魔法少女リリカルなのは INNOCENT BRAVE (ウマー店長)
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DUEL① 「Share the world」
始まりというものは、いつだって思いのほか簡単なものである。
例えば、なんとなく参加したオープンキャンパスの大学をいたく気に入り、そのまま進学先としたり。
例えば、入学試験の帰りにたまたま見かけたアパートが目に留まり、そのまま入居することを決めたり。
それ以外の人生の転換期のようなもののきっかけを思い返してみても、案外大したことのないものであったように感じる。
『18と少ししか生きていない若造が何を知ったような口を──』
実家で同居していた祖父が笑いながら俺を小突いてきたことを思い出した。
それでも俺は思う。
始まりは劇的なものではなく、いつだって簡単なものなんだと。
名前を呼んで、手と手をつなぐ。
そんな簡単なきっかけでずっと一緒にいるような得難い友人を得ることだってある。
その出会いが、新しい物語の始まりにつながるかもしれない。
──今年の4月から、俺は大学生になる。
きっと数多の出会い、数多の出来事が新天地で俺を待っているだろう。
不安がないわけじゃない……でも、それ以上にドキドキしている。
これまでの当たり前の日常が動き出して、胸が高鳴るような出来事が始まる。
そんな未来と出会える、小さなきっかけ。
それがきっとこの先で俺を待っている。
そう思わずにはいられなかった。
──だからきっと、この出会いは運命だった。
『魔法少女 リリカルなのは INNOCENT BRAVE』
「よし、片付けも大体終わったな」
首にかけていたタオルで額の汗をぬぐう。
思いっきり伸びをして引っ越し作業で凝り固まった筋肉を伸ばしてやると、言葉にしがたい気持ちよさが疲労の貯まった体を駆け抜けた。
改めて、新天地の拠点となるアパートの一室を見渡してみる。
部屋は当然のごとく一部屋。
玄関から延びる廊下にはキッチンが備え付けられ、風呂とトイレそれぞれに続くドアが一つずつ。
そして廊下を抜けた先には今俺が立っている部屋がある。
広さとしては7畳ほど。
一人暮らしには十分な広さだ。
クローゼットとバルコニーもついてお家賃はひと月5.5万円である。
そんなアパートの一室にはすでに各種家電や家具が運び込まれ、こまごまとした荷物も片付け終わった。
それらの荷物を運ぶために用いられていた段ボールはすでにその役目を終え、たたまれた状態で部屋の隅に立てかけられている。
「っと、まずい。もうこんな時間か」
テーブルの上の置時計を見ると、もうすぐ10時になろうとしていた。
昨日アパートに到着して家具家電の片づけ、そして一晩明けた今日の朝の7時に起きてからずっと荷物の片づけをしていた。
もう少しのんびりしててもいいのではないかと思われるかもしれないが、今日はどうしても行きたい場所があるのだ。
「ブレイブデュエル……!」
昨日の昼に食事を買うため駅前のコンビニまで出かけた時だった。
途中の駅前広場で何かのチラシを配っていて、特に何も考えずに受け取った。
その場では中身も見ずに折りたたんでポケットにしまってしまったが、家に帰ってきてからその内容を読んでみると新作の体験型シミュレーションゲームの体験会の案内だったのだ。
もともとゲームは大好きだし、それの新作を体験できるとなればいかない理由がない。
会場は『グランツ研究所』。
駅前からバスが出ているらしいが、このアパートからそう離れた場所でもないので自転車でもいけないことはない。
バス代自体は大した額ではないが、節約できるところは節約しなくては。
それにどうせ駅とグランツ研究所はこのアパートをはさんで反対方向にあるのでわざわざ遠ざかってまでバスに乗りに行く必要はないだろう。
「体験会は10時半から……余裕で間に合いそうだな」
作業用に着ていたジャージを脱いで体を軽く拭いた後、普段着に着替える。
財布とスマホをポケットに突っ込んでアパートを飛び出した。
「お次の方、どうぞー!」
係員と思われる少女の指示に従い壁面に備え付けられた機械へ向かって歩を進める。
結果的に言えば、俺は全然余裕で間に合ってなどいなかった。
俺が自転車をこいでグランツ研究所に到着したころにはすでに長蛇の列が出来上がっており、結局1時間ほど並ぶことになってしまった。
だが待った甲斐もあり、ようやく自分の番が回ってきたのだ。
「はい、まずはこちらをどうぞ!」
赤毛を三つ編みにした活発そうな少女が何かのケースとUSBメモリのようなカートリッジを手渡してきた。
「そちらはゲームで使用するカードをセットするブレイブホルダーと、プレイヤーデータを保存するためのデータカートリッジです! 両方ともプレイに必須なのでなくさないようにしてくださいね!」
元気よく説明をしてくれる赤毛の少女の話に頷き、そこからさらに彼女の指示に従ってプレイヤー情報の登録を始めた。
自分の身長や体重などのパーソナルデータを入力すると、機械上部のカメラから動き出し、自分の体をスキャンし始めた。
「うわっと……なんだ?」
「ふふっ、びっくりしましたか? 大丈夫ですよ。ほら、カードローダーを見てみてください!」
少女が指さした先、カードローダーと呼ばれた機械の窪んだ部分に光が集まり始め、だんだんと長方形のカードのような形を取り始めた。
やがて光が収まると、杖のようなものを構えた自分の姿が印刷されたカードが一枚、コトンと音を立てて受け取り口へと落ちていった。
「それはパーソナルカードです! ブレイブデュエルでのあなたの分身であり、一番の基礎になるカードなんですよ」
「へぇ……一緒に出てきたこっちのカードは何かな」
「そっちはスキルカードですね。魔法を使うために必要なカードで、いろいろと集めると戦略の幅が広がりますよ!」
俺は並んでいる次の人にローダーを譲り、赤毛の係員の少女の後についてシミュレーターへと向かった。
その道中でゲームについて簡単に説明をしてもらった。
パーソナルカードとスキルカードでデッキを組み、スキルカードに登録されている魔法を使って対戦相手と戦い、先に相手のLIFEを0にした方が勝者となる。
他にもいろいろな対戦方法があるらしいがそれは今後順次実装されていくらしい。
「今日は体験会なので対戦はできないんですが……ブレイブデュエルは本当にすごいゲームなので、ぜひ楽しんでいってください!」
赤毛の少女は俺をシミュレーターまで送り届けると、次の客の案内をするためにカードローダーの方へと戻っていった。
その後ろ姿を見送り、俺はシミュレーターへと足を踏み入れる。
『データカートリッジを読み込み中……プレイヤーネーム“アヤト”さん。読み込みが完了しました』
機械的な音声がシミュレーター内部に響く。
やがて足元の幾何学模様が光を放ち始めるとともに、自分の体がシミュレーター内部に浮かび上がり始めた。
「うぉお!?」
人生初の浮遊体験に思わず驚愕の声を上げてしまったが、そんなことには構わずシステム音声がこちらに指示を飛ばしてくる。
『ブレイブホルダーを手に持ち、正面にかざしてください』
「ぶ、ブレイブホルダー? えっと、こうか!」
パーソナルカードやスキルカードを収納したブレイブホルダーを右手に構え、正面へと突き出す。
『ブレイブホルダー認証完了、開始ワードは“リライズ・アップ”です』
「えっ……か、開始ワード?」
つまり、それを叫べばゲームがスタートするということだろうか?
ブレイブホルダーの構え方と言い、開始ワードを叫ぶ様といい、まるで某日曜朝の戦隊物の変身シーンのように思えてならない。
いい年して変身バンクのようなことをするのは少し恥ずかしいが、背に腹は代えられない。
「よし……ブレイブデュエル、リライズ・アップ!!」
俺がそう全力で叫ぶと、一気に世界が塗り替わった。
「──────」
言葉が出ない、とはこのことだろうか。
先ほどまで俺はメカメカしいシミュレーターの中にいた。
しかし、いつの間にか自分の周囲は青に染まっていた。
──周囲を見渡せば、一面の青い空。
──足元を見れば、遥か先に一面の青い海。
髪を揺らす心地よい風も、少し鼻に着く潮の匂いも、そのすべてがリアルに自分の五感を刺激する。
──俺こと結城アヤトは今、空の蒼の中にいた。
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DUEL② 「星光との邂逅」
さて、先週の日曜日に行われたブレイブデュエルの体験会から1週間が経った。
この俺こと結城アヤトがその間何をしていたかをご紹介しよう。
まず月曜日はブレイブデュエルの体験会の2日目に顔を出した。
体験会初日は日曜だったということもあり会場であるグランツ研究所は相当混雑していたが、さすがに平日第一弾、悪夢の月曜日ともなると来場者は大幅に少なかった。
それでも俺と同じような春休み中の学生なんかは遊びに来ていたが、かなりスムーズにプレイができたと思う。
……どう見ても就職して仕事をしていなければいけないような年齢層の方々もいたが、あまり気にしないことにした。
きっと平日休みの職に就いているのだろう、うん。
そして火曜日はブレイブデュエルの体験会の3日目に顔を出した。
やはり来場者数は日曜の比ではなく、快適に遊ぶことができた。
3日目にしてようやくプレイのコツをつかむことができてきた気がする。
というのも初日にプレイした時、ゲーム空間であるにもかかわらず感じるリアルさに感動したのも一瞬のことで、空を飛ぶイメージがうまくつかめずに四苦八苦してしまい、空中できりもみ回転した挙句落下して海面に叩き付けられゲーム終了となってしまったのだ。
今日までの間対戦に手を出さずにずっとプラクティスモードで飛行の練習をしていたのはこのためだ。
その甲斐あってかなりスムーズな飛行を行えるようになった。
ゲームの中とはいえ、風を切りながら空を自由に飛び回れるのは爽快の一言に尽きる。
そして水曜日からは一人プレイ用のターゲットシューティングモードで射撃や砲撃、近接攻撃などの練習をしていた。
この時に気が付いたのだがスキルカードの使い方は非常に奥が深い。
『シュートバレット』というスキルカードがある。
これは魔力弾を生成して相手に射出するという基本の攻撃スキルだが、基本故に応用が利く。
例えば魔力弾を生成した後すぐに射出せず、手元に滞留させておけばほかの攻撃スキルと同時に発動して波状攻撃することもできるし、ノータイムで打てる牽制射撃として使えば様々な行動の隙を潰すこともできる。
こういった応用の仕方を見つけてからというもの手持ちのスキルカードの使い方をひたすら試しまくってた。
そんな練習を毎日続け今日にいたる。
……つまり、この一週間ゲーム三昧だったということだ。
「さて、今日からは対戦だな」
春休みであることをいいことにゲーム漬けの日々を送っていたことが実家の親にばれれば少々どやされそうだが、今は頭の外へと追いやっておくことにする。
今はしっかりと練習を重ねて確実に腕を上げておきたいのだ。
「ロケテストトーナメントまであと1週間しかないからな」
今行われている体験会……すなわちロケテストの初日に訪れた際の帰り道に受け取ったチラシには『第0回ロケテストトーナメント開催のお知らせ』と書かれていた。
このトーナメントはロケテスト開始から2週間後に開催されるらしい。
そしてこのトーナメントの終了後、数日のメンテナンスと調整の後に正式なサービスが開始される。
ロケテストの最後を飾るイベントということだろう。
なお、参加賞は高レアリティのカードが出やすい『プラチナローダー』を回すことができるチケットらしい。
これだけでも参加する意味は十分あるが、やはり対人戦はブレイブデュエルの醍醐味だ。
大会というより多くの人と対戦できる機会を逃す手はない。
『という割には、まだ一度も対戦をしていないがな』
手元から低い男性の声が響いた。
右手に握られている“杖”を持ち上げ俺は語り掛ける。
「うるさいぞ『ブレイブフォース』。俺はしっかりと練習を重ねてから本番に挑むタイプなの。用意周到なの」
『心配性の間違いではないのか』
「やかましい」
一言断っておきたいが、この会話は俺の脳内で繰り広げられているものではなく、ブレイブデュエルのバーチャル空間で行っているものだ。
決して杖に話しかける痛い人ではない。
ブレイブフォースは俺の相棒である『デバイス』だ。
ブレイブデュエルではそれぞれのプレイヤーが武器であるデバイスを所持しており、それらには高度なAIが備わっていてプレイヤーとの意思疎通ができるようになっている。
俺も初日は突然杖に話しかけられ驚き慌てたものだ。
『で、今日こそは対戦をする気になったということだな?』
「あぁ、練習は十分してきたしそろそろな」
『全く……待ちくたびれたぞ。まさか起動して一週間延々とダミーターゲットを破壊し続けることになるとは思いもよらなかったからな』
「お前ってちょっと戦闘狂(バトルマニア)なところあるよな……っと」
ブレイブフォースと会話をしているうちに対戦相手が見つかったアラートメッセージが表示された。
今まで俺が立っていた電子空間をイメージした待機場からバトルステージへと転送される。
バトルステージはオーソドックスな『大空』ステージ。
一面の青空が広がり、障害物などは存在しないステージだ。
そしてステージ中央に浮かぶ空中ディスプレイを挟んだ反対側に対戦相手が転送されてくる。
現れた対戦相手は小学生くらいの少女だった。
茶色のショートカット。周りに広がる青空のように澄んだ青い瞳は宝石のアクアマリンのように美しい。
そして身にまとっている赤紫色の上着とロングスカートが風に揺られてはためく姿は年相応の可愛らしさと共にどこかりりしさを感じさせた。
「対戦、よろしくお願いいたします」
「え、あぁ。よろしくね」
「私はシュテルと申します。あなたのお名前をうかがってもよろしいでしょうか」
「俺はアヤト。対戦は初めてだけど、お互い楽しくデュエルしようね」
「対戦は初めて、ですか? なるほど。それでバリアジャケットの装備がないのですね」
「……ばりあじゃけっと?」
初めて聞く単語に首をかしげると、ブレイブフォースがクソデカいため息とともに口を開いた。
『バリアジャケットとは戦闘防護服の事だ。装着しているのとしていないのとでは防御力に大きな差が出る。前に一度説明しただろう……』
「ご、ごめん……忘れてた」
『対戦相手の……シュテルと言ったか。彼女が着ているあの服もバリアジャケットだ。彼女のものは『セイクリッドタイプ』だな。高い防御力に定評がある』
なるほど、バリアジャケットを着ていないことはそれだけで大きなハンデを負うことになるようだ。
ジャケットのタイプによって特徴もあるようだし後で調べておいた方がよさそうだ。
「あなたの相棒の言う通りです。さすがに素の状態のパーソナルカードだとまともな戦いにならないと思いますが……。そうですね、アヤトさん……でしたか。パーソナルカードと同じカードは持っていませんか?」
「パーソナルカードと同じ……? えっと……」
俺はウィンドウを開いて自分のデッキのカードを確認する。
まだ所持カード自体が少なく、俺のデッキ=所持カードという状態だからここを見れば所持カードが把握できる。
「あるよ。これをどうするの?」
俺はブレイブホルダーにしまわれていたカードを一枚取り出す。
そこには最初に作った俺のパーソナルカードと同じ絵柄が描かれていた。
……正直自分のブロマイドを持ち歩いているようで若干恥ずかしいのだが。
「ストライカーチェンジをしてください。それであなたもバリアジャケットを纏うことができるはずです」
「ストライカーチェンジ?」
「そうですね、なんと言いますか……カード複数枚を使って変身すること……とでもいえばいいのでしょうか」
『そうだな、お前がストライカーチェンジを宣言すればあとは私の方で処理する』
「知ってたならもっと早く教えてくれよ!」
『バリアジャケットについて話したときに一緒に説明したはずだが』
……ぐうの音も出なかった
「えっと、宣言すればいいんだよな。よし」
2枚のカードを構え、それらを空に掲げる。
「頼むぞブレイブフォース! ストライカーチェンジ!」
『モードリリース カードフュージョン ドライブレディ』
システムメッセージと共に俺の頭上に魔法陣が現れ、カードがその中に吸い込まれた。
次第にその魔法陣は輝きを増していき、その中から一枚のカードが現れる。
そのカードを手に取り、構えたブレイブホルダーへとスラッシュし宣言した。
「リライズ・アップ!!」
スラッシュしたカードが光となって弾け、その光にアバターが包まれ変化していく。
上半身は白いフード付きのインナーの上からチェストプレートを装備し、その上から黒のジャケットを。
下半身はいくつかのベルトが巻き付いた黒のタイトパンツ。
両手足には手甲と脚甲を装備しており、シュテルのジャケットがRPGでいうところの魔法使いだとするなら俺はさしずめ流れの冒険者といったところだろうか。
『ストライカーチェンジ完了。ジャケットタイプは『ブレイブタイプ』だ』
「これが俺のバリアジャケットか……すごいなこれ、ホントに“変身”って感じだ」
『感激するのはいいが、今が対戦中だということを忘れていないか?』
「あっ! そ、そうだった。ごめんねシュテルちゃん。それと教えてくれてありがとう」
「呼び捨てで結構ですよ。大したことはしていませんのでお礼を言われるほどの事ではありません。……それに」
シュテルはそこで一度言葉を区切るとデバイスを俺に突き付けた。
その視線はこちらを射抜かんとばかりに鋭く、思わず息をのむ。
「負けた時の言い訳にされては、たまりませんから」
威風堂々とした佇まいで、シュテルはそう言い放った。
つまり彼女はこう言いたいのだ。
『そちらが万全の状態であろうと自分が勝つ』と。
挑発的な一言だ。受け取り手によっては憤慨するかもしれない。
だが、自分の場合は逆に気分が高揚した。
それだけ自分の腕に自信があるということなら、対人戦の経験値を積むという俺の目的にこれほど適した相手はいない。
そんな思いから、思わず口角がつり上がる。
「さぁ、始めよう」
高ぶる思いをカードに乗せて、ホルダーへとスラッシュした。
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DUEK③ 「燻る炎」
俺とシュテルの対戦は射撃戦からスタートした。
シュートバレットでシュテルの動きを牽制しながら距離を詰めるべく空を駆ける。
しかしシュテルの方も先ほど見せた自信は伊達ではなく、射撃魔法でこちらの動きを阻害してくるためなかなか距離を詰めさせてくれない。
「っていうかあの子の撃ってくる弾、なんか燃えてるんだけど!?」
『炎熱変換の技能持ちのようだな。スキルに炎の属性を付与することで文字通り火力をあげることができる』
「なるほど……お、俺もそういうの使えたりとか……」
『お前のアバターにはそういった能力はない。あきらめろ』
「さいですか……」
ちょっとがっかりしたが、今は対戦に集中しなくては。
互いに決定打となるような一撃は与えられていないが、俺の方はちょくちょく被弾しているのでLIFEゲージが1割ほど減ってしまっている。
対するシュテルはまだ1割も削れていない。
「実力差を感じちゃう……なッ!」
ぼやきながらも射撃魔法を放つが、シュテルの下へと届くことなく次々と撃ち落とされてしまった。
『このままではらちが明かないぞ。攻め方を変えてみてはどうだ』
「気が合うな。俺もそう思ってた」
まだ手持ちのカードが充実していない俺は中遠距離での射撃戦での選択肢に乏しい。
対するシュテルは遠距離での射撃戦が得意なようだ。なんとか接近戦に持ち込まなければ勝機はないだろう。
俺はシュテルの放つ火炎弾をかわしながらスキルカードを構える。
「突っ込むぞ。ブレイブフォース、スラッシュフォーム」
俺はブレイブフォースの形態を杖の形態であるデバイスフォームから、槍のような穂先から魔力刃が伸びるスラッシュフォームへと変更する。
そして攻撃力を上昇させるスキルカード“ストライクパワー”をスラッシュ。
魔力刃の輝きが増しスキルが発動したのを確認すると、今までの回避行動から一転してシュテルの方へと全力で飛び始めた。
「っ! 突っ込んでくる気ですか!」
シュテルは俺を打ち落とそうと炎熱変換された射撃魔法を放ってきた。
俺は全速力で飛びながらそれらの弾を回避しつつ突き進んでいく。回避できないと判断した弾は──。
「はぁああああああああああっ!」
ブレイブフォースで切り裂き無理やり直撃を避けた。
「なっ!?」
いままで無表情だったシュテルの表情が驚愕に染まる。
それもそうだ。俺のとった手はシールドでの防御と違いダメージが軽減されるわけではない。
もちろん直撃よりはましだが、ダメージは普通に受ける。それでも俺がこの手段をとったのは少しでも前に進むため。
この1週間の中で俺が編み出したコンボをシュテルに叩き込むためだ。
「……なら、これはどうですか!」
ガション! という音と共にシュテルのデバイスヘッドが丸みを帯びた魔導士の杖のような形状から二股の音叉に装甲を取り付けた槍ような形状へと変形する。
そしてその穂先へ真紅の魔力が収束し始めた。
それを確認したブレイブフォースが舌打ちと共に大声を上げる。
『来るぞアヤトッ! 砲撃魔法だ!』
「っ! わかってる!」
「受けなさい! ディザスター・ヒートッ!」
解き放たれた魔力は紅蓮の奔流となって俺を飲み込まんと襲ってくる。
(直撃をもらうわけにはいかない!)
威力が高い砲撃魔法だが、弱点もある。
貯めた魔力をまっすぐに発射するという特性上、どうしても直線的な攻撃になってしまうのだ。
だがら、しっかりと意識して回避行動を取れば避けられないものではない……のだが。
「甘いですよっ!」
2発、3発と同じ砲撃が立て続けに発射された。
新たに魔力をチャージした様子がないところを見るに彼女が使った『ディザスター・ヒート』というスキルはもともと三連式の砲撃魔法なのだろう。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるというが、彼女の場合もともとの命中精度が極めて高いので『上手な鉄砲を数撃たれるときつい』というのが正直なところだ。
……そんなスキルカード、ディザスター・ヒート。
「……欲しいなっ」
『言っている場合か! 真剣に戦え!』
俺はいつだって真剣だ。今だって真剣に、死に物狂いで砲撃を回避している。
一発目──余裕で回避。
二発目──少し掠った。
そして三発目──よけきれない。
炎の砲撃は俺に命中し、派手な爆炎の花を大空に咲かせた。
「……おわり、ですか」
割とあっさりと終ってしまった。
対人戦が初めてだったにしては自分相手に健闘したと思う。
……それでも、やはり胸に去来するのは“期待外れ”という感想だった。
いや、ある意味では期待通りなのか。
今まで何度か彼と同じくらいかそれ以上の年齢の大人たちとデュエルをし、自分が勝利してきたが彼らはそろって敗北の後にこう口にするのだ。
『小さい女の子相手だから手加減した』『小さい女の子相手だから油断した』
何が手加減だろうか。
デュエル開始直後は余裕ぶっていても、中盤を過ぎるころには焦りだし、最後には慌てふためいて無意味な特攻をしかけて墓穴を掘る。
そして、シミュレーターから出れば敗北の言い訳を頼んでもいないのにペラペラと話し出す。
まるで周囲のプレイヤーへと言い訳をするように。
なぜ素直に自分の未熟さゆえの敗北と認められないのか。なぜ私の年齢や性別を言い訳に使うのか。
そんなことを考えていたら、一番腹立たしい捨て台詞を思い出してしまった。
『こんなゲームにマジになれるなんてガキはいいよなぁ。暇そうでさ』
沢山の人が心血を注いて作り上げたゲームを、それをプレイしてくれているプレイヤーを侮辱する発言だった。
もし居候先の博士の娘が止めていなかったら、声を荒げて反論をしていただろう。
……一番悔しいのは、父の作り上げたゲームを侮辱された彼女の方だったろうに。
頭を振って嫌な記憶を頭から弾き飛ばす。
大丈夫、少なくとも今回の対戦相手の彼はそのようなことを言わないだろう。
人当たりもよさそうだったし、礼儀正しい好青年というような印象だった。
……何より楽しそうにデュエルをしていた。
ウィナー表示が出てデュエルが終了したら少しアドバイスをしてみよう。
余計なお世話かもしれないが、彼は強くなる。そんな予感がしたからだ。
「……?」
そこでおかしいことに気が付く。
未だにウィナー表示が出ない。
先ほどの砲撃は射撃で削られた彼のLIFEを削りきることができる程度の威力はあったはずだ。
にもかかわらずいまだに何の表示も出ておらず、デュエル終了もしていない。
「……まさか!」
慌てて先ほど砲撃が命中した場所の周囲を見渡す。
「いない……いったい何処に……」
「……ぉおおおおおおおおおおおっ!」
怒号が聞こえたのと、彼の魔力光の色──銀色に輝く光の槍が私を貫いたのは、ほぼ同時だった。
「これ、はっ……!」
バチバチと音を立て、体から火花が飛び散る。
槍は確実に私の体を貫いているにもかかわらず、LIFEは一切減少していない。
だがその代わりに、一切の身動きができなくなっていた。
つまり、この槍は……。
「バインド……!」
まずい……これは非常にまずい。
どういう手を使ったのかわからないが彼は先ほどの砲撃をしのぎ切り、爆炎に紛れて姿をくらまし、私にバインドを食らわせることに成功したのだ。
この千載一遇の好機に、相手が仕掛けてくることはただ一つ。私のLIFEを削り落とす、必殺の一撃……!
「行っけぇッ!!」
ようやく彼の姿を視認できた。
ステージの太陽を背にこちらへと飛来しながら発動遅延によって滞空させている射撃魔法を叩きこんでくる。
その数、8発。
そのすべてがクリーンヒットし体に衝撃が走ると同時にLIFEが削られていく。
「ぐぅっ! ルシフェリオンッ! バインド解除をっ」
『解除まであと8秒』
相棒のルシフェリオンが告げた解除時間は短そうで非常に長い。
8秒もあれば彼はここまでたどり着き、私に強力な一撃を加えてくる。
これまでのデュエルの展開でこちらへと接近しようとしていたところを見るに彼が得意なのは接近戦なのだろう。
そんな私の予想を裏切ることなく、彼は槍のように変化したデバイスをまっすぐに突き出しこちらへと突っ込んできた。
「うぉおおおおおおおおおおおおっ!」
『オートプロテクション』
ルシフェリオンが動けない私に代わって防御魔法を展開する。
しかし、まるでそんなことはお見通しと言わんばかりに彼は不敵に笑った。
突進の勢いは止まらず、魔力刃がプロテクションにヒビを入れ、そのまま突き破る。
(バリアブレイクのスキル……!)
バリアブレイクは文字通りバリアを破壊することに長けたスキルだ。
中距離からのバインド、ダメージを稼ぐ射撃、詰めのバリアブレイクでの突進……ときたら最後には。
「これで、決めるっ!」
『バインド解除まであと3秒』
彼がデバイスを振り上げるのと、ルシフェリオンがそう告げたのはほぼ同時だった。
「はぁあああああああああああああっ!」
彼は目にもとまらぬ速さで刃を振るう。
──その様はまさに乱舞。
銀色に輝く彼の刃の一撃一撃が確実に私を切り裂き、貫き、また切り裂く。
バインドが解除されるまでの数秒、私に彼の攻撃を防ぐ手立てはない。
なんというザマだろう。勝手にとどめを刺したと勘違いして思考にふけった挙句、絶体絶命のピンチに陥っている。
それもこれも彼が初対戦の初心者だからと油断して──油断して?
そこでハッとなった。今自分は何を考えていたのだろう。
気づけば心底嫌悪感を抱いたかつての対戦相手たちと同じ言い訳をしてしまっている。
そう思った途端に、自分の胸の奥の奥。まるで小さな種火のように燻っていた感情が熱を持ち始めた。
それは自分自身に対しての怒りと、鎮火しかけていた情熱だ。
私はこれまでの対戦での経験のせいで、どこか失望感を覚えていた。
楽しい対戦ができるのはもう故郷から共にこの国に来た友人たちと居候先の娘たちだけなのではないかと。見知らぬ相手と真剣に戦っても不快な思いをするだけではないかと。
だが、違った。
目の前の青年はこんなにも真剣に、そしてこんなにも楽しそうに、子供の自分と戦ってくれている。
消えかけていた胸の炎が、音を立てて燃え上がった。
「これでっ、終わりだぁああああああああっ!」
数ミリ残った私のLIFEを削り取らんと、彼がデバイスを振り下ろした。
だが、それに待ったをかけるかのようにルシフェリオンが告げる。
『バインド解除完了』
……そうだ、ここでこの対戦を終わらせはしない。
再び燃え上がったこの炎が消えてしまわないように、この胸にもっともっと風を送り込まなければならない。
この胸の炎が、空に浮かぶ明けの明星のごとく輝くように。
「終わり……? 違いますね」
私にとどめを刺すはずだった渾身の一撃は、ギリギリで張られたシールドによって止められ火花を散らしていた。
彼の表情が驚愕に染まる。
「ここから、です」
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DUEL④ 「煌刃乱舞」
……決めきれなかった。
目の前でシールドと魔力刃がぶつかり、真紅と白銀の火花を散らす様はそんな現実を俺に突きつけてくる。
どれだけ両腕に力を込めても目の前のシールドはびくともせず、まるで鉄パイプで戦艦を殴りつけているかのような感覚を覚えた。
(仕方なかったとはいえ、あの時に弾を使っちゃったのは痛かったな……)
微かな後悔を感じるが、あの時はそうする他なかった。
だが、同時に最大のチャンスを逃すことになったことに変わりはない。
鍔迫り合いを演じながらもあの時──シュテルの砲撃が俺へと迫っていた時のことが脳裏に浮かびあがった。
* * * * *
紅蓮の砲撃──その第三射が俺の数メートル先にまで迫ってきたとき、俺の脳はよけきれないと判断した。
シールドを張ってもシュテルの射撃魔法を切り裂きながら進むという無茶──必要なことではあったが──をしたせいでLIFEが残り3割程度まで減ってしまった現状を鑑みると、生き残るかどうかは五分……いや、三割といったところだろうか。
直撃すれば落ちる、防いでも落ちるかもしれない、普通に飛んでもよけきれない。
それなら俺がとるべき選択肢は『なんでもいいからとにかく直撃を避ける』だ。
「スフィア、収束ッ──!」
シュテルに接近しながら生成していた魔力スフィアを左手に収束する。
──本来であればダメージを稼ぐために準備していたものだがここで落とされては元も子もない。
そして砲撃に向かって収束スフィアを撃ち出し、それらが衝突する寸前にスフィアを握りつぶすような動作と共にこう唱えた。
「スフィアバーストッ!」
スフィアはシュテルの砲撃と衝突する直前、俺の詠唱に合わせて爆発し、より大きな爆炎の花を大空に咲かせた。
「ぐぅ……っ!」
スフィアと砲撃の爆風に煽られ、俺はその勢いに抗うこともできず錐揉みしながら上空へと吹き飛ばされた。
視界が目まぐるしく変化し、風景が流れていく。
まるで大砲の中に詰め込まれて発射されたかのような感覚を覚えるが、奥歯を噛み締めながら飛行魔法を制御しなんとか体勢を立て直すことができた。
(シュテルはどこだ!?)
今の砲撃+スフィアバーストの余波のせいでLIFEが風前の灯火となってしまったが、そんなことには構わず視線を巡らせシュテルの姿を探す。
どれだけ大きなダメージを受けようがLIFEがなくなっていない限り敗北ではない。俗にいう『死ななきゃ安い』というやつだ。
だがシューターを一発もらうだけで撃墜されてしまう状況というのも事実。
早いところお互いの位置関係を把握しなければならないが……。
「って、あれ?」
シュテルは案外あっさりと見つかった。
しかも、先ほど砲撃を放った位置から動いていないばかりか、こちらの姿を探そうとするそぶりも見せない。
(俺のことを完全に見失った? いや、それならもっとアクションがあるはずだし……。というか、何か考え込んでるような……?)
『どうやらこちらに気が付いていないようだな。チャンスだぞアヤト!』
ブレイブフォースの言葉に頷く。確かに今は千載一遇のチャンスだ。
ここで攻めなければ俺に勝機はない。
「スキルカードスラッシュ! 『バインドランス』ッ!」
ブレイブフォースを左手に持ち替え、スキルカードを発動すると右手に白銀の魔力で形成された槍が現れる。
このスキルは相手を拘束することができるバインド系統に属する魔法だ。
命中させれば相手を一定時間その場に拘束し一方的に攻撃を加えることができる。
シューターを発動遅延によって滞空させ、シュテルへ向かって全力で飛びながら槍を振りかぶる。
その途中でシュテルがハッとしたように周囲を見渡し始めたが、構わずに全力でバインドランスを投げ放つ。
「……ぉおおおおおおおおおおおっ!」
放たれたバインドランスはシュテルを貫き、槍からほとばしる銀色の魔力がその体を空中へと縛り付けた。
「行っけぇッ!! 」
掛け声とともに滞空させていたシューターすべての発動遅延を解除し、動かぬ的と化したシュテルへと発射した。
放たれた魔力弾は大空に銀色のラインを描きながらシュテルの下へと飛翔、そして命中しダメージを重ねていく。
『アヤト、相手がバインドの解除に入った。一気に決めるぞ!』
「あぁ!」
ブレイブフォースを正面へまっすぐに突き出し、一気に加速する。
それと同時に『バリアクラッシャー』のスキルを発動し魔力刃にバリアブレイクの能力を付与した。
バインド状態になってもシールドを張ることはできる。
当然シュテルもバインド解除の時間を稼ぐためにシールドを張ってくるはずだ。
「その守りを抜いて、勝負を決めるッ! うぉおおおおおおおおおおおおっ!」
『オートプロテクション』
予想通りシュテルを守るように防御魔法が発動した。
それを見て思わず口角が上がる。
俺は突進の勢いを緩めることなく、そのまままっすぐにシールドへ突っ込んだ。
魔力刃の先端がシールドにひびを入れ、ガラスが砕けるような音と共にシールドが砕け散った。
そしてすぐさま複数のスキルカードを一気にスラッシュし発動遅延設定を行う。
──パワースラッシュ、発動遅延1秒ストライクランサー、発動遅延1.5秒アッパーライズ、発動遅延2.1秒チャージストライク、発動遅延3.7秒クロスエッジ、発動遅延4.3秒ラウンドエッジ、発動遅延4.9秒クイックストライク、発動遅延5.5秒スラッシュザッパー……設定完了。
「これで、決めるっ!」
俺はブレイブフォースを振りかぶり、スキルを解き放つ。
発動遅延を絡めた複数のスキルは絶え間ない斬撃の嵐をシュテルへと浴びせ続ける。
(自分で組み立てておいてあれだけどコレ、制御が……キツイ……!)
スキルが繋がるようにするための斬撃の方向調整、体勢と飛行魔法の維持、ダメージを最大化するためにヒット位置を調整するなど非常にやることが多いし神経を使う。
だが、その代わり与えることができるダメージは絶大だ。
(もっと早く……もっと、もっと……!)
ブレイブフォースを握る腕に力がこもる。最後の一瞬まで気が抜けない。
シュテルのブレイブデュエルの腕は確かなもの、それはここまでのデュエルの内容からも明らかだ。
小さな女の子だからと油断する余裕など一切ない。
もし彼女相手にそんなことをすればすぐに撃墜されるのがオチというものだ。
(だからこそ、ここで決めてみせる!)
発動遅延していた最後のスキルが発動する。
『スラッシュザッパー』は俺の手持ちの近接攻撃の中で最も威力が高い。
その内容は「相手に強力な斬撃を行う」というシンプルなもの。
だからこそ、フィニッシュにはふさわしい。
「これでっ、終わりだぁあああああああああっ!」
一段と輝きが増した魔力刃をシュテルめがけて振り下ろす。
この瞬間に俺は勝利を確信した。
シュテルの残りLIFEはわずか数ミリ。この一撃が決まれば確実にLIFEを削りきることができる。
──ふと、シュテルと目が合った。
その目には敗北に対する恐怖や諦めなどの感情は一切なかった。
こちらをまっすぐ見つめ、焦りを浮かべるどころか口の端を上げどこか楽しそうにすら映る。
一瞬、俺の意識はその瞳に吸い込まれた。
瞳の奥で輝く意志の炎に一瞬、ほんの一瞬だけ心を奪われてしまったのだ。
──その直後、俺の魔力刃はシュテルのシールドによって止められた。
* * * * *
「お互いにLIFEはギリギリ、先に一撃を与えたほうが勝ち……なかなか厳しい状況ですね」
鍔迫り合いの最中、シュテルがそんなことを言った。
彼女の言う通り、互いに予断を許さない状況だ。
一瞬でも隙を見せればそれが命取りになる……にもかかわらず、彼女はどこか楽し気に見えた。
「その割には、楽しそうだね」
「えぇ、これほど楽しいデュエルは久しぶりです」
はっきりと、シュテルはそう口にした。微笑みながら俺とのデュエルが楽しいと、そう言ったのだ。
なら、俺もこう答えよう
「あぁ、俺も最高に楽しいよ!」
そんな俺の言葉が合図になったかのように、互いに後方へと飛びのき距離を取った。
シュテルはすぐさまシューターを撃ち出そうと構えるが、俺もそうはさせないとばかりにブレイブフォースを突き出す。
そんな俺の動きを読んでいたようにシュテルは俺の側面に回り込むように飛びのき、がら空きの横っ腹めがけてシューターを撃ち放った。
だが俺もおとなしくやられはしない。
突き出したブレイブフォースごと体を一回転させながらスキル『エアリアルセイバー』を放った。
ブレイブフォースの魔力刃がシュテルの打ち出したシューターへ向かって発射される。
このスキルによって打ち出された魔力刃は空中でリング状に変形し若干の誘導性も持つようになる。これにより魔力刃を操作し、複数のシューターをまとめて両断した。
そしてすぐさま魔力刃を再形成しシュテルへと突撃する。
「食らえ……ってうぉっ!?」
斬撃を放とうと構えたところに向かってシュテルがデバイスを槍のようにして突き出してきた。
完全に予想外の反撃だったが上半身を無理やりひねる事でかわす。
「そこです!」
俺の姿勢が崩れたところへ向けてシュテルは容赦なくシューターを放つ。
「くそっ!」
この状態では満足に回避ができない。
仕方なく俺はシールドを張りシューターを受け止めた。
(くそっ、足を止められた!)
これまで俺はシュテルに距離を取られないようにできるだけシールドによる防御を行わずに回避主体の戦法を取ってきた。
シールドは攻撃を“受け止める”という性質上、着弾の瞬間にどうしても足を止めることになってしまう。
そしてシュテルはここでさらに距離を取り自分の得意な遠距離戦に切り替えてくるだろう。
せめて少しでもその動きを阻害しようとシュテルがこれから飛びのくであろう後方へ向けてシューターを放った──だが。
「やぁああああああああっ! 」
「なっ!?」
俺の予想を完全に裏切り、シュテルはまっすぐこちらへと突っ込んできたのだ。
俺が放った牽制射撃は当然シュテルへと命中することなくあらぬところへと飛んでいってしまった。
そしてそのシュテルは紅蓮の魔力スフィアを手のひらに携え、それを振りかぶる。
(シューターを直接叩き込むつもりか!? でもそれじゃあシュテルまでダメージを──)
『まずいぞアヤト! あれは──』
ブレイブフォースが言い切る前に、魔力スフィアが俺の腹部へと叩き込まれた。
彼女は自爆ダメージによる共倒れを狙ったのだろうか?
そんな考えが一瞬浮かんだがそれが間違いだとすぐさま思い知ることになる。
「体が……動かないっ……まさか、さっきのは……」
「えぇ、バインドです。本来はシューターのように飛ばすものですけどね」
シュテルはそう告げると大きく飛びのいた。
……どういうつもりだろうか?
バインドを決めた今ならシューターを一発ポンと当てるだけで……それどころかデバイスで思いっきり殴るだけでも決着がつくというのに。
「今からあなたに文字通り“全力”の一撃をお見せします」
そう言うとシュテルは一枚のカードをスラッシュした。
『ブレイクショット、発動』
「これは今までフリー対戦では一度も使わなかった……いえ、使う必要もなかった私の奥の手です。本来はロケテストトーナメントまで見せるつもりはありませんでしたが」
デバイスが動けない俺へと突き付けられ、その先端には真紅の魔力が収束し始める。
先ほど見せた『ディザスターヒート』かと思いきや、それよりもさらに膨大な魔力がそこに集められていた。
「先ほどあなたが私に見せてくださった見事な攻撃への敬意、そして何よりも私の心の炎を再び燃え上がらせてくれた感謝をこめて……今の私の持てるすべてをあなたにぶつけましょう」
思わず息をのむ。
俺を消し飛ばさんとするほどの圧倒的な魔力がこちらへ向けられている。
だが。
「あぁ、来いっ!」
腹の底からそう叫んだ。
恐怖をごまかすためではない。
強がっているわけでもない。
“必ず耐えて一発お見舞いしてやる”という意思を込めた叫びだ。
それを理解したのかシュテルは微かに微笑み、デバイスのトリガーへと手をかける。
「疾れ明星──、すべてを灼き消す焔と変われ──!」
渦巻く魔力がさらに圧縮され、いまにも弾けんとばかりに燃え上がる。
そして、ついにそれが解き放たれた。
「ルシフェリオン……ブレイカーッ!!」
すべてを灼き消すとはよく言ったものだ。
とてつもない魔力の奔流が俺を飲み込まんと迫ってくる。
こんなものを食らえば今の俺のLIFEでは消し炭になるどころか跡形もなく消滅してしまう。
「ブレイブフォースッ! 頼むっ!」
『ラウンドシールド多重展開……3が限界だっ!』
「壊れた端から作り直せ!」
『無茶を言う……だがやってやろう! 』
目の前に白銀の魔力で生み出された円形の盾が三枚生み出される。
ルシフェリオンブレイカーがそれらと激突し、風圧と熱が俺の体を襲った。
あくまでバーチャルな疑似的感覚だからこの程度の衝撃で済んでいるが、もし本当に魔法がこの世に存在しこの一撃を受けていたら絶対に無事では済まないであろうし、トラウマとして胸に深く刻まれてしまうことは間違いない。
そしてあっさりと一枚目のシールドが破られ、その余波で二枚目にもヒビが入る。
『クソッ、再生が間に合わんぞ!』
「魔力効率は考えるな! とにかく強度と生成スピードに全部つぎこめ!」
『分かった!』
一番手前にあるシールドの後ろに新たにシールドが展開されると同時に、ヒビの入ったシールドが砕け散った。
(耐えろ……耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ!!)
砕ける、再展開する、それを数度繰り返し、とうとう最後のシールドが俺の目の前にまで迫ってきた。
奥歯を噛み締める。これ以上シールドは展開できない。
それでもまだ諦めない。最後のシールドにすべての魔力をつぎ込み強化する。
「くっ……そ……ッ!」
それでもなお荒れ狂う真紅の奔流は収まらない。
ピシッ、という音が耳に入り、ついに最後の砦は崩壊した。
シールドを突き破った砲撃は俺の体を飲み込み、声を上げる間もなく残り僅かなLIFEを消し飛ばした。
(あぁ……くそっ、悔しいなぁ……)
目を閉じ、思わずそう独りごちる。
体から力が抜け、まるで翼を失った鳥のように落下していく。
このままいけば海面と熱烈なキスを交わすことになるだろう──と思っていたのだが、唐突に自由落下の感覚が途絶えた。
ゆっくりと目を開けると、穏やかな風に髪を揺らしながら優しげな笑みを浮かべるシュテルの顔が目に映った。
「まさか、女の子にお姫様抱っこされる日が来るとは思わなかったよ」
「私も大人の男性をこのように抱える日が来るとは思いませんでした」
互いに顔を見合わせながら、思わず笑ってしまった。
俺はシュテルの腕から離れ、再び空へと浮かびあがる。
そしてシュテルと向き直り右手を差し出した。
「すごく強かったよ。ありがとう、きみとデュエルできて……初めての対戦相手がきみでよかった」
差し出された手を見てシュテルはわずかに目を見開く。
……? どうしたのだろうか。
無意識のうちに何か失礼なことをしてしまったのだろうか……?
「えっと……シュテル、さん? どうかしました?」
戸惑いから思わず敬語になってしまった。
「……いえ、何でもありません。私もあなたのような方とデュエルすることができて、とても……とてもうれしかったです」
そう言うとシュテルは両手で込むようにしっかりと俺の手を握った。
その手には何か……強い感情が込められているように思えた。
「……もう二度と、この胸の炎は消えません」
* * * * * *
その後、俺とシュテルは休憩所を兼ねたフードコートへと足を運んだ。
お互いに冷たいジュースを買い求め、二人掛けの席に向かい合って座る。
「私はあなたに謝らなくてはなりません」
開口一番にシュテルはそう言った。
それに対して俺は首をかしげる。彼女とは初対面だし、対戦中も特に謝られるようなことをされた覚えはない。
「私は……あなたに対し初心者だからと、そんなつもりはなくても心のどこかで油断していました。これは全力で戦ってくださったあなたへの侮辱に他なりません。なので、謝罪を……」
シュテルは机に頭をこすりつけそうな勢いで頭を下げた。
そんな彼女を見て合点がいった。
あの時──ディザスターヒートから逃れ、シュテルの姿を探したとき──彼女は隙だらけだった。
拘束時間が長い代わりに当てづらいバインドランスを簡単に命中させることができてしまうほどに。
「──そっか」
天井を見上げ、長く息をつく。
つまり、その油断がなければ俺はギリギリの敗北どころかまともな勝負にすらならなかったかもしれないということだ。
これはもうなんというか、相当に悔しい。
「あ、あの……やはり怒っていらっしゃいますか……?」
対戦中、基本クールな表情を崩さなかったシュテルが見るからに不安そうな表情を浮かべている
「えっ? あぁ、いやいや! べつに怒ってなんかいないよ? ただ悔しいだけだからさ」
「本当、ですか?」
「うん! 次に戦う時までにシュテルが油断する隙なんて無いくらい強くなってみせるよ。だから、そんな顔しないで。ね?」
そう言ってシュテルに微笑んで見せた。
「……ありがとうございます。その……アヤトさん」
「ん?」
「もしよければ、連絡先を交換しませんか? これも何かの縁だと思いますので」
「うん、かまわないよ」
俺たちはお互いにスマホを取り出してプロフィールを交換した。
俺の連絡先一覧に『シュテル・スタークス』の名前が追加される。
そういえばお互いにフルネームでの自己紹介はしていなかった。
「結城アヤトさん……というのですね。結城さんとお呼びした方がよろしいでしょうか」
「アヤトでいいよ。俺もシュテルって呼ぶからさ」
「わかりました。これからよろしくお願いいたします。アヤトさん」
机をはさんで握手を交わす。
シュテルの手は先ほど激しいデュエルを繰り広げた相手だとは思えないほど小さくて柔らかかった。
「それにしても、先ほどのデュエルでのあなたのブレイクショットは見事でした。槍型のデバイスは取り回しづらいにもかかわらずあれだけの連撃を放つとは……。かなりの鍛錬を積まれたのでしょうね」
「……ブレイクショット? 」
シュテルのセリフの中に聞き覚えのない単語が現れたのでつい聞き返してしまった。
……いや、そういえばルシフェリオンブレイカーのカードをスラッシュするときに彼女のデバイスがそんなことを言っていたような……?
「……まさか、ブレイクショットの事も」
「ごめん、知らない……」
「な、なら、あの時の攻撃はどうやって……」
「え? えーっと、複数のスキルを発動遅延設定して……細かいところは気合で制御してた」
「あなたのデバイスから教えてもらっていないのですか?」
「教えてもらってない……と、思う」
正直なところ本当に説明してもらっていないのか自信がないので、困惑した表情でこちらを見つめるシュテルから思わず目をそらしてしまった。
「ブレイクショットというのは複数のスキルを組み合わせることで生まれるオリジナルスキルのことです。発動タイミングや位置・角度調整などをあらかじめ設定しておけるので複雑な制御をすることなく複数のカードを用いた強力なコンボを放てるというものです」
……開いた口が塞がらない。
「も、もしかして俺の今までの苦労って……全部無駄……? 」
自分でもびっくりするほど情けない声が漏れ出した。
シュテルの説明によると必死になってスキルの制御をしなくてもお手軽簡単にあの必殺コンボを放てる……ということになる。
果たして俺の今までの血のにじむような練習は何だったのだろうか。
開きっぱなしの口から魂が抜けだしていくような感覚すら覚える。
「そ、そんなことはありません! あらかじめ設定したようにしか発動しませんから融通は利きにくいですし……それに、あのレベルのスキル制御はそうそうできるものではありません。あなたの努力は無駄などではありませんよ」
「あ、ありがとう。シュテルは優しいなぁ……」
「……コホンっ。それで、これからどうされるのですか? 今後もブレイクショットは使わずにご自身の制御で戦うのですか? 」
「いや、おとなしく使うことにするよ。今までみたいに複数のカードをスラッシュするとどうしても隙が大きくなるし、それに……」
「それに? 」
シュテルが小首をかしげて聞き返す。
「シュテルのルシフェリオンブレイカー、かっこよかったからさ。俺もああいうの欲しいなって思って」
「そ、そうですか。でしたらブレイクショットの名前を考えないといけませんね」
「名前? 名前かぁ……」
いざ技の名前を考えるとなるとどうしても首をひねってしまう。
というのも、すでに名前が設定されているスキル名をゲーム内で叫ぶのはもう慣れたが、オリジナル技となると話が違ってくるからだ。
下手な名前など付けようものなら中学生時代に書いたオリジナル設定てんこ盛りの中二病ノート(処分済)のような黒歴史を再演することとなってしまう。
「……? ずいぶんと悩んでいらっしゃいますね?」
腕を組んだままうんうんと唸り続ける俺を見てシュテルがまた首をかしげる。
「いや、こう……いいのがパッと思いつかなくてさ」
「そうなのですか……? ふむ……」
「?」
今度はシュテルが指を唇に当てながら何か考え事を始めてしまった。
その姿からは幼いながらも知的な雰囲気を感じさせたが、俺としては彼女が一体何について考えているのかわからない。
今度は俺が首をひねりながらシュテルの様子を見守ることになってしまった。
「もしよろしければ、私がブレイクショットの名前を考えてもよろしいでしょうか」
ほどなくして口を開いたシュテルはそんなことを言った。
「シュテルが? いいの?」
「はい。あなたが嫌でなければですが……」
嫌なんてことはない。願ったりかなったりだ。
どうせこのまま自分一人で悩んでいても結論が出るまでに時間がかかってしまう。
よっぽど変な──もとい個性的なものでなければ喜んで使わせてもらおう。
「……実は、この話題に入った時から頭には浮かんでいたのです」
「え、そうなの? もっと早く言ってくれればよかったのに」
「いえ、さすがに私の思い付きを押し付けるのは失礼だと思いまして……」
礼儀正しい子だとは思っていたが、そういうところも律儀だなと思った。
「その、実際にあなたの攻撃を受けて思ったのです。輝く魔力刃の軌跡、磨き抜かれた技による乱舞。それらは思わず見惚れてしまうような美しさすらありました」
「う、うん……」
予想外のべた褒めに頬が熱くなった。
「なので、私はあなたのあの攻撃に『煌刃(こうじん)乱舞(らんぶ)』と名付けたいのですが……どうでしょうか? 」
煌刃乱舞。
煌めく刃の乱舞……か。
「……いいね、すごくいいよ! かっこいい!」
「そうですか? 気に入っていただけたのであればうれしいです」
「よし、さっそく作っちゃおう! 良ければやり方教えてもらってもいいかな?」
「もちろんです。ではまずはローダーの方へ──」
* * * * * *
「今日はありがとう。いろいろ教えてもらって」
俺はシュテルへ軽く頭を下げた。
ブレイクショット──『煌刃乱舞』のカードを作った後にもいろいろとブレイブデュエルの戦い方についてレクチャーを受けていたのだ。
今日出会ったばかりの俺にここまでしてもらって感謝しかない。
「いえ、私にとっても有意義な時間でした」
日が沈みかけ、白亜の外壁がオレンジ色に染まり始めたグランツ研究所の入り口で俺とシュテルは別れのあいさつを交わしていた。
「それじゃあ、今日はこれで。また今度」
「えぇ。また」
シュテルへと手を振り愛車(自転車)にまたがり、いざこぎ出そうと足に力を入れた時だった。
「アヤトさん」
シュテルに名前を呼ばれ振り返る。
彼女はこちらを真剣な眼差しで見つめながらこう言った。
「次に戦うときは、ロケテストトーナメントの……決勝で」
「……うん。必ず」
シュテルの言葉に力強く頷き、改めてペダルに力をこめた。
ロケテストトーナメント当日まで、あと1週間だ。
次回「笑わない向日葵」
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DUEL⑤ 「笑わない向日葵」
ごめんちゃい。
「決めるぞ、ブレイブフォース!」
『ブレイクショット発動──行けッ! アヤト!』
俺が対戦相手に向けて投げ放った白銀の槍──バインドランス──はその動きを封じこめ、体を空中へと縛り付けた。
それをトリガーに周囲に槍の穂先のような形状の魔力弾が12個展開される。
「行けぇっ!」
それらは対戦相手に向けて撃ち出され、その銀色の軌跡を追いかけるように俺も飛翔する。
貫通性能を持った魔力弾が動けない相手の体を貫いていく様を見ながら、俺自身もブレイブフォースを振りかぶった。
「──見せてやる! これが俺の、全力全霊ッ!」
全速力で接敵し、切り上げの一撃から始まった縦横無尽の斬撃があらゆる角度から対戦相手を切り裂いていく。
振り下ろし、水平切り、切り上げ、時には突きや蹴りなども交えながら息もつかせぬ嵐のような斬撃を浴びせ続ける。
空気を裂く音と斬撃のSEが絶え間なくステージへと響き渡る中、最後の一撃を繰り出すためにブレイブフォースを脇に構え一気に振り抜いた。
「切り裂け、煌刃乱舞ッ!!」
魔力刃にため込まれた魔力が解き放たれ、派手なライトエフェクトと共に放たれた渾身の斬撃が対戦相手のLIFEを消し飛ばした。スキルの衝撃によって周囲に魔力粒子と煙が舞い散るが、それらをブレイブフォースを一閃し振り払う。
ふぅ、と息をつく。体の中の火照った空気が吐き出され、それと入れ替わりに吸い込まれた空気が熱を持った体を通り抜ける。まるで熱くなった機械が冷却ファンで冷まされているようだなと思った。
視界を遮るものがなくなったところで上空を見上げると、ステージ中央の空中ディスプレイに勝利者である俺の名前がファンファーレと共に表示された。
「くっそぉ……俺の負けかぁ……」
対戦相手の青年の下へと飛んでいく。
俺は悔し気な声を漏らす彼に向って右手を差し出した。
「ありがとう、すごく楽しいデュエルだった」
「こちらこそ。それにしてもあんた強いな! 本戦、俺の分も頑張れよ!」
青年はそう言って笑顔で俺の手を握りしめた。
* * * * * *
「これで予選突破か。なんとか本戦にこぎつけたなぁ」
グランツ研究所の廊下に設置されている小さな休憩スペース。
俺はベンチに腰掛け、自動販売機で買ったペットボトルのスポーツ飲料に口をつけた。
今日はブレイブデュエルロケテストトーナメントの当日。先ほどまでの対戦はその予選だったというわけだ。
「予選で負けて約束を果たせない……なんてことにはならずに済んだな」
俺の脳裏に浮かぶのは先週シュテルと交わした約束……ロケテストトーナメントの決勝で戦うという誓いを早々に反故にするわけにはいかない。
まぁ、仮にその約束がなかったとしても負けるつもりで大会に挑む気はさらさらないのであまり変わらないかもしれないが。
さて、その決勝戦に進むためのトーナメント……つまり本戦は午後からだ。
食堂で昼食をとってデッキを軽く見直すくらいの時間はあるだろう。
俺は中身を飲み干したペットボトルをゴミ箱に入れ、立ち上がった。
「よし、そうと決まれば食堂に……」
行こう、と思ったところでポケットの中のスマートフォンが振動した。
スリープを解除して画面を見てみると、画面中央にメッセージアプリ“LIME”のメッセージが届いたことを表すポップアップが表示されていた。
その相手は──。
「シュテル?」
そのメッセージには短くこう書かれていた。
『無事予選を通過しました』
「さすがシュテル。えっと……『おめでとう! 俺も予選通過したよ』──っと」
小さなライバルの予選通過報告を受け、うれしい気持ちになりながら返信のメッセージを送る。
『ありがとうございます。ちょうど今メインホールで本戦トーナメントの組み合わせが発表されたところですので確認されてはいかがでしょうか?』
「もう組み合わせ出てるのか! こうしちゃいられない」
食堂へ向けていた足を止め、頭の中でメインホールへの道のりを描く。
シュテルもそこにいるのなら、せっかくだから食事に誘ってみるのもいいかもしれない。
その旨のメッセージをシュテルに送ろうと思い、スマホの画面を操作しながら廊下を進み、曲がり角に差し掛かったあたりで顔を上げた──その時だった。
「──あっ」
「うぉっ」
体にわずかな衝撃が走り、思わず足に力を籠め踏ん張った。
理由については考えるまでもない。曲がり角の先から現れた小さな人影とぶつかってしまったのだ。
「あっ、危ない!」
──危ないのは歩きスマホをしていたお前だろう。
……なんだろう。現実世界では聞こえないはずのブレイブフォースによるお小言が聞こえた気がする。
まぁ、実際には自分自身に対する叱責・後悔の気持ちなわけだが、今は湧き上がってくるそれをぐっと飲み、リノリウムの床へと倒れていく相手に向けて手を伸ばす。
「っと、ごめんね! 大丈夫?」
ぶつかった相手は小さな女の子だった。シュテルよりもさらに幼いように見える。
腰まで伸びたモフモフとした金髪が特徴的で、その髪と白い肌から日本人ではないことがうかがえた。
幼いながらも整った顔立ちをしており、将来は美人になるだろうなと予想させた。
……が、倒れる彼女を支えた時に気になったことがいくつかある。
(……体が細すぎる。それに顔色もよくない。これじゃ肌が白いというよりも青ざめてるって言った方がしっくりくるぞ)
「……うぅ」
俺の腕の中でうめきに近い声を発しながら少女はゆっくりと目を開いた。
その表情はとても元気な子供のそれとは言い難く、放っておけばそのまま倒れてしまうのではないかと思えてくるほど弱々しい。
小さな口から吐き出される非常にか細い息がその印象をさらに強める。
「キミ、大丈夫!? しっかり! くそっ、早く医務室に……いや、救急車呼んだ方がいいか!?」
救急車を呼ぶべくスマホを取り出し119番しようとするが、小さな手が伸びスマホの画面を抑えた。
「だい、じょうぶ……です、から。いむしつ……っ、ドクターが……」
少女の口から漏れ出した言葉を何とか拾う。
大丈夫・医務室・ドクター……救急車を呼ばなくてもいいからドクターがいる医務室に連れて行ってほしい、ということだろうか。
「だいじょうぶ……。だい、じょうぶ……ですから……」
とても大丈夫そうには見えないが、この子をこのままリノリウムの床に寝かせておくわけにもいかないし、救急車を呼ぶにしろ呼ばないにしろ到着までの間きちんとした場所で休ませてあげるべきだろう。
ひたすら大丈夫を連呼する姿に違和感を覚えながらも、膝と肩の後ろに手を回し──所謂お姫様抱っこで──少女を持ち上げる。
「すぐに医務室に連れて行くから、少しだけ我慢しててね」
少女の頭が不用意に揺れないように腕で支えつつ廊下を駆ける。
確か医務室はここからそう遠くない。おそらくこの子も医務室に向かう途中だったのだろう。
そこに俺がぶつかってしまった……そういうことだ。
ふと、服の胸のあたりが引っ張られているような感じがした。
誰が──なんて考えなくてもわかる。俺の腕に抱かれているこの子以外にいない。
この子は自分を襲う不快感を何とか耐えようとしているんだ。
怪我をしたときに奥歯を噛み締めて痛みに耐えるように、俺の服をその小さな手で力いっぱいに握りしめて。
その姿を見れば誰だって今の俺のように少しでも早くと歩みを早めるだろう。
「医務室……着いた! ここだ!」
ほどなくして医務室へとたどり着いた。少女を抱えたまま足や肘を使ってなんとかスライド式のドアを開ける。少々行儀は悪いが緊急時なので許してほしい。
開け放ったドアをくぐり、医務室内部に入る。白で統一された室内は右手奥に2台のベッド、左手にはドクター用のものと思われるデスクが設えられている。
そして、そのデスクの隣の資料棚の前で何かのファイルを読んでいた黒髪をポニーテールにまとめた白衣姿の女性が、入ってきた俺たちを見て目を丸くしながら駆け寄ってきた。
「ユーリちゃん!? どうしたの!?」
どうやらこの子の名前はユーリちゃんというらしい。なんとなく察しはついていたが、この子とドクターはすでに顔見知りであるようだ。
そうでなければこんな小さな子が救急車を呼ぶことを拒否して医務室へなどと発言しないだろう。
ユーリちゃんとドクターの間には、すでにある程度の信頼関係が構築されており、彼女はとっさにすぐ近くにいるドクターの方を頼った──そういうことだろう。
「廊下の角でこの子とぶつかってしまって……。頭とかは打ってないんですが、体調がすぐれないようだったのでここに。救急車を呼ぼうとも思ったんですがこの子がここに連れてきてくれと」
「そうなの……ありがとう。取り敢えずベッドに寝かせてあげてくれるかしら。診察するわ」
「はいっ!」
ドクターの指示にしたがって少女をベッドの上に優しく寝かせる。そして診察の邪魔になるといけないので一度離れよう思い一歩下がった時、まだ少女が俺の服の端をつかんだままだったことに気が付いた。
ユーリちゃんは依然として青ざめた顔で目を閉じたままだ。そんな彼女が少しでも安心できるように俺は可能な限り優しく語り掛ける。
「大丈夫だよ、ユーリちゃん。すぐにドクターが診てくれるからね」
そうして服の端を握りしめる小さな手を優しくほどき、そのまま立ち去ろうとした。──が、その途中で俺の体はピタリと動きを止める。
──本当に立ち去っていいのか?
俺がここにいてもできることは何もない。むしろ診察の邪魔になるだけだろう。
それにユーリちゃんと俺は今日が初対面──つまりは完全に部外者だ。彼女のプライバシーという観点からも俺はここに残るべきではないと思う。論理的に考えればそうだ。
ユーリちゃんと俺は兄弟でも家族でも友人でもない。無事医務室に送り届けた以上──歩きスマホでぶつかってしまったことは置いておいて──これ以上関わる必要はないし義務も義理もない。
でも、俺はこの子のことが気になってしまっている。
……確固たる理由はない。この子のこれまでの様子を見て、ただなんとなく、心のどこかに小さな棘が刺さってしまっているような──そんな微かな胸の苦しさを感じてしまったのだ。
「……? どうかしたの?」
中途半端な位置で静止した俺をドクターは不思議そうな目で見つめていた。
胸に残る漠然とした気持ち。それが俺を突き動かす。
「あの、もう少しここにいてもいいでしょうか」
気がついたら、そんなことを口走っていた。
俺の言葉を聞いたドクターが目を丸くする。
無理もない。俺の発言は非常識極まりないものだ。
ドクターからすれば俺はユーリちゃんをつれてきた人間、ただそれだけだ。
患者と面識のない人間が残りたいなどと言い出せば当然怪しむ。俺が彼女と同じ立場だったら俺の頼みを良しとはしないだろう。それは理解している。
それでも俺は言葉を続けた。
「この子、ここに運ぶまでの間、ずっと大丈夫って言い続けてたんです。こんなに顔色が悪くて、辛くないわけないのに……。それが俺には、この子が無理しているように見えて……だから、俺はこの子と、話がしたい。放っておけない……そう思ってしまって。だから!」
ドクターの目をまっすぐに見つめる。互いの視線が交差し、数秒。ドクターは困ったような顔をしてため息をついた。
「あなたの気持ちは分かったわ。でも、さっきも言った通りこれから診察をするから、あなたをここにいさせるわけにはいかないの。出て行ってもらえるかしら」
その返答は一人の医者として当然のものだった。
反論の手立てがない俺は押し黙るしかない。顔をうつ向かせた俺を見かねたようにドクターは口を開く。
「もう、そんな顔しないで。別にユーリちゃんと話しちゃいけないって言っているわけじゃないんだから。診察が終わった後にお見舞いに来るっていうことならちゃんと許可出せるから」
「ほんとですか!?」
勢いよく顔を上げ、その勢いで思わず大声を上げてしまう。ドクターにギロリと睨まれ、その眼から感じる圧の強さに思わず背筋を正して口をつぐんでしまった。
「と・に・か・く!ユーリちゃんの診察が終わったら呼んであげるから、そこのソファにでも腰かけて待っていて。まぁ……ユーリちゃんの服をまくって胸の音を聞いてる光景を見たいっていうなら、しかるべきところに電話をしないといけなくなるけど」
「今すぐ出ていきます!」
俺は全力でベッドから離れ、ベッドを仕切るカーテンを思いっきり閉めた。
* * * * * *
数分後、ユーリちゃんの診察を終えたドクターに声をかけられた俺は彼女の後に続いて、ベッドを仕切るカーテンをくぐった。
ユーリちゃんはまだベッドの上で目を閉じたままだが、さっきまでと比べると幾分か顔色がよくなったように思える。
立ちっぱなしもなんだから、とドクターに勧められ簡素な丸椅子に腰かける。
「顔色もよくなってきたから、もう少しすれば目を覚ますと思うわ。おそらく軽い貧血と疲労……ってとこかしらね」
「貧血はともかく……疲労、ですか? こんな小さな子が……」
これぐらいの子供が疲労で倒れる、というのがいまいちピンとこない。
遊び疲れて眠ってしまう、というならわかるが、真っ青な顔をして倒れてしまうというのはどういうことだろうか。
「あまり詳しいことは話せないけど、この子にもいろいろあってね……体力が極端に少ないの。こうやって医務室に運ばれてきたのも初めてじゃないわ」
ドクターはそう言いながらどこか寂しげな表情でユーリちゃんの頭を撫でた。
「……私はこの子の保護者に連絡をしてくるわ。何かあれば読んで頂戴」
「あ、はい。わかりました」
「……ユーリちゃんの事、おねがいね」
俺の方は見ずに、背中越しにそう呟いてドクターはカーテンの向こうへと消えていった。そのあと何やら話し声が聞こえ始めたのはユーリちゃんの保護者に電話をかけているということなのだろう。
ドクターが消えていったカーテンを見つめながら彼女の最後のセリフについて考えた。
ユーリちゃんをおねがい──言葉通りに受け止めるなら自分が戻るまでユーリちゃんを見ていてくれ、ということになる。それはもちろん構わないしここで彼女を放ってどこかへ行くつもりは毛頭ない。
だが、俺にはドクターの言葉の意味がそれだけとは思えなかった。──例えるなら、落ち込んだ子供を元気づけてほしいと頼む母親のような。
「……んぅ……? 」
ベッドから聞こえた微かな声にハッと我に返り、声の主の方を見やる。うっすらと目を開けたユーリちゃんはゆっくりとその体を起こした。
「あれ……? 私……」
「ここは医務室だよ。体の具合はどうかな? 」
「は、はい。少しだるいですけど大丈夫です……。あ、あなたはさっき……」
どうやら俺のことはちゃんと覚えていたらしい。そして俺の顔を見るや否や、申し訳なさそうな表情をしながら顔をうつむかせてしまった。
「──ごめんなさい。ご迷惑をおかけしてしまいました……本当に、ごめんなさい……」
「い、いや! そんなに謝らなくていいよ。ぶつかった俺が悪いんだし、それに俺が自分の意志でやったことなんだから。あぁそうだ、俺の名前は結城アヤト。君の名前はさっきドクターから聞いて……俺だけ知ってるのもあれだし一応自己紹介しとく、ね?」
ユーリちゃんの顔があまりにも暗いので重い空気を軽くする意味合いも込めて足早に自己紹介などをしてしまった。
「ユウキ・アヤト……さん?」
「そうそう。結城でもアヤトでも好きな方で呼んで」
「……アヤトさんは、ブレイブデュエルのプレイヤーさん……ですよね?」
「えっ? なんでそれを?」
「今日この研究所にいるのは研究所のスタッフの方々かプレイヤーの方々だけですから……。研究所の方の顔は知っていますので、見慣れない方はみなさん今日のトーナメントのために集まった方々かな、と……」
顔を伏せたまま、ユーリちゃんは自分の推測を語った。
なんというか、幼い外見年齢──小学校低学年程度に見える──に反してしっかりした話し方をする子だ。というのが正直な感想だった。
シュテルもそうだが、この年代の子供たちが敬語で、しかも知性的な会話をすることに舌を巻く思いだ。
俺が彼女たちくらいの年齢の頃はもっと毎日悪ふざけやらイタズラを繰り返し父親から拳骨をもらっていた記憶しかない。
実は彼女たちは謎の組織から毒薬を飲まされ体が縮んでしまった……いわゆる見た目は子供、頭脳は大人なアレなのでは? などというアホな考えが一瞬浮かぶほどだ。
「それに、あなたが予選でデュエルしているところを見ていましたから」
「えっ!? み、見てたんだ。はは、ちょっとはずかしいな……」
恥ずかしいのは見られていたことだけではないがそれはさておく。
「とても楽しそうにデュエルをしたので、つい目に留まってしまったんです。──うらやましいなって、思いました」
「羨ましい……? 」
「私には、あんなふうにデュエルをすることはできませんから」
「いや、そんなことはないよ! ユーリちゃんだって楽しめるはずだよ! 確かに最初は慣れない感覚で戸惑うこともあるかもしれないけど、練習を積めば──」
そこまで言ったところで、気が付いた。
ユーリちゃんがより一層顔をうつむかせ、その小さな体にかけられたタオルケットを力いっぱいに握りしめていることに。
そこで察する。彼女が言っているのは、決してデュエルの腕前とか、そういう技術面での話ではないということに。
「……無理なんです、私には」
何とか絞り出したような声。そこからは悲痛さすら感じられた。
思わず息をのむ。
「昔から、体が弱いんです。ちょっとしたことですぐに病気になって寝込んでしまって……。だから、外で遊んだりしたこともほとんどありません。そんな体だからいつもいつも両親や友達に迷惑ばかりかけて、今回はあなたにも……。今はこの研究所にホームステイをさせてもらってますけど、ここのドクターにも、一緒に留学してくれた友達にも、博士やそのご家族にも迷惑かけてばかりで……」
──自己嫌悪。
彼女の言葉からはその感情を非常に強く感じた。それと同時にここに運ばれるまでの彼女の言葉の理由も理解できた。
自分は周囲に迷惑をかけるだけの存在だと、そう思い込んでしまっている。
周りに心配をかけさせまいとする。ひたすらに謝罪を繰り返す。これらの行為はその考えからの行動だろう。
「私が『迷惑ばかりかけてごめんなさい』っていうと、みんな表情を曇らせるんです。みんなにそんな顔をさせてしまうのが本当に嫌で、それでも私には、どうしようも、でき、なくて──っ!」
ポタポタと小さな雫が落ち、タオルケットを濡らした。必死に抑えてきた感情が堰を切ったようにあふれ出す。
「だから、せめてっ……心配かけ、かけないように、しようって──。なのに、全然だめでっ──!」
あふれる涙を服の袖で何度もぬぐうが、一度溢れた感情は簡単には止まらない。
──いったいどうすれば、ユーリちゃんの涙を止められるのだろうか。
彼女の心は完全にネガティブな感情に支配されてしまっている。しかもそれは幼少期からずっと続く根の深いものだ。今日出会ったばかりの俺が何か言っただけでどうこうなるものではない。
(だけど──!)
何もしない──その選択肢は俺には初めからなかった。
「ユーリちゃん」
名前を呼ぶ。まっすぐに彼女を見つめて。
手を握る。これまで何度も涙をぬぐってきたであろう、その小さな手を。
そして思った。廊下で出会ったあの時から、この子は一度たりとも笑っていない。
本来なら毎日楽しいことがいっぱいで、笑いが絶えないものであるはずの幼少期をこの子は泣いて過ごしてきたのだ。
このままでは、この子の心は降り続ける涙の雨で腐ってしまう。
ならば俺は、その心にかかる雲を散らして日の光をあててやりたい。
だから──。
「少し、俺の話を聞いてくれないかな」
涙でしおれた向日葵に、優しく微笑みかけながら、俺はそう言った。
次回 「ラフメイカー」
※次回の題名は仮のものです。変更になる場合もあります。
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