幼女、先生に扶養される (じゃくそん)
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幼女、先生と出会う
こんにちは、私です。しがない幼女、五歳です。前世の記憶はありますが、社会的地位がありません。
この度、両親が死亡したのを切っ掛けに、遠縁の親戚の元へと行くことになりました。
ちなみに両親は、裏の世界を支配していた悪の帝王(笑)さんの危険思想に感化されて、云百人を巻き込んだ自爆テロを起こしたそうです。幼女は子供なので、むずかしい話はよく分かりません。本当にわけのわからないことしか言わない両親でした。
両親の遺産はがっぽりあったはずなのですが、全てテロ被害者遺族への賠償金に溶けたのだと、お世話になった眼鏡の弁護士さんには教えてもらいました。ヒューッ。豪勢なことです。
テロリストの遺児なんて、いくら子供に罪はないとはいっても、面倒なことになるのは間違いありません。マスコミさんがこわいですね。
正直なところ、誰にも守られない立場での施設行きも覚悟していたのですが。今後のトラブル避けに、弁護士さんを介して親戚連中との縁切り作業をしていたところ、遠縁の方から引き取りの申し出がきたというのです。
果たして、正気なのでしょうか。その人の人間性を疑ってしまう話です。人間ひとりを養うのって、結構面倒臭いはずですから。
素性を訊くと、まだ二十歳の若い男性だそうで、ますます引き取られる理由が分かりません。ろりこんさんでしょうか。一応、虐待は覚悟しておきましょう。
さて、弁護士さんとやって来ましたのは、とある喫茶店。こちらで、私を引き取るという親戚の方と顔を合わせます。
その方は、時間ぴったりに、待ち合わせていた席へといらっしゃいました。
気難しそうな方です。来るなり、私に値踏みするような視線を向けられました。外行きの服で、いつもよりお洒落をしてきた私は、その視線に気後れしてしまいます。弁護士さんの選んで下さった、落ち着いた雰囲気のある可愛いワンピースだったのですが、「似合ってないぞ」と言われているようでした。気まずい思いをした私は、その方の顔から視線を外します。
――あら?
その方の服の胸元についたボタンは、付けペンのペン先……そう、カブラペンと呼ばれる種類のものの形をしていました。
よく見れば、彼の耳には、Gペンの形をしたイヤリングが揺れています。お洒落さん……! お洒落さんです!
席に座られたその方に職業を訊いてみると、漫画家さんだというお話でした。なるほど、納得のアクセサリーです。お名前は、岸辺露伴。へー、岸辺露伴さん。ほーん、ふーん。……うん?
なるほど、ジョジョですね!
そちらの衝撃と混乱を飲み下すことに必死だった私は、切り出された話題も耳に入らず右から左で。岸辺露伴先生に扶養されるというお話に、一も二もなく頷いていたのでした。
露伴先生は、私がテロリストの遺児であることに興味を抱き、引き取ることを決めたようでした。
両親の起こした事件に、然程興味も持たなかった私には知る由もないことでしたが、世間様では相当大きな話題となった、なんとも残虐な事件だったようで。その突拍子も無い現実の出来事に、先生の創作意欲や取材魂が疼いてしまったようなのでした。
そうはいっても、私に取材して分かることなんて、そう多くはないと思いますけれどね。事件については、本当に何も知りませんし。
「『君が事件について知らない』ということが、他ならぬ情報の一つさ。両親に無関心だったとも言っていたな? そうした情報を収集することで、君という『テロリストの遺児』の一例を構成する。僕は君に事件の詳細を訊きたいんじゃあない。君という人間について、知ろうとしているだけだ」
幼女に難しい話は分かりません! ですから私には、先生のいう話はさっぱり分からず、ただ露伴先生が幼女に興味のあるお年頃だということしか把握できませんでした。……急に引き取られることへの不安が湧いてきましたね。ええ。
そうはいっても、手続きは全て済ませてしまいましたし、今から取りやめるというのは、何とも無理な話です。私に時間は巻き戻せませんからね、仕方がありません。なるようになると受け容れましょう。
「あのっ、これからよろしくお願いします」
私はぺこりと頭を下げます。露伴先生は、「ああ」と何ともシンプルな返答をくださいました。先生の返事もいただいたことですし、幼女はよろしくされることにしましょう。
先生の愛車に乗せられて、やって来たのは現在先生がお住まいのアパートです。先生はまだ、杜王町へのお引越し前なようで、そのアパートは東京にありました。先生のご両親のお家も東京にあるそうですが、漫画に集中したいという理由で、それとは別にこちらのお部屋を借りているようです。お仕事部屋というやつでしょう。……そんな場所に入ってしまってよいものなのでしょうか。ご両親のいらっしゃるお家で私が過ごす方が、先生としてもよろしいのでは。
「君を部屋に入れるのは甚だ遺憾だが、両親に君を引き取る話をしていないのだから仕方がない」
「えっ」
「なに、近々引っ越す予定だ。その時は仕事部屋を君の部屋と離すさ」
よ、幼女は大丈夫なのでしょうか。やっぱり、テロリストの遺児を引き取ろうと考えるような人間がマトモなはずはなかったのですね。
どきどきしつつ、露伴先生の後ろをついていきます。辿り着いたお部屋は503号室。先に配達していた私の荷物は、既にお部屋の中にあるということでした。
先生が鍵を開けます。扉を開くと同時に、お部屋の中から墨のにおいが押し寄せてきました。ひとつ前の生で、私がまだ十代だった頃、書道の時間に嗅いだようなにおいです。
今日からここが、私のお家となりました。
カリカリと紙をペン先が引っ掻く音、電気の灯った部屋。時計は午後九時を回っています。
……眠れません。
いつもならば、幼女である私は夢の中の時間です。ですが、ワンルームのアパートで、先生が漫画執筆中とあっては、敷かれたお布団の中でもうまく眠れませんでした。
敷布団というのも良くなかったのかもしれません。私が寝慣れているのはベッドでした。いえ、一番の原因は、お部屋が明るいことでしょうが。目を瞑っても、一向に眠気は来ず、むしろ目は冴える一方でした。
困りました。抱き枕がわりの黄色いクマのぬいぐるみは、まだ荷解きしていないので段ボール箱の中です。あれがあれば、安心毛布よろしくラリホー出来たのでしょうけれど。先生に声を掛けようにも、筆が乗っておられるようですし、漫画を描く邪魔はしたくありません。
結果、私は露伴先生に視線だけを向けることとなるのでした。先生の背中がよく見えます。ちょっぴり猫背なのでしょうか、背中を走る背骨のラインが見えました。腰の辺りから下は、椅子に隠れて見えませんね。
――あっ、振り向いた。
「おい、まだ寝てないのか」
「うまくねむれません」
明かりを消して貰えると、幼女は嬉しいです。さりげなく天井を見上げて示唆してみますが、先生は椅子に座ったままでした。岸辺露伴は動かない――!
「普段はどうしていた。君の両親が亡くなる前のことだ」
「電気の消えた暗い部屋で、意識が沈むのを待っていました。両親がいなくなってからも、それは同じです」
「電気は消してやれないぞ、僕はまだ漫画を描くからな」
この人には、私が眠りにつくまで一度描くのを中断するという選択肢はないのでしょうか。なさそうですね。失礼しました。
今は取材のためのお話ゆえに、手を止めていらっしゃるというわけでしょう。
「クマのぬいぐるみをぎゅってしたら、眠れると思います」
「あの段ボールに詰めたやつか」
私はこくりと頷きます。私の荷造りを、手伝って下さったのは先生です。ぬいぐるみに合うサイズの箱を探してきて下さったのも先生でした。
「面倒だな」
「ろはん先生をぎゅってしても、眠れると思いますよ」
先生はそんな私の言葉を鼻で笑うと、カッターを持って段ボールを開け始めました。添い寝はしていただけないようです。残念。
「これだな。ほら」
先生はクマのぬいぐるみを、私が受け取りやすいように、側まで持ってきてくださいました。受け渡す手つきが、ちょっとだけ優しい気がします。
「ありがとうございます」
私はぬいぐるみを受け取って、胸に抱き寄せました。私が元いたお家のにおいがします。ぬいぐるみの右腕をとって、肉球のように縫い付けられたハートの刺繍を指先で弄っているうちに、瞼がおりてきます。
私はもう一度、ぬいぐるみをぎゅっと胸に抱き直して、夢の世界へと旅立ちました。
おはようございます、私です。目が覚めて最初に見たのは、知らない天井ではなく見慣れた黄色いクマのぬいぐるみでした。知らない天井だ…って、ちょっぴり言ってみたかったのですけれど。残念です。
私が目覚めた時には、先生は既に起床されていて、朝ごはんの準備をされていました。空いた窓から吹き込む冷たい風が、焼けたパンの香ばしい匂いを私に届けます。じゅうじゅうと焼けているのはベーコンでしょうか、お腹が空いてきました。
ぬいぐるみを布団に寝かせた私は、段ボールから取り出したマグカップを持って、先生の立つキッチンへと向かいます。玄関とお部屋に挟まる廊下にあるキッチンは、冬場の冷えが辛そうです。もこもこのスリッパがなければ、私も危ないところでした。
「おはようございます、ろはん先生」
「ああ、おはよう。朝は食べられそうか」
「食べます」
おかずがきっと食べきれなくなってしまうので、食パンは半分でお願いします。あと、ココアが飲みたいです。
そうして出来上がった朝食を前に、先生と向き合って座りました。机は折り畳みのものを出してきています。二人では、少し狭いですね。先生が食べ始めるのを見て、私も手を合わせました。いただきまーす!
齧りついたパンがサクリと音を立てます。中のふんわりした生地は、バターをほんのり吸って、程よい塩味でした。もきゅもきゅと噛んでいる間に、次に何を食べようか考えます。
やはり、ここはベーコンエッグにしましょう。黄金色の黄身がカリカリのベーコンと組み合わさって何とも美味しそうです。お箸でうまく切れなかったので、そのまま齧りつきました。ああ……。頬が緩みます。半熟のとろとろの黄身が絡まったベーコン、美味しくないはずがありません。ここでサラダから、しゃきしゃきのレタスを口に投入します。みずみずしさが加わって、また違った食感と味わいを楽しませてくれます。お口の中が幸せです……。
ゆっくり噛んで、飲み込んだところで、ココアを口にして一息つきます。これこそ豊かで救われた、心満たされる食事です。
ふと、お食事を終えた先生と目が合いました。
「何だ」
「……いえ」
それは、私の方こそ訊きたかったのですが。先程からひしひしと伝わる、その視線の意味を教えては頂けないでしょうか。そんなに見られていては、私も食べづらいのです。
なんとなく気まずいまま、私はココアに口をつけます。しばらくちびちび飲んでいると、先生は私から視線を外し、お皿を持って席を立ちました。……なんだったのでしょうか。漫画家先生の考えていることはよく分かりませんね。
戻ってきた先生は、コーヒーを片手にビスケットを齧っていらっしゃいました。ビスケット!
「わ、私も食べたいです!」
「残さず食べたらな」
「食べます!」
私はお皿に残っていたサラダと齧りかけのベーコンを口の中に詰め込みます。先生が二枚目のビスケットを食べ始めました。私の口の中のものがなくならないうちに、先生は三枚目を食べ始めます。
待ってください先生、そのビスケットは四枚入りだって私は知っているんですからね。次が最後の一枚じゃないですか。
大変です。とてもではありませんが、先生が四枚目に手を伸ばすまでに、口の中のものがなくなる気がしません。
そうして私が不安と焦りを抱いているうちにも、三枚目のビスケットは先生の口の中へと消えていきます。
そして、四枚目のビスケットが、先生の手に渡りました。あああああっ! 私の、私のビスケット!
私がそのビスケットを凝視していると、先生はふっと鼻で笑った後、それを私のお皿のふちに置きました。
お皿の中は既に空です。口の中のものがなくなれば、食べていいということでしょう。……先生に四枚目を食べられると思って、身構えていた私が恥ずかしいです。私はゆっくりと口の中のものを咀嚼し飲み込むと、ビスケットに手を伸ばしました。
心なしか、先生が私を馬鹿にするような目で見ている気がします。むぐぐ。そこは大人として、幼女を微笑ましい目で見るところだと、私は思うのです。
なにはともあれ、ビスケットを無事食べられた私は、そのホロホロでザクザクの食感を大層楽しみ、朝食を満足のいくかたちで締めくくったのでした。
ヒロイン:露伴先生(ツンデレ属性)
マスコットキャラ:幼女
ヒロインとマスコットキャラが出てくる。つまりこれは魔法少女ものです。(大嘘)
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幼女、お引っ越しする
今日は朝からお引っ越しです。私の荷物は、全てを開封し切る前に、詰め直すことになりました。
短い間でしたが、このお部屋ともさよならかと思うと寂しくなりますね。次のお引っ越し先では、一室を私の部屋として使わせてもらえるそうなのですが、ワンルームの環境に慣れてしまった今、リビングや先生のお仕事部屋に入り浸ってしまう未来が見えます。
お引っ越し先はM県S市のベッドタウン、杜王町。ジョジョ第四部の舞台となる町ですね。実のところ、そのストーリーについての記憶はあやふやです。使わない記憶というのは、忘れていくものですから、仕方ありませんね。きっと、なるようになることでしょう。
M県へは、先生の愛車で向かいます。電車や高速バスも候補にありましたが、引っ越し業者さんには任せられない荷物が幾らかあったようで、それらを運ぶこともあって、移動手段は車に決まりました。ドライブですね!
出発は、まだ朝早い時間となりました。空も薄暗い中、私は瞼を擦りながら車の後部座席に乗り込みます。トランクに乗り切らなかった段ボール箱がシートの上にあったのを、足下のスペースにおろし、靴を脱いだ私はシートに寝転びました。私はこのまま二度寝するつもりです。
車の振動で、運転席の扉が開き、先生が乗り込んだのが分かります。エンジンがかかり、動き出す車。少し遅れて、暖房が入れられます。車内の空気の冷たさが和らいでくると、縮こませていた身体も力が抜けてきて――、そうして私は眠りに落ちました。
露伴先生に身体を揺り起こされ、私は目をさまします。空は明るく、現在時刻は午前八時。窓の外には、駐車場が広がっています。パーキングエリアのようですね。休憩所が見えます。
「何か食べ物でも買ってくるか」
先生の言葉に、まだ朝ご飯を食べていない私は大きく頷きます。お腹が空きました。
休憩所では、あったかいお茶と昆布のおにぎり、それからおやつを幾らか買ってもらいました。先生はコロッケを食べていました。一口いただきましたが、大変美味しかったです。
サクサクの衣と、ほんのり甘いじゃがいも。じゃがいもは、熱でとろけていました。挽肉は胡椒が程よくきいていて……揚げ物だと敬遠していたら、ばっちり胃袋を喜ばされてしまって、ちょっと悔しいです。いいんです、おにぎりも美味しいですから!
ぱりぱりした海苔に、塩味がかったご飯。温かいお茶を流し込めば、口の中でほろほろと解けていきます。昆布の佃煮のあたりに齧り付いて、口の中の味を調整しつつ、私はおにぎりを味わうのでした。
「お昼には、海老の天ぷらの乗ったおうどんが食べたい気分です」
「何を言っているんだ君は」
呆れた様子の先生を傍目に、私は助手席に乗り込みます。買ってもらったお菓子は、私の膝の上です。これでいつでも食べられますね。
運転席に座った先生が、私の方を見て、少しだけ嫌そうにしました。
「あまり横で騒ぐなよ、気が散る」
「大人しくしてます」
幼女は、時と場所を弁える幼女です。高速道路で運転中の先生を、邪魔するなんて危ないことはしません。
しかし、座っているだけというのも疲れてしまいますね。景色を見ようにも、道路の両サイドには遮りがありますし。車のメーターでも見ておきましょうか。
先生のお車には、メーターが三つ並んでついています。真ん中のメーターはよく分かりませんが、右のメーターはきっと速度です。左は油とバッテリー? 幼女の前世はペーパードライバーでしたので、車についてはよく分かりません。運転の仕方は忘れました。
速度のメーターには、180までの数字が記されています。その後ろにも目盛りがついているのはもしや、200キロまで速度が出せるということでしょうか。凄い車ですね。そんな車の現在の速度は80キロほど。普通です。峠は攻めないんでしょうか。
メーターを見るのにも飽きて、私は窓の外を眺めます。山です。……、…。幼女は、おやつを食べることにしました。十時のおやつです。
さて、何から食べましょう。ポテトチップスは、今開けると食べ切るのが難しそうです。一枚ずつ包装されていた、チョコチップクッキーにしておきましょうか。
包装をひとつ開け、クッキーに齧り付けば、香ばしいプレーンのクッキー生地とほろ苦くも甘いチョコの風味が広がります。
甘さがしつこくないのがいいですね。お茶請けによさそうです。紅茶はないので、緑茶と一緒にいただきます。……美味しくないわけではないのですが、やはり合わせるなら紅茶でしょう。アールグレイが飲みたいです。
そう思いながら、チョコチップクッキーを三枚食べ終えたところで残りのクッキーを袋にしまいます。次に取り出したのは、六種の味のフルーツキャンディ。私はこれの、ぶどう味を食べます。包装を開ける前に、私は先生に尋ねました。
「先生は飴、いりますか?」
「もらおう」
「何味にしましょう」
「どれでもいい、君に任せる」
任されてしまいました。こういったものを選ぶのは不得意ですので、天運に任せることにいたしましょう。飴の入った袋に手を突っ込み、がさごそとして飴をひとつ選びます。――レモン味。
包装をあけて、先生の口にいれました。
「初恋の味ですね」
ガリ、と先生の方向から音がしました。どうやら、飴を噛んでしまったようです。
「先生の初恋の方は、どんな方でしたか」
「……忘れた」
これは先生に忘れている自覚があるのか、それとも恋の経験がないことを誤魔化しているのか。きっと後者ですね。
飴の包装を開けた私は、口の中でぶどう味の飴玉を転がしながら、考えます。先生の初恋は、やっぱりあの幽霊のお姉さんだったのでしょうか。……先生が忘れてしまっている以上、確かめようもないことです。明らかにするのも野暮な気がして、私はそれ以上考えることをやめるのでした。
考えるのをやめるといえば、カーズ様は今頃宇宙を漂っているのでしょうか。……どうしましょう。そう思うと、楽しくなってきました。夜空の星の中を探してみたいですが、見えるはずがありませんし。
私は窓から空を眺めます。綺麗な青空です。しばらく何も考えず、時を過ごしていると、車が左の車線に入り、次いで料金所へと降りていきました。
M県はまだ先ですが、一度高速道路を降りるようです。そうして車は道沿いにあった和食屋さんに入りました。……そういえば、もうお昼の時間ですね。
「さて、天ぷらうどんだったな」
「覚えていてくださったんですか」
どうしましょう、嬉しいです。口元がふにゃふにゃしてしまいます。
和食屋さんには、ピンクダークの少年の単行本が置いてあって、先生がなんともご機嫌でした。メニューには、海老の天ぷらの乗ったおうどんもちゃんとありました。小さいサイズの器で注文します。なんとも用意のいいお店ですね。先生は焼き魚定食を注文していました。
おうどんの方が仕上がりが早いらしく、私の海老の天ぷらうどんが先に運ばれてきました。先に食べてもいいという、先生のお言葉もいただきましたので、おしぼりで手を拭いた私は、その手を合わせます。うどんが伸びないうちに食べましょう。いただきます!
おうどんには、海老の天ぷらが二本乗っています。素晴らしい。そのうちの一本に、私は早速噛り付きました。
さくりとした衣は、出汁の味と一緒に、ほんのりと甘いような油の風味がします。ぷりぷりの海老の身が、噛む程に味を広げていきました。美味しい…! 好きです! 海老天さん、結婚しましょう!
ところで先生、そのスケッチブックはどこから出してきたのでしょう。私、そんなアホっぽい顔して食べてませんよ。
気にせず食べろと視線で示されましたので、私は食事を続行します。海老天を置いて、湯気の上るおうどんに箸をのばしました。息を吹きかけ、冷ましてから口に運びます。
これは…! いい食感、美味しいおうどんです。鰹のきいた出汁が絡まり、啜るほどに頬が緩みます。
「はふ、はふ」
急いで食べていたせいか、まだ冷ませていないおうどんまで口に運んできてしまいました。熱いです。
出汁を飲む…のは舌を火傷してしまうのでしょう。飲みたいのをぐっと我慢して、海老天を出汁に浸します。私はそれに噛り付き、続いて口の中のものがなくなる前にうどんを啜りました。
「〜〜――!!」
言葉にならない声が漏れます。メイド・イン・ヘブン。新世界はここにあったのです。ああ、ああ。海老天とおうどんが合わさり最強に見えます。見えるというか、最強です。っょぃょぉ! おうどんが、強くて、海老天が海老さんの天ぷらなのぉ……!
受けた衝撃から、箸の動きも止まり、一時語彙力が奪われる事態となりましたが、私は完璧で幸福な市民です。さて、食事を再開しましょう。先生のスケッチブックには、アホ面の私のスケッチが増えていました。
ここになって、先生の焼き魚定食も運ばれてきます。ところが先生は、スケッチブックを手放さず、鉛筆を握ったままでした。冷めてしまいますよ……?
ホカホカの白いご飯は、美味しそうな匂いを漂わせています。お魚はホッケの開きのようですね。その味を想像して、私はごくりと唾を飲みました。
「ほら、お魚さんが私を食べてっていってますよ」
「それは狂気的だな」
先生はまだ鉛筆を走らせています。私は先生の方におしぼりを近付けます。スケッチブックにアホ面の私が一人増え、ページが埋まったところで先生は鉛筆を置きました。
「なんだ、食べたいのか」
私の視線がお魚に注がれているのに気付いた先生がニヤリと笑います。なんとも意地の悪いお顔です。
私は、そのお魚の身を白いご飯に乗せて食べて、お味噌汁を啜ったら幸せだろうなあと考えています。考えてはいますが、流石にそこまで望みません。ただ、そのホッケの開きをひと口ぶんほど分けてはいただけないものかなあと思っているのです。
「仕方ありませんね。先生には、この海老の尻尾をあげましょう」
「誰がいるか」
「だってそうしたら先生は、私の海老天食べちゃうじゃないですか。海老天さんと私は将来を誓い合った仲なんですよ! それを切り裂こうなんて、先生は酷いです」
「君はいつ海老天と将来を誓い合ったんだ。というか、君は将来を誓い合った相手を食うのか?」
「だって、美味しいんです……」
「美味しいなら仕方ないな」
代わりに先生は、うどんに一つだけ入っていたぐるぐる模様のかまぼこをとっていきました。そして私はお魚ひとくちゲットです。おいしい! ホッケとはよいものですね。
おうどんを食べきり、お腹もくちくなってきたところで、私は一息つきました。デザートの文字も気になっていたのですが、流石に食べられそうにはありませんね。
先生が食べ終わるのを待つ間、私は先生のスケッチブックを見せてもらいます。……いつの間に見られていたのでしょうか。大変楽しそうに先生の漫画を読む私の姿が幾つか描かれているのが見つけられました。見ていたなら、声を掛けて下さってもよかったのではないですか。なるほど、幼女に近頃漫画の感想を求めてきていたのは、こういうわけだったのですね。
「おい、行くぞ」
気付けば先生は食事を終え、伝票を片手に席をたっていました。私はスケッチブックを抱え、その後を追います。お会計を終えた先生は、ひょいと私の持っていたスケッチブックを取り上げてしまいました。いえ、持って下さったというべきでしょうか。
空いた私の手のひらに、店員さんが棒つきのキャンディを握らせてくれます。ピンク色なのできっとイチゴ味ですね。やったー!
私はるんるん気分でお店を後にします。
「素敵なお店でしたね!」
「ああ。僕の漫画も置いていたし、まあ、悪くなかったな」
そうして車に乗り込めば、M県行きのドライブの再開です。目的地には、あと三時間ほどで辿り着くのだとか。
お店でいただいた飴を、私は早速舐め始めます。キリンさんの模様のついた飴でした。
窓の外の景色は、また高速道路でよく見られるものとなります。口の中の飴がなくなってきた頃、お腹がいっぱいなこともあって、なんだか眠たくなってきました。シートに身体を預けた私は、うつらうつらとしてきた意識をふっと手放したのでした。
チャイルドシートの描写はサボりました。
次回、先生死す!
四部スタンバイ!
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幼女、雪と戯れる
微睡みの中、ぼんやりと持ち上がった意識が、何かを捉えます。窓の外を、ひらりはらりと舞い落ちるのは――雪です! 雪が降っています!
一気に意識を覚醒させた私は、見えたものをよく確かめるべく、窓にかじりつきました。その勢いで、私の身体に掛けられていた上着がずり落ちそうになります。あらら。
すんでのところで掴んだそれからは、先生のにおいがしました。なるほど、先生の上着ですね。少し気になることもありましたが、今は後回しです。なんてったって、雪が降っているんですから!
思わず触れてしまった窓は、大変ひんやりとしていました。私の手まで、ひんやり冷えてしまいます。でも今は、そんなことはどうでもいいんです。重要な事じゃありません。
「先生っ、雪ですよ! 雪!」
「分かってる! ええい、それより窓を触るな!」
叱られてしまいました。しょんぼりした私は、冷えた手を自分の頬っぺたに当てます。ちべたいです。ぶるりと身体が震えました。冷えていた指先に、触れた頬から熱が送られてきます。
しばらく黙り込んでいた私は、落ち着く思考とは裏腹に、身体の芯からふつふつと興奮の念が湧いてくるのを感じていました。
雪、雪です。積もっています。クールダウンなんてやってられません。足はパタパタと勝手に動いてしまいますし、今すぐにでもその雪野原を駆け回りたくてたまりません。絶対楽しいです。
「ほら、もうすぐ着くから大人しくしておけ」
そう言って、先生に窘められてしまいました。そういえば、いつの間に高速道路を降りていたのでしょう。途中のパーキングエリアで、意識朦朧としながらも、お手洗いに寄ったのは覚えているのですが。
現在時刻は午後三時過ぎ。大変です、おやつの時間を忘れるところでした。おやつの袋を探る前に、先生に上着のお礼を言います。
「これ、ありがとうございました」
「……ああ」
上着を一瞥した先生は、また視線を前方へ向けてしまいます。よく考えてみれば、運転中でしたね。今渡されても困るでしょう。しばらく預かっていましょうか。
先生の上着を畳んで抱え直した私は、ふと先ほど気になったことの正体が分かった気がして、くんと上着を嗅ぎました。なるほど、『先生のにおい』とは、墨やインクのにおいだったんですね。
疑問もスッキリしたところで、おやつの時間といたしましょう。今から食べるのは、アーモンドチョコです。
私は箱から取り出したそれを、口の中へと運びます。ひと噛みすれば、軽快な音とともにアーモンドの香ばしさが広がりました。噛み砕くうちに、チョコの甘さと絡まりゆくアーモンド……。至福のひとときです。チョコっていいですね、アーモンドって素敵です。
「んふふ」
「気持ち悪い声を出すんじゃあない」
ご機嫌なところに、水を差されてしまいました。幼女のご機嫌タイムを台無しにするなんて…! こんな大人にだけはなりたくないものです。
ぽこすか抗議したいところですが、運転の邪魔はできませんので、幼女は無害にも怒りを露わに頬を膨らませておくことにします。私は怒っています。怒っているのですよ、先生。これはもう、雪だるまの一つでも作らせてもらって、ご機嫌をとってもらわないことには気が済みません。遺憾の意です。
そう、車を止めるのです。
先生が「やれやれだぜ」と、まるで第三部の主人公さんのような言葉を口にしました。幅の広い道路にはいったところで、車が道路脇に寄せられ、停まります。
「五分だけだぞ」
「はいっ!」
私が車から降りた頃には、雪はやんでいました。車の外の空気に触れて、その寒さの違いに驚きます。冷たさを感じとるよりも先に、冷たい空気に受けた刺激が肌に伝わるのです。温度以外の要素で、空気が冷たいことを知るというのが何とも面白いですね。
張り詰めた空気はしんとして、私ばかりが、その静かな世界に迷い込んでしまったようでした。雪に彩られた辺りの街路樹は、きらきらと輝いています。
吐いた息は白く染まり、踏みしめた雪からは、ざく、と音がしました。――ああ! ついにやってきたんですね!
雪国にきたという実感が湧いてきて、私は無性に飛び跳ねたい気持ちになります。感無量というやつです。しかし、雪に大の字ダイブしたい欲求は、溶けた雪で服や車のシートを濡らしてしまうでしょうから我慢します。幼女は幼女である前に、いい子ですので。
さて、先生から宣告された猶予は五分。この間に、何としても雪だるまを作りましょう。大きなものは、時間の都合で作れません。雪玉をころころ転がして、自分の身長くらいの大きさの雪だるまを作ってみたかったのですけれどね。それはまた後で、でしょうか。
私はふわふわの雪を手にとって、ギュッギュと丸く押し固めます。今更ながら、手袋をしておくべきだったことに気付きました。残念、それはあるとすれば既に送られているであろう、引っ越しの荷物の着替えの中です。かじかむ手を、時たま自身の体温であたためつつ、私は雪玉づくりに励みます。
そうして出来上がったのは、手のひらほどの大きさの雪玉です。これに、一回りほど小さな雪玉を乗せて……やりましたっ、完成です!
なかなか上手くできたのではないでしょうか。自分の作った雪だるまの出来に、私はによによしてしまいます。見つめているうちに、なんだか可愛く見えてきて、愛着が湧いてきてしまったのでした。
どうしましょう。この場に置き去りにするのは惜しいです。この程度の大きさならば、車のボンネットに乗せて連れて行けそうなのですが。先生はきっと嫌がるでしょう。言葉を尽くしたところで、断られる未来しか見えません。
……できるとすれば、幼女最終奥義・おねだり攻撃でしょうか。幼女が幼女であり、先生が大人であるからこそ有効な手段です。
しかし、先生は大人げないことも堂々とするひとですからね。先生の機嫌ひとつで、奥義が打ち破られる可能性があります。より効果を発揮するための布石は必要でしょう。
そうして、どのような布石を置くべきか、私が考えに没頭していた時でした。
ぼすっ、と雪に大きな物が倒れ落ちたような音がして、反射的に私は、音のした方へと振り向きます。
「……先生?」
そこでは、先生が雪にダイブしていました。
ずるいです! 私だってやっていないのに、先生がそんなことをするなんて! もしや、先生も雪にはしゃいでたのでしょうか? ――いえ、やっぱり、何かが変です。
雪に倒れ込んだまま、先生は動きません。急に押し寄せてきた不安に、私は先生に駆け寄りました。そして、その背に深々と刺さるものを視認します。
……これは、矢?
同時に見えた赤色に、ひゅ、と細い息が漏れました。
「先生! 先生! 死んじゃイヤですっ」
身体を揺らしますが、先生は反応を示しません。意識を失っているようでした。
先生に触れた手には、べっとりと血がついています。出血が酷いのでしょう。雪がこんなに真っ赤です。私の血の気は引いていきました。
そうしているうちにも、先生の身体はどんどんと温度を失っていきます。明らかに、このままでは危険です。
どう、しましょう。どうしたら――。頭の中は混乱するばかりで、いい考えなんて思いつきません。助けて欲しい気持ちでいっぱいです。
焦りばかりが募る中、ふと私の耳は、ざくざくと雪を踏みしめる音を拾います。
こちらに近付いてくるようです。通りすがりの方でしょうか。助けとなってくれるかもしれないと、私は期待を抱き、足音の主を見ました。そして、すぐに息を詰まらせます。近付いてきていたのは、改造制服を纏った、顔の怖い、いかにも不良然とした金髪のお兄さんだったのです。
カツアゲ。私の頭の中に、そんな四文字が浮かびます。後ろずさった私は、けれども先生からは離れられず、先生の服をぎゅっと握りしめました。不良のお兄さんは、その仏頂面を更に顰めさせます。
「……ひぅ」
不安と恐怖が上り詰めてしまった私から、そんな声が漏れました。目からは涙が溢れそうです。ぷるぷると震える幼女を前に、お兄さんは眉根に皺を数本増やし、少し身構えた様子でこちらを見つつ、先生へと近付きます。そうして、先生の側に落ちていた矢を拾うと、早足で何処かへ行ってしまいました。
ぷるぷるとしていた私は、目の前に迫ってきていた恐怖が去ったことに、少しだけ心の余裕を取り戻します。
あれ、あの矢は、いつの間に抜けて?
いえ、それより、先生から怪我がなくなっています! えええっ??
――あっ、さっきのはスタンドの矢! じゃあ、あれが億泰君のお兄ちゃんなんじゃないですか!
重要アイテムを、それと気付くのに遅れる大失態に、私はポカンと頭を殴られたような衝撃を味わいます。そもそも、戦国時代でも何でもないのに、流れ矢なんてあるはずがないのです! 先生に矢が刺さっている時点で、色々と気付くべきでした。
緊張が一気に解けて、私はその場にへたり込みます。
先生の呼吸は、いつの間にか安定していました。じわじわと湧いてくる安心感に、気持ちがふにゃふにゃしています。手脚にも力が入りません。
ああ、ああ。よかった。怪我をした先生なんていなかったのです!
私の気も知らずに、呑気にも寝起きのような声を漏らす先生に、私は思わず笑ってしまいます。
先生、こんなところで寝ていたら、風邪をひいてしまいますよ。
そう、私が心の内で呼び掛けたのに応えるように、先生の目がぱちりと開きました。そうして、私と目が合います。
おはようございます、先生。お身体は大丈――
「『天国への扉』!」
恩を仇で返された気分です。台無しです。
くらくらする頭をおさえながら、私は重い身体を起き上がらせました。あたりを見渡せば、まだ開封されてないダンボールが見つかります。枕元には、黄色いクマのぬいぐるみが置いてありました。先生が置いてくださったのでしょうか?
見慣れない部屋と、見覚えのあるダンボールの数々に、ここがお引っ越し先である私のお部屋だということを理解します。窓はカーテンで遮られ、オレンジ灯のみがこの部屋を照らしていました。これでは、夜か夕方かの判断がつきません。
一先ず、ベッドから降りることにしましょう。
フローリングに裸足で降りた私は、窓際まで行くと、カーテンを捲り外の景色を眺めます。空は暗く、近くには積もった雪が見えました。なるほど、夜のようですね。
再びベッドのもとへとやってきた私は、枕元に置かれていた黄色いクマのぬいぐるみを抱きかかえます。その右腕に刺繍された黄色いハートを撫でていると、なんだか安心した気持ちになりました。
さて、それでは先生に会いに行くとしましょう。どこまで読まれてしまったかは定かではありませんが、幼女はここを追い出されてしまっては行き場がないのです。私の記憶を読んだことによって、先生が私に悪感情を抱いていなければいいのですが。
そもそも、スタンドに目覚めてすぐに能力が発動できるなんて、チートですよ、チート。何でしょうか、「今ならかめはめ波も撃てそうな気がする」のにもにた気分で、発動させてしまったのでしょうか。さすがは露伴先生と言わざるを得ません。幼女の記憶に、それほど強い興味を持っていらっしゃるということかもしれませんね。……幼女はいま、身の危険を感じています。
とはいえ、今は何ともいえない話でありますから、それを確かめるためにも、幼女は先生のいらっしゃるであろうお部屋へ向かうことにしました。
扉の側までやってきた私は、少し背伸びをして、その近くにあった部屋の明かりのスイッチをオフにします。暗くなった部屋の中、扉の取っ手を握り、ゆっくりと扉を開けました。
なお、続きはない模様。
○余談ネタ
幼女と億泰
「とんでもないことが分かってしまいました……。なんとですね、このアイス、おいしいんです!」
「お前よくわかってんじゃね〜か。このチョコチップストロベリーも美味いぞ」一口差し出し
ぱくり「おいしい!おいしいです億泰さん!」
私のもおすそ分けです、ってあーんってしあってたらほほえましいね
「今日は頂き物のフレーバーティーを持ってきました」
「何だかコレよぉ、甘い匂いがすんのに甘くねえなんて変だぜ」
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幼女、先生を心配する
扉の先には、暗い廊下が続いていました。
閉まりきっていない奥の扉からは、薄明かりが漏れ出ています。先生がいらっしゃるとすれば、あの扉の向こうでしょう。
壁に片手を添えた私は、腕の中のぬいぐるみを抱え直し、ゆっくりと廊下を歩き始めました。
扉の側までやってきたところで、不意にその扉が開きます。私の足音に気付いた先生が、あちら側から開けてくださったようでした。
扉の向こうの部屋の明るさに、私は眩しくて目を眇めます。逆光になっているため、先生の表情はよく見えません。インクのにおいに混ざって、ほんのりとコーヒーのいい匂いがしました。
「起きたか」
「はい、おはようございます」
ぺこりと頭を下げた私に、先生はひとつ鼻をならします。扉の枠に身体を預けた先生は、私に部屋に入るよう促しました。……そのポーズ、無駄に決まっているといいますか、妙に絵になりますね。
先生の腕の下をくぐって部屋に入った私は、床に置かれた段ボールを避け、ソファに座ります。黄色いクマのぬいぐるみは、私の膝の上です。近くの机の上には、描きかけの漫画原稿が見えました。荷物がほとんど開封されていないあたり、色々とそっちのけで机に向かわれていたのでしょう。露伴先生らしいです。
扉を閉めた先生は、その場を動かず、じっと私を見つめます。いつかの観察するような視線とは、含むものが違う気がします。目を逸らすのも負けな気がして、私も見つめ返してみました。
……何ですか、この沈黙は。気まずいではないですか。
しばらくの静寂ののち、先生は一度視線を虚空に向けたかと思うと、私の方へと近付いてきました。そうしてまた、先程の視線です。じろじろと見られるのは、あまり気持ちのいいものではありません。先生は一体何を考えておられるのやら。
私がもやもやしていると、先生は私の頬に手を伸ばし、無造作にめくるような動作をしました。
ぺら、と紙がめくれるような音がして、私は事態を理解します。
「あああああッ!?」
このひと! 寝起きの幼女の記憶を容赦なく暴いてきましたよ!
視界の端にうつる、めくられたページがデスマスクを思わせます。生理的嫌悪と恐怖を覚えずにはいられません。自身の内側を覗かれるような感覚に、心はさざめき立ちました。思わず、膝の上のぬいぐるみを抱きしめます。
「ふむ、何故だ?」
そんなことを口にして、先生は顎に手を当てます。そのまま、自分の思考にのめり込もうとしていた先生を、私は慌てて制止します。
「『何故だ』じゃないですよ、どういうことですかこれは!」
一度ならず二度までも。酷い、酷いですよ先生! 幼女は聖人ではありませんので、抱いた感情のままに先生の脚をぽこぽこ蹴りつけます。先生は眉根を寄せただけでした。効果はいま一つのようです。むぐぐ。
「相手を本にする能力、いや、本にした相手の記憶を読む能力か?」
訊かれましても困ります。口にするべき答えを、幼女は持ち合わせていないのです。
「任意で発動できるというわけではないからな、『本になる』と言った方が正しいのだろうが。どうにも僕は、他人の記憶を読めるようになったらしい」
なるほど、その言葉は、私の「どういうことですか」という発言にこたえるものでしたか。
……改めて考えてみましても、やはり、とんでもない能力ですね。今の先生に自覚はないようですが、その能力を用いれば、記憶を読むことに加えて、書き込むこともできてしまうんですから。
私がよほど変な顔をしていたのか、それを先生の発言を疑ってのことだと解釈したらしい先生は、弁明するように話を続けます。
「僕自身『これ』について、完全に把握しているというわけじゃあない。現に、他の人間を相手に記憶を読もうと試みたが、君を相手にした時のように上手くはいかなかったしな。多少は読めたが」
う、うわぁ。さらりとスタンド使用報告をされてしまいました。先生の場合、上手くいこうといかなかろうと、読む気は満々だったに違いありません。幼女は先生の良識を疑います。プライバシーの侵害ですよ。
さすがは、あの康一くんをもってしても『グレーゾーン』と言わしめるお方です。幼女は、この人を野に放ってはいけないような気がしてきました。
しかし、何故私の記憶は、こうもあっさりと読めてしまうのでしょう。やはり、先生がそれだけ幼女に興味があるということですか? ドン引きです。
……まあ、一番あり得そうなのは、露伴先生自身が、私の記憶なら読めると思っているという線でしょうかね。スタンド能力は「できる」という思い込みが大事だというようなことを、第三部のどこかで占いババがラスボスさんに話していたような気がします。
この場合、精神力をもって幼女に影響を与えられるという認識が、先生の中にあるとでもいいましょうか。
……あれ? 気付くのも今更なことではありますが、そもそも、占いババが登場するのはドラゴンボールなのでは?
これは……。信頼できない情報源だということが分かってしまいましたか。思い込みがどうという話は、記憶違いの勘違いかもしれません。そうすると、結局どうして先生のスタンドが私に効きやすいのかは、分からないわけですが。
「全く読めないことさえあった、その理由は分からない。だが、間違いなく言えることがある。それは、これが現実だということだ」
その声には、先生の実感と興奮がこもっていました。小説よりも奇妙な現実は、先生のお眼鏡に叶ったようです。
リアリティを重視する先生にとって、他人の記憶もとい経験を覗き見ることができるというのは、嬉しいことだったのでしょうね。ほら、今もうきうきご機嫌な様子で幼女の記憶のページをめくっています。される側としては、堪ったものではないのですけれども。
私が一番気になるのは、露伴先生が私の記憶について、どこまでご存じなのかということです。両親については、先生の興味が向いていることもあって、ばっちり読まれていそうですが、はて、さて。この反応では、前世絡みのことまでは、判断がつきませんね。
私が先生に視線を向けると、先生は一度離した手を再び私の頬へ伸ばしたところでした。ぺらり、ぺらりとページのめくられる音は、不意に止まり、目で文字を追う間が空きます。そして、先生が口を開きました。
「『スタンドの矢』とはなんだ」
私の訊いてほしくないことを、的確に突いてくるのですから、流石は露伴先生です。嫌になっちゃいますね。
とはいえ、嫌なことばかりというわけでもありません。この様子では、『スタンドの矢』の説明になるような記述は見つけられなかったのでしょう。私の記憶の中に、その単語だけが登場していた、といったところでしょうか。これに対する、私の答えはひとつです。
「言えません」
禁則事項、企業秘密、ノーコメントというやつです。
先生が知らないのであれば、私から告げることはしませんよ。何故知っているのかを追及されて、前世の『原作』絡みの話題が出てきてしまえば、困るのは幼女ですからね。私は言いたくないのです。
ですから先生、私の頬を引っ張っても駄目なものは駄目です。ちょっと、やめてください。千切れるっ、ほっぺた千切れちゃいます!
身を捩って抵抗していると、幼女の頬ではなく、記憶のページがビリビリと音を立てて千切れていきました。わーっ、私の記憶!
ぬいぐるみをソファに置き、その場でぴょんぴょん跳ねる私でしたが、先生が頭上にまで記憶のページを持ち上げてしまったので、手が届くはずもなく、取り返せません。先生は得意げな顔でニヤニヤしていました。流石に大人げがなさすぎて、悔しさよりも先に呆れがきてしまいます。幼女相手に、この人は何をしているのだか。
それでも、やられっぱなしは癪ですからね。幼女は先生の脚に掴まって、木登りならぬ先生登りを試みます。腰から上が難関です。
「『さっきのはスタンドの矢』『先生に矢が刺さっている時点で、色々と気付くべきでした』……ふむ」
先生は私の記憶のページを、声に出して読み上げます。
もうスタンドの矢の登場ですか!? いえ、先生が能力に目覚めたことを思えば、おかしなことではないのでしょうが、私自身はそのことをさっぱり覚えていません。破られたページの内容がそれだったのでしょう。記憶をページごと奪われると、このような感じになるのですね。
先程読み上げられた内容からして、もしや私は、露伴先生が矢で射られるところに立ち会っていたんでしょうか。
「僕は矢に刺されたのか。そして、その怪我は消えた、と」
出来事を確認するように、先生はそう口にしました。ついでとばかりに、先生の腰にしがみついていた私の手を剥がします。先生登り、失敗です。
唇を尖らせる私に、先生は胡乱げなものを見る目を向けました。
「僕に矢が刺さっていることが、一体どうして『色々と気付く』ことに繋がる?」
「あの。何故気付けたのかどころか、何に気付いたのかすら、思い出せないのですけれども」
それもこれも、他ならぬ先生が私の記憶のページを破ってしまったからです。
私の戸惑いが伝わったのか、先生は目を見開いた後、眉間にしわを寄せました。
「破られたページの分の記憶がないのか?」
「おそらくは、そうでしょうね」
自分の記憶を探ってはみますが、先生が矢に射られる姿を見ていた覚えはありません。どこの記憶が途切れているのかもあやふやです。杜王町に着いてからの出来事には間違いないでしょうから、順を追ってみましょうか。
確か、そう、雪が降っていて。私は雪だるまを作り、先生は雪にダイブして、互いに雪遊びを堪能していたのでした。そこに改造制服を着た、金髪の不良さんがやってきて――。
「そうですっ、先生! カツアゲは大丈夫でしたか!?」
「は?」
先生は、質問の意図が分からないとでもいうような表情を浮かべます。あらら?
「これは、検証する必要があるか」
「その検証、私を使ってやるというお話でしたら断固反対ですからね」
「つまり君以外の人間でやれというんだな」
「私以外でも駄目です! むやみに使わないでくださいと言っているんですよ!」
幼女がこう言ったところで、先生はスタンドを使うのでしょうけれども。
実際、目の前の先生は、『だが断る』と言わんばかりの態度で私の記憶を更に読もうとしていました。私だって、読まれるのはお断りだというのに。
「何にせよ、この現象には、少なくともその『スタンドの矢』が関わっているというわけか」
「はわあ」
「すると、『スタンド』というのは何かの名称だな。大方、この能力を指すものだろう」
「ほわあ……」
なんという理解力。聡すぎやしませんか。
ひょっとして、私が話さなかったとしても、記憶を読まれた時点で色々と手遅れだったのでは。どう頑張っても、幼女の力では取り繕えそうにないですよ。
私が頭を抱えていると、手元のページに視線を戻した先生が、また何かに気付いた様子で口を開きました。
「『億泰君』とは誰だ? 君の知り合いがいたのか?」
「あわわわわわ」
ネタバレはよくありません! 先生だって漫画の第一巻でラスボス戦のネタバレをされたら嫌でしょう!?
あれ? そもそも私は、どうして億泰君の名前を記憶に登場させているのでしょうか。もしや、先生をカツアゲから助けてくれたのが億泰君なのでは。
そんなことを考えている幼女の頭に、先生は手のひらを乗せます。
「呑気に考え事か。その前に僕の問いに答えたらどうだ」
「えっ、イヤです。黙秘権を主張します」
「つまり、知りたいのであれば君の記憶を読めと言うんだな」
「言ってませんよ!?」
拡大解釈にも程があります。揚げ足取りだとか深読みだとか、そんなチャチなもんでは断じてありません。
私がそうして、記憶を読まれることを警戒していると、先生は手にしていた記憶のページを折りたたみ、自分の服のポケットへといれてしまいました。私の記憶が! 私の記憶なのに!
返してくれるように訴えますが、先生はけんもほろろの態度です。しばらく粘ってみた私でしたが、結局効果はなく、ページは戻ってきませんでした。
なんということでしょう。幼女は記憶いちページ分ダイエットしてしまいました……。やけに疲れてしまいましたし、お腹もペコペコです。いいことがひとつもありません。
「そういえば、夕食がまだだったな」
「ばんごはん!」
そうです。先生のせいで幼女は晩御飯を食いっぱぐれているのです。先生のせいで。先生のせいで!
「う〜」
「唸るな、じきに用意する」
本当ですか? 信じましたからね? お腹を空かせた幼女を放置しないでくださいね。
監視の意味も込めて、その場で先生を見守っていると、先生は近くの段ボールを開け、がさごそと中を漁り始めました。出てくるのはお皿やお椀のような食器類と、鍋といった調理道具です。先程から、食材が一向に見えないのですが。幼女は無事に夕食にありつけるのでしょうか……。
長くなってしまったので、中途半端なところでしたが話を切りました。今回は需要のありそうなほのぼの要素が薄く申し訳ない限りです。肝心のお夕飯シーンが入りきらなかったよ。
なお、続きが書けるかどうかは不明な模様。ぷりきゅあのちからがたりない。次話では、幼女をデパートに連れて行きたい。
ところで小ネタ集は、どの程度の文字数が確保できた時点で投稿したらいいものか。
(追記)
原作の確認不足により、『天国の扉』で本となった対象の記憶のページを破ると、そのページに記述されていた記憶が対象から失われる、という仕様になってしまっています。すみません。
スタンド能力が固定されていない・不安定な時期故に起きた現象として扱わせていただこうと思います。平にご容赦を。
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幼女、デパートへ行く
食糧探しを先生に任せてばかりも不安になってきた私は、自分でも荷を漁ってみます。開けた段ボール箱は当たりだったようで、中からは乾燥パスタの袋が出てきました。
「スパゲティ! スパゲティにしましょう、先生! ミートソースが食べたいです!」
私の主張に、先生は無言でケチャップのチューブを押し付けてきます。その手を押し返し、私は同じ段ボール箱から出てきたトマト缶を持ち上げ、先生に見せました。
「ほらっ、トマト缶も見つかりましたし、これはもうミートソースを作れという天の啓示ですね。運命ってやつですよ」
「その割には、ひき肉と玉ねぎがないんだが。これはトマトスープにパスタを浸せということか?」
「それじゃあミートソースのスパゲティにならないじゃないですか。足りないなら調達しましょう。お買い物です」
私は椅子にかかっていた上着をとると、外出を急かすようにそれを先生に手渡しました。文句を言いながら上着を羽織った先生は、幼女にもコートを着せます。それから、机の上のコーヒーを飲み干して、壁にかかった鍵を手に取りました。
「行くぞ」
玄関に向かう先生に、喜ぶ私は駆け足でその背中を追いかけました。
さて、先生の車に乗ってやってきたのは、食品から日用品まで揃うカメユーデパートです。今回用事のある食料品コーナーは、どうやら建物の一階に位置しているようでした。
先生がカゴにいれたマッシュルームは、しめじと交換しておきます。今日は、しめじな気分です。
あたりのものに目移りしていると、「はぐれるぞ」と先生に注意を受けてしまいました。先生のその出で立ちは人混みでそれなりに目を引くものですから、はぐれたところで、すぐに合流できる気もしますが。ここは何も言わず、先生に従ってあまり離れないようにしておきましょう。
カゴの中には、にんじんとにんにく、卵、ベーコンが増えていました。……カルボナーラも美味しそうですね。いえ、卵とベーコンは明日の朝食用に買われたものでしょうが。
ふと、玉ねぎの姿がないことに気付き、コンソメの素を物色している先生に、そのことを尋ねます。
「玉ねぎなら見あたらなかったな」
「ええっ! そんなはずはないでしょう」
「少なくとも、野菜の並ぶ一角にはなかったが」
「先生の目が節穴だったんじゃないですか?」
「愚問だな。僕の言葉を疑うなら、自分の目で確かめてくるといい」
「ええ、そうさせていただきます。探してきますよ。玉ねぎ抜きのミートソースでは悲しいですからね」
先生のもとを離れ、私は野菜の並ぶあたりへと向かいます。
じゃがいも、しょうが、長ねぎ、もやし……このあたりにありそうなものなのですが。確かに、玉ねぎはありません。売り切れている、というわけでもないようです。最初から、玉ねぎの置き場所がここにないような、そんな様子でした。
さすがに、取り扱っていないということはないと思うのですが。探しても見つからず、考えても分かりませんので、ここは素直に店員さんに訊くこととしましょう。
そうして、店内をさまよう幼女でしたが、なかなか店員さんの姿を見つけることができません。レジ打ち中の方に頼むわけにもいきませんし、さて、どうしたものでしょうか。
「何か探し物かな、お嬢さん」
****
「見つかったのか」
「はい、店員さんに教えていただきました。特売品のコーナーにあったようです」
特売品のコーナーは、入り口に近いところだったようなのですが、そこを通らずにきてしまったが故に見逃してしまったようでした。
先生が僅かにカゴの位置を下げます。私はそのカゴに、手にしていた玉ねぎの袋をいれました。
「食品担当の方ではなかったらしいのですが、大変親切にしていただきました」
個性的な柄のネクタイをつけていらっしゃいましたし、服飾品でも担当されているんでしょうか? いえ、先生の服や第五部の穴あきスーツの例がありますから、ドクロ柄のネクタイ程度では序の口と片付けられてしまうのかもしれませんが。ジョジョ世界のファッション事情は複雑怪奇、魑魅魍魎。幼女には理解できそうにもありません。
兎にも角にも、彼のおかげで、幼女の夕食は救われました。
買うものも揃いましたし、早く帰ってご飯にしましょう。レジは幸いなことに空いています。私は先生と一緒に、列に並びました。
程なくして順番がやってきます。
「……あれ? しめじはどこですか」
電子音を聞きながら、レジに商品がひとつひとつ通されるのを見守っていた私は、カゴの中身の異変に気付き、そんな声をあげました。
私は入れ替えたような覚えがあるのですが、カゴの中にしめじの姿はなく、あるのはマッシュルームの缶詰めです。
先生を見上げると、明らかに事情をご存知の様子で、それどころか「文句はあるか」と言わんばかりの表情をされていました。いやいや、文句大アリですよ! どうしてマッシュルームに替えちゃったんですか。
「先生は意地が悪いです」
私の機嫌はナナメに傾き、現在進行形で急降下中です。
むっすりとした表情でいる幼女に、先生は一言、「不細工になるぞ」とコメントして購入した品をレジ袋に詰め始めました。不細工になったら先生のせいです。その表情は、デパートを出て、帰宅するまで続きました。
「何か食べさせておけば、私の機嫌がとれると思ったら大間違いですよ」
「説得力がないな」
からかうようにおっしゃる先生に、言い返す言葉もなく、私はおとなしくスパゲティを口に運びます。
だって、美味しいものを食べると嬉しい気持ちになってしまうんですから、仕方がないじゃないですか。我ながら残念なことに、幼女はちょろく単純に出来ているのです。
さきほどまでの不機嫌さはどこへやら。これも、マッシュルーム入りのミートスパゲティが美味しいのが悪いのです。むぐぐ。
あれから、帰宅した私は、先生の作られたミートソースに舌つづみを打っていました。
相性抜群の玉ねぎとひき肉を、トマトの海が抱擁します。 酸味を飛ばしたソースは、子供舌にも優しいお味でした。
これが美味しいことは、ひき肉を炒め始めた時点で分かっていたことでした。しかし、先生の手でそれが齎されたということが、私にはなんだか悔しいのです。先生がスパゲティをパスタと呼ぶことも併せて気にくわないですね。
先生のお皿に私がこっそり傾けようとしたタバスコは、見えない何かに阻まれてしまいました。……このひと、いつの間にスタンド像を操れるようになったんでしょうか。
この町に引っ越してきて、ひと月が経とうとしていました。もうすぐ四月になろうというのに、まだ空気の冷たい日が続きます。
防寒具を着込んだ私は、先生に仕上げのマフラーを巻いてもらうと、日課の散歩に出掛けました。
近場の公園に行くだけとはいえ、五歳児が外で一人ほっつき歩くのを放っておくなんて、保護者の責任を問われそうなものですが。すれ違う人が特に気にした様子もないのは、時代柄というやつでしょうか。この町がのどかなことも、一つの要因かもしれません。……行方不明者数は多いはずなのですけれどね。
ふと、聞こえてきたニャーンという声に、私は足を止めます。塀の上を見上げれば、灰色の猫がいました。野良でしょうか。手をのばしてみますが、塀の上から降りてくる様子はありません。
塀の上でまるまっては、のんびりしている猫を、私がしばらく眺めていると、カラカラと自転車の車輪の回る音が近付いてきました。その音に反応して、猫は塀の向こうへと居なくなってしまいます。
私はそれを残念に思いつつ、側までやってきた自転車の主に挨拶しました。
「とーほー巡査、こんにちは!」
巡査は自転車を止め、帽子をとって挨拶を返してくださいます。その律儀さが素敵で、嬉しい気持ちになります。
「今日も散歩かね」
「はい。近くの公園まで」
「そうかそうか」
朗らかに笑う彼につられて、私も笑みをこぼします。
車に気をつけるように言われ、素直に頷いた私は、東方巡査に手を振り、彼が巡回に戻るのを見送りました。
さて、お散歩の再開といきましょうか。
いつもなら、この時間帯は無人のはずの公園に、その日は人影がありました。
真っ黒な改造学ランに、たてた金髪。後ろ髪は尻尾のように三つ編みに結われています。
どこか見覚えがあるような――。そうです!あの時の!
「カツアゲのお兄さん!」
振り向いた彼が、私をギロリと睨みつけました。人を何人か殺しでもしていそうな瞳に、幼女は身を竦ませます。思わず声を上げてしまった、数秒前の自分を恨まずにはいられません。張り詰めた空気は停滞し、沈黙を守っていました。
――ニャオン。
その空気をほどいたのは、そんな猫の鳴き声でした。
声が聞こえたのは、彼の足もと。猫は彼の足にじゃれついていました。
不良と猫。何ですかこのギャップ萌えを狙うような組み合わせは。好感度稼ぎですか。……誰の好感度を稼いでいるんでしょうか。
何でも構いませんが、猫が可愛いです。彼の足の上に乗ろうとしていた猫はいま、転げ落ちてお腹を見せています。あああ…! 愛らしい!
私はふらふらと猫に近付くと、その場でしゃがみ込み、気付けばその魅惑のおなかをもふもふしていたのでした。かわいい。塀の上に見かけた猫と色が同じようですが、同じ猫さんでしょうか。
「オイ」
凄みのある声で呼び掛けられ、そちらに視線を向けると、近いところに顔がありました。驚き尻もちをつく私に、彼は苦い顔をします。
「あの、えっと、カツアゲのお兄さん」
「やめろ」
眉間に幾重もの皺を寄せた彼は、低くしていた腰を持ち上げ、腕を組みました。背筋がピンとのびています。姿勢のいいひとです。
見下ろされているからか、彼の長身が更に大きくなったかのように感じました。彼は神経質にも、人差し指の指先で自身の肘をトントンと叩きながら、その口を開きます。
「聞き間違いではなかったらしいな、何だその呼び名は」
「貴方のお名前を、私は存じ上げませんので。たしか、ひと月ほど前に、先生をカツアゲされていましたよね」
「断じてしていない。妙な言いがかりはやめてもらおう」
そういえば、先生もカツアゲの話に不思議そうな顔をされていましたね。もしや、最初から私の勘違いですか。なんて冤罪でしょう。罪もない人をカツアゲ犯呼ばわりするだなんて、大変失礼な真似をしてしまいました……! 急いで立ち上がった私は、すぐに頭を下げます。
「すみません、お兄さんと出会った時の記憶があやふやなもので、変な誤解をしてしまっていたようです」
「……待て。お前、あの時のガキか」
その表情に険しさが増します。心なしか口調も変わった様子の彼に、私は不安から猫を抱き寄せました。なんだか不穏な空気です。これはよくない傾向ですよ。
このような表情を向けられる心当たりはさっぱりないのですが。もしや私が忘れてしまった記憶のうちで、実は彼に失礼な真似を働いてしまっているのでは?
しかし、先生ならばいざ知らず、私がそんな真似をするなんて……。いえ、彼をカツアゲ犯呼ばわりしてしまったばかりでした。これは幼女が仕出かしている可能性があります。
「先程お話ししました通り、私はお兄さんと出会った時のことをよく覚えていないんです」
しかし、忘れてしまったからといって、謝らない理由にはならないでしょう。私は彼を見つめます。
「どうか、その不機嫌の理由を教えてください。そして、私に謝罪の機会をいただけませんか」
今ならお詫びに、こちらの猫さんのもふもふがついてきますよ。そんな言葉を最後に添えて、私は猫を持ち上げます。それを聞いた彼は、猫の腹部ではなく自身の眉間を揉んで、「その必要はない」ときっぱりと断りの言葉を口にしたのでした。そんなー。もふもふしないんですか? いえ、この断りは私が謝ることに対して言ったものでしょうか。
お兄さんからの反応はありません。腕の疲れてきた私は猫をはなし、地面に置いてやります。猫は駆け出し、公園からいなくなってしまいました。えっ、いなくなっちゃうんですか!
失われてしまったもふもふに、私はショックに震えます。慰めを期待してお兄さんの方を見ますが、目を逸らされてしまいました。薄情です。
しばらくしょんぼりしていると、お兄さんの手が急にのびてきました。びっくりして身を引くと、彼も手を引っ込めます。
……な、なんですか。もしや幼女を撫でるおつもりだったのでしょうか。そうすると、私はそれを拒否したかたちになりますか。なんだか悪いことをしてしまいました。何なら再度試みていただいてもいいんですよ? 今度は幼女も準備ばっちりです。
しかし、彼は舌打ちしただけで、幼女の頭をなでなでするようなことはありませんでした。まばらとはいえ、通行人がいることを、どうにも気にしておられる様子です。ひと目があるところで、幼女を撫でることに抵抗があるのでしょう。ツッパリは見栄が大事ですし、舐められてはいけませんものね。
「命拾いしたな」
それは、お兄さんの社会的生命という意味でしょうか? よく分かっていない幼女を置いてけぼりに、彼は公園を立ち去ろうとします。
「あの、お兄さん! またきた時は、お名前を教えてください。あと、一緒にシーソーしましょう。一人ではできないのです」
平日の真昼間から学校をサボっているような方です。あわよくば遊び友達になってもらえないものかと、去りゆく背中に誘いの言葉を掛けてみますが、彼がそれに返事をすることはありませんでした。つれません。それでも私はまたねと言って、両腕を大袈裟に振るのでした。
お兄さんを見送った私は、スカートの汚れをうちはらいます。どうにも気分が落ち込んでしまっていけません。気分転換に、ブランコにでも乗りますか。
ブランコをこぎ始めれば、すぐに気分はアルプスの少女です。たーのしー! この浮遊感がたまりません。
ついでに靴をどこまで飛ばせるか遊びたいものですが、靴の回収のために靴下が汚れてしまうことになるのでやめておきます。お友達と一緒なら、お互いの靴を取りに行くこともできたのでしょうけれどね。……切実に遊び友達がほしくなってきました。今度散歩に出るときは、先生を誘ってみましょうか。
「ただいまかえりました!」
日も傾いてきた頃。ほくほく気分で帰宅した私は、今日あったことを何から先生に話そうか考えながら靴を脱ぎます。出迎えてくださった先生は、玄関先であからさまに不快そうな顔をしていました。私の服に猫の毛がたくさんついているのが、先生にとっては耐え難いことだったようです。正確には、その状態で家の中をほっつき歩かれ毛を撒き散らされるのが嫌、といったところでしょうか。
「おい、その手で物に触るなよ。こっちに来るな」
なかなか酷なことを言います。私は呆れつつ、その場で毛だらけの上着を脱ぎました。
「外ではたき落としてきますね」
「ああ」
さっさと行けと顎で示してくる先生にムッとしつつも、私は扉の外に出ます。
上着一枚、着ていないだけで随分冷え込みます。寒さに身体が冷えきる前にと、私は急いで上着についた毛を落とします。落ちた毛はあとでちりとりにとることにしましょう。
さて、そろそろ綺麗になったでしょうか? 最後に軽くパタパタと上着を揺らし、私は家の中へと戻ります。
「結構毛だらけでした」
「そうか」
「もうっ、先生! そこは『猫灰だらけ』と返すところですよ」
「そういう用い方をする言葉だったか?」
きっと違いますが、この場はそれでいいのです。
「おい、ついてるぞ」
「えっ、とってください」
先生は、ハァ〜と大袈裟に溜息をついて、私の襟元に触れました。 離れていく先生の手にあるのは、猫の毛です。
「ブルーか」
「灰色ですよ」
先生は呆れた顔をして、私に早く手を洗いにいくよう言います。えっ、なんですかその顔は。灰色ですよね? あれ?
動き出す気配のない私に、先生はある言葉をかけました。
「夕食は肉じゃがだぞ」
「今すぐ手を洗ってきます!」
道理でいい匂いがすると思いました。早く食べたいものです。味の染みたほくほくのじゃがいもを想像しながら、私は洗面台へと急ぐのでした。
勝った! 第四部、完!
始まる前から終わっているとはこれいかに。
この後の展開こそが、ある意味での本編なのでしょうが、
このままでは、完全に趣味にドン走って悪癖を発揮し、この物語のコンセプトに合わない話を生産してしまいそうだというので、この辺で筆を置いておきます。続きはご想像にお任せ、というやつです。
兄貴との再会イベントについてはうまく書けなかったので、良さげな話が思いついたら、そのうちこっそり修正入るかと思います。ごめんよアニキ。
ホットプレートでお好み焼きを焼く先生と、それを目をキラキラさせながら見守る幼女を遠目にみてほっこりしたいです。おどるかつお節。
思いの外、たくさんの方に読んでいただいて、喜ぶより先に何かの陰謀かと戦々恐々していました。こわいよ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
○そんな展開はない
・その1
「おい、ついてるぞ」
幼女の肩に《極悪中隊》の歩兵がバァーーン
・その2
「案内してくださった店員さんが、ご好意でかハンドクリームまでくださったんです」
「変態なんじゃあないか」
「人の親切をそんな風に言うのはよくありませんよ」
「どうだか。女児の手に異常な性癖を抱く殺人鬼かもしれないぞ」
○億泰とのファーストコンタクト
「いちごみるくが飲みたかったんですか?」
「ああ、でも間違えて隣のボタン押しちまってよ」
「では、私はいちごみるくを購入しますので、そのヨーグルッぺと交換してもらえますか。それが最後のヨーグルッぺだったみたいなんです」
とか、なんとかかんとか。
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幼女、目を覚ます
一話目投稿から一年以上が経過していたことにとても驚いたついでに気が向いたので書きました。完結マークついてるのに性懲りも無くすみませんー!
途中まで、いつぞやに期間公開していた「供養する」と同じです(*´-`)
描写は控え目ですが、ほのぼのが迷子なちだまりすけっちしておりますので、苦手な方はご注意ください
ふと、原稿用紙から顔を上げた岸辺露伴は、己の養う幼い少女の帰りが遅いことに眉根を寄せた。彼女は遊びに没頭すると時間を忘れる癖はあったが、それでも日の傾き始めるころには空腹を抱えて帰ってきていた。
時刻は18時22分。外は薄暗く、家々には明かりが灯りはじめている。露伴は薄手の上着を一枚羽織ると、スケッチブックの入った鞄を肩にかけ、家の鍵を手に取った。
それは、彼女が普段遊び場にしている公園の側の繁みに転がっていた。
「――ん?」
はじめは、水か何かで濡れているのかと思った。だが、鼻をつく異様な臭いに、それは間違いだと悟る。ちょうどその時、街灯がつき、その惨状を照らした。
赤黒い水溜まりに、頭が、腕が、耳が、臓物が転がっている。死んでいるのは恰幅のいい中年男性のようで、その表情は苦悶に歪んでいた。側には、紐のようなものが落ちており、それを辿ると犬の死体に行き着く。
――この場で何があった?
『天国の扉』は、死者の記憶を読むことはできない。露伴にそれを知る手立てはなかった。
異常な光景に、しかし露伴は恐怖よりも先に興味が湧いた。明らかな事件、それも殺人ときた。漫画のリアリティのために、あらゆる手段をもって様々なことを取材してきた露伴だが、流石に殺人事件の現場を取材したことはない。今を逃せば、いつチャンスがくるとも知れなかった。
血溜まりは、既に乾きかけていた。現場を荒らさぬようにだけ注意して、露伴はスケッチブックを開く。しばらく筆を走らせていた露伴は、少し離れた場所にも血が点々としていることに気付いた。
それは、繁みの奥へと続いている。懐中電灯を持ってこなかったことを悔やみつつ、露伴はそれがどこまで続いているか、辿れる場所まで辿ることにした。
繁みに立ち入り、目を凝らしながら、露伴は血の行方を追う。この方向ならば、公園へ辿り着くことになるか。点々とした血は地面に染み込み、既に乾き切っているようだった。
しばらく行けば、公園の生垣に突き当たった。露伴の膝ほどの高さだ。越えようとしたところで、大の大人がそう苦戦するようなことはないだろう。だから、ここを越えようとして苦戦するとしたら、それは背の低い子供なのだ。生垣は一部のかたちが崩れ、側には見覚えのある靴が落ちていた。
露伴は自身の服についた枝葉を払い落とすと、公園をぐるりと見渡した。ブランコ、砂場に、ジャングルジム。この暗さでは、人影の有無も確かめられない。
唯一、灯りに照らされたベンチには、学生の忘れ物らしき学ランが広げ置かれていた。――否、その学ランは掛け布団がわりだったらしい。半ばそれに隠れるようにして、露伴の養い子がベンチに寝ていた。
「こんな場所に、いたのか」
心なしか、彼女の顔色は悪い。目元には涙の跡も見える。呼吸を確かめると、ずいぶん息が浅いようだった。
強い予感に背を押され、露伴は学ランに手を掛けた。灯りの下に、彼女の姿が晒される。服は所々破れ、桜色だったワンピースには赤黒い染みができていた。哀れをもよおす有様に、しかし、覗く彼女の肌には傷ひとつない。
どういうことだ、と疑問を抱いた露伴が、彼女に触れようとしたところで、露伴の肩に痛みが走る。何かが露伴の肩を強い力で掴んでいる。
「おい、テメェ、そいつに何する気だ」
その怒気を含んだ声に振り向けば、今時珍しいリーゼントに髪を固めた不良の学生がいた。上半身がカッターシャツであることを見るに、彼が露伴の養い子に学ランを掛けたのだろう。
「君こそどういうつもりだ? 僕は彼女の保護者だぞ」
「ハァ~?」
リーゼントの不良は、露伴の言葉を心底受け容れ難いといった様子で、苦々しげに露伴を見た。
「保護者なら、子供から目ぇ離してんじゃあねえぜ」
「生憎、うちは放任主義でね」
「……そうかよ」
どうやら、この目の前の不良は見た目に反して、『面倒見のいい』『他人を放っておけない』タイプの人間らしかった。露伴にしてみれば、邪魔されたくない領域にまで干渉してくるタイプの傍迷惑な人間か。
彼は親指でクイと近隣の邸宅を指し示す。
「いま、そこのうちで電話を借りて、救急車を呼んだ。怪我はねえから分かりにくいが、正直危険な状態なんじゃねーかと思う」
「……ああ」
触れた彼女の身体は、酷く冷たかった。
呼ばれた救急車は、すぐそこまで来ているというのに、道が細くて公園の側へと近付くことができないようだった。救急隊員の担架も待たず、露伴は彼女の身体を持ち上げる。腕にかかる体重は、あまりに軽かった。
身体を動かされたからか、その拍子に彼女は薄く目を開く。瞳は虚ろだ。
「せんせい」
呼び掛けているのか、いや、寝言のようなものなのだろう。視線の先は虚空にあって、露伴を見てはいない。
「私の方のハンバーグが小さいです……」
「馬鹿だな」
呟かれた言葉に、こんな時まで食べ物ばかりかと露伴は呆れる。彼女らしいといえば、彼女らしいか。なんとも本能に生きている。
「……さん、岸辺さん」
呼び掛けられて、ハッとする。場所は病室、露伴の座る丸椅子の横には、白いベッドに寝かされた彼女がいる。どうにも、ぼんやりしてしまっていたらしい。
露伴の反応を確認して、医師が話を再開するが、言葉は露伴の耳をすり抜けるばかりで、その内容は頭に入ってこない。唯一理解できたのは、彼女の命が明日の朝まで保つかも分からないということだった。
……血を、失いすぎたのだろう。
露伴が見た彼女に、傷などなかったというのに、露伴には現場で見たあの血が彼女のものだとしか思えなかった。
怪我を負わずに出血する。あるいは、出血した傷が消える。それが普通ではあり得ない現象だということは露伴にも分かっている。だが、そのあり得ないことが起きたのだと、露伴の目にした状況は物語っていた。
一体、彼女の身に何があったのか。露伴は『知らなければならない』と思った。ただの知的好奇心からなのか、彼女を庇護する立場にあった者としての責任やら使命やらに駆られているのかは分からない。ただ、このままでは、彼女の命が尽きるのを待つだけになるということをぼんやりと理解していた。
露伴は顔を上げる。病室からは医師が消え、いつの間にか彼女と二人きりになっていた。深夜の静寂が、その場を支配している。
たくさんの管に繋がれた彼女に、露伴は視線をやる。
「君は、死ぬのか」
意識のない彼女が、それに答えることはない。その身に起こったことを、彼女の唇が告げることはない。
だから、知ることができるとすれば、それは――。
「『天国への扉』」
めくれ上がるページに記されていたのは、連続殺人犯の手によって、今にも殺されようとしている人間の記憶だった。
通常の「取材」では知りようもない、リアリティ溢るる感情。彼女は自分が死ぬということよりも、他人に害されるということこそに恐怖していた。その恐怖に押し潰されぬよう、足を止めずに走ること。逃げることこそ、彼女なりの戦いだったようだ。連続殺人犯に追われるというシチュエーションと相まって、真に迫るものがある。
真実それは、彼女の感情、その記憶だ。そこには、努力の甲斐もなく彼女が追い詰められ、甚振られたということまでもが記されていた。
露伴はそれを破り取ろうとして、手を止める。この記憶は、彼女を構成する要素の一つだ。露伴に「本」にされ、ページを破られた者は、その後疲労に襲われる。それはこの幼い少女も例外ではない。瀕死の彼女からページを破り取ることが、彼女の命を脅かす行為となるだろうことは明白だった。
「――待てよ?」
露伴は自身の上着の胸ポケットをさぐる。出てくるのは、いつの日かに彼女から破りとったページだ。破り取ることが害となるなら、これを彼女に戻せばどうなる?
露伴にとって、それは一つの賭けだった。
おはようございます、私です。目が覚めると、そこには見覚えのない真っ白な天井が広がっていました。
「知らない天井です」
くぐもる声を押し出して呟きます。今度はばっちり言えました。満足感を噛み締めては、頬を緩ませます。
しかし、本当にここはどこでしょう。身じろぎしようとして、腕に何かが引っ掛かるような違和感を覚えました。あら、これは?
「起きたのか」
先生の声に、目だけ動かしてそちらを見ます。身体がやけに重くて、首を動かすことさえ億劫でした。
「今ナースコールをする。もう少し寝ていろ」
素直に従い目を閉じますが、眠気は全くやってきません。寝過ぎた上に、寝覚めの悪い昼を迎えた時のような疲労感があります。
「ねむれません」
「熊のぬいぐるみはないぞ」
「では、先生をぎゅっとしなければいけませんね」
「やめろ」
サービス精神の足りないことです。そういえば、ナースコールを鳴らした、ということはつまり、ここは病院だということでしょうか。腕の違和感も、点滴の針だと考えれば納得がいきます。
……ああ、そうでしたね。私は殺されかけたのでした。
私が余程酷い表情を浮かべていたのでしょう。先生は、早く眠ることを促すようにポンポンと掛け布団を叩いてきました。何となく慰められたような気分になって、尚更のこと先生をぎゅっとしたくなります。
もそもそと指先を動かしていると、先生は私の手のひらに、ころんとしてぐにぐにしたものを乗せてくれました。これは……消しゴム、ですか。あの、先生、これじゃありません。
仕方がないので、その消しゴムをにぎにぎしているうちに、お医者さまが到着しました。顔に縫合手術の跡はありませんし、カエル顔でもありません。気の良さそうな、しわくちゃのおじいちゃん先生です。
問診は意識の有無の確認から始まり、身体の調子が確認されたところで、数日の入院を提案されました。経過観察して、異常なければ退院できるということです。機械での検査はないんですね。時代柄でしょうか。
よくぞ目覚めたと、お医者さまはたくさん褒めてくれました。病院に搬送された時には、私は血圧低下や酸欠で随分と危ない状態だったそうで、今朝目覚めるかも怪しい命だったようです。一通りの処置が施された後、深夜になって症状が落ち着き安定し、快復に向かったとのこと。
そもそもの怪我を仗助さんが治して下さらなければ、失血によりその場で死んでいたでしょうし、おそらくそれは私だけの手柄ではないのですが、自分も何かを頑張れたような気がして、えへんと胸を張りたくなります。
起こすに起こせない身体を、気持ちばかり動かすと、お腹の方がくうきゅるると鳴りました。……急にお腹が空いてきたような気がします。ハンバーグ、はちょっと今は気分が乗りませんので、鯖の味噌煮か蓮根のはさみ揚げが食べたいですね。三つ葉と刻み海苔を乗せた鶏雑炊なんかもいいでしょう。
うまく回らない舌をなんとか動かし、そのことをお医者さまに伝えます。お医者さまは「ほっほ」と笑って、近くにいた看護師さんに幼女に次の点滴パックを手配するよう指示しました。
点滴で! お腹は! 膨れません!
力なく足をばたつかせた私に、先生が呆れたような顔をしたような気がしました。
「岸辺さん、少しこちらへ」
おや、お医者さまが先生をお呼び出しです。そのままお部屋の外へと行ってしまいました。幼女には内緒のお話でしょうか。耳を澄ませようにも、病院は意外と環境音がして、お部屋の外の声なんて聞きとれません。
私の寝そべるベッドの側では、看護師さんが点滴のパックを新しいものに付け替えてくださっています。針から腕に刺し直しでなくてよかったです。にぎにぎしていた消しゴムは、すっかり温くなってしまいました。置き場所にも困るので、早く先生に戻って来て欲しいのですが。
と、そんな風に考えているうちに先生がお部屋に戻って来ます。入れ替わるようにして、点滴のパックの交換を済ませた看護師さんがお部屋を出て行きました。病室には、先生と私の二人きりです。
先生のお家ではよくあることだというのに、お部屋の外には他の人がたくさんいるからか、妙に緊張してしまいます。神経質といった方が近いのでしょうか、自分でも制御できない部分で気を張り詰めているような感覚でした。
「先生、お医者さまとは何のお話だったんですか」
「君の気にすることじゃあない」
「そう言われると、余計に気になってしまうじゃありませんか」
言わないにしたって、もう少し、気の利いた言い回しはなかったんでしょうか。心配はいらない、だとか、僕に任せておけ、だとか。そうすれば私も、考え事は全て先生に預けてしまえますのに。
……そういう頼もしさを先生が発揮するのは、先生の好奇心に関わることだけでしたね。されたらされたで、今回奇異な目に遭った幼女はスタンドの餌食になってしまうでしょうし。それとも、もう遭った後でしょうか。
「消しゴム、お返ししますね」
「……ああ」
先生が私の手の平から、消しゴムを受け取ったのを確認して、私は目を閉じます。
「僕は一度家に戻って、入院に必要なものを準備してくる。熊のぬいぐるみはその時に持ってきてやるから、君はここで安静にしていろ」
「はい」
もしや、お医者さまとの先ほどの会話はそのことでしょうか。事務連絡のようなものですね。
「いいか、大人しくここにいるんだぞ」
「わかりました」
私もそれなりに取り繕って、大人びた子供の振りくらいできるのです。むしろ、前世の年数を合わせた年齢でいえば先生よりも歳上なくらいで、振りも何もないはずですのに、先生には今ひとつ信用がないようで、念を押すようにもう一度、大人しくしておくよう言い含められてしまったのでした。解せません。
そうしてしっかり念押しした先生は、病室を出て行きます。お気をつけてと見送って、幼女は先生の言いつけ通りじっとしています。
どれほどの時間、そうしていたでしょうか。いつまでたってもやってこない眠気に、痺れを切らした私は目を開きます。視界に入るのは、ざらざらとした質感の白い天井です。これが見慣れた天井になる前に退院できることを、私は静かに願うのでした。
入院した翌日に私が知ったことは、病院食というのはそのまま食べるにはあまり美味しいものではないということでした。世の中全ての病院食に喧嘩を売りたいわけではないのですが、少なくとも幼女の入院する病院のお食事は、冷めていて薄味という悲しい取り合わせのもと提供されているものでした。残酷なことです。
お腹が空いて、慣れない環境にむしゃくしゃしていた私は、お食事にこそ救いを求めていました。そうして期待に浮き上がっていた心を、冷めたブリの塩焼きときゅうりの酢の物さんは、物の見事に突き落としてくれたのです。塩気が、塩気が足りません。塩分です。お醤油の出張が必要です。それを出来立てホカホカで食べさせてください。
「調子はどうだ」
お昼過ぎに病室にやってきた先生は、お昼ご飯の鮭のムニエルと茹でキャベツでまたしても打ちのめされている私にそう問いかけました。
「不機嫌です」
「そういうことを訊いているんじゃあない」
小さく眉根を寄せた後、椅子に飾るようにして置かれていた黄色い熊のぬいぐるみを、私の方へと寄せました。私はそれに抱き着き、荒ぶる心のまますりすり頭を擦りつけます。
「むしゃむしゃくしゃくしゃしています」
「なるほど、元気そうだな」
先程までぬいぐるみの飾られていた椅子に、先生は腰掛けます。スケッチブックを開こうとしたところで、思い出したように何かの包みを取り出して、ベッドのサイドテーブルに置きました。
「そ、それは……!!」
芳しいソースの匂いにピンときます。分かってしまえば、それはもうフードパックの形にしか見えないのでした。触れば、まだ温かいではないですか!
私はそこから紙の包装を剥ぎ取り、輪ゴムを外します。先生は匂いを逃すためか、病室の窓を開けました。フードパックをご開帳すれば、そこには鰹節のたっぷりかかった美味しそうなたこ焼きが並んでいました。
「どうしましょう! 先生が素敵に格好よく見えます!」
「まだ君に食べさせてやるために買ってきたとは言ってないんだが」
「まだ、ということはこれから言う予定だったのですね!」
発言の撤回は認めません。このたこ焼きは、本日いまこの時点から私のものです。そうと決まれば、これは私のお腹の中に大事にしまっておかなければなりません。
爪楊枝を手に取り、一つすくい上げるとぱくりとかぶりつきます。素晴らしいことに、幼女のお口にはひと口では収まりきらないほど大きなたこ焼きです。
そのひと口目で、私は目を見開きました。表面がカリカリに焼かれています! ふわとろタイプを想像していただけに、その食感は衝撃でした。外のカリカリと内のとろとろ、二つの食感で阿吽の呼吸のダブルスとは……やりますね。小麦粉生地に絡むソースのお味にも、思わずうっとりしてしまうのでした。これぞ私が求めていた塩分です。しっかりした味付けに、ふにゃりと頬を緩ませます。
ふた口目には、中のタコにたどり着きました。はぐはぐ噛んでいるうちに、何だかとても嬉しくなってきます。体調が万全であれば、ベッドの上でぴょんぴょん跳ねていたことでしょう。口の中はいっぱいで、胸の内もいっぱいいっぱいでした。
「先生、ありがとうございます! これこそ、今の私にとってのごちそうです」
「ああ。……あまり周りを汚すなよ」
はーい、と朗らかに返事をした幼女を、先生は胡散臭げに見た後、避難させるように私の側にいたぬいぐるみを動かしました。失礼な。
ここで先生を怒ってもいいのですが、ひとつこちらが大人になって寛大な処置をいたしましょう。この美味しいたこ焼きを、先生にもお裾分けして差し上げようではないですか。流石に全部は渡せませんが、ひとつふたつならば吝かではありません。
私はたこ焼きを爪楊枝にさすと、先生へと差し出します。開かれたスケッチブックに落とさぬよう、手も添えておきました。先生は少し呆れつつ、たこ焼きをぱくりと口にします。まさかひと口で食べられてしまうとは……。
平然とした様子でもぐもぐしている先生に慄きつつ、私は二個目のたこ焼きを食べ始めたのでした。
体調戻った幼女がご機嫌に油断しているところにスタンド仕掛ける露伴先生書こうとしたら、文字数膨らみ過ぎて収拾つけられなくなって削ったのは余談です。
供養されずに済んだのは、多分漫画家として、幼女が自分の漫画の「読者」であることを、露伴先生が軽視しなかったから。
時効かなと思ってここに書くのですが、小ネタの海辺で海に入らないのに先生が水着着てるのは、幼女が浅瀬で溺れかけたら助けにはいれるようにでした。
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番外
小ネタめも詰め合わせ
特に後半はあまりに考えなしに書いてしまったので……肌に合わなければ、読み流すなり読み飛ばすなりしていただければなと思います。
(2017/10/31)
トリックオアトリート。お菓子はないけど焼き芋の話が増えました。
熱々のグラタンを食べて、舌を火傷する幼女の出て来る季節ですね。
・デパートにて
「こんなもので私が懐柔されると思っていらっしゃるとすれば、大間違いですからね」
両腕いっぱいにお菓子を抱え、私は先生に告げます。
「その菓子類を手放してから言うといい」
「言われずとも、離しますとも」
そう、買い物カゴの上でね!
私の手を離れたお菓子たちは、そのまま先生の持つ買い物カゴにおさまります。先生は肩をすくめました。
こうして呆れながらも、ちゃんと買ってくれるから先生は素敵です。ちょっとだけ見直しました。……なんだか更に先生が呆れてらっしゃる気がしますが、きっと気のせいですね。
・たんぽぽ
「お、こんなところで何やってんだァ?」
「あっ、億泰さん! えへへ、実はですね、たんぽぽを集めているんです!」
上機嫌で告げる幼女に、花束でも作るのかと億泰が尋ねると、彼女は首を横に振り、得意満面に語り始める。
「このあと、茎を割いてお水につけるんです。そうしたら、くるくるーってなるんですよ! くるくるーって!」
「ホォ〜」
・実演する幼女
「見ていてくださいね……ほら!」
水の入ったバケツに割いたたんぽぽの茎を浸け、軽く揺らすと、くるくると茎が外側へと丸まっていく。
いいリアクションをする億泰に、幼女もご満悦間違いなし。
茎がくるくるになったたんぽぽは、億泰へと贈られる。持ち帰ったそれを、形兆に見せて報告する億泰。
形兆は呆れながらも、それを飾っては度々視線を向けて目尻を緩ませている弟に、仕方がないやつだと小さな溜息。
・幼女と飴玉
驚きにぽかんと口を開けた幼女の口に、飴玉を放り込む先生。反射的に口を閉じ、飴をなめはじめる幼女。
マスカット味でした。
・桜
桜並木は春風に揺れ、ひらり、ひらりと花びらを舞わせていました。そんな桜の雨降る歩道に躍り出た私は、自分がまるで桜の精にでもなったような心地でターンステップを繰り返します。
足下の石畳がアスファルトに変わったところで、一際強い風が吹きます。夢見心地だった私は、はっと意識を取り戻しました。ごっこ遊びに、少し身が入りすぎたようです。
花びらたちは、風に攫われて飛んでいきました。
・こどもの日、柏餅
「むむむ……お餅の種類によもぎとプレーンがあるんですか」
さて、どうしましょうか。二つとも食べると、お昼ご飯がお腹に入らなくなってしまいます。
「ここは気を利かせて、半分ずつを提供してくださるのがいい大人だと思うのですが、そこのところ先生はどう思われますか」
今日はこどもの日、つまり子どもである幼女が主役な日です。大人な先生はもう少し甘やかして下さってもいいのではないでしょうか。
期待を寄せる幼女の視線に、先生は眉根を寄せながらも、それぞれの柏餅を半分こにして下さったのでした。やったー!
・食べる幼女
「これは…よもぎの生地なんですね。いい香りがします」
この香りが柏の葉のものなのかよもぎのものなのか分かりませんが。残念ながら幼女には、葉っぱの匂いとしか認識できませんでした。
中は漉し餡のようですね。少し濃いめに淹れた緑茶と共にいただきましょう。
齧り付くと、お団子ともお正月のお餅とも違う歯応えがありました。もちもちでやわらかです。よもぎの味と、少しの塩味がしました。甘い餡にも、小豆の風味がちゃんと残っていて嬉しい気持ちになります。
「だらしのない顔だな」
……。水を差してくる先生のことは流して、プレーンの柏餅をいただきましょう。
「あむ」
口に広がるその独特な味に、衝撃が走ります。味噌餡……! これが地域差ですか。
慣れない味に、はじめこそ戸惑っていましたが、ふたくちみくちと口にしている間にその味がクセになってきます。なるほど、味噌餡。いけますね!
美味しいことはいいことです。
・もしも幼女と先生がほのぼのしなかったら
少しずつ記憶が抜け落ちていって、けれどもそれに違和感も抱けず、そのうち自分が何者かもわからなくなって、最後にはその存在ごと消えてしまう幼女と、そんな結末を予感しながらも、幼女の記憶のページを破らずにはいられなかった先生。
・幼女、転ぶ
なんたる不覚。幼女は道端で転んでしまいました。
塀の上を歩いていた灰色の猫ばかりを見ていたためか、あしもとがおざなりになっていたようです。白い靴下は汚れてしまいましたし、猫も見失ってしまいました。なんともついていません。
幸い血が出るほど擦り剥けてはいませんが、歩き続けるのは難しそうでした。
私はその場にしゃがみ込んで、ヒリヒリする膝に息を詰めます。痛みのせいか、目尻に涙がたまってきました。むぐぐ。泣きませんよ。
「あー、なんつーか、大丈夫か?」
急に頭上から声がして、びっくりした私は声のした方向に顔を向けます。視界に飛び込んできたのは、ハートの装飾とリーゼントでした。
「……痛いです」
「だよなァ」
腰を落とし、幼女と視線の高さを同じにした彼は、気恥ずかしげにひとつ咳払いをしてから、幼女の擦りむいた膝に手のひらを近付けます。
「痛いの痛いのとんでいけー、ってな」
途端に、膝の痛みがなくなります。心なしか赤くなっていた膝も、今は元の色となっていました。どうやら、痣にならずに済みそうです。
「痛くありません……!」
凄いです! まるで魔法の手のようです。
そのことを興奮気味に伝えると、彼は小さく笑って、幼女の頭を撫でたのでした。
・言葉が足りない
話をする時に、常に相手を見上げるかたちになって首がおつかれの幼女に気付き、幼女を肩車するに至る承太郎と、突然の肩車に固まる幼女。
幼女と身長の近い康一くんだけが承太郎の考えを察する。さすがだぜ康一くん。
・海辺にて
夏です! 海です! 海水浴です!
だというのに、透き通る海を前にして、先生は砂浜のレジャーシートの上で一人、スケッチばかりしています。折角海に来たというのに、勿体ないことです。その水着は何のために着ているんですか。
先生も遊びましょうよ、と。そんなお誘いの意味も込めて海水をぱしゃぱしゃしたところ、思いのほか量と勢いのあったその水は、先生のいる場所まで届き――スケッチブックを庇った先生は、海水でびしょ濡れになってしまいました。髪までしっとりです。
「先生の髪の毛の元気がなくなってしまいました!」
「おいその誤解を招く言い方はやめないか」
・カキ氷
ショリショリ、きゅるきゅる。かき氷機のハンドルを回しながら、私はふんふんふ〜ん、とご機嫌な鼻歌を歌います。
透明なガラスの器は二つ。それぞれに雪山を作った私は、シロップの瓶を持つ先生に手を伸ばしました。こっちに頂戴、のポーズです。蝉の大合唱の中で、窓際に揺れる風鈴が涼やかな音を響かせていました。
・焼き芋
「先生、焼き芋です! 『いーしやぁーきいもー』って、今確かに聞こえました!」
「ええい煩い! そう声を上げずとも分かっているさ、買えと言うんだろう」
さすがは先生です! 以心伝心、しっかり幼女のハートが伝わっているようで、なによりというやつですね。嬉しい気持ちで、私は駆け出します。
「あっちの通りからですね。おいもですよー!」
そうしてゲットしたのは、ほくほくの石焼き芋! 優しい甘さが口の中に広がります。先生にも、幸せのおすそ分けをしておきましょうか。一口どうぞとおいもを差し出すと、先生は少し眉根を寄せてから、かぷりとおいもに齧り付きました。
待ってください、大口すぎませんか! 幼女の取り分が減ってしまいました……。ちょっとしょんぼりしていると、先生がおいもの感想を口にします。
「美味いな」
「でしょう、そうでしょう!」
まるで自分が手柄を上げた心地で、私はほにゃほにゃ頬を緩ませました。すると先生は、さらにもう一口と齧り付いてきたではないですか!
油断も隙もあったものではありません。ここから先は戦場です。私は残りを取られまいと、夢中でおいもに齧り付きます。これは私のおいもです、私のなんですよ!
そうしておいもをお腹の中に確保したはいいものの、急いで食べたせいか、幼女はしばらくしゃっくりが止まらなくなってしまったのでした。むぐう。
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ここから下は、少し本筋を離れたり、暴走してしまったネタを。
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・第五部 嘘予告
これはスタンドの矢を巡る物語――ではなく、幼女のぬいぐるみを巡る物語である。
・幼女、イタリア観光する
康一くんと一緒にイタリアに来ている幼女。荷は奪われるも、ぬいぐるみだけは無事。一方ジョルノは、ぬいぐるみに対して何故か既視感を抱いていたり。
康一くんと、迷子にならないように気をつけないとね、という話をしていた矢先に、人混みにのまれてはぐれる。幼女、迷子になる。
護衛チームの数名が、迷子の幼女を保護し、彼女の宿泊先のホテルまで送り届けたところまでが導入。観光とはなんだったのか。
多分ブチャラティさんが泣きべそ幼女にイタリアンジェラートを買ってくれた。幼女は食べはじめてすぐに泣き止んだ。食べるのに真剣だったので。
「気付いたか。彼女の抱いていたあのぬいぐるみ、マキシーの1988年冬期限定デザインだ」
「マキシー、ってったら、あの金持ちのボンボン御用達のブランドメーカーか?」
ミスタの「ぬいぐるみも作っているんだな」という反応に、あの期間限定モデルのぬいぐるみは、ただ金を積むだけでなく社会的地位のある奴にしか売られないという話をするフーゴ。
そうした者しか手に入れられないぬいぐるみを持っていた割には、いたって普通の身なりだったこともあり、幼女に少しの警戒心を抱くその場の護チ数名。
また、あれでは金持ちの子だと自分から告げているようなもので、誘拐されて身代金案件が発生するのではと幼女の危うさを心配しもする。やさしい。
幼女、康一くんともうはぐれないように気をつけようと思っていた矢先にチンピラに攫われる。エコーズがんばって。
なんやかんやあって、どこかに閉じ込められた幼女が、自力脱出しようとしていたところで暗チと接触する。メローネに一時ぬいぐるみを奪われるも、きっとプロシュートの兄貴かリゾットさんあたりが回収して返してくれる。
幼女を始末するかどうするか暗チが迷ってる間に、迎えに来てくれた康一くん。幼女は康一くんと一緒に・誰にも気付かれぬうちにホテルに帰る。
それから、護チのトリッシュ護衛任務中に再会したり、ぬいぐるみへの既視感は幼い日の記憶に起因しているとジョルノが気付いたり。妙な縁が出来上がりつつも、深入りできるほどの仲にはならない幼女。
船に乗れなかったフーゴと一緒にピザを食べよう。
お粗末様でした
(追記)
形兆兄貴の幾何学模様台詞がストレッチマン風に脳内再生される呪いと、アヴドゥルさんの太ももの付け根の装飾が鉄火巻きに見える呪いにかかっているのですが、どうすれば解除されるんでしょうか。
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