにやら見慣れた物が現れた。

 

あーまたこのパターンか・・・・

「春風お前・・・・」

「どうしました司令官様」

「お前男だったのか?」

俺は春風に聞いた

「え、ええそうですけど」

春風はあっさりと答える。

「ずいぶんとあっさりなんだな」

俺はあっけにとられる

「だって聞かれませんでしたし・・・」

春風は少し恥ずかしそうに言った。

「そうか・・・・はぁー」

俺はため息を一つついた

「殿方とお近付きになるには男同士の裸の付き合いと秘密の共有をする事が良いとわたくし本で読んだ事があります。なのでこの事はわたくしと司令官様だけの秘密で・・・」

春風はそう言った。一体何の本を読んでたんだコイツは・・・

「あーそのことなんだけどな・・・・」

「はい何でしょう司令官様」

「ここにいる他の艦娘もみんな男なんだよ・・・さっき会った艦娘全員な」

「な、なんですって!それなら好都合です!」

春風は驚くどころか目を輝かせている。

「あんまり驚かないんだな」

「わたくし殿方のお友達やお知り合いに囲まれるのが夢でしたから!!」

春風は嬉しそうに言った。

殿方って・・・そうっていのかどうか怪しいのしか居ないけど大丈夫なんだろうか?

「えっと・・・それはまたなんでなんだ?」

「ええ。わたくし・・・家のしきたりで女らしく女らしくとずっと女として育てられて来たのです。艦娘になったのも家が女らしく有る為には艦娘になるようにと言う事でいわれるがまま艦娘になったのです。でもわたくし本当は外で走り回ってどろんこになって遊んだり男の子のお友達が欲しかったりしたかったんです・・・でももうこの女の子のような生活や口調が板に付いてしまって・・・それは叶わない事かと思っていました・・・」

春風は言った。本当は男らしくありたかったのに家の都合でこうなってしまった彼女を俺は少し可哀想に思えた。

「それじゃあ俺がお前に男らしさを教えてやるよ!」

「えっ・・・本当ですか!?わたくし殿方とあまりお会いする機会も無くずっと女性だらけの環境で育って来た者で・・・」

「大丈夫大丈夫!そうだな−今度の休みにでも一緒に魚釣りでもしよう。俺がやり方教えてやるから!」

「本当ですか!?わたくし魚釣りと言う物をやってみたかったんです!」

春風は嬉しそうに言った。

よかった喜んでくれたみたいだ。

「ああいいぞ。他にもやりたい事があったら言ってくれ。極力お前の力になってやる!」

俺は胸をポンと叩き言った

「嬉しいです・・・そうだ!司令官様のこと師匠と呼ばせて頂いて宜しいでしょうか?」

春風は言った。師匠・・・?

「なんで師匠なんだ?」

「はい!何かを教えてくださる目上の殿方の事は師匠と呼ぶ物だと本に書いてありました!だからわたくしに男らしさを教えて頂けるのなら司令官様は師匠です!!」

だから何の本なんだ・・・しかし礼儀の正しい常識人そうな人に見えたけど少し一般常識からはズレてる子なんだなぁ・・・

「では師匠!早速お背中お流ししますね!上がってください!!」

春風はそう言って浴槽から出た。

さっきは湯気で余り見えなかったがハッキリと彼女の身体のラインを見る事が出来た。

なんというかアレが付いている事以外は本当に華奢な女の子というような感じだ。

それに股間をタオルで隠しているからもう年相応の女の子にしか見えない。俺はそんな子の背中流しに耐え切る事が出来るのだろうか・・・

そして俺は何度も鼻血が出そうになるのを必死で堪えやっとの事でなんとか鼻血を出さずに風呂から上がることができた。



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新しい仲間

 新しく××鎮守府にやって来た春風と突然なし崩し的に風呂に入る事になってしまった俺は春風が男だと言う事と今まで女の子として育てられてきたこと、春風自身は男らしくなりたいという事を聞いた。

そして俺はなんとか鼻血を出さずに風呂からあがることができた。

「は・・はぁ・・・」

俺は安堵の息を漏らす

「師匠?どうされました?顔が赤いですがわたくし少し長風呂をしすぎてしまいましたか?」

春風は俺を心配してくれている様だ。しかし駆け寄ってくる彼女はタオル一枚。火照った肌はタオルで隠れている方が色々と想像を掻き立てられエロスすら感じる。いやいや流石にこんな年の子に欲情したら犯罪だぞ俺・・・それに春風は男なんだから・・・俺は心の中でそんな事を何回も自分に言い聞かせ服を着る。

「いっ・・・いや大丈夫・・・それよりこれからどうするんだ?」

俺は春風に尋ねた。

「はい。ひとまずお部屋に戻って髪を整えようかと」

春風は言った。

「もう部屋の場所は案内しなくても大丈夫か?」

俺は春風が方向音痴と言っていたのでそう声をかける。

「ええ。もう大丈夫です覚えましたので」

春風はそう言って慣れた手つきで着物を着て胸にパットを詰めていた。

「それじゃあ大丈夫だな。あっ、そうだ。一緒に風呂に入った事は他の皆にはナイショにしといてくれるか・・・?」

俺はまた大淀に殴られるかもしれないと思いそう釘を刺す。

「はい。もちろんです。わたくしと師匠だけの秘密ですね。殿方と距離を縮めるには秘密を共有するというのも良いと読んだ事があります」

春風は言った。とりあえず口が軽そうな子にも見えないし大丈夫だろう。しかし春風は一体どんな本を読んでそんな知識を蓄えたんだろうか?知識に偏りがあるというかなんというか・・・

「なあ春風・・・」

「なんでしょうか師匠?」

「お前のその本で読んだって言うのは一体どんな本を読んでたんだ?」

俺は気になっている事を聞く事にする。

「はい。それはですね・・・」

春風がそう言いかけた時だった。

「あれ〜?誰か居るの?」

聞き覚えのあるのんびりとした声が聞こえる。

「げぇっ!阿賀野!?」

俺はそう声を上げた

「あっ、提督さん!こっちのお風呂に来てるなんて珍しいね」

「あ、ああ・・・たまには広い入りたくなってな」

俺はそう返事をする・・・マズい・・・春風と一緒に風呂に入ってたなんて阿賀野に見られたらどうなることやら・・・ここはなんとしても阿賀野を大浴場から遠ざけなくては!

「そ、そうだ阿賀野!風呂上がったら牛乳飲みたくなっちゃったな〜ちょっと持って来てくれないか?」

よし・・・完璧だ。嫌がられたとしてもさっき渡したポテチの恩を着せて何としてでも食堂から牛乳を持ってこさせてやるッ・・・すると

「あっ、それなら阿賀野1本じゃ足りないと思って牛乳2本持って来たの。でも提督さんが飲みたいならさっきポテチ貰ったお礼にあげる。じゃあ入るね〜」

阿賀野はそう言って大浴場の扉に手をかけた

「あー待ってくれ!やっぱ牛乳って気分じゃない。コーラが飲みたいなぁ〜そう言えば食堂の冷蔵庫に歓迎会用のコーラがあった様な気がするなぁ〜」

俺は必死に扉を押さえて抵抗する

「も〜!歓迎会用のに手をつけるなって言ったの提督さんじゃない!!開けてよ〜」

阿賀野も負けじと扉を開けようとする

「うわぁぁ!!頼む阿賀野!!ちょっとでいい!!ちょっとでいいから目をつぶって待ってくれえええええ!!!!」

俺はもう半ば泣き言の様な事を言って扉を押さえていた。すると

「師匠?さっきから何をされているんでしょうか?わたくしもそろそろお部屋に戻りたいのですが」

春風は俺を不思議そうに眺めている

「ああ春風!なんでも無いぞ!!ちょっと扉の建て付けが悪くてな〜ははは・・・」

俺はそんな出任せを春風に言った。すると

「えっ!?春風ちゃんも一緒なの?提督さん中で何やってんの!?あーけーなーさーいー!!!」

しまった!春風が居る事がバレてしまった。何やってんだ俺・・・

風呂に入ったばかりだと言うのに俺の額に汗がダラダラとつたう。

「わーっ!!こっ・・・これは全くやましいことはなくてだな!!」

もはや言い訳にもならない言葉を俺はただただ発していた。

すると

「あ〜じゃあ開けてくれないんなら提督さんが春風ちゃんと一緒にお風呂場に居たって皆に言っちゃおうかな〜」

阿賀野は言った。それはマズい。大淀に知られたらどうなるかわかったもんじゃない・・・くそぉもうバレちゃったしここは穏便に済ます方向で・・・

「わかった!開けるから!!開けるからちょっと待ってくれ!!」

俺はそう言って扉の取っ手から手を離す。すると扉が勢い良く開き

「うぎゃっ!」

阿賀野が開いた扉の先でそう声を上げ尻餅を付いていた。

「いたたたた・・・もう提督さんが急に離すから」

俺はそんな阿賀野に手を差し伸べる

「阿賀野大丈夫か?」

阿賀野は俺の手を取り立ち上がり

「大丈夫じゃないよ提督さん!それに汗でびしょびしょになっちゃったじゃない」

と言った。そしてそれだけでなく服の胸元を引っぱり胸を必要以上に見せびらかしてくる。

「やっ!やめろよ!胸を強調するな胸を!!」

俺は顔を真っ赤にして顔を手で覆った。

「あ〜提督さんやっぱり私のおっぱい気になってるんだ〜良いよ?提督さん今からもう一回阿賀野とお風呂入る?」

阿賀野はそう言って俺にすり寄って来た

「わー!!離れろ!もう風呂は良いからお前さっさと入れよ!!」

俺はそう言って阿賀野を振りほどこうとするが

「え〜良いじゃんさっきまで春風ちゃんと入ってたんでしょ〜?それとも何?男の阿賀野とはお風呂入れないって事?」

阿賀野は頬を膨らませて言った。そんなやり取りを見ていた春風が口を開き

「あらあら。お二人は中がよろしいんですね。微笑ましいです。わたくしお邪魔でしょうか?」

と言って笑っていた。

「いや邪魔じゃない!断じて邪魔じゃないから春風も阿賀野になんとか言ってやってくれよ!!」

俺はそんな春風に助けを求める

「ええ。わたくしはただ師匠と進行を深める為にお背中をお流しして差し上げただけですよそれに師匠から色々な事を教えて頂いて・・・」

春風は頬を赤らめてそう言った。おい春風その言い方は少々語弊があるぞ・・・

「てーいーとーくーさーん!!背中流してもらったって何!?それに色々教えてもらったってどういう事なの!?提督さんお風呂で一体何してたのー!?それに師匠って何!?」

阿賀野は俺の両肩を掴んで揺さぶってくる

「うわあぁあぁあぁ!春風ええええ!!!」

俺は春風を呼ぶが

「それではわたくしは髪を直してきますので師匠、また後ほど、そして阿賀野さんごきげんよう。お二人ともごゆっくり」

春風はそうニッコリ笑って大浴場から出て行ってしまった。

「ちょ、待ってくれ春風ええええええ!!カムバーック!!!」

俺は春風を呼び止めようとしたが春風はそのまま宿舎の方へ行ってしまった。

「さぁ提督さぁん・・・春風ちゃんとお風呂で何してたか阿賀野にお話してほしいなぁ?」

阿賀野は笑顔でそう言ったが顔は全然笑っておらず威圧感を醸し出している。

「こっ・・・これは誤解で・・・・」

俺は春風と風呂に入った経緯の一部始終、そして春風が男だと言う事を阿賀野に話した。

「なぁ〜んだ。春風ちゃんも男の子だったんだ」

阿賀野はそう言って俺の肩から手を離した。

「驚かないのか?」

俺は聞く

「うん。もう慣れちゃった」

阿賀野は笑った。

「はぁ・・・わかってくれたか阿賀野」

俺は胸を撫で下ろすが

「でーもー」

阿賀野はにやりと笑ってこちらを見つめてくる

「なっ・・・何だよ阿賀野」

俺は身じろぎする

「お風呂一緒に入ったなんて大淀ちゃんに聞かれたらまずいよね〜?だーかーらー春風ちゃんとお風呂入ってたの黙っててあげる代わりに〜」

阿賀野がそう言うので俺は息を飲んだ。

「な・・・なんだよ」

俺は一体どんな無理難題をふっかけられるのかと怖々阿賀野にそう問う。すると

「さっき提督さんの持って帰って来た袋にもう1個ポテチ入ってたんだけど〜食べて良いよね?そしたら今見た事は全部黙っててあ・げ・る♡」

阿賀野はそう言ってウインクした。なぁんだそんな事か・・・・俺は胸を撫で下ろすと同時に折角あとでこっそり食べようと思っていた限定のプレミアムのりしお味のポテチを手放さざるを得ない状況に追いやられる。

くっそーいつもながら阿賀野は鼻が利くというか単に卑しいだけと言うか・・・しかし背に腹は代えられないし仕方が無いか・・・・

「くっ・・・わーったよ。食っていいけどお前食い過ぎたら晩飯食えなくなるぞ?」

「やったぁ!それじゃあ秘密にしといてあげる。お腹は別腹だし朝の哨戒でお腹減ってるから大丈夫〜でも先にお風呂入っちゃわないとね」

阿賀野は言った。そう言えばいつも阿賀野とは昼間に風呂場でエンカウントしている様な気がする。

「なあ阿賀野」

俺は思い切って聞いてみる事にする

「んー?何?提督さん」

「お前いつも昼間に風呂入ってんのか?」

俺は阿賀野に尋ねた。

「うん。そうだよ」

阿賀野は頷いた。

「なんでまたいつも昼間に入ってるんだよ?」

「それはねー恥ずかしいんだけど・・・」

阿賀野は少し顔を赤くして口を塞ぐ

「どうしたんだよ?そこまで言われたら逆に気になるだろ?」

俺は好奇心に駆られて阿賀野を問いつめた

「それは・・・その・・・ね?私こんなになっちゃってるけどまだ高雄や愛宕とお風呂入ると目のやり場に困っちゃうんだよね・・・だからいつもお昼のうちにお風呂を済ませて晩はお部屋のシャワーで済ましてるんだ」

阿賀野は恥ずかしそうに言った。なんというか阿賀野がこんな恥じらっている所を見た事がないので新鮮と言うかなんか可愛いなって思ったりすると言うか・・・いやいやいや阿賀野は男なんだからそんな・・・・・俺はいつもの様にそんな思考を脳内で巡らせる。

「そうか・・・・確かにあの2人胸でかいもんな。にしても阿賀野も恥じらいってあったんだな。俺には全然そんな事ないのに」

俺はそう言って笑った

「も〜!笑わないでよ!!あの時はね・・・その・・・私いつも弟と一緒にお風呂入ってたから久しぶりに同性の人・・・と言っても私こんなどっち付かずな身体だから同性って言っちゃって良いのかわかんないけど・・・つい久しぶりに男の人と一緒にお風呂に入りたいな〜って思ったの。提督さんを見てたらどことなく懐かしい感じがしちゃって・・・・もちろん胸が変じゃないかとかちゃんと女の子に見えるかどうかも男の人に見てもらいたかったというか・・・」

阿賀野は目を伏せて言った。

なんだよ・・・こんな表情の阿賀野見た事ねぇぞ!?それに言ってる事は未だに男だから他人の胸が気になって目のやり場に困るとかいう男らしい悩みだけど見た目は完全に恥じらう少女じゃねぇか!何処まであざといんだよコイツは!?

俺はそんな事を考えながら頭をくしゃくしゃと掻いた。すると

「なーんちゃって!半分冗談だから今の話は気にしないで!」

と何事もなかったかの様に言った。

「お、おう・・・」

阿賀野に俺は生返事をする。それからしばらく阿賀野との間に沈黙が流れる。

気まずいぞ・・・・そんな事を思っていると

「そっ、それじゃあ阿賀野お風呂入っちゃうね!提督さん、その間にポテチ隠したりしちゃダメだからね!!」

と言って阿賀野は服を脱ぎ出した

「わーっ!だから服を目の前で脱ぐなって!!」

俺は顔を手で覆う

「ええ〜?阿賀野男同士だから全然恥ずかしくないし提督さんになら・・・」

またこういう時に限って性別を盾にしてきやがって!!!

「だーかーらーお前は良くても俺がダメなんだよぉ!!それじゃあ俺はもう出てくぞ!じゃあな!!」

俺は逃げる様に大浴場を後にした。

「はぁ〜楽しみにしてたポテチは持っていかれるし散々な目にあったなぁ・・・」

俺はそんな事を呟きながら鎮守府をうろうろしていた。そして吹雪が演習をしていた演習場に差しかかるとそこでは髪を下ろしたままの春風と吹雪が楽しそうに話をして居た。

「おう春風〜お前髪を直すって言ってたけどそのままなんだな」

俺はそんな春風に声をかけた

「ええ。結局迷ってしまいまして・・・それで彷徨っていた所吹雪に声をかけられましてお話をしていたんです」

春風は言った。こんな狭い所で迷うって筋金入りの方向音痴だな春風は・・・

「司令官、春風ちゃん凄いんですよ!砲撃の腕私なんかより上手ですし尊敬しちゃいます!」

吹雪は嬉しそうに言った。

「いえいえ、そんなことありませんよ吹雪、それに尊敬だなんてそんな。」

春風は謙遜する。

「それにちょうど良かったです司令官、春風ちゃんをお部屋に案内してあげてくれませんか?私も新宿舎の事はよくわからなくて・・・・」

吹雪は思い出した様に言った。

「ああ、わかった。それじゃあ春風、行こうか」

俺は春風に声をかける。

「ええ師匠。それでは吹雪、また後ほど」

春風はそう言って吹雪に手を振った

「うん!また後でね春風ちゃん!!」

吹雪もそう言って春風に手を振る。

そして春風の部屋まで歩いている途中春風が不意に

「師匠・・・」

と俺に声をかけてくる

「なんだ?春風」

「師匠はこの鎮守府に居る艦娘はみんな男性だと仰っていましたが、吹雪は本当に男なのですか?」

春風は言った

「ああ、そうだけど」

俺はそう返す

「吹雪は少女らしくて素敵な娘ですね。ずっと女性として育てられて来たわたくしなんかよりももっとずっと・・・」

春風は遠い目でそう言った。

「確かにそうだなー俺もそう思うよ。この鎮守府で一番女の子らしいと思う」

俺はそう春風に言った

「そのせいでわたくし自分の事を男だと打ち明ける事を躊躇してしまって自分自身の事をまだ吹雪に言えて居ないんです。でもこの事を黙っているのもわたくしの事を友達と言ってくれた吹雪に失礼な気がして・・・」

春風は言った。

「そうかーじゃあ俺が代わりに言ってやろうか?吹雪も自分と似た境遇だって知ったらもっと仲良くなれると思うけどなぁ」

俺はそう言った。

「それはダメです!」

春風は声を荒げ即答する。

「何でだよ」

「ごめんなさい声を荒げてしまって・・・しかしこれはけじめとしてわたくし自身で吹雪に伝えなければならない問題です。だから・・・私が男だと言う事はわたくし自身で吹雪に打ち明けます。だから・・・吹雪にはわたくしの事を黙っておいて頂けると嬉しい・・・です」

春風は言う。

「そうか。そう言う事なら俺は応援してるぜ。それにしてもそう言う所は男らしいな春風」

俺は春風にそう言った

「そうですか!?師匠にそう言って頂けると嬉しいです!」

春風はそう言って笑った。そんなこんなで俺達は春風の部屋へとたどり着き・・・

「よし、着いたな。そんな広い所でもないんだからちゃんと自分の部屋の場所くらい覚えろよな」

「はい・・・申し訳ありません師匠・・・それではわたくしは髪を直してきますそれではまた後ほど」

「ああ。もしまた迷いそうで不安なら時間になったら呼びに来てやるからそれまで部屋でゆっくりしててくれ。じゃあまた後で」

俺は春風に別れを告げ、今日の歓迎会の段取りを確認する為に執務室へ向かった。

 

そして数時間後・・・・

俺は執務室で大淀と書類を片付けていた

「そろそろ着任する艦娘達が来る頃だよな?」

俺は大淀に言う

「ええ。そうですね。それまでにこの書類を片付けてしまわないと・・・」

そうして大淀と共に書類を片付けているとどかどかと足音を立てて誰かが執務室へ向かって走ってくる

「うわぁ!誰だ走ってる奴」

俺は驚いて声を上げる。そして扉がバァンと大きな音を立てて開いたので

「おいコラ廊下は走っちゃだm・・・・」

俺がそう言いかけた刹那

「Youが新しい提督デース!?会いたかったネー!!!!!!!」

という声と共に何かが俺に向かって凄まじい勢いで飛んで来た

「ムガッ・・・!!なんだ!?急に辺りが真っ暗に・・・それ身に動きも取れない!!敵の奇襲か何かか?しかもなんか息苦しいし・・・」

俺はじたばたと暴れる。

「oh///提督ゥ〜激しいデース。でもそんな激しいのもワタシ嫌いじゃないデスヨ〜?」

さっきから聞こえる謎の声が俺にそう語りかける一体誰なんだこの片目がエジプトの秘宝になってるカードゲームの創始者みたいな口調の声の主は・・・・俺がそんな事を考えていると

「ちょっと!何してるんですか!!提督から離れてください!!」

という大淀の声がして俺を凄まじい勢いで俺の手を何かが引っ張る

「あいだだだだだだ!!」

俺はそう声を上げると暗闇から解放され目の前には巫女服のような服を着た髪の編み込みが特徴的な女性が立っていた

「ごめんネー新しい提督ゥ〜ワタシ提督の元で艦娘として生活するのが久しぶりで嬉しくってつい抱きついちゃったヨ〜」

と彼女はそう言った。

「あ・・・はい・・・」

俺はなんと返せば良いのかわからずそんな返事をしていると

「あっ、申し遅れましたネー。ワタシ英国で生まれた帰国子女の金剛デース!よろしくお願いしマース!!」

金剛と名乗る彼女はポーズをとりそう言った。

「あ、ああよろしく・・・俺はここの鎮守府の提督の大和田謙、こっちは秘書官の大淀」

「よろしくお願いします・・・」

大淀は何か不機嫌そうに言った

「それにしても2人はそんながっちり手をつないじゃってお熱いネー」

金剛は言った

俺は目の前の金剛と名乗る彼女の事で手一杯だったがふと手を見ると大淀が俺の手を掴んでいる

「あっ、すみません提督・・・金剛さんから引っ張ったままでしたね」

大淀は顔を赤くしてすかさず手を離した。そんな事をしていると

「もう!金剛さんったら執務室の場所を聞くなりすぐに走り出しちゃって・・・」

と言いながら高雄さんが執務室へ入って来た。

「タカオーここの提督もなかなかカッコいいネーワタシ一目惚れしちゃったネー!」

金剛はそう言った

「なっ・・・!ひとめ・・・・ぼれ・・・・!?」

大淀がそれを聞いて目を丸くしてそう呟いている。

「あらあら金剛さんったら・・・・」

高雄さんはそれを見て微笑ましそうにしていた。そして

「提督、他の今日着任する艦娘達ももう到着していますよそれじゃあお二人、入って良いですよ」

高雄さんが続けてそう言うと一人の見覚えのある艦娘が執務室へと入って来た

「艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ〜!よっろしくぅ!!」

那珂・・・?以前阿賀野がトラック海域で助けた艦娘だ。

「那珂・・・さん?どうしてこっちに?」

俺は尋ねた

「だーかーらー那珂ちゃんって呼んでって言ったじゃない!那珂ちゃんね、阿賀野ちゃんともっと一緒に居たいってトラックの提督にお願いしたの。そしたら行って良いって言ってくれて・・・だから今日からここでお世話になるね!キャハッ☆」

那珂・・・ちゃんはそう言ってウインクをした。相変わらず濃い人だなぁ・・・・

「そ・・・そうなんだ・・・改めてよろしく・・・」

俺はそんな那珂ちゃんのテンションに押されつつも返事をした。

そういえば2人って言ってたよな?もう一人はどうしたんだろう?

「高雄さん、もう一人居るんですよね?来てないんですか?」

俺は高雄さんに尋ねた。すると

「いえ、さっきまで一緒だったんですけど・・・・」

高雄さんはそう言った

「天津風ちゃーん!恥ずかしがってないで入っておいでー!!」

那珂ちゃんがそう呼びかける

「ばっ・・・・!私別に恥ずかしがってなんて・・・」

その呼びかけに答える様に恐る恐る頭に吹き流しのような髪飾りを付けた少女が入って来た。

その少女はどこか寂しげな目をしている様に思えた。

「君が天津風・・・・?俺がここの提督の大和田謙。よろしくな」

俺は天津風と呼ばれた少女にそう挨拶をし、握手をしようと手を差し伸べた。すると

「やだ、触んないでよ!!取れちゃうじゃない!!」

天津風は手を見るなり飛び退いた。

「いっ・・・いや別にそんなつもりじゃ・・・それに取れるって何が?」

俺はそう尋ねると

「何がって・・・それは・・・吹き流しよ!そんなのもわかんないの!?ふんっ!それにしても冴えない顔してるわね!私陽炎型駆逐艦の天津風。以上。それじゃあ高雄さん、挨拶も終わった事だし私を部屋に案内してくれませんか?」

天津風はそう言った。なんだよコイツち態度悪過ぎだろ・・・・・これは先が思いやられるなぁ・・・・

「あのー天津風・・・?」

俺は天津風に声をかける

「気安く呼ばないで!さっきから金剛さんに抱きつかれてへらへらしちゃって・・・・私、一応艦娘だけどあなたとは提督と艦娘としての最低限の関わりしか持つつもり無いから!それじゃあ今日はもう私移動で疲れたから寝るわ。高雄さん!もういいでしょ?早く私を部屋に案内してください」

天津風はそう言った。

あー完全に拒絶されたなぁ・・・・俺なんか悪い事したのかな・・・

「あのー天津風ちゃん?これからあなた達の歓迎パーティーがあるんだけど・・・」

高雄さんはそう言うが

「良いです、私馴れ合う気ないですから!では失礼します!」

そう言って天津風は執務室を出て行ってしまった

「天津風ちゃんちょっと待って!すみません提督、私天津風ちゃんをお部屋に案内してきます」

高雄さんもそれを追って執務室を後にした。なんていう態度の悪い艦娘なんだ・・・俺はこみ上げてくる怒りを押し殺しつつ執務室に残った那珂ちゃんと金剛に

「えーっと・・・気を取り直して今日はこれから君達の歓迎パーティーの予定なんだけど・・・」

天津風のせいでムードが台無しだ。でももう準備もしてあるしせめて金剛と那珂ちゃんには楽しんでもらおう。

「パーティーデース!?ワタシ嬉しいネー天津風はきっと恥ずかしがってるだけだからなんとかなるヨ〜提督ゥ〜落ち込まないでくだサーイ!」

「那珂ちゃんもそう思うなぁ〜でも那珂ちゃんスマイルできっと天津風ちゃんと仲良くなってみせるから提督も見ててね。キャハッ☆」

2人はそう言って俺を励ましてくれた。

「ありがとう2人とも・・それじゃあ大淀、2人を食堂に案内してやってくれないか?俺は春風を呼んでくるから。あいつ方向音痴で危なっかしくて見てらんないんだよ。」

俺はそう大淀に声をかけた。

「ひとめ・・・・ひと・・・・」

大淀は何やらフリーズしている

「おーい、大淀〜?」

お手は大淀に続けて呼びかけた。すると

「はっ・・・はい!すみません!!ちょっとぼーっとしてました!!お二人を食堂に案内すれば良いんですね?一応放送もかけておきます」

大淀はそう言った。どうしたんだろう?いつもはこんな事ないんだけどなぁ。まあいいやちゃっちゃと春風を迎えにいこう。

「ああ。それじゃあ頼んだぞ」

俺は執務室を出て春風の部屋へと向かった。

そして春風の部屋へ向かう最中にふとこう思った

天津風・・・・あの目・・・あの感じ・・・俺はどこかであの子に会っている様な気がする・・・・でもあんな子に会った記憶は無いしなぁ。多分気のせいだろう。

俺はそんな頭に浮かんだ事をかき消し春風の部屋へと急いだ。

 



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波乱

 俺は春風を迎えに春風の部屋へと向かっていた。その道中高雄さんとすれ違った。天津風を部屋に送り届けた帰りだろうか?

高雄さんは俺に気付き

「提督?どうされたんですか?」

と声をかけてきた。

「はい。春風を迎えに行く約束をしてて」

俺は答える

「まだ春風ちゃんお部屋に居たんですね。天津風ちゃんのお部屋は春風ちゃんのお部屋のお隣なんですよ。言ってくださればついでに迎えに行ったのに・・・」

高雄さんは言った。

そうだったのか。それにしても天津風の奴なんであんなに敵愾心丸出しと言うかなんと言うか・・・少し彼女の様子が気になったので俺は高雄さんに天津風の様子を聞く事にする

「あのー高雄さん、天津風の事なんですけど」

俺がそう口を開くと

「あの娘・・・少し困った娘ですよね・・・でも提督に会うまでは別にそんな事もない普通の娘だなぁって思っていたんですけど・・・」

高雄さんは言った。それはどういう事だろう・・・?つまり天津風は元からああいう性格と言う訳ではなく明確に俺に対して何か思う所があると言う事なのか・・・?

「俺・・・天津風になにか気に障る事しちゃったんですかね・・・?何か天津風は言ってましたか?」

俺は全く思い当たる節がないだけに高雄さんにそう聞いた。

「いいえ。何も・・・」

高雄さんはそう残念そうに言った。

「そうですか・・・」

俺も急に少女に理由もわからず敵愾心を向けられ方を落とした。

「でも気を落とさないでないでください!きっと慣れない環境で緊張してるんですよ。それにもっと問題のある子がここには居ますから!その子に比べたらかわいいものですよ。もちろんその娘も可愛い子なんですけどね。その・・・手がかかる子ほど可愛いと言うか」

高雄さんはそう言って笑った。

問題のある子・・・?少し前の夜中に出くわしたあの髪の長い娘の事だろうか?えーっと確か名前は・・・

「それ初雪・・・って娘の事ですか?」

俺は高雄さんに尋ねる。

「ええ。提督に挨拶くらいはしておくようにってずっと前から言ってるんですけどすみませんずっとあんな調子で・・・」

高雄さんは申し訳無さそうに言った。

「いえ。気にしてないですよ。ただこの間ちょっと怒らせちゃったみたいですし俺も1回会って謝りたいとは思うんですけど」

俺はそう言っておいた。

「わかりました。そう言う事なら初雪ちゃんに伝えておきますね。」

それにしても問題児が一気に増えた様な気がするなぁ・・・初雪も天津風もせめて吹雪くらいとは仲良くしてやって欲しい所なんだけど・・・そう言えば何か忘れて

「あっ!それより春風を迎えに行かないと!高雄さんは先に食堂行っててください!!それじゃあ後で」

俺は新宿舎に急いだ。

そして春風の部屋の前に到着した俺は何処からともなく視線を感じる。

視線の方向に目をやると春風の部屋の隣102号室のドアが少し空いている。そう言えば天津風はあの部屋にいるんだっけか・・・そんな事を思ってその少し開いた隙間を見ていると102号室のドアはバンと大きな音を立てて閉まってしまった。

天津風の奴一体何を考えてるんだか・・・まあ今はそんな事どうでもいいや。春風を早く食堂に連れていこう。

俺は101号室のドアをノックすると

「はーい。あっ、師匠!お待ちしておりました」

春風がドアを開けて部屋から出て来た。

「それじゃあ行こうか。皆待ってるぞ。それと・・・」

「なんですか師匠?」

春風は俺の顔を覗き込む

「皆の前で師匠って言うのは何か恥ずかしいからやめてくれよな」

俺は春風に言った。

「はい!師匠・・・いえ司令官様がそう仰るならそうします」

春風はそう言った。聞き分けはいい子なんだよなぁ・・・どこぞの駆逐艦もこれくらい素直だったら良かったのに。俺は心の中で天津風への悪態を突く。

そして春風を連れ、皆が待つ食堂へと向かった。

「あ〜提督遅いよ〜那珂ちゃん待ちくたびれちゃった〜」

食堂の前には何故か那珂ちゃんが居た。

「あら、こちらの方は?」

春風は俺にそう尋ねる

「ああ、こちら那珂ちゃん。トラック泊地からここに転属して来たんだ」

俺は春風に那珂ちゃんの紹介をする。

「艦隊のアイドル那珂ちゃんだよ〜☆那珂ちゃんって呼んでね!キャハッ☆」

那珂ちゃんは春風にそう挨拶した。

「え・・・ええ。個性的なお方ですね・・・・わたくしは春風と申します。以後よろしくお願い致します那珂ちゃんさん・・・」

春風は少し引き気味に那珂ちゃんに挨拶した。

「ところで那珂ちゃん、なんでこんな所にいるんだ?中で待ってたら良かったのに」

俺は尋ねた。

「え〜普通に居ても面白くないしー折角だからインパクトのある登場した方がいいでしょー?アイドル的に。だから最後まで入らないで待ってたんだ〜」

那珂ちゃんは言った。

「そ・・・そうなんだ・・・」

俺はそう返事をすると

「あっ、そうだ提督ーこれ読んでおいて欲しいんだけどー」

那珂ちゃんはそう言うと紙切れを俺に手渡して来た。

えーっと何何・・・?

【那珂ちゃんセルフプロデュース☆歓迎会スペシャルサプライズライブ台本】・・・?

何だこれ俺こんなの聞いてないぞ・・・?

その下には筋書きや俺が読み上げなくてはいけないであろうセリフが書いている

【 艦娘達の挨拶が終わる

提督「はいここで艦娘の挨拶が一通り終わった訳なんですけれども、実はもう一人スペシャルなゲストが着てくれてまーす!!

一同ざわつく

提督「トラックからやって来た超プリティーなアイドル艦娘の那珂ちゃんでーす!それでは歌って頂きましょう!恋の2-4-11!!拍手で那珂ちゃんをお迎えください!!」

一同拍手

那珂ちゃんここでラジカセのスイッチを押して食堂に入る。

那珂ちゃん「みんなーお待たせー!!艦隊のアイドル那珂ちゃんでぇ〜っす!!阿賀野ちゃん!!会いに来ちゃったよ!!」

・・・・・・(以下省略)・・・・・・・・】

なんだこれ一同拍手て・・・それにこの提督って所俺が読まなきゃいけないのか?なんか凄い恥ずかしいぞこれ・・・

「えっ・・・これを俺にやれと?」

俺は念のため那珂ちゃんに聞く。

「うん!カンペキでしょー?」

那珂ちゃんは得意げに言ってくる

「これ・・・俺に読めと?」

「当たり前だよー那珂ちゃんのライブが成功するかどうかは提督のMCにかかってるんだからしっかりやってねー!!それじゃあ早く提督入って一通り挨拶終わらせちゃってー!!」

そう言うと那珂ちゃんは俺と春風を食堂の中へ押し込んだ

「うわぁっと!」

俺は食堂に押し込まれる。

「あっ、提督さん遅いよ〜早くしてくれなきゃご飯冷めちゃうじゃん!!」

阿賀野が頬を膨らませて言った。

テーブルを見ると今までにないくらい手の込んだ料理が並べられている。

「どうですか提督・・・私が腕を振るって全部作ったんですよ♪」

愛宕さんが得意げに言った

「凄いですね愛宕さん・・・」

俺はその量に言葉を失う

「もう愛宕ったらどうせ台所は汚したままなんでしょ?誰が片付けると思ってるの?」

高雄さんが腕を組んで言った。

「ええ〜高雄が一緒にやってくれるでしょー?」

愛宕さんは言う

「もう!どうせ酔いつぶれてお掃除なんてしないじゃない!愛宕はホントに私が居ないとどうしようもないんだから・・・」

高雄さんは少し呆れた様に笑った。その奥では吹雪と金剛と大淀が何やら話をしている。

「それより提督〜早くご挨拶を」

愛宕さんは高雄さんの会話を遮る様に俺にマイクを渡して来た。

このままじゃアレだし一応なんか一言言うか。

「えーコホン・・・遅れてごめん。今日は新しい艦娘が4人この××鎮守府に着任した。残念ながら1人は欠席だけど・・・まあそれは置いといて、折角なんで皆には今日は親睦を深めてもらいたいと思う。それとここで新艦娘の自己紹介をしてもらいたいと思う。それじゃあまずは春風、やってくれるか?」

俺はそう言って春風にマイクを手渡した

「ごっ・・・ご紹介にあずかりました・・・・春風・・・です。」

どうやら緊張している様だ。

「春風・・・もっと方の力抜いて」

俺はこっそりそう春風に耳打ちしてやる。

「まだわからない事だらけですがよっ・・・よろしくお願い致しますっ!」

春風はそう言って頭を下げる。

そして食堂に居た他の皆は拍手をした。

そして春風は俺に黙ってマイクを手渡す。

「それじゃあ次は金剛。よろしく頼む」

俺は奥に居た金剛を呼んだ。金剛はこちらに走って来て俺に抱きつきマイクを取り

「ハーイ!英国で生まれた帰国子女の金剛でーす!ワタシ提督に一目惚れしちゃったネー!提督ハートはワタシがゲットしてみせマース!よろしくネー!!」

と言った。

後ろであからさまに阿賀野、吹雪、大淀が俺に事を睨みつけている。それに金剛の胸が当たって・・・・

「こっ・・・こここ金剛!?ちょっと・・・胸が・・・」

俺は金剛から離れようとするが

「これは当ててるネー!提督ー近くで見たら一段と素敵ネー!!」

すっ・・素敵!?照れるなぁ・・・ってそんな場合じゃない!誰か助けてくれ!!俺は視線を送るが高雄さん愛宕さんはなにやらこちらを見てニヤニヤしているし相変わらず他の3人からは鋭い視線が送られるしもうめちゃくちゃだ。そんな事をしていると大淀がこちらに近付いて来て

「金剛さんいい加減にしてください!!謙・・・じゃなかった提督も嫌がってるじゃないですか!!」

ああ助かった・・・そう思った瞬間大淀は俺の手を思いっきり引っ張った。

「oh!提督をファーストネームで呼ぶなんて大淀もしかしてワタシのライバルって事デース?ワタシも提督の事ケンって呼んじゃいマース!」

金剛は離すまいと抵抗するがそれにより俺の首がきりきりと締め付けられる

「こっ・・・これはそんなんじゃなくて・・・・その・・・それに謙って呼ぶのはダメです!秘書官の私が許可しませんから!!」

大淀は顔を赤くして言った。しかし俺はそれどころではない

「あいでででででででちょっ・・・大淀・・・腕もげる・・・息・・・ぐるじ・・・・」

俺は声を振り絞りそう言った。ヤバい・・・このままじゃ死ぬ・・・

「oh!ケン!失礼したネー!ちょっと力強過ぎたデスカ?」

金剛はそう言って俺を解放してくれたが思いっきり引っ張っていた大淀の方に俺は引き寄せられる。

「うわぁああ!」

「きゃあぁああ!!」

俺と大淀はそのまま倒れ込んでしまった。

いてて・・・こんな事前も会った様な気が・・・・

そのとき唇に何やら感触がするので俺は恐る恐る目を開けた。

すると目の前には目をつぶった大淀・・・間近に見てももうどう見たって淀屋には見えないなぁ・・・いやそうじゃない・・・・これは・・・・・その・・・なんだ・・・・

俺は大淀と唇を重ねて居たのだ!

うわあああちょっと待て!俺親友とキスしちゃったのか!?それにマウスtoマウスで・・・・?

俺はすかさず大淀から飛び退く。そして辺りでは吹雪と阿賀野が口をあんぐりと開けてこちらを見ていた。

「すすすすすスマン大淀!!これはその・・・・不可抗力と言うヤツで・・・」

俺は既にパンクしそうな頭から必死に大淀に弁明を放り出し訴えるが大淀は顔を赤くしてこちらを見つめると

「うわあああああああああああん!!!」

と声を上げて食堂を後にしてしまった。

「ちょっ・・・待て大淀!!」

俺は呼び止めるが彼女に俺の声は届かない

「大淀も大胆なことするデースちょっと見直しちゃったネー」

金剛はそんな大淀の背中を見てそう呟いた。いや見直すも何もお前のせいだろうが・・・・

俺はそんな事を思いながらこの雰囲気をどうすれば良いのか考えていた。

そういえば何か忘れているような・・・・俺はふとそんな事を考えた。そのときまた食堂の扉が開かれ

「もー遅いよ提督〜那珂ちゃんのステージまだー?それに大淀ちゃんがなんか泣きながら出て行ったけど・・・」

しびれを切らせた那珂ちゃんが食堂に入ってくる。

「あ!那珂ちゃん!!」

阿賀野が声を上げた

「阿賀野ちゃん!!またあえて那珂ちゃん嬉しい☆那珂ちゃん阿賀野ちゃんと一緒に居たくてここまで来ちゃった!これから改めてよろしくね」

那珂ちゃんは阿賀野にそう言った。

「ほんとー!?阿賀野も嬉しい!それじゃあもう挨拶も済んだしご飯一緒に食べよっ!」

そう言って阿賀野は那珂ちゃんをテーブルまで連れていった。

そして阿賀野が

「いっただっきまーす!!」

といって食事に手をつけ始めると

「あっ、ワタシも食べるデース!」

と金剛もテーブルの方まで走って行き他の艦娘達も食事に手をつけ始めた。

あれ?俺完全に孤立してね・・・?

俺もテーブルの方に走り適当に料理を取って他の艦娘に話しかける

「な、なあ阿賀野・・・」

しかし

「ふんっ!だ!!あっ那珂ちゃんこれ美味しいよ〜」

阿賀野は俺にそっぽを向いて那珂ちゃんの方へ。俺完全に無視されてる・・・・

「ふっ、吹雪・・・」

俺は吹雪にも声をかけるが

「もう知りません!春風ちゃん!ジュースのおかわり入れてあげるね!」

と言って春風の方に行ってしまった。

「まあそう気を落とさないでください」

「そうよそうよ!若気の至りってやつね」

そう優しい言葉をかけてくれたのは高雄さんと愛宕さんだけだった。

そんな事をしていると

「ケン!これおいしいデスヨ〜?ほらあーん・・・口開けるネ!ケン」

金剛がフォークに刺さった鶏の唐揚げを口に運んでくる。

しかし今は食べる気にもならない。

「ごめん金剛。俺今そんな気分じゃないや。高雄さん、愛宕さん後は任せました。俺ちょっと外の空気吸ってきます」

俺はそう言って食堂を後にした。

そして大淀の部屋に向かった。

「大淀・・・いや淀屋!開けてくれ・・・さっきの事謝りに来た」

俺はそう言って大淀の部屋のドアを叩くが

「ごめん・・・謙。私今部屋から出たくないの・・・謙が悪くないのはわかってる・・・でも今は1人にさせて」

淀屋はそう言った。俺にはどうする事も出来なかったので

「そうか・・・それじゃあまた・・・明日な・・・」

とそう言う事しか出来ず淀屋の部屋を後にし自分の部屋へ戻った。

「はぁ〜散々だなぁ・・・」

俺はそう呟きベッドへ倒れ込む。

そしてふと大淀・・・いや淀屋の唇の柔らかな感触を思い出した。

「ははっ・・・こんな時に何思い出してんだろ気持ち悪い・・・」

俺はそう自戒する。しかしそれと同時にこの感触を以前どこかで感じた事があるような気がした。

いやいやある筈が無い。

第一淀屋は男でそれに親友で・・・ふざけててもキスとかは流石にしていない。それなのにどうして淀屋の唇の感触を俺は知っていたんだろう・・・・いや気のせいだ。きっと気のせいなんだ。俺は自分にそう言い聞かせた。

それから数時間程経った頃だろうか部屋のドアが静かに開き

「お兄ちゃん・・・もう帰ってたんだね」

吹雪の声が聞こえる。

「おお吹雪・・・歓迎会は楽しめたか・・・?いやそれより見苦しい所見せちゃったな。ごめん」

俺は吹雪に言った。

「歓迎会は・・・うん・・・那珂ちゃんさんとか春風ちゃんと色々お話しできた。私の方こそごめんね・・・どうしてもお兄ちゃんとお姉ちゃんがああなった所見てたら胸がモヤモヤして・・・・」

吹雪はそう言って俺の寝転がっているいるベッドに倒れ込んで来た。

それ自体はもう慣れっこなのだが何やら吹雪の様子がいつもと違う。そのまま吹雪は俺の上に覆い被さる。

「お兄ちゃん・・・私の胸のモヤモヤ消えないの・・・」

吹雪は俺を見つめそう言った。その表情は今までに見た事が無い表情だった。

「ふっ・・・吹雪・・・俺に何をしろと・・・」

俺は少し身じろぎをした。しかし乱暴に吹雪を振り払う事も出来ない

「お兄ちゃん・・・この気持ち・・・私よくわからないけど・・・お姉ちゃんと同じ事してくれたら少しはマシになるかもしれない。許してねお兄ちゃん・・・」

吹雪はそう言ってどんどん俺に顔を近づけてくる。まさかこれって・・・・

「ちょっ!?吹雪!!やっ・・・やめ・・・・」

俺はそう言いかけるが口が吹雪の唇によって塞がれてしまう、それから数秒ほどそれは続けられたがその時の俺にはその数秒がとても長い時間に思えた。

「はぁ・・・・これがキス・・・」

吹雪は自分の唇に指を当て余韻に浸っている。

「ふっ・・・吹雪・・・?」

俺はそんな吹雪に声をかける

「ごめんねお兄ちゃん・・・でもこの感じ・・・私クセになっちゃいそう」

吹雪は俺を見つめる。そんな吹雪の顔がさっきまで俺と数ミリの距離も無い所まで重なってしまった事を思い出し俺は赤面する。

「吹雪っ!?そそそそう言うのはまだちょっと早いと言うか・・・・・だな・・・・あんまりその・・・軽々しくやるもんじゃないっていうか・・・・」

俺はしどろもどろに吹雪に言うが

「うん。ごめん・・・わかってるよお兄ちゃん・・・でも・・・お姉ちゃんとお兄ちゃんがああなってる所見てたら・・・うまく言えないんだけどどうしてもしたくなっちゃって・・・」

吹雪も顔を赤らめてそう言った。

「うーん・・・・それじゃあ吹雪に寂しい思いをさせちまったしお相子って事で・・・ダメか?でももうこんな強引な方法は取っちゃダメだぞ・・・俺もその・・・・慣れてないし・・・・」

俺はそう吹雪に言った

「う・・・うん・・そうだね・・・ごめん・・・ありがとう・・お兄ちゃん。あっ、そうだ!私汗かいちゃったしもうお腹もいっぱいで眠たいから今のうちにシャワー浴びてきちゃお!それじゃあ私シャワー浴びてくるからお兄ちゃんはもう気にしないで休んでてね!」

吹雪はそう言ってベッドから飛び降りシャワーを浴びに行ってしまった。

また1人部屋に残された俺。さっきの吹雪の唇の事を思い出すがやはり何かが違う・・・やはり淀屋の唇の感触を以前にもどこかで・・・どこかで感じた事があるのだ。それが吹雪とのキスで明らかになってしまった。

「俺は一体・・・」

俺はそんな事を呟いて天井をただただ見つめていた。

 

そして次の日、あんな事が起ころうとはその時の俺に予測がつく筈もなく・・・・



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天高く吹き抜けて:side提督

今回は別視点での二部構成です。
活動報告の方でアンケートをとっているのでこちらもご覧頂けたらなと思いますhttps://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=150980&uid=190486


 「お兄ちゃん・・・」

「謙・・・」

俺は2人の少女(いやどっちも男なんだけど)に迫られていた

「ちょ・・・ちょっと待て!お前ら何のつもりだよ!!」

俺は必死に抵抗するが何故か身体の自由が利かない

「お兄ちゃん・・・また・・・キス・・・しよ?」

「吹雪ちゃんばっかりズルよ・・・私とももう一回して?」

2人はそう言って俺に顔を近づけてくる。

「待ってくれ!キスっつったってアレは事故みたいなもんでだなぁ・・・・そんな気安くする様なもんじゃないんだぞ!?」

俺の言葉は2人の耳には届いていない様だ。どんどん2人の唇が俺に迫ってくる。

それにしても淀屋の唇・・・結構みずみずしくて綺麗だなぁ・・・いやいやいや何俺は男の唇に見とれてるんだ!!この状況を脱しないと・・・

俺は2人から離れようとするがそんな事お構いなしに2人は俺に唇を近づけてくる

「お兄ちゃん・・・逃げちゃダメだよ・・・前よりもっといっぱいして・・・」

吹雪は俺の頬に手を当ててそう言った。

「吹雪ちゃんは良いのに私はダメなの?事故とか不可抗力じゃなくてちゃんと私ともして?こんなに可愛くなってもやっぱり友達とキスするのは嫌?私の唇・・・柔らかかったでしょ?だから・・・」

大淀は俺を見つめる。

そして2人は俺に更に唇を近づけてくるので

「わー!!もう勘弁してくれえええええ!!!!」

俺はそう叫んだ所で目を覚ます。

良かった・・・夢だったか・・・いやしかしあんな夢を見るなんて俺も相当疲れてるな。

なんせ昨日は色々あったし1日に2人とキスしちまったんだから・・・・海斗が聞いたら羨ましがるだろうがどっちも男だから自慢するにできないなぁ・・・

そして俺はぼやけた目を擦る。すると目の前には吹雪の寝顔があった。

「うわぁ!!」

俺はそれを見て思わず声を上げてしまう。

いや別に吹雪が俺の布団で寝ている事は珍しい事ではないのだが昨日あんな事があってしかもあんな夢を見た直後なだけに少し意識をしてしまうと言うかなんと言うか・・・・

そんな俺の声に気付いたのか吹雪のまぶたがぴくりと動き吹雪も目を覚ました

「んんっ・・・・おはよお兄ちゃん。どうしたの?大きい声出してたけど」

吹雪は目を擦り俺に尋ねてくる。そんな俺を見つめる吹雪の唇にどうしても目がいってしまう。

昨日・・・キスしちゃったんだよな・・・俺はそんな事を思い出し赤面する。

「あ、ああちょっと変な夢を見ててな・・・」

俺は吹雪から目を逸らし言った。

すると

「お兄ちゃん!?もしかしてうなされてたの?大丈夫?」

吹雪は心配そうに顔を近づけてくる。

だから顔を近づけるなって!!吹雪の唇が尚更気になってしまう

それに夢の内容を素直に話す訳にもいかず・・・

「いっ・・・いや別にそれほどの夢でもなかったし内容も忘れちゃったから大丈夫だ」

と話をはぐらかすことにした。

「そうなんだ・・・・あっ、お兄ちゃん!今日は私春風ちゃんとランニングする約束してるんだ!ちょっと早いけど行かなきゃ!!」

吹雪はベッドから飛び降り身支度を始めた。

しかし昨日あんな事があったと言うのに当の本人は全然気にしていない様だ。

いちいち気にしてる俺がバカみたいじゃないか・・・

そんな事を考えていると

「それじゃあお兄ちゃん!私行ってくるね!!また後で」

吹雪は着替えて部屋を後にした。

「はぁ・・・・」

俺は独りになり大きなため息を一つ吐いた。

それにしても俺は今日どんな顔をして淀屋と会えばいいんだろう?前に告白された時はなんとかなったが今日はそうも行かないだろう・・・・朝っぱらから気が重いなぁ・・・

 

そんな事があってから数時間が経ち、俺は執務室に重い足取りで向かう。

そして扉の前で立ち止まった。中では多分いつもの様に大淀と高雄さんが作業をしているはずだ。俺は大淀にどう声をかけてやれば良いのか・・・?はぁ〜気まずいなぁ・・・・

どうすばいい?ここはいつも通りで入れば良いのか・・・?いつも通り?いつもどうやって入ってたっけ?ああもうわかんねぇ!もうどうにでもなれ!!

俺は半ばヤケクソになり扉を開け

「おはようございまーっす!!!!」

と叫んだ

「おっ、おはようございます提督・・・今日は元気がいいんですね。」

高雄さんは少し驚いた様な顔をしていた。そして問題の大淀はというと

「おっ・・・おはようございます」

と俺から目を逸らし言った。

「あ、ああ・・・」

俺はそう答える。それから少しの間執務室は沈黙に包まれるが

「あっ、そうだ!紅茶淹れますね!!」

大淀が思い出した様に紅茶を淹れる用意をした。すると

「それでは私は朝ごはん食べてきます。後はお願いしますね提督」

高雄さんはそう言って出て行ってしまった。

執務室は俺と大淀の二人っきりになる

俺はそう思いながら席に着いた。これもいつもの事といえばいつもの事なのだがやはり昨日の事と夢の事で少し意識してしまう。

うーん気まずい・・・・

すると

「お待たせしました紅茶です。」

大淀は俺の前にマグカップを置き、紅茶を注ぎ始めた

その紅茶を入れる横顔を俺はまじまじと見つめてしまう。やっぱり綺麗な唇してるよなぁ・・・・口紅とか付けてるんだろうか?その横顔にはもはや以前見た友人の面影はほぼ無い。

そんな彼の横顔に見とれていると膝から股間部にかけて何やら温かい・・・いや熱い感覚がある。

俺はふと我に返り机に目をやるとマグカップから溢れた紅茶が俺の太ももに滴っていた。

「あっつ!!大淀、ちょっ!!紅茶こぼれてるんだけど!!」

俺は熱さで思わず立ち上がる

「あっ、ごめんなさい謙・・・いえ提督!大丈夫ですか!?火傷してませんか!?火傷していたら大変です早くズボン脱いでください!!」

大淀は慌てて俺に言った。

「あ、ああわかった!!」

俺はすかさずズボンを下ろす。大淀は机と床にこぼれた紅茶を布巾で拭いていた。

「すみません提督、私少し考え事をしてて・・・」

大淀はそう言って俺の太ももを拭いてくれた

「あ、ああ。俺もぼーっとしてたし・・・」

俺も言った。しかし気まずい・・・・それにこんなときなんて言えば良いんだろう?以前ならもっと気軽に声をかけてやれたんじゃないか?そんな事が脳裏によぎる。

すると

「ごめんなさい提督・・・これ早く洗わないとシミになっちゃいますね」

大淀は俺の脱いだズボンを拾い上げた。そのとき

「ハーイ!ケン!!グッドモーニングデース!!」

このタイミングで俺と大淀が気まずい雰囲気になった元凶が執務室にやってきた。

なんてBADなタイミング・・・

「お・・・オーウ・・・朝から熱いネー!でもワタシも負けまセーン!でっ・・・でも今日は見逃してあげるデース!!」

金剛はそう言って扉を閉めた。

朝から熱い?確かに熱い紅茶を膝にこぼしたんだけど・・・いやそう言う事じゃない。冷静に今自分の置かれている状況を思い返してみると目の前には屈んだ大淀、そして俺はズボンを脱いでいる・・・

この状況非常に誤解されるよーな状況じゃないか・・・・?

「待ってくれ金剛!!違うんだこれはその・・・誤解で・・・」

俺はそう叫び執務室の扉を開ける。

するとそこには目をまん丸にした天津風が立っていた

「あっ・・・天津風・・・?おはよう・・・」

俺は頭が真っ白になりひとまず挨拶をしてみるが

「なっ・・・・何がおはよう・・・よ!!パンツだけで出てくるなんて頭おかしいんじゃないの!?いっぺん死ね!!」

天津風はそう叫び俺の金的に蹴りを一発かましてその場を走り去ってしまった。

「ぎゃあああああああ!!まっ・・・まってくれ・・・・」

俺はその場にうずくまり天津風に手を伸ばすが天津風の背中はどんどんと遠のいていった。

 

 

「はぁ〜朝から散々な目にあったぜ・・・昨日も今日も厄日だ」

金的蹴りのダメージから回復した俺は執務室の椅子に座りそう呟いた。

「すみません提督・・・私が紅茶をこぼしてしまったせいで・・・あっ、これ替えのズボンです。汚した方のズボンを持っていった時に吹雪ちゃんに持って来てもらったんです」

大淀は俺に新しいズボンを手渡した。

「ありがとう。後その・・・さっきの事は気にすんな。まあそう言う事もあるって・・・それよりあの2人になんて説明しようかなぁ・・・」

そんな事を大淀と話していると

「提督さん!大変だよ!!」

扉が勢い良く開かれ阿賀野が執務室に入ってくる

「どうした阿賀野?」

「それがね、今哨戒の帰りなんだけど偵察機に深海棲艦の反応があって急いで戻って来たの!」

阿賀野はそう言った。その声色からは焦りの色を感じさせる。

「なんだって!?数は?いつもみたいにはぐれ駆逐艦が何隻かとかじゃなさそうだな・・・」

俺は阿賀野に尋ねた

「それが・・・・1艦隊を率いれるくらいの数で6隻・・・それでね・・・旗艦はネ級だったの!私1人じゃどうにも出来ないから急いで戻って来たんだけど早くなんとかしないと漁港が危ないよ!!」

阿賀野は言った。

「それじゃあ総員をひとまずここに集めよう」

俺は執務室に艦娘達を呼び集めた。それから5分もしないうちに艦娘達は執務室に揃い

「先ほど哨戒に出ていた阿賀野の偵察機に6隻の敵艦隊が補足されました。これを撃破するのが今回の作戦です。敵艦隊には重巡ネ級も確認されています。注意して作戦に当たってくださいそれでは今回の編成は・・・」

大淀が淡々と艦娘達に伝える。

「ワタシの腕の見せ所ネー!ケン!私の活躍見ててくだサーイ!」

金剛はそう言った。まだ今回の編成の事言って無いんだけど・・・すると

「ねえねえ提督?那珂ちゃん達の活躍見たくない?見たいでしょ〜?」

那珂ちゃんが聞いてくる

「あ、ああ。まあそのつもりだったんだけど・・・」

俺は編成を伝える

「今回は旗艦に愛宕さん、それから吹雪、春風、天津風、那珂・・・ちゃん、金剛の6人にお願いする。新しく入ってきた君達の実力を見せて欲しい。それじゃあ愛宕さん、吹雪、他の4人のフォローは任せるぞ」

俺はそう告げる

「はーい任せてください。それじゃあ皆、行くわよ〜」

愛宕さんはそう言って執務室を出て行った

「春風、司令官様のために全力で参ります。それでは行ってきますね」

「司令官!私・・・駆逐艦の子と一緒に出撃なんて始めてだから少し嬉しいです!皆の足を引っ張らない様に吹雪も頑張ります!行こっ!春風ちゃん!!」

吹雪は春風を連れて愛宕さんの後を付いていった。

「提督〜私にお仕事くれてありがとー!センターじゃないのはちょっと納得出来ないけど那珂ちゃんのことしっかり見ててね!キャハッ☆」

那珂ちゃんもそう言って出て行った。

そしてそこには天津風が1人ぽつんと立っている。

「どうした?まさか出撃もしたくないなんて言うんじゃないだろうな?」

俺は彼女を睨みつけた

「ふんっ!そんなんじゃないわよ!!あんたみたいなマヌケそうな顔した奴の采配がちょっと心配になっただけ!でも命令には従ってあげる。じゃあね」

天津風はそう悪態を突いた。

なんだよアイツ・・・・俺は憤りを感じる。

「本当に大丈夫なんですか?」

高雄さんは心配そうに俺に声をかけた。

「ええ。幸いネ級以外は駆逐艦らしいですし。那珂ちゃんや金剛達の立ち回りを見る良い機会ですよ」

俺はそう返事をした

「それじゃあ阿賀野は今からちょっと早いけどお昼飯食べてこよーっとまた何かあったら呼んでね提督さん」

阿賀野はそう言って執務室を後にした。ホントに飯の事しか考えてないなぁ

そして

「提督〜出撃準備完了しましたぁ〜」

愛宕さんから通信が入る。

「それじゃあ愛宕さん。出撃お願いします」

俺がそう言うと

「はぁ〜いそれじゃあみんな私について来てーヨーソロー。うふっ♪」

愛宕さんがそう言うと艦隊は深海棲艦の発見されたポイント方面へと舵を取った。

そして数分後

「提督!愛宕さんから入電!!敵艦隊発見したようです!そのまま交戦に突入した模様」

大淀が言った。何事も起こらないと良いんだけど・・・・

そして

「敵艦隊の損傷70%こちらは那珂が小破、天津風が中破、春風が大破しているようです!敵艦隊は撤退を始めているようですが追撃しますか?」

大淀が俺に聞いてくる。

「一応相手は撤退してるんだな?それに春風が大破・・・もう追撃せずに帰還する様に伝えてくれ。」

俺はそう大淀に伝えた。

「はい。それではそう愛宕さんに伝えますね」

大淀はそう言って愛宕さんに追撃せずとの通信を送った。しかし

「提督!天津風、命令を無視して単騎で追撃を開始しました!!」

大淀が俺にそう告げた

「なんだって!?アイツどこまで利かん坊なんだよッ!!」

俺は机を叩く

「ひとまず天津風を愛宕さんと金剛と吹雪に追いかけさせろ!那珂ちゃんはには春風を連れて先に退避させる様に伝えてくれ」

俺は大淀にそう伝えた

「はい。わかりました!」

いやな予感がする・・・何も起きなきゃいいけど・・・俺は心の中で祈った

それからまた時間は過ぎ・・・

「敵艦隊完全沈黙!しかし追撃の際天津風並びに吹雪が大破した模様!吹雪ちゃんは酷い損傷みたいです・・・!吹雪ちゃん!!」

大淀は叫んだ。

「吹雪が!?早く艦隊を帰還させてくれ!!天津風が抵抗するなら無理矢理にでも」

俺はそう命令を下す。

「私は医務室で待機してますね!」

高雄さんはそう言って医務室へ向かった。

そして俺は居ても立っても居られなくなり港へ駆け出した

それからしばらくして春風と那珂ちゃんが港へ到着する

「へへっ・・・私とした事がネ級に全く歯が立たなかったよー今日のステージはかっこ悪い所見せちゃったね・・・」

那珂ちゃんは言った。そして

「申し訳ありません司令官様・・・わたくし何もできなかった・・・ごめんない・・・・ごめんなさい・・・・」

春風は涙を浮かべていた。

「酷いダメージだ。でもなんとか無事なだけで俺はもう十分だから・・・早く入渠して来るんだ」

俺は春風にそう言った

「那珂ちゃん小破だし天津風ちゃんを先に入れてあげて!那珂ちゃんの入渠は皆が済んでからで大丈夫。それじゃあ那珂ちゃんは春風ちゃんを大浴場まで連れてくね。それじゃあ提督、また後で。春風ちゃん大丈夫?歩ける?」

「はい・・・すみません那珂ちゃんさん・・・・それでは司令官様失礼致します」

那珂ちゃんは春風を連れて大浴場へと去っていった。

ひとまず春風はなんとか大丈夫な様だ・・・しかし問題は吹雪と天津風だ

俺はそのまま残る4人の帰りを待った。そして

「提督、今帰還したわ」

愛宕さんの声が聞こえた

「愛宕さん!!吹雪は!?吹雪はどうなったんですか!?」

俺は愛宕さんに詰め寄った。すると

「提督ごめんネー。吹雪は天津風を庇って大破したデース。ワタシがもっと早く反応出来てたらこんな事にはならなかったネー・・・」

そう言って金剛はおぶっていた吹雪を地面に下ろした。吹雪はキズだらけになってぐったりとしている

「吹雪?!吹雪!!」

俺はそんな吹雪に声をかけるが返事は無い

「おい!吹雪!!目を開けてくれよ!!」

俺は吹雪を揺さぶる

「ダメよ提督キズが深いんだからそんな乱暴な事しちゃ!!大丈夫。気を失ってるだけだから。幸い命に悦状は無いわ。でも気を失っている状態で入渠させるのも危ないからまずは医務室に運んであげて!!」

愛宕さんはそう言った。

「それじゃあ金剛・・・吹雪を医務室まで連れていってやってくれるか・・・?」

俺は吹雪をこんな状態にする原因を作った天津風に対する怒りが込み上げた

「わかったデース!」

金剛は吹雪を抱き医務室へと走っていった。

そして

「天津風はどうしたんですか?」

俺は愛宕さんに聞く

「天津風ちゃんはそこよ。でも今はそっとしておいてあげて」

愛宕さんが指差す方向を見るとぼろぼろになった天津風が港の隅で座り込んでいた

俺は愛宕さんの言葉を無視し天津風の方に走った。

「天津風ェ!お前自分が何やったかわかってんのか!?」

俺はそう問いつめると

「私はただ艦娘としての職務を全うしただけよ。深海棲艦を一隻残らず消す。それが艦娘の仕事でしょ?」

天津風は言った。昨日からずっと我慢していたがもう我慢の限界だ。

「ふざけんな!お前の命令無視のせいで吹雪が・・・吹雪が沈む所だったんだぞ!!」

俺は天津風の胸ぐらを掴んだ

「ふんっ!吹雪吹雪って・・・相当吹雪って娘に肩入れしてるみたいじゃない。別に謹慎でも懲罰でも好きにすれば?」

天津風は俺を睨みつける。

ふざけんな・・・・

俺の頭の中で何かが切れた。

「もう我慢の限界だ。バカにするのもいい加減にしろよ!」

俺は拳を握り天津風に殴り掛かっていた。

しかしその拳は天津風に届く事はなかった。愛宕さんが俺の腕を掴んで制止したからだ。

それにしても凄い力だ。俺は愛宕さんの制止で冷静さを取り戻した。

「ちょっと提督、やり過ぎじゃないかしら?天津風ちゃんもそうとうなダメージを受けてるのよ?だからお説教はあ・と・で。ね?」

愛宕さんは俺に言った。

「ぐっ・・・離してください愛宕さん!コイツの事一発ぶん殴ってやらないと気が済まないんです!!」

俺は唇を噛み締めた。

すると

「ごめんね天津風ちゃん」

愛宕さんはそう言うや否や天津風の頬を平手打ちした

「なっ・・・」

俺は予想外の事に目を丸くする。

天津風は

「なっ・・・何すんのよ!!」

天津風は愛宕をさんを睨みつけた。

「天津風ちゃん・・・命令無視のお説教は後にするとしてこれは提督の代わり。提督は吹雪ちゃんの事をどれだけ心配してたと思ってるの?それなのにあの言い方はないんじゃないかしら?旗艦の私にだってあなたを指導する責任がある。このビンタはその分よ。提督、この場はこれであなたも頭を冷やして。ね?」

愛宕さんがそう言うと天津風は黙り込んで頬を摩り

「そっ・・・それじゃあ私は入渠してくるから」

足を引きずりながら逃げる様に大浴場に向かって歩いて行った。

「クソッなんなんだよアイツ・・・」

俺は天津風の背中を睨みつけ吐き捨てる

「ねぇ提督」

愛宕さんがこちらを見ている

「なんですか!?それより俺は吹雪の容態が気になるんで医務室へ・・・」

俺がその場を去ろうとすると

「それより前に天津風に手ェあげようとしたのは頂けないよなぁ?男としてどうなんだ?ええ?」

愛宕さんはドスの聞いた声で俺を睨みつける。

「そっ・・・それは・・・命令を無視した挙げ句あんな態度だったからつい・・・カッとなって・・・」

俺はそんな愛宕さんの気迫に押され身じろぎをした

「気にくわねぇなら殴って良いってか?お前さぁそんなんで提督務まると思ってんのか?ええ?」

愛宕さんはそう言って俺の胸ぐらを掴む

「だって・・・・それは天津風が・・・それに愛宕さんだってビンタしてたし何より愛宕さんも男じゃ・・・」

俺は半泣きになりつつ反論をした。

「ゴチャゴチャうるせぇよ!オメーは完全に冷静さを欠いてただ腹が立ったから殴ろうとしただけだろ?そんなのただの暴力じゃねぇかよ!吹雪の事に対して横柄な態度を取られた事について腹が立ったのはわかる。だからってそれを理由に話し合う前から暴力を振うなんてのは上に立つ人間として一番やっちゃいけねぇ事じゃねえかよ!!お前はここの提督なんだろ?艦娘達を指示し導くのが仕事なんだ。それを放棄して暴力で訴えかけるなんつーのは提督として一番やっちゃいけない事なんだよ!!わかってんのか?ああ!?」

愛宕さんは俺をそう怒鳴りつけた。

そうか。あの時俺は完全に頭に来ていたから気付かなかったけどあれはただ天津風の事が憎たらしくて殴ろうとしていただけだったんだ。あんな事をしていては何の解決にもならない。

「すっ、すみません・・・俺・・・」

俺はただそう言う事しかできなかった。

「それじゃあこれからどうすんだよ?言ってみろ」

愛宕さんは言う

「そっ・・・・それは・・・」

俺がしなければならない事・・・・それは・・・

「天津風ともう一度話をします。今度は冷静に・・・それに殴り掛かろうとした事も謝らなきゃ」

「おう・・・そうか・・・うん。合格♪」

それを聞いた愛宕さんの声色がいつもの優しい声色へと戻り、俺の胸ぐらを掴んでいた手を離した。俺は腰が抜けて地面にへたり込んでしまう。

「私の方からも天津風ちゃんを叱っておくから他の判断はそれからでも遅くないでしょ?ね?」

愛宕さんは笑った。

「は・・・はい・・・」

俺はそう頷く事しか出来なかった。

「それじゃあ吹雪ちゃんの所に行ってらっしゃい。私は入渠ドックが空くまでちょっと休憩してるわ」

愛宕さんはそう言ってその場を立ち去り何処かへ行ってしまった。

「そうだ!こんなところでへたり込んでる場合じゃねぇ!」

俺は腰を上げ吹雪の運ばれた医務室へと走った。

「吹雪!!高雄さん・・・吹雪はどうなったんですか!?」

俺は医務室に居た高雄さんに詰め寄る

「命に別状はないしケガも入渠すれば治るだろうけどまだ目は覚まさないわ。でも大丈夫。すぐに良くなるわ。目を覚ましたら入渠させてあげたいんだけど・・・」

高雄さんは言った

「吹雪・・・」

俺はキズだらけになった痛々しい吹雪の寝顔を見つめる

「俺・・・吹雪が目を覚ますまでここに居ても良いですか?俺・・・ずっと吹雪の側に居てやるって決めたんです。だから・・・」

俺は高雄さんに尋ねる

「ええ良いですけど・・・・丁度私は艤装の修理やらで今日は徹夜しなきゃダメそうですし居てくれるなら助かるわ」

高雄さんは言った。

「ありがとうございます高雄さん」

俺は頭を下げた

「それじゃあ私は工廠に行っていますね。濡れタオルが温かくなったら新しいのに替えてあげてください。何かあったら呼んでくださいね。それでは吹雪ちゃんの看病お願いします。提督失礼します」

高雄さんは医務室を後にした。

吹雪・・・・ごめん。俺浮かれすぎてたのかな・・・?

俺は目を覚まさない吹雪にそう語りかけていた。

 

 

その頃

高雄が工廠に向かうとそこには愛宕が居た。

「あら愛宕?艤装の修理手伝ってくれるの?珍しいじゃないいつもめんどくさいからって手伝ってくれないのに。明日は雨かしらね」

「ええ。高雄だけじゃ大変だと思って。それに・・・その・・・」

愛宕は目を泳がせる

「愛宕あなたもしかして吹雪ちゃんと天津風ちゃんの事責任感じてるの?」

「やっぱり高雄には隠し事は出来ないわね。吹雪ちゃんがああなったのは元はと言えば旗艦である私がちゃんとしてなかったせいで・・・」

「自分を責めないで愛宕・・・あなたはいっつも独りで抱え込んじゃうんだから・・・素直じゃないのはあの子もあなたもおんなじね。そういえば提督の目が赤かったけどもしかして愛宕が泣かせたの?」

「え、ええ・・・ちょっと言い過ぎちゃったかしらね・・・私にも責任があるのについ熱くなっちゃって・・・あの時天津風ちゃんを叱るのは提督じゃなくて私の役目だったのに・・・でも長門からあの子の事聞いてたからちゃんと叱る事もできずに結局提督が殴り掛かるのを止めさせる為に代わりにビンタする事くらいしか私にはできなくて・・・私がついていれば大丈夫だって思ってたからあんな事にはならないと思ってたんだけど・・・私もダメね・・・艦娘の立場って難しいわ」

「愛宕・・・」

「ごめんなさい高雄。どうしても提督を見てると昔の自分を見てるみたいでつい・・・」

「愛宕・・・いえあなたもそう思うのね。私も提督を見てると昔のあなたの事思い出すわ。ちょっとダメだけど芯がしっかりしててまっすぐな目をしてて・・・」

「も〜!ダメは余計でしょ!?」

愛宕は頬を膨らませる。

「あらごめんなさい。それじゃああなたもその事明日提督に謝らなきゃね。っとその前にこれ全部終わらせなきゃ!ちょっとそこのスパナ取ってくれる?」

高雄はそう言って道具箱を指差した。

「高雄も人使い荒いのは昔っから変わらないんだから!はいこれ」

高雄と愛宕はそのまま艤装の修理をしつつ過去の話に花を咲かせ夜は深けていった。



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天高く吹き抜けて:side天津風(前編)

今回と次回は天津風視点でお話が進行します。
活動報告の方でアンケートをとっているのでこちらもご覧頂けたらなと思いますhttps://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=150980&uid=190486



 「気安く呼ばないで!さっきから金剛さんに抱きつかれてへらへらしちゃって・・・・私、一応艦娘だけどあなたとは提督と艦娘としての最低限の関わりしか持つつもり無いから!それじゃあ今日はもう私移動で疲れたから寝るわ。高雄さん!もういいでしょ?早く私を部屋に案内してください!!」

ああ。またやってしまった。いつもそうだ。私はどうしていつも大切だと思う人に素直になれないんだろう・・・?その先に待っているものは悲しい事だけだと言うのに

 

 

話は私・・・いや僕が天津風になるずっと以前に遡る。

僕の両親はなにやら艦娘の研究をしているらしく僕はそんな親に連れられて各地を転々としていた。そして僕の7歳の誕生日のいつも帰りの遅い父と母は平日だというのに家に居た。そして朝目が覚めた僕に開口一番に父がかけた言葉は

「お誕生日おめでとう」

といった類いの言葉ではなく

「これから父さんと母さんはこれから前線の鎮守府にいかなくてはならなくなった。明日にでもすぐに出発しなければならない。そんな危険な所にお前を連れていく訳にもいかないから明日からおばあちゃんのお家へ行って欲しい。これも世界を守るため・・・それがお前を守る事にも繋がるんだ。だから・・・わかってくれるか?」

というあまりにも突然で衝撃的な言葉だった。

僕は幼いながらに父と母の都合に付き合わされ続け各地を転々として友達なんて居なかった事、そして何より誕生日を忘れられた事に腹を立てて両親にその頃僕が思いつく最大限の罵声を浴びせてしまった。

「お父さんもお母さんも大嫌いだ!もう何処にでもいって死んじゃえばいいんだ!!」

と。本当は行かないで欲しい。僕はお父さん達と一緒に居たいと言いたかった。でも僕はそれが言えないまま父と母を見送る事もせずおばあちゃんが僕を迎えにくるまでずっと部屋に引きこもっていた。

それから一年と少し経って深海棲艦殲滅作戦が成功し、深海棲艦は殲滅されたというニュースが世間に走る。

僕はこれできっと父さんと母さんは帰って来てくれる。そうしたらあのときに言った事を謝ろう。そう心に決めていた。そんなある日僕を訪ねて来たのは両親ではなく髪の長い長身の女の人だった。そんな女の人は僕の顔を見ると

「すまない・・・私は君のお父さんとお母さんを助けられなかった・・・許してくれ・・・・私はぁ・・・・」

そう年甲斐もなくぐしゃぐしゃに泣きじゃくりながら僕に頭を下げて来た。

僕はそのとき女の人の言った事がよく理解出来なかったが、後で聞いた話に寄れば両親は鎮守府が襲撃を受け、その時に逃げ後れて死んでしまったらしい。

僕はその時はうっすらとしか理解する事は出来なかったが父と母はもう居ない。そう薄々気付いていた。でも心のどこかではいつかひょっこり帰って来てくれるんじゃないか?もしかしたら僕の最後に言った一言をまだ怒っていてそれで僕に会いに来てくれないんじゃないかと様々な思考を巡らせていた。

それからと言うものひょっこり小舟か何かに乗って両親が帰ってくるかもしれない。そんな淡い希望を胸に僕は海を眺めるようになった。

それから少し経っておばあちゃんが病に倒れ死んでしまい、僕は独りになってしまった。

その時目の前で動かなくなったおばあちゃんを見て僕は死と言うものを肌身で感じ、同時に両親ももう帰ってこないんだと理解してしまった。

いやもっと前から理解していたのかもしれない。ただその事実から逃げていただけだったのかもしれない。

そんな独りになった僕のもとに長峰と名乗る男の人が訪ねて来た。

彼の言う事には彼は父さんの知り合いで僕の身元請負人になってくれると言う事だった。

それから僕は××町という町に引っ越し、長峰さんの家の隣の家で暮らす事になった。しかしそこは何も無い場所でテレビではアニメも何も流れないしとても退屈な日々を送っていた。

しかしそこは元々僕が住んでいた街と同じ様に家から海が近く、僕はただただ何もする事なく海を眺めては一日を終えるという生活を送る様になっていた。

学校にも行かずただただ海を眺めて時間が過ぎていき、僕が12歳になった頃、深海棲艦隊が未だ猛威を振っているというニュースを耳にする。

僕は海を眺めながらこの海の先では両親を殺した深海棲艦がまだ誰かの大切な人を奪っている。

僕みたいな想いをしている人たちを増やしているという事知り、その事に対する恐怖、そして深海棲艦に対する憎しみは日々増していった。

そんなある日、長峰さんが僕に言った。

「君は来年で13歳だ。そろそろ海を眺めるだけの生活はやめないか?君を立派な人間に育てなければ私は君の両親に顔向けが出来ない。そうだ。君の将来の夢を聞かせてくれないか?私は君の夢の為ならなんだって協力してあげよう。それが私のできる最大限の償いと君の両親に対する弔いだから・・・・」

彼はいつになく真剣だった。将来の夢か・・・そう言えば考えた事がなかったな。

昔父さんと母さんみたいな科学者になって2人の手伝いをするというような夢を持って居たような気がする。でもその夢はもう叶う事はない。僕はそのとき始めて自分の夢を口にした。

「艦娘になりたい」

それを聞いた長峰さんは少し黙り込んだ後

「どうして・・・そう思うんだい?」

と訪ねてくる。

「深海棲艦を一隻残らずやっつけて父さんと母さんの仇を討ちたい。艦娘になればできるでしょ?僕ニュースで見たんだ。男でも艦娘になれるって!!」

僕がそう言うと長峰さんは

「君・・・それは本気で言っているのか?」

彼はそう聞き返してくる

僕は黙って深く頷いた。

すると彼は

「そう・・・か・・・艦娘になれば背負うものが沢山できる。それになんと言っても命がけだ。出来れば君にそんな道は歩んで欲しくない・・・」

と言った。

彼のその言葉には何故かとても重みがある様に感じた。しかし僕は

「何でそんな事言うの!?僕の夢にはなんだって協力してくれるって言ったじゃん!!僕に噓付いたの?」

僕は始めて彼に対してダダをこねた。

彼は少し困った顔をして

「そ・・・そうだな・・・・君がそこまで言うのならそれが君の一番やりたい事なんだろう・・・それならば君の13歳の誕生日の日、君を艦娘にしてくれる施設を紹介してあげよう。しかしこれだけは言わせてくれ。艦娘は決して深海棲艦が憎くて戦って来たんじゃないんだ・・・それだけは覚えて居て欲しい」

と言った

それから僕は施設の案内のパンフレットや資料を長峰さんから貰ったり手続きを済ませたりする様になった。

そんなある日、いつもの様に海を眺めに行くとそこに見慣れぬ人影が立って居た。そういえば長峰さんが話してくれていた気がする。多分近所の鎮守府に新しく赴任して来た提督だろう。長峰さんが言う通り何処か少し頼りない感じだけど優しそうな男の人だった。

僕は長峰さんの話を聞いていて少し興味を持っていたので好奇心から彼に話しかけてみる事にした。自分から人に話しかけるなんて何年振りだろう?

僕は勇気を振り絞り

「お兄さん見ない顔だね。」

と彼に声をかけた。

彼は僕に好意的に接してくれた。そして彼はやはり××鎮守府に赴任して来た提督だと言う事が明らかになった。そして僕は自然と彼に自分の夢の話(流石に艦娘になるなんて言って変な顔をされたら嫌だったので提督になりたいと答えたけど)そして何故そう思う様になったかを話していた。すると

「残念ながら君の夢は叶わないなぁ」

彼は言った。

僕が理由を聞くと

「理由?そんなの簡単さ。俺の代で深海棲艦との戦いを終わらせてやるからだ。俺が少年の仇も一緒にとってやるから安心しろ。少年、君は復讐なんて物に捕われないでもっと未来を明るく出来るような大人になるんだよ」

と彼は露骨にキメ顔で言った。

うわぁ・・・なんか痛いぞこの人・・・・でも彼の君は復讐なんて物に捕われないでもっと未来を明るく出来るような大人になるんだよ。という言葉が僕の胸に刺さった。どうしてこんな簡単な事に気付かなかったんだろう?どれだけ過去に父さんと母さんは帰ってこない。それに仮に深海棲艦を全てやっつけたとして僕はその後何がしたいんだろう?そんな事を考えるとなんだかおかしくなって僕は自然と笑っていた。

そして僕は彼とそんな話をして去り際に

「うん!わかった!!じゃあねぱっとしない提督のお兄さん!僕の名前は (そら)って言うんだ!また会ったら次は鎮守府の話聞かせてね!!」

と彼に名前を名乗って別れを告げた。

それからは僕が本当は何をしたいのか?そんな事を考える様になり、頻繁に彼に会って話をする様になった。

彼は色々な事を話してくれた。

バカな話から高校時代の友達の事や鎮守府の艦娘たちの事、そして将来の話を・・・

彼の話を聞くにつれて僕は学校に行きたい。そう思う様になっていった。

そんなある日

「天くん、とうとう来月13歳の誕生日だな・・・施設へ行く準備はできているかい?」

長峰さんはそう尋ねてきた。

全くもって忘れていた。僕は後1ヶ月で艦娘になる手術を受けなければならない事を

いや、忘れていたのではなく思い出したくなかったのだろう。

僕は艦娘になるのはやっぱりやめたい。学校に行きたい。そう言いたかった。

しかし今更そんな事を言える筈も無く

「う・・・うん・・・」

そう頷く事しか出来なかった。もう少し早く提督のお兄さんに会えていれば良かったのに・・・・僕はそう思った。

それから長峰さんにも提督のお兄さんにも本当の事を言えず・・・いやあえてこの事を考えない様にしないまま1ヶ月が過ぎていき、僕は結局この町を離れる事になった。

そして施設へ向かう当日、最後にこの見慣れた海の景色を目に焼き付けようと朝こっそり家を抜け出しいつもの様に海を眺めていた。

この景色を見るのも今日が最後か・・・そんな事を思っていると

「やっぱり今日も来てたんだな」

ともう聞き慣れた声が聞こえた。

そこには提督のお兄さんが息を上げて立っていた。

きっと僕に別れの挨拶をしに来てくれたんだろう。それはとても嬉しい事だったがもう彼と会えなくなると思うと同じくらいに寂しかった。

僕は「ありがとう」と言おうとしたがなんだか恥ずかしくなって言えず

「お兄さん・・・こんな朝っぱらから何しに来たの?仕事は?ヒマなの?」

と悪態を突いてしまう。

彼はそんな僕に少し怒った様な素振りを見せたが

「こんなやり取りもこれが最後なんだなて思うとなんというか・・・・寂しいな・・・」

という彼の言葉で彼と会えるのは今日が最後だと言う事を痛感する。

そして僕は何を言えば良いのかわからなくなっていると彼はボロボロのロボットのおもちゃを僕にくれた。なにやら昔流行ったロボットらしく彼は得意げにそのロボットについて語っていた。いい加減その話にも飽きたので

「あーわかったわかったよ。でもなんでそんな大切なモノを僕に?」

と話を遮る。すると彼は

「そりゃ・・・お前・・・俺がソラの事を大切な友達だと思ってるからに決まってるだろ?辛い時はこれ見てこの町の事とか俺の事とか思い出してくれよ」

と言った。

友達・・・か。僕の事をそう呼んでくれた人は今まで居なかったので僕はとても嬉しかった。

そうこうしていると

「おお、ここに居たのか天くん。探したぞ」

長峰さんが僕を探していた様だ。長峰さんがここに来たと言う事は僕はもうここから離れなければならないと言う事だろう。

僕は必死で彼に言いたい事を考えた。ここで言えなかったら多分また父や母の時の様に後悔するだろう。だから必死で彼に言いたい事を考えた。

「そろそろ時間だ。ソラくん。最後に提督君になにか言いたい事は無いかい?」

その思考を遮る様に長峰さんが言った。もう本当にこれが最後なんだ。今まで言えなかった事・・・・・

僕は今思っている事をありのままに伝えた。

「あっ・・・あの・・・・こんな僕と短い間だったけど話し相手になってくれて・・・・ありがとう。これ大切にする。」

やっと「ありがとう」と言えた。ずっと彼に伝えたかった事が。

僕の中で彼と会えなくなる寂しさやずっと言えなかった事を言えた喜びが入り交じりそれが涙として頬をつたった。

それを見た彼も

「おいやめろよ・・・俺まで泣きたくなっちまうじゃねえか・・・・俺もお前と友達になれて嬉しかった。昨日も言ったけどどれだけ離れても俺とお前は友達だからな。また会いにこいよな!!」

と涙を拭いそう言って僕の頭を撫でてくれた。

彼は良く話をしている時に僕の頭を撫でてくれていた。彼が頭を撫でてくれるのもこれで最後・・・そんな事を思うともし僕が艦娘になってから彼に会う事は出来るのだろうか?会いに来ても彼は僕だと気付いてくれるだろうか?それに僕が艦娘になった事を彼は許してくれるだろうか?そんな不安が胸をよぎる。

「うん・・・また・・・ね。お兄さん・・・僕の事忘れないでね」

僕は彼にそう言った。

「ああ当然だろ?またな!ソラ!!」

彼はそう返事をしてくれた。

僕は彼との挨拶を済ませて長峰さんの車に乗り込む。

ふと後ろを見ると彼が僕にずっと手を振ってくれていた。

僕も見えなくなるまで彼に手を振り続けた。

そして彼が見えなくなった頃

「君もあんな顔をして笑うんだな・・・実は少し君達2人が話している所を見ていたんだが君のあんな楽しそうな所・・・今まで見た事がなかった・・・」

と長峰さんが嬉しそうに呟いた。

「え・・・・」

僕はそのとき始めて気付いた。そういえば彼に会うまで僕は笑えていなかったのかもしれない。

僕が本当にほしかったのは仇を討つための力なんかじゃなくこの苦しみを分かち合える友達だったんだと

でも今気付いてももう手遅れだ。僕は復讐の道に進まざるをえなくなってしまった。

何故もっと早くに気付けなかったんだろう?

僕がもっと素直だったらこんな事にはならなかったのかな・・・・

そんな後悔を胸に僕はとある施設へと連れていかれそこで艦娘になる為の手術を受ける事になるのだが・・・

 

(続く)



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天高く吹き抜けて:side天津風(後編)

前回に引き続き天津風視点でお話が進行します。
活動報告の方で引き続きアンケートをとっているのでそちらもお願いしますhttps://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=150980&uid=190486
(追記)致命的に抜け落ちていた部分があったので追加しました。



 「ここからの行き先はこのメモの通りだ。それでは達者でな」

長峰さんは僕を最寄りの駅で降ろしそう言ってメモを手渡してくる

「う・・・うん。今までありがとうございました」

僕は彼に別れを告げメモに記された通りの場所へと向かった。

そしてメモに記された駅を降りると

「君がソラくん・・・で良いのかしら?」

と突然女の人に声をかけられる

「あっ、はいそうですけど・・・」

僕はそう返事をする

「そう。長t・・・じゃなかった今は長峰くんだったわね。どう?彼は元気にしてる?」

その女の人は長峰さんの知り合いらしい。

一応僕の保護責任者という事になってくれてはいたが彼とは毎日顔を数回会わすかどうかと言った程度で保護者と言うよりは近所の人という感じだったので余り深くは彼の事を知らなかったがこんな美人の知り合いが居たんだ・・・

しかし彼女の問いに対し長峰さんはいつも僕と会う時はどこか元気の無さそうな表情をしていた。しかしこの人に無駄な心配をかけさせたくはないので

「はい・・・多分元気だと思います」

と答えておく事にした。

「そう。それは良かったわ。私は芹本海夏(セリモトミカ)っていうの。長峰くんとは昔からの知り合いで人を艦娘にする研究をしてるのよろしくね」

芹本と名乗った彼女はそう言って僕に手を差し伸べて来た。

「よろしくお願いします」

僕は芹本さんと握手を交わした

「思ったより小さくて可愛いのね。」

芹本さんは言った。僕は身長が低い事がコンプレックスだったので少しカチンと来た。

「こんな所で立ち話もなんだから行きましょう。そこでお話を聞かせてもらうわ。それじゃあ車があるからついて来て」

芹本さんは僕を車に乗せた

そしてそこから車に揺られること1時間程うっそうとした山道をぬけると海岸が広がっており、そこには何も無い海岸には不釣り合いな程に人工的な建物がぽつりと建っていた。

「ここよ」

芹本さんはそう呟いてその建物の前で車を止めた。

「ソラくんお疲れさま。それじゃあ私は車を車庫に入れてくるからちょっとここで待っててくれるかしら?」

芹本さんは僕を車から降ろし車庫へ向かった。

そして数分後

「お待たせソラくん。それじゃあ行きましょうか。こっちよ」

僕は芹本さんに言われるがまま施設の中へ足を踏み入れた。そして談話室の様な場所に通される。辺りを見渡すと資料を無理矢理片付けたような痕跡が見られる。僕の為に片付けたのだろう。芹本さんはあまり片付けが得意な方じゃないんだろうか?

僕がそんな事を考えていると

「それじゃあそこに座ってね」

と芹本さんは僕を椅子に座らせテーブル越しに向かい合う様にして芹本さんも席に着く

「まず最初に確認するけど本当に艦娘になりたいの?」

芹本さんは僕にそう質問した。

「当たり前じゃないですか。僕はその為にここに来たんだ」

僕はそう返した

「それじゃあなんでなりたいの?長峰くんはその理由を教えてくれなかったからそれだけ聞いておきたいなって」

僕はそんな芹本さんの問いに両親が深海棲艦の攻撃で死んでしまった事、その仇討ちがしたいと言った事を正直に話した。すると

「そう・・・風間(カザマ)博士が聞いたらなんて思うかしらね・・・」

彼女はぽつりと呟いた。風間・・・僕のお母さんの旧姓だ。

「芹本さん!僕のお母さんを知ってるんですか!?」

僕は思わず声を上げてしまう

「ええ・・・私の父と一緒に艦娘について研究していたわ・・・いつもあなたの事を心配していたのよ?」

芹本さんは言った。

「噓だ!お母さんは僕の事なんかこれっぽっちも思ってなんかくれてなかった!!僕なんかより研究の方が大事でそのせいで勝手に死んじゃったんだ!!」

僕はそう声を荒げた

「噓じゃないわ。それに風間博士はあなたの事を大切に想って戦いに巻き込まない為、戦いを終わらせる為に必死で研究をしていたのよ?もちろんあなたのお父さんの津山(ツヤマ)博士もね」

芹本さんは言う。

「そんな・・・・そんなの今になって言われたって信じられませんよ!それに本当に僕の事を大切に想ってくれていたなら僕の事をあの時置いていったりしない!それに・・・・」

僕はそうただただ感情のままに言葉を続けた。するとそれを遮る様に

「ソラくん・・・長峰くんから何も聞かされていなかったの?」

芹本さんは少し悲しそうに言った

「ええ!あの人はただ両親の知り合いだからって言って僕を引き取ってくれただけで何も両親の話はしてくれませんでしたよ!!」

「そう・・・なのね・・・・」

芹本さんは表情を暗くした

「それじゃあもう一回聞くわ。本当にあなたは艦娘になって復讐がしたいの?ご両親の事、嫌っているみたいだったけど・・・」

「ええ!大嫌いですよ!ロクに別れも言えないまま勝手に居なくなったんですから・・・でもそれと同じくらいにそんな両親を殺した奴らが憎いんです。おかしいですかね・・・・?」

「いいえ。私も深海棲艦の攻撃で家族を失ったわ。私の父は身寄りの無い私を引き取って一人前にしてくれた。だから私はそんな父の研究を引き継いで私みたいな境遇の子を少しでも減らせたらってそう思ってたの・・・・・でもよりにもよって津山博士と風間博士の子をそんな戦いに巻き込まないといけなくなるなんて皮肉なものね・・・だから私はソラくん・・本当はあなたの事を艦娘にしたくないのだけど」

芹本さんは言った。

「でっ・・・でも僕にはもうこの道しか思い付かないから・・・」

僕の心は少し揺らいでいた。

「艦娘になったらもう普通の人には戻れなくなるのよ?それでも良いの?」

芹本さんはそう言って僕を見つめる。僕に残された道は1つだ。もしここで僕が艦娘になるのをやめると言ったら僕はその後どうすればいいのだろう?今更長峰さんの所に戻る訳にもいかない。だから僕にはもう選択肢なんて言うものは用意されていないし考えられない。もっと早くにお兄さんに出会って居れば結果は変わっていたかもしれないけど・・・

でももうそんなお兄さんに会う事もないだろうし別に罪悪感に駆られる必要なんて無いんだ。それならば僕は深海棲息艦を1隻残らずやっつけてやるんだ。僕はそう今の自分を正当化しただ頷く事しか出来なかった。

「わかったわ・・・ソラくんがそう言うなら私は止めないわ。でも今日はもう疲れてるでしょ?今日はもう休んで・・・お部屋は用意してあるから」

そう言った後芹本さんは何も言わず僕を空いている部屋に通した。

僕はその部屋のベッドに置かれていた病衣の様なものに着替えそのままベッドに倒れ込む。その日の夜、僕は遂に明日艦娘になるんだ。そう考えると様々な感情が入り乱れ結局寝ることができなかった。

次の日部屋をノックする音がするので僕は扉を開けるとその先には芹本さんが居た

「ソラくんおはよう。昨日は良く眠れたかしら?」

「いいえ・・・あんまり」

僕がそう言うと

「そう・・・まあ自分が別の何かになるなんて考えたら怖いわよね。でも大丈夫痛くはしないしすぐに終わるから。それじゃあついて来て」

僕は診察室の様な場所に通された。そこで

「ちょっとチクっとするからね」

と言われ注射を一本射たれる。それからしばらくして意識が朦朧としてきて僕は気を失ってしまった。

そして目を覚ますとそこは昨日通された部屋ベッドの上だった。

何か夢を見ていた様なそんな気もするが内容はあまり思い出せない。

身体が少し怠いがお腹がすいたので僕はベッドから降り辺りを見回す。

すると部屋隅にある机の上にはペットボトルと菓子パンとメモが置かれて居る。

メモには

【ソラくんへ

手術は無事成功しました。お疲れさま。明日の朝お部屋に行くからもしそれより早く起きていたらそこにおいてあるパンを食べて待っていてください。

芹本】

と書かれている。僕はパンをほおばりながらそのメモを読んでいた。

そう言えば今何時なんだろう?この部屋に時計はないが外はまあまあ明るいので朝方だと推測出来る。

朝・・・?と言う事は昨日注射を射たれてから丸一日眠っていたと言う事なんだろうか?そんな事を考えていると扉をノックする音が聞こえて

「ソラくん起きてる?」

という芹本さんの声が聞こえた

「はーい。起きてるわ・・・・えっ!?何言ってるの私・・・私!?どうなってるのよこれ!!なんで女の子みたいな喋り方になってるの!?」

僕は自分の発した言葉に耳を疑った。声が僅かではあるが高くなっているし今までの口調とは全然違う喋り方になっている。僕が混乱していると芹本さんが部屋に入って来て

「おはようソラくん・・・いえ天津風ちゃん」

と僕を見て言った。天津風?それが僕の艦娘としての名前なのだろうか?不思議とそう呼ばれる事に違和感は無く、寧ろ今までずっとそう呼ばれていた様な気分にさえなる。その凄まじい違和感が僕を襲った

「芹本さんわた・・・僕どうなったの?何か変・・・・」

僕は口調を必死にもとに戻そうとして芹本さんに聞く

「みんな最初はそんな感じになるのよ。最初は元の自分と艦娘の記憶が混在して簡単な記憶の混乱みたいなものが起こるの。でも時間が経てばその2つは定着して1つになるから最初は気持ち悪いかもしれないけど安心して」

芹本さんはそう言った。

「わ・・・わかったわ・・・・」

僕はそう返事をした。僕の頭の中ではいつもの口調で話しているつもりなのだが発せられる言葉はその通りには出てこない事にもどかしさを感じる。

その後身体に異常が無いか等の検診を受けさせられた。

それから僕は艦娘として動ける様になるまでここで投薬なんかをしながら生活する事になった。最初は身体の方には違和感は無かったのだが日を重ねるごとに腕が細くなり、全体的に身体が柔らかみを帯びて来ている事を身を以て感じていた。

そんな自分が自分で無くなってしまう様な恐怖を感じる度、僕は提督のお兄さんに貰ったロボットを見て自分を奮い立たせた。しかし同時にお兄さんの

「君は復讐なんて物に捕われないでもっと未来を明るく出来るような大人になるんだよ」

という言葉が僕を苦しめる。

「ごめんね・・・お兄さん。私結局復讐する事しか選べなかったの。でも私・・・できることならもう一回だけで良いからお兄さんに会いたい・・・またお兄さんとお話したいよぉ・・・寂しいよぉ・・・・」

僕はロボットのおもちゃにそう語りかけていた。

寂しい・・・・?お父さんやお母さんが居なくなってもおばあちゃんが死んでも長峰さんと別れても今まで寂しいなんて言葉は出てこなかったのに・・・僕艦娘になって変になっちゃったのかな・・・?あれ?おかしいな・・・?僕どうして泣いてるんだろう?

僕は何故だか涙が止まらなくなった。

思い返してみれば僕はいままでずっと僕は寂しかったのかもしれない。でもそれを普通だと勝手に思い込んでいて気がつかなかっただけなのかもしれない。

これが寂しいって事だったんだ。僕はその日初めて寂しくて泣いた。

それからと言うもの僕は夜な夜なお兄さんに貰ったロボットに話しかけるようになった。

そして施設で生活を始めてから1ヶ月程が経ち、僕は浜辺で射撃演習が出来る様になるまでになっていた。初めて海の上に浮かんだ時自分はもう人間ではないんだと痛感したが、同時に何か懐かしい様な気もした。そんな演習帰りの事そして施設で生活を始めてから1ヶ月程が経ち、僕は浜辺で射撃演習が出来る様になるまでになっていた。初めて海の上に浮かんだ時自分はもう人間ではないんだと痛感したが、同時に何か懐かしい様なそんな気もした。そんな演習帰りの事

「演習お疲れさま。もう艦娘としては問題無いレベルね。はいお水」

芹本さんはそう言って僕にペットボトルを手渡した

「ありがとう芹本さん。私もう一人前かしら?」

僕は自分の発する言葉に感じる違和感ももう感じなくなって来ていた。

「ええ。そんな天津風ちゃんに良いお知らせがあるんだけど・・・遂にあなたの着任する鎮守府が決まったわよ」

芹本さんは言った

「これで私も深海棲艦と戦えるのね!それで・・・その鎮守府はどこなの?」

僕は聞いた

「それはね・・・××鎮守府に着任させるようにってある人からお願いされてね。私も手を回すのが大変だったんだけど来週付けであなたは××鎮守府勤務よ。少し急だけどね」

ある人って一体誰だろう・・・?

それより××鎮守府・・・お兄さんの居る鎮守府だ!その名前を聞いた時、僕は少し嬉しかった。でも変わり果てた僕の姿を見たら彼はどう思うだろう・・・?それに彼との約束を僕はやぶってしまった。僕はもう彼に会うことはないと思って居たからこの事を考えない様に今まで自分を正当化しようとしていたのになんでよりにもよって××鎮守府なんかに・・・・僕はどんな顔で彼に会えば良いのだろう・・・

そんな事を考えていると

「それでね、あなたのお洋服を見繕ったんだけどちょっと着てみてくれないかしら?」

そう芹本さんは言った。今までジャージやインナーシャツのような服しか用意されておらずどんな服なのだろうと少し不安はあった反面可愛い服だったら良いな。と思う自分が居た。

そして部屋に芹本さんが服を持って来てくれた。しかし何かが足りない様な気がする

「あの・・・芹本さん・・・」

「何かしら?」

「服ってこれだけ・・・?スカートとかズボンとかはないの?それにこの下着・・・こんなのじゃはみ出ちゃう・・・・」

僕は顔を赤くして言った。

「服はこれが天津風の正装よ。服はこれだけ。ワンピースになってるから一回着てみて。」

僕はそう言われるがままされるがまま芹本さんにその服を着せられた。そして

「最後にこの吹き流しを髪に付けるんだけどまだ天津風ちゃん髪短いでしょ?じゃーん!これ!エクステ用意したの。きっと似合うと思うわ!」

芹本さんは楽しそうに僕にエクステを付け、そこに赤と白のしましまの吹き流しを付けた。そして

「よし!これで完成!すっごい似合ってるわよ天津風ちゃん!」

芹本さんは笑顔でそう言って僕に姿鏡を向けた。

そこにはツーサイドアップの美少女が立っている。元々中性的な見た目をしていたので艦娘になってからも余り艦娘になった実感が湧かなかったが目の前にいるのはどう見ても女の子だ。

「こっ・・・これが・・・私?」

僕はそう声を上げた

「ええ。とっても可愛いわよ」

芹本さんは言った

「でっ・・・でもこのワンピース短くないかしら・・・下手したら私が男の子だってバレちゃう・・・」

僕は必死にワンピースの丈を下げようと下に引っ張る

「大丈夫よ。ギリギリ見えない様にする最低のラインで調整してるから!!」

芹本さんは得意げに言った。そんな・・・ギリギリなんて・・・・天津風って艦娘は相当ヘンタイだったらしい・・・何で僕がそんな艦娘になっちゃったんだろう・・・・僕はため息をついた。

それからというもの服の着方やエクステの付け方を教えてもらったり鎮守府への着任の手続きだったりをしているうちにあっという間に1週間が経ち、僕は××鎮守府に向かう事になってしまった。

当日芹本さんは僕を××鎮守府の近くまで車で送ってくれた。

「それじゃあ元気でね。それと長峰くんに会ったらたまには会いに来なさいって伝えておいてね」

「わかったわ。今までお世話になりました」

僕は芹本さんに頭を下げ鎮守府のインターホンを押した。

すると

「はい。何かご用ですか?」

という女の人の声がインターホンから聞こえる。なんだお兄さんじゃないのか・・・僕はインターホンに向けて

「私、今日付けで着任した駆逐艦天津風です。」

と名乗った。するとインターホンからする声は

「そう言えば今日でしたね。すみません今から行くので待っていてくれますか?」

と言った後インターホンからプツリという音がした。

それから1分程待っているとメガネをかけた女性が黒髪をたなびかせてこちらにやって来た。綺麗な人だなぁ・・・

「お待たせしました。私、ここの秘書官をしている大淀ですよろしく。ようこそ××鎮守府へ。でもごめんなさいあいにく今提督は出掛けてるの。もうすぐ帰ってくると思うけどそれまで私がこの鎮守府を案内しましょうか?」

大淀と名乗る艦娘は僕にそう聞いて来た。特にやる事も無いし別に断る理由も無いので僕は

「ええ。それじゃあお願いしようかしら」

と言った

そして一通り鎮守府の中を案内されると

「これで一通りの案内は終わったわ。それじゃあ私は書類の整理が残ってるからまた夕方16時に執務室まで来てね」

そう言って大淀さんは僕を残して執務室の方へ歩いていってしまった。

そして特にやる事も無くただ辺りをうろうろとしていると何やら懐かしい話し声が聞こえ、僕は思わず物陰に逃げる様に隠れた。そこからこっそり眺めていると提督のお兄さんが歩いている。僕は勇気を出して声をかけようとしたがその後ろにピンク色の着物を着た僕と同年代くらいの女の子が居て2人は何やら仲よさそうに話していたので僕は彼に話しかけるのをやめた。そんな2人を見た僕の心の中にはなんだかよくわからない感情が生まれる。

「なによ・・・ヘラヘラしちゃって・・・」

そう僕は無意識に呟いていた。

そして2人の後を僕はこっそりとつけて回っていると2人は一緒に大浴場へと入っていった。

「ななな何よ!!女の子と一緒にこんな真っ昼間からお風呂に入るなんて!!あのヘンタイ!!」

僕は顔を赤くして言った。なんで僕は怒っているんだろう?そりゃ僕くらいの女の子と一緒にお風呂に入るなんてどう考えても良くない行為だ。しかしその事について怒っている訳ではない・・・それじゃあ僕は一体・・・・僕はそこで2人を尾行するのをやめ、夕方まで大淀さんに案内された部屋でごろごろしていた。

そして約束の時間になったので僕は執務室へと向かうと執務室に向かう途中廊下に何やら人が3人立っていた。

「何してるのかしら・・・?」

僕が不思議そうにそれを眺めていると

「あら?あなた今日来た子?」

とその中の一番胸の大きな女性が僕に話しかけて来た

「はい。天津風って言います」

僕はそう答える

「私は高雄。医務室の番や艤装のメンテナンスなんかもやっているのよろしくね」

他の2人も僕に気付いた様で

「オーウ!この子もニューフェーイスですカ?ワタシ英国で生まれた帰国子女の金剛ネー!」

「那珂ちゃんでーす!キャハッ☆」

なんか個性的な人たちだなぁ・・・・しかし金剛って人の胸も大きいな・・・僕は金剛さんの胸を見つめていた。すると

「それでは今から執務室で提督に簡単に挨拶してもらいますね」

と高雄さんが言った。すると

「わかったデースそれならワタシが一番ネー!!」

そう言うや否や金剛さんは執務室に向かって猛ダッシュで走っていった。

「あ〜那珂ちゃんもー!」

それを追う様にして那珂さんも執務室へ向かう。

「あらあら・・・元気な人たちね」

それを高雄さんは呆れた様に見つめていた

「天津風ちゃん・・・でしたっけ?私達も行きましょうか。執務室はこっちよ」

そう言って高雄さんは僕を執務室へと連れていく。

そして執務室で僕が見たものは金剛さんに抱きつかれ鼻の下を伸ばしている提督のお兄さんの姿だった。

さっきの大浴場と言い今目の前で起きている事と言い僕の中の提督のお兄さんの像が音を立てて崩れていく様なそんな気がした。そしてまた僕の胸の中に生まれたよくわからない感情がまた大きくなった。

そうこうしていると

「天津風ちゃーん!恥ずかしがってないで入っておいでー!!」

という僕を呼ぶ声がする。別に恥ずかしくなんかないし!

「ばっ・・・・!私別に恥ずかしがってなんて・・・」

と言って執務室に足を踏み入れた。

すると

「君が天津風・・・・?俺がここの提督の大和田謙。よろしくな」

彼はそう言って僕に手を伸ばして来た。彼はよく僕の頭を撫でてくれた。でも今頭を撫でられたらエクステが取れちゃうかもしれない。僕はとっさに

「やだ、触んないでよ!!取れちゃうじゃない!!」

と言って彼から飛び退く。本当は前みたいに頭を撫でて欲しかったのに

「いっ・・・いや別にそんなつもりじゃ・・・それに取れるって何が?」

彼はそう言った。どう考えても握手をしようとしていただけだったのかもしれない。それによかった。僕だって気付いてないみたいだ。そう安心した反面何で僕だって気付いてくれないの?ずっと寂しかったのに・・・会いたかったのに・・・それなのに・・・それなのに・・・・

僕の中に生まれたよくわからない感情は怒りとして僕の口から流れ出していた

「何がって・・・それは・・・吹き流しよ!そんなのもわかんないの!?ふんっ!それにしても冴えない顔してるわね!私陽炎型駆逐艦の天津風。以上。それじゃあ高雄さん、挨拶も終わった事だし私を部屋に案内してくれませんか?」

僕はそう吐き捨て部屋の場所は知っていたが高雄さんに僕を部屋へ連れていく様にお願いした。

「あのー天津風・・・?」

彼は僕の気もしらずに呑気に僕の名前を呼んだ。艦娘の僕の名前を。なんでだろう・・・別に天津風と呼ばれる事に今まで抵抗も何も無かった筈なのに何故かその時は苛立ちや憤りが僕を支配しもう自分の感情をコントロールできなくなって居た。

「気安く呼ばないで!さっきから金剛さんに抱きつかれてへらへらしちゃって・・・・私、一応艦娘だけどあなたとは提督と艦娘としての最低限の関わりしか持つつもり無いから!それじゃあ今日はもう私移動で疲れたから寝るわ。高雄さん!もういいでしょ?早く私を部屋に案内してください」

僕はそう高雄さんを急かし逃げる様に執務室を後にした。

そして部屋に戻り独りで僕は自己嫌悪に駆られていた

「せっかくまた会えたのに・・・・私なんであんな事言っちゃったんだろ・・・明日はきっとちゃんとお話し出来るわよね・・・?」

僕は鞄から取り出したお兄さんから貰ったロボットにそんな事を話しかけていた。

その日はそのままエクステも何もかも外し眠りに就ついた。

次の日、僕はお兄さんに昨日の事を謝ろうと執務室に来ていた。その道中凄いスピードで走り去って行った金剛さんとすれ違う。

そして僕が執務室の扉の前に立つと、ものすごい勢いで扉が開き

「待ってくれ金剛!!違うんだこれはその・・・誤解で・・・」

そう言いながら下半身がパンツ一丁のお兄さんが息を荒げて飛び出してきた。

僕は急な事に驚きその場で固まってしまう。すると

「あっ・・・天津風・・・?おはよう・・・」

お兄さんは今自分に起きている事を誤摩化そうとしているのか僕に挨拶をしてきた。とても目が泳いでいる。

一体執務室の中で何が行われていたのか?お兄さんこんなパンツ履いてるんだ・・・・って一体何を考えてるんだ僕は!それにお兄さんのパンツ姿を見ているのがなぜか恥ずかしい。なんでだろう?僕と同じ男の人のパンツをただ見ているだけの筈なのに・・・・でもなんだかとても見てはいけない物を見ている気分になった僕は次の瞬間

「なっ・・・・何がおはよう・・・よ!!パンツだけで出てくるなんて頭おかしいんじゃないの!?いっぺん死ね!!」

と言いながら彼の金的に思いっきり蹴りをかまして居た。

ああ。またやってしまった・・・また謝れるチャンスを自分から捨ててしまった。僕はまた逃げる様にその場を離れた。僕逃げてばっかりだなぁ・・・

それからしばらくして突然執務室に総員呼び出しがかかり、僕が執務室へ向かうと深海棲艦の艦隊が発見されたのでその艦隊を無力化しろという初めての出撃任務が課せられた。

出撃する前にお兄さんに何か一言でも昨日の事、それにさっきの事をを謝ろうと他の皆が戦闘準備に出て行く中僕は執務室に残っていた。

すると

「どうした?まさか出撃もしたくないなんて言うんじゃないだろうな?」

彼はそう言って僕を睨みつける。きっと昨日の事とさっきの事を怒っているに違いない・・・僕はごめんなさい。と言いたかった。でも何故かそう言えず

「ふんっ!そんなんじゃないわよ!!あんたみたいなマヌケそうな顔した奴の采配がちょっと心配になっただけ!でも命令には従ってあげる。じゃあね」

と吐き捨てまた逃げる様に執務室を飛び出した

「私・・・なんで素直に言えないんだろ・・・」

僕はそう呟きながら戦闘準備をしていると

「あなたが天津風ちゃん?」

突然声をかけられる

「え、ええそうよ」

その声の主はまたも私と同年代くらいの少女で何処にでも居そうな平凡そうな見た目をしているがどことなく優しそうな子だった。

「私、吹雪って言うの!昨日パーティーに居なかったから心配してたの!でもよかった!これからよろしくね!!」

彼女の笑顔はとてもまぶしく、僕はその笑顔に圧され

「よ・・・よろしく・・・でも私馴れ合うつもりないから」

とそっぽを向いてしまった

「そう・・・なんだ・・・でもあなたも同じ鎮守府で暮らす家族だから!それだけは忘れないでね!!」

彼女は少し残念そうな顔をしてそう言った。

話しかけて来てくれたのは嬉しかったが僕はそんな彼女の家族という言葉がとても引っかかった。そんな軽々しく家族だなんて言って欲しくない。どうせ愛想の無い奴だとか思っているに違いないんだから。

「家族なんて軽々しく言わないでくれる!?私とあなたはあくまで同じ鎮守府に居るってだけでそれ以上でも以下でもない関係なの!だから家族だなんて馴れ馴れしい言い方しないで!」

僕は彼女の言葉を拒絶した。せっかく話しかけて来てくれたのに僕はなんて事を言ってしまったんだろうと言葉を発した後に後悔をしたがそんなものはもう意味をなさない

「ごっ・・・ごめんなさい・・・・私・・・そんなつもりじゃなかったの・・・・」

彼女は表情を暗くして言った。僕の方が謝らないといけないのに・・・・でも僕は謝る事が出来ず

「ふんっ」

と言ってその場をまた逃げる様にして離れた。

そんな最悪の状態のまま僕は初陣に出る事になった。

それから海上を隊列を乱さない様に移動していると

「敵発見よ!天津風ちゃん、春風ちゃん実践初めてなんでしょ?無理はしちゃダメよ?」

愛宕と名乗る艦娘が僕と昨日見たピンク色の着物を着た艦娘に言った。

それからしばらくして

「私と金剛がまずは1発お見舞いするからその後に那珂ちゃん、あなたが先陣を切って駆逐艦の子たちを先導して相手の陣形を崩して」

愛宕さんが作戦を説明し、

「はーい!それって那珂ちゃんセンターじゃない!頑張らなきゃ!!それじゃあ春風ちゃん天津風ちゃん吹雪ちゃん!バックダンサーお願いね☆」

那珂さんはそう言った。

そして僕たちは敵艦隊との戦闘に突入した。

そのとき僕は初めて深海棲艦を目の当たりにする。資料やテレビでは良く見ていたし芹本さんから話も聞いて居たが目の当たりにしてその大きさにまず僕は驚き恐怖した。それと同時にコイツらがお父さんとお母さんを殺して僕をこんな風にする原因を作りお兄さんとの約束を守れなかったのも全てコイツらのせいだ。憎い!憎い!!憎い!!!そんなドス黒い感情が僕の内側から湧き出して来る。

そして気付いた時には僕は正面から敵艦隊に突っ込んでいた。

「ヘイ!天津風!!突出し過ぎネ!!下がるデース!!」

「天津風ちゃん戻って・・・!!しょうがないわね。みんな、深海棲艦の注意を天津風ちゃんからこっちに引きつけて!!」

「センターは那珂ちゃんなんだからぁ!よーっし陽動なら任せて!!」

そんな僕を引き止める声がするがそんなものに聞く耳は持たない

そして僕は1隻の駆逐艦に食らい付き

「お前らが!!お前らなんかが居るから!!私は・・・・僕はッ・・・・!!」

ただただ感情の赴くがままその駆逐艦を執拗に痛めつけた。

それからしばらく経ち、敵は残り一隻になっていた。そんな時である。

愛宕さんが

「敵さんも撤退したし春風ちゃんも大破してるからこっちも撤退するわよ〜」

と言った。ふざけるな。あと一息で艦隊を全滅させられるのに・・・撤退なんて・・・お兄さんは一体何を考えてるんだ。僕は離脱しようとしている敵の深海棲艦を睨みつける。

僕は考えるより先にその深海棲艦を追いかけていた。

「天津風ちゃん!ちょっと待って!撤退よ!!」

愛宕さんが僕を呼び止める。

しかし僕はそれを無視し敵艦を追った。

相手は僕を振り切ろうとこちらに向けて砲撃を仕掛けてくる。

僕はその1発に被弾してしまう

「ぐっ・・・・こんなの・・・・かすり傷なんだから!!」

僕はそう吐き捨てる。痛みなんかどうでもいい。それにこの距離なら僕の艤装でもやれる。そう思った僕は逃げる敵にボロボロになった砲を向け狙いを定めた。

「死んじゃぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

僕はそう叫び敵にありったけの砲弾を撃ち込んだ。辺りには爆煙が上がる

「ふふっ・・・やったわ・・・・!」

僕が悦に浸っていたのもつかの間その煙の中から猛スピードで敵艦がこちらに向けて突っ込んで来た

「うそ・・・効いてないの!?」

敵艦は僕に砲を向け攻撃を仕掛けてくる。

ダメだよけられない・・・・僕もお父さんやお母さんみたいに死んじゃうのかな・・・約束も守れず復讐も果たせないまま・・・・

僕は諦め目を閉じた。すると

「天津風ちゃん!!きゃぁあああああああ!」

僕の名前を呼ぶ声、そして悲鳴が聞こえる。

目を開けると僕と敵艦の間にボロボロになった吹雪が立ちふさがっている。

「吹雪・・・どうして・・・」

「天津・・・風・・・ちゃん・・・よか・・・った・・・・無事・・・で・・・・」

そう言うと吹雪は僕の方に倒れ込んで来た。さっきあんなに酷い事を言ったのにどうして吹雪は僕を助けてくれたのかわからなかった。

すると後ろから砲撃が飛んで来てそれは正確に敵艦だけを捉え敵艦はそのまま海の底へ沈んでいった。

「ふう・・・間一髪だったデース・・・それにしても愛宕・・・さすがデース!Youの砲撃センス凄いネー!」

「ふふっ♪伊達にずっと艦娘やってないわよ〜」

どうやら愛宕さんの攻撃らしい。なんて力なんだ・・・・僕はただただ驚愕していた。そして愛宕さんがぐったりと倒れた吹雪に気がつくと

「吹雪ちゃん!吹雪ちゃんしっかりして!!」

そう言って吹雪を抱きかかえた

「ヘーイ天津風、あんなデンジャーな戦い方はやめた方がいいヨ・・・」

金剛さんは僕にそう言った。

「天津風ちゃん?今回は間に合ったから良かったけど1人の勝手な行動が艦隊を全滅させる事だってあるのよ?」

愛宕さんもそう僕を優しく諭した。

僕は2人の言葉に対し何も返事ができずそのまま足取り重く鎮守府に戻った。

港にはお兄さんが居た。どうやら吹雪が心配だったようでお兄さんは吹雪を見るや否や泣きそうな顔で吹雪に駆け寄っていた。

僕は吹雪をあんな風にしてしまった罪悪感から顔を合わせ辛く物陰に身を潜めてそこからお兄さんを眺めていた。

その先で吹雪を抱きかかえるお兄さんを見ていると何故だかもどかしい気持ちになり

「なによ・・・吹雪吹雪って・・・そんなにあの子の事が大事なの?」

僕は何故かそんな事を呟いていた。

そして吹雪が金剛さんによってどこかへ運ばれるとお兄さんはこちらに向かって歩いて来て

「天津風ェ!お前自分が何やったかわかってんのか!?」

と僕を怒鳴りつける。

僕はすぐにでも謝りたかったが

僕には大丈夫の一言も無いの?たしかに僕のせいで吹雪があんなことになってしまった。でも僕だって頑張ったのに・・・なんで吹雪ばっかり・・・なんで・・・僕の中に生まれた感情はどんどん大きくなっていき

「私はただ艦娘としての職務を全うしただけよ。深海棲艦を一隻残らず消す。それが艦娘の仕事でしょ?」

僕は吐き捨てた。どうして素直にごめんなさいって言えないんだろう。すると彼は僕の胸ぐらを掴み

「ふざけんな!お前の命令無視のせいで吹雪が・・・吹雪が沈む所だったんだぞ!!」

とまた怒鳴りつけた。これだけ顔を近づけても僕に気付いてくれない様だ。少し安心したと同時にどうして気付いてくれないの?それに口を開けば吹雪吹雪ってそんなにあの子の事が好きなの?僕の中に生まれたよくわからない感情がちりちりと燃える様にさらに大きくなっていく。

「ふんっ!吹雪吹雪って・・・相当吹雪って娘に肩入れしてるみたいじゃない。別に謹慎でも懲罰でも好きにすれば?」

僕は自分の中に生まれた感情を抑えきれずそう口走ってしまった。

すると

「もう我慢の限界だ。バカにするのもいい加減にしろよ!」

と彼は拳を握りしめて僕に振り上げた。僕はお兄さんがあんな目をする所を初めて見た。アレは誰かを憎いと思う目だ。その眼差しと拳は今僕に向けられている。本当はこんな事言いたい訳じゃなかったのに・・・もう僕は以前の様にお兄さんとはお話できないんだ。ごめんなさいお兄さん・・・・僕はそう思い目を閉じた。

しかしその拳は僕を捉える事は無かった。

僕が目を開けるとを愛宕さんがお兄さんの腕を掴み拳を制止してくれていたのだ。

「ちょっと提督、やり過ぎじゃないかしら?天津風ちゃんもそうとうなダメージを受けてるのよ?だからお説教はあ・と・で。ね?」

そして愛宕さんはお兄さんを諌めた。本当は僕が悪いのに・・・・

「ぐっ・・・離してください愛宕さん!コイツの事一発ぶん殴ってやらないと気が済まないんです!!」

お兄さんはそう言って愛宕さんの手を振りほどこうとしている。

すると

「ごめんね天津風ちゃん」

愛宕さんはそう言うや否や僕の頬にビンタをした

「なっ・・・何すんのよ!!」

僕は反射的に愛宕をさんを睨みつける。

「天津風ちゃん・・・命令無視のお説教は後にするとしてこれは提督の代わり。提督は吹雪ちゃんの事をどれだけ心配してたと思ってるの?それなのにあの言い方はないんじゃないかしら?旗艦の私にだってあなたを指導する責任がある。このビンタはその分よ。提督、この場はこれであなたも頭を冷やして。ね?」

その言葉で僕は冷静さを取り戻した。なんであんな事言っちゃったんだろう・・・?僕はその場に居辛くなり

「そっ・・・それじゃあ私入渠してくるから」

と言ってまた逃げる様にその場を去った。

なんで素直に謝れずにあんな事を言っちゃったんだろう・・・僕ここに来てから何か変だ・・・

そして入渠ができると聞いて居た大浴場へ着いた僕は服を脱ごうとした時ふと既に他の服が脱いでおいてある事に気付く。このピンク色の着物はきっと春風と言う子のものだ。このまま大浴場に入ってしまえば僕が男だと春風にバレてしまう。しかしこのまま入渠しない訳にもいかないのでタオルを巻いて大浴場に入る事にした。

大浴場に足を踏み入れると

「ひゃぁ!!だっ・・・誰ですか!?」

春風の驚いた声が聞こえた

「天津風よ」

僕は名乗る

「あっ・・・天津風さん・・・でしたか・・・・わたくしもう大丈夫なので上がりますね!ごゆっくり!!」

春風は湯船に引っ掛けて居たタオルを自分の身体に巻き付け浴槽から上がり外に出ようとする。

「あの・・・そんな急がなくて良いわよ・・・」

僕は言うしかし浴槽から出た彼女に違和感があった。服を着ていた時は胸が結構あると思っていたのに今の彼女は僕以上にペったんこだ

「あなた・・・胸は・・・?」

僕はそう質問した

「あっ・・・これは・・・その・・・詰め物で・・・・では失礼しまっ・・・きゃぁ!」

彼女は躓いて転んでしまった。何でこんなに焦っているんだろう?まさか僕が男だってバレてるのか?

「ちょ・・・ちょっとあなた大丈夫・・・?」

僕は彼女に声をかけた

「ええ、大丈夫です。あいたたた・・・わたくしとした事が・・・」

彼女はそう言って立ち上がったが股間には見慣れたものがぶら下がっていた

「あっ・・・あなた男だったの!?」

僕は驚きの声を上げた

「ごめんなさい!!隠すつもりは無かったんです!!」

春風はそう言って頭を下げた。

そんな春風を見て自分と同じ境遇だと言う事を知り少し親近感が湧いた。

「頭なんか下げなくて良いわよ・・・私も・・・そうだから。それにこの髪もエクステなの」

僕は春風を安心させようとタオルとエクステを取り一糸まとわぬ自分のありのままの姿を春風に見せた。

それを見た春風は

「あっ・・・天津風さんもそうだったんですね・・・・はぁ〜よかった・・・」

と安堵のため息をついた。僕は彼女・・・いや彼が何故艦娘になったのか興味を持ったので

「お風呂上がらなくていいわよ。それにさん付けなんかしなくても良いわ。少し私とお話ししましょ」

「え、ええ」

2人で浴槽に浸かり直し、春風はどうして艦娘になったのか?そしてそれまで何をしていたかを話してくれた。

「という事があったんです。天津風はどうして艦娘に?」

春風は僕に尋ねてくる。でも僕は余り以前の話をしたくなかった。僕が過去の話をしてそれが何処からかもれてお兄さんに僕が天だと知られてしまうかもしれないからだ。

「私は・・・ごめんなさい。話したくないの・・・・自分から聞いておいて悪いんだけどどうしても言えなくて・・・」

僕は春風に言った。

「そうですか。きっと辛い事があったんですね。それなら無理には聞きません。もし話せるようになる時が来たらあなたのお話も聞かせてください。だから今は無理に話さなくても良いですよ」

春風は僕に優しい言葉をかけ微笑みかけてくれた。

この子、本当に僕と同じ男なのだろうか?その微笑みはまるで女神のようだった。

そして

「天津風」

春風は突然改まって僕の名を呼んだ

「なによ?」

僕はてっきりさっきの戦闘の説教をされる物と思っていたが

「天津風は凄いです。作戦無視をしたとは言え初陣であそこまで戦えるなんて・・・・わたくしなんかなにもできないままこんなにボロボロにされてしまって・・・・情けないです」

それは予想外の言葉だった。

「すごい・・・・?私が?」

僕は呆気にとられてしまう。凄い?僕が?ただ我を忘れて敵に突っ込んだだけなのに?その行動を褒められると逆に自分がしてしまった事の重大さを思い知らされ罪悪感が僕を襲った。

「わたくし深海棲艦を見た瞬間に身が竦んでしまって・・・動けなくなってしまったんです。艦娘失格ですよね」

そんな春風の言葉を聞いて自分がさっきの戦闘でやった事を冷静に振り返る事ができた。

「そんな事無いわよ・・・結局沈められたのは1隻だけ・・・それに私が突出しなければあなたにも吹雪にもそんなキズは負わせなくて済んだんだから・・・」

僕はそう自嘲した。

「吹雪!?私が撤退した後吹雪に何かあったのですか!?」

春風は顔色を変えて僕に迫った

「その・・・私を庇って・・・今は医務室で・・・」

僕がそう言うや否や

「あなたを庇って・・・こうしては居られません!わたくし早くお見舞いに行かなくては!!」

春風は浴槽を出て走って行ってしまう。

「春風、ちょっと待ちなさいよ!!」

僕も吹雪に謝らなければいけない。春風と一緒なら僕は吹雪に謝りに行けるかもしれない。

でも吹雪は僕の事をどう思っているだろう?僕のせいであんな大けがを負わせてしまった。吹雪は怒っているだろうか?そんな事を考えると彼女に会わせる顔が無い。顔を会わせるのが怖い・・・・

僕は結局春風の背中を見送る事しか出来なかった。



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空の色海の青

pixivの方でフォロワー様が100人を突破した記念企画を進行中です。よろしければこちらの活動報告のアンケートにご協力ください。https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=151784&uid=190486
艦シーメールの鈴谷が主人公の新シリーズも掲載開始したのでそちらも良ければご覧ください。 https://novel.syosetu.org/124200/


 吹雪が医務室に運ばれてからどれ位経ったのだろうか?俺は吹雪の意識が戻るのを今か今かと待ち吹雪の事を見つめていた。

しばらくして医務室のドアが勢い良く開かれると春風がこちらに向けて走ってくる。

「吹雪!!ああ吹雪・・・ごめんなさい吹雪・・・わたくしが・・・わたくしが至らなかったばかりにこんな事に・・・」

春風は吹雪を見るなりわんわん泣き出した。

「春風・・・お前のせいじゃ無いよ」

俺は春風の頭を撫でた。

「でっ・・・ですが・・・」

春風の顔にはまだ疲れの色が残っていたので

「春風、お前疲れてるだろ?吹雪は俺が看てるから今日はもう休んでてくれ」

俺はそう勧めた。

「しかし・・・吹雪にもしもの事があったらわたくしは・・・・」

「大丈夫だって。高雄さんも命に別状は無いって言ってたし。明日の朝にはケロっとしてるよ。だから今日はもう休んでてくれ」

「は、はい・・・それではわたくしはこれで失礼します」

春風はとぼとぼと医務室を後にした。

それからまたしばらくして大淀が医務室にやって来た。

「提督、お夕飯持ってきました。今日は愛宕さんも高雄さんもお忙しそうなので各自で食事をとってもらってます。」

大淀はカップ麺を持って来てくれた。

「ああ、ありがとう。」

俺は医務室にあったポットでカップ麺にお湯を注いだ。

「吹雪ちゃん・・・まだ目を覚まさないんですね・・・私・・・心配です」

大淀も不安の色を伺わせる。

「大丈夫だって、コイツは絶対目を覚ますよ」

俺は大淀を安心させようとそう言った。

「そう・・・ですよね!きっと大丈夫ですよね・・・」

大淀は無理に笑顔を作って笑ってみせてくれた。

「それでは私は書類の片付けがあるので執務室に戻っていますね。今日は高雄さんがいないので大変です」

「大淀・・・お前1人で」

「気にしないでください。提督は吹雪ちゃんのそばにいてあげて。それじゃあね吹雪ちゃん・・・では提督、失礼します」

大淀は吹雪の頭を一撫でして医務室を後にした。

その後金剛が紅茶を入れに来てくれたり、阿賀野と那珂ちゃんが医務室にやって来たが2人は医務室でお菓子を食べ始めたり騒ぎ立てたりしたので追い返した。

那珂ちゃん曰く暗い顔してたら良い事なんか起こらないよ〜?キャハッ☆との事で確かに一理あるとは思うが今の俺はそんな気分ではなかった。

そして夜はどんどんと深けていった頃

「げほっ!げほっ・・・!」

吹雪が突然咳き込み始めた。

これはもしかして吹雪の発作?そうか・・・ずっと意識がなくて薬を飲めてなかったんだ!早く薬を用意しないと!えーと薬薬・・・・

そう言えばいつも吹雪は枕元に薬を置いていた様な気がする。待っててくれ吹雪!俺は急いで部屋に戻ろうと医務室を飛び出す。

すると医務室の前には天津風が立っていた。

「あっ・・・天津風・・・」

「あなたの探してるのはこれ?」

天津風は何やら薬の瓶を持っていた。

「なんでお前がそんな物持ってんだよ?」

「勘違いしないで!高雄さんに持っていって欲しいって言われたからここまで届けに来ただけよ!それだけ・・・それだけなんだから・・・」

天津風はそう言うと薬の瓶を俺に押しつけ走り去ってしまった。意外と天津風も吹雪の事を気にしているのかもしれない。しかし一つ気がかりな事があった。

「ほんとにこれ吹雪がいつも飲んでる奴なのか・・・?」

瓶をよく見るとメモが貼付けられていた。

そこには

【これは予備用の吹雪ちゃんの細胞分裂を抑えるお薬です。そう言えば今日は吹雪ちゃんがお薬飲んでなかったなと思い私は艤装の整備で行けないので私の代わりに天津風ちゃんに持たせました。早く飲ませてあげてください。 高雄】

と書かれていた。

よし!そういう事なら早く飲ませてやらないと!!

俺は医務室へ戻り苦しむ吹雪の口に薬を押し込んだ。しばらくすると吹雪の容態は落ち着き、安らかな顔になった。

「ふう・・・良かった」

俺は胸を撫で下ろす。そして同時に安心したら眠くなって来てしまった。

それから俺は睡魔と戦ったが最終的に負けてしまい吹雪の寝ているベッドに倒れ込む様にして寝てしまった。

 

 夢を見た。

吹雪がこのまま目覚めない夢を

吹雪・・・お前がいなくなったら俺はどうしたら良いんだよ!?

俺がそばに居てやるって約束したのにお前の方からいなくなるなんてそんなのあんまりだろ・・・!

俺は夢の中でずっと吹雪の名前を呼び続けた。

そんな俺の頭を何かが触る感触で俺は目を覚ます。

「んっ・・・?」

俺はまだ良く見えない目を擦ると吹雪が俺の頭を撫でていてくれた。

「吹雪・・・?吹雪!!」

俺は彼女の名前を叫ぶ。

「あっ、お兄ちゃん。目が覚めた?うなされてたみたいだったけど・・・・」

「それはこっちのセリフだ!吹雪・・ああよかった・・・目が覚めたんだな・・・・本当に良かった。お前がもう二度と目覚めないんじゃないかって思ってた・・・・」

俺は飛び起き吹雪を抱きしめる。

「お兄ちゃん痛いよ・・・・でもあったかい・・・・心配かけさせたみたいだね・・・それに一晩中私につきっきりで居てくれたんでしょ?それに発作も起きてない・・・きっとお兄ちゃんがお薬飲ませてくれたんだよね?ありがとうお兄ちゃん」

吹雪はそう言って俺を抱きしめ返す。

「良かった・・・・本当大変だったんだぞ・・・!」

俺は胸を撫で下ろす。

そしてふと彼女の傷口が僅かではあるが塞がり始めていた事に気付く

「吹雪・・・傷が・・・」

「うん。私・・・傷の治りが早いみたいなの」

吹雪は言った。

そういえば細胞分裂がどうとか言ってたな・・・それが関係あるのかもしれない。俺は驚嘆すると同時に吹雪は他の人間や艦娘とは違うと痛感してしまう。そんな考えをかき消す様に

「そうなのか・・・それよりお前・・・大丈夫なのか?痛い所とかないよな?」

俺はそう吹雪に尋ねた。

「もうお兄ちゃんったら心配し過ぎ!まだちょっと痛むけどこれくらい入渠すれば治るよ。心配かけてごめんねお兄ちゃん」

良かったひとまず大丈夫そうだ。

すると吹雪が

「お兄ちゃん天津風ちゃんは?」

と尋ねて来た。

「ああ、アイツなら無事だぞ。もう入渠も終わって多分寝てるんじゃないかな」

「そう・・・なんだ・・・良かった。お兄ちゃんは天津風ちゃんの事怒ってる?」

吹雪は安堵の表情を浮かべた後にそう聞いて来た。

「ああ。もちろんだ。あいつは命令を無視しただけじゃなくお前をこんな目に遭わせた挙げ句全く反省してない素振りを見せたんだからそりゃ怒るさ」

俺は言った。

「あれは私が勝手にやった事だからこのケガは私のせいだよ。だから天津風ちゃんの事は許してあげて」

吹雪は言った。あいつが勝手に飛び出したせいで大ダメージを負ったってのに何でそんな事言えるんだ吹雪は・・・

「なあ吹雪・・・・?」

「なに?お兄ちゃん」

「なんで天津風を庇ったんだ?」

吹雪は少し考え込んだ後

「うーんとそれはね、どこか寂しそうな感じが昔の私に似てると思ったから・・・ここに来る前の私に」

「そうか?天津風はお前と比べ物にならないくらいひねくれてるぞ?」

あんな可愛げのない奴が吹雪に似てるなんてそんなこと微塵も感じなかったけど・・・

「多分ひねくれてたのは私も同じ・・・ずっと自分のが身体が男の子だって事を苦にして自分は男の子だって思い込む事で身体のズレから逃げようとしてた。それでも誰かに助けて欲しかった。優しい言葉をかけて欲しかったのかも・・・それでお兄ちゃんに出会って私の秘密を知っても私にここに居て良いって家族・・・お兄ちゃんだと思ってくれても良いって言ってくれた。だから私はいまここにいられるの。あの時見捨てられていたら私はもうこの世界にはいないしそれにお兄ちゃんの事をお兄ちゃんって呼ぶ事もなかったと思う。きっと天津風ちゃんはあそこで私が助けなかったら。本当にいなくなっちゃうんじゃないかってそう思ってたら勝手に身体が動いてて・・・・」

「吹雪・・・でもあいつはその事について全く謝りもしなかったんだぞ?」

俺は吹雪に天津風が帰港してからの出来事の一部始終を話した。

「それはきっと素直になれないだけなんじゃないかな?私もそうだったし・・・天津風ちゃんは誰かに助けて欲しいんだと思うの。何についてかはわからない。でもきっと私みたいにきっと誰かの助けを・・・手を差し伸べてくれるのを待ってる。そんな気がするの。だからお兄ちゃん、私はもう大丈夫だから天津風ちゃんの所に行ってあげて。こんな気持ちになれたのもみんなお兄ちゃんがあの時手を差し伸べてくれたおかげ。だから私だけじゃなくて天津風ちゃんにも手を差し伸べてあげて欲しいの。天津風ちゃんからはありがた迷惑だって言われそうだけど・・・・・」

吹雪がこんな状態になる原因を事を作った天津風の事をそこまで心配して・・・・

俺は天津風を注意するとか話し合うとか許すとか許さないなんて事よりも何より吹雪の想いに答えてやりたい。

そんな気持ちが俺を動かした。

「おっ、おう・・・お前がそう言うなら・・・そうだ!もう入渠ドックは多分空いてるだろうから動ける様になったら一応入渠しにいけよ!」

「うん!ありがとお兄ちゃん」

吹雪は笑顔で俺を見送ってくれた。

医務室を出ると朝焼けが廊下を照らしている。

「カーテン閉めてたからわかんなかったけどもう朝か・・・・ん?」

俺は医務室の向いの壁にもたれかかって眠っている天津風を見つけた。まさかこいつずっとここで・・・?

しかし寝顔は可愛いんだな。黙ってりゃ可愛いとは思うんだけど・・・

いやいやそうじゃなくて・・・こんな所で寝てたら風邪を引いてしまう。

それに話も聞きたいし俺は天津風を起こすことにした。

「おーい天津風ー起きろー」

俺は天津風を揺さぶると

「ひゃあ!おっ、お兄さ・・・提督!?私が寝てる間になにかいかがわしい事しようとしてたのね!!この変態!ロリコン!!性犯罪者!!!」

天津風は飛び起き流れる様に俺を罵倒した。

「バッ・・・ちげえよお前がこんな所で寝てたから起こしてやっただけだ!!」

俺は必死で否定する。

「へっ・・・!?そうなの・・・?てっきり私の事まだ怒ってると思って・・・それで・・・」

天津風はぽかんとした顔をしている

「バーカ。どう思われてんのかは知らないけど怒ってるからってそんな行為に走る程俺も外道じゃないんでね。それと俺はお前の事まだ許してないからな。」

「別に・・・そんな・・・許して欲しいなんて・・・」

天津風は何やら口をモゴモゴとして何かを呟く。

そんな天津風に俺は憤りを感じた。

「なんだよ?言いたい事があるならちゃんと言えよ」

「べっ・・・別になんでも無いわよ!!」

天津風はそう言って俺を睨みつけた。

どこまでもめんどくさい奴だな全く・・・しかしなんでこんな所で寝てたんだ?もしかしてこいつなりに吹雪を心配しているのかもしれない。

「なあ」

俺は天津風に声をかける。すると

「何よ!?べっ・・・別にあなたと吹雪が心配でここで待ってた訳じゃないんだから!!あなたの情けないアホ面を見に来てやっただけなんだからね!それじゃあ私はもう寝るから!」

まだ何も聞いてないのにあっちから勝手にそう言って来た。なんだよこのテンプレみたいなセリフは・・・昨日港であんな事を言っていたがコイツなりに吹雪の事を心配してたんだな。俺は少し天津風に対する認識を改めた。

それならまずは俺が謝らなければならない。

「ちょっと待ってくれ天津風・・・!!昨日はその・・・殴ろうとしてごめんな・・・いくら腹が立ったからって提督として感情で艦娘を傷つけるなんてやっちゃいけないよな」

俺は頭を下げると

「なっ・・・何で謝るのよ!!全部私が悪いのに・・・それにあんなに酷い事も言ったのに・・・なんであなたはそんな私に謝れるの!?私は・・・・私は・・・・うっ・・・・うわぁああああああん!!!!」

天津風は突然泣き出してしまった。

「お、おい天津風・・・?大丈夫か?ちょっと落ち着けよ・・・」

俺は天津風をなだめようとするが

「触らないで!私に優しくしないでよ!!なんであなたはこんな私に優しくしてくれたの!?あなたに会わなければこんな気持ちになる事もなかったのに!ぜんぶあなたのせいよ!!」

天津風は俺の手を払いのけた。

優しく・・・?それに俺に会わなければ・・・?俺のせい・・・?俺は一体彼女に何をしたのだろうか?俺には皆目見当も付かなかった。

「天津風・・・なんで俺の事をそんなに拒絶するのか教えてくれないか?」

「なんでって・・・なんでもよ!とにかく私はあなたの事が・・・・大ッキライなのよ!!」

天津風はそう吐き捨てて走り去ってしまった。

「ちょっと待ってくれ!まだ話したい事が・・・」

俺はその走り去る天津風に手を伸ばしとっさに何かを掴む。

するとその何かが天津風からすぽんと外れた。

「きゃぁ!何するのよ!!」

天津風は頭を抑えている。俺は一体何を掴んだんだ・・・?

俺は手に掴んだ物を眺める。

これは・・・髪の毛!?俺の手には天津風の結っている髪の片方が握られていてた。

女の子の毛ってこんな簡単に抜けるのか!?とにかく謝らなきゃ!!

「ごごごごめん!!痛くなかったか!?えーっとまずは医務室・・・いや医務室には吹雪しかいないしまずは高雄さんの所へ・・・!」

俺はただ慌てふためいた。そして天津風は俺の手に持った髪の毛を見ると表情が一変。彼女は顔を真っ青にして

「あ・・・・ああ・・・それ私の・・・みっ・・・見ないで!!僕を見ないでぇぇぇぇ!!」

そう言ってその場に頭を抱えうずくまってしまった。

「どうしたんだよ天津風!?」

俺はそんな天津風の顔を覗き込んだ。その時俺は天津風の顔を至近距離で目にする。

あれ・・・?胸ぐらを掴んだときは頭に血が上っていて気付かなかったがやっぱりどこかで会った事があるような・・・この白く透き通ったような髪、それにこの琥珀色の瞳・・・こんな子に一度あっていたら忘れない筈なんだけどなぁ・・・・

その時俺の脳裏に「僕の事忘れないでね」という少年の言葉がよぎった。当たり前だろ?忘れるわけ無いじゃないか・・・忘れるわけないのに・・・

俺の中の些細な疑念がどんどんと大きくなる。

いや、もしかしたらただそれが事実だと思いたくなかっただけで最初に天津風に会った時から俺は気付いていたのかも知れない。

俺がそんな事を考えていると

「それ・・・返して・・・・」

天津風は立ち上がりの右手に握られていた髪の毛を奪い取った。

その横顔は別れた前の日、海を眺めているソラの顔にそっくりだった。それを見た俺は

「お前もしかしてソラ・・・なのか・・・?」

そう口に出してしまう。

それを聞いた天津風は少し黙った後

「ごめんなさい!!」

そう言って走り去ってしまった。

「あいつ・・・本当にソラなのか・・・?」

なんでソラが艦娘に・・・?お前はあの場所で「復讐以外の夢を探すんだ!」って嬉しそうに言ってたじゃないか・・・・それなのになんで・・・・俺は彼が艦娘になった理由がわからず呆然とその場に立ち尽くした。

俺のバカ・・・!なんでもっと早くに気づいてやれなかったんだ!

それにこうなる前に俺にもっとできることがあったんじゃないか・・・?

そんな自責の念に駆られ天津風を追った。

「こんな事してたらダメだ!あいつを追いかけてしっかり話を聞いてやらないと・・・!まだ俺はあいつになにかしてやれることがあるかもしれない!!」

しかし鎮守府の辺りをくまなく探したが天津風は見つからない。

もしかしたら部屋に戻っているのかもしれない。

そう思った俺は天津風の部屋へと向かい

「おーい天津風、帰ってるか?」

俺は部屋をノックするが返事は無い。

俺は試しにドアノブを回してみるとカギがかかっておらず扉が開く。

そこは春風の部屋と同じ様に最低限の物しか置かれていない殺風景な部屋で天津風の姿はなかった。

しかし一つだけ春風の部屋にはなかった物が置かれており、それに俺の目は引かれる

「これは・・・」

俺がソラにあげたのと同じロボットネイトリュオンのおもちゃだ。そして俺はまさかと思いネイトリュオン足の裏を見るとそこにはひらがなでおおわだけんと書かれていた。

「やっぱり・・・!」

俺はネイトリュオンを元あった場所に戻し部屋を後にして走り出すとぽつりぽつりと雨が降り出してくる。

「くそっ・・・!こんな時に雨かよ!!」

俺はそう吐き捨て傘を自分の部屋から持って来て鎮守府を飛び出した。

しかし徐々に雨は強くなっていく。

早く見つけ出さないと・・・

「天津風ー!天津風ー!!」

俺の呼ぶ声は雨の音にかき消されてしまう。

くそっ!あいつどこ行ったんだよ・・・・?

待てよ・・・?

あいつがソラなら・・・きっとあの場所にいる筈だ!

俺は土砂降りになった雨の中あのベンチがある場所まで走った。

もう傘など意味をなさないくらいに横殴りの雨が走る俺を打ち付ける。

「天津風ー!!天津風ー!!ソラァァァァァァ!」

俺は叫んだ。

あの場所を目指して走りながら・・・・

そしていつも彼と話をしていたベンチのある場所にたどり着く。

海は雨と風で荒れ、いつもの青い色とは比べ物にならないくらいに灰色に染まっている。

それは雨を降らせている空の色をそのまま映し出している様にも見えた。

そしてあたりを見渡しすとそんな荒れた海辺で雨に打たれながら立ち尽くす天津風の姿があった。

「天津風!!いやソラ!!やっぱりここにいた!!」

俺はすかさず彼に駆け寄る。

「やめて!なんで追いかけて来たの!?どこまでバカなの!?」

彼はまた俺を拒絶する。

「なんでってそりゃ・・・・お前が友達だから・・・」

俺はそう返す

「噓よ!私の事さっきまで気付かなかったくせに!」

ソラは言った。

「それは・・・・その・・・・」

それに関して俺は何も言い返せない。

「寧ろ気付かない方が良かった・・・!それにあなたなんかとは出会わない方がお互い幸せだったわよ!」

そう言うと雨で荒れて灰色に濁った海の方にソラは歩き出した。いくら艦娘と言えど艤装も付けないでこんな荒れ狂った海に入れば普通の人間と同じ様に溺れてしまうだろう。その行いが何を意味するか俺は気付く

「ソラ!?何やってんだ!!」

俺はソラを追いかけた。次は絶対にソラを見失わないしソラを死なせたりするもんか!!

俺はソラをなんとかギリギリの所で捕まえることができた。

「よかった・・・」

俺は安堵の息を漏らす

「離してよ!!」

ソラは俺の腕を振りほどこうと暴れた。

「離すもんか!俺がお前がソラだって気付けなかったからお前はこんな事をしようと思ってるのか?それに出会わなかった方が良かったなんて・・・俺と話してたときの事・・・全部噓だったって言うのかよ・・・」

俺はソラに尋ねる。

「違う!私は・・・・私は・・・・お兄さんとの約束も守れなかった・・・・それにお兄さんとお兄さんの大切な人を傷付けた・・・!そんな私なんて・・・・私なんて・・・!だから離して!!」

ソラはそう言って更に暴れる。

「馬鹿野郎!!逃げるんじゃねぇよ!!お前は吹雪に謝らなきゃいけない!それに・・・それにお前はまだ将来の夢を見つけて無いじゃないか!あの時俺に言っただろ!?復讐以外の道を探すって!!その道を探す事から逃げてんじゃねぇよ!!」

俺は更に力強くソラを抱きしめた。

「うるさい!!私はもうこんな身体になっちゃったのよ!?もう普通の人間じゃないの!!だから将来の夢なんてもう無いわ!ただ戦って戦って・・・」

そこでソラは言葉を詰まらせる

「戦って・・・それからどうするんだ?」

俺は尋ねた。

「それは・・・・」

ソラは黙り込んでしまった。

「ほら・・・まだ先があるじゃないか。お前がなんで艦娘になったか詮索はしない。でもこの戦いが終わったらお前は何がしたいんだ?まだお前にはその先の未来があるじゃないか・・・・」

「戦いが終わった後・・・」

ソラは呆気にとられたような顔をした。

「ああ。それを俺と・・・俺達と探そうぜ?せっかくまた会えたんだから・・・それなのにこんな所でさよならなんて俺は嫌だな」

「ごめん・・・お兄さん・・・・私・・・生き急いでただけだったのかも・・・」

ソラの抵抗する力が弱まり、彼は何故艦娘になったのか?ソラは俺に会うまでの話や昨日の出撃の時の事、そして誰かの希望で××鎮守府に着任する事になった事を教えてくれた。

「ごめんなさい・・・私、本当は自分がソラだって・・・また会えて嬉しいって会った時一番に言いたかった・・・でも・・・私がソラだって知ったらお兄さんは私が約束を破った事を知ってしまう・・・それに・・・男の艦娘なんて嫌でしょ・・・?だから私がソラだってバレるのが怖くて・・・約束を破った事が辛くて・・・お兄さんと他の艦娘が仲良くしてるのが羨ましくって・・・それであんな酷い事を・・・」

そう言ってソラは俺の胸で泣き出した。

そうか。約束を破った事を気にして自分がソラだって気付かれるのが嫌で俺を避けてたのか・・・

「バーカ。そんな事思う分けないだろ?どんなになったってソラは友達だって!それに吹雪からお前が・・・天津風が誰かに手を差し伸べてもらえるのを待ってる気がするから手を差し伸べてやって欲しいって言われてな。だから俺はこの手を絶対に離さないからな」

俺は言った。

すると

「また吹雪・・・なんだ・・・」

天津風は少し不機嫌な顔をした

「あいつも最初はお前と同じような問題児でな・・・まあお前程酷くはなかったんだけど」

俺は吹雪と出会ったときの話を天津風にした。

「そうだったんだ・・・私・・・そんな事何も知らないで吹雪に酷い事言っちゃって・・・でも私よりマシって言い方は酷くない?」

ソラは唇を尖らせた

「まあそう言うなって。俺もお前にもっとしてやれた事があったかもしれない。でもそれは叶わなかったからそれならこれからどうやっていくかを一緒に考えような!」

俺はそう言って以前の様にソラの頭を撫でてやると

「頭・・・やっと撫でてくれた・・・・」

ソラは嬉しそうだった。

そしてふと気付くと雨は止み、空には晴れ間が射していて海も青さを取り戻しつつあった。

「まあ難しい事はこれから考えるとしてそろそろ帰ろうぜ。俺達の鎮守府へ!」

俺はソラに言った。

「うん!ありがとうお兄さん。これからもこんな姿になっちゃったけど改めて私をよろしくね」

ソラはやっと笑ってくれた。

その笑顔は以前の彼となんら変わりのないものだった。

「よし帰るか!ふぇっ・・・・ぶぇっくしょい!」

俺は大きなくしゃみをした

「お兄さん大丈夫!?」

ソラは俺を心配そうに見つめる。

「ああ大丈夫だ。ちょっとばかし雨に打たれて冷えただけで・・・・ぶぅわっくしょい!」

俺はもう一つくしゃみをした

「ごめんねお兄さん・・・私の為にここまで・・・」

「いいっていいって!それより愛宕さん怒るとめちゃくちゃ怖ええんだよ・・・だからお前説教は覚悟しといた方が良いぞ?」

「えっ・・・そうなの!?やっぱ私帰るのやーめた!なーんちゃって!!」

「おいこら待てよー!」

俺は笑って走るソラを追いかけた。

 

そして鎮守府に戻ったソラは吹雪や他の艦娘達に謝罪し、ようやく××鎮守府の一員として皆から迎え入れられたのだった。



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天津風のやきもち

 天津風・・・いやソラとにびしょびしょになりながら鎮守府び戻っていた。

ソラの顔を見つめるとその横顔はどこか暗い印象を受ける。

吹雪に会うのが怖いのかもしれない。

「なあソラ・・・?」

「なっ!?ちょっと鎮守府で天って呼ぶのやめてくれない・・・?なんか恥ずかしいから・・・今の私は天津風。この海が平和になって私がやりたい事が見つかるまで天って名前は私の胸の中だけにしまっておきたいの・・・その名前をお兄さんに呼ばれたら私、艦娘になった事を後悔しちゃいそうで・・・だからこれは私・・・・いや僕なりのケジメだから」

「お前今僕って・・・」

以前淀屋はもう自分は淀屋であって淀屋はないと言っていた。

確かに彼は俺の知っていた親友の淀屋だった。しかし口調も全く違う上にそれが演技だとも思えない。

でも大淀と違って愛宕さんはオッサン臭くなるし怒野太い声で怒鳴るけど阿賀野の立ち居振る舞いからは男っぽさを微塵も感じられない。

それに春風は男らしくなりたいと言っているし艦娘になると言う事に対して彼らがどのように折り合いを付けているのかが俺には全くわからなかった。

個人差があるのだろうか?

ソラがどれだけ以前のソラで何がどう変わってしまったのかはわからないが、彼は彼なりに艦娘である今の自分とそれ以前の自分に折り合いをつけている様に感じる。それじゃあ淀屋は・・・

そんな事を考えていると

「何私の顔ずっと眺めてるの?気持ち悪いんだけど!!」

ソラ・・・いや天津風に怒鳴られた。

「ああすまん・・・お前はお前なりに色々大変だったんだなって思ってさ・・・」

「べっ・・・別に同情して欲しい訳じゃないんだけど!?それより服びしょびしょじゃない!早く用事済ませて着替えないとあなたに風邪引かれたら困るのよ!ほら!さっさと医務室へ行くわよ」

天津風は少し頬を赤らめて俺の手を引いて医務室へと向かった。

 

そして医務室の前に到着すると

「お兄さん・・・・先にどうぞ・・・」

天津風がもじもじしてそう言った。

「天津風ここまで来て入り辛くなったのかよ。しょうがねぇなぁ先に行って話してきてやるから呼んだら入って来るんだぞ?吹雪ー天津風から話があるってさー」

俺はそう言って医務室の扉を開けた。

しかし医務室には高雄さんが居るだけで吹雪の姿はなかった。

「あら提督、びしょ濡れじゃないですか!吹雪ちゃんから聞きましたよ?天津風ちゃんを探しに行ったって。どこまで行ってたんです?」

「え、ええちょっと外まで・・・」

「天津風ちゃんが勝手に出ていったのね?」

「とはいえ天津風が出て行った原因は俺にある。

「いや・・・確かにそうなんですけど俺が追いかけてたら流れでそうなっちゃって・・・」

「そうだったの・・・でもしっかり連れて帰ってきてくれたんですね。あっ、そうだ!あの子昨日ひょっこり工廠に愛宕に謝りに来たんですよ」

その時薬を天津風に渡したのか。

「あの子泣きじゃくって大変だったんですよ?もう愛宕も怒る気無くしちゃったみたいで・・・・それで何か私にできることは無いかって言うものだからあのお薬を持たせたんです。吹雪ちゃんも元気になったみたいですししっかり薬も持って行ってくれていたんですね。よかった」

高雄さんがそう続けると

「ちょっと高雄さん!それはお兄さ・・・・じゃなかった提督には言わないでって言ったじゃないですか!!」

医務室の扉が勢い良く開かれ天津風が顔を真っ赤にしてこちらに走ってくる

「あら天津風ちゃん聞いてたの?あなたもびしょ濡れね・・・そうだ!吹雪ちゃんが今入渠しているんだけどあなたも一緒にお風呂に入ってらっしゃい?吹雪ちゃんにお話、あるんでしょう?」

「ええ!?・・・お風呂?良いです自分の部屋で済ましますから・・・・はくちゅん!」

天津風はくしゃみをひとつした。

なんだか血色もよくないしきっと体が冷えているんだろう。

「ほらもうそんな身体も冷えてるんだからここは私の言う事を聞きなさい。それじゃあ提督、天津風ちゃんを大浴場まで連れていってあげてください。私は提督が戻って来るまで代わりにここに居るよう吹雪ちゃんに頼まれていて次は大淀ちゃんのフォローに行かなくちゃ行けないので。提督、着替等が終わり次第一旦執務室まできてください。それでは失礼しますね」

高雄さんは医務室を出て行ってしまった。

そして医務室には俺と天津風の2人っきりになる。

さてこれからどうするか・・・・とにかく天津風を風呂に連れていくか。

そんなことを考えていると

「ね・・・ねえ、ホントにそんな事しなきゃいけないの・・・?」

天津風は頬を赤らめ涙目になりながら俺に尋ねた。コイツこんなに可愛かったっけ・・・・いやいやコイツは男なんだぞ・・・

そんな可愛いはず・・・・ない・・・

俺は自分にそう言い聞かせ

「たっ・・・高雄さんに頼まれちゃったしそれに話も出来るし身体も温まるし一石二鳥だろ?それに吹雪は今までこの鎮守府でたった1人の駆逐艦だったんだ。それでやっと駆逐艦の艦娘が増えたんだって喜んでたから行ってやってくれよ」

「しょ・・・しょうがないわね!もうこうなったものは仕方ないしなんだってやってやるわ!最後に確認だけど吹雪も男・・・なのよね?」

「ああ。だから気にする事は無いぞ。ささ・・・そうと決まれば風呂だ風呂!!俺は自分の部屋でシャワー浴びるから風呂が終わったらどうだったか教えてくれよな!さあ行こうぜ」

「ちょっ・・・!まだ心の準備が・・・お兄さんあんまり引っ張らないでよ!」

俺は話を切り上げて天津風の手を引いて大浴場に連れていく。

 

そして大浴場に向かっている途中

「吹雪・・・怒ってなかった?」

天津風は心配そうに俺に訪ねてくる。

やっぱりこいつなりに気にしてたんだな・・・・

「ああ!怒ってなかったぞ。だから・・・面と向かって話してこいよ。裸の付き合いって奴だ」

そんな話をしているうちに大浴場へ到着。そのまま俺たちは脱衣所に入った。

俺がそこで突っ立っていると

「何ボーッと突っ立ってんのよ!早く出てってよ!!」

天津風にそう言われた

「なんでだよ!?お前男だし別に恥ずかしいも何も無いだろ?」

「そ・・・そうだけど・・・・あなたに裸見られるのは恥ずかしいの!!だからさっさと自分の部屋でシャワーでも浴びてきたら!?あとは私1人でなんとかするから!!」

天津風はそう言った。すると大浴場の戸が開きそこからバスタオルを巻いた吹雪が顔を出す。

「どわぁ!吹雪!?」

「あっ、天津風ちゃんそれにお兄ちゃんも!2人とも仲直り出来たんだね!天津風ちゃん、私あんまり裸見られるの得意じゃないけどもし良かったら私とお風呂でお話ししない・・・?」

吹雪は少し恥ずかしそうにこちらに歩いてくる。

しかし吹雪のフラットな身体はいつ見ても可愛らしいと言うかなんと言うか・・・・タオルでアレが隠れてるから女の子にしか見えないんだよなぁ・・・・・・っとマズい!そんな事考えてる場合じゃない!

「ああ・・・なんとかな。それじゃあ俺は部屋でシャワー浴びてくるから!」

俺はその場を立ち去ろうとすると

「ちょっと待ちなさいよ!!」

天津風が俺を呼び止めた

「はいぃ!?」

あまりにも急だったので俺は立ち止まる。

さっきまで出てけって言ってたじゃないっすか・・・

「お兄ちゃんって何よ!?あなた吹雪にお兄ちゃんって呼ばせてるの!?」

天津風は俺に詰め寄ってくる。

しまった!ずっとお兄ちゃんって呼ばれ続けてたせいで全く抵抗もなくなってたけど天津風はその事知らないんだった!なんて説明したら良い物か・・・・

「そっ・・・それは色々あってだな・・・・吹雪からもなんとか言ってやってくれよ!」

俺は吹雪に助けを求めるが

「えっ?お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?勤務中以外はお兄ちゃんって呼んでいいって言ってくれたよね?それにお兄ちゃん優しいから私といつも一緒に寝てくれるんだよ!」

いやそう言う事でなくてですね・・・・それに一緒に寝てるとか言ったら天津風が・・・・

「いっ・・・一緒に寝てる!?あーなーたー!!!吹雪にお兄ちゃんって呼ばせてるなんて見損なったわ!変態!ショタコン!!性犯罪者!!!」

思った通り流れるような罵倒が天津風から浴びせられる

「いっ・・・いやこれは仕方なくというか流れでな・・・・」

必死に言い訳を考えるが全て事実なだけあって言い訳のしようがない。

それに吹雪の奴なんであんな得意気なんだよ・・・・

「言い訳なんて聞く気はないわこのド変態!それに・・・・・・・なんだから・・・・」

天津風は何やら口をモゴモゴとさせた

「ん?今なんて言ったんだ天津風?」

「なんでもないわよ!!もういい!詳しい話はお風呂でしっかり聞かせてもらうから!!」

へ?今なんて言ったんだコイツ・・・

「ほら何してるのよ!?早く脱ぎなさい!私も脱ぐから!!!」

どうやら天津風は頭に血が上って訳がわからなくなっているらしい

「さっきまで裸見られたくないとかなんとか言ってたじゃねぇかよ!!」

「気が変わったの!早く私と一緒にお風呂に入って!!」

天津風はそう言って濡れた服を脱ぎ捨てた。

その身体はどことなく柔らかそうな印象を受ける。あいつの腕、あんな柔らかそうな感じだっけなぁ・・・?

俺がそんな事を思っていると

「あなたも早く脱いでよ!!それとも1人じゃ服も脱げないの!?」

真っ裸の天津風は俺の服を強引に引っ張ってくる。

「うわぁあああちょっと落ち着けって!わかった!!わかったから!!自分で脱ぐから!!!」

俺は渋々服を脱ぎ天津風と大浴場へと足を踏み入れた。

「あっ、お兄ちゃんに天津風ちゃん!待ってたよ」

大浴場ではすでに吹雪が湯船に浸かっている。

吹雪は風呂の中でもバスタオルをつけたままだ。

「吹雪あなた・・・」

天津風はさっき俺が話したことを思い出したのか言葉を濁した

「ん?なぁに天津風ちゃん?あっ・・・ごめんね。お風呂の中でもバスタオルつけたままで・・・でも私・・・こうしなきゃ天津風ちゃんやお兄ちゃんと一緒にお風呂は入れないから」

吹雪は俯いた

「い・・・いいえ別に私は気にしないわ!ご・・・ごめんなさい変な気を使わせちゃって・・・」

天津風のやつ結構気の利いたこといえるじゃん。

そんなことを考えていると急に鼻がムズムズして

「ぶわぁっくしょい!」

と大きなくしゃみをしてしまった。

「ほら、お兄ちゃんも身体冷えてるんでしょ?早く入って!天津風ちゃんも!」

「ええ・・・わかったわ」

「そ・・・それじゃあお邪魔します・・・」

俺と天津風が浴槽に浸かると俺の目の前で2人の少女(いやどっちも少女じゃないんだけど・・・)が話を始めた。

俺の頭の中では天津風の変態やショタコンと言った言葉がグルグルしていてむしろそう言われると逆に意識してしまって目のやり場に困るんだよなぁ・・・・

でも俺はショタコンでも変態でもないんだ!!

でもなんでなんだ吹雪はともかく目の前に居るのはソラのはずなのになんでこんなに目のやり場に困るんだよ・・・

それにしてもこの状況なんだか気まずいぞ?

「吹雪・・・昨日の事は謝るわ。酷い事言ってそれにあんなケガまで負わせてしまってごめんなさい・・・・」

「うんいいよ!気にしてないから。それに天津風ちゃんが無事で本当に良かった!」

吹雪は笑顔でそう答える。

あんな状況になって自分の方が危ない状況だったのにこうやって天津風のことを心配してやれる吹雪は本当に優しい子だ。

「あ・・・ありがとう・・・・・ってそうじゃないの!!何よお兄ちゃんって!?吹雪あなた一体お兄さ・・・・提督とどんな関係なのよ!?」

天津風は吹雪を問いつめる

「お兄ちゃんは・・・家族の居なかった私の事を初めて家族だって・・・父親代わりは無理でも兄くらいには思ってくれていいってそう言ってくれた。だから司令官は私のお兄ちゃんなんだ。もちろん天津風ちゃんの事も大事な家族だと思ってるよ?あっ、家族って言われるの嫌だったんだよね・・・・ごめんなさい・・・・」

吹雪はそう言った。

この話他人に聞かれるのはちょっと恥ずかしいなぁ

「そ・・・そう・・・なんだ・・そういうことなら別に・・・私も・・・家族と思ってくれてもいい・・・けど・・・・?」

天津風は恥ずかしそうに言った。

「ええ!?本当?私嬉しい!!」

吹雪は天津風の手を握った。

「でっ・・・でも一緒に寝てるって言うのは何!?いくらあなたが提督の事を兄みたいに慕ってるからって兄弟が一緒に寝るような年でもないでしょう!?そんなの犯罪よ!!」

天津風は少し呆気にとられていたがそう吹雪に問いつめた。

「それはね・・・私、少し前までとっても大切な人が居たんだ。でもその人が居なくなってから私独りになると寂しくて怖くて・・・でもお兄ちゃんと一緒に居たら安心するの。だからいつもお布団に入れてもらってるんだ。これは私のわがままだから・・・だからお兄ちゃんを責めないで」

やっぱりこの子は天使だ・・・性別とか血が繋がってないとか関係なく俺の妹なんだ・・・・俺は心の中で思いて少し泣いた。

「わかったわ・・・・それじゃあ・・・・」

天津風はそう言うと黙り込んでしまった

「天津風ちゃん?」

吹雪が天津風に声をかける

「私も・・・・・・」

天津風は何かを言いたそうにしていたが意を決したのか口を開き

「私もあなたの事これからもお兄さんって呼ぶ!吹雪ばっかりズルいじゃない!!それに私達が皆家族なのなら私にとってもあなたはお兄さんでしょ?でもこれは別に羨ましいとかそんなんじゃないんだからね!?ただ不公平だと思っただけなんだから・・・・」

はぁああああああああ!?!?!?!?!?!?!?

いや・・・まあ今までずっと提督のお兄さんって呼ばれてたけどこれは少しニュアンスが違うんじゃ・・・

それに吹雪はなんて言うんだ・・・・!?これは2人の仲がこじれちゃう奴なのでは・・・・

「ふ・・・・吹雪はどうなんだ・・・?」

俺は吹雪の顔色をうかがうると

「うん!お兄ちゃんは皆のお兄ちゃんだから私は良いと思うよ!」

吹雪は笑顔で答えた。なんてすんなり答えるんだこの子はぁああああああ

「吹雪も良いって言ってるし良いでしょ・・・・兄さん」

天津風は恥ずかしそうにそう言った。

「お兄ちゃんも天津風ちゃんと仲良くなれたみたいで私もうれしい!」

吹雪も俺に笑顔でそう言った。その屈託の無い笑顔のせいで断るに断れないな・・・

しかしなんかとんでもない事になってしまった気がする・・・・

「わ・・・・わかったよ・・・・ただ他の皆には内緒だからな?」

結局俺は折れてしまった。

「良かったね天津風ちゃん!」

「あ・・・ありがとう兄さん・・・私の事もいも・・・・弟だと思ってくれていいんだからね!?」

天津風は頬を赤らめてそう言った。なんだよこれ破壊力あり過ぎだろ!あーダメだ・・・こんなの2人に囲まれてたら本当にヤバい事になってしまいそうだ。

よし!逃げよう!!

「おっ、俺もう温まったから後は2人でごゆっくりいいいいいいい」

俺はそう言って風呂から飛び出した。

 

はあ・・・散々な目に遭った。

でもソラの奴なんであんな事・・・あいつもしかして吹雪の事羨ましかったのかな?たしかあいつも家族が居ないって言ってたし・・・・まあそれなら仕方ないか!もう頷いちゃったし

俺はそうさっき起きた事を正当化しようと自分にそう言い聞かせる。

そして俺は何か忘れているような気がしてきた。

「そうだ!執務室!!」

俺は高雄さんに執務室へ呼ばれていた事を思い出し急いで部屋に戻り服を着替え執務室へ向かった。

「すみません!遅くなりました!!」

ドアを開けるとそこには高雄さんと愛宕さんと大淀が居た

「あらぁ〜提督、遅かったじゃない」

「提督お待ちしてましたよ」

愛宕さんと高雄さんはそう言った。

「で、用ってなんなんだ?」

俺は大淀に尋ねる。

「はい。今回の被害等をまとめた資料をまとめたのでそれに目を通して頂こうかと・・・これ資料です」

大淀はそう言って俺に資料を手渡した。そこには破損した艤装の数や減った資材の数等が書き込まれていて結構な打撃を受けていた事がわかった。

「それともうひとつ・・・天津風ちゃんの処遇の件なのですが」

大淀は真剣な表情で続ける。

「ああそのことね、その前にこれだけは提督の耳に入れておかないといけないと思うんだけど昨日の夜工廠で簡単に私がお説教させてもらったわ。そしたら素直に謝ってくれたの」

愛宕さんは言った。

「さっき高雄さんから聞きました。それであいつをどうするか・・・・ですか」

処遇・・・・天津風をどうするか・・・それを考えようとすると彼の顔そして「お兄さん」という言葉とアイツの裸を思い出し不覚にも俺は顔を赤くしてしまう。

「提督?お顔赤いですよ?大丈夫ですか?」

大淀は俺を心配してくれたが顔が赤い理由を話したら絶対殴られる・・・

「ああいや・・・大丈夫なんだけど・・・・それに俺も天津風と今朝話したんだ」

俺は何故天津風が命令違反を犯したのか大淀達に簡単に説明をした。

「あいつも反省してるしなぁ・・・」

「そう・・・ですか。その気持ちはわからなくもありません。しかしこれは立派な命令違反ですよ?」

大淀は淡白にそう言った。

「天津風ちゃんを止められなかった私にも原因はあるのよ!今後二度とあんな事が起こらないように私も気をつけるから少し多目に見てあげてくれないかしら・・・」

そんな大淀に対して愛宕さんは天津風を庇い頭を下げた。

「うーん・・・」

責任は愛宕さんに任せっきりにしていた俺にもある。

それに吹雪本人も気にしていないと言っているし天津風と吹雪は和解している。

それに今あいつを謹慎にしたら尚更他の艦娘たちとの距離が離れてしまうだろう。

でもお咎め無しと言うことにしてもそれはそれで他の艦娘達への申し訳も立たないし・・・

「それじゃあ1ヶ月トイレ掃除とかやらせたらどうだ?」

俺がそう提案すると

「もう!小学生じゃないんだから!!でも・・・・提督らしいです。私はそれで良いと思いますよ。提督がそう言うのなら」

大淀は笑ってそう言ってくれた。

「そう・・・か。ありがとう大淀。それじゃあ天津風に伝えなきゃな!それじゃあ天津風に伝えてきます!」

天津風ももう風呂も上がっているころだろう。

大浴場まで行ってみよう。俺は執務室を後にし大浴場へ向かった。

 

その道中那珂ちゃんと阿賀野に出くわす

「あっ!提督さん!!聞いたよ〜吹雪ちゃん元気になったみたいで良かった〜」

阿賀野は安堵の表情を浮かべていた

「吹雪ちゃんが元気になってくれて那珂ちゃんも嬉しいっ!」

那珂ちゃんもそう続けた。

「ああ。2人とも心配してくれてありがとうな」

「提督ちょっといい?」

那珂ちゃんがこちらに向かってきた

「なっ、何!?」

突然の事に俺が身じろぎしていると

「那珂ちゃんね〜提督とお話したい事があるんだ〜☆阿賀野ちゃん、出来れば2人でお話したいから先に行ってて欲しいな〜」

「ん〜?2人で秘密のお話?でも提督さんは阿賀野のなんだからね!」

「お前のモノになった覚えはねーよ!!」

「え〜細かいこと気にしないでよ〜でも良いよ。それじゃあ阿賀野は先に部屋戻ってるね〜」

阿賀野はそう言って立ち去った。

「で、那珂ちゃん話って何だ?」

もしかして告白!?いやいや那珂ちゃんも男なんだぞ!?そ

れにまだお互いの事あんまり知らないしせめて友達から・・・・俺がそんな事を考えていると

「単刀直入に聞くね〜ここの鎮守府の艦娘さん達、皆那珂ちゃんと同じなんだよね?」

那珂ちゃんはいつにもなく真剣な表情でそう聞いてきた

「あ、ああ。皆男で・・・」

俺はそんなただならぬ表情に押されつつそう答えた

「そう・・・だよね・・・でも皆本当に楽しそうで・・・それでね、本当の女の子になりたいって思ったりしないのかなって」

那珂ちゃんはそう言った。

「なりたい・・・?」

「私もこの身体になってずいぶん経つけど未だに男の自分が怖いの・・・提督も男の子ならわかるでしょ?阿賀野ちゃんを見てたらあそこが固く切なくなってきて・・・変な気分になっちゃうの・・・でも阿賀野ちゃんは那珂ちゃんと同じ境遇のお友達だけどこんな事阿賀野ちゃんに言ったら嫌われちゃいそうで・・・・そんな自分が嫌になるの・・・那珂ちゃんは女の子で居たいのに・・・これじゃあ艦娘になる前と変わらないよね」

那珂ちゃんは深刻な顔をしてそう続けた。

「那珂ちゃん・・・」

きっと那珂ちゃん・・・いや他の艦娘達も男の身体と艦娘としての心の間で大きく揺れているんだろう。

そんな悩みを打ち明けられた時俺はなんと言ってやれば良いんだろう・・・?

「あっ、ごめんね提督!那珂ちゃんの変な話聞かせちゃって!そうだよねー阿賀野ちゃんも私と同じ男の子なんだよね。少し那珂ちゃん疲れてたのかも〜でも話聞いてもらえて少し楽になったよー!那珂ちゃん元気っキャハッ☆あっ、でもこれ阿賀野ちゃんには内緒でお願いね♡それじゃあまったねー」

那珂ちゃんは遮る様にそう言って阿賀野の向かった方へ走って行ってしまった。

どこか無理に明るく装っているそんな那珂ちゃんの背中を俺は見送ることしかできなかった。

 

そして大浴場へ向かうと丁度天津風と吹雪が大浴場から出てきたところだった。

「おっ、天津風ちょうどよかった」

「何よ・・・急に飛び出していったと思ったら丁度良かったって忙しい人ね」

「ああ、お前の命令違反に対する処罰が決まったからそれを伝えようと思ってさ」

「命令違反・・・」

天津風は自分がやってしまったことの重大さを身をもって感じたのか一気に表情が重くなる。

「お兄ちゃん!天津風ちゃんだって反省してるんだしそんな命令違反だなんて・・・私ももう大丈夫だから天津風ちゃんを許してあげて!」

吹雪は処罰という言葉で顔色を変えて天津風を必死にかばう。

「まあ最後まで聞いてくれ。天津風、お前がやったことはれっきとした命令違反だ。それにお前のせいで吹雪や他の艦娘たちにもあらぬ被害が出てる。だからお咎め無しって言うわけにも行かないのはお前もわかるよな?」

「え、ええ・・・そうね・・・」

「お兄ちゃん!」

「でも・・・吹雪もこうしてなんとか大事にも至らなかったしお前が反省してる事は高雄さんや愛宕さんからも聞いてるし俺もお前が反省してるって事はよくわかったしお前が違反を犯した理由もわからなくもない。だから・・・」

「だから・・・?」

「お前は明日から1ヶ月間のトイレ掃除を命じる」

「えっ・・・ええ!?トイレ掃除?なにそれ・・・子供じゃないんだから・・・」

天津風は呆れたのかそれとも処罰の内容が予想外だったからなのか一つため息をついた。

「これはれっきとした処罰で提督命令だからな!しっかりやれよ?それとこれに懲りたらもうあんな事するんじゃないぞ?一人の勝手な行動のせいで他人に被害が出たらお前だってその事で苦しむことになるんだぞ?」

「え、ええ・・・そうね・・・わかったわ!やってやるわよ!」

「天津風ちゃん・・・良かったね・・・厳しい処分じゃなくて本当に良かった」

吹雪も安心したように言った。

吹雪・・・もしかして処罰って言葉にもトラウマが有るんだろうか・・・?

それならさっきの必死な言動にも辻褄が合うし・・・

吹雪には悪いことしちゃったかな・・・

「まあそういう事だから明日から反省してトイレ掃除に臨むように!」

 

 

その日の夕食の時、天津風は他の艦娘達に謝り前回出来なかった歓迎会の続きがささやかに行われる事になった。

そんなささやかな天津風の歓迎パーティーが終わり部屋に戻ってそろそろ寝ようとベッドで横になっていると

「お兄ちゃん。心配かけてごめんね」

吹雪がそう言いながら俺と同じ布団に入ってくる。

「あ、ああ。お前が無事で本当に良かった」

「うん・・・私も天津風ちゃんとお兄ちゃんが仲直りできて・・・それに天津風ちゃんと仲良くなれてうれしい・・・・でもやっぱり裸見られるのは嫌・・・私の傷だらけの背中にこんな身体なんか誰も見たくないよね・・・」

吹雪は小さな声で言った。

「吹雪・・・」

きっと吹雪なりに相当無理をして俺と天津風を大浴場に招き入れたんだろう。

俺はそんな吹雪になんて言ってやればいいのかわからなかった。

すると突然部屋の扉をドンドンと叩く音がした。

「誰だよこんな時間に・・・」

俺は渋々ベッドから降りて扉を開けるや否や寝巻き姿の天津風が部屋に上がり込んできた

「うわぁ!天津風?何しに来たんだよ!?」

「あっ、天津風ちゃんいらっしゃい!どうしたの?」

「何しに来たって決まってるじゃない!私もお兄さんと一緒に寝る!」

「ちょ・・・・ええええええええ!?」

俺は突然の事に声を上げる。

それにしてもこいつなに一丁前にこんな可愛い女物の寝巻き着てんだよ・・・

制服の天津風といつもTシャツなんかのラフな服装だったソラしか見た事の無い俺はそのギャップを感じて複雑な気分になってしまっていた。

「何ジロジロ見てんの?気持ち悪いわよ?」

天津風が俺を睨みつける

「えっ・・・いやあの・・・可愛い寝間着だなって」

「かっ・・・可愛い!?別にこれは私の趣味じゃなくてここにくる前にもらったから仕方なく来てるだけよ・・・!それじゃあさっさと一緒に寝かせなさい」

天津風は顔を赤くした。

「い・・・一緒にって・・・」

俺は吹雪の顔色を伺うと

「私は大歓迎だよ!賑やかになるねお兄ちゃん!!」

吹雪は嬉しそうにそう言った。

「お、おう・・・」

吹雪が嬉しそうならそれで良いか・・・・

いやいやそんな訳あるか!!こんなの大淀に見られたら絶対殺される・・・!

なんとかしなきゃ・・・・

俺は天津風を説得し結局今日だけという条件付きで3人で眠ることになったが俺は結局その日は一睡もする事ができなかった。



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大淀と金剛と

 はあ・・・・結局昨日は寝れなかったなぁ・・・・俺は重い瞼をこすりつつ執務室の扉に手をかけ

「うーっす・・・おはよう」

と言いながらいつもの様に扉を開ける。

いつもは高雄さんと大淀がやんわりと迎えてくれるのだが

「ヘーイ!ケングゥゥゥゥッドモーニング!!!!!」

今日は朝っぱらからやかましい声が聞こえた瞬間俺の視界が真っ暗になり何かが俺を締め付てきた

「むぶっ!!!なっ・・・なんだ!?動けないしそれに息苦しい!!!でもやわらかいしなんかあったかい・・・・」

俺は訳もわからずじたばたとする。こんな事少し前にもあったような

「ケンは朝から元気ネー!」

金剛の声が頭上から聞こえた矢先

「金剛さん!け・・・・じゃなかった提督から早く離れてください!!」

という大淀の声がしたと思ったら俺の腕を何かが凄い力で引っ張ってきた。

「あいでででででででででででで!!!!!!!!」

「大淀やめるネ!せっかくケンに元気になってもらおうとこうしてワタシがハグしてるのにぃ〜」

すると俺を締め付ける力が強くなる

「あーもう提督だって嫌がってるじゃないですか!!はーなーれーてーくーだーさーいー!!」

それに対抗する様に腕を引っ張る力も増す。引っ張る力が増した事でさらに締め付ける力が強くなり俺を圧迫する

「やめっ・・・ぐるじ・・・・・」

呼吸がし辛くなり意識が薄れてくるし前は見えないし肩が外れそうな勢いで腕を何かが引っ張ってくるしでもうダメだ・・・短い人生だったなぁ・・・せっかくならおっぱいに埋もれて死にたかった・・・・

全てを諦めようとしたその時。突然視界が開け、俺は地面に思いっきり尻餅をついた。

「痛ってぇ!!」

「ケン!大丈夫デスか?」

「提督!!」

なにがなんだかわからない俺に大淀と金剛が俺に駆け寄って来る。そして

「金剛さん!提督に飛び付くのはやめてください!!」

「え〜せっかくワタシのナイスなバディーでケンを元気づけてあげようと思ったのにぃ〜」

金剛は胸を強調する。それを見た大淀は唇を噛んでいた

もしかして・・・いやもしかしなくてもさっきまで前が見えなかったのって金剛の胸を顔に押し付けられてたからなのか!?惜しい事をしたなぁ・・・俺がそんな事を考えていると

「そ・・・そんなので提督が元気になる訳無いじゃないですか!!ねっ、提督!」

大淀は俺を睨みつけてきた。

「えっ!?いや・・・・その・・・・」

俺は大淀から視線を逸らす

「ほーらやっぱりケンは大きいおっぱいが好きなんデース!わかりますヨー!年頃の男の子なんデスからネーおおきいおっぱいが嫌いな男子なんていまセーン!!そうデスよネ?」

金剛は更にその豊満なバストを強調し俺に見せつけて来た

高雄さん達程じゃないけど確実に阿賀野よりはデカいぞ・・・・

俺はそれを見て生唾をごくりと飲み込む。

「そりゃ・・・なんていうか・・・大きい方が・・・その・・・」

だめだ・・・こんな至近距離で見せつけられたら目のやり場に困る・・・でも見たい!ええなんたって俺は健全な18歳男子なんだぜ!!!ってそんな事よりなんで金剛がここに居るんだ?

「な・・・なあ大淀・・・」

俺は話題を逸らす様に大淀に声をかけた

「なんでしょうか?」

大淀はそう言って俺を睨みつける。こええ・・・・なんで大淀の奴こんなにツンツンしてるんだ?

「いっ・・・いやその・・・なんで金剛がここに居るんだ?」

俺は恐る恐る尋ねる

「ああそれはですね・・・」

大淀がそう言おうとした途端

「高雄にオールナイトでグロッキーだから仕事を代わって欲しいって頼まれたからデース!」

金剛が会話を遮った。朝からテンション高いなぁこの人・・・

大淀は更に不機嫌そうな顔をしていた。

「そ・・・そうなんだ・・・」

「提督、これ今日の分の資料です!目を通しておいてくださいね」

大淀は資料をバァンと大きな音を立てて俺の机に叩き付けた。

「大淀・・・なんでお前そんな怒ってんだよ」

俺は大淀に問う

「別に怒ってませんけど?」

大淀はそう言って俺に微笑みかけるが目が全くもって笑っていない

「そ・・・そうか・・・」

俺はそう返すので精一杯だった。

「それでは私は少し外の空気を吸いに行ってくるので提督、私が見て居ないからと言ってくれぐれも執務中だという事を忘れないでください金剛さんも提督に変な事しないでくださいね?」

そう言って大淀は出て行ってしまった。

「oh・・・・大淀怖いデース・・・」

金剛はそう呟いた。

「ああ。昔はあんな奴じゃ無かったんだけどな」

俺もそう呟く

「昔?ケンは大淀とは昔から知り合いだったんデスか?」

金剛はそう尋ねて来た。ヤバい。自然に話してしまったが淀屋の事を他の艦娘に話すのはやめておいた方がいいだろう

「あ、ああちょっとした腐れ縁でさ・・・」

俺はそう話を誤摩化す。

「そうなんデスか。それなら大淀は私の知らないケンをいっぱい知ってるんデスね。あっ、そうデース!そこに紅茶道具がありマース!紅茶飲みませんか?ワタシが淹れますヨ〜!」

金剛は少し寂しそうな表情をしたが気を取り直す様にそう言った。

そう言えば今日は朝から色々あったし大淀が出て行ってしまったので飲んでいない。しかしいつも大淀に淹れてもらっているしあいつもそのうち戻ってくるだろう。

「ああ、気持ちは嬉しいんだけどそれは大淀の仕事だから・・・悪いけどまた今度にしとくよ」

「そうデスか・・・大淀、結構本格的な紅茶道具を集めてマース。それに手入れも行き届いてるネー!きっと大淀はいつもケンの事を想って淹れてくれてるんでしょうネ!この紅茶道具達もメイビー幸せデース!」

金剛はそう言って笑った。

「そうなんだ・・・俺ぜんぜんそういうのわかんないけど大淀の奴結構気を使ってくれてたんだな」

俺は感心する。確かに思い返してみればいつも時間をかけて作ってくれていたような気がする。

「ホントもホントデース!紅茶マスターのワタシが言うんだからまちがいありまセーン!!大淀のお仕事を取るのも悪い気がしマース!だから今回は我慢するネ!でも私も負けてられまセーン!近いうちに私のティーパーティーにケンを招待するから楽しみにしててネー!大淀も連れてくると良いネ!」

金剛は言った。なんだよ紅茶マスターって・・・

「あ、ああ・・・・楽しみにしてるよ」

「今から腕が鳴るデース!そうデース、ケンは大淀の事好きなのデース?」

金剛の突飛な質問に俺は慌てふためく。

「なっ!?ななななななななななな!????」

「ふふっ。ケンのリアクションは面白いネー!」

金剛は笑った

「からかうなよ・・・・あいつはその・・・そんなんじゃなくて・・・大事な友達で・・・・」

俺は大淀になる以前の淀屋の事を思い出していた。しかしどうしても今の大淀の姿がチラつく。

あれ?あいつどんな顔してたんだっけ・・・・?

どうしても今の大淀の顔が邪魔をしてあいつの顔を思い出すのに時間がかかってしまう。

きっと寝不足だからだ。きっとそうだ・・・・あいつの顔を忘れるなんてそんなことあるはず無いんだ・・・

俺はそんな自分に罪悪感、そしてこのまま本当に淀屋の事を忘れてしまうんじゃないかという恐怖に襲われた。

「ヘイケン、どうしたデース?」

金剛が心配そうに声をかけて来た

「あ、ああちょっと考え事をな・・・」

「そうデスか・・・でも友達って事ならワタシにもチャンスはあるって事ですネー!ケンのハートを掴んでみせマスからこれからもそのつもりでよろしくお願いしマース!!」

金剛は言った。

「お、おう・・・」

俺はそう返す事しか出来なかった。

「それじゃあワタシはお仕事も終わったので失礼しマース!Breakfastを済ましてくるついでに大淀も呼んでくるネー!それじゃあケン、またネ!」

金剛はそう言って執務室を後にした。

それから数分程大淀に貰った資料を読んでいると執務室の扉が勢い良く開かれ

「謙!!大丈夫!?あの女に変な事とかされてない!?」

ものすごい血相の大淀が執務室に戻って来た

「あ、ああ別に何もされてないけど・・・」

金剛の奴大淀に何て言ったんだ・・・・?

「そう・・・それはよかった・・・・」

大淀は胸を撫で下ろす。そうだ。大淀も帰って来た事だしいつものアレをお願いしよう。

「なあ大淀・・・」

「なんでしょう?」

「紅茶・・・淹れてくれないか」

「あっ、ごめんなさい提督、今日淹れるの忘れてましたね。今すぐ淹れます」

大淀はそういうと紅茶を入れる準備を始めた

「そうだ大淀、金剛が褒めてたぞ」

大淀は意表を付かれたのか驚いた顔をして

「何をですか・・・?」

と聞いてくる

「その紅茶道具の話、良く手入れが行き届いててその道具達も幸せそうだってさ」

俺がそう言うと

「そう・・・ですか・・・・提督においしい紅茶を淹れてあげたいですからこれくらい当然です」

大淀はそうはいった物のとても嬉しそうだった。

「ありがとな。俺の知らない所で気を使ってくれて」

俺は大淀に感謝の気持ちを伝えた

「べっ・・・べつにこれは個人的な趣味みたいな物で・・・謙がそれで喜んでくれたら良いなって思っただけで・・・その・・・・褒められるような事でも感謝されるような事でもなくて・・・」

大淀は頬を赤らめて言った。こんな素直じゃない少しひねくれた所は昔の彼とさほど変わらない。

「お前はホントに素直じゃないよなぁ」

俺は笑ってそう言った

「もう!謙が単純過ぎるだけだってば!!」

大淀もそう言って笑い返した。

よかった。やっぱり淀屋は淀屋なんだ。そんなことずっとわかってたはずなのに俺はとても安心した。

そして紅茶を飲み終えた俺は

「今日も美味しかった。ごちそうさま」

と大淀に言った

「お粗末さまでした。それで提督、資料は読み終えましたか?」

大淀はそう尋ねて来た

「ああ。今日は特に何もないんだろ?」

資料には特に任務等は書かれておらずいつも通りと言えばいつも通りこの一帯は平和なようだった。

「はい。それでは後は私が簡単に片付けておくので提督はもう上がってもらって結構ですよ」

「ああ。わかった。それじゃあ後は頼むわ。お疲れさん」

俺はそう言って執務室を後にした。

そして自室に戻ろうと廊下を歩いていると春風とすれ違った

「春風おはよう」

俺は春風に声をかける

「あっ、師匠!おはようございます」

「だから人前で師匠はやめろって・・・ところでこんな所で何してるんだ?」

俺は春風に尋ねた。

「ええ。それが・・・演習場に行きたいのですが迷ってしまって」

この短距離を迷ったのか?すぐそこなのに!?本当に春風の方向音痴は心配になるなぁ

「しょうがないなぁ俺が連れてってやるよ。こっちこっち」

俺は春風を演習場まで案内した。

そこではすでに吹雪と天津風が2人で熱心に演習をしていた。

「あっ!司令官!」

吹雪は俺に気付き駆け寄ってくる

「吹雪はいつも熱心だなぁ」

「当然です!もっと強くなっておにいちゃ・・・・司令官をそれにみんなを守らなきゃ!ね?天津風ちゃん」

吹雪は言った。

「バッ・・・!別に私は提督のためとかそんなんじゃなくて無様な姿を見せたくないから演習してるだけよ!!」

天津風は顔を真っ赤にして吹雪に駆け寄った。ほんとにわかりやすいなぁ。それを聞いて居た春風も

「わたくしも先の戦闘でお恥ずかしい所を見せてしまいましたしもっと強くならないと・・・吹雪、わたくしにも戦い方を教えてください!」

春風は吹雪に頭を下げた

「そ、そんな私だってまだまだだよ・・・でも3人ならもっと沢山演習が出来そう!うーんそうだね・・・・」

天津風と春風に囲まれた吹雪は嬉しそうだ。

ずっとここで1人で演習してたんだもんな・・・・よかったな吹雪。

吹雪の嬉しそうな顔を見て俺も嬉しくなった。

「よーし!それじゃあまずは鎮守府の周りをランニングしよっ!いくよ天津風ちゃん!春風ちゃん!!それじゃあ司令官、また後で!!」

吹雪はそう言って走り出し

「ええ!?走るの!?しょうがないわね!」

「二人とも置いていかないでください。それでは司令官様失礼致しますね。まってくださーい」

天津風と春風はそれを追った。

駆逐艦の3人はあの調子なら仲良くやっていけそうだ。俺は走って行く3人の背中を安心して見送った。

そして特にやる事も無くなったので昨晩寝れなかった分昼寝でもしようと部屋に戻り俺はベッドで眠りに就いた。それからどれ位経ったのだろう?何やら違和感を覚え俺は目を覚ます。しかし身動きが取れない。なんだ!?何かに縛り付けられているような・・・すると後頭部の方からなにやら息づかいを感じる。

寝ている間に何者かが自室に侵入して俺を抱きしめて寝ている!?だっ・・・誰だ?誰なんだ・・・!?

俺は恐る恐る振り向くとその先のは気持ち良さそうに眠る金剛の顔があった

「うわあああああああああああああああああああ!」

俺は思わず声をあげた

「んん〜?ケン・・・グッドモーニングデース・・・いや・・・もうグッドイブニングですカー?」

金剛は間抜けな声で言った

「グッドモーニングでもイブニングでもねーよ!何人の部屋に勝手に部屋に入り込んで寝てるんだよ!!!」

俺は金剛に説明を求める

「ん〜?それはデスネー・・・朝に渡し忘れた資料があったので届けに来たら鍵が空いていて部屋にお邪魔したらケンが気持ち良さそうにスリープしていたのでその可愛い寝顔を見てたら一緒に寝たくなっちゃったんデース・・・」

金剛は言った。確かに起きたら女の子が添い寝してくれてたとか夢のようなシチュエーションではあるがこんな所他の誰かに見られたら大変だ。早くなんとかしなければ・・・

「いやいやいやそれにしたっておかしいだろ!!離せよ!!」

俺は金剛を振りほどこうとするが金剛の力が強く振りほどけない。同時に尻になにやら何か固いものが当っている事に気がつく

「ん?なんだこれ?」

俺はそれに触れた。すると

「あんっ♡ケン・・・大胆な事するんですネ・・・」

金剛が甘い息を漏らし、少し力が弱まった。一体何を触ったのかはわからないが今がチャンスだ!

俺は金剛を振りほどきベッドから飛び出した。

「あーケン・・・・ちょっとまつデース」

金剛は切な気な声でそう言った。

「ああもう早く出てってくれ・・・・よ!?」

俺は金剛から布団をひっぺがすとそこには一糸まとわぬ金剛の姿、そして下腹部には見覚えのある物がぶら下がっていた。

「お・・・お前・・・・・」

「ソーリーケン。ワタシ裸じゃないと寝れないのデース」

金剛はそう言った。いやいやいや確かに裸なのも気になるけどそっちよりもっと気になるモノがあるんですけど・・・さっき触ったアレってもしかして・・・・いやもしかしなくても他人のアレを触ってしまったのか!?

「いや・・・その・・・・裸な事よりそこに生えてるそれは・・・?」

「ああこれデース?ケンにも生えてるでしょ?」

金剛は言った。そりゃまあそうだけど・・・・

「なんで金剛にもそれが生えてるかって聞いてるんだけど・・・」

「ああそれは私がshemaleだからデース!!!」

そんな発音良く言われてもなあ・・・・しっかし新しく入ってきた艦娘ですら全員男だったとは・・・・

俺は大きくため息を一つつき

「金剛とりあえず服着てくれ・・・・」

俺は金剛と話をする事にした



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痛み

 「金剛とりあえず服着てくれ・・・・」

神妙な面持ちで金剛に言う。しかし

「Why?何故デース?別に恥ずかしくも何ともないデスしケンにならもっと見てもらってもいいデース!」

金剛はそう言うと俺のベッドの上で仁王立ちをした。

急に立ち上がった為金剛の豊満な胸、そして下にぶらさがっているアレが揺れる。

これまたご立派なモノをお持ちで・・・いやいやそう言う問題じゃなくてだな・・・ここまで堂々とされると逆にこっちが恥ずかしくなる。金剛は男だ。それは自分でも分かっている筈なのにやはりその黙っていれば美少女にしか見えない顔、それに豊満なバストに健康的な腹や白い脚そんなどう見ても女性にしか見えないような金剛の裸体が目の前で露になっているとどうしても目のやり場に困ってしまうし自分で言うのもなんだけど童貞の俺には刺激が強すぎる。

「いや・・・あの俺が恥ずかしいんだけど・・・」

俺は苦し紛れに金剛から目を逸らすがやっぱり男の悲しい性か金剛にチラチラと目線を送ってしまっている自分が居た。

「なんでデース!?ワタシもケンと同じオトコのコなんだから恥ずかしくも何ともないデショー?あっ、もしかしてワタシのバストが気になってるデース?それなら・・・とうっ!!」

金剛はそう言うとベッドから飛び上がり俺に覆い被さって来た

「ほぉらケン・・・もっと見てくだサーイ!ワタシのバ・ス・ト」

俺の目の前で水風船のような膨らみがゆらゆらと揺れる。ああ触ったらきっと柔らかいんだろうなぁ・・・今朝の金剛の胸の感触を思い出した。しかしそれを否定するかの如くその胸の先では棒状の物がチラ付く

「おっ・・・・俺はなぁそっ・・・そんな偽乳でゆっ揺らぐような安い男じゃないんだからな!!そんな・・・ことで・・・」

俺は必死に抵抗をするが

「ノンノン!これは偽乳なんかじゃありまセーン!勝手にBIGになったんデスヨー!!!ほらほら触って確かめてヨー!!」

金剛の地雷を踏んでしまったらしく金剛は俺の腕を掴みそのまま胸へとあてがった

「なっ・・・・!!!!」

手から金剛の胸の柔らかい感触が伝わってくる。以前淀屋の胸を触ってしまった事があったがその時とは全く違う違う感触だ・・・・って何考えてるんだ俺は!!!!

「oh♡ケン!強引なんだからぁ♡」

金剛は嬉しそうな顔で言う

「馬ッ鹿金剛お前自分でやっといて何を・・・」

俺は顔を更に真っ赤にする。このまま行けば血管がはち切れてしまうのではないだろうか?すると

「ネ?ワタシのバスト柔らかいでショー?最初はケンみたいにフラットだったネー!」

金剛はそう言うと俺の腕から手を離しそのまま俺の胸をなぞってくる。

すると俺の身体にゾワッと悪寒のような電撃のような感覚が走る

「うぁっ!!やっ・・・やめろ・・・・」

くそっ・・・なんか変な声出ちまったじゃねぇか

「アハっ!ケンの反応ウブでプリティーネー!あっ、もしかしてケンはドーテーデース?」

金剛は突然図星を思い切り突いて来た

「そっ・・・それは・・・」

「恥ずかしがる事無いデース!みんな最初はドーテーなんですから!!そんなドーテーのケンもかわいいのデース!そんなドーテーのケンはぁ・・・・・もっとワタシのバスト揉んでくれてもいいデース!!」

金剛は俺にそう笑いかけ胸を強調した。

良い・・・のか?いやいや待てこいつはあくまで男で・・・・この胸が本物だろうと俺はノーマルなんだ!男の胸を揉む趣味なんて無い!!俺はそう自分に言い聞かせなんとかこの胸を揉まない様にする方法を考えた。同時に俺は童貞だと金剛に小馬鹿にされている様にも感じ、自分が胸を揉みたい衝動をかき消す様に今自分が置かれている理不尽な状況やここ数日金剛のせいで酷い目に遭っている事に苛立ちを募らせた。

そして何かのタガが外れ俺は金剛を突き飛ばし、俺は口を開く。

「うるせぇ!!ああそうだよ童貞だよ!!童貞で悪いかよ!?」

そんな俺を見て

「ケ・・・ケン・・・?」

金剛は呆気にとられた顔で俺を見つめた。

そうだ。こいつのせいでここ最近酷い目に遭ってばかりだ。少しきつく言えば反省する気にもなるかもしれない。

「そんなの男のお前に馬鹿にされたかねーんだよ!お前はそんな立派なもんぶら下げてるくせに・・・・!男のくせにそんな脂肪だかなんだか分からないものぶら下げてすり寄りやがって!!馴れ馴れしいし気持ちわりーったらありゃしねぇよ!!あー気持ち悪っ!!もう出てってくれよ!」

俺はそう続けて金剛にあることないことを吐き捨ててしまった。心ではそんな事を微塵も思っていなかったが目の前に居る彼女・・・いや彼は男なんだ。胸があったってなんだって男なんだこんなふしだらな感情を抱いていい訳が無いと自分にも言い聞かせる様にそう吐き捨てていたのだ。そんな最低な方法で俺は金剛を否定していた。

「ケン・・・ワタシそんなつもりじゃ・・・・」

金剛は泣きそうになった顔でこちらを見つめている。しかし頭に血が上りヒートアップした俺の口から出る言葉は止まらず

「やめろよ!男のくせにそんな女みてぇな顔して女みてぇな声して俺にすり寄って来てさ!!俺は女の子が好きなの!そんなきったないもんぶら下げてる時点でノーサンキューなんだよ!!わかる?もうお前の顔なんか見たくもねぇよ!とっとと出てけこのオカマ野郎!!!」

言ってしまった・・・自分でも言ってはいけない事だと分かっていても口からこぼれ落ちてしまった。しかしもう覆水は盆に返らず一度口から出てしまった言葉を変える事はできない。その言葉を聞いた金剛は

「ソ・・・ソーリー・・・そうデスよネ・・・・こんなに馴れ馴れしくしたら気持ち悪いデスヨネ・・・」

とだけ言ってそそくさと服を着て部屋を出て行ってしまった。

「はあ・・・・はあ・・・・・」

久しぶりに怒鳴り散らしたので息が上がってしまう。部屋は一気に静かになり俺の高まった心音と息の音だけが部屋に響いている。呼び止めて謝るべきではなかったのか?そんな考えが頭をよぎるが

「ぜっ・・・全部あいつが悪いんだからな・・・・・」

俺は息を上げながらそう独りで吐き捨て自分を正当化しようと試みる。

しかしそのまま独りで居ると自分が金剛に言ってしまった事に対する罪悪感が日も沈み徐々に暗くなって来た部屋の暗闇の様にひろがって行くようなそんな気がして俺は気分転換に外へ出る事にした。

金剛にどんな顔で会えばいいんだろう・・・それに俺は金剛だけでなく今まで一緒に居た他の艦娘達の事を否定するような事を平然と吐き捨ててしまったのだから。あの俺に笑いかけてくれる吹雪や親友の淀屋の事でさえ・・・・

「俺・・・提督失格だな・・・」

俺はそう自虐を呟きながら扉を開けた。すると廊下では大淀が座り込んで顔を覆っている

「大・・・淀・・・?」

俺は声をかけると

「ごめんなさい提督・・・さっきの話・・・・全部聞いてしまいました・・・・でっ・・・でも提督の言いたい事もわかり・・・ます・・・ごめんなさい・・・私・・・」

大淀は顔を覆ったままそう消えそうな声で言った。あんな大声で怒鳴ったのだから近くに居れば聞こえてしまうのも無理は無いだろう。それに大淀は俺の事を見てくれないし顔を覆ったままだ。

そりゃあんな事を聞いたら傷つくだろう。もし自分が逆の立場で親友にそんな事を言われたら胸を割かれるような思いをするかもしれない。なんで言う前にこんな簡単な事にも気付けなかったんだ・・・

そのとき自分自身が吐き捨ててしまった言葉がどれほど酷い物なのかまざまざと感じる

「ごっ・・・ごめん・・・俺も言い過ぎたと思ってて・・・」

俺は苦し紛れに言い訳を大淀に言おうとするが

「言わないでください提督・・・・最初からわかってたんです。提督は女の子が好きなんだって。いくら私が女の子みたいな恰好をしようが男である以上あなたは私の事なんて・・・こんな事最初からわかっていた筈なのに・・・・それなのに・・・こんな姿に・・・こんな身体になって・・・・馬鹿ですよね私・・・・」

大淀は言葉を遮りそう言った。

俺は大淀・・・いや淀屋がこんなに悲しそうな所を見た事がない。しかしもうあの話を聞かれてしまった以上淀屋に会わせる顔なんて俺には無い。最低だ・・・俺・・・・

本当なら今すぐ淀屋にも金剛にも許してもらえないかもしれないが謝らなければならない。

しかしもうここに居られない居てはいけないと言わんばかりに俺の脚は震え、気がついた頃には俺はその場を走り逃げ去っていた。

クソッ・・・!どこまでも最低で卑怯者だ俺は・・・今まで散々淀屋に綺麗事をならべておいて結局あんな事を口走ってしまうなんて・・・・それに何も言えずに逃げるなんて・・・・

ただただ俺は鎮守府から逃げ出そうと必死で走った。

そして鎮守府を抜け山道の方へ進んで行き、道のない道をただただ走り続けた。途中枝で腕や脚や頬を切ったり足場の悪い場所でつまづいたりもしたがただ鎮守府を離れたいその一心で山の奥へと入って行った。

そうだな。俺みたいな卑怯者はこのまま傷だらけになって人知れず野垂れ死ぬのがお似合いかもな・・・

そんな事を考えていた矢先俺は盛大に脚を挫いた。

そして倒れた先は舗装も何もされていない坂になっていてそのまま俺はその坂を転がり落ちてしまう。

坂に落ちている石や木そして地面に打ち付けられた衝撃が身体中を襲う。でも俺はきっとこんな痛みよりもっと酷い痛みを金剛や大淀に与えてしまったんだ。これはきっと罰なんだ。俺はそのまま坂を転がり落ちると線が切れた様に意識がどんどんと薄れて来た。

ああ・・・俺死ぬのか・・・短い人生だったな・・・・もう彼女とか童貞卒業とかどうでも良い・・・ただあいつに・・・淀屋に一言謝れる勇気さえあればなぁ・・・・・

俺は薄れ行く意識の中そう思った。



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逃げ出した夜

 夢を見ていた。

またあの夢だ。

身体の自由が利かずに何処までも深くへ沈んで行くような夢。

いやこれは夢じゃないのかもしれない。俺は本当にあのまま死んでしまったのかもしれない。

そのまま俺の意識も深く深くへと落ちて行った。

ああ・・・これでもう俺は目覚める事はないのだろう。そんな事を考えると少し怖くなった。

そんな恐怖をかき消す様に額に冷たい感覚を覚え俺はそんな暗闇から引きずり出された。

俺の身体を柔らかい物が包む感触がする。どうやら俺は布団で寝ていたようだ。しかし何処で?自分の部屋の布団の感触とは全く違う。そして雨音が聞こえ俺の鼻には木の湿ったような匂いが入ってくる。ここは一体何処だろう?

俺は恐る恐る重い瞼を開けるが視界がぼやけてまだはっきりとしないが辺りを行灯のようなものが辺りをうっすらと照らしていた。

「ここ・・・は・・・?」

俺はそう言葉を発すと

「おや?目が覚めたのですか?」

何処からか聞き覚えのある優しい声がする。この声は吹雪?いや似ているがどこか吹雪の声よりも落ち着きのある声だ。俺はその声の方に目を向けると。そこにはぼやけた俺の視界には着物を着た青白い髪の女性が立っている。

誰だ?もしかしてここは死後の世界だったりするんだろうか?別にそう言った物を信じている訳ではないのだがこんな幻想的な女性が目の前に居るとここは俺が居た世界ではないのではないかとさえ錯覚させる。

そして俺は思わず

「幽霊・・・?」

やはり俺は死んでしまったのか?すると

「だっ・・・誰が幽霊!?っと・・・失礼しました」

声の主は少し怒った様に言ったがすぐに声の調子を元に戻した。幽霊じゃないのか・・・それならなんだろうこの柔らかい包容力のありそうな感じ・・・視界がくっきりして行く度にその美しい青白い髪に柔和な表情や気品のある立ち居がじわじわと見て取れた。これを形容するならば・・・・

「じゃあ女神・・・?」

と俺は口から洩した。こんな恥ずかしい言葉普通なら吐かないだろう。しかしここが元居た自分の世界でないのならあながちそうだとも思える。

すると

「ふふっ・・・女神だなんて。私は男ですよ」

その声の主はそう言って笑った。

俺は驚きの余り目を擦る。やはり腕を動かす度に痛みが俺の身体を走った。どうやら俺は死んでいないようだ。

そしてやっと俺の視界がはっきりしてその声の主の顔をしっかりと見る事が出来た。

その顔は中性的と言うより女顔でさらに長髪を揺らしており声もどことなく吹雪に似ていたので彼が男だと言わなければやはり女性だと錯覚してしまうような容姿をしている。いやまあ吹雪も男なんだけど。しかしそんな事より気になる事があった俺は

「あの・・・俺は・・・どうなって・・・」

今自分がおかれている状況について彼に尋ねた。

「私が山菜採りをしに山出てていたらあなたが倒れていたんです。酷く傷だらけだったのでここまで連れて来て介抱したんですよ。今日はここでゆっくりなさってくださいね」

彼は俺に笑いかけた。しかしその声はやはりどことなく吹雪に似ている。吹雪・・・・?そうだ!あいつ俺が急に居なくなって心配してるかもしれない。それに早く帰って金剛と大淀に謝らないと・・・・でも俺にあそこへ帰る資格なんてあるんだろうか?

そんなどうしようもない感情が俺をひとまず立ち上がらせようと動かす。しかし

「いってぇ!!」

身体に激痛が走りまた布団の上へ倒れ込んでしまった

「あっ、急に動いてはダメですよ。幸い骨折はしていない様ですが身体中擦り切ずに切り傷それに打撲だらけなんですから。でもそれだけ元気なら明日にはお帰りになれそうですね。私では応急処置が限界です。本当は病院に連れていって差し上げたかったのですがあいにく外は大雨で・・・・ごめんなさい」

彼は俺の額から落ちた濡れタオルをまた額に乗せ、ー身体を優しく摩ってくれた。

「す・・・すみません」

「それよりあなたは何故あんな所で倒れていたのですか?」

彼は俺にそう質問をした。どう答えていいのかもわからず

「逃げたんです・・・自分が置かれた状況から。それでただそこを離れよう離れようと必死で走ってたら坂で転んでそのまま気を失って・・・」

「そうですか・・・・深くは聞きません。でもきっと辛かったのでしょう?あなたずっとうなされていましたから。そうだ。大した物はお出し出来ませんが今日採った山菜のお粥を作っているんです?よろしければお食べになりませんか?」

彼は言った。たしかに昼寝をしていたし夕飯も食べていなかったのでとても空腹だ。

「はい。お願いします」

俺は2つ返事で頷く

「わかりました。それでは用意をしますから少し待っていてください」

そう言うと彼は部屋の外へと出て行ってしまった。

しかしここは何処なのだろう?彼の言う事には別に俺は死んでも居ない様だし・・・それに外は大雨・・・鎮守府のみんなにとてつもない迷惑をかけてしまって居るに違いない。せめて連絡が取れれば良いんだけど何も保たずに走って来てしまったので携帯電話すら持ち合わせていない。きっと今頃鎮守府では金剛辺りが俺の言った事を他の人に言いふらして俺が最低な奴だって事になってるに違いない。そう考えると帰るに帰れない。でも淀屋の悲しそうな顔も忘れられずそれが俺の胸をきりきりと締め付けてくる。

「なんであそこで逃げちゃったんだろ・・・俺」

自分の行いに対する後悔がどんどんと大きくなっていく。すると

「お待たせしました。お粗末な物ですが召し上がってください。あっ、そうだ起き上がるの大変ですよね。手お貸ししますよ」

彼は枕元に置いてあった小さな机に鍋を置き、俺の額から濡れたタオルを取り俺に手を差し伸べた。その手はとても綺麗で真っ白な手だった。

「綺麗な・・・手ですね」

俺はぽつりと呟く

「ふふっ。男の手を褒めたって何も出ませんよ。ささ。冷めないうちに召し上がってください」

俺は彼の手を取り痛む身体を持ち上げ起き上がった。

そして用意してもらった山菜粥に手をつける

「いただきます」

山菜粥を口の中に入れるとほんのりした塩味と山菜の風味が広がる。正直腕を動かすだけでもズキズキするがそんな事がどうでも良くなる美味しさだった。

「美味しい・・・です」

「お口に合った様で良かったです。お茶もありますよ」

彼は嬉しそうに暖かいお茶を机に置いた。

しかし彼は一体何者でここは何処なのだろう?

「あの・・・・」

俺は彼に尋ねてみる事にした

「はい?なんでしょうか?お茶冷たい方が良かったですか?」

彼はそう答える

「いえ。そう言う事ではないんですけど・・・あなたは一体誰なんですか?それにここは一体自分は大和田謙っていうんですけど・・・」

「私は稲叢雲人【イナムラ・ユクト】って言います。ここは××神社の前の小屋で私はこの××神社の神主をしているんです。と言っても押し付けられたと言った方が正しいんですけどね」

雲人と名乗った彼はそう言って笑った。この辺り神社なんかあったんだな知らなかった。

「それにしても舗装されていない山道の方を通ってこの辺りまで来るなんて・・・私でも滅多にやりませんよ」

雲人さんの言う事には俺は山の上にあるこの神社の参拝ルートとは真逆の道も何も無い山道を歩いて来ていたらしい。

「それで、謙さんはどこからいらっしゃったんですか?」

とうとう雲人さんは核心を突いて来た。しかし提督が鎮守府から逃げ出して来たなんて言う訳にもいかないので

「あの・・・・××町のほうから・・・最近越して来たんです」

俺はそう言葉を濁した。

「そうでしたか。ここの神社は秋のお祭りの時だけは賑やかになるんです。よろしかったら是非来てくださいね」

雲人さんは言った。

「ところで謙さん、いやな事から逃げて来たと仰っていましたけど、もし差し支えがなければお話聞かせてくれませんか?少しでも力になれるかもしれません」

俺はそんな雲人さんの言葉や柔らかな物腰に自然と口を開いていた。その物腰はどこかおおとりの女将さんのような面影を感じる。

俺は詳しくは話さなかったが友達や職場の仲間にとても酷い事を言ってしまって辛いのは向こうの筈なのに自分がその場から逃げ出してしまって自暴自棄になってしまった事を話した。

「そうでしたか・・・でも悪いと思っているのなら素直に謝るのが一番ではないですか?」

「そ・・・それはそうですけど・・・」

俺は目を逸らす

「私も昔素直になれなかったせいでとても後悔をした事があるんです。なんでもっと素直になれなかったんだろうとかもう少しいい方法があったんじゃないかとか今でも思う時があるんです。だからそのお友達や職場の方にもしっかりと自分の気持ちを伝えればどうでしょうか?それが例え相手に受け入れられても受け入れられなくても少しは気分が楽になる筈です。それからどうなるかなんて事はそれから考えればいいんですよ」

雲人さんは言った

「で・・・でも・・・・もう俺にそいつと会う資格なんか無いというか・・・・話すのが怖いと言うか・・・」

俺はやはり尻込みをする。できることならずっとこのままここでけが人として寝ていたい。でもそれはいけないって事くらいわかっている。今すぐにでも金剛や淀屋それに急に居なくなってしまった事を鎮守府の皆に謝らなくてはならない。しかし俺はそれが怖くて出来ずに居る

「でもそれじゃあ謙さんずっと後悔しますよ?」

雲人さんは困った顔をした

「でも・・・・だってそれは・・・」

俺は必死で言い訳を考えた。しかしもう結論は出ているそれから遠ざかる為の言い訳なんてもうこれ以上思いつかなかった。そのまま俺が言葉を濁していると

「ああもうまどろっこしい!!!」

雲人さんが突然人が変わった様に俺を怒鳴りつけた

「へっ・・・?」

俺は呆気にとられる。なんかこんな事前にもあったような・・・

「アンタそんな情けない事で良いと思ってんの!?あんた男として小さ過ぎ!!!酸素魚雷くらわせ・・・・・」

そう言って雲人さんは俺の胸ぐらを掴んだ。

「はっ・・・はいぃい!ごめんなさいごめんなさい!!!」

突然の事に驚く俺を見てふと我に返ったのか

「・・・あっごめんなさい少し乱暴な言葉が出てしまって・・・・でも謙さんここでまた逃げたらあなただけじゃなくてそのお友達の傷もそのままなんですよ?心の傷はあなたのケガと違ってそう簡単には治らないんです。だから本当に心から申し訳ないと思っているのならあなたがあなたの言葉で少しでもその傷を楽にしてあげようとは思いませんか?きっと今もそのお友達はあなたに言われた事に傷ついて悲しんでいます。もうその場から逃げてしまった事実を変える事は出来ません。でもこれからそのお友達との関係がどうなるかは今からでも変える事が出来る筈です。あなたがそう思っているのならそのお友達にもきっとその気持ちは伝わる筈ですから・・・」

雲人さんは少し恥ずかしそうに言った

怒鳴られて少し驚いたが確かにそうだ。このままじゃいけない。雲人さんは俺の背中を強引に押してくれたのかもしれない。

「わかりました。そうですよね・・・・やっぱり早く戻って自分の今の気持ちを友達に伝えます」

俺は雲人さんに言った

「でも今日はもう遅いのでお休みになってください。こんな暗がりを傷だらけのまま返す訳にもいきません。ごめんなさいね怒鳴ってしまって・・・そうだ。私が居たら気になって寝れませんよね。それでは私は出て行くのでゆっくりお休みになってください。おやすみなさい。謙さん。また何かあったら呼んでください」

「はい。おやすみなさい。雲人さん・・・色々ありがとうございます」

俺がそう言うと

「いえいえ気にしないでください。私が勝手にやった事ですから」

そう言って少し笑うと雲人さんは部屋から出て行った。

不思議な人だなぁ・・・

そのまま取り残された部屋でしばらく独りで居るとしてお粥を食べた満腹感と疲れからかそのままぐったりと眠りに落ちてしまった。

 

そして俺は日の光のまぶしさに目を覚まし俺は伸びをした。まだ身体は痛むが昨日よりは大分マシになったみたいだ。

俺は部屋の襖を開けた。するとその先で

「あっ、謙さんおはようございます。良く眠れましたか?」

雲人さんがそう言って出迎えてくれた。

「はい。おかげさまで。お世話になりました」

俺は軽くお辞儀をすると

「もう大丈夫そうですね。でも出て行く前に大した物ではありませんが朝ご飯を召し上がって行きませんか?」

雲人さんはそう言うので

「はい。それじゃあお言葉に甘えて」

俺はその善意に厚意に与る事にする。

そして雲人さんは玄米入りのご飯と味噌汁そして山菜の和え物を出してくれた。どれも少し薄味だったが山菜なんて碌に食べた事もない俺でもなんの違和感もなく食べる事ができた。

「ごちそうさまです。助けてもらって怪我の介抱から朝ご飯まで頂いて申し訳ないですじゃあそろそろ行きますね」

俺は少し痛む脚を立たせた。

「いえ。そう言ってくださるなら有り難いです。仲直り、出来ると良いですね。私も仲直りが出来る様にここで祈っていますから」

雲人さんはそう言ってくれた。

「はい。色々お世話になりました。それじゃあ・・・」

俺がそう言ってその小屋を出ようとした時ふと倒れている写真立てが目に飛び込んで来た

「あっ、この写真立て倒れてたんで直しておきますね」

俺がその写真立てに手を触れようとすると

「ダメっそれは・・・・!」

雲人さんはそれを止めようとして来たが時は既に遅く俺は写真立てを立てかけてしまった。

そこには5人のセーラー服を来た少女が並んで笑っている写真が入っており、その中の1人は雲人さんと同じ青白い髪をしていた。それに一番真ん中で写っている少女・・・どこかで見た事があるような・・・いやそんな筈は無い・・・雰囲気は全く違うがその恰好はどこか吹雪と似ていたのだ。でも吹雪ではない何処かが違う・・・一体この子は誰なんだ・・・俺がそんな事を思っていると

「それは・・・・ずっとわざと倒してあったんです・・・」

雲人さんは少し悲しそうな顔をしていた

「すっ・・・すみませんそんな事知らなくて・・・」

俺も気まずくなりそう返した

「いえ・・・私も謙さんに偉そうに言いましたけど私自身も何も出来てはいないんです・・・私にも大切な友達が居ました。でも私の一言で喧嘩になってそれから一度も会っていないんです。それに私もその子から逃げる様にしてこんな山の上で一人暮らし・・・・だから謙さんを見ているとその時の私自身を見ているみたいで・・・ごめんなさい。私に謙さんを説教できる資格なんてないんです・・・私も未だにその子に会うのが怖いのに・・・・」

雲人さんは肩を落とした。もしかしてこのセーラー服を着ている青白い髪の少女は昔の雲人さんなのか・・・?でも今はそれどころではない俺を助けてくれた恩人が俺のせいでこんな事になってしまっているんだからなんとかしなければ

「ごめんなさい俺のせいで・・・でも雲人さんのおかげで俺は踏ん切りがつきました!だから・・・そんな顔しないでください。雲人さんもきっとその子と仲直りできますよ!俺またどうなったか結果を話しにここまで来ますから!!だからそんな顔しないでください!雲人さんに勇気を貰ったからこんな事が言えるんですよ。俺も絶対あいつと仲直りしてみせます!だから次は俺が雲人さんの背中を押してあげますから。また来ます!」

俺は雲人さんにそう言い残して小屋を出た。

その先には立派とは言え無いが綺麗な神社が建っており昨日降った雨でできた水たまりや水滴に太陽の光が反射してきらきらと輝いて見えた。

そして俺はその神社を背にして長い階段をゆっくりと下って行くとそこはいつも俺がスーパーに買物へ行く時に通る道の外れだった。

こんな近所なのに必死こいて山を走り回っていたと思うと少し馬鹿馬鹿しくなって笑いがこぼれる。

そしてもし俺の事を許してくれなかったらどうしようとかあの写真に写っていた吹雪のような少女の事他にも色々気になる事はあったがそれを全て振り切る様にして俺は鎮守府へ向けて足を進めた。



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罪悪感という足枷

 俺は神社から鎮守府へと歩いていた。

きっと金剛も淀屋も怒っているだろう。それに何もかもすっぽかして来たから高雄さんも怒るだろうなぁ・・・そんな事を考えると足取りが重くなるが俺はそれでも鎮守府へ向けて足を進めた。

そして鎮守府が見えて来た頃俺はある事を思い出した。

「あっ、やべ・・・鍵持って来てないぞ」

そう。何も持たずに飛び出して来てしまったので鍵すら持っていないのだ。どうしよう・・・

俺が途方に暮れていると鎮守府の方から声が聞こえて来た

「昨日も高雄さんに言われたでしょ?アテもなく探したって見つからないわよ・・・私だって・・・その・・・」

「そうですよ吹雪。もう少し司令官様を信じて待ちましょう」

「離して!昨日の雨でお兄ちゃんはどこかでずぶ濡れになってるのかもしれないんだよ!?何で居なくなっちゃったのかはわからないけど早く見つけなきゃ・・・」

どうやら吹雪が俺の事を探そうとしているのを天津風と春風が制止しているようだ。

やっぱり心配かけちゃったなぁ・・・でもあんな暴言を吐いてそれに勝手に飛び出して行った俺なんかに吹雪に心配してもらえる資格なんてないんだ。

そんな吹雪の声を聞いて更に俺の中の罪悪感は膨らんで行った。このままじゃ罪悪感に押しつぶされてしまいそうだ。

俺は気がつくと物陰に逃げる様に隠れてしまっていた。

ここまで来てまた逃げちゃうのかな・・・俺・・・

そう思ったときふと雲人さんの悲しそうな顔と言葉が脳裏をよぎる。

そうだ。俺を助けてくれた雲人さんの為にも俺はここでまた逃げるわけにはいかないんだ。

理由はわからないが彼が悲しい顔をしていると初めて会った頃の吹雪をどことなく思い出してしまう。だからあの人にも笑って欲しいし俺の背中を押してくれた雲人さんの背中を俺も押してあげたい。何よりあんな悲しそうな顔をしている淀屋を目の前にしてその場から逃げてしまった事は自分としても許せない。だから行くんだ。俺は震える足で迷いや恐怖を踏みつぶす様にして地面を踏みしめ物陰から飛び出した。しかし足がもつれて盛大にそのまま素っ転んでしまう。

吹雪、天津風、春風がそんな俺の事を目を丸くして見つめて来た。

「お、おはよう・・・・」

俺はなんと言って良いかわからずそう一言

すると

「お兄ちゃん何処行ってたの!?それにこんな傷だらけ・・・・大淀お姉ちゃんも部屋から出てこないし金剛さんは何も教えてくれないしお兄ちゃんは急に居なくなっちゃうし・・・・私・・・私・・・」

吹雪がそんな俺に抱きついてきた。

その時俺の脳裏に以前吹雪に対して言った男だからって誰も気にはしないと言う事そして金剛に言ってしまったとっとと出てけこのオカマ野郎!!!という2つの相反する言葉が浮かぶ。そうだ・・・俺は結局噓付きだ。吹雪にも阿賀野にも綺麗事を並べてかっこ付けて・・・でも結局あんな事を言ってしまうような最低な人間なんだ・・・そんな俺にここの提督が務まるんだろうか?やっぱり俺なんかには出来ない事だったんじゃないか?

俺はそんな事すら考えてしまう。

そんな事はつゆ知らずと言わんばかりに

「ふんっ!私は別に心配なんかしてなかったけど!?」

天津風が言った

「あらあら天津風、あなたも昨日泣きべそをかいて吹雪と一緒に司令官様を捜しに行くんだーと言って聞かなかったじゃありませんか」

「ちょ・・・春風!?それは秘密にしといてって言ったじゃない!!!そうよ!心配してたわよ!!散々人には偉そうなこと吐いといて突然いなくなるなんてあなた提督のクセに何を考えてるよこのバカ!!!」

天津風はそう言うと俺を蹴った

「痛い痛いって!!ごめん・・・急に居なくなって悪かったよ!!だから蹴るなって!!!」

「天津風、寂しかったのはわかりますが司令官様は怪我をしている様ですのでその辺りにして差し上げてはどうでしょうか?司令官様、昨日の天津風ったら・・・・」

春風が何か言おうとしたその瞬間

「わー!!わかった・・・わかったわよ・・・」

天津風は顔を真っ赤にして俺を蹴るのをやめた。一体昨日俺が居ない間何があったんだろう・・・?

そうだ!それより淀屋が部屋から出てないって!?金剛は!?

俺は吹雪達に尋ねる事にした。すると

「ああ金剛さんならいつも通りよ。でもあなたの事ははぐらかされて結局なにも話してくれなかったの」

「私も大淀お姉ちゃんをご飯だからって呼びに行ったら1人にしてて欲しいの一点張りで全然部屋から出てこないの。それに今日になっても部屋から出てこないから高雄さんも心配してて・・・お兄ちゃん何か知ってるの?」

吹雪が俺に尋ねてくる。

なんて言えば良いんだ・・・それに俺の言葉のせいで淀屋が部屋に閉じこもっている状況を今すぐなんとかしなければいけない。これは提督としてではない。友人として彼を傷つけてしまった事をなんとしてでも謝らなければならない。

「吹雪・・・天津風・・・それに春風。心配かけてごめん。俺、大淀の所へ行ってくる」

俺はそう言い残して3人と別れた。

 

そして大淀の部屋の前に付き大急ぎでノックをする。

「大淀!開けてくれ!!昨日の事を話しに来た」

しかし返事もなにも帰ってこない。試しにドアノブを捻ってみるが鍵は固く閉ざされている。

「クソッ・・・」

やっぱり相当怒っているんだ・・・俺は一体どうすれば

そんな事を考えていると突然

「ハーイケン・・・・グッドモーニング・・・帰って来てたんデスね・・・」

遠慮がちな声で金剛が話しかけて来た

「こっ・・・金剛!?その・・・昨日は・・・・」

俺は気まずくなり目を泳がせる。すると

「ソーリーケン・・・・ワタシのせいでこんな事に・・・・」

「えっ?」

俺は予想外の言葉に耳を疑う

「ワタシがケンを怒らせたせいで提督にあんな酷い事を言わせてしまったワタシに責任があるネ・・・」

金剛は泣きそうになって言った。

何を言ってるんだ金剛は・・・こいつだって俺の言葉に傷ついたはずだ。

いくら頭にきたからってあんな事を言って良い事にはならないんだぞ?俺はひとまず金剛が怒っていない事に安心する反面何故そんな自分を責めないのかという不安にも駆られた。

「で・・・でも俺はお前にあんな酷い事・・・」

「ノンノン・・・そんなのもう言われ慣れてまマース・・・それに今のケンの顔を見れば自分が悪いと思っている事くらい分かりマース・・・ワタシはただ疲れてそうなケンに元気になってもらおうと思っての事だったデスがすこし悪ふざけが過ぎました。ごめんなさいケン・・・・」

金剛は頭を下げた

「頭を上げてくれ金剛。悪いのは俺の方だ・・・いくらカッとなったからってあんな事言っちゃいけないのに・・・・金剛にも許してもらえないと思ってた・・・・ごめん・・・・俺があんなこと言わなければ大淀もこんな事にならなかったのに・・・・ごめん・・・・」

俺の目からは自然と涙が流れて来た。

「ケン・・・やっぱりケンは優しいネ・・・そういう所がワタシは好きになったデース・・・でも今はワタシより大淀デース・・・」

金剛は扉を指差した。

「ワタシがケンの部屋のから出たとき大淀は泣いてたネ・・・でも少しこのままにしておいて欲しいと大淀が言うからワタシはその場を離れました。それからしばらくしてケンが鎮守府に居ないって高雄から聞いたデース・・・」

それから昨日の晩何があったか金剛は一部始終を教えてくれた。

あの後大淀は俺の部屋の前でうずくまっていたままでそのままにしておく訳にはいかないと高雄さんが部屋まで連れていき、

俺が居ない事に気付いた吹雪達が俺を捜そうと鎮守府を飛び出そうとしたが大雨が降って来たから愛宕さんたちが吹雪達をなだめていてその間金剛は部屋から出てこない大淀にずっと話しかけていた様だが部屋からは返事すらない状態だったらしい。

「そうだったのか・・・」

「ごめんなさいケン・・・ワタシがケンの部屋に忍び込んだりしなかったらこんな事にはならなかったデース・・・」

「金剛・・・」

俺と金剛が大淀の部屋の前で途方に暮れていると

「あら提督、何処をほっつき歩いていたのかは知りませんけど遅いお帰りですね」

と少し嶮のある感じの声が聞こえた。

「た・・・高雄さん・・・」

その声の主は高雄さんだったがいつもと少し雰囲気が違う

「提督、少しお話を伺いたいのですが・・・工廠の裏まで来て頂けませんか?」

工廠裏・・・?

何をする気なんだ・・・・でも今の俺は何をされても文句を言えないだろう。俺は覚悟を決めて

首を縦に振り高雄さんに着いていった。

 

そして工廠の裏に付くと、そこは日が当たっておらず昨日の雨のせいでじめじめとしていた。

そこで高雄さんは辺りを見回すと

「よし。誰も見て無いわね・・・コホン」

高雄さんは咳払いを一つすると突然俺の胸ぐらを掴み

「お前・・・大淀に何したんだ?」

と俺を睨みつけ一言。

愛宕さんの怒った時とはまた違った感じの怖さがある。

「そっ・・・それは・・・」

俺は今までに見たことの無いそんな高雄さんの圧に押され言葉が出てこなかった

「何したかって聞いてんだ。早く言えよ。返答次第では・・・わかってるよな?」

高雄さんはそう言って更に俺の胸ぐらを掴む力を強める。

その迫力と鋭い視線に噓を付く訳にもいかず、正直に昨日金剛に言ってしまった事を全て話した。

すると

「お前・・・自分が何したかわかってんのか?」

高雄さんはそう言った

「はい・・・許されない事だと思います・・・・それによりにもよって大淀があんな事になるなんて・・・・」

俺は今の思いのたけをぶつけた。

しかし

「ならなんでその場から逃げたんだお前は?」

高雄さんは声を荒げる

「ごっ・・・ごめんなさい・・・・!俺・・・あいつのあんな悲しそうな顔見た事無くて・・・それで怖くなって・・・」

そうだ。俺は結局逃げ出した卑怯者で腰抜けだ。

「言いたい事はそれだけか?歯・・・食いしばれ」

高雄さんは俺を掴んでいない方の拳を強く握りしめた。

そしてその拳は俺を目がけて一直線に飛んでくる。

俺は思わず目をつぶった。しかしそれから何秒か経ってもその拳は俺には届かない。

俺は不思議に思い目を開くと高雄さんの手をがっちりと掴んだ愛宕さんがいた

「も〜高雄探したわよ〜!こんな所に提督連れ込んでこんな事してるなんてまだまだあなたも若いわねぇ〜」

愛宕さんはいつもの明るい声で言った。

「愛宕・・・離して!私いくら提督が悪気がなかったとは言えそんな事を言うなら一発殴らないと気がすまないの!大淀は・・・大淀は泣いていたのよ!?」

高雄さんは愛宕さんを振りほどこうとする

「も〜ホントに意固地なんだから高雄は〜でも〜私高雄の怖い顔見たくないわぁ〜可愛い高雄じゃないとイヤよ〜それに怒るとシ・ワ・増えちゃうわよ?」

愛宕さんは空気を読めていないかの様にそこには場違いな呑気な事を言っている。

「愛宕・・・・ってシワは余計よ!!」

高雄さんはそう言うと俺から手を離した。

「あーもう愛宕のせいで調子狂っちゃったわ。でも提督、大淀があの部屋から出て提督が大淀に許してもらうまで私はあなたの事を許しませんから!」

高雄さんはそう言って俺を睨みつけた。いつも怒らない高雄さんに怒られたので俺は軽いショックを受けたが俺はそうされても仕方ないと思った。そして

「あとは私がお話つけとくから高雄はお仕事に戻って。ね?」

愛宕さんはそう言って高雄さんをなだめる

「あ・・・愛宕がそう言うなら・・・・」

高雄さんはそう言うと工廠裏から離れていった。

「さーて高雄も居なくなった事だしぃ〜」

愛宕さんは笑みを浮かべた。

いつも怒ると怖い愛宕さんがこんな事を言うって事はやはり殺されるんじゃないか・・・俺はそんな恐怖さえ覚えて俺は身構える。

しかし

「えい♡」

愛宕さんは次の瞬間俺にデコピンをした

「痛てっ・・・・・・えっ!?」

まさかの出来事に俺は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしてしまった。

「はいお説教おしま〜い。提督・・・こんなに傷だらけになって何処言ってたのよまったく・・・」

愛宕さんはそう言って俺の額を撫でてくる。

いつも通りなら多分もっと怒鳴ってくると思っていたがその予想を裏切られて俺は開いた口が塞がらなかった。

「あらぁ?これで終わり?見たいな顔してるわねぇ」

「え・・・ええ・・・・もっと怒られると思ってました」

「も〜!私そんな怖い女じゃないんだからぁ!!」

愛宕さんは頬を膨らまして言った。いや・・・怒ったらめちゃくちゃ怖いし・・・それにあんた女じゃないだろ・・・・でも今ここでそれを言うと本気で怒られかねないと思った俺は黙っておく事にした。

「まあ男だか女だかわかんない相手に言い寄られて訳がわかんなくなるのはわかるのよね〜あっ、そうだ!提督?こんなじめじめするところでお話しするのなんですからランチ一緒しない?そこでお話ししましょ?ご馳走するわ。私も準備したらすぐ行くから先にお店で待ってて。ここに場所書いてあるから。」

えっ?ランチ?急な事に処理が追いつかないが愛宕さんはなにやら店の名前が書いてあるマッチ箱を俺に手渡して来た。

そこには【居酒屋おおとり】と書かれている

「ここの料理ほんとに美味しいのよ〜場所わかる?」

愛宕さんは得意げに言った。女将さんのお店か。愛宕さん良く行ってるんだ・・・

「はい。何回か行った事があるんでわかります」

「え〜知らないと思ってたのに〜まあいいわ。じゃあ先におおとりに行っておいてくれますか?私も準備して追いかけるから。それじゃあ提督、また後でね♡」

愛宕さんはそういうと俺を置いて走り去ってしまった。

今は飯食ってる場合じゃないとは思うが愛宕さんとの約束をすっぽかすとあとが恐いので俺はひとまずずたぼろになっている服を着替えておおとりに向かう事にした。

 

そして服を着替えておおとりに向かうため鎮守府を出ようとすると突然背中になにか柔らかい感触が押し付けられた。

俺はすかさず後ろを振り返るとジャージを着た阿賀野が俺に抱きついてきている。

その横には同じくジャージを着た那珂ちゃんもいた。

「お・・・お前ら・・・」

「も〜提督さん!帰ってたなら帰ってたって言ってよ〜探してたんだからぁ!!!」

「そうだよ提督〜那珂ちゃんもう汗まみれになっちゃった〜でも汗で輝く那珂ちゃんもかわいいっ☆」

那珂ちゃんが言う様に2人は汗でびしょびしょになっていてズボンは泥が付いている。

きっと雨上がりでぬかるんだ中俺のことを探してくれていたんだろう。

「ご・・・ごめん・・・ところで2人は何を?」

「何を・・・?じゃないよ提督さん!!提督さんの事探してたの!!昨日雨降っててぬかるんでるから吹雪ちゃん達に探しにいかせるのは危ないでしょ?だから朝早くから提督さんの事探しにいってたんだよ!こう見えても阿賀野体力には自身あるんだ〜」

体力に自身あるってお前・・・俺におんぶーとか言ってたあれは猫かぶりだったのかよ・・・・!

「那珂ちゃんはその付き添い!キャハッ☆」

「そ・・・そうか・・・ごめんな手間かけさせて・・・」

俺は2人に頭を下げる。

あれだけ天津風に偉そうなこと言っておいて俺も勝手な行動でみんなに迷惑かけてるな・・・

本当に提督失格だよ俺・・・

「良いの良いの!提督さんも無事に帰って来たし阿賀野も良い運動になったよ!で、またお出かけ?」

「ああ、うん。ちょっと愛宕さんに呼ばれてな」

そこでおおとりに行くと言えば阿賀野も着いてきそうなのでただ出掛けるとだけ行っておいた。

「そうなんだ〜でも阿賀野心配したし疲れちゃったな〜これ貸しにしとくから××ショッピングモールの超ギガ盛りパフェでも奢ってくれたら許してあげる!」

「あ〜那珂ちゃんも〜!」

全く現金な奴だなぁほんと・・・まあ俺のせいだし仕方ないか。

「わかったよ・・・また今度な」

俺は渋々頷いた。

「ほんとぉ?やったね那珂ちゃん!」

「うん!」

2人はうれしそうに向かい合っていた。単純な奴らだ。

「じゃあ俺ちょっくら出掛けるわ」

「うん!いってらっしゃーい」

2人は俺を見送ってくれた。

 

そしておおとりへとたどり着き、

「すみませーん」

俺は戸を開ける

「あら謙くんいらっしゃいお久しぶりね・・・・ってどうしたの身体中絆創膏だらけじゃない!」

女将さんが心配そうに出迎えてくれた

「ええ。ちょっと色々あって・・・」

俺は適当に言葉を濁す。

「そうなの・・・大変なのね。あっ、そこ座ってね」

女将さんは俺をカウンター席に通してくれた。

そして俺が席に着くと

「そういえば今日は1人?阿賀野ちゃんや吹雪ちゃんは?」

と女将さんは聞いてくる。

「居ません。ちょっとここで昼飯を一緒に食べないかってある人に言われて先に来て待ってる様にって言われたんです」

「そうだったの?ここで待ち合わせだなんて一体誰かしら?」

女将さんは首を傾げる。

「まあ良いわ。喉かわいてるでしょ?お冷やをどうぞ謙くん」

女将さんは水を出してくれた。

「いただきます」

俺はその水を飲んで一息つくと店の引き戸がガラガラと音を立てて開く

「いらっしゃ・・・・い・・・」

女将さんが何やら驚いた顔をするので俺も戸の方を振り向くとそこには提督の制服を来た金髪の男性が立って居た

「よう鳳翔さん。久しぶり・・・って程でもないか」

彼はそう女将さんに言った。

「久しぶりも何も・・・その恰好でウチに来るのは初めてじゃないですか?」

女将さんはそう言った。知り合いなのだろうか?彼からはどことなくチャラそうでいい加減そうな印象を受けた。

すると彼は俺の方に歩いて来て

「よっ、提督待たせちまったな!」

と言って俺の肩を叩く

「はっ!はいっ!?」

誰だこの人・・・・!!!?近所の鎮守府の提督の人・・・?いやそれにしても初対面の人にこんな感じで接するだろうか?それに待たせた?一体どういう事だろう?俺が待ってたのは愛宕さんなんだけど・・・でもこの声どこかで聞いた事があるような気がするぞ・・・?

「あの・・・すみません・・・・どちら様ですか?人違いじゃ・・・」

俺はおどおどとして男に言った。すると

「あれ?やっぱ気付かねぇ?だよなぁ!」

男は勝手にゲラゲラと笑い出した。何だこの人・・・

俺が怪訝な顔をしていると

「ちょっと待ってくれな・・・ん”ん”っ!!!」

男が大きな咳払いをした次の瞬間

「ぱんぱかぱぁ〜ん♪」

彼の口から発されたその容姿からは想像もつかない声と言葉に耳を疑った。そして畳み掛ける様に

「高雄型の2番艦、愛宕よ、うふふ」

と言った。

「えっ・・・あた・・・・ご・・・・?」

俺は訳も分からずに呆然としていると

「もう提督ったらまだ謙くんにお話しされてなかったんですか?」

女将さんは呆れた顔で言った。

「だって〜黙ってた方が面白いと思ったからぁ〜なんちゃって♪」

その男は愛宕さんの声でそう返した。

「もう・・・ホントに相変わらずですね提督は・・・」

女将さんはくすくすと笑っている。

愛宕さん・・・?提督・・・?何を言ってるんだ?

俺が訳も分からず2人をキョロキョロと見渡していると

「黙っててごめんなさい♪私愛宕だけどその前は××鎮守府の提督をやってたの〜これはぁその時の恰好♡」

「えっ・・・ていと・・・えっ・・・・ええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!」

男の口から発される衝撃の事実に俺の開いた口は塞がらなくなり俺はそう叫ぶしかなかった。



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男と男の話

 なんだか色々な事が起こり過ぎて訳が分からないぞ・・・とりあえず話を整理しようまずは目の前に立っている男の事だ。

「あの・・・・愛宕さん・・・で良いんですかね?」

恐る恐る口を開く。

だってなんて呼べば良いのか分からないし確かに面影は無いとも言えないしさっきの声は愛宕さんだったし・・・

何より今の彼を愛宕と呼んで良いのかどうなのかが一番謎だ。

また怒鳴られたりしたら嫌だしなぁ・・・

そんな思考を巡らせていると

「おう。好きに呼んでくれや。前までの名前なんてもう忘れちったし」

彼はニコッと笑ってそう言った。なんというか男らしいって言うのかなんというか・・・すると女将さんがクスクスと笑い出し

「ふふっ!もう提督ったらまたそんな冗談を前に酔っぱらったとき久々に高雄さんに名前呼んでもらって嬉しかったって言ってたじゃないですかそれにこの間・・・・」

「だああああああ!それ以上言うな恥ずかしいだろ!?あっ、そうだ鳳翔さんアレ!アレ2人前作ってくれ」

彼は女将さんの話を遮る様に言った。この2人どういう関係なんだろう?

「もう・・・しょうがないですねぇ・・・・来るなら来るって言っておいてくれれば用意しておいたのに・・・わかりましたちょっとお時間かかりますけど作って来ますね。それではお二人ともごゆっくり。この人頑固だから謙くんも大変でしょう?いつもご苦労様」

そう言うと女将さんは厨房のほうへ足を引きずって入っていった。

そして2人きりになり俺はまた黙ってしまう。そんな時

「なあ、お前ここのハンバーグ食った事あるか?」

彼は突飛な事を聞いてくる。

「いや食べた事無いですけど・・・というかハンバーグなんてメニューにあるんですか?」

ハンバーグだって?ここ和食メインの居酒屋じゃないの!?

「いいや裏メニューだ。つーか無理矢理作らせてる。鳳翔さんの作る飯で一番うめぇんだよ」

彼はそう誇らし気に言った。

そんなドヤ顔で言われてもなぁ・・・しかしそんな急な事にも笑顔で対応してくれる女将さんが凄いのかそれともそれくらい親しい感じなんだろうか?

只の常連客と言う訳では無さそうだ。でも話って一体なんだろう?

「その・・・・何で俺をここに呼んだんです?話って一体それになんでわざわざ男装を?」

俺が尋ねると

「ちょっと昔話混じりにお前と男同士で話がしたくってな」

男同士って・・・まあ間違ってはいないんだけど・・・

「そんで何で男装かってのは俺の事を明かすいいタイミングだとも思ったんだけどいつもの恰好だったらお前いつも俺の胸ばっかチラチラ見てっから頭に入ってこねーかなーって思ってさ。まあ俺の胸でっかいし見とれちまうのも無理ないけどな!」

そう愛宕さんはドヤ顔で言った。

なんかこんないい加減そうな男の人の胸に見とれてたと思うとなんか悔しい気もする

「はは・・・で、その話って言うのは・・・・?」

俺は恐る恐る尋ねる。

「あーそうだ・・・まず高雄が殴りかかろうとしてて悪かったな。一応俺が代わりに謝っとく。すまん!」

彼はこちらに軽く頭を下げてきた。

「え・・・」

「ああいや一応元提督として?アイツの管理不行き届きというか・・・うーんまあアレだアイツにもいろいろあったんだよ。しっかしあんな高雄俺も久しぶりに見たぜ。でも怒りに任せた暴力じゃなんも解決しねーからな。流石に止めさせてもらったぜ」

そう言えばたしか以前に俺が天津風に同じような事をしようとした時も愛宕さんが止めに入ってたっけ

結構荒っぽそうに見える人だけど言われてみればそうかもしれない。

「そ・・・そうですか・・・でも結局は俺があんな事言わなければ済んだ話なので・・・」

「あーその事で本題なんだけどさ、うん。単刀直入に聞くけどお前今のあの子の事正直どう思ってんの?」

あの子・・・一体誰の事だろう?吹雪?それとも阿賀野か・・・?

「えーっと・・・あの子って・・・・誰ですか?」

俺がそう尋ねると彼は痺れを切らしたのか

「お前それワザとやってんの?それとも天然かよ?大淀だよお・お・よ・ど!お前あの子とは艦娘になる前から知り合いだったんだろ?」

と声を荒げた。

淀屋の事をどう思ってるかって?そりゃ大切な親友に決まってる・・・はずなのになぁ・・・

自分ではそう思っているつもりだった。しかしどう思っているかと聞かれると以前淀屋に好きだと言われた事を思い出す。

きっと俺が思うあいつとあいつの思う俺に凄まじいズレが生じていると言う事はもう薄々気付いている。

それにそのズレに俺もまきこまれて

いる事にも気がついている筈なんだ。でもどこかで俺はあいつが俺に友情ではない別の感情を寄せている事が怖いんだ。それを受け入れてしまったら3年間一緒に過ごしたあいつが本当に消えてしまいそうで。だから俺はあの時答えをはぐらかしたんだ

俺はなんて答えれば良いのか分からない。いいや答えは出ている筈だけどそれを口に出してしまったらもう後戻りもできなくなってしまう。

俺は口を噤んでしまった。

すると

「なんだなんだよ急に黙りこくりやがって!お前も男だろ?女が腐ったみてーな事してねぇでもっとハッキリ物を言えよ!!あんな一途な子はそういねーよ?あっ、これ秘密だっけな・・・今のナシで!!」

女が腐ったようなのはどっちだよ・・・・

というかなんで淀屋が俺に好意を寄せている事なんかを知ってるんだ?

あいつ愛宕さんに何か話してたのかな・・・?

「あの・・・愛宕さん。淀屋・・・いえ大淀から何か話を聞いてたんですか?」

「ああ・・・秘密にしといてくれって言われたんだけどな。あの子、お前の事好きなんだってさ。あー言っちまった!!これ大淀には内緒な!後でおっぱいもませてやるから黙っといてくれよ!?」

彼は俺に手を合わせ頭を下げた。

うーん・・・確かにできることなら愛宕さんのおっぱいは揉みたかったけどこんな揉み方するのもなんかやだなぁ・・・・

「要りません!!それに知ってますよ。あいつが俺の事好きな事も・・・」

「えっ!?知ってんの?マジ!?なんでなんでなんで!?」

彼は俺の言葉を聞いた瞬間凄まじい勢いで突っかかって来た。

このまま黙っている訳にもいかない雰囲気だな・・・黙ってたら死ぬまで聞いてきそうな勢いだ。ええい!もうどうにでもなれ!!

「ああもう煩いですよ!前の休暇の時にあいつから言われたんです!!好きだって!!!」

俺の言った言葉を聞いて一瞬辺が沈黙に包まれたが

「ヒュ〜やるじゃん大淀・・・!もっと時間かかると思ってたけどやったのか!」

彼は嬉しそうにそう言った。

「で・・・お前はどう返したんだ?」

と少し真面目なトーンで尋ねてくる

「それは・・・その・・・」

「まあ今のお前と大淀を見てたら大体察しは付くけど聞かせろや。後でおっぱい揉ませてやるから」

答え辛そうな俺を見て彼はそう言った。易々とおっぱいを揉まそうとしてくるなこの人・・・

「だから要りませんって!そうですよ!結局はいともいいえとも言えませんでしたよ!!」

「はぁ〜やっぱダメだなぁお前・・・」

俺の返事を聞くと彼は頭を抱えてため息をついた。

「ダメってなんですか!?俺だってあいつの事は・・・・」

あっ、まずい・・・言ってしまいそうになってしまった。ダメだ。これだけは絶対に口に出しちゃいけない。

それに本人じゃなくて他人になんて尚更・・・

「ん?あいつの事は何だって??ほらほら・・・おじさんだけに言ってみろって」

彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべ俺に顔を近づけてくる

おじさんなのかお姉さんなのか忙しい人だなこの人・・・・

「な・・・なんでも無いです」

「言いたくないならそれでも良いけどよ・・・それじゃあ話題を変えよう。なんで大淀が鬱ぎ込んじまったかお前に分かるか?」

「そりゃ・・・事故とは言え金剛と部屋に一緒に居て・・・それからあんな事を言ってしまったから・・・・」

「なんでそれであいつは傷ついたと思う?それにお前はなんでそんな言葉を口に出しちまったんだ?本心からそう思ってんなら今すぐ他の鎮守府紹介してやるけどどうするよ?どこも人手不足だからな〜それこそ本当にハーレム生活も夢じゃないぞ?」

彼は冗談なのか本気なのかそんな事を言い始めた。

「言い訳とかに聞こえるかもしれないんですけど・・・・あれはその・・・・本心じゃなくて・・・・」

俺は途切れ途切れに言った。でもなんで俺はそんな事を口走ってしまったのか?言われてみれば理由を考えていなかった。単に金剛の一言にカチンと来てそれから・・・・

「本心じゃないならなんなんだよ?」

彼はそう言って急かしてくる。

「その・・・・」

理由はあった。

でもそれをどう言葉にしたら良いのか俺には分からない。

この感情に名前をつけるなら恐怖と言った物に近いのかもしれない。

「怖かったんです・・・・」

俺は消えそうな声で言った

「何が怖いんだ?」

「その・・・なんて言って良いのか分からないんですけど・・・その・・・あいつじゃ無くなっていくあいつや他の鎮守府のみんなをどんどん男だって思えなくなって来ている自分に怖くなったんです・・・本当にこのままで良いのか?って思って・・・金剛だってそうです・・・もうアレがぶら下がってる以外はちょっと強引だけど女の子にしか見えなくて・・・俺が毒されてこのままじゃ変になっちゃいそうで・・・どこかでずっとそんな事を溜め込んでたんだと思います・・・だから今思えばあんな言葉を発する事で自分自身に言い聞かせたかったのかもしれないです・・・こんな方法で2人を傷つけて最低ですよね・・・俺・・・」

俺の口からは自然とそんな言葉が溢れて来た。

それを聞いた彼はにっこりと笑って

「はぁ〜い♪よく言えました」

と言って俺の頭を撫でた。

その顔はさっきまでの眉間にシワを寄せていたどこかいかめしい表情では無くいつもの愛宕さんのような優しい表情だった。

「あの・・・ちょくちょくいつもの愛宕さん挟んで来るのやめてくれませんか?なんというか混乱しちゃいます・・・それにマジメに答えたんですよ!?茶化さないでくださいよ!!」

「そ・・・そうか。悪かったな。アラサーのオッサンに褒められるより可愛いお姉さんに褒められた方が嬉しいかと思ったんだが・・・」

「たしかにそう・・・ですけど愛宕さんは緩急が激しすぎるんですよ!」

「悪い悪い。でもな、よく話してくれた。多分あいつも同じ事考えてると思うぜ」

彼は言った同じ事・・・?

どういう事だろう

「なんですかそれ・・・?」

「あー多分な、大淀もそんな感じの事考えてると思うんだよ。なんたって自分自身が変わっていくなんて怖いじゃねぇか。俺もどっちの自分が本当の自分かたまに分かんなくなる時があってな・・・でもそんな時高雄はいつも近くに居てくれて・・・今の俺も愛宕としての俺もどっちも今の俺なんだって教えてくれるし不安な時はあいつが側に居てくれる。あっ、悪い悪い。のろけ話になっちまったな・・・あっ!俺と高雄が付き合ってんの知らなかったっけお前!」

彼は恥ずかしそうに笑った。

そういえば高雄さんは愛宕さんとそういう関係だって話をしてたな。

「知ってましたよ。前に高雄さんから聞きました」

「ウッソマジで!?高雄の奴それならそう言ってくれりゃよかったのに・・・」

「で・・・結局いつもの愛宕さんと今の愛宕さん。どっちが本当の愛宕さんなんですか?」

俺は尋ねた。

すると

「わかんねぇ!!!」

彼は自信満々に即答したがなんでそんなに自信に満ち溢れているのか全く俺にはわからなかった。

「わかんないんですか?自分の事なのに!?」

「だってよぉ俺は高雄の事女としても男としても好きだぜ?それにせっかくこんな可愛いボンキュッボンの美人になったんだから多少は女の子っぽい事もしないと損だろ?だからその・・・あれだ。白黒付ける必要はねーんだよ。多分俺は男でも女でもないあいつの事が好きなんだからよ!だから別に本当の俺がどっちかなんていちいち考えてたら疲れちまうだろ?」

彼はそう言い切った。

やっぱり男らしいなこの人・・・・

確かにそうかもしれない。俺は淀屋に好きだと言われてからずっと答えを急いでいたのかもしれない。

「でもな・・・それは俺の側に高雄が居てくれたからそう言えるんだ。艦娘になるにはそれなりに覚悟が要る。大淀はなんで艦娘になったかまでは教えてくれなかったがそれなりの覚悟があって艦娘になるって決めたんだと思う。でもな今のあいつはある意味孤独なんだ。あいつもお前に今の自分を否定されたらどうしようとか拒絶されたらどうしようとかずっと悩んでるんだ。だからお前にあんな事言われたら本心じゃなくても傷つくよなぁ?それにきっとお前がその言葉に応えれば今までの親友としてのお前、それにいままでお前と過ごした日々さえ否定する事になるとも思ってる。だから結局お前らはどっちも似たような事を考えてんだよ。いやぁ〜若いなぁお前ら!ちょっと羨ましいぜ」

彼は言った。

「なんですか他人事だと思ってそんな事!!」

「お前がそう思ってんならお前が直接あいつにそう伝えてやれ。できるよな?」

彼の言う通りだ。

あいつと一度面と向かって今の気持ちを話さなければいけない。

もう逃げ場も隠れるところだってない。

「は・・・はい!」

俺は覚悟を決めた。

「やっぱ高雄の言った通りだな。あいつ初めてお前に会った日にちょっと頼りなさそうだけどどことなくあなたに似てていい子だって喜んでたんだぜ?それでお前の秘書官で似たような境遇の大淀と昔の自分を重ねてたんじゃねーかな・・・だからあそこまで怒ってたんだろうなぁ・・・まあでもお前の気持ちもわからなくもないんだぜ?あんなナリで男とかどう考えても頭の理解が追いつかねぇもん実際俺も高雄とは良く喧嘩してたからな」

頼りないは余計だ!

「えっ・・・?そうなんですか?」

「ああ。よく「私もこんな身体ですが男なんですよ!?女性にしか興味ありませんから!!あなたとそう言う関係になる気は毛頭ありません!」とか」

彼は誇張した高雄さんのまねをしてそう言った。

「俺もお前みたいなカマ野郎に興味ねぇからこっちから願い下げだーとか良く言ってたなー」

結構仲悪かったんだな二人・・・・でもそんな二人はどうしてくっついてそれに元提督だった彼は愛宕になったんだろう?

「それじゃあ愛宕さんはなんで艦娘になったんですか?」

「あ〜それはなぁ・・・・」

俺がそう尋ねた瞬間

「は〜いお待たせしました。丁度ひき肉が二人分余ってて良かったです。ごゆっくり召し上がってくださいね。あっ、ご飯もおかわりありますから言ってくださいね」

女将さんがそう言ってハンバーグとご飯を持って来た。

「おっ、ナイスタイミングだぜ鳳翔さん!お前も冷めないうちに食えよ!んじゃいただきます」

彼はそれを待っていたかの様にハンバーグを食べ始めた。

なんだか上手い感じで質問をはぐらかされたが目の前に出されたハンバーグは凄まじく美味しそうでデミグラスソースの香りが俺の食欲を刺激した。

くそう!!まんまと彼と女将さんの術中に嵌められた気がするがもう空腹も限界に近いので俺はハンバーグを食べる事にした。

「い・・・いただきます」

ひとまずハンバーグを一口放り込む。

なんだこのハンバーグ・・・!

柔らかくてそれでいて肉がしっかりしてて噛んだだけで口の中が肉汁まみれになるくらいにジューシーで・・・

「美味いっ!!」

俺の口からは自然とそんな言葉が出ていた。

「ふふっ。ありがとう謙くん。久しぶりだから美味く出来るか心配だったんだけど」

女将さん嬉しそうに笑った。

「そりゃそうだろ。なんせ俺が教えたんだからな」

彼は誇らし気に胸を張る

「どういう事です?」

俺はハンバーグをご飯と共に搔き込みながら尋ねる

「なんせ俺の将来の夢は洋食料理屋を開く事だったからな。ガキの頃はずっとそんな飯を作る事だけ考えて生きてた」

「じゃあなんで提督に・・・?」

「それは・・・その・・・色々あんだよ。それから鳳翔さんが和食しか作れねーって言うから俺が洋食の作り方を1から教えたんだ。なっ!鳳翔さん」

「はい。おかげさまでレパートリーが格段に増えました」

一体二人はどんな関係なんだ・・・・ますます読めなくなって来たぞ?まるで以前一緒に暮らしてたみたいだ・・・

「いやぁ〜それほどでもあるかな!でも鳳翔さん。前より美味くなってるぞ」

「ええ。あの後色々勉強して一工夫加えてみたんです!」

「えっ!?何したんだ鳳翔さん!!教えてくれよ!」

「ないしょですっ!ふふっ」

「なんだよ〜」

そんな話をする二人はまるで家族の様だった。

もしかして愛宕さんって鳳翔さんの息子さんだったり・・・?

いやいやそれは絶対無いな。なんたって女将さんが若過ぎるし・・・

まあいいや!そんな事より俺もハンバーグを食いたい!

俺はもう疑問をそっちのけでハンバーグを口に運び、完食した。

「ふぅ〜美味しかったです女将さんごちそうさまでした」

「謙くんも喜んでくれたみたいでよかったわ」

それからしばらく水を飲んで一服していると

「そろそろ帰るか。お前も今の自分の思いのたけをあいつに自分自身の言葉で伝えてやるんだ。俺に言えたんだから大淀にだっって言えるだろ?」

彼は俺の肩をポンと叩いた。

根拠は無いが今の俺ならそれが出来そうな気がする。

「はい!」

「あっ、悪い流石にこのまま帰る訳にもいかねーから俺メイクしてから帰るわ。だから先に帰っててくれるか?鳳翔さんワリぃ便所借りるな」

そう言うと彼はトイレの方にずかずかと歩いていった。

「あの人いつもあんな感じなの。謙くんも大変でしょう?」

「えっ・・・はい。でも愛宕さんのああいう所を見たのは初めてで・・・ちょっとびっくりしました」

「そうよね。まだ提督だったって事も言ってないって言ってたわね・・・でもあの人は今の恰好でも愛宕の時でも根は同じだから。ちょっと扱いは難しいかもしれないけど優しくしてあげてね。ちょっと酒癖とかが悪い所もあるけど良い人だから」

「は・・・はい。それじゃあ帰ります。ハンバーグ美味かったです。ごちそうさまでした」

「ええ。気をつけて帰ってね。それと今度はその大淀って子も一緒に連れていらっしゃい。また腕によりをかけてごちそうするわ」

「ありがとうございます。それじゃあお邪魔しました」

俺は女将さんにそう言っておおとりを後にし鎮守府へ向かった。

 

 

そして鎮守府へ着くと入り口に誰か人が立っている。

誰だろう?どこかで見たような気がするし見た事が無い様な気もするし・・・・

そんな人影は俺に気付いたのか手を振って来た。

誰だ?俺の事を知ってる人?

俺はその人影に近付いてはっきりとその姿を捉えた。

その人影の正体を俺は忘れる筈も無い。

そんな・・・噓だ・・・そんな筈無い・・・だってあいつは・・・・なんで・・・

そこに居たのは髪を短くした大淀・・・いや淀屋だ。オレの知っている高校の頃の・・・・

「よ・・・淀屋・・・なんで・・・」

俺が訳も分からずあたふたしていると

「謙、心配かけてごめんね」

淀屋はそう言った。声は昔より少し高かったが確かに淀屋だ。

「いや・・・謝るのは俺の方で・・・ってその髪どうしたんだよ・・・!?それにその恰好・・・」

淀屋はいつもの艦娘の服ではなくパーカーにズボンといったような恰好だった。

「ああこれ?こっちのが良いでしょ?僕もう疲れたんだ」

「疲れた・・・って?それにお前いま僕って・・・・」

「だって艦娘って大変じゃん。女の子の恰好とか結構気も使うし服もめんどくさいし髪も長くてうざったいし。だから僕もう女の子の真似するのやめたんだ。男なのに女の子みたいな恰好して女の子みたいにしてたら気持ち悪いしこの方が謙も気が楽で良いでしょ?でも身体までは元に戻らないからちょっと前よりだらしない身体になっちゃったかな・・・」

淀屋はそう言った。そんな淀屋の目の下は少し腫れており、さっきまで泣いていたようだ。

「で・・・でもお前艦娘の仕事は・・・」

そうだ。疲れたって言ってたしこいつ艦娘やめるつもりじゃ・・・・

「ああそれ?別に僕は出撃する事も無いからこのまま仕事はつづけるし今まで通り謙のお手伝いもさせてもらうよ。これからもよろしくね」

淀屋はそう言って笑った。しかしそんな笑みにはどこか他の感情が入り交じっている様にも見えた。

やはり俺の言った言葉がそうとう堪えているらしい・・・

早くなんとかしないと・・・でも今俺の目の前に居るのは以前の淀屋だ。

大淀に自分が淀屋であると告げられた時からずっとこの姿に戻って欲しい。また二人でバカな話をして笑い合いたいとも思っていた。でもこんな形で淀屋に戻るなんて・・・淀屋は望んでこの恰好をしているのか?

もし俺の言葉のせいでこんな事になっているのなら今すぐ大淀に戻って欲しい。

しかしあいつは噓であれ本当であれ自ら望んだ事だと言うだろう。

「な、なあ大淀・・・」

「謙、僕は淀屋だよ。もう大淀じゃない」

前は大淀だって言ってたじゃないか・・・・

「でもお前は前に大淀として接してくれって言ってただろ?」

「ああ言ったよ。でもあんなのウソさ。そっちの方が謙にも他の艦娘の人にも気を使わせない方が良いと思って一芝居打ったんだ。どうだった僕の恋する女の子のお芝居。B級映画のヒロインくらいなら張れるでしょ?もしかして謙もずっとわかんなかった?」

「いや・・でも・・・お前・・・・」

絶対噓だ。俺の知ってる淀屋は絶対にそこまで回りくどい噓は着かないし第一俺に気を使わせないという理由なら最初から正体を打ち明けなければ済む話だ。

それに・・・どうしてそんな悲しそうな顔をしてるんだよ・・・

どうしても俺には今の淀屋の言っている事が本心とは思えなかったが自分が淀屋を追いつめここまでの事をさせるに至ってしまった事に負い目を感じて結局その場でなにも言うことができなかった。



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自分なりの答え

 目の前に高校時代の大親友が居る。

普通なら久しぶりだと声をかけ思い出話に興じるだろう。

でもまさかこんな形で以前の彼に会う事になるなんて・・・

俺は久しぶりと声をかければ良いのかなんと声をかければ良いのか分からなかった。

「どうしたの謙?そんなに僕の事じろじろと見て。やっぱりこの恰好の僕の方が謙は良いんだよね」

彼はそう俺に言った。

確かに俺はずっと彼に会いたかった。

提督になってからもいつも近くに居た筈なのにどこかとても遠い所に行ってしまったような気がしていた彼に。

でも・・・本当にそれで良いんだろうか?いや良い筈が無い。

俺のせいであいつをここまで思い詰めさせてしまったのだから・・・なんとしてでも彼の本心を聞き出す必要がある

「な、なあ淀屋・・・」

俺が彼の名を呼んだその瞬間

「あー!そうだ謙!今日の分の書類とか全然整理出来てないよね!早く執務室に行かないと!!高雄さん怒ってるよね・・・ごめんね謙・・・せっかく朝僕の事呼びに来てくれたのに返事もしなくて。さっ早く済ませて久しぶりに男二人で遊びに行こうよ!!じゃあ僕執務室に先に行ってるからすぐ来てね!!」

「ちょ・・・待て!淀屋」

俺は呼び止めるが彼はそのまま執務室の方へ走って行ってしまう。

結局言いたい事は言えなかったし俺の言葉であいつが相当ダメージを負っている事をまざまざと見せつけられた俺はまた自責の念に駆られた。

しかしここで突っ立っている訳にも行かない。あいつがあの恰好で鎮守府に入れば他の艦娘と接触してしまうだろう。そうなると色々面倒な事になりそうだ。早い所追いかけなければ。

俺は彼を追いかけた

そして執務室へ行く道中那珂ちゃんが何やらうっとりとしているのを見つけた。

このままにしておくにはヤバい表情をしていたので

「那珂ちゃん、どうしたんだこんな所でぼーっとして」

俺がそう尋ねるとその声で俺に気付いたのか那珂ちゃんは俺に飛び付いて来て

「あっ、提督!さっきのイケメン誰!?提督のお友達!?」

イケ・・・メン・・・・?あいつの事なのか!?目つきは悪いしいつも前髪を伸ばしていて顔がよく見えなかったがたしかに顔は整っているしそれに気配りも人一倍出来る奴だったし言われてみればそんな部類に入る人間なのかもしれない。

なんだか負けたような気がしたがそんな事はどうでも良い一体何があったのか那珂ちゃんに尋ねる事にした。

「な、なぁ那珂ちゃん・・・何があったんだ?」

「えーっとねさっきね那珂ちゃん高雄さんに頼まれ事をしてて医務室まで絆創膏を取りに走ってたんだ〜そしたらね、イケメンくにぶつかっちゃってね那珂ちゃん転んじゃったの。そしたらそのイケメンが那珂ちゃんの事転ばない様にささえててくれてねそれからそれから「大丈夫?怪我は無い?」って言ってくれたんだ!キャー!ダメだよ那珂ちゃんはぁ〜皆の物なのにぃ那珂ちゃんあなただけの物になりたくなっちゃう〜!!!!!!で、那珂ちゃんが誰?って聞いたら「ああ、僕は謙の・・・あっいやここの提督の友達だよ。それに危ないからあんまり屋内で走っちゃだめだよ。じゃあね」って言って執務室の方へ行っちゃったんだけどあの人誰なの!?提督の知り合いなんだよね!?紹介して!!」

どうやら淀屋に出くわして那珂ちゃんは一目惚れしてしまった様だ。

それにしてもやかましいというかなんと言うかもう自分の世界に入り込んじゃってる感じだ。

はたして那珂ちゃんにあいつが大淀だと言ってやるべきなのかどうか悩んだが噓を付いても仕方が無いので

「ああ。あれ・・・大淀なんだよ」

俺は那珂ちゃんに真実を告げた。

那珂ちゃんはフリーズした後

「オオ・ヨドさん?変わった名前だねでも素敵☆」

と眼を輝かせた。どれだけ自分に都合のいい解釈をしたらそうなるんだ。

「だーかーらーここの秘書官の大淀なんだって!!」

「へぇっ!?噓・・・ホントに!?確かに言われてみればそんな気もするような・・・嗚呼・・・惚れた相手が艦娘だったなんて・・・那珂ちゃん悲劇のヒロイン・・・それでも那珂ちゃんあの人の事が・・・キャー!!!!」

那珂ちゃんは最早引き上げられないほどに自分の世界に入り込んでしまっている。

それを冷ややかな視線で見つめていた俺を見て我に帰ったのか那珂ちゃんが

「ねえ提督・・・なんで大淀ちゃん男の子の恰好してるの?そりゃ那珂ちゃんも大淀ちゃんも男・・・だけど・・・それに大淀ちゃん那珂ちゃんに少し前髪のお手入れの仕方とかヘアメイクのやり方とか教えて欲しいって聞きに来てくれたのにその髪をバッサリ切っちゃうなんて・・・」

と尋ねてくる。

あいつ・・・やっぱりあの髪ちゃんと手入れしてたんだな・・・

あいつの長い髪からほんのりと香るシャンプーの匂いを思い出す。やっぱりあいつなりに艦娘である以上は女の子らしく振る舞おうと思ってたんだ・・・

「大淀ちゃんの髪の毛とっても綺麗だったのに・・・それに最近は髪を弄るのが日課になって来てるんだって言ってたよ?それなのに大淀ちゃんどうしちゃったの・・・?提督何か知ってるんじゃない?」

那珂ちゃんは俺に尋ねてくる。そんな那珂ちゃんの言葉で俺はやっぱり取り返しの付かない事をしてしまったんだと再確認させられる。

俺は早くあいつに今の気持ちを伝えなければいけない。そう思うといても立っても居られなくなった。

「ごめん那珂ちゃん!詳しい事は今度話すから!!」

俺は逃げる様にその場を離れ執務室へと急いだ。

そして執務室の戸を開けると

「あっ、謙遅かったね。もう紅茶用意してるよ。喉かわいてるよね?氷も持って来たから冷たくして飲む?」

そこでは彼が慣れた手つきで紅茶を淹れてくれていた。以前の姿でこうして紅茶を淹れてくれるのは初めてかもしれない。

このままじゃダメだ・・・言わなきゃ・・・今の気持ちを全部・・・そうじゃないと本当に後戻りが出来なくなってしまう。

でも本当に伝えてしまっていいのか?そんな迷いが俺の邪魔をする

「あの・・・・淀屋・・・!」

思い切って俺は口を開くが

「いやぁ〜やっぱり女の子のフリって疲れるね。艦娘になる為に無理矢理あんな事してたけどやっぱりこっちの方が楽でいいよ。はい紅茶。どうする?冷たくする?」

彼はまた俺の言葉を遮る様に言った。

「あ・・・ありがとう。それじゃあ冷たい方がいいかな・・・」

俺はそんな彼に押し負けてそう言ってしまった。

「うん。わかった。それじゃあちょっと待っててね」

彼はそう言うと執務室に置いてある冷蔵庫から氷を取り出してグラスに入れ、そこに紅茶を注いだ。

そして出された紅茶を俺が飲んでいると

「ねえ、謙・・・この恰好の僕とならずっと親友で居てくれる?」

彼は遠慮がちに尋ねてきた。

そんなの決まっている。それにどんな姿だって親友である事に代わりは無い・・・筈だ。

でも今そんな言葉を彼に投げかけた所できっと信じてもらえないだろう。

本当にそれでいいのだろうか?

「お前はそれでいいのかよ・・・?」

俺は彼に投げかける

「当たり前じゃないか。こうやって謙とまた昔みたいな付き合いが出来るんだから!」

彼は言った。本当に提督になってからの大淀はでっち上げでこっちが本心なんじゃないかとどこか自分の中で思い込もうとしてしまう。

でもあの時の告白は多分本当だ。

俺の知ってるあいつは人を騙すような事は絶対にしない。

「じゃあ風呂場で俺の事好きって言ったのはなんだったんだよ!?」

「そっ・・・それは・・・・・その・・・」

彼はそ顔をほんのり赤くして口を噤んでしまう。

やっぱりそうだ。

俺の知ってるあいつは噓が下手だった。

「あっ・・・あれは謙の事を試したんだよ!噓も噓!!わた・・・僕が女の子として迫ったら謙がどんな反応をするか知りたくなってね!謙のビックリした顔ホントに面白かったよ!ごめんね。本気にしちゃってた?」

そう言うものの目が泳ぎまくっている。

これも以前の彼と変わらない。

「そうか・・・それじゃあ・・・・」

俺が更に質問をしようとした瞬間

「そうだ!謙が来るの遅かったからさ、高雄さんが大体やっててくれたみたいでもうお仕事片付いちゃったんだ!紅茶飲み終わったら××ショッピングモールでも行こうよ!この辺あそこくらいしか遊べる所も無いしさ!!僕が車出すしいいでしょ?」

また彼は俺の話を遮る。

やっぱりあいつは俺に本当の事を言うのも俺から何か尋ねられるのも今は嫌らしい。

俺は紅茶を飲み終え淀屋に言われるがまま車に乗り込んだ

「謙とドライブ出来るなんて嬉しいよ」

言われてみれば二人きりで車に乗ったのは初めてかもしれない

「ああそうだな。二人っきりだな」

俺がそう言うと

「けけけ謙!?何言ってるの!?じゃない何いってんだよ〜冗談キツいよ。男同士で二人きりだなんて・・・は・・・ははは・・・」

と誤摩化す様に笑った。

「そ・・・そうだよな。ごめん」

「変なこと言わないでよ・・・」

彼はそう言ってため息をついた。

それからしばらくお互いに気まずい感じになりそのまま俺達は何の会話もないままショッピングモールへ到着する。

「ふぅ〜着いたね!!そうだ。久しぶりに鋼拳やろうよ!!早く早く!!」

彼はそう言って俺をゲームセンターに連れていった。

「鋼拳ひさしぶりだな〜」

「あ、ああ。そうだな・・・」

鋼拳は俺が高校時代よく彼とゲーセンで遊んでいた格闘ゲームだ。

最初は全くやった事が無いと言うので手加減をしてやっていたが結局勝つまでやると言って聞かずそのまま丸一日付き合わされた事もあったっけ・・・・

そんな彼との思い出が頭をよぎる

「僕こっそりPT3版買って練習してたんだよ!負けないからね!!」

彼は得意そうにそう言った。

「なっ・・・!何ってんだよ据え置きゲーム版とアーケード版じゃ全然ちげーからな。またフルボッコにしてやる。また勝つまでやるとか言うなよな!!」

俺もそんな彼の言葉に熱が入ってしまいそのままゲームを開始した。

ゲームをしている時はさっきまでのいざこざを忘れてただただ淀屋と遊ぶ事が出来た。

そういえば提督になってからこう言う事ぜんぜんこいつとしてなかったな・・・・

「あっ、謙がコマンドミスった!よし今だ!そりゃぁ!!」

俺がそんな事を考えてしまったせいで必殺技を盛大に外してしまいそこに淀屋のキャラの必殺技がクリーンヒットしてしまう。

「くっそぉ!負けた!!」

「謙〜ちょっと鈍ったんじゃない?やっぱり練習してた僕の方が今は強いね〜」

淀屋が台越しに俺を挑発してくる

「はぁ?なんだって!?淀屋!もっかい勝負だ!」

俺は再び台に100円を入れて淀屋と再戦した。

「うぉっしゃああああああ勝ったぁ!!!やっぱ俺に勝つなんて2千年はえーよ淀屋!!」

もうその時の俺は高校時代の頃に完全に戻っていた。

「言ったな謙!!もう一回!」

淀屋がそう言って連コをする。その時の彼の表情は高校時代に遊んだ淀屋の物と寸分変わらなかった。

ああ・・・やっぱり以前の淀屋のフリをしてるだけじゃない。

しっかりあいつの中には俺の知ってる淀屋も居るんだ・・・・

愛宕さんの受け売りだった言葉がその時俺の中で確信に変わった。

「よーっし!何回でも相手になってやるから全力でかかってこいよ!」

そのまま俺は何もかもを忘れて淀屋とゲームセンターで遊びつくした。

やっぱり淀屋と居ると楽しいな・・・

そして時間は過ぎて行きお互いに遊び疲れてしまった俺達はゲームセンターの近くのベンチで一服をする事にした。

「ふう・・・遊んだなぁ・・・」

「うん。久しぶりに謙と遊べて楽しかったよ。最初から女の子のフリなんてしなくてもこうすれば良かったのに僕ってバカだね・・・なんであんな事してたんだろ・・・」

そう言った淀屋の表情はやはりどこか寂しそうだった。

久しぶりにあの頃の淀屋にも会えた。これで俺ももう思い残す事も無い。

結果はどうであれ彼に今の俺の気持ちを伝えよう。

「なあ・・・淀屋?ここの屋上にあるソフトクリーム屋あるみてーなんだけど食いにいかねぇ?」

俺はそんな適当な事を言って淀屋を誘った。

「えっ?うんいいよ」

淀屋は頷く。

よし。これが最期のチャンスだ。

多分ここで言えなかったらずっと言えない気さえする。

俺は覚悟を決め屋上に出てそこにあったソフトクリーム屋でソフトクリームを買う事にした。

「淀屋、お前は何がいいんだ?」

「えっ、わたっ・・・僕は謙と同じのでいいよ」

やはり急に話しかけると女口調が出てしまうらしい。

これも演技だとは思えないし多分必死で以前の淀屋を取り繕っているんだろう。

「今日は俺が奢るわ。久しぶりに大淀じゃないお前と遊べて楽しかったしそれにお前の事傷つけちまったしな・・・」

「そんな僕は怒ってないし・・・ここは僕が出すよ。ずっと謙に噓を付いてたんだからこんな事じゃ許してもらえないと思うけどそのお詫びに」

そうきたか。しかしこうなってしまったらこいつは引かない。なんたって頑固だから。

だからこういう時は妥協案を出す事にしている。

「じゃあお互い様って事で普通に割り勘にしようぜそれなら文句無いだろ?」

「謙がそういうなら・・・」

淀屋は渋々OKをしてくれた。

そして俺達は二人で抹茶ソフトを頼みこの間阿賀野が教えてくれた見晴らしのいい場所でほおばった。

「うめぇなこれ」

「うん。おいしいね謙」

そんな会話をしつつお互いにソフトクリームを食い終わり、俺は遂にこの時が来てしまったんだと彼の顔を見つめた。

「どうしたの謙・・・顔に何か付いてる?」

淀屋は少し恥ずかしそうに聞いてくる。

よし。今だ今しかない!

「ああ。口元にクリーム付いてるぜ」

そんなの嘘っぱちだ。でももうこうするしか無いと思った。

もし仮にあいつが本当に今まで女の子のフリをしていただけなら俺は殴られて軽蔑されて終わる話だ。

「どこどこ?今拭くから」

淀屋はポケットからティッシュを取ろうとするが俺はその腕を抑え

「いや。その必要は無いぜ」

と言って思いっきり彼の唇を目がけてキスをした。

「んっ・・・んんんんんんんんんんん!?!??!?!?!??!!??!?!?!?」

彼は突然の事にそんな声をあげた。

彼の唇の感覚それに少しづつ熱くなる体温が唇を通して俺に伝わってくる。

しかしキスなんて事故や受動的にしかした事も無く自ら進んでやった事も無いしここからどうすればいいのか分からないので俺はとりあえずもういいだろうと思ったので唇を離した。

「ぷはっ!?なっななななな何するのよ謙!!」

顔を真っ赤にした彼はそう言った。

やっぱり少し寂しいけどこっちの口調が今の彼の素なのだろう。

「ごめん・・・強引だけどこれくらいしか思いつかなかった。話しようとしたら遮られると思ってさ。お前に今の俺の気持ちを聞いて欲しいんだ」

「なっ・・!?何言ってるの!?わた・・・わ・・・僕は男なんだよ!?男同士でそんな事したらダメ・・・だよ・・・」

彼は今にも泣きそうだ

「なあ大淀」

俺は彼に呼びかける

「違う!僕は大淀じゃない!!淀屋・・・淀屋大だよ!?謙はそうだって言ってくれたじゃない!!」

彼は必死に否定する。でもここで折れるわけにはいかない

「ああ。確かにお前は俺の大切な親友の淀屋だ。でも今のお前は大淀でもある。そうだろ?俺はそんな淀屋でも大淀でもない今のお前自身と話がしたいんだ」

「謙・・?」

「お前と鎮守府で再会してからまだ少ししか経ってないけどいろんな事があったよな?それでお前はずっと俺の近くで色々手伝ってくれて・・・俺も最初はお前の事を親友の淀屋だと思ってた。いや思いたかったんだ」

「そ・・・そうだよ。僕は淀屋。大淀のフリをしてただけ・・・・」

「本当にそうなのか?でもあの時お前は俺の事を男として好きだって言ってくれた。」

「だからあれは冗談で・・・」

「なんであんな所で噓を付く必要があったんだよ?それにあの時俺は答えを出せなかった。なんでか分かるか?」

「それは・・・・やっぱりそんな事を言う僕が気持ち悪かったから・・・?」

「馬鹿野郎。気持ち悪いなんて思ってたらその後お前の事抱きしめたりしねぇよ・・・」

「噓だ!だって昨日気持ち悪いって・・・女の子が好きだって・・・・」

「ああ言った。それはもう事実だし変える事は出来ない。それに女の子が好きなのも変わらない。でもお前をそれで傷つけてしまった事をあやまらなきゃいけない。ごめん・・・・・みっともないけど言い分けさせてくれ。俺は怖かったんだ。俺は大淀が近く居ても淀屋の事は凄く遠くに行ってしまった様に感じる事があってお前を大淀だって・・・異性として見ちまったら淀屋が本当に消えてなっちゃうんじゃないかって思えて怖かった・・・だから俺は絶対に鎮守府の皆を女として認める訳にはいかないって心のどこかで思ってたんだ。だから・・・・だから俺はそんな独り善がりで金剛にあんな事を言っちまったんだ・・・だから・・・」

「謙・・・ごめんね・・・僕のせいでそんなに思い詰めてたなんて・・・それならこのまま僕が僕のままずっと謙の側に居るから!だからそんなに思い詰めないで!!」

彼が俺の言葉を遮る。

でもここでやめるわけにはいかない。

だって俺は・・・・

「でもそれじゃあお前はずっと俺の為に自分を偽るのかよ!?あの時俺に好きだって言った気持ちは本物だろ?お前は噓が下手だからそれくらい分かるよ。もう長い付き合いだからな」

「そっ・・・それは・・・」

彼は言葉を濁す

「でもな・・・大淀と一緒に居るうちに俺も大淀に親友とは別の感情を持ち始めてたんだ・・・・お前の綺麗な髪・・・そこからほんのり香るシャンプーの匂い・・・それに毎朝俺より早く起きて俺を執務室で迎えてくれるひたむきな姿・・・そんな大淀と毎日過ごせるのが俺もいつの間にか嬉しくなってたんだ。でも・・・これを・・・・これを言葉に出しちまったら本当に後戻りができなくなっちまう。そう思ってた。でもな、お前はあの時俺に勇気を振り絞ってくれたのに俺だけ逃げてるなんて恰好悪い。だから言うぞ・・・・」

「謙!言わないで!!僕・・・いえ私もその言葉を聞くのが怖いの!!だからあの時曖昧な返事をされて安心して・・・」

「いや言うね!お前が止めたって言ってやる。一回しか言わないからよーく聞いとけ俺は・・・・俺は大淀が好きだ。大好きだ。でも淀屋の事も大切な親友だ。だからお前の事・・・男としても女としても俺は大切に思ってるんだ!!だから自分に噓を付くのはやめてくれ・・・・今のお前が時折見せる悲しそうな顔でバレバレなんだよ!それに例えお前が変わったって淀屋として過ごした思い出だって大淀として過ごした思い出だって消えやしない。だからお前には取り繕った淀屋でも艦娘としての大淀でもない今のお前自身で居て欲しいんだ!!どっちかを捨てる必要なんて無いんだ!どっちもお前なんだから!!」

「謙・・・・ええそうよ!そうだとも!謙の言う通りなの・・・今の私は以前の高校時代の謙の友達だった私じゃない・・・・でも謙がその時の私を望むなら私はずっと自分に噓を付いたって良い。それで謙の側に居られるなら私は今の自分だって捨てられる・・・!友達として居た方が謙とは近くにいられる・・・だからもう私は大淀である事をやめようって思ってたのに・・・・今更そんな事言うなんてズルいよ・・・・」

「違う!お前はどうなろうとお前なんだ!!確かに今のお前は前までの淀屋とは違うかも知れない!でもさっき遊んで楽しかったのは噓だったのかよ!?あんな楽しそうなお前見たのは久しぶりだった!!それも今のお前なんだ!!俺の事を好きなお前と友達としてありたいお前・・・どっちかなんて俺には選べない!お前と一緒に提督をやってるうちに選べなくなった!だからどっちも受け入れてやる!俺みたいな頼りないのでもお前一人くらいならどっちだって抱え込んでやる!!だから自分を偽ってまで昔の自分に囚われることはないんだ!だからと言って大淀であることに固執することもない!なんたってどっちも今のお前自身なんだから!!淀屋だけでも大淀だけでもない全部をひっくるめた今のお前を俺は心の底から大切に想ってたんだよ!」

俺がそう言うと彼女は少し黙り込んだ後

「謙・・・本当・・・?」

そう言った彼女の頬には涙が伝っている

「ああ本当も本当。今日お前と久々に遊んで分かったんだ。お前の中にはしっかり俺の親友だったお前が居るって。今のお前がどれだけ変わってもお前の中からはその時の事は消えないんだってそう思えた。だからお前には今の自分に正直にあってほしいんだ」

「ありがとう。私も最初は謙を一人にするのが心配で・・・それに謙と居たい一心で艦娘になった。最初は友達のままで居ようって思ってた。でもどんどん身体が変わって行く度にそのままじゃ居られなくなって来て・・・自分でもどうしたらいいのか分からなくなって・・・でも謙はそんな私の事を親友だって言ってくれた・・・だからそんな謙を裏切る訳にもいかない・・・それに好きだなんて言ったらきっと謙は私の事を変だって言うって思ってた。だからあの時私の事を拒絶しないで抱きしめてくれて本当に嬉しかった。それだけで答えなんかどうでも良いって思えた。でも昨日謙のあの言葉を聞いてやっぱり私じゃだめなんだ・・・こんな事ならずっと謙の親友で居れば謙は私の事を嫌いにならないってそう思ったから私・・・・でも謙にはバレバレだったみたいだけど・・・本当にバカね・・・私も・・・・」

彼女は自嘲した。

「そりゃ長い付き合いなんだからお前が噓付いてる事くらい分かるよ。でもこうなったのも俺があの時答えを出せなかったからだったんだ。だからあの時の返事も今する。俺の事好きって言ってくれてありがとう。俺もお前と同じ気持ちだ。こんな俺だけどまた秘書官としてこれからも俺の側・・・任せていいか?」

俺は彼女を見つめた。

「ええ。不束者ですがこれからもどうかよろしくね・・・謙。私・・・艦娘に・・・大淀になって良かった・・・今なら胸を張ってそう言えるわ。」

彼女は涙を流し言ってくれた。

「ああ俺もお前なら・・・んっ!?」

俺がそう続けようとした瞬間大淀が俺に唇を重ねてきた

「んっ・・・・・ちゅ・・・・さっきのお返し!これでお互い様だね!昔の私とは違うこんな私だけど・・・身体は男のままだけどこれからも側に居させてくれる・・・・?こんな事さっきまでなら私怖くて聞けなかった・・・」

「大淀・・・・当たり前だろ!何回も言わせんなよ・・・なんか恥ずかしいだろ・・・」

俺が彼女を見つめていると彼女も恥ずかしくなって来たのか

「べっ・・・別にたまにはまた親友としてこうやって遊んであげてもいい・・・けど・・・?」

とそっぽを向いた。

「ああ。やっぱりお前も楽しかったんだな。それなら今度は取り繕いなんかなしにしてまた来ような」

「うん!」

俺達はそのままショッピングモールを後にした。

そして帰りの車の中で行きの車内での沈黙が嘘の様に俺は彼女と高校時代の思い出話に花を咲かせた。

提督になってから余りそういう話をしていなかったし口調から何から過去とは違っていたが思い出はやっぱり変わらないし大淀もしっかりその事を覚えていてくれていた。

淀屋はしっかり大淀の中に居る。

そう感じられて俺は安心した。

そして鎮守府のガレージに差しかかった時

「謙・・・・ちょっと言い忘れた事があるんだけど・・・」

大淀が突然真面目なトーンで俺に声をかけてくる

「どうした大淀?」

「あの・・・・私・・・服とか下着とか全部捨てちゃったんだ・・・今日ゴミ袋に詰めてゴミ捨て場に出しちゃった・・・」

「なんでそれもっと早く言わないんだよ!?」

「だってそれ言ったら謙怒るかなって・・・・だからゴミが回収される間にショッピングモールで誤摩化そうって思ってたの・・・そしたら踏ん切りも付くかなって思ってたんだけど謙は女の子で居ても良いって言ってくれたし・・・どうしよう・・・」

今から引き返して最低限の衣類を買うにもゲーセンでほぼ持ち金を溶かしてしまったどうすれば・・・

「そ・・・それはひとまず後で考えよう・・・それより俺・・・高雄さんに会って謝らないと・・・」

「私も心配かけたし一緒に行く。でもそう言えば今日見かけてないような・・・」

俺は大淀と車を降り、鎮守府へと脚を進めた。

 

鎮守府に入ると愛宕さんが俺達に声をかけて来た

「あらぁ〜2人共何処行ってたの?高雄が探してたわよ?」

やっぱり昼間の出来事が噓の様にいつもの愛宕さんだ。

「そうですか・・・で、高雄さんは何処に?」

「多分今は部屋よ。でも良かった。その感じだと提督はしっかりやれたのですね〜♪えらいえらい♡」

愛宕さんに頭をなでられた。

やはり昼間の事を考えると凄まじいギャップだがいまはこの優しいお姉さんの好意に甘える事にしよう

「わ・・・わかりました。それじゃあ行ってきます」

俺は大淀と共に高雄さんの部屋の前に立ちノックをした。

「すみません。呼ばれたって聞いたので来たんですけど居ますか?」

俺がそう言うと扉が開き部屋着の高雄さんが出て来た。

「あっ、提督・・・今朝はごめんなさいね・・・私もついカッとなってしまって・・・・でも大淀も一緒みたいで良かったわ。」

「ごめんなさい・・・俺・・・あんな酷い事を言ったのに・・・それに俺のせいで大淀は服も捨てて・・・それに髪までこんなに切っちゃって・・・」

「もう大丈夫ですよ提督。愛宕から大体の事は聞きましたから。

それに大淀!これ全部回収するの大変だったんだから!」

そう言うと高雄さんは部屋の中からゴミ袋を大量に出してきて大淀に渡した。

「えっ・・・!これって・・・・!?」

大淀は眼をぱちぱちとさせている

「ええ。あなたが捨ててるの見ちゃってね・・・その時あなたが髪をバッサリ切ってるのも見ちゃったの。だから私提督がそこまで大淀を思い詰めさせたんだって思うと腹が立って・・・その後愛宕に止められてから私ゴミ捨て場からこれ全部運んで来たのよ?またもしかしたら必要になると思ってね、全部運ぶの大変だったのよ?それに言うなって言われたけど金剛も手伝ってくれたの。あの子も責任感じてるみたいだったし・・・」

高雄さん・・・流石だ。

これで衣類の問題は解決する!

「ありがとうございます高雄さん!私・・・なんてお礼を言ったら良いか・・・」

大淀は頭を深々と下げる。

「いいのいいの。それに金剛が手伝ってくれなかったら多分全部回収出来なかったから・・・・あとこれ。今日お風呂入る時にでも使って」

高雄さんは大淀にシャンプーと書かれた小さなボトルを手渡した。

「シャンプーですか?」

「ええ。艦娘やってると戦闘で髪が焼けちゃったり焦げちゃう子とか結構居るの。だからそう言う時に使うシャンプーなんだけど中に高速修復材が配合されててこれを使えば2~3日で元の髪の長さに戻るわ。でも高価だから大事に使ってね」

「あ・・・ありがとうございます!でも本当に良いんですか?そんな高価な物を頂いて・・・」

「ああ。これ愛宕のなの。愛宕が「これ大淀ちゃんに渡しといてぇ〜」って言って私にくれたのよ。自分で渡せばいいのにめんどくさがりな人でしょ?」

高雄さんは誇張した愛宕さんのまねを織り交ぜつつそう言った。やっぱり高雄さんと愛宕さん似た者同士でお似合いなのかもしれないな・・・・

「後で愛宕さんにお礼言わなきゃ・・・」

大淀はそのシャンプーを大事そうに握った。

「あっ、そうだ大淀?ちょっと今朝の資料で片付け忘れたのが医務室に残ってるから取って来てくれる?」

「はい!今すぐに!!」

大淀は高雄さんに言われた通りに医務室の方へ走って行った。

「よし。これで二人になれましたね提督」

「えっ!?なんですか?」

急な事に俺は戸惑う

「医務室に書類があるなんて噓なんです。それとまだ大淀に渡してない物があって・・・これは提督の手で大淀に渡して欲しいなっておもったんですけど・・・」

高雄さんは俺にメガネを手渡してきた。

「あっ・・・これ・・・」

いつも大淀がかけているメガネだ。

「しっかり渡しましたよ。それではそのメガネちゃんと大淀に渡してあげてくださいね。ついでに男なら気の効いた一言くらい言ってあげてください。あ〜!そうだ!今日は私がお夕飯の当番でした〜それじゃあ後は任せましたよ提督!あっ、そうだ。何があったのか詳しくレポートにして来週までに出してくださいよ?それくらいして貰わないとあなたの発現への問責は消えませんからね♡それではまた後ほど!」

わざとらしく言った高雄さんはそそくさと部屋から出て行ってしまった。

それにしてもやっぱ怒ってたんだ高雄さん・・・

しばらくして

「高雄さ〜ん書類なんてありませんでしたよ?」

大淀がこちらに向かってくる。

メガネ渡さなきゃ・・・・

「あれ?謙、高雄さんは?」

大淀は俺に尋ねて来た。

「ああ。夕飯の準備に行ったよ。で、書類は勘違いだったんだと」

「そうなの・・・それなら良かったわ」

俺と大淀の間には少しの間沈黙が生まれた。

渡すなら今しかない!

「大淀!」

「はいっ!?」

「これ・・・忘れもんだってさ・・・」

俺はさっき預かったメガネを大淀にかけてやった。

「あっ・・・ありがとう謙・・・・」

「うん。やっぱそのメガネ・・・・えーっと・・・似合ってるぞ・・・」

なんだか改めて言うのも気恥ずかしかったが大淀にそう言ってやった。

「あっ・・・ありがと・・・」

大淀はそれを聞いて頬を赤らめて笑った。

その笑顔は以前の彼の面影をどこか匂わせるいい笑顔だった。

そんな大淀の顔を見てやっぱり淀屋だろうが大淀だろうがこいつが嬉しそうな顔をしてるところを見るのが好きなんだなと俺は心の底からそう思った。

 



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あいつなりの答え

 俺が笑っている大淀の顔に見とれていると何やら騒がしい足音がこちらに近付いてくる

「うわぁぁぁぁぁぁん!大淀!!やっと見つけたデース!!!!!」

いつもなら俺に飛び込んでくるはずの金剛が目の前で大淀をぎゅっと抱きしめていた。

「金剛さん!?ちょっ・・・苦しいですって!!」

「大淀・・・ワタシのせいで髪までこんなに短く切ったデース・・・?ソーリー・・・全部ワタシがやりすぎてしまって起こった事ネー・・・」

金剛は泣きながら大淀に許しを乞っていた。

「これは私が勝手にやった事で・・・・ちょ・・・ホントに苦しいですからまずは離して・・・くださ・・・」

大淀の顔がどんどんと青くなっていく

「oh・・・ソーリー大淀・・・ワタシまたやってしまったデース・・・・」

金剛は慌てて大淀を解放した。

「けほっ・・・けほっ・・・いえ・・・こちらこそご心配おかけしたみたいで・・・それに高雄さんから聞きました。お洋服も拾って来てくれたみたいで・・・ありがとうございます。」

「高雄から聞いたデース!?秘密にしておいてって言ったのに〜!でも大淀が嬉しそうでなによりデース!それではこれを大淀の部屋に運ぶのとお片づけ手伝いマース!」

「あっ、助かります。でも今お部屋が散らかってて誰かを上げられる状態ではないので片付けてきますね。それではけ・・・提督!また後で」

そう言うと大淀は部屋の方に行ってしまった。

そして金剛は俺の手を取り

「Heyケン!仲直り上手くいったみたいで良かったデース!」

と言った。

「あ・・・ああ・・・なんとかな・・・金剛は本当に俺の言った事怒ってないのか・・・?」

俺は唯一引っかかっていた事を尋ねた

「もうあんな言葉はずっと言われてましたしもっと酷い事もいっぱい言われてきてたデース!だからアレくらいどうってこと無いネー!!それにフツーの人はそう思うのがフツーデスよ!!」

金剛は笑ってそう言った。

もっと酷い事を言われて来たなんてそんな簡単に笑い飛ばせる事なんだろうか?

「金剛・・・お前・・・・」

俺はやっぱり酷い事を言ったんだという罪悪感に襲われる。

しかし金剛はそれに気付いたのか

「あっ!別にもうそんな事を言われたのもずっと前の話だから気にしないで欲しいデース!」

と気丈に振る舞った。

「金剛・・・・」

「それよりケンをそんな事を言わせるまでに怒らせてしまった事の方がよっぽどワタシはショックだったネ・・・・ソーリーケン・・・ケンの優しさに甘えて・・・ワタシ・・・・」

「俺・・・そんな優しくなんかないよ・・・」

「ノンノン!この前吹雪にお話聞いたデース!それで確信しましたケンが優しくて良い人だって!だからワタシはケンの事を好きになったんデスヨ?」

こんな美人(男だけど)に好意を向けられて悪い気はしない。でも俺はもうあいつの事を・・・だから金剛のその言葉に応える訳にはいかないんだ

「ごめん金剛・・・・」

俺がそう言おうとした次の瞬間

「あっ!そうデース!この服、大淀の部屋の前まで持っていくの手伝ってくだサーイ!!」

金剛が話を遮る様に言った。

俺は金剛に今これ以上悲しそうな顔はさせたくなかったし大淀との事を話さなくて済んだ事を少し安心した。

「あ、ああ・・・」

「サンキューケン!!それじゃあテキトーに袋渡しマスヨー!!」

金剛はそう言うと俺にゴミ袋を1つ渡して来た。

そのゴミ袋は中がうっすらと透けているので少し中身が見えてしまう。

いや・・・別にあいつがどんな服とか持ってたのかなんて気になった訳じゃなくて偶然目に入っただけと言うか・・・・

俺はそう思いつつも袋の中身を少し見てしまいそこには女性ものの下着類が入っていた。

あいつこんな下着付けてんのか!?

俺はそんな下着を付けたあいつの事を想像してしまう。

昔なら考えられなかっただろうけどこの間見た控えめに膨らんだあいつの胸をこんな下着が包み込んでいるのか・・・そんな事を考えていると

「ケン・・・?どうしたデース?顔が赤いデスヨ?」

と金剛に声を駆けられ俺は我に返る

「ああいや!なんでも無いなんでも無い!!」

俺は必死に誤摩化す。

「そうデスか!それならもう一袋持ってくだサーイ!!」

金剛はそう言ってもう一つ袋を渡してくる。

そこには可愛らしいぬいぐるみが大量に入れられていた。

あいつ・・・こんな可愛い趣味してたのか・・・

昔は生活に必要な物しか無い様な部屋で生活してたのにあいつも変わったんだな・・・・

そんな時以前にゲームセンターでクレーンゲームをやって出て来たぬいぐるみをあいつにあげた事を思い出した。

そういえば昔一緒にゲームセンターで遊んだ時に別にそこまで欲しくなかったけどヤケになって取ったぬいぐるみをいくらなんでも部屋が殺風景過ぎるからこれでも置いとけって言ってあいつに渡したんだよな。いくらかけたんだっけ・・・・いや思い出すのはやめておこう。

でもゴミ袋を見た感じあのぬいぐるみは入っていない。

それじゃああのぬいぐるみはどうしたんだろう・・・?ここに来る時に処分しちゃったのかな・・・・

俺はあのぬいぐるみの行方が気になったが今そんな事を気にしてもどうにもなる話ではないので俺はその事をかき消す様に

「それじゃあこれを部屋の前まで運べば良いんだな?」

と金剛に尋ねた

「Yes!それじゃあレッツゴーネ!!」

金剛は残りのゴミ袋を抱えてそう言った

そして大淀の部屋の前に到着し、金剛が扉をノックする

「Hey大淀!袋持って来たデース!もう入っても良いデース?」

金剛がそう尋ねると扉が開き大淀が出て来た

「はい。あらかた片付きましたもう入って大丈夫です。あっ、提督も持って来てくれたんですね」

そんな大淀の後ろに見える部屋は家具なんかは以前に比べ明るい色の物になっていたが部屋時自体は以前と変わらず殺風景な物だった。

きっとこういうぬいぐるみで埋め尽くされていたのに俺のせいでそれを全部捨てて以前の淀屋の住んでいた部屋のようにするつもりだったのだろう。

少しでも誤れば本当に大淀にもっと苦しい思いをさせていたと思うと俺の胸は締め付けられる。

そんな時ふと扉越しに見えた引き出しの上にあの日渡したぬいぐるみが一つぽつんと置いてあるのが見えた。

あいつずっと大事にしててくれたんだ・・・・

「大淀・・・・あれ・・・」

俺はそのぬいぐるみを指差す

「女の子らしい物は全部捨てようと思ってたんですけどやっぱりアレだけは捨てられなくて・・・」

大淀は照れ隠しに笑いながら言った。

「ん〜?なんデース?そんな大切なモノなんデース?」

金剛が興味深そうに大淀に尋ねる。

「はい。昔大切な人に貰ったんです。私を変えてくれた大切な人から・・・」

大淀は頬を赤らめた。

嬉しい事言ってくれるじゃん。

「お・・・大淀・・・」

俺はそんな大淀にお礼を言いたかった

「なんですかていと・・・・・・そ・・・それ・・・・」

俺の持っていた袋の中身に気付いたらしく大淀は顔を真っ赤にした

「あっ・・・・こっこれは金剛が持てって言うから!!」

俺の言い訳など聞く耳を持たないとばかりに大淀は拳を握りしめ

「謙のスケベ!!」

そう一言言うや否や大淀は俺にアッパーをかましてきた

「ぐえっ!!」

俺はそのまま吹き飛ばされてしまう。なんだかんだで殴られたのも久しぶりな気がするなぁ・・・・

とりあえず大淀がしっかり元気だと言う事を理解して俺は少し安心しつつ地面に叩き付けられる

「それでは提督、私は金剛さんとお部屋の整理をしますからそこでのびててくださいね。すみません金剛さん、袋を部屋の中に運んで頂いていいですか?」

大淀は笑顔でそう言って金剛を部屋の中へと迎え入れる。

「oh・・・ケン痛そうデース・・・・」

そんな金剛の哀れみを込めた視線に看取られながら俺はまた気を失ってしまった。

 

それからどの位経ったのだろうか俺は誰かに揺り起こされる

「・・・・謙!起きて・・・・」

そう呼ぶ声がしたので俺は瞼を開ける。

「ん・・・・・ここは?」

そこは大淀の部屋の前の廊下ではなぬいぐるみにかこまれた可愛らしい誰かの部屋の中だった。

「謙!ごめんなさい。久しぶりだから加減出来なくて・・・」

俺の目の前には大淀が居る

「部屋の片付け終わったんだな」

「ええ。金剛さんももう帰ったわ。これで2人きりだね」

大淀はそう言って笑う

「えっ・・・!?二人きりって・・・・!!」

俺はそんな彼女の言葉に少しドキッとしてしまう

「も〜やっぱり謙はエッチなのはずっと変わらないんだから。別にナニかしようって思って部屋に入れた訳じゃないの」

そうか・・・なんか残念・・・・って何で残念がってるんだ俺!?

確かに俺は大淀の事は好きだけど・・・その・・・・そう言う事をやった事が無いからどうすれば良いのか分からないし男同士だから尚更わからないし・・・いやいや何考えてんだ俺は・・・

俺はそんな思考を脳内で巡らせる。

すると

「この部屋・・・どう思う?」

彼女が俺にそう尋ねてくる

「あ、ああ。なんと言うか前までのお前じゃ考えられない部屋だなって・・・」

「うん。あの時は生活に必要な物だけあれば良いって思ってたし・・・私の心の中も空っぽだったから・・・・でも今は部屋も心の中も沢山の物で溢れてる。全部謙のおかげなんだよ?」

彼女が笑う

「俺の・・・おかげ?」

「うん。謙が何も無いあの頃の私を変えてくれたから・・・いまこうしてここに私は居るの。何も無い部屋にあの日謙のくれたぬいぐるみが一つ置かれた様に私の心にも謙っていう大きな存在が出来たから私は空っぽじゃ無くなった。それでね・・・せっかく今こんな恰好だし髪の毛が伸びちゃう前に謙に伝えたい事があるの・・・」

彼女は俺を見つめメガネを外す。

「つ・・・伝えたい事?」

俺はゴクリとつばを飲む。

すると彼女は俺にまたキスをした後

「謙・・・僕と友達になってくれてありがとう。それにどれだけ私が変わっても僕は僕だって・・・親友だって言ってくれてありがとう。それに私の事も好きだって言ってくれてありがとう。こんな私だけどこれからもあなたの側にずっと居られたらいいなって・・・それで聞きそびれてたんだけど・・・・私のこと・・・その・・・男・・・だけど大事にしてくれる?」

「ああ。もちろんだ。淀屋も大淀も俺の大切な人だから・・・俺の側に居てくれ・・・俺もお前が居るからこうやって頑張れるんだ・・・これからも親友として・・・秘書官として・・・それから・・・・・・・・・・好きな人としてよろしく頼めるか?」

「うん・・・それが聞けただけで私嬉しい・・・でもこの事は皆にはまだ内緒にしておかない?私・・・その・・・まだ他の人に知られるのが恥ずかしくって・・・お仕事の時とかはいつも通りの大淀で居るから・・・」

「あ、ああ。そうだな。お前がそうしたいならそうしてくれ」

「うん・・・それじゃあ謙・・・・これからも・・・」

大淀がそう言おうとした時

「あらあら・・・・熱いわねぇ〜」

そんな声が聞こえた

「なっ・・・・愛宕さん!?」

俺は驚きの声を上げる

「アツいのはいいけど鍵、開けっ放しだったわよ?高雄がご飯だから呼んで来てくれって」

「愛宕さん!せめてノックくらいはしてください」

大淀はそう言った。

「大丈夫大丈夫♡二人の事はヒミツにしといてあげるから」

「信用出来るんですかそれ・・・?」

俺は少し心配になる

「ええ。男に二言は無いもの」

愛宕さんは笑った。

「そ・・・そうですか。頼みましたよ」

「それじゃあ謙・・・・ご飯食べに行こっか・・・」

大淀は少し残念そうに言った。

「ああ。」

「あっ!私この恰好で行ったら変に思われるよね・・・お洋服着替えてから行くから謙は先に行ってて」

「わかった。じゃあまた後で」

俺は大淀の部屋から出て愛宕さんと共に食堂へ向かった。

その道中こっそり愛宕さんは

「良くやったな。これからもあの子の事大事にしてやれよ?」

と低めの声で耳打ちした後

「約束だったわよね?頑張ったご褒美におっぱいもませてあげるわぁ〜!」

と言って俺に胸を押し付けて来る。

柔らかい・・・・ってそう言う事じゃない!!

「だからぁ!要らないって言ったじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

俺はそんな愛宕さんから全力で逃げて食堂へ向かった。



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見知らぬ再会

 俺に胸を揉ませようとして追いかけて来た愛宕さんは食堂にいた高雄さんに説教され、俺は夕飯を済ませた後自室のベッドで一息ついていた。

ふう・・・今日はいろんな事があって長い一日だったなぁ。

そんな事を考えて今日一日の事を思い起こしていると

「シャワー浴び終わったよ。お兄ちゃんも入る?」

風呂場からそんな吹雪の声が聞こえた

「ああ。わかった」

俺はそう返事をする。

それからしばらくして寝巻きに着替えた吹雪が風呂場から出て来てこちらに向かって来た

「お兄ちゃん・・もう怪我は大丈夫なの?」

吹雪は俺を心配そうに見つめる

「ああ。おかげさまで・・・」

そんな吹雪の顔を見てふと雲人さんの小屋にあった写真に写っていた少女の事を思い出す。

やっぱりあの写真の子・・・吹雪に似てるな。あっ、そうだ。無事に大淀とも仲直り出来た訳だし雲人さんにお礼しにいかなきゃな

「何?お兄ちゃん?私の顔に何か付いてる?」

吹雪は俺の顔を覗き込んでくる。

いつもながらに距離が近い。最初の頃は少し抵抗があったが今となってはもう慣れっこだ。

しかしこう見つめられるとやはり少し恥ずかしい。

「いっ・・・いやなんでも無い。ちょっと考え事をしてただけだから」

俺はそう誤摩化す

「そっか・・・昨日お兄ちゃんが急に居なくなったから私心配だったんだよ?」

吹雪は俺の隣に座った。

「ああ、ごめんな吹雪。心配かけて」

「私・・・もうお兄ちゃんが居ないとダメみたい・・・結局一人じゃ眠れなくて昨日は天津風ちゃんのお部屋に泊めてもらったんだけど・・・前の提督の夢を見ちゃって・・・私・・・・」

吹雪は少し震えていた。

それだけ前の鎮守府で怖い思いをしていたのだろう。最近は全くそんな事を気取らせなかったが怯える吹雪を見て吹雪をそんな風にした提督、そしてそれを思い出させてしまった自分に腹が立った。

今の俺がしてやれるのはこれくらいだ。

「ごめんな吹雪。お前を一人にしないって言ってたのにな・・・」

俺は吹雪の頭を撫でてやった。

吹雪の湿った髪の感触が俺の手に伝わる。

「お兄ちゃんの手・・・・あったかい・・・私を一人にした事は許してあげる。でも今日はいつもよりお兄ちゃんに甘えちゃうから!」

吹雪は俺に飛び付いて来た

「ちょっ・・・吹雪!?俺まだ風呂入ってないんだけど!!!」

俺は吹雪に押し倒される。

「昨日できなかったからもうちょっとだけこうさせてて!ぎゅうっ〜」

吹雪は俺にしがみついてはなれない。

しかし悪い気はしないし吹雪の不安がそれで薄れるのなら俺はそれで良い。

「しょうがないな・・・・ちょっとだけだぞ?」

俺は吹雪を抱きしめ返した。

そんな時部屋の戸が開き

「吹雪〜昨日の晩うなされてたし心配だから来てあげたわ・・・・」

天津風が部屋に入って来た。そしてこちらを見るや否や顔を真っ赤にした

「ああああああああなた何吹雪に抱きつかれてニヤニヤしてんのよ!?そそそそそそそれにベッドでそんなこと・・・!あか・・・・あかちゃん出来ちゃったらどうすんのよ!!?!?!?」

天津風は目をグルグルとさせてこちらを指さす。

赤ちゃんも何も吹雪は男だし・・・・

「なっ、天津風!?お前ノックくらいしろよ!!」

「天津風ちゃん!これは私が勝手にお兄ちゃんに甘えてただけで・・・」

吹雪もビックリしたのか俺から離れてそう弁明するが

「そんなの分かってるわよ!!なんてうらやまし・・・・じゃなかった破廉恥な!!あなたちょっとこっち来なさい!吹雪!ちょっとこいつ借りていくわよ!」

「あっ、うん・・・」

吹雪!そこは食い下がってくれよ!!

しかし容赦なく天津風は無理矢理俺を引っ張った

「いでででで耳引っ張るなよ天津風!!これは不可抗力でだな!」

「うるさい!つべこべ言わないでついて来なさい!」

必死の言い訳も空しく天津風は俺の耳を引っぱり部屋の外へと連れ出した。

「ふう・・・帰って来たと思ったら早速あんな事してるなんて・・・・それで・・・結局なんで昨日突然居なくなるような事したの?わた・・・・吹雪がどれだけ心配してたと思ってるのよ!?」

天津風はそう俺に尋ねてくる。

そういえば天津風も俺の事心配してたって言ってたな

「ああ・・・ごめん・・・」

俺はそのまま何故あのまま鎮守府を抜け出したのかを簡単に天津風に説明した

「ええ?金剛さん大淀さんと喧嘩した!?」

「ああ・・・それで居辛くなってその場から逃げてた」

「逃げたぁ?はぁ・・・そんな理由だったなんて・・・心配して損したじゃないの・・・」

天津風はため息をついた

「そ・・・そんな理由ってそれでも俺からしたら結構深刻な問題だったんだぞ!?」

「それでも何も言わずに勝手に出ていって吹雪に心配かけて・・・提督失格よ!!」

確かにその通りだ

「ああ。お前の言う通りだ。ごめん」

俺は頭を下げると天津風はあっけにとられたのか拍子抜けだったのか

「あら?やけに素直じゃない・・・・ってそう言う事じゃなくて!!」

そう声を荒げる

「そう言う事じゃないってじゃあどういう事なんだよ」

「だから・・・その・・・私は心配なんかしてなかったけど・・・・それでも吹雪が・・・その・・・」

「ああ。吹雪からも聞いたよ。お前の部屋で一晩泊めてやってくれてたらしいじゃないか」

「ええそうよ!でも吹雪ずっとうなされてた。ずっとごめんなさいって寝言で言ってて私は寝れたもんじゃなかったわよ・・・私・・・どうすればいのかわからなくて・・・」

天津風の表情が曇る。

なんだかんだ言って天津風も吹雪の事を気にかけてくれているようだった。

少し前までのツンツンした態度を鑑みるとこいつなりにこの鎮守府にとけ込もうとしている事に安心する。

「そうだったのか・・・お前が昨日はずっと吹雪の事見ててくれたんだな。ありがとう」

「べっ別に吹雪が可哀想だっただけで仕方なくやっただけでそうなった原因はあなたにあるんだから!!何で私があなたの尻拭いをしなきゃいけないんだか・・・」

天津風はまた一つため息をついた。

素直じゃないのは相変わらずだな。

「ごめんな天津風。もうこんな事しないよ」

「次やったら絶対許さないから」

「ああ。肝に命じとく」

「本当に悪いと思ってる?」

「ああもちろん」

「それじゃあ私汗かいちゃったしお風呂行きたいな〜」

「えっ・・・?行きゃ良いじゃないか」

「でも〜私昨日の晩寝てないから疲れてるのよね〜でも汗臭いのは嫌だし・・・どこかに私とお風呂に入ってくれる心優しい人はいないかしら〜」

天津風は辺をキョロキョロと見回した。

「ん?それじゃあ高雄さんか阿賀野あたりに頼んでやろうか?」

「もう!皆まで言わせないでよ!!私だって寂しかったんだからその埋め合わせをしてって言ってるの!!それに・・・・あんな人たちと一緒にお風呂だなんて恥ずかしくって入れないわよ・・・」

天津風はぼそぼそとそう言った。

なんだ俺と風呂に入りたかったのか。

俺とこいつの仲だしそれくらいは・・・・・

「なんだよ素直じゃないなぁ・・・それならそうと早く言ってくれれば良かったのに・・ってええ!?俺と一緒に風呂入って欲しいって!?」

そうだ。一瞬忘れそうになったがよくよく考えたらもう彼は近所の知り合いの少年ではなく部下の艦娘なのだ(男だけど)それと一緒に風呂に入るって色々マズいんじゃないか・・・?今の彼の恰好を見ると犯罪の匂いさえする

「声が大きいわよバカ!!その・・・・えっと・・・男同士の裸の付き合いって奴・・・?いいでしょ・・・?私もちょっと恥ずかしいけど・・・」

天津風は顔を赤らめてそう言ってくる。

うん。確かにそうだ!今はこんなだけどゆらゆら揺れているツインテールも付け毛だったしこの間も一緒に入ったじゃないか。ちょっと髪が長く伸びたソラだと思えば大丈夫な筈だ。

それに彼が男同士と言ってるんだったら別に良いじゃないか。

それに昨日吹雪が世話になったお礼もしてやらなきゃいけないし断る訳にもいかないしな!

「あ、ああ・・・お前が良いってんならそれくらい・・・」

「あ、あるがとう・・・それじゃあ気が変わらないうちに早く行くわよ!」

天津風は嬉しそうに言った後俺の耳をまた引っ張った

「あいだだだだだだ!!だから耳を引っ張るなっていっただろ!!!」

そして天津風に引っ張られていると風呂上がりと思わしき阿賀野と那珂ちゃんに遭遇する。

「提督さん?どうしたの?天津風ちゃんにひっぱられて」

阿賀野に尋ねられる

「ああ、ちょっと天津風がいっ・・・てぇ!!!!」

天津風が一緒に風呂に入って欲しいって言うからと言おうとするとすかさず天津風は俺のつま先を踏みつけて来た

「なんでもないんです。提督に大浴場の脱衣所の蛍光灯を替える様に言ったのに聞かないから私が無理矢理連れていってるだけで・・・」

天津風はよそ行きの声でそう言った。

畜生こいつ・・・・

「ふ〜んそうなんだ。そう言えば少しチカチカしてる蛍光灯があったね。天津風ちゃんしっかり提督さんに伝えてくれたんだね。ありがとね」

阿賀野は天津風の頭を撫でる。

「べっ・・・別に私は当然の事をしただけですから・・・・」

天津風は恥ずかしそうに言った

「天津風ちゃんえら〜い!阿賀野ちゃんと丁度そのこと話してた所なんだ〜那珂ちゃんからもありがと〜」

那珂ちゃんも天津風を撫でる

「だ・・・だから・・・そんな褒められる事じゃ・・・・」

天津風の奴あんまり褒められなれてないんだな。なんだか嬉しそうだ

「でもね。提督さん一応怪我してるんだからあんまり乱暴しちゃだめだよ?」

阿賀野は天津風に言った。

「はい。程々にします」

天津風はまたよそ行きの声でそう言って笑ってみせた。本当に程々にしてほしいんだけどな・・・

「それじゃあ那珂ちゃん達はもう寝るね。提督、蛍光灯替えるのよっろしく〜」

「それじゃ提督さん、お休みなさい。大変そうだけど頑張ってね」

そう言って二人は部屋のある方へと歩いていった。

「ふう・・・なんとか誤摩化せたわね」

「なんとかじゃねぇよ!!」

「しょうがないじゃない。あなたと一緒にお風呂なんて恥ずかしくて口が裂けても言えないわよ・・・」

「そうか・・・じゃあさっさと入っちまおうか」

俺が大浴場の方へ向かおうとすると

「そっちじゃないわよ?」

天津風はそう言った

「えっ!?こっちじゃない?」

一緒に入るというからてっきり大浴場の事かと思っていたが

「そうよ・・・そんな広いお風呂なんかじゃなくて・・・」

天津風は新宿舎の方を遠慮がちに指差す

「風呂ってまさか・・・」

「ええ。私の部屋のお風呂よ。もうお湯は入れてあるから」

「お、おう・・・」

俺は言われるがまま天津風の部屋に通される

「何も無い部屋だけど気にしないでね」

そこは前に来た時同様まだ家具なんかも完全には揃っていないような殺風景な部屋だったが

「あの・・・前から言おうと思ってたんだけどさ・・・」

「何?」

「あのおもちゃ大事にしててくれたみたいでありがとな」

俺は引き出しに置かれていた以前ソラと別れた時に渡したロボットの玩具を指差す

「あれは・・・その・・・他に置く物が無かったから仕方なく置いてあげてるだけよ!」

天津風は恥ずかしそうに言った。

「ああそうか。でもまあこれからも大事にしてやってくれよ」

「しょ・・・しょうがないわね。あなたがそう言うならそうしてあげる」

ほんと素直じゃないなぁ・・・

「それじゃあ先にお風呂入っててくれる?」

「なんでだよ」

「だってその・・・服脱ぐ所見られるのが恥ずかしくって・・・・」

「今から一緒に風呂入るんだろ?なんで裸は良くても脱ぐのは見られたくないんだよ?」

俺がそう尋ねると

「うう・・・・うるさい!なんでもよ!!結構この服脱ぐの時間かかるの!だから黙って早く先に入ってなさいよ!!」

天津風は声を荒らげて言った。一緒に入りたいって言ってみたり恥ずかしいから見るなって言ってみたり忙しい奴だなぁ・・・・

「はいはい分かった分かった」

俺は天津風に言われた通り先に洗面所で服を脱ぎ風呂に入った。

流石新しく出来た宿舎の風呂だけあって俺の部屋の風呂より綺麗だなぁ・・・

俺はかけ湯とシャンプーを済まして浴槽に入る。

ふう・・・まだ少し傷口にしみるけど痛いって程じゃないな・・・あれだけ盛大に坂から転がり落ちたのに雲人さんが介抱してくれたおかげだろうか?

そんな事を考えながら俺は天津風を待った。

それからしばらくすると戸が開き

「お・・・・お待たせ・・・・」

天津風が恥ずかしそうにタオルを胸まで巻いて入って来た

「天津風・・・」

その姿は元々華奢だった身体が更に華奢になった様な感じがした。

と言っても以前のあいつの裸を見た事もないからあの頃からどう変わったったのかは分からない。

でもなんというか少し全体的に丸みを帯びてるというか柔らかそうになったな・・・・

って何考えてんだ俺は!!

そんな俺の事を知ってか知らずか

「じろじろ見たら殺すから!!」

と天津風は声を荒げる

「お前が風呂入ろうって言ったんじゃないか!見るななんて無理だろ」

「そ・・・そうだけど・・・何?そんなに年下の男の子の裸が気になる訳?この変態!!」

「違うって!それに男だって言うんなら胸なんか隠してんじゃねえよ!」

「こっ・・・これは・・・その・・・もう!良いから早く出なさい。背中流してあげるから」

「えっ?俺が流される側なのか?まあ良いけど」

俺は浴槽から出て椅子に座った。

「ふぅん・・・・なんだか頼りない背中ね。でも男の人の背中って感じ・・・」

天津風は俺の背中を優しく撫でてくる。

「頼りないは余計だ!で、それがどうしたんだよ?」

「私・・・家族で一緒にお風呂にあまり入れなかったから・・・こうして広いお風呂じゃなくて普通のお風呂で普通の子供みたいにお父さんと一緒にお風呂に入りたかったなって・・・」

そうか・・・天津風、いやソラの両親は深海棲艦に・・・・それからずっと一人だったんだもんな。

そんな小学生に入って間もない頃に両親を失った彼の事を考えるといたたまれない気持ちになる。

「ソラ・・・」

「やめてよ今の私は天津風・・・その名前で呼ばれたら私きっともっとお兄さんに甘えたくなっちゃうから・・・」

前に愛宕さんに昔の自分と今の自分に白黒ハッキリ付ける必要は無いと諭された。そのおかげで俺は大淀の事が好きだと言う事もそれでも淀屋は親友である事は変わりないと言う事も自分の中で折り合いをつける事が出来た。

しかし彼は以前の自分自身と決別する事によってそんな辛い過去を乗り越えようとしているのかもしれない。

だから俺は無理に以前の自分も大切にしろとも気の利いた事も彼には言ってやれなかった。

たぶんこのままこの事を考えても答えなんて出ないだろう。

そんな事を思っていると

「それじゃあ背中洗うわね」

天津風はタオルにボディーソープを馴染ませて俺の背中を優しく流してくれた。

過去のソラを救えないなら今の天津風を大事にしてやろう。俺はそう決意した

「天津風」

「なに?」

「背中流すの上手いな。気持ちよかったよ」

俺は天津風にそう言ってやった

「あ、ありがと・・・」

天津風は小さな声でそう言った

「それじゃあ次は俺が洗ってやんないとな」

「やだ」

ええ・・・そんな即答で断らなくても

「なんで!?」

「そんなに私の事触りたいの!?」

「いや・・・そう言う事じゃなくてだな・・・・それに身体を洗って欲しいから一緒に入れってお前が言ったんだろうが!」

「しょ・・・しょうがないわねあなたがどうしてもって言うなら今日だけなら良いわ・・・でもちょっとでも変な事したら殺すから!!」

天津風は恥ずかしそうに言った。そこまで言ってないんだけどなぁ・・・・

「さ、さあ早く流してくれないかしら?」

天津風は声を振わせて言った。

「それじゃあその・・・タオルとってくれないと洗えないじゃないか」

俺がそう言うと

「うう・・・・お兄さんには見せたくないんだけれど・・・あんまり見ないでね・・・?」

天津風は恐る恐る身につけていたタオルを外した。

前は良く見えなかったがそんな彼の胸は少しだけぷっくらと膨らんでおり性徴を迎え始めた少女の様だった。

それを否定する様に股下にはアレがぶら下がっているもののやはり以前の印象や面影は残っていても少し異性として意識してしまっている自分が居る。

「さあ!早く背中洗ってよ!まず場所を変わってくれない?」

天津風がそう言うので俺は椅子から立ち天津風と場所を交代した。

「そっ・・・それじゃあ洗うぞ」

少し緊張するなぁ・・・・俺はボディーソープを馴染ませたタオルを天津風の小さな背中に恐る恐る押し当てる。

すると

「あぅ・・・・」

天津風がそんな息を漏らす

「天津風!変な声出すなよ!!」

「へっ!?変な声なんて出してないわよ!ちょっとくすぐったかっただけで・・・・早く続けて!!」

「はいはい分かった分かった」

俺はそのまま天津風の背中にタオルをこすりつけを続行するが

「んっ・・・・ふぅ・・・あっ・・・・」

天津風の甘い息づかいでそれどころではない

「天津風・・・本当にお前大丈夫なのか?」

「だっ・・・大丈夫な訳ないでしょ!?それに声が出ちゃうのはあなたの洗い方が悪いのよこのド変態!!」

天津風はそう悪態を突いてくる

「ああそうかい。それじゃあこれならどうだ!!」

俺はタオルを素早く動かしてくすぐった。

「ふぁ・・・・あ・・・・・あはははははははは!ひゃめっ・・・くすぐったいからぁ・・・・」

天津風は身悶えしてそう訴えてくる。しかしそんな天津風を見ておれのいたずら心に火が点いてしまい・・・・

「ダメだ!ゆっくり洗うのがダメならこうするしかないよな?ほらほらぁ」

「ひゃぁ!ひゃめてっ・・・あやまるっ・・・・ひうっ!あやまるからぁ・・・・・」

天津風がそう言うので俺は手を止めた

「はあ・・・・はあ・・・・あなたねぇ・・・!これはやり過ぎでしょ!!」

「だって洗い方が悪いって言ったから・・・」

「それは・・そうだけど・・・・でもあんな乱暴にしなくて良いじゃない・・・」

「悪かったよ。それじゃあ流してやるからシャワー取ってくれ」

「もう・・・分かったわよ。はい」

天津からシャワーを受け取った俺は天津風の背中を綺麗に流してやった。

それから天津風のシャンプーを済ませ、二人で小さな浴槽に浸かる

「ねえ・・・お兄さん・・・」

天津風が突然話しかけて来た。

「なんだ?天津風?」

「こんな狭いお風呂に入ったのは久しぶりよ。いつもはここのお風呂でも私には十分なくらいの広さなのに・・・」

天津風と肌が触れ合い直に俺の肌に感触が伝わってくる

「こうやって誰かと寄り添ってお風呂に入るのってなんだか安心するわね・・・こんな事ずっと忘れてたわ。狭いけどいつもよりあったかい・・・」

天津風は俺に更に寄り添って来た。

「天津風・・・」

「なに?お兄さん」

「寂しくなったら・・・いつでも言ってくれよ?」

「えっ?急に何言い出すの?」

「俺にお前のお父さんやお母さんの代わりは出来ないけどお前の寂しさを紛らわせる事くらいは出来る筈だ。きっと吹雪も手伝ってくれる。だから・・・甘えちゃいけないなんて考えるなよ。今のお前がどうだって俺は近所のお兄さんだ。だから別に甘えてくれたって構わないんだぞ?」

「もう!あなたはいつもそうやって私を甘やかそうとしてくるんだから・・・もう誰にも甘えられないって思ってたのに・・・・ありがと・・・そうさせてもらうわ」

天津風はそう言って笑ってくれた。

やっぱりその笑顔は初めてソラにあった時の物と寸分違わぬ屈託の無い笑顔だった。

そして風呂を上がり服を着替える

「それじゃあ俺帰るわ。吹雪も待ってるし」

「うん・・・・ありがとうお兄さん・・・私のわがままに付き合わせて」

「良いって事よ!それじゃあお休み。湯冷めするんじゃないぞ?」

「え、ええ。おやすみなさい。あっ!」

天津風が何かを思い出した様に声をあげた

「なんだよ!?」

「大浴場の蛍光灯変えといてね。ああ言っちゃったし変わってないと変に思われるでしょ?」

そういえばそんな事言ってたなぁ

「しょうがねぇな・・・じゃあちょっくら行ってくるわ」

俺は天津風に別れを告げ大浴場へ向かい、幸い誰も居なかったので用具入れに入っていた蛍光灯を切れかかっていた物と差し替えておいた。

さあ早く戻ろう。吹雪が待ってるし。

俺は自室へと急いだ。

そして自室へ戻り

「ただいまー」

俺が戸を開けると

「お兄ちゃん!!何処行ってたの!?」

吹雪は待ちくたびれていたのか頬を膨らまして問いつめて来た

「ああ、ちょっと天津風に相談事をされててな・・・・」

言えない・・・ずっと一緒に風呂入ってたなんて言えない・・・・

「そう・・・なんだ・・・なんだか髪の毛が湿ってるけどお風呂入って来たの?」

「あ、ああ。だれも居なかったから大浴場でひとっ風呂浴びて来たんだ」

俺はそう適当に誤摩化した

「そうなんだ・・・でも今日のお兄ちゃんなんだかいつもよりいい匂いがする・・・石けん変えたの?」

吹雪は俺に近付いてそう言った。そんな事分かるのか!?でもそう言えば天津風の使ってたシャンプーなかなかに良い奴っぽかったもんな・・・・俺なんかがあんなの使って良かったんだろうか?しかし正直に言う事もできず

「そ・・・そうなんだ!誰かが置き忘れてる奴使っちゃってさ!は、ははは・・・」

そう誤摩化した。

「む〜!なんだか怪しい・・・でもそんな事どうでも良いや!今夜はお兄ちゃんと一緒に寝れるんだもん!最近私以外の艦娘とお話ししてる事が多いけど夜だけはお兄ちゃんを独占出来るんだから!!」

吹雪はそう言って俺に抱きついて来た。

そういえばそうかも知れない。吹雪も少しヤキモチを妬いていたのだろう

「ああ。わかったよ。それじゃあ寝る準備するからベッドで待っててくれ」

俺がそう言うと

「はーい!」

吹雪は嬉しそうにベッドへ走っていった。

そして俺は寝支度を済ませて吹雪と共に眠りに落ちた。

 

そんな長い一日が終わった次の日

いつもの様に俺は大淀と業務を片付け一段落付いた所で彼女に俺は話しかける事にした。

「なあ大淀」

「はいなんでしょう?」

「髪・・・少し伸びたな」

「はい。愛宕さんから貰ったシャンプー効果覿面で今朝起きたら少し長くなってたんです!」

大淀は嬉しそうに言った。

「仕事中は変わらず敬語なんだな。せっかくだしいつも通りで良いのに」

「いえ。仕事は仕事ですから!それに・・・・謙と仲良くしてるのを他の人に見られるのも恥ずかしいし・・・・」

やっぱりマジメで融通が利かない所はやっぱり淀屋のままだ。

そして雲人さんとの約束をふと思い出した俺は大淀に神社の事と雲人さんに助けられた事を伝えた。

「それで今からお礼に行こうと思うんだけど一緒に来てくれないか?」

「ええ。良いですよ」

大淀はそう言ってくれた

「じゃあ行くか」

「ええ。それじゃあこれ片付けちゃいますね」

「あっ、俺もやる」

俺達は散らばっている書類を片付け出掛ける用意をして××神社へと向かった

そして鎮守府を出て少ししたところで

「謙・・・手・・・繋いで良い?」

大淀が俺にそう尋ねて来た。そういえばあんまり手をつなごうと覆った事は無かったな。まあ男友達と手をつなごうとは思わないけど今の彼女は違う。

「あ、ああ。いいぞ。ほら」

俺は彼女に手を差し出した

「ありがとう謙・・・やっぱり好きな人とお出かけするんだから手くらい繋いでも良いよね・・・?」

大淀が嬉しそうにそう言って俺と手をつなごうとした瞬間

「おーいお兄ちゃ〜んお姉ちゃ〜ん」

吹雪の声が後ろから聞こえ、大淀は思わず手を引っ込めた。

そして吹雪がこちらに駆けてくる

「どうしたんだ吹雪?」

俺がそう尋ねると

「ランニングに行こうとしたらお兄ちゃんとお姉ちゃんが出て行くのを見かけて付いて来ちゃった!何処行くの?」

「ああ。ちょっとその先の神社までな」

「神社・・・?」

吹雪は首を傾げる

「行った事無いのか?あの向こうの小山の上にあるんだよ」

「うん。初めて聞いたそっちの方には行かないから」

吹雪はそう答える

「それじゃあお前も付いてくるか?良いよな大淀?」

「え、ええ・・・」

「良いの!?それじゃあ私も一緒に行く!!」

吹雪は嬉しそうにその場で飛び跳ねた

横で少し大淀が残念そうな顔をしていたが

「吹雪ちゃんが嬉しそうなら仕方ないわね・・・」

と一言

そして俺達は3人で長い階段を上り神社へとたどり着いた。

「ここが××神社・・・なかなか立派ね」

大淀は境内を眺めてそう呟く。

ひとまず入り口で手を清めてから俺は

「それじゃあその雲人さんが居るかどうか確かめてくるからここで待っててくれ」

俺は二人にそう言って社務所の方へ向かい

「すみませーん雲人さんいませんかー」

そう声をかけてみると

「はーい」

という返事が聞こえしばらくして社務所から雲人さんが出て来た

「おや?謙さんじゃないですか。どうされましたか?ん?その恰好・・・・」

彼は以前のような優しい表情で俺を迎えてくれたが何やら俺の服装が気になっているようだった

「この間のお礼と約束通り仲直りした友達を紹介しに来たんですけど」

俺は後ろで待っていた吹雪と大淀を紹介しようとすると

「噓・・・・・・・・」

彼の表情が急に変わった。

「雲人・・・さん?」

俺はそう呼びかけるが彼はただただ目を丸くしてその場に立ち尽くしている

「噓・・・・そんな・・・・・・だって・・・・あの子は・・・・」

俺の言葉が耳に入っていないのか彼はそんな事をぶつぶつと言って吹雪の方を見つめている

「あの・・・雲人さん?」

俺がそう呼びかけなど聞き入れぬまま彼は俺を通り越して後ろに居た吹雪を抱きしめていた

「うわぁ!!あなた誰なんですか!?そんな・・・いきなり抱きしめてくるなんて・・・・そんな・・・・ダメですよぉ・・・」

吹雪も突然の事に驚きを隠せていない様でじたばたしている

「ああ吹雪・・・・会いたかった・・・・・あなたに会えたらずっと伝えようと思ってた・・・・あなたの・・・あなた達のおかげで私は今こうして立派に人として生きています・・・・吹雪・・・・・ありがとう・・・・・私の・・・大切な姉さん・・・・」

彼は吹雪を抱きしめ涙を流している

「やめっ・・・!何で私の事知ってるんですか!?姉さん!?私はあなたの事なんか知りません!!離してっ!離してください!!」

吹雪は突然の事に彼を振りほどこうと必死だ。

一体どうしてしまったのだろう?なんで雲人さんは吹雪の事を知っているんだ?あの写真の少女達と何か関係があるのか?

その時の俺にそんな事を知る術も無く、目の前では雲人さんが涙を流しながら吹雪を抱きしめていてそれをただ見ているだけしか俺には出来なかった。



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妹として兄として

 一体どうしたっていうんだ?俺はとりあえず雲人さんと吹雪が居る方へ走った。

「雲人さん!一体どうしたんですか!?吹雪もびっくりしてるんで離してやってください・・・・ちょっと雲人さん聞いてます?雲人さん!雲人さん!!」

俺がそう呼びかけると雲人さんは我に返ったのかハッとして吹雪を離し、雲人さんの手から離れた吹雪は俺の方へ走って来て俺の影に隠れた。

「ごっ、ごめんなさい・・・私の知り合いに似ていたもので・・・つい我を忘れて・・・そんな事ある筈ないのに・・・ごめんなさいお嬢ちゃん、急にびっくりさせちゃったね・・・」

そう申し訳無さそうに言った

そんな雲人さんを吹雪は俺の影からじっと見つめている

気まずい感じになってしまったので

「紹介するよ。この人は前に山で遭難しかけた時に俺を助けてくれた稲叢雲人さん」

俺はひとまず吹雪と大淀に雲人さんの紹介をした。

それを聞いた吹雪は俺の陰から

「吹雪・・・です・・・」

と恐る恐る名乗り、それに続ける形で大淀も

「え、えーっと・・・その・・・謙・・・いえ提督を助けていただいた様でありがとうございます・・・はじめまして。私、大淀と言います」

少し気まずそうに頭を下げた。

そんな大淀の言葉を聞いた雲人さんは

「提督?あなたが・・・?それにやっぱりその子は・・・」

そう言って俺を見つめてきたので

「はい。数ヶ月前に着任して提督やってます。それに雲人さん、吹雪の事を知ってるんですか?」

と俺は答える。

「そうだったのですね。あなたが新しい提督・・・・話はしれいか・・・いえ、愛宕さんから聞いていました。私の前に吹雪が再び現れたのもきっと何かの縁です。立ち話もなんですから小屋まで来てください。先ほどの無礼のお詫びと言ってはなんですがお茶くらいはお出ししますよ。それに少しお話ししたい事があるんです。そちらのお二方もどうぞ」

話したい事ってなんだろう?

そんな疑問を抱いたまま雲人さん俺達をこの間泊めてくれた小屋へと案内した。

吹雪はさっきの事があったからなのか少しびくびくとして俺にくっついている。

そして部屋に通され

「それではお茶の用意をしますからそこにおかけになって待っていてください」

雲人さんはそう言うと台所の方へ行ってしまった。

そして雲人の居なくなったのを見計らって

「お兄ちゃん・・・あの人・・・怖い・・・でもあの人が怖いんじゃないの・・・私、あの人の事なんか全然知らない筈なのに何故かあの人を知ってる様な気がするの・・・それがなんだか怖くて・・・」

と吹雪が俺にこっそりと耳打ちしてきた

「大丈夫。あの人は悪い人じゃないから。なんたって山でぶっ倒れてる俺を助けてくれたんだからさ。きっとさっきのはその・・・なんだ。俺にもよくわからないけどきっと何か深い事情があるんだよきっと」

俺はそう吹雪をなだめる。

それからしばらくして雲人さんがお茶菓子とお茶をお盆に乗せて戻って来た。

「さあどうぞ召し上がってください」

雲人さんはそう言うが大淀は疑念の表情で出された菓子やお茶を見つめていた

「そんなに警戒しなくても毒なんて入っていませんよ」

それを見た雲人さんはそう言って一つお茶菓子をつまんで食べて笑ってみせた

「そ・・・そうですか。すみません頂きます・・・・」

大淀はそう言ってお茶を飲み始めた。

それを見た吹雪も遠慮がちにお茶菓子に手をつける

そして俺達がお菓子を食べ終わって少ししてから

「謙さんが新しい提督だったのですね。すこしびっくりしました。そちらの大淀さんは秘書官かなにかなんですか?」

雲人さんがそう尋ねてくる。

「はいそうです。」

「そんな大淀さんと喧嘩して山で倒れていたんですね。でも仲直り出来た様で良かったです」

雲人さんは嬉しそうにそう言ってくれた。

「ありがとうございます雲人さん。それで・・・話したい事ってなんですか?」

俺は尋ねた。

「はい。あなたが提督ならこのお話はしておくべきだと思いまして・・・そこに写真立てがありますよね?」

そう言って雲人さんはこの間見た写真が入れられている写真立てを指差した。その写真立てはまた伏せられている。

そんな写真立てを雲人さんは手に取りテーブルに置いた。

それを見た吹雪は

「噓!?これ・・・私・・・・?それになんで・・・・ここに写ってる子・・・私皆知ってる・・・・会った事も話した事も無い筈なのに・・・・」

そう驚きの声を上げる

「雲人さん・・・あなたもしかして・・・」

大淀が何かを言おうとすると

「叢・・・雲・・・ちゃん・・・・?」

吹雪が雲人さんを見つめ涙を流しながらそう呟いた

「叢雲?」

俺は首を傾げる

すると

「吹雪ちゃん・・・いえ、吹雪・・・」

雲人さんも目に涙を溜め吹雪を見つめた

「あなたの事もこの写真に写ってる子の事もみんな知らない・・・・知らないはずだけど何故かあなたの事も知ってる気がする・・・・あなた叢雲ちゃん・・・だよね?」

「はい・・・・吹雪」

吹雪は雲人さんの事を叢雲と呼び、雲人さんはその呼びかけに答えたそして一体どういう事なんだ?

俺が訳もわからずにモヤモヤしていると

「謙、私達が艦の記憶を受け継いでいるのは以前の阿賀野の一件で知ってるよね?私にもうっすらとだけどそんな大淀としての艦の記憶が混じってるの。でね、多分だけどあの写真に写ってる吹雪ちゃんは今の吹雪ちゃんより前の吹雪ちゃん・・・そして他に写っている子達は吹雪型の艦娘達だと思うの。私には姉妹艦の記憶がないから分からないけど吹雪ちゃんには姉妹艦の記憶を少しだけ引き継いでいるから写真の子達をかろうじて認識できるのかも・・・それにあの雲人って人は・・・きっとあの写真に写ってる青白い髪の子よ」

大淀は俺にこっそりそう言った。

たしかに写真に写っている少女は雲人さんに髪の色も似ているしどこか面影もある。でも雲人さんが艦娘・・・・?男なのに?いや・・・そんな人を俺は今までにも沢山見て来たじゃないか。

それなら今さっきまでの状況にも合点がいった。

「あの・・・雲人さん・・・この写真の吹雪は・・・」

俺は早速雲人さんに尋ねる

「はい。この事をお話する為にここまで来て頂いたんです。それにしても吹雪がまたあの鎮守府に着任した事を教えてくれないなんて司令官も意地の悪い人です」

雲人さんはそう悪態を突いた。多分司令官っていうのは愛宕さんの事なんだろう。そして雲人さんの口からこの写真の艦娘達の事が語られ始めた。

「私は叢雲という名前の艦娘でした。それ以前は孤児院暮らしだったのですがそんな孤児院から私ともう一人の子供に艦娘の適正があるからとある施設に移されたんです。私達はそこで艦娘にされました。そして艦娘として生きて行く事を余儀なくされた私達が鎮守府へ着任した時に吹雪や白雪、深雪と出会ったんです。私達2人を男だと知りながらも彼女達は優しく姉として支えてくれました。そんな彼女達のおかげで私達は辛い戦いもくぐり抜ける事もできたんです。そして最後の殲滅作戦が開始される直前に吹雪は私達にあなた達の本当の名前を教えて。と聞かれたんです。私達は孤児院に入る前から名前なんて意識した事も無かったですし孤児院でなんと呼ばれていたのかも思い出せませんでした。そんな私達に吹雪は名前をくれたんです。戦いが終わったら人として生きて行って欲しいからと私に雲人、そしてもう一人には雪生人(ゆきと)という名前を・・・これは戦いが終わった後しっかり男の子として生きて行ける様にとそんな名前にしてくれた様で吹雪達が精一杯考えて私と雪生人に付けてくれた宝物です。その日に撮った写真がこの写真でこの青白い髪の子が私でこのぱっつんで髪の長い子が雪生人です」

雲人さんはそう言って指を指した。

あれ・・・こっちの髪の長い子もどこかで見た事がある様な・・・・

俺がそう思っているうちに雲人さんは話を続けた

「それから数日後、殲滅作戦が始まり、私達吹雪型5人ももちろん出撃しました。そんな時雪生人が航行不能になる程のダメージを受けてしまったんです。そんな時吹雪達は私に雪生人を連れて退避する様にと言って来ました。私は断りましたが吹雪達はそれを聞き入れてくれず、最後には私に砲を向けてまで無理矢理退避をさせたんです。そして私はやむなく雪生人を連れて帰投しました。そして戦いが終わり吹雪、深雪、白雪が沈んでしまった事を知り、私は行き場の無い感情を航行不能になっていた雪生人にぶつけてしまったんです。あんたのせいで皆が皆が沈んでしまったんだと。本当は誰のせいでも無いと言うのに私はそう言って彼を傷つけてしまったんです。それっきり彼は部屋の中で引きこもる様になってしまってその後の配置変更の際私は逃げる様に鎮守府を離れてこの神社に引き取られたんです。もうそれからずっと彼には会えていません・・・・これが今に至るお話です。昔話に付き合わせてしまってすみません」

雲人さんはそう言って深呼吸をした。

「そしてここからが本題です」

と雲人さんは続ける

「本題・・・?」

「はい。お願いが二つあります。これはあなたが提督だから頼める事なんです」

雲人さんは真剣な面持ちでそう言った

「まず一つ・・・・この吹雪ちゃんを私のもとに預けてはくれないでしょうか・・・?無理な事だとは分かっています。でも・・・もう吹雪に傷ついて欲しくないんです。今の私なら吹雪一人くらいを養えるだけの甲斐性はあります。だから吹雪に艦娘を辞めさせてください!私には吹雪の妹として・・・そしてこの子の兄としてこの子を幸せにしてあげる義務がある筈です!!だから・・・」

なんだって!?吹雪を預けろだなんてそんな急に一方的な・・・

でも吹雪が傷つくのを見たくないのは俺も同じだ。そんな吹雪を艦娘として出撃させて戦わせるなんて矛盾した行為ではないのか?むしろ戦いから離れて暮らした方が吹雪も幸せなんじゃないか?

俺もそんな事を考えてしまう。でも俺も吹雪と離れたくはない。でも本当にそれで良いんだろうか・・・・?

俺がそんな自問自答をしていると

「勝手な事言わないでください!!」

俺よりも先に吹雪がそう声を荒げる

「吹雪・・・?」

「確かに私は吹雪です!でもあなたの知っている吹雪さんじゃない!そんな私を無視して勝手にお兄さん面するのは辞めてください!それに私は今司令官と一緒に居る事が一番幸せなんです。その幸せを守る為なら傷ついたって構いません!だからお気持ちは嬉しいですけど私は艦娘を辞める気はありませんしあなたに養われるつもりもありません!私は吹雪だけど・・・それでも私は私自身として生きて行きたいんです!あなたが私のお兄さんだと言うのなら・・・私に幸せになって欲しいと思うなら私を司令官から離さないでください!大淀さんがいて皆が居て・・・そこに居られる幸せを奪わないで・・・・でも・・・私の事を妹だって言ってくれるのは嬉しいです。だからお兄さんとして艦娘としての私の事を見守ってくれると嬉しいです・・・・」

吹雪はそう言った。

それを聞いた雲人さんは少し安心した様な表情で

「そう・・・だよね。ごめんなさい吹雪ちゃん。あなたの今を考えずに先走ってしまって・・・・そう思えるだけあなたが謙さんに大切にされていると言う事がわかって安心しました。それなら無理に引きはがす様な事はしません。謙さん、これからも吹雪ちゃんを私の分まで大事にしてあげてください」

雲人さんはそう言った。

「は・・・はい!」

俺はそう答える

「変な事を言ってしまってすみませんでした。そして二つ目のお願いなのですが・・・・私を雪生人に会う手伝いをして頂けないでしょうか?」

会わせる・・・?会わせるも何も俺は雪生人という人の事を知らない。それをどうしろと言うのか

「あの・・・俺・・・その雪生人さんって人の事知らないんですけど・・・」

「知らない・・・?あの鎮守府に居る筈ですよ?」

雲人さんは首を傾げる。

あの鎮守府に居る・・・?

あっ!

その時ふとあの開かずの部屋から出て来た長い髪の少女を思い出す。顔はよく見えなかったが写真の子と少し雰囲気が似ている気がする。

「もしかすると・・・その子の事知ってるかもしれません・・・艦娘だったときの名前を教えてくれませんか?」

俺はそう雲人さんに告げる、すると

「初雪ちゃんだよ・・・多分。でも初雪ちゃんは鎮守府には居ないよ?」

吹雪がそう言った。

やっぱりそうか。吹雪が知らないのも無理は無い。俺も最近まで知らなかったんだから。

前に雲人さんが言っていた喧嘩した相手っていうのはあの子の事だったのか。それならなんとかなるかもしれないぞ

「多分その人の事、俺知ってます。雲人さんは俺の恩人ですからその頼みは断れないですよ」

俺はその頼みを承諾した

「ありがとうございます謙さん・・・何度か会いにこうとはしたんですが鎮守府を目にすると怖くなって足がすくんでしまって・・・・情けないですよね私・・・ところで彼は・・・初雪は今も引きこもっているんでしょうか?」

「はい。俺も最近まで存在を知らなかったくらいには引きこもってます」

「そう・・・ですか」

雲人さんの表情が更に暗くなった。

「でもきっと雲人さんの気持ちを伝えれば初雪もなにかしら返事をしてくれる筈です。気持ちを伝えれば少しは楽になるしその後どうなるかはその時考えれば良いって言ってくれたのは雲人さんじゃないですか。大丈夫。鎮守府に入るのが怖くなっても俺達が付いてますから!」

俺がそう言うと吹雪が不思議そうな顔をして

「どういう事・・・?初雪ちゃんが鎮守府に居るの?」

と尋ねてくる

「ああ。さっきの雲人さんの話通り鎮守府の一室で引きこもってるんだよ。鎮守府に開かない部屋があるだろ?そこに住んでるんだ」

俺は吹雪に説明した

「そうだったんだ。私の姉妹艦・・・・雲人さんと同じで私の・・・吹雪の方がお姉さんだけど私より先に生まれた艦娘だからお姉さんってことになるのかな?不思議な感じ・・・・でもそんなお姉さんに私も会ってみたい!」

吹雪は目を輝かせる

「吹雪もこう言ってますし会いにい行きましょうよ」

「えっ!?でもまだ私心の準備が・・・」

雲人さんはおどおどとしている

「思い立ったが吉日ですよ!今日会えなかったら多分次も会えません!だから今日会いにいきましょう!俺もあの子に話したい事があるんですよ。だから行きましょう!!」

「うわっ!ちょっと謙さんそんな急に!!」

俺は雲人さんの手を取り小屋から連れ出した。




50話突入企画としてこの話の構造上主人公以外の登場人物同士の絡みが少ないので特定の登場人物2人をメインにしたお話を番外編と言う形で書こうと思います。なので絡みが見たいキャラがいましたら2人挙げてコメントかメッセージまでお願いします。
お題箱でも受け付けていますのでそちらでもどうぞhttps://odaibako.net/u/tys_me_rrg


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ひつじ雲の行方

大変お待たせしました。


 俺は雲人さんを小屋から連れ出した。

その手はとても細く、少しひんやりとしていて男のものだとは思えなかった。

「ちょっ、離しなさ・・・離してください!!」

そんな雲人さんの声が背中から聞こえる。そしてその更に後ろから

「謙待って!!そんなに走ったら・・・!」

大淀の声も聞こえてくる。

それからしばらくして俺と雲人さんは階段に差しかかり

「謙さんっ!分かりました!!引っ張らなくても行きます・・・行きますから!!階段でそんな無理に引っ張られると危な・・・」

雲人さんがそう言った刹那

「きゃあっ!」

雲人さんはつまづいたのかそんな声を上げてこちらに倒れ掛かって来た。

「うわぁぁぁあぁ!」

まずい。このまま倒れられたら雲人さんはおろか俺もろとも階段を転がり落ちてしまう。それだけはなんとか阻止しなければ・・・・!!

「うおおおおおおおお!!!!!」

その時俺にも何が起きたのかはっきりとは分からなかったが気付いた時にはバランスを崩した雲人さんの腕を思いっきり引っ張って宙に浮かせ、そのまま抱える様に抱いていた。

いわゆるお姫様だっこという奴である。

まさか人生発のお姫様抱っこをする相手が男になるなんて・・・・

いやそれにしても雲人さんめちゃくちゃ軽いな・・・本当に女の子みたいだ。

俺がそんな事を考えていると

「ちょっ、なにすん・・・じゃなかった何してるんですか謙さん!早く降ろしてください!恥ずかしいです!!それに危ないですって!!」

雲人さんのそんな声が聞こえ、彼は俺にぎゅっとしがみついている。

止まりたいのは山々だが体重は常に前にかかっているので無理に立ち止まろうとすればこのまま転んでしまうだろう。

被害を最小限に食い止めるにはもうこのまま一気に階段の無い場所まで降りるしか方法は無い!

そう決心し

「ごめんなさい雲人さん!もうちょっと我慢しててください!!」

俺は雲人さんにそう言って抱える力を強め、そのまま階段を駆け下りた。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

駆け下りている最中雲人さんの悲鳴が聞こえたが俺はそんな事をもろともせずなんとか階段を下りきり、平坦な場所で思いっきり後ろに体重を駆けて腰に力を入れなんとか立ち止まる事に成功した。

我ながら凄まじい事をやってしまった気がする。

「はあ・・・はあ・・・・大丈夫ですか?雲人さん・・・」

俺は抱きかかえていた雲人さんの顔を確認すると

「はぁ・・・・謙さん・・・・あなた強引な人なんですね・・・」

雲人さんは顔を赤らめ目を潤ませていた

胸に抱えているだけあって顔が近いし女顔な事もあってそんな表情に俺はドキッとしてしまう。

「ごっ、ごめんなさい!今降ろしますね!!」

俺は照れ隠しにそう言って雲人さんを地面に降ろした

「はぁ・・・・まさかこの年になってお姫様だっこをされる事になるなんて思いませんでした・・・それに私男なんですよ?」

雲人さんはそう言って恥ずかしそうに俺を見つめる

その表情はなんだろう・・・元々幻想的な青白い髪に男とは思えない白い肌が赤く火照ってこちらを見つめるの幻想的な姿は正に異世界のお姫様の様だ。

俺はそんな雲人さんに見とれていた

「あの・・・何か私の顔に付いていますか?その・・・・そんなに見つめられると恥ずかしいですよ・・・」

そんな雲人さんの声で我に返った俺は

「ごめんなさい!!その・・・綺麗だったんで!!」

ぽろりと本音を洩してしまう。

しまった!やってしまった・・・絶対変な奴だって思われるよ・・・

「ああその綺麗って言うのはなんて言うかその・・・えーっと・・・・」

俺は必死に弁明をしようとしたがそんな姿を見ていた雲人さんは

「綺麗・・・ですか。あ、ありがとう・・・・ございます」

そうきょとんとした顔で言った。

予想していた反応と180度違う反応が来たので俺は反応に困ってしまい結局そのまま黙ってしまった

それから間もなく息を上げて大淀と吹雪がこちらに駆け寄って来る

「はぁ・・・・はぁ・・・・謙・・・・!大丈夫!?怪我は無い?」

大淀は心配そうに声を駆けてくる

「あ、ああ・・・なんとか大丈夫」」

少し肩が痛むが言う程でもないと思ったので俺はそう返事をした。

しかしそんな俺よりも息を上げてしんどそうにしている大淀が心配になって来たので

「お前こそそんな息上げて大丈夫なのかよ?ちょっと休憩してから行くか?」

そう大淀に尋ねると

「はあ・・・はあ・・・・気にしないで。大丈夫だから・・・・早く鎮守府に戻りましょう・・・・」

大淀は息を上げながらそう答える。そんな姿を見た吹雪も

「お姉ちゃんしんどそう・・・少し休んだ方が良いよ」

と大淀の身を案じている。

流石にこのまますぐに歩き出す訳にもいかないので

「無理しなくて良いんだぞ?そこまで急ぐ事も無かったな。ごめん大淀」

俺は少し勢い良く飛び出しすぎてしまった事を謝罪した。そして丁度手前にベンチがあったので

「あそこで少し休憩しよう」

と言って大淀を誘導した

「ふぅ・・・・やっぱりデスクワークしかやってないと急に走るのは疲れるわね・・・」

大淀はそう苦笑する

「お前は大淀になる前から少し走ったらそんな感じになってただろうが」

俺は以前の彼女・・・いや彼の事を思い出す。

いつも俺が彼の手を引いてどこかに連れ回しては日が落ちるまで色々な事をしたものだ。

そこで出来た沢山の思い出は彼がどんなに変わっても忘れられない大切な思い出だ。

「そう・・・だったね・・・・私も少し運動した方が良いかな」

大淀はそう言って笑った。

「お姉ちゃん!それじゃあ私と一緒に走ろうよ!天津風ちゃんと春風ちゃんも居るよ!!」

吹雪は目を輝かせて彼女に言った。

「あ・・・うん・・・考えておこうかな〜でも私・・・朝は秘書官のお仕事で忙しいから・・・」

大淀はそう曖昧な返事を吹雪に返した。

こいつ絶対走りたくないだけだぞ・・・

そんな二人のやり取りを雲人さんは不思議そうに見ている。

「あの・・・・吹雪ちゃんはなんで大淀さんをお姉ちゃんと呼んでいるのですか?それに謙さんその前からと仰っていましたが大淀さんとは艦娘になる前からのお知り合いで・・・?」

俺にそう尋ねてくる

「あ、ああそれには色々訳があって・・・」

俺は雲人さんに俺と大淀の関係、そして吹雪との出会いの一部始終を雲人さんに話した。

一応どちらも男だと言う事は伏せて

「そうだったのですね・・・以前からのお友達・・・それに吹雪ちゃん、辛かったでしょう?でも今はお友達も居て、お兄さんと慕える人が居て・・・私も羨ましいです」

そう言って吹雪の頭を撫でた

「あ、ありがとう・・・ございます。雲人お兄さん・・・・」

吹雪は恥ずかしそうにそう言った

「い、今・・・お兄さんと言ってくれたんですか!?」

雲人さんはその言葉に驚く

「は、はい・・・さっき見ず知らずの私を妹だって言ってくれて・・・それにあなたは・・・叢雲ちゃんは私の大切な妹だって私の中の吹雪の記憶がそう言うんです。でも私より雲人お兄さんの方が私よりよっぽどお兄さんで・・・それにお兄さんは私には無い大切な自分自身の名前も持ってる。だから雲人お兄さんって呼ばせてください」

吹雪がそう言うと雲人さんはまた泣き出す

「ありがとう吹雪ちゃん・・・・ごめんね・・・私、お兄さんだって言われてこんなに嬉しいだなんて思わなくて・・・・吹雪ちゃんの前で泣いちゃう情けないお兄さんでごめんね・・・」

と涙を拭いながら言った。

すると吹雪は雲人さんの頭を撫でて

「お兄さんがどれだけ吹雪ちゃんと・・・その吹雪ちゃんから貰ったその名前をどれだけ大切に思ってるのか・・・自分でも信じられないくらいに分かるんです。私じゃない吹雪ちゃんが付けてくれたその名前のことを好きでいてくれると私もなんでか分からないけど嬉しいと思えるから・・・・」

吹雪はそう言った。

やっぱり吹雪も艦としての記憶を引き継いでいてきっと雲人さんと初雪を助けた以前の吹雪も今俺の目の前にいる吹雪にも影響を少なからず与えているんだろう。

そんな吹雪が雲人さんの事をお兄さんと呼ぶ事に俺はどこか寂しさの様な物を感じていた。なんでだろう・・・今まで俺を兄と慕ってくれていた吹雪が少し遠い存在に思えてしまう。

そうだよな・・・俺はあくまで吹雪の提督でしかないんだよな・・・・それに比べたら雲人さんの方が俺なんかよりずっと吹雪に近い存在じゃないか。

 

そんな俺の事を知ってか知らずか

「でも私のお兄ちゃんはお兄ちゃんだけだからね!その・・・血のつながった兄弟でも姉妹艦でもないけど・・・その・・・・上手く言えないけどお兄ちゃんは私のお兄ちゃんだから!雲人お兄さんは・・・そう!親戚みたいな感じ・・・かな・・・?」

「ははは・・・なんだよそれ」

「親戚・・・ですか・・・まあ良いです。吹雪ちゃんがそれでいいのなら親戚だってなんだって」

雲人さんは少し残念そうな顔をしたがそう言って笑った

「うーん・・・・でもお兄ちゃんはひとりぼっちだった私を初めて家族だって言ってくれたから・・・・それが本当に嬉しくて・・・これは艦娘の吹雪としてじゃない。一人の人間としての私の・・・誰でもない私自身の思いだからお兄ちゃんは今まで通りお兄ちゃんで居て欲しいな」

「吹雪・・・」

俺はそんな言葉にとても安心を覚えていた。。

以前吹雪は俺が居ないとダメだと言っていた。

しかし俺もそれと同じくらいに吹雪が居なければダメになってたんだ。吹雪は本当にかけがえの無い存在なんだと再認識させられた。

ずっと吹雪は俺に依存をしている物だと思っていたが俺も吹雪に依存していたんだ。

側に居る約束をしたからとかではなく今は俺も吹雪の側に居たいんだ。

このままずっと同じ部屋で一緒の布団で眠るような依存される関係を続ける訳にもいかないと少しばかり危機感もあるが今は・・・まだ当分はそんな吹雪の言葉に甘えていよう。

「ああ。ありがとう吹雪」

俺の口から自然にそんな言葉が出ていた。

 

そして休憩も一段落し、俺達は再び鎮守府に向けて歩き始める

「うう・・・・やっぱり緊張します・・・」

雲人さんはそう言って身を強張らせている

「大丈夫ですって!ここまでこれたんですから!それに俺も・・・吹雪も付いてますから!」

「そうですよ雲人お兄さん!私も一緒に居てあげますから・・・!だから私をもう一人のお兄さんに会わせてください!!」

吹雪は俺に続いてそう言った

「そう・・・だよね。吹雪ちゃんがそう言うなら私も頑張らないと・・・」

雲人さんの表情が変わる。どうやら覚悟を決めた様だ。

そして鎮守府に到着した俺達を高雄さんが迎えてくれた。

「あら?提督。みんな揃ってお出掛けですか?それに・・・叢雲ちゃんじゃない!珍しいわねここまで来るなんてまた背、伸びたんじゃない?」

高雄さんは驚いた顔で雲人さんを見つめた

「は・・・はい・・・お久しぶりです高雄さん。私・・・初雪に会いに来たんです」

雲人さんは言った

「そう・・・やっと会う気になってくれたのね。きっとあの子もずっと待ってたと思うわ。出て来てくれるかどうかは分からないけど・・・それにそろそろ髪も切ってあげないといけないんだけど最近呼んでも全然出て来てくれなくて・・・」

高雄さんが不安そうに言う

「ごめんなさい。初雪がご迷惑をおかけして・・・」

雲人さんはそれを聞いて申し訳無さそうに頭を下げた

「いいのいいの。あなたが気に病む事じゃないわ。それじゃあ付いて来て」

高雄さんはそう言うと俺達を初雪が引きこもる部屋の前へと連れていった

いつ見ても扉にびっしりと張られたno entryと書かれたテープは物々しい

高雄さんがそんな扉をノックし

「初雪ちゃんあなたにお客さんよ。初雪ちゃん?」

と呼びかける

しかし扉の先から返事は無く高雄さんがなんどか呼びかけていると

「・・・・うるさい・・・私の安眠を妨害しないで・・・」

という小さな声が扉の向こうから聞こえて来た

「初雪ちゃん!起きてるなら出て来て!!」

高雄さんはその声にそう呼びかけるが

「やだ」

扉の向こうからはそんな声がする

「なんで嫌なの?あなた髪も伸びて来てるでしょ?そろそろ切らなくちゃ・・・」

「めんどくさい。それに・・・・ねむい。だからドア叩くの・・・やめて」

「初雪ちゃん!はぁ・・・・・ごめんなさいね。せっかく会いにきてくれたのに」

高雄さんも万事休すと言った感じでため息を吐く

仕方ない。ここは高雄さんより他の人の方が話を聞いてくれるかもしれない

「俺が呼んでみます」

「ええ!?提督が?無理ですよ・・・私でも出てきてくれなかったんですから」

高雄さんは俺を止めるが

「いえ。俺もやってみます。それに俺も初雪と話しがしたいんです。だから物は試しですよ」

俺は意を決して物々しい扉を叩く

「おーい初雪・・・・その・・・・俺・・・ここに着任した新しい提督の大和田って者なんだけど・・・挨拶がしたくってさ・・・」

しかし俺の呼びかけに扉の先から全く反応は無く

やっぱダメか・・・・そう思った時

「あ・・・あのときの・・・・さえない幸の薄そうな人・・・・?」

という小さな声が扉の先から聞こえてきた。

幸が薄そうなのは余計だ!でも食いついてくれた。もしかしたら開けてくれるかもしれない

そんな俺を雲人さん達は固唾を飲んで見守っている。これは責任重大だぞ・・・・

そんな事を考えていると続けざまに扉の向こうから

「お客さんってあなたの事・・・・?」

という声が聞こえてくる

そうか。当たり前と言えば当たり前だけどまだ雲人さんが来てる事は初雪はわかってないんだ。

「そ・・・そう!この間君の事を幽霊呼ばわりしちゃったからさ・・・そのお詫びもしたくてさ・・・とにかく・・・その・・・・一応君もここに住んでる艦娘だし・・・提督として挨拶くらいはしとかないと・・・・って思って」

「私・・・・もう艦娘じゃないし・・・別に放っておいてくれてもいいし・・・」

「そ・・・そうだったね。ごめん・・・それでもここに住んでる以上は一回面と向かって挨拶したいしこないだの事も謝りたいんだよ。だから一回君に会って話をしてみたいなーって・・・・」

「「もーいい・・・寝かせてよ・・・・私の司令官はもういないし・・・・私は艦娘をやめたから・・・・もう構わないで。私こう見えても忙しいから・・・それにもうあの事怒ってないし・・・・ね?もうこれでいいでしょ?」

「えーっと・・・俺はそれでも君に会ってみたいなーって・・・・」

ダメだ。これ以上言う事が見つからない・・・

「あなたいい加減しつこい・・・・!私はもう艦娘はやめたしあなたにも誰にも会いたくもないの!!帰って!!」

初雪は声を荒げた

「それじゃあお前はずっとそうやってその部屋の中で一人で居るつもりなのかよ!?」

俺もそんな初雪につられて少し声を荒げてしまうが

「提督、もうやめましょう。これ以上無理に刺激しても逆効果です・・・」

高雄さんが俺を諌める

すると

「アンタいい加減にしなさいよ!!!」

俺の後ろからそんな声が聞こえてくる。その声は聞き覚えがある。

しかしそれはいつもの様な落ち着きのある声では無い。いや。一回こんな喋り方をしていた彼を俺は知っている。

「雲人・・・さん・・・・?」

俺は恐る恐る声の方に振り返ると雲人さんが眉間にシワを寄せて涙を浮かべていた

「むむむむむ叢雲!?な・・・・なんでここにいるの・・・・!?」

扉の先からも初雪の驚いた声が聞こえてくる

「すみません高雄さん、謙さん。急に大きな声出して。私・・・さっきまで初雪が出てこないことに今日はもう会わなくて良いってどこかで安心していました。でも・・・・やっぱりそれじゃダメなんです。だから・・・私が直接話します」

雲人さんはそう言うと扉へと一歩一歩を踏みしめる様に歩みを進めた。

 



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【side初雪】雪雲の行き着いた先

今回は初雪視点でお話が進みます。


 私があんな事を言って無ければもう少しマシな今を送れていたのかもしれない。

 

「いつまでウジウジしてんの?私だって辛いけど吹雪に言われた以上吹雪達の分まで頑張らないと・・・!ちゃんと真っ当に人として生きて行くの」

青白い髪をした私の妹・・・・いや弟なのかな?がそう言って私に手を差し伸べてくれた。きっと彼も辛いだろうけど彼なりに私を元気づけてくれていたのだろう。

でも私は

「いや・・・・私なんかが生き残って・・・それで吹雪達の分まで生きるなんてそんな大層な事私には・・・・できない・・・・それなのになんでそんな事平気で言えるの!?こんな気持ちになるなら私があのまま吹雪達の代わりに沈んでたらよかったんだ・・・・!」

私はそう言って彼の手を振り払った。

本当は彼に慰めて欲しかった。そんな事無いってそれでも一緒に人として生きて行こうって手を引いて欲しかった。

でも

「なっ・・・・そ、そうよ!!アンタが大破なんかしなかったら吹雪達は死なずに済んだのよ!!全部アンタのせいよ!!もうアンタなんか知らない。ずっとそうやって日影でウジウジしてれば良いのよバーカ!!!」

彼は涙を浮かべてそう吐き捨てて行ってしまった

 

吹雪達が沈んだのは私のせい・・・?

 

私が撤退したから・・・・?

 

違う

 

私のせいじゃ無い・・・!

 

でも・・・・

 

「違う!私は・・・・私は・・・!」

 

そう言いかけた所で私は目を覚ます。

「嫌な夢見ちゃった・・・」

久しぶりにあの時の事を思い出し少し嫌な気分になった。

そして霞む目を擦り時計を眺めるともう昼過ぎだ。こんな生活が当たり前になってからどのくらい経っただろう・・・・そんな事すら考える事をやめていたがあの時の事を思い出すとつい考え込んでしまい嫌な気分になる。

「顔・・・洗わなきゃ・・・」

重い身体を持ち上げ洗面所へ向かう

そして洗面所の鏡に映ったのは髪は伸びきり死んだ魚のような目をしていた私だった。

「はは・・・本当に幽霊みたい・・・・」

少し前に新しく着任してきたという司令官の言っていた言葉を思い出し自嘲する。

そのまま自分の顔を見続けるのも嫌なのでさっさと洗顔を済ませいつもの定位置につき、ネットサーフィンを始めた。特にやる事もないのでいつもこんな調子で眠くなるまでネトゲかネットサーフィンで時間をつぶしているのだ。

そしていつも巡回している動画サイトで動画を見ていると動画の上に表示されるニュースサイトの

【第2次深海棲艦撃滅作戦から5年進まぬ復興、相次ぐ深海棲艦被害】

というバナーに目がいってしまう。

「そうか・・・もうあれから5年経つんだ・・・・」

もうこんな引きこもり生活をして5年経つという現実を直視した私はとても長い時間を無駄にしてしまったような気がして怖くなった。

そんな時脳裏にあの人達の事が思い浮かぶ

 

「初雪ちゃん!叢雲ちゃん!私達からプレゼントがあるの!」

「私と吹雪さん・・・深雪さんの3人であなた達の名前を考えたの!」

「結構頑張って考えたんだぜ?じゃーん!」

そういうと何やら漢字が書かれた半紙を渡される。

「ゆき・・なま・・・・ひと・・・・?」

 

「初雪ちゃん。あなたのは雪に生に人って書いてゆきと!叢雲ちゃんは雲に人って書いてゆくと!あのね・・・?戦いが終わったら2人にはまた人として生きて行って欲しいなって・・・本当はあなた達を戦場に駆り出させない様に頑張るのが私達の勤めだったのにあなた達を命の危険に晒してしまった私達艦娘からのプレゼント・・・だから大事にしてね?」

どこか寂しそうだけど覚悟を決めた吹雪の顔は私の脳裏に焼き付いて離れない

 

吹雪達は今の私を見たらどう思うだろう・・・・?

このままじゃダメだ。そう心のどこかでは思っているがきっと高雄さんも他の皆も私のせいで吹雪達が沈んでしまったと思っているに違いない。

そう思うと怖くて部屋から出られない。

そうだ。全部私があそこで大破してしまったから・・・

全部私が悪いんだ。それにこんな女なのか男なのかもわからない身体で外に出てもきっと気味悪がられてしまうだけ。それならずっとここに居た方がみんな幸せなはずだ。

だれにも迷惑はかけていないしお金も自分で稼いでいる。

 

だから・・・・私は外に出なくても・・・ここに居ても良い・・・

 

嫌な事を思い出したらいつもこうやって自分を正当化している。

少し頭も落ち着いた所で今日もネトゲにログインしようかと思ったその時

扉がドンドンと音を立て、私は突然の事に身を縮ませた

「初雪ちゃんあなたにお客さんよ。初雪ちゃん?起きてる?」

そんな声が扉の向こうから聞こえてくる。

高雄さんだ。でもここ最近面と向かって話してさえいない。

きっと高雄さんも口ではああいっても私の事を嫌っているに違いない。

それにしてもお客さんって誰だろう・・・・?

誰であってもめんどくさいし会う気はないから帰ってもらおう。

私はパソコンを閉じ扉の前に座り込み

「・・・・うるさい・・・私の安眠を妨害しないで・・・」

と声をひねり出した。

自分の口からでたその言葉は自分でもびっくりするくらい小さく消えそうな声だった。

私が返事をした声が聞こえたのか

「初雪ちゃん!起きてるなら出て来て!!」

高雄さんの声が扉越しに聞こえてくる。

いつもはこんなに執拗に私を呼びつけたりしないのに・・・嫌な事を思い出した事もあるしいつもの様に放っておいて欲しい。

なにせ今の私は人に合えるような恰好でもないし・・・

「やだ」

私の口からは自然にそんな言葉が洩れていた。

「なんで嫌なの?あなた髪も伸びて来てるでしょ?そろそろ切らなくちゃ・・・」

そういえば最近髪切ってもらってないな・・・と言っても私が引きこもっているからだけど・・・

だめだ・・・誰が来ているかもわからないし扉は開けたくない。

しかし高雄さんは扉を叩くのをやめないので

「めんどくさい。それに・・・・ねむい。だからドア叩くの・・・やめて」

また消えそうな声をひねり出す。

すると扉を叩く音がぴたりと止まった。

よかった・・・・諦めてくれた・・・・

そう安心したのもつかの間

また扉が叩かれ

「おーい初雪ーその・・・・俺・・・ここに着任した新しい提督の大和田って者なんだけど・・・挨拶がしたくってさ」

という聞き慣れない男の人の声がする。

大和田・・・この間出くわしたここの新しい司令官だろう。暗くて良く見えなかったが私の事を幽霊呼ばわりしていた少しバカそうで幸の薄そうな人だ。

「あ・・・あのときの・・・・さえない幸の薄そうな人・・・・?お客さんってあなたの事・・・・?」

私は扉の向こうに居る彼に尋ねると

「そ・・・そう!この間君の事を幽霊呼ばわりしちゃったしそのお詫びもしたくてさ・・・その・・・・一応君もここに住んでる艦娘だし・・・提督として挨拶くらいはしとかないと・・・・って思って」

と彼は言う

これまで全く干渉してこなかったくせに何を今更。適当に言って諦めてもらおう。

「私・・・・もう艦娘じゃないし・・・別に放っておいてくれてもいいし・・・」

「そ・・・そうだったね。ごめん・・・それでもここに住んでる以上は一回面と向かって挨拶したいしこないだの事も謝りたいんだよ。だから一回君に会って話をしてみたいなーって・・・・」

しつこいなこの人・・・早くネトゲやりたいのに

「もーいい・・・寝かせてよ・・・・私の司令官はもういないし・・・・私は艦娘をやめたから・・・・もう構わないで。私こう見えても忙しいから・・・それにもうあの事怒ってないし・・・・ね?もうこれでいいでしょ?」

よし。これでもう後は放っておいて早くネトゲしよ・・・

私が扉を離れまた定位置に戻ってパソコンを起動させようとしたその時

「えーっと・・・俺はそれでも君に会ってみたいなーって・・・・」

という声が扉の先から聞こえる

本当に諦めの悪いしつこい人だ・・・私の嫌いなタイプ・・・・こんなどうしようもないし自分の特になんかならない事諦めた方が楽なのにバカじゃないの?

私の中から何かが溢れ出してくる。

「あなたいい加減しつこい・・・・!私はもう艦娘はやめたしあなたにも誰にも会いたくもないの!!帰って!!」

私は今日一番に大きい声を出した。私こんな声出せたんだ・・・・

自分でもその大きさに驚いてしまう

するとその言葉で彼を刺激してしまったのか

「それじゃあお前はずっとそうやってその部屋の中で一人で居るつもりなのかよ!?」

という彼の声が聞こえた。

何も知らないくせにしったような口を聞かないで欲しい。

一人で何が悪いの?それに私には貢いでくれる囲いもしょうもない事にも反応してくれるフォロワーも一緒にゲームを遊んでくれるフレンドだっている。これ以上に何があると言うのか。吹雪達を助けてくれなかったこんな現実なんて糞食らえだ。

もうこれ以上話しても何も変わらないし反応しなければあちらもそのうち諦めてくれるだろう

私がまた定位置に戻ろうとしたその時

「アンタいい加減にしなさいよ!!!」

という聞き覚えのある声が聞こえた。

いいや忘れる筈もない。この声は・・・・でもなんで・・・・

「むむむむむ叢雲!?な・・・・なんでここにいるの・・・・!?」

うそ・・・・なんで・・・・?なんであの子がここに・・・・私も酷い事を言ったのに・・・・もう私の事なんかどうでも良いと思ってたのに・・・・

聞き間違いかもしれない。私は扉に耳を付けて外の様子をうかがうと

「すみません高雄さん、謙さん。急に大きな声出して。私・・・さっきまで初雪が出てこないことに今日はもう会わなくて良いってどこかで安心していました。でも・・・・やっぱりそれじゃダメなんです。だから・・・私が直接話します」

そんなあの子の声がして足音がこちらに近付いてくる。

そしてその足音が扉の前で止まり

「ごめんなさい。ここまでしてもらったのに・・・・でも少し私と雪生人の二人だけにしてください」

「は、はいわかりました」

「叢雲ちゃん・・・それじゃあ後は任せるわ」

そんな声がした。

「久しぶり・・・あの・・ね、雪生人と話しをしにきた・・・の」

私の名前を呼ぶ彼の声がする。この名前で私を呼んでくれるのは名前を付けてくれた吹雪たちだけだ。

でも私はこの名前が好きじゃない。

確かに大切な人から貰った大切な名前だ。でもこの名前を受け入れてしまったら吹雪達の願いに背いた生き方をしている事が情けなくてそれに吹雪達に会わせる顔がなくなるから

その口調は以前と変わらない様に思えるたがどこか無理をしている様にも聞こえた。

「ふーん・・・お客さんって新しい司令官じゃなくて叢雲の事だったんだ・・・」

「ええ。ずっとあなたに謝りたかった・・・でもきっと怒ってると思って怖くて会いに来れなくて・・・ごめん・・・」

彼は声を振わせて言った

謝らないといけないのはこっちなのに・・・

それなのに私はここでずっとひとりぼっちで引きこもっていた事を考えると少し自分が情けない。

「あ・・・謝るなんて・・・・そんな・・・・」

「私があんたのせいで吹雪達が沈んだなんて言わなければあなたに辛い思いをさせずに済んだ筈なのに・・・」

確かに私はその言葉で傷ついた。でも本当はただそんな事無いって言って欲しかっただけなのに

でも彼もそんな私にかけた言葉で苦しんでいたんだ。

私が素直じゃなかったから・・・

「そ・・・それは私が・・・・叢雲に代わりに自分が沈んでれば良かったなんて言わなければそんな事言わせずに済んだのに・・・私を連れてあそこから退避したあなただって辛い事なんてわかってたはずなのに・・・全部私のせい・・・ただ慰めて欲しかっただけの私のせいなの!だからもう私の事なんかこのままずっと放っておいてくれれば良かった!!私の事なんか忘れて叢雲・・・・雲人だけでも人として幸せになって欲しいって思ってたのに!!!」

・・・あれ?今私・・・・なんて・・・・

「あ・・・あれ・・・・?おかしいな・・・・なんで私・・・・こんな・・・・」

扉越しとはいえ久しぶりに人と喋ったからなのか?それとも相手が彼だったからなのか?私の口からは今まで彼に言えなかった言葉が自然と溢れていた。

それになんだか頬に暖かい物がつたっていく。

「雪生人・・・・アンタをほったらかしにして幸せになれる訳ないじゃない!アンタは私の・・・艦娘になる前からずっと一緒だった兄弟じゃない・・・私は施設でアンタに声をかけてくれて・・・そんなアンタの言葉に救われてここにいるんだから!!そんなアンタを私が言葉で傷つけてしまったのならなんとしてでもアンタに許してもらわなきゃ・・・・・ずっとずっと怖かった・・・でも・・・あの子が背中を押してくれたから!!!」

そんな彼の声が扉の先から聞こえてくる。

そうだ。彼はずっと私の・・・・ずっと・・・

 

あの頃は何もわからなかったが動かない両親から引き離され、そのまま一人施設に連れていかれた。私自身わけもわからずその施設に連れてこられたのでここの生活に馴染めずにいた。そんな時私は彼と出会った。透き通るような青白い髪をした彼と・・・

初めて施設で出会った頃の彼は今とは別人の様に暗く、いつも隅でひとりぼっちで居る事が多かった。

最初は何もわからなかった私ももう両親に会えない事、ここで過ごして行かなければいけない事を徐々に悟っていた。

それに自分自身もその施設に馴染めず、どこか彼に親近感のような物を覚えていたのかもしれない。

そんな私はある日意を決して彼に声をかける事にした。

「きみも・・・・ひとり?」

「うん。パパもママもしんじゃったんだ」

彼は小さな声でそう言った。

しんじゃった。その言葉が自分にも重くのしかかった。

本当は自分でも感付いていたのかもしれない。でもそんな彼の言葉で自分の両親も死んでしまったのだろうと言う現実を突きつけられる。

それなら自分もこの子と一緒でひとりぼっちじゃないか。それに帰る場所ももう無いし自分にはもう本当に何もないんだという虚無感に襲われ、同時にこの子もそんな虚無感を覚えているんだ。そんな気がして誰かと一緒に居たい。それにこの子を放っておけない。そう思えた。

だから私は

「それならぼくがきみのかぞくになってあげる!」

そう言って彼に手を差し伸べたんだ。

 

「覚えてて・・・くれたんだ・・・・」

「忘れる訳無いじゃない・・・・アンタはずっとずっと私のたった一人の家族なんだから・・・・」

彼は私にそう言ってくれた。そうだ。血なんか繋がってなくても艦娘になる前からずっと彼は・・・雲人は私の側に居たじゃないか

気付いた時には私はドアの鍵を開いていた。

「開いてるよ・・・」

私はわざと素っ気なくそう言ってみる

「開けたんでしょ?入って・・・良い?」

彼がそう尋ねてくる・・・入ってくる?

人を部屋に入れる事なんてなかったので考えて居なかったが私は部屋を見渡しはっとなる

こんな部屋誰かに見られるわけにはいかない!!!

「やっぱダメ・・・!私が出るから!!!」

私は慌てて部屋を飛び出していた。

「ゆ・・・雪生人・・・」

目の前には最後に会った時よりずっと大きくなった彼が居る。

とっさに出たし運動不足だった私はそんな急な動きで息が上がり、なんと言えば良いのかわからなかった私は

「はあ・・・はあ・・・・大きく・・・なった・・・ね・・・」

と彼に言った

「あ・・・・・当たり前じゃない!あれから何年経ったと思ってんの!?そう言うアンタはあのときと全然変わらない・・」

彼はそう言ったと思った途端私を抱きしめていた。

「あったかい・・・」

人ってこんなにあったかかったんだ。

「雪生人・・・!やっと会えた・・・!にいちゃん・・・!」

にいちゃん・・・艦娘になってからはずっと初雪って呼ばれてたけどそう言えばそれまではそう呼ばれてたっけ・・・

でも今は彼の方がずっと私より背丈も何もかも大きくなっている様に感じる

「やめてよにいちゃんなんて・・・恥ずかしいから・・・」

「にいちゃん・・・!今だけはこう呼ばせて・・・ああ・・・にいちゃん・・・こんなに細くなって・・・それにこんなに髪も伸ばして・・・ごめんなさい・・・にいちゃんもあの時辛かった筈なのに私はにいちゃんみたいに手を差し伸べる事が出来なくて・・・・ごめんなさい・・・・とっても遅くなったけど・・・また・・・私の事家族だって・・・にいちゃんの弟だって言ってくれる?」

彼は私にそう言ってくれた。

「あたりまえ・・・・じゃん・・・・」

私は少し恥ずかしくなった。でもなんだか久しぶりに自分は一人じゃないんだってそんな気分になれた。

「それじゃあ私とここの新しい司令官さんと高雄さんに挨拶と謝りに行こうか。大丈夫。私が一緒に居るから」

彼はそう行って私の頭を撫でてくれた。

「う・・・うん・・・」

「それじゃあそんな恰好じゃ駄目よ?着替えられる?」

彼はそう尋ねてくる。流石にあの部屋・・・それにあのコスプレ達を見せるわけにはいかない・・・・

「わ・・・わかった・・・・ちょっと待ってて・・・・」

新しい司令官に挨拶に行くのはあまり気が進まなかったがせっかく雲人に会えたんだ。それくらいやらなきゃ・・・それに高雄さんにも謝る良い機会かもしれないし・・・

私はクローゼットの中からマシな服を探した。

でも長年の引きこもり生活をしていたせいで汚い部屋着と配信用のコスプレ衣装ばかりで人に会えるような服が無い。

そのまま服を探し続けていると一番奥に懐かしいものを見つけた

「これ・・・私の制服・・・」

艦娘としてここに居た時に来ていた制服だ。捨てたと思ってたけどこんなところにあったんだ・・・

「さすがに・・・着れないよね?」

私は恐る恐る袖を通してみる。

その制服は少しキツい気もしたがなんとか着る事が出来た。

でもあれから身体も心も少ししか成長できていない自分が恥ずかしくなったがもう着てしまった物は仕方が無い!いつも画面の先の変態達の前ではもっと恥ずかしい女装コスプレをしてるんだからこれくらいなんてことない・・・はず・・・

私はそう自分に言い聞かせ制服を着て部屋を出る。

「おまたせ・・・」

制服を着た私の姿を見て目を丸くした彼は

「その服、懐かしいわね・・・・それじゃあ行きましょうか」

そう言って私に手を差し伸べてくれた。

 



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初雪の決意

 「ごめんなさい。ここまでしてもらったのに・・・・でも少し私と雪生人の二人だけにしてください」

 

そう言った雲人さんの顔に迷いはなかった。それにこれ以上俺がどうこう出来る問題ではない

「は、はい。わかりました」

俺はそうとしか言えなかった。

「叢雲ちゃん・・・それじゃあ後は任せるわ。それじゃあ提督、食堂で待っていましょうか」

高雄さんは少し雲人さんを見つめた後そう俺達を食堂へ連れていった。

その途中

「あら、吹雪じゃないどこ行ってたのよ?」

天津風が吹雪に声をかける

「あっ、天津風ちゃん。ちょっとおにいちゃ・・・・司令官の付き添いで」

「ふーん・・・そうなんだ。ま、どうでもいいけど!それより吹雪、ランニングに行こうと思ってたけどあなたがいなかったからずっと待ってたんだけど今から行かない?」

天津風は吹雪を誘った。

それを聞いた吹雪はどうすればいいのか尋ねる様にこちらを見つけてくる

「行ってこいよ吹雪。後でどうなったか話してやるからさ」

「う・・・うん・・・・わかりました司令官。それじゃあまた後で!」

「それじゃあ提督、吹雪は借りて行くわ・・・!それと・・・・別に気になってないんだけど吹雪とどこ行ってたの・・・?」

天津風は遠慮がちに聞いてくる

「あ、ああ。ちょっと神社までな」

「神社ぁ!?あんな寂れた神社に何しに行ってたのよ!?ま、いいわ。それじゃあランニング行ってくるわ提督。さ、吹雪、春風も待ってるから早くしなさいな」

天津風はそう言って吹雪を連れていってしまった

「お、おう行ってらっしゃい・・・」

俺は二人を見送り終え、食堂へと足をすすめる。

そして食堂では金剛が紅茶を飲んでいた。そりゃもう豪快な飲みっぷりで

「ぷっはぁ!!やっぱり午後のティータイムは最高ネー!!oh!ケン!どうしたんデース?それにタカオ達もご一緒ネー?紅茶飲みマスカー?」

金剛はにこやかに紅茶を勧めてくる。

それを聞いた高雄さんは一つため息をついた後

「丁度良いわね。金剛、私達の分も紅茶、入れてくれるかしら?」

「タカオからお願いされるなんて久しぶりネー!腕によりをかけて作りマース!!!」

金剛は待ってましたと言わんばかりに紅茶を作り始めた。

「せっかく金剛が紅茶をご馳走してくれるみたいだし少し昔話でもしようかしら」

そう言って高雄さんは俺達を椅子に座らせた。

「あの・・・高雄さん、昔話って?」

大淀が尋ねる

「ええ。叢雲ちゃんの話をね」

「ムラクモ!?ムラクモの話ネ!?今あの子何してるデース?」

金剛が叢雲という言葉に反応する

「金剛さん、叢雲ちゃんを知ってるんですか?」

吹雪はそんな金剛に尋ねた。

「知ってるも何もワタシは以前連合を組んで高雄やムラクモ達と戦った事があるんデース!」

金剛は胸を張って言った。

「えっ、そうだったのか!?」

「そうデース!ねっ、タカオー?」

「ええ。そうよ。金剛は別の鎮守府の所属だったけど第2次深海棲艦撃滅作戦では一緒に戦ってたんです。だからせっかくの機会ですし少し昔話をと思って」

「えー何の話するんデース!?タカオとそっちの元テートクとのラヴロマンスデース?タカオも隅に置けないネー」

金剛は高雄さんに肘打ちをした。

「違うわよ!!無駄話してないでとっとと紅茶淹れてくれないかしらこの色ボケオヤジ!」

高雄さんは金剛を睨みつける。

「NO!せめて色ボケおばさ・・・・っておばさんじゃないヨ!!ワタシはまだまだぴちぴちデース!!!」

金剛は頬を膨らませた。

「はいはいわかったわよ。そっちがお茶に誘ったんだからさっさと作りなさい」

「oh・・・相変わらず手厳しいネ・・・はい紅茶できましたヨー」

金剛はそそくさと紅茶を作り俺達に配ってくれる。

「ありがとう金剛・・・・相変わらず紅茶だけはおいしいわね。それでは始めましょうか」

高雄さんは紅茶を一口飲んでから話を始めた。

高雄さんの話では雲人さん・・・叢雲と初雪は深海棲艦被害孤児が集まる施設の出で血のつながりはない物の兄弟のような関係だったそうだ。

そのまま色々あって高雄さんの居た鎮守府に着任して第2次深海棲艦撃滅作戦に参加し、その際雲人さんたちに良くしてくれていた先輩の吹雪型の艦娘3人が彼と初雪を離脱させる為に深海棲艦と交戦して轟沈、結局雲人さんと初雪だけが生き残ってしの後作戦が終わり2人は喧嘩をして雲人さんはそのまま××神社に引き取られ、初雪もそうなる予定で退役の手続きは済んでいた物の雲人さんについて行かずあの部屋で引きこもる事になったらしい。

高雄さん的にはデリケートな事だし干渉しない方がお互い幸せだろうと思いそのまま二人の関係の事は放置しつつ初雪の世話を今まで続けてきたそうだ。

「私が話せるのはこの程度よ」

そう言って高雄さんはこの話を打ち切った。

「ムラクモにユッキーあの後そんな事になってたんデスか・・・・」

金剛はその話を聞いて表情を暗くした

「でっ、でも!!だからって二人をそんな状態で放置するなんて酷いデース!!きっともっと良い解決方法があった筈デース!!いくら二人の問題とは言え喧嘩別れなんて悲しすぎマース!!!」

「あんたの頭の中がお花畑なのも相変わらずね・・・・そう簡単に解決できたら既に解決してたわよ!それに依存関係にあった二人が依存を解消出来る良い機会かもしれないし過去の事なんか忘れて人として生きて行こうって思ってた叢雲ちゃんと一人にしてほしいっていう初雪ちゃんの意志と自主性を尊重して・・・・」

「タカオこそ頭が固いのはあの時から変わってませんネ!!そんなんだからテートクは・・・・」

二人の口喧嘩が始まってしまった。

どうしよう・・・提督として艦娘の喧嘩は止めなきゃいけない筈なのにどうしたら良いのか俺にはわからなかった。

大淀に助けを求めようと大淀に目線を送るが大淀も俺と同じなのか額に冷や汗をたらしてあたふたしている。

そんな時だ。

「やめてください!!!」

そんな声が食堂の入り口からした。

その声の主は雲人さんで、それを見た金剛は雲人さんに駆け寄った。

「ム・・・ムラクモ!?アメイジングネー!いやぁそんなに大きくなったんデスねー!!元気してたデース?」

「は、はい・・・おかげさまで・・・」

雲人さんは少し困った様子でそう返事をしていた。それを見た高雄さんは

「叢雲ちゃん・・・やっぱりダメだったの・・・?」

そう問う。

しかしその雲人さんの表情はどこか晴れやかで。

「いえ。ほら。こそこそしてないで早く入って来なさいよ・・・!」

何やら食堂の外に向かって小声で呼びかけると

「やだ・・・やっぱり恥ずかしいし・・・・私達のせいで金剛さん達喧嘩してるしぃ・・・」

そんな声が聞こえる

その声を聞いた高雄さんは驚きを隠せないのか

「初雪ちゃん?出て来てくれたの!?」

そう声を上げた

「ほら!高雄さんも待ってくれてたんだから早く!!」

雲人さんがそう言って食堂の外から吹雪に似た制服に身をつつんだ髪の長い少女・・・いやこの子も男の子なんだよなぁ・・・・を連れて来た。

「うわぁっ・・・!ひっぱらないでよぉ・・・・」

彼はそう雲人さんに文句を垂れている。

それをみた高雄さんは目に涙を浮かべていた。

「は・・・初雪ちゃん・・・・」

「た・・・高雄さん・・・・久しぶり・・・です・・・」

彼がそう言うや否や高雄さんは初雪を抱きしめていた。

「初雪ちゃん!!私が・・・それにていと・・・愛宕がどれだけあなたを心配してたか・・・それにこんなに髪も伸ばしちゃって・・・・」

「うう・・・・苦しい・・・です高雄さん・・・心配かけてごめんなさい・・・・」

「あらごめんなさい!」

「うう・・・」

二人がそんなやり取りをしている中雲人さんが俺に話しかけてくる

「ありがとうございます謙さん。おかげで雪生人と仲直りできました」

「いっ、いえ。俺は何もできませんでしたし・・・・」

そうだ。俺は何もしていない。いや出来なかった。結局初雪を呼び出す事も高雄さん達の喧嘩を止める事も

「いいえ。あなたが背中を押してくれたからこうしてまた雪生人と会う事が出来たんです。これからどうするかはまだ彼自身も決めていないみたいですけど・・・・」

雲人さんはそう言って俺を慰めてくれた。

するとそれを高雄さんが聞いたのか

「提督が叢雲ちゃんを説得してくれたんですか?」

と尋ねて来た。

「い、いや・・・俺は別にそこまでのことは・・・」

「そう・・・やっぱり私が二人の背中を押してあげるべきだったのかしら・・・私も結局の所臆病なところはあの日のまま・・・・そんな間にもあの子達はこんなに成長してたなんて・・・」

高雄さんは肩を落とした。

「いいえ。高雄さん。高雄さんはずっと雪生人の面倒を見てくださっていたじゃないですか。私はそれだけで十分です。これは自分たちで解決しなければならない事ですし・・・・だから高雄さんには感謝しています。雪生人を・・・にいちゃんをずっと見守ってくれていて・・・」

雲人さんは高雄さんに頭を下げた。それを見ていた初雪もおどおどと高雄さんに頭を下げ

「ありがと・・・・」

と小さな声で言った

「それでユッキーはこれからどうするデース?」

金剛が初雪に尋ねる

「あ・・・えっと・・・・・・・その・・・まだ決まってない・・・・けど・・・・」

初雪が困っていると

「とりあえずその前に髪の毛切りましょうか?」

そう高雄さんは言った。

「は、はい・・・おねがい・・・します・・・」

「それじゃあ工廠で準備するから10分後くらいに来てね。それじゃあ提督、私今から初雪ちゃんの散髪の準備をしてきます」

そう言って高雄さんは食堂を後にした。

俺も初雪に謝らなきゃ!

「あの・・・初雪・・・・ちゃん?」

恐る恐る初雪に声をかける

「・・・・なに?」

初雪はそう言って睨みつけてくる。

髪で顔が隠れていて表情は窺い知れなかったがきっと睨んでる!!髪の先から鋭い視線を感じる・・・・

「あ・・・あのさ・・・えっと・・・・この間は幽霊とか言っちゃってごめん」

俺は初雪に頭を下げた。それを見た大淀も恐る恐る頭を下げる。

すると

「・・・別に気にしてないし」

初雪は素っ気なくそう返した。

「・・・・それじゃあ私・・・・そろそろ高雄さんのところ行くから・・・ぬぁっ!!」

初雪が俺を素通りしようとすると何もない所で突然躓いた。

「うう・・・・・久しぶりに歩いたから転んじゃった・・・・」

「だ・・・・大丈夫か!?」

転んだ初雪に駆け寄るが

「み・・・見るなぁ!!!」

初雪はすかさず立ち上がってそそくさと工廠の方へ行ってしまった。

「な・・・・なんだったんだ・・・」

俺が呆然としていると

「ごめんなさい素直じゃなくて・・・・」

雲人さんはそう言って頭を下げてくる

「いえ、雲人さんのせいじゃ・・・」

「いえ!!雪生人の無礼は私の無礼でもあるんです!!!だから・・・・ごめんなさい!ごめんなさい!!」

雲人さんは何回も頭を下げる。

高雄さんの言い分も一理あるんじゃないかな・・・・

でも雲人さんもどこか嬉しそうだし二人がちゃんと会えてよかったって思えた。

 

その後、初雪は一旦雲人さんとじっくり話したいと言って××神社へ雲人さんと一緒に帰って行った。

そんな次の日

いつもの様に大淀と書類の整理をしていた。

「昨日は大変でしたね、提督、はい紅茶です」

大淀がいつもの様に紅茶を淹れてくれる

「ああ。そうだな。でも、雲人さんと初雪が久しぶりに会えたんだしそれにお前と仲直りできた報告もできたしさ。本当に良かったよ。それにその・・・あれだ・・・・雲人さんのおかげで俺の中でお前が親友以上に大切な存在になってたって事にも気付けた訳だし・・・・」

ちょっと恥ずかしかったがそんな事を言ってみる。

「もう謙ったら・・・気付くの遅すぎるよ。でもありがと・・・こんな男の私に好きだって言ってくれて・・・私も嬉しかったよ」

大淀は微笑んだ。

そんな時、扉をノックする音が聞こえて大淀は素早く何事もなかった様に作業に戻る。

やっぱり他の艦娘に俺との事を気取られるのが恥ずかしいんだろうか?でもこいつ噓が下手だし気付かれるのも時間の問題が気がするなぁ・・・

そんな事を考えながら

「開いてるぞー」

と言ってやると

「失礼します」

という聞き覚えのある声と共に扉が開く

その先には雲人さんが居た。

「あれ?雲人さん?どうしたんです?」

「いっ・・・いえ。今日用があるのは私じゃないんです。ほら。しっかり挨拶して!」

「うう・・・やっぱやめたい〜」

そんな声が外から聞こえてくる。

そして嫌そうな顔をして昨日と同じ制服に身をつつんだ初雪が入って来た

「ど・・・・どうも・・・・」

初雪はぺこりと頭を下げる

「あ・・・どうも・・・」

初雪が何の用だろう・・・・?

「あの・・・・・・・・・・・・・」

初雪は言葉を詰まらせる

「ほら、雪生人・・・・いや、初雪、自分で決めたんでしょ?」

そう雲人さんが助け舟を出すと

「うう・・・・・私を・・・・・ここで・・・・艦娘としてまた働かせてください!」

初雪はそう言った

えっ・・・!?あんなに引きこもってたのになんで今更?

「えーっと・・・・急になんでそうなったんだ・・・・?」

「それは・・・その・・・・あの・・・・吹雪・・・ちゃんを・・・・近くで見守っていたくて・・・・次は私が吹雪ちゃんを守りたいって思ったから・・・その・・・・ごめんなさい!明日から頑張るから!!!」

そう言って初雪は執務室を出て行ってしまった。

「えーっと・・・・」

「ごめんなさい!雪生人が・・・・いえ初雪がまだ私は艦娘で居たい。守りたい物ができたからって。まさかあの子がそんな事を言うなんて私も思っていませんでした。私は海を見ただけでまだあの時の事を思い出すのに・・・それから逃げる為に山奥での暮らしを選んだんですそれなのに初雪はまた艦娘として働きたいと・・・・私からもお願いします。にいちゃんの・・・・初雪の意志を汲んであげてください」

雲人さんは頭を下げた。

「うーん・・・俺の一存で決められる事なのかな・・・・?」

突然の事に俺は困惑していると

「ええ。もちろん」

大淀が急に言った

「え!?」

「え?じゃないですよ!ここの提督はあなたなんですからあなたが許可を出せば彼女は艦娘として再着任できますしNOと言えばそれまでです」

淡々と大淀はそう言った

「責任重大だな・・・」

「当たり前ですよ。提督なんですから」

「そ・・・そうだよな・・・・・」

俺はどうするべきなんだ・・・・・

でも人が増えるのも悪い事じゃないし・・・それに吹雪も初雪に会いたがってたし・・・・断る理由も思い浮かばないし・・・・

「わかりました。拒む理由もありませんし吹雪の友達になってくれるんなら大歓迎です」

「そう・・・ですか・・・・!ありがとうございます謙さん!!!にいちゃんを・・・・初雪をよろしくお願いします!!」

雲人さんはそう言って笑った。

その顔はやっぱりどこか吹雪と似ている。雲人さんが笑ってくれて良かった。初雪のこんな顔もこれから見られると良いな・・・・

俺はそんな事を考えていた。

その後、この事を初雪に伝える為に部屋へ向かってみると案の定鍵がかかっている。

「やっぱり部屋に戻ってたのか・・・」

試しにノックしてみると戸が開き中からむっくりと初雪が顔を出す

「なに・・・・?」

「なに・・・・って君、ここで艦娘として働きたいんだろ?」

俺がそう尋ねると

「・・・・・・・う・・・うん・・・・」

と少し間を置いてから初雪は答えた。

「・・・・・・・だめ?だよね?でもっ・・・でももう1年くらいはこの部屋・・・・使わせて・・・・・」

初雪はあたふたしてそう言った。

追い出されると思ってるのか?

まあいいや。しっかり伝えないとな。

「いいや。承諾させてもらったよ」

「・・・え?」

初雪は意外そうな顔をしてこちらを見つめてくる

「雲人さんから聞いたよ。吹雪の事、気にしてくれてるんだって?」

「・・・うん・・・・まさか吹雪がここにいるなんて思ってなかったし・・・・それに・・・・・私の知ってる吹雪とは違う事は頭ではわかってるつもり・・・・なんだけど・・・・・やっぱり放っておけなくて・・・・」

「ああ。わかったよ。それじゃあこれから改めてよろしくな!」

俺は初雪に手を差し伸べた

「うん・・・・よろしく・・・・」

初雪はそう言って俺の手を握ってくれた。

「あっ・・・でも・・・・・その・・・・あんまり働ける自信ないから・・・・とりあえず週一からで・・・・」

そう初雪は遠慮がちに言った

「え・・・・あ、ああ・・・・」

勢いに流されて言ってしまったがそれってほぼ働く気0って事じゃねえか!!!

まだまだ前途多難そうだけど雲人さんに任されちゃったしそれに初雪自身も自分の殻を破ろうと必死なんだろう。それならそれを拒む理由なんて無い。これから時間をかけて初雪と向き合って行こう。それが提督としての俺の義務なんだろう。

俺は提督なんだ。大淀達に頼りっきりじゃいけない!俺だって提督らしい事をしなくちゃ!!!

そんな使命感に駆られていた。

「あれ・・・・?おこらないの・・・・?」

「怒ったって変わんないだろ?これからゆっくり始めて行こうぜ。それじゃあ初雪・・・・また話しような。それとたまには吹雪達にも会ってやってくれよ?」

「うん・・・・それじゃあおやすみ・・・いっぱい動いたからもう眠くなっちゃった・・・・」

そう言って初雪は部屋の中に戻って行った。

はあ・・・また大変そうな奴が一人増えたなぁ・・・でもなんとかなるだろ!

そんな事を思いながら俺は執務室に戻った。

 

その日の夜

「はぁ〜今日も疲れたなぁ・・・」

俺はそうぼやきながらベッドで寝転んでいた。

吹雪はシャワー浴びてるしやる事無いなぁ・・・それにしても吹雪なんだか嬉しそうだったな。なんかお兄さんにお姉さん・・・?まで増えて私嬉しい!とか言ってたな。初雪も吹雪と会ってたみたいだし、昨日なにがあったんだろ・・・?

そんな事を考えていると部屋の戸を叩く音がした。

誰だろこんな時間に

「うーい・・・」

俺が戸を開くとそこには大淀が立っていた。

「大淀・・・・?どうしたこんな時間に」

「あ・・・・あのね、謙・・・・相談が・・・あるの・・・・」

何やら大淀は深刻そうな顔をしていた。

「なんだよ相談って?俺とお前の中だろ?なんでも言ってくれ!!」

「え、うん。ありがとう謙。それでね・・・」

その時の俺にはこの相談が原因で俺自身にこれから起きる出来事を予想する事なんかできなかったんだ。




初雪が散髪に行った際何が起こったのかは近いうちに書こうと思います。


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俺の親友がこんなに可愛いわけがない

 「はぁ?那珂ちゃんにデートを申し込まれたって!?」

「ちょ・・・・声大きいよ謙!!」

思わず声を出してしまったが大淀は赤面して取り乱している。

しかし一体なんで那珂ちゃんとデートなんて・・・

「えーっと・・・・で、なんでそんな事になったか教えてくれないか」

「え、ええ・・・それは・・・・・あのね・・・私、那珂さんに最近おしゃれとかについて相談してて」

そう言えばこの間那珂ちゃんもそんな事を言っていたような気がする。

「でもなんで那珂ちゃんなんだよ?他にも居るだろ?高雄さんとか」

「え、ええ。那珂さんが来るまでは高雄さんや愛宕さんに聞いてはいたんだけど・・・その・・・」

そこで大淀は言葉を濁した。

「聞いてはいたけどどうなんだよ?」

「最初は折角だし謙に少しでも可愛く見てもらいたくって二人に聞いてたの。でもね、高雄さんの服はなんだか私の趣味に合わなくて・・・それに愛宕さんはなんだか露出度の高い服ばっかり進めて来てちょっと恥ずかしいかな・・・って思ってて・・・・」

そうだったのか・・・って愛宕さん・・・いやあのスケベオヤジ何やってくれてんだよ俺の大淀に!!

俺の・・・・?

ナチュラルにそんな言葉が俺の頭をよぎっていた。

俺のだなんてそんな・・・俺・・・・やっぱりこいつの事そんな意識してるんだな・・・・

俺は少しむず痒い気分になる。やっぱり俺、大淀の事・・・・

「謙?どうしたのニヤニヤして・・・?」

いけない顔に出てた様だ。

「ああ、いやなんでも無い。それじゃあ阿賀野に聞きゃいいじゃん」

話を逸らそうと大淀にそう聞いてみると

「それだけはやだ」

大淀は即答した。

「なんで!?あいつ・・・その・・・男だけどさ・・・結構私服とかかわい・・・・かったりする・・・じゃん?」

これだけは認めざるを得ない。

しかしその言葉を聞いた大淀は俺を睨みつけてくる。

「あっ・・・いや・・・その・・・」

「そ、そうだよ・・・・どうせ私なんてあの子の足元にも及ばないし・・・・でもあの子に聞いたらなんだか負けな気がして・・・・」

大淀はへそを曲げたのか口を尖らせてそう言った。

「ああでも・・・この間偶然ショッピングモールで会った時のお前の服も似合ってたし・・・・その・・・お前にはお前の良さがあると言うか・・・・」

畜生・・・!気の聞いた事を言ってやれねぇ・・・・

「そ・・・そうなんだ・・・・ありがと・・・・あの服、私が自分で選んだの」

大淀はまんざらでもなさそうだ。

よかった。なんとかなった・・・のか?

「そ、それでさ、那珂ちゃんに聞く様になってどうなったんだよ?」

俺は即座に話題修正にかかる。

「あ、ええ。それで・・・この間私が気の迷いで男の子に戻ろうとした事があったじゃない?」

「うん・・・」

「その時ぶつかってこけそうになった那珂さんを私だって気付かれない様に介抱してあげたの。そしたら・・・・なんでかあれが私だって那珂さんにバレててそれっきり私の事を見る度ソワソワするようになって・・・・」

あれ・・・もしかして俺が那珂ちゃんに教えたせい?

「ただその時は私もバレてるとは思わなかったからなんだか様子が変だし私が何かしたんじゃないかって思ってどうしたんですか?って聞いたの。そしたら那珂さんが那珂ちゃんのお願い聞いて欲しいな・・・って言ってきたからいつもお世話になってるからなんでも仰ってください!って答えたんだけど・・・・そしたらなんでも良いって言ったよね?って言われてなんかそのまま流れで告白されちゃって・・・・」

えっ・・・今なんて・・・・・こく・・・はく・・・?

「こっ・・・・告白!?」

「だーかーらー声が大きいってば!!」

大淀は顔を赤らめて俺の口を塞ごうとしてくる。

「いやいやいやそりゃびっくりするわ!!告白された!?どうやって!?」

「どうやって・・・ってその・・・・大淀ちゃんの男装してる姿見て那珂ちゃんはぁ・・・皆の物なんだけどぉ・・・あなただけの物になりたくなっちゃった・・・キャハ・・・・付き合ってくださいって」

大淀は恥ずかしそうに少し那珂ちゃんの真似をしながら言った。

ガチ告白じゃないですか!!いやしかし恥じらいながら那珂ちゃんの真似する大淀めちゃくちゃ可愛いなおい!!

ってそれどころじゃないで、で!!その後どうなったんだよおいいいいいい

「おおおおお前はそれにどう返したんだよ!!教えてくれよ!!」

俺は大淀が那珂ちゃんに盗られるんじゃ無いかと不安に駆られていた。

「きゃぁ!そんな近付かないでよ謙・・・・!それはもちろん・・・」

「もちろん・・・・?」

「私には好きな人が居るからって言って丁寧にお断りしたよ」

はあ・・・・・よかった・・・・

俺はそっと胸を撫で下ろす

「そ・・・それって・・・誰だよ?」

わかってる。でも俺は大淀からその答えを聞きたかった。我ながらめんどくさい奴だよほんとに・・・・

「そ・・・・そんなの言わなくてもわかるでしょ?謙しかいないじゃない・・・言わせないでよ・・・・」

大淀は顔を赤らめて小さな声で言った。

ありがとうございます・・・・ありがとうございます・・・・

「大淀ぉ・・・」

「うわぁ!謙っ・・・ちょっとこんな所で抱きつかないでよ!!こんなところ誰かに見られたらぁ・・・・」

「少し位いいじゃんかよぉ」

俺は大淀が好きだと言ってくれた事、それに那珂ちゃんの告白をきっぱりと断ってくれた事の安心感を噛み締めていた。

そんな時部屋の戸の開く音がしたので俺はすかさず大淀を離す

「お兄ちゃん、お風呂空いたよ。それに誰と話してるの?」

「ふ、吹雪!?ちょっと大淀と今後の鎮守府の方針について話してたところなんだよ!な、大淀!!は、ははは・・・」

「え、ええ。そうよ!!け・・・提督!!!運営状況の確認は大切ですから・・・・!」

「あ、ああその通りだぞ大淀!もう少し話に時間かかりそうだから吹雪は部屋で待っててくれ!!」

俺と大淀は必死に誤摩化した。

「そうなんだ・・・お兄ちゃんもお姉ちゃんもこんな夜遅くまで鎮守府の為に頑張ってるんだ!!私ももっと頑張らなきゃ・・・・!それじゃあお兄ちゃん。私お部屋で待ってるからお風呂冷めないうちに戻ってきてね!」

そう言って吹雪は部屋に大人しく戻って行った。

はあ・・・・よかった。抱きついてたのは見られてなかったみたいだ・・・・

「・・・・ごほん・・・・それで相談ってなんなだよ?告白は断ったんだろ?」

「えーっと・・・話はそこからなんだけど断ったは良いんだけどそれじゃあ一日だけで良いから男の子の恰好で一緒に遊びに行って欲しいって言われて・・・いつもお世話になってるから断る訳にもいかなくて・・・・でもこれってデートなんじゃないかなって・・・・謙に黙って行ったら悪いかなって思って・・・・ごめんね。謙がやめろって言うなら私断ってくるから・・・」

大淀は申し訳無さそうに言った。

でもそれってデートなのか?

二人で出掛けるだけで別に大した事ではない様に思える。

でも心配じゃないかと言われると・・・・

「うーん・・・・でもただ遊びに行くだけだろ?お前もここ最近色々あって疲れてるだろうし息抜きくらいしてきても良いんじゃないか?それに他の艦娘と親交を深めて貰うのは提督としては大歓迎だし・・・・ただ絶対・・・その・・・・那珂ちゃんと付き合うなんて言わないでくれよ?」

俺は念を押した。

「そう・・・・うん。そうだよね。それに当たり前じゃない。私が大好きなのは謙だけだから・・・・」

「ありがとう。それが聞けただけで安心だぜ。それじゃあ当日は楽しんでこいよな」

「う、うん・・・・わかったよ謙・・・それじゃあお休み」

「ああ。お休み大淀」

俺がそう言うと彼女は思い出した様に言った

「あっ、そうだ謙」

「ん?どうした?」

「あのさ・・・・最近二人っきりの時も私の事大淀ってちゃんと呼んでくれてるよね・・・・?」

「あ、ああ。お前がそう見て欲しいって言ってたし・・・それに上手く言えないけど淀屋は親友だってのは変わらねぇけど今のお前は俺が好きな人だから俺の中でも一種の踏ん切りがついたと言うか・・・」

「そうなんだ・・・ありがと。これからもずっと大淀としてあなたの側にいれたら良いな・・・」

「ああ、当たり前だろ?お前は俺の秘書官で・・・それに俺の大切な人なんだからな!もちろん淀屋もだぞ!!でもお前がその姿で俺の事を好きで居てくれるなら俺にも親友としてじゃなくて・・・その・・・好き・・・な人として付き合わせてくれよ」

「ええ。ありがとう謙。私うれしいよ・・・それじゃあまた明日の朝ね」

「ああ。それじゃあな」

俺は大淀に別れを告げ部屋に戻るとそれを見た吹雪が俺の方へ駆け寄ってくる。

「あっ、お兄ちゃんお帰り!」

「ただいま。ちょっと待たせちゃったな」

「ううん。待ってないよ!あれ?お兄ちゃんなんだか嬉しそうだけど大淀お姉ちゃんと何かあったの?」

吹雪は俺を見つめてくる。

やばい・・・また顔に出てたのか?

吹雪には俺と大淀の関係を打ち明けても良い気がするけど大淀に秘密にしておいて欲しいって言われてるしなぁ・・・・

「ああ。ちょっとな・・・!」

俺は適当に誤摩化す。

「もーなにそれ?それじゃあ早くお風呂入っちゃってね!私ベッドで待ってるから・・・・」

吹雪はそう言うとベッドに腰掛けた

「ああ。それじゃあささっとひとっ風呂浴びてくるからもう少し待っててな」

「はーい!」

吹雪の返事を聞いてから俺は風呂を済ませる。

そして寝巻きに着替えようとしたのだが風呂に入る前に脱ぎ捨てたシャツがない事に気付く。

「あれ?シャツが無いぞ?シャツだけ片付けたって事もないだろうし・・・まあいいや。どっかに紛れてるのかもしれないな。」

どうせ後は洗濯するだけだしそのうち出てくるだろう。

俺は残りの脱ぎ捨てた服を片付けてから寝巻きに着替え吹雪の待つベッドへと脚を進める。

「ふぅ〜吹雪、上がったぞ」

しかしベッドの上に吹雪の姿はなかった。

「あれ・・・?何処いったんだろ?」

辺りを見回すが出て行った形跡もない。

「おーい吹雪ー?」

俺はひとまず呼びかけてみる。すると

「ひゃぁっ!お、お兄ちゃん!?もうお風呂上がったの!?」

少し息を上げた吹雪の声がトイレから聞こえてきた

「ああなんだトイレか」

「う・・・うん・・・・!ちょっとお腹痛くなっちゃって・・・」

「大丈夫なのか!?」

「だ・・・だいじょうぶ・・・うぁっ・・・」

しかしその声はどこか辛そうで息を上げている

「ほんとに大丈夫かよ!?」

「だ・・・だいじょうぶだから・・・んっ・・・・」

吹雪はそう言うがどう聞いても大丈夫そうには聞こえないので

「無理しなくても良いぞ吹雪!下痢止め貰ってきてやるからちょっと待っててくれ!!」

「え!?あ・・・うん!!そうしてくれるなら助かるよお兄ちゃん!!」

「ああ!わかった!!」

俺は部屋を飛び出して医務室へ向かうと医務室には灯りが点いていた。

よかった・・・誰か居るみたいだ

「すみませーん下痢止め欲しいんですけど」

そう言って医務室のドアを開けるとそこのは高雄さんが居た

「あら、こんな遅くに提督どうしました?」

「あの・・・吹雪が腹痛いみたいで・・・なんか腹痛とかマシになる薬置いてないですかね?」

「まあそれは大変ね。それじゃあひとまず整腸剤で様子を見てあげて」

そう言って高雄さんは棚から茶色い小瓶を取り出してきた。

「吹雪ちゃんならそうね・・・1回2錠でいいわ。明日執務室に来た時にでも返してくださいね」

俺は高雄さんからその瓶を受け取り

「ありがとうございます!」

と礼を言ってからすかさず部屋に戻った。

「吹雪ー!!薬貰ってきたぞ!!」

息を上げて部屋に入ると俺の心配はよそに吹雪はベッドに座っていた。

「あっ、お兄ちゃん・・・心配かけてごめんなさい。もう大丈夫みたい」

「本当か!?一応薬は貰ってきたからまた腹痛くなったらすぐに言ってくれよ」

「あ、うん・・・ありがとうお兄ちゃん」

吹雪が大丈夫そうで少し安心した。そしてふと風呂場の方を見ると俺のシャツが綺麗に畳んで洗濯物を入れるかごに引っ掛けてあった。

さっきまであんな所にはなかった筈なんだけどな・・・・きっと吹雪がやってくれたんだろう

「吹雪・・・俺のシャツなんだけどさ」

「ええ?シャ・・・シャツ!?シャツがどうかしたのお兄ちゃん?」

吹雪は俺の言葉に何やら驚いている。

「ああいや・・・さっき見当たんなくて探してたんだけど吹雪が畳んで入れといてくれたんだな。ありがとう」

「あ・・・うん・・・そうなんだ!シワになったらいけないと思って片付けておいたの!」

「吹雪は気が利くなぁ」

「う・・うん・・・ありがとうお兄ちゃん」

吹雪は少し遠慮がちに頷く

「でもあれ洗濯する奴だし別にわざわざ畳んでくれなくてもよかったんだぞ?」

「え・・・・!?そうだよね!!私ったらうっかりしてて・・・ごめんなさいお兄ちゃん」

「別に謝る事じゃないけど・・・」

「う・・・うん・・・」

なんだろう?吹雪の様子が少し変な気がする。

でもまあいいや。今日は色々あって疲れたし眠いしそろそろ寝よう。

「それじゃあ寝るか」

「うん!」

俺がベッドに入ると吹雪もすかさず入ってきた

「お兄ちゃん。くっついても良い?」

「ああ」

吹雪がベッドの中で俺に抱きついてくる。

そのほのかな暖かさで俺は自然と眠りに落ちていった。

 

それから数日後・・・

那珂ちゃんと大淀が外出するという届け出を出してきたので今日が二人で出掛ける日と言う事で書類整理を足早に済ませて大淀を送り出す

「それじゃあ謙・・・・私これから出かける準備するから」

「あ、ああ。それじゃあ楽しんでこいよな」

「うん・・・」

俺は大淀を見送った。どうやらここから車で40分ほど先にある水族館へ行くそうだ。

そして大淀を見送ったは良いがなんだか落ち着かないので鎮守府の中を訳も無くうろうろしていると

「あれ?提督さんどうしたの?」

阿賀野に声をかけられる。

阿賀野に那珂ちゃんと大淀が一緒に出掛けたのが心配だなんて言えないしなぁ・・・

「ああ、いやなんでも無い」

俺はそう答える。

しかしそんな俺を見た阿賀野は少し悪い笑みを浮かべて

「ふふ〜ん・・・那珂ちゃんと大淀ちゃんの事、気になってるんでしょ?」

なっ!心を読まれた!?

「ええ・・・!?そ・・・そんな事無いぞ!」

「やっぱり提督さん噓下手だね。気になるんだ」

これ以上誤摩化しても状態が悪化するだけだ。仕方ない。話そうか・・・

「え・・・まあうん・・・・一応秘書艦だし・・・」

「那珂ちゃん今日はデートなんだー!って張り切ってたよ?」

「デ・・・デートって男同士で出掛けただけじゃないか・・・」

「えー大淀ちゃん男の子の恰好してたけど那珂ちゃんはいつものままだったよ?あんなの端から見ればデートだよ!」

阿賀野にそう言われて更に不安感が増して行く

「デ・・・デートってそんな・・・」

「阿賀野もー那珂ちゃんが今何してるか気になるしー提督さんも大淀ちゃんが気になるんでしょ?」

「え・・・・そんなことは・・・」

「信じて送り出した秘書艦が那珂ちゃんの虜になるなんて・・・」

阿賀野は耳元でそう囁いてくる

「バカ!縁起でもない事言うなよ!!」

「ほーらやっぱり気になるんだー」

「う・・・」

「それにぃこの間阿賀野と提督さんがデートしてたときも大淀ちゃん私達の事尾行してたみたいだしー」

「はぁ!?デート!?ただ映画行って買物付き合ってやっただけだろ!?それにあいつは単に偶然居合わせただけだし・・・・」

「ええ〜ほんとかなぁ?でも男の子と女の子が一緒に映画の後にお買い物なんてそれはもうデートじゃない?」

うっ・・・言われてみればそんな気もしなくもないぞ・・・?

「で・・・でもお前は男だろ!?」

「えーでもあれはデートだと思うなーどう見ても阿賀野みたいな美少女連れて歩いてたらそう見える筈だけどな〜」

こいつ言い切りやがったぞ・・・・でも否定は出来ないのが悔しい・・・

確かに客観的に見ればこんな美少女と映画行って買物なんてしてたらそう見えなくもないかもしれないし・・・・

「う・・・・」

ダメだ反論が思いつかねぇ・・・

「ほぉらやっぱりデートだと思ってくれてたんだ♡だからぁ・・・そんな阿賀野と提督さんの水入らずな所見られちゃったしぃ・・・その仕返しもかねて阿賀野と一緒に二人のび・こ・う♡しよ?」

阿賀野はそんな提案をしてきた。

いくらなんでも他人のプライベートを覗き見るような事・・・それに大淀の事信じてやらなきゃ行けないのに・・・

「はぁ?お前一人で行けば良いだろ!?それに断じて俺はあの二人はただ遊びに行っただけでデートなんて思ってねーし・・・断じてだぞ!?」

「ええ〜ほんとかなぁ?もしあのまま大淀ちゃんと那珂ちゃんがいい感じになってもいいの?」

「えっ・・・そ・・・それは・・その・・・」

「ほーらちょっと心配なんでしょ?それなら阿賀野と一緒にどうなってるのか見に行きましょうよ!」

上手く阿賀野に丸め込まれた気がするがそう言われるとなんだか心配になってきたぞ・・・・?

「ちょっと遠くから二人の事眺めるだけだって。だから提督さん、阿賀野と一緒に見に行こ?」

阿賀野はそう言って俺を見つめてくる。

なんだか断り辛い上に気になって仕方が無くなってきてしまっている俺が居る・・・・

でもそうだ。すこし見に行くだけなら・・・・それだけなら別に・・・・

「う・・・うん・・・ちょっと遠巻きに見に行くだけなら・・・」

「よし!決まり!!それじゃあ提督さん!こっち来て」

「えっ?何するんだ?」

「そりゃ尾行するんだから変装するに決まってるんじゃない!ほらこっち来て」

「ちょ・・・うわぁ!!」

俺は無理矢理阿賀野に引っ張られて医務室に連れてこられていた

「高雄ーちょっと手伝って欲しいの!」

「阿賀野!いつも入るときはノックしろって言ってるでしょ?あら?提督も一緒なのね。どうしたの?」

「あのねーごにょごにょ・・・・」

阿賀野は何やら高雄さんに耳打ちをすると高雄さんは不敵な笑みを浮かべた。

「あら・・・・面白そうじゃない・・・・」

「でしょー?」

二人が何やら俺の方を悪い顔で見つめてくる。嫌な予感しかしないんですけどー!?

「提督、少し失礼しますね・・・?」

「提督さん?痛いのは一瞬だからね?」

そう言って二人は俺ににじり寄ってきた

「な・・・なにするんだ・・・・や・・・やめろ・・・・・・・・・・」

俺・・・一体これから何されるんだ!?

「ぎゃぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 



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俺がこんなに可愛いわけがない

 「な・・・なにするんだ・・・・やめろ・・・・・・・・・・!!」

怯える俺をよそに高雄さんと阿賀野は不敵な笑みを浮かべにじり寄ってくる。

「えへへへ〜だから変装だって言ってるでしょ?ねえねえ高雄〜あれちょうだい」

「はいはい」

高雄さんは棚からおもむろにガムテープを取り出して阿賀野に渡した。

「それで何するつもりだ!?」

「まあまあ提督さん落ち着いて。痛いのは最初だけだから♡」

阿賀野は笑みを浮かべながらガムテープを伸ばし始めた

さっきも言ったけど不安でならない。本当に何する気なんだ!?

「それじゃあ脱いでください提督」

は!?

「そんないきなり・・・ってうわぁ!」

気付いた時には高雄さんに背中を取られズボンを降ろされていた。

「ほあっ?高雄さん!?いつの間に・・・・うわっ!」

俺はそのまま高雄さんに後ろから抱きしめられる様にして身動きが取れなくなってしまう

背中に高雄さんの柔らかい物の感触を直に感じる

「ちょ・・・高雄さん!?何するんですか?当ってますよ!!ってか離してください」

「少しでも苦痛が和らぐように当ててあげてるんです阿賀野、ちゃっちゃとやっちゃいなさい!」

「はーい!それじゃあ提督さんちょっと痛いけど我慢しててねー」

阿賀野はガムテープを俺の臑にくっつけた。

「えーい!!」

次の瞬間阿賀野は俺の臑のガムテープを思いっきり剥がす

「ぎゃぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

ガムテープに引っ付いた臑毛が抜けその痛みで俺は声を上げた。

「も〜情けない声出さないでよ提督さん!じゃあ次いくよ〜」

は?次・・・?

それから阿賀野は俺の脚の至る所にガムテープを張っては剥がしてを繰り返して行った。

「ふう〜提督さん。脚きれいになったよ!!」

阿賀野は笑顔でそう言った。

少し赤く腫れてはいるが阿賀野の言う通りスネ毛なんて処理したこともなかった足がツルツルになっている。

なんでそんな事する必要があるんだよ・・・・

まだ脚がヒリヒリしていてあまりの痛さに目に涙を浮かべてしまう

「うう・・・・もういやだ・・・・」

「提督、よく頑張りましたね」

高雄さんが俺の頭を撫で解放してくれた。

しかし俺の臑毛なんか抜いて一体どうするってんだ?

なんの罰ゲームなんだこれ・・・

でももうこれで終わりだろう。

しかし俺が胸を撫で下ろして安堵していたのも束の間

「それじゃあ高雄、あれ用意しといて!」

「わかったわ!」

高雄さんは待ってましたと言わんばかりに医務室を出て行ってしまった。アレってなんだ・・・?

てかまだ何かされるのか!?

俺が不安と恐怖で身を縮ませていると

「それじゃあ提督さん、メイクしよっか」

阿賀野はおもむろにポーチから何やら化粧品を取り出した。

メイク・・・?なんで!?俺が!?

「えー提督さんまだ気付かないの?そのままじゃ大淀ちゃんにバレちゃうじゃない。それに聞いたよ〜この間大淀ちゃんと金剛さんにひどいこと言ったらしいじゃない?」

阿賀野にも知られてたのか・・・

「そ・・・それは・・・」

阿賀野の言う通りで言い訳のしようがない。

俺は何も言い返せなかった。

「だから高雄と考えたんだけどね?提督さんにはオンナノコになってもらおうかなーって」

え・・・ええ!?つまり女装させられるって事か・・・?

「いや待て!俺男だし!それに女装なんて絶対似合わねぇから!」

昔学祭でふざけてクラス全員で女装カフェをやった事があったけどそりゃもう酷いのなんの。そんな俺に女装をしろって!?

「だいじょーぶだいじょーぶ!阿賀野に任せて♡阿賀野も自分の事最初はそうだと思ってたから!それに一回女装してみたら私達の気持ちもわかるかもしれないよー?ほら提督さん座って座って」

阿賀野は俺を椅子に座らせようとしてくる

「いやいや別にお前らの気持ちなんて・・・・」

いや・・・待てよ?もしかしたら淀屋の・・・大淀の事、少しはわかるかもしれないのか?

気にならないと言えば嘘になってしまう。

「んー?気持ちなんてどうなのかなー?」

「う・・・」

反論しても最早どうにもならなさそうだし大淀を傷つけてしまった罰だと言割れてしまっては甘んじて受けるしかない。

「さ、さあどうにでもしてくれ!どうせ俺が大恥かいて終わるだけだろうけどな!」

俺は苦し紛れにそんなことを言いながら阿賀野に言われた通り椅子に腰掛けた。

「ふふっ♡提督さんのそういう潔いいところ好きよ♡それじゃあやるね」

阿賀野はそう言うと楽しそうに化粧品を俺の顔にどんどんと塗っていった。

なんだか阿賀野に顔を延々と撫でられている気分で落ち着かない。

そして俺の口元を念入りに化粧する鏡に映った阿賀野の顔はいつしか真剣な顔になっていた

阿賀野のこんな真剣な顔あんまり見たことないしなんだか恥ずかしいと言うか・・・それに自分の化粧した顔なんて恥ずかしくて見れたもんじゃないだろうから鏡も見たく無いなぁ。

俺は恥ずかしくなり鏡から目線を逸らす

「ん〜?自分の顔見るの恥ずかしい?それなら目つぶっててもいいよ?」

「あ、ああ・・・」

阿賀野がそう言うので俺は目をつぶった。

それからしばらくして

「はーい完成!」

と阿賀野は言った。

「えっ・・・?もう出来たのか?」

「うん!見てみる〜?今の提督さん超かわいいよ?」

「いやいやお世辞でもそんな俺が可愛くなるわけないだろ」

そう言うと阿賀野はニヤリと笑みを浮かべ

「そうかなぁ?一回見てみたら?」

「あ、ああ・・・」

阿賀野に促され恐る恐る目を開けるとどこかで見覚えがあるような無い様な顔が映っている

「これが・・・俺?」

俺が口を動かすと鏡のに映った艶のある唇が同じように動いた。

「お約束のリアクションありがとー提督さん!いや〜我ながらすごく可愛くできたと思うの!」

噓だろ・・・?普通に女の子に見えなくも・・・ない・・・かも・・・

「阿賀野!?お前一体どうやったんだよ!?」

「えっへん!阿賀野こう見えても毎日女装してるようなもんなんだからこれ位お手の物よ!それに艦娘になりたての頃は尚更男の子っぽさを隠すのが大変だったんだからその時の事思い出してちょちょいっとやってみたの」

阿賀野は得意げに言った。

「そ・・・そうか・・・・」

鏡の中では俺の声で女の子が喋っているようななんだか変な感覚に襲われる。

そんな時

「阿賀野終わった!?」

高雄さんが何やら大量に服を担いで戻ってきた

「あ、高雄遅かったじゃない」

「色々迷っちゃって・・・・あら提督?見違えましたね可愛いですよ」

か・・・可愛い!?俺が・・・?

阿賀野に言われたときはふざけてるのかと思ったがあながち噓でもなさそう・・・だよな・・・

なんで可愛いって言われてこんなに胸がドキドキしてるんだ俺・・・!

「あ・・・ありがとうございます。ところでそれは?」

「ああこれですか?提督に着せるお洋服ですよ」

「え・・・」

そりゃ女装するんだから当然とは言え・・・

「俺のサイズに合うんですか?」

「はい。もちろん」

高雄さんは即答する

「は・・・?なんでそんなもんがあるんですか!?」

「私、お裁縫とかも好きで暇な時に作ってるんですよ。昔愛宕の為にサイズを計って作ってた服があってそれを提督のサイズに合わせて作り直してたんです!ああ・・・まさか本当に着てもらえる日が来るなんて・・・・」

高雄さんはなんだか嬉しそうだ

「ええ!?いつの間に俺のサイズなんか計ってたんですか!?」

「それは企業秘密ですっ!うふっ♡」

高雄さんはウインクをする

「いやいやいやいや急にそんな事言われたら怖いですよ!!」

「高雄はねー見ただけで大体人のサイズを当てられちゃうんだよねー阿賀野もびっくりしたの それじゃあ阿賀野も準備してきまーすそれじゃあ高雄、後よろしく!!」

阿賀野は思い出した様に出て行ってしまった。

「阿賀野に頼まれた事ですし・・・・さっさとやってしまいましょうか。うふふふふ・・・・」

高雄さんは不気味な笑みを浮かべ担いできた服を何着か俺にあてがい始める

「うう・・・・なんで俺が女の子の服なんて・・・・」

「あっ、そうだ提督パンツ脱いで頂けます?」

「は!?なんで?」

なんでパンツなんて脱がなきゃいけないんだよ・・・!

「女装は見えない所からですよ提督。なんで女物の服着てるのにパンツがボクサーパンツのままなんです?逆に不自然でしょう?」

そう言って高雄さんが女物の下着を手渡してくる

レースやリボンのついた可愛らしいデザインのパンツだ

「えええええええ?これを履けと!?」

「当たり前じゃないですか」

目の前に女物の下着が・・・・確かに憧れはあったよ?でもそれは別に履きたいとかじゃなくて未知への探究心とか冒険心からというか・・・・断じて履きたいなんて思った事なんかない・・・ぞ?

「そ・・・それに俺なんかが履いたらただの変態じゃないですか!」

「大丈夫ですって。今の提督ならちゃんと女の子の恰好をすればちゃんと女の子に見えますって!なんなら私が履かせてさしあげましょうか?」

それは流石に恥ずかしいしあんなデカいあれを持ってる人の前に俺の粗チン・・・って誰が粗チンだよ!!高雄さんのがデカいだけなんだけど・・・その・・・・それを高雄さんの目の前に晒すのは恥ずかしいし・・・

でも女の子の恰好をしたらもっと女の子に見えるって高雄さんは言ってたけど本当なんだろうか・・・・?

でももう化粧までされちゃったし逃げるわけにもいかない。

「わ・・・わかりました!それじゃあ俺、向こうで履いて来るんで絶対見ないでくださいね!?」

「はいはいわかりましたよ」

俺は高雄さんから下着を取り医務室のベッドのカーテンを閉めそこで履く事にした。

「絶対ですよ!?」

「わかってますって」

カーテン越しに見た高雄さんはどこかうれしそうだ。

そしてカーテンで封鎖された空間で一人になった俺は下着をまじまじと見つめる

やはりどこからどう見ても女性もののパンツだ。

「うう・・・これ履かなきゃいけないんだよな・・・・?大丈夫なのか?その・・・はみ出たりとか・・・・

ええい!もうどうにでもなれ!!!」

俺は覚悟を決めて履いていたボクサーパンツを脱ぎ捨てその下着に脚を通し始める

うう・・・・なんでだ・・・?ただ履いてるだけなのにこの背徳感は・・・・それに男として大事な物を失った気もする・・・淀屋も最初はこんな気分だったのかな・・・・?

「・・・・よし」

なんだか肌触りも落ち着かないし不自然に膨らんでるけど・・・これで大丈夫なのか・・・?

俺は恐る恐るカーテンを開け外に出る

「は・・・履きましたけど・・・」

「まあ提督!似合ってますよ。どうです?女の子の下着を履いた感想は」

「どうって言われても・・・その・・・変な感じというか・・・やっぱ俺がこんなの履くの変ですって」

自分の顔がだんだん熱くなっていくのがわかる。

しかしそんな俺を見て高雄さんは恍惚とした表情を浮かべていた。

「う〜ん!その初々しい感じ・・・・昔の私やていと・・・・愛宕の事を思い出してこっちまで歯が浮いちゃいます!!それでは次はこれ!!」

そう言って高雄さんが取り出したのはブラジャーだった

「そ・・・それも付けるんですか!?俺別にそんなのなくたって・・・」

「ですから女装は見えない所からなんですって!ついでに付け方も教えてあげますから」

「いらないです!!」

「そうですか・・・でも逆にパンティーだけっておかしくありません?ほら・・・早く上も脱いでください」

「ええ・・・・!?は・・・はいわかりました・・・・」

もう下着まで履いてしまったんだからもう今更抵抗してもどうにもならないだろう。

俺は半ば自暴自棄になって服を脱いだ

「それじゃあ付けてあげますね」

そう言って高雄さんは俺の胸にブラジャーを付ける

なんだか胸がつつまれてるような不思議な感覚だ・・・・ふと鏡に目をやると女性物の下着を身につけた俺の姿。

やっぱり顔はなんとかなっても身体はいつも見てる俺のままだ

「やっぱ無理です!!これじゃただブラジャーとパンティー履いた変態ですよ!!」

「だからこれからお洋服着せてそれを隠すんじゃないですか。最初から何着せられるかわかってても面白くありませんし目をつぶっててください」

「は・・はい・・・」

俺は言われた通りにすると

「うーん・・・これなんかどうかしら?」

高雄さんはそう言って俺に服を着せ始めた

うう・・・・なんだか女の子の服って着にくいんだな・・・・こんな所大淀や吹雪達には見せられない・・・見られたらお婿に行けなくなっちゃう・・・!

「はい!完成です!」

言われるがまま鏡を見ると俺はメイド服に身をつつんでいる。

それにサイズは恐ろしく俺にフィットしていた。

「ななななななんでメイド服!?」

「私の趣味です。いいでしょう?」

そう言うと高雄さんはポケットからデジカメを取り出して俺の写真を撮り始めた

「うわぁ!やめてくださいよ!!」

俺はすかさず顔を隠す

「いいですよ!!いいですよ!!その恥じらってる感じが尚更そそりますわ!!!」

高雄さんは鼻息を荒くしていろんなアングルで俺の事を撮ってくる

「良いって何がですか!?」

「安心してください!別にばらまいたりしませんし個人的に楽しむだけですから!!はあ・・・初々しい女装子・・・いい・・・・」

「そ・・・その・・・個人的に楽しむって言うのは・・・?」

「ええ。具体的には私の今晩のオカズにします」

ド直球!?

「オカズぅ!?や・・・やめてください・・・・」

なんだか恥ずかしい・・・・でもなんでだろう?ちょっと嬉しい・・・?いやそんな筈ない!断じてないぞ!

「ああ良いですよ提督!その表情のままこっちに目線ください!!はぁ・・・♡久しぶりに愛宕以外の男の人で勃たせてしまいました・・・♡はぁ・・・・提督可愛い・・・♡普通の男の人にしておくのはもったいないですよ・・・♡」

恍惚の表情で高雄さんは俺を見つめてくる。

「ひっ・・・!」

やっぱりこの人も男だ!!

俺の中の確かに男だけど清楚で頼れる綺麗なお姉さんだった高雄さん像が音を立てて崩れ去っていく。

「っと遊びはこれくらいにして・・・」

高雄さんは急にカメラをしまって淡々と話し始めた。

「遊びだったんですか!?」

「ええ。流石にそんな恰好で出掛けたら目立っちゃいますし」

「何故着せた!?」

「ですから私の趣味で・・・もちろん可愛いって言うのは本当ですからね!」

高雄さんはまた鼻息を荒くした。

はぁ・・・もうやだ・・・・

「そうですね・・・これとかいかがでしょう?」

高雄さんはまた新しい服を俺にあてがって尋ねてくる

「うーん・・・俺にはよくわからないですよ・・・」

「それじゃあ物は試しです!一回着てみましょうか」

高雄さんはそう言うや否や俺のメイド服を脱がし始める。やばい・・・脱がされる・・・・!!

「うひゃぁ!」

なんか変な声でちゃった・・・

なんで俺脱がされるのこんな怖がってるんだ・・・・?

「ん?どうしました?そんな可愛い声を出して」

「い・・・いやなんでもないです・・・でも俺、自分で脱ぎますから」

俺はまたベッドの方まで行き、カーテンを閉じてそこで服を脱ぎ始めるが本当に女物の服って脱ぎにくいな・・・・

あれ・・・?ここどうするんだ?

思いの外ボタンやらチャックが多くて脱ぐのに苦戦してしまいやっとの事でメイド服を脱ぐことができた。

「はぁ・・・やっと脱げました・・・」

「あら、思ったより早かったですね。それではさっきの服、着せますね では目をつぶってください」

「は、はい」

目を瞑ると高雄さんは俺にまた服を着せた。

さっきよりもスカートが短くて股間周りが落ち着かない。

それに腕とかにも何かつけられてる!?

それからしばらくして

「できましたよ!目を開けてみてください」

高雄さんがそう言うので俺は恐る恐る目を開け鏡を見るとわざと着崩した感じにカーディガンとスカートを着せられていた。

「はい!次は今時のギャルJKっぽい感じにしてみました!」

「こ・・・・これはちょっと・・・その・・・・派手過ぎると言うか・・・」

「うーん・・そうですか。それじゃあこっちにしてみましょうか?」

高雄さんがそう言うので俺はまた服をベッドで脱ぎ高雄さんにまた服を着せてもらった。

「はい。こんな感じでどうでしょうか?すこしおとなしめな感じにしてみたのですけど」

そう言って俺を鏡の前に立たせる。よかった。さっきみたいな目立ちそうな服じゃ無さそうだ・・・・

それになんだか可愛い・・・かも?

「い・・・良いと思います・・・」

「そうですか!よかったです。しっかり腕の筋が目立たない様に手袋、それに首元にチョーカー極めつけに近くで見られてもバレない様にメガネも用意しておきました」

高雄さんは嬉しそうだ。

すると医務室の扉が開く。

まずい!こんな所誰かに見られたら!!

と思ったがそんな懸念は杞憂に終わる。

「お待たせー」

「あら阿賀野。遅かったじゃない」

「えへへーちょっと準備にてまどっちゃってー」

「あ・・・阿賀野?」

声の方に振り向くとそこには男装をした阿賀野の姿があった

「なんで男装?」

「いや〜折角提督さんが女装するんだから阿賀野も男装しよっかな〜ってそれにしても提督さん、可愛くなったじゃん。あが・・・俺も良いと思うぜ?」

阿賀野はたどたどしい男言葉を喋りながらこちらに近付いてくる。

な・・・なんだろうこの気持ち・・・俺の心拍数と体温がじわじわ上がって行くのがわかる

男の恰好してる阿賀野かっこいいんだよな・・・・ってなに考えてんだよ俺!!

「提督さん」

「ひゃいっ!!!」

「その髪型のままじゃ変そうにならないとおもってウイッグ持ってきたよ」

そう言って阿賀野は袋から幾つかウイッグを取り出した。

「あ・・・うん・・・・ありがとう」

「それじゃあ提督さん、何個か付けてみよっか」

阿賀野はまた俺を鏡の前に座らせて何個かウイッグをつけてくれた。

そして金髪の長いウエーブのかかったウイッグを付けた時

「うーん・・・これとかどう?高雄、どれがいいと思う?」

阿賀野はそう尋ねた。

「私はなんでも!もう今の提督見てるだけでご飯3杯はいけるわ!!」

高雄さんは鼻息を荒くして答える。

ダメだこの人・・・

「うん!高雄からお墨付きも貰ったしこれで行きましょう!」

今のはお墨付きなのか?

俺はまじまじと鏡を見つめる

うーん・・・今ならちゃんと女の子に見えてる・・・はず・・・・俺は気付かれない程度に少し鏡に向かってポーズをとってみたりした。

「ふ〜ん。提督さん嫌がってた割にはノリノリじゃない?」

やば・・・気付かれてる!?

「そそそそそそんな事ないぞ!?これは阿賀野が言ったから仕方なく・・・・・」

「ふ〜んそうなんだ〜」

阿賀野はニヤニヤと笑みを浮かべた。

「そ、それよりそろそろ行かないと間に合わないんじゃないか!?」

俺は話をそらす様に尋ねると

「そうだね!提督さんであそ・・・・・女装させるのが楽しくて時間忘れちゃってた!!」

阿賀野今遊ぶって言いかけなかったか・・・?

「提督、流石にその恰好でスニーカーはないですよね?」

そう言って高雄さんが何やら箱を渡してくる

「なんですかこれ・・・・?」

「靴ですよ。流石にスニーカーで出掛けさせるわけにはいきません。頭の先から脚の先まで気を配らないと!」

そこには踵が高い目の靴が入っていた

「え・・・これ履くんですか・・・?」

「ええ。もちろんですよ」

「で・・・でも俺、こんな靴履いた事ないし・・・・」

俺が狼狽えていると

「大丈夫だよ提督さん。こけそうになっても俺がしっかり支えてやるからさ」

そう言って阿賀野が俺に顔を近づけてくる。きれいな顔してるなーそれに阿賀野が支えてくれるならあんし・・・って違う!

「ふわぁっ!?ちょ・・・阿賀野!?急にそう言うのやるのやめてくれよ!!びっくりするだろ!?」

「えへへへ〜やっぱり提督さん可愛いっ!」

ダメだ・・・気を抜いてたら阿賀野に良い様にされてしまう・・・気を引き締めないと・・・

俺はそう心に誓いつつ靴を履き替えてみるとサイズが恐ろしい程にぴったりだ。

高雄さん怖い・・・・

それになんだか重心が不安定で転びそうでそれも怖い・・・・

女の人っていつもこんなの履いて歩いてんのか?

「それでは行きは私が車で送ります。車を出して来るので門の前で待っていてください」

高雄さんはそう言うと医務室を出ていった。

「それじゃあ提督さん、阿賀野達もいこっか」

「お・・・おう・・・」

俺は脚をよろよろさせながら阿賀野に付いていくが

「あーもう!提督さん見てたら危なっかしいよ。ゴホン・・・・お手をどうぞプリンセス」

そう言って阿賀野は俺の前に跪き手を差し伸べてくる

あらありがとう・・・・・じゃあない!!!

プププ・・・プリンセス!?

「だーかーらー!!そう言うのやめろって言ってるだろ!それに俺はプリンセスじゃねーから!!」

「へへーだってー提督さんからかうの面白いんだもーん」

くっそぉ・・・良い様に遊ばれてる・・・・でもこんなところで時間食って誰かに見られても困るし俺は仕方なく阿賀野の手を取って門の前へ向かった。

「ふう・・・誰にも見られなくてよかった・・・」

「え〜折角だし皆に見てもらえば良いじゃない」

阿賀野の奴呑気な事言ってくれるなぁ・・・

「絶対やだ!他の奴らに見られるなんて死んだ方がマシ・・・いや見られたら死ぬから!!」

でも今の俺の姿を他の皆に・・・か俺がもしこの姿を他の艦娘達に見せたらどうなるか想像してみるよう。

まず愛宕さんは・・・・

『いいじゃん。一発ヤる?もちろん私ががタチで!うふふふふ♡』

いやいやぜったいない!!絶対ないから!!

次は金剛か・・・

『Oh!ケン!ベリーキュートネー!!今夜一発やりませんカー?もちろん私がactiveネー!!今夜は寝かせないヨー?』

ああ違う違う!!何で二人連続で俺が掘られる事になってんだよ!!

次、天津風!!

『なにそれキモ・・・死んだら・・・?』

ダメだ・・・!すんごい蔑みの目で罵ってきそうなのがわかる・・・・

それじゃあ春風は・・・

『司令官様・・・わたくしに男らしくなれる方法を教えてくださると言っていたのにそんな恰好を・・・わたくし幻滅しました』

春風までもがぁぁぁぁぁ!!!

だめだ。俺の想像力が豊かすぎるのか?誰一人として俺の女装を寛容に受け入れてくれそうな奴がいねぇ!!

それじゃあ吹雪だ!

『お兄ちゃんはどんな恰好でもお兄ちゃんだよ!』

ああ・・・やっぱり吹雪しかいないわ・・・でもやっぱり見られるのは恥ずかしいし・・・

大淀は・・・・・・・・・・

どうなんだろ?ぶん殴られるのかな・・・?多分阿賀野にやってもらったって言ったらへそ曲げるだろうなぁ・・・

うん。やっぱり誰にも見られるべきではないな!ここは俺と阿賀野と高雄さんの秘密って事にしといてもらおう。

「へーそうなんだ。それじゃあ大淀ちゃんにもバレない様にしっかり尾行しなきゃねー」

そんな話をしていると車が門の前で止まり

「お待たせしました。それでは乗ってください」

高雄さんが俺と阿賀野を後部の座席へと誘導した。

「は、はい・・」

「それじゃあここはレディーファーストってことでお先にどうぞ」

阿賀野はそう言ってリヤドアを開ける

「俺はレディーじゃねぇ!」

「え〜ノリ悪いなぁ提督さん・・・・ヒールだと段差危ないでしょ?だからほら!何かあったら阿賀野が支えてあげるから乗って!」

「あ、ああ・・・」

俺は恐る恐る車の後部座席に乗り、それを見届けた阿賀野も俺の隣に乗り込んできた。

「それでは出発しますね」

高雄さんがそう言うと車は水族館に向けて走り出した。

「それじゃあ私達もデーt・・・尾行しっかり頑張らなくちゃね!」

「はぁ!?阿賀野お前今デートって言ったか!?」

「言ってませ〜ん」

うう・・・・ほんとにこんな調子で大丈夫なのか・・・?

そんな不安とともに車に揺られながら水族館へ向かう道中なんだかすれ違う車に乗っていた人の視線が気になって落ち着かなかったがなんとか水族館にたどり着いた。

ここで俺、女装したまま人前に出なきゃいけないのか・・・

そんなことを考えると不安やら緊張やら恥ずかしさで胸の鼓動がどんどん早まって行く

本当にこんな状態でバレずに大淀を尾行できるんだろうか・・・?



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水族館にて(大淀編)

大淀視点で話が進行します。


 「大淀ちゃん!今日はたっくさん楽しもうね!キャハっ☆」

那珂さんはそう言って私に抱きついてくる

「え・・・ええそうですね那珂さん」

「む〜今日だけは那珂ちゃんって呼んでくれなきゃやーだー」

那珂さんはダダを捏ねる。

謙もこの押しに負けて那珂さんの事を那珂ちゃんって呼ぶ事になっちゃったんだよね。

そんな2人が話してるのを見ると妙に親しそうでなんだか胸がモヤモヤしてしまう。

べっ・・・別に私はずっと謙に呼び捨てられてるしちゃんなんて付けられなくたって良いもん!

私はそう言い聞かせ、このままだとずっと食い下がられそうな気もしたので

「那珂・・・ちゃん・・・」

渋々彼女をそう呼んだ。

すると

「は・ぁ・い♡今日だけはあなただけの那珂ちゃんだよ!なぁに?」

那珂さんは目を輝かせてこちらを見つめてくる。

はあ・・・・疲れる。男の子ってこんな大変だったっけ?と言っても男の子だった頃は誰にも興味なんて持てなかったし女の子と付き合うなんてもってのほかだったし・・・・

私は心の中で一つため息を吐いた。

何故こんな事になってしまったのか?

私は男の子の恰好で那珂さんと水族館に行く事になってしまった。

元はと言えば私が安請け合いをしたからなのだが・・・

 

それは初雪ちゃんが執務室にやってきた日の夕方の事・・・・

仕事を済ませた私はこの時間は誰も居ないだろうと思い久しぶりに大浴場へ行く事にした。

私は部屋に戻りお風呂の用意をして大浴場へ向かう道中ばったりと那珂さんに出会ってしまった

「あ・・・・大淀ちゃん。今からお風呂?」

那珂さんは何故かよそよそしく顔を少し赤らめて尋ねてきた。

最近なんだか那珂さんの様子が変だ。それまでは凄いテンションで私に話しかけてくる事が多かったのにここ最近はどこかしおらしい。

「はい。久しぶりに大浴場でお風呂を頂こうかと」

私がそう答えると

「お・・・おおお風呂!?」

と那珂さんは声を上げた。なんだろう。私何か変な事言ったのかな?

「え・・・ええ・・・そうですけど・・・」

私は那珂さんにそう言うと何やら那珂さんは少しもじもじとしてから

「あの・・・・・那珂ちゃんも一緒して・・・いい?」

と尋ねてきた。

ええ!?折角一人で広いお風呂に入れると思ったのに!!

少し残念な気持ちもあったが何かと相談に乗ってもらったりしているよしみもあり断るに断れない。

それにあまり今の私の身体を他の人には見られたくないし他の艦娘達の裸も恥ずかしくて見たくのだが那珂さんには何度か服や下着を見てもらったりしているしその抵抗はあまり無い。

それならわざわざ断る事もないのではないか?いまこの鎮守府に友達と言える存在も居ないしこれをきっかけにもっと那珂さんと仲良くなれるかもしれない。

もちろん謙は友達・・・・よりもっと大切な存在だけど今の私の悩みを共有できる存在ではない。

それなら一緒にお風呂も悪くないかな・・・

そう思った私は

「ええ。いいですよ」

と頷いた。

すると

「あ・・・・ありがとう」

と小さな声で那珂さんは言った。

いつもならやったーありがとー!!那珂ちゃんうれしいっ!!!とか言ってきゃぴきゃぴ飛び回ったりするんだけどなぁ・・・・やっぱり最近那珂さんがどこか変だ。お風呂で何かわかるかな・・・?

そのまま那珂さんと私は一緒にお風呂に入った。

そして私が髪を洗っていると

「綺麗な黒髪・・・」

と那珂さんが呟く

「へぇっ!?あ・・・ありがとうございます」

急な事だったので驚いてしまった。

「もう元に戻って良かったね。那珂ちゃんね、大淀ちゃんがこの間髪バッサリ切っちゃった時はびっくりしちゃったんだよ・・・?それに心配もしてたの・・・でもね・・・・あの時の大淀ちゃんかっこ良かった・・・」

那珂さんはそう言って私の背中にぴったりとくっついてきた。

那珂さんの体温が直に私に伝わってくる。それに柔らかい所が私に当っている

「ななななな那珂さん!?どうしたんですか!?」

「あのね・・・那珂ちゃんね・・・大淀ちゃんにお願いがあるんだ・・・」

突然那珂さんはそう話を切り出した。

一体なんだろう。もしかしたら那珂さんの様子が変なのに関係が・・・?

いつも相談に乗ってもらっているし・・・そんな私を頼ってくれたのなら力になってあげなきゃ!

私はそんな使命感に駆られ

「は・・・はい!いつもお世話になっているんですから私でよければなんでも仰ってください!」

「大淀ちゃん・・・・あのね・・・那珂ちゃんね・・・男の子の恰好してたときの大淀ちゃんを見てたら胸がきゅぅって締め付けられたの」

「え・・・ええ!?」

あれ・・・・?もしかしてあれ私だってバレてたの!?折角バレない様に男の子っぽく振る舞った筈なのに・・・・なんで・・・?

私が狼狽えていると那珂さんは更に続けた。

「それでね・・・・那珂ちゃんはみーんなの物なんだけど・・・・でもね・・・大淀ちゃんの男装してる姿見て那珂ちゃんは・・・皆の物なんだけどぉ・・・あなただけの物になりたくなっちゃった・・・キャハ・・・・付き合ってください!」

え・・・・

急な事で理解するまでに時間がかかったが今那珂さんはなんて・・・・付き合って欲しいって言ったの!?

「な・・・・なななななな・・・・・・・!!!!そそそそういうのはよ代々よ・・・・良くないと思いますっ・・・!そのっ・・・・・女の子同士・・・・・・いえ男の子同士でそんな・・・・あれ?」

私に・・・・!?確かに私は男の子だけど・・・・でも那珂さんも男の子で・・・・・でも私が好きなのは男の子の謙だし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の頭は急な事で処理が追いつかなくなってしまった

そんな私をよそに

「はぁっ・・・♡言っちゃった・・・・那珂ちゃんの気持ち、あなたに届いてたら良い・・・な」

那珂さんの目は少し潤んでいた。

そんな姿に休暇の時、謙に思いをお風呂で伝えたときの私の姿が重なった。

きっと那珂さんもあの時の私みたいに勇気を出して言ってくれたんだと思う。

私にこんなに好意を向けてくれた人はあまり居なかったし素直に好意をくれた事は嬉しかった。

それに断って今の那珂さんとの関係が崩れるのも嫌だ。

でももう私には好きな人が居る。ずっとあの人の側にいたいって心から思える人が。

だから私は頷くわけにはいかない。

「那珂さん・・・・」

「は・・・・はいっ!?何かな・・・」

那珂さんは私を目を輝かせて見つめてくる。

そんな目で見つめられたら私・・・・

でもこれだけははっきりと言わなきゃ!私の事気持ちに答えてくれたあの人の為にも!!!

「ごめんなさい!!」

よし・・・言えた・・・でもなんだかとっても申し訳ない気持ちになる

「え・・・・そ・・・・そうだよね。急にこんな事言われても嫌だよね・・・・那珂ちゃんこそごめんね」

那珂さんはそう言って私に謝って来た。

「そ・・・そんな謝らないでください。私、那珂さんの事、相談ができて頼れる数少ない大切な人だと思ってます。それに思いを伝えてくれて嬉しかったです」

「そ・・・それじゃあなんで・・・」

「私、好きな人が居るんです。ずっと前から心に決めた人が。単純でバカで・・・・一人にしてたらふらっとどこかへ行ってしまいそうで危なっかしくて・・・・・でも優しくて・・・・私が側にいてあげなきゃだめだって思えた人が・・・・だから那珂さんのそのお願いには私・・・答えられないんです」

う・・・我ながら恥ずかしい。でもこれは私の本当の気持ちだ。

「そ・・・そうなんだ・・・そうだよね・・・・」

那珂さんの表情は暗くなっていた。

流石に那珂さんをこんな暗い表情のままほったらかしにするわけにはいかない。

「で・・・でも・・・その代わりと言ってはなんですが他に私にできることがあったらなんでも言ってください。那珂さんとはこれからも相談ができるような・・・・そう!お友達でいたいんです・・・身勝手だとは思うのですが私・・・那珂さんともっと仲良くなりたいんです・・・・!だめ・・・ですよね・・・?」

「ううん。那珂ちゃんね、大淀ちゃんに好きな人がいるだろうなーってずっと思ってた。おしゃれに気を使うのも自分のためじゃなくて誰かの為に可愛くなりたいんだっていう感じがしてたもん。だからね・・・断られるとは思ってたんだ。でも那珂ちゃんの推理当っててちょっと安心したよー。それにそんなに那珂ちゃんの事頼ってくれて那珂ちゃんも嬉しいっ!」

那珂さんは笑顔で私に言った。

「それじゃあ・・・これからも私の相談に乗ってくれるんですか・・・・?」

「うんっ!もちろんだよ!!おと・・・・・・アイドルに二言はないっ!!」

那珂さんは胸を張った。

「よかった・・・・!」

「でも大淀ちゃん、何かお願い聞いてくれるって言ったよね?那珂ちゃんのお願い聞いてくれる?」

「はい!なんなりと!!」

「一日だけ・・・・一日だけで良いから男の子の恰好で那珂ちゃんと一緒にどこかに遊びに行って欲しいの・・・」

「はい・・・?」

そ・・・それってデートしてくれって事なんじゃ・・・・・・・・

デートなんて・・・まだそんな・・・・謙ともまともにした事ないのに・・・・・!!

しかし結局その場では断る事が出来ず

「は・・・はい・・・一日だけなら・・・」

と頷いてしまった。

「ほんとー!?那珂ちゃん嬉しいっ!!それじゃあ今度の週末に遊びに行こうよ!!」

那珂さんはいつもの調子で嬉しそうに飛び跳ねていたので尚更断り辛くなってしまった。

結局その後はいつものテンションに戻った那珂さんとお風呂を浴び終えた。

「それじゃあ週末・・・どこかいこーね!」

「は・・・はい・・・」

そうして那珂さんと別れた私は悩んでいた。

このまま那珂さんと出掛けるべきなのか否か・・・?それって浮気なんじゃ・・・・

謙が聞いたら怒るかな・・・・?

『はぁ?那珂ちゃんとデートだぁ?俺・・・お前の事信じてたのに・・・・・もういい!俺、阿賀野と付き合うから!!お前らはそっちで仲良くやってろよ!じゃあな』

そんな最悪な状況が頭に浮かぶ。

そんなの絶対ダメ!

結局夜中になるまでずっと悩んだ末、謙に相談しに行く事にした。

私は意を決して謙の部屋のドアをノックする。

すると

「うーい・・・大淀・・・・?どうしたこんな時間に」

と眠そうな顔の謙が部屋から出てきてくれた。

あれ・・・・?なんだろう?なんだか謙の言葉に違和感がある。でもその正体はわからなかった。

それより那珂さんの事・・・話さなきゃ!

「あ・・・・あのね、謙・・・・相談が・・・あるの・・・・」

私は夕方に起こった事の一部始終を話した。

謙は怒らずに私の話を聞いてくれた上に、私の事を心配してくれていた。

やっぱり謙はやさしいよ・・・・

「・・・・ごほん・・・・それで相談ってなんなだよ?告白は断ったんだろ?」

謙がそう尋ねてきたのでそして私は本題に入った。

「えーっと・・・話はそこからなんだけど断ったは良いんだけどそれじゃあ一日だけで良いから男の子の恰好で一緒に遊びに行って欲しいって言われて・・・いつもお世話になってるから断る訳にもいかなくて・・・・でもこれってデートなんじゃないかなって・・・・謙に黙って行ったら悪いかなって思って・・・・ごめんね。謙がやめろって言うなら私断ってくるから・・・」

そうだ。謙が嫌なら那珂さんには悪いけど断らなきゃ・・・謙は私の大切な人なんだから

すると謙は

「うーん・・・・でもただ遊びに行くだけだろ?お前もここ最近色々あって疲れてるだろうし息抜きくらいしてきても良いんじゃないか?それに他の艦娘と親交を深めて貰うのは提督としては大歓迎だし・・・・ただ絶対・・・その・・・・那珂ちゃんと付き合うなんて言わないでくれよ?」

と言ってくれた。

そう・・・だよね!親交を深めるだけなら大丈夫だよね・・・・それに謙は私の事もちゃんと気遣ってくれてる・・・・それならそのお言葉に甘えようかな。

「そう・・・・うん。そうだよね。それに当たり前じゃない。私が大好きなのは謙だけだから・・・・」

私・・・言っちゃった・・・!あんなに最初は言う事を躊躇っていた言葉だけど・・・今なら何回だって言える。私は謙が大好きなんだ。

「ありがとう。それが聞けただけで安心だぜ。それじゃあ当日は楽しんでこいよな」

「う、うん・・・・わかったよ謙・・・それじゃあお休み」

「ああ。お休み大淀」

私は一気に重荷から解放されたような気分になり、謙にお休みを言って部屋に戻ろうとしたがその瞬間に違和感の正体に気付いた。

「あっ、そうだ謙」

「ん?どうした?」

「あのさ・・・・最近二人っきりの時も私の事大淀ってちゃんと呼んでくれてるよね・・・・?」

そうだ。最近謙は2人っきりの時でも淀屋って呼ばなくなったんだ。

少し寂しい気もするけど大淀って呼んでもらえて今の私を認めてくれているような気もして嬉しい。

「あ、ああ。お前がそう見て欲しいって言ってたし・・・それに上手く言えないけど淀屋は親友だってのは変わらねぇけど今のお前は俺が好きな人だから俺の中でも一種の踏ん切りがついたと言うか・・・」

謙は照れくさそうに言った。

私の事で謙も色々考えててくれてるんだ。

そう思うとなんだか心が温かくなった。

「そうなんだ・・・ありがと。これからもずっと大淀としてあなたの側にいれたら良いな・・・」

「ああ、当たり前だろ?お前は俺の秘書官で・・・それに俺の大切な人なんだからな!もちろん淀屋もだぞ!!でもお前がその姿で俺の事を好きで居てくれるなら俺にも親友としてじゃなくて・・・その・・・好き・・・な人として付き合わせてくれよ」

謙・・・・

「ええ。ありがとう謙。私うれしいよ・・・それじゃあまた明日の朝ね」

「ああ。それじゃあな」

私は謙に別れを告げ、足取り軽やかに自室へ戻り床に就いた。

「えへへ・・・・謙に好きってまた言われちゃった・・・・好き・・・・」

私は布団の中で一人謙とのやり取りを一人で繰り返していた。

本当に少し前まで自分が男の子だったなんて自分でも噓みたいだ。

実はあれこそが夢で今の私こそが本当の私なのかな・・・?

でも男の子だった時の思い出も大切な物だ。

謙はどっちも受け入れてくれるって言ってくれたし今の所は恋人だし親友って事でいい・・・かな・・・?

その日は結局そんな事を一晩中考えていたので眠れなかった。

 

そして那珂さんと出掛ける当日・・・・

 

出掛けるのはここから少し車で行った所にある水族館××シーパークと言う事になっていて、私だけに車を運転させるのは悪いからと那珂さんはバスで行こうと提案してきたのでバスで行く事になった。

その日の分の書類を片付け、謙に見送ってもらい自室へ戻り出掛ける準備を始める

「髪はこんな感じで良いかな・・・・?よし!これで大丈夫な筈・・・でも・・・また男の子の恰好をするなんて・・・・なんだか恥ずかしいような・・・・」

私は鏡に映る男の子の私を見てむず痒い気分になっていた。

そして待ち合わせ場所である鎮守府の門の前で待っていると

「おっまたせー!」

と那珂さんの声が聞こえた。

声の方を振り返ると

「な・・・・那珂さん・・・!?」

いつものトレードマークなお団子は無く、髪は降ろされていて、服も可愛い系というよりは清楚系と言った感じだった。

「ど・・・どうかな・・・?いつもの那珂ちゃんと違うでしょ・・・?」

「は・・・・はい・・・・綺麗です」

「ほんと!?那珂ちゃん嬉しいっ!」

中身はいつものままの様だった。

 

とこんな事があって今私は那珂さんと一緒にバスに揺られている。

「ねー大淀ちゃん・・・・今の大淀ちゃんの事大淀ちゃんって呼ぶの・・・なんだか変な感じするんだよねー」

「そ・・・そうですか!?」

「うん・・・男の子の恰好してるし・・・・その・・・ダーリンって呼んじゃダメ?」

「ダ・・・・ダーリン!?」

ダーリン!?そ・・・そんな呼ばれ方するのは初めてだし急な事だったので私はびっくりしてしまう。

「今日だけだからぁ〜ね・・・・良いでしょダーリンっ♡」

那珂さんはそう言ってウインクをしてきた。うう・・・断り辛い・・・でも今日だけ・・・今日だけだし・・・いい・・かな・・・・

私が頷くと

「やったー!ダーリンだーい好きぃ!!!」

那珂さんが抱きついてきた

「うわぁちょ・・・・那珂さ・・・・那珂ちゃん!公衆の面前でそんなこと・・・・!!」

「え〜いいじゃーん今このバス那珂ちゃんとダーリンしか乗ってないんだしぃー」

うう・・・やっぱり那珂さんと居ると楽しいと言えば楽しいんだけど疲れるなぁ・・・

でもダーリン・・・・良いなぁ・・・・帰ったら謙の事ダーリンって呼んでみようかな・・・・・

いやいやいやダメだ・・・・やっぱり恥ずかしい・・・・

 

そうこうしているうちに私達は水族館へ到着した。

「うわぁ〜綺麗だねダーリンっ!」

「は・・・はい・・・でもお魚とか海とかって艦娘だからずっと嫌でも見てるんじゃないんですか?私はあんまり出撃しないので新鮮と言えば新鮮ですけど・・・」

「ううん!そんな事ないよ!それに深海棲艦のせいで海は怖い物だって思う人が結構居るけどこう言う所で海の綺麗な所とかをいっぱい見て海って良いなって思ってくれる人が少しでもいてくれたら良いなって那珂ちゃん思うんだ!だから那珂ちゃん水族館って大好きなの!!でも本当は水族館なんかじゃなくてみんなが本当の海で皆が楽しく深海棲艦の脅威なんか考えないでダイビングとか海水浴とかが出来るようになったり海の生き物に親しめる日が来ればいいなって・・・!」

那珂さんも那珂さんなりの戦う理由があったんだ・・・

「那珂ちゃん・・・海好きなんですね」

「うんっ!大好き!」

那珂さんはそう言って笑った。

そして一通り水族館を回ると

「そろそろお腹空いたね」

と那珂さんが言う

「そうですね。時間も時間ですしお昼ご飯にしましょうか」

「うんっ!」

私達は水族館のレストランで昼食をとる事にした。

「それじゃあ那珂ちゃんはぁ〜このペンギンカレーにしよっかなー」

那珂さんはメニューに書かれているペンギンの形になっているご飯にカレーがかかったカレーライスを指差した。かわいい・・・・!

「それじゃあ私もそれで・・・」

そして私達は2人仲良くペンギンカレーを食べた。

味は普通な筈なのになんだかとっても美味しく感じる。

那珂さんと一緒に食べてるからなのかな・・・・?

そんな事を考えていると那珂さんが口を開けていた。

「あーん・・・・」

「あーん・・・?」

もしかしてカレーを食べさせて欲しいの・・・?

「しょ・・・しょうがないですね・・・」

私はスプーンを那珂さんの口に運んだ

「はむっ・・・・う〜ん!ダーリンに食べさせてもらうとすっごくおいしく感じる!!それじゃあ那珂ちゃんも・・・・はいダーリン♡あーん・・・」

那珂さんもスプーンにカレーを掬い私の口元に持ってきた。

拒否するわけにも行かないので私は口を開ける

「んむっ・・・・」

口にカレーが運ばれた所を那珂さんはずっと見つめてくる。

「どーお?」

なんかめちゃくちゃ期待されてるような・・・・

「う・・・うん・・・・那珂ちゃんに食べさせてもらったらお・・・美味しいなぁ・・・なんて・・・」

「そう・・・?よかった!うふっ」

那珂さんはまた嬉しそうに笑った。本当に笑顔が可愛いなぁこの人・・・・私も見習わなくっちゃ!

そしてカレーを食べ終わり、レストランを後にすると突然

「ダーリン!もう少しでイルカショーが始まるみたいだよ!見に行こっ!!」

そう言った那珂さんに手を引かれ、イルカショーを見に行く事になった。

そしてイルカショーが行われる場所に行く道中突然那珂ちゃんが歩みを止める

「那珂ちゃん?どうしたんですか?」

「折角だし記念撮影しようよ!」

那珂さんはそう言っておいてあった水族館のパネルを指差す。

そして那珂さんはそれをバックに私に肩を寄せてスマートフォンで自撮りをした

「ありがとーダーリンっ♡この写真大事にするね!」

那珂さんは嬉しそうに言った。

そしてショーが行われる会場に付き、イルカショーが始まった。

そんなショー中盤司会のお姉さんが

「それじゃあショーのお手伝いをしてくださる方ー手を挙げてくださーい」

と客席に求めた。

こう言うの恥ずかしくって手を挙げられた試しがないんだよね・・・・もう今となってはどうでもいいけど

と思っていると

「はいはいはーい!!!」

と横で那珂さんが思いっきり手を挙げている。

それが目立ったのか

「それではそこの白いお洋服のお姉さん!」

と司会のお姉さんに那珂さんが指されてしまった。

「やった!それじゃあダーリン!!一緒に行くよ!!」

そう言って那珂さんに引っ張られる

「えっ・・・ちょ・・・!!呼ばれたの那珂ちゃんですよね・・・・!私はここで見てますから・・・・!!!」

「いーじゃんいーじゃん!ほら行こっ!!」

那珂さんの勢いに負け、私はステージまで連れていかれた。

「あれ?こちらの方彼氏さんですか?」

那珂さんが司会のお姉さんに尋ねられる

「はいっ!」

那珂さんは即答して私に抱きついてきた。

うう・・・・・・大勢の目の前でこんな・・・・・謙には絶対見せられない・・・・

「お熱いですねぇ〜とってもお似合いだと思いますよ!」

お姉さんもそう言ってくる。

「え〜そう?ありがと〜」

那珂さんは隣でそんな事を言ってニヤニヤしているが

恥ずかしい・・・・でも今度謙とここに来たら私も今の那珂さんみたいな事謙にしよっかな・・・・

それから私達はイルカに何度か芸をさせて席に戻ってしばらくしてからショーは終わった

「ふう・・・・・」

私は安堵の息を洩す。

そしてまた水族館を回っていると

「あれ?なんだかあそこの男の子と女の子・・・・カップルみたいだね」

那珂さんの視線の先には腕を組んで歩いている男女がいた。

なんだかどこかで見た事あるような・・・・それになんだかこっちを見ているような・・・・

「もしかしたら那珂ちゃん達の事もカップルみたいだって思ってるんじゃない?見せつけちゃお!」

そう言って那珂さんは私の手に指を絡ませてきた。

こ・・・これって恋人繋ぎ!?

なんだろう・・・・私・・・・・那珂さんの事異性として見て無いのになんだかドキドキしちゃう・・・・・ダメダメ・・・!私が好きなのは謙なんだから!!

自分にそう言い聞かせながら恋人繋ぎのまま水族館を回ったがほぼ見たものは頭に入ってこなかった。

そして海が見える野外にやってきた。辺は日が少し翳り始め海が海に夕日が沈もうとしている。

「今日は楽しかったね!ダーリン!!」

那珂さんは屈託のない笑顔で微笑みかけてくる。

「は・・・・はい」

「んー?ダーリンは楽しくなかったの?」

那珂さんは尋ねてくる。

「い・・・いやそんな事はないです!!那珂ちゃん一緒にいろんな所を回ったり知らない一面を知れたりと私も楽しかったですよ!!」

「そうっ!それならよかったぁ〜今日はありがとねダーリン・・・いえ大淀ちゃん。那珂ちゃんの無理に付き合わせちゃって」

「いいえ。私も・・・・那珂ちゃんの告白を断ったときはもうこうやって一緒にお話しできなくなっちゃうんじゃないかって思ってましたけど一緒にこうやって遊びに行けて楽しかったです」

「ありがと大淀ちゃん。それじゃあ明日からはこれまで通りだね・・・」

那珂さんは少し寂しそうに言った。

「これまで通り・・・?」

私は本当にこれまで通りに那珂さんと接する事が出来るのだろうか?

そんな事を思っていると

「あのね・・・・大淀ちゃん。最後にもう一つお願い・・・聞いてくれる?」

那珂さんはまた少しよそよそしくそう尋ねてくる。

「あのね・・・目・・・瞑ってて」

「はい」

私が言われた通りに目をつぶると頬に柔らかい何かが当る

「ふわっ!!」

も・・・もしかしてこれって・・・・

私はすぐさま目を開ける

すると目の前には顔を真っ赤にした那珂さんがいた。

「へへ・・・最後にキス・・・させてもらっちゃった・・・・ごめんね大淀ちゃん。例え大淀ちゃんに好きな人がいても那珂ちゃんはそれをお友達として応援するしお友達として大好きだから・・・・」

「お友達として・・・・・ありがとうございます那珂さん・・・・」

「お友達でしょ?だからもう那珂ちゃんに敬語使うのやめない?タメ口で気軽にお話ししてくれてもいいんだよ?」

「え・・・・?でもそんな・・・・」

「いいのいいの!那珂ちゃんは皆の物だから!つまり大淀ちゃんの物でもあるって事なんだから!キャハッ☆」

那珂さんはそう言ってまたウインクをした

なんだそれ・・・・でもそうだ。私は那珂さん・・・・いや那珂ちゃんとお友達になりたかったしこれなら願ったり叶ったりだ。

「ありがとうございます・・・いえ。ありがとう那珂ちゃん」

「あ〜ちゃんと那珂ちゃんって呼んでくれたぁ!那珂ちゃん嬉しいっ!」

「那珂ちゃん・・・・こんな私だけどこれからもお友達でいてくれるの?」

「うん!もちろんだよ大淀ちゃん!私達の友情は普通の男の子同士の友情よりも厚いんだから!」

「そ・・・そんなもんなの?」

「そうだよ!それじゃあ皆にお土産でも買って帰ろっか!そうだ大淀ちゃん。お揃いのキーホルダーとか買おうよ!」

「うんっ!」

私達は売店でお土産を買い、帰路についた。



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水族館にて(提督編)

 「提督、阿賀野、着きましたよ」

高雄さんがそう言うと車は水族館の見える横断歩道の近くで止まった。

「はぁ〜やっと着いたか・・・」

「ええ〜阿賀野はもうちょっと乗ってたかったなぁ〜」

「やだよ!お前車ん中でずっとべたべたしてきやがって!!まだなんもしてないのに疲れたわ」

「だって今の提督さんかわいいしぃ〜今夜だけでも俺の女になってみる? なーんちゃって♡」

阿賀野はキメ顔で言った

「だ・・・だからそう言うのやめろって言っただろ!?」

なんで俺こんなドキドキしてるんだ・・・・!?いつもの女の恰好してる阿賀野ならともかく今の阿賀野の外見は完全に男なんだぞ!?

「えへへ〜それじゃあ高雄!提督さんと楽しんでくるね!」

そんな俺の事はお構い無しに阿賀野はいつもの調子でそう言って車のドアを開けた。

「おい阿賀野・・・お前当初の目的を忘れてないか?」

「だいじょーぶだって!はい、提督さん!阿賀野がしっかりエスコートしてあげるっ!」

阿賀野は車を降りると俺に手を差し伸べてくる。

なんか調子狂うなぁ・・・

「お・・・おう・・・」

俺は阿賀野の手を取り恐る恐る車を降りた。

「おおっと・・・」

地面に足を着けるとやっぱりふらついてしまう。

この靴歩きにくすぎるだろ・・・・

「大丈夫提督さん?」

バランスを崩した俺を阿賀野はしっかりと受け止めてくれた。

そんな俺は阿賀野にしっかりと抱きついており、阿賀野の顔が俺の目の前に・・・・

「だ・・・・・大丈夫だっ・・・・うわぁ!!!」

俺は反射的に阿賀野から離れようとするもまたバランスを崩してこけそうになってしまった。

「おっと・・・・!ダメだよ提督さん。ヒールなれてないんだからあんまり激しく動いたら」

阿賀野が俺の手を掴んで引っ張って支えてくれたおかげで転ばずに済んだがやっぱなんか恥ずかしい・・・

しかしなんでだろう。いつも呑気そうな阿賀野がどこか頼りがいのある奴に見えてしまう。

「う・・・・すまん」

「いーのいーの!!阿賀野も最初はこんな感じだったし!」

阿賀野は胸を張った。

やっぱ阿賀野は男装してるけどいつも通りなのかなぁ・・・・

俺が変に意識しすぎてるだけなのか?そうだ・・・そうに違いない!

女装してて変に俺が浮き足立ってるだけなんだ!

そう自分に言い聞かせていると

「どうしたの?提督さん」

阿賀野が俺の顔を覗き込んでいる

別になんて事ない男っぽい阿賀野の顔が目の前に居るだけなのに俺はびくりと体を強張らせてしまった。

「うわぁ!!な・・・・なんでもない・・・なんでもないぞ・・・!!!」

「そう?ならいいけど。それじゃあ高雄。後は阿賀野に任せて!」

阿賀野は車からドアガラスを開けてずっとこちらを傍観していた高雄さんに言った。

「ええ。もう少し提督の初々しい女装姿を眺めていたいですが私はこの辺で・・・あっ、そうだわ提督。帰りは用事があるので迎えにこれません。ですからバスで帰ってきてくださいね。ただこの辺バスがややこしい上に夕方になると鎮守府方面行きのバスが減ってくるので乗り間違えない様に気をつけてくださいよ?それでは失礼します」

高雄さんはそう言い残しドアガラスを閉めて車を発進させ、俺と阿賀野はそれを見送った。

「ふう・・・・高雄、行っちゃったね」

「あ、ああ・・・」

なんだか気まずい・・・・

なんでだ?もう阿賀野と喋るのなんか抵抗も何もない筈・・・

というか元々阿賀野は男だからそんなものない筈なのに今日はなんだかいつもと違うというか・・・

「それじゃあ提督さん!早く行こっ!」

俺の事等知った事ではないと言わんばかりに阿賀野は水族館を指差す。

「わかったからちょっと待ってくれよ・・・この靴歩きにくいんだから」

俺はぐらつく足をぎこちなく進める。

「もー提督さん!そんなんじゃいつまで経っても着けないよ?ほ〜ら。手、繋ごっ」

阿賀野は強引に俺の手を掴み歩き出す。

「うわっ!ちょ・・・待て!」

俺はバランスを取るのに必死だったが阿賀野は逐一俺の事を確認しつつ優しく引っ張って足を進めてくれている。

そして歩いているうちに辺を見回す余裕ができてきたが他人の視線がとても気になってしまう。

女装して阿賀野と手を繋いでる俺・・・変に映ってないかな・・・

なんの気ない筈の他人の視線がチクチクと体に刺さってくるようだ。

「な、なあ阿賀野・・・」

「ん?提督さん、なぁに?」

「お・・・・俺・・・・変じゃないよな・・・・?」

阿賀野にこっそりと俺は尋ねる。

いや。女装してる時点で十分に変だと思うんだけど・・・・やっぱり俺が女装しても変に見えるだけだよなぁ・・・

「全然そんなことないよ!今の提督さん十分可愛いよ!」

阿賀野はそう言って笑いかけてきた。

「お世辞は良いんだよ・・・!ほら・・・なんか俺・・・見られてないか?やっぱどっか変なんだろ?阿賀野もそんな事言って俺の事からかってるだけなんだろ?」

「違うよ提督さん。きっと皆提督さんが綺麗だから見てるんだって!それに阿賀野が可愛くしてあげたんだから変なわけないでしょ?ほら。もっと自信もって!!堂々としないと逆に変に見えちゃうよ?」

「う・・・・」

なんだかそこまで言われるとそんな気もしなくも・・・ない・・・のかな・・・?

今日の俺・・・やっぱりなんか変だ。これも全部女装のせいだ。

そうこうしているうちに俺達はチケット売り場にたどり着いた。

「阿賀野・・・俺・・・ここで待ってるからさ・・・・チケット買ってきてくれよ・・・・やっぱり恥ずかしいし・・・」

「なーにいってるの提督さん!ほら一緒に来る!横に居るだけで良いから!」

阿賀野は俺の手を引いた。

「うわぁちょ・・・阿賀野!?」

そしてチケット窓口に連れていかれ・・・・

「大人2枚で」

阿賀野は低めの声でそう言って俺の肩を抱き寄せた。

「ひぁっ・・・・!」

急な事に変な声が出てしまう。

なんで・・・・俺・・・・こんなドキドキしてるんだよ・・・・

「カップルさんですか?楽しんで行ってくださいね!」

窓口の販売員のお姉さんにそんな事を言われ

「ああ。ありがとね!それじゃあ行こうか」

阿賀野は爽やかにそう言って俺を水族館の中へと引き入れた。

俺は提督なんだぞ・・・?それなのに阿賀野に良い様に遊ばれてる気がする・・・・

そして入ってすぐにある大水槽のある開けたスペースに入ったので俺は阿賀野に一言言ってやることにした。

「阿賀野・・・・何のつもりだよ!!あんなことしやがって・・・・!俺は別にデートに来たわけでもお前の彼女でもなんでも無いんだからな!!」

「え〜だってぇ〜カップルのフリして2人を尾行するって計画じゃない!あれくらい当然だって!もしかして提督さん・・・・ドキドキしちゃった?さっきもあんな可愛い声出しちゃってたし」

阿賀野はそういつもの調子で答える。

「い・・・いや・・・そんな事・・・・」

図星を突かれた俺は苦し紛れにそう言うが阿賀野は俺の頬に手を添えて目を合わせてきて・・・

「ほら〜やっぱりドキドキしてたんだ〜!!いいぜ?今日だけは俺の女になる?・・・・なぁんちゃって!!」

はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!??????

「な・・・・なななななな・・・・!!!!!」

俺の体温と心拍数が急激に上昇する。

ヤバい・・・・!ヤバい!!一瞬本気でなんか生まれちゃいけない感情が・・・・

やっぱり阿賀野怖い・・・・

「あはっ!提督さん赤くなっちゃってか〜わ〜い〜い〜」

阿賀野はにたにたと笑う。

やっぱりこいつ俺の事からかってるだけなんじゃないか?

「阿賀野お前なぁ!!からかうのもいい加減に・・・・・」

「あれ〜良いの?女の子がそんな荒っぽい言葉遣いしちゃって目立っちゃうよ?」

「何言って俺はおと・・・・」

そこまで言いかけたところではっとなり通行人の視線が気になってくる。

そうだ・・・今の俺は女装してて・・・こんな事してすごく周りから浮いてるんじゃないか?

そう考えると急に顔が熱くなってきた。

「ふふ〜ん♪今の提督さんは俺の彼女だもんね?」

「うう・・・」

言い返してやりたかったけどこれ以上悪目立ちしたり女装した変態だと思われたくない俺は何も言えなかった。

それからしばらく阿賀野にされるがまま水族館の中を回っていると

「提督さん。お魚見てたらお腹減ってきちゃった。ご飯にしない?」

阿賀野は急に言い出した。

「はぁ?」

「はぁ?なんて言い方しちゃダメだよねぇ?この辺人いっぱい居るんだよ?」

「うっ・・・今なんて言った・・・の?」

俺はしぶしぶ少し高めの声で訪ねた。

「だ〜か〜ら〜ご飯だよご・は・ん!阿賀野朝から何も食べてないしぃ〜ここのレストラン美味しいって評判なんだって!なんかお魚見てたらお腹すいてきちゃった」

はぁ〜やっぱり阿賀野と居ると調子が狂うなぁ。

突飛な一言に一気に怒る気も失せてしまった。これが天然なのか計算ずくなのかがわからないところがこいつの怖い所なんだよなぁ・・・・

それに俺もそう言われてみれば朝にサンドイッチを食べただけだし色そろそろ昼飯時だしなにより臑毛を一気に抜かれたり女装させられたりとなれない事をされまくったせいでなんだか飯の事を考えると一気に腹が減ってきた。

「はぁ・・・・わかったよ」

俺は渋々阿賀野に了承した。

「それじゃあこっちだよ。提督さん、また転んじゃうと危ないし手、離さないでね」

阿賀野は俺の手をぎゅっと握ってきた。

その手の大きさや力強さからやっぱり阿賀野も男なんだなと再認識させられる。

そしてレストランに入り席に通される

「ふぅ〜やっと座れる・・・この靴ちょっと歩いただけなのにめちゃくちゃ疲れるな・・・」

「女の子って大変でしょ〜?」

「え・・・ああうん・・ってお前は男だろ!?」

「良いじゃんべつに〜阿賀野もヒール履く事あるしぃ〜あっ、そうだ提督さん」

「なんだよ」

「そんなまた開いて座ってたらパンツ見えちゃうかもよ?」

「えっ・・・・!?」

阿賀野に言われて俺は反射的にスカートを抑えていた。

「まあロングスカートだから開いても見えないと思うけどね〜」

阿賀野はニヤニヤしている。

「お前なぁ・・・・」

「えへへ・・・ごめんごめん!でも股開いてたら変に見られちゃうかもよ?男だってバレちゃうかもね」

「えぇ!?ああ・・・わかった・・・」

俺は意識して股を閉じてみたがこれも結構疲れる。

立ってても座っても疲れるとかどうなってんだよこれ・・・・

そんな事を考えていると阿賀野はある一定の方向を見つめ

「ほ〜ら。思った通り♡」

と呟いた

「どうしたんだよ?」

「提督さん、ほらあそこあそこ」

阿賀野がそう言って指を指した方向には大淀・・・いや今は淀屋なのか?そんな彼と向き合って話をしている美少女の姿があった。

隣の子誰だよ・・・いや。あいつしか居ないわけなんだけど・・・・・・

「あれ那珂ちゃん!?」

俺は思わず声に出してしまった。

「しーっ・・・!提督さん!!気付かれたら変装してる意味ないでしょ!?」

阿賀野に口を塞がれる

だっていつもと雰囲気違いすぎるだろ・・・あんなにめかしこんでどれだけ気合い入ってんだよ・・・・それだけあいつの事が気になってるって事なんだろうか・・・?

あんな可愛い子に告白されてもし淀屋がくっついちゃったらどうしよう・・・・

 

『謙、ごめんね!僕やっぱり男として那珂ちゃんの人生のプロデューサーになるよ!じゃあね』

『ヨドちゃんったらぁ〜那珂ちゃんのプロデューサーさんなんてそんな事言わないでよぉ・・・・那珂ちゃんはぁもうアイドルなんかやめてヨドちゃんのお嫁さんになるんだからぁ〜ヨドちゃんは那珂ちゃんの旦那様でしょ?』

ヨドちゃん・・・・!?

待ってくれ淀屋・・・・大淀!!!!!!

 

なんて状況が頭に浮かんだ。

いやいやいやあいつに限ってそんなこと・・・・ない筈なんだけど・・・・・

なんでだろ・・・・あいつが那珂ちゃんと仲良く喋ってるの見てるだけなのにすごく胸がモヤモヤする

「どーしたの提督さん?」

「あ、いや・・・なんでもない・・・」

「ふふ〜ん。もしかして那珂ちゃんに嫉妬してるの?」

「は!?」

そんな阿賀野の言葉が俺の心に生まれたよくわからない感情をはっきりさせた。

嫉妬・・・?俺が那珂ちゃんに!?

そんな・・・・なんで・・・・・・

「だって提督さん大淀ちゃんの事好きなんでしょ・・・?もし那珂ちゃんにとられちゃったらど〜しよ〜とか考えてるんじゃない?」

心を読まれた!?

「ちちちちちげーし・・・・俺と淀・・・・大淀はそんな関係じゃねーから・・・・」

俺は必死に誤摩化そうとするが

「え〜そうなのぉ?その割にはなんか最近いい感じだと思ってたんだけどなぁ〜」

「違うって!」

「それじゃあ阿賀野達ほんとに付き合っちゃう?もちろん今の男の子の恰好の私じゃなくて女の子の阿賀野として提督さんの彼女になってあげるけど?」

つ・・・・付き合う!?そんな・・・俺には大淀が居るのに・・・・ってそう言う事じゃなくて阿賀野は男なんだぞ!?それにこのまま女装して男と付き合うなんてゴメンだ!

いや・・・まあ大淀も男なんだけどそう言う事じゃなくて・・・・

「女の子としてって第一お前は男で・・・・」

「ふーん。じゃあやっぱり今の俺の方が好きなんだ。別にそれでも良いけど本当に俺の彼女になってみる?退屈させないよ?」

また阿賀野は低めの声でそう言って俺に顔を近づけてくる。

「だから違うって!!俺にそんな趣味は・・・・」

少し前までなら俺にそんな趣味はねぇ!と即答できただろう。

今は本当にそう言いきれるんだろうか?

あいつは俺の事を好きだって言ってくれたし俺も何故かそれを受け入れられた。

それってやっぱり俺も・・・・

「ん〜?そんな趣味は・・・なんなのかな〜?」

阿賀野に見つめられてさらに訳がわからなくなってしまう。

「う・・・」

「なーんちゃって!冗談だよ冗談!!早く何か頼もうよ」

阿賀野はそう言ってメニューをテーブルに広げた。

それを見て俺は安堵の大きなため息をつく。

「ほら提督さん!これとか美味しそうだよ?」

「ああ。そうだな・・・・」

正直さっきの事が頭の中でまだぐるぐるしていてそれどころではないのだが

「じゃあ阿賀野これにする〜提督さんはどれにするの?」

「えーじゃあこれにしようかな・・・」

俺は適当にメニューの中からハンバーグ定職を頼む事にした。

「わかった。それじゃ店員さん呼ぶね!」

阿賀野は呼び出しベルのボタンを押した。

それからしばらくして店員が注文を聞きにやってくると

「くらげミートソースパスタ一つください。それじゃあハニー。君も注文して」

そう言って俺にウインクをしてくる。

誰がハニーだ・・・・と言いたかったが今は店員が居るのでそう言うわけにもいかず・・・

「おれ・・・・わたし・・・はこの・・・・・ハンバーグのセットを・・・・」

高めの声で俺は恐る恐るメニューを指差した。

すると店員は

「はい!クマノミロコモコプレートですね?」

と聞き返してくる。

そんな洒落た名前なのかこれ!!

「は・・・はい・・・それで・・・」

「かしこまりました!くらげミートソースパスタとクマノミロコモコプレートがお一つづつですね!もうしばらくお待ちくださいませ」

店員はハキハキとそういうとテーブルから離れていった。

俺・・・男だってバレなかったかな・・・

ひとまずなんとかやりきった俺は安堵の息を漏らす。

そんな俺を阿賀野はニヤニヤ見つめてくる

「提督さんさっきの可愛かったよぉ〜」

「ば・・・・馬鹿・・・・それはその・・・・女装だってバレたらマズいと思って・・・・」

「うんうん!あれくらいならちょっとシャイでハスキーな感じの女の子だと思ってくれるよ!・・・多分」

「そ・・・そうかな・・・」

褒められてるのかどうかわからないがここは褒められていると受け取っておこう。

でも女の子に見えるなんて言われてもあんまり嬉しくはないはずなんだけど・・・・

すると

「ねえねえ提督さん!那珂ちゃん達も何か頼んだみたいだよ?」

と大淀達のいるテーブルの方を指差し耳打ちしてきた

「そ・・・・そうか」

「何頼んだんだろうね〜」

それにしてもさっき思った通りって言ってたけど何が思った通りだったんだろうか?

俺は阿賀野に尋ねてみる事にした。

「なあ阿賀野」

「ん?どうしたのハ二ー?」

「ぶっ!!だからハニーじゃねぇって!!・・・・なあ、なんで大淀達がここに来るってわかったんだ?」

「そりゃこの水族館でご飯食べるって言ったらここか売店くらいしかないし・・・それに阿賀野が昨日ここの事オススメしといたんだ〜まあでもタイミングまでバッチリだったのは予想外だったけどね。それと阿賀野もここのお料理食べてみたかったし」

「お前最後のが本音だろ」

「えへへ〜バレちゃった」

阿賀野は誤摩化す様に笑った

その表情はやっぱりいつもの阿賀野なんだけどなぁ・・・・

一体阿賀野が何を考えているのか少しわからなくなってしまう。

それからしばらくすると料理が運ばれてきた。

「わぁ〜おいしそ〜それじゃあ提督さん食べよっか!」

「あ、ああ・・・・」

阿賀野は目を輝かせスパゲッティーをガツガツと食べ始めた。

最初はクラゲミートソースってなんだよって思って居たが単にミートソーススパゲッティーの上にクラゲ型のマカロニが盛りつけられているだけの料理だったが阿賀野はそれを美味しそうにほおばっている。

それにしても食べっぷりは男そのものなんだよな阿賀野・・・・

俺の方に来たクマノミロコモコプレートは魚の形に整えられて盛りつけられたご飯の上にハンバーグと目玉焼きと千切りのレタスが覆い被さる様にして乗っかっている。

なるほど。これでクマノミが隠れてるみたいになってる訳か。よく考えてあるなぁ・・・

少し食べるのがもったいない様な気もしたがハンバーグの香りに食欲がそそられ、俺も食べ始めることにした。

美味い・・・・見かけ倒しだと思いきやハンバーグを一口食べると口の中に肉汁が溢れ出してくる様にジューシーで目玉焼きも半熟でハンバーグのソースに絡めて食べるとそれはもう絶品だった。

そしてハンバーグを食べ進めていると阿賀野が

「提督さん!あれ・・・!あれ!!」

とまた大淀達のテーブルの方を指差した

「ああ?なんだよ・・・?」

俺は渋々その方向を向くと那珂ちゃんが淀屋の口にスプーンを近づけている。

これってまさか・・・・・・

「あ〜ん・・・・カレーも美味しそうだなぁ・・・・カレーにすれば良かったかぁ・・・」

「いや違うだろ!!食ってるものなんか問題じゃなくてあれって・・・・・その・・・・デートの定番とウワサされているあの・・・あーん・・・とかいう奴では・・・・」

「んん〜?提督さんもしてほしいの?」

「ちげーよ!あんな事・・・・俺もまだしてもらった事ないのに!!」

あーんをされている淀屋が羨ましいのかそれとも大淀がそれをされている事にジェラシーを感じているのか俺の中でこの2つの感情がせめぎあっている気がした。

「那珂ちゃん攻めるねぇ〜」

「うう・・・」

恐るべし那珂ちゃん・・・・本当に淀屋が落ちてしまわないか尚更心配になってきたぞ・・・

「ほら提督さん。あーん」

気付くと阿賀野が俺の口元にスパゲッティーを巻き付けたフォークを近づけている

「は!?」

「いいじゃん提督さん。ほらあーん♡」

「えっ・・・いや・・・その・・・俺別にやられたい訳じゃ」

「いいからいいから!ね?」

阿賀野はそう言ってウインクをする。

そう言われると断るに断れないんだよなぁ

「しょうがねぇな・・・・むぐっ」

俺は仕方なくスパゲッティーを食べた。

「どう?美味しかった?」

「え・・・ああ・・・」

「よかったぁ〜それじゃあ提督さん。そのハンバーグちょっとちょーだい♡」

「は?」

「え〜だって阿賀野いまスパゲッティーあげたじゃん」

こいつ・・・それが狙いかよ!!

「しょ・・・しょうがねぇな・・・・勝手に取れよ。でも一切れだけだぞ?全部取るなよ!?」

「ええ〜阿賀野も食べさせてあげたんだから提督さんも食べさせてよ〜」

阿賀野はそう言うと口を大きく開けた

「俺もやんなきゃダメなのか・・・・?」

「あん・・・」

阿賀野は口を開けたまま頷く

「はぁ〜・・・ほらよ」

俺はため息を一つついて残っていたハンバーグを一口大にフォークで分けて阿賀野の口に運んでやった

「んむっ・・・・・おいひいねこれ!!もう一個ちょうだい!」

「なんでだよ!?もうこれ以上は自分で頼んで食え!」

「ちぇ〜」

阿賀野は残念そうにまたスパゲッティーを食べ始めた。

飯を食べ終わってからしばらくして那珂ちゃん達がレストランを出て行ったので俺達は後をつけていると、那珂ちゃん達は水族館の記念撮影ができるパネルの前で2人で記念撮影をした後イルカショーが行われているショープールの方へ向かったので俺達もそれを追う。

そして那珂ちゃんたちは水がかからないギリギリくらいの席に陣取ったので俺達はその少し後ろから2人を見張ることにした。

「イルカショーなんて阿賀野久しぶりだよ〜」

阿賀野はなにやら楽しそうだ。

俺はイルカどころではなくぴったりくっついている前の2人の方が気になって仕方がなかった。

そんなショーが中盤に差しかかると司会のお姉さんが

「それじゃあショーのお手伝いをしてくださる方ー手を挙げてくださーい」

と客席に呼びかける。

すると

「はいはいはーい!!!」

と前で那珂ちゃんが思い切り手を上げている。

それが司会のお姉さんの目に留まったのか

「それではそこの白いお洋服のお姉さん!」

と那珂ちゃんがステージに呼ばれ、そんな那珂ちゃんに連れられ淀屋もステージに上がった。

そんな2人を見て

「あれ?こちらの方彼氏さんですか?」

とお姉さんが2人に尋ねると

「はいっ!」

と那珂ちゃんは即答し淀屋に抱きついた。

「ほぉ〜那珂ちゃんやるじゃない・・・・」

横で阿賀野はそんな事を言っていたが俺はやはりなにかこうもどかしい気分になってしまった。

 

そしてショーが終わり、那珂ちゃん達を尾行しつつ水族館を回っていると那珂ちゃん達がなにやらこちらを見つめてきている

「やべっ!バレたんじゃないか!?」

「大丈夫大丈夫。遠巻きに見られてるだけだしこう言うときこそカップルのフリで乗り切らなきゃね!」

阿賀野はそう言うと俺と腕を組んできた。

「うわぁ・・・ちょ・・・」

「いいじゃない。これくらいしなきゃ誤摩化せないって」

阿賀野はそう言ったがなんだか良い様にされている様にしか思えない。

そんな俺達を見て対抗心を燃やしたのか那珂ちゃんが淀屋の手に指を絡め歩き始めた。

もしかしてあれって・・・・

「恋人繋ぎかぁ〜阿賀野達にあんな見せつてくるけるなんて那珂ちゃんほんとに肉食系なんだからぁ〜」

「恋人繋ぎ・・!?」

「どうする提督さん。阿賀野達もする?」

「い・・・いや・・・・俺は別に・・・・お、おい!早くついていかなきゃ見失うぞ!」

俺はそう話を誤摩化し更に尾行を続けた。

それからしばらくして海の見える野外水槽のある広場で2人が何か話をし始めた。

辺は日も沈み始めなんともムードのある雰囲気だ。

近付きすぎると怪しまれると思い、俺と阿賀野は遠巻きに2人を眺めていると、なにやら2人は笑いながら話をしていた。

よかった・・・これなら別に何も起こらないだろう。

俺がそう胸を撫で下ろしたのもつかの間、那珂ちゃんが淀屋の頬にキスをした

「ええ!?」

「キャー!!那珂ちゃんやっるぅ〜!」

横で阿賀野が嬉しそうにそんな2人を眺めているが俺は全くそんな気にはなれなかった。

淀屋・・・やっぱりお前はそっちの方が良いよな・・・・?

なんでだろう?親友のてデートをしている瞬間やキスの瞬間を見てしまい、なんだか淀屋が遠い所に行ってしまったような気がしてしまった。

それになんでだろう?

あいつが淀屋として・・・・男に戻るならそれはそれで嬉しい筈なのに今は秘書官として大淀としてでずっと俺の隣にいて欲しいと思っている俺がいる。

この間淀屋に大淀だろうが淀屋だろうがどっちも俺が受け止めるなんて大見得を切ったのに俺は結局どっちかを選ぶ事しか出来なかったんだろうか・・・・?

淀屋にとってどっちが幸せなんだろう・・・・・・?

 

 

「・・・・・さん・・・・」

 

「いとくさん・・・・もう!提督さんってば!!」

阿賀野の声で俺ははっと我に返る

「あ・・ごめん。俺、ぼーっとしてた・・・」

「那珂ちゃん達行っちゃったよ?」

「え・・・ああ・・・そうか・・・」

「それじゃあ阿賀野達も帰らなきゃね。先に帰って提督さんのお化粧落としたりとかしないといけないしその恰好で阿賀野と一緒に帰ってくる所大淀ちゃんに見られるの嫌でしょ?」

「あ、ああ・・・」

「そろそろバス、出ちゃうみたいだよ?2人はお土産買いに行ったみたいだからその間にこのバスに乗って帰ろうよ。お菓子とか買えないのは残念だけど阿賀野達が水族館のお土産持ってたら怪しまれちゃうしね・・・那珂ちゃん達が買ってきてくれるの期待しよっか」

阿賀野は俺の手を引いてバス停に向かい、幸いバスになんとか間に合った

俺はぎこちないながらも股を開かないように膝に力を入れて座席に腰を下ろしていると

「ふぅ〜楽しかったね提督さん!提督さんも可愛かったし。久しぶりに男の子の恰好で息抜きできたし!!」

阿賀野は隣に座って軽く伸びをした。

本当に呑気な奴だ。少し羨ましい気もする

「そうか・・・はぁ・・・・・」

俺は阿賀野みたいに楽しむ事は出来なかった。

たしかに阿賀野と一緒に水族館を回るのは楽しくなかったと言えばウソになる。

でも淀屋が・・・・大淀が那珂ちゃんとどうなったのかが気になってそれどころではなかったからだ。

気分を紛らわす為に阿賀野に2人についでどう思うか聞いてみるか。

「な、なあ・・・阿賀野・・・?」

阿賀野に呼びかけるが

「すぴ〜すぴ〜」

阿賀野は気持ち良さそうに寝息をかいている

「寝るのはええなおい!!」

でも今日はそれだけこいつも楽しんでたって事なんだろうか?

そんな阿賀野を見ていたら俺もなんだか眠くなってきた・・・・

思い返してみれば今日は色々あって疲れたし・・・・それに大淀が本当に那珂ちゃんの事を好きになってしまったかどうかなんて聞いてみるまでわからないし起きてたら悪い方にばかり考えてしまいそうだしどうせ鎮守府までは結構時間かかるんだから鎮守府につくまでちょっと寝てしまおう。

俺はそのままゆっくりと瞼を閉じて眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

それからどの位経ったのか

「・・・・さん」

誰かが肩を揺らして俺の事を呼んでいる

「お客さん!!」

「んぁ・・・・?」

俺が目を開けると横では相変わらず気持ちよさそうに阿賀野が寝息をかいて寝ていて、バスの車窓から見える景色は鎮守府ではなく街頭がまばらについている見知らぬ夜の町が広がっている。

「お客さん。終点ですよ!」

俺を呼んでいたのはバスの運転手だった。

「え・・・あ・・・・・はい・・・」

とりあえず阿賀野を起こさなきゃ・・・・と思ったがその時横で男装して眠って居る阿賀野を見て今自分が女装している事を思い出し

「す・・・すみません!わたしたち寝過ごしてしまったみたいですわおほほほほ・・・」

と裏声で運転手に話し、寝ている阿賀野に肩を貸してそのまま運賃を払ってバスを降りた。

そして降りた先にあった停留所でしばらく椅子に阿賀野を座らせ

「おい・・・起きろ阿賀野・・・!」

と何度か揺さぶっていると

「んぁ・・・?提督さん?おはよ・・・・」

阿賀野が目を覚ます。

「おはよ・・・じゃねえよ!!」

「あれ・・・?ここどこ?」

阿賀野も自体を軽く悟ったのか辺を見す

「あの・・・・俺達寝過ごしたみたいなんだけどここ・・・どこかわかるか?」

俺は阿賀野に尋ねる。

「う〜ん・・・・どこだろ・・・?バスの終点の駅のはずだけど・・・もしそうなると鎮守府から更に遠くに来ちゃった事になるね。流石に歩いて帰れる距離じゃないね・・・」

阿賀野は少し深刻そうな表情をした。

「そ・・・・それじゃあ高雄さんに・・・・って高雄さんは用事があるとかいってたな・・・・それに仮に大淀が帰ってて迎えに来てもらったとしてもこの恰好の俺達を見たらそのまま置いて帰られそうだし・・・・」

辺は街頭が少しある程度でほぼ暗闇。

それに民家の灯りが点々と灯っているような場所で一晩過ごせそうなところもない。

しかしここは停留所。流石に待ってればバス位はくるだろう。

鎮守府に帰れなくても大きめの街にさえ行ければなんとか・・・

そう考えてバスの時刻表を確認したがそこには7時半のバス以降時刻表にバスの来る時間は書かれていなかった。

「な、なあ阿賀野・・・今何時だ?」

「えーっとね・・・・7時47分・・・」

それってつまり・・・・・

「今日はもうバス来ないってことか!?」

田舎を舐めていた。

バスなんて一時間に少なくとも一本くらいは毎時間通るものだって思ってたけどそうはいかないみたいだ。

「ってことは俺女装したままこの辺で一晩過ごさなきゃいけねぇの!?」

「そういうことになる・・・かな・・・・あはは・・・」

阿賀野は気まずそうに笑った。

早く帰って大淀に那珂ちゃんの事聞かなきゃいけないのに・・・

よりによって帰れなくなった上にこんな格好で阿賀野と一夜を過ごさなきゃならないなんて俺は一体どうすれば・・・

俺はただただ焦りと不安に駆られていた。



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はじめての×××××(前編)

 なんてこった!

バスで寝過ごしてしまったせいで俺と阿賀野はどこだかわからないバス停で降ろされてしまった。

それに俺は今女装したままだ。流石にこのまま一夜を過ごすのは落ち着かないし恥ずかしいし大淀の事も気になるからいち早く帰りたいんだけどこんな靴で鎮守府まで歩いて帰る訳にもいかないし道路はあるものの交通量はまばらでタクシーなんかも見当たらないし仮にタクシーを拾えたとしても鎮守府まで帰れる分のタクシー代も持ち合わせていないし、周りも民家がぽつぽつとあるだけで一夜を過ごせそうな場所も無い。

一体どうすりゃ良いんだ・・・?解決策を必死に考えていると

「ねえねえ提督さん。野宿なんてワクワクするね!!」

阿賀野は呑気に話しかけてくる。

「わくわくしねぇよ!」

「え〜そうかなぁ・・・?」

阿賀野は首をかしげた。全く・・・こっちはどうやったら帰れるか考えてるってのに

背に腹は代えられない。鎮守府に電話して高雄さんに迎えにきてもらおう。

用事があると言っても提督の一大事だ。夜遅くにでも迎えにきてくれるだろう。

俺は携帯を取り出すとそこには鎮守府や大淀から大量の着信履歴が残っているし昨日充電をしなかったからか充電も残り少ない。

こりゃいけない・・・早くしないと・・・俺は急いで鎮守府に電話をかける。

頼む高雄さん・・・鎮守府に帰ってきててくれ・・・!

そう祈りながら高雄さんが電話に出るのを待ったが電話に出たのは高雄さんではなかった。

『は〜い。こちら××鎮守府で〜す』

「あれ?愛宕さん?」

『あら?提督じゃない。どこほっつき歩いてるの?もう大淀ちゃん達も帰ってきてるわよ?』

「え、ああ・・・・ちょっとかくかくしかじかで・・・・出来れば着替えを持って迎えにきて欲しいんですけど・・・」

俺は現状を報告した。

『あらあら大変。でもごめんなさい。私免許持ってないの』

「え!?」

『あら?言ってなかったかしら。私調理師免許は持ってるけど運転免許は持ってないのよ〜』

そう言えば愛宕さんが車を運転している所を見た事が無い。

「ええ!?ところで高雄さんは?」

『高雄ならお母様に会うって出掛けて行ったわ。今日は帰ってこないんですって。だから今日は私が当直代わったの。はぁ・・・めんどくせぇ・・・』

最後に小声でめんどくせぇって言ったなこの人!

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

俺は唯一の頼みの綱だった高雄さんが居ない事に落胆し思わず声を上げてしまう。

用事ってそう言う事だったのか・・・・

「じゃあ俺帰れないって事ですか?」

『別に高雄じゃなくても大淀ちゃんに頼めば良いじゃない』

「いや・・・流石にこんな格好あいつに見られたらどうなることか・・・・なにより阿賀野も居てそれに阿賀野は男装してるんですよ?言い訳考えるまでもなく殺されますよ・・・」

そうだ。俺が女装して男装した阿賀野と出掛けてたなんて知ったら軽蔑されるに違いない。

それこそ俺の事なんか見限って那珂ちゃんとくっついてしまうかもしれない

『ええ〜折角だし見てもらえばいいじゃない』

俺の不安とは裏腹に愛宕さんはそう言うが絶対にそれだけは避けなければならない。

「絶対嫌です!」

『あらそう残念』

残念じゃねぇよ・・・畜生・・・これじゃ帰れないじゃないか

そうだ。せめて帰れないなら吹雪を心配させる訳にはいかないし吹雪には先に今日は帰れなさそうな事を伝えておこう。

「愛宕さん。わかりました。今日はこっちでなんとかします。それより吹雪に心配かけたくないんで代わってもらえませんか?」

『ええ。良いわよ。ちょっと待っててね』

電話から保留音が流れ、それからしばらくしてその音が止まる。

『あなた!今どこで何してんの!?』

電話に出たのは吹雪ではなく天津風だった。

それにめちゃくちゃ怒ってるぞ?

『わ・・・ちょ・・・天津風ちゃん・・・・そんなキツく言わないであげて』

そんな天津風の声とは別に小さく吹雪の声も聞こえる。

どうやら天津風と一緒に居る様だ。

『いいの。あのバカにはこれくらい言ってやらなきゃ!それであなた!今どこに居るのよ!?またあた・・・・吹雪に心配かけるつもり!?』

天津風はすごい剣幕で怒鳴りつけてくる。

確かにこの間も出て行ってしまった時天津風も相当俺の事を心配してくれてたみたいだしそれからあまり日も経ってないのに同じような事をしたんだから怒られても仕方ないか・・・

でもちょうど良かった。この間俺が居なかった時天津風は吹雪を泊めてくれたって言ってたな。

「え、ああ・・・ごめん。ちょっと色々あって今日は帰れなくなった。大淀達にも伝えといてくれ」

『はぁ?またなの!?あんた提督でしょ?それが急に帰れなくなった!?何考えてんのよ?』

「だからごめんって・・・・俺も予想外だったんだよ。すまん天津風。お前に頼みたい事があるんだ」

『こんな時に何言ってんのよ!?そんなの聞く訳・・・・』

「お前にしか頼めないんだよ頼む・・・!」

『しょ・・・しょうがないわね。何?』

「今夜また吹雪をお前の部屋に泊めてやってほしいんだ。この間も世話になったみたいだしそれで吹雪の気が少しでも紛れるなら・・・」

『わ・・・わかったわ。そうしてあげる。でも吹雪にはあなたの口で伝えなさい。それにしっかり謝るのよ?それじゃあ吹雪に代わるわ』

「あ、ああ・・・・ありがとう。心配かけてごめんな」

『べっ・・・・別に私は心配なんかしてないわよ!!それじゃあ代わるわ!』

天津風がそう言って間もなく

『あ・・・もしもしお兄ちゃん?』

吹雪の声が聞こえた。

そんな吹雪のどこか声色は暗い印象を受ける。やっぱり心配かけてたのかな・・・

俺の中の罪悪感が大きさを増す。

「ああ吹雪・・・・ごめんないつも心配かけちまって・・・・天津風にも言ってあるけど今夜俺帰れなくなっちゃったんだ」

「え・・・・お兄ちゃん大丈夫なの!?また怪我とかしてない?」

吹雪は泣きそうな声で尋ねてくる。

「いや。今回は大丈夫だから心配しないでくれ。それでな、今夜はまた天津風の部屋に泊まってくれないか?」

『う、うん。わかったよお兄ちゃん・・・・でも・・・・』

「ん?何だ吹雪」

『できるだけ早く帰ってきてね。そうじゃないと私・・・』

「ああ。わかったよ。今夜は寂しい思いをさせるけど許してくれ・・・」

「うん・・・それじゃあお兄ちゃん・・・・私のお願いも聞いてくれる?」

吹雪が少し遠慮がちに言った。

お願いってなんだろう。これだけ心配かけたんだし聞いてやらないとな。

「ああ。できることならなんでも言ってくれ」

『ありがとうお兄ちゃん!それじゃあね・・・?明日お兄ちゃんが帰ってきたらいつもより甘えてもいい?』

吹雪の声色が少し明るくなった。よかった。そんな事位お易いご用だ。

「ああ。もちろん!それじゃあまた愛宕さんに代わってくれるか?」

『うん!それじゃあ私待ってるからね!』

吹雪の声が聞こえなくなり、また愛宕さんの声がする。

『はぁ〜い代わったわよ。それにしても提督、天津風ちゃんに懐かれたのね。一時はどうなるかと思ってたけど安心したわ』

『べ・・・べつにあんな奴の事どうも思ってないわよ!!愛宕さんあんまり変な事言わないでください!!』

愛宕さんの後ろの方でそんな天津風の声が聞こえた。きっと顔真っ赤にしてるんだろうな。

そんな事を考えると自然に口角が上がった。

『あらあら元気ねぇ〜可愛い♡それじゃあ天津風ちゃん。吹雪ちゃんをよろしくね』

『わ・・・わかりました。それじゃあ吹雪、いくわよ。』

『あ、待ってよ天津風ちゃん!』

そんな電話越しに聞こえる声に俺は少し落ち着きを取り戻す。

『天津風ちゃん達出て行ったわ。それとこの事は大淀ちゃんたちにはナイショにしといてあげる。それに阿賀野は任務で出張中って事にしてあるから一緒に居るとは思われないはずよ。でもあの子もとっても心配してたから提督から電話してあげたらどうかしら?』

「はい。そのつもりです」

『よろしい。それじゃあ高雄が帰って来次第迎えに行く様に伝えておくわ』

「ありがとうございます」

『いいのいいの!こっちの事は私に任せて!なんたってここの元提督なんだから!よっぽどの事が無い限り大丈夫よ。だから安心して♡』

「は・・・はい。そうでしたね・・・・」

さっきめんどくせぇって言ってたのはどこのどいつだよ・・・でもそんな事言いながら番を任せられるって事はしっかり仕事はしてくれているのだろう。

『それじゃあ気をつけて頑張ってくださいね提督』

「は、はい・・・なんとかします・・・」

俺がそう言うと電話が切れた。

はぁ・・・・野宿確定かぁ・・・

俺は肩を落とした。

「提督さん提督さん!!愛宕なんて言ってた!?それに提督さんかっこいい事言うじゃん・・・阿賀野見直しちゃったな。本当に吹雪ちゃんのお兄ちゃんみたい」

阿賀野が急に褒めてくる。

「お・・・おうありがとう・・・高雄さんは帰ってこないし免許持ってないしで迎えに来れないってさ・・・」

「そんなぁ〜・・・でもそれはそれで楽しそうだし提督さんと2人っきりだし♪」

そんな呑気な事を言う阿賀野にいい加減カチンと来てしまい

「お前なぁ!いい加減にしろよ!元はと言えばお前が言い出したんだぞ!!」

やり場の無い怒りの矛先を阿賀野に向けた。

「そ・・・それは・・・」

「俺の事馬鹿にするのもいい加減にしてくれ!!」

「そ・・・そんなつもりじゃ・・・・ごめんなさい・・・」

「ごめんじゃねーよ!それならもうちょいマシに今夜を過ごせる方法でも考えろよ!!」

「う・・・うん・・・そうだよね・・・・」

阿賀野は少し申し訳無さそうにそう言った。

それからしばらく無言が続く

気まずいな・・・・あんな事言わなきゃ良かった

俺が後悔していると

「あっ!」

阿賀野がなにやら声を上げる

「どうした阿賀野?なんか思いついたのか?」

「思いついては無いけど・・・あれ見て!!」

阿賀野が指を指した方向になにやら薄ぼんやりと建物と灯りような物が見えた。

「あそこにいけばなんとかなるかも!」

阿賀野は得意げに言う

「そうなのか・・・?」

「うん!多分大丈夫だから阿賀野を信じて!」

阿賀野は胸を張った。

正直なんでこんなに自信たっぷりなのかもわからないがここまで来れば野宿するよりはマシだろう。

「わかった。お前がそこまで言うなら」

「じゃあ提督さん。その靴じゃ歩きにくいでしょ?阿賀野の靴と交換しよ?」

「でもサイズ合わないんじゃないか?」

「大丈夫。阿賀野は艦娘として鍛えたバランス感覚があるからぶかぶかなヒールでもなんとかなるよ!それに阿賀野の靴は小さいと思うけどスリッパみたいにして履いてくれたらいいから履いて」

阿賀野はそう言って靴を脱ぎ渡してきた。

「ああ。ありがとう」

俺は履いていたヒールを脱ぎ、阿賀野の履いていたスニーカーを受け取って履いてみる。

やはり少し俺の足には小さいいので阿賀野の言う通り後ろの部分を踏み、スリッパの用にして履いた。

それを見た阿賀野は俺の履いていたヒールを履いたががやはりぶかぶかだ。

「阿賀野、お前本当に大丈夫なのか?」

「うん!大丈夫・・・おっとっと・・・!」

阿賀野は少しフラ付く

「おいおい大丈夫なのかよ?」

「これくないなんてことないよ!ほら!行こ・・・!うわっ!」

阿賀野はバランスを崩したので受け止める。

「ご・・・ごめんなさい提督さん・・・でもちょっとバランス崩しただけで大丈夫だから・・・」

阿賀野はそう言いながらよろよろと体制を立て直したがやはりどこか危なっかしい。

ヒールを履いてみてわかったがこんなバランスの悪い靴でしかもサイズが合ってないとなると歩くのは大変だろう。

「ほら言わんこっちゃない・・・しょうがねぇな・・・ほら。背中貸してやるよ」

俺は阿賀野に背中を差し出した。

「おんぶしてくれるの?」

「ああ。今日はなんだか阿賀野に女みたいに扱われてばっかだったしちょっとくらいは男らしいところも見せとかなきゃって思ってな」

「提督さん・・・・それじゃあお言葉に甘えて・・・・よいしょっと」

阿賀野が俺の背中に負ぶさってきた。やっぱりちょっと重い・・・

でも以前のように背中に柔らかい感触は余り伝わってこない。サラシか何かを巻いているんだろうか?

でも腕に当たった阿賀野の尻は少し柔らかかった。

って何考えてるんだ俺・・・

「お前また重くなったんじゃないか?」

照れ隠しに阿賀野にそう言ってやった。

「もー提督さん!女の子にそう言う事言わないの!!」

「お前は男だろうが!それに今は男の格好もしてるんだからノーカンだ。女の子ぶるの禁止な」

「ええ〜そんなぁ・・・」

「じゃあいくぞ」

俺は阿賀野を背負ってその光の方へ向かって歩きはじめた。

「提督さん」

「ん?なんだ?」

「提督さんの背中・・・やっぱり安心するよ。前と違ってちょっとウイッグが顔に当たって邪魔だけど」

「これ被せたのお前だろ!?」

「ごめんごめん!でもなんだか安心するなぁ・・・私、提督さんにおんぶされるの好き」

阿賀野はそう言って肩に顔を乗せてきた。

いきなり何するんだこいつは・・・・!?

「ばっ・・・バカ!急に何言い出すんだよ!?」

「あはっ!提督さんほんとウブなんだからぁ。でも提督さんのそう言う所私は大好きだからね」

「だだだだだ大好きってお前・・・・俺にはあいつが・・・・」

やばい・・・急な事で口を滑らしてしまった。

「ん〜?あいつって誰かな〜?」

「いや!!なんでも無い!なんでもない・・・ぞ!」

「も〜提督さん本当に噓下手なんだからぁ 大淀ちゃんでしょ?」

「えっ!?」

バレてる!?

「そんな驚かなくても今日の提督さん見てたらバレバレだよぉ〜」

「そ・・・そうか・・・」

「あれだけ男なんか興味ないって言ってたのにね〜」

「う・・・それは・・・」

痛い所を付かれた・・・・確かにあいつは・・・淀屋は男で俺の大事な親友で・・・・

でも今はそれだけじゃなくて・・・

ああもう!なんて言ったら良いんだよ!!

「ううん。言わなくていいよ。提督さん正直だからきっと噓じゃないし大淀ちゃんの事大事に思ってるってわかるもん」

「あ、ああ・・・」

「でもちょっと寂しいな〜阿賀野も提督さんの事・・・」

「えっ・・・!?」

「やっぱりなんでも無いっ!でも最近私思うんだ・・・」

「何を?」

「私がもし艦娘にならなかったら・・・もっと他の道を選んでたら・・・男の子として生きていたら友達と一緒に笑ったり泣いたりできたんじゃないかな〜って・・・私、こんなになっちゃったから友達と以前と同じ付き合いもできないし・・・第一連絡なんかずっと取ってないし・・・別に今更男の子に戻りたいなんて思わないんだけどなんだか提督さんと大淀ちゃん見てたら中の良いお友達にも見えちゃって・・・ちょっと羨ましいなって」

阿賀野の声は少し震えていて、寂しさが滲み出していた。

しかし俺と淀屋の事そこまでお見通しって事なのか・・・相変わらず阿賀野の感の鋭さには驚かされる。

でも阿賀野のもし阿賀野が艦娘になっていなかったら・・・?という言葉を聞いた俺もどこか寂しくなってきた。

阿賀野が艦娘じゃ無かったら俺は阿賀野と会う事も無かっただろう。

いつもどこかぼんやりとしててものぐさでだらしなくていつも俺の事をからかってくるけど・・・

でも優しくて思いやりがあって・・・

阿賀野はあの鎮守府に無くてはならない存在だ。

それだけは伝えなければ

「阿賀野・・・」

「なぁに?提督さん」

「お前が艦娘にならなかったらって言ったよな・・・」

「うん」

「お前が艦娘にならなかったら俺はお前に会えなかっただろ?」

「そう・・・だね」

「だからさ・・・そんな事考えないでくれよ・・・すくなくとも俺は阿賀野に会えてこうやって同じ鎮守府に居られて今こうやって話が出来る事悪くないって思ってるんだけど」

「え・・・・うん・・・私も・・・・そう・・だよ。ありがと提督さん」

「それに・・・もう男友達とは付き合えないって言ってたけど・・・・俺じゃダメかな?」

「えっ?」

「いや・・・その・・・俺達もう友達みたいなものじゃないかな・・・?俺提督だけど全然威厳も無いしさ・・・それにお前も俺の事ずっとからかってくるし・・・」

そうだ。思い返してみればいつも阿賀野にからかわれてそれで怒って一緒に笑って・・・・もうずっと前から俺は阿賀野とそんな関係だったのかもしれない。

「友達・・・・そう・・・かもね・・・私、提督さんとお友達になりたかったのかも・・・気兼ねなく話せるお友達に・・・」

「そうか。それなら俺は大歓迎だぞ?」

「うん・・・・!ありがとう提督さん!私決めた!」

「ん?何をだ?」

「まずはお友達からって事だよね!!」

うんうん・・・・・は?

「えっ・・・?それはどういう・・・」

「提督さん大淀ちゃんともお友達なんでしょ?だーかーらーまずはお友達付き合いから初めて・・・・って言ってくれようとしたんだよね?」

「はぁ!?」

予想外の言葉に俺は耳を疑った。

「だーかーらーこれからもお友達として・・・・艦娘として提督さんの側から離れてあげないんだから!こ不束者だけどこれからも私の・・・阿賀野の事よろしくね♡」

「えええええええええええええ」

どうやら思わぬ誤解をさせてしまった様だ。

こいつポジティブなんだかネガティブなんだかわからねぇよ・・・

はあ・・・先が思いやられる・・・

でもこう言う所那珂ちゃんに似てる気がする。2人が仲がいいのも頷けるかもしれないし阿賀野が元気になってくれたんなら今はそれで良いかな・・・

それから十数分ほど歩いていくに連れてその光はどんどん大きくなって行き、更にしばらくしてその光を放つ建物の正体がはっきりとしてきた。

なんだあの何も無い道路沿いに不自然に存在感を放つド派手な光る城みたいな建物・・・・あれ・・・?これってもしかして・・・・

「な・・・・なあ阿賀野・・・あれって・・・」

俺は恐る恐る阿賀野に尋ねる

「ラブホテルだよ♪」

やっぱりかよ!!しかもこんな堂々と答えるって事は最初から知ってたなコイツ!!

「お前わかってたな!!」

「だってぇ〜言ったら提督さん嫌がると思って〜」

くそぉ!!まんまと嵌められた!

「いやだ!こんな所で男と寝るくらいならさっきの停留所で女装したまま寝てた方がマシだ!!」

「も〜ここまで来たんだからそんな事言わないの!どうせ提督さん入った事無いでしょ?社会勉強だよ!阿賀野がお金出してあげるから!!」

お金がどうとかの問題ではない・・・!

第一そんな俺と阿賀野はそんなラブホで一緒に寝泊まりするような間柄じゃ・・・・

「余計なお世話だ!第一なんで男と2人っきりでラブホなんか行かなきゃいけないんだよ!」

「ええ〜今提督さん女の子の格好してるしいいじゃない!さっき提督さんも女の子ぶるの禁止っていったしぃ〜今の阿賀野が男の子なら提督さんは女の子って事で」

「そんな理屈で騙されるか!」

「む〜折角ラブホテルにタダで泊れるんだからいーじゃん」

「タダでも嫌なもんは嫌だ!!」

「別に何もしないんだし野宿よりは良いじゃないのー」

たしかに阿賀野の言う通りだがそう言う事ではなくやっぱりこういう所に2人で入るってことはその・・・

「確かに野宿よりはマシだけどさぁ・・・・なんと言うか抵抗が・・・それにこう言う所はカップルとかが一緒に寝泊まりする所で・・・・その・・・俺にそう言うのはまだ早いっていうか・・・その・・・段階を踏んでからと言うか・・・」

何言ってんだ俺・・・

目の前にそびえるド派手な建物を前にして自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。

「考え過ぎだよ提督さん。何もしなかったらただのホテルだよ!それに提督さんと阿賀野の仲じゃないの♡」

「う・・・・」

「ん〜?やっぱり阿賀野とえっちな事出来るんじゃないかって期待してるのかな〜?」

阿賀野とエッチな・・・事・・・・!?

「はぁ!?そ・・・そんな事考える訳ねーだろ!!」

「本当ぉ〜?もしかして阿賀野の事そういう目で見てたの?さっきはお友達とか言ってたのに・・・提督さんのエッチ♡」

「ちげーよ!断じて無い!!」

「じゃあ何?女の子として俺に抱かれたいの?」

阿賀野はまた声色を変えて囁いてくる。

やっぱりなんだかドキッとしてしまう。

「だから急にそういうのやめろって言っただろ!!」

「え〜だって〜提督さんが女の子ぶるの禁止って言ったんじゃない!別に提督さんがその気なら阿賀野はどっちでも良いよ?提督さんは阿賀野にどうされたいのかな〜?」

「だからそんな気なんて無いっての!!どうもされたくねーから!!」

「ちぇ〜提督さんのイジワル〜でも野宿なんかよりは断然マシだと思うよ?それにわざわざここまで歩いてきたのにまたバス停まで引き返すの?」

強がりで停留所で野宿した方がマシだとは言ったがこんな格好だと落ち着かないしどう考えてもベッドで寝られるのならそれに越した事は無い。

でもやっぱりラブホテルって好きな女の子と一緒に行く物じゃないですか・・・・?

いや・・・別に阿賀野が嫌いな訳ではないけどラブホテルにいくような間柄じゃないし・・・・・第一阿賀野は男で・・・

それにそんな事もし大淀にバレたら・・・・・

そうだ!大淀に電話しなきゃいけないんだ!

しかしこんな阿賀野を負ぶさっていては電話もできないしもう充電も残り少ない。どこかで充電をしないと途中で電源が切れてしまうかも知れないからどこかで充電をしたい訳だけどラブホテルって充電できんのかな・・・?

しかしラブホテルか・・・・もし大淀に行こうって言ったらどんな顔するだろう?

やっぱり殴られるかな・・・

俺がそんな事を考えていると

「ん〜?何考えてるのかな〜?やっぱり阿賀野にナニしたいのか考えてる?」

と阿賀野が話しかけてくる

「バッ・・・・ちげえよ!な、なんも考えてねぇよ!!」

「ほんとかなぁ?別に阿賀野はいつでもオッケーだよ?それに極力普通めの部屋選んであげるからあんまり緊張しなくていいよ」

「普通め!?それに部屋選ぶってなんだよ!?」

ラブホテルに言った事に無い俺にはさっぱりわからない。

「まあまあついてからのお楽しみって事で!さあ!もうちょっとで目的地だよ提督さん!」

こいつ・・・おんぶされてるからって良い気になりやがって・・・それにこのままじゃ本当にラブホで一泊する事に・・・・

しかしもう今日一日色々な事がありすぎてこれ以上反論する元気も無くなってきた。

「なあ・・・ほんとに泊るのか?」

「うん!だってこんな可愛いレディーを野宿させる訳にはいかないだろ?」

そう言って阿賀野が俺の頬を撫でてきた。俺の背筋がゾワッとする。

「ひぅっ!?」

「あはははは〜提督さんかーわーいーいー」

「お前なぁ!」

「大丈夫だよ提督さん。提督さんが望まない限りは何もしないって!ただ一緒のベッドで寝るだけだから」

阿賀野と同じベッドで寝るだけ・・・・それでも俺には刺激が強過ぎるような気がするんだけどなぁ・・・

「はい!早く歩くっ!」

阿賀野は俺の肩をバンバンと叩いてくる。

「痛え!わかった・・・・わかったよ・・・!」

「それじゃあ微速前進!ヨーソロー!!」

阿賀野はラブホテルにむけてびしっと指をさした。

調子の良い奴だなぁほんとに・・・・

今からまたこの道を引き返すのもしんどいし疲れきった俺は仕方なくラブホテルへと足を進めた。

なんだか緊張するなぁ・・・・別になにもしないはずなのに

 

そしてやっとの事で俺達はラブホテルの入り口にたどり着く

看板にはホテル得玖洲詩亞と描かれている。なんて読むんだこれ・・・?

そんな看板と睨めっこをしながらひとまず阿賀野を背中から降ろす。

「ありがと提督さん。それじゃあ靴返すね。流石に男の子の格好してるのにヒールって変だし」

「あ、ああ」

俺達は入り口で再びお互いの靴を履き直した

「うわっとっと・・・・」

ヒールの高さでまたバランスを崩してしまう。

やっぱりこの靴歩き辛いな・・・

「大丈夫提督さん?また支えてあげよっか?」

「え・・・ああ。頼む・・・」

「それじゃあプリンセスお手をどうぞ」

「え・・・いや・・・その・・・」

阿賀野は今朝の様にまたそう言って膝を付き俺に手を差し伸べてきた。

あの時は部屋の中だったが今はそんな阿賀野の後ろに大きな城の用な建物があることも相まってなんだか本当にお姫様にでもなったような錯覚に陥る。

なんで俺・・・こんな気分になってんだ・・・・?

「どうしたの提督さん?急にしおらしくなっちゃって」

「な・・・なんでもない!!俺は男だ!男に二言は無いからとっとと入るぞ!!」

俺はヤケクソになり阿賀野の手を取った。

「うん!じゃあ行こっか!プリンセス?」

阿賀野はそう言うと俺の手を引きラブホテルに足を進める

「プリンセスじゃねぇって・・・っておいそんな引っ張るなってうわぁ!!」

ヒールでバランスを取るのに精一杯なのをいいことに阿賀野は俺をぐいぐいと引っ張ってくる。

もうここまで来てしまったら逃げることもできないしどうしようもない。

ああ・・・

まさか人生初のラブホテルに女装して男と一緒に入る事になるなんて・・・・

でもなんだろう?この胸の変な感じ

やっぱり俺・・・男装した阿賀野にドキドキしてる・・・のか?



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はじめての×××××(後編)

 俺はとうとう阿賀野に手を引かれ人生初のラブホテルへ足を踏み入れてしまった。

一歩一歩歩く毎に心拍数が上がっていく気がする。

なんでだ・・・!?

なんでただ入るだけなのにこんな緊張してるんだ俺・・・・

まるで初めてレンタルビデオ屋のアダルトコーナーに入った時みたいな・・・いやそれ以上だ!

落ち着け俺・・・相手は男なんだぞ・・・?

いや、男なのを意識したらなんか逆に恥ずかしいような気も・・・・

「どうしたの提督さん?緊張してる?」

急に阿賀野に囁かれた。

「ふぅわぁ!き・・・緊張って・・・そりゃこんな所入った事無いし・・・」

急に話しかけられて俺は変な声を上げてしまう。

なんでだよ・・・・別にどうって事無いはずなのになんでこんなに緊張してるんだ俺・・・

「提督さんの初めて貰っちゃったね。ふふっ!それじゃあ阿賀野についてきて!」

阿賀野は嬉しそうに微笑んで俺の手を引く。

「うわぁちょっ・・・!」

ホテルの中を進むんでいくと、なにやら光るパネルがあり、その前で阿賀野は足を止めた。

「どの部屋が良い?」

阿賀野に尋ねられパネルを見ると様々な種類の部屋の写真がパネルには表示されている。

それに聞かれてもどれが良いのかわからないし・・・

「え・・・・一番普通の奴で・・・」

「わかった。じゃあここでいい?」

阿賀野はそう言うと慣れた手つきでパネルについていたボタンを押した。

「じゃあ行こっか」

また阿賀野に手を引かれフロントに連れていかれる

「提督さんは阿賀野の隣で見ててくれたら良いからね」

阿賀野はそう言うとフロントで手慣れた様子で手続きを済ませ、部屋の番号の書いた鍵を受け取った。

阿賀野・・・こう言う所来慣れてるのかな・・・

そんな事を考えているうちに鍵と同じ番号の書かれた部屋の前に到着する

「ここだね。それじゃあここはレディーファーストで!さあどうぞ」

阿賀野はそう言うと戸を開け、俺を部屋に通そうとする。

「だから俺はレディーじゃないっての!」

「え〜いいじゃない〜こう言うときはムードが大事なんだから」

「ムードもクソもあるか!!」

「つれないなぁ提督さんは・・・それじゃあ一緒に入ろっ!」

阿賀野はそう言って俺を部屋に引き入れた。

「うわっちょっ・・・」

その部屋は大きなシングルベッドとソファーが置かれている全体的に静かな雰囲気の部屋だった。

「あれ・・・?結構普通だな」

「でしょ?別に普通のホテルだって言われても変じゃないくらいのお部屋もあるんだよ」

「そ・・・そうだったのか・・・もっとSMの用具とかが置いてたりベッドが回ったりするのかと・・・でもよかった。これなら寝れそうだ」

想像の何倍も普通のホテルといった内装で俺はひとまず胸を撫で下ろした。

「確かにそんな部屋もあるけどそれが全てじゃないよエッチな本の読み過ぎなんじゃない?」

阿賀野はにまにまとこちらを見つめてくる

「エロ漫画読んで悪いかよ!俺は健全な男子なんだから当然だろ!!」

「えへへ〜そうだよね〜提督さんは健全な男子だもんね〜まあ阿賀野も昔は結構読んでたんだけど」

「し・・・知ったこっちゃねぇよそんな事・・・・」

そう虚勢を張ってみるが今夜は阿賀野とこの部屋で2人っきりなのか・・・・少々落ち着かないがずっと阿賀野を背負って歩いてきたのでもう限界だしすこしはくつろがせてもらおう。

俺はひとまずコンセントを探し、携帯電話と充電器を取り出して接続してから煩わしいヒールを脱ぎ捨てソファーに腰掛けた。

「ふう・・・疲れた」

やっとゆっくりと腰を下ろせたからか一気に力が抜け俺は大きく息を吐く。

それを見た阿賀野が俺の隣に座ってきた

「横・・・良いかな?」

「え!?ああうん」

顔・・・近いっ・・・・!

なんでだよ・・・今隣に座ってるのは何の変哲も無い男のはずなのに・・・

でも男装してても可愛いと言うか・・・肌も綺麗だし・・・・

いやいやいや何考えてんだ俺!?阿賀野は男なんだぞ!?

それにいつもみたいに女装してるわけでもないただの男・・・

「ん?どうしたの提督さん?阿賀野の顔に何か付いてる?」

「えっ!?いや・・・・なんでもない・・・なんでもないぞ!」

「そう?ならいいけど」

阿賀野はそう言ってニッコリと笑う。

なんて爽やかな笑顔なんだ・・・本当に男らしい屈託の無い笑顔だ。

前もちょっと思ったけどほんとにかっこいいよな・・・・

ちょっと待て!俺・・・もしかして女装のし過ぎで変になっちゃったのか?こんな・・・男の阿賀野にときめくなんて・・・・

いやいや!それは絶対ない・・・!

ただ疲れてるだけだ・・・多分

自分にそう言い聞かせていると

「ねえ、提督さん」

突然阿賀野が話しかけてくる

「はっ、はいぃ!?」

急な事で声が裏返ってしまう

「もう!提督さんったらそんな緊張しなくたって良いじゃないの!」

「そ・・・そうだよな・・・・ははは・・・」

「ありがとね提督さん。ここまでおんぶしてくれて・・・十分男の子らしいと思うよ」

阿賀野はすこししおらしい声でそう言った。

「え・・・!?ああ。うん・・・」

「今はこんなに可愛いのにね」

阿賀野はソファーの向かい側に置かれていた鏡を指差した

そこには黒い髪を後ろで束ねた青年とブロンドヘアの女性が映っている。

やっぱり今の俺の姿はなんだか自分じゃないみたいで落ち着かないし恥ずかしい・・・

それに俺こんなに顔真っ赤にしてたなんて・・・・

「う・・・」

「大丈夫だって提督さん。最初は戸惑うかもしれないけど慣れれば女の子の格好も楽しいよ?」

慣れれば・・・?そんな・・・慣れるなんて・・・でもこの格好で可愛いって言われて嬉しかった俺が居る・・・・

ダメだ!これ以上深みにはまってしまったら絶対戻れなくなる!

「慣れたくない!!もういい!!!俺これ脱ぐ!」

俺はソファーから立ち上がろうとするが

「待ってよ提督さん!もうちょっとそのままで居てよ〜」

阿賀野は袖を掴んで止めてくる

「やだよ!だって俺は男で・・・そんな可愛いなんて言われても全然・・・・嬉しくないし・・・」

「本当かなぁ?まんざらでも無さそうだったけどね〜」

「うるせぇ!それじゃあ俺着替えるから!!」

俺は阿賀野の手を振りほどいてソファーから立ち上がり、ベッドの上にルームウェアが置かれていたので俺はそれを取りに向かう

「え〜ノリ悪いなぁ提督さん・・・折角そんなに似合ってるのに〜」

「悪くない・・・!それに似合って・・・ない!!別に俺女装趣味でもなんでも無いんだからな!」

口ではそう言ってみた物のなんだかこれを脱ぐのは少し寂しい気もしてしまう。

寂しい・・・?きっと気のせいだ・・・!気のせいに決まってる。

俺はまた自分にそう言い聞かせ服を脱ごうとするが

「んっ・・・?あれ?」

この服どうやって脱ぐんだ?そのまま脱ぐ訳にもいかなそうだし前にボタンやチャックも見当たらない。

ほぼ高雄さん達に無理矢理着せられたしどうやって着たかなんて思い出せない。

流石にこの格好で寝るのも嫌だし・・・

仕方ないいか・・・

「あ・・・あのさ・・・・阿賀野・・・」

「ん〜?どうしたのかな〜提督さん?阿賀野とえっちな事したいの?」

「ちげーよ!あのさ・・・・服の脱ぎ方がわかんなくてさ・・・」

「しょうがないなぁ提督さんは・・・ほらこっち来て?脱がせてあげるから」

阿賀野は手招きをしてくる

「え・・・ああ」

俺は阿賀野の居るソファーの方へまた戻る

「それじゃあ阿賀野が脱がしてあげるね」

「お・・・おう・・・お願いします・・・・」

「それじゃあいくよー」

阿賀野はそう言うと俺の背中に手を触れた。

その時、別に静電気が走った訳でもなんでも無いのに身体がビクリと震えた

「んひっ・・・!」

心拍数が徐々に上がって行く

な・・・なんでだよ・・・!?

阿賀野に触られただけなのに・・・

「ん〜提督さん?どうしたのそんな変な声出しちゃって?」

阿賀野も俺の異変に気付いたのかそう尋ねてくる。

「いっ・・・いや・・・・なんでも無いぞ」

なんで服脱がしてもらうだけなのにこんなに恥ずかしがってるんだ俺・・・

「そうかなぁ・・・?」

阿賀野はそう言うと俺の背中を優しく撫でてきた

「んぁっ・・・・・・」

まただ!また変な息が漏れた・・・・!

「ほらやっぱり!提督さん、阿賀野に服脱がされるのドキドキしてるんでしょ?」

「ち・・・違う・・・」

「ほら鏡見てみて。今の提督さんすっごく可愛い」

阿賀野はそう言ってまた俺の背中を優しく撫でた

「ひぅっ・・・・・」

「ほ〜ら・・・俺に背中撫でられただけでこんなに顔真っ赤にしちゃって・・・今の提督さん本当に女の子みたい」

阿賀野今また俺って・・・・

それに俺は女じゃない!

それなのになんでこんなドキドキしてるんだよ!!

「ち・・・ちが・・・・俺は・・・」

「何が違うのかなぁ?今の提督さん本当に女の子みたいだよ?」

阿賀野はそう耳元で少し低い声で囁いてくる。

阿賀野にささやかれるたび否定したい気持ちとはまた違った感情が胸から湧き上がってくる。

女の子みたい・・・・?俺が?

ふと鏡に目をやると顔を真っ赤にして青年に身体を触られている少女の姿がある。

いや・・・女なんかじゃないのに・・・俺なのに・・・・こんな服、すぐにでも脱ぎたいはずなのにっ・・・・!

 

「それじゃあ脱がすね〜まずは手袋から外しちゃおっか」

阿賀野は手袋をするりと脱がせる。

「うわぁっ!」

なんで手袋脱がされただけなのにこんなにドキドキしてるんだよ俺・・・!!

「それじゃあ服も脱いじゃおうね」

阿賀野はそう言うと服の背面にあったボタンを外し、チャックをゆっくりと下ろし始めた。

俺・・・阿賀野に服脱がされちゃってる・・・・なんでだ?俺がお願いしたはずなのになんで脱がされたくないって思ってるんだ・・・?

別に今までは何ともなかったのに・・・

俺がそう考えて居る間にも阿賀野はねっとりと俺の服を脱がせていく

こんな服早く脱ぎたいはずなのに阿賀野に脱がされているからか凄く恥ずかしい。

「や・・・やめ・・・・・・」

気付くと俺はそんなか細い声を出していた

「ん?どうしたの提督さん?」

「も・・・もう・・・ここまで脱げたら後は自分で出来るから・・・」

俺は阿賀野を振りほどいてソファーから降りようとするが阿賀野がすかさず腕を掴んで押さえつけてくる。

「だーめ。折角ここまでやったんだから最期までやらせてよ〜それとも俺に服脱がされるのそんな恥ずかしいの?」

「だから俺って言うのやめろってば・・・!それにそんなんじゃない!!うわっ!」

俺は阿賀野から逃げようとしてバランスを崩してソファーに倒れ込んでしまった

「いててて・・・・・」

身体を起こそうと目を開くと俺の目の前には阿賀野の顔があった。どうやら倒れ込んだ時に一緒に倒れてしまった様だ。

「大丈夫提督さん?急に暴れるからびっくりしちゃったよ」

阿賀野がそう尋ねてくる

ち・・・近い・・・・それにこれって・・・・

俺今女装してて・・・

それで服が脱がされかけててそれで男装した阿賀野に押し倒されてるみたいになってる・・・・!?

そんな自分の置かれている状況を理解し心臓が破裂しそうになるほどに脈打つ

「あ・・・・あの・・・・・」

「どうしたの提督さん?」

阿賀野が俺の方を見つめてくる。

なんなんだこの胸の高鳴りは・・・・!?

なんだか胸がぐっと締め付けられる様な感じは・・・・!?

もしかして俺・・・本当に男の阿賀野が好きになっちゃったんじゃ・・・

好き・・・・?

いや違う・・・!絶対違う!!

「お・・・俺・・・その・・・・違うくて・・・・」

いつもの阿賀野ならともかく男装してる阿賀野に対してこんな感情を抱いてるなんて・・・

俺・・・どうしちゃったんだよ・・・・

なんでだ!?退いて欲しいって言いたいだけなのに言葉が出てこない・・・・それにおかしいな・・・なんで俺泣きそうになってるんだ?

ダメだ・・・頭の中がこんがらがってきた・・・遂に目から涙がこぼれ落ちてくる。

「わあちょっと!提督さん?なんで泣いてんの!?」

こんな阿賀野の前で訳もわからず泣くなんて情けないにも程があるだろ俺・・・

そう思うと尚更涙が出てくる

「ううっ・・・・俺違うのに・・・・男なのに・・・・!!」

「どうしたの?どっか打った!?どこか痛い所でもあるの!?さっきどこかにぶつけた?」

阿賀野はそんな俺を見て慌てた様子でいつもと変わらない調子で尋ねてくる。

「そんなんじゃない・・・・」

「じゃあどうして?」

「俺・・・・こんな格好で阿賀野に女の子みたいに扱われて・・・その・・・・阿賀野の男っぽい所を見せつけられて・・・でも俺・・・別にそれが嬉しかったとかそんなんじゃないはずなのに・・・・違うのに・・・ドキドキしてる自分がいて・・・・そんな事考えてたらなんか急に涙出てきて・・・」

口ではそう否定している物の自分でも阿賀野に今日一日女の子みたいに扱われていた事が嬉しかったのか嫌だったのかよくわからない感情が混濁していた。

「そう・・・だったんだ・・・・提督さんごめんね。提督さんの反応がかわいくって・・・それで面白くてちょっとからかいすぎちゃったみたい・・・すぐいつもの阿賀野に戻るからちょっと待っててね・・・」

阿賀野は俺の言葉を聞き少し表情を暗くして俺から離れて洗面所の方に行ってしまった。

 

阿賀野に悪い事言っちゃったかな俺・・・

俺も体制を立て直してソファーに座り直した。

鏡には相変わらず女装した俺が映っている。

俺・・・なんで泣いちゃったんだ・・・?

こんな所に来てしまったからか阿賀野に何かされるって思ってしまったんだろうか・・・?

俺・・・阿賀野の男装姿を見てなんでそんな事考えてるんだ・・・・?

今日はいろんなことがあって疲れただけだ。そうに違いないんだ!

断じてそんな・・・男装姿の阿賀野にときめいたわけじゃ・・・

そんな事を考えていると

「おまたせ〜提督さ〜ん!いつもの阿賀野でぇ〜す!きらり〜ん!!はぁ〜今日はずっと胸にサラシ巻いてたから胸ちょっと腫れちゃったよぉ〜」

ルームウェアを着て髪をほどいた阿賀野が洗面所から出てくる。

その姿は俺がよく知る阿賀野そのものでそんな阿賀野に安心感を覚えた彼はどこか明るく取り繕っている様にも見えた。

「あ、ああ・・・・」

「ごめんね提督さん・・・阿賀野から誘ったのに阿賀野ばっかり楽しんでて提督さんの事・・・・全然考えてなかったね。今日は疲れたよね・・・?」

確かに阿賀野の言った通り今日は散々阿賀野に引っ張り回されるし大淀と那珂ちゃんがいちゃいちゃしている所まで見せられるしで疲れて散々だった。

でも阿賀野は楽しそうだったしそんな阿賀野を見ているのは苦ではなかったし俺も楽しんでいたはずだ。

それなのに阿賀野にこんな気負いさせて良い訳が無い

「阿賀野・・・・俺こそごめんな・・・さっきは急に訳がわかんなくなっちゃってさ・・・・」

「ううん!提督さんが謝る事無いよ・・・!阿賀野が提督さんの事からかいすぎちゃったから・・・・そうだよね・・・提督さんは男の子なんだから男に言いよられても気持ち悪いだけだよね・・・阿賀野とこうやっていてくれるのも阿賀野がいつも女の子の格好して女の子みたいに振る舞ってるからだよね・・・それなのに阿賀野・・・もしかしたら男の私も受け入れてくれるかもしれないと思ってつい張り切りすぎちゃって・・・・本当にごめんなさい・・・」

阿賀野の表情が暗くなった。

「その・・・俺さ、男のお前が嫌で泣いたわけじゃないんだけどさ・・・」

「え・・・・」

「男の格好した阿賀野・・・かっこ良くてさ・・・・それでなんだか俺、ドキドキしちゃってて・・・それで訳がわかんなくなって気付いたら涙出てたんだ・・・」

「かっこ・・・いい・・・?」

「ああ。いつものだらしない阿賀野からは想像もつかない位にかっこ良かった。それにずっと今日お前にふらついてる俺を支えてもらってさ・・・・そんな事されてたらなんだか俺・・・いつの間にか男の阿賀野にドキドキしてて・・・」

「もー!だらしないは余計だよ!でも・・・それ・・・本当?」

「あ、ああ」

「そう・・・なんだ・・・・良かった・・・嫌われちゃってたらどうしようかって思っちゃったよ」

阿賀野はそう呟いた

「阿賀野・・・?」

「ああいやこっちの話だから・・・それもきっと提督さんが可愛かったからつい張り切っちゃったのかな〜なんて!俺のことカッコいいとか思っちゃった?」

阿賀野は声のトーンを低くして得意げに言った。

「はぁ〜・・・おだてたらすぐ調子乗るよなお前・・・」

「えへへ〜」

阿賀野は嬉しそうに笑う。

やっぱり男の格好をしててもいつもの阿賀野でも笑った顔は同じだな。

そんな阿賀野の笑顔を見ているとふと脳裏に男装をしていたときの阿賀野の顔がちらつき少し恥ずかしくなってしまったので

「そ・・・・それじゃあ俺も着替えてくるから・・・!!」

俺は照れ隠しにそそくさと洗面所へ向かった。

そこで服を脱ぎ、ウイッグを外して鏡を見ると女性ものの下着を着けて化粧をした俺が鏡には映っている。

お世辞にも女の子とは言えない体格と見慣れた髪型が俺の性別をはっきりと物語る。

「やっぱ俺が女装なんてしてても似合わないよな・・・」

鏡に映った俺に呟き下着を脱ぎ、置いてあったルームウェアを身につけた。

あれ・・・?そう言えば化粧ってどうやって落とすんだろ・・・?

生まれてこのかた化粧なんてした事が無かったのでこれをどうやって落とすのかがわからない。

試しに洗面台の蛇口を捻って水をかけてみると化粧が少し落ちてオバケみたいになってしまった。

どうすんだよこれ・・・!!!

とりあえず阿賀野に聞くしかないか

俺は洗面所を飛び出した

「阿賀野・・・!これどうしたらいいんだ!?」

「提督さんなぁに・・・・?って何その顔!!」

阿賀野は俺の顔を見るなりゲラゲラと笑い始める

「笑うなよ!!化粧の落とし方がわからねーんだよ」

「ああごめんごめん!阿賀野のメイク落とし貸してあげるから洗面所で待ってて」

阿賀野がそう言うので俺は洗面所へ戻り、鏡に映った自分の今の顔があまりにも酷いので自分でも笑ってしまいそうになった。

化粧って大変なんだな・・・・

今日一日で女の人の気持ちとか苦労とかが少しわかったような気がする。

そうこうしていると阿賀野がポーチをもって洗面所へやってきた

「おまたせ〜提督さんそれじゃあメイク落としてあげるね」

阿賀野はそう言うとポーチからシャンプーのボトルのような物を取り出してそこから何やら液体を出して俺の顔に少しずつ付けると

「これで落とせるからね」

阿賀野はそう言って俺の顔をぐりぐりと撫で始めた。

「うわっぷ!」

「提督さん、目に入るから目は瞑っててね〜」

阿賀野は俺の頬を撫でてきた。

「うん!これでもう大丈夫!あとは流すだけだから蛇口捻っとくね」

阿賀野はそう言うと洗面所から出て行ってしまう。

俺は音を頼りに蛇口の水を掬い上げて何度か顔に掛けた。

「ふう〜」

そして鏡に映ったのはいつもの俺の顔だった

なんでだろう・・・

鏡で自分の顔をまじまじと見てるといつもは不思議な感じになるけど今日はなんだかいつもの自分の顔をみて少し落ち着きを取り戻した様な気がする。

そして洗面所を出ると阿賀野がベッドで一人ごろごろとしていた。

「あ、提督さん。ちゃんとメイク落とせたんだね〜よかった」

「あ、ああ。ありがとう阿賀野」

「別にお礼を言われる様な事してないよ〜」

「いいや・・・今日はお前に色々してもらってさ・・・・今まで知らなかった事がちょっとだけわかった気がするよ。その・・・・女装も悪くないもんだな・・・」

「えっ!?提督さん目覚めたの!?」

阿賀野が嬉しそうに聞いてくる

「ちげーよ!ヒールとか化粧とか女の人は大変だなーって・・・そういうのがわかって勉強になったって事」

「そうでしょ?阿賀野も最初は大変だったんだよ。イクちゃん先輩に色々教えてもらってなんとかなったけどね。あっ、そうだ!また女装したくなったら言ってね?阿賀野がまた可愛くしてあげるから!」

「もういい!二度とごめんだ」

「も〜つれないなぁ提督さんは・・・ねえ。提督さん?」

「な・・・なんだ?」

「汗かいたでしょ?先にシャワー浴びる?」

「え・・・・そ・・・それって・・・」

どこかで聞いた事あるぞ?これってエッチする前に身体綺麗にしてこいって意味だって・・・

「も〜提督さんったら硬直しちゃってぇ〜別に深い意味は無いよ。ただ汗かいたまま寝るのも気持ち悪いかな〜って。折角シャワーがあるんだからすっきりしてきてよ。阿賀野おんぶしたりして疲れてるだろうし今日一日なんだかんだで付き合ってもらったんだからお先に」

「なんだよびっくりさせやがって・・・・」

「ん?何がびっくりしたの?別に提督さんがその気なら阿賀野は全然ウェルカムだってば〜」

「だから俺にそんな気は毛頭ねぇよ!!それじゃ先にシャワー使わせてもらうぞ」

俺はそう吐き捨てシャワーを浴びるために洗面所でルームウェアを脱ぎ、その奥にあった簡単なシャワールームでシャワーを浴びる事にした

 

「ふう〜」

シャワーを浴びて息を漏らす。

1日の疲れがお湯と一緒に流されていくみたいだ。

今日は色々あったなぁ・・・・早く帰りたいのも山々だけど今夜はもうこうなってしまった以上早く寝て明日に備えないと・・・

足早に入浴を済ませ、洗面所に置いてあったタオルで身体を拭いて再びルームウェアを着て洗面所を出た。

「上がったぞ阿賀野」

「早いじゃない提督さん。それじゃあ阿賀野もシャワー浴びてくるね。あっ!覗いちゃダメだからね・・・?でも提督さんならちょっと位覗いても良いよ?」

「誰が覗くか!!とっとと入ってこい」

「は〜い」

阿賀野は不貞腐れた様に言って洗面所へ入って行った。

「はぁ〜疲れた・・・」

長かった1日もやっと終わりだと思うと急に力が抜けてベッドにうつぶせで倒れ込んでしまった。

するとほんのりといい匂いがした。

そう言えば阿賀野がさっきまで寝転がってたんだよな・・・

きっと阿賀野はシャンプーやらなんやらまで気を使っているのだろう。

一日中歩き回ったと言えまだこんな甘い香りがベッドに付くなんて・・・

大淀も気を使っているんだろうか・・・?

俺はふといつも書類の整理をしている時大淀の髪からほんのりと香る匂いを思い出していた。

大淀・・・・あれ?なんか忘れてるような・・・・

「そうだ大淀!!」

すっかり忘れてた!!大淀に電話しなきゃ!!

俺は慌ててベッドから飛び降りて携帯電話を持って部屋を出た。

そして部屋の外で扉を背にして携帯電話尾で大淀の番号を押すと画面に【淀屋 発信中】

と書かれた画面が表示される。

そういえばあいつ携帯の番号とかはそのまんまなんだな・・・

どうしよう?登録名大淀に変えといた方が良いのかな・・・

そんな事を思っていると

『もしもし?謙!?今どこに居るの!?』

彼女の心配そうな声が聞こえてきた

「ああ・・・連絡遅くなってごめん・・・ちょっと出掛ける用事が出来て手違いで帰れなくなっちゃってさ・・・」

『どこに居るの?大丈夫!?場所さえ教えてくれれば今からでも迎えに行くよ!?」

相変わらず心配性だなぁこいつは・・・

「あ、ああ大丈夫大丈夫!明日の午前中には帰れると思う。だから悪い・・・朝の書類整理とかは任せられるか?埋め合わせはちゃんとするから」

『う・・・うん・・・わかった。謙が大丈夫なら私はそれだけそれただけでもう十分だから』

「ああ。ゴメンな・・・急に帰れなくなって・・・そう言えばその那珂ちゃんとのデ・・・・・じゃなかった水族館はどうだったんだ?」

こっそり後を付けていたが一応聞いておく事にする

『あ・・・あのね・・・・那珂ちゃんがこれからもお友達としてよろしくねって・・・・』

はぁ〜よかったぁ・・・・・俺は胸を撫で下ろす。

でもそれじゃああの時キスしてたのは一体・・・!?

でも見てたなんて言えないしどうやって聞くべきなんだ・・・!?

『謙・・・?どうしたの黙っちゃって』

「ああいや・・・なんでもないんだ・・・!その・・・一応那珂ちゃんはデートって言ってた訳だろ?それでその・・・・キス・・・とかされてないかなーって・・・・」

遠回しにそう尋ねてみる

『え!?ああ・・・その・・・・ごめんなさい謙・・・・私ね・・・那珂ちゃんにキスされちゃった・・・ほっぺだけど・・・』

「ええ!?・・・そ・・・それはなんでなんだ・・・!?」

俺は知っていたが大袈裟に驚いてその理由を尋ねた

『あのね・・・・デート・・・って那珂ちゃんは言ってたんだけど・・・その・・・ね?那珂ちゃんがデートの最後にって・・・・友達としてほっぺたにキスしたって・・・・』

「そ・・・そうだったのか・・・」

よかった・・・別に男女の関係になるとかじゃなかったんだ・・・

『それでね、那珂ちゃん・・・私の事、応援してくれるって』

「そ・・・それ本当か!?というか俺達の事バレてたのか・・・?」

『い・・・いや・・・それは無いと思うわ。那珂ちゃん・・・あくまで私と好きな人とが上手くいく様に応援してる・・・みたいな言い方だったし・・・きっと大丈夫!』

「そうか・・・それにしても友達増えて良かったじゃないか。お前いつも他の艦娘にどことなくよそよそしかったし同じ境遇の友達が増えたんなら俺も嬉しい」

『うん・・・・そうだね・・・謙、行ってきて良いって言ってくれて本当にありがとう・・・謙が言ってくれてなかったら那珂ちゃんとこんな関係になる事は無かったと思うから』

「いえいえ。どういたしまして。それじゃあなるべく急いで帰るからお前は心配しないでくれよな」

『うん・・それじゃあ私、待ってる。水族館で買ったお土産も渡したいし早く帰ってきてね?』

「ああ。ありがとう。それじゃお休み・・・」

『ええ。お休み・・・・・・・』

その後お互い無言の状態が続く。

『電話・・・切らないの?』

しびれを切らしたのか大淀は言った。

「いや・・・その・・・・大淀が先に切るかなって・・・」

『謙が先に切ってよ・・・』

ああ・・・これ漫画で読んだ事ある奴じゃん!!

まさか淀屋と・・・いや大淀とこんなやり取りをするなんて過去の自分に言っても信じてもらえないだろうな

そう思うと自然に笑いがこぼれた

『謙?どうしたの?急に笑っちゃって』

「いいや・・なんでもない・・・でも俺達本当に恋人同士みたいな事してるなって思ったら急におかしくなっちゃってさ・・・」

『こ・・・・恋人・・・!?たしかにそう・・・だけど・・・・・もう・・・バカ・・・・すk』

大淀がそう言った途端電話が切れてしまった。

なんだよあいつ・・・なんであんな可愛い反応するんだよ!?

ふう・・・なんとか大淀にも連絡できたし明日は早く帰らないとな・・・

さあ!今日は早く寝なきゃ!

そう思い部屋の扉を開けようと扉の方に振り返ると阿賀野が扉越しにこちらをニヤニヤと見つめて笑っている

「いやぁ〜提督さん・・・お熱いですなぁ」

「ばっ・・!?いつから!?」

「うーんとね〜キスがどうこうみたいな所らへんからかな〜」

大体聞かれてた!?

めちゃくちゃ恥ずかしいぞ・・・・

「やっぱり提督さんと大淀ちゃん・・・そーゆー関係だったんだね・・・」

「え・・・・いやその・・・これには色々あって!!!」

「いいよ!深くは聞かないから!前からなんだか提督さんと大淀ちゃん訳アリって感じだったし・・・・だから阿賀野も提督さんとは今まで通りの関係で居るんだからね!」

「はあ・・・やっぱ変な所だけポジティブだなお前・・・」

「えへへ・・・また提督さんに褒められちゃった」

「褒めてねぇよ!」

「ほら提督さん!そんな所突っ立ってないでお部屋入って来たら?」

「ああ、うん・・・なっ!?」

阿賀野に言われるがまま部屋に入ると阿賀野がバスタオル一丁で立っていた。

「なんでバスタオル一丁なんだよ!?」

「だって〜お風呂上がりなんだも〜ん!」

阿賀野はそう言って胸を強調してくる

「ああもう服着てくれ早く!!」

「ええ〜だって阿賀野熱いんだも〜ん」

「だ・・・だからってそんな・・・・」

「ほんとウブなんだから提督さんは〜」

「べっ・・・別に男の裸なんて見たって嬉しくねぇよ!!」

口ではそう言った物のやはりバスタオルから覗く胸に目がいってしまう。

「ええ〜?その割にはなんだか阿賀野のおっぱいの方に視線を感じるな〜提督さんのえ・っ・ち♡」

「そ・・・そんなわけないだろ!?だから俺は男なんかに興味ないって・・・!」

「そうなんだ・・・・じゃあこれでどう?」

阿賀野はそう言うとバスタオルを腰の方まで降ろし、胸をぼろんと出してきた

「うわぁ!!急に何してんだよお前!!」

「提督さんが言ったんじゃない!男の身体なんかに興味ないって。だから男らしく胸隠すのやめてタオル腰まで下げて巻いたんだけど?別に提督さんは男の身体なんかに興味ないって言ってたからこうやってても問題無いよねぇ〜?」

阿賀野はしてやったりといった顔でにじり寄ってくる

「うわぁ・・・!そんな凶悪な物を揺らしながら寄ってくるなぁ!!」

「何?やっぱり提督さん・・・・俺の胸興味あるんだ?それともやっぱり口では嫌って言ってても男の方が好きなの・・・?」

また俺って言った!!それも低めの声で!!

でも目の前に立ってるのは端から見れば胸の大きな女の子のはずなのに・・・

脳が理解を拒んでいるような気がする。

目の前に立っているのは俺と同じ男のはずなのに・・・

「ち・・・ちがう・・・断じてそんな事は・・・!それにその格好で俺とか言うなよ・・・!訳がわからなくなるだろ!?」

「じゃあなんでそんな顔真っ赤にしてるのかなぁ?それに俺に女の子ぶるの禁止って言ったのは提督さんだろ?俺、提督さんの言われた通りにしてるだけだけど?」

コイツ・・・都合のいいときだけそんな事言いやがって・・・!!

でも男だと言われてもやはり目の前にあるのは男にある筈のない二つの大きな膨らみ・・・

こんなのが男に付いてるなんて反則だろぉ!!それに顔もこんなに整ってて美人と来た!

ここまでして何で阿賀野は女じゃないんだよ!!

遂に思考が阿賀野が女ではない理由を探り始めたが結局阿賀野が男だから女ではないというA≠Bの結論に帰結する

どれだけ頭で思考を巡らせようとこちらににじり寄ってくるのは上半身に何も纏っていない風呂上がりでみずみずしい肌が健康的に火照った阿賀野だ。

なんで男なのにこんな色っぽいんだよぉぉぉぉぉ!!

「こ・・・これはその・・・・・確かに言ったけどお前のお・・・・」

「お・・・?ちゃんと言ってくれないと伝わらないな」

くっそぉ!!また調子に乗り出したなコイツ・・・!!

「お・・・・・・・おっぱいが・・・・」

「ん〜?男の俺の胸がどうしたって?」

そう!阿賀野は男・・・・だけどいつも女の子の恰好してて・・・・

その辺の女の子なんかより全然可愛いし胸もデカいし・・・・

って何考えてんだ俺!!

やばい・・・どんどん阿賀野のおっぱいが近付いてくる・・・

デカい・・・初めて会ったときよりでかくなってるんじゃね・・・・?

あわよくば触りたい・・・

いやいや別に阿賀野をエロい目で見たい訳でもなんでもない・・・はずなんだ・・・・!!

阿賀野は男なんだぞ・・・そんな男の胸を触りたいなんて・・・・

俺の頭の中を様々な考えが脳裏にぐるぐるとめぐっていく。

ああ・・・・ダメだ・・・頭に血が上ってきた・・・・

「ぶはぁ!!!」

俺は盛大に鼻血を噴出して倒れ込んでしまった。

「ちょ・・・!?提督さん・・・!?提督さん!!」

そんな阿賀野の声が聞こえるが俺の視界と意識はどんどんぼやけていく。

やばい・・・このままじゃ男の胸を見て鼻血を出して失血死なる凄まじい最期を遂げ・・・る・・・こと・・・に・・・・

「お・・・・おっぱ・・・・い・・・ガクっ」

俺の意識はそこで途切れてしまった。

 

夢を見ていた。

どこか妙にリアリティーのある夢だった。

内容ははっきりしないがただただ冷たい暗闇の中に居た。

俺は出口を探そうとその場を這いずり回っていると何故か何も見えないはずの暗闇の中に人の影が見えた。

誰だろう・・・?

そんな人影がこちらにどんどん近付いてきて姿がどんどんとはっきりとしてくる

その姿は綺麗な長い黒髪をした女の人の様だった。

どこかであった事がある様な・・・でも顔にはモヤがかかっていて顔を確認する事はできなかった。

「君・・・・誰?」

俺はその人影に尋ねると

「お願い・・・・・・戻ってきて・・・」

女性は一言そう言うと消え、それと同時に意識がどんどん夢から離れて行った。

「待ってくれ!!君は一体誰なんだ!!」

俺は消えゆく女性にそう声をかけるがその声は届かない

そのままどんどんと夢は薄れて行きどこからか声が聞こえてくる。

 

「・・・・さん!!・・・督さん!!!」

そんな声が俺を現実に引き戻す。

そうだ・・・俺、鼻血出してぶっ倒れたんだっけ

俺は重たい瞼を持ち上げると視界の先にはうすぼんやりとだが視界を遮る何かとその先からこちらを見つめている阿賀野が見えた。

「あ・・・阿賀野・・・・」

「提督さん!!よかった気がついて・・・・」

阿賀野は安堵の表情を浮かべた

「え・・・ああ・・・うん・・・」

ふと俺の後頭部に生暖かく柔らかい感触がある。

それに頭上に阿賀野がいて・・・

この状況ってもしかしなくても膝枕されてる!?

それじゃあこれってもしかして・・・

俺は目を擦るとぼやけていた視界がはっきりとしてくる。

視界を遮っていたものは一糸纏わぬ阿賀野の胸だった。

「うっ・・・うわぁ!!なんで阿賀野裸なんだよ!?」

俺は慌てて飛び起きた

「裸じゃないよ!ちゃんと下はタオルで隠してるじゃない」

「な・・・なんでさっきの格好のままなんだよ?」

「だって〜急に提督さんが倒れるんだもん・・・服着る間も惜しんでずっと介抱したげてたんだよ?・・・はくちゅん!」

阿賀野は可愛らしいくしゃみをした。

まさか俺がぶっ倒れてからずっと膝枕してくれてたのか・・・?

「あ・・・ありがとう阿賀野・・・俺はもう大丈夫だからとりあえず服着てくれ」

「う・・うん!元はと言えば阿賀野がからかったせいだし・・・当然だよ!でも鼻血出したってことは阿賀野の事見て興奮しちゃったって事だよね?」

「う・・・うるさい・・・!阿賀野が男なのにそこいらの女の人より可愛いしおっぱいがデカいのが悪いんだからな・・・!とっとと服着てこいよ!!」

俺は思わず本心を口に出してしまう。

「あ・・・いや・・・その・・・」

「ふふっ♪提督さんのそう言う素直な所好きだよ?ありがと提督さんそれじゃあ服着てくるね」

阿賀野がそう言って立ち上がったその時はらりと阿賀野が腰に巻いていたタオルが剥がれる

「きゃぁ!」

阿賀野はすかさず手で隠したがその手の間からはやはり俺より立派なアレが顔をのぞかせていた。

やっぱりどれだけ可愛くてもぶら下がってるそれは男そのものなんだな・・・・

「はあ・・・・やっぱりそっち見せられたらげんなりするわ・・・俺のよりデカいし・・・・自信無くしちゃう」

「も〜なによそれ!!」

「はいはいわかったわかった。早く着替えてこいって風邪引くだろ?」

「は〜い」

阿賀野はそう言うと洗面所に入っていった。

はあ・・・色々あって今日は本当に疲れた。

膝枕をされていたとは言え地べたで寝ていたから少し身体が痛いし先にベッドで横になってるか

俺はベッドに飛び込んだ。

ああ・・・柔らかい・・・・!!

少し埃っぽいが結構寝心地は良さそうだ。

ベッドの感触を確かめていると服を着た阿賀野が洗面所から出てきた

「あ〜!提督さん先にベッド入るなんてずる〜い!!阿賀野も入る」

阿賀野はそう言って俺が寝ているベッドに入って来る

「うわ・・・ちょ!!何で俺のベッドに入ってくるんだよ!!」

「だってベッドこれしか無いじゃないの!」

「あっ・・そうだった・・・」

と言う事は阿賀野と同じベッドで寝なきゃいけないのか・・・・

俺は正気を保っていられるのだろうか

「それじゃあお休み提督さん♡阿賀野が寝てる間にえっちな事しちゃダメだよ?するならしっかり言ってね?阿賀野がきっちりリードしてあげるから」

阿賀野は得意げに言った

「そんな事しねぇよ!!じゃあお休み」

俺は阿賀野に背を向けて電気を消して瞼を閉じた

それからしばらくして背中に何やら柔らかい物が当る感触が走る

「う・・・・・」

これって阿賀野の胸・・・!?なんで当ててきてるんだよ!?

落ち着け・・・阿賀野は男・・・・阿賀野は男・・・・阿賀野は男・・・・阿賀野は男・・・・阿賀野は男・・・・阿賀野は男・・・・阿賀野は男・・・・阿賀野は男・・・・阿賀野は男・・・・

俺は自分の頭の中でそう何度も唱えるがやはり背中に当たるものの柔らかさは男の物だとは思えない・・・

阿賀野の奴一体ナニをする気なんだ!?

そんな事を考えていると

「提督さん・・・」

阿賀野が俺を読んだ

「はっ・・・はいぃ!!!?」

緊張からか声が裏返ってしまう

「も〜そんなに緊張しなくても良いじゃない・・・・今日はありがとね・・・」

阿賀野は恥ずかしそうに言った

「あ、ああ・・・・俺も・・・悪くなかった・・・かも・・・?」

「ふふっ♪よかったあ〜私の男の子の所・・・いっぱい見せちゃったけど提督さんが阿賀野の事嫌いにならななかったみたいでよかった・・・」

「え・・・!?ああ・・・うん・・・」

別に阿賀野が男だからという嫌悪感は全く無い。

ただそんな阿賀野を受け入れてしまったら俺自身の中で何かが崩れ去ってしまう様な気がして・・・

できれば阿賀野とはこんなふざけ合えるような仲で居たい。

それに俺には大淀も居るし・・・・

「あのね・・・提督さん・・・私ね・・・」

阿賀野はそこで言葉を止めた

「な・・・なんだよ・・!?」

「提督さんに裸見せるの・・・結構恥ずかしかったんだからね・・・」

阿賀野はそう小声で言った。

「な・・・なんでそれじゃあわざわざあんな事したんだよ!?」

「ずっとお前は男だろって言われて・・・それで阿賀野のおっぱい見せれば少しは考えを改めてくれるかな〜って思って・・・・でもおかげで女の子より可愛いって行ってくれて嬉しかったな・・・それに今日久しぶりに男の子の格好で遊びに行けて楽しかったよ。私・・・どんどん心も身体も元の自分とは変わっちゃって・・・・元の私が本当に消えてなくなっちゃうんじゃないかって思って怖かったの。でも提督さんがこの前私は私だからって言ってくれて・・・それで弟達に会いに行くきっかけまでくれてね、そんな事があって私・・・今は阿賀野だけどちゃんと元の自分は元の自分でしっかり私の中にあるんだなって思えたの・・・・提督さんに会うまでは自分が自分じゃ無くなっていくのは怖かったけど逆に何もかも忘れられるなら昔の自分なんかもう要らないって思ったてたの・・・でもやっぱり提督さんが言ってくれたおかげで昔の私も今の阿賀野もどっちも私なんだって・・・どっちも大事にしようって今は胸を張って言える。それに那珂ちゃんって新しいお友達も出来たし・・・ちゃんとお礼言えてなかったから。ありがとう提督さん。阿賀野・・・ちょっと頼りないところもあるけど提督さんの事・・・大好きだよ」

「え・・・ちょ・・・それって・・・!?」

「なーんて冗談・・・って言ったら信じてくれる?いつもはふざけてるけどちゃんと面と向かって言おうと思うと恥ずかしくて・・・

だから提督さんの背中にこうやってかたりかけてま〜す・・・えへっ・・・」

阿賀野は照れ隠しなのかそう言って笑った

「阿賀野・・・」

「それとね・・・?」

「ど・・・どうしたんだよ・・・?まだ何かあるのか」

や・・・やばい・・・またドキドキしてきた!!

「提督さんのおかげで男の子だった頃の声の出し方も思い出せたよ。ずっと可愛い声を出そうって意識ししてて自分の声の出し方まで忘れちゃう所だったけど色々あったから今の声がずっと作ってた声だってこと忘れててさ。男の子してるときよりは高くなっちゃってるけど実はあの声が普通の阿賀野の声なんだよね」

「え・・・ええ!?」

「そんな阿賀野の男の子の部分を思い出させてくれた提督さんの事・・・・愛してるぜ・・・?」

阿賀野はまた声を低くして俺に囁いてきた

「だから俺にその気はないって言ってんだろ!!」

「な〜んちゃってふふっ♡今のは冗談だよ!じょ・う・だ・ん♡」

「はあ・・・冗談かよ・・・びっくりさせんなよ」

俺は胸を撫で下ろした。

本当に今日だけで何年分寿命が縮んだ事か

「ふわぁ・・・・阿賀野もそろそろ眠くなってきちゃった・・・それじゃあお休み・・・提督さん」

「あ、ああ。お休み阿賀野・・・」

 

・・・・・・・・・

とはいってみた物の俺の頭の中には阿賀野の「大好きだよ」と「愛してるぜ?」という言葉が何度もリフレインして離れないし阿賀野のいびきはうるさいしなによりずっと背中に胸が当ったままだったので結局その日は眠れなかった。

 

そして次の日

「う〜ん・・・よく寝たぁ〜!」

阿賀野が心底気持ち良さそうな声を上げながら身体を起こす

「そりゃ良かったな・・・」

俺は半分不貞腐れながら言った

「あっ!提督さんおはよ〜あれ?提督さんなんだかしんどそうだけど寝れなかったの?」

阿賀野は呑気に尋ねてくる。

誰のせいだと思ってんだよ!!

そう言ってやろうと思ったが俺はぐっと堪えた。

それからしばらくして携帯電話に着信が入ってくる

高雄さんからだ!

よかった・・・これで迎えにきてもらえる

「はいもしもし!大和田です!」

俺は意気揚々と電話に出た

『もしもし提督?おはようございます。話は大体愛宕から聞きました。私も昨夜は病院に泊ったので今からそちらに迎えに行こうと思うのですがどこにいるんです?』

「え・・・えーっと・・・・ホテルなんとか?ってところですえーっと漢字五文字でなんて読むかわからないんですけど・・・」

『え、ええ』

「所得の得に王に久しいって書く漢字と中州の州と詩集の詩に亜空間の亜の真ん中が無い奴です」

『ああホテルエクスシアですね。昔よく愛宕と行ってたので場所は大体把握してます・・・ってそこラブホテルじゃない!!あなた大淀ちゃんというものがありながら阿賀野と一線超えちゃったんですか!?』

高雄さんの声が急に大きくなる

「いっ・・・いえ・・・!!他に泊るような場所が見当たらなくて仕方なく・・・・!断じてやましい事はしてません!」

『そ・・・そうなのね?あの辺り本当に何も無いですから仕方ありませんよね・・・わかりました。そこなら30分もあれば着けますから待っててください』

「わかりました。それじゃあお願いします」

俺はそう言って電話を切った

「高雄なんて言ってた?提督さんやましい事がどうこうって言ってたけど・・・?」

「なんでもない・・・それより30分もすれば着けるってさ。早く出る準備しないと」

「それじゃあ提督さん!またあのお洋服着なきゃだね♡」

阿賀野は嬉しそうに見つめてくる

「あっ・・・」

そうだ。外に出れる様な服って言えば着てきたあの服しか無いんだった・・・・

阿賀野が着てきた男物の服はサイズが合わないし・・・・

くそおおおお!!二度とごめんだって言った次の日にまたする事になるなんて・・・・とほほ・・・

「それじゃあまた着せてあげるね提督さん!ほら立ってたって」

そのまま阿賀野にされるがまままた俺は女装させられてしまった。

「うん!メイク今日はすぐ取れるように薄目にしたけどぜんぜん可愛いよ提督さん!それじゃあ阿賀野も着替えてくるね」

阿賀野はそう言うと洗面所へ入っていった。

それからしばらくして男装した阿賀野が洗面所から出てくる

「おまたせっ!それじゃあ行こうかマイハニー?」

阿賀野は爽やかな笑みを浮かべて手を差し伸べてきた

「だっ・・・だから俺はお前のハニーでもなんでも無いっての・・・・!でも・・・この服脱ぐまでは多少付き合ってやらない事もない・・・かな・・・」

俺はそう言って阿賀野の手をとった。

そしてフロントでチェックアウトを済ませてホテルの外で待っていると見慣れた車が俺達の前で止まった。

そしてドアガラスが開き高雄さんが顔をのぞかせる

「お待たせしました提督!昨日はお楽しみでしたね」

高雄さんはにやにやとしていた

「だからなんにも無かったですってば!なあ阿賀野!?」

「うん・・・高雄。提督さんったら凄いんだよ・・・?あんな事やこんな事・・・ああっ!思い出すだけでも恥ずかしいっ!!」

阿賀野は恍惚とした表情で言った

「こら!!語弊のある言い方をするんじゃない!!本当になんにも無かったですから!!」

「そうなの・・・?まあ阿賀野がそんな感じなら多分何も無かったってわかりますけどね」

「え〜なにそれ〜!」

阿賀野は頬を膨らませた

「提督、着替えを取りに戻る時間がなかったので途中で服、買ってきました。もちろん男ものの服です。阿賀野のも買ってあるから途中のサービスエリアのトイレかどこかで着替えましょう。それじゃあ乗ってください。急ぎますよ」

「は〜い。それじゃあ提督さん、どうぞ。ヒールでバランス崩してこけないようにね?」

阿賀野が後部席のドアを開けてくれた

「あ・・・ありがとう」

俺は後部席に乗り込み阿賀野もそれに続いた。

そして車は走り出し、途中にあったサービスエリアのトイレでなんとか服を着替える事が出来たが高雄さんの買ってきた服はなんというか・・・その・・・センスがちょっと変わっていたのだがそこには突っ込まない事にした。

そこから車に乗ってやっとの事で鎮守府にたどり着く。

「はあ・・・やっと着いた・・・・大淀怒ってるだろうな・・・」

時計は午前11時を指している。いつもなら書類の片付けも大体片付いている頃だ。

ひとまず阿賀野と別れ自室で制服に着替えて執務室へ向かおうと部屋から出るとばったり那珂ちゃんと遭遇する

「あっ!提督、おはようございま〜っす!!帰ってたんだぁ」

「え・・・ああ・・・うん・・・」

昨日のデートをこっそり見ていた事を思い出し少し申し訳のない気分になってしまう

「提督、話があるの」

「な・・・なんだ!?」

もしかして尾行してたのバレてる!?

「あのね・・・・」

なんだ・・・!?なんなんだ?

俺に緊張が走る

「大淀ちゃんの事なんだけどね・・・?」

「あ、ああ・・・」

大淀の事?なんだなんだ・・・!?

「今度大淀ちゃんの事泣かせたら那珂ちゃんが大淀ちゃんの事貰って行っちゃうから!だから大淀ちゃんの事大事にしてあげてね」

「・・・え?」

「知ってたよ大淀ちゃんが提督の事好きだって。大淀ちゃんにはこの事言って無いんだけど提督には言っておこうと思って!それだけだからそれじゃあまったね〜!」

那珂ちゃんはそう言うと走り去ってしまった。本当に忙しい人だな・・・

しかし大淀ちゃんの事大事にしてあげてね・・・か・・・

そう・・・だよな・・・・

俺は肝にしっかりと命じ、執務室へ向かった。

 

うう・・・ただいつもどおり執務室に入るだけなのに後ろめたさとかもあって入り辛いなぁ・・・

でもここで足踏みしてたって何も変わらないし・・・

「大淀!昨日は心配かけて悪かった!今帰ってきたぞ」

意を決して執務室の扉を開けて頭を下げる

「謙・・・!お帰りなさい!ずっと待ってたの・・・・心配したんだからね!」

大淀は少し拗ねた様に言った

「あ、ああ・・・本当に悪かった・・・」

「これからはもっと提督としての自覚を持って行動する様にしてくださいね提督」

「はい・・・」

「うん!反省してるみたいだしこれ・・・お土産」

大淀は何やら手のひらサイズの袋を取り出した

「あ、ありがとう。開けても良いか?」

「ええ。もちろん」

袋を開けると中にはイルカのキーホルダーが入っていた。

「これ・・・私も同じの買ったの!那珂ちゃんがこう言うのプレゼントしたら良いんじゃないかって言ってくれて・・・・」

「ありがとう。それじゃあ早速携帯に付けるよ」

「喜んでもらえて良かったわ。それでは提督、こちらも片付けてくださいね?」

大淀はにっこりと笑うと書類の束を机に置いた

「な・・・なんだこれ・・・?」

「なんだこれって今日の書類ですよ。今朝は高雄さんも居なかったのでまだ片付いてない分がありますし・・・それに急に居なくなる提督にお灸を据えようと思って待ってたんです。それでは書類の整理お願いしますね提督。では私は他に用事もありますので失礼しますね」

大淀は笑って書類の束を渡して執務室を出て行ってしまった。

大淀お前やっぱり俺が居なくなった事怒ってんな?

まあ仕方ないか・・・はあ・・・・

結局その後は一人で書類の整理やらをやって一人で業務をやる大変さを自分の身を以て知る事になったのである。

もう勝手に出て行ったりしない様にしなきゃな・・・

そう心に決めつつ書類を一枚一枚片付けていった。



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初雪部屋から脱出ス!

 俺は大淀に押し付けられた・・・もとい自分がやらなければいけなかった書類を一人で寂しく片付けていた。

ふう・・・ほんとに一人でこれ全部片付けるのは大変だな・・・

いつもは高雄さんと大淀が整理して渡してくれてるけどそれすらされてないし・・・

俺はまず本陣やら自治体から届く書類を分別してサインや筆記が必要な物を一つづつこなしていった。

そしてふと一枚の書類を目に留める

「ん?なんだこれ?」

そこには

【本年の海水浴場警備のお願い】

と書かれていた。

「海水浴場の警備?」

それって鎮守府の仕事なんだろうか?

まあいいやとりあえず中身を確認しよう

【本年も海水浴のシーズンが近付いて来ました。

××鎮守府の皆様には××海水浴場の警備を本年も宜しくお願いします。

シフトを組んで長峰まで提出してください。

××観光協会会長 長峰大門】

 

長門さんそんな事もやってたのか・・・

とりあえずこれは後で愛宕さんにでも聞くとしよう。

そして引き続き書類を片付けているとコンコンと扉を叩く音がした。

「入っていいぞ」

俺がそう言うと

「お兄ちゃん!お帰りなさい!!」

と吹雪が勢いよく俺の胸に飛びこんでくる

「うわっ!?吹雪?」

「お兄ちゃん・・・!また居なくなっちゃって私・・・とっても心配してたんだよ?」

「あ、ああ・・・心配かけたな・・・ごめん」

俺は吹雪の頭を撫でてやった。

「そうだ、昨日は天津風の部屋に泊めてもらったのか?」

「うん!昨日は春風ちゃんと一緒に天津風ちゃんのお部屋でお泊り会したの。この間はお兄ちゃんが急に居なくなって心配で寝れなかったけど昨日の夜はお兄ちゃんがちゃんと大丈夫だって言ってくれたからちゃんと寝れたよ!でも寂しかった・・・だから今日はいつもより甘えさせてもらうんだ〜」

吹雪はそう言って俺に頬擦りをしてきた

本当に吹雪は可愛いなぁ・・・

そんな事を考えていると自然と頬が緩んでくる。

「おいおいやめろよ〜まだ仕事残ってるんだって〜」

口ではそう言いながらもまんざらではない俺は甘えてくる吹雪に骨抜きにされていた。

そんな時扉がまた開き

「はあ・・・はあ・・・吹雪!訓練中に大淀さんから提督が帰ってきたって聞いた側から急に走って行っちゃうんだから・・・・・って帰ってきて早々何やってんのよあなたは!?」

息をあげて天津風が執務室に入ってくるなり俺を見て顔を真っ赤にしてこちらを見ていた。

「あ・・・・・天津風!?ノックくらいしろって言ってるだろ!!」

「ノックもクソもあるかこの馬鹿!」

天津風はそう怒鳴るなり俺の顔面に向けてドロップキックを放ってきた。

「むぶっ!痛てぇ!!!」

俺にそのキックはクリーンヒットして壁に打ち付けられる。

ギャグパートでなければ即死だった。

「はぁ・・・急に居なくなったと思ったら帰ってきて早々何やってんのよ全く・・・」

「うう・・・ずびばぜん・・・・」

「すみませんで済んだら艦娘なんか要らないわよ!!!吹雪!?もう大丈夫よ!何もされてない?」

天津風は俺の事等知らないと言わんばかりにそ吹雪に駆け寄る

「ち・・・違うんだ天津風・・・」

「そうだよ天津風ちゃん!私が勝手におにいちゃ・・・・司令官に甘えてただけで・・・」

「それでもあなた今職務中でしょ?職務中にそんなことして良いと思ってる訳!?吹雪もあんまり甘やかしちゃダメよ?こう言うのは甘やかしたらすぐにつけあがるんだからね?」

なんか今日の天津風いつもに増して当たりがきついぞ・・・

提督業を蔑ろにして突然居なくなったりして怒られたのにまた同じ様な事やっちゃった俺が悪いんだけどいくらなんでもやりすぎだろ・・・なんでこいつこんなにカリカリしてるんだ?

「すまん・・・天津風にも心配かけたし面倒もかけたもんな・・・昨日は吹雪の事泊めてやってくれてありがとう」

「全くよ!でも・・・私もちょっとは心配してたんだから」

天津風は頬を赤くして小さい声で言った。

ほんとにコイツ素直じゃないなぁ

「ん〜?今なんか言ったかぁ?聞こえなかったなぁ」

俺はわざとらしく天津風に聞き返す

「べっ・・・別になんでも無いわよ!!もう一発蹴るわよ!?」

天津風は俺を睨みつけてくる。

「いっ・・・いや・・・結構です・・・」

「ふんっ!これに懲りたらもう急に居なくなったりしないでよ?」

「あ、ああ・・・約束する」

「分かれば良いのよ!それじゃあ吹雪、演習途中でほっぽり出しちゃってるし戻るわよ!」

「う・・・うん・・・それじゃあ司令官・・・失礼します・・・」

天津風は吹雪を連れて出て行ってしまった。

はあ・・・まだちょっと蹴られた所はジンジンするけどコメディー補正のおかげでそこまでの深手を負わずに済んだみたいだ・・・

さあ・・・さっさと書類の処理を終わらせよう。

俺は書類の処理を再開させた。

 

それからしばらくして

「ふう・・・やっと終わったぁ!」

俺は一人伸びをした。

いつもこれを最小限まで整理しといてくれてる高雄さんと大淀に感謝しなきゃいけないな・・・・

とりあえず作業も終わったし何をしようかな・・・

そうだ初雪の様子を見に行ってやろう。

結局あの後全然話しにいけてないしあいつの姿も見ていない。

俺は椅子から立ち上がり執務室を後にして初雪の部屋に向かった。

 

初雪の部屋の扉には相変わらずいつみても物々しい進入禁止の文字が書かれたテープがびっしりと貼られている。

俺はとりあえずそんな物々しい扉をこんこんと叩く

「おーい!初雪起きてるか?」

扉の先に居るであろう初雪に呼びかけるが返事が無い。

でも鍵も閉まってるし部屋に居る事は確かなはずだ。

俺は諦めずに扉をノックし続けているとなにやら扉の先でかちゃりと何かが外れる音がして扉がゆっくりと開き

「何・・・?寝てたんだけど」

と不機嫌そうな顔をした初雪がぬっと顔を出して来た

「ああごめん・・・起こしちゃったか」

「あやまらなくていい・・・丁度お腹空いてたし・・・で、何の用?」

「あれから結局初雪とちゃんと話出来てなかったからな。どうしてるか気になってさ。雲人さんに頼まれた以上俺にも責任あるし」

「そっか・・・あの・・・私・・・ここに居ても良いんだよね・・・?」

なにやら小さな声で初雪はそう尋ねて来た

「もちろん。初雪がそうしたいのならな」

「・・・ありがと。私も明日からがんばらなきゃ・・・」

「そこは今日からじゃないんだな」

「だって寝起きだしお腹空いてるし・・・」

「ああわかったわかった。それじゃあ食堂でも行くか?なんかあるだろ多分」

「う・・・うん。ちょっとまって・・・」

初雪がそう言って戸を閉めたので少し待っていると

「・・・お・・・・おまたせ・・・しま・・・した」

吹雪に似た少しサイズがキツそうなセーラー服に着替えた初雪がゆっくり部屋から出て来た。

「あのさ、その服サイズあってないんじゃないか?」

「だ・・・だって5年前の服だし・・・これしか人前に出れる様な服・・・持ってないし・・・一応・・・制服だし・・・」

「そうか。なら新しい服頼んどかなきゃいけないな」

「そうしてくれると・・・・助かる」

「それじゃあ行こうか」

「う・・・うん・・・」

俺はそう小さく返事をした初雪を連れて食堂へ向かった。

そこには丁度演習を切り上げて休憩をしていたのだろうか?吹雪、春風、天津風の三人がテーブルを囲んで食事をしていた。

それを見た初雪は俺の後ろにすっと隠れる。

するととこちらに気付いたのか吹雪が食事をすっぽかしてこちらに駆け寄って来た

「おにいちゃ・・・いえ!司令官、お仕事終わったんですか!?」

吹雪はそう言って目を輝かせて俺を見つめてくる

「吹雪!食事中に歩き回るなんて行儀悪いでしょ?」

座っていた天津風が吹雪を注意した。

「良いじゃないですか天津風。昨日だって司令官様が居ないからってずっと寂しそうにしてたんですから。それにサンドウィッチなんてそんなお行儀良く食べる物でもないですし」

そんな天津風を春風が諌めた。

「な・・・・なによ!私何も間違った事言ってないでしょ!?私だって・・・」

「その・・・なんでしょうか?貴方も司令官様に甘えたいのなら行ってこれば良いのではないですか?」

「ち・・・ちが・・・・そんなんじゃないわよ!!私はただ・・・食事中に歩き回るのは良くないって思っただけでそんな羨ましいだなんて思ってないんだから・・・」

「ふふっ!本当に貴方は素直じゃありませんね」

テーブルで顔を真っ赤にした天津風を見てクスクスと春風は笑っていた。

なんだかんだで上手くやってるみたいだよな天津風達・・・最初はどうなるかと思ったけど

そんな事を思っていると吹雪が俺の後ろに隠れていた初雪に気付き

「あっ、初雪・・・お姉ちゃん!」

と声を上げた

「初雪?誰よそれ!?」

そんな声を聞いて後ろに隠れていた初雪は俺の服をぎゅっと握って

「う・・・駆逐艦いっぱいいる・・・・こわい・・・」

と小声で言った

「お前も駆逐艦なんだろ・・・?それにお前一応先輩なんだからさ・・・挨拶くらい出来ないか?」

俺は初雪に小声でそう伝える

そんな初雪を見た吹雪も

「そうだよ初雪お姉ちゃん!私達怖くないよ?ほら!行こっ!初雪お姉ちゃん!!」

吹雪はそう言うと俺の後ろに居た初雪の手を引っ張ってテーブルの方へ連れていった

「うわっちょ・・・やめ・・・・私まだ心の準備が・・・たすけて司令官・・・・」

そんな初雪の悲痛な声がどんどん俺から遠ざかっていった。

ここは俺がどうにかするより吹雪に任せた方がなんとかなりそうな気がしたので俺はそのまま優しく見守る事にした。

そしてテーブルの席に初雪を座らせると

「この人が初雪お姉ちゃん!吹雪型3番艦だけど私より先輩だからお姉ちゃんなの!」

吹雪は天津風と春風にそう初雪の事を紹介した

「初雪・・・です・・・最近までずっとずっと引きこもってたけど・・・・私もずっと前からここの艦娘・・・・よろしく・・・」

初雪はそう小さな声で言った。

すると

「貴方が初雪さんですか。お話は吹雪から聞いていました。わたくしたちの先輩なのですよね?わたくしは春風と申しますこれからよろしくお願い致しますね」

「そ・・・そうなの?私は聞いてなかったけど・・・でも先輩なの?駆逐艦の先輩が出来るのは心強いわ!私は天津風。よろしくお願いしますね先輩」

天津風と春風は初雪にそう言って頭を下げた

「そ・・・そんな・・・・先輩・・・だなんて・・・・でも・・・悪い気は・・・しない・・・よろしく・・・」

先輩と呼ばれた初雪はまんざらでも無さそうな表情を浮かべている。

よかった・・・なんとかなりそうだ・・・

俺はもう大丈夫だろうと安心してテーブルの方へ向かった

「さっき吹雪が紹介した通りだ。5年前ここで艦娘をやってたんだけど色々あってまたここで艦娘として生きて行きたいって頼まれたんでまた艦娘としてここで生活する事になったんだ。5年のブランクも有ると思うけど仲良くしてやって欲しい」

俺がそう言うと

「ふ〜ん・・・あなたにしては珍しく提督らしい事言うのね」

天津風は少し皮肉混じりにそう言って来た

「珍しくってなんだよ!!とにかく初雪を宜しく頼むぞ」

「ええ。わたくしたちも先輩にご教授頂けることがきっと沢山あると思います。なのでわたくしは大歓迎ですよ」

春風はそう言ってくれた

「うう・・・・すごいプレッシャー・・・・」

初雪はそんな春風の言葉を聞いてそう呟いてうつむいた

「大丈夫だって。ゆっくりなれていけば良いんだ」

「う・・うん・・・」

「そうだ。まだサンドイッチって残ってるのか?初雪何も食ってなくて腹減ってるんだってさ。俺もだけど」

「ええ。今日の当番の那珂さんがいっぱい作って冷蔵庫に入れてあるから取ってこれば?」

天津風はそう言って冷蔵庫を指差す。

「あ、ああ・・・それじゃあそれ食うか」

俺は冷蔵庫からサンドイッチを取ろうとすると

「司令官!私が取ってきますね!」

吹雪が駆け足で冷蔵庫からラップにつつまれたサンドイッチの入った皿を取って来てくれた

「ありがとう吹雪」

「ううん!お易いご用ですっ!」

「それじゃあ初雪、食うか?」

俺は皿のラップを外して尋ねると

「う・・うん・・・はむっ・・・」

初雪は少し遠慮がちにサンドイッチを食べ始め

「・・・おいしい・・・」

小さな声でそう言った。

「おっ、そうか!それじゃあ俺も」

俺もサンドイッチに手を伸ばして口へと運ぶ

冷蔵庫で冷やされてひんやりとはしていたが挟まれていたレタスはシャキシャキとしていてハムと相まってなかなか食べ応えのあるサンドイッチだ。

「美味いなこれ・・・」

俺がそう呟いていると

「あの・・・初雪先輩は女の方・・・なのでしょうか?」

「先輩はその・・・どれくらい実戦にでてたの!?」

春風と天津風が初雪に尋ねていた。

なんだか転校初日の転校生を見ている様だ。

「それは・・・その・・・・」

なんだか初雪も答え辛そうだったので

「初雪、こいつらも皆お前と同じ男だから気にしなくて良いぞ」

と初雪に言ってやった

「そ・・・・そうなの・・・・?」

「お前と同じって事は先輩も男の人なの!?よかった・・・・少し気を使わなくて済みそう!」

「貴方も殿方だったのですね・・・尚更男の艦娘としてどう生きて行くのか聞きたくなってまいりました」

天津風と春風は目を輝かせて初雪を見つめていた。

そして食事が終わる頃には

「私・・・これでも一応実践に何度も出てた・・・」

「そうなのですか!?それならば是非射撃訓練や魚雷発射のご教授を賜りたいです!」

「わ・・・私も!もっと強くならないと行けないし・・・!先輩!午後の私達の訓練・・・見てくれませんか!?」

天津風達はもう初雪と打ち解けた様だ。

でもこんなに頼まれて初雪は大丈夫だろうか?

俺は心配して初雪達を見ていると

「う・・・うん・・・わかった・・・・!初雪なんかでよかったら・・・」

初雪は少し鼻息を荒くしてそう答えていた。

その表情はなんだか嬉しそうだ。

後輩が出来たのが嬉しかったのかな?

まあなんにせよなんとかなりそうで良かった良かった・・・

それからしばらくして

「それでは司令官!これから午後の演習に戻りますね!それじゃあ初雪お姉ちゃん!色々私達に教えてね!!」

「お・・・お姉ちゃんは恥ずかしいから吹雪ちゃんも先輩ってよんでくれたら・・・嬉しい」

「そ・・・そうなの?それじゃあ初雪先輩!私達に色々教えてね!!」

吹雪は初雪に笑顔でそう言った

「吹雪に先輩って言われた・・・責任重大・・・がんばる・・・!で・・・でも少し司令官と話したいかああとで・・・行くね・・・」

「分かった!それじゃあ私達先に行ってるね!」

「それじゃあ先輩、早速先輩らしい所、見せてよね」

「お待ちしてますね先輩」

そう言って吹雪達三人は食堂を後にした

そして食堂に残った初雪は

「あの・・・・」

と話しかけてくる

「なんだ初雪・・・それにしてもあんな事請け負っちゃって大丈夫なのか?」

「うん・・・大丈夫・・・引きこもってるときもずっとFPSとかやってたから腕は鈍ってない・・・はず・・・いや・・・鈍ってても演習を見てあげる事位・・・できる・・・はず・・・」

初雪は胸を張って言った

FPSと実践って同一視していい物なのか・・・?

でも初雪は自信ありげだしここは信じてやるか。

「そうか・・・お前がそう言うなら俺としても尊重してやらなきゃな!でも無理はしちゃダメだぞ?」

「うん・・・わかってる・・・無理は私が一番嫌いな言葉・・・それじゃあ司令官・・・私・・・演習に行ってきます・・・!」

初雪はそう言って敬礼をした後食堂から出て行った。

ふう・・・なんとか初雪は他の3人に受け入れられたみたいだしそれに出撃は無理でも演習のコーチくらいなら出来るって言ってたし実戦経験の乏しい3人だけに演習を任せるより初雪に見てもらった方が良いかもしれない。

よかった。これで雲人さんにもしっかりやってるって言えそうだ。

俺は演習へ向かった初雪の背中を見て胸を撫で下ろした。

 



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2度目の初めまして

 初雪を見送ってやる事もなくなった俺は自室に戻りベッドで寝転がり一服していた。

そんな時ふと大淀の事を思い出す。

あいつ・・・まだ怒ってるかなぁ・・・

今朝のあの感じを思い出すとまだ怒っているに違いない。

せめてもう一回だけでも謝りに言った方が良いんじゃないかと思った俺は大淀を探す事にした。

そして大淀を探して彷徨っていると金剛とばったり出くわしてしまう

「ヘーイケン!!昨日はどうしたデース?」

「あ・・・その・・・いろいろあってさ・・・」

「色々デース?・・・・でも深くは聞きまセーン!」

「そ・・・そうか・・・よかった・・・」

俺はまた胸を撫で降ろす

「でも良かったネ・・・また何かあって居なくなっちゃったかと思っちゃったデース・・・これでも心配してたデース」

「心配かけてごめん・・・」

「やっぱりワタシ・・・ケンのそういう素直な所大好きネー!!」

そう言うと金剛は俺に飛び付いてきた

「うわぁ!!やめろ金剛!!」

「もうぜったい離さないネー!!あれからずっと自重してたけどワタシを心配させた罰デース!!!」

金剛はがっちりと俺に抱きついて離れないし胸が当ってるし・・・それになんでこんないい匂いするんだよこの人!俺と同じ男だとは思えない・・・

「こ・・・金剛・・・悪かったって・・・でも大淀に見られたらヤバいから・・・」

「そうでした・・・ケンは大淀のことが好きなんですよネ・・・」

金剛はそう呟いて俺を解放した

「えっ!?な・・・何でそう思うんだよ!?べべべつに俺と大淀はそんなのじゃ・・・」

俺は必死に誤摩化してみせるが

「やっぱりケンは噓がヘタデース。ケンと大淀の事見てたら2人が恋仲だなんてすぐに分かりマース・・・!」

「こ・・・金剛・・・」

「でも・・・ワタシはケンの事が好きデース・・・likeでもloveの意味でもどっちもネ・・・だからケンには幸せになって欲しいんデース!好きな人が幸せになってくれればワタシも嬉しいネ!だから・・・大淀のこと大事にしてあげてくだサーイ!きっとケンと大淀はお似合いデスから!」

金剛は笑顔で言った

「あ、ああ・・・ありがとう金剛・・・」

「でも・・・・もしケンが大淀に振られたらいつでもワタシが受け入れてあげるからネー!待ってマース!!」

「おいお前なぁ・・・」

「というのはジョークネ!!でもいつ何時そう言う事があってもワタシはずっとケンの事好きでいるからネ・・・それまでこの体型を維持して待ってマース!」

金剛は胸を強調して言ってきた

「い・・・維持って・・・?」

「ワタシ男でショー?だから気を抜いたらすぐに腕とかも太くなっちゃいマース。それに最近少し食べ過ぎただけですぐにお腹が出てきちゃって・・・ってこれ皆には内緒だヨー?だからワタシ・・・結構身体の維持には気を使ってるんデース!自分で言うのもアレだけどワタシ結構女の子に見えるでショー?」

「あ、ああ・・・」

「こう見えてもワタシ結構努力してるんデース!あんまり自慢できる事じゃないんだけどネー」

金剛は恥ずかしそうに言った。

やっぱり金剛も男の身体でその体型を維持するのに相当苦労してたんだな・・・

「そうだったのか・・・」

「そうデース!でもあんまりワタシがケンの事誘惑すると大淀が可哀想ネ!だから早く大淀のところに行ってあげてくだサーイ!!」

「で・・・でも大淀はどこに居るんだ?」

「大淀なら大浴場の方へ行きましたヨー?」

風呂か・・・大淀こんな時間に風呂入ってるんだな・・・

「わかったありがとう金剛!」

「いいってことネー!」

俺は金剛に礼を言い大浴場の方へ向かうと少し髪の湿った大淀が大浴場の方から歩いてきた

「大淀!探したぞ!!」

「な・・・なんでしょう提督・・・実は私も探してて・・・」

「うん。金剛に聞いた。で、用事ってなんだよ」

俺がそう尋ねると

「ごめんなさい!」

大淀は突然頭を下げた

「な・・・なんでお前が謝るんだよ」

「だ・・・だって私・・・用事があったからとは言え謙に朝のお仕事丸投げしちゃったし・・・」

そんな大淀の口から発された意外な言葉に俺は呆気にとられる

「え・・・?俺もお前が怒ってると思って謝ろうと思ってたんだけど・・・」

「う・・・うん・・そりゃ勝手に居なくなっっちゃうんだもん。少しは怒るよ・・・だから少し意地悪しちゃおうかなって思ったんだけど私も良い息抜きをさせてもらった訳だし・・・少しやりすぎちゃったかなって」

大淀は申し訳無さそうに言った

「そんな事無いって!俺が急に帰れなくなったのが悪いんだから。でもそっちも那珂ちゃんとの水族館楽しめてたみたいで安心したよ」

「そ・・・そう・・・?ならよかった。明日からはちゃんとお手伝いするから」

「ああ!今日一人で書類片付けてたらお前が居ないと大変だって分かったよ。いつもありがとうな」

「う・・・うん・・・謙がそう言ってくれるなら・・・私もやってる甲斐があるよ・・・」

「で、用事ってなんだったんだ?」

「今日の夕飯の当番那珂ちゃんだったでしょ?でも私も料理・・・すこしくらい出来た方が良いかなって勉強がてらに那珂ちゃんのお手伝いしてたの」

「そうだったのか。お前高校の時一人暮らしだったのに自炊全然してなかったもんな・・・でもあのサンドイッチ美味かったぞ」

「そう・・・なんだ・・・もっとお料理覚えて謙に振る舞える様に頑張るからもう少し待っててね」

「ああ。とびきり美味しいのを待ってるよ」

「謙のご飯よりおいしいのは作れないかもしれないけど・・・頑張るね!それじゃあそろそろ夕飯の準備のお手伝いに行かなきゃいけないから私行くね」

「ああ。それじゃあ夕飯待ってるからな〜」

「うん!」

俺は大淀を見送った。

そうだ!あの書類に書いてあった海水浴場警備の話を長峰さんに聞きに言った方が良いかもしれないな・・・それに春風と釣りをする約束もそのままだし竿とか貸してもらえないかついでに聞きにいこう。

俺は長峰さんの家に向かおうと部屋で私服に着替えて外に出る準備をして鎮守府から出ようとすると

「またお出かけ?今夜も帰ってこないのかしら?」

と突然天津風に声をかけられた

「い・・・いや・・・すぐ帰ってくる用事だけど」

「ほんとかしらね?前科2犯の貴方の言う事を信じろって言う方が無理じゃない?」

「確かにそうだけど・・・」

「私も付いていくわ!また貴方がどこほっつき歩いてるのか分からなくなったら大変だから監視よ監視!!」

天津風はそう言って俺に付いてくる

「天津風・・・お前演習は良いのかよ」

「演習?もうとっくに終わったわよ!」

「そうなのか・・・そうだ!初雪・・・初雪はどうだった?」

「あの先輩凄いわ!ブランクがあるって言ってたのに私なんかよりずっと命中率も魚雷の扱いも上手いんだもの!教え方は少しヘタだけど・・・技術は本物だったわ!私もあれくらい強くならなくちゃ・・・」

よかったそれなら今後も初雪には演習の監督を主な仕事として与えよう。

ちゃんと初雪の居場所が出来て俺は安心した。

「で、初雪は?」

「ああ。春風が男同士裸のおつきあいをしませんか?って言って2人で今頃お風呂よ。春風も好きよねお風呂・・・男だって分かってても目のやり場に困ってるってのに・・・」

天津風は愚痴っぽく言った

「2人って事は・・・」

「ええ。吹雪はやっぱり他の人に裸を見られるのが嫌みたい・・・一人でシャワーを浴びるって言ってたわやっぱりあなたが言ってた通り身体のアザを気にしてるのね・・・」

「そう・・・か・・・」

全然表には出さないがやっぱり吹雪は昔のトラウマをまだ引きずっていると言う事をひしひしと感じた。

俺が少しでもそんな吹雪の支えになってやらなきゃ・・・

「で、どこ行くのよ?」

天津風が話題転換とばかりに尋ねてくる

「え?ああ。長t・・・長峰さんの所だけど」

俺がそう言うと天津風は硬直してしまった

「な・・・長峰さんって・・・あの・・・」

「ああ。あの長峰さんだけど。お前天津風になってから1回も会ってなかったよな?」

「え、ええ・・・それに私がここに着任してる事も知らないはずよ・・・」

「会うの気まずいか?それなら別に無理してついてこなくても良いんだぞ?大丈夫だって絶対帰ってくるからさ」

「でもついてく・・・!」

「大丈夫なのか?」

「ええ。一応お世話になった人だし・・・顔位出した方がいいかなって・・・でも・・」

「でも?」

「私の事天だってバラしたら許さないからね!?あくまでもあなたの付き添いとしてきた天津風として紹介する事!!」

「あ、ああ分かったよ」

そして俺と天津風は長峰さんの家のある方へと歩き出した。

この道を歩いていると初めて天津風・・・いやソラと会った時の事を思い出す。

そんな事を思っていると

「なんだかこの道もとっても久しぶりに感じるわ・・・まだこの身体になってひと月くらいしか経ってないのにね・・・とっても懐かしい感じがする・・・」

天津風がぽつりとつぶやいた

「そうか?俺はいまでもアイス食ってた時にお前が急に話しかけて来たときの事忘れてないぞ?ほんとに最初は可愛げの無いクソガk・・・・いってぇ!!!」

「誰がクソガキですって?」

天津風は俺のつま先を思いっきり踏みつけつつ俺を睨みつけてきた

「い・・・いや・・・クソ・・・・クッソかわいい子だな・・・・って思った・・・うん・・・」

いやまてこれ・・・フォローになるどころか完全に変質者じゃねーか・・・

「はぁ?そんな目で私の事見てたの!?やっぱりあなたショタコンだったのね?」

「ち・・・ちがう!!これは言葉のアヤで・・・」

「やーたすけてーおまわりさーんこのひとへんたいでーす」

天津風は抑揚の無い声でそう言った。

「おいそれはマジでやめろ!!捕まるって!!ごめん・・・悪かった!!言い過ぎた!!だからそれだけはやめてぇぇぇぇぇ!!本当は良い子だと思ってたから!」

「はぁ・・・良いわよ噓付かなくても・・・実際吹雪なんかとは比べ物にならない可愛げの無いクソガキですよーだ」

天津風はそう言っていじけてみせる

「分かってるならなんで怒ったんだよ・・・でもなんだかんだあんな職場だったし普通に同性で気兼ねなく話せる人間が近くに居なかったからさ・・・結構ソラと話すの楽しかったんだぜ?これは本当」

「な・・・!なによ!そんな事言ったって何も出ないんだから!!もう・・・本当にもっと早くにあなたと会えてたら良かったって思うわ・・・でもこうなっちゃったものは仕方ないし艦娘として頑張るから・・・これからもよろしくね・・・お兄さん・・・」

「え!?あ、ああ。もちろんだとも!」

 

そうこうしている間に長峰さんの家の前にたどり着いた俺達はひとまずインターホンを押してしばらくするとガラガラと引き戸が開き

「謙君じゃないか。どうしたんだこんな夕暮れ時に」

長峰さんがそう言って出てきた

「あの・・・少し用事があったんで今日整理した書類に書いてあった海水浴場警備の話もついでに聞こうかなって思いまして」

俺はそう説明したがなにやら長峰さんの目は俺の方を向いていない。

「そ・・・そうか・・・おや?その子・・・」

長峰さんは天津風を見てそう言った

そうか。長峰さんもソラが××鎮守府に着任した事知らないんだよな?

でも黙っててくれって言われたし・・・どうしたもんかなぁ

「あ、ああ・・・こいつは少し前に新しく着任した天津風です。今日は付き添いで来てもらったんです」

俺は言われた通り天津風として彼の事を長峰さんに紹介した。

「あ・・・天津風ちゃん・・・・か。初めまして私はここで漁師をしている長峰・・・と言う者だ。よろしく」

長峰さんは何やらたどたどしくそう挨拶した

「は・・はい・・・私、天津風・・です・・・はじめまして・・・」

天津風も少し気まずそうにそう言って頭を下げる

「・・・で、用事ってなんだ謙くん」

「あ、ああえーっと・・・新しく入ってきた駆逐艦の子と釣りをするって約束をしたんですけど釣り具屋がどこにあるか分からないんで釣り具とか持ってたら貸して頂きたいなって思いまして」

「ああ。それくらいならお易いご用だ!日程を教えてくれたら私も同行しよう・・・で、その・・・天津風ちゃん・・・済まないが謙くんと2人で話がしたいんだ。少し席を外してくれるかな・・・?」

長峰さんはそう言った

すると

「は・・はい!わかりました・・・それじゃあ提督・・・私はあの場所で待ってるから・・・早く来てよね・・・?」

そう言って天津風はそそくさと何処かへ行ってしまった。

しかし俺と2人で話したい事ってなんだろう・・・?

俺がそう思っていると

「な・・・なあ・・・・天津風ちゃんはちゃんと艦娘としてやっていけているか?」

長峰さんはそう尋ねてきた

「え・・・?はい!もちろん。最初は心配でしたけどなんとか他の艦娘とも仲良くやってますよ」

「そう・・・か・・・それは良かった・・・それと私が長門だと言う事は天津風ちゃんに秘密にしておいてくれないか?」

「え・・・なんでですか?」

「いや・・・その・・・なんと言うか・・・いや・・・謙くんには話しておいた方がいいか・・・いいか謙くん。驚かないで聞いてくれよ・・・」

長峰さんは深刻そうな顔で俺を見つめてくる。

一体何を・・・

「は・・・はい・・・」

「あの子・・・実はソラくんなんだ・・・」

はい・・・?

いや知ってたけど・・・・

逆に当たり前過ぎる事をすごくマジメな顔で言われてしまって俺は拍子抜けしていると

「・・・すまん・・・言葉が出ない程驚かせてしまったか?」

と長峰さんは聞いてくる

「い・・・いえ・・・知ってたんで・・・」

「な・・・何!?知ってたのか!?」

いやいやそんな驚かなくても・・・

「はい。最初はあいつも隠してましたけど色々あってそうだって打ち明けてくれました」

「はぁ・・・そうだったのか・・・緊張して損をしたぞ」

長峰さんは一つため息をついた。

「でもそれじゃあ別に長峰さんが長門だって打ち明けても良いんじゃないんですか?悩みを共有出来ると思いますし・・・」

「それは・・・それだけは駄目なんだ!」

突然長峰さんが声を荒げる

「な・・・なんでですか・・・!?」

「それはだな・・・私は艦娘として前線に出ていた時ソラくんのご両親を助けられなかったんだ・・・皆を守る為に男でありながら艦娘になったのに結局ソラくんの大切な人もあの人の大切な人も守れなかった・・・私はそんな自分が許せなかったんだ。だから私は罪滅ぼしのつもりで天涯孤独になったソラくんの保護者に名乗り出たんだ・・・でもきっと私がその時ご両親を助けられなかった艦娘だと知ればソラくんはきっと私を恨むだろう・・・そう思うと怖くて結局私は長門だと言う事を隠していたし・・・それに保護者らしい事をしてやれなかった。だからせめてやりたい事はやらせてあげようと思った私はソラくんが艦娘になりたいと言い出した事を断る事が出来ずに知人にお願いして彼に艦娘として生きて行く道を選ばせたんだ・・・まだ彼は中学生なんだぞ?きっとご両親が生きてさえ居れば学校へ行って勉強して友達と遊んで暮らせたはずなのに・・・私があそこで止めてさえ居れば良かったんだ・・・でも結局それを私は出来なかったんだ・・・」

長峰さんは目に涙を浮かべていた

「長峰さん・・・」

「しかし君がソラくんと仲良くなってくれていた事を知った私は彼を××鎮守府に着任させられるように手を回させてもらったのさ・・・君なら凍てついた彼の心を少しでも溶かしてくれると思ったから・・・」

全部長峰さんがやった事だったのか・・・

通りでソラが都合良く××鎮守府に来た訳だ

「そうだったんですか・・・」

「それに何かあっても私が助けにいけるからな。半ば押し付ける様な事をしてしまってすまないがこれがソラくんが艦娘として生きて行く上で最良の決断だと私が勝手に思ってやった事なんだ・・・!すまない。全て私のひとりよがりなんだ・・・!あの子が鎮守府に着任してから頃合いを見て君に話そうと思っていたんだがそれも怖くてできなくて・・・本当にすまない!許してくれ全部私が悪いんだ!私が彼を復讐の道へ進めてしまったんだ」

長峰さんはそう言うと深々と頭を下げてきた。

きっと長峰さんも色々考えた結果だったのだろう。

天津風はもっと他の選択肢を見出せたかもしれないって言ってたけどだからといって艦娘になる事を止めなかった長峰さんを責める事なんて俺には出来ない。

でもおかげでまたソラと会う事が出来た事だって事実だ。

それに理由はどうあれ俺も提督としてソラと・・・天津風と向き合っていく義務があるはずだ。

「わかりましたから頭を上げてください。長峰さんの選択が正しかったかどうかは俺にもわかりません。でもソラ・・・いえ天津風はあれでも必死に頑張ろうとしてるんです。だからまた彼に話したくなったら面と向かって話してやってください。あいつも今日長峰さんがどうしてるか気になってついてきたんですよ?だからきっと長峰さんの事は嫌いだとは思ってないはずです・・・だからそれまで俺と・・・それに高雄さんと愛宕さんだっています!それに吹雪だって・・・天津風より少し早めに着任してきた春風だってみんな天津風を見てますから・・・・それにあいつだってそんな皆に触れて少しずつだけど変わってきてます!最初は確かに深海棲艦に復讐をするって言ってましたけど今は復讐のためじゃなくやりたい事をさがす為に艦娘としてやっていくって言ってくれました。だから心配しないでください。あいつもあいつなりに変わろうとしてるんですよ」

「そう・・・か・・・結局一番私が素直になれていないのかもしれないな・・・もう少し時間はかかりそうだがいつかきっとすべてを彼に打ち明けよう。約束する。でも今はまだ・・・私にその勇気がないんだ。だから今日話した事はまだあの子には秘密にしておいてくれないか?」

「はい!俺も・・・いや俺だけじゃないきっと天津風だって長峰さんとちゃんと話せる様になるのを待ってると思いますから・・・時がきたらちゃんと話してあげてください」

「ああ。わかった・・・ありがとう謙くん・・・それまではあの子を頼む」

「ええもちろん!それじゃあ俺、そろそろ帰りますね」

「ああ。また釣り具の用意をしておくから日程と人数が決まり次第教えてくれ」

「はい!それじゃあお邪魔しました!」

俺はそう長峰さんに挨拶して彼の家を後にした。

さああいつを迎えにいかなきゃ・・・多分あそこだろうな。

俺はいつもあいつと話していた海沿いのベンチのある方へ向かうとそこには退屈そうな天津風がひとりでぽつんと座っていた。

「やっぱりここか」

俺は天津風にそう声をかけた

「はぁ・・・遅いわよ!もう待ちくたびれちゃった」

「ごめんごめん」

「で、私の事バラさなかったでしょうね?」

天津風は俺を睨みつけてくる

バラさないも何もあっちから言ってきたし・・・

でも秘密にしておく様にって言われてるし黙っておこう。

「えっ・・・!?あっ・・いや・・・大丈夫・・・」

俺は適当に答えをはぐらかした。

「怪しいわね・・・じゃああ何を話したのよ!?」

「ああえーっと・・・その・・・」

あれ・・・?なんか忘れてる様な・・・・

あっ!結局海水浴場警備のこと聞きそびれてる!

はぁ・・・何のためにここまで来たんだか・・・まあいいや。あとで愛宕さんに聞こう。

それにおかげでなんで天津風がこの鎮守府に来たのか分かったし俺も提督としてもっとちゃんとしなきゃな・・・

「なにニヤニヤして黙ってるのよ?何を話してたか教えなさい!」

「え・・・?ああ。別になんでも無いよ。ただ世間話をしてただけだって」

「む〜怪しいわね・・・でもまあ良いわ!あなたがちゃんと私がここにいる事分かってくれたし許してあげる」

「そりゃ忘れる訳ないだろ?さあ。早く帰ろうぜ。今日の晩飯は大淀が手伝ってるって言ってたからお手並み拝見ってとこかな〜」

俺はそう呟いて鎮守府へ向けて足を進めると

「あっ、ちょっと待ちなさいよ!!」

それを見た天津風はベンチから立ち上がって俺を追いかけてきた。

長峰さんの言う通り天津風はもっと幸せになれる生き方を選ぶ事も出来たのかもしれない。

でもこうやって天津風と一緒に居られる事も悪くないし天津風にも嫌だとは思って欲しくない。

だからソラ・・・お前が艦娘になった事を後悔させる様な事は絶対にしないから・・・

いつか他にやりたい事が見つかった時はそれが出来る様に俺も全力で手伝ってやるからな!

俺はそう決意を固め、後ろから追いかけてくる天津風を見つつ鎮守府のある方へと足を進めた




活動報告を更新したのでそちらも宜しければお読みください。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=178215&uid=190486


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長い一日の終わり

 長峰さんに海水浴場の警備の事を聞き忘れてしまったから愛宕さんに聞く事にした。

全く・・・理由はどうあれ前任の提督なら引き継ぎ作業と行事の予定くらいは教えておいてくれても良いだろうに・・・

俺はそんな不満を浮かべながら鎮守府に戻り天津風と一旦分かれて愛宕さんを探す。

「この時間どこに居るんだあの人」

長峰さんに出さなきゃ行けない書類もあるわけだしせめて夕飯までにこの用件については片付けておきたい。

愛宕さんを探してあてもなく鎮守府を彷徨い歩いていると工廠の隣に設かれていた酷く錆びた灰皿の前で愛宕さんが一人煙草を吸っているのを見つけた。

愛宕さんって煙草吸うのか・・・

その姿はいつものような愛宕さんでもオッサン臭い素(?)の愛宕さんの様でもなく遠くをぼんやりと見つめて物思いに耽っている様に見えた。

そんな彼・・・?彼女・・・?ああもうどっちでも良いや!愛宕さんを沈みかけの夕日が照らしていてなんだかなんというかほがらかな感じでもだらしない感じでもないどこか哀愁が漂ってる様な雰囲気を醸し出していて話しかけ辛い。

そんな愛宕さんを影からそっと観察していると煙草を吸い終えたのか灰皿に煙草を捨てたので今しかないと思い声をかけてみる事にした。

「あの・・・愛宕さん?」

「あぁ・・・?あら提督。タバコ吸ってるところ見られちゃったわね・・・」

声をかけると一瞬低い声で睨まれたが俺だと気付くといつも通りの朗らかなお姉さんの様な口調で答えてくれた。

「見られちゃマズいんですか?」

「そう言う訳じゃないんだけど高雄に止められてるの。だ・か・ら・高雄には黙っといてね♡代わりにおっぱいもませてあげても良いわよ?」

愛宕さんはいつもの様におどけながら胸を強調して見せびらかしてくる。

やっぱりいつも通りの愛宕さんだ。

「要りませんって!」

「あら・・・そう。つれないわね」

「つれないも何も男の胸なんて触っても嬉しくないです!」

「またまたぁ〜強がり言っちゃってぇ〜私自身こんな綺麗で大きくて柔らかいおっぱいが自分に付いてる事に興奮してるのにぃ〜」

はぁ・・・やっぱり口調はどうであれ根幹がスケベ親父なのは変わらないらしい。

そうだ!また忘れる所だった俺はひとまず今日届いた書類の事を聞いてみると

「あらごめんさい。提督にはまだ言ってなかったわね。私ったらうっかりしちゃってたわ。てへっ」

愛宕さんはあざとく誤摩化してきた。

「はぁ・・・そう言うのは良いですから・・・急に知ってる前提で書類が来たから訳分からなくて困ってたんですよ」

「あらあらごめんなさいね。そういう書類は高雄が・・・って今日は提督が一人で書類の整理やってたんだったわね。あの子・・・間の悪さは相変わらずね」

愛宕さんは多分長峰さんに向けてそんな皮肉をこぼした。

「で、なんで艦娘達が海水浴場の警備なんてしなきゃいけないんです?」

「それはね、まず鎮守府の形が5年前に大きく変わったんだけれど提督はなんで大きな鎮守府でなく点々と各所に新しく小さな鎮守府を大量に配置したか分かる?」

「えーっと・・・・大きな建物を構える程深海棲艦が出てこなくなったから・・・ですかね?」

「それもあるけどもっと大きな理由があってね、深海棲艦が現れてから海に面した街の地価が急激に下がったり観光資源としていた物が取れなくなったりって壊滅的な打撃を受けたのよ。だからあの大きな戦いの後に艦娘達の平和利用って名目で残った人材を分散させて海沿いの街を復興させようってプロジェクトが立ち上がったの。ここもその一つ。だから今の私達の仕事は深海棲艦から人々を守るだけじゃなくてこの××町の復興の協力もお仕事のうちってこと。だから長門と陸奥は鎮守府からは退役したけどここで漁師をやり始めて町民の立場からこの町を復興させようって思ってる訳。それに警備に私達みたいな美女が居たらお客さんだって増えるでしょ?ふふっ♡」

愛宕さんはあざとく笑ってみせた。

自分で美女とか言うなよ・・・確かに黙ってればスタイルも良いしめちゃくちゃ美人だとは思うけどさ

でも大前提としてこの鎮守府の艦娘は皆男な訳で・・・

ってかそう言う大事な事はもっと早く教えてくれよ!初めて聞いたわそんな事

「えーっと・・・初めて聞いたんですけど・・・」

「えっ!そうだったの・・・!?てっきり高雄か長門に聞いてると思ってたわ」

「聞いてません!」

「ごめんなさいね。ちゃんと引き継ぎが出来てたら良かったんだけど前の提督が行方不明になっちゃったからそうもいかなくってぇ〜」

行方不明も何も前の提督はアンタなんだろ!?

と言ってやりたかったがやはり何か訳ありみたいだし言ったらまた男の愛宕さんに思いっきり反論されそうだったからやめた。

「あっ、いえ・・・この段階で聞けただけまだなんとかなりそうですし・・・」

「それにしても今年は沢山新しい子が入ってきてくれたからゆっくり出来そうだわ。去年なんか私と高雄とイクちゃんと阿賀野しかいなかったしもうずっと警備警備で嫌になっちゃったわよ・・・碌にナンパもできやしねぇ・・・」

愛宕さんは最後にぼそっとそうボヤく

「本音洩れてんじゃないですか!それに高雄さんが居るんですから忙しかろうが暇だろうがナンパはダメですよ!!」

「冗談よ冗談♡でももうそんな時期なのねぇ・・・提督がここに着任したのがついこの間の事みたいで・・・私も老けたわね・・・でも提督、あの時と比べたら少しは大人びたんじゃない?気のせいかしら?」

いつも子供扱いされてからかわれていると思っていた愛宕さんから意外な言葉が飛び出した。

確かにまだここにきて半年も経ってないけど色々な事があって毎日大変だったし・・・

自分ではあまり実感として湧かなかったが少しは提督としてやっていけてる事を認めてくれたって事なんだろうか?

「・・・・それは褒め言葉として受け取っても良い奴なんでしょうか?」

「褒めてるわよ!お姉さんのお褒めの言葉は素直に受け取っておきなさい♡何回か怒鳴っちゃったけど実は結構ちゃんと出来てる方だと思ってるのよ?なんだかんだで私達の事気味悪がらずに受け入れてくれてるし・・・それってなかなかできない事よ?」

「え・・・そうですか?自分ではそんな事全然考えてませんでした」

「私は結局提督である事を捨てる方法しかあの時は思いつかなくて結局他人に偉そうな事言えないんだけどね・・・」

愛宕さんはどこか寂しそうに笑った。

「それじゃあ愛宕さんは何で提督を辞めて艦娘になろうと思ったんですか・・・」

「えーっと・・・・それはね・・・」

「それは・・・・?」

俺は覚悟を決めて息を飲むと愛宕さんは何かに気付いたのか遠くの方を見て何かの匂いを嗅ぎ始めた。

「くんくん・・・・今日の晩ご飯はカレーかしら!そろそろお腹も空いたし工廠にいる高雄も呼んで晩ご飯にしましょうか。高雄ったら私が呼びに行かないとずっと艤装とかバイクとか弄ってるんだから・・・それじゃあ私は先に高雄を呼びに行ってるから提督は先に食堂行っててくれて良いわよ〜それじゃあ提督、また後で」

そう言うと愛宕さんは立ち上がって工廠に入っていった。

くそぉ!上手く躱されたか・・・

なんか凄くモヤモヤするぞ

でもあんまり軽率に艦娘になった理由なんて聞く物じゃないのかもしれないな・・・

まあいいや。

珍しく愛宕さんに褒められたし一応目的も達したし

俺は足取り軽く食堂へ向かう。

 

食堂に着くとカレーのいい匂いが漂っていて人も集まり始めていた。

奥のテーブルでは初雪を吹雪達が囲んでいて何やら楽しそうに話している。

この様子なら初雪は大丈夫だろう・・・

そんな4人を微笑ましく眺めていると

「はぁ〜お腹減った・・・」

阿賀野がそう呟きながら食堂に入ってきた。

「あっ、提督さん。今日は早いんだね・・・ってあの子誰?」

阿賀野は初雪を指差して尋ねてくる

「なんだ、お前も知らなかったのか」

「も・・・?どういう事?」

どうやら俺より先に居た阿賀野ですらその存在を知らなかったようだ。

俺は簡単に阿賀野に初雪の事を教えた。

「ああ〜あのお部屋に居る子かぁ・・・高雄がたまにあの部屋の前で誰かと喋ってるのを見た事あったけどそれがあの子だったんだ・・・ってそれじゃああの子阿賀野より先輩って事!?挨拶してこよ〜っと」

そう言うと阿賀野は話している4人の方へ向かって行き初雪に挨拶を始める

「初めまして〜・・・かな?私阿賀野!去年ぐらいからここで艦娘やってま〜す☆よろしくね!」

「どどどどどうも・・・初雪です・・・こちらこそよろしく・・・」

阿賀野のテンションに付いていけなかったのか初雪はびくびくとしながらそう返事をした。

そうこうしているうちに高雄さんと愛宕さん。それに金剛もやってきて食堂に艦娘が全員集まった。

「全員揃ったみたいだねーそれじゃあ那珂ちゃんのスペシャルカレー用意するねっ!ほーら・・・大淀ちゃんも!」

那珂ちゃんがそう言ってカレーをよそい始めるとひょっこり大淀がカレーを二皿もって厨房から出てきてこっちへ歩いてくる。

「あっ・・・あの・・・提督!」

「なんだ大淀・・・」

「あの・・・・その・・・・今日、カレーの具材・・・私が切ったの!それで・・・感想が聞きたいから・・・一緒に食べてくれる?」

大淀はもじもじとそう言ってテーブルにカレーを置いた。

その指には絆創膏が何枚も張られていて野菜を切るのに苦戦していた事を伺わせる。

それにいつもは吹雪と良く一緒に食べているが今日は初雪たちと食べてるし・・・

阿賀野もたまに誘ってくれる・・・というより急に有無を言わさず俺の隣に座ってきたりするけど今日は金剛と食べてるみたいだ。

なんだか珍しい組み合わせだなぁ

このテーブルには俺と大淀しか居ないし別に断る事も無い。

「ああ、いいぜ」

「そう・・・それじゃあ・・・召し上がれ。ちょっと形は悪いけど謙に美味しく食べてもらおうと思って頑張ったの・・・」

「じゃあ頂きます。それにしてもお前が料理したがるなんてなー」

とりあえず俺はカレーを一口運んだ。

野菜はごろごろしていて少し大きいような気もするが別に食べられない事は無い。

ただジャガイモは少し芽が残っていたのか食べると口が少しひりひりと痺れたがこの位別に大した事じゃないし淀屋が・・・・大淀が俺の為に頑張ってくれたんだしこれくらいの事は黙っていよう。

それにこのカレー美味いな・・・那珂ちゃん一体隠し味に何使ってるんだろう?

「どう・・・?」

大淀がこちらに感想を求めてくる。

「あ、ああ。美味いよ!野菜も食べ応えがあってさ」

「そう!良かった・・・!那珂ちゃんに教えてもらった甲斐があったわ!」

大淀は嬉しそうに言った。

「まさかアレだけ毎日カップ麺かコンビニ弁当で済ませてたお前が料理する気になるなんてな」

高校時代の淀屋はいつもそんな感じのものしか食べなかったし自炊はしないのかと尋ねれば別にそんな事してるだけ時間の無駄だと答える様なヤツだったのにやっぱり艦娘になって変わったなぁ・・・

「私一人だったらこんな事思わなかったと思う。でもね。謙に喜んでもらえたら嬉しいなって思って・・・それで那珂ちゃんに色々教えてもらっててね・・・今まで全くしてこなかった事ばっかりだから上手くいかないけど・・・それでも少しずつ上手くなってる気がするの!」

大淀は嬉しそうにそう言った。

この間のデート・・・?の甲斐あってか那珂ちゃんとも上手くやってるみたいだ。

「最近那珂ちゃんと仲良くやってるみたいで安心した。それまで他の艦娘と話してる所とかあんまり見かけなかったから結構心配してたんだぞ?」

「そ・・・それは・・・その・・・皆謙に色目使うし・・・別に私は謙だけ居れば良かったし・・・」

「はぁ?俺に色目?そんな色目なんか使われてな・・・・」

そう言いかけた所で昨日の晩阿賀野にされた事を思い出してしまう。

でも阿賀野の本心が俺には分からない。

ただただいつも俺をからかってる様にしか見えないんだけど・・・・

でも実際昨日の事は不可抗力とはいえ大淀に知られたくないし罪悪感に駆られてしまう。

ああもう!!どうしたら良いんだ俺は!!

「どうかしたの謙?もしかしてカレーやっぱりマズかった・・・?」

そんな大淀の声で我に返ると大淀は俺を心配そうに見つめていた。

まずい・・・あらぬ心配を大淀にかけさせてしまってるみたいだ。

「いっ、いや!なんでも無い!!ああすげぇ美味い!!大淀が俺の事想って作ってくれたんだから当たり前だけどすっげえ美味いわこのカレー!!」

俺は何とかしなければと残っていたカレーを勢い良く口の中に搔き込んだ。

「そ・・・そう・・・?謙がそう言ってくれるなら私も嬉しいけどそんな一気に食べたら喉に詰まっちゃうよ・・・?」

そんな大淀の心配をよそに俺はカレーを完食した。

「はぁ・・・美味かった。こんどは那珂ちゃんの手伝いじゃなくてお前が一から作った料理も食べてみたいな」

「うんっ!今日はお手伝いだけだたけどいつか絶対謙においしいご飯作れる様に頑張るからもう少しだけ待っててね」

「ああ。待ってる」

 

それから大淀と他愛のない会話をしつつ夕飯を済ませ部屋に戻ろうとすると宿舎の玄関には大量にAmaz●nのダンボールが山積みにされていて高雄さんがそれを困った顔で見つめていた。

「あの・・・これ一体なんなんです?」

「あら提督。これですか?全部初雪ちゃん宛ての荷物なの・・・たまに大量に送られてきて困ってるんです。いつもは私が部屋の前まで運んでるんだけど・・・はぁ・・・あの子一体なにやってるのよいつもいつもこんなに買物して・・・」

高雄さんは呆れた様に呟いたがどこかそれ以外の感情もこもっている様に見えた。

「なんだか初雪の母親みたいな事言うんですね」

俺がそう言うと高雄さんは少しハッとなったような顔をした。

「そうね・・・確かにそうかもしれないわ。私が勝手にそう思ってるだけかもしれないですけど・・・」

高雄さんは嬉しそうな・・・でもどこか寂しそうな表情を浮かべる。

「高雄さん・・・?気に障っちゃいましたか・・・」

「いえ!そんな事は無いですよ!!ただ言われてみれば私、初雪ちゃんの事いつの間にか自分の子供みたいに見てたのかなって思っただけで・・・でも結局過干渉できないでたまに話をして荷物を届けて髪を切ってあげる事くらいしか出来なかった訳ですし・・・もしそうならダメな母親ですよね・・・」

「そんな事無いですよ!きっと初雪も言わないだけで高雄さんに感謝してると思いますよ・・・?俺が簡単に言える事じゃないかもしれませんけど」

「そうだと良いんですけどね・・・さーて湿っぽい話してないでこれ、初雪ちゃんの部屋まで持っていくので提督も手伝ってください!今日はいつもより量も多いので!」

高雄さんは有無を言わさず俺に積まれたダンボールの一部を手渡してきた

「うわっと・・・!」

ダンボールの大きさはまちまちで大きな物もあったが重みはない。

一体何が入ってるんだろ・・・?

まあいいや。

とりあえず乗りかかった船だし初雪の部屋まで運ぼう

「これ、初雪の部屋の前まで運べば良いんですよね?」

「はい。残りも何回かに分けて運びましょう」

高雄さんも積まれたダンボールを何個か持ち上げた。

そして2人で初雪の部屋の前にダンボールを置いては玄関に戻りまた荷物を初雪の部屋の前に置いて行った。

そんな事をしていると何も知らないであろう初雪がとぼとぼとやってきた。

「んぁ・・・・?これ全部私宛の・・・・?」

初雪も部屋の前に積まれたダンボールに圧倒されているようだった

「全部私の・・・・?じゃ無いでしょ!?こんなにいっぱい何買ったの!?別に中身まで確認させろとは言わないけどあんまり無駄遣いしちゃダメでしょ!?やっと部屋から出てきてくれたと思ったそばから何やってるのよ全く・・・」

高雄さんが初雪に詰め寄る。

「いいじゃんべつに・・・それにこれ・・・私が買ったんじゃなくて勝手に送られてくるんだもん・・・・」

「勝手に!?どこから!?」

「あの・・・えーっと・・・・ああもう・・・!高雄さんには関係ない・・・でしょ?」

「関係無い事無いわよ!ここまで誰が運んであげたと思ってるの!?・」

「それは・・・・高雄さんだけど・・・・」

そんな高雄さんと初雪の言い合いを見ていると本当に初雪と高雄さんが母と娘のような関係に見えてきてしまった。

いや。性別的には父と息子なんだけど・・・

「今日は量が多かったから提督にも手伝ってもらったのよ?」

「・・・え・・・あ・・・・そう・・・なんだ・・・・ありがと・・・」

初雪は恥ずかしそうにこちらにぺこりと頭を下げてきた。

「いやいや。どーってことないって。それより今日はどうだった?久々の仕事・・・?というか演習だったと思うけど。天津風も初雪の事褒めてたぞ?」

「・・・うん・・・・良かった・・・あれくらいなら今の私でもできる・・・!」

初雪は得意げに鼻息をふんと吹いた。

「そりゃ良かった。その調子で明日からも頼むな!」

「・・・・やだ・・・・」

「へっ!?」

「・・・まずは週一からって言ったでしょ・・・?それに・・・この荷物片付けなきゃ行けないし・・・・明日はお休みする・・・・来週から本気出す・・・・・おやすみ・・・」

初雪はそう言うとそそくさとダンボールを部屋の中に押し込んでそのまま部屋に入って鍵をかけてしまった。

「ちょっと初雪ちゃん!?返事しなさい!!」

高雄さんがドアを叩くが向こうから返事は無い。

「はぁ・・・・ごめんなさいね提督折角手伝ってもらったのに・・・」

高雄さんが俺に頭を下げてくる。

「そうだわ。お礼と言ってはなんですが何か飲み物奢らせてください。」

「えっ、いいんですか?それじゃあお言葉に甘えて」

俺と高雄さんは俺を宿舎玄関口にある自販機へと向かい、高雄さんはサイフから小銭を出して自販機に入れた。

「何お飲みになりますか?」

「あっ、それじゃあミルクティーで」

「はい。どうぞ。今日は書類の整理に荷物運びまで手伝ってもらって本当にお疲れさまでした提督・・・それなのに初雪ちゃんがあんな態度で・・・本当に申し訳ないです」

高雄さんは自販機から出てきたミルクティーの缶を俺に手渡してくる。

「いえいえ。それでも初雪にしたら出てくるだけでも大きな一歩だったと思うんです。それにさっきの高雄さん、本当に初雪のお母さんみたいでした」

「そう・・・かしら・・・・」

「ええ。もう本当に親子みたいでしたよ」

「親子・・・かぁ・・・そうかも知れないですね。私・・・その・・・男ですから子供は授かれませんけど提と・・・いえ。愛宕と一緒に暮らしてやっぱりそういう気持ちがあったのかも・・・だから初雪ちゃんをいままでずっとお世話してきたんだと思います。おかしいですよね?血も繋がってないし男なのに勝手にお母さんぶるなんて・・・」

高雄さんは自嘲するが俺はそうは思わなかった。

実際初雪が引きこもった原因も仕方が無い事だと思うしきっと無理に出そうとする訳にもいかないと高雄さんもずっと悩んでいたんだろう。

でもそうやって初雪の事を気にかけてあげていたのならば血がつながって様が性別がどうだとかでなく親子に見えるし親子と言えるかもしれない。

「おかしくなんかないですよ!確かに血は繋がってないかもしれませんけどそれだけ初雪の事考えてあげてたんならそれはもう家族って言っても良いんじゃないでしょうか」

「そう・・・ね・・・あの人もそんな事言いそうだわ・・・・でも恥ずかしいから初雪ちゃんにはナイショにしててくださいね」

高雄さんは笑った。

「はい!」

俺のその言葉を聞いて安心した様な表情を浮かべたさんが

「あの、忘れる所だったんですけどこれ・・・天津風ちゃんに渡しておいてくれませんか?初雪ちゃんの荷物に紛れ込んでたみたいで」

そう言って小包を俺に手渡してきた。

凄く軽くて薄目の箱だ。

「は、はい。わかりました。ミルクティーごちそうさまでした。それじゃあこれさっさと天津風に渡してきます!おやすみなさい高雄さん」

「ええ。おやすみなさい提督」

高雄さんに別れを告げて天津風の部屋がある新宿舎へ向かった

 

「おーい天津風ー」

部屋のドアをノックしつつ天津風を呼ぶとドアがゆっくり開くと不機嫌そうに天津風がドアから顔を出してこちらを睨みつけてきた。

「何よ?今から寝る所だったんだけど?」

「あ、ああ。なんかお前宛に荷物が来ててな。これなんだけど」

小包を見せると天津風は部屋から出てきたので俺はそれを手渡した。

「えっ・・・私宛・・?誰からかしら・・・?芹本さんから・・・!?ちょっと開けてみてもいい?」

「あ、ああ良いけど芹本って誰だ?」

「私を艦娘にしてくれた科学者の人よ。それにしても今更荷物なんて何かしらね?何か施設に忘れ物でもしてたかしら?」

天津風はぶつぶつと呟きながらガムテープを器用に剥がして箱を開けた。

「えーっと・・・・なっ・・・・・・!!!!!これって・・・」

天津風が箱の中身を見た瞬間顔を真っ赤にする

「お、おい 何が入ってたんだ?」

「なんでも良いでしょ!?あなたには関係ないの!!とっとと帰りなさいよ!!!」

天津風はそう言うとドアをバンと音を立てて閉めた。

「なんだったんだアイツ・・・・」

まあいいや。目的は果たしたんだし・・・

はぁ・・・一日が終わると思うと急に眠くなってきたぞ・・・

今日は疲れたし吹雪も部屋で待ってるだろうから早く帰って風呂入って寝よう。

俺は軽く伸びをしてから自室へと歩き始めた。



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海水浴場美化司令(前編)

お待たせしました更新が空いてしまい申し訳ありません。


  あれから数週間が経って梅雨の気配も去り蒸し暑さと蝉の声が鎮守府を包んでいた。

俺は執務室の机の上に山積みにされている資料の上にぐったりと倒れ掛かる。

「あ〜熱いこう熱いと何もやる気が起きないな・・・」

「そう言わないでほら謙、アイスティー入れたからこれ飲んで早く終わらせてしまいましょ?」

大淀はそんな俺にアイスティーを出してくれた。

「ああ。ありがとう・・・」

大淀からグラスを受け取るや否や俺は一気に飲み干す。

部屋の熱さも相まって身体中が染み渡る様なそんな気がした。

「はぁー美味い!これでさっさと終わらせられそうだ」

「ええ。それに明日からはもっと忙しくなるんだから早く終わらせちゃいましょう!」

大淀はメガネをくいっと上げる。

「ああもうそんな時期なのか早いなぁ・・・」

 

あの後海水浴場警備の段取りが進み、明日はそんな海開き前ということもあって海岸の清掃をすることになっている。

そんなの提督と艦娘でやることじゃないと思っていたがボランティアではなく一応業務扱いらしく、それならばと暑さでやる気が上がらない中自分を奮い立たせ資料を片付けた。

 

そして夕食を済ませた後執務室にみんなを呼び簡単に明日の作業の段取りや配置の最終確認を行った。

「というわけで明日は海水浴場の清掃をやるからみんな事前に配った資料に目を通しておいてくれよ!」

なんだか久々に提督らしいことをやっているような気がするがやることはただの掃除である。

「全く・・・なんで艦娘になってまで海水浴場の掃除なんかやんなきゃなんないのよ・・・」

天津風が不満そうに呟く

「そう言うなって。長峰さんたちがまたお礼も弾んでくれるって言ってたし戦いに出るよりは楽な仕事だと思うぞ?」

「そ・・・それは・・・そうだけど・・・」

天津風は口ごもってしまった。多分長峰さんと会うのが気まずいんだろう。

お互いに自分のことを知られたくないと思っている以上俺からできることはただ時間が解決してくれると信じて天津風を見守ってやることくらいだ。

「とにかく。決まっちゃったものは仕方ないしどっかの誰かさんが伝えてくれなかっただけでこの鎮守府の行事みたいなものらしいしそう言いたくなるのもわかるけど参加しようぜ・・・?な?」

「・・・・ええ。わかったわ」

天津風は少し黙りこんだ後うなづいた。

「よし!それじゃあ明日。朝8時に海水浴場集合だからな!それじゃあ解散」

俺の解散の合図と同時にぞろぞろと部屋から艦娘たちは部屋から出て行きそんな後ろ姿を見て最初は5人しか艦娘がいなかったここもなんだか賑やかになったななんてことを思いながら彼女たちを見送り部屋には俺と大淀だけが残った。

「ふう・・・・それじゃあ明日か・・・大淀はどうするんだ?」

「私は明日の資料を片付けてから行くから謙は先に行ってて。一応あなたは提督なんだから遅れちゃダメでしょ?」

「あ、うん・・・いつも悪いけどそれじゃあ頼むな」

「謝らなくたっていいの。これが私の選んだ仕事なんだから気にしないで」

「ありがとう大淀。それじゃあまた明日」

「ええ。おやすみなさい」

「ああ。おやすみ」

大淀と挨拶を交わし執務室を後にする。

 

「ただいま」

「お兄ちゃんおかえり!!」

自室のドアを開けると吹雪がいつものように出迎えてくれた。

そしていつものように風呂を済ませ明日の準備をして吹雪が待っているベッドに横になると吹雪は相変わらずくっついてくる。

人肌が暑苦しく感じる季節になってきたがこんな俺をしたってくれているのだからと俺はそんな蒸し暑さを我慢して吹雪を受け入れた。

「お兄ちゃん・・・明日は頑張らなくっちゃね!」

「ああ、そうだな。おやすみ吹雪」

「おやすみお兄ちゃん」

俺は吹雪のその言葉を聞き部屋の明かりを落とす。

もう吹雪の部屋は既に用意されているし一緒の部屋に住む必要もなくなってから久しいが今となってはこれが当たり前になりつつある自分がいた。

本当は吹雪のためにも俺のためにも早く吹雪を新しい部屋に移動させなくてはいけないと思いつつも結局吹雪は俺の部屋に住み着いている。

このまま吹雪とこんな関係を続けていいのだろうか?吹雪はあくまでも俺の部下であって妹ではないはずなんだ。それなのにこんなことをしていてもいいのか?そんなことをずっと考えてはいるがやはり目の前で嬉しそうに俺に寄ってきてくれる吹雪の顔を見るとそんなことはどうでもよくなってしまい結局いつもこの考えは先延ばしにしてしまっている。

だって吹雪のそばに居てやるって約束したから。

俺は吹雪の寝顔を見つめた。

吹雪は俺にぴったりとくっついて気持ちよさそうに寝息をたてている。

そんな気持ちよさそうな寝顔を見てしまうと離れるのもなんだかしのびない。

むしろこんな可愛い年端もいかない子と添い寝してることもここ最近はどうも思わなくなってきたが十分にいけないことのような気もするがそこは気にしないでおこう。

しかし本当に気持ちよさそうに寝てるな・・・こうして吹雪の寝顔を見ているとなんだか本当に年の離れた妹ができたみたいで庇護欲のようなものが湧き出てくるような気がして撫でてやりたいそんな気分だ。

俺は吹雪を起こさないようにゆっくり右手を吹雪の顔に近づけると

「んぅ・・・・お兄ちゃ・・・・」

吹雪が急に声をあげた。

もしかして起こしちゃったか?

「ごっ・・・ごめん吹雪!!別に何もしようとしてないからな!?」

びっくりしてとっさに手を引っ込め弁解を試みるも吹雪はそんなことなど知ったことではないと言わんばかりに気持ちよさそうに眠っている。

「なんだ寝言かよ・・・びっくりさせやがって」

小声で呟き優しく吹雪の頭を撫でると髪はとてもさらさらしていて俺と同じシャンプーを使っているとは思えないほどにほんのりといい香りがした。

俺はそんなほんのりと香るシャンプーの匂いに包まれながらゆっくりと眠りに落ちていく。

 

次の日、耳障りなアラームと蝉の声が俺を呼び起こす。

いつもより少し早いこともあり寝起きは良いとは言えないが手始めにくっついて眠っている吹雪を起こして早速支度に取り掛かる。

長峰さんによれば動きやすい服装でということだったので吹雪と共にジャージに着替え部屋を出てひとまず初雪を起こしにいくことにした。

 

初雪の部屋の前に到着した俺は

「おーい!初雪!!起きてるか?」

部屋の扉をどんどんと叩いて初雪を呼んでみると

「う〜うるさいしめんどくさい・・・こんな炎天下の中作業なんか・・・」

そんな声が扉の向こうから聞こえてくる。

文句は言っているもののしっかりこんな朝の早くから起きているのかそれとも昨日から寝ていないのか・・・

「初雪お姉ちゃん!そんなこと言わないで一緒に行こうよ」

吹雪も初雪に呼びかける。

すると

「ちょっとまって・・・・・すぐ出るから・・・」

初雪がそう言ってから数分後扉がゆっくりと開いて明らかに眠そうなジャージ姿の初雪が姿を表した

「おはよう・・・ございます・・・」

「おはよう初雪!ちゃんと起きれてえらいぞ!」

ひとまず初雪を褒めてやった

「うぅ・・・・子供扱いしないで・・・それくらいできるし・・・ん?・・・・なに・・・?私の顔に何かついてるの?」

初雪はどこか得意気だったが目の下にはクマができてるしすごく眠そうだ。やっぱり昨日からずっと起きてたなこいつ・・・

こんな状態で作業できるのか少し心配だったが

「それじゃあ初雪お姉ちゃん!一緒に海まで行こっ!お兄ちゃんも早く早く!!」

「あっ、吹雪ちゃん・・・あんまり引っ張らないで・・・」

俺の心配を他所に吹雪が初雪の手を引いていく。

なんだか最近吹雪が以前より生き生きしているように見える。

俺はそんな二人の後ろ姿を微笑ましく眺めながら集合場所へ向かった。

 

そして集合場所の砂浜にはテントが張ってあって既に天津風と春風がその中で待っていた。

「天津風に春風おはよう。」

「司令官様、それに吹雪に初雪先輩。おはようございます」

春風は律儀にお辞儀をした

「おはよう」

その後ろで天津風は眠そうに言う

「それにしても二人とも早いな」

「ええ。わたくしいつも朝5時に起きていますのでこれくらいはなんてことないですよ」

そうだったのか。確かに全く眠くなさそうだ。それに比べて天津風はすごく眠そうだけど

「私はそんな春風に5時過ぎに起こされたの・・・・もっとギリギリまで寝てたかったのに春風が張り切っちゃってて・・・」

天津風はため息をつく

「そうだったのか。そうだ、長峰さんはまだ来てないのか?」

二人に尋ねると天津風が気だるそうに岩陰を指をさした

「向こうで話してるわ・・・まさか私たちより先客がいるとも思わなかったけどあの人元気すぎるでしょ・・・ああー眠い・・・お兄さ・・・・司令、帰っていいかしら?」

天津風はだるそうに言った

「それは大変・・・私もねむい・・・・じゃなかった先輩として天津風ちゃんを責任を持って連れて帰るから帰らせて・・・・だめ・・・?」

そんな天津風を見た初雪が目を光らせて言った

「お前はただ帰りたいだけだろ?ダメだ。天津風はしんどくなったら言ってくれよ?その時は考えるから。まだ時間あるしそれまでここでゆっくりとまではいかないけど体を休めててくれ」

「むぅ・・・対応の差に不満があるんだけど・・・・」

初雪は不貞腐れたのかそう言ってテントの日陰で体育座りをしている。

「とりあえず俺長峰さんに挨拶してくるわ。向こうにいるんだよな?」

俺は吹雪たちをテントに残し天津風が指差した岩陰のほうに行ってみると聞き覚えのある笑い声が聞こえてくる

 

「まさかナガトたちが艦娘やめてこんなことしてるとは驚いたヨー!」

「色々あったのよ。ねぇ長門?」

「あ、ああ・・・そうだな。色々あった」

「ふぅん・・・お互い大変デース!」

「はぁ・・・金剛・・・お前は相変わらず悩みがなさそうで羨ましいよ」

「そう見えるデース?それほどでもないデース!」

どうやら長峰さんたちと金剛が話をしているようだ。

金剛は高雄さんたちと知り合いだって言ってたし長峰さんたちと知り合いでもなんらおかしくはないか・・・

しかし声をかけていいものか

「あのー・・・おはようございます」

俺は恐る恐る声をかけた

「あら謙くんじゃないおはよう」

陸さん・・・いや今は陸奥さんって言った方がいいのかな・・・・?

一応男装してるけど・・・ええいまどろっこしい!そんな彼?彼女?が俺に気づいてくれた

「おお謙くん。おはよう今日は朝からすまないな」

「ケン!やっときたデース?グッドモーニングネー!!!!」

それに続いて長峰さんと金剛も俺に声をかけてくる

「あ、はい。今日はよろしくお願いします」

「そうだ謙くん、天津風ちゃん・・・いやソラくんには私のこと・・・・言ってないよな?」

「はい。言ってないです」

「そうかよかった」

長峰さんは安堵の息を漏らす。

「もういい加減打ち明ければいいじゃない。その方がかえって楽かもしれないわよ?謙くんももう知ってるんだし別に隠すことでもないでしょ?」

「そ・・・それは・・・でもきっとあの子は私のこと・・・」

「気にしてないと思うわよ?別にあの子のご両親が亡くなったのだってあなたのせいじゃないんだから」

「それでもダメなんだ・・・私がしっかりしてなかったばっかりに・・・」

まずい・・・なんだかシリアスな雰囲気だ。

何か気の利いた言葉をかけるべきなんだろうけどなんて言えばいいんだ・・・

俺が悩んでいると

「ごめんね謙くん。長門ったらあの子の話するといつもこうなるのよ。私はもう過ぎたことだしあの子ももう13才にもなったんだし話くらいは聞いてくれると思うんだけど長門こう見えて結構怖がりだから」

「こ・・・怖くなどない!ただあの子の心の傷をこれ以上刺激したくないだけで・・・」

「はいはいわかったから。それじゃあ謙くん、また後でね。金剛、あなたもそろそろ戻った方がいいんじゃない?私たちも準備したらすぐに行くから」

「そうデスネー!久しぶりに話せて楽しかったヨー!!それじゃあケン、ワタシとテントまで戻りまショー?それじゃあナガト、ムツまた後でネー!さぁケン、はやく戻りますヨー!!」

金剛はそういうと俺の腕をがっちりと掴んで引っ張ってくる

「えっ、ちょ・・・うわぁ!!」

その力は華奢そうな容姿に反して凄まじく、そのつかむ力と引っ張る力で彼女が男であることをまざまざと感じた。

そして長峰さんたちから少し離れたところで

「やっぱりあの二人も大変そうデース・・・ケンはどう思うデース?アマツカゼとナガトのこと」

金剛は少し落ち着いたトーンで尋ねてくる

「どう思うって言われても・・・ソラ・・・いや天津風はなんだかんだで今の自分を受け入れようとしてると思うんだ。だから今そんな過去の亡くなったご両親の話を聞かされるとまた気分が落ち込んじゃいそうだけどあのまま二人をモヤモヤした関係のまま放っておくのもなんだか嫌で・・・」

やはり俺に答えは出せなかった。

確かにソラの両親が死んでしまったのは長峰さんのせいではないと思う。

でも長峰さんもきっとソラの両親を助けられなかったことをずっと後悔し続けているんだと思うとそれもいたたまれない気持ちになる。

ソラだって自分が艦娘になってこの××町に戻って来ていることを長峰さんは知らないと思っているしそんないっぺんにいろいろなことを話されたらソラはパンクしてしまうんじゃないかとも思う。

最近はよく吹雪や春風たちと楽しそうにやってるようにも見えるけどまだ13才のソラに背負わせるには重すぎるのかもしれない。

「俺は・・・・ごめん。やっぱりどうしてやるのが天津風と長峰さんにとって一番なのかわからないや」

「そうデスか・・・ナガトは責任感が強い子デスからネー・・・なんとかしてあげたいんデスけど・・・きっとワタシがおせっかいすぎるんデスね・・・結局大切な誰かを失う悲しみは結局無くした本人にしかわかりませんから・・・あんまり干渉しすぎるのもよくないデース・・・反省反省」

その金剛の表情は今までに見たことがないくらいに寂しそうだった。

「金剛・・・お前も誰かを・・・」

「・・・・っとあんまり暗い顔してるとワタシらしくありまセーン!今日も元気にいきまショー!!」

話を無理矢理空元気ではぐらかされたような気がするがきっとこう見えて金剛も色々抱えるものがあるんだろう。

だからこそ金剛はあの二人のことを放っておけないのかもしれない。

そんなことを考えていると

「ヘーイケン!その前に元気の補給をさせてもらいマース!!!」

金剛はそう言って俺に抱きついて来た

金剛の柔らかい胸がぎゅっと俺の左肩に押し当てられる。

「うわぁちょ・・・急にやめろって!!胸!胸あたってるから!!」

相変わらずすごく柔らかいです・・・

っと金剛は男なんだぞ・・・・!?男なのになんでこんな柔らかいものがついてんだよおおおおお!!!

「ふふ〜ん、当ててるんデース!ほらほら・・・ワタシのバスト・・・・どうデース?オトコの胸だとは思えないでショー?別に今なら触ってもいいヨー?」

さらに胸をぶにぶにと俺の肩が埋もれるくらいに力強く押し付ける

「はっ・・・離れてくれって・・・!!男の胸なんかきょきょきょ興味ないんだって」

「ふふ〜ん♪相変わらず照れてるケンはかわいいネー!別にオトコでもオンナでもいいでショー?今はワタシのことを感じてて欲しいデース!」

金剛はさらに力を強めただけでなく頬ずりまでしてくる

「わーっ!やめろ!!かかか感じるなんてそんなただお前が勝手にひっついてるだけだろうが!!」

くそっ!完全に逆効果だった!

でも金剛の肌・・・すっげぇすべすべしてるな・・・・本当に同じ男だとは思えない。

って違うこんなところ天津風たちに見られたら何されるかわからないし気づかれる前になんとかして金剛を離さないと!

「ケン〜本当にかわいいデース・・・今ならオオヨドも居ないし食べちゃいたいデース」

金剛は右手をするりと俺の後頭部に回しがっちりと掴むと俺の顔を金剛の方へ向けてきた。

金剛の顔と俺の腕に押しつぶされた彼女の豊満なバストが俺の目に飛び込んで来る。

意識して見ないようにしてたのに・・・・やっぱりこれが俺と同じ男だとは思いたくもないし考えられないぞ・・!?

「ケン・・・もっとワタシのこと見てくだサーイ・・・ほら・・・ケンのハートの音・・・いっぱいバストで感じてるネー・・・!素直にワタシの身体で興奮してること・・・認めたら楽になれるヨー?ワタシは今からでもウェルカムネー!」

金剛は潤んだ唇に綺麗な瞳で俺を見つめて来る。

「おっ・・・俺はそんな・・・・興奮なんてしてねーし・・・」

苦し紛れにそういうもののやはりここまでされて興奮しない男なんか居ないじゃないですか

「ダウトデース・・・だってほら・・・ここもこんなに膨らんでるヨー・・・・?ほら・・・」

金剛は膝をたくみに使って俺の股間を撫でて来る

「うわっ・・・そっ・・・それは生理現象だから・・・朝勃ちだから!!!なっ?お前も男ならわかるだろ!?」

ま・・・まずい・・・!!色々とまずいぞ!?具体的に貞操の危機とR-的な意味で!!!

「それもダウトネー♡さっきまでこんなに膨らんでなかったデース・・・♡ほら・・・ワタシでこんなに大きくしてくれたんでショー?別にワタシは別にカノジョにしてくれなくてもガールフレンドでもそれよりもっと踏み込んだフレンドでもいいデース♡」

そ・・・それってもしかしてアレですか!?

「いっ・・・いやその・・・・もっと踏み込んだっていうのは・・・?」

「ふふっ♡わかってるくせにぃ・・・ケンは意地悪ネーもちろん踏み込んだフレンドって言うのはセッ・・・・・・ぐえっ!」

金剛が何かを言いかけた瞬間ごつんと鈍い音がして金剛が地面にへたり込んでのたうちまわっている

「アウチ!痛い!!痛いネー!!!それに砂浜もファッキンホットデース!!!!!痛いし暑いヨー!!!!ヘルプミー!!!」

よかった助かった・・・・でも一体誰が?

「はぁ・・・・この色ボケは相変わらずそうで逆に安心するわ」

俺が顔をあげると奥田さんが拳をぎゅっと握りしめて立っていて後ろでは長峰さんがため息をついていた。

「あっ・・・奥田さんに長峰さん。助かりました。というかもう準備は済んだんですか?」

「ああ。仕事を押し付けておいて私たちが遅れるわけにはいかないからな」

「準備って言ってもほぼ長門をなだめてただけだから」

「待て陸奥っ!それじゃあ私がぐずってただけみたいじゃないか!」

「あらぁ?違ったの?」

「それは・・・・その・・・」

二人がそんな言い合いをしていると

「うぅ〜ムツ・・・ひどいデース・・・準備って言うからもっと時間かかると思ったのにぃ〜それに相変わらず見かけに反して殺人級のパンチデース・・・・もう少し加減してヨー」

金剛は殴られたであろう部分をさすりながら立ち上がった。

「加減なんかするもんですか。謙くんが女性恐怖症になっちゃったらどうするのよ?年下の男の子をからかうのも楽しいけど朝っぱらからやるには激しすぎるわ。もっとソフトに行かなくちゃ。ね〜謙くん?」

奥田さんがこちらに向かってウインクをしてくる。

男装をしていると言っても相当な美人だ・・・というかこの人も男装云々以前に男なのだが

そんな奥田さんに軽くキスをされて顔を真っ赤にしたことを思い出してしまってまた少し顔が熱くなってしまった。

「は・・・はいそうですね・・・・」

俺は思わずそんな彼から目を逸らす

「あらあら照れちゃって。それじゃあ謙くん、行きましょうか。そこの色ボケが何かしないか私と長門が見張っててあげるから」

「あっ、はい・・・」

俺はそう言った奥田さんと長峰さんに連れられてテントへと戻った。

 

テントに戻ると阿賀野と那珂ちゃんが待っている。

「提督おはようございまーっす!!」

「あっ、提督さんおはよー!あっ、長峰さんたちもいっしょだったんだーおはようございまーす」

阿賀野と那珂ちゃんはあざとすぎるくらいに挨拶をしてくれた。

「おはよう二人とも・・・それじゃああとは愛宕さんだけか・・・」

「ううん。愛宕ならもう来てるよ」

阿賀野がそう言ってテントの方を指さすとテントの中で愛宕さんは大きなあくびをしてあぐらをかいていた。

そんな愛宕さんがこちらに気づき

「あら提督・・・おはようございまーす・・・はぁねみー」

生気の抜けたような声を上げ、そんな姿を見た長峰さんは頭を抱えた。

「おい愛宕!駆逐艦の子たちも見てるんだぞ!?もっと艦娘としての自覚をだな・・・」

「なっ・・・!?長t・・・・じゃなかった長峰くんももうきてたのね〜おはよございまぁす・・・なんちゃって・・・」

そんな彼の姿を見た瞬間愛宕さんは立ち上がって誤魔化すように笑う。

「はぁ・・・今更誤魔化しても無駄だろう全く・・・・あなたと言う人は・・・」

長峰さんはため息を一つつき、そんな長峰さんの事を後ろで天津風が気まずそうに見ていた。

「長峰さん、高雄さんと大淀は書類が片付き次第合流するのでこれで今は全員です」

「そうか。それでは少し早いが私の方から挨拶と今日の説明をさせてもらう。」

長峰さんがそう言って今日の予定を話し始めた。

「・・・以上だ。私が振り分けた班の通りに別れて各自行動してくれ。すでに協会員が持ち場で待機している」

「お昼ご飯は用意してるからね〜」

そして俺たち長峰さんに指示された持ち場に移動を始めた。

阿賀野と那珂ちゃんに駆逐艦たちはブイやクラゲ避けネットの配置と点検(艦娘だから簡単に海の上で交換ができる)

金剛と愛宕さんは長峰さんと××町観光協会の人たちと海の家の運搬やらの手伝い(海上作業をさせるには燃費が悪い上になんだかんだであの二人は男性ウケがいいかららしい)

そして俺は・・・・・・・

「ゴミ拾いってどう言うことだよぉぉおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

俺は観光協会の人たちと一緒に流れ着いたのかどこからか風に飛ばされてきたのかもわからないようなゴミの掃除に流れ着いた危険物がないかの確認を任された。

一緒にゴミ拾いに参加している観光協会の人たちに話しかけられたりもしたが

「女ばっかりの職場で羨ましいねぇ・・・俺たち男所帯だからさぁ」

とか

「最近の若もんは・・・・」

みたいな話ばかりで正直ゴミ拾いよりもダルかったが慣れて来ると久しぶりに男性と胸を張って言える人たちと話しながらゴミ拾いをするのはそこまで苦ではなくなっていった。

 

そして昼前には高雄さんと大淀も合流し高雄さんは資材搬入そして大淀はゴミ拾いに回されてきた。

「謙・・・いえ提督。遅くなりましたこれから私も参加しますね!観光協会のみなさん、大淀と申します。よろしくお願いします!」

大淀は協会の人たちに頭を下げる。

しかしあんな営業スマイルなんかいつのまにできるようになったんだあいつ・・・

そんな大淀を見た観光協会の人たちは

「若い女の子だ・・・・」

「あの・・・大淀ちゃん、歳はいくつ?」

「初めましてだよね・・・?いつここに来たんだい?」

「ワシは高雄ちゃんみたいなボインのが好みじゃなぁ・・・でも可愛らしい子じゃ・・・少し尻を触らせてはくれんかの?」

などと俺そっちのけで大淀の方へ駆け込んで行った。

大淀は流石に困った様子で笑みを浮かべこちらに助けを求めてくる。

なんだか修学旅行の時にバスガイドさんに話しかけたくなった俺や海斗の事を思い出して側から見るとこんな感じだったのかと少し若さゆえの過ちを恥ずかしく思った。

ってちょっと待て、最後にあの爺さんなんて言った!?

流石に触らせるのは許せない。

俺ですらまだお尻は触ってないのに・・・・・って違う違うそういうことじゃないしなんで親友のケツを揉みたがってるんだ俺は・・・

とりあえずセクハラはやめさせなきゃ!

「ちょっと待ってください!流石に艦娘へのお触りは俺が許しませんよ!?」

俺は協会の人をとっさに止めた。

「なぁに冗談じゃよ冗談!がはははは!」

止めた爺さんは誤魔化すように笑った後

去年阿賀野とかいう娘の尻を触ったら奥田の奴にボコボコにされたんじゃ・・・あの娘が触ってもいいと言うから触らせてもらったのにそこを見られていいと言われてもダメに決まってんだろクソジジイ!って言うなりワシをボコボコにしたんじゃ・・・だからもうせんよはっはっは・・・はぁ・・・・ダメか・・・」

少し残念そうに言った。

「はぁ・・・ダメかじゃないですよ!本当にやめてくださいよ・・・?」

って阿賀野の奴一体去年何をこの爺さんにやらそうとしてたんだよ

「ああわかっとるわかっとる。またボコボコにされるのは嫌じゃからのぉ・・」

奥田さんさっきの金剛にやったこともそうだけどキレると怖いんだなぁ・・・

それになんだろう・・・なんか大淀がちやほやされてるのを見ているとなんだかよくわからない感情が込み上げて来る。

多分暑さと早起きで疲れてるだけだろうと言い聞かせ俺はその感情がなんなのかわからないまま作業を続けることにした。

 

 

 

一方金剛と愛宕は海の家の設営をせっせと行なっていた。

「ううっ・・・ワタシもケンと二人っきりでゴミ拾いしたかったデース・・・」

「文句言わないの。設営も結構悪くないのよ?あっそこの人〜♡荷物重そうね私も手伝ってあげる〜ふふっ」

愛宕は媚びた声色で荷物を運ぶ男性の手伝いに入る。

「アタゴ・・・さっきまでとは別人みたいデース・・・でもあの人の本当の姿を知ったらきっとあの男の人もどん引きデース・・・」

金剛は少し皮肉交じりに呟くと愛宕は金剛を睨みつける。

「あら?金剛なにか言ったかしらぁ?」

「いっ、いや何も言ってないヨー!?ささ!ワタシもお手伝いしマース!」

金剛は逃げるように荷物運びを再開した。

 

そして設営がひと段落した頃

「アタゴーやっぱりワタシ肉体労働嫌デース・・・腕がまたゴツくなっちゃいマース・・・」

「別にこれを毎日やるわけじゃないんだからいいじゃないこれくらい。そ・れ・に・観光協会の人に媚び売っとけばお魚とかお酒とかがもらえるのよ〜せっかくのこの姿利用しない手はないじゃない?うふふっ♩」

「はぁ・・・やっぱりそういう裏があったんデスネー・・・」

金剛と愛宕はベンチで紅茶と缶コーヒーを飲みながらそんな話をしていた。

すると愛宕はおもむろに立ち上がり

「あっ、お兄さん、お疲れでしょ?肩揉んで差し上げますね〜」

そう言うと休憩していた協会員の方へ歩き出す。

「はぁ・・・やっぱりユーは見た目が変わっても中身は昔と全然変わらないネー・・・」

金剛はそんな愛宕の後ろ姿を紅茶を飲みながらため息交じりに見つめていた。



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海水浴場美化司令(後編)

 大淀が合流してからしばらくすると長峰さんの声がメガホンでこちらまで聞こえてくる。

「業務連絡そろそろ昼休憩だ。各自キリのいいところで一旦作業を切り上げて海の家に集合して欲しい」

長峰さんの声を聞いた協会員の人たちは

「おっ、もうそんな時間か」

「うっしゃメシだメシ!」

「長峰のやつのメシだけは美味いからのぉ君らもなくならんうちにさっさと来た方がええぞ」

そんなことを言いながら作業をやめぞろぞろと海の家の方へ歩き始めた。

「でも私さっき来たばっかりなのにもう休憩を頂いてしまっていいのかしら・・・」

「何言ってんだよ。俺の代わりに書類の整理とかやっててくれたんだろ?何もしてなかったわけじゃないんだから休憩とったって誰も文句言うわけないだろ?それに長峰さんが料理上手いっていうのも結構以外で気になるし早く行こうぜ。それになんだ・・・飯食うときはお前も一緒の方がずっと美味しい・・・かもしれないだろ?」

なんとなく言ってみたけどなんかすごく恥ずかしいぞ・・・!?

俺はただ友達を飯に誘っただけのはずなのになんでこんなに恥ずかしいんだよ・・・

「もう何よそれ。でも謙がそう言うならお言葉に甘えようかしら。それに・・・・」

「ん?それに?」

「私も・・謙と一緒にご飯食べた方が美味しいと思うから・・・」

大淀は頬を赤くしてぼそりと言った。

なんだか大淀にそう言ってもらえるとすごく嬉しい。

多分だけど大淀も今の俺と同じ気持ちなんじゃないだろうか?

そうと決まれば飯だ飯!

「そう・・・かそれじゃあ急がないとな!」

俺は照れ隠しも含めて大淀の手を引いて海の家に向かって走った。

「きゃぁっ!そんな急にっ・・・!引っ張らないでよ!」

とっさに掴んだ大淀の手は以前にもましてすべすべしていて本当に女の子の手を握っているような感じだ。と言っても女の子の手なんか握ったことないんだけど・・・

 

そして海の家へ入ってみると既に阿賀野や吹雪達が席についていてお盆の上には食べかけのご飯と魚のフライが置いてあった。

「あっ、お兄ちゃん・・・じゃなかった司令官こっちです!」

吹雪がこちらに気づいて手を振ってくる。

「吹雪あなたもう隠す気ないでしょそれ・・・」

吹雪を横で見ていた天津風が呆れていた。

そんな吹雪達が居るテーブルには××鎮守府ご一行様と書かれた立て札が置いてある。

どうやらそこは俺たち鎮守府の面々専用に設けられた座席のようなので俺と大淀もそこに座った。

しかしそこには金剛や愛宕さん高雄さんの姿が見えない。

たしかここで作業をしていたはずなのにどこに行ったんだろう?

「愛宕さん達は?」

俺がそうたずねると阿賀野が指を指した。

「むしゃむしゃ愛宕達ならむしゃむしゃむしゃむしゃあそこだよ提督さんあむっ」

「おいおいせめて飯食うか喋るかどっちかに・・・ってなんだあれ?」

阿賀野が指を指した方向を見てみるとなにやら人だかりができていて協会の人たちがひしめき合い、我先にと何かを囲んで居るようだった。

「お兄さんたち欲しがり屋さんねぇ〜でもいっぱいあるからそんなに焦らなくても大丈夫よぉ?そんなに押し合っちゃダ・メ♡」

そんな声が人だかりの中心から聞こえてくる。

だ・・・誰なんだ!?

なんだかすごい色気のある声だ。きっとものすごい美人が居るに違いない。

そりゃ気になるじゃないですか!俺だってまだ19歳の健全な男子なんですよ!?

俺はそんな人だかりの声の主が一目見たくなって人だかりの方へ行ってみた。

「あんっ♡ダメよぉ〜そんな押したらお汁がこぼれちゃう♡」

人だかりの中からそんな声が聞こえて来た。

お汁!?一体どんなことが行われて居るんだ!?

俺は必死に人だかりの後ろの方で背伸びをしたり飛び跳ねたりして中心部を覗いてみると・・・

「はーいお兄さんお疲れさまぁ♡はぁい、と・ん・じ・る♡どうぞ♡は〜い次の人にも入れてあげるわね〜」

えっ・・・愛宕さん・・・!?

そこでは愛宕さんが大きな鍋から豚汁をよそって協会の人たちに手渡していた。

なんかいつもより色っぽいと言うかあのだらしないオッサンがすごく色気のあるお姉さんにしか見えないぞ・・・!?

それに豚汁がすごくエロい言葉に聞こえる・・・・!

しかもなんて際どい格好してるんだ!裸エプロン・・・!?いやよく見たらエプロンの下にショートパンツとタンクトップ!?すごく際どい・・・見ようによっては裸エプロンに見えなくもない・・・

それにあの胸の膨らみの先端に見える突起物はまさか・・・・

ノーブラ・・・だと・・・!?

いやいやいや愛宕さんは男なんだぞ?

別にそんなの見たって別に嬉しくもなんとも・・・・

と頭では思っていても豚汁をよそうたびにたゆんと揺れるそれを俺は必死に見ようとなんども背伸びをしていた。

しかしあの愛宕さんがなんであんなことを・・・!?

一体どうなってるんだよ!?

というかあれほんとに愛宕さんかよ!?

俺がそんな愛宕さんの姿にドキドキしながらも困惑して居ると

「ケンも見てしまったデース・・・?」

後ろからそんな声が聞こえたので声の方に振り向くとそこには金剛が居た。

「あっ、金剛いたのか。全然気づかなかった」

「もー!ずっと居たデース!横でライスとメインディッシュのフライを配ってるヨー!」

金剛がそう言って指を指した方向には机の上に大きな炊飯器とエビや魚のフライやらが置かれていて、その横では高雄さんが頭を抱えていた。

あれだけの人だかりができて居る豚汁の列に比べて全くと言っていいほど人がいないどころか食器が山積みになっている。

「一体何が起こってるんだ?」

「あのーデスネ・・・かくかくしかじかデース」

金剛が言うには愛宕さんは協会の男性達を喜ばせるとそこそこのリターンが返ってくるらしくあんなことをしているらしい。

さすが中身がオッサンだけあって男が何をすれば喜ぶのかを完全にわかっていらっしゃる・・・愛宕さん恐るべし。

「でもケン〜あんなに必死にアタゴの事ルックするなんてやっぱりエッチネー!別にケンにならあれくらいしてあげてもいいんだヨー?」

金剛がそんなことを言って胸を強調して来た

「ああわかったわかったから・・・とりあえずそう言うのはいいからフライとご飯くれよ」

少し勿体無い気もしたがここで金剛に抱きつかれたらそれこそ大淀に何されるかわからないので軽くあしらった。

「む〜ケン冷たいデース・・・でも誰も居なくて暇してたんデース!いっぱい入れてあげマース!ささどうぞどうぞ〜」

金剛はそう言うと炊飯器の置いてある机の方に戻って俺にご飯をよそってくれた。

横で高雄さんからフライをもらおうとすると

「ごめんなさい・・・うちの愛宕があんな節操なしで・・・はぁ・・・」

と大きなため息をついている

「で・・・でもなんだかあれも愛宕さんらしくて悪くないと言うか・・・なんというか・・・」

「流石にあんなのやりすぎよ!でも愛宕のおかげで協会に参加してくれる人も増えたからなんとも言えないのよね・・・・そこは流石としか言えないわ・・・私には無理だわあんなの」

「そ、そうですね・・・」

俺は苦笑いしてご飯とフライを受け取った。

「そうだ。大淀の分もお願いします」

「わかったわ。ほら金剛、ご飯もう一つ追加よ」

「わかったネー!」

金剛と高雄さんはもう一つお盆を取り出してご飯とフライの入った皿を乗せてくれた。

しかし豚汁の列はいつまでたっても空きそうにないのでひとまず二人分のお盆を持って大淀達が待つテーブルに戻った。

「大淀遅くなってすまん。お前の分も持って来たぞ。豚汁はあとで空いてから取りに行ってくれ」

「あっ、ありがとうございます提督・・・で、なんで豚汁の列だけあんなことになってるんですか?必死にのぞいてたみたいですけど?」

大淀に尋ねられた。流石にあの中で愛宕さんがすごいことになってるとは言えないし・・・

「あ・・・えーっとそれは・・・・」

答えあぐねて居ると

「あのね〜大淀〜あの中で愛宕がえっちぃカッコして豚汁配ってるの〜多分提督さんはそんな愛宕を見ようとして必死だったんだと思うよ〜?やっぱりおっきいおっぱいが好きなんだよねぇ〜て・い・と・く・さん?」

阿賀野は胸をぎゅっと寄せて不敵な笑みを浮かべた。

「なっ・・・阿賀野!?」

ちくしょうこいつ・・・!

「ほう・・・?詳しく聞かせてもらいましょうか提督?」

大淀はにっこりと笑ってこちらを見つめてくる

怖いっ!笑ってるはずなのに全然目が怖いから!!

「あ、阿賀野おまっ・・・!!ち・・違うんだ大淀!俺はただ中で何が起こってるのか気になっただけで・・・!」

「へぇ・・・そうなんですか。そうですよね。け・・・提督は大きいおっぱいの女の子が好きだなんてことずっとずっとずーっと前から知ってますし別に怒るようなことでも無いですから。あっ、阿賀野さんはもしかしてご存知なかったんですか?」

大淀のやつ張り合いやがった・・・!

胸の大きさでなく俺との関係の長さというアドバンテージでッ!

「ふ・・・ふーんそうなんだ・・・!でも阿賀野は提督さんと一緒にお風呂入ったもんね!裸のお付き合いだってしてるもん!その時提督さん阿賀野のこのおっぱいガン見してたんだから!」

ああやめろ阿賀野ォ!このままじゃどんどんエスカレートして・・・

「は?謙なにそれ!?って私だってお風呂くらい一緒に入ったことありますし!そのあと抱きしめてもらいましたし!!どうせあなたのことだから無理やり押しかけただけでしょう?」

うわあああああ!!!それ以上言わないでくれ!!

天津風と吹雪の視線がどんどん鋭くなって来てるからそれ以上はやめてえええええええ!!!!

「えーっと・・・その話はまた今度にしよう・・・な・・・?今は飯の時間だし・・・」

「謙はだまってて!」「提督さんは黙っててよ!」

二人同時にそう言われ俺はその迫力にすくんでしまった。

それに結構息ぴったりだなこの二人・・・

そのまま二人はにらみ合いまさに一触即発というかすでに何発も俺の過去のことがばらまかれててやばいんですけど・・・・・このままだと俺の微々たる提督としての威厳が・・・

唯一俺を睨んでいないで二人を楽しそうに傍観している那珂ちゃんに助けを求めた

「な・・・那珂ちゃん頼む・・・二人を止めてくれよ・・・」

「え〜だって面白いじゃない!那珂ちゃんこういうのすきー」

ダメだ完全に楽しんでやがる・・・

「は・・・・初雪!」

もうお前しか居ない!お前だけが頼りだ。

「しーらない・・・」

初雪もそう言ったっきり顔を合わせてくれない。

どうしよう・・・・どうしよう・・・このままじゃ本当に俺が社会的にというか提督的に終わる・・・

しかしその戦いは思わぬ幕切れを起こすことになる。

「ま、いいですよそれくらい。せっかく持って来てもらったのに冷めてしまっては料理を作ってくださった長峰さんにも提督にも失礼ですから私はこのて・い・と・くが持って来てくださったこのフライをいただきますのでこの辺でやめておきますね。それではいただきます」

大淀はそう言って阿賀野の話をぶった切りエビフライを手始めに口に放り込んだ。

「ああ〜美味しいです!とても。提督に持って来ていただいたからでしょうか?」

大淀は阿賀野を尻目にオーバーリアクションで料理を食べ進めた。

「ぐぬぬぬぬぬ・・・・・」

阿賀野は悔しそうに大淀がフライを頬張る姿を睨みつける。

うう・・・気まずい・・・吹雪と天津風になんて説明すれば・・・ってあれ?春風が居ない?

さっきまでいたはずなのにいつのまに

でも春風がどこに居るかなんて聞いても誰も答えてくれそうにないしな・・・

俺は仕方なく魚のフライを一口頬張った。

美味い・・・すごく美味いぞこれ!

作ってから時間が経ってるはずなのに衣はサクッとしていて味もソースをつけなくてもちょうどいいくらいに下味が付いててすごく美味い!!

長峰さんこんなに料理上手なのか・・・

俺はそんなフライを堪能したかったがその場に居づらくなったので足早に食べ終え

「あっ、俺ちょっと外の空気吸ってくるわー」

そう言って逃げるように海の家を立ち去った。

そして外に出ると海の家に併設されてあった仮設トイレから春風が出て来た

「おお春風、どこ行ってたのかと思ったらトイレか」

「え、ええそうです・・・けど・・・」

春風の顔はどこか赤い。

それになんだか息も荒いし体調でも悪いのか?

「春風?なんか顔赤いけど大丈夫か!?もしかして外で作業してたから焼けちゃったのか?!」

「え、ええ!?いえ・・・わたくしは大丈夫です!別に悪いところもありませんしやましいこともして居ませんから・・・!それでは!!」

春風は走って海の家に戻って行ってしまった。

本当に大丈夫なのか春風・・・

まあいいや。とりあえず外の空気でも吸って落ち着こう。

俺は一回深く深呼吸をした。

しかし大淀がまさかあんなことを言うとはなぁ・・・

それに吹雪と天津風になんて弁解するか考えなきゃ・・・

ああ・・先が思いやられる

そのまま吹雪たちへの弁解を考えていると

「それでは午後の作業に取り掛かってくれ!ヒトナナマルマルにテント前に集合だ。それまでに作業は終わらせられるように各自努力してくれ。それでは以上だ」

という長峰さんの声がしたので俺は渋々作業場に戻った。

作業場に戻るとすでに大淀が作業をして居たので俺は何事もなかったかのように声をかけてみることにする

「よ、よぉ大淀・・・早かったんだな」

「提督が遅いだけでは?それに私は作業に集中して居るので話しかけないでください。邪魔です」

大淀はそっぽを向き、黙々と作業を続ける

ダメだ・・・完全にさっきのこと怒ってる・・・

すると

「どうした新人の提督くんよ?大淀ちゃんとは仲が悪いのかのぉ?」

さっき大淀の尻を触ろうとした爺さんが声をかけてきた

「い・・・いやそう言うわけじゃないですけどちょっと色々ありまして・・・」

「色々・・・か。まあ深くは聞かんでおいてやるわい。そうじゃ。長峰の作った飯と愛宕ちゃんの豚汁はうまかったじゃろ?」

爺さんは察してくれたのか話題を変えてきた。

「は、はい。すごく美味しかったです」

正直それどころではなかったんだけど・・・

「いやしかし長峰には驚かされるのぉ・・・そうじゃ手を動かしたままでええから少し年寄りの長話を聞いてはくれんか?長峰のことじゃ」

突然爺さんが聞いてくる。

「あ、はい」

正直気分を紛らわせたかったので爺さんの話に耳を傾けた

「長峰と奥田の二人。あの若造急にこの街にやってきてこの街を立て直すために来たなんて抜かすもんじゃから最初はワシらも生意気なよそ者じゃ。どうせ利益しか求めないしすぐに出て行くじゃろうと敬遠しておったんじゃ。じゃがあやつらの働きは認めざるを得んかったし津山さんという人のお孫さんを津山さんが亡くなった時一番に引き取ると名乗り出たんじゃ。そうやってあやつらに賛同するこの街の人間がじわじわと増えていっていまではこうしてワシも委員会の一人としてゴミ拾いに勤しんでおる」

「そ・・・そうなんですか」

長峰さんたちも大変だったんだろうな・・・・

「しかしのぉ仕事が忙しいのもわかるがいい歳して二人で男二人で同居しておるし全く二人の女関係の噂を聞かんのじゃ。ワシが言うのもなんじゃがよくできた男じゃと思うんじゃがなぁ・・・お見合い相手を何回か紹介しようとしたこともあったんじゃが全部破断になってしもうたわい・・・」

そりゃまああの二人は・・・・でもそれを隠し通してそこまでできるってすげぇな長峰さんたち・・・

俺は二人がこの街でして来たことがどれだけのことなのか、その片鱗を思い知った。

「あっ、これ長峰と奥田には話さんでくれよ。ワシらもあやつらを認めてはいるが直接褒めるのは恥ずかしいんじゃ。」

「は、はいわかりました」

 

そうして爺さんと話しながらゴミ拾いを続けるも結局そのまま夕方まで大淀とは話せないまま作業は終わった。

大淀が黙々と作業をしたからなのかゴミが大量に集まり砂浜は一気に綺麗になったのでなんとか時間までに終わった。

そしてテント前に集合すると長峰さんが話を始める。

「××鎮守府の皆のおかげで昨年までは2日間にかけて行なっていた海開きの準備だったが本年は1日で完了した。感謝する。

そこでお礼と言っては微々たるものだが明後日に君たちのためにこの海水浴場を解放することにした。もちろん貸切だ。と言っても最終安全確認も兼ねて居るが存分に楽しんでもらえるとありがたい。それでは解散だ。本日は本当にありがとう。××町民を代表して礼を言わせてもらう。」

長峰さんはそう言って頭を深々と下げそのまま俺たちは××鎮守府に戻った。

はぁ・・・脚が重い・・・吹雪と同室なのがこんなに嫌だったことがあるだろうか?

きっと帰ったら吹雪にも問い詰められるんだろうなぁ・・・

 

俺は足取り重く部屋に戻ったが部屋には吹雪は居なかった。

よし。それじゃあ今のうちに汗もかいたしシャワーでも浴びるか。

全部自業自得と言ってしまえばそれまでだがこの落ち込んだ気分も少しはマシになるかもしれない。

俺は服を脱ぎ捨て浴室へ入った。

そしてシャワーを浴びていると扉がゆっくりと開く音がして

「お兄ちゃん帰ってるの?」

吹雪の声がした

「お、おかえり吹雪!今シャワー浴びてるから俺が出たらお前も入ったらどうだ?すぐ出るから」

俺はまた何事もなかったかのように吹雪にそう言った。

すると

「うん。」

吹雪からそんな言葉が返って来た。

よかった・・・割と気にしてなかったんだ

俺はひとまず胸をなで下ろして頭についたシャンプーを洗い流していると突然浴室のドアがガラリと開き

「お兄ちゃん・・・私もシャワー浴びるね・・・」

そんな声が後ろからしたので俺は重思わずシャワーを止めて後ろを振り向くとそこには一糸まとわぬ吹雪が顔を赤らめて立っている。

「なっ?吹雪!?」

「あのね・・・私・・・身体を見られるのは嫌だけど・・・でも私もお兄ちゃんとお風呂に入りたいの・・・駄目・・・かな?」

「え・・・ええ・・・!?」

急なことに俺は言葉を失う

今まで寝るのは一緒でも風呂には一切一緒に入ろうとすることはおろか裸を極力見せないようにしていた吹雪が今俺の目の前に真っ裸で立っているんだから。

一度天津風と3人で風呂に入ったことはあれどあの時は天津風も一緒だったし俺が恥ずかしくて吹雪の事見れなかったんだよな・・・それにあの時ですら吹雪はバスタオルを浴槽に入っても一切取ろうとしなかったし

そんなこともあって久しぶりに間近で見る吹雪の裸は胸は真っ平らで体つきはどこか少年らしさを感じさせる。

それにいつも女物の服を着て、女の子の様に振舞っていることに少しも違和感を覚えることはなかったが彼女の股間にぶら下がった小さなそれが彼女の性を残酷なほどに物語っていた。

ここまで吹雪の一糸まとわぬ裸体を直視したのは初めてかもしれない。

別に見とれていたとかそんなわけではなく自分でも吹雪が男だという事はわかっていたつもりだったがその事実にこれほどまで向き合ったことは今までになかったからだ。

「嫌・・・あんまり見ないで・・・」

吹雪は股間と胸を手で隠す。

その声は今にも泣き出しそうだ。

「あっ・・・ご・・・ごめん・・・」

俺はとっさに振り向くのをやめるが俺の目の前にある曇った鏡には薄ぼんやりと俺の後ろにいる吹雪の姿を映し出す。

吹雪はそのまま近づいてきてぴたりと俺の背中にくっついてきた。

「お兄ちゃん・・・急にごめんね・・・びっくりしたよね?でも阿賀野さんや大淀お姉ちゃんにだけずるいよ・・・私も・・・・私も一緒に入りたい。お風呂でぎゅって抱きしめてもらいたいの・・・でもお兄ちゃんに私の身体を見られるのが怖くて・・・嫌われるのが怖くて・・・私・・・」

「え・・・」

「私のこんな身体・・・お兄ちゃんは見たくないよね・・・私・・・身体は男の子だし・・・それに阿賀野さんみたいにおっぱいだって大きくないし・・・そんな私の裸なんか見たら嫌いになっちゃうよね・・・」

背中にくっついている吹雪の表情を見ることはできないが震えた声できっと今にも泣きそうなんだと言うことがわかる。

俺は吹雪に出会ったあの日のことを思い出していた。

忘れもしないあの日のこと。

一時は自分を偽ってまで男の身体であることを正当化しようとしていた吹雪。

その時俺はここにいても良いと吹雪に言って吹雪も自分の身体と心に向き合って今まで一緒に生活して来たと勝手に思っていた。

しかしその時からずっと吹雪は自分が男だからいつか俺に嫌われるんじゃないかという一抹の不安をずっと今まで抱えて居たのかと思うとなんでもっと早くにそれに気づいてやれなかったのかという気分になってしまう。

もちろん今更吹雪が男だからって理由での関係を断とうとも思わないし嫌いになんかなれるわけがない。

「ふ・・・吹雪・・・俺はお前が男だろうが女だろうが嫌いにはならないって言ってるだろ・・・?」

「そんなことわかってるよ!でも・・・私怖いの・・・・私が男の子だからいつかお兄ちゃんに捨てられちゃうんじゃないかって・・・!こんな傷物で男の子の身体の私のこと・・・!ずっとそれが怖くて・・・今でも怖いの・・・!」

吹雪の声が浴室に反響する。

確かに今更吹雪のことを身体がどうとかで彼女のことを嫌いになったりはしないしそんな事は吹雪もわかっているはずだ。

しかし吹雪自身やはり自分の身体のことをコンプレックスに思っていることは事実で、

吹雪にここまでのことをさせてしまったんだから吹雪にとって昼間のアレは相当ショックだったんだと思う。

そう思うと俺は吹雪に辛い思いをさせてしまったのだと自責の念に駆られた。

だから俺は断れず

「ああ・・・わかった」

と言ってしまった。

「そう・・・なんだ・・・それじゃあお兄ちゃん・・・私の事・・・洗ってほしいな。」

吹雪は恐る恐るそう言った。

「おっ・・・!?お前を洗う!?」

「うん・・・私の身体に触ってほしいの・・・私の事・・・こんな身体でも嫌いにならないって私の男の子の身体にわからせて・・・ごめんね・・・私・・・頭ではわかってるつもりだけどそれでもそれくらいしてもらわないとこの怖い気持ちはなくならないと思うの・・・こんな私・・・やっぱり変だよね・・・嫌だよね・・・?」

吹雪はそう言って俺の方へ歩いて来た

「い・・・いやお前がそう言うなら俺はその言葉に答えるしかないな。そ・・・それじゃあ洗うから座ってくれ」

俺は座っていたシャワーチェアから立ち上がりそこに吹雪を座らせた。

「それじゃあお兄ちゃん・・・お願い・・・します・・・背中はあんまり見られたくないんだけど・・・・でもお兄ちゃんだから・・・」

吹雪の背中には前にいた鎮守府で受けた小さなアザがいくつかある。

それは言われなければわからない程度の小さなものだけど吹雪は自分からは見えない自分の背中のアザをもっと酷いものだと思い込んでいる様でそれを見せるのが嫌だから誰にも裸を見せたがらないのだ。

そんな吹雪が俺に背中を向けてきている。

吹雪は自分ができる最大限の覚悟を決めてここに来たのがひしひしと伝わって来た。

「よし・・・じゃあやるぞ」

俺は大きな深呼吸を一回してから恐る恐る石鹸を泡だてて震える吹雪の背中に手を触れた。

「ひぅっ・・・!」

吹雪が声を上げる

「ふ・・・吹雪!?大丈夫か?」

「う・・・うん・・・ちょっとびっくりしただけ・・・んっ・・・!」

俺はそのまま吹雪の背中を優しく洗って肩や腕にも石鹸をつけてやった。

「そ・・・それじゃあ後は自分でできるだろ?」

「駄目・・・」

吹雪が小さな声で言う

「えっ・・・・?」

「お兄ちゃん・・・ここも・・・」

吹雪はおもむろに立ち上がってこちらを向いた。

「ここも・・・洗って・・・私の男の子のところ・・・」

吹雪の小さなそれが俺の目の前に現れる。

何度か見たことはあるがまじまじと見たのはこれが初めてかもしれない。

それは本当に年頃の少年のものか怪しいほどに小さかったがピクピクと脈打って上を向いていた

「お・・・お兄ちゃんに撫でられただけでこんなになっちゃうの・・・・私・・・女の子で居たいのにお兄ちゃんといるとどうしてもこうなっちゃうの・・・そんな私・・・嫌でしょ・・・?男の子の私なんか気持ち悪いし必要ないでしょ?」

吹雪は目に涙を浮かべている。

きっと最後の言葉は以前吹雪が投げかけられた言葉なのだろう。

それならばそんな吹雪に俺がしてやれることは一つだけだ。

俺はゆっくりとそれに手を伸ばした。

「そんなわけないだろ?」

俺は生唾をごくりと飲み込み恐る恐る吹雪のそれに手を伸ばす。

なんだかすごくドキドキするぞ!?

なんで男のアレを触るだけでこんなにドキドキしてるんだ俺・・・

っていやいやいや流石に男子校でも男のアレに直に触るなんてことはなかったしこんなのドキドキして当然だろ!!

俺はそのまま吹雪のそれにやさしく石鹸をつけ始める。

他人のモノを触ったことなんて小学生の頃にふざけあって触ったくらいでこんなに優しく撫でるように触ったことなんてなかったが吹雪のそれは小さく、そして柔らかかったがその小さなそれは上を向いて男のそれだと言うことを必死に主張しているようにも見えた。

「お・・・お兄ちゃんっ・・・!やめっ・・・私はただ確かめたかっただけで・・・んあうっ!そんなっ・・・そこっ汚いからっ・・・!お兄ちゃんが違うって言ってくれればそれで良かったのにっ・・・!あんっ!だめっ・・声・・・出ちゃうよぉ・・・」

吹雪は口をとっさに抑えた。

そして手を動かすたび吹雪はびくりと反応し息がどんどん荒くなっていく

「お前がやれって言ったんだろ?すぐ終わるから我慢しろ」

「はぁ・・・はぁ・・・お兄ちゃん・・・本当に私のこと・・・」

「ああ。吹雪は男だって女だって関係ないって。いらないなんて言わないし気持ち悪くもないから。だからそんな怖がらなくてもいいんだぞ?」

「・・・・・・・ありがとう・・・お兄ちゃん」

吹雪はかき消えそうなほど小さな声でそう言った。

「ああ。ずっと吹雪は不安だったんだよな?こっちこそ気づいてあげられなくてごめんな」

「そんな・・・お兄ちゃんは悪くないよ!悪いのは私が男の子だから・・・痛っ!」

俺は吹雪にデコピンをした

「な・・・何するの!?」

「言っただろ?お前は悪くないんだって。だからもうそんなこと考えなくてもいいんだよ。だからもう自分の身体のことを責めるのはやめろ。わかったか?」

「う・・・うん・・・ありがとうお兄ちゃん・・・私、ここに来て・・・お兄ちゃんに会えてよかった。大好き・・・」

吹雪は俺に抱きついて来た。

「ああ。俺もお前のこと・・・・大好きだから」

言葉にしてしまったら後戻りはできないだろうと言葉を発したあとに思ったが、本当に吹雪が愛おしくてこの言葉に代わる言葉が見つからなかった。

 

そして吹雪の身体をシャワーで流し、ついでに頭も洗ってやりそのまま俺たちは夕食に向かうと夕食の席でも阿賀野と大淀がにらみ合っていて話しかけられる様な雰囲気ではなく結局声をかけることはできなかった。

そんな二人を見ていると

「今日のことは私とお兄ちゃんだけの秘密。他の人には絶対に言わないから安心してねお兄ちゃん」

吹雪が俺にこっそりと囁く。

 

夕食を終えると吹雪が眠たそうにして居たので少し早いが寝ることにした。

きっと今日は色々あって疲れたんだな。

俺はいつもの様に吹雪と一緒にベッドに入って目を閉じた。

 

次の日

執務室へ向かうといつもの様に大淀が書類を整理している

「お・・・おはよう・・・」

俺は恐る恐る声をかけてみる

「おはよう謙・・・昨日は邪魔とか言ってごめんね」

「えっ・・・!?いや・・・あの・・・・」

予想外の言葉に俺は呆気にとられてしまう。

「薄々気づいてた。阿賀野も謙のことが好きなんだって・・・でもやっぱり阿賀野と謙が仲良くしてるのをみてたらカッとなっちゃって・・・本当にごめんなさい」

えっ・・・!?

どう言うことだ?

別に阿賀野は俺をからかって楽しんでるだけなんじゃ・・・

「え、ええ!?いやいやいやいやないないないない。ただあいつは面白がってるだけだってば」

「本当にそうかしら?でも私・・・おっぱいはあの子に比べたら小さいけど謙が好きな気持ちじゃ絶対負けないから・・・!」

「え・・・ああ・・・・うん・・・」

これから一体どうなってしまうんだろう・・・そんなことを考えていると

「提督!居る?」

天津風が勢いよく執務室のドアを開けた。

「うわぁ天津風!?せめてノックくらいしろよ」

「ごめんなさい・・・ってそうじゃないの。大淀さん、ちょっとこいつ今日だけ借りていいですか?」

「え?急にどうしたの天津風ちゃん?」

大淀は不思議そうに天津風を見つめた

「ちょっと用事があるの。ダメかしら?」

「そうですか。わかりました」

大淀は少し渋々と言った感じでうなづく

「それじゃあ今すぐちょっとだけ顔貸しなさい」

「えっ、今からか?まだ仕事終わってないんだけど」

「いいから!すぐ終わるからさっさとこっち来なさい!」

天津風に言われるがまま俺は執務室の外へ連れ出された

 

「な、なあ用事ってなんだよ天津風」

「明日・・・海水浴場で遊べるじゃない?」

「え、ああうん。」

「私ね・・・女の子用の水着を持ってなくて・・・こんな男か女かわからないような身体になっちゃったし男物の水着じゃ泳げないでしょ?だからね・・・?その・・・買いに行きたいからお兄さんについて来てほしいなって・・・・」

天津風は恥ずかしそうに言った。

確かに天津風の身体は以前のソラよりも格段に丸みを帯びて居てどこか女性的だったし胸だって少しふっくらしている。

さすがにそんな天津風を男物の水着で泳がせるわけにもいかないしだからと言って泳ぐなとも言えないし・・・

「ああ・・・わかった。俺でいいなら」

「そう・・・それじゃあ今日の書類整理が終わったら買い出しに付き合いなさい。私13時くらいに門の前で待ってるから!」

天津風はそう言い残すと走り去っていった。

はぁ・・・水着の買い出しに付き合いか

って水着・・・!?大淀に知れたら殺される

そんなことを思っていると執務室の扉が開いて

「あら?天津風ちゃんもう行っちゃったの?で、用事ってなんだったの?」

と大淀が尋ねてきた

「おおおお大淀!?いっ・・・いやなんでもない。ちょっと見たい映画があるから一人で行くのも怖いから付き合ってほしいんだと。だから書類整理終わったら出かけるわ俺」

俺は適当な嘘をついた

「そ、そうなんだ・・・わかったわ。それなら早く終わらせなきゃね!」

俺の言葉を聞いた大淀はそう言うと席に戻り書類の整理を再開する。

「あ、うん・・・そうだなありがとう」

そんな大淀の姿を見て、嘘をついてしまったという罪悪感に苛まれながら俺も書類の整理を再開した。



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【side天津風】複雑なソラ模様

63話〜65話を天津風視点で描いたサブシナリオです。
艦娘になって身体だけでなく心もじわじわと変わって行く天津風の葛藤やらなんやらが書きたかったです。



 海水浴場の清掃があった次の日の朝方天津風が深刻そうな顔をして執務室の扉の前を何度も往復していた。

(うう・・・・お兄さんに買い物の付き添いを頼むだけなのになんでこんなに緊張してるんだろ?別に買い物なんか行かなくてもいいから?昨日の阿賀野さんと大淀さんの痴話喧嘩を見てから私ずっと変だよぉ・・・べっ・・・別に二人が羨ましかったわけじゃないし・・・でもお兄さんがこれ以上変態になるくらいなら私が・・・って何考えてるの私・・・いいや僕は男の子で・・・それでお兄さんはあくまでお兄さんなんだから・・・でもこのままじゃ僕・・・うん。よし!決めた!)

天津風は深呼吸を一回した後執務室のドアノブに手をかけた。

 

話は数週間前に巻き戻る。

最初は慣れなかった鎮守府での艦娘としての生活にもやっと慣れ始めて来た天津風はいつものように夕飯を済ませ寝支度をしていた。

(今日は初雪先輩のおかげで演習もいつもよりできたような気もするしお兄さんと二人っきりでお出かけできていい1日だったわ。でも長峰さん・・・やっぱり私のこと気づいてないのかしら?お兄さんもそう言ってたし気づかれない方がいいけどやっぱりなんだか寂しい・・・)

天津風はベッドで寝転がって一人そんなことを考えていた。

 

「おーい天津風ー」

部屋のドアの向こうから天津風を呼ぶ声とドアをノックする音が聞こえた

「わひゃぁ!お、お兄さん!?」

天津風は急な来客に驚いてベッドから飛び降りた

(こんな時間になんの用なの?でもお兄さんからこんな時間に私に会いに来てくれるなんて・・・ってなにドキドキしてるの私・・・別に嬉しくなんかないんだから・・・平常心平常心・・・)

天津風は自分にそう言い聞かせてドアを開け

「何よ?今から寝る所だったんだけど?」

提督に自分の心情がバレないように言ったつもりが彼を睨みつけてしまった。

(ああ・・・またやっちゃった・・・・私のバカ!)

「あ、ああ。なんかお前宛に荷物が来ててな。これなんだけど」

提督は少し申し訳なさそうに天津風に荷物を手渡してくる

「えっ・・・私宛・・?誰からかしら・・・?芹本さんから・・・!?ちょっと開けてみてもいい?」

(芹本さんから・・・?一体何かしら)

「あ、ああ良いけど芹本って誰だ?」

「私を艦娘にしてくれた科学者の人よ。それにしても今更荷物なんて何かしらね?何か施設に忘れ物でもしてたかしら?」

天津風は器用に小包のガムテープを剥がして中身を確認した。

「えーっと・・・・なっ・・・・・・!!!!!これって・・・!!!」

(み・・・水着!?それもこれ・・・・女の子のやつじゃない!こんなのお兄さんには見せられない)

天津風は自分の顔が一気に暑くなるのを感じた。

「お、おい 何が入ってたんだ?」

そんな天津風を見て提督は心配そうに聞いてくるが

「なんでも良いでしょ!?あなたには関係ないの!!とっとと帰りなさいよ!!!」

天津風は恥ずかしさのあまり部屋に戻ってしまう。

 

 「はぁ・・・・またやっちゃった・・・きっとお兄さんもまた私のこと可愛げのないヤツだって思ってるわ・・・はぁ・・・なんで私お兄さんにあんなこと言っちゃうんだろ」

天津風は大きくため息をついた。

そして小包を恐る恐る開け、中から可愛らしいデザインのビキニタイプの水着を取り出す。

「うわぁ・・・やっぱり女の子の水着・・・・これを私に着ろって言うの?」

すると小包の中から紙が一枚はらりと床に落ちた。

「何かしら?」

その紙にはソラくんへ

と書かれている。

「手紙・・・?芹本さんから?」

よく見てみるとどうやら便箋のようだ。

天津風はその便箋を拾って読んでみることにした。

そこには

【ソラくんへ お元気ですか?

××鎮守府での暮らしには慣れてきましたか?

あれから身体の具合はどうでしょうか?

長峰くんもとても心配していました。

急にこんなものを送ったりしてごめんなさい。

夏も近づいてくるのできっとあなたには必要になると思って送らせてもらいました。

まだ女性ものの衣類に抵抗があるかもしれませんがきっと似合うと思います。

ソラくんくらいの年齢だと精神的に不安定な時期に更に艦娘化に伴う精神の不安定になる時期が重なるので経過が心配です。

落ち着いてからでいいのでお返事待ってます。

芹本海夏より】

そう書かれていた。

「それにしてもなんで水着?こんなものなくたって艦娘なんだから海には入れるのに・・・」

天津風はまじまじとその水着を眺める。

(これ・・・・・お兄さんに見せたら可愛いって言ってくれるかな?)

「って何考えてるのよ私!こんな格好見られたら恥ずかしくて死んじゃう!」

天津風は思わず水着を放り投げた。

放り投げられた水着は壁にぶつかって床に落ちる

床に落ちた水着を天津風は恐る恐る拾いに行きもう一度眺めて見る

「これ・・・本当にサイズあってるのかしら?あれからまた胸もちょっとおっきくなってきてるし・・・そ、そうよ!ただサイズが合ってるかどうか試すだけ!それだけなら・・・」

自分にそう言い聞かせ水着を着てみることにした。

覚悟を決めて姿見の前で服を脱ぎ始めたそんな時

「天津風?なにやら騒がしいですがどうかしたのですか?」

春風が突然玄関のドアから顔を覗かせている。

「ひゃぁ!は・・・春風!?ノックくらいしてよ!」

天津風は反射的に胸を隠した。

「いえ。何度かノックはしたのですが返事もなかったですし鍵も開いていましたから。それにしても何故水着を持って裸になっているのです?今から泳ぎにでも行くのですか?」

(しまった・・・!お兄さんから水着を受け取った後鍵かけるの忘れてたんだ・・・!どうしよう・・・恥ずかしいところ春風に見られちゃった)

「こ・・・これは・・・その・・・あれよ」

天津風は渋々春風に経緯を説明した

「なるほど。突然あなたに手術をした方から水着が送られて着たので寸法が合っているかどうか確かめようとするために服を脱いでいたと」

「そ・・・そうよ!文句ある?」

「いえ。ありません。それにしても可愛らしい水着ですね。きっとお似合いだと思いますよ」

「そう・・・かしら?でも私女物の水着なんか着たことないし・・・その・・・恥ずかしいというか」

「何をそんな恥ずかしがることがあるのです?」

「だ・・・だって私・・・少し前まで普通の男の子だったのよ?それに今だって身体は男のまま・・・それなのにこんなの着るなんておかしいじゃない・・・」

「そうでした。あなたは艦娘になる前は普通の男の子として生活していたのでしたね。そう思うのがきっと普通なのでしょうね・・・わたくしも男ですがずっと女物の服を着せられて育ってきた手前思慮が足りていませんでした。申し訳ありません」

春風は頭を下げた

「と・・・とりあえずそんなところでずっと顔出してないで上がるか出て行くかどっちかしなさい」

「そうですか。それではお邪魔させていただきます。わたくしでよければお手伝いしますよ」

春風は天津風の部屋に上がり込んできた。

「て・・・手伝いってこれくらい別に一人で着れるし・・・」

「良いではないですか。わたくしもその水着を着た天津風を見てみたいですし」

「あなたそっちが本心でしょ・・・」

「さてどうでしょうか?」

「うう・・・わかったわよ!着れば良いんでしょ着れば!」

天津風は半ばやけくそになり水着を身につけてみようとするが初めての女性ものの水着をどうやって着ればいいのかわからない上に着替える所を見られている恥ずかしさからなかなか上手く身につけることができなかった。

「・・・あれ?ここどうすればいいの?こうじゃないし・・・ああもうっ!男の頃は水着なんか下だけ履いたら終わりだったのに!なんでこんなめんどくさいことしなきゃいけないのよ!」

天津風はむしゃくしゃして水着のトップスを床に叩きつける。

そんな様子を春風は微笑ましく見守っていた。

「そんなにむしゃくしゃしないで落ち着いたらちゃんと着れますよ」

「もう!ジロジロ見られてるのに落ち着けるわけないじゃない!見てないでなんとかしなさいよ!」

「はいはい。わかりましたから落ち着いてください。そこの紐は首の後ろで括るんです。わたくしがして差し上げますね」

春風は慣れた手つきで水着を天津風に着せていった。

天津風はそんな水着を着た自分の姿が恥ずかしく鏡から目をそらしたりしていたものの恐ろしくサイズがピッタリ合っていたことに驚きを隠せなかった。

「はい。これで完成です。やはりよく似合っていますよ天津風」

「そ・・・そうかしら?でも私男なのよ?こんなの変なんじゃない?嘘ついてるんでしょ?」

「そんな嘘ついて何になるんです?そう思うのでしたら鏡を自分でご覧になってみてはいかかですか?」

「うう・・・わ・・・・わかったわよ・・・・ありがと」

春風に促され恐る恐る鏡に目をやるとそこには水着を身にまとった少女が立っている。

(こんなにサイズもピッタリだし・・・それに下もスカートみたいになってておちんちんも全然目立たないし全然変じゃない・・・かも?これならお兄さんも・・・・)

天津風はそんなどこからみても少女にしか見えなくなってしまった自分の外見にどこか寂しさを覚えたがそんな自分自身の姿に見とれているのも事実だった。

「天津風・・?天津風!」

そんな春風の声で天津風は我に返った。

「べっ・・・別に見とれてたわけじゃないんだから!ただ変なとこがないか注意深く見てただけ!」

「わたくし何も聞いていませんけど・・・・ということはあなたもその水着を気に入ったということですね?」

春風にそう言われて一気に天津風の顔が赤くなる

「うう・・・・」

「でも何故今水着なんでしょうね?私も出しておかなければ」

「春風は水着持ってるの?」

「ええ。一応用意はしていますよ」

「そ・・・それなら私だけ不公平じゃない!あんたの水着も見せなさいよ!」

「わたくしの水着が見たいのですか?天津風がそういうなら見せて差し上げます!少し待っていてくださいね!」

春風は天津風のそんな言葉を聞くと待ってましたと言わんばかりに嬉々として部屋を飛び出していった。

「な・・・なんなのあの自身の溢れる表情・・・それにしてもこれじゃあ私・・・もう男の子には見えないじゃない。これじゃあ長峰さんにも気づいてもらえなくて当然よね・・・今の姿をお父さんとお母さんが見たら僕がソラだって気づいてくれるかな・・・・」

天津風は鏡に映った自分に問いかけた。

 

それからしばらくしてドアをコンコンと叩く音がして

「お待たせいたしました!わたくしも水着を着て来ましたから開けていただけますか?」

ドアの先から春風の声が聞こえた。

「鍵かけてないからそのまま上がって」

天津風がそういうとドアがゆっくりと開き

「それでは改めてお邪魔しますね」

何故かコートを着込んだ春風が部屋に入って来た

「な・・・なんでコート?」

「流石に今の時期に水着のまま外に出るには抵抗がありましたので羽織ってきました」

「外っていってもあんたの部屋すぐ隣だしそれで泳ぐんだから別に良いじゃないそんなの」

「そうですか・・・それでは見ていただけますかわたくしの水着・・・!」

「はいはいわかったからさっさと見せなさいよ」

「それではいきますね!はいっ!」

春風はコートをばさりと開く

(なんだか露出狂みたいね・・・・ってな・・・なにそれえぇぇ!!)

コートの中から現れたのはふんどし一丁の春風だった。

「きゃぁ!ななななんでふんどしなのよ!それにせめて胸くらい隠しなさいよ!」

天津風は思わず顔を手で覆った

「あら?ダメでしたか?でもこれ・・・とても男らしいと思いません?本当は女性ものの水着もあるのですがこちらの方が男らしくていいかなと・・・どうです天津風?わたくし男に見えますか!?」

(確かに春風の体つきは今の私よりずっと男らしいけど・・・・でも流石にこれはダメ!ただの変態じゃないこんなの)

「絶対女の子水着の方が良いわよ!そのふんどし一丁はやめといた方がいいわ!それに絶対女の子の水着の方が似合うから!!絶対そうしたほうがいいわ!」

天津風は必死で春風を説得した

「そうですか・・・残念です。やはりまだ修練が足りないのですね・・・天津風がそう言うならそうします。でもいつかはきっとふんどしの似合う男になって見せます!」

春風は残念そうにコートを羽織った。

「修練とかそういう次元の話じゃないと思うんだけど・・・でもなんで春風はそんなに男らしくなりたいの?ずっと女の子でいることを強制された反動とか?」

「確かにそれもあると思います。わたくしが艦娘になったのも家の威信の為と艦娘になってしまえば女性として生活せざるを得なくなるだろうという父の判断でしたし・・・それでもわたくしは男でありたかったんです。父から離れて尚更そう思うようになりました。でもそれは父に対する反抗なんかではなくわたくし自身の意志だと思います。どれだけ女性として育てられてもそうあるように強制されてもわたくしは男なのですから。それならば男らしく生きてみたいと思うのはいけないことでしょうか?あなたはどうなのですか天津風?わたくしと違って艦娘になって身体に大きな変化もあったようですが普通の男の子だった頃が恋しくなったことはありませんか?」

「無いって言ったら嘘になるけど艦娘になるって決めたのは私自身だしそれを否定してしまったら私は・・・でも結局のところ私自身もよくわからなくて・・・変でしょ?」

天津風は自嘲した。

「いいえ変ではありませんよ。わたくしも女性であることを強制されていた頃は自分の性のことで悩んでいましたし、他人にわたくしの考えを押し付けてしまえばきっと押し付けられた側はわたくしのように苦しむことになってしまいまうと思います。ですから天津風、今はどちらを取るや捨てるではなく悩めばいいのでは無いでしょうか?ごめんなさい。変なことを聞いてしまいましたね・・・きっとわたくしは普通の男の子だったあなたが羨ましかったのかもしれません。そんなあなたが普通の男の子であることをやめてまで艦娘になったことも私からすればどうしてそれを捨ててまで艦娘になった事を心のどこかで嫉妬していたのかもしれません。でもあなたはわたくしなんかよりももっと辛い思いをしてここに居るのにそんな感情を抱いてしまったわたくしがどれだけ浅ましいか・・・わたくしはそんな女々しい自分が嫌いで・・・そんな女々しさを捨てて男らしくなりたいとそう思っているのです」

「春風・・・」

「ごめんなさい。話過ぎてしまいましたね。それでは夜も遅いのでわたくしはそろそろお暇します。付き合っていただいてありがとう天津風。お騒がせしました。それではおやすみなさい」

春風はそう言い残すと部屋から出て行ってしまった。

「普通の男の子が羨ましい・・・か。私も普通の男の子で居たかったけど・・・それより私はどんな酷いことをされてもお父さんが側に居る春風の事が羨ましいけどな・・・・」

一人部屋に残された天津風はポツリと呟く。

「はぁ・・・何考えてるのかしら私・・・きっと色々あって疲れてるのね。さっさと寝てしまいましょう」

天津風はため息を一つ吐くと水着を脱ぎ、寝間着に着替え直して眠りについた。

 

それから数週間後海水浴場を美化する仕事を鎮守府ぐるみで頼まれていた日の早朝、天津風は部屋をノックする音で目を覚ます。

「うぅ・・・何よ・・・まだ朝の5時じゃない」

天津風は重い体を起こしてドアを開けると春風が立っていた

(こんな朝っぱらから何の用よ・・・)

「おはようございます天津風!いい朝ですね」

「何がいい朝よ!まだ5時なのよ?叩き起こされて最悪の朝よ」

「ごめんなさい・・・つい張り切ってしまって。いつもはこれくらいの時間に起きて身支度をしているのですが今日は少し早く起きてしまったものですしわたくし方向音痴なので集合場所までご一緒してほしくて」

「それにしたってまだ集合時間まで後3時間もあるのよ!?幾ら何でも早すぎるわよ!」

「そう・・・ですか・・・起こしてしまってごめんなさい」

「ああわかったわよもう今更寝る気にもならないし付き合ってあげるからからちょっと待ってて」

「本当ですか?ありがとうございます」

天津風はドアを閉めて身支度を済ませた。

「お待たせ。それじゃあ行きましょ」

「はい」

天津風は春風を連れて集合場所の海岸に向かうと既にシートと簡易テントが貼られているのが見えた。

「ここで待ってろってことかしら・・・ってあれは」

テントの方に近づくと金剛が一人で体操をしている。

「まさか私たちより先客がいるなんて・・・」

「まだ一人しか来ていないのですか・・・」

二人はそんな人影を見て正反対の言葉を漏らした。

(いやいや流石にまだ5時過ぎなんだから誰もいない方が普通でしょ)

天津風はそう思ったが反論するのも面倒なくらいに眠たかったので言わなかった。

「金剛さん、おはようございます」

春風が体操をしている金剛に声をかけた。

「oh!ハルカゼにアマツカゼデース?グッドモーニングデース!早いネー」

二人に気づいた金剛はそう返した

「金剛さんこんな朝の早くから一人で何やってるの?」

天津風は尋ねる

「日課のランニングと簡単なエクササイズデース!いつもは鎮守府の周りでやってるんデスが今日はここ集合だと聞いてせっかくだからと思ってビーチでやってたんデース」

「日課・・・それじゃあ毎日こんな朝の早くからやってるって事!?」

「YES!最近4時くらいには目が覚めちゃってやることもないしフィットネスデース!体型維持も大変だからネ・・・そうデース!そろそろランニングをしようと思っていたんデスけどアマツカゼたちも一緒にどうデース?」

「私は眠たいからパスで・・・」

「そうデスか・・・残念デース・・・でも無理はいけまセーン!まだ時間もありますしテントでゆっくりしてるといいヨー!ハルカゼはどうするデース?」

「是非わたくしご一緒させてください!金剛さんがこんなにすといっくな方だとは思いませんでした!尊敬します!」

眠そうな天津風を尻目に春風は目を輝かせている

「そこまで言われると照れちゃうヨーそれじゃあひとっ走り行ってくるデース!」

「はいっ!お手柔らかにお願いします!」

金剛と春風はそう言って走り去ってしまった。

(なんでこんな朝っぱらから元気なのよこの二人は・・・)

天津風は二人の背中を眠そうな目で見送った。

「誰もいなくなったことだし少しテントで横になろうかしら」

天津風はテントに入って腰を下ろす。

「このテントもなんだか懐かしいわね」

テントの天井を見つめた天津風は以前の自分のことを思い出していた。

(毎年長峰さんたちが海水浴場の整備とかやってるの遠くから眺めてたっけ。毎回めんどくさいとかなんとか適当な理由つけて手伝わなかったけど結局やることもないから眺めてたのよね・・・長峰さんたちはいつもなんだかんだで僕のこと気にかけてくれてたのに・・・なんでもっと素直に受け入れられなかったんだろう・・・?)

天津風は以前の自分のことを悔いていた。

それからしばらく天津風がぼんやりとしていると

「あら?もう誰か来てる?」

「せめて先に待っているくらいの時間で来たつもりだったんだが」

聞き慣れた声が聞こえて天津風は反射的に身構える。

(な・・・長峰さんに奥田さん!?って二人が頼んできた仕事なんだから来て当然よね・・・でもなんだか気まずい・・・)

そんな天津風に気づいたのか

「や、やあ天津風ちゃんおはよう君一人なのかい?」

長峰が声をかける

「違います。金剛さんと春風もいたんですけどランニングに行っちゃって」

天津風は消えそうな声でそう答えた。

「そうだったのか。こんなに朝早くから来てくれてありがとう」

「い、いえ仕事ですから」

「仕事・・・か」

長峰は少し悲しそうな顔をして会話はそこで終わってしまった。

そして二人が黙っていると

「朝から来てくれたのこの人愛想悪くてごめんね。はい、お茶飲む?」

奥田が持っていたクーラーボックスの中からペットボトルのお茶を取り出して手渡した。

「は、はい・・・いただきます」

天津風はそれを受け取って飲み始めた。

「どう?あの鎮守府は楽しい?」

奥田は天津風に問いかける。

「えっ・・・!?」

急な問いに天津風は驚きを隠せなかったが

「急にごめんね。お兄さん年端もいかない艦娘の子がどう思ってるのか気になってね・・・答えたくないなら答えなくていいけどよかったら教えて欲しいな」

奥田はそう続けた

「楽しい・・・です。提督はちょっと頼りないけどみんなこんな私にも優しくて・・・」

それを聞いた長峰は一人安堵の表情を浮かべていた。

「そう・・・変なこと聞いちゃってごめんね。まだ時間あるからゆっくり休んでね。もしかして僕たちがいたら落ち着かなくてゆっくりできない?」

「そ・・・そんなことはないです!邪魔にならないようにしてますからぼ・・・・私のことは気にしないでください」

「そう。それならここで長峰と一緒に待たせてもらうね」

 

 

それからしばらくして金剛と春風がランニングから戻って来た。

「うーん!今日も走ったデース!走った後は潮風が気持ちいいネー!」

「はぁ・・・はぁ・・・金剛さん待ってください・・・・」

金剛はまだ余力があるが春風の方は息を上げている。

「君、春風ちゃん・・・だっけ?初めまして。僕は××町観光協会副会長をやってる奥田陸って言います。あっちの無愛想な方は会長の長峰。よろしくね。君ランニングで疲れてるみたいだしこれあげるね。これ飲んでゆっくりしてて」

奥田はクーラーボックスからお茶を取り出して春風にお茶を手渡した。

「は・・・はい。ありがとうございます。いただきます・・・ぷはぁ!生き返ります!」

春風がお茶を飲み干して居る横で金剛が長峰と奥田に気づく

「oh!もしかして長t・・・・・むぐっ!な・・・なにするデース!?」

名前を言いかけた途端奥田は猛ダッシュで金剛に近づいて口を塞ぎ

「ごめんなさい金剛。その名前はちょっとあの子に聞かせる訳にはいかないの」

と金剛に耳打ちした

「・・・?よくわからないけどわかったヨー!ところでなんで二人はこんなことしてるデース?」

「これが今の仕事なんだよ。ね、長峰観光協会会長?」

「長峰・・・そういえばそんな名前でしたネー」

「あ、ああ。色々あってな。お前の方もその後色々あったようだが?」

「そうデース!まさかここにくることになるとは思わなかったけどネー!でもケンもワタシ好みのBOYで毎日退屈しないし来てよかったヨー!!」

「はぁ・・・謙くんも追い回してるの?」

奥田は呆れたようにため息をつく。

(長峰さんたちと金剛さん知り合いなのかしら・・・?)

天津風は金剛たちの会話を不思議そうに眺めていた。

「積もる話もある。ここではなんだから向こうで話さないか?」

長峰が遠巻きの岩陰を指を指した。

「向こうでデース?ここでじゃダメなんデース?」

「こっちにも色々あるの。特にこっちのほうが訳ありでね」

「ふぅん・・・わかったデース!それじゃあワタシは二人と話してきマース!それじゃあ行くデース」

金剛は天津風たちにそう言って長峰たちと共にテントから少し離れた岩陰の方に歩いていった。

 

そしてテントには春風と天津風の二人が残され海の波の音が聞こえてくる。

天津風は長峰たちが居なくなり緊張から解放されたのかぐったりと横になってため息をついた。

「はぁ・・・金剛さん騒がしい人だけど居なくなったら居なくなったで退屈ね・・・早く集合時間にならないかしら」

「そうでしょうか?波の音を聞いて居ると落ち着きませんか?」

「こんなんじゃ落ち着かないわよ。もう嫌という程聞いてるんだから・・・もう聞き飽きたわこんな音」

「あら?天津風はわたくしより後でここに来ましたよね?艦娘になる以前もお住いは海の近くだったのですか?」

「え、ええ・・・そうだけど・・・」

「そうなのですね・・・わたくしはずっとこんな感じでしたが艦娘になる前のあなたがどんな男の子だったのか少し興味が出て来ました。同年代の男の子がどんな風に生活をしているのかわたくし知りませんから」

「べっ・・・別に普通の男の子だったわよ・・・普通の」

「普通の・・・ですか?その普通がわたくしにはわかりません。しかしそんなあなたが親元を離れて一人で艦娘をしているなんて・・・さぞ大変でしょう?わたくしは艦娘になる道しか選ぶことはできませんでしたがあなたはたくさんの選択肢から艦娘になることを選んだのでしょう?それはとても立派なことだと思います。わたくしがそれしか知らないからそう思うだけかもしれませんが・・・」

「立派・・・?全然立派じゃないわ・・・それに私だって出来ることなら普通の男の子で居たかったわよ・・・」

「つまり艦娘にはなりたくなかったと?」

「そ、それは・・・違うけど・・・・でも最近艦娘になってから他にもやりたい事とかしたい事があったんじゃないかな・・・って思う事はあるわ。それに気づけたのも艦娘になってからっていうのは皮肉でしょ?僕・・・私だってできることなら普通に学校に通って遊んで勉強して友達を作ったりしたかった・・・でも今の暮らしも結構気に入ってる。だから胸を張って艦娘になってよかったって思えるように・・・静かな海を取り戻した後にやりたいことを探すために私は今ここにいるの」

「そうですか。意地の悪い質問をしてごめんなさい天津風・・・あなたはわたくしが思っていた以上にしっかり考えて居たのですね」

「なにそれ皮肉?」

「いえ!そんなあなたを尊敬します。私も艦娘でありながら男の中の男になる夢絶対に叶えてお父様に一泡吹かせてやります!天津風の見つけた目標とどちらが先に果たせるか競争しましょう」

春風は目を輝かせて天津風を見つめた

「なにそれ私まだスタートラインにすら立ってないんだけど・・・・でもいいわ。それくらいのハンデはあげようじゃない!絶対負けないんだから!」

天津風はむくりと起き上がって春風を見つめ返す。

それを聞いた春風は嬉しそうにクスりと笑った。

「はぁっ・・・これが漫画で読んだらいばる・・・と言うものなのですね!今日からあなたはわたくしのらいばるです!これからわたくしと高め合って行きましょう天津風!」

「はぁ・・・あんたって結構暑苦しいところあるわよね。夏場なのも相まって暑苦しいったらありゃしないじゃない・・・でもそんなところ嫌いじゃない・・・・かも」

天津風は気恥ずかしそうに春風から目線をそらす。

「ふふっ・・・!」

「なにがおかしいのよ!?」

「いえ嬉しいんです。同じような境遇の年の近い方と毎日こうやってお話ができることがとっても!わたくし艦娘になって良かったです!」

春風は嬉しそうに天津風の手を取る。

天津風はその言葉が嬉しかったが自分の表情が緩むのを春風に見られるのが恥ずかしかったのか手をほどいて後ろを向いた。

「ちょ!あんまり引っ付かないでよ暑苦しい!でも・・・私も転校ばっかりだったし学校もここ何年かロクに行ってなかったりで友達なんか居なかったからあなたや吹雪と知り合えたこと・・・・悪くないと思ってるけど」

「ん?何です?最後の方が聞き取れなかったのですが」

「な・・・・何でもないわよ!」

「え〜本当ですか?」

「本当よ!あ〜眠い眠い!ちょっと横になるわ」

「ふぅ・・・相変わらず恥ずかしがり屋さんですね天津風は」

「別に恥ずかしがってなんかないわよ!!」

その後も横になった天津風に春風は話しかけ続け、天津風はめんどくさそうにしながらもしっかりと返事を返し続けた。

 

それからしばらくして提督達や他の艦娘たちもテントに集まりはじめ作業開始の時間になると長峰があいさつや清掃の班分け、予定などを説明した。

「・・・以上だ。私が振り分けた班の通りに別れて各自行動してくれ。すでに協会員が持ち場で待機している」

天津風たちはブイやクラゲ避けのネットの点検や張り替えを任された。

「はぁ・・・艦娘の力をこんなことに使っていいのかしら・・・」

天津風は不満そうな言葉を漏らす

「激しく同意・・・私はねてたい・・・・帰りたい・・・」

そんな言葉に初雪が続けた。

「も〜ダメだよ二人とも!どんな辛い時でも那珂ちゃんみたいにスマイルだよ〜?きゃはっ☆」

そんな二人に那珂は笑いかけるが

「那珂ちゃんさん・・・暑苦しいです」

「うん・・・あつい・・・熱中症になる・・・・」

天津風と初雪は冷ややかな目で那珂を見つめつつ仕事に戻った。

 

それから不平不満を言いつつも着々とこなして行き昼休憩の時間まで後少しと言う時に

「はぁ〜やっぱりこれだけいっぱいいるとすぐに片付いちゃうね!去年はこれ全部阿賀野とイク先輩だけでやってたんだよ」

阿賀野は手袋で汗を拭って得意げに言った

「イク先輩って・・・?」

天津風は首をかしげる

「イク・・・?あっ、そういえば・・・いなくなってる・・・どこ行ったの?」

初雪も不思議そうに阿賀野に尋ねた

「ああ天津風ちゃんたちは知らなかったよね?提督さんがくる少し前までここに居た潜水艦の艦娘だったんだけど急にやりたいことが見つかったからって鎮守府を飛び出して今ショッピングモールでお洋服を売ってるの!なんでも阿賀野に似合う服とか探してくれてるうちにそういうことがもっとしたいって思ったらしくって・・・それじゃあ来年この整備全部阿賀野一人でやらなきゃいけないの〜!?って思ったけどこれだけみんなが来てくれたから心強いよ〜」

「そう・・・だったんだ・・・通りで見かけないと思った」

納得するようなそぶりを見せる初雪の隣で天津風はやりたいことを見つけて艦娘を辞めて去って行った先輩がいるという事と今のこの生活を投げ捨ててまでやりたいことに自分はこれから出会えるのかどうか少し不安に思った反面自分にももしかしたら何かが見つけられるかもしれないと思った。

次の瞬間

「あ〜っ!」

急に阿賀野が声を上げた

「なぁに阿賀野ちゃん?」

「そろそろお昼だよね。もう作業も半分以上できてるしちょっと早いけど切り上げちゃお!長峰さんたちが用意してくれるご飯すっごく美味しいんだ〜今年もいっぱい食べちゃうから!さ、みんなも早く行こっ!」

阿賀野は作業を中断し、休憩場所である海の家の方に舵をとった

そんな阿賀野の背中を天津風達は追いかけぽつりと残された那珂は

「いいなぁ・・・阿賀野ちゃん食べても太らないし・・・スタイルもいいし・・・って那珂ちゃん置いてかないでよ〜」

そう呟いて阿賀野を追いかけた。

 

そして海の家に入ると愛宕が阿賀野や天津風たちを出迎えた。

「あら?あなた達早かったわね。っていってもそれだけ居ればもう作業もだいたい片付いたって事かしら?」

「な・・・・あ・・・・愛宕さん!?なんて格好をしていらっしゃるんですか!?」

春風はそんな愛宕の姿を見て顔を真っ赤にする

「ええ〜これ?お昼休みは私はみんなに豚汁よそう係なの〜だからエプロン」

「だ・・・だからってそんな・・・・裸にエプロンなんて・・・そんな・・・はしたないですっ!」

「あら?これ裸じゃないわよ?ほらっ!」

愛宕は恥ずかしがる春風を見てエプロンをたくし上げた

「きゃー!な・・・・なにをしていらっしゃるんですか!?」

春風は手で顔を覆い悲鳴を上げる。

その横で吹雪達も手で覆ったが

「も〜そこまでおどろかないでよ〜ほらスパッツ!」

「す・・・すぱっつ?」

春風は恐る恐る指の隙間から愛宕を見た。

「ほらサポーター2重に履いてアソコも目立たないんだから!ちゃんと上もタンクトップ着てるのよ?」

愛宕は得意げに胸を張った

「でもなんでそんな格好を?」

吹雪は尋ねた。

「ああこれね。こっちの方がウケがいいのよ♡」

「は・・・はぁ・・・・うけ・・・?」

吹雪は首をかしげた。

「せっかく来たんだから早くご飯食べちゃわない?ここも混んじゃうし休憩時間も長くとれるわよ?」

愛宕がそう言うと

「はいはいはーい!阿賀野豚汁大盛りで!!」

阿賀野が威勢良く飛び出して行った。

天津風たちは阿賀野に続く形で昼食を受け取り指定された席に座って昼食を取り始めた。

昼食を取っていると作業を中断した協会員の人々がぞろぞろと海の家に入ってくる。

そんな協会員は列をなして愛宕の前に並ぶ

「みなさんせっかちさんなのですね〜でもちゃんと皆さんの分はありますからちゃんと並んでくださいね〜」

愛宕は媚びた声であざとく笑い、春風は遠巻きにそんな愛宕を釘付けになったように見つめていた。

「春風・・・?どうしたの食べないの?」

天津風はぼーっとしている春風に話しかけるが返事はなく

「春風!聞いてる!?」

「あっ、いえな・・・なんでもありません!」

少し声を荒げてやっと天津風に気づいたのか我に返った春風は昼食に箸をつけた。

それから少しして提督と大淀がやって来て同じテーブルに座ると突然大淀と阿賀野が喧嘩を始めた。

「阿賀野は提督さんと一緒にお風呂入ったもんね!裸のお付き合いだってしてるもん!その時提督さん阿賀野のこのおっぱいガン見してたんだから!」

阿賀野が勝ち誇ったように胸を強調してみせる。

そんな言葉に吹雪と天津風は目をまん丸にして阿賀野の胸を羨ましそうに見つめた。

(お風呂!?私だけじゃなかったの!?)

(お兄ちゃん・・・やっぱりおっぱいが大きい人の方が好きなのかな・・・)

「は?謙なにそれ!?って私だってお風呂くらい一緒に入ったことありますし!そのあと抱きしめてもらいましたし!!どうせあなたのことだから無理やり押しかけただけでしょう?」

大淀も言い返し、どんどん二人の言い合いが激化していき提督は辺りからの視線や恥ずかしい話で顔が真っ青になっている。

(大淀さんも!?それに抱きしめたって!?あのスケベなにやってんの!?それになに助けてくれって言わんばかりにこっちのことジロジロ見てるのよ・・・自業自得じゃないお兄さんのバカ)

(お兄ちゃん・・・大淀お姉ちゃんとも入ってたんだ・・・・私が一緒に入ろうって言ったら一緒に入ってくれるかな・・・・でも私の裸なんか見せたら・・・)

天津風と吹雪はそんな感情を抱きながら提督を見つめた。

提督は他の艦娘に助け舟を求めようとするがことごとくスルーされるも最終的には大淀が勝ち誇った顔でフライを食べ始めて沈静化した。

そんな折

「すみません天津風・・・」

突然春風が天津風に耳打ちする

「何?今私イライラしてるんだけど?!」

「す・・すみません・・・わたくし少々お手洗いに行ってまいります・・・なんだか立ち去りづらい雰囲気だったものですから」

春風はそう言うと少し前かがみになりながらこっそりとテーブルから離れて行った。

「トイレなんか勝手に行けばいいのに」

天津風はそうボソッと吐き捨てた。

 

そして昼休憩も終わり作業に戻った天津風の頭の中では大淀と阿賀野の喧嘩の言葉の断片がなぜか消えないままぐるぐると回り続けて居た

(私もお兄さんに抱きしめてもらいたい・・・・って何考えてるの私!?べつにあんな奴にそんな事してもらいたくなんかないし!!でもお兄さん・・・今の私のことどう思ってるんだろ・・・もしあの水着見たら可愛いって言ってくれるかな・・・それとも男なのに女物の水着着るなんて変って言われちゃうかな・・・・はぁ・・・なんで私・・・こんな事考えてるんだろ・・・あんな水着恥ずかしくてお兄さんの前でなんか着れないわよ・・・これでも私男なんだから・・・)

天津風の頭の中はその日の作業中はずっとそのままだった。

 

そして作業がなんとか終わり長峰が挨拶を始めた。

「そこでお礼と言っては微々たるものだが明後日に君たちのためにこの海水浴場を解放することにした。もちろん貸切だ。と言っても最終安全確認も兼ねて居るが存分に楽しんでもらえるとありがたい。それでは解散だ。本日は本当にありがとう。××町民を代表して礼を言わせてもらう。」

(な・・・・海水浴場貸切ですって!?それじゃあ私あの水着着なきゃいけないじゃない・・・必要になるかもってもしかしてこれのことだったの・・・!?はぁ・・・)

長峰の解散の言葉を受けて艦娘たちがぞろぞろと鎮守府に帰っていく中天津風は気が抜けたように歩いていた。

「はぁ・・・あの水着着なきゃダメよね・・・?参加しないのも勿体無いし海パンは全部引っ越すときに捨てちゃったし・・・」

(でもあの水着を着たらお兄さんはどう思うかな・・・?)

天津風は頭の中で妄想を巡らせる

しかしどんどんとその妄想は膨れ上がって行き・・・・・

(・・・・

 

「あのねにぃに・・・見て欲しいものがあるの」

「ああ。なんだ?」

「この水着似合ってる?男の子なのに女の子の水着着てるの変に見えない?」

「ああ天津風。すっごく似合ってる。本当に女の子みたいだ」

「やったぁ♡にぃに〜私すっごく嬉しいっ!きゃぁ!にぃに!?私の顎なんか持って顔近づけて何するの〜!?」

「天津風・・・お前がそんな女の子みたいな格好してるのがいけないんだぞ。俺もう我慢できないんだ」

「そ・・・そんなだめだよにぃに・・・キスなんかしたら赤ちゃんできちゃう」

「ああ!それでも構わないぜ!好きだ天津風!」

「にぃに・・・・うれしいっ!私ね、やりたいこと見つかったよ・・・?」

「なんだ?こんな時に」

「にぃにのおよめさ・・・・・」

 

 

 

「ってちがぁぁぁぁぁぁぁぁう!!!!!!!!だからにぃにって何よ!?」

天津風は自分が脳内に思い浮かんだものをかき消した。

「ひゃわっ!ニヤニヤしていたと思ったら急に大声あげてどうされたんですか天津風!?」

隣にいた春風は驚いて声をかける

「べっべっ・・・別になんでもないわよ!!」

「そうですか・・・なんだか阿賀野さんと大淀さんが喧嘩した後からずっとそんな調子ですしお顔も赤いので熱で頭をやられたのかと」

「やられてないわよ!正常よ!!」

「もしかして司令官様のことですか?」

「なっ・・・!?なんでわかったの!?・・・・・・って違うわよ!あんな幸薄そうでぶっきらぼうでスケベで頼りなくて・・・でもたまにちょっとだけかっこよくて優しいにぃ・・・提督のことなんか考えてないわよ!」

「ふふっ!本当に素直じゃないのに嘘が下手ですね天津風は・・・本音が漏れていますよ?」

「だから本当に違うってば!」

「わたくしも司令官様のことお慕いしているんですよ」

「え・・・・!?」

「お父様以外で始めてしっかり私とお話してくれた殿方ですから・・・漫画に出てくる方々に比べたら少々頼りないですが私、男として彼の方を尊敬してるんです!きっと司令官様以上の男になって見せます!」

「はぁ・・・びっくりして損したわ」

「あら?天津風は違ったのですか?」

「い・・・いやまあそんなところ・・・かしら・・・そういえば春風は明日どうするの?」

「海水浴場の話ですか?もちろん参加しますよ?」

「参加するかじゃなくて水着・・・」

「天津風が男物はやめろと言いましたから女物の水着で参加しますよ。天津風は違うのですか?」

「い・・・いや・・・・その・・・・女物の水着を着るのには流石に抵抗があって・・・」

「この間あんなに嬉々として着ていたではありませんか」

「あれはサイズが合うかどうか試したかっただけで喜んでなんかないわよ!」

「そうでしたか・・・わたくしはずっと女装が普通でしたからなんの抵抗もありませんが天津風は少し前まで普通に男の子として生活して居たからそう思うのも当然ですよね」

「そ、そうよ!正直あの制服も恥ずかしいったらありゃしないわよ」

「そうだったのですね・・・それでは男物の水着で参加をするのですか?」

「そ・・それは・・・・なんだかおっぱいも膨らんできちゃったしちょっと厳しいかなって」

「天津風は艦娘になってからお胸が膨らんで来たのですね・・・わたくしは全く身体に変化がありません・・・・」

「そっちの方がいいと思うけど?」

「そうですか・・・」

そんな話をしている間に宿舎へとたどり着いた二人は部屋の鍵を開け

「それじゃあまた夕飯でね」

「ええ」

そう言ってお互いの部屋に戻った

部屋に戻った天津風は引き出しに入れていた水着を取り出してまじまじと見つめる

(やっぱり男の僕がこんな可愛い水着なんか着るの変だよね・・・でもこれしかないし・・・・そうだ!地味な水着をお兄さんと一緒に探しに行きましょう!別にお兄さんを独り占めしたいとかそういうのじゃなくて・・・・こんな水着僕が着るの変だし!そうしよう!!それにその時可愛い水着を来て見せたらお兄さんの反応がわかるしいい反応だったらその時はあの水着を着てもいい・・・かな?)

天津風はそう心に決めたが夕飯の時は切り出すことができなかった。

(うう・・・結局言えなかった・・・明日またチャレンジしなきゃ!)

 

そして次の日・・・

(うう・・・・お兄さんを買い物の付き添いを頼むだけなのになんでこんなに緊張してるんだろ?別に買い物なんか行かなくてもいいから?昨日の阿賀野さんと大淀さんの痴話喧嘩を見てからずっと変だよぉ・・・)

天津風は執務室の扉の前を何度も往復していた。

(べっ・・・別に二人が羨ましかったわけじゃないし・・・でもお兄さんがこれ以上変態になるくらいなら私が・・・って何考えてるの私・・・いいや僕は男の子で・・・それでお兄さんはあくまでお兄さんなんだから・・・でもこのままじゃ僕・・・うん。よし!決めた!)

天津風は深呼吸を一回した後執務室のドアノブに手をかけた

「提督!居る?」

 

天津風は勢いよく執務室のドアを開け提督に詰め寄り、提督は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

「うわぁ天津風!?せめてノックくらいしろよ」

「ごめんなさい・・・ってそうじゃないの。大淀さん、ちょっとこいつ今日だけ借りていいですか?」

「え?急にどうしたの天津風ちゃん?」

「ちょっと用事があるの。ダメかしら?」

「そうですか。わかりました」

大淀は少し渋々うなづいた

「それじゃあ今すぐちょっとだけ顔貸しなさい」

「えっ、今からか?まだ仕事終わってないんだけど」

「いいから!すぐ終わるからさっさとこっち来なさい!」

天津風は半ば強引に提督を執務室の外へ連れ出し少し執務室から離れた場所で立ち止まる。

(よし!これであとはお兄さんにお願いするだけ・・・!頑張れ僕・・・!負けるな私!!)

天津風は覚悟を決めて提督を見つめた。

「な、なあ用事ってなんだよ天津風」

「明日・・・海水浴場で遊べるじゃない?」

「え、ああうん。」

「私ね・・・女の子用の水着を持ってなくて・・・こんな男か女かわからないような身体になっちゃったし男物の水着じゃ泳げないでしょ?だからね・・・?その・・・買いに行きたいからお兄さんについて来てほしいなって・・・・」

天津風はそんな嘘をついて提督を誘った。

(お願い・・・!良いって言って!)

天津風は胸の中で祈った。

すると

「ああ・・・わかった。俺でいいなら」

提督は頷いた。

(や・・・やったぁ!お兄さんと二人でお出かけできる!)

天津風は嬉しくてその場で飛び跳ねたかったがそんな所を見られるのが恥ずかしかったので感情を押し殺し

「そう・・・それじゃあ今日の書類整理が終わったら買い出しに付き合いなさい。私13時くらいに門の前で待ってるから!」

そう言い残して自室の方に逃げるように走り去った。

 

 

嬉しそうに部屋に戻って少ししてから落ち着きを徐々に取り戻した天津風に気恥ずかしさがじわじわと湧き上がって来る。

「やったぁ!お兄さんとお出かけ!!ってなんで私こんな喜んでるのよ馬鹿馬鹿しい・・・ただ買い物行くだけじゃない・・・でも服・・・どうしよう・・・流石に制服で行くわけにはいかないし・・・そういえば!」

天津風は何かを思い出したように押入れに入った段ボールを引っ張り出して開けた。

中には可愛い女性ものの洋服が何着か入っている

「ここにくるときに芹本さんが送ってくれたけど・・・結局まだ着てないのよね・・・ちょっと試着もかねて今日はこれを着て行こうかしら・・・・」

天津風は何着かある中から1着を選んで着てみることにした。

(はぁ・・・本当に女の子の服って着るだけでもめんどくさいんだから・・・それにこのスカート短くない?いつもは履いてないようなものだけど履いてみるとと意識しちゃう・・・うう・・・恥ずかしいよぉ・・・)

天津風は不慣れながらに服を着て恐る恐る鏡を見た

「よしっ・・・!これなら男の子には見えない・・・よね?こんな格好したらお兄さんどう思うかな・・・・」

天津風は鏡に映ったいつもとは違う自分を見て胸を高鳴らせて時計を見る

「そろそろ時間ね・・・誰かに見られませんよ〜に!」

時計が12時30分頃をさしたので天津風は部屋を飛び出し指定した待ち合わせ場所に走った

(お兄さん早く来ないかな・・・・・今の僕の格好見たらきっと驚くよね?でもなんで僕こんなにドキドキしてるんだろ・・・きっと走ってきちゃったから・・・だよね?)

天津風は鼓動を高鳴らせて提督を待った。



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海水浴前日

 多かった書類の整理もこれで最後の一枚になり、それに俺はハンコをひと突きした。

よし・・・これで今日の書類整理は終わりだ!

俺は達成感から伸びをしつつ時計を確認した。

時計は12:30を指している。

「ふぅ〜なんとか時間通りに終わったぁ!」

俺は安堵の息を洩らす。

昨日の今日で海水浴場警備の最終確認やらなんやらで書類の量はいつもよりも多かったがなんとか約束の時間までに終わらせることができた。

すると

「お疲れ様です」

大淀がそう言って俺の机にアイスティーをゴトンと音を立てて置いた。

こう言う時大淀は大抵機嫌が悪い。

本当に機嫌が悪い時は入れてすらくれないけど・・・

しかしなんで怒ってるんだ?やっぱり昨日のことまだ怒ってるのか?

でもさっきまでは別に機嫌が悪い感じでもなかったし・・・

「な、なあ大淀」

「なんですか?」

大淀は険のある返事をする。

やっぱりなんか怒ってる・・・?

「なあ・・・もしかして昨日のことまだ怒ってるのか・・・?」

「違います!」

恐る恐る尋ねてみるもそう即答されてしまった。

「じゃ・・・じゃあなんでそんな怒ってんだ?」

「別に怒ってません!」

いやいや絶対怒ってるだろ

俺が一体この短時間で何をしたって言うんだよ・・・

ただいつもより1~2割増しで仕事してただけだぞ?

「それより早くしないと天津風ちゃんとの約束の時間に遅れてしまうのでは?せっかく張り切っていたんですからさっさと行ったらどうです?」

「え、ああ・・・」

確かに大淀が不機嫌なのも気になるが天津風を怒らせたらそれどころでは済まない。

背に腹は代えられないし大淀も行けと言ってくれている。

ここで嫌だと食い下がれば逆に大淀の気分を悪くさせてしまうだろう。

「それじゃあ行ってくる・・・なんかわかんないけどごめん!」

俺はそう言い残して逃げるように執務室を後にして、ひとまず私服に着替える為自室に戻ると吹雪がベッドに座っていた。

「あっ、お兄ちゃん!お仕事終わったの?お疲れ様」

珍しいな。なんで吹雪がこんな時間に部屋にいるんだ?

いつもは演習かトレーニングをしている時間のはずだ。

「あれ?吹雪?今日は訓練してないのか?」

吹雪がサボっているとも考えにくいし・・・

「今日はおやすみなの。昨日いっぱいお仕事したから高雄さんが明日以降に備えてゆっくり備えなさいって」

「そうだったのか。いつも休みなくトレーニングに哨戒に忙しいもんな。¥」

吹雪にも休息は必要だ。

それに海開きの期間はいつもは朝と夕方の2回だけだった哨戒を交代で夜まで続けなければならないんだからそれを考えれば今日くらいはゆっくり休んだってバチは当たらないだろう。

「・・・でも」

吹雪が言いにくそうに口を開く

「どうした?」

「本当は自主練をしようって春風ちゃんたちと話してたんだけどね、天津風ちゃんが急用があって休むって言うからそれならもう今日はやらなくていいかなって思って・・・だからいまから春風ちゃんのお部屋で遊ぶんだ。お兄ちゃんも一緒に行かない?」

「そうだったのか」

吹雪も他の駆逐艦たちとしっかり打ち解けたみたいで本当に良かったなぁ・・・って天津風!?

そうだ早くしないと約束の時間に遅れる!

とっさに部屋の時計を確認すると時間は12:55を指している。

まずい!完全に早めに終わったから油断してた!

遅れて言ったら何されるか・・・流石に金的キックだけは避けたい。

「ごめん吹雪!俺も急用なんだ!!ちょっと出かけなきゃいけなくて」

俺はとっさに制服を脱ぎ捨てる。

流石にフルチンじゃないからセーフだろ

「きゃぁ!お兄ちゃん!?そんな急に脱がないでよ!!」

吹雪は驚いて顔を手で覆った

「悪い!急いでるんだ」

俺は急いでズボンとTシャツを取り出して袖を通す。

「よし・・・!それじゃあ俺行くから。悪いけど春風の所にはいけないな」

「・・・そうなんだ。じゃあ私一人で行くね」

吹雪は残念そうな顔をする。

なんだか罪悪感があるが仕方ない。

「ああ。すまんそうしてくれ!」

あれ?ちょっと待てよ・・・?吹雪って水着持ってるのかな・・・流石に遊びに行く約束をしてる吹雪を一緒に連れて行くのも春風に悪いし・・・

「吹雪!お前水着は持ってるか?」

「えっ・・・水着?うん。前の鎮守府でもらったすくーる水着・・・?って言う水着ならあるしそれで泳ごうかなって・・・あんまり前の鎮守府のことは思い出したくないけどこれなら私のアザも隠せるしみんなと遊べるから・・・」

吹雪の表情が暗くなった。

聞いちゃいけなかったかな・・・

でもそんな以前のことを思い出してしまう水着で遊んだって吹雪はしっかり海水浴を楽しめないんじゃないか?

せっかく吹雪がみんなと楽しく遊べるチャンスなんだ。

そんなことあっていいわけがないじゃないか

「吹雪!そんなの気にしなくていい。俺がとびっきりの水着を買ってきてやるから!じゃあな」

「え?そんな・・・悪いよ」

「悪くない!気にすんなそれじゃあ俺行くから!!」

俺はそう言い残して部屋を飛び出した。

 

そして猛ダッシュで鎮守府の門の方へ行くと小さな人影が見える。

天津風そりゃもうきてるよな・・・

俺はその人影に駆け寄り

「ごめん待たせた!天津か・・・・ぜ?」

と声をかけるが目の前に居たのは風に綺麗な銀髪の長い髪をたなびかせた少女だった。

てっきり天津風のことだから先に待ってるものかと思ったけど先につけたようで一安心だ。

ひとまずこの子はこんなところで立っているってことは何かこの鎮守府に用があるってことだよな・・・?

とりあえず聞いてみるか

「あっ、ごめん人違いだったよ!ところで鎮守府に何か用かな・・・?それとこの辺りで君と同じくらいの背丈の女の子・・・・?女の子!うん女の子!なんか愛想が悪そうで目つきが悪い女の子見なかったかい?」

尋ねると女の子がどんどん不機嫌そうな顔になっていく。

あれ・・・?どっかで会ったことあったような・・・・・

「・・・そう。その愛想が悪そうで目つきが悪い女の子ってこんな子じゃなかったかしら?」

女の子はそう言うとポケットから取り出したリボンで長い髪を左右に結いはじめた。

「ああそうそうそんな感じでそうやって俺を蔑むような目で睨みつけて来て愛想のなさそうな・・・・って」

この髪型にこの目つき・・・まさか・・・・!

「お、お前天津・・・風!?」

いつもよりめかし込んでいた上に髪型が違って気づかなかったが間違いなく天津風だ!

やばい!完全にやらかしてしまったぞ

「お兄さんのバカ!この炎天下のなか人をどれだけ待たせるのよ!?大人なら10分前行動5分前到着くらいはしなさいよね!?それになんで気づかないのよ!!目腐ってるんじゃないの!?愛想がなさそうで目つきが悪くて悪かったわね!!!」

俺を睨みつける天津風は今にも殴りかかって来そうだ

「ごっ、ごめんっ!ギリギリに来たのも気づかなかったのも謝るから!天津風がいつもの格好じゃないし髪も下ろしてたから気づかなかったんだよ!!だから金的だけはやめてくれ!!」

俺は股間をしっかりガードすると天津風の動きが止まる

「いつもの格好じゃないから気づかなかったですって?」

「あ、ああそうだ!まさかそんな女の子みたいな服持ってるとは思わなくて・・・」

「・・・そう・・・・別に好きできたわけじゃないけどね・・・」

「どうしたんだその服?」

「ここに着任したときに芹本さんにもらったの。男の子だった時の私服は全部置いて来ちゃったから。きっともう捨てられてるわ。だからこれしかなくて仕方なく着たの!悪い?制服でうろつくよりはマシでしょ?」

芹本・・・?たしかこの間天津風宛てに小包を送って来てた人だよな・・・?

「え、ああ・・・そうなのか・・・・すごく似合ってる。本当に別人だと思ったくらいにな」

「なにそれ?いつもの制服が似合ってないってこと!?」

「いやそういうわけじゃないけど」

「・・・似合ってるって本当・・・?」

「ああ。本当」

「私男の子なのよ?それなのにこんな服着てても変だとか思わないの?」

「ああ。確かにお前はソラだって知ったときはびっくりしたけど今はお前と同じような境遇の艦娘たちに囲まれてるから何も変には思わないよ」

「・・・そう。ギリギリに来たことは許してあげる。こんなところで油売ってたらバスの時間に遅れちゃうし。ほら置いてくわよ・・・っとまずはその社会の窓をなんとかしなさい。すっごくかっこ悪いわよ?チャック全開のお兄さん」

天津風はそう言うと俺を置いてバス停の方に歩き出した。

社会の窓・・・・?はっ!

股間をとっさに確認するとズボンのチャックが全開だ。

急いで出て来たから閉め忘れてたんだ!!

「ちょ、ちょっと待ってくれ天津風」

俺はズボンのチャックを閉めて天津風を追いかける。

「ふふーんだ!ギリギリに来た上に私に気づかないお兄さんなんか待ってあげないんだから!」

天津風はなんだか嬉しそうにスカートと左右に結った髪を揺らしながらバス停の方へどんどんスピードをあげて走って行く。

怒ったり喜んだり忙しい奴だなぁ・・・

そんなことを思いながら天津風を追ってバス停に向かった。

 

そしてなんとか天津風に追いつきバス停にたどり着いたので天津風と共にバスに乗った。

「はぁ・・・・はぁ・・・なんとか乗れたな」

「お兄さん足遅すぎ。それにあんな距離走ったくらいで息あげてるなんて運動不足なんじゃない?ちょっとは運動でもしたら?」

「ああ。考えとくよ」

「その言い方は絶対やんないわね・・・」

天津風は呆れたのか俺にそっぽを向いてバスの車窓を眺め始めた。

バスが揺れるたびに左右で結われた綺麗な銀色の髪がゆらゆらと揺れて隣にいるからなのかほんのりいい匂いも漂ってくる。

俺は天津風の髪にいつの間にか見とれていた。

少し前まであんなに髪の短かった男の子だったはずだし大淀と違ってその時の面影も結構残っているとは思っていたがまじまじと見ると本当に女の子みたいだ。

「何?そんなジロジロ見て気持ち悪いんだけど?」

天津風俺は我に返った。

「あっ、ごめんぼーっとしてた、ところで天津風」

「何よ?私景色見るのに忙しいんだけど?」

「それって地毛なのか?前はウィッグだったろ?」

「地毛よ!あれからなんだかものすごい勢いで伸びたの。最近髪洗うのが面倒ったらありゃしないわよ・・・女の子って結構大変よね。服とかも前みたいにシャツ1枚じゃ済まないからめんどくさいし」

天津風は車窓の景色を眺めたまま結った髪の先を指で弄っていた。

「そうなのか?俺男だからわかんないや」

「私だってこんなだけど男よ!」

「そうだよなごめんごめん・・・」

「ふんっ・・・!でも・・・・・」

「ん?でも?」

「なんでもないわよ!」

「そ、そうか。ならいいや」

 

そうこうしているうちにバスはショッピングモールへと到着した。

「それじゃあ行くか」

「ええ。言われなくてもね!さっさと行くわよ」

はぁ・・・せっかく可愛いとか思ったのに中身は相変わらずだよなぁ・・・

でもそんな所に少し安心を覚えたりもする。

「あっ、おい一人で先に行くなよ」

俺は天津風を追いかけた。

しかし天津風が向かったのは水着売り場ではなくゲームセンターだった

「お兄さん!私あれ遊んでみたいんだけど」

そう言って2人プレイでゾンビシューティングゲームを指差した。

「天津風、お前水着買いに来たんだよな?」

「そ、そうだけどせっかく来たんだからそれ以外のことしちゃいけないって言うの?」

「いやそんなことはないけどさ・・・わかった。付き合うよ」

「やった・・・!こほん、あんまり足引っ張らないでよね」

ほんと素直じゃないなこいつ・・・

俺と天津風は投入口に100円を入れてゲームを遊んだ。

そういえば昔よく淀屋とやったなぁこの手のゲーム。

あいついつもは物静かだけどこう言うのやると豹変するんだよな。

奇声を上げるとか乱暴になるとかじゃなくてただただ不気味に笑いながら淡々と敵をキルしていく姿は正直敵のゾンビより怖かったが今となっては笑い話だ。

そんな昔のことを思い出しつつ天津風の方に目をやると

「このっ!ああもうなんで当たんないの!?」

ピョコピョコと飛び跳ねながら銃を上下左右に動かしている

結局そのまま俺たちのライフが尽きてしまいゲームオーバーになってしまった。

「もうっ!お兄さんがあそこでアシストしてくれないから負けちゃったじゃない」

「いやいや待てよアシストも何もお前のエイムがガバガバすぎるんだよこっちは下手なりに善戦したつもりだけ」

「そ、そうだけど・・・・こんなはずじゃなったのに・・・」

天津風は悔しそうに唇を尖らせた。

「ま、まあ初めてにしてはよくやったんじゃないか?俺なんか初めてやった時すぐ死んでたし」

「そんなお世辞なんかいいわよ・・・!次はあれ!あれやりたい!!」

天津風は次に目を輝かせてダンスゲームを指差した。

そりゃ天津風も遊び盛りの年頃なんだからこれが普通なんだよな。

「あれ1人用だぞ?それにやったことあんのか?結構ああいうの難しそうだけど」

「やったことないけどいいの!お兄さんは黙って見てて。私の演習で培った敏捷さを見せてやるんだから!」

天津風は勇んでコイン投入口に100円を入れてゲームを始め、hardを選択した。

「おいおい初めてでハードは流石にきついんじゃないか?」

「どの難易度選ぶのも私の勝手でしょ!?」

天津風はそう言って選曲をして曲が始まった。

天津風は素早く足を動かしgoodを連発していく。

さすが艦娘と言った所なのか運動神経は人並みはずれたものがあるな。

天津風が足を動かすたびにスカートがふわりと宙に浮くこれ以上激しく動いたらスカートの中身が見えちゃうんじゃ・・・

「お、おい天津風・・・?」

「何よ今いい所なんだけど!?あっ、ちょっ・・・」

俺の呼びかけで集中力が削がれたのか一度ミスをしてしまった天津風はそのミスを必死に取り戻そうと必死になるがそれがアダとなってそのままミスを連発する

「あっ、もうなんで!?さっきまでうまくいってたのにっ!きゃぁっ!!」

天津風はそのまま足をつまづかせてその場で尻餅をついた

「天津風!大丈夫か!?」

俺はとっさに天津風に駆け寄る。

「あいたたたたたた・・・・お兄さんが急に声かけるから・・・・・」

「ごめんごめん・・・ほら。立てるか」

「え、うん・・・ちょっと転んだだけだからだいじょう・・・・」

天津風はそう言いかけたところで顔を真っ赤にする。

どうしたんだろう・・・

少し視線を下の方にやると天津風のスカートがめくれ上がっていてスカートの中から猫の柄のパンツが顔を覗かせていた。

「ねこ・・・?」

「きゃぁぁぁちょっと見ないでよ!!」

「うわぁぁぁごめんっ!!本当にごめんっ!!」

 

結局天津風は自力で立ち上がって興が冷めたのか水着売り場に向かって歩き出した。

「全く・・・男のパンツなんか見るなんてどれだけ変態なのお兄さんは」

いやいや完全に女性物のだったし・・・

「あれは事故だ!好きで見たわけじゃないって!」

「本当ぉ?阿賀野さんとか大淀さんと一緒にお風呂でいかがわしいこととかしてるし本当はお兄さん男の人が好きなんじゃないの?」

「ばっ・・・そんなわけないだろ!?それに阿賀野は勝手に入って来ただけで大淀は・・・・・」

「大淀はなんなのよ」

「大淀は・・・その・・・というかいかがわしいことなんかしてねぇよ!断じてな」

「そうかしら・・・?お兄さんのことだしやりかねないんじゃない?」

「やりかねなくない!」

そんな言い合いを天津風としていると

「あ〜新しい提督のお兄さんなの〜こんにちは〜なの!」

聞き覚えのある声に呼び止められた。

「あっ、育田さん。こんちは」

「誰この人?」

天津風が尋ねてきたので俺は育田さんについて天津風に話した。

「これがイク先輩って人なのね・・・」

「あれ?天津風知ってたのか?」

「ええ。この間阿賀野さんにちょっと聞いたの。それに何回か泳いでるのを見たことあるかも・・・」

「そうか。そりゃ同じ街で暮らしてるんだから少しくらいは知っててもおかしくないよな」

「ん〜?お兄さんその子だれなの?毎度取っ替え引っ替えで女の子連れて歩いてるなんてお兄さんも隅に置けないのね」

育田さんのそんな言葉を聞いて天津風は俺を睨みつけてきた。

「違いますって!阿賀野たちも女の子じゃないじゃないですか!!こいつは鎮守府に新しく着任した天津風です!」

「む〜お兄さんレディーの扱いがなってないのね・・・あっ、初めまして天津風ちゃん。私、育田玖李って言うの!ちょ〜っと前まであの鎮守府で伊19って名前で艦娘してたの〜今はあのお店の店員さんやってるの!よろしくね」

「は、はい・・・天津風です。よろしくお願いします・・・」

天津風はぺこりと頭を下げた。

「育田さん今日はお休みなんですか?」

「遅めの休憩なの!特にやることもないから少し他のお店を敵情視察してたの!久しぶりに潜水艦の血が騒いじゃったのね!!」

「そ、そうだったんですか」

「ところで今日は何しに来たの?」

「はい。天津風が水着を買いに行くのに付き添って欲しいって言うのでついて来たんです」

「水着?なにかあるの〜?」

「安全確認も兼ねて明日海水浴場を貸切にしてもらえるみたいなんですよ」

「え〜何それ聞いてないの!!阿賀野ちゃんなんで誘ってくれないの〜!?それじゃあイクはそろそろ仕事だから行くのー!!」

育田さんは俺の話を聞くや否や育田さんは慌ただしく走り去ってしまった。

「ちょっと変わった人ねあの人・・・」

「ああ。俺もそう思う」

そんなことを話しながら俺たちは特設された水着コーナーにたどり着く。

「ここで良いのか?」

「ええ。ブランドものの水着なんか高くて買えないし安物ので良いわよ」

「水着にもそういうのあるのか。」

「はぁ?当たり前でしょ・・・・ところでお兄さんはどんな水着が好きなの?」

「やけに詳しいな・・・ってはぁ!?急に何言い出すんだよ」

そんな急に言われてもなぁ・・・女物の水着なんか中学生の頃に授業でクラスメイトのスクール水着を生で見て行こう全く無縁だったし・・・

「別に私はお兄さんの好みなんか興味ないけど一応参考程度に聞いておこうと思ったんだけど?」

「いやその・・・俺もよくわからないと言うか・・・」

「何よそれ!?」

「あっ、そうだ!ついでに吹雪にも水着を買って行ってやろうと思うんだけど吹雪にはどんなのが似合うと思う?」

「人の質問に質問で返さないでよ・・・私は傷が目立たないように上と下が繋がってる奴の方が良いと思うけど?」

「そうだよな・・これとかどうだ?」

俺はいちごの柄がプリントされたワンピースタイプの水着を手に取る

「・・・センス最悪。やっぱりお兄さんに聞くんじゃなかったわ。適当に吹雪の分も何着か選んできてあげるからお兄さんはその辺のベンチで座ってたら?こんなところでお兄さんみたいな男の人が1人でいたら変な目で見られるわよ?」

そう言って天津風は1人で水着を選び始めた。

確かに天津風の言う通りここで1人で立ってるのは目のやり場に困って恥ずかしいし何より気まずい。

「はいはいわかったわかった。それじゃあ任せたぞ」

俺は近くにあったベンチに腰掛けて待つことにした。

 

しばらくしてひょこりと店から顔を出した天津風がこちらに手招きをする。

もう選んだのか。

俺が天津風の方へ行くと

「とりあえず吹雪に似合いそうなのを何着か選んであげたわよ感謝しなさい」

天津風がワンピースタイプの水着を4着こちらに突きつけてくる。

どれも控えめだけど可愛らしいデザインで吹雪が着ることを考えると甲乙つけがたいものがある。

でも全部買うほど余裕もないしなぁ・・・

「どれが良いんだろ・・・?」

そういえば吹雪が好きなものってなんなんだ・・・?

あれだけ一緒に暮らしているのに何も知らないぞ

それに多分聞いてもお兄ちゃんの好きなので良いよって言うだろうし・・・

少なくとも背中がぱっくり空いていないデザインの奴を天津風が選んでくれたからその一点は全てクリアしている。

うーん・・・どれが一番喜んでくれるだろう?

「あれだけ毎日一緒にいて吹雪に似合う水着を選べないって言うの?まったく・・・毎日何考えて生きてるんだか・・私はこれとか良いと思うんだけど?」

天津風は一着の水着を指差す。

「なんでそう思うんだ?俺はどれも可愛いと思うけど」

「ほんと優柔不断ね・・・理由は簡単。私だって男の子なのよ?吹雪が着てる所を見たい奴を選ぶに決まってるじゃない」

「そうか・・・ならそれで良いんじゃないか?俺も可愛いと思うし・・それに俺が選んでやるより天津風が選んだ奴の方が喜ぶんじゃないか?」

「何よそれ!?少しぐらい真面目に自分で選ぶ努力くらいしなさいよ!!それにあなたが選んだって言った方が吹雪は喜ぶに決まってるわよ・・・・それに私だって女の子の水着選ぶの結構恥ずかしいんだからね?」

「え、ああ・・・ごめん・・・それじゃあ俺はこれが一番吹雪に似合うと思うからこれとか・・・どうかな?」

俺は水着の中から水色で控えめなデザインの物を選んだ。

これなら吹雪に似合うと思うし着ている所を見てみたい。

きっと吹雪ならこれくらいシンプルな方が映えるはずだ。

「ふぅん・・・お兄さんにしてはまだマシなセンスしてるじゃない。それじゃあその水着買ってあげなさい」

「え、ああ。うん。ありがとうな」

「な、なんでお礼なんか言われなきゃいけないのよ!?」

「いやだってお前がここまで絞り込んでくれなきゃ決められなかっただろうし」

「ふんっ!それだけお兄さんが優柔不断って事でしょ?これに懲りたら少しは自分で考えるようにしたら?」

「ああ。努力するよ。それじゃあ次は天津風の水着だな」

「えっ!?そ、そうね・・・」

「お前はどうするんだ?また待ってた方がいいか?」

「え・・・それは・・・その・・・もう買ったから!」

「えっ?」

「そう!吹雪の水着選んでる時に可愛いの見つけたから買っちゃった・・・でも絶対お兄さんには見せてあげないから」

「見せてあげないってお前明日嫌でもそれ着て泳ぐことになるんだぞ・・・?」

「それでもよ!なんでも良いからさっさとそれレジに持って行きなさいよ!」

「はいはいわかったわかった。それじゃあこれだけ買ってくるから少し待っててくれ」

「それじゃあ私はその間に取って着た水着戻してくるわね」

俺は選んだ水着をレジに持って行き購入した。

「ふぅ・・・これで用事は済んだな。もう明日も遊ぶんだしそろそろ帰るか」

「帰りたいのは山々だけどまだバスが来るまで30分くらいあるんだけど?」

そうだ。鎮守府方面行きのバスは極端に少ないんだった。

じゃあそれまで何をしてよう・・・そうだ!なんか機嫌悪そうだったし大淀に何か買って行ってやろう。

あいつが喜びそうなものは・・・・

あっ!さっきゲームセンターにあれがあったはずだ!

「天津風、もう一回ゲームセンター寄っていっても良いか?」

「え、いいけど・・・」

俺は天津風を連れてゲームセンターに戻った。

 

 そしてゲームセンターのクレーンゲームを探すとやっぱりあった。

あの時淀屋にあげたぬいぐるみと同じシリーズのぬいぐるみだ。

なんで怒ってるかは結局わからなかったけどこれを大淀にあげれば多少は機嫌を直してくれるはずだ。

「お兄さんこんなの取るの?」

「ああ。暇なら他のところ行っててくれても良いんだぞ?」

「ううん。お兄さんのクレーンゲーム見てるわ」

「そうか。まあ見てろすぐ取ってやるから」

俺はコイン投入口にひとまず500円を投入した。

「ああっ・・・!くそっ!今のはいけただろなんだよこの激弱アーム!!」

「ああもうなんで取れないのよ!!」

横で天津風がまるで自分のことのように悔しがっている。

最近やっていなかったブランクからなのか単にこの台が渋いのか予想外に手間取ってしまったがなんとか1500円で取ることに成功した。

「よっしゃぁぁぁ!!・・・はぁ・・・手間取ったけど沼らなくてよかった・・・」

「やった・・・!でもそんなぬいぐるみのどこが良いんだか。やっぱりお兄さんのセンスはよくわからないわ」

「悪かったな!それじゃあそろそろ帰・・・ってもうバスの時間ギリギリじゃないか」

「バカ!お兄さんがこんなのに1500円も突っ込むから!!」

「ごめん・・・!このバス逃したら次は1時間以上後のやつしかないし急ぐぞ!晩飯に間に合わなくなる」

「わかってるわよ!誰のせいでこんなことになったと思ってんの!?」

流石にぬいぐるみをそのまま担いでいくわけにもいかないので袋を一枚もらってそこにぬいぐるみを詰めながら俺は走った。

しかしそんな努力も虚しくバスは目の前で行ってしまった。

あたりはもう日が傾いて暗くなり始めている。

こりゃもう晩飯の時間までには帰れないな・・・

「はぁ・・・はぁ・・・・くそっ!ギリギリ間に合わなかった・・・」

「はぁ・・・はぁ・・・・・・何がギリギリよ!元はと言えばお兄さんがクレーンゲームなんかしようって言うから!!」

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・す、すまん天津風・・・・1時間どこかで時間潰さなきゃな・・・一回鎮守府に連絡入れといた方がいいかな・・・」

俺たちがショッピングモールに戻ろうとした時

「あれ〜お兄さんたち今帰りなの〜?」

後ろから聞き覚えのあるのんきそうな声が聞こえた。

「育田さん?今仕事終わりですか?」

「うんっ!イク、仕事終わって今帰るところなのね」

「そうだったんですか・・・でも俺たちはあと少なくとも1時間は帰れないんですよね・・・」

「あ〜バス乗り遅れちゃったの?ほんとにあそこバスの本数少なくて不便なのね〜そうだ!イクが車で送って行ってあげるの!」

「えっ、免許持ってるんですか?」

「む〜失礼なのね!この辺りは車持ってないと不便すぎたから頑張って取ったの!」

育田さんは誇らしげに胸を張った。

「でも良いんですか?」

「遠慮はいらないの!伊号潜水艦に乗ったつもりでイクに任せるのね!」

よくわからないけど多分大船に乗ったつもりって言いたいんだろうな。

「は、はい。それじゃあお言葉に甘えて」

「それじゃあこっちなの!」

育田さんは車が停めてある駐車場まで俺たちを連れて行き、若葉マークのついたミニバンの前で立ち止まった

「これなの!ささ!早く乗るのね」

育田さんは後部座席と助手席のドアを開けてくれたので俺は助手席、天津風が後部座席に乗ると育田さんは車を発進させた。

そして車を走らせてしばらくすると

「そうだ!お兄さん!イク明日有給取れたの!ずっと使ってなかったから今のうちに消化できてよかったのね!!だから明日はイクも海水浴行くの〜!阿賀野ちゃんたちにも会いたいし久しぶりにめいいっぱい泳いでやるのね!」

育田さんは嬉しそうに言った。

でも良いんだろうか?あくまで鎮守府の人間に貸し切る約束のはずだけどもう退役してしまっている育田さんを呼んでも

「えっ、ちょっと待ってくださいもう育田さんは部外者ですよね・・・?そんな急に大丈夫なんですか?」

「いいのいいの!こっちから長門に直接話はつけるのね!長門のことだしきっとOKしてくれるの〜はぁ・・・楽しみなの!」

そんな心を躍らせている育田さんとは対照的に天津風はなんだか表情が暗い。

「どうした天津風?」

「あ、あの育田さん・・・?長門って・・・・?」

天津風は育田さんに尋ねる。

「あれ?天津風ちゃん会ってないの?今は確かえーっと・・・そう!ながみね・・・だったの?そんな名前で観光協会の会長さんとかをやってるのね!」

あっ・・・マズい・・・!天津風に秘密にしておけって言われたことをまさかこんな場所でバラされるとは・・・・!!

「・・・うそ・・・・長峰さんが・・・長門さん・・・!?」

天津風は口を手で押さえる

「あ、天津風・・・それは・・・」

「そんな・・・・嘘・・・それじゃあ私・・・」

「ん?天津風ちゃんどうかしたの?」

育田さんは訳がわからず首を傾げる。

「ごめん天津風。事情が事情だから話すぞ。あの育田さんちょっといいですか?実は・・・」

俺は赤信号で車が止まったタイミングで育田さんに長峰さんと天津風・・・いやソラの関係を伝えた。

「そ、そうだったの・・・イクすごくマズいことしちゃったの!?ごめんなさい天津風ちゃんイク知らなくて・・・」

「い、いえ。育田さんは悪くないです・・・それなら私長峰さんに謝らなくっちゃ・・・」

「謝る?お前が何したっていうんだよ?」

「私・・・何も知らなくて・・・長峰さんのせいなんかじゃないのに私・・・長門として謝りに来てくれたのに・・・お父さんとお母さんが死んだのは私のせいだってずっと泣きながら謝ってくれたのに私は何も言ってあげられなかった。それに私何も知らないで長峰さんに酷いことを・・・」

「ごめん天津風・・・長峰さんから秘密にしておいてほしいって言われてたんだけど・・・」

「長峰さんも私と同じで知られるのが怖くて黙ってたんだ・・・それじゃあ私がソラだって隠してたのもバカみたいじゃないでももしそうなら長峰さんに・・・長門さんに私はあなたのせいでお父さんとお母さんが死んだなんて思ってないし恨んでもないって伝えなくっちゃ!」

思ったよりも天津風は自体をしっかりと飲み込んでくれたようだ。

「天津風・・・」

「・・・でも今日はもう疲れちゃった。帰ったら1人にして・・・」

天津風は声を震わせてる。

無理してんのかな天津風・・・

車内はそんな気まずい雰囲気のまま鎮守府に着くまで俺たちは一言も天津風に言葉をかけてやれなかった。

そして鎮守府の前で車は止まり、そこで俺たちは降りた。

「ごめんなさいなの・・・・イク余計なこと言っちゃったのね・・・」

「いえ。いつか直面する自体だったと思いますし・・・むしろ俺も良い機会だと思います」

天津風はうつむいたまま何も言わなかった。

「それじゃあイクは帰るの。天津風ちゃんのことは長門にこっちからも伝えておくのね・・・何言われるかわからないけどイクのせいだからそれくらいのことはやるの」

「はい。送ってくれてありがとうございました。それじゃあまた明日」

天津風は何も言わなかったが育田さんに小さく礼をした。

そして育田さんは車を発進させる。

「天津風・・・ごめんな。俺も長峰さんにもお前にも秘密にしておいてほしいって言われてどうすれば良いのかわからなくて」

「・・・・全部知ってたの?」

「ああ。長峰さんのことも長峰さんがお前のことそソラだって知ってるのも全部な」

「・・・それならそうって言ってくれたら良いじゃない・・・バカ」

天津風は小さな声でそう言ってとぼとぼと1人で歩いて行ってしまった

俺は天津風にかける言葉がみつからずただただその背中を見送ることしかできなかった。

こんなときいつも俺は何もできないでいる。

そんな無力感に打ちひしがれていた。

 

そして俺も自室に戻ると

「あっ、お兄ちゃん!お帰りなさい。どこ行ってたの?なんか元気ないみたいだけど」

吹雪が部屋で待っていてくれたようだ。

「あ、ああ。色々あってな・・・そうだ吹雪、水着買ってきたぞ。」

「え、そんな・・・私あの水着で良いって言ったのに・・・」

「そんな地味なのより可愛い奴の方が良いだろ?それに辛いこと思い出してたら楽しいものも楽しくないじゃないか。ほらこれ俺と天津風が選んだんだ。気に入ってくれたら嬉しいな」

俺は袋から買った水着を取り出して吹雪に手渡した

「うわぁ〜!ありがとうお兄ちゃん!大事にするね」

吹雪は渡した水着をぎゅっと抱きしめる。

「天津風ちゃんも選んでくれたの?あとでお礼言わなくっちゃね」

「うーん・・・今日はやめといた方が良いんじゃないかなぁ」

「なんで?天津風ちゃんどうしたの?」

「え?ああ、ちょっと色々あってな・・・だから明日その水着を着て遊びにいた時にでもお礼を言ってやってくれ」

「うん。お兄ちゃんがそう言うならそうするね!・・・そうだ!お兄ちゃん。これ着てみても良い?」

「ああ良いぞ」

「それじゃあ着替えてくるね」

吹雪は洗面所に入って行き、しばらくして水着姿の吹雪がゆっくりと洗面所のドアを開けて出てきた。

「・・・どう・・・かな?サイズはちょうど良いけど似合ってる・・・かな?その・・・・こことか目立ったりしてない?」

吹雪は水着に縫い付けられているスカートを引っ張って股間を隠そうとしているがスカートは股間部まで隠れる長さはあるし吹雪のアレ自体も小さいので全く気にならない。

それに思った通りやっぱり似合ってる。

「ああ。似合ってるぞ。そこも大丈夫だ。スカートで良い感じに隠れてるよ」

「本当・・・?よかったぁ〜それじゃあ明日は安心してこれ着て遊べるね!本当にありがとうお兄ちゃん!」

「ああ。喜んでくれてよかった。あっ、そろそろ夕飯の時間じゃないか?」

「そうだね。それじゃあ私、服に着替え直してくるね。」

「ああ。ゆっくりでいいぞ」

そしてまた制服に着替え直した吹雪とともに俺は食堂へ向かって夕飯を済ませたが天津風は結局食堂に顔を出さなかった。

心配だったから部屋に行ってみたが食欲がない。1人にしてほしい。というような返事しか帰ってこなかったし無理やり連れ出すのも悪いと思ったので

「明日は・・・遊べそうか?それと吹雪がお前にもありがとうって言ってたぞ」

と伝えると

「・・・うん明日は行く。長峰さんたちもくるだろうし・・・ここで言わなかったらきっと僕・・・また後悔すると思うから」

ドアの向こうから今にも泣きそうな声が聞こえてきた。

「あ、ああ・・・とにかく無理だけはするなよ。おやすみ」

俺はそう言い残して天津風の部屋を後にした。

 

そして部屋に戻るとゲームセンターのロゴの入った袋が目に入ってくる。

そうだ。これせっかく取ったんだから大淀に渡さなきゃ

俺はその袋を持って大淀の部屋に向かった。

「な、なあ大淀今いいか?」

大淀の部屋をノックすると

「えっ?謙!?ちょ・・・ちょっと待って!きゃうっ!」

そんな声と同時にゴンという何かが壁にぶつかった音がした。

それからしばらくすると大淀が赤くなったおでこをさすりながら部屋から出てきた。

「大丈夫か大淀」

「え、ええ。ちょっとバランス崩して壁にぶつかっただけだから・・・たんこぶとかにもなってないし大丈夫」

よかった。怪我はしていない様だ。

「そ、そうか・・・それならよかった。あの・・・これ」

俺は持っていた大淀に袋を手渡す。

「なにこれ・・・?」

大淀は不思議そうに袋を見つめてきた。

「まあ中身見てみろって」

「え、ええ」

俺が促すと大淀は袋の中身を取り出した。

その中身を見るなり目に見えて大淀の表情が明るくなる。

「これ・・・どうしたの?」

「ああ。なんか今日大淀機嫌悪かったしショッピングモールに行ったついでになんか機嫌が治りそうなものでも渡そうかなって思ってさ」

「ごめんね謙・・・なんか気を使わせちゃったみたいで」

「ああいや気にしないでくれ。なんにせよ多分俺に原因があったんだろうからさ」

「違うの。今回のことは私が勝手にイライラしてただけで・・・ごめんなさい」

「えっ、昨日のこと怒ってたわけじゃないのか?」

「うん。それとは関係ない話」

「そ、そうか・・・まあいいや。それじゃあ明日は久しぶりにめいいっぱい遊ぼうな!それじゃあおやすみ」

「ええ。これありがとうね謙。おやすみなさい」

俺は大淀の部屋を後にして部屋に戻った。

 

そして次の日・・・・



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side:大淀 フキゲンのワケ

大淀視点のおまけシナリオです。


 海水浴場の清掃があった次の日、私はいつものように謙と書類を片付けていた。

今日はいつもより量が多いがそれでも謙と一緒ならへっちゃらだ。

あの女(?)がどれだけ謙に擦り寄ろうとも私には同じ空間で共同作業をしていると言う何にも勝るアドバンテージがある。だからあんなことくらいでむすっとしてしまったことは反省しなきゃ・・・

でもまさか急に海水浴だなんて・・・・一応女性用の水着は念のため用意してはおいたけど・・・・でも心配だわ・・・

そうだ!今日この書類の整理が終わったら謙にショッピングモールで水着を選んでもらいましょう!

きっと今持ってる水着より謙に選んでもらった水着を着た方が謙は喜んでくれるはずだから!

そうと決まれば誘わなくっちゃ!

「あの提督・・・」

私が声をかけようとした瞬間バァンとドアが勢いよく開き

「提督!居る?」

と天津風ちゃんが執務室に入ってきた。

なんて最悪なタイミングなの?

そんなことを考えていると

「ご大淀さん、ちょっとこいつ今日だけ借りていいですか?」

私にそう尋ねてきた。

「え?急にどうしたの天津風ちゃん?」

「ちょっと用事があるの。ダメかしら?」

こんな時に用事って何かしら?

でもそんな大したことでもないでしょう。

「そうですか。わかりました」

私が承諾するや否や天津風ちゃんは謙を部屋の外へと連れ出した。

はぁ・・・帰って来たらちゃんと誘おう。

そう心に決め1人寂しく書類の整理を続けているとしばらくして謙が帰ってきた。

「あら?天津風ちゃんもう行っちゃったの?で、用事ってなんだったの?」

「おおおお大淀!?いっ・・・いやなんでもない。ちょっと見たい映画があるから一人で行くのも怖いから付き合ってほしいんだと。だから書類整理終わったら出かけるわ俺」

まさか先に先約を取られちゃったの!?

はぁ・・・でも謙のことだし絶対そんな誘いは断らないわよね・・・それに艦娘とのコミュニケーションは提督のお仕事だし・・・

しょうがない。今日は天津風ちゃんに譲ってあげましょう。

「そ、そうなんだ・・・わかったわ。それなら早く終わらせなきゃね!」

本当は私だって・・・・でも今は秘書官としての勤めを全うしなくっちゃ!私は自分の感情を押し殺して謙を鼓舞した。

「あ、うん・・・そうだなありがとう」

私たちはまた書類の整理を再開する。

しかし暑さと書類整理が捗らないこともあいまってだんだんと誘いを我慢した自分と天津風ちゃんと出かけることになった謙に腹が立ってきてしまった。

なんで私じゃなくて天津風ちゃんと・・・

そんなイライラを抱えたまま書類の整理を続けているうちに少しでも長引かせればその間は謙と一緒にいられるんじゃないか?なんてことも頭によぎったがそんな身勝手な理由で謙の足を引っ張るわけにはいかない。

こんなことでイライラした上にそんなことを思いつく自分になおさら腹が立ってくる。

そして書類の整理も終わりいつもの様にアイスティーを淹れて謙に出したが苛立ちのせいで少し力が入ってしまいゴンと音を立てておいてしまった。

謙もそれを察したらしく遠慮がちに

「な、なあ大淀」

と声をかけてきた。

どうしようやっぱり怒ってると思われてる・・・!?

ここはせめて怒ってない感じで返事しなくっちゃ!これ以上謙に気を使わせるわけにはいかない!!

そんな努力が裏目に出てしまい

「なんですか?」

笑顔で返事をしようと思ったが顔がこわばってしまった。

なんでこんな肝心な時に・・・!私のバカ!!

そんな私を見た謙はやっぱり怒っていると思っているのか

「なあ・・・もしかして昨日のことまだ怒ってるのか・・・?」

そんな的外れな質問をしてくる謙に少し苛立ちを覚えてしまった私は

「違います!」

と強めに答えてしまった。

「じゃ・・・じゃあなんでそんな怒ってんだ?」

理由なんて決まってるじゃない・・・!私が謙と買い物に行きたかったのを我慢してるからよ!

それに謙が気づいてくれないことが少し腹立たしかったがそれを言ってしまえば謙は天津風ちゃんとの約束を破ることになってしまう。

私は自分だって謙と一緒にお出かけしたかったんだという気持ちを押し殺して

「別に怒ってません!それより早くしないと天津風ちゃんとの約束の時間に遅れてしまうのでは?せっかく張り切っていたんですからさっさと行ったらどうです?」

と吐き捨てた。

すると

「それじゃあ行ってくる・・・なんかわかんないけどごめん!」

謙は逃げる様に執務室を出て行ってしまった。

 

「はぁ・・・・」

ひとりぼっちの執務室に私のため息が響く

艦娘になって謙のことを以前よりずっと大切にに想う様になってから逆に謙に対して腹が立つこともずっと多くなってしまった自分が嫌いになりそうだ。

「いつのまにかめんどくさい奴になってるのかな私・・・・」

私は謙にあんな返事をしてしまったことを深く後悔した。

 

その日の夕飯・・・

謙は帰って来てからなんだか元気がないし天津風ちゃんは食堂に来ていなかった。

何かあったのかしら・・・・?

そんな時私はふとあることを思い出した。

そうだ!水着の試着をしてない・・・!

ああ私としたことが買ったはいいけれど買って満足してそれからなんだかんだで気恥ずかしくて一回も着てないんだった・・・

明日じゃ間に合わないし今日やらなきゃ・・・

サイズが合わなかったら夜中にここから1時間くらい行ったところにあるメチャ安の要塞ファンキホーテに買いに行きましょう。あそこなら水着くらいあるはずだし・・・

そして部屋に戻った私は押し入れの奥にしまっていた水着を取り出してまずはトップをつけてみた。

少しキツいような気もするが着れなくはない。

それに少しキツいと言うことは買った時よりも少し胸が大きくなっていると言うこと・・・それなら喜ばしいことだ。

次にショーツに脚を通そうとしたその瞬間

「な、なあ大淀今いいか?」

ドアをノックする音と謙の声が聞こえる

「えっ?謙!?ちょ・・・ちょっと待って!きゃうっ!」

私はいきなりだったので水着に足を引っ掛けてバランスを崩し、壁に額をぶつけてしまった。

今日はなんて間の悪い日なの!?

「いたたたたたた・・・」

謙こんな時間に何の用かしら・・・とりあえずこんな格好じゃ出られないし服着なくちゃ・・・

私はショーツをしっかりと履く。

よかった。こっちもサイズはちょうどいいみたい。

その上から水着を着る前に脱いだ服を着てドアを開けると謙がゲームセンターでもらえる袋を持って立っていた。

そして謙は赤くなった私の額を見て

「大丈夫か大淀」

と心配してくれた。

やっぱり謙はやさしいなぁ・・・

でも無駄に心配をかけさせるわけにもいかないし

「え、ええ。ちょっとバランス崩して壁にぶつかっただけだから・・・たんこぶとかにもなってないし大丈夫」

私は気丈に振る舞った。

「そ、そうか・・・それならよかった。あの・・・これ」

謙は袋を私に手渡してくる。

「なにこれ・・・?」

「まあ中身見てみろって」

謙に言われるまま袋の中に手を突っ込んでみると柔らかい感触がする

これってもしかしてぬいぐるみ?

私はその柔らかいものを掴んで袋から出してみると謙が私に初めてくれたぬいぐるみのシリーズの新作のぬいぐるみが姿を現した

「これ・・・どうしたの?」

「あ、ああ。なんか今日大淀機嫌悪かったしショッピングモールに行ったついでになんか機嫌が治りそうなものでも渡そうかなって思ってさ」

謙は申し訳なさそうに言った。

なんだかそこまでしてもらうと私がひとりよがりで勝手にイライラしていたことがなおさらバカバカしくなってきてしまう。

「ごめんね謙・・・なんか気を使わせちゃったみたいで」

「ああいや気にしないでくれ。なんにせよ多分俺に原因があったんだろうからさ」

「違うの。今回のことは私が勝手にイライラしてただけで・・・ごめんなさい」

「えっ、昨日のこと怒ってたわけじゃないのか?」

謙はやっぱりまだ昨日のことを怒っていると思っている様だ。

「うん。それとは関係ない話」

「そ、そうか・・・まあいいや。それじゃあ明日は久しぶりにめいいっぱい遊ぼうな!それじゃあおやすみ」

謙はそう言って自分の部屋に戻っていくので

「ええ。これありがとうね謙。おやすみなさい」

私は謙を見送って部屋に戻り、もらったぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

抱きしめるとなんだか散々だった今日1日もなんだかどうでもいい様な気がしてきた。

そして私はまた服を脱いで水着姿で鏡の前に立ってみる。

謙・・・この水着気に入ってくれるかな・・・

少し前まで普通の男の子だった私の水着姿を見た謙はどう思うだろう?

そんな一抹の不安もあったが

「よし。完璧。これなら謙に見てもらっても恥ずかしくないわ!明日のために今日はもう寝ましょう!」

鏡に映った自分にそう言い聞かせ、寝巻きに着替えて謙からもらったぬいぐるみを抱いて眠りに落ちていった。



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××鎮守府サマーバケーション(前編)

 暑い・・・まるで寝ている間にサウナに連れていかれたかのような暑さだ。

タイマーをいつもより短めにセットしてしまったのか寝ている間にクーラーが切れてしまっている。

せっかくなんだか楽しい夢を見ていた気がするのに今となっては頭も重いし瞼も重くて目覚めは最悪だ。

早い事起きて水でも飲まないと死んでしまいそうだ。

でも体を動かすのもだるい・・・

というかなんか息苦しいぞ・・・?

何かが体の上に乗っているような・・・

「・・・・・て・・・きて・・・・起きてよお兄ちゃん!!」

そんな声が聞こえてくるので重い瞼をゆっくりと開くと誰かが俺の腹の上に乗っかっている。

通りで苦しいわけだ。

徐々に視界がはっきりとしてきて腹の上に乗っているのは吹雪だということがわかってくる。

というかこの部屋には俺と吹雪以外いないんだから当然だよな・・・

しかしなんで吹雪は俺の腹の上なんかに乗ってるんだ?

それになんで・・・

「ななななななんで吹雪お前なんで水着なんだ!?」

なぜか吹雪は昨日買ってきた水着を着て俺の腹の上に乗っているのだ。

「あっ、お兄ちゃんおはよう!」

「お、おはよう・・・ってそうじゃない!なんで部屋の中で水着なんか着てるんだよ」

「あっ、これ?なんだか海に行くのが楽しみで早く目が覚めたから我慢できなくて着ちゃった」

吹雪はこんなクソ暑い朝から元気だなぁ・・・

「そ、そうか・・・それはわかったけどなんで腹の上に乗ってるんだ?」

「お兄ちゃんがなかなか起きないからこうやったら起きるかな〜って思って」

吹雪が俺の腹の上で動くたびに股の付け根くらいのところから柔らかいものがくにくにと俺の腹に当たる。

それが何かは言うまでもないがこの間俺はあれに触ったんだよな・・・

俺はあの時手に触れた吹雪の柔らかいそれの感触を思い出してしまった。

思い出すとなんだかとてもいけないことをしてしまったと言う罪悪感やら恥ずかしさやらがどっと押し寄せてくる。

「お兄ちゃんぼーっとしてどうしたの?そんなお兄ちゃんには・・・えいっ!」

吹雪は腹の上で軽く一跳ねしてまた俺の胸に柔らかい吹雪のアレがむにゅりと当たる。

くそっ!なんで吹雪の玉袋をこんな意識しちまうんだ俺はァァァァ!!!!

「ごふっ!!!」

「あっ、ごめんお兄ちゃん大丈夫!?」

「あ・・・ああ大丈夫・・・起きるから・・・起きるからそこを退いてくれ・・・」

「はーい」

吹雪は残念そうに俺から降りた。

はぁ・・・朝から心臓に悪いなぁ・・・

そんなことを思いながら俺も重い体を起こしベッドを降りて大きなあくびを一つして時計を見るとまだ7時。いつもより早い起床になってしまった。

「うう・・・吹雪幾ら何でも張り切りすぎだぞ?」

「え〜そうかな・・・みんなで海で遊ぶんだよ!?私海で遊ぶのは初めてだから!」

「初めて?いつも行ってるじゃないか」

「あれは違うの!あれはお仕事だし・・・もしかしたら誰かが傷ついちゃうかもしれないし・・・それにいつもは海に浮いてるけど海に浸かるなんて大破した時か沈む時だけだと思ってたから・・・だからそんなことを考えないでみんなで海で遊べるのが嬉しいの!本当はそれが普通なんだよね。でも私にとってはすごいことなの!」

吹雪はぴょこぴょこと飛び跳ねて見せた。

余程海で遊ぶのが楽しみだろう。

それに言われてみれば確かにそうだ。

少し前に吹雪が大破してしまった時のことを思い出した。

いくらこの辺りの海域が静かだからとは言え戦闘になれば命をかけなければいけないんだ。

そんな境遇にこんな小さな子が置かれていてそれを吹雪が普通だと思っている現状にやるせない気持ちになってしまう。

「吹雪・・・お前海は怖くないのか?」

「ううん!怖くないよ!海があるから・・・私が艦娘だからお兄ちゃんに会えたんだもん!今日はお兄ちゃんたちと艦娘としてじゃなくて女の子として一緒に海で遊べるなんて私すっごく嬉しいの!」

「吹雪・・・・でも遊びだからって気を抜いてたら溺れちまうぞ?それだけは気をつけてくれよ?今日はいつもみたいに浮かないんだからな?」

「うんっ!お兄ちゃんのそばにいるから大丈夫だよ」

吹雪はそう言って俺に抱きついてきた。

「うわぁっ!吹雪!?」

「えへへ〜朝のお兄ちゃんの匂いだぁ」

吹雪は俺に顔を埋めた。

「あっ、こら嗅ぐな!」

なんだかこの間一緒に風呂に入ってからと言うもの吹雪との距離がさらに縮まってしまったような気がする。

本当は距離を徐々に離していかなきゃいけないはずなのに・・・

でも俺は吹雪を突き放すことができなかった。

「な、なぁ吹雪・・・とりあえずその格好でうろうろするのはやめよう・・・な?」

「えっ・・・?」

「海水浴場まで遠くはないけどそれまで一般の道を歩くんだぜ?そんな格好で歩いたら色々やばいだろ?着替えは向こうで出来るって書いてあったしさ・・・」

「そ、そうだねお兄ちゃん。私ちょっと浮かれすぎてたかも・・・ごめんなさい」

吹雪はしゅんとして下を向いた。

言い過ぎちゃったか・・・?

「いやいやそんなことはないぞ。今日くらい艦娘のことなんか忘れて浮かれててもいいよ」

「お兄ちゃん・・・うん!わかった!それじゃあ着替えてくるね」

吹雪はそう言うと洗面所に行ってしまった。

さあ吹雪が洗面所にいる間に俺も服を着替えてしまおう。

俺は汗ばんだ服を脱ぎ、半袖に半ズボンに着替え以前から用意していた水着やらをまとめたバックの中身を最終確認した。

「・・・・俺の分はこれで良し・・・と。あとは・・・」

気がかりなのは天津風だ。

あいつ昨日はあんな感じだったけど本当に大丈夫なんだろうか?

「ごめん吹雪!ちょっと俺用事思い出したから行ってくるわ!」

洗面所にいる吹雪にそう言い残して天津風の様子を見に行くことにした。

 

 そして天津風の部屋にたどり着き軽くノックをしてみるが返事はない。

「お〜い・・・天津風起きてるか?」

やっぱりまだ寝てるのか・・・?

そう思い引き返そうとした時ゆっくりと扉が開いて天津風がぬっと顔を出した。

「・・・なに?人が気持ちよく寝てたのに」

皮肉混じりにそう言った天津風の目は少し腫れている。

寝起きにしては赤すぎるし昨日はずっと泣いてたのかもしれない。

「ごめん天津風・・・その・・・気分はどうだ?」

「気分?あなたに起こされて最悪なんだけど?」

「い、いやそう言うことじゃなくてさ・・・その・・・長峰さんのこと黙ってて悪かったな」

「謝ることないわよ。長峰さんからそうするように言われたんでしょ?私だって似たようなものだったし」

「それで今日は大丈夫なのか?もし辛いならまた日を改めたって・・・」

「何言ってるの?今日はこのモヤモヤを全部取っ払って精一杯遊んでやるわよ。これ以上逃げてたって結局いつかは向き合わなくっちゃいけない事だったと思うし」

「お前・・・結構肝座ってるんだな・・・」

「何?そんな私がヤワに見えるわけ?自分で言うのもなんだけどこう見えてもあなたなんかよりずっと壮絶な人生を歩んでる自負があるのよ?それに私こんなになっても男の子なんだからこんな事でずっとくよくよしてるわけにはいかないの」

天津風はそう言ってみせるが声が少し震えている。きっと強がって自分に言い聞かせているのだろう。

「お前がそうしたいなら俺は全力で後押ししてやるだけだ。長峰さんとのわだかまり解けたらいいな」

「・・・ええ。そうね。それじゃあ私は準備があるからこれで。何処かの誰かさんに起こされて疲れちゃったしさっさと帰ったらどうなの?」

「あ、ああすまん。それじゃあまた後でな」

俺は天津風の部屋を後にした。

 

部屋に戻る途中初雪が何やら大荷物を抱えて歩いているのに出くわした。

いつもは昼間くらいにならないと起きないのにこんな朝の早くから何してるんだろう?

ずっとインドア派だと思ってたけど初雪も海で遊ぶのが楽しみだったりして

「おはよう初雪。今日はこんな朝の早くから珍しいな」

軽く挨拶をしてみると

「なにそれ皮肉・・・?」

小さな声で返された

「い、いやそういう訳じゃないんだこんな朝の早くからそんな荷物抱えて海で遊ぶ準備でもしてるのかなって」

「そんなのするわけない・・・こんな暑いのに外に出るなんておかしい・・・この荷物は海とは関係ない・・・うん・・・断じて・・・全くもって関係ない・・・!」

初雪が何やら圧のある念の押し方をして来た。

私物だろうし中身は聞いても答えてくれそうにない。

「そ、そうか・・・それじゃあお前は海には来ないのか?」

「・・・当たり前・・・海なんか嫌でも行けるしせっかくの休みはお部屋でゲームするに限るよ・・・それじゃあ初雪は忙しいから・・・」

初雪はそう言い残すと荷物を抱えて自室のある方へ歩いて行った。

一体あの荷物はなんなんだ?まあいいや。別に強制参加の行事がないんだし無理やり連れ出すこともないか。

 

 

そして部屋に戻ると普段着に着替えた吹雪が俺を出迎えてくれた。

「あっ、おかえりお兄ちゃんどこ行ってたの?」

「ああちょっとな・・・それより準備はできてるのか?」

「え?準備」

「ほら。水着以外にも色々あるだろ?浮き輪とかさ」

「浮き輪・・・?誰かが溺れた時にでも使うの?」

「いや・・・浮き輪をつけて泳いだりするだろ?」

「え・・・?そうなの?」

吹雪は不思議そうに首を傾げる。

吹雪本当に海で遊ぶ方法を知らないのか?

たしかにいつも海の上で浮いてたら浮き輪なんか必要だとも思わないか・・・

「あのな吹雪・・・浮き輪ってのは救助の時に使うやつじゃなくて海で遊ぶ時に使うやつもあるんだよ」

「そうなんだ!私使ってみたい」

吹雪は目を輝かせる

「浮き輪かぁ・・・残念ながら俺は持ってないんだよ。もしかしたら誰か持ってるかもしれないし借りようか」

「うん!」

 

それからしばらくしてドアをノックする音が聞こえたのでドアを開けるとそこには大淀が立っていた。

「謙・・・おはよう」

「おはよう」

「あのね・・・よかったら一緒に海水浴場まで行かない?」

「ああいいぞ。それじゃあそろそろ出る用意するからちょっと待ってくれ。おーい吹雪、そろそろ行くぞ」

俺はまとめていた荷物を手に持ち吹雪を呼ぶと吹雪もせっせと水着が入ったかばんを持って出てきた。

「大淀お姉ちゃんお待たせ!」

「それじゃあ行こうぜ」

「ええ。」

 

俺は吹雪と大淀と3人で海水浴場へ向かうと××鎮守府御一行様更衣室はこちらと書かれている立て札があったのでその方へ行ってみると海の家の隣に小さな更衣室があった。

よかったちゃんと男女で分かれてる・・・

なんだか今の環境に慣れすぎていてそんな普通なことに安心してしまう自分がいた。

しかし逆に大淀たちはどっちで着替えればいいんだろう・・・?

いや待てよ・・・?逆に男の方に入ったら愛宕さんが着替えてるとかそんなんじゃないよな・・・?

うーむどうしたもんか・・・

「な、なあ大淀・・・お前こういう時どっち入るんだ・・・?」

「え、えーっと・・・この身体になってからはいつも共有のトイレとかに入ってるんだけど・・・更衣室に入るのは初めてだし長峰さんが何かしらの配慮をしてくれてるものだと思ってたから・・・」

「そ。そうか・・・どうすりゃいいんだ?」

「あ、あのね・・・?私、別に謙となら・・・」

大淀が何かを言いたげにしていたその時

「あ〜提督さんも来てたんだ〜おはよ〜」

阿賀野が薄いシャツにショートパンツというなんとも開放的な格好でこちらに歩いてきた。

それになんか胸の先が尖ってるぞ・・・?

まさかノーブラ!?

「あ、阿賀野お前・・・・」

「あなたどこから湧いて出たんですか!?」

大淀が敵愾心むき出しで阿賀野を睨みつける

「も〜人を虫みたいに言わないでよ〜阿賀野も着替えに来たの!それじゃあ提督さんっ!着替えに行こっか!」

阿賀野はそう言うと俺の手を掴んでなんのためらいもなく男子更衣室の方へ入ろうとする

「いやいやいや待て待て待て待て!お前なんで平然と男子更衣室に入ろうとしてるんだよ」

「え?当たり前じゃない?阿賀野男だし」

「いやそうだけどさ・・・・って違うだろ!どう考えてもこっちに入るのはおかしいだろ!?」

「え〜だってぇ〜提督さんも俺のこと男だって思ってくれてるんでしょ?」

「こんな都合のいい時だけ俺とか言ってもダメだ!!」

だって阿賀野のアレめちゃくちゃ大きくて裸見るたびに自身なくすんだもん。

ってそうじゃない!まずこの凶悪な胸だ。こんな胸が男に付いてるという事実を受け入れられずに脳がこの暑さも相まってショートするわ!!

でも女子更衣室の方を使えとも言えないしどうすれば・・・

「え〜提督さんのイジワルぅ〜別にいいじゃないの男の私と一緒に着替えるだけで何も減るもんじゃなんだから〜」

「そんなかわい子ぶってもダメなもんはダメだ!!」

うう・・・どうしよう・・・大淀がまたこっち睨んでるし・・・

「長峰さん達が阿賀野達専用の更衣室を用意しなかったのが悪いんだってば!だからね?いいでしょだからほ〜ら。水着は提督さんに一番に見て欲しいし阿賀野とお着替えしy・・・・ぎゃんっ!!!」

阿賀野が言いかけた途端何かがゴンと金属音を立てて阿賀野の後頭部に命中してその場に倒れ込む。

ぶっ倒れた阿賀野の近くには水筒が一本転がっていて大淀の方を見ると大淀は不敵な笑みを浮かべていた。

「あら〜ごめんなさい阿賀野さん。私少しお水を飲もうとしただけなんですけど手が滑っちゃいました〜あっ!ここに本日貸切の為艦娘の方は女子更衣室をお使いくださいって書いてるじゃないですか!それでは提督、私達はこっちで着替えて来ますね〜さあ吹雪ちゃん私たちは安心して女子更衣室をつかいましょう!」

「う、うん・・・そうだね大淀お姉ちゃん」

大淀は水筒を拾い上げて倒れた阿賀野を引きずって女子更衣室へと入っていき、吹雪もそれに付いて行った。

あいつ絶対わざとぶん投げただろ・・・

ま、まあ阿賀野と一緒に着替えることもなくなったし大淀の着替える場所もしっかり確保されたんだから良しとしよう。

確認してみると確かに大淀の言う通り【本日貸切の為艦娘の方は女子更衣室をお使いください 長峰】と綺麗に筆ペンか何かで書かれた張り紙がちょうど男子更衣室と女子更衣室の間に貼り付けてあった。

しかしあの人意外と綺麗な字書くんだなあ・・・

っと感心してる場合じゃない!いくら張り紙がしてあっても愛宕さんとかが入ってくる可能性はゼロじゃないしさっさと着替えちゃわないとな。

俺はひとまず男子更衣室の中を恐る恐る覗き込んだが幸い誰もいなかったので足を踏み入れる。

なんで男子更衣室を恐る恐る覗かなきゃいけないんだろう・・・?

やっぱり相当ここでの生活に毒されてるなぁ俺・・・

そんなことを考えながらそそくさと水着に着替えて更衣室を出てからしばらくすると吹雪が女子更衣室から飛び出して来た。

「お兄ちゃん!お姉ちゃんが水着似合ってるって褒めてくれたの!」

吹雪も嬉しそうだし買って来た甲斐があったなぁ・・・

そういや大淀はどうしたんだろう?

「なあ吹雪、大淀はまだ着替えてるのか?」

「あれ?出るまでは一緒だったはずなんだけどどうしたのかな?ちょっと見てくるね」

吹雪が女子更衣室に戻ってしばらくすると

「ちょっと吹雪ちゃん!そんなに押さないで・・・きゃぁ!」

大淀が吹雪に押されて水着姿の大淀が現れた。

「け、謙・・・変じゃないかな・・・・?」

大淀は顔を赤らめて訪ねてくる。

確かに男がこんなビキニにパレオを巻いてるなんて聞けば普通は変だと思うだろうが俺の目の前にいる彼はもはや俺の知っている以前の彼ではなくなってしまったんだという寂しさを感じさせるくらいに違和感のない水着姿だった。

「変なんかじゃないよねーお兄ちゃん?」

「あ、ああ・・・よく似合ってると思う・・・ぞ?」

「ありがとう謙・・・私阿賀野さんみたいに胸も大きくないし・・・あんまり肌を出しすぎると男みたいな体つきが目立っちゃうかなって思ってたんだけど・・・でも少し思い切ってみてよかった!謙に似合ってるって言ってもらえて私すっごく嬉しい!」

大淀の笑顔が眩しい・・・

あれ?阿賀野・・・・?そうだ。阿賀野はあの後どうなったんだ?

「な、なあ大淀、阿賀野はどうしたんだ?」

「え?阿賀野さん艦娘があんな事くらいでダメになると思いますか?そのうち目を覚ましたら出てきますよ」

大淀は急に真顔になりメガネをくいっと上げた。

こ・・・こええ・・・・

「そ、そうかわかった・・・大丈夫なんだな」

「そんな事よりせっかくのお休みなんだから今日はいっぱい楽しもうね謙!」

大淀はそう言うや否や俺の腕に抱きついてくる

「お、おおおおお大淀!?」

大淀がまさか人前でこんなことをするとは思わなかったので俺は驚いてしまった

「今日はお休みだからハメ外しちゃう!今日は・・・今日だけは秘書官の大淀じゃなくて謙の大事な人として一緒に居たいな〜阿賀野さんばっかり謙にスキンシップしてるんだからこれくらいならいいよね?」

「あー!お姉ちゃんずるい!私も私も!!」

吹雪も大淀が抱きついた方とは逆の手をぎゅっと握りしめてきた。

ああ・・・水着姿の可愛い子2人に囲まれるなんて夢みたいだなぁ・・・

いやまあどっちも男・・・なんだけどこの際どうでもいいや!今日は俺も楽しんじゃうぞ!!!

「よ〜し大淀!吹雪!今日は遊びまくるぞ〜!!!」

俺の頭の中で何かが外れた気がするがこれも全部暑さのせいだ。

細かいこと気にしてたらせっかくの休みが楽しめないじゃあないか!

「よし!それじゃあ早速場所取りしようぜ・・・!と言っても今日は貸切なんだよな。レジャーシートとかパラソルとか貸してくれるのかな・・・」

ひとまず挨拶も兼ねて昨日昼食を食べた海の家に行ってみると奥田さんが既に何やら準備をしていて俺たちに気づいたのか

「あら、提督くん、それに大淀ちゃんに吹雪ちゃん。早かったわね・・・じゃなかった早かったね」

と声をかけて来た。

「おはようございます。今日は1人なんですか?」

「いや。大門もいるんだけどね・・・」

奥田さんが指をさした方の物陰から長峰さんがこちらを覗いているのが見えた。

「今朝からあんな感じで天津風ちゃんと会うのを怖がってるみたいなの。別にあそこまで身構えることないと思うんだけどね・・・結構ああ見えて繊細なところあるからあの子」

やはり昨日の天津風の一件で長峰さんもまだ心の整理が付いていないんだろう。

「ごめんなさい俺がちゃんとしてなかったばっかりに・・・」

「謙、何かあったの?」

大淀が尋ねてきたがこれ以上話をややこしくするわけにも変に気を使わせる訳にもいかないので俺は適当にごまかした。

そういえば育田さん来るって言ってたけどどうしてるんだろう・・・?

「そ、そうだ奥田さん!レジャーシートとかビーチパラソルとか貸してもらえませんか?急で用意できなくて」

「もちろん!ござは400円、ビーチパラソルとビーチベッドは1000円、テントは1500円でレンタルしてるよ」

奥田さんは笑顔で言った

「へ?金取るんですか?」

「当たり前でしょ?一応こっちも明日からの海開きに向けての最終確認も兼ねてる訳だし海水浴場は貸切なんだから他はしっかりお金払ってもらわなきゃ!それに昨日海水浴場清掃のお給料渡したでしょ?」

な・・・!?まさか昨日もらった分の給料を回収する魂胆だったのか!?

この前の漁の手伝いの時もそうだったけど奥田さん商魂たくましいというかお金にがめついというか・・・・・

「いっぱい出して欲しいなぁ。提督君のお・ち・ん・ぎ・ん♡」

奥田さんは妖艶な雰囲気の声で俺の耳元で囁いてきた。

「うわぁ!!ちょ・・・ちょっと!!その格好でそんなこと言わないでくださいよ」

目の前にいるのは男装した奥田さんなのにそのセクシーな声を聞くとそれが奥田さんから出ていることを脳が受け入れてくれないような状態に陥る。

「あはははは!冗談冗談。やっぱり提督君はからかい甲斐があるよ〜」

奥田さんはさっきの妖艶な声とは打って変わってニコニコと男らしい笑みを浮かべた。

本当にこの状態と陸奥さんの状態の差が凄いからもう訳がわからないぞ・・・

しかしここで尻込みしていても仕方ないし・・・

「はぁ・・・わかりましたよ。それじゃあパラソルとゴザ1組ずつ貸してください」

「はーい毎度あり!1400円ね」

うう・・・思わぬ出費だ。

でも遊ぶんだからこれくらいの出費は必要経費だと思うしかないはず・・・!

俺は渋々財布から1400円を取り出して渡した。

「で、そのゴザとテントはどこにあるんですか?」

「ああ今持って来させるよ。イクちゃーんゴザとテント用意してー」

奥田さんが名前を呼ぶと育田さんが畳まれたパラソルとゴザを持ってこちらにやって来た。

「うう〜相変わらず人使いが荒いのね〜」

「あっ、育田さんもう来てたんですね」

でもなんで海の家の手伝いなんかしてるんだろ・・・?

「もう来てたじゃないの!イクなんで有給とって休みもらった先で働かなきゃいけないのー!?イクもいっぱい泳ぎたいのねー!」

「ああはいはいわかったわかった。それじゃあ提督君、今日はいっぱいお金を落として・・・じゃなかった楽しんでいってね」

奥田さん本音が漏れてるよ・・・やっぱり昨日働いた分の給料を巻き上げるつもりだったんだ。

財布の口は硬くしとかないとなんだかものすごい勢いで搾り取られそうな気がするぞ・・・・?

まあいいや。ちょっと早くきすぎた気もするけど場所取りもこれでできるし海水浴場一番乗りだ!

「よし!それじゃあ吹雪、大淀!早く場所とって泳ぎに行こうぜ!」

「うん!」

「ええ!」

2人を連れて海の家を飛び出し海から少し離れた場所にゴザを敷いてパラソルを立てた。

「これでよしっと。それじゃあレッツ海水浴と行こうぜ!」

俺が荷物を置いて海へつっこもいうとした瞬間俺の右手を何かが引っ張る。

「うおっ!何するんだよ大淀」

「謙、泳ぐ前にはちゃんと準備体操しなくっちゃね」

はぁ・・・こういう変なところが真面目なところは本当に昔から変わらないなぁ。

やっぱり大淀のこう言う以前と変わらない一面を見ると少し安心する。

「はいはいわかったよ。それじゃあ準備体操するか」

「ちょっと待ってお兄ちゃん準備体操っていつも訓練の前にやってるのと同じでいいの?」

「ああ。多分そんな変わんないと思うぞ」

「そうなんだ。それじゃあいつも通りにやるね」

俺たちはそのまま簡単に準備運動を済ませた。

「よし!それじゃあ海水浴一番乗りだぁ!!」

俺は海に向かって一目散で走る

「あっ、ちょっと待ってよ謙!」

「あ〜お兄ちゃんとお姉ちゃんだけずるい!私も私も!!」

後ろからそんな2人の声が聞こえてくる。

天津風の事も気がかりだけど今日は1日めいっぱい楽しんでやろう。

天津風もちゃんと長峰さんたちとのわだかまりを解ければ良いけどな・・・

あれ・・・他にもなんか忘れてるような気がするけど・・・・まあいいや。

とりあえず天津風が来るまではこうして吹雪や大淀と楽しい一夏の思い出を作るとしよう。

俺は勢いよく波打ち際に足を踏み入れた。



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side天津風:期待と不安の朝

提督と話をして少しした後の天津風視点のお話です。


 春風に連れられて僕は海水浴場に向かっていた。

結局お兄さんには見栄を張ってはみたけど胸のドキドキが治らない。

それどころか海水浴場に近づくたびに鼓動がどんどん早くなっているような気がする。

まさか長峰さんがあの長門さんだったなんて・・・それに僕を××鎮守府に着任させたのも長峰さんが手を回してくれてたからだったなんて私知らなかったし・・・あまりにもよくできた話だったけど長峰さんが艦娘だったのならそんなことにも合点が行くような気がする。

それにお父さんとお母さんが死んだのは私のせいだと僕の目の前で長門さんがぐしゃぐしゃに泣きながら僕に頭を下げてきたことはいまだに忘れられない。

そんな長門さんが素性を隠して身寄りのない僕を引き取ってくれてそれに学校にすら行く気が起きなかった僕に勉強を教えてくれたり色々な事をしてくれていたんだ。

「出来れば君にそんな道は歩んで欲しくない」

そんな長峰さんの言葉の意味が今になってようやくわかった。

長峰さんはずっと僕のお父さんとお母さんを助けられなかった事を後悔しているはずなんだ。

艦娘になるという事はそんな救えなかった人たちへの後悔を背負って行きていかなければいけないそう思うと長峰さんの言葉が僕にずしりと重くのしかかった。

僕は何も知らなかったばっかりに長峰さんの思いを自分の憎しみと復讐がしたいなんていう一時の感情で無下にしたんだ。

そう思うと自分がどれだけ愚かだったかを痛感させられてしまう。

昨日は一晩中そんな事を考えてあまり眠れなかったけど長峰さんにちゃんと会って話さなくちゃ・・・!

天津風としてでなく僕自身として!

そんな事を考えているうちに何年か前に作られた更衣室へとたどり着いた

「それでは天津風、着替えましょうか」

春風がそう言ってなんのためらいもなく男子更衣室の方へ歩いて行く

「ちょっと待ちなさい春風!!」

「あらどうしました?」

「なんで男子更衣室に入ろうとするのよ!?」

「なんでって男なのですから当然でしょう?」

「そ・・・そうだけど私たち男だけど艦"娘"なのよ!?それなのに男子更衣室を使うなんておかしくないかしら・・・」

「おかしいことなんかありません。脱いでしまえばすぐに男とわかるのですから」

「そ・・・そうだけど・・・」

でも私艦娘になってからなんだかおっぱいもお尻も大きくなってきてるし本当に男子更衣室なんか使って良いのかしら・・・

そんな事を考えていると

「あ〜天津風ちゃんに春風ちゃん!おっはよ〜」

朝からセミの声にも負けないくらい騒がしい那珂さんの声が聞こえてきた。

「あら那珂さん。おはようございます」

「も〜那珂ちゃんでいいってば〜!」

那珂さんは頬を膨らませて怒ったような素振りを見せてみる。

この人も僕と同じで男の人なんだよね・・・

僕もこれくらい吹っ切れて女の子になりきれていたらこんな事で悩まなくて済んだのかな・・・

「天津風、なにをぼーっとしているのです着替えますよ?」

「えっ・・・でも・・・」

男子更衣室に入ろうとするのを尻込みしていると

「2人とも着替えないなら那珂ちゃんお先に着替えちゃうね〜」

そう言って那珂さんは女子更衣室に堂々と入って行こうとするので

「ちょ・・・ちょっと那珂ちゃん待って!!私たち男の子なのよ!?」

とっさにそう呼び止めると

「ええ〜だってそこに艦娘の方は女子更衣室をお使いくださいって書いてるじゃない!それじゃあお先にね〜」

那珂さんはそういうと女子更衣室の中へ消えていった

よく見ると長峰さんの字で【本日貸切の為艦娘の方は女子更衣室をお使いください 長峰】

と書かれた張り紙が貼ってある

そっか・・・今日僕たちだけの貸切だったんだった・・・

でも女子更衣室に入るのもなんだか緊張する・・・!!

「は、春風女子更衣室に入るわよ!!」

僕は春風を連れて女子更衣室に足を踏み入れた。

なんだか本当に男として超えてはいけない事をしてしまったような気がするけどもうブラジャーもつけてるしパンツだって女の子用のだし思い返してみたらもうすでに僕・・・いいや私は女の子みたいな生活を送ってるじゃないか。

そして更衣室に足を踏み入れると

「阿賀野ちゃん!?起きてよ!!なんでこんなところで寝てるの!?」

那珂さんが何故かいびきをかいて女子更衣室の中で寝ていた阿賀野さんを起こしていた。

なんでこんなところで寝てるんだろうこの人・・・

「・・・・んぁ?あれ?那珂ちゃん?俺・・・じゃなかった阿賀野どうしてこんなところで寝てるの!?」

「こっちが聞きたいくらいだよ!阿賀野ちゃん誘いに行っても居ないし先に行ってるのかと思って来てみたらいびきかいて寝てるんだもん」

「あれ〜?阿賀野どうしたんだろ・・・提督さんと更衣室の前に居たところまでは覚えてるんだけどそれ以降の記憶がなくって・・・」

「も〜阿賀野ちゃんしっかりしてよ!ほら天津風ちゃんたちも来てるんだよ?」

那珂さんがこちらに話を振ってくる

「あ、おはようございます・・・」

私は頭をぺこりと下げた。

「2人ともおはよー!なんで寝てたのかわからないけど早く着替えて海行かなくっちゃね!」

阿賀野さんは立ち上がるや否や服を脱ぎ始めた

「きゃぁ!」

私は反射的に手で顔を覆う

「あら?天津風ちゃん結構ウブなんだ〜阿賀野のおっぱい気になってたりする?なーんちゃってわかるよ〜阿賀野も男の子だからね〜」

阿賀野さんがニヤニヤとこちらを見つめて来た

「ちっ・・・違います!そんな肉の塊要りません!」

私はとっさにそう返してしまったがやっぱり胸に目がいってしまってドキドキする反面心の奥底ではまだ自分も男なんだと少し安心した。

それから阿賀野さんはそのままショートパンツを下ろすとパンツには不自然な膨らみができていて、そこから私のなんかよりずっと大きなアレがぼろんと姿を現しやっぱりこの人も男なんだという事を再確認できてまた少し安心した。

それを気取られないように私はそそくさと水着に着替えると

「あ〜天津風ちゃんの水着可愛いね」

那珂さんがそう褒めてくれた

「そ、そうかしら・・・?男の子に見えない?」

「うん!十分女の子に見えるよ〜でも那珂ちゃんの方が可愛いからね!」

そういうと那珂さんが服を一気に脱ぎ捨てた。

「きゃぁ!急に脱がないでよ!!」

しかしそこには裸ではなく水着姿の那珂さんが立っている

「えへへ〜那珂ちゃん服の下に水着を着ていたのでした〜ど〜お?似合ってるでしょ?キャハ☆」

那珂さんはそういうや否やあざといポーズを決めてこちらに感想を求めてくるので

「え、ええ・・・似合ってると思う・・・わ・・・」

と返事をしておいた。

なんだか更衣室に居づらくなった私は

「春風、私先に海に行ってるわね」

そう春風に言い残して海の家に向かった。

きっとあそこに長峰さんが居るはず。

育田さんも先に話しておくって言っていたし長峰さんも私と似たような心境のはずだ。

そして海の家に着くと

「いらっしゃいませ〜なの・・・・」

育田さんが何やらまな板の上で野菜を切っていた

「あっ、育田さん!?何してるんですか?」

「あっ天津風ちゃん・・・イクのせいで色々しんどい思いをさせちゃってごめんなさいなの・・・」

育田さんは作業を止めて私に頭を下げて来た。

「い、いや育田さんのせいじゃないですよ・・・それより長峰さんたちは?」

「2人なら中に居るはずなのね。長門〜陸奥〜天津風ちゃんが来たの〜!」

育田さんが呼んでからしばらくすると海の家に備え付けられている簡易的な事務所のような場所から奥田さんが出て来た

「おはよう天津風ちゃん・・・いやソラくん。昨日も会ったけどソラくんとして会うのは久しぶりだね」

「そ、そうですね・・・」

奥田さんもお兄さんや育田さんのいうことには長門さんに付き添っていたもう1人の艦娘の陸奥さん・・・なんだよね?

陸奥さんの姿の時の奥田さんとは少ししか会ったことがないけどすごく美人だったのを覚えている。

それがまさか奥田さんだったなんて・・・

「あ、あの・・・長峰さんは?」

「ああ・・・ごめんねソラくん。彼なんだか急に会うのが怖くなったって言って部屋から出て来てくれなくって。ソラくんもきっと勇気を出してここまで来てくれたはずなのに君なんかよりずっと気が小さくて我ながら情けないよ・・・でも今日のうちには絶対引きずり出してくるから他の艦娘の子と海で遊んで待っててくれないかな・・・?」

奥田さんは申し訳なさそうにそう言った。

「は、はい」

やっぱり長峰さんも私と同じ気持ちだったんだ。

会うのが怖い。私もそう思ってた。

でもそう思っている相手に無理やり押しかけるのはもっと怖かった私は渋々奥田さんに言われた通りに海で遊んで待つことにした。

ふと海水浴場に目をやると既にお兄さんが大淀さんと吹雪の3人で楽しそうに遊んでいる。

なんであんなに楽しそうなのよ・・・私も・・・

「私も混ぜなさーい!!」

私はなんだか居ても立っても居られなくなってお兄さんたちの方に向かって走った。



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【side阿賀野】阿賀野の自撮りクライシス

××鎮守府サマーバケーション(後編)が思いの外難航しているので67話〜69話の間の小話を先に投稿します。


 海水浴場へ行く前日阿賀野は部屋でその準備をせっせとしていた。

「はぁ〜!明日の準備おしまいっ!明日の準備で疲れちゃったな〜明日は早めに行って提督さんを誘わなくっちゃいけないし早く寝なきゃ」

準備を済ませると阿賀野は部屋でポツリと呟いた。

すると携帯電話がブルッと振動し、通知音が流れる。

「ん?誰からかしら・・・?」

阿賀野はすかさず確認をするとそれは育田からのものだった。

「あれ?イクちゃん先輩からLI○Eだ。なんだろ・・・?」

【も〜!阿賀野ちゃんなんで海水浴があるって教えてくれなかったの〜(#゚Д゚) プンスコ!さっき提督さんにあって聞いたの!休みももらえたし明日イクも泳ぎにイクのー(^_^)☆】

阿賀野の携帯の画面にはそんな彼女からのメッセージが表示された。

【ごめん(>人<;)急だったしイクちゃん先輩忙しいと思って ・・・(人ω<`; (人ω<`;】

阿賀野もすかさずそう返信した

すると即座に

【ひどいの・・・(¬_¬)でも阿賀野ちゃんの水着見せてくれたら許してあげるの!(人ゝω・)】

「先輩水着写メ要求って・・・・まあでもサイズとかの確認もしたかったし似合ってるかどうかも聞きたいしいっか!着替えよ〜!」

阿賀野は育田からの返信通り服を脱ぎ用意していた水着に着替えた。

「これでよしっと!それじゃあ・・・えいっ」

阿賀野は軽くポーズを決めて水着姿の自分を撮影した。

「可愛く撮れてるかな〜ちょっと加工もしちゃえ!」

阿賀野は携帯電話をぽちぽちと操作した。

するとまた携帯から通知音が流れる。

「なんだろ?先輩から最速かな〜もー欲しがりな先輩。はいはいわかりましたよ〜今阿賀野ちゃんの可愛い水着姿の写真送りますってばー」

【似合ってるかな?ちょっとシンプル目なの選んでみたよ(ノ≧ڡ≦)】

阿賀野は片手間でぽちぽちとさっき撮った写真を送信した。

「さーて返信待ってる間に寝巻きに着替えちゃおっと」

携帯を手放すと携帯がブルブルと振動を始めた。

「ん〜?音声通話・・・?えっ、代智から!?」

その通話の主は阿賀野の弟である代智だった。

阿賀野は以前里帰りした時に弟の代智に自分の連絡先を教えていた。

それからはたまにやりとりをしていたが音声通話をかけて来るなんてことは初めてだったので阿賀野は慌てて通話を開始する

「ど・・・どうした代智?」

「どうしたもこうしたもないだろ兄さん!!なんだよあの写真!?」

凄まじい剣幕で代智の声がスピーカーから響く

「えっ、写真・・・!?」

「どこに女物の水着来て似合うなんて送りつけて来る兄貴がいるんだよ!!」

「へっ・・・?」

「とぼけんなよ!何が似合ってるかな?だよ!!そりゃその・・・・今の兄さんはそういう身体で・・その・・・あれだけどさ・・・」

代智は

「だ、だから何の話!?」

「ああもう自分で送ったやつ見直してくれよ!恐ろしいくらいに似合ってて可愛かったよ!じゃあな!!」

代智はそういうと一方的に通話を終了した。

「も〜急にかけて来たと思ったら急に切っちゃうなんて・・・なんだったんだろ?」

阿賀野は言われた通り代智とのトークルームを開いてみるとそこにはさっき撮った写真と

【似合ってるかな?ちょっとシンプル目なの選んでみたよ(ノ≧ڡ≦)】

というメッセージが送信されていた。

「あれ〜?おかしいな・・・・・」

阿賀野は育田とのトークルームを確認するがそこには阿賀野の写真は送信されておらす

【まだなのー?(ノシ 'ω')ノシ バンバン】

という育田の投稿がされているだけだった。

「ってことはもしかして阿賀野・・・凄まじくやっちゃいけない誤爆しちゃった!?」

阿賀野の顔が火を噴く

「どどどどどどうしよう!俺・・・わた・・・阿賀野あんな写真実の弟に送っちゃったの!?そりゃあんな実の兄の写真送りつけられたら怒鳴りたくもなるよ!!ああああああ!!なんてことしちゃったんだ私!」

阿賀野は恥ずかしさのあまり頭を抱えて部屋の中を転がりまわった。

「で・・・でもなんで阿賀野誤爆しちゃったんだろ・・・」

恐る恐る再び代智とのトークルームを開くと送信した写真の直前に彼からの投稿があった

【兄さん、急で無理なお願いで申し訳ないんだけど秋に進路についての三者面談があるんだ。家には父さんも母さんもいないから兄さんしか居ないんだ。それにまた凱矢も優宇も会いたがってるしその日だけでいいから帰って来てくれないかな・・・】

阿賀野はそんな真面目な内容に対して水着姿の自撮り写真を送信してしまったことを尚更深く後悔した。

そして恐る恐る代智に音声通話を掛け直す

「・・・・なに?」

「あっ、ごめん。兄ちゃんだけど」

「わかってるよ。だいぶ声は高くなったけどな」

「そ、そう・・・だよね」

「で、何の用?」

「あの・・・・三者面談の事読んだよ」

「・・・そう。で、それに対する回答があの写真って事?」

「ち、ちがうの・・・・いや違うんだ。あの・・・あれは・・・・」

「違うって何が違うんだよ!どう考えても兄さんの自撮りじゃないかあれ!」

「あのー・・・えーっとね・・・お友達に送信しようとしたら間違えて送っちゃって・・・・」

「・・・はぁ・・・・そんな事だろうとは思ったけど相変わらずうっかりしてるな兄さん・・・」

「・・・ごめん・・・でね、三者面談の事だけど・・・・」

「あ、ああ。急で本当にごめん。でも進路の話・・・兄さんにはしておきたくて」

「どうするつもりなの・・・・?なんだ?」

「無理して前みたいな口調で話さなくていいよ。今はそっちの方が楽なんだろ?」

「うんそうだけど・・・」

「じゃあその阿賀野・・・?だっけ?そっちの口調のままでいいよ」

「・・・ごめんね」

「なんで謝るんだよ。兄さんがそうしてくれてるおかげで俺はこうやって高校に3年通えて資格の勉強だってできてるんだ」

「う、うん・・・それで進路はどうするの?大学に進む・・・それなら兄ちゃんもっと頑張らなくちゃね」

「その事なんだけど・・・・まず兄さんは帰って来てくれるの?」

「う、うーん・・・まだ約束はできないけどちゃんと予定が合うかどうか提督さんに相談してみるね。でも出来るだけ行ってあげたいから私も予定空けられるように頑張る!」

「そっか。それじゃあ電話じゃ長くなるから帰って来たときに話すよ」

「なにそれ!それじゃあ絶対帰って来いって事!?」

「・・・そうかもね。で、その・・・提督って男の人?鎮守府での生活ってどんな感じ?他の艦娘とか提督に変な事されてない?」

「相変わらず代智は心配性だなぁ大丈夫だよ〜」

「そりゃ心配するよ!あんな写真まで送って来るんだからさ!」

「う・・・あ、あれは・・・その・・・私と同じ感じで艦娘になった先輩に送ろうと思って・・・」

「へぇ・・・結構居るんだね兄さんみたいな人」

「う、うん・・・」

(流石に今いる鎮守府の全員が阿賀野と同じように男だって言うのは言わない方がいいよね・・・)

「でもそれなら安心したよ。ちゃんとそう言う先輩とも上手くやれてるみたいだし」

「う、うん。なんとか楽しくやってるよ」

「そう・・なんだ・・・それじゃあまたそのうちL○NEするよ。くれぐれもあんな誤爆は俺以外にはしないように!」

「はーい。」

「それじゃあ俺も明日朝早いから寝るね。おやすみ兄さん」

「う、うんおやすみ代智・・・暑いから熱中症には気をつけてね」

阿賀野がそう言うと通話が終了した

「はぁ・・・三者面談か・・・提督さんならきっと言っていいって言うだろうけど本当に私が行ってもいいのかな・・・でも家のことを放り出して艦娘になった兄にここまで頼ってくれるんだから行かなきゃだよね!ふわぁ〜なんか疲れちゃった・・・なんか忘れてる気がするけど早く着替えて寝よ・・・・」

阿賀野は寝巻きに着替えて布団に潜り込んだ。

「・・・あれ・・・?私、代智にかわいいって言われた・・・・!?」

阿賀野は嬉しさと恥ずかしさのあまり布団に包まり声にならない声を上げた。

 

 

その頃育田はというと・・・

「もー!阿賀野ちゃん遅いの!既読無視して放置ってそういうプレイなのー!?」

とあるマンションの一室でそんな育田の声が響いていた。



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××鎮守府サマーバケーション(中編)

お待たせして申し訳ありません。
もう秋ですが艦これのイベントも夏イベントと言い張っていたのでまだ夏です。


 照りつける眩しい日差しに広がる砂浜と青い海!そして眼前では波間ではしゃぐ2人の美少女・・・(男)!!

こんな幸せな事があるだろうか?

思い返してみれば今までの夏といえば野郎だけで海に行ったり後半は部屋でゴロゴロしてただただ夏休みを浪費するような夏を送っていた気がする。

そんな悲しい青春時代の夏を過ごしていた俺が今直面している状況はその時のことを考えれば夢のような状況だ。

もしかすると今までで最高に夏を楽しんじゃってるんじゃないかとそんな気さえしてしまう。

そんなことをぼんやりと考えていると突然海水が俺の顔めがけて飛んできて口に少し入ったのか塩辛い海水の味が口に広がった。

「わぶっ!?しょっぺぇ!!」

「謙、何ぼーっとしてるの?せっかく今は私たちだけなんだから思いっきり楽しみましょうよ!」

水の飛んできた方向にいた大淀がそう言って笑っている。

いつも執務室で見ている真面目な大淀の姿ではなく完全にオフモードで波と戯れながら俺を呼ぶ大淀の姿がそこにはあった。

その楽しそうな彼女の姿はみる影もないはずなのにどことなく以前の彼の面影があったような気がした。

そういえば淀屋と海に行ったことはなかったな・・・

あいつは極力人との付き合いを避けるような奴だったせいかあまりクラスメイトの集まりには参加することはなかった。

遊ぶときはいつも俺と2人っきりかたまに無理やり割って入ってくる海斗のと3人でしぶしぶ遊んでいた感じだ。

そんなあいつも今や側から見れば眼鏡の美少女だし他の艦娘達ともそれなりの付き合いをしているんだから随分と変わったよな・・・

無表情で無愛想だったあいつが最近なんだか毎日楽しそうだ。

そう思うとなんだか嬉しくなって頬が緩んでしまう。

「なにじーっとしてるの?もしかして水変なところに入っちゃった!?それとも男なのにこんな水着着てるのやっぱり変だった?」

大淀がそんな俺を心配そうに見つめて来ている。

「い、いやそうじゃないんだ。お前も随分変わったな・・・って思ってさ。前まではたまにしか笑わなかったお前が笑ってるところをここ最近毎日のように見れるようになってそれだけでなんだか俺まで嬉しいんだよ」

「きゅ・・・急に何言い出すのよ謙!!そ、そんな」

俺の言葉を聞いた大淀の顔が徐々に赤さを増していく。

よし!今がチャンスだ!

「なんてな。ほいスキ有り」

俺は赤くなった大淀の顔めがけて水をかけてやった

「きゃぁ!け、謙そんな不意打ちなんてずるいよ!」

「真正面からかけてやったんだから不意打ちも何もないだろ?さっきのお返しだ!それにその真っ赤な顔ちょっとは冷やしたらどうだ」

「もー!謙ったら・・・って私赤くなんかなってないよ!」

大淀はそう言っていじけてみせる。

なんだかそんな仕草の一つ一つが愛おしいと思えてしまう自分がいた。

そういえば吹雪はどうしたんだろう・・・?

波打ち際の方に目をやると吹雪は海に入らず波をじっと見つめている。

「おーい吹雪ー何やってんだよお前も早く来いよ」

呼びかけてみるが吹雪は海に入るのを躊躇っているようだ。

「急にどうしたんだよ?さっきまであんなに海で泳ぐの楽しそうにしてたじゃないか」

心配になったので駆け寄って尋ねてみると

「う、うん・・・そうなんだけど足を海につけたら足が沈んじゃうの」

吹雪は小さな声で言った。

沈む?そりゃそうだろ。

「当たり前だろそんなの。それにこの辺りは足がつくんだから溺れたりしないって」

「う、うん・・・それが本当は当たり前なんだよね。でも私・・・いつも海の上で浮かんでるから足が水の中に沈んでそのまま海の底まで落ちちゃうんじゃないかって思ったら急に怖くなっちゃった」

吹雪は海で泳ぐのは初めてだと言っていたしそれにいつもは海の上で浮いているのが当たり前でそんな状況で体が沈むなんてことはたしかに死に直結するような事態だ。

「泳ぎとか習わなかったのか?」

「う、うん・・・施設にいるときに水泳も教えてもらえたんだけど私こんな身体だから他の子に見られたくなくてずっと嘘ついて休んでたの」

「そうだったのか・・・」

それじゃあ吹雪は生まれてこのかた泳いだこともないってことか・・・

「無理するなよ?もし怖いなら無理やり泳がなくたっていいんだぞ?」

「う、うん・・・でも私・・・せっかくお兄ちゃんに水着も買ってもらったし自分の身体のこと気にしないで水遊びができるのは嬉しいのに・・・私情けないね」

吹雪は肩を落とした。

せっかくさっきまであんなに嬉しそうだった吹雪の表情が曇ってしまい俺はやるせない気持ちになる。

そんな俺と吹雪を心配してか大淀がこちらに駆け寄ってきた。

「吹雪ちゃんどうしたの?」

「お姉ちゃん・・・私ね・・・」

吹雪は俺に話したことをそのまま大淀にも伝えた。

「そうだったの・・・よし!それならお姉さんに任せて!」

大淀は胸を張った。

「私と謙が付いてるから!とりあえず水に慣れることから始めましょう!」

「お姉ちゃん・・・私どうしたらいいの?」

「謙、吹雪ちゃんと手を繋いであげて」

大淀がそういうので俺は吹雪に手を差し伸べた。

「それじゃあ吹雪ちゃん。ゆっくりでいいから水に足をつけてみて。謙が手を繋いでるから絶対に溺れたりしないわ」

「う、うん・・・!なんだかお兄ちゃんとお姉ちゃんに言われたら大丈夫な気がしてきた!」

吹雪は恐る恐る足を海につけた。

「ひぅっ!冷たい・・・」

「大丈夫。そのままゆっくり前に進んで私の方に向かって歩いてみて!」

大淀は少し俺たちから離れて膝が浸かる辺りの深さの場所まで移動した。

「う、うん・・・!うわぁ!サンダルに砂入ってくる!」

吹雪が大淀の方へ行こうとした時砂に足を取られてバランスを崩して転びそうになったので俺はすかさず手を引いた。

「あ、ありがとうお兄ちゃん・・・」

「な、大丈夫だろ?絶対手は離さないから大淀の方まで行ってみようぜ」

「う、うん!」

吹雪は俺の手を握ると恐る恐る大淀の方へ歩いていく。

そして吹雪はやっとの事で大淀のいる場所までたどり着いた。

「はいよくできました」

大淀はまだ少し不安そうな吹雪の頭を撫でる。

「な?大丈夫だったろ?このくらいの深さならもう平気か?」

「う、うん!」

吹雪は深く頷いて俺から手を離して大淀に抱きついた。

「お、お姉ちゃんありがとう!私怖くなくなってきた」

「はぅわ・・・!ふ、吹雪ちゃんそそそんな・・・誰かに見られちゃうから・・・」

大淀は顔を赤くしてあたふたとしている。

そんな大淀に少しジェラシーを感じながらも吹雪が楽しそうだから良しとすることにした。

「そ、それじゃあ吹雪ちゃん、ここまでこれたんだしわた・・・・お姉ちゃん達と遊びましょう!」

大淀は吹雪を優しい目で見つめた。

あいつのあんな顔見るのも久しぶりだな・・・

そんな顔を見て俺は初めてあいつに声をかけた時のことを思い出す。

その時も淀屋はこんな顔をしていたからだ。

教室では一切見せなかったそんなあいつの優しそうな顔を見て俺は話しかける気になったんだっけ・・・

昔のことをを思い出したら自然と笑みが溢れていた。

するとまた俺の顔めがけてどこからか水が飛んできて・・・

「うわぁ!また大淀かよ!」

「水の方向を見て見ると吹雪がクスクスと笑っていた」

「私もお兄ちゃんたちがやってた事やりたい!えいっ!」

吹雪はそういうと手ですくい上げた水をこちらに向かってかけてくる。

どうやら水をかけてきたのは吹雪だったようだ。

「よ〜しその調子なら大丈夫そうだな!俺も手加減しないからな」

口ではそう言いつつも少し優しめに吹雪めがけて水をかける

「きゃぁ!冷たいよお兄ちゃん・・・!でもなんだか楽しいっ海って怖いだけじゃないんだね!えいっ!」

吹雪は笑いながら水を両手で水をまた俺にかけてくる。

一時はどうなるかと思ったけど吹雪がまた笑ってくれてよかった。

それからしばらく浅瀬で3人で水を掛け合っていると

「きゃっ!」

大淀が足を砂に取られてこけそうになりこちらに倒れこんできたので俺はとっさに抱きかかえた。

「大丈夫か?」

「う、うん・・・ありがとう謙」

大淀はそういうと俺に寄りかかってきた

「お、大淀!?」

「ごめんなさい謙。少し足がふらついちゃって」

大淀はそういうが体重がどんどん俺の方にかかってくる。

そして胸と胸がひっついて大淀の水着越しに柔らかい感触が俺の胸に伝わってきた。

「お、おい大淀!!」

「ちょっとだけこうしてて・・・いいでしょ?」

大淀はそう耳元で囁いてくる。

「あ、ああ・・・・わかった」

吹雪が心配そうにこちらを見ているが大淀は離れようとはしなかった。

「謙・・・謙もぎゅってしてほしいな」

大淀はまた囁いてきた

「え、ええ!?」

「ぎゅってしてくれないと私このまま倒れちゃう・・・かも?」

かも?ってなんだよおい!

なんか今日の大淀めちゃくちゃ積極的じゃないか!?

お、落ち着け俺

今は吹雪にしか見られてないし・・・・

いいやでも吹雪にまじまじと見られるのも恥ずかしい・・・

えーい!どうにでもなれ!

俺は大淀を抱きかかえたまま吹雪に背を向けるように180度回転し吹雪に見られないように大淀をぎゅっと抱いた。

大淀のしなやかな肌の感触が直接俺に伝わってくる。

「謙・・・」

「大淀・・・」

大淀は至近距離でこちらを見つめてきた。

あれ・・・こいつこんな綺麗だったっけ・・・?

大淀の眼鏡越しに見える吸い込まれそうな瞳やつややかな肌に見とれてしまっている自分がいた。

それに心臓がバクバクする

や、やばい・・・なんで俺こんなドキドキしてるんだ!?

これ以上は俺・・・淀屋のこと本当に・・・

「な、なあ大淀・・・もういいだろ?」

「もうちょっとだけ・・・今日はいつもよりワガママになっちゃおっかな」

大淀は一向に離してくれず、そうこうしている間にも心拍数はどんどん上がっていく。

ああもうだめだ!

俺は耐えられなくなって大淀から目をそらし砂浜の方に目をやると可愛らしい水着を着た天津風がこちらを睨みつけていた。

「あ・・・天津風・・・!?お、おはよう」

その声で大淀も気づいたのかとっさに俺から離れて何事もなかったように挨拶をしてみるが

「こんな朝の早くに公共の場で秘書官とそんなことしてるなんてどういうことかしら?」

天津風はこちらに軽蔑の眼差しを向けてきている

ち・・違う誤解だ!

って何が誤解なんだ?

完全に俺と大淀なんかいかがわしいことしちゃってたよね・・・!?

いや今現在進行形でやっちゃってるよねぇ!?

今自分がしていることを再認識してしまい一気に顔が熱くなる。

「い、いやこれはただ大淀がこけそうになったから支えてるだけで!そうだよな大淀」

「え!?ええそうよ天津風ちゃん!私ったらうっかり転んじゃって・・・あ〜私吹雪ちゃんのこと見にいってますね提督!さぁ吹雪ちゃん、もうちょっと深いところまで行ってみましょ〜」

大淀も恥ずかしくなったのか体制を立て直して誤魔化すように笑ってそのままダッシュで逃げ出した

「あっちょっと待て大淀!!」

くそぉぉぉぉ俺だけ置き去りにされた!!

恐る恐る天津風の表情を伺うがさっきと全く変わらぬ表情で俺を睨みつけてくる・

「ふぅ〜ん・・・その割にはなんだか2人とも転んだだけには見えなかったけど?」

まずい・・・なんとかこの状況を脱さなくては・・・

そうだ!長峰さんのことはどうなったんだろ?

「な、なあ天津風・・・もう長峰さんとは話せたのか?」

俺は話題を逸らそうと天津風に尋ねてみる

「質問に質問で返さないでくれる?はぁ・・・」

天津風は呆れたようにため息をついた。

「す・・すまん・・・!じゃなくて俺も心配してるんだよ。ちゃんと話はできたのか?」

「し・・・心配・・・!?そ、そうね・・・まだ話はできてないけど・・・・ね、ねえ・・・他に何か私に言うこと・・・ない?」

天津風はもじもじとそう尋ねて来た

「え?他に?さっきのことあやまって欲しい・・・とか?」

「はぁ!?そんな訳ないでしょ?それにただの事故なのになんで謝る必要があるのかしら・・・?」

「うっ・・・そ、それは・・・」

くそっ!鎌かけられたのか俺・・・

「はぁ・・・本当に何もわかってないんだから・・・」

天津風はまた大きなため息を一つついた。

一体他に天津風に言うことってなんなんだよ

「な、なぁ・・・で、俺に何をして欲しいんだよ・・・?」

「もういいわよ!」

天津風はそう言うと何かを俺の顔面に投げつけて来た。

「うわっ!なんだこれ」

顔に張り付いたそれを手に取ってみるとしぼんだエアーマットだった

「これをどうしろってんだ?」

「それくらいわかるでしょ?膨らませてよ!そしたらさっき見たことは他の人には黙っててあげるから」

「なんで俺が・・・それにさっきのは事故だって!」

「ふぅ〜ん。みんなより早めに海に来て大淀さんと抱き合ってたなんて言ったら阿賀野さんや金剛さんたちは事故だなんて思うかしらね・・・?」

天津風は不敵な笑みを浮かべる。

確かに阿賀野たちにそんなこと知られたら色々とめんどくさいことになりそうだし大人しく従う方が身のためだろう

「わ・・・わかったよ。それじゃあ立ちながらってのもあれだからちょっとついて来いよ」

俺は天津風を連れてさっきゴザを敷いたところまで戻ってエアーマットを膨らませることにした。

「あら、準備がいいのね。これどうしたの?」

天津風がゴザとパラソルについて尋ねてくる

「ああこれ?海の家で借りたんだよ。まさか金取られるとは思わなかったけどな」

「あらそうなの。それじゃあさっさと膨らませてくれない?私も早く海行きたいんだけど」

天津風は興味なさげに言った。

はぁ・・・こっちも相変わらず可愛げがないというか今日は一段と酷いような・・・

長峰さんのことで無理してるのか?

「わかったからそう急かすなよ」

俺はしぶしぶエアーマットに息を吹き込んで見るが一向に膨らむ気配がない。

やはり人力でやるには相当時間がかかりそうだし膨らましてるうちに暑さと酸欠のダブルパンチでどんどん頭がクラクラしてくる

「ぶはぁ!もうダメだこんなのやってられるか!!」

俺はまだシワが残ったふにゃふにゃのエアーマットから口を離した

「はぁ・・・ほんと情けないわね」

そんな俺を天津風は冷めた目で見つめてくる

「いやいやこれ人の息だけで膨らますもんじゃないだろ!」

「だって空気入れなんて便利なもの持ってないし・・・」

「そりゃわかってるけどさ・・・お前もちょっと膨らませてみろよ!絶対無理だって思うから」

俺はエアーマットの空気線を天津風の方に向けると

「きゃぁ!そんな汚いものこっちに向けないでよ!!」

天津風は身をこわばらせる。

「はぁ?ここまで膨らませてやったのに汚いはないだろ?」

「で・・・でもそんなの・・・か・・・間接・・・き・・・・」

天津風が突然モジモジとしはじめた

「はぁ?かんせつなんだって?」

「うるさいわね!さっさとやらないとか・・・・関節技決めるって言ったのよ!」

天津風はすかさず俺の腕を掴んであらぬ方向に曲げ始める

「あいだだだだだだだ!わかったわかったからキブ・・・!ギブだって!!奥田さんに空気入れ借りれないか聞いてくるから!!」

「最初からそうしなさい!」

天津風はゆっくりと俺の腕から手を離してため息をついた。

「ふぅ・・・それじゃあちょっと行ってくるから待っててくれよ」

 

俺は膨らみかけのエアーマットを担いで海の家に向かうと

「あらいらっしゃい。次は何の用かな?」

奥田さんが営業スマイルで尋ねてくる

「これ膨らませたいんですけど空気入れとか貸してもらえませんか?」

「空気入れ?そんなめんどくさいもの使わなくてもこれがあるよ」

奥田さんは棚から小型のエアーコンプレッサーを取り出した。

「おお!これなら一瞬で膨らませられそうですね!ありがとうございます!」

俺が頭を下げた次の瞬間

「はい百円」

奥田さんは手のひらをこちらに向けてくる

「えっ・・・?それも金取るんですか?」

「そりゃ当たり前だよ。結構高かったんだよこれ。むしろ百円で使えるなんて安いものだと思うけどなぁ〜」

うう・・・やっぱりそう来たか・・・

でもこれ以上天津風を待たせたらまたどやされそうだし口で膨らませるのはしんどいし仕方ないか・・・

「わかりましたよ・・・」

俺はしぶしぶ小銭入れから100円を出して渡した

「はい毎度あり!それじゃあすぐに膨らませてあげるね」

奥田さんは空気栓にエアーコンプレッサーのノズルを差し込んでスイッチを入れた。

するとみるみるうちにエアーマットは膨らんでいき空気が満タンになった。

「よし!これで出来上がりだね」

奥田さんはニッコリと笑ってエアーマットを渡してくれた

「あ、ありがとうございます」

お礼を言って天津風のいる方へ戻ろうとした時

「はぁ・・・はぁ・・・これくらいでいいなの?」

息を上げた育田さんが浮き輪を何個か担いで海の家に入ってくる

「あらご苦労様」

奥田さんは少し高めのトーンで言った。

「ご苦労様・・じゃないの!なんでイク有給使ってまでレンタル用浮き輪を膨らませなくちゃいけないの!?あー!それこの間テレビショッピングでやってたエアーコンプレサーなの!!そんな便利なものがあるのになんでイクが足で踏む空気入れなんか使わなきゃいけないのー!?」

どうやら育田さんは空気入れで浮き輪に空気を入れていたようだ。

それにしても断ればいいのに文句言いながらしっかり頼まれたことはやってのける育田さんって相当お人好しなんだな・・・

「だってこれバッテリーそこまで持たないのよ。あなたが使う分でバッテリー切れちゃったら儲け・・・・ゲフン!お客さんが使えなくなっちゃうでしょ?」

「そ、そうなの・・・でももう準備も終わったからもうイクも泳いで来ていいの?」

育田さんは目を輝かせて奥田さんに尋ねるが

「まだだーめ。イクちゃんにはもう少しお手伝いしてもらわなきゃいけないことがあるの」

「ええーまだあるのー・・・で、それはなんなの?さっさと終わらせてイクも泳ぐのね!」

「ああそれじゃあそこのクーラーボックスに野菜が入ってるから切ってくれないかしら?」

「わかったの!すぐに片付けるの!!」

奥田さんの指示を受けるとまんざらでもなさそうに育田さんはクーラーボックスの置いてある方へ走っていった。

「ふぅ・・・イクちゃんほんとよく働くからついついコキ使いたくなっちゃうのよね〜長門もずっとあんな感じだし遊びに来てくれて助かったわ〜」

育田さんがいなくなったのを見計らって奥田さんはそう呟く。

なんて人使いが荒いんだこの人は

育田さんが置いていった浮き輪を見て俺はふと吹雪に浮き輪を使わせる約束をしたことを思い出した。

これを借りて吹雪に持って行ってやろう

「奥田さん。浮き輪一つ借りれませんか?」

吹雪に合いそうなサイズで南国っぽい花がの絵がプリントされた浮き輪を指さすと

「1つ400円ね」

奥田さんはすかさずそう返してくる。

やっぱりタダでは貸してくれないよな。

「はいはいわかりましたよ」

俺はまた小銭入れからお金を取り出して奥田さんに手渡した

「毎度あり〜♡また何かあったらお姉さ・・・お兄さんに言ってね」

「あの・・・奥田さん?」

「ん?何かな」

「別に俺たちしか居ないんだから男の振りなんかしなくていいんじゃないですか?」

「そうなんだけど外では誰が見てるかわからないからこうしろって長門がうるさいのよ」

奥田さんは俺に耳打ちをしてきた。

「そ、そうなんですか・・・それじゃあ俺行きますね。空気入れありがとうございました。」

そう言って海の家を後にしようとした瞬間

「あっ、提督くんちょっと待って!」

奥田さんが俺を呼び止める

「なんです?」

「この辺り波は穏やかなんだけどくれぐれも離岸流には気をつけてね。浮き輪とか使ってたら知らない間に沖まで流されちゃうかもしれないから。まあそうなってもわた・・・僕たちが助けてあげるけどね。お金次第で」

奥田さんは不敵な笑みを浮かべて親指と人差し指で輪っかを作ってみせる。

「はぁ!?それもお金取るんですか!?」

「嘘嘘冗談!やっぱりからかい甲斐があっておもしろいよ君」

奥田さんはくすくすと笑う

さっきまでのこともあるしほんと冗談きついよこの人・・・

「全然冗談に聞こえませんよ!」

「それくらい気をつけてねってこと。それとくれぐれも天津風ちゃんのことよろしく。こっちもなんとかお昼までには長門を引っ張り出してくるから」

「は、はい。わかりました。それじゃあ」

俺は海の家を後にして天津風が待っているところまで戻ろうとすると

「あーっ!提督さん!」

後ろから阿賀野の声がしたので振り向いてみると更衣室から出て来たところであろう水着姿の阿賀野と那珂ちゃんと春風にばったり鉢合わせた。

「提督ぅ〜おっはよ〜ございまーす!キャハ☆」

「司令官様おはようございます」

「ああおはよう」

「おはようじゃないよ阿賀野の事置いていくなんてひどい!」

阿賀野は少しふくれっ面をする。

「お、置いていく?」

「だって阿賀野提督さんと一緒に更衣室に・・・・・・・あれ?阿賀野ここにくる前に提督さんと会ってなかったっけ?あれ〜?思い出せないよ・・・ここはだれ・・・?私はどこ〜????」

阿賀野は頭を抱えて首を傾げた。

どうやらさっきの大淀の水筒が相当効いたらしく記憶があやふやなようだ。

多分そのことは知らない方が阿賀野も幸せだろうし黙っておくことにした

「き、気のせいじゃないか?俺今日初めて阿賀野に会ったぞ・・・?」

「え〜そんなぁ・・・!朝提督さんが大淀ちゃんたちと出ていくのを見かけたから追いかけたはずなんだけど・・・」

そんなところから見られてたのかよ!

「でもそんな訳ないよね!だって今日の集合時間は10時半だったけど提督さんたちを見かけたのは確か・・・9時過ぎだったはずだし幾ら何でも早すぎるもんね。阿賀野の勘違いだったのかな・・・?」

よかった。なんとか勘違いの方向で納得してくれたようだ。

でも確かに少し早く来すぎたような・・・

なんで大淀はそんなに俺のこと早く連れ出したんだ?

「阿賀野ちゃんったらしっかりしてよ!ねえねえ聞いてよ提督!阿賀野ちゃんってば那珂ちゃんたちがくる前から女子更衣室でいびきかいて寝てたんだよ〜?」

「も〜那珂ちゃん!恥ずかしいから言わないでよ〜!」

「だってぇ〜あんまりにも気持ちよさそうに寝てたんだもん!提督さんも見る?阿賀野ちゃんの寝顔」

那珂ちゃんがはそう言うとおもむろに防水のカバンから携帯電話を取り出してこちらに見せてくる。

画面には口からよだれを垂らしながら仰向けで眠っている阿賀野の顔がバッチリと写っていた

「いやー!!いつ撮ったの那珂ちゃん!消して!消してよぉ〜!」

「やーだー!せっかくこんな可愛い顔の阿賀野ちゃんが取れたんだから消すなんて勿体無いよぉ〜」

阿賀野は那珂ちゃんの携帯を必死に奪い取ろうとするが那珂ちゃんは華麗にそれを躱している

阿賀野が携帯を取ろうと飛びつくたび水着に包まれた阿賀野の胸がぶるんと揺れる。

いつもより露出度の高いそれは男に付いているものと頭ではわかっていてもどうしても目がいってしまう

や、やばい・・・相変わらずなんて胸してやがるんだ・・・

もしこんなところでマイサンが大きくなりでもしたら何をされるかわかったもんじゃない。

いくら布的に余裕のある水着だからとはいえへんな膨らみがあれば一瞬でバレてしまうだろう。

そ、そうだ!阿賀野は男!!股間を見て現実を見よう!それで多少は収まるは・・・・ず!?

阿賀野の股間部を見た俺の目には信じられないものが映っていた。

いつもはあるはずのもっこりとした膨らみはなくそこにはフラットなラインがただあるだけだ。

おかしいだろ!?

大淀たちみたいにパレオで隠してる訳でもないし余裕のある水着ならまだしもあんなに肌にフィットしてそうな女性用水着で阿賀野のその・・・・そこそこ大きめなアレが目立たない訳がない!

それなのになんで膨らんでないどころかあんなにフラットなんだ!?これじゃあただの女の子じゃないか!

阿賀野のアレは一体どこへ!?

「きゃはっ☆那珂ちゃんのステップ最高でしょ?」

「も〜早く消してよー!!」

那珂ちゃんの舞うような動きに翻弄されるたびにぶるんと揺れる阿賀野の胸。

そしてどれだけ動こうとも全く変化を見せない股間・・・

一体どうなってんだよ!?暑さ頭でもやられちゃったのか!?

「あ・・・阿賀野!?お前そこはどうしたんだよ・・・・」

恐る恐る阿賀野の股間を指差して尋ねた。

すると阿賀野は那珂ちゃんを追いかけるのを止め

「やぁん提督さんのえっちぃ〜!そんなに阿賀野のここが気になるの〜?」

不敵な笑みを浮かべて見せつけるように自分の股間を指で撫でてくる

「べ・・・別に・・・お前のそこになんかきょきょきょ興味ねーよ・・・ただなんでそんな水着きてて全然もっこりしてないのか気になって・・・」

「やっぱり気になってるんじゃない!すごいでしょ〜?イクちゃん先輩に教えてもらった方法でオチンチンを目立たなくしてるの!どう?これで水着でも女の子に見えるでしょ?うふっ」

阿賀野はポーズを取ってみせてきた。

俺の頭に一気に血が昇ってくる。

暑さと相まって頭が沸騰しそうだ

「いいい一体どうやってんだよそんなの・・・!質量保存の法則からいっておかしいだろ!!!」

俺は目の前のそれを受け入れられずに苦し紛れに問い詰めて見ると

「ええ〜?今提督さんの見てる物が事実だよ〜!そうだ!いいこと思いついた提督さんも試してみる?ちょうど阿賀野の去年の水着残ってるしせっかくだから提督さんの身体で教えてあ・げ・る♡」

阿賀野はニヤリと笑みを浮かべて耳元で囁いてきた。

これ以上深入りすると女物の水着を着せられてビーチに放り出されそうだ。

「い、いや・・・遠慮しとくよ」

「え〜まだ阿賀野のおっぱいが大きくない時の水着だから提督さんが着れば可愛いと思うんだけどな〜」

「なんで俺がそんなの着なきゃいけないんだよ!」

「あっ、そうだ!イクちゃん先輩はもう来てるの?」

「あ、ああ。海の家に居たぞ」

「そっか!それじゃあちょっと会ってくるね!それじゃあ提督さんまた後で!」

阿賀野は海の家の方へ走っていった。

「あっ、阿賀野ちゃん置いてかないでよ〜!提督、それじゃあまた後でねっ!」

それを那珂ちゃんも追いかけていく

相変わらず忙しいやつだなぁ・・・

そしてその場にポツンと春風だけが立っている

「司令官様?先ほど阿賀野さんと一体何をお話になられていたのですか?」

「あ、ああいやなんでもないよ・・・」

「そうですか・・・そういえば愛宕さんたちはもう来られているのですか?」

愛宕さん・・・?そういえば今日は見かけないな・・・

高雄さんも居なかったし2人で何処かに行ってるのか?それならそう言ってくれればよかったのに

「いいや見てないな。宿舎でも見かけなかったぞ?」

「そうですか・・・」

春風は残念そうな顔をした。

「何をそんなに落ち込んでるんだ?」

「い、いえ!落ち込んでなどいません!断じて!!」

「そ、そうか・・・」

春風の圧に俺は押し負けてしまう。

「ところでわたくしの水着・・・変ではありませんか?女性ものの衣服を着る事には抵抗はないのですが水着というものは初めてで・・・・少し股間が食い込んでなんだか変な心地です・・・」

春風はワンピースタイプの水着の食い込みを気にしているようだった。

確かに少し股間部にはもっこりとした膨らみが見て取れる。

「だ、大丈夫じゃないか?それに今日は俺たちしか居ない訳だし誰も春風が男だって事も気にしないだろ」

「そ、そうですか・・・よかったです!本当は最後まで殿方が着る水着を来てこようか迷って居たのですが・・・」

どうやら選択を誤れば大変な事になって居たようだ。

そして股間も気になるが膨らんだ胸にも目がいってしまう。

春風は女装しているときは大和撫子の言葉がこれ以上ないほど似合うような少女だが服を脱げば年相応の少年の体付きをしていていつも胸にはパッドを詰めているのだ。

「水着時も胸にパッド入れるんだな」

「はい。これで気休め程度ですが体付きをごまかせますから・・・それにこの詰め物空気で膨らんでるんです!ですから溺れた時も安心ですよ。ふふっ!」

春風は得意げに言って胸を軽く揉んでみせた。

「そ、そうか・・・それじゃあそろそろ長話もアレだし天津風が待ってるんだ。一緒に来るか?」

「はい!ご一緒します!」

春風と共に天津風の待っている場所へ向かうと天津風は不満そうにパラソルでできた日陰で体育座りをしていた。

そしてこちらに気づいたのか

「随分遅かったじゃない。どこで油売ってたの?」

また天津風に睨みつけられてしまった。

「わ、悪い・・・でもちゃんと膨らませてもらって来たぞ」

俺はエアーマットを天津風に渡す。

「あ、ありがとう・・・でもあなたね、レディーを炎天下で待たせるなんて事するから彼女1人できないのよ!?」

「なはぁ!?べべべべつに彼女ができたらもっと大事にするし?男としてエスコートするし?というか俺に彼女ができなかったのは男子校だったからだっての!!」

俺は必死に反論するが我ながらなんか虚しくなってきたぞ・・・

「その反論からしてダメダメじゃない・・・ダサっ」

天津風は呆れたのかそう吐き捨て

「あら司令官様・・・彼女がいらたたことがないんですね・・・ふふっ」

春風は何やら優しそうな目でこちらを見つめてくる

やめろ!その目がなんか逆に心の弱いところに刺さるかからぁ!

「う、うるせぇ余計なお世話だ!それに第一お前レディーじゃねぇだろうが!」

苦し紛れに天津風に言った。

「そ、そうだけど・・・・ああもう細かいことはいいわ!それじゃあ私これで優雅に海を楽しんで来るから・・・ふんっ!そんな女の子の扱いもわからないあなたとなんか遊んであげない」

天津風はエアーマットを抱えて海の方へ1人で歩いて行ってしまった

「あ、天津風!!待ってください」

そんな天津風を春風は追いかけて行きぽつりと俺だけが残されてしまった。

俺なんか悪いことしたか・・・?

ダメだ全然心当たりがない・・・本当にモテる奴は何がダメなのかわかるのかなぁ・・・

俺は大きなため息を一つついた。

そうだ。この浮き輪早く吹雪に渡してやらなきゃ。

天津風は春風が付いてくれているし大丈夫だろうしあれだけ大きいエアーマットを持っているんだから遠巻きでも見てやれるだろう。

 

そして俺は浮き輪を持って吹雪と大淀がいた所まで行ってみると吹雪はもう胸まで水に浸かるような場所で大淀と戯れていた。

「おーい吹雪!浮き輪借りてきたぞー」

そう声をかけると吹雪はこちらに歩いて来た

「わぁ!これ私の知ってる浮き輪より可愛い!」

確かに赤と白の二色の浮き輪しか知らない吹雪からすればこの花柄の浮き輪は新鮮かもしれないな。

「使い方は変わらないから使ってみろよ」

「うんっ!ありがとうお兄ちゃん」

浮き輪を手渡すと吹雪はそれを身につけた。

「出撃した時みたいじゃないけどちゃんと浮いてる!これならもっと深いところでも行けちゃいそう」

吹雪はなんだか嬉しそうだ

「おいおいだからってあんまり遠くまで行ったら泳いで帰れなくなっちゃうから1人で遠くに行くんじゃないぞ」

「はーい。」

「よーしそれじゃあもうちょっと深いところまで行ってみるか!」

「あっ、謙待って私も行く!」

俺と大淀は吹雪の浮き輪を手で持ってもう少し深い場所まで泳いで行ってみることにした。

そしてしばらく泳いでいると

「提督さーん!」

聞き覚えのある声が背後から聞こえてくる

大淀はその声を聞いて苦虫を噛み潰したような顔をした。

振り向くと案の定阿賀野が浮き輪をつけてこちらに向かって来ている。

「け、謙逃げよっ!」

大淀が俺の手を引っ張ってきた

「えっ!?逃げるってなんで?」

「なんでもよ!どうせロクなことにならないでしょ!?それに・・・」

「それになんだよ」

「えーっと・・・なんでもない!とにかく逃げるよ!」

大淀は吹雪の浮き輪をぎゅっと握って阿賀野がくる方とは真逆の方向に全力でバタ足を始める。

しかし波もあるのでうまく前に進めず、結局そこそこのスピードで泳いで来た阿賀野に追いつかれてしまった。

「はぁ・・・はぁ・・・やっと追いついた・・・ひどいよー阿賀野から逃げるなんて!」

「別に逃げてません。ただ泳ぎたくなっただけです」

大淀は淡白な口調でそう返した。

そういえば那珂ちゃんがいないな

「な、なあ阿賀野・・・那珂ちゃんはどうしたんだ?」

「那珂ちゃんねー日に焼けるのがいやだからって今砂浜で優雅にバカンス気分を味わってるよー!あっ、そうだー!阿賀野ー日焼け止め塗り忘れちゃったかもー提督さん、一回上がって塗ってほしいなー」

芝居掛かった口調で阿賀野は言った。

「そんなの自分で塗ればいいでしょう?け・・・・提督も私と泳ぎたいと言っていますし邪魔をしないであげてください」

い、いや俺は別にそこまで言ってないんだけど・・・

「えーでもでもー阿賀野背中とか手届かないしぃ〜ね〜いいでしょ提督さん」

「ダメです!」

俺が口を開けるよりも先に大淀が言った。

そんな2人をあたふたと吹雪は見ている。

このままじゃダメだ。せっかく吹雪が楽しそうにしてたのにこれじゃ台無しじゃないか・・・

どうすりゃいいんだ?

阿賀野も一筋縄じゃ行かなさそうだしだからって無視するわけにも行かないだろうし・・・

「むー・・・それじゃあ大淀ちゃん!阿賀野と勝負しない?勝ったほうが提督さんにお願い聞いてもらえるって事でどう?」

勝負!?それに俺に拒否権はないのか?

「勝負ですか・・・私もそろそろはっきりさせておきたかったんですよ。け・・・提督が誰のものなのかを」

いやいやいやいやそこまで阿賀野も言ってないからね!?

「ふぅん・・・結構乗り気なんだ。それじゃあ阿賀野とビーチバレーで決着付けましょ!ボールはもう用意してあるから!」

「ええわかりました受けて立ってやります。吠え面かかないでくださいよ?」

2人は火花を散らした。

「お、お兄ちゃん・・・なんだか2人とも怖いよ・・・」

吹雪が小さな声で話しかけて来た。

「あ、ああ。俺もそう思う」

 

そして吹雪を連れて一度砂浜に上がると那珂ちゃんが海の家近くの日陰にビーチベッドを置いて優雅にくつろいでいた

「あっ、大淀ちゃん!おっはよー!それに阿賀野ちゃんももう戻って来たんだ」

那珂ちゃんはかけていたサングラスを額に上げこちらに声をかけてきた

「お、おはようございます・・・」

「那珂ちゃん。これから阿賀野たち勝負するから審判お願いできる?」

「へっ・・・?勝負?」

「いまから大淀ちゃんと提督さんを巡った男と男・・・いいえオトメとオトメの勝負をするの!」

今完全に男って言ったよ!

「そ、そうなんだ・・・わかったよ」

那珂ちゃんも2人の熱気にたじろいでいるようだ。

そして阿賀野はその辺に落ちていた木の棒で砂浜に簡単なコートを描くと何かを探しているのかキョロキョロとあたりを見回した。

「うーん・・・あっ、そうだ!ちょっと待っててね」

阿賀野はそう言うと昨日俺たちが片付けた流木をまとめて置いてあった場所へ走って行ってそこそこな長さの木を引きずってこちらに持ってきた。

「よーしこれより低いボールはアウトだからね」

「それじゃあ早速始めましょ!ルールは先に10点取られた方の負け!それで勝った方は提督さんを好きにできるって事で」

と那珂ちゃんが寝ていたビーチベッドの横に置いてあったスイカの柄のビーチボールを拾い上げてコートの片側に立った。

俺に拒否権はないのか・・・

「ええ それでいいですよ 最初はネットもなしにビーチバレーなど馬鹿げていると思いましたがこれでちゃんとした勝負になりそうですね 提督・・・見ててくださいね!絶対負けませんから!」

はそう言うとコートの片側に立った。

「それじゃあ最初のサーブは大淀ちゃんに譲るわ」

阿賀野は大淀にボールを投げ、大淀はそれをキャッチする。

「ふぅん・・・この期に及んで敵に塩を送るんですか その余裕こいた顔がいつまで続きますかね?それではありがたく頂きます」

大淀は不敵な笑みを浮かべた。

あいつあんまりスポーツ得意なイメージないんだけど大丈夫なのか・・・?

でも阿賀野も鈍臭そうだし悪い意味でいい試合しそうだな・・・

「そ、それじゃあこほん・・・提督争奪☆ガチンコタイマンビーチバレー対決開始ぃ!」

なんだそのタイトル!?

那珂ちゃんが声を上げたのを聞いた大淀がボールを軽く投げてサーブの体制に入った。

「この勝負挑んだ事を後悔させてあげます!」

大淀はそういうとボールを勢いよく手で阿賀野のコートに向けて叩きつけ、2人のビーチバレー対決の火蓋が切って落とされたのであった・・・

えっ、この話まだ引っ張るの!?



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【side天津風】波間で揺れる身体と心

××鎮守府サマーバケーション(中編)(後編)の間に起きた天津風視点のサイドストーリー的なものです


 天津風は唐変木な提督に腹を立てていた。

「ああもう細かいことはいいわ!それじゃあ私これで優雅に海を楽しんで来るから・・・ふんっ!そんな女の子の扱いもわからないあなたとなんか遊んであげない」

天津風はそう吐き捨ててエアーマットを担いで提督の元を離れる。

そして波打ち際にたどり着いた天津風はエアーマットを海に浮かべて砂浜に波で押し返されないくらいの手頃な場所まで運んでその上に仰向けで寝そべった。

「はぁ・・・お兄さんのばか・・・なんで水着可愛いって言ってくれなかったの」

眩しい日差しが照りつける青い空に向けてポツリと呟くが波と蝉の声でかき消される。

(なんで僕水着のこと何も言われなかっただけでこんなにむしゃくしゃしちゃったんだろ・・・)

天津風は提督に水着を褒めてもらえなかった事に腹を立てていたのだ。

「べ、別に私男の子だしこんな水着似合ってるって言われたって全然嬉しくないんだから・・・それなのに・・・なんでこんなに悔しいの?やっぱり似合ってなかったのかしら・・・」

天津風は水着の紐を弄りながら波に揺られていると

「なるほど。司令官様が天津風の水着について何も言ってこなかったから不貞腐れていたのですね」

そんな声が天津風の脳天の方から聞こえてきた。

「きゃぁ!」

天津風は驚きのあまり思わず飛び上がってエアーマットから落ちてしまう

「ごぼっ!ごぼぼぼぼぼぼ!!ダメっ!僕っ!泳げな・・・・おぼっ!!!助けっ・・・おぶっ・・おにいさ・・・!!私っ・・・死んじゃ・・・・!!」

天津風はパニックになり溺れてしまった

(ああ・・・こんな事ならお兄さんについてくべきだった・・・お兄さんごめん・・・長峰さんも約束守れなくてごめんなさい・・・)

天津風は後悔しながら瞳を閉じる。すると

「あらあら・・・ここまだ足つきますよ天津風」

全てを諦めた天津風にそんな声が聞こえた。

「へっ・・・!?」

天津風はその声の通り足をつけてみるとしっかりと足はついた。

そこはまだ胸の下あたりまでが浸かるほどの深さの場所だ。

「けほっ!げほっ!!!はぁ・・・死ぬかと思った」

「大丈夫ですか?」

天津風は声の聞こえる方に振り返ってみるとその先で春風が笑っていた。

「ふふっ!器用に溺れられるのですね天津風。やはり追いかけてきて正解でした」

「は・・・春風!?も、もしかしてさっきの声って・・・・」

「もしかしなくてもわたくし以外に居ないのではありませんか?」

「それじゃあさっきの私の独り言も・・・・」

「もちろん聞いていましたよ」

自らの醜態を見られた天津風の顔が一気にかぁっと赤く染まった。

「バカバカバカ!!今すぐ全部忘れなさい!本当になんでもないの!ただ1人で海に浮かんでたい気分だっただけなの!」

天津風は必死にさっきまでのことを誤魔化そうとするが春風は全く意に介す様子はない。

「そ、そんなに慌てないでください天津風。別に誰かに話したりはしませんから」

「それでも忘れて!あんなの聞かれてた上にあんなところ見られてたなんて恥ずかしくて死にそうだわ!」

「死にそうって・・・さっきまで溺れて死にそうだったのはどこの誰でした?」

「うう・・・・!やっぱりからかう気満々じゃない!」

「いいえ。わたくしはただ天津風を放っておけないだけです。それにしても天津風が泳げないなんて意外でした「天津風の意外な一面を知れてわたくし嬉しいです。それに水着のことで拗ねて無理して1人でこんなところまで来るところもとってもかわいらしくて・・・・・」

「ああもうそれ以上は恥ずかしいから言わないで!」

天津風は春風の話を遮る。

「で、なんであんたはこっちまで来たの?あたしを笑いに来たのならさっさとお兄さ・・・提督のところに行け?」

「いいえ。わたくしはただ天津風を1人にしておけなくって。それにあなたと一緒に居た方が面白そうでしたから」

春風は笑顔でそう答えた

「そ、そんなあたしと一緒にいたって何も面白くなんか・・・・」

「いえ。十分さっきのことだけでも面白かったので何も問題はありませんよ」

「うう・・・あんたって結構性格悪いわよね」

「いえ。それほどでも」

「褒めてないわよ!・・・・でも今更提督の所に行くのも恥ずかしいし・・・一緒にいてあげてもいいけど?」

「本当に素直じゃありませんね。でも天津風のそういうへそ曲がりな所嫌いではないですよ」

「何それ褒めてるのかバカにしてるのかわからないんだけど」

「褒めているんですよ。天津風が司令官様に素直になれないところを見ているとなんだかとっても楽しくってずっと見ていたくなるんです!」

「はぁ・・・やっぱ性格悪いわあんた・・・」

「それはいいとしてあのエアーマットあんなに流されていますが放ってほいてもよろしいのですか?」

春風が沖の方にゆっくり流されていくエアーマットを指差す

「あー!あれがないとあたし泳げないし・・・でも取りに行くにも泳げないし・・・・」

「少し待っていてください天津風」

慌てる天津風を見た春風は綺麗なフォームのクロールでいとも簡単にエアーマットに追いつきそれを持って戻ってきた。

「ふぅ・・・!泳ぐのは久しぶりですがやはり気持ちのいいものですね!」

「あ・・・あんた・・・・なんでそんな泳ぐの上手いのよ!!」

「はい。実家にプールがありまして。そこでよく水泳の練習をしていたのです。あれくらいならば朝飯前ですよ」

「唐突な実家が金持ちアピールやめてくれないかしら」

「事実ですから」

「はぁ・・・なんかムカつくわね」

「それでは天津風。折角ですから2人でそれに乗りませんか?また落ちてもわたくしがいれば安心でしょう?」

「え、ええ。大人用のだから2人でもちゃんと乗れるとは思うけど・・・」

(本当はお兄さんと一緒に乗って遊びたかったんだけどまあいっか)

少し浅いところに戻り2人はエアーマットの上に恐る恐る乗った。

「おっとっと・・・・少しバランスは悪くなったけどこれなら問題なさそうね。艦娘になったおかげでバランス感覚は昔よりよくなってる気もするし・・・」

「その割には少し声をかけただけで転覆していましたけど本当に大丈夫なのですか?」

「あーもう!それは言わないでって言ってるじゃない」

「うふふっ!天津風は恥ずかしがっている時が一番可愛いですからね」

また春風は意地が悪そうに笑ってみせる

「はぁ・・・もういいわよ」

天津風も呆れたのか一つため息をついた

そして2人がしばらくエアーマットの上で波に揺られていると

「・・・なんだかこうしているとわたくしたち2人で漂流している様ですね」

春風が天津風の方を向いて突然話を切り出した。

「急に縁起でもないこと言わないでよ!」

「でももしわたくしと天津風がふたりっきりでどこかの無人島に漂着したらどうしますか?そういうシチュエーションを漫画で読んだことがあるのですが」

「はぁ!?なにそれ」

「男女のカップルの場合だとつりばし効果・・・?というものがあって無人島でのアダムとイヴになるとかならないとか・・・・でもわたくしたち2人だとどうなるのでしょうね?アダムとアダム?それともイヴとイヴでしょうか?」

「・・・・つりばし?あだむ・・・・?いぶ・・・?」

(なんで無人島に吊り橋があるのよ・・・それに誰よそのあだむとかなんとかって)

天津風は春風の言ったことがさっぱりわからず首をかしげる

「ああいえこちらの話です。あの・・・天津風?この間も言いましたがわたくしもっと男らしくなりたいのです。もっと強い男になればお父様もわたくしの事をちゃんと男性として見てくださると思うのです。」

「え、ええ。」

「でもわたくし・・・艦娘になってから自分が本当はどちらになりたいのかわからなくなって来ていて・・・わたくしは男のまま・・・いえ普通の男の子の様に生活をしたい。今でもそう思っています。でも心のどこかで艦娘として・・・・女性として生きていきたいという気持ちも日に日に大きくなってきていて・・・・」

(僕と同じだ・・・春風もきっと僕と同じ様に男の子と女の子の間で戸惑ってるんだ・・・)

「あ、あたし・・・いや僕も同じ様な事考えてた」

天津風の口から出た僕と言う言葉に春風は目を丸くする。

「天津風!?今僕と言いました?」

「う、うん・・・僕だって元はただの男だし一応これが元の口調だけど・・・・でも最近女の子の口調で話す方が楽になって来てるしもっと可愛くなりたい。おにいさ・・・提督の側にもっと居たいってちょっとずつ心も体も女の子みたいになって行く今の自分が怖いよ。男としての僕の気持ちももずっと消えなくって・・僕も春風と一緒で自分でもどうしたらいいかわからないんだ」

「そうだったのですか・・・わたくしは生まれた頃から女性として育てられて来たので殿方の口調なんて話したこともなく一度試しにそんな口調でお父様と話してみたら女性がそんな言葉遣いをするんじゃないとすごい剣幕で怒られたことがあって・・・それっきり怖くて殿方の口調では話せなくなってしまったんです。男らしくなりたいと言っておきながら変ですよね」

春風はそう言うとどこか寂しそうに笑ってみせた。

「そうだ・・・春風になら僕が艦娘になった理由教えてもいい・・・けど?」

「えっ、いいのですか・・・?あれほど話したくないと言っていたのに」

「うん・・・同じ悩みを抱える同じ男の艦娘として・・・それに友達として春風には聞いてほしくて」

「はい・・・天津風がそのつもりなら謹んで聞かせていただきます」

天津風は春風に自分の今までのことを話した。

両親が深海棲艦の攻撃で亡くしたこと。

そのことを知らせに来て泣いて謝り続けた長門という艦娘のこと。

その時から深海棲艦への復讐を誓って艦娘になりたいと心に誓ったこと。

天涯孤独になった天津風を保護者として引き取ってこの町で暮らそうと言ってくれた長峰と奥田のこと。

ある日出会った幸が薄くて頼りのなさそうな××鎮守府の新しい提督だと名乗る青年のこと。

そんな彼に出会って自分の本当にしたいことを考え時始めたこと。

でもその頃には自分が艦娘になることが決まってしまっていて後戻りができない状態だったこと。

またこの町に艦娘として戻って来たこと。

そして長峰と奥田の正体の事を

「そんなことがあったんですか・・・」

「ええ。でも最近は僕・・・こうして鎮守府で春風や提督達と一緒に過ごすのも悪くないなって最近思える様になって来て・・・だから今更男の子に戻りたいなんて言ったらバチが当たっちゃいそうで・・・それにもう自分の選んだ道に後悔したくないし提督は艦娘としての務めを終えた後何がしたいか艦娘やりながら考えろって言ってくれた。だから今はそうしようって艦娘でいる間はちゃんと天津風で居ようかなって思って・・・でもいつか本当に男の子の僕が完全に消えてなくなっちゃったら思うと急に怖くなっちゃって・・・そう思うと提督ともどうやって付き合っていいかわからなくて・・・ごめんね。男の子だった時の僕の話聞いてくれて。今はもう女の子の口調の方が楽になってきてるけど改まって春風と話すにはこっちの方がいいかなって・・・」

「男でいるというのは結構大変なのですね」

「何?やっぱり男らしくなるの嫌になった?」

「いいえ。わたくし天津風と約束しましたから。わたくしと天津風のどちらが早く目標を達成できるか競争すると!そう簡単に自分から勝負を降りてたまるものですか!」

「そんなこともあったね・・・結局僕はまだやりたいこと見つかってないけど・・・」

「ところで天津風は司令官様に異性として見られたいのですか?」

「ふぇっ!?」

「先ほどあんなに水着を褒めてもらえないと拗ねていたではありませんか。つまり司令官様に女性として見られたいと思っていたということでは無いのですか?」

「そそそそそんな・・・・ぼ・・・あたしは男の子で・・・せっかく勇気出して女物の水着着たのに反応が冷ややかだったからムカついただけだし・・・!」

「うふふふっ!やっといつもの天津風に戻りましたね!はいはい天津風がそう言うなら今回はそう言うことにしておいて差し上げます」

「もー何よそれ・・・やっぱり男の子の口調よりこっちの方が喋りやすいわ・・・・・また男の子から一歩遠のいた気がする・・・」

「天津風、どちらかを否定するのではなく男としての悩みも女としての悩みも両方と向き合ってみてはどうでしょう?」

「両方・・・?」

「わたくしだって男らしく居たいと思いながらもここまで女性としての生活が板についてしまっていますがそれを怖いと思ったことはありません。今のあなたはどちらでも有りたい。でもどちらかでしかいてはいけないと思っていませんか?」

「で・・・でも男の子なのにこんな喋り方変だし・・・身体だってもう前のあたしとは全然違う。これで男の子だって言い張るのもおかしくない?」

「確かにわたくしも以前ならばそう思ったかもしれませんが艦娘として生活しているうちに自分の境遇のおかげで比べいささか楽に女性としての生活ができていることに気づいたんです。しかし今のあなたの考え方では結局どっちつかずで以前のあなたと今のあなたの両方を否定してしまう考え方だと思うのです。それってとても寂しくありませんか?」

「そ、そうだけど・・・」

「ですから無理をして以前の口調で話さなくとも今は自然体でいいのではないでしょうか?お互い今はこの波間に漂うエアーマットのようにあてもなく男と女の間を漂うのも面白いかもしれませんしいずれ行き着くところも見えてくるかもしれませんよ?」

「そ、そうかな・・・そう・・・よね!」

「天津風と悩みの共有ができてよかったです。これからも改めてよろしくお願いしますね天津風!」

「え、ええ。こちらこそよろしくお願いするわね!」

2人はそのままエアーマットの上で見つめ合いたわいもない会話をした。

それからしばらくして

「ん・・・?司令官様たちどうやら一旦浜に上がるみたいですよ?わたくしたちも行ってみませんか?」

春風は遠くを指さすと提督たちが波間に向かって歩いているのが見えた。

「あんた目いいのね なんだか意地張ってるのもバカバカしくなってきちゃった あたしたちも行きましょうか」

「それでは浜まで戻るのにバタ足くらいはできますよね?」

「えっ・・・?それくらいなら・・・」

2人は足だけ海につけ精一杯バタ足をして浜辺を目指す

しかしいくら2人でバタ足をしても全く岸に近く様子はない

「・・・おかしいわね・・・全然岸まで戻れないんだけど」

「それどころか更に離れた気がしますね・・・・」

「・・・もしかして」

「いえもしかしなくともこれはプチ遭難ではないでしょうか・・・」

春風の顔から血の気が引く

「そ・・・遭難!?そんなわけ・・・・・とにかくあたしたちに気づいてもらいましょう!おーい!!おーい!!!」

天津風は砂浜に向かって叫んで見るものの波の音にかき消されるのか全く気づかれる様子はない

「ど・・どうしましょう・・・わたくし喉が乾いてきました」

(・・・このままじゃ流される前に2人とも干からびちゃう・・・これも僕があんな事で怒ってお兄さんから離れたから・・・それに春風まで巻き込んじゃうなんて・・・バチが当たっちゃったのかな)

天津風は自責の念に駆られた

(と・・・とにかく春風を安心させなきゃ・・・それにせめて春風だけでも助けなきゃ)

「だ・・・大丈夫よ・・・きっとお兄さ・・・提督たちが助けてくれるから・・・」

天津風は春風に声をかけて岸を見つめて提督を信じて待つことにした。



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××鎮守府サマーバケーション(後編)

 前回までのあらすじ なんだかんだで阿賀野と大淀がビーチバレー対決を初めてしまった。

というか1対1でネットもないビーチバレーとかゲームとして成立するのか?

「さあ勝利の女神はどっちに輝くのか!?那珂ちゃんドッキドキだよー!」

砂に書かれたコートの上で睨み合う2人を那珂ちゃんが俺の隣で目を輝かせて見つめている。

「な、なあ那珂ちゃん・・・止めなくていいのか?」

「1人の男を巡って争う2人をただ見守ることしかできない那珂ちゃん・・・ああなんて罪なオンナなのかしら・・・2人ともがんばれーっ」

那珂ちゃんは恍惚の表情を浮かべている

ああダメだ。完全に今の状況に酔ってるよこの人。

それにオンナじゃないだろあんたら・・・・

そうこうしているうちに大淀の放ったボールが阿賀野のコートに飛んでいく。

阿賀野はレシーブの体勢を取っているがなんだろう・・・なんかすごく胸を強調してるような気がするぞ

そして阿賀野はボールが到達しようとした瞬間なぜかレシーブの体勢を解いた。

「おおっとここで阿賀野ちゃんレシーブの体勢をやめたー!一体どういうことだー!?このままだと直撃ルートだぁ!!」

横では那珂ちゃんがそんな実況まがいなことを言っているけど自分から勝負をふっかけといて負けるつもりなのかあいつ・・・

そして次の瞬間ボールはそのまま阿賀野の胸に命中する。

「やぁん♡」

阿賀野の胸の弾力ではじき返されたボールは弧を描き大淀のコートに緩やかに落下した。

「いったぁ〜い おっぱいに当たっちゃったぁ〜でも大淀ちゃんのコートで落ちたから阿賀野の得点だよね〜?」

阿賀野は勝ち誇った顔で胸を強調してこちらを見てくる。

あいつまさかわざと胸に当てて・・・しかもレシーブを成功させやがっただと・・・

なんてやつだ。

「おおっとなんて事だー!!阿賀野ちゃんのおっぱいに当たったボールがそのまま大淀ちゃんのコートに打ち返されてしまったぞー!?なんという弾力なんだー!!これぞおっぱいバレー・・・いやおっぱいレシーブだぁぁぁ!!!阿賀野ちゃんのおっぱいレシーブが開幕一点をもぎ取ったぁぁぁぁぁ!!!!」

那珂ちゃんは拳を握り声を上げた。

「那珂ちゃんなんかキャラ変わってないか・・・」

「・・・あっ、きゃはっ☆そんな事ないよぉ〜あっ、そうだ 那珂ちゃん審判だったね フィフティーンラーブ!」

「いやそれテニスだから」

「えへへ〜やったぁ!胸に当たっちゃったけど早速一点ゲットだよー!提督さんもうちょっと待っててね!」

阿賀野はこちらにウインクをしてきた。

「ふ・・・ふざけないでください!胸でレシーブなんて反則です反則!!」

大淀は顔を赤くして言う

「え〜胸でのレシーブが反則なんてルールないもんねー 大淀ちゃんもしてみたらどう?」

阿賀野はそう言うと勝ち誇った様にまた胸を強調して見せた。

「ぐぬぬぬぬぬ・・・」

大淀は反論できず苦虫を噛み潰した顔でボールを阿賀野に渡した。

あいつ・・・自分の胸の大きさを見せつけるためだけにあんなことを・・・

最初からそこまで考えて勝負をふっかけたのか・・・

阿賀野恐ろしい子・・・!!

「さーてそれじゃあ次は阿賀野のサーブね えーいっ!」

阿賀野のサーブは大淀のコートに向かって飛んでいく

「ふふっ・・・!そちらがその気なら私も全力で叩き潰すまでです!」

大淀は飛んできたボールめがけて飛び上がり手を振り上げた

「ここで大淀ちゃん早速勝負に出たぁ!早速アタックだぁ!!」

しかし手はするっと空を切りボールはぽとりと大淀のコートに落下した。

「あ、あれ・・・?」

大淀は不思議そうな顔で足元に落ちたボールを見つめている。

「ラブサーティーン!!阿賀野ちゃん二点先取だぁ!!」

那珂ちゃんは指でピースサインを作って空高く上げた

「だからそれテニスだって」

もう突っ込むのもしんどくなってきたぞ・・・

それにしてもあいつのスポーツ苦手は艦娘になっても治ってなかったのか・・・

 

その後も阿賀野の一方的な試合が続き9対1(阿賀野が俺の方になんかアピールしようとした隙に大淀が一点入れた)で大淀が追い詰められてしまった。

別に大淀が特別弱い訳ではなく阿賀野が予想以上に強かったのだ。

「ついにマッチポイントだぁ!このまま提督は阿賀野ちゃんの手に渡ってしまうのかぁ!?」

流石に砂まみれになってるのにほぼ一点も返せていない大淀がいたたまれなくなってきた

「お、大淀・・・」

「いいんです謙・・・勝負を受けてしまった以上は私だって真剣に最後までやるつもりです」

「へぇ・・・でも次は阿賀野のサーブ もうあと一点だし提督さんも待ちくたびれてるだろうから降参してくれてもいいんだよ?」

阿賀野はもう勝ちを確信したのか自信満々にそう言った

でもどうするんだ大淀・・・お前このままじゃ勝ち目もないし・・・

「・・・・降参なんてしません さっき言いましたよね最後まで真剣にやると それに私はまだ負けていません!」

大淀は阿賀野を睨みつけてレシーブの体勢を取った。

「へ、へぇ・・・なかなか根性あるのね。ずっと出撃もしないで提督さんの側にいるだけの弱虫だと思ってたけどー」

「ふん!その言葉、胸にくっついた塊と一緒に後悔させてあげます!さぁ早くサーブでもなんでも打ってきたらどうですか?」

大淀は右手を出して阿賀野を挑発する。

そんな2人の様子を目を輝かせて横では那珂ちゃんは見ているが吹雪はもう飽きてしまったのか足元の砂になにやら落書きを始めていた。

「そっちがその気なら大恥かかせてあげるんだから!」

そうこうしているうちに阿賀野がサーブの体勢に入った。

その構えから相当強めのサーブを打つつもりなのだろう。

「えいっ!」

しかしボールに手を打ち付ける瞬間阿賀野は力を緩めボールはゆっくりと大淀のコートにギリギリ入るあたりめがけてゆっくりと落ちていく

「おーっとフェイントだぁ!大淀ちゃんは強いサーブを警戒して後方へ下がってしまっているが間に合うのかーっ!!!」

那珂ちゃんが声をあげる。

大淀は一体どうするつもりだろう?あれだけ大見得を切ったのになにもしないようなやつではないと思うんだけど・・・

そう思った次の瞬間大淀はボールに食らいつく。

「弱いサーブを打ったのが失策でしたね!」

大淀はゆっくり浮かんだボールをアタックで返した

「おおっと大淀ちゃんボールを返したー!!」

しかしボールは風に飛ばされコートの外へ落ちてしまう

「・・・あっ」

大淀は力が一気に抜けてその場に膝をついた

「10対1!!提督争奪☆ガチンコタイマンビーチバレー対決の勝者は10対1で阿賀野ちゃんだぁぁぁぁ!!!」

また那珂ちゃんが声を上げる。

「やったぁ!阿賀野の勝ちぃ!勝ったよ提督さん!!」

「うう・・・私・・・負けちゃった・・・」

「それじゃあ提督さん!阿賀野に日焼け止め塗ってくれるよね?」

阿賀野がそう言って俺の方に胸を揺らして走ってくる

「あ、ああわかった・・・でもちょっと待ってくれ」

俺は阿賀野に一言かけてからコートに膝をつく大淀の方へ向かった

「・・・謙・・・私負けたのになんで・・・?」

「ああ。確かに完敗だったな」

「・・・なに?バカにしにきたの?」

「い、いや阿賀野も予想以上に強かったしお前も頑張ったなって思ってさ。立てるか?」

俺は大淀に手を差し伸べた。

「う・・・うん・・・」

大淀は恥ずかしそうに俺の手を取ってゆっくり立ち上がる

「おおっとここで予想外の展開だぁ!!提督が負けた大淀ちゃんの手を取ったぁ!これは大淀ちゃんが試合に負けたが勝負には勝ったのかー!?」

「ああもううるさいな!大淀をこのまま放っておけないだろうが」

「・・・謙・・・」

「あーもうずるいよ大淀ちゃん!阿賀野が勝ったのにー」

阿賀野が頬を膨らませてこちらに歩いてくる。

その時だった。

阿賀野の水着のトップが風で飛ばされてしまった。

どうやらさっきのバレーボールをしているうちに徐々にはだけてしまっていたようだ。

そこからたわわな胸が露出する

「うおぁぁぁぁ!」

「きゃぁ!!」

俺はとっさに目を手で覆い阿賀野はとっさに胸を隠す

「おおっとここでアクシデント!ポロリもあったぁ!!」

那珂ちゃんはまだ実況を続けていた

「もー那珂ちゃんそんなこと言ってないで阿賀野の水着取ってきてよー」

「えー那珂ちゃん日に焼けるの嫌だしぃ・・・」

そんな2人を見かねてか吹雪が走って阿賀野の水着を拾って阿賀野に手渡した。

「はい阿賀野さん」

「ありがと〜!吹雪ちゃんは優しいね。いい子いい子」

阿賀野は片手で胸を隠しながら吹雪を撫でた。

「それじゃあすぐ着ちゃうね」

阿賀野は器用に水着を付け直した

「お待たせそれじゃあ提督さん、行こっか」

「け、提督・・・負けてしまったものは仕方ないですし艦娘との交流も提督のお仕事です。でも節度は守ってくださいね・・・それじゃあ吹雪ちゃん 悔しいけど私たちだけで遊びましょっか」

大淀は少し不服そうに言って吹雪と一緒に海の方へ向かって行った。

「それじゃあ那珂ちゃんもお邪魔になるといけないから退散するね」

那珂ちゃんもそう言うとさっきまで寝ていたビーチベッドへ戻って行った。

「大淀ちゃんからもお許しもらったしそれじゃあ早速・・・うふふふ」

阿賀野がこちらを見つめてくる

「な・・・何すればいいんだよ」

俺は生唾をゴクリと飲み込む。

すると

「ジュース買って来て!提督さんのおごりで」

あまりにも予想外な言葉に呆れてしまった。

「はぁ?そこまでもったいぶっといてパシリ!?」

「だってぇ〜さっきあれだけ運動したんだもん 阿賀野喉乾いちゃった〜それに阿賀野勝ったんだよ?ちょっとくらい褒めてくれてもいいんじゃない?」

「はぁ・・・・わかったよ。何がいいんだ?」

「うーんとねーそれじゃあコーラで」

「わかった。そんじゃあちょっと買ってくるから待っててくれ」

俺はしぶしぶ海の家に飲み物を買いに行くことにした。

海の家に入ると奥田さんが笑顔で迎え入れてくれた

「またまたいらっしゃーい 今度は何の用?」

「飲み物買いに来たんですよ。コーラ二本ください」

「はいはーい!それじゃあ300円ね」

俺は小銭入れから300円を取り出して奥田さんに渡した

「はいまいどありー!さっきの見てたよ〜提督くんも大変だね 僕も現役だったら混ざってたかもね〜」

「ははは・・・」

奥田さんの冗談には聞こえなかった言葉を俺は笑うしかなかった。

そして海の家を後にしようとした瞬間

「おーい」

どこか聞き覚えのある声が座敷の方から声がした

「おはようさん」

「おはようございます提督。大変だったわね」

声の方を見てみると座敷からめかし込んだ高雄さんとその向かい側にいるどこか見覚えのある金髪の男の人がこちらに歩いてきている。

「おーいなにぼーっとしてんだ?」

金髪の人が俺に声をかけてくる・・・

「なんだよそんな人の顔ジロジロと見て」

「い、いや・・・あなたとどっかで会った気がするんですけど・・・」

「はぁ?この格好でこの間会ったばっかりじゃねぇかもう忘れたのかよ。あ”ー・・・こほん・・・ぱんぱかぱーん♪・・・ってこの格好の時にあんまり言わせんな恥ずかしい・・・ 」

男の口から聞き慣れた声が聞こえてきた。

そうだ。この間鳳翔さんの店に呼びつけられた時に見た男装した愛宕さんだ。

「あ、愛宕さん!?」

「はぁ・・・やっと気付いたか」

この間はきちっとした服装だったけど今日は凄まじくラフな格好だから気づかなかった

「愛宕さんなんでまた男の格好してるんです?」

「俺だってずっと女のフリしてると疲れるんだよ。一昨日のだって協会のジジイ共は俺のこといやらしい目で見てくるし料理渡す時に手をねっとり触ってくるしでもう疲れんだよ。はぁ・・・女のフリも楽じゃねぇよ・・・」

愛宕さんはため息をつく。

一昨日裸エプロンみたいな格好をしてノリノリで料理を配っていた愛宕さんとは思えない言動だった。

「えっ・・・何ですかそれ・・・いつもより増して楽しそうにしてるように見えたんですけど」

「バーカあんなのビジネスだよビジネス 協会のおっさん共に媚びうっとけば旨い酒やら魚やらが飛んでくるからしぶしぶやってんだっての 何が楽しくて男に媚び売らなきゃいけねーんだよチクショー」

本当にいつもの愛宕さんと同一人物か疑いたくなるくらいに女性の一片も見せない彼はそう言ってまたため息をついた

「提督、彼こんなこと言ってるけど協会の皆さんに美味しそうに料理食べてもらえてまんざらでもないのよ?彼がまだ提督だった時より今の方がずっと協会の方達の食いつきも良くて美味しそうに食べてもらえるからっていつもより料理もお化粧も気合い入ってたもの」

「ばっ、バカそれを言うなっつったろ!?」

愛宕さんは恥ずかしそうに言う

「えーだってあなたが提督にそんな心にもないこと言うから・・・それに昨日のあなたすっごく可愛かったし」

「っつ・・・!そりゃ可愛いに決まってんだろ・・・お前に似てるんだから・・・」

愛宕さんは小声で呟く

「ん〜何か言ったかしら?」

「と、とにかく今日は女のフリは休みなんだよ!せっかくの休みだしこれから久々になんも気にせず高雄とデート やっぱこう言う格好の方が落ち着くぜ」

「やだデートなんて・・・・バカ・・・」

高雄さんは少女のように頬を赤らめている

「はぁ?デートにきまってんじゃねぇか?お前もその気でめかし込んで来たんだろ?」

「え、ええ・・・まぁ・・・」

「今日は久々に楽しもうな」

「・・・はい」

2人は俺の目も憚らずにいちゃいちゃとし始めた。

なんで俺ジュース買いにパシられた先でこんなバカップルのノロケ話聞かなきゃいけないんだろう・・・?

「つーわけで俺達そろそろ行くわ じゃあな」

愛宕さんはそう言うと海の家を出ようとする

「えっ、どこ行くんです?海で泳ぐんじゃないんですか?」

「いい年こいた俺たちがお前らと混ざって海で遊ぶのも変だろ?だからこれから高雄と出かけるんだよ。ここにはただ長門と陸奥の顔見に来ただけだ」

「ええ。ですから今夜は私たち遅くなるので気にしないでくださいね。それともう大丈夫だと思いますけどあまり無理はしないでくださいね。それじゃああなた・・・そろそろ行きましょ♡」

高雄さんは愛宕さんの腕に抱きついた

「つー訳だ。そんじゃ俺は高雄と楽しんでくるからお前もうまくやれよなそんじゃ陸奥ー長門にもよろしく伝えといてくれよ」

「それではでは提督、失礼しますね」

そう言うと2人は腕を組んで海の家を出ていった。

なんだったんだ今の・・・・男同士のはずなのに新婚の夫婦かバカップルにしか見えなかったぞ・・・

なんで羨ましいとか思っちゃってんだ俺・・・

「羨ましいとか思っちゃってる?」

突然奥田さんが声をかけてくる

何だよこの人エスパー!?

「い、いやそんなことは・・・」

「あの2人ほんと仲良いよね 僕たちも負けてないけど」

ふとそんな2人を見て疑問が俺の中に生まれた

「あの・・・愛宕さんってどんな提督だったんですか?他の提督に会ったことないから他の人ってどんな感じなのかなって」

思い切って奥田さんに尋ねてみると

「うーんダメな人・・・かな?あっこれあの人には秘密ね」

「即答ですね」

「うん。だってだらしないし酒癖は悪いしスケベだしタバコ臭いし・・・まあでも悪い人ではないし嫌いじゃないよ」

「それフォローになってなくないですか?」

「うーんそうとも言うかなー」

「そこ認めちゃうんですか!?」

「だって事実だし・・・でも指揮と料理はそこそこ一級品だったんだけどそれ以外何もできない人って感じ?確かにダメな人だったけど僕たちみたいな男の艦娘にも普通の艦娘の子にも分け隔てなく接してくれたから人望はそこそこあったんだよね」

「そうだったんですか・・・」

「まあでも僕は提督があの人で良かったって思ってるよ・・・一応ね まあ今となってはそんな立場もなく付き合ってる良い友達って感じだけどあれでも僕たちのこと気にかけてくれてるんだよ?」

「へぇ・・・そうなんですか」

「まあ昔話はこのくらいにして阿賀野ちゃんが待ってるんでしょ?早くコーラ持って行ってあげなきゃぬるくなっちゃうよ」

「あ、ああそうでした!それじゃあまた!」

奥田さんにお礼を言って俺は海の家を後にすると

「阿賀野ちゃんまたおっぱい大きくなってるの!」

「ひゃんっ♡ちょっ・・・イクちゃんせんぱ・・・・ひっ♡ひゃめっ♡そこ弱いのぉ・・・♡そんな激しくしちゃやだぁ♡」

そんな阿賀野の甘い声が聞こえて来た。

そういえば育田さんの姿が見えなかったけど一体阿賀野のやつ俺がコーラ買いに行ってる間に何してるんだ・・・

「おとなしくするのね!元はと言えば阿賀野ちゃんがいけないの!」

「ひゃうん♡そんなところまで入れないでぇ♡あんっ♡いやぁぁぁぁん♡」

声のする方に行って見るとさっきまで那珂ちゃんが寝ていたビーチベッドの上でスク水を着た育田さんが阿賀野の上に馬乗りになっているではありませんか。

ベッドはギシギシしなってるしこんな真昼間から一体何してんだあの2人!?

なんかのプレイなのか?

どうする・・・?こんなの提督として止めるしか・・・いやでも近寄るの怖いし・・・もうちょっと見ていたい気も・・・

って俺なんで男同士で白昼堂々まぐわってる場面を見ようとしてんだ!?

い、いけない・・・やっぱり止めるべきだ

「ちょっと育田さん!阿賀野!こんな昼間から何してんですか!?」

「も〜阿賀野ちゃん大袈裟なのね!イクはただ阿賀野ちゃんが日焼け止め塗ってないって言うから塗ってあげてただけなのー!」

俺に気づいた育田さんは手を止めてベッドから降りた

日焼け止めを塗ってただけ・・・?

その割にはなんか聞こえちゃいけない声が聞こえた気が・・・

「ほんとですか?」

「ほんとなの!ま、まぁ阿賀野ちゃんが海水浴場開放のこと教えてくれなかったお仕置きも兼ねて・・・なのね!」

ベッドでは阿賀野が艶のある吐息を吐きながらピクピクと震えている。

「あらら・・・ちょっとやりすぎちゃったの!てへっ」

「てへって・・・一体何したんですか」

「ちょ〜っと身体がこってたからマッサージもかねて日焼け止め塗ってあげただけなの!それじゃあイクは泳いでくるからあとは若いお二人に任せたのー!!海がイクを呼んでるのー!!!!!!」

「え、ちょ・・・待ってくださいよ」

俺の呼び止めなど聞く耳も持たないと言わんばかりに育田さんは海の方へ猛ダッシュで駆けていってしまった。

そして俺とベッドで横たわる阿賀野だけが残された訳で・・・

とりあえず阿賀野を起こさなきゃ

「おーい阿賀野・・・生きてるかー?」

ベッドの上で虚ろな目をして倒れている阿賀野に俺は恐る恐る声をかけてみると

「オレハドコ・・・ワタシハダレ・・・・ってはっ!て・・・ててて提督さん!?おれ・・・わた・・・阿賀野どうなってたの!?」

阿賀野は我に返ったのかベッドから飛び起きた。

「いやこっちが聞きたいんだけど・・・なんか育田さんに変なことされてたぞ」

「へ、変なことってイクちゃん先輩阿賀野が今日のこと教えなかった事と昨日L○NE既読無視した事怒ってたみたいで日焼け止め塗られるついでにあんなことやこんなことされちゃったみたい・・・はぁ・・・せっかく提督さんに塗ってもらいたかったのになーでも先輩マッサージ師の資格持ってるだけあって今嘘みたいに身体が軽いんだよー」

阿賀野はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねて見せた。

しかし日焼け止めは育田さんが塗ってくれたみたいだし俺がやらなくて済んだってことだな。

俺はどこか残念な気もしたが胸を撫で下ろした。

「そ、そうなんだ・・・結構色々やってるんだなあの人・・・あっ、これ 頼まれてたコーラ」

「あっ、ありがとね提督さん!それじゃあいっただっきまーす」

阿賀野はそう言うとコーラを一気に飲み干した

何度見てもこいつの食いっぷり飲みっぷりはどうみても野郎のそれですごく男らしい

「ぷっはぁ!ごちそうさま!そうだ提督さんもイクちゃん先輩のマッサージ受けてみる?きもちいよ〜頼んであげようか?」

「い、いや遠慮しとくよ」

「そう・・ざんねん」

「で、これから何するんだ?もうこれ以上パシリはごめんだぞ それに大淀に釘刺されたしあんま変なこともしないからな」

「・・・ふぅん。せっかく阿賀野が勝ったのにそこは大淀ちゃんなんだ・・・・ま、いいや!ちょっと2人でお話ししたかっただ・・・・ぅげぇぇぇぇっぷ!!」

阿賀野はそう言いかけたところで大きなげっぷをした。

「ご、ごめんなさい提督さん・・・コーラ一気飲みしちゃったから出ちゃった・・・」

阿賀野は恥ずかしそうに言った

「阿賀野お前そう言うの気にしないと思ってたけどちゃんと恥ずかしがるんだな」

「もーひどいよ提督さん!阿賀野だってそれくらい気遣うもん!」

「ほんとかよ・・・いつも飯食った後にしてるだろ」

「・・・へっ・・・?見られてた・・・!?」

「見られてた・・・じゃねーよ多分みんな知ってるぞ」

「い、いやでも今は提督さんと2人きりだから・・・」

阿賀野は言葉を詰まらせてもじもじとしている

「で、話がしたいって一体何の話だよ」

「あーそうだった・・・・えーっとね 弟の話なんだけどね・・・迷惑だったら聞いてくれなくてもいいんだけど・・・」

阿賀野は言いづらそうに続けた。

弟?前に帰省した時に自分の現状を打ち明けてからたまに連絡取るようになったとは聞いてたけど俺に今までそう言った話をして来た試しがなかったから少し身構えてしまう

「い、一応聞くだけなら聞くけど・・・」

「・・・そう ありがと提督さん えーっとね・・・また帰ってきて欲しいって言われちゃって」

「えっ・・・それって急ぐのか!?」

「い、いやこれから海水浴場運営のお手伝いもしなきゃだし今すぐじゃないよ 秋頃になるかなぁ」

「秋か・・・」

「でもね、阿賀野帰ろうかどうか悩んでるんだ」

「どうしてだ?」

「だって・・・呼ばれた理由が三者面談なの うちって親が居ないでしょ?それで親の代わりに面談受けに来て欲しいって言われたんだ でもね代智の・・・弟の進路なんて怖くて聞けなくって」

「弟さん今幾つなんだ?」

「17歳の高校2年生だね」

「そうか・・・進路決め初めてなくちゃいけないくらいだな」

俺が高2の時は全くそんなことも考えてなかったが多分秋ぐらいに進路面談があった気がした。

その時とりあえず進学したいですって言ったら親と先生にめちゃくちゃ怒られたんだっけ

「弟は私と違って頭のいい子でね きっと大学に行きたいって思ってるはずなんだけどきっと私や家のこと考えて就職するって言うと思うんだ・・・私が至らないばっかりに・・・でもそんな現状は私もわかってるつもりなの だから弟になんて言ってあげればいいのかわからなくて・・・ごめんね こんな話されても困るだけだよね」

思ってたよりも難しい話題だったか・・・

そう言われても俺には阿賀野に休暇をあげるくらいのことしかできないし・・・

「俺には阿賀野みたいに兄弟も居ないし阿賀野に比べたらまだ恵まれてた環境でここまで何も考えずに来ちゃった人間だからあんまり偉そうなこと言えないと思うんだけどやっぱり行ってあげた方がいいんじゃないか?それこそ電話やらL○NE越しで話すより面と向かってちゃんと話聞いてやった方が俺はいいと思うんだ 弟さんも多分自分のこと聞いて欲しくてお前のこと呼んだんじゃないか?ごめん 俺にはそんなことくらいしか言ってやれない」

「・・・提督さん・・・ごめんねせっかくのお休みの時にこんな話させちゃって・・・うん!それじゃあわかった!阿賀野弟と会ってくる!たぶんまた提督さんに背中を押してもらいたかっただけだったのかもね・・・」

「・・・そうか また詳しい日程とかわかったら教えてくれよ」

「うん!でも阿賀野そのまま帰ってこなくなっちゃっても知らないよ〜?」

「えっ!?それは困る・・・かも」

「なーんて冗談冗談 今の私は阿賀野で提督さんの艦娘なんだから勝手に提督さんのところから居なくなったりなんてしないわよ・・・なーんちゃって!さあ暗い話はおしまい!!阿賀野たちも泳ぎに行きましょ!」

「暗い話ってお前が勝手に振って来たんだろ・・・まあいいや そうするか!」

俺は手に持っていて少しぬるくなったコーラを流し込んで海の方へ向かおうとすると那珂ちゃんが何やら大急ぎでこちらに走ってきた

「提督!大変だよ!!」

「あれ?那珂ちゃん?そう言えばベッドにいなかったから気にはなってたんだけどどこ行ってたんだ?」

「那珂ちゃんも何だか遊びたくなっちゃったから大淀ちゃんと吹雪ちゃんに混じって遊んでて・・・ってそれどころじゃないの!天津風ちゃんと春風ちゃんが流されちゃったの!!」

「流された!?」

「うん・・・遊んでる時に吹雪ちゃんが天津風ちゃんたちも呼ぼうって言うからみんなで探しに行ったんだけどどこにもいなくって・・・それでよく見たら結構遠くまで流されてたの!こっちからの声も届かないしあのままじゃもっと流されちゃうかも・・・・それにこのいい天気だし熱中症になっちゃうかも・・・どうしよう 休暇だから艤装もみんなメンテナンス中で使えないし」

那珂ちゃんは半べそをかいて言った

俺の責任だ。

遠巻きに見てやれば大丈夫だろうと思っていたが完全に失念してしまっていた・・・

いくら艦娘とはいえ天津風は・・・ソラはまだ年端もいかない子供なんだからあそこで呼び止めておくべきだったんだ

「ど・・・どうしよう・・・俺のせいで・・・」

俺は軽いパニックに陥ってしまう

「提督さん落ち着いて!とりあえず阿賀野はイクちゃん先輩探して助けてもらえないかお願いしてみる!提督さんは奥田さんに言って来て!」

阿賀野はそう言うと海の方に走って行った

「あ、ああわかった」

「それじゃあ那珂ちゃんも提督に付いていくよ 天津風ちゃんたちの場所知ってるの那珂ちゃんたちだけだし!」

俺は那珂ちゃんとともに海の家へ走った。

 

「奥田さん!!大変なんです・・・!!俺が目を話したせいで天津風と春風が離岸流で流されて・・・」

「なんだって!?わかった・・・すぐ何とかするから待ってて」

奥田さんはそう言うと併設された簡易的な事務所へと入った

それからしばらくしてそこから長峰さんが血相を変えて飛び出してきて俺の肩に掴みかかってきた

「どうして目を離したんだ?提督たるもの艦娘たちには絶えず目を配るのが最低限の義務だろう!?それにあの子は・・・あの子は・・・・」

長峰さんは声を荒げる

確かに長峰さんの言う通りだ

「ご・・・ごめんなさい・・・」

「こーら。今は提督くん怒鳴ってる場合じゃないでしょ?元はと言えばライフセーバーのバイトが全然集まらないし艦娘の警護だけでいいだろって言われて経費削られて今日はほぼ見回りゼロにせざるを得なかったこっちにも非はあるんだからあんまり怒らないの」

事務所から奥田さんが出て来て長峰さんを諌めた

「・・・すまなかった提督くん・・・あの子のことになって我を忘れてしまった」

「・・・いえ・・・長峰さんの言う通りですし・・・それで・・・俺はどうしたら」

「いや君は何もしなくていい 私がすぐに助ける!那珂くん、場所を教えてくれ」

「は、はいっ!こっちです!!」

長峰さんは那珂ちゃんと共に海の家を出て行ってしまった。

結局肝心な時に俺は何もできないのか

そんな無力感が俺を襲った

「提督くんごめんね あの子のことになると長門ムキになっちゃうから」

「・・・いえ これでも一応天津風のことを任された俺に責任があります・・・でも俺・・・結局何もしてやれてなくて・・・」

「そんなに気負いしなくても大丈夫よ それに長門も私結局あの子に何もしてあげられなかったんだから」

「どう言うことですか?」

「私も長門もあの子の両親を助けられなかったことを負い目に感じててね あの子との距離をどうしても縮められなかったの でもね、昨日のあの子を見てたら今までにないくらいに楽しそうにしてて・・・結局私たちはあの子を更に厚い殻に閉じ込める手伝いしかできてなかったってことを痛感させられたのよ」

「・・・奥田さん・・・」

「だから長門は尚更自分の正体をあの子に知られたくないって言ってたんだけどイクちゃんが言っちゃうからめんどくさいことになっちゃって・・・はぁ・・・」

奥田さんがため息をついた直後どこからともなくバイクのハウリング音に似た音が聞こえて来た

「さあ、こんなところで突っ立ってないで早く提督くんも見に行ってあげて 私もすぐ行くから」

「は、はい・・・!」

俺はそのまま海の家を飛び出した。

そして大淀たちが集まっていたのでそこまで走った

「大淀!2人はどうなったんだ!?」

俺は大淀に尋ねる

「あっ、謙どこ行ってたの!?あそこあそこ!」

大淀が指をさした方を見ると相当小さくなった2人の姿がぼんやりと見えた

「・・・あんなに流されたのか・・・クソッ今からでも泳いで助けに!!」

俺はいてもたってもいられなくなって海の方へ向かおうとするが大淀が俺の手を強く握って離さない

「離してくれ!」

「バカ!離すわけないじゃない!!あんなところまで泳げたとしてもどうやってここまで戻ってくるの?謙まで遭難しちゃうでしょ!?」

「だって2人がああなったのは俺がちゃんとしてなかったから・・・」

「後先も自分のことも考えないで勝手に突っ走らないで!もう謙が他の誰かのために危険な目に遭うところを見たくないの・・・・」

大淀の声ではっと我に返る

あいつにこの言葉をかけられるのは初めてのことではなかったからだ。

「じゃあどうすりゃいいんだよ・・・」

その時またハウリングのような音がしたと思ったら流された2人の元に水上バイクが向かっていき2人とマットを乗せると岸に向かって走り出す。

一体誰が乗ってるんだ?遠くてよく見えない

他に居合わせていたみんなは天津風が助かった事に安堵の息を漏らしていたが俺は安堵よりも自分が何もできなかった事に対する無力感と罪悪感に駆られていた。

そしてバイクは俺たちから少し離れた岸に止まり2人を下ろすと再び来た方向に戻って行ってしまった

「天津風ー!春風ー!!大丈夫かー!?」

バイクから2人が降りた2人の元へ駆け寄ると涙目になった天津風が俺に抱きついてきた

「おわっ!天津風!?」

きっとまた怒られると思っていただけに予想外の行動に俺は驚きを隠せなかった

「うわぁぁぁぁん!お兄さんごめんなさい!!僕が勝手な事したから!!」

「お、俺もごめん・・・あの時止めてればこんな事にはならなかったんだ・・・」

そんな俺たち2人のことを春風が微笑ましそうに見ていた

「春風!お前は大丈夫か?」

「え、ええ・・・少々暑いですがまだなんとか大丈夫です・・・でもお水をいただけるとありがたいのですが・・・」

春風は平静を装っては居るものの少し息が荒かった。

「よ、よしわかった!水だな!とりあえず海の家まで歩けるか?」

「え、ええ・・・」

「天津風お前は大丈夫なのか?」

「・・・うん」

天津風はそう小さな声で言うが俺から離れようとはしなかったのでそのまま抱きつく天津風をなだめながら春風の手を引いて海の家へ向かった。

すると海の家から奥田さんがペットボトルを二本持ってこちらに駆け寄って来た

「おーい!大丈夫!?」

「あっ、奥田さん!春風が熱中症になりかけなんです!水を早く」

「そんなことだろうと思ってとりあえず経口補水液用意しといたわ!」

奥田さんが2人にペットボトルを手渡すと2人はすかさずそれを飲み始めた

「ふぅ・・・なんとか間に合ったみたいでよかったよかった それにしても長門折角助けたのにそのまま逃げなくともいいと思うんだけどねぇ・・・」

「・・・逃げる?」

「ああまだ気づいてなかった?提督くん結構鈍チンね さっきの水上バイクに乗ってたの長門よ」

「そうだったんですか・・・って天津風!?それじゃあ長峰さんとは話せたのか・・・?」

俺が尋ねると天津風は小さく首を振った。

「あらら・・・結局まだ何も話せてないのね あっ、イクちゃんから聞いてると思うけど私の事も覚えてるかしら?」

奥田さんはそう言うと被っていた帽子を取り後ろ髪を手であげて見せた

「・・・陸奥さん・・・ですよね・・・」

天津風はまた小さな声で言った

「ごめんね・・・ずっと黙ってて・・・」

奥田さんのその言葉に天津風は何も言おうとはしなかった。

 

そして海の家に着くと大事を取って2人を座敷寝かせた。

そんな2人が心配だった俺はずっとつきっきりで2人を見ていたが

それからしばらくして

「お兄さんごめんなさい・・・」

横になった天津風がまた小さな声で言った

「なんで謝るんだよ」

「・・・だってあたしが勝手な事したからこんな事になっちゃって・・・春風も巻き込んじゃってそれに他のみんなにも迷惑かけて・・・」

「確かに普通ならお前が勝手な行動をしたことを怒らなきゃいけないのかもしれない でも俺にはそんなことできないんだよ・・・だってお前を怒らせたのもお前から目を離したのも全部俺なんだし・・・だから俺が謝らなきゃいけないんだよ・・・ごめん・・・やっぱり俺提督失格だよな・・・結局お前たちを助けたのも長峰さんだったし俺はただそれを見てるだけだった」

「お兄さん・・・」

そんな話をしていると長峰さんが海の家に戻ってくる

「・・・天津風ちゃん・・・大丈夫か?」

恐る恐る天津風に近づいた彼はそう声をかけた

「・・・うん 助けてくれてありがとう・・・長門さん」

「・・・その名前で君に呼ばれるのはなんだか変な気分だ。長峰と呼んでくれ」

「・・・・はい」

「天津風ちゃん・・・・いやソラくん色々話したいことがあるから今晩家に来てくれ 謙くんもだ」

「ええっ!?俺も・・・ですか?」

「・・・ああ」

なんだろう・・・やっぱり俺も怒られるのかな・・・

でも怒られたって仕方のないことをしたんだから行くしかないよな

俺はゆっくりとうなづいた

「・・・ありがとう それじゃあ私はまだ用事が残っているから失礼する」

長峰さんはそう言うとまた出て行ってしまった

 

それからしばらくして天津風と春風も動けるくらいには元気になってきた

「一時はどうなるかと思いましたがもう大丈夫です!司令官様ご心配おかけしました」

「元気になったって言っても病み上がりなんだからあんまり無理すんなよ?もししんどいなら先に宿舎まで戻るか?送って行くぞ?」

「いえ!わたくしはまだ遊び足りないのです!ですからご心配なさらず」

「ほんとか・・・?」

「はい!」

「そうか・・・でもあんまり遠くへは行くなよ?あとまたしんどくなったら絶対誰かに言うこと!それを守れるならいいぞ」

「やったぁ!ありがとうございます司令官様!」

春風は嬉しそうに言った

「・・・天津風はどうすんだ?」

「・・・あそびたい・・・」

天津風は聞こえるか聞こえないかぐらいの声でそう言った

「ん?」

「だからお兄さんと遊びたいの!あたしだってもう大丈夫だから・・・だから今度は一緒に遊んで・・・欲しいの」

「しょうがないな・・・それじゃあさっき言ったこと守れるな?」

「・・・うん」

「よし。それじゃあまずはみんなのところ行って心配かけたこと謝りに行くか!」

「あっ、もう良いの?それじゃあ次は私・・・いや僕もちゃんと見ておくから気をつけて行ってらっしゃい」

俺たちが海の家を出ようとすると奥田さんがそう行って俺たちを見送ってくれた。

 

天津風たちをつれて浜辺で遊んでいた大淀たちと合流してその後育田さんが作った焼きそばをご馳走になったりスイカ割りをしたり泳いだりとさっきのアクシデントが嘘のように天津風や吹雪たちと1日海を満喫した。

 

そしてあっという間に貸切終了時刻の17時になりみんなは着替えを済ませ宿舎へと帰っていったが俺と天津風はドキドキと鼓動を早めながら宿舎とは逆方向にある長峰さんの家へと足を運んでいた。

「何言われるんだろうな・・・俺」

「さぁ?でもお兄さんが一緒の方が僕も心強いよ」

天津風・・・いやソラはそう言ってくれた。

そして家に着きチャイムを鳴らすと

「いらっしゃい 遅くまで付き合わせてごめんなさいね」

女装をした奥田さん・・・いや陸奥さんが俺たちを迎え入れてくれた

この格好の陸奥さんに会うのは久しぶりだったし以前頬にキスをされたことを思い出して俺の顔が熱くなった。

なんでこんな美人なんだよこの人・・・!!

「男装はしなくて良いんですか?」

「ええ。だって隠す必要ないじゃない?」

「確かにそうですけど・・・」

「それじゃあ入って」

「おじゃまします」

「・・・おじゃまします」

俺と天津風は言われるがまま部屋に入ると和室に通された

そこには長峰さんがすでに座っていた

「そこに座ってくれ」

長峰さんは置かれていた2つの座布団を指差したので俺と天津風はそれに座った

「・・・で、話ってなんでしょう?」

恐る恐る尋ねてみると

「まずは天津風ちゃん・・・いやソラくんに今までのことをしっかり話さなければならないと思ってな」

長峰さんはそのまま自身が長門という艦娘であり深海棲艦の攻撃からソラの両親を救えなかったことからその後素性を隠してソラを引き取った経緯と天津風として××鎮守府に着任できるように手を尽くした話まで全てを話した

「今までずっと黙っていて済まなかった・・・私は君がご両親を救えなかった艦娘としての私たちを憎んで居るのではないかと思うとずっと怖くて打ち明けることができなかったんだ・・・いくら詫びても許してもらえるとは思っていないが許してくれ」

長峰さんは頭を床につけた

「僕怒ってないよ・・・それに僕の方こそそんなことも知らないで無理言ってごめんなさい・・・僕も育田さんから話を聞いてからずっと謝りたくて・・・それにそんな僕のことを引き取ってくれて・・・それだけじゃなく艦娘になってからも色々気にかけてもらっていたみたいでありがとう・・・ございます」

頭を下げる長峰さんにソラはそう言った

「・・・ソラくん・・・ご両親を救えなかっただけではなくずっと嘘をついていた私を許してくれるのかい?」

「だからそう言ってるじゃん・・・」

「・・・ありがとう・・・・・ありがとう」

ソラ言葉を聞いた長峰さんは目から涙を流してまた深々と頭を下げた

そして涙を拭いた長峰さんはまた話を切り出した

「謙くん、君を読んだのはこれからする話のためだ」

「なんでしょうか・・・?」

「勝手で悪いがソラくんに艦娘をやめてもらいたい」

あまりにも突拍子も無い言葉に俺もソラも開いた口がふさがらなくなってしまう

「な・・・なんで!?元はと言えば長峰さんが艦娘になることを許したんですよね?」

「そ、そうだよ!僕・・・艦娘として頑張ってるのに」

「2人の言いたいこともわかる しかし考え直してみてもソラくんを危険な目に遭わせること自体が間違いだったんだ もし君に何かあったらそれこそご両親に遭わせる顔がなくなってしまう あの時にそう言ってでも艦娘になることを止めるべきだった だからソラくん・・・・今からでも全寮制の学校に行ってみないか?」

「で、でも僕もうふつうの男の子の身体じゃないし・・・・・・」

「ああ。しっかり女生徒として通えるよう手続きも責任をもってする だから頼む!勝手なことはわかっているが私の頼みを聞いてくれないか?謙くん!君もいきなりのことで悪いがわかってほしい」

長峰さんはまた深く頭を下げてきた

でもどうすればいいんだ・・・?

このまま俺は天津風を・・・ソラを引き止めるべきなのか?

それとも長峰さんのいう通りにするべきなのか?

どっちの方がソラにとって幸せなんだろう?

短い間とはいえ共に過ごしたソラと別れるのも辛いしきっと吹雪たちも寂しがると思う。

でもきっと死と隣り合わせになるようなこともしなくて良いし勉強だってできるし学校へ行った方が彼の為になるはずだ。

俺は一体どうしてやるべきなんだ・・・?

「勝手なこと言わないで!」

俺より先にソラが口を開いた

「僕は・・・いいや今のあたしは駆逐艦天津風なの!今は普通の男の子に戻る気も女の子として学校に通う気も無いわ!」

「ソラくん・・・?」

急なことに俺も長峰さんも目を丸くしてソラを見つめた

「確かに長峰さんの言う通りかもしれない・・・でも・・・それでもあたしは艦娘でいたいの!もうお父さんとお母さんの仇を討つとかそんなのじゃない!あの鎮守府のみんなと・・・そしてお兄さんと一緒にこれからも艦娘として生きていきたい!そこで自分にしかできない何かを探していきたいの!だから長峰さんがなんて言ってもあたしは絶対に曲げない!艦娘もやめない!!後悔だってしない!!!」

ソラ・・・いいや天津風は力強くそう言い放った

その言葉を聞いた長峰さんはクスりと笑い

「すまなかった・・・君は私の思った以上にいろいろなことを自分で考えていたんだね それならば私はこれからも君のことをここから応援しよう 押し付けで君の思いを踏みにじるような提案をしてしまって本当にすまなかった・・・謙くん重ねて勝手で悪いがソラくん・・・いや天津風ちゃんをよろしく頼む」

そう言った長峰さんの表情はどこか晴れやかにも見えた

 

その後陸奥さんを織り交ぜて少し話をした後俺と天津風は長峰さんの家を後にして宿舎へと向かった

「・・・なあ天津風・・・本当にそれで良かったのか?」

帰り道で俺は恐る恐る尋ねる

「当たり前じゃない!今更女子校に通うなんて考えられないし今の生活も結構嫌いじゃ無いの それに・・・?」

「それに?」

「やっぱりなんでもない!さぁさっさと帰りましょ!置いて行くわよ」

突然走り出した天津風は突然走り出した

今はこの選択が正しいかどうかなんて俺にも天津風にもきっと長峰さんたちにもわからない。

でも俺は選択が間違っていなかったと天津風が胸を張って言えるようにこれからも提督として責任をもって見守ろうと改めて心に誓った。

あれ?なんか忘れてるような気がするけどまあいいや。

「おーいまってくれよ天津風ー!」

俺は天津風を追って鎮守府へと戻った

 

 

その頃

「ぶっはぁ!少し早く着いたからついつい泳ぎ過ぎちゃったヨー!!ってあれ・・・もう辺り一面真っ暗デース!?もしかしてもうケンたち帰っちゃってマース!?ohnooooooo!ケンをこの水着で悩殺してワタシに釘付けにしようと思ってたのにぃぃぃぃ!!」

金剛の声が砂浜にただ虚しく響いていた

その夜ぬれながらとぼとぼ鎮守府に帰る彼女の姿は××町の地元紙にUMAと間違われて掲載されたとかされていないとか・・・



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アイツが来た!

 あれから数日が経ち××海水浴場が海開きを迎え、艦娘たちは海水浴場周辺の見回りや警備、俺はそれの指示やら管理やら海の家の手伝いやらで大忙しだ。

 

そんなある日の今朝のこと

携帯電話が鳴った音で俺は目を覚ました。

寝ぼけ眼で時計を見てみてもまだ起きるには早い時間だ。

そして携帯電話をみて見ると大須海斗 着信の文字

「・・・なんだよこんな朝の早くから」

彼は小学校からの腐れ縁で提督になってからもちまちまSNSで連絡を取り合うくらいのことはしていたが急に電話をしてくることなんて今まではなかった。(※33話参照)

まだ吹雪も寝てることだし俺は電話を持って吹雪を起こさないようにベッドから抜け出して部屋を出て電話をとった。

「もしもし?なんだよこんな朝の早くから」

『おう謙久しぶり!起こしちまったか?』

「ああ ここ最近で最悪の起こされ方だったよ」

『なんだよ〜毎日艦娘のかわいい子に起こしてもらったりしてるんじゃねーの?かぁーっ!羨ましいねぇ』

「し、してねーよそんなの!」

『ほんとかぁ?』

「はぁ・・・久々に朝からお前と話してると疲れるわ・・・で、何の用なんだよ」

『久々に電話した友達にその言い方はないだろ!?』

「あーはいはいわかったわかった。俺も暇じゃないんだからさっさと要件を言ってくれ」

『そうだなー ちょうど今日暇になったからお前んとこ行くわ』

「は?」

『いやは?じゃなくてお前んとこ行くわ』

「いやいやいやバカなのお前!?幾ら何でも急すぎるだろせめて日を改めろよ」

『あーごめん無理もうそっち行きの夜行バス乗っちゃってるんだわ 今トイレ休憩中』

「はぁ!?」

『つーわけで昼頃にはそっちつくから。あっ、やべ!そろそろバスも出るし切るわ じゃーな』

そう言うと一方的に電話を切られてしまった。

相変わらず一回言い出だすと絶対止められない様な強引な奴だ。

こんな感じでいつもアイツに引っ張り回されてたっけ・・・

少し懐かしい気分になってしまったがそれどころではない。

「どどどどうしよう!!あいつが来るってどうすりゃいいんだ!?流石にこんな小さい鎮守府とは言え一般人勝手に入れていいのか!?というかここの艦娘が全員男だって知ったらアイツは・・・・」

へぇ・・・謙ってそう言う趣味だったのか。高校のグループチャットで拡散しとくわ

とか

哀れ謙・・・男子校生活が長くてついにそっちもイける口になっちまったか!ま、まあでもお前にそっちの気があってもまあうん・・・その・・・・・な?

とか憐れみを込めた目で言ってくるに違いない!

「ああどうしよう急に今日休ませろなんて言えない・・・てか俺誰に休むって言えばいいんだよぉぉぉぉ!!」

これが休めない中間管理職ってやつなのか!?

海斗のことも気がかりだけど仮にアイツをこの辺で遊ばせておくにも観光できる場所なんか海水浴場くらいしかないぞ!?

頭を抱えていると部屋のドアがゆっくりと開いた

「・・・お兄ちゃんどうしたの?」

吹雪がドア越しにこちらを不思議そうに見つめていた

「吹雪・・・起こしちゃったか?ごめんな」

「ううん大丈夫。それより大丈夫?なんだか誰かと揉めてたみたいだけど」

「ああ大丈夫・・・気にしないでくれ。それに吹雪今日は朝一番の警備だろ?もう少しゆっくり休んでてくれ」

吹雪に余計な心配を掛けさせるわけにはいかないしここは平静を装っておこう。

 

それからしばらくして吹雪は金剛と海水浴場周辺の警備に向かい俺はいつもの日課である朝の書類整理の時間になり執務室へ向かった。

「おはよう・・・」

俺が挨拶をしながらドアを開けるといつもの様に高雄さんと大淀が迎えてくれる。

大淀にも海斗の事言わなきゃいけないよな・・・

あいつ・・・海斗のことどう思ってるんだろ?

やっぱ今の姿ってあんまり同級生とかには見られたくなかったりするのか・・・?

そんなことを考えていると

「それじゃあ提督も来た事ですし私はそろそろ失礼しますね」

高雄さんが部屋を後にしようとしていた。

ここは俺たち二人より誰かがいてくれた方が嫌でも答えが出る気がするし何より大淀の素性を知っていてかつ突然の来客をどうするかなんて聞くのに高雄さん以上に適した人なんていない。

「ま、待ってください高雄さん!」

「あらなんですか?」

「えーっと・・・あの・・・今日急に友達がこっちに来るって電話をよこして来たんですけど・・・」

「えっ、友達って?」

大淀が不安そうに尋ねてきた。

「ああ海斗だよ海斗 なんか急に今日の朝に電話かけて来てさ・・・」

「はぁ・・・大須君ったら無作法なのは相変わらずね・・・」

大淀は大きくため息をつく

「それでその・・・今日の昼頃にはこっちに着くみたいなんですけど俺ってその間抜けさせてもらったりってできますかね?一時間でも良いんでその間だけでも代わりに高雄さん愛宕さんにここ任せても良いですか?」

「別にそんな事しなくてもここに呼んであげれば良いんじゃないかしら?」

「えっ?」

予想外の答えに俺は面食らってしまった。

「だって見られて困るものなんてありませんし部屋も空いてる事ですし私は歓迎するわ 学生の頃の提督の話も聞きたいですし!」

そっちが本音だろ高雄さん!

「で、でも大淀が・・・」

「ああそうだったわね。提督のお友達ってことは大淀ちゃんとも知り合いって事になるのよね・・・大淀ちゃんはどうなの?会いたくないのなら今日だけ秘書艦代わってあげても良いわよ?」

「い、いえ。この間帰省した時にも会いましたけど私に気づく素振りもなかったですし・・・謙・・・いえ提督が会いたいと言う事であれば私はそれに従うだけで・・・」

「・・・そう。それならひとまず吹雪ちゃんたちが帰ってきたら提督の友達が見学に来るって全員集めて説明しましょうか」

「そ、そうですね・・・でも本当にいいんですか?一般人を鎮守府なんかに入れても」

「ええ機密とかがあるのは工廠と倉庫くらいだし そこもしっかり私が責任を持って戸締りしておきますから大丈夫。それに離れても会いにきてくれるお友達は大事にしなきゃダメよ?」

「そういうもんなんですかね・・・」

「そう言うものよ!それじゃあ私は倉庫と工廠の戸締りのついでに他の子たちに声かけてくるわね」

高雄さんはそう言って執務室から出ていった。

「な、なあ大淀・・・お前本当に良かったのか?」

「う、うん・・・だって大須君は私よりずっと昔から謙の事を知ってて・・・紛れもなく私なんかよりずっと仲のいい友達じゃない 悔しいけどそんなの私が邪魔できるわけないよ」

「大淀・・・」

「私も絶対バレない様にするから!だから今日は大須君にしっかり私の分も急に来た文句を言ってあげて!」

「お、おう・・わかった。ありがとな大淀 なんか無理させてるみたいで」

「そんな事ないよ・・・ただ私は大須君が少し羨ましいだけ」

「羨ましい?」

「ううんなんでもない!それじゃあ提督!お友達が来てしまう前に早く書類を片付けてしまいましょうか!」

大淀はかしこまってそう言うと止まっていた手を動かし始めるので俺も椅子に座って書類の整理を始めた。

 

そしてなんとか吹雪たちが帰って来る前に書類を片付け終え、執務室にぞろぞろと艦娘たちが集まり始めていた。

「どうしたの提督さん?そんな急に全員集まれだなんて」

「そうだよー!那珂ちゃん次の見回り当番なんだけどなー」

阿賀野と那珂ちゃんが尋ねてくる。

「そうよ!あたしたちだって訓練中断してきたのよ?ロクでもない事だったらただじゃおかないんだから」

天津風はいつも以上に不機嫌そうだ。

そんな時

「吹雪ただいま戻りました!  ・・・ってあれ?みなさん集まってどうしたんですか?」

吹雪が見回りから帰って来たようだ。

でも警備りは吹雪と金剛の二人が出てたはずだけど金剛はどうしたんだろう?

「ちょうどみんなに話があったから集まってもらったんだけど金剛はどうしたんだ?」

「金剛さんは一服してから行くって言って食堂に紅茶を飲みに行ったよ・・・じゃなかった飲みに行きました司令官!」

吹雪はかしこまってそう言った

「・・・そうか。なら金剛にはあとで伝えるとしてもう次の見回りに那珂ちゃんと春風を向かわせなきゃならないし手短に話させてもらうぞ みんなをここに集めた理由それは・・・」

「それは・・・・?」

艦娘達がこちらを見つめてくる。

こう顔だけ見れば美人たちにここまで凝視されると緊張して胸がバクバク音を立てるが俺はゆっくりと口を開く

「・・・・・・・今日高校の頃の友達がここに来るみたいなんだ」

俺がそう言うと執務室は一瞬シーンとなったが

「はぁ?そんなことのためにみんなを呼び出したの!?バカじゃない?」

天津風が先陣を切って俺に怒鳴る

「あーそうなんだーそれじゃあ那珂ちゃんそろそろ行かなきゃ ばいばーい!・・・・はぁ・・・集まって損した・・・」

「あっ、那珂さんが行くのならわたくしも!それでは司令官様わたくしもそろそろ行って参りますね」

那珂ちゃんは聞こえるか聞こえないかくらいの小声でそう言って執務室から出て行きそれを追うように春風も出て行ってしまった

「ま、待ってくれ!結構な問題なんだよ!!」

二人を呼び止めるも聞く耳ももたれなかった

「はぁ・・・なんだよみんな冷たいなぁ・・・」

「当たり前よ!あたしたち最近いつもの何倍も忙しいのにそんなしょうもないことで召集かけられたんだから怒って当然でしょ!?」

天津風はまた俺をそう怒鳴りつけた

「だ、だからそんなしょうもないことじゃないんだって・・・だって急に来るんだぜ?普通もっと前から相談とかするもんだろ?」

「ま、まあそう言われて見ればその友達も礼儀がなってないわね。どっかの誰かさんのお友達だけあって」

天津風は皮肉めいた一言を俺に吐き捨てる

「ま、まあ聞いてくれよ」

俺は海斗の事や今日あったことの一部始終をみんなに話した

「へぇ〜提督さんのお友達かぁ・・・ってことは男子校出身なんだよね!からかいがいがありそう!」

阿賀野は目を輝かせていた

「おいおいやめてくれよ?というかくれぐれも男だってバレない様にしてくれ」

「え〜なんで?減るものじゃないじゃない」

「なんでもだ!その・・・あいつはなんか俺の今の状況にハーレムみたいな幻想を抱いてるみたいで・・・その夢を壊すのもなんかかわいそうだし何より俺の面子が・・・」

「そーだよねー普通艦娘がみんな男でしたー!なんて言われたらびっくりするよね」

「当たり前だろ!現に俺も未だに完全になれたわけじゃないんだからな」

「えぇ〜そうかなぁ?ま、いいや せっかくのお客さんだしそのせいで艦娘全体に悪いイメージ持たれるのもなんかやだししっかり女の子として今日は1日そのお友達に接してあげる!」

「そ、そうか・・・・阿賀野の割にはまともなこと言うな」

「割にはって何よ!これでも一応最新軽巡の艦娘なんだよ!?」

「あーはいはいわかったわかった と言うわけだから海斗に各自男だとバレない様にすること 急な私用で悪いけど今日1日は頼む」

俺はみんなに頭を下げた。

そして解散を言い渡して艦娘たちは執務室を後にして行く

「しかし金剛結局来なかったな・・・」

「まだ食堂にいるんじゃないかな?」

「そうか じゃあ直接伝えに行くか」

 

俺は吹雪に言われた通り食堂へ向かうと

「oh!この紅茶わかるデース!?凄いネー!」

何やら話し声が聞こえてくる。

さっきまでみんな執務室に居たし仮に食堂にいたとしても金剛だけのはず・・・

金剛は一体誰と話してるんだ?

俺は恐る恐る食堂を覗いてみると

「そうなんすよ〜!婆ちゃんがイギリス人で良くこのブランドの紅茶入れてくれてたんすよ」

「そうなのデース!?ワタシも英国生まれなんデース!」

金剛と楽しそうに喋ってるあいつは・・・

海斗!?なんで食堂にズカズカ上がり込んでんだよ!!

それにしてもニヤニヤしやがって・・・なんかムカつくな

「それで学生の頃のケンはどんな子だったんデース?」

「え、ああ俺小学生の頃からあいつの友達なんすけどそうっすねー一言で言うとバカっすかねー」

はぁ!?あいつ何言いやがんだ!?お前も大概だろうが!!

これ以上喋らせたら何言われるかわかったもんじゃないしとっとと止めに入ろう

「誰がバカだって?」

俺の声に気が付いたのか海斗はこちらをゆっくりと振り向いた

「お・・・よ・・・・よぉ謙久しぶりー」

「久しぶりー じゃねぇよ!!何勝手に上がり込んで優雅に紅茶飲んでんだよ!!」

「違うんデース!彼が謙のフレンドだって言うからワタシがここに連れて来たんデース!一人で休憩するより誰かと休憩した方が楽しいからネー」

「そうだぞ!あー羨ましいぜこんな美人さんともうケッコンを前提に付き合ってるらしいじゃねぇか!もう裸で一緒に寝たとかなんとか・・・・かーっ!大人になるときは一緒にって言ったのに抜け駆けなんてひでぇよこの絶倫野郎!!」

「もうカイトったらやめてヨー恥ずかしいデース・・・」

一体金剛から何を聞いたんだこいつは・・・

それに裸で一緒に寝たってそれ全裸で金剛が勝手に入ってきただけなんだけど・・・

「金剛お前何も知らないのをいいことにカイトに嘘つくのやめろ!カイト違うから!金剛の話は八割嘘!ブリティッシュジョークだから!!それに俺まだその・・・どどど・・・」

「安心してくだサーイ!謙はまだチェリーデース!!これは本当ネー!」

「あっこら金剛大声で言うな!」

「あーよかったー先越されてなくて」

金剛の言葉を聞いて海斗は安堵の息を漏らしていた

「お前も安心するな!!」

「はぁ・・・悪い悪い 相変わらずそうで安心したぜ謙」

「そ、そういうお前はどうなんだよ」

「前言った通りだよ!俺の学科男しかいねーし合コンも女子が全然あつまんなくて結局彼女0あーあ今頃本当なら彼女と旅行でも行ってたはずなんだけどなぁ・・・あっ、そうだ金剛さん。まずはお友達から・・・・L●NEとかやってます?」

ほんとこいつは見境ないな・・・しかも金剛も男なんだけど

「え〜フレンドにはなってあげるけどサー ワタシはケンが大好きだからそれ以上は無理デース!」

「そ、そうですか・・・あっでもL●NEは教えてください」

ほんとポジティブだよなぁこいつ・・・

「OKデース!」

「うっひょぉぉぉぉ!!美人さんのL●NEゲットぉ!」

海斗は金剛と連絡先を交換してもらったのがよほど嬉しかったのか年甲斐もなくぴょんぴょんとその場で飛び跳ねている。

俺まで恥ずかしいからやめてほしい

「気になって見にきたけどこれがあなたのお友達なの?見るからにあなたに似ててスケベそうね類はなんとやらって本当なんだ」

声の方に振り向くと天津風がかわいそうなものをみる様な目でこちらを見ていた。

「だ・・・誰この銀髪ツーサイドアップツンツン美少女!」

「ひゃぁ!ちょっとこっち寄らないでよ気持ち悪い!!」

「うぉぉ!!その目で俺をもっと見て!もっと口汚く罵ってぇ!!」

ああもうこいつ少し見ないうちにさらに拗れてんな・・・

「ひぃっ!!!ちょっとあなた友達ならなんとかしなさいよ!!」

天津風はそんな海斗を見てドン引きしている

「お、おい天津風も怖がってるからそんくらいにしてくれ頼むから」

「あ、天津風ちゃんって言うのかこの子!どうもお初にお目にかかります不肖謙の友人を軽く十余年やらせてもらってる大須海斗って言います!気軽にカイトお兄ちゃんって呼んでくれても良いよ!」

「うわぁ!!ちょっとあなたこんなのと友達やってられるとか頭おかしいんじゃないの!?」

天津風は俺の後ろに身を隠した

「あー!お前その子も手懐けてんの!?」

「バカ!そんなんじゃねぇよ!」

「嘘つけ!!やっぱお前金剛さんとか天津風ちゃん以外の他の艦娘とかもみんな侍らせてるんだろ!!どこのハーレムラノベの主人公だよ俺に一人くらい分けてくれよぉ!!」

海斗は俺の両肩を掴んで前後に揺さぶってくる

「おいやめろって!別に侍らせてないって!!別にそんなんじゃないから」

「はぁ!?無自覚なところがますます腹たつぞ!!寂しいキャンパスライフ送ってる俺に誰か紹介しろよぉ!!」

海斗の情けない声が食堂に響く

そんな時扉がバンと音を立てて開いて大淀が食堂に入ってきた

「大須君ちょっともう良い加減にしてください!」

多分海斗の暴走を見かねて出てきちゃったんだろうけど名前呼ぶのってマズくない?

「へっ・・・?なんで俺の名前を!?あれ・・・これって運命?前前前前世くらいから俺のこと探してました!?」

はぁ・・・・どこまで頭お花畑なんだこいつは

「そ、そんなんじゃありません・・・」

「じゃあなんで俺の名前を!?てかどっかで会った事あります?俺の記憶が正しければ見覚えがあるんだけど」

もしかして海斗の奴大淀の正体に気づいたんじゃ・・・

「い、いえ初対面ですよ・・・名前は提督から伺っていただけです」

「いいや絶対会ったことあるよね!?いつだったっけなえーっと・・・そうだ思い出した!君の名は・・・」

今更そのネタはどうなんだ海斗!

「もしかして・・・淀子さんですか?謙のいとこの・・・いやぁこんなところでまたお会いできるなんて本当に何か運命的なものを感じますよ!」

「は?」

「えっ・・・?」

俺と大淀は思いがけない回答にあっけにとられた

そういえばこの間帰省した時とっさにそんな嘘をついてごまかしたような気がする

「いや〜やっぱり淀子さんだ!まさか艦娘をやっててしかも謙と同じ鎮守府にいるなんて知りませんでしたよ!おい謙水くせぇぞそれならそう言ってくれればよかったのにさぁ」

話がややこしくなってきたぞ・・・?

否定しようものなら更にわけのわからない嘘をつかなきゃならなくなるだろうし肯定してもボロが出そうだし・・・

俺がそんなことを考えていると

「really!?大淀とケン従兄弟だったんデース!?」

「どどどどういうことよ説明しなさいよ」

金剛と天津風が血相を変えてこちらに詰め寄ってくる

そうか・・・大淀と天津風も大淀の素性知らないんだっけか・・・

「ああちょっ・・・それは・・・・」

流石に海斗が居るこの場で二人に対して苦し紛れについた嘘でーす!なんて言えないし・・・

大淀すまん・・・!もう少しマシな嘘をつくべきだった

俺は一体どうすれば・・・

俺が返答に悩んでいると

「はい。確かに私は淀子です。でも提督の従姉妹というのは間違いです」

・・・へ?

「身寄りも故郷も無い私に休暇を一人で過ごすのは寂しいだろうという厚意からご実家へのご同行を許可してくださったのですが提督はご友人とは言え公共の場で民間人に私が艦娘だと知られることを避けるためそのような嘘を大須さんについてしまったんです 悪気があったわけではありませんから提督を許してあげてください」

ナイス大淀・・・!

それっぽいし天津風と金剛も納得しそうな言い訳をでっち上げてくれた!

とりあえずその方向でごまかすしか無いか

海斗に嘘を重ねるのはちょっと悪い気もするけどこうする他無いしなぁ・・・

「そ、そうだったのか・・・・泣かせるじゃねえか謙・・・」

「あ、ああ改めて紹介しとくと彼女は大淀。秘書官をやってくれてるんだ」

「はい。改めまして軽巡大淀です 大須さんのお話は提督からよく伺っていました」

「お、大淀さん・・・いつも謙がお世話になってます自己紹介は・・・・この間したし謙から聞いてるならいいや改めてよろしくお願いしまーす!」

海斗は深々頭を下げた

よかった・・・なんとかごまかしきれそうだ。

「そ、それじゃあどうする?この辺で観光できるところっつったら近所の海水浴場くらいしか無いけど・・・」

とにかくここから海斗と離れたほうが良さそうだからそう提案してみるが

「観光はいいや。俺はお前がいっつも何やってんのかなーって気になっただけだし」

「なんだよそれ気持ち悪いな・・・」

「気持ち悪いは無いだろ!?いっつも鎮守府のことはぐらかしてちゃんと教えてくんねーし」

そりゃ二言目には艦娘の子紹介してくれとしか言わないんだからそうもなるだろ!

しかしそう簡単に鎮守府の周りを一般人に見せびらかしていいものなんだろうか・・・?

「提督、高雄さん愛宕さんに許可は取っています。久しぶりのご友人と会ったんですから存分に楽しんでください。提督の代わりは私がやっておきますから」

そう言った大淀は心なしか少し寂しそうに見えた

「ほら大淀さんもそう言ってるし案内してくれよー!ほんとは金剛さんとか大淀さんに案内してもらいてーけどまあここは久々男同士水入らずでさ!」

「ああもうわかったから!」

「それじゃあ失礼します!金剛さんまたL●NEしますね!天津風ちゃんもバイバイ!」

「byeカイト!またネー」

「さ・・・さっさとどっか行きなさいよ!!」

三人見送られて俺と海斗は食堂を後にした

 

「あーあ天津風ちゃんに嫌われちゃったかなー俺」

「初対面であんな事言ったらそうもなるだろ・・・」

「・・・だってよぉ・・・勢い任せで行かないと・・・・女の子と喋るの恥ずかしいだろ?」

「お前相変わらず拗らせてんな・・・」

「そういうお前は平然と喋れるのな・・・羨ましいぜちくしょう」

「そ・・・そりゃ最初は緊張したけどほぼ共同生活してるようなもんだし慣れだ慣れ」

皆本当は男だからなんて言えないよなぁ・・・・

「かーっ!女の子と喋るの慣れたとか俺も言ってみてーわ」

そんな恨み節にも似たような海斗と鎮守府を一通り回った。

しかしなんだか海斗とこんなモテない話をするのも久しぶりで少々過去の自分も似たようなことを海斗と話していた事を恥じつつも懐かしい気分になれた。

そんな案内の途中演習場で吹雪に出くわし「艦娘にお兄ちゃんって呼ばせてるとかお前業が深すぎるだろ」

と海斗にドン引きされてしまってそれをごまかすのに一苦労した。

それからしばらく鎮守府の中を歩いていると

「な、なあ謙トイレ行きてーんだけどどこにある?」

「あ、ああ。最寄りのトイレならそこに・・・」

俺はトイレの場所を指差す

「おおサンキュー!パパッと出してくるぜー!」

海斗はトイレの方へ向かう

あれ・・・ちょっと待てよ・・・・?

もしかしたら誰かが男子トイレに入ってるかもしれない!

そんな艦娘が立ちションしてるところなんか見られたらやばいだろ!!

「ちょっと待ってくれ海斗!!」

俺は海斗の肩をとっさに掴んだ

「うわぁ何だよ謙!連れションか?」

「いや違うちょっと待ってくれトイレの安全確認をするからここで動かずに待っててくれ」

「は?安全確認?なんでたかがトイレごときにそんなもんがいるんだ?それに男子トイレなんかお前以外使うやつ居ないんだろ?」

「・・・・なんでもだ!いいからここから動くなよ!絶対だぞ」

俺は海斗に釘を刺しトイレに単身入ってみた

「あっ、提督さん!通りで騒がしいと思った」

いたー!!

小便器に向かって小さい方を垂らしてる阿賀野が・・・

はぁ・・・やっぱ見に来て正解だった

「阿賀野・・・女子トイレで用を足してくれって言ってるだろ?」

「えーだって阿賀野男だしーおしっこくらいいいじゃない!いちいち座るのめんどくさいの!ここの共用トイレ全部和式だし」

「ダーメーだ!今日は海斗も来てるんだしなおさらだ」

「ああそっか・・・そうだったごめんごめんついいつもの癖で・・・ で、どんな子なの?」

「ああえーっと・・・」

阿賀野が海斗のことを尋ねて来た時

「おーい謙まだかよ漏れちまうよ!!てか誰と喋ってんだよ!?」

トイレの外から海斗の声が聞こえてくる

「あっ、やばい!」

でも阿賀野を今外に出すわけには行かないし・・・・

「阿賀野!ちょっと隠れるぞ!」

「えっ、提督さ・・・・きゃんっ!」

俺は阿賀野をトイレの個室に引き込んだ

「提督さん・・・急に個室に阿賀野を連れ込むなんて今日は大胆だね♡」

「ち、違う!ここで海斗がトイレ済ますまでやり過ごしてもらうだけだ」

阿賀野にそう言われると急に自分がしていることへの背徳感が増していく

阿賀野は男・・・阿賀野は男だと俺は自分に言い聞かせた。

「おい謙!マジでヤバい!もう限界だから入るぞ!!」

海斗の声が聞こえるとこちらに足音がだんだん近づいてくる

「いいか阿賀野・・・絶対喋るなよ?」

「はーい」

俺は阿賀野に釘を刺すと阿賀野は小さな声で答えてくれた

「あれ?謙が居ない・・・ さっき入って行ったから急に居なくなるなんてことはないと思うんだけどなぁ・・・ん?個室が閉まってる!おいおい謙!安全確認ってウンコの事かよ!そんなウンコ行きたかったならそう言えばいいのに」

扉越しにそんな海斗の声が聞こえてくる

ここはそういうことにしておいたほうがよさそうだ

海斗が出たタイミングを見計らって俺もここから出れば良い

「あ、ああウンコだ!でもちょっと出が悪いから用が済んだらさっさと先に出といてくれ」

俺は扉の先に向けて言った

それを聞いた阿賀野は笑いをこらえるのに必死そうだ

「なんだよそれー散々人にションベン我慢させといて先にウンコ行きやがってよぉ」

「ああもうウンコとかションベンとかなんのためらいもなく大声で言うんじゃねぇよ!」

「だって俺とお前しか居ないし良いじゃねーかよ」

「そ、そうだけどさ・・・とりあえずさっさと済んだら出てってくれよ!」

「はぁ?なんでだよ?そりゃまあトイレに長居する理由もねーけどさぁ」

海斗がそう言うと水の滴る音とトイレの流れる音がしてしばらく経つと足音がどんどん遠ざかっていった

「はぁ・・・助かった」

「提督さん・・・友達ってやっぱ良いね」

「ど、どうしたんだよ急に・・・」

「阿賀野も・・・いいえ他の子達もそうだと思うんだけど以前の自分と関わってた人たちとの関わりを断ってきた子が多いと思うの。だから友達って羨ましいなって思って」

阿賀野がこちらを見つめてくる

こんな狭い密室で見つめられて俺の鼓動がどんどん早くなっていく

「そ、そんなもんなのか?」

「阿賀野ね・・・最初は提督さんのこと弟を見てるみたいで可愛かったんだけど本当は男の友達が欲しいだけだったのかもしれないね・・・でも今提督さんとこうやって二人っきりになって私すごくドキドキしてる・・・私提督さんの何になりたいのか自分でもわからなくて・・・」

阿賀野はそう言うと俺の右手を両手で握った

「あ、阿賀野!?」

「ほら。私の心臓の鼓動・・・感じるでしょ?」

阿賀野は握った俺の手をそのままおっぱ・・・・・胸に当てた

やわらかい感触の奥から脈打つ阿賀野の心臓の鼓動が指に伝わってくる

「○×△☆♯♭●□▲★※!?!?!?!?!?」

口から心臓が飛び出したかと思うような言葉にならない声が俺の口から発せられた

「ふふっそんな変な声出しちゃって可愛いっ!急に阿賀野をトイレに連れ込んだ仕返しなんだから!びっくりした?」

「・・・はぁ!?」

くそう!またからかわれたのか・・・!

「阿賀野お前!!」

「冗談よ冗談!確かにもう以前のただの男の私じゃないけど今の阿賀野は必要に応じて提督さんの男友達にもお姉さんにも恋人にもなれちゃうお得なポジションなのよ!」

「は、はあ・・・・」

「お友達待たせてるんでしょ?もう気は済んだし行ってあげて。提督さんたちが離れるまで阿賀野はここで隠れてるから安心して」

「あ、ああわかった・・・」

激しく脈打つ心臓の鼓動がまだ治らないまま俺はトイレから出た

はぁ・・・マジで死ぬかと思った・・・・

「おい謙!なんかトイレからすげぇ声聞こえたけど大丈夫かよ?」

「あ、ああ・・・すげぇウンコ出たからびっくりしただけで」

「なんだよー人騒がせだなーお前」

「お前にだけは言われたくねぇよ!」

「ははは!やっぱお前といると楽しいわ」

「そ、そうか・・・俺も悪い気はしないけど・・・じゃあ次行こうか」

阿賀野をこれ以上待たせるのもかわいそうだと思ったのでトイレから離れ鎮守府内の見学を再開した。

そして大浴場の前に差し掛かると

「おー!ここ風呂!?」

「ああ」

「鎮守府はクソ小さいのに風呂は大きいんだなー」

「それ褒めてんのか貶してんのかどっちなんだよ」

「・・・ってあれ?この大浴場男女で別れてないのな。もしかして混浴?お前もしかして艦娘の子と一緒に風呂入ってんの!?」

「ち、ちげぇよ!!基本艦娘しか使わないから女風呂だけなんだよ!」

本当は違うけどそう言うことにしておいてくれ・・・

「ふーんそうか で、覗いたりしたことあんのか?」

「ま、まあ一応・・・」

覗いても期待してたものは見れなかったんだけどな・・・

「だよなー!こんな状況覗き一択だよな!!」

そんな話をしていると大浴場の戸が開き

「あらぁ?その子が提督のお友達?」

「初めまして 私高雄って言います」

高雄さんと愛宕さんが大浴場から出て来た

「おおーっ!ブロンドと黒髪ショート爆乳美人が目の前に!!しかも風呂上がりで火照った肌・・・最高かよ!!」

海斗が鼻息を荒くして二人を見つめる

「あらあら元気なのね♡私は愛宕、それでこっちの黒髪ショート爆乳美人が高雄よ。よろしくね」

「は・・・はいっ!よろしくお願いしますっ!!自分謙の友人の大須海斗ですっ!自分と付き合ってくださいっ!」

ちょっと優しく声かけられたからって急すぎるだろ!!

「あらあらせっかちさんね♡でもごめんなさい私も高雄も既婚者なの。ほらね」

愛宕さん恥ずかしがる高雄さんの手を持って薬指にはめられた指輪をこちらに見せて来た

「ひ・・・人妻・・・・!こんな美人さんと結婚できた男の人はきっと幸せなんだろうなぁ・・・」

高雄さんと愛宕さんの結婚相手は目の前にいる二人でしかも二人は男だって知ったら海斗はどうなるんだろうなぁ

「ふふっありがとね♡ほら高雄も!高雄と結婚した男の人は幸せなんだって」

「・・・あ、ありがとうございます・・・」

高雄さんは照れ臭そうに小さな声で言った

「それじゃあ私たちは汗も流した事だし提督のお仕事の代わりをもうしばらくやらなくっちゃ!いくわよ高雄」

「・・・はい」

愛宕さんに手を引かれて高雄さんは執務室の方へ歩いて行った

よく見ると二人は恋人繋ぎをしていて高雄さんは完全に女の顔になっている

「いやぁ・・・人妻の艦娘なんて居るのかー謙お前絶対手出しちゃダメだぞ!それにしても仲よさそうだなあの二人」

「あ、ああ・・・」

俺には仲睦まじい夫婦に見えたけど海斗からは仲のいい女友達に見えるんだろうな

「それじゃあもう一通り案内したけどどうするよ?」

「いいやまだだ」

「いやもう全部見せただろ?」

「まだお前の部屋見てないぞ」

「はぁ?なんで部屋なんか見せなきゃならねーんだよ!」

「そりゃダチがこんな離れた場所でどんな部屋に住んでんのか気になるだろ?」

「そ、そうか・・・まあ見られて困るもんなんか全部実家に置いて来てるけどさ・・・」

「えーなんだよ俺があげたエロゲーとか置きっぱかよー」

「そんなの持ってこれるわけないだろ!」

「そうかーまあいいや案内してくれよ」

「ああわかった」

さっき吹雪は演習場に居たし海斗を上げても大丈夫だろう。

俺は海斗を部屋に連れて行った

「へーなかなかいい部屋じゃん。それにしてもお前の部屋にしては小綺麗に片付いてんな」

「そりゃ必要最低限のものしか持ってこなかったからな」

「えーじゃあゲーム機とかも無いのかよー久々に鋼拳で勝負してやろうと思ったのに」

「あーすまん家だわ」

「そうかーあっ、座っていいか?」

「ああ」

この感じ久しぶりだな・・・

海斗達と過ごした他愛のないひとときは忘れられない大切な時間だった事を再認識させられる。

そんな時間の中に大淀・・・いいや淀屋も居たんだよな。

今この場に彼が居ない事を少しもどかしく感じてしまう

「あーそういや謙」

「なんだよ?」

「淀屋ってどこ行ったか分かったか?」

「・・・・いやあれっきりだ」

俺はまた海斗に嘘をついた。

本当はすごく近くに居るのにそのことを海斗に言う訳にはいかない。

あいつが寂しそうだったのってやっぱり・・・・

「そうかーあいつ今どこで何してるんだろうな?」

「さあな・・・」

「なんだ淀屋にべったりなお前にしちゃ淡白な返しだな」

「べ・・・別にべったりなんてしてないだろ!?」

「そうだったか?まあまたなんか分かったら教えてやるよ」

「あ、ああ頼む」

「いやぁそれにしても謙が元気そうでよかった。これで踏ん切りもつくわ」

「急にどうしたんだよ・・・?」

「ああいや俺大学やめて地元離れようと思ってさ」

「な!?急すぎるだろ!!辞めて何処行くんだよ」

「それはまだ言えねぇな。でも当分お前にも会えそうにないしその前にちょっと顔だけ見に来ようと思ってな。」

「・・・いつもお前は急なんだな」

「ああ。いつも急な俺になんだかんだで着いて来てくれてありがとうな。淀屋にあったらあいつにもそう伝えといてやってくれ」

その言い方はどこか今生の別れのような気もした

「・・・・・・・ああ」

「お前も相変わらずみたいで安心したし俺そろそろ帰るわ」

「へ?また急だなぁ部屋も会いてるし泊まってけばいいのに」

「俺こう見えて結構忙しいんだよ。急にも関わらず付き合わせちまって悪かったな」

確かに海斗の荷物の量は泊まりに来るような量ではなかったがあいつのことだし後先考えずに来ただけなのかと思っていたがそうではなかったらしい。

「ああそれじゃあ送ってく」

俺は正門まで海斗を連れて行った。

「それじゃあ艦娘さんたちによろしくな」

「あ、ああ・・・また・・・会えるよな?」

なんだか不安になって俺は海斗についそう尋ねてしまった

「はぁ?何行ってんのお前!別に死ぬ訳じゃないしまた会えるだろ・・・多分な」

「多分ってなんだよ!」

「まあそん時はまた可愛い子紹介してくれや」

「あ、ああ・・・考えとく」

「・・そうか。じゃあまたな」

「今度来る時は事前に連絡しろよ」

「ああ」

海斗はそう言うと振り向かずにバス停の方に歩いて行く

俺はその背中が見えなくなるまで見送った

 

そして海斗が帰ったことを報告しに執務室へ戻り、大淀と二人きりになった

「ま、なあ大淀。海斗が心配してたぞお前のこと」

「そ、そう・・・なんだ・・・もう私のことなんかどうも思ってないのかと思ってた」

「でもお前が淀屋だってことはバレてないしほかの艦娘たちも男だってバレなくて一安心だな」

「そうね。お疲れ様、謙 紅茶入れるね」

「あ、ああありがとう」

そして大淀は俺に紅茶を入れてくれた

「な、なあ大淀」

「何?」

「艦娘になるって寂しいことなのか?それまでの友達とも会いづらくなるし・・・」

「・・・どうかしらね?でも私には謙が・・・それに吹雪ちゃんに那珂さん達だって居る。だから寂しくないよ・・・それにもともと私友達も親も居なかったから・・・それに比べたら謙も今の私を受け入れてくれたし前よりもずっと私の周りは賑やかになったわ」

「そう・・・か」

相変わらずの海斗と会った後だと少し前とは全く違う淀屋を見て俺は少し寂しさを感じた。

それでもどれだけ変わろうとも淀屋は俺にとっていつまでも大切な友達だ。

そんな時ふと以前淀屋にかけた「きっとお前を元に戻す方法もあるはずだ。だからこれから一緒に頑張ろうぜ淀屋・・・いや大淀・・・絶対お前を元に戻してやる」という言葉を思い出す。

もし戦いが終わって大淀が淀屋に戻ったら俺は本当に以前のただの友人に戻れるのだろうか?

友達としての淀屋も今の秘書官として俺を支えてくれる大淀もどちらも大切だ。

あの時はその言葉に何も思わなかったが今の大淀が居なくなることを拒む自分が居た

結局俺は大淀と・・・淀屋とどうなりたいんだろう?

あいつは本当はどうなりたいんだろう?

阿賀野の漏らした言葉の意味が少し俺にも分かった気がした。



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サンセットサマービーチ

 突然の海斗の来訪から一夜明け、俺は忙しい1日を送っていた。

今日は人手が足りないとかなんとかで鎮守府の仕事をまた高雄さんと愛宕さん、それに大淀に任せて長峰さんの海の家の手伝いだ。

最初はなんで提督のはずなのにこんな雑用をやらされなきゃいけないんだと思ってたけど長峰さんたちはそれなりに気も使ってくれるし臨時の収入も悪くない額だったから悪い気はしない。

それになにより本物の女性客の水着姿がすごく目の保養になる。

・・・はずなんだけどいつも阿賀野や高雄さんたちの異次元クラスの巨乳を見ているだけにとどこか物足りなさを感じてしまう俺がいた。

そろそろヤバいんじゃないかな俺・・・

そんなこんなでピークの時間を過ぎそろそろ日も暮れて来て客足も減ってきたので一息ついていると

「ごめんくださいデース!」

「いらっしゃ・・・って金剛!?」

突然聞き慣れた声がしたので声の方に振り返るとそこには水着姿の金剛が立っていた。

「どうデース?ワタシの水着姿惚れ直ましたー?」

金剛がこちらに向けてセクシーなポーズをして自慢の胸を見せつけてくる。

やっぱりそんちょそこらの女の子の胸なんかよりずっとでかいし張りがあって綺麗だ

それに胸だけじゃないメリハリのあるボディーラインに透き通るような肌

こんな美女に浜辺で声かけられたら男は即落ちするだろう

でも悔しいけど金剛は男なんだな

「あの・・・レジの前でそんなふしだらなポーズ取らないでくれます?」

「もーケンひどいデース!ワタシお客さんとして来てるのにー!!」

「はいはいわかったわかった。で、何買うんだ?」

「ケン一つくだサーイ!」

「はいよー・・・って俺は売りもんじゃないっての」

「いいじゃないですか!この間ケンと一緒に泳げなかったしそれも兼ねて水着で遊びにきたのにぃー!」

そういえば金剛あの日どこにもいなかったと思ったら晩になって身体中に海藻やら巻きつけて一人でふらふらになって帰って来たけど一体どこで何してたんだろう?

「とにかく俺は今日はここの店番で忙しいんだ!冷やかすくらいなら帰ってくれよ」

「嫌デース!今の時間他のお客さんもいないし暇そうじゃないですかー!」

「それはそうだけど・・・」

「あっ、そうデース!グッドアイディアネ!焼きそば二人前と午●ティー二本買いマース!」

誰かに買ってくるように頼まれたんだろうか?

「二人前?えっと合計で1100円でーす」

「1100円ネー・・・hereデース!」

「はい丁度いただきまーす」

身内とはいえどうしてもタメ口で接客するのはいかがかと思うのでそれっぽい接客で金剛からお金を受け取る。

しかしながら海の家の商品って高いよなぁ・・・

それでも売れるんだから海の魔力ってのは凄いもんだ。

そんなことを思いながらパックに入った焼きそばと氷水につけてあった午●ティーと割り箸を2つづつ袋に詰めた。

「お待たせしましたー」

袋を金剛に渡すと金剛はその袋から焼きそばと午●ティーを一つづつ取り出すと

「これケンに奢ってあげるデース!だからケンはワタシのことそこのお座敷で接客してほしいデース!」

金剛はガラガラに開いた海の家の座敷を指差して目を輝かせている。

「いやいやそういう店じゃねぇからここ!」

「むぅ〜ケンの意地悪!ちょっとくらいいいじゃないですかぁ」

金剛はわざとらしくいじけて見せてくる。

「騒がしいと思ったら金剛じゃないか 鎮守府の方はいいのか?」

店の奥から売り上げやらを計算していた長峰さんが出てきた。

「今日はもう自分のシフトは終わったデース!だからケンと親睦を深めようと思って遊びに来たネー!」

「そうか・・お前は相変わらずだな・・・そうだ謙くんもう今日は上がってくれて構わないぞ

「えっ、もういいんですか?」

「ああ、鎮守府の社会貢献と言う形とはいえ半ば強引に手伝わせてしまっているのだから必要以上に苦労をかけさせたくないからな。それにこの客足ならあとは私と陸でなんとかなるだろう。これが今日の分のバイト代だ。小遣い程度にしかならんと思うが大事に使ってくれ」

長峰さんから封筒が渡された。

中を見ると同じ時間アルバイトするよりかは幾分ましなくらいの金額が入っていた

「あ、ありがとうございます!」

「あとは私達が片付けるからせっかくだ、金剛の相手でもしてやってくれ。鎮守府にはこちらから連絡しておこう」

「えっ、マジっすか?」

早く帰って休憩したいのに・・・

「君の本業は提督だろう?出撃がない間は艦娘とのコミュニケーションも仕事のうちだぞ」

「YES!流石ナガト話がわかるネー!」

「ただし金剛、節度は弁えろよ?非番とはいえ艦娘としての自覚を持ってだな・・・それとこの海水浴場の開放時間は18時までだからそれまでには帰るんだぞ?」

「あーはいはい・・・ナガトの真面目委員長みたいなところは相変わらずデスネー・・・あんまり根を詰めすぎると疲れるでショー?」

「真面目で何が悪い!」

「げっ!怒らせちゃったデース?ケン早く行くデース!ではナガトbye!!」

金剛が俺の手を握って結構な力とスピードでそのまま引っ張り浜辺の方へ駆け出した。

「うわっちょ・・・金剛!?」

「こらー!人の話は最後まで聞け!!」

金剛は全速力で走り長峰さんの声がどんどん遠くなっていく

 

そして海の家から少し離れた場所で立ち止まり、人のまばらになった海水浴場にぽつんと置かれていたベンチに金剛は腰掛けた。

「ふぅ〜ここまでくれば大丈夫デース!」

「はぁ・・・はぁ・・・金剛お前急に走んなよ・・・肩抜けるかと思った」

「ケンも座るデース!ほらここ!」

金剛はベンチの開いたスペースを手でポンポンと叩いて俺に座るよう促してくる

「あ、ああ」

俺は金剛に言われるがまま隣に腰掛けた。

「それじゃあこれ、今日はお勤めご苦労様デース!」

金剛はまた焼きそばと午●ティーを取り出して俺に手渡してきた。

「ありがとう。でもいいのか?奢ってもらって さっき給料もらったばっかりなんだぞ?」

「ノープログレムヨー!ワタシがケンに貢ぎたいだけデース!」

「貢ぐてお前・・・」

「レディーからの好意は受け取っておくべきデース!ささ早く食べてヨー!」

レディーてお前・・・・

こんなツッコミを半年経たないうちに何回したことか

もう突っ込むのもバカバカしくなってきた。

「あ、ああいただきます・・・」

金剛から焼きそばを受け取って食べ始めた。

賄いでもらったりで何回か食べていたがパック詰めして作り置きした奴を食べるのは初めてだ。

冷めても美味しいし夕日の浜辺というロケーションで食べるからかもしれないがいつも食べるよりも美味しく感じる気がした。

奥田さん曰く愛宕さんが監修しているらしく流石としか言いようがない。

ただ焼きそばに午●ティーの甘ったるいのは合わないかなぁ・・・

そんな俺を尻目に横で金剛は美味しそうに焼きそばと午●ティーを交互に口に運んでいた。

そして焼きそばを食べ終えてしばらくして

「・・・みんな楽しそうデース」

砂浜ではしゃぐ人々を見て金剛は静かに言った

「急にどうしたんだ?」

「海でこうして人が楽しそうに遊んでるところを見るとワタシ達が戦った甲斐があったなって・・・」

金剛はこちらを見て微笑む。

いつものようなテンションに全振りしたような金剛とはまた違った一面に俺はドキッと心を揺さぶられた。

な・・・なんか金剛って可愛くね・・・?

いやいやいや金剛は男で・・・しかもいつもは騒がしいし裸族だし・・・・

「ん?どうしたの?ふふっ・・・今日は疲れた?」

金剛はこちらの顔を覗き込んでくる

おいいいいい!!!いつもの変な口調はどうしたんだよぉぉぉぉぉぉ!!!

「あ・・・・え・・・え・・・・は、はいぃ・・・・」

「ふふっ!照れてるケンはいつ見ても可愛いネー」

はぁ・・・よかった・・・いつもの金剛だ。

あのままの感じでグイグイ来られたら流石にやばかったかもしれない

「こ、金剛人をからかうのもその・・・いい加減にし・・・・んむっ!!?」

何が起こった!?

唇に柔らかいものが一瞬当たって・・・金剛の顔があんな近くに!!!!

波の音が聞こえなくなるくらいに鼓動が高まり日が暮れてきて涼しくなってきてるはずなのに顔がすさまじく暑くなっている

「お疲れさまデース・・・これはワタシなりの労いの気持ちデース!」

「こっここここここここ金剛!?」

「ん〜?ケンには刺激が強すぎました?英国では挨拶みたいなものだから気にしないでほしいデース!ケンの唇・・・柔らかかったネ♡海水浴一緒にできなかった分だと思って許して・・・ネ!」

「お、おま・・・・きっ、きききき・・・・」

オーバーヒートしそうな頭が導き出した答えは金剛は軽く俺にキスをしたに違いない

いやしたね!

一瞬すぎて反応できなかったがその結果を頭と唇が遅れて徐々に理解していく

「お、お前ー!!いくら英国ではどうこうとかじゃなくて急に俺の唇を奪うなぁぁぁぁぁ!」

「ohケンが怒ったデース!heyワタシを捕まえてみるデース!!」

金剛は立ち上がって走り出した

焼きそば食った直後なのによくあんな走れるなあいつ・・・

「あっ、こら待てぇ!」

そうは言ってみるが今走ったら絶対焼きそば吐くし急にあんなことされた仕返しだ。

俺はそのまま凄まじいスピードで走っていく金剛の背中を見送った。

はぁ・・・黙ってたらすごく可愛いんだけどなぁ金剛・・・

どのみち男なんだけど

「はぁ・・・帰るか・・全くあいつ買うだけ買ってゴミ置いていくってどうなんだ」

金剛が置いていったペットボトルと焼きそばが入っていたパックを俺のパックと一緒にビニール袋に入れて鎮守府へ帰ることにした。

「はぁ・・・疲れた」

金剛はどうせ腹が減ったら帰ってくるだろう。

疲れたしさっきので更に体力を吸われた気がするしさっさと戻って高雄さん達に報告しなきゃ

 

そして鎮守府に帰り執務室へ戻ると愛宕さんが机で突っ伏していた。

「あ”〜やっぱデスクワーク向いてねーわ俺・・・・って提督!?コホン・・・お、お帰りなさぁいうふふっ!」

俺に気づいた愛宕さんは何事もなかったようにいつものお姉さんモードに入った。

「いやいや今更ごまかしても遅いですよ!」

「え〜なんのことかしらぁ?」

「ああいえなんでもないです・・・ところで高雄さんと大淀は?」

「二人ならもう今日の見回りも終わったし先に上がってもらったわ。高雄は明日からの出張の準備もあるから」

そういえば少し前に鎮守府の状況報告も兼ねて召集がかかって最初は俺が行く事になってたけど忙しいし場慣れしてる高雄さんが代わりに行く事になったんだっけ・・・

しかしもっと先の話かと思ってたらもう明日からなんだな

「高雄さんが居ないとなると明日から更に一段と忙しくなりますね」

「代わりに私と金剛がお手伝いするから安心してね」

「え、ええ・・・」

さっきデスクワーク向いてないとか漏らしてたのはどこの誰だ!

それに金剛がそういう事してるところ見た事ないけどどうなんだ?

「何?不安?高雄ほど良くできるわけじゃないけれど・・・」

「い、いやそんな事はないですけど・・・」

「ま、こう見えても元提督だし?大船に乗った気分でいて頂戴!」

愛宕さんは胸を張った

「は、はい・・・」

「長門から聞いてるわよ今日は疲れたでしょう?あとちょっとで終わるしもう上がっても大丈夫よお疲れ様」

「わかりました。それじゃあお先失礼します」

俺は頭を下げてから執務室を後にした。

するとこちらにドタドタと足音が近づいてきて金剛がこちらに向かって走ってきた

「うわぁぁぁぁん!ケン酷いデース!あのシチュエーションはフツーワタシの事追いかけますよネー!?」

金剛は俺に抱きついてくる

「うわぁちょ・・・!離れろ!!」

「嫌デース!もう離しまセーン!!ケンLoveyouデース!!」

「ああもう暑苦しいからやめろ!!」

「ワタシいつでもバーニングネー!!」

「そういう事じゃないから!!はーなーれーろー!」

「ノンノンデース!私は食らいついたら離さないワ!」

「そういうのいいからぁ!」

そんなもみ合いを続けていると

「お前らうるせぇぞ人が仕事終わって疲れてんのにギャーギャー部屋の前で喚いてんじゃねぇぞ!!」

あまりのうるささにブチギレたのか愛宕さんが執務室のドアを蹴破ってきてさっきまでの優しいお姉さんみたいな愛宕さんはどこへ言ったのかと問いたくなるほど荒々しい口調で俺たちを怒鳴りつけてきた。

「ひぃっ!す・・・すみません・・・」

「ソーリーデース愛宕・・・」

「ちょっとお灸を据えなきゃいけねぇみてぇだなぁ?おいお前らちょっとそこになおれ」

愛宕さんは床を指差した。

なんで俺まで?超理不尽じゃない!?

でもここで反論しようもんならどうなるかわからないぞ・・・?

「は、はいぃ!!」

「わかったデース・・・」

俺たちは愛宕さんの迫力に押されその場に正座させられその後めちゃくちゃ怒られたのだった。



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高雄さんのいない日:1日目 雨音と迫る影

 今日は高雄さんが数日俺の代わりに出張に出かける日だがあいにくの曇りだ。

日差しはないけど蒸し暑くて不快指数は相当高いしなんだか雲行きが高雄さん無しでやっていけるかどうか不安な俺の心の中みたいだ。

医務室担当から艤装の整備まで本当になんでもできる高雄さんが居なくなるのは相当手痛いけど逆に言えばそれだけできる人に代わりを任せられるんだから安心感も同じくらいある。

そんな高雄さんの見送りをしに俺はバス停までついて行っていた。

「・・・高雄さん本当に代わり任せて大丈夫なんですか?」

「ええ。あの人が提督の時からこういう事はしょっちゅう私に丸投げでしたから心配しないでください」

高雄さんは俺を安心させるようにそう言って笑った。

あの人って愛宕さんか・・・

「そ、そうですか・・・」

「それより私がいない鎮守府の方が心配ですよ。でも人手も以前より増えた事ですし大丈夫だとは思いますけどね」

そうこうしているうちにバス停に着き

「それじゃあ鎮守府のことよろしくお願いしますね。それとあの人・・・ああ見えて結構寂しがりやだから気をつけてあげてください それでは行ってきます明後日の夕方までには帰れると思います」

高雄さんはバスに乗る間際にそう言うとバスに乗って行ってしまった。

愛宕さん寂しがりやには見えないけどなぁ・・・

まあいいや昨日も愛宕さんデスクワークでぐったりだったし今日は金剛もいるとは言え丸投げするわけにもいかないし早く戻って手伝わなきゃ!

俺は鎮守府に急いで戻った。

 

 そして鎮守府に戻り執務室のドアを開けると

慣れた手つきで書類を片付ける横でしんどそうにしている愛宕さんが居る

「ただいま戻りました・・・って誰!?」

部屋に入ると見慣れないスーツにメガネの女性が大淀と愛宕さんを手伝っている。

「あっ、ケン!おかえりなサーイ!」

そのメガネの女性は俺に気づいたのかこちらを向いて聞き慣れた口調で言った

こんな喋り方する奴そうそう居ない。

「こ・・・金剛!?」

「そうデース!見違えましたか?」

「見違えたも何もなんでそんな格好してるんだ?」

「今日はケンのお手伝いだからできる社長秘書みたいなスタイルネ!形から入ってみたのデース!それにケンってメガネの子好きなんでしょー?」

やっぱり喋るといつもの金剛だった。

「金剛さんちょっとそんな無駄口叩いてる暇があったら早くこっちも手伝ってください!け・・・提督も帰ってきたんならこれだけ朝の海水浴場警備までに片付けておかないといけない書類ですからさっさと片付けてくださいよ!」

大淀が少しむすっとした表情でこちらに書類を手渡してくる

「ちぇーオオヨドは釣れないデースせっかくいつもよりメイクも気合い入れてきたのにぃー!」

その言葉で金剛の唇に目が行き、昨日突然キスされたことを思い出した俺は急に恥ずかしくなって顔が赤くなってくる。

「ん?ケンどうしたデース?なんか顔が赤いヨー?」

金剛がこちらを覗き込んできた。

やっぱり昨日のこともあってか金剛のことを意識してしまう自分がいる。

こいつ絶対わざとやってるだろ・・・!

「うぉわぁ!な・・・なんでもねぇよ!ここまで戻ってくるとき走ってきたからそう見えるだけだろ?ささ!早く片付けなきゃな」

俺は誤魔化すように金剛を振り切って机に座り書類を片付け始めた。

いつもは高雄さんが要点を簡単にまとめた付箋を付けたりしてくれているのだが今日はそれがないので記入が必要なものや重要で目を通さなくてはいけないものと別にそうでもないものの判別が簡単にできずいつもよりも時間はかかるし金剛のことが頭から離れなくて気も散るしで大変だ。

まあこれこそが普通なんだろうけど高雄さんがどれだけ俺のために気を使ってくれたかが痛いほどわかった。

帰ってきたらちゃんとお礼を言わなきゃいけないな・・・

横では大淀が俺の記入漏れがないかのチェックをしてその横では愛宕さんが死んだ目でハンコを押している。

金剛は予想以上に要領良く仕事の手伝いをこなしてくれた。

本当に黙ってれば出来る秘書と言ってもいいかもいいかもしれない。

そしてなんとか朝の海水浴場警備までに書類を全て片付けることができた。

「ふぅ・・・終わった」

「終わったも何もまだ1日始まったばっかりですよ」

大淀の言う通りまだ海水浴場警備の仕事が残ってて俺はそれの指示やら管理をしなきゃいけない。

「オオヨドー疲れてるケンにあんまりキツいこと言っちゃダメだヨー?みなさんお疲れ様デース!紅茶入れたから飲んでくだサーイ!」

金剛は俺たちが書類を片付けている間に紅茶を淹れておいてくれたらしく俺たちに配ってくれた。

大淀は仕事を取られて不機嫌そうだったが紅茶を飲んだその顔は少し悔しそうな顔に変わっていく。

よっぽど金剛の淹れた紅茶が美味かったんだろうな。

実際金剛の淹れた紅茶はいつも大淀に淹れてもらっている物と甲乙は付けがたいけどめちゃくちゃ美味しかった。

そして一息入れてしばらくすると執務室のドアをノックする音が聞こえた。

多分朝の警備に行く艦娘が来たんだろう。

今朝の当番はだれだったかな・・・

「入っていいぞ」

そう言うとドアが開いて目にクマのできた天津風が執務室に入って来た

「おはよう・・・ございます・・・」

天津風は見るからにしんどそうにしている

「お、おはよう天津風 なんかしんどそうだけど大丈夫か?」

「別にしんどくなんかないわよ!ただ昨日の夜少し寝れなかっただけよ」

「寝れなかったって何かあったのか?」

「いちいち何があったか聞くなんてデリカシーがないわね ただ眠たくならなかっただけよ!」

「そ、そうか・・・ちゃんと寝なきゃだめだぞ?でも過ぎたことは仕方ないし少しでも体調悪くなったら我慢しないで相方に言って休ませてもらうんだぞ?」

「わ、わかってるわよそれくらい・・・って別に心配されるほどのことでもないわよ!保護者じゃないんだからネチネチあたしのプライベートにまで口出ししないでくれる?」

睡眠不足からイライラしているのか天津風がいつもよりきつめに俺に当たってくる。

そこまで寝れないって一体何があったんだ?

でもこれ以上詮索すると更に怒鳴られそうな気もするし相方に気をつけるように言っておいてやるか

そういえば天津風の相方はだれだっけ・・・?

そろそろ来てないとおかしい頃なんだけど

「金剛さん早く警備に行きますよ!」

天津風が言った

「oh!嫌デース!もっとケンと一緒にいたいネー!」

「駄々こねないでください子供ですか!?」

「NO〜!せっかく服もメイクも決めて来たのにぃ〜今日は1日ケンのお手伝いしてるデース」

金剛は年甲斐もなく駄々をこねた。

せっかくさっき見直したのにこれじゃ台無しだ。

「もう片付けもだいたい終わったし愛宕さんもいるからお前は警備行けよ!それこそ今の天津風一人に任せるわけにもいかないだろ?」

「嫌デース!他の子に変わってもらうヨー!」

「はいはいこんな小さな子の前で駄々こねないでください」

大淀が淡々と駄々をこねる金剛を捕まえるとそのまま執務室から引きずり連れ出した

「ケンと離れ離れなんて嫌デース!ケンヘルプミィィィィィ!痛いっ!痛いデース!お尻にトゲが刺さってるヨー!!」

金剛の声がどんどん遠くなっていく

そんな金剛の姿を呆れた顔で天津風は見ていた

「・・・・それじゃあ天津風、朝の見回り任せたぞ」

「ふんっ!言われなくたって仕事なんだからやってやるわよ!・・・・いってきます」

天津風は最後に小さくそう言って金剛の後を追いかけていった。

寝不足みたいだけど大丈夫かなぁ・・・

でも正直天津風より金剛の方が心配な状態だったけど・・・

 

そして執務室には机に突っ伏した愛宕さんと俺の二人きりになってしまった。

愛宕さんデスクワーク少しやったくらいでこんなぐったりするなんて元提督だとは信じられないよなぁ・・・

俺が偉そうなことを言える立場じゃないと思うけど本当に提督だったのかと疑いたくなる

「ん?今私が本当に提督だったかどうか怪しいと思ったわね?」

突然愛宕さんがこちらを向いて言った

心を読まれた!?いやそんなはずはない。

誤魔化さないとまた昨日みたいに怒られるんじゃ・・・

「え、ええ!?そんなわけないじゃないですか嫌だなぁ」

「誤魔化さなくたっていいわ。顔に書いてあるもの」

あれ?怒られない?

「そ、そうですか・・・はぁ・・・」

俺はひとまず胸をなで下ろす

「私だってデスクワークがやりたくて提督やってたわけじゃないのよ?戦闘が少なくなって書類整理に明け暮れてる毎日に嫌気がさしたから艦娘になったの まあでもあなたが来るまではこの姿で普通に提督業もやってたんだけど」

「そうだったんですか・・・」

そこまで正直に言われると清々しいものがある。

でもなんでわざわざ艦娘になってまで鎮守府に残ったんだろ?

結局そんな疑問が1日頭から離れないままその日の仕事を終えた。

天津風はなんとか無事に見回りも終えたし見回りを終えて金剛がまた手伝ってくれたのも相まって明日の準備もバッチリだ。

 

そして1日を終えた俺は吹雪と部屋に戻り風呂を済ませて寝支度に入っていた。

「ふぅ今日は一段と疲れた・・・高雄さんが居ないだけでこんなに大変だとは・・・」

「お疲れ様お兄ちゃん!途中で雨も降って来るし私も大変だったよ」

吹雪の言う通りあれから雨が降り出して結局海水浴場はいつもより早く営業を終えた。

どうやら明日まで降り続くらしくて明日の警備はいつにも増して大変そうだ。

「吹雪もお疲れ様 風邪ひかない様にちゃんと風呂で温まったか?」

「うん!でもまだ足りないかも・・・」

俺が風呂入ってるうちにクーラーで身体冷やしちゃったのか?

「足りない?まだお湯張ってるけどもう一回入って来るか?」

「ううん違うの ちょっとこうしたいだけ!」

「うわぁ吹雪!?」

吹雪は急に俺に抱きついてきた。

寝巻き越しに風呂で温まってほんのり暖かい吹雪の体温が伝わってくる。

クーラーが効いて冷えた部屋だったからかそれをとても暖かく感じた。

しかし吹雪との距離が日に日に縮まっている気がする。

もう兄弟なんかよりずっと近しいけど友達でも恋人でもないそんな不思議な関係に思えてしまう。

漫画で読ような絵に描いたような兄が好きな妹って実際はこんな感じなのかな・・・

「お兄ちゃんにぎゅーってしたかっただけ!びっくりさせてごめんね えへへ」

吹雪はそう言ってにっこり笑った。

「吹雪ぃ・・・」

本当に可愛い妹ができたみたいで庇護欲を掻き立てられてしまう。

それに吹雪にそうされただけでまるで今日1日の疲れが吹き飛んだ。

今日も気持ちよく寝れそうだ。

そろそろ寝よう。

でも天津風今日はちゃんと寝れてるだろうか?

今朝の眠そうなあいつの顔を思い出すと少し心配だがわざわざ部屋まで出向こうものなら「気持ち悪い!」とかなんとか言われて追い出されるだけで逆効果だろうししばらく様子を見ることにしよう。

「それじゃあそろそろ明日に備えて寝るか!」

「うん!今日もお兄ちゃんにくっついて寝ちゃうよ」

「蒸し暑いのによくやるなぁ・・・まあいいけどな!それじゃあ電気消s・・・」

電気を消そうと照明の紐を引こうとしたその時

ドンドンドンと凄まじい勢いで部屋のドアをノックする音が聞こえた

「うわぁ!だ、誰だよこんな時間に!?」

恐る恐るドアを開けるとその先から泣きそうな天津風が勢いよくこちらに飛び込んできた

「お兄さん助けて!」

そのまま天津風は俺のみぞおちに向けて飛び込んできてがっしりと俺に抱きついた

驚いたのもつかの間その衝撃がもろに腹部に遅れてやってきた。

「ぐぼぁ!」

飯食った直後なら絶対吐いてたぞこれ・・・

「天津風ちゃんどうしたの!?」

吹雪も心配そうに天津風を見つめるが天津風は俺の腹に顔を埋めたまま何も言わない。

それに何やら震えているようだ。

「ど、どうしたんだ天津風・・・急に飛び込んできて」

「・・・・・何かが・・・私の部屋の外にいるの」

天津風は消えそうな声でそう言った。

「何か?なんだよそれとりあえず落ち着いて話してくれ 吹雪、お茶入れてやってくれるか?」

「うんわかった!」

吹雪に冷蔵庫に常備してある麦茶をコップに入れさせてひとまず天津風をちゃぶ台の前に座らせた。

一杯飲むと少し落ち着いてさっきのことが恥ずかしくなったのか

「・・・さっきのこと誰かに話したら殺すから・・・吹雪もよ!」

天津風は顔を赤らめてそう言った。

「はいはいわかったわかったで、何かってなんだよ」

「・・・わからないわよそんなの!昨日の晩から部屋の外で鉄が擦れたり当たる様な音がずっとしてて・・・それで最初は無視してたんだけど気になって外をのぞいたら暗くてよく見えなかったんだけど何か鉄の塊みたいなのがこっちに向かってきて急いでドアを閉めたの・・・でも結局そのまま部屋の前にずっと居たんでしょうね 朝になるまでずっとドアの前でその音が止まらなくて・・・」

「鉄の塊?そんなのが動くわけないだろ・・・てかそれが昨日寝れなかった原因か」

寝不足の言い訳にでっち上げたにしては鬼気迫る表情だったし今朝ごまかしてたのに今更弁明のためにそんな嘘を天津風がつくとも思えない。

「・・・ええ。あたしも最初は夢かと思ったの。でも朝音が止んでドアを見に行ったらドアに引っ掻いた傷みたいなのがついてて・・・・」

「でもそれって昨日の夜の話なんだよな?」

「話は最後まで聞きなさいよバカ!」

「あっはいすいません」

「それで今日寝る前部屋の前にゴキブリホイホイを仕掛けてみたんだけど今夜は部屋の前じゃなくてベランダの方に鉄の塊が出てきて・・・それで逃げてきたって訳・・・それにしたって頼りないあなたなんかに助けを求めるなんてどうかしてるわよね・・・あーあ。高雄さんがいてくれたらなぁ」

天津風はいつもの様に皮肉を言う

高雄さん艦娘の相談とかにもよく乗ってるもんなぁ・・・

やっぱり高雄さんは一晩二晩居ないだけでも相当みんなにとっても相当な痛手なんだな

でもその鉄の塊が動くなんてにわかには信じられない。

その割には罠に気づいて裏に回るってそこそこ知能があるって事だよな・・・

「なあ天津風」

「なによ?」

「その鉄の塊をベランダのドア越しにさっき見たんだよな?」

「ええもちろん」

「どんなのか覚えてるか?ちょっと描いてみてくれ」

俺は天津風に紙とペンを渡してどんなやつだったのかを描いてもらうことにした。

しばらくして

「・・・できたわ」

天津風がそう言うので描いた紙を見せてもらうとそこには顔が真四角で土管の様な体をしてツノが二本生えたよくわからない生物・・・?いや生物なのかこれ・・・よくわからないものが描かれている

やっぱ天津風俺のことからかってんのか?

「ぶははははは!なんだこりゃ!?こんな動物がいる訳ないだろ!アニメの見過ぎか寝不足かなんかじゃねーの?」

「違うの!本当に見たの!これが動いてあたしに迫って来たの!本当なの!!」

まるでト●ロを本当に見たと言い張る少女の様に天津風は言うが大きさと現れた場所的に深海棲艦でもないだろうしこんなよくわからない物体にそこそこの知能があって動いているなんて俺には信じられなかった。

「はいはいわかったわかった 怖かったねー」

「信じてないでしょ!お兄さんのバカバカ!!」

「痛い痛い!!わかったからスネを蹴るのをやめろ!」

こんなのが居るかどうかは別としてこのままだと話は平行線だし天津風はおろか俺と吹雪まで寝不足になってしまう。

「はぁ・・・で、俺はどうすればいいんだ?」

「・・・泊めて」

天津風は言いにくそうに言った。

「はぁ!?なんだよー急に寂しくなって泊めて欲しいからってこんな嘘までつくなんて可愛いところあるじゃないか」

「そんな回りくどいことする訳ないでしょ!?」

「ぐべらっ!痛ってぇ!!」

天津風のパンチが俺の左頬を捉えた

「大丈夫お兄ちゃん!?もー天津風ちゃん!お兄ちゃんに暴力振るっちゃダメでしょ?」

吹雪は天津風を諌めてくれたがそれならさっきスネを蹴ってきてた時からそう言ってやって欲しかった。

「だってこのバカがあたしのことバカにするから」

「そうだねお兄ちゃんも悪かったよね。お兄ちゃん謝って」

吹雪が突然場をしきり始めた。

「・・・ごめん」

「ふんっ!そうよあなたが悪いの!」

「次は天津風ちゃんの番だよ?」

「はぁ!?なんであたしが謝らなきゃいけないのよ」

「だって殴ったでしょ?殴られるのってすっごく痛いんだよ?体だけじゃなくて心も痛くなるんだよ?私・・・目の前で大好きなお兄ちゃんと天津風ちゃんがそんなことしてるの見たくないの・・・だから・・・」

吹雪は少し声を荒げて言った。

そうか・・・吹雪は前いた鎮守府でずっと暴力を受けてたんだよな

そんなこともあってか吹雪は人一倍人の痛みに敏感なのかもしれない。

「・・・・ごめんなさい」

吹雪の過去は大雑把ではあるが天津風にも話していたから天津風もそのことを察したらしくしゅんとして謝ってくれた。

「ちゃんと謝れたねえらいえらい」

吹雪は笑顔で天津風の頭を撫でる

「もう!子供扱いしないでよ!!・・・ちょ・・・くすぐったいから」

一応後輩の天津風に少しはお姉さんぶりたいのかもしれない。

そんな二人の姿を見て少し心が温かくなった様な気がした。

「・・・で、なんだっけ?」

「ああもう!なんか変な生き物があたしの部屋の周りをうろついてて怖いから泊めてって言ったの!二回も言わせないでよね」

「ああはいはいそうだったそうだった。布団これしかないから今回も3人で寝ることになるけど」

「わかってるわよ!今日は壁側の吹雪の横で寝るからあなたは壁のない方の端で寝なさい!」

「はいはいわかりましたよ。それじゃあ吹雪、ちょっと狭いかもしれないけど天津風も入れてやってくれよ」

「うん私は大歓迎だよ!お兄ちゃん落っこちないように気をつけてね?」

「ああ」

「それじゃあ天津風ちゃん!早くお布団おいでよ!!」

吹雪はベッドに飛び乗ると天津風を呼んだ。

「ええお邪魔します」

二人がベッドに入った後俺は落ちた時のために座布団をベッドの外側に置いてから電気を消して天津風、吹雪、俺の順で川の字になる様にベッドに入った。

しかし狭いな・・・前天津風が急に一緒に寝かせろって言った時は俺が真ん中だったし隅の吹雪は俺にがっちり抱きついてたからなんともなかったけどこんなの寝返りでも打とうものなら即座に落ちるぐらいにスペースがない。

そんな中なんとか自分のできる範囲でスペースをとらない寝やすい姿勢を見つけ出して目を閉じた。

 

それからしばらくした時のことだ小さくガチャン・・・ガチャン・・・という音が小さく聞こえてきた

「ひぃっ・・・・!アイツ・・・ここまで来てるんじゃ・・・」

天津風もその音に気づいたのか布団に身を潜らせて震えて居るのが布団越しに伝わって来た

「いやいや流石にお前がここに居るのなんかわかるはずないだろ。俺も吹雪もいるし安心して寝てろ。きっと風かなんかで何かが飛ばされた音だろ」

しかしその音は次第に大きくなりこちらに近づいてくる。

「やっぱりあたしを追いかけて来てるんだわ・・・!」

ここまでくるとにわかには信じられなかった天津風の話を信じざるをえない状態になってきて俺も少しこわくなってきてしまう

「そそそそそんな訳ないだろ」

口ではそう言ってみるものの音はさらにこちらに近づいてくる。

そしてガタンとドアに何かがぶつかる様な音がして

ドンドンドンドンと何かがドアに何度も体当たりをしている様な音がする

これじゃあ寝れない訳だ。

天津風を気の毒に思うとともにさっきまで全く信じてやれなかった事を後悔した。

しかしこのままでは埒が開かないし恐怖と同時にさっきのよくわからない生き物を見たいという好奇心も湧き出てくる。

「よし天津風・・・俺がそのよくわからない生き物を捕まえてやる!」

「はぁ!?捕まえる!?一体何かすらわからないのよ?もしかしたらおばけかもしれないじゃない危ないわよ!」

「霊的なものなら余裕でドアとかすり抜けられるだろ・・・多分 それに新種の生き物だったら大発見だぞ!?」

怖いと言ったら嘘になるがそう強がりを言って俺はベッドから下りて電気をつけ何かをぶつけられてガタガタと揺れるドアに手をかけた

「・・・よし・・・開けるぞ・・・?」

俺の鼓動も緊張や恐怖しんやらでばくばくと脈打つがこうなってしまったらこうする他ない。

俺は覚悟を決めてドアを開けた。

「な・・・・なんだこれ!?」

そこには確かに天津風が絵に描いたような四角い顔でツノが二本生えていて土管の様な筒状の体をした金属っぽいものがぴょこぴょこと動いていた。

目を疑ったが紛れもなく天津風が絵に書いた通りのものが目の前にいる。

ヘッタクソな絵だと思ってみてたけど本当にその通りだ

なんなんだこいつは!?

付喪神的なやつ!?それともトラン●フォーマーとかそういう類の宇宙生物か!?

とにかく捕まえないと!

俺は部屋に入ろうとしてくるその物体を捕まえようと飛びつくが華麗に躱されてそのままみぞおちにカウンターの体当たりを受けてしまった。

見ての通りの鉄の塊が腹にぶつかった訳だから凄まじく痛い。

完全に生物の固さではない。

「ぐぉっ・・・!」

痛みのあまり俺はうずくまるとそれを見た謎の生物は嬉しそうに・・・いや俺をバカにするかの様に目の前でぴょんぴょんと跳ねて見せた。

それを見た吹雪と天津風がベッドから飛び出してくる

「お兄ちゃん大丈夫!?」

「お兄さん!?狙いはあたしなんでしょ!?よくもお兄さんを・・・!!」

天津風が震えながらもファイティングポーズを取ると謎の生物は天津風めがけて走り出しそのまま天津風に向けて飛びかかった。

「天津風!逃げろ!!」

俺はうずくまりながらそう言うが次の瞬間

「うひゃぁ!な・・・なによこれぇ・・・離れなさいよぉ・・・」

謎の生物は天津風に体当たりはせず抱きつく様に天津風の胸にひっついていた

「なんだかこの子嬉しそうだよ?」

吹雪の言う通りなんだか懐いている様にも見えなくもない

得体の知れない謎の生物に懐かれるって天津風一体何をやったんだ・・・

「ん?この子の頭に生えてるこれ・・・なんだか私たちの艤装に似てるね」

吹雪に言われてみると頭に生えているツノの様なものは砲塔に見えなくもない

なおさら生物にそんなものが生えているとも思えないし一体なんなんだこれ・・・

「なんであたしを追いかけてきたのかしら・・・」

謎の生物は天津風から離れようとしない。

俺も何度か引き剥がそうとしてみたが相当嫌われているのか触るたびに何かしらの攻撃を受けた。

どう考えても自らの意思を持って動いているとしか思えない

しかしこんな得体の知れないものに引っ付かれていては天津風も俺たちも眠れない

「一体どうすりゃいいんだ・・・」

誰かに相談するべきなんだろうけど一体誰にするべきなんだ・・・?まずは保健所かNASA辺りに聞くべきなのかとも思うが保健所はこんな時間に開いてないだろうし英語できないからNASAに相談するのも無理そうだ。

そうなるとどことなく艤装みたいなツノが生えてるからひとまず高雄さんに聞いてみるか・・・

俺はわらにもすがる思いで高雄さんに電話をかけることにした。

頼む・・・起きててくれ!

『はいもしもし?提督こんな時間にどうされましたか?』

よかった!高雄さんが電話に出てくれた

「あのー・・・えーっと・・・驚かないで聞いてくださいね?頭から砲塔みたいなのを生やした鉄の塊みたいな生き物なのかなんなのかよくわからない物体が天津風に付きまとってるんですよ」

『あっ!そのことでしたか!まだ最終調整が済んでなかったので帰ってからやろうと思っていたんですけど我慢できずに飛び出しちゃったみたいですね』

高雄さんは何かを知っていそうだった。

「何か知ってるんですか?」

『ええ。一応私が組み立てましたからね』

組み立てた!?

やっぱり生き物じゃない・・・ってことはロボットなのか!?

「一体あれは・・・」

『まずは天津風ちゃんに代わってください』

「あっ、はい」

俺は高雄さんに言われるがまま電話を天津風に渡した。

「はいもしもし・・・はい・・・えっ!?はあ・・・そうなんですか・・・わかりました・・・それじゃあおに・・・提督に代わります」

しばらくして天津風が俺に電話を渡してきた

『もしもし?今一応天津風ちゃんに簡単に説明しましたからあとは天津風ちゃんから聞いてください ふわぁ〜あ眠いので切りますね。提督おやすみなさい』

「は、はい夜遅くにすみませんでしたおやすみなさい」

電話を切って天津風になんだったのか聞いてみるとこれは天津風専用の「連装砲くん」というれっきとした艤装らしく原理はよくわからないが特定の艦娘には意思を持ったいわばサポートメカのような艤装があるらしく、天津風の配属が急遽決まったため艤装がここに届くまで少し時間がかかっていた様でそれが数日前に届いて高雄さんがメンテナンスをしていたそうだ。

しかし工廠に閉じ込められていた連装砲くんは主人に会いたい一心で飛び出してきてしまったらしい。

簡単に言えば戦闘中以外はペットの様なものらしくそれで天津風にべったりだったわけか・・・

全く信じられないが目の前で起こっていることなので信じるしかない。

「それじゃああたし・・・この子の事気になるし部屋に戻るわ!おさわがせしてごめんなさいね!それじゃあおやすみなさい!」

高雄さんから聞かされた天津風は安心したのか連装砲くんを我が子の様に抱きかかえて帰っていった。

「結局なんだったんだろうな・・・」

「一時はどうなるかと思ったけど天津風ちゃんが嬉しそうでよかった!私もあんな動く艤装ほしいなぁ・・・」

「えっ・・・吹雪もああいうのがいいのか・・・?」

「うん!」

「そ、そうか・・・」

吹雪は羨ましそうに天津風を見送り終えさっきまでのことが嘘の様に静かな夜の静寂が部屋に戻って来て俺と吹雪は眠りについた。



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高雄さんのいない日:2日目 愛宕さんから夜のお誘い

あけましておめでとうございます。
今年もゆるりと投稿を続けていこうと思っていますのでどうぞよろしくお願いいたします。


 聞きなれないアラームの音が俺を目覚めさせた。それに布団に違和感がある。

寝慣れたいつもの布団よりも少しごわごわしていてほんのりとタバコの臭いとそれとは違う何かいい匂いがする布団で俺は眠っていたようだ。

体を起こし目を擦って見渡してみるとそこは雑に積まれた雑誌やらゴミが詰まったスーパーのビニール袋やら転がっていてお世辞にも綺麗とは言えない部屋だった。

それにいつもは吹雪と一緒に寝ているはずなのだが今日は何故か金髪の美人が同じ布団で気持ちよさそうに眠っていて、彼女が寝返りを打つと髪の匂いだろうか?ほんのりといい匂いが俺の鼻をかすめる。

良い匂いだ・・・きっと良いシャンプー使ってんだろうなぁ・・・

「ってそうじゃない!」

少しの間そのいい匂いと綺麗な髪に惚けていたが冷静に考えるとなんで隣で寝てるんだ?

昨日の晩何やったんだっけ!?

眠気で思考が働かずとりあえず布団から飛び出すとそれに気づいたのかぐっすり眠っていた彼女が目を覚ました。

「んぅ・・・?あらおはよ・・・昨日はよく眠れた?」

彼女はむくりと体を起こすとまだ目覚めきっていないとろりとした眼でこちらを見つめてきた。

「あ・・・・え・・・・・は、はい・・・おはようございます・・・・」

誰なんだよこの美人!!!

思い出せ!思い出すんだ俺!!

「提督・・・?どうしたのそんな焦って?もしかして朝勃ちしちゃってる?やっぱり元気ねぇ・・・私最近朝勃ちしなくなってきちゃったから若いのって羨ましいわぁ・・・」

彼女の口からそんな言葉が発されて寝ぼけていて定かではなかった俺の記憶も徐々にはっきりとしてきた。

「あ、愛宕さん・・・!?」

「んもぉ〜そんな驚かなくてもいいじゃない!昨日はありがとね♡」

そうだ思い出したぞ!!ここは愛宕さんの部屋だ!それで今俺を見つめて居る美人は愛宕さん

なんで俺が愛宕さんの部屋で寝てるかって?

それを話すには昨日まで遡る必要がある。

 

 俺たちは高雄さんが出張でいない初日を連装砲くんとかいうよくわからない来訪者も現れはしたがなんとか終えて2日目に差し掛かり昨日同様高雄さんがどれだけ俺や大淀のために毎日働いてくれて居たかをひしひしと感じながらせっせと書類整理を始めていた。

今日も高雄さんの代わりに愛宕さんと金剛が手伝いにきてくれている。

金剛が仕事の容量を掴んだおかげか昨日よりも楽に書類の整理を終えることができた。

そして一通り仕事を終えると昨日と変わらず愛宕さんは魂が抜けた様に机に突っ伏している。

いやなんか昨日より悪化してないか?

なんというか元気がないというか心ここに在らずって感じだ。

「・・・うう・・・高雄早く帰って来て・・・・」

愛宕さんはそんな切実な言葉を洩らしていた。

「愛宕ったらだらしないデース!ほら今日も紅茶入れたから元気出してくだサーイ!」

金剛がそんな愛宕に昨日と同じ様に紅茶を入れて愛宕さんや俺たちに配ってくれた。

やはり奥で大淀は悔しそうに金剛を睨みつけている。

いつもの仕事を金剛に奪われたのがよっぽど悔しいんだろうか?

たしかにこの紅茶は金剛が気合いを入れて作っていることもあってすごく美味い。

でもその・・・・大淀の紅茶は金剛が淹れた紅茶とは別の意味で美味しいというか・・・

金剛の紅茶をおいしくいただきつつも大淀の淹れてくれる紅茶が恋しかったりもする。

そうこうしているうちに海水浴場警備の時間になり朝の担当の艦娘が執務室にやって来た。

今日の朝の警備担当は昨日に引き続きの天津風と那珂ちゃんだ。

「提督ぅ〜おっはよーございまーす!今日も那珂ちゃんがんばっちゃうよ〜」

「おはよう」

那珂ちゃんはいつも通りだが天津風は昨日と打って変わって元気そうでその胸には連装砲くんを大事そうに抱きかかえている。

そんな連装砲くんに昨日みぞおちに一発食らったことを思い出すと少し腹が痛くなってきた。

「うわぁ!もしかして結局昨日の晩からずっとべったりなのか」

「ええそうなの!ねえ聞いてくれる?この子すっごく可愛いの!言うこともちゃんと聞くしお手だってするのよ!?どこかのだれかさんより賢いかもね」

天津風はペット自慢をする様に連装砲くんのことを嬉々として俺に話した。

どこか連装砲くんも俺に対して勝ち誇った表情をしている様に見える。

昨日の一件で完全に俺のことを下に見てるのか?

てか一体どんな原理で動いてるんだよ!

それにしてもあいつずっと天津風の胸にひっついてるよな?

もしかしてわざとやってるんだろうか・・・

そう思うとあの得体の知れない物体が末恐ろしさすら感じる。

「一言余計だ! ところで天津風、連装砲くんと遊ぶのはいいけど昨日はちゃんと寝れたのか?」

「ええ!この子と一緒に寝たのよ!」

天津風が連装砲くんの頭を撫でると連装砲くんは嬉しそうに見えなくもないそぶりを見せた。

でもこれは突っ込んではいけない様な気がするし誰も答えを知る者は居ないだろうし黙っておこう。

「はぁ・・・二人とも朝から元気ね・・・若いって羨ましい・・・」

愛宕さんはそんな二人を見てそんなことを洩らしていた。

「こほん・・・・とりあえず昨日はちゃんと寝れたんならよかった。那珂ちゃんもしっかり頼むぞ」

「はーいっまっかせて!那珂ちゃんと天津風ちゃんのデュオで海水浴場を守り抜いてあげるんだから!それじゃあ行ってきまーす!天津風ちゃんもいっくよー!」

「あっ、那珂さん待ってください!・・・・それじゃあ提督、あたしも行ってくるわね!」

「あ、ああ・・・行ってらっしゃい」

足取り軽やかに執務室を後にした二人を俺は見送った。

なんだか天津風の表情が以前より明るくなった気もするしそのことを考えたら連装砲くん様様なのかもしれない。

「あ、あの提督・・・」

「なんだ大淀?」

「あのロボットみたいなのは一体なんなんですか?」

「あー・・・あれな・・・・」

大淀は連装砲くんのことが不思議だったらしく俺は昨日起こったことの一部始終を話した

「あーそういえばそんな艤装がうちに来るみたいな資料を読んだような・・・でもまだ調整済んでないんですよね?大丈夫なんでしょうか?」

「うーん・・・詳しくは高雄さんから直接天津風に伝えてるっぽいから大丈夫なんじゃないか?なんか俺連装砲くんに嫌われてるみたいだし」

「そうですか・・・それでは私は朝食頂いて来ます。提督はどうされますか?」

「ああ俺もまだだし朝の仕事もだいたい片付けたし食べようかな」

「それならワタシ達に任せてくだサーイ!ワタシもケンと一緒にご飯食べたいけどもう食べちゃったしここはオオヨドに譲るネー!だからここはワタシと愛宕に任せてヨー!!」

「あ、ああわかった。それじゃあお言葉に甘えて朝飯食って来るよありがとう金剛」

俺は金剛に礼を言って大淀と朝食を取りに食堂へ向かった。

いつもは簡単なものを愛宕さんが作ってくれたりしているのだが今日はテーブルにカップスープと菓子パンが何個か置かれているだけだった。

愛宕さん飯作ってる暇もないし仕方ないか・・・

とりあえず俺たちはその中から好きなものを選んで席に着いた。

この時間駆逐艦達はもう演習に行っているし阿賀野は高雄さんから直接医務室の番を頼まれていて誰もいないのでいつもに比べたら少々寂しい朝食だ。

大淀と二人きりだし悪い気はしない。

そうだ。紅茶のことを今伝えよう。

このタイミングを逃したらずっと言えなさそうだ。

「なあ大淀」

「・・・何?」

そう返事をした大淀からはやっぱりどこか元気がないというかヘソを曲げてるような印象を受ける

「金剛の紅茶どう思う?」

「どうって・・・・美味しいよ。悔しいけど」

「だよなぁ」

「私の淹れる紅茶なんかよりずっと美味しいでしょ?私の紅茶なんか・・・」

「ああいやそういう事じゃないんだよ」

「えっ?」

「確かに金剛の紅茶も美味しいけどさ・・・お前のはなんというか・・・特別なんだよ」

「特別?」

「ああ。えーっと・・・なんて言ったらいいんだろ・・・その・・・・あれだ。おふくろの味みたいな感じの!」

「ふふっ!もう!私は謙のお母さんじゃないよ」

さっきまで曇っていた大淀がクスリと笑ってくれた。

「あ、ああそうだな・・・でも大淀の紅茶は毎日飲んでた訳だしなんというか朝の一仕事終えた後にお前が俺のこと想って俺のためだけに淹れてくれてるのが嬉しくてさ・・・・だから高雄さんが帰って来たらまたお前の紅茶飲ませてくれるか?」

「・・・うん!謙がそう言ってくれるなら何杯だって作ってあげるしもっと上手に淹れられるようになるね!」

よかった。

機嫌を治してくれたようだし高雄さんが帰って来るのが一段と楽しみになった。

 

そしてその日もなんとか業務をやりとげ、その日最後の警備を終えて帰ってきた吹雪と夕食やら風呂やらを済ませていつもより早めに寝支度に入ろうとしていた。

「吹雪、今日もお疲れ様 明日もあるんだし今日もゆっくり休めよ」

「うん!今日も異常はなかったからただ見回るだけだったけど何もないって一番良いことだよね!明日も頑張らなきゃ!おやすみなさいお兄ちゃん」

「おやすみ吹雪」

いつものように吹雪と挨拶を交わしてから電気を消してベッドに入ると吹雪が隣に潜り込んでくる。

この時期1人用のベッドに2人で寝るのは少し暑くて寝苦しいがそれでも吹雪の気持ち良さそうな寝顔を見れるのでそれくらいは我慢できる・・・と言いたいところだけど流石に暑くてねれる気がしないので吹雪が寝たのを見計らって枕元に置いてあったリモコンでこっそりクーラーの温度を2度くらい下げた。

それからしばらくしてドアをノックする音が聞こえてきた。

いつもより寝るのが早いとはいえもう夜の10時過ぎだ。

それに明日の予定に関してももう夕方にしっかりみんなに伝えたはずだしこんな時間に誰だろう・・・・?

俺は吹雪が起きないようにベッドから出てゆっくりとドアを開けてみると

「はぁい提督♡まだ起きてる?」

可愛らしいベビードール?って言うんだろうかそんな感じの服を着てメガネをかけた愛宕さんがドアを開けた先に立っている。

その少し透けて肌が見えるほどの薄い布にこぼれ落ちそうな胸に一瞬で目がいってしまい俺は思わずドアを閉めた。

な・・・なんで愛宕さんがあんな服着て俺の部屋の前に!?

それになんだよあの胸・・・夜に見るには刺激が強すぎるだろ・・・

しかもなんかいつにも増して色っぽくなかったか!?

・・・って愛宕さんは男なんだぞ?俺が男の胸に欲情なんてするわけが

というかあの格好でここまで来たのか?

誰かに見られてたら絶対明日変な目で見られる・・・

一体なんのつもりなんだ!?

「もー!急に閉めることないじゃないの!あけなさーい!」

そんな愛宕さんの声がドアの向こうから聞こえてくる。

吹雪を起こすわけにもいかないので俺はしぶしぶもう一度ドアを開けたがそこにはさっき見たのと変わりない愛宕さんの姿があった。

やはり透けた生地からあふれんばかりの胸・・・

もはや凶器と言っても良いほどに俺にとっては刺激的な姿だ。

生地からうっすら透けたパンツが異様に膨らんでいる事でなんとか愛宕さんをギリギリ男だと認識して平静を保っていられる。

「何ですか?もう寝ようと思ってたんですけど・・・吹雪が起きちゃうじゃないですか・・・それに何ですその格好は?消灯してるとは言えそんな格好で宿舎うろつくとか痴女・・・いや痴漢ですよ!」

「もぉ〜ひっどーい!せっかくおしゃれして来てあげたのにぃ〜」

愛宕さんはいつもの何割かあざとくそう言ってきた。

たしかに愛宕さんの部屋着は何回か見たことがあるが基本的にはスウェットをだらしなく着ている印象しかなかったしついこの間完全に男モードだった愛宕さんを見たばかりだったこともあって本当に同一人物なのか疑いたくなるなぁ・・・

「で、何の用なんですか?」

「えーっとね お姉さんの晩酌に付き合ってくれないかしら?ふふっ♪」

「はぁ?晩酌ってもう晩ご飯食べたじゃないですか!それに愛宕さんはお姉さんと言うよりはおに・・・」

「あぁ?なんだって?」

「ひっ!な、なんでもないです」

途中まで言いかけたところで愛宕さんはさっきまでとは声色を変えて俺を威圧してきたのでそこで言うのをやめた

「と、とにかく愛宕さんだって明日も朝早いんですからこんな夜中からお酒飲んだりしないでくださいよ!また二日酔いになっても知らないですよ?」

「え〜いいじゃない 今夜はベロンベロンになるまで飲んだりしないからぁ〜ちょ〜っと一緒にいてくれるだけでいいからぁ〜」

そう言った愛宕さんの息はほんのり酒臭かった。

この人既に何杯か飲んでるな!?

このままペースに乗せられていたら多分ろくなことにならないだろうし丁重にお帰りいただくしか・・・

「で、でも俺まだ未成年ですし・・・」

「だいじょーぶだいじょーぶ!えーと・・・コーラとかあるから!お酒で割る用のだけどちょっとはあった・・・はず!だから付き合ってよぉ〜」

「嫌ですよ!俺だって警備の状況確認したり高雄さんがいなくて事務仕事もいつもよりしなきゃなんないしで疲れてるんです!」

「高雄・・・・」

高雄さんの名前を出した瞬間愛宕さんは急におとなしくなった。

諦めてくれたんだろうか

「わかってくれました?それじゃあ俺は寝ますよ」

俺はドアを閉めようとすると愛宕さんにがっちり腕とドアを掴まれてしまった。

掴まれたその力強さで愛宕さんが男だと言うことを身を以て確認させられる

「なっ!?まだ何かあるんですか?」

「・・・うう・・・高雄いない・・・・さみしい・・・ぬくもりほしい・・・」

急に涙目になったよこの人!

「ど、どうしたんです?寂しいって」

「・・・だってもう2日も高雄がいないのよ・・・?私寂しくて・・・だから提督に少し寂しさを紛らわせてもらおうと思って呼びに来たの だからちょっとだけ・・・ちょっとだけでいいから・・・おねがい・・・いいでしょ?」

愛宕さんは涙目でこちらを見つめてくる。

やっぱり男だって知っててもすっごい美人だよな愛宕さんって・・・

いつもほんわかとしたところとか男臭いところしか見てなかっただけに急に高雄さんがいなくて寂しいから俺を誘いに来たなんて一面を見せられた上に吸い込まれそうな瞳に俺は逆らえないし高雄さんの「あの人・・・ああ見えて結構寂しがりやだから気をつけてあげてください」って言葉の意味もわかった気がして断るに断れなくなってしまった。

「わ、わかりましたよ!それじゃあ日付が変わるまでは付き合ってあげますよ!でも日付が変わったら俺は帰りますしお酒飲むのもやめてくださいよ?」

「よっしゃ!それでこそ男ってもんだ!んじゃあさっさと飲もうぜー」

渋々OKを出した途端愛宕さんはなにごともなかったかのようにニカっと笑うと俺の肩をがっちりと掴んだ

「えっ、ちょ・・・」

もしかして騙された!?

「細かいことは良いじゃない!それじゃあ私の部屋まで行きましょ」

愛宕さんはまた声の調子を戻してそう言うと俺を部屋から引き摺り出して愛宕さんの部屋の方へ歩き始めた。

こんなところ誰かに見られたらたまったもんじゃない!

愛宕さんの部屋に着くまで俺は誰にも出くわさないことを祈り続けた。

 

愛宕さんにされるがまま俺は愛宕さんの部屋に通される。

幸い部屋に着くまで誰にも会うことはなかったのでひとまず胸を撫で下ろした。

「散らかってるけどゆっくりしていってね〜」

「は、はい」

俺がこの部屋に入るのは2回目だが前回よりはマシだけどやはり愛宕さんの言う通り散らかっていてビニール袋やら雑誌やら脱ぎ捨てられた制服やらがそこら中に散らばっている。

そんな部屋の真ん中に小さなちゃぶ台が置いてあったので俺はその手前に腰を下ろした。

ちゃぶ台には既にワンカップの瓶が2本転がっていて俺を呼ぶまでにそこそこ飲んでいたことを匂わせている。

「それじゃあお夜食作るわね。冷蔵庫に飲み物とか入ってるからお好きにどーぞ」

愛宕さん俺にグラスを手渡すとその辺に雑にかけられていたエプロンを身につけ始めた

「・・・でも人の冷蔵庫なんて勝手に開けちゃっていいんですか?」

「もぉ〜水臭いわねぇ 私と提督の仲でしょ?それに見られたって困るものなんか入ってないわよ それとチーズとベーコンと炭酸水が入ってるからそれも取ってくれないかしら?」

絶対冷蔵庫から物取るのが面倒くさかっただけだろこの人・・・

しぶしぶ腰をあげて冷蔵庫を開けてみると部屋と違いしっかりと整頓されている。

その中からコーラと炭酸水をちゃぶ台に置き、エプロンを着終えた愛宕さんにチーズとベーコンを渡すと

「ありがとね提督♡すぐ作っちゃうから座って待ってて」

愛宕さんはそう言うとキッチンに置いてあったじゃがいもを洗い始める。

俺はまたちゃぶ台の前に腰掛けてコーラをグラスに注いで飲んだ。

少し気が抜けて甘ったるいことを除けば適度に冷えていて蒸し暑い夏の夜に喉を潤すには十分だ。

キッチンからはいい匂いがして来て空腹感も増してくるし完全に野郎の部屋って感じの空間で側から見れば金髪の美女がほぼ裸にエプロンみたいな格好で鼻歌混じり料理をしていてそれを俺がぼんやりコーラを飲みながら眺めているという不可思議な状況なだけに落ち着かない。

それからしばらく俺はコーラを飲みながらそんな愛宕さんの姿をまじまじと見つめていた。

本当にこうして見てると金髪のスタイル抜群の美人にしか見えないんだよなぁ・・・

そんなことを考えていると

「ねぇ提督?」

「はっ・・・はいぃ!!」

急に愛宕さんに呼ばれて声が裏返ってしまった。

なんかすごく恥ずかしいぞ

「もう!そんな緊張しなくたっていいのよ?」

「は、はい・・すみません」

「そろそろ出来上がるからちゃぶ台少しスペース作っておいてくれるかしら?」

「わかりました」

俺は愛宕さんに言われた通りにちゃぶ台に置かれていたものを隅に除けると愛宕さんが皿に料理を盛り付けてこちらに運んで来た。

「はーいそれじゃあ私特製のジャーマンポテトよ。いっぱい食べてね!」

愛宕さんがちゃぶ台にジャーマンポテトの乗った皿を置き、その匂いがさらに俺の空腹感を刺激する

「い、いただきます」

「それじゃあ私もいただきまぁす」

愛宕さんはエプロンを脱ぎ捨てると俺に向かい合うようにしてちゃぶ台の前に座りジャーマンポテトを食べ始めたので俺もいただくことにした。

一口たべると少ししょっぱい目に味付けされた熱くてホクホクな芋の風味とベーコンの香りが広がり箸が進む。

それに塩辛さも相まって気の抜けたコーラまでも美味しく感じてしまう。

やっぱり愛宕さんの料理の腕は一級品だ。

「美味しいです!」

「あらそうよかった 私もそう言ってもらえたら嬉しいわ!ほらまだたくさんあるからもっと食べてね」

「はい!」

あまりの美味しさに早いペースでジャーマンポテトを食べ続けているととうとう最後の一つになってしまった。

これは食べて良いんだろうか?愛宕さんに残しておいた方がいいんだろうか?

そんな事を考えていると

「あらもうなくなっちゃったわね。それじゃあこれ提督にあげるわ。ほら・・・あーん♡」

愛宕さんは機嫌を良くしたのかフォークに刺したジャガイモをこちらに差し向けてくる

食えってことだろうか?

「・・・食べないの?」

「えっちょ・・・!自分で食べるからいいですよ」

「もー固いこと言わないの!ほらあーんして♡お姉さんが食べさせてあげるから ほ〜ら♡」

フォークの先のじゃがいもがゆらゆらと揺れている。

これはきっといくら断っても俺が食べるまで意地でもやり続ける気だ。

「しょ、しょうがないですね・・・」

俺はしぶしぶ口を開けるとじゃがいもが口の中に入ってくる

「ふふっ♡間接キスしちゃったわね♡大淀ちゃんって子が居ながら悪い子ねぇ♡」

「いやいやいや!そっちが勝手にしたんでしょ!?それに・・・・」

それに男と間接キスなんかしたって嬉しくなんかないですよ!

と言ってやりたかったが目の前でこちらを嬉しそうに眺める愛宕さんを見ていたらなんだかすごく良い事をしてもらったような気になってしまって言い出せない

「ん〜?どうしたのかな〜?」

「いえ・・・なんでもないです・・・」

「そっかぁ〜提督の事見ながらお酒飲むの結構楽しいわぁ〜」

愛宕さんはそう言うと缶ビールを一本開けて飲み始めた

「ちょ・・・そんな飲まないでくださいってば!明日に響きますよ?」

「こんなのまだまだ序の口じゃないの〜提督もおかわり飲む?私がお酌してあげる♡」

愛宕さんはそう言うと俺のグラスに残ったコーラを注いでくれた。

その最中隣り合った愛宕さんの胸に凄まじく視線がいってしまう。

「あら?やっぱり私のおっぱい気になってる?」

「そそそそそそんな男のおっぱいなんか気になるわけないじゃないですか!!」

「ほんとぉ〜?別に恥ずかしがる事ないでしょ?私も男だからわかるけど結構いいおっぱいだと思うし気にならない方がおかしいんじゃない?ほらほら〜」

愛宕さんは意地の悪そうな顔をして胸を強調して見せてくる

「そ・・・それは・・・気にならないって言ったら嘘になっちゃいますけど・・・」

「ほらやっぱりぃ〜こんな柔らかいのよ?」

愛宕さんは自分の両胸を鷲掴みにしてむにむにと揉み始めた

愛宕さんの指が胸の肉に埋もれて見えて見てるだけでとても柔らかそうで弾力があるように見えて触ってみたいという欲望に駆られてしまう。

やばい・・・このままじゃ押し切られる・・・・

胸を揉んだら負けな気がするし何か話題を変えなくては・・・

「そ・・・・そういえば!」

「ん〜どうしたの?本番えっちはダメよ?これでも身体は高雄のモノなんだからぁ〜あっ、言っちゃった恥ずかしぃ〜」

愛宕さんは一人で盛り上がっている

というか俺を連れ込んでる時点でそんなの気にしてないだろこの人・・・・

なんか今日の愛宕さんがいつもより乙女に見えるのはなんでだろ・・・男なのに

「違いますって!最後まで聞いてください!」

「じゃあなんなのよぉ〜」

「あの・・・なんでメガネかけてるんですか?いつもかけてないのに もしかしていつもはコンタクトだったりします?」

よし!これでなんとかそう言うエロい感じから抜け出せるだろ・・・!

「あ〜これ?別に目が悪いわけじゃないのよ?視力はずっと2.0あるし」

「じゃあなんでですか?」

「提督がメガネかけてる子が好きだと思って♡だからこうしたらお願い聞いてくれるかな〜って思ったからよ」

えっ・・・?

金剛も同じような事言ってたような・・・

特別メガネっ娘フェチでもないしなんでそう思われてるんだ?

「別に特別好きなわけじゃないですけど・・・」

「あら?それじゃあいつもメガネの子がメガネ取った時のギャップに萌える感じかしら?」

「いやそれも別に・・・・と言うかなんで俺がメガネ好きみたいになってるんですか?」

「ええ〜無自覚なのぉ?」

「は・・・はい?」

「だって好きなんでしょお・お・よ・ど・ちゃん?」

「・・・・え・・・・ま、まあ・・・その・・・大切な人ではありますけど・・・・」

「きゃー!お熱い!クーラーの温度下げちゃう!!」

愛宕さんは楽しそうにリモコンでクーラーの温度を下げ始めた

「それとメガネにどう言う関係が・・・」

「だってあの子メガネっ娘じゃない?だからあなたと大淀ちゃんの関係を知らない阿賀野とか金剛の間であなたがメガネっ娘萌えなんじゃないかってもっぱらの噂になってるのよ?それに大淀ちゃんだってあなたの好みに合わせてるのかなーとか思ってたけど違ったの?」

「そういうのじゃないですって・・・・」

「あらそうなの〜?本当にそんだけ〜?」

急にめんどくさいおっさんみたいになったなぁ・・・

本当に忙しい人だ

「それだけですよ!」

「ほんとにぃ?」

ダメだ・・・これ以上絡まれるくらいなら今思ってる事を言って誤解をといた方が早そうだぞ・・・

「じゃあ言いますけど・・・他の艦娘とかには秘密ですよ!?」

「うんうん!絶対言わないから教えてちょうだい!」

「その・・・別にメガネが好きとか嫌いとかじゃなくてメガネかけてるあいつがその・・・・好きなんですよ・・・あいつが大淀になる前はメガネなんかかけてなかったですし・・・レンズ越しに見たあいつの瞳がそれまで気づかなかったけど結構綺麗なんだなって思って・・・・」

「あら〜!!なにそれ!すっごい若くて青春って感じじゃない羨ましいわぁ〜教えてくれてありがと♡提督の秘密教えてもらっちゃったわ!それじゃあ私なんかがしてても意味ないわね〜」

愛宕さんはメガネを外してちゃぶ台に置いた。

愛宕さん口軽そうだけど本当に大丈夫かなぁ・・・

「だから内緒ですよ!?」

「大丈夫大丈夫♡男と男の約束だもの!」

愛宕さんが胸を張って言うと豊満なバストがぶるんと揺れた。

その胸で男と男って言われてもなぁ・・・・

何気なく時計をみて見るとそろそろ12時になりそうだ。

そろそろ帰らせてもらうかな・・・

そう思っていると

「ぶわぁっくしょい・・・っくしょうめぇ」

愛宕さんが大きなくしゃみをした。

そのくしゃみは完全にオッサンのモノだった。

「大丈夫ですか?」

「ちょっと寒いかも・・・」

「そりゃそんな薄着でクーラーガンガンに効かせてたらそうもなりますよ!そろそろいい時間ですし早く着替えて寝てください!」

「・・・・温めて?」

「はぁ!?」

「ほら・・・一人で寝たら風邪ひいちゃうから私のことお布団で温めて?それだけでいいから・・・それが終わったら帰ってくれてもいいからぁ・・・・」

愛宕さんはさっきあんなくしゃみをしたのが嘘のように切なげな声でそう言った

「そそそそそんな・・・・それにさっき身体は高雄さんのだって・・・」

「それはそれよぉ〜別に身体までは許してないわよぉ・・・ただ温めて欲しいだけだから・・・ね?」

「クーラーの温度上げて寒くない格好して寝たらいいだけじゃないですか!もう俺帰りますよ?」

「・・・・・レンズ越しに見たあいつの瞳がそれまで気づかなかったけど結構綺麗なんだなって思って・・・・」

愛宕さんは悪意のある俺の真似をしてそう言う

「はぁ!?」

「・・・・みんなに言っちゃうわよ?」

「さっき黙ってるって言ったじゃないですか!」

「それじゃあ黙ってあげる代わりに温めて?」

はぁ・・・ズルい人だなぁ・・・

バラされたら大淀以外の艦娘からの視線が冷ややかになりそうだしそんなこと言われたら断れるわけないじゃないか

「はぁ・・・わかりましたよ・・・温もったらすぐに帰りますからね!」

「やっぱり提督優しいっ!それじゃあお布団行きましょ!ちょっと待ってて」

愛宕さんはそう言うと部屋の隅に畳んであった布団を広げた。

「よしベッドメイクおしまいっ!」

「ベッドメイクて・・・ただ広げただけじゃないですか」

「もぉ〜細かいことは良いの!それじゃあ寝ましょ?」

愛宕さんはベビードールのまま布団に入ろうとする

「えっ、そのまま寝るんですか?」

「当たり前よぉ〜脱ぐのもめんどくさいしこのままの方があなたの反応も面白いでしょ?ほ〜ら♡提督も早くいらっしゃい?」

愛宕さんは布団からこちらを呼ぶ

「そ・・・それじゃあお邪魔します」

俺は恐る恐る愛宕さんの待つ布団に背を向けて入った。

一人用の布団に男が二人なので愛宕さんの肌と俺の肌が当たり、とてもひんやりとしているのがわかる。

こんなに密着したのは多分着任した日に思いっきり愛宕さんの胸にぶつかった時以来だ。

布団に染み付いたタバコの匂いに紛れて同じ男だとは思えない良い匂いがする・・・

「提督・・・あったかいわ」

愛宕さんがこちらに体を寄せてくる。

なんでだ・・・!

中身もオッサンで体も一応男のはずなのになんでこんなにドキドキするんだ!?

「ねぇ提督?」

「は・・・はいぃぃ!?」

「もう・・・取って食べるわけじゃないんだからそんなに緊張しないで?」

「は、はいすみません・・・!」

なんで謝ってるんだ俺・・・

「提督の真っ赤で可愛いお顔がみたいからこっち向いて?」

「い・・・いやですよ・・・!」

「良いから向けっつってるだろ?」

愛宕さんはそう言うと俺のことを無理やり向かい合うように肩を引っ張った。

そして俺の目の前には愛宕さんの豊満なバストが二つ・・・!

俺の胸の鼓動がどんどん高まっていく。

「ほぉら♡やっぱり顔真っ赤♡」

「しょ・・・しょうがないじゃないですか・・・こんなのでドキドキしない男なんていませんって」

「あらそう?私も男だけど?」

「そ・・・そうですけどそう言うことじゃなくて・・・・」

「じゃあこうしたらどぉ?えいっ!」

次の瞬間愛宕さんは俺の右腕をぎゅっと掴んで愛宕さんの胸まで持っていった。

俺の手には胸の柔らかい感覚が伝わってくる

「なななな・・・!?」

「この間から触らせてあげるって言ってたでしょ?どう?好きなだけ触らせてあげるわよ?」

これはやばい・・・!

女性のおっぱいじゃないとはいえ本物を知らない俺にとってこんなことがあって良いはずもない!

早く手を離さなければいけないと思いつつももっと触ってみたいという好奇心や欲望も比例するように高まっていく。

そんな欲望に負け俺は指を少し胸にめり込ませてしまった。

柔らかい弾力が俺の指を押し返してくる

「・・・やんっ♡」

「なっ・・・なんて声出してるんですか!?」

「だって触られてるのに声ひとつ出さないなんて面白くないでしょ?それにちょっとくすぐったかったからよ♡」

「ごめんなさい・・・もう良いです満足しました」

「嘘でしょ?こんなので満足するわけないわよね?今日は特別?気がすむまでお姉さんのおっぱい堪能させてあげるし怒らないし誰にも言わないから好きなだけ触って♡男のおっぱいなんだから触ったって平気でしょ?」

「男が男のおっぱい触るのも大概変だと思うんですけど・・・」

「細かいことはいいの♡ほーら♡私の左のおっぱいが寂しがってるからこっちも触ってみて?」

「・・・・は、はい・・・」

愛宕さんに言われるがまま俺は胸を触っていなかった左手で愛宕さんの左胸を触った

「あっ・・・♡もっと強くしてもいいわよ?」

「・・・えっ?こうですか?」

遠慮していたがその言葉で俺の頭にかかっていた箍が外れていく

「んくぅっ♡それくらいでっ♡あんっ♡やぁっ♡それは強すぎよぉ♡」

愛宕さんはわざとらしい声を上げる

「すみません痛かったですか!?」

「いいえ?ちょっとびっくりしただけ。 ど〜お?私のおっぱい触った感想は?」

「あ・・・えーっと・・・・柔らかいです」

「ふふっ♡ありがと♡」

愛宕さんは嬉しそうに俺の頭を撫でてくれた

我ながら何をやっているんだか・・・・

でもそろそろ温まっただろうしこれ以上ここにいたら本当におかしくなってしまいそうだ

「もう温まりましたよね?俺・・・そろそろ帰ります!」

少し惜しい気もするが布団から出ようとした次の瞬間

「え〜まだだーめ♡」

愛宕さんががっしりと俺に抱きついてきた

「うわっ!?」

「もうちょっとだけこうしてて・・・ね?」

「むぐぐぐぐぐぐぐぐ!!!!」

抱きかかえられた俺の顔が愛宕さんの胸の中にどんどん埋もれていく

全然男臭さなんか感じさせないしいい匂いするし柔らかいし本当に男なのか疑いたくなるが俺を締め上げる腕の強さはまぎれもない男のものだった。

それに締め上げと胸に挟まれたことによる酸欠でだんだん俺の意識が薄れてくる

やばい・・・!このままじゃ本当に愛宕さんの・・・男の胸に埋もれて死ぬことになるぞ!

それだけは何としても避けないと・・・・!!

「あ・・・あたごさ・・・・ぎ・・・ぎぶ・・・」

精一杯声を出してみるが胸に埋もれて上手く話せない

「あら提督?何か言ったかしら?」

「むぐぐぐg・・・・・」

ああやばい・・・意識が・・・・

「あら・・・!?提督!?ていと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

愛宕さんの声がうっすらと聞こえて俺はそのまま意識を失ってしまった

 

 

そして今朝こんな状況で目が覚めたんだろう。

結局愛宕さんと一夜を共にしてしまった。

昨日のことを思い出すと急に顔から火が出るほど恥ずかしくなってきたぞ!?

「あ・・・・ああああ!!!うわぁぁぁ!!誰か俺を殺してくれえええええ!!!!」

「きゃぁ!急にどうしたの!?」

「はぁ・・・はぁ・・・・昨日あんなことがあったんですよ!?恥ずかしくて死にたくなるに決まってるじゃないですか!!」

「そうだったかしら?私酔ってて昨日のことあんまり覚えてなくって〜でもそれだけ元気なら大丈夫ね♡今日も1日よろしくお願いしまぁす・・・なんちゃって」

愛宕さんはおどけてみせた

全く酔っ払って他人にまで迷惑かけるのはやめてほしいなぁ・・・

というか朝!?ってことは早く朝の支度しないと・・・それにこんなところ誰かに見られたらそれこそ大問題だ!

「愛宕さん!?今何時ですか!?」

「えっと・・・朝の5時半よ?あなたが気を失っちゃったから少し早めに起こしてあげようと思って」

「そ・・・そうですか・・・!」

5時半ならまだみんなは寝てるはず!今のうちにこっそり部屋に戻ればなんとかなりそうだ!

「では愛宕さん!俺部屋戻りますんで!ジャーマンポテト美味しかったです!ごちそうさまでした!」

「こちらこそ付き合ってくれてありがと♡それじゃあまたあとでね♡ちゃんと間接キスと大淀ちゃんのことは内緒にしといてあ・げ・る♡」

「やっぱり酔って覚えてないって嘘じゃないですか!」

「うふふふ♡さ〜てどうかしらねぇ〜」

「ああもういいです!絶対秘密ですからね!?」

「はいはいわかってるわよ♡男と男の約束だものね♡」

「絶対ですよ!?それじゃあお邪魔しました!」

少し不安だったがこれ以上もたもたしているわけにもいかず愛宕さんの部屋を後にした。

そしてまだ少し暗い廊下を抜けて部屋にこっそりと戻ると吹雪はぐっすりと眠っていた。

よかった・・・起きてたら吹雪にまた心配かけるところだった。

俺も朝までもう一眠りしようと吹雪を起こさないようにゆっくりと布団に入ると

「・・・・むにゃ・・・・・おにいちゃん?どこ行ってたの?」

吹雪が目を覚ましてしまったようだ

「あっ・・・!?そ・・・その・・・トイレだよトイレ!ちょっと便秘気味でさ・・・」

「ふ〜ん・・・そうなんだ・・・・でも今日のお兄ちゃんなんだかいい匂いするね・・・?」

「えっ!?」

やばい・・・!事故とはいえ愛宕さんと寝てた事バレるんじゃないか!?

「なんだかいつもよりぐっすり寝れそう・・・まだ早いしもう少しだけ・・・おやすみなさいお兄ちゃん」

吹雪は俺に体を寄せてきてそのまま体を預けるようにして眠りについた

「あ、ああおやすみ・・・」

俺もそんな吹雪を見ながらゆっくりと再び眠りに落ちていった。

 

しかし結局その日は吹雪と二人で寝坊してしまい俺だけ大淀に怒られることになってしまうのだがそんな俺を愛宕さんはずっとニヤニヤして見つめていて大淀の説教が終わった後こっそり俺の耳元で

「また来てくれてもいいのよ?今度は遅くならないようにしてあげるから♡また提督の可愛いところ見せに来てね♡」

と囁く。

俺の耳元に近づいて来た愛宕さんからは昨日の晩と同じようないい香りと少し酒臭い匂いがした。

「それじゃあ提督、警備に行ってきま〜す」

愛宕さんは昨日までの不調が嘘のように海水浴場の警備に出かけて行った。

昨日までの不調は本当に高雄さんが居なかったのが原因だったのかどうかはわからないが愛宕さんが元気になったならそれでいいか。

そう思いながら警備に向かう愛宕さんの背中を見送るのだった。



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高雄さんのいない日:3日目 帰ってきた高雄さん

  はぁ・・・寝坊するし大淀に説教されるしで散々な目にあった。

元はと言えば愛宕さんが昨日・・・・昨日・・・・・・

あああああああああああああああああ!!!!!!

昨日のことを思い出すだけで凄まじい罪悪感やら恥ずかしさやらおまけに柔らかかった愛宕さんのおっぱいの感触が俺に襲いかかってくる

くそっ!愛宕さんが男だろうがあんな状態であんな柔らかいのを揉めって言われたら嫌でも揉みたくなっちゃうだろ!

クソッ・・・!いくら高雄さんがいなくて寂しいからってあんなこと提督として許していいのか!?

ああもう俺はどうすればよかったんだ!!

当の張本人は昨日の事などどこ吹く風と言わんばかりに鼻歌交じりで持ち場の仕事をすごい勢いで片付けて海水浴場の警備に出かけている。

はぁ・・・愛宕さんの胸柔らかかったなぁ

じゃなくてなんで俺はあんなことをしてしまったんだ!

ああもう書類の内容が頭に入ってこない!!

俺はやり場のない感情から頭をくしゃくしゃと掻いた。

「・・・提督?どうかされましたか?」

「フゥワァオ!?」

急に大淀に声をかけられて自分でもびっくりするような声を出してしまった

「・・・ふわぁお?まだ寝ぼけてるんですか?仕事中なんですよ?遅刻するだけでなく仕事までサボらないでくださいね」

大淀は冷淡な口調でそう言った。

俺が寝坊したことに相当怒っているらしい。

そりゃ俺だけじゃなく吹雪まで寝坊させちゃったんだから秘書官としてちゃんと俺のことを思って怒ってくれてるってのはわかるんだけど・・・・

ピリピリしてるのは寝坊の理由をはぐらかしたからだと思う。

でも流石に愛宕さんの部屋で寝てて朝帰りして二度寝したら遅れましたー!

なんて言えないしなぁ

「ああ・・・うん・・・そうだよな」

「愛宕さんを見てください!昨日まで死んだ魚の様な目をしていたのに今朝はいつもより朝食も豪勢な物を作ってくれましたし今もあんなにスムーズに担当してた仕事を片付けて警備にまで行ってるんですよ?提督も少しは見習ったらどうなんですか?」

愛宕さんの機嫌ががああなったのは俺のおかげだと思うんだけどなぁ

でもそんな事口が裂けても言えない。

それに今日の夕方になれば高雄さんも帰ってくるだろうしそれまでの辛抱だ

「すまん・・・頑張るよ」

俺は大淀に小さくそう言ってから仕事に戻った。

しかしやっぱり昨日のことが頭にちらついて仕事どころではない。

あれで男って嘘だろ!?

いや愛宕さんの男の部分もちゃんと見たしたまにオッサンだしわかってはいるんだけどあんなの見せられたら・・・・

ってまた愛宕さんのこと考えてるじゃないか俺!

考えない様に意識すればするほど昨日の愛宕さんが脳裏によぎる

もしかしてこれって・・・・恋!?

いやいやいやそんなわけない

第一愛宕さんは男だし高雄さんだって居るんだぞ!?

それにちょっと優しくされたからってこんなにドキドキしてるとか我ながらチョロすぎないか俺

自分の女性耐性の低さが情けなくなってくるぞ・・・

俺は大きなため息を一つついた。

その後も何度か大淀に急かされながらもなんとか書類の整理を終えることは出来たが、寝坊してきた事といつもより時間がかかってしまった事も相まってもう昼過ぎだ。

「ふぅ・・・やっと終わった・・・」

「それじゃあワタシはティーブレイクでもしてきますネー!」

金剛はそんな俺を見届けるとそう言って部屋から出ていった。

自分たちの仕事を終えてからも手伝ってくれていた金剛と大淀には申し訳ない気分になる。

「ふぅ・・・」

「どうしたの謙?ただの寝坊だと思ってたけど体調悪いの?なんか顔も赤いし・・・」

仕事を終え金剛も居なくなったので大淀は敬語をやめて尋ねてきた。

仕事が手につかなかったのも顔が赤いのも昨日愛宕さんのおっぱいを揉んだりしたからだと考えると心配してくれている大淀に対する罪悪感がどんどん膨らんでいく。

「何言ってんだ俺はいたって健康だぞ?顔が赤いのは暑いからじゃねえかなーあーあっちぃなぁ今日・・・」

俺は無理に取り繕ってみせる

「ふぅん・・・そうなんだ。やっぱり謙って嘘下手だね」

「えっ!?」

「もう何年の付き合いだと思ってるの?謙が嘘ついてるのを見抜くのなんてすごく簡単だよ?もしそうなら体調悪いのに怒っちゃってごめんなさい」

大淀は頭を下げてきた

なんか逆に気を使わせてしまった様だ。

どうしよう・・・正直に言ってしまうか?

あの時は吹雪も居たし寝てる間に出て行ってたなんて言うのは吹雪にも悪かったから言えなかったけど今は大淀一人だけだ。

でもそれこそ大淀を本気で怒らせてしまいそうだし・・・

・・・よし とりあえず大雑把に話そう。

嘘じゃない。一部を隠すだけだ。それだけだぞ俺・・・!

「あ、あのさ・・・」

「ん?何?謙」

「先に謝っとく!ごめん!」

「急にどうしたの!?」

「いや・・・実は昨日の夜急にすんごくセクシーな格好の愛宕さんが部屋に来て・・・」

俺はその後愛宕さんの部屋に招かれて夜食を食べたり酒盛りに付き合った事を話した。

もちろん愛宕さんと一緒に布団に入った事や胸を揉ませてもらった事は伏せて

「な・・・なにそれ?それで愛宕さんの部屋で寝落ちしちゃって部屋に戻って二度寝して遅刻したって事!?」

「お前も男なんだからわかるだろ!?あんな格好で言い寄られたら断れなくて・・・」

「はぁ・・・愛宕さんがやけに元気だと思ったらそう言う事だったのね それに謙がスケベなのは今に始まった事でもないし・・・」

「えっ!?許してくれるのか?」

「許すも何もおかげで愛宕さんの今日の仕事は凄く捗ってたし多少行き過ぎてたとは言え艦娘とコミュニケーションを取るのも提督のお仕事だし・・・?それに愛宕さん勝手にひとり酒して酔いつぶれてそれこそ今日部屋から出てこないなんてことにならなかった事を考えたら仕方ないんじゃないかな・・・うん・・・きっとそうだよね」

大淀は自分に言い聞かせる様に言った

「大淀・・・」

「・・・でもこれだけ聞いてもいい?」

「なっ、何だ?」

もしかしてなんかまずい事言ったか俺!?

愛宕さんと何してたか聞かれるんじゃないか!?

緊張のあまり生唾をゴクリと飲み身構えていると

「もし私が・・・謙の男友達だった私がそんな格好で謙のこと誘ったら・・・・一緒に一晩過ごしてくれる?」

大淀は頬を赤らめて小さな声でそう言った

「・・・へっ?」

予想外の言葉にあっけにとられてしまう。

「もう・・・恥ずかしいんだから何回も言わせないでよ・・・それより返事が聞きたいな」

大淀は更に顔を赤らめてこちらを見つめてくる。

一晩過ごすってどこまで・・・

頭の中に昨日の愛宕さんの着ていたベビードールを着て恥ずかしそうに俺の前に立つ大淀の姿がぼんやりと構成されつつある。

いやいや何考えてるんだ俺は!

第一やり方とかもわからないし・・・

あれ?あれってどうやるんだ?裸になって天井のシミを数えれば良かったんだっけ?

それに男女ならまだしも男同士でやるならなおさら俺どうすればいいかなんてわからないし・・・

って違う!なんで俺はそっちに考えが行っちまうんだ!

まだそうと決まった訳じゃないだろうが

「あ、あのさ・・・・セクシーな格好して俺と一晩何するつもりなんだ?」

恐る恐る尋ねると大淀の顔は火を噴くように真っ赤になって俺から目をそらして顔を手で覆った。

どうやら俺の考えてることが向こうにバレたらしい。

「なななな何考えてるのバカ!私男なんだよ!?そんな・・・そんなこと・・・・謙のエッチ」

「はぁ!?そんな俺とお前の今のなんかよくわからん関係で格好で二人で一晩やるって言ったらイヤでもそっちの想像しちまうだろうが!!」

いやそれはそれでおかしいんだけど勢いで言っちゃったし今はそういうことにしておこう。

だって俺が一番今大淀と・・・そして淀屋とどうやって付き合っていけばいいか一番わかってないんだから。

きっと大淀とそんな関係になってしまったら本当に俺たちは今までのような関係には戻れないだろう。

でも本当に大淀から求められたら俺はどうしてやればいいんだ・・・?

「そんなに私としたいの?私のことそう言う風に見てたの・・・?」

あれ・・・これって地雷踏んだ奴・・・?

「ちちちちげーし・・・確かに?お前が艦娘になってからなんかかわいいなーとか思わないって言ったら嘘になるけど別に邪な事は考えてねーし?」

「そうなんだ・・・じゃあ私のことかわいいって思ってくれてたんだ」

「そりゃ・・・そうだろ・・・?お前なりに可愛く見られるように努力もしてるだろうしさ・・・それが見て取れると言うか・・・」

「ありがと・・・でも謙がしたいって言うなら私は・・・」

大淀がこちらを見つめて顔をこちらに近づけて来る

私は・・・・一体なんなんだよ!?

別に目を合わせるくらいなんてこと無いと思っていたが今大淀に見つめられて俺の鼓動は凄まじいスピードで脈を刻んでいる

「えいっ」

大淀は突然俺にデコピンしてきた

「うわっ!痛え!!」

「ふふっ!ドキドキした?待しちゃった?私が謙に簡単にそんなことさせると思う?期私のことすっぽかして愛宕さんと仲良くした上に遅刻してきた罰ですよーだ!それじゃあ私はそろそろお昼ご飯頂いて来るから後片付けよろしくね!」

大淀はそう言うと駆け足で執務室から飛び出していった。

「あっ、ちょ待て!」

呼び止めるがそんなものどこ吹く風と言わんばかりに足取り軽く大淀の背中はどんどんと離れていく。

結局セクシーな服装で俺と一晩何がしたかったのかも気になるけど俺もまだ昼飯どころか朝飯も食ってないんだけどなぁ・・・

腹減ってるけど頼まれごと放ったらかして帰る訳にもいかないし俺は散らばった筆記用具やら使わない資料やらをせっせと片付けた。

「ふう・・・」

やっと片付いたので椅子に座って軽く休憩していると

「ただいま帰ったわぁ〜♪」

上機嫌な愛宕さんが執務室に入って来た。

「おわぁ!?愛宕さん!」

そうかそろそろ警備交代の時間か・・・

でも昨日のこともあり俺は身構えてしまう

「もぉなによぉ〜そんな驚かなくていいじゃないの」

「す・・・すみません」

「もしかしなくても昨日のことまだ気にしてくれてるの?おっぱいに視線がちくちく当たってるわよ?当然よね〜だって自分で揉んでても柔らかくて気持ちいいものこのおっぱい・・・はぁ・・・んっ♡揉みながらシコると結構濃いの出るのよね〜」

愛宕さんはむにむにと自分の胸を揉みしだいてこちらに見せつけてきた

それに知りたくもない情報をしれっと言うな!

「誰もそんなこと聞いてないですよ!!で、以上はなかったんですか?」

「もう・・・釣れないわね〜敵影見ず偵察機電探共に反応無しで異常無しよ」

「そうですかお疲れ様です。ところで愛宕さんと随伴してた那珂ちゃんはどうしたんですか?」

「ああ那珂ちゃん?那珂ちゃんなら次の当番の金剛と吹雪ちゃんを待ってるわよ?二人には私が声かけておいたからもう向かってると思うわ」

「助かります」

「は〜い報告終わり〜これで心置きなく高雄が帰って来るのを待てるわ はぁ・・・早く帰ってこないかしら」

今のこの人の頭の中には料理と高雄さんとエロい事しかないんだろうか?

しかしサンタクロースを待ち焦がれる少女のような目を良い年こいたオッサンがしていると言うのもすごい絵面である。

「あ、そうそう言い忘れてたんだけど」

愛宕さんは待ち焦がれる少女のような表情をやめてこちらに話しかけてくる

「なんです?」

「今日も海の家人手不足らしいのよ〜だから仕事終わりで悪いんだけど今日も行ってくれない?執務室は私が見てるから」

「え、ああ良いですけど。どうせもう吹雪たちが帰って来るまでやる事ないですし」

「そう、ありがと 提督の素直なところ好きよ?」

「はぁっ!?」

愛宕さんの「好きよ」が頭の中でなんども反響する。

今までも言われたことはあったが昨日のことがあったからなのか今日の愛宕さんのこの言葉はすごく効いた

「あら?提督?おーい・・・起きろー」

愛宕さんの低めの声で俺は現実に引き戻される。

そうだ第一愛宕さんは男だし既婚者・・・・でも高雄さんと愛宕さんどっちが夫なんだ?どっちも夫?それともどっちも人妻(♂)なのか?

ああ違うそうじゃない!

何考えてんだ俺は・・・

「すいませんちょっとボーッとしてました」

「はぁ・・・相変わらず童貞しすぎてて見てるこっちまで恥ずかしいっての」

「べっ・・・別に良いじゃないですか!まだ俺18ですよ!?」

「あっそ。俺はもうその頃にはとっくに捨ててたけどなーもちろん女で」

しれっと何自慢しくさってくれてんだよこの人はぁ!

さっきまでの可愛い金髪美女はどこ行ったんだよ!!

「はいはいそうですか・・・それじゃあ俺もう行くんで後は任せましたよ?」

「はーい♡いってらっしゃ〜い」

愛宕さんは声色をいつもの調子に戻して俺を見送ってくれた。

はぁ・・・ずっとああなら美人でおっぱいもデカいし言うことないんだけどなぁ・・・

 

そして俺は動きやすい服装に着替えて海の家へ向かった。

その道中

「えぇ〜そんなことないですよぉ〜お兄さんたちったらお上手〜」

どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてくる

声の方に目をやると海水浴に来た観光客の男性たち3人が水着姿の女性を囲んでどうやらナンパをしているようだった。

はぁ・・・俺もナンパの一つや二つしてみたいけどなぁ

まず女の人と喋ることすらできるかどうか怪しいくらいだし夢のまた夢だけど・・・

ってあれ?あの女の人の綺麗な黒髪どっかでみたことあるような・・・

俺はこっそり近づいてみると

「お姉さんお姉さん!一人?」

「ねえねえ君さ、どこ住み?地元の子?てかL●NEやってる?」

「俺たちビーチバレーしようと思ってたんだけど3人じゃ一人足りなくてさぁ お姉さん一人ならいっしょにやんない?あとさ、夜バーベキューもしようと思ってんだけどよかったらそっちもどう?」

チャラそうな男たちはそんな定型文のような言葉で女性を口説いている

そんな下心丸見えで平然と女性と近づいて喋れる3人がすげえムカつく。

10割嫉妬だけど

「ええ〜私困っちゃうなぁ〜」

やっぱりこの声聞き覚えが・・・・って阿賀野じゃねぇか!!

あいつなんで水着でうろついてんだ!?

「おい阿賀野!!」

俺は思わず声をあげてしまった

「あっ、けんちゃん!こっちこっち〜」

阿賀野はこちらに気づき手を振ってきた。

け・・・けんちゃん・・・!?

阿賀野をナンパしていた3人の男の視線がこちらに一気に向く

「ちぇ〜彼氏持ちかよ」

「お姉さんがあんな奴の彼女とかもったいないっすよ〜」

「あんなのより俺たちと遊んだ方が楽しいって」

男たちは口々に阿賀野を諦めず口説こうとする。

「ぐぬぬぬぬ・・・」

言わせておけば好き勝手言いやがって・・・・!

そんなに女と関わらずに真面目に生きてきた俺が悪いってのかよ・・・!

でも喧嘩になったら提督って立場上やばいんじゃ・・・

それに喧嘩なんてしないし3人には絶対勝てないだろうし・・・

「も〜私はけんちゃんが良いの!ね〜けんちゃん?」

阿賀野はこちらに駆け寄ってきて俺の腕に抱きついてきた

「ほわぁっ!?」

「さっ、!けんちゃん早く行こ!」

そのまま阿賀野は俺を引っ張って男たちのいる場所から離れて海の家の物陰の方まで連れて行った。

「ふぅ・・・ここまでこれば安心だね〜どうせまた店の手伝い頼まれたんでしょ?」

「安心だね〜じゃねぇよ!お前高雄さんから医務室の番頼まれてたんじゃねえのか?それになんだよけんちゃんって!!」

「えへへ〜だって医務室誰もこないし暇なんだも〜ん!だから少し気晴らしにって思ってね〜」

「気晴らしじゃねぇよ!タイミングよく俺が通りかかったからよかったものの俺がいなかったらどうするつもりだったんだよ!もしお前がナンパされてその・・・色々されたら大変だろ?」

「ふぅん・・・提督さん阿賀野のこと心配してくれてるんだ」

「ま、まあ一応な」

「ふふっ♡ありがと!でも大丈夫!阿賀野男の人の扱いには慣れてるし一人でも躱せたから!最悪男だってわからせれば8割くらいは逃げてくって!」

「残り2割はどうすんだよ!!阿賀野一応可愛いんだからあんまり無防備なことするなよ・・・お前になんかあったら・・・あれだ!鎮守府のみんなにも迷惑かかるんだぞ?」

「へ〜そこまで考えて叱ってくれてるんだ・・・ちょっと嬉しい・・・かも?ありがとね提督さん」

「はぁ・・・調子狂うなぁ・・・さっさと医務室の番に戻れよ!」

「え〜やだやだ!もうちょっと夏の日差しと男たちの視線を楽しんでたいの!」

「お前わざとナンパされてたのかよ!」

「だって〜下心全開で男の私に近寄ってくる男の人みてるのすっごい面白いんだもん!それに可愛いとか褒められて悪い気はしないしね〜」

「ああもう男を弄ぶんじゃねえよ!帰らないって言うなら高雄さんに番サボってそんな事してたって言いつけるからな!」

「えっ!?それはやだ!高雄怒らせたらすっごい怖いんだよ?」

「知ってるよ。だから言うんだよどうせ俺の言うことなんてまともに聞いてくれないんだろ?」

「そんなことはないかもよ?阿賀野のこと叱ってくれたし可愛いって言ってくれたし今日はそれに免じて言うこと聞いてあげる!それじゃあ阿賀野医務室戻りま〜す お店のお手伝い頑張ってねけーんちゃん♡」

阿賀野はこちらに手を振って鎮守府の方へ戻って行った

「だからその呼び方やめろ!あとナンパとか道草くったりするんじゃねーぞ!」

阿賀野の背中を見送って海の家へと向かった。

 

そして海の家での手伝いをそつなくこなし、あっという間に海水浴場が閉鎖される時間だ。

深海棲艦の影響やらリスクもあって17時半には海水浴場は閉鎖されるのでいつも17時くらいには上がらせてくれる。

まだ明るいけど人の少なくなった砂浜を歩いて鎮守府に帰ると門の前で愛宕さんがバス停の方を眺めて立っていた。

「愛宕さんただいま戻りました〜」

「あっ、提督!お帰りなさい お店の手伝いご苦労様♡」

「愛宕さんは何してるんですか?」

「高雄を待ってるに決まってるじゃない!まだかしら」

「子供ですか!」

「良いじゃねえかよ!俺が真っ先に高雄を迎えてやりてぇんだよ!もう晩飯の準備も警備関係の引き継ぎも終わってるし文句ねぇだろ?」

「は、はいぃ!」

「わかればよろしい」

愛宕さんは声色を戻して頭を撫でてくれた。

それからしばらくして

「あっ、あれ!おーい高雄ー!!」

「ちょ、待ってください!」

愛宕さんがいきなりバス停の方へ走り出したので俺はそのあとを追いかける

そしてこちらに向かってくる人影が高雄さんだと言うことがわかると

「高雄〜♡おかえり!」

愛宕さんは高雄さんの胸めがけて抱きついた

「こら!もう愛宕ったら・・・こんな道の真ん中で急に抱きついてくるなんて」

「だって寂しかったんだからこれくらいして良いじゃない!」

「はぁ・・・もう・・・本当にしょうがない人・・・ただいま愛宕」

高雄さんはそんな愛宕さんを慈愛に満ちた表情で優しく撫でて抱き返した。

「高雄〜」

「はぁい♡」

俺は一体何を見せられてるんだ・・・

こんな路上でそんなイチャイチャされるとうらやま・・・じゃない公序良俗に反する!

止めないと・・・

「あの・・・」

「あら提督もお出迎えしてくれてたんですね!ただいま帰りました 愛宕が迷惑かけませんでしたか?」

高雄さんは俺に気づいたのかこちらをみて微笑んだ

「ああもう提督は良いだろ?お前の提督は俺だけなんだからよぉ」

俺と話しているのが気にくわないのか愛宕さんが高雄さんの胸に顔を埋めてそう言った。

「はいはいもう提督はとっくにやめて今のあなたは愛宕でしょ?」

高雄さんはそんな愛宕さんをなだめる

「む〜そうだけど・・・それじゃあ高雄型二番艦の私にただいまのキス・・・して」

「提督がみてるんですから・・・そう言うのは今日の夜に・・・」

「今じゃなきゃ嫌!」

「もう、バカね・・・ただいま♡んむっ・・♡」

「高雄ぉ♡おかえり・・・むちゅっ♡」

俺の眼の前では一見黒髪ショートの美女と金髪の美女が抱き合いながら熱いキスを交わしているのだがところがどっこい二人とも男なのである。

というか本当に俺は何を見せられてんだよ!!

「ああもう二人ともその辺にしてください!」

「提督がもう止めろって言ってるわよ?」

「あいつ羨ましがってんだよ。もっと見せつけてやろうぜ高雄♡」

「もうっ!あなたったら・・・♡」

火に油だったようだ。二人の抱擁はさらに過密になっていく。

これ本当にそのうち猥褻罪で捕まるぞ・・・

それからしばらくして

「ぷはぁ・・・♡おかえり高雄♡」

「ええ♡ただいま愛宕♡もう満足した?」

「ええ!続きは今夜じっくりね♡今日は寝かせないぜ」

「あら♡期待してるわ」

二人の関係をまざまざと見せつけられて衝撃を受けたがそんな二人が少し羨ましくも見えた。

俺はもし大淀とこんな関係になっちゃったらどうなるんだろ・・・

そんなことを少しだけ考えてしまった。

「それじゃあ私は晩御飯の準備に入るから高雄は早く荷物片付けてきて!今日はいつもの何十倍も気合い入れて作っちゃうんだから!」

鎮守府の門の前まで戻ると愛宕さんは食堂の方へ走っていった。

「はぁ・・・お見苦しいところ見せてしまってすみませんでした提督。あの人あれくらいしないと聞かないから」

「は、はい・・・でも二人って本当にそう言う仲だったんですね・・・連休明けにキスしてるのみましたけどまさか路上であそこまでやるとは・・・」

「もう恥ずかしいから言わないでくださいよぉ〜」

そう言った高雄さんは少し嬉しそうだった。

「それじゃあひとまず荷物を片付けようかしら。おみあげもあるんだけどみんなの分に分けなきゃいけないしあの子がちゃんと番してるかも気になるし医務室に行くわ」

確かにあの後ちゃんと阿賀野が医務室の番に戻ったのか俺も気になる。

「俺も行きますよ。荷物持ちますね」

「ありがとうございます提督 それじゃあお言葉に甘えて」

俺は高雄さんの荷物を半分持って医務室に同行した。

そして医務室の前に差し掛かると

「あ〜だれもこないし暇〜・・・あっ、屁出た・・・くっさ!」

部屋からそんな独り言が聞こえてきた

阿賀野・・・だよな?一体何してるんだ?

俺たちは恐る恐る医務室を覗いてみると水着姿のままベッドで横になってポテチをボリボリと食う阿賀野の姿があった。

確かに一見水着の美少女がベッドで寝転がっているように見えなくもないのだが品のない寝方に散らばるポテチのカス、それにポテチを食ってない方の手で尻をぼりぼりと掻くその姿はまさしくおっさんだった。

そんな阿賀野の姿を見た高雄さんの怒りが沸点に達したのか戸を勢いよく開いてズカズカと医務室に入っていく

「阿ー賀ー野ー?医務室は綺麗に使えって言ったでしょ?それになにその下品な格好!」

「た、高雄!?帰ってたんだ・・・お帰り〜」

「お帰り〜じゃないわよ!少しは任せられると思ったけどやっぱりだらしないわねあなた・・・ちょっとそこに正座しなさい!」

「ひーん!あっ、提督さん助けて!!」

阿賀野は俺に気づいたのか助けを求めてきたがそんなの自業自得だろ?

「あー俺知らなーいそうだー今日の晩飯なんだろなー(棒読み)」

俺はそう言って医務室を後にしたが医務室から凄まじい剣幕の怒鳴り声やら阿賀野の情けない声やらが聞こえてきて怒られる阿賀野にも出張から帰って早々説教をする事になった高雄さんにも同情した。

 

そして夕飯はどこかの高級レストランのバイキングかと見まごうような料理が並び、いつもに増して美味かったので高雄さんがいない間頑張った甲斐があったと思いながら料理を堪能したのだった。

 

そんな次の日高雄さんの首元やら腕やらにキスマークが付いていたので昨日はお楽しみだった事を察したが何も言わないでおいてあげるのだった。



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春風とフィッシング

 高雄さんが帰ってきてから数日後

今日は海水浴場が1日封鎖されている。

深海棲艦の被害は少なくなったとはいえ認可の降りていない海水浴場は未だに立ち入り禁止だったりしているところもあるくらいで認可が降りているこの××海水浴場もしっかりと安全が確保されているかどうかの安全点検と監査が入るらしい。

俺たちはというと長峰さんの「いつも君たちに任せっきりというわけにはいかないからな」という粋な計らいで警備もなし。愛宕さんが「私が代わりに見ててあげる今日くらいゆっくりしなさい」と言ってくれたので晴れて1日丸々休みになった。

しかし急に休みになっても近所にはゲームセンター一つ無いし特にやることも思いつかないので今日はゆっくりしていよう。

そう思いベッドで寝転んでいた矢先の出来事だった

コンコンとドアをノックする音が聞こえる。

「はーい」

俺はベッドから身を起こしてドアを開けるとその先には春風が立っている

「春風?どうかしたか?」

「司令官様、ずっと言い出せずにいましたが何かお忘れでは無いでしょうか?」

はて何の事だろう?

今日はまだみんなに顔だしてないしサボってると思われてんのかな・・・

「え、えーっとなんだ?今日の仕事は全部愛宕さんと高雄さんが片付けてくれるって・・・」

「違います」

「じゃあなんだよ?」

「・・・わたくしに殿方の遊びを教えてくださると言ってくださっていたではありませんか」

そういやそんな約束したような・・・

「そ、そうだったな・・・完全に忘れてた」

「はぁ・・・天津風の苦労が身にしみてわかる気がします。そして本日司令官様はお休みなのですよね?」

「あ、ああそうだけど」

「それでしたらわたくしを釣りに連れて行ってください!」

ずっとすっぽかしてたわけだし特にやることもないし退屈だったから断る理由も無いか

「わかった。それじゃあ今日は釣りするか!」

「はい!」

「それじゃあ釣り具を調達しなきゃな」

「えっ、お持ちでなかったのですか?」

「ああうん一応持ってたんだけど全部実家に置いてきちゃってて・・・」

「それなのにそんな無責任なことをおっしゃられていたのですか?」

「い、いやそれで長峰さんに貸してもらえるように頼んであるからさ・・・ちょっと長峰さんの家まで行ってみよう」

監査は昼からだったはずだしまだ間に合うはずだ!

「ええ。お供いたします」

「それじゃあすぐ着替えるから外で待っててくれるか?」

「はい?」

「えっ、だから外で待っててくれって」

「何故です?男同士なのですから気を使ってくださらなくてもいいのですよ?」

「ああいやそういうことじゃなくて・・・」

そうだ。春風も男だから別にこそこそ着替えなくてもいいんだ。

良いはずなんだけど目の前には一見着物のどこぞのお嬢様みたいな子が立っている訳でそんな子の前で服を脱ぐのも抵抗があるというか緊張するというか・・・

なんか調子狂うなぁ

「司令官様?お着替えになられないのですか?」

「あっ、すまん・・・すぐ着替えるよ」

このままじゃラチがあかない。

俺は春風に見つめられたまましぶしぶ服を脱ぎ始めた。

なんでだ・・・?年下の男の子に見られてるだけのはずなのにすごく緊張する

俺はジャージを脱ぎTシャツとズボンを身につけた。

「よし!お待たせ」

「やはり殿方のお洋服は簡単に着替えられて羨ましいです」

「そうか?そんな事考えたこともなかったな」

「わたくしもそんなお洋服着てみたいです。今まで女性ものの着物しか着たことがありませんでしたので」

「そうか・・・じゃあまた今度買いに行かなきゃな」

「買う・・・ですか?」

「ああ。普通に女物の洋服とかでも似合うと思うけどお前がそっちの方がいいって言うんなら付き合ってやるぞ?」

「そう・・・ですか!ありがとうございます!今度は忘れないでくださいね?」

「ああしっかり覚えとくよ。それじゃあ行こうか」

「はい!」

 

俺たちは長峰さんの家へ向けて歩きだした。

「なんかこうして二人で歩いてると春風が来た日のこと思い出すな」

「そうですか?」

「ああ。お前が道に迷ってるところに運良く遭遇できてよかったよ」

「迷ってません!ただ道を伺っただけです!」

「そうかぁ?完全に鎮守府通り過ぎて逆方向に歩いてたけどなぁ」

「違います!ただ少しわたくしの鎮守府の周りがどうなっているか見てみたかっただけです!」

結構強情なところあるよな春風・・・

まあ春風がそう言うならそういうことにしといてやろう。

そうこうしているうちに長峰さんの家にたどり着いたのでとりあえずインターホンを押してみるが少し待ってみても返事は無い。

「あれ・・・?もう出かけちゃったかな・・・」

確かに急に押しかけてしまった訳だし居なくても仕方ないか・・・

どうしよう・・・釣り具が無いと春風との約束が守れない

そんな時家の中からドタドタと走り回る音が聞こえて

「は〜い!少し待っててくれるかしら〜?」

そんな奥田さん・・・いや今は陸奥さんかな・・・?の声が聞こえた。

今日は男装してないのかな?

しかし戸が開く様子もないので耳を澄ましてみると

「・・・何故私が出なくてはいけないんだ・・・!今こんな格好をしてるんだぞ?」

「あら?いいじゃない可愛いわよ?それに今からその格好で出かけるんだから別に見られたって恥ずかしくないでしょう?」

「スカートなら陸奥が履けばいいじゃないか!私にこんなのは似合わん!今からでもズボンに履き替えさせてくれ・・・!」

「ダーメ♡今日はその格好でお出かけするって約束でしょう?」

「し・・・しかし・・・」

どうやら長峰さんと何かをしているらしい。

スカートがどうとか言ってるけど一体何を・・・

「司令官様?どうされました?」

春風が不思議そうにこちらを見てくる。

「い、いや留守じゃないとは思うんだけどなぁ・・・」

ひとまずもう一度インターホンを押してみると

「ほ、ほら!客が待ってるだろ!?早く出てくれ!」

「だーかーらー長門が出ればいいじゃないの」

「嫌だ!もし協会の人間にこんな姿見られたら死んでしまう!」

「その時は誤魔化せばいいでしょ?どうせ協会のオジ様方は胸と尻しか見てないし今のあなたがあのクソ真面目大男の長峰だって誰も気づかないって!いい加減自信持ったら?女の子の格好してる長門も可愛いんだから・・・私が嫉妬しちゃうくらいにはね」

「し・・・しかし・・・」

「もうまどろっこしいわね!今出ますから〜えいっ!」

「なっ!陸奥!?押すな・・・うわぁっ!」

戸がガラリと開くと中から黒髪を二つに束ねたワンピースの女性が姿を現した。

えーっと・・・どちら様・・・・?

「け・・・・謙くんに春風ちゃん!?や、やあ・・・」

その女性はこちらを見て目をまんまるにしている。

この人俺のこと知ってる?

なんでだろう?

やっぱり提督やってると地元の人に名前くらいは覚えてもらえるもんなのかな?

「えーっとどちら様ですか・・・?長峰さんたちのお知り合いとか?」

「えっ・・・・?」

女性は一瞬不思議そうな顔をしたが

「え、ええそうなの!私この街に観光に来たんだけど道がわからなくなっちゃって〜」

急に女性は声のトーンを上げてそう言った。

しかし観光に来たにしては長峰さんの家から出てくるのも荷物を持ってないのも不自然だ・・・

「え、えーっと・・・長峰さんに用があるんですけど今居ないんですか?」

「へっ!?そ・・・そうですね・・・・今長峰さんは留守・・・・だと思いますわ!」

なんか口調もおかしくなってるけどこの人大丈夫なのか?

すると女性の後ろから奥田さんいや今はこっちも女装してるから陸奥さんか・・・)がぬっと出てきた

「な〜に下手な小芝居打ってるのよな・が・と?」

「あっ、こら!せっかくごまかし通せると思ったのに!」

「えっ?長門・・・ってことは長峰さん!?」

確かに言われてみれば艦娘の時の長峰さんに見えなくもないけど・・・

「ち・・・違うんだ謙くん!これは私の趣味とかではなく陸奥が勝手に・・・!」

長峰さんは顔を真っ赤にして誤魔化してくる。

いつもの真面目な長峰さんを見ているとこう顔を真っ赤にして取り乱している彼は不覚にも可愛く見えてしまう。

人って化粧と服だけでこれだけ変わるんだなぁ・・・

「あら?謙くんびっくりしてるわね?どうかしら?せっかく綺麗なんだからたまには可愛い服も着なきゃよね!謙くんも今の長門の事、美人だって思ったでしょ?ねぇ?」

「そ・・・そんなことはない!私なんかがこんな服着たって気持ち悪いだけだ!第一私は男なんだぞ?艦娘としての衣装ならばそれは仕事だから仕方ないが関係のない所で男がこんなヒラヒラしたスカートを履いてれにこんな化粧までして・・・こんなの変なだけだ!そう思うよな謙くん?な?そうだろう?」

二人に詰め寄られる。

確かに男の人に可愛いって言うのも変な話だけど確かに今の長峰さんは普通に背の高い美人の女の人にしか見えないし

いつも隠してるけどあれだけ大きい胸にあれだけ綺麗な顔してたらもう男だって言う方がおかしな話なんだよなぁ・・・

「・・・・綺麗・・・だと思います・・・」

俺は恐る恐る思ったことを口に出した。

「なっ・・・!?」

「ほら〜やっぱり謙くんならそう言ってくれると思ってたわ!」

「け、謙くん?世辞なら取り消してくれても良いんだぞ!?そんな訳ないよな!?世辞だよな!?」

「い、いえ・・・長峰さん艦娘の格好してる時から普通に綺麗な人だって思ってましたけど・・・」

言っちゃった!でもそうだ。いくら男だからってそれだけの胸に綺麗な顔をしてるんだから無防備な格好で無自覚でいられるとこっちも困るし長峰さんには自分の外見をもう少し自覚してもらう必要がある・・・はず・・・

「そ・・・そうか・・・・別に嬉しい訳ではないが礼は言っておこう・・・」

長峰さんは目を逸らして言った

「あらあら照れちゃって〜ほんとは嬉しいくせにぃ〜」

「嬉しくなどない!そ、そうだ謙くん?急に訪ねてきて用はなんなんだ?」

「あーそれなんですけど釣り具借りにきました。用意できてますか?」

「その事か・・・それなら事前に連絡してくれ」

「す、すみません・・・じゃあ用意できてないんですか?」

「いいや。いつでも使えるように準備はしてある。餌のオキアミも冷凍のやつを用意しておいた」

「ありがとうございます!準備が良くて助かります」

「取ってくるから待っていてくれないか」

長峰さんはスカートをひらりとなびかせて家の中へ入っていった

「謙くん!長門ああ見えてもすっごく喜んでたし褒めてくれてありがとね」

「い、いえ・・・思った事を言っただけですから」

奥田さんも奥田さんだ!もともと中性的だとは言えやっぱり胸も大きいしちゃんと女装すれば美人だし・・・ああもう男ってなんなんだよ・・・本当に俺と同じ生き物なのか疑いたくなるくらいにどっちも美人だ

「ところで奥田さん?女装してどこへ行くつもりなんですか?」

「久しぶりにお昼頃まで暇だから鳳翔さんのところでご飯食べようと思ってね!せっかく久々に二人で出かけるんだから男臭い服装よりこっちの格好の方が良いでしょう?鳳翔さんにもっと長門可愛いところも見せてあげたいし!」

あの女将さん長峰さん達とも知り合いなのか・・・でも女装して出かけるってことは艦娘してた頃からの知り合いってことだよな・・・?

あの女将さんは一体何者なんだろう?

そんなことを考えていると長峰さんが釣竿やらクーラーボックスやらを担いで持ってきてくれた。

その姿は確かに男らしいとも言えなくもないけど今の服装のせいでなんのこっちゃわからなくなってしまう。

「待たせたな謙くん!餌はクーラーボックスに入れてある。あと竿と仕掛けはとりあえず5本用意しておいた。仕掛けは一番簡単なコマセを用意しておいたから他の駆逐艦の子・・・特に天津風ちゃん達も連れて行ってやってくれ!あああとこれだ!ライフジャケットこっちも5人分用意したからしっかり着るんだぞ?それとクーラーボックスに獲れたてのアジも一緒に入れておいたから今晩の飯にでもしてくれ!愛宕なら美味しく料理してくれるはずだ」

長峰さんはいろんなものを大量にこちらに渡してくる。

さすが長峰さんだ。準備もいいし初心者でも簡単にできるサビキの仕掛け一式まで用意してくれるとは・・・

ちなみにサビキとは重りのついたカゴに餌の小エビを入れて竿を上下に動かして餌を捲いて複数つけられたエビに見立てた釣り針を餌と間違えて食べた魚を釣る簡単な釣り方だ。

深海棲艦が現れて海に用意に近づけなくなってからは全然やっていなかったがよく子供の頃父親とよくこれで魚釣りしてたっけ・・・

「長門・・・褒められて嬉しいのはわかるけどちょっと多すぎじゃない?これじゃ謙くん達だけじゃ持って帰れないわよ?」

「べっ別にこれは頼まれたから用意していただけだしアジは大量に獲れて余っているものを渡しただけだ!」

「んもうツンデレなんだからぁ〜それじゃあ私が車で送ってあげるわ。どうせ鳳翔さんのお店行く道中だし」

「いいんですか?じゃあお願いします・・・」

「ええもちろんよ!それじゃあ車出すから乗ってちょうだい」

奥田さんはそう言って車で俺と春風を鎮守府まで送ってくれた

 

そして鎮守府に戻った俺たちはひとまずクーラーボックスを開けてみるとパック詰めされた冷凍のアミエビとレジ袋に大量に詰められたアジが入っていたのでアジを冷蔵庫へ入れて執務室にいる愛宕さんに報告へ行くことにした。

「司令官様・・・長峰様が女性の格好をさせられていましたが本当にあのままで良かったのでしょうか?」

その道中春風に突然話しかけられる

「急にどうしたんだ?」

「お二方が艦娘という事を天津風から聞かされてはいたのですが折角男として生活していらっしゃる筈なのに何故お休みの日にまで女装をしなければならないのか不思議に思っていまして」

確かに言われてみれば真っ当な疑問だ。

長峰さんもまんざらではなさそうだったものの奥田さんに無理やり女装させられてる感じだったし・・・

「俺もよくわからないんだ。春風が着任する前に艦娘として助けに入ってくれた事が何回かあってその時の二人はすごく綺麗でかっこよかった。でも確かに今の二人は普通に男として生活してるんだよな・・・女装する必要も無いってのもわからなくもない」

「そうでしょう?わたくしだっていずれは長峰様のような男性になりたいと思っていました。そんな時天津風に彼がわたくしたちと同じ境遇の艦娘だったことを聞かされてわたくしもあんな男らしい艦娘になりたいと思っていたのですがあんなお綺麗に女装されているところを目の当たりにしてしまってわたくし自身驚いていると言いますか・・・」

「うーん・・・でも二人とも綺麗だっただろ?長峰さんもなんだかんだで女装するのも嫌いじゃ無いと思うんだ。それに春風、お前のその着物姿結構似合ってるって思ってるんだぜ?なんかそれを全否定してまで男らしくしなきゃいけないなんて思うのも勿体無い話じゃ無いか?もちろん春風が女装なんてしたく無いなんて言うなら男装して過ごしても俺は文句言わないし誰にも文句は言わせないけどな」

「し、司令官様!そうやって誰彼構わず褒めるのはやめてくださいませんか!?わたくしも本気にしてしまうではありませんか・・・!」

「いや嘘なんかついてないぞ?初めて会った時から着物の似合う綺麗な子だなって思ってた」

「ふふっ!ありがとうございますそんなに褒められてしまっては吹雪達がヘソを曲げてしまいそうですね!それでは司令官様の言葉に免じてわたくしもうしばらくこの格好で側に居て差し上げます」

春風は嬉しそうにそう言ってくれた。

 

そして執務室入ると中には高雄さんと愛宕さんが居た。

「あら提督に春風ちゃん、お出かけしてたんですね 何かご用ですか?」

「はい、ちょっとだけ。長峰さんからアジをもらったんで冷蔵庫に入れときました」

「そう・・・それじゃあ今夜は愛宕にアジフライでも作ってもらいましょう」

「ええ〜私昨日あれだけ作ったのに今日も料理作らなきゃいけないの〜?」

愛宕さんは執務机にぐったりと倒れ込んで心底めんどくさそうに言った。

そりゃ昨日あれだけ気合い入れたんだから休ませてあげてもいいとは思うけど・・・

「もう!折角貰ったんだから作りましょうよ!私愛宕のアジフライ好きよ?一緒に作りましょうよ!ね?」

「・・・・・んもぅ高雄がそう言うなら作ってあげる」

さすが高雄さんは愛宕さんの扱いをよくわかってると言うか愛宕さんがちょろいと言うか・・・

でも愛宕さんのアジフライなんだか今から楽しみになってきたぞ!

「それじゃあ俺たち釣り行ってきます!」

「釣り?珍しいですね」

「はい。春風とやる約束をしてたんですよ」

「この辺りならわざわざ鎮守府から出なくても工廠の近くが結構良いポイントですよ!」

「わかりました高雄さん。それじゃあ行ってきます」

「いってまいります」

「はい行ってらっしゃい」

「私が腕によりをかけてアジフライ作るんだから晩御飯までには帰ってきてね」

俺たちは軽くそう挨拶を交わしてひとまず他の駆逐艦達を探しに行くことにした。

「それじゃあ春風!分担しよう。俺は初雪呼んでくるから吹雪達を呼んできてくれ!俺は先に初雪呼んで釣り具持って工廠行ってるからそこで落ち合おう」

「わかりました」

俺たちは二手に別れてひとまず初雪の部屋に行ってみることにした。

「おーい初雪ー居るんだろ?」

試しに部屋のドアをノックしてみると

「・・・ん?なに・・・?」

ドアの向こうから眠そうな初雪の声がした

「初雪、今暇か?」

「・・・いちおう・・・というか今の司令官のノックでおきた・・・」

「そうか・・・起こしちゃったかごめん」

「で・・・何の用?」

「あのさ、釣り具を借りてきたんだけど駆逐艦全員分貸してくれたんで初雪もどうかなーって」

「やだ」

「なんでだよ!」

「私がそんなアウトドアなことやると思う・・・?それにこんな暑いのに外に出ようなんて考える方がおかしいよ」

「そ・・・そうか・・・わかった」

「いってらっしゃい・・・じゃあ私二度寝するから起こさないでね」

「お、おうおやすみ」

結局初雪は誘えなかったがこのまま呼んでもどうせ出てきてくれないだろうし無理やり参加を強制するようなことでも無い。

俺は初雪を諦め釣り具を担いで工廠に向うと既に吹雪、天津風、春風が待っていた

「あっ!お兄ちゃん!」

「あら司令官様遅かったですね」

「呼びつけといて遅いわよ!」

「お兄ちゃん!初雪お姉ちゃんは?」

「あ、ああ。暑いから外出たく無いってさ」

「そっか・・・残念だね」

「まあこれで全員揃ったし先にこれ着てくれ」

俺は3人にライフジャケットを配ったが天津風だけは難色を示す

「別にこんなの要らないでしょ?」

「長峰さんが危ないから着ろってさ」

「そ、そう・・・あの人相変わらず心配性ね・・・わかったわ着てあげる」

そしてライフジャケットを全員着終わり竿に仕掛けをつけて全員に渡した。

「えーっと・・・この重りに餌が入るようになってるからここにエビを入れて・・・」

「うわっ・・・気持ち悪い・・・それに臭いからあたしはやんないわよ」

天津風が冷凍のエビをみるや否や嫌そうな顔をする

「なんで来たんだお前・・・まあいいや説明続けるぞ。 この餌の入った重りを海に投げ入れて餌が舞うように竿を上下に動かすんだ。そうしたらこのいっぱいついてる釣り針を餌と間違えて魚が食いつくっていう釣り方だ!針結構たくさんついてるからそれだけ気をつけるんだぞ」

「へぇ〜お兄ちゃん物知りだね!」

「それならわたくしたちにでもできそうですね!」

吹雪と春風は早速竿を持って俺の言ったことを実践し始める。

そんな二人を少し離れた場所で日傘をさして天津風が見つめていた。

「な、なあ天津風・・・」

「なによ!?日傘さしてるのがおかしいっての?」

「いやなにも言ってないんだけど」

「じゃあ何?あたしは海だけ眺めてたらそれで良いの!あんな気持ち悪いの触りたく無いもの!」

天津風の足元では連装砲くんもそうだそうだと言っているようなそぶりを見せている。

「お前さあ・・・一応この辺の地元民なんだろ?釣りくらいやったことないのかよ」

「地元民って言っても何年か前に引っ越して来ただけだしそんなのしたことないわよ!」

「そ・・・そうか・・・じゃあ無理にやれとは言わないけどさ」

そう言った刹那

「お兄ちゃん!なんか竿がビクビクしてるよ!」

「わたくしもです!」

二人が俺を呼ぶので俺はそちらに向かい

「よし!リールを巻くんだ!」

「う、うん!」

「はい!」

二人がリールを巻いていくと小さなアジが一匹づつかかっていた

「やったぁ!私にも釣れたよ!」

「たったこれだけですか・・・でも嬉しいです」

「二人ともなかなかやるじゃないか!よし俺が取ってやる」

二人の竿についたアジから針を外して用意していたバケツの中に入れた。

それから何回か繰り返してそんなことをやっていると天津風が俺たちから少し離れた場所で釣竿を垂らしている。

なんだあいつも二人が楽しそうにしてるのが羨ましくなって俺に言うのが恥ずかしいからって一人で始めたのか。

相変わらず素直じゃない奴だなぁ

でも餌もつけないで垂らしててもなんも釣れないだろ・・・

「お、おい天津風」

天津風に近づいて声をかけてみるとバケツの中には大量に魚が入っている。

この短時間で餌もなくどうやって!?

「何よ?」

「いややっぱ釣りしたかったんだなーって」

「悪い?誘ったのはあなたでしょ?」

「いやそうだけど・・・餌もつけずにどうやって・・・」

「あっ、来た!ちょっと話しかけないでくれる!?」

天津風はリールを勢いよく巻くと海面から大きなものが浮かび上がって来た

「なっ・・・餌もなしにそんな大物を・・・・!!」

しかし海面から浮かび上がって来たのは糸でぐるぐる巻きにされた連装砲くんだった。

そんな連装砲くんの小さな手が魚をがっしりと掴んでいる

「よしっ!また捕まえて来たわね偉いわよ連装砲くん!」

天津風はぶら下がった連装砲くんをバケツの上に持っていくと連装砲くんが手に持っていた魚を器用にバケツの中に入れた。

つまり連装砲くんで魚を捕まえてそれを釣り上げていたのか・・・

「お、お前・・・連装砲くん遣いが荒すぎるだろ・・・」

「別に私の連装砲くんなんだからどう使ったって良いでしょ?それに連装砲くんだって嫌がってないんだから」

糸をぐるぐる巻きにされて竿に吊るされた無残な姿の連装砲くんだったがその表情はどこか誇らしげに見える・・・気がする。

「い、いやそうだけどさ・・・」

「じゃあ別にいいでしょ?それじゃあ次行くわよ連装砲くん!もっと大きいの捕まえてらっしゃい!」

天津風がそう言うと連装砲くんは自分から海に飛び込んで行った。

天津風も楽しそうだしひとまずこれでいいか・・・

「きゃーっ!お兄ちゃん助けて!」

突然吹雪が声をあげたので俺は急いで吹雪の元へ駆け寄った。

「どうした吹雪!?うわっ!」

吹雪のスカートに針が引っかかって大きくめくれ上がってパンツが丸見えになっていて、パンツにはやはり小さいがもっこりとしたふくらみができている。

今日は縞パンか・・・・ってそれどころじゃないぞ!

「お兄ちゃん早くこれ取ってよぉ〜!」

「あ、ああわかった大人しくしててくれよ?」

俺はスカートから針を外した。

「はぁ・・・助かったよありがとお兄ちゃん!」

「い、いやお安い御用だよこれくらい!」

それから俺も釣りに参加してしばらく釣竿を垂らしていた。

すると

「なんですかこのお魚!風船みたいに膨らむんです!」

春風が釣竿をこちらに見せてくる

「ああそれフグだな」

「フグ!?わたくしよくお刺身を食べていました!まさかこんなお魚だったなんて!」

やはり春風の家は相当な金持ちなんだな・・・

しかし刺身でしかフグを見たことないって相当だぞ

「それで、この小さいのは食べられるのですか!?久しぶりにお刺身食べたいです!」

春風が目を輝かせている

「そいつな・・・毒あるから食えないんだよ。いやまずフグはみんな毒があるんだけど」

「そんな!わたくしはずっと毒のあるお魚を食べていたのですか!?」

「ああいや種類によってはちゃんと調理すれば食べれるんだけどこいつはクサフグって種類のフグで食べれないことはないらしいんだけどやめといたほうが良いんじゃないかな・・・フグ調理には免許が要るしなによりこいつは刺身にするには小さすぎるし とりあえず噛まれると危ないから俺が針外すよ」

俺はフグから針を外してバケツに入れた。

「それにしても可愛らしいですねこのフグ・・・」

バケツで泳ぐフグを春風は興味津々に見つめている

「でも食えないしさっさと逃したほうがいいんじゃないかな」

「せっかく釣ったのに逃してしまうのですか?」

「ああ。だってこのまま殺しちゃうのもかわいそうだろ?」

「そうですよね・・・」

「じゃあ逃がそうか」

「ええ。さようならフグさん」

春風はフグを海に名残惜しそうに逃した。

それからしばらくたって魚の釣れが悪くなってきた。

「ん〜そろそろ暑くなって来たし魚も釣れなくなって来たし戻るか」

「うん!そうだね!お兄ちゃんに教えてもらったおかげでいっぱい釣れたよ!」

「わたくしも楽しかったです!ありがとうございました!」

結局俺たちの釣果はアジが10匹にクロダイが2匹それにキスが4匹とメジナが1匹とクサフグ1匹だった。

メジナの引きが凄まじく他の魚に比べて強かったので釣った春風はすごく驚いていた。

さあそろそろ天津風にも声をかけて・・・

「な、なんだそれ!」

天津風はもう飽きたのか釣り糸でぐるぐる巻きになった連装砲くんと戯れていたがその横で大きな魚がバケツに突き刺さっているのが見えた

「何って連装砲くんが捕まえて来たんだけどあたし魚の種類とかよくわかんないし触りたくないしそれになんかあなたの手も生臭いから絶対にあたしに触らないでよね」

おそるべき現代っ子・・・!

しかし連装砲くん漁法おそるべしだな・・・

その魚は大きめのサバだった。

こりゃ美味しい晩飯になりそうだ!

「天津風よくやったな!」

「ふん・・・!別にあたしがやったわけじゃないんだから代わりに連装砲くんを褒めてあげて・・・ってうわ!連装砲くんもすごく磯臭いわね・・・」

「帰ったらまずその釣り糸をなんとかしてから洗ってやらないとなおーい二人ともそろそろ帰るぞー」

「はーい!」

「わかりました」

釣った魚をクーラーボックスに入れて3人を連れて釣りを切り上げた。

「じゃあ俺は魚を愛宕さんに見せてくるわ」

「うん!それじゃあ私たちは天津風ちゃんの連装砲くんを洗ってあげなきゃ!」

吹雪たちと別れた俺はクーラーボックスを持って執務室へ向かうと愛宕さんはおらず高雄さんが一人でコーヒーを飲んでいた。

「あら提督お帰りなさい!釣れましたか?」

「はい結構色々釣れましたよ」

俺はクーラーボックスを高雄さんに見せる

「まあ!本当に色々釣れたんですね!良いサバも居るじゃない」

「聞いてくださいよ高雄さん!天津風が連装砲くんを釣竿にくくりつけて捕まえたんですよ」

「あの子結構賢いこと考えるのね・・・これなら秋の秋刀魚釣りも・・・・」

「えっ、秋刀魚がどうしたんですか?」

「い、いいえなんでもないわ!」

「そうですか・・・」

「それじゃあこの魚愛宕にさばいてもらいましょう!私も手伝わなきゃ」

「愛宕さんはどこに?」

「もう先に頂いたアジの料理の下準備をしに食堂の厨房にいるはずよ 私たちも行きましょう!」

高雄さんと食堂へ向かうとアジを切っている愛宕さんがいた

「おかえりなさ〜い」

「ほら見てよ愛宕!提督たちこんなに魚釣って来てくれたのよ!?さばき甲斐があるわね!」

「はぁ・・・他人事だと思ってそんなこと・・・でもなかなか良い魚もいるじゃない!私頑張っちゃおうかしら〜でも提督?もちろん手伝ってくれますよね?」

「えっ、俺は・・・?」

「ああ?お前らが釣って来たんだろ?ちょっとくらい手伝えや」

愛宕さんはこちらを睨みつけてくる

「は、はいぃ・・・!」

確かに言う通りだし怖いし俺は手伝うことに。

それからしばらく高雄さん愛宕さんと共に魚の下処理やらをやって夕飯に備えた。

 

そして夕飯の時間になり

「はぁ〜お腹ぺこぺこだよ〜あれ提督さん?今日当番じゃないのに料理してるの?」

腹をすかせた阿賀野が一番乗りで厨房にやってくる

「ああ、今日は魚釣って来たからそれの下処理やら手伝ってたんだよ」

「えっ!?提督さん魚さばけるんだ!阿賀野も家事はやってたけどそれはできないから憧れちゃうな〜」

「ま、まあちょっとだけだけどな・・・」

「で、今日の晩御飯はなんなの!?」

「アジフライとかサバ味噌とかその他諸々だ」

「そんなにいっぱい!?」

「ああ。釣っただけじゃなくて長峰さんたちにもアジをたくさんもらっちゃってさ」

「わーい!楽しみ〜!!」

阿賀野は子供のように喜んでいる。

そして食堂に人も集まりはじめ俺と愛宕さんで料理をみんなが集まるテーブルに乗せていく

「は〜い今日の晩御飯は天津風ちゃんが釣ってきたサバの味噌煮にアジフライ・・・!それにキスとメジナの唐揚げとクロダイの鯛飯でーす!」

さすが愛宕さん・・・どれも美味そうだし良い匂いが漂っている。

そして皆が席に着き料理を食べはじめた。

「・・・やっぱり魚は食べるに限るね・・・」

初雪がそんなことを呟きながら唐揚げに手をつけているし

「うーん!このサバデリシャスデース!アマツカゼやるネー!」

「アジフライすっごく美味しい!食事制限中だけどこんなの食べちゃうじゃん!ああ・・・罪な那珂ちゃん」

金剛と那珂ちゃんも美味しそうに食べてくれていて釣ってさばいた甲斐があった

その横ではガツガツと阿賀野が豪快にアジフライを食べている。

やっぱ食べ方の男らしさは阿賀野が一番だなぁ・・・

「吹雪、どうだ自分で釣った魚の味は」

「美味しいよお兄ちゃん!」

「お魚を自分で釣ってそれを食べるだなんて考えたこともありませんでしたしとても楽しかったです!また釣れて行ってくださいね!」

春風も嬉しそうに料理を頬張っていた。

「あたしはもうあんな暑いし臭いのはごめんよ!・・・でも連装砲くんはまたやりたいって言ってるから次も絶対誘いなさいよ」

「ほんっと素直じゃないなお前!」

「ああもううるさい!でもお魚捌くの手伝ってたんでしょ?それに免じて今日は怒らないでおいてあげるわ・・・ありがと」

天津風は最後にぼそりとそう言った。

もっとちゃんと言えば良いものをどこまで素直じゃないんだこいつは・・・

「ん〜?最後がよく聞き取れなかったな〜?」

「な、なんでもないわよ忘れなさい!」

「え〜ほんとかぁ?」

「良い加減怒るわよ!」

「え〜なんだって?」

「もう!バカにするのも良い加減にしなさいよ!!!」

天津風を少しおちょくり過ぎてしまったのか天津風が立ち上がって俺を追いかけてくるので俺は反射的に逃げだした。

「おいこら飯中だぞ走りまわんなって!!」

「うるさいうるさい!あなたがあたしのこと怒らせるからでしょ!?こら!逃げるな!!ちょっと待ちなさーい!!」

食堂にはそんな天津風の声と他の艦娘たちの笑い声が響いていた。



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勃発!秘書艦代理争奪戦

 今日も今日とて警備任務の指示やら管理で大淀と一緒にせっせと仕事中だ。

『ハーイ!定時連絡デース!金剛が愛を込めて電探、偵察機、目視オール異常無しを報告するヨー!』

今警備に当たっている金剛から定時の連絡が届く。

「あーはいはいわかったわかった。それじゃあ引き続き警備頑張ってくれよ」

『Yes!頑張りマース!それじゃあまた後でネー!ちゅっ♡』

仕事といっても異常がないかどうかの定期連絡を聞いたりするだけなんだけど基本異常無しの報告しか入ってこない。

それが一番なんだろうけどやっぱり何もないところでただ待機するだけってのはやっぱり退屈だ。

「はぁ・・・・ヒマだなぁ」

「まあそう言わないでよ。平和なのはいいことでしょ?」

「そうなんだけどさぁ・・・特にやることもないのに執務室で座りっぱなしってのも退屈だし・・・俺本当に要るのかこれ?」

「もう!仕事なんだからちゃんとして!ほら机にもたれかからないの!」

机に突っ伏そうとした側から大淀がこっちにやってきて姿勢を直そうとしてくる。

「なんだよ大淀〜俺の親じゃないんだからさぁ」

「そうですよ親じゃなくて秘書官ですっ!だらけている提督を叱責するのも秘書艦の勤めですから」

「はいはいわかったよ・・・お前は相変わらず真面目だよなぁ」

「謙が不真面目すぎるだけだよ!あ、そうそう謙・・・・ちょっといい?」

「ん?どうした?」

「今日1日頑張ってくれたらご褒美あげる!」

「なんだよ藪から棒に・・・」

「なんでもいいじゃない!ほら!午後も私と一緒にお仕事がんばろ!ほら背筋伸ばして」

「あ、ああ」

大淀に喝を入れられた俺は気分を入れ替えて姿勢を直した。

でもご褒美ってなんだ・・・?

すごく気になって仕事どころじゃないんだけど!

ああ・・・むしろそんなこと言われたら楽しみで今の時間をすごく長く感じてしまう。

それからしばらくして執務室のドアが勢いよく開き那珂ちゃんが入ってくるや否や俺の目の前に立って机をバンと叩いた。

「むぅ〜那珂ちゃんヒマ〜!」

那珂ちゃんの声が執務室に響き渡る。

「うわぁびっくりした!そんな事言われても俺仕事中だし・・・」

「だってヒマなものはヒマなんだもん!那珂ちゃん退屈すぎてこまっちゃう!」

那珂ちゃんは今日非番でさっき早速出かけて行ったのだが30分もしないうちに帰ってきたと思ったらこれだ。

「それじゃあ訓練でもしてたらいいだろ?吹雪達に付き合ってやってくれよ」

「やだやだ!なんでせっかくのオフのに訓練なんかしなくっちゃいけないの!?それに那珂ちゃんはオフとお仕事はきっちり分けるオンナだから」

大前提で那珂ちゃん男だろ・・・ってもう突っ込むのはよそう。

「そ、そうか・・・でもさっき出かけるって言って出てったばっかじゃないか・・・急に帰ってきてどうしたんだよ」

「どうしたもこうしたもないよ!見渡す限り山と道路でこの辺り何もないんだもん!最寄りのカラオケボックスですら歩いて2時間ってどういう事ぉ!?この炎天下そんなに歩いたらお肌ボロボロになっちゃうじゃん!」

那珂ちゃんの言う通りこの辺りの徒歩圏内に娯楽施設なんてものはない。

百歩譲ってあっても街のご老人が集まる集会所くらいだ。

買い出しの時なんかに通り過ぎると中で楽しそうにご老人が麻雀やら将棋やらに勤しんでいたりする姿を見かけるんだけど俺たちが立ち寄るような場所ではない。

那珂ちゃんが怒るのも無理はないとは思うんだけど俺にそれをぶつけられたところでどうすることもできないんだよなぁ

「俺に言われてもなぁ・・・ショッピングモールにでも行ってこれば良いんじゃないか?」

「もう行き飽きたの!それに一人であんなところ行ったって楽しくないもん!阿賀野ちゃん誘おうと思ったけど今警備任務中だし!あっ、そうだ提督!大淀ちゃん貸してよ!ねぇねぇ大淀ちゃん!那珂ちゃんと一緒にコスメショップめぐりでもしようよぉ〜」

「いやいや大淀も仕事中だからさ」

「ごめんなさい那珂ちゃん。誘ってくれて嬉しいんだけど私は秘書官としての仕事があるからまた今度・・・ね?」

「むぅ〜!そんなの全部提督に任せれば良いじゃん!たまには休まないと体に悪いし行こうよ〜」

那珂ちゃんは大淀を無理やり連れて行こうとする。

確かに大淀は休みなくいつも俺より先に執務室に来て色々やってくれているし警備任務の期間に入ってからはまだ一度も休んでいない。

この間俺が休みを貰った時ですら俺の代わりをしてくれていた高雄さんたちの手伝いをしてたくらいだ。

「な、なあ大淀?もう書類の整理も終わったしさ?あとは任務の引き継ぎの管理と定時の連絡だけだし俺一人でできるからたまには遊んで来たらどうだ?」

「えっ?でも私は・・・」

「遠慮すんなって!俺は大丈夫だからさ」

「さっすが提督!話がわっかるぅ!ほら大淀ちゃん!提督もそう言ってるし行こっ」

「本当に良いの・・・?」

「だから大丈夫だって!」

「そ、そう・・・・ですか。け・・・提督がそう仰るならお言葉に甘えてお仕事お任せしますね」

大淀は少し名残惜しそうに言った。

「やったー!それじゃあ提督!大淀ちゃんの事借りて行くねー!バイバーイ!!」

「ああ。でも晩飯までには帰ってくるんだぞ」

「わかってるって!それじゃあいってきまーす!大淀ちゃんまずは着替えなきゃ!早く早く!」

「行ってまいりま・・・ちょ!那珂ちゃんあんまり引っ張らないで!」

那珂ちゃんは大淀を連れて執務室を後にした。

「はぁ・・・・」

一人になった執務室に俺のため息が虚しく響く。

強がってはみたものの話し相手がいなくなると尚更暇だ。

一人になってしまってはここを離れることもままならないしどうしたものか・・・

それからしばらく暇を持て余しているとコンコンとドアをノックする音が聞こえた。

「入っていいぞ〜」

投げやりにそう言うと高雄さんと吹雪が執務室に入ってくる。

「失礼します・・・って提督!大淀はどうしたの?」

「大淀なら那珂ちゃんに連れて行かれましたよ」

「連れて行かれた!?」

「ああいやそういえば大淀最近全然休みなかったなって思って那珂ちゃんの外出に同行させたんですよ」

「あらそう・・・そろそろ警備が私たちの担当時間なので寄らせてもらったんですけど一人で大丈夫?もし必要なら愛宕を呼んでくるけど」

「いえ、一人で大丈夫ですよ」

「あらそう?それなら私たちはそろそろ行きますね。もし何かあったら遠慮なく愛宕を呼ぶのよ?」

そんなに俺一人に任せるのが心配なんだろうか?

なおさら意地になってきたし別に秘書艦なんか居なくたってそれくらいやり遂げられるってところを見せないとな・・・

「わかりました。それじゃあ気をつけて行ってきてください。吹雪も熱中症とかには気をつけるんだぞ?」

「うん!それじゃあ行ってくるね!」

「ああ。行ってらっしゃい」

吹雪と高雄さんを送り出してしばらくすると

「hey!提督ゥ〜!ただいまデース!」

「ただいま〜提督さん」

金剛と阿賀野が警備終わりの状況報告にやってきた。

「異常なし、天気も晴天で暑かったですけど何事もなかったデース!」

「右に同じでーっす。はぁ阿賀野疲れちゃったなぁ・・・ってあれ?大淀ちゃんは?」

「ああ大淀なら那珂ちゃんの外出に付き合って出てったよ」

「あ〜そういえば那珂ちゃん今日お休みだったっけ。いいなぁ〜大淀ちゃんお休みもらえるなんて〜」

「お前もこの間休み貰ってただろうが!それに大淀は警備任務期間に入ってからまだ一回も休みも取らずにずっと秘書官として働いてたから休んで貰っただけだ!お前はちゃんと休みもあるだろ」

「む〜いいじゃん別に羨ましがるくらい・・・あっ、そうだ提督さん!秘書官が居ないと寂しいでしょ?阿賀野が代わりやってあげよっか?有事に備えて待機とはいえどうせ暇だしぃ〜」

「えっ、いや別に・・・」

別に一人で大丈夫だと言おうとした次の瞬間

「あ〜!アガノずるいネー!秘書艦の代理ならワタシがやりマース!タカオが不在の間ケンの手伝いしてた実績もあるしネー!」

「はぁ!?」

「もぉ〜金剛さんはずっとその時やってたからいいでしょ!?」

「いや・・・あの・・・」

また厄介なことになってきたな・・・

「提督さんは阿賀野と金剛さんどっちが良いの!?」

「えっ?」

「ケン!選ぶデース!もちろんワタシでしょうけどネー!そろそろティータイムですし優雅なティータイムをお約束するヨー?」

「物で釣るなんてずるい!阿賀野だってお菓子用意するから良いでしょ提督さん!」

いやいやそう言うことじゃないんだけど・・・

「さあどっちデース!?」

二人が強く詰め寄ってくる。

どっちも要らないなんて言える空気ではなくなってしまった。

とりあえず遠回りに一人でも大丈夫だって伝えなきゃ

「あの・・・二人とも気を使ってくれるのは嬉しいんだけどさ・・・」

「あっ!グッドなアイディアを思いついたネー!」

金剛が突然話を遮る。

俺の話も聞いてくれよぉ・・・

「グッドアイディアって?」

阿賀野も金剛の話に食いついた。

もう俺が口をはさめるような状況じゃない

「これから交代でケンの秘書官をやるんデース!それでケンがgoodだと思った方が今後秘書艦の代理をやるってことでどうデース?」

「つまり阿賀野と金剛さんで勝負ってことね・・・!良いじゃない!乗ってあげる」

いつの間にか秘書艦代理を奪い合う戦いに発展してしまった。

「それで、先攻と後攻はどうやって決めるの?」

「ここはジャンケンといくデース!」

「うん!負けないよ〜」

俺は残った給食の揚げパンかっての・・・

そうこうしているうちに阿賀野と金剛のジャンケンが始まる

「それじゃあいきマース!じゃんけんポン!・・・NO〜!負けてしまったデース・・・」

「やったぁ!それじゃあ阿賀野が先に秘書官できるんだね」

「言い出しっぺだからしかたないデース・・・制限時間は1時間!絶対それ以上は認めまセーン!」

もう俺そっちのけだなおい

「うん!それじゃあ阿賀野準備してくるから提督さん待っててねー!」

「ここはひとまず阿賀野に譲るヨ・・・それでもあとで満足させてあげるからケンそれまで待っててネー!」

二人が出て行ってまた部屋はしーんと静まり返る。

そんな時高雄さんから定時連絡が入ってきた。

『こちら高雄です。目視電探偵察機共に異常なし。静かな海です。ところでそちらは一人で大丈夫?』

「むしろ一人の方が気楽でしたよ・・・」

『何かあったの?』

「えーっとかくかくしかじかで・・・」

俺は高雄さんに今の状況を伝えた

『はぁ・・・呆れたあの子ったらまたそんなしょうもないことを・・・金剛も金剛よねせっかく提督が一人で頑張ろうとしてたのに』

「そうですよ全く・・・」

『でも一人で頑張ろうとした姿勢は褒めてあげるわ。吹雪ちゃんも心配してたけど大丈夫だって伝えておくわ。ひとまず二人の対応も頑張ってね。それじゃあ定時連絡終わります』

高雄さんの優しい言葉が身にしみる。

確かに一人でもこれくらいできるって証明ができなくなってしまったのは少し悔しい気もするけど高雄さんに褒めてもらえたんだからそれはそれで良しとするしかないか・・・・

それからしばらくして執務室の扉がバンと勢いよく開く

「失礼しまぁす♡お待たせしましたぁ〜」

「なっ・・・!?阿賀野!?」

阿賀野はさっきまでの制服とは打って変わっていつもかけていないメガネにメイド服というなんとも秘書艦離れした格好で執務室に入ってきたのだ。

「阿賀野・・・!なんだよその服は!!」

「え〜良いでしょ?いつもの格好で秘書官したって面白くないしこっちの方が可愛いかなーって。そんな細かいことなんか良いじゃない早速紅茶入れてあげるね!」

阿賀野は俺の話を振り切り少し慣れない様子で紅茶を入れてくれた。

「はいどーぞ!阿賀野の愛情たっぷりの紅茶だよ」

愛情ってお前ただ持ってきたTパックにお湯かけただけじゃないか・・・

「あ、ありがとう・・・いただきます」

試しに一口飲んでみるが甘い・・・凄まじく甘い!

市販のミルクティーなんかよりずっと甘いぞこれ・・・

別に甘いものが嫌いなわけじゃないけど流石にこれは・・・

第一これ本当に紅茶なのか!?紅茶風味の砂糖水だろ!

「なあ阿賀野・・・・?」

「どうかした?」

「これ砂糖何本入れたんだよ・・・」

「5本だよ!それと隠し味にガムシロップも少々・・・」

「五本!?入れすぎだろ!」

「頭使った時は甘いものが良いんだからこれくらい甘くしたって良いでしょ?」

「それにしたってやりすぎだろ!」

「いっけなぁい阿賀野気合い入れすぎちゃったかも〜テヘッ」

阿賀野はいつにも増してあざとく振る舞う

「テヘッ・・・じゃねえよ!」

「えーでも阿賀野疲れた時はこれくらい入れて飲んでるんだけどなぁ・・・」

「マジかよ・・・」

「そんなドン引きしなくても良いじゃない!艦娘になってからお腹もいっぱい減るし甘いものだっていっぱい食べたくなっちゃったんだもん!」

艦娘になるとそんなことになるのか・・・

でも幾ら何でも阿賀野の体が心配になるレベルの甘ったるさだ。

「と、とりあえず食うもんにまでとやかく言うつもりはないけどほどほどにしろよ?」

「はーい・・・それじゃあこれも片付けちゃうね」

阿賀野が紅茶を片付けようとするが別に飲めないほどってものでもないしせっかく作ったものを捨てるのも勿体無い。

「ああいいよ勿体無いし飲むわ」

俺は意を決して甘ったるい紅茶を口の中に流し込む。

後半は溶けきっていない砂糖がドロドロと口の中に入ってくるがなんとかカップに入っている分を全てを口に含んだ。

「わぁ〜全部飲んでくれたんだありがとうおにーちゃん♡」

「ブーッ!!ゴホッゴホッ!!」

阿賀野が突然お兄ちゃんなんて言うもんだからやっとの事で口に含んだ紅茶を勢いよく吹き出してしまった

「大丈夫お兄ちゃん?」

「お兄ちゃん?じゃねえよ!第一阿賀野お前俺より年上なんだろ?」

「えーダメ?提督さんメガネっ娘好きで妹萌えだと思ったから喜んでもらえると思ったんだけど・・・それに年上って言ったって一歳二歳の差じゃない誤差よ誤差!」

「はぁ!?」

金剛と愛宕さんも同じようなことを言ってたけど一体俺の評価がどこでそうなってしまったんだ?

「はぁ?じゃないよ大淀ちゃんが好きで吹雪ちゃんにお兄ちゃんなんて呼ばせてるんだからきっとそうかなーって」

「ちちちち違うわ!別に俺は大淀のメガネが好きなわけでもないし吹雪が俺のことをそう呼ぶのは強制したわけでも頼んだわけでもなく吹雪が勝手に・・・・」

「ふぅん・・・そうなんだ でも提督さんのことお兄ちゃんって呼ぶの悪くないかもってちょっとだけ思ったんだけどなー」

お前は悪くなくてもこっちは寿命が3日は縮んだわ!

「とにかくもうその呼び方はやめろ!業務どころじゃなくなるだろうが」

「はーい・・・私長男だからそうやって男の人に甘えてみたかったんだけど提督さんが嫌ならやめまーす」

今しれっと男って言ったけど触れないでおいてやろう。

「はぁ・・・全く・・・」

「それじゃあ提督さんが吹いちゃった紅茶片付けちゃうね。あっ、そうそう!お菓子も持ってきたから好きに食べてくれて良いよ」

阿賀野はスナック菓子やらチョコレートを持ってきていた袋から取り出して机の上に置くと俺の吹き出してしまった紅茶を雑巾で拭きはじめた。

阿賀野はこちらに背を向けてしゃがんでいるがいつものミニスカートだったらパンツがこちらに丸見えになっていただろうが今日はメイド服でロングスカートだったのでパンツがこちらに見えることはなかった。

なんだか安心したような少し残念なような・・・・

それからしばらく阿賀野はおとなしくなったかと思えば

「ねえねえ提督さん。それじゃあ好みの子のタイプってどんな子なの?」

急にそんなことを聞いてきた

「はぁ!?なんつう事聞くんだよ」

「だってー特にやることもないし秘書艦とコミュニケーションを取るのも提督のお仕事でしょ?」

「だからってそれを教えてやる義理はないだろ」

「えー良いじゃない阿賀野だけに教えて?誰にも言わないからお願い!持ってきたポテチ全部食べて良いからぁ・・・」

「ね?って言われてもそんなポテチごときで買収されるわけないだろ!!」

「そこをなんとか〜お願い!」

阿賀野にじっくりと見つめられると断るに断れなくなってしまう。

男だって前提があったって顔はほぼ美少女なんだから仕方ない・・・のか?

「し、しょうがねぇな・・・じゃあちょっとだけだぞ?」

「やったー!」

「えーっと・・・清楚で優しくて・・・ちょっと年上でしっかりしてて・・・スタイルもそこそこ良さ目で・・・」

「うわなにそれ・・・ちょっと女の子に幻想抱きすぎじゃない?」

さっきまで笑顔だった阿賀野は真顔でそう吐き捨ててきた

「べっ、別にどんな子が好みかって聞かれたんだからちょっとくらい幻想抱いてても良いだろうが!」

「ふぅん・・・それじゃあ阿賀野は好みのタイプってことだ」

「どこがだよ!第一お前は男だろうが!それに暇つぶしにナンパされに行くような奴を清楚とは言わんわ!」

「ええ〜釣れないなぁ提督さん・・・でも他は大体あってるでしょ?」

確かに初めて阿賀野にあった時すごくときめいてしまったのは認めざるを得ない。

距離も近いし優しいし・・・でもそれも一瞬で打ち砕かれたんだよなぁ

そんな阿賀野と初めて会った時のことを思い出すとなんだかおかしくなって笑いがこぼれてしまった。

「なに笑ってるの提督さん」

「ああいやここに着任して阿賀野と初めて会った時の事思い出しちゃってさ・・・女の子と手なんか長らく繋いだこともなかったしまさか風呂にまで入って来るなんて思わなかったしそれ以上にまさか男だったなんて思うはずもなかったし我ながら凄まじい経験を一気にしたなって」

「そんなこともあったね〜提督さんウブすぎてすっごく可愛かったもんちょっとからかいたくなっちゃって」

「ウブで悪かったな!」

「まあそう怒らないで。あれからもうそろそろ半年だけど提督さんのおかげで阿賀野もこれまでより楽しく艦娘やれてるしすっごく感謝してるんだよ?」

阿賀野は笑顔でそう言った。

改めて言われるとすごく照れるな・・・

「そ、そうか・・・?まだまだ一人じゃなにもできない駄目な提督だと思うけど・・・」

「こーら!自分でそんなこと言わないの!あっ、そうだ!提督さんずっと座り仕事だと肩こっちゃうでしょ?マッサージしてあげる!阿賀野結構自信あるの」

「そ、そうなのか・・・じゃあお願いしようかな」

「まかせて!」

阿賀野はそう言うと俺の後ろに回り込んで肩に手を置いてゆっくり揉み始めた

「あっ、やっぱりこってるね・・・ちゃんと頑張ってる証拠だよ?」

「そ・・・そうか?」

阿賀野の絶妙な力加減は肩のこりをほぐしてくれそうですごく気持ちがいい。

ただ一つ手の動きがなにやらいやらしいのを除けばだけど・・・

「ほら・・・どんどんこりがほぐれていってるのわかる?」

「あ、ああ・・・阿賀野そこもうちょっと強くやってくれないか?」

「ん?ここ・・・?」

「あーそこそこ・・・!」

自分でもわかってなかったけど結構肩ってこるもんなんだな・・・

はぁ・・・本当に阿賀野マッサージ上手いな・・・なんだか頭もふわふわするような・・・というかなんか後頭部にふわふわしたものが当たってるんですけど!?

「な、なあ阿賀野・・・?」

「ん〜?何?」

「なんか頭に当たってるんだけど・・・」

「おっぱいだよ」

「おっぱい!?」

「だってそっちの方が気持ちいでしょ?ほらほらもっと頭を阿賀野のおっぱいに預けて♡」

阿賀野はさらに俺の後頭部に胸をぎゅぎゅっと押し付けて来る

「や、やめろ!一応仕事中なんだぞ!しかもそんな偽乳当てられたって嬉しくないからな!」

虚勢を張ってはみるもののやはり柔らかいし肩もみも相まってなのかすごく心地が良い

くそぉ・・・!これが男だって事実を持ってしてもこんな気持ちになってしまう自分が悔しい

「え〜偽乳って言うけど提督さん本物触ったことないのにそんなのわかるの?」

「う、うるさい・・・!本物のおっぱいはこんな簡単に後頭部に押し付けたりするものじゃないだろうが!おっぱいはもっとこう・・・」

「はぁ・・・やっぱり提督さん女の子に幻想抱きすぎ。女の子だって好きな男の子にこれくらいならやってあげるよ?」

「だ、だからお前は男で・・・」

「細かいことは良いじゃない。ほ〜ら♡阿賀野にもっと頭も身体も預けてもっと気持ちよくなろ?」

阿賀野は耳元でそう囁いてくる。

別に肩を揉まれているだけのはずなのに凄まじくイケナイことをしてもらっているような気分にもなるし阿賀野の甘い声とおっぱいと肩もみの三連コンボでもう頭がどうにかなりそうだ

「あっ、阿賀野・・・!」

「ふふ〜ん♪ど〜ぉ?気持ちいいでしょ?阿賀野のこと秘書艦にしたいって思ってくれた?もし阿賀野の事代理じゃなくてちゃんとした秘書艦に選んでくれたらもっと気持ち良い事してあげる♡」

こいつ完全に色仕掛けで俺を落とすつもりだ!

でもそんな事したら何より俺に仕事を任せてくれた大淀を裏切ることになる

それにこんなこと毎日されてたら気持ちいいんだろうけど刺激で身が持ちそうにない

「わ、悪いけど俺の秘書官は大淀一人だけだ・・・!」

「ふぅん・・・やっぱりダメか・・・」

阿賀野は少し残念そうに言って手を止める

「そうなんだも何も秘書官代理を決めるのが今回の目的なんだろ?俺を籠絡して正式な秘書官の座まで勝手に奪おうとするな!」

「えへへ〜バレちゃった?ま、朝の書類の整理とかお部屋のお掃除とか大変そうだしそれはそれで良いけどね〜」

「バレちゃった〜?じゃねえよ!!」

そんなことを話していると

「そろそろワタシのターンデース!」

金剛が勢いよく扉を開けて執務室に入ってきた

「えっ、もうそんな時間!?」

「そうデース!」

「う〜もっと提督さんのことからかいたかったのにぃ〜」

「良い加減俺をおもちゃにするのはやめろ!」

「えへへ〜それじゃあ提督さん!楽しかったよまた後でね〜」

阿賀野はそう言って部屋を出て行ってしまった。

「アガノも出て行ったしワタシのターンネ!よろしくおねがいしマース!」

「お、おう・・・」

「まずは早速紅茶入れてあげるネー!お茶菓子のスコーンも作ってきたヨー!本当は今日のティータイムに駆逐艦の子達と食べようと思ってましたがケンと一緒に食べれて嬉しいネー!」

金剛がバスケットに入ったスコーンを机に置いた。

焼きたてなのかほんのり甘い香りが漂ってくる。

「そんなのもらっちゃって良いのか?」

「張り切って沢山作っちゃったからまだ残ってるんデース!残った分はまた明日駆逐艦の子達にあげるから気にせず食べてくれていいヨー!それじゃあ紅茶が出来上がるまでジャストアモーメント少し待っててくださいネー」

「そ、そうか・・・」

ちょうどさっき甘ったるい紅茶を結局飲み損ねてしまったのでこれはありがたい。

それからしばらくして

「紅茶入れたヨー!一緒に飲みまショー!」

金剛は手際よく紅茶を二つ用意して部屋の隅に置いてあったパイプ椅子を俺と向かい合うように置いてそこに座った。

「どうぞ召し上がってくだサーイ!」

「あ、うん・・・いただきます」

金剛に促されスコーンを一つ口に運ぶ。

ほんのり温かで甘さも控えめで中身はしっとりしていて文句の付けどころのない美味しさだ。

紅茶も相変わらず一級品で上品な香りが口いっぱいに広がる。

「すごく美味いよ!」

「そんなに褒められると嬉しいネー!ワタシも食べマース!」

金剛の作ったスコーンと紅茶を二人で堪能した。

俺がスコーンを頬張るところを金剛は嬉しそうに見つめてくるので少し嬉しいような恥ずかしいようなそんな気分になる。

そして手は止まらずあっという間にスコーンを完食し、口の中を洗い流すように紅茶を〆に飲み干した。

「ふぅ〜ごちそうさま」

「どういたしましてデース!ケンが美味しそうに食べてくれたからワタシもベリー嬉しいネー!」

金剛は無垢な笑みを浮かべる。

一見可愛らしい少女に見える金剛だけど長峰さん達が艦娘やってた頃からのベテランなんだよな・・・

一体いくつぐらいなんだろう?

いやこの事を考えるのはよそう。

「ん〜どうしたデース?」

「ああいやなんでもない」

「そうですかーそれにしても定時連絡の記録を付ける仕事以外は特にやることもなさそうで暇ですネー・・・お掃除も行き届いてるみたいですしオオヨドのそう言うところは尊敬しマース」

金剛の言うように毎日大淀は俺より早く執務室に来て軽めに部屋の掃除をしてくれていて、その仕事っぷりには頭が下がる。

それに大淀が褒められるとなんだか自分の事のように嬉しい。

「そう言うのは大淀に直接言ってやってくれ」

「そうですネー!じゃあオオヨドの事めいいっぱい褒めてあげなきゃいけないネー!こんどお茶にでも誘ってあげるデース!」

「大淀も金剛の紅茶には勝てないって言ってたしきっと喜ぶと思う」

「oh!オオヨドそんな事言ってたデース!?嬉しいネー」

金剛はまた嬉しそうに笑った。

そこだけ見たら本当に可愛らしい女の子なんだけどなぁ・・・

それからしばらくして高雄さんからまた定時の連絡が入り、途中で金剛に代われ言われたので代わると金剛はしゅんとしてしまった。

「高雄さんからなんか言われたのか?」

「そうなんデース・・・年長者なんだからケンの事困らせるんじゃないって釘刺されちゃたデース・・・タカオ怒ると怖いからネーって誰が年長者デース!?キャリアは確かに長いけどワタシはまだまだピッチピチデース!」

一人で喋って一人で突っ込んでるよこの人。

しかしそんな言葉に過剰に反応する辺りそこそこ良い歳なんだろうなぁ・・・そうは見えないけど

「あっ、そうデース!」

「ん?なんだ?」

「アガノにはなにしてもらったんデース?メイド服着てましたケド・・・それにメガネもかけてたネーやっぱりケンメガネフェチだったんデース?」

「だから違うって!別にメガネが特別好きなわけじゃないからな!なんかいつの間にかそんなことになってただけで・・・」

「そうでしたか まあ良いデース!それでアガノにはどんなことしてもらったんデース?参考にしたいネー」

「あ、ああ・・・肩もみとか・・・」

流石に胸を押し付けられたとかそんな事は口が滑っても言えないな

「肩もみデース!?気持ちよかった?」

「ま、まあなかなか」

「そうですかーふっふっふ〜実はワタシもマッサージ得意デース!」

「そうなのか?」

「もう肩はやってもらってるなら他のところマッサージしてあげるネー!う〜ん・・・それでは海の家での立ち仕事も多そうだから足はどうデース?」

「じゃ、じゃあお願いしようかな」

「それじゃあ脱いでくだサーイ!」

「ぬ、脱ぐ!?なんで!?」

「なんでって・・・靴脱がないとマッサージできないヨー?」

なんだ靴下か・・・でももしかしたら足臭いかもしれないし脱ぐ前に確認しなくちゃ

「あ、ああ靴ね・・・わかったちょっと待っててくれるか?」

俺は椅子を回転させ金剛に背を向けて靴を脱ぎ気づかれないように足の匂いを嗅いだ

・・・・暑いし蒸れてるからかちょっと臭い・・・けどこれくらいなら大丈夫・・・だよな?

俺は不安を残したまま靴下を脱いでもう一度嗅いでみる

すると

「heyケン!なにしてるんデース!?」

急に後ろから声をかけられて体が強張ってしまった。

「あ、ああいやなんでもない!」

「あ〜わかったネー!足の匂い気にしてるんデース?別に少々臭くたってワタシは気にしないヨー?臭いまで愛してあげマース!」

う・・・バレてた・・・・

「ち、ちげーし!靴下脱ぐのに手こずってただけだし!」

「ふぅん?そうなんデース?」

金剛は不敵な笑みを浮かべた。

でもそこまで臭くないはずだし・・・大丈夫だよな

「そ、それじゃあお願いします・・・」

俺は金剛の方に椅子を回転させ足を金剛に向けると金剛は俺の前に跪くと鼻をくんくんと動かした。

「うぅん・・・年頃の男の子の足の匂いがするネー・・・」

やっぱり匂ったのか!?

もっと念入りに足洗っとけばよかったな・・・

「ごめん臭かったか?」

「NONO!これくらいの年の男の子の足の匂いデース別に臭いわけじゃないネー!それどころかワタシこの匂い嫌いじゃないネー・・・」

それはそれでどうなんだよ・・・

「そ、そうか・・・」

「はい!それじゃあ足のマッサージ始めるヨー!」

金剛はそう言うと足を手で触り始めた。

「ふわっ!」

金剛の手は少しひんやりと冷たくてそれにくすぐったかったので変な息が出てしまう。

「ん〜?くすぐったかったデース?」

「あ、ああ 足なんか滅多に他の人に触られることなんかないからさ」

「そうですよネー!それじゃあやっていきマース!覚悟は良いデース?」

「へっ・・・?覚悟・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

次の瞬間金剛は足の裏を指でぎゅぎゅぎゅっと押し始めた。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「もぉ〜ケンったら大げさネー」

別に大げさに声を上げている訳ではない。

すごい力で足のツボが押されているのだ。

その力はまさに女性のそれではなく金剛の男の部分を感じさせるものだった。

「それじゃあここ押しマース!ハートのツボデース!ケンはチェリーでウブだからきっとワタシたちにドキドキして心臓も疲れてると思いマース!だからそこの疲れを取ってあげるヨー!」

「ちぇ・・・チェリーは余計だしそんなのいら・・・」

俺がそこまでいいかけると

「えいっ!」

また金剛はグリグリと足の裏を刺激してくる

「あいでででででででで!やっやめっ・・・・!あぁっそこだめっ!もっと優しくっ・・・・痛くしないでええええええええ!!!!」

それからしばらく金剛の足つぼマッサージは続き、自分でも恥ずかしくなるくらいに情けない大声を出してしまった。

「ふぅ〜これで一通り終わったヨー!」

「はぁ・・・・はぁ・・・・・はぁ・・・・」

金剛の言葉を聞いて凄まじい虚脱感に襲われる。

それと同時に終わってみるとなんだか少し気持ちよかったようなそんな気にもなった。

でももう二度と受けたくない

「ちょっと痛かったと思うけどこれだけやればきっと元気になれるヨー!」

金剛は得意げに親指を立ててそう言った。

「は・・・はは・・・そうだといいんだけどな・・・」

すると扉が勢いよく開き

「提督さん!?すごい声聞こえたけど大丈夫!?ってててて提督さんどうしたの!?何されたの?主にお尻とかは大丈夫!?」

阿賀野が執務室に入ってくるや否や力の抜けた俺の方へ駆け寄ってきた。

「アガノー!人聞きの悪いこと言わないでくだサーイ!ただ足のマッサージをしてあげてただけデース!」

「そ、そうだったんだ・・・・よかったぁ」

「よ・・・よくない・・・」

俺は声を振り絞る

「提督さんの声聞いて飛び込んで来ちゃってちょっと早いけどそろそろ1時間経ったよ」

「むぅ〜!まだあと5分27秒くらい残ってるネー!」

「提督さんのことこんなにしちゃったんだからもう終わりでいいでしょ!」

「嫌デース!もっと秘書官やってたいヨー!!ケン?もっとマッサージして欲しいところないデース?」

もうこれ以上は俺の体が持ちそうにないぞ・・・

「ああもうこれ以上やったら提督さん死んじゃうからもうおしまい!ね?提督さんもそう思うでしょ?」

阿賀野の問いかけに俺はこくりと頷いた。

それから俺はなんとか足の痛みも引いてきて脱いだ靴と靴下を履き直した。

「それじゃあそろそろ結果教えて欲しいな〜提督さん?」

「そうデース!忘れてました!どっちが秘書艦代理にふさわしいか選んでくだサーイ!」

「う、うーん・・・・」

阿賀野はマッサージがめちゃくちゃ気持ちよかったけどなんかいかがわしいマッサージ店(行ったことないけど)みたいだったしそれ以外はうーん・・・・

でもなんだか同年代の友人の様に接してくれる阿賀野と居ると退屈でも気は楽になる様な気もする。

金剛は確かに仕事もそつなくこなせるし紅茶とスコーンも美味かったし・・・けどもうあのマッサージは受けたくないしなぁ・・・・

そんな二人のことを思い返すたび大淀はいつもひたむきに秘書艦の仕事をしてくれていることが頭によぎる。

やっぱり秘書官は大淀が一番だ。

あいつのひたむきな姿をいつもすぐ側でいつも見ているし精一杯真面目に見えないところでも頑張っている事も金剛と阿賀野に秘書艦をやってもらって再確認できた。

それに秘書艦の代わりは今思えば高雄さんがやってくれるしな!

無理に二人で白黒つける必要なんかないじゃないか

「さあケン!早く!」

「提督さん?もちろん阿賀野の方が良いわよね?」

二人が詰め寄ってくる。

「・・・・・・今回は引き分けで!」

その答えを聞き二人はぽかんと口を開ける

「waht!?何故でーす!?」

「なにその煮え切らない答え!」

「いやあの・・・・二人とも良いところもあったんだけど・・・でもどっちが秘書官に向いてるかって聞かれても二人とも得意なとこもダメなところもある訳だろ?俺にそれを選べって言われてもどっちかなんて選べないし・・・」

「・・・・・・そうなんですネー・・・」

金剛は俺の言葉を聞いて静かにそう言った。

やばい・・・怒らせちゃったかな

次の瞬間

「と言うことは次からもワタシとアガノ両方が秘書官代理・・・ということで良いのデース!?」

「は?」

「ケンは欲張りネー!代理にするならワタシだけとかアガノだけとかそれだけじゃ満足できないんですネー!」

「い、いや違うけど・・・」

「もう提督さんったらそれならそうと素直に言ってくれたらよかったのにぃ〜」

阿賀野も俺の言葉をかき消す様に金剛に同調する。

「だから違・・・・・まあ良いか」

なんだか否定するのも疲れてきたしまた高雄さんも大淀もいない状況で秘書艦代理を頼む時は二人にじゃんけんでもやってもらって勝った方にお願いしよう。

「今回はドローですが次は負けまセーン!」

「それはこっちのセリフなんだから!次は秘書艦のポジションも阿賀野がしっかりいただいちゃうよ!」

「いやだからそれは目的変わってるからダメだ」

「またばれちゃった♪テヘッ!」

阿賀野はまたあざとくすっとぼける。

「だからそれやめろ!」

「えへへへ〜」

「阿賀野楽しそうネ・・・でもワタシもケンと一緒に秘書艦できて楽しかったデース!」

なんだか一人でやるよりどっと疲れたような気もするが阿賀野と金剛はどっちも清々しい顔をしてるし艦娘同士の親交を深める良い機会になってくれた・・・・よな?

 

 そしてその日の警備任務も終わり、俺は明日の準備に取り掛かろうとしたが明日使う書類やら日誌やらの整理が一人でやる分には思ったより大変だった。

二人に手伝ってもらおうと声をかけたが阿賀野には「めんどくさいからやだ〜」と断られてしまい、金剛には「今から日課のランニングなので手伝えまセーン!ソーリーケン!それではいってきマース!」と逃げられてしまった。

結局昼間のあれはなんだったんだと不平不満を漏らしながら一人寂しく書類を片付けながら大淀へのありがたみをひしひしと感じる。

やっぱり一人でやるのって大変だし心細いな・・・

 

そしてなんとか仕事の後片付けを終え、夜約束通り夕飯前に帰ってきた那珂ちゃんや大淀、それに他の艦娘たちと共に夕飯を済ませ部屋に戻ろうとした時の事

「ね、ねえ謙ちょっとこっちきて?」

大淀に声をかけられ誰もいない廊下に連れ出された。

「ん?なんだ?」

「今日は仕事ほっぽり出しちゃってごめん」

「ああいや俺が勝手にやった事だから気にすんなって」

「そう・・・ありがとう。でも謙がちゃんとできてるか心配で・・・」

「あ、ああ・・・大変だったなぁ」

大淀がいなかった時に起こった事を教えたら流石に怒られそうだから黙っておこう

実際最後の方は俺一人で片付けたんだし嘘はついてない

「それでね?今朝も言ったけど・・・・謙にご褒美があるんだ」

そういえばそんな事言ってたな

「ご・・・ご褒美・・・?」

「あのね?今夜私の部屋に来てくれない?」

「えっ!?」

「この間言ったでしょ?私がお願いしたら一晩二人っきりで過ごしてくれるって」

「え、ええ!?で、でもそれって俺たちにはまだ早いんじゃないかなーって」

「・・・もう本当に謙は相変わらずエッチなことしか考えないんだから・・・バカ・・・」

大淀は恥ずかしそうに言った。

「だ、だからそんな顔赤くして今のお前に言われたらそうかもしれないって勘ぐっちまうだろ!このあいだのこともあるし・・・・」

「こ、このあいだの質問は忘れてよ!ただ久しぶりに謙と遊びたくなっただけ・・・だから・・・」

なんだよそれ・・・でもそれとご褒美にどんな関係があるんだ?

「・・・んでご褒美ってなんだよ」

「それはナイショ・・・と、とにかく!今夜の11時くらいに私の部屋に来て!それじゃあまた後でね!!」

大淀はそう言うとそそくさと部屋の方へ走って行ってしまった。

多分この間俺が愛宕さんの部屋で事故とはいえ一晩過ごしてしまったことに対抗意識的なものがあるんだろう。

でもなんでだ・・・・?

あいつとは徹夜で遊んだりすることだって何回もあるような仲のはずで久々にそうやって遊びたいって言われただけなのにすごくドキドキしてる自分がいる。

あいつは秘書官の大淀で・・・そのす・・・・嫌いじゃないし可愛いとか思っちゃったりしてるど・・・・あいつは俺の親友の淀屋なんだ。

俺たちの間にあるのはそんな複雑なものじゃなくて友情のはずなんだ。

何回も自分に言い聞かせてきたそんな言葉をまた何度も心の中でくりかえす。

でも俺の胸の高鳴りは全く治る気配がない。

ひとまずこんな廊下で突っ立ってても何も起こらないし時間もまだあるしそのままとぼとぼと自室へと歩みを進めた。

本当に一晩あいつと何事もなく過ごすことができるんだろうか?

そんな一抹の不安とそれとは別にどこからか沸いてくる高揚感が俺の胸の中でせめぎあっていた。




いつも拙作を読んでいただきありがとうございます。
今回同人誌を出してとあるイベントにサークル参加するプロジェクトを一人で勝手に立ち上げました。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=208251&uid=190486
詳細は上記URLの活動報告に書いているので応援してくださると嬉しいです。


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変わるもの変わらないもの

 「はぁ・・・・」

自室に戻った俺は大きなため息をついてそのままベッドに倒れ込んだ。

別にあいつの部屋に行くのは初めての事でもないしなんてことないはずだとわかっているはずなのだがどうしてもどこかで物怖じしている自分がいる。

あいつの部屋に行ってあの頃みたいに遊ぶってだけなんだぞ?

ただそれだけ・・・・それだけの筈なのにこの間あいつに愛宕さんの話をした時の事を思い出すとそれだけで済まないような気がするのだ。

「あーなんで俺こんなに悩んでんだろ・・・」

自分でもなんでこんなに物怖じしているのかわからず口から自然とそんな言葉が漏れていた。

「あっ、お兄ちゃん帰ってたんだ」

「うぉお!」

突然風呂場の方から声が聞こえて驚く。

振り向くと風呂上がりの吹雪がこちらをみていた。

「も〜そんな驚かなくても良いでしょ?お風呂上がったからお兄ちゃんも冷めないうちに入ってね」

「あ、ああ・・・そうだな」

「そうだお兄ちゃん?」

「ん?なんだ?」

「晩御飯食べ終わったあと大淀お姉ちゃんとどっか行ってたよね?どこ行ってたの?」

「えぇっ!?ああいやなんでも・・・・なんでもないぞ?」

「え〜本当?」

「ほ、本当だって!ただ明日の予定の確認をしてただけだよ」

「ふぅん・・・そうなんだ」

そうだ。今晩出かける事吹雪に言っておかないと心配するだろうなぁ

でも正直に大淀の部屋に行くなんて言ったら吹雪も来たがるだろうし・・・

「な、なあ吹雪?」

「ん?どうしたのお兄ちゃん」

「今日これから出かけなきゃいけないんだよ」

「出かける?こんな夜遅くからどこいくの?」

「ちょっとな・・・」

「ちょっとって・・・?いつ帰ってくるの?」

「うーん・・・ちょっとわからないんだよ。明日までには帰れるとは思うんだけど夜は遅くなりそうだから今日は一緒に寝れないんだごめん」

「それじゃあ私も一緒に行く!」

「そ、それはダメだ!吹雪は明日も朝から警備の当番だろ?今日だって1日演習に警備に忙しかったんだから寝た方がいい」

「はーい・・・お兄ちゃんがそう言うならそうするね」

吹雪は残念そうに言った。

ただ吹雪を置いて大淀の部屋に行くだけなのにそこを曖昧にした事に罪悪感を覚えてしまう。

「ごめんな吹雪・・・一人で寝れるか?もしダメそうならまた天津風か春風に頼んでくるぞ?」

「ううん!いいよ。私だってほんとは一人で住まなきゃいけないのに無理言ってお兄ちゃんのお部屋に住ませてもらってるんだもん。これ以上お兄ちゃんに迷惑かけちゃいけないし1人で寝るくらいちゃんとできる様にならないとダメだよね・・・だからお兄ちゃんは私のこと気にしないで私がんばっちゃうんだから!」

吹雪はどこまで行っても健気な子だ。

やっぱりそんな吹雪を置いて行くのもやっぱり悪い気がする。

「吹雪ごめんな・・・」

「なんでお兄ちゃんが謝るの?私だってそれくらいできるから心配しないで行ってきて!」

吹雪は俺に心配をかけまいとそう言ってくれたように感じた。

「ありがとう吹雪。それじゃあ湯冷めしないうちに着替えろよ?俺も風呂入っちゃうからさ」

「うん!」

吹雪が着替え始めたのを見計らって風呂に入る。

金剛に足が少々でも臭うと言われてしまったこととこれから大淀の部屋に行くことを思うと気合いが入ってしまい気付けばいつもよりも念入りに体を洗った。

そして風呂から上がると吹雪は寝巻きに着替えて一人ベッドに座っている。

時計はまだ10時指していて、約束の時間までまだまだ時間はあるがなんだかこのまま部屋にいるのも気まずい・・・

そんな感情をまぎらわすためにいつもはそんなことしないが鏡を見てドライヤーで髪を乾かしながら簡単に整えた。

別に多少髪がボサボサだろうが大淀も気にしないだろうけど今日は何故か特段気になってしまう

「・・・よし・・・これで変なところとかないよな?」

鏡に向けてそう呟いて洗面所を出ると

「お兄ちゃん?」

急に吹雪に話しかけられたので体がびくりと跳ねてしまった。

「な、なんだ?」

「今からお出かけするのに部屋着なんだ」

「あ、ああ・・・そうだな」

別にやましいことなんてないはずなのに目が泳いでしまう。

「む〜なんか怪しい」

吹雪がこちらに詰め寄ってくる。

「そ、そんなことないぞ!ただ大淀の所に行くだけだからさ・・・!別に怪しいこともやましいこともない・・・ぞ?」

「えっ・・・?」

あ、言っちゃった・・・

「ああいや違うんだ!大淀とあのーそうそうあれだ鎮守府の今後について話さないかって言われてさ・・・・ははは・・・」

俺は適当に理由を誤魔化した。

「そっか・・・うん。お兄ちゃんはこの鎮守府の司令官だもんね!こんな夜遅くまで鎮守府のことを考えるなんてさっすがお兄ちゃん!お仕事頑張ってきてね」

吹雪にそんな尊敬に近い眼差しを向けられ、出任せとは言え嘘をついてしまった罪悪感で心が痛い。

「あ、ああ・・・頑張ってくるよ」

「お兄ちゃんが頑張るんだから私も頑張らなくっちゃ!だから今日は一人で頑張って寝るね!」

「急でごめんな。明日はちゃんと一緒に居るから」

「うん!」

「それじゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃい!」

まだ約束の時間まで余裕もあるのに俺は吹雪から逃げる様に部屋を飛び出してしまった。

まだ一時間くらいあるけどどうしたもんかなぁ・・・

部屋の前でぼーっと突っ立っていたが時間が経つにつれて胸の高鳴りがどんどん激しさを増す。

このまま時間まで何もしていなかったらおかしくなりそうで居ても立ってもいられずしばらくただあてもなく鎮守府の宿舎棟をうろうろしていたがこんなのただの怪しいヤツじゃないか!

なんで親友の部屋に行くだけなのにここまでドキドキしなきゃならないんだよ!!

ひとまず外の空気でも吸って頭を冷やそうと鎮守府の敷地内にある波止場の方へ向かうと波止場の方から歌声が聞こえてくる。

透き通った綺麗な歌声だ。

俺はその歌声に引き寄せられる様にして外に出ると暗くてよく見えないがセミロングくらいの女性が海に向かって一人で歌を歌っている。

その女性が歌っているのは子供の頃うっすらテレビで聞いたことのある少し古めのアイドル歌手のバラード調の歌だった。

部外者なら今すぐにでも声をかけて事情を聞かなきゃいけない所だけど真夏で少し蒸し暑いとは言え心地よい夜風と波の音、そして月明かりと灯台が照らす暗闇の中で歌う女性の醸し出す不思議な雰囲気にそんな事も忘れるくらいに俺は見惚れていて、歌が終わると自然に拍手をしていた。

その拍手に気づいたのか女性がこちらに振り向く

「えっ、提督・・・?那珂ちゃんのシークレットライブ・・・もしかして聞いてた?」

今この人那珂ちゃんって・・・

暗くて顔もよく見えなかったし、髪型もお団子みたいに結ってないし雰囲気もいつもみたいに明るい感じではなかったので気づけなかったが確かにその声は那珂ちゃんのものだった。

「えっ・・・那珂ちゃん!?」

「へへ・・・提督?那珂ちゃんのライブを特等席で聞けちゃうなんてとってもラッキーだよ?どうだった那珂ちゃんの歌?」

暗くて表情はよくわからなかったがその口調はいつものうるさいくらいに元気一杯な那珂ちゃんとは違ってどこかしおらしい感じがした。

「え?ああ上手かったよ凄く。ついつい聞き入ってた」

「そう・・・なんだ。那珂ちゃんうっれしぃ!」

那珂ちゃんさっきまでとは打って変わっていつもの様なわざとらしいくらいにあざとい口調でそう言った。

なんだかそんないつもの口調を聞けて少し俺は安心する。

「はぁ・・・やっぱり那珂ちゃんだ」

「も〜なにそれ?」

「さっきまでの雰囲気いつもと全然違ったなって。なんというか綺麗だった・・・最初は別人かと思ってたんだけどさっきのでやっぱ那珂ちゃんだなって確信できて安心したんだよ」

「ふふっ!変な提督さん!那珂ちゃんはぁ那珂ちゃんだよ〜?」

那珂ちゃんがさっきまでが嘘の様にうざいくらいのぶりっ子をかましてくる

「はぁ・・・・褒めて損した気分だわ」

「も〜何それ!」

「いつもここで一人で歌ってるのか?」

「うん!アイドルにはボイトレが大事だからね!この時間ならここだと誰もこないし静かだからここでこうやって歌の練習してるの!」

「そ、そうだったのか・・・結構熱心なんだな。いつも自分で勝手にアイドルだって言ってるだけだと思ってた」

「む〜それは那珂ちゃんには禁句だよ〜?でも・・・今のところはそうなんだよね」

那珂ちゃんは肩を落とす

「今のところ?どういう事だ?」

「ううん!なんでもないよ!キャハッ」

「なんだよそれ気になるなぁ」

「男の子なんだから細かい事気にしないの〜!あっ、そうそう!提督大淀ちゃんに呼ばれたんでしょ?」

「え、ああ・・・そうだけど・・・」

「ふっふっふ〜大淀ちゃんすっごく気合い入ってたもん!期待してもいいと思うよ〜?」

「気合い・・・?なんのだ?」

「それはお部屋に行ってからのお楽しみ〜!今日は提督が大淀ちゃんのこと貸してくれたおかげですっごくたのしいオフだったよ!ありがとね」

「あ、うん・・・楽しかったなら良かった。大淀もずっと休んでなかったしたまにはそういうのも必要だよな・・・おかげであいつが居ないとどれだけ大変かって身にしみてわかったよ」

「どういたしましてだよ提督!ところでこんなところで油売ってて大丈夫?」

那珂ちゃんに言われて持ってきた携帯を確認するともう10時55分が示されている

「やべえ!もうなんだかんだで約束の時間じゃないか」

「も〜提督ったら那珂ちゃんの歌に聞き惚れちゃうのは仕方ないけど約束は守らなきゃね〜それじゃあ頑張っていってらっしゃ〜い」

那珂ちゃんがこちらに手を振ってきた

「あ、ああ!それじゃあな!練習もいいけど明日に備えてちゃんと休むんだぞ!」

そう言い残して大淀の部屋へ向かおうとした時

「ちょっと待って」

急に那珂ちゃんに呼び止められた。

「なんだよ!?」

「那珂ちゃんの歌・・・聞いてくれて・・・それに褒めてくれてありがと・・・!この時間は毎日ここで歌ってるから気が向いたらまた聞きにきて欲しいの・・・なんちゃって」

「ああわかった!それじゃあな!」

那珂ちゃんとそんな約束を交わして俺は大淀の部屋へと急いだ。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

なんとか大淀の部屋の前にたどり着き時間を確認すると10時59分。

なんとか間に合った・・・

俺は恐る恐るドアをノックすると

「は〜い!謙?」

「ああそうだ・・・約束通り来たぞ」

「うん!待ってたよ!鍵は開けてあるから早く入ってきて!!」

大淀の嬉しそうな声が部屋の中から聞こえたので俺は恐る恐るドアを開けた。

「・・・・た・・・たのもう・・・」

緊張からかそんな言葉が自然に口から溢れる。

大淀の部屋は以前にも一度入ったがあの時と比べてかわいらしいぬいぐるみがたくさん置かれていて可愛らしい内装だ。

ただ本棚にスプラッターホラー系のDVDが置かれていることを除いてはだけど・・・

「も〜道場破りじゃないんだから早く座って!」

大淀は床に敷かれているふわふわしたカーペットの上でちょこんと座って隣に座れと言わんばかりにカーペットをポンポンと叩いている。

ひとまず大淀の格好は心配していた愛宕さんがこの間着て居たような露出度の高い服ではなく可愛らしい女物の寝巻きだった。

はぁ・・・流石にあんな格好はしてなかったか。

俺はひとまずそのことに安心した反面少し残念な気分になった。

「・・・で、なんで俺を呼んだんだよ・・・?」

「言ったでしょ?久しぶりに遊ぶの!はいこれ」

大淀はそう言うとこちらにゲームのコントローラーを手渡してきた。

「そういや買ったって言ってたな」

「うん!またこうやって謙と一緒に部屋でゲームがしたくって」

大淀は目を輝かせている。

その顔はまるで以前の淀屋を見ているようだ。

「そ、そうか・・・・じゃあやるか」

「うん!私負けないから!」

大淀に言われるがまま俺は大淀と対戦を始めた。

そして追い詰められたもののなんとか俺が勝利を収めると

「あ〜まけちゃったぁ!もうちょっとだったのにぃ!!」

大淀がそう言ってこちらにもたれかかってくる。

な・・・なんというか距離が近い・・・!

こんな肩と肩が当たるような距離でゲームなんて昔はしてなかっただろ・・・!?

それになんだろう・・・今日の大淀いつもより綺麗・・・というか色っぽい気がするし髪からはすっげぇいい匂いもするし爪もなんかツヤツヤしてるし薄いピンク色してないか?

寝巻きなのにいつもよりめかしこんでるだろこいつ・・・・!!

大淀は男で俺の親友なのにそう思えば思うほどに彼を逆に異性として意識してしまいそうな自分がいる。

それに技が決まったりピンチになったりした時にいちいちいじけたり喜んだり今まで気づかなかっただけで昔からこんな感じの事してたような気もするけど今はすごく可愛く見えてしまう。

結局そのあとはゲームよりゲームをプレイする大淀のそんな姿が気になって全然ゲームに集中できずぼろ負けしてしまった。

「やったー!また私のかちぃ!」

「お、おう・・・」

「ふふ〜ん!私ひとりでずっと練習してたんだからこれくらい当然だよね!」

「そ、そうだな」

「も〜なんかノリ悪いよ謙・・・!あっ、そうだ!もうゲームも結構遊んだしこれ見ようよ!」

そう言うと大淀は棚からDVDを取り出した。

「えっ・・・」

「これ!THAT!最近リメイク版のDVDを今日ショッピングモールで見つけたから買っちゃったんだーずっと見たかったんだけどせっかくなら謙と一緒に見たいなって」

THATって土管からなんかやばそうなピエロが出てくるやつじゃん

ネットで少し前に流行ったような気もするけど元は結構怖い話らしいし・・・

「な、なあ・・・俺ホラーダメなの知ってるよな?」

「うん!でも私も怖くて・・・・だから一緒に見てくれない?お願い・・・!」

高校時代にもよくホラー映画を淀屋に見せられたなぁ・・・

やっぱりそういうところも含めて淀屋の芯までは変わっていないことを再確認して少し安心する。

そんなことすら懐かしくなるくらいには最近淀屋と映画見たりもしてなかったしちょっとくらいなら付き合ってやるか。

「あ、ああ・・・・少しだけなら・・・」

「ありがと謙!大好き」

「へぇっ!?」

その言葉で一瞬心臓が止まるかと思うくらいにどきっとしてしまった。

落ち着け・・・こいつは淀屋なんだぞ?

「ふふっ!そんなびっくりしなくても良いでしょ?これからもっとびっくりしなきゃいけないんだから・・・それじゃあ再生するね あっ、そうだ。電気消した方が良いよね?」

大淀は不敵な笑みを浮かべるとDVDをゲーム機に入れて再生ボタンを押したあと照明を消した。

それからしばらく映画を見る事になったのだが

土管から突然出てきたピエロが関わった人々をことごとく追い詰めていく様がそれが怖いのなんの・・・

「うわぁぁあぁぁぁ!!」

恐怖で身をこわばらせていると

「きゃー謙こわーい」

大淀は全然怖がってるようには聞こえないがそんなことを言って抱きついてきて身動きが取れなくなってしまい、恐怖とはまた違う感情が俺の鼓動をさらに早めていった。

「ひっ!!・・・・大淀!?」

画面の前では恐ろしい出来事、そして真横では一見美少女・・・?になった高校時代の男友達に抱きつかれるという世にも奇妙ななんとやらに勝るとも劣らない奇妙な状態に身を置かれている。

でもなんだろう・・・今の大淀凄く良い匂いもするしなんだか柔らかい・・・それにクーラーの効いた部屋だからか大淀の体温が直に伝わってきて暖かい・・・

もう少しこのまま大淀のことを感じていたい

目の前の映画が怖すぎてそんな大淀の温もりに逃避したいと思ってしまう。

ああでもダメだこんなの!これ以上大淀の事を受け入れていたら本当に淀屋が・・・親友が消えてしまいそうな気がしてそんなのは目の前のホラー映画なんかよりもずっと怖い

「ちょ・・・淀屋!なにしてんだよ離れろって!!」

思わず彼の名前を俺は口に出してしまう。

でも間違ってないんだから離れてくれよ・・・・!

俺とお前はこんな夜中にホラー映画を見ながらくんずほぐれつするような仲じゃなかったはずなんだぞ・・・・?

「もぉ〜今の私は大淀だよ?ちゃんと大淀って呼んでくれなきゃ離れてあげないから」

大淀はさらに腕でぎゅっと俺の体を締め付けてきて控えめだけど柔らかいものが俺の腕辺りに押し付けられていく

「はうっ・・・!」

な・・・・なんでこいつの胸こんな柔らかいんだよ!

一年くらい前までは平坦で固そうなただの胸板だったのに!!

淀屋の体が艦娘になって変わってしまった事をまた一つ身を持って痛感してしまう。

「お、大淀・・・離れろって・・・・」

俺はしぶしぶ今の"彼女"の名前を呼び直す

すると

「ねえ謙?もっと私の名前呼んで?」

「はぁ!?」

なんでそうなるんだ!

それにこれ以上今の大淀に深入りしすぎたらこいつが艦娘から元の淀屋に戻った時俺はどう接してやれば良いのかわからなくなっちまうだろ!

結局そのあとは映画が終わるまで大淀は抱きついたままだったし俺は言葉を一言も発することはなかった。

映画が終わって大淀は電気をつけたりDVDを片付けるためにやっと俺から離れてくれた。

「はぁ・・・・やっと終わった・・・」

俺は二重の意味で安堵の息を漏らす。

「はぁ・・・面白かった!それにしても謙は相変わらずこう言うのダメだね!」

そんな俺を見て大淀は嬉しそうにしている。

その言葉は以前からホラー映画を一緒に見せられる度に聞かされていた言葉だったが今日はなんだかいつもとは違うように感じてしまった。

俺はなんとかこの状態から脱しようと部屋をキョロキョロと見回し、壁にかけられていた時計が午前3時15分を指している事に気づく。

「もう3時か・・・」

「そうだね・・・もう明日もお仕事だし寝なくっちゃ」

「そ、そうか・・・それじゃあ俺はそろそろ帰るぞ?邪魔しちゃ悪いし・・・」

「え〜本当に帰れるの?もう消灯の時間とっくにすぎてるよ?」

大淀はニヤニヤとこちらを見つめてきた。

確かに夜電気も付いてない宿舎棟めちゃくちゃ怖いんだよな・・・

あんな怖い映画を見た後だからなおさら・・・

「べっ・・・別にホラー映画見たあとだから暗いのが怖いとかそんなこと思ってるわけ・・・・」

俺は虚勢を張ってドアを開けて見ると廊下に緑色の非常口を示す灯りと消火栓を示す赤い光が薄ぼんやりと見えるだけの暗闇が広がっている。

別にこわくねーし?

ここまで歩いてきた訳だし?

暗闇からピエロが襲いかかってくるとか思ってねーし・・・?

自分にそう言い聞かせて外に足を踏み出そうとしたその時

「わっ!」

「ひゃわぁっ!」

後ろから大きな声がして驚いた俺は情けない声を出してその場で尻餅をついてしまう

「あはっ!謙やっぱり怖いんじゃない」

大淀がこちらを見て笑っている。

悔しいが確かにすっげぇ怖い

「わ・・・悪いかよ・・・」

「やっぱり謙は怖いの相変わらずダメだよね。だから今日は一緒に寝ない?大丈夫朝はちゃんと私が起こしてあげるから!」

大淀は尻餅をつく俺に手を差し伸べてそう言った。

「いやいや大丈夫もなにも一緒に寝るなんて」

「いつも吹雪ちゃんと一緒に寝てるんでしょ?それなら私とだって一晩くらい一緒に寝てくれたっていいんじゃない?」

「その理屈はおかしいだろ!なんでそうなるんだよ・・・・」

「前は愛宕さんと一緒に寝たって言ってたよね?それなのに私とは寝てくれないの?」

「その言い方は語弊があるからやめろ!もう帰るからな!」

「でも外は暗いし怖いんでしょ?」

「確かにそうだけど別に何が出るてわけでもないし・・・」

「1日くらい良いでしょ?ね?謙と私の仲じゃない!それとも私と寝るの・・・嫌?」

大淀は寂しそうにこちらを見つめてきて大淀のいつもよりも艶のある唇や長いまつ毛に目がいってしまう。

なんで親友の事をそんな目で見てるのかと自分に問いただすもののやはり今日の大淀はいつになく綺麗で色っぽく見えるのだ。

そんな大淀にも逆らえず、外に出るのもなんだか怖いので

「しょ・・・しょうがないな・・・」

俺は大淀の手を取って立ち上がった。

「やったぁ!それじゃあ早く!一人用のベッドで狭いけどどうぞ?」

大淀はベッドに入ると掛け布団を持ち上げ俺を呼んだ。

もうこうたった以上は仕方ない・・・!

俺はただ親友と一緒に寝るだけ・・・俺はただ親友と一緒に寝るだけだから・・・

自分にそう言い聞かせてみるがそれはそれで相当やばい気がする。

「そ・・・それじゃあお邪魔します・・・」

「そんなに緊張しなくて良いでしょ?私と謙の仲じゃない」

「そ・・・そうだけどお前とこんな密着して一緒に寝たことなんて昔も今もなかったろ!?」

「ふふっ!そうね」

恐る恐る布団に入ると体が大淀に当たり、その度大淀の体温や大淀の体の硬さや柔らかさが服越しにこちらに伝わってくる。

そりゃこんな狭いベッドで二人で寝るんだから当たり前だろうけど体が触れ合う度に心臓の鼓動が早くなっていき、俺は思わず大淀に背中を向けた。

これ以上近くであいつを見てたらもうおかしくなってしまいそうだったからだ。

いや・・・親友にこんな感情を少しでも抱くなんてもうとっくにおかしくなってんのかな・・・

「ねえ謙こっち向いて?もっと私のこと・・・見て?」

大淀が背中を優しく撫でてくる。

「ひぅっ・・・!」

たまらずそんな息が漏れてしまった

「もう・・・なんで背中向けるの?謙の顔もっと近くで見てたいの・・・・謙はそんなに私の顔見たくないの?」

「い、いや別にそう言う訳じゃないんだけど・・・」

「・・・謙、最近私に冷たいよね?」

「・・・へっ!?」

「だって・・・吹雪ちゃんたちや金剛さんたち・・・それに愛宕さん達とだってお仕事の時以外も仲良くしてるのに私とはお仕事の時以外一緒に居てくれないじゃない」

「そ・・・・それは・・・・」

執務室で話したり時間を共にしたりしていて気づかなかったけど確かに思い返してみると大淀とは仕事が終わった後たまに一緒に飯を食うくらいでなにか話したりだとかはあまりしていないような・・・

「やっぱり私の事・・・気持ち悪いオカマだって思ってる?」

「そんな訳・・・ないだろ?お前は俺の大切な親友で・・・」

大淀はまだあの日の言葉を気にしているようだ。

きっと凄く傷ついたんだろうな・・・

罪悪感が俺の中でまた膨れ上がっていく。

「親友で・・・それだけ?」

「それだけじゃないけどさ・・・大切な存在だよ」

「具体的には・・・・?」

「ぐ・・・具体的にって言われても・・・」

本当はその答えを俺は持っているし今の大淀との関係を親友なんて言葉で片付けるにはあまりにも親密になりすぎた。

でも本当に大淀のことを愛してしまったら?

そうなってしまったら大淀は淀屋に戻れなくなってしまうかもしれない。

俺は約束したんだ。淀屋を元に戻すために提督として頑張っていくって!

でもそのためのゴールはまだ見えないし大淀が淀屋に戻れる日は本当に来るのだろうか・・・?

だからこそこれ以上大淀のことを好きになってしまったら・・・

「ごめん淀屋!今のお前も俺に取ってはかけがえのない大切な人・・・だけどやっぱり・・・これ以上お前のこと好きになっちまったらお前が淀屋に戻れなくなるような気がして怖いんだ・・・!俺とお前は親友で・・・・そんな親友だったお前を失いたくないんだ・・・約束しただろ?お前を元に戻してやるって!だから・・・」

俺がそこまで言いかけると

「ごめんね謙、そんなに私のこと考えてくれてたんだ・・・でもね?実は謙に嘘ついてたの」

大淀は遮るように言った。

「・・・嘘?」

「一度艦娘になったらもう二度と人には・・・普通の男の子には戻れないの」

「嘘・・・だろ?嘘だよな?」

「いいえ・・・嘘じゃないの・・・でもそれも私が選んだことだから」

そんな・・・俺の役に立ちたいなんていう理由だけで俺なんかのためにこいつは普通の男であることを捨ててまで艦娘になったってのか!?

そんなの俺が淀屋の人生を奪ってしまったって事じゃないか

きっといつかまた男同士笑って話せる日が来るってそう思ってたのに・・・

俺のせいでそんなことすらもうできなくなっていたなんて・・・

「そ・・・そんな・・・俺のせいで・・・」

「謙のせいじゃないよ。私がただこうしたかっただけ・・・」

「でも俺なんかのために二度と戻れないって知っててこんな事を!?」

「うん・・・最初から全部知ってた。それでも私は謙の役に立ちたかったし謙のそばに居たかったの」

「そんな・・・じゃああの時の約束はなんだったんだよ・・・」

「ごめんね・・・いずれちゃんと話そうと思ってたの・・・でも艦娘になってからどんどん謙の事を親友としてじゃなくて一人の男の子として好きになっちゃって・・・嘘だっていつの間にか言えなくなってもう後戻りできないところまで来ちゃったみたい」

「大淀・・・」

「だけどこの間今の私のことも昔の私のこともどっちもひっくるめて受け入れてくれるって言ってくれて・・・凄く嬉しかった。その時謙言ったよね?自分に正直にいて欲しいって」

「あ、ああ・・・」

確かにこの間俺は大淀のことを受け入れた。

でもそれは大淀の中にしっかり淀屋を感じることができたからだし秘書艦としても男友達としても・・・そして・・・・好きな人としても全部含めたこいつのことを大切に思っていたはずだった。

でもそれがどれだけ大変なことか今気付いてしまった。

いいや本当はもっと前から気付いてたのかもしれない。

これ以上大淀としてのあいつに心を許したら以前の親友になんか戻れないって事に

その事に目を瞑って俺は大淀も淀屋も大切だなんて無責任なことを言ってしまっていたんだ。

「だから言うね?私、謙の親友としてでも艦娘の大淀としてでもなく恋人として謙の事・・・好きになっちゃダメかな?身体は男の時のままだけど・・・もう艦娘になって心は男の子じゃいられなくなっちゃった・・・だから言うね?私は謙の事が好き・・・もっと謙と一緒に同じ時間を重ねてもっと謙を知りたいよ・・・だから私を・・・前までの謙の親友の淀屋大としてじゃなくもっとあなたにとっての特別な人にしてくれませんか?」

背中から聞こえて来る大淀の声は震えていた。

もうどっちつかずじゃ居られない。

あの日からずっと逃げて来た選択をする時が来たんだ。

「お、大淀・・・俺もお前のことが好きだ・・・もう愛してるって言葉くらいしか出てこないくらいに・・・」

「謙・・・・ありがと・・・それならこっち向いて?」

「あ、ああ・・・」

大淀に言われるがまま俺は大淀の方に寝返りを打つとその先にはもちろん大淀の顔があるのだがやはりいつもよりまつげもなんか長いし唇も綺麗だし・・・

「な、なあ大淀・・・?」

「ん?なぁに謙?」

「お前化粧してるのか・・・?」

「お化粧なんてここ最近は毎日してるよ!気づかなかったの?って言ってもでも薄くだけど・・・謙は鈍感だからそんなことも気づいてくれてないんだ」

「ご、ごめん・・・・」

「これでも少しは謙の秘書艦として恥ずかしくないように綺麗な大淀で居ようって頑張ってるんだよ?髪だって長くてお手入れ大変なんだから・・・それに今日は特別。那珂ちゃんに化粧品教えてもらっていつもと少し方法も変えてみたの。少しはいつもより可愛い女の子に見える・・・かな?」

大淀の頬が少し赤くなっているのがわかった。

大淀なりに可愛く見られるように努力したんだろう。

俺に思いを伝えるために。

「ああ。いつにも増して綺麗だ・・・と思う」

「もう!思うって何!私いじけちゃうよ?」

「ご、ごめん・・・」

「謙さっきから謝ってばっかりじゃない!それじゃああの時してくれた事してくれたら許してあげる」

大淀はそう言うと目をつぶって唇を尖らせた。

あの時した事って・・・キスだよな・・・

そんな親友とキスするなんて・・・と思う自分も居たが大淀は俺のために艦娘道を選んでこうやって目の前にいる。

そんな彼女が凄く愛おしく思えるし俺もそんな彼女に答えてやりたい。

俺はゆっくりと大淀と唇を重ねた。

「んっ・・・・はむぅっ・・・・」

大淀から甘い息が漏れ出して来る。

そのまましばらく俺は唇と唇が合わさる感覚を味わっていた。

「はぁっ・・・♡この間より長くキス・・・しちゃったね」

「ああ・・・」

「謙、さっきこれ以上大淀の事を好きになったらそれ以前の私が消えちゃうんじゃないかって言ったよね?」

「あ、ああ・・・」

「確かに今の私は前までの私からは凄く変わったって思う。でもその思い出も・・・謙を大切に思う気持ちも好きなものもぜーんぶ変わらないから!だからそんな事気にしないでこれからも一緒に昔と変わらず一緒に話して笑いあったりゲームしたり映画見たりしようね」

大淀はにっこりと微笑む。

その笑顔には確かに彼の面影を感じた。

彼がどれだけ変わってしまっても俺が大淀になった彼を好きになってもしっかり以前の彼は変わらずに居る。

そんな親友を異性として受け入れて唇を重ねてしまったが嫌悪感は一切なく、ただ今までの事に白黒がついて雲が晴れたような爽やかな気分だった。

「大淀・・・」

「ん?なあに・・・?」

彼女を恋人として受け入れて・・・それに同じベッドの中でキスまでしたらそのあとする事といえば・・・もうあれしかないよな・・・・

でも男同士でする方法なんか女とするやり方だってしらないのにどうすりゃいいんだ?

こう言う時は俺がリードしてやったほうがいいのか?

いやまずリードってなんだよ・・・・

ああもうダメだ!天井のシミを一緒に数えようぜ!なんて適当な事言ってみるか

「な、なあ・・・てっ天井のさ・・・・シミをさ・・・」

「ん?天井がどうしたの?」

「あっ、いやその・・・俺とその・・・・」

「あっ、ごめんなさい寝る前にお化粧落とさないとお肌荒れちゃうかも・・・ちょっとお化粧落としてくるね」

大淀はベッドから降りて一人洗面所へ向かってしまった。

はぁ・・・・やっぱ俺と大淀にキスより先のステージはまだ早いか・・・

俺は少し残念に思った反面凄く安心した。

「おまたせ・・・あんまりお化粧してないところ見られたくないんだけど・・・」

それからしばらくして化粧を落とした大淀が証明を消した後戻って来た。

枕元にあったライトをつけて大淀の教条を伺うがその顔は化粧を落としても以前の淀屋のものとは違いどこか色っぽさや愛らしさを感じた。

「今のお前は別にそんな化粧しなくたって十分可愛いよ」

「謙・・・いつからそんな気の利いた事言えるようになったの!?」

「べっ・・・別に気を利かせたわけじゃなくて本心だっての!」

「ほんとに〜?」

「ほんとだって」

「そっか・・・じゃあ寝よっかおやすみ。明日からも私のこと不束者だけどよろしくね?」

「不束者って・・・まだまだ気が早すぎやしないか?」

「も〜さっきの気の利いた事言えるってところ撤回するよ!?」

「あはははは悪い悪い!それじゃあまた明日な!」

「も〜そうやってすぐに誤魔化すのもずっと変わらないんだから」

「そうか?お前もそうやってすぐへそ曲げるところは相変わらずだな」

「なんですって〜?ふふっ!でも私たち心と関係が変わってもやっぱり変わらないのかもしれないね」

「ああ。そうかもな」

彼女との関係は以前とは大きく変わったけどやっぱり関係が変わっただけで彼女の芯は以前と変わりない。

なんだかそんな彼女を今まで些細な懸念で距離を置いて居た事がバカバカしくなって少し笑みがこぼれてしまった。

「それじゃあライト消すね?おやすみ」

「ああおやすみ」

大淀が枕元のライトを消し、そのまま俺は彼女の温もりを肌身で感じながら狭い布団で眠りにつく。

その狭さと彼女の暖かさがが不思議と心地よかった。




前回のお知らせの第二報があります。詳細はこちらのURLからhttps://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=209085&uid=190486


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いつもより暑い朝

 耳障りなセミの鳴き声と蒸し暑い陽気、それにほんのり香る甘い香りがぼんやりとしていた意識をだんだんとはっきりとさせていく。

ぼんやりとした視界には見慣れない天井が広がっている。

そうだった。昨日は結局大淀と一緒に・・・・・

昨日の事を今思い出すだけでも朝っぱらから心臓に悪いくらいに胸がドキドキと脈打つ。

というか一緒に寝てたんだしまだ大淀は俺の横に居るんだよな・・・・?

体の左側に柔らかく暖かい感触を感じ、恐る恐るその方向に顔を向けてみると大淀が俺に体を寄り添わせるようにして眠っていた。

少し前までは男同士の親友だった彼女のその寝顔を今では凄く愛おしく感じる。

しかし本当に綺麗になったな・・・いや、今になって思い返してみればもともと気にもしなかっただけで大淀になる前からあいつは結構肌も綺麗だったし華奢だったような気もする。

そんな大淀の胸元に俺の視線は向かっていた。

理由は簡単である。

寝巻きの襟ぐりからうっすら見える以前の彼には無かった小さな膨らみが目に入ったからだ。

それは阿賀野や高雄さんたちに比べたら小さいもののしっかりと存在を主張をしている。

もう少しで乳首が見えそうなんだけど見えないそんなギリギリの状態が俺の視線を釘付けにした。

ああもう本当に朝から心臓に悪い!

「・・・・でもちょっとくらい良いよな?男同士なんだし別に・・・」

俺はそんな支離滅裂な理由をつけて彼女の胸元を覗き込もうとしていた。

朝っぱらから隣で寝て居る艦娘になった同性の友人の膨らんだ胸に女の子みたいになった乳首を見ようだなんて自分でもバカバカしくなるくらいの探究心だ。

それに以前艦娘になった彼女の一糸まとわぬ身体を見ているが目の前にある以上気になって仕方ないのが男の性というもの。

それに真っ裸よりも服からちらちらと見えるものにこうなんというか趣きを感じるんだよなぁ・・・

よし!あともう少し・・・後もう少しだ・・・もう少しで見えるぞ!!

俺は胸の鼓動を高鳴らせながら大淀の胸元を覗き込んでいると

「・・・んっ・・・うぅ・・・・」

大淀がそんな声を出して体をむくりと起こした

「おわぁ!」

「んぅ・・・?謙・・・おはよ」

「お、おはよう・・・」

よかった・・・バレてないみたいだ

しかし冷静になってみると何やってんだか俺・・・

いくら昨日大淀の事が好きだって言ったからって寝てる間に胸をみようだなんて最低だろ・・・

「謙、どうしたの?顔赤いよ?」

「えっ、あ・・・いやなんでもないぞ!?いやー今日もあっついな〜なんちゃって」

「本当にそれだけ?」

「へっ?あ、当たり前だろ?」

「もしかして寝冷えしちゃった?夏の風邪は長引くから風邪なら早く処置しないと・・・ちょっとじっとしてて」

「うわっ!ちょ・・・・!!」

大淀は俺に顔を近づけ額に額をくっつけてきた。

「なっ・・・・ななななななな!!!」

「うーん・・・熱はないみたいね。よかった。私おでこで熱測るのずっとやってみたかったの。前に長門さんに先越されちゃったけどね・・・」

大淀は額を離すとそう言って笑った。

か・・・顔が違い・・・!

こんなに顔が近くにあると昨日の事を思い出してすっごく恥ずかしいぞ

「ね、熱ないってわかっただろ?早く離れてくれよ!うわっ!」

「きゃっ!」

大淀から離れようとした拍子にバランスを崩してしまい、俺はベッドに背中を打ち付けてしまった

「いてててててて・・・・」

「謙、大丈夫?」

仰向けに倒れた俺に大淀が覆いかぶさるような体勢になっている。

なんだこれ・・・・壁ドンならぬベッドドン・・・?

「あ、ああ・・・大丈夫だけど・・・・なんか押し倒されたみたいになってね?」

「そ、そうだね謙・・・それにしてもおでこを合わせただけであんなに恥ずかしがっちゃうなんて相変わらずよね謙・・・でもそれって私のこと女の子として見てくれてるってことだよね?」

こいつこんな体勢で何言い出すんだ!?

「あ、ああうん・・・今のお前すごく綺麗だし・・・・」

「・・・そうなんだ・・・嬉しい・・・・ね、謙?」

「な、なんだよ・・・!?」

「次はおでこじゃなくて昨日の続き・・・しない?」

「へっ!?それって・・・・」

「私に言わせるの・・・?でも今は私が謙の上に居るしリードしちゃおっかな・・・・おはようのキス・・・しよ?」

「え・・・・ええ!?」

なんだ今日の大淀やけに情熱的じゃないか!?

でも昨日だってやった訳だしキスくらいなんとも・・・・・あるわけないだろ!!

やっぱ恥ずかしい!深夜の勢いで昨日はしちゃったけどやっぱり恥ずかしいぞ!

「な、なあ淀屋?」

「だーかーらー今は大淀って呼んでくれなきゃいーや」

「お、大淀・・・あの・・・・そんなキスばっかりしてたらあの・・・えーっと・・・」

ああだめだ!こんな時どうやって断れば良いのかわからん!

というか断る必要あるのか?

いや無い!

無い・・・けど・・・・

「何それ?今更恥ずかしがることないでしょ?それじゃあ私からいくね・・・大丈夫だよ?謙は目をつぶってるだけでいいから」

大淀はこちらにゆっくりと顔を近づけてきた

「お、大淀・・・・!」

そんな時だ。聞き慣れたアラームの音が水を射すように鳴り響いた。

「・・・謙、なんか鳴ってるよ?」

「あっ、ごめん俺のスマホだ」

俺は大淀に覆いかぶさられたままスマホに手を伸ばしてアラームを止めて画面を見ると時計は8時30分を指していた。

やばい!いつもはこのくらいに起きてるけど今日は大淀の部屋だし早く戻らないと遅刻しちまう!

「ごめん大淀!続きはまた今度な!お前も遅刻しないようにしろよ!!お邪魔しましたー」

「えっ、ちょ・・・謙!?」

俺は大淀の腕の間をするりと抜けて部屋から飛び出した。

 

そしてダッシュで自室に戻り部屋のドアを開けた。

「ただいま!吹雪!起きてるよな!?」

勢いよく部屋に飛び込むと

「きゃっ!お、お兄ちゃん!?」

部屋の姿見の前で制服を手に持った下着姿の吹雪が顔を真っ赤にしていた。

同室で生活して居るとはいえ一応吹雪だって心は女の子だし外見もどう見たって女の子にしか見えないから着替えは極力見ないようにしていたが今目の前には吹雪のぺったんこな胸を包み込むようにつけられた薄いピンク色のブラジャーに小さな膨らみが主張するパンツを身にまとった吹雪がそこに居る。

洗濯するときくらいには吹雪のパンツやブラジャーを見ることくらいははあるけど脱ぎ捨てられた下着とそれを付けている時とじゃ下着の印象も多少は変わる物でそんな下着に身を包んだ吹雪には多少のエロスさえも感じてしまう。

「お、お兄ちゃん!何ボーッと突っ立ってるの!?」

吹雪のそんな声ではっと我に帰った

「あっ、ごごごごめん!俺洗面所行くからその間に着替えてくれ!」

俺は大急ぎで洗面所へ飛び込んだ。

そして顔を洗ってから髭剃りやら歯磨きやら朝の準備を大急ぎで済ませる

「吹雪!もう出ても平気か?」

「・・・うん」

吹雪の声を聞いてから俺は洗面所から出た。

「ごめんな吹雪・・・大急ぎで帰って来ちまって・・・」

「ううん!私もお兄ちゃん帰ってこないし早く着替えちゃおうって思ってたところだったから・・・ごめんね・・・やっぱり男の子の身体なのに女の子ものの下着なんかしてたら変だよね・・・?」

「違う!そんな事無いって何回も言ってるだろ!吹雪は体はどうあれ女の子だ!誰かが変だって言ったら俺が絶対許さない。だからもっと堂々としていいんだぞ?」

「お兄ちゃん・・・・ありがとう私お兄ちゃん大好き!」

吹雪が抱きついてくる。

これももう慣れたものだ。

しかし常々吹雪はなんで俺のことをこんなにお兄ちゃんなんて言って慕ってくれるのか不思議に思う。

確かに家族のいない吹雪の兄代わりくらいにはなってやれるとは言ったけどまさかここまで俺のことを兄として慕ってくれるなんて思いもしなかったからだ。

親のいない吹雪はそうして家族を欲しているんだろうか・・・?

でもそれなら例え血が繋がっていなくても男でも関係なく吹雪のことを妹として可愛がってやることが前いた鎮守府で心にも身体にも傷を負った吹雪にとって癒しになるなら俺はそんな関係も悪く無いと思える。

もちろん仕事中はちゃんと提督と艦娘の関係で居るようには心がけてはいるけど・・・

俺は抱きしめて来た吹雪を抱きしめ返して頭を撫でてやる。

「ごめん吹雪、好きって言ってもらえるのは嬉しいけど俺も着替えなきゃ」

「うん・・・そうだよね」

吹雪は少し残念そうに俺から離れる。

「それじゃあささっと着替えちまうな!」

俺はハンガーにかかっていた制服を着た。

「・・・よし!じゃあ行こうか!ちょっとのんびりしすぎたかもな!」

「うん!」

吹雪と共に部屋をでて朝食を摂りに食堂へ向かう。

その道中

「ねえねえお兄ちゃん」

「ん?どうした?あっ、そうそう。昨日はちゃんと一人で寝れたのか?」

「うん!寂しかったけど私頑張ったよ!」

「そうか ごめんな留守にしちゃって・・・偉かったぞ」

俺は吹雪の頭を撫でてやる。

「えへへ・・・お兄ちゃんにいっぱい褒められちゃったし頑張った甲斐あったよ・・・それでね?」

「あ、ああ悪い。話遮っちゃったな。何だ?」

「昨日大淀お姉ちゃんと何してたのか気になっちゃうなーって」

「えっ・・・!?」

吹雪急に痛い所突いてきやがった!

どうすりゃいいんだ・・・吹雪の事ほっぽり出してあいつとイチャイチャしてたなんて口が裂けても言えない!

「あ、あの〜あれだ・・・ほら大淀と俺ってここにくる前からずっと友達だっただろ?久しぶりにその・・・なんだ・・・男と男の友情を深めあってたと言うか・・・・」

何言ってんだ俺!

たしかに間違っては無いけどそっちの方が語弊あるし男と男の友情なんて一線とうの昔にぶっ越えちゃってるんだけど!!

「あれ?鎮守府の今後の話をしに行ってたんじゃなかったの?」

しまった!そんな事言って誤魔化してたんだった

ああどうしよう!さらに弁明がややこしいことになるぞ・・・!

「え?ああもちろんしたぞ?その後熱が入っちゃって思い出話が長引いちゃってさ・・・は、ははははは」

こんな適当な嘘で誤魔化せる訳ないよな・・・?

「そうなんだ!良いなぁ私そんな仲のいいお友達も居なかったからそんなお話ができるなんてすっごく羨ましいな」

誤魔化せちゃったよおい・・・

いつものことだけど吹雪のピュアさで心が痛む・・・

「そ、そんなことないだろ!ほら春風と天津風が居るじゃないか!まだあの二人は赴任してきてあんまり経ってないけどきっと吹雪ならあの二人とも俺と大淀みたいな親友になれるって!」

「うん!そうだね私頑張る!」

吹雪は満面の笑顔で頷いた。

はぁ・・・やっぱりこんな純粋な子にしょうもない嘘を重ねるのは辛い・・・

俺と大淀はもう親友なんて間柄じゃ言い表せない所まで来てるって言うのにまた適当なこと言っちゃったかなぁ・・・

そんな罪悪感に苛まれながらも食堂に到着すると、愛宕さんが焼き魚とご飯と味噌汁というオーソドックスな日本食の朝食を用意しておいてくれていた。

「提督おはよ〜ございま〜す今日は遅いのね」

「愛宕さんおはようございます。ちょっとバタバタしてまして・・・」

「ふぅんそうなの。もうみんな朝食済ませちゃってるから喉に詰めないくらいに急いで食べちゃうのよ?」

「はい!いただきます」

愛宕さんの朝食は最高だ。

焼き魚の塩加減も最高だし味噌汁もとても美味い。

洋食が得意だって言いながらもここまでちゃんと味噌汁を作れるのは尊敬するなぁ

そんなことを考えながら朝食を吹雪と共に急いで済ませた。

「それじゃあ俺は執務室だから。吹雪は今から演習場だろ?」

「うん!今日も1日がんばるね!」

「ああ、それじゃあまた後でな」

吹雪と別れ執務室へ向かった。

「おはようございます!」

いつも通り挨拶をしながら執務室に入ると

「・・・おはようございます提督」

大淀が不機嫌そうに俺を出迎えてくれた。

どうしたんだよさっきまであんなに情熱的だったのに・・・

「おはようございます提督。これ、今日の分の資料です」

席に着くと高雄さんが机に資料の束を置いてくれた

「あ、ありがとうございます」

「それじゃあ私はそろそろ失礼しますね 後よろしくお願いします」

高雄さんはそう言うと執務室から出て言った。

大淀と二人っきりになり大淀も一言も話さないし執務室に気まずい空気が流れる

「な、なあ大淀・・・・?」

「・・・何ですか?」

大淀は不機嫌そうに答える。

俺なんか怒らせるようなことした!?

「あ、あのさ・・・紅茶・・・淹れて欲しいなって」

「たまには自分で淹れたらどうです?」

「あっ、はいすみません・・・」

大淀の冷たい視線に負け、そのまま引き下がるわけにもいかず俺はせっせと紅茶を一人で淹れて飲む

やっぱり大淀に淹れてもらった紅茶の方が何十倍も美味しいし今日は一段と渋く感じた。

でも何で急にこんな怒ってんだよ・・・

「なあ大淀・・・俺なんかしたか?」

「それくらい自分で考えてください。それに紅茶飲んだんでしたらそんな事よりさっさと仕事してください」

「・・・はい」

怖えぇ

全然心当たりが無いんだけど・・・本当に俺何したんだよ・・・

結局そのままのムードで朝の日課の書類整理を一人でせっせと片付けていると

「おっはよ〜ございま〜っす!」

「・・・おはよう」

今朝の海水浴場警備当番の那珂ちゃんと天津風が執務室にやってきた。

「二人ともおはよう」

「ねえねえ提督、大淀ちゃん?昨日の晩は結局どうだったの?」

那珂ちゃんのそんな言葉に俺の顔は急に熱くなってくるし大淀の方を見てみると大淀も顔を真っ赤にさせていた

「な、那珂ちゃん!朝から何を・・・天津風ちゃんだって居るのよ!?」

「そそそそそそうだぞ!さて何のことだか・・・」

そうすっとぼけてみるが

「なっ、昨日の晩何があったの!?あたしにも教えなさい!」

俺と大淀の反応を見て何かを察したのか天津風がこちらに突っかかってくる

「だから何でもないって!なあ大淀?」

「え、ええそそそそうですよ何もありませんでした!」

「・・・そう・・・今日は大淀さんに免じてこれ以上は聞かないであげるわ」

天津風は少し悔しそうに言った。

「え〜コホン・・・それじゃあ今日朝一の警備任務よろしく頼んだぞ?」

「はーい!朝から那珂ちゃんスマイルでやっちゃうねー」

「ま、いつも通りにやってあげるわ」

「それじゃあ行ってくるねー!ほらほら天津風ちゃん!早く早く!」

「ああもう那珂さん!そんな急かさなくたってちゃんと行きますって」

那珂ちゃんは天津風を先に部屋から出るように促し、天津風が部屋から出たところで足を止めた

「あの調子だとうまく行ったみたいだね!それにしても二人ともウブで嘘つくの苦手だなってほんとお似合いだよね〜大淀ちゃん!那珂ちゃん応援してるから頑張ってね!それじゃ行ってきまーす」

那珂ちゃんはそう言い残して部屋を出た

「あ、ああ行ってらっしゃい・・・」

そんな那珂ちゃんを見送ると、執務室はまた俺と大淀の二人っきりになってしまい気まずい雰囲気になってしまう

「・・・なあ?」

「な、何?」

「何でそんな怒ってるんだ?俺なんかしたか?」

「そんなこともわからないなんてほんっと謙って鈍いよね!」

「ご、ごめん・・・」

「いくら急いでたからってあんないいムードだったのにそれ放っぽり出して出て行っちゃうなんて何考えてるの!?」

「えっ・・・?」

「えっ・・・?じゃないよ!せっかくおはようのキスしてあげようとしてたのに・・・」

大淀は頬を赤らめて恥ずかしそうに言った。

「ごめん・・・色々ありすぎて頭の中パンクしそうになっちゃっててさ・・・」

「もう・・・それじゃあ今してくれたら許してあげる」

「い、今!?仕事中だぞ?」

「それでは今日の特別任務です。秘書官の私の唇に・・・提督の唇で封をしてくれませんか?」

「ああもうそれっぽく言っても変わらないだろ!」

「だってー謙が逃げちゃうから・・・」

「う・・・そう言われると言い返せない」

「軽くでいいから・・・ね?いいでしょ?」

「う・・・わかった・・・わかったよ!じっとしてろよ?」

「・・・はい。待ってます」

俺はそのまま大淀の方まで歩み寄り目を閉じてキスを待つ大淀の唇に軽くと唇を重ねた。

やっぱり大淀の唇柔らかいな・・・

「こ・・・これでいいか・・・・?」

「・・・うん・・・・わがまま聞いてもらってありがと・・・・それじゃあ気を取り直して仕事に戻しましょっか!」

「お前なぁ・・・・」

真面目なんだかそうじゃないんだか・・・まあでも大淀の機嫌が直ったことだしそれで良しとするか

 

そして書類の整理を一通り終え、大淀は遅めの朝食を摂りに行った。

「ふぅ〜やっと終わった」

一人になり一仕事終えた開放感から椅子に座ったまま軽く伸びをする。

それから部屋の静けさからかさっきの大淀の唇の感覚を思い出して指で自分の唇を触ったりしてみる

「・・・何やってんだろ俺」

そんな自分が恥ずかしくなってそう一人つぶやき、定時連絡以外にやることもないので部屋の片付けをしていると昼の警備当番の金剛と春風がやって来て二人は警備に向かって行った。

それからしばらくしてドアをノックする音が聞こえた。

「開いてるぞー」

俺がそう言うと天津風が私服に着替えて入ってくる

「・・・失礼します」

「どうした天津風?」

「外出許可出して欲しいんだけど」

「どうした急に?」

「別にいいでしょ!?なんであなたにプライベートの事ペラペラ喋らなきゃいけないのよ!」

「そ、そうだけどさ・・・一人で出かけるんならあんまり遠くに行くと危ないし・・・」

「もう!子供扱いしないでよ!私だってもう13才なのよ!?」

「あ、ああごめん・・・それじゃあどこに出かけるかだけは教えてくれないか?」

「・・・長峰さんのところよ」

「ってことは海の家か?」

「ええ・・・あの人とは色々話したいこともいっぱいあるしあたしの保護者になってくれた恩だってある・・・だからちょっと顔を出しに行きたいなって思ったの・・・」

結局忙しくてこの間から全然会えてなかったんだよな天津風・・・

そんな天津風なりに過去の事や長峰さんたちとの関係に踏ん切りをつけようとしているんだろう。

それなら俺が止めることもないし長峰さんも心配してるだろうから顔くらい出しに行かせてやっても良いだろう。

「そうか・・・じゃあ行ってこいよ。この間釣り具借りに行った時もお前のこと心配してたし釣りの話でも土産話に持って行ってあげてくれ」

「そう・・・ありがと・・」

「でも長峰さん仕事中だからな?あんまり迷惑かけるんじゃないぞ?」

「わかってるわよそれくらい!」

「あと夕飯までにはちゃんと帰ってくるんだぞ!?」

「ああもう!どこまで子供扱いすれば気が済むのよ!当たり前でしょ!?あなたじゃないんだからほっつき歩いて突然帰ってこれなくなるなんて事しないわよ」

「あーはいはいわかったわかった。天津風は優秀だからそれくらいわかってるよな!それじゃあ行ってらっしゃい」

「え、ええ。いってきます 許可・・・出してくれてありがと・・・お兄さん」

天津風は小さな声でそう言うと執務室から出て行った。

あの二人・・・いや奥田さんも居るから三人か。

ちゃんと以前みたいな・・・いいや以前よりも良い関係になれるだろうか?

長峰さんも天津風・・・いや天も自分の事を責めてばかりでちゃんと向き合う時間や覚悟が足りなかったんだと思う。

だけどもう正直に話せたんだからあとは時間と天自身に任せるしかないよな。

俺は陰ながら応援することしかできないけど少なくとも天津風を任せられた以上は長峰さんに顔向けできないようなことだけはしないようにしようと心に誓った。

 

そしてあっという間にその日の仕事も全て終わり、帰ってきた天津風は海の家で長峰さんたちの手伝いをしていたら大盛況だったこと。

長峰さんの娘と間違えられたのが少しだけ嬉しかったこと(これは長峰さんにいったらぶん殴るって言われたけど)

長峰さんに艦娘になってからできた友達のことを話したらとても嬉しそうにしてくれた事を俺に話してくれた。

またちょくちょく天津風を長峰さんに会わせてあげられるように俺も頑張らなきゃな!

 

それから夕食を済ませ、部屋に戻ってしばらくゆっくりしていた時、ふと昨日の那珂ちゃんの事を思い出す。

吹雪も今風呂入ってて上がるまで暇だし気になるから少し今日も聞きにいってみようかな。

そう思い立った俺は【すぐ戻る 謙】と書き置きを残して昨日那珂ちゃんが歌っていた波止場へ行ってみることにした。




次回は吹雪にフォーカスを当てた特別編をお送りする予定です。


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シークレットライブと貸切大浴場と

 部屋に書き置きを残し、那珂ちゃんが居るであろう波止場に向けて廊下を一人歩く。

この時間に用事のある人もいないので波止場へ続く廊下はとても静かだ。

そして波止場に抜けるガラス張りの扉の向こうにうっすらと那珂ちゃんの姿が見えた。

今日も昨日と同じ様に簡単なフリをつけながら街灯をスポットライトに見立てて歌っている様だ。

扉を開けると蒸し暑い熱気と夜風と那珂ちゃんの歌声を同時に押し寄せてくる。

那珂ちゃんの方に近づくと今日は俺に気づいたのか彼女は歌うのを止め、俺の方に駆け寄って来た。

「あっ、提督〜本当に今日も来てくれたんだありがと〜」

「ああうん。明日も来いって言われたしもうちょっと那珂ちゃんの歌も聞きたいなって思ってさ」

「えへへ〜そう言ってくれるとうれしい!」

那珂ちゃんは屈託のない笑顔でそう言った。

月明かりと街灯でぼんやり見えたその顔は少年の様にも見えた。

「で、なんで俺を今夜も呼んだんだ?」

「えーっとね〜昨日はしんみりしてて那珂ちゃんらしくなかったからちゃんとしたシークレットライブを提督に見てもらいたかったのと〜」

「と?」

「単刀直入に聞くね?昨日大淀ちゃんとどこまで行ったの?」

那珂ちゃんは目を輝かせて尋ねて来る

「どどどどどこって・・・・」

「一晩二人で過ごしたんでしょ?男と男が同室で何も起きないはずもなく・・・なんちゃって!」

「起きねぇよ!・・・いや起きたかも」

「なになに!?何が起きたの!?那珂ちゃん気になるぅ〜!」

「ああもう暑苦しいんだからそんなに近寄るなって!えーっと・・・その・・・一緒にゲームした後ホラー映画見てさ・・・・き、キスして一緒に寝た」

「キャー!・・・ってそれだけ?」

「それだけも何も俺なりに結構勇気が要ることだったんだぞ!?」

「大淀ちゃんの言った通り提督さんウブだなぁ〜本当に学生時代彼女とか居なかったの?」

「大淀から聞かなかったか?俺もあいつも男子校で彼女なんて作れなかったんだって」

「ふぅん・・・まあ那珂ちゃんも男子校だったし居なかったけど〜」

「ほらな?そりゃそうだろ」

「でーも・・・」

「でも?」

「彼氏なら居たよ!」

「はぁ・・・?」

「那珂ちゃん艦娘になる前から結構可愛かったからさぁ〜クラスメイトから付き合ってーって言われて付き合ってたもんね〜あっ、でも普通に女の子も好きだよ!?」

てっきり那珂ちゃんの性格は艦娘になってこうなったのかと思ってたけど元からだったのか・・・

「まあでも高校も中退しちゃって合わなくなってしそれっきりだけどねーカレは多分今那珂ちゃんが那珂ちゃんやってるって事も知らないと思うよ」

「中退・・・?」

「うん。艦娘になるために辞めちゃった」

「なんで辞たんだよ高校卒業してからでもなれるはずだろ?」

「そうだけどねーどんどん可愛く無くなっていく自分自身が嫌になってきてさ、早くこれ以上可愛く無くなっちゃう前に艦娘になりたいって思ったわけ」

「可愛く・・・?」

「だってぇ〜毎朝髭の生えた自分の顔を見るのが嫌だったの!声だってだんだん低くなってきちゃうし身体もどんどんゴツくなっちゃうし・・・どんどん那珂ちゃんの思ってる可愛い自分とかけ離れていく自分の身体が嫌で嫌で仕方なかったんだよね〜」

「じゃあ那珂ちゃんは女になりたかったのか?吹雪もそんなこと言ってたけどそういう由々しきやつか・・・?」

「そこまでは思ってないよ〜那珂ちゃんはただ可愛い服を着て可愛いって言われたかっただけ!男の子がそんなこと思ってたらおかしい?」

那珂ちゃんは胸を張って言った。

確かに普通に考えれば変だと思うのかもしれないがもうそんな感じの人間をこの半年くらいで見慣れてしまったことと自信満々な那珂ちゃんの姿からそんな言葉は出てこなかった。

「い、いや・・・おかしくはないと思う。でも珍しいなって」

「珍しい?それってやっぱり変ってことじゃん!」

「い、いやそっちじゃなくてさ。俺の知ってるやつの艦娘になった理由が家族のためとか深海棲艦に復習してやりたいとかそんな重い話ばっかりだったからそんな明るい理由で艦娘になる道を選んだ那珂ちゃんが珍しく思えてさ」

「そっかーでも結局パパもママも認めてくれなかったから喧嘩別れみたいになっちゃったけどねー・・・ま、声も男の子だった時より高くて可愛くなったし女性ボーカルの曲だって原曲キーで無理なく歌えるようになったし肌だってお化粧のノリが全然違うしヒゲもすね毛も生えなくなったし後悔はしてないよっ!」

那珂ちゃんは明るく言う。

本当に気にしてないのかどこかにつっかえるところがあるのかは街灯で照らされる那珂ちゃんの表情から読み解くことはできなかった。

「そうだったのか・・・」

「ま、そんな湿っぽい話はおしまい!提督が那珂ちゃんのこと聞くから色々話しちゃったじゃん!まだ阿賀野ちゃんにも話してないんだよ〜?ま、結局提督がウブだったって報告も聞けたしそろそろ歌っちゃおっかなー」

「だからウブもなにもそれ以上のことなんて・・・」

「はいはいわかったからそこに座って!」

「あ、ああ・・・」

那珂ちゃんに言われるがまま俺はその場に座った。

すると那珂ちゃんは少し離れて手でマイクを持つようなそぶりを見せると

「えー・・・こほん・・・みんなぁ〜那珂ちゃんのライブに来てくれてどうもありがと〜」

「いやみんなって俺だけだろ」

「も〜提督さんはノリ悪いなぁ・・・そこは雰囲気だよ雰囲気!」

「あ、ああ・・・」

「それじゃあいっくよ〜」

那珂ちゃんはそう言うと握りしめた手をこちらに向けて来た

俺どうすりゃ良いんだ・・・?

「・・・・」

「いっくよ〜?」

俺が黙っていると那珂ちゃんはもう一度そう言ってこちらに手を向けてくる

「・・・・」

「はぁ・・・」

那珂ちゃんは大きなため息をつく

「どうしたんだよ!」

「どうしたもこうしたもないよ!提督さん彼女とかに一緒にいてつまらないとか言われたことない?あっ、彼女いなかったんだよねごめ〜ん」

「お前わざとだろ!」

「そうそうそういうツッコミみたいなのが欲しいの!」

「は?」

「せっかく那珂ちゃんがいっくよ〜って言ってレスポンスを求めてるのになんにも返事してくれないなってファン失格だよ?」

「ファンって・・・俺別にそんなのになった覚えはないんだけど」

「も〜自分から聞きに来てくれたんだからそれはもうファンでしょ!?那珂ちゃんファンは大切にするから提督も那珂ちゃんの事大切にしてよね?」

「え、ええ・・・・」

「そんな困った顔しないの!それじゃあ気を取り直して・・・いっくよ〜?」

「うえ〜い・・・」

俺はしぶしぶ那珂ちゃんに乗せられそう言ってみた。

「う〜ん・・・まあ今日はそれでいいや!それじゃあ精一杯歌うから聞いてね!」

そして那珂ちゃんは歌を歌い始め、なかなかキレのいいダンスも見せてくれた。

それから何曲か那珂ちゃんは歌い続けたが途中からは俺の知っているアニメの主題歌なんかを歌ってくれたので自然と俺もテンションが上がった。

そして数曲を歌い終えると

「はぁっ・・・今日はありがとーみんなだーいすき!」

那珂ちゃんはそう言ってこちらに手を振って来たので手を振り返してあげた。

そして一度灯台の方へ走って行ったかと思うとまたこっちに駆け寄って来た。

「ねえねえ今日のライブどうだった!?」

「那珂ちゃんのレパートリーにびっくりしたし良かったよ」

「ほんとぉ!?大淀ちゃんに提督の聞いてる曲とか聞いといて正解だったよ〜」

「なるほどそれでわざわざ俺のために・・・」

「も〜提督さんのためじゃないよ!ただ那珂ちゃんのレパートリーを増やしてどんな曲でも歌えるようになる練習だから!」

通りで俺の好きな曲ばっかりだったわけだ。

しかし大淀のやつそんな話したことないのによく知ってたな・・・

それだけ俺のことを知っててくれたんだろうか?

それにわざわざその曲を選んで歌ってくれたとなるとそれも嬉しく感じる。

「そうなのか・・・でも本当に歌上手いな那珂ちゃん」

「えへへ〜照れちゃうなぁ・・・でもやっぱりもっといろんな人にみてもらいたいけどね。ボクの前の那珂ちゃんみたいに!」

ん?今なんか違和感があったような・・・

「前の那珂ちゃん・・・?」

「そう!5年くらい前に深海棲艦と戦って沈んじゃった前の那珂ちゃん・・・その記憶も艦娘になってからうっすらだけど頭に浮かぶんだ。だからそんな那珂ちゃんに恥ずかしくないようにボクも頑張らなきゃって思ってるの!」

「な、なあ那珂ちゃん・・・今ボクって言わなかったか?」

「なんで?おかしい?ボク男の子だし変じゃなくない?」

「そうなんだけどいつも自分のこと那珂ちゃんって言ってるかちょっとびっくりしてさ」

「だって〜前の那珂ちゃんのこと話すときに一人称まで那珂ちゃんじゃわかんなくなっちゃうでしょ?それと完全オフの時はずっとボクって言ってるよ?そっちの方が那珂ちゃんとしての自分じゃなくてボク自身のことをちゃんと伝えられそうな気がするから」

「そ、そうか・・・でもびっくりしたな。ここのみんな男だけど口調とか仕草まで女っぽくなってるのに」

「まあそこは人によりけりだからね〜ボクだって身振りはちょっと女っぽくなった方だけど口調はそこまで変わらなかったし」

「いろいろあるんだな」

「そんなのどっちでもいいでしょ?今のボクは那珂ちゃんで那珂ちゃんは那珂ちゃんなんだから!」

「ああもう誰をさしてるのかがさっぱりわかんねぇぞ!」

「えへへ〜でしょ〜?だからそう言う時は自分のことボクって言ってるの!それにたまには男の子らしいところも提督に見せておきたかったってのもあるかな〜ボク可愛いけどちゃんと男の子なんだぞって所〜」

「は、はあ・・・・」

そんないつもと違う一人称で話す那珂ちゃんをどこか新鮮に思える自分がいた。

「ねぇ提督・・・?」

「ん?なんだ?」

「明日からもここで練習してるからまた見せられるようなパフォーマンスができたら観に来て欲しいな。まだボクの実力なんて那珂ちゃんには遠く及ばないし・・・早く那珂ちゃんに近づけるようにボク頑張るから!」

「あ、ああ・・・楽しみにしてるよ」

「やったぁ!那珂ちゃんうれしい!!」

那珂ちゃんはそう言うと抱きついて来た

「うわぁ!急に何するんだよ!!」

「えへへ〜良いじゃないファンサービスって奴・・・?でもファンが多くなっちゃったらこんなことできないし今だけだよ〜?」

「あ、ああ・・・うん・・・・」

「・・・くんくん・・・・提督?なんか汗臭いね」

「そ、そりゃまだ風呂入ってないから・・・」

「そうなんだ〜でも懐かしいなこの匂い・・・少し前までずっと嗅いでたはずなんだけどね〜」

「やっぱ汗臭いよな男子校」

「うん!でもこの匂い那珂ちゃん好き・・・」

「変わった趣味だな・・・」

「別に良いでしょ!そうだ。せっかくライブも観にきてくれたし良いこと教えてあげる!」

「ん?どうしたんだ?」

「いつもお部屋の狭いお風呂じゃ窮屈でしょ?」

「あ、ああ・・・でも大浴場は恥ずかしくて入れないと言うか・・・」

「あのね〜あと消灯までだいたい一時間くらいだけどこの時間はもうみんなお風呂入り終えちゃってるんだよね〜毎日大浴場行ってる那珂ちゃんが言うんだから間違いないよ!いつもはそんな広いお風呂をこの時間から独占しに行くんだけど〜」

「ま、まさか一緒に入ろうなんて言わないよな・・・?」

「まさか〜提督さん那珂ちゃんと一緒にそんなことしたかったの?提督のエッチぃ〜」

「だ、断じて違うぞ!」

「那珂ちゃんの裸はそんなに安くありませ〜ん!せっかくだから大浴場の独り占め・・・提督に今日は譲ってあげようかなって」

「そんな・・・悪いよ」

「いいのいいの!今日は那珂ちゃんお部屋のお風呂で我慢してあげるから遠慮せずに行ってきて!提督も日頃の疲れを取らないと・・・」

「あ、ああ・・・それじゃあお言葉に甘えるよ。ありがとう」

「よ〜っし!じゃあ時間あんまりないし早く入っちゃってね!ボクも汗掻いたし早くお風呂は入りたいからそろそろお部屋戻るね!じゃあまた明日!」

那珂ちゃんはそう言い残すと俺のことを置いて行ってしまった。

「はぁ・・・那珂ちゃんって結構不思議な子なんだな・・・」

ただ明るいだけの自称アイドルだと思ってたらもっと深みのある変わった艦娘だった。

そしてさっきまでとは打って変わって静かに波の音だけが聞こえる波止場で少しぼーっと余韻に浸り、せっかく那珂ちゃんに譲ってもらえたんだし大浴場へ行くことにした。

ひとまずタオルやら着替えやらを取りに部屋に戻ろう。

 

部屋に戻ると吹雪が寝巻きを着てベッドの上で座っている

「あっ、お兄ちゃん遅かったねお帰りなさい!」

俺に気付いた吹雪がそう言いながらこちらへ飛び込んできてぎゅっと抱きしめてきた

「ふ、吹雪!?」

「書き置き残していなくなっちゃうなんて・・・また今日も行って帰ってこないかと思っちゃった・・・」

吹雪にまた寂しい思いをさせてしまったらしい。

「ごめんな・・・あっ、そうだ!今から大浴場に久しぶりに行ってみようかな〜って思うんだけど吹雪もどうだ?」

「えっ?急にどうしたのお兄ちゃん?絶対誰かと出くわすから行かないって言ってたのに珍しいね」

「あーそうなんだけどさ・・・今の時間誰もいないみたいだから久々に足の伸ばせる湯船に浸かろうかなーって」

「そうなんだ・・・それじゃあ私はお留守番してるね!もうお風呂入っちゃったし・・・お兄ちゃんと一緒に入りたいけどたまには一人でゆっくりしたいでしょ?」

「吹雪・・・お前は本当に気遣いもできて良い子だなぁ」

「えへへ〜お兄ちゃんに褒められちゃった!さ、早くしないと消灯されちゃうよ!」

「そうだな!それじゃあまた留守番頼んだぞ吹雪!」

「うん!私に任せて!」

「それじゃあ行ってくる!」

俺はタオルや着替えにボディーソープやシャンプーなんかをまとめて部屋を飛び出した

 

そして大浴場へ向かう途中風呂上がりの高雄さんと愛宕さんに出くわす。

二人は手を繋いで何かを話していたがこちらに気づき

「あら提督?こんな時間にどうしたんですか?」

高雄さんに声をかけられる

「久々に大浴場でも使おうかなと思いまして」

「珍しいじゃない?でも残念ながら今は誰もいないわよ〜言ってくれたら一緒に入ってあげたのにー」

愛宕さんがわざとらしくそう言った。

「い、いや遠慮しときます」

「も〜相変わらず恥ずかしがり屋さんなんだからぁ〜健全な男子ならだれでもこんなお姉さんたちとお風呂一緒に入りたいでしょ?本当に付いてるの?」

「付いてますよ!それに健全男子だからこそそんな大きなものと凶悪なものぶら下げてる人と一緒に入ったら体がもたないんですってば!」

多分愛宕さんたちと一緒に風呂なんて入ろうものならのぼせるまで出してもらえないだろうし男とわかってはいてもあの大きなおっぱいに目も行ってさらにのぼせてしまいそうでそんな醜態は晒したくないしそんな美人で巨乳の愛宕さんに自分のより大きなアレがぶら下がっているのをまざまざと見せつけられたらそれこそ自身だってなくすし健全な男児には危険すぎる

「も〜でもお姉さんはいつでも言ってくれれば一緒に入ってあげるわよ?男同士で裸のお付き合いしましょ?」

「だからもうそんな艶やかな声で男同士の付き合いとか言わないでくださいよ!頭が情報を処理できなくなっておかしくなりそうなんですよ!!」

「愛宕!あんまり提督をからかわないの!ごめんなさいね提督・・・愛宕あなたのこと提督としてだけでなくて可愛い後輩としても見てるから・・・」

「そ、そうなんですか」

「ああもう高雄ぉそれは内緒にしてって言ったのにぃ〜提督?早くしなきゃ消灯されちゃうわよ〜それじゃあごゆっくり〜」

「は、はい・・・」

愛宕さんは可愛らしく手を振って別れた

「ねえ高雄?こんやあなたの部屋行って良い?」

「もう!この間来たばっかりじゃない・・・ほんと甘えんぼさん・・・」

「よっしゃ!そうでなくっちゃな!高雄・・・俺もう我慢できねぇよ」

「あんっ♡ちょっと愛宕まだダーメ!提督だっているんだから部屋まで我慢・・・ね?」

背中の方から別れた二人のそんな声が聞こえるが聞かなかったことにして大浴場へ向かった。

 

そして大浴場の脱衣所につくと着替えが置かれているわけでもなく人の気配もない。

念のためこっそり浴場ものぞいてみるが誰もいなかったので俺はさっさと服を脱いで大浴場へ駆け込み掛け湯を済ませ、

誰も見ていないことを良いことにそのまま浴槽へダイブする

「ヒャッホゥ!!」

久々に足を伸ばして浸かれる風呂は最高だ!なんてったって開放感が違う。

少しぬるめのお湯が体にじんわりと染み渡るように感じた。

「はぁ〜やっぱ広い風呂は良いなぁ・・・・なんだかんだで全然使えなかったけど今後はたまに一人で入れる時間を作ってもらえないかみんなに相談してみるかぁ〜」

独り言が広い大浴場に反響してエコーがかかる

やっぱ広いと気持ちいいし誰に気も使うこともないし心身ともに癒されるなぁ〜

俺はそのまましばらくそんな空間の心地よさに浸っているとガラガラと扉が開く音がして俺はとっさに身をひそめた。

おいおい誰だよ・・・もう誰も入ってこないって那珂ちゃん言ってたじゃねぇか・・・

俺はこっそり様子を伺うが湯けむりでよく姿が捉えられない。

しかし胸のないフラットな身体に黒髪を後ろで束ねていることだけはわかる。

ひとまず阿賀野じゃないことは確かだけど大淀ほど身長も高くないし・・・一体誰だ!?

そのまま様子を伺っていると

「ふぅ〜誰もいないみたいでよかった・・・」

聞き覚えのある声が聞こえた。

この声はもしかして吹雪か!?

さっき待ってるって言ってたのに結局俺と一緒に風呂に入りたくなったのかな・・・?

それなら隠れる必要もないし声でもかけてみよう

「おーい吹雪ー!くるなら言ってくれりゃよかったのに」

俺がそう言うと

「えっ・・・!?」

吹雪はそう言って一瞬フリーズした後目を細めて俺の顔をじーっと見つめて来た。

風呂入ってて髪型変えてるからか・・・?

なんだか吹雪にしては違和感があるような・・・・

でも声は完全に吹雪だったし・・・

「どうした?俺の顔になんか付いてるか?」

「あ、あの・・・えっと・・・・い、いや・・・・ううん!なにも付いてないよしれ・・・・・お兄・・・ちゃん」

吹雪はどこかたどたどしくそう言った。

「そんな驚くことないだろ?俺とお前の仲なんだからさ」

「う、うん・・・そうだね」

なんだろうなんか様子が変なような・・・

それに声もなんか変なような・・・?

「そんなところでぼーっとしてないで早く風呂入ろうぜ?」

「い・・・いや・・・やっぱり私お部屋のお風呂でいいや・・・じゃあねお兄ちゃん」

吹雪がそう言って出ようとするので

「おいおいここまで来てそれはないだろ?遠慮すんなって!この時間は誰もこないって那珂ちゃんも言ってたし!」

「うぁっ・・・・!」

俺は吹雪の手を引いて半ば強引に一緒に浴槽へ浸かった。

「ふぅ〜広い風呂は気持ちいいなぁ〜」

「う、うん・・・・そうだねお兄ちゃん」

「なんか元気ないな?どうしたんだ?」

「え?そ、そんなことないよお兄ちゃん!」

吹雪の変だった声色がいつもの吹雪の物に近くなった。

一体どうしたんだ?

「それならいいんだけどさ・・・」

そのまま二人で風呂に浸かっていると

「ね、ねえお兄ちゃん・・・」

「ん?どうした?」

「初雪お姉ちゃんのこと・・・どう思ってる?」

「急に変なこと聞くなぁ。うーんどう思ってるか?か・・・たまにしか出て来てくれないけど天津風たちともうまくやれてるみたいだしまあ頑張ってるんじゃないか?でも俺とは基本ドア越しにしか話してくれないしもうちょい面と向かって話してみたいなーとは思ってるけど」

「・・・そう・・・なんだ・・・・」

「なんで急にそんなこと聞いたんだ?」

「えっ!?い、いやなんでかな〜?なんとなく聞いてみただけだよ〜あはははは〜」

吹雪は何かを誤魔化すように笑う。

「そ、それじゃあ私もうそろそろ上がるね!」

吹雪はそう言うと風呂から上がろうとする

「おいちょっと待て!そんな走ると・・・」

「ひゃうっ!」

吹雪は足を滑らせて躓いてしまった。

幸いとっさに俺が手を掴んだおかげでなんとか転ばずには済んだけど・・・・

「おい大丈夫か?」

「う・・・うん・・・!大丈夫だよお兄ちゃん」

「そうか・・・ならよかったけどなんか変だぞお前」

「そ、そんなことないよ〜!それじゃあ消灯まで時間もないしお兄ちゃんはそれまでゆっくり一人で楽しんでね!」

風呂から出ようとした時さっき滑った時の衝撃で緩くなっていたのか吹雪の束ねていた髪の毛がばさりと広がった。

しかしその毛の量は吹雪のそれではないくらいに長い・・・

「あっ・・・・」

「えっ・・・・?!」

それでいて吹雪に声が似ててってことは・・・・

「もしかしてお前吹雪じゃなくて初雪か!?」

「・・・・き、気づくの遅すぎ!せっかく一人で優雅なバスタイムが堪能できると思ったのになんで司令官がいるの?」

「お前こそなんで吹雪の真似なんてしてたんだよ」

「だ、だって人とお風呂はいるなんて・・・は、恥ずかしいし吹雪ちゃんってことにしておけば簡単に逃げられるかなって・・・」

「なんだよ・・・お前も一人で風呂入りに来たのかよ」

「う、うん・・・だってさっきいつも一番ここを使うのが遅い那珂ちゃんが今日は部屋のお風呂を使うって言うから・・・・」

「那珂ちゃんが俺にせっかくだから一人で入ってこいって言って譲ってくれたんだよ」

「そうだったんだ・・・」

「でもそれなら俺はもう十分堪能したからあとは一人で入ってていいぞ。体とか洗うのは部屋の風呂でもう一回入り直してやるから」

「ううん・・・いかなくていい」

「どうしてだ?」

「司令官・・・一緒にいても不思議と恥ずかしくない・・・正直吹雪ちゃんの真似してたことの方が恥ずかしいくらい・・・」

「どうしてだよ?」

「だって・・・高雄さんたち胸もおちんちんも私なんかよりおっきい・・・それにちゃんと剥けてるし・・・だから剥けてない私の小さいおちんちんみられるのいや・・・・でも司令官おっぱいも大きくないしおちんちんも剥けてない・・・だから恥ずかしくない!」

初雪は鼻息をふんと出して得意げに言った

「おいこらどこ見てんだよ!それに俺は仮性だからちゃんと勃ったら剥け・・・って何言わせてんだよ!!!」

「包茎は包茎・・・言い訳は見苦しい」

「くっ・・・」

なんだよこの敗北感・・・・!

でも俺も吹雪に似てるからなのか体つきも完全に背丈の低いやせぎすの男みたいな体格だからなのか初雪には不思議と他の艦娘の裸を見たときのような恥ずかしさは無かった。

「でも私の裸見た代償はちゃんと払って・・・断ったら提督は粗チンで包茎で私のこと無理やりお風呂に連れ込んだって駆逐艦の子たちに言って回る」

「わー!それだけはやめろ!それに俺のが小さいんじゃなくて高雄さんたちのがでかいだけだし初雪の方が俺のよりサイズだって小さいだろうが!!」

「うるさい・・・最後まで私の話聞いてくれなきゃここで悲鳴あげる」

「う・・・わ、わかったよ」

一体どんな要求をされるのか固唾を飲んで待っていると

「髪、洗ってほしい・・・」

「へっ・・・?」

予想外の答えに耳を疑った

「早く・・・」

「は、はい!でも俺なんかが触っていいのか・・・?」

「うん・・・だって長い髪洗うのめんどくさいし・・・」

「そ、そうか・・・」

他人の髪なんか洗ったことないし俺にできるのか・・・?

しかし断れば初雪に俺のモノのことを言いふらされてしまう。

「わ、わかったよ・・・」

俺はしぶしぶ初雪の申し出を飲むことにした。

そして初雪は湯船から出るとシャワーの前に座った。

「それじゃあ・・・おねがい」

「は、はい」

「それじゃあこれ使って」

初雪にシャンプーを手渡された。

コマーシャルで見たことがある結構高いやつだ。

身だしなみとかに無頓着そうだけど髪だけは綺麗だったのはそういうことだったのか・・・

「それじゃあお湯出すぞ?」

「うん・・・」

初雪の声を聞いてからシャワーを捻り、初雪の頭にお湯をなじませる。

「熱くないか?」

「・・・うん」

髪が長いから髪の先までしっとりさせるのにはそこそこの時間がかかった。

髪が長いのって大変なんだな・・・

大淀も毎日しっかりこうやってシャンプーをしてるんだろうか?

そこまでして俺に女として見てもらえるようにと努力してくれていることを考えるとその健気さに頭がさがる。

でもそれと同時に何故大淀が俺なんかにそこまでしてくれるのかも不思議に思えた。

「・・・ねえ・・・ねえってば・・・聞いてる?」

「あっ、なんだ?」

初雪の声で我に返った。

「早くお湯止めて・・・目、開けられない」

「あ、ああそうだよなごめん!ちょっと考え事してて・・・」

俺は急いで蛇口を捻ってお湯を止めた。

「もー・・・しっかりして」

「悪い・・・それじゃあシャンプーつけるぞ」

「うん・・・まかせる」

シャンプーを自分で使うよりも多めに出して初雪の濡れた髪に優しくつけた。

「ひぅ・・・」

初雪のそんな声に俺はとっさに手を離した。

「ごっ、ごめん!痛かったか!?」

「ちょっとくすぐったかっただけ・・・」

「そうか・・・じゃあ続けるぞ?」

そのまま俺はゆっくり髪を引っ張らないように髪の先までシャンプーをなじませた後頭皮にもしっかりとシャンプーを塗り込んだ

「んぅっ・・・・」

「うわっ!!変な声出すなよ」

「だって・・・くすぐったいし・・・それと私が目を瞑ってるからって変なことしちゃだめ・・・」

「ああもうわかったよ!それに変なことなんかしねぇよ!もうシャンプー流すぞ?」

「・・・うん」

俺はまた初雪の声を聞いてから蛇口を捻ってシャンプーを洗い流した。

長い髪は流しきるのも一苦労だ。

そしてやっとのことでシャンプーを流し終え蛇口を止めた。

「ふぅ・・・終わった・・・」

安堵の息を漏らしていると

「・・・まだ」

「えっ・・・?」

「これも・・・」

初雪はリンスをこちらに手渡してくる

「これもかよ!」

「リンス大切・・・」

「わかったよ・・・」

またさっきと同じ要領でリンスを初雪の髪に馴染ませて洗い流した。

洗い流した後の初雪の髪は一段と艶めきを増したような気がする。

「よっし!これで終わったな!」

「・・・ありがと」

「どういたしまして」

「髪・・・洗ってもらうの久しぶりだから嬉しかった・・・」

「久しぶり?誰かにされてたのか?」

「うん・・・弟・・・叢雲とずっと一緒に洗いっこしてた」

「叢雲って雲人さんだよな?」

「うん・・・髪・・・長くなってから洗い方難しくなったし二人で勉強しようって初めてそれからいつの間にか習慣になってた」

「そうだったのかじゃあ俺もさっさと洗っちまうからあとは好きにしてくれ」

「・・・うん」

初雪はそう言うと浴槽の方へ向かって行った。

ふう・・・これでやっと自分のことができる。

消灯まであまり時間もないし俺はせっせと体を洗いシャンプーを済ませた。

そして湯船に使ってさっさと部屋に戻ろうと湯船の方を振り返ると初雪が頭にタオルを巻いて湯船に浸かっていた。

「邪魔するぞ」

俺は恐る恐る浴槽の初雪から離れた場所に入る

すると初雪がこちらに近づいてきた

「ど、どうしたんだよ!!」

「さっきはありがと・・・」

「えっ、シャンプーの事か?」

「それもあるけど転びそうなところ助けてくれて・・・」

「あ、ああ・・・」

そのあと初雪は無言で俺に寄り添ったまま風呂から出ようとはしない。

なんだこの雰囲気・・・なんとか話題でつなげなければ・・・

何か初雪との話題・・・・

そういえば初雪って雲人さんのお兄さんなんだよな・・・?

一体何歳なんだ?

「な、なあ初雪」

「・・・なに?」

「雲人さんって一体何歳なんだ?」

「えーっと・・・・あの時は14歳だったはずだから・・・今は19・・・たぶん」

「えっ!?」

まさかあんな大人びた人が俺と同い年だったとは・・・やっぱり俺なんかよりずっと酸いも甘いも噛み分けてるから大人びてるんだろうなぁ・・・

ってことは初雪ってそれより年上・・・!?

「じゃ、じゃあ初雪は・・・?」

「はたち・・・」

「ええええええ!!!!!!!それマジなのか?」

初雪の口から出た言葉に俺は驚きを隠せなかった。

「なんでそんなおどろくの・・・?」

「だって俺なんかよりずっと小さいし・・・・」

「・・・・失礼」

「ごめん・・・」

「艤装つけてる限りは成長も最小限になる・・・・だから私の体の成長はほぼ10歳前半くらいで止まってる・・・・叢雲は5年前に艦娘やめたからそこから一気に背が伸びた・・・んだと思う」

「そうだったのか・・・・まさか俺より年上だとは・・・」

「えっ・・・司令官年下なの?」

「俺雲人さんと同い年なんだけど・・・」

「そうなんだ・・・てっきり二十代後半くらいだと思ってた・・・」

「そんな老けて見えるか俺!?」

「ううん・・・・ただ冴えてないだけ」

「悪かったな!」

「でも私の方が年上なんてね・・・ちょっとびっくり」

「俺もびっくりだよ」

「お互い様・・・だね。でも私には前までと同じように接してくれて・・・いいよ?」

「そ、そうかわかった」

「じゃあそろそろ上がろう。私のぼせちゃう」

「そ、そうだな・・・そろそろ消灯だし」

俺たちは浴槽から上がった。

そして脱衣所に戻ると

「ねえ・・・」

初雪が俺の手を引っ張ってきた。

「どうしたんだ?」

「体拭いて・・・ほしい」

「はいはいわかりましたよ」

俺は初雪の体をバスタオルで拭いてやった。

「ありがと・・・たまには誰かとお風呂入るのもわるくない・・・ね」

「そうだな」

「それじゃあ私は帰ってネトゲやる・・・司令官も消灯になる前に部屋戻るんだよ・・・?吹雪ちゃんが待ってるんでしょ?」

「あ、ああそうだな。」

「それじゃあおやすみ・・・・お兄ちゃん♡」

初雪はまた吹雪の真似をしてそう言うとそそくさと自分の部屋に戻った。

なんだろう年上の脱法ショタにお兄ちゃんって言われて少し嬉しいような悔しいような狐につままれた気分だ。

それに本来の一人で大浴場を堪能する目的は完全には果たせなかったものの初雪と色々話せたし夜風が風呂上がりの体に吹き抜けていきなんだか清々しい気分だ。

そんなことを考えながら初雪の背中を見送っていると新宿舎の方の電気が落とされていることに気づく。

「やべえ俺も早く戻らないとこっちの宿舎棟も真っ暗になる!!」

消灯される前に帰らなければいけないし俺も急いで部屋に向かって走り出した。



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【特別編】吹雪と不思議な夜

 ある日、いつも通り海水浴場をしていた××鎮守府の面々だったが久しぶりの敵襲に遭ってしまった。

急なことで焦りの色を隠せなかった謙達だったがなんとか町や海水浴場への被害は出ずに済んだものの艦娘達はそこそこの被害を受けてしまった上、深海棲艦が出たとあって海水浴場も数日の封鎖を余儀なくされた。

「えーみんなお疲れ様・・・ひとまず無事で町に被害もなくて本当によかった・・・なんとか被害も出ずに済んだのは皆が頑張ってくれたおかげだ。町の人たちに代わって俺から礼を言わせてほしい。本当にみんな頑張ってくれてありがとう。今日はゆっくり休んでくれ」

謙は出撃した艦娘達をそう言ってねぎらった。

「あの程度の敵にここまでやられるとは不覚デース・・・明日からもっと精進しなきゃいけないネー・・・あ、そうそう、入渠の順番はどうするんデース?」

今回出撃したのは警備中だった吹雪と阿賀野そして救援に駆けつけた金剛と愛宕と那珂の5人だ。

それに対し××鎮守府の入渠ドックは4つしか無い。

全員少なからず小破以上のダメージを受けてしまっていて、相手の攻撃をかばい金剛が中破を負ってしまっている。

「入渠の順番か・・・金剛お前が一番傷も深いし時間もかかるんだから一番先に入ってくれ。えーっと・・・一人待ってもらうのは・・・」

「NONO!どうせ高速修復材だって大量に余らせてるんでしょ?ワタシは最後にささっと入っちゃいマースそれに〜こんなにバストが露出したワタシの貴重な姿ケンにもっと見てもらいたいから最後でいいんデース!ほらほら〜もっと見ても良いんですヨ〜?」

金剛はボロボロになった服の間から露出する胸を強調するように謙に見せつけた。

「こっ、こら!そんな節操のない事みんなが集まってる場所でするなよ!」

謙は顔を真っ赤にして金剛から目を逸らす

「あ〜金剛抜け駆けはずるい!それなら阿賀野が最後に入るから金剛はさっさと入ってきたら?代わりに阿賀野が入渠待ってる間提督さんにおっぱい見せてあげる〜」

阿賀野もそれに負けじと謙を誘惑し始める。

「わっ、バカ!男のおっぱいなんか見せられてもうれしく・・・うれしくなんかないからな!」

「まあ!そんなこと言って顔真っ赤だし鼻の下も伸びてるわよ〜?それならお姉さんのおっぱいまた触ってみる?」

愛宕も面白半分で謙に服がはち切れんばかりの胸を強調して見せた

「提督さん!?またって何!?」

「愛宕のバストさわったんデース!?ワタシのも触ってほしいデース!」

「ち、違う誤解だ!あれは事故で・・・お、大淀助けてくれ!」

「知りません。肉の塊に埋もれて窒息死でもしたらどうです?私は長峰さんのところに今回の報告に行ってくるので後はお任せします」

大淀はそんなやりとりを見ていてヘソを曲げたのか謙にそう言い放ち執務室を出て行ってしまった。

「あーあ、提督ったらまた大淀ちゃんの事怒らせちゃったわね〜」

「怒らせたもなにも愛宕さんが変なこと言うからでしょ!?」

「あら〜でも嘘はついてないわよ?あの欲望にまみれた提督の手つき・・・また感じたいわぁ〜なんちゃって♡」

「何それ!?提督さんそんなことしたの!?散々男の胸なんか興味ないって言ってたのに!!」

「それならワタシのも触るデース!」

「ああもうこれ以上話をややこしくしないでください!」

大淀が居なくなりヒートアップする三人を那珂と吹雪は少し離れた場所で見ていた

「はぁ・・・みんな出撃の後だって言うのに元気だよね〜那珂ちゃん早くお風呂入りた〜い」

「・・・そうですね」

呆れたような那珂に吹雪は少し寂しそうにそう答える。

(やっぱりお兄ちゃん・・・男の子の身体の私じゃ喜んでくれないよね・・・私も愛宕さんたちみたいな身体だったら男の子のままでももっと大切に想ってくれるのかな・・・)

吹雪は謙の周りでゆらゆら揺れる愛宕達の胸を見てそんなことを思っていた。

そして結局くじ引きの結果那珂が最後に入渠することになった。

「ほら!もう順番決まったんだからさっさと入渠しにいってくれ!」

謙は金剛や阿賀野達をそう言って執務室から追い出した。

「・・・吹雪?お前も早く入渠しちゃえよ?」

「・・・私最後でいい・・・裸見られたくないし那珂さんに先譲ります」

「いいよそんなの!それに吹雪ちゃんはすぐに入渠も終わるでしょ?そんな気を使ってくれなくても那珂ちゃんは大丈夫!もっと自分に自信持って?」

「は、はい・・・・」

那珂に促され吹雪は気乗りしないまま入渠へと向かった。

そして大浴場の脱衣所では愛宕達が服を脱いでいる最中だ。

「あら吹雪ちゃん遅かったわね。もう阿賀野も金剛も入っちゃってるわよ。それじゃあ私もお先にお風呂いただくわね〜」

「は、はい・・・」

(愛宕さんおっぱいもおちんちんもおっきいなぁ・・・私もあれくらい美人でおっぱいが大きかったら・・・)

吹雪は愛宕の体を羨ましそうに見つめながら服を脱ぎ、自分の体を隠すようにしてゆっくりと大浴場に足を踏み入れた。

そして入渠用の浴槽の隅に縮こまるようにして入っていると

「う〜ん・・・最近胸のハリが少し悪くなってきたデース・・・」

「なあに金剛?ついに垂れてきちゃったの?」

「アタゴ酷いデース!ワタシまだそんな歳じゃないヨー!」

「あーはいはいわかってるわよ。それにしても阿賀野またおっぱい大きくなったんじゃない?ついこの間まであんなにぺったんこで男らしい胸板だったのにねぇ・・・久々に触らせなさい!」

「んぁっ♡愛宕ぉそんなに強く揉まないでよぉ〜」

三人の巨乳の男性が乳繰り合うという凄まじい場面を吹雪はまじまじと見つめている。

(みんなずっとおっぱいの話ししてる・・・それに比べて私は全然おっぱいもないしスタイルもよくないしこれじゃただの男の子だよ・・・)

吹雪は自分の胸が平らな少年のものだと言う現実を目の前で起きている出来事を見るたびにまざまざと見せつけられていた。

「はぁ・・・」

吹雪がため息をついていると

「じゃあそろそろ高速修復材入れちゃいましょうか!ちゃんと4個出してきたわよ〜」

「yes!待ってました!」

「高速修復材が体に染み渡る瞬間すっごく気持ちいいんだよね〜」

愛宕たちは入渠用の浴槽に4個の高速修復材の入ったバケツの中身をぶちまけた。

「はぁっ♡この感じ久しぶりね・・・!」

「ohyes!yes!ダメージだけじゃなく体の芯からアンチエイジされるようなこの感覚・・・また若返っちゃいマース!」

「んっ・・・・♡あぁん♡ほんとにこれ癖になっちゃうよね」

愛宕達の体にできていた擦り傷やあざがみるみるうちに消えていき肌はツヤを増していく。

高速修復材は詳しいメカニズムはわかっていないものの艦娘の傷や疲労を一瞬にして取り払ってくれる驚異の液体だ。

男性の艦娘の身体が女性化していくのも高速修復材による修復機能で基になった艦娘の身体に近づいていくからではないかとも言われている。

「はぁっ・・・・♡」

それは吹雪も例外ではなく身体中に高速修復材が染み渡っていった。

しかしその日は何かが違った。

「んっ・・・!」

吹雪の身体になにか電流のようなものが走った

(な、何・・・?なんか身体がびりっとしたような・・・気のせい・・・かな・・・あれ?なんか頭がぼーっとする・・・のぼせちゃったのかな・・・)

「あの・・・みなさん・・・那珂さんも待たせてますし私お先に失礼します・・・」

「あら?吹雪ちゃん顔色悪いけど大丈夫?」

愛宕が心配そうに吹雪を見つめるが

「は、はい・・・大丈夫です」

吹雪は愛宕を心配させまいとそう言ってふらふらと足をよろつかせながらも大浴場を後にした。

(どうしちゃったんだろ・・・今日の私なんか変かも・・・)

吹雪はくらくらするのを我慢しつつ部屋着に着替えて脱衣所を出る。

「うう・・・久しぶりの実践で疲れちゃったのかな・・・?まだお夕飯まで時間もあるし部屋に戻って休それまで休んでよう・・・」

吹雪は足をふらつかせながらやっとの事で部屋に戻りベッドに倒れ込んだ。

「はぁ・・・私どうしちゃったんだろ・・・・・うっ!」

また吹雪の身体にさっきのような電流が走った次の瞬間

「な、なに・・・?身体が・・・熱い・・・」

吹雪の心臓がドクドクと鼓動を早め音を立てて脈打つ

「ぅ・・・・あっ!くっ・・・・・なに・・・これ・・・・!」

吹雪は今までに感じたことのない苦しみから体をうずくまらせた。

「くぁっ・・・・!か・・・身体が変っ・・・!」

吹雪の身体がメキメキと音を立ててだんだん形を変えていく。

「うぁっ・・・・!いっ・・・・!」

変化は体だけに止まらず吹雪の後ろで結っていた髪はだんだん伸びていき、最後にはその伸びた毛の量に耐えきれなくなったゴムが弾け飛び肩にかかるくらいまで伸びきってしまった。

「いっ・・・あっ・・・・あぁっ・・・・あああああああああああああああああああああ!」

吹雪は苦しみのあまり声を上げてその場に倒れ込んだ。

 

それからしばらくしてだんだんとその苦痛や体の熱さも和らいできた吹雪はかろうじて動けるようになっていた。

「・・・はぁ・・・はぁ・・・・なんだったの・・・?熱いのも苦しいのも治ったけどなんだか胸もきついし体も重いし・・・・」

吹雪はよろよろと立ち上がってみるがその時凄まじい違和感を覚えた

「あれ・・・?ベッドってこんなに小さかったっけ・・・」

そのままおぼつかない足取りで部屋を見回してみるといつもと変わらないはずの部屋なのになぜか全体的に小さく見えてしまう。

「どうしちゃったんだろ私・・・えっ!?」

そんなときふと鏡に長い髪の女性が映っていることに吹雪は気付いた

「だ・・・誰ですか!?」

吹雪はあたりを見回してみるがそんな女性はどこにもいない。

「も・・・もしかしてお化けとか・・・?」

吹雪は恐る恐る鏡に近づいてみると鏡の女性も吹雪の方へ近づいてくる。

それに鏡にはいつも見慣れた自分の姿はなく、ただその髪の長い女性が吹雪を見つめていた。

「えっ・・・?」

吹雪は試しに自分の顔を触ってみると鏡の中の女性も同じような動きをする。

それに女性の服装は吹雪が着ていた部屋着を無理やり着ているような状態で、部屋着を留めているボタンは今にもはちきれんばかりに胸を締め付けていた。

「どういうこと・・・?」

吹雪は自分の胸を見てみるとそこには鏡に映っていた寝巻きからはち切れんばかりの大きな膨らみが見える。

試しに触ってみるとぷにぷにと柔らかい感触が吹雪の手に伝わった。

「・・・これ・・・・私!?」

吹雪は鏡を見ながら髪をかき分けて見ると少し大人びてはいたが確かに吹雪の面影のある女性が鏡から吹雪を見つめている。

見たところ謙と同じくらいか少し年上くらいだろうか?

吹雪はなぜかそれくらいの年齢にまで成長してしまっているのだと薄々気づいた。

「なんで私こんなことに・・・髪もこんなに伸びてるしおっぱいもこんなに大きく・・・」

その時ふとさっき見た愛宕の裸を思い出す。

「こんなにおっぱいも大きくなったんだから下も大きくなっちゃってるのかな・・・もしそうなら嫌だな・・・お兄ちゃんに嫌われちゃうかも・・・」

吹雪は恐る恐るギチギチに身体に食い込んだボトムとパンツを恐る恐る下ろしてみると

「えっ・・・!?」

そこには吹雪がいつも忌々しく思っていたものも何も付いてはいなかった。

「な、ない・・・・おちんちんがなくなってる・・・!?私・・・本当の女の子になってるの・・・?それもお兄ちゃんと同い年くらいの女の子に!?」

吹雪は嬉しさを抑えきれずその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。

跳ねるたび胸も上下に大きく揺れる。

「わぁ・・・これがおっぱい・・・!すごい!私本当の女の子なったんだ!」

吹雪はなぜこんなことになったのかはわからなかったがとにかく本当に女性になれたことが嬉しかった。

そんな時である。

ドアが開く音がして

「ふう・・・疲れた・・・一時はどうなることかと・・・ってあれ?吹雪帰ってるの・・・・か?」

謙が部屋に戻ってきた。

そこで謙が見たものは鏡の前で嬉しそうに笑う下半身を露出して身の丈に合わない部屋着を着た女性の姿だった

「え・・・・え、ええええええ!どどどどどどどちら様!?俺の部屋で一体何してるんですか!?」

謙は顔を真っ赤にして顔を手で覆った

「ち、違うのお兄ちゃん!私、私なの!!」

吹雪は必死に謙にわかってもらおうとするが

「お、俺にこんなでかい妹なんていませんよ!」

「だから私吹雪なの!」

「ふ、吹雪!?あなたが?からかうのもいい加減にしてください!吹雪はもっと小さくて・・・それに何よりあいつは男なんですよ!?」

「だから私が吹雪なんだってば!お風呂上がったらなんでかこんな身体になってたの!」

(あ、そうだ・・・・いつも阿賀野さんがやってるようにしたらお兄ちゃんも落ち着いてくれるかな・・・)

吹雪はとっさに謙の腕に抱きついて胸を腕に押し付けてみる

「お兄ちゃん落ち着いて・・・?私本当に吹雪なの・・・」

「な・・・な・・・・・な・・・・」

謙は急な出来事でフリーズしてしまう。

(よかった・・・お兄ちゃん落ち着いてくれたみたい・・・)

吹雪が安心したのもつかの間、ギチギチと悲鳴を上げ続けた部屋着はついに限界を迎え、止まっていたボタンが弾けてたわわな胸があらわになった。

「きゃっ!」

「うぉぉぉぉお!?」

謙は素っ頓狂な声を出すと鼻血を出してその場に倒れてしまった。

「お兄ちゃん・・・!?お兄ちゃん!!とにかく止血しなきゃ・・・」

吹雪は鼻血を出して倒れた謙の鼻をティッシュで塞ぎ、そのままベッドに寝かせてやった。

それからしばらくして謙が目を覚ます・・・

「ん・・・あれ・・・?俺なんかすごいものをみたような・・・」

「あっ、お兄ちゃん!目が覚めたんだね!」

謙の声を聞いて吹雪が駆け寄る。

「うわぁぁああああああ!!」

「そんなに驚かないで!私吹雪なんだってば・・・信じてよ・・・」

「本当に吹雪・・・・なのか?」

「だからそうだって言ってるでしょ?入渠が終わって急に身体が熱くなったと思ったらこんなことになってて・・・」

「そ、そんなことがあるのか・・・?」

「私だって何が起こったのかわからないよ・・・」

「わ、わかった・・・わかったからとりあえず服着よう・・・な?」

吹雪は謙にそう言われて今自分が下半身裸で上ははだけたぴちぴちのパジャマという恥ずかしい姿だったことを再認識して恥ずかしくなってしまった。

「う、うん・・・でもいつもの服は着れないよ」

「じゃ、じゃあとりあえず俺のジャージでも着てろ!そうだな・・・とりあえず医務室!医務室行くぞ!」

「う、うん・・・」

吹雪は言われるがまま謙から渡されたジャージを着るとウエストは少し大きかったがなんとか着ることができた。

「お兄ちゃんのジャージ着れちゃった・・・それにぜんぜんだぼだぼじゃない・・・」

謙のジャージを身にまとって鏡の前で軽く一回転してみたりする

(もし私がお兄ちゃんと同じ学校のクラスメイトだったらこんな格好でお兄ちゃんと一緒に体育とか部活動とかできたのかな・・・・)

吹雪はそんなジャージ姿の大ききくなった自分に見ほれていた。

「吹雪、着替えたんなら行くぞ!」

謙は恥ずかしそうに言った。

「う、うん」

 

そして医務室につくと

「あら提督・・・・ってななななんですか!?急に医務室に知らない女の子なんか連れ込んだりして!?」

高雄が吹雪の姿を見て鳩が豆鉄砲を食らったように驚いた。

「ちがうんです!な、吹雪!!」

「う、うん・・・高雄さん・・・私吹雪なんです」

「え、ええ!?吹雪ちゃん!?言われてみれば確かに面影があるような」

「あの実は・・・」

吹雪は高雄に入渠してから体の調子がおかしくなりなぜか大人の女性のような姿になっていたことを話した。

「そんなことが・・・入渠したらナイスバディーになって性別まで変わるなんて・・・」

「私どうなっちゃうんですか?元に戻ったりしないんですか?」

(本当はこのままでもいいんだけど・・・)

「うーん・・・私もこんなの初めて聞いたからなんとも言えないわね・・・もしかすると高速修復材の過剰摂取が原因かもしれないし身体にどんな影響があるかもわからないわ」

「・・・そう・・・ですか・・・吹雪は元に戻れるんですか?」

謙も心配そうに高雄に尋ねる

「とりあえずちょっと調べてみるわ。それとそうねぇ・・・さすがに戻るまで提督の服を着続ける訳にもいかないし・・・今からショッピングモールにお洋服でも買いに行って来たらどうかしら?」

「今から・・・ですか?」

「ええ。愛宕には私が言っておくから夕飯もショッピングモールで済ませてきたらどうかしら?」

「本当ですか!?ありがとうございます高雄さん!それじゃあ早く行こっ!お兄ちゃん!」

「ちょっと待ちなさい吹雪ちゃん」

「な、なんですか・・・?」

「そんなジャージで行くつもり?一応サイズが合うかどうかはわからないけど私の服貸してあげるからそれ着て行きなさい」

「は、はい!」

「それじゃあ提督、今から吹雪ちゃんに合う服着せて来ますから少し待っててくださいね」

高雄は吹雪を連れて自室へ向かった。

それからしばらくして高雄と高雄の私服を来た吹雪が医務室に戻って来た。

「一応それっぽいのを選んでみたんですけどやっぱり吹雪ちゃんにはもうちょっと可愛らしい服の方が似合うわね・・」

「お兄ちゃん・・・どう・・・かな・・・・?」

少し大人びた服を着た吹雪の姿に謙は胸を高鳴らせていた。

「あ、ああ似合ってると思う・・・ぞ?」

「やったぁ!お兄ちゃん大好き!」

「うわぁ!その姿でそんな抱きつくなってば!!」

「それじゃあお兄ちゃん早く行こっ!」

「うわぁ!ちょっ・・・ひっぱるなよぉ!」

吹雪は謙の手を引いて鎮守府を後にしてショッピングモール行きのバスが出るバス停へ向かう。

(いつもは見上げてたお兄ちゃんの顔がいつもより近くにあってなんだかドキドキする)

吹雪は胸を高鳴らせながらバス停にたどり着き、ショッピングモール行きのバスに乗った。

「はぁ・・・ちょうどいいバスがあってよかったねお兄ちゃん!」

「あ、ああ・・・・」

「どうしたのお兄ちゃん?」

「あのさ・・・なんかその格好でお兄ちゃんって言われるのなんかすごく恥ずかしいって思ってさ・・・」

「えっ、そうなの?じゃあなんて呼べばいい?司令官?」

「ああいやそれはそれで変だし・・・・」

「じゃあ謙・・・さんって呼んでも良い?」

「へっ・・・!?い、いいぞ?」

「それじゃあ謙さん♡」

「はっ、はいぃ!」

大人になった吹雪の魅力にもう謙はタジタジと言ったところだ。

そのまま謙は緊張からかほぼ何も話さずにショッピングモールへと着いてしまった。

「じゃあ育田さんの店、行くか」

「うん!それじゃあ謙さん・・・手つなご?」

「え、ええ・・・!?」

「良いでしょ?私と手、繋ぐの・・・嫌?」

「い、嫌じゃないけど・・・・」

「じゃあ繋ご!」

吹雪は恥ずかしがる謙の手をぎゅっと握り、そのまま服屋へと向かった。

「はーいいらっしゃいませなのー!あっ、提督のお兄さん!その女の子だれなの!?もしかして彼女さんなの!?キミも隅に置けないのねー」

育田も吹雪の変わり果てた姿に驚きを隠せなかったようだ。

「ああいやこいつは吹雪で・・・」

謙は吹雪がこうなってしまった理由を簡単に育田に話した。

「ふぅん・・・不思議なこともあるもんなのーでもだいたいわかったの!そんな古臭い服よりもっと良い今の吹雪ちゃんに似合うトレンドの服用意してあげるからそこでまってるのー!ほら吹雪ちゃんもぼーっと突っ立ってないでついてくるの!」

「は、はい・・・!」

吹雪は育田に連れられ店の奥へと消えていった・

(さっきの古臭いっていうの高雄さんが聞いてたら怒るだろうなぁ・・・)

謙はそんなことを思いながら店の入り口でしばらく待っていると

「おまたせしましたーなのー!」

育田が一人で戻ってくる。

「あれ?吹雪は?」

「試着室なの!あっと驚くのー!ついでだからイクが持って着てた化粧品とかヘアアイロンで軽くメイクもしておいてあげたからずっと可愛くなってるの!あっ、もちろんその辺はサービスだからお兄さんの出世払いって事でつけにしといてあげるから安心するの!」

「は、はあ・・・」

「ささ!善は急げなの!早くくるのー!」

謙は育田に連れられ店の奥にある試着室へと向かった。

「それじゃあ開けるのー!じゃーん!」

育田が試着室のカーテンを開けるとそこには見違えた吹雪が恥ずかしそうに立っていた

「ふ・・・吹雪・・・?」

「どう・・・かな・・・?変じゃない?」

「いいや全然変じゃないぞ!すごく似合ってる」

「えへへ〜どういたしましてなの〜」

「育田さん・・ありがとうございますっ!」

「吹雪ちゃん見た目は大人になっても中身は素直な子のままですっごくかわいいのね!はぁ・・・この姿で汚れひとつ知らない純粋な子・・・・羨ましいの〜あっ、お兄さんお兄さん!これ、今回のコーデの総額なの!」

育田は謙に電卓を見せてきた

「げっ!?こんなにするんですか!?」

「いくらこのお店の服が安いからっておしゃれをしようと思ったらそれなりに値が張るのは当然なの!それに下着から靴から全部揃えたんだしこれでも安いくらいなのね〜」

「ぐぬぬぬ・・・でも背に腹は代えられないし・・・・とりあえず鎮守府宛てで領収書出してもらえます?」

「はーい!毎度ありなのー!それじゃあタグとか全部切っちゃうからこのまま着て行くと良いのー!」

謙は育田に服代を支払い店を後にした。

 

「はぁ・・・思わぬ出費だったなぁ・・・経費で落ちるかな・・・」

「お兄ちゃ・・・謙さん・・・ごめんね」

「ああいやお前が謝る事じゃないんだ。でもすごく似合ってるぞ」

「・・・ありがと・・・」

「じゃあ飯でも食うか。ファミレスで良いか?」

「うん!」

謙は吹雪とそのままファミレスで夕飯を済ませた。

「ふぅ〜食った食った」

「美味しかったね・・・いつもよりいっぱい食べちゃった」

「そりゃそんだけ大きくなったんだから腹も減るだろ。じゃあそろそろ帰ろうか」

「・・・いや」

「えっ?」

「もっと謙さんといっぱい遊んでたい」

「遊んでたいってお前・・・」

「良いでしょ?私だってもっといっぱい遊びたいんだもん!それにせっかく女の子になれたんだから謙さんとデートしたいの!」

「デデデデート!?」

「年頃の女の子と男の子が一緒にお出かけしてるんだからデートだよ!ね?良いでしょ?」

「えーあ・・・うん・・・吹雪がそういうならそうするか」

「やったぁ!」

そのまま吹雪と謙はショッピングモールの中を二人で気が済むまで散策した。

「はぁっ・・・!初めてお兄ちゃんとここにきた時よりもずっと楽しかったよ!」

「吹雪が喜んでくれたなら俺も嬉しいよ。でもそろそろ遅いし帰らないとな・・・」

「うん・・・そうだね・・・・でもこうやって謙さんとデートできて本当に夢みたいだった!私のわがまま聞いてくれてありがと!」

「あっ、そうだ。最後に屋上いこうぜ!あそこからの眺めは最高なんだよ!」

「う、うん・・・」

謙に連れられ吹雪は屋上へとやってきた。

「うわぁ〜綺麗・・・」

もうあたりは真っ暗で屋上からは街灯や建物や車の明かりがぽつぽつと光る明かりが見えた。

「そうだろ?」

「ねえ謙さん・・・こういう時・・・女の子と男の子がこういうところに居たら何すると思う・・・?」

「へっ・・!?いきなり何言い出すんだよ!?」

「あのね・・・謙さん・・・・私にあの時みたいにちゅってして?」

「え、ええ・・・・!?」

「良いでしょ?」

「あ、ああわかった・・・・それじゃあやるぞ」

謙は吹雪にゆっくり顔を近づけた。

しかし途中で謙は顔を止め

「吹雪・・・近くで見るとすごく可愛いよ」

「そんな・・・照れるよ・・・」

「吹雪・・・・この夜景なんかよりずっとお前は綺麗だよ」

「え、ええ!?け、謙さん何言ってるの!?」

「吹雪・・・・」

「はーい?」

「吹雪・・・・・」

「なに?」

「吹雪・・・・」

謙に名前を呼ばれるたびなぜか吹雪の視界がどんどんとぼやけてきた。

(あれ・・・なんかまた頭がぼーっとしてきた・・・)

そして最後にはもやがかかって謙の顔も見えなくなってしまいそのまま意識が遠のいていく

「・・・き・・・・ぶき・・・・・ふぶき・・・・・吹雪!!」

その声ではっと吹雪は目を覚ますとそこは医務室で謙が心配そうに吹雪を見つめていた

「あ、あれ・・・私・・・」

「吹雪!よかった目、醒めたか!?・・・・お前風呂場で湯あたりして倒れてたんだぞ?」

「えっ・・・?」

吹雪は体をゆっくり起こして胸を触ってみるとさっきまでの豊満な胸はなく、いつもの硬くてぺったんこな胸板がそこにはあり、

謙にバレないように股間に手をやってみるとそこには本当はあって欲しくないそれがしっかりと付いている。

そして遠巻きに鏡をみるといつもの自分の姿が写っていた。

(はぁ・・・私のぼせて変な夢見ちゃってたんだ・・・・)

吹雪はさっきまでの出来事が夢だった事が残念で寂しい気分になったがきっと寝ている間ずっと謙が心配してくれていたんだと思うと嬉しかった。

「吹雪?まだここで寝てるか?」

「ううん。もう大丈夫・・・うわっ!」

吹雪はベッドから降りるもバランスを崩してしまう

「大丈夫か?今起きたところなんだから急に動いたら危ないだろ?」

謙はよろめいた吹雪を転ばないように既のところで支えた。

「ご、ごめんお兄ちゃん・・・」

「しょうがないな・・・部屋まで運んでやるから・・・よいしょっと」

謙は吹雪をお姫様抱っこの要領で抱きかかえる。

「うわ・・・ちょっとお兄ちゃん!?」

「あっ、こらあんまり暴れると落としちゃうから大人しくしてろ?俺でもお前くらいならこれくらい朝飯前だからさ」

「う、うん・・・・」

謙は吹雪をそのまま医務室から連れ出し、自室へと連れて帰った。

(確かにお兄ちゃんと同じくらいの年になるのも良いけど今のままでもこうやってお兄ちゃんに甘えられるんだしこんなお姫様抱っこまでしてもらえて・・・この身体も少しは悪くない・・・かな・・・)

吹雪は心の中でそう思いながら今の身体でしか味わえない謙の暖かさや腕の感触に浸っていた。




一応ハーメルンお気に入りユーザー150人突破記念で書いたものです。
応援してくださっている方々ありがとうございます。今後ともどうかよろしくお願いいたします。


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残暑のお見舞いと新たな仕事

 色々あった海水浴場警備も残すところ数日となり、暦的には秋がすぐそこまで近づいてきている。

というのに全く涼しくなる気配もなくいつもと変わらず警備の報告やら艦娘への指示やなんかを出していた。

「ふぅ・・・長かった海水浴シーズンもそろそろ終わるな〜」

「そうだね。ずっとお休みもなく働いて偉いよ謙。私が褒めてあげる」

「それはお前も他のみんなも同じだろ?でもこれだけ忙しかったのが急に暇になると調子狂っちゃわないか心配だな」

「そうね。でも何もないのが一番幸せだと思わない?」

「確かにそうだな。出撃が少ないことに越したことはないか」

「でしょ?さ!あともう少しでこの忙しい期間も終わりなんだから気を引き締めて頑張ろ!」

「ああ。そうだな!」

大淀に奮い立たされ俺は仕事に戻った。

まあ仕事といっても書類を片付けたり警備に出てる艦娘からの定時連絡を聞いたりするだけなんだけど・・・

それでも急に敵襲があって艦娘達や海水浴場に被害が出るくらいならこれくらい退屈くらいが丁度良いのかなって思える自分がいた。

退屈だけどこうやって大淀と昔みたいに軽口を叩きあったりもできるこの時間はとても有意義で平和なひとときなのかもしれない。

それからしばらく業務を続けているとドアをコンコンとノックする音が聞こえる。

「提督〜ちょっと良いかしら〜?提督にお客さんよ〜」

ドアの先から愛宕さんの声がした。

お客さん?

「謙にお客さんなんて珍しいね。仕事は私がやっておくから謙はお客さんの対応してあげて」

「あ、ああわかった」

基本来客の対応は愛宕さんや高雄さんがしてくれているが直接俺に用があることなんて滅多にないので少し身構えてしまう。

「はーい。どうぞー」

ドアに向けてそう言ってみるが一体誰だろう?

そうこうしているうちにドアが開き

「謙さん、ご無沙汰しております」

愛宕さんに連れられて雲人さんが執務室に入って来てぺこりと頭を下げた。

初雪の弟でしかも俺とほぼ同い年くらいだとは思えないくらいに大人びていて男っぽい服装をしているものの凄く美人で文字通り男装の麗人って感じだ(男なんだけど)

俺は久々に会う雲人さんの性別を超越した美しさに見ほれていた。

「あ、あの・・・私の顔に何か付いていますか?」

「あ、ああいやなんでもないですよ!こちらこそおひさしぶりです。俺に用事ってどうしたんです?」

「毎日お忙しいと愛宕さんから聞いていたのでお話ししたいことついでに陣中見舞いを渡しにきました。これ私が漬けたたくあんですどうぞ召し上がってください」

雲人さんはおもむろに風呂敷を取り出し、その中からツボを出して机に置いた。

漬物を今時ツボで渡すなんて事があるかよ!?

「あ、ありがとうございます」

「叢雲ちゃんのお漬物ほんと美味しいのよ〜?食堂に置いてある奴も大体叢雲ちゃんが持ってきてくれたものなの」

「だから叢雲ちゃんって言うのやめてくださいって前から言ってますよね?」

「あ〜はいはい。でも私からしたらどれだけ大きくなっても可愛い可愛い叢雲ちゃんのままよぉ〜」

「もう艦娘辞めて5年も経つんですから子供扱いしないでくださいよ!それにこっちからしたら変わらないどころかあなたの方が凄まじく変貌しててこっちはまだ付いて行ききれてないんですけど?」

「え〜私は何も変わってないわよぉ〜?」

愛宕さんは胸を雲人さんに見せつける

「わっ!ちょっとその一番前とはかけ離れた肉塊を見せつけるのやめなさ・・・やめてください!」

「叢雲ちゃんったら照れちゃってぇ〜ほらほらもっと昔みたいに甘えてくれて良いのよ〜?ほらほら〜」

愛宕さんがぎゅっと雲人さんを抱きしめた。

一体俺たちは何を見せられているんだ・・・

横で大淀も顔を引きつらせている。

「ぎゃーっ!は、離しなさいよ!!私昔も今もあんたにそんな甘え方した覚えないわよ!!」

メッキが剥がれるように雲人さんはツンツンした少女のような口調を発する。

多分あっちが本当の雲人さん・・・というより叢雲って艦娘なんだろうなぁ

艦娘辞めて五年たっても口調って戻らないものなのかな・・・

大淀は・・・淀屋はどうなるんだろう?

「あらあら。やっぱり喋り方も無理してるんじゃないの?そのツンツンした喋り方の方がやっぱり可愛いし良いじゃないの〜」

「うるさいうるさい!離しなさいよぉ!おっさんのおっぱいなんて当てられたって嬉しくないわよー!!」

「やっぱり反抗的で生意気なところは全然変わってないみたいねぇ〜でもそんなところも今となっては可愛いわぁ〜」

「やめなさいよ気持ち悪い!それに謙さんだって見てるんだから!セクハラよセクハラ!!」

「男同士なんだから大丈夫でしょ?」

「大丈夫じゃないわよー!」

雲人さんはそう叫ぶと愛宕さんの股間を思いっきり蹴り上げる

「ぐえっっ!!むっ・・叢雲お前・・・・・」

愛宕さんは低い声を出し股間を押さえてその場にうずくまった。

これは絶対痛い・・・

見てるだけでこっちまで痛くなるくらいに痛そうだ。

横に目をやると大淀も股間を抑えていた。

やっぱ男だし急所も思うところも同じなんだな・・・

「はぁ全く・・・そちらもスケベなのは相変わらずなようで・・・こほん、お見苦しいところを見せちゃったわ・・・じゃなかった見せてしまいましたねごめんなさい」

雲人さんが口調を戻して何事もなかったかのように話を始めた

「い、いやそこで愛宕さんがぶっ倒れてるんですけど」

「放って置いたらそのうち復活しますよ。こんなこと日常茶飯事でしたし・・・こんなのの世話するの大変でしょう?」

「ま、まあそれなりに・・・で、話って何なんです?」

「ああそのことなんですけどこれです。こいつ・・・じゃなかった愛宕さんから聞いてませんか?」

雲人さんはそう言うとチラシをこちらに手渡してきた。

「何何?えー××秋祭り・・・9月XX日~XX日まで・・・これがどうかしたんですか?」

そういえば秋祭りはそこそこ人が来るって話を前に雲人さんがしてたな

「その反応はやっぱり聞かされてないんですね」

「はい。全く。大淀はなんか聞いてるか?」

俺の問いに大淀は首を横に振った。

「やっぱりですか・・・はぁ〜年間行事くらいちゃんと説明しておけって言っておいたのに・・・こんなのが司令官だったなんて・・・ごめんなさい謙さん。しれいか・・・いえ愛宕さんからの伝達ミスみたいです」

雲人さんは大きなため息をつく

「伝達ミス?」

「ここ見てくれます?」

雲人さんがチラシの隅を指差す

そこには巫女服を着た阿賀野の写真が載っていた。

「なんで阿賀野が?」

「ええ。去年の写真なんですけど阿賀野さんには巫女のバイトをやってもらってたんです。それで聞かされていないと言うことで急になってしまって申し訳ないんですけど・・・今年も秋祭り運営のお手伝いを鎮守府の皆さんにお願いしたいと思いまして」

こんなこと少し前にもあったような気がするぞ・・・?

というか現在進行形でやってる海水浴場警備もこんな感じで引き受けることになったんだよな・・・

全く愛宕さんたちからそんなこと聞かされてなかったし本当に愛宕さん何やってたんだよ!

「またこのパターンか・・・」

「また・・・?」

「そうなんですよ。今の海水浴場の警備のこともギリギリまで教えてくれなかったんですよ?」

「全く・・・一応元部下として代わりに謝っておきます。ダメな元司令官で本当にごめんなさい」

「謝らないでくださいよもう半分慣れたようなもんですし・・・」

「そうですか・・・謙さんはあの人の何倍も良い提督みたいで安心しました。くれぐれもあの人みたいなダメ提督になっちゃダメですよ?」

「は、はい・・・」

「俺・・・一応ここにいるんだけど・・・?」

愛宕さんがうずくまったままよろよろと右手を挙げた

「黙ってなさい!後任に何も引き継ぎできてないじゃない!このダメ司令官」

「うぅ・・・・そのお説教も懐かしい・・・」

愛宕さんは弱々しくそう言うとまたガクリと床に突っぷす

「もう邪魔だから黙ってて!・・・と言うわけで今日はそのご挨拶もかねて伺ったんですけどで・・・もっと早くお話に伺えれば良かったですね」

「いえいえ雲人さんのせいじゃないですよ」

「それではひとまず今日はこの辺でお暇させて頂きます。近いうちに長峰さんからも話が来ると思うので詳しくはそちらから聞いてくださいね。多分愛宕さんに聞くより手っ取り早いですし」

「わかりました」

「それではお騒がせしました!また来ますね」

雲人さんはぺこりと礼をして執務室を後にした。

流石に床でぶっ倒れてる愛宕さんがいい加減不憫になってきたので俺は愛宕さんに駆け寄る

「愛宕さん大丈夫ですか?」

「う・・・久々に叢雲の蹴り食らった・・・男らしくなった分昔より痛え・・・成長したんだなアイツ」

「そんなことで成長を感じないでくださいよ!それにもう完全に愛宕さんの口調ぶっ飛んでるじゃないですか」

「そりゃあんな蹴り食らったらこうもなるだろ・・・」

「大丈夫ですか立てますか?」

「ああ。なんとか足もアソコもまだ立ちそうよ〜」

「急に口調戻したり下ネタぶっ込んだりするのやめてください!ほら早く立って」

俺は愛宕さんの手を取って立ち上がる手助けをしてあげた。

「ふぅ・・・本当に女の子になっちゃうかと思ったわ」

「ああもうわかりましたからとりあえずこれの事説明してくれます?なんで教えてくれなかったんですか?」

雲人さんが持って来たチラシを愛宕さんに見せる

「その方が面白いかなーって。それに提督警備とかで忙しかったでしょ?落ち着いてからにしようと思ってたらうっかり忘れちゃってて・・・」

「面白くないですよ!それに最後のが本音ですよね!?」

「ごめんなさいね。またおっぱい揉ませてあげるから許して」

「また!?謙!それどう言う事!?」

今まで黙って俺の代わりに書類の片付けをしてくれていた大淀が立ち上がって声を荒げる

「ああいやなんでもなくて・・・」

「んもぅ〜私と提督の仲じゃない!このあいだの夜の提督・・・すっごく情熱的だったわぁ〜」

「ちょ・・・誤解を招く言い方はやめてください!!」

「提督?この間夜愛宕さんの部屋に行ったことは聞きましたけどそこで何してたんですか?説明を求めます」

大淀は急に敬語で詰め寄ってきた。

「だ、だからこの間言ったことが全部で・・・」

「本当ですか・・・?」

大淀はニッコリと笑っているがその笑顔には威圧感すら覚えてしまう

「ひっ・・・!」

「それじゃあ提督〜私ちょっと急用思い出しちゃったから失礼するわね〜」

愛宕さんはそう言うと逃げるように執務室から出ていってしまう

絶対嘘だ!

「あっ、ちょ・・・愛宕さん逃げないでくださいよ!!」

「てーいーとーくー?愛宕さんとこのあいだの晩何があったのか包み隠さず教えていただけますか?」

「は、はいぃ・・・」

結局大淀の圧に負けてこの間は隠していたあっちが無理やりして来たこととはいえ愛宕さんの胸を揉んだ事とそのまま一つの布団で一緒に朝まで寝てしまったことを話した

「はぁ・・・」

大淀は大きなため息を一つつく

「すまん!高雄さんがいなくて寂しいって言われたら断れなくて・・・・」

「で、そのままあの日は遅刻したと」

「・・・はい。」

「そんなことだろうと思ったわ・・・謙はお人好しだから」

「ご・・・ごめん・・・」

「良いわよ許してあげる。この間私のお願いに付き合ってくれたしこの話はおしまい」

「大淀〜」

「で、でもおっぱいが触りたいなら言ってくれればちっちゃいけど私の・・・」

「へっ!?」

「私のおっぱいあんなに大きくはならなかったけど男だった時よりはずっと柔らかくなってるんだよ?」

大淀はこちらを見つめてネクタイを緩めて胸をちらちらと見せつけてきた。

確かに小さいがブラジャーに包まれた膨らみが嫌でも俺の目に入ってくる。

「きゅきゅきゅきゅ急に何言い出すんだよ仕事中だぞ!?」

「別に良いじゃない。誰も見てないんだから」

「お、大淀ぉ!?」

「ほ〜ら・・・謙ずっと私の胸見てる・・・見てるだけで良いの?触ってみる?」

「さ・・・さわ・・・・・」

美少女に見えるとはいえ彼は俺の男友達だ。

そんなことが許されるんだろうか

何度も膨らんだ大淀の胸は見たりはしたけどちゃんと触ったことはまだ無いし大淀の柔らかくなったという言葉が俺の好奇心を掻き立てる

「ほ・・・本当に良いのか・・・?」

そう尋ねると大淀はこちらに顔を近づけてきて顔が近づくたびに俺の鼓動が早まっていく

ど、どうなっちゃうんだ俺・・・

すると突然大淀は俺にデコピンを一発食らわせてきた

「痛ってぇ!なにすんだよ」

「白昼堂々おっぱいなんか触らせるわけ無いでしょ?謙が愛宕さんとの事隠してたお返しなんだから!謙のエッチ!」

「お前〜!!」

口ではそう言うもののやっぱりこいつはそんな安安と胸を触らせてくるような奴じゃないと思えて安心した。

「さ、まだ書類の片付け終わってないんだからさっさと再開して」

「・・・わかったよ」

大淀の一声で俺はまた作業を再開した。

そして作業もひと段落してさっき雲人さんが置いていったチラシを眺めて居るとパワースポットあります!とチラシの裏面に書かれている事に気づいた

「ん・・・?なんだこれ?パワースポット?そんなのあるのか?」

「聞いた事ないわね」

「えーっと何々?」

チラシの裏面には

××祭で永遠の愛誓ってみませんか?という触れ込みであの神社で今の××町ができた辺りの集落に住む男が神社で出会った神様と恋に落ちて最後には神様が神であることを止めて二人は結ばれたなんていう大層な伝説が書かれていた。

チラシによると祭りの最終日の花火大会で口づけを交わしたカップルは永遠に結ばれるらしい。

一応結ばれたカップルも少なからず居るみたいな事も書かれているけどなんか胡散臭いし伝説と花火大会がなんで紐付けされてんのかもよくわからない。

「なんだよ伝説のところまでは半分信じそうになったけど結局花火大会とかに集客するための眉唾な話じゃないかなあ大淀!根拠もなさそうだし神社にそんな事書いてある案内とかもなかったし」

「・・・そ・・・そうね・・・・でも私は伝説があろうがなかろうが別に花火大会の時にキスくらいならしても・・・・」

大淀は頬を赤らめて言った。

そうだこいつオカルトとか好きだったんだ・・・

ってことはもしかして信じちゃってる・・・?

「お前もしかして信じるのかよこの話」

「べっ・・・別にこんな非科学的な事・・・・でもちょっと素敵だなって思っただけ」

「非科学的ってお前オカルト好きにあるまじき発言だな」

「別に私はオカルトが好きなんじゃなくてスプラッターホラー物が好きなだけ!一緒にしないで!」

「あーはいはいわかったよ・・・」

「それじゃあ花火大会当日は私と一緒に花火見ましょうよ。キスするしないは別として謙と一緒に見れたら楽しいだろうなって」

「あ、ああわかった。まだいまいち祭りの手伝いって何すりゃ良いのかわかってないけど花火大会のときくらいは予定開けてもらえたらそうするか」

「うん!そうだね」

その時の大淀は嬉しそうだった。

 

そしてその夜。

夕飯でみんなが食堂に集まると

「みんな集まってるわね?ご飯の前で悪いけどこれちょっと読んでおいてもらえるかしら?」

愛宕さんが昼間に雲人さんからもらったチラシを白黒コピーした物を艦娘たちに配り始めた

「はーいそれじゃあ急で申し訳ないけど私たちこれのお手伝いをやるから目を通しておいてね〜」

愛宕さんの配ったチラシを各々が読んでいると

「what!?なんデース?この伝説って・・・・oh!すごいデース!花火大会中にKISSしたらその二人は永遠に結ばれるんデース!?」

金剛がそう言った途端露骨に大淀がああまためんどくさい事になった・・・みたいな顔をした

「え〜何それ阿賀野去年もお手伝いしたけどそんな話聞かなかったよ〜でも・・・そう言う事なら阿賀野もキスしに行っちゃおっかなー」

阿賀野がこちらを不敵な目で見つめてくる

「お、おい阿賀野去年はこんなのなかったってやっぱりこれ集客のための与太話じゃないのかよ!馬鹿馬鹿しいよなぁ天津風!」

ここは現実主義でなんだかんだでいつも冷めてる天津風に振っておけばなんとかなるだろう・・・

「そ、そうね・・・・こんなの信じるなんてバカみたい・・・阿賀野さんも真面目にお仕事してくださいね」

「だよな!それに手伝いだってあるし忙しいだろ?俺たちにそんな暇ないって」

「そ、そうよね・・・・でも・・・・」

天津風は最後に何かをぼそりと言ったが俺に聞き取ることはできなかった。

「ん?天津風どうした?」

「えっ?!ああなんでもないわよ!早くご飯にしましょう」

「天津風も腹減ってるって言ってるし連絡終わり!そろそろ飯にしようぜ」

「も〜あたしを食いしん坊みたいに言わないでくれないかしら?別にあたしはみんなもご飯食べたいかなーって思っただけで・・・」

「わかったわかった。でも今日も天津風は警備も演習も頑張ってたもんな。そりゃ腹減ってもおかしくないよ。今日も1日お疲れ様」

「・・・ふんっ!ほ、褒めても何も出ないわよぉ・・・」

天津風は恥ずかしそうにそう言ったが頭のカチューシャについている煙突みたいな部分からもくもくと煙を出していた。

一体どう言う仕組みなんだ?

「何ジロジロ見てるのよ!早く夕飯食べなさいよ!」

あたりを見回すともう阿賀野がガツガツとおかずを食べてご飯を一杯おかわりまでしていた。

幾ら何でも早すぎだろ・・・

というか早速俺がもらったたくあんでご飯食ってるじゃねぇかあいつ!

俺も今日は色々あって腹減ったし目の前であんなに美味そうに飯食われたら尚更だ。

それに俺だって雲人さんのたくあん食いたいし!!

「わかったよ。じゃあいただきます」

俺は早速雲人さんのたくあんに箸をつけて口に運ぶ。

甘すぎず噛むたびにコリコリとした食感と風味が口の中を駆け巡り白米を体が欲しがるような味だ。

どうせ漬物だろうとたかを括っていたけどこれはもはやおかずたりうる存在といっても過言ではない。

その日俺は気づくとご飯を三杯もおかわりしていた。

 

そして夕飯を済ませて部屋に帰ると

「・・・お兄ちゃん」

吹雪が深刻な顔をしてこちらを見つめてきた

「私・・・お夕飯食べた後からなんか変なの」

「どうした?なんか食べて腹でも痛くなったのか?」

「ううん・・・・なんかお兄ちゃんが天津風ちゃんを褒めてるところ見てたら胸がこう・・・うまく言えないんだけどモヤモヤってして・・・チクチクってして・・・私天津風ちゃんの事お友達として大好きなのになんだか嫌な気持ちになっちゃって・・・」

もしかして吹雪、天津風だけ褒めたから嫉妬してるのかもしれないな。

「吹雪ごめんな。俺が天津風だけ褒めたからそうなっちゃったんだよな?」

「えっ・・・?」

「吹雪も今日天津風と同じように頑張ったんだろ?」

「・・・うん!今日は天津風ちゃんより砲撃訓練で出した点数は上だったんだよ!」

「そうだったのか。吹雪お前もいつも頑張ってるんだよな。いつも偉いぞ」

俺は吹雪の頭を撫でてあげた

「えへへ・・・お兄ちゃんに褒められちゃった・・・なんか胸のモヤモヤ治ったかも!」

「そうかよかったよ。それじゃあそろそろ寝る準備しようか」

「はーい!」

 

そして風呂や寝支度を一通り済ませいつものように吹雪とベッドで横になると

「・・・ねえ・・・・お兄ちゃんあのチラシの裏のお話信じてないって言ってたよね?」

「あ、ああ。去年手伝ってたって言ってた阿賀野も知らないって言ってただろ?きっと誰かが取ってつけた話だよ」

「そう・・・かな・・・?」

「吹雪は信じてるのか?」

「わかんない。もちろんお兄ちゃんとずっと一緒にいられたら私はすっごく嬉しいと思う。でもお薬飲んでも病気も治らないしもし艦娘が要らなくなったら私どうなっちゃうんだろうってずっと・・・本当にずっとお兄ちゃんと居られるのかなって思うとなんだか不安になっちゃって・・・私変だよね。」

吹雪はそう言って俺に寄り添って服をぎゅっと握ってくる。

その手は少し震えていた

あるよな急に死ぬのが怖くなったりする事。

俺もじいちゃんが死んだ時こんな感じになったような気がする。

でも吹雪は・・・いいや艦娘は俺なんかよりずっと死を近いところに感じてるはずだ。

それでも皆そんな事一切匂わせないくらいに明るく精一杯生きているように思える。

吹雪もそうだ。

こんな小さな体で戦って傷ついてなんとか生き延びてる。

怖いと思わない方がおかしいくらいだ。

「なあ吹雪・・・戦うのは嫌か?」

「・・・なんで?」

「だって戦闘になったら生きるか死ぬかの話になるんだぞ?」

「そう・・・だね。でも私そんな事考えた事なかった。私はただ守るために戦うんだってそれが当たり前のことだって思ってるから戦うのは怖くないって言ったら嘘になるけど嫌じゃないよ。だって戦えばお兄ちゃんは私のこと必要としてくれるでしょ?だから戦って負けて沈むよりお兄ちゃんが私のこと要らなくなっちゃう方がずっと怖いよ」

その言葉に今まで深海棲艦と艦娘の戦いをニュースやドキュメントでしか知らずにのうのうと生きてきた俺と生まれた時からから艦娘として生きてきた吹雪の中に大きなズレがあるように感じた。

きっと吹雪はそう言う風に作られたんだろう。

だから戦うことも怖くないんじゃなく極力戦闘自体に恐怖を感じないように思考回路が働いているんじゃないだろうか?

他の艦娘もそうなのかな・・・

大淀も・・・

それとも吹雪がクローンだから・・・?

それは今の俺にはわからないし怖くて大淀たちに聞く勇気もない。

それに必要とされなくなる事に恐怖を覚えるのはやっぱり前の鎮守府での事が原因だろうか?

日に日に吹雪が笑ってくれるようになっていって今では年相応の少女のような吹雪にまたその頃のことを思い出させるわけにもいかない。

これは俺が吹雪と・・・それにもう一人の吹雪とも約束した事だ。

絶対吹雪の安らぎを守ってやらなきゃいけないんだ!

「吹雪・・・」

「なあにお兄ちゃん」

「俺が吹雪を要らなくなったりなんて絶対にしないよ。吹雪が戦わなくなったって艦娘がこの世界から要らなくなっても俺は絶対吹雪の事要らないなんて言わない」

「お兄ちゃん・・・」

「だからもっと自分のことを大事にしてくれ。お前が居なくなったら俺は悲しい・・・だからもし・・・もし本当にヤバいって思った時は吹雪、お前自分のことを・・・生きることを一番に優先して考えてくれ。お前が生きてさえ居てくれれば俺は絶対お前のそばに居てやれるから・・・」

「う、うん・・・ありがとうお兄ちゃん。今はこうやってお兄ちゃんが一緒に居てくれてるだけで私は何も怖くなくなるし明日からも頑張ろうって気になれるんだよ?ふわぁ〜なんだか安心したら眠くなってきちゃった」

「そう・・・だな。それじゃあ明日も早いし寝ようか。おやすみ吹雪」

「おやすみお兄ちゃん。あっ、そうだ」

「ん?どうした?」

「手繋いで寝てもいい?」

「ああ。いいぞ」

「ありがと・・・おやすみなさいお兄ちゃん」

吹雪の小さな手のひらが俺の手をぎゅっと握ってきた。

そして枕元の電気を消して俺は目を瞑る。

目をつぶって考えた。

ずっと側にいるなんて言ってしまったけど俺と吹雪はこれからどれくらい一緒に居られるんだろう?

戦いが終わったら俺と吹雪はどうなるんだろう?

考えれば考えるほど不安が募るが今こうして吹雪の側にいる時間を大切にしなければいけないと思ったし、

戦いが終わっても何が何でも絶対に吹雪を一人にはしないと俺は心に誓って吹雪の手のひらを優しく握り返した。



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終了!警備任務

令和一発目の投稿です。
今後ともよろしくお願いいたします。


『提督さ〜ん!最後の巡回索敵機電探目視全部異常なしっ!砂浜にお客さんが残ってないことも確認したよ〜はぁ〜これで明日からゆっくりできるね〜』

阿賀野の声が無線機から聞こえてくる

今日は海水浴場解放最終日で阿賀野と春風がで最後の警備に当たってくれていた。

「ああ、お疲れ様」

『それだけ〜?阿賀野たちすっごく頑張ったのにそれだけなの〜?』

「それだけって仕事なんだから仕方ないだろ!?」

『もっとこう・・・頑張ったから俺のこと一晩だけ好きにしていいぜ?とか言ってくれないの?』

「絶対嫌」

『え〜遠慮しないでいいんだよ?だいじょうぶ!阿賀野がちゃーんとリードしてあげるから〜』

「え〜じゃねえよ当たり前だろ!それに遠慮なんかしてねーから!!」

そんなやりとりを阿賀野と続けていると

「阿賀野さん?ただ任務が終わっただけで明日は海水浴場の後片付けもありますしその後も平常通りの戻るだけなんですからあまり羽目を外さないでくださいね?それに報告が終わったならダラダラ喋ってないでさっさと帰投してください」

大淀が無線機をぶんどりそう言うと一方的に無線を切ってしまった。

毎度毎度阿賀野や金剛は何かしら報告がくるたびに小言を挟んでくる。

俺も退屈なのでそれとなく返事をしているがいつも大淀は不機嫌そうな顔をしていたけどついに最終日の今日そんな大淀の不満が爆発してしまったらしい。

しかしなんでただ話してるだけでそこまで不機嫌になるのかがよくわからない。

「ふぅ・・・全く阿賀野さんいつもこうなんだから・・・」

大淀はため息混じりにそう言った。

「お、おう・・・そうだな・・・」

「謙も謙だよ!謙が優しいのは知ってるけど毎回相手してるからあっちもダラダラ喋ってくるの!一応仕事中なんだからね!?」

「ええっ、俺!?別にいいだろそれくらいは」

「よくない!それに・・・」

「それに?」

「ううんやっぱりなんでもない」

「なんだよそれ」

「あっ!そうだ謙!」

「次はどうしたんだよ?」

「警備任務任務お疲れ様!一ヶ月弱の間よく頑張ったね!」

「お、おう・・・ありがとう。まあ俺がやったことなんか艦娘に比べたら大したことないけどさ」

「よかった・・・一番最初に言えた」

大淀は嬉しそうに呟く。

急に怒ったり喜んだりなんだか最近大淀の考えていることがよくわからない時がある。

初めて会った時から何考えてるかわからないような奴ではあったけどそういう思考パターンとかの話ではなく今までより些細なことで怒ったり喜んだりするようになったような気がする。

それだけ感情豊かになったと素直に喜んでやるべきなのかなぁ・・・

「そんな嬉しいことか?それにお前も俺以上に仕事してたろ?」

「別にいいでしょ?秘書艦なんだし提督の任務終了を真っ先に労ったって。素直に受け取ってよ」

「あ、ああうん・・・大淀もお疲れ様」

「ありがと、謙」

大淀は急にしおらしくなってしまった。

なんか調子狂うなぁ・・・

そうこうしているとドアをノックする音が聞こえたので中に通すと

「提督さ〜んたっだいま〜!」

「司令官様、ただいま戻りました」

阿賀野と春風が執務室へ入ってきた。

大淀はさっきまでとは打って変わって苦虫を噛み潰したような顔で阿賀野を見ている。

そんな仲悪いのかな・・・

「二人とも最後の警備任務ご苦労様」

「ほんとだよ〜せっかく提督さんともっとお話ししようと思ったのに急に大淀ちゃんに切られちゃうんだもん」

「任務中に私語を挟むからです!」

阿賀野の言葉に大淀が即座にそう言い返した

「別にそれくらい良いでしょ〜?大淀ちゃんだって同じ部屋に居るんだし提督さんとちょっとお話しすることくらいあるんじゃない?それにぃ〜艦娘とのコミュニケーションだって提督さんの大事な仕事だもんね〜」

「ぐぬぬぬぬ・・・」

大淀は悔しそうに口を噤んだ。

確かに阿賀野の言う通り俺と大淀は暇な時はくだらない話なんかをしてはいたけどそれで反論できなくなるくらい何も考えなしで大淀は怒ってるのか?

「あれ〜やっぱりそうなんじゃない?それだったら阿賀野も提督さんとおしゃべりするくらい大目に見て欲しいな〜」

「でっ・・・でもあなたは任務中で・・・」

「任務〜?それなら大淀ちゃんだって提督の補佐する任務中でしょ?」

「そう・・・ですけど・・・」

「あれ〜?それじゃあ大淀ちゃん阿賀野が提督さんと喋ってる見てもしかして妬いてるの?」

「ちっ・・・違いますっ!そんなのじゃ・・・」

「ほんとかなぁ?それじゃあ提督さんとちょっとお話しするくらい大目に見てよね」

阿賀野はしてやったりと言ったような顔でこちらに歩いてくる

「あ、阿賀野?」

「ふわぁ〜もう夏も終わりだって言うのに暑いよね〜阿賀野汗かいちゃったなぁ」

阿賀野はそう言うと胸元が見えるように襟の部分を掴んでぱたぱたと服の中に空気を送り始めた

「あ、阿賀野・・・?」

「阿賀野シャワー浴びてこよっかなぁ〜よかったら提督さんも一緒にど〜お?」

阿賀野は胸を強調しながら不敵な笑みを浮かべた。

「い・・・一緒にって・・・」

「別に男同士なんだから良いでしょ?阿賀野背中流して欲しいなぁ〜」

阿賀野の背中・・・

よく見たら男っぽい身体つきをしている阿賀野だけどその綺麗な肌に長い髪・・・それに膨らんだ二つの乳房は女性に勝るとも劣らない物だ。

それなのに男だから大丈夫なんて超理論でたまに一緒に風呂に入ってこようとしてくる阿賀野が恐ろしい・・・

「おおお男同士だからってそんな一緒に風呂なんて・・・一応阿賀野にはおっぱ・・・胸もついてるしさ・・・」

「ん〜?やっぱり気になるんだ?さっきから提督さんの視線がちくちく刺さるみたいにおっぱいに向かってきてるのすごく感じてたよ?」

阿賀野はわざと色っぽくそう言いつつ胸を手で一撫でしてさらに胸を強調してきた。

本当に男なのか疑いたくなるくらいには自分の今の身体の強みを完全にわかった上でやっていることが理性ではわかっていても理性で抑えられない部分がどうしてもその二つのふくらみの方へ俺の目を向かわせる

「ほーら♡一緒にお風呂入ってくれたら見せてあげるから」

「み・・・見せ・・・・!?」

いやいやいや流石にこれ以上はまずい。

大淀も春風も見てるんだぞ!?

「だーかーらー警備任務で疲れちゃった艦娘の背中流してよ提督さん」

阿賀野はそう言うと俺の腕を掴んでくる

あっ、やばい

このままだと流れで阿賀野に連れて行かれそうだ

するとその時

「もう良い加減に謙をからかうのはやめてください!」

大淀が机をバンと叩いてそう言った

「ん〜?どうしたの?」

「謙はちょっとスケベでバカだけどすっごく優しくて人の言うこと断れないお人好しなんです!そんな謙に付け込んで擦り寄るなんて私が許しません!謙も困ってますしシャワー浴びるならさっさと一人で浴びてきたらどうなんですか!?これ以上謙をからかわないであげてください!!」

大淀が声を荒げた事に阿賀野も驚いたのか少しの間執務室がシーンと静まり返る。

そして

「なんか阿賀野が無理やり提督さんの事連れて行こうとしてるって思われるのも嫌だし今日は一人でシャワー浴びにいこーっと。それじゃあ提督さん、また晩御飯の時にね!バイバーイ」

阿賀野はそう言って一人執務室を後にした。

そして気まずい空気が流れる中

「お、大淀・・・」

大淀に声をかけると

「ごっ、ごめんなさい!!」

大淀も顔を真っ赤にして執務室を飛び出してしまった。

本当に最近のあいつは些細な事で怒ったり笑ったりよくわからないなぁ・・・

俺が呆然としていると

「司令官様?」

春風が声をかけてくる

「春風どうした?」

「司令官様も大変ですね」

「大変?」

「今日も阿賀野さんが楽しそうに司令官様の照れてる顔が可愛いとかなんとか仰っていたので」

やっぱり阿賀野のやついつもみたいに俺の反応を見て楽しんでただけだったんだな・・・

「そうだったのか・・・」

「しかし大淀さんがあそこまで感情をあらわにして怒るなんて珍しいですね」

「そうなのか?」

「はい。大淀さんあんまりわたくし達には何かを気取らせないようにしているのかあまり感情の起伏がない方だと思っていたのですが」

「そうか?あいつあれで結構感情豊かなんだぞ?」

「そうなのですか・・・あまりそのような一面をわたくし見たことがなかったですから先ほどの大淀さんを見て少し驚きました」

「そうか・・・」

確かに言われて見れば俺や吹雪、それに那珂ちゃん以外には機械的と言うか秘書艦娘として最低限の付き合いしかしていないような気もしなくもない。

俺的にはもっと他の艦娘たちとも親交を深めて欲しいんだけど無理強いはできないよなぁ・・・

「今後大淀のそう言うところ春風達ももっと見れる様になったら良いよな」

「ええ。そうですね。それではわたくしも吹雪達と合流しますからそろそろお暇します」

「ああわかった。春風も警備任務ご苦労様!」

俺は執務室を後にする春風を見送った。

 

そしてぽつりと一人残された執務室で後片付けなんかを終わらせて部屋を出ると大淀が部屋を出た先の廊下の壁際にもたれかかっていた。

「大淀!なんだよ居たなら片付け手伝ってくれよ」

「・・・ごめん」

「どうしたんだよ今日のお前なんか変だぞ?」

「だって・・・阿賀野さんと謙が一緒にいるの見てたらなんかモヤモヤして・・・それで私怒っちゃった・・・阿賀野さんやってることはともかく言ってることは間違ってなかったし謙は私の物でもなんでもないし艦娘とコミュニケーションを取るくらいはしなきゃいけないのに謙のこと独り占めしたいって思っちゃって・・・冷静になったら阿賀野さんの言葉が図星だったから怒鳴ってた事に気づいてすごく恥ずかしくなっちゃって・・・ごめんなさい」

大淀は俺が他の艦娘と話しているところを見るとジェラシーを感じてしまうらしい。

だからこそそんな自分自身の感情と秘書官として公私を混同してはいけないという思いが大淀の中で揺れていたんだろう。

そんなところを他の艦娘にも見られたくないからどうしても機械的な対応をしてしまうのかもしれない。

それもこれも俺を思ってのことだと思うとなおの事なんとかしてやらなければいけないという気にもなる。

「なあ大淀?」

「どうしたの謙」

「お前確かにみんながいる時は秘書官の大淀としてすごく真面目にやってくれてるよな?」

「え、ええ・・・」

「でもさ。今日もそうだったけど二人の時は昔みたいに話してくれるだろ?」

「うん・・・だって謙と仲良くしてるところ他の子達に見られるの恥ずかしいし」

「それはお前が俺の秘書艦だからか?」

「え、ええ・・・だって仲良くしてる所見られたら秘書艦として他の艦娘達に示しがつかないじゃない」

「確かにあんまりみんなが見てる前でベタベタしてたらそうかもしれないけど普通に仲良くする分には良いんじゃないか?阿賀野も言ってただろ?コミュニケーションも俺の大事な仕事だって」

「で、でも・・・」

「それに俺だってお前が他の人と話してるの見たら少し妬いちゃうしな」

「えっ・・・!?」

「鎮守府に赴任したての頃男装した阿賀野と喋ってただろ?あれ見て少しそんな事思っちゃったりしてさ」

男装して那珂ちゃんと二人で出かけた時も思ったけどそれは伏せておこう。

「謙・・・」

「でも俺はお前に吹雪たちだけじゃなく他の艦娘たちとも関わって行ってほしいし俺も他の艦娘たちと話くらいするしそれこそ阿賀野とか金剛とか愛宕さんとかがからかってくる事だってあると思う。金剛はともかく愛宕さんと阿賀野は本気じゃないと思うし・・・」

「・・・うん」

「そりゃ多少は・・・その・・・なんだ・・・確かにみんな男だけどあんなおっぱい見せられたらどうしても・・・な?」

「やっぱりおっぱい大きい方が良いんだ・・・・謙のエッチ」

「ああもう違うって最後まで聞いてくれよ!でもあれだ。コミュニケーションの範囲を超えたこととか度の過ぎた事もあると思う。そんな時はお前が秘書艦として止めに入ってくれれば良いんだよ。俺も流されない様に頑張るからさ・・・」

「謙・・・そうだよね!私、秘書官として謙のこと守らなくっちゃね!」

「まあそんなとこだ。そろそろ飯だし行くか?」

「・・・うん!」

「今日は任務も終わったし愛宕さんがいつもより気合い入れて作るって言ってたけどなんだろうなー」

「楽しみだね・・・あっ、ねえ謙?」

「どうした?」

「手、繋いでも良い?食堂前の曲がり角までで良いから」

「・・・ああ良いよ」

「・・・ありがとう」

そう言うと大淀は俺の手を優しく握り、俺はその手を握り返して食堂へ向かった。

 

食堂に差し掛かると

「あっ、もう食堂だね・・・手、離さなきゃ」

「あ、ああ・・・」

少し名残惜しそうに手を解き俺たちは食堂へ入った。

食堂には艦娘達が集まり始めていて、美味しそうな匂いが立ち込めている。

それを嗅ぐだけで空腹がさらに加速していった。

それからしばらくして

「は〜い!みんな今日まで本当にご苦労様〜頑張った皆に今日はとっておきな料理を作ったわよ〜」

エプロン姿の愛宕さんがそう言って運んできたのは山積みにされたとんかつとハンバーグだった。

「に・・・肉だ!」

何日振りの肉料理だろう・・・最近魚料理とカレーのローテーションが結構続いていてがっつりした肉料理は本当に久しぶりだったのでテンションが上がってしまう。

「提督まだ食べ盛りだもの。毎日魚介じゃ飽きちゃうでしょ?だから今日はお肉フルコースにしてみたの!いっぱい作ったからみんなも遠慮しないで食べてね!」

愛宕さんがそう言うなりとんかつとハンバーグめがけて艦娘たちが列をなし、思い思いに食べたい方の料理を持って行くものも居れば両方持って行く艦娘も居た。

 

そして俺もハンバーグととんかつをとりあえず一つづつもらって食べ始めた

ハンバーグはこの間鳳翔さんのお店で食べたハンバーグに似ているけどそれとはまた少し違った味わいがあてさすがハンバーグの作り方を鳳翔さんに教えた張本人だけあって口の中で混じり合う肉汁とソースがたまらない。

とんかつも中は柔らかくて衣はサクサクしていてご飯が進む。

それだけでなく雲人さんが持ってきてくれたたくあんも相まってご飯がどんどん減って行き、俺はなんどもおかわりをした。

飯を食べ始めてしばらくして

「高雄〜お酒入れて頂戴」

「はいはい」

高雄さんが愛宕さんにお酌をしていた。

嫌な予感がしたので

「愛宕さん!明日も一応海水浴場の後片付けの手伝いが残ってるんですからあんまり羽目を外し過ぎないでくださいね」

そう釘を刺しておいた。

しかし艦娘たちが夕飯を食べ終え徐々に食堂を後にして行く中愛宕さんはまだお酒を飲んでいた。

「あのー愛宕さん?」

「あぁ”ん?」

もう完全にさっきまでの料理上手なお姉さんはそこには居なかった。

「明日も仕事あるんですよ・・・?」

「わーってるよそれくらい・・・自分で作った料理肴にして酒飲んじゃいけねぇのかよ」

「いやそう言うわけじゃないんですけど・・・」

「提督ごめんなさい。私がそろそろ止める様に言うから・・・」

高雄さんが申し訳なさそうに頭を下げてくる

「なんだよ高雄・・・お前も飲みゃいいのに・・・」

「私はそう言うわけにはいかないの!私まで酔っ払っちゃったら誰があなたを止めるのよ!私が飲むのは次の日がお休みの日だけ」

「あーそうかい・・・・ひっく」

「ほらほらもうみんなご飯食べ終わって部屋戻ってるわよ?洗い物は私がやっておくからあなたはお風呂の準備でもしてて」

「うーい・・・わーったよ」

高雄さんが言うと愛宕さんはよろよろと立ち上がって部屋の方へ歩いて行った。

これでもう夕飯を食べている艦娘は居なくなったが大皿にはまだハンバーグととんかつが少し残っている。

「あの・・・これ残っちゃってますけど大丈夫なんですか?」

「あああれ?明日観光協会の人にお裾分けするのよ。あの人その分多めに作ってたの」

「そうだったんですか」

「媚は売れるところには売っとけー特に協会のジジイたちにはちょっと良い様にしといてやれば酒とつまみが無尽蔵に手に入るからって気合い入れて作ってたのよ?」

「はぁ・・・結局そっちが本音でしたか」

「そっち半分でちゃんと提督への労いも兼ねてると思うわよ?ただ恥ずかしくって言えないだけじゃないかしら?」

「うーん・・・そう言うことにしときます!」

「ふふっ・・・それじゃあ後片付けしなくっちゃね」

「それなら俺も手伝います!」

俺は高雄さんと一緒に皿を片付け、

余ったハンバーグととんかつをタッパーに入れて冷蔵庫に入れた。

「それじゃあ後はやっておくわ。手伝ってくれてありがとうございました」

「いえいえ。どういたしまして。それじゃあお先失礼します」

俺は高雄さんに一礼して食堂を後にした。



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夏季最終任務

 海水浴警備が終わった次の日、俺や鎮守府の艦娘たちは朝早くから海水浴場に呼び出されていた。

夏季最後の任務だ。

と言ってもそんな大層なものではなく例によって海水浴場の後片付けと海岸清掃の手伝いなんだけど

基本的には前にもやった荷物やらテントの搬出の手伝いだけど準備の時ほど暑くもなく一回やっていることだったからか前回よりもスムーズに進んだ。

「ご苦労様だ謙くん。そろそろキリもいいし昼食にしようか」

海水浴場のゴミ拾いを一通り終えたところで長峰さんがそう声をかけてくれた。

もう昼間になってたのか。

地味な作業を黙々やっていると時間も早く過ぎるもんだ

「はい!」

「よし!それでは飯にするか!」

長峰さんはそう言うと持っていたメガホンの電源を入れ昼休憩を伝える連絡をした。

 

 そして食堂へ向かうと愛宕さんと高雄さんと金剛が昼食を配り初めていて、先に戻ってきていたのか阿賀野が席について昼食を食べている。

「はいは〜いみなさん並んでくださ〜い♡今日のお昼は私が愛情込めてこねこねしたハンバーグよ〜それはもうおいしくなぁれ♡おいしくなぁれ♡っていっぱいこねこねしたからいっぱい食べてくださぁい♡」

昨日ハンバーグを多めに作ってたのはこっちで使うからだったのか・・・

しかし愛宕さんは今朝まで「うぇ〜やべぇ昨日飲みすぎた・・・第一なんで俺ゴミ掃除なんかしなきゃなんね〜んだよ全く・・・」とか言ってたとは思えないくらいには前回同様観光協会の人たちに愛想を振りまきまくっていた。

そんな愛宕さんめがけ観光協会の男たちは鼻息を荒くして列をなしている。長峰さんはそんな愛宕さんをみてやれやれと頭を抱えている。

「あれでも一応私たちの提督だった男なんだ・・・どうしてああなってしまった」

「今朝も昨日飲みすぎたとか言っておっさん全開でしたよ・・・」

「やはりそうか。相変わらずそうで安心したぞ。大変そうだなぁ高雄も君も」

「ええまあそれなりに・・・」

そんな話を長峰さんとしていると

「な、長峰さん!」

天津風がこちらに走ってやってきた

「おおソr・・・天津風ちゃんどうかしたかい?」

「あのね・・・?お昼ご飯一緒に食べてもいい?あたし長峰さんのこと待ってたの」

天津風は長峰さんに甘えた口調でそう言った。

そんな天津風を滅多に見たことがない俺は少し動揺してしまう。

「ああもちろんだとも!それじゃあ席はあっちだから座って待って居てくれるかな?君の分もお昼ご飯持っていくから」

「やったぁ!あたし待ってるから!」

天津風は本当に少女のように大人しく長峰さんに言われた通り席に着き、その様子を長峰さんは嬉しそうに見つめていた

いつも俺にはツンツンしてるくせになんで長峰さんにはこんなに甘えてるんだよ天津風のやつ・・・

「あ、あの・・・天津風いつもあんな調子なんですか?」

「ああ。あの日君と一緒に話をした後よく私のところに遊びに来てくれてね。天津風になる前のあの子はずっと心を閉ざしているように思えたが最近はやっと私たちにも心を開いてくれたようで色々話をしてくれるぞ」

「そうなんですか・・・」

「特に君がだらしないとか君が阿賀野くんの胸を揉んでたとかそんな君の話が大半だけどな!」

「ち、ちがいますよあれは阿賀野が勝手に・・・!てか天津風何話してんだよあいつ!!ほんとに違うんですよ!?あれは事故で・・・」

「まあそう隠すな。私も今そこでハンバーグを配っている奴に尻や胸をよく揉まれたものだ。全く・・・・・男の尻や胸を触って何が楽しいんだか・・・しかし男といっても私たちは特殊だからむらむらする気持ちもわからなくもないぞ?なんせ私も男なんだからな!だがほどほどにはしておけよ?」

長峰さんはそう言って笑った。

やっぱり愛宕さん元はセクハラ提督だったのかよ!!

このままでは俺が愛宕さんみたいなスケベな奴だと勘違いされてしまう

「だから違うんです!俺が意図的に艦娘の胸を触ってるとかじゃなくてあれは阿賀野が勝手に胸を押し付けて来ただけなんですって!」

「・・・そうなのか?」

「はい・・・」

「君がそう言うのならばそう言うことにしておこう。それより私は嬉しいんだよ」

「何がですか?」

「あの子は他人に無関心な子でな。あの子が君に会うまでは誰か他人の話なんてしたこともなかったんだ。そんなあの子が今や君や他の艦娘たちの話を私に嬉しそうにしてくれているんだよ。他にこんなに嬉しいことがあるか?もしかすると君の提督としての手腕の賜物かもしれないな」

「い、いえ・・・俺はそんな何もしてませんよ」

「まあそう謙遜するな。きっと艦娘として君たちと共に暮らしている間にあの子の心境にも変化があったんだろう。なにより同年代の子供たちと触れ合う機会すら私たちは作ってあげられなかったんだ。だから彼には艦娘になどならずに全寮制の学校に行って普通の男の子として過ごさせてあげた方が幸せだったのかもしれないと彼を送り出したその日からずっと思っていたんだ。でもそうしてしまっていたら今みたいなあの子の笑顔を見ることはできなかったのかもしれないと思うとこの選択も間違いではなかったと思えるよ」

そう言った長峰さんは息子の成長を見届ける親のような優しい顔をしているような気がした。

「長峰さん・・・」

「長話はこれくらいにして列もまばらになってきたことだそろそろ飯にしよう。まだ午後からの仕事も残っているし何より天津風ちゃんを待たせているからな!愛宕!大盛りで二つ頼む!謙くんはどうする?」

「自分の分は自分で取りますから先に天津風のところに行ってやってください」

「わかった。では先に失礼させてもらうぞ」

長峰さんはそう言うと愛宕さんと少し話をした後大盛りのご飯にハンバーグと味噌汁とサラダの乗ったお盆を二つ持って天津風の座っている席の方へ歩いて行った。

そして順番が回って来て愛宕さんの前に立つと

「提督〜午前のお仕事ご苦労様♡ご飯どうします?お・お・も・り?」

媚び媚びの愛宕さんの営業スマイルと着ていたエプロンからはみ出さんばかりの胸の谷間が俺の目に飛び込んでくる。

なんせただでさえサイズの小さいエプロンを着てるってのに胸を両腕で寄せて強調してくるもんだからもうほんとにすごいおっぱいだよ

これで中身は昨日は酔っ払って今朝二日酔いでぶっ倒れてたオッサンで性別も生物学的には男性だと思うと胸に目がいってしまっている自分がすごく悔しい

「並で」

ここで何か反応してしまうと負けだと思い、何事もないようにそう言った

「えぇ〜提督は食べ盛りなんだからもっと食べなきゃダメよぉ〜大きくなれないゾ♡」

愛宕さんはそう言うとまた大きな胸をぶにぶにと強調してくる

「いやハンバーグ昨日も食べましたしそれに成長期なんて終わってますよ」

「まあそう言わないで食べてよぉ〜昨日とはちょっと味付けも変えてあるから・・・ね♡」

愛宕さんがウインクをすると胸がまた大きくぶるんと揺れた。

これ以上話していたらそれこそ愛宕さんの思う壺だろう。

「それじゃあ大盛りでいいですよ。というか今朝のアレはどうしたんですか?」

「さぁ?なんのことかしらぁ?お姉さんわかんな〜い」

愛宕さんは盛大にすっとぼける

「だから二日酔いですよ二日酔い!散々昨日飲みすぎるなって言われたのに起きて早々トイレでゲロって・・・・むぐっ!」

さらに追求してやろうと思ったがその瞬間愛宕さんの右人差し指が俺の口に触れた。

愛宕さんはそのまま右手の指で俺の頬を撫で、背筋にはゾワゾワっとした感覚が走る

そして愛宕さんは顔をこちらに近づけてきて俺は急なことに顔を赤くしてしまう。

「ひうっ・・・!あ、愛宕さん!?急に何を・・・!?」

辺りをを見回すと観光協会の人たちがこちらを羨ましそうに見ていて口々に

「なんだよあのボウズー提督だからって愛宕さんにあんなことしてもらって羨ましいぜチクショー!」

だとかなんとか言っている

みなさん目を覚ましてください!この人実は中身はみなさんと変わらないおっさんなんですよ!!

流石に口に出すわけにも行かないので心でそう叫んでいるといつもの数割り増しで綺麗な愛宕さんの唇がぷるんと動く

「なっ・・・!」

愛宕さんは俺の顎をくいっと持って右に90度回し耳に顔を近づけてきた

な・・・何されるんだ俺・・・!?

俺の鼓動はさらに早まり息も少し荒くなってきている

落ち着け・・・落ち着くんだ俺・・・

そうは言うものの耳元に愛宕さんを感じてからまだ1秒も立っていないと言うのに凄まじく長い時間に感じてしまう。

次の瞬間

「それ以上言ったら今夜俺みたいな可愛いオンナにしてやるから覚悟しろよ?」

と低く小さな声で囁かれた。

今おかれている状況も恥ずかしいし耳元では凄まじいことを囁かれるしで俺の足は小刻みに震えている。

どうやら遠巻きに見ていた人たちからは頬にキスをされたように見えたようで観光協会の方々がこちらに羨望やら嫉妬やらの感情が入り混じった視線を向けてきたり

「あのボウズ半年そこらで愛宕さんとそんな親密になるとか何したんだチクショーそこ代われ!」

とかなんとか怨嗟に近い声も聞こえてくる。

違うんです!ただすごい低音で耳打ちされて脅されただけなんです!!

でもこれ以上言ったらそれこそもっとヤバイことになりそうなので

「は・・・はいぃ・・・」

と情けない声で返すしかなかった

「わかればいいのよ♡それじゃあ大盛りにしたから私の愛情たっぷりハンバーグうーんと食べてね提督♡」

愛宕さんは調子を戻してあざとくそう言って昼食の乗ったお盆を手渡してきたので俺はそそくさとその場を立ち去った。

横でずっと味噌汁をよそっていた高雄さんは少し申し訳なさそうにこちらに軽く頭を下げてきている。

 

そして××鎮守府様と書かれたプレートが置いてあるテーブルに向かうと既に食べ終わりつつあった阿賀野がニヤニヤとこちらを見てくる。

凄まじく嫌な予感がするが大淀や吹雪がまだ帰ってきていないのが不幸中の幸いだと思うしかないだろう

「ねえねえ提督さん!真昼間からお盛んね〜」

阿賀野は冗談交じりにそんなことを言ってくる

「ちっ・・・ちげーよただ二日酔いのこと聞いたら脅されただけなんだって」

「えーほんとにー?なんて脅されたの?」

「別にどうでもいいだろそんなこと!」

「え〜教えて欲しいな〜教えてくれたら阿賀野のおっぱい触らせてあげてもいいけど?」

「いらんわ!」

いくら男とはいえこの鎮守府の艦娘たちはおっぱいを安売りしすぎだ!

そりゃ俺だって男なんだし?おっぱいに興味が無いわけじゃないけど・・・?

流石にこうも安売りされるとなんか興味を通り越しておっぱい恐怖症になりそうだ

「えーいいじゃない教えてくれたって減るもんじゃないんだし」

「そんなおっさんみたいなこと言われても嫌なもんは嫌だ」

「えーそれじゃあさっき愛宕に顔撫でられて顔真っ赤にして足ガタガタ震わせてたって吹雪ちゃんと大淀ちゃんに言っちゃおっかな〜」

「そ・・・それだけはやめてくれ!」

「じゃあ教えてくれたら黙っててあげる〜」

「ぐぬぬぬ・・・」

こいつ・・・いつもながらに策士だ・・・

せっかくあの二人には見られてなかったのにそんなことをされてしまっては台無しだ。

「わ・・・わかったよ・・・」

「やったー提督さんだーいすき!」

阿賀野がそう言うとまた観光協会の男たちがこちらを一斉に睨みつけてきて

「あいつ・・・愛宕ちゃんだけじゃなくて阿賀野ちゃんまで・・・」

「なんつう絶倫ヤローなんじゃ・・・」

なんて言われてしまっている

せっかく最近街の人からの評価もそこそこ上がってきてたと思ったのにこれじゃあ村八分にされそうだ。

「ああもう大声でそう言うこと言うなって!!」

「えへへ〜ごめーん!で、なんて言われたの?」

「あ、ああ・・・二日酔いの事聞いたら耳元ですっげぇ低い声でこれ以上言ったら今夜俺みたいな可愛いオンナにしてやるって言われて・・・」

「え〜なにそれ〜!」

阿賀野はクスクスと笑った。

「わ、笑うなよ!前に高雄さんとお前に女装させられたりその後事故とは言え女装してホテルでお前に押し倒されたりしてからなんか怖いんだよ!!」

「へぇ〜そうなんだ・・・じゃあ愛宕なんかじゃなくて俺が今夜提督さんを前みたいにオンナにしてやってもいいけど?」

阿賀野がそんなことを低めの声で言って顔をキリッとさせてこっちを見つめてきたので身体がびくりと強張ってしまう

「ひっ・・・!」

「うっそ〜隙ありっ!」

阿賀野は次の瞬間俺のさらに乗っていたハンバーグを半分橋でつまんでぱくりと食べてしまった

「あ〜お前ー!」

「むぐむぐ・・・ごくん・・・はぁ〜ちょっと物足りなかったから貰っちゃった!ごちそうさま提督さん♡」

阿賀野は笑顔でそう言った

「お前よくも俺の貴重な昼飯を!」

「へへーんだ!それじゃあ阿賀野もう食べ終わったから行くね!ごちそうさまー」

阿賀野はトレーを持ってそのまま外に出て言ってしまった

はぁ・・・なんと言うか俺・・・艦娘たちにナメられてんのかなぁ・・・

そう思って惨めになりながら一人寂しく半分になったハンバーグを食べ始めた。

 

そして食べている間に大淀や吹雪たちと合流し、午後は海岸のゴミ拾いやらゴミ出しだ。

もう海の方は午前中で片付いたようで大淀たちと一緒にゴミ拾いをやることになった。

やはりあれだけ人が来るとゴミが結構散らかっているものでポイ捨てしているゴミを見る度疲労こっちの身にもなれと捨てた奴に殺意にも似た感情を抱きながらゴミをせっせと拾い集めた。

 

それから数時間経ってやっと後片付けがすべて終わり、長峰さんが俺たちや観光協会の人たちを集めて挨拶を始める。

「えー今年もみなさまのお陰で無事海水浴場の開放期間が終了し・・・・・」

長峰さんのクソ真面目でながったるい話が15分ほど続き、隣にいた奥田さんにメガホンが渡ると

「それじゃあみなさんお疲れ様でした!今夜は18時から××町集会所で自由参加の打ち上げがありますからぜひ参加してってくださいねーもちろん鎮守府のみなさんも参加OKでーすそれでは解散してくださーい」

と言った

どうやら今日は打ち上げがあるらしい。

愛宕さんは

「今日はいっぱい飲むわよ〜」

と意気込んでいる

昨日散々飲みまくってただろ・・・と突っ込んだらあとが怖いので黙っておくことにしよう。

結局流れで鎮守府の面々は全員(結局今日は部屋から出てこなかった初雪を除いて)参加ということになり打ち上げの会場がある集会所へ向かっていた。

いつも買い出しに行くときに通っているが入るのは初めてだ。

中は結構綺麗でそこそこの広さもあり、もう既に観光協会の人たちが何人かビールを飲み始めている。

そして18時になると長峰さんが乾杯の音頭を取り、打ち上げが始まった。

テーブルにはやはり愛宕さんが昨日作り置きしていたであろうとんかつや近海で取れた魚介類の料理なんかが並んでいてそれを食べながら鎮守府の面々だろうが観光協会の人たちだろうが関係なく労いあった。

さっきは俺の評判がガタ落ちするんじゃないかと心配していたが観光協会の人たちはなんだかんだでよくやっているとか若いのに偉いなんて言葉をかけてくれた。

そんな言葉をかけられると俺も頑張った甲斐があったと言うものだ。

ふと横に目をやると愛宕さんが観光協会の人たちにお酌をして回っている。

昨日散々高雄さんにやらせていたとは思えないくらいだ。

愛宕さんは

「あぁん♡私飲みすぎちゃった〜」

なんて言っているが昨日の半分も飲んでいない。

きっとちょっと酔って開放的になった感じの女を演じて観光協会の人たちからまた色々ゲットしてやろうって魂胆なんだろう。

まあでも愛宕さんが貰ってきてくれる差し入れは確かに美味しいし何よりお酒を貰った日の愛宕さんはすごく機嫌が良くて夕飯も美味しくなるから観光協会の人たちには悪いけどここは愛宕さんの好きにさせておこう。

でも愛宕さんはあんな感じだから俺がしっかりしなくちゃ・・・

結局愛宕さんがやらかさないか心配で料理よりそっちの方が気になって仕方がなかった。

 

それからあっという間に時間は過ぎ、宴会はおひらきになった。

提督である手前最後まで残っていたが、人もまばらになってきたので鎮守府へ帰ろうとすると

「謙くん。よかったらこれ貰ってくれないかしら〜?」

酔っ払って女性みたいな口調になっている奥田さんに大きめのレジ袋を渡された

「なんですかこれ?」

「花火セットよ〜長門が買ってきてたの。よかったらこれでおチビちゃんたちと遊んであげて。あの子達も頑張ったんだしご褒美あげなくっちゃ」

「は、はい!ありがとうございます!あれ・・・?」

「ん〜どうしたの〜?」

「長峰さんはどうしたんですか?」

「あ〜長門ね〜あそこよ〜」

奥田さんが指した方を見ると長峰さんは高雄さんに泣きついていて高雄さんはそんな長峰さんを優しく撫でてあげていた。

「ど、どうしたんですかあれ!?」

「あ〜あれね〜長門お酒飲むと泣き上戸になっちゃうのよ〜いつもの事だから心配しないであげて〜」

「そ、そうなんですか・・・」

「長門のことは私がなんとかしておいてあげるから早くそれ持っておチビちゃんたちと遊んできなさいよぉ〜」

奥田さんも結構酔ってる気がするけど大丈夫なのかな・・・

まあ高雄さんもいるしなんとかなるだろう。

「は、はい・・・・ありがとうございます」

奥田さんにお礼を言って立ち去ろうとした次の瞬間

「あ〜ちょっと待ちなさいよぉ〜」

「へっ・・・?」

奥田さんに呼び取られたと思ったら俺は奥田さんに抱きしめられていた

「お・・・奥田さん!?」

「あら〜?今の私は陸奥よ?」

「いやいやいや!!完全に男の格好じゃないですか!!」

「別に見た目なんてどーでもいいじゃない。お姉さんがせっかく褒めてあげようと思ったのにぃ〜」

ああ・・・この人も酔っ払うと結構めんどくさいタイプだ・・・

しかし気づくのが遅かった。

もう既に奥田さんは俺をがっちりホールドしているし結構な力があるせいで振りほどけない

「お、奥田さん・・・」

「むーつー陸奥って呼んでくれなきゃ嫌」

「む、陸奥さん・・・?離してくれませんかね・・・・」

「ちょっとくらいいいじゃないのー男のふりしてオッサンばっかり酒飲んだりなんだしてて若いオトコノコ成分が足んないのよぉ〜」

「男のふりって・・・・陸奥さん男でしょう!?」

「えーそうだったかしらぁ〜?すぐ終わるからお姉さんに成分補給させて♡ああっ・・・さっきまでじじいとオッサンに囲まれてたから尚更可愛く見えるわぁ・・・♡はぁ・・・若い子の汗の匂い・・・」

「むむむむむ陸奥さん!?」

奥田さんの抱擁はさらに強くなっていく。

ところどころ柔らかいところを感じるが腕の感じはやはり男のものだ。

「陸奥さん・・・苦しいですって・・・」

「あらごめんなさい。もうすぐ終わるから・・・」

すると奥田さんは俺の頬に軽くキスをしてきた。

ほんのり酒臭い香りとそれとは違う漁の手伝いの時に感じたほんのり甘いいい香りが奥田さんからはする。

流石にあの時のように鼻血を出してぶっ倒れたりはしなかったけどせめて陸奥さんの格好をしているときにやって欲しかった。

今の状態だと酔っ払ってるお兄さんにキスされただけじゃないか・・・

「お姉さんに付き合ってくれてありがと♡やっぱりあなた可愛いわ。それじゃあまたね♡」

奥田さんは俺を開放すると頭を撫でてくれた後可愛らしく手を振ってくれた。

なんだかその素振りや顔つきが美人に見えてしまったのでそんな気分になった自分が少し悔しい。

それに尚更そんなことするならせめて格好も陸奥さんの状態でやって欲しかったなんてことを思った。

結局褒められたんだか酔って絡まれて遊ばれただけだったのかよくわからなかったな・・・

「は、はい。お疲れ様でした。長峰さんにもよろしく言っておいてください」

俺は奥田さんに頭を下げて貰った花火セットを持ってとぼとぼと鎮守府へ戻った。




次回、なんだかんだで一年近く長々続けてしまった夏編最終回です。


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夏の終わりに

約一年ほど続いた夏編やっと終了です。
次回からは秋変に突入の予定です。(季節感ガン無視)


 「はぁ・・・ひどい目にあった・・・」

そんなことを呟きながらトボトボと自室へと歩いていた。

なんせそこそこガタイのいい兄ちゃんに抱きつかれた上にキスまでされたんだからそうもなるだろ

でもあの人女装してたら本当に美人なんだよなぁ・・・おっぱいもでかいし・・・

って違う違う!いくら美人だろうが胸がでかかろうがあの人も男なんだぞ!?

やっぱり相当この特殊な環境に毒されてるのかなぁ・・・

そうこうしているうちに自室へとたどり着く

「ただいまー」

ドアを開けるとその先にはバスタオルに身を包んだ吹雪が扇風機の前で座っていた。

「きゃぁ!お、お兄ちゃん!?」

吹雪もこちらに気が付いたようで顔を赤くして立ち上がった。

バスタオルとぎゅっと握りしめて恥じらうその姿は本当に年頃の女の子のようだ。

そんなそぶりをされてしまってはこちらも気恥ずかしくなり俺は思わず吹雪に背を向けた。

「ご、ごめん吹雪!風呂入ってるとは思わなくて!!」

「こっちもごめんなさい!すぐに着替えてくるね!」

そう言うと吹雪は洗面所へ一目散に駆け込んで行く。

そんな姿を見て妹の風呂上がりに遭遇してしまった兄貴ってこんな感じなんだろうなぁと思った。

妹いないからわかんないけどな

というか大前提として吹雪も男の子なんだけどなぁ・・・

女の子として吹雪に接しているから危うくそんなことを忘れてしまいそうになる。

吹雪だけじゃない。

他の艦娘達もそうだ。

ちゃんと意識していないとあいつらが男だってことを忘れてしまいそうになるこの状況に俺は危機感を覚えていた。

女性に飢えすぎてておっぱいと顔さえよければ別に男でも良いやとか思い始めてるのか・・・・?

絶対ダメだ!

その一線だけは絶対に超えてはいけない。

いけないはずなんだけど・・・・

「お兄ちゃん?」

頭の中で思考を巡らせていると後ろからした吹雪の声で我に帰る。

「な、なんだ!?」

声の方へ振り向くと吹雪がこちらを見つめていた。

吹雪は寝巻きに着替えて洗面所から出てきていたようだ。

「ほっぺた少し腫れてるよ?蚊にでも刺されたの?」

吹雪に言われ頬を撫でてみるがそんな形跡はなく腫れてもいない。

「へ?刺された覚えもないし全然痒くも・・・・」

まさか・・・!

「吹雪ちょっとごめん!」

俺は一つの心当たりから急いで洗面所に駆け込んで鏡を見た

「あーやっぱりか・・・」

奥田さん・・いいや陸奥さんにキスされた方の頬には少し赤く血が滲んでいるような跡ができている。

これってもしかしてキスマークって奴か・・・!?

初めてキスマークを付けられた相手が男だとは・・・

俺は一つ大きなため息をついた

しかし吹雪にそのまま話すわけにもいかないし蚊に刺されたことにしておこう。

俺が洗面所から出ると吹雪が心配そうに駆け寄ってきた

「お兄ちゃん大丈夫なの?」

「あーもしかすると帰ってくる最中に蚊に刺されちゃったのかもなー」

俺は適当なことを言いながら虫刺されの薬を頬に塗りたくった。

吹雪はそんな俺を心配そうに見つめてくるので罪悪感がふつふつと湧き上がってくる。

「お兄ちゃん本当に大丈夫なの?」

吹雪の視線がチクチクと突き刺さってくるようだ。

やめろ!そんな目で見ないでくれ!!

「あ、ああいやただの虫刺されだから大丈夫だよ・・・多分。あっ、そうだ!これこれ!」

俺は話を逸らす為に奥田さんからもらったビニール袋を吹雪に見せた

「なぁにお兄ちゃん?」

「ああこれ花火だよ。奥田さんと長峰さんにもらったんだ。よかったら今からみんな誘ってやらないか?」

「花火・・・?あの空でパーンってなるやつ?そんなに小さいの?」

吹雪は不思議そうに首を傾げた。

「もしかして吹雪お前花火の事知らないのか?」

「もーいくら私があんまり外の世界のこと知らないからってバカにしてるでしょお兄ちゃん!それくらい知ってるし見たこともあるよ!空に打ち上げる綺麗なやつでしょ?」

「それも花火なんだけどそれとはちょっと違って手に持つ花火なんだ」

ビニール袋から花火がたくさん詰まった袋を取り出すと吹雪は更に不思議そうな顔をした。

「そんなのもあるの?私の艤装なんかよりすごく小さいけど本当にあんなのが出るの!?」

当たり前のように手持ち花火の存在を知ってるから全く気にしなかったが吹雪からしたら手持ちの花火なんて駆逐艦娘の主砲みたいなものか何かと勘違いしているのか?

ここで生活してる分には全然大丈夫だけど吹雪のやつ本当に外の世界のこと知らないんだな・・・

吹雪は艦娘になるためだけに生まれて育てられてきたんだから無理もないのかもしれない。

こんな事を思うのは俺の傲慢なのかもしれないけどそんな吹雪が少し可哀想に思えてしまう。

だからこそ俺は吹雪に外の事を教えてやらなきゃいけない。もっといろいろな事を教えてやらなきゃいけない。

提督として・・・そしてこいつのお兄ちゃんとして。

そんな使命感に俺は駆られていた。

「大丈夫だって。打ち上げ花火みたいに派手じゃないけどこれはこれで良いもんだぞ?まあやってみればわかるって!」

「そうなの?」

「そうだ。それにみんなでやればもっと楽しいぞ!」

「みんなで?」

「ああ。吹雪たちも頑張ったんだからそのご褒美に遊んでやれって奥田さんと長峰さんがくれたんだ。だから今から皆誘って遊ぼうぜ!うーん・・・そうだなぁ・・・波止場辺りでやれば良いかな」

「でも・・・もう夜だよ?」

吹雪は遠慮がちにそう言った。

「良いんだよ!たまには夜遊びくらいしたってバチも当たんないだろ?さ、早く他の艦娘達も誘いに行こうぜ?」

「うん!」

「じゃあ行くか!とりあえず春風と天津風だな!」

あの二人が居る新宿舎へ向かおうとすると

「ちょっと待ってお兄ちゃん」

吹雪がシャツを引っ張ってきた

「どうした?」

「あっちに行く前に初雪お姉ちゃんも誘っていい?」

「えっ・・・?ああ、良いけどあいつの事だし出てこないんじゃないかな」

「それでも私、初雪お姉ちゃんと一緒に遊んでみたいの・・・だから声をかけに行くだけなんだし良いでしょ?」

「ああ。吹雪がそう言うなら・・・」

と言うわけで吹雪を連れて初雪を誘いに行くことにした。

今朝は呼びに行ったが結局部屋から出てこなかったし今も多分部屋にいるだろう。

「おーい初雪ーいるんだろ?」

部屋のドアをノックして呼びかけて見るが返事がない。

「おかしいな・・・おーい初雪寝てるのか?」

続けてドアをノックしながら呼びかけると

「・・・うるさい」

ドア越しに小さな初雪の声が聞こえた

「ああよかった。もしかして起こしちゃったか?」

「ううん起きてた・・・で、何の用?私今いそがしい」

「あーそうなのか。長峰さんと奥田さんに花火セットもらったんだよ。良かったら初雪も・・・」

一緒にどうだ?と言いかけたところで

「やだ」

初雪は即答した

「即答かよ!?」

「だって蒸し暑いのに外出るなんておかしい・・・それに私いそがしいって言ったよ?」

「あ、ああ・・・すまん・・・邪魔して悪かったな。吹雪、天津風たちを誘いに行こう」

「うん・・・そうだね・・・せっかくだし初雪お姉ちゃんとも遊びたかったけど忙しいなら仕方ないよね・・・」

吹雪も残念そうに言った。

すると

「・・・吹雪・・・ちゃん・・・居るの・・・!?」

ドアがほんの少しだけ開いて初雪の声が聞こえた

「ああ。吹雪が初雪も誘ってあげたいって言ったから来たんだぞ?どうせ出てこないと思ってたけどな」

「も〜お兄ちゃんひどいよ!?初雪お姉ちゃん?忙しいなら無理にとは言わないけど・・・ちょっとでも一緒に遊べたら嬉しいな」

吹雪がそう言うと

「うん・・・・!いく!花火・・・やりたい!ぜったい・・・いくから!ちょっとまってて・・・すぐにおいつくから!どこで集まるかだけおしえて」

初雪は早口でそう言った

おいおいなんだよ・・・俺が誘った時とは大違いじゃないか

「やったぁ!波止場でやる予定だよお姉ちゃん!それじゃあ待ってるね!」

吹雪は嬉しそうにドアの隙間にそう呼びかける。

初雪の対応の差に釈然としないところもあるが吹雪が喜んでくれるならそれで良いか。

「じゃあ次は春風と天津風だな」

「うん!」

そして新宿舎の方へ向かっていると

「あら?司令官さまに吹雪ではないですか」

風呂上がりなのかいつもはくるくると巻いた髪を後ろで束ねている春風が声をかけてきた

「おお春風!丁度お前を呼びに行こうと思ってたんだよ。今風呂上がりか?」

「ええ。せっかくですから大浴場でと思いましてお借りしてまいりました。それでわたくしに用とは?」

「春風ちゃん春風ちゃん!今からみんなで花火するんだ!だから天津風ちゃんと春風ちゃんを呼びに行こうと思ってたの!」

「そうだったのですか。そう言う事ならわたくしもご一緒させていただきます」

「やったー!」

「なあ春風、天津風は部屋か?」

「ええ。お風呂ご一緒しないかとお誘いしたんですけど部屋で浴びるから良いと言っていましたから今も部屋ではないかと」

「そっか。それじゃ吹雪と春風は天津風を呼んで来てくれ。俺はその間に準備して待ってるから」

「うん!わかったよお兄ちゃん」

「それではまた後ほど」

春風と吹雪は新宿舎の方へ向かって行った。

そんな二人を見送ってから俺は波止場とは逆の方向に向かった。

たどり着いた場所は大淀の部屋の前だ。

あいつが花火なんかに興じるかどうかはわからないけどせっかくだしあいつと夏っぽいことがしたい。

でもどうやって誘おう・・・

普通に花火やんねーか?

で良いんだろうけどなんで俺ちょっと緊張してるんだろう・・・

大淀の部屋の前で考え込んでいると

「ん〜?こんな時間にこんな所でどうしたのかな?」

突然後ろから声をかけられる

「うわぁ!な、なんで阿賀野が居るんだよ」

「ひどいな〜阿賀野の部屋大淀ちゃんのお向かいなんだけど〜?」

「そ、そういやそうだったな・・・」

「で、何しに来たの?夏が終わる前に捨てに来たとか?」

「何をだよ・・・?」

「ど・う・て・い?それとも処女かな〜?どっちが受けでどっちが攻めなのかは知らないけどね〜」

「はぁ!?そんな訳ないだろ!?それに俺とあいつはそんな関係じゃ・・・」

「ほんとかな〜?ソワソワしてたしてっきり大淀ちゃんに夜這いでもかけに来たのかと思ったけど」

「ちげーよ!ただ花火に誘おうと・・・」

「花火?やっぱりそういう・・・提督さんも隅に置けないなぁ」

阿賀野はニヤニヤと右の指で輪を作ってその中に左指を出したり入れたりし始める。

やっぱり黙ってたら美少女だけど平然とこんな下ネタブッ込んでくる辺り中身はやっぱ男だこいつ・・・

「だからそう言うのじゃねーっての!長峰さんたちに駆逐艦の子達と遊んでやれって貰ったんだよ!」

俺は手に持っていたビニール袋を阿賀野に突きつけた

「なんだーつまんないの・・・ってそれじゃあ大淀ちゃんだけ誘って阿賀野のこと誘ってくれるつもりはなかったって事!?ひどーい!」

「い、いや駆逐艦達だけ集めてやるつもりだったんだけど・・・」

「む〜阿賀野いじけちゃうよ?」

「・・・わかったよ。人数が多い方が楽しいって吹雪も言うだろうし・・・でもその分片付けとか手伝ってもらうからな」

「はーい!やった〜提督さんと花火だ〜どこでやるの?」

「波止場辺りでやろうかなと・・・」

「それじゃあ那珂ちゃんも誘って良い!?」

「ああ良いよ」

「それじゃあ先行ってるねー!あっ、そうだバケツとか用意しといた方がいいよね!阿賀野がやっとくね!」

「助かるよ」

「それじゃあ提督さんまた後でね!」

阿賀野は嬉しそうに走って行く

そんな阿賀野を見送り俺は覚悟を決めて大淀の部屋のドアをノックした。

しかし返事はなく何度か呼びかけて居ると

「もーそんな呼ばなくても私は逃げないって・・・どうしたの?」

そんな大淀の声とともにドアが小さく開いた

「お、大淀!?」

そのドアの隙間から除いた彼女はバスタオルを胸まで巻いて肌には水が滴っている。

どうやら風呂の途中だったようだ。

「ご、ごめん!風呂入ってるとは思わなくて・・・」

「ほんとだよ。謙じゃないとこんな格好で出たりしないんだからね?」

「あ、ああ・・・」

「で、何の用?」

「あ、あのさ・・・花火貰ったんだけど今からどうだ?」

「え、花火・・・?」

「嫌なら良いんだ。でもお前と一緒に花火したくってさ・・・あれだろ?夏の間忙しくてそれっぽいこともあんまりできなかったしさ」

「嫌だなんてとんでもない!すぐ行くから待ってて!」

そう言うと大淀はドアを勢いよく閉めた。

それから5分ほど待っているとドアが再びゆっくりと開いた

「はぁ・・・はぁ・・・お、おまたせ・・・どうかな?」

そこから現れた大淀は可愛らしい浴衣に身を包んでいる。

息も上がってるし多分大急ぎで支度したんだろうな。

そんな大淀の姿に俺は見とれていた

「あ、ああ・・・似合ってる・・・ぞ?」

「そ、そう?よかった・・・本当は秋のお祭りで着ようと思って準備してたのまさかこんなすぐに謙に見れられるなんて思ってなかったわ」

大淀は嬉しそうに袖を振り俺に見せつけてくる。

そんな彼女に俺は胸を高鳴らせてしまっていた。

「そ、それじゃあ行こうぜ?」

「うんっ!」

そして大淀を連れて波止場の方へ向かうと

「OH!次は天津風が鬼デース!」

「むー悔しい!絶対すぐに捕まえてやるんだから!!」

そんな金剛と天津風の声、それにはしゃぐ吹雪と春風の声も聞こえてきた。

どうやら俺を待っている間に金剛と駆逐艦達がだるまさんが転んだをして遊んでいたようでその様子を初雪が遠巻きにながめていて、その奥では阿賀野と那珂ちゃんがバケツに水を汲んでいる。

どうやらみんな揃っているようだ。

「ね、ねえ謙・・・花火って」

「ああ。駆逐艦の子達と遊んでやってくれって奥田さんに言われて貰ったんだよ。でもせっかくだしお前も誘いたいなーって思ってさ」

「そ、そうだったんだ・・・そうだよね・・・」

大淀は少し残念そうでどことなく恥ずかしそうな顔をした。

「どうした大淀?」

「ううんなんでもない!でもちょっと気合い入れすぎちゃったかなーって・・・」

「そんなことないぞ?すっげえ似合ってるし・・・その・・・なんだ・・・今のお前めちゃくちゃ可愛いぞ?」

「・・・浴衣着てないときの私は可愛くないんだ?」

大淀はいじけたように言った

「そ、そんな事は・・・」

「どう言う事?」

「だ、だから・・・・」

「だから?」

「ああそうだよ!大淀になってからのお前はいつも綺麗で可愛いよ!」

「謙・・・・嬉しい」

「ああもう恥ずかしいから二度と言わせないでくれよ」

「・・・はい」

大淀とそんな話をしていると

「あっ、お兄ちゃん!それに大淀お姉ちゃんも来たんだ!うわぁ・・・その浴衣すっごく可愛いね!」

吹雪がこちらに気づき駆け寄って来た

「あっ、提督さん!やっときたの?」

「も〜おっそーい・・・よ!今日は歌のレッスンお休みにしたんだからちゃんとその分楽しませてよね!」

阿賀野と那珂ちゃんもこちらにやってきた

「・・・おそい」

「もー何してたのよ!」

初雪と天津風が悪態をついてくる

「ごめんごめん!そういや金剛は吹雪達が呼んだのか?」

「ええ。吹雪が皆で遊んだ方が楽しいからと言うのでお呼びしました」

「呼ばれたデース!ささ早く始めまショー!」

金剛は子供のようにはしゃいでいる。

「大淀ちゃんが浴衣着てくるなら阿賀野も着てくればよかったな〜」

「大淀ちゃんすっごく可愛いよ!那珂ちゃんほどじゃないけど!」

大淀は那珂ちゃんと阿賀野に囲まれていた。

「それじゃあ始めるか。せっかくだしほら。吹雪天津風春風お前ら三人が一番最初な」

俺は袋から花火セットを開けて手持ち花火をバラし、吹雪達に渡した

「こんな小さいのに花火なの・・・?」

やはり吹雪は手持ち花火を不思議そうに見つめていた

「まあまあ火つければわかるって。そうだ。誰かライターなりマッチなり持って来てるか?」

「YES!こんなこともあろうかとガスライター持って来てるヨー?」

「ありがとう金剛。それじゃあ付けてやってくれるか」

「わかったネー!はーい点けますヨー?fire〜!」

金剛が吹雪の手持ち花火に火を点けると音を立てて花火が吹き出した

「うわっ!これが花火?!小さいけど綺麗・・・」

吹雪は食い入るように花火を見つめている。

そんな吹雪の花火から火をもらって天津風と春風の花火にも火が点いた。

「よーし火傷しないように気をつけるようにな。それじゃあ花火置いとくからみんな適当に取ってくれよな」

そう言うと残りの艦娘達も花火を手に取り始める

「それじゃあ金剛、これにも火、点けてくれるか?」

「YES!点けます!fire〜!!」

金剛は小気味良く花火セットに入っていたロウソクに火をつけてくれた。

そのロウソクで花火にどんどん火が点いていき、辺りは少し花火の日で明るくなり、それからしばらく花火を楽しんだ。

「ばーにんぐらぁぁぁぁぶ!!」

金剛が花火を振り回しながら走り回っている。

「おいこら金剛!花火振り回したら危ないだろ!!それに吹雪達が真似したらどうすんだよ!!」

「えへへ〜テンション上がっちゃったネー」

良い大人が何はしゃいでんだか・・・

辺りを見回すと初雪が吹雪たちを優しい目で遠巻きに眺めている

「初雪?お前は参加しないのか?」

「私が入ったらみんな気・・・使うでしょ?それに見てるだけで楽しいから・・・」

「そ、そうか」

しばらく初雪と一緒に吹雪たちを眺めている時、

ふと初雪の方をみるといつもより目がぱっちりとしているし血色も良い様に見えた。

暗くてよくわからなくて勘違いかと思ったがやっぱりいつもとは比べ物にならないくらいにそう見える。

もしかして化粧でもしてるのか?

初雪って化粧するんだ・・・・てか今日はずっと部屋に居たはずだけどなんでする必要があったんだ・・・?

初雪の顔を不思議そうに眺めていると

「・・・なに?私のことジロジロ見て面白い・・・?」

初雪はこちらを睨みつけてきた

「あ、ああいやなんでもない」

そうごまかしていると天津風が連装砲くんの砲塔に花火を突っ込んでいる

「みてみて!!連装砲くんから火花が出てるわ!なんかビーム砲みたい!」

連装砲くんって火薬とか入ってるんじゃ・・・

それに動いてるってことはなんか燃料とかで動いてるんだよな・・・?

それって引火したらヤバイやつじゃ・・・!!

俺は急いで天津風たちの方へ駆け寄る。

「おい天津風!連装砲くんだって一応火器なんだからそんなの突っ込んで爆発したらどうすんだ!!」

「大丈夫よ。出撃の時以外は弾薬とかは高雄さんに抜いてもらってるし連装砲くんも花火で遊びたいって言うから」

「はぁ・・・びっくりさせやがって・・・ってお前連装砲くんの事わかるのかよ!?」

「え、ええ・・・最初は自分でもびっくりしたけどほんのちょっぴりだけ」

また一つ連装砲くんの謎が増えてしまった。

一体どうやって動いてどうやって天津風と意思疎通を測ってるんだ・・・?

「そ、そうなのか・・・とにかく怪我とかしないように気をつけて遊べよ?」

「はーい」

全く・・・保護者っていつもこんなヒヤヒヤした気分なんだな・・・

少し親の苦労がわかったような気がする

でもそんな連装砲くんを囲む天津風と春風と吹雪の三人は年頃の子供みたいな表情で楽しそうだ。

きっとこの年頃ならこうやって友達と遊んでいるのが普通なんだろうけど艦娘として生活している以上そんな事すら普通にさせてあげられない自分にやるせなさを感じた。

「ねえ謙?どうしたの?謙は花火しないの?ほら火分けてあげるから一緒にやろ?」

そんなことを考えていると大淀が花火を渡してくる

「ごめんちょっと考え事してた」

花火を受け取って火を分けてもらうと先から勢いよく火花が飛び出す。

そんな飛び散る火花を俺はぼんやりと眺めていた。

「謙とこうやって一緒に花火出来て私嬉しいよ?」

「俺も・・・しかし不思議なもんだよな高校卒業した後はもうお前とは会えないと思ってたのにそれから半年も経たないうちにこうやってまた一緒に居るんだから」

「本当に不思議な話だよね、私はあの頃とはもうだいぶ変わっちゃったけど」

「なあ、大淀・・・お前は艦娘になって本当に良かったのか?」

「急にどうしたの?」

「・・・いや。ああやって無邪気にはしゃいでる吹雪たちを見てたら艦娘ってそんなことすらままならない生活を送らなきゃいけなくなるしそれで本当に良いのかなって・・・それにここにいる艦娘たちは男なのに体も色々変わってて・・・・もちろん吹雪たちにはそんなこと怖くて聞けないけど」

「吹雪ちゃんたちはどうかわからないけど私は謙と一緒に入れて幸せだよ?」

「それだけでか?」

「うん!最初はそれだけだったけど最近は高雄さんや那珂ちゃん・・・それに吹雪ちゃんや他の艦娘たちと一緒に居るのも悪くないなって思ってるよ。それにこの辺りは深海棲艦も少ないし平和な方だから艦娘たちも謙が気負いするほどハードな生活を送ってるわけじゃないしきっと吹雪ちゃんは謙と会えて一緒に暮らせて幸せだと思うよ?謙と一緒にいる時のあの子の顔見てたらわかるよ」

「・・・そうか・・・そうだと良いんだけどな」

「もっと自信持って!謙のおかげで私だって高校時代は楽しかったし今だって楽しいよ?だから皆そうだなんてことは私には言えないけど・・・でも謙はちゃんと頑張ってるよ!それをサポートするために私がいるんだから・・・ね?もっとどんと構えてて・・・あっ、花火終わっちゃう・・・次のやつ持ってくるね!」

「あ、ああ・・・ありがと」

大淀の言葉で少し気が紛れたような気がした。

もっと自信持って・・・か。

本当に自信なんて持ってしまって大丈夫なんだろうか?

俺は結局肝心な時ちゃんとした指示も出せなかったし艦娘たちからは軽く見られてるような気もするし・・・

そんな俺がしっかりやれているんだろうか?

でも大淀がそう言うんだから少しくらいは自信持ったっていいよな・・・?

いつかきっと大淀にも胸を張ってそう言える様にこれからも頑張ろうと決意をした。

 

そうこうしているうちに花火はどんどん減っていき

「・・・あとはこれと線香花火だけだな」

袋から残った噴出花火を取り出して地面に設置する

「お兄ちゃん?それは手に持たないの?」

「ああ。これは置いて使うやつなんだよ」

「そうなんだ!どうなるか楽しみ!」

吹雪は目を輝かせている。

「それじゃあ金剛、そのライター貸してくれ。俺が火点けるよ」

「YES!はいどーぞデース!」

金剛からライターを受け取り噴出花火に火をつけると勢いよく火花が上に向かって吹き上がる。

俺は急いでその場を離れ、吹雪たちの方へ向かった。

「うわぁ〜これも大きくて綺麗だね!」

吹雪は嬉しそうにしてくれている。

「だろ?」

「那珂ちゃんあの後ろで一曲歌っちゃおっかな〜」

「危ないからやめなさい」

那珂ちゃんが花火の方へ向かおうとするのでなんとか止める

「ちぇーわかったよ提督〜」

 

そして一通り噴出花火も使い終え、最後に残った線香花火の入った小袋を開ける

「やっぱ最後はこれだよな」

「お兄ちゃんそれは何なの?なんか手に持った花火よりも小さいけど」

「これは線香花火って花火で小さい火の玉みたいなのがぶら下がるんだよ。それをどれだけ落とさずにできるかってのを競争したりしても楽しいぞ」

「それ楽しそう!早くやろうよ!」

「そうだな。じゃあ火、つけてやるよ あっ、吹雪それの持ち手はそっちの紙の方なんだ」

「手に持つ花火とは逆なんだね」

「ああ。火の玉は熱いから足に落とさない様に離してやるんだぞ?」

「わかったよお兄ちゃん」

俺は各自にひとまず一本ずつ線香花火を配り火をつけて回った。

「まだちょっと残ってるからあとはここに置いとくから各自勝手に取ってくれよ」

「NOOO!もう落としちゃったデース!ケン!ワンモアプリーズ!!」

「おいおい幾ら何でも早すぎるだろ・・・」

金剛に2本目の線香花火を渡してから吹雪の方へ様子を見に行くと真剣な目で線香花火を吹雪たちは見つめていた。

「初雪お姉ちゃんの玉すっごく大きいね!」

「ふふっ・・・3本まとめてるから・・・あっ・・・落ちちゃった・・・また取ってこなきゃ・・・」

どうやら初雪は一気に3本の線香花火を同時に引っ付けていたようだ

「おいおいそんなの重さですぐ落ちるし勿体無いだろ」

「・・・うん」

「お前らは真似せずに一本ずつやるんだぞ?」

「はーい!」

「ああもう!あなたが喋るから気が散って落としちゃったじゃない!」

天津風がそんなことを言っている

「はいはいわかったわかったもう一本やるから再チャレンジしろって」

俺はまだ火をつけていなかった自分の分の線香花火を天津風に渡して火を点けてやった

そしてまた自分の分の花火を取りに行こうとすると大淀と阿賀野が睨み合っている

「大淀ちゃん!どっちが長く線香花火をつけてられるか勝負よ!」

「ふんっ・・・!くだらない勝負ですけど付き合ってあげましょう」

「あはっ!まだ火も点けてないのに二人の間に火花が見えるよーそれじゃあ那珂ちゃんが審判してあげる〜あっ、提督さん!そのライター貸してくれる?」

「あ、ああ・・・」

俺は那珂ちゃんにライターを渡すと大淀と阿賀野の線香花火に火をつけた。

大淀と阿賀野はにらみ合いながら線香花火をばちばちと燃やしていた。

そして

「あーっ!落ちちゃった・・・今のは阿賀野の方が早く火をつけたからだもん!ノーカンよノーカン!」

阿賀野の方が先に落としてしまったらしい

「ふんっ・・・自分からふっかけてきたくせに見苦しいですよ?」

大淀はニヤリと笑みを浮かべた。

「う〜もう一回よ!」

「望むところです!」

大淀もなんだかんだで楽しそうだ。

さっきの艦娘たちと一緒にいるのも悪くないっていうのもあながち嘘じゃないんだろう。

それじゃあそろそろ俺も線香花火の記録にでも挑戦してみるか!

 

そして線香花火も底を突き、花火を完全に使い切った。

「終わるとなんか寂しいもんだな・・・」

「お兄ちゃん!すごく楽しかったよ」

「吹雪が喜んでくれてよかったよ天津風、お前も今度長峰さんと奥田さんに会ったらお礼言っといてくれよ?」

「えっ?」

「あれ?聞いてなかったのか?これ天津風たちが頑張ったご褒美にって二人からもらったんだぞ?」

「そう・・・だったんだ・・・お礼言わなきゃ・・・」

「お前も楽しんでたみたいできっと長峰さんたちも喜ぶぞ」

「べっ・・・別にあたしはそんな子供みたいな事・・・」

「嘘つけ十分遊んでたじゃねーかよ」

「そうですよ天津風。そんな無駄に強かるのはよくないですよ?」

「う〜・・・そ、そうよ楽しかったわよ!!」

「そうか。ならよかった。じゃあ後片付けは俺たちでやってるから部屋に戻っててくれ」

「はーい!」

「ええ。今日はこのような催しに呼んでくださりありがとうございました。楽しかったです」

「あ、ありがと・・・」

吹雪たち三人はそう言って部屋に戻って言った

「それじゃあ私も・・・みんなの引率って事で帰る・・・・」

初雪もそんな三人に着いて行ってしまった

「おいおい一応年長者なんだから片付け手伝えよあいつ・・・まあいいやさっさと片付けて帰って寝よ。おーいみんな。ゴミはこっちにまとめてくれー」

俺は残った艦娘たちと花火のゴミを片付けた。

 

「よし!これで片付いたな。それじゃあ付き合ってくれてありがとう。じゃあまた明日な」

「う〜ん・・・いつもは寝てる時間なのでベリースリーピーデース・・・」

金剛は眠そうに瞼を擦る。

お前いつも何時に寝てるんだよ・・・

「あ、ああそれじゃあゆっくり休んでくれ」

「YES・・・グッナイデースケン・・・」

金剛はそう言うとよろよろと宿舎へと戻って行った。

「それじゃあこの花火のゴミゴミ捨て場に俺が持ってっとくから阿賀野たちももう帰っていいぞ」

「うんそうするね〜おやすみ提督さん!」

阿賀野やけに素直だな・・・いつもなら着いてくるとか言いそうなのに

「それじゃあ那珂ちゃんもそろそろ寝る準備するね〜おやすみなさ〜い」

阿賀野と那珂ちゃんはそう言って帰っていった。

「大淀?これ捨てるだけだしお前ももう戻っていいんだぞ?」

「ねえ謙、一緒にゴミ捨てに行ってもいい?」

「あ、ああ・・・いいけど」

今日は阿賀野じゃなくて大淀か・・・珍しいな。

大淀がこう言う事言いだすときはいつもなら一緒にじゃなくて私がやっとくから謙はもう帰っててって感じなんだけどどうしたんだろ?

そんな疑問を抱えつつ大淀とゴミ捨て場までたどり着けゴミを捨て終えたその時

「謙?」

「どうした・・・?むぶっ!」

急に大淀が俺に唇を重ねてきた。

「ぷはっ・・・急にごめんね謙」

「どどどどどどどどうしたんだよ急に!」

「・・・ダメ・・・だった?」

「い、いや・・・ダメじゃないけど急すぎてびっくりしたと言うか・・・」

「なんかさっきまでの謙・・・すごく思いつめてたみたいだったし・・・それに阿賀野さんとの勝負にも勝ったから!」

「へっ・・・?」

「阿賀野さんとの線香花火の勝負5対4で私が勝ったの!それで勝った方が謙にキスしてもいいっていう約束だったからあんな女に謙の唇を奪われるわけにもいかないし私頑張ったんだよ?」

また俺の知らないところでそんなことを・・・

「そ、そうだったのか・・・ありがとな」

「えっ・・・?」

「ああいやさっき俺のこと励ましてくれただろ?ちょっと元気でたからさ」

「そう・・・元気になってくれたなら私も嬉しいよ?」

「明日から改めて提督として頑張らなきゃな!」

「うん!私も秘書官として全力でサポートするからね!軽巡洋艦に乗ったつもりで居て!」

「なんだよその例え・・・まあいいや。明日からもよろしくな」

「うん。不束者ですけど・・・」

「それはちょっと違う気が・・」

「ふふっ冗談よ冗談!それじゃあまた明日ね!おやすみなさい!」

大淀はそう言って一人部屋の方へ戻って行く。

その顔はゴミ捨て場の照明でうっすらとしか見えなかったがニッコリと笑顔を浮かべていた。

こんな笑顔大淀になる前のあいつがした事あっただろうか?

そんなことを考えながら大淀の背中を見送った。

「・・・よし俺も帰るか」

 

部屋に戻る途中で高雄さんと担がれた愛宕さんが愛宕さんの部屋の前に居た。

「あっ、高雄さん・・・それに愛宕さんかえってたんですね」

「おう提督様が帰ってきたぜ〜」

愛宕さんは呂律が回っていないし顔も真っ赤だ

きっとあの後また飲んでいたのだろう

「もう!今の提督はこの子でしょ?ごめんなさいね。この人あの後陸奥と二次会やるんだって言って聞かなくって・・・明日はこの人ダメだと思うから有給代わりに申請しときますね」

「は、はあ・・・」

「愛宕の抜けた分は私がきっちりやりますから。 ほーらあなたは早く休んで・・・」

高雄さんが部屋のドアを開けると

「う〜高雄も一緒に寝てくれなきゃやだよぉ〜」

愛宕さんはそう言って高雄さんに抱きつく

「ちょ・・・ちょっと!提督だって見てるのよ!?それに酒臭いからあんまり顔近づけないでっていつも言ってるでしょ!?」

「なーに言ってんだよぉ・・・提督は俺だぞ?」

「ああもうしょうがないわね・・・・ごめんなさい提督・・・この人こうなるとどうしようもないの。それじゃあ失礼しますね ほら・・・少しだけ一緒に寝てあげるからはやく着替えて」

「わ〜ってるよ〜」

高雄さんは愛宕さんと一緒に部屋の中へ消えていった。

高雄さんも大変だなぁ・・・

さ、俺も早く帰って寝るとしよう。

 

俺はさっき見たことを見なかった事にして部屋に戻り、シャワーを浴びてからいつもの様に吹雪と同じベッドに入る。

すると

「ねえお兄ちゃん?」

「ん?どうした吹雪」

「みんなとも遊べたし花火も綺麗だったしさっきの花火すっごく楽しかった」

「よかったな。またやれたら良いな」

「うん!最近毎日楽しいの!お兄ちゃんのおかげかな・・・」

「吹雪・・・そうだな!これからももっと吹雪の楽しい日が続く様に俺も頑張るよ」

「ありがと・・・お兄ちゃん!それじゃあおやすみなさい」

「ああ。おやすみ吹雪」

俺は吹雪にそう言って枕元の電気を切り眠りについた。

 

こうして俺の長い長い提督として初めての夏はなんとか無事に終わったのであった。

 



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ボンボンパニック

半年近くぶりの投稿になってしまい申し訳ありません最新話です。
こみトレの作業やらポケモンやらにかまけて居た為全く更新できませんでした。
その間に公開フォロワー数が800人を突破したりDL販売した同人誌を手にとってくださった方々が居てくださったりしてうれしかったです本当にありがとうございました。
こんな奴ですが本年はお世話になりました。
来年はもう少しちゃんとできるようにがんばりますので来年もどうかばいらすをよろしくお願いいたします。


 忙しかった警備任務や海水浴場の手伝いも終わり、いつも通りの日々が戻ってきた。

朝から晩までぶっ続けの哨戒も従来ペースに減り、もう海の家の手伝いに駆り出されることもない。

しかしもう9月だと言うのにまだ外は夏の様な陽気で忙しくも充実していた夏を恋しく感じたりするにはまだ早い蒸し暑さだ。

そんな平和で退屈で蒸し暑い日々を過ごしている俺は今日もせっせと執務室で書類の片付けをしている。

今日は大淀が出張で居ないので一人だ。

一人は気楽だけど大淀が居ないことで一人でやる仕事の大変さや心細さが身にしみてわかった。

でもあいつに頼りっきりって訳にもいかないよな。

さっさと片付けてしまおう!

自分にそう言い聞かせ姿勢を正して仕事を再開した。

それからしばらくして執務室のドアが叩かれたので開いているぞとフランクに声をかけると長峰さんがドアを開けて執務室に入ってくる。

「失礼する」

「あっ、長峰さんでしたか。どうしたんですか?そこ座ってください」

俺は長峰さんを応接用のテーブルに通した。

そして長峰さんが椅子に座ってから俺も向かい合うようにして椅子に座った。

「それでなんのご用ですか?」

「むらく・・・じゃなかった雲人から君が月末の祭りの件についてなにも聞かされていないと聞いたのでな。その説明と引き継ぎが出来ていなかった詫びに来たんだ。こちらからもしっかりと行事の説明はしておくべきだった。すまない」

長峰さんは深々と頭を下げてくる。

元はと言えば前任の提督、つまり愛宕さんが引き継ぎをいい加減にしていたのが原因なのにここまで謝られると逆にこちらが申し訳ない気分になってしまう。

「謝らないでください。長峰さんのせいじゃないですから」

「いや、私からも愛宕にしっかり釘を刺しておくべきだったんだ それでこれは詫びと言うわけでも無いんだがとっておいてくれ」

長峰さんはそう言うと持っていたおしゃれな紙袋を机に置いた。

彼はいつもこうして会うたびに何かお土産を持ってきてくれる。

ただいつもは無骨な発泡スチロールの箱やらダンボールに入った魚介類やら野菜やら愛宕さん用の日本酒なのだが今日はなにやら雰囲気が違った。

「なんです?これ」

「出かけたついでに買ってきたチョコレートの詰め合わせだ。いつも持ってくるものが魚介ばかりだと芸もないし飽きるだろう?艦娘たちと分けて食ってくれ。あとこっちは大人用だ。」

長峰さんは紙袋から小さな箱を取り出す

「大人用?」

「ああ、と言っても愛宕と高雄用なのだが・・・中に酒が入っているチョコレートだ。あんな奴だがなんだかんだで夏の間は世話になったからな。あまり構わないでおくとあいつはへそを曲げるから・・・」

「ど、どうも・・・」

愛宕さんはいつもこうやって長峰さんに気をかけて貰っているしそんな厚意に甘えまくっている。

しかしその分漁業組合や観光協会の集まりには顔を出したりもしているので傍から見ると長峰さんに迷惑をかけているだけのようにも見えるが結構持ちつ持たれつな関係なのかも知れない。

「とにかく酒が入っているチョコレート菓子だから君たち未成年は食わないようにな」

「はい。あとで高雄さんに渡しておきます」

「まあ真面目な君なら安心だろう。それで本題なんだが・・・」

そして長峰さんは月末にある☓☓神社の秋祭りの話を初めた。

内容はざっくりとした当日までの段取り、

そして神社は雲人さんが一人で切り盛りしているのでその手伝いや巫女やら売店の手伝いと祭りで出店を一つ出して欲しいという物だった。

夏の警備の時もそうだったがこれが艦娘や提督の仕事なのか怪しいが比較的この辺りの海は平和で出撃も少ないし新人提督という手前こういった事を積み重ねて地元の人の信頼を得ていかなければならないのだろう。

大前提として断る選択肢は用意されてなさそうだし・・・

俺は一通り長峰さんの話を聞いた後頷いた。

「雑用ばかり押し付けてすまない。私がしっかりしていれば君たちの手をわずらわせることもないのだがな」

長峰さんは自嘲する様に悲しげな笑みを浮かべた。

その横顔には苦労が入り混じったものだったがお酒が入らない限り弱音を吐かない彼が見せたそんな表情に俺の胸は突き動かされた。

その顔はずるいよ長峰さん!

なにより顔が良いんだよなぁ・・・男前にも美人にも見えちゃうっていうか・・・

やっぱり俺この環境に毒されてるんじゃ・・・

「そんな事ないですよ!長峰さんだって頑張ってるじゃないですか!それどころか鎮守府のことまで気にかけてもらって・・・むしろお礼を言いたいのはこっちですよ!しっかりやります!いややらせてください!!」

俺は勢いに任せてそう言うと長峰さんは笑みをこぼした

「フッ・・・君は面白いな。愛宕や高雄、それに天津風ちゃんが君の話ばかり私にするのもわかる気がするな」

「えっ・・・?」

天津風の事は聞いたけど高雄さんたちまで!?一体何話されてるんだろう・・・?

「ああ。君は良くやっていると高雄は褒めていたぞ。そんな話を聞いていると君の指揮下で艦娘として働くのも悪くなさそうだ。」

「えっ!?それって・・・」

「フッ・・・冗談だ。今の私はしがないXX町民さ。それでは私はこの辺りで失礼させてもらう」

「は、はいチョコレートありがとうございました」

「気にするな。あ、そうだ」

ドアに手をかけると何かを思い出したのか長峰さんは手を止める

「どうしました?」

「天津風ちゃんは元気でやっているか?ちゃんと飯は食っているのか?」

二人が最後に会ったのはたった二日前くらいな気がするが長峰さんは相当心配性なのだろう。

「はい。大丈夫ですよ。」

「ならいいんだ。最近は良く話をしてくれるようになったとは言えあの子はあれでいて人に心配をかけないよう気を使う子だから心配で・・・」

そう話す長峰さんの顔はまるで我が子を思う親のように見えた様な気がした。

「大丈夫です!あいつには吹雪や春風もついてますし高雄さん達も居るんです?それに頼りないかも知れないですが俺もあいつにできるだけ辛い思いをさせないように頑張りますから」

「そうか・・・安心したよではまたな。仕事頑張れよ提督くん」

長峰さんは薄っすらと笑みを浮かべながら出ていった。

 

ふぅ・・・

勢いで引き受けちゃったけど俺にちゃんと出来るだろうか?

いや、そんな心配よりまずは目の前の書類を片付けなきゃな!

長峰さんに冗談半分だけど褒められた俺は張り切って残りの書類を片付けた。

 

「ふぅ〜終わったー!」

書類の整理が一段落したので長峰さんが置いていった祭りの概要や日程が書かれた資料に目を通しているとドアをノックする音が聞こえる

「入っていいぞー」

そう言うと朝の哨戒に出ていた天津風が哨戒を終えたのか執務室に入ってきた。

「哨戒が終わったからその報告に来てあげたんだけど。」

「おお、お疲れ様 どうだった?」

「今朝も相変わらず平和よ。随伴してた金剛さんは一足先に演習に付き合ってくれてるわ」

「そうか。そりゃよかった。」

「あ、あの・・・」

天津風は何やらもじもじとしながら俺の方を見つめてきた

「ん?どうした?まだなにかあるのか?」

「・・・・な、なんでも無いわよ!」

「そ、そうか・・・」

相変わらずたまに天津風が何を考えているのかわからない時がある。

高雄さんも言っていたが艦娘に成り立ての頃は少し精神的に不安定になるからなのかな?

それにソラくらいの年頃の子ならなおさらなのかもしれない。

でも長峰さんに任せられたからにはなんとかしてやらなきゃ・・・

そんな事を考えていると

「あら?なにかしらこれ?」

天津風がチョコレートの入った袋に気がついた様だ。

「あ、それか?さっき長峰さんが来ててお土産で持ってきてくれたんだよ。今日はチョコだってさ」

「長峰さん来てたんだ。もう少し早く帰ってこれたら会えたのに・・・残念ね」

「相変わらずお前のこと心配してたぞ?」

「もう・・・大丈夫だって言ってあるのにほんと心配性なんだから」

天津風はあきれたように言った。

彼も長峰さんの心配性なところには少し辟易としているようだ。

「なあ天津風チョコ食うか?後で食堂にでも持っていこうと思ったんだけど哨戒終わりで疲れてるだろ?」

「良いの?」

「ああ。演習前にちょっと食べてけよ。特別だぞ?」

「え、ええ。ありがとういただくわ・・・うわぁこんなにいっぱいどれにしようかしら」

天津風は嬉しそうに袋に手を入れる。

その姿は年相応の子供といったところだろう。

やっぱりいくら大人びていてもチョコであんなに目を輝かせるなんてあいつもまだ子供だなぁ

親代わりだった長峰さんが心配するのもわかる気がする。

「何ジロジロ見てるの!?」

「ああいやなんでもないなんでもない」

「そんな暇あったら机の上でも片付けたら?ほんとだらしないんだから」

天津風に言われたとおり執務机は筆記用具やらハンコやらが散らばっている。

「う・・・わかったよ・・・」

俺は天津風に言われるがまま机を片付け始める。

するとバタンとなにかが倒れる音がしたのでその音の方に振り向くと天津風が床に倒れていた。

「お、おい!どうしたんだよ!!」

俺はすかさず天津風の方へ駆け寄ると

「にゃ・・・にゃんでもにゃいわよぉ〜」

そうろれつが回らないように答えた天津風の顔は真っ赤になっているし手元にはかじりかけのチョコが転がっていてその切片から液体がたれている。

もしかして・・・

嫌な予感がしてチョコの袋が置いてあったテーブルを見てみるとよりにもよって酒の入ったチョコの箱が開けられていた。

こんなちょっとで酔っ払うくらいの酒が入っているのか天津風が異様に酒に弱いのかはわからない。

でもこのままにするわけには行かないし・・・

「な、なあ天津風・・・とりあえず医務室行こうか」

「にゃんれよぉ・・・あたひはべつにらいじょうぶらってばぁ・・・」

そう言ってよろよろ立ち上がろうとする天津風だったがバランスを崩して俺の方へ倒れてきた

「お、おい全然大丈夫じゃないじゃないか医務室行くぞ」

「やらぁ・・・べつににゃんでもにゃいからぁ・・・あれ・・・?にゃんであんたふたりいるの・・・・?」

ああもうダメだ確実に酔っ払ってるぞ・・・

「もうなんでよりによって酒の入った方を食べちゃうんだ・・・提督命令だからな!今から医務室だ!」

「やらぁ・・・えんしゅーいくのぉ」

そんな俺がふたりに見えてるような状態で演習に行きたがるなんてストイックなんだか聞き分けがないだけなのか・・・

多分後者なんだろうなぁ

「そんな状態で演習できるわけ無いだろ!?ほら行くぞ」

俺は天津風の手を引っ張って医務室に連れて行こうとするが天津風は頑なに動こうとしない

「やらっていってるれしょ〜?はにゃしにゃしゃいよぉ〜」」

「やだもやらもねぇよ!ほらいつまでも意地張ってないで行くぞ」

「いじわるぅ〜れもそんにゃにあたしにいうこと聞いてほしいんらったら・・・」

「ん?なんだ?」

「だっこ・・・してほしい」

「はぁ・・・!?」

顔を赤らめて潤んだ顔でそう訴えかけてくる天津風に俺の胸はドクリと脈打つ

「にゃによぉ〜やならあたしいむしつにゃんていかにゃいからぁ〜」

「ぐぬぬぬ・・・」

天津風がこうなったのは俺がちゃんとチョコの説明しなかったからだし・・・

しかたない・・・そうでもしないと医務室まで行ってくれなさそうだし

「・・・わかったよ・・・ほらこれでいいか?」

「・・・うん・・・れも変にゃところさわったらゆるしゃないから」

「わ、わかったよ・・・」

胸を貸すと天津風は俺にぎゅっと抱きついてくる。

うう・・・なんかすごくいけないことをしてるような気になってきたぞ・・・

と、とにかくさっさと医務室に連れて行って寝かしつけなきゃ

「・・・・よいしょっと」

俺はそのまま天津風を抱きかかえて執務室を出た。

こんなところ誰かに見られたらたまったもんじゃない・・・

誰にも会いませんように・・・

そう願いながら医務室へと歩みを進めていると

「あっ、お兄ちゃん!」

吹雪とばったり出くわしてしまった

や、やばい・・・!

「よ、よぉ吹雪・・・演習はどうしたんだ?」

「天津風ちゃんが執務室に行ったっきり帰ってこないから呼びに行こうと思ったんだけどになんで天津風ちゃんをだっこしてるの?」

「あ、えーっとこれは・・・」

一体なんて答えれば・・・

俺が頭を悩ませていると

「ふふ〜んいいれしょふぶきぃ〜」

天津風は見せつけるように俺に更に抱きついてくる

「あ、天津風ちゃん!?昼間からそんな事しちゃだめだよ!!」

吹雪は少し悔しそうにそして恥ずかしそうにしてそう言った

「ああいや違うんだ吹雪!天津風熱中症で倒れちゃってさ!医務室に運んでるところなんだよ!だから演習には行けないって春風と金剛にも伝えといてくれ!じゃあな!!」

俺は一目散にその場を逃げ去る

「あっ、待ってよお兄ちゃん!」

吹雪のそんな声が後ろの方から聞こえるがこれ以上話をしていたら天津風に何をされるかわからないし許せ吹雪・・・!

俺はそのまま医務室に向けて走った。

 

「はぁ・・・はぁ・・・疲れた・・・流石に人を抱えて全力疾走はキツイって・・・」

「にゃによぉ〜あたしが重いっていいたいのぉ?」

「ああいや違うんだよ。ほらベッドで横になって落ち着くまでゆっくりするんだぞ」

俺は天津風を下ろして医務室へ入った。

この時間は哨戒後ということもありいつも医務室を任されている高雄さんは艤装のメンテの為工廠に行っていて居ない。

そんな時は阿賀野が代わりに番をしているはずなんだけど今日もサボっている様だ。

ベッドに天津風を寝かせ医務室の使用記録を書き終えた。

「それじゃあ俺は執務室に戻るからお前はそれが治るまで寝てるんだぞ?」

「だからぁにゃんともにゃいっていってるれしょ?」

「どう見てもなんとも無い様には見えないって・・・じゃあ俺はこれで」

「まちにゃさいよぉ」

執務室へ戻ろうとすると天津風に呼び止められる

「ん?どうした?もしかして気分悪くなってきたとかか・・・?」

「ちがうわよ!ちょっとこっちにきなひゃい」

天津風が手招きをしている

「どうしたんだよ」

流石に無視はできないし天津風に言われたとおりベッドの方へ近づいた。

「そこすわりなさいよぉ」

天津風はぼんやりとした目でそう言ってベッドをぽんぽんと叩いた。

「あ、ああ・・・」

言われたとおり座ると

「ふわぁ〜なんだかあついわね・・・汗かいちゃった」

天津風は俺に見せつける様に胸元に指を引っ掛けてパタパタと風を送り始めた。

その胸元から彼の控えめに膨らんだ胸がちらちらと見え隠れする

「あ、天津風・・・?暑いのは気温もだけどお前が酔っ払ってるからじゃないか?」

「なによぉ〜!?なんでチョコたべただけであたしがよっぱらうのよぉ〜・・・もしかしてあたしのここ・・・気になってるの?・・・えっち」

「ち、違う!断じて違う!俺とお前の仲だろ!?それにお前は男で・・・俺がそんな感情抱くわけ無いだろ!?」

とは口で言いつつもぱっと見の外見は少女と寸分たがわない今の彼と酔っ払っているからか頬を赤らめ目がとろりとしている彼の姿はどこか色っぽくも見えた。

「ほんとかしら・・・?あたしが男だからって言うけど前も金剛さんの胸ちらちらみてたの知ってるのよぉ〜?」

バレてた!?

いやでもあれは金剛があんな格好してるのが悪いだろ!

嫌でもあんな膨らんでるたわわな胸が露出してたら目が行くのは不可抗力で・・・

「ち、違う・・・!あれは」

「まったく・・・ほんとにあなた嘘が下手なんだからぁ〜顔真っ赤になってるじゃない・・・ヘンタイ」

「だ、だから違うって!あれは・・・」

必死に弁解を試みようとするがなんて言えば良いんだ!?

なんて答えても天津風の逆鱗に触れてしまいそうな気がするし・・・

「はぁ・・・あたしとあなたの仲なんでしょ?あなたが嘘ついてるのなんかすぐわかるんだから。ほんとにあなたは・・・いっつもだらしなくてたよりなくて幸薄そうで・・・」

急に説教が始まってしまった。

酔うとこうなる人が居るって聞いたことは有るけどまさか天津風もそういうタイプなのか?

「ちょっとぉ聞いてるの?」

「は、はい!聞いてます」

「それにあたしたちへのかんしゃもたりてないんじゃないの?」

「・・・へっ?」

「あたしぃ〜今日のしょうかいしゅっごくがんばったのになぁ・・・」

「お、おう・・・おつかれさま・・・」

「それだけなの・・・?」

「それ以上にどうしろと・・・?給料は俺じゃどうにも出来ないぞ?」

「ちがうわよぉ・・・ほら・・・・わかるれしょ?」

天津風は猫のように頭を俺の肩に擦り寄せてきた

「ど・・・どうしろってんだよ」

「ここまでしてもわからないの・・・ばかぁ・・・頭なでなでして・・・」

「えっ、あっ・・・はい」

俺は恐る恐る天津風の頭に手を伸ばして撫でてやった

「はぁ・・・・にぃにがあたしの頭なでなでしてくれてるぅ・・・・」

天津風は嬉しそうに声を漏らす

って

「にぃに!?俺のこと!?」

「あなた以外に誰が居るのよぉ・・・にぃに・・・あたしのにぃに〜」

「つっ!!」

天津風はそう言うと俺に抱きついてきた。

「うわぁ・・・!やっぱお前おかしいぞ」

「なにもおかしくないわよぉ・・・あたしのにぃにぃ・・・吹雪だけに独り占めなんてさせないんだからぁ」

いつもどこかドライで冷めた風に接してくる天津風がこんなに甘えてくるなんて・・・・

酔っ払っただけでこんなに変わるもんなのか?

他に変なもん入ってるチョコじゃないのあれ!?

「あ、天津風・・・?俺そろそろ執務室に戻って片付けの続きしなきゃ大淀に怒られるから・・・」

「やだぁ・・・もっとあたしの事褒めてよぉ・・・」

「・・・えっ!?そ、そうだな・・・お前は不器用だけど根はいい子で・・・えーっと・・・・髪も綺麗で・・・」

「ふふっ・・・!にぃにそんな風に思ってたんだ・・・」

「べ、別に良いだろ!?」

「にぃに・・・・あたしすっごく寂しがりやなんだよ・・・?パパもママも居なくなっちゃってずっとひとりだったしみんな可愛そうな子みたいな目で見てくるし・・・」

「お、おう・・・」

「にぃには初めてあたしに会ったときから優しくしてくれて・・・・今もこうやって一緒に居てくれるからあたしのにぃになの・・・にぃにと一緒に居たらあたし寂しくないの・・・だからすごくかんしゃしてるんだよ?」

天津風の口からそんな言葉が溢れてくる

きっと天津風・・・いやソラの事を周りの大人達は皆腫れ物に触るように扱っていたんだろう。

それにこんな田舎町で友達も居ない生活なんてこの年の子供には酷すぎる。

「天津風・・・」

「にぃに〜」

「で、でもたしかに提督のお兄さんって最初は呼ばれてたけどさ・・・そんな言い方はしてなかっただろ?」

「いいでしょ・・・?今のあたしはあの頃のただのおとこのこだった時とはちがうんだからぁ・・・ちょっとくらいおんなのこみたいに甘えさせてくれたっていいじゃない・・・吹雪にだってそうしてるんでしょ・・・?あたしにだけしてくれないなんてずるい・・・」

「う・・・それはそうだけどさ・・・」

「ほら・・・触ってみて・・・まだちいさいけどおむねもやわらかくなってきてるの」

天津風は俺の右手を胸に当ててきた。

天津風の言う通り制服越しに伝わる感覚には弾力がある。

「うぉぁっ!?」

「そんな顔赤くしちゃって・・・・ほんとににぃにはえっちなんだから・・・」

「そ、そりゃこんな事されたら誰でもこうなるわ!それにこんなはしたないことしちゃいけません!」

「えへへ・・・にぃににしかられちゃった」

天津風は叱られたはずなのにどこか嬉しそうに言った

「あたしのおむね・・・変じゃない?ちゃんとおんなのこみたいになってる?」

「ん・・・ああ・・・・多分・・・」

「よかったぁ・・・これでにぃににもっとかわいいって思ってもらえる」

「あ、天津風はそれで良いのかよ・・・どれだけ胸が膨らんだって男のままなんだぞ?それにいつか深海棲艦が居なくなったときに・・・」

「いいわよぉ・・・あたしがじぶんできめたんだもの・・・!それににぃにの役にだって立てるんだから・・・それにしんかいせーかんが居なくなったってあたしはにぃにと一緒にいるもん」

「ええっ!?それは・・・どうなんだろ・・・?」

俺はその天津風の言葉に何と反してやれば良いのかわからなかった。

「だから・・・いまからにぃにと離れられないようにぃ・・・あかちゃんつくろ?」

「はぁ・・・・!?」

いきなり何を言い出すんだこいつは!!

「いや待て待て待て!お前には早すぎるしというかまず俺たち男同士だしそれに・・・」

「いいじゃない・・・出来なくてもにぃにと赤ちゃんつくるの〜」

「わぁっちょ・・・!やめろぉ!!」

俺は身構えたが次の瞬間天津風は目をつぶって口を尖らせた

「ん〜〜」

天津風はそのまま動かない

「お、おい・・・何やってんだ?」

「なにってキスにきまってるでしょぉ?すきなひとどうしがキスしたら赤ちゃんできるってママがいってたもん・・・!」

「えっ・・・あ、ああそういう事・・・」

どうやら長峰さんは性教育をちゃんとさせてあげなかったらしい

いや流石に直接子供を作る方法なんて教える方も恥ずかしいか・・・

「ほ〜ら・・・早くしなさいよぉ・・・」

「う・・・」

どうする俺・・・!そんな軽々しくする訳には・・・

しかしキスをしたらしたで純粋な天津風を裏切ってしまうことになる。

それに第一こいつは男でしかも男だった頃の事も知っている。

いやそれを言ったら淀屋も同じか・・・

で、でもやっぱりこんなのおかしいよ!

でもこうでもしなきゃ解放されなさそうだし・・・

「わ、わかったよ・・・」

俺はそのままゆっくり天津風に顔を近づけた。

天津風も顔を赤らめて俺を受け入れようとしている。

本当にやって良いのか?

相手は年下の・・・それに男なんだぞ!?

いくら天津風の頼みとは言えやっぱりダメなんじゃ・・・

しかし考える度鼓動が早くなる。

このまま天津風の酔が冷めるまで待つか?

いや・・・それもいつになるかわからないし・・・

やるのか・・・?

やってしまうのか俺・・・

俺は覚悟を決めて顔を更に天津風に近づける。

「あ、天津風・・・」

そして唇がふれあいそうになった瞬間・・・

「や・・・・やっぱりダメー!!!!!!!!」

天津風がそう叫ぶとなにかが思いっきり俺の後頭部にぶつかってゴンと鈍い音が医務室に響いた。

「ぐぇっ!一体なにが・・・・・」

薄れゆく意識の中俺の視界にはぼんやりと鉄の塊のようなものが見え、そのまま気を失ってしまった。

 

 

 

そして俺は頭の痛みで目を覚ます

「いててっ・・・!」

目を開けると俺は医務室のベッドで寝ていた

「あら提督、目が覚めたんですね」

そこには高雄さんが居た。

「あ、あの・・・俺は一体」

「天津風ちゃんから聞いたわ。転んで連装砲くんに思いっきり頭をぶつけたそうじゃない。指、何本に見える?私が誰かわかる?」

高雄さんはそう言って心配そうに指を一本立てて見せてくる

でも俺は断じて転んでなどいないし連装砲くんに頭をぶつけた記憶もない。

「は、はい・・・ちゃんと一本に見えますし高雄さんですよね」

「よかった・・・大丈夫そうね。天津風ちゃん?提督目を覚ましたわよ」

「そ、そう・・・良かったわ」

高雄さんが呼ぶと連装砲くんを抱いた天津風がひょっこりと姿を見せた。

「天津風ちゃんずっと提督のことを看病してたのよ」

「ええそうよほ、ほんと転んで頭ぶつけるなんてどんくさくて困っちゃうわ!」

そういった天津風の目は凄まじく泳いでいる。

あーこれは多分俺の頭に飛んできたのは連装砲くんだし天津風も酔った時のことはしっかり覚えてるタイプなんだな・・・まあでもここは天津風の顔を立ててやるか

「そ、そうだったのか・・・俺なにも覚えてなくてさーはははー」

「そ、そう・・・そうなのね!よかった・・・」

俺の予想したとおり天津風は心底安心したように言った

はぁ・・・早く執務室戻ってあのチョコ片付けなきゃな・・・

「それじゃあ俺もう大丈夫なんで戻りますね」

「ええお大事にね。でも頭はもう少し冷やしておいたほうが良いわ。これ持っていきなさい」

高雄さんに頭に巻くバンドタイプの保冷剤を貰い俺は医務室を後にしたすると天津風が俺の裾を引っ張ってくる

「・・・送っていくわ。また転ばれたらたまったもんじゃないもの」

「そ、そうか・・・じゃあ頼むよ」

天津風はそう言うと俺に付き添って執務室までついてきた。

「送ってくれてありがとな。それじゃあ俺は片付けの続きするよ」

「ええ。それじゃああたしもそろそろ演習に合流するとするわ。全く・・・あたなに付き合ってたせいで午前中の演習参加できなかったじゃない」

「ああ悪かった悪かった。」

「べ、別に謝らなくたって良いわよ・・・・あたしが悪いんだし・・・」

天津風は小さな声でそう言った

「ん?なんか言ったか?」

「なんでもないわよ!で、ほんとになにも覚えてないのよね?」

「ん〜?もちろん全然。でもな、キスだけじゃ赤ちゃんは出来ないぞ?」

「なっ・・・・あなたやっぱり・・・!」

「あっやば・・・」

口が滑ってしまった。

その俺の言葉を聞いた天津風は酔っ払っていたときよりも顔を赤くして身体を震わせてこちらを睨みつけてくる

「今すぐ全部忘れなさい!!行って連装砲くん!!あいつの脳天かち割って!!」

天津風はそのまま鬼の形相で連装砲くんを放ち俺を追いかけてくる

「うわぁ!!待て!完全に事故だし不可抗力だろ!!」

「うるさいうるさいうるさい!!!全部忘れるまで何回でも連装砲くんぶつけてやるんだからー!!!」

こうして俺は一日天津風に追いかけられる羽目になってしまい吹雪たちの静止のおかげでなんとか事なきを得ることが出来たが暴れまわった天津風と一緒に高雄さんに怒られることになってしまった。

 

そしてあのチョコは危険と判断してさっさと高雄さんに預けたのだが・・・・

 

 

 

「ふふ〜ん執務室になんかチョコいっぱいあったからちょっともらっちゃった〜ホントは聞いてからもらおうと思ったけど提督さん居なかったし阿賀野悪くないもんね〜」

その夜阿賀野が何故か素っ裸で宿舎を徘徊した後嘔吐するという怪事件が発生したとかしてないとか・・・・



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探照灯を調達せよ

 せっかく海水浴場の警備やら手伝いも終わってゆっくりできると思っていたのに鎮守府は今日も祭りの手伝いの準備やらで大忙しだ。

なにやら高雄さんたちが

「今年もこの時期が来たわね・・・」

とかなんとか言って最近ずっとソナーの整備ばっかりしている。

一体なにが起こるんだ・・・?

愛宕さんに聞いても

「もう少ししてからのお楽しみ♡」

とか言ってちゃんと教えてくれない。

一応元ここの提督なんだからそれくらい教えてくれたって良いだろ・・・

ま、考えていても仕方ない。

今俺にできるのはただ目の前の書類を片付けることだけだ。

さっさと終わらせて今日はゆっくりさせてもらえると良いなぁ。

俺は大淀が入れてくれた少し冷めた紅茶を一口飲んで書類の確認やら片付けをする手を早めた。

 

それからしばらくしてドアをノックする音がして

「提督〜?ちょっと良いかしら?」

愛宕さんが執務室に入ってくる。

なんだかいつにもまして肌にツヤもあるし声色も明るいように思えた。

「なんですか?」

「高雄から伝言なんだけど倉庫にある探照灯を6個くらい工廠まで持っていってほしいの」

「えなんで俺が・・・俺まだ書類の片付けとか終わってないんですけど。愛宕さん申し訳ないんですけどやっといてもらえません?」

「あ〜それがねぇ、私今からお祭りの件で観光協会の方たちに会いに行かなきゃいけないのよ〜それじゃあ行ってきまぁす」

愛宕さんはそう言って出ていってしまった。

そう言えば今日はなんか打ち合わせがあるとか聞いたような気もするしなんだかいつもより化粧に気合が入ってるように見えたのもそのせいか・・・

また漁港とか観光協会の人からお酒とかお土産もらって帰ってくるんだろうな。

きっと帰ってきたらいつもの愛宕さんに戻ってるだろうけどちやほやされるのはまんざらでもないんだろうか?

俺が愛宕さんだったとしたら年の離れたオッサンに女装して媚びへつらうなんてゴメンだけど愛宕さんがそうしてくれているおかげでこの鎮守府と☓☓町の人たちとの関係は良好だ。

帰ってきてあ”〜女のフリすんのマジだりぃわ〜とか媚びへつらった反動でさっきの面影もないくらい男に戻った愛宕さんは絶対街の人には見せられないな。

「ね、ねえ謙?もし疲れてたら私が行ってこようか?」

俺がそんなことを考えていると何か考え込んでいると思ったのか大淀が気を効かせてそう言ってくれた。

でも頼まれたのは俺な訳だし俺なんかよりずっと働いてる大淀にそんなことをさせるのも気が引ける。

「ああ良いよ良いよ。力仕事だし俺が行ってくるから書類任せて良いか?」

「で、でも1人じゃ大変じゃない?」

「そうだけど事務仕事がストップするのはマズイだろ?暇そうな艦娘探して手伝ってもらうよ」

「そ、そう・・・分かったわ。はいこれ倉庫の鍵ね」

「ああわかった。それじゃあ行ってくる」

俺は少しかっこを付け大淀から鍵を受け取って1人で執務室を飛び出した。

 

「えーっと探照灯ねぇ・・・」

見栄を張って執務室を飛び出してきちゃったけどそんなにいっぱい何に使うんだ?

幸いこの鎮守府では滅多に使わない艤装のハズなんだけど常備してる2個じゃ足りないどころか6個も出してこいだなんてそれだけヤバい海域にでも出撃しなきゃいけないってことなのか・・・?

祭りの手伝いもあるし今後も忙しくなりそうだなぁ・・・

そんな事を思いながら倉庫に向けて歩いているとその途中ベンチで天津風が菓子パンを1人頬張っていた。

天津風に頼んでみるか?

いや・・・でもちょっと気まずいしなぁ・・・

天津風はこの間のウイスキーボンボンの一件からあまり口を聞いてくれない。

確かに俺もあの時の事思い出すと恥ずかしいけどさ・・・

あのソラがあんなに色っぽく俺に迫ってくるなんて・・・・

っていかんいかん!また思い出してしまった。

別に何もなかったしあれは事故だ!

でもあいつも酔っ払ってはいたものの記憶はしっかりしてるみたいだったし多分あいつも死にたいくらい恥ずかしいんだろうなぁ・・・

そんなこんなでここ数日天津風とは気まずい雰囲気をずるずると引きずっていた。

でもお互い気まずいけどこのままって訳にも行かない

あれはあくまでも事故!

だからいい加減なんとかしないと・・・

せっかくいいチャンスなんだからこの機を活かして天津風との関係を改善しよう!

「よ、よお天津風・・・休憩か?」

勇気を出して声をかけてみるが

「ま、なによ・・・悪い?」

天津風は頬を赤らめ俺から露骨に目を反らした。

ああ・・・やっぱり昨日までと変わらない反応・・・

でもここで引き下がるわけにはいかない!

いい加減なんとかしないと!

「ああいや休憩中に悪いんだけどちょっと倉庫に用事があるから付き合ってくれないか?」

「倉庫!?付き合う!?」

天津風は何故か急に顔を真っ赤にする。

俺そんな変なこと言ったかな?

とにかくここは別に前のことなんて気にしてないってことを伝えなきゃ・・・

「あ、えーっと・・・あれだ!その・・・俺たちこのままじゃダメだと思うんだよ」

「へっ!?そ・・・それって・・・」

「ああ。この間の医務室でのことなんだけど・・・」

「あっ、あれはあなたが熱中症で倒れたから看病してただけで・・・」

天津風は更に顔を赤くしてそれに呼応するように頭の上に付いた煙突みたいなのからすごい勢いで煙が吹き上がる。

前から疑問だったけどあれ一体どういう原理なんだろう・・・?

今はそんな事はどうでもいい!

「いや・・・それだけならなんでそんな恥ずかしがってんだ?」

「そ・・・それは・・・」

どうやら本当に俺が熱中症でぶっ倒れたって事で押し通すつもりらしい。

少なくともぶっ倒れたのは多分天津風のせいなんだけどなぁ・・・

「それに俺は熱中症になんてなってないしちゃんと覚えてるからな?」

「なっ・・・ななな何のことかしら!?あたしが看病してあげた事?」

「ちげーよ!お前が愛宕さん用の酒が入ったチョコ食べて酔っ払ってそれから・・・」

「わーっ!それ以上言わないで!!あ、あたしだってあんな事本心で言ったわけじゃないしその後の事もどうしたら良いかわからなくなってつい・・・で、でも・・・あなた・・・」

あれ?

なんか今日の天津風意外と素直だな

「そうだよな〜男同士で赤ちゃんなんか出来るわけないしお前があんなに俺にべったりしてくるわけないもんな!それにお前も気が動転としてたんだろ?大丈夫だって!俺も気にしてないし連装砲くんを頭にぶつけられた事も怒ってないからさ?ま、天津風もそんなに気にすんなって!」

よし。ちゃんと伝えられたはずだしこれで天津風との変なわだかまりも解けるはず!

「はぁ!?」

あれ・・・?なんか反応が変だぞ・・・?

「ど、どうかしたか?」

「それだけ・・・なの・・・?倉庫に付き合ってくれって言ってたわよね?」

「あ?ああ。ちょっと倉庫から荷物運び出すのを手伝ってもらおうと思って声かけたんだけど」

「本当にそれだけ?」

「え?うん。あれからちゃんと話しもできなかったからさ。その話のついでにもし手が開いてるなら手伝ってもらおうかと思って」

俺がそう答えると天津風は黙り込んでしまった

「どうした?」

「どうしたもこうしたも無いわよ!ちゃんと話聞いてあげて損したわ絶対手伝ってあげない!お兄さんのバーカ!」

天津風はそう吐き捨ててて走り去ってしまった。

俺なんかあいつを怒らせる事言ったかな・・・

「はぁ・・・手伝ってもらう奴早いところ探さなきゃ」

「ねえねえ提督ぅ〜」

ため息をつくと突然後ろから声をかけられた

「な、那珂ちゃん!?」

「はーい!那珂ちゃんだよ〜一部始終見てたけど天津風ちゃんのこと怒らせちゃったね〜」

「見てたのか?」

「うんっ!何があったかは知らないけど提督が天津風ちゃんのこと怒らせちゃってたね〜何があったのか那珂ちゃんにおしえておしえて〜」

「え、ああそれは・・・」

俺はここ数日起こった事をとりあえず天津風の名誉のためにも一部はぼかして那珂ちゃんに話した。

「へぇ〜天津風ちゃん酔っ払っちゃったんだ」

「ああ。酔っ払ったところを見られたのが恥ずかしかったみたいでさ・・・俺は気にしてないって言っただけなんだけど・・・」

「そうだったんだ〜でも那珂ちゃんにはそれだけに見えなかったけどな〜」

「それだけに見えなかった・・・?」

「え〜だってその酔っ払ってた日の事吹雪ちゃんから聞いたけど天津風ちゃんすっごく嬉しそうに提督に抱っこされてたって聞いたよ」

「で、でもそれはあいつが酔っ払ってたから・・・」

「ホントにそれだけだったのかな〜」

那珂ちゃんの曖昧な返事で俺の中のもやもやが更に濃さを深めていく

俺は一体何をしてやればよかったんだ?

「な、那珂ちゃん・・・俺は一体どうしてやればよかったんだ?もっと謝ったりすればよかったのか?」

「違うよ〜ほんと提督はオトメゴコロがわかってないんだから」

「乙女心ってあいつは男だぞ!?」

「も〜提督そういうところだゾ!」

「ゾ・・・って」

「那珂ちゃんたちは確かに身体はオトコノコだけどさ〜提督とか男の人のかっこいいところにはキュンってなんちゃうものなの〜これは艦娘になる前からそうだったのか那珂ちゃんになったからそうなったのかはわかんないけどね〜それに天津風ちゃんなんか思春期真っ只中なんだよ?ただでさえ自分の性にビンカンになるお年頃な子なんだよ?そこで艦娘になっちゃってさ〜艦と艦娘の天津風としての記憶と心も背負い込んじゃってるわけ。だからあのお年頃の子は不安定なんだよ〜オトコノコだからなおさらね」

「確かに不安定になるとは聞いてたけどさ・・・そこまで言われたら俺はあいつにどうやって接してやれば良いのかわからないよ・・・出来るだけ前みたいな関係で居たいけどさ・・・」

「前?天津風ちゃんと艦娘になる前から知り合いだったの?そういえば着任してきた時もモメてたし何か訳ありな感じ?那珂ちゃん気になるぅ〜」

那珂ちゃんはオーバーリアクション気味に尋ねてくる。

ここではぐらかしてもうざったい追求が待ってるだけだろうし・・・

「あ、ああ・・・一応知り合いというかこの辺に住んでた俺の話し相手になってくれる子だったんだよ。それが急に艦娘になってて・・・」

「ふぅ〜ん・・・あの子この辺に元々住んでた子だったんだ〜緒に買い出しとか行った時近道とか喫茶店とか知ってて不思議だったんだけどそういうことだったんだ」

「ああ・・・那珂ちゃんが来る前・・・・というか来てからもそうなんだけどここって普通の男って居ないじゃん?みんな女の子にしか見えなくて落ち着かなくて・・・そんな環境で唯一ちゃんとした同性として話せる子だったんだよ」

「そうだったんだ〜それが急に艦娘になってよりにもよってこの鎮守府に着任してきたなんてすっごい偶然だね〜」

「そうなんだよな・・・でも俺はまたあいつに会えて嬉しかったんだよ。でもあいつはそうでもなかったみたいでさ」

「ほんとかな〜?きっと天津風ちゃんも嬉しかったって那珂ちゃんは思うけどな〜」

「そうだと良いんだけどさ・・・」

「まあそんなの当の本人しかわかんないんだけど!でも天津風ちゃんは自分でも提督にどうやって接したら良いのかわからないんじゃないかな〜さっきもお兄さんって呼ばれてたし提督のことそれなりに尊敬してるんじゃない?」

尊敬?

いつも仕事しろだとか情けないとか言われまくってる俺があいつに尊敬されてる?

そんな訳無いだろ・・・

初めてあった時ですら幸が薄そうだとかなんとか言われてたし・・・

「ないない!あいつに限ってそんな事ある訳・・・」

「ふぅ〜んそっかぁ・・・でもね、天津風ちゃんは今自分が誰を好きになるかで揺れてるんだと思うの。今までは普通のオトコノコだったけどそこに急に艦娘としての記憶とか想いが流れ込んでくる訳だからきっと提督への気持ちが尊敬なのか好意なのか・・・それとももっと違った感情なのかちゃんと自分でもわかってないんだよ思うんだ。だから那珂ちゃんには今の自分の訳のわからない状況から助けて欲しいって言ってる様に見えてるんだよね〜」

「そう・・・かな・・・」

天津風として再びあいつと会って早速いろんなことがあってその時に多少は解決したんじゃないかって思ってたけどまだまだ全然解決なんてしてなかったんだな。

俺だけがそんな気分で居たからなおさらあいつの事を俺との関わり方の事で悩ませてたのかもしれない。

そう考えると那珂ちゃんの言う様に乙女心なのかはわからないけど少し無神経な面があったんじゃないかって思えてきた。

「俺・・・もっとちゃんとしてやらなきゃ提督失格だよな」

「う〜ん・・・そこまで思いつめなくても良いんじゃない?きっとそんな急にかしこまって解決を急いでも良い結果は得られないって那珂ちゃん思うんだ〜だからちょっとそこに気をつけてゆっくり時間と共に解決する問題だと那珂ちゃんは思うよ」

「そ、そうか・・・那珂ちゃんたまには良いこと言うな」

「なにそれひっどーい!いつもは真面目じゃないみたいな言い方じゃない!そういうところだよ〜」

「ごめんごめん。でもおかげで少しは目が覚めたよ。ありがとうなかちゃん」

「うんうん!わかってくれたみたいで那珂ちゃん嬉しいっ!キャハッ」

那珂ちゃんはまたオーバーリアクション気味にポーズを決めてきた

だからそういうところが真面目じゃないって言いたいんだけど・・・

今言うと更に説教されそうだし黙ってよう

「でねでね提督〜何か手伝って欲しい事あるんじゃないの?」

「あっ、そうだった!なんか倉庫から探照灯を持ってくるようにって高雄さんから言われてるんだけど結構な量でさ・・・誰かに手伝ってもらおうと思ってて」

「それなら那珂ちゃんにおまかせだよ〜!きらびやかなだけじゃなくて裏方のお仕事を知るのもアイドルには必要な事だからね〜」

「あーはいはいわかったわかった」

「も〜ノリ悪いなぁ提督は〜手伝ってあげないよ?」

「ごめんごめん・・・で、手伝ってくれるのか?」

「うんっ!那珂ちゃん丁度オフでヒマしてたからね〜」

「そっか・・・じゃあお言葉に甘えるよ」

「それじゃあレッツゴーだよ!どうせ大淀ちゃん待たせてるんでしょ〜?」

「あ、ああ・・・ありがとう那珂ちゃん」

 

こうして那珂ちゃんに手伝ってもらう事になって倉庫へ向かったんだけど・・・

「おっもーい!こんなの持ち上げたら腕太くなっちゃうよー」

早々探照灯を台車に乗せるのに大苦戦していた。

「ええ・・・いつもこれより重い艤装背負ってるだろ?それにこれだって艤装じゃないか。なんでそんな持てないんだよ・・・確かに重いけど」

「当たり前じゃん!那珂ちゃん達艦娘がすっごいパワーを発揮できるのは海の上で艤装を接続してる時だけなの〜!だから今の那珂ちゃんは非力でか弱いオ・ト・メなんだよ〜!」

「乙女って那珂ちゃんは男で・・・」

「も〜ほんと提督はそんなんだから天津風ちゃんも怒らせちゃうんだよ」

「ご、ごめんなさい・・・」

「じゃあ一緒に持ち上げてよ〜」

「あ、ああわかった・・・」

なんかこれ手伝ってもらわなくても俺一人で良かったんじゃないか・・・?

そんな事を思いながら那珂ちゃんと二人でに探照灯を持ち上げ二台の台車に3個づつ探照灯を載せていった。

一人で持てない重さでは無いけど確かに重い。

艦娘のみんながこれ以上に色んなものを背負って海の上で戦えるのは凄いことなのだと再認識させられる。

そして最後の一つを積み終えると

「ふぅ〜全部積み終えたね〜あっつ〜い」

那珂ちゃんは汗を滴らせて服の胸元をパタパタと動かして風を送っている

確かに倉庫の中は天窓のせいで日も入ってくるし蒸し暑い。

すると次の瞬間那珂ちゃんは服を脱ぎ始めた

「ふぅ〜汗かいちゃった」

「ちょっ!?な、那珂ちゃん?何して・・・」

「え〜だって汗かいちゃったしここなら誰も見てないから着替えちゃおうと思って。まだ暑いしいつも着替え持ち歩いてるんだ〜」

「だ、誰も見てないって俺が居るじゃないか!」

「え〜別にオトコの裸なんかキョーミないんでしょ?」

「きょ・・・・興味とかそういうんじゃなくて・・・・」

確かに那珂ちゃんの上半身は胸が少し膨らんでいるものの骨張っていて男に見えなくもない。

それにしたって顔は自意識過剰でオーバーリアクション気味なその仕草を正当化させるくらいには綺麗だし下着はもちろん女性用だ。

そんなの直視できるわけ・・・

いやまず男同士だったとしても着替えを凝視するのはおかしいだろ!?

「アハッ!提督、顔真っ赤だよ?やっぱり那珂ちゃんの裸気になってる?」

那珂ちゃんはそんな俺の反応を面白がっているのかそう言ってこちらに近づいてくる。

「こっ、これは倉庫が暑いからで・・・もういいからさっさと服着替えろよ!!」

「ウソだぁ〜ボクの裸気になってるんでしょ?」

「な、那珂ちゃん!?またボクって・・・」

「だからボクはボクだって言ってるじゃん提督ふたりっきりだしありのままのボクで居たって良いでしょ?ボクだって普通の男の人と普通のオトコノコとして話したいときだってあるんだよー」

口調は全然変わらないはずなのに一人称が変わるだけでなんで俺はこんなに緊張してるんだ・・・!?

「普通の男の子は裸で迫ってきたりしねぇよ!」

「え〜ホントは興味あるんでしょ〜?ボクの・・・ボク達オトコノコの艦娘のハ・ダ・カ♡だってここに着任する前にボクとあがのんがお風呂入ってるところ覗こうとしてたんでしょ〜?」

その言葉をかけられて心臓が一瞬止まった様な気がした。

あ、あれは阿賀野が心配になって・・・

断じて裸が見たかったなんてわけじゃ・・・

「うっ・・・そ、それは那珂ちゃんが女の子だと思って男の阿賀野が一緒に風呂に入るなんてことになったらどうなるか心配になって・・・ってそれなんで知ってるんだよ!?」

「あがのんがお風呂で言ってたよ〜提督さんが覗きに来てたって」

畜生阿賀野の奴!!那珂ちゃんに言ってたのかよ!

「う・・・だからあれは阿賀野が男だってバレたら大変だと思って心配で・・・」

「ふぅん・・・それじゃあボクのことオンナノコだと思ってくれてたんだぁ」

「あ、当たり前だ!?艦娘が男だなんて普通思わないだろ?」

「覗きに来た理由は本当にそれだけかなぁ?オンナノコだと思ってたボクの裸も見たかったんじゃない?」

期待していなかったと言えば嘘になるし自分でも手段を選ばなさ過ぎだったと反省しなきゃいけない・・・

でもそれは那珂ちゃんのことを女の子だと思ったからであって・・・

「ほら・・・ボクのおっぱい見て?小さいけどちゃんとオンナノコみたいに膨らんで・・・柔らかいんだよ・・・?」

那珂ちゃんは俺に見せつけるように胸を両手で強調してみせる。

確かに控えめな膨らみしか無いものの両手で寄せられた胸は確かにもっちりと柔らかそうに見えるし俺の目はそんな胸に引きつけられていた。

男の胸のはずなのに・・・!

「な、那珂ちゃん・・・?俺にこんな事して一体何がしたいんだよ・・・」

「もしボクが提督の事がスキで提督の事を手篭めにしようとしてたら?」

そう言って那珂ちゃんは俺の顎を手で掴んで顔を近づけてきた

「!?!?!?!?ススススススススキ!?」

あまりにも急な出来事で俺は取り乱してしまう。

すると・・・

「あははっ!提督かわいい〜ボクがちょっとからかうだけでこんなに顔真っ赤にして取り乱しちゃうんだもん」

那珂ちゃん

「はぁ!?」

「あがのんから良く提督をからかったときの反応が面白いって聞いてるからボクも試したくなってみただけだよ〜ボクはみーんなの那珂ちゃんなんだしぃ〜冗談に決まってるじゃん!」

那珂ちゃんはそう言って笑った。

はぁ・・・寿命が何年か縮んだ気がする・・・

からかわれた俺だったが怒りよりも安心感を覚えていた。

「でも〜ボクの裸みてドキドキしたでしょ?」

「お、男の裸なんか見てドキドキする訳・・・」

「はいはい。それじゃあ今日はそういう事にしといてあげる〜。じゃあ着替えるね」

そう言って着替えが入っているであろう袋を取り出して俺から離れると那珂ちゃんは袋からジャージを取り出しす。

その時俺は那珂ちゃんの隣にあった棚の上に置いてあったダンボールが今にも落ちそうになっていることに気がついた。

あのままじゃ那珂ちゃんの頭上に落っこちてしまう。

しかし那珂ちゃんは袋から服を出そうとしていて気がついていないようだ。

「那珂ちゃん!あぶな・・うぉあぁ!!」

俺はとっさに那珂ちゃんの方へ走ったが薄暗い倉庫の中で急に走り出したもんだから何かに躓いて那珂ちゃんに思いっきり突っ込んでしまった。

するとガシャンと背中の方から大きな音がする。

よかった。なんとか怪我になることだけは防げたみたいだ。

「な、那珂ちゃん?大丈夫か?」

「て・・・・ててて提督・・・!?そりゃボクの身体が魅力的なのはわかるけど急に押し倒すなんて・・・もしかしてさっきボクがからかったこと怒ってる?」

とっさなことで気が付かなかったが俺の眼下のは顔を真赤にした裸の那珂ちゃんが居る。

どうやら俺は押し倒してしまっていた様で・・・

「あっ、ち・・・違・・・これは那珂ちゃんの頭の上にあのダンボールが落ちそうだったからであって・・・で、とっさに飛び出して躓いたらこんなことになってて・・・ごめん・・・怪我無いか?」

「そ、そうなんだ・・・・そうだよね!うん!怪我は大丈夫だよ!それに提督がこんな事できる度胸なんかないもんね!」

「あ、当たり前だろ!?はぁ・・・怪我もなかったみたいだし他の誰にも見られて無くてよかっ・・・」

その時ふと倉庫が明るくなっている事に気づき光の先を見てみると閉まっていたはずの扉が開いていてその先には鬼の形相の天津風が立っていた

「ふぅん・・・少し気になって見に来たら仕事もしないで那珂さんを脱がせて押し倒してるなんて・・・」

「あ、天津風?これは事故で・・・」

「うるさいうるさい!!お兄さんのバカ!ド変態!!」

「ち、ちがうの天津風ちゃん!提督は那珂ちゃんを助けてくれたの!!」

那珂ちゃんは大急ぎで服を着て俺と一緒に天津風への弁明を始める。

それからやっとのことでさっきのことが事故であることを天津風理解してくれた。

「ごめんね天津風ちゃん・・・那珂ちゃんが提督のことちょっとからかおうとしてたからこんな事になっちゃって・・・」

「那珂さんもお兄さ・・・提督にあんまりえっちな事しないでくださいね?」

「は、はーい・・・」

「それじゃああたしは演習にもどるから。あなたも提督ならもっとしっかりしなきゃダメなんだからね?」

「う・・・ごめんなさい・・・」

「ほんとあたしまで情けないじゃない・・・」

天津風はそう吐き捨てると演習場の方へ歩いていってしまった。

「ごめんね提督・・・ボクもやりすぎたよ・・・」

「あ、ああ・・・もう済んだことだし誤解も一応解けたしいいよ」

「そっか・・・それじゃあさっさと探照灯を高雄さんに届けちゃおー☆」

那珂ちゃんはさっきまでの反省もどこ吹く風と言うような具合にそう言った。

「那珂ちゃんお前全然反省してねぇな!?」

「へへ〜どうかな〜?でも助けてくれた提督はちょっとだけかっこよかったよ〜それじゃあおっさきー!」

那珂ちゃんはそう言うと台車を押して倉庫から出ていってしまう

「あっ、待て!」

俺ももう一台の台車を押して倉庫を出てカギを閉めてから那珂ちゃんを追いかけた。

そして工廠に探照灯を運び込むと

「あら提督、探照灯を持ってきてくれたのね。ありがとう」

何やらソナーをいじっている高雄さんが手を止めてこちらに来てくれた

「那珂ちゃんも手伝ったんだよ〜」

「あらそうだったの。那珂ちゃんもお疲れ様。それじゃあこれが終わったら次はその探照灯の整備と点検ね・・・」

「あの・・・高雄さん?なんでこんなに探照灯とかソナーとか使うんですか?」

「あら?愛宕から聞いてないの?」

「はい何も・・・」

「はぁ・・・伝えといてって言ったのに・・・・ごめんなさいね提督。明日詳しい資料が届くと思うけどこれは秋刀魚漁支援用なの」

「サンマ・・・!?」

高雄さんが言うにはこの時期になるとサンマ漁を艦娘が手伝うのが一種のイベントみたいになっていて獲れたサンマはお祭りで振る舞われるそうで、漁火の代わりに探照灯を使ったりソナーで魚群を探知したりするために使うんだと高雄さんは教えてくれた。

 

その話を聞かされてから数日後、本当に漁場支援任務が始まった。

それからはなんで艦娘がサンマ漁なんてやらなきゃいけないんだなんて突っ込む余談も無いほどに鎮守府は大忙しな毎日を送っている。

もう当分サンマは見たくないな・・・

そんなこんなで漁場支援任務が終わると次は息もつかせずお祭りの準備が始まり海の家の時と同じ要領で神社周辺の掃除や屋台の設営なんかの手伝いを数日に分けて手伝った。

そしてお祭り前日を迎えた日の事・・・




大変おまたせしてしまい申し訳有りません。
今の書き方に限界を感じてきたので次回から少々リニューアルするかもしれません。


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XX祭り前日

はぁ・・・朝から晩までサンマ・・・それにイワシまで・・・!!散々魚を摂りまくってはそれを市場に卸したり本営に送ったり・・・・

「なんで艦娘が漁なんかなんなきゃならなかったんだよ!!」

机に積まれたサンマの缶詰を眺めて俺は思わず叫んだ。

漁獲量に応じて鎮守府の設備が新しくなったり物資や手当なんかを貰えたりはしたのだがやはり納得がいかない。

あくまで艦娘の仕事は海の安全を守ることであって漁をすることじゃないからだ。

それこそ漁船の艦娘がいれば話は別なんだけど・・・

「まあまあそう言わないで。 サンマ漁のノルマも達成したんだし良いじゃない」

大淀はそう言って俺に紅茶をいつものように淹れてくれた。

しかし俺のモヤモヤが晴れることはなく・・・

「そうだけどさ・・・やっぱり艦娘が漁をやるなんておかしいだろ! 一応艦娘って総じて軍艦なんだろ? 漁船じゃないんだからやっぱりこんな事までやるのはおかしいだろ」

「深海棲艦が今より活発だった時からの伝統行事なんだから仕方ないでしょ?」

「伝統ねぇ・・・ 伝統は伝統でも悪しき伝統って奴じゃないか? まあたまに深海棲艦と出くわしたりもしたけどさ」

「はいはい。 その捕ったサンマの一部が明日からのお祭りで振る舞われるんだし一応この地域にも貢献できて町の人達からの評判も上がるんだからごちゃごちゃ言わない。 それに・・・」

「それに?」

「謙もそろそろ提督になって半年経つじゃない? なんだかその格好も様になってきたなって」

「そ、そうか?」

「ずっと横で見てる私が言うんだからちょっとは自信持ってよ。ほら、紅茶冷めちゃうでしょ?さっさと飲んで仕事再開しましょ?」

大淀は微笑んでそう言ってくれた。

俺は未だにこの特殊な環境にも慣れきっていないし何より男友達が今目の前で紅茶を淹れて微笑み返している艦娘になっている現状の着地点すら未だに見えていない。

それどころか未だに高雄さんたちの手を借りないと業務もおぼつかないし艦娘たちからは軽く見られているように思える始末で自覚はないけど少なくともこいつはお世辞なんか言うような奴じゃないって事は知っているしその言葉は素直に受け取っておこう

「ああ・・・頂きます」

大淀に促され湯気の立つ紅茶を口に運ぶ。

最近じわじわと涼しくなってきて朝は冷え込み始めたので温かい紅茶が身体に染みた。

「お祭りが終わったら休暇取れるって高雄さんが言ってたでしょ? もうひと頑張り私と一緒に頑張ろ? ね?」

俺が紅茶を飲み終えるのを見届けると鼻歌交じりに業務を再開する彼・・・いや彼女?のほうが俺なんかよりずっと艦娘としての生活が板に付いていて様になっている様に思えた。

しかしその事をこれ以上考えると俺たちは今のままじゃ居られなくなりそうな気がしてしまい、大淀の言った言葉で自分を奮い立たせた。

「そうだったな! 夏の間ほぼ休みなく働いたんだし少しくらい休んだってバチは当たらないよな! よしラストスパートと行くか!」

今日の予定は祭りの設営の手伝いと明日以降の役割分けだ。

どうやら鎮守府からも屋台を一つ出さなければいけないようで数日前から愛宕さんが焼きそばの屋台を出すんだと息巻いていた。

実際手慣れたもので倉庫から調理機器なんかを取り出して高雄さんと二人で洗ったりもしてたっけ?

そんなこんなで準備は一通り済んでいるので今日は最終確認と役割分担の振り分けが主な仕事だ。午後には雲人さんと長峰さんが来てちゃんとした説明をしてくれる。

とにかくそれまでに一通り片付けられる仕事は片付けなければと気を引き締め直し書類の片付けを再開した。

 

「はぁ・・・終わった」

大淀のサポートもあってなんとか長峰さん達との約束の時間までに書類と秋刀魚漁場支援の報告書をまとめ終えることができた。

「お疲れ様、謙」

「ああ。 大淀もありがとうな。 おかげで仕事も捗ったよ! さすがは秘書艦ってとこか?」

「そう? 謙がそう言ってくれるなら嬉しいな・・・そうだ! 今日は一緒にご飯食べようよ私おなかすいちゃった」

「そうだな! 今日の飯はなんだろうな」

 

昼食の献立に胸を踊らせながら大淀と食堂へ向かうと何やら美味しそうな匂いがしてエプロン姿の愛宕さんが出迎えてくれた。

「あら? 今日はお二人一緒なの。 真っ昼間からお熱いわねぇ〜」

「そ、そんなんじゃないですよ!ただ秋刀魚漁場支援の報告書とか秋刀魚の納品数とか纏めた書類とかに手間取ってたのを大淀が最後まで手伝ってくれただけですから! な、大淀?」

「え、ええ! そうですよ! そんなお熱いだなんて愛宕さん冗談がお上手なんですから・・・!」

大淀に話をふると彼女も顔を真っ赤にしていた。

「あらぁ?そんな隠すことでもないでしょうに・・・ま、たしかにこの時期の書類は色々大変よねぇ・・・あれクソめんどくせぇんだよな・・・」

愛宕さんは最後に小声でそう言った。

「愛宕さん?本音漏れてますよ?」

「えっ!?ああいやなんでも無いわよ〜漁場支援はこの町の人々を助けるとーっても大切な業務なんだからぁ」

「いやいやさっきの一言で全然説得力がないんですけど・・・」

「ん””んっ! も〜細かいことは気にしないの男の子でしょ? ま、とにかく漁場支援任務完了お疲れ様、提督♡ 初めての割にはよくできてたんじゃないかしら? それじゃあはいこれ今日のお昼よ」

愛宕さんがそう言って持ってきたのは何やら変な形のから揚げだった。

最近昼食は秋刀魚が続いていたから新鮮に思える。

たしかに美味しいけど毎日食べてると流石に飽きてくるよなぁ・・・

「おっ、今日は秋刀魚の干物とか煮物じゃないんですね!」

「これも秋刀魚よ〜今日は手間を掛けて竜田揚げにしてみたの。 提督が頑張ったご褒美よ?」

「今日も秋刀魚か・・・でも大量に貰っちゃいましたし仕方ないですよね」

流石に漁業組合の人たちの厚意を無下にすることもできないしあまり日持ちもしないのでこうして愛宕さんがアレンジに富んだ秋刀魚料理を振る舞ってくれているのだが今日のはその中でも特に美味しそうだ。

ちょうど一仕事終えたあとで腹も減っているしこのほんのりと香る生姜の匂いが食欲を掻き立てる。

「さ、冷めないうちにどうぞ。 大淀ちゃんも食べてみて」

愛宕さんはそう言うと二人分の皿とご飯と味噌汁をテーブルに置いてくれた。

「はい頂きます」

大淀は席につくと竜田揚げを一口。

口に入れた瞬間表情が変わるのが目に見えてわかる。

「これ・・・すっごく美味しいです!」

大淀は口に手を当ててそう言った。

意識してみると細かい仕草もなんだか随分女っぽくなったなと思える。

竜田揚げを頬張る姿があまりにも美味しそうだったので俺も大急ぎで箸を取った。

一口食べてみると香ばしいサクサクとした衣の中から脂の乗ったジューシーな白身が現れ、濃い目の味付けのせいかご飯も進む。

ご飯を食べるとまた次の竜田揚げが欲しくなりあっという間に皿は空っぽになっていた。

「ごちそうさまでした。 美味しかったです!」

「でしょ? 結構自信作なのよ〜午後のお仕事もこれで頑張れるかしら?」

愛宕さんのその問いに俺はもちろんはいと答え食堂を後にすると

「それじゃあ私は午後のお祭りの会議の準備が有るから先に会議室に行ってるね。 謙は執務室で資料の準備して集合の30分前くらいに来てくれたら良いわ」

大淀は会議室へ向かおうとするが準備を1人でやらせるのも忍びないので俺も手伝うことにした。

きっと二人でやった方が早く終わるだろう。

そう大淀に告げると嬉しそうな顔をしてくれて、二人で会議室でイスや机を出したり、プロジェクターとスクリーンを用意した。

「なんだかこうしてると学校を思い出すな」

「ええ。そうね」

この鎮守府の会議室は後から増設されたのか他の設備よりも小綺麗でどこか学校の視聴覚室を思い起こさせる。

視聴覚室での授業と聞くと訳もなくワクワクしたもので、高校時代はそんな視聴覚室で着席が自由な時は決まって隣には大淀・・・いや淀屋と海斗が居て三人で良くひっそりとなんでもない話をした事も今となってはもう懐かしい。

 

そうこうしているうちに準備は完了し、俺は大淀と一緒に執務室へ戻り必要な資料を用意していると長峰さんと雲人さんが二人で執務室を訪ねてきた。

なんだかこの二人が一緒に居るのは珍しい気もする。

「やあ謙くん。急な事になってしまって本当に済まない。詫びと言ってはなんだがこれを取っておいてほしい」

「謙さん・・・私からもつまらない物ですけどまたお漬物を用意したんです。みんなで食べてください」

二人は執務室に入ってくるや否やほぼ同時にお土産を俺に差し出してきた。

今日のお土産は長峰さんの方は果物の詰め合わせ、そして雲人さんはいつも通り漬物だ。

毎度のことながら気を使ってくれているのか気の利いたお土産を用意してくれてなんだかこちらのほうが貰ってばかりで申し訳ない気分になりながらも二人のお土産をありがたく貰って軽くお茶とお茶請けを用意した。

それにしても美男子が二人並ぶととても画になる。

長峰さんの艦娘としての姿は男だと思えないくらいに美人だしきっと雲人さんの艦娘の格好も綺麗なんだろうなぁ・・・

なんてことを考えていたら大淀にギロリと睨まれてしまった

「提督? 鼻の下が伸びてますよ?」

「あっ、いやなんでもないなんでもない・・・あくまでも好奇心で別にやましいことは・・・」

「謙さん?私の顔に何か付いているでしょうか?」

「あっ、いえ本当になんでもないんですそ、それより早くお茶飲んじゃってください冷めちゃいますから」

「私達が君たちの世話になるのにわざわざ茶まで出してもらってすまないな」

「いえいえ来客なんですからこれくらいはやりますよ」

「来客か・・・確かに私達はもうこの鎮守府の艦娘ではないのだから本来は君たちに甘えている訳にもいかないのだがね」

長峰さんは少し深刻そうに表情を曇らせる。

よく見ると目に隈ができていて少しやつれていて、長峰さん達も祭りの準備に奔走しているという事が伺えた。

「そうですよ長t・・・長峰さん! 私達本当はもうこの鎮守府にお世話になってばかりじゃいけないんですよ? それなのにこうして鎮守府の地域貢献とか地域住民との交流とかって名目で色々手伝わせてるんですから・・・ 謙さん、それに鎮守府の皆さんに色々手伝って頂いて本当に私達頭が上がりません」

雲人さんは深々と頭を下げたがその言葉が長峰さんに追い打ちをかけているようにも思えてしまいいたたまれない気分になる。

「本当にその通りだ。君たちには本当に感謝しているよ」

長峰さんも続けて俺たちに頭を下げてきた。

あまり表には出さないが長峰さんはたくさんの物を一人で背負い込むタイプなのだろう。

高雄さんに聞いたが俺が赴任する少し前までは艦娘と観光協会会長の仕事を掛け持ちしていたらしいしそこまでこの港町と鎮守府の事を考えてくれている人は多分長峰さんの他を置いて居ないだろう。

「いえいえ。長峰さんが架け橋をしてくれてるからこそ☓☓町の人たちとこの鎮守府の関係も良好な訳ですし余所者の自分がこうして受け入れられたのもきっと皆さんあってのことだと思ってます。それになんだかんだで俺たちが困ってる時は助けてくれるじゃないですか。だからあんまり気負いしないでください持ちつ持たれつって奴ですよ!」

励ましになるかどうかはわからないけど今思うことを素直に伝えた。

「ああ・・・そう言って貰えると我々も外から鎮守府をサポートする選択肢を取った事は間違いではなかったと思えるよ」

長峰さんは頬を少し緩ませてくれた。

これで少しでも長峰さんの背負っているものが軽くなってくれれば良いな。

 

そして会議の時間になり、艦娘たちが集まった会議室で長峰さん達から明日以降の予定についての説明と最終確認が始まった。

長峰さん曰く祭りは3日に分けて行われる。

基本的に駆逐艦3人は流石に働かせる訳にも行かない上万が一のために鎮守府で2人待機。

会場で行われるステージイベントには那珂ちゃんが半ば強引に立候補してきたので任せることにした。

他にも鎮守府の面々は出店を出したり社務所の手伝いをしたりをシフト制でローテーションすることになっていて、基本的に役割が決まっている者を除いてその分担はくじ引きで行われることとなった。

愛宕さん曰くそっちのほうがおもしろそうだからだそうだ。

本当にそんな適当でいいのか? という疑問もあったが他に代案もないのでそれに従ってくじを引いた。

 

「はーいみんな引き終わったわね〜それじゃあ元々作ってたシフト表に書いてある番号とくじの番号を確認して頂戴」

愛宕さんの指示とくじの番号に従いシフトに役割と時間が振り分けられていく。

俺の役割は初日が焼きそばの屋台の手伝い、二日目は半日だけ屋台の手伝いと地方の新聞の取材、三日目は社務所の手伝いになった。

毎日一応自由時間はあるものの結構タイトなスケジュールだ。

「やったー!一日目と三日目提督さんと一緒だー!!」

「ぐぬぬぬぬ・・・」

飛び跳ねながら喜ぶ阿賀野の横で大淀はくじを睨みつけている。

「二日目はワタシと一緒デース! HEYケン?せっかくだしワタシとBURNINGなCarnivalをたのしみましょうネー!」

「うぬぬぬぬぬぬぬぬぬ・・・・・・」

くじに穴が開きそうなくらいに大淀はくじを恨めしそうに見つめている。

いやしかしここまで綺麗に大淀と一緒にならないとは・・・

でも2日目の自由時間は被ってるな・・・この間に大淀と一緒に祭り見て回ろうか。

あとで落ち着いたら誘ってみよう。

 

割り振りも済んだので俺たちは屋台のチェックや安全確認その他諸々の為に神社へ出向いていた。

閑散としている神社周辺だったがまるでいつもとは違う場所のように賑やかで、屋台が軒を連ねている。

そしてデカデカXX鎮守府特製焼きそばと書かれた屋台の前に立ち止まり、俺達はそれぞれ持ち場に別れた。

俺は男だと言うだけで観光協会の人たちから力仕事を任された。

いやいやいや俺含めみんな男なんですけど・・・って言っても誰も信じてくれないかなぁ。

それに変にバラしてしまうとそれこそ厄介な事になりかねないし俺は甘んじてその雑務を請け負った。

「提督〜? そこのコンロそこに置いてくれるかしら?」

「はい!愛宕さん、これで大丈夫ですかね?」

「ええ。上出来!」

「謙君、キリの良い所で少し確認してほしい所があるのだが・・・」

「謙さん?ちょっとこちら人手が足りなくて・・・手伝っていただけないでしょうか?」

「提督?向こうの手伝い終わったけど次はあたし何をすれば良いのかしら?」

「提督!」

「てーとくさーん!阿賀野と連れション行かない?」

「提督ぅ〜!照明どうかなぁ?那珂ちゃんいつもより可愛く見えてる〜?」

「みんなー差し入れ持ってきたのー!」

「HEYケン! こっち来てくだサーイ!!」

「おに・・・司令官!ちょっと良いでしょうか?」

「司令官様?」

俺は右へ左へ神社周辺を走り回って様々な雑務をこなしていった。

「提督!こっち応援頼めないかしら〜?」

「はーい!今行きます!」

・・・・・・・・・・

 

そんなこんなでやっとのことで今日の仕事をすべて終えた俺は執務室に帰るや否やぐったりと机に突っ伏した。

「終わった・・・ はぁ・・・・今日だけで何日分かは働いた気がする・・・」

これほんとに提督業?

なんか凄まじく雑用しかしてない気がするんだけど!?

「大変だったね。 お疲れ様」

「ありがとう大淀・・・」

あっ、そうだ!

二日目の自由時間のこと大淀に聞かなきゃ

「ねえ」「なあ」

俺が切り出したのと同時に大淀も何やら話を切り出す。

多分二日目のことなんだろうけど・・・

「謙が先でいいよ」

「いやお前が先で良いって」

「そ、そう・・・?それじゃああのね・・・?ふつk・・・・」

大淀がそう言いかけた所で執務室をノックする音が聞こえて俺は姿勢をぴしっと正す

「ん?だれだろ?開いてるぞー」

そう言うと入ってきたのは吹雪達駆逐艦だった。

「どうしたんだ?なんか聞き忘れたことでもあったか?」

「違うの・・・お兄ちゃん!あの・・・お兄ちゃんがよかったらだけど二日目の自由時間私と一緒にお祭り回ってくれない?」

「な、なによ吹雪がどうしても言いたいことがあるから付き合ったげたのにそんな事!?それならあたしも一日目の自由時間一緒に回ってあげないこともないけど・・・?言っとくけど吹雪も春風も鎮守府待機から他に誘う子も居ないし仕方なくよ?」

「ふふっ!それならわたくしは三日目・・・宜しいでしょうか?」

急にやってきた吹雪と天津風と春風によって自由時間がきっちり埋まってしまった。

どうしよう・・・でも流石に断るのも悪いしなぁ・・・

俺は視線で大淀に助けを求めると

「そ、そうね・・・せっかくのお祭りなのに鎮守府で待機なんて可哀想だし良いんじゃない?」

大淀はそう言ってみせたが無念さが顔から滲み出している。

なんか悪いことをしたような気もするがここは大淀の言葉に甘えることにして三人の申し出を受けることにした。

「やったぁ!ありがとうお兄ちゃん!あっ、大淀お姉ちゃんも二日目の自由時間一緒でしょ?さん人でお祭り行きたいなぁ」

よく言った吹雪!

その言葉を聞いて大淀の表情も多少明るくなったような気がした。

「吹雪ちゃん・・・そ、そうよね!それじゃあ提督と私と三人で行きましょう!」

「お、おう!絶対そっちの方が楽しいぞ!他の二人も時間になったら来てくれよ?」

「わ・・・わかったわ!」

「それでは楽しみにしていますね」

「それじゃあ私達これからランニング行ってくるねお兄ちゃん!」

吹雪達はそう言って執務室を後にした。

「はぁ・・・今日は厄日ね・・・」

「まあそう落ち込むなって一応二日目は一緒に回れるだろ?」

「そうだけど・・・」

やはり大淀の表情にはどこか悔しさが残っている

「ま、まあ良いじゃないか! 休みは二人でどっか遊びに行こうぜ? そのためにはとりあえず後三日は頑張らなきゃな!」

「う、うん!そうだね!」

こうして決意を新たに俺たちはXX祭りへと臨むのであった。




半年近く放置してしまって申し訳ありません。
その上で宣伝なのですがふたけっと16.5にて頒布されるシーメール合同誌「C’s HAVEN」に小説を寄稿させていただいております。
詳しくは活動報告に書いておくのでそちらも御覧ください(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=249085&uid=190486)


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焼きそばとりんご飴

あけましておめでとうございます
今年もよろしくおねがいします(激遅)

おまたせしてしまい申し訳有りませんでした。


 ついにXX祭が始まった。

最寄りの駅から臨時でバスなんかも出ているらしく町を上げての一大イベントと言うこともあって普段は寂れた感じのXX神社とその参拝道はそこそこの賑わいを見せている。

俺は朝から食材の仕込みなんかをやって今は鎮守府でやってる焼きそばの屋台で調理をしてる訳だけど・・・

「ちょっと前までサンマ漁を手伝わされてたと思ったら今は焼きそば焼いてるって俺は一体何の仕事に就いてたんだっけ・・・?少なくとも焼きそば焼いたりする様な職業じゃないと思うんだけど」

「仕方ないでしょ?最近は深海棲艦も前みたいに頻繁に出てくる訳じゃなくなったんだしそれなりに働いてる所を見せとかないと税金ドロボーって言われちゃう。 あっ、はぁい焼きそば二人前ですね?500円でーっす・・・はいっ!丁度いただきます!ありがとうございまぁ〜す・・・えへへ〜お兄さんかっこいいからちょっとおまけしちゃった♥またお願いしま〜す」

死んだ目で延々と焼きそばを焼くのを尻目に阿賀野が客に愛想を振りまいている。

「ありがとうございましたー・・・・・ はぁ、阿賀野お前おまけって紅生姜何本か多くしただけだろ?」

「嘘は言ってないでしょ?それにああ言っとけばまた来てくれるかもしれないじゃない?せっかくの稼ぎ時なんだししっかり稼がなきゃね!あっ、焼きそば一人前ですね?ありがとうございま~す!提督さん?焼きそば一つ追加ね!」

「はいはいちょっと待ってください」

意外にも阿賀野は乗り気だった。

それに俺の方も夏に海の家を手伝った事もあって焼きそばを焼くスキルがここ数ヶ月で格段に上がっていることが身にしみてきて複雑な気持ちになってくる。

そんなこんなで屋台を始めて数時間、もう小一時間も働けば今日の仕事はお終いだ。

お終いと言ってもその後は天津風と祭りを回る予定が入っている。

まだ自分たちの屋台の周辺しか見れてないし最近あんまり遊びにも行ってないから楽しみではあるんだけどあくまで保護者みたいな感じだしそれに最近天津風からの当たりも強いからあんまりはしゃげないだろうというのが実情だ。

そんな事を考えていると

「すみま・・・せん」

と聞き覚えのある声が聞こえた

「はい!いらっしゃ・・・」

そう言って声の方に顔をやるとそこに居たのはアニメキャラがでかでかと印刷されたTシャツを着た初雪と男物の浴衣を着た天津風だった。

「おっ、天津風かもうそっちは当番終わったのか?」

「ええ。やることも無いしあなたがちゃんとサボらずに仕事してるかの確認も兼ねて今当直やってる吹雪達に何か食べるものでも買ってこよう思って」

「はいはいちゃんとやってるよてか初雪!お前準備の時は一切出てこなかった癖に出てくるならちょっとくらいは手伝ってくれよ!!こっちは猫の手も借りたいくらい忙しいんだぞ?」

初雪は部屋から全く出てこず自称駆逐艦達の非常勤コーチなので為当番表にも組み込まれる事もなかったのだ

「やだ。私はいつだってお祭りのプレイヤーでいたいから・・・それに私、もう仕事はやったし」

「はぁ?もうやった?何を?」

俺がそう言うと初雪は得意気に指を指した。

その方向にはXX祭りのポスターが貼ってある。

「あれ作ったの・・・私。だから私の仕事はあれでおしまい。それより焼きそばちょうだい4人前ね・・・あっ、袋は2個ずつ分けて」

そう言って初雪は千円札をこちらに手渡してきた

「わ、わかったよ。はい」

「ありがと。はいこれ皆で分けて食べて。私からのおごり」

「ありがとうございます初雪先輩!それじゃああたしは一回帰って待ってるけどそれまでちゃんと仕事しなさいよ?提督がだらけてるなんて町の人に知られたらあたしまで恥ずかしいんだから」

「え、ああ・・・わかったよ。初雪は?天津風の同伴してくれてるのか?」

「それだけな訳ない。遊ぶに決まってる・・・」

「意外だな。こういう人混みとか人一倍嫌いそうなのに」

「たしかに人混みはきらい・・・でもそれはそれ・・・これはこれ。屋台荒らしの初雪の名を轟かせてくる・・・じゃ!」

初雪はそう言うと変な笑いを浮かべて分けた焼きそばを片方受け取ると人混みの中へ意気揚々と消えていった。

「それじゃああたしはに戻って待ってるから」

「うん。終わったら迎えに行くよ。てか何で男物の浴衣着てるんだ?吹雪が可愛い浴衣を長峰さんからもらったって言って見せてくれたけど」

「べ、別に何着たっていいでしょ。一応あたしは都会の学校に行くために引っ越したってことで通っててるの。だから今日は男の子の格好で良くしてくれたおじさんとかに挨拶しようと思って」

「結構しっかりしてるんだな」

「結構って何よ!ここの町の人達はあたしがここに初めてきた時からずっと気にかけてくれてたの。それくらい当然でしょ?」

天津風・・・いやソラは両親を深海棲艦の攻撃で亡くしてこの町にいたお婆さんに引き取られたみたいな話をしてたな。

それから色々あって最初は学校へ通うために引っ越す事になったって俺も聞いていたしきっと他の知り合いの間にもそう伝えられたのだろう。

それはもちろん方便で今はこうして艦娘をやってる訳だけど・・・

「そっか偉いな。それならちゃんと挨拶してくるんだぞ」

「言われなくたってそのつもり。ただ最近男の子の言葉遣いで喋ってないからボロが出ないかちょっと心配だけど・・・なんか艦娘になってからこんな喋り方になっちゃって結構大変なのよ」

「そ、そうなのか・・・」

「ま、あたしが自分で決めた事だし何も後悔なんかしてないんだから!それじゃああた・・・僕行ってくるね。時間までちゃんと仕事しなきゃダメだよ提督のお兄さん?」

「お、おう・・・とりあえず時間になったら迎えに行くよ」

「それまでには鎮守府に戻るようにするわ・・・じゃなかった!戻るようにするから。 それじゃ行ってきます」

「おう!行って来いソラ!」

俺は天津風・・・いやソラの背中を見送った。

「提督さーん?話し終わった?そろそろ追加で焼き始めて欲しいなー」

「ん、ああ悪い悪い」

「天津風ちゃんなんか男の子の格好してたね」

「そうだな、まああいつなりに色々あるんだよ」

「そっか。阿賀野含めて皆そうだしわざわざ詮索したりはしないけど」

「そういうもんなのか?お前の事だし阿賀野気になる〜とか言うと思ったけど」

「そんなの言わないわよ!おと・・・私達が艦娘になるなんて選択を取るってことはそれなりに深い事情があるに決まってるんだからそんなヤブヘビな事しようとも思わないよ・・・あっ、はぁい焼きそば1人前ですね?ほら提督さん?天津風ちゃんにも言われてたでしょ仕事仕事!!」

「はいっ!今作ってるんでもう少し待ってください!」

俺は阿賀野に言われて大急ぎでヘラを動かした。

 

それから一時間程焼きそばを売り続けやっと仕事から開放される時間がやってきて次の当番の金剛と愛宕さんがやってきた

「HEYケン!お疲れ様デース!」

「提督?ちゃんとできたかしら?」

「ま、まあそれなりに・・・」

「あらそうご苦労さま♥よっしゃ金剛!俺た・・・じゃなかった私達の美貌で今日の分の在庫売り切るわよ〜♥」

「ドンと来いデース!なんかこう言うの久々で腕が鳴りマース!」

「と言うわけであとは私達に任せて今日はゆっくり休んで頂戴ね提督?」

「アガノは神社のHELP頑張ってくるデース!」

なんだろう・・・?いつにも増して愛宕さんが頼もしく見える・・・

それになんかいつもより化粧も決まってるし相当気合入ってるんだな。

俺と阿賀野はそんな二人に送り出された。

「提督さんこの後もう今日はオフなんだよね?いいなぁ〜阿賀野はこれから神社の売店のお手伝いだよー」

さっきまであんなにやる気に満ち溢れていた阿賀野はそう言ってため息をついた。

「目に見えて疲れてるな。さっきまでの威勢はどうしたんだよ」

「だってー神社の手伝いはあくまで地域の貢献って名目だから売上とかから分前が出ないんだもん」

「はぁ?さっきまでやる気になってた理由ってそれかよ!」

阿賀野は結構お金にがめついのかもしれない。

「それに一日に違う仕事やってると艦娘になる前にバイト掛け持ちしてた頃の事思い出しちゃうのよね・・・やだやだやだ!!せっかく艦娘になったのに他の仕事まで掛け持ちさせられるのやだー!!提督さぁん・・・阿賀野をお祭りに連れ出してよぉ」

阿賀野はわざとらしくダダを捏ね始めた

「こらこらいい年こいて駄々こねるんじゃねぇよ!それに俺は天津風と約束があるって言ってるだろ?」

「むー 提督さんの意地悪ぅ・・・!艦娘には年齢なんて関係ないしぃ〜」

「意地悪でもなんでもねぇしこんな時に都合のいい設定引っ張り出してきてくるんじゃないよ!第一これも仕事の一環だって言ったのはお前だろ!」

「うう・・・そうだけどさぁ」

「阿賀野さん? 全然来ないと思ったらこんなところで油売ってたんですか?」

阿賀野と話していると聞き覚えのある声がして、そちらを振り向くと巫女服を着た大淀が立っていた。

その姿にいつもとは違うギャップを感じたのか後ろでくくった黒く長い髪が揺れるその姿に俺は見とれていた。

「もう!私は着付けも済んでるんですよ?鎮守府外の方に迷惑がかかるので早くしてくれないでしょうか?提督も困ってますしさっさと離れて社務所まで来てください!」

「え〜何大淀ちゃん阿賀野が提督さんとこれまで二人で焼きそばを育んでたの妬いてるの?」

「そ、そんなわけ・・・ほらさっさと行きますよ?」

「やだやだーまだ予定まで3分あるじゃないー!」

「5分前行動を知らないんですか?今から準備するんですからどっちみち間に合わないじゃないですか!」

大淀はそう言うと強引に阿賀野を連れて行こうとする。

「お、大淀!」

「な、何?け・・・提督?」

「巫女服超似合ってるぞ!」

「へっ・・・?」

大淀は歩みを止め顔を赤くして黙り込んでしまった。俺なんか変なこと言ったか?

「嬉しい・・・それじゃあ頑張ってくるね!」

「おう!頑張ってこいよ!」

「ほらほらー5分前行動なんでしょー?さっさと行かなきゃ遅刻しちゃうー」

「あっ、ちょっと阿賀野さんっ!?今いい感じだったのに・・・じゃなくてあぁっ!そこ引っ張らないで!言われなくても行きますから・・・!あっ、せっかく着付けてもらったのにはだけちゃうじゃないですか!!あっ!あーっ・・・!!」

感情の全くこもっていない様な事を言いながら阿賀野が大淀を引っ張って社務所の方へ行ってしまった。

あの二人一緒にさせて大丈夫なんだろうか・・・?

大淀は場所もわきまえずに喧嘩するようなヤツじゃないし阿賀野もそんなことはしないだろうし・・・

あっ、そうだ!そろそろ天津風を迎えに行かないと

あんまり遅れると何言われるかわかったもんじゃないし急いで天津風を迎えに行くことにした。

 

 

「ふぅ・・・」

約束の時間までには鎮守府に戻ってはこれたけど天津風はどこに居るんだ・・・?

とりあえず吹雪達が待機してるであろう演習場にでも行ってみようかと思ったその時高雄さんがこちらに向かって走ってきた。

「あっ、提督!帰ってたんですね!丁度今探しに行こうと思ってた所なの」

「どうしたんです?そんな走って」

「とにかく早くこっち来てください!」

「えっ、ちょ・・・うわぁ!」

次の瞬間俺は高雄さんにぐいっと手を引かれた。

そりゃもうすごい力で高雄さんが男だと言うことを感じさせる。

どこに連れて行かれるのかと思えば更衣室の前で高雄さんは立ち止まった。

「天津風ちゃん? 提督帰ってきたわよ出ていらっしゃい」

部屋の中に向けて呼びかけた。

どうやら中に天津風が居るようだが出てくる様子はなく・・・

「えっ、もう!?あ、あたしやっぱりさっきまで着てた浴衣に・・・」

「今更何を言ってるんですか? とてもお似合いですよ?」

「そうだよ!私も早くお兄ちゃんにこれ着た所見せたいなぁ〜天津風ちゃんだって見てもらいたいって言ってたじゃない」

「ばっ・・・!それは秘密だって言ったじゃない!違うのよ?そんなこと言ってないからね!!」

部屋からは天津風、そして吹雪と春風の話し声が聞こえてきた

「えーっと・・・これは一体」

「まあまあ。あの子なりに色々あるのよきっと・・・それにやっぱり艦娘になりたての男の子の恥じらう姿は最・・・いえなんでも無いです」

高雄さんは笑みを零している。

この間の俺の女装の件もあるしやっぱりこの人まともそうに見えて結構ヤバい人なんじゃ・・・

「天津風ちゃん? 提督も待ってるしもう諦めて出てきたらどうかしら?」

「そうだよ天津風ちゃん!」

「往生際が悪いですよ。 もうここまで来たのですから司令官様に見てもらいましょう」

「うわぁっ・・・!ちょ・・・吹雪!春風引っ張んないで・・・きゃぁっ!」

吹雪春風に手を引かれ中から女物の浴衣に着替えた天津風が現れる。

「天津風ちゃん可愛いでしょ? 私も長峰さんに浴衣もらったの!でも見せるのは明日一緒にお祭り回るときまでお楽しみだよ!」

出てくるや否やいつもよりしおらしく見えた天津風の横で吹雪が笑顔でそう言った。

さっきまで男物の浴衣を着ていた彼と同一人物とは思えないほど可愛らしい浴衣を着こなす天津風の姿はたしかに可愛らしく見えるがこいつは男なんだぞ?

「よ、よぉ・・・天津風 浴衣着替えたんだな」

「え、ええ でもこれはせっかく長峰さん達がくれたのだから勿体ないし仕方なくで・・・別に着たかったとかじゃ」

「あらあらそんなこと言って・・・さっきまでは」

「わーっ!な、なんでも無いの!ほら!突っ立ってないでさっさと行きましょ!」

「えっ?あっ、ああ・・・それじゃあ行ってきます」

天津風は高雄さんの言葉を遮り逃げるように俺の手を引いてその場を離れた。

そして鎮守府から神社までの道のりをお互い少し気まずい雰囲気で何も話さないまま歩いていると天津風が突然話を切り出した

「ね、ねえ・・・」

「ん?どうした?」

「こんな派手な浴衣・・・変じゃない?丈も短くてひらひらしてるし・・・」

「全然変じゃないぞ? それどころか似合ってるって言うか・・・」

「に、似合ってる!?本当?」

「あ、ああ・・・普通に可愛いと思う」

「可愛い・・・ってあたし男の子なのにそんな目で見てたの!?お兄さんの変態!」

「はぁ!?別にそんなんじゃねぇし・・・ それならなんて言ったら良かったんだよ!!」

「・・・きょ、今日だけは許してあげてもいいけど・・・?せっかく長峰さんが選んでくれた浴衣だし似合ってないなんて言ったら失礼でしょ?ほら行くわよ」

そう言って俺の手を引く天津風の横顔はどこか嬉しそうに見えた。

天津風に手を引かれ、屋台の立ち並ぶ参道にやってきたがこういう時一体何をしてやればいいんだろう?

祭りに遊びに行くなんてここ何年かしてないしあんまり下手なことすると天津風の事だし子供扱いするんじゃないわよ!とか言って怒られそうな気もするし・・・それに元々地元民な訳だし俺より天津風の方がこの辺のことは詳しいはずで・・・

「な、なあ・・・?ここの祭りにはこれまで毎年来てたんだろ?」

「ええ。おばあちゃんが生きてた頃はおばあちゃん、おばあちゃんが死んでからは忙しいのに奥田さんが毎年一緒に回ってくれたわ」

「そうなのか。それなら俺なんかよりずっと詳しいだろうし毎年回ってたら目新しいものとかもないだろ?」

「うーん・・・たしかに屋台は毎年似たりよったりだけどやっぱり楽しいじゃない?こうして誰かと一緒にお祭りに行くって・・・ あっ、これは別にお兄さんと一緒に回るのが嬉しいとかそういうのじゃないのよ!?吹雪達と一緒に行けなくて仕方なく付き合ってもらってるだけなんだから」

「あーはいはい・・・でもさっき焼きそば買いに来てたしもうその時に一人で回っちゃったんじゃないか?」

「ううん・・・あの後はおじさんたちに挨拶しに行っただけ・・・ほんとよ?だってお兄さんと一緒にお祭り回るの・・・」

「だって・・・?」

「なんでもない! あっ、ほらあれ! さっき来たときから気になってたの」

天津風が指差したのは射的の屋台だった。

「射的か。 なんか欲しいのあるのか?」

「ええ! あの上から二段目のカワウソのぬいぐるみ・・・!」

天津風の言う方を見ると細長いへんなカワウソのぬいぐるみがあった。

「ん?あれがいいのか?」

「うんっ!可愛いしほし・・・こほん・・・あたしは別に欲しくないけど吹雪が喜ぶんじゃないかなって」

吹雪あんなのが好きなのか?まあいいや。

ここはかっこよくアレを撃ち落として少しでも株を上げておくか。

別に射的が得意なわけではないがあれだけ縦長な形状をしていれば弾さえ当たればバランスを崩して落ちるだろうしそんなに重いものでも無さそうだから難易度は低いだろう。

「よし!じゃあ俺が取ってやるよ。 おじさん一回お願いします」

屋台のおじさんからコルクの弾を5個受け取って銃に込めて狙いを定める。

「そこだッッ!」

トリガーを引いてポンと弾けた音とともにコルク弾は勢いよく飛び出して全く意図しない方向へと飛んでいく。

あれ?おかしいな・・・

「いや・・・まあこれは小手調べでまだ4発残ってるし」

俺は強がり半分でそんな事を言いながら次弾を銃に込めて打つ

そしてめげずにさらに打つ

打った

目標をセンターに入れてスイッチ・・・

したはずなんだけど弾はかするどころか全て空を切ってしまう。

なんでこの弾真っすぐ飛ばないんだ!?

「はぁ・・・射的って結構難しいんだな」

「もう・・・お兄さんはやっぱりダメダメね。あたしの日頃の訓練の成果みせてあげるわ! おじさん!あたしも1回!」

落胆する俺を見て天津風も意気揚々と射的を始めた

「えいっ・・・!あれ? おかしいわね・・・ もうっ! なんで!? 何で当たんないのよぉ!」

一発、また一発と空を切っていくコルク弾。

少しかすりそうにはなったもののぬいぐるみを落とすには至らなかった。

「なんで!?演習だと結構当てれるようになってきてるのにぃ!!」

天津風も惜しいところまでは行ったものの結局一つも当たらず目に見えて悔しがる天津風。

阿賀野曰く艤装と接続していない時は普通の人と変わらないらしいしそれにいくら鍛えててもまっすぐに弾が飛ばないんじゃ狙ったって当たらないよなぁ・・・

「はっはっは! お嬢ちゃん、もっとちゃんと腰入れて狙わなきゃ当たんないよ」

屋台のおじさんは適当なことを言っているが確かに狙いは完璧だったと思う。

「あたしちゃんと狙ったもん! おじさんもう一回!」

天津風は更に弾を追加して望むもやはり当たらず5発をすぐに使い切ってしまった。

「うう・・・なんで・・・あたし結構訓練頑張ってるのに・・・」

「まあまあ、そんな時もあるって ほら、気を取り直して他も回ろうぜ?」

「何よ!このまま引き下がれって言うの?一個もちゃんと当たらなかったくせに!」

「それはお前もだろうが!」

「あ、あたしはかすったもん!」

「はぁ!?当たってなきゃかすってようがかすってまいが一緒だもんね〜」

そんな意味もない言い合いをしていると

「お困りの・・・よう・・・だね!」

後ろから突然声をかけられて振り向くとそこには頭にはお面をかぶり腕にはキャラクターの描いた袋の綿菓子やら水風船やら光るブレスレットやらをいっぱいにぶら下げフランクフルトをかじっている絵に描いたようにお祭りを楽しんでいる事がわかる格好の初雪がドヤ顔で立っていた。

「は、初雪?」

「ふふん・・・これだから初心者は・・・天津風ちゃん?どれ・・・ほしいの?」

「え、あ、あの・・・二段目のカワウソのぬいぐるみ・・・」

「ん・・・わかった お、おじさん・・・1回分・・・ ほら新人、これ持ってて」

「し、新人って俺の事か!?」

「あなた以外だれがいるの・・・? ほら、こんなんじゃ射的できないから・・・」

「お、おう・・・」

「じゃあ新人と天津風ちゃんはそこで見てて」

俺は言われるがまま初雪の持っていたものを預かると初雪はガッツリと銃を構えだした。

「目標をセンターに入れてスイッチ・・・目標をセンターに入れてスイッチ・・・目標をセンターに入れてスイッチ・・・目標をセンターに入れてスイッチ・・・」

それ俺がさっきやった奴! てか口に出すな恥ずかしいから!!

とそんなことより弾は全て正確に棚の商品を打ち抜いていき、狙っていたぬいぐるみだけでなくその上の大きなぬいぐるみとロボットの玩具、それにラジコンと怪獣のフィギュアを撃ち落とす。

それを見た屋台のおじさんは口をあんぐりと開けていた。

「そ、そんなバカな・・・全部一発で撃ち落とせるはずなんて・・・もってけドロボーだこんちくしょう!」

そりゃそうもなるだろう。

だって俺もびっくりしてるんだもん。

「ふんっ・・・お、おじさん・・・ここのお祭りは初めて? それなら屋台荒らしのザ・ファーストの名・・・覚えておいて・・・フヒヒッ!」

初雪は気持ちの悪い笑いと謎の異名を告げて撃ち落とした景品を両手に抱えた。

ザ・ファーストってなんだよ!

「ふぅ・・・ またつまらぬものを撃ってしまった・・・・ぜっ! はい、これ・・・ほしかったんだよね? うーん・・・あとのも他の子たちと分けてくれていい・・・よ? 先輩からのプレゼント・・・!じゃ、私は型抜きでひと稼ぎしてくるから・・・ん・・・それもっててくれてありがと」

初雪はドヤ顔で手にした景品をすべて天津風に手渡すとそう言って俺に預けた荷物を取ってどこかに行ってしまった。

「あ、ありがとう初雪先輩・・・それにくらべてあなたときたら・・・」

「あの俺射的とか久しぶりだったし・・・」

「言い訳はいいの! 何がよし!じゃあ俺が取ってやるよ。よ」

「う・・・」

「ま、いいわ。 あたしもぜんぜん当てられなかったし次はあっち!」

「え、ああ・・・」

 

それから天津風に連れられて屋台を一通り回った。

なんだか天津風はいつにも増して嬉しそうだしまあ良かったんじゃないかな。

 

「はぁ・・・楽しかった!」

天津風もさっきの初雪の用に両手いっぱいに屋台で買った物やら景品を抱えて

「よかったな。 俺もこんな規模のでかいお祭りなんて久々だから結構楽しめたよ」

「ふぅ・・・はしゃいだら疲れちゃった。 ちょっとなにか食べて休憩してから帰らない?」

「そうだな。 何がいいんだ?」

「うーん・・・もうご飯ものは結構食べちゃったしデザートになるようなのが・・・あっ!あれ!あれ食べたい!」

天津風が指差したのはりんご飴の屋台だった。

「りんご飴か。あんなのでいいのか?」

「え?お兄さん止めないの?」

「何で止める必要があるんだ?」

「だってママ・・・じゃないお母さんもおばあちゃんもみんな虫歯になるからとか汚いからとかで食べさせてくれなかったし・・・」

「それじゃあ食べてみるか?」

「うんっ!」

「じゃあ買ってくるから待っててくれ」

俺は屋台でりんご飴を2つ買って天津風に一つ渡してやった。

すると天津風は目を輝かせてそれを見つめる。

そんなに珍しいものでも無いと思うんだけどなぁ・・・

「そ、それじゃああそこで食べましょ?」

「あそこ・・・?」

「ええ。この辺りは人が多くてベンチもいっぱいだけどあそこならすいてると思うから」

「わかった。じゃあそこまで案内してくれ」

 

「よし。やっぱりここまでお祭り目当ての人は来ないわよね!」

天津風に連れられてきたのは参道から少し外れた海辺のベンチだった。

「ここって・・・」

ここは初めてソラと会った場所だ。休憩してたら突然声かけられて・・・それからここでよく会うようになったんだっけ。

ソラが天津風になってから色々あったときもここで話したりもして俺にとってもこの☓☓鎮守府に来て出来た数少ない思い出の場所だ。

遠巻きに聞こえる祭りの喧騒と波の音、それに海から吹く涼しい風が心地良い。

「ここはね、参道からあんまり離れてないけどお祭り客はあんまり来ない穴場スポットなの。あたし、お祭りの時のこの場所はいつもより好きなの。いつもよりにぎやかな町の中でここだけはいつもと同じ。同じなんだけどなんだか違う所に来たような気がして」

「なんかそれわかるような気がするよ」

「・・・そう? こんな事誰にも言ってないんだから。お兄さんとあたしだけの秘密よ?」

「わかったよ。それじゃあ食べようぜ」

「う、うん・・・いただきます・・・・あむっ・・・」

天津風は美味しそうにりんご飴を頬張り、それを見届けた俺もりんご飴を食べた。

妙に甘ったるい飴とパサパサのリンゴが口の中でねっとりと広がる。

値段の割にあんまり美味しくないんだよなこれ・・・でもなんでだろう?こうして食べてるとそんな何の変哲もないパサパサで甘ったるいりんご飴も少しは美味しいものを食べている気になってくる。

「どうだ天津風?初めて食べたりんご飴の味は」

「・・・美味しい!」

「ホントか?」

「ええ!ホントよ!・・・お兄さんと一緒だからかもしれないけど」

「えっ?」

「な、なんでも無いわよ! でも今日は付き合ってくれてありがとう。毎年代わり映えしない退屈なお祭りだけど今年はいつもより楽しかったわ。お兄さんの情けないところも見れたし!」

「お前なぁ!」

「・・・ねえ?」

「どうした改まって」

「さっきこの浴衣姿可愛いって言ってくれたでしょ?」

「ああ。」

「男の子の僕と艦娘のあたし・・・お兄さんはどっちが好き?」

「えっ!?」

急に何言い出すんだよ!!

「きゅ・・・急にどっちって言われても・・・艦娘になったってお前はお前だろ? ちょっと艦娘になって帰ってきてからちょっと乱暴になった気がするけどな!」

「な、なによそれ!!」

「ごめんごめん!ソラはここに来て初めて仕事とか関係なしで話しかけてくれた友達だからな。それはお前がどうなろうが変わらないだろ?」

「お兄さん・・・!友達・・・ね」

「今はそれだけじゃなくて一応提督と艦娘でもある訳だけど・・・でもそのおかげでお前ともこうしてまた会えただろ?だから俺はどっちのお前も好きだし無理に優劣を付ける必要はないだろ?あっ!またなんか言われそうだから先に行っとくけど好きっていうのはあくまでLikeの方だからな!別にその・・・邪な考えとかは一切なくて・・・」

「はいはいわかったわよ。せっかくいいこと言ってたのに最後ので台無しじゃない・・・ま、そういうところもお兄さんらしくて嫌いじゃないけど」

天津風はクスりと笑って残ったりんご飴をすべて食べ終え、それからしばらく特に何も言わず二人で海を見ていた。

そんな時天津風が大きなあくびを一つする。

「眠いか?」

「う、うん・・・はしゃぎすぎちゃったみたい」

「そっか。ほら。祭りでかっこいい所見せらんなかったけどこれくらいならしてやれるぞ?」

今日はあまり良いところがなかったしおんぶでもして鎮守府まで連れて帰ろうと背中を天津風に差し出す。

「・・・いいの?あたしもうおんぶなんてしてもらう年じゃないし・・・」

「気にすんなって!お前くらいならできるよ」

「なにそれ?あたしがチビだって言いたい訳?」

「違うよ!ほら。乗るなら乗る!乗らないなら乗らない!」

そう言うと天津風は少し考え込んで。

「・・・それじゃあ仕方なく乗ってあげるわ。重いとか言ったり変なとこ触ったら殴るから」

「はいはいわかりました・・・よっと!」

天津風を背負うを背中にずっしりと重みが来てやはり体は小さめだけど年相応の男だというのを感じさせた。

それに持っている景品やらが上乗せされて結構キツイが一度やると言った以上やっぱり無理なんて絶対に言えない。

俺はゆっくりとそのまま鎮守府に向けて歩みを進めた。

「・・・なんだかこうしてもらってると昔お父さんにおんぶしてもらったのを思い出すわ。まだここに住んでなかった頃おばあちゃんの家に遊びに来てお祭りに行った帰りにこうやっておんぶしてもらったの・・・ねえ?お兄さんはアレ・・・信じてる?」

「ん?あれって?」

「・・・ほら、最終日の花火中にその・・・き、キス・・・したらずっと一緒に居られる・・・みたいなの」

「そんなのパンフレットに書いてあったな。信じる訳ないだろあんなどう見ても胡散臭いやつ」

「ふぅん・・・夢がないのね」

「じゃあお前はどうなんだよ?」

「あ、あたしだって信じてないわよあんなの・・・ ずっとここに住んでたおばあちゃんすらそんなの知らないって言ってたんだから」

「なんだ・・・やっぱりあれは客寄せ用の与太話だったのか・・・」

「・・・でもね?信じる信じないは置いておいて最終日お兄さんどうなるかわかる?」

「どうなるって・・・?」

「何かに付けてみんなお兄さんをからかってくるじゃない?」

「あ・・・」

「だからきっと・・・そうね阿賀野さんとか金剛さんはお兄さんとキスしたがるんじゃないかしら」

「う、うーん・・・ありえないとも言い切れない・・・」

「それに流されやすいお兄さんの事だしどうなるかわかったもんじゃないわよね?だから・・・」

「だからどうした?」

「ちょうど花火が上がってる間は高雄さんと愛宕さんが代わりに鎮守府で待機してくれるって言ってるから花火の間お兄さんが変なことしないかあたしが見張っててあげる。」

「何で俺が悪い事する前提なんだよ!!」

「だってお兄さんえっちだし男だって構わずそういう事するじゃない?前だって倉庫で那珂さん脱がせてたし・・・」

「ああもう語弊のある言い方やめろ!あれは那珂ちゃんが勝手に脱いだだけだし事故だって!それに俺は男には興味ないから!!」

「ふぅん・・・?ほんとかしらね?でもそんな事するようなお兄さんを野放しにしておいたら鎮守府の風紀も乱れちゃうじゃない?だからあたしがその間お兄さんを見張るのよ。そうしたらお兄さんも変なことしないで済むでしょ?それにあたしに変なことしようものなら長峰さんに言うからね!」

「ん・・・ああ。 お前なら安心だな。あの人だけは絶対敵に回したくないし」

「・・・そう。それじゃあ絶対約束よ?」

「ああ。わかったよあ、そうそう」

「何?」

「お前そのぬいぐるみ・・・本当に吹雪が欲しがってたやつなのか? なんかお前が欲しそうに見えたけどな」

「あ、当たり前でしょ? あたし男の子なんだし先輩が一緒に落としてくれたロボットかラジコンで良いの!こんな可愛いぬいぐるみなんて・・・」

「本当か? さっきも言ったけど無理に男の子ぶったり女の子ぶったりしなくてもいいんだぞ?好きなものは好き。それでいいだろ?今どき可愛いものが好きな男だってたくさんいるんだし変に気にすんなよ」

「・・・ほんとう? あたしがぬいぐるみが欲しいって言っても?変じゃない?笑わない?」

「今更そんなことでつべこべ言うかよ!そんな変に我慢するほうがよくないぞ?」

「そっか・・・じゃあロボットはもうお兄さんにもらったやつがあるからこのぬいぐるみ・・・もらっても良い?」

「もらってもいいも何もお前が初雪からもらったんだろ?好きにしろよ」

「・・・うん。それじゃあせっかくもらったんだし大事にしなきゃね」

「ああ。残りは吹雪と春風と分けて仲良く遊ぶんだぞ?」

「うん・・・!」

こうして俺と天津風は鎮守府にやっとのことでたどり着き、俺の長い1日はやっと終わった。

初雪が落とした残りのおもちゃはどうなったかって?

意外にも吹雪がラジコンを欲しがって目を輝かせて遊んでいて春風は怪獣とロボットを選んだ。

そして残った大きなぬいぐるみは俺の所に回ってきたので今日の思い出として部屋においておくことにした。



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名前のつけられない感情

おまたせしました。


 XX祭り二日目。

今日は朝から金剛と食材の仕込みをし終えた後、地元新聞の取材を受けることになっている。

そんな物とは無縁の人生を送ってきた俺はとても緊張していた。

一応先輩(なのか・・・?)の愛宕さんに聞いてはみたものの

「どうせあっちはお祭りの取材のついでに話聞きに来るだけだから大した事は聞かれないし地方紙なんて誰も読んでないわよ〜」

とか

「初々しいくらいのほうが可愛いんだから気楽にやればいいの」

みたいなぼんやりとした答えしか帰ってこなかった。

くそう・・・つくづく思うけど一応先輩なんだからもうちょい色々教えてくれたって良いだろ!

気楽にやれなんて言われても変なことを口走って炎上なんてすれば大変だしこっちは気が気じゃない。

一応聞かれるであろう質問をいくつか予想してそれに対する答えを何パターンか用意してはおいたがそれがどこまで役に立つかはわからないし・・・

 

そうこうしているうちに開始の時刻が刻一刻と迫ってきていて記者が来るのを椅子に座って待っている。

インタビューを受ける場所が鎮守府の応接室だった事が唯一の救いだったな。

大丈夫!

愛宕さんは屋台でせっせと焼きそば作ってるから居ないけどここは俺達のホームグラウンドみたいな物でその分少しは心に余裕を持てるはずだし何より昨日だって一緒になってインタビューの対策を考えてくれた優秀な秘書官が隣にいてくれている!

はずなんだけど・・・

「えーっと・・・こういう時は人って字を手のひらに書くんだっけ?いやいやなんか落ち着く呼吸法があったはず・・・ひーふーひーっ・・・いや違う確かふーふーふーっ・・・いやこれでもなくて・・・」

その秘書官は隣でずっと手のひらに入という字を書きながら恐らくラマーズ法みたいな呼吸法を試みている。

仮にラマーズ法だとしてもそれは出産の時の呼吸法であって緊張に効くかどうかは定かではないし最後に至ってはただ息を吐いてるだけだし・・・

「おいおいインタビュー受けるのは俺なんだぞ?昨日は全然大丈夫そうだったのになんで今になってそんな緊張してんだよ」

「だだだだってインタビューなんて私も初めてだし・・・それにもし記者が鋭い人で私が男だって見抜かれちゃって記事にでもされたら・・・ああっ、どうしよう・・・」

大淀・・・いや淀屋が心配性なのは艦娘になる前からそうなんだけどそこまで緊張しなくても・・・

なんだかそんな大淀を見ていたら少しは緊張がマシになった気がする。

「ありがとな、お前のお陰で多少はましになったよ」

「・・・へっ?私何もしてないけど?」

「良いんだよそれで。お前がお前のまま居てくれれば」

「う、うん・・・よくわからないけど・・・謙の役に立てたならそれでいい・・・かな」

もう対策だってやったんだし後はなるようにしかならないんだし今更どうにか取り繕おうとするほうが多分逆効果だ。

さあ来いインタビュアー!どんな質問でも華麗に答えて・・・

その時ドアをノックする音が聞こえ

「「は、はいぃぃっ!!」」

俺と大淀は同時に声を裏返した。

 

「ども、はじめまして! XX新聞の葉山って言います!どうぞよろしくお願いします!」

ドアが開かれ入ってきたのはやけにフランクな感じの若い女の人で、こちらに名刺を手渡してきた。

もっと年取った人が来ると思ってただけに女性と話なれていない俺の中でまた緊張がぶり返してくる。

「は、はじめまして・・・XX鎮守府の提督の大和田で、こっちが秘書官の大淀です」

「お、大淀です。よろしくお願いしまひゅ・・・! こっ、こちらにおかけになってください!お茶もすぐお出ししますから・・・」

大淀が盛大に噛んだのを必死にごまかそうとするのを記者の人はニッコリとわらって見つめた

「いや〜お話は聞いてますよー二人とも春に着任してきた新人さんなんですよねー!ふむふむ・・・初々しい感じの大淀さんもなかなか良いですねぇ・・・」

「えっ、ちょ・・・わ、私じゃなく提督に・・・」

「ああごめんなさい!つい悪い癖が出ちゃいました! というわけで今日は新人提督さんに色々聞いちゃいますよ〜?」

「は、はいっ!」

「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよぉ それじゃあお話聞いていきますね〜」

 

こうしてインタビューが始まったのだが聞かれることは本当に当たり障りの無い事ばかりで、たまに大淀にも質問を投げかけたりしつつ滞りなく進んでいく。

愛宕さんの言う通りもっと気張らずに受けたほうが良かったかも知れないなと胸を撫で下ろした次の瞬間。

「あのー大和田さんってまだ18歳でお若い多感な時期じゃないですかぁ〜・・・居なかったら居ないで良いんですけどやっぱり鎮守府の中で気になったり好きな艦娘さんとかいらっしゃるんですか?葉山、気になっちゃいます・・・!」 

「ぶぇっ!?」

なんだなんだよ急に!いきなり当たり障り有りまくりな質問来たぞ!?

こんなのどうやって答えればいいんだ?

居ないって答えるのもそれはそれで無愛想な提督だって思われるかも知れないし居ますって言ったらそれはそれで面白おかしく記事にされて誤解されるかもしれないし・・・

「あ・・・・えーっと・・・そのですね・・・? 確かにかかか艦娘の方々はみんな魅力的ですがね・・・? ですけどもいいいい一応ぼぼぼ僕と彼ら・・・ああいや彼女達にそんないかがわしい目を向けるなんてとんでもないと言いますか・・・」

「ふむふむ・・・!それじゃあ多少はそういう目で見てるって事ですね!いやぁ〜やっぱり年頃の男の子ですもんね仕方ないですよぉ〜」

「ちちちち違いますってば!」

「あはははっ!大和田さんわかりやすいですねぇ・・・わかってますよぉ〜 これは個人的な興味からの質問ですし内緒にしときますから安心しててください。 でも私が本当に聞きたかったのは誰が好きか・・・とかじゃなくて注目すべき一押しの艦娘の方がいるかどうかって事だったんですけどね〜 そういうのがあったほうが鎮守府のPRとしても良いと思いまして」

くそぉぉっ!見事にはめられたァ!!

というか自ら墓穴を掘っちゃったのかこれは・・・

「あー・・・えーっと・・・」

誰が一押しか・・・そんな事考えたこともなかった。

みんな自分なりにやれることをやってるし俺が優劣をつけて良いんだろうか?

「あの・・・艦娘達はみんな頑張ってるので・・・その・・・誰が一押しとかそう言われてもすぐには出てこないというか・・・」

「ふむふむそうですかぁ〜 それなら少し質問を変えますね? 艦娘の中で誰か尊敬できる方とか居ます? ほら年上の方とか結構いらっしゃるじゃないですか。もちろん年下の子でも良いんですけどやっぱりこの人凄いなぁみたいな・・・そんなざっくりした感じでもいいので〜」

尊敬できる人・・・か

一応元提督の先輩(らしい)愛宕さん・・・はないな。

 

その頃・・・

「ぶぅえくしょぉい!! あら〜?誰かが私の噂してるのかしら?」

屋台で焼きそばを作っていた愛宕は低く大きなくしゃみをしていた

「愛宕? 人前でくしゃみする時は気をつけなさいって言ってるでしょ?」

「なによぉ〜高雄だって昨日寝っ転がってお尻掻きながら野球見てたじゃないの〜オジサンみたいだったわよ〜」

「うるさいっ!っていうかみ、見てたの!?」

「ええ。お部屋にお邪魔しようとしたらお楽しみ中だったみたいだったから〜」

「あんたねぇ・・・いい加減人に用ある時くらいはノックすることくらい覚えたらどうなの?」

「怒ったらせっかくの可愛い顔が台無しよ?ま、お互い様って事で」

「はぁ・・・相変わらずズルい人なんだから・・・そうよねお互い様ね・・・ってなるか!公衆の面前でやらかした上他人のプライベート覗き見した分際でよく言えたわね? ただでさえ少ない脳みそがこっちに更に吸われてるのかしら?」

高雄は仕返しとばかりに愛宕の左胸をギュッと鷲掴みにしてぐりぐりと揉んだ

「やんっ! いたっ・・・いででででで!高雄ごめんって!胸握ってひっぱるのだけはやめろってぇ・・・」

「アナタ散々人の胸乱暴に揉みしだいてたでしょ? これくらいの方が気持ちいいだろ?なんて言いながらね」

「悪かったって! 強く揉まれるのがこんなに痛いなんて思ってなかったんだよぉ〜 ひゃんっ♡そこはやめてったらぁ・・・! いやぁん♡」

愛宕の甘い声が周辺に響き、この二人の乳繰り合いで焼きそばの売上が上がったとか上がってないとか・・・

そして提督は葉山の質問にまだ頭を悩ませていた。

 

誰を選ぶべきなんだ・・・?

那珂ちゃんはああ見えてストイックだし金剛もちょっと距離が近い所はあるけど仕事はきっちりこなしてくれてるし阿賀野は・・・うん。なんだかんだで頼りになるし駆逐艦たちは尊敬できると言うよりはなんか妹ができたみたいな感じだしなぁ(みんな男だけど・・・)

大淀も毎日休まず俺より早く起きて事務作業手伝ってくれてるし・・・

でもそんな大淀の事をサポートしながら雑務をこなしてくれてるあの人が一番尊敬できるかなぁ・・・

たまに変な人だなって思うこともあるけど・・・

「えーっと・・・皆それぞれ良いところはあるんですが一人挙げるなら高雄さんですかね」

「高雄さんですかー ここの鎮守府では結構な古株の方ですもんねー」

「あれ?ご存知なんですか?」

「もちろんですよ〜 前任の提督さんの頃からよく秘書官としてお話うかがったりしてましたから」

「あっ、そうだったんですか。 艤装の整備から書類の整理から何から色々手伝ってくれたり教えてくれたりしてくれて新人としてすごく助かってますし純粋に凄いなって思います」

「なるほど〜 きっとそれ聞いたら高雄さん喜ぶと思いますよ! それじゃあ取材はこの辺りで終わらせていただきます。 お時間頂きありがとうございました! それじゃあ私はこれからXX祭りの方の取材に行ってきますのでお会いする機会があればまた!」

こうして取材はなんとか無事に終わり、俺たちは葉山さんを玄関まで見送った。

 

「ふぅ・・・終わったぁ」

葉山さんを見送り終え執務室に戻った途端糸が切れたように力が抜けて俺は思いっきり椅子にもたれかかる。

慣れないことはするもんじゃないな・・・一気に疲れた。

「お疲れ様 ぷっ・・・あははははっ!」

すると急に大淀が笑い出した。

「どうしたんだよ急に」

「だってあんなに緊張してる謙見てると面白くって」

「はぁ!?緊張具合ならお前のほうがひどかっただろ? なんだよよろしくお願いしまひゅって」

「わ、私そんな噛んでないもん!」

「いいやしっかり噛んでたね」

「噛んでない! ま、それはそうとお疲れ様、謙」

「お、おう・・・お前もな」

「はぁ・・・これで今日のお仕事はおしまいだしやっとゆっくりできるね。これから一緒にお祭り回るんだから今からへばってちゃダメだよ?」

「うん・・・そうだったな。どうする?もう吹雪も待機時間終わってるはずだし今から呼んで行くか?」

「えーっと・・・ちょっと待ってくれると嬉しいな。一時間くらい」

「なんだよ別に着替えるだけだしそんな時間かかんないだろ?」

「むーそういう事言っちゃダメだよ。女の子は準備とか色々結構時間かかるんですー」

「女の子ってお前・・・」

「良いじゃない。お祭りだし折角艦娘になったんだからたとえ女装でも謙には可愛いって思って欲しくて・・・ダメ・・・かな?」

昔は近所の祭りに誘う為に家まで呼びに行けば文句を垂れながらもすぐに出てくる様な奴だっただけになんだかそんな大淀を見ると少しさびしい気分になった。

女の子・・・か。

確かにあいつの外見はもう女性にしか見えない。

しかし身体はれっきとした男のままだ。

そんなちぐはぐになったあいつとこれまでなんとかやってきてやっと新しい関係にも慣れてきたと思っていたが彼の口から直接聞かされると俺はどうしてやれば良いのかわからない。

もう大淀として接する時間も長くなりキスだってしたのに俺はあいつの事をまだ男友達の淀屋として見いるのだろうか?

それともこの感情はあいつを艦娘として・・・いや女として意識してしまっているからこそ湧き上がってくるものなのか?

淀屋・・・俺は一体どうすれば良いんだ?

そんな疑問を彼に投げかけられる訳もなく・・・

「あ、ああ・・・わかったよ。それじゃあ待ってるからな」

俺は思考を止め今の彼女の言葉を肯定した。

こうすれば誰も傷つかないで済むと思ったからだ。

「それじゃあ一時間後に正門前で待っててね」

そして準備をすると言って部屋を先に出ていったあいつを見送ったあと俺は一人何をする訳でもなくただ背もたれに体重をかけていつまでこんな思考停止を続けるんだろうとかそんな事を考えていた。

 

そんな答えの出ない考え事をしていても一向に時間は過ぎてくれず、一時間も持たないしじっとしていたところでこれ以上いい考えも浮かばないだろうと俺は腰を上げて自室に戻って緊張からか変に汗をかいてしまった制服を脱ぎ捨ててTシャツに着替える。

しかしまだまだ約束の時間までは余裕もあるし特にやることもないのでベッドで寝転がってぼーっとしていた。

これじゃあ執務室に居るのと何も変わらないな・・・

特にやることもなく昨日天津風と回った屋台で貰ったおもちゃを眺めたり弄ったりしているとドアをノックする音が聞こえた。

「はーい。 誰だ? 大淀?」

「お兄ちゃんやっぱりお部屋に戻ってたんだね! インタビューお疲れ様! はぁ・・・ノックしてよかったぁ・・・」

ドアの向こうから吹雪の声が聞こえてくる。

「なんだ吹雪か。 どうした?いつもはノックなんかしないのに」

この部屋は一応吹雪の部屋でもあるのでいつもはノックなんかせずに入ってくるはずだ。

そのおかげで何度か見られちゃマズいような事が何度あったことか・・・

それがなんでノックを?

「あの・・・えーっとね? ちょっと見てほしいものがあって・・・」

「どうした改まって? 入ってくれば良いじゃないか」

「うん・・・それでも良いんだけど・・・良いんだけどね? なんだか急に心配になってきちゃって・・・ だからお兄ちゃんにドアを開けてほしいの」

吹雪の声はいつになく神妙だった。

いつもは見てほしいものがあれば「お兄ちゃん見て見て!」と飛びついてくる吹雪がここまで神妙になるなんて一体何があったんだ?

俺はすっくと立ち上がりドアを開けると

「どう・・・? 変なとことか無い?」

そこには淡い水色の浴衣を着た姿の吹雪が立っていて、いつもとは違うその服装の青とぽっとを頬を赤らめた顔のコントラストに俺は一瞬言葉を失ってしまった。

「お、お兄ちゃん? やっぱり私にこんな綺麗な浴衣似合わなかったかな・・・?」

「い、いや! 断じてそんなことはないぞ! すっごく似合ってる! その・・・なんか綺麗だなって思って・・・」

「綺麗・・・? 私が!? ありがとうお兄ちゃん・・・私嬉しい」

「もっと自信持てよ吹雪は元から可愛いんだから」

「かわいい・・・? でも私・・・男の子なんだよ? そんな可愛いなんて・・・」

「お前が男だとかそんなの関係ないって! 吹雪はずっとその事で悩んでたんだろ? それなら尚更だ。 笑ってるお前は例え身体がどうだろうとか関係なく可愛いよ」

俺は今思うことを全て吹雪に伝えた。

吹雪はずっと身体の事で悩んでてその度に悲しそうな顔をするのが居た堪れなかった。

でも嬉しかったりした時はちゃんと笑えるしこうして俺みたいなへっぽこ提督を慕ってくれる優しい子なんだ。

そんな吹雪がもう男かどうかなんて関係ない。

そう言い切ってやったと思った反面大淀にもこうして伝えたいことを伝えれば良いんだろうけどそこまでの勇気が持てないのが少し情けないと思う自分が居た。

「お、お兄ちゃん・・・あれ?」

すると吹雪の頬を涙が伝っている。

「・・・あれ? なんで私泣いてるんだろ? 痛くも悲しくも寂しくもないのに・・・おかしいな・・・折角笑ってる私が可愛いって言ってもらえたのにこれじゃあ・・・」

「吹雪、人は嬉しくっても泣くもんなんだ。 だから我慢しなくて良いんだ。 それに辛いときも悲しいときも我慢なんかしなくていいからな。 俺がそばにいる間はできる限りそれに答えられるように頑張るから」

「お兄ちゃん・・・うぁ・・・・うわぁぁぁぁん!」

吹雪は溢れ出す涙を止められなくなったのか俺に飛びついてきた

「おいおい泣いても良いって言ったけどこれから出かけるんだから顔ぐしゃぐしゃになってたら出かけるどころじゃないだろ?」

「でも・・・でもぉ・・・なんだか涙が止まらないんだもん・・・」

「ちょっと待ってくれ? ハンカチかなんか持ってくるから」

抱きつく吹雪をそのまま部屋まで誘導し、ひとまず椅子に座らせた。

そして脱ぎ捨てた制服からハンカチを取り出して吹雪に渡す

「ううっ・・・えぐっ・・・」

しばらくハンカチに顔を埋めていた吹雪だったがズビー!!と大きな音を立てた。

恐らく泣きすぎて鼻水まで出てきたんだろう。

しかしそれを境に吹雪の呼吸は安定したものになっていき・・・

「どうだ? ちょっとは落ち着いたか?」

「うん・・・ありがとお兄ちゃん・・・ ごめんなさいハンカチに鼻水つけちゃって」

「そんくらい気にすんなって!どうせ洗濯するんだから」

「・・・うん」

「もう大丈夫か?」

「・・・うん!」

まだ少し目が潤んで腫れぼったいがが吹雪はそう言って笑ってくれた。

この調子ならもう大丈夫だろう

その時ふと時計を見るともう約束の時間を過ぎていた

「やべ・・・!ちょっとゆっくりしすぎた!」

「どうしたのお兄ちゃん?」

「ああいやインタビュー終わってから大淀が準備に時間かかるから一時間くらい待っててくれって言われてたんだけどもうそれから一時間過ぎててさ!」

「ごめんねお兄ちゃん・・・私が急に泣き出したりするから」

「気にするなって! それに待たせてたのは向こうだし多少の遅刻は大目に見てくれるよ・・・多分! じゃ、大淀と合流してお祭り楽しもうな?」

「うん!」

俺は急いで準備を済ませ、吹雪と共に待ち合わせ場所に向かった

 

待ち合わせ場所に近づくと遠目に大淀の後ろ姿が見えてくる。

やっぱりもう先に来てたか

「おーい!お待たせ! ちょっと遅くなった」

俺はそう声をかけながら大淀の方へ向かう

 

「もう! 遅いよ?」

大淀は少し不満そうにそう言って振り向くと大人びた浴衣を身にまとった大淀がいた。

準備に時間がかかると言っていたがしっかりと浴衣を着込んでいて長い黒髪が風で揺れるそんな大淀の姿に俺は面喰らってしまった。

やっぱりもうあの頃の淀屋じゃないんだな・・・

って俺がそれを否定してしまったらもうコイツは淀屋じゃなくなってしまう。

俺はそんな複雑な気持ちを必死で抑え

「いやぁ〜ごめんごめん! 俺の方も準備に手間取っちゃってさ! な?吹雪?」

必死でおどけて見せた。

「えっ?う、うん・・・」

「まあ吹雪ちゃん!その浴衣可愛いわね! 高雄さんに着付けてもらったの?」

「ううん! 高雄さんまだ帰ってきてないから春風ちゃんが着付けてくれたの! お兄ちゃんだけじゃなくてお姉ちゃんにまで可愛いって言ってもらえて嬉しいな!」

「そう、謙にも可愛いって言ってもらったんだ・・・ 私はまだ浴衣の感想貰ってないんだけどな〜」

大淀は少し不満そうにこちらを見つめてくる。

俺を見つめる彼の顔は化粧もしっかりとしているのかいつもより唇も色っぽく、まつ毛も長く見えた。

「え、ああいやその・・・ 似合ってるよ? うん。 凄く・・・」

準備に時間をかけたのにも頷ける程にしっかりと着こなしていて悲しいほどに彼の浴衣姿は綺麗だった。

「む〜・・・ 吹雪ちゃんにもそんな感じだったの?」

「いやそうじゃなくて急に言えって言われたらどうしてもこうなっちゃうだろ・・・? でも似合ってるのはホントだから・・・なんというか凄いびっくりしたと言うかさ・・・」

「ま、謙がそうやって言うって事は嘘じゃないと思うし・・・それに待たせちゃったからそろそろ行こっか。 吹雪ちゃんもいっぱい楽しみましょうね!」

「うん! 私お兄ちゃん達と回るの楽しみにしたかったからずっと我慢してたの! お姉ちゃん・・・手、つないでも良い?」

「ええもちろん! 謙、何ボーッと何突っ立ってんの? 置いていくよ?」

考え事をしているうちに大淀は吹雪と手を繋いで先に歩き始めた。

「おいちょっと待ってくれよ! 散々待たせといてそりゃあんまりだぞ」

「でも遅刻したのは謙の方でしょ? ほら早く早く!」

少し前までは俺が半ば強引に引っ張ってでもやらないと遊びに行くなんてこともしなかったあいつが今や誰かの手を引いて行くなんて変わっちゃったな・・・

本当は喜ばなきゃいけない場面なんだろうけどどこかそんな彼に寂しさを覚えながら俺は二人を追いかけて祭りの会場へと向かった。

 

「うわぁ〜 すっごい賑やかだね! いい匂いもいっぱいする!」

吹雪はまるで目に映るもの全てが初めて見る物かのように目を輝かせて立ち並ぶ屋台を見回した。

本当に俺たちとここに来るまで自由時間に出歩いたりするのを我慢していたらしい

「別に待ってくれなくても昨日の休憩の時とかに回ってくれてても良かったんだぞ?」

「それじゃダメなの! 折角お兄ちゃんたちと回る約束したんだから楽しみはそれまで取っておきたかったの! あっ! 私あれ食べてみたい!!」

吹雪が指指したのはチョコバナナの屋台だった。

「おっ、チョコバナナか買ってくるよ。 淀屋、お前はどうする? もし食いたいならついでに買ってくるけど」

「えっ、あ・・・うん。それじゃあ私もお願いしようかな」

「おうわかった! ちょっと待っててくれ」

俺は屋台の列に並びチョコバナナを三本買って二人の待つ方へ戻ったのだが・・・

「お待たせー・・・ってあれ? 居ない・・・」

そこには二人の姿はなかった。

どこ行ったんだよ全く・・・

見渡してもそこら中に人が沢山いて簡単に見つけられそうにもないし・・・

どこかの屋台で遊んでるかもしれないし軽く探しに行こうか

そう思い向きを変えて歩き出そうとした時顔が何やら柔らかいものにぶつかった。

「Oh!」

そんな声が頭上から聞こえて独特な匂いもする。香水かな・・・?

そして視界に広がるのは胸元の開いた浴衣から覗く谷間・・・

女の人の胸に思いっきり突っ込んじゃったのか!?

「ご、ごめんなさい! これはその・・・事故で」

俺は大急ぎで距離をとって頭を下げた。

「ミーもゼンポーフチューイだったから Are you alright?」

なんか独特な喋り方をする人だな。

そう思い顔を上げると目の前に立っているのは浴衣姿の金髪で見るからに外国人っぽい顔立ちの女の人だった。

えっ?てことはやっぱ英語で謝ったりしたほうが良いのか?

「え・・・?あ・・・そのソーリー・・・アイムファイン・・・」

くそぉぉぉ!こんな時なんて言えば良いのかわかんねぇ!

英語の授業もうちょい真面目に受けとくんだったな・・・

しかしそんな慌てふためく俺を見て面白くなったのか女の人は笑った。

「HAHAHAHA! OhSorry あんまりにもcuteなboyだから笑っちゃった。 ワタシ、ニッポンゴちゃんと分かるから大丈夫よ?」

「そ、そうですか・・・ごめんなさいぶつかってしまって」

「気にしないで。 それより怪我は・・・なさそうね」

よかった・・・怒ってなさそうだし気さくそうな人で・・・

「そ、それじゃあ俺はこれで・・・」

いくらなんでも胸に突っ込んでしまった人とこれ以上何か話せる訳もなくその場をいそいそと離れようとすると

「wait! ちょっと待って!」

「は、はいぃっ!」

突然呼び止められてしまう

どうした?

やっぱり胸に突っ込んだりしたから俺怒られるのか・・・?

「ふふっ・・・ そんな怖がらなくても良いのよ? こういうのニッポンだと何ていうんだっけ・・・? Hmmmm・・・フデヌリあうもコショウの・・・・」

「もしかして袖振り合うも多生の縁・・・ですかね?」

「YES!それよそれ! ソデどころじゃ無かったけどね」

「す、すみません・・・」

「そのタショーのエンって事で聞きたいことがあるの Hmmmm・・・その前にアナタ名前は? ワタシは・・・アイ・・・そう!アイって呼んで!」

なんだろう凄いフランクなんだけど海外の人ってみんなそうなんだろうか?

いや絶対そうじゃないんだろうけど脳裏に金剛の姿がちらついてくる。

「えーっと・・・謙って言います」

「Oh!ケンね! よろしく!」

アイさんはそう言うやいなや握手を求めてきたので手に持っていたチョコバナナを片手に三本持って握手に応じた。

結構大きい手の人だなぁ・・・背も俺よりちょっと高いし

「よ・・・よろしくお願いします・・・で、聞きたいことってなんですか?」

「人を探してるのよ。 えっと・・・この辺りでヤタイをやってるって聞いて来たんだけれどケンより少し背の低い黒い髪のcuteなgirl・・・知らない?」

質問の内容が漠然としすぎている!

流石にそれで分かる訳がないだろう

「えっと・・・それだけじゃわからないですね・・・ 何の屋台かわかったりします?」

「Hmmm・・・たしかヤキソバって言ってたかしら」

「焼きそばですか・・・」

昨日見て回った限りは焼きそばの屋台は鎮守府がやっているものも含めて何軒かあったがそんな黒い髪の可愛い女の子の店員なんて見てないというかわざわざ他の店の焼きそばを買いに行くこともなかったしなぁ・・・

「ごめんなさい・・・ 心当たり無いですね」

「Duh・・・ ザンネン 久しぶりにアガノに会えると思って楽しみにしてたんだけど・・・」

ん?

今なんか聞き覚えのある名前が聞こえた気がするんだけど・・・

「あの・・・アイさん? いま阿賀野って言いませんでした?」

cuteな”girl”と言われて完全に除外をしていたが阿賀野なら黒髪で俺より少し背が低いとなると完全に合致する。

しかも丁度今阿賀野は焼きそば屋で店番をしてるはずだしそんな名前の人そうそう何人も居るはずないしなぁ・・・

「ええ。言ったわ。 もしかしてyouアガノを知ってるの!?」

「は、はい一応・・・・というか本当に阿賀野を探してるんですか?」

「of course!なんて偶然! で、アガノはどこに居るの?」

「あ、えーっと・・・ここから近いんで案内しますよ」

「Oh! ケンってとってもKindnessなのね! chu」

アイさんは急に俺の頬にキスをしてきた

「なっっ・・・なななななな!!」

「これくらい挨拶よ! これくらいで真っ赤になっちゃうなんてJapaneseboyはやっぱりcuteね! さ、早く案内して!」

やっぱりなんか金剛に似てるなこの人・・・

 

俺はアイさんを焼きそば屋の屋台まで案内すると阿賀野が客に愛想を振りまき焼きそばを売っていた。

「いらっしゃ〜い ってあれ?提督さんどうしたの? 阿賀野の事恋しくなっちゃった?」

「ちげーよ! それより多分お前にお客さんなんだけど・・・」

そういうや否やアイさんは阿賀野を見るなり

「Oh! アガノ! 本当にアガノなのね!? 会いたかった!!」

「あ、アイオワ!? 金剛さん?ちょっとの間一人で頼めます?」

阿賀野は屋台で一緒に焼きそばを作っていた金剛に店を任せこちらに出てきた。

「本当に来てくれたの? 阿賀野嬉しい!」

「こうして会うのは何年かぶりだけれど声も見た目も更にcuteになったわね・・・ あの時は出来なかったけど今夜は・・・」

「もうアイオワたら会うたびに何言うのよ〜 それにまだ早いよ?」

どうやら本当に二人は知り合いだったらしく熱い抱擁を交わしている。

「えーっと・・・なあ阿賀野? アイさんとはどういう関係なんだ?」

「ん?  あのね、このアイオワとは艦娘になったとき研修施設で一緒だったの こうしてちゃんと会うのは施設ぶりなんだけどね」

「YES! ケンをテイトク=サンって呼んだってコトはケンがアガノのAdmiral!? What a coincidence!!」

「は、はい・・・一応そこの鎮守府で提督やってます・・・」

「それじゃあ隠す必要も無いわね! ミーはIowa級戦艦、Iowa 今は○○泊地に所属してるの」

「そ、そうなんですか・・・」

あれ?艦娘で阿賀野と同じ施設出身って事は・・・

「あの・・・アイオワさん?」

「何かしら?」

「阿賀野と同じ施設ってことはもしかして男の人だったり・・・なんて」

「ええ。オトコだけど?」

「 What!?」

「モチロンアガノがオトコノコだって事も知ってるわ!」

やっぱりか・・・

「ケン、案内してくれてthankyouね!」

「は、はい・・・」

「来てくれてすっごく嬉しいんだけど私・・・まだ店番あるから」

「気にしないで終わるまで待ってるから!」

「うーん・・・それじゃあ21時くらいには切り上げられると思うからこの辺りでまたその時間に会わない?」

「YES!モチロンよ! それじゃあワタシそれまでオマツリ満喫して待ってるわね! Let's meet again! ケンもアリガトウ!」

そう言うとアイさん改めアイオワさんは走り去っていった。

なんか凄い忙しい人だったな・・・

「な、なあ阿賀野・・・?」

「なぁに提督さん」

「アイオワさんってなんか凄い人だな」

「うん。そうだね。 でもアイオワのあの性格のおかげで私はこうしてちゃんと艦娘やれてるの。 艦娘になりたてで色々悩んだりしてた時にずっと近くで一緒に居てくれた人だから」

「そう・・・だったのか」

その時の阿賀野の表情はなんというか恋する乙女のような顔をしていて、俺はなぜかそんな阿賀野を見て少しアイオワさんが羨ましいと思ってしまった。

何で俺男と男が仲良さそうにしてるだけなのにこんな気分になってるんだ?

別に阿賀野が誰と仲良くしようと阿賀野の勝手だし別に俺がどうこうする立場でもないはずなのに・・・

「じゃ、じゃあ俺、大淀たち探してるからそろそろ行くな!」

俺はそんな感情から逃げるようにその場を離れて大淀たちを探しに戻った

 

そしてあてもなく自分用に買ったチョコバナナを食べながらうろついていると

「やったぁ!すくえたよお姉ちゃん!」

吹雪の声が聞こえてきたのでその声の方に行ってみるとチョコバナナの屋台からそう離れていない金魚すくいの屋台で二人は金魚すくいに勤しんでいた。

吹雪は頭にヒーローのお面を被っていたり腕にヨーヨーをぶら下げていたのでこの辺りの屋台を転々としていたことを伺わせる。

「吹雪、淀屋!探したぞ?」

「あっ、ごめんね謙、吹雪ちゃんが色々見たそうにウズウズしてたし謙も結構並んでたから・・・」

「お兄ちゃんみてみて! 金魚すくったの!」

吹雪が誇らしげに金魚が一匹入ったお椀を得意げに見せてきた。

「お、おう・・・そうか!」

横に目をやると大淀の手には破れたポイが3本ほど握られていてお椀には一匹も金魚が入っていなかった。

相変わらず不器用だなぁ・・・

昔地元の祭りで金魚すくいやった時もすぐにポイ破いてヤケになってたっけ?

「あははは!」

「な、何?急に笑って」

「いや、やっぱお前は変わんないなって」

「そ、そう・・・かな?」

「で、吹雪?その金魚どうするんだ?」

「どうする・・・?」

「すくった金魚はもらえるんだぞ」

「そうなの!? じゃあもらって良い?」

「ああ いいぞ」

確か使ってない金魚鉢があったはずだし一匹くらいなら吹雪にも飼えるだろう。

 

こうして袋に入れてもらった金魚を吹雪は目を輝かせて見つめる

「綺麗なお魚・・・ 海にはこんなの居ないよね!」

「ああ。金魚は淡水魚だからな それよりチョコバナナ。早く食べちゃってくれよ」

「お兄ちゃん、私今手がいっぱいだから食べさせてくれない?」

そう言って吹雪は口を開けてこちらを見つめてきた

「えっ・・・?」

「お兄ちゃん早く・・・あーん」

「わ、わかった・・・ほら行くぞ」

吹雪の口目掛けてチョコバナナを入れると美味しそうに頬張っていく

「あむっ・・・んんっ・・・おいひぃ・・・」

くそっ!なんでたべさせてるだけなのにこんな背徳的な気分になるんだよ!!

それになんか視線を感じる・・・

視線の先では大淀がもじもじとしてこちらを見つめていた。

「ね、ねえ謙?」

「なんだ?」

「あ、あの・・・私も食べさせて欲しいな・・・なんて」

「はぁ・・・!?」

「嫌・・・かな?」

「い、いや・・・別に嫌って訳じゃ わかったよほらさっさと食っちまってくれ」

俺はもう片方の手でチョコバナナを大淀にも食べさせた

「んむっ・・・んぁっ・・・」

くそぉぉぉ・・・なんでただチョコバナナ食べさせてるだけなのに俺は変な気分になってるんだよぉぉぉ!

こうしてチョコバナナを食べさせ終え、三人で祭りを一通り楽しんだ。

 

「よし。そろそろ帰るか」

「うんっ! 初めてのことがいっぱいで私すっごく楽しかった! ありがとうお兄ちゃんお姉ちゃん!」

「私も楽しかった・・・やっぱり謙とこうやって遊ぶの・・・」

「ああ。俺も楽しかったぞ。 それじゃあその金魚を飼う準備もしなきゃだし早く帰るか」

「えっ、飼うの?」

吹雪の口からはなぜか疑問のような言葉が発せられた

「えっ?飼わないのか?」

「だって・・・あんな中でかわいそうだったから川に逃してあげようと思って」

「吹雪、あのな? 金魚は元々人が飼うように生まれてきた魚だから川なんかに逃しちゃダメなん」

「そう・・・なの?」

「ああそうだ。 だから持って帰った以上は責任を持って面倒見てやらなきゃ」

「そうなんだ・・・ なんだか私に似てるかも・・・ 」

「似てる?」

「ううん! なんでもない それならちゃんと面倒見てあげなきゃね!」

吹雪は一瞬どこか寂しそうな顔で袋の中の金魚を見つめていた。

 

鎮守府に戻り金魚鉢を見つけ、金魚をそこに移し替えて部屋に置いてやると吹雪は金魚鉢の中の金魚を食い入るように見つめていた。

「ありがとうお兄ちゃん! この子大事にするね」

「ああ。 餌も明日スーパーに買いに行かなきゃな」

すると戸をノックする音が聞こえたので戸を開けると高雄さんが部屋の前に立っている。

「お疲れ様です提督」

「あ、はい・・・何か用ですか?」

「お祭りが終わった後の休暇分の外出、外泊届がまだ出てないですけどどこかへ行く予定はないんですか?」

「え? ああいや地元に帰ろうとも思ったんですけど特にやることもないだろうし休みはここでゆっくりしようかなって」

「そう・・・ならよかったわ はいこれ」

そう言うと高雄さんは何やら封筒を手渡してきた

「なんですかこれ?」

封筒を開けると中には温泉旅館瑞鳳宿泊券と書かれたチケットが二枚入っていた。

「それ、よかったら大淀ちゃんと二人で行ってらっしゃい?」

「えっ?」

「本当は私と愛宕で行こうと思ってたんだけど愛宕が乗り気じゃなくて・・・たまには提督の方からビシッと大淀ちゃんを誘ってあげたらどうかしら?」

「良いんですか?」

「ええ。いつも頑張ってるあなたと大淀ちゃんへのご褒美だと思って」

「高雄さん・・・ありがとうございます! でも吹雪は・・・?」

「あのね・・・?大淀ちゃんずっと今日提督と二人で久しぶりに遊べるって楽しみにしてたのよ? でも吹雪ちゃんを仲間外れにするわけにはいかないし・・・あの子けっこう気を使ってるんじゃないかしら?」

「それは・・・」

確かに思い返してみれば少し前に地元に戻った時も吹雪と一緒だったし何かするにしても最近はいつも吹雪と一緒だった気がする。

「吹雪ちゃんには悪いけど一泊くらい二人水入らずで楽しんできたらどうかしら? 吹雪ちゃんもずっとこのままって訳にもいかないし・・・ それに今は天津風ちゃんや春風ちゃんも居るんだから。ね?」

「は、はい・・・」

「それじゃあ後は提督がなんとかなさい。 私はこれから愛宕を迎えに行ってくるから」

「ありがとうございます・・・あっ、そうだ!」

「何かしら?」

外泊届けで思い出したがさっきあんな事を言っていた阿賀野を鎮守府に戻ってから見ていない。

「あの・・・阿賀野今日なんか出かけるとか言ってました?」

「ええ。さっき急に外泊届出して出ていったわね。 全く・・・外泊届は早めに出すようにってずっと言ってるんだけど・・・」

「そう・・・ですか」

やっぱりか・・・

きっとアイオワさんに会いに行ったんだろうな・・・

別にただ友達に会いに行っただけのはずなのになんだろうこの気持ち・・・

なんか胸の奥で引っかかるというか・・・

「どうしたの提督? そんな思いつめたような表情をして何かあったの?」

「い、いえ何も・・・」

「そう。それじゃあその旅行券の事よろしく頼んだわね」

そう言うと高雄さんは行ってしまった。

二人水入らずで・・・か。

確かに二人でどこかに遊びに行って泊まるなんてことは鎮守府に来てから無かったけど・・・

本当にそんな事をして良いんだろうか?

俺はあいつのこと・・・ちゃんと友達として見ていられるんだろうか?

そんな一抹の不安が胸を過ぎった。



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春風のしたいこと

XX祭りもあっという間に最終日。

簡単な予定の確認を含めた朝礼が終わり、それぞれ持ち場へ移動を始める。

俺は屋台へ食材の仕込みに向かおうとする大淀に昨日高雄さんからもらった旅行券の話をしようと呼び止めた。

「な、なあ大淀ちょっと良いか?」

「何?」

「あ・・・あのさ・・・」

そこで俺は言葉を詰まらせてしまう。

ただ次の休み一緒に旅行へ行かないか誘うだけなのになんでこんなに緊張してるんだ・・・?

もしかしたら断られるのが怖いのか?

いやいやあいつが俺の誘いを断わる訳が・・・

なんて思うのは俺の思い上がりなんだろうか?

最近なんだかんだで他の艦娘たちとも結構話してるのも見るようになったし、休みの日はよく那珂ちゃんと出かけたりもするし・・・

もしかしたら予定なんてないってずっと言ってた俺なんかよりそっちの予定を優先するんじゃ・・・?

もしかしたら一人で自分の地元に帰るかもしれないな・・・

というかあいつの地元ってどこなんだ・・・?

大淀・・・もとい淀屋とは艦娘になる前から合わせてかれこれ4年近い付き合いなのに地元の話をしてもわからないとはぐらかされるばかりか家族の話すら全く聞いたことがないし話そうともせず、いつの間にかあいつの家族や地元について聞く事を俺は知らないうちにタブー視するようになっていたのかもしれない。

そりゃ人間聞かれたくないことの1つや2つくらいあるもんだし・・・

「あ・・・・いやえーっと・・・今度の休暇の予定とか決まってるかなーって」

「予定? 謙は地元帰らないんでしょ? それなら私も鎮守府に居るつもりだけど」

はぁ・・・よかった。

もし先に予定入ってたらどうしようかと・・・

それじゃあ後は誘うだけだ。

「そ、そっか・・・それじゃあ俺と・・・」

あれ・・・やっぱり続きが出てこない。

俺がこんなに緊張してるのはあいつに断られる事を警戒してたからじゃない。

単に誘う事自体に緊張してるんだ。

なんでだ?これまでだってあいつを色んな所に誘う事なんていくらでもあった。

最初は嫌そうな顔をしていたのを無理矢理連れ出したりしたこともあったけど別にそんなのいつもの事だったじゃないか。

そりゃ提督と艦娘という立場になってからは二人でどこかに遊びに行くなんていう事も昔と比べたら減ったけどさ・・・

「あ、あの・・・実は・・・」

ただ高雄さんから旅行券貰ったから行こうぜって艦娘になる前のあいつに言うみたいに言えばいいだけなんだ。

でもそれが何故か今の俺には出来ず・・・

「HEY大淀!はやく行くデース!」

「はーい! ごめんね謙、そろそろ行かなきゃ・・・でも見てて! 金剛さんから野菜の切り方とかしっかり盗んで今度こそ美味しい料理作ってあげるから」

そう言って大淀は食材の仕込みに行ってしまい、結局最後まで言えないまま大淀の背中を見送ることになってしまった。

ただでさえモヤモヤしている心に更にモヤがかかってとても憂鬱な気分だ。

「はぁ・・・」

あいつの背中が見えなくなったくらいにそんな簡単な事すら言えない自分が情けなくなって俺は大きなため息をついていると・・・

「なになに提督さん そんな浮かない顔しちゃってぇ〜業務でお疲れですかぁ?」

急に背後からしたそんな声とともに後ろから抱きしめられ、背中に柔らかいものが当たりふんわりと多分シャンプーの匂いが鼻をかすめた。

こんな事をしてくるやつは今出ていった金剛を除けば一人しか居ない。

「うわぁぁっ! あ、阿賀野!?」

「えへへへ〜 隙あり〜なぁんちゃって・・・」

阿賀野は俺の耳元でそう囁いてきた。

こうして阿賀野が俺をからかってくる事も日常茶飯事だが今日は少し事情が違う。

何故かって?

阿賀野が俺をモヤモヤさせている張本人だからだ。

昨日突然やってきた阿賀野の旧友を名乗る金髪美女(いや男だったんだけど)のアイオワさんの存在

そして夜に突然高雄さんに書かせた外泊届けを出して突然出ていって朝帰りしてきたからだ。

さっきの朝礼も大きなあくびをして眠そうにしてたしきっとアイオワさんに会いに行っていたに違いない。

二人が一体どんな関係なのかとても気になるが、だからといって直接聞くのもプライベートな話だしあんまり触れるのは良くない気もする。

こうして冗談半分ながらも距離感の近い関係を(ほぼ一方的に)築いてきたと思っていたのだがなんだかそんな阿賀野が急にうんと遠い存在に思えてしまって・・・

「なあ阿賀野・・・」

「ん〜?なぁに提督さん?」

「とりあえず離れてくれるか・・・?」

「え〜 いつもみたいに顔真っ赤にしてジタバタしないの?」

「今日はそんな気分じゃないんだよ」

「ふぅ〜ん・・・ 何か考え事? 良かったら阿賀野が相談に乗ってあげよっか? なんでもお姉さんに聞いてくれたまえ〜 なんちゃって」

相談も何も昨日はお楽しみだったんですか?なんて本人に聞けるわけ無いだろ!!

「ああもうわかったから離れろって!!」

「もぉ〜ノリ悪いなぁ・・・」

阿賀野はそう言いながら渋々俺から離れてくれた。

「勝手にひっついてきてノリ悪いもクソもあるかよ」

「ふぅん・・・なんか元気なさそう。 元気出ないなら・・・おっぱい揉む?オトコのおっぱいでよければ?」

「だあもう!!いつのネットミームだよそれ!!しかも男のなんて言われたら揉む気も失せるだろ!?」

「え〜それじゃあ・・・もっと気持いい事してスッキリしよっか?」

阿賀野は顔をぐっと俺に近付けてきてそう囁く。

その阿賀野の声は人を堕落させるような蠱惑的なものに感じられてシャンプーの香りがさっきよりも強く香り、潤んだ唇に一瞬俺は目を奪われてしまった。

こんな至近距離で見つめられてはもうどうしようもなく胸の鼓動が高鳴っていき、気を抜けば二つ返事で頷いてしまいそうだったが必死に阿賀野は男だと自分に何度も言い聞かせる。

「ききき・・・・きもち良い・・・事ってその・・・」

昨日アイオワさんともそういう事したのか?

なんて下世話な話が勢い余って口から飛び出そうになったが必死に抑えていると次の瞬間

「えいっ! あはははは引っかかった引っかかった!!」

阿賀野のデコピンが俺の額を捉えた。

「いってぇ!!何すんだよ!!」

「よかったぁ・・・ちょっと鎌かけたらすぐ顔真っ赤にしちゃうんだもんいつもの提督さんじゃないの」

「阿賀野お前なぁ・・・」

「あれ?もしかして期待しちゃってた? それならシてあげても良いよ? 提督さんの処女でも童貞でも好きな方捨てさせてあげるから!」

「バカ!処女なんか一生誰にもやるつもりもないし童貞も男で捨てるなんてゴメンだからな!」

「ふぅんそっかぁ。 ふわぁぁぁぁ・・・ねむ・・・ 提督さんも思ったより元気そうだし阿賀野これから二度寝しま〜す・・・おやすみ〜 夕方のお手伝いの時間になったら起こして〜」

阿賀野は大きいあくびをしてとぼとぼ自室へと歩きはじめた。

「おいこら起こしに行かないからな!ちゃんと起きろよ!!」

そう言うと阿賀野はわかったわかったと言わんばかりに後ろでに手を軽く上げてそのまま部屋へと戻っていく。

昨日寝てないんだろうなとも思ったが阿賀野を見ていたら悩んでいるのもバカバカしくなってきた。

俺も阿賀野も夕方から神社の売店の手伝いの予定が入っているもののそれまではフリーだ。

さて俺は夕方までどうしたものか・・・

昼頃から春風と祭りを回る約束をしているがそれまではまだ時間があるしとりあえず昨日吹雪が金魚すくいで連れてきた金魚の餌を買ってきてやらないとな。

一人で行っても良いけどせっかくだし待機中の吹雪も連れて行ってやろうかな・・・

 

吹雪たち三人が待機している演習場に行くと艤装をつけた春風と天津風が卓を囲んでいた。

「ならあたしは真紅身の黒海老で攻撃!」

「ふふっ、それは読めていました。 わたくしは反撃呪文邪悪なる壁デーモンスパークを発動します! この効果によりあなたの真紅身は消滅、そして残りのスケルターもすべて墓地へ送っていただきます!」

「えぇっ!?なにそのカード!!反則よ反則!!」

どうやらカードゲームをしているらしい。

近所にあんなの売ってるような店はなかったはずだけど一体どうしたんだ?

「おーい何してんだ?」

「見てわからない?闘技神バトルマスターズよ!」

それは年頃の男子が避けては通れないカードゲームだった。

俺も一時期前にやっていたがルールが改定されたり召喚方法が増えたりでよくわからなくなったりしたので知らないうちに触らなくなっていた。

いやそんなことはどうでもいい。なんでこんな懐かしいカードを今更持ってるんだ?

もし天津風たちがバトマ好きなら俺もちょっとくらいは遊んでも・・・

・・・ってカードは実家だったな。

でも共通の話題くらいにはなるはずだ。

「バトマかぁ・・・俺も昔やってたぞ。で、なんでそんなに大量にカードがあるんだ?」

「これはですね、初雪さんから頂きました。何やら箱だけだしてるのにゲーム機を景品で出さないクジ屋を1軒潰してやった戦利品だから・・・と ルールも教えてくださったのでこうしてでっきを組んで天津風と対戦していたのです」

初雪の奴一体何をやったんだ?

屋台荒らしとかなんとか言ってたけど荒らし方のレベルが違いすぎるだろ・・・

「ああ・・・わたくし漫画でしか読んだことがなくまさか本当にカードが実在しているなんて夢にも思いませんでしたわ! しかしスケルターはカードから飛び出してこないのですね・・・バトルボードは何処に売っているのでしょうか・・・?」

春風はそう言って目を輝かせている。

そういえば世間には疎いけど少年漫画だけはこっそり読んでたって言ってたっけ・・・

「なあ春風、スケルターが飛び出すのは演出だから・・・本当は出てこないぞ」

「そう・・・なのですか・・・」

春風は残念そうな顔をした。

どうやらカードも実在するもんだから漫画みたいにカードからキャラが飛び出してくると本気で思っていたらしい。

「で、何か用なの?今春風と真剣勝負中なんだけど?」

「ああすまんすまん・・・ってお前ら待機中だろ?」

「ええそうよ?だからこうしていつでも出撃できるように艤装背負ってるじゃない。 ね〜連装砲くん?」

天津風が問いかけると膝に乗っていた連装砲くんがぺこりと頷いた。

「お前らがそれで良いなら良いんだけどさ・・・ちゃんと何かあったら途中でもすぐに出るんだぞ?そう約束するなら暇だろうしそれくらいは良いけどさ・・・ところで吹雪は? 今あいつ当直じゃないだろ?」

「吹雪でしたら先程ケンちゃんを見に行くからと言って自室に戻っていきましたよ?」

「ケンちゃん?」

「昨日すくった金魚の事みたいよ。 用があるなら部屋まで行ってあげれば良いんじゃないかしら?ね、大きい方のケンちゃん?」

天津風は人を馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべてそう言った。

「ああもうお前までそんな呼び方するな! と、とにかく何かあった時はすぐに出られるようにするんだぞ!わかったな?」

 

そのまま急いで自室ってこっそり中を覗いてみると吹雪が嬉しそうに金魚鉢を眺めながら何やら金魚に話しかけていた。

「ふふふ〜 これからは吹雪おねえちゃんがいっぱいケンちゃんのお世話してあげまちゅからね〜・・・ なんちゃって! あっ!ケンちゃんそのお尻に付いてる細いの何?もしかしてうんち? 金魚もうんちするんだぁ・・・ケンちゃんのうんちすっごく細い・・・」

ああもう何いってんだ吹雪は!!

年頃の子がうんちなんて連呼するんじゃありません!

いや吹雪ぐらいの年の頃は俺もうんちだのちんこだのが無性にツボってた時期もあったけど・・・

でもこのまま見てるわけにもいかないし吹雪と吹雪の空間に邪魔するみたいで悪いけど・・・

「はーいどうもー・・・大きい方のケンちゃんでーす・・・」

「きゃぁっ! お、おおお兄ちゃん!?いつから居たの?」

「・・・ちょっと前からだけど」

「こっ、これはね・・・天津風ちゃんに名前が無いのは可哀想だって言われてなんて付けようか思いつかなくて・・・そしたら春風ちゃんが好きなものの名前を付けたら良いんじゃないか?って言ってくれて・・・だから・・・大好きなお兄ちゃんの名前付けたの。 ダメ・・・かな?」

なんか自分の名前を呼ばれてるみたいで落ち着かないけど吹雪にそこまで言われたらダメだとは言えず・・・

「わ、わかった・・・それじゃあその・・・ケンちゃん。しっかり世話してやるんだぞ?」

「うんっ!」

結局新たな同居人はケンちゃんという名前になってしまった。

「そうだ吹雪、今から金魚の餌を買いにスーパーまで行こうと思ってさ。 もし良かったら一緒に行こうと思って探してたんだよ」

「そうだったの?行く行く!! それじゃあケンちゃん?ご飯買ってきてあげるからいい子で待っててね」

吹雪は金魚鉢に向かって優しくそう言った。

なんか調子狂うなぁ・・・

 

こうして俺は吹雪とともにそこそこの距離を歩いて最寄りのスーパーまでやってきた。

「えーっと・・・金魚の餌は・・・一匹だしこれで十分だろう」

筒状の容器に入ったフレーク状の金魚の餌を取り出して買い物かごに入れた。

「ねえお兄ちゃん、金魚ってどんな餌食べるの?」

「この中にふりかけみたいなのが入っててな、それをあげておけば十分だと思うぞ」

「そうなんだ」

「ラベルのところにも書いてるけど食べ切れる量を一日何回かに分けてやるんだぞ」

「うんっ!」

これで当初の目的は達したが流石にここまで歩いてきてこれだけ買って帰るのももったいないな。

「そうだ。せっかくだしアイスでも買って帰るか。もうそこまで熱くもないし帰るまで保つだろうし天津風と春風に差し入れも兼ねてな」

「えっ!?良いの?」

「ああ。どれでも好きなの選んで良いぞ。吹雪も午後からまた当直だし頑張ってもらわなきゃ」

「やったぁ!」

「あんまりでかいの選んで腹壊さないようにな」

こうして吹雪の欲しがったアイスと何本かアイスバーが入った箱、それに軽くつまめる惣菜やお菓子なんかも一緒に買って俺たちはスーパーを出た。

 

二人でアイスを食べながら鎮守府へ戻ると

「ほ〜らケンちゃん? お腹空いてたよね?ご飯買ってきてあげたからいっぱい食べてね〜」

吹雪は一目散に自室へと駆け込み、早速優しく声をかけながら買ってきた餌を金魚にやると食い入るように金魚鉢を見つめた。

「お兄ちゃん見て見て!!ちゃんと食べてくれたよ」

「そりゃ金魚の餌なんだから食べるよ」

「そっか・・・でもなんだか嬉しいの!美味しそうに食べてくれてるみたいに見えるし」

「じゃあ餌もやったことだしアイス天津風たちに届けに行かないとな」

「うんっ! そろそろ交代の時間だしね・・・ ケンちゃん?お姉ちゃんこれからお仕事行ってくるからね」

 

部屋を出て演習場へ行ってみると

「では縄文火炎ドラゴンで天津風にダイレクトアタックします!アタック時資材を2枚墓地へ送ることであなたのスケルターはガードできませんっ!」

「くっ・・・ソウルで受けるしかないわね・・・ああ悔しいっ!また負けた!! もう一回よもう一回!!」

相変わらず春風と天津風が机を囲んで白熱した戦いを繰り広げていた。

「なあ天津風、そんなハマったのか?」

「へっ!?あなたいつ帰って・・・違うわよこれはここがロクに遊ぶものもない辺鄙なところだし待機してるのも暇だから仕方なく・・・」

「あらあら嘘はいけませんよ天津風。 先程まであんなに楽しそうにしてたではありませんか」

「うう・・・そ、それより何の用よ?」

「そろそろ昼時だしなんか食うもんほしいんじゃないかな〜って金魚の餌買うついでに色々買ってきたんだけど」

「アイスもあるよ! みんなで食べよう」

「それを早く言いなさいよ・・・あっ、あたしこれが良い」

「ではわたくしはこれを頂いてもよろしいでしょうか?」

天津風と春風は一旦手を止めて持ってきたアイスや惣菜やお菓子が入った袋から好きなものを取り出し、俺と吹雪も混ざって四人で軽い昼食を取った。

 

昼食を食べ終え、そろそろ春風と祭りを回る時間が近づいてきた。

「ふぅ・・・食った食った。 それじゃあ俺残ったアイス共有の冷凍庫に入れに行ってくるよ。 ま、どうせ阿賀野が全部一人で食っちゃいそうだし釘刺す張り紙でも貼ってからな」

「うん!ありがとねお兄ちゃん。それじゃあ春風ちゃん、そろそろ交代の時間だね。」

「ええ。 わたくしお祭りを回るのとても楽しみにしていました。是非色々ご教示いただけると幸いです」

春風はこちらに深々と頭を下げてきた。

そんな大したことじゃないと思うんだけどなぁ・・・

「おう! ま、ご教示なんて大したことはできないけど・・・春風が楽しんでくれるならそれでいいや。 どうするんだ?着替えたりとかするのか?」

「はい。 流石にこのままではと思いますので少々準備にお時間いただければ幸いです。 今日のために服も用意したので」

「わかった。じゃあ俺玄関で待ってるよ。 それじゃあ吹雪も当直がんばってな」

 

演習室を後にして俺は食堂にある共有の冷凍庫に余ったアイスを入れておいた。

勿論【一人一日一本まで! 特に阿賀野!】という付箋も貼って。

こうでもしておかないと共有で置いておいたものはだいたいあいつに全部食べられちゃうし・・・・

いや書いてあっても食う時は食うんだけどさ。

 

しかしこの日のために春風が服を用意したって一体どんな格好をしてくるんだろうか?

やっぱりすげえ高そうな浴衣とかなのかなぁ・・・

もしそうなら屋台でなんか食べてソースとかこぼれたりしたら大変そうだしすげえ気を使いそうだ・・・

そんな事を考えながら玄関で待っていると

「司令官様〜」

と遠くから春風の声が聞こえてきた。

なんか思ったより早かったな。

着付けとかもっと時間かかると思ってたんだけど・・・

「おっ、来たか! えっ・・・?」

俺は声の方に振り向いてみるとそこには予想だにしなかった姿の春風が居た。

「ど、どうでしょうか・・・? 似合っているでしょうか・・・? 高雄さんにお願いして買ってきていただいたんです。 まさかあんなに安く衣服が揃えられるとは思っていませんでしたが」

春風が来てきたのは高そうな浴衣なんてものではなくキャップを被りTシャツに半ズボン、それにスニーカーといういつもの雰囲気とはかけ離れたボーイッシュ・・・というより完全に男物で揃えた格好だった。

それどころか髪もさっきまでの様にセットされたものではなく下ろして後ろで括っている。

「に、似合ってる・・・というか意外だな・・・ てっきりもっとしっかりした浴衣とか着物とか決めてくるのかと思ってたよ」

「ええ。始めはそうしようと考えていたのですけどいつも和装ですからね。 せっかくですし男児の様な格好でお祭りを楽しんでみようかな・・・と。 どうでしょうか?わたくし男の子に見えますか?」

春風はそう言ってこちらに姿を見せつけてくる。

確かに身体つきは男っぽいし遠目に見れば男に見えなくもないんだけどやはり隠せない気品みたいなものが身体から溢れ出しているような気がする。

それに・・・男装したのは良いんだけど体を動かす度に胸の膨らみが揺れるのはどうにかならないのか・・・?

いつもの和装より生地が薄いからか春風の胸元がとても強調されて見えるのだが春風はあくまで女装をしたときに見栄えが良くなるからと胸にいつもパッドを入れているのは知ってるけど今は男装して必要ないはずはずなのになんでつけてるんだ?

「な、なあ春風・・・? たしかに様になってはいるんだけどさ・・・」

「そうですか!? 嬉しいです! せっかくですし今日は春風ではなく一人の男児としてお祭りを楽しみたいんです!」

「そ、そうなのか・・・けど・・・ なんで胸の詰め物そのままなんだ?」

俺がそういうと春風ははっとなったような顔で胸を見て触った。

「す、すみません司令官様! わたくしとしたことがいつもの癖でパッドを付けてきてしまいました・・・女装は以前から家のしきたりでしてきましたが艦娘になってから胸は艦娘になってからつけるようになって実はお恥ずかしながら今では身体の一部のようになっていてうっかり・・・やはり変ですよね?今すぐ外します・・・!」

そう言うと春風が急に襟首に手を突っ込んで胸元を弄ろうとするので

「わ、わかったから!! 別に春風が良いなら俺は気にしないから!!」

「そう・・・・ですか。 司令官様がそう仰るなら」

春風はそう言って手を止めた。

 

そして二人で祭りの会場へ足を運ぶと3日間ぶっ続けでステージイベントのMCを買って出てくれている那珂ちゃんの声が会場に響いている。

そういや今日はライブをやるんだー!とか息巻いてたっけな・・・

「春風、どこか行きたい所とかあるか?」

「ええ。 今日のために予習をしてきました。 あちらの屋台わたくしとても気になっているんです」

春風が指差したのはチーズドッグの屋台だった。

「えっ、あんなのが良いのか!?」

あまりにも春風の雰囲気には似つかわしくないド派手でどぎつい色の屋台だったので俺は少し戸惑う。

「昨晩初雪さんがとても美味しそうに召し上がって居まして・・・わたくしあのようなハイカラな物初めて見て自分でも食してみたいと思ったのです。 いけませんか?」

「いや・・・いけなくはないけどさ 春風ってこういう人混みとか屋台とかあんまり好きそうなイメージなかったから」

「そんなことはありませんよ。 祭ばやしに人々の喧騒。これを肌身で感じられてわたくしとっても嬉しいんです!」

「そうなのか・・・じゃあ買いに行こうか」

「はい!」

そしてチーズドッグの屋台にできていたそこそこ長い列に並び、やっとのことで手に入れることができ、俺自身もこの手の流行り物は敬遠してあまり食べる気にはならなかったので初体験だが見た所アメリカンドッグの様な見た目をしていた。

それを口に運ぶとサクッとした衣の中からチーズが溢れ出してきて、切り離そうとするとが思ったよりも弾力がありにゅっと口からチーズが手元まで伸びていく。

それをやっとのことで噛み切ってなんとか食べることが出来た。

「ふぅ・・・予想より伸びたなこれ・・・」

「ふふっ!司令官様も初雪さんみたいな召し上がり方をするのですね! わたくしもしてみたい・・・いえしかしこんなはしたない食べ方など・・・」

春風は買ったはいいもののどうやら食べ方を気にしているようでチーズドッグをたべられずに居た。

「大丈夫だって。多分これが正しい食べ方なんだし・・・ 今日はお祭りなんだからその服みたいにいつもの春風じゃない所見せてくれよ!」

「は、はい・・・!そうですよね!今日のわたくしはお祭りを楽しむ男の子なのですから!ではいただきますっ・・・はむっ・・・・んんっ!?」

春風も同じ様ににゅっと口からチーズを伸ばし、それを必死に噛み切ろうと苦戦しながらも感触していった。

「ふぅ・・・ 面白いお料理でしたね! わたくしこのような物初めていただいたので・・・!」

春風はとても嬉しそうに食べ終えた串を得意げに眺めている。

「そうだ春風、この手のドッグの一番美味しい所知ってるか?」

「えっ・・・?わたくしもう食べ終わりましたけど・・・」

「ほらここだよここ! ここがカリカリしてて美味いんだ」

俺は串の根本に付いている固い部分をカリカリと音をさせながら食べてみせた。

「そ、そんな場所まで食べられるのですか・・・! やってみますっ!」

春風は目を輝かせて俺を真似て付け根の残った部分をいい音を點せながら食べていった。

「先程まで食べていた部分の方が美味しいはずなのになんだかここだけ特別な気がして不思議です・・・!」

「そうだろ? 別に特別美味いってわけじゃないんだけどなんか無性に食べたくなるんだよこの部分。 なんていうかこれを綺麗にしてやっと食べ終えたって実感するっていうか」

「そうなのですね! 年頃の男児は皆この食べ方を知っているのでしょうか・・・?」

「うーん・・・どうだろ? でも大体周りはみんなやってたな」

「そう・・・ですか・・・やはりわたくし・・・世間のこと・・・それに男児のことを知らなさすぎるのですね・・・やはり男で有るはずなのに女として育てられてきた以上こんな中途半端になってしまうのでしょうか・・・? わたくしはこんな女々しい自分が憎くて仕方がありません」

そう言うと春風の表情は暗くなった。

それまで春風はただ世間知らずで家から抑圧された反動で男らしくなりたいという大雑把な目標を掲げているだけかと思っていたが思っていた以上に根が深いはなしなのかもしれない。

どんな家庭の事情があったか詮索はしていないがきっとただ女として育てられてきたから男らしくなりたいとかそんな反抗から来るものではなく春風は普通の男の子にずっと憧れ、そして悩んでいたのだろう。

だいたいこの歳くらいの男の子なら知っているようなこと、やっているようなことを春風はずっと知らず、そしてできずにいてそれどころか艦娘になって更に年頃の男の子とはかけ離れた生活を送るようになってしまった彼がこうして男の格好をしたり俺に世間一般の男の子とはどんなものなのかを聞いてきたりして必死に失われた時間を取り戻そうと彼なりに努力しているのが痛いほどに伝わってくる。

「だったら・・・ だったらこれからいっぱいやればいいじゃないか! そりゃ艦"娘"として生活しなきゃなんないからずっととは言えないけど鎮守府の艦娘はみんな男なんだから! お前が普段男の格好したりしても誰も咎める人なんて居ないさ。 それを咎められる権利なんて誰にもないんだよ。 だから艦娘だったとしても・・・それでも自由で居られる時は春風の好きにしたら良いんだ」

「司令官様・・・」

「だから無理に男らしくなりたいとか女らしくしなきゃいけないとかじゃなくて春風が自分のやりたいことをやれば良いんだよ。 きっと天津風たちとカードゲームやったりこうして男の格好で祭りで楽しみたいっていう春風も春風だけど・・・それでも前にも言ったと思うけど綺麗で髪のセットも毎朝欠かさずやって女物の着物を着こなして凛として女性として振る舞ってるお前もそれを嫌々やってるとは思えないんだ。 だから多分どっちも春風なんだよ。 だからそれを恥じる必要も悔やむ必要もどっちか選んだり捨てたりすることも無いんだ。 春風は他の男の子たちに無いものを沢山持ってるじゃないか」

「そう・・・ですか・・・ わたくしずっとただ漠然と男らしくなりたいと思う余り男らしさとは何か・・・そう考えるようになっていたのです。 でも無理に男らしくなる必要も・・・女々しいわたくしを否定する事もしなくて良いのですか・・・?」

「ああそうだ! これからやりたいことなんていくらでも探せば良いんだよ。それが男だろうが女だろうが関係なく春風自信がやりたいことをさ。艦娘をやりながらだって色々やれることはあるはずだろ?」

「・・・はいっ! あれ?すみません司令官様・・・何故か涙が・・・」

春風の頬を涙が伝っていたがその顔は先程と違いとても晴れやかに見えた。

「泣きたいなら泣けば良いんだぞ? 男だろうが女だろうが泣く時は泣くんだから」

「・・はいっ! でもせっかくこうして司令官様とお祭りを楽しめる機会なのです! これは人前で泣くのが女々しいとかそのような思いではなくただお祭りで涙を流すようなことをしたくないという私自身の意思でこの涙は次に嬉しいことがあった時に取っておきます!」

春風はそう言うとポケットから高そうなハンカチを取り出して軽く涙を拭うと俺に笑顔を見せてくれた。

そして春風が落ち着くのを待ってから会場を回るのを再開し、祭りの喧騒を二人で歩いていく。

春風は見るものすべてが憧れていたものや知らなかったものに溢れているで、その輝いた瞳は少年のものに見えた。

 

「司令官様!あれは何でしょう?」

春風が指差した屋台の前では子供や大人が机に突っ伏して何かをしていて、屋台のテントには型抜きと書かれていた。

「ん?ああ型抜き・・・かな。 爪楊枝で型をくり抜いたらその難易度に応じた賞金がもらえるとかなんとか・・・」

「そんな屋台も有るのですね・・・! 司令官様はおやりになったことはあるのですか?」

「いや。近所の祭りじゃああいうのは見たこと無いからやったことはないな・・・」

「では司令官様も初めてなのですね! それではご一緒していただけませんか・・・?」

「ああ良いぞ!」

「ありがとうございます! カードは使えるでしょうか・・・?」

「い、いや・・・カードは屋台じゃ使えないと思うぞ?」

こうして二人で型抜きをすることになったのだが・・・

「ああっ!クソッ!こんなのできるわけ無いだろ!」

俺は一番安いやつですらまともに抜くことは出来なかったのだが。

横を見てみると春風が凄い変な形の型を綺麗に抜き取って屋台の親父に見せていた

「・・・はいっ!出来ました! これでよろしいのでしょうか・・・?」

「ぐぬぬ・・・・難癖を付けてぇが付ける場所が見当たんねぇ・・・もってけドロボーだいっ」

「ふふっ!ありがとうございます」

「チクショー! 毎年来る髪の長いガキと言い商売上がったりだぜ全く・・・」

屋台の親父はそう吐き捨てている。

待てよ・・・?毎年来る髪の長いガキ・・・

「あ、あの・・・」

「なんでぇ!? 終わったならさっさと帰ってくんねぇか」

「す、すみません・・・ 髪の長いガキってもしかしてこのくらいの背丈で目が死んでるみたいな変なTシャツ着てた子ですかね・・・?」

ボディーランゲージを交えて初雪かどうか尋ねてみるとオヤジは大きなため息を一つ吐き

「ああそうだが? お前さんあのガキの知り合いか?」

やっぱり初雪のことか・・・

あいつほんとに屋台荒らししてるのか・・・

「ま、まあそんなところです・・・」

「そうか・・・じゃああのクソガキに伝えといてくんねぇか?また来年お前さんが抜けねぇような新作を作ってきてやるから覚悟してろってな!」

屋台の親父はそう言ってニカっと笑った

「・・・えっ?迷惑じゃないんですか?」

「ああ確かに抜かれるのは迷惑極まりねぇんだがもうここまできたらあいつのために新しい型作ってそれが抜かれるかどうかの毎年の勝負だと思っててなぁ・・・ ま、あいつに持ってかれても儲けが出るくらいには儲けさせてもらってるからおあいこよ。まさか抜けるやつが二人出てくるとは思わなかったけどな・・・」

ちらっと屋台に目をやると

【新作! 超高難度型1回1万円 抜けたら10万円!! 一人一回再チャレンジなし】と書かれていた。

あれ・・・もしかして春風の抜いてたやつって・・・

「ふぅ・・・一気にお札が9枚も増えてしまいましたね・・・余り現金は持ち歩かない主義なのですが・・・これだけあればお祭りを十分楽しめるでしょうか?」

春風は高そうな財布に10万円を突っ込んでいた。

やっぱり男とか女とか以前に春風って色々ズレてそうだなぁ・・・

 

そして春風と二人で一通り屋台を周っていき、先程手に入れた10万円で豪遊した。

もちろん全額使い切る事はなかったが・・・

そして俺の神社の手伝いが始まる時間も近づいてきた頃、俺たちはベンチに腰掛けて一息ついてた。

「いやぁ悪いな色々奢ってもらって」

「いえいえわたくしが勝手にお金をお出ししただけですからお気になさらないでください。それに吹雪達へも良いお見上げが出来ました」

「・・・そっか。 で、どうだ?今日は楽しかったか?」

「ええとっても! お祭りってこんなに楽しかったのですね! わたくしが艦娘になる前はお父様が行くことを許してくださらなかったので遠くから聞こえてくるそんなにぎやかな祭ばやしを屋敷からただ聞いている事しかできなかったのでこうしてお祭りに参加できてとても嬉しかったです!」

「春風が喜んでくれたならよかったよ」

「ええ。ですがお祭りがただ楽しかっただけではないんです」

「だけじゃない?どういうことだ?」

「いつも他の艦娘の方たちと一緒にいらっしゃる司令官様をこうして独り占めできるのも悪くありませんね!」

そう言うと春風は座る距離を詰めて俺に身体を寄せかけてきた。

「は、春風!?」

「いつも司令官様の隣は吹雪や天津風の定位置になっていますからね。こうして二人を気にせず司令官様の隣を独占できるのもなかなか良いものです」

「春風・・・」

「司令官様、今日は本当にありがとうございました。 なんだかずっと心にかかっていたモヤが晴れたようなとても晴れやかで楽しい気分です。 こんなわたくしですが今後ともご指導ご鞭撻・・・お願いできますでしょうか?」

「ああもちろんだ!」

「そう言っていただけて嬉しいです・・・これからもどうかこの春風を・・・遥輝をどうかよろしくお願いいたします」

「・・・へっ?ハルキ?」

「まだ申し上げておりませんでしたよね?わたくしの本当の名前です」

「いい名前じゃないか」

「しかしこの名前で呼んでくださったのお母様と一部の者だけで基本遥華と呼ばれておりましたが・・・戸籍でも遥華になっていました。ですが遥輝という名前は何もかも女として育てられているわたくしの事を想って母上が亡くなる前にもう一度付けてくれた大切な名前なのです。その名前を司令官様にも知っておいてほしくて・・・」

「きっと優しいお母さんだったんだろうな」

「はい! それはとても綺麗で優しい方でわたくしの憧れでした」

その言葉でピンときた。

春風はきっとただ家のしきたりだかなんだかで女装をしていたわけではなく母親にあこがれて女性的な立ち居振る舞いや髪の手入れや完璧な着付けをマスターしていたのだろう。

そんなものを捨てるなんてとんでもない!

やはりそれもあってこその春風・・・・いや遥輝という人間なんだ。

「そっか・・・じゃあその憧れも名前と一緒に大事にしなきゃな」

「はい! 憧れも・・・やりたいこともどちらも大切にしてみせますね!」

春風はそう言って再び笑ってくれた。

 

そして神社の売店の手伝いの時間が迫ってきて春風と別れて神社の社務所へ行くとそこには雲人さんと高雄さんがいた。

高雄さんはもう非番のはずだけど・・・

「あら提督、早かったですね」

「謙さんお待ちしておりました」

「は、はい。 そういえば阿賀野は来てますか?」

「ええ来てるわ。 というかあまりにも起きないので私が引っ張り出して連れてきました。今中で着替えてます。」

高雄さんはやれやれと言った感じで頭を抱え、そんな高雄さんを見て雲人さんも愛想笑いを浮かべていた。

てか着替えってどうすれば良いんだ?

「あ、あの・・・俺はどうしたら?」

「謙さんのお着替えの準備もしてありますよ。 もちろん更衣室も分けているのでご安心ください。こちらです」

雲人さんに案内され、俺は社務所の中の仕切られた場所へ通された。

そこには袋がちょこんと置いてあって恐らくその中に俺用の服が・・・・

服が・・・・

あれ?

袋の中から恐らく俺用のであろう服を取り出したのだがそこに入っていたのはどう見ても女物の巫女服と可愛らしい下駄だった。

もしかして間違えたのかな・・・?

「あのー雲人さん?すみませーん・・・服多分間違えてるんですけどー」

そう声をかけると

「いえ。それで合ってますよ」

「うわぁぁ!た、高雄さん!?」

急に高雄さんがぬっと顔を覗かせてきてそれを追うように雲人も顔を覗かせ二人で部屋に入ってきた。

「悪く思わないでください謙さんっ・・・ 神社の運営ってけっこう大変なんですけど高雄さんからいくらかお心づけを頂きまして・・・本当にごめんなさいっ・・・」

雲人は俺の方を見て申し訳無さそうに手を合わせる。

そして高雄さんは不敵な笑みを浮かべ・・・

「ということで提督にはそれを着て接客してもらいますね」

「えっ!?えっ!?」

訳がわからないでいると巫女服姿の阿賀野が化粧道具を入れたポーチと黒い髪のウィッグを持って部屋に入ってくる

「あ、阿賀野!? ここ俺の更衣室だぞ!?」

「しってるよそんな事・・・さあ提督さん? また女の子になろっか?」

「という訳です提督。 大人しくこれ着てもらいますからね・・・♡」

高雄さんと阿賀野がそんな事をいいながら俺ににじり寄ってくる

「じゃ、まずは足の脱毛からね〜」

阿賀野はガムテープをべりべりと引っ張ってこちらに向けてくる

あれ・・・この感じ前にどっかで・・・

ってか高雄さん顔怖いって!

「ちょ・・・ま・・・待って・・・!た、高雄さん!?」

「大丈夫ですって。大人しくしてたらすぐ終わりますから」

高雄さんにものすごい力でがっちりとホールドされ、阿賀野の持っていたガムテープがスネに当てられた次の瞬間ベリベリという音とともに俺の足にものすごい痛みが走る。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

俺の悲鳴が社務所と神社に響き渡ったがそんな叫びも祭りの喧騒にかき消されていった。

 

それからしばらく俺は椅子に座らされ阿賀野に化粧をさせられて女物の巫女服を着せられていた。

「うんっ・・・じゃあ最後にウィッグをかぶせてっと・・・よしっ!高雄?こんなもんで良い? ほーら提督さんも自分の可愛い格好みてみてよぉ〜」

そう言って阿賀野が持ってきた姿見には以前とは少し違った化粧をさせられた巫女服姿の俺が居た。

「ううっ・・・女装する羽目になるなんて・・・」

「良いわ良いわ!!提督?こっちに目線くれます?」

高雄さんは鼻息を荒くして一眼を俺に向けて構えていた。

俺、マジでこのまま接客しなきゃいけないのか!?

それに花火始まった時天津風と会う約束してるのにこんな格好でどうすりゃ良いんだよ!!




ご無沙汰しております。
8月7日に創作活動5周年を迎えます。
ここまで長く続けられたのはひとえに読んでくださる皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。
こんごともどうかよろしくお願いいたします。


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XX祭り最終日(中編)女装と打ち上げ花火

超絶ご無沙汰です。


「良いわ良いわ!!提督?こっちに目線くれます?」

目の前に置かれた姿見には女巫女服を着せられた俺と鼻息を荒げて一眼レフを構える高雄さんが映っている。

 「ううっ・・・また女装する羽目になるなんて・・・」

「どう?提督さんっ!前よりうまくいったと思うんだけど」

鏡に映る変わり果てた自分の姿をまじまじと見つめていると姿見の後ろから阿賀野が顔を出し得意げに胸を張った。

「どうもこうもねぇよ! だいたい何で女装しなきゃならないんだ? それになんだよこれ!?お前のはまだ百歩譲って袴だからわからなくも無いけどなんで俺だけこんな丈も短いしキツネの耳みたいなカチューシャも付いてんだよ!!」

そう。俺の着せられている巫女服は阿賀野が身につけているオーソドックスなそれよりもなんというかめちゃくちゃ丈の短いスカートに全体的にわざとらしいほど可愛らしいデザインでコスプレ寄りというかどう考えても罰当たりな物になっている。

「あら?気に入らないかしら?私がこんな事もあろうかと作ったおいたのだけれど」

「やっぱりそういうことか・・・」

この巫女服は俺のサイズに恐ろしくぴったりで前もこんな事があったがいつのまにか高雄さんに俺の全身のサイズを知られてると思うと本能的な恐怖みたいなものを感じた。

以前女装をさせられたときは長いスカートだったが今回はミニスカートのような丈の袴を履かされているせいで肌寒さがそのスカートから直に伝ってきて落ち着かないしそんな裾から覗く太ももの毛は毛と共にガムテープで強引に引き抜かれてすべすべにされてしまっていてまだ少しヒリヒリする。

それだけでなく阿賀野に「女装は見えないところからだよ!」とか言われてもう2度と履くことはないだろうと思っていた女物のパンツにブラジャーまで付けさせられてしまった。

ああ・・・何でまたこんな目に遭わなきゃいけないんだ?

「・・・似合うとか気にいらないとかじゃなくてなんでこんな格好しなきゃいけないんですか?」

この間は俺にも非があったわけだけど自慢じゃないがここ最近は真面目に働いてたはずなんだけど・・・

「なんでってそりゃそっちのほうが面白いからだよ!ま、ホントのところは高雄がずっと着せたがってたみたいなんだけどね〜」

阿賀野はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてそんな事を言っている。

「面白いってお前俺は第一男なんだぞ!?こんなフリフリの短いスカートなんて・・・」

「あら?男がスカート履いちゃいけないなんて決まりはないでしょう?第一私達も男ですから」

そう艦娘の制服を見事に着こなす高雄さんに言われてしまうと反論の余地がない。

そりゃこんな俺のサイズぴったりなコスプレチックな巫女服がそんなすぐに用意できる訳もないしこれは恐らく計画的な犯行と見て間違いないだろう。

「高雄さん!いくらなんでもこんなのパワハラですよ!?」

「何言ってるんですか提督、一応貴方のほうが上司なんですよ?それにしっかりと対価は先に渡したでしょう?その分はしっかり私のおかz・・・いえ目の保養・・・でもなくて地域に貢献してもらうわよ?」

「対価・・・?」

「ほら、旅館のペア宿泊券。 しっかり受け取ってくれたじゃない!今更返品交換は受け付けませんよ?」

「あっ・・・」

くっそぉ!完全にハメられた!

タダほど高いものはないとはよく言ったものだけどまさかこんな仕打ちを受ける羽目になるとは・・・

こんなことになると知っていれば絶対断ってたけど今更突き返してもどうしようもなさそうだ。

「で、でもこんな格好・・・第一男だってバレますって!ましてや接客しなきゃいけないのに声だってそんな高くないし」

「大丈夫大丈夫!阿賀野たちも身体はオトコなんだし隣に並んでも相対的に肩幅も広いんだからバレないって! それに阿賀野が精一杯可愛くなるようにメイクしてあげたんだからもっと自身持って! 前だってバレなかったじゃない」

「なんだよその超理論・・・自信持ってって言われてもなぁ」

鏡に映る自分をマジマジと見つめるがやはりこんな格好で人前に出ることを考えると恥ずかしくて死にそうだ。

そんな時

「謙さん阿賀野さんそろそろ・・・あっ・・・」

俺が女装をさせられている間に用事があるからと更衣室を出て行っていた雲人さんが俺たちを呼びにやってきた。

雲人さんは俺を見るなり上品に右手を口元に持っていて俺を物珍しそうに見つめてくる。

いくら知り合いとはいえ阿賀野や高雄さんに見られるのとは大違いで俺の顔はカッと赤くなった。

「謙さん、良くお似合いですよ。」

恐らくお世辞だろうが雲人さんはそう笑みを浮かべて言ってくれたのだがやっぱりこんな格好で人前に出るなんて・・・

と尻込みをしていると

「ほら!稲叢さんもそう言ってるんだしそろそろ時間だから行くよ提督さんっ!」

「うわぁっ!引っ張るなって!まだ心の準備が!」

「提督〜行ってらっしゃい」

阿賀野に手を捕まれ半ば無理やり持ち場へ連れて行かれる俺を高雄さんは一眼片手に手を降って見送っていた。

 

そして授与所へ連れて行かれ雲人さんから大まかな確認も兼ねた説明を受ける。

買収されたとは言え雲人さんには後ろめたさもあったらしくあまり人と接しなくても良いようにと裏手でおみくじやら商品を用意する仕事に回してくれた。

そして仕事が始まると、阿賀野は愛想を振り撒きながら参拝客にお札やら御守りやらをどんどん捌いていく。

「提督さ・・・バイトちゃん!おみくじの38番お願い!」

「は、はーい・・・」

俺は阿賀野にこきを遣われながらか細く高めな声で返事をして早く終われと思いながら黙々と作業をこなしていった。

最終日な上初詣でもないのでわざわざそんなものを買いに来る客もあまり居ないのかそこまで人が押し寄せてこない事が不幸中の幸いで、俺は接客をすることなく裏で黙々と阿賀野にお守りやらおみくじを渡したり補充したりする事なんかに徹する事が出来ていてこのままなんとか終わるまで波風立たず極力顔を他人に見せず過ごせるかもしれないなんて淡い期待を抱いていた時だった

 

「おーっ、阿賀野ちゃんやってるのね!」

裏で補充用の商品を用意しているとそんな聞き覚えのある特徴的な声が聞こえてきて俺は思わずその場で見を伏せる。

「イクちゃん先輩来てくれたんですか!?」

育田さんだ。

突然の知り合いの来客に俺は育田さんから見えないようにその場で身を屈めて早くここを離れてくれと祈るが

「あったりまえなの!それにしても阿賀野ちゃん去年より巫女服も着こなしてていい感じなのね!また艦娘として磨きがかかったんじゃないの?」

「そんな褒めても何も出ないって!それもお化粧とか教えてくれた先輩のおかげだよぉ。おかげさまでこの3日間で連絡先20件くらい貰っちゃって」

俺の祈りも虚しく話は弾んでいるようで・・・

というかそんな連絡先もらってんのかこいつ・・・

こいつが男だって知ったら連絡先渡した奴らはどんな顔をするか・・・

「ほほーモテモテなのね!で、その中にいい人いたの〜?それともやっぱ付き合うならカノジョなの?イクにもよかったら紹介してほしいの〜!」

「うーん・・・やっぱまだ初対面の男の人と付き合うっていうのはちょっと抵抗が・・・でもこんなだし女の子と今更付き合うってのもどうかなーって・・・」

こっそり積まれていたダンボールの影からそんな二人を観察していると阿賀野がそんな事を言いだした。

あんまり俺には見せないけどやっぱ男の身体で艦娘をやる以上そういう悩みも尽きない物なんだろうか?

いつも悩みなんて無いように振る舞ってるけどやっぱ少しは気にかけてあげたほうが良いのか・・・?

「またまた〜・・・もうなっちゃったものは仕方ないし当たって砕けるの!あ〜っ!そうだの。阿賀野ちゃんには提督さんが居るのね。最近どうなの?」

「え〜最近はねぇ・・・あっ、そうそう!いつもは顔真っ赤にしてすぐに逃げちゃうんだけど今朝はぎゅって抱きしめてもしばらく逃げたりしなくて!」

前言撤回。

大体あの時は阿賀野の朝帰りとかアイオワさんの関係とかが気になってそれどころじゃなかっただけであってだな・・・

「ふふぅ〜ん・・・阿賀野ちゃんから聞く限り提督さんは相当ウブみたいだからそれは結構な進展かもしれないのね!しっかし一回ラブホにまで一緒に行ったって聞いてたのに未だにそんなプラトニックな関係なの〜?」

「違います!!あれはあくまで事故というかなんというかで仕方なく一泊しただけでやましいことなんて・・・あっ」

育田さんの言葉に反応して思わず飛び出してしまったが今の俺の格好は妙ちくりんでコスプレチックな巫女服・・・

そんな俺を育田さんは一瞬誰か分からなかったのか首を傾げたが声で誰だか理解したようでニンマリと笑みを浮かべた。

「えっ!?もしかして提督さんなの!?やっぱりそっちのシュミもあったのね!」

「あ、いや!違いますよ?これは阿賀野と高雄さんたちに無理やり着せられて・・・」

見られたからには必死に弁解するしか無い。

しかしそんな俺を尻目に阿賀野はどこか得意げで・・・

「そうなの!メイクも阿賀野がやったんだよ?どう先輩?可愛く仕上がってるでしょ?」

「ほほーまた腕を上げたの!教えた身として鼻が高いのね!」

「何盛り上がってんですか!!それに阿賀野とホテルに泊まったのもバスで寝過ごして帰れなくなったからであって何もやましいことはなかったんですからね!?」

「ふぅん・・・それにしても可愛いの!今度イクもコーディネートさせてもらって良いなの?」

育田さんはそう言って目を輝かせながら俺をジロジロと見つめてくる。

「嫌ですよ絶対!」

「も〜新しい提督さんはつれないのね。ま、今日はイクも似たような事既にやって来たんだけど! ほーらいつまでも阿賀野ちゃんたちの死角になるところに隠れてないで出てくるの。同じような被害者が目の前にいるのね!」

「被害者って・・・」

育田さんがそう言って何やら手を背の方に回すと彼女の後ろで何やら綺麗な柄の布がひらひらとしているところが見え、ひょっこりと黒髪の少女が顔を出してきた。

「うわキツ・・・」

その少女は俺を見るなり小さな声で言う。

突然初対面の人に向かって失礼なやつだとも思ったがその声にはどこか聞き覚えがあった。

「キツくて悪かったな!!」

「ほ〜らちゃんと阿賀野ちゃんと提督さんに見てもらうのね!!」

育田さんはそう言うとひょいと少女を捕まえて前に出す。

その少女は可愛らしい浴衣を着て髪もセットされているのか黒い髪を結いウェーブもかかっていてまるで七五三や初詣の様な気合の入り方をしていて人形みたいという言葉があまりにも似合う。

「うう・・・イクさん・・・私今日は混むから行かないって言ったのに・・・後司令官も・・・あんまりジロジロ見ないで・・・」

少女は恥ずかしそうに顔を伏せる。

司令官・・・?

という事は鎮守府の誰かか?

いやでもこんな可愛くて清楚な子居なかったよな・・・?

俺がその美少女が誰なのか分からず首を傾げていると

「あーっ、もしかして初雪ちゃん!?」

阿賀野がそう声をだした。

阿賀野に言われてじっくり見てみるとたしかにその声も背丈も初雪と言われればしっくりと来る。

昨日一昨日とTシャツにズボンなんてラフでどちらかと言えば男っぽい格好をしていた初雪が今日は打って変わってこんな格好をしているなんて・・・

そう言えば育田さんが被害者って言ってたな・・・

多分俺同様きせかえ人形みたいにして遊ばれたらしい。

「・・・うう・・・帰りたい」

「ダメなの!せっかく綺麗におめかししてあげたんだし今から叢雲ちゃんに見せに行くの!!」

初雪、お前も育田さんに無理やりオシャレさせられたのか・・・

なんというか阿賀野と育田さんも似た者同士というかなんというか・・・

そんな事を考えて少し初雪に同情の念を抱いていると

「・・・それにしても司令官・・・デュフ・・・・・まあ、似合ってるんじゃない・・・?」

初雪は目を細めて可愛くない笑みを漏らす。

その顔はいつもの初雪そのものでやはり目の前の美少女が初雪であることを一瞬で理解させられる。

「わ、笑うな!!」

「ま、お互い運がなかったってことで・・・でも司令官の弱みをまた1つ握れたなら出てきたのも悪くはなかったかな・・・」

「お、おい!どういう事だよ!!」

「それじゃあ初雪ちゃん、そろそろ行くの!それじゃあ阿賀野ちゃんに提督さん!引き続き頑張るのね!」

「・・・はいはい。じゃ、そういう事だから今後私に便宜を図るように・・・ね」

育田さんに手を引かれ初雪は不穏なことを言い残して行ってしまった。

 

そんな騒がしい来客が居なくなり、再び境内の喧騒が嘘のような退屈な時間が訪れる。

「ああ見られてしまった・・・しかも今後がめんどくさそうなヤツ筆頭に・・・!!」

「良いじゃない褒められてたし」

「女装姿褒められたってなんら嬉しくねぇって!」

「またまたぁ・・・今のお前、すげぇ可愛い・・・。彼女にしたいくらい」

阿賀野はそんな事を低めのトーンで囁きかけてきて身体をぞわぞわとした感覚と頭にカッと熱が昇るような感覚が同時に走り思わず阿賀野から離れる。

「ああああああ阿賀野!?」

「あははははは!やっぱり提督さんはからかいがいがあって可愛いなぁ・・・!冗談だよ冗談!半分だけ・・・ね♡」

相変わらず俺をからかって楽しんでいるのか阿賀野はゲラゲラと笑っている。

「半分ってなんだよ!」

「内緒!すげぇ可愛いって方が本当かもしれないし提督さんを彼女にしたいって方が本当かもね〜」

相変わらず阿賀野が何を考えているのか俺にはさっぱりわからないしどっちが冗談でどっちが本当だろうがまっぴらゴメンだ。

それに結局阿賀野が俺にちょっかいをかけてくるのはあくまで反応を楽しむ為であって本当に好きな人は別に居るんだろう。

一瞬本当に俺に気があるのかと勘違い思想に鳴ることもあるが第一阿賀野は男だし昨日のアイオワさんがそうなのかもしれないし・・・

「お、お前なぁ・・・それにお前にはほら・・・昨日のアイオワさんが居るだろ?結局朝まで帰ってこなかったし」

「あーそのこと・・・大丈夫だよ提督さん!アイオワは・・・そう!大切な友達だから!あれ〜?もしかしてヤキモチ妬いてくれてる?阿賀野嬉しいなぁ〜」

そうか大切な友達・・・

阿賀野のそんな言葉に何故か俺は安堵を覚えていた。

あれ?なんで俺安心してるんだ?

別に阿賀野が誰と付き合おうが俺には関係のない話だし阿賀野がそれで幸せなら無理に首を突っ込むことでもないはずなのに・・・

もしかして俺ホントに阿賀野のこと・・・

「ち、違う!そんなんじゃない!第一お前は男なんだぞ!?」

俺は自分に言い聞かせる意味合いも含めて語気を強めてそう吐き捨ててしまう。

「ふぅん・・・そっかぁ・・・残念」

阿賀野はそう言うと急にしおらしくなり境内のにぎやかな雰囲気を黙って眺め始めた。

あれ・・・?俺言い過ぎたか・・・?

それならなんて言っておけばよかったんだ・・・?

 

それからしばらく掛ける言葉も見つからず少し気まずい雰囲気になりながら再び仕事に戻っていると

『みなさーんっ!3日間のXX祭りもそろそろ大詰め!これまで楽しんでくれてるー?』

ステージでMCを買って出た那珂ちゃんの声が聞こえてきて彼女の声に答えるようにステージを見ている客たちの声が聞こえてきた。

それにしても3日間ぶっ続けでステージイベント任されてるのに元気ですごいなぁ・・・なんて感心してしまう。

『さーてステージイベントのラストを飾るのは・・・そうっ!この私!XX鎮守府の那珂ちゃんのライブなんですっ!良かったらXX鎮守府の那珂ちゃんの事っ・・・覚えて帰ってほしいなー!!』

那珂ちゃんの声に答えるように拍手や歓声が上がる。

「那珂ちゃんすごいなぁ・・・」

阿賀野はそんな声を聞いて一人呟いていた。

『ありがとー!それじゃあ那珂ちゃん皆のために歌っちゃうね!!ライブの後も花火大会があるけどそれに負けないくらい頑張るからね!!いっくよー』

そして那珂ちゃんの歌声がステージの方から聞こえる。

その曲は有名なアイドルソングから知らない曲まで色々だったがその間にも日は落ち辺りはだんだん暗くなり始めていた。

そんな那珂ちゃんの歌声を聞きながら仕事を続けていると雲人さんが裏口から入ってきて・・・

「謙さん阿賀野さんそろそろ花火大会も始まりますし後は私に任せて見に行ってくださっても大丈夫ですよ。」

「えっ、もう良いんですか?」

「はい。ちょうど可愛いお手伝いさんも来てくれたので。ほら、恥ずかしがってないで出てきて。」

「うう・・・可愛いお手伝いって・・・一応雲より私の方がお兄ちゃんなんだけど・・・」

雲人さんに促され巫女服姿の初雪が彼の後ろからひょっこりと顔を出す。

「急にイクに七五三みたいな服着せられたり巫女服着せられたり・・・私は着せかえ人形じゃない・・・のに・・・早く帰ってネトゲ・・・したい・・・」

「いつもお世話になりっぱなしなんだから今日くらいは謙さんの役に立ちなさい。」

「・・・うう・・・わかった。」

「そういう訳ですから後は私達にお任せください。ご苦労さまでした」

初雪は嫌そうな顔をしていたが雲人さんがそう言うので厚意に甘えることにして、安堵しながら阿賀野とさっき無理やり着替えさせられたスペースへと戻った。

はぁ・・・やっと女装からも開放される・・・そう安堵したのもつかの間で・・・

 

「ふぅ・・・提督さん、疲れたねぇ・・・」

あろうことか阿賀野がそんな事を言いながらおもむろに巫女服をはだけさせた。

「ウワーッ!!あ、阿賀野!?何してんだよ!?」

「ええーだってここで着替えたんだから当然でしょ?それにオトコ同士なんだから気も使わなくていいじゃない。提督さんも早く着替えちゃいなよ。お化粧も落としてあげるから」

阿賀野はまた俺の反応を楽しんでいるのか巫女服をわざとらしくはだけさせ、その隙間からたわわな胸とブラジャーをちらつかせてくる。

これで男だなんて言われても目の前にあるおっぱいにはどうしても目が行ってしまいそうだ。

「お前が気にしなくても俺が気になるわ!!」

「えー良いじゃん早く着替えようよぉ・・・ほらほらぁ・・・あっ、もしかして脱ぎ方とかわかんない?それじゃあ・・・」

阿賀野は不敵な笑みを浮かべて此方ににじり寄ってくる

嫌な予感がして後ずさると後ろは壁になっていてその間にも彼女は距離をだんだんと詰めてきてドンと壁に手をつき此方に顔を急接近させてきた。

「俺が脱がしてあげよっか・・・?」

ほぼゼロ距離でまた少し低めの声でそんな事を言われて顔がじんわりと熱くなってしまう。

「お、おい阿賀野・・・そろそろいい加減に・・・!!」

そう言って振りほどこうとしたその時

『皆ありがとーそれじゃあ花火大会のカウントダウンいっくよー!』

という那珂ちゃんの声とともにカウントダウンの声が会場から聞こえてきた。

「そろそろ始まっちゃうね花火大会・・・」

「だ、だからなんだよ・・・早くどいてくれよ」

「やーだ。ねえ提督さん?せっかくなんだしキス・・・しない?」

「はぁ!?」

「ほら花火大会中にキスしたらどうのこうのってヤツ・・・」

「あ、あんなの観光協会の人たちが勝手に考えただけだって言ってただろ!?」

「でもさ、それを阿賀野と提督さんで本当にしちゃわない? そんなうるうるした唇見せられたら俺もう我慢できない・・・っ」

「おま・・・ちょっ阿賀野!?」

必死に振りほどこうとするが腕をがっしりと掴まれ阿賀野の顔が更に俺の方へ近づいてくる。

これだけ顔を近づけられても阿賀野が男だなんてわからないほどつややかな肌と唇を見て俺はもう訳がわからなくなってしまう。

だ、ダメだ・・・そ俺と阿賀野はそんな関係じゃ・・・

それに男同士でキスなんて・・・

俺は必死に言い聞かせ

「すまん阿賀野!俺ちょっと行くとこあるから!!」

「きゃあっ!ちょっとまってよ提督さぁん!」

俺は阿賀野を振り払い更衣室を飛び出した。

ほんのりと涼しい風の服境内を走っている最中夜空には花火が飛び始めその音と空気の振動が直に伝わってくる。

そんな音を体で感じながら俺は天津風と約束した場所へと走るのだった。



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祭りの後で

更衣室を服も着替えず飛び出した俺は天津風と約束した海辺のベンチ目指して走り出す。

参道を罰当たりな巫女服姿で走り抜けなければならないので人目が気になり恥ずかしくて死にそうだが今はそれどころではない。

後ろから

「提督さ〜ん!待ってよ〜」

なんて阿賀野の声も聞こえてくるし幾ら艤装と接続していない時は一般人と大して変わらない(らしい)と言われても日夜艦娘としての業務をこなしているアイツらに基本デスクワークの俺では恐らく体力的にも脚力的にも勝ち目はないのでこの人通りの多さを活かしてなんとか逃げおおせるしかないだろう。

服は着替えられなかったが靴だけはなんとか履き慣れたスニーカーを履くことができたのは不幸中の幸いだ。

なんせさっきまでは履かされていた草履は走りにくいだけでなく中に鈴が入っていて動く度に可愛らしい音がしていたからだ。

あの鈴ももしかすると俺が逃げるのを想定して位置を特定するためにチョイスしたのかもしれないと考えると少々怖くなってくる。

そんな事を考えながら花火を見上げる人々の間を掻い潜っているうち鎮守府の出している屋台の前を通りかかった。

チラッと目配せをしてみるが皆花火を見ていて客足もまばらで愛宕さんが一人暇そうにしているのが見える。

ん?一人・・・?

この時間は愛宕さんと金剛が店番のハズだけど・・・まさか・・・

「HEY!ケンーどこ行ったデース!?ケンの唇を奪うのはワタシデース!!」

人混みの中からそんな声が聞こえてきた。

クソっ!やっぱりか!!

どうやら阿賀野だけでなく金剛という獣までもが解き放たれてしまったらしい。

最近大人しいと思っていたが今日は本気の様でこのまま正規のルートを辿っていては見つかるのも時間の問題だ。

俺はこっそり参道を外れ、道の無い獣道を通って天津風と約束したベンチへ向かうことにした。

それからしばらく裾やら袖を木の枝やらなんやらに引っ掛けながら鬱蒼とした雑木林を抜けると天津風の待っているベンチが見えてきて、そこには浴衣姿の天津風の姿があった。

どうしよう・・・一応約束の場所までは来れたけどこんな格好だし何言われるかわかんないしなんか恥ずかしいなぁ・・・

俺はやっとここまで来れたのにも関わらず物怖じしてしまっていてこっそり林の影からしばらく天津風の様子をうかがうことにした。

「お兄さん遅いわね・・・とっくに花火は始まってるのに何してるのよ・・・もう・・・」

そんな事をつぶやきながら花火を見上げる天津風の横顔は薄暗くなる中で花火に照らされているからかいつもより綺麗に、そして少し大人びて見えた。

そんな彼の横顔に俺はいつの間にか見とれていたのだがふとした拍子に落ちていた木の枝を踏んでしまいポキっという大きめの音を出してしまう。

「ひゃっ!な、なにっ!?」

その音で驚いた天津風は身体をピンと強張らせこちらの方に顔を向け俺と目があってしまう。

「きゃぁぁぁぁっ!ど、どちらさまぁぁぁぁ!!!?」

天津風は俺の方を見て悲鳴を上げた。

そりゃ突然林から変な巫女服を着た女装した男が出てきたら誰でもそうなるわな。

「おおおおお俺だよ天津風!とりあえず落ち着け!」

とっさにそんな事を言ってみるが

「いやぁぁぁぁ!!お兄さんにそんな趣味があったなんてぇぇぇぇ変態ぃぃぃっ!!!」

尚に彼を刺激してしまったようで更に大きな悲鳴を上げる。

「違う!だ、断じてそんなんじゃない!!ひとまず話聞いてくれ!な?」

俺は天津風の方に駆け寄り必死になだめ、初めは慌てふためいていた彼だったがなんとか落ち着きを取り戻しなんとか休暇中に使えるホテルの宿泊券を貰った代わりに無理やり女装させられた上阿賀野や金剛に追いかけられて仕方なく外れた道からここまでやってきた事を話した。

「ふーん・・・そんな事があってその格好のままここまで来たの」

「そ、そうなんだよ・・・断じてそういう趣味があるとかじゃないからな?」

「はいはいわかったわよ。なんか高雄さんが元気そうだと思ったらそういう事だったのね・・・それにあたしの読みも当たってたみたいだしホントに大丈夫なのかしらあの人達・・・」

天津風はやれやれと言った感じで頭を抱える。

「でも天津風がここ教えてくれたお陰でなんとか逃げ切れたよありがとう」

「べっ・・・別にそんなつもりじゃ・・・でもお兄さんを助けられたんなら良かった・・・かも。それよりせっかく教えてあげたんだから花火ちゃんと見なさいよね!?」

それからしばらく天津風は何も言わずに花火を眺め始め、俺も特に話すことが思いつかないまま花火の上がる空を眺めることにした。

こんなゆったりと花火を眺めるのは初めてかも知れない。

花火の音とひんやりとした風が頬を撫で天津風の長い髪を揺らす。

すると

「ねえ」

突然天津風が花火の音に消え入りそうな声で口を開く

「ど、どうした?」

「あたしとお兄さんは・・・友達・・・なのよね?あたしはこんな見た目になっちゃったし話し方もこんなになっちゃったけど」

「当たり前だろ?話し方が変わろうが見た目が変わろうがお前はお前だよ。鎮守府に来てまだ慣れない時に話し相手になってくれたのは凄く嬉しかったし今も立場は変わったけどこうして一緒にいられて俺は嬉しいぞ?艦娘になってからはちょっと当たりが強くなった気はするけどな」

「・・・一言余計よ・・・。でもあたし・・・いや僕もお兄さんと一緒に居られてうれしい・・・かも・・・[[rb:鎮守府 > ここ]]での生活も退屈しないし」

「そっか。お前が艦娘になって帰ってきた時は驚いたし初めはどうなるかと思ったけど馴染めてるみたいで安心したよ」

「あ、当たり前でしょ!?吹雪は何かと一人で放っておけないし春風は世間知らずだしであたしがしっかりしなきゃいけないんだから!」

天津風はそう言って胸を張った。

初めはツンケンしてて手のつけられないヤツだと思っていた時期もあったが今やそんな彼も他の駆逐艦と良くやっているみたいだし気にもかけてくれている。

それが義務感から来るものだと知って彼が少し成長して見えた。

「ありがとう天津風。お前結構みんなのこと考えてくれてたんだな」

「結構って何よ!?これでも色々考えてるんですけど?」

「ごめんごめんまあそう怒るなって」

「ねえ」

「どうした?」

「あたし・・・ちゃんと艦娘できてる? 最初に男の子でも艦娘になれるって聞いた時は半信半疑だったけどなってみたら不思議ね。身体もなんだか女の子みたいになっちゃったし喋り方だって恥ずかしいはずなのに今はこっちのほうがしっくり来ているもの。でもそれだけじゃなくてちゃんとお兄さんの役にも立ててるかどうか気になって」

「当たり前だろ?夏の警備だってなんとかこなせたしお前の言う通り吹雪の事を気にかけてくれてるのはすっごく助かってる。アイツもよく楽しそうに話してくれてるよ。いつもありがとな」

「そ・・・そう・・・それなら・・・よかった」

天津風の頬が自然に緩むのを感じた。

そんな彼の微笑みを空に咲いた花火が優しく照らす。

「ねえ」

「まだ何かあるのかよ」

「さっきこんなになっても友達だって言ってくれたわよね?」

「ああ。」

「それじゃあ友達としてあた・・・僕のお願い聞いてくれない?」

「どうしたんだよ急に改まって」

「い、良いから最後まで聞いて!今から1分だけ・・・目瞑ってて・・・?」

「なんで!?」

「良いから!えーっと・・・そう!目の上にゴミが付いてるからよ!ほんとにだらしないんだから!それを取ってあげるって言ってるの!」

「えっ、そんなの付いてるか?別に自分でそれくらい・・・」

「良いから!・・・ダメ?」

天津風は何故か顔を赤らめながらこちらを見つめてくる。

別にそれくらい自分で出来るのだがそこまで言われたならお言葉に甘えようか

「分かった。一分くらい目を瞑ってたら良いんだな?」

「うん。良いって言うまで開けちゃだめだからね?開けたら殺すから」

「わ、わかったよ・・・」

俺は天津風に言われるがまま目を閉じる。

しばらく風と花火の音と天津風の妙な息遣いだけが聞こえていたのだが・・・

「「あーっ!見つけた」デース!!」

というあの二人の声が聞こえ目を開くと俺の顔の真ん前に天津風の顔があった。

「うわぁぁ天津風!?何やってんだ?」

俺が目を開けたのに気づいた天津風はその声に驚いて飛び退き二人が走ってこちらに近づいてくる音も更に大きくなっていく。

「きゃぁぁっ!目開けるなって言ったでしょ!?い、今の・・・今の無しっ!全部忘れてもらうんだからぁ!!!連装砲くんっ!!」

天津風がそう叫ぶとどこからともなく連装砲くんが飛び出してきて天津風はそれを両手で抱えてこちらの頭目掛けて振り下ろそうとしてきたので俺はその場から走って離れる。

火事場の馬鹿力と言うやつだろうか?その時の俺の反射神経は凄まじいものだったと思う。

「おいおいおいその使い方は違うだろ!!」

ベンチを離れて走ると後ろには阿賀野、金剛、天津風の三人がこちら目掛けて走ってきている。

「まちなさぁぁぁぁいいっ!」

「ケン!モウ逃げられないヨー!?」

「提督さーん?せっかくなんだし阿賀野とシようよぉ〜」

男とキスするつもりもないし天津風に捕まったら生命の危険すらある中俺は必死に巫女服の袖を

振り三人から逃げた。

そうだ。社務所に行って雲人さんに助けてもらおう!

俺は一目散に社務所へ向けて走る。

 

社務所へ向け走っているとその道中突然声をかけられた。

「あれ・・・・嘘!もしかして謙!?どうしたのその格好!?それにそんなに汗書いて」

「お、大淀!」

汗をダラダラ流して走る俺を見つけた大淀が声をかけ走る俺に着いてきたのだ。

「とりあえず詳しいことは後で話すし他にも話したいことがある!ただ今はそれどころじゃないんだ!ほらあれ!!」

俺が指差す方向からはあの三人がこちらにめがけて走ってきている。

「あーやっぱり・・・一体何してるんだか・・・一応この地域を守る艦娘としての自覚を少しは持ってほしいわ・・・」

「とにかくだ!俺はあいつらから逃げなきゃいけないからまた後で!!」

「うん!わかった!私も・・・少しの時間稼ぎくらいはしてみせる!謙を・・・提督を守るのが秘書官の努めだから!」

そう言うと大淀は歩みを止め三人の前に立ちふさがった。

「止まりなさい三人とも!提督が嫌がって・・・・・きゃぁぁぁあっ!!」

大淀は一瞬にして三人に跳ね飛ばされてしまう。

「淀屋あぁぁぁぁあぁ!!!」

「謙・・・逃げ・・・・て・・・・」

後ろ手に見えた彼の中に舞う姿を見て俺は彼の犠牲をムダにしないためにも全力で逃げる。

そしてやっとのことで社務所が見えてきてちょうど雲人さんの姿が見えたので俺は助かったと手を振る

「雲人さーん!!助けてくださいっ!!」

「お、おや謙さん、まだその格好を・・・」

良かった。大淀のおかげもあってかまだ三人との距離もあるしとりあえずこのまま社務所に入って籠城すれば・・・

「と、とにかく色々あって・・・・うわぁぁぁぁっ!!」

俺は一瞬安堵して気を緩めた。

その時足がもつれて俺は盛大に転んでしまい、そのまま雲人さん目掛けて倒れ込む。

 

いたたたた・・・盛大に転んじゃった・・・でもその割に痛くないし何か柔らかいものに乗っかっているような・・・・

俺は恐る恐る目を開けるとつややかな肌と透き通るようなが目の前に見え、口には何かやら若いも感触がある。

「叢雲ちゃーん?ひとまず全員分のお茶とお菓子は用意できたけど・・・・あら?あらあら?提督も隅に置けないですね」

高雄さんの声が聞こえ更に足音がこちらに近づいてきて

「ケン!待つデース・・・・oh・・・」

「提督さん・・・嘘だよね・・・?」

「・・・バカ」

俺を追いかけていた三人も俺の惨状を見てこちらを見つめる。

そう。俺はすっ転んで雲人さんに突っ込んだどころかそのまま押し倒した上唇を重ねてしまったらしい

いやそんな漫画みたいなこと・・・あったんだなぁ・・・

同じく何が起こったのか気づいたのか雲人さんも顔を真赤にして震えていて・・・

「ごごごごごめんなさいっ!!!これはその・・・不可抗力と言うか事故というかで・・・」

「まだ誰ともしたことも無かったのに・・・・許さない…許さないんだからぁっ! 」

雲人さんはそう言うとどこからともなく金属バット・・・いやもっと細いし何か付け根にはスクリューのようなものがついている何かを取り出しそれを思い切り俺の頭に振りかざす。

コーンという高く響く音とともに俺は気を失ってしまった。

 

「・・・ところでその写真後で私にも送ってくれませんか・・・・?」

「当たり前じゃない!」

う・・・ここは・・・?

話し声が聞こえ目を覚ますとズキッとした頭の痛みと共に以前一度見たことのある天井が広がっていた。

ここは多分雲人さんが寝泊まりしている部屋だろう。

そしてその障子の向こうでは大淀と高雄さんが何かを話しているようで俺はこっそり障子の隙間からそんな二人の会話を伺うことにする。

「私はあれから地域振興会の方の集まりに行っちゃったけどあの後どうなったの?」

「ええ。もちろんきっちりお説教してやりましたよ!金剛さんと阿賀野さん二人まとめて正座してこってりと」

「あらあら。着任半年でそれだけ出来るなら秘書官として頼もしいわね。後任として鼻が高いわ」

「それに高雄さんも高雄さんですよ!提督を玩具みたいにして!」

「ごめんなさい。でもあの子見てるとついつい熱が入っちゃって・・・」

「・・・今度は私も同伴でお願いします。べ、別に見たいとかではなくて秘書官として何か問題がないか見守る為にですっ!」

「はいはいわかったわよ。それじゃあ次はどんな理由を付けましょうか・・・」

何やら聞き捨てならない会話が繰り広げられていたので俺は勢いよく障子を開く

「今何やら凄まじく聞き捨てならない話しが聞こえたんだが・・・?」

「ひゃっ!?け、謙!?起きてたんだ・・・おは・・・よう・・・いやこんばんは・・・?」

大淀はそんな俺を見て視線を泳がせながらそんな事を言い出す。

「誤魔化し方下手か!」

「ひぃっごめんなさいっ!」

「こらこらあんまり怒っちゃダメよ提督。大淀ちゃん貴方が起きるまでそばに居るんだって言って氷枕とかも全部準備してくれたんだから。とりあえず私は叢雲ちゃんを呼んでその足で愛宕のこと迎えに行ってくるから後は若いお二人でごゆっくり〜」

そう言うと高雄さんはその場を後にする。

そして二人残され少し気まずさを覚えながらもここに運び込まれる経緯を大淀に尋ねることにした。

「な、なあ・・・あの後何があったんだ?」

「えーっと・・・三人に跳ね飛ばされてその後を追いかけたら謙が伸びてるのをみんなが見てて・・・雲人さんもものすごい慌てっぷりだったんだけどそれからここまで雲人さんと運んだの。安心して!あの二人には指一本触らせてないから!それにお灸もきっちり据えといたからね!」

大淀は得意気に言った。

「あ、うん・・・ありがとう」

「それと化粧も落としといたし服も着替えさせておいたから」

「助かったよ」

「高雄さんから聞いたよ?と、とにかく色々大変だったね。女装させられて働かされた上追いかけ回されて頭酸素魚雷で殴られるなんて・・・どうしてみんなこうも乱暴なんだろ・・・」

大淀は大きくため息をついた。

酸素魚雷・・・!?そんな物騒なもん一体どこから・・・

というか何か有ったら問答無用でぶん殴ってくるお前がそれを言うか?とも思ったがこれ以上殴られたら本当に命が危ないので黙っておくことにしよう。

「ああもう本当に大変だったよ。あんな与太話にムキになってさ」

「ほ、ホントだよね!観光客呼び込むためのでっち上げの嘘なのにみんなムキになってばかみたい!」

「ところで他のみんなは?」

「もう鎮守府に戻ってるよ。愛宕さんはまた地域の人達とお祭りの反省会・・・と言う名の飲み会」

「・・・そっか。また明日二日酔いで面倒なことになりそうだな」

「そうだね。ほんっとに問題児ばっかりだから私ももっとしっかりしなきゃ!もちろん提督も」

「ああ・・・そうだな」

そうだ。

今の俺は提督でクラスメイトの男友達だったこいつは艦娘。

今は互いにそんな関係にあることを夜風で揺れる以前の面影もないほどに伸びたしなやかな髪を見て再認識し、それと同時に俺がこんな散々な目に遭う原因になったモノの事も思い出す。

「そ、そうだ!これ終わった後の休暇・・・なんか予定決まってるか?」

「ううん・・・特に何も。」

「そ、そうか・・・そりゃよかった。もしお前がよかったらなんだけどさ・・・温泉、行かないか?」

「・・・えっ?」

「いやさ、高雄さんからなんか旅館のペアチケット貰っちゃってさ。軽く調べたんだけど源泉かけ流しの温泉と料理が目玉らしい。名目上は地域交流とか視察とかそういう事らしいんだけど・・・とにかくこいつのせいで女装させられるわ散々な目に遭った!」

その一言で大淀も俺が女装させられた理由を察したらしく哀れみなのか同情なのか愛想笑いを浮かべた。

「ああそれで・・・でも良いの?」

「当たり前だろ?お前以外誰誘うんだよ」

俺がそう言うと大淀は少し考えるように黙り込み・・・

「本当に良いのかな・・・?私こんなだよ?もしかしたら旅先で謙に迷惑かけちゃうかも」

大淀は少し重くそう言った。

多分今の彼はどう見ても女にしか見えないがあくまで生物学上では男。そんなどっちつかずの身体じゃ温泉すらまともに入れるかどうかも怪しいという事を言いたいのだろう。

しかし同じ様な境遇である高雄さんがそんな事も考えずにこんな物を渡すだろうか?

「とにかく気にすんなって!もしそれで何か文句言われたら俺も温泉入るのは諦める!それに提案してきたのは高雄さんだぜ?あの人がお前のこと考えずに用意すると思うか?」

「・・・ううん。その点に関しては私、あの人のこと信用してるし信じてみようかな」

「だろ?今日の俺の頑張り無駄にさせないでくれよ」

「うん・・・ありがとう謙。それじゃあ私で良ければご一緒させてもらおうかな」

「ああもうそういう硬っ苦しいの無し無し!たまにはダチ同士水入らずでさ」

「・・・うん。そう・・・だね!早く帰って準備して当日までに旅行のしおりも作らなきゃ!帰ったらその旅館の名前教えてね!きっと楽しい旅行にするから!!」

大淀は目を輝かせる。

こういう真面目なところは本当に艦娘になる前から変わらないなという安堵感が俺の中にはたしかにあった。

寧ろ俺が立場が変わった事を気にしすぎているのかも知れないしこれはそんな現状をいっときでも忘れてコイツと一緒に居られるいい機会なのかもしれない。

「急に張り切り過ぎだ!でもよかった。それじゃあこれで休みの予定も決まったな!当日は提督とか艦娘とか忘れて楽しもうぜ!」

「うんっ!」

大淀は嬉しそうに頷いてくれた。

こうしてなんとか旅行に大淀を誘うことには成功したのだが・・・

 

それからしばらくしてドタバタとせわしい足音と共に雲人さんがやってきて相当責任を感じていたようで何度も頭をペコペコと俺に向かって下げてきたが不可抗力とはいえ俺が押し倒したのが原因だしおあいこという事で話を収めておいたのだがそれでは気がすまないとお祭りのお供物の余りやお菓子なんかを沢山もらってしまった。

それを大淀と二人で担いで他愛のない会話なんかを交わしながら鎮守府へと戻るのであった。



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