終末のイゼッタ 黒き魔人の日記 (破戒僧)
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Stage.1 魔人が生まれた日

勢いで書き始めました。
よろしくお願いします。


Stage.1 魔人が生まれた日

 

1934年8月31日

 

今日から日記をつけることにした。

 

何か変な時期に、と思うのは……いまだに僕が、前世である日本人の感性を引きずっているからなのかもしれない。

日本以外じゃ、新学期ないし新年度が4月以外から始まるなんてのは珍しくないらしいし。

 

どうせなら、その新学期が……というか、僕にとっての学校生活が始まる明日から書き始めようかな、とか思ってたんだけども、どこぞの美食屋も『思い立ったが吉日』って言ってることだし……今こうして思ってることを記すのが日記だろう、と思って、ペンをとっている。

 

幸いにして、同室の連中はさっさと寝てしまっているし、今日は月が明るいので月明りで十分見える。体質ゆえか僕は目がいいので、このくらい明るければ割と細かいとこまではっきり見える。

 

そんなわけで、1日の締めくくりに日記を書いてるわけだけども……いい機会だし、ここに至るまでの人生の総括でもやってみようか。ちょうど明日から新生活だし、区切りいいだろう。

 

 

 

さっきちらっと言ったように、僕には『前世の記憶』がある。

そして、今世……っていう言い方でいいのかは分かんないけども、とりあえずこの2度目の人生で最初の記憶は、孤児院だった。孤児院で、ベッドの上だった。

 

この世界でのそれ以前の記憶がなかったため、そこを運営しているシスターの皆さん――教会を兼ねているタイプの孤児院っぽい、とその時悟った――からは、記憶喪失だと勝手に納得された。

 

というか、どうやら僕、もともとそういう傾向がある子だったらしく、『覚えてない』とかの曖昧な受け答えや、『うーん』って頭を抱えてるだけで、普通に受け入れられていた。

 

……繰り返すが記憶にないんだけども、ちょっと前までの僕は割と個性的だったらしい。

記憶喪失がよくあるって……どんな傾向だよそれ? まあ、言っても仕方ないけど。

 

……そうなると、これって転生じゃなくて憑依なのか? とかも思ったけど、まず置いといて。

 

生前僕はネット小説を読むのが好きで、特に転生ものはよく読んでいた。だから、この状況を把握するのも割と早かったと思う。

 

まさか自分が、とは思ったけども……実際に体が縮み、というか生前とはまるで違う見た目になっていて、挙句の果てに明らかに外国語――しかも英語でもねーよ?――が周りで話され、新聞に書かれている上、その新聞の日付が1930年て……西暦かコレ?

 

それから、僕はしばらくの間、この転生した世界の情報を集めることに集中し……今僕がいるここが、元いた世界のある時代、ある地域に似ている『異世界』だということを知った。

ぶっちゃけ、2次大戦前のヨーロッパ、って感じだ。国名、どこも全然違うけど。

 

孤児院には、割と蔵書が充実している図書室があったので、そこで歴史もざっと調べたけど……地名や歴史上の人物の名前が所々違っていたので、異世界なんだな、と思ったわけだ。

そうでなかったら、タイムスリップして過去に来たのか? とか思ってたかもしんない。

 

さて、そんな感じで僕は孤児院での生活をスタートさせたわけだけども、その生活はほどなくして終わりを告げることになった。

 

『僕』としての意識を目覚めさせてから数か月の間、僕はこの世界、この国の社会情勢を知ってからというもの、生きていくために必要そうなないし役立ちそうな知識を片っ端から勉強し、吸収していった。転生もののテンプレとして、体を鍛えたりもした。

 

ファンタジーでいうところの、ガンガン成長して周囲に差をつけて『俺TUEEEE!』を目標に……とまでは言わないけれども、学力も身体能力も、高ければ高いほど、進路の選択肢も増えるだろう、と安直に考えた結果だ。

学力に関しては、前世で受験を2回ほど経験してる分、自信をもって言える。

 

転生者としてもともと持っていた知識その他に加え、他の子たちが遊んだりさぽったりしてる間に、少しでも自分を磨くべく、トレーニングと勉強を欠かさずやっていた僕は、自分で言うのも何だが、めきめきと実力をつけ……数か月が過ぎるころには『神童』なんて呼ばれていた。

 

運動、勉学ともに、同年代の中では頭一つ以上抜け出た実力を身に着け、今のうちから将来を期待されるくらいの評価をもらっていた…………のだが、

ここで話は戻る。孤児院の生活がいきなり終わった、ってところに。

 

どうして終わったのか、だけども…………あまりにも意外な終わり方だった。

 

何が起こったって……売られたのだ、僕。

 

……どうやらこの孤児院、裏で人身売買のブローカーじみたことをやって金を稼いでいたらしく……僕はその『商品』にされてしまったのである。

 

ある日突然、『今日からこの人があなたのパパとママになるのよ?』って院長先生に言われて……え、何それ? って僕が困惑してる間に、車に乗せられてさよなら~、って感じで。孤児院の友達(最近ようやく仲良くなれてきたところだった)にお別れを言う暇すらなかった。

 

で、その窓から……茶封筒入りの現ナマを先生が笑顔で受け取ってる光景が……

 

それから一時期、ちょっと人間不信になりかけた。

まあ、すぐに立ち直ったけど。

 

引き取られた先が、特に厳しい環境だったりもせず……むしろ、かなり裕福な家だったことや、ぞんざいに扱われず、優しく育ててもらっていることも……僕があまり深刻に悩まなかった原因かもしれない。ちょっと現金だけど。

 

まあ、元々周り全部他人の天涯孤独な身の上だったんだ。生活環境が多少変わった……というかむしろ、改善された結果だと思えば、コレもありっちゃありだろう。

 

そしてどうやら僕は、労働力とかとして売られたわけじゃなく、子供のできない夫婦が孤児を引き取って養子縁組で家族に迎える感じで引き取られたようだった。扱いの良さはそれが理由か。

 

……なら金で買わんで普通に合法な手順で取りゃいいのに、とか思ったけど……優秀な子を確保するにはそれが一番確実だったようだ。ああ、『神童』が理由で目つけられたのね、僕。

 

そんなこんなで新しい家族に迎えられた僕は、新たに苗字ももらってすくすくと育ち……手がかからない上、優しくていい子だ、って褒められながら、大切に育てられた。

 

 

 

もうそろそろ8歳になろうかって頃に、転機が訪れる。

両親が不慮の事故で死に、僕は母の弟、つまりは叔父に引き取られたんだけども……それがちょっと問題だった。

 

その叔父は欲深で、弁護士とかを使って手を回し、僕が両親から相続した遺産を根こそぎ……なんてことはなく、普通にいい人だった。奥さん共々、両親と同じように僕を大切にしてくれた。

 

……問題は、その叔父さんが、後方勤務ながらベテランの現役軍人であり……僕の学力その他を知るや、『これは祖国のために役立てるべき才能だ』とかなんとか豪語し、あれよあれよという間に、軍士官学校へ入学させられてしまったことだ。ちょうど入学可能年齢ギリギリセーフだったから。

 

しかも、飛び級の『特待生』枠としての入学だ。

最近できた制度で、幼いころから高度な教育を受けさせることで未来の優れた将校を育てることを目的にしてるそうなんだけども……そのちょうどいいテストケースにされてしまったらしい。

 

引き取られて以降も勉強とトレーニングを続けていて、さらに両親からハイレベルな家庭教師までつけてもらっていた僕の学力水準は、かなり高いところに来ていた。

それを知った叔父が目を付けた、ってわけだ。こいつは今から鍛えれば、将来絶対に大物になる、祖国に貢献してくれる素晴らしい軍人になるだろう……と。

 

そして、今に至る。

 

今僕は、士官学校の寮の一室のベッドに横になっている。

明日、9月1日が入学式だ。晴れて僕は、士官候補生となる。

 

……正直、不安でいっぱいである。軍隊を持たない(似たようなのはあるけど)平和主義の国で生きてきた前世を持つ僕だからして……いくら今まで鍛えてきたって言っても、怖いもんは怖い。

 

けど、もう後戻りはできないし……職業として見れば悪い選択肢ではない。少なくとも、この時代、この世界では。

そう、割り切るべきだ……って、もう何度も考えたはずなのになぁ。

 

……そろそろ寝ないと、明日起きれないな。この辺にしとこうか。

初日から長文書いちゃったな……なんだかんだで、気晴らしにはなったかも。うん、よかった。

 

明日からがんばるぞー、おやすみー。

 

 

 

1934年9月13日

 

入学から2週間がそろそろ過ぎるわけだけど……案外楽しいな、士官教育。

 

自衛隊の教育隊とか、海兵隊のブートキャンプみたいなの想像してたけど……そこまでひどくはない感じ。まあ、逆に優しくもないけど……せいぜい、厳しめの高校や大学みたいな感じだ。

 

朝から晩まで訓練、って感じじゃなく、きちんと座学や施設見学なんかもあって、さらに色々な職務を体験したりすることもできるので、本当に自分の身になってる感じがして充実感がある。忙しいけど、苦にならない忙しさ、とでも言うんだろうか。

 

これで、学費は完全無料な上に、卒業と同時にいくつも資格を取れて、こなしたカリキュラムの内容によっては給料まで出るってんだからすごいよな……。

 

元々、両親の遺産(叔父さんに管理してもらってる)があるからお金にはさほどこまってないとはいえ、もらえるもんはもらっておく。純粋にありがたいし。

……制服が特注だから、地味に金かかるしね。

 

問題があるとすれば……僕は体が小さいから、移動とか大変だし、荷物は重いし、格闘訓練とかめっちゃ不利……ってとこくらいかな。

……まあ、仕方ないよねそりゃ、8歳だからね僕、今。

 

それでも、だんだん訓練にもきちんとついていけるようになってるし、この調子で丈夫な体を作っていこうと思う。食堂も食べ放題だから、食べ盛りの育ち盛りにはありがたい。

 

 

 

1934年11月14日

 

……何か今日、不思議な体験をした。

 

バトルロイヤル形式の素手戦闘訓練の時だった。小さい体を生かしてすばしっこく動き回って相手をかく乱するのが、僕の得意な手口なんだけど……当然ながら、何度もやってれば相手も慣れてくるし、対応されてしまう。

 

同期として今までともに研鑽してきた連中も、体格差を生かして僕を逃がさないようにしたり、効果的な一撃を入れる方法を編み出しつつあって……覆しがたい、年齢差からくる実力の差ってものを痛感することが多くなった。

 

まあ、それも仕方ない……今までが上手くいきすぎてたんであって、本来的に体が育つのを待たなきゃいけない事柄なんだから……と、今日まで思ってたんだけども。

 

今日の戦闘訓練で、同じように4方向から僕に襲い掛かってきた同期生たちから何とか逃れようと全身に力を込めた……その時だった。

 

……直接見えたわけじゃない。

けど、そういうことが起こった……と、どうしてか感じ取れた。

 

何か、小さな粒というか、『種』みたいなものが……僕の頭の中で砕けたイメージが浮かんだ。

 

そしてその直後、まるで世界がスローになったかのような感覚と、五体にあふれんばかりにみなぎってくる力。それに任せて動いた結果……気が付くと僕は、無傷で敵を全員倒していた。

 

その感覚はしばらく続き、しかし突然ふっと消えた。

時間にしてほんの数分程度。あまりにもわけのわからない体験だった。

 

後になってそれを見てた連中に聞いたら、僕は敵の攻撃を完璧に見切って全てかわすか受け流し、すごい速さで動いて全員を沈黙させていた……とのことだ。

 

……今更ながら、前世でよく読んだ転生小説には、転生特典のチート能力が付与される場合が多かったことを思い出す。

ひょっとして、この力が……某ロボットアニメ種死あたりの能力に酷似したこの現象こそが、僕がこの世界に来る時に手にした『特典』なんだろうか……?

 

……いやいや、それこそアレだ、アニメやラノベじゃあるまいし……

 

……詳しく、調べてみる必要があるな。

 

……あっ、やべ、今日は夕食後にゼミのミーティングがあるんだっけ。

興味あるからって、わざわざ叔父さんに紹介してもらって入ったんだ、遅刻や欠席なんて絶対にできない。さっさと準備していかなきゃ。今日はここまで。

 

 

☆☆☆

 

 

最後の1文字を書き終えると、少年は荷物をまとめ……筆記用具と、資料をいくつか抱えて部屋を出た。

そして、行った先の会議室で……本来ならば、彼にはまだだいぶ早いはずの内容を扱う集まりに参加するため、はきはきとした声で、自らの入室を告げる。

 

「失礼いたします! ペンドラゴン一階生、入室します!」

 

その声に、小さ目の室内にいた者達全員の視線が、一瞬ではあるが入り口に集中し……声を発した、まだ幼い少年の姿をとらえる。

 

短めの黒髪に、黒い瞳。色白の肌に、中性的で整った、しかしそれ以上に幼さが際立つ顔。

どちらかと言えばやせ形で、身長も、この場にいる他の士官候補生の胸ほどまでしかない彼は、一見すれば学内に迷い込んだ、誰か候補生の身内―――弟か何かだろうと考えてしまうだろう。とても一見しては、ここに士官候補生として通っているとは思えまい。

 

しかし実際には……秋期入学の時期から2ヶ月が経過した今、彼の名を、姿を知らない者は、今や同期や職員どころか、学校全体に1人もいなかった。

それどころか、現役の軍人の中にも、彼に注目する者が出始めている。

 

若干8歳の今すでに、座学・実践ともに極めて優秀な水準。膨大な知識と独特の発想力に加え、その体格のハンデをほとんど感じさせない技能を有し……なお伸びしろを大いに残している傑物。

 

ある者は期待を、ある者は嫉妬を、ある者は畏怖を、

それぞれ胸に秘めながら……人は彼を、こう呼ぶ。

 

 

 

ゲルマニア帝国帝都・ノイエベルリン中央士官学校一階生

 

『百年に一人の天才』テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴン

 

 

 

 



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Stage.2 はじまりの小隊

1935年3月7日

 

入学してもう半年が過ぎた。思えば随分と長いこと書き続けられたもんだ。

前世じゃ自他ともに認める三日坊主だった僕がね……意味もなく感慨深い。

 

ここに至るまでの学生生活は、未体験で刺激的なことの連続だった。知識としては知っているものも、いくつかあったけど。

 

ラッパで起床し、きちんと決められたスケジュールの中での規則正しい生活を送りながら、色々な訓練を――それこそ、日本じゃ絶対に経験できそうにないようなのも含めて――こなしてきた。

 

戦闘訓練はもちろん、緊急時の応急処置とか、各種アイテムの使い方とか……銃とか分解して整備して再度組み立て、なんてのも。

 

戦闘訓練っつったって色々あって、基礎体力作りに始まり、徒手格闘、ナイフ術、長剣術、さらには銃剣戦闘……そして、銃と実弾を使った射撃訓練。

 

変わり種では、催涙ガスをわざと吸い込んで行うガス訓練や、重装備を背負っての行軍訓練、食料全部現地調達のサバイバルキャンプや、敵につかまった時対策の尋問訓練なんてのも……。

 

……最後の結構きつかったな。実際に拷問されるわけじゃないんだけど、何時間も同じ姿勢でいたり、暗所・閉所に閉じ込められたリ、少ない食料で暮らしたり、単純作業を延々と繰り返したり……って感じで、精神的なタフネスを養うものだった。

 

座学も大変だったな。興味ある科目はいいけど、そうでもない……一般常識というか、最低限の教養として身に着ける奴は、正直前世の学校とさほど変わりなかったから。

 

逆に、戦術・戦略の基礎知識系は、前世半オタクだった僕には面白い分野だった。死ぬ直前のクールで見てた、とあるアニメの影響もあって。

 

……そういやあのアニメも、二次大戦期の地球(ただし異世界)が舞台だったな。

 

転生してしばらくの間、オタク脳だった僕は、この世界が何かのアニメとかマンガ、ゲームの世界じゃないか、って期待してた時期があった。

 

けど、少なくとも……僕の知っているそういった作品の中に、この世界にあてはまるものはなかった。しかし、地球の過去ってわけではないのも確かだ……地名違うし。

 

帝都の名前……『ノイエベルリン』だったからなあ……。

戦争モノのアニメはいくつか知ってるけど、この地名が当てはまるものはない。転生直前に見てたやつは……帝都『ベルン』だったからなぁ。軍服はやや似てるんだけど。

 

仮に何かのアニメの世界だったとしても、自分が知らなきゃそれは別に意味もない。

ファンタジーみたいに剣やら魔法があるわけでもない世界のようだし……言い方は変だけども、『ただの異世界』とすっぱり割り切った。

 

これから長い人生、色眼鏡で物事を見るようになっちゃうのはよろしくないだろう。

 

そもそもこの士官学校生活だって先はまだ長いんだ。まだカリキュラムを、期間的に見ればその8分の1が終わったところに過ぎない。あと3年半残ってるわけだ。

 

ただ、最近の成績を見るに、飛び級できそうなのでどうしようか迷っていたりする。

 

叔父さんは僕に、じっくり時間をかけて学んでほしいようだけど……この半年間で僕の能力を把握した教官たちは、一刻も早く現場でその力を使うべきだ、的なことをよく言ってくる。

叔父さんと同じように慎重派な教官も同数くらいはいるので、今のところ『強制はしない、という名の強制』によって進路や飛び級を決められるような気配はないけども。

 

……ぼちぼち考え始めた方がいいのかな、希望進路。

まだ入学して半年だってのに、やれやれ……せわしないもんだよ。

 

 

 

1935年8月6日

 

……今日、初めてカリキュラムの実行で躓いた。

 

いや、まあ……軍人になる進路を取ったことで、わかりきってたことではある。いつかはこうなると。

それでも……平和な日本育ちの僕には、うん……きつかった。

 

……『銃殺訓練』。

要するに、人を殺す訓練。死刑囚を使ったそれを、今日やった。

 

入学から約1年という節目を前に行われたこの訓練。

……なんていうか、うまく言葉で言い表せないけども、精神的に負担になる。相手が死刑囚で、僕がやらなくてもいずれ死ぬ運命にあるとわかっていても。

 

拘束されている相手の胸めがけて引き金を引く、たったそれだけ。

いつもは円形の的を相手にやっている訓練を、生身の人間相手にやることの難しさ、恐ろしさというものを身をもって知った。

 

頭の奥にずーんと重いものがある。吐いたりこそしなかったものの、その後の夕食の時は、さすがに食欲は出なかった。

 

……この感覚にも……今後、慣れていくんだろうか?

厳しいと感じていた規則正しい生活や、戦闘訓練系のカリキュラムが、今ではすっかり淡々と、当然のようにこなせるようになってしまったように。

 

……そう考えると……ちょっと怖いな。

 

……気分が晴れない、今日はもう寝よう。明日からの訓練に差し障る。

 

 

 

1935年9月1日

 

柄にもなく落ち込んでしまった『銃殺訓練』から早一月。

そのまま自信喪失……なんてこともなく、きちんと立ち直って学生生活を再開。こうして今日、無事に二階生になることができた。

 

やけ食いでどうにかなるとは……我ながら単純である。こんなところは前世と変わんないな。

 

今年度から、さらに厳しく、さらに難解なカリキュラムが実施されていくわけだけども……それと同時に、『バディ』という制度が始まった。

単純に、訓練とか何をするにも2人1組でやる、っていうもの。基本的に下士官とかの軍人は、複数人数で行動することが多いので、その最小単位である2人組での行動を常に行い、連帯感を養う……っていうものなんだそうだ。

 

僕が組んだのは、当然ながら同期の……アレスという名の男子候補生だ。

年齢的に当然だけども、ショタで童顔な僕と違い、甘いマスクのイケメンで……この国には割と珍しい、黒髪黒目。背が高く、引き締まっていつつもがっしりとした体つきである。

 

文武両道で、今年度の当初評価は学年次席。学内全体に知られる秀才だ。

ちなみに首席は僕だ。いぇい。

 

本来この『バディ』、成績も出身地もバラバラな者同士が組まされることが多い。お互いの弱点をカバーしあう的な目的で。

 

しかし、首席と次席というツートップが組まされた僕らのバディの場合、総合成績はともかく、年齢と体格差がそれを補って余りある不一致要素になると判断されたようだ。

僕ら、身長差ひっどいからな……アレスが180超えてるのに対して、僕まだ150もないし。

 

また、僕ら2人は3席以下に大差をつけてツートップになっているので、他の生徒と下手に組ませられない、というのもあるらしい。ここまで能力が違うのに組まされるようなことになれば、それは明らかに効率性を欠いたものであり、軍務上失策でしかない……だそうだ。

 

とはいえ、僕としてもコレは純粋にありがたい。

こいつと僕は去年からの……言ってみれば、親友と呼べる間柄なので。

 

幾度も助けたり、助けられたりってことがあったから、正直『今日からお前らバディな』って言われたところで、今更感がある。前からほぼそうでしたけど、的な。

互いの弱点のカバーにしたって、組むことが多かった去年からさんざん研究してたし。

 

成績も近いから、互いに教えあい、工夫しあい、切磋琢磨してきた記憶もあるし……おまけにフランクで性格いいから、話していて、一緒にいて楽しい相手だ。

 

むしろ僕にとっては、これ以上ない最高のバディと言えるであろう男だったりする。

 

 

 

………………これで、オネエ口調のオカマじゃなかったら完璧だったんだろうけど。

 

 

 

成績優秀スポーツ万能、おまけにフランクで誰とでも仲良くなれる彼だが……色恋話については噂のかけらも持ち上がらない理由がここだったりする。同期の女子学生の中には、俺様系でも顔がよければいいとか、経済力最重視とかいう女子はそこそこいるようだけど……さすがにオカマでもOK、はいないようだ。

 

ちなみに、ショタでもOK、はいるようで……僕は何度か声かけられたリ、靴箱にラブレターが入っていたりした。怖いから全部断ったけど。

 

……モテモテだろとかいうな。なんか、こう……肉食系っていうか、目がマジな、まさに肉食動物を連想する感じの娘が多いんだよここは。

それが10歳年下のショタに告ってるんだぞ……怖いって。邪推もしようもんだ。

 

なお、その時に相談に乗ってもらったのが、他でもない、アレスだ。

こいつは、最初誤解されがちだけど……さっきも言った通り内面はすごくいいやつなのである。むしろ、男前、と言ってもいいくらいに。

 

……オカマとか同性愛系の男キャラって、アニメとかゲームで、性格めっちゃいい奴けっこう多いと思うんだけど、こいつはその典型だと思った。成績優秀はもちろん、リーダーシップあって面倒見もよくて、とっさの判断力に優れ、事務系仕事も得意。会議とかでも発言に物おじしない。

 

教官いわく、今年は僕がいるせいでちょっと目立たないけど、間違いなく彼も『天才』に分類される一人、だそうだ。僕も同意見である。

 

まあ、そういうわけなので、別に一緒の部屋で寝起きしたからって寝込みを襲われるようなことはないだろうけど……騒がしい2年目になりそうではある、な。

 

 

 

1936年10月23日

 

……人生、何が起こるかわからないとはよく聞くが……今まさに、そんな気分だ。

 

まだ、卒業もしていない――飛び級しているので、間近ではあるが――この時期に、まさか実戦を経験することになるとは。

現在、出撃を待つ時間を利用して、この日記をしたためている最中である。

 

……最後の1ページになるかもしれないが。

 

僕らは今、バディであるアレスを含む、メンバーとして組まされている1個小隊規模の同級生らと共に、ゲルマニア帝国北部、隣国『ノルド王国』との国境付近の基地に、研修で来ていた。

 

2週間で終わる、あくまでただの研修……のはずだったんだが、なんだか、どこかで見覚えのある展開に巻き込まれている。

そのノルド王国が、突如として大軍を動かして帝国への越境侵犯を開始したのだ。

 

聞く限り、同国において昨今思わしくない国内情勢を改善するため、プロパガンダというか何というか……国内向けのデモンストレーションとしてやらかしたのがコレらしい。

 

祖国が強大な隣国にも屈しない強さを持っている、と国内に知らしめるために、何をトチ狂ったか国境を越えてきた。帝国が何もしないと予想して……もとい、高をくくって。

『オラオラ、撃ってきてみろよ、あーん? できねーだろバーカ』的な感じで。

 

国内に対しては、『我が国は帝国にも恐れなどせず、長年領土問題を抱えている地を我が国の領土であるときちんと、強硬姿勢で主張するだけの力がある!』とアピールし、求心力を高めるために。

 

前世の地球でもそんな国あったな。

 

……盗人猛々しいとはこのことだ。いや、盗人ってのも何か違うかコレは……あの国は密漁船がサンゴ盗んでったりしてたけど。

 

しかし、前世の日本なら大使館越しに遺憾の意を表明する程度で済んでいたこの問題も、この世界の、このゲルマニア帝国が相手では……ただの自殺行為だったわけで。

 

当然というか、帝国は方面軍を動かしてコレをがっつり迎撃するとともに、宣戦布告を出して全面戦争に移行、侵入してきた敵軍を完膚なきまでにぶっ叩いて、そのまま攻め込んだ。

 

これに驚いたノルドは、『理性的かつ思慮に富んだ寛大な対応を』とか何とかほざいてたけども、ゲルマニアは一切聞く耳持たずに戦争継続。あれよあれよという間に国境付近の軍は壊滅し、国内に攻め込まれている……というのが現状だ。

 

で、僕らは運悪くその時まさに研修にきてた。

最初こそ、研修生であるがゆえに後方に下げられて待機させられてたんだけども……急きょ、僕らにまで仕事が回ってくることになった。

 

方面軍は、これから冬に入るのを前に、できるだけ戦線を押し込もうとして突出しすぎてしまったらしく……多数の友軍が敵地深くで孤立状態となってしまった。それを救出しなければならないということで……捜索兼援軍として、この基地の戦力を総動員することになった。

 

で、僕ら研修生も、一時的に駆り出されることになったのだ。

 

思いがけず巡ってきた実戦の機会。上の話によれば、生きて帰った暁には叙勲を含めた報奨を約束する、とかなんとか言ってるが……上層部の失策で窮地に追い込まれた戦線に強制参加とは、何とも運がないな、と苦笑せざるを得ない。

 

プランでは……一定範囲を捜索の後、すでに掌握している敵国の鉄道の一部を使って帰ってくるだけの簡単なお仕事、だということだけど……敵地である以上、どこに敵軍がいて、どんな罠があるかわからない。

 

……入学以来、最大の難問になりそうだな……いや、コレは正確にはカリキュラムですらないわけだから、この表現は正しくないか?

 

……まあいいや、今日はここまでにしよう。

 

アレスや、一緒に行動する二コラやマリー達と、最後の打ち合わせがある。日記の続きは……生きて帰って、帝都のあったかい自室に戻れたら……その時にでも。

 

 

 

 



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Stage.3 ソグンの悪魔

 

――ノルド王国 ソグネフィヨルド軍港――

 

 

「どういうことだ、一体……一体、何が起こっている!?」

 

責任者たるその男……王国軍の中将は、焦っていた。

 

ついさきほどまで、彼らは盛大な前祝のパーティーを行っていたところだった。思いがけず始まった帝国との戦争であったが、これまた思いがけず、敵国の失策によって、一気に戦況を改善できるかもしれない見通しがついたからだ。

 

愚かにも突出しすぎた友軍を救うため、前線そのものを押し上げた帝国軍を、各所の鉄道網を使った迎撃網で迎え撃ち、各個撃破。その後、艦隊で大部隊を送り込んで一気に戦況を押し戻す。

 

そのための、軍艦・空母数隻からなる艦隊を昨日、盛大な壮行式と共に送り出したところだ。

 

そして自分たちは、所詮は後方、我々の職務はここまでだと、大いに酒を飲んで騒いでいたところに……冷や水を浴びせるかのような凶報が飛び込んできたのである。

 

曰く、前線にて帝国軍が大規模攻勢を開始。

曰く、各所にて待機していた迎撃用の友軍部隊各隊が奇襲を受け、壊滅。

曰く、昨日送りだした艦隊が洋上で帝国軍艦隊により壊滅。残存戦力を港に戻す。

 

軍港基地はまさに混乱の只中。

先程までの浮かれた気分など、指揮官の頭からはとうの昔に吹き飛んでいた。

 

(何なのだ、一体、これは……! 我々は、勝利への道中にあったのではなかったのか!? それが間違いだったと……だが、だとしても、あまりにも!)

 

この心労のせいか、はたまたパーティーで食べすぎたのか、はたまたその両方か……胃のあたりに鈍痛や、若干の息苦しさを覚えながらも、指揮官は懸命に頭を回転させ…………しかし、すぐにそれすらもできなくなっていった。

 

先程からある体の不調……それが、心労や食べすぎによるものなどではないと気づいた時には、すでに遅く……周りを見れば、部下たちも皆、同様に倒れ伏すところだった。

 

何人か、無事で残って立っていた部下もいたが、突如として指令室の扉が開き、駆け込んできた数人の王国兵……の服を着ている何者かによって射殺されていく。

 

さらに、部下の何人かは反撃しようとしたものの、そこにすさまじい速さで斬り込んできた1人に、瞬く間に叩き伏せられ、蹴り倒され、投げ飛ばされ……動きを止められたところで、同じように銃で撃ち抜かれてその生を終えた。

 

その場に動くものは、侵入者たち以外に1人もいなくなってしまった。

それを認識できていたのも……彼が息を引き取るまでの、残り数分の間のことであったが。

 

「な、ぜ……こんな……ことに……?」

 

 

「なぜってまあ、危機感の低さが原因としか……ねえ? まあ、僕らだって最初ここまで、というかこんなところまで来るつもりはなかったんだけどさ。ケガの功名って奴かね」

 

「あら、それ東方の諺よね? 相変わらず博識だこと……何にしても、今は戦争中で、私たちは敵同士……油断してればこうなるのは当然でしょ。同情の必要はないわよ」

 

「わかってるさ。じゃ、僕らは僕らでやるべきことをやろうか……アレス、機材の操作を任せる。チャンネルを帝国軍のコードに合わせて、暗号通信準備。他はまず……」

 

「隊長! 重要各部所の制圧、完了しました。各分隊連絡兵揃っています」

 

「ご苦労、ニコラ。ダメージレポート」

 

「こちらの損害はありません。敵戦力は毒物によって既に9割以上が沈黙、残り1割も、奇襲による無力化に成功しました」

 

「結構。各部屋の書庫等を調査、持って帰れそうなものを根こそぎかっぱらえ、本国もとい、これから来る友軍へのみやげにする。重要性が高そうなものを選別し集約、60分後にここに持ってくるよう伝えろ、敵の残存兵力については、マリーが間もなく屯所を爆破―――」

 

―――ドォン、ドォン、ドォン!!

 

「――したみたいだから、彼女が戻ってきたら同じことを伝えて協力して作業に当たれ」

 

「了解しました!」

 

「テオ、帝国軍の無線波をキャッチしたわ。すぐに話せるわよ」

 

「ご苦労さん、アレス……って、つながったんなら報告すりゃいいのに」

 

「私たちのボスは今、あなたなのよ? あなたが健在なのなら、あなたがやるべきでしょう? ほら、暗号化はすんでるから」

 

「それもそうか……こりゃ失礼。……すー、はー、あー緊張する……帝国軍北方捜索第8特務小隊、テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴンより、北部方面軍司令部へ。現在本隊は、ノルド王国北西部ソグネフィヨルド軍港の無力化に成功…………」

 

 

 

西暦1936年11月3日

 

あ゛ぁー、よかったー!

生き残ったー! 帰ってきたー!

 

なんか色々褒められて、絶賛されて、叙勲間違いなしどころか、色んな所から『卒業後はぜひ我が方面軍に!』とかなんとかめっちゃ誘われたりしたけど、とにかく生きて帰れてよかったー!

 

マジでよかったー! 帰還と同時に同期生たちとバカ騒ぎのレッツパーティーに発展して夜通し騒いで、けどなんと教官たちもそれを黙認するどころか、何人かは参加してくるくらいによかったー! うんうん、めでたい! よいではないかよいではないか今日くらい!

 

あ、でもちなみにその流れで肉食系女子にお持ち帰りされそうになったのだけは、今になって思うと怖かった。アレスたちに助けてもらったけど。

 

 

 

さて、その乱痴気騒ぎも昨日のこと。

現在、特別休暇をもらって部屋でゆっくりしている僕なわけだが……そういや、前に日記書いた時に、続きを書くとしたら無事終わった後、って言ったんだっけね。

 

じゃ、その予告通り……総集編みたいな感じでさっくりと書き綴りましょうかね。

 

 

 

捜索に出て、友軍の潜伏が予想される各ポイントを回ったまではよかったけど……その後の撤退プランに穴があった。鉄道が急きょ動かせなくなり、帰れなくなり……救出した友軍もろとも、敵地奥深くに取り残されてしまった。

 

しかも、その救出した友軍は、僕ら候補生と大差ない、戦場未経験に等しい訓練兵からなる部隊で……初めての戦場にビビりきっていてまともに話すことすら困難な始末。

……そのおかげでこっちは冷静になれたから、逆にありがたかったけど。周りにテンパった人がいると、他は冷静になれるって本当なんだな。

 

おまけに、付近には大規模なノルド王国軍部隊がうようよいて、動けないと来たもんだ。

 

あの時はさすがに『これ死んだかも』と思ったね。

 

けど、使えなくなったのは、帝国軍が使っていた鉄道だけ。民間や、敵軍……ノルド王国軍が使っていた鉄道は生きていた。

 

なのでそれを使い、服を変えて、戦線から逃れるように避難する人民に混じって北上し、ひとまず敵軍の包囲網をすり抜け……しかしその途中、同じ隊所属で、情報収集が得意なマリーが持ってきた情報が、僕の目に留まった。

 

その情報から僕は、ソグネフィヨルドの軍港で大規模な艦隊の出撃が行われること、その直後に同軍港が一時的に兵員が極端に少なくなり、『穴』が開く状態になることに気づいた僕は……皆に相談した上で了承をもらい、一か八か、賭けに出ることにした。

 

その軍港においては、あまりにも大規模かつ急な作戦ゆえに、民間の作業員も出入りしていた。それを利用し、僕ら小隊と救出した小隊、合計50名あまりがそれに紛れ込んで潜入した。

 

戦況が自分たち有利になったことがよほどうれしかったのか、ザルにもほどがあるチェックだったな……ありがたかったけど。

 

ともあれ、そうして軍港基地内部に潜入した僕らは、一部を除いて、一定期間を本当に真面目な民間の雑用として過ごし……艦隊の出撃の直前に行動開始。

 

軍艦と空母に忍び込んで、飲料水のタンクに遅効性の毒を入れ……さらに、出撃後の前祝のパーティーでふるまわれた料理にも、同じように毒を。

 

これによって、あっけなく壊滅した基地を制圧し……その基地の設備を掌握。

暗号無線で帝国軍に状況を伝え、対応した軍事行動をとってもらった。

 

戦線を再度押し上げるとともに、こっちで入手した情報をもとに各地の伏兵を奇襲し撃滅。すぐに出せる部隊を、敵が利用していた鉄道で送り込んでもらい、ここに兵員を補充。

 

さらに、毒でボロボロになっているであろう敵艦隊を壊滅させ、その足でこの軍港に来てもらう。どうにか逃げ帰ってきた敵艦隊については、この基地の砲台設備を使ってとどめをさし、海の藻屑と消えてもらった。

 

複雑に入り組んだフィヨルドに多数設置された砲台。その防御力たるや、海に対する守りは完璧といっていいレベルだと聞いていたけど、まさにその通りだったな。帝国の艦隊でも、ここを突破しての揚陸は不可能だっただろう……今回は、逆に利用してノルドの艦隊を沈めたわけだが。

 

これにより、北部と南部を、さらにそこに伸びる鉄道をも抑えた帝国軍は、一気に攻勢に出た……というところで、僕らは任務終了。帝都に凱旋と相成ったわけだ。

 

――この作戦、というより、思い付きかつ行き当たりばったりの戦術だけど……生前好きだったアニメでやってたことをそのままやっただけだったりする。上層部からはえらく評価されてしまったが、僕としてはあのアニメ、というか原作小説の原作者に心からの感謝を送りたい。

 

あれの部隊も、冬目前のノルウェーっぽい国のフィヨルドだったしな……陸路での潜入じゃなくて空挺降下だったし、毒殺じゃなく砲撃での制圧だったけども。

 

そして、この作戦を指揮した僕、アレス、マリー、二コラの4人は、その存在と能力を軍全体に広く知られることとなり……平たく言って、エリートコースへの招待を確約された。

 

このまま飛び級して、来年春には卒業、少尉任官。そして一定期間の軍務経験を積んだ後、軍大学に入学……ってところまでお膳立てされてしまったようだ。

やれやれ……こりゃ、当分……それこそ、年単位で忙しい日々が続くかもしれないな。

 

ただ、僕らは参謀将校として将来を期待されているようなので、前線に送られる危険は減ったかもしれないから……まあ、よしとしよう。

 

そもそも、ノルド王国相手の戦いも、冬を待たずして終わりそうだし。

今後、平和な時代が続いてくれればいいのにな………………あ、やべ、今のフラグか?

 

 

……ちなみに、ごくごく短期間にして重要な軍拠点であるソグネフィヨルド軍港を陥落させ、さらにそれが対ノルド王国の決定打となったことから、僕に二つ名がついたらしい。いや、アレ明らかに敵がバカだったのが理由の半分以上なんだけど……

 

帝国では、『神童』あらため……『黒翼の魔人』。

敵国からは……『ソグンの悪魔』だとさ。

 

『黒翼』は、入港してきた空母の指揮官が、出迎えの際、風ではためいている僕のボロボロのトレンチコートが、蝙蝠か悪魔の翼みたいに見えたと言ったことから。

敵国のは……わけもわからないうちに軍港を1つ落として見せた怪物として、だそうだ。

 

全く……物騒な。

 

 

 

1939年9月1日

 

……また、戦争が始まった。

こんどは、数年まえのノルドの一件と違って……帝国から吹っかけた戦が。

 

この数年で、僕は身長も急激に伸び……アレスにもうちょっとで追いつくまでになった。ショタと呼ばれていた頃の僕はもういない……いや、年齢的にはまだ14歳、中学生だけど。

それでも、身長170㎝近くもあれば、十分大人の男性として見てもらえる……と思う。

 

しかし、帝国はそれ以上に変わったな……悪い方向に。

 

……どうやら帝国は、ここ数年で急激に調子に乗ってきたようだってのは、前々からちょっとずつ感じてはいたけど……本格的に『覇道』でも歩むつもりなんだろうかね、皇帝は。

 

イマドキ流行らんだろうに、そんなもん……平和が一番だよ。

ふっかけられたリヴォニアは迷惑だろうな……何か申し訳ない。帝国軍人として。

 

……ま、それは別にいい。

よくはないけど……なるようにしかならない以上、僕らが何か言っても仕方ない。

 

それよりも、だ。

僕らは僕らで、やるべきことをやらなきゃ。

 

……もし仮に、日記形式の小説みたいに、この日記が誰かに読まれていたとして……途中なかをすっ飛ばしてここを読みでもしたら……何言ってるかわかんないだろうな。

 

まあ、単純に言えば……軍大学で再会した、かつての戦友4人が、あることがきっかけでそれぞれに抱えていた秘密をさらけ出して、その結果ますます強い絆で結ばれ……そして現在、ある共通の目的に向かって突き進んでいる……って感じか。

 

……途方もない上に突拍子もない目的だけど、絶対に逃げたくない、達成したい目的でもある。

場合によっては……帝国を出ることにすらなりかねない。

 

けど、別に構わない。

 

軍人としての楽な生活はできなくなるけど……軍人って時点で、いつ何があるかわからない身の上だ、どこでも生きていくくらいできる。それだけのノウハウは手に入れた。

 

……むしろ、どっちかって言えば、この国、出たい。

出たいけど……目的のためにはこの国にいた方がいい、っていう矛盾。まあいい、割り切る。

 

僕ら4人の中に……この国が祖国の奴も、この国に思い入れがある奴も……もう1人もいない。

 

というか、しいて言うなら……僕ら4人、まともなのが1人もいない。

 

まさか、あそこまで異常人がそろってるとは思わなかった。最早運命的だ。

 

 

 

まさか……僕を含めた全員が、『魔女』の関係者だとは(日記はここで途切れている)

 

 

☆☆☆

 

 

「あら、まーた日記書いてるのかしら? ホントに好きよね、テオってば」

 

「まあね……書いてると状況整理にもなるし、落ち着くから。それよりアレス……って何だ、3人とも一緒に来たの?」

 

「いえ、偶然そこで一緒になりましてな? どうやら、そろってギリギリまで他の事をしていたようで……しかしテオは相変わらず、日常生活まで15分前行動徹底のようで」

 

「お待たせして申し訳ありません、テオ様」

 

「いいよ別に、マリーもニコラも忙しいもんね。じゃ……食事にしようか。臨時収入が手に入ったもんでね、おごらせてもらうよ」

 

「おや、景気のよいことで。では、お言葉に甘えましょうか」

 

「そ、そんな、テオ様……おごりなどと、私は自分の分は自分で……」

 

「こぉらニコラちゃん、こういう時は男を立てるのもいい女の条件よ?」

 

そんな4人は、これから大きく広がりゆく戦果の種火がともったその日も……つかの間の平和を噛みしめるかのように、楽しげな晩餐のひと時を過ごしたのだった。

 

 

中心は、帝国軍大尉、テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴン。

 

それを囲むは……彼の親友、あるいは取り巻き、または腹心として知られる3人。

 

帝国軍大尉、アレス・クローズ、

同じく中尉、二コラ・ファイエット、

同じく中尉、マリー・ロレンス、

 

いずれも……その名に偽り、あり。

 

彼らが、その仲間たち以外に、本当の名を名乗る日が来るのかどうか……まだ、誰も知らない。

そして彼らが……いかにして、これから欧州全体に広がる……のちに『魔女戦役』とまで言われるようになる、世界史上例を見ない大戦に、放り込まれることになるということも……。

 

 

 

 

 

 



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Stage.4 公女と魔女

 

 

時は……1940年、4月。

アルプスの雪も解け始めたころ……そのふもとに広がる小国にて、世界の運命を変える、1つの出会いがあった。

 

1939年に、ゲルマニア帝国が隣国リヴォニアに攻め込んだことに端を発する、欧州全体を巻き込んだ大戦。周辺各国が次々とその牙にかけられていく中……戦火はついに、その隣国であり、アルプスの小国『エイルシュタット公国』にまで広がっていた。

 

戦争を行ったこともほとんどなく、軍事力も脆弱。量・質ともに大きく劣る。

自国の力ではとても帝国に勝てないとわかっている公国は……必然的に、他国の力を借りるより他にない。そのための特使として、公女オルトフィーネ・フリーレリカ・フォン・エイルシュタットは、中立国リヴォニアにて、海の向こうの大国ブリタニアとの極秘会談を行っていた。

 

自らを政略結婚の道具にすることもいとわない覚悟のもとの会談だったが、その最中に突入してきたゲルマニアの兵士により、彼女は捕らわれの身となってしまう。

 

ゲルマニア本国に護送されゆく輸送機の中、彼女はあくまでも気丈にふるまっていたが……敵の手中に落ちたその心中は、不安と恐怖でいっぱいだったのは言うまでもない。

 

「まだ無駄な抵抗を続けているようだ……まあ、もう陥落は時間の問題ですがね」

 

「どうかな……わが国民は粘り強い、簡単には諦めんぞ?」

 

「ですが……敬愛する自国の姫が死んでしまう、などということになれば考えるのでは?」

 

「……私を、脅迫の材料にするつもりか……!」

 

 

(……あれ、この、声……)

 

 

「私の命は、民の……彼らの愛にゆえにある。だからこそ私も、最後の瞬間まで戦い抜いて見せよう。この身に流れる血の最後の一滴が尽きるまで……我が一族の誇りにかけて。我が名はフィーネ……オルトフィーネ・フリーレリカ・フォン・エイルシュタットである!」

 

 

「姫……様……!」

 

 

その時、不思議なことが起こった。

 

突如として周囲にあふれかえる、光の粒子。

 

その光と共に開く、大きなカプセル。

中から現れた、赤い髪に白い服の、一人の少女。

 

(……これは……夢か……? イゼッタ……私の、白い、魔女……?)

 

「姫様……姫様ぁ!」

 

 

この数秒後、輸送機は突如として爆散し……そこに乗っていた人間は、高高度で放り出され、一人残らず行方不明となった…………少なくとも、その後数日は。

 

 

エイルシュタット公国公女、オルトフィーネ・フリーレリカ・フォン・エイルシュタット。

 

魔女の末裔……イゼッタ。

 

2人の再会が……この世界を大きく動かすこととなり、

 

……同時に、『黒』の名を持つ、とある少年が動き出すきっかけとなることを……まだ、誰も知らない。

 

 

☆☆☆

 

 

1940年4月11日

 

本日未明、久々に帝都の『実家』でゆっくり寝ていたところに……寝耳に水極まりない情報が飛び込んできた。

 

曰く……エイルシュタットに、『魔女』が出た、と。

 

まだ暗いうちからやかましく鳴り響いた電話機(盗聴防止回線)の向こうから、早口でマリーが告げてきたその報告に……一気に眠気が消し飛んだのをよく覚えている。

 

普通に考えれば、『何を言ってんだ』って切って捨てるような情報だろう。エイプリルフールにはちと遅いし。

 

いや、情報というか……それ以前だな。そんなファンタジー的な言語、軍内部で使う報告に入れでもしたら、それが単なるジョークでも『遊ぶな』と怒られるだろう。報告書や、正式な戦況報告なんかに入れた日にゃ……怒られるだけじゃすまないだろうな。

 

現に、その報告を持ち帰った、エイルシュタット侵攻軍の総司令官……グロスコップ中将は、今日さっそく皇帝陛下の前に呼び出されて査問待ったなしだったらしいし。

 

勝てるはずの戦いに負けたばかりか、わけのわからない言い訳をして責任逃れをしようとは何事か、という感じで。見せしめもかねて盛大にこき下ろされるだろうと予想されていた。

 

グロスコップ中将は、傲慢なところはあるが、ゲールそのものへの忠誠心も厚く有能だっただけに、今回のコレに落胆する人は軍部にも多かった。こんな人だったのか、と。

 

しかし驚いたことに……皇帝はその報告を受けても、中将を強く責めなかったばかりか、処分を軽減までした上……なんと、魔女の存在を認めるような発言までしたらしい。

その場にいなかったんで、伝聞だけど……宮中・軍部はそのうわさで持ち切りだ。

 

あ、ちなみに中将は、処分自体はされたそうだ。降格&領地はく奪の上、新設される収容所の所長にされたとか。まあどうでもいいけど。

 

……ここまで聞けば……普通に考えて『わけがわからないよ』の連続だろう。

魔女が出ただの、皇帝がそれを咎めたり否定したりしなかっただの、その魔女の力で帝国軍が負けただの……いつからこの世界はファンタジーになったんだ、って話である。

 

……普通なら、ね。

 

ただ、僕らみたいに……『魔女』というものの存在を知っている者からすると、違ってくる。

 

エイルシュタットに魔女が出たという胡散臭い報告は……『エイルシュタットにも魔女の生き残りがいた』という情報になり、

 

その力で帝国軍が敗走させられたというとんでもない報告は、その魔女が軍を退けるほどに、魔女の『力』を扱う能力にたけていて、なおかつエイルシュタットに味方していることを示し、

 

皇帝の各言動については……皇帝もまた、魔女の存在を知っていた、あるいは情報として聞いて疑っていた……ということを表す。

 

……ちと、詳しく調べる必要があるな。

アレスとニコラにも動いてもらおう。幸い、軍部はこの噂で持ち切りだから、普通に調べようとしても怪しまれることはあるまい……色々、普通じゃないルートも使うけど。

 

……エイルシュタットの『魔女』……か。噂では、戦車や戦闘機まで動員した大軍団を壊滅させたとか……。

 

 

 

マリーと……うちの『魔女』と、どっちが強いかな?

 

 

 

1940年4月14日

 

思いのほか生存者が多かったもんで、情報は割とすぐにそろった。

箇条書きでまとめてみよう。

 

・対戦車ライフルにまたがって空を飛んでいた。

・剣やランスを何十本も空中に浮かばせて、飛ばして攻撃してきた。

・剣を組み合わせて盾を作り、砲撃を防御した。

・戦車や戦闘機は、次々にランスで貫かれて破壊された。

・戦闘機より速く、高く飛んだ。

・赤い髪に青い……おそらくは公国の軍服。まだ幼さの残る少女だった。

・スタイルがよかった。

 

……眉唾がさらに加速しそうな情報の数々。

あと最後の情報くれた奴、意外と余裕あるなおい?

 

魔法って感じはあんまりしないかも。炎も雷も出さないし、バリアも使わないと……いや、コレはこれで偏ってる印象というか、偏見というか、アニメ脳なのはわかってるけど。

なんか、超能力っぽい印象を受ける。テレキネシスとかの。

 

いやまあ、僕としても魔法ってのはそういうもんだとわかってるけどね。どうしてもね。

 

ともあれ……僕が知ってる『魔女の力』の特徴と一致するな。コレはどうやら、本当に魔女らしい……エイルシュタット公国に、どういうわけだか味方する『魔女』が現れたか。

 

……今後どうすんのかね? すでに口止めとか隠蔽不可能なレベルで噂が広まってるけど。

 

まさか、大っぴらに魔女を戦力として公開して戦っていくなんてことは……いや、案外ありうるか? 彼女が確実に協力してくれる立場なのなら……それも。

この科学と鉄の時代に、ファンタジーを全面に押し出すのは一種の賭けだろうけど……実際に大勝利をおさめ、これからもそれを発揮できるとすれば……。

 

……そういえば、あの国、つい先日大公が亡くなって、オルトフィーネ公女殿下が、数日後に行われる式典で新大公に即位する、って話だったな……発表の場としては、ありうるか。

 

……ニコラに頼もう。彼女確か、旧テルミドールの出版社に伝手があったはずだ。

 

 

☆☆☆

 

それから数日後。

 

エイルシュタットの歴史ある古城において、新大公、オルトフィーネ・フリーレリカ・フォン・エイルシュタットの即位式が行われた。

 

その式典において……同時に、1人の少女の存在が、世界に向けて喧伝された。

エイルシュタットに伝わる『白き魔女(ヴァイス・エクセ)』――かつて、大国の侵略からかの国を守るために戦ったという、おとぎ話の存在の……しかし、実在した、その末裔。

 

イゼッタという名の、本物の『魔女』の存在である。

 

光に包まれ、対戦車ライフルに乗って空を飛び、宝剣を自由自在に動かして岩を切り裂き、果てはフィーネ大公を抱えて空に舞い上がる……誰もが、その光景に息をのんだ。

 

その場において、魔女の力が本物だと示されたと共に……オルトフィーネ大公との間に、確かな信頼が、主従の関係があることが見て取れたからだ。

かの魔女は、エイルシュタットに味方しているのだ、と。

 

イゼッタに抱えられ、微笑みかけられながら……フィーネは、声には出さず、その心に誓っていた。

 

彼女は、自分の……この国のために戦うと言ってくれた。

レイラインという、自らの弱点を迷うことなく明かし、その上で、その力を……今や一人しか生き残りのいない『魔女の力』を……この、自分のために使ってくれると。

 

ならば自分も、大公として、そして彼女の友として、全力をもって応えよう。

 

彼女が自分に望んだ、『私の希望になってくれますか』という願いのため。

この、兵士たちが、人々が死に場所を選ぶことすらできない時代を終わらせ……『皆が明日を選べる世界』を作るために、この命あるかぎり力を尽くそう、と。

 

 

 

……その様子を、記者の一団に混じってみている者がいた。

 

(……どうです、マリーさん?)

 

(本物、だな……あの娘、確かに魔力を操っておる。しかも、相当な錬度と出力だ……エイルシュタットの魔女・イゼッタ……とんでもないのが今まで隠れていたものだ。仮に戦いになれば……正面からでは、私ではまず勝てんだろうな)

 

(そこまでですか……でも、まさかこんな風に堂々と世界に向けて発信するなんて……思い切ったことをしますね、今度の大公殿下は)

 

(これまでの保守的な連中とはちと違うようだな……此度の戦、一筋縄ではいかんぞ、確実にな)

 

会場に潜入し、演技としてその光景に見入っているふりをしている2人が、小声で話していた声は……場の喧騒と歓声にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

 



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Stage.5 偽りのエリートコース

 

1940年4月27日

 

『魔女』の誕生、各国への喧伝から数日あまり。

帝国は軍の再編成を終え、エイルシュタットへの再侵攻を決定。すぐさま前線で待機中の軍に対して命令が飛ばされ、進軍が始まった。

 

……まあ、厳しーだろうけど。相手に、あれだけの力を持つ『魔女』がいるって時点でさ。

 

マリーとニコラが持ち帰った情報というか映像は見せてもらった。

 

トリックを使った痕跡はなし。何よりも、自らも本物の『魔女』であるマリーがそう断言している以上……このイゼッタという娘は、本物の魔女なんだろう。

 

同時に聞いた話では、戦闘にこの力を使った場合……こないだうわさで聞いた内容のそれより、準備によってはさらにすさまじい戦果を出せるであろうことが示唆されている。

 

……無理だろうなー……それこそ、レイラインのない土地で戦いでもしなけりゃ。

それだって、こんだけ大々的に魔女の存在を喧伝した以上、対策くらいはしてるだろうし……。

 

無駄足とわかって突っ込まされる、最前線の将兵たちには申し訳ないけど……しばらくの間、僕らは高みの見物をさせてもらおう。先発隊がぼろ負けして、僕らに出番が回ってくる日まで。

 

……しばらくは間があるだろうが、確実にそうなるだろう。いつかは。

 

なぜなら、今日、僕に辞令が出たからだ。

エイルシュタット侵攻軍の後詰めとして、南方への展開に参加せよと。

 

今まで僕は、アレス、マリー、二コラを部下に据えて……テルミドール共和国の戦線に参加していた。開戦後間もない時期からずっと、参謀将校として。

 

そもそも国力に差があったし、電撃戦でサッと片が付いたので、特に何もやることなかったんだけど……これでもそこそこ帝国軍では有名人なので、士気高揚の目的もあったそうだ。

 

加えて、戦力を国外に逃がそうと考える共和国の軍に対し……それをあらかじめ読んで、浸透させておいた部隊を使って軍港を抑えてそれを抑止したので、物資も兵力もろくに国外に持ち出せなかった共和国は、ほぼ全てを外国に頼って亡命政権を立てている状態だ。

 

首都の無防備都市宣言をして、そっちに目を向けさせている隙に、反撃のための戦力を国外に逃がして再起を図る……という、共和国軍の目論見は、キレイに潰させていただいた。

 

……またアニメ知識が役に立った。

某『自由共和国』みたく、国外に戦力を逃がされて徹底抗戦とかされたんじゃ、泥沼になるからな……ほぼ再起の希望が途絶えた代わりに、被害は最小限になったので勘弁してね。

 

後顧の憂いを断って、共和国首都の占領記念パレードに参加し……通りの両脇から、共和国民の恨みや憎しみ、不安、悲しみに満ちた視線を浴びながら行進した。参謀として従軍した上に、きちんと戦略提言してとどめさしておいてなんだけど……居心地悪かった……。

 

マジでゲールいつか出たい、と思ってたところに、今回の辞令である。

ホントにもう……人を休ませるということをしてくれない国だ。

 

ちなみに……余談ではあるが、その辞令を持ってきてくれた人の名は……レルゲン中佐という。

 

初めて会ったのは、軍大学を卒業した直後で……僕の直属の上司ってことでだったんだけど、いやマジでびっくりしたもんだ。めっちゃ知ってる名前だったから……。

 

すわ、『この世界、幼○戦記か!?』と思ったものの……魔法なんて存在しない(あるけど)世界だとすぐに思い直し、ただの平行世界の同一人物だと納得した。ス○ロボで慣れてる。

ついでに調べてみたが、帝国軍には幼女の参謀将校もいなかったし。

 

……もしかして僕も、デグさんみたく警戒されてたり……します?

 

まあ、それはさておき……この『イゼッタ』なる魔女と、僕が戦場で戦うことになるのも時間の問題、というわけだが……あー、鬱だわ。マジもんの魔女相手に戦略で立ち回らなきゃいけないとか……チート相手に通常装備で挑むのがどんだけ難しいって話だよ。

 

せめてもの慰めというか、物量や兵器の質はこっちが圧倒的なので、それうまく使うしかない……か。

 

……それにしても、だ。

 

この魔女の『イゼッタ』って娘(映像は白黒だけど、話通りなら、赤い髪)…………

 

 

 

……何か、どっかで見覚えあるような気が…………?

 

 

 

……というか、待て。『イゼッタ』?

 

……戦争中……ヨーロッパ……イゼッタ……

赤い髪の、何かにまたがって飛ぶ『魔女』もとい『魔法少女』…………あっ!

 

 

 

……ひょっとしてこの世界……『終末のイゼッタ』か?

 

 

 

1940年5月9日

 

ゴールデンウィーク? そんなものなかったよ。

帝国軍が前線で負け続けな時に、後詰めの参謀将校に暇などあろうもんか。

 

……うん、エイルシュタット攻めてるうちの軍、負け続け。

 

イゼッタちゃん……強すぎ。

そしてエイルシュタットの皆さん、報道に気合い入れすぎ。

 

ファ○ネルみたいに馬上槍飛ばして、戦車とか貫いて爆散させるわ……戦闘機撃ち落とすわ……改造した対戦車ライフルでうちの軍まとめて吹き飛ばすわ……。

しかもそれを、戦場に招待した報道陣の方々に撮影・取材させて宣伝しまくるしまくる。

 

速い上に小回りが利くもんだから戦闘機で太刀打ちできないし、戦車とかテレキネシス能力利用して投げ飛ばして投擲武器にしてくるんだからもー……怖えーよ。

 

というか、対戦車ライフル……威力強くね?

いや、乗ってる途中でハンドルで射撃したり、ペダルで薬莢排出できたり、座りやすいようにサドルついてたり、明らかに改造されてるんだけどさ……それ以上に、明らかに本来のカタログスペック超えた威力っていうか、最早レールガンっていうか……

 

一発放つだけで一小隊、約30人まとめて吹っ飛ばされたって話だし……明らかにおかしい。

魔力で強化でもしてるのか? マリーはそんなことが可能だなんて一言も……いや、エイルシュタットの魔女には可能なのかもしれない。

 

しかしそれにしちゃ、爆弾とかを飛ばして攻撃する際の威力はその爆弾通りだし……うーん?

 

マリーの話では、魔女の力はまだまだ未知の部分が多いらしいし……それを研究するのも、僕らの目的に必要なこととして僕らが行っていることだ。

 

……もしかしたら、その辺僕、知れてたかもしれないんだけどな……ああ、惜しい。

 

こないだ、今更ながらに思い出した……僕、この世界知ってるわ。

というか、やっぱりコレ、アニメの世界っぽい……『終末のイゼッタ』っていうタイトルの。

 

第二次世界大戦っぽい世界を、イゼッタっていう名前の魔法少女が戦い抜いていく……っていう感じのストーリーだったはずだ。確か。

 

 

……それしか知らないけど。

 

うん……見てないんだ僕。それ。

 

 

CMでそういうのがあるって知ってただけで……中身までは知らない。全何話なのかも、イゼッタっていう娘以外の登場人物も、細かい舞台設定も能力設定も知らない。

 

あー! ちょうどその頃ネットTVで見てた『幼女○記』か『メイ○ラゴン』か駄女神か駄天使だったら、全話3回ずつ以上はオンデマンドで見てたから、はっきり覚えてるのに!

特に『幼○戦記』と『メイド○ゴン』は超見てたから、セリフまで覚えてる自信あったのに!

 

CMだけ見て『一挙放送? でも時間ないしな……』ってスルーしちゃったよ畜生!

勝手に想像して、『リ○カル』とか『まど○ギ』みたいに、魔法の力を持った少女たちが戦場で全力全壊バトルファンタジーやんだろうな、とか思ってたよ! 能力バトルものだと!(実話)

全然違うじゃん、魔法チート無双じゃん畜生!

 

……過ぎたことを悔やんでも仕方ない。

今この世界で、僕にできることをやっていくしかないだろう……。

 

幸い、こっちにも全く情報がないわけじゃない。

こちらにはこちらで、本物の魔女であるマリーがいる。どうやらできることやその規模は、イゼッタちゃんとはかなり違うようではあるけども……基本的なところは同じだろうから、武器にはなるだろう。レイラインの情報とか。

 

後は……彼女の話や、彼女の家に伝えられてきた情報をもとにして、ひそかにニコラに頼んで作ってもらってる……各種アイテムとか、ね。

 

しかしそれを、帝国に報告とかするつもりはないけども。

……そこまでの義理はないし。僕らの個人的な私物だからね。

別に国に忠誠を誓ってないからね、僕ら。軍人だけど、その立場を利用してる感じだから。

 

まあ……ゲルマニアに大敗されたり、無くなられるのもこまるから、一応頑張るけども。

 

 

 

ともかく、だ。このままいくと……僕らの出番もおそらく近い。

 

すでに、現総司令官のルートヴィヒ中将も負けが込んでいる。更迭されるのも時間の問題、とまでささやかれているし……後詰めの僕らが駆り出されるのも、そう遠い未来じゃあるまい。

 

そうなったら……というか、そのための今回の『少佐』への昇進なわけだからな……。

やれやれ、エリートコースに乗ったはずが全然うれしくない。過酷な戦場への片道切符を渡されたに等しいわけだからな……。

 

……まあ僕らの方も、表向き、参謀本部の期待を背負ってエリートコースを歩みつつ、裏ではその立場を利用していろいろ『偽って』るわけだから、ギブアンドテイク、と考えるか……。

 

で、だ。

いざそうなった時に……これだけの戦果をたたき出せる魔女を相手にするとなると……色々、準備がいるな。けど……対抗手段がないわけじゃない。

 

……こっちとしても目的があるし、死ぬのもごめんだ。

悪いが……抗わせてもらうぞ、白き魔女。

 

 

 

 



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Stage.6 崩落の峠

 

 

1940年5月18日 イゼッタ視点

 

私は、イゼッタ。

『魔女の力』を受け継ぐ一族の……最後の末裔。

 

そして今は……姫様こと、オルトフィーネ大公殿下の元でその力を振るっている。

 

姫様の国、『エイルシュタット公国』が、隣国『ゲルマニア帝国』によって侵略される危機に瀕している今、それを救うために私は、姫様に力を……全てをささげると決めたから。

 

……そう、あの時の……姫様が身を挺して私を助けてくれた、あの時のお返しのために。

 

そして、姫様が作ってくれる、『皆が明日を選べる世界』のために。

戦争で、死に場所すら選ばせてやれない……って嘆く姫様。そんな優しい姫様なら、いつかきっと、成し遂げてくれる。そのためになら、私は何だってしてみせる。

 

姫様の即位式でお披露目を終えた後、私は帝国軍と何度も戦い……そして、打ち破ってきた。

 

「見ろイゼッタ……どの新聞もお前のことを一面に押し出しているぞ! やはり、帝国軍を打ち破る魔女の存在……作り話でも痛快だが、現実となれば拍手喝采というわけだな!」

 

そう言って私を抱き……は、はわわっ、ひ、姫様ちょっ、そんないきなり!

 

し、失礼しました……取り乱しました。

 

ともかく……そう、嬉しそうに言ってくれて、抱きしめまでしてくれたのが……フィーネこと、姫様。私がお仕えしている、このエイルシュタットの大公殿下です。

 

姫様は最初、『この国の問題に巻き込むわけにはいかん!』って、私の参戦を拒んでいたけど……その、えっと……私、無断で出撃しちゃって……。

 

その戦いで大勝利した後は、正式に姫様に協力することになりました。

そして、姫様の即位と同時にお披露目して……姫様の部下である、ジークさんやエルヴィラさんのぷ、ぷろ……ぷろでゅー、す? のもと、内外に私の存在を喧伝してる感じです。

 

今日は、今後のことを話し合う会議なんだけど……な、何度出席しても慣れないなあ……私やっぱり場違いな気がする……。ここにいるの、偉い人ばっかりだし……。

決めてくれたことを私がやる、って感じで全然いいのに……。

 

ま、まあでも……こうして姫様はうれしそうにしてくれてるし、この国も帝国から守れているし……首相さんも、将軍さんもみんな笑顔だし……いいか。

 

「しかし、この地図を見る限り……やはり、思ったよりも広いですな。魔法が使えない範囲が」

 

うっ、そ、そうだった……それが一番の問題だったんだ……忘れてた……。

 

将軍さんに言われた通り、私は……『魔女』は、いつでもどこでも魔法が使えるわけじゃない。

大地の下を通る、魔力の大きな流れ……『レイライン』と呼ばれる範囲の上でないと、魔力が使えない。それに、そのレイラインの大きさ次第で、使える力が強かったり、弱かったりする。

 

例えば、私が最初に戦った『ケネンベルク』っていう場所では、すごく大きなレイラインが通ってたから、大きな力をいくらでも使えたけど……ここ『ランツブルック』には、レイラインが全然通っていない。だから、私はここでは……ただの非力な女の子と同じなのだ。

 

その『レイラインの地図』を、この国の山奥にあった『魔女の城』で見つけることができたけど……それでも、根本的な解決にはなってない。

場所がわかっても、いざそこで戦うことになれば……私は役立たずなんだから。

 

そのことを謝ったら、将軍さんに慌てて『い、いやいや、責めているのではない!』って謝り返されちゃったけど……ホントに、私も……いつでも同じように力が使えたら、もっと姫様の役に立てるし……ゲールがどこからどう攻めてきても、戦えるのに、って思う。

 

……そして、その直後だった。

まさに、狙いすましたように……帝国軍が侵攻を始めた、っていう報告が入ったのは。

 

しかも、その場所は……『ベアル峠』。

よりによって……レイラインが全く通っていない場所。

 

すぐさま、補佐官のジークさんが『手は考えてあります』って言ってくれた。

私の弱点を隠し、なおかつ帝国軍を追い返すための戦略は、すでにあるって。

 

頼りになるなあ……魔法が使えるだけの私なんかより、よっぽどすごいと思う。

こんな時でも、まったく動じてなくて……平常心なんだもん。頭もいいし……すごい。

 

……今回は、私、役立たずだな……やっぱり、悔しいな。

 

でも、そんなこと思ってても仕方ない……私は私のできることをして、少しでも、姫様たちのお役に立たないと……。

 

そうすれば、きっと上手くいく……

姫様の、この国の……いや、世界の未来のために……この戦い、負けるわけには、行かないんだ!

 

 

 

そして、その数日後。作戦決行の当日。

 

私は……本当は、私に似た体格の人を選んで、替え玉で作戦を実行しようとしていたところ、無理を言って代わってもらった。本当に私が、戦いに出るために。

 

ビアンカさんをはじめとした、近衛の皆さんは……危険だからって心配して止めてくれたけど、私、できることは全部やりたいから。

 

私が出れば、ええと……魔法は使えないけど、私に変装するはずだった近衛の人も作戦に参加できて、より効果的……だと思うし。あと、カメラで撮影とかされるかもしれないし。

だったら、撮られても大丈夫なように、ちゃんと私が出た方がいい。

 

作戦の内容は……ただのトリックというか、インチキだ。

 

簡単に言えば、近衛の人たちが色々やるのを、私が魔法を使って引き起こしているように見せかける、というもの。

 

例えば、私と同じ服を着せた人形を対戦車ライフルに乗せて、ヘリコプターで引っ張って飛んでるように見せるとか。

 

敵が銃を撃とうとしたら……近衛の人たちが隠れて狙撃して、それを妨害するとか。

 

そして、ベアル峠には古い鉱山があって、鉱道があちこちに通っているそうなので……それを利用して、敵が布陣した場所を地下から爆破、山崩れを起こして……それを私が魔法でやったようにみせかける、とか。

 

その時に使う呪文、姫様が考えてくれたんだけど……な、なんかちょっとややこしくて……しかも、姫様の趣味?入ってるような気がして……長いし……。

 

ええと……大地の精霊……あ、あれ、土の精霊……だっけ?

 

……正直、覚えるの大変で……替え玉断ったの、ちょっと後悔したり……

 

と、ともかく! 色々大変だったりしたけど……どうにか、作戦はうまくいった。

近衛の人たち、すごく狙撃上手で……帝国兵の射撃をきちんと妨害してくれて……山を崩すのもうまくいって、帝国軍を一網打尽にできた。

 

実際にそれ、見てて……私がホントにコレできたら、逆に怖いな、とも思ったけど……。

 

全滅させられたわけじゃないけど、これだけの被害を出せば、勝ったと同じだって……ビアンカさんやジークさんが言ってた。えっと、たしか……何割敵を減らせば、それで勝利したことになる、って……うぅ、やっぱり私頭悪い……思い出せない……。

 

「作戦成功です、イゼッタ様、お戻りください」

 

「あ、はい、ありがとうございます、わかりました。えっと……あとはお任せして?」

 

「ええ……この後、同盟国から来た義勇軍部隊が横撃をかける予定です。全滅させられる見込みも十分ありますよ」

 

と、呼びに来てくれた近衛さんが言ってくれた。

これで今回は解決した、って言っていいんだよね。

 

帝国兵はもうほとんど残ってないみたいだし、山が崩れてまともな行軍なんてできない。これで撤退するだろうし……援軍も来るんだって!

 

って言ってるそばから……あれかな? 見える。

逃げていく帝国軍に突撃していって……もうすぐ追いつくかな、あれなら。

 

さすがはジークさん、こんなところまで考えて準備してくれてたんだ。

 

よかったー……緊張したけど、これで今回も勝………………あれっ?

 

「あの……近衛さ、じゃなくて……ルイーゼさん、でしたっけ?」

 

「はい? どうしました?」

 

「その……あそこにいるアレも、義勇軍の人たちですか?」

 

「アレとは……っ!? て……帝国軍、の……増援!? バカな!?」

 

驚くルイーゼさんの言葉に……私も、顔から血の気が引いて、背筋が寒くなっていくのを感じた。

 

て、敵の増援……!? そ、そんな、もう作戦の仕込みは使っちゃったのに……どうしよう……!?

 

山の反対側に見える……しかも、さっきの人たちと違って、やたら大砲やら、私が使ってるのと同じような大きなライフルを多くもって布陣している人たちを見て、私は何も、できることが思いつかなかった。

 

☆☆☆

 

「こ、こんなことが……山を、崩すなんて……」

 

「これが、これも、魔女の力なのか……」

 

「し、司令部、応答を……だめだ、山のふもとにあったから、今の土砂崩れで……」

 

「銃も効かなかった……こ、これでは戦いなど……て、撤退しか……」

 

 

『――エイルシュタット方面軍、臨時前線司令部より、本戦域全体へ通告。傾注せよ。繰り返す、本戦域の全ての帝国軍、傾注せよ』

 

 

パニックになりかけた兵士たちの元に……ノイズ交じりの電子音が届く。

エイルシュタットによって行われているであろう通信波妨害を振り切って届けられたその通信はしかし、多くの将兵にとって、聞き覚えのない場所からのものであり……欺瞞情報ではないかと、疑う者も多くいた。

 

しかしそれも、次いで告げられた言葉を耳にした途端……現金にも霧散することとなる。

 

 

『こちらは帝国軍参謀本部所属、第7特務大隊隊長、テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴン少佐である。現刻をもって、エイルシュタット攻略軍新総司令官、ルーデルドルフ准将閣下の命により、本戦線の前線指揮官を継承した。援軍と連携し、速やかな撤退戦および、突出してきた敵軍伏兵の迎撃並びに包囲撃滅を指揮する。繰り返す……』

 

 

「ぺ、ペンドラゴン……今、ペンドラゴンって!」

 

「こ、『黒翼』!? あの……ノルドの、ソグンの英雄か!」

 

「すげえ! しかも、指揮系統がこれで復活する。援軍まで……た、助かるぞ!」

 

戦場の流れが……再び、変わりつつあった。

 

 

 

 



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Stage.7 ベアル攻防戦

 

 

 

 

「状況はどうなっている!? 帝国の援軍が現れたと聞いたが……」

 

「し、将軍……し、しばしお待ちを、今、確認中で……」

 

「じ、情報入りました! 敵増援……総数、大隊規模! 戦域座標23-5-34に展開中。構成は、歩兵と……ほ、砲兵を主軸! しかも、これは……」

 

「バカな、足の遅い砲兵を……しかも場所が山の中ではないか! いつの間にそんなところに……どこから現れた!? 一体どこに隠れていたというのだ!?」

 

「落ち着いてください、将軍……それで、その増援部隊の動きは? ……それと、何か言いかけなかったか?」

 

突如として現れた、帝国の援軍んと思しき部隊。

混乱の只中にある、エイルシュタット軍の司令部にて、焦るあまり声を荒げるシュナイダー将軍と、それをいさめるジークハルト・ミュラー補佐官。

 

このイレギュラーに、彼らは――動けているのは正確には補佐官1人にも見えるが――情報をまとめ、戦線の立て直しを図っていたが……

 

「は、はい……現在、当該地点にて展開し、攻撃目標は……義勇軍部隊の模様で。少数の先行部隊による射撃隊列を敷いていますが。魔女様のお力により阻止いただいております!」

 

「……まさか」

 

―――ドォン! ドォン、ドォン!

 

突如響いた爆音に、何事かとその場にいた者達が外に出ると……

 

「あ、あれは……砲兵による砲撃では!? しかもあそこは「将軍!!」」

 

焦るあまり……うっかり口を滑らせそうになったシュナイダー将軍を、すんでのところでミュラー補佐官がとどめた。

 

あのまま放っておけば、次の瞬間には、『近衛たちがいる山では!?』などと口走っていたかもしれない……近衛による、魔女の力を装った狙撃のトリックは、重要機密であるにも関わらず。

 

この、有能だが口の軽くうかつな部分がある将軍に辟易しつつも……ミュラー補佐官は、今将軍も口にしそうになっていた懸念を頭に浮かべ……しかし、すぐに否定する。

 

(……いや、あの位置ならば近衛たちに被害はない……だが……)

 

その直後、同じような砲撃が、いくつもの山々に……それも、かなり上の方に向けて放たれ、着弾するのを……その場にいた全員が見ていた。

帝国軍の意図が分からず、ほとんどの者がその顔に困惑を浮かべる中……

 

(砲兵の配置、あの射撃位置、そしてあの小隊の意味は…………やられたな。どうやら、援軍の指揮官は余程の切れ者らしい……)

 

ただ1人が、その意味を悟っていた。

 

 

 

 

――時は少し、さかのぼる。

 

 

1940年5月20日 テオ視点

 

ルートヴィヒ中将は、罷免を目前にしての最後のあがきというか……本人にしてみれば、乾坤一擲の攻勢のつもりだったようだけど、どうにかエイルシュタットを攻略すべく、ベアル峠から全軍を動員しての一斉攻撃を仕掛ける計画に出たようだった。

 

ある程度以上、帝国の内情に通じている者なら、今回のコレもただの悪あがきにしか感じないところだろうけど(実際そうだし)

 

けど、偶然ながら……対『魔女』戦略で見た場合、ホントにただの偶然だけど、妙手足りうる結果となっているようで。

 

今日、こっそり明日以降の決戦の予定場所に忍び込んで、『計測器』を使ってみた。

その結果……このベアル峠は、レイラインが通っていない……つまりは、魔法が使えない場所であるとわかった。マリーを一緒に連れてきて確認したから、間違いない。

 

となると、ここではイゼッタちゃんの力は使えないわけで。

さて、どうやってしのぐつもりなのか……って、それもすぐわかったけども。

 

見張りは立ててたけど、注意力散漫だね、落第。ニコラがすぐに調べて報告してくれた。

この山には、あちこちに昔使われていた鉱道が通っていて……そして今、そこにたっぷりと爆薬が仕掛けられていると。見たところまだ途中のようだけど、それだけわかれば十分。

 

鉱道戦術。昔からある、手間はかかるし危険も大きいけど……うまくやれば絶大な効果を見込める戦術だ。敵を足元から吹きとばす……単純だけど凶悪なそれ。

テルミドールの戦線を食い破る時にも、レルゲン中佐が使ってたな。

 

今回はこれを利用して……山でも崩すってか? そしてそれを、魔女の力に見せかけて……こっちに対して、『レイライン』という弱点を悟らせないようにする、と。

 

……すでにそのことを知っている僕からすれば、滑稽なもんだけど……まあ、効果的だろうな。

 

さて、そうなると……だ。うまくエイルシュタット陣営の作戦がハマった場合、こっちの被害は壊滅に等しいものになる、か……。山道という、行軍に決して適しているとは言えない場所である以上、展開する場所なんて簡単に予測されちゃうだろうし。

 

それはあんまりよろしくないな。

別にゲールをかばうとか守るわけじゃないが、僕らの目的のためには、少なくとも当分の間、ゲールに滅びられては困るわけだし。

 

……悪いけど、介入させてもらおう。

 

 

 

1940年5月23日

 

人形を使った飛行演出の特撮、狙撃によるゲール軍の銃撃の無効化、山を崩す魔法……という名の鉱道戦術による敵兵の掃滅。

どれも単純なれどよく考えられた作戦だし、これなら、敵味方共にごまかすのは十分だっただろう……僕ら以外は。

 

そして……とどめに、隣国テルミドール・リヴォニアから招き入れた義勇軍をけしかけて息の根を止める、か。ちと強引だけど、隣国に活躍の場を与え、恩の売り買いまでできるわけだ。

 

しかし残念……そうは問屋が卸さない。

 

まず、夜の闇に紛れて進軍させ、山の中に隠しておいた僕の直轄部隊を展開させる。

 

どこに隠してたかって? 連中も使ってた鉱道の中だよ。

 

一口に鉱道と言っても、その全部が鉱道戦術に使えるわけじゃない……つかそもそも、本物の鉱道じゃなくて、それっぽく掘ったトンネルを使うのがそれであって……まあいいや。

 

要するに、中にはそれに適さないものもあるってこと。爆破してもあまり大きな範囲を崩すことができなかったり、逆に崩しちゃいけないところまで崩れちゃったりする場合もある。

 

そもそも、山全部の鉱道に爆薬を仕掛けるなんてことはできるわけないんだから……より戦術に適したところを選ぶはず。となれば……逆に考えて、爆破しないであろう鉱道を選んで、兵隊の潜伏先にできる。ちと狭かったが、何とかなった。

 

そして、機を見計らって展開させた、ってわけだ。

 

霧が出てたのは、トリックを使ってるエイルシュタット側には運がよかっただろうけど……こっちにも好都合だった。気づかれないように少しずつ部隊を動かして、所定の位置に展開させるには、もってこいのロケーションと言える。

 

次に、さっきまでの軍同様、イゼッタちゃんを狙って小隊単位での狙撃兵を出し、撃たせる。

しかしコレは当てるつもりはない。ただの威嚇射撃みたいなもんだ……本当の狙いは、これを妨害させることにある。

 

これと同じようなのをいくつか展開して、違う地点から射撃を行わせた。そして、どの隊が狙撃・妨害されたか、どの方向から弾丸が飛んできたかで、ある程度の狙撃位置を割り出した。

銃の弾かれた方向はもちろん……僕は人より動体視力がいいので、大体わかる。

 

しかし、まだ何か所か候補があったので、その山の上部に砲撃を叩き込み、崩落が起こりかねない状況を作り出して、どこかにいたであろう狙撃手を退避させた。

 

あと、残るは……こっちに迫りくる義勇軍の連中への対処だ。

これもまあ……決まったようなもんだけども。

 

僕らが展開しているのは、事前に調査して崩落も、それに巻き込まれる危険もない場所。

それでいて、崩落後に最も進みやすいであろう道を……そこを通ってくる軍隊を、半包囲できる位置取りだ。エイルシュタット軍じゃなく、義勇軍が来たわけだけど。

 

狙撃にのみ警戒が必要だったが……これで後顧の憂いもなくなった。

 

後は……弾着観測を行いながら、ゲール軍の敗残兵を追っかけて突出してきた連中を半包囲、砲撃で叩くだけ。日本原産の戦闘民族・鬼島津(偏見)が誇る『釣り野伏』もどきである。

偽装撤退じゃなくて、あの人らホントに逃げてるだけだけどね。

 

さて……急ごしらえじゃここまでが限界だったけど……上出来だろう。兵の何割かは持って帰れたし、今後の作戦行動にも……ま、多少の遅れは出るだろうが、問題ない。

 

今回の戦、痛み分け……ってとこかな?

 

 

 

――追記――

 

……どうでもいいことだけど……作戦の最中、一か所だけ吹き出しそうになった。

 

偽魔法の演技の時、イゼッタちゃん、めっちゃ堂々と演技してて、大したもんだと思ってた。銃を実際に向けられてるわけなのに、よく恐れもせずにいられるなって。

 

いくら、味方が狙撃して妨害してくれるのがわかっていても、だ。

 

……その狙撃手もいい腕してたな、一撃で確実に……大したもんだ。

特殊部隊……いや、もしかすると大公家譜代の近衛あたりか?

 

それはいいんだけど……その直後に、ね……ちょっとね。

 

 

 

……まさか、呪文を詠唱するとは思ってなかったもの。

 

 

 

魔女の鉄槌、はまだしも……ノームて……大地の精霊て……

僕のゲーム脳にドカンと反応してしまいましたよ……。

 

いや、山崩しなんだからそりゃまあ大地の精霊様かもしれないけどさ……あの呪文考えた人、結構なセンスだな……。誰だろ。一度話してみたいもんだ。

 

 

☆☆☆

 

 

ゲール軍を追い返し、見事、祖国の防衛に成功したことにより……小国エイルシュタットには、またつかの間の平穏が戻ってきていた。

 

『魔女の力』を目の当たりにした兵士たちは、口々にそれをほめたたえ、誇り……帝国に対して『いつでも来てみろってんだ』などと強気になる者もいた。

 

……それとは対照的に、その『魔女』本人……イゼッタを含め、エイルシュタットの中枢部の者達がそろっている、王宮の会議室では……決して、明るいとは言えない空気が漂っていた。

悲壮というほどではないが、その緊張感は……まるで、戦の前のようだ。戦が、まさに終わったところだというのに。

 

「……以上が、今回の作戦の全容になります」

 

指示棒を手に、壁に貼り付けられた図面を使って、今日行われた作戦について、後付けではあるが説明を行うのは、ジークハルト・ミュラー主席補佐官。

 

それを聞いていたのは……大公・フィーネに、将軍シュナイダーや、近衛隊長のビアンカ、そして……『魔女』本人たるイゼッタである。

 

近衛による狙撃、旧ローマ時代の岩塩坑――テオは『鉱山』だと勘違いしていたが――を利用した爆発演出。そして、イゼッタ本人の希望による、彼女本人が敵兵の前に立つ演出。

 

いくらか気になること、言いたいことはありそうだったが……実際に効果のある作戦であり、事実、帝国軍を追い返すことができたため、皆、口をつぐんでいるのだ。

 

その沈黙を破ったのは……他でもない、イゼッタだった。

 

「あの……ジークさん?」

 

「……? 何かな、イゼッタ君?」

 

「その……今回の作戦って、成功なんでしょうか? その……帝国軍は確かに帰っていきましたけど、最後の方……よくわからない、援軍? が来てましたし……」

 

「それについては、私も気になっていた。撤退の指揮で手いっぱいだったが……ジーク補佐官?」

 

ビアンカからも同様に問いかけられ、その場にいる全員の興味の視線が集中する。ジーク補佐官はその問いに……傍らに置いていた何かの機材を机の上に出し、説明を再開する。

 

「今回確認された敵の援軍……正確には伏兵と言った方がいい部隊のようですが……詳細は不明です。ただ、強いて言うなら……非常に危険な相手かと」

 

「危険……とは? 具体的にはどういうことなのだ?」

 

将軍の問いに、補佐官は機材をいじりながら、

 

「あの伏兵たちは、配備はもちろん、戦闘開始後に展開を始めたと思われますが……あのわずかな時間で、こちらの展開範囲や規模に対して、極めて有効な陣形を敷いていました。加えて……」

 

そこまで言って、補佐官は言葉を切り……今までいじっていた機材のスイッチを入れた。

それは録音設備だったようで……なにごとか、話し声が聞こえてくる。

 

 

『繰り返す……こちらは帝国軍参謀本部所属、第7特務大隊隊長、ペンドラゴン少佐である。現刻をもって、本戦線の前線指揮官を継承した。援軍と連携し、速やかな撤退戦および、突出してきた敵軍伏兵の迎撃並びに包囲撃滅を指揮する。各位、死にたくなければ指示通りに動け』

 

『砲兵隊、および射撃小隊第一~第四、所定の位置へ展開完了しました』

 

『よろしい。第一部隊、指定した地点を順番に砲撃。その後後退せよ。第二から第四、観測射による面制圧を開始。突出してきた愚か者どもを撃て。残りは後退中の部隊の支援に当たれ』

 

『了解、各隊に伝えます』

 

『後退中の本隊は負傷者を後方に下げつつ、残りの兵員は殿軍を務めよ。各隊歩兵との連携により撃ち漏らしを狩れ。ただし、砲兵隊の邪魔になるから前には出るな』

 

『了解』

 

 

「……迅速な指揮ですね。戦況を即座に把握して、最適な位置取りに展開を……確かに、これが帝国の指揮官の手腕ゆえのものならば……相当な難敵かと」

 

「確かにそうだが……問題はこの後だ」

 

「この後……?」

 

不思議そうに聞き返すビアンカ。その他の面々も同様の表情をしていたが……次の瞬間、その意味を理解する。

 

それは……義勇軍が早くも崩壊を始めたところでのセリフ。

 

 

『各隊、掃討戦へ移行せよ。まだ崩せそうな山がいくつかあるのに、ここまでやって『魔女の鉄槌』とやらがないところを見ると……大地の精霊とやらがへそを曲げてしまったのかは知らんが、かの魔女殿の力も万能ではないらしい。好機である、全軍、前進せよ』

 

 

「「「―――っ!?」」」

 

全員の背筋に寒いものが走る。

悟ったからだ。まだ全てではないとはいえ……この作戦で隠そうとした、魔女の力の『弱点』……そのごく一部ではあるが、見破られた、と。

 

「……凶報を重ねてしまい、申し訳ありませんが……先の通信で言っていた、砲撃によって攻撃した地点……これについても、もしかすると……」

 

「……そうか! 私たち近衛は、あの時……山の上部に砲撃が着弾したことで、落石を警戒して撤収せざるを得なかった……まさか、それも?」

 

「可能性としてではありますが……前に出てきた、イゼッタ君を狙った銃撃部隊の反応から推測された可能性もあります。私の目算が正しければ……砲撃された山はすべて、イゼッタ君の掩護のために行う狙撃がしやすい位置取りだった……」

 

「で、では……こちらのトリックが見破られてしまったと!?」

 

「そんな……それでは、この戦の意味が……!」

 

「おそらくそこまでには至っていないでしょう。ですが……先程無線で言っていた通り、こちらの『魔女の力』に何らかの制限があることまでは……かぎつけられたかもしれません。それに加えて……この通信の男、ペンドラゴンという者が……今後も、我が国への侵攻軍に駐留する可能性が高い点もまた、問題かと」

 

「一瞬でこちらのトリックを見破り、対処してくる怪物が相手か……いや待て、ミュラー補佐官、ペンドラゴンという名前、聞き覚えがないか?」

 

「さすが将軍……ご存知でしたか。……こう言えばわかるでしょうか……『ソグンの悪魔』と」

 

「「「!!」」」

 

その言葉に反応したのは、将軍だけではなかった。

具体的には……イゼッタ以外、全員。

 

『ソグンの悪魔』……北方、ノルド王国はソグネフィヨルド軍港で猛威を振るったとされる、帝国軍の英雄にして、敵対国家にとっては悪魔と呼ぶべき存在。

 

詳細が広くは知られていないことから、都市伝説ならぬ戦場伝説の1つとまで言われているが……その奇跡とも呼ぶべき勝利をもぎ取ったとされる『悪魔』が今、母国に牙をむきかけている。

 

それを想像し……これからの戦いが一層厳しくなることを予感した一同は――それこそ、名前を知らなくとも、深刻さを空気から理解したイゼッタも合わせて――喉に小骨が引っかかったような気分のまま、その日の会議を終えることとなった。

 

 

 

 



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Stage.8 『黒翼』羽ばたく時

1940年5月29日

 

さて、前任のルートヴィヒ中将がとうとう更迭され……いよいよもって、ルーデルドルフ准将閣下が方面軍のトップを継承することになった。

しかも、中央の参謀本部作戦局との兼務でだ……激務乙です。

 

……まあ、それは僕もだけど……。

こちらもとうとうというか、あるいはいよいよというか……エイルシュタット侵攻軍の前線指揮官をやらされることになったので。

 

司令官は、方面軍司令部トップとしてルーデルドルフ准将が、その下にレルゲン中佐がいて、実働部隊の指揮に、僕や他の少佐・大尉クラスが着任して戦う感じ。

 

僕は、それら横並びの総元締めの立ち位置に指名されたため……実質的な総指揮官だ。

あー、責任重大だコレ。胃が痛い。

 

そして、来週からいよいよ進撃を再開することになったわけで……僕も、それに伴って忙しくなるわけで……しかも、あの魔女殿との戦いも出てくるわけで……

 

……こないだは、レイラインがない上に奇襲だったからこそ、こっちペースで進められたわけで……さて、どうしたもんかね?

純粋に物量で押すか……それとも、何か絡め手を……?

 

何にせよ、一筋縄じゃないかない相手だ……な。

 

 

それに、だ。ぼちぼち、国際社会全体の動きが加速しそうな気もする。

 

……ちと、例の計画……というか、組織? パフォーマンス? の用意を速めた方がいいかもしれない。

アレを用意してるのは、テルミドールだ……それも、単独では反抗できないようにギリギリ残したレジスタンスたちを引っ掛ける形で。

 

手駒として用意させてもらっただけだから、悪いけど……彼らの目的が、本当に達成できるかはわからないんだけども……。それでも、彼らと帝国、そして僕ら、皆に利益になる形でまとめたので、それは勘弁してもらおう。

 

……軍大学通ってるうちから、色々仕込んで手配するの……めっちゃ、大変だったなあ。

そのかいあって、納得できるものができた自信あるけど。

 

ま、出番はもう少し先だろうけど……ね。

 

じゃ、当面の問題である、エイルシュタット相手の戦いに、まずは集中しますか……。

 

 

 

1940年6月15日

 

 

……チートの相手するの、マジ疲れる。

 

エイルシュタットってアレだな……なんか、攻め込めそうなところ、どこもかしこもレイライン通ってるもんな……ベアル峠は、なんか、ケネンベルクとあわせて負け戦の代名詞みたいな戦場になっちゃったから、敬遠されてるし。

 

残りの空白地帯は、大軍を動かすには不釣り合いな立地ばっかり……戦略として進言することができない。

 

結果、相手のホームグラウンドとも言っていいレイラインのあるエリアばっかりで戦うことになって……こっちの被害が拡大するばかりだ。

 

それでも、こっちの武器の質とか物量を武器に、何とかやれている。

 

具体的には……戦線を同時にいくつも、複数個所に展開して、スローペースで進撃する感じ。

 

エイルシュタットという国の規模や、そもそも攻め込める土地の少なさに、多数展開のコスパがあっていないので、思いっきり多く展開とかは元からできないんだけど……それを何とかできるように部隊の再配置を立案。戦線を3つ同時に進める。

1つ1つの規模は、現地部隊と義勇軍が合流してしまえば対応できてしまう規模だ。

 

しかしこれにより、イゼッタちゃんをどこか1つの戦線に縛り付け、残り2か所を推し進めつつ……中央本隊を機動運用してそこをさらに押し込む。

イゼッタちゃんが別な戦線に来たら、それによって空いた土地に戦略予備を押し込んで本隊を動かして、そっちをまた押し込む……という、鼬ごっこをする感じに。

 

要するに、イゼッタちゃんを思い切って『出てきたら負け』のジョーカーとして認識し、リスク分散を図るというものすごい力技だけど……彼女が1人しかいない以上、有効な戦術である。

戦略的要地を、取られてもすぐ取り返す、を続けるわけだ。

 

これにより、帝国もかなり牛の歩みになるけども……それ以上に、エイルシュタットが抱える負担がかさんでいく。こちらはダメージを抑え、敵に血を流させ、戦争を続けられなくするという……どこぞの幼女いわくところの『消耗抑制ドクトリン』によって、エイルシュタットを弱らせる。

 

これにはおそらく、エイルシュタットもこちらの狙いに気づいているだろう。攻めているようで、実質のところは守っている、徹底的に『消費』をさせるこの戦略の意図を。

 

しかし、それでもおそらく……向こうはこれに対して、国力そのものの小ささから、強くは出られない。戦力のかなめであるイゼッタちゃんは人間であり、戦えば疲れるし休息も必要とする。

 

加えて、各戦線はわざと、レイラインで直接つながっていない土地を選んである。大きく迂回するか、途中、車か何かを使わないといけないような位置取りを。マリーの協力の他に……ちょっとした秘密兵器が、こっちにはあるので、それを調べることが可能なのだ。

 

現にこの半月ばかり戦い続けたけど、彼女が戦線に出てきたのはその3分の2ちょっとだ。それだって多いとは思うが、やはり連日の強行軍は無理があるのだろう。

 

それにこの作戦……帝国の攻撃を事実上止めていられるので、実は、向こうにとっても悪くない展開のはずだ。

 

そもそもの話だが……エイルシュタットは、いくらイゼッタちゃんがいるからと言って、それだけで帝国に勝てるとは思っていないはず。というか、無理だし、思っちゃいけない。

 

だから……行ってみれば、彼女を旗印にして注目を集め、勢いをこちらに持ってくることが、今彼女たちがやっている方策であるはずだ。

具体的には、イゼッタちゃん効果で押しとどめている間に、他の列強各国を動かして参戦させ、その総力を結集して帝国に対抗する……って感じ。ブリタニア王国とか、アトランタ合衆国とかがその筆頭候補だろうか。

 

こいつらが参戦してくると、さすがに厳しいからな……帝国も。

そのための策はいくつか練ってあるし、こないだ準備に入った、テルミドール共和国のアレもその一環だけども……できれば、それ以前の段階で時間を稼ぎたい。

 

理想としては、戦線を展開しつつ……エイルシュタットを巻き込んで、かの国の他国との協調のために時間稼ぎをし……しかしその寸前で、妨害するなりすっ転ばせるなりしてさらに時間を稼ぎ……っていう風にできれば。

 

それがだめなら……思い切ってエイルシュタットを攻め落とすことにもなりかねない、か。

今のところ、『魔女』の存在があるからあの国の相手には慎重になってるけども……どうしても彼女たちを無傷で生け捕りにしなきゃいけないわけでもないし……。

こちらとしても、これ以上戦争を長引かせるのはな……帝国の不安定化が加速する。

 

全く、テルミドールを落とした時点で講和でもなんでもして、その手柄をブリタニアにでもある程度くれてやって、戦争そのものを終わらせてくれれば楽だったのに。

 

……けどなあ、できれば穏便なうちに済ませたい、とも思うしなあ……。

 

別な『魔女』である、イゼッタちゃんについても……捕虜とかにできれば、こっそり事情聴取したりして、僕らの計画に役立てたりも…………何なら、そのまま逃がすこともできそうだ。魔女の力で自爆したとかなんとか言って。

 

捕虜にしたまま帝国に置いておいても、ろくな扱いされないだろうし……ちょっと甘いか?

 

……だめだな、疲れすぎて考えがまとまらない。

寝ようかな、もう、今日は。

 

 

☆☆☆

 

 

エイルシュタット首都、ランツブルック――王宮

 

 

「はぁ……疲れた……」

 

「お疲れ様です、イゼッタ様……マッサージ、しますか?」

 

「あー、うん。お願いできるかな、ロッテちゃん……」

 

姫様こと、フィーネ大公に報告を済ませ、自室に戻ったイゼッタは、帰ってくるなり、着替えることもなく……いつもの『白き魔女』の衣装のまま、ベッドに倒れ込んだ。

 

かつては、『私なんかがこんな立派なベッド汚しちゃった!』と大慌てしていたものだが……ある程度扱いに慣れたのか、はたまた、それを気にする余裕がないくらいに疲れているのか。

 

どっちかというと、多分後者だと思う、と苦笑しながら心の中で考えるのは、フィーネ大公の命令で、彼女のお世話役を担っている、メイドのロッテである。

 

手早く彼女の服の、体を圧迫している部分を緩め……その体重をかけてマッサージしていく。

指圧のたびに、『あぁ~……』と、無防備に幸せそうな声がイゼッタの口から漏れ出ていた。

 

喜んでくれているのをうれしく思いつつも、ロッテは素直に喜べないでいた。

 

「このところ、ほとんど毎日の出撃ですね……どこもかしこも疲れがたまってるみたいです」

 

「うん……。けど、ゲールが攻めてきてるのに、動かないわけにはいかないし……」

 

「それはわかりますけど……このままじゃ、イゼッタ様のお体が持ちません。その……メイドが言うことじゃないかもですけど……お休みをもらうわけには、いかないんですか?」

 

「でも、私が出ないと……兵隊さんたちが、大変だから……。今日だって、結構ぎりぎりのところで間に合ったみたいだったし……ああでも、明日はまた別な戦線に行かなきゃ……はぁ……あ、そこそこ」

 

腰のあたりを指圧してるところで、気持ちよさそうにするイゼッタに……『まあ、アレに乗ってれば腰も疲れますよね……』と、イゼッタが空を飛ぶときに乗っている対戦車ライフルを思い出しつつ、ロッテはため息をついた。

 

このところ、出撃しっぱなしの自分の主は、この国のために身を粉にして働いている。

 

最初こそ、おとぎ話の英雄……それこそあの『白き魔女』のように、さっそうと現れて国の、そして身内の危機を救ってくれた彼女にあこがれたものだが、こうして見ると、どこにでもいる普通の女の子である。

 

……実際にここでは、レイラインがないために魔法が使えず、本当に女の子同然なのだが、ロッテはそれを知る由もない。

 

そんな彼女が……献身的で、姫様を敬愛する心にあふれ、どんな困難にも立ち向かっていく気質を持ったイゼッタが、ここまで疲れている。同時に、極めて人間らしい一面も見せている。

ロッテが、彼女も1人の人間なのだと認識するには、十分すぎる光景だった。

 

だからといって、彼女の忠誠心は微塵も揺らぐことはなく……むしろ、こんな時だからこそ、自分に弱弱しい姿を見せている彼女を支えたい、という思いでいっぱいだった。

 

「……っ、イゼッタ様が頑張れるように、私も頑張りますねっ!」

 

「え、えあ……あー……うん、あ、ありがと……」

 

いきなり言われてきょとんとするイゼッタを気にせず、ロッテは指圧により気合を込めるのだった。

 

そしてその後は、イゼッタの着替えの手伝い(毎回イゼッタは自分でやると言ってるのだが、半ば無理やりロッテが『お世話』している)、洗濯、掃除と、やることは山ほどあるのだ。

 

イゼッタが忙しくなってきてから……彼女の仕事も、また増えていた。

 

(本当にもう……ゲールのせいで私もイゼッタ様も大迷惑です! 毎日疲れて帰ってきて……っていうか、ひょっとしてコレ、狙ってやってるんじゃ……?)

 

 

 

「狙ってやっているのだろうな」

 

「ええ……ですが、実に効果的な手であると言わざるを得ません」

 

一方その頃、会議室にて、フィーネ大公とミュラー補佐官、シュナイダー将軍が、今後について話し合っていた。

 

明らかに、この戦局は……意図して向こうが展開しているものだ。こちらの戦力を……国力、経済力、兵員、兵站、政治中枢……そして、イゼッタ。その全てを疲弊させ、弱らせるために。

 

「我が国のような小国を相手にするに、このような流血戦術とは……高く評価されたものだ」

 

「全く持って忌々しい……しかし、効果的な戦略なのも事実。困ったものです……」

 

シュナイダー将軍が、苛立ちつつも落ち込むという器用な表情をしつつ、本音をこぼす。

それには、フィーネもジーク補佐官も同意だった。

 

このままでは、物量において圧倒的に劣るエイルシュタットは、間違いなく負ける。

そう遠くない未来、限界が来る。兵站にも……主力中の主力たる、イゼッタにも。

 

そうなる前に何か手を打たなければいけないが……列強に参戦を促すために説得するちょうどいい機会が、中々巡ってこない。

 

「……この状況を改善するのに、一番手っ取り早く確実な手は……やはり、他国からの干渉でしょうか。少なくとも、今の戦況を膠着ないし、敵軍を押し戻すことはできるかもしれない……」

 

「だがそれは不可能だ。ゲールとの戦争そのものはともかく、それにかこつけて我々を救ってくれるような国は……。今の義勇軍との共闘でさえ、ギリギリの綱渡りなのだぞ」

 

将軍の言う通りだった。打開のための、外部の余剰戦力が……今の自分たちには、用意できない。

 

かつてフィーネがその身を犠牲にして行おうとした政略結婚による支援要請も、戦争が始まってしまった上……そもそも、彼女自身が国家元首となってしまった今、余計に無理だ。

そして、他にその手に使えそうな者は、今のエイルシュタットにはいない。

 

(このままでは、限界が来る……イゼッタも過労で潰れる……! それだけは……何か、何か打開の手を……!)

 

しかし、戦略に決して明るいわけではないフィーネの頭をいくら振り絞っても、妙案など出てくるはずもなく……しかし、彼女の隣に座っていた男は違った。

 

「ならば、次点としては……敵指揮官の暗殺ないし、司令部の破壊。あるいは、敵兵站の途絶あたりでしょうか。いずれも、時間稼ぎにしかなりませんし、容易くはありませんが」

 

「敵指揮官というと……例の、『ソグンの悪魔』」

 

「ええ……情報もある程度集まりました。本名、テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴン。帝国軍少佐、参謀系統部局所属。異名は『ソグンの悪魔』『100年に1人の天才』『黒翼の魔人』……その他いくつか。様々な武勲を抱え、帝国では、軍内外からの信頼も厚い猛者、と」

 

「大層なことだ……しかし、この状況を見る限り、あながち間違いでもないのか」

 

「魔女の敵は、魔人、か……ジョークにしても笑えない」

 

呟くフィーネと将軍。それを気にせず、補佐官は続ける。

 

「周辺警戒を考えれば、暗殺は困難……実効性に乏しいと言わざるを得ません。であるならば……兵站の補給を寸断し、ある程度戦線に混乱を発生させる方策が効果的かと」

 

「なるほど……目星はついているのかね?」

 

「直近で襲撃できそうな、中規模以上の集積地が4つあります。全て北西の軍区にあり、それぞれ、戦域区分エリア4、11、12、19に。これら全体を一度に襲撃できれば、北西は東部に比べて兵站戦も弱く、それなりに時間稼ぎが見込めます。ただ……これら4つは相互に補い合う形で配置されているため、短期間に全て叩き潰さないと効果が出ません」

 

「4か所を同時に襲撃……しかしそれほどの部隊運用は、今の戦況では……」

 

「……イゼッタか」

 

「……戦線への負担となりますが、私の見立てでは、少なくとも2日程度であれば、彼女なしでも何とか持ちこたえられます。彼女であれば、半日あればすべての集積地を襲撃可能かと」

 

「そうか……我々は、結局また、イゼッタに負担をかけてしまうのだな……」

 

「……斯様な作戦しか立案できないことを、恥じるばかりです」

 

頭を下げるミュラー補佐官と、うなだれるフィーネ。

泥沼の戦いに、必死で自分たちを支えてくれる小さな魔女を思い……会議室は、沈黙に閉ざされていた。

 

……その沈黙の中、ミュラー補佐官だけが、活発に思考を働かせていた。表面上、申し訳なさそうにしつつも――いや、本当にイゼッタに対して申し訳なく思ってはいるし、負い目も感じているのだが、割り切りが得意なのである――その頭の中では、もっと重要なことを考えていた。

 

(……できれば、ペンドラゴンについては、暗殺ではなく捕獲したいものだ……この戦線配置、明らかに作為的なものを感じる。レイラインで一続きになっていない土地を選んで……イゼッタ君の負担が大きくなるように展開されているようにしか……。偶然と片付けるのは簡単だが……。もしこれが本当に作為的なものであれば、奴は……魔女の『レイライン』という弱点に関する知識を有し……そして、その分布さえもある程度把握しているということに……)

 

もしそうであれば、最悪の展開である。それを、どうにかして確かめたい……と、ミュラー補佐官は心の中で願っていた。

 

……そして、時を同じくして……フィーネの心中には、これまた全く異なる、というか、思い付きに近い1つの思考が生まれていた。

 

それは、敵の指揮官の名前を聞いた時に、ほぼ無意識の領域で呼び起こされた、1つの記憶。

 

(テオドール……テオ、ドール……? ……テオ…………あ……)

 

ふと、思い出した。

それは、まだ幼いころ……イゼッタと彼女が出会った時の、2人で遊んでいた時の記憶。

 

 

 

……否。

その思い出の中に……『3人目』がいたことの記憶。

 

 

 

『イゼッタおねーちゃん、フィーネおねーちゃん!』

 

 

 

(そうだ、確か……あの子の名も『テオ』だったな)

 

瞼の裏に……黒髪、黒目の、当時の自分たちよりさらに小さい子の、無邪気な笑顔が浮かんで……フィーネは、ふっと笑った。

 

 

☆☆☆

 

 

一方その頃……ここにも、疲れ切っている男がいた。

 

「あー……きっつい。マジ疲れた……もう寝たい」

 

テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴン。帝国軍少佐、エイルシュタット方面前線部隊総指揮官。

 

多数の戦線を同時に展開し、その全てを、報告を受けながら同時に指揮……さらにそれに連なる兵站や他の予備隊の管理、他の方面軍との連絡確認まで、同時進行で密に行うという離れ業をやってのけている彼は……当然ながら、疲れ切っていた。

 

有効な戦略であり、敵を徹底的に疲弊させうる手段ではあるが……その分、やる側も疲れるのである。

 

そんな、机でつっぷして『たれ』状態になっている彼の元に歩み寄るのは……彼の副官であり、士官学校時代からの親友。黒髪に長身の美男子にしてオカマという、やや残念な属性を持つ男、アレス大尉である。

 

「そんなところに申し訳ないのだけれど……お仕事追加よ、テオ」

 

「うーぃ、さんきゅーアレス……いや、全然ありがたくないけど……何コレ、出張?」

 

「というか、視察ね。急きょだけど決まったみたい……各戦線の視察と、細かい指揮。それから、その帰りにでも、各所の軍施設の視察をお願い。半分は私がやるわ」

 

「あー、うん。ありがと……ここには、二コラとマリーを残しとけばいいか……じゃ、僕はこことここに……えっと、で、その帰りに……『第11物資集積地の視察』……ね」

 

 

 

その数週間後。

誰もが予想だにしなかったところで……交わるとも思われていなかった道が、交わることになる。

 

その結果、何が起こるのか……まだ、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 



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Stage.9 戦闘準備

 

1940年6月1日

 

……最・悪。

タイミング……最っ悪!

 

何だってもー……よりによって、こんな時にこんなこと起こるかね……。

 

今現在僕は、前線各所の物資集積地その他の視察に来たところだった。

 

それ自体は、面倒ではあるものの、何かややこしいような、難しいようなこともなしにさっと終わるような仕事……の、はずだったんだけども。

 

その途中にて……僕は、特大のイレギュラーに襲われることになったのである。

 

まさか今日……兵站寸断を狙った、エイルシュタットの攻撃があるとは。

しかもそれをやってるのが……あの『魔女』、イゼッタちゃんだとは。

 

無線連絡で、どの戦線にもイゼッタちゃんが今日は現れないっていうから、てっきり疲労が限界に来たかな、と思ってたんだけど……働き者だなおい、別プランに全力出撃ですか!

 

ヤバい……このままだと、非常にヤバい。

 

今、僕がいるのは第11集積地。で、イゼッタちゃんは、突如として第19集積地に現れ、そこを襲撃して壊滅させた。普通の軍相手なら何とか持ちこたえられる設備も、さすがにイゼッタちゃん相手じゃ、足止めや時間稼ぎすら無理だった。

 

そのまま、猛スピードで東に飛び去ったって話だったから……順番に潰していくつもりだな、と直感した。そうなると次は多分……第12集積地。そしてその次に、ここ、第11に来るはず。

 

第12はもう無理だろう……しかし、このまま残りの2つ……11と4まで潰されたら、帝国軍に無視できないダメージが出る……。

 

何せここと第4には今、予定以上に多くの物資が運び込まれてる。ここを焼かれたら、今後の軍事行動が大幅に遅れることになるし、他の戦線にも負担が生じることになる。よくて戦線の後退……最悪、全軍での一時撤退すら考えなければならないほどに。

 

となれば必然……選択肢は1つしかない。

……迎え撃つしか、ない。かの……『魔女』を。

 

それも……この補給基地という、お世辞にも戦闘に適しているとは言えない場所と設備で。

 

……やれなくは、ない。

一応、策は……ある。

 

偶然に頼る部分が大きい上、各員の連携がドンピシャでうまくいかなければ実現不可能な……本来なら、十分な訓練の元で実行したい内容だけど。

 

参謀将校としては、『今からやれ』といきなりこんなものを部下につきつけるのは、上司にあるまじき非道だと考えているんだけども……幸いに、と言っていいのか、現場の部下たちは快くこれを承諾してくれた。僕に従う、と。命令をくれ、と。

 

……それなら僕も、やってやろう。

ここを守るために、最善を尽くそう。

 

……この日記の続きを書く日がくるとしたら……どういう形であれ、僕がこの戦いで生き残った時だろう。

さて、確率はどのくらいか……3割あればいい方だな。

 

でも、やるしかない。

やるしかないのであれば、成功させるしかない。

 

……よし、覚悟完了。

 

気楽に……うん、無理してでも気楽に行こう。

幸いにも、勝算ならあるんだから……魔女が相手でも、勝ちの目は、一応は。

 

 

 

………………僕を、囮にすれば。

 

 

 

☆☆☆

 

 

(よし、これで半分。戦う部隊じゃないからかな、いつもより楽かも……移動は大変だけど)

 

その作戦は、順調だった。

 

イゼッタは、事前の情報通り、物資がたっぷり蓄えられていた集積地を焼き討ちにした後……3番目の標的、第11集積地めがけて飛んでいた。

 

そして、その途中にある、公国軍の基地で、焼き討ちに使う兵器類の補充を行っていたのだが……そこでイゼッタの耳に、思わぬ報告が飛び込んでくる。

 

基地についたところで、慌てた様子で出てきた近衛の1人によって手を引かれ、基地内の通信室に連れてこられたイゼッタの耳に飛び込んできたのは……通信機越し特有の音質に変わった、しかしはっきりと聞き覚えのある、親友・フィーネ大公の声だった。

 

しかも、彼女が焦って伝えてくる、その内容は……

 

「そ、それ……本当ですか!?」

 

『ああ、確かな情報だ! 無線を傍受した情報通信室からの報告によれば、今からそなたが向かう第11集積地に、例の指揮官……ペンドラゴンが視察で来ているらしい! これは……千載一遇の好機だ! 敵の軍の頭を刈り取れる!』

 

興奮気味にそう言い切ったフィーネに代わり、今度は正反対の冷静な声で、ミュラー補佐官からの補足説明が入る。

 

『イゼッタ君、急に注文を増やしてしまってすまないんだが……』

 

「わかってます! その……指揮官さんのことですね」

 

『そのことなんだが……できればでいい、生け捕りにしたい。捕虜としての価値は計り知れないほどの人物だし……色々と聞かなければならないことがある』

 

「生け捕り……ですか? え、えーっと……」

 

イゼッタは、虚空をにらむ。考えてみれば、今まで……戦車にランスを突き立てて派手に爆散させたり、戦闘機を剣で切り刻んだりした記憶はあるが……捕獲するような行動を行った覚えはない……と、思い至り、不安になっていた。

 

しかし、それがフィーネのためになるならば、と、一瞬で思い直す。

敬愛する姫様のため……ひいては、この国の、世界のために、と。

 

「わかりました、やってみます!」

 

『頼む。無理なら討ち取ってくれて構わない、逃げられるよりはそっちの方がいい……もし捕獲できそうなら、腕や足の1本くらいなら吹き飛ばしてくれても大丈夫だ。人間、胴体が無事なら意外と死なないからな』

 

『ほ、補佐官……いくら何でも、ちょっと言葉を選んでですね……』

 

「はい! えっと……旅してた頃、野生の獣……野兎とか、鳩とか捕まえてさばいたりしたことありますから、できると思います!」

 

『そ、そうか……たくましいなそなたは。あと、さばかなくていいからな?』

 

魔女でありながら、その中身は田舎娘……を通り越して、サバイバルすらたしなんでいた野性味のある?ところを垣間見て、通信の向こうのフィーネや、周囲の近衛たちが引いていたことに、イゼッタは気づかない。

 

ミュラー補佐官の発言にもともとちょっと引いていた面々だが、今のイゼッタの大真面目な発言にもっと引いていた。

 

気づかない方がいい事柄であるので、まあ別に気にしなくてもいいだろう。

 

無線の向こうで、『ひょっとしてそのせいで殺生……戦場での命のやり取りにも耐性があるのかも?』と思っていたフィーネだが、再びその彼女に変わって、補佐官がマイクを取った。

 

なお、この男だけが今のやり取りで顔色一つ変えていなかったりする。

 

『武運を祈る、イゼッタ君。事態が事態だ、近衛に援護もさせるし、周囲にいる急行できそうな予備兵力も動かそう……近衛兵各位、全力で掩護してあげてくれ』

 

「「「はっ、お任せください!」」」

 

かくして、魔女イゼッタは……現状における公国最大の難敵、といっても過言ではない、『ソグンの悪魔』こと、ペンドラゴン少佐の捕獲に向けて動き出すこととなったのだった。

その胸の内に、この作戦が、この戦争を終わらせる大きな一歩になると、炎を燃やして……

 

 

 

……それが、敵の策略によるものだとも、知らないで。

 

 

 

『こちら観測班、コールサイン・スコープ3! 『魔女』イゼッタ、目視で確認!』

 

『スコープ2同じく。装備はいつもの対戦車ライフルに、周囲にランス十数本、燃料タンクと思われる円筒形の物体6つ確認、襲撃に利用すると思われます。飛行速度、目視300オーバー』

 

『こちらスコープ1。それに加えて、後方に投網の類と思しきものを確認。こちらの情報は正確に伝わったらしい、捕獲に使用する模様』

 

「そんだけ随伴して速度300オーバーとは……相変わらずのチートっぷりだな」

 

「はい? チート、で、ありますか?」

 

「あー、何でもない、忘れていいよ。それよりも、だ……どうやら連中、網なんて持ってきたってことは、きちんとこっちが流した情報をキャッチしてくれたらしい」

 

「はっ……わざと古い、敵に知られている秘匿回線を使って、簡単な暗号通信を送りましたから。連中、嬉々として利用しようとしたようですな」

 

「結構……さて、諸君」

 

その言葉と、振り向いた彼の視線に……その場に集まっていた兵士たちの顔が引き締まる。

 

「ここからが正念場だ。帝国の今後の戦線を左右する一戦だ。私も参謀将校として、この場の総責任者として全力を尽くす。ゆえに、君たちも全力をもってこの任に当たってくれると期待する。相手は、正規軍の大隊すら粉砕するかの『魔女』だ……間違っても、油断などできる相手ではない」

 

「その上で、私から君たちに頼もう……君たちの命、私に預けてほしい。撃てと言えば撃ってほしい、死ねと言えば死んでほしい、やれと言われたこと全て……死ぬ気で、死んでも、やり遂げてほしい。ここにいる……無論、私を含む、誰がどうなっても、作戦完遂のために動いてほしい!」

 

「我に策あり! 全ては……我々の後ろにいる、仲間の、民の、家族の、恋人の……守るべき全ての者たちのために、力を貸してくれるか!」

 

 

「「「はっ!」」」

 

 

一糸乱れぬ敬礼。覚悟を決めた顔。

それを見渡して……その重みを心に感じて……テオもまた、覚悟を決めた。

 

「よろしい……では諸君、戦争の時間だ!」

 

 

 

帝国の誇る、若き英傑の1人……『黒翼の魔人』。

彼に率いられた兵士たちの戦いが、始まった。

 

十数分後には襲い来るであろう、『魔女』に対し……戦車も、戦闘機もない、あまりにも非力な自分たちが……勝利をもぎ取るための、戦いが。

 

 

 

 



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Stage.10 魔女捕獲作戦

 

(――見えた、アレが次の……!)

 

猛スピードで飛行していたイゼッタは、前方にて、ゲール軍のものであろう、かなり大きな建物を視界にとらえ……目的地への到着を知る。

 

そして……そこにいると教えられた、今回の『標的』を探すべく、施設上空に到達と同時に、その周囲を旋回しながら……目を凝らしていた。

 

当然、施設にいる兵士たちからは攻撃が加えられる。

しかし、かなりの高高度を猛スピードで飛行するイゼッタにはその効果は皆無であり、全くと言っていいほど当たる気配がない。

 

それでも、銃口を向けられていてはいい気分ではないので、イゼッタはいつも速やかに作戦目標を破壊してスピーディに戦場を後にする……というのが常道だった。

 

適度に探して見つからないようなら、物資を先に焼いてしまうつもりでいたイゼッタは、ちらっと後方に浮遊させている燃料タンクに目をやった。

 

銃撃では傷一つつかないくらいに頑丈なものなので、一緒に飛行していても安心なものだ。いざ使う段階になったら、同じく随伴させているランスを使って穴をあけ、敵の物資集積地に中身をばらまいて、適当に火花か何かで着火すればいい。

 

と、その時だった。

丁度施設の近くを飛行していたイゼッタの耳に、うかつと言っていい声の大きさで話している声が聞こえてきた。

 

「何をしている! 魔女とはいえたかが1人だ、撃ち落とせ! ええい……せめて先に指揮官殿を退避させねば!」

 

「下に車を回します! それまで時間稼ぎをしますので、非常階段から……」

 

指揮官、という言葉にはっとしたイゼッタが、聞こえた方向に目をやると……そこには、武骨な作りの建物の中で……建物の外の壁際にある階段を、駆け足で駆け下りていく人影が見えた。

そして、周囲の兵士たちに守られるようにしている、その男は……黒髪に、黒目。事前に聞いていた特徴と一致する容姿をしていた。

 

「っ……見つけた!」

 

確信するやいなや、急降下するイゼッタ。

 

それに気づいた兵士たちが、輪の中心にいる人物を守るべく銃を構えてるも、イゼッタはそこめがけて、従えていたランスを次々に突貫させ、周囲の階段の留め具や支えを盛大に破壊。ガラガラと音を立てて、階段が崩れ落ちていった。

 

当然、その上にいた者達も、足場を失ってあえなく落下していく。

イゼッタはその落下から救う形で標的――『ペンドラゴン少佐』を捕獲しようと、背後に浮遊している投網を動かそうとした……が、

 

「ミッション……スタート!」

 

ほとんど誰にも聞こえないような音量で、そうぼそっとつぶやいた直後……テオの脳内で、種が砕けたイメージが浮かび上がり……目から、ハイライトが消える。

そしてその瞬間、彼は……超人となった。

 

崩れゆく足場のうち、壁際の比較的無事な個所を見つけて手をかけ、それを足蹴にして駆け上がる。そしてそのまま……壁に沿って設置されている配管を足場にして走り出した。

 

「……っ……嘘っ!?」

 

捕獲しようとしていたイゼッタは、目の前の光景が信じられず、しばしあっけにとられてしまう。

今、テオが走っているパイプは、金属製とはいえ、太さにして10㎝あるかないか。しかも、階段が崩れた影響でグラグラと不安定に揺れているし、当然のように円筒形で安定性は最悪。

 

その上を、明らかに全力疾走かそれに限りなく近い速さで走っている。

こんなことができる人間がいるのか、と……イゼッタはしばし呆けていた。

 

が、すぐに気を取り直して、それを追いかける。

確かに驚いたし、目論見は外れて逃げられているが、イゼッタは空を飛んでいるのだ。しかも、戦闘機にも劣らぬ速度が出せる上に、小回りもきく。追いつくのは簡単だった。

 

そして、先程突貫させたランスを呼び戻して周囲に浮遊させ、切っ先を走るテオに向けながら……警告を発する。

 

「止まってください、そこの指揮官さん! 止まりなさい!」

 

「はいよ?」

 

「えっ!?」

 

直後、急停止するテオ。

まさか本当に止まると思っていなかったイゼッタは、スピードをすぐには殺しきれず、それを通り越し、追い越して飛んでいってしまう。

 

慌てて方向転換して戻ろうとしたときには……彼は逆方向に向けて走り出していた。

 

「ちょっ……えぇ!?」

 

またしても驚きつつも、イゼッタはそれを追う。

 

「と、止まって! 止まってくだ……止まりなさいってばぁ!」

 

「はっ! 追われてるのに止まれって言われて止まるバカがどこにいるよ!」

 

「今止まったじゃないですか!」

 

「何それ、忘れました」

 

「……っ……もぉっ!」

 

仮にも戦争中の敵同士のやり取りとしては、いささか緊張感に欠ける内容の会話が二言三言かわされ……それに若干むきになったイゼッタは、先程よりも音量を上げて、

 

「止まらないと……!」

 

最後まで言わず、イゼッタはランスを急加速させ、テオの前方にあるパイプを貫いて破壊した。

 

「ちょっ……せめて最後まで言い切れよ……」

 

とっさにそうツッコみつつ、前の足場を失ったテオであったが……即座に反応し、なんと今の足場から飛び降りて、下のパイプに降り立った。

 

しかも、そこから跳躍して、今まさにひしゃげて崩れ落ちそうな前方のパイプを蹴ると、そこから勢いをつけて前に飛び、また別なパイプをつかんでさらに飛び……途中でひねりまで加えて体制を整えながらそれを繰り返し、はるか遠くの窓枠へとたどり着いてしまった。

サーカス団員やワイヤーアクターも真っ青の軽業の連続である。

 

「うぇえ~……!? あ、あの人本当に人間……!?」

 

再び目の前で繰り広げられた神業に、最早あっけにとられるしかないイゼッタだが、2度目だけあって再起動も早い。

 

いくら超人的な身体能力を持っていたとしても、戦闘機に匹敵する速度で飛べるイゼッタから逃れることは不可能。イゼッタはそう思っていたし……テオもそれはわかっていた。

 

彼の狙いは……逃げることではない。また、別なところにあった。

 

(そろそろ、いいかな……)

 

ちらっと視線を一瞬下にやったテオは、何かを目視で確認すると……すぐ背後に迫りつつあるイゼッタが、またランスをこちらに飛ばしてくるのを視界の端で見た。

 

今度は、確実にこちらの逃げ道をふさぐつもりなのだろう。16本あるランス全てを飛ばし、自分を囲むような軌道で射出してきた。

 

それに反応してテオが、非常階段の踊り場に当たる位置で急停止した直後、ガガガガッ……と、ほぼ一続きの音を立てて、16本のランスが壁に突き立った。

テオを囲む……どころか、牢か鳥かごのように、その内部に閉じ込めるような形で。

 

外から見れば、斬新なデザインの牢獄にテオが捕らわれているようにしか見えない図になってしまっていた。

 

これでさすがに逃げられないだろうと、イゼッタは残った逃げ道である正面をふさいで陣取り、乗っている対戦車ライフルの銃口をテオに向ける。

傍らには、投網を広げて浮遊させていた。

 

「もう逃げられませんよ! 大人しく捕まってください。そうすれば、拘束する以外は何もしません……おちょくられたことは忘れてあげます(ぼそっ)」

 

「(意外と根に持ってる?)……そりゃできない相談だね。これでも、兵たちの命を預かってる身だ……簡単に降参なんてしちゃ、信じてついてきてくれた彼らに申し訳ないだろう?」

 

それを聞いて、イゼッタは少し意外そうに、驚いたように目を見開く。

 

「……私の知ってる人にも、同じようなことを言っていた人がいます。まじめな人なんですね……正直、ゲールにもそういう人がいたんだな、って、驚きました」

 

「そりゃいるさ。まあ、僕自身がそんな大層な人物かはともかく……君たちから見りゃ、ただの侵略者集団だろうけど……こっちだってきちっとした1つの国なんだし、まともなのが1人もいなかったんじゃ、社会が回るわけがないだろ?」

 

「……そうですね。でも、ともかく今、あなたにはどの道逃げ場はないですよ。もし逃げてもすぐ追いついて捕まえます。その時は……今より乱暴になるかもしれません。降参してください」

 

そう、毅然とした態度で言い切るイゼッタだが……彼女は、気づいていない。

先程から、それなりの人数浮いたはずの、地上部隊の兵士たちからの攻撃が……全く飛んできていないことに。

 

再度のイゼッタからの勧告に、テオはにやりと笑って……

 

「お断りだ……よっ!」

 

直後、突如としてその場にしゃがみ込むと、踊り場の天板に使われている金属板をはぎ取って、なぜか壁と自分の間に、まるで盾にするようにして構えると……それに合わせて、体を丸めて小さくなった。

 

逃げる気かと身構えたイゼッタが、その行動に首を傾げた……次の瞬間。

 

 

―――ドガァァアアァン!!

 

 

「……っ……!?」

 

 

突如として、施設の壁が爆発し……それによって大量の石礫がはじけ飛んでイゼッタに襲い掛かった。

イゼッタはとっさに、開こうとしていた投網を丸めて盾にしてそれをあらかた防ぐも、爆発で発生した大量の土煙により、視界が全く効かなくなった。

 

さらに、その壁に突き立っていたランスも、爆風で吹き飛ばされて、しかもいくつかは破損ないし変形し、ばらばらに飛散してしまった。

 

そして、その一瞬の隙に……

 

「もらった!」

 

爆風で外向きにひしゃげたパイプを足場に跳躍したテオが、投網を飛び越してイゼッタの真上から襲い掛かると……前かがみになっている彼女の体に、背後からがしっと抱き着いた。

 

そして、それに驚く彼女が硬直している一瞬の隙に、彼女の体を抱き上げるようにしてわずかに浮かせ……座っているライフルを蹴り落として、彼女と離れ離れにした。

 

慌てたイゼッタが、とっさに体をひねり、左手でテオを押しのけつつ、右手をライフルに伸ばしてつかもうとしたが……その瞬間、

 

「放水……開始ィ―――!!!」

 

建物の影に隠れていたゲールの兵士たちが、非常消火用の水栓につないだ大型ホースをいくつも構え、その放水口を自分に向けている光景をイゼッタが目にしたと同時に……そこからとてつもない勢いの水流がはなたれ、テオもろともイゼッタに直撃した。

 

ライフルという乗り物を失っていたイゼッタは、たちまち地面に落下。

幸い、大した高さではなかったために目立ったケガはないものの、全く衝撃や痛みがないわけではなく、息が詰まって体が動かなくなる。

 

そしてその間も、容赦なく放水が彼女に集中し……その、複数方向からの水の圧力に、体にうまく力が入らないイゼッタは翻弄され、抑え込まれている。

 

「やっ……ぐ……がぼっ! うぷ……や、やめっ……てっ……あぁっ!!」

 

立とうとしてもたちまちバランスを崩されて転ばされ、しかも足元は土の地面。水を吸ってぬかるんで滑る上に、あまりの水量に、陸上だというのに溺れそうになる。

しかも、周囲に魔力を流して操れそうなものがない上に……冷水に全身を打たれ、翻弄され続けるあまり、全く集中できない。魔力をうまくコントロールできる気がしなかった。

 

しかも……イゼッタの体は、だんだんと動かなくなっていく上、その意識も徐々に薄くなっていっていた。目はかすみ、手足はしびれ、力が抜けていく。

冷たい水を大量に吹き付けられて、手足が冷やされているから……だけではない。

 

イゼッタの視界の端に……放水するホースとは別に、何かの機材からつながれたホースがあり、その口から煙が噴き出しているのが見えた。その煙が、空気に溶け込みながら……しかし確実に、こちらに向けて流れてきているのも。

 

おまけに、その周囲にいる帝国兵たちは……皆一様に、ガスマスクをつけていると来た。

 

(もし、かして……何かの、ガス……あんなものが、ある、ってことは……私、最初から……)

 

薄れていく意識の中、思い起こされるここまでの流れ。

 

イゼッタは……逃げ回るテオを追いかけていたつもりで、所定の位置に誘い込まれ……壁の内側にあらかじめ仕掛けられていた爆薬によって、致命的な隙を見せてしまった。

そこを狙ってテオが飛びかかり、ライフルを蹴落として――この時点で蹴落とせなくても構わなかったが――動きを封じ、自分もろとも地上からの放水で墜落させる。

そしてそのまま動きを封じつつ……テオが逃げ回っている間から散布を始めていた麻酔ガスの中に叩き落し、放水を続けて動きを封じつつ、充満するガスを吸わせて……眠らせる。

 

(だ、め……い、意識、が……)

 

いかに魔女・イゼッタと言えど……周囲に武器になるようなものがなく、しかも触れることも見ることもできない気体が相手では、打つ手はなかった。

 

自分のうかつさを自分で責めながら……打ち付ける水流と、肺の奥に入り込んで猛威を振るうガスの中で……イゼッタは、ついに動かなくなった。

 

それを、自分もガスを大量に吸い込んで朦朧とする意識の中……部下に駆け寄られ、ガスマスクをつけられて助け起こされながらも……テオは、確かにその目で、はっきりと見ていた。

 

「作戦、成功……! 諸君、ご、く、ろう……あー、ダ、メだ、あと……よろし……く……」

 

そして彼もまた……力尽き、がくり、と頭を垂れて……その意識を闇に沈ませる。

 

自らを囮にしてまで、この……まぎれもなく、魔女に対しての『勝利』をもぎ取った上官に対して……そこにいたゲールの兵士たちは皆、無言の、見事な敬礼で持って、その偉業をたたえたのだった。

 

 

 

 



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Stage.11 水の試練

 

 

「……イゼッタが、負けた……? どういうことだ!?」

 

「現在確認中です! 先程届いた情報による限りですと……襲撃した先の物資集積地にて迎撃され、撃墜されたと……」

 

「バカな! 物資集積地だぞ!? 正規軍とはいえ、輜重兵や雑務兵が大多数で、それすら大した数も装備もあるわけではない……しかも、レイラインも通っている! 戦場においてすら無敵を誇っていた彼女が、イゼッタ君がそんな場所で落とされるはずがなかろう!」

 

「詳細は不明ですが、罠を張られていたと……ともすると、こちらが傍受した暗号無線がすでに罠であった可能性も……」

 

「そん、な……!?」

 

場所は……王宮の会議室。信頼のある重鎮たちのみしか、立ち入ることを許されない部屋。

 

焦りを隠すことができないままに報告する近衛の隊長、

声を荒げてその報告内容を認めたがらない将軍、

言葉もなく、告げられる事実に驚き固まっている、他の面々。

そして……顔色を蒼白にし、頭の中もまた真っ白になっている……大公・フィーネ。

 

赤い髪と幼さの残る顔、そして、今や彼女のトレードマークとなった、純白の衣装と対戦車ライフル……そんな親友・イゼッタの姿が脳裏に思い出される。

 

今まで、数多の戦場を駆け抜けて祖国を守ってくれた彼女が、

自分にとって、初めてできた『友達』と呼べる彼女が、

今朝がた送り出した、今回もまた笑顔で、戦勝の報と共に帰ってきてくれると思っていた彼女が…………戦いに敗れた。

 

理解するのを拒否するかのように、フリーズ一歩手前になっているその脳内に……じわじわとしみこんできて、その意味が徐々に意識の中で形を成す。

 

「イゼッタは……イゼッタはどうなった!? 無事なのか!? まさか、まさか……」

 

「ですから今……んっ、何?」

 

確認中、と言い返そうとしたビアンカだが、扉が開いてまた別の近衛が入ってきて、何事か耳打ちすると……見る見るうちにその顔が険しくなっていった。

それを見て、部屋の中にいた一同は、説明を求めて視線を集中させた。

 

「……詳細が届いたようです。おい」

 

ビアンカの言葉に、今入ってきた近衛は「はっ!」と返事・敬礼をして前に進み出る。

そして、ここに自らが運び込んだ……今しがた得た情報の報告を始めた。

 

「前線を監視していた部隊からの連絡です。イゼッタ様ですが、敵の指揮官・ペンドラゴンの捕獲に臨んだものの、あらかじめ用意されていた罠によって撃墜され、そのまま拘束されたと……現在、見る限り連行する準備が進んでいるようです」

 

「撃墜……撃たれたのか!?」

 

「いえ、報告によれば、捕獲を優先したのか、放水によるものだそうで……しかし、麻酔ガスと思しきもので昏倒させられたらしく、目を覚ます気配のないままに……」

 

少なくとも、命に別状はないらしいことはわかったが、ほとんど慰めにならなかった。その後つかまり、これから連行されそうになっているというのだから。

 

彼女は……イゼッタは、エイルシュタットの救国の英雄であり、逆にゲールにとっては宿敵と呼ぶべき人物だ。戦場で幾度となく苦汁を飲まされ、どれだけゲール兵たちから彼女への恨みつらみが募っているかなど、想像するのも難しい。

 

少なくとも……捕まったが最後、ろくなことにならないのは間違いない。

 

最悪は……処刑。それを免れようとも、相当に悪い状況に置かれることになるのは間違いなく……無事に帰ってくるのは、絶望的ともいえるだろうことは、フィーネにもわかった。

 

そして……以前、フィーネ自身が、捕虜にされて航空機で輸送されていた時にかけられた言葉を、フィーネは思い出していた。

 

『あなたのように若く美しい姫なら、使い道は色々と……』

 

あの時もそうだったが、こうなって思い返してみると、底なしに冷たく、恐ろしく、おぞましい響きが込められていると、フィーネは感じた。その意味するところ……仮にあの時、イゼッタに助けられていなければ……自分が見た先は、よくて政略結婚、悪くて……女としての地獄か。

 

そしてそれはそのまま……今のイゼッタが置かれている状況だ。

しかも今度は、彼女を助ける手段は皆無に等しい。

 

彼女を完全なワンマンアーミーとして見ていた結果、彼女を支援する名目で現地にやっていた部隊はあまりに少なく、装備も脆弱だ。近衛が3名いるとはいえ、焼け石に水だろう。

 

この先、イゼッタが……自分と祖国のために戦ってくれていた親友が、恨み骨髄の敵国兵士たちの手によって、どんな目にあうのかと、ちらっとでも考えてしまっただけで……フィーネは、発狂しそうなまでにその精神を追い詰められていた。

 

「どうすれば……どうすればいい!? あぁ……イゼッタ、イゼッタが……」

 

「落ち着いてください姫様! 大丈夫です、周囲から予備兵力を援軍として集めて、必ずイゼッタを……」

 

「だ、だが、我が国に今、あの近辺で余剰に動かせる兵力などどこにも……動かせたとしても、場所が場所だ! 初動すら見通しが立たん今、到着がいつになるか……」

 

「し、しかし今彼女を失えば、我々はもはやゲールと戦う力を失うに等しいのでは!? それに、これを外部に知られるわけには……い、一刻も早く対処せねば……」

 

フィーネが、ビアンカが、将軍が、首相が、予想だにしなかった事態に動揺を隠せない中……ただ1人、平静を保っている人物がいた。

 

もっとも、その男……ミュラー首席補佐官もまた、心中は決して穏やかなままとは言えず、その優れた頭脳をフル回転させてこの事態の打開策を練り上げようとしていたのだが。

……安直な情報と報告に飛びついてしまった数十分前の自分を、これでもかと責めながら。

 

(うかつだった……一体どこからが作戦だったのかは、これだけの報告ではわからない……だが、少なくともイゼッタ君は本気で、魔女の力も使って戦ったはず。捕獲しようとして手加減した隙を突かれたのかもしれないが……それでも、戦場すら支配するだけの力を抑え込んで、あまつさえ逆にこちらを生け捕りにするとは……)

 

「その名に、偽りなしということか、『魔人』ペンドラゴン……!」

 

未だ答えを導き出せない中、ぎりっ、と奥歯を噛みしめる音が鳴った。

それは、めったにその鉄面皮を崩さないミュラー補佐官が、ほんの僅かとはいえ、その感情を表に出した瞬間だった。

 

 

☆☆☆

 

 

 

(日付なし 前記と同日)

 

……書きづらい。

 

濡れても乾きやすく書きやすい紙と、油性で水に強いインクを使っていたことが幸いしたけども……それでもやっぱ書きづらい。

あと数時間たてば、まあ……ましになるのかもしんないけど。

 

けどもう今すでに暇だし、さらに言えば気晴らしなり気を向けるものがほしい。

なので、状況整理もかねて、おなじみ日記といこう……マジでこれしかやることないもの。

 

 

 

さて、あの作戦の後……僕は、車の中で目を覚ました。

 

水浸しになった軍服は、乾いた予備のそれにいつの間にか着替えさせられていた。

その状態で……しかし、ガスを大量に吸い込んだせいでまだ体が重いままに、僕は車に積み込まれて、一路、侵攻軍総司令部を目指していた。

 

ついさっき捕虜にした、イゼッタちゃんも一緒に。

定期的に薬品をかがせて起きないようにして、拘束もしたうえで運んでいる。途中……レイラインが通ってる土地を通るから。

 

本部にも連絡済みだということで、到着は夜中になりそうだが快く迎えてくれるそうだ。

寝てる間に迅速に動いてくれたようで……後は待ってれば、なんなら寝ててもいいくらいという状況になっていたことに安堵しつつ、部下が出してくれた飲み物を口にする。

 

飲みながら、とりあえず捕獲させてもらったけど、きちんと手を回して、こう……薄い本みたいなことにならないように、きちんと捕虜として名誉ある扱いになるようにはしてあげよう、とか思ってたところで……うん、横槍が入った。

 

まあ、イゼッタちゃんを取り戻そうとして、エイルシュタットの軍勢がちょっかいをかけてくるであろうことは予想していた。彼女を失うこと、それすなわち、敗北を意味するわけだし。

 

だから僕としては……占領後のエイルシュタットに対して、何かしらフォロー的なことをした方がいいかな、できないかな……とか、捕らぬ狸の皮算用を考えていたりもした。

もう勝ったかな、と思ってたし……まとまった戦力をすべて戦線に向けているであろうエイルシュタットに、彼女を奪い返すだけの余力はこっちに回せないだろうと思ってたから。

 

……まさか、戦線を1つ放棄してまで奪還のための戦力を用意して、こっちに差し向けるとは思ってなかった。

 

帝国との戦線の1つを大幅に後退させ、自然や地形を武器にして少ない兵で防衛可能なラインまで下がり……そしてその分の、わずかではあるが余った兵力を、イゼッタちゃん奪還のためにこっちに向けてきやがったのである。なんと、戦闘機まで持ち出して。

 

さすがにその規模の襲撃になると防ぎきるのは難しく……横っ腹を叩かれた部隊は総崩れ。

 

それでも、ガスでまだ上手く回らない頭を酷使してどうにか指示を出し、防がせていたものの……なんと、戦闘機の1つが神風特攻ばりに突っ込んできて大爆発……装甲車がひっくり返った。

 

その余波で吹き飛び、イゼッタちゃん――直前で意識を取り戻したらしく、逃げ出そうと車から身を乗り出してたのが災いした――も僕も、運悪く横を走っていた川に落ちてしまった。

流れが速く、水深も深い河に。

 

その後、あの場の連中がどうなったのかはわからないけど……必死で作戦を遂行し、成功させた仲間であるからして……できれば、1人でも多く助かってほしいと思う。

 

そして僕の方は……流されながらも、どうにか回復して再度使えるようになった『SEED』を使い、横で流されつつ沈んでいこうとしていたイゼッタちゃんを引っ張り出して、どうにか川岸まで泳いでいき……運よくそこにあった、がけ下のくぼみで今休んでいるところ。

 

で、暇なんで……日記を書いてるところ。

ポーチバッグは身に着けていたので、いつも身に着けてるレベルの最低限の荷物はあるんだ。筆記用具や救急セット、財布や身分証、サバイバル用具、それに……この日記くらいだけど。

 

そして……助け出したイゼッタちゃんは、今、僕の横で寝ている。

 

……半裸で。

正確に言えば……下着姿で。

 

……何でそんなことになってるのかというと……決していかがわ(日記はここで途切れている)

 

 

☆☆☆

 

 

「……う、ん……?」

 

目が覚めると……見覚えのない光景が、目の前にあった。

 

いつもの、姫様の王宮で私に割り当てられている部屋の天井……じゃない。

というか、そもそも建物の中ですらない。地べただ……硬い。冷たい。

 

え、何で私、こんなところで寝て……と、寝ぼけ眼のままで考えながら、周りを見渡すと……すぐ隣に、別な誰かが寝て……いや、寝てない、座っているのが見えた。

徐々にはっきりしてくる視界。その『誰か』も、はっきり見えて……っっ!?

 

「ぺっ……ペン、ドラ……!?」

 

「うん? 誰がムカデポ○モン……って、ああ、起きたのか」

 

黒髪に黒目……私と同じくらいか少し年上、って感じに見える年頃の、男の人。

服装は、上半身裸で、下はズボンだけど……そこに、想像の中でゲールの軍服を着せてやると、私が知っている……というか、ついさっき?まで戦っていた人だとはっきり分かった。

 

横目でこちらを見て、何かメモ帳みたいなのに書き込んでいる、この人は……!

 

(侵攻軍の指揮官……ゲールの、ペンドラゴン少佐!)

 

そして、同時にだんだんと思い出してくる。

そうだ……私、この人を捕獲しようとして……逆に、用意されてた罠にかかって、眠らされて……その後、起きて、エイルシュタットの軍の人たちが戦ってくれてる中で、車から出ようとして……川に落ちて……

 

……そして、ここに流れ着いた? よりによって、この人と一緒に!?

 

すぐさま離れようとしたけど……足に、というか体に力が入らない。

しかも……こ、ここ……魔法が使えない!? れ、レイラインが通ってないの!?

 

さらにもう1つ、私はやけに肌寒く感じて、自分の体を見下ろしたと同時に……今自分が、下着だけしか身に着けていないことに気づいた。な、何で私、こんな……ふ、服は!?

 

……っていうか、さっき流しちゃったけど……この人も、なぜか上半身裸だし……

 

……ま、まさか……!

 

「ひっ、あ……い、嫌……!」

 

口から勝手に、悲鳴にも聞こえそうな声が出た。

今のこの状況が何なのか、どうして私は服をはぎ取られていて、この人も下着姿なのか。

 

……これから、私は……何をされるのか。

 

……前に、ビアンカさんから……戦争というものについて、色々勉強として聞かされた時に、敵につかまった際、どうなってしまうかについても聞いた話を思い出す。

人質として扱われ、身代金か何かと引き換えに解放されるならまだいい。情報を聞き出すために、拷問されることもあるし…………もし、女の人の場合は……ひどいことをされることもある。

 

その時は……現実味がなかったから、『怖いなぁ』くらいにしか思ってなかったけど……今まさに、私の置かれている状況は……その……

 

 

『慰み者』

 

ビアンカさんに、表情をゆがませながら教えられた……戦争というものが、女性捕虜にもたらす最悪の扱い。それを……思い出してしまった。

 

 

じろり、と……彼……ペンドラゴンさんの、細められて鋭く見える目が、私をとらえる。

 

体が勝手に動いて、両腕で体を抱えてかばうようにして……力が入らない足を無理やり動かして、お尻を引きずって後ずさりしようとして……がしっ、と、腕をつかまれてしまった。

そのまま引き寄せられて……や、やっぱり私これから…………そ、そんなの嫌っ!

 

で、でも……魔法も使えない上に、武器になりそうなものも何も……しかもこの人、さっき見たけど、すごく身体能力が高くて……た、多分、格闘とか……強い、よね……?

わ、私なんかじゃ、魔法なしじゃとても……

 

「おい」

 

「や……やだぁっ! やめて、離して……私っ……い、嫌ぁあ―――あ?」

 

と―――恐怖のあまり、叫びそうになったその瞬間……

 

ぱさっ、と……私の体に、何かが覆い被せるように、何かがかけられた。

 

何かと思ってみてみると……え、これ……服? ゲールの軍服……の、上着?

……これ、かけてくれたの? この人が……今?

 

……あれ? 今から、その……私、ひどいこと、されるんじゃ……?

 

「……あー、えっと、ごめん。怖がらせた、っていうか……勘違いさせたみたいで。先に言っとくと、君にいかがわしいことは何もしてないし、今からするつもりもないから、安心していいよ?」

 

「…………?」

 

「川に落ちたのは覚えてる? で、だいぶ流されながらも、どうにか泳いでここに上がったんだけど……当然服はずぶぬれだから、脱がせた。濡れた服着たままだと体温奪われて危険だし、風邪ひくかもしんないからね。外に干してあるよ、まだ生乾きだけど」

 

あ、そうなんだ……うん、そういえば、そんなことを聞いたことあるかも。

水にぬれた服は早く脱がないと風邪ひくとか何とか……おばあちゃんが言ってた。

 

「けど、さすがに下着じゃ寒いだろうから、それ羽織ってるといいよ。もう乾いてるし。うちの軍服は頑丈さと、濡れてもすぐ乾くのが自慢だからね……あと、その過程で下着姿見たのは普通に謝る。ごめん」

 

あ、はい、いえ……えっとまあ、恥ずかしいけど、そういうことなら別に……うん。

なんか、助けてもらったみたい? 服も……ひょっとして、意外と優しい人?

 

なんか、気のせいか、顔が赤いような……もしかして、照れてるのかな?

 

「あ、あの……あなたは、寒くないんですか?」

 

「いや、普通に寒いけど、まだ我慢できる範囲だからね。朝にはシャツとかもある程度乾くだろうし、うん、問題なし。だからそれ、遠慮せずに着といていいよ」

 

……いい人、かも。

ゲールの軍人なのはわかってるけど……それ以前に何か、こう……。

 

えっと、ホントにその……変なこと、してないんですよね? 私に。

 

「………………」

 

え、何で黙るの?

ま、まさか、本当は寝てる間に何か……そ、それとも、これから!?

 

「いや、違うから。ホントに。でも、その……全くその、そういうことをしてないわけでもないというか、全然とは言い切れないというか……」

 

「な、何!? 何ですか……わ、私にやっぱり、何かしたんですか!?」

 

「えっと……実は……」

 

じ、実は……?

 

「……川から引っ張り上げた時、君、息してなかったから……水もだいぶ飲んじゃってたし。それで、その……心肺蘇生というか……その、胸骨圧迫と、じ、人工呼吸を……」

 

………………

 

じん こう こ きゅう ?

 

そ、それって……き、きっききき……すすすす……

く、口っ……くちとくちでっ、あの……ええぇえええぇええ!?

 

 

≪錯乱中につきしばらくお待ちください≫

 

 

……よ、よし……だいぶ落ち着いてきた……あー、でもまだ顔熱い……

 

とにかく、その……うん、き、気にしないことにしよう。

彼……ペンドラゴンさんは、純粋に私を助けるためにやってくれたんだし……そうしなきゃ、私多分死んでたみたいだから……。

 

そ、それに、ロッテちゃんだって前に『人工呼吸はファーストキスにはノーカンっていうか、ギリギリセーフですよねー』って言ってたし、うん、大丈夫のはず。何が? 知らないけど。

 

「あ、あのっ……あ、ありがとうございました! その……助けてもらって」

 

「……お礼を言われるのも変なんだけどね。忘れてはいないと思うけど……僕ら、敵同士だし」

 

「あ、そ、それは……はい。でも……言っておきたかったから」

 

「……なら、うん……どういたしまして」

 

ちょっと照れながら、さっきと同じように顔を赤くしてそう返してくる。

 

……こうしてよく見てみると……最初、険しい表情だったのもあって、怖い人かもって思ってたんだけど……意外と、なんていうか、かわいい顔、かも?

目はちょっと鋭いっていうか、ツリ目な感じだけど……女の子みたいにかわいらしさがある感じの顔つきだし。中性的とか、女顔……っていうんだったかな? こういうの。

 

……よく見ればよく見るほど、男の人って感じが薄れてくるような……不思議。

 

「……僕の顔に何かついてる?」

 

「え、い、いや……何も……」

 

「……なら、今日はもうさっさと寝た方がいいかもよ? もうそろそろ暗くなるし。この硬い地面じゃ寝心地悪くて疲れもなかなか取れないだろうから……その分、時間を伸ばした方がいい。寒いのはこれ以上は……着れるものがないから、我慢してもらうしかないけど」

 

そう、ちょっとぶっきらぼうでそっけない感じに言ってくる。

 

「そう、ですね……あなたは、何も着なくて平気なんですか? 上……」

 

「何とかなるでしょ。一応これでも、サバイバル系の訓練は積んでるし……女の子は体冷やしちゃダメだって聞くから、それは貸したげる。朝になって、君の服が乾いたら返してもらうから」

 

「あ、はい……ありがとう、ございます」

 

けど……やっぱり優しい、かも。

 

彼がゲールの軍人だっていうのはわかってる。

わかってるけど……どうしてかな、何か……悪い人だとは思えない。優しいし……さっき、集積地で追いかけてた時には、部下を大切にするようなことを言ってたし。

 

それに……だ。

何か、変なことを言うようだけど……

 

 

 

……なんか、初めて会った気がしない……ような……?

 

 

 

 



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Stage.12 同行者

 

 

「……ん……朝か……」

 

野宿そのものといっていい、寝袋どころか敷布の一枚すらない状態での一夜を経て、テオは目を覚ました。

寝心地は最悪だったが、意外にも熟睡できたらしい。疲れはとれている。

 

嬉しい誤算かな、と寝ぼけ半分の頭で考えつつ、体を起こそうとしたが……なぜかうまくいかない。まるで、何かが上に乗っているかのように。

 

……その例えが、そのままの状況であると彼が気づくのは、数秒後……寝ぼけ眼が目の前の光景を鮮明になってからのことだった。

 

「すぅ……すぅ……」

 

「…………え?」

 

視線を下側に下げた彼が見たのは……仰向けに寝ている自分の上ですやすやと熟睡している……イゼッタの姿。早い話が、彼を敷布団ないしベッド代わりにしている状態だ。

 

さらに言うなら、当然ながら……2人とも、昨日、就寝したままの状態である。

すなわち、テオは上半身裸で、イゼッタは下着姿だ。テオが貸した軍服の上着は、掛け布団代わりにイゼッタの上からかけられている状態。

 

当然、彼の素肌には……『もにゅ』とか、『たぷん』とか、『ぷにゅん』とか……色々と蠱惑的な擬音が似合いそうな感触が、そこかしこに感じられて……

 

「……? ……!? !? !!? !?!?」

 

急速に覚醒していく意識の中で、テオの頭脳は、めったに陥ることのない『パニック』というものに盛大に突っ込んでしまっていた。

 

「どわああぁぁあ!?」

 

「わひゃあっ!? あ痛っ!」

 

驚いて飛び上がったテオと……そこから硬い地面に振り落とされて強制的に目覚めさせられたイゼッタが、それぞれ違った理由で上げた悲鳴が、人気のない川岸の洞窟に響いた。

 

「あ、頭イタイ……あ? ……あ、えっと、その……おはようございます」

 

「あ、うん、おはよう……じゃないでしょ! 何してんの君!?  何してんの君!?」

 

「え、えっと……その……服、貸してもらっておいてなんですけど……さ、寒くて……そ、それでその! 前におばあちゃんから、雪山とかで寒くてどうしようもない時は、裸で抱き合って人肌で互いに温めあうのが意外とあったかいって聞いたの思い出して……」

 

「いや、確かにそれ割と生存率上がるけど……だからって普通ホントにやる!? しかも、男相手に! しかも僕敵国の軍人で、君捕虜だよ!? もうちょっと危機感持とうよ危機感! やらないけどさ、襲われたって文句言えないよ!? エロ同人誌みたいに!」

 

昨日は、襲われるのではないかと危惧しておびえ、顔を青ざめさせてこちらを恐怖の表情で見返していた少女が、一夜にして無警戒・無防備系の天然美少女に変わったのだから、テオの混乱もひとしおである。パニック継続中。

 

この男、常に冷静沈着に見えて……突然のトラブルには弱い。To L○veるにはもっと弱い。

 

「えろ、ど……? で、でもほら、背に腹は……って言いますし、あのままじゃ寒くて眠れない感じだったし……そ、それに……あったかかったでしょ? 少佐さんも」

 

「おかげさまでね! 超ぐっすり眠れたよ!」

 

やけに寝心地が良かったのはこのせいだろうか、と、顔に熱がこもって熱い感触を覚えながら、テオはそうヤケ気味に言った。それを見て、ばつが悪そうに笑うイゼッタの顔も、当然赤い。

 

その赤い顔のまま、空気を読まずにさらなる追撃をかけてくるイゼッタ。

 

「あのー……お、怒っちゃいました? わ、私、重かったですか?」

 

「い、いや別に、怒ってはいないけど……それに、君くらいを重いとか感じるほど、やわな鍛え方はしてないつもりだし」

 

「じゃ、じゃあその……何で、後ろ向いちゃうんですか?」

 

「…………黙って流してくれると一番助かるんだけど。繰り返すけど、怒ってないから」

 

「で、でもじゃあ何で……」

 

「聞くなっちゅーのに!」

 

……ほとんどの健康な男子には、起床直後には、妻や恋人でもない限り、間違っても女性には見せたくない、体のごく一部の変形が起こるのである。抗いようのない生理現象として。

ましてや、彼の眼前には直前までイゼッタの半裸があったわけであり……お察しください。

 

「頼むから黙ってて、一分くらいで収まるから多分」

 

「収まるって何が……」

 

「シャラップ!」

 

……ここまでで終わっておけば、ただの笑い話で済んだのだが……パニックに陥った脳は、時に洒落にならない失敗を呼ぶ。

顔の熱が引かないまま、勢いに任せてテオの舌は回る。思慮を伴わず、回ってしまう。

 

「全くもう……今言ったけどね、君もうちょっと危機感持ちなさい、かわいいんだから」

 

「かっ、かわ!? い、いや、そんな……」

 

「しかもここレイライン通ってないんだから、君限りなく無防備でしょ。これも繰り返しになるけど、僕に襲われでもしたらとか考えないの?」

 

「かわ、かわ……あ、いやでも別にほら、その、私………………えっ?」

 

「ん?」

 

 

 

「……あの、今……『レイライン』って……?」

 

「……あ゛」

 

 

 

……数秒の沈黙。

 

「な、何でその言葉を……ど、どうして知ってるんですか!? ま、魔女の一族しかそれは誰も……」

 

「……黙秘します」

 

「そんなぁ!? お、教えてください、そ、それ……それ、帝国に知られちゃったら困るんです! 私の、秘密で! 姫様と、信頼できる人しかっ! え、エイルシュタットが、姫様の国が負けちゃうからぁ! 困るんです―――っ!」

 

「ノーコメント、全てにノーコメント……てか、仮にも敵に対してそんな風に懇願されてもちょっとまて!! 来るな、こっちに来るのはやめろ! まだだから、まだ収まってないからあと30秒くらいやめろ見るな身を乗り出すなくっついてくるな! 羞恥心仕事しろ!!」

 

 

 

結局、完全黙秘で乗り切った?後、テオとイゼッタは、ある程度乾いていた服を着て、テオが持っていた携帯食料を2人で分けて食べ……そして、移動を開始した。

 

その際、イゼッタが流されている途中でぶつけたのか、足をくじいて歩けないことが分かったため……テオが背負って歩いている。川沿いの道を、下るように。

 

……そしてその間中、数分おきに質問が後ろから飛んでくる。乗り切れていない。

 

「何でレイラインのことを知ってるんですか?」

「魔女の力について、どこまで知ってるんですか?」

「あのベアル峠の戦いで知ったんですか?」

「私以外に魔女を知ってるんですか?」

「ゲールの軍はもうこのことを知ってるんですか?」

 

(しつけぇー……)

 

そんな感想を抱きながらも、ほぼ完全に無視しつつテオは歩き進む。

 

繰り返される耳元での質問攻めに、最初こそ、彼女を背負うことによる、背中に感じる2つの柔らかな感触――いわゆる『あててんのよ』状態――を必死で耐えていたが……今ではそれを上回る鬱陶しさで心がくたびれきっていた。

 

まあイゼッタも……とても知りたそうにはしているものの、おぶってもらっている、というか、昨日から助けられっぱなしであるという自覚があるため、彼女にしては我慢している方だった。大体数分で我慢できなくなって再度尋ねるのだが。

 

実のところ、彼女は普段は素直で聞き分けもよく、物腰も柔らかかつ丁寧だが、一度こうと決めると、誰に何と言われようとやり通すという、頑固な一面を持っている。ジーク補佐官が、彼女の頑固さに折れて作戦を一部変更することを認めるほどに。

 

そうなった彼女を翻意させられる者がいるとすれば、それは……敬愛する大公にして親友であるフィーネだけだろう。それですら不可能な場面も、もしかしたらあるかもしれないが。

 

その後しばらく歩くうちに、昼も過ぎた時間なので休憩を取ることになった。

川岸に座り、水に足を浸して冷やして休んでいるテオの隣で、イゼッタはまだ聞きたそうにしながら、意識して自分を無視しているテオを見つめている。

 

いくら問いかけても答えてくれないテオに、できるなら朝と同じように寄って迫って聞き出したい気分のイゼッタだが……今の彼女は、それができない。

自由に動けないのだ……拘束されているために。

 

というのも、今イゼッタが着ているのは、彼女のいつものあの白い戦装束ではなく、『拘束服』と呼ばれるもので、囚人や捕虜に着せて、衣服そのものの機能により体の自由を奪うものだ。

ツナギのように上下一体になっていて、腕や足に何本もベルトがついている。それを締め上げると、腕と足も締められて身動きが取れなくなるのだ。おまけに頑丈で、力を入れても破れない。

 

捕獲された直後、イゼッタはずぶぬれのあの白い服を脱がされ、これに着替えさせられたのである。その作業はテオの指示で、きちんと女性兵士が行った。

ちなみに偶然だが、この服も色は白い。

 

なお、テオはこれによって拘束されているイゼッタを見た際、前世で見たとあるアニメの登場キャラを思い出し……『別な『魔女』もこれで拘束されてたっけな。というかあのキャラはもはや普段着で着てた気もするけど……』と独り言をこぼしている。

 

干されていた彼女の服は、もちろんコレだ。彼女の本来のあの白い服は……ゲール軍の輸送車両のコンテナに詰め込まれていたのだが……あの襲撃で燃えたかもしれない。

何にせよ、今手元にあるイゼッタの服はこれだけ。他に着れる服もないので、仕方なくコレを着つつ、拘束されているわけだ。

 

背負うのに邪魔だから、その時は手足は自由にされているが……休憩中は逃走防止もかねてベルトで締められている。

 

もしレイラインがある土地に出れば、即座に魔力を流して外してしまえる程度の拘束だ。現に、あの川に落ちた時、イゼッタは拘束状態にあったのを、魔法で自力で解除している。

……そのおかげで身を投げ出され、川に落ちた上、体にガスが残っていた上に拘束解除が中途半端だったおかげで、うまく泳げず溺れたのだが。

 

しかし、イゼッタも当然それを考えてはいたのだが……歩くこと数時間、一向にレイラインが通っている土地に到着しない。そうなれば、一気に立場は逆転するのだが。

 

(……おかしい……あの基地の周りは、太くはないけどレイラインが、あちこちにあったはずなのに……これだけ歩いて、全然なんて……)

 

そこでイゼッタは、はっとしてテオを見る。

 

(……まさか、わざとレイラインが流れてない土地を選んで歩いてる……? そういえば、何回か急に、理由も教えてくれずに方向転換したことが……)

 

どうやったのか、そもそもそうなのかすらわからないのだが、イゼッタがそう思い至った……その時だった。

 

「……っ……!」

 

突如として、大きな問題が……彼女の前に現れた。

とっさに、助けを求めようとテオの方に目をやるも……この問題はおそらく、彼にとっても大きすぎる……いや、『彼』だからこそ解決するのは難しいかもしれない、と思い至る。

 

ごまかしようもない、その立場ゆえに……彼は、手も足も出ないはずだ。

いかに強大な力を持っていても、どうしようないものとは存在するのだから。

 

それでも……多少強引というか、目をつぶる部分を発生させてでも、コレを解決しうる者は今、彼をおいてほかにない……イゼッタは、葛藤の末、テオに頼る決断をせざるを得なかった。

 

「……ペンドラゴンさん、お願いがあります」

 

「……? 何? 質問なら」

 

「いえ、違います。もっと、重要なことで……できれば、急いでくれると……」

 

「……どうかした?」

 

真面目なトーンで告げられるイゼッタの言葉に、テオも表情を真剣なものにした。

そして、素早く川から足を出して彼女の元に駆け寄ると、その体を抱き起こす。

 

見れば、その顔には焦燥と……玉の汗が浮かんでいる。何かあったのは確からしかった。

見たところ、ケガの類は特にないようだが……と、テオがいぶかしむ中、イゼッタが、呟くように口を開いたことには、

 

 

 

「……お手洗いに……行かせて、ください」

 

 

 

その数分後、イゼッタは、テオから服の拘束を解いてもらい、しかし代わりに、持っていた紐を拘束服のベルトにきつく結んでつないで、リードのようにした状態で、『行ってきなさい』と送り出された。

 

さすがに監視つきでの用足しは許してくれたことにほっとしつつも、いそいで近くの茂みの中にかけていったイゼッタを見送るテオ。そのまま自分は、今しばらく足を川で冷やしていた。

 

間違っても、その途中で彼女を見てしまうようなラッキースケベを起こすわけにはいかないので、極力意識しないようにすらしていた。

 

……一方で、先程からどうしても気になるというか、頭の隅に引っかかっていることがあった。

それは……先だって、イゼッタの脳内にも同様にあったものであると、彼は気づきようもない。

 

(やっぱり彼女、どこかで見覚えがあるような……写真とか映像で顔見るたびに思うんだよな……いや、前世のテレビとかじゃなくて、もっと……直接……?)

 

初めてテオが彼女を直接見た時……『ベアル峠』の戦いの時に、双眼鏡のレンズ越しだったが、その時の第一印象は『かわいい』だった。不謹慎かもしれないが、率直に言ってそれだった。

しかし同時に、頭の中で……どこかで会ったことがあるような気も、わずかにしていた。

 

いくら考えれども、その答えは出てこなかったが……彼女の顔を見るたびに、時には頭に鈍痛が走りすらした。何かを訴えるかのように。

 

しかし結局今回も何もわからぬまま、そのまま数分が経ち……ふと『やけに遅いな?』と気になったテオが、彼女の拘束服につないでいる紐を引っ張ると……まるで抵抗がない。

 

はっとして、紐を勢いよく引っ張ると……先についていたのは、脱ぎ捨てられ、中身のない拘束服だった。

 

「っ……あ~! 僕のバカ……古典的な手に! 油断した!」

 

 

 

 

 



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Stage.13 記憶と、銃声と

 

 

(助けてもらったのに……ごめんなさい! でも、私……姫様のところに、帰らなきゃいけないんです……!)

 

イゼッタは、茂みで用を済ませつつ――申し出自体は嘘ではなかった。ただ、その後に思いついて脱走を企てたのである――服を捨て、下着姿になって、野山をぎこちない動きで走っていた。

 

くじいた足は痛むが、実のところ、歩けないほどではない。

確実に悪化するだろうが、無理すれば走ることもできる。

 

そしてイゼッタは、このままゲールに捕まるわけにはいかない、と考え……負傷を推して、場所もわからない野山で決死の逃走を試みたのである。

 

自分の、女としての恥ずかしさその他を案じてくれたテオを出し抜くのは、敵とはいえど命の恩人、後ろめたさがなくもなかったのだが……ここでつかまれば、敬愛するフィーネに、帝国との戦における勝ちの目がなくなってしまうことを思えば、迷ってはいられなかった。

 

この足ではそう長くは走れないだろうが……先程も彼女が考えた通り、この辺りにはレイラインが細かに走っていたはず。魔法が使える場所に出さえすれば、適当な何かを浮かせて乗り物にして……そのまま帰還することができるはず。そのように考えての、脱走。

 

しかし……焦って考えたプランであることに加え、今の彼女は、想像通り……というか、思った通りに体が動いてはくれない状態。

おまけに、土地勘があるわけでもない場所でやるには……尚早だったと言わざるを得ない。

 

もし、気づいて追いかけてこられたら、逃げ切れない。イゼッタは少しでも早く、少しでも遠くへ……何も考えず、ただひたすらに走り続けた。

 

……それが、まずかった。

 

極めて安易に、木立が多い方へ、多い方へ走った方が、遠くから見ても見つけづらくなると考えたイゼッタは、そのように……自分でも見通しの悪い方へと走った結果……

 

「……え、っ?」

 

木立の向こうに隠れていた崖に、気づくことができず……自分からそこに飛び込んでしまう。

 

慌てて急停止、方向転換して戻ろうとするも……すでに片足が地を離れてしまっていた状態だった。そのまま戻り切れず……重力に引っ張られて、彼女の体はがけ下めがけて落ちていく。

 

「ぁ……い、嫌っ!」

 

とっさに崖の上の何かをつかむべく、がむしゃらに手を伸ばし……崖の淵から伸びた、少し太めの木の枝をつかむ。枝は、大きくしなったものの、抜けも折れもしなかった。

しかし、めきめき……と不吉な音が響いている。次の瞬間にも、折れるか抜けそうだ。

 

慌てて周りを見るも……他につかまれそうなところがない。

イゼッタは、声を上げて助けを呼ぼうとして……今叫んだら、テオに聞こえてしまうのではないか、という思いがとっさによぎる。

 

そうすれば、助かるかもしれないが……またつかまってしまう。今度は、絶対に逃げ出せないようにきつく、厳しく拘束されてしまうかもしれない。

 

そう考えて一瞬躊躇するも……そうしなければ確実に死ぬ、と思い直す。

先程、一瞬見えたがけの下は、先に落ちたところ以上に流れの速い川だった。自分では……しかも、足が片方うまく動かない今の状態では、間違いなく溺れてしまうとわかるほどに。

 

仕方ない、と決断するも……その一瞬が遅かった。

『バキッ』と音がして……その瞬間、イゼッタが手にしていた枝が折れ……体が空中に放り出される。

 

(あ、そんな……)

 

浮遊感の中……イゼッタは、時間がスローモーションになる不思議な感覚を味わっていた。

眉唾物の知識で、死の間際にそういった現象が起こることがある、と聞いていたが……まさに今、自分はそういう状況である、と言える。

 

そう考えると、かえってこの演出は残酷と言えなくもない。一歩一歩、自分に近づいてくる死を、はっきりした意識の中で……恐怖しながら待つことになる。

ゆっくり、ゆっくりと……周りの景色が下から上へ動いていく、そんな中で……

 

普通の世界と変わらないかのような素早さで、こちらに猛然と駆けてくる人影が見えた。

 

「え……? ……あ……ぁあっ!」

 

「っ、この……手間かけさせんじゃ……ないっ!」

 

イゼッタの視界の端に見えたテオは、残像が見えるのではないかと思えるほどの速さで走り、崖の淵を踏み越えて……あろうことかそのまま、崖の岩壁を走って突進してきて、イゼッタに横から突撃、そのまま抱き抱えて走り続け……壁面を蹴って跳躍した。

 

軽く数mは跳んだその先には……先程イゼッタが捕まったそれよりも大きく太い枝があり、テオは空中で体を縦に反転させると、足を使って、膝を曲げてその枝をとらえ、鉄棒運動のように一回転して、そこに足で逆さにぶら下がる形で止まった。その腕に、イゼッタを抱えたまま。

 

数瞬のうちに、目まぐるしいどころではなく……酔う暇もないほどに勢いよく景色が移り変わった末に……イゼッタは、自分の命が助かったことを知った。

 

「あっ、あっあっあ……あ、あり、ありが……」

 

「いい、いい、落ち着いて……この状況下でパニックはさすがにまずいから。深呼吸」

 

言われた通り、深呼吸して落ち着いてから、イゼッタはテオに、改めての礼と、逃げたことへの謝罪を口にするも……

 

「いいよ。捕虜なんて嫌だろうし、チャンスがあれば逃げるのは自然だし……ぶっちゃけ僕が油断してたのもあるし。まあ、もう逃がさない……と、言いたいところなんだけど……」

 

「えっ?」

 

「……ごめん、今のでさすがにその……足が限界。この状態から動けそうにないから……悪いけど、上に戻るのに、手かしてくれる?」

 

「え、ええぇっ!? そ、そんな……で、でも、それならできればそうしたいですけど……わ、私、魔法なしじゃ、その……崖登りなんてできないし……」

 

「いや、大丈夫…………仕方ないから言うけど、ここ、レイライン通ってる。気づいてないでしょ、その分だと?」

 

「……え?」

 

はっとして、意識を集中させると……慣れ親しんだ感触を、手元に感じることができた。周囲の魔力が集まってきて……自分の力になってくれる感触。

どうやら、テオが跳躍した数mの移動で、運よくレイラインのある土地に入っていたらしい。

 

すごい偶然だ、と思いながらも、イゼッタは、テオが足でぶら下がっている枝に手を伸ばし……そこに魔力を流すと、生えている岸壁の一部ごとそれを浮遊させ、自分とテオと共に、崖の下にあったわずかな陸地に、狙ってゆっくりと下した。

 

そして、力が抜けた……というか、力を使い果たした様子で倒れこむテオ。イゼッタ自身も、足の痛みに加え、安心したせいか腰が抜けてしまった。

 

そのまま、一息ついたところで……まだ膝が笑っているテオが、ため息とともに、

 

「……さて、どうする? 形勢逆転しちゃったけども」

 

「? ええっと……はい?」

 

「魔法が使える土地に来たから、君の方が有利っていうか、強くなったってこと。しかも僕、体がったがたで動けそうにないし……超チャンスだよ? どうする? 殺す?」

 

どこか他人事のようにそう聞いてくるテオに対し、イゼッタは……驚くと同時に憤慨して、

 

「そ、そんなことするわけないじゃないですか! 命の恩人……しかも、2度も助けてくれた人を、そんな、恩をあだで返すようなこと……絶対しませんよっ! バカにしないでください!」

 

「いや、バカにするっていうか……戦争してる敵国の軍人相手にした対応としては、別に何もおかしいもんじゃないと思うけど……」

 

「それでもです! こっちから襲い掛かったのに助けてもらって、しかもその後嘘ついて逃げ出したのにまた助けてもらって……これで、これ以上もう何か……する、なんて……私、自分で自分を許せなくなります……!」

 

「ああ……トイレも嘘だったんだ?」

 

「……いえ、それはホントで……嘘は、その、ちゃんと帰ってくるって約束した部分で……」

 

「あ、そう……何かごめん。じゃあ、当初の予定通り……生け捕りにでもする?」

 

「……本音を言えば……私、あなたを見逃したいって思ってます。あなたなら……自力でどこかの基地にたどり着くぐらいはできそうだし。私は、その……さっき偉そうなことを言っておいてですけど、つかまるわけにいかないので……こ、このまま逃げさせてもらえれば、って……」

 

「……いや、それ確実に君んとこの偉い人に怒られるでしょ。軍法会議もんだよ?」

 

「あ、はい、そうですけど……私、正式には軍人じゃないみたいなので、何とか……ならない、かな? とか」

 

「……非正規兵は、それはそれで問題あるんだけどね……国際法、一部適用外になったり」

 

何だか力の抜けるやり取りだ、と思いつつも、テオは深呼吸して息を整え、立ち上がる。

膝は笑っているままだが、動けなかった先程までと比べれば、かなり調子はいいようだ。

 

「……ん……やっぱり、レイラインが通ってるところだと回復も早いな」

 

「……えっ? それって、どういう……」

 

イゼッタの問いには答えず、テオは懐から何かを取り出した。

 

それは、見た目は、掌に乗るサイズのコンパスだった。イゼッタを背負って歩いている間、何度かそれを見ていたのを、イゼッタは覚えている。

 

しかし、ただのコンパスではないのか……その方位磁針の下に、金色の砂のようなものが敷き詰められた皿がある。その砂は文字盤に散らばり……不規則な模様を作っていた。

コンパスを回すと、砂も動く。どうやら、ただの飾りではないようだ。

 

それもそのはず……これは、コンパスに擬態させた……レイラインの計測機器である。

 

金色の砂が、南西の方向に多く集まってキラキラと輝いているのを見ながらテオは、

 

「……南西に進めば、レイラインに沿って行けそうだな。確認しながらだけど」

 

「っ……やっぱりそれ、レイラインがわかる道具なんですね……! どこで、そんなもの……」

 

「作ったんだよ。まあ、色々珍しい材料がいるんだけど……」

 

「つ、作った……!?」

 

唖然とするイゼッタに構わず、テオは考えをまとめる。

 

どうやらこの甘い少女は、自分を捕まえるつもりはないらしい。それはありがたいが、実のところ自分も彼女を捕まえるのは難しいと思っていたので、お言葉に甘えてここは大人しく分かれるべきか……だとしたら、帰った後に責められないように口裏合わせがいる。

 

そして、イゼッタの力で、再度先程の大きな枝を浮かせて、崖の上に戻る――「最初から上に下ろせばよかったですね」とはイゼッタの弁――その最中、テオは、

 

(……あれ、何だ……この感覚、前にどこかで……)

 

魔法で浮遊する木の枝の上で、そんな違和感を覚え……同時に、再び何かが頭の中から呼び起こされそうな頭痛を覚えていたが……口に出すことはなかった。

 

「……この先、君がこのままコレに乗っけて送ってくれるってこと?」

 

「はい、さすがに、途中までですけど……あ、でもその、捕虜になってくれるなら、ランツブルックまできちんと送りますけど……?」

 

「いや、さすがにそれは……」

 

「そうですか……そう、ですよね……ああでも、姫様にお土産……でも、恩を仇で……」

 

今ので納得するのかとか、人をお土産呼ばわりするなとか、色々言いたいことはあったものの、努めて気にしないようにして、テオはこれからの移動プランを立てていっていた。

 

(……まずは、さっきの場所に置いてきた、彼女の服とりに戻らなきゃだな。色々あって忘れてるっぽいけど、彼女今、下着姿だし……気づいた後で羞恥で悶えそうな気がする)

 

「……やっぱり、その……失礼を承知で、なんですけど……ランツブルックに来ませんか? その、捕虜としてですけど……なるべく丁寧な扱いにというか、ひどいことしないように、ビアンカさんとかジークさんとかに話してみますから!」

 

「優位性を保ってんのに何でそんな腰の低い……ぶっちゃけ、今の僕に君に抵抗する力はないんだから、身柄が欲しけりゃ拘束でもなんでもして連行すりゃよかろーに」

 

「そんなの……それじゃ誘拐と同じじゃないですか! ああでも、最初そうしようとしてましたけど確かに……でも、こういうのってやっぱり本人の気持ちが……」

 

(戦争中の敵国の軍人相手に本人の気持ち尊重とか……この子軍人向いてないよな? あ、いや、そもそも軍人じゃないんだった……やってることと実力はそれ以上だけど)

 

「い、今なら私から頼んで、ロッテちゃんにアップルパイ作っておやつに出してもらえるよう頼んであげても……あ痛っ?」

 

ついには保険屋さんみたいなセールストークが始まったかと思えば、身を乗り出した拍子に足に痛みが走ったらしく、うずくまるイゼッタ。

 

見れば、かなり無理をしたのだろう、うっ血して青くなっている。

呆れながらテオは、ポーチから救急セットを取り出して、パック包装されている湿布薬を取り出す。濡れていてうまく破れないので、ナイフで袋を切ろうとしつつ、

 

「全くもう……言わんこっちゃない。それ治るの、安静にしてても結構時間かかるかもよ? ケガしてる上に、獣道ですらない山野を、方角とか考えもせずがむしゃらに走るから……せめて計画性もって行動するべきだろうに」

 

「し、仕方ないじゃないですか……あの時は私、必死で……それに、計画性って言っても、こんなところでどの道、道なんてわかるわけないし……」

 

「僕は大体、この国の要所の地形とか頭に入ってるけど? 方角とか確認しさえすれば……っていうか、ここまでそうやって歩いてきたんだし」

 

「そうなんですか!? すごい……いや、これってエイルシュタットまずいんじゃ……で、でも、しょうがないじゃないですか。私にはそんなことできませんよ……私、頭悪いし……軍人でもないし、まだ15歳ですもん……」

 

「……年上じゃんか、しっかりしてよ」

 

「……え? は!? い、今なんて……と、年う……え? あ、あの、ペンドラゴンさんって……」

 

「今14。あ、でももうちょっとで誕生日来て15になるか」

 

「……………………」

 

唖然とするイゼッタ。しばし思考停止。

 

「……大丈夫だよ、年上の威厳とか、そういうの気にする場面でもないだろうし」

 

「まだ何も言ってないです……うぅ、でも確かに、威厳も何もない……頭いいし、背も高いし、すごく強いし、おまけに助けられてばっかり……」

 

敵同士であるところに、気にする体裁も威厳も今更ないだろうが、イゼッタにとっては、ジーク補佐官などが警戒する、歴戦の軍人だと思っていた相手が、あろうことか自分より年下だったと知って……さらに、今までのやり取りを思い出して、アレが全部年下相手に自分がむきになっていたような感じに思えてしまい、何とも言えない気持ちになる。

 

「何一つ勝ててない……年齢くらいしか……この状況でできることなんて、せめて呼び方を年上っぽくするくらい……」

 

「何がどうしてそういう思考になって、何をしようとしてんのか知らないけど……呼び方くらいなら好きにしていいよ? どうせもう数時間の付き合いだし」

 

「うう、なんかそれすら妥協されたみたいな……で、でもそれなら、お言葉に甘えて」

 

(甘えるんかい)

 

「あ、あの……本名、何でしたっけ?」

 

「……テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴン。別に覚えなくてもいいよ、長いし」

 

ため息をつきたくなったテオだったが、次の瞬間、

 

「じゃ、じゃあ、呼び捨てもなんですから…………て……て……

 

 

 

    テオ君!

 

 

 

……な、なんてどうで…………どうかしました?」

 

イゼッタに、若干無理矢理な笑顔で、その名で呼ばれた瞬間……テオは……頭の中で、何かがはじけたような感覚を覚えていた。

 

『SEED』ではない……もっと別な……先程まで、わかりそうでわからなかった、頭の中でくすぶっていた『何か』……頭痛や違和感の根源にあるものだった。

 

その記憶は……今の今まで、完璧に忘れていたもの。

しかしこの瞬間、脳裏に鮮明によみがえってきた。

 

 

 

『また明日も来るからな……いい子にしているんだぞ?』

 

『そうですね、姫様。じゃあテオ君、また明日、一緒に遊ぼうね』

 

『うん……ありがとう! またね、イゼッタおねーちゃん、フィーネおねーちゃん!』

 

 

 

「……イゼッタ……お姉、ちゃん……?」

 

「…………えっ!?」

 

一瞬、意味が分からなかったイゼッタだが、直後に、イゼッタの脳内にも同様の記憶がフラッシュバックする。

 

それは、まだ幼い日……それこそ、フィーネと共に遊んでいた頃の記憶だ。

 

よく2人で遊んでいた、イゼッタとフィーネだが……一時期、『3人』で遊んでいたことがあった。

 

2人が出会った、山間の避暑地の湖……よく、イゼッタがほうきに乗って浮かんでいた場所。

そこから少し離れたところに、小さな孤児院があった。そこに入っていた、ある少年……彼女達よりも1つ年下だったはずの彼と、よく一緒に遊んであげていたのだ。

自分も、姫様も、弟ができたようで楽しい時間だった……と、記憶がよみがえる。

 

その後、イゼッタは旅の暮らしに戻り、フィーネもランツブルックに戻ってしまい……いつのまにか、その孤児院はなくなってしまい、それ以来会うこともなかった、今まで忘れていた。

 

その彼の特徴は……自分たちより小さかった背丈は、年月が経っているからあてにならないにしても……黒髪に、黒目だったことを覚えている。名前は……本名までは覚えていないが……

 

よく、呼んでいた名前は…………そう、

 

 

 

「……テオ、君? 君、あの時のテオく―――」

 

 

 

―――パァン!!

 

 

 

「…………え、っ?」

 

響く、乾いた音。

 

のけぞるテオ。

そのまま……崖の下に、川に落下していき…………水音。

 

手に持っていたナイフと湿布薬のパッケージ、それに、レイラインの計測器が、音を立てて地面に落ちた。

 

何が起こったのかわからないイゼッタは、とっさに後ろを見て……

 

 

「間に合って、よかった……イゼッタ、無事で、何よりだ」

 

 

心の底から安心したような顔をした、ビアンカがそこに立っていて、

その手には…………硝煙をくゆらせた、拳銃が。

 

「――そん、な」

 

何が起こったのか、わかってしまった。

ビアンカが……何をしたのか。テオが……何をされたのか。

 

……そう、テオだ。

『ペンドラゴンさん』ではない……テオだ。『テオ君』だ。

 

「……川に落ちたか、これでは死体の確認は難しいな。まあでも、頭を撃たれて生きている人間はいないだろうから……イゼッタ? おい、どうした、イゼッタ!?」

 

『ナイフを持って、下着姿のイゼッタに襲い掛かろうとしていたゲールの軍人』を見事に一撃で打倒したビアンカは……彼女の様子がおかしいことに気づく。

 

汗は滝のようで、わなわなと震え……まるで、目の前の出来事が信じられないかのよう。

 

愕然として放心状態になっているイゼッタは、ビアンカの呼びかけに反応を返すこともなく……さっきまでテオが立っていたあたりを見た。

 

そこに残っているのは、ナイフと、湿布薬と、コンパスと……

 

 

……わずかな、赤いシミ―――血痕。

 

 

「……イゼッタ!? おい、どうした、しっかりしろ!」

 

 

やけに遠くにビアンカの声を聴きながら……その瞬間、イゼッタは……意識を手放した。

その頬に……一筋、涙の軌跡を残して。

 

 

 

 



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Stage.14 魔人が目覚める日

 

 

「……フィーネ様、もう少し、お召し上がりになってください。これでは、お体が持ちません」

 

心配そうに、しかし言いづらそうに、メイドのロッテが声をかける。

 

テーブルについている彼女の主……このエイルシュタットの現・大公であるフィーネは、今しがた、食事の時間を終えたところだった…………だいぶ、早く。

 

並んでいるメニューは、1枚のトーストと、それに塗るバター。ベーコンエッグに、生野菜のサラダ。ドレッシングが添えられている。それに、ソーセージとジャガイモの入ったスープだ。

 

一国の国家元首としてはどうなのだろう、と言いたくなるほどに質素なメニューであり、しかも量が少ないが……これは、フィーネ自らの要望によってこうなっているのだった。

 

普段は、もう少し豪華というか、ボリュームもあるのだ。

それでも、戦時中ゆえか、王族が食べるようなものかどうかは意見が分かれるところだろうが。

 

しかし、今のフィーネは……イゼッタの敗北と、その身の安否が確認されていないことによる不安感から、食欲が激減していた。

それに合わせて、やむなく量を減らし、栄養バランスだけはしっかりと考えられたメニューを厨房の者達が作っているのだが……それすらも、残してしまうありさまだ。

 

ほんのひとくちかじった跡があるパン。一回だけ使われ、スープを口元に運んだ……濡れたスプーン。彼女の食事の痕跡を感じ取ることができるのは、それだけだ。

あとのメニューは、ほぼ出された時の状態のままである。

 

「すまない、ロッテ……だが、本当に食欲がないのだ。……作ってくれたシェフたちには申し訳ないが……とても喉を通らない」

 

「ですが……今朝も、昨日の夜もそのようにおっしゃいました……。それに、昨日……お眠りになっていないのでしょう? これでは、お体を壊されてしまいます……」

 

フィーネの目の下にできたクマが、その身にのしかかる心労と、昨日、満足に眠れていないことを雄弁に物語っている。結局フィーネは、イゼッタが帝国軍につかまった、という報告を受けてから……一睡もすることができず、今日の朝日を拝んでいた。

 

そんな主を見ていられなくて、ロッテは、強引かつ失礼になりかねないのは承知しつつも、

 

「無理にでも、召し上がってください……でないと、イゼッタ様がお戻りになった時に、悲しまれますよ……フィーネ様のことを一番に心配される方なのですから」

 

「……っ……ああ、わかっている。わかっているとも……だが……」

 

ぎり、と奥歯を噛みしめ……ぶり返してきた不安感に、体をこわばらせるフィーネ。

 

一度、悪い想像をしてしまうと……どこまでも悪い方に考えてしまう。

 

一番新しい情報では、奇襲によって敵の護送部隊を蹴散らし、しかしその後イゼッタの回収はかなわず、行方不明になった……ということだった。敵につかまっているのか、そうでないのかもわからない。混戦が極まったために、そこにいた近衛たちですら確認もできなかったそうだ。

 

うまく逃げおおせてくれたのか、それとも帝国につかまったままなのか……それとも……

 

もう幾度も繰り返した、自身の心をさいなむばかりの想像を、フィーネがどうにか振り切ろうとした……その時だった。

 

部屋の扉が、慌てているようにいささか強めにノックされ、フィーネがそれにはっとして許可を出すと……近衛の1人が『失礼します!』と入ってきた。

その顔は……心なしか、笑顔になっているようにも見える。まるで……何か、隠し切れないうれしいことが起こったかのように。

 

「どうかしたのか?」

 

「はっ、報告します! 北部戦線付近にイゼッタ様の捜索に出ていたビアンカ隊長より、1分前、イゼッタ様を無事保護したとの連絡が入りました!」

 

その報告に、一瞬何を言ったのかわからない様子で、きょとんとしていたフィーネだが……その意味を理解すると、見る見るうちにその顔に喜色が浮かんでいく。隣にいるロッテも同様だった。

 

「それは……本当か? 確かなのか!?」

 

「はい! 多少のケガと、川に落ちたせいで、若干低体温になりかけていたようですが、命に別状はまったくないとのこと。今、護送車両でこちらに向かっているそうです!」

 

「……そうか……よかっ、た……!」

 

その目じりから、安堵からだろう、ぽろぽろと涙がこぼれていた。

 

帝国にとらわれ、つらい思いをしているのではないか……耐えがたい責め苦や辱めを受けているようなことがないか、ずっと心配していたフィーネは……一気に肩の荷が下りた感覚を覚え、椅子の背もたれに体を預けて脱力した。

 

今まで、心を削られるような不安感にさいなまれていたその心中は、今や……あたたかな南風が吹き込んだかのような安心感に満たされている。

 

(よかった、イゼッタ……そなたに万一のことがあったら、私はどうしようかと……)

 

大きく深呼吸したフィーネは、さらに詳しく状況を聞こうと、近衛に問いかけようとして……

 

―――くぅぅ~……

 

……服の下、自らの腹から聞こえてきた、そんなかわいらしい音に気付いた。

見れば、近衛、ロッテともに苦笑している。どうやら、思いのほか音量が大きかったのかばっちり聞こえてしまっていたらしい。フィーネの顔が赤くなり、恥ずかしそうにうつむいてしまう。

 

「……まずはお食事をお取りください。それから、報告いたします」

 

「そうですよフィーネ様! せっかく安心できたんですから、ね? イゼッタ様は逃げません……っていうか、こっちに向かってますから! あ、スープ、あっため直してきます?」

 

「……ははっ、そうだな……」

 

まだ顔は赤いが、気にすることでもない、と思い直したフィーネは……2人の勧め通り、まずは正常に空腹を訴え始めた胃袋を満たすべく、途中だった食事を再開したのだった。

 

ロッテの言葉を思い出し……折角助かった親友を、自分が心配させるわけにはないかない、と。

 

 

☆☆☆

 

 

『うわああぁぁああん! えっぐ、ひぐ……』

 

『ほら、転んだくらいで泣くな……男の子だろう? どれ、見せてみろ。ケガは……してないじゃないか』

 

『あ、膝、土で汚れてるだけなんですね、よかった……ほらテオ君、大丈夫だよ』

 

『うっ、う……でも、痛かった……』

 

『全く、しょうがないな……イゼッタ、テオを頼めるか?』

 

『はい、姫様。ほら、テオ君、これに乗って』

 

『うん……。……うわぁ、すごい、飛んでる……!』

 

『昨日も飛んだろう、そなたはイゼッタの魔法を見ると、いつも嬉しそうにするな……まあ、正直私も、面白くて嬉しくなるんだが』

 

『そうなんですか? 喜んでもらえるなら、私もうれしいです、さ、一緒に帰ろ、テオ君』

 

『うん、ありがとう! イゼッタおねーちゃん! フィーネおねーちゃん!』

 

 

 

「……知らない天井d「テオ様ぁぁあっ!!」……最後まで言わせて」

 

目が覚めた直後……実際知らない天井だったこともあり、脊髄反射的について出たセリフだったが、そのさらに直後に妨害されることとなり、テオはため息をついた。

 

それを遮り、涙声の絶叫と共に飛び込んできて彼に抱き着いたのは……ゲールの軍服に身を包んだ、黒髪におかっぱ頭の少女。

その向こうには、長身の男性と、彼ほどではないかこちらも長身の女性がいる。どちらも黒髪で、ゲールの軍服に身を包んでいた。

 

3人とも、テオにはよく見覚えのある……見間違えようもない仲間たちである。

 

「アレスに、マリー……それに、二コラ」

 

「はい゛っ……ぐす……よかったです、お目を、さまされて……えぐっ!」

 

「おい、二コラ、その辺にしておけ。大怪我人だ、傷に障るだろう」

 

「ま、気持ちはわかるけどね……あの傷でここに運び込まれたのを見た時は、私たちも生きた心地がしなかったもの」

 

テオは周囲を見回して……その部屋がどこのどんな部屋か、大筋予想を立てた。

 

ベッドがあり、机があり……部屋はそこまで広くなく、しかし閉塞感を感じない程度の広さはある。まるで、シティホテルか……病院の、入院患者用の個室のような印象。

そこに、自分が『運び込まれた』ということを考えると……

 

「……いまいちよくわかんないけど、とりあえずここ、帝国軍の基地かなんか?」

 

「ええ、士官用の病室よ。運び込まれた当初から意識なかったけど……何が起きたかとか、覚えてるかしら?」

 

「えっと、確か……あれ?」

 

思い出そうとして……ふと、テオは違和感に気づく。

何かが、おかしい。今こうして、見えている景色が……何か、おかしい。

 

何がおかしいのか、しばし時間をおいてそれに気づいたテオ……おそるおそる、といった感じで……自分の顔の、ある部分に手をやろうとして、その手首をつかんだニコラに止められた。

 

「傷に障ります。触らないほうが……しばしお待ちください」

 

そう言って、横にある戸棚の上の、小さな手鏡を取ると、それの面をテオに向けた。

そこに移ったのは……当然ながら、テオ自身の顔である。

 

……左目を覆い隠すように、包帯が巻かれている状態の。

 

「……コレ、どうなった?」

 

「その……申し上げにくいのですが……」

 

「……取り繕っても仕方なかろう……残念だが、ダメだったそうだ」

 

「……そっか」

 

 

☆☆☆

 

 

1940年6月4日

 

どうやら、奇跡的に生き残ったらしい。

全くの無事じゃなく……けっこうひどいことになった末に、だけど。

 

僕が最後に見たのは、嬉しそうな表情を浮かべたイゼッタの顔と……その背後の茂みから、僕を狙って銃を構える、エイルシュタットの近衛と思しき女性だった。

 

とっさに身を反らしてよけようとしたものの……まあ、某映画みたいにはいかないな。

見事に被弾してしまい……そのまま川に落下、そこから記憶がない。朦朧とする意識中で、落下の浮遊勘と、着水の時に背中に衝撃と冷たい感触があったところまでは覚えてるけど。

 

僕の記憶からわかるのはそこまで。

で、そこに……今の僕の現状と、軍の部隊に僕が見つかってからここに運び込まれるまでの状況その他を合わせて考えると……大体の穴埋めが可能だ。

 

今、僕は……左目と、左手に包帯を巻かれている。痛い。

目の方は……絶望的だそうだ。眼球を摘出しており、戦地ゆえに移植手術なんかもできず、状態も悪かったため……できる限りのことはやったが……とのこと。

 

どうやら僕は、あの近衛(多分)に撃たれて……その銃弾は、左目に被弾。しかし、奇跡的に、眼球がダメになった程度で済んだらしい。

 

角度が斜めだったことと……直前に障害物を1つ貫通して、威力が弱まってたことが幸いしたんだろうと思う。とっさに突き出した、僕の左手を。

こっちの方は、安静にしておけば治るそうだ。若干リハビリは要るけど。

 

その後、川に落ちて流されて……下流で展開していた軍の連中に見つかってから、医務室に運び込まれたんだが……何せ、左目がどう考えても破壊されてる異様な状態だったために、助かるかどうかわからず、全員蒼白になっていたと。

 

そしてその数時間後、連絡を受けてやってきたアレス、二コラ、マリーが、今までそばについていてくれた。

 

ニコラは特に、一睡もせずに看病してくれていたそうだ。衛生兵の資格持ってるので、それなら問題ない、むしろかえって安心だとして許可されたとか。

 

アレスとマリーは、通信越しに軍の指揮とか交代しながらやってたそうで、そのおかげで、僕が留守にしていた空白の2日間も、大きな混乱は起こらなかったそうだ。

 

むしろ、いきなりエイルシュタットの軍が戦線を後退……というか放棄したかのような動きをしたので、そのままけっこうな距離を押し込んでしまえたそうで。

……それ多分、イゼッタ奪還のために襲ってきた連中だな。

 

そしてその後、深追いして逆襲食らっても仕方ないので、確実に攻め込めた分を確保することを第一に今、陣営を整えてるところだそうだ。敵の抵抗も、だんだんぶり返し始めたとのことで。

 

司令官である僕が、ちょっと前までMIA……戦闘中行方不明だったけど、現在は無事に帰還。しかし仕事復帰は不可能な状態だとして、療養中。次席指揮官として、アレスが任を引き継いだ形。

 

左目喪失、左腕負傷、その他軽微な傷があちこちにと、冷たい川の水につかりながらだいぶ流されたことで若干の低体温気味。あと、やや栄養失調。

……まあ、命があっただけ儲けもんだ。ヘッドショット食らった上に、川に落ちて……溺死せずに友軍に救出されただけでも、ね。うん。

 

しばらくベッドの上で、惰眠をむさぼらせてもらうとしよう。

 

……それにしても。

 

まあ、色々と『思い出した』な……

今の今まで、欠片も覚えてなかったものを……まるで、記憶にカギがかかってたみたいに忘れていたものを、はっきりと。

 

きっかけは……イゼッタちゃんもとい、『イゼッタお姉ちゃん』に……ああ呼ばれたことか。

 

『テオ君』

この呼び方……前にも、されたことがあった。彼女に。

 

彼女だけじゃなく……オルトフィーネ大公殿下、もとい、『フィーネお姉ちゃん』にも。

ああ、でも……あっちは『テオ』って、君付けなしだったっけ。

 

そうだ。僕は……彼女たちを知っている。

会ったことがある。話したことがある。遊んだことがある。

 

まだほんの小さな子供だったころに……あの、孤児院で。

 

 

 

1940年6月5日

 

とりあえず、現在の状況と、戦況の推移について……参謀本部に報告しておいた。

問題があるのは、左手と目だけだから、仕事はある程度できるし。

 

……休もうと思ってはいたんだけど……いざ休んでみると、手持ち無沙汰になったり、仕事が気になったりすることって、あるよね。

ワーカホリックとかじゃないはずなんだけどな……僕。

 

まあいい、ともあれ。今現在、帝国VS公国の戦線は膠着状態である。

 

帝国軍は、指揮官である僕が奇襲され負傷したことで、単純な戦闘はともかくとして、大きく動くことはできなくなり、現在は地盤固めの最中、って感じ。まあ、ある程度の戦果はすでに得られている状態なので、これに大きな問題はない。

 

加えて……『魔女』イゼッタによる奇襲から集積地を防衛した上、一度というか、最終的には逃げられてしまったとはいえ、かの『魔女』を撃墜・捕獲したことが、想像以上に大手柄だった。

『魔女』も無敵ではない、と証明し、士気を大きく上げたことになるそうだ。

 

もっとも、相応の準備をもってしなければどうにもならず、どうにかしたとしてもかなりの損害を被る相手なので、慎重にはなるべき、という結論にも至ったけども。

 

おまけに、集積地を守ったことで、軍の大規模後退を要するような事態も回避できた。

 

頑張ってよかった……降格とかされないで済みそう。

 

一方、エイルシュタットの方は……イゼッタが無事だったとはいえ、3つ同時展開していた戦線の1つを食い破られ(ていうか自分で捨てたんだけど)、残る2つも、わずかであるが押し込まれてしまった。

 

これ以降、軍備の再編のために、しばらく帝国も大きく攻めてはこないだろうという見通しだけども……長期的・全体的に見て若干のマイナス、ってとこかな。

それでも、以前の下馬評をひっくり返して奮戦してるのは確かだけど。

 

また、現在イゼッタが今回の作戦で負傷し、療養中だという噂も流れているが……それを信じて先走った帝国軍のバカが、今日未明見事に粉砕されて逃げ帰ってきたので、半信半疑って感じだ。そいつは来月には階級が1つか2つ下がってるだろう。

 

まあ、彼女は死にそうなケガしてたわけでもないからな……多分、無理して出撃したんじゃないかと思う。

 

これらを踏まえて、参謀本部は今後の動きを再度検討するらしい。僕に療養を兼ねた待機を命じた上で、今後の指示を待つようにとのこと。

場合によっては、療養のために配置転換も考えるそうだ。

 

武功も十分だし、その手腕・戦略眼を考えれば、参謀将校として本部に招くべき、って意見もあるそうだけど……同時に、これだけの腕を持つ指揮官を前線から外すべきではない、今こそより大きな権限を与えて活躍の場を……っていう意見もあるとか。

 

さて、これからどうなるやら……まあ、どっちでもいい。

僕は、僕にできることを……もとい、

 

……僕が、やるべきこと……やりたいことをやるだけだ。

 

 

 

……さて、軍関係についてはこの辺にして……

 

……僕のプライベートについても、ちと状況を整理しとくか。

ついこないだ、思い出したことも合わせて……

 

 

(日記は続いている)

 

 

 

 

 

 



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Stage.15 プロローグ

 

 

 

(日記は続いている)

 

 

最近まで、僕の『一番最初』の記憶だったのは……孤児院にいた頃だ。

何でか知らんけどそこにいて、貧しい暮らしをしてて……しかし、異世界転生のテンプレに従って自己研鑽をしてたら目をつけられて、売られて……って感じ。

 

しかし、その際にポッと湧いて出たわけではない以上、それ以前も僕という存在は生きていた。

けれども、その時の記憶は、僕にはなかった。

 

ただ、転生という異常な状況に……そこを思い出せないのを『まあ仕方ないか』って、僕が納得してしまっていただけで。

 

まあ、以前の僕は何というか……頭があんまりよろしくなかったようで、記憶力はもちろん、学習能力とかも全然で、同年代の子たちにも大きく劣ってたそうだし……そういうこともあるんだろうな、とか思ってた。思い出せないのは、そのせいじゃないかと。

今は改善されてるし別にいいや、と思ってたわけだけど……でも、今回、問題はそこじゃない。

 

どうして記憶がなかったか、思い出せなかったかは正直もういい。

問題は……その忘れてた記憶の方。そして、その中で見つけた、僕の交友関係だ。

 

 

 

結論から言おう。僕は、僕が『最初の記憶』を自覚するよりも前……おそらく、3歳か4歳くらいだと思うけど……イゼッタとフィーネに会ってる。

 

会ってるどころか、一緒に遊んでる。

なんか、弟みたいにかわいがってもらった記憶がある。

 

えっと、記憶だと……なんか後付けで思い出したせいか、間違いなく自分のことなのに、他人事みたいな感じに思えるな……。

 

そうだ、確か……山で迷子になって、ケガして動けなくなったところを、拾われたんだ。

そして、孤児院に連れていかれて……それ以降、何度か遊んだ、って感じ。

 

それ以前の記憶はさすがに無理だ……断片的にはあるけど、子供の未成熟な脳の記憶力の限界だろう。

 

その断片的な記憶の中に、知らない女の人のそれがあるんだけど……母親だろうか。

それにしちゃ、髪の色も目の色も違うけど……まあいいや。

 

ともかく、そんな感じで僕は……おそらくは、エイルシュタットにあったのであろう山で拾われ、孤児院に預けられ、売られ、ゲルマニアに来た……ということになるな。

 

そして、山で拾われてから……『僕』が意識を確立するまでのわずかな間に、僕の記憶として浮かんでこなかった間に、あの2人との面識があったわけか。

 

……不思議なもんで、あの頃の感情――姉2人に構ってもらって、遊んでもらってうれしかったころの感情も思い出しつつある。こう、なんというか……好意的な。

 

……今、イゼッタと、あの時みたいにガチで戦おうとしたら……難しい、かも。心情的に。

 

しかし……あの頃から、僕は転生者としてこの体で意識を持ってたんだろうか? ただ、脳が未発達で忘れてただけなんだろうか?

それとも……僕が『僕』として意識を持ったあの時に転生が成立して、この記憶や感情は、記憶がよみがえったことで後付け的に感じてるだけなんだろうか?

 

……わかんないな。わかんないし、確かめようもない。

けど、とりあえず僕は……いまだに、僕だ。

 

だから、昨日も思ったけど……僕にできること、やりたいことをやろう。

 

まず、手始めに…………頭と体のリハビリだな。

 

 

☆☆☆

 

 

最悪の事態をも覚悟した状況から一転、イゼッタの生還により、エイルシュタットの宮殿は、ほっと一安心した空気に包まれていた……が、

そこからさらに一転し、不安や焦燥を孕んだ重苦しい空気が、ある部屋にのみ漂っていた。

 

幾度となく、この国の中枢たちが言葉を交わし、未来を模索した……会議室。

今日もまた、イゼッタやフィーネを含む国の重鎮たちが顔をそろえている。

 

そこでは、イゼッタやビアンカによって、今回の一件の顛末の報告会が行われていた。

 

当初、どうにか何事もなく収まったことの確認と、今後のための情報共有、程度に軽く思われていた会議であったが……イゼッタからもたらされた、予想外どころではない報告の数々に、そんな空気は完全に吹き飛んでしまったのだ。

 

一難去ってまた一難、どころではない。面倒ごとは……二つも三つも一度にやってきた。

 

ビアンカが、現場の兵士たちの証言なども聞いて、あらかじめまとめてきた内容。

敵がどんな手を使ってイゼッタを撃墜したかについて……敵指揮官が、超人的な身体能力と、自らを囮にして自分もろとも攻撃させるという奇策を使ったこと、

 

そしてその後、一気に奇襲することでイゼッタを取り返そうとしたこと。しかしその際、イゼッタは川に落ちてしまい、見失ったこと。

 

その後の懸命の捜索の末、窮地のイゼッタを、ビアンカが救ったこと。

下着姿のイゼッタに、ナイフを手に襲い掛かろうとしていた、ゲールの軍人と思しき何者かは……死体の確認はできていないし、とっさのことで顔も覚えていないが、銃弾は頭に当たったようだからおそらく死んだと思う、という報告が述べられた時は、部屋にいたほぼ全員が、よくやってくれたとビアンカをほめたたえた。間一髪、イゼッタを救ってくれたのだと。

 

しかし、その報告の最中……イゼッタの顔色が青いままだったことにもまた、皆気づいていた。

当時の恐怖を思い出しているのだと、ビアンカも含めてほとんどの者が思っていたが……フィーネだけは、何か別な感情をイゼッタが抱えているように見えた。

 

そして、その数分後……イゼッタ本人からの報告、というよりも告白に……騒然となる。

 

相手の奇策によって、敗北の憂き目を見たところまではいい。せいぜい、現場にいた彼女ゆえに、相手の動きなどがより臨場感ある形で聞き取れて……すさまじい人物がいるものだと、その場の全員が驚愕した程度だ。

 

問題は、それ以降……ビアンカ達が把握していなかった間のことだった。

 

川でおぼれそうになったのを、一緒に流されていたゲールの軍人……しかも、件の指揮官であり、今回の作戦における確保または抹殺の標的、ペンドラゴンによって救われていたこと。

その際、不当な暴行などは特に受けず……それどころか、適切な応急処置や心肺蘇生までも施され、それによってイゼッタは一命をとりとめていたこと。

 

捕虜として扱うためとはいえ、動けない彼女を背負って移動し、食料なども分け与えて、極めて人道的な扱いをしてもらっていたこと。その後、自分が逃げ出した際に、再び命を救われたこと。

 

……そして、なぜか彼が……自分たちしか知らないはずの、魔女の力の秘密を知っていたこと。

レイラインが流れていなければ、魔女は力を使えない。それを、特にカマをかけた感じではなく、普通に知識として、当然のように知っていた。

 

しかも、こちらの陣営……というか、魔女本人であるイゼッタすら見たことも聞いたこともない、レイラインの魔力を計測する装置を持っていて、それを使いこなしていたこと。

 

他に、自分自身にもそのレイラインの有無が……主に、回復能力か何かに関わりがあるようなことを言っていたこと。

 

この報告に、帝国に絶対に知られてはいけない、それゆえに徹底的に秘匿していたはずの情報が、すでに敵に把握されているのだと知り、会議の場は騒然となる。それどころか、こちらにない知識や技術まで、向こうが持っているかもしれないことまでも明らかになった。

 

魔女は無敵ではない―――今回の敗北でそれが実証されてしまった上、別な面でも弱点を抱えていることが敵に知られた。どう考えても、凶報でしかない。

 

とどめに投下されたのは、そのペンドラゴン少佐の正体……なんと、イゼッタ同様、幼いころにフィーネと面識があり、イゼッタも入れて3人一緒に遊んだこともある少年『テオ』かもしれない……と、イゼッタが別れ際に気づいたこと。

 

全くの偶然だが、つい最近その少年の存在を思い出していたフィーネは、その事実に愕然となり……言葉を失っていた。

 

あまりにも突然すぎる、しかも重要度が大きすぎる情報が一度にもたらされ……会議室にいる者達全員、しばし黙って、言葉の1つも口から発することができなかった。

 

イゼッタに対し、丁重に扱ってくれたことはまずいい。

それ以外……魔法関連の情報と、その身の上の問題が大きすぎる。

 

沈黙を破ったのは、ジーク補佐官だった。

 

「……色々と裏付けを取って確認すべきことが多そうですが……まず一番の問題は、こちらが機密事項としていた、レイライン関連の情報・知識が敵側にある、とわかったことですね。これについては……現状どのような形で向こうに把握されているのかを、正確な部分を早急に調べなければ」

 

「そうだ……それが一番まずい、まずすぎる。こちらの明確な弱点が、敵に知られている……その対策として、ベアル峠であのような策を弄したというのに……」

 

「ですが、あの一戦によって見破られたとは限らないのでは? 聞けば、すでにわれわれの元にすらない情報や技術を持っていたというではありませんか。そこにある……レイライン計測器、とでも言いましょうか。そんなものまで持っていたのでしょう?」

 

シュナイダー将軍の懸念に対し、テーブルの上に置かれている、イゼッタが持ち帰った『計測器』を指さしつつ、エルヴィラは眉間にしわを寄せて言った。

 

「どうやって知られたのか、いやそもそも、我々のところにもない情報や技術がある以上、ベアルの戦いは全く関係なしに、連中はどこか別ルートで情報を得たのかもしれません」

 

「それはそれで大問題だ! どちらにしろ、こちらの弱みを敵に握られていることに変わりはない……もしもこの装置が敵方にまだあったら? それで国境付近のレイラインの有無を調べつくされて、そこを狙って攻め込まれたら!? もう手の打ちようがなくなるぞ!?」

 

「落ち着いてください、将軍! 焦っても何も解決しません!」

 

すぐに頭に血が上って、声が大きくなりがちな将軍を、横からヴァルマ―首相が懸命に抑える。そしてその向かいから……変わらず冷静な声で、補佐官が一石を投じた。

 

「……おかしいのはそこですね。この弱点や、それを調べる技術……敵に知られているはずなのに、いまだに『敵に知られていない』ようですから」

 

「ええ、私もそこが気になっていました」

 

エルヴィラがそう続くと、首相と将軍は、何のことだ、ときょとんとする。

そして一拍開けて、フィーネもそれに気づいた。

 

「……そう言えば、いまだにゲールの連中……レイラインの通っている場所を通って攻めてきているな。そこに、野営用の陣地まで敷いている……場所的に、イゼッタにとって好都合な戦場になるにもかかわらず……もしこの情報を知っていれば、そんなことはしないはずではないか?」

 

「確かに……いくら進軍しやすいとか、既存の戦略に当てはめてセオリー通りと言えど、それを補って余りあるアドバンテージを、わざわざ我々に与えているはずですからね……」

 

ビアンカもそう返す。

 

そう……帝国が、レイラインの有無という、イゼッタの致命的な弱点を知っているのなら、

なおかつ、それを計測し有無を判別できる機材を持っているというのなら……今のように、わざわざイゼッタが戦える土地を選んで攻めてくる必要はない。

 

多少地形が悪くても、レイラインがない土地……それこそ、ベアル峠のような土地を選んで集中的に兵を送れば、そう何度も奇策を用いて対処することもできない以上、本来の戦争継続能力で競うことになる。そうなれば、瞬く間に公国の負けが確定するのだ。

 

そんなことは、戦略の『せ』の字も知らない素人である、イゼッタやロッテにもわかる。

 

首相も将軍も、『知られたらまずい情報を敵が知っている』という点を危惧するあまり、『なのにまずい事態になっていない』点を失念していた。

まあ、2人も地位に見合って無能ではないので、少しして冷静になれば気づいただろうが。

 

「これではまるで、今までと同じ……帝国が、イゼッタの弱点に気づいていない、レイラインに関する情報を持っていないかのようではないか……?」

 

「その通りと考えるのが吉かもしれませんわ、姫様。帝国……少なくとも、戦略に関する提案を出し、立案する部門レベルには、その情報は届いていないのでしょう。だからこそ、ああも無駄な戦いを誘発するやり方で、こちらに攻め込もうとして……上手くいかずにいる」

 

こちらとしてはありがたいですけど、と付け加えるエルヴィラに、将軍がしかし、と遮る。

 

「し、しかしだなフリードマン殿? その、戦略関連の部門の、少なくとも前線においては頂点に立っているのが、件のペンドラゴンだぞ? 前線部隊の総指揮官だ……この計測器も、レイライン関連の情報も、そのペンドラゴンが持っていたのだぞ……?」

 

「しかし、その彼が……前線における戦略の全てを取り仕切っているはずの彼が、この情報を生かした戦い方をしていない……だと……?」

 

首相もまた、その強烈どころではない違和感に首をかしげつつ、

 

「イゼッタ君、そのペンドラゴン少佐は……昨日今日、その事実を知ったとか、そういう感じだったのかな? それならばまだ……『まだ』戦略に生かせていない、という見方もできるが」

 

「いや、そんな感じしなかったです……むしろ、すごく使い慣れた感じでコレを使ってましたし、レイラインについて話すときも、覚えたてでたどたどしい感じとかはなかったと思います。さらっと……それこそ、雑談の中でうっかり言っちゃった感じでした」

 

「そもそも、こんな道具……どこかから手に入れたにせよ、自分で作ったにせよ、一朝一夕でどうにかできるものでもないでしょう。つまりペンドラゴンは……前々からそれについて知っていた」

 

「しかし、それを戦略に生かしていない……どころか、自分一人、あるいはその周辺のみで情報を秘匿独占し、公に、いや、軍の上層部に報告することすらしていない……ということか?」

 

補佐官の補足により、フィーネがその核心にたどり着いた。

しかしそうなると、無視できない別の問題が……当然、生まれる。

 

『なぜ?』だ。

 

「なぜ……なぜペンドラゴンはそうしない? 聞く限り、奴ほどの戦略家がその情報を最大限に有効活用すれば、あまり考えたくはないが……この国を制圧するのは、そう難しくは……それどころか、自らの軍上層部への報告すら怠っているだと? それはもはや、怠慢を通り越して、軍法会議レベルの背信行為にすらなりかねんぞ? 無用な損害を出し続けている以上、致命的だろう」

 

「明らかにするだけで、こちらの最大の切り札を封じ、戦勝を決定づけられる。それを明らかにしないということはつまり……逆に、結論からさかのぼって考えれば……『勝たない』ため?」

 

「か、勝たない!? それこそなぜ……自軍に無用な損害を強いるまま、勝ちを目指さないなどと……なら、一体奴は何をしようとしているというんだ、我が国に対して!?」

 

エルヴィラの仮説に、フィーネが困惑した様子で問いかけるも、答えは返ってこない。

 

答えではないが、代わりに、補佐官が……

 

「……いくつか予想できないではありませんが……根拠に乏しいどころか、情報が少なすぎて絞ることすらできない。この件は……ひとまず置いておきましょう。これから継続して情報を集め、その上で確たる対処を考えるべきです。今はそれよりも……これからどうするかを考えねば」

 

「これから……とは?」

 

「ペンドラゴン少佐の思惑はわかりませんが、今現在も、この国がゲールの脅威にさらされているのは事実。それに対しての対処です……特に、ペンドラゴンが生きていた場合の対処」

 

その言葉に、ビアンカの『頭を撃ったから死んだと思う』という報告を思い出した一部の者達の顔色が変わる。

 

イゼッタからの報告……とりわけ、レイライン関連の知識の話と、彼がイゼッタとフィーネと旧知の仲であるという話が出ていたがために、なおさらに。

 

特に、それを銃撃した本人である、ビアンカは複雑な心境だった。

敵であるのは間違いはないし……あの場ではあれが最善だったと思って銃を抜いたわけだが、その人物が予想外だった上に、背景にまで予想外な秘密が隠れていたのだから。

 

フィーネもイゼッタもそれについて何も言わないが、その顔に浮かんだ、複雑……を通り越して悲痛そうな表情を見るだけで、ビアンカは胸を締め付けられる思いだった。

 

「……先の話を聞いた上であえて言いますが、死んでくれたのならば特に問題はありません。しかし、仮に生きていた場合……もはや、彼の存在を無視することはできないでしょう。どんな手を使ってでも、捕獲、あるいは抹殺すべき対象です。できれば、先に浮かんだ疑問に対する解答が欲しいですから……難しいのは理解しつつ、生かして捕獲したいところですね」

 

「加えて、指揮官としての実力や、彼のネームバリューも、最早バカにできないものとなりましたわね。『魔女』に勝った戦績……今後も彼に侵攻軍を率いられるようであれば、今までに倍する士気の敵兵が攻めてくるかも……まあ、その彼が本気で攻めてきてないのですけど」

 

「そうだ、背信行為だ……ならば、それを暴露して糾弾すれば、奴を追い落とせるのでは……い、いやだめか、そうなれば連鎖的に、今現在まだ知られていない、イゼッタ君の弱点も露呈してしまう。それでは、ペンドラゴンを排斥できたとしても、どの道この国は終わりだ……」

 

「……先程補佐官が言っていましたが、情報が少なすぎますな……これでは、こちらもうかつに動けない。取れる手がない……どうしたものか」

 

ジーク補佐官、エルヴィラ、将軍、首相……冷静になれば、皆、謀にも比較的明るい面々がこぞって考えてもなお、好ましい回答が出てこない現状。

 

いつの間にかまた訪れた沈黙の中……ふと、フィーネが訪ねた。

 

「なあ、イゼッタ……ひとつ、いいか?」

 

「はっ、はい? 何ですか、姫様」

 

「……奴は、ペンドラゴンは……本当に、『テオ』だったのか?」

 

その問いに、びくっと反応するイゼッタ。

その斜め後ろに、直立不動で立っているビアンカもまた、わずかに身を震わせる。

 

少し黙って考えた後、イゼッタは、

 

「……多分、そうだと思います。ペンドラゴンさんは……記憶の中の『テオ君』と同じ黒髪黒目でしたし、面影もありました。14歳っていう年齢も、私たちより1個か2個年下だったあの子と同じですし……何より……私のことを『イゼッタお姉ちゃん』って呼ぶのは、覚えている限り『テオ君』だけです。ずっと旅しながらの生活で、友達なんて、姫様とあの子ぐらいだったから」

 

「……そう、か……。私のことは、『フィーネお姉ちゃん』だったな」

 

昔を懐かしむように、虚空に目を泳がせながら……フィーネは、そうつぶやく。

 

あの頃は……平和だった。

戦争のことなど考えなくてよく、故郷の雄大な自然の中で思いっきり遊んで……初めてできた2人の友達と、泥だらけになっていた。

 

自分のことを、大公家の公女としてではなく、1人の『フィーネ』として見てくれる……不思議な『魔女』の力を持った少女……イゼッタ。

 

そのイゼッタと一緒に、山で倒れていたところを助け……孤児院に預けてやって以降も、弟のようにかわいがって、よくなついてくれていた少年……テオ。

 

3人一緒に、時間を気にせず遊び歩いて……イゼッタにほうきに乗せてもらって3人で空を飛んだり、フィーネの王宮での話に2人が聞き入っていたり、転んでけがを……してないのに大泣きするテオの世話を焼いたり、

 

まるで本当の3人姉弟の家族のように……暖かい時間を過ごした。

一人っ子であるフィーネにとって、かけがえのない思い出。黄金のような時間だった。

 

もう、よく考えて思い出さなければ、脳裏に浮かばせることもできない、過去のこと。

 

今では、自分は祖国の国家元首の地位について国を治め、戦乱の世の中を、祖国という船を沈めないために、信頼できる腹心たちとかじ取りに四苦八苦し、

 

その友は、その時代を生き抜くために、自分と祖国を守る刃となって先陣を切り、帝国を相手に、絶望的でしかなかったはずの戦いに身を投じて国を守ってくれていて、

 

そして、『弟』は……その戦いにおける敵の一番槍となって、かつてともに時を過ごした国に攻め入り、刃を交え……ついこの間、『姉』の1人と、互いに知らぬままにすれ違っていた。

 

「……私が……大公である私が、こういうことを思うのは、好ましからざるものだとはわかっているが……私は、できることなら……テ―――」

 

―――どんどんっ!

 

「「「!?」」」

 

突如として響く、ノックの音。

フィーネの言葉に耳を傾けていた、部屋にいた全員がとっさに入り口の扉を見る中……フィーネが許可を出すと同時に、近衛の1人が入ってきた。

 

「何かあったのか?」

 

「はっ……報告です! つい先ほど、帝国にて発表があった模様! 半月後……」

 

 

☆☆☆

 

 

ゲルマニア帝国軍、とある駐屯地。

その、訓練場。

 

そこに……異様な雰囲気が漂っていた。

 

フィールドには……20人ばかりの、兵士あるいは下士官が、手に手に訓練用の木剣を持って立っている。いずれも、その切っ先を……ある人物に向けて。

 

その人物は、ただ1人……自分も木刀をもってではあるが、だらんと脱力し、腕を下げた状態で持っている。訓練場の中心に立ち、四方八方を、先の兵・下士官たちに囲まれていた。

目は閉じられ、呼吸はゆっくり……リラックスしている状態だった。

 

その、囲まれている男……テオは、軍服に身を包んでいるものの……それまでとは、一部、いでたちが変わっていた。左目につけられている……黒一色で、飾り気のない眼帯。そして、左腕を体に固定しているギプスのせいで。

右腕だけしか動かせず、その手に木剣を持っている形。

 

そんなテオが、何度目かの深呼吸を終えた瞬間……後ろから、無言で、彼を取り囲む1人が殴りかかってきて……

 

…………20秒後には、全てが終わっていた。

 

死屍累々。手加減されてとはいえ、訓練場の床に……下士官と兵士たちが、したたかに打ち据えられて転がっている。

 

ある者はすれ違いざまにみぞおちに木剣がめり込み、ある者は剣撃を切り払われてカウンターの一撃を浴び、ある者は真正面から反応できない速さで叩き伏せられた。

 

対するテオは、無傷。

片目を失い、片腕を封じられているというハンデを背負い、四方八方から大人数に襲い掛かられるという状況でなお……一撃も浴びることなく、完勝して見せた。

 

「……この程度なら、『種』もいらなくなったか(ぼそっ)」

 

誰にも聞こえない程度の声でつぶやいたところで、そのテオに……端で見ていたアレスが声をかけた。ぱちぱちぱち、と、軽い感じの拍手をしながら。

 

「お見事……片目・片腕でそれとはね……何、覚醒でもなさったのかしら?」

 

「案外そうかもね。人は、窮地に追い込まれると大きく成長するらしいし」

 

「しすぎよ……しすぎ。人間やめる領域まで行きなさんな」

 

「……失礼な」

 

テオはため息をつくと、訓練――に、なったかどうかは微妙だが――に付き合ってくれた下士官たちに礼を言い、従兵らに彼らの介抱を任せて、アレスと共に部屋を後にした。

 

「で、何か用? 一応僕、療養中ってことで仕事の振り分けは減ってるし、その仕事も午前中に全部終わらせたはずだけど」

 

「2週間分のつもりで渡された量を、ね。しかも、その日の午後から訓練場で一対多数の白兵戦訓練をやって、無傷で完全勝利……どの口で療養中とか言うって話よ」

 

「療養は要るよ、そりゃ。目はもう慣れたけど……左手はまともに動かないんだし……動かなくても戦えてるってだけで」

 

「あっそう……まあいいわ。叙勲の日取りが決まったわよ。半月後、帝都ノイエベルリン。軍関係の式典に合わせて。授与されるのは、かの『銀翼突撃章』ですって」

 

「……マジか……」

 

それは、数ある帝国軍の勲章の中でも、最も価値ある勲章の1つ。

敵に対して勇猛果敢に戦った者に送られる『突撃章』の中でも最上級に位置するそれ。

 

ただ単に勇敢に戦ったというだけではなく、その戦いで持って、多くの味方を窮地から救ったという実績に対して贈られる。そしてそれは、上官などによる推薦ではなく……その奮戦により『救われた部隊』の最先任たる者達の推薦などをもって授与されるものだ。

 

何よりも、この勲章を贈られる者は、ほとんどが死んでからの叙勲となり……生きているうちにコレを受け取った者はほとんどいない。その生きて受勲した者達の中でも、ほとんどが軍を退役するような傷を負っている。それほどまでに、敷居が高いのだ。

 

それはまだマシな方で、帰らぬ人となった本人の代わりに、ライフルと帽子が代理で受勲、記録写真にも、その帽子に勲章が付けられた様子が残される……などということもある。

 

ゆえに、生きてこれを受勲し、さらに引き続き軍に在籍し続けることとなるテオの、軍内部での権威たるや……当代に並ぶ者なしとまで言えるところとなるだろう。

 

『魔女』という脅威を、自分を囮にするという大胆不敵な作戦と、集積地という戦闘に向かないはずの場所にあった備品をうまく使って撃退した上、そこに備蓄されていた物資を守り抜き、多くの帝国の戦友たちを救い、戦線後退の危機を未然に防いだ。

これに感銘を受けた将兵は非常に多く、ゆえに今回の叙勲となった。

 

もっとも、テオが驚いたのには、また別な理由があったりするのだが……それは置いておく。

 

(あんのか、この世界にも……まあいいや)

 

そんなことを考えながら……テオは、自室に到着。

中に入ると、ベッドメイクから家具の整頓・掃除に至るまで完璧な状態になっていて……それをやったと思しきニコラが、ぺこりと一礼して出迎えた。

 

その横の椅子には、一足先に来ていたのか、来客用のソファに座ってくつろいでいるマリーも。

 

テオは、部屋の真ん中の自分用のソファに腰を下ろすと……そのタイミングで素早くニコラが、淹れたてのコーヒーを差し出してくる。それを受け取り、一口。

 

ふぅ、と一息ついたところで、テオは、アレスとニコラにも座るように言った。

それに従って座りながら、2人は、

 

「で……決まったのかしら? どうするか」

 

「耳と目は安全です。ここでなら、どのような内容をお話しくださっても」

 

「…………」

 

しばし黙っていたテオだが、ふいに口を開く。

 

「……ずっと、保留にしてたっけね、僕だけ」

 

「「「…………」」」

 

「アレスは……先祖代々研究されてきた、『魔力』に関する研究を完成させて、未来に生かすため。そのために、ブリタニア以外の……帝国やその周辺にあるであろう『魔女』の遺跡を探るため」

 

「……ええ、そうね」

 

テオから見て、真向かいのソファに座っているアレスが……神妙な面持ちでうなずく。

続いて、向かって左側に座っている、マリーを見て、

 

「マリーは、祖国を取り戻すため。そして……ヴォルガ連邦が、『ロマノヴァ帝国』だった頃からの……自分の居場所を、故郷を取り戻し、必ずそこに帰るため」

 

「……うむ、その通りだ」

 

頷くマリー。

最後に、向かって右側に座る、二コラを見据えて、

 

「ニコラは……」

 

「私は、いついかなる時も……テオ様と共に。あなたに救われた命です、あなたのために……」

 

「……君の故郷は? テルミドール共和国……その解放とか、帰るとかは、いいの?」

 

「はい。私が帰るべきところは……あなたがいらっしゃるところです」

 

「……そっか」

 

その言葉に、ふっと笑って……しばし目を閉じるテオ。

 

「……僕も、決めた」

 

「……あら、そう。で、どうするの?」

 

「……真実を、探す。それは、今まで通りだ。そのために、この国を……ゲールを利用するってこともね。でも、その後は……」

 

そこで一旦切って……テオは、カップの中に残ったコーヒーを一気に飲み干した。

 

そして、ふぅ、と一息ついて……その手から、ふわりとカップが浮き上がった。

燐光をまとい、くるくると回転しながら、テーブルの上に、不規則な軌道を描いて飛んでいき……かちゃり、と、硬質な音を立てて着地する。

 

それは、規模こそ小さいが……かの『魔女』が使うのと同じ、『魔女の力』そのものだった。

 

「その後は……どこか静かなところででも、ゆっくり暮らしたいかも。うん、普通に平和な生活がいいな……戦争とか、やだし。疲れるし……死にそうになる。ま、働かざる者なんとやら……ただ食っちゃ寝はできないだろうから、何かしら仕事はするだろうけど……その仕事くらいは、うん、自分で改めて選びたい。軍人はもういいな、微妙に性に合わない。あと、ゲルマニアは出たいな……ぶっちゃけ、未練もあんまりないし。叔父さんや……父さんや母さんには、ちょっと悪いと思うけど……この国には残っていたくない。あーでも、エイルシュタットに戻っても僕の居場所はないかもだしな……まあいいや、その辺は今後考えて決めるとして……まあ、要するにだ」

 

一拍、

 

「……僕の思い描く、これからの未来のために……この国は、いらない。だから……壊そう」

 

そう、言い切った。

 

「今までは、どっちでもよかった。アレスの研究が成って、マリーが故郷を取り戻して、二コラが……まあ、満足してくれる形なら……ゲールは別に、その後どうなってもよかった。放っとくつもりだった。仮にもまあ、僕の育ての親の祖国だしね……残っててもよかった。けど、やっぱだめだ。この国を野放しにしといたら……他の国が、不幸になるべきじゃない国が不幸になる。それは……今後、僕らが幸せに生きていくうえで不都合だ。だから……」

 

そして、閉じていた眼を見開いて……目の前に座る3人を見据える。

 

その目には……常日頃の穏やかな目にはない、強い光が宿っていた。

眼帯で隠され、片方しかそれを見ることはできないが……それでも十分に、アレスたち3人は、テオのその目に……世界を変える、覇王の気質を感じ取ることができた。

 

「アレス・クローズ、マリー・ロレンス、ニコラ・ファイエット」

 

「こういう時くらいは、本名を使いましょう、ボス……その方が、気合が入るというもの」

 

と、途中で遮ってのマリーの提案に、そうだね、とうなずくテオ。

 

「じゃ、そうしようか……アレイスター・クロウリー」

 

「ええ」

 

「マリアンヌ・ロマノヴァナ・ラスプーチン」

 

「はっ」

 

「ニコラ・フラメル」

 

「はい」

 

 

 

 

「皆、ついてこい。僕は…………ブリタニアを、ぶっ壊す!」

 

 

 

 

「……ゲルマニア、よね?」

 

「……うん、間違えた、ごめん」

 

 

 

 



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Stage.16 その名はゼロ、他

えー……ほんの1時間ばかり前に、ちょっとしたミスをやらかしまして……心当たりがある人、すいません、本っっ当にすいません。お騒がせしました。
何のことかわからない人……大丈夫だ、問題ない、そのまま読んでください。

……ぶっちゃけると、投稿する順序を間違えました。すぐ消しましたけど……。

……前にもちらっと言いましたが、3月ごろから、暇なときに書き溜めてたものを、矛盾点とか重複内容とかぎりぎりまで直しながら投稿してるので、たまにうっかりしてやらかすことがあります。すいません……気を付けます。

……じゃあ、今日の更新です。どうぞ。


1940年6月22日

 

イゼッタとの再会に始まった、あの一見から3週間……帝都ノイエベルリンでの叙勲も済ませ、今僕は……一時的にではあるが、前線を退いて、療養がてら参謀本部に戻ってきている。

 

というのも、帝国の仇敵である『魔女』の戦歴に土をつけた僕は、現在帝国内においてある種の英雄扱いになっているので……それに伴った仕事というか、業務内容をこなすことになった。

しかしそれは、前線に出て指揮官として軍を率いる、という感じのものではなかった。

 

そもそも戦傷にともなう療養中(と、大武勲を立てて勲章までもらったことによる恩賜の休暇)のため、前線からはいったん引き抜き。戦意高揚とプロパガンダのため、帝都やその近傍の都市部にて、連日の式典出席や、マスコミ相手にインタビューやら何やら……気分は芸能人か何か。

 

つまり、治療のために休まなきゃいけない期間とリハビリの期間、何なら余分に休ませてやるから……国威発揚のために後方で踊れ、ということらしい。

 

一部からは反対意見も上がったらしいが、治療が必要なのは本当なのだし、それをもとに式典出席等のスケジュールまでご丁寧に参謀本部が整えてくれやがったので、今更取り消しも何もできなくなって今に至る。

 

まあでも……僕としてはむしろ好都合なので、構わないというか、むしろありがたい。

 

今現在、帝国は……各地方に抱える戦線の大部分が一気に活発化したことによって、その対応に追われている。

 

イゼッタ撃破の報を受けて、この勢いで一気にエイルシュタットを滅ぼそうと画策していた上層部だが、今までほとんど膠着状態にあったテルミドール方面の戦線が過熱しはじめ、規模としてはエイルシュタットを大きく上回るそっち側に力を割かざるを得なくなった。

 

それに便乗し、各地にくすぶっていたレジスタンスたち……特に、リヴォニアやノルドの連中が再過熱しはじめており、現在、それらの戦線を同時に抱えている帝国は、ピンチってことはないが、どこか1か所で攻勢に出るようなこともできない、膠着状態となっている。

 

この期間を利用して、エイルシュタットも防備を立て直しつつあるそうだ。

迅速な情報戦略の甲斐あってか、イゼッタの敗北の情報は……やや歪曲され、単に『攻めきれなかった』『作戦失敗』という形に捻じ曲げられている。少しでも、エイルシュタットの軍の士気や、他国からの期待・評価を下げないで保つために。

 

帝国が思うように動けない時期であることも助けてか、それはうまくいき……現状維持、ってところで何とかなったみたいだ。

 

それでも帝国は、イゼッタが健在で、僕が戦線を離れていようとも、この勢いに乗ればエイルシュタットの制圧は可能だと、最初のうちは強気で攻勢に出ようとして……しかし失敗。

 

そのタイミングで、さっき言ったレジスタンスの猛反撃にあった。結果、かえって戦線を……わずかではあるが、再構成のために後退させることとなった。

僕の後任で前線指揮官になった奴が、1週間で更迭させられることになったと有名である。

 

……僕がやってた多方面の展開作戦、言うは易く行うは難し、の典型例だからなあ……。

きちんと色々考えて、バランスとって配置や進軍を行わないと、すぐほつれてダメになる上に、敵に決定的な隙を、しかもわかりやすく見せてしまう。それだけの腕がなかったんだろう。

 

それに対して、『遺憾の意を表します』って感じで抗議文送っといたので、次の指揮官の選任には慎重に、それなりに時間をかけるはずだ。

その間に、エイルシュタットがきちっと体勢を立て直すだろうけど。

 

まあ、それについては問題ない。

むしろ、これからのことを考えれば好都合だ……問題はむしろ、テルミドール他、他の反乱の主要地にある。

 

大規模に動員しているだけあって、戦い方は稚拙でも、物量と性能でやがては押し込めてしまうであろう公算が立っているが……そうなると困る。

なので……前々から用意していた作戦を、いよいよ発動させようと思う。

 

さぁて……そろそろ時間だ、向かわなきゃ。

 

今日明日は僕は、検査入院ってことで時間を取ってあるけど……実際には、腕はもうほとんど完治してるし、目だって義眼を入れて、片目で見る視界にも慣れている。大げさに入院なんてしなくても、簡単なメディカルチェックで十分なレベルだ。

 

この空き時間を利用して……ちょいと、暗躍するとしよう。

 

この戦乱の時代を……終局に向かわせるためのショック療法として、おおいにひっかきまわす……その、引き金を引くために。

 

 

☆☆☆

 

 

その日、エイルシュタットの王宮において、フィーネとイゼッタは……いつも通りの日々を過ごしていた。

 

帝国との戦線が膠着ないし小康状態にある今、無理にイゼッタを出動させる必要はない。出せば勢いをつけて敵国を押し戻せるだろうが、向こうもむきになって戦力を投じてくれば、泥沼の戦いになることは間違いないのだから。

 

加えて、イゼッタは先の一件の後、ケガが治らないうちに無理をおして出撃している。それを知っている情報部はもちろん、イゼッタにかかっている負担が大きいことを知っている末端の兵士たちにしても、なるべく休んでほしいという思いはあるため、問題はない。

自分たちでどうにかなる戦線くらい、守り切って見せる、という意気のもとに。

 

本当にその力が必要となる時まで、ゆっくりと休んで疲れをいやし、備えてほしい……そんな懇願を届けられては、イゼッタもそれに甘えることしかできなかった。

 

……と、思われたのだが、

 

 

 

「まーたこのようなところで働かれて!」

 

『まったくもう!』とでも言いたげな顔で、小さなメイド……ロッテは、王宮の広い庭の一角で、呆れたようにそう……庭の花壇の一角で、麦わら帽子をかぶり、首にタオルをかけ、鎌を手に草むしりをしている……1人の少女に声をかけていた。

 

この国において、知らぬものなき英雄……『白き魔女』イゼッタその人に。

麦わら帽子やタオルといった、田舎娘スタイルが妙に似合っていた。

 

「あ、あはは……み、見つかっちゃった」

 

「何をそんな、使用人のやるような仕事をなさっているんですか……イゼッタ様は今、英気を養うための療養中なんですよ!」

 

「で、でもその……体、もともとそんなケガとか、大したことなかったし……もう治ってるのに、何もしないでベッドで寝てたり、部屋にいるのって、落ち着かなくて……」

 

「一昨日は厨房に潜り込み、昨日はリネンで洗濯……今日は草むしりか。本当に働き者だな、そなたは」

 

ロッテの後ろから、近衛のビアンカと共にやってきたフィーネもまた、呆れ半分、感心半分、といった様子で語り掛ける。

 

「だって、お日様が上るとどうしても目が覚めちゃって……今までずっとそうだったから、体動かしてないと申し訳ないっていうか……何か仕事してないと落ち着かないんです」

 

魔女イゼッタ、15歳。この年でワーカホリック?になりかけていた。

 

田舎暮らし・旅暮らしの習慣だと言えばそれまでなのだが……もはや本能的と言っていいレベルで、怠けることができない気質の少女に、お偉方のようにふんぞり返っているだけの生活は、性に合わないというか、不可能なようだった。

 

「だからって、せめてもっと他に……草むしりはないでしょう、草むしりは……。一昨日だって、休憩時間にロッテが厨房でおやつもらおうとしたら、エプロンに三角巾を装備したイゼッタ様が顔を出されて『おまちどうさまー!』って……びっくりしてひっくり返るかと思いましたよ」

 

「……あの日食堂で出されたサンドイッチのうちの1種類は、イゼッタが作っていたそうだな……知っていたら私も、せっかくだし食べに行ったのだが」

 

「おやめください姫様……国の英雄が厨房で働いているのに加えて、大公殿下がそこに食べに来たなんて話になったら、卒倒する者が出かねません」

 

「び、ビアンカさん、そこまで言わなくても……」

 

「……あのなイゼッタ、もうそろそろ2ヶ月になるのだから、自分の立場というものをきちんと理解してくれ……お前は今、救国の英雄と言っていい要人中の要人なのだぞ?」

 

「そうだとも。何しろそなたは、ゲルマニア帝国最大の敵にして、世界にその名がとどろく20世紀の神秘……エイルシュタットの白き魔女なのだからな!」

 

そう、ビアンカに続いてフィーネが誇らしげに、嬉しそうに笑みを浮かべて話す。

 

「連日、新聞の報道で……それこそ、他国でまでそなたがほめたたえられている。掲載されている写真はとても凛々しく映っておったぞ! 特に、この間の戦いで、意気揚々と攻め込んできた帝国軍をコテンパンにして叩き返した時の記事ときたら……ああ、思い出しても胸がすくようだ。まさに鉄槌を下す魔女だな」

 

「そ、そんな……私別に、その……大したことは………………1回、負けちゃいましたし」

 

照れながら、たどたどしくの反論だったが……ぼそっ、とつぶやくように最後に行ったその言葉には、ややフィーネもばつが悪そうにするも、その笑みが引っ込むことはなかった。

 

「何を言う……そなたがいなければ、それこそこの国は国ごと負けていたと言っても過言ではないのだ。それに、あの件はもう収束している。取り立てて醜聞が表に出てくるようなこともなかったし、帝国との戦線は今膠着状態だ……他ならぬ、その後にそなたが打ち立てた功績でな。感謝こそすれ、文句を言う者など、誰一人いようものか。それに……」

 

そこで、一拍置いて、

 

「……こう言ってはなんだが、テオも生きていた。まあ、そのおかげで帝国がやや勢いづいてしまった面もあるが……そなたが気に病むことは、何一つなかろう」

 

それは、フィーネの心からの本音であり……同時に、実際に今起こっている事実だった。

 

帝国軍は今、イゼッタの奮戦――集積地の襲撃と、一斉攻撃をかけてきた際に逆に壊滅させられたこと――によるダメージの修復と、他国の戦線との兼ね合いを考えた、今後の進軍計画の再構成のため、足踏み状態にある。

 

その間に国防のために色々と準備を整え、外交においても、帝国に対して連合国で戦うための備えを……と考えていた。

それもさすがに、思い立ってすぐに動く……というわけにはいかなかったため、しばらくの間、めずらしくイゼッタやフィーネには暇な時間ができていた。

 

「しばらくの間は、私もゆっくりできる。こまごまとした仕事はあるだろうがな……どうだイゼッタ、何か、したいことや行きたいところはないか?」

 

「うーん、そう言われても……料理も洗濯も、草むしりもやったし……あとやってないことは……」

 

「だから、候補に挙げるものがおかしいとさっきからだな……」

 

「お休みですよー。仕事から離れて考えませんかー、イゼッタ様ー……」

 

再びあきれた様子でビアンカとロッテがそうつぶやくと、その背後からさらに1人、この場にいるメンバーと仲がいい女性が現れた。

エイルシュタットの広報担当責任者……エルヴィラである。

 

今まで、即位式でのイゼッタのお披露目や、戦場にマスコミ各社を招いての喧伝などのプランを考え、今日のイゼッタの驚異的知名度を作り上げた立役者の1人である。

飄々とした雰囲気があるものの、その手腕は確かで、フィーネ達から寄せられる信頼は厚い。

 

「でしたら、ぜひやっていただきたいことがあるのですが」

 

「エルヴィラ? 何かあったのか?」

 

「ええ、まあ。差し迫ってというわけではないのですが……この機会にぜひ、イゼッタさん用のパーティ用ドレスの用意や、式典等に向けた礼儀作法の確認などできれば、と」

 

エルヴィラの話すことには、これから国際社会が協力してゲールへの対抗網を作っていく中、フィーネはもちろん、イゼッタのメディアへの露出もますます増えていく。それに備えて、準備を進めておくべきだ、とのことだった。

 

礼儀作法はともかく……ドレスと作るというのは、体の採寸をするわけで……イゼッタとフィーネは、文字通り彼女の手による『採寸作業』で何が起こるのかを理解しているため、それに思わずびくっと反応してしまった……が、

 

「申し訳ないが、それは後にしていただきたい。姫様、突然で申し訳ありません、今よろしいでしょうか……できれば、イゼッタ君とビアンカ君も」

 

突如、その背後から現れた男……ジーク首席補佐官に、その言葉は途中で遮られた。

 

「? 構わんが……何かあったのか、補佐官」

 

「はい。テルミドール方面の、帝国とレジスタンスの戦線に大きな動きが。南部に展開中の帝国軍の2個師団が突如壊滅、共和国残存軍とレジスタンスの連合軍が、トゥーレイユに浸透したと」

 

「な……何だと!?」

 

 

 

その30分後、いつもの会議室に、先程のメンバーのうち、ロッテを除く全員が集まり……補佐官から状況の説明を受けていた。

 

テルミドール共和国は、帝国との戦争において、拮抗すると思われていた国であるが……帝国のその強大な軍事力と電撃作戦により、またたく間に要地を制圧されて敗北していた国だ。

 

現在、わずかに軍の犯行勢力を南大陸に逃がした、共和国軍のド・ルーゴ将軍によって『自由共和国軍』を名乗る組織が編成され、徹底抗戦を掲げている……が、逃がす段階でその大半をテオによって捕捉され、要所要所で徹底的にたたかれて散らされたため、レジスタンスたちと合流して散発的に抵抗活動を繰り返すのが精いっぱい、という形になっている。

はっきり言って、脅威足りえないとして、敵である帝国からすら重要視されていない。

 

そして、トゥーレイユは、共和国領南東部にある港湾都市だ。大きくはないが軍港施設もあり、帝国軍がきちんと見張って管理している、守りの厳重な土地である。

 

ゆえに、現在の『自由共和国軍』の力では、その都市に手が出るはずもないところ……突如としてそこが落とされたという報告は、フィーネ達を大いに驚かせていた。

 

いや、フィーネ達だけではない。その敵である帝国や、帝国と戦っている全ての国、滅ぼされ、亡命政権を樹立している国、直接の利害関係を有せず傍観している国など……この戦争について知るほぼ全ての国が、誰も予想しえなかった事態に、一様に注目していた。

 

詳細は全くの不明だが、妙に迅速に、現地のメディアが国際チャンネルの1つを使って現況を生放送でラジオ報道していた。映像や写真も同時に録画・撮影しているとのことだったため、明日か明後日には、全世界にそれが流されることになるだろう。

 

そのため、エイルシュタットの会議室でも、フィーネ達はそれを録音しつつ、情報収集のためにリアルタイムで聞いていた……その時だった。

 

ザザザ……と、ラジオの音声にノイズが混じり……不審に思って注目するフィーネ達の耳に、不可思議な音声が飛び込んできた。

 

やや低めの、男性の声で……その声の主は、まず最初に……一言。

 

 

「我が名は……『ゼロ』……!」

 

 

☆☆☆

 

 

テルミドール共和国に現れた、一人の反逆者。

その名は、ゼロ。

 

私設の軍隊『黒の騎士団』を率いる総帥であり……彼いわくところの、『この世界に存在する全ての不当な暴力の敵』。

 

このトゥーレイユにおいて、搾取し、民を苦しめ、圧政を敷いていたゲルマニア帝国軍に対し、裁きの鉄槌を下した。それと共に、ここに我々は、これより先、間違った形で力を振りかざす全ての者達を相手に戦う……そう、宣言した。

 

黒いマントに黒い仮面、黒装束の怪人物は、トゥーレイユの民衆やレジスタンスたちを前にして、高らかにその『正義』を語り……不当な暴力を、同じく暴力で持って断罪すると言い切った。

 

『撃っていいのは……撃たれる覚悟のある者だけだ!』

 

次々と紡がれる、力強い言葉。

 

強者の悪を糾弾し、罪なき弱者が虐げられることを決して許さない……そんな意思が、直接聞いている者たちのみならず、電波を通して聞いている者達にまで感じ取れた。

 

それが……口だけでなく、実際に策略を用いて、このトゥーレイユを開放した末のことであったため、皆、その堂々とした演説に聞きほれ……次第に、熱狂し大歓声を上げるに至っていた。

 

もちろん、ただのテロリストのたわごとだと、そう断じる者もいたが……幾人かは、その存在に危惧を抱いていた。

 

現状から見れば、おそらく口だけではなく、その実力は本物……これから先、欧州にさらなる戦乱を引き起こす、台風の目になりかねない、と。

 

『力ある者よ、我を恐れよ! 力なき者よ、我を求めよ! 世界は我々……黒の騎士団が裁く!!』

 

そう、高らかに宣言した仮面の男……『ゼロ』。

その正体を……まだ、誰も知らない。

 

 

☆☆☆

 

 

……ごく一部を、のぞいては。

 

「あー、しんど……結構通気性悪いな、この仮面」

 

「お疲れ様です、テオ様……タオルをどうぞ」

 

「さんきゅー、二コラ。この後すぐ戻るんだよね?」

 

「はい。明日の式典の準備に間に合えばそれで問題はないのですが、念のため、今日の夜帝都に戻って誰かにお姿を目撃させておけば、アリバイ工作はより完璧かと」

 

「うし、じゃーそうしよう。あとの『ゼロ』は現地の手駒に任せて、ひとまず帝都に戻って……次は、どこの誰だっけ?」

 

「えーとですね、明後日ノルド王国のレジスタンスで『ライトニングバロン』ゼクス・マーキス、それ以降は、微調整をしながらですが……同じく共和国のレジスタンス枠で、『赤い彗星』シャア・アズナブル、帝国サイドには傭兵『猛禽』フル・フロンタル、あと、間をおいてですが……連邦で『レッドショルダー』、リヴォニア方面に『ソレスタルビーイング』などの組織をでっち上げ、今後、駒として使えるように整えていく予定です。現地にすでにある武装集団を傀儡化する形で、テオ様が関わっているという証拠が残らないように、ですが」

 

「はぁ……1人何役やらなきゃいけないんだか。まあ、基本的に神出鬼没・正体不明の人物に設定するつもりだから、常時いなくても大丈夫だろうけど……それでも多忙だろうな……。ま、そういう作戦なんだし、仕方ないか」

 

「私共も、精一杯支えさせていただきます……テオ様」

 

「ん、よろしく……二コラ。じゃ、次行こうか」

 

 

 

 



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Stage.17 レッドフィールド 会談

徐々にテオがはっちゃけはじめます。

まあ、色々目的はあるんですが……全部明らかになるのはけっこう先かなあ……少なくとも2週間以上……

一部は、今回の終盤で吐露されてますが。

ではStage.17、どうぞ。


 

1940年7月11日

 

少し前、世界を相手に『黒の騎士団』の結成やら何やら、色々と宣言してからというもの……まあ、その宣言に偽りなしって感じで、色々やってきた。

 

ゲルマニア帝国軍の、テルミドール共和国制圧のための軍事作戦を妨害したり、隙をついて敵の陣営を突破、支配地域を開放したり、はびこっている犯罪集団を殲滅したり。

ゲールの収容所を襲撃して、閉じ込められている人たちを開放したり……なんてこともした。

 

……その収容所に、どこかでみたことのあるおっさんが所長の立場でいて……警備兵が全滅しているところを見て、顔を青くして絶叫してた。

何でも、これ以上の降格は云々、すでに領地も失っているのにどうこう。

 

……お気の毒ですけども……まあ、これって戦争なのよね。

諦めて没落してください、グロスコップ元・中将。

 

気持ちはわからんでもないけど、降格させられてふてくされて適当に警備配置してたあんたが悪い。だから僕みたいなのに目をつけられるんだ、落としやすそうだから。

ついでに備蓄の物資とかも奪っておいたので、もう出世コースからは脱落決定だな。下手したら、表舞台に二度と出てこれないかもしれん。

 

……まあ、聞いた話じゃあの時、エイルシュタットの制圧までの早さだか何だかで酒賭けて遊んでたらしいから……別に気の毒でもないか。

 

ともあれ、時に僕が直接出向き、時に指示を出して現地の駒を動かして軍事行動を連日のように起こさせ……有言実行を徹底することで、その知名度は急速に広まってきている。

 

さらには、情報操作によって、それまでいくつか行われていた、犯人・首謀者不明の武力行使等のいくつかに関しても、騎士団の仕業……もとい、手柄にしてしまえた。

 

その甲斐あってか、そろそろもって帝国も『黒の騎士団』というものをただのテログループやレジスタンス集団などではなく、危険な存在だと認識しだした。

 

そしてそれは、反帝国のレジスタンス集団や、今現在も戦っている、エイルシュタットみたいな国家にも同様であり……古参とまでは言わないまでも、かなり前から活動を続けている(ということになっている)『黒の騎士団』に、そしてその総帥『ゼロ』に一目置く者は多くなった。

 

いくつかは、手を取り合って帝国と戦えないものか……あるいは、利用できないか、と考え始めるくらいには。

 

そんな感じだからこそ……機を見るに敏ないくつかの国や集団は、すでに接触して来始めていて……今度、ちょっとした会議に招かれることになった。

 

どうやら、ブリタニア王国のレッドフィールド邸において、反帝国を掲げるいくつかの国々による秘密会談が行われるらしい。そこには、エイルシュタット公国や、アトランタ合衆国すらも招かれるという話だ。

 

その秘密会談に……『黒の騎士団総帥・ゼロ』も呼ばれた。

 

参加する意義がかなりありそうな会議だし、その後におそらく起こるであろう、ある軍事行動を考えれば……さすがに影武者に任せておける仕事ではないので、スケジュールを調整して僕自身が向かうことにした。

 

こっちは本職のゲール軍人、しかも期待の新人ってことで、かなりの情報閲覧権限が与えられている。向こうさんのスパイが苦労して集めるようなレベルのそれ以上の情報を、簡単に閲覧できる……やりすぎて発覚しないように調整するけど。

 

療養を兼ねた長期休暇も終わり目前だから、当面これが最後の遠征になるだろうな。まあ、それだけに式典ももう出尽くしたから、時間は確実にある。

 

『やらかした』後、さすがに招集されるだろうから……それまでに戻れればいい。まずは、休暇終わりにちょっとだけ旅行に行く体で、すぐに戻ってこれないような場所に行く申請をして……と。

 

 

☆☆☆

 

 

ブリタニア王国は、レッドフィールド邸。

そこの会議室で……反ゲールを掲げる国の重鎮たちが、一堂に会して喧々諤々の理論をかわしていた。

 

ブリタニア王国首相、ノルド王国王子、テルミドール共和国の将軍、そして大西洋の向こうの大国アトランタ合衆国の大使……そうそうたる面子である。

 

机の中心には……問題となる資料。主に、航空写真からなるそれ。

帝国が新規に完成させた、超大型空母『ドラッヘンフェルス』……この存在が、反ゲルマニアの戦線に及ぼす、無視できない影響と……それへの対処について。

 

そこに姿を現したのは……今や世界中で話題の中心となりつつある、エイルシュタット公国の大公・オルトフィーネと……その懐刀であり、帝国の宿敵とまで言われる、現代の『白き魔女』……イゼッタの2人。他の会議出席者たちに比べて、あまりに年若い少女たちだった。

 

箒に乗って窓から現れ、その魔法の力を存分に見せつけたイゼッタに、感嘆の声を漏らす会議出席者たちだったが……いざ本格的に会議が始まれば、態度はまた別だった。

 

ブリタニアなど、おおむね好意的な感情を寄せて理解を示す者もいれば、いかに強大な力であれど、使えるのがたった1人であれば焼け石に水だと、否定的な意見もあった。

しかし意外にも、フィーネはそれを否定しなかった。

 

「我が国が擁する彼女……魔女イゼッタの力は強大です。実際、ケネンベルクとベアル峠で、我が国はこの力で持って勝利を手にしました……ですが、それは言うなれば細剣(レイピア)のようなもの……強大なゲールに対し、一点を突くだけでは、これを討ち滅ぼすことはできません」

 

「つまり、我々にも兵を出せと……国際社会が連合を組み、その力でもってゲールに対抗することを提案なさるわけですな?」

 

「その通りです。ですが、いきなりこのような提案をしてもご承諾いけないのはわかっています……なので、今皆様が直面している一番の問題について……我々が解決して見せる、というのはいかがでしょうか?」

 

「何!? まさか……」

 

「ええ。空母ドラッヘンフェルス……イゼッタの牙で、へし折って見せましょう」

 

その提案は、あまりにも魅力的なものではあったが……同時に、限りなく不可能に近い、と、皆一様に思っていた。

 

何せ、この空母の規模からして、どれだけの戦闘機が搭載可能わからず……さらに、随伴艦を伴っている上、空母自体の防御力も強固で守りも万全。

いくら魔女の力が強大とは言っても、届くかどうか怪しいものだと言う。

 

これに関しては、ブリタニアが作戦行動として支援して臨む見通しだと、事前にフィーネとブリタニアの外交代表の間で交わされたプランの説明がなされる。

 

……余談ではあるが、ブリタニアの代表はフィーネと面識があった。

かつて、政略結婚の受諾と引き換えに自国への支援を願い出た彼女に対し、若いのになんと立派な君主としての覚悟か、と感激していた彼は、それもあってエイルシュタットに好意的に構えており……成功すればリターンも大きいとして、その申し出を受けていたのだ。

 

しかしそれ自体にも、会議参加の代表たちは慎重論を展開する。

実現性があまりに不確かだ、と。無要な犠牲を生みかねない作戦を、安易に実行に移すのはいかがなものか……と。

 

そしてここで問題になったのが……フィーネ達にとっては不運なことに、先にイゼッタが帝国に対して喫した、たった1度の敗北だった。

 

たった一度、損害は軽微、されど敗北には変わりなし。

魔女の力は強大ではあるが、無敵ではないと知らしめたその一件が、思いのほか後を引いていたことに……フィーネは冷静な表情を保つものの、イゼッタはわずかに目を伏せた。

 

「ほかならぬイゼッタ嬢のためにも、ここは慎重であるべきではないのでしょうか? 相手は、最新鋭の戦闘爆撃機を主とする航空艦隊、それに加えて、空母と随伴の戦艦、さらには陸上の砲台による攻撃もあるでしょう」

 

「ですが、それらは全て、対峙した敵戦力の面制圧を主軸に考えられている兵器です。イゼッタの場合のように、的が小さければ逆にそれにあたる危険は少なく……また、その機動力から、鈍重な砲台の死角をとることや、攻撃が本格開始される前に決着をつけることも十分に可能です」

 

「だが、今度は火力の問題もある! この作戦概要によれば、魚雷4発をほぼ同時に船底へ叩き込むことで、過重反動によって轟沈させる見通しとあるが……」

 

「戦争とは不測の事態が起こるもの。『遊び』の少ない、勝利条件が限定的すぎる点は作戦破たんの元です……極端に言えば……何発の魚雷を作戦当日に持参するかはわかりませんが、残弾が4発を切ってしまった時点で作戦終了・失敗になってしまう。こういうことを言いたくはありませんが、敵の作戦・対応等次第では、現状でなお彼女の戦力は不安定であると言わざるを得ません」

 

「それは……」

 

「いくら戦力として強力であれど、不安定性の大きさを許容することはできません……そのような、1つの面の力だけが強力な……いわば片翼の鳥では、とても安心して……」

 

 

 

『ならばそのもう片翼……私が請け負おう!』

 

 

 

「「「――!?」」」

 

突如として、会議室に響いた声。

驚いた面々が、何事かとあたりを見回すと……先程、イゼッタが現れた時と同様に、いきなり窓が開き……運命のいたずらか、雨も降っていないのに稲光が空に閃いた。

 

その光が、窓枠に立つ長身のシルエットを影にして映し出し……それに驚いて振り向いた面々が目にしたのは……

 

「お、お前は……」

 

「ぜ……ゼロ!?」

 

黒ずくめの装束に黒マント、そして黒い仮面……

今や、エイルシュタットの魔女・イゼッタに並んで、世界中で語られる謎多き怪人物……黒の騎士団総帥・ゼロがそこにいた。

 

 

☆☆☆

 

 

1940年7月13日

 

ブリタニアとゼロ……という組み合わせにちょっと思うところがあったものの、まあ別にこの世界に若本皇帝も福山皇子もいないので、気にしないことにして。

 

レッドフィールド邸で行われている秘密会議に乗り込み……颯爽登場からのスタイリッシュポーズを決めて、なるたけ不遜な感じで会議に参加。

 

……割と楽しいんだよな、この悪役芝居。

テレビで本家を見てるときは、半分かっこいいと思ってたものの、半分は『恥ずかしっ』って思ったりしたもんだが……やってみると面白い。相手が自分の仕草に見入ってる感じがいい。

 

そのまま、大言壮語にしか聞こえないけど実現できたらめっちゃかっこいい感じのプランを提示し、それを各国―――といっても、今のところはブリタニアとエイルシュタット(の、イゼッタ)だけだけど――と協力して成し遂げる、ということで一致した。あと、黒の騎士団もだが。

他の国が兵を出すのは、その結果を見て判断……ってことで。

 

他の国々は、イゼッタという大戦力と……自画自賛だが、戦略家として早くも名を知られ始めている『ゼロ』が、ブリタニアと組むとわかってなお、この作戦の成否に懐疑的だった。

恐らく、成功確率は半分、いや3割も見ていないんじゃなかろうか。まあ、無理もないが。

 

……と言いつつ、僕という帝国内部への内通者がいて、さっき議場で発表したものよりもかなり大きな範囲で情報がわかっている点や、すでに作戦に際して根回しを色々と進めている点を考慮すれば……むしろ現時点で、すでに勝利こそ決まっているような感じであって、問題はむしろ『どれだけインパクトのある勝ち方をするか』であると、僕は考えているんだけども。

 

それに……ぶっちゃけ、他国に対しては、軍事力と政治方面に限っての支援をお願いしたいので、作戦方面に口出しはいらないというか……ぶっちゃけ、多方面で色々口出しするならもうちょっと気合入れてほしいというか。

 

テルミドールの代表は、我が国にはまだ反抗のための戦力があるみたいに言ってるけど、それをどうにかまとめてるのは現場の努力であって、大本の信頼はかなり落ち目だし……何なら大部分は黒の騎士団が裏から手を回して資材とかも流してどうにか供給してる感じだし、

 

……その資材その他は、帝国軍の兵站部のバカが横領したのを摘発した際に、一部すでに消費されてたことにしてちょろまかして流した。

 

自信満々でノルド王国が持ってきた情報は、帝国軍が用意した欺瞞情報だったし……というか、あんたらに限って言えば、帝国との開戦の理由はあんたらにあるのであって、瀬戸際外交から始まった越境侵犯という名の国内向けデモンストレーションの末の悲劇という名の喜劇であって……あー、それに巻き込まれて色々アレな目にあったからか、感情的になりそうだ。

 

ブリタニアは前の2つと比べればまともではあるし、現在保有している戦力もかなり大きい。特に海軍艦隊は、帝国のそれと真っ向から戦って拮抗、あるいは勝利できるであろうレベルとまで言われていて、参謀本部も危険視しているほどだ。

 

ただ、だからこそドラッヘンフェルスを危険視しているのだろうし……この国は、海軍は強いが、一旦上陸されたらかなり脆い防備構成になっていることから、防衛には積極的なんだろうな。

 

あとなぜか、フィーネ達に好意的に見えるのが気になる。事前情報では、過去にエイルシュタットの半導体企業の買収を進めたがったとか、政略結婚をフィーネに申し込んだとかいう情報もあったっけ……まあ、ちょっとだけ注意して見とくか。

 

あーっと……イゼッタとフィーネはいいか。どうせワンマンアーミーだ。

シンプルゆえに、不安要素は少ない。まあ、ピンポイントに不安な部分はいくつかあるが……幼馴染のよしみだ、フォローはさせてもらおう。『片翼を担う』なんて言い方もしたわけだし……異端視されている者同士、多少怪しく見られても助けるのに問題はあるまい。

 

で、残るはアトランタ合衆国だけども……今回の作戦は傍観に閲する旨の申し出はあったが……ここに関しては、むしろうまくいった後に警戒が必要だろう。耳心地のいいセリフで協力を申し出てくるようなことがあれば……なおさらに。

 

実のところ、僕がこうしてゼロになってここに来たのには……ゲールの外交部門では探り切れない、アトランタの動向をどうにかして少しでも見ることができないか……っていう目的もある。

 

不可侵条約を結んでいるヴォルガ連邦と並んで、ブリタニア以上に危険視され……もし本格参戦してきたら帝国の敗北が確定する、なんて言われている。ただ、かの国は反戦ムードが高くて出兵を国民に納得してもらえないから、大統領もなかなか話題にすら上げられないそうだけど。

それはそのまま、アトランタを呼び込んで帝国と戦いたい、フィーネ達の懸念事項でもあるわけだが……ここは後回しにするしかないが、要注意だな。

 

虎を追い出して、狼を招き入れることなかれ……って、東洋の国のことわざにもあるし。

 

少し調べた感じ……かの国は今現在すでに、『世界の警察』を自認している気風が強い。

気のせいならいいが……会議中、僕やイゼッタに時折向けられていた視線……あれは、警戒だ。

僕ことゼロみたいな仮面の男や、魔女なんてオカルトの超戦力……そりゃ警戒するのも当然だろうが、その果てに何をするつもりかで、こっちの対応や備えも変えなきゃいけない。

 

……僕は、ゲルマニアを滅ぼして、戦争を終わらせるつもりだけども……そのための、理想的な形ってもんがある。滅ぼすにしても、滅び方ってもんがある。

 

国一つ考えなしに無くしたりして……いや、このまま戦争が続けば、ただ単にそうなる危険性が高いんだけど……そうなれば、面倒ごとがわんさか湧いて出る。戦後復興に、各国への賠償金、難民、占領統治、戦犯の裁判、他国の介入……それらをどうにかした果てに、国がバラバラになって、治安が最悪に……なんてことになるのは困る。どうにかしてそれらを最小限にする必要がある。

 

ただ単に各国からの攻撃を強めて戦争を終わらせたんじゃ……そりゃ確かに終わるかもしれないが、今言った問題が悪化した状態で終わること請け合いだ。それも、各国にまで飛び火してだから……色々大変になるだろう。

 

段取り八割、と偉い人は言った。やるなら……きちんと準備した上でだ。

 

今の地位を利用して、進められるだけ根回しその他準備を進め、シナリオを整え、

 

いざ作戦に着手したら、迅速に事を進め、排除すべき者を排除して、救うべき者を救い、

 

最小限の軍事行動、最小限の破壊、最小限の取りこぼしで……戦争を終わらせる。目指すは、最大限のコストパフォーマンスで、平和という最高の結果を手にすること。

それも、ゲルマニアも、エイルシュタットも……欧州全体を巻き込んでだ。

 

そのためにやるべきことは多い。潜在的な不安要素の排除もその1つ……平和になった後に、どんな理由であれ、僕や僕の仲間に危害が及ぶ可能性は……残さない。

 

平和になったけど、代わりに大切なものを失いました……じゃ、笑えない。むしろ、平和になった後にこそ、第二の人生って形で楽しく穏やかに僕は暮らすつもりなんだから。

その時に、僕自身の身の安全はもちろん、精神的な健康を害しかねない事態もまた断固として阻止しなきゃいけないわけで。

 

僕自身と、僕の大切な人達の未来のために……僕は、限りなく都合のいい形で戦争を終わらせる。

そのためのゼロ。そのための黒の騎士団……その他いろいろ、だ。

 

……ちゃんと戦争終わらせて平和な世の中を作るのに尽力するから、設立の動機については勘弁願おう……ま、誰にも話すつもりはないが。

 

さて、まずはその第一歩として……今回の作戦を成功させますか。

 

 

 

……そういえば、どうでもいいことだけど……ちょっと気になったことがあったな。今回の作戦に関して。

 

……事前に帝国軍の方に探りを入れてたからわかったんだけども……この計画、具体的な方法とか規模、時期なんかはともかくとして、ゲールにばれてるんだよなぁ。

魔女を伴って、ブリタニアかどこかがあの空母を沈めに来る、って。予測だけど。

 

それを知って、わざわざゲールは『あの場所』で待ち構えてるのだ。

 

……まあ、ばれてることは別にいい。

こっちがそれを知ってるんだから、いくらでもひっくり返せる。

 

……問題は、その場所が、旧ノルド王国の、あの港であること。

 

『ソグネフィヨルド』……かつて、僕が謀略を用いて制圧した、あの港。僕の2つ名の1つである『ソグンの悪魔』の元ネタだ。

帝国軍の輝かしい快進撃の象徴ともいうべき場所の1つ。今回、それにあやかろうとしてるのか……はたまた、単に守りやすい地形だからか。ま、どっちでもいい。

 

帝国軍は……あろうことか、空母ドラッヘンフェルスを囮に使い、それを餌として食いついてきた魔女を、そしてそれに協力する黒の騎士団を(多分一緒に来ると予想していた)一気に排除する、またはその情報を集めることを目的にしているのだ。

 

その指揮を執っているのは……何度かあったことがある、帝国軍きっての切れ者……というか、何を考えてるかわからない、あの怪しいメガネのおっさん……アルノルト・ベルクマン少佐。

布陣見たけど……空軍のエースパイロットまで引っ張り出して、何を企んでるのか……。

 

……そこまでわかってしまうと、ただ空母沈めるだけじゃあ、物足りないっていうか……向こうの連中の手の上、みたいな感じで面白くない。

だから、もう1歩先を行ってやることにしたわけだ。

 

拝啓、ベルクマン少佐。ご無沙汰しております。

 

あんたの(あんたのじゃないけど)、ご自慢の囮……盛大に散らせるつもりでちらつかせてるそのデカブツ、空母ドラッヘンフェルス!

 

 

 

この僕が……もらい受ける!!

 

 

 

 



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Stage.18 テオドールを討て

 

 

「そなたには本当に苦労をかけるな……」

 

レッドフィールド邸に用意された、客用の寝室の1室にて。

2人で1つの大きなベッドを使って、手をつないで横になっているイゼッタとフィーネ。

向かい合い、視線を交差させながら……フィーネは、イゼッタに詫びるように、小さな声で言う。

 

「情けないことに、指摘されて私もほとんど初めて認識した部分も多かった……この作戦の不安定さと、危険さを……またそなたを、危険な矢面に立たせてしまう」

 

イゼッタはそれを聞いて……先程まで、照れからか赤くなっていた顔を、元に戻し……いつも通りの、フィーネを全力で助ける『白き魔女』を演じる時と同じ顔になると、

 

「任せてください。私、皆を守るためなら何でもするって、誓ったんです。だから、空母でもなんでもやっつけてみせます」

 

自信たっぷりに、一点の曇りもない笑顔でそう言い切るイゼッタに対し……フィーネは、そんな親友をどうしようもなく頼もしく感じていた。

 

「それに……少しでも確実に成功させるために、って……ほら、ゼロさんでしたっけ? あの人が、作戦とか手回しとか、色々やってくれるって言ってくれましたし……ブリタニアの軍も協力してくれるって言ってました。だから……きっと、きっと上手くいきますよ!」

 

「そう、だな……というか、ゼロが提示してきた作戦は……もう、なんというか……最初に我々で考えていたものから、原型がなくなっていたからな」

 

「でも、最後にはみんな聞き入っちゃったんですよね……最初のうちは、仮面で顔を隠してるなんて怪しすぎるー、って皆言ってたのに」

 

フィーネが思い出すのは……数時間前、会議室で交わされていた会話。

というよりも、疑念と困惑を隠しきれない各国の首脳陣の前で、ゼロがやってのけた、演説に近いプレゼンテーション。彼が立てた、勝利のための作戦概要の説明。

 

ご丁寧にも、あまり戦術や戦略に明るくない自分たちにもわかりやすくまとめられていたそれは……実によく考えられていた。

確実性や有用性があるだけでなく、聞いている者を引き込む魅力のようなものがあったのだ。

 

子供が、おとぎ話の英雄譚に魅かれるように、純情な乙女が甘く切ないラブロマンスに酔いしれるように……その戦略は、ゲールに対して劇的な勝利を望む自分たちにとって、劇薬のごとき衝撃を叩きつけてきた。抗いがたい魅力……それをなした場合の、実際に起こるリターン……。

 

最終的には……ブリタニア以外の国も、食い入るようにしてその作戦に聞き入っていたのを、横から見ていたフィーネはよく覚えていた。

 

もしこれが成功すれば……気分は爽快、民衆への受けもいい、そしてそれ自体が、反帝国の風潮を大いにあおる強烈なプロパガンダとなるだろう、と感じ取れた。

 

(我々が知恵を絞った結果を簡単に上回って見せる知略……それを可能とするための、事前の準備を進められるだけの手の広さ……そして何より、仮面で顔を隠していてなお感じられる、あの圧倒的な覇気……カリスマ、とでも言うべきか。ああいうのを、王の器、というのだろうか)

 

その一方で、イゼッタが思い出していたのは……その前後で、緊張しつつも、戦略などとは関係なしに……それこそ、何の気なしに交わした、雑談のようなやり取りだった。

 

 

『今更ではありますが、遅ればせながらご挨拶でも……黒の騎士団総帥を務めております、ゼロと申します……どうぞ以後、お見知りおきを、大公殿下』

 

『うむ……オルトフィーネ・フリーレリカ・フォン・エイルシュタットだ。そして……』

 

『い、イゼッタです……。あ、あの……わ、私っ! 勝つために……ぜ、全力で! なんでもしますから! よ……よろしくお願いしますっ!』

 

『これは頼もしい……こちらこそよろしくお願いします。先に提示させていただいた作戦は……私としては成功を確信しておりますが、それも、それに関わる皆が全力をもっての望んでこそ成しうるもの……。このように怪しい仮面の男の言で申し訳ないが、手をお貸し願えればと』

 

『もちろんだ……こちらこそ、何せこの通り、戦場を知らない小娘2人。至らぬところも多々あろうが、よろしく頼む。……その仮面とて、何か事情があってつけているのだろう。詮索などといいう無粋な真似はすまい』

 

『寛大なお心遣い、感謝いたします。それでは、また後程、ブリタニア軍の協力者を交えての打ち合わせの時に……』

 

そう言って別れてしばらく。

フィーネについてあいさつ回りをしていたイゼッタが、ふとわずかに時間が空いた時……たまたま近くにいたゼロの方を、ちらちらと気にするように見てしまっていた時だった。

 

『この仮面が気になりますか、魔女殿』

 

『ふぇっ!? あ、あの、いや別に、その……』

 

『お気になさらず。自分でも承知しておりますからね……素顔をさらさずに、このような仮面をつけている者が、いかに怪しく見えようかくらいは』

 

『そ、そうですか、すいません……でも、それなら……何で、わざわざ仮面を?』

 

『色々理由はありますし、全てをお話しするのは難しいですが……一言で言えば、私が何者であるか、という点に意味を見出していないからですよ』

 

『……意味が……ない、ってことですか?』

 

『ええ。ゼロとはいわば、単なる記号です。間違った力を振りかざす者と戦い、それを打倒し、争いを終わらせて世界を平和に導くための……それだけのための存在であり、私はそうあろうと、あるべきだと思っております。ゆえに、中身が誰であるかは重要ではないのですよ』

 

『う、うーん……?』

 

『わかりにくいですか……一言で言えば、結果さえ伴っていればいい、ということです』

 

『結果……』

 

『ええ。たとえこの仮面の中身がどこの誰であったとしても……そうですね、今回で言えば、予定通りドラッヘンフェルスを制圧・鹵獲するという、その目的さえ達成できれば……そのために指揮をきちんと行えていれば、それで問題ないのですよ。重要なのは、私が何者かではなく、私に何ができるか、だということです』

 

『な、なるほど……』

 

『それに……少々語弊を招きかねない言い方にはなりますが、この中身があらわになることで発生する偏見や先入観を好まない、というのもあります。例えば、もし私の正体がエイルシュタット人であれば、どれだけ各国に平等に接していても、エイルシュタットをひいきするのではないか……という考えを持つ人が出てくるものですからね』

 

『た、確かに……そう思っちゃいますね』

 

『ですから私は、ゼロ……それ以外の何物でもあろうとは思いませんし、ありたくはありません。いつの日か、戦争が終わって世界に平和が訪れるその日まで、私はゼロとして、仮面をかぶり続けるつもりです……いつの日か、ゼロが不要となるその日まで』

 

『え? ぜ、ゼロが不要って……? あの、どういう意味……』

 

『今申し上げた通り、ゼロは戦争を終わらせるための存在……記号です。ゆえに、平和な世の中になれば、不要なのですよ。仮面をかぶった怪しい男が、組織の上や、国家の権力の傍らに立っているなど、不安でしかないでしょう……ですから、もし戦争が終わって世の中が立ち直った暁には、この仮面の男が人々の前に現れることはなくなるでしょうね。それが、世の中の正しい姿だ』

 

(平和を作るために戦う……でも、その平和な世の中が出来上がったら、その世界に自分は不要、か……そんな風な考え方をするなんて……。まだ、全部を理解したわけじゃないけど……なんてすごい覚悟なんだろう……。私には……とても真似できないかも)

 

自分の敬愛するフィーネとは、また違った角度からこの戦争をとらえ、見据え……そして、覚悟を固めているゼロの言葉は、イゼッタにしても色々と考えさせられるものがあったらしかった。

 

(……でも、ちょっとだけ気になるかな。あんなことを言えるゼロさんが……どんな人なのか)

 

そんなことを頭の片隅で考えながら……イゼッタは、フィーネと一緒に、2人並んでほとんど同時に……その意識を、眠りの中に沈ませていった。

 

数日後には始まる、ソグネフィヨルド湾における、巨大空母奇襲作戦。それに向けて、疲れをとって英気を養うために。

 

 

 

「……ひっきし!」

 

「あらやだ、豪快なくしゃみね……風邪?」

 

「いや、違うと思う……どこかで噂でもしてんのかね?」

 

「誰のうわさか、気になるわね。あなたここ最近、一人何役やってるんだって感じで、偽名なりきりわんさかあるし」

 

「あー、確かに。そりゃ噂の1つや2つされるってもんか。あー、あったかくて甘いもん飲みたい。アレス、ココアあったっけ?」

 

 

☆☆☆

 

 

一方その頃、

遠く離れた土地……エイルシュタットにて。

 

王宮のある部屋にて……緊急に集められた、隊長のビアンカを含む、数名の近衛がいた。

彼女達を見渡すのは……招集をかけた張本人。ジークハルト・ミュラー首席補佐官。

 

「……今日集まってもらったのはほかでもない。君たちに……少々、遠征を頼みたい」

 

机の上に資料を広げながら、補佐官は話し始めた。

 

「知っての通り……先に、大公殿下がブリタニアに行かれた直後、帝国のスパイかその類と思しき何者かが、件の『魔女の城』に潜入した。幸い、スパイは2名とも処理は完了しており、特に何も持ち出されたものはないという報告であったが……これに端を発するかのように、この所、ゲールの動きにきな臭いものが多く、不安感をぬぐえない状況が続いている」

 

その語りに、近衛隊長・ビアンカは……その騒動の只中にいた時のことを思い出していた。

 

町で偶然知り合った、気の優しそうな1人の男。

話していてなかなか気の合う、楽しい相手だった……途中、『白き魔女』の伝説の話になった際に、あまり耳に心地よくないことを聞いて、苛立って別れてしまった男。

 

まさか、ゲールのスパイであったとは思いもよらなかったが……その男も今や、ビアンカ自身の手で、物言わぬ屍となっている。死体の確認も、もう1人のスパイ共々済んでいた。

 

もう終わったことではあるが……妙に気が合ったことといい、撃つ直前に聞かされた……帝国に伝わる、もう1つの『白き魔女』のおとぎ話といい、あまりいい思い出になっていない。

 

それでも、近衛として、それを理由に任務に支障を出すようなことはなく、大公殿下不在の今も務めを果たしていたところで……今回の招集だった。

 

そして、補佐官から……本題が告げられる。

 

「先日傍受した敵の通信から、とあるゲールの要人が、非武装の中立地帯を通って、同盟国であるロムルス連邦方面へ向けて、外交交渉のための使節として極秘裏に赴くそうだ」

 

「要人……ですか?」

 

「ああ……テオドール・ペンドラゴンだ」

 

その名が出た途端、一様にその表情が引き締まる。

 

帝国にとってイゼッタが宿敵であるように……今や、公国にとっての宿敵と言えば、そのイゼッタの戦績に土をつけたペンドラゴンがそうなのだ。

 

「知っての通り、ロムルス連邦へはこのエイルシュタット国内を通るか、大きく迂回してリヴォニアを経由していくかしかないわけだが……公国とリヴォニアの国境ギリギリか、あるいはわずかにこちら側を通っていく可能性が高い。道の整備も、こちらの方が整っているからな」

 

「つまり……そこで待ち伏せし、ペンドラゴンを……」

 

「捕獲。無理なら抹殺してもらいたい。……もはや彼は、野放しにしておける存在ではない。先に明らかになった『魔女』関連の情報といい……早急に尋問して詳細を明らかにしたい」

 

その言葉に、近衛たちも現状を把握して、任務の重要性を認識するも……同時に、主であるフィーネや、『魔女』イゼッタと、その『ペンドラゴン』が顔見知りであると知っている近衛たちの顔には――中でもビアンカは、その左目を銃で撃ち抜いた張本人でもあるため――やや表情を怪訝なものにした。

 

ほんの一瞬ではあったが、もちろんジーク補佐官はそれに気づいていた。

 

「……大公殿下のお心を、わずかではあるが、害する可能性のあることである点は認める。しかし、それでもこれはやらなければならないことだ……この任務にかかる全ての責は、後で大公殿下にお話しして、全て私が取ろう。協力してもらいたい」

 

その言葉に、近衛たちも決意を新たにし……その作戦を必ず成功させんと発起した。

 

場所は、おそらく……エイルシュタットとリヴォニアの国境付近。候補地は、いくつか。

 

目標……帝国軍少佐、テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴンの確保または暗殺。

 

苦戦する祖国のために、敬愛する主のために、全力で今、自分にできることをしようと……覚悟を決め、近衛たちはその指令を受諾した。

 

数十分後には、それぞれ身支度を整え、出立するだろう。補佐官によって用意された……手足となって動く、十数人の口の堅い兵士たちを連れて。

 

 

 

「マリー、予想通り、連中……国境付近に展開するようですよ。期間が絞れなかったんでしょう、けっこう長い間張り込むつもりのようで」

 

「ほう。それはまた働き者……と言いたいが、単に絞り込めなかっただけか……まあいい。肝心なところは、きちんと『誤読』してくれているようだからな……ひとつ、顔を青くしてもらうとしよう……テオも今ちょうど忙しいし、これからもっと忙しくなるからな、その仕込みの一環だ」

 

 

 

……その情報が、すでに敵の術中だとも知らないで。

 

 

 

 

 



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Stage.19 ソグネフィヨルドの攻防(前編)

 

 

1940年7月17日

 

完 ・ 全 ・ 勝 ・ 利 !!!

 

 

 

1940年7月18日

 

昨日は疲れてたので、いきなり四字熟語書いただけという日記にあるまじき形態でお届けしてしまったわけだけども……今ちょうど暇だし、詳しいとこ書こうと思う。

 

僕らが、かのソグネフィヨルドを……いかにして攻略したかを。

 

 

 

まず当初、反帝国陣営の立てた作戦は、イゼッタが魚雷4発と一緒に飛んで、湾内に停泊しているであろうドラッヘンフェルスを奇襲し――言いにくいなこの名前マジで。噛みそう――その船底のど真ん中、全く同じ個所でほぼ同時にそれらを爆発させることで、浮き上がるくらいの衝撃で船体を弓なりに歪ませ、その反動と船の自重で真っ二つにへし折る、というものだった。

 

何で魚雷? ミサイルとかでいいじゃん……と思ったけど、この時代まだミサイルないのね。

 

他にも……なんで魚雷4発必要な作戦に、ちょうど4発しかもっていかないんだとか、色々言いたいことはあるんだけども……まあいい。

 

どの道、作戦は大幅に変更せざるを得ないんだし。

だってばれてるんだから。中身はともかく、来るってことは。完全に誘われてて。

 

そのため、その会議の場でさっくりと、それを補う形で、もっと正確かつ効果的で、もっとリターンが大きい作戦を考えて提案させていただいたわけで……そして数日後にはそれを実際にやることになったわけで……。

 

具体的に、どんなふうに戦ったのかというと……だ。

あー……コレは久々に、超・長文になる予感……。

 

はい、じゃあ回想入りまーす。なんちゃって。

 

 

 

 

本来ならゲールの連中、戦闘機を何機も飛ばして、その援護にドラッヘンフェルスと、その随伴の3隻の軍艦からの砲撃で弾幕を作り出し、イゼッタを迎撃する……って感じの戦い方をするはずだったんだろう。

 

まあ、ちょこまか動く小さな的をとらえるには、攻撃の密度を上げるくらいしか手段ないからな……シンプルなれど、効果的な手だと言える。

 

実際に、作戦開始直後……いると思われていた湾内にドラッヘンフェルスはなく、すでにやや沖合に向けて出港してしまっていた。随伴艦として付き従う軍艦3隻を連れて。

 

しかもイゼッタを確認した直後に、待ってましたとばかりに、戦闘機の部隊が発艦。周囲に大型の魚雷をいくつも浮遊させているイゼッタめがけ、臆することなく突っ込んできた。

 

おまけに、帝国軍のエースパイロットの、あの髭のおっさん……バスラー大尉だっけか、あの人まで出てきてた。本気度がうかがえる。

 

……と、言いつつこれが威力偵察、しかも主犯格があのベルクマン中佐だって知ってると……マジになって戦ってる大尉がちょっとかわいそうというか、道化というか……

いやまあ、ここで落とせればそれが一番いいとは思ってるんだろうけど……でもこの作戦で落としたら、イゼッタ確実に死ぬよね? 戦闘機の機銃と軍艦の艦砲射撃じゃさ……。

 

……まあ、僕がそんなことはさせないんだけども。

 

まず初めに、時間。

 

イゼッタが襲撃をかける時間は……こっちで入念に調査した上で、ちょうど引き潮になる時間帯を選んである。そのため、フィヨルドが複雑に入り組んだ地形で身動きが取れなくなりかねない事態を避けるため、ドラッヘンフェルスを含む4隻は、比較的沖合に出てきている。

 

普通の軍艦とか随伴艦とかならともかく……あの大きさになるとね、座礁する危険も大幅に上がっちゃうんだよね。

いくら囮でも、その辺は最低限の配慮として気を付けるだろうし……まずは読み通り。

 

そして沖合に出ると……軍港に設置されている砲台のうち、何割かが有効射程を超えてしまい、役立たずになる。ただでさえ当てづらいのに加えて、弾幕がこれでいくらか薄くなる。

 

しかも連中、こっちでちょいと裏から手を回して、弾薬不足になるようにしてあるので、さらに弾幕が緩和される。

 

僕がソグネフィヨルドを制圧した時に起こっていた、兵站不備による運送ルートの途絶を覚えているだろうか。それを、ちょいと細工して人為的に引き起こさせてもらったのだ……その運送で届くはずだった武器弾薬の不足、っていうおまけ付きで。

 

何、難しいことはしてない……ただ、ちょっと中央から圧力をかけて、ずさんな仕事をしていた――しかしそのおかげで、激務の中でも結果的に早く兵站対応ができていた部署に、『丁寧に、確認作業をきっちりやれ』って言っただけだ。

 

おかげで、正確で信頼性のある仕事が行われるようになった……と思ったら、よくよく見てみた結果として汚職が発覚したりした。……まあ、さらに時間稼ぎができたのでいいけど。

 

そういうわけで弾薬不足。空母や軍艦は自前でそういうの持ってきてるからともかく、砲台の方はそのせいで弾切れが最初から見えてる状態。しかし、撃たないわけにもいかないので、少ない残弾をどうにかやりくりしてる状態。

 

戦艦の巨砲は威力はある代わりに、取り回しは軽くない。大艦巨砲主義が、戦闘機によって時代遅れにさせられ、格好の的になってしまったことからもわかるように、小回りの利く上に速い戦闘機を相手にするには、あまりに不利なのだ。

それよりも速く、小さく、すばしっこいイゼッタの相手なんかする日にゃ、なおさらである。

 

それをカバーするため、艦砲よりは取り回しもしやすい大砲が弾幕の重要な要素だったわけなんだけどね。残念だったね。

 

そんなわけで、敵の手数をなるたけ封印した状態で……当然、イゼッタを狙う主力は、バスラー大尉率いる戦闘機の皆さまである。こいつらばっかりは、空母から出される戦力であるため、兵站の影響を受けることもなく元気で……しかも、機動性の高い新型ときたもんだ。

 

メッサーシュミット、っつったっけか、あの新型……これを、エース級のバスラー大尉が使うと……決して楽観視なんて許されない、とんでもない機動力を持った怪物となる。

それを、彼ほどじゃないにせよ、普通の部隊なら十分エースを張れる部下たちの期待が援護しつつ、イゼッタを撃ち落とそうとするんだから……まあ、怖いわな。

 

しかし、である。そんな感じで始まろうとしていた、彼らバスラー隊(仮)の戦いは、始まる前に飛び込んできた報告によって、路線変更を余儀なくされたのであった。

それは、もう間もなく発艦という時になって……すでに各員が戦闘機に乗り込んでいた時に……無線から聞こえてきた。

 

そして、それを境に……帝国軍の思惑は、誰の目にも明らかな形で、音を立てて崩れていく。

 

 

☆☆☆

 

 

『メーデー! メーデー! こちら第24観測砲撃小隊! 敵航空機より攻撃を受けている! 増援を! 繰り返す、増援を! このままでは砲台が……うわあぁぁあ(ブツッ)』

 

「……っ!? おい何だ、一体何が起きた!?」

 

『た、大尉殿……アレを!』

 

そう、息をのんだ部下の声を聴いて、滑走直前の戦闘機の中で振り返ったバスラー大尉。

その視界に飛び込んできたのは……突如として現れた見慣れない戦闘機が、すさまじく鋭角な急降下爆撃を繰り返して、湾の固定砲台を片っ端から蹂躙している光景だった。

 

実際には、見境なしではなく……さっき言った射程の話で使い物に『なる』ものから順になのだが、その場でそれに気づくほど、余裕のある者はそこにいなかった。

 

しかも、その戦闘機ときたら、一品もののスペシャルであることがありありとわかる性能で……バスラー大尉が乗る帝国の最新鋭のそれを軽く上回るポテンシャルを持っていた。

当然ながら、パイロットもそれに乗るにふさわしい技量を持っているように見えた。

 

ドラッヘンフェルスの甲板上にて、皆が絶句し、唖然としている中……いち早く正気に戻ったバスラー大佐は、無線の周波数をいじると、集音器に向けてほとんど怒鳴りつけるように、

 

「ソグンコマンド! こちら航空機部隊隊長バスラー大尉! コールサイン、ホーク01! 応答されたし! 其方の砲撃小隊各隊への敵航空機による攻撃を目視で確認、一体何が起こっている!? その機体はいつ、どこから現れた!? 損害状況は!?」

 

『こ、こちらソグンコマンド! げ、現在、砲撃小隊6部隊との通信が途絶、通信波も観測できず! 撃滅されたものと……し、至急の増援を現在……え……な……っ!?』

 

『お、おい、何であの戦闘機、こっちに……』

 

『しまった、まさか通信波を逆探知……い、いや、出力は絞っているはずなのに!? なぜ!?』

 

『う、うわああぁああっ!?』

 

『た、退避、退h―――(ブツッ)』

 

「おい、おい!? くそっ、バカな……なんてこった!」

 

返事の聞こえなくなった、ソグネフィヨルドの司令部との間のラインを切ると、バスラー大尉は素早く考えをまとめ……あることに思い至って、顔を青くした。

 

ばっと振り向いて、空を飛んでいるイゼッタを見る。また振り返って、襲われている砲台と、襲っている戦闘機を見て……最後に、周囲の海というか、水平線を見渡した。

 

ぎりり、と……噛みしめているらしい奥歯が音を立てる。

 

「そういうことか……くそっ、連中、なんて手を考えやがる!」

 

『大尉? いかがなさい……』

 

無線の向こうからの声には答えず、バスラー大尉はチャンネルをオープンに切り替えて、

 

「各位に通達! これより部隊を2つに分ける! 01から08が湾岸の砲台の救援、09から16が魔女の迎撃だ! 各標的の迅速な撃墜を目的に飛べ!」

 

自分を含む8機を敵戦闘機の迎撃に充てる指示。当初の予定だった魔女よりも、突如降ってわいた敵を討伐することに比重の重きを置いた判断を下したバスラー大尉の胸中は……冷静かつ迅速に判断を下していたのとは裏腹に、焦りに満ちていた。

 

(まさか、連中……最大戦力であるはずの『魔女』を、囮に使いやがった……!? しかも……)

 

攻撃に使えば、その比類ない戦闘能力で持って、こちらに大損害を与えてくる……それこそ、やり方次第で本当にドラッヘンフェルスをも沈めかねないほどの戦力。それが魔女だ。

 

だからこそ、帝国はそのイゼッタへの備えを万全にしてきたし、大尉率いる戦闘部隊各位は、決死の覚悟でその魔女の相手をするつもりでいた。

 

……しかし、だからこそ、というべきか。

敵は、こちらが予想もしなかった……その『魔女』への警戒の高さを逆手にとって、囮として彼女へ注目を集め、その隙に本命の攻撃を叩き込むという手を打ってきた。

 

しかし、バスラー大尉の胸中にはもう1つ……今のこの状況から導き出された、さらなる最悪の予感が渦を巻いており……それゆえに、彼はあの正体不明の戦闘機を、一刻も早く撃ち落とすことを決めた。自分が、一時的にとはいえ魔女から離れ、相手をしてまで。

 

帝国軍人なら、よほど狼狽してでもいない限り――もっとも、今この場ではその状態にある兵が多分を占めるのだが――思いつくであろうことだった。

この状況……どこかで見覚えがないか、と。

 

答えは簡単……この場所が何よりの答えだ。

『ソグネフィヨルド』……『ソグンの悪魔』『黒翼の魔人』の名で知られる、かのペンドラゴン少佐が、絶対的不利な状況の中で奪い取り、ノルド王国制圧の決定打となった場所。

 

その際に使用された戦術……砲台と司令部の無力化による、帝国艦隊の誘引。

砲台が次々と落とされている今のこの状況は……あまりにもぴったりと、それに重なった。

 

となれば、次に何が起こるか……あの時は、帝国の軍人をこれでもかと乗せた軍艦が大挙して押し寄せ、上陸、物資と鉄道を抑えて、兵站と海運における絶対的優位を確立した。

その結果何が起こったか。ノルド王国首都を始めとする、同国全域の陥落である。

 

(砲台だけを狙ってああまで徹底的に……もし、連中の狙いが『ソグン』の意趣返しだとしたら……それだけは絶対にやらせるわけにはいかねえ!)

 

「くそったれが! 面倒な真似してくれやがって……訓練してきた14パターンの編隊飛行戦術が全部無駄になっちまった……ああ、くそったれ!」

 

『それはご愁傷様、という他ないな。だが、オープンチャンネルで聞くに堪えない下品な物言いで独り言を垂れ流すのは正直、耳障りだな。できればやめてもらいたいものだ』

 

「……誰だ?」

 

突如、無線から聞こえてきたその声に、離陸直後のバスラー大尉はとっさにそう問うが……

 

『おや、返答が必要かな?』

 

「いや、いらねえな……ちっ、お前さんかよ」

 

聞き覚えのない声な上、くぐもっていて若干聞き取りづらいものだったが……バスラー大尉には、その声が、誰のものかはともかく、どこから聞こえてきたのかは……はっきり分かった。

 

今、向かっている先で悠々と飛び……いま、新たに1基の砲台を粉砕した、あの機体だと。

それに乗っている、パイロットだと。

 

「どこのどいつだ、てめえ……ノルドのレジスタンスか?」

 

『いかにも。私の名は『ゼクス・マーキス』……通りすがりの野良飛行機乗りだ』

 

「……聞いたことあるぜ。最近話題の『ライトニングバロン』か」

 

ちっ、と舌打ちをして、バスラー大尉は前方に見えるその機体をにらみつけた。

 

ゼクス・マーキス。通称『ライトニングバロン』。

 

最近、ノルド王国方面でその名を徐々に有名にしてきている、レジスタンス所属、正体不明の仮面の飛行機乗りだ。まだ数回しか戦場で姿を確認されてはいないものの……誰が相手でも素顔を明かすことはなく、しかしその腕は確かなものとして、寄せられる期待と信頼は厚い。

 

当然ながら、同時に帝国には要注意人物として目をつけられている1人だ。ただまあ、繰り返すが正体不明の人物のため、せいぜい噂話程度の情報しか出回っていないが。

 

話半分に聞いていたそのうわさの、どうやらその通りの実力はありそうだと、バスラー大尉はあたりをつけて……覚悟を決めて操縦桿を握りしめた。

 

 

……ところで、その『ゼクス・マーキス』であるが、誰も知らないとされているその正体は……

 

 

(わーぉ、何か予想以上にキレてんな、バスラー大尉……ちょっと怖い)

 

 

先程バスラー大尉の脳裏にもよぎった、ここ『ソグン』を二つ名の1つに持つ傑物であった。

テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴン少佐、その人である。

 

どういうことかと問えば……まあ、見たままだ。

ノルド王国レジスタンスの希望の星、神出鬼没のライトニングバロン『ゼクス・マーキス』は、テオが変装してノルド方面で色々やる時のための、囮というか、隠れ蓑である。

 

ただし、全くの0からテオ達が作り上げたキャラクターではないのだが。

 

元ネタというか、元々は……都市伝説ならぬ戦場伝説になっている、実在した正体不明のパイロットを引用している。ノルド王国で戦ってたレジスタンスの、凄腕のパイロットだ。

 

その、オリジナルの『ゼクス』はもうすでに戦死している……それをいいことにテオ達は、悪いとは思いつつも、そのあたりの設定等を利用しているのである。

 

戦死している事実すらろくに知られていない、その戦場伝説を骨子にして色々肉付けし……『謎の英雄ゼクス・マーキス』という人物像を作り上げた。

なので、比較的短い期間と少ない実績で、こういう作戦におあつらえ向きのネームバリューを持った、非実在のヒーローが完成したのだ。

 

後はそれを装って戦場にはせ参じれば、『空母ドラッヘンフェルスが相手の大一番に、ノルド王国のレジスタンスの英雄が駆けつけた』というシチュエーションの完成だ。

 

ちなみに、名前とか衣装、機体の名前は、前世のアニメから引っ張ってきてテオが適当につけた。たまにしか使わない隠れ蓑なので、『適当でいいや』と。

極秘裏に開発していた、現在進行形で猛威を振るっている専用機の名前も、同じアニメからの引用である。その名も『トールギス』。

 

さて、その『ライトニングバロン』を相手に、8対1で一気に押し切ろうとするバスラー大尉の隊であるが、ここにきてさらに事態が悪化する。

 

片方を一気に排除して、もう片方も……という形を考えていたバスラー大尉だが、『ライトニングバロン』と『魔女』、そのどちらも排除できない……どころか、先程までの予想をさらに覆す戦いを見せ始めているのだ。戦闘力的にも、戦術的にも。

 

編隊飛行で相手を追い詰めるべく飛ぶ部隊をあざ笑うかのように、どちらも最早、変態軌道と言っていいレベルで飛び回る。そして一瞬の隙を見逃さず、攻撃して撃ち落とす。

1機、また1機と、友軍の機体が減っていく。

 

ゼクスは縦横無尽に飛び回りながら、大口径の機銃と爆弾で。さらに隙を見つけては、先程までと同様に砲台への急降下爆撃を行ったり、しれっと爆弾を落としたりまでする。油断ならない。

 

しかしそれ以上にある意味問題だったのが……イゼッタだった。

数分前、戦闘機部隊が二手に分かれたのを見て、

 

「すごい……ゼロさんの言ったとおりだ。本当に半分、砲台の方に行っちゃった」

 

『戦術的に見て、彼らには看過できない事態だからな。では、ここからも事前の打ち合わせ通りにお願いする、イゼッタ嬢。向こう側の心配はご無用……彼もまた、諸国に武勇を轟かせる戦士だ。そうだな、ゼクス・マーキス?』

 

『簡単に言ってくれるな、ゼロとやら……だが、引けぬ戦いなれば、私もその期待に答えざるをえまい。イゼッタ嬢、あなたの武運もお祈りしている』

 

「あ、は、はい! よろしくお願いします、ゼロさん、ゼクスさん!」

 

などと言ったやりとりをかわしていた彼女であるが――ちなみに、この通信の際の声の出演は、ゼロはアレスであり、ゼクスはテオである。どちらもボイスチェンジャーで声を変えているが――そのイゼッタは、ゼクスと同じように、こちらはランスを操って無双している。

 

……そう、ランスである。魚雷や、爆弾ではなく。

 

最初に、帝国軍が彼女を補足した際……傍らに彼女が浮かべていた何発かの『魚雷のようなもの』は……金属製の、頑丈なだけの張りぼて、というか、箱。ケースだった。

 

先程、それがパカッと割れて、中からランスが飛び出し……今までの戦場と同様に、戦闘機を貫き、引き裂いて飛び回り始めたのだ。

 

帝国の兵士たちはそれに驚かされた。

魚雷だと思っていたものの中からランスが出てきたのもそうだが……それ以上に、

 

「何で、何で……この場面で、魚雷や爆弾じゃなくてランスなんだよ!? あの魔女は、空母を沈めに来たんじゃなかったのか!?」

 

そんな、名も知られぬパイロットの独り言が、全てを物語っている。

 

イゼッタは今回、空母ドラッヘンフェルスを沈めるために襲い掛かってきたはずだった。彼らはそう聞かされていたし、そうさせまいと飛び上がったはずだった。

この戦いを裏で色々と操っているベルクマン少佐でさえ、そう思っていた。

 

しかし、いくら魔女の力が強大であれど……ランスで空母を破壊するのは無理だ。

戦車や戦闘機くらいならどうにでもなろうが、あの巨体を物理・アナログ兵器でどうにかするというのは、いささか非現実的である。

 

逆にランスは、一撃の破壊力こそ魚雷や爆弾に劣るものの……魔力で強化されているそれは、何度でも使える。1機の戦闘機を何本ものランスで串刺しにした後、同じランスでまた別な戦闘機を貫ける。一回当てれば失われてしまう爆弾とは、そこが違う。

 

と、いうことは……今、イゼッタがランスを飛ばしているこの状況は、何を意味するのか。

 

魚雷に擬態させてまでそれを持ち込んでいた……それすなわち、『空母を沈める気がない』こと、そして『標的は最初から戦闘機だった』ということだ。

さらにはそれを、何らかの思惑で、帝国軍に悟られないようにしていた。

 

ちなみにこの戦闘において、イゼッタには注意点というか、不安要素として……この戦闘に限った話ではないが、レイラインの問題があった。

 

ソグネフィヨルドの湾内にこそかなり太いレイラインが通ってはいるが、沖合に行くとそれが細まり、魔力が使えなくなる『切れ目』があちこちにある環境だったのだ。

普段通りに飛んでいれば、あちこちで魔力が途切れ、武器を失ったり、最悪は墜落の危険もあっただろう。

 

しかしこれをイゼッタは、先だっての邂逅の折にテオが残した『レイライン計測器』を用いて回避していた。

 

対戦車ライフルの銃身にそれを取り付けて固定し、こまめにチェックしながら飛ぶことで、レイラインが細く、魔力が薄いとみられるエリアをリアルタイムで把握、そちらに行かないように進路を調整しながら飛んでいたのである。

 

途中でそれを知ったテオは、複雑そうな顔をしていたが、『まあいいか』と黙認していた。

役に立ってるみたいだし、あのままあげよう、と。

 

 

 

 

 



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Stage.20 ソグネフィヨルドの攻防(後編)

 

 

 

戦力の要のはずのイゼッタは『囮』であり、さらには爆弾すら持ち込んでいなかった。

全く想定になかった敵……ゼクスが現れ、砲台という守りの要が蹂躙されていく。

帝国軍の読みがことごとく外れた状況の中……さらに事態は動く。

 

ゼクス、イゼッタ共に、艦砲の死角になる高高度を飛行しながらしばらく戦っていたその時……水平線の向こうから、ブリタニアの軍艦が3隻ばかり姿を見せたのだ。

 

それを見て、当然ながら青くなる帝国軍人たち。

一様に思ったことだろう。『やはりソグンの模倣だった。あれが上陸するつもりだ』と。

 

それを危惧した帝国軍は、大慌てで……もはや最初の戦闘プランをかなぐり捨てて、艦隊の迎撃のために、ドラッヘンフェルスを含む艦を全て、大急ぎで移動させていく。

 

だが、その予想は実のところ大外れである。

あの艦は、作戦の一環としてゼロがブリタニアに出させた艦ではあるが……戦ってもらうつもりで出したわけではない。必要最低限の兵は乗ってはいるが、今回出番はない。

 

そうとは知らない帝国は、さっきの予想が当たったと見て……イゼッタとゼクスの相手を完全に戦闘機部隊に任せて、湾の残った砲台と連携してその艦隊を叩けるような位置に急いで移動を開始……したわけだが……

 

『よし……狙い通りだ。イゼッタ嬢、ゼクス殿、作戦を最終段階に移行する。用意を頼む』

 

「は、はい! わかりました!」

 

『心得た……まずは、船の方のアクションを待って、だな』

 

……ここからが、作戦の山場であった。

 

 

『各艦旋回、旋回っ! 急げ、全速力だ、陣形を整えろ!』

 

『敵艦隊を迎え撃てる位置へ! 軍港の司令部……は、つぶれてるんだったな。各砲台に直接指示を飛ばせ! 急げ! 奴らを海の上で止めないと、ソグンから旧ノルド領を食い破られる!』

 

大急ぎでドラッヘンフェルスと3隻の随伴艦が陣形を変えていた……その時だった。

 

『!? ぜ……前方、1番艦、急速旋回! さらに減速……こ、これでは進路がふさがってしまう!?』

 

『何ぃ!?  どういうことだ!? 一体何を考えている!?』

 

大きい代わりに足が遅いドラッヘンフェルスを迂回するように、一列に並んで移動していた軍艦3隻のうち……戦闘を走っていた1隻が突如として向きを変え、後ろの2隻の進路に横っ腹を向けて通せんぼするようにして立ちはだかってしまった。

 

正面に軍艦。右にはドラッヘンフェルス。このまま進めばぶつかって沈没である。

 

『1番艦、応答せよ! おい!? 応答せよ!』

 

『指示にない旋回の意図を説明せよ! ……くそっ、だめだ、返事がねえ!』

 

『仕方ない、こちらも旋回……いや無理だ、間を通り抜けろ! 面舵だァ!』

 

『お、おい待て! 今急カーブなんてしたら……』

 

慌てた後ろの2隻だが、取り舵……すなわち左方向に曲がるには、1番艦が横に広がりすぎていて間に合わない。角度が足りず、接触してしまうだろう。

 

しかし、『幸運にも』、その1番艦と、右のドラッヘンフェルスの間に、艦一隻がどうにか通れそうな隙間ができていることに気づいた操舵手達は、そこを通り抜けるべく、思いっきり舵をきった……のだが、それが最悪の選択だったのだ。

 

『チェック』

 

イゼッタとゼクスに、通信の向こうから……ゼロの、頼もしくも、どこか寒気のするような声が――そう感じたのはイゼッタだけだが。音源はアレスなのだし――不気味に聞こえた。

 

そして、次の瞬間。

 

『ぜっ、全艦、浮力異常! 安定が……これはっ、数値が!?』

 

『な、何だこの揺れは……!?』

 

『艦が……艦が、傾いているのか!? おい、機関室!? 今すぐバランサーと並行制御あああぁあ!?』

 

『け、景色が斜めに……こ、このままじゃ、船が、船が!?』

 

傍受している通信の向こうから聞こえてくる、おそらくは敵方の『2番艦』と『3番艦』の乗組員たちの悲鳴や怒号。

 

その2隻は今……急カーブしながら、その船体を……通信の内容通り、大きく傾けている。

どう見ても、わざとやっているとは思えない……そのままひっくり返ること間違いなし、リカバリなど不可能であろう角度にまで至っていた。

 

今現在、ゼロが乗っているブリタニアの軍艦の指令室内では、その様子を観測している乗員たちが、あっけにとられたというか、信じられないものを見るような目になっていた。

その上空に滞空している、イゼッタもそれは同様だった。

 

こうなるはずだ、と……事前の作戦会議で聞いてはいたのだが、やはり実際に目にするとインパクトが違うのだろう。

 

そして、そうではない2人……テオ(ゼクス)とアレス(ゼロ)はというと、作戦が成功した達成感や安心感はあるものの……その目に宿る光には、ある種の呆れが混じっていた。

 

『こちらの作戦とはいえ、基本は彼らの身から出た錆……こうもきれいに決まると、人間という種族の愚かしさというものを垣間見た気になるな』

 

『我々はああならないよう、普段から最善を尽くしておけばいいだけの話だ。人災のせいで勝てる戦をふいにするなど、戦略家として承服できん。いや、どんな立場だろうとそもそも問題外か』

 

決め手は、速度と波、遠心力、そして安定性だった。

 

原因その1、遠心力。

スピードを出している車が急に曲がるとき、曲がり角に対して外側に引っ張られる感覚を覚えるが……その際に発生している、あの力である。今回、急カーブした2隻にも発生していた力だ。

 

原因その2、波。

空母ドラッヘンフェルスに対して、随伴艦である軍艦2隻はあまりにも小さく、また重量も軽い。それゆえに、その航行によって生み出される波の大きさにも違いが出て……率直に言えば、ドラッヘンフェルスが起こす波が、随伴艦2隻に影響を与えるのだ。主に、揺れその他の面で。

 

原因その3……人災。

整備不良とか、職務怠慢ゆえの悲劇……と言い換えてもいい。

 

以下は、作戦会議の際に交わされた……ゼロやイゼッタ、フィーネらの会話である。作戦会議中、単語の意味が分からなかったらしい、イゼッタの質問に始まる。

 

「あの……『バラスト水』、って何ですか?」

 

「簡単に言えば、船の姿勢を安定させるための重しとして用いる水ですよ。主に海水をそのまま流入させて用いることが多いのですが……これが十分でないと、船体のバランスが安定せず、転覆の危険が増えるのです」

 

「それを利用して軍艦を転覆させると……つまり、意図的にそれを少なくさせるのか?」

 

「その必要はありません。連中、自分からコレを少なくする愚を犯しているのですよ……少しでも多く弾薬や人員を積み込むために、この分の重量を削っているのです」

 

(どこぞの国のフェリーは、コレをいじって過積載をごまかそうとしたのが最大の原因で転覆・沈没したとかそうでないとか……平和ボケってのは恐ろしいもんだよ)

 

書類を調べて、ノルドの方面軍が同じ愚をやらかしていたのを発見したとき、テオは呆れるとともに、利用してやろうと考え……このようなことになったわけだ。

 

これが平時、単なる運搬中で、穏やかな海を航行するだけならさほど問題はないだろうが……高速で大きな動きを繰り返す戦場に、そんなコンディションで赴いた結果どうなるか……今現在、テオとイゼッタの眼下に広がる光景が、その答えだった。

 

急カーブにより発生した遠心力で船体を引っ張られてバランスを崩し、

同時に逆方向に舵をきったドラッヘンフェルスによって発生させられた波に足を取られ、

おまけに船自体の安定性の欠落によって、そういう事態への備えが弱まっていた結果……

 

その様子を見守る全員の目の前で……随伴艦2隻は見事に転覆し、その腹を水面に晒した。

 

もし転覆しなかった場合、『トールギス』の下部に取り付けていた爆撃用の爆弾の残弾をイゼッタに使わせて横っ腹に穴をあけるつもりでいたわけだが、その必要はなかった。

 

そして、最初に方向転換した先頭の艦は、ノルドのレジスタンスを紛れ込ませて制圧させ、乗っ取っていた。それゆえにあのような、味方を通せんぼするかのような行動に出たのである。

 

館内各所で毒ガスを発生させて乗員を全滅させ、ガスマスクで防備を固めていたレジスタンスがこれを制圧した。

人員の数と、用意できた毒ガスの量の問題で、1隻しか制圧できなかったが、十分だった。

 

これで残るは、あっという間に随伴艦が全滅(転覆×2、制圧×1)し、丸裸にされた親玉のドラッヘンフェルスだけなわけだが……ここでイゼッタとゼクスが本格的に動き出す。

 

戦闘機部隊をゼクスが一手に引き受けている間に、イゼッタはガスマスクをつけて急降下し……制圧した軍艦(1番艦)に着艦、そこで武器弾薬を大量に補充。

さらにそれと同時に、制圧した艦から、極秘裏に運び込んでいた阻塞気球をいくつも飛ばす。

 

阻塞気球とは、簡単に言えば、戦闘機の行く手を阻んで邪魔する目的で飛ばされるバルーンだ。

たかが気球とあなどるなかれ。そのサイズと、材質の頑丈さゆえに……仮に戦闘機が突っこんできて絡まってしまえば、それで墜落してしまうことも多い。

 

もちろん、所詮は気球なので破壊は容易だが、ただの風船とは違って、ただ穴が開いただけではすぐには落ちず、ゆっくり時間をかけて落ちていくように作られていくものも多く、さらに撃ち落とすのに弾薬の消費も伴うため、障害物としてはそれなりに優秀だ。

 

今回ゼロは、素早く展開できるかわりに寿命が短いものを大量に用意して飛ばした。

 

結果……戦闘機部隊は、1番艦とドラッヘンフェルスの近くに近寄れなくなってしまった。

 

彼らが指をくわえて見ているしかない中……イゼッタはその気球の間を、浮遊させ従えている無数の爆弾と共に悠々と潜り抜け、ドラッヘンフェルスへ襲い掛かる。

そして、その司令部と、艦砲のことごとくに爆雷や魚雷を降り注がせて破壊しつくした。

 

さらにイゼッタは、舵やスクリューなど、あらかじめ指示されていた外部の推進系機関を破壊し……その結果、ドラッヘンフェルスは自力では動くことができなくなった。

 

『これで……チェックメイトだ』

 

ゼロのその一言がいかなる意味を持つのか……無線から聞こえる、帝国軍の狼狽した声が、全てを物語ってくれていた。

 

『に、2番艦、3番艦、ロスト! 1番艦応答なし!』

 

『ドラッヘンフェルス、砲撃設備全滅! 推進機関も同様……よ、洋上にてこれは、ひょ、漂流状態に……このままでは……』

 

『え、掩護を、掩護を至急願う! 火砲が全滅していて……い、今攻められたら!』

 

『こ、こちら湾岸砲台、第19砲兵小隊! れ、例の戦闘機がまたこっちに……ああぁぁあ!』

 

『た、隊長! どうすれば……空母の掩護を? それとも、砲台を?』

 

『……っっ……っ……! 撤退だ……』

 

『は?』

 

『撤退だ! 内陸で一番近いキルナルヴィ基地へ撤退する! 全員全速後退!』

 

『そんなっ!? 大尉殿、友軍を見捨てるとおっしゃるのですか!?』

 

『まだ我らは戦えます! 魔女とあの戦闘機を落として、友軍の空母を……』

 

『バカが! この阻塞気球が大量に飛んでる空域で、機動力を殺される俺たちがどれだけのパフォーマンスを出せると思ってる!? 編隊飛行も不可能……小回りの利く魔女のランスの餌食になって各個撃破されるだけだ! それにわかってるのか、今の俺たちには、帰る場所がないんだぞ!』

 

『帰る、場所……あっ……!』

 

部下の1人が、その意味を理解して絶句した。

無線の向こうの彼の表情は、

 

『そうだ、俺たちはドラッヘンフェルスから発艦した! だがあのざまだ……甲板は半壊、滑走路も使えなくなってる! 着艦なんざできやしねえ! 格納庫のドアも吹き飛んでる! 俺たちは……安全に着陸する場所が、一番近くでキルナルヴィ基地なんだよ! そこに到達するのに、燃料がすでにギリギリだ! 手をこまねいていたらどこかで墜落死することに……』

 

―――ガォン! ガォン! ガォン!

 

重厚な音を立てて、『1番艦』の艦砲が火を噴き……油断していた戦闘機部隊のうち、2機がその直撃を食らって爆発・炎上した。

 

『……っ……1番艦は制圧されてたのか……繰り返す、全速後退! もう2度と言わねえぞ……言うことを聞かねえ奴は置いていく!』

 

『……っ……了解、しました……っ!』

 

『畜生……味方を置いて逃げるなんて……すまねぇ、すまねぇ……畜生……!』

 

『お、おい……戦闘機部隊が、離れて……陸の方に行っちまうぞ?』

 

『湾の砲台を助けに行くのか……いや、微妙に進行方向が……。編隊飛行だけど、突撃軌道じゃない……ま、まさか、戦域を離脱するのか!?』

 

『そんな……ま、待てよ! 待ってくれ! おいて行かないでくれ!』

 

『た、助けてくれ、助けろよおい、戻れ……ち、畜生……!』

 

無線から響く悲痛な声に、応える声は……なかった。

いっそ哀れにすら思えてきた、ドラッヘンフェルスの乗組員たちに対し……ゼロが、とどめとばかりに降伏勧告をぶつけた。

 

『帝国軍の諸君に次ぐ! すでに勝敗は決した、これ以上の戦闘行為は無意味である! 武装を解除し、速やかに投降するならば、我々は諸君らに対し、捕虜として名誉ある扱いを保証する! いずれ帝国外交部門との交渉の後、諸君らが祖国の土を再び踏む機会も訪れることだろう……それを拒んだ場合の説明は、あえて控える。繰り返す、帝国軍諸君、速やかに武器を捨てて投降せよ!!』

 

援軍も期待できない状態で、このまま海をさまようしかなくなった空母。乗組員たちは、その数十分後、覆しようもない敗北を悟り……こちらの呼びかけに応じて全員降伏。

 

こうして戦いは、エイルシュタット、ブリタニア、黒の騎士団、そしてノルドのレジスタンス達の連合軍の大勝利に終わり、大量の捕虜と、空母ドラッヘンフェルス(若干破損)を手に入れた。

ついでに、随伴の軍艦も1隻、そのまま手に入れた。

 

なお、随伴艦の残り2隻は、ひっくり返ってて邪魔なので沈められた。

それから、帰りがけに残りの砲台も、ゼクスとイゼッタが破壊した。海上で繰り広げられたあまりの急展開に、統率を失って迎撃すらなかったので、楽だった……とは、ゼクスの弁だ。

 

ちなみに、ドラッヘンフェルスは、駆動・推進部の動力源を壊してスクリューは残しておいたので、さっと修理できる見通しだったが……それすら不要だった。

イゼッタがぽんと触って、スクリューを魔女の力で回転させて動かせたために。

 

そのまま、防衛戦力が全滅して無防備になったソグネフィヨルド軍港に、ブリタニアの軍艦とドラッヘンフェルスが着艦し、制圧した……というのが、今回の作戦の結末である。

 

 

☆☆☆

 

 

……さて、こんなとこかね、帰結の詳細は。

随分長くなっちゃったよ……あー、手、疲れた。休も。

 

 

 



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Stage.21 一難去ってまた一難(確信犯)

 

 

1940年7月20日

 

まーなんというか、手のひら返しもああまで見事にやってのけられると、逆にすがすがしい。

 

レッドフィールド邸で再び開催された会議で、各国首脳の皆さまときたら……その実力と有用性に懐疑的だった数日前とは打って変わって、称賛の嵐。

 

まあ、僕(ゼロね)とイゼッタでそれだけの戦果を実際にたたき出せたわけだから、それも仕方ないかもしれんけども。

 

あの後、ソグネフィヨルドを完全に制圧した連合国軍は、すぐさまそこに追加で艦隊と軍を送り込んでこれを完全に掌握。戦略拠点を構築し、そこから伸びる鉄道を抑えて物流を確保。

 

それにより、帝国の北部投入部隊は補給線をズタズタにされ、各地でパルチザンが蜂起しての猛反撃もあって、これ以上その場にとどまっていることができなくなった。

 

その結果……南北からの挟み撃ちに耐えられなくなった帝国軍は、影響の少ないノルド東部へ向けて後退し……つまりは、ノルドの、ブリタニア側の海に面した西半分が解放されたのである。

そこには、首都こそないものの、いくつもの重要地が含まれており……それを聞いたノルドの民たちは、歓喜に打ち震え、涙を流していたそうだ。

 

さらには撤退中に、これまた補給要地を抑えられていたことにより身動きが取れなくなり、北西部地域に投入していた帝国戦力は半分近くが消滅。当分は戦線の維持で手一杯の大打撃となった。

 

なお、帝国側から入手した情報によれば、帝国軍のノルド方面軍の指揮官が更迭され、方面軍は指揮系統まで含めて再編されるようだ。

 

まあ……帝国の栄光の象徴ともいうべき場所で、大敗北を喫した上に、めっちゃ領地失う羽目になったわけだから、無理ないけども。

 

……あと、そこで活躍した『ソグンの英雄』として知られている僕には、出張から戻り次第、北部方面の方から謝罪したいって面談の申し入れがあるようで……いや、別にいいんだけど。

何、二つ名に傷をつけたって? いや、別にそんな事実は確認してませんけども……。

 

つか、方面軍の指揮官って、イェーコフ中将だっけ? ダメでしょ、少佐に頭なんか下げちゃ。

……更迭決まった? あ、そう、お気の毒に。

 

まあともかくとして……そんな感じで大活躍してしまったもんだから、ゼロ、イゼッタ、そしてフィーネの3人はもう超☆英雄扱いで……各国掌を返したように『ぜひ協力させてほしい!』って申し出てきて……まあ、外交ってそんなもんだってのはわかってるけども。

 

特に、自国を半分以上開放してもらったノルドの反応が……王子様(と言いつつ中年で白髪も目立つおっさんなんだけど)ってば、号泣しながら『ありがとう、ありがとう!』って……僕らの手を取ってぎゅーっと握手しながら。

……イゼッタ、ちょっと引いてたぞ。鼻水も出てたもんな。

 

……僕的には、瀬戸際外交の末に越境侵犯で喧嘩売ってきたあんたたちにはむしろ言いたいことがあったんですけどもね? ……まあ、いいか。それはまた今度にしよう。

 

そんなわけで、僕ら今、大人気。

フィーネの希望は見事にかなって、各国で兵を出して、協力してゲールに対抗しよう……ってことになったそうだ。

 

それが決まった時の、イゼッタとフィーネの嬉しそうな顔は、見ててこっちが嬉しくなるくらいに微笑ましいものだった。外交の場だってことを忘れてるんじゃないか、って思うくらいに、正直かつ無防備に嬉しさがにじみ出てたもんな。

 

……その対面に座っている、アトランタ代表の胡散臭い笑みがなければ、これで完璧だったんだろうけど。

 

……多分だけど、フィーネんとこの近衛さんに撃たれてからだろうか。

僕は、他人の感情ってもんがよくわかるというか、感じ取れるようになった……気がする。

 

ニ○ータイプか? イ○ベイターか? ……よくわからんけど、今度じっくり時間かけて調べてみる必要があるな……他にもいろいろ、よくわからん能力がこの身に覚醒しとるし。生命の危機に瀕して、封印されていた能力が覚醒したとか、そんな感じだろうか?

 

ざっとは検証したんだけど、休みが終わる前にでもじっくりと、腰を据えて……うん。

 

で、だ。その感情感知能力を使……うまでもなく、その視線からアトランタ合衆国の思惑は見て取れた。

 

こないだ感じたのと同じ。警戒している……いや、むしろ恐怖している、って感じだ。

僕と、イゼッタを。

 

イゼッタは、個人で戦車や戦闘機を相手取り、空母相手の戦闘においてすらその力で猛威を振るう、脅威のワンマンアーミーとして。

 

僕は……テロリストとも呼べそうな位置づけの、武装集団の長であり……帝国軍を徹頭徹尾手玉に取り、既存の戦力を十二分に活用し、どう考えても不可能な作戦を成功させる戦略家として。

 

帝国を相手取るのに頼もしい限りです、の言葉に嘘はないんだろうけど……その後にまだ何か、言いたいことを我慢してますよね、おたく。

 

思いっきり僕らを危険視して……帝国相手に出兵したどさくさ紛れに、どうにかしてこっちも『処理』しようとしてますよね? 自国に牙をむきかねない……いや、そうでなくても、仮に、もし、万が一そうなったらやばいからって前もって滅ぼそうとしてますよね?

 

……あの国は民主主義で、世論が戦争反対・出兵に消極的だから、今はこうして出兵して来ないけど……多分このメガネのおっさん、国に『出兵すべし』という打診を持ち帰るだろう。大統領を説得して、その大統領が議会を説得して……帝国も、公国も、黒の騎士団も滅ぼすべきだって。

 

『アトランタが動いてくれれば、戦局は一気に変わる!』って嬉しそうにしてる姫様は気づいてないようだけど……このまま放置はできないな。

 

あーもう、帝国をどうにかするだけでも大変なのに、合衆国もか……やになるな。

 

……それに、もう1つ……不安要素、あるし。

主に、ずっと東で北の方に……一応、帝国とは不可侵条約結んでる、某アカの国が。

 

あっちはあっちでどうにかしなきゃだし……あーもう、やることが多い!

 

……時間が欲しい。切実に。

 

ちなみに、今日の夜は、レッドフィールド邸で『ささやかに』祝賀パーティが催され、僕らももちろんそれに御呼ばれされた。

……仮面つけてるので、僕食べられんけども。ちくせう。

 

そしてその席にて、残念ながら、ノルド王国のライトニングバロン、ゼクス・マーキス氏は都合がつかず欠席である旨が発表され、イゼッタやフィーネを含む出席者たちを落胆させていた。

 

……出席はしてたんだけどね。別口で。言えんけど。

 

なお、本当はもうちょっと後に、仮面舞踏会形式のパーティーを計画してたらしいんだけど、予想外に大きな戦果に、後処理が大変で忙しくなりそうだからって、縮小してこのパーティーを開催、仮面舞踏会の方はお流れになったそうだ。

 

その話を聞いた時、イゼッタから『仮面舞踏会……ゼロさんはわざわざ変装しなくていいから楽ですね』っていう天然コメントが飛んできて、ちょっとほっこりした。

 

とりあえず……明日僕は帰ろう。フィーネとイゼッタに、軽く挨拶して。

 

 

☆☆☆

 

 

「……行ってしまったな」

 

「はい……すごい人でしたね。その……うまく言えないんですけど」

 

軍用機に乗り、ロンデニウムを後にするゼロを見送りながら……イゼッタとフィーネは、はぁ、と息をついていた。

 

「……そうだな、私も……何というか、まだまだ語彙というものが足りんようだ」

 

自嘲するような笑みと共に、フィーネはイゼッタに肯定を返す。

 

「ジーク補佐官やシュナイダー将軍も、地位に見合った戦略眼を持っている。この戦いの中で、幾度もそれが発揮されるのを見てきたが……それを踏まえてなお、奴はものが違ったな」

 

「最初から最後まで、ほとんどあの人の言った通りになっちゃいましたもんね……」

 

敵はこう来る、こちらはこう対応する、すると敵はこう来る。

『ソグネフィヨルド』における戦いを、1から10までコーディネートしたに等しい、規格外の戦略眼を見せたゼロに対して……2人は、いまだに興奮冷めやらぬ様子だった。

 

実際にその指示に従って動き……見事に連合が勝利を勝ち取った瞬間を目の当たりにしたイゼッタも、逐一の報告で、未来を見通したのかと思いたくなるほどに、『予定通り』に進んでいく戦場に息をのんでいたフィーネも。

 

『戦略』というものが、ここまで完全に戦場を支配しうるのか、という……ある種の芸術を目の当たりにしたような、筆舌に尽くしがたい、感動といっていいものを覚えていた。

 

「稀代の戦略家、か……看板に偽りなしだな。あ奴のあの戦略眼は、連合国が帝国を相手に戦う上で、この上なく大きな力となるだろう……奴自身の戦力『黒の騎士団』も含めてな」

 

「私たちのことも、助けてくれる……でしょうか?」

 

「そうだな……こういう言い方はどうかと思うが、わが国には、そなたという『利用価値』がある……良くも悪くも結果主義のようだから、それにつながる力としてであれば、今後もうまく付き合えると思うぞ? まあ、甘やかしてはくれんだろうがな」

 

「そうですね……私も精一杯頑張ります!」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

仮面で顔を隠し、その正体は不明ながら……強烈なカリスマと豪胆な物腰、そして確かな戦略眼を示して、他国にその力を、存在を喧伝した、黒衣の反逆者。

 

未だ謎多き男ではあるが、2人はその男に、やがて世界を変えうる可能性を感じていた。

 

それは……『魔女』という強大な個の力を有するからこそ、そしてそれをもってなお、先に敗北を喫しているからこそ、より大きな力として感じられるものだった。

 

(イゼッタの『魔女』の力は、強力ではあるが無敵ではない……そのことは、先だってテオが……ペンドラゴンが証明した通りだ。罠、奇襲、薬品……綿密に練られた戦略によって、破られうる。だからこそ、その脆さを補う力がいる……あれほどの知略があれば、我が国ではせいぜいが強力な兵器としてしか見れないイゼッタの力を、100%以上発揮させられるのだろうか)

 

(あの人は、私のこと……あくまで作戦の一部として見てた。他の特殊部隊や、普通の兵隊さん、軍艦や、あの『ゼクス』って人と、あくまで同じように……。でもだからこそ、それぞれが自分の力を思いっきり使って、生かせる形で作戦を考えられる……そんな人がいるなんて……いや、でも)

 

「……テオ君」

 

「ん?」

 

ぽつり、とイゼッタがつぶやいた言葉に、フィーネはきょとんとして、その顔を覗き込む。

 

「あ、いえ、その……まるで、テオ君みたいだな、って」

 

「テオ……? ゼロが、か?」

 

「はい。今思い出したんですけど……テオ君も、ゼロさんと同じように、今ある手札で、自分たちができることを最大限生かして作戦を立てて……それで私、負けちゃったんだっけな、って。テオ君も、帝国軍では……参謀?とかっていう役職なんですよね? 戦略家って、皆あんな風に頭がいいのかな……」

 

「さすがにそれはないと思うが……あの2人は別格だろう。しかし、そうなると……」

 

「……ちょっと気になりますね。テオ君とゼロさん、どっちが頭いいんだろう」

 

「興味深くはあるが……その2人の頭脳戦ともなると、付き合わされる現地の兵力が地獄を見ることになりそうだな……」

 

「あー……確かに」

 

苦笑しあう2人。乾いた笑い声が、澄んだ空気の中に溶けていく。

 

 

☆☆☆

 

 

……一方その頃、

場所は……中立国・ヴェストリアの、某所・港湾の沖合。

 

そこに浮かぶ小型のボートの上に、エイルシュタットの誇る精鋭……近衛兵と、彼女たちが引き連れている数人の兵士たちが……呆然と立ち尽くしている光景があった。

 

その顔には……一様に、絶望が浮かんでいる。

 

(私は……私たちは、なんということを……!)

 

その中心に立って、わなわなと震えている、近衛隊長・ビアンカは……取り落とした拳銃を拾うこともせず、呆然と、何も見えない沖合を見つめていた。

 

とっくに去ってしまっているが、少し前まで、そこには一隻の船が止まっていた。

 

ビアンカらの乗っているそれと同じ、小型の船で……ビアンカ達は、暗号通信を傍受して、その日、その時刻にこの港を極秘裏に出向する船が、密輸物資と帝国の要人――ペンドラゴンを乗せているという情報をつかんでいた。

 

それゆえに彼女たちは、今から十数分前……港にいる警備員たちに悟られないため、洋上で呼び止めて臨検を行った。無線通信で停止を呼びかけ、相手が『こちらにはその指示に従う義務はない』と拒絶すると……威嚇射撃までして。

 

しかし、それによって明らかになったのは……

 

「た、隊長……どうしましょう……!?」

 

「あの船、帝国じゃなかった……ロムルス連邦ですら……」

 

そう。違っていた。

ビアンカ達が予想していたことと……何もかもが違っていた。

 

あの船は、密航による物資・人員の運搬船などではなく……航行は極秘ではあるが、正式な許可を受けて航行していた船だったのだ。

ただ単に、戦争による鉄道ダイヤの調整で時間がずれ込んだだけ。

 

しかも、乗っていたのは……帝国のやその同盟国の軍人・関係者ですらなく……

 

「『ヴォルガ連邦』の、外交特使……!」

 

大陸北東部の大国、『ヴォルガ連邦』。

共産党の一党独裁体制によって政治を運営しており……帝国とは、不可侵条約を結んでいる。

 

現在、欧州全土を巻き込みつつあるこの戦争には、参戦していない国だが……

 

もし、今回の一件が、

確たる証拠もなく、第三国の外交特使の乗っている船を呼び止め、威嚇射撃までして……挙句、間違いだったなどと、ふざけた行為に及んでしまった情報が公になれば……

 

(どう……すれば……っ!!)

 

ビアンカが、声に出せずに、心で上げている悲鳴に……答えを返してくれる者は、どこにもいない。ただ、波の音だけが、むなしく彼女の耳に届いていた。

 

 

 

『とまあ、予想通りこうなりました。連中、見事に勘違いしてくれましてな』

 

「なるほどね……この暗号、解読パターンにかぶりがある欠陥品だからって、使用中止になった奴だっけな。コレを利用して、わざと傍受・誤読させて罠にはめた、と」

 

「しかも、実際に軍部がロムルス連邦との通信に使っているチャンネルで……これなら、偽電だとは考えにくいわね。少し前に同じやり方で相手をだましたから、何度も同じ方法と取るとは思わないでしょうし……そこを突いた作戦でもあるのね」

 

『既存の暗号通信のやり方に当てはめて解読しようとすると、ほぼ間違いなく誤読が起こりますから。特に『ロムルス連邦』と『ヴォルガ連邦』の読み違いが』

 

「単なる偽電でなく、わざわざ向こうに『誤読』させたのは、その方が向こうに『自分が失敗した』っていう意識と罪悪感を植え付けるため、ってところね?」

 

「えげつねー……いや、作戦任せたのは僕だから、何も文句言う気とかないけどさ」

 

『ニコラが気合いを入れて作成していた、渾身の偽電ですからな。ボスの左目を奪った敵討ちを一分でも、と。まあ私としてもそのあたりは同意見ですし……ここからの出番では、せいぜいちくちくと突かせてもらうことにいたします』

 

「お手柔らかにね……間違っても、自殺者とか出すなよ? コレの目的は……」

 

『時間稼ぎでしょう? 心得ておりますとも。それに、心配はご無用……連中、それがしたくてもできなくなりますゆえ』

 

「さよかい……じゃ、よろしくマリー。僕もアレスも、明日の早朝にはそっちに着くよ」

 

 

 

 



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Stage.22 奪われた大義

 

ソグネフィヨルドでの歴史上稀に見る大勝利、諸国および亡命政府、さらには『黒の騎士団』との共闘の約束の締結、さらにはアトランタからの『出兵を前向きに検討し、大統領に進言する』という言葉……。

 

数々の成果を手に、それらを報告するのを楽しみにしながら、意気揚々と祖国に帰還した私とイゼッタを待っていたのは……それら全てを吹き飛ばすような、前代未聞の凶報だった。

 

高揚していた気分が……冷水を頭からかけられたかのように、一瞬にして冷めた。

 

「……申し訳ありません、殿下。全て……私の不始末です」

 

常日頃の鉄面皮はそのままに……しかし、その声音の端々に、噛みしめるような苦々しさを感じさせながら……ジーク補佐官が、私の目の前で、頭を下げている。

 

その一歩後ろには、今回の旅にはついてこず、留守を守っていたはずの、ビアンカを筆頭とする数名の近衛たちが……この件の『実行犯』たちが、同じようにしている。

 

ただしこちらは……補佐官のような鉄面皮ではなく、隠し切れない絶望をその顔に張り付けて。

 

私たちが留守にしている間のことだ。

ジーク補佐官の率いる諜報関連の部隊から、帝国の暗号通信を傍受した、という報告が上がってきたのだという。

 

人員及び物資を、同盟国であるロムルス連邦との間でやり取りする、という内容のそれで……うまく利用すれば、そこで派遣されることになっている者を……テオを、捕獲できる。

 

そう判断した補佐官は、自分に与えられた権限を越権ギリギリまで活用し、近衛を動かしてテオの確保――または抹殺――にあたらせたのだが……その現場で、とんでもない間違いが発覚する。

 

「暗号通信の誤読……? 威嚇射撃までして停船させ、臨検した船は……『ヴォルガ連邦』の外交特使が乗っていた船で、帝国軍人が乗っているという情報そのものが間違いだった……!?」

 

「……面目次第もございません。全て私の責任です」

 

「なんと……いう、ことだ……!」

 

現地に赴いたビアンカ達からの、『違った』という報告を受け、入念に再解読した結果……誤読という、情報を扱う部隊にあるまじき失態が明らかになったのだという。極めて難解かつ、稚拙な言い方になってしまうが……『紛らわしい』形式の暗号だったために、間違えた、と。

 

私の隣にいるイゼッタは、今回のことの意味をまだ理解していないようだ。

 

しかし、ここまで聞いて……私や将軍、首相、それにエルヴィラは、理解してしまっている。この一件が……この国を滅ぼしかねない結果を生むであろうことを。

 

もしこの件が表立って問題になれば、エイルシュタットは……本当に、終わりだ。

 

今回ビアンカ達は、盗聴によって得た不確定な情報を根拠に、このような行動を起こした。その結果……無関係な国の特使に銃を向けてしまった。

 

しかも、場所が最悪だ。非武装・非戦闘地域として定められている地域……国際法に照らして、思い切りこちらに非がある。

 

このままでは最悪、先の戦いでせっかく信頼関係を取り付けた同盟国の全てから見放されてしまう。明確かつ悪質な国際法違反を働いた国に、協力することはできないと。

 

それどころか……この件を口実に、ヴォルガ連邦がこの戦いに参戦するかもしれない。

無論……このエイルシュタットの敵として、帝国と協力する形で、だ。

 

しかも、周辺諸国からの協力は、その頃にはなくなっている。どこの国も、巻き込まれるのを恐れて無関係を、放置を決め込むだろう。

 

そうなれば……公国は一瞬で終わってしまう。

 

いかにイゼッタの力をもってしても、他国の協力がなく、さらに帝国と連邦の力を合わせた、考えるのも億劫な物量を相手にするのは不可能だ。

休みなく攻め込まれ、押しつぶされてしまうのが目に見えている。

 

「何ということだ、どうして、どうして今のような重要な時期に……ッ!」

 

頭を抱えているシュナイダー将軍の言葉は、この場にいる全員の心の代弁だった。

イゼッタもまた、説明を受けてこの状況のまずさを認識したところだ。

 

「……先程……殿下とイゼッタ君が戻られる直前、ロムルス連邦のヴォルガ大使館より、今回の件に関して詳細を話し合いたい旨の連絡がありました。一両日中にこちらに赴くとのことで……その場において、今回の問題の帰結を模索することとなりそうです」

 

頭を上げ、ジーク補佐官はそのような報告を付け加えてきた。

 

それに、明らかに冷静ではない様子で――無理もないが――将軍と首相が食って掛かった。

 

「模索とは!? この状況下で……どこをどう、何を探るというのだ!? こんな大問題をどうしろと……今この瞬間、ヴォルガ連邦から宣戦布告されてもおかしくない大問題だぞ!」

 

「落ち着いてください将軍! しかし、問題の大きさはまさにそういったレベルなのは事実……ジーク補佐官、あまりこういうことを言いたくはないのだが、この件はどうにかしてうまく収束しなければ、冗談抜きにこの国の存亡にかかる。……どのように収めるつもりかね?」

 

「事実を、誠心誠意説明する他にないでしょう。此度の戦で、魔女の力を持つとはいえ、我が国が苦境に立たされているのは周知の事実。戦局を打開しようと逸った愚か者の仕業、と説明します。最悪、私や、実行犯たちの首を差し出せば……その他いろいろと譲歩を引き出されるでしょうが、費用対効果や、帝国とのにらみ合いの問題もあります。開戦には至りますまい」

 

「く、首って……そ、そんなのダメです! ジークさんや、ビアンカさんたちが……」

 

ジークの言葉を聞いて、顔を真っ青にしたイゼッタがそう声を張るが……それに賛同してくれる者は、この場には1人もいなかった。

……そう、私ですらも、それはできない。

 

そうでもしなければ、国が滅ぶ……そう、わかっているからだ。

 

私とて、そんなことをしてほしくはない。ジーク補佐官も、ビアンカら近衛たちも、今まで私にその全てを捧げて仕えてくれた忠義の士だ。

どちらも、個人的にも、大局的にも……これからのエイルシュタットになくてはならない存在。

 

しかし、どうにかことが収まりそうな方策がそれしかなく……さらに言えば、過失が明確に存在する点は本当なのだ。信賞必罰は、国の運営においてあまりにも基本的なことだ。

身内びいきはできないし……で、あるならば、責任の取り方としては……。

 

……考えるだけで、この身が張り裂けそうな辛さを感じる。

 

彼らを切り捨てなければ、国が滅ぶ。加えて、まぎれもなくこの一件の責任は彼らにある。

であるならば……国家元首としての対応は、その者達に責任を取らせる……というもので、何も間違ってはいないだろう。そう、何も。

 

……だが、私の……1人の娘としての感情が、それに待ったをかける。

 

この、私自身の心の中から聞こえてくる声に、耳を貸していいものではないということくらいはわかる。

だが、それでも……

 

首席補佐官の後任人事を進める必要があるとか、近衛各員の家に話を通さねばとか、そんなことを話す補佐官や将軍たちの声を、どこか遠くに聞くような感覚を覚えながら……私は、イゼッタと顔を見合わせた。

 

イゼッタも、その瞳に映る私も……泣きそうな顔になっていた。

 

 

☆☆☆

 

 

1940年7月24日

 

今日、マリーから改めて連絡が入ってきた。

 

先一昨日になるか。無事に帝国に帰ってきて……その翌日早朝に、帝国軍参謀本部からの呼び出しを受けた僕は、色々な報告やら謝罪やら――ソグンの大敗北関連――を受けたわけだけど、それはしばらくは参謀本部の方で処理を進めるそうだ。

 

なので問題は、僕が裏で動いているこっちの問題……マリーが見事に策略を完成させた、エイルシュタット公国とヴォルガ連邦間の国際問題『未遂』についてである。

 

マリーが、言いなりになる直属の連中を動かして、エイルシュタット相手に仕掛けた謀略。

わざと誤読しやすい無線連絡を傍受させて、僕を目当てに非武装地帯で襲ってきたエイルシュタットの連中を、逆に国際法違反その他もろもろで糾弾できる立場にする。

 

……まさか、近衛が回されるとは思わなかったそうだけど。

 

何でも、先日エイルシュタット国内に『魔女』関連でスパイが入ったらしく、それ関連で何かあるかもしれないと勘繰られた……ああ、だからわざわざ近衛動かしたのか?

 

エイルシュタットの近衛の忠誠心は絶対的だ。信頼して、魔女の秘密を教えていてもおかしくない……言い換えれば、それが絡んだ事柄に対処させるには最適な人員たちだ。

……今回の一件で、その3分の1の首が飛びかねない事態に陥ったわけだけど。一時的に。

 

勘違いで臨検した挙句、威嚇射撃までかました相手が『ヴォルガ連邦』だったってことで、下手したらかの国が敵に回るかもしれない状況に。

 

そのための話し合いと銘打って、マリーがヴォルガ連邦の外交特使(偽)として向かったわけなのだ。そして、色々話し合いを終えた。

 

……といっても、特に何か要求したとか、密約を締結したわけじゃない。

互いに『なかったことにしよう』という約束を取り交わしただけである。

 

そもそも今回の一件、向こうは、いざとなったら、関係者全員の首を差し出してでも……とか考えてたようだけど、こっちとしてはそんなつもりは毛頭ない。

そんなことされても困る、ともいえる。最終的には……かの国も色々巻き込むつもりなので。

 

というか、そもそも今回の一件、マリーおよびヴォルガ連邦の内通者経由で、向こうにはぼかして『通行段階でちょっとトラブルがあった』程度に報告してるんで、連邦政府そのものがこの件に関して何か言ってくるどころか、気づくことすらない。

エイルシュタット含め、双方にとって極秘&非公式な出来事だったことが功を奏した。

 

なので、本当にコレで何かが起こるということはないのだ。

この件について知ってる者自体、エイルシュタット中枢部の数名と、実行犯の近衛数名、さらに僕やマリーの息がかかった連中だけなのだから。

 

ただ……マリー曰く、僕の左目の分の借りをちょっと返させてもらったらしい。

 

言い回しをちょっと工夫して、『私たちは貴国が何をしたかは知っているけど、あえて問題にしない』『でもこっちも今色々不安定だし、あまりいらんことしないでね?』『もし何かあったらその時は……(ごにょごにょ)』的なまとめ方にしたそうだ。

 

つまりエイルシュタット的には、一応今すぐ何か致命的な事態になったりすることこそないものの、弱みを握られ、首根っこを抑えられている状態……だと思っている。

 

そのため、連邦を刺激しかねないような軍事行動……特に東方にまたがるようなそれを行えない状況がしばらく続くことになる。

 

……それと同程度の期間じゃないだろうけど、生きた心地がしないだろうな、しばらく。

 

いつ連邦がこの件を武器にして参戦してくる、あるいは何か要求を突き付けてくる……なんてことになりかねない状況がしばらく続くともなれば、補佐官や近衛の皆さんはそれだけで圧倒的なストレスになるだろうし……もちろん、他の首脳各位もだ。

 

……ちょっとかわいそうになってきた。

 

ニコラが敵地に忍び込んだ際に、一応その後の足跡を追跡・確認してどういう感じに出るかを調査・記録してきたから、今後のエイルシュタットの方針とかもわかるっちゃわかるんだけど……その際に録音して持ち帰ってきた音声データが……

 

交渉の後の、実行犯の一人らしいビアンカさん――僕を撃ったあの女の人か――の様子らしいんだけどもね? 事件自体が『なかったこと』になったわけだから、責任・処罰云々はなくなった代わりに、今後しばらくエイルシュタットは苦境の時代になる……ということを鑑みて、

 

『私は……斯様な危機を祖国と主君にもたらしておいて、責任を取ることすら許されないのか……』って、マジにきつそうな……。こっちが罪悪感覚えるレベルの落ち込み方を……。

 

まあ、ここで下手に彼女達を処断したりしたら、『何で!?』ってことになるしね……加えて、エイルシュタットはその規模から、人材が潤沢とは言えない国だ。代えのきかない精鋭である、近衛や補佐官を……しなくてもいいのなら、更迭したくない、するわけにはいかない。

 

まずいことをしたのにその罰を与えられず、なおかつ問題が根本的には解決しない……うん、つらいだろうな、そりゃ。

 

まあ、不安の中で過ごすことになって悪いけど……何か起こることはホントにないので、勘弁してほしい。

こっちはただ、時間が欲しいだけなのだ、色々謀略やるための時間が。

 

その結果としてもたらされるものは、エイルシュタットにとっても悪いものじゃないはず。

なので、ちょっとの間我慢してほしい。左目の件はこれでチャラにするから。

 

……さて、そうと決まれば……しばらくはこっちも大きな動きはないだろうし、のんびり、しかし気を抜かずにやるか。

 

僕の休暇もそろそろ開けるし、元通り帝国軍人・最前線指揮官に戻りつつ……色々、表裏両方の作戦立案とかを進めるとしよう。

 

さしあたってまずは……二コラが研究中の『錬金術』と、僕自身の変質した体のスペックや特殊能力の検証からだな……。

 

どうやら『魔女の力』とやら、ただ単に、手を触れずにものを動かすだけのそれじゃなさそうだ。もっと奥の深いもの……という感じがする。また別な力があるのか……あるいは、違う側面があるとか、まだ先があるというか。

 

日常編というか……拠点フェイズだな。うん。

 

 

 

 



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Stage.23 不思議 study now

 

 

1940年7月25日

 

しばらく……といっても、長くてほんの2~3週間程度ではあるだろうけど、時間ができたので、この隙に『魔女の力』の研究を進められる。

 

以前から、軍大学での勉強の合間とか、軍務の合間を縫って続けてきたことではあるけども……ちょうどいい機会だし、振り返りつつ進めようかな。

 

アレス、ニコラ、マリーの3人は、それぞれ形は違えど、先祖代々というか昔からというか、『魔女の力』に何らかの形で関わるような立場にいた。

 

マリーは、世間一般に知られないような形で『魔女の力』を色々使ってきた家の出だ。それも、イゼッタとはまた別の形での使い方も色々と知っている。

 

アレスは、『魔女の力』について、様々な面から研究を続けてきた家の出だ。一昔前になるが『アレイスター・クロウリー』といえば、彼の故郷ブリタニアでは眉唾だが有名らしい。

 

ニコラは、『魔女の力』と深く関わりがある『錬金術』を研究してきた家の出だ……というか、彼女自身『錬金術』を現在進行形で研究している。

 

そして、そんな3人の仲間である僕は……正体不明というか、自分でもよくわからないうちにではあるが、魔女の力や、それに近い力をこの身に宿している。

 

ある一件を経て互いの事情を……一部は自分ですら知らなかったそれを知り、それらを通じて彼らとはより仲を深め、共通の目的を持ち……そして、今に至る。

 

さて、繰り返すが今回僕は、ニコラとアレスと協力して、この魔女の力の研究を進めようとしているのである。

 

ニコラの使う『錬金術』は、魔法・魔力を巻き込んだ化学反応を起こして物質を変異させたりする、学問としての側面が強いそれであり……決して『鋼』系のそれではない。手をパンってやってバリバリってなって変形、とかいうことはできない。

いや、研究を進めればできなくもなさそうなんだけど、今のところは薬学の発展形だ。

 

しかし、だからといって地味だとか役に立たないということはなく……今はまだ小規模な研究に甘んじている部分が多いとはいえ、その有用性は、下手をすれば、ないし場面によっては『魔女の力』を単体で用いるよりも圧倒的に上だ。

今までにない性質の物質を作り出せるというのは、それだけの意味を持つ。

 

現に、あの『レイライン計測器』だって、ニコラが作ったものなんだから。

材料に使われている物質のうちいくつかが、ニコラが『錬金術』で作成したものなのだ。この時点で、『錬金術』のもつポテンシャルというか、可能性そのものの大きさというものが知れる。

 

訳が分からない力であるがゆえに誰も手出しできず、それゆえに無敵に近い立ち位置にいる『魔女』の優位性の牙城を崩しかねない要素足りうるわけだから。

 

さて、『錬金術』についての説明はこれくらいにして……その研究を進めてる現状についてでも記しておくとしようか。

 

ゲルマニアの軍務を進め、僕のお使い(意味深)にあちこち飛び回ってもらっている傍ら、ニコラには『錬金術』を用いた新物質等の研究も進めてもらっているのである。

 

というか、僕ら3人もがニコラに師事して『錬金術』をある程度とはいえ使えるようになっているので、共同研究している、と言ってもいいかもしれない。

軍大学で、わざと人気のない暇なゼミに所属し、そこの集会と称して魔法系統の研究を行っていた時から、そんな感じである。

 

さて、そんな錬金術を使って色々研究を進めているわけだが……僕らはすでに、一般常識を逸脱したいろいろな物質を作り出すことに成功している。

もちろん、1つとしてゲルマニアには……というか『錬金術』そのものの存在すら報告してはいないけども。

 

魔力を感知して発光する上に、磁力に反応する砂鉄のように、吸い寄せられるように動く金色の砂。『レイライン計測器』の中身はコレである。

 

既存のそれよりも吸収が早く、ゲームとかの薬並みに速攻で効果が発揮される傷薬その他。

 

鋼鉄よりも頑丈でありながら、プラスチックか何かかと思うような軽さ、そして加工のしやすさを誇る特殊合金。名前はまだない。

 

わずかな量ですさまじい熱量を、威力をたたき出す高性能爆薬。

 

そして……マリーと協力して、つい最近作成に成功したという、レイラインを流れる魔力そのものを結晶化・物質化させた『魔力結晶』。

 

現時点でこういったものを作り出すことに成功しているわけだけども……今後、ゲルマニアを『ぶっ壊す』ことを目的に色々と進めていくことになれば、もっといろいろなものを作り出す必要性に迫られることだろう。だから、時間のある今のうちに、技術を進歩させておきたいものだ。

 

……あと、僕の体そのものについての研究も。

明日からになりそうだけど……なるたけ把握しておきたいな。

 

 

1940年7月26日

 

今日は、ほとんど1日を僕の体の研究に費やした。

簡単にまとめておこうかと思う。

 

まず僕の体は、いつからなのかは知らないけど……一部ではあるものの、『魔女の力』の類を宿したものになっていた。

具体的に言うと……あの『種』である。

 

今でこそ意識してできるようになってる、あの頭の中で『種がはじけた』ようなイメージと共に、身体能力と思考速度が爆上がりするあの現象……勝手に『SEED』って呼んでるアレについて。

 

実は、あれ自体というよりも……使った後に問題があるのだ。

 

あの能力、一度使うとしばらく使えないんだけど……そのクールタイムが、その間どこにいるかで違ってくるのである。

 

具体的にもう言ってしまうと、レイラインが流れている土地だと、回復が早い。

太いレイラインが流れていれば、最速で30分前後でまた使えるようになる。そしてそれに伴って……疲労が取れたり、体の調子が整うのまで早くなる。

 

逆に、その土地に流れていない場合、遅い……というか、ほぼ0だ。回復しない。いつまでたっても、あの能力が使えるようにならない。

以前、軍大学の合宿で行った先の、レイラインが流れていない土地では、使用後丸々1週間たっても使えるようにならなかった。

 

また、満タンまで状態回復しきっていない……つまり、『種』がまだ小さい状態で無理やり再発動させることもできるんだけど、そうすると早く効果切れるわ強化の度合いも低いわで、非常時以外はやらない方がいいな、と思う。

 

とはいえ、この能力自体は……元々高い僕の身体能力を大幅に強化してくれる、いざという時の切り札足りうる能力なので、重宝している。

イゼッタの時も、コレのおかげで戦えたと言っても過言ではない部分もあるので。

 

これについてはわかったことは、今のところ、ない。

まあ、学生時代にさんざん検証を重ねていたことなので、それは仕方ないだろう。

 

問題は……僕が『記憶』を取り戻して以降、使えるようになった『魔女の力』についてだ。

 

使えるようになったと言っても、僕のコレはイゼッタやマリーのそれと比べて、弱かった。

何がかと言えば、出力が。

 

この力について研究を重ねてきたアレス曰く、『魔女の力』と一言に言っても、全ての魔女が同じように力を使えるわけではない。力の大きさ、繊細さが十人十色なのだ。

 

そして、その『大きさ』には……一定の法則のようなものがあるとのこと。

 

曰く、魔女が発揮できる力の大きさには……いくつかの要素がかかわっており、それらについて優れているほど、また優れているものが多いほど、大きな規模で力を使えるらしい。

 

具体的に言うと、『才能』『熟練度』『精神力』『演算能力』『補助』『レイライン』『生命力』……これら、7つの要素が。

 

1つ1つ、解説してみようか。

 

『才能』……読んで字のごとく、『魔女の力』を扱うための、単純な天与の才覚。

 

『熟練度』……その『魔女の力』を使いこなすためにどれだけ訓練を重ねて来たか。経験。

 

『精神力』……ちょっとややこしい。力を使うに際して必要な思考の強靭さというか、集中力みたいなもの。漫画で言えば気合いとか、意思の強さとか、そのへん。

 

『演算能力』……学問的な意味での頭の良さ。計算能力。暗算や空間把握、思考速度など多義。また、魔法を使う際の効率のいい方法など、一部の知識や経験を含む場合もある。

 

『補助』……魔女の力を使うに際しての、外部からの支援。ゲーム的に言えば、アイテムとか武器、魔法の杖何かを使って、力をブーストしたりするイメージ。

 

『レイライン』……これがないと魔法使えないので、その要素として。単に燃料だな。

 

『生命力』……命そのもの。体力、あるいは寿命と言い換えてもいいらしい。この要素に限っては、普通に魔女の力を使う分には関わってこないらしいけど……。

 

これら7つの要素の高い低いによって、力の大きさは変わってくる。

 

試しに、現在僕が知っている3人の使い手について、検証してみた。

特定条件下でしか関わってこない、『補助』と『レイライン』、『生命力』は除いて……純粋な個人の力量と言っていい、残り4つの要素で。

 

まずマリー。彼女は、イゼッタ同様先祖代々力を使える、天然ものの魔女だ。

ちょっと出生に特殊な事情があるんだけど……それは置いておいて、彼女の『力』だ。

 

幼いころから、隠れてとはいえ訓練を欠かしていない彼女は、『熟練度』においてはかなり高い。『精神力』や『演算能力』も人並み以上ではあるだろう。『才能』については、本人曰く『並』らしい。

その結果として、総合的な能力の大きさは……普通に手に持てるようなものを動かすだけなら自由自在。あまり重いものになると、できないことはないが、ゆっくりとしか動かせない。

 

次に、僕。……そもそも魔女の血脈じゃないはずなんだけどもね。いや、孤児院に来る前の記憶ないから、そりゃそもそもわからないか。

 

『才能』は不明。

『熟練度』は皆無。こないだ目覚めたわけなので当然だ。

そして……若干自画自賛だが、『精神力』と『演算能力』はかなりのものだと自負している。多分だが、僕は現在、ほぼこの2つだけで力を使えている状態だ。

だからこそ……せいぜい、手に持てるものを動かす程度しかできない現状なわけで。

 

最後にイゼッタだけど……彼女に関しては、僕ら2人と比べるのが間違ってるんじゃないか、ってくらいに、色々と前提条件というか、ジャンルが違う気がする……。

 

多分だけど、『演算能力』なら僕やマリーの方が上だろう。

が、それを補って余りある『才能』と、幼いころから力を使ってきたことによる『熟練度』、そしてあの、意外なほどの頑固さや真面目さ、意志の強さが生む『精神力』……この3要素が大きい。

 

特に、マリーの見立てでは『才能』がすさまじいらしく……魔女の中でも、いわゆる『天才』と言っていいくらいだろう、とのこと。

その結果が、あの、戦車やら戦闘機やらをポンポン投げ飛ばし、魔力による強化で戦車の装甲をランスでぶち抜き、空を飛べば戦闘機と同レベルの最高速度と縦横無尽のゲ○ター軌道を可能にし、しかもそれを何時間も続けられる……という、出鱈目極まる出力である。

 

おまけに、不足しているはずの『演算能力』については、『経験則』とか『直感』で補っている可能性が高いとのこと……何だよそれ。ありか、そんなのありなのか。

 

……はっきり言って、『魔女』というチートの中の、さらにチートの存在であるようだ。

そんなもん、正面から相手できるか。よく勝てたな、僕……。

 

これらについても、今後技術関連の研究を進めていく段階で、わかること、できることが増えていくだろう。こうご期待。

 

……脱線したな、いつの間にか。

そんなわけで、僕の『魔女の力』は……ないよりはまし、程度のものでしかない。

 

けど、使い方次第で役に立つだろうし、訓練すれば、あるいは補助用の装備か何かを作れば、今後強化され使い物になるものになっていく可能性もある。諦め、投げ捨てるものでもないだろう。

 

それと、僕の……新たに発現した、もう1つの能力について。

あの、何かよくわからないけど、他人の感情とかが大体、おおよそ、大まかにわかる能力。ただし、力の発動にムラがあって、とても安定しているものではない。

 

こっちに関しては、ほとんど何1つと言っていいほどわかったことがなかった。

 

色んな観測機器を使ってみたんだけども……『魔力』に近い波動をわずかに検出できただけ。

マリーも、僕がその力を使う時に、わずかながら『魔女の力』に似た、けど微妙に異なるような感じがした……って言ってた。

 

結論、何もわからない。

ただ、今までの感覚とか予想のとおり、他人の存在や感情を感じ取る能力なのは確かなようだけど……

 

……マジで脳量子波とかじゃあるまいな?

 

 

 

1940年7月28日

 

マリーの指導の下、『魔女の力』の訓練を進めている僕であるが……それと並行して進めている『錬金術』の方の研究に進展があった。

 

それも……かつてないくらいに大きな進展が、だ。

 

錬金術を使って作った『魔力結晶』……アレを調べているうちに、自然界に普通に存在する結晶系の物質と同じように、密度とか純度を上げられそうだと気づいたのが始まりだった。

 

薬品とか実験機材を使って研究を進めた結果、確かに純度その他を上げて、高品質な『魔力結晶』を作り出すことには成功したものの、壁にぶつかってしまい、これ以上は無理か……と考えた時に、ふと思いついたことがあった。

 

その壁っていうのが、今ある薬品や実験機材じゃ、これ以上、狙った形にレイラインの魔力を変質・固定化させられない、っていう問題だった。

今、僕らが薬品や化学反応を用いて行っている、分子構造その他の書き換えについて……

 

これはつまり、分子構造を『動かす』作業である。

しかし、パズルや模型じゃあるまいし、直接手を触れて組み替えるなんてことはできない。だからこそ、化学反応の力を借りているが、そうすると狙った動かし方をするのが難しい。

 

……だが、ちょっとまて。

僕らは今まさに……『手を触れたものを思い通りに動かす』という技能を持っていなかったか?

 

確かに、顕微鏡を使ってなお目に見えない領域のそれを『動かす』、あまつさえ『組み替える』なんて芸当、普通に考えて不可能だ。

 

けど、もしそれができたら?

分子構造や、それ同士の結合の組み替え……そんなものを、できるとしたら?

 

仮に、それをやる場合を考えるとすれば……そこに必要なのは『出力』ではない。『精密さ』ないし『正確さ』だ。

そこさえクリアできれば……これは、ひょっとして……

 

そう思いついた僕は、ニコラとマリーにそれを相談し、手始めに、水溶液中から物質を結晶させる段階で、『魔女の力』を使うことによる密度・純度の操作について実験をしてみた。

 

結果……成功した。

 

まだまだ大雑把な――決してふさわしい言い方ではないが、目標設定や到達点を考えれば妥当な言い方だ――やり方ではあるが、今までにないレベルの密度・純度の『魔力結晶』ができた。

 

当然これは、魔法がらみでない普通の物質の作成の際にも使える。試してみたら、塩化ナトリウムやミョウバンの結晶実験で同じことをやったら、理科の教科書の訂正が必要なレベルでうまくいった。

 

さらに、結晶じゃないけど物体の状態変化その他が起こるタイミングでも応用可能な技能だったらしく……手近な軍事工廠にお邪魔してその一角を借り、金属やガラスの熱溶融からの形成の際にそれをやってみたら……通常よりも密度が高く、頑丈な物質ができた。

 

……ヤバい、これ何気に技術革命だよね?

机の上で理論を組み立てて、理想的な分子構造の設計図とかを作れば……いろんな超常物質を作れてしまうんでない?

 

しかも、そうして作った物質に共通する、ある特徴が。

 

どうも、こうして魔力による措置を介在させて作った物質は、その後魔力の影響を及ぼしやすいというか……要するに、『魔女の力』で動かしやすいのだ。

 

実際に、結構な重さになる鉄製の軍刀を作ってみたものの、まだ未熟な僕の力でも、浮かせて軽々と、自由自在に動かすことができた。

 

しかも、これはマリーが使った場合も同様だったけど……どうやら、僕が自分で作ったものを、僕自身が使う方がより楽に扱えるらしい。

 

試しに、全く同じ重さの軍刀をマリーにも作ってもらい、僕が動かしてみたけど、自分で作ったものの方が、どう動かすにも楽だった。マリーの方も同様だ。僕が作ったものよりも、マリーが自分で作ったものの方が使いやすかったそうだ。

 

……いいねコレ。うん。

かなりやる気になるね……今後の研究に、これでもかと応用できそうだ。

 

 

 

1940年8月10日

 

気が付けば2週間。月が替わっていた。

 

『錬金術』の研究は、今までにないペースで進歩し、実を結びつつある。

ファンタジーを通り越して、SFの領域にある物質まで手が届きそうなほどに。

 

例を挙げれば、頑丈で軽いけど宇宙でしか精製できない超合金とか、トロポジカルエフェクトで永久機関張りに万能の粒子状エネルギーを生成し続けるけど木星でしか作成できないエネルギー炉とか、人の精神に感応して機動性能を上げたり謎原理で力場を発生させるサイコ素材とか。

 

……マジで作れそうなんだよね、どうしよう。

 

それと、これらが作れそうだという研究過程で――特に最後の1つ――わりと真面目に重要そうな事実が判明したりした。

 

そもそもの話なんだけど、『魔女の力』の詳しいメカニズムとか駆動プロセスってものはどうなってるんだろうか?

 

『魔法だから』とか『不思議だね』とかで思考を止めてしまっていては永遠にわからない、その問題について……僕らはある仮説を立てつつある。

 

魔女の力は、①魔女が物体に手を触れる ②その物体に魔力を流す ③それを自在に操れるようになる……という3つの段階からなる。

 

この時、見ればわかるが……魔女が動かす物体に触れているのは②までであり……それ以降③では、魔女のその意思1つで自由自在にそれを操ることになる。

 

問題は、その魔女の『意思』を、どうやって『物体』に届けているのか、どうやって『物体』がその『意思』を受け取り、動きに反映させているのか……いやそもそも、物体が支えも何もなしに浮遊し、動くとは一体どういう仕組みで可能になっているのか。

 

ついつい『だって魔法だから』で解決しそうになるが、頑張って理論的に考えてみる。

 

ここに介在しているのは1つ……プロセス②で使われている『魔力』である。

僕の考えが正しければ、当たり前ながらこの『魔力』というものが全てのカギだ。

 

この『魔力』は、レイラインに存在しているところを、魔女の手によって引き寄せ、かき集められ……物体に流されて宿り、以後、魔女の意のままにその物体を動かすわけだ。

つまり、魔女の意思と物体の機動の仲介を担っている……もっと簡単に言えば、魔女の命令通りに物体を動かしているわけだ、この、魔力というエネルギーもとい、何らかの物質が。

 

電気であれ光であれ、目に見える形あるものは全て物質である、と前に聞いたことがある。

ならば、魔力も何かしらの物質なんだろう。魔女の精神に感応し、意思によって力を発生させ、ワイヤレスで物体を意のままに操ることを可能にするという……ホントにサイ○ミュ兵器というか……ここまで来たらもう言っちゃうけども、『サイコフレーム』を連想させる性能である。

 

実のところ、マジでアレと同じようなことも可能になるんじゃないかと思っていたりするわけだけども……ぶっちゃけ、今の技術でこれ以上のことを観測し、確かめることは不可能であると僕は見ている。

……が、コレを生かしてできることを増やす、ということなら可能だろう、とも見ている。

 

サ○コフレームも、詳しいことわかってないけど便利だし強いからって運用されてたし、だったらこっちもこっちで進められる分進めてしまおう。うん、それがいい。

 

 

 

1940年8月11日

 

昨日あんなことを書いといてアレだけども、もしかしたらわかったかもしんない。

『魔力』の正体……あるいは、それに近づくカギとなるモノというか、事実が。

 

決め手は、魔女の『意思』……言い換えて『精神』を、現実に、『物体』に反映させる力を持っているという点だ。

 

それに気づくちょっと前、ニコラとマリーと協力して、『魔力結晶』の高純度化の実験を引き続き行っていたわけだけども……その過程で、ごく少量ではあるが、それをまた別な形に変質させることに成功したのである。

 

『魔力結晶』は、レイラインの魔力を固形物にして、持ち運びとか保存を容易にしたもの。

しかし、取り回しについては……レイラインの魔力をそのまま用いるのと変わらない。持ち運びが容易で、持ち込めばレイラインが通っていない土地でも魔法が使える。電池みたいなもんだ。

 

ただ、魔力結晶は精製した後ほっとくと、氷が解けるように徐々に蒸発していき、最後にはなくなってしまうので、保管にはあまり適さないけども。

そのうち、方法を考える必要が出てくるかもしれない。

 

そして、『錬金術』を……『魔女の力』を用いて精製した物質には、『魔女の力』を作用させやすい、っていうのは、こないだの日記で書いた通りだ。あれからいくつか、他にサンプルも作ってみて……全て仮説通りのスペックを発生させることに成功している。

 

……問題はこの後だ。

 

本当に単なる思い付きだったんだけど……その、『魔女の力を作用させやすい』という性質を『魔力結晶』につけられたらどうなるかな、と、ふと思った。

 

しかし、そもそも精製に魔女の力を使う『魔力結晶』に対して、『魔女の力を使って作る』という精製条件を当てはめることなんてできるはずもなく……ならばどうする、という話になって。

 

そこで、『魔力結晶』の精製段階において、わざと不純物を混入させて、それと一緒に晶出させることで、混合物という形になるが、どうにかならないか……というのを試してみた。

 

結論から言えば……幾度かの試行錯誤の末、うまくいった。

 

コランダム、という物質を知っているだろうか?

鋼玉、とも呼ばれる物質で、酸化アルミニウムの結晶からなる。純粋な結晶は無色透明だが、結晶に組み込まれる不純物イオンにより赤や青などの色がつき……それによって『ルビー』『サファイア』などと呼び分けられる……要は、宝石になるわけだ。

また、宝石の他にも、研磨剤や耐火物原料などに用いられたりもする。

 

テルミドール共和国制圧の際、研究機関から押収した資料の中に、コレを人工的に結晶させる技術が載っていたので、試してみたら……うまくいった。

 

レイラインの魔力と一緒に高密度・高純度で結晶化させ、ついでに研磨し……完成したのは、直径3㎝くらいの大きさの、無色透明の、楕円球形をした宝玉。

 

そしてコレは……完全に魔力と物質としてのコランダムが融合しており、込められている魔力を燃料として使うことはできなかったものの……なんと、魔力を扱う際に、その出力を強化するブースト能力を持っていたのだ。

さらには……限度はあったが、魔力をレイラインから吸い上げて蓄える、なんて効果もあった。予想しないではなかったが、大進歩である。

 

こないだ言った、魔女の力の出力を決定する要素の1つ『補助』が出来上がってしまったのだ。

 

これには思わず喜んでしまった僕だけども……さて、話を戻そう。

先程僕は、『魔力』の正体が分かったかもしれない、と書いた。

 

そこから、脱線したんじゃないか、ってくらいに話がそれてしまったものの……僕がそこに思い至ったのは、まさにこの後なのだ。

 

こんな形でブーストアイテムができるなんて、不思議なこともあるもんだ、と思いながら……ふと、考えた。

これがあれば、今までできなかったことができるようになるだろうな、と。

 

具体的には、魔女の力を応用した武器や素材の開発に始まり、『魔力結晶』では無理だった、魔力の安定した蓄積・保管・放出。さらには、より大規模かつ安全な、『魔女の力』を用いた『錬金術』の行使。

そう、それこそ……その場で形そのものを変形させるような、『鋼』系の錬金術すらも。

 

だとすれば、そのブースト材料になるこの物質はさしずめ……ここで、閃いた。

 

魔女の『意思』……すなわち『精神』。

物体、ないし物質……少々無理やり言い換えて、『肉体』。

この間に介在する『魔力』……それを言い換えるなら?

 

……あの、有名な荒○弘作品で、『錬金術』の観点から見て、人とは、命とは、どういう解釈をされていた? 『精神』と『肉体』、そしてもう一つ……あるものからなる、ではなかったか。

 

もちろん、アレは創作の話であって――いやこの世界も創作物の世界である可能性があるけども――しかも、作品も何もかも違う以上、安易に当てはめるべきでないというのはわかる。

しかし、実際……かなり、関係性としては近いのではないだろうか?

 

さらに言えば、僕らが作ったこの、コランダムと魔力の結晶物質……こないだ考えた、魔法使用の際の①~③のプロセスのどこに該当するのかと考えてみれば。

 

結論……②と③に該当するのだ。

正確には、②の少し前……魔力を集めるところから該当する。さらに言えば、それと②のさらに中間……に当てはまるであろう、魔力を『蓄える』なんてところにも。

 

『魔女の力』を使う際、『魔女の意思』→『魔力』→『物質の駆動』という順番のうち、魔力が絡む部分に関わってそれを補助する……『魔力』そのものと同様に、意思を受けて魔力を操り、その魔力によって物質を操る。それが、このアイテムだ。

 

使えば減る魔力を『消耗品』として蓄え、さらに『魔女の力』を増幅してできることを大幅に広げる……さっき触れたが、まるで、あの物質のようだ……というところに思い至った。

 

で、その後僕は安直に、この魔力とコランダムから作った物質を……『魔石』と名付けた。

 

『賢者の石』とどっちにしようかと思ったけども、こっちにした。

 

そして、随分遠回りしたが……結論。

魔女の精神に感応し、物体に影響を及ぼす……そんな、『魔力』の正体は……

 

 

 

…………『魂』だ。

 

 

 

 



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Stage.24 水面下で事態は動く

 

「どうぞ、おくつろぎください。もっとも……大したものは出せませんが」

 

「いや、何も構わんさ。何も言わずに押しかけて来たのは私たちだからな」

 

「お、お邪魔します……」

 

ある日の昼下がり。

場所は……エイルシュタット首都・ランツブルックの……ビアンカ宅。

 

そこを訪れたフィーネとイゼッタは、家主であるビアンカの案内で、リビングに通されていた。

 

今現在、ビアンカは……形だけではあるが、休暇という名の謹慎処分を受けている。言わずもがな、先の『ヴォルガ連邦』の特使の一件に関わって、だ。

 

名目上は『なかったこと』になり、処分など行う必要もなくなった――というよりも、処分するわけにはいかなくなった――のだが、実際問題、この一件で本人の心労は無視できないレベルにたまっていることが誰の目にも明らかだった。そこで、形だけでも罰とすることと、本当に休養させる意味で、このような措置を取っているのだ。

 

なお、公式の扱いとしては、潜り込んだ帝国のスパイを排除し、国家機密を守ったことに対する恩賜の休暇、ということになっている。

 

体を休めつつも、邸宅内で己の過ちを猛省する日々を送っていたビアンカの元に、今日、何の予告もなくフィーネとイゼッタ、それにロッテが現れたのである。

 

「どうだ、何も変わりはないか?」

 

「はっ……降ってわいた休暇、不謹慎ながら、堪能させていただいております」

 

事件当初、幾度も頭を下げてフィーネに謝罪していたビアンカだが、何度目かの謝罪で『もうよい、終わったことだ、そこまで気に病むな』と、ビアンカの心身を案じたフィーネから言われて以降は、ビアンカは謝罪と反省は己の心の内にとどめている。

 

フィーネ達もそのことは承知しているため、口に出すことはない。

 

「ところで……本日は、どういったご用向きで? 自宅待機の身ではありますが、もし御用であれば、およびいただければ私の方から王宮に伺いましたのに……」

 

「何、ただのついでだよ。元々今日は私もイゼッタも暇でな……そこに、ロッテから朗報がその、うむ、飛び込んできたのだ」

 

「朗報……ですか?」

 

「えっと……町にある、とってもおいしいお菓子のお店が、今日、しばらく休んでいたパイを出す……って聞いたんです」

 

イゼッタのその言葉を聞いて、ビアンカは『ああ……』と思い至って苦笑した。

目の前にいる、自分の主の……数少ない、お転婆で年相応な一面と、その好みのことを。

 

フィーネは実は甘いものに目がなく、中でもその店のパイが大好物で……まだ先代の大公であるフィーネの父が存命だった頃は、よく護衛たちの目を盗み、城を抜け出して食べに行っていた。

 

……もっとも、完全に店の者や近衛たちにはバレバレで、きちんと変装して陰から護衛されつつ、美味しそうにパイを食べる様子を、微笑ましく見守られていたりするのだが。

そのことを……まだ、彼女は知らない。ロッテすら知っているのに。

 

その店だが、戦争で物資不足が民間にまで影響を及ぼし……砂糖も配給制となってしまっている現状のため、贅沢はできないとして、パイを作ることをやめていたはずだが……ロッテの入手した情報によれば、特別に期間限定でパイを復活させる、とのことらしい。

 

最近、帝国相手に戦況が目に見えて改善し、その分物流も活性化……さらに、西方テルミドールで黒の騎士団を筆頭にレジスタンスたちが大暴れし、帝国の包囲網を食い破って、一部ではあるが各所との交易を再開したことにより、物資不足が徐々に改善しつつあるのだ。

 

その一例として、配給に頼るほかなかった砂糖などの食料品が、一部市場に戻ってきた。

そうして店が砂糖を入荷できたため……というのが、パイ復活の理由である。

 

「それで……な。せっかくだし、そなたも誘おう、という話になったのだ」

 

「わ、私をですか? そ、それはその……光栄ですが……」

 

「家に閉じこもってばかりでは気が滅入るだろうし、私たちとしても、そなたが同行者なら護衛としても申し分ない。気分転換だと思って、どうだ?」

 

ビアンカはフィーネの言葉と、口ほどかそれ以上にものを言う眼差しから、いまだに落ち込んでいるであろう自分への気遣いを感じ取り……謹んでその誘いを受けることに決めた。

 

そして、着替えてくるのでお待ちください、と、席を立とうとしたところで……

 

「ああ、まてビアンカ。すまんが……まだ話は終わっていない」

 

「え? あ、し、失礼いたしました」

 

座りなおしたビアンカに、フィーネは……先程までの柔和な笑みを引っ込めて、『大公オルトフィーネ』としての顔になる。

自然、ビアンカも背筋が伸びて……表情を引き締め、近衛の隊長として聞く姿勢になった。

 

「今日、これからのこととは関係なく、仕事の話になる。ビアンカ、そなたの『休暇』は今日いっぱいで終了とする。明日以降は、元通り近衛としての仕事に復帰するように」

 

「はっ……拝命いたしました」

 

「……此度の一件、確かに軽く見ていいものではなかった。だが、それにとらわれていては、前には進めない……。無論、これから先、先方の出方に注意を払う必要はあろうし、楽な道筋にはならないかもしれんが……だからこそ私は、そなたの力を借りたい、と思っている」

 

「…………」

 

「悔やむなとも、反省するなとも言わん。だが、これだけは私の口から言わせてもらう……ビアンカ、私がそなたと初めて出会った時から、今日この日まで……そなたの忠義に、一片の疑いも持ったことはない。そしてそれは、これからも同じだ……何があろうと、私はお前達を信じる。そして、お前たちが私と共にあってくれる限り……私も、お前達と、この国の、いや、この世界の未来のために、全てに全力を尽くす所存だ……これからも、よろしく頼む」

 

「……はい、姫様……この身命に代えましても……!」

 

目の端にきらめくものを浮かべながら、ビアンカは、改めて己の主君への忠義を胸に据え、その決意を確かなものとした。

 

 

 

その数分後、

変装(服を変えるだけ)してイゼッタ達に同行し、店に向かっている最中のこと。

 

「……ところで、姫様。先程、護衛として私を……とおっしゃいましたが、私以外の近衛などには……その、内緒で?」

 

「うん? あー、う、うむ……その、な、プライベートということで、な」

 

「左様ですか……」

 

小声でのやり取りの後……さらに小声で、ビアンカはロッテに『どうなのだ?』と聞いた。

 

ロッテは無言で、前と後ろと横、3か所をこっそり指さして示す。

その方向にビアンカが視線をやると……いずれも、サングラスなどで変装した近衛がきっちり張り付いていて、ビアンカの視線に気づくと、ぺこりと会釈してきた。

 

今日もまた、知らぬは当人ばかりなり。

ビアンカは、『やれやれ』という感じの苦笑と共に、意気揚々とお忍び(仮)で甘味処へ向かう主君に同行するのだった。

 

 

☆☆☆

 

 

1940年8月12日

 

旧テルミドール領から輸入された砂糖で作られたパイ菓子ウマー。

 

何%かちょろまかされて、反帝国の国々にも密輸されてるらしいけど関係ないね。

作戦立案やら研究やら、頭脳労働が多いこの身には糖分が必要である。異論は認めない。

 

ってなわけで、脳に糖分の補給も終わって、今日もきっちり研究したわけだけど……どうやら、昨日立てた仮説が本格的に現実味を帯びてきた。

 

某漫画では、生命体は『肉体』『精神』『魂』の3要素からなり、肉体と精神のリンクが途切れることを『死』として定義していた……気がする。

いや、アニメ何話か飛び飛びで見ただけだから、そこまで細かくは覚えてないんだよね。

 

けど、この説をもとに考えると……『精神』≠『魂』であり、そう考えると納得いく、解決する疑問がいくつか存在するのも事実……あー、あと1つくらい実証例でもあれば何とかまとめられる気がするんだけどな。

 

……ひとまず、今仮説の立ってる部分だけでもまとめとこうかな。

 

魔力とは、『魂』である。そう考えうる経緯は、次の通り。

魔力は魔女の『意思』と、動かす『物体』……これら2つを言い換えた『精神』と『肉体』の仲介を担いうる、どちらにも干渉し、干渉されうる物質と考えられる。

 

加えて……アレス、ニコラ、マリー、そして僕の症例を見るに、この世界でも『肉体』『精神』『魂』の法則は、一部か全部かはわからないが成立しうるものであると言える。

このことについての詳しい記述とか説明は……長くなるのでまた今度。

 

そして、霊的な、オカルトな部分を多分に含む説立てになってしまうが……『精神』≠『魂』の不等式から求められる通り、ホラー映画とかでよくあるような、魂そのものに意思がある形じゃなく、『魂』と『精神』が結びついて、それが『肉体』に癒合して意志ある生命となっている。

 

ここ微妙にわかりにくいけど……『魂』は『精神』を形作り、留める器、とでも言えばいいか。『魔力』ないし『魂』とは、観測可能なれっきとした物質であり、真に形を持っていない不安定な存在である『精神』を、消滅させることなく確かにこの世界にとどめておくための器。

 

もっと別なたとえをすれば……パソコンあたりで。

『肉体』は、パソコンの機械本体。キーボードとかマウスとかも含む。

『精神』は、データそのもの。メモリとかがなきゃ保存も編集もできない。

『魂』は電子部品。内蔵されてるメモリとか、半導体とか、そういうパーツ。

 

こうすると、目に見えて実際に触れるものと、目に見えないけど確かに存在するもの、その双方の橋渡しをするもの……っていう、それぞれの立ち位置がよくわかる……気がする。

 

まだまだ検証が必要な部分は多いけど……ひとまず、この路線で進めて行こうと思う。

 

思うんだけど……思う存分研究に打ち込める時間は、残念ながらそろそろ終わりのようで。

軍務がだんだんもとのペースに戻ってきつつあるので、合間合間で……って感じになるな、これからは。

 

けどまあ、ある程度研究は進んだし……今後に役立つ便利アイテム各種も作成間に合ったので、良しとする。今後は今までよりも、あらゆる面でやりやすくなるはずだ。

 

魔力を使って作った、軽くて強い特殊合金――あー、名前考えるの忘れてた――でできた軍刀。取り回しも手入れも楽な上、岩とか斬りつけても刃こぼれしないびっくり強度だ。

 

同じ素材で、拳銃や半自動小銃なんかの武器も作り、さらに軍服にも繊維状にしたそれを仕込んでいる。防御力は甲冑より上である。

士官軍人は軍服とかの購入が自費で、オーダーメードも当たり前だから普通にできた。

 

なお、小銃はモンドラゴン1904(だっけ?)にしてみた。ちょっとこだわりというか、気まぐれ。

拳銃にも言えることだけど……見た目は普通の量産品だが、性能はもはや別物である。貫通力とか、対戦車ライフル並みだと思うし……下手に使えないかもしれん。

 

それらを差し置いてなお、今回作れた最高傑作は……新しい『義眼』である。

僕の左目、眼帯の下に入っている……最高純度の『魔石』で作った義眼だ。

 

コレのおかげで、魔女の力を使う時に能力ブーストできるし、『SEED』使った後の回復も早くなった。やっぱあれ魔力絡んでるんだな。

魔力を蓄えておくこともできるし……何より、視力が回復したのが大きい。

 

この義眼、どういうわけか普通に見えるんだよね……魔力を通して映像を取り込んで、僕の感覚神経に干渉してるのかな? まあ、普段はどっちみち眼帯で隠してるからいいんだけど。

 

なお、これは完全に趣味なんだけど……魔力を通すと、義眼の瞳が赤く染まり、さらにその中に巴の紋様――でんでん太鼓とかに書いてある、オタマジャクシが3匹いるっぽいあれ――が浮かび上がるように作ってみた。

 

今言ったようにただの趣味ないし遊びなので、別に幻術使ったりできるわけじゃないけど……全く意味がないわけじゃない。このモードになると、魔力を視認することができるのだ。

チャ○ラを色で見分ける本家と同じように。レイライン測定器いらずで、何気に便利である。

 

片目の写○眼。気分はコピー忍者。

福山皇子の絶対順守の目とどっちにするか迷ったのはここだけの話。

 

さて、まあ研究に関してはこんな感じ。

今後はきちんと軍務の方もこなしていくわけだけど……その手始めに届いた指令で、僕は今、帝都ノイエベルリンに呼び出されている。

 

しかも、人事がらみの他に、ベルクマン少佐……あの諏○部ボイスのうさん臭さMAXのおじさんに呼び出されてるんだけども……何だろ。あんまりいい予感しないな……あの人、苦手。

 

 

 

1940年8月14日

 

明日は終戦記念日……にはなりそうにない。この世界では。残念ながら。

いやそもそも、『日本にとっての』終戦だから、考えてもアレか。

 

……そんなことより、ちょっと今日、帝都で色々あって疲れたんですけど。

 

……予想外にもほどがある事態が起こりすぎてんですけど。

やばいんですけど、いろいろ計画練り直さなくちゃならなそうなんですけど。

 

いや、その……人事関係の会議に出たり、辞令もらったりした後なんだけど……

 

……帝国って、『魔女』の研究進めてたのね。秘密裏に。

しかも多分、イゼッタが出てくるよりも前から。

 

文献とか色々あった……見た感じ、伝承とかその辺の域を出ないものばかりだったけど。

 

けど、アレはやばいんじゃないのか……?

極秘の研究施設に保管されてた、拡大された何かの写真……何か、欧州ほぼ全体の地図に、何か枝分かれした毛細血管みたいなのが被って描かれてたような……

 

……地図で見た感じ、ケネンベルクやソグネフィヨルドのあたりに、やたら大きな血管(仮)が通ってて……逆に、ベアル峠や第11集積地の近くの川沿いには、通ってなかった。

 

……これってさ、もしかしなくても……レイラインの地図?

 

どっからこんなもん……はい? エイルシュタットの『白き魔女』の伝説が残る古城から、スパイが? スパイは死んだけど協力者が持ち去って無事に持ち帰った?

しかもそのスパイが、リッケルト……ああ、あのポーカーめっちゃド下手な優男。

 

……あの人死んだんだ? それは何というか……ご愁傷様である。

あんまり関わりなかったから、悲しんだり涙を流したりはできないけども。

 

幸いというか、こっちの人々は『レイライン』という単語自体を知らないので、まだコレの正体を確信してはいないようだけど……ベルクマン少佐が大体の、いくつかの目星をつけてた。

そしてそのうちの1つが見事に当たっていた。やばい。マジでやばい。

 

……何やってんだよエイルシュタットの警備部門! ちゃんと仕事しろや超重要軍事機密漏れちゃってんじゃんかよ! どうすんのコレ!? どうすんのコレぇ!?

 

……計画、早めようかな。

このままほっといたら、近々色々検証を重ねてコレの正体にこの人ならたどり着くだろうし……そうしたら、それを利用してイゼッタ負けかねない。

 

……百歩譲って、このレイラインバレだけならまだいい。

よくはないけど、あえて『まだ、いい』。

 

……最後に見せられた1つがやばすぎる。

 

クローンて。

この時代に、1940年代にクローンて。

 

しかも何、本物の『白き魔女』の遺体の一部から作ったって!? あんたらすごいな、この時代にそんな技術……前世の地球で哺乳類の体細胞クローンって、1990年代後半に羊でようやく成功したんじゃなかった!? クローン人間作ったんか、時間にしてその半世紀以上前に!?

 

大きな培養水槽の中で、いろんな管とかつながれて眠っているように見える、白い髪が特徴的な、当たり前だが裸の女の子。

 

それが……ゲールの科学技術で作り出された、『魔女』の複製。

これを……あんたがた、軍事利用する気だと。

 

……本気でまずいんだけど。ゲール舐めてたわ……どうしよう。

 

幸いにも、体は完成してるけど目覚めない、っていう段階らしい。今のところ。

まだ、猶予は少しはあるわけか……いや、油断はできないな。

 

そして最後に……ベルクマン少佐から、

 

『陛下に了解はとってある。君も、実際に『エイルシュタットの魔女』と交戦した者として、そしてその類希かつ柔軟な頭脳を生かして、このプロジェクトに協力してもらいたい』

 

……協力する形で監視できるようになったことは……幸いと見るべきか。

色々と身バレしないように、注意は必要だけど。

 

 

 

……にしても、

 

皇帝陛下から許可はもらってる、って言ってたけど……これって、ベルクマン少佐が僕に目を付けたんだろうか?

なんか、書類の整え方を見る限り……皇帝、あるいは軍・政府上層部から、僕を指名して手伝わせるように指示があったみたいな……

 

……何でだろう? 魔女との戦闘経験があるとはいえ……ここまでピンポイントに指定するか?

 

……何だか、あまりいい予感はしない、な。

 

ベルクマン少佐や、その他関係者の感情を読み取った限りじゃ――あのおっさんはいまいち感情とかわかりづらいんだけど常考――こっちを疑ってるとかそういうのはなかったと思うけど……一応、気を付けよう。

 

 

 

 



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Stage.25 カルネアデスの花嫁

 

 

1940年8月15日

 

終戦記念日……にはなりそうにない、って昨日言ったけども、今日この日に、少なくとも自国はどうにかして平和をつかむために動き出した国が1つあった。

ちょっとまあ……あんまり褒められた形ではなかったけども。

 

東部に位置する小国にして、流通におけるそこそこの要所の1つとして知られる、『カルネアデス王国』。国力、面積等、全てにおいてエイルシュタットよりも小さい国だ。

 

一応現時点では、完全な中立国という立ち位置になっている。ヴェストリアと同じく非武装地域であり、国際法による庇護のもと、帝国からは一応攻め込まれずにいるわけだけども……この国が、国境を接する『ヴォルガ連邦』の事実上の属国となる旨の声明を出した。

 

簡単に説明すると……いくら国際法に守られているとはいえ、いつ『そんなもん知るか』とばかりに帝国が攻め込んでくるかわからない。

そんな恐怖から逃れるために、帝国との間に不可侵条約を結んでおり、仮にそれがなくとも簡単には手出しできない大国の傘の下について守ってもらおう……という思惑のようだ。

 

ご丁寧にも、政略結婚までして絆を確かなものにするようで……その結婚式および祝賀パーティの招待と、カルネアデスの今後の立ち位置や各国との交流等についての話し合いのため、各国大使の安全を保障した上での、非武装地域としての自国における首脳会談の開催を宣言した。

 

中立国としての立場は崩さずに行くようなので、引き続き帝国ともその他の国とも敵対はしない、っていう立場を保つために必死だ。土下座外交になるんじゃないかと、ちょっと心配である。

 

あの国の位置、何気に物流には有用だから……ぶっちゃけ、帝国狙ってた。

今回の件で、攻め落として帝国が独占、ってのは難しくなったけど……外交努力次第では、いくらか有効利用することも可能になるかもしれない。

 

……で、だ。

 

その式典諸々と会議への出席、当然外交担当の人が行くんだけど……軍部からも何人か出すことになったとかで、僕に白羽の矢が立ったのだ。

 

本来参加するはずだったのは、ベルクマン少佐らしいんだけど……例の『魔女』関連の研究やら何やらが忙しくて動けないらしい。

 

同行させる護衛や副官なんかの人選も含めて一任されたので……まあ、無難にアレスたち3人を一緒に連れて行こうかと思っている。

 

……にしても、式典への出席とかなら前からあったけど……なんか最近、ちょっとずつだけど、毛色の違う仕事を割り振られるようになってきた気がするな……?

 

重要な会議への出席や、参謀本部での事務関係の手伝いとか……

そして今度は、外交関係に絡んだ仕事への同行……場合によっては、諸外国への外交における軍部の立場からの対応を、一部とはいえ任されるかもしれない機会だ。

 

……僕の自意識過剰じゃなければ……これから、上に引っ張り上げる予定の若者に、色々と経験を積ませてる……っていう感じに見て取れる、な。

 

ま、そういうことなら勉強させてもらいますか。

実務的なところは、ほぼ全部外交部門の人がするようだし……こっちは見学のつもりで、なんならパーティーとかを息抜き感覚で楽し……む、なんてこと無理だよなあ。

 

ここでいうパーティーって、いわゆる『社交界』の類で、肩凝る系のそれだし……自慢じゃないけど、僕は今や帝国でも屈指の注目株だ。

話し合いのテーブルに出てきているまたとない機会に、色々と考えて接触してくる奴は多いだろう……ひょっとしてそれを目当てに僕を駆り出したのか、あのおっさん?

 

……まあ、いいや。どの道行かなきゃいけないんだから、観念して準備進めよう。

留守にする間の業務引き継ぎ、大尉に指示しとかなきゃだな。

 

……そうだ、どうせならちょっとダイヤと予定をいじって、外交部門の人と途中で合流する形にして別行動の時間を作って、ちょっくら道中で暗躍進めるかな。

 

リヴォニアにもレジスタンスはいたはずだ。ノルドよりもずっと小規模だけど……火種にはなるだろう。様子見だけなら、そう時間もかかるまい。

 

えーっと、場所は……カルネアデス首都・シップヴォードの迎賓館。

宿は近くにある場所から選べるっぽいけど……無難にゲールの大使館でいいか。国交まだある国は、そういう選択肢が選べて便利だな。

 

初日に前祝の祝賀パーティーやって、その翌日に式やるのか。

で、その後夫婦そろってヴォルガ連邦に引っ越して、そこでも式とお披露目のパーティー……ああでも、こっちは別日程だから僕関係ないな、多分。他の人が行くんだろう。

 

動けて2~3日、か。やることは多いな。うん、準備進めよう。

 

 

☆☆☆

 

 

『カルネアデス王国』が、『ヴォルガ連邦』の属国として庇護下に入る。

それは、帝国と、反帝国連合の双方から離れ……言い方を雑にすれば、戦争に巻き込まれないために『逃げる』という選択である。

 

到底、外聞のいいものとは言えない行為であるが、エイルシュタットをも下回る規模の小国からすれば、こうでもしなければ自国の安全を確保することなどできない。

ならば、背に腹は代えられない。被害が出る前に手を打たなければ……。

 

そんな風に考えてこの手段に打って出たのであろうことは、周辺各国にも明らかだった。

 

それでも、心情的には『逃げた』国に対して、好意的なものは向けられないのだったが。

 

必死で帝国に抗い続けている国々からすれば、それも当然である。

が……ここに1人、その立場にありながら、他とは異なる考えを抱いている少女がいた。

 

『本日は皆さま、この晴の日にお集まりいただきましたことを、心より……』

 

「お疲れ様です、姫様。何か料理とか、飲み物とか持ってきますか?」

 

「いや、大丈夫だ。というかイゼッタ……侍従の真似事などしなくていい。今のお前は、一応私の付き人を兼ねるとはいえ、れっきとした招待客なのだからな。堂々としていろ」

 

「は、はい……頑張ります」

 

エイルシュタット公国の代表として、この式典に参列していた、フィーネとイゼッタ。

 

先程まで、他国からの挨拶にひっきりなしに対応していた2人であったが……式典が始まった今になって、ようやく一息つくことができていた。

 

そして、その視線の先では……ヴォルガ連邦の花婿と、ここカルネアデスの王族の花嫁が並び立ち、政略結婚という名の外交儀式を進めている真っ最中である。

 

先程述べた通り、各国の代表から向けられる視線は、決して好意的とは言えないものだが……同じものを見ながらも、フィーネの抱く思いは違っていた。

 

(……私も、一歩間違えば……こういう形でこの身を使っていたのかもしれんな……)

 

まだイゼッタと再会するよりも前……フィーネは、己の身を使った政略結婚によってブリタニアとの間に絆を作り、ゲールに対抗する一助とすることを考えていた時のことを思い出していた。

 

ゲールと戦うためと、ゲールから逃れるため。

方向性は違うが、かつて自分も考えた方策を実現して国を守ろうとしている、カルネアデス王族の女性を見て……フィーネは、何とも複雑な感情をその胸に抱えていた。

 

今でこそ、イゼッタという強大な戦力を擁し、周辺各国や『黒の騎士団』などの大規模なレジスタンス集団との間に協力関係を結び、小国とは思えないほどの万全の守りをもって帝国との間ににらみ合いを続けているが……どこかで何かの条件が違えば、自分もああなっていたかもしれない……そう考えて、フィーネはため息をついた。

 

「……本当に、嫌な時代だ。生き死にはもちろん……人の生き方すらも、民や国そのもののために歪まされる時代……戦争のせい、国同士の外交の常、と言ってしまえばそれまでだが……」

 

「たしか、姫様も前に……」

 

「ああ。もっとも、ゲールとの開戦で立ち消えになってしまった話だがな。その後そなたに出会って……人生、何がどう転んで幸いを呼び込むかわからんな」

 

「あはは…………でも、やっぱり、あの女の人、辛そうですね」

 

花嫁衣裳を身にまとい、式典の主役として笑顔を……気のせいか、どこか寂しげで悲し気な笑顔を浮かべる花嫁を見て、イゼッタはぽつりとつぶやいた。

 

(普通に、好きな人と恋をして、結婚したかったんじゃないかな……それなのに……)

 

「……やっぱり、変えなきゃですね、姫様」

 

「イゼッタ……?」

 

ふと隣から聞こえた、小さいながらも力強い、何かを心に決めたかのような声に、フィーネが隣にいる親友の顔を覗き込むと……ちょうど自分の方を見ていたイゼッタと目が合った。

 

「あの人も……戦争のせいで、明日を、自分の未来を『選べなかった』……だから、やっぱり変えなきゃ。誰もが……『明日を選べる世界』、作らなきゃです!」

 

「……ああ、そうだな」

 

数か月前……自分に力を貸してくれる、と宣言した時に交わした、イゼッタと、フィーネの約束。

 

『誰もが明日を選べる世界を作る』という……フィーネの決意。イゼッタの願い。

 

こんな、人1人1人の生き方、死に場所すら選べないような、過酷な戦争の世を、一刻も早く終わらせて……理不尽や不条理に泣く人がいない、優しい世界を作る。

それが、イゼッタとフィーネの目標だ。

 

そのことを……この場で2人は、改めて、静かに確認し、決意を新たにしていた。

 

……その、直後。

 

「……ぁ」

 

ふと、何かに気づいた様子のイゼッタが、小さく声を上げ……その表情に、わずかではあるが、驚きと戸惑いが浮かぶ。

ほとんど反射的に、その視線の先を追ったフィーネは……

 

「……やはり、来ていたか」

 

2人の目がとらえたのは……寄りかかる形で壁際にいる、1人の男だった。

白色ベースの、儀礼用の軍服を身にまとい、脇に帽子を挟んで腕組みをして……まるで見張りでもしているかのように、微動だにせずにステージに視線をやっている。

 

中でも特徴的なのは……その左目を覆っている、飾り気のない、黒一色の眼帯。

同色の髪と目の色ゆえに上手く似合っているが、つけている本人が中性的な整った顔立ちであるからか、いかつさや威圧感のようなものとは無縁に感じられる。

 

傍らに長身の男性を1人、同じくらいかすこし上の背丈の女性を2人、おそらくは副官か付き人として従えている彼は……イゼッタにとっては、少し前に見た、よく知っている顔。

そしてフィーネにとっても……よく知っている男だった。

 

そして同時に……彼女たちがここに来た目的の1つ、とも言えた。

 

この会議、フィーネは交渉役としてジーク補佐官を同行させているのだが、そもそもフィーネとイゼッタの2人は来る必要はなかった。

 

いくら国際法に基づいて安全が保障されているとはいえ、国家元首とその国の最大戦力が、この間のブリタニアはレッドフィールド邸のような秘密会談や、力を示す必要がある機会でもなしに、そう簡単に国外へ出るものでもないからだ。

 

しかし、ジーク補佐官の部下が仕入れた情報……『この式に帝国からペンドラゴンが出てくる』というそれを聞いて、フィーネとイゼッタは結託して無理を通した。

どうしても、彼と話がしたい、と。

 

当初反対していたジーク補佐官だったが、イゼッタのみならず、フィーネも相応にある持ち前の頑固さと、ちょっとした思惑から、それを認めるに至っていた。

 

ペンドラゴンとの接触は、実務的な観点から、この上なく重要な意味を持つ。

一度失敗している以上、以前のように中立国でちょっかいを出すわけにもいかず、かといって自分がその場で話してみたところで、何か有益な情報を得られるとも思えない。

 

ならば……少しでも対話のハードルを下げられる相手を交渉のテーブルにつけた方が効果的なのではないか。何を話し、何かを聞き出すにせよ……自分のような見ず知らずの他人よりも、対話・交渉の能力的には不安こそあれど、最適の人材がいるのではないか。

 

そう、例えば……幼いころに遊んだ、旧知の友人たちであれば。

 

それが、彼女達がここに来た理由だった。

絶対に無視できない相手との、知らなければならない情報を聞き出す、対話のため。

 

(ど、どうしますか姫様? 今その……話しかけます?)

 

(……ただ話すだけなら、今この場でか、これ以後に設けられる会談の時でも大丈夫だろう。だが、私たちの望む形での話をするとなると、他者の耳があるのは……ん?)

 

言っている最中に、フィーネは彼……テオの目が、一瞬こちらに向いて……しかしその一瞬で、おそらくは自分たちを見つけたのであろうことを悟った。

 

そしてその直後、テオはその場からすたすたと歩いて移動をはじめ……薄暗い会場を目立たないよう壁伝いに動いて、外に出て行った。

 

(……イゼッタ)

 

(あ、は、はい!)

 

それを見て……フィーネとイゼッタもまた、移動を始めた。

 

 

 

その数分後、会場外のホールにて……偶然出会った、といった感じで話している、エイルシュタット公国大公と、ゲルマニア帝国代表使節の軍人の姿が目撃されている。

 

戦争中の二国ゆえに、それを目撃した他国の使節たちは、やや不安と緊張を覚えたそうだが……その中身は少しの間世間話をして、すぐに別れる、といった程度のものだった。

 

さすがにどこかよそよそしかったり、ちくりとした雰囲気が全くないではなかったが、何か特筆するような内容の話があったわけでもない。

 

最終的に、表面上だけでも上品に収めるため、握手などして、普通に何事もなく分かれたのを見て……こういった中立性の保証されている式典で偶然に出会った、という状況には、ある意味相応な話であった、と、その目撃者たちは語っている。

 

 

 

そして、その翌日。

 

カルネアデス首都・シップヴォードにて……政略結婚の反対を掲げる過激派による、クーデターが発生した。

 

 

 

 



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Stage.26 魔女と魔人(前編)

 

 

1940年8月26日

 

……ほんっとにもう……これだから統制のとれてない民兵は……。

 

一瞬、思わず国際法を解釈しなおして焼き払いたくなったりしたけども……まあ、どうにか鎮圧できてよかったよ。

 

切羽詰まってるのはわかるけど、時期考えろって話だ。

よりにもよって、結婚式場に殴り込んで『政略結婚による日和見など認められぬ! 国民たちに変わって異議を申し立てる!』『正義を通すのだ!』『この国は我々が守る!』とかなんとか……某アニメのCV緑○のロリコン中華軍人のクーデターを一瞬思い出した。

 

国際法で安全を保障してたはずのところでこんなことになって……いくら、主犯が、現政権とは何も関わりのない非正規兵の集まりだからってねえ。

死傷者も出ちゃったし……カルネアデス王国政府は、面目丸つぶれだったな。

 

それに、コレのおかげで僕が根回ししてた色んな計画も、ほとんど使えなくなっちゃったし……やれやれ、逃げの手を打ったからこそ、国際的な地位は下がれど、底には至ったと見た僕の見通しが甘かった……ってことなんだろうな。

 

しかし、この国にとってはここからさらに苦境だろう。

明日以降の会議、だーいぶ厳しいことになるだろうな……身内(って言っていいのやら)のバカのせいで、底をぶち抜いてさらに色々下がっていくことになったわけだし。

 

もしコレを事前に察知できてたら、それこそ他にやりようもあったんだけど……ま、過ぎたことを言っても仕方ないか。

 

……それに、悪いことばかりじゃなかった。

政治的な意味でじゃなくて、単に僕の個人的な感情として……っていう意味になるけども、この思わぬアクシデントのおかげで、思わぬ共同作業ができたので。

 

楽しい、というわけにはいかなかったけども……不謹慎を承知で言わせてもらうならば、胸が熱くなる展開、って奴だったことは確かだ。

ヒラコー節に則れば否定されちゃうんだけども……呉越同舟、危機に際して敵同士が協力して戦うっていう展開は……少年漫画では、王道のwktkパターンなわけで。

 

いや、まさか……一時的にとはいえ、イゼッタと協力して戦うことになるとはね。

 

 

☆☆☆

 

 

発生したクーデターは、銃火器を使い、周囲を容赦なく巻き込む形で実行されていた。

 

すでに何人もの死傷者が出る中……クーデター発生の報告を迎賓館で聞いた各国の首脳たちは、どうしたらいいかわからずに右往左往するばかりである。

 

部下に『自分たちを守れ』『賊を撃退しろ』などの指示こそ出せてはいるものの、漠然としたそれだけではどうしようもない。敵も、それ相応に周到な準備をしてきたのだろう。ただ立ちふさがって銃を向けるだけでは、鎮圧できずにいる。

 

今いる施設内に入り込んだ賊たちへの応戦こそ何とかできているものの、刻一刻と、賊の応援部隊がここに近づいてきている、という情報が流れる中……各国首脳の恐怖心は募るばかり。

 

中には、エイルシュタットのフィーネ大公のように、自らは冷静さを保ちつつ、パニックになりかけた者達を抑えようとしている者もいるが……このまま混乱は大きくなるばかりかと思われた。

 

そんな中で……言わずと知れた『エイルシュタットの魔女』イゼッタが、事態打開のために戦闘に打って出ようと名乗り出るものの、賛成する者は少なかった。

 

敵の布陣も装備も作戦も、何一つわからないまま出ても危険だと考える者が半分、ここにいてくれた方が自分たちが安全と考える者が半分、といった形。

彼女の主たるフィーネや、彼女以上に戦術に明るいジーク補佐官もまた、前者の主張であったため、イゼッタはその矛をひとまず収めることとなった。

 

そんな事態が動いたのは、さらに数分後だった。

不穏分子の排除が終わり、また施設内の外壁自体も強固な一角に、バリケードやトラップ等を設置して安全を確保したエリアを作り出せた、という知らせが飛び込んできた。

 

それが確かなものだとわかると、首脳陣はこぞってそこに向かったが……到着していよいよ避難する段階になり、そのエリアを利用するかどうかで、悩まされることとなる。

 

そのエリアを作り上げたのが……他ならぬゲルマニアの将校、テオドールだったからだ。

 

 

 

「信用できるか! いかに中立国での会談とはいえ、このような非常事態に、お前達ゲールの用意した避難施設など!」

 

「この機に乗じて我々を害そうとしているのではあるまいな!」

 

「……ですから、信用できないのでしたら無理に使ってくださいとは言えませんが、だからといって他に妙案を即座に提示することもできませんので、そこはご了承願います」

 

「ぬぅ……」

 

何人もの各国首脳の視線の先で、呆れたような疲れたような様子で言うテオは、腕時計で時間を気にしながら、冷静さを保って話を続けていた。

 

ただしその調子は、まるで駄々っ子を諭すかのようなそれである。

中々どうして、実際のところもまたその通りなのだが。

 

テオはクーデター発生の直後、即座に兵を動かして施設内の不穏分子を隔離ないし排除、そのまま、『現在首脳陣がいる位置から移動しやすく』『そもそものつくりが頑丈で』『敵が外部から攻めてきた際に守りやすい』位置を選んで安全地帯をつくるべく動いていた。

 

動き出して20分少々で一応形になったそこに、各国首脳をひとまず収容しようとしたわけだが……悲しきかな、ほぼ全世界共通の敵となっているゲールの将校であるために、信用されず、罵声の的になり、結果事態が進展しない……というのが、今の状況である。

 

かといって、ここ以外に現在安全に立てこもっていられる場所がないのも事実であり……首脳陣は、どうすればいいのかと頭を抱えていたが……そんな中、一歩前に進み出た者がいた。

 

首脳陣の、男性がそのほとんどを占める中において、数少ない女性の会議参加者であり……さらにその中において、間違いなく一番若い少女……エイルシュタットのフィーネ大公であった。

 

「確認したいのだが……ここの安全性はいかほどか? 具体的に……現在こちら側にある兵力で、事態の収束までの首脳各位の保護・防衛が可能かどうか、見通しを聞きたい」

 

その問いかけに、テオドールは……いち軍人という立場から、一国の国家元首を相手にふさわしい言葉を選んで、よどみなく答えた。

 

「比較的籠城戦に向いてはいますが、建物の密集した市街地という特性上、どうしても脆弱な部分は出てきます。防衛のためのプランは考えてありますので、それを実行して賊の侵入を防ぎつつ、外部へも兵力を展開させて、同時進行で事態の収束を図る必要があります」

 

「そうすれば、この場にいる首脳陣の身の安全は保障されると?」

 

「さすがに100%とは言えませんが、最も防衛成功の見込みがある方策と確信いたします」

 

「……わかった。ならば、その方策に乗るほかあるまい」

 

「お、オルトフィーネ大公!? げ、ゲールを信用なさるおつもりで!?」

 

驚き、慌てた様子の眼鏡の男……ブリタニアの代表者が、フィーネに問いかける。

現在戦争中の敵国の将校を信用すると言ったわけなので、当然ではあるが。

 

しかしフィーネは、わずかな迷いも、一転の焦りや戸惑いもない、堂々とした様子で、

 

「ことここにおいて、他に手もない以上はやむをえないでしょう。それに……信用ならできます」

 

「な……ゲールを、ですか?」

 

「ゲール『だからこそ』です。この状況だからこそではありますが……外にいる彼らは、どうやら帝国との抗戦派のようです。であれば、彼らにとって彼ら帝国の代表者は明確な敵……自身の保身のためにも、有用な方策をもって対応すると考えられます」

 

「そ、それは確かに……そうかもしれませんが」

 

「どの道、この場にて他に戦術指揮に精通した人物は……失礼を承知で申し上げますが、彼以外にいないでしょう。加えて、すでに現状を最大限把握している彼に動いてもらった方が、作戦に移るまでのラグもなく、それに比例して作戦の安定度も高いかと。であれば……」

 

その後しばしの説得の後、納得できない部分もありながらも、他に方策なしと判断した首脳陣は、テオドールが用意した退避区域に逃げ込み、事態の打開を待つこととなった。

 

その際、そして区域内に隠れている間も、ほとんどの国の首脳たちは、テオドールやその側近のゲールの兵士……アレスやニコラに対して、懐疑的な、あるいは忌々しげな視線を向けていたが………………その大半は、それから30分としないうちに消えて失せることとなる。

 

何が起こったのかと言えば、単純明快。

テオドールが、首脳陣の『期待に応えた』。ただ、それだけだ。

 

 

「この一角の耐火設備については? 防火扉の素材と経年状況、倉庫部分の荷物の量等もわかればありがたい。別館渡り廊下南端部についても同様の……ああそれと、こことここの扉のカギと、この扉をすっぽり覆える大きさの、できれば木製のキャビネットか何か……それに、ありったけの酒の手配を。アルコール度数の高いものから運ばせてください。60%より下は結構」

 

「設備等に関しては、今説明を……しかし、キャビネットと酒はなぜ?」

 

「バリケードと攻撃手段を兼ねて、炎上網……その起爆装置を兼ねたブービートラップを作ります。こちらの通路については、敵伏兵の予想侵攻ルート上にありますので、構造を利用して……」

 

カルネアデス側から提供された建物の図面を机に広げ……両利きのテオが、左右それぞれの手に持ったペンをすさまじい速さで動かして、必要事項・情報を書き入れていく。

 

それと同じ、あるいはまったく違う内容の会話を、よどみなくさらさらと、それも早口で続けて、絶え間なく報告を受けて指示を出して……を繰り返す光景に、各国の首脳は皆、唖然としていた。

『大道芸か何かを見せられている気分だった』『やっていることはでたらめなのに、内容がきちんと形になっているのが信じられなかった』と、その現場を目にしていた首脳らは、後に言う。

 

その時からすでに、この男が只者ではないと、帝国でプロパガンダ的に流布される噂が、ひょっとしたら誇張でも何でもないのかと、感じ始めていた。

 

そのさらに数分後、事態は誰の目にも明らかな形で動き出す。

 

 

 

『う、うわぁぁあああ!? 火が、火がぁ!?』

 

『何でこんなっ、お、おい押すなやめろ! こっちはだめぎゃあああぁあ!!』

 

「こちらK1。敵伏兵、罠にかかりました。通路の大部分が火の海につき、以後使用不能ですが」

 

「ご苦労、その通路はもう使わないから構わない。通路両端の防火シャッターを下ろして開閉装置を破壊してオーブントースターにしろ。あと、閉まる直前に手りゅう弾を投げ入れて出口付近も燃やすのを忘れるな。終了後K9の部隊に合流して2階へ向かえ」

 

「こちらG5、浸透中の敵伏兵の奇襲に成功。もう間もなく――」

 

『畜生! 何でばれて……』

 

『どこから撃ってきやがるんだ!? 何もぁ―――』

 

「――たった今動くものがいなくなったところです、少佐殿」

 

「よくやった。窓は空いてるな? それを聞きつけて隣の通路の伏兵共が来るはずだ。半分が降りたところで階段を破壊して分断、各個撃破する。君たちは下の階の連中を掃討せよ。上の階の残りは、K22の部隊に隣のフロアから壁越しにハチの巣にさせる。あと、今の私のコールサインはコマンドポストだ、そう長く使うものではないが、以後注意せよ。続いてR5、応答せよ」

 

「こちらR5。現在すでに、部隊全員作戦目標地点に到達済。指示を乞う」

 

「コマンドポストよりR5指揮下各位へ。敵伏兵、想定4番、5番の進行ルート上に、先程F3指揮下の部隊がトラップを用意している。それが発動したら……」

 

 

『うわあっ!? な、何だこれ……く、車が、車が突っ込んできた!?』

 

『畜生、何人も巻き込まれた……誰が運転して……え、だ、誰も……』

 

『お、おいそれより、その車何を積んでんだ!? 爆薬でもなければうわああぁぁああ!!』

 

『な、軍用犬……い、いや、ただの野犬か!?』

 

『こ、こいつら襲ってくるぞ!? 助けて、助けてくれぇ!?』

 

『撃て! 撃ち殺せああぁぁああ!?』

 

『なっ、銃げ、き……』

 

 

「こちらR5。保健所から調達した処分予定の野良犬共は実にいい仕事をせり。施設職員の怠業で飯をもらえず飢えていたのが逆に好都合だった模様。敵部隊総崩れです、反撃もない」

 

「コマンドポスト了解。……かわいそうだが、残った犬もろとも狩りつくせ。どの道処分されるはずだった命だし……人の味を覚えた獣を野生に放つことはできない。軍用犬にも適さない」

 

「R5以下了解。テロリスト共を撃つより良心が痛みますが、頑張ります」

 

 

奇襲をかけられた状況だったはずが……気が付けば、行っているのは、一方的なマンハント。

 

場所から攻撃タイミングまで、兵に的確な指示を出し、潜伏からの迎撃をメインに立ち回り、敵兵の行動をことごとく先読みして出先をつぶし、勢いを失った彼らを逃さず仕留めていく。

民兵たちが迎撃しようとしても、戦術をことごとく読まれ、妨害され、潰される。

 

真正面から攻め込もうものなら、各所に展開した兵力が火力で制圧する、あるいは罠を仕掛けられて閉じ込められたり、思わぬ場所から奇襲をかけられて即座に壊滅。

 

非常口などのルートから隠れて侵入しようとしても、読まれていて待ち伏せされて撃破され、あるいは分厚い防火シャッターなどを利用して閉じ込められる。

酷いものでは、その直前に通路を炎上させられて焼き殺されたりもした。

 

銃列を組んで弾幕で攻められるのを防ごうとすれば、放物線を描いて飛んできたグレネードによって木端微塵にされ、あるいは死角以前に全く見えない壁の向こうから撃ち殺された。

 

留めに、距離にして数百mのところにある保健所から、処分予定の野良犬……しかも、施設職員の怠慢で餌をもらえず、飢えていたそれらを輸送車に満載、それを無人で突っ込ませ、その際の混乱を利用して主力の大部隊を仕留めたりもした。

 

またたく間に壊滅していく、百人以上いたはずの敵の部隊。

対して、こちらの損害は……なんと死者0。重傷者が数名も、命に別状なし。

ただし、敵が攻め込んできた際に、警備に数人死者が出ているが……それだけだ。

 

無線の向こうからのダメージレポートに、驚きのあまり言葉も出ない首脳陣だったが……少しして、危機が去ったことに安堵し、現金ではあるが、口々にテオドールをほめたたえていた。

敵国の軍人ゆえに、素直に称賛はしない者も多かったが。

 

しかしその後すぐに、ほかならぬそのテオドールの口から、まだ事件は終わっていない旨を告げられ、その部屋の中の面々は緊張感を取り戻す。

 

ここを襲ってきた者達こそ全滅させたものの、まだ町の中には残党がおり――それもテオドールがカルネアデス警備当局経由で指示を出して狩り続けているが――さらには、このクーデターに乗じて軍事行動を開始しようとした者達の本隊が、どこかしらの拠点に残っている。

 

実は、『全滅させた』といいつつ数人無力化して捕獲していたテオドールは、先程ここからニコラを派遣し、尋問させて情報を集めている最中である。じきに、アジトも判明するだろう。

 

それらをどうにかしなければ、この件は終わらないし……最悪、劣勢と目的の達成不能を悟った本隊が何かしらのバカをやらかすかもしれない。

どうやら、ここにいる帝国側、反帝国側の首脳陣を狙った襲撃も、身柄を確保して人質同然に扱う目的だったようであるため、あまりいい予感はしないのだ。

 

中立国であるこの国には、戦争に関係のない各国の施設も多数ある。放置していて、それらに被害が出るようなことにもなりかねない。

 

何せ、相手は国際法を守る気のない……というよりも、国際法というものを理解しているかどうかすら疑わしい連中であるがゆえに、大使館すら標的になりかねないのだ。

 

……と、考えていたところで、帝国の大使館が襲撃され、しかし撃退したという報告が入る。

 

本気で放置できない連中だと皆が悟ったところで、このまま警察組織の動員に加え、安全確保のために引き続きテオやその指揮下の兵たちがこの件の鎮圧にあたることを了解したところで……事態の終結をより迅速かつ確実なものにするため、という名目で、エイルシュタットのフィーネから、とんでもない提案が飛んだ。

 

「い、今、何と……オルトフィーネ大公?」

 

首脳陣は、皆、仰天した表情で、絶句している。

 

テオドールや、その部下のアレスたちも絶句している。

 

それほどに、提案が衝撃的というか、予想外だった。

 

「お聞き及びのとおりです。この事態をより確実かつ、迅速に打開できる最善の手であると、確信しております」

 

「し、しかし……確かに、彼のその手腕は確かなものであることは、今もって証明されました。ですが、それとこれとは……」

 

「ご懸念等については最もですが……」

 

フィーネは、ここで起こる武力蜂起をこのまま放置することにより、今後の戦争に落とされる影について、補佐官と共に説明した上で、この騒乱を早期に収束させることに対しての重要性、そしてそのために今とれる最善の手が『それ』であることを、先程と変わらず説く。

 

他国の人間である以上、越権行為ととられかねないという反論も飛ぶも、この件によって誰より顔を青くしているカルネアデスから『許可』もとい『要請』が出ている点や、すでに同じく他国人、しかも同盟を組んでいない相手である帝国のテオドールらが協力している点を根拠に、メリットがデメリットを上回る点を強調してこれを説き伏せた。

 

そしてその上で……改めて、どうにか平静を取り戻しつつあったテオドールに向けて、再度フィーネは、言った。

 

 

 

「テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴン殿。この戦いの間に限り、そなたに、我が祖国エイルシュタットの最強の牙を……『白き魔女』イゼッタを預ける。指揮官として、その力を十二分に発揮し、本件の解決の一助としてくれることを期待する」

 

「ふ……不束者ですが、よよ、よろしくお願いします!」

 

「……え、あ、うん……はい、こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」

 

 

 

イゼッタ、フィーネ、そして……テオ。

この三者が顔を合わせ……1人は堂々とし、1人は緊張し、1人は戸惑っている。

 

その表情の奥にある……世間一般的に見た推測とは異なるであろう、本当の感情やら思いを悟ることができる者は……せいぜい、アレスとマリー、それに、ミュラー補佐官くらいのものだった。

 

 

 

 



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Stage.27 魔女と魔人(後編)

 

数分前まで、彼らは……戦支度の最中だった。

 

彼らは、祖国カルネアデスが『ヴォルガ連邦』に媚びを売る形で安寧を得ようとしていることに我慢がならず、『我らの道は我らが切り開くのだ!』という精神で、クーデターを起こした。

 

まず、外交会談に来ている各国首脳を確保し、それを人質にして、クーデター発生から後始末の完了まで、各国からの介入を抑える。

その後は、クーデターによる混乱を収束させる内政努力を進めつつ、集結させた戦力により、帝国や両連邦の軍事上の要地を奇襲し攻め落とすのだ。

 

なお、人質にした首脳陣には、特に危害を加えるつもりはない……帝国とその同盟国以外は。

帝国と、その同盟国である『ロムルス連邦』、そして協力関係を築きつつあり、今回の件で明確に敵対することとなるであろう『ヴォルガ連邦』の代表者については、そのまま戦時捕虜とする。

そして、今後の外交や戦争を有利に運ぶ……という、計画だった。

 

人質確保ための作戦が失敗したと知らされた彼らは、しかし今更後には引けないと、人質はなしで軍事上の要地の確保を進めるために動き出すつもりだった…………数分前までは。

 

 

そして今、彼らは……1人の『魔人』に蹂躙されていた。

 

 

「う、撃て撃て撃て撃てぇ! たった1人だぞ、早く撃ち殺せぇ!」

 

「し、しかし隊長、動きが速すぎて狙いが……しかも、撃っても弾かれると……」

 

「バカなことを言うな! どこの世界に銃弾を弾いて防ぐ奴が居r―――るるるる……」

 

「……いるんだな、コレが」

 

「は? ひ、ひぃぃいい!? た、隊長っ!?」

 

「く、首がァっ!?」

 

狭くはないが広くもない。彼らがアジトの1つとして使っていた建物の一室。

 

その内部を、先程から縦横無尽に走り回って大立ち回りを演じているテオの手で……今、極めて物理的に敵指揮官の首が飛んだ。

 

その光景に……あるいは、先程からの無双さながらの乱舞に、室内にいる数十名からなる敵兵たちは、震えあがっていた。

 

扉を爆破してテオが乱入してきてから、まだ1分かそこらしか経っていない。

なのに、室内はすでに死屍累々。それまでいた同志たちのうち、半分以上がすでに死んだ。

 

今この瞬間も、順調にテオは屍を量産中だ。

愛用の軍刀を右手で振るい、特注品の拳銃を左手に持って乱れ撃ちながら。

 

その右目にはハイライトがなく……つまりは『SEED』も発動済み。感覚が極限まで研ぎ澄まされ、さらに身体能力も強化されている状態で……室内で銃火器を相手に1人で無双中だ。

 

右手の軍刀は、振るわれれば容赦なく敵を斬り倒し、左手の拳銃は異常な貫通力で、当然のように2、3人まとめて撃ち抜いて仕留めている。

 

「ひ、ひぃっ、こ、こっちに来た……撃て、撃てぇ!」

 

やけになったとしか思えない様子で銃をやみくもに撃ってくる敵兵だが……テオはそれを、銃口の向きと手の指の動きを見て、撃たれる前に射線から外れることで銃弾を回避。

 

1発も被弾することなく接敵し、軍刀を一閃させてまとめて2人切り捨てる。そのまま、返す刀でもう2人……そして残る1人は、その勢いを利用した回し蹴りで首を蹴り折った。

 

そこを隙と狙って別な兵士が放った銃弾を……その射線に軍刀を割り込ませ、なんと銃弾を切り払って防御。

続けて放たれる第2射、第3射も、同じようにして防いで見せた。

 

信じられないものを見た、といった驚愕を顔に張り付けた兵士は、0.5秒後に脳天にテオが撃った銃弾が直撃。背後にいたもう1人と合わせて一発でまとめて仕留められた。

 

そこに今度は、10人近い敵兵がまとめて切り込んでくる。それも、通路の両側から、通路全体に広がって逃げ道をふさぐかのように。

 

だがそれも、跳躍して壁を走りだしたテオによってあっさりと破られ……その真ん中に放り投げられた手りゅう弾で、キレイに全員吹き飛んだ。

その爆音と閃光に怯んだ別な敵兵を、その隙に4、5人仕留めるおまけ付きだ。

 

そんなことの繰り返しで……結局、1人対数十人という戦力差でありながら、わずか10分にも満たない時間で、クーデター側の兵士は全滅。

 

動くもののなくなった、鉄臭いにおいが酷い室内で……テオは悠々と金庫をこじ開け、中に入っていた証拠資料の数々を無事に回収し、

 

「テオ君、終わった?」

 

「終わったよ。じゃ、次行ってみよーか」

 

窓から、対戦車ライフルに乗って飛びながら顔を出したイゼッタと共に、その場を後にした。

 

 

 

時に、今のように白兵戦でテオが無双し、

時に、質量武器を生かしてイゼッタが無双し、

時に、テオの指示で動く兵士たちが無双……とまでは言わずとも、圧倒的な戦略的優位の元に、敵兵たちを蹂躙し、

 

テオ指揮下で行われる、カルネアデスの犯行勢力の掃討作戦は、極めて順調と言ってよかった。

 

施設内での戦闘でその手腕を見せつけたテオは、少なくともその能力に関しては『信頼された』状態だったため、より動きやすくなり、託される戦力も大きくなった。その結果として、クーデター鎮圧はもはやワンサイドゲームの様相を呈している。

 

そしてそのテオであるが……シップヴォード及びその周辺の図面を頭に叩き込んだ後、自分も戦線に出つつ、常に最前線で、リアルタイムで動く戦場を見下ろしながら指揮を執っている。

 

具体的には……ライフルに乗って飛ぶイゼッタの後ろに乗って。2人乗りで。

 

「Q1、戦域座標32-23に向かえ。T2は退路となりうる路地をふさげ。R5は数十秒後に敵車両が左30度を通過するからトラップを仕掛けておいて爆破。S1はそこから50m―――」

 

(言ってることが難しすぎて全然分かんない……専門用語? 早口だし……)

 

後ろで小型無線機を手に指示を出し続けるテオだが、その内容は残念ながら、戦略に関しては素人同然のイゼッタには理解できるものではなかった。特に暗号は使っていないのだが。

もっとも、特にそれでも不都合はないのでテオは気にしていない。

 

一通り無線で指示を出したテオは、ふと、前に乗っているイゼッタが、時折こちらを振り向いて、にこにこと笑っているのに気づいた。

 

「前、ちゃんと見ないと危ないよ? ただでさえ猛スピードで飛んでるんだし」

 

「あ、ご、ごめん。でも大丈夫だよ、飛ぶのは慣れてるから」

 

「ならいいんだけど……でもほら、いつも乗ってるライフルとは乗り心地が違うだろうから、その辺気を付けといたほうがいいかもだし。ぶっちゃけ、2~3倍じゃ聞かないくらい重いでしょ?」

 

イゼッタとテオが乗っているのは、イゼッタ愛用のいつもの改造ライフルではない。

あくまで、中立国における平和的な会談ということで、武器は置いてきている。拳銃などの最低限の武装と呼べる範囲にない対戦車ライフルは、さすがに持ち込めなかったのだ。

 

だがイゼッタの武力は、もとより銃火器の火力に頼ったものではないし……極論、重くて大きなものを振り回して戦うなり、手ごろなものに乗って飛ぶなりすればいいのだから、問題はない。

 

ただテオは、ニコラに命じて……ライフルの代用品となる乗り物兼武器を即興で作らせていた。それも……かなり豪華な仕様で。

 

カルネアデスの武器庫から徴発した大型の対戦車ライフル。それを改造して、イゼッタの愛機と同様に、発射装置を兼ねたハンドルと、リロード用のペダルを付けた。

 

それだけにとどまらず……銃身の両サイドにガトリング砲を計2門装着。

下側に2丁並べて大型ライフルを装着し、対地攻撃用に。

後部には鋼鉄製の小型コンテナを取り付けて、座席兼格納庫に。

その後ろにさらに火炎放射器まで設置。

 

これらの武装は、後部座席(と言っていいのだろうか)に乗っているテオが、どれもその手元で、スイッチやワイヤーで操作できるようになっている。

 

おまけに、そこに乗っているテオ自身が、愛用の魔改造モンドラゴンを構えている始末。

 

その重さたるや、到底武器として人の手で取り回しがきくレベルにないだろう。

しかしイゼッタは、何も問題ない、という風に、

 

「まあ、そうだけど……でも私、もっと重いものでも魔力で投げ飛ばせるから。戦車とか」

 

「ああ、そういやポンポン投げ飛ばして投擲武器扱いしてたっけ……ホントその力便利だよね」

 

「あはは……ごめんね。それより、テオ君こそ大丈夫? さっきまでもそうだけど……私、戦いになったら、結構無茶苦茶な動きで飛ぶよ?」

 

「問題ない。捕まる取っ手は付けたし……一応僕は飛行機乗りの経験もあるから、多少はそれに対応して重心動かすとかで軽減できる。……つか、あんな動きを平然とできるイゼッタの方がすごいけどさ……特に訓練とかしてないんでしょ? 魔法として以外は」

 

「そこはまあ、慣れ、かな……っ! テオ君、そろそろ……」

 

「おっと……了解。じゃ、こっちも仕事しますか」

 

前方に攻撃目標を視認したイゼッタとテオは、雑談を切り上げて臨戦態勢に入る。

 

クーデターの指導者、すなわち今回の黒幕が、作戦失敗を悟り、戦力を引き連れて再起を図るために逃亡したという情報を入手し、しかしもはや普通に追いかけては追いつけない位置にまで逃げていることが明らかになった。

 

それを逃がしては今後の禍根となることは明らかなため、今動かせる戦力の中では最速かつ最適と言えるイゼッタとテオがそこに向かったのだ。『魔女の力』で、飛んで。

 

「き、来たぞ、敵だ! え、エイルシュタットの魔女だ!」

 

「お、おい、後ろに乗ってるのはアレ、帝国のペンドラゴンじゃ……」

 

「それに、乗ってるの……ただの対戦車ライフルじゃないぞ!? 何なんだよあれは!?」

 

混乱が収まるのを待つはずもなく……イゼッタとテオの先制攻撃が始まる。

 

「あらよっ……と!」

 

―――ズガガガガガガガガガガガガ!!

 

ライフル両脇のガトリング砲が、テオによって操作されて火を噴く。

密集していた敵兵たちが、散開する暇もなく、車両ごと撃ち抜かれて蹴散らされていく。

 

「う、撃てぇ! 撃ち落とせぇ!」

 

準指揮官らしき男の号令と共に、兵士たちは手にしていた自動小銃を空に向けて構え、それぞれで撃ち始める。

 

「来るよ!」

 

「うん!」

 

が、最早手慣れたもので……イゼッタは即座に反応。急上昇、急降下、急旋回を繰り返し、空中を三次元で縦横無尽に飛び回る。全く弾に当たる様子を見せない。

その後ろでテオにいるテオも、足でうまく銃身につかまって振り落とされないようにしている上……合間を見て各種武器を作動させて逆襲している。

 

正面から突っ込みながら、ガトリング砲で密集している敵をつぶし、さらに下部についているライフルで正面の車両を撃ち抜く。

 

イゼッタも対戦車ライフルを撃って、その向こうの装甲車に風穴を開けて爆散させた。さらに、何本も周囲に浮かせて従えている剣を操作し、襲い掛かろうとする敵を逆に撃退している。

 

その後、迎撃を避けて急旋回し、大きく回って一旦遠ざかる最中……手にしているモンドラゴンで狙撃。軍用車両の装甲を難なく貫通したその弾丸は、ガソリンタンクに直撃、炎上。

 

2台をそれでスクラップにし……その後ろを走っていた車両に玉突き事故を起こさせる。

 

さらにその後、再び突撃してガトリング砲で掃射する。繰り返される蹂躙。

 

「くそが……そう何度も!」

 

「横っ腹ががら空きだ!」

 

「くたばりやが……ぎゃあああぁぁあああ!?」

 

「あ、熱ぁぁぁあ゛あ゛!! 火が、火があああぁぁああ!!」

 

その隙をつかんと、側面から近づいてきた別な車両がいたが……前方を攻撃するギミックを右手で操りつつ、左手で火炎放射器に文字通り火を噴かせたテオに迎撃され、火だるまに。

 

反対側の敵は、イゼッタが降り注がせる剣で串刺しになっていた。

 

そのまま、前方不注意で道を外れて転げ落ち、横転した。

数秒後には、燃料タンク内のガソリンに引火して爆発するだろう。

 

異常に速く、小回りが利く上に、火力はもはや戦車以上。

まるで軍用ヘリか、それ以上の攻撃力を誇る、イゼッタとテオのコンビの前に……数で圧倒し、弾薬や装備も悪くないものをそろえていたはずの彼らは、なすすべもない。

 

「あらよ……っと」

 

――バァン! バァン! ――ドガァアン!!

 

「ちょっ……あ、危ないよテオ君!」

 

「平気平気、このくらいなら落ちやしないから」

 

今など……テオがライフルの銃身に足を引っかけて、さかさまにぶら下がった状態で銃撃した。銃弾は2発。また1台の車両を爆砕させる。

まるで曲芸。見ているイゼッタの心臓に優しくない光景だったが、当の本人はしれっとしている。

 

そればかりか、

 

「よっこいしょ、と……」

 

――バァン、バァン!

 

「だから危ないって! 何立ってんの!?」

 

今度はなんとその上で立ち上がり、サーフィンでもしているかのように器用にバランスを取りながら銃撃し、またしても見事に1台仕留めた。

 

「大丈夫大丈夫。落ちないし、外さないから」

 

「そういう問題じゃ……」

 

そしてふと、思い返せば、ここまでガトリングなどの『数撃ち前提』の兵器を除けば、テオが放った弾丸は一発も外れていないことに、イゼッタは気づく。そして、思う。

 

魔女(わたし)なんかより、よっぽどテオ君の方が化け物だよね……」

 

「酷くね? その言い方。……まあ自覚はあるけど」

 

「あるんじゃな……ん!?」

 

その時、イゼッタは変なものを見た。

 

テオが座っている座席兼武器庫のコンテナ。

その中から……ふわりと、替えの弾倉が浮かんで出てきた。

 

比喩表現でもなんでもなく、ふわりと浮かんで……浮遊して、だ。

 

そしてそのまま、テオが持っているモンドラゴンに、今備え付けられている弾倉が捨てられると同時に、ガシャン、とセットされた。浮遊して、自分から。

そのまま……何食わぬ顔で射撃に戻るテオ。今の怪奇現象を、全く気にしていない。

 

「……イゼッタ、ちゃんと前見て前」

 

「……はっ!? ご、ごめん……ってちょっとまってテオ君! 今の何!? 浮いてたよね!? 浮いて、ガシャンって……え、浮かせてた!? 今のテオ君が!? ちょ、今の『魔女』の……」

 

「気のせいだよ」

 

「絶対違う! あーもう、後でちゃんと聞かせてよね!?」

 

「気が向いたらね。おっと、ガトリング玉切れか……捨てよう」

 

「……もう!」

 

イゼッタの問いかけを流しながら、テオは手元のレバーを操作して……直後、玉切れになり、無用の長物になったガトリングが、ライフルの銃身から分離して落下……下を走っていた車のフロントガラスをぶち破って、質量武器として最後に役立った。

その車は、当然のようにそのまま事故車両一直線である。

 

 

 

そのまましばらく、戦闘……というよりは、一方的な蹂躙もしくは狩りは続いた。

 

面制圧するガトリング(途中で投棄したが)の乱射や、火炎放射器による広範囲攻撃、ライフルによる高威力・貫通力の一撃、縦横無尽に飛び回る剣による、どこから飛んでくるかわからない斬撃と刺突、テオが撃ってくる針の孔を射抜くような狙撃に、投げつけられる擲弾。

 

なすすべもなく撃滅され……最後には、クーデターの黒幕の乗った1台のみが残っていた。

 

護衛の車両も全滅してしまったが、黒幕たちはどうにか近くの山林に逃げ込んでいた。

木々が密集したここならば、飛んで追跡しては来れないだろう、と踏んで。

 

「くそっ……くそ、くそ、くそっ! 帝国の犬め……どこまでも忌々しいっ!」

 

彼らは悪態をつきながら、歩きにくい山道を必死で走る。

 

「エイルシュタットも、何を考えているのか! このまま我らの計画が遂行されれば、帝国への打撃となったであろうものを!」

 

「やむを得ん。一旦は息をひそめて潜伏し、再起の時を……ん? 何の音だ?」

 

――ヒュウウゥゥ……ドガァン!!

 

「なっ!? こ、これは……」

 

「我々が先程まで乗っていた……ま、まさか!?」

 

しかし、最早全ては手遅れ。すでに終わっていた。

 

森の中を走っていて、少し開けた場所に出た黒幕たちの目の前に……突然、空から自動車が……それも、先程まで自分たちが乗っていた軍用車両が落下してきた。

 

そのまま爆発・炎上する車。幸い、延焼の可能性はなさそうだが……かといって、彼らの驚きや困惑が収まるわけではない。

 

そして、その時間は結局与えられることはなく……

 

―――パァン! パァン! パァン!

 

「全員、その場から動くな」

 

「ここまでです! 投降してください!」

 

テオの狙撃で、手に持っていた武器を弾き飛ばされた。

 

その直後、上空から待っていたかのように、イゼッタ達が姿を現して降りてきた。

 

「ば、バカな……こんな、ことが……数十名いた兵士が、数々の兵器が、こうも……簡単に……!? たったの、たったの2人に……やられるなんて……!?」

 

目の前の光景に愕然とする黒幕たち。

その周囲に、イゼッタが浮遊させた無数の剣が舞い降りて、ちょうど頭の高さほどのところで止まり……切っ先を彼らに向けて、全方位から取り囲む。

 

さらに、イゼッタらが乗る対戦車ライフルの銃口を、そして、その後ろのテオが右手に構えるモンドラゴンの銃口と、左手に持つ火炎放射器の噴射口を突き付けられる。

 

動けば、指示を聞かねばどうなるか……説明の必要も、もはやない。

 

勝ち目も逃げ場もないことを悟った彼らは、がっくりとうなだれ……あえなく御用となった。

 

 

 

 



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Stage.28 ラブ・コール

 

 

クーデターの鎮圧から数日。

予定をずらしてではあるが、無事に結婚式と、その後の会談は実施された。

 

今後のカルネアデス王国の立ち位置や、物流における各国への対応については、ややカルネアデスの立場が悪くなり、各方面に譲歩することとなったものの……大まかには、当初の見込み通りに落ち着くこととなった。

 

このイベントも、ほぼ全日程が終了するところまで見え始め……ようやく終わる、と各国の使節らがそれぞれ気を抜き始めた頃。ある夜のこと。

 

 

 

場所は、このイベントに際して、宿泊施設として各国の代表たちが利用している宿……の、別館。渡り廊下を通って行ける先の、今はもう使われていない棟。

 

その一角には、壁や扉に防音加工を施されたコンサートホールがある。

 

すでに楽器の類は何も置かれていないが、そのステージの真ん前……アリーナ席の最前列、その真ん中の座席に、テオは座っていた。

隣の席には、アレスが控えている。

 

静寂に包まれていたその部屋に、ガチャリ、と扉が開く音がして……テオは、待ち人が来たことを悟る。

 

首を後ろに回して見ると……そこには、パーティ仕様とは言わずとも、正式な首脳会談の場でも通じるであろう礼服に身を包んだフィーネと、その後ろで、『白き魔女』の戦装束をまとったイゼッタ、そして、スーツを着たジーク補佐官の3名が。

『入り口』からここまで案内をしてきた、ニコラと共に入ってきた。

 

階段を下り、近づいてくる3人を、軍服のテオとアレスは立ち上がって出迎えた。

 

そこまで下りて歩いてくると、フィーネは、何も言わずにじっとテオの顔を見つめた。

 

その表情は、大公の名にふさわしく堂々とした、真面目なものであったが……しばらくそうしていた後、ふいにそれを緩め……優しい微笑みに変えた。

 

「初日のパーティーで軽く声をかけた時は、そうは思わなかったが……こうしてみると、確かにあの頃の面影があるな」

 

「そういう話題から入るということは……最初から公式的な物言いはしない方がいいですか」

 

「ああ、そうだな。ついでに言えば……口調も砕けたもので頼みたい」

 

そう言って、フィーネはちらっと隣のイゼッタに目をやり、

 

「イゼッタにはそうしたのだろう? なら、できるなら私にも……というのは、わがままになるか……『テオ』?」

 

「……そっちがそれでいいなら、まあ、お言葉に甘えるけど。『フィーネお姉ちゃん』」

 

 

 

先に、祝賀パーティーの際に話した時……テオとフィーネは握手をした。

 

その際……握手する手から手へ、日時を指定したメモと、この宿の別館のカギを渡していたのである。通常、施錠されていて誰も立ち入れない場所であるがゆえに、密会には最適。

 

テオの方も、この機会に2人と話せればと思っていたがゆえに、用意していたものだった。

 

しばしの間、対面式でもない座席に座って、他愛もない世間話に花が咲いた。

およそ、一国の国家元首と、敵対国の軍人の会話とは思えない……というよりも、実際にその立場に絡んだ内容はほとんどない話だった。

 

互いの近況や、孤児院で遊んでいた頃のこと。その後のこと……色々と。

 

「そなたには、礼を言わねばならんな……集積地の一件では、イゼッタが助けられたそうだし」

 

「別に、こっちはこっちの思惑でやったことだし……いいよ。まあその時はまだ、完全に忘れてたんだけどね……昔のこと」

 

「……そうか。……その目、その時に、私の近衛が……」

 

「それも含めて、気にしなくていい。わかるでしょ……一応、敵同士だよ、僕ら」

 

その言葉に……少し息が詰まったようになる、フィーネとイゼッタ。

互いに表情が見えない座り方をしているために、それをうかがい知ることはできないが。

 

しかし、突き放すように言われたわけではなかったため……さほどショックを受けた様子もない。せいぜい、現状を改めて確認することになった、という程度だ。

 

「敵同士……か。そうだな、その通りだ」

 

すこし悲しげな響きの混じった声で、フィーネはつぶやいた。

 

「話には聞いていると思うが……此度のクーデター、主犯は、カルネアデスの王族の傍流に名を連ねる者の1人で……花嫁の縁者だったそうだ。手段などを考えれば褒めることは難しいが、純粋に身内の幸福と、国の行く末を案じての行動だったと聞いている」

 

「ああ……取り調べでそう言ってたそうだね」

 

「でも……その花嫁さんは花嫁さんで、こうするのが国を守ることになる、って……今回、連邦の人と結婚することにしたんですよね?」

 

「嫌な時代になったものだ……お互いに、本当に大切に思いあう間柄でありながら、時に敵同士に分かれて対立し、戦わなければならない事態にさえなる……。それでいてその先に、誰も望む幸福を手にすることができないときた」

 

はぁ、とため息をつくフィーネ。

その横でイゼッタが、『あ、でも……』と、思いついたように。

 

「逆に、この間みたいに、『敵同士』でも一緒に戦えたりもしますよね、姫様、テオ君」

 

「あー、まあ、あれはね? 非常事態だったしね」

 

「ああ……だがその割には、息がぴったりだったそうだな? 部下として動いていたカルネアデスの兵士たちから話を聞いたが、特に戦闘の終盤など、独壇場だったと聞いたぞ? まるで阿吽の呼吸、旧知の戦友のようだと。練習もなしにあれだけのことができるとは、と皆驚いていた」

 

「いや、多分ですけどあれ……テオ君が私に合わせてくれたからで、私は普段通りにやってただけですし……っていうか、私はむしろ、テオ君があちこちにてきぱき指示を出して、その通りに動いてたらいつの間にか勝ってた、くらいでした。最初から最後まで流れるように、っていうか」

 

イゼッタとテオの活躍を楽し気に話すうち、下がってきていたムードも戻りつつあった。

 

そのまま、一通り話し終え……話題が途切れたところで、

 

「姫様。旧交を温めるのはそのあたりで……他にも話すべきことがございます」

 

「……そうだな。すまんなジーク補佐官、忘れていたわけではないが、いらぬ気をやらせた」

 

「いえ、滅相も」

 

それを境に、フィーネは外交の時に使う『大公としての顔』をその面に張り付け、姿勢を正す。イゼッタもそれに習った。ジーク補佐官は……最初からその姿勢のままだ。

テオとアレスもまた、公人としてふるまう際のそれにたたずまいを正す。

 

空気が変わったところで……それにふさわしい声音で、フィーネは口を開いた。

 

「さて……昔話も楽しいが、それだけしているわけにもいかない……ここからは非公式ではあるが、首脳会談としよう。テオドール・ペンドラゴン少佐……エイルシュタット大公として、そして……現代の『白き魔女』イゼッタの主として、色々と聞いておきたいことがある」

 

「……全てにお答えすることはできませんが、できる限りご希望に沿うよう努力いたします。どうぞ、何でもお聞きください……大公殿下」

 

☆☆☆

 

その後の会談は、新しい事実が明らかになったり、情報を交換したり、といったことがあるわけではなく……ただ単に、互いの情報の確認作業がほとんどだった。

 

もっとも、その確認によって、『仮説』あるいは『推測』に過ぎなかった事実が、確信に変わったということはあったが。

 

互いの立場ゆえに、これからの戦いについて話し合うわけにもいかない。

話せないことはないが、内容はごくごく限られる。

 

いかに幼馴染と言えど……テオに帝国に反旗を翻す意思はなく、またフィーネとイゼッタも帝国に歩み寄るという選択肢はないからだ。

 

さらりと簡単に済ませられた、社交辞令交じりの『普通の秘密会談』の後……話題は、この両者間だからこそ交わされるものへと移る。

 

互いが知識として、そして手段として有する……『魔女の力』について。

 

イゼッタとテオが出会ったあの日の戦い、その後の2人での遭難道中、そして先のクーデターの際の共闘……それらからわかった、あるいは予測できた事項の確認。

 

テオは、魔法について、レイラインの存在やその意味など、一定の知識を有している。

その中には、魔女本人であるイゼッタすら知らない事実や道具、技術も存在する。

 

それをどこから、どうやって知ったのかは、教えられない。

 

テオが知っているその知識は、帝国軍として知られているわけではない。

しかし、数をこなしたイゼッタとの戦闘で、徐々にその戦闘能力について解析を進められてい入る……ただこれについては、ジーク補佐官も予想し、危惧はしていた。

 

なぜ帝国に、テオが手持ちの情報を教えていないのか……ノーコメント。

 

帝国にも『魔女』がいるのか……ノーコメント。

ただ、帝国軍そのものに魔女関連の知識がない時点で、この質問の答えはおそらく否だろうと、フィーネやジーク補佐官は悟っていたが。

 

あの『レイライン計測器』の他に、何か魔女関連のアイテムがあるのか……ノーコメント。

この質問の時に、ジーク補佐官が何か反応したように、テオの目には見えた。

何かこれに関して知っているのか、あるいは心当たりでもあるのか、そう感じたが……答えが返ってくるとも思えなかったために、口に出して尋ねることはしなかった。

 

そして、最後に……テオ自身は『魔女の力』を持っているのか。

これは……戦いの中で、テオが弾倉や擲弾を浮遊させて装着、あるいは飛ばしているのを、イゼッタが見ていて――黒幕たちは、イゼッタが使った魔法だと思っていて、イゼッタもあえてそれを否定しないままにしておいたが――それを報告した結果として明らかになったもの。

 

イゼッタの自主的な隠蔽に感謝してか……これに関しては、沈黙ではなく答えが返ってきた。

 

答えは是。

なぜ使えるのか、理由は不明だが……テオは、自分が魔女の力を使えること、

しかし、イゼッタと違って『出力』が弱く、彼女のように戦車や魚雷を飛ばして攻撃したりすることはできないこと、

 

また、その『力』に関するある程度の知識を持ちつつ、さらに深くそれを理解し、応用して使うための研究を続けていることまでを、明らかにした。

 

話の最中、それだけでいくつも自分たちの知識にない事実や、『魔女の力』の性質を知るところとなったためか、何度かフィーネ達が驚愕する場面があった。

 

 

 

最後のやり取り以外は、ほとんど実入りもない秘密会談だったが、もともと互いに明らかにできることが多くない以上、最悪、ただの幼馴染同士の世間話で終わる可能性すら見ていたフィーネらは、多少であれど分かったことのある結果に、一応は満足していた。

 

フィーネは元の、穏やかな顔に戻り……イゼッタも、そしてテオもそれに続く。

ジークとアレスはそのままだったが、特に気にすることもなく、3人はまた他愛もない雑談や、立場ゆえの苦労の愚痴などを話して、穏やかな時間を過ごした。

 

そのまま、またしばらく話した後に……ぽつりと、フィーネがつぶやく。

 

「……ここは、居心地がいいな」

 

「? 姫様?」

 

「ここでだけは……私は、『フィーネ』でいられる。イゼッタと、テオ……そなたたちの前では、公の場では許されない形で……気を抜いて話すことができる」

 

「…………ま、誰も見てないからこそだけどもね」

 

「ああ……人の目があるところでは、こうはいかない。イゼッタも、公には私に仕えているという立場だし……テオに至っては敵国の軍人、それも将校だからな。だが……できることなら、私は、こういう、居心地のいい空気の中で生きていたい……そう、この所、よく思う」

 

どこか、疲れたような様子で……フィーネは、イゼッタとテオ、2人の顔を交互に見ながら、

 

「なぜ、戦わなければいけないのか……なぜ、自分が我慢し、民達に我慢を強いなければならないのか……緩んだ空気の中にいると、そんな思いがすぐに浮かんでくる。だが、私は……この思いを、間違っているものだとはどうしても思えない」

 

「……それ、私も思います。皆仲良くできれば、我慢なんてしなくてもいいのに……って」

 

「戦争とは、そういうものだと……理解してはいる。だがそれでも、その戦争そのものに疑問を抱かざるを得ない。勝っても負けても傷は大きく、大きな憎しみと痛みを生み、資源を浪費し、復興には時間がかかる……何度考えても、不和・不幸を生むだけの愚行にしか思えない」

 

「実際そうだと思うよ、僕も」

 

さらりと、テオはフィーネの言葉を肯定し、そう言った。

 

「領土・資源・賠償金……結果として手に入るものがあるから、それでごまかされちゃってるだけ。帝国じゃ、戦って勝ちとる、っていうことが金科玉条になってて……勝てば実入りがあるんだからいいだろう、って、平和路線なんて簡単に封殺される。陛下の意思でもあるしね。その過程でどれだけの兵が死んで、ダメージが残るかなんて知らずにさ。ったく、何考えてんだか」

 

テオの口から次々出てくる言葉に……フィーネとイゼッタは、驚いた様子で顔を上げ、きょとんとしてそれに聞き入っている。意外なものを見ているかのような目をして。

 

「こないだだって、折角結べそうな講和条約を、『実入りが少ない、もっと脅して譲歩を引き出せ』……って蹴ってさ、戦争を終わらせられそうな機会を、欲出して潰して、結果としてまた国内の傷が広がるってのに、現実を知ってるつもりで知らない政治屋共はこれだから……何その顔?」

 

ようやくフィーネとイゼッタの表情に気づいたテオ。

 

「い、いやその……随分と、なんというか……当然のように辛辣な物言いをするのだな、と」

 

「う、うん。なんか、帝国の偉い人たちの悪口、すごい言ってるし」

 

「だって事実だもん。その分のしわ寄せ食ってるのは現場の僕らなんだから……そりゃ文句の1つや2つ、言いたくもなるよ……ちっとは足元にも目を向けろ、ってね」

 

「足元……?」

 

「そ。足元。考えてもみなよ、これだけ戦争が大規模に、長く続いて……国民の生活にも、相応の負担がかかってるわけ。帝国でもね。食料は配給になるし、ぜいたく品は生産中止。物品の流通も制限されて軍に優先的に回される。嗜好品……酒やタバコは特にね。軍票で後払なんて当たり前、おまけに周り全部敵だから外から物資入っ「ね、ねえテオ君?」てこない……ん?」

 

と、話の途中で割り込んできたイゼッタが、戸惑いながら、

 

「え、えっと、今のテオ君の言い方だと……つまり、ひょっとして……テオ君っていうか、ゲールも、戦争なんてしたくない、の?」

 

「当たり前じゃん。いやまあ、全員が全員そういう意見ってわけじゃないけどさ? 選民思想の戦争大好き軍人とか結構居るし……けど、多分半分以上はまず間違いなくそうだと思うよ? 戦争に勝って植民地が増えても、劇的に軍人の待遇や、国民の生活が改善するでもなし……それどころか、復興でまた労力が必要になるわ、占領統治で人が足りなくなるわ……」

 

あっさりと、当然のように、イゼッタの問いに肯定を返すテオ。

 

「そんな感じだから、国民ももう疲れちゃってるんだよ……帝国の国力は確かに大きくて、周辺国家からは畏怖されてるけど、それは国民をそれだけ酷使してる面もあるから。本当は、戦争なんて早く終わってほしい、平和な日常が戻ってきてほしいと思ってる。軍人も同じ。最前線で命かけてるのを、国家を守ってるんだって誇る奴も多いけど、さすがに長すぎるし、そもそも必要ないはずの戦いも多いし……無駄に命を危険にさらしたい奴なんていない」

 

なのに、と毒づくテオ。

 

「『上』の連中はそれがわかってないから……やれ実入りが少ないだの、もっと獲れるだろうだの……こちとら戦争を終わらせるために戦ってるのに、あいつら戦争続けるために戦わせてるんだよ。戦って、勝ち続ければそれだけ多くの実入りがあるって信じて。その途中で失われて戻らないものがあるとか、そういう発想がもうなくなってるんだよな~……あー畜生、ソグンで下手に大勝ちさせちゃったのがいけなかったのかなー、調子乗ってるよなー、上層部。マジ迷惑」

 

唖然としているフィーネとイゼッタ。あまりにも正直な物言いに、言葉が出ない。

しかし、フィーネに先んじてイゼッタは、ふと思いついたように、

 

「な、ならさあ……テオ君? もし、もしも……だけどね?」

 

「うん?」

 

 

 

「……もしも、テオ君に……戦争を終わらせるために、帝国を裏切って、私たちの味方になってほしい、って頼んだら……味方、してくれる?」

 

 

 

 



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Stage.29 血の味

 

 

『いや、ごめん。それはさすがに無理』

 

――だった。

昨日の夜の……私の問いかけに対しての、テオ君の返答は。

 

……ちょっとだけ、期待してただけに、残念だったけど……理由を聞いてみれば、それも納得できた。

 

『僕一人裏切ったところで、帝国が劇的に弱ったり、すぐに戦争終わるわけじゃないでしょ』

 

『むしろ……自分で言うのも何だけど、中途半端に『英雄』として知名度あるだけに、国や軍が分裂しちゃいそうで怖いわ。それはそれで多少なり帝国弱体化するけど、確実に死人増える』

 

『そもそも、帝国全部が悪人の塊ってわけじゃな……あー、前にイゼッタには話したよね? 認知度こそ世界の敵的な感じだけど、ホントに穏やかに、平和を願って暮らしてる人も多いし、僕自身色々と世話になってる人も多いんだよ』

 

『だから僕としては……愛国心、はないけど、もっとこう軽い感じの……思い入れ?もなくはないし、そうあっさり背を向けて後ろ足で砂かけるようなことまではしたくない。できない』

 

『戦争終わらせるにも、終わらせ方ってもんがあると思うから、さ』

 

……確かに、言っていることはわかる。

彼だって、その前に言っていたから。『戦いたくて戦ってるわけじゃない』って。

 

それでもなぜ戦い続けるというのかと聞かれれば、それは……『戦わなければいけないから』戦っているんだ。

彼は軍人で、ゲールのために戦う義務があるし……それ以前に、戦うことをやめても、望む形で平和が訪れるわけじゃない、ってわかってるから。

むしろ、多くの国から恨みを買っているゲールだからこそ、戦いをやめるわけにはいかない。

 

けど、それじゃいつまでたっても解決しない。

 

平和のために戦う。

戦いを続けるから平和が遠のく。

 

戦いをやめれば、苦しみだけが残る。

だからと戦い続ければ、苦しみの分を取り戻すために戦火は広がっていく。

戦火が広がれば、それだけ苦しみが増える。

 

……あらためて考えて、言葉に直してみると……ひどい、な。

戦争って……誰も、幸せにならないんだ。

 

それこそ、テオ君が言ってたように……軍や政府の上層部で、勝ち続けることで甘い汁? 蜜? をすすってる立場の人や、戦争で手に入れた賠償とかで国内の損をどうにかしようと躍起になってる人だけがやる気になってる。

 

あるいは、これはある意味当たり前なのかもしれないけど……戦争で負けて祖国を穢され、色々なものを奪われた立場の人たちが……損得も何もかも抜きにして、徹底抗戦で最後まで戦おうとしてる。……テルミドールの将軍さんが、まさにそんな感じで戦ってるんだっけ。

 

……テオ君が色々やったせいで、その抵抗勢力も削られまくってるって聞いたけど。

 

帝国は、常に戦い続けないと、国力を保てないようなところまで来てる。

戦い続ければ、生きていける。余裕もなくはない。けれど……戦いをやめれば、その瞬間色々と苦しくなるから、止まることができない。

 

他の国々は、戦わないと、あるいはほかの方法で戦争から逃れられないと、帝国に攻め落とされてしまう。だから、戦うしかない。

 

今戦ってない、カルネアデス王国みたいな国も、帝国にいつ牙を向けられるかわからない。

 

……帝国を倒せば、単純に平和が戻ってくるんだと。帝国は悪い国だから、それさえ何とかすれば……ジークさんたちの言うように、多くの国で協力して勝てば、それで終わりなんだと。

私は、簡単に……そう、思っていた。

 

それ自体は間違ってないんだと思う。

けど、それだけがこの戦争の本質じゃない……っていうことを、私は知らなかった。

 

『戦火』っていう言い方は、よく言ったものだと思う。まるで山火事みたいに、一か所で上がった炎が次々に、またたく間に燃え広がって、あっという間に手が付けられなくなる。

たき火の跡だったうちなら、バケツ一杯か二杯の水でどうにでもなっただろうに、見渡す限りを燃やす大火になってしまえば、消防車両でもどうにもならない。

 

……この、欧州全体に広がりつつある戦争は、一国や二国の力じゃどうにもならないレベルにまでなってしまってるんだ、って……その時、初めて私は、本当の意味で理解した。

 

勝っても負けても、後には苦しい時代が待ってる。

終わらせ方によっては、さらに苦しいことになる。恐ろしいことに……勝っても負けてもだ。

それは、帝国も、他の国も同じ。だから……どこも負けたくなくて、必死になってる。

 

戦争は、終わった後にもいろいろと大変なことが待ってる。

それを少しでも楽にするために、みんな頑張って……けど、思うようにいかなくて。

 

ただ安直に、勝って終わらせよう……なんて考えられないんだ。

 

けど、ならどうしたらいいんだろう……?

終わらせようとしても苦しくて、けど戦い続けても苦しくて、終わらせたくても終わらせてもらえなくて、自分の国がどうにかしても他国はどうにもならなくて。

 

……私には、この戦争の火が……今ある国々の力も、人々の暮らしも、平和への希望も……全てを焼き尽くすまで終わらない大火事に思えてきてしまった。

 

姫様の、エイルシュタットのために戦うことに、私はもう迷いはない。最後まで戦う……覚悟はできている。

 

けど、その先に、姫様の目指す平和は、本当にあるのだろうか?

 

姫様は、約束してくれた。戦争を終わらせて、『皆が選べる明日を作る』って。

 

それでも……それを実現するために、どれだけ高い壁を、どれだけ超えていかなければいけないのか。そしてそれは、私の、魔女の力や、姫様の政治の力だけで超えられるものなのか。

 

そんな、弱気な考え方まで出てきてしまって……私は、本当に考えなしだったんだなあ。

 

そして、そんな風に考えたのは……どうやら、姫様も同じだったんだと思う。

直接聞いたわけじゃないけど……昨日、あの時……テオ君との別れ際に、我慢できずに……って感じで姫様が言ったことを思い出せば、そうわかる。

 

……そうじゃなきゃ、姫様は……弱音なんて、人前で言わないもの。

 

『……答えは聞かない。言うだけ言わせてくれ』

 

『……私は、もう嫌だ。親しい者が、私を思ってくれるものが傷つき、そればかりか互いを知る間柄の者同士で戦わなければならない……』

 

『朝、笑顔で送り出した者が、夜、無言の帰宅をする……平和を望む者同士が争い、殺しあう……狂気の沙汰だ』

 

姫様と私は、この前のクーデターの一件の時、逃げ遅れた人たちを守ろうとして戦って、撃たれて死んだ人の今わの際に立ち会った。

 

同じようなことを、姫様は何回も経験してるらしい。

それも……エイルシュタットの軍人で。姫様を守って、ゲールの敵兵の銃弾に倒れて……。私と再会したあの日も、護衛として、目的地まで送り届けてくれた兵隊さんたちが、何人も……。

 

そのことを思い出してか、姫様のその時の顔色は青くて……必死で、表情を崩さないように耐えてる、って感じだった。

……そして、失敗していた。

 

 

 

『帰りたい……あの、平和だった、楽しかったあの頃に』

 

 

 

改めて、この戦争が終わらない世の中の苦しさ、辛さを突き付けられた姫様は……ほんのわずかな時間だったけど、その、いつも凛々しい顔を崩して……

ほんの少しだけ、嗚咽を漏らして、

ほんの一筋……涙を流していた。

 

全く意味がない会談だった、ってわけじゃないけど……する前よりも、気が重くなったかもしれない。

これから、誰も望んでいない、誰も幸せになれない戦いが続くんだ、って、思ってしまうと。

 

……いつまで、続くんだろう? こんな、悲しい戦い……

 

 

☆☆☆

 

 

1940年8月27日

 

……何か、終わってみれば……あんまり後味のよろしくない密会だったな、と思う。

 

向こう話したがってたし、僕も……記憶戻って改めて、イゼッタやフィーネと話してみたかったのは確かだし……ついでに、今後のことについて色々双方に有益な話でもできたら、と思ってセッティングした密会だったんだけど……わかってたことの確認がほとんどで、後はただの世間話で終わっちゃった。

 

話したことと言えば……魔女の力、僕が持ってるそれの一端くらい、かな。

 

総括してみれば、お互いに『戦争やだね』『ね』っていうだけの愚痴だった。

……心からの本音だったけどね。どっちにとっても。

 

……実際、この戦争ってどこまで続くのやら。

 

一応、僕は色々と手を打って、終わらせるつもりで動いてるけど……そうじゃなかったら、あの皇帝のおっさんの方針もあるし、どこまで続くんだろうなマジで。

 

……どこまでも続きそうで怖い。

それこそ、国家が崩壊するまで。

 

ゲールは世界征服する気なんじゃないか、っていう噂すら、しかも内外で大真面目にささやかれてる昨今、マジでそういう強硬路線、いやむしろ『狂慌路線』を行きそうなあの皇帝はホントに先が読めなくて怖い。怖すぎる。現場で戦う者として。

 

何回か謁見で、あるいは玉座の間での会合とかに呼ばれて見たこと、会ったことがあるからわかるんだけど……マジでおっかない目してるんだよな。

 

目つきが悪いとかじゃなくて、何というかこう……何を考えてるのかわからない目。

 

暗くて、深くて……まるで、底知れないものを孕んでるかのような、深淵を覗き込んでるような気になってくる目。なんか厨二病みたいなことを言ってる気がするけど、実際にそういう感想を抱いてしまうんだから、その……困る。

 

偉人と狂人は紙一重、って誰かが言ってた気がするけど、ああいうのを示してるセリフなのかもしれない。

 

多分だけど、あのおっさんと僕らとでは、見えてる世界が違うんだろう。

地位以上に、その感性の違いゆえに。

 

……こないだ見せられた、『魔女』関連の研究のこともあるし……帝国がこの先、どんな方向に進んでいくつもりなのか……ちと、怖い。

 

 

1940年8月30日

 

とうとう、というべきか。

 

まだ、本格的なものではないけれど……合衆国が、重い腰を上げつつある。

そんな報告が飛び込んできて……帝国軍の参謀本部は、頭を抱えている。

 

合衆国の国力は、他の列強諸国とは比較にならないくらいに強大であり……連合国の側について参戦されることは、帝国にとって終わりを意味する、なんて言われたりもする。

 

ただ、民主主義の上に、国全体に戦争を忌避するムードのある国だから、義勇兵の派兵と、大統領からの『個人的な援助』が、反帝国の国々に対してされているにとどまっているけども……本格参戦も時間の問題だろう、と見られている。

 

あの代表さんが持ち帰った報告が、議会で話し合われている最中なんだろうし。

 

そんな、予断を許さない状況の中……僕は今日、ベルクマン少佐に呼ばれている。

今、そこまで行く列車に揺られながら、暇つぶしに日記を書いている最中だ。

 

どうやら、例の『魔女』研究の関係で何か話があるらしいんだけど……何だろうね?

 

 

☆☆☆

 

 

「……『魔石』、ですか」

 

「ああ。資料……といっても、おとぎ話と同レベルの信頼度しかないそれから読み取った情報なのだがね。かつて『白き魔女』は、赤い楕円形の石……『魔石』と呼ばれるそれを武器にして戦っていたらしい。これはおそらく、その破片か何かだろう」

 

「エイルシュタットの古城の隠し部屋から持ち帰られたって話ですよね? なら信憑性も……」

 

秘密保持の観点から、帝都から離れた某所に設けられた、『魔女』の研究施設にて……ベルクマンとテオは、様々な資料を並べて話し合いを行っていた。

 

主に、研究の進捗状況などをベルクマンが伝え、それにテオが意見を出す、という形で進んでいる。テオの方は、先だって行った会談でイゼッタに会えたわけなので、その際に何があったかなどの報告も、今回は組み込まれたが。

 

しかし、ベルクマンにとってはただの情報共有の打ち合わせだが……テオにしてみれば、そのポーカーフェイスの裏で、予想以上に帝国の『計画』がペースを上げて進んでいることを知り、若干ではあるが焦りを覚えることになる結果となった。

 

クローン技術によって復活させた『白き魔女』の軍事利用。

それが、いよいよ現実味を帯びてきている。

 

すでに、培養槽から出して、肺呼吸も始まって普通に活動できるようになっており……声をかければ反応するようなレベルになっている。

 

ただ、自我があるとは言えず……何か命じなければ何もしない、生ける屍のような状態で、とても軍事利用だの作戦行動だのをさせられる状態ではない。

『魔女の力』も、命じてみても使う様子はない。

 

ここ数週間は、そこで足踏みしている状態だとのことだ。

 

「一応、この状況を打破するきっかけになりそうなものに、心当たりはついたんだが……いかんせん、簡単に手に入るようなものでもなくてね。いい機会が中々巡ってこないから、現状に甘んじている、というわけさ。参考までに、君からは何か考えのようなものはあるかな?」

 

「勘弁してくださいよ……生物学は専門外ですって。ましてや、人間って……」

 

「僕だって専門外さ。それに、この『クローン』という研究自体、元々は生物学じゃなく……『魔女』関連の資料から情報を集めて形作られたものだと聞いているよ? かつて、魔法と並んで研究されていた『錬金術』の資料から再現された……人造人間(ホムンクルス)だったかな? それを参考にしたと」

 

「……それはまた、夢のあるような恐ろしいような」

 

引きつった笑みを浮かべるテオに対し、いつもと変わらない不敵な笑みのベルクマンだったが……ふと、何かを思い出したように、

 

「……っと、時間をかけすぎたか。すまないねペンドラゴン少佐、これから空軍の会議にも出なくてはいけないんだ。悪いが、あとはこの資料を読んでおいて……ああ、そうだ、帰りにでも、彼女の様子を見ていってはどうだい? 話は通しておくよ」

 

「ええ、そうします」

 

そう言って退出したベルクマン少佐。

後に残されたテオは、言われた通り、資料を読んで帝国の研究の進捗状況を把握していた。

 

それが終わると、片づけをベルクマンの部下たちに任せて、部屋を出て、廊下を歩きながら……頭の中で、自分たちのわかっている範囲での知識と照らし合わせつつ、状況を整理していた。

 

(魔石、ね……見た感じ、僕らが作った『魔力結晶』や『魔石』の亜種って感じか……いや、元祖がこっちだと考えればこっちが亜種か? ……というか、名前かぶったな。偶然だけど。)

 

自分たちが作った方は『人造魔石』とでも呼んで差別化すればいいか、などと、のんきに考えながら歩くテオ。

 

「どっちにせよ、あれだけじゃ性質の推測のしようもないし……せめてサンプルが欲しいところだけど、そんなことできるはずも……っと、ついてたか」

 

考えている間に、ソフィーが『安置』されている部屋に到着していた。

 

中に入ると……そこは、設備の豪華な病室、といった見た目になっていて、様々な機材に囲まれて、その中央に……ベッドに横たわる、1人の少女。

 

色白の肌に、白い髪が特徴的な……以前、ポッドの中でその姿をみた、『白き魔女』のクローン。

ゾフィー、という名前らしいその少女が……眠っていた。

 

ベルクマンから話は通っていたようで、テオがその部屋に入ってきて、ゾフィーのベッドの隣に来ても、部屋の中にいて番をしている兵士や研究員は、特に何も言ってくることはなかった。

 

そのまま、顔を覗き込んだところで……

 

「……ぅえ!?」

 

突然、ゾフィーが目を開けて……じっとテオを見つめ返してきた。

 

驚いたテオに、それを見ていた研究員の1人が、

 

「ああ、大丈夫ですよ少佐殿、よくあることなので」

 

「え? そうなの?」

 

「はい。言ってみれば……今のその少女は、赤ん坊みたいなものなんです。何かを考えるほどの思考能力はないので、聞こえた音や、動くものに反応して目で追っているだけだと思われます。しばらくしたら収まりますから、お気になさらずとも大丈夫ですよ」

 

「はぁ……そうなんでs――!?」

 

その言葉は、最後まで続かなかった。

 

研究員に言われて、再びゾフィーに向き直ったテオに……突然、上体をむくりと起こしたゾフィーの顔が迫ってきて、よける間もなく、その唇同士がふれあい……

 

――ガツッ!!

 

「あだっ!?」

 

「しょ、少佐殿!?」

 

それを通り越して、ゾフィーの歯が激突。その衝撃と痛みに、テオは大きくのけぞった。

 

ゾフィーはというと……すぐに、またベッドに寝る姿勢に戻ってしまった。

一体今のは何だったのか、と、見ていた者達が唖然とする中……はっとした1人の研究員が、

 

「少佐殿、だ、大丈夫ですか!?」

 

「あ、うん……大丈夫……痛てて。今のみたいなのも、よくあるの?」

 

だとしたら前もって注意が欲しかった、とこぼすテオに、研究員は冷汗を流しつつも、

 

「い、いえ、こんなことは初めてで……わ、私どもとしても、その……」

 

「あ、そう……赤ん坊だけに予想できない動きをするんかね? 油断も隙も無い……」

 

(痛てて……うわ、ちょっと口切った、血出てるよ……)

 

口元の血を舐め取りつつ、かなりげんなりした気分になっているテオは……その後すぐに、研究員から簡単に話を聞くだけにして、その部屋を後にした。

 

 

 

……ゆえに、彼は気づかなかった。

 

ゾフィーの目に……ほんの僅か、今までになかった、光がともり始めていたことに。

 

 

 

 



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Stage.30 オーパーツ

1940年9月13日

 

帝国と連合諸国の戦いは、一進一退……って感じで、膠着状態。

主に、テルミドール方面とノルド方面で戦っている。

 

リヴォニアとの開戦からこちら、結構なハイペースで戦況が動いてきたところから見てみると……若干落ち着いた、と見れなくもない。

どこかの国が落ちたということも、取り返されたということもないわけだから。

 

けれども、戦争の規模自体は、それまでよりもかなり大きくなっているのが現状だ。

 

ゲルマニア帝国の周辺……テルミドール共和国、ノルド王国、エイルシュタット公国の範囲内で主に進んでいた戦線は、ブリタニア王国が本格介入をはじめ、さらに南方諸国も動き出す兆しを見せ始め、さらには、義勇兵という形ではあるものの……アトランタ合衆国も動き出しつつある。

 

この状況下で動く気配がないのは……ゲールの同盟国のロムルス連邦と、永世中立国のヴェストリアくらいだ。

 

おまけに、だ。とうとう、北方で眠っていた怪物が、動き出しつつある。

 

ヴォルガ連邦。帝国とは不可侵条約を結んでいる国であり……共産主義の一党独裁体制によって統治されている、いわゆる『アカ』の国。

『兵隊が畑で採れる』なんて格言だか迷言が有名な、社会主義の大国である。

 

今の今まで、この大戦に関わってこなかったあの国が、とうとう動き出そうとしている。

まだ、そういう『気配がある』っていう話だけど……すでに、耳ざとい国々は、その対処のために動き始めているレベルだ。

 

……ネタバレすると、帝国軍に極秘裏にその『協力しませんか』っていう話が届いてて、その話は参謀将校として僕も耳にしてるので、単なる噂ではなく、ホントの話である。

 

……ただ、その参戦の仕方が……大方の予想とは、ちょいと違う面があるようで。

 

どの国も、よっぽど意外だったようだ……ヴォルガ連邦が、帝国と手を組むとは、と。

 

帝国VS中立国・不参加国以外全部、って感じで進んでいるこの戦いに、まさか現在、世界共通の『悪』みたいにとらえられている帝国に味方するなんて、と。

 

……まあ、あの国のことをよく知っている人から言わせると、これも別に不思議じゃないというか、何を考えてこうなったのかわかる、らしいけど。

マリーに聞いたら、一応だけど納得のいく説明もらえたし。

 

あの国……僕の前世の史実でも多分そうだったと思うんだけど、なんか、共産党のトップに立ってる、ヨセフとかいうおっさんが、病んでるらしいんだよな……。

 

謀略張り巡らして今の地位についたそうだけど、やりすぎて人間不信になって、反抗しそうな勢力やら人物を片っ端から粛清しまくって、そっちでもやりすぎて国力がガリガリ削れて……。

 

あまりにも過激にやる上、言論統制とかも相当に厳しいもんだから、国民からの支持もあんまり高くなくて……それこそ、瀬戸際外交直前のノルドもかくや、ってレベルらしい。

 

一見すると、どっしり構えているようで……その実、民心は離れ、屋台骨はガタガタ、戦争に参加してもいないのに、自爆しまくって疲弊してる謎な状態である。

まあ、それでも他の列強諸国よりもかなり上の国力あるんだけど。

 

そして……それこそが、あの国がこの戦争に参加してくる理由でもある。

 

……要するに、あれだ。

国内の政治が上手くいかないから、国外を攻めて悪者にしてごまかそう……っていう、姑息だけどよくありがちな手段だ。

 

そして、連合国じゃなく帝国に味方するのは……不可侵条約を結んでるから、ってわけじゃなく……隣接する小国をいくつか取り込んで植民地支配狙ってるから。

 

連合と協力して帝国を倒しても、帝国の植民地は解放されるだけだろうし、現時点で帝国が占領支配している国も同様だ。連邦からすれば、賠償金以外に実入りはない。

 

けれど、帝国に味方すれば……そのまま勝てば、この戦いで敵だった国々から賠償をむしり取ったり、規模いかんでは組み込んで併合する、なんてこともできる。

勝たなくても、適当なタイミングで『善良なる仲介人』として講和を進め、表向きは丸く収めるために動きつつ、美味しいところを持っていく……なんてこともできるし。

 

連邦に国境を接しているいくつかの小国が、連合として帝国に敵対する意思表明をしてるから……どさくさ紛れにそのうちのいくつかを取り込むつもりかもしれない。

 

その国々からしてみれば、バックヤードから支援メインで帝国と戦おうとしてたところ、背後に突然敵が現れて、何をしてくるかわからないわけで……怖いだろうな。気の毒に。

 

……気の毒と言えば、『カルネアデス王国』もだな。

 

せっかく、戦争に関わりたくなくて、連合国に白い目で見られてもなお連邦にすりよったのに……その連邦が、参戦を表明しちゃったんだもんな。それも、帝国サイドで。

 

もう9月も半ばだ。連邦では、早いところで来月の下旬から雪が降ることもあるらしい。

そうなって身動きができなくなる前に、人当てして来春以降の軍事行動を有利に進められるように画策してるらしいけど……そうなると面倒だな。

 

冬の期間を利用して、帝国と連邦が盤石に体勢を整えて軍事行動に移られると、連合が協力しても厳しいものがある。

 

特に、ノルド方面はなあ……ブリタニアとの共同戦線で、制海権をほぼ獲得してはいるけど、連邦から回り込まれて軍艦とかをよこされると、それもちょっと微妙だし……。

 

……最悪は、こっちも予定を前倒しして計画を進めなきゃいけないかもしれない。

ちょうどいいきっかけか何か、あの国で起これば、あるいは起こせれば、この先が楽なんだけど……注意深く見守っておくしかない、かな。チャンスがあれば、生かす方針で。

 

エイルシュタットの方も、今は小康状態が続いてるけど……予断は許されない状況だし。

あーあ、戦争ってホント面倒。早いとこ終わらせたい。

 

 

 

1940年9月26日

 

問題です。

第2次世界大戦時における、ドイツの同盟国と言えば、どことどこでしょう?

 

答え、日本とイタリア。

この世界だと……秋津島皇国と、ロムルス連邦だ。

 

で、ドイツがゲルマニア帝国、ね。言うまでもないけど。

 

一応僕、両方行ったことある。

ロムルス連邦には、軍務とか外交親善業務で何度か。

秋津島の方には、軍大学時代に研修を兼ねた交流で2回ほど。

 

で、この間……その秋津島の方に、3回目行ってきたとこなんだよね。

 

ちょっと歴史語りみたくなるんだけど、秋津島は、数十年前にヴォルガ連邦とやらかして以来、帝国と同様に、国交正常化からの不可侵条約を結んでいる。

 

やっぱりあったみたいだ。この世界でも、日露戦争っぽいのが。

バルチック艦隊、負けてました。

 

で、最近の世情もあって、半ば同盟関係みたくなってるので……連邦を通って、その秋津島に親善大使みたいな感じで行ってきたわけだ。

エイルシュタット方面が小康状態のうちに、って。今後、協力するようなことになる時のために

 

……その秋津島すら、いずれは攻め落とすか、属国として吸収したがってるような様子だったけども……あのおっさん。

 

……まあそれはいいとして、行ってきたんだよ、秋津島に。日本に。

 

まあ、当然だけど……現代日本の面影はなかったな。せいぜい、東京駅くらいだ。

 

そこで、親善業務とか色々きちっとこなしつつ……ちょっと暗躍させてもらった。

具体的には、裏から手を回して、色々お金とかばらまいて……3つほど、ばれたら怒られるお土産を入手させてもらった。

 

……ちと話は変わるけど、この数週間の間に、『錬金術』の方の研究と、各地から極秘裏に集めた、魔女関連の歴史資料なんかを集めて、それを調べたりしていた。

 

あるところにはあるもんで……ただの眉唾書物だと思われていたそれが、見方を変えて調べると、魔女関連の貴重な資料だった、なんてことも結構あるんだよね。

同じように、ただのガラクタが、魔女関連の秘宝だった、なんてこともある。

 

で、何で今、このタイミングでそんな話をしたかといえば……日本にも、そういう『ガラクタや骨董品だと思われてるけど、実は魔女関係の秘宝』っていう感じのものがあったから。

そして、僕が裏で入手した『お土産』は、そういうものばかり3つだからである。

 

それらがあったのは、さすがというべきか……かつての昔、『陰陽師』達の本拠地だったとされている、京都だ。3つとも。

 

1つ目……マイナーな山の中の神社に祀られていた『宝玉』。

 

2つ目……ブラックマーケットで取引されていた『宝剣』。

 

3つ目……いくつかの寺に写本が残されている『書物』。

 

調べた結果、どれも魔女に関わりのありそうな宝物だったので、裏から手を回してお持ち帰りさせていただいた。

 

置いといても、文化財的な価値以外は見出されないわけだし、構わないだろう。

いや、構わなくはないかもだけど……まあ、いいか。

 

どうにか秘密に持ち込んで、国境とかの荷物チェックもパスして、こうして帝都の自宅に持ち帰れたわけだし……『宝玉』と『書物』は、明日からきちっと調べてみなくちゃだな。

 

どうやら、『宝玉』は……僕らが人工的に作った『魔力結晶』や『人造魔石』、さらに、エイルシュタットから持ち帰られた『魔石』とやらと通じるもののある物質らしいし、調べてみてわかるであろう情報は、かなり重要なものになるだろう。

 

『書物』の方は、全部が全部魔女関連ってわけじゃないにせよ、暗号感覚で解読するとわかることが増えそうな様子だった。

 

……著者である安倍晴明が『魔女』の血縁、ないし識者だったのか、はたまた別の誰かが記述を暗号化して紛れ込ませたのか――なんとかコードみたいに。

調べればわかるだろうし、そこがわからなくても、最悪中身が有用であればいいか。

 

『宝剣』も調べるけど……よさそうだったら、僕がそのまま使ってもいいかも。

コレは、ブラックマーケットで流れてた代物なので、こっちで買ったとか、いくらでも言い訳はできる。戦争なんてモラルハザードが横行する世の中だ、おかしくもないだろう。

 

それに……この一門の刀は、徳川幕府以降評判が悪い。

今でこそ、文化財とか歴史的価値がささやかれているものの、一時は、この一門どころか、縁ある門下の刀はすべて潰して溶かすべし、なんて令が出たほどだ。不吉だからって。

 

その中で海外に流れた、ということにすれば、向こうから文句も出まい。

 

もともと、コレを買ったのは……魔女関連の宝物の中には、正しい使い方をすれば、『実用性』という面で優れた性能を発揮する品が多い、と知ったからだし。

 

過去、発掘された各地の遺跡とかから出た、その時代の文明に不釣り合いな技術で作られたものや、何に使うのかわからないものといった……俗に『オーパーツ』と言われる品々。

 

それらの中に、魔女関連の財宝が稀に含まれる、と知ったから。

 

とりあえず、機会を逃さず……秋津島皇国に眠っていた、魔女の秘宝(多分)3つ。

 

宝玉『尸魂ノ玉』、

妖刀『村正』、

歴史書物『占事略決』……ゲットだぜ。

 

さて、この中の1つでも……本物であれば、って感じかな。調べるまではわからんけど。

 

 

 

1940年9月30日

 

……またかよ。

また、ソグンかよ。

 

帝国、躍起になって……連邦が味方してくれるからって強気になって……。

いや、実際かなり有利に事が運ぶ可能性大きいけどさ。

 

ノルドの残り半分を奪い返したい連合軍と、奪い返された半分を『奪い返し返し』たい帝国と……近く、激突が予想される。

 

その舞台が、カギになるのがソグネフィヨルドだってことで……呼ばれた。僕が。

 

やだなー……期待されてるよ、ソグネフィヨルドの奇跡の再現。

……ここで連合軍を追い詰めるのは、この先の僕のプランを考えると得策じゃないから、あんましやりたくないんだけど……。

 

……かといって、このままノルド勢に快進撃続けさせるのもなあ。

帝国の味方の論点からいうわけじゃないんだけど、あの国もたいがい調子に乗りつつある感じだし、もうちょっと大人しくしてもらっててもいいと思うんだよね。

 

あと、なんか合衆国が後ろに見えるし……ちょっとばかり黙ってもらいたい。

そのためには、ここで帝国が大負けするのはまずい。

 

そう考えると……僕が直接戦場を指揮して、いい具合に調整できると考えれば……。

……うん、全く面倒なだけで、意義のない戦いじゃあないだろう。

 

それに……多分、イゼッタ出てくるだろうな。

彼女が出てくると、何が起こるかわからないからな。何せ、既存の戦術その他の常識がほとんど通用しない相手だ。

 

……ベルクマン少佐に相談して、魔女の能力の威力偵察――ドラッヘンフェルスの時と似たような感じでやる旨を説明して、ちょいと味方になってもらうか。

 

軍上層部の連中の説得を手伝ってもらうのと、『慎重すぎるくらいに進める』『過度にやりすぎない』大義名分にさせてもらおう。

 

帝国と連邦の作戦は、失敗させよう。けど、全く成果なし、ってのもアレだから、調整。

ノルドの連中にはもうちょっと慎みってもんを覚えてもらおう。

イゼッタは……適当に相手して、損害は防ぎつつ、さっさと帰ってもらおう。

 

そのためには……

 

……うん、また『ゼクス・マーキス』の出番だな。

 

 

 

 




諸事情により、明日は休みになります
ご了承ください。

リアルが……


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Stage.31 第二次ソグン海戦(前編)

 

 

 

とうとう参戦してきた北方の大国『ヴォルガ連邦』は、その最大の強みである圧倒的な物量と、ノルド王国のさらに北方を握る制海権を生かし、大きく迂回させる形で、帝国と連邦の混成艦隊をノルド・ブリタニア間の海域に進軍させる。

 

その攻撃目標が、軍事上の要地であり、帝国の戦争史における大舞台の1つである『ソグネフィヨルド』であることは、誰の目にも明らかだった。

 

以前、魔女イゼッタと戦略家ゼロが参戦して行われた、ドラッヘンフェルスを鹵獲した戦いにおいて、ほとんどが破損した砲台も、すでに修繕が完了し、連合国軍が使う軍港としての機能を取り戻している。連合軍の北部戦線における、要としての役割を担う、重要な港湾だった。

 

それゆえに、ここを取られてなるものかと、連合軍は直ちに迎撃のための軍事行動を……それこそ、まだ敵軍が動いていない、情報をつかんだだけの段階から開始。

各国から兵が、艦が派遣され、この地の守りと、敵艦隊の撃滅のために展開した。

 

さらに、エイルシュタットからは、先の戦いにおいても活躍した魔女・イゼッタが、

黒の騎士団からは、総司令官ゼロとその手勢の者達が、

そしてノルドのレジスタンスからは、エースとして知られるゼクス・マーキスが参戦。

 

この戦争における本気の度合いを、そのままに示しているかのごとき布陣であった。

 

しかし、敵艦隊の規模や装備……大国と大国が手を組んだ結果であるそれを耳にしては、さすがに戦力を投じている状況下であっても、緊張感は相当なものとなる。

 

加えて……帝国から派遣される指揮官が、かの『ソグンの悪魔』『黒翼の魔人』――テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴンであると知らされた時には……鼻を明かしてやると息巻く者もいれば、この地において最も畏れられるその名を聞いてたじろぐ者もいた。

 

そして、ただ1人……他とは違う理由で、生唾を飲み込み、表情をこわばらせる者も。

 

(……テオ君が、来る……この戦場に……!)

 

改造された、専用の対戦車ライフルを手に……今やブリタニアの、そして連合国の戦力となった『ドラッヘンフェルス』の甲板で、イゼッタは、水平線の向こうに見え始めた敵艦隊をにらみながら、その事実を噛みしめていた。

 

ゼロ達の予想では、おそらくは旗艦にのって指揮を執る位置に立つだろう、とのことだったが……戦いが始まれば、そんなことを気にしている余裕もなくなる。

 

それでもイゼッタは、考えずにはいられなかった。

かつて一緒に遊んだ……間違いなく友達だった、あの少年のことを。

 

(……私たちと同じように、テオ君も戦ってる。悪いことのためにじゃなく……ため『だけ』にじゃなく……平和を願って暮らしている、ゲールの国民のために……。だから、止まれない。負ければ、苦しむ人が変わるだけだから……。けど、それは私たちも同じ。勝たなければ、すべて失うから……。人も、お金も、土地も、命も……。戦わなければ、生き残れない。それでも……)

 

下唇を噛みしめて、

 

(それでも、私……私は、戦う。私が信じる、姫様のために……未来のために。できるなら、テオ君とも……その未来、つかみたいけれど……)

 

『総員、間もなく戦闘開始となる。事前の通達通りに作戦行動を開始せよ』

 

甲板に、いや艦全体に……いや、艦隊全てに響いた、この作戦の総指揮官・ゼロの声。

イゼッタも、思考にふけるのを中断し、それに傾注する。

 

『この戦い……敵の布陣や物量も脅威だが、本質はそれにとどまらない。地理的条件や、何よりも敵の指揮官からして、緻密に計算された戦略行動がものをいう。各自、戦略を軽んじた独断行動などは絶対にするな……何がきっかけで戦況がどう動くかわからない、肝に銘じておけ!』

 

『各員、戦闘配置! 戦闘開始、目算で600秒後!』

 

ゼロに続いた、副司令官である、ブリタニアの軍人の号令と共に……いよいよ始まるのだと、艦隊の緊張感はピークに達するのだった。

 

(私は最初、待機だっけ……そして、命令が出たら……)

 

 

 

そして……同じ緊張感は、もう片方の陣営にも……。

 

『間もなく艦砲射程圏内! 開戦まで目算600秒!』

 

「総員、戦闘配置最終確認。10分後には特大クラッカーでパーティ開始だ。祭は段取り8割、大勢を決するはこの一分一秒である。各員、気を抜くな! ……アレス、各ポイントの状況は?」

 

「おおむね想定通りです。作戦実行に支障はなし……相手方に気取られている様子もなしです」

 

テオに対し、常はタメ口+オネエ口調のアレスも……部下の前であり、超大規模作戦行動の最中であるというTPOゆえに、部下としての口調で話している。

よどみなく報告を述べ続けるその様子は、副官としての彼の能力の高さを表していた。

 

「第一作戦『紅蓮の大弓作戦』の発動予定まであと25分ジャスト……そこまでは艦隊戦ですが、相手はブリタニアの精鋭艦隊。加えて、わが軍より鹵獲された空母・ドラッヘンフェルスを擁しています。そう簡単にはいかないでしょう」

 

「だが、簡単に、劇的に戦況を変えられるだけの力というわけでもない……皮肉にも、運用に注意が必要なのは、先の海戦で実証済みだ。警戒するのは敵の動き、それに足の速さだ。それに……こちらの作戦の、直接の障害にはなりえない」

 

敵を前に欠片も動揺する様子を見せず、堂々と指令室に構えるテオらの様子に、その周囲にある将兵たちは、尊敬と畏怖の視線を送る。

まだ15歳になったばかりという若さで、これほどの風格を備えるか、と。

 

そしてその気風は、この戦いの行く末を、その力で持って切り開きうるかのように、彼らの目に映っていた。

そのためなら、この命とてかけてみせよう、という覚悟を呼び覚ましてもいた。

 

 

(……さて、ゼクスはレジスタンスのエースに、ゼロはアレスの手の者に影武者を任せた。マリーは例の役者のために待機してもらってるし……ニコラは『紅蓮の大弓』と『鋼の流れ星』の作戦行動指揮……暗号無線通信で、両方に指示出さなきゃってのはつらいもんがあるな。けどまあ、ここをうまく切り抜ければ、少し余裕ができるし……がんばろ)

 

そんな、テオの心中など知らずに。

 

帝国の英雄が、かつてその名を轟かせた戦地にて、双方に自分の意思を反映させた、自作自演の猛威辣腕を振るうまで……幾ばくも無い。

 

 

☆☆☆

 

 

―一発の砲声と共に、戦いは始まった。

 

艦隊同士の砲撃戦から始まった戦いは……機動力や錬度で勝る、ブリタニア海軍主体の連合艦隊に、徐々に有利に進みつつあった。

 

ゼロとテオの読み合いの中で陣形を刻一刻と変えていく互いの艦隊。

しかし、次第にゼロが上回り……陣形は、帝国の艦隊を徐々に湾の近くへ追い詰め、さらに湾の砲台と洋上の艦隊とで挟み撃ちにする形が出来上がりつつあった。

 

機動力で勝るブリタニアの艦隊相手に、地の利まで握られてはさすがに苦しくなると、幾度かそれを振り切ろうとするも……先を読んで艦を走らせるゼロの指揮の前に、帝国は苦戦。

 

このまま当初のもくろみ通りに、じわじわと艦隊を減らし、着実に勝利へ近づいていけるかと見られたが……ほころびは、思わぬところから現れる。

 

「待て、陸上部隊何をしている!? 鉄道および通行手段となる各所は封鎖していたはずだぞ!?」

 

連合艦隊の指令室に響く、困惑したようなゼロの声。

 

その理由は、上がってきた報告……ソグネフィヨルド湾岸にて、旧ノルド王国の軍、ノルド王室の指揮下にある部隊が、作戦とは違う行動をとっているというものだった。

 

本来、封鎖しているはずの鉄道を勝手に動かし、物資と人員を運び込むために列車を向かわせている、という報告が上がり、ゼロはそれを制止すべく呼びかけるも、

 

『心配ご無用、こちらはこちらで上手くやる。作戦に支障はない』

 

ノルド王国の、壮年の将軍の返答は……期待に応えるものではなかった

 

「足並みを乱さないでいただきたい! 独断行動は控えていただきたいと事前に……」

 

『繰り返しになるが、それはあくまで作戦行動の枠内でだ。恥ずかしながら、急いで準備するにも限界があったために、砲台に備蓄の物資と人員が心もとない……その補充をするだけだ。作戦行動に支障は出さない、お気遣いは無用に願おう、ゼロ』

 

「しかし……」

 

(……ちっ、所詮は無位無官の根無し草の分際で……偉そうに指図するな)

 

そんな心の声という本音が、無線に乗ることはなかったが……常の態度から、それを悟った者は、指令室にも少なくなかった。

 

ゼロ達は、通信によりノルドの王子に連絡を取り、現場の独断専行を制肘するように打診するも、こちらも『ここは我が国の領土。現場を知っているのは彼等だ……私は彼らを信じる』と、取り付く島もない。

 

そして、止められることなくひずみが徐々に大きくなり続けた結果……それは、起こった。

 

「たっ、大変ですゼロ! ノルドの補給列車の前方に、情報にない、所属不明の列車が走っていると報告が!」

 

「何!? どういうことだ……気づかなかったのか、誰も!?」

 

「鉄道の封鎖を解いた結果、少ない人員で積み下ろし等の作業を行うために人員を偏らせたせいで、傍線からの無断での路線乱入に気づくのが遅れたと……」

 

突如として、ノルドの列車の前を走っている謎の列車の存在が明らかになり……しかも、その混乱がまだ収まらぬうちに、事態は動く。

 

「……っ!? ふ、不明列車の後部車両2両、切り離し……!? こ、このままでは……」

 

「……っっ!? ノルドの将軍と鉄道担当部門に伝えろ! 今すぐ列車を止め……」

 

「だめです! 間に合いません! 追突します!」

 

『おい、ブレーキだ、ブレーキをかけろっ! 早く……』

 

『だめだ、間に合わない……あぁ、畜生、どけよ! そこをどけ!』

 

『総員、衝撃に備えr――――』

 

――ドガァァ―――プツン。

 

 

 

ノルドが無断で発射させた列車のすぐ前を走っていた、別の列車。

それは、帝国軍が、テオの指示で手配したものであり……『紅蓮の大弓』作戦の一環だった。

 

9両の編成で走るその列車は、すぐ後ろを走るノルドの者達が反応する前に、後部2車両を切り離し……貨物を多く積んでいたために、急激に減速したそれは……後ろから走ってきて、減速・停止が間に合わなかったノルドの列車は、それに追突する形で接触し……

 

そこに満載されていた爆薬に引火し、吹き飛んだ。

 

全車両が木端微塵、とまではいかなかったものの……盛大に脱線した上で、運動エネルギーも相まって豪快に吹き飛んだせいで、人員、物資ともにほぼ全滅。ひどいものでは、沿岸部のがけ近くを走っていたために、海に転落してしまった車両すらあった。

 

その報告を受けて、唖然としていたのは……湾の集積地にて構えていた、ノルドの兵士たち。

ちょうど、その『不明列車』が、目視で確認でき……猛スピードでこちらに向かっているのを、そこにいた全員が視認した頃になって、

 

「……お、おい、あの列車……止まる気配、ないぞ?」

 

「ま、まさか……というか、アレ全部の車両に、ははは……嘘だろ? そんなわけないよな?」

 

「あ、ああぁ……つ、突っ込んでくる!」

 

「と、止めろ! そ、そうだ、砲撃で……砲台! 照準をあの列車に!」

 

「だめだ間に合わない! あんな猛スピードで動いてるものに……」

 

「い、嫌だ……うわああぁぁああ!!!」

 

 

 

数秒後……直前で切り離した最後尾車両以外、全車両に火薬を満載した暴走列車が、終点である湾岸の鉄道駅で停止せずにそのまま集積地に突っ込み……盛大に爆発。

集積地に備蓄されていた爆薬に引火・誘爆し……そこを壊滅させた。待機中の兵員と共に。

 

「無人機関車爆弾、予定通りに敵集積地に着弾、敵戦力に被害甚大なり」

 

「直前で切り離した車両、慣性により計算通り敵集積地前にて停止。乗っていた部隊の浸透開始」

 

「『紅蓮の大弓作戦』……成功です!」

 

「実に結構……では第2作戦、『大地の怒り作戦』、次いで第3作戦『鋼の流れ星作戦』に移れ」

 

帝国軍の司令部で、成功を喜びつつも……油断なく部下に指示を出し続けるテオは、まず予定通りに1つ戦況が進んだことに安堵していた。

 

(これでノルドの余剰戦力はほぼ壊滅、でかい面できなくなって少しは静かになってくれるといいんだけど。さて、次は……)

 

 

 

 



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Stage.32 第二次ソグン海戦(後編)

 

ノルドの独断専行を皮切りに、連合軍の戦況は混乱から次第に不利になり始める。

現場の困惑は、戦術指示を実行に移す手際を鈍らせ、先程までほどに機敏な反応を不可能にしていた。

 

さらに、陸上はそれ以上に、加速度的に戦況が悪くなっている。

その様子は……無線通信の向こうからの、数々の悲痛な叫び声から想像できた。

 

『ほ、報告! 湾岸部後方の山麓地域にて、展開中の部隊が謎の爆発により全滅! 状況から推察するに、敵の鉱道戦術によって足元から吹きとばされた模様! 後詰めの部隊も全滅です!』

 

『報告! 湾岸の路線を、傍流から侵入したと思しき不明列車1台が通過中! 戦闘用の兵装を搭載した車両であることを確認! 連邦製の列車砲であると思われます!』

 

『報告っ! 先に鉱道戦術が行われた地点を通り、敵戦車部隊多数が浸透中……このままでは、湾岸部が背後から叩かれます! 支給応援を! 予備選力を投じて穴をふさがなければ……』

 

『し、しかしその予備選力が吹き飛ばされたんだろう!? 湾岸の方から……』

 

『だめだ、さっきの列車の爆発で吹き飛んじまってる! 湾岸部の人員しか実働は……』

 

『こ、こちら湾岸砲台! 現在、敵の列車砲を目視で確認! 対処はうわああぁぁ!?』

 

『せ、戦車だ、向こうから戦車が……あ、あああ……何だよ、何だよあの数っ!?』

 

鉱道戦術によって敵の後ろの守りを破壊する『大地の怒り作戦』。

 

そこを通って戦車部隊を送り込み、さらに路線を利用して、連邦から譲り受けた列車砲を展開し、砲台を半包囲状態で叩いて無力化する『鋼の流れ星作戦』。

 

テオの立てた作戦が次々成功しつつある状況下……陸上における大勢は決まりつつあった。

 

 

 

一方で……海における戦いは、一進一退だった。

一時は陸の波乱ぶりにゼロも戸惑ったように見えたものの……すぐに冷静さを取り戻し、今できる最大限をこなして戦いを進めている最中だ。

 

『車掛り』の陣形で横に広がり、大きさゆえに的として狙いやすそうなドラッヘンフェルスを攻撃せんとする帝国に対し、連合は潜水艦による奇襲でその一角を崩す。

 

連合が『鶴翼の陣』、あるいはカンナエのハンニバルの要領で包囲戦のために帝国を誘おうとしている時に、帝国は陣形を『雁行の陣』に変え、戦力を集中させて、敵左翼のドラッヘンフェルスを半包囲して逃げられないように迫る。

 

しかし連合軍もまた、それに対応して陣形を変え、ドラッヘンフェルスを中心に据えた、魚鱗の陣を思わせる形で迎え撃つ。

 

今まさに、希代の戦略家同士による、読み合いからのジャブの応酬が、ゼロとテオの間で繰り広げられている――

 

(……まあ、どっちも指揮してるの僕なんだけどもね……ああ、戦略版1人2役、疲れる)

 

――ように、見えていた。

 

ゼロ役の影武者の男には、事前に作戦を伝えて八百長試合を演じている。

ノルドがバカなことをやって自滅するであろう予測ーー事前に入手した情報の裏付け含むーーも含めてだ。

 

戦況があくまで計算通り、もとい『予定通り』に動く中、戦いはさらなる局面へ進みつつあった。

 

 

「観測班より入電! 戦闘機および爆撃機部隊を確認! 数、戦闘機12、爆撃機20です!」

 

「ここにきてか……我々に察知されないよう、観測拠点を限界まで迂回してきたようだな……だが、気づけてしまえば対処は可能だ。戦闘機部隊、第1から第3まで出撃! 敵爆撃機部隊を撃滅せよ! 並びに、イゼッタ嬢、ゼクス殿、出撃用意を! お2人は戦闘機部隊の排除を頼みたい、出撃はイゼッタ嬢が120秒後、ゼクス殿が300秒後だ!」

 

『はいっ!』

 

『心得た』

 

 

「……って感じで、おそらくは魔女と、例のエースパイロットも出てくると思われる。魔女については対処は事前の打ち合わせ通りに……戦闘機の方は判断は任せます、バスラー大尉」

 

『了解した……雪辱の機会を与えてくれたこと、感謝する、少佐殿。よし、行くぞ野郎共!』

 

『了解! 大尉殿に続きます!』

 

 

爆撃機部隊に先行して現れた戦闘機部隊。

帝国空軍、バスラー大尉に率いられた12の最新鋭戦闘機は……即座に砲台か、あるいは船への攻撃を開始するかと思われていたが……その予想は、外れることとなる。

 

全くのはずれ、というわけではないが……迎撃のためにイゼッタと、連合軍の戦闘機部隊が上がって来た際……彼らは道をそれて、戦域の端の方へ離脱してしまったのである。

 

艦を沈めにかかるでも、港にとどめをさすでもなく、こちらに対して何もせずに、しかし油断できない範囲を飛行している。

 

しかし、こちらから攻め入ると……普通に反撃してくる。

その際の連携自体は見事なもので、バスラー大尉を筆頭としたエース部隊は、うかつに突出してくる相手をうまく誘い込んで即座に狩ってしまう。

 

ならばと、こちらの切り札であるイゼッタやゼクスが前に出ても、決定打にはなりえなかった。

 

ゼクス――として参加している、一応凄腕ではあるレジスタンスのパイロット――が出てきても、頭を取られないように高高度を維持して戦うため、『トールギス』の本領である急降下爆撃が封じられてしまっている。かといって爆装も、最初から航空機戦を想定して整えているため、戦艦を相手にするには火力が心もとなく、さらにそれを変えている時間もない。

 

イゼッタも同様だ。驚異的な機動力と、大型のランスを高速で飛ばす攻撃力、そして魔力と体力の許す限り飛び続けられる継戦能力が自慢であるが……生身であるがゆえに、あまりの高高度での戦闘は難しい、という欠点があった。

 

気温が下がり、酸素濃度が人間の活動に適さないレベルの高さを飛ばれると、いくらイゼッタでもどうしようもない。戦闘能力では上回っているとはいえ、敵のホームグラウンドで余裕を持っていられるほどではないのだから。

ゼロからも深追いはするなと指令が飛んだため、こちらも膠着状態と相成った。

 

もっとも、それだけ高度差があるとなれば、向こうもイゼッタに攻撃を当てることなどできないし、爆弾を落としてきても避けるなり迎撃するなりはたやすい。

それをわかっているのか、帝国も無駄弾を撃ってくる様子はなかった。

 

しかし、ならばなぜこうして敵の部隊は飛んでいるのか。

 

飛行機や軍艦は動かすだけでも金がかかる。何か意図があるはず。

皆考えるも、一向に答えは出ず、時間だけが過ぎていった……その時だった。

 

「観測基地より入電! 湾岸部後方に新たな敵航空機部隊を視認したとのこと! ただ……」

 

「? ただ、何だ? 早く報告しろ」

 

「それが……すいません、もう一度確認します。多分、誤報だと……いくら何でも、おかしい報告だったもので……」

 

……しかし、何度暗号通信の解読を試みても、その結果が変わることはなく。

 

しびれを切らした将官達が、その数分後、いいから報告しろと怒鳴るその直前……湾岸にいた兵士たちは、とんでもない光景を目にすることとなった。

 

目視で確認できる位置まで近づいてきていた、その帝国の『謎の航空機部隊』。

その異様な姿に……誰もが、凍り付いた。

 

……誰かが、呟いた。

 

 

 

「……何だよ、あれ……? 何で……何で……

 

 

 

 ……戦闘機が、戦車をぶら下げて飛んでるんだ!?」

 

 

 

☆☆☆

 

 

1940年10月2日

 

ミッションコンプリート。

当初の予定通り、ソグンの争奪戦はなあなあでうやむやにできた。

 

まあ、それどころじゃないドでかい戦いになったけども。

 

しかしまあ、元々この作戦では帝国を勝たせるつもりはなかった。

けど、僕の失態だけって感じにならないように、向こうにもいい感じに被害は出した。

 

これでまあ、よくはないだろうけど……『雪辱を果たした』形にはしたし、プラマイゼロってところかな。

もともとぶっ壊す予定の国だ、そこまで評価を気にしても仕方ない。

 

今回僕は、というかゲールは、いくつもの新兵器をこの戦いに投入した。

内2つは、新兵器?って感じのものだけども。

 

新兵器?は、連邦からもらった列車砲と、無人在来線爆d……じゃなくて、列車爆弾である。

どちらも、効果的に敵を攻撃することはできたけど……後者が色々とひどかったかもな。列車を1つ使い捨てにしたわけだから、コストとかアレだったし。

 

ただまあ、それに見合った働きはしただろうけど。

積載重量限界まで爆発物と燃焼促進剤を積み込んだ列車を、高速で突っ込ませて自爆させる……コレ、ネタに見えるけどすげーえげつない威力だからね。

 

貨物を一両当たり十数トン詰め込める列車を、そこにそれだけの量の爆発物を積み込んで、しかも8両編成でほっぽったわけだから……重さに比例して大変なことになるよそりゃ。

 

単純計算で、一点集中的に戦略爆撃レベルの火力が叩き込まれたわけである。

一撃で軍事施設を木端微塵にした上、港の3分の1以上が火の海になったっけ……。

 

その後、一進一退の攻防が続いた末に、こっちの戦闘機部隊登場に合わせて、連合軍も戦闘機と、イゼッタとゼクスも出してきた。

しかし、最初からまともに戦う気はなかった『囮』の戦闘機部隊を相手に、にらみ合いに。

 

そしてその隙に……本命の新兵器、軽量化戦車が飛んできて港に布陣した。

 

史実でもいくつか例のある、戦闘機で運べる戦車。空挺戦車っていうんだっけかな。

パラシュートを使って、空から落とすことができるこいつを、技術廠に頼んで作ってもらって……今回の作戦でロールアウトした。

 

『鋼の流れ星』作戦は、単に列車砲と戦車部隊で港湾を制圧するものだけども……どちらも、その現地にまで行くことはできない。

列車砲は線路の上しか動けないし、戦車は……途中にある地形の関係で、射程圏内に港の砲台を収めて蹂躙することはできても、そこに乗り込むことはできなかったのだ。

 

そこで、あらかた港を更地にした上で、馬力のある輸送機でこの空挺戦車を運んで港に投下し、そこで即席の砲台として配置させることで……陸上の制圧を完了した、というわけ。

 

これにより、連合軍は陸地に近づくことが困難になった。

 

ただまあ、その後すぐ撤退したけどね。港も放棄して、列車砲と一緒に。

 

だって、戦車だけ配備したって、その弾薬がほとんどないし、人もいないんだから、そのまま港を抑える、なんてことできないからね。少し考えればわかるだろう。

まあ、1戦くらいなら耐えられる量は兵器ストックはあったわけだけど。

 

そしてその時……この戦いで、帝国にとって最大の戦果の1つも手に入れた。

『ライトニングバロン』ゼクス・マーキスの戦死である。

 

偽物でも腕利きのパイロットであり、指揮官クラスの1人でもあった彼は、いち早く帝国の目的に気づき、それを阻止するために部隊を率いて港へ向かった。敵の空挺戦車たちを、お得意の急降下爆撃で……できれば着地前に破壊してしまおうと。

……危険だと引き留めるゼロの制止を振り切って。

 

これで、焦って逸った独断専行が確定したところで……その運命もまた確定した。

 

待ってましたとばかりに編隊を組んで猛襲してきたバスラー大尉達の部隊が、うかつにも背中を見せた連合軍の戦闘機を次々落とし……それにゼクスが驚いて、慌てて高度を取って反撃しようとしたところに……お株を奪う急降下爆撃をかまして、バスラー大尉がそれを爆砕した。

 

ノルド王国のライトニングバロンと、その愛機トールギスは、ノルドの空に散った。

 

で、その後……最終的には、帝国軍は撤退したものの……後に残ったのは、破壊しつくされ、焼き尽くされた物資や施設。到底軍港としての機能を残していない、ソグネフィヨルドの残骸。

 

しかも、撤退の際に戦車が線路を通って去っていった上、そこに爆撃機があちこちに爆弾を落としていったもんだから、ソグンは鉄道を使った物流の要所としての価値を完全に失った。

 

帝国にしてみれば、攻め落とせこそしなかったものの、敵の重要な拠点の一つをつぶし、これから冬が近づいてくるに際して敵をけん制してうまく動けない状況を作れた。

さらに、脅威の1つとされていた敵エースパイロットを仕留め、敵の士気を下げ、こちらの士気を上げることに成功した。

 

一方で、連合軍の方も、切り札を1つ失った上に拠点も失ったに等しい損害とはいえ、いまだ場所を抑えているのに変わりはないし、連邦テコ入れの大艦隊を押し戻したという実績もある。

 

まあ、早い話が……この勝負、ドローってとこか。

 

双方、色々な意味で負った傷は大きい。しばらく派手なことはできないだろう。

 

特に連合軍……の、ノルド。

独断専行を繰り返した挙句に被害を拡大させた立ち位置なので、今後はさぞかし肩身の狭い思いをするだろう。自国の株を上げてた英雄も死んだ(ってことになってる)し。

 

発言権の欠落はもちろん、今後あらゆる作戦ではのけ者にされるか鉄砲玉扱いされ、手に入る利益は他国のおこぼれに等しいものになるだろう。

ひょっとしたら、何らかの形でこの戦争が終わった後も、株の暴落は続くかもしれない。

 

ざまぁ。越境侵犯なんて馬鹿やるからこうなるんだ。反省しろ。しても許さんけど。

 

というわけで、しばらくは小競り合いレベルの戦闘がせいぜいだろう。時間ができるね。

 

いい感じの状況下で『ゼクス』も死なせたから、その分僕が演劇やらなくて済むようになったし、色々できそうだな……さて、何を進めようか。

 

 

 

 



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Stage.33 勝利と敗北の使い方

 

1940年10月6日

 

まったく……勝利?に浮かれるのはいいけど、相変わらずうちの軍部はこらえ性がない。

そこに、ノルドの首脳連中の無能ぶりが加わって、いらん結果になった。

 

折角、双方痛み分けのドローって形にして、あの軍港は奪わないであげたのに……。

 

僕がソグネフィヨルドの戦いで連中を撃退した後……簡単に報告を上げた。

攻略には失敗したけど、敵も被害甚大。しばらくは大きな戦いはないだろう、という見通しも添えて。

 

しかし、帝国のお偉方は、その報告を……都合よく、いいとこどりをする要領で受け取ったらしい。加えて、現場の指揮官たちが別口で報告を上げていたらしかったことも大きい。

 

結論から言おう。また、英雄扱いにされた。

そして、それを最大限利用された。ネームバリューも、戦果も。

 

まず、プロパガンダ的に僕が持ち上げられて、『英雄が再び帝国に勝利をもたらした!』って感じでお祭り騒ぎ。凱旋パレードまでやらされた。北方の大都市と、帝都の大通りで。2回も。

 

次に、その熱狂冷めやらぬうちに、士気のこれでもかと上がった軍を大規模動員し――この展開を見越して用意してた節が見られる――なんと、ノルド王国領を再制圧してしまった。

 

それは、ノルドの首脳陣が、今回の痛み分けの戦果に焦ってバカやったのに端を発する。

 

痛み分けといっても、それは連合国軍から見た場合だ……ノルドにとっては、精神的支柱であった『ライトニングバロン』ゼクス・マーキスの戦死という、大きすぎる痛手を負っている。

そこだけ見れば、大敗北だ。士気もだだ下がりである。

 

それに加えて、帝国軍が間を置かずに動き出そうとしている気配。

思い浮かぶのは……この機を逃さずに、帝国が再び国土を脅かそうとしている、という驚異だろう。実際その通りだったわけだし。

 

しかしそこで、焦ったノルド王国政府は、悪手を打った。

 

普通に市民とかと協力できたならよかったんだろうけど……政府は、帝国相手に戦うために、戦時中で生活も苦しく、復興も滞りがちな状況下で、無茶な徴収やら何やらを行った。

食料とか、物資色々……『国を守るため』という名目で。

 

そこまでなら、ノルドの国民もまだ納得というか、我慢できたんだろうけど……その後がまずかった。

 

連合に働きかけて増援を出してもらうまでの間、そのかき集めた兵站と、なけなしの兵力で持ちこたえようとしていたわけだが……その初戦で惨敗。戦線はあっさり崩壊した。

 

……僕も半分くらい忘れてたんだけども、内戦戦略による局所的優位の確立という点において、正確無比な戦争機械たる帝国の実力は、諸国の中でもずば抜けていたのだ。

 

僕の勝利の報告が届くや、すぐさま鉄道ダイヤを調整し、死蔵されているものも含めて兵站を輸送、北部に集中させ、さらに連邦肝いりの海軍艦隊も使って輸送ルート・進軍ルートの両方を確立。あっという間に総攻撃の準備を整えた。

 

結果ノルドは、ぐぅの音も出ないほど見事に、木っ端微塵に負けた。

 

そして、もうだめだと悟ったノルドの首脳陣および軍上層部は……テルミドール共和国の真似をした。反抗の勢力を残すために、国外に逃亡したのである。国民と国土を見捨てて。

 

それは、彼らにしてみれば、いつか必ずこの地に帰ってくると誓った末の、苦渋の決断だったのかもしれない。しかし……タイミングと状況が最悪だった。

 

残されたのは、物資を取られるだけ取られた末に置いてけぼりにされた国民たち。

しかも、農業関係はちょうど収穫の時期だったことが災いして、刈り取った穀物その他を持っていかれてしまい……物資が圧倒的に不足していた。

 

そこに気づかなかったノルド首脳の求心力は……もともと、無謀な越境侵犯を行った結果として帝国との先端が開かれたことで地の底だった支持率が、さらに底をぶち抜いて暴落。

 

レジスタンスの英雄を失ったことも相まって、もう絶望一色だった。

 

そして、ここでさらに猛威を振るったのが……『帝国からの援助』だった。

懐柔策、とも言う。

 

 

『我々は確かに、あなた方から見れば冷酷非道の侵略者かもしれません』

 

『それは正しい見方でもありますが、間違ってもおります。我々は確かに、数多の屍の山を築いた上でこの地を踏んでおります。この手は、敵と味方、両方の血にまみれてしまっている』

 

『ですが我々は、この手を血で濡らすために戦っているのではない、その先にある、血の流れぬ世のために戦っているのです……あなた方が、ちょうどそう望むように』

 

『どうか覚えておいてほしい。わかってくれとは言いません。そのようなこと、口が裂けても言えません。だが……我々もまた、守るものを背負って戦っております』

 

『白々しく聞こえるでしょう……だが、一時、どうか一時だけ耳をお傾け願いたい! 我々は、平和を、明日を望んでおります! 皆が笑顔で、1日1日を希望をもって生きられる日々を!』

 

『物資の不足に怯え、来る冬に怯え、敵国の銃声に怯え……その根源とは? 何がきっかけでこのような泥沼の戦いになったのか……人の弱さ、無知たる罪、他者への嘲り、やられる前にやらなければならないという、強迫観念にも似た……平和な未来への渇望!』

 

『皮肉にもそれが、今日の戦いの世を作り出している事実を、我々は受け止めねばなりません』

 

『しかし、それもまた人の選択によって切り開かれた道ならば、それに終止符を打つこともまた、人の意思によって、選択によってなせるものである、と、私は確信いたします!』

 

『これから我々が行う、炊き出しや物資配給と言った人道支援は、その第一歩足りうると、私は思っております。下心がないとは言いません、何かを期待していないとも言いません……ただ私たちは、この白々しく厚かましい施しの果てに、一握りの救いがあるならば、手を伸ばしましょう』

 

『命じることなどできません。要請することも、誠実ではないでしょう。私にできるのは、ただ願うことのみであります』

 

『どうか、我々を……あなた方と共に歩ませていただきたい。平和への渇望を共に心に抱えながら、様々な問題に遮られ、それを共に歩むことができなかった我々を……しかし、手を取り合うことさえできれば、いつの日か輝かしい未来をつかむことができるであろう、友として!』

 

『それこそ……今、あなた方が必死で守ろうとしている、小さな命……次の世代、そのまた次の世代のためにも……』

 

『この先、どれだけの長い時間がかかるかはわからない。しかしいつか、いつの日か……それこそ、私がこの老い先短い命を散らせた後であろうとも……皆が、自分の生き方を選べる明日が来ることを願って……私、ハンス・フォン・ゼートゥーア少将より、ご挨拶とさせていただきます』

 

 

その際の演説の、ほんの一部分の抜粋なんだけどもね。コレ。

 

しかし、この演説の影響は決して小さくはなかった。

劇的に変わった、ってわけじゃないけど……確実に、進駐する帝国軍に対しての風当たりその他は大幅に弱まり……当初予想されていたレベルよりも、よっぽど穏やかに事が運んでいる。

 

失策で祖国を窮地に追い込んだ上、搾れるだけ搾り取って自分たちを見捨てた(と、最早見られている)、いざという時に全くあてにできない首脳陣と比べて……敵ではあるし、怖いけど、人道的で実際に助けてくれるし、特に狼藉も何もない帝国軍を天秤にかけて……後者に傾く人が、順調に増えている。

 

……本当に、恐れ入る。

この短期間で、ゼートゥーア閣下と来たら、地盤を固めつつある。

 

占領統治に差し向けられたのは、特に厳しく軍規を守る部隊だった。

 

乱暴狼藉は決して働かず、紳士的に、人道的に統治と治安維持を進めた。

 

その合間に、酒場とかで『平和』を願う感じの愚痴をこぼしたりする仕込み演技もあった。

 

……平和を願う。その言葉は本当だろうし、そこに別に下心も裏もないだろう。僕の知るあの人は……そういう人だ。祖国を一番に考えはするけども。

けど、まあ何というか……そこまでの道のりを周到に計算したもんだ、とは思う。

 

直属のレルゲン中佐が動いてた時から、そうじゃないかとは思ってたけど……ここまで全部計算通りか。恐るべし、閣下。

 

そういうわけで、再び帝国はノルドを実質支配下においた。しかも、前回よりもよっぽど安定した地盤を築きつつあり……首脳の皆さんの居場所、仮にこの後再奪還しても、もうない感じ。

 

とどめにというか、希望の芽の一切を摘み取るように……ソグネフィヨルドの港も完全に抑えた。破壊しつくした砲台の代わりに……僕がやったのと同じように、戦車をそこに派遣して、砲台の代わりに使って、海ににらみを利かせ……その間に、鉄道網と砲台を再整備。

見事、軍港として復活させてしまった、恐るべし、帝国軍の兵站能力。

 

ノルドで起こった一連の戦いから総合的に見て、帝国の完全勝利である。終わったー。ノルド、終わったー…。

 

幸いなのは……ほとんどが、それこそ僕の計算外の部分までが、ノルドの暴走というか自爆が引き起こした損害である点で……イゼッタやゼロ、そして連合軍そのものの名に傷がついたわけではないこと、くらいか。全部全部、ノルドの株の暴落だけで済んでいる。

 

結果的にはよかったのかもね。これで。ノルド以外どこも損してないし。

さすがゼートゥーア閣下。若者では詰めの甘いところを、きっちりカバーしてくれたか。

 

……それでも、だ。

また、勝ちすぎた。そんな懸念は、どうしても出る。

 

嫌な予感がする。上層部の老害共が……そしてその親玉が、これでまた調子に乗る予感が。

 

 

 

 

 

1940年10月10日

 

……予感的中。

 

だから、もう、マジで……バカ、あの爺共……ホントに、もう。

 

レルゲン『大佐』やゼートゥーア『中将』、そして僕こと、ペンドラゴン『中佐』が、どんな思いで穏便に物事を運ぼうとしてるか……わかってんだろうか? わかってないな(確信)。

 

せっかく、これ以上の被害とか抜きに、できる限り穏便な形でまとまろうかって時に……ステーキとワインばっか食ってる、欲の皮の突っ張った豚共が……!

 

……日記だと、なまじ他に読む奴がいない分、口調?が乱暴になるな。

 

帝国の国力がいくら強大でも、この先永続的に、ノルド王国の全部を直接支配できるだけの余裕はない。まだ戦争は続いてるし……同じような状態の、テルミドールとリヴォニアを抱えてる。

 

テルミドールは特に、『黒の騎士団』の暗躍で張り詰めてるから、その分力を多く注がなきゃいけないところなのだ。

 

ゆえに、ノルドに力を注ぎすぎなくてもいいように、懐柔策で労力を食わない関係性を作り出して……ホントに平和に向けて、手を取り合って努力する形を作り出そうとしていた。

結果論だけど、その先に平和があるのなら……僕としても異論はない。

 

……その平和な世に、ノルドの前政権の人たちの居場所がなさそうなのはともかく。

 

そんな僕らの努力を……今回の戦果と僕のネームバリュー、レルゲン大佐の外交手腕と、平和と安全を願う国民感情……それら全てを最大限活用した、ゼートゥーア中将の策が……戦場を知りもしない奴らの欲によって壊されようとしている。

 

まあ簡単に言えば、『もっと取れるだろう?』。

 

生意気にも、帝国に反逆し、その歴史に泥を塗りつけたあの国から、無残にも2度も負けたあの国から、もっと搾り取れるだろう?

それによって、帝国に富を。さらなる繁栄を。

 

そして、それを生かして……さらなる戦いを。

そして、勝利を。

そしてまた、栄光を。富を。繁栄を。

 

……失った分を取り戻そうとするのであれば、まだ可愛げがあったかもしれない。

もっと実入りがなければ、国家財政が破たんするとかであれば……まだ、大蔵省の連中の気持ちとかもわかったかもしれない。

 

……それですらなく。ただ単に、目の前に転がっている財をわが手に、という……野盗のような、単純で野蛮な思考。それを、上等なスーツで隠した、醜いケダモノ共がいた。

 

せっかく、穏便に収まりそうなのに。

わざわざ波風立てて、それに乗っかって取れるものを取ろうと、取れなくても取ろうと。

 

……やはり、勝ちすぎた。勝たせすぎた。

 

不利な戦局をひっくり返しての、英雄的な勝利。

それに、彼らは……酔っている。

 

……誰だっけな。こんな格言を残してたのは。何かのアニメか漫画でたしか……

 

『勝利とは、時に敗北よりも恐ろしい、己を滅ぼす麻薬である』

 

……ギャンブル依存症の人が、どれだけ負けてもギャンブルをやめられないのは、勝った時の爽快感・達成感が色濃く残り、負けた時の喪失感や後悔の念はすぐ忘れてしまうからだそうだ。

 

また、負けた分を取り戻そうとするから、さらにのめり込む。

 

次がある、次こそ勝てる、そんな風に考える。根拠もなく。

 

勝てば、アレが手に入る。コレも手に入る。ソレも手に入る。

だから勝とう。また勝とう。もっと勝とう。次こそ勝とう。とにかく勝とう。

 

もっと、もっと、もっともっともっと。

 

もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと。

 

知らないうちに、それをやめられなくなる。

 

最後には、そんなことしている場合じゃないくらいに負債が膨れ上がっても、逆に特に損とかしていなくても、勝利という麻薬を求めて……その先にあるものを求めて。

絵に描いた餅でも、捕らぬ狸の皮算用でも、関係なしに……ただ、盲目に。

 

……国家がそうなったら、どれだけ強大だろうと末期症状だと思うんだけどなあ。

 

……そんなわけで今日、お偉方の議会で『もっと勝て、もっと取れ』『次はあっちを攻めろ』的な数々の耳障りを聞いてきたゼートゥーア閣下に、レルゲン大佐共々呼び出されて……防音とか秘密保持完璧な穴場のレストランで、愚痴を聞かされた。

 

あまりにひどい現状に、その数十秒前に告げられた昇進の話が、あっという間に頭から吹っ飛んで……その後は、僕らも参加しての愚痴大会だった。

 

そして、酒が回った結果として口が軽くなり(僕以外)……ぽろっと漏れ出た、大佐と中将の本音。

そこから僕は……この3人がそろって、ほぼ同一の認識を持っていることを悟った。

 

 

 

 

 

『この国、もうダメだな』……と。

 

 

 

 



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Stage.34 時代の潮目

 

西暦1940年10月13日

 

昇進したばかりだってのに、忙しい。

また前線指揮官の仕事が舞い込んだ。来週頭には出発だ。

 

もうちょっとゆっくりできると思ったのに……まあ、時間自体は取れないわけじゃないから、休暇として扱えなくもないだろうけどさ。

 

……案外、それを最初から考えて僕に話を回したわけじゃあるまいな?

 

ありうるから困る。この話を僕に回してきたのは、ルーデルドルフ中将だ。

ゼートゥーア閣下の戦友であり、参謀本部の作戦参謀次長。同、戦務参謀次長であるゼートゥーア閣下とは、今でも互いに意見を出し合う間柄だ。

 

そしてその任務とは……ヴォルガ連邦との国境付近における、レジスタンス集団の摘発・掃討である。それも……帝国側と連邦側、双方にまたがっての。

 

帝国内部――つっても、あのへん旧リヴォニアの占領地なんだけど――は、不穏分子の掃除って意味からもちろんのこと……連邦は連邦で、労力、というか国力をあまり使わずに国内の不穏分子の掃除ができるからってことで、許可されたとか。

……他国の軍隊に自国内での武力行動を許すって……。

 

まあ、あの国、国自体の規模に反してへろへろだからなぁ……粛清しまくったせいで。

 

その状況自体は、僕の計画からすれば好都合なんだけど……予想よりかなり早く戦火が広がってきてることもあるし、あんまり悠長にもしてられないな。

 

……それに、変な噂も聞いた。

どうも今回の任務……ルーデルドルフ閣下に、無理言ってねじ込まれたらしいのだ。

 

僕のネームバリューをもっとガンガン使っていこうと考えている帝国上層部は、少しの間休息を与えて、すぐに次の戦地へ送り込むつもりだったらしい。

 

候補としては、国家の仇敵である魔女イゼッタを擁する、エイルシュタット公国。

または、表立って交戦中の国のうちでは最大勢力である、テルミドール方面。

この2つあたりか、候補としては。

 

……いっそこの2つのどっちかへの派遣だったら、準備もしてあった分いくらでも対応できたんだけど……何だってまた、閣下は僕らをこんな僻地に。

 

両閣下なら、上層部の連中を言いくるめるのはさして難しくはないだろうけど……これはホントに、戦術的・戦略的に考えて……いい手とは言えないだろうに。

 

自慢じゃないが、僕の指揮能力は相応に高いと思ってる。

けど、今回命じられたこの任務は、そこまでの能力がなくてもどうにでもなるレベルの難易度……はっきり言って、そこまででもない。

僕でなくても……軍大学を出た程度の水準の指揮能力があれば、なんとかなるだろう。

 

それに対して、先に述べた両方面の難易度は、コレとは比べるまでもなく上だ。

 

いや、エイルシュタットはともかく、テルミドール……ゼロの方は黒幕が僕だから、僕がその気になれば苦戦以前の問題だけどさ。

エイルシュタットの方は、イゼッタ相手にしなきゃいけないからガチで激戦区だけど。

 

そんなひどい攻略難易度差のある地方。よっぽど早く片付けて戻ってこい、とか言われてるならともかくとして……今回の遠征日程を見る限り、1か月以上の日程がとられているようだ。

 

それだけあれば、僕なら急げば同じ任務を4回は片づけられるぞ?

そして、それがわからない閣下たちじゃないはずだ。

 

それだけ完璧に、間違いなく仕事をこなせって言われてるのかもしれないけど……で、ないとすれば、何を考えてあの人たちはこんな、部下と時間の使い方を……?

 

……これじゃまるで、『しばらく帰ってくるな』って言われてるかのような……?

 

……まてよ?

 

そういや最近、僕があの辺の地域を離れてる間に……『黒の騎士団』関連以外にも、レジスタンス系活動が活性化していたな……?

 

……ひょっとするとこれは……?

 

 

1940年10月15日

 

いいニュースと悪いニュースが同時に舞い込んできた。

 

まず、僕の予想が当たった。

参謀本部……の、一部将校の妙な動きが気になって調べてみたら、案の定だ。

 

一部の将校が、帝国からの離反を企てていた。

 

ただ、敵国に買収されてとか、自分の保身のためにじゃなく……あくまで、この先の帝国の未来を案じてのことだ。

 

この戦い……リヴォニアとの間で開戦して以降のそれはまだ2年足らずだけど、国そのものにかなりの負担になっている。

 

すでに、民間にもその影響が、従来の戦争を超えるレベルで出始めている。

このまま戦争を続ければ……続けられないことはないだろうけど、どんどん苦しくなる。

 

上の連中は、損切りをして妥協点を見つけ、戦争を終わらせる、っていう発想がない。

失った分、戦って、勝って取り戻そうとする。他国から奪い取ることで。

 

それすらも、帝国にとっては負担となることだというのがわからないのか……わからないんだろうな。うん、わかってた。

どうにかなる負担だと思ってるんだろうな。文書の上の数字だけ見て。畜生め。

 

……このままいけば、帝国は屋台骨からボロボロになっていってしまう。

 

大真面目に世界征服を企んでるあのおっさんは、圧倒的な武力によって全てを抑え込むつもりのようだけど、そんなことは不可能だし、武力が大きくなっても、このままじゃその根っこ……国力が疲弊する。それを戦勝の賠償で補てんしても、すぐにガタが来る。

 

てっぺんに飾られているおっさん1人が無事ならそれで大丈夫な国なんてないのだ。国民と、それが織りなす社会があって、初めて『国力』ができ、そしてそこから『武力』やら『軍事力』が形作られるのだから。

 

……このまま行けば、帝国は仮に戦争に勝っても、その後滅ぶ。

抱え込んだものを抱えきれずに、自壊する。罪のない市民を巻き込んで。

……そこまで行くまでに、その市民の生活も散々なものになっているだろうけど。

 

それを良しとしない一部政府関係者、および軍関係者が、帝国からの離反……というよりは、祖国の救済ないし自浄を企てている、ということのようだ。

軍のルートからじゃなく、反逆者側のルートから探ったら、何とかわかった。

 

今はまだ、手回しの段階。主要なレジスタンス組織に、これから渡りをつけるところだった様子……ま、その筆頭候補が、黒の騎士団のゼロだったから、ほっといてもわかったことかもね。

 

それでも、事前に知れた分は、こっちも色々と動くことができる。いいことだ。

 

……しかしまさか、ゼートゥーア閣下やルーデルドルフ閣下、レルゲン大佐までそこに名を連ねているとは。

嬉しい誤算だ。あの人たちと連携して動けるなら、この先だいぶ楽になる。

そして、終戦後の復興・立て直しもスムーズにいくだろう。

 

そうとわかれば、さっそく今後の動きと、彼らとのネタばらしから協力関係構築までの脚本でも……あー、しかしその前に、もう1つだ。

 

ここで終われればよかったんだけど、次、悪いニュースがあった。こっちも重要だ。

 

テルミドール方面の市民がいらん気合いを出した。

ゼロおよび『黒の騎士団』と戦ってる地域の後方……アレーヌ市で、パルチザンの蜂起だ。

 

占領地域を統治し続ける以上はついて回る懸念。占領される前の祖国……この場合は、テルミドール共和国に望郷の念を抱いた市民たちが、帝国死ねコラァ!って感じで反乱を起こした形。

 

おまけに、戦線を迂回して、あるいは空挺降下で浸透してきた敵国の師団が入り込んだ。

急ごしらえとはいえ、市街戦形式の防御陣地を形成されたか。

 

厄介なことに、あそこは物流の要所だ。かなり大きな鉄道が走ってて、テルミドール北部から北東部の戦線に物資を送っている、戦線にとってのライフラインである。

念のため他の鉄道も整備を進めておいたから、あそこが不通でもすぐにやばい、ってことはないけど……きつくなることに変わりはない。

 

一瞬、コレを利用して『黒の騎士団』の勢力を伸ばすとか、攻勢をかけていくつか町を奪還……なんてことも考えたけど……少し遅れて入ってきた情報をみて、やめた。

 

……この反乱、合衆国のテコ入れが入ってやがる。

 

共和国亡命政府の伝手だけでここまで迅速にやれるもんだろうか、とは元々思ってたけど……よりにもよってあの連中かよ。

 

ノルドに義勇兵と物資送っただけでなく、こっちにも……しかもこのタイミング、さては前々から準備進めてたな? ノルドでこっちに大打撃を与えたあと、この一件でさらに追い打ち、っていう目論見だったか。失敗してるけど。

 

それでも、コレ単独でも帝国へのダメージにはなるから、中止せず実行したわけか……。

 

ここで、この反乱を生かす形で戦線を進めると、今後の合衆国からの介入を後押しする形になるな……それは喜ばしくない。

欲を言えば、合衆国にはほとんど一切かかわらせずにこの戦争を終わらせたい。

 

戦後、ヨーロッパにあの国の影響力が直接残るようなことがあれば、それだけ僕らや、エイルシュタットのイゼッタ達にも危険が及ぶ。自称『世界の警察』にでかい顔はさせられない。

 

北の方のヴォルガ連邦は、被害妄想で動いて、敵になりそうなものを残さず潰そうとしてるし……あの国、この戦いで帝国が勝ったら帝国も潰しに来るぞ絶対。

あっちもどうにかしなきゃだ……頭が痛い。

 

気が付いてみれば……すでにコレもう、立派な世界大戦だ。

 

ゲルマニア帝国。火元。

ヴォルガ連邦。迷走中。

テルミドール共和国。および自由テルミドール(亡命政権&反抗勢力)。悪あがき中。

ノルド王国。悪あがき……に、失敗。死に体。

ブリタニア王国。現在の反帝国連合の中心。

その他小国諸々……リヴォニア、カルネアデス、ルイジアナ、ヴェストリア……etc。

ロムルス連邦。現在は傍観に徹している。

秋津島皇国。同じく。

アトランタ合衆国。暗躍中。

そして……エイルシュタット公国。台風の目。

 

……中立国(建前)も混じってるけど……カオスだ。超カオスだ。

 

……さて、話がそれた。テルミドールはアレーヌのパルチザンの問題だな。

 

大きい顔をさせとくのもまずい。それに、一応は同盟扱いのはずの諸国や、黒の騎士団に何の断りもなくこういった重要な作戦を進めたのは、ちと褒められたものじゃない。

結果さえ出せばいいだろう、とか考えたんだろうな……あのちょび髭じじいめ。

 

兵力と物資をまとめての植民地逃亡に加えて、今度は市街地を盾にとっての後方遮断、補給路の締め上げ作戦。あと……議会で却下されたらしいけど、電撃戦理論を打ち出してもいたな。

 

……認めざるをえまい。

共和国の、ブノワ・ド・ルーゴ将軍。ゼートゥーア閣下が認めていた通りの傑物だ。

 

知略、指揮能力、そして、勝つために手段を択ばない、決断する力……どれも、一国の軍のトップに立つのにふさわしいレベルと言える。

 

最初から最後まで、全部の手綱をあのおっさんが握ってたら、帝国はもっと手こずっただろう……ノルド同様、平和ボケした官僚連中がバカやってくれたおかげで、今がある。

 

……ただ、それだけに、こっちも容赦・手加減はできないし……そんな傑物が、帝国憎しの損得抜きで徹底抗戦を謳い、国民感情を丸ごとけしかけて襲ってくる方針を固めた以上、なおさら手を抜いた対応はできない。油断して食い破られるようなことはごめんだ。

 

だから今回は……勉強してもらうことにしよう。

合衆国の後押しがあるからって、『これで勝つる!』なんて調子に乗った結果、何が起こりうるかを……敗北という授業料をもって。

 

どっちみち、僕がホントに、心から帝国に忠義をささげていたんであれば、同じように、いやもっと容赦なく、徹底的に、えげつなく叩き潰すところだ。加減してやるだけありがたく思え。

 

……さて、じゃあ、いいニュースと悪いニュース。両方に対処しないと。

 

いいニュースの方は、近々『ゼロ』として協力関係を締結しつつ、そのゼロの紹介って形で僕のことにもっていこう。

悪いニュースの方は……一刻を争う。なりふり構っていられない。

 

が……以外と心配は要らないかも知れない。

どうやら……もうすでに動いているらしいのだ。ゼートゥーア閣下が。

 

……軍大学在籍中に僕が書いた、『総力戦理論の危険性』と『火災旋風の能動的誘発』、そして……『国際法の再解釈による市街地戦闘の合法化』についての論文。

これらを、閣下が閲覧したらしいから。今日、僕が軍図書館を利用する直前に。

 

そして、その責任という名の手柄は……折角だし、後で排除する予定の連中にプレゼントすることになるだろう。

 

 

 

……作戦名『火の試練』。

 

あまり、実行どころか……考えるのもアレな手段である。

 

 

 

 



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Stage.35 女神の島

1940年10月17日

 

任務は無事終了……もはや、消化試合と言ってもいいくらいにあっさり終わった。

 

共産党政権への反発から、ごく超規模に起こってる、反乱行動の予兆……をつぶした。

という体にして、実際は対話で何とかした。

 

軍を動かして強制排除したのは、ごく一部の過激派のみ。その他は、『手なずけてこっちに寝返らせた』あるいは『最初からこっちの味方だった』って形にして助けて、恩を売っておいた。

 

もともと、僕らと同じように『祖国の未来』を真剣に憂いている連中なので、その所を突けば対話は可能だったし。こっちとの『取引』は、彼らにとっても願ってもない提案だったようだ。

 

もちろん、その非合法な『取引』……あきらかに軍務に違反するそれを持ち掛けたのが僕だと知れたらまずいので、手駒を動かして裏から、って形にしたけど。

僕の名前も何も出さずにおいた。これで、面倒ごとの種は最小限で済んだ。

 

結果として、バカ共の粛清を行って今再び地盤が盤石になった……と、思われている要地が数か所、こちらの手の内に落ちたことになる。

 

そして、あれからまー早くも、ゼロ経由でゼートゥーア閣下達との、極秘裏での協力関係が構築された。閣下自らが、レルゲン大佐を伴って交渉に現れた。

 

周到なことで、自分たちの弱みを含めた手土産なんかも用意していた閣下は、僕の指示越しとはいえ、見事な交渉手腕で、主導権を握られないままに、あくまでもそれぞれに判断の主権を残した形で同盟を結んだ。たった数分の間の交渉で、あっさりと。

 

交渉の基本骨子としてシンプルイズベストを掲げていたとはいえ、見事なもんだ。影武者を担当してもらった人は、さぞ緊張したことだろう。

 

……その後、僕が協力者だって知らされたときは、さすがに閣下たちも驚いてたけど。

帰ったら色々調整しないとな……さっさとこっちでの用事も片づけよう。

 

……調整と言えば、あっちも色々と後始末を完璧にしておかないとだな。

 

アレーヌ市での作戦は、結局実行され、成功したらしい。

……手放しには喜べない結果になったけど。

 

成功は、した。しかし、その結果が褒められたものじゃないのだ。

……もともと、その予定だったとは言っても。それしかなかったとは言っても。

 

……せめて、僕に決定権があって、僕が現場で指揮することができれば、まだもうちょっと違ったかもしれないんだけど……。いや、短期決戦になる以上、どうしてもアレな手段になるか。

 

だとしたら……火の粉がかかることなく終結したことを喜ぶべきだな。

どうやら参謀本部、僕が何かするまでもなく自分で作戦立案してやったようだし。

 

その際に立案についた人……責任者の名前は、ゼートゥーア閣下でもルーデルドルフ閣下でもなかった。参謀本部で手柄に飢えてる人たちが率先してやってくれたようだ。

まあ、内容が内容だってのに……大した勇者だ。感謝するけど。

 

……作戦はいたってシンプルだ。

ちょっとした小細工の後に……町ごと全部焼き払うだけだから。

 

国際法では、市街地での戦闘に際して、非戦闘員……つまりは、民間人に被害を出すことを禁じている。それらがいると思われる区画への無差別攻撃も、また禁じられている。

 

これらを理由に、敵が市街地に浸透している場合はかなりやりづらいのだ。違反すれば悪者になるから。たとえ戦争中であっても、後々の禍根になる。

 

要するに……『非戦闘員』を撃つからだめなのだ。

そいつが『戦闘員』ないし『非正規兵』『民兵』『ゲリラ兵』の類であればいいのだ。後者に至っては、国際法でもほとんど保護されない。捕虜としての権利すら否定されている。

 

さっくりと言ってしまうと、まず最初に、こちらから……次のように、戦闘のフィールド全域に流れるように布告を出す。ビラをまくでも、音声を大音量で流すでもいいから。

 

『直ちに無関係の一般市民を開放せよ』

『諸君らの虐殺行為は許容できない。戦時国際法に基づき、帝国臣民の解放を要求する』

 

まあ他にもいろいろと言い回しはあるけど、おおむねこんな感じ。

 

雑に言いなおせば、『兵士でない、無関係な帝国の国民を開放しろ』というわけ。

 

さて、これに対して……『帝国臣民』という言い方をされたのは、アレーヌ市の市民なわけだけども、彼らはアレーヌ市民……テルミドール共和国の国民だという意識を持っている。

だからこそ、共和国(と、合衆国)の軍に、自ら協力している。

 

ゆえに、帝国からの勧告に対して『帝国臣民なんざいねぇ!』『我らはアレーヌ市民だ! 最後まで戦う!』という返答をした。してしまった。

 

さらには……そこの守りにあたっていたと思しき、帝国軍人の捕虜を射殺するところまで確認されている。そしてそれをやった者の服装は、軍服ではなく、普通の普段着だった。

 

……さて、問題です。頭を柔らかくして考えましょう。

 

 

 

Q:敵は、『兵士ではない無関係の市民を開放しろ』という命令をシカトしました。これはつまり、どういう意味になるでしょうか?

 

A:解放される市民がいないということは、そこに市民はいないということです。

 

Q:市民がいないということは、そこにいるのは何でしょうか?

 

A:兵士、または非正規兵――民兵とかゲリラです。後者は国際法でも保護されません。

 

Q:と、いうことは、無差別に攻撃しても?

 

A:問題ありません。町ごと焼き払って皆殺しにしましょう。

 

 

 

……とまあ、こんな感じの作戦である。あらためてみてもひどいなコレ……。

 

で、そのまんま実行された。

砲撃、焼夷弾、爆撃……その他色々使って、アレーヌ市は火の海にされた。

 

しかもここで、さらにもう1つ、小細工をしている。

 

火災旋風、というものをご存じだろうか?

大規模火災の際に起こりうる最悪の災害の1つだ。個々に発生した火災が、燃えていない場所から酸素を取り込むことで局地的な上昇気流が起こり……燃えている場所で発生した熱が、それに乗って吐き出される。

 

するとどうなるか……炎を伴った旋風になるのだ。

 

リアル『ほのおのうず』である。あれ、ゲームだと威力低いんだけど、現実でやるとやばいなんてもんじゃない。何せ、摂氏1000度、最大風速秒速100mを超える超高熱の竜巻だ。

 

しかもその『ほのおのうず』、燃え続けるために、空気がある方へある方へ移動していくので……被害が拡大していく。

 

……それを人為的に引き起こすため、空気が通りやすいように建物を爆撃・砲撃で破壊し、露呈した可燃物を燃焼させるために焼夷弾を叩き込み、それらがより燃えやすいように爆撃と砲撃で破壊を……という繰り返しで燃やしまくるのである。

 

うん、まあ……こんなもんを利用するあたり、これ以上のはそうないくらいの悪辣な作戦だ。

控えめに言って掃討戦、あるいは殲滅戦。語弊を恐れずに言えば……虐殺だ。

 

吹き飛ばされ、焼き払われ、さらにそこに自然現象による追い打ちまでかかったアレーヌ市は……原型を全くとどめないレベルで消し炭になったそうな。

 

報告をくれた伝令兵に、生存者はいたか聞いたら……『帝国軍人としてはあまりふさわしくない言い方を承知ですが……いてほしい、と思いました』という返答が帰ってきた。

……よっぽどの地獄がアレーヌでは形作られたらしい。直接見なくてよかったのは、幸いか。

 

……わかってはいたけど、後味悪いな。

 

まあ、これについてはもう考えても仕方がない。今後、この結果をうまく生かしていくことだけを考えよう。いずれ排除する予定の皆さんへの擦り付けのための証拠収集とか。

 

……そういえば、その証拠収集の段階でなんだけど……ちと気になることがあった。

 

この作戦を発案した人……参謀本部の准将以上の参謀将校数名の連名、ってことになってるんだけども、それについての証拠とか、調査結果は、簡単に手に入った。後で使える。

 

しかし、おかしなことに……実行犯の方の情報が手に入らない。

いくらかは手に入ったんだけど……書類上整えただけって感じがするのだ。実際に作戦実行の日、どこの部隊が本当に動いたのか、わからない。

 

……まるで、どこの部隊も動かしていないような……?

 

それに、もう1つ。

当日の作戦に関わった人の中に……気になる名前を見つけた。

 

……なんで、ベルクマン『中佐』の名前があるんだ……?

 

いつの間に『中佐』になってたのか、って点はともかくとして……この人、所属先『特務』だよね?

 

裏方で謀略とか暗躍するの専門じゃなかったっけ? それこそ、魔女関連含めた、人には言えないような部類の任務で動く感じの……なんでこんな作戦に出てくる?

 

……わからん。だめだ、情報が足りん。

今後、ちょっと注意して情報を集めることにしよう。

 

 

 

1940年10月18日

 

気分転換に、お忍びで連邦の観光としゃれこんだ。いつもの4人で。

マリーの案内で、連邦北部に隠されていた……『魔女の遺跡』を。

 

来たいとは思ってたんだけど、ちょうどいい機会がなくて今までこれなかったここに、ようやく来れた。これについては、今回のこの任務に感謝だ。

 

雪深い……とはまだ言わないまでも、そこそこ積もっている山道を進んで、たどり着いた先に、それはあった。

 

『女神の島』と呼ばれているらしい。

何でこんな山の中にある遺跡が、そんな風に呼ばれるんだ……と思ってたけど、来て見てみれば納得だ。山の奥深くの湖の中に、ぽつりと、岩みたいなのがある。てっぺんだけが水面に出ているようで……まあ、島、に見えなくもない。

 

水面より上に出ている部分だけでも……高さ、幅、ともに数mはある。かなり大きいな。

 

しかし……湖畔からそれを見ても、まあ、ただの大きい岩にしか見えない。

 

けど、マリーと僕で『魔女の力』を使い、適当なものを浮かせてそこまで飛んでいってみると……近くでよく見ないとわからない、岩の継ぎ目を発見。

取っ手も何もついていないそれを、これまた『力』で動かすと……中へ入れる通路が現れた。

 

そして、その中には……立派な1つの部屋があった。

入り口といい……明らかに人工物だ。それも、魔女の力を持っていなければ、入れない。

 

教会の礼拝堂みたいな、縦に長い部屋だ。入り口からまっすぐの壁……教会だったら、ステンドグラスがあるであろう位置に、光る何かの図面が見える。

 

マリー曰く、ベルクマン中佐の腰巾着だったリッケルトが行った(そして死んだ)らしい、エイルシュタット公国の『魔女の城』とやらに、雰囲気が似ているらしい。

 

ニコラとマリーに後日行ってもらったんだけど……魔女にしか開けない扉の向こうに、隠し部屋があって……その天井に、あの日研究室で見たのと同じ図面が刻まれていた。

間違いなく、レイラインの地図だそうだ。

 

そして、同じ地図がこの壁にもあった。

 

帝都にすでにあるのと(たぶん)全く同じもののようだし、僕はマリー達が撮ってきたそれをいつでも閲覧できるから、意味があるかどうかはわからないけど……一応写真撮っといた。

 

そして……エイルシュタットの古城の隠し部屋と違う点が1つ。

 

エイルシュタットの方には、『白き魔女』と思しき人の像があったらしい。

それも写真で見せてもらったんだけど……ゾフィーにはあんまり似てなかったな。あ、でも、もう少しあの娘が成長したら似てくるのかも?

 

まあいいや。話を戻そう。

エイルシュタットの方にはあったその像が、こっちにはなかった。

 

代わりに……何かの暗号図面と思しきものが、壁一面にびっしり彫られている。

……そんなに難解なものじゃないな? 昔のものだけあって、さほど苦労せずに解読できそうだ。

 

ただ、量が多い。壁の範囲が広い。

ここですぐに、は無理だな……写真撮って持って帰って解読しよう。

 

……そして、もう1つ。

 

部屋の奥……祭壇、とでもいうような造形のそこに、それは安置されていた。

 

置かれていたのは……ガラスのような透明な素材でできた3つの瓶。蓋は金属だ。

 

大きさ・形は……全部違う。中身も違う。

 

牛乳瓶っぽいのが1つ。中身は、赤い半透明の液体。ビンの9割くらい、結構な量入ってる。

 

平たい、缶詰みたいな形のが1つ。中身は、赤い半透明の、小石みたいな不揃いの固形物。

 

そして、試験管みたいな長細いのが1つ。中身は、赤い半透明の液体。

しかしこっちは牛乳ビンの方とは違い……4分の1くらい。ちょっとだけだ。

 

……ここに、こんな丁寧な感じでおいてあるってことは、まず間違いなく魔女関係の何かなんだろうと思って、持ち帰ってきて……今、調べてもらっている。ニコラに頼んで。

 

まだ、結果は出てないけど……何かコレ、僕、見覚えあるんだけども……。

 

それも、転生してからじゃなくて……前世で。テレビアニメで。

 

……ニコラが調べている、この赤い『何か』に関することが、僕が今解読を進めている、この壁の紋様に記されているのだとすれば……その2つの解析・解読が終わった時、僕らの研究している『錬金術』が……大きく前に進むかもしれない。

 

僕の予想では……この遺跡を作った、過去の『魔女』たちは……それに、多少なり造詣が深かったようだから。

 

 

 

……あれ、でも結局あの遺跡が、何で『女神の島』って呼ばれてるのかはわかんなかったな。

『島』はともかく……『女神』要素、なかったし。

 

まあ、どうでもいいけど。

 

 

 

 



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Stage.36 儚くも穏やかな日々に…

とうとう、あの娘が、登場。


1940年10月23日

 

……『真理』を見た。

気がする。

 

いや、その……マジでなんかこう、あーこれどう言ったらいいんだろ?

マジで何か不思議な感じで……うーん、説明に困る。

 

……率直に結果とかを述べよう。

 

連邦の魔女の遺跡……通称『女神の島』から持ち帰ったあの謎物質×3の解析が終わった。壁に刻まれていた碑文の解読も終わった。

結果は……僕らがにらんだ通りでもあったけど、違ってもいた。

 

あの赤い液体と、赤い石は……やはりというか、レイラインの魔力を結晶化したものだった。

そして、その……レイラインの『魔力』の正体は……やはり、『魂』だった。

 

碑文の記録と、サンプルの解析結果から導き出した内容になるが……過去、僕らと似たようなやり方でレイラインの魔力を物質化していたらしい。

しかも、すぐに消えてしまう魔力結晶などとは違い、きちんと物質として安定した状態にすることに成功している。媒介となる不純物を介さずに。

 

牛乳ビンみたいなビンと、缶詰みたいなビンに入っていた、あの液体と小石は……その成功例だった。どちらも『魔力結晶』……それも、精製する段階で枝分かれした、どちらも同じ物質ながら、液体と固体で異なる形をとったそれ。

 

そして、試験管サイズのそれに入っていた粘性の高いそれは……より完成度の高い『魔力結晶』だった。

 

具体的に言うと、持ち手の意思で個体に、液体にと自在に姿を変える上、燃料でなく魔法を強化する媒体としても機能し……とまあ、僕らがこれまでに作った物質のいいとこどりみたいなオールラウンダーっぷりだ。

 

純度100%、つなぎや不純物を一切含まないにもかかわらず安定していて、しかも状態を変化させてなおその物質化が崩れることがない……見事なもんだ。

 

自然には絶対に作られることがない物質。

帝国に保管されている、あの『魔石』とやらと比べてもなお、圧倒的なレア度。

 

その作り方は、石板に記されていた。

僕はそれに、僕らが研究して発見した法則や情報を当てはめ、改良した上で……試した。

 

貴重な材料を湯水のごとく消費する上、かなり難しかった。簡単には試せない実験だ。

けど、それを承知で何度も挑戦し、何度も失敗し、そのたびに考え、試行錯誤の末に……どうにかそれを再現して作ることに成功した。

 

魔力を練り上げ、編み込んで形を成していく赤い物質。

 

『人造魔石』の義眼で魔力の流れを見ながら作業していると、大河のような膨大な量の魔力が、その規模に見合わぬ繊細さで紡がれ、折りたたまれるように……小さな結晶として顕現していく様子がわかった。

 

で、それをやっている最中からなんだけど……何だかこう、頭がすーっと冴え渡っていく、みたいな感覚がね? 魔力を扱うのに、全然頭に負荷がかからなくなって……まるで、そのための『演算能力』がめっちゃ上がった、みたいな感覚があったのだ。

 

手足を動かすような感覚で魔力を動かせる。それも、今までよりもずっと大規模に。

……うぬぼれじゃなければ、『カルネアデス』で見た、イゼッタの戦闘と同レベルのことすらできそうだ……戦車くらいなら、うん。

 

幸いなことに、右腕がなくなったりとか、全身がなくなったりとか、内臓がなくなったりとか……『持っていかれる』ようなことは起こらなかったけども。

 

そして、一時的にではあろうけども……周囲の魔力をごっそり削り取り、さらには様々な器具や触媒を、二度と使い物にならなくなるレベルで酷使した果てに精製されたそれは……うれしいことに、大きさ、完成度共に、連邦で入手したあの試験管の中身を凌駕した。

 

連邦でのあれは、せいぜいビー玉程度の大きさだったけど……今僕の手に持っているそれは、ずっと大きい。それこそおそらく……帝都にある天然の『魔石』の、割れる前よりも。

 

形は正八面体。正三角形の面8枚で作られる形。

そして大きさは……正三角形の一辺が10㎝くらい。それが8枚なので……けっこう大きい。片手でも持てるけど、表面すべすべだから油断すると落としそうだ。

 

この物質は……うん、名付けるとすれば、アレしかないだろう。

 

というわけで、この真紅の正八面体の結晶の名前は……『賢者の石』にします。

 

そしてもう1つ。

この『賢者の石』を作り、同時に『真理』に触れた――って言っていいのかはわかんないけど、他の言い方パッと思いつかないのでひとまずこれで行く――結果、えらいことになった。

 

演算能力が上がったからか、はたまた別の理由かはわからないけど……率直に言おう。

『鋼』系の錬金術が使えるようになった。

 

前々から仮説として考えていた、『ものを動かす』ということを、単なるテレキネシス系の能力ではなく、分子構造や内含するエネルギーをも操作して物質の形状・状態に変化を起こす、ということが可能になったと見るべきか。

 

とにかく、手をパンってやってバシィィッって火花出て変形、ができるようになった。

パンってやんなくても使えたけど、こっちの方が雰囲気出るのでやってる。

 

そして、薬学的な意味での『錬金術』も上達した。『鋼』系のそれと併用することで、いろんなことがさらにできるようになった。

いや~……嬉しすぎる誤算だ。大進歩だ、うん。

 

これは……これから先、色々と大変になる見通しだっただけにうれしいな。

色んなものが作れるようになりそうだし……だいぶ楽になるかも。

 

より一層、気合い入れて研究も進めなきゃいけないな!

 

 

 

1940年10月29日

 

この一週間弱、研究を続けてみて、わかった。

錬金術、マジでチートすぐる。

 

武器やら何やらの生産効率がやばいくらいに上がった……下手に表に出せないほどに。

いや、もともと技術的に表に出せないけど。

 

それにしても……パンってやってバシィィッ、だけで、鉄だろうがレンガだろうが簡単に加工できる。形はもちろん、性質や強度すらも自由自在だ。限度はあるけど。

 

それにしたって、まさか戦車とか戦闘機を1時間以内で作れるとか……。

 

やり方は簡単……でもないけど、説明しようとすれば単純だ。

試しに、戦車を作る時の手順を。

 

①戦車のパーツ全部を網羅した一覧表を用意します。

この時、さすがに電子部品……半導体とかは事前に用意しとかなきゃダメです。作れません。

でも、歯車とかねじとかなら楽勝です。

 

②必要な量の金属その他素材を用意します。

鉄くずを使っても構いませんが、その場合は不純物は事前に取り除いておきましょう。その方が強度に心配が残りません。

 

③『錬金術』を使って、素材をもとにパーツを作ります。

 

④『魔女の力』を使って、その素材を組み立てます。必要ならその途中で、溶接とかする代わりに『錬金術』を使ったりします。

 

⑤できあがり。

 

普通なら工廠とか作って、何週間、何か月がかりで作るようなものをこんなお手軽に、ってんで……技術部の連中に『ふざけんな!』って言われそうなほど簡単である。

 

ただまあ、これ、③と④を完ぺきにこなせる精神力や演算能力、記憶力、知識その他が必要になるので……実質僕にしかできないんだけど。

 

同じ魔女の力を使えるマリーには無理だ。もうちょっと簡単なものなら、なんとか作れるけど。

 

……それと、だ。あと2つほど、作ったものがある。

 

1つは、前々から見え隠れしていた、宇宙世紀素材……のうち、軽い合金と、感応するサイコ素材。エネルギー炉はまだだ……もうちょっとっぽいけど。

 

そしてもう1つは……その素材と、その他研究の副産物を使って、僕が独断で作り上げた、ある兵器だ。

 

……正直、作ってる途中はハイになってて何も思わなかったんだけど……気が付いたら完成していたそれを目の前にして、『何をしてるんだ僕は?』って感じの思いを抱いた。

……深夜テンションって、怖いね。

 

……前々から洒落で考えていた構想、なんとなく書いてみていた設計図、

それをもとにして色々やってみて、テンション上がって素材も作って、夜通し精製と組み立て……気が付いたら、完成品が、窓から差し込む朝日を受けてガレージの中で堂々と『立っていた』。

 

全高4m超ほどのそれを見上げ……『やっちまった』的な気分になった。

 

……とりあえず、アレスたちには正直に話して、ちょっと怒られて……けど、かなりいいものができたのはホントなので(簡単に表に出せないけど)、いざって時の切り札として扱うことにした。一応、そのための試運転とかも終えてある。

 

結果は……想像以上だ。僕が趣味と、オタクだった前世からの厨二病を全開にして、さらに実際にファンタジーを組み込んで作り上げただけのことはある(自画自賛)。

 

まあでも、コレが必要になるような事態なんて、そうそう起こるもんじゃ(日記はここで途切れている)

 

 

☆☆☆

 

 

時は少しさかのぼる。

場所は、エイルシュタット国境付近、ゼルン回廊。

 

テオがいる連邦中北部とは、時差ゆえに同じ時間で比べることはできないが……その日の昼、まだ日が高い時間に……イゼッタは、その空を飛んでいた。

 

そして……絶句していた。

 

彼女が出撃したのは、ゲール軍が攻めてきた、という報告を受けてのことだ。

 

先立って、エイルシュタットを含む反帝国同盟国は……帝国内部に、内通者とも呼べる協力者を持つことに成功していた。

 

『黒の騎士団』のゼロ経由で紹介されたその者達……中将2名という大物を含むその存在に、フィーネ達は驚き、しかし同時にそれを歓迎した。

 

帝国の内部情報が手に入るから、という理由もそうだが……帝国軍にも、この先の世界を憂いている者達がいるのだと、知ることができたからだ。

 

もっとも、不信感を抱き、そう簡単に信用できないと主張する国も当然いたのだが。

 

それでも、着々とその協力関係が築き上げられていき、来月早くには、顔合わせも行う予定……という場面に来ての、これである。

物分かりが悪い方の帝国軍の襲撃。水を差された気分になるのも、当然というものだった。

 

それに対処するために、イゼッタは出撃したのだが……そこでイゼッタは、そして駆けつけたエイルシュタットの軍は、信じられないものを目にする。

 

それは……少女だった。

戦場に、まだ年端もいかぬ……イゼッタと同じくらいの年齢に見える、少女がいたのだ。

 

……イゼッタと同じように、空中に浮いて、だ。

 

白い髪に、赤い目が特徴的だ。線が細い体つきで、整ったつくりの顔に、どこか儚げな、悲し気な表情を浮かべている。

 

対戦車ライフルにまたがって飛んでいるイゼッタと同じように、彼女は……やや禍々しい形の、長い棒か、杖らしきものに腰かけていた。

恐らくは、あの杖を浮遊させて飛んでいるのだろう、と想像できる。

 

さらに、周囲に魚雷を浮遊させているイゼッタと、これまた同じように……大剣のような形状の巨大な金属塊を、その少女は周囲にいくつも浮遊させていた。

 

で、あるならば、あの少女もまた……イゼッタと同じ『魔女』なのか、と、それを目にした者達が思い至るのに、時間はさほど必要なかった。

 

そしてその疑問は……問いかける前に、答えを提示される。

 

視線の先にいる当の本人が、口を開いたからだ。

 

「……エイルシュタット公国の魔女、イゼッタさんですね?」

 

「あ、あなたは……?」

 

 

 

「……私は……私の名は、ゾフィー。ゲルマニアの科学技術によって、この世によみがえった……かつて、あなたの国で『白き魔女』と呼ばれていた者です」

 

 

 

 



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Stage.37 覚醒の白き魔女

「ざっけんなし! マジで何、どうなってんだよコレ!? 何この報告は!?」

 

数分前に届き、アレスからもたらされた、軍用通信での『報告』に……テオは、愕然として……その後、わめき散らしていた。

どうしてこうなった、そんな思いと共に。

 

「落ち着きなさいな、テオ! 予想できたことでしょう! ……確かに、何の前触れもなさすぎる上でのことだから、私も驚いたけど……帝国のあの部門が、私たちの予想を、何らかの形で覆した……というだけのことだわ」

 

「だけで済ませられるようなことじゃないから焦ってんだよ! 何だコレ……ホントに、試運転を済ませたから実践投入、攻撃目標がエイルシュタット……予想外すぎる上に早すぎる! コレ完全に独断決定に近い形で進めてるぞ!? あーでも帝政って元々そんなだっけね忘れてた!」

 

「それでこっちには、どころか、おそらくはゼートゥーア閣下たちのところにも相談すらないままに話が進んだのですね……しかし、この情報通りなら、このままではエイルシュタットが……」

 

「わかってる……わかってる! けどそれだけじゃない! 早く手を打たないと、コレは加速度的にやばいことに……日和見主義の連中はもちろん、連合国の及び腰になってる奴らがこれにビビッて寝返らないとも……とりあえずそいつらをなだめて落ち着かせて、黙らせて……それには僕が一刻も早く、というよりまずこの魔女を…………っ」

 

どん、と、自分の胸に叩きつけるように、何かが押しあてられた。

見るとそれは、金属製の水筒だった。冷たく冷えたそれの中身は、水に少しの果糖と塩をまぜたもの。言ってしまえばスポーツドリンクもどきである。

 

それを自分に押し付け、『まずは君が落ち着け』とでも言うようにじっとこっちをにらんでくるアレス。胸に感じる冷たさもあって……テオは、ようやく落ち着きを取り戻した。

 

『すまない』と一言断ってそれを受け取り、栓を開けてぐびっとあおる。

舌を刺激する甘みと塩味、食道を流れ、胃袋に落ちていく冷たい感触を覚えながら……テオは今度は、ゆっくりと、慎重に頭を働かせる。

 

現状は、控えめに言ってもかなり悪い。

 

帝国軍は……どうやら、いつの間にか覚醒し、戦力として実用可能なまでになっていた、あのクローンの白き魔女……『ゾフィー』を、とうとう戦線に投入したらしい。

 

『魔女の力』を戦争に使った場合、どれだけすさまじいことになるかは、イゼッタがすでに実証している。それを今度は、帝国がやった。

言ってしまえばそれだけだが……起こっている事象は、それで済むものではない。

 

報告を今一度確認し、顔をしかめ、眉間にしわを寄せるテオ。

 

「『エイルシュタットの魔女、2度目の敗北』『損耗多大により一時撤退となるも、数日以内に進攻再開の見込』『帝国技術部の汗と涙の結晶により、帝国の勝利は約束されり』……ちっ」

 

 

☆☆☆

 

 

「あっははははっ! 意外と粘るじゃない、小娘!」

 

「くっ……行っけぇ!」

 

すでに、何度も行われたやり取りだった。

 

イゼッタが高速で突撃させる、何本ものランス。

それを、横合いから斬りつける……というよりも、殴りつけるように激突してきた、ゾフィーの操る大剣が妨害。その身に届かせない。

 

お返しとばかりに、ゾフィーは手近にあった大岩を浮遊させて、他の大剣と一緒にイゼッタに殺到させる。

 

それをかわすべくイゼッタは縦横無尽に飛び回り、さらには帝国軍の戦車が密集している個所に突っ込んでいくも……構わず岩と大剣を飛ばしてくるゾフィー。

 

結果、当然のように帝国の戦車や兵士が、降り注ぐ岩や大剣に巻き込まれて爆散するのだが、眼中にすらない様子の元祖『白き魔女』は、もろともにイゼッタをつぶそうとする。

 

その様子を……後方から固唾を飲んで見守っている様子の、エイルシュタットの兵士たち。

 

伏兵として敵を叩く役目を担っていた彼らだが……作戦が進まず、出番が来ない。

それに……あまりに激しい戦闘に、それより前に出られないでいる、というのもある。すでに、先鋒として前に出ていた戦闘機は、半分はゾフィーによって狙い撃ちされ、もう半分は2人の魔女の戦闘の余波だけで墜落……全滅しているのだ。

 

それ以降は、帝国軍だけに被害が出ているが。

 

それでも、エイルシュタットの戦力の要であるイゼッタが……しかも、ペンドラゴンの時とは違って、正面からの戦いで苦戦している様子が、大いに兵士たちを不安にさせた。

 

しかも、相手は同じ『魔女』だ。それも……先程の話を信じるなら……帝国軍が蘇らせた、かの『白き魔女』本人だというではないか。

 

ちなみに、先に全滅した先遣隊の者が、『本当に『白き魔女』なら、エイルシュタットの味方ではないのか!? なぜ忠誠を誓った祖国に敵対する!?』と声高に問いかけた直後……いらだちに表情をゆがませた彼女に八つ裂きにされていた。

疑問ではあるが、この質問がタブーだとその瞬間、イゼッタを含む全員が理解した。

 

それゆえに、ならば戦うしかない……という結論に達したのだが……

 

 

(この人、強い……! 馬力ももちろんだけど、戦いなれてる……?)

 

 

『じゃあやっぱり、あなたは殺すしかないみたいね!!』

 

 

数分前。

 

イゼッタが、戦いをやめてほしいというゾフィーの願いを、フィーネとの誓いを理由に断った瞬間、ゾフィーは豹変して襲いかかって来た。

 

いや、本性を表した、というべきかもしれない。演技をやめて、普段通りにふるまいはじめたのだから。

 

ゆえに、甘えや情けは捨てて、全力で戦っているイゼッタだが……勝てる気がしない、というのが本音だった。

 

今までのイゼッタの戦い方は、『他人にできない』という点を強みにして生かした……いわば力押しによる部分が大きい。

 

だがだからこそ、似たような手、あるいは同じ手を使ってくる相手には分が悪い。

それも……自分以上の錬度でそれをやってくる、ゾフィーのような相手は特に。

 

手を触れずにものを浮かせて、動かす。

 

魔女の力は、ただそれだけのものだ。少なくとも、イゼッタとゾフィーの知る限りは。

それだけでもきわめて強力であるがゆえに、今日まで困ることはほとんどなかったが……互いに同じ力を持っているとすれば、そこでものを言うのは……単純な、魔女としての力量だ。

 

そして、ゾフィーはさらに1つ、イゼッタにはないアドバンテージを持っているのだが……それをイゼッタが知るのは、この直後のことだった。

ただし、ゾフィーの予想とは、少しばかり違う形で。

 

「……っ!?」

 

ゾフィーを追いかけて飛ぶイゼッタは、前を飛ぶゾフィーがスピードを上げたところで、自分もそれに続こうとして……その瞬間、急停止した。

 

「……あら? どうしたのかしら? 追ってこないの?」

 

「……あなた……何で……!?」

 

杖の上で振り返り、挑発するような視線を向けてくるゾフィーだが、イゼッタはそれを気にする様子はない。

それどころではない、とも言う。

 

ちら、と、手元に……乗っている対戦車ライフルに取り付けられている、『レイライン計測器』に向けられる。ほんの一瞬だけ。

 

しかし、確かにその計器は……これより先に進めば、レイラインの魔力がなくなる、という結果をイゼッタに告げていた。

 

一方で、挑発しても追ってこない……だけならまだしも、何かに驚いている、あるいは不思議がっている……といった雰囲気のイゼッタを見て、さすがにゾフィーも不審に思い始めた。

 

そしてその直後……イゼッタが、浮遊させていたランスのうち、今にも壊れそうな1つをこちらに飛ばしてきて……しかしそれが、途中で墜落した。

その光景に、ゾフィーは目を細めた。

 

「へぇ……気づいたのね?」

 

「やっぱり、魔力が……でも、何であなたは魔法を使えるの……?」

 

言いながらもイゼッタは……うすうす勘付いていた。

先程から、ゾフィーが乗っている杖の先端部分で輝く、謎の赤い石……あれが関係していると。

 

ゾフィーからの返答はなく、代わりに、彼女もまた問いかけ返していた。

 

「あなたこそ……そのままこっちに飛んできてくれれば楽だったのだけれど……今、明らかにレイラインの消失を知って止まったわね? レイラインは不可視のはずなのに……その、さっきからチラチラ見ているおもちゃに秘密があるのかしら?」

 

「……っ……あなたこそ、何でレイラインが通っていない土地で魔法を使えるんですか? それに、そもそもここはレイラインが、かなり太いそれが通っていたはずなのに……何で……」

 

「……妙な道具を使うのに、『魔石』のことは知らない……何だかちぐはぐね、あなた。それはそうと……質問しているのはこっちなのだから、答えてくれないかしら……ねっ!」

 

直後、再び飛んでくる大剣をかわすイゼッタは、ランスで応戦する。

 

再び、2人の魔女が、文字通り火花を散らす。

お互いに爆発物を武器としては持っていないために、質量武器がぶつかり合った。

 

そんな中で会話する余裕があるのは……2人が2人とも、すぐれた『魔女』であるがゆえか。

 

「ちぐはぐといえば……あなたは戦い方もそうね! あなた、私の他に魔女を知っているの?」

 

「……っ……何の、話ですかっ!」

 

「あなたの戦い方、変なんだもの……明らかに、ただの人や、機械のおもちゃを相手にしたときの戦い方じゃない……それは、『魔女』を相手として想定した戦い方だわ」

 

「っ……!?」

 

「私の他に敵対する『魔女』がいるのか、それとも……」

 

飛び回りながら、イゼッタは驚いた。ゾフィーの観察力に。

 

まさにその通りだったからだ……今のイゼッタは、自分と同じ『魔女』を相手取る際のことを想定した、その時のために訓練を重ねたやり方で戦っている。

 

内容自体は……ジーク補佐官が考えたものだ。

相手が質量武器を飛ばしてきた場合の対処、地形やその他周囲の条件に合わせた立ち回り方、注意すべき行動、相手にさせてはいけないこと……エトセトラ。

 

その意図は……自分と同じ『魔女の力』を持ち、現在帝国軍に在籍している、テオとの戦いを想定したもの。彼と戦う時を案じて、補佐官が極秘に作った戦闘用プランだ。

 

あまり考えたくはないが、必要性はわかるがゆえに、それを覚えたイゼッタだったが……まさか、テオ以外の『魔女』と戦うことがあり、それに役立ってしまうとは、予想外だった。

 

もちろん、そんなことはつゆ知らずのゾフィーだが、イゼッタに答える気がないとわかると、すっぱり思考を切り替えた。

 

尋問から……殲滅に。

 

そして、ゾフィーがまとう空気が変わったことを悟ったイゼッタは……こちらも覚悟を決める。

先手必勝、とばかりに……自分が乗っている対戦車ライフルに火を噴かせた。

 

直前に察知したゾフィーに、大剣を盾にされて防がれてしまったが……盾ごしに伝わってきたその威力に、ゾフィーは舌を巻く。大したものだと。

 

 

「何百年かぶりに戦いの場に出てきてみれば、驚かされることばかりだわ。動く鉄の箱に、空を飛ぶ鉄の塊、海に浮かぶ鉄の船……同族殺しの技術が随分と進歩していたもの。かろうじて昔もあった、火を噴く鉄の筒は、より大きく強力になっているようだし……」

 

しかしそれでもなお、余裕の笑みを崩さないゾフィーは……手元に魔力を集中させる。

杖についている赤い石が、一層輝いた気がした。

 

「ふふっ、肩慣らしの時は、こんな風に一方的に殺しつくすだけじゃ、私の復讐心が満足するか不安だったけど……あなたくらい、活きのいい足掻き役がいてくれると、やりがいがあっていいわ。さて……こちらも手札を1つお見せしようかしら」

 

直後、ゾフィーの手元の魔力が収束し、赤い、ガラスか何かのような粒ができた。

小さい。ピンポン玉ほどか、それよりも小さい……という程度の大きさだ。

 

見たこともない光景に不思議そうにするイゼッタに向けて……ゾフィーは、それを飛ばした。

 

「魔女の力に関して、少々無知なようだけど……これはご存じかしら?」

 

その笑みに……寒気を感じたイゼッタは、とっさにその謎の赤い結晶を、ゾフィーと同じように、周囲に浮かせたランスで防いだ…………その瞬間、

 

先の対戦車ライフルの一撃とは、くらべものにならない威力の……大型魚雷に匹敵しかねない威力の爆発が起こった。

 

 

☆☆☆

 

 

(……報告書通りなら、クローンであるゾフィーには活動限界がある……イゼッタが粘ってそれを理由に撤退させられたのはよかったけど、こちらのダメージも無視できないものになったらしいし……何より、帝国軍はそう間を置かずにまた来るだろう。同盟国がどれだけ動けるか……)

 

「……この、肩慣らし、って書いてあるの……何のことかしら?」

 

「おそらくだけど……アレーヌ市の焼き討ちのことだ。アレの実行犯がゾフィーだったんだろう……どれだけ資料を探しても内容がぼかされてる上に、後方にベルクマン中佐の名前があったわけだ……これ幸いと、『魔女の力』のリハビリに利用したな」

 

「なるほど……有効利用と言えなくもないか。しかし、この魔女……報告を見る限りだと、どうも『白き魔女』としての記憶があるようですな?」

 

「クローンとはいえ、その体は試験管の中で作られたもの……言うなれば、同じ顔を持っているだけの他人のはず……なのに、記憶を受け継いでいるということは……」

 

「単なるクローンではなく、『錬金術』を用いたホムンクルス、なのでしょうな」

 

「つまりは、マリーさんと同じ……?」

 

「うむ、おそらくは……『魔力』による副次効果かと。または、『魔石』とやらの……」

 

集まった情報を、吟味を通り越して『解読』しながら……テオ達は状況を把握する。

 

どうやら、イゼッタはゾフィーとの交戦の末……力尽きて墜落し、戦闘不能になってしまったらしい。

しかし、同時にゾフィーも不調をあらわにし、悔しそうに飛び去って行ったとある。

 

おそらく、全力ないしそれに近い戦闘に、体力が続かなかったのだろう。クローンであるが故の、先天的な虚弱体質に、イゼッタは、そしてエイルシュタットは救われた形だ。

 

しかし、現状は依然として最悪に近い。

イゼッタがゾフィーを退けたはいいが、自分も戦闘不能……となれば必然的に、その後始まるのは、それぞれの国が保有する、魔女以外の戦力同士の激突だ。

 

そして……エイルシュタットとゲルマニアとでは、そこには大きすぎる差がある。

 

幸い、イゼッタが時間を稼いでいる間に到着した同盟国の軍――ゾフィーが撤退したと聞いて参戦してくれた――が食い止めてくれたおかげで、現在は拮抗状態にある。

 

しかし、それも長くは続かないのは明らかだ。

数日中に……ゾフィーが戦線復帰するのだから。

 

『負傷』して撤退したイゼッタと違い、あくまで体力回復のために時間を必要としたゾフィーでは……コンディションの回復速度には雲泥の差があるだろう。

 

戦線離脱レベルの負傷が、たった数日で治癒するはずもない。

仮に、数日後のゾフィーの参戦に合わせてイゼッタが出てきたとしても……その戦闘能力には、あまりにもひどい差が出ることだろう。生傷の癒えぬままに戦場に出てきて、どれだけの働きができるだろうか。

 

加えて、先にゾフィーにはイゼッタの戦術や能力の程度をさらしてしまった。

そしてそれを、帝国軍も見ている。対応されれば……最悪、秒殺されることさえありうる。

 

しかし、それならばまだましだ。連合側の努力で、何とか改善しうる余地がある。

 

……もっと最悪なのは、帝国が極めてセオリー通りに攻めてきた場合だ。

 

「セオリー通り、とは?」

 

気になったのか、マリーとニコラが訪ね返してきた。

アレスは……少し考えて、思い至ったのか……何も言わない。代わりに、表情がやや険しいものになった。

 

「戦争における基本中の基本。なんだかわかる? 勝つために大事なこと、って言ってもいい」

 

「ふむ……勝てない戦いはしない、あるいは、相手よりも多くの兵を用意すること、ですかな?」

 

「あとは、兵站の綿密な管理や、敵の情報の把握、伏兵への対策、連絡手段の確立……」

 

「そこまで細かくなくてもいいわ。もっと言えば……戦争する上での前提条件でもあり、また、『魔女』にとっての最重要条件でもあるわね」

 

「おや、アレスは気づいていたのか……しかし、魔女にとってのとは…………あっ!」

 

ここで、マリーが気づき……さらに、遅れてニコラも気づいた。

 

「後は、そうですね……戦いやすい地形で……うん? 地形……土地……場所……っ! そうか……レイラインですね!」

 

それに、テオはうなずいた。

 

「その通り……レイラインが通っていない場所から攻め込むだけでいい。それだけでイゼッタは戦力外通告だ。今回はただ、レイラインがある――と思ってる地域で戦った方が油断させられるからそうしただけだろうね。あらかじめ魔力を吸い上げて枯渇させておけば、イゼッタは墜落……それだけで大怪我、勝負ありだ。計測器のおかげで目論見がつぶれたようだけど」

 

「ゾフィーとかいう魔女が目覚め、しかも『白き魔女』の記憶を持っている……当然、レイラインのことも知っているでしょうし、テオが例の研究部門で見た『レイラインの地図』の意味も知られているのでしょうね。であるならば……利用しない手はないわ」

 

「そして、この『魔石』とやらは……魔力をあらかじめ充填しておくことにより、レイラインのない土地でも魔法が使えるようにする道具……。偶然ですが、我々の作ったものと同様ですな。魔石があれば、イゼッタの力を封じたまま、ゾフィーだけが魔女の力を使って戦える」

 

「そして、その戦力差を埋めるだけの力が、連合にはない……物量、兵器の質、展開力……勝っているのは兵士の数くらいですか。それも総量で……控えめに言って詰んでいますね」

 

「それ、控えめに言わないとどうなんの?」

 

「すでに死に体、あたりかと」

 

「……冗談じゃないから困る……救いがあるとすれば、そのゾフィーの活動限界と……『魔石』が副作用ありの自爆アイテムだってことくらいか」

 

情報には、それについても記されていた。

 

天然ものの『魔石』は、魔力を蓄えてレイラインのない土地でも戦えるという利点があるのに加え……出力そのものを上げたり、魔力結晶を即座に手元に作れる、などの利点がある。

 

『魔力結晶』については、どうやら帝国の研究機関は『エクセニウム』という名前で呼んでいるようだが……こちらも勝手にそう呼んでいるだけなので、テオは特に気にしなかった。

 

戦闘中、ゾフィーは手元に作った魔力結晶を投射し、そのまま暴発……というか爆発させるという攻撃もしていたらしい。ファンタジー風に言えば、爆発魔法、とでもいえるジャンルだろう。そのまんまというか、単純な手ではあるが、強力であることは確かだ。

 

しかしその強大な力の代償として……使えば全身に激痛が走り、命がむしばまれるという……呪いのような副作用があった。

 

「……しかし、イゼッタさん、あるいは連合が負ける前に、その反動でゾフィーが力尽きるというのは、あまりにも希望的観測……いえ、それを通り越してありえないかと」

 

「だよね、やっぱ……ちっ、時間がない。さっさと対応を考えないと。まず、黒の騎士団を動かして戦力の分布を……」

 

そう、時間がない。それは、皆わかっていた。

だからこそ、すぐに動かなければならないと思っていた。

 

幸い、手元の仕事は余裕があるし、2日、いや1日半あればどうにかなる。まとまった時間を作ることも難しくないだろう……旅程は最悪、後で調整できるのだ。

 

それに、この出張を組んだのはゼートゥーア中将以下、『反逆組』である。そのあたりをほのめかせば、手を貸してくれるだろう。ゼロ経由で、一応話は通してあるのだから。

 

……そんな見通しが甘いものだったと、彼らが気づくのは……そのさらに数時間後、

遅れてやってきた、さらなる凶報と、それを上回る……吉報のような凶報を聞いた時だった。

 

 

 

「……何つった、今?」

 

座った目で、ニコラに問いかけるテオ。

それを受けて、若干委縮しながら……また、自身もその通信の中身が示すところを理解しているからこそ、ニコラは若干体を震わせながら、口を開いた。

 

手にしている通信の文面を、ただ読み上げるだけ……なのだか、それの、何と過酷なことか。

 

「はっ。さきほど届いた軍用通信によれば……ゾフィーの回復を待たずして、帝国軍は、レイラインのない土地を通ってエイルシュタット領内に進軍したと……」

 

「そこはいい……その後」

 

「はっ……その侵攻軍の先鋒が、魔女イゼッタに壊滅させられたと……レイラインのないはずの土地で、です。さらに……戦場を観測していたいくつかの班から、魔女イゼッタは、所々包帯等を巻いていて、傷は快癒していない様子であったこと。そして、胸に、ゾフィーが杖に着けているのと非常によく似た、赤い半球状の宝石がついたアクセサリーをしていた、と……」

 

ばきん

 

テオが持っていた、軍の備品の……しかし、決して安いものではないペンが、音を立てて真っ二つに折れた。

 

中から漏れ出たインクが手を濡らし、汚すのを気にせず……テオは、その手を握りしめる。

欠片が手に食い込んでやや痛いが、気にならなかった。

 

最早、一刻の猶予もない。それが、わかってしまったから。

 

(何でそっちにも魔石があるんだつーか何でそれを使ってんだあーあーわかるよイゼッタおねーちゃんのことだからどーせフィーネおねーちゃんのためだとか勝つためにはこれしかないとか言って自己犠牲まっしぐらの覚悟で人の気も知らずにあんのバカたれがぁ!!!)

 

「くっくっく……どいつも、こいつも……種類は違えど、バカばっかり……!! 上等だ……目には目を、歯には歯を、バカにはバカ、魔女には魔女、チートにはチートでやってやる……!!」

 

「……ボス、お気を確かに」

 

「心配してくれてありがとうアレス。でも大丈夫、落ち着いてるよ、水ドンはもういい」

 

『水ドンって何よ?』というアレスの問いは無視して、テオは手をふき、予備のペンを取り出すと、すさまじい速さで白紙の便箋に何かをしたため始めた。

 

横からマリーがそれを覗き込むと、それは……こなさなければならない仕事と、その手順をまとめた書類だった。

ものの数分で十数枚のそれを作り上げたテオは、それをアレスに押し付けた。

 

「……これを、私に、やれと?」

 

「うん。悪いけど頼む」

 

「……構わないわよ、時間もあるし……けど、あなたはその間、どこで何をするのかしら?」

 

「現地行ってくる」

 

「「……はっ?」」

 

マリーとニコラが、唖然としたような表情で言った。

アレスは……こちらはある程度予想で来ていたのだろうか、驚きは小さい。

 

そんな彼らに向けて、テオは……言った。

 

 

 

「無理言ってるのは承知だけど、これが一番手っ取り早くて確実だ。だから、やる。アレス、ニコラ、マリー……『蜃気楼』と予備のゼロスーツを用意しろ。僕が自ら出る!」

 

 

 

 



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Stage.38 魔女 対 魔女

 

 

イゼッタは、空を飛んでいた。

いつものように、対戦車ライフルに乗って。

いつものように……姫様の敵を倒すために。

 

違うのは……胸元にきらめいている、深紅の宝玉の存在だ。

 

静かに赤く光るそれは……イゼッタに力と、しかし同時に苦痛を与える。

今はイゼッタは、自分の『魔女の力』だけで飛んでいるため、苦痛はないが……もうじき、再び帝国軍が攻めてきている、レイラインのない地域に入る。

 

そうすれば、コレを使わねばならず……その力の代償は、静かにイゼッタをむしばんでいくだろう。

それでも……イゼッタに迷いはなかった。

 

覚悟なら、とうに決めていたのだ。

コレを……『魔石』を受け取った、その時に。

 

いや……姫様の、フィーネのために戦うと決めた、その時に。

 

自分の全てを、彼女にささげると。

 

 

☆☆☆

 

 

『白き魔女』を名乗る少女……ゾフィーとの戦いの後、イゼッタは、いつもの部屋で目を覚ました。ランツブルックの王宮に設けられた、イゼッタの自室……その、ベッドの上で。

 

体のあちこちに包帯を巻いた、痛ましい姿で。

動くたびに鈍痛が体中を襲う、壊れかけた体で。

 

うめき声を聞きつけてやってきたロッテによって介抱された後、車いすに乗せられて、イゼッタは部屋を連れ出され……これまた『いつもの』という言い方がふさわしい、会議室へ。

そこで、心労からかすっかりやつれた様子のフィーネや、ジーク補佐官、ビアンカ、将軍に首相といった面々と顔を合わせ……その場にて、イゼッタは説明を受けた。

 

帝国との戦いの後、回収され手当てを受けたイゼッタは、今まで眠っていたこと。

 

イゼッタのケガは、命に係わるほどではないが、決して軽いものではなく、長く見て全治1か月ほどのものもあるということ。

 

数日後……早ければ明後日にも、帝国軍が再び攻めてくる可能性があること……等々。

 

その場にいた全員が悟っていた。絶望的な状況だと。

連合国の軍が共に戦ってくれているが、長く持つとは思えないし……もしまたゾフィーが出てくれば、一気に瓦解してしまう。

 

頼みの綱の――言う際に全員が悲痛そうな顔をした――イゼッタも、あらかた傷はふさがりつつあるとはいえ、まだ万全には程遠く、動けば生傷に逆戻りしてしまうようなそれも多い。また、そのようなコンディションで、まともに戦えるとは思えない。

 

もし仮に出撃すれば……ただの軍隊相手なら何とかなるかもしれない。

しかし、もしゾフィーが出てくれば……

 

無論だが、この状態でイゼッタに『出撃せよ』などと言う者はだれ一人いなかった。いても、彼らの頂点に立つ少女が許さなかっただろう。

 

しかしそれは同時に……1つの事実を如実に示している。

このままでは、エイルシュタットは負ける、と。

 

そのせいだろう、交わされる話もまた……彼女の耳に優しくないものばかり。

 

しまいには、フィーネに亡命を進める話すら出てくる始末だった。

戦い続けるために、この国を出なければならないのか……そう、残酷なことこの上ない現実を突きつけられた親友に、イゼッタは必死に声を上げた。

 

まだ戦える。姫様がここを出たくないなら、私が何とかする、と。

 

しかし、それが実現性に乏しいものだということを、皆が知っていた。イゼッタ自身すらも。

 

……そんな中、

 

 

『……もし君が、何を捨てても、今のこの状況をどうにかしたいと思うのなら……方法はある』

 

 

そんな言葉が、この場で最も意外な人物の口から出た。

 

驚く全員の視線が集中するその先で、彼――ジーク補佐官は、懐に手を入れ……中から、何かを包んだハンカチのような白布を取り出す。

 

それを開くと、そこには……見覚えのある、赤い宝石が乗っていた。

 

 

 

その後、当然ながら会議室は荒れた。

 

ジーク補佐官の口から語られた、『白き魔女』の真実。

その魔女……本当にゾフィーという名前だった彼女が使っていた、『魔石』という名の武器。

その力……そして、その副作用。

 

当然、フィーネやビアンカは反対した。

イゼッタに力を与える、それすなわち、この絶望的な状況を改善できる妙手だと理解しつつも……その代償に、イゼッタは苦痛にさいなまれ、命が削られるのだ。

 

そんなことは認められないと、2人はもちろん……将軍や首相、エルヴィラも反対した。

補佐官は何も言わない。どんな選択をしても、誰に何を強制するつもりもなかったのだろう。

 

……それでも、最後には……この場で最も頑固な『1人』の賛成で……それは決まった。

 

『その魔石は、そなたの命をむしばんで力を引き出すのだろう!? そんなものを、そなたに使わせるわけには……!』

 

『イゼッタ、お前はもう十分戦った! もういい……そんな力で戦っても、フィーネ様も、誰も……誰も喜ばない! そんなもの、そんなこと、望まない!』

 

『私……最後までやりたいんです! 自分の意志で始めたことだから……まだ、私の体は動く、力も使える……戦える! だから姫様……諦めるなんて言わないで! そんな形で終わらせちゃダメです! ……姫様、いつも言ってたじゃないですか! 自分は国の皆に生かされてる、だから戦うんだって……』

 

『だからと言って、君が命を投げ出していい理由にはならない! 君はまだ15なんだぞ!?』

 

『本来ならば、この戦争に関わることすらしなくてよかったはずだ……なのに……』

 

『……そんなこと、最初からわかってます。それでも……それでも私、姫様のために戦うって、自分で決めたから……それが、私がやり遂げたい、たった一つのことだから、ここまで戦ってきたんです! 私だってそう……私なんかのために、たくさんの人が命を懸けたり、投げ出したりしてくれた……だから……こうして立っていられるのなら、その思いを無駄にしたくない!』

 

『無駄になんて……あなたは今まで精一杯戦ってきたじゃない! これ以上は、本当にあなた!』

 

フィーネが、ビアンカが、将軍が、首相が、エルヴィラが……どれだけ止めても、何を言っても……彼女の意思は、揺らがなかった。

 

『最後までやりたいんです……自分で始めたことだもん、最後までやり遂げなきゃ……。姫様だって、本当はあきらめたくないんでしょう……この国が、国の皆が大好きだから……』

 

『……そなたは、そうか……やはり、私が諦めない限り、そなたもあきらめてはくれないのだな』

 

『……いいえ、違います。姫様が『あきらめたくない』限り、です。もし、姫様が泣き言を言って、我慢してあきらめるなんて言うなら……私、ひっぱたいてでも止めます』

 

『……そなたなら、実際にやるだろうな。ははっ、目に浮かぶようだ……だが……もう何度も言ったことだが、言わせてくれ。イゼッタ……それではそなたが……』

 

『……私は、魔女です。それ以外の生き方はできません……その生き方の中で、最後の最後まで姫様に尽くす、って決めたんです。どんなことがあっても、必ず私は……あなたを助けます。だから……つらいのも苦しいのもわかってる……けど、でも、それでもいつもみたいに……

 

 

 

……お願い、フィーネ』

 

 

 

『……そうだな、私は……命ある限り、そなたの願いをかなえるといった』

 

『……はい……そして私も、最後まで、姫様のために戦います……!』

 

『わかった……共に戦ってくれ、イゼッタ!』

 

『はい!』

 

 

 

そうして、イゼッタは魔石を手にし……しかし、歓迎されないその力を振るって、ゲールの軍を撃退した。

 

それが……すでに、数日前の話だ。

 

☆☆☆

 

そして今、再びイゼッタは……ゾフィーと、その刃を交えていた。

 

その戦況は……あまりにも、残酷なまでに、予想の通りだった。

 

「……バカな小娘ね。そんな傷で……しかも、そんなろくでもない道具まで持ち出してくるなんて」

 

「あなたに勝つには……これが必要ですから」

 

「妄言にしか聞こえないその目標は笑わないでおいてあげる。でも……あの国の王族にそこまで肩入れするなんて……私が言うのも何だけど、本当にバカよ、あなた」

 

戦闘の中で……何を思ったか、彼女は語った。

かつて、『白き魔女』だった自分に……何が起こったのか。

 

それは、途中までは……すでに、ジーク補佐官からイゼッタが聞いていたことだった。

白き魔女は、おとぎ話にあるように、末永くエイルシュタットを守って幸せに暮らしなどしていない……裏切られ、魔石を奪われ……異端審問を恐れて、処刑されたのだと。

 

違ったのは、一点……彼女を裏切ったのが、彼女と王子の愛に嫉妬した王妃ではなく……彼女が愛した王子その人だったこと。

 

自分が生きている間はいい。自分がかばうことができる。

しかし、自分が死ねば、魔女の存在は、祖国に災いをもたらす。教会に異端視されれば、それは国の滅びを招きかねない。

 

だから……彼女を見捨てた。

国を守るために。

 

苦渋の決断だったのだろう……それは、想像できる。

 

だが、それで、その生贄にされた当人が納得するかといえば……別だろう。

 

『あんなに尽くしたのに』

『あんなに殺したのに』

『どうして私を捨てたの』

『絶対に許さない』

『私には、復讐する理由が、権利がある。あの国の全てに……あの男の末裔に!』

 

憎悪にまみれながらも……その言葉は、どこか悲しみを孕んで吐き出されたように、イゼッタには思えた。

 

 

☆☆☆

 

 

その数十分後。

あまりにも残酷な結果は……しかし当然のように訪れた。訪れてしまっていた。

 

片や、一時は疲労で撤退したとはいえ……負傷らしい負傷もない、ベテランの古豪。

 

片や、満身創痍に近い傷だらけの体を、無理に動かして戦った、新参の魔法少女。

 

勝利の女神は、下馬評を覆すことなく……ゾフィーに微笑んだ。

 

「はぁ……はぁ……っ! ま、まだ……待って……まだ、戦える……!」

 

「……もうおやめなさい。これ以上は無駄よ」

 

イゼッタの体は……ふさがりかけていた傷が開いたのも含めて、全身、これでもかというほどに大小の傷でおおわれていた。

見えない部分のそれも含めれば、30に届くだろうか。

 

当然、血も各所からにじみ出て、あるいは流れ出ており……傍目にも満身創痍であることは明らかだ。

 

加えて……この国を守る、という目的も、最早儚い。

すでに、イゼッタと共にこの戦場に来た者達が守っていた防衛ラインは突破されつつある。もう数分もしないうちに、帝国軍はエイルシュタットの奥へ、奥へと、どんどんなだれ込んでいくだろう。それを止める力は……もう、どこにもない。

 

目標は……考えるまでもない。

フィーネ大公のいる、首都ランツブルックだ。

 

そこには、一応高射砲や阻塞気球などの備えもあるが……そんなものは、数分あればゾフィーが全て片付けてしまうだろう。そこからは……考えたくもない。

 

そして……その、数時間後に滅ぶ運命をたどる、と皆が悟ってしまう、首都・ランツブルックにて……通信の向こうからもたらされる凶報に、会議室は、葬式会場のような空気になっていた。

 

(……ここまで、か……すまない、イゼッタ……そなたが、全てを投げ打って戦ってくれたというのに……)

 

最早、逃れられない破滅が、敗北が、そこまで迫ってきている。それを……フィーネは感じていた。

 

ここはもう危ない、一刻も早く逃げるべきだ。

未来のために、ここは引くべきだ。

そんな声が、どこか遠くに聞こえる。

 

フィーネは……しばしの、沈痛極まりない沈黙の後に、喉の奥から滲み出させるように、ぽろりと無意識にこぼすかのように……言った。

 

「……補佐官……ビアンカ……イゼッタは、今、戦場だな」

 

「……はい」

 

「助けることは……できるか?」

 

「っ……それは……」

 

「……難しいでしょう。最早……現地展開中の軍に、そこまでの余裕はありません」

 

ビアンカが言いよどんだことを、さらりと言ってのけたジーク補佐官。

それは、冷血なセリフのようで……しかし、あまりにも当たり前の事実だった。

 

できるはずがない。最終防衛ラインすら食い破られそうになっている現状……最前線にいる、1人の少女を助けるだけの余力が、どこにあろうものか。

 

「そう、か……そう、だろうな……」

 

絞り出すようなフィーネの声は……それを見ていたビアンカが、目の端から涙が零れ落ちるのを止められない程度には、悲痛だった。

嗚咽も聞こえる。誰のものか……わからないが。

 

(……わかっていたはずだ。わかっていて、送り出したはずだ……負ければ終わると……こうなると! それでも、どこかで思ってしまっていたのかもしれない……きっと、大丈夫だと。イゼッタなら……今まで、数多の逆境を跳ね返してきた彼女なら、と!)

 

そう、わかっていたはずだった。

 

コレは戦争。

負ければ死ぬ。死ななくとも、いいことにはならない。

テオの一件の時にも思ったことだ。

 

(もう忘れたのか、この愚か者め……)

 

自身を叱咤するも、最早それすら空しい。

 

すでに、あの優しくて強い友人を……彼女は自分ではどうにもできない。助けることも。

 

……許されるなら、叫びたかった。彼女を助けてくれと。

しかし、彼女の立場が、それを許さない。

 

国の存亡がかかったこの状況下で、そんな命令を出すなど論外だ。

自分はこれから、速やかにここから逃げ出し……安全な隠れ家へ移るか、あるいは国外へ亡命しなければならない。これから先も、帝国と戦い続けるために。祖国を守る……あるいは、取り戻すために。

 

それ以外に、力を割くべきではない。

ゆえに……

 

(……見捨てろ、ということか……かつての『白き魔女』の時と同じように……友を……!)

 

どれだけ涙を流しても、一向に消えても減ってもくれないくやしさ、悲しさ。

それをフィーネは、国家元首としての使命感と責任感で押さえつけ、あくまで国のために動こうとして………

 

「いやだ……!」

 

………少しだけ、失敗した。

 

「頼む……」

 

誰にも聞こえようがない……それこそ、隣にいたビアンカやジーク補佐官にすら聞こえない程度の音量で……ほんの少し、弱音が漏れた。

 

「誰でもいい……彼女を、救ってくれぇ……っ!」

 

その声は……誰にも届かずに、むなしく喧騒の中に消えた―――

 

 

 

―――はずだった。

 

 

 

『わかった……聞き届けよう、その願い』

 

 

 

遥かな空の果てで……無力な少女の声を聴き、そんなことをつぶやいたものがいた。

 

その声は……フィーネには、届かなかったが。

 

 

 

『……つか、思わず言っちゃったけど、どんだけ離れたところからの思念感じ取ったんだよ僕……マジでニ○ータイプかイノベ○ターじゃないのか、コレ?』

 

 

☆☆☆

 

 

それは、慈悲だった。

魔女ゾフィーから……魔女イゼッタへの。

 

このまま帝国につかまれば、ろくなことにはならないだろう。

そう考えたゾフィーは……容赦なくとどめを刺す体で――実際にそうなのではあるが――彼女に、何十発もの飛行爆弾を降り注がせ……肉片すら残さず消滅するように、眼前の景色ごと全てを焼き払った。

 

爆風で巻き起こった土煙が晴れれば、そこには……凹凸が目立つ形に無残にも変形した、何もない地面がある…………はずだった。

 

「…………っ?」

 

しかし、煙が晴れた時……そこには、あまりにも予想外の光景が広がっていた。

 

(……何、これは……いつの間に……?)

 

 

 

そこに立って、否、飛んでいたのは……黒と金色のカラーリングを持ち、鉄とも鋼ともわからない素材でできた、そして……人の形をしているという特徴を持つ、『何か』だった。

 

 

 

 



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Stage.39 蜃気楼、舞う

 

死んだと思った。

爆弾が、飛んでくるのが見えた。

でも、何もできなかった。

防ぐことも、逃げることも……動くことすら。

 

「ごめん、なさい……ひめ……さ……ま……」

 

頬を伝う、一筋の涙の感触を感じながら……ぽつりと、そうつぶやくことだけが……最後に、私ができたことだった。

 

そして……もう間違いなく死ぬとわかって、緊張の糸が切れて……ふらっと、地面に向けて倒れ込んだ。

気絶するのと、死ぬのと……どっちが先だろうな、なんて考えていた……そんな時、

 

 

『……っ……間に合ったぁァア!!』

 

 

そんな声が……爆音の向こうに聞こえて、

同時に誰かに、体を抱き上げられる感触がした……そんな気が、した。

 

 

☆☆☆

 

 

『何だ、これは?』

 

帝国軍と……その先頭に立っている、ゾフィー。その両者に共通の思いだった。

戦場に突如現れた、黒と金色の異様な……人形を見ての、率直な感想だ。

 

手足があり、2本の足で直立しているものの……完全な人型とは言いづらい。顔は人間のそれではないし……手足の指?も、爪のような形状だ。おまけに、背部には羽も生えている。

 

まるで、トカゲと人を足して二で割り、それに鎧を着せたような造形。

その場にいた面々は、そう例えるので精いっぱいだった。

 

無理もない。この時代に、『人型ロボット』などというものはないのだ。創作物の中でさえも。

 

突如として戦線に現れたこの謎の物体を前に、ゾフィーは、いらだちを隠そうともしないままに……しかし、わずかな警戒心をのぞかせて、訪ねた。

 

「……何かしら、これは……新型の『せんとうき』とやら? ……人が乗ってるなら、言葉も通じそうなものだけれど……」

 

『ほう……数百年前から蘇った古き英雄は、慧眼でもあるようだな。知識として持っていないにも関わらず、大体のところまで当てに来るか』

 

「……!」

 

自分の言葉を遮って響いた……無線機越し独特の、ノイズをわずかに含んだ機械的な響きの声。

それが……ゾフィーのみならず、線上にいたほぼ全員の耳に届いた。

 

「……言葉は通じるみたいね。あなたは誰? そのお人形に乗っているのかしら?」

 

『これは失礼……初めまして、白き魔女・ゾフィー殿。私はゼロ……しがない反逆者だ』

 

その言葉に、帝国軍に動揺が走る。

『ゼロ!?』『あの反逆者の……』『テルミドールにいたのではなかったのか!?』『本物か?』……等と騒然となる中、ゾフィーはあくまで冷静だった。

 

「……名前は知っているわ。民衆を扇動して武力蜂起に煽り立て、平和を乱す仮面の悪魔……だそうね?」

 

『これは手厳しい。私としては、その平和を……真の意味で手にするためにこそ立ち上がり、戦っているつもりですが……帝国の立場から見ればそうなのでしょうね。まあ、この手の話は水掛け論になりますので、特に反論するつもりはありませんよ、どうとでも言っていただいて結構』

 

「別にどうでもいいわ。それより、何の用かしら? 何のためにあなたはここにいるの?」

 

『では単刀直入に……このままお帰り願いましょう。もちろん、後ろの鉄箱の中の方々もご一緒に』

 

それに対しての返答は……眉間にしわを寄せたゾフィーによる、無言の爆撃だった。

 

魔力を凝縮して精製した魔力結晶を、高速で飛ばしてくる。

それが直撃し、哀れな黒い人形は粉々に爆散する……かに思われた。

 

が、その直前……その機体と、降り注ぐ魔力結晶の間に、緑色の光でできた、半透明の板が出現し……魔力結晶はそれに激突・爆発した。

しかし……その向こうの黒い『人形』には、何の影響もないように見える。

 

防がれた。そう悟ったゾフィーは……さすがに驚きを隠せなかった。

それは、攻撃がきかなかったことにだけでは、もちろんない。

 

(何なの、今の光の壁は……数百年も未来の時代によみがえったのだから、見たこともない兵器があるのはもう慣れたけど……今のは、明らかにおかしい! だって、あれは……)

 

「……あなた、何者? そのおもちゃは……一体、何?」

 

『何者とは……さて、どう答えるべきかな。含意が広すぎる質問はできれば……』

 

「じゃあ、はっきりわかるように聞いてあげるわ……あなた、『魔女』ね?」

 

その言葉に、後ろに控えていたゲールの兵士たち……さらには、通信の向こうでそれを聞いていた者達全てが、息をのんだ。

 

今、あの『魔女』は何と言った?

仮面の反逆者、稀代の戦略家……あのゼロが、『魔女』?

 

『これは異なことを……仮面でくぐもってはいますが、声で男だとお分かりいただけない?』

 

「とぼけなくても結構よ……その光の壁……どうやったのか細かいところまで分かったわけではないけれど、間違いなく『魔女の力』によるものだわ。それは間違いない。それに……よくよく見れば、そのおもちゃ自体、『力』を使って動かしているようだし……あなた何者? 我が一族の末裔か……はたまた、外に流れ出た血の果てか何かかしら?」

 

『ノーコメントとさせていただきましょう。ただし……1つだけ忠告を。『魔女の力』を使えるからと言って、その者が魔女だとは限りませんよ?』

 

「何……?」

 

『かつて人は、陸で生きていくだけで精いっぱいの生き物だった……。魚のように海で泳ぐこともできず、鳥のように空を飛ぶこともできず、獣のように鋭い牙や爪、角をもたない彼らは、拾った木の棒を、己が命を預ける最強の武器としていた時代が確かにあった……しかし今、人は知恵によってそれを克服した。船に乗って海を渡り、飛行機に乗って空を飛び、原始的な武器とは比較にならない強大な『兵器』をその手にもって戦う力とした……かつて神のみが扱えたとされる赤き火ですらも、今では一般家庭で日に何度も活躍している』

 

「回りくどい物言いは好きではないの……要するに、答える気がないのね? なら……」

 

『いつまでも『魔女の力』が、自分たちだけの専売特許だと思うな、という警告だったのだがね……人間を舐めるなよ、過去の亡霊め』

 

「おしゃべりは終わりよ……話す気がないのならそれでもかまわない……死になさい!」

 

言うが早いか、ゾフィーは空高く飛びあがり……同時に、再び魔力結晶を生成して飛ばしてくる。

しかし、全てをではなく……そのうちのいくつかを、帝国軍の陣地に飛ばした。

 

だがそれは、着弾して爆発するのではなく、設置されていた、ミサイルのような『飛行爆弾』の中に吸い込まれていき……直後、ゾフィーの支配下に置かれたそれがふわりと浮き上がり、急加速してゼロの乗るロボット……『蜃気楼』という名のそれに迫る。

 

全方向から囲むようにして放たれたそれらを前に……ゼロは、

 

『無駄だ』

 

全方向に緑の光の壁……『ブレイズルミナス』と名付けられた障壁を発生させる。

 

殺到する爆発物の全てを受けきり、なお健在の光壁。

ちっ、とゾフィーは舌打ちするが、すぐさま同じことを繰り返す。

 

「呆れた硬さね……けど、微妙にゆらぎが見えるわよ? 無限に耐えられるわけじゃないのなら……どこまで持つか見ものというものね!」

 

『安心したまえ……そのような退屈極まる真似しかできない私ではない』

 

直後、蜃気楼の真上にブレイズルミナスが出現し、それごと急上昇。

上からの爆発物を強引に突破して上空高く上がった。

 

「バカな……滑走も何もなしに空へ!? ありえん! どんな戦闘機だ!?」

 

「い、いや、そもそも人型をしてる理由は……あれは何なんだ!? 黒の騎士団の新兵器か!?」

 

帝国軍の幾人か……航空力学に見識のあるらしい者がそんな言葉を口走る中、ゼロは蜃気楼を動かし……その胸部の真ん中を開く。

そこから……一条の光が走り、その先にいたゾフィーに襲い掛かった。

 

「っ……!?」

 

発射直前、とっさに急降下してそれを回避したゾフィーの真上を、その光が通過し……向こうにいた帝国の戦車に着弾、それが吹き飛んだ。

 

ゼロはそのまま、光線を横凪ぎに振り払うようにして、その横一直線上にいた戦車をまとめて焼き払い、吹き飛ばしてしまった。

 

「な……っ……何なの、今のは……!?」

 

『ふむ……威力は十分だな。不純物を極限まで取り除いて精製した甲斐があった。モーターボートを貫く本家本元よりも威力はありそうだ。だが……』

 

かしゃん、と胸部が閉じる。

その向こうに、一瞬だけ赤い輝きが見えた気がしたゾフィーだったが、今度は蜃気楼の両腕の、袖のような部分から、大砲の砲身のようなものが覗き、それどころではなくなる。

 

そこから……凝縮した燃料に着火したと思しき火炎弾が放たれる。

 

「やはり今の段階では、こちらの方が使い勝手がいいな。だが、こちらは弾に限りが……ん?」

 

直後、ゼロの視界の端に……こちらに向けて突進してくるゾフィーが映った。

 

火炎弾――実態としては焼夷弾に近い構造のそれ――で迎撃しようとするより先に、ゾフィーは急降下してその射線から外れ、蜃気楼の足部分をパシッと触る。

そして、勝ち誇ったような笑みを浮かべるも……即座にそれは、驚愕の表情に変わった。

 

それでゼロは、ゾフィーが何をやろうとしたのか大体察した。

 

「なん、で……」

 

『無駄だ……この『蜃気楼』に魔女の力は効かん』

 

あっさりと、ゼロはそう言い放った。

 

『お前達『魔女』にとって、魔力を流しさえできれば、戦車も戦闘機も投擲武器扱いになるのは承知のこと……対策をしていないとでも思ったか? それとも、人の身では魔女の力に対策など取れないと思い上がっていたのかな?』

 

「たい、さく……? そんな、どうやって魔力を……魔力から、身を護るなんて……!? 何なの、あなたは一体何なのよ!? そんな力、知らない……魔女の力に、そんな力はないはずよ!」

 

『……進歩というものを知らない過去の遺物……見苦しいものだな。力とはどうあるかではない、どう使うかだ。ものを動かすという、『魔女の力』……言葉にすれば単純なものだが、その応用の可能性は無限に近いものがある……それに気づくこともできないか』

 

蜃気楼は袖の下に砲身を収め……今度は、その掌に何かを出現させた。

かしゅん、と蓋のようなものが開き、中から出てきたのは……よくわからない、しかしかろうじて、何かの放出機構と思しき装置。

 

『物の『動』と『静』を司る力……使い方次第で、強力な戦闘手段にも、国家に繁栄を、民に安寧をもたらす福音にもなる。その大きさだけにかまけたあなたとは違うということをお見せしよう、魔女ゾフィー……『学び』『鍛え』『研ぎ澄まし』『乗り越える』……人間の力を!』

 

直後、手のひらから放たれる……赤黒い波動。

『輻射波動』と名付けられたそれは、回避したゾフィーの背後にあった戦車団に噴き付けて……すさまじい熱エネルギーを発生させ、内部から爆散させ、破壊した。

 

「ものを完璧に『思い通りに動かす』ということの偉大さをあなたはご存じない。人が、手を触れることかなわない世界の小さな粒を、いかにして思い通りに『動かす』かに四苦八苦しているか、それを知らないのだから……だがそれができるとなれば、荷粒子砲に光学兵器すらも、この技術水準で作成が可能だ。まったく、大したチートだよ」

 

「わけのわからないことを!」

 

再びゾフィーは、魔力結晶を飛ばしてくる。

ぎりり、と歯を噛みしめて険しい表情を作るのは、焦りと怒りゆえか……はたまた、杖の先で赤く光る、自らの命をむしばむ意思がもたらす激痛ゆえか。

 

蜃気楼は、すさまじい加速と減速の繰り返し、そして縦横無尽のアクロバット……を通り越して、最早物理法則すら無視したでたらめな軌道で飛び回り、回避し、迎撃し、反撃する。

 

広範囲に拡散させた輻射波動で、飛行爆弾や魔力結晶をはじけさせ、

胸から放つレーザーや、火炎弾で攻撃する。しかしそれは、機動力と的の小ささで優位に立ちまわるゾフィーに全て避けられ……流れ弾で帝国軍に被害が出る。

 

(……露骨に流れ弾で帝国軍が吹っ飛ぶように撃ってんだけど……気にしてる様子すらないな? まあ、クローンで蘇った死人に国への帰属意識があるわけでもなし……当然っちゃ当然か)

 

心の中でそんなことを考えたゼロ――の、中の人――は、ため息を一つついて、

しかし、集中は決して切らすことなく……戦いを続ける。

 

 

 

……その約1時間後。

 

滝の汗を流して、杖にしがみついて浮いている状態のゾフィーが、憎々しげに蜃気楼をにらみつけながら飛び去って行ったのが、数分前のことだ。活動限界に達し、やむなく撤退したらしい。

それに続くように……一時的にではあろうが、帝国の軍団も引いていった。

 

ゼロとゾフィーの戦いの余波で、実に全体の1割以上の戦力を喪失した状態で。

エイルシュタットの先遣隊を打ち破った時よりもはるかに多い損害だ。

 

決戦のつもりで送り込んだのが、敵の新兵器で完膚なきまでに大敗……帝国軍参謀本部も大混乱に陥ることだろう。議会まで巻き込んで、どれだけ紛糾するか見ものであると言える。

 

もっとも……それを見ることはもうないだろうと、ゼロは思っていたが。

 

「……ま、しゃーない……前に進「あ、あの……」ん?」

 

そんな声が聞こえて、ゼロが振り返ると……自らの後ろ、後部座席に『縛り付け』られているイゼッタが……恐る恐る、といった感じで口を開いていた。どうやら、意識が戻ったらしい。

 

ゼロは、彼女を救出した際、気絶していたので……これから行う戦闘で、座席から放り出されたりしないよう、やむなくシートに縛り付けて固定したのを思い出していた。

 

イゼッタはというと、自分が拘束されている状況に驚いているが、一応味方であるはずのゼロの姿を目にして、多少不安が和らいだ様子である。

それでも、状況は全くわからないので、声をかけていた。

 

「え、えっと……ゼロさん、ですよね?」

 

「うむ……すまないな、いきなりよくわからない状況に置かれて、混乱していることだろう……だが、説明しようにも君は気絶していたし、時間もなかったのでね、許してほしい」

 

「あ、それは別に……っ! そうだ、ゾフィーさんは!? ゲール軍はどうなったんですか!? ていうか、ここはどこ……あの、今はいつで、私はあれから!」

 

「落ち着きたまえ、きちんと説明を……いや、その前に手当と、拘束の解除と今後の…………いや、それだけではないな、基地に戻ってやることが……しかしこうなった以上、向こうでは……でも3人が……閣下も、いや、閣下なら……だとしたら僕はあああああもう息苦しいなこれ!」

 

独り言の最中から……何だか、だんだんと様子が、口調なども変わってきたことに気づき、『あれっ?』とイゼッタは思い始めていた。

 

常に冷静沈着な、堂々たる切れ者……そんなイメージだった『ゼロ』に、どうも似合わない。

言い方は失礼かもしれないが、どうしてもそう思ってしまうイゼッタ。

 

そのイゼッタの目の前で、なぜか絶叫したゼロは……次の瞬間、

 

――カチッ、プシュウ……カシュカシュカシュ……すぽっ

 

「ぷっはァ……あー、しんど。暑っつい」

 

「………………はぇ?」

 

唐突に仮面を脱ぎ捨て……中から、よく知った顔が現れた。

黒髪に、黒目、幼さの残る顔が特徴の……しかし、最大の特徴である眼帯を外し、義眼と思しき目をのぞかせている……幼馴染の顔が。

 

「……テオ、くん?」

 

唖然として、思考が停止……したのは一瞬だった。

 

「え? ええ? ええぇぇえええぇえ!? ちょ、テオ君!? ホントにテオ君!? 何で!? 何でゼロさんがテオ君で、テオ君が仮面でわひゃぁあ!?」

 

直後……天地が反転した。

ゼロ……もとい、テオが機体を操作し、上下逆の状態で飛行しているのだ。

理由は簡単。混乱状態で聞く耳をもってないであろうイゼッタを、強制的に黙らせるため。

 

「ちょ、テオく……何コレ、何で……あ、あの、頭に血が……」

 

「質問は後にして……マジで、僕も疲れてるから。後でちゃんと答えるから、今は黙って乗ってて……なんなら寝てもいいから。マジで頼む。あーもう、ヴォルガ連邦北部からフライトして戦闘してまた戻って……ブラック企業の観光バスツアーの運転手でももうちょっとましだろ……」

 

「ねえちょっと! テオ君ってば! 教えてよ、ここはどこ!? 今のこの状況何!? ゲールの軍は!? ゾフィーさんはどうしたの!? エイルシュタットは!? ていうかさっき何あんな当然のようにあっさり仮面取ったの!? ゼロ君がテオ……あっ違った、テオ君がゼロなの!? 説明してよぉ!?」

 

「全て却下!」

 

「ひどい! ……あと、ホントにそろそろ、これ、元に戻して……頭に血が……結構つらい……私ほら、怪我人なんだけど……あーもう、この無茶苦茶ぶり、やっぱりテオ君だぁ!」

 

「ちょっと待てや、何を根拠に確信してんですかねこの暴走おバカ魔女は……」

 

「しかも辛辣……あれ? え!? なっ、あ……ちょ、テオ君!? 魔石は!? 私が胸につけてた魔せ……あの……赤い宝石みたいなのなかった!? え、私まさか戦場で落とし……」

 

「あー、あれなら大丈夫安心して。ちゃんと僕が没収しといたから」

 

「あ、ならよかっ……よくないよ!? 没収って何で!? ちょ、か、返してお願い! アレがないと私、ゾフィーさんと戦えないから! そしたら姫様が……」

 

「あーもう全て却下だっつったでしょーがぁ!! つか、その件も含めて後で説教だかんね!」

 

「何で!?」

 

 

 

 



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Stage.40 勉強会宣言

その何か……おそらくは乗り物だろう、その操縦席に、戦闘機の風防のような、窓の役割を果たす場所は……ないはずだった。

にもかかわらず、壁であるはずの面に、外の景色が映っていた。

 

何度かイゼッタも乗り込んだり、乗らずとも隣を飛んで中を見たことがある、戦闘機の操縦席にあるような計器やら何やらは、ない。代わりに、何に使うのかわからない色々な『何か』がある。

 

後ろの座席に縛り付けられ、質問にもろくすっぽ答えてもらえず、ただ荷物のように運ばれるがままになっているイゼッタ。

 

その視線は、時々、室内の機材や窓の外の景色にやりつつも、ほとんどの時間、前の座席に座っているテオに向けられている。

 

色々と聞きたいことがあるのだろうし、実際に何度も聞かれているのだが……その全てを封殺し、テオはその乗り物……『蜃気楼』を飛ばしていた。

 

「……ねえ」

 

もう何度目かになる、イゼッタからの説明要求。

それを遮ると同時に……テオの口からは、今までとは違うセリフも出る。

 

「もうちょいで目的地に着くから、待ってて」

 

その数分後、テオが到着したのは……

 

 

☆☆☆

 

1940年11月4日

 

ちょっと日記読み直してみたんだけど……あらためて見ると、ここ一週間弱(時差込み)の間に、めっちゃ動いたな、戦況。

 

魔女2人目の出現、エイルシュタット公国への総攻撃……からの失敗、第二次魔女VS魔女、そして最後には謎の巨大ロボットを従えてテロリストが乱入……と。

……最後の僕なんだけどね。

 

さて、回想とも呼べない雑な振り返りはこのくらいにして……今現在、僕は『ノルド王国』の北部のある地域にある、隠れ家的な秘密基地に来ている。

 

ここは、帝国軍の物資デポ――小規模な集積所――の1つとして登録されている場所の1つだが、巧妙にカモフラージュして、帝国軍内部の『反戦派』のアジトの1つになっている。

もちろん用意したのは僕だが、最近は他の偉い人も使い始めた感じである。

 

そこに、ひとまずイゼッタの手当と、今後の計画の確認のために降り立った。

 

事前に連絡をしておいたので、僕に続いて、自国の宿敵ともいえる『魔女』が降りてきても、部下たちはさほど戸惑った様子もなく、命じられた仕事をてきぱきとこなしていった。

 

まず、『話は後!』とびしっと言った上で、イゼッタは医務室に放り込んでおいた。

医務室……に限らず、この基地には僕らの息がかかった兵士以外はいない。なので、きちんと安心してイゼッタを任せておくことができる。

 

加えて……医務室には、何かあった時のため、『錬金術』で作り出した薬も置いてある。通常の薬を笑えるくらいの性能を誇る、もはやポーションと言っていいレベルの薬を。

それを使えば……あの程度の傷なら、すぐに良くなるはずだ。

 

僕が『錬丹術』……『錬金術』の医療特化バージョンを使って治療に当たれば、もっと早く治るだろうけど……今はその時間すら惜しいので却下。

問題がある程度片付いた後でならやってもいいけど、それまでは医官たちに任せよう。

 

……さて、さっきも言った気がするが、やることは多い。

世界情勢が一気に動きすぎだもんな……あー忙しい。

 

……のんびりしてる暇はもうないな、一刻も早く……『反逆』を始めないと。

 

 

1940年11月5日

 

とりあえず、各方面に指示を出し、手を回した。

 

前々から進めていた『計画』に着手できるように準備を始めさせ……同時に、この事態を重く見て動き出した『反戦派』の上層部……ゼートゥーア閣下やルーデルドルフ閣下らとも呼応し、期を見て一気に動き出せるように準備を進めることにした。

 

そのための拠点として、ルーデルドルフ閣下がレルゲン大佐を動かして、最前線付近のある場所をすでに影響下に置いていた。さすがは閣下……やることが大胆かつ効果的だ。

あそこなら逆にわかりづらいし、動きやすい。

 

あまり大きく動くと、逆に違和感どころでなくなって隠し切れない場所でもあるけど……そんなことになる時はすなわち、僕らが本格的に動く時だろうし、何も問題ない。

 

と、なると……メインキャストは全員そこに集める必要があるな。

 

まあ、帝国の動きはこの辺にしといて……もう1つ、大きな問題は……イゼッタ関連だな。

 

ゾフィーから救出・保護したはいいとして……彼女にもこれから、ちょっとばかり働いてもらわなきゃならない。そうでないと、計画がスムーズに進まんので。

 

とりあえず彼女には、一緒に食事しながら、説明しておいた。ゆっくり、簡潔に、順番に。

 

まず僕が……いや、この基地にいる者全員が、帝国の、ひいてはこの世界そのものの未来を憂い、戦争を終わらせるために立ち上がった仲間であること。

 

そんな仲間が、ここの他にもまだまだいること。

僕の階級よりもずっと上にもいること。

 

あの『白き魔女』ゾフィーについても話した。帝国が研究を続けていたクローンであることや、『魔石』というアイテムを使って自分を強化していること(このへんはイゼッタも知ってた)、エイルシュタットへの復讐のために戦っていること、その他もろもろ。

 

さらに、僕らは独自に『魔女の力』の研究を進めていて、その過程で様々な技術を確立させ、様々な新しい物質を生み出し、戦闘に利用していることも。

 

そして……これから僕らがどう動くか、イゼッタやフィーネ達にはどう動いてほしいか、そのために、何をどうすべきか、etc。

 

どうやら頭脳労働はあんまり得意じゃないらしいイゼッタは、それらをどうにかかみ砕いて理解するのに四苦八苦していた。

それでも、あきらめずになんとか飲み込もうとしていた。まじめで熱心だな、ホント。

 

とはいえ、イゼッタだけに説明しておけば万事OK、なんてことにはなりえないので……こっちはこっちできちんと動くけどね。

 

できれば、フィーネ達にも話を通したいところではあるけど……あっちはただでさえ切羽詰まってる状況だ。

 

説明するったって、そのための準備とか、外部に気づかれないための色々なカモフラージュその他の下準備が必要になる。そして……そんなことをしている時間は、ない。

 

となれば……行き当たりばったりというか、事後承諾というか……そんな感じで進めるしかないだろう。願わくば、それを向こうが察して動いてくれれば助かるが。

 

何はともあれ、準備に入らなくちゃ。

できれば2日以内……遅くとも5日以内には行動に入らないと、帝国の過激派・戦争派がまたいらん事を始めるだろうから……マジで時間ないな。

 

 

☆☆☆

 

 

「さて、丸1日ゆっくり休んで、体力はもちろん傷もきちんと回復したっぽいので……お待ちかねの説明タイムです。敵の基地のど真ん中で落ち着かんかもだけど、そのへんは我慢してね」

 

「あ、うん……でも、その辺は多分大丈夫だと思う。この基地の人たち、敵って感じしないし……みんな、すごく優しくしてくれたから」

 

場所は、テオの執務室。

テオはデスクに、そしてイゼッタは、いつもの白い戦闘服で、部屋の中央にある応接用のソファに腰かけていた。

 

基地についてすぐに、全身にしていたケガを治療するために医務室に放り込まれたイゼッタ。その日はそのまま医務室に泊まることとなり(実質的な入院患者であった)、しかしその翌日、細かな傷や打撲などは、きれいさっぱり直っていた。

 

骨折……には至っていないものの、骨にひびが入っていたりするような大きなケガについては、さすがに一晩では完治はしていなかったが、ギプスなども取れ、今は激しい運動をしなければ、十分に歩ける程度にまで回復している。

 

もちろんこのことに驚いたのはイゼッタである。素人目にも、完治するのには時間がかかるだろうと思われた傷が、たった一晩でここまで治癒してしまった。

このペースなら、あと2日も同様に治療すれば、自分の体調は万全になるだろう。

今までの経験則から、そう確信できていた。

 

そしてそんな治療は、彼女が旅の間に慣れ親しんでいた民間療法や、エイルシュタットの王宮で見た最新の医療技術でも不可能なことだった。

 

この時点で、ゲールとの……あるいは、『テオの仲間たち』との間に、イゼッタはフィーネの国と隔絶した技術格差があることを悟っていた。

そのことについても、この場で聞くつもりだった。

 

もっとも、そのくらいはテオも予想で来ているし、そもそも聞かれなければ自分の方から説明に盛り込むつもりだったのだが。

 

「やみくもに説明していってもわかりづらいだけだし、かといって最初から順番に話すと長くなりすぎる。だから……こないだの秘密会談の時に、答えられなかった質問をベースに説明するよ」

 

さかのぼること、およそ2ヶ月と少し前。

小国『カルネアデス王国』での結婚式の際、フィーネとイゼッタ、そしてテオ達が極秘に会談を行った時……テオはその立場と、その時の状況から……まだ、彼女たちに多くを話すことができなかった。

 

しかし、今ならば……話せる。

いや、話さなければならない。

 

テオは1つずつ、ゆっくりと、イゼッタにもわかるように説明していった。

 

前提条件として……自分たちは、この戦争を終わらせるために、ゲール内における獅子身中の虫として活動を続け、戦っていること。その目的として、単にゲールを倒すためでなく、ゲールの民達も含めて救われるような終わり方をさせるために動いていること。

 

ゲールの軍に『魔女の力』の情報を教えていないのもそのため。テオはいずれ、ゲールを裏切って、この力を主軸にして戦うつもりでいたからだ。

……もっとも、予想外に国内外に『魔女』の第2、第3勢力が現れてしまったのだが。

 

エイルシュタットのイゼッタと、帝国のゾフィー、そして、そのバックにいる研究機関が。

 

また、テオの『魔女の力』については、なぜこうして発現しているのかは不明。

タイミングとしては、イゼッタと再会した後……使えるようになった。

 

しかし、それ以前からテオには、彼が『SEED』と呼ぶ、正体不明の力が備わっていて、それが彼の超人的な身体能力の秘密である。頭の中で何かがはじけたような感覚と共に、全ての能力が限界を超えて強化される。銃火器相手に、剣1本で圧倒できるほどに。

 

もちろん、それ以上にテオのたゆまぬ努力あってのものでもあるのだが。

 

そしてさらに、同様に魔法が使えないうちから『魔女の力』についての知識などを有していたことについては……彼には、仲間がいたから。

 

その力について、各々が別な方面からアプローチして研究していた『知識』を持った仲間が。

軍士官学校での同期に……3人も。

 

それが、アレス、ニコラ、マリー。

本名……アレイスター・クロウリー、ニコラ・フラメル、マリアンヌ・ロマノヴァナ・ラスプーチン……現在の側近3人だ。

 

いずれも、様々な理由から『魔女の力』に造詣が深く、またゲルマニアをよく思っていない。虎視眈々と、その隙を伺っていた……知り合う前からの同志だった。

 

 

アレイスター・クロウリーは、ブリタニア王国の出身であり。『魔術師』の家系。

しかし、『魔女』の血筋だったわけではなく、あくまでその力の研究を進めていた立場だった。その発祥は古く、かの魔女ゾフィーが、『白き魔女』として戦っていた頃から続いている。

 

しかし、公には広くは知られておらず、知っていても眉唾物のおとぎ話だとされているがために、代々異端視されてきた家柄である。

 

最初は後ろ指をさされる程度だったそれは、いつしかそれは表立った過激なものになり、追い出されるようにブリタニアを出た……というのが、彼の何代も前の先祖の話だそうだ。

 

しかし、その間も、『白き魔女』の最盛期に手を尽くして手に入れた『魔女の力』のサンプルや文献、古文書などをもとに研究を重ね、レイラインやその力のメカニズムについて、ある程度の、正確な知識を、それらがまとめられた資料を有していた。

 

そして彼は、今現在も研究を続ける中で……摩訶不思議な力を使えるテオに出会ったのである。側近三人のうち、最初に、だ。

 

 

ニコラ・フラメルは、テルミドール共和国の出身。

イゼッタ同様、細々と秘密を守りながら暮らしていた『魔女』の一族の出身だが……その力は代を重ねるごとに弱くなっていった上に、力を持つ者が徐々に生まれなくなっていっていた。

 

ニコラは、力をもって生まれなかった。

しかし、彼女は熱心に勉強し……その一族が代々受け継いでいた、『錬金術』というものに関する知識を持っていた。

 

学問としての錬金術……鉱物や薬品などを用いて、望む物質を作り出すというそれ。

その知識や、そのもとになった資料は、古文書に近いもので……かつての昔は存在し、魔女の力によってなされた『奇跡』を、今の世でも再現できるようにする……という、先の見えない霧の中を進むようなものだったのだが。

 

それでも、ニコラは懸命に勉強し、研究し、一族でも類を見ない高い水準に至る技術力を持っていたのだが……一族は、魔法の力を持って生まれた子のみを優遇し、彼女を冷遇した。

 

そして、さらなる悲劇が彼女を襲う。

優遇されていた『魔女』である子が、薬品の取り扱いに失敗して死んだのだ。

 

魔法の力がないゆえに『落ちこぼれ』扱いされていたニコラ。そのニコラができるのなら、自分にもできるはずだ、という愚かな考えで、大人でも取り扱いの難しい薬品を使って実験を行い……失敗した。発生した有毒な気体を吸い、『魔女の力』など役に立たぬまま、死んだ。

 

一族は、その代で唯一の『魔女』だったその子を失ったことに嘆き悲しんだ後、その責任をニコラに押し付けた。きちんと薬品を管理していなかったのが悪い、と。

 

身一つで一族を追放され、山をさまよっていたニコラは……空腹と疲労で限界だったところで、休暇で来ていたテオに拾われた。

 

そしてその後、前々から付近の村々から異端視されていた一族が、焼き討ちにあって皆殺しにされたことを知り……これからどうしたいか聞かれて、テオについていくことを決めた。

命の恩人として……その生涯を、そしてこの知識と技術の全てを捧げて仕える、と。

 

なお、一族が持っていた資料や実験機材などは、地下の隠し倉庫に保管されていたものを、後日テオと一緒にニコラが回収している。

 

 

マリアンヌ・ロマノヴァナ・ラスプーチンは、3人の中でもひときわ特殊な生まれを、境遇を持っている。

 

彼女は、かの怪僧『グリゴリー・ラスプーチン』の子孫である……と、同時に、

彼女自身が、『ラスプーチン』本人なのである。

 

彼女の家系は、『魔女』の一族の中でもひときわ特殊であり……『ものを動かす』という力の他に……自らが死んだ後、血族の赤子――生まれる前の子にその精神を宿して復活する、『転生』という力があった。いくつもの事前の準備などを要するが、とてつもない力である。

 

時の権力者が知れば、どんなことをしてでも手にしようとするだろう。肉体を幾度も取り換える必要があるとはいえ、実質的に死を免れることができるのだから。

 

マリーは、『ラスプーチン』よりも何代も前に生まれた先祖であり、当初の性別は女だった。

一族に伝わっていた転生の秘術によって、その後何度も何度も生まれ直し、しかし掟に従い、人の世にはかかわらずに生きていた。

 

その時の流れの中で、同じく『転生』によって生きていた古くからの家族たちは、あまりにも長い時を生きることに疲れ、途中で転生をやめて死を選んでいった。

 

そんな中、不安定になった祖国を立て直さんと、彼女は一度『怪僧グリゴリー・ラスプーチン』として、当時の政権に力を貸した。魔女の力は極力使わず、その数百年もの間に培った知識と手腕で。

 

しかし、最後には裏切られて殺された『ラスプーチン』は、事前に準備していたおかげで『転生』したものの、祖国に、全てに失望し、次の転生はすまいと決めていた。

ゾフィーのように憎しみに囚われることこそなかったものの……その心は失意で満ちていた。

 

そして、儀式を行わないままに死んだのだが……彼女は、もう一度転生することとなる。

 

ただし、その脳内に以前の人格は残さず……『記憶』だけを、受け継いで。

皮肉にも、転生した先は何と……『ラスプーチン』の頃に関係を持った当時の皇族の、処刑を免れて隠れ住んでいた末裔。

 

今の体、『マリアンヌ』――『マリー』だった。

 

彼女は『ラスプーチン』の記憶と知識を受け継いでいたものの……それにとらわれずに自分の人生を歩んだ。一時はそれを気味悪く思ったものの、自分の人生は自分のものだ、と。

 

そして同時に、『魔女の力』も持っていたが、これは極力使わずに生きてきた。

暴走などさせないように、隠れて訓練くらいはしていたが。

 

しかし、国名を『ヴォルガ連邦』と変えた今の国が、共産主義(アカ)の奔流というあまり楽しくない状況に染まりつつあった中、親戚の伝手で彼女はゲルマニア帝国に亡命した。

 

そして、ゲルマニア帝国の士官学校に志願して入学する。

『ラスプーチン』の記憶と知識を最大限に有効利用したことにより、近年まれに見る天才と評されるものの……同時期に入学した者の中に、自分以上の天才がいることを知った。

 

そしてその数か月後……士官候補生女子主席であるマリーは、全体総主席であるテオに出会う。

 

 

そして現在、3人は……テオを含めて、士官学校で出会って意気投合し、そのうちに、互いの秘密を打ち明け合う仲になり……今では、テオをリーダーに据え、国家転覆と、それぞれの目的をかなえるために戦う反逆者となった。

 

アレスは、先祖代々受け継がれてきた研究を完成させるため。そして、単純にその知的好奇心から、各地に残された遺跡などを探り、より詳しく『魔女』の力を研究するため。

今、テオの副官として、様々な局面で辣腕をふるいながら、研究を進め続けている。

 

ニコラは、忠誠を誓うテオの望みをかなえるため。その身の全てをささげると誓った彼のために、立ちふさがる障害をすべて排除し、さらに持てる技術と知識で彼を補佐するため。

技術・薬学分野の担当として、錬金術の研究を進めている。『計測器』を作ったのも彼女である。さらに、隠密戦闘等の訓練を積み、護衛やスパイという働きすらも可能にした。

 

マリーは、故郷に帰るため。共産主義の奔流で自由を失い、『党』の意向に振り回され、締め付けられるばかりの祖国を開放し……身の安全のためやむなく亡命し捨てた故郷を取り戻すため。

実家がもともと持っていた伝手をたどり、それをさらに拡大した人脈は、各界の有力者や連邦の裏社会にすらつながり、その力でもってテオの目的をサポートしている。

 

そしてテオは、謎すぎる自分の力と出生の秘密の解明のため……そして、立ちふさがる脅威や不安定要素を排除して平和な日常を獲得するため……この3人の力を束ね、あらゆる分野に手を伸ばしてその力を高め、今日に至るまで、暗躍してきたのだ。

 

ゲルマニアを倒し、理想的な形で戦争を終わらせ……皆の願いを成就させるために。

 

 

「……とまあ、こないだの会談でこ答えられなかったことについては、こんなとこかな。さて、何か質問とかある?」

 

あまりに色々なことを一度に話されて、理解するのに悪戦苦闘しているらしいイゼッタだったが……最後にはどうにか全てかみ砕いて飲み込めたらしい。

ふぅ、と一息ついた上で……はい、と行儀よく手をあげた。

 

「えっと、色々あるんだけど……テオ君たちって、どんなことができるの? 明らかに、その……私とか、ゾフィーさんとか、同じ『魔女』ができる範囲じゃないことまで色々できるよね?」

 

「そりゃまあ、色々研究してきたからね。同じ力でも、使い方を工夫したり、間に道具やら何やらを介在させてうまく使ったり、それを使って何かを作る……とか、色々やりようはあるから」

 

「ゾフィーさんが、あの……魔力を結晶にして打ち出してたような感じ?」

 

「ああ……まあね。もっとも、僕らが作れるのはあんなもんじゃないけど」

 

言いながらテオは、傍らに用意していた、手のひらに乗る程度の大きさの、金属製のケースを机の上に乗せ、開く。

 

中を見て、イゼッタは思わず『あっ!』と叫び声をあげた。

そこに……2日前、保護された時に『没収』された『魔石』があったからだ。

 

反射的に手を伸ばしかけたイゼッタだったが、それは予想されていたのだろう……その魔石は、ふたの下でさらに、強化ガラスか何かと思しき透明なケースによって、守られていたからだ。

しかし、どうやらここはレイラインが通っているようだし、力を使えば箱を分解して……と、イゼッタは考えたが、

 

「あ、この箱ももちろん、『魔女の力』効かないようになってるから」

 

「………………」

 

見透かされていたことを知り、浮かせかけていた腰を下ろす。

 

そして仕方がないので……普通に頼むことにした。

 

「……あの……これ、返して?」

 

「だめ」

 

「何でぇ!?」

 

エイルシュタットのなのに! と、半泣きになるイゼッタだが、テオはしれっと言い返す。

 

「こんな危ないの使っちゃいけません。知ってんでしょ? コレ使うと、めっちゃ痛い上に命が削られ……っていう、まんま呪いのアイテムなんだから」

 

「っ……だけど! これがなきゃ、私は……あの人と戦えないの! 普通に戦ったんじゃ、魔女としての力はあの人が上だし、レイラインの魔力を吸い上げられでもすれば、魔法が使えなくなる……だから、これがたとえどれだけ危険でも!」

 

「はいそこで今回ご案内させていただきますのがこちら」

 

「え?」

 

急に軽い感じの口調になったテオは、また別なケースを取り出して開ける。

その中には……イゼッタの『魔石』とよく似た、『何か』が入っていた。

 

ただし、その色は……透明だった。

 

「これね……僕らが作った人造の魔石。本家と違って、反動の激痛や命ダメージなしで使える。ちょっと出力は低いけど……ちゃんと魔力蓄えたりもできるよ」

 

「……っ!?」

 

驚愕に目を見開くイゼッタ。

それも当然だろう……悲壮な覚悟と共に手にしようとしていた、救国のための最終手段……それを、いとも簡単に解決してしまう性能を持つ物質を、ポンと差し出されたのだから。

 

しかし、そこで話を終えず、口をはさむ暇すら与えず、テオは続けた。

 

「こんなもんで驚いてもらっちゃ困りますよーイゼッタおねーちゃん? まだ色々あるんだから」

 

言いながら、今度は大きめのジュラルミンケースのようなものを出し、机の上に置く。

その中には……似たような、しかしどれも違う、様々な、宝石のようなものが複数入っていた。

 

直方体に整られた、純白の、何かの金属の塊。

 

同じく金属の、しかしこちらは『T』の字の形をしている塊。

 

紅色の、しかしやや三角形に近い楕円系の、中心部にうっすらと十字の紋様が見える宝石。

 

薄い桃色の真珠のようで、数珠のようなものがついている宝玉。

 

金色の円形の枠に、赤色の球体がはめ込まれ、その上部に金属の十字のような部品が取り付けられている、アクセサリーのような何か。

 

そして……赤い、正八面体の、片手で持てる程度の大きさの、鉱物とも宝石ともとれる物体。

 

「きちんと全部説明させてもらう。だから全部覚えてよ……これからイゼッタにも、コレら使って色々無双とかしてもらうかんね。今日一日は、現在の状況把握はもちろん、今後の予定とかそのへんも含めた座学にするから、しっかり勉強しましょう。よろしく」

 

「えええぇ――……?」

 

なんとなく大変なことになりそうな雰囲気は伝わったためか、ちょっぴり泣きそうなイゼッタだった。

 

 



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Stage.41 魔女との秘密

 

1940年11月6日

 

当然っちゃ当然ではあるが、ここ最近の世界情勢、というより戦争情勢は、混迷を極めている。

 

ゲールに新たな魔女が出るわ、イゼッタが負けるわ、エイルシュタットが滅びそうだわ、なんかゼロがよくわからん兵器持ち出すわ……そのカオスさたるや、本格参戦を決めつつあったアトランタが足踏みするレベル。触るな危険、って感じなのだ、今の欧州は。

 

イゼッタという『魔女』……その戦力としての大きさを危険視して、ゲールもろとも滅ぼすために出兵準備を進めていたはいいものの、それを上回る不確定要素が出てきたとなれば、慎重になって当たり前である、

 

明確にエイルシュタットに味方し、姿勢としては丁寧かつ誠実なイゼッタと違い……ゾフィーの方は思うがままに破壊を振りまいている状況であるからして。

 

こないだは、ノルド経由で橋頭保を確保して攻め入ろうとしたブリタニア海軍が、突然襲ってきたゾフィーに爆弾の雨あられにさらされて全滅したし。

 

折角鹵獲した『ドラッヘンフェルス』も、轟沈とはいかないまでも大規模破損して中破、再起不能にさせられたってさ。あーもったいない。

 

それまでの軍事行動上の常識や、今まで把握していたパワーバランスが一気にひっくり返っていくその様子は、連合国からすれば恐怖以外の何物でもなかっただろう。

 

このまま放っとくと、及び腰になってゲールに降伏したり、内通して寝返ったりする国が出てくる可能性もあるので……さっさとコレどうにかしないといけないな。

 

早急に動く……その前に、ちょっと寄り道が必要だけど。

 

というのも……いよいよ軍事的に大きく動くからか、ゲール本国に呼ばれたのだ。何でも、皇帝直々に出席しての大方針の発表と、それに関連する会議が行われるらしい。

それに、僕も参加しろとさ。

 

僕の予想では、この一連の会議が終われば、ゲールは……戦争は、世界は、大きく動き出す。

だから、それに合わせて僕らも動かなきゃいけないだろう。いやむしろ、その先を取るくらいでだ……じゃなきゃ、泥沼になる。

 

その一方で……ゲールは、行方不明になったきり、エイルシュタットにも戻っていない様子であるイゼッタを、血眼になって探しているらしい。

 

抵抗が弱まったのをいいことに、国境も何もお構いなしに軍を展開させて……ただし、その規模はそこまで大きくない。

 

どこかに隠れているのなら見つけなければいけないけど……その反面、おそらくはすでに保護されているという見方が有力だからだ。あの場に助けに来た『ゼロ』に。

 

まあ、当たってるんだけどね、実際。

イゼッタ、ここにいるし。僕が保護してるし。

 

そのイゼッタは、昨日一日かけて、この戦争の現状についての知識や情報、さらに僕らが研究した『魔女の力』についての情報や、その派生でできた物質なんかについても教えた。

頭から煙を出し、幾度となく目を回しながらも、イゼッタはそれに耐えきった。

 

その結果発症した知恵熱で、今日は朝から……いやむしろ昨日の夜からずっとぐったりしてるので、とりあえずそっとしとこうと思う。ゆっくり休んでね。

 

……明日から大変だから。

 

さて……イゼッタは手元に置いておけるし指示とかすぐ出せる分、どうにでもなる。

 

問題は、フィーネ達だな……マリーに頼むか。

 

 

 

1940年11月7日

 

調子に乗ってる奴がいるな……。

 

いや、思いっきり皇帝なんですけどもね?

 

……勢いで持ち出したものとはいえ、ゼロの『蜃気楼』っていう、『魔女』にも劣らぬ兵器があるってことでけん制して少しは大人しくさせられそうかとも思ったんだけど……こっちはこっちで、エクセニウム兵器の実用化が間近なせいか、かなり自信満々な様子。

 

火力で言えば、戦略級兵器のそれである『エクセニウム爆弾』……それを使えば、ゼロだろうが何だろうがおそるるに足らず、ということのようだ。

 

まあ実際、カタログスペック通りの破壊力を出されたら、蜃気楼のブレイズルミナス(のようなもの)じゃ防げないだろうけど……それにしたって、対抗策は考えてあるし。

 

ともあれ、そんな感じで自信満々の皇帝は、大方針として……やっぱりというか何というか、『世界征服』と堂々と宣言しやがった。会議室に集まった、佐官級以上の中から厳選された、ごく一部の将校たちの前で。

もちろん、その中には僕も入っている。そして、直接この耳で聞いたわけだ。

 

そして、その時配られたのが……エクセニウム兵器をちらつかせて、各国に呑むよう迫るつもりでいるという……『講和条約』という名の全面降伏要求。

 

先進国が傾く……どころか、真っ逆さまに破たんしかねない規模の額の賠償金、

 

各種資源の取れる土地を根こそぎ指定した領土割譲要求、

 

これでもかってくらいに不平等な内容での通商条約その他の締結、

 

その他もろもろ……よくもまあこんだけ考え付くな、ってくらいのラインナップ。完全にこれ、どれか1つでも呑んだら、実質上の属国化……いや植民地化だ。

 

これらによって周辺各国の力をそぎ落とすとともに、国の基盤を立て直し……さらに準備が整った段階で、ヴォルガ連邦との間に結ばれた不可侵条約を破って開戦。その後は海の向こうの合衆国をも下して……世界全てを征服する、というのが皇帝のビジョン。

 

突拍子もない……と言いたいところだけど、魔女の力の使い方次第では、現実味が出てきてしまうからタチがわるい。

 

ゲールは、イゼッタにさんざん煮え湯を飲まされている分、魔女の力の強力さを知ってるから、なおさらだ。アレを、物資の質・量ともに潤沢どころじゃないゲールが手にすれば、大国の1つや2つ滅ぼすのは簡単だろう。

 

そこに、超破壊力のエクセニウム兵器まで手札に加われば……そりゃ、野望も一層現実味を帯びる。戦争で国内の経済その他の状況が苦しくなってきていて、国民感情もだんだん悪くなっている。それに首脳陣は焦っていただけに、この、一気に果実を刈り取れるビジョンに飛びついた。

 

……実際のところは、捕らぬ狸の皮算用なんだけどね。

 

そりゃ、そろえてる軍備が並々ならぬものだから、期待もするだろうけど……その後にどれだけの財を得ようとも、その過程で取り返しのつかないものを失うことを考えてない。

 

今すでに帝国軍は限界に来ていて、色んな所に無理をさせてることに気づいてない。

 

勝って戦利品を獲て、それで現状を快方へ向かわせることだけを考えてるおっさんたちは……本当にこの国に今、必要なものが何なのか、わからないのだろう。

 

……だからこそ、僕らがやらなきゃいけない。

 

どっかの漫画で言ってたような、内側から腐り落ちて『めそめそと滅びていく』ようなことにならないように。

 

パッと立ち直れるように、パッと滅ぼしてやらなきゃ。

『介錯』してやろう……この国を。

 

そんな風に、元々決まっていた方針が、より硬い決心を帯びた会議だったんだけど……1つ、気がかりなことがあった。

会議に……いると思ってたある人物が、居なかったのだ。

 

……どこ行ったんだろ? ベルクマン中佐。

 

 

 

1940年11月8日

 

あ、ありのまま、今起こっていたことを話すぜ?

 

僕は、今日ベルクマン中佐に昇進祝いもかねて会いに来たら、いつの間にか左遷されていた。

 

何を言ってるのかわからないと思うが、僕も最初何が起きたのかわからなかった。頭がどうにかなりそうだった。

 

集権とか疑心暗鬼とかそんなちゃちなもんじゃ断じてねえ、もっと恐ろしい保守運用の片鱗を味わった……

 

……ネタはこのくらいにして。

ベルクマン中佐が左遷されてました。

 

理由は……『優秀すぎた』から。あるいは……『やりすぎた』から、とでも言うべきか。

 

ぶっちゃけて結論を言ってしまえば……ベルクマン中佐は、その卓越した手腕と頭脳で、ゾフィー関連のプロジェクトをここまで進めてきたものの……逆に『優秀すぎる』ことを皇帝に危険視されてしまったようだという。

 

その結果、ゾフィー関連、というか魔女関連の研究その他の指揮を、これからは皇帝が直接取る、という通知が出て……ベルクマンは、もともと彼が在籍していた特務の管理職ポジションに移された。そこで、今までの仕事とは全く関係ない仕事に就くことになったのだとか。

 

訳すれば至極単純なもんで、こいつが万が一敵に回ったらやばいから、一応表向きは栄転させておいて、実質は牙を抜いて奥の方に封じ込め、飼い殺しにする気のようだ。

 

……いや、それならまだいい。

 

万が一、飼い殺しにする気もなかった場合……これが一番まずい。

 

……今日、とりあえずベルクマン中佐に会いに行ったら、そこには、ここ何回かの特務がらみの任務で交流があってそこそこ仲良くなったらしい、バスラー大尉もいた。

3人で、店売りのコーヒーを飲みながら話した。

 

その雑談の中で出てきたのが……『皇帝の不興を買って、半年生きていたものはいない』という……この国の軍の中では恐れられている、負のジンクス。

それに自分が当てはまるようだ、と、ベルクマン中佐は笑っていた。

 

それを証明するように……自分が進めていたゾフィー関連の仕事を、僕に引き継ぐように皇帝から指示が出ているらしい。

副担当みたいな感じでかかわってたからか……はたまた、自分で言うのもなんだけど、今最も勢いのある若手将校ってことで、箔付けと研究の進展と、同時に狙ってるのか。

 

……どっちでもいいけどね。

どの道、この後すぐに投げ出す予定の立場だ。興味もない。

 

投げ出す前に、なるたけたくさん情報持ち出さないとだけど。

 

 

で、午後からは……さっそくというか、ベルクマン中佐からの引継ぎがあった。

それを終えた帰り道……久々にゾフィーに会った。

 

会ったんだけど……何だろう、こいつホントにゾフィーか?

っていうのが、僕の率直な感想だった。

 

だって……こないだ戦場であった時と、まるで印象が違うんだもの。

 

静謐というか、落ち着いた感じの雰囲気は変わらず会ったけど……『今度から僕が担当になることになったから』って言ったら、年相応の女の子っぽい、普通にやさしそうな笑みで『よろしくね?』って……いきなりきょとんとさせられた。

 

あの、なんていうか……本当に同一人物ですか、って感じで。

 

あの時感じた――それこそ、ニュータイプ的な能力でも感じ取れた――怒りや憎しみみたいなのが、全くと言っていいほどになかった。

見た目からも……現在のニュータイプ感覚からも。

 

その後色々と、今後の予定とか(守る気ないけど。すぐ裏切るし)、その他雑談なんかする間……やはり普通の女の子みたいに接してくるし。

 

……それだけならまだ、『案外戦場以外では普通の女の子なのかな』で収まったんだけど……

 

 

 

……不意打ち気味に、いきなりキスされたのには……びっくりした。

 

 

 

雑談の中で、一瞬会話が途切れたところで……ゾフィーがなぜか、少し潤んだような目になったかと思うと……次の瞬間、逃げられないように首の後ろに手を回されて、そのまま『ズギュゥゥゥン!』って感じで、唇と唇が……。

 

で、その後、僕が唖然としている間に、ゾフィーは席を立って、

 

『この前の……『あの時』は、ちょっと乱暴になっちゃったから、改めて……ね』

 

『このことは秘密ね? お互い……恥ずかしいものね』

 

……だってさ。そのまま歩いて行った。

 

……ゾフィーって……あんな性格だったのか?

 

なんか、その……変な感じなんだけど……。

まるで……だめだ、ちょうどいい比喩表現が思い浮かばん。

 

 

1940年11月9日

 

フィーネが、つかまった。

 

 

 

 



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Stage.42 囚われのフィーネ

 

それは……終わってみれば、それはあっという間の出来事だった。

 

今後の戦況について相談するための、連合諸国や『黒の騎士団』が集っての秘密会談。その実施のため、ゲール軍の目をかいくぐって、その会場へ行く途中のことだった。

 

会議の出席者は、大公・フィーネと、首席補佐官のジーク、その護衛として、ビアンカら数名の近衛と、従者としてロッテ。そして、後方関係の助言役として、エルヴィラだった。

合計して10名弱の旅路だったが……その途中で、帝国の魔手が伸びてきたのだ。

 

(……これは……祖国に背を向けて、自分だけ逃げ出そうとした、報い……なのかもしれんな)

 

ゲールの護送車両に揺られながら、フィーネは自嘲気味にそう思った。

 

秘密会談の出席……その名目で出てきたこの旅には、実のところ、もう1つ目的があった。

フィーネの『亡命先』を秘密裏に探す、という目的が。

 

エイルシュタットの最大戦力である、イゼッタの……MIA(戦闘中行方不明)。

待てど暮らせど、探せど聞けど、一向に彼女の情報は入らず。あの戦闘……ゼロが参戦して、かろうじてエイルシュタット本国への進行は防がれたあの一件を、彼女が生きてしのげたかどうかすらわからない。

 

情報を持っているかもしれないとすれば、あの場で、単騎でゾフィーとゲール軍から戦線を守り切った彼……ゼロだけだろう。

 

しかし、裏ルートで黒の騎士団に連絡を取れども、ゼロは今『重要な任務中』であるという回答が返ってくるばかりで、一切の情報の開示が停止されている。

 

そもそも、悠長に返答を待つ時間も、その返答を含めた様々な情報を、裏を取って精査する時間もない。結果的に……エイルシュタットを取り巻く状況は、危機的なままなのだ。

 

……この状況下、今度またゲールからの攻撃があれば、今度こそこの国は……落ちる。

 

それがわかっていたからこそ、首脳陣は、国の象徴であるフィーネを助けるため、大急ぎで動き始めたのである。その身を逃がす先……亡命先を探すために。

 

根回しのための連絡を取る時間すら惜しいこの状況、その手間を省くため……この会議出席にかこつけて、各国代表に直接交渉を行う……はずだった。

 

しかし、その道中に……それを察知したゲールの部隊に摘発され、捕まった……というのが、ここまでの経緯だった。

 

圧倒的な兵力と、所持している武器や設備の差ゆえに、抵抗は無駄だと悟ったフィーネとジーク補佐官の判断で、身の安全を保障してもらうことを条件に、こうして全員無事な状態で、現在、ゲールの護送車両に乗せられて、どこともわからぬ場所に連行されていく最中だった。

 

「……すまないな、補佐官、ビアンカ……それに、ロッテも。私についてきてもらったばかりに、このようなことになってしまった」

 

「そのようなことをおっしゃらないでください、姫様。我ら一同、あなたのためにこの身命を尽くすと誓った身……後悔などあろうはずもありません」

 

「これを察知できなかった我々の責任でもあります……今は、これからのことを考えましょう。幸い、交渉できない相手ではないようでしたし……まだ、いくらか打てる手はあります」

 

ビアンカとジークの言葉に、少しだけ気が楽になるフィーネだが、依然として状況は最悪に近いことや……その隣で、懸命に笑顔を作ろうとして……失敗して、蒼白な顔色と不安な感情を隠し切れず、泣きそうになっているロッテを目にし、再び胸に痛みを覚える。

 

捕まった時、簡単に聞かされたところによれば……これから自分たちは、手近にあるゲール軍の施設に連れていかれ、そこで、本国への護送等の手筈が整うまでの間、監禁されるのだという。

 

しかし、それを教えたゲールの将校は、同時に、『妙な真似をしなければ、こちらも手荒な真似はしない』とはっきりと言っていた。嘘を言っている様子は、おそらくなかった。

 

ならば、何をされるかわからないような相手につかまるよりは……まだまし、と言える状況かもしれない。イゼッタと出会う前に自分を捕まえた、あの軍人のような男よりは。そう、フィーネは思うことにした。まだどうにでもなるし、耐えられる範囲だろう、と。

 

『ゲールの情報網は世界一ィ――――!!』

 

……やや、騒がしい将校だったな、などと思いつつ。

 

 

 

目的地に到着したのは、それからさらに数時間後のことだった。

 

そこで、車から降りるように指示されて外に出たフィーネ達は……さすがに面食らってしまい、その身の内に押し隠していた不安感を、再び燃やさせることとなった。

到着したのが……『収容所』だったからだ。

 

ゲールの『収容所』と言えば、戦争中あるいは敗戦した敵国から連れてきた捕虜などを、文字通り収容しておく施設である。

 

その内部の実態は……単なる牢獄や刑務所の類と呼べるほど『健全』ではない。捕虜への暴行や拷問が日常的に行われるような、凄惨な空間だと、噂程度ではあるが、各国に広まっている。

 

収容所の――正確には、その所長や監督責任者の――方針次第で多少は異なるようではあるが……少なくとも、いいイメージはない、いいことは起こりえない、と言って差し支えない。

 

弱者の立場にある者に対して……強者であり、傲慢をその身の内に持っている者がいるとすれば、収容所という密室の中で、人道的でまともな扱いを期待するのは、難しいだろうから。

 

フィーネと同じことを、他の面々も考えたのだろう。ロッテはもちろん、ビアンカら近衛たちもまた、その顔を青くしていた。

これから何が起こるのか、何をされるのか……想像してしまったのだろうか。

 

仮にそうだとすれば……その想像は、決して愉快なものではなかっただろう。

ロッテのような使用人が耳にする噂であれ、ビアンカのような職業軍人が情報として知っている内容であれ、『収容所』とは、戦争における負の側面、人間の欲望と残酷さの象徴のような場だ。

 

しかし、事ここに至って逃げ出すこともできるわけもない。

フィーネ達は、黙って帝国兵の指示通りに、その周囲を囲まれながら、中へ歩いていく。

 

途中……何度も何度も、ゲール兵や施設職員と思しき者達からの視線にさらされた。

予想外の人物ゆえか、驚くような視線……憎き仇を見るような視線……わかりやすく欲望のにじみ出たような、下卑た視線……様々だ。

 

務めて気にしないようにしながら、しかし心のうちに、この先に何が待ち受けているのか、という点に、どうしようもなく不安や恐怖を抱えながら……フィーネは歩く。

 

……が、その道中、徐々に別な思い……違和感を覚え始める。

 

(……なぜ、いつまでたっても、ロッテ達と引き離されんのだ……?)

 

一口に捕虜と言っても、扱い方が皆均等であるわけもない。

フィーネのような国家元首クラスと、ロッテ達のような従者クラスが、同じ房に入れられるわけもない。通常、前者は人質としての価値等も考慮され、貴賓用のある程度環境の整った部屋が用意され……後者は、簡素ないし雑なつくりの、留置所のような場所に入れられることが多い。

 

そして、その2つは通常、ある程度放されて設置されているものだ。ゆえに、施設に入って間もなく、フィーネはロッテ達と、あるいはビアンカ達とすらも離れ離れにされるだろう、と見ていた。

 

だが、一向にその気配はなく、かなり奥まで全員まとまって歩いてきた。

それどころか、そもそも収容房に向かっている気配がない上に……だんだんと人気も少なくなってきたように感じる。

 

そして……フィーネやジークのみならず、ビアンカも違和感に気づき、さらに……細かいところまでではないにせよ、ロッテまでもが同様の思いを抱き始めたころ……決定的な違和感、を通り越して、異常事態を確信させる出来事が起きた。

 

「これはこれは……ようこそ、エイルシュタットの大公殿下。このようなところでお目にかかれるとは……光栄です」

 

「……っ……」

 

そこにいたのは……短めの灰色の髪に、糸目、といっていいくらいに細い目が特徴的な、壮年の男だった。来ているのはゲールの軍服であり……というか、それ以前にこの施設にいることからして、ゲールの軍人であるのは一目瞭然。

そして、その方にある階級章は……『中将』のそれ。

 

加えて、その斜め後ろには……黒に近い紺色の髪に、メガネの向こうに見える鋭い目が特徴的な男性だった。まだ若く……ジーク補佐官と同程度の年齢に見える。階級は……『大佐』だ。

 

しかし……仮にそれらがなかったとしても、フィーネやジークは、彼らが何者なのかを察するのに不自由はなかっただろう。何せ……つい最近、会ったばかりなのだから。

 

(ハンス・フォン・ゼートゥーア中将……エーリッヒ・フォン・レルゲン大佐……! どちらも、連合軍に陰から協力を確約してくれている、ゲール軍の内通者……。この2人が、そろってここにいる、ということは……!)

 

そこで、フィーネの脳裏に、ここに来るまでの違和感の正体が、その根源が何なのか、はっきりと浮かび上がった。あくまでも予想ではあるが、そこにフィーネは確信に近いものを感じていた。

 

「シュトロハイム少佐、ご苦労だった。ここからは我々が引き継ごう……通常勤務に戻りたまえ」

 

「はっ、了解しました、大佐殿ッ!!」

 

レルゲンの言葉に、フィーネ達をここまで連行してきた軍人は、びしっ、と見事な敬礼を決め、部下たちを連れてきびきびとこの場から去っていく。

 

その代りに、ゼートゥーアらが連れてきた兵士が周りを……しかし、先程までと違って、圧迫するようにではなく、あくまで付き従うような形で囲って……再び歩みを再開する。

 

そして、そのまま少し歩いて、途中にあった分厚い金属の扉をバタン、と閉じた先で……歩きながら、ゼートゥーアがまず、口を開いた。

 

「……さて、ここまでくればもう、普通に話しても問題ないでしょう。歩きながら出失礼しますが、改めて、長旅ご苦労様でした……オルトフィーネ大公殿下」

 

「……ゼートゥーア中将殿、やはりこれは……?」

 

「お察しのとおりです。手荒で申し訳ありませんが……あなた方を保護させていただきました」

 

極秘会談に出席するための、フィーネの道程や日程は、すでに帝国軍の『特務』に割れていた。そして、会談前日……その都市に入る一歩手前で、フィーネは摘発される予定だったのである。

日数にして、今日から2日後だ。

 

放っておけばフィーネが捕まり、公国の敗北が確定してしまうこの状況。

どうにかするには、先に動くしかない……そう判断したゼートゥーアとルーデルドルフが、レルゲンと、そのさらに下のシュトロハイム少佐を動かして、いち早く『保護した』のだ。

 

そして、表向きは今後の戦線で生み出される捕虜を収容する新設の収容所であり、その実態は、帝国内部のレジスタンスグループの拠点となっている、この収容所につれてきた。

 

フィーネ達は、九死に一生を得ていた、というわけだった。

 

そのことに驚きつつも、迅速に動いてくれたことに感謝しつつ、歩いていくと……通路は突きあたりに差し掛かり、レルゲンはそこについている扉を開いた。

 

ゼートゥーアらに続き、フィーネがその中に入ると、そこには……

 

「! 姫様!」

 

「……っ! イゼッタ!」

 

片方は、そこにいた人物を見て……もう片方は、入ってきた人物を見て、

どちらからともなく駆け出し……再会を果たした2人は、ぎゅっと抱き合った。

 

フィーネの胸に飛び込んできたのは――あるいは、フィーネがその胸に飛び込んだ相手は、と言うべきかもしれないが――MIAになっていた、自分の親友たる少女、イゼッタだった。

 

「よかった……姫様、ご無事で……」

 

「ああ、そなたこそ……しかし、イゼッタ、そなた……なぜここに?」

 

と、当然の疑問を、思わずと言った様子でフィーネが口にした直後、

 

 

「いや、だからさっきから、無事だしもうすぐ来るから大丈夫……て言っといたじゃん、何回も」

 

 

そんな声が聞こえて……フィーネは、はっとしてイゼッタの後ろ側……彼女を挟んで反対側を見る。あまりにも、聞き覚えのある……本来なら、確認すらいらなそうな声だった。

 

そこにいたのは……やはりというか、予想通りの人物。

 

「だ、だって、その……それは聞いてたけど、やっぱり自分の目で見るまでは心配で……」

 

「母親じゃないんだから……ま、いいけどね、気持ちはわかるし。よっすフィーネ。お疲れー」

 

「テオ……やはり、そなただったか!」

 

眼のふちに涙を浮かべながら……彼がここにいるということの意味を理解したフィーネの、嬉しそうな声を聴き……テオは、腰かけていたソファから立ち上がりながら、ぽりぽりと、少し恥ずかしそうに頬をかいた。

 

その傍らには、アレスがいて……さらにそこから1歩引いた位置には、ニコラとマリーもいる。

 

テオは、今まさにフィーネたちが入ってきた部屋に集まっている面々を見渡して……にやり、と笑みを浮かべた。

 

(よし、役者はそろった……さあて、ここからが本番だ……!)

 

 

 

 



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Stage.43 投げ捨てた仮面

 

「ようこそ、ヘイガー少佐。まだ急ごしらえの施設ですので、大したおもてなしもできませんが……せめて旅の間の疲れをお取りください。その間に、例のものの手配を済ませますので」

 

「これはこれは……お気遣いいただき恐縮です、中佐殿」

 

鼻が高く、ややタレ目な目つきが特徴的な男……ゲール軍特務部隊所属、ヘイガー少佐。

彼は、今日、ある重要な2つの任務のために、ここを訪れていた。

 

エイルシュタットとの国境付近に設けられた、まだ新しい収容所。戦線から送られてきた兵や敵国民を収容しておく目的で設置されたそこで、ある重要人物の身柄を受け取る手はずになっているのである。

 

言わずと知れた……エイルシュタット公国大公、オルトフィーネである。

それに加えて、その部下数名。細かいところをいちいち述べると長くなるので、代表者としては彼女の名前を挙げれば間違いはないが。

 

その施設を現在預かっているのは、ここの暫定管理者であるシュトロハイム少佐と、前線視察からの帰りでここによっているゼートゥーア中将に、レルゲン大佐、そして帝国最大の英雄としてたたえられつつも……急激すぎる出世スピードから、古参の軍人たちの間では次第に疎まれつつある、かの『黒翼』ペンドラゴン中佐である。そうそうたるメンツがそろっていた。

 

それゆえに、万に一つも失礼なことがないようにヘイガー中佐も気を配る。

 

しかしその内心では、自分より年下で、軍人としてのキャリアも、こなした場数も下でありながら、たまたま機会に恵まれたことで上に行くことができた子供に対して、とうに自覚するレベルの鬱陶しさを覚え、舌打ちしたくなるのをこらえている状態だった。

 

(ふん、まあいい……いずれこいつも、政府上層部に疎ましがられて、適当なところで閑職に追いやられるだろう……出る杭は打たれる、ということもわからん若造め、せめて戦争の間だけでも祖国にせいぜい貢献するがいい)

 

(――とか思ってんだろうな……なんだろね、この人の、こう……隠し切れない小物感)

 

あっさりその考えを読みすかし、そもそもその人となりなどを事前に調査した情報で把握しているテオからの視線は、表面上『何もわかっていない子供』であるが、よく見ればわかる程度には呆れの色を含んでいた。

 

とはいえ、これから実行する計画の内容を鑑みれば、むしろ好都合。何も問題はない。

 

そして、このヘイガー中佐がここに来たもう1つの目的は……彼の斜め後ろに立っている人物に関することだった。

 

「しかし……ベルクマン中佐もご一緒でしたか。事前連絡では、将校はヘイガー少佐お1人とのことだったのですが……何か予定の変更でもありましたか?」

 

「いや、心配はいらないよ、ペンドラゴン中佐。実は、僕は今度転属することになってね? 僕の特務でのポストに後任として収まることになったのが彼なんだ。だから今日のこれは、そのための引継ぎの一環……といったところさ」

 

(あの世への……だがな)

 

にやり、とわずかに口角が上がってしまいそうになるのをどうにかこらえつつ、ヘイガーは斜め後ろの、アルノルト・ベルクマン中佐を見やる。

 

この任務中において、オルトフィーネ大公の護送中に、大公側からの抵抗を装って始末する予定の……『もう1つの任務』のターゲットを。

何も知らずについてきた愚かな男、自分の出世の妨げになる目の上のたんこぶを。もう数時間の命であることを、憐れむと同時にあざ笑いながら。

 

「そうだったのですか、おめでとうございます、ヘイガー少佐」

 

「ありがとうございます、ペンドラゴン中佐。ベルクマン中佐も、残り短い付き合いではありますが……ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

 

自らが勝利を約束された立場にいると思って疑わないヘイガー少佐は、心にもないおべっかを使い、へりくだる演技をいっそ楽しみながら、施設の奥へと歩みを進めていった。

 

 

「……ホントに予想外で、わりとびっくりしてるんですけど? 来るなら来るって事前に連絡をいただきたかったですよ……こっちだって色々準備ってもんがあるんですからね?」

 

「すまないね、本当に突然決まったことだから。まあその分、向こうの魂胆は読めるというものだし……相応の土産も持ってきたから許してくれ。中将殿にもうまく取り次いでくれると嬉しい」

 

「ま……土産の方には期待させてもらいます。あなた、何気に味方でいるうちは頼もしいし」

 

「天下の英雄殿にそう評していていただけるのであれば、光栄というものだな」

 

 

そんな会話が小声で交わされていることにも気づかずに。

 

 

その十数分後、ヘイガー少佐は、案内された先の部屋で……座敷牢の中、手錠で簡易に拘束されている状態のオルトフィーネ大公と顔を合わせていた。

 

その横には……拘束衣を着せられた上で眠っている状態の、魔女……イゼッタもいる。

 

「お初にお目にかかります、大公殿下……ここから帝都・ノイエベルリンまでご案内役を務めさせていただきます、ヘイガーと申します。どうぞ、お見知りおきを」

 

「……そうか、よろしくお願いする」

 

伏目がちの、憮然としたような表情。ぶっきらぼうというか、雑な受け答え。

淑女とは言い難いそのようなふるまいも、ヘイガー少佐から見れば、絶望的な状況の中で、小娘が精一杯虚勢を張ろうとしている……という風に見えた。

 

ゆえに、その表情に……隠し切れない嘲りの笑みが、わずかに浮かんでしまう。

 

さらに、その戦闘力が脅威であるイゼッタも……今は、薬品を注射されて無力化されている、と聞かされていた。彼女をとらえてそれをなしたのが、ペンドラゴンだとも。

 

またしても若造が手柄を立てているのが気に入らない一方、彼ならばそれも可能なのだろうと納得したヘイガーは、イゼッタについては特に何も言わないし、興味も示さなかった。

 

彼女の処遇については、皇帝の一存だろうとわかっていたために。

 

大方、プロパガンダのために処刑されるか、あるいは例の研究施設に実験材料として送られて使い潰されるかのどちらかなのだろう。どちらにせよ、そこに至るまでに、自分の仕事は終わっている。少佐にしてみれば、気にすることでもなかった。

彼はただ、自分に課せられた使命を全うするだけ。遊ぶとすれば、その中で、だ。

 

「……今一度確認したい。私の部下たちの身の安全は……保障してもらえるのだろうな?」

 

「ああ、話は伺っておりますよ? シュトロハイム少佐へ投降する条件として提示されたと……そうですねぇ、最大限努力させていただきますが……いかんせん、戦争犯罪人への処罰は、我が国の平等かつ公平な司法機関が判断することですので、何とも言えませんね」

 

「っ……貴様ら……」

 

「んん? 今何やら、淑女にあるまじき言動があった気がしますが……まあいいでしょう。出立は明日の午後1時を予定していますので、準備の方、よろしくお願いしますよ。といっても……虜囚の身であるあなたには、持っていく私物も何もないでしょうがね……くっくっく」

 

まさに四面楚歌。この場に味方は1人もおらず、頼りの魔女は目を覚まさない。

 

すでに完全に詰んでいる状態の、もはやなすすべもない少女大公。その悔しそうな顔に愉悦を感じながら、ヘイガー少佐は部屋を後にしようとして……ふと思いついたように、

 

「ああ、それと……凶報ばかりというのもかわいそうですし、1つ、安心できる情報でもお教えしましょうか……。大公殿下、部下の方々がどうなるかはわかりませんが……少なくともあなたは、処刑などという物騒なことになることはないでしょうから、ご安心ください」

 

「……? どういう、意味だ?」

 

「小国とはいえ、エイルシュタットは色々と利用価値のある国です。同盟国であるロムルス連邦への物資のやり取り等のルートとなりますし、国内メーカーの半導体技術の水準は世界でも通用するレベル……今後、祖国の更なる軍備増強のために利用できる。そのためには、国民からの反発感情が根強いというのは面倒ですからね……ある程度の飴は用意している、とのことです」

 

「飴、だと……?」

 

「ええ……大公殿下、あなたは処刑されません。代わりに……政略結婚という形でその身をお役立ていただくことになります。お相手は……そこにいるペンドラゴン中佐だそうですよ」

 

「………………!?」

 

絶句し、目を見開き……『ギギギ……』とでも音が聞こえてきそうなぎこちない動作で、部屋の隅で壁に寄りかかってじっとしているペンドラゴンをみやる大公。

 

その様子は、ヘイガーから見れば……虜囚の辱めを受けておいて、この上さらに、その身を祖国を侵略する一助とされ、おまけにその旗印と言ってもいい存在だった男に嫁がされるのか……と、絶望の上に絶望を上塗りされて呆然としている……といった風にも見えた。

 

もう少しそのまま見ていたい、とも思ったものの……同時に、隠し切れない愉悦と嗜虐の笑みが浮かんできてしまい、それを隠すために急いで振り返り……部屋を後にする。

 

扉が閉まった後で、くくくく……と、喉の奥からこみあげてきた、我慢できなかった分の笑いが漏れ出ていた。

 

(あぁ、楽しみだ……明日には、エイルシュタット侵攻軍の本隊がここに到着する。それと入れ違いの形で私は本国に戻り、その途中であの根暗男も始末する……ふふっ、すべて順調だな)

 

現状、全てが自分の思惑通りに進んでいると確信しているヘイガー少佐は、その時を待ち遠しそうにしながら……旅の疲れを取るため、割り当てられた自分の私室へむけて、部下たちを伴って歩き出した。

 

その思惑が……前提条件の段階から破たんしつつあるとも知らないで。

 

 

 

「……おい、テオ? 今の話……本当なのか? そ、その……エイルシュタットがゲールに負けた場合……私は、政略結婚でお前の妻になる……と……」

 

「いや、僕も今初めて聞いた……そんなことになってたのか……えーと、レルゲン大佐?」

 

「……まだ可能性、あるいは噂話程度の信憑性だったと思ったのだが……あの様子だと、ほぼほぼ確定事項らしいな」

 

「ひ、ひひひ、姫様と、て、テオ君が……?」

 

「いや、ないから。『ゲールがエイルシュタットに勝ったら』の話であって……これから僕らが作戦を実行してその前提をぶっ壊す以上、その展開はないから」

 

「…………ああ、そうだな……」

 

「(あれ、何でちょっと不満そうなの?)……ともかく、明日いよいよ作戦開始ですから……この後、最終調整のミーティングしますんで、皆さん会議室に集まってくださいね、以上。あー、それとアレス、ニコラ、明日使う武器の最終調整とかチェックするから、用意しといてね」

 

「了解」

 

「かしこまりました」

 

 

 

扉の向こうで、そんな会話が交わされていることなど……ヘイガー少佐には知る由もなかった。

 

 

☆☆☆

 

 

そして翌日、

 

時刻は、間もなく午前11時。

現在、そろそろ目に見える距離まで近づきつつある、ゲールのエイルシュタット侵攻軍の本体は……この、収容所兼中継基地にて一度小休止と補給を済ませたのち、エイルシュタットへ向けて本格的に侵攻、途中にある要所を制圧しつつ、一気にランツブルックまで落とす予定で進んでくる。

 

それを迎え入れ、入れ替わりでこの国を出るつもりのヘイガー少佐は、その時を今か今かと待っていた。

 

……しかし、その予定は、目論見は……無残にも崩されることとなる。

それから間もなくして入ってきた、一本の無線連絡によって。

 

 

『こ、こちらエイルシュタット侵攻軍、第4師団電信担当部局! げ、現在、中継地点、戦域座標65-42-91にて、く、『黒の騎士団』及び、連合国義勇軍と思しき者達からの奇襲を……き、丘陵地帯にて突如発生した地すべりに巻き込まれて、各軍が分断、連携が……ああぁああ(ぶつっ)』

 

 

「……は……?」

 

 

☆☆☆

 

 

眼下にて、ヘイガーたちが目を丸くして……無線機の向こうから聞こえてきた内容を飲み込めないでいる状態なのを見下ろしながら……テオは、にやりと笑った。

 

どうやら、向こうはまずうまいこと初撃をぶちかませたらしい。

いい感じに敵は総崩れになってくれてるようだ。

 

といっても……元々の数が多いし、相応の指揮官を揃えてるはずだから、立て直しも早いだろう。間髪入れずに畳みかけて、きっちり最後の最後まで油断せずにすりつぶさないとな。

 

……まあもっとも、その『指揮官』のうちの1人……総司令部の3人の将官クラスのうちの1人が、うちとつながってるルーデルドルフ閣下なんだけどね。

彼の指揮の元……もっと混乱させてくれるだろう。そこは楽しみだ。

 

そして、こっちもやるべきことは多い……

 

そんなことを考えながら、僕は……レルゲン大佐が主軸になって、昨日の会議で完成させた、今日の作戦内容詳細……バトルプランに目を落とす。

 

第1作戦『レミングスの餌箱』

第2作戦『大空と大地の精霊』

第3作戦『真昼の死神』……今ここ

第4作戦『黒き豊穣への貢』

第5作戦『撒き餌と底引き網』

第6作戦『星屑の聖戦士達』

第7作戦『魔女と魔人』

第8作戦『白き故郷の平和』

第9作戦『真なる帝国の産声』

 

全体作戦名『ブラックリベリオン』

 

……なんでうちの国の軍人が考える作戦名って、ほとんど全部こんな感じなのかな……というどうでもいい疑問はおいといて。

あ、4つめと6つめ、それに全体の名前は僕が考えた。

 

いよいよ、僕らの計画をスタートさせる時だ。

今までゲールにはお世話になったけども……以降、悪いが敵同士だ。

 

(ここ来るまで長かったなぁ……まあでも……ここからは、僕らのステージだ)

 

 

 

 



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Stage.44 魔女の力の使い方

 

第1作戦『レミングスの餌箱』。

状況を整え、一気に敵に大打撃を与えるために大部隊を誘引するもの。

 

今回の場合、『イゼッタおよびフィーネの確保』という吉報を『餌』として用意し、これに乗じて一気にエイルシュタットを攻め落としてしまおうと考える軍部を突き動かした。

 

そして第2作戦『大空と大地の精霊』。

 

かつてイゼッタがやった、『大地の精霊ノーム(以下略)』をパワーアップさせて再現するもの。ただし、今度は地すべりだけではなく……ゲリラ豪雨もプラスする。

 

丘陵地に差し掛かったところで作戦実行。3分の2くらいが通過したタイミングで……テオがあらかじめ用意して、エイルシュタットの近衛達とマリーに渡しておいた新兵器が猛威を振るう。

 

事前に作戦ポイントに先行していた近衛たちは、ニコラに教わった通りの順番と量で薬品を混ぜる。そうしてできた薬液をじょうろに入れて、大量に用意してあった謎の緑色の粉にかけると……ほぼ無色無臭の気体が大量に発生して天に昇っていき……数分後には大雨になって降り注いだ。

 

突然のゲリラ豪雨に戸惑いつつも、丘陵地がぬかるみだす前に足を速めて抜けようと、進軍を止める気配のないゲール軍。しかしそれもまた、レルゲンら参謀将校たちの予想通り。

 

そして、同じく別なポイントに待機していたマリーは、基盤部分についていて、外からも見える歯車を『魔女の力』で高速回転させるだけで発動できるようになっている『輻射波動機構』を使い……地下に走っている水脈を沸騰させる。

 

その結果……丘陵地でかなり大規模な地滑りが起こり、豪雨のせいでそれに気づくのが遅れたゲール軍のど真ん中に直撃。それによって多数の兵士たちが飲み込まれ……さらに、行軍の前半と後半が分断されてしまった。

 

しかも、まだまだ続く豪雨は、その合流を許さない。

 

このままでは第2の豪雨はもちろん、二次遭難すら危ぶまれる中……丘陵地帯の向こう側に雨は降っておらず、少し進めばこの雨を抜け出ることができると気づいたゲール軍は、必死で足を動かして前へ進む。

 

そして、ようやく雨の降っている丘陵地帯を抜けたそこには……黒の騎士団と、多国籍義勇軍が左右から迫ってくるという地獄が待ち受けていた。

 

「畜生……どうなってんだよ!?」

 

「魔女がいなくなったエイルシュタットを蹂躙するだけのっ……簡単な任務って話じゃ!?」

 

「まだエイルシュタット着いてねぇだろうがよぉぉォォォ!」

 

豪雨の中を抜けてきたことで、大なり小なり疲労を抱えている上……銃器がやられないように防水の袋に入れていたことで対応が遅れた。その結果……2方向から挟撃され、またたく間にゲール軍は総崩れとなっていく。

 

嗜虐欲のままにエイルシュタットを踏み荒らすはずだった彼らは……エイルシュタットの土を1歩たりとも踏むことなく、次々に討ち取られていくのだった。

 

ここまでが、第3作戦『真昼の死神』である。

 

その一方……同時に、第4作戦『黒き豊穣への貢』もまた進んでいた。

 

地滑りで分断された、ゲール軍の後ろの3分の1。地すべりに飲み込まれた数を考えれば、4分の1程度にまでなっているかもしれないが。

 

そこで……雨の中だろうとお構いなしに襲い掛かってくる、野生の獣たちによって、ゲール軍は蹂躙されていた。

 

この時期、この地域の獣は、冬眠前で気が立っている。加えて、突然の地すべりによるストレスなども考えれば……手近にいた餌兼サンドバッグに襲い掛かるのも、ある意味自然なことだった。

襲い掛からない場合は、また別な薬品でけしかけるつもりで、ニコラが用意していたのだが。

 

さらに、先の地すべりには……以前ゲール軍が不法投棄した金属ゴミなどが大量に含まれていた――無論、わざとここに前もってテオらが集中させておいた――ため、それに巻き込まれて死んだり、負傷して血を流している者が多い。その匂いもまた、獣を呼び寄せる原因になっていた。

 

そして、ここから先もまた……ゲール軍がどれほど必死になって抵抗しようとも、それはテオ達の手のひらの上であり……逃れられない絶望の中、終わりへ向かって歩いていくだけなのだった。

 

☆☆☆

 

(くそっ……くそくそくそくそぉっ!! こんな……こんなことがっ!)

 

時間にして、それから少し後のこと。

 

ヘイガー少佐と、その部下たちは……まだ正式な名前すらない『収容所』の中、狭い通路をがむしゃらに走っていた。

 

未だ、頭のどこかでこの事態を信じられず……懸命に、必死で否定しながら。

 

少し前まで、すべてが順調だった。

このまま、最早抵抗する力など残っていないエイルシュタットを、圧倒的な物量と兵器の質を誇るゲールの軍が蹂躙する……そして自分はそれを見送りながら、この戦争における最重要人物の一人である、エイルシュタット大公を本国は帝都・ノイエベルリンに送り届ける。

 

そうして、数多の歓声をもって出迎えられ、皇帝直々に賛辞の言葉をもらい、昇進ないし栄転を確約される……そのはずだった。

 

しかし、ふたを開けてみれば……祖国からやってきた本隊は、通信の向こうで、次から次へ降りかかる災厄によって阿鼻叫喚の中にある。地すべりに豪雨、さらにそれを抜ければ、待ち構えていた敵軍の奇襲によって総崩れにさせられる始末。

 

しかし、元々の数の多さゆえに、本隊の何割かはそれを逃れてこちらに来る。

それを、深追い、というほかない形で追ってくる、義勇軍と思しき者達。

 

それを撃滅し、さらに味方を助けるべく……『収容所』の基地にいた味方の兵たちが外に出る。人数が多いため、第1陣と第2陣に分けて出撃することになった。

 

……が、ここでも予想外の事態が起こる。

 

先に出撃した第1陣が、逃げ延びてきた本隊と合流し、基地からのバックアップを受けながら、愚かにも深追いしてきた者達を迎撃しようとしていたところ……基地側から迫ってきた第2陣によって背後から奇襲をかけられたのである。

 

もちろんこれもレルゲンらの作戦……第5作戦『撒き餌と底引き網』。

 

逃げてきた帝国軍の『本隊』を『餌』にして、基地内にいたゲール兵士を第1陣として出撃させ、標的をひとまとめにする。そして、第2陣……『反戦派』に与する兵士たちがそれを、義勇軍たちと連携して挟撃する形を取る。

 

その位置は徐々にずれて、道を開けるようにするが……それで基地に逃げ込もうとすると、今度はすでに『反戦派』の手に落ちている、というか最初からその拠点としての扱いだった基地から攻撃が加えられ、気づけば3方向から逃げ場なく攻め立てられている……という状況が完成。

 

最早外の軍が絶望的だと見たヘイガーは、すでにこの基地は自分にとって安全な場所ではないと悟り、一刻も早くフィーネを連れて出ようとするが、そのフィーネもいつの間にか行方が知れなくなっており……そもそもここに自分の、ゲールの味方がどれほどいるのか、という点に思い至る。

 

はっとして、自分が連れてきていた部下たちを集めようとすれば……すでに建物内でも戦闘が始まっているようで、騒がしい音があちこちから聞こえてくる。

 

それを知ったヘイガーは、今あるこの身以外の全てをあきらめ、今いる部下たちだけを連れて脱走を図ったのだった。

 

ふとした拍子に思い出す……ほんの数分前に発覚した、衝撃の事実。

 

(まさか、まさかあの若造が……ペンドラゴンが……! いや、それだけではなく……ゼートゥーア閣下やレルゲン大佐までもが、祖国に反旗を翻そうとしているとは!)

 

ぎりり、と奥歯を噛みしめ……怒り、いらだち、焦り、その他さまざまな感情を脳内でごちゃ混ぜにしながら……ヘイガーは走っていた。それらを振り払おうとするかのように。

 

(だ、だが……考えようによってはこれは好機だ! 奴が帝国を裏切ってエイルシュタットについたとなれば、国家反逆罪の適用は確実! その情報を早急に帝国へ持ち帰れば、私の首もつながるやも……いや、それどころか上のポストが空席になる分、昇進も……ならば、少しでも手柄を持ち帰らねば! とりあえず、もともと殺す予定だったベルクマンの始末と、可能なら大公を……)

 

……そのように、冷静によく考えれば、ほぼ破たんしていると言っていいような自己説得を頭の中で行いながら……彼は、必死に逃避していた。

追い詰められる自分の心身を、少しでも慰め、負担を軽くするために……無意識に。

 

自分が今や、敵地のど真ん中にいるという、生還の見込みが限りなく小さいという現実がもたらす不安感と絶望感により、精神が追い詰められる。

 

それと同時に……彼は、彼らは今、身体的、ないし生命保持的な意味でも追い詰められていた。

 

ちらっ、と一瞬、後ろを振り返るヘイガー。

そこには……武器を除けば、人影はない。

 

追っ手のようなものは、誰も追いかけてきてはいない。

……今まで、ずっとだ。

 

にもかかわらず、ヘイガーらは『追い詰められていた』。

 

それが示すものを……未だ、ヘイガーらはうまく理解できないでいる。

目の前で見ても……なお。

 

――ガガガガガガガ……!!

 

「ひ、ひぃぃぃいいっ!」

 

「し、少佐殿……またっ!」

 

「落ち着け! 走れ、早く先へ……壁に近づくな! 何が出てくるか……」

 

言い切る前に、突然、何の前触れもなく……部下の1人がいる場所の床がぱかっと開き、その部下は悲鳴を上げながらその穴に吸い込まれて消えた。穴は、すぐさま閉じてしまう。

 

そのさらに次の瞬間には、壁の一部が『どんでん返し』のようにぐるんとめくれ上がり、それに巻き込まれた別な部下が、壁の中に叩き込まれた。

 

さらには、走っている通路の天井が落ちてきて……大部分は死に物狂いで走りぬけたものの、2人ほど間に合わずに、いわゆる『吊り天井』のトラップで潰された。

 

これと同じような調子で……今までに何度も、何人もやられていた。

人は追ってこない。代わりに……建物自体が牙をむく。

 

あらかじめ設置されていた罠……などという生易しいものではない。まるで、この建物そのものが意思をもって、ヘイガーたちを喰い殺そうとしているかのように、ピンポイントに攻めてくる。

 

もちろん……そんなわけはなく、ちゃんとタネはある。

タネというか、その元凶は……そこから直線距離にして数十m離れた場所で、デスクについて悠々とココアを飲み、書類に目を通しながら、固定無線機の向こうからの報告に耳を傾けていた。

 

『報告! 敵部隊A、全滅。落とし穴に半分、もう半分は釣り天井に潰されました』

 

『敵部隊B同様です、密室トラップからのガスで7割、それを逃れた3割のうち半分は落とし穴でリタイア、もう半分は火薬で吹き飛びました』

 

「報告ご苦労……担当する部隊が全滅した者は本来の持ち場に戻って指示を請え。残りは引き続き監視を続けろ……オーバー」

 

そう言って無線を切るテオ。

その向かいに座っているベルクマン少佐が、ひゅう、と口笛を吹いて笑みを浮かべる。

 

「まったく大したものだね……ホームだとは言え、一歩も動かずにここまで敵の精鋭部隊を蹂躙するとは。本当に、魔女の力というものを敵に回すことの恐ろしさを痛感するよ」

 

「事前に準備してたからですよ。それに、これが初の運用ですし、いくつか改善点もあります」

 

ここは、収容所の一角にある、士官用の休憩スペース。かなり広いそこで、軽食とお茶を取りながら、テオとベルクマンは書類を手に簡単な打ち合わせや確認、報告作業を行っていた。

その傍らには、テオの護衛兼従者として控えているニコラもいる。

 

そして、打ち合わせの片手間に……テオは、この『収容所』そのものを使って、内部にいるゲール勢力の掃討を行っていた。

 

「現に……うーん、これは……トラップの配置が甘かったかな」

 

「? どうかしたのかい?」

 

「数人ほど抜けてこっちに来るようです。多分もうすぐその扉から……」

 

言い終わらないうちに、同様の内容の報告が無線から入り……さらにその十数秒後、扉が開いて、デストラップの数々から逃げ延びてきた、ヘイガーの部下たちが駆け込んできた。

 

「はぁ、はぁ……こ、ここは……っ!」

 

「あ、あなた方……いや、き、貴様らはっ!」

 

荒い息の状態で、部屋に入ってきた敵数名。

妙にリラックスしてくつろいでいる、いかにも余裕がありそうな様子の裏切り者2人――テオとベルクマンを見て、怒声を浴びせようとするだったが……直後に背後で惨劇が起こる。

 

たった今開けた『扉』……両開きの引き戸式で、金属製の割と重いそれが突然閉まり、そこに立っていた1人が挟まれ、肉がつぶれて骨が砕ける異音とともに圧死した。

そして床が開き、その死体は落とし穴に吸い込まれて消える。

 

「なっ、なっ……!?」

 

「おぉ、お見事。いやぁ、楽できていいね、これは」

 

その惨劇に声が出ない他の兵士たちと、おかしそうに手を叩いて称賛するベルクマン。

その視線の先にいるのは……もちろん、たった今これをやったテオである。

 

「ん……だいぶ思い通りに動かせるようになってきた。いやあ、不謹慎を承知で……やっぱ生きた人間が練習相手だと、タイミングとか計る練習もできてためになるな」

 

「それは重畳。どうせ処理するなら少しでも何かの役に立てた方がいいしね……しかし、君は本当に面白い発想をするね? まさか……建物全体を武器として扱うとは」

 

周囲を見回しながら言うベルクマン。

 

その言葉通り……今現在、この『収容所』の建物そのものが、魔力によって操られるテオの武器だった。

 

最初からそういう扱いをする前提で作られたこの基地は、部屋や通路のいたるところに、侵入者迎撃や緊急脱出等に使えるギミックが組み込まれている上、各フロアが明確に区切れるラインによって区分されている。そのため、それらを『魔女の力』で適宜発動させていくことで、普通の建物が、たちまち侵入者を食い殺すトラップハウスに変貌するのだ。

 

落とし穴や吊り天井は当たり前、階段が折りたたまれてスロープになったり、壁の溝から突然剃刀の切れ味の刃が出てきたり、突如部屋の扉が閉まって密室になり、水やガスが出てきたり、しまいには区画そのものが動かされて間取りが変えられてしまったりもするのだ。

 

タワーディフェンス系のゲームで、プレイヤーがダンジョンの間取りを動かしたり、タイミングを見計らって敵をトラップで仕留める、といった風に、どこかにいて魔力を使うだけで、テオはこの建物内に入ってきた全ての敵を相手にできる、というわけである。

 

今も……『ふ……ふざけるなぁ!』と、半分裏返った声で叫びながら、こちらを銃で撃ってきた残りの兵士たちの攻撃を、床から金属製のブロックを競り上げさせて防御。

 

さらにテオは、そのブロックをしまわないまま……懐から銃を取り出した。

 

それを見て、ベルクマンは首をかしげる。

テオが取り出した銃が……どう見ても、おもちゃかそれに近いものだったからだ。

 

かなりよくできているが、それを見破れる程度にはベルクマンの観察力は鋭い。

 

実際、テオの取り出したそれはただのガス式の訓練用模造銃……強力なエアガン、と言っていいものである。改造してガスの容量や威力を上げてあるが、実銃には遠く及ばない。

 

弾倉に込められているのも、実弾ではなく訓練弾。金属製ではあるが、尾部に火薬も込められておらず、撃ってもせいぜいケガをする程度。当たり所が悪ければわからないが、とても実戦で、人を撃ち殺す目的で使えるものではなかった。

 

何せ、撃った弾丸の飛んでいく軌道が余裕で見えるレベルだ。そんなスピードに加え、威力も弱く、さらには射程も短い。そんなものが、実践の場で役に立つはずもない……本来なら。

 

しかし、これをテオが……『魔女の力』の使い手が使うと話が違う。

 

「固定観念に縛られてちゃ思いつかないのかもね……『ものを思い通りに動かす』ってことがどれだけ便利で汎用性があることなのか。どう扱えばどれだけの成果が出るのか」

 

言いながら、テオは……斜め上、天井以外何もないところに向けて、発砲。

ぱしゅ、ぱしゅ、という……実銃よりもだいぶ音量的に静かで、何か抜けるような音が下かと思うと、だいぶ遅い速さで金属製の弾丸が飛んでいき……

 

90度近く急カーブした上に急加速し、ブロックの向こうの兵士たちに襲い掛かった。

 

「ぎゃああぁああ!?」

 

「だ……弾丸が、弾丸が曲がった!? し、しかも、い、威力が……」

 

ぱしゅ、ぱしゅ、ぱしゅ

 

今度は普通に、水平に……ブロックにぶつかる軌道で放たれる弾丸。

しかし、またもや急カーブし、ブロックを回り込みながら急加速して兵士たちの体を貫く。

 

そのまま反対側に抜け……180度カーブ=Uターンしてまた襲い掛かる。

 

「君が使うと、繰り返し使える頑丈さだけが取り柄の訓練弾が、たちまち誘導弾丸か……恐ろしいね、本当に。実弾でも同じことができるのかい?」

 

「音速突破で飛ぶ実弾は、速すぎてさすがに……そうですね、狙撃する際に、せいぜい飛んでいく1発を操って確実に当てる、くらいしかできないと思いますよ? 神経使いそうですけど」

 

「OK、それを聞けただけで、この陣営に寝返った自分の判断の正しさを再認識できたよ」

 

そんな軽口をたたき合う2人。

 

その時、どうにか誘導弾丸から逃げ延び、ブロックを迂回してきた兵士……おそらくは最後に生き残ったらしい3名が、決死の表情でこちらに突っ込んできた。

 

走りながら銃を構え……しかし、それよりも早く、2度の銃声が響く。

 

テオとベルクマン中佐が、1発ずつ放った銃弾。それらは、正確に兵士たちの心臓を撃ち抜いていた。

 

そして、残る一人が、狙いを定めさせないように左右に動きながら走ってくる中……テオが壁に手をついて新たなトラップを発動させる。

 

床に穴が開いた。

しかし、落とし穴ではない。その穴は……テオ達と兵士の間の床に、丸わかりな形で……3つ、開いたのだ。

 

そして、その中から……

 

「な、ななな……何だコレはぁああ!?」

 

「……これはまた、しゃれた演出だな?」

 

中から出てきたのは……全身が白骨で、ボロボロになったエイルシュタット軍の制服を着ている……骸骨の怪物だった。

1つの穴から1体ずつ……合計3体。

 

這い出たそれら……『スケルトン』とでも呼ぶべき怪物たちは、動揺していて隙だらけの兵士にまとわりつき……あごの骨をカタカタと言わせながら、その動きを封じ込め、銃を奪う。

 

「ひ……ひぃぃいい!? やめろ、やめろぉ!」

 

さながらそれは、無念のうちに死んでいったエイルシュタット軍の兵士の亡霊が、祖国の敵を地獄に引きずり込もうとしているかのような光景だった。

 

恐怖のただなかにある兵士は……その恐怖から解放する慈悲ともいえる、1発の弾丸によって、この世を去った。

 

「……使うかどうかはともかくとして、作ってみたわけですが……やっぱ使わなきゃもったいないですよね」

 

「……まあ、言わんとすることはわかるけど……適当気味に作った割には精巧だったね」

 

……当然というか、あれらが本物の亡霊であるはずもなく……テオが用意したギミックである。

 

白骨死体のように見えるが、あの骨の体は超硬合金製で、銃弾で撃たれても傷一つつかない頑丈さを持つ。金属光沢は、わざと汚して消してあった。

着ているボロボロの軍服も、もう使えなくて捨てる品をフィーネからもらって、ダメージ加工と血ノリでそれっぽく仕上げたものだ。

 

そして、関節は目立たないよう黒塗りにしたワイヤーでつなげ……出来上がったのが、あの超合金骨人形である。

それを、テオが魔女の力で操っていたのだ。

 

なぜあんなものを作ったかというと……今回のように、銃器を持った敵を、室内で相手にする際……相手に向けて突っ込ませるためだ。

屋外ならば、適当な岩か何かを突っ込ませればすむが、狭い屋内ではそういった投擲武器も限られる。それも、狭ければ狭いほどに。

 

そこで、投擲するよりも……『撃たれても平気な兵士』を作り出して突っ込ませ、それによって敵を無力化したり、武器を奪ったり、直接殺せれば、と考えた結果として誕生したのが……『スケルトン』だった。

 

なお、なぜ骨の怪物にしたのかと聞かれれば……特に意味はなかった。

 

「これで4分の3が全滅……と。残るは……」

 

「ヘイガー少佐が直接率いている部隊だね。ここにも来ないとなると、向かっている先は……まあ、彼の考えそうなことではある、か。それでも捕まらずに移動できているあたり、曲がりなりにも特務に籍を置いているだけのことはある、と言えるだろうね」

 

「こっちからしちゃ厄介なだけです……ま、どの道好きにはさせませんけどね」

 

言いながらテオは立ち上がり、壁に手をついて魔力を流し……休憩室の壁を一部開いて組換え、通路を作った、目的地まで最短……今あるどんな道筋よりも早くたどり着けるような通路を。

 

 

 

 



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Stage.45 逆襲の決戦場

 

「あ、あれは……そんな……」

 

「ま、まさか……魔女!?」

 

「嘘だろ……帝国が捕えたんじゃなかったのかよ!? 何で戦場を飛んでんだ!?」

 

「あぁ、こっちに……こっちに来る……」

 

自然災害に襲われ、待ち伏せていた敵に奇襲され、味方のはずの基地の帝国軍にすら攻撃され……ただでさえ混乱しているところに、トラウマと言ってもいい、エイルシュタットの超巨大戦力・イゼッタが姿を現したことで、半狂乱になるゲールの兵士たち。

 

そんな姿を少し哀れに思うも、ここで迷ってはテオ達が戦場を整えてくれたのを無駄にすると、イゼッタは『白き魔女』としての仕事モードに入る。

 

またがっているのは……今まで、魔女として戦場を駆けてきた愛機(?)と言える対戦車ライフルではなく……テオらによって新しく用意されたもの。

今まで使っていたものは、ゾフィーとの戦いの時に喪失していた。

 

テオがあの時イゼッタは助けたものの、その武器まではさすがに手が回らなかったためだ。おそらくあの時の戦いで、流れ弾で爆弾か何かを食らって吹き飛んだと思われる。

 

愛用していたものなので、少し寂しくはあったが、だからと言って立ち止まるわけにはいかないイゼッタは、気持ちを切り替え……『親友』からもらった銃の二代目として、『弟』が自分のためにあつらえてくれたプレゼントだという改造対戦車ライフルを受け取り、ここに来た。

 

……ほんの数十分前、説明を受けてその規格外のスペックに戦慄しつつ。

 

地上から加えられる集中砲火。小銃から戦車砲まで、一気に火を噴くそれらを……イゼッタはいつもの調子で急上昇・急降下を繰り返してよけようとして……

 

「……っ……! これ、やっぱり、すごい……っ!」

 

想定、というよりも『想像』を超えた急加速からくるGが原因で、少し息が苦しくなる。それでも、ほんの数秒でそれに慣れると……魔力をコントロールしてちょうどいい速さに調節し、いつも通りの立ち回りを取り戻した。

 

そして、周囲に浮遊させているいつもの馬上槍を突貫させる。

それらの速度、そして威力もまた、それまで……イゼッタが操った時のそれを大幅に上回る。

 

以前は、戦車の装甲を貫通して突き刺さる程度だったそれが……ほとんど減速することすらなく、戦車に突き刺さって反対側から抜けた。馬上槍の直径分の風穴をあけられた戦車は、当然ながら、ほどなくして爆散する。

 

それを繰り返し、片っ端から戦車をスクラップにしつつ……イゼッタは、自分に狙いをつける敵の歩兵隊に、ライフルの照準を合わせ……発射。

 

ハンドル型の引き金を引くと同時に、その銃口から……電気を帯びて超加速した弾丸が放たれ、着弾と同時に大爆発を起こしてその周辺を吹き飛ばした。

 

「うわぁ……すごい、ホントに……」

 

それまで自分が使っていたものとは何もかも別格なその性能を目の当たりにし……あらためてイゼッタは、またがっている新兵器……『ランスロット』という名前らしいそれに戦慄する。

 

テオが全身全霊を込めて作った、オーバーテクノロジーもいいところであるそれは、イゼッタの『白き魔女』というネーミングにちなんで、メインのカラーリングが白と金色である。

 

軽くて強い超金属『ガンダニュウム合金』に加え、精神感応物質『サイコフレーム』をメイン素材として作られた上は、どれだけ無茶な使い方をしても耐えられるレベルである上……組み込まれている武装がさらに凶悪である。

 

今イゼッタが放った『超電磁砲(レールガン)』に加え、火炎放射器やショットガン、グレネードランチャーやガトリング式の連射機能なども持たされている。敵の捕獲などに使えるワイヤー射出装置『スラッシュハーケン』には、スタンガンが仕込まれていて電撃を流すことが可能。

 

『蜃気楼』にも搭載されていたバリア『ブレイズルミナス(もどき)』によって防御力も高く、戦車砲くらいなら直撃でも防いでしまう。どころか、この『ランスロット』に搭載のそれは自動発動型で、常に微弱に発動していて飛礫などを防ぐ上、風防の役割を果たしてもいる。

 

おまけに、小ぶりだが魔力の増幅装置として破格の性能を誇る『賢者の石』が組み込まれ……さらにイゼッタ自身が首元に、アクセサリーとしてテオお手製の『人造魔石』をつけているため、魔女の力の出力自体がそれまでよりも大幅に上がっているのだ。

 

(テオ君確か……つけたい兵装全部は組み込めなかった、ってちょっと悔しがってたけど……十分だよね、コレ……。加速しすぎるとちょっと辛いけど、普通にやってれば飛ぶのもすごく楽だし、威力もすごいし……これで、あきらめたって言ってた『はどろんほう』と『ふくしゃはどう』とかいうのつけたらどうなるんだろ……)

 

そんなことを考えつつ、イゼッタはその、自分自身と武器、双方のスペックを生かして戦場を蹂躙していく。

 

かつてここケネンベルクで、フィーネ達を助けるため、何の情報もないところに飛来して……ゲールの軍を一方的に蹂躙し、叩き返した記憶がよみがえる。

 

今回は……その時よりひどい。何せ、イゼッタ自身すら驚き、おののくほどのスペックの武器がいくつも味方に付いているのだから。

 

ジーク補佐官の情報では、眼下に見えるのはイゼッタ対策に作られたという戦車だ。

素早い機動性に加え、連射性が高く弾幕を作れる砲撃性能を持つ。さらには砲身の可動域が広く、真上に近い角度にまで射撃を行うことができるという。

 

しかしそれらも……グレネードランチャーから放たれた爆弾を、魔女の力で操作してぶつけてくる……爆撃機としての性能すら獲得したイゼッタには無力だった。

砲身が回る前に吹き飛ばされる上に、ランスの一撃をそもそも防げず、他の普通の戦車と同様に風穴をあけられている。

 

魔女(チート)超兵器(チート)が加わったことによる……あまりにも当然の結果だった。

 

本当ならこの後、テオも加わって掃討戦に移るはずだったのだが……この分だとその前に、自分一人で全部どうにかできてしまえそうだ、とイゼッタは思うのだった。

 

 

そしてその頃、テオが何をしているかというと……。

 

 

☆☆☆

 

 

場所は……『収容所』の敷地内に設けられた、ゲールの高級軍人らや視察に来た政治家などが宿泊するための『別館』。貴族達をも満足させるような絢爛豪華な内装に加え、もしものことを考えて、一時的に籠城にも使えるような強固な作りになっている。

 

命からがら、テオの『モンスターハウス』から逃れたヘイガー少佐らは、自分と一緒に来た、『反戦派』ではない高級軍人や政治家たちとここに立てこもっている。

防弾用の中扉や中窓を閉めれば、援軍が来るまでならそれも可能だろう、と。

 

すでに施設内にあった無線で救援要請を出したヘイガー少佐らは、一縷の望みをかけて、周辺展開中の伏兵たちがくるのを待つことにした。

 

 

……が、ものの数分でその望みも、たくらみも、砕け散る。

 

 

――ぱんっ、バシィィイイッ!!

 

 

両掌を打ち合わせる快音の後に、破裂音に似た甲高い音が響き渡り……固く閉じられていたはずの鉄の扉が、ゲルのようにぐにゃあ……と歪んで、あけっぴろげの大穴に変わる。

 

「……驚いたな、それも『魔女の力』なのか」

 

「応用というか、派生というか……まあ、説明するとややこしいんで後でね」

 

今しがた『手をパン』してものに触れることで発動する『鋼の錬金術』で、籠城の要である扉を無力化したテオは、その後ろで驚いているフィーネやジーク、ベルクマンといった、魔女の力にまだまだ無知な面々に対して適当に答えつつ……歩みを進める。

 

館の中には……当然ながら、ヘイガー少佐や政府高官たちの手のものがいて、待ち伏せする形で自分たちを狙っている。

……その面々も、今の超常現象に困惑している気配が伝わってきたが。

 

「……何度も話したけど、非戦闘員のフィーネやベルクマン中佐、ジーク補佐官らは前に出ないでください。守るの大変なんで。ニコラ、そのへんよろしく」

 

「お任せください……指一本触れさせません」

 

軍服ではなくメイド服を身にまとっているニコラは、しかしながら隙のないたたずまいで、何かあった時すぐに全員を守れる位置に立っていた。

 

それを確認して頷くと、テオはいよいよ屋敷に踏み入る……前に、左目を覆っていた眼帯を外す。

その下から、真っ赤な巴の紋様の入った義眼が姿を見せ……魔力の流れたそこに、魔力を視認できる、テオ曰く『なんちゃって写輪眼』が出現。

 

そして、魔力とはすなわち魂であり……義眼のセンサーの出力を上げることで、生命反応をキャッチすることもできるようになる。

 

さらに、懐から例のガス銃を出すと、特に狙いもつけず、屋敷の奥の方へ向けて数発発砲。

飛び出した弾丸が、十数m飛んだ先で……テオの『力』で、意思を持っているかのように別れ、ありえない軌道で飛んで物影を攻撃する。

 

その全弾が、隠れていた……しかしばっちり見つかっていた兵士たちに直撃し、命を断った。

 

(……まあ、さっきの『錬金術』とやらといい……こんな滅茶苦茶な能力、初めて見せられたら、そりゃ驚くどころじゃないからな……無理もない)

 

先程見ていなければ、自分もこうなっていただろう、と考えながら……ベルクマンは、あっけにとられているフィーネやジーク補佐官を『さあ』と急かしつつ、前に進んでいく。

 

途中、何度か行く先に、迎撃せんと兵士たちが潜んでいたが……姿を現す前にテオに察知され、同じように『曲がる弾丸』で射殺されていく。

 

扉の向こうなどにいて、開くと同時に仕掛けてこようとしていた者などについては……ニコラが作った麻酔薬を隙間から流し込んで気化させて眠らせたり、『錬金術』で扉を脆くした後、『モンドラゴン』を取り出して開けずに撃ちぬいて壁の向こうから吹きとばしたりして対処していた。

 

「……正直、事前の説明があってなお、夢でも見ているような気分になるな……これが、魔女の力を十全に使って戦う、ということか」

 

「弾丸の動きを操って、射程制限なしの誘導弾に。機械駆動そのものに『力』を組み込むことで、強度などの制限を一部取り払って開発・強化を可能にする。さらには、物質の生成段階で『力』を作用させて、従来では考えられないような物質を作成可能に……全く、これが敵のままだったらと思うと、恐ろしくてかなわない。大公殿下の人脈というものに感謝するばかりです」

 

軽口でそんなことを言うベルクマンをにらみつけつつも……ビアンカやジーク補佐官も何も言わない。2人もまた、全く同じ意見だったからだ。

 

(発想の質が違う……こんな、普通に考えても考え付かないようなことを平然と思い付き、さらにそれを実行する手腕……確かに、彼が敵であることの恐ろしさは想像を絶するか)

 

(絶対に、絶対に敵に回してはいけない相手だ……。大丈夫だとは思うが……もし、『左目』の一件が尾を引いて、フィーネ様達に迷惑が掛かるようなら……私は、この首を差し出してでも……)

 

全く予想もつかない、どころか、戦闘に用いられるという前例や認識がない手段で攻撃されることほど恐ろしいことはない。何せ、ノウハウが全くなく、対抗手段が導き出せないのだから。

 

それを確立するまで、敵からはいいように弄ばれることになり……最悪、そのまま戦争が終わり、敗北する……というようなことにもなりかねない。ジーク補佐官もビアンカも、その恐ろしさは、語るまでもなくわかる。

 

……目の前にいるテオが、そう言った手段を湯水のごとく使ってくる可能性があるような、別な意味での『規格外』だったのだということも。一言も言葉を交わさずとも、理解できた。

 

一行はこの繰り返しで一番奥に到着すると……そこに待っていたのは、焦燥や絶望、そして憎悪その他いろいろな感情を顔に張り付けた、ゲールの高級官僚や高級軍人たちだった。

 

兵士たちがこちらに銃口を向けて威圧してくるが、完全に腰が引けているのがわかる。

 

その中で、精一杯の虚勢か、はたまた感情をそのまま吐露したか……口を開いたのは、ヘイガー少佐だった。

 

「き、きさまら……っ! こんなことをして、タダで済むと……」

 

「本っ当に……予想できる定番のセリフしか言わない男だな」

 

やれやれ、とため息をつくテオ。

その後ろにいるフィーネが、ニコラに守られながら前に出る。テオより前には出ないように。

 

「ゲールの方々……見てわかる通り、すでに勝敗は決した。この収容所内にいるゲールの手の者は、ここにいる我らの同志を除けば、あなた方が最後だ、最早あなた方に勝ちの目はない。大人しく投降していただければ……戦時捕虜として、名誉ある扱いを保証する。返答を聞こう」

 

「ふざけるな! この小娘が!」

 

「いい気になりおって……小国の、それもくたばった父の跡を継いだだけの、お飾りの国家元首の分際で! 我々ゲールの高級官僚に対してこのような……タダではすまさんぞ!」

 

露骨なまでの選民意識が漏れ出たその罵詈雑言。君主であるフィーネをけなされ、ビアンカの額に青筋が浮かぶ。ジーク補佐官の目も、心なしか細められたように見えた。

 

「これ以上無礼を働いてみろ! 貴様らのちっぽけな祖国など、わが軍の力をもって焼き滅ぼしてくれようか!」

 

「そうだ! 無礼を詫びるなら今のうちごぐぁ!」

 

「あ、ごめん、ムカついたもんだからつい」

 

そして同様に、『姉』をけなされて苛立っていたテオ。

 

丁度手近にあった、というか、突入の際に蹴破った扉を蹴飛ばし、官僚の1人を沈黙させた。

一応生きているようだが、顔面に直撃したので、前歯が2~3本折れて足元に転がっていた。

 

「ぺ……ペンドラゴン! き、貴様よくも我らを……祖国を裏切ったなぁ!?」

 

「愚かなことを! このままライヒに尽くせば、将来の栄光は確約されていたであろうものを!」

 

「やー、おぞましいこと言わんでよそんな。帝国(ライヒ)にじゃなくて、あんたらに、の間違いでしょ……んなもん最悪に近い人生の無駄遣いだわ、超願い下げ」

 

「黙れ! 貴様のみならず、レルゲンやゼートゥーアまでも……手柄を立てるからと自由にさせていたがゆえに野心を抱き、調子に乗ったか!」

 

「もはや帝国に貴様らの居場所はないと知れ!」

 

「だから要らんって言っとろーに……ベルクマン中佐、降参する気ないみたいだからさっさと聞いときたいんですけど、こいつら……」

 

「貴様ッ、今まで祖国に育てられておきながら……金でも積まれたか!? それとも権力か!? 貴様の育て親に申し訳ないとおも゛……」

 

――ぱしゅっ、バギィ! バキャアッ!! バキボキベキィ!!

 

「――ぁ? あが、あぎゃあああぁぁあ!? は、歯が、歯ぎゃあぁああああ!?」

 

突如、目にもとまらぬ速さで、手にしていたガス銃の引き金を引いたテオ。

 

その弾丸が、たった今口を開いていた1人の官僚の口の中に、口の右半分の歯を粉砕しながら入り……その一瞬後、もう半分……左半分の歯を粉砕しながら出てきて、最後に軌道を大きく変えて、その口元を横一線にかすめるように飛び……残ったわずかな歯も全て粉砕して飛び去った。

 

「……失敬、少し感情的になった」

 

「……て……テオ?」

 

突然のことに驚いたフィーネが、恐る恐る、といった感じで聞くも、返答はない。

代わりにテオは、自分を落ち着かせるように深呼吸しながら、再び口を開く。

 

「たださぁ……そんな資格もないだろうに、うちの親についてどーこー言うのやめてくれる? 腹立つんだけど」

 

底冷えするような声で言い放つテオの気迫に、自らの立場を頼みにぎゃんぎゃんと騒いでいた官僚たちが一斉に黙る。その顔色は、一様に蒼白だった。

 

「……やれやれ、自分でも意外というか……うん、割と僕、マルクスおじさんのこと好きだったんだな……まあ、まともに育ててくれた恩もあるし、それもあってゲールに在籍してた面もあるし」

 

けど、と続けながら、テオは……先程から、魔女の力で背後に浮遊させて持ってきていた、謎の金属の大きな箱を手元に呼び寄せた。

 

「だからって僕の人生全て捧げるなんてのはノーサンキュー。そもそも、その叔父さんを切り捨てたのがあんたらだろーに、よく言えたもんだ……ああ、同じような感じで何人も何十人も使い捨てにしてるからわかんないってかそんなことも? そんな連中、真面目に相手してやるのもバカらしい。大人しく投降しときゃよかったのにゴミ共……ってことでコレの出番ですハイ注目」

 

言いながら……自分よりも前にその『箱』を出すテオ。

そこにいた全員の視線がそれに集まる中……その箱についている小さな穴に手を入れ、中に入っている『何か』に触れるテオ。

 

直後、箱が開き……中から出てきたものを見て、全員が……驚愕と困惑に目を見開いた。

 

中から出てきたのは……人形だった。

 

だが、ぬいぐるみのようにかわいらしいわけでも、フィギュアのように精巧で真に迫る造形というわけでも、マネキンのようにのっぺりしているそれでもない。

 

それは……光沢をもった紫色の肌に、鋭い目に黒い髪、露出の多い民族衣装のような服装、オープンフィンガーグローブを付けた両の拳、そして何より……筋骨隆々の肉体がこれでもかと力強く形作られて表現されている、大柄な成人男性の人形だった。

 

「こういう閉所だと、下手に発砲なんかすると跳弾の危険がある。フィーネみたいな保護・護衛対象者がいると特にそーいうのは厄介でね……だから、そういう場所で戦う時用にってのと、あと若干のネタ要素と遊び心を込めて………………『星の白金(スタープラチナ)』、君に決めた」

 

イゼッタのライフルを作ったのと同じ素材で作られた、その戦闘用人形は……テオに触れられて魔力を流され、動き出していた。

 

無論、『スケルトン』と同様に、自分の意志を持っているわけではなく、テオが動かしているのだが……そのあまりに精巧な作りと、作成者であるテオのこだわりぬいた造形美ゆえに、尋常でない気迫がある。

瞼や眼球まで動くように作りこまれており、にらまれているような錯覚すらあるのだ。

 

その人形……『星の白金』は、空中に浮遊したまま勢いよく飛び出して……

 

『オラァ!!』

 

(((え、しゃべった!?)))

 

全員が驚愕する中、そんな掛け声とともに兵士の腹に拳の一撃を叩き込み……反対側の壁まで吹き飛ばして激突させた。当然、兵士は一発で気絶である。

 

その数瞬後、はっとしてゲールの別な兵士が発砲するが、金属製のその体には当たったところで傷一つつかない。ものともせずに今度はその兵士に近づいて、殴り倒す。

 

さらに他の兵士が発砲すると……今度はその弾丸を掌で受け止め、指で弾いて兵士の脳天に直撃させる。怯んだところを……最初の1人と同じように、殴り飛ばして壁に激突させた。

 

そうして兵士たちを全員沈黙させると……今度は、部屋に残っている官僚たちを沈黙させる作業に入る。

 

「ひ……ひっ、やめろ、来るな! それ以上近づくと『オラァ!』あべしっ!?」

 

「ま、待て! な……何が望みだ!? 金か!? なら好きなだ『オラァ!』ひでぶっ!?」

 

「き、貴様わしを誰だと……わしは先祖代だ『オラオラァ!!』うわらばっ!?」

 

1人1人丁寧に、殺さないよう加減して殴り倒していく。

そのあまりの作業感に、見ているフィーネ達も唖然としていた。

 

銃撃戦の場では、流れ弾や跳弾が怖い。それによって、保護対象などが被弾するのはもっと怖い。

 

ならば、被弾しても問題ない戦力を前面に出し、自分は保護対象者の防御を徹底的に担当すればいい、と考えたテオ。

 

そうして『スケルトン』が作り出された……と先に説明したが、その強化版――もとい、全身全霊で趣味に走った結果として作り出されたのが、体の全てが特殊超硬合金で作られた、魔女の力で操って動かすための近接戦闘用傀儡人形……『星の白金』である。

 

一応現在も、『星の白金』を操りつつも、万が一流れ弾が飛んできたりした場合は、弾くなり防ぐなりできるように、テオは腰の『村正』に手をかけつつ、『星の白金』が入っていた箱を浮遊させて盾にして、隙なく構えている。

 

ちなみに、

 

「な、なあ……テオ?」

 

「ん? どしたのフィーネ」

 

「さ、さっきからその……あの人形、しゃべってるように見えるんだが……生きてるのか? 私はてっきり、お前が操ってると思ってたんだが……」

 

『オラァ! 腹話術オラァ!』

 

「……あ、そう……」

 

遊び心である。

 

そして気が付けば、官僚も全滅し……残るは1人。

 

「ま、待て、やめろ……やめてくれ! す……すまなかった! 待ってくれ、待って……と、投降する! この通りだ! い、命だけは……ど、どうかっ!」

 

すっかり委縮してしまったのか、手にしていた拳銃で抵抗することもなく、銃を捨て、平伏して許しを請うヘイガー少佐である。

 

無様な様子ではあるが、それを咎める者はいない。むしろ全員気絶している現状、何をしてでも生き残ろうと必死のようだった。

 

「な、何でもする! 何でも……金……あ、いや、その……な、何でも話す! げ、ゲールの内部情報でも、何でも教えてやるから!」

 

「教えて……『やる』?」

 

「あ、いや、その……お、教えて差し上げます! お教えします! だ、だからどうか……お、お慈悲を! 命だけは……」

 

冷汗をだらだらと流しながら懇願するヘイガー。

テオは、一瞬目を後ろに……背後に控えていたフィーネ達にやると、その一瞬でアイコンタクトを交わし、再びヘイガーに向き直る。

 

「……武装を全て解除してついてこい。これから忙しくなるんだから、抵抗とか面倒な真似したら……わかってるな?」

 

「は、はい! もちろんです! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

土下座姿勢で何度も言うヘイガーからそっぽを向き、すたすたと歩いていくテオ達。

後ろにいたフィーネ達も同様にする中……

 

「……ひひっ」

 

背後からそんな声が聞こえたかと思うと、

 

 

「お、お前ら全員動くなぁ! 動くとこの小娘を殺scばbそslさtぶぐろしゃあぁああ!?」

 

 

……何が起こったかというと、今背を向けたのを隙と見て、隠し持っていたナイフを使って、人質にしようと、この中で一番非力そうな……しかし実際にはテオに次ぐ白兵戦闘力を持つニコラに後ろから襲い掛かったヘイガーが、あえなく返り討ちにあっただけである。

 

羽交い絞めが決まる前に肘がみぞおちに入り、前かがみになったところに膝蹴りで頭をカチ上げげられ、胸ぐらをつかまれて逃げられなくされたところで、鉄底仕込みの靴の踵で足の甲を踏み抜いて砕かれ、もう片方の手で麻痺毒を塗ったナイフを太ももに突き立てられ、先程つかんだ胸ぐらを軸に、重心移動で振り回されて勢いをつけて……背負い投げの要領で投げ飛ばされた。

 

しかも、着弾地点は、官僚連中が飲んでいたと思しき酒やグラスが置かれていたテーブルの上。背中から突っ込んだヘイガーは、テーブルが壊れるほどの投げの勢いはもちろん、割れたビンやグラスの破片で背中がズタズタだった。

 

そこにさらに……こつ、こつ……と、不吉な足音と共に歩み寄る……テオ。

 

その背後には……『星の白金』。

 

「さっきも言ったけどさあ……あんたってホントに予想を裏切らないよね。悪い意味で」

 

わざと静かに言うテオを見上げて、再び冷汗を噴出させながら……衝撃で息が詰まった上に、麻痺毒のせいもあってうまく動かない舌を必死で動かし、命乞いをするヘイガー。

 

「う、うぐ……す、す、ませ……で、き、心、で……こ、今度、はお、とな、しく……な、何でも……情、報……た、助け……」

 

「……って言ってるけど、どうしようベルクマン中佐?」

 

「心配はいらないよ、ペンドラゴン中佐。賭けてもいい……彼が知ってることで、僕が知らないことなんてないだろうからね。ま、せいぜい僕の暗殺指令くらいかな? それだって簡単に予想できたが……全く、視線や殺気をごまかすのが下手すぎるんだよ、君は」

 

「……あ……ひっ!?」

 

突然の浮遊感。

麻痺している体でも感じるそれは……『星の白金』の手で、ヘイガーの体が胸ぐらをつかまれて持ち上げられたことによるものだった。

 

見下ろす形で目があったテオの、その、生身の黒い右目と、義眼の赤い左目が、とてつもなく恐ろしいもののように感じて……ヘイガーは、どっと汗が、涙が、鼻水すら噴き出した。

 

「ま、待っへ、やめ、て……は、話せば、わかる!」

 

「―――問答無用♪」

 

 

「――ぃゃ」

 

 

 

『オォォオォ――ラァオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァアアァア―――ッ!!!!』

 

「ヤッダーバァアァァァァアアアアア!!!」

 

 

 

腕が5本にも10本にも見えるほどの速さ・勢い・気迫で叩き込まれた渾身のラッシュは、1発たりとも外れることなくヘイガーの体をとらえ……もはや数えるのも不可能なほどの鉄拳を食らったその体は、キレイな放物線を描いて飛んでいき……部屋の隅のゴミ箱にドグシャア!! と頭から突っ込んで……それきりぴくりとも動かなかった。

 

 

 




原作11話でフィーネに顎クイしやがった上に、ロッテちゃん達を火炎放射機の的にしようとしたお方の末路。
割と序盤の方から『断末魔は「ヤッダーバァアァァァァアアアアア!!!」にしよう』って決めてました。


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Stage.46 ブラックリベリオン

その日は、帝国の、欧州の、否……世界の歴史において、重要な転換点となった。

 

その日、ゲールは長らくの因縁に決着をつけるはずだった。

 

『魔女』によって幾度も戦線を砕かれ、またたく間に制圧できる程度の規模だったはずの小国・エイルシュタット。かの国を……今度こそうち滅ぼせると見込んでいたのだ。

 

しかし、今か今かと戦勝の吉報を待ち望んでいた帝国上層部の者達の元に届いたのは……空前絶後、信じられないほどの凶報の連続だった。

 

『報告! エイルシュタットに向かった軍4個師団、連合軍及び『黒の騎士団』より奇襲を受けて指揮系統が崩壊! 妨害電波の照射により遠隔での指示も困難、遊兵化しています!』

 

『報告! エイルシュタット方面戦線に白き魔女・イゼッタ出現との報告あり! すでに1個師団壊滅の上、残存の部隊も応戦できず! 応援要請とのこと!』

 

『え、エイルシュタット方面近辺の部隊が義勇軍と思しき者達の奇襲を……う、動けません!』

 

『ほ、報告! たった今情報が……は、反逆です! 帝国軍、ハンス・フォン・ゼートゥーア中将、クルト・フォン・ルーデルドルフ中将、エーリッヒ・フォン・レルゲン大佐他、将校14名を含む各方面6個師団規模が……帝国を裏切って連合についたと! 『黒翼』ペンドラゴン中佐もそこに含まれ、現在、魔女イゼッタと共に、『魔女の力』らしき能力を使って各方面軍に攻撃を……!』

 

 

「なん、なのだ……? い、一体ッ、何が起こっているのだッ!?」

 

 

帝国軍の高級官僚の1人が……事態についていけず、冷汗を滝のように流してそうつぶやく。

答えは……どこからも、帰ってこなかった。

 

 

☆☆☆

 

 

場所は、テルミドール国境付近……ライン戦線。

 

ゲールの抱える戦線の中でも、特に苛烈な戦線であるとされているここには……エイルシュタットの制圧後、その国内、ゼルン回廊を通して戦線を拡大し、一気に攻め込むべく……過去に例を見ないほどの規模の軍が展開されていた。

 

これほどの軍であれば、時間さえかければ単独でテルミドールの反抗勢力をつぶすことも可能であろう。それでも戦略を用いるのは、より堅実に、より少ない犠牲で勝利をつかむためだった。

 

一度はすでに制圧したはずの戦線……かつて、レルゲン大佐の『鉱道戦術』と『回転ドア』によって切り開いたそこで、また自分たちが勝利をつかむのだと、ゲールは信じて疑わなかった。

 

そこに……エイルシュタット侵攻軍敗北の報告と共に……いや、下手をすればそれよりも早く……かの『魔女』と『魔人』が切り込んできていた。

 

 

 

『わかってるねイゼッタ!? 狙うのはあくまで戦車とか砲台、あとはトーチカなんかの大物だけ! 兵士や塹壕は現地の軍に任せること!』

 

『うん! そっちの方が効率がいいから……だよね?』

 

『それもあるけど……イゼッタはともかく、一応ゲールにしてみれば『裏切り者』の僕が、意気揚々と味方の軍を攻撃するとかってのは、国民のためを謳ってても評判あんましよくないから。誤差の範囲かもしれないけど、あくまで現地の軍の進軍を手助けする形にしておきたい』

 

『わかった。じゃあ……行ってくる!』

 

『おぅ、武運を祈る!』

 

そんな会話を2人が交わしたのが、およそ1時間前。

 

現在テオは……愛機『蜃気楼』をバージョンアップさせた完成版の機体『ガウェイン』に乗り込み、ライン戦線で帝国軍を相手に猛威を振るっていた。

 

『き、来た! きやがった……!』

 

『畜生……この裏切り者がぁ!』

 

『何でッ、何でこんなことに……!』

 

通信の向こうからは、味方だと思っていた自分――『ソグンの英雄』に銃口を向けられることへの戸惑いや怒り、絶望が聞こえてくるが……それも自分の行動の結果だと、覚悟の上のことだと、テオは割り切って引き金を引いていた。

 

自分を狙って放たれる、固定砲台や戦車砲の集中砲火。

しかしそれらは、『蜃気楼』だった頃よりも大きく、全高7mほどにもなったにもかかわらず……『ガウェイン』に一発も当てることができず、むなしく空を切る。

 

『ガウェイン』は、基本的にテオの『魔女の力』を『賢者の石』で増幅し、さらに機関部の『GNドライブ』から放出される半万能エネルギー『GN粒子』を同調させることによって動力源としている。プロペラが起こす風や揚力、浮力、航空力学の計算の結果として動いているわけではないため、急加速・急ブレーキをはじめ、物理法則を半ば無視した非常識極まりない動きが可能だった。

 

また、機体を構成する『サイコフレーム』は、精神……すなわち『魔女の力』に反応して動くことに優れているため、駆動の素早さや激しさに補正がかかる。

 

さらには、『GNドライブ』から『GN粒子』。これが実は、人の精神に反応して事象を引き起こすという、『魔力』によく似た性質を持っている物質であり……しかし、魔力ほど大きく物事を動かせるわけでもない。しかし、『魔力』と合わせて使うことで、それを『かさ増し』して出力を上げることに利用可能だった。

 

それに加えて、本来『人型ロボット』を動かすのに必要な、複雑な駆動機関や膨大な動力源を、ほぼ全てテオの『魔力』と『演算能力』がカバーしているため、その分を装甲や兵装の搭載に回していることで、攻撃力・防御力共に戦闘機とは比べ物にならない。

 

さらに、その増幅した魔力を自分にも供給して使うことにより、『SEED』と『眼』を発動させっぱなしにしている。それに加えて、搭載されている『ドルイドシステム』――センサーとして周囲の状況を『魔力』を通して把握する機構を活用することにより、テオはカメラなしでも周辺の状況を把握しつつ、アクロバティックに機体を操作していた。

 

小銃や大型ライフル程度であれば、『ガンダニュウム合金』製の機体には傷一つつかない。

砲撃や戦車砲はかわしているが……よけきれない密度での弾幕が来てもシールドがある。

『ブレイズルミナス』や……そのさらに上も。

 

そして、攻撃面も『蜃気楼』だったころよりも強化されている。

 

戦場をさらに進むと、テオの目の前には……第2陣として控えていたのだろうか、数えるのも億劫なほどの移動式砲台と戦車の軍団が姿を現した。

 

『向こうは1機だ! 数で押し切れ!』

 

『1発でもあたって体勢を崩させれば、集中砲火で消し炭にしてやれる!』

 

「そう簡単にはいきませんよ……っと」

 

打ち込まれる砲撃の数々を、テオは……さすがに全部はよけきれないと直感し、操縦桿を握る。

 

といっても、駆動から兵装の制御まで全てをテオが行っているこの『ガウェイン』には、計器類はともかく、基本的に手動のコントロール機構というものはない。

非常時用にないわけではないが、普段は使わない。

 

今握っている操縦桿も、基本、姿勢安定などのためだけに設置されているもの。それを含め、いくつか操縦席についているスイッチなどは、ほとんどは通信機材などのものなのだ。

 

テオは、『魔力』と『思考』で兵装を動かし……その直後、半透明のピンク色、六角形のバリアが無数に機体の周辺に現れ……たったの1発も通すことなく、砲撃全てをしのぎ切る。

しかも、そこには『揺らぎ』のようなものすら全く見えなかった。

 

『ブレイズルミナス』以上の防御力を誇るバリア機構『絶対守護領域』。その防御力を前に……愕然とするゲール兵たちの戸惑いが、テオには感じ取れた。

 

(ま……『ブレイズルミナス』も『絶対守護領域』も本家本元みたいな科学の結晶じゃなくて……実は、ちょっとしたからくりで、それっぽく『魔女の力』で再現しただけなんだけど……性能は伴ってるし、見た目も十分かっこよく再現できてるからよしとしよう。さて次は……)

 

そして次に、ガウェインの胸部を開く。

 

ゲールの中にいた、先のゾフィーVSゼロの戦いを知る者は、同じような光景を見たことがあった。胸の部分が開く時、そこからレーザーがほとばしって、こちらの戦車を貫いたのだ。

 

今度もそれかと思って見ていた兵士たちの予想はしかし……さらに悪い方向に外れた。

 

先の戦いでは、ただ一条放たれたレーザー。

それが……十重二十重に放たれ、別々に動いて戦車や砲台を狙い撃ちにしたのだ。

 

(本家本元みたいに、さすがにプリズム射出からの乱反射で一網打尽、ってのは無理だけど……発射元にプリズム置いておけば、このくらいはね……『エイジャの赤石』のおかげでレーザーの増幅が可能で、乱射しても戦車貫く程度の威力は保っていられるし)

 

言いながら、今度は戦闘機が飛んできたのを見据え……テオはその方向にガウェインの右手を向ける。その指が……ミサイルのように勢いよく、根元からワイヤーを伸ばして飛んでいった。

 

イゼッタの『ランスロット』に取り付けたのと同じ、矢じり付きのワイヤー発射機構『スラッシュハーケン』。それが、両手の指10本と、さらに腰と肩にも、ガウェインにも搭載されている。

 

ゲールの戦闘機部隊はそれを回避するが、ワイヤーが伸びたままガウェインが大きく横凪に腕を振ったことで、それを追ってハーケンのワイヤーもしなりながら動き……急旋回直後の戦闘機部隊のいくらかをとらえ、バラバラに切り裂いた。

 

それをかわして迫ってくる者達に対しては……今度は、両肩部分が上下に開く。

 

そこから……赤黒い光線が射出され、戦闘機部隊に襲い掛かった。

 

(やっぱり、ガウェインと言えばこれ……と、言いたいところなんだけど……もどきでした)

 

この兵装は、テオが前世で好きだった某アニメの兵器の一つの再現だが……『ブレイズルミナス』や『絶対守護領域』と同様、ガワだけ似せたものだった。

 

そこに搭載されている電極――これも動力源はテオだ――を使い、液体金属を一気に気化させ、高熱を帯びさせた金属の蒸気を作り出し、そこに『GN粒子』を混ぜ込んで操作する……つまり、『砲撃』しているように見えるが、実際は『ガス銃』と同様にテオが動かしているのだ。

 

一気に加速させて飛ばせば直線の砲撃になるし、包み込んで熱で燃やしてしまおうとすれば、誘導弾や火炎放射器にもなるのだ。

 

今回は、散弾銃かシャワーのように拡散させて広範囲を一気に掃討したが……それすらしのぎ切り、向かってくる戦闘機が一機あった。

 

それに驚き、まさか、とテオが脳裏に思った瞬間、

 

『ペンドラゴン―――ッ!!』

 

機銃を乱射しながら襲い掛かってくる戦闘機……帝国最新型『メッサーシュミット』。

そこから聞こえてくると思しき、無線の向こうの声に……テオは、聞き覚えがあった。

 

あえて避けずに『絶対守護領域』で機銃を受け止めると、航空力学の関係から、常に高速で飛んでいなければならず、一か所にとどまっておくことができない戦闘機は、一度すれ違うようにテオの元を離れ、しかしすぐに旋回して舞い戻ってくる。

 

その動作1つ1つにも、並々ならぬ技量を感じ取ったテオは、そのパイロットが誰か確信した。

 

「お久しぶり……ってほどでもないですね、バスラー大尉。こちらの戦線にいらしたとは」

 

『テメェ……なぜ、なぜ裏切った!?』

 

通信の向こうからの声には、怒りがこもっていた。

これまで何度も聞いた声だが……顔見知りだからだろうか、その勢いもひとしおといったところのようだ。

 

テオはその問いかけに、援軍として新たに飛んできた戦闘機部隊や、地上に残っている砲撃部隊や戦車も同時に相手をしながら――つまりは討ち滅ぼしながら――答え、会話を続けた。

 

『答えろ、なぜだ!? テメェ……いや、テメェだけじゃねえ! ゼートゥーア中将やルーデルドルフ中将、レルゲン大佐にベルクマン中佐! 帝国軍の未来を担うとまで言われた……学のねえ俺なんかよりもずっと上に行けるてめえらが、なぜ!』

 

「……もう半日もすれば、国際チャンネルでゼートゥーア閣下が声明出しますけど、それ待ってもらえません? 二度手間ですし、自分の説明に齟齬とかがあるとアレなんで」

 

『ふざけんな!』

 

返答は、通信の向こうからでも感じる気迫のこもった一喝と、鉛玉の雨あられだった。

 

『声明で発表されることなんてのは、耳聞こえのいい方便を並べた、ただの演説だろうが……お前の口から、真実を聞かせろ! なぜだ!? 金か地位でも約束されたのか? それとも……このまま帝国で戦い続けるのが怖くなったのか!?』

 

「どっちかと言えば後者に近いのかな……でもまあ、簡潔に言うなら……そうすることが正しいと思ったからですよ」

 

『正しいだと!? 祖国を裏切り……敵に媚びを撃って、味方だった兵士を殺すことがか!? いったい何人の兵士が、将校が、あんたらを信じて戦い続けて、そして死んでいったと思ってる……そいつらの思いに、無念に、後ろ足で砂をかけるってのか!』

 

(苛烈というか、熱い人だな……本気で祖国のために戦うのが正義だと思ってる、愛国者+熱血漢タイプか? ……対応するの、僕でよかったかも。多分、ベルクマン中佐とかが相手してたら、速攻キレさせてたな……あの人、ナチュラルに相手を怒らせるの上手いから)

 

「……その点に関しちゃ、申し訳ないと思わなくもないですけどね……でも、繰り返しですけど……このまま戦争続けるよりそっちの方がいいと思いました」

 

『なぜだ!? どんな理由があったら、祖国を裏切ることが正当化されるってんだ!? 言ってみろ!』

 

「正当かどうかなんてのもんの判断は、後世の歴史家にでも任せときゃいいでしょう……それでも言ってほしいんなら言いますけど、別になんてことない、ただの事実だけですよ?」

 

その先のテオの返答は……たしかに、淡々と述べられる『ただの事実』だった。

 

 

 

1939年、ゲルマニア帝国の隣国・リヴォニア侵略から始まった、欧州全体を巻き込んだ大戦。

 

大国・テルミドール共和国やブリタニア王国の力をもってしても抑えきれない、強大極まりない軍事力を誇る帝国。その国がまき散らす戦火はしかし……敵のみならず、味方をも巻き込んでいたことに気づいている者は……少なかった。帝国上層部には、特に。

 

ゲールとて、1つの国だ。何の負担も犠牲もなく、その軍事力を保っていたわけではない。

 

最初のうちはともかく、長引く戦争は徐々に国家の屋台骨をきしませていた。そしてその負担が行っているのは……最前線で戦う兵士たちと、何の罪もない国民だった。

 

兵站に負担がかかり、輸送や武器供給が十分でない中、連合を組んで向かってくる敵軍と戦わなければならないことへの、兵士たちの不安・負担は大きい。

 

救国を掲げて、あるいは手柄を上げて出世しようと、意気揚々と戦地へ赴いた者達が大多数だった開戦当初と比べて……今の士気は、戦場にもよるが、半分もないのではないかと思われるほどだ。見つかれば罰則だとわかっていてもなお、弱音や不満も多く聞こえてくる。

 

ストレスのあまり、酒やたばこに逃げる者……隠れて捕虜や、敗戦国の土地で乱暴狼藉を働くものもちらほらみられ、その対応にも軍は苦慮していた。

 

国民についても、もともと働き手である男たちが戦場に行ってしまい、生産性が下がっていた。

 

それだけなら、戦の常として我慢できていたかもしれないが……それに加えて、食料は配給になり、娯楽や嗜好品も制限され、戦時中を理由に特別な税が加算。志願兵だけでなく、強制徴収で、年齢規定外やすでに兵役を終えた男すらも連れていかれている。

 

負担が増えるにつれ、『いつまで続くんだろう』という声が増え始める。開戦当初の狂熱はもはやどこにもなく、皆、ただひたすらに平和が戻ってきてくれることを望むばかりだった。

 

しかし、帝国の敵は増えるばかりで、一向に収束の兆しを見せない。

そればかりか、帝国そのものが、実入りを多くするために戦火を拡大し続ける。そのことに不満を持つ者も日増しに増えていき……今では、『平和が戻ってくるなら負けでもいい』などと考える者すら少なくない有様だ。

 

だが、誰もそれを責めることなどできないだろう。

 

彼ら市民の力では、国という巨大な意思決定機関と、軍という暴力機関に、抗うことなどできるはずもない。ただただ、従う他になかったのだから。

 

それでも……耐え続ければいつかは終わると、歯を食いしばって耐えてきた。

だが、限界というものは当然、ある。

 

減る食糧、増え続ける税、帰ってこない家族……民への、すなわち国家そのものへの負担がもはや、これ以上は看過できないレベルに達し……しかし上層部がそれを鑑みようとする気配がないと悟った時……軍内部の、国民を思いやる心を持った者達が立ち上がったのは……必然だったのかもしれない。

 

「……ま、こんなとこですかね。愛国者として有名なあんたにはお声はかからなかったみたいですが……同じ愛国者でも、違ったものの考え方で国を守ろうとする人がいるってことです」

 

(もっとも、僕の根源の理由は、もっと自分勝手なところなんだけど……結末は同じってことで)

 

『……っ……確かに、今現在、国内で問題視されていることではある……政府の財務部に努めてる知り合いが、今の帝国は火の車だってぼやいてたからな……だが、だからって、どうして……』

 

会話の間にも、テオは数々の攻撃手段を駆使して、戦闘機部隊や地上の砲兵たちを叩いていたが……さすがというか、バスラー大尉をとらえることはできていなかった。

予想はしていたものの、片手間で相手をできる存在ではなかったということだ。

 

『あんたの頭なら……帝国が勝った後、どうにかできる問題じゃないのか!? わざわざ裏切って、国を二つに割って、それまでに散っていった奴らに背を向けなくても!』

 

通信の向こうから聞こえるのは……絞り出すような声。

テオの言うことを一部は理解しつつも、バスラー大尉は自分の信念を、祖国のために戦うということの正当性を譲れずにいた。

 

『……リッケルトを覚えてるか? 特務に在籍していた……ベルクマンの部下だった男だ。お前も何度か、あったことがあるはず……一緒にバーで酒も飲んだろ?』

 

「ああ……あのポーカー超下手な、かわいい顔のお兄さん。たしか、エイルシュタットで……」

 

ビアンカが殺した男か、と思い出すテオ。

自分も彼女に撃たれ、生死の淵をさまよった身として、一瞬微妙な気分になっていた。

 

ちなみに、未成年であるテオは酒ではなくソフトドリンクを飲んでいた記憶があった。

 

『ああ……潜入任務の最中に殉職した。他の工作員を逃がすための囮になって……成果であるフィルムと魔石を託してな……。そいつだってよ……祖国を勝たせるために、多くの味方を殺したあの『魔女』に一泡吹かせるために、命張ったんだ。それを……それを知って、どうして敵対できる!』

 

その魔女と幼馴染で仲良しなんだけど……と思っているテオの目の前で、バスラー大尉の機体は突然急上昇し……さらに縦にUターン。ノルドでも見せた急降下爆撃。

それも、テオには通じない。それもバスラー大尉は、攻撃をやめる気配はない。

 

『祖国のために命がけで戦い、祖国の全てを守る……それが俺たち軍人だろう!』

 

「その『全て』って何ですかね? 国民ですか? 国庫ですか? 政府ですか? 皇帝ですか?」

 

『だから『全て』だ! 石にかじりついてでも、わずかな可能性にすがってでも……それらを守るために、裏切るより先にできることがあるんじゃねえのかよ!』

 

「……ないよ、そんなもんは」

 

その時のテオの返答には……いらだちが含まれていた。

 

ただ単に、気づいていないだけかもしれない……彼は彼で、祖国のために一生懸命に戦っているだけかもしれない。

それでも……ほんのわずかにではあるが、バスラー大尉の言葉はテオの琴線に触れた。

 

「火の車? そりゃそうでしょ……戦争してんだから。人も、資源も、金も、いたずらに消費しまくる最悪の状況なんだから。その状況に苦しんでんだよ……国民も、遺族も、国そのものも」

 

『それを終わらせるまでの辛抱だろう! いやそれこそ、俺たち軍人が断ち切る……そのために力を注げることじゃないのか!』

 

「終わらないよ……あの玉座に座ってふんぞり返ってるおっさんが公言してんだから。堂々と……ゲールは世界征服を目指します、って」

 

『っ……』

 

国の最高権力者……皇帝を、『おっさん』呼ばわりしたのに驚いたか、はたまたその声に込められているすごみに怯んだか。

言葉を返せないバスラー大尉に、畳みかけるようにテオは続けた。

 

「戦争を終わらせて国を立て直す? その財源どっから持ってくるんだよ……敗けた他国だろ? まあ、百歩譲って、それは戦争の常だからいいとしても……うちの政府上層部のアホ共、それ戦後復興に使う気ないからね? 配給物資や公共事業じゃなくて、戦車とか爆弾に変わるから。戦争して儲けた金と資源で戦争続ける気だから。んな政策に協力できるかアホ、って話」

 

『っ……だが、だからって祖国を売り渡すなんてことが……! 今まで俺たちは、その祖国に、軍に、政府に……多くの恩恵を受けて来ただろう、それに後ろめたさや、罪の意識はないのか!』

 

「なくはない。でも、気にするほどのことでもない」

 

『な……!』

 

「それらにこだわってたら、救えるものも救えなくなる……それが一番やっちゃいけないことだ。……もうこの国に僕は、守る価値も意味も見いだせない。もうこの国が、自力でまっとうな道のりに戻ることはない……上の連中が揃いも揃って腐ってて、戻す気がないんだから。そして、この国がこのままである限り、泣く人が増える……だから、壊す。そう決めた」

 

もうこの国は、まっとうな方法じゃまっとうな形に戻れない。

 

加えて、この国が火元になって欧州全体に広げた戦火もどうにかしなきゃいけない。

 

国内の、何の罪もないゲールの市民の生活も守らなきゃいけない。

 

エイルシュタット他の国も、その国民生活ももちろん守らなきゃいけない。

 

そして……僕らの望みも、ないがしろにはしたくない。

 

これらの問題を一挙に解決したければ、一番確実な方法は……1つだ。

 

ゲールをあえて2つに割り、皇帝を含む現体制の老害共を生贄にして、一度ゲールを『滅ぼし』……その後で、欧州のコミュニティに同調する『新しいゲルマニア』として再興する。

 

欧州に平和を取り戻し、エイルシュタットも、ゲルマニアも、他の国も全部救って、守りたいもの全部守るために……

 

「僕は……ゲルマニアを含めて、全部救うために……ゲルマニアを、ぶっ壊す!」

 

 

 

その数時間後、先行して敵拠点や固定砲台等の設備を破壊しつくしたイゼッタが戻ってきて合流。戦闘機や長距離射程兵器をテオの『ガウェイン』が、地上の戦車などをイゼッタが『ランスロット』でそれぞれ担当していた。

 

そして、戦闘設備を破壊されてほぼ無力化された敵拠点を、現地の『自由テルミドール』や連合国軍、義勇軍や黒の騎士団が攻め入って制圧していった。

 

不利を通り越して敗北を悟ったゲルマニア軍は、残る戦力を逃がすために必死で撤退。

その最中、さらに設備その他を破壊しにかかるテオとイゼッタの追撃に会い、大半の設備を失い、時には投棄しながら……ゲルマニア軍は、テルミドール方面の戦線から全面撤退することとなる。

 

投入した戦力の大きさに比例して、それによって被ったダメージはすさまじいものだった。

 

突き刺すはずの鏃を叩きおられ、そればかりか多くの物資・資源を失うこととなったことは、ゲール軍の士気を大きくくじいた。

 

そればかりか、動員規模に見合ったリターンも全くなく、あろうことかテルミドール方面の占領地や準植民エリアを軒並み手放し、ゲール軍は『開戦時の』国境付近まで撤退した。

 

多くを失うはずだったはずが、逆に多くを手に入れ、勢いをつけた反帝国連合軍。

この日……戦争の流れが、変わった。

 

連邦の助けもあり、いくつか部分的な戦場において劣勢だったものの、大勢において優位を保っていたゲルマニア帝国は、この大敗北を機に、その勢いは衰え始める。

 

そこにあったのは、忠誠を誓った祖国を守るために、小国ながら戦い続けた1人の『魔女』と、民のため、世界の未来のために、裏切り者のそしりを覚悟で反旗を翻した『魔人』。

 

後の世にて、『ブラックリベリオン』と呼ばれることになる……歴史の転換点だった。

 

 

 

 



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Stage.47 3人の戦い

1940年11月21日

 

ここ数日、鬼のように忙しかったわけだけども……どうにか時間が取れたので、久しぶりに日記なう。

 

とうとう行動を起こし……ゼートゥーア閣下らをはじめとする十数名の参謀将校と、それについてきてくれた兵士たちと共に、僕らはゲールを離反。エイルシュタットをはじめとする。反帝国連合軍に合流し、その同志となった。

 

その際に、ゼロからの紹介もつけてもらったので……混乱もほとんどなく合流が成立。

 

『ゼロが信頼してるなら』と、納得してくれたレジスタンス組織や国家代表も多い。

ひどいマッチポンプだけど。

 

また、裏切る際に、きちんと『手土産』も持ってきたし、デモンストレーションも行っている。

 

具体的には、『手土産』は、現在のゲールが、余裕そうに見えて実は足元の部分がかなり切羽詰まったことになっていることを示す書類を、閣下たちが参謀本部の権限でまるっとパクってきていた。それをそのまま持ってきて提出し、今後の方針決定とプロパガンダに役立てようというもの。

 

『デモンストレーション』は……まあ、勢い付けみたいなもんだ。

 

ちょっと話がとっちらかるものの、僕やレルゲン中佐、ゼートゥーア閣下なんかは……現在の軍部の大方針と微妙に違って、きちんと足元を見て、民衆に――それこそ、ゲールだけでなく占領地の民に対して――も優しく、丁寧に接するよう努めてきたので、割と評判はいい。

 

ゲールは嫌いだけど、テオドールさんは好きだ、とか言われるくらいには。

 

……あちこち飛び回ってるから、そんな印象に残るほど関わってる自覚ないんだけど。

おかげでそんなに印象にも残ってないから、日記にもほとんど書いたことないし……レルゲン中佐に『こういう評判になってる』と指摘された時には驚いた。

 

あ、そういやシュトロハイム少佐もその面では評判いいんだそうだ。

 

あのテンションだから好き嫌い別れるそうだけど、盛り上げ上手で敗戦後の暗いムードを取っ払ってくれたり、仕事を積極的に回して、その分いい賃金を出すよう現場に掛け合ってくれたり、仕事終わりに気前よく酒場でおごってくれたりするそうだ。

現場の職人とか、炭鉱マンみたいな体育会系の男たちに人気だそう。意外。

 

……さて、話を元に戻して……そういうイメージがある僕らを全面に押し出して、ゼートゥーア閣下が主張したことには、

 

『我々は裏切り者であり、そこを否定するつもりも、誹りを逃れるつもりもない』

 

『だが後悔はしていない。祖国に背を向けてでもやるべきことがあると確信している』

 

『この戦争の裏で、懸命に働き、祖国に尽くし、しかしそれが報われず涙を流している者がいる』

 

『本来すでに報われていたはずの献身、しなくていいはずの苦労、その何と空しく悲しいことか』

 

『その涙は、この戦争が続く限り流れ続けるだろう。流さなくていいはずの、罪なき者の慟哭!』

 

『我々は、それを止める力を持ちながら、それを止めようとしない者達を、止めねばならない!』

 

『たとえ逆賊の誹りを受けようと! 輝かしい未来を持つ者の前途を閉ざすことがあってはならない! 我々は断じてそれを見過ごさない!』

 

『我々軍人が戦うのは、殺すためでも死ぬためでもない! 生きるため、生かすためだ! 国の、民の、社会の、世界の、未来のためだ!』

 

『それを忘れた者達に、国家の導き手たる資格なし! 民をおろそかにし、国家の何たるかを見失った者達に、これ以上国のかじ取りを任せることはできない!』

 

『よって我々はここに、真に救うべき者達のために、戦争を終わらせることを目的として、祖国・ゲルマニアへの反逆を宣言する! 全ては、今を生きる者達の明日を守るため……選ばなくていい残酷な未来を排し、皆が未来を、明日を選べる世界を取り戻すために!』

 

 

これ一部抜粋なんだけども、だいたいこんな感じだったと思う。

 

その後、ゲール兵たちからの喝采をもらった上に……エイルシュタットの代表って立場で、フィーネが『私は、ゼートゥーア中将の正義と信念を認め、ともに戦う戦友として受け入れる!』と主張。イゼッタもそれに続いた。

 

それに加えて、根回ししておいた各国の代表からの賛同ももらい、最後には『ゼロ』から、演説込みで受け入れる宣言をもらった。さっきの推薦とは別に。マッチポンプ再び。

 

その結果、テルミドール方面とエイルシュタット方面の完全粉砕の武功もあいまって、僕らは連合国に名を連ねることができるようになった。

 

その際、ノルド王国とアトランタ合衆国の代表者が何か言いたそうだったけど……気にしない。

どうせ、加入に見合ったレベルの手土産を持ち込んだし、その恩恵にもあずかる立場だし、大義名分もあったから、大っぴらには言えなかったんだろうけどね。つか、そう仕向けたの僕だし。

 

ノルドは、何度も祖国をコテンパンにされてる僕や、その上役がいることに不満だったようだし……アトランタはまあ、平常運転、といっていいのか。元から警戒してたもんね。

 

けど、アトランタはゾフィーの件で慎重論がぶりかえしていまだに静観ムードだし、ノルドはすでに国力も発言権も皆無に等しい上、国内の支持もマイナスに振り切れている。

というか、そこで地盤固めたゼートゥーア閣下への支持がむしろ、うん。

 

そんなわけで、滑り出し、スタートダッシュは順調。

もちろん、色々言われ続ける期間がしばらく続くだろうけど……きちんと対応しつつ、きちんと結果を出し続けて、行動で示していくことにしよう。

 

今までゲールがバカやってきたのは事実だし、その片棒を担いでたのも事実だ。

だから今後は……こっちでの活動で成果を立てて、取り返していくとしよう。

 

それが一番、確実で、堅実で、誠実で……後腐れ、は……なくはないけど、手っ取り早い。

 

 

 

1940年11月22日

 

地盤固めと並行して進めていたとある作業が、今日、一息ついた。

 

何かっていうと……『ヴォルガ連邦』への対処だ。

 

前に言ったと思うけども、あの国は元々、ヨセフという名のおっさんが粛清でバカやってたがためにガタガタになっていて、その立て直しの最中である。

景気づけと資源確保その他のために、わざわざ外国攻めるくらいには切羽詰まっていた。

 

……ここで歴史の授業。

 

ヨセフおじさんは元々、前の政権中枢で事務系の仕事の元締めみたいな立ち位置にいたそうで……まあ、当時の指導者(名前は忘れた)からは、使える部下、くらいに思われてたそうだ。

面倒な裏方の仕事を押し付けられる、いい手駒だと。

 

しかしその時から、少しずつヨセフおじさんは、自分の息のかかった人間を各部署、各地の重要なポストに潜り込ませていって……長い時間をかけて、事務方の重要な部分をすべて掌握することに成功。そのまま、極めて静かに、穏便に国を乗っ取った。

 

冷静沈着かつ狡猾な策略家。それが本性……だそうだ。ゼートゥーア閣下曰く。

 

しかし、最近精神を病んできたというか何というか……そういう方法でトップに立ったからだろうか、人間不信におちいっているそうだ。

 

結果、今、少しでも不穏な動きをする怪しい人間を見つけては処分する、というのを繰り返しているそうで……国中が、彼の『粛清』を恐れている状態。

 

有能=危険という方程式も頭の中にあるのか、側近がこの数年間で何度も、何人もチェンジしてるし……彼の政権運営を危険と見た一部の勢力が、実際にクーデターを計画し、実行する直前まで行って以降は、より取り締まりが苛烈になったそうな。

 

粛清に次ぐ粛清、市民レベルでの引き締めのための締め付け。

一党独裁政権の支持率はかなり下がっていて、しかし文句を言うこともできず。

 

……なんか、ゲールをより悪化させたような環境である。かわいそうだな、民。

 

……もっとも、それを利用させてもらうつもりなんだけどね……僕ら。

 

明日には、結果が出てると思う。

上手くいけば……またあの国に遠征だな。1か月ちょっとぶりの。

 

 

 

1940年11月25日

 

ミッションコンプリート。

何も起こらなかったがごとく、作戦は終了した。

 

しかし、それでいい。それが理想形だったからだ。

 

ヴォルガ連邦は……連合国軍の手に落ちた。

 

……いや、手に落ちた、って言い方はおかしいな。というか、ふさわしくない。

あくまであの国は、政権交代の結果として、帝国との同盟関係を破棄し、こっちに協力してくれることになったんだから。うん。

 

……当然ながら、全てこっちの仕込みですけどね?

 

いや、全てじゃないか……もともと、内部で頑張ってる人たちがいたのを知って、ちょっと協力させてもらってた、っていうだけの話。

 

どうやったかというと、まず、ヨセフおじさんがやったのとそのまま同じことをしたのだ。

各所、各部署に革命の同志を潜り込ませ……何かのきっかけで一斉に蜂起し、国家を転覆させられるようにした。そのために、静かに準備を進めていた。現政権に不満を持つ人たちが。

 

皆、過剰な粛清で知り合いや家族を奪われたり、財や土地を奪われたりした人たちだ。いうなれば、現政権の被害者。

探せばこういう境遇の人はいくらでも出てくるそうで、協力者探しに事欠くことはなかったと。

 

何年も前から、目立たないように少しずつ。

息のかかった人間だけじゃなく、あくまで『不満を持つ人間』も含めて……怪しまれないように、要請があった時や欠員補充なんかの機会に、受動的メインで送り込んでいく。

 

広く、浅く、多く。彼らは何年もかけて準備を進め、少しずつ毒を浸透させていった。

 

加えて、昨今の戦争続きの情勢が、国民の生活圧迫に拍車をかけるせいで、徐々にその反抗心は育っていき……次第に、ただの『不満持ち』に過ぎなかった人員たちのうちのいくらかは、明確な叛意を心に根付かせるようになっていく。

 

そして、戦争が本格化すると一気にそれは育ちはじめ、政権が全くのノーマークだったところに、同時多発的に何十人、何百人もの『不穏分子』が誕生。それらが横につながりを持ちはじめ、あっという間に革命を目指すコミュニティが出来上がった。

 

さらに、僕らのところのマリーがそこにコネを持っていて……彼らに、必要に応じて、僕ができる範囲で手を貸したりしていた。

 

目くらましのための紛争もどきの誘発、偽装の密輸ルートと犯罪集団の摘発なんかを。

そっちに現政権の目をやらせて、真に動いている革命グループに目を向けさせない感じで。

 

そんな感じの繰り返しで、存分に国内に根を張ったところで……決起の時。

 

この国って、帝国以上に中央集権で……地方は唯々諾々と、中央の言うことを聞いてるだけ、って感じなんだよね。ここ数十年、他国とは大きな戦争もなかったから、余計に。

だから……ヨセフおじさんの時もそうだったように、中央を抑えればそれで勝ちなのだ。

 

それをもちろんヨセフおじさんも理解してるから、中央の守りは分厚いものだったけど……それを逆に利用した。

何回かわざと不穏分子騒ぎを起こし――もちろん、自分たちとは関係ないただの犯罪者を利用してそれっぽく見せただけ――わざと警備の目を外に向ける。

 

連邦首都・モスコーの外から入ってくる、あるいは侵入を企てる狼藉者対策に、平時から力を割かせるようにする。

 

そして決行の日……巧妙に隠した、連合国から出した義勇兵を含む、決して少なくない軍隊がモスコーにひそかに向かう。そしてこれを、わざと露見させる。

そのことを察知したモスコー守備の部隊は、迎撃のために外部への警戒を密にする。

 

そこに、実際に連合軍が、哨戒に出ていた兵士にわざとその姿を目撃させ、連中の姿勢を外部に最大限前のめりにさせたところで……ひそかに潜入していた僕とイゼッタ、マリー、そしてニコラが行動開始。

 

4人で手分けして、町に入るためのゲート各所を『鋼の錬金術』で物理的にふさいで封鎖(イゼッタにも頑張って教えて覚えてもらった)。

ゲート下の地下通路に潜んで発動させれば、音と光もほとんど漏れないし……その近くにいた見回りとか見張りは、悪いけど無力化させてもらった。

 

……ニコラは魔法使えないはずじゃないのかって? ……まあ、後でね。理由は。

 

そうして、外に出た部隊が中に入ってこれない状況を作り出した後……前もって中に入っていた、革命グループの人たちが動き出す。

 

そして始まるのは……ヴォルガ連邦版『忠臣蔵』である。

 

ちょっと話が、というか時間軸が戻るんだけど、民衆に人気の、本当に善政を敷いていた上級の管理職の人が、ヨセフおじさんによって無実の罪で処刑される事件があった。

有能な分、民衆を扇動とかされたら……って不安だったみたいだ。なんて被害妄想。

 

……有能さを理由に不安を感じて、処分……何かどこかで聞いたことある話だ。

 

しかし、この処刑された人は、国内外にその評判が知られるくらいにいい人だっただけに、この事件で中央に恨みを抱いていた人は、軍部にすら多く……その結果、この人の敵討ちの主犯を買って出てくれたのだという。もう我慢できない、これ以上の独裁政治はごめんだと。

 

そうして始まった夜。大石蔵之助さんポジのどなたかを中心とした討ち入り部隊、47人どころじゃ聞かないぐらいの大人数が、逃げも隠れもせず堂々と中央に侵入、そこの守りの兵士たちと死闘を繰り広げながら、主君の仇を探して大立ち回り。

 

それに気づいて応援に駆け付けようとした外側担当の兵士たち。しかし、ゲートがふさがれていて入れず。地下通路も使えず。

かろうじて内側に配備されていた部隊も、仇討ち部隊の別動隊に鎮圧されて、あるいは足止めされて動けずにいた。

 

その間、僕らは……何もせずに見ていた。

 

本当は、協力しようかって言ったんだけど……自分たちの国のことだから、最後まで自分たちで何とかしたい、けじめをつけたい、敵を討ちたい……っていう、実行犯グループの皆さんの意思をくんで、前準備と後始末からだけ手助けすることになったのだ。

 

そして数時間後、見事に仇を討ち果たした……つまりは、政権中枢部で、ヨセフおじさんと共に甘い汁を吸いまくっていた連中を全員捕縛した討ち入り部隊が、これまた堂々と大通りを通って帰ってきて……主君とその家族が埋葬されている共同墓地にお参りしたところで、劇終。

 

 

 

その後、事前に準備していた、行政サイドの革命グループの皆さんの主導で、革命後の暫定政権を発足させ、そこで今までの政権運営の非を全面的に認めて謝罪。責任者の速やかな処分と、政治の方針転換、そして今までにとらえて、まだ幽閉している不当な政治犯の釈放と免罪を通知した。

 

これは、国全体からおおむね好意的な感情を持って迎えられた。政権側によって政治犯として処罰されていた人、家族が帰ってこず、収容所やら寒冷地での労働・木材伐採やらに送り出されて悲しんでいる人が多かったから。

 

そうでない感情は何かというと『誰がトップに立っても同じだろ』という諦めの感情である。これからの、まともな政権運営で喜んでもらえる日が楽しみだ。まずは来月布告される、来年度の税率で驚くだろう。常識的な数値になってて。

 

そして、一夜にして政権交代を成し遂げた新政権は、最後に……方針転換の1つとして、帝国との軍事同盟、ならびに不可侵条約の破棄を宣言。

 

この瞬間……ヴォルガ連邦は、ゲールの反戦派に遅れること数日、反帝国連合にその名を連ねることになったのである。

 

 

☆☆☆

 

 

「……それ、日記?」

 

「うん……何か、習慣になっちゃってさ、士官候補生の頃からずっとつけてる」

 

「へー……そう言えば、あの時のあの洞窟でも、何か書いてたよね」

 

現在……超高高度を飛行しつつ、魔力と思考のみで『ガウェイン』を操っているテオは……片手に帳面を、片手にペンを持ち、さらさらと日記をしたためているところだった。

 

その後ろには……機体が大きくなった分、ゆったりとした操縦スペースに備え付けられた後部座席で、きちんとシートベルトを着用して座っているイゼッタがいる。

 

その横には、きちんと倒れないよう固定して立てかけてある、新たな愛銃『ランスロット』があり……反対側の横には、増設した『補助席』に腰かけているニコラの姿もあった。

 

連邦での任務が終了したということで、後始末をマリーに任せ、3人は一足先にエイルシュタットに帰ることにして……このガウェインで移動している最中である。

 

テオが『日暮れ前には帰れるかな』などと考えていると、

 

「すごいね……テオ君は」

 

ぽつりと、イゼッタがつぶやくように言った。

 

「うん? 何?」

 

「テオ君が動き出した途端に、何もかも全部解決していくんだもん。ゲールの軍を押し返して、テルミドールを開放して……ヴォルガ連邦まで味方につけてさ。あんまりこういうこと言っちゃいけないんだろうけど……もうコレ、ほとんど勝ってるよね?」

 

「まあ……逆転が限りなく難しいところまでは行ってるね」

 

「そうなるように準備しておりましたので」

 

テオに続いて、さらりと言うニコラ。

 

「敵が増えたら、その分向こうも手を打ってくるだろうからね、当然。だから……そうできないように、そうなる前に戦況を、最初の一撃で極力こっちに傾けられるように準備してただけだよ」

 

「……えっと、つまり……すごく準備してたってこと」

 

「……うん、それでいいよ、まずは。ただ……僕だけの力でこれを成し遂げたわけでも、途中に何の障害も問題もなくここまで進められたわけでもない。みんなの力を借りて、ゼートゥーア閣下やレルゲン大佐なんかが超頑張って動いて、時間をかけて準備をして……ここまでやれたんだよ」

 

「それでも……その先頭に立って動いてたのがテオ君なんでしょ? 私や姫様じゃ、ゲール相手に、攻め落とされないように戦って防ぐのが精いっぱいだったのに……やっぱりすごいな、って」

 

「……比べちゃダメでしょ。ゲールそのものからマークされてるイゼッタやフィーネと違って、僕は味方の立場で内側から食い荒らす、っていう戦い方ができたんだから。得意不得意だってあるだろうし……ないとは思うけど、僕だから成功したとか、何でもできるなんて思わないでよ? 今言ったけど、色々準備して、他の人の助けも借りて、何とか成功させてるんだから。どれもこれも」

 

「それはもちろんわかってるよ。ただ……ほら、あんまり一気に事態が動いたから、ちょっと、何ていうか……まだびっくりしてる感じなんだ」

 

今まで懸命に戦って、しかし防戦一方だったことを思い返して……だからこそ、今の、たった数日でゲールに対して、チェックをかけているといっても過言ではない状況に持ち込めていることが信じられない、と語るイゼッタ。

 

もちろんそれも無理のないことだろうが……テオはそんなイゼッタの心の内を理解した上で、あえておどけたように笑って見せつつ、

 

「そりゃそうでしょ……誰を相手に今まで戦ってたと思ってるの?」

 

「……ぷっ、あはは……そうだったね、うん、そうだった……。ああ、そっか、そりゃ攻め込めないよね……テオ君だもんね」

 

「こっちも大変だったよ……毎日どこかの戦場に出没する破壊神をどうにか抑え込むのは。毎日頭振り絞って……夜遅くまで戦略考えてさ」

 

「むー……こっちだって毎日毎日出撃しなきゃいけなくて疲れてたんだからね。っていうか……やっぱりアレ、テオ君の作戦だったんだ…………でも……」

 

そこで、イゼッタは、一旦言葉を切り、

 

「……これからは、味方なんだよね? 一緒に……戦えるんだよね」

 

「……うん。ま、戦いなんてもんは……すぐに終わらせるつもりだけどね」

 

そんな会話の数十秒後。

エイルシュタットはケネンベルクの上空にたどり着いたテオ達は、『ガウェイン』を急降下させて……あの『収容所』の屋上に設営された、『ガウェイン』発着用のポートに着地した。

 

当然ながら、ゲールに反旗を翻したテオ達が、帝国軍の基地などを使えるわけもなく……現在、彼らの拠点は、この『収容所』だった。

 

帝国から奪い返した、『エイルシュタット』の土地に立つ、この収容所だ。

 

ランツブルックからはそこそこ離れているが……イゼッタは、テオが『帰ってくる場所』が、自分と同じエイルシュタットになったことが嬉しかった。

 

テオにしてみれば……自分の本当の『祖国』であるエイルシュタットに居を構えることになったわけで……正直に言えば昔のことすぎるわけだし、場所も大きく違うものの、なんとなくではあるが、懐かしさと居心地の良さを感じていた。気のせいかもしれないが。

 

そして、少し寒々しくなってきた風が吹く中……2人の帰還を、わざわざ屋上で待っていたものがいた。緑色メインのワンピースを着て、金髪を風になびかせながら。

 

彼女――フィーネは、コクピットから、テオが、そして彼に手を取られながらイゼッタが降りてくるのを……ほっとしたような、嬉しさを隠せないような様子で出迎えた。

 

そして……いつも、戦いから帰ってくる親友に向けて、一番に放っていた言葉を、

今度は……親友と、弟に向けて、

 

「……おかえり。よく無事で戻ってくれた、イゼッタ……それに……テオ」

 

「はい、ただいま戻りました……姫様!」

 

「報告とかは後で書類届けるからね。えーと……ただいま、フィーネ」

 

ついに、肩を並べて戦うことができるところまで来た3人。

 

祖国を、民を、欧州全ての未来を守るため、そして、親友との約束を果たすため、最後まで戦い続けると、世界を変えてみせると誓った……エイルシュタット公国の若き大公、オルトフィーネ・フリーレリカ・フォン・エイルシュタット。

 

幼いころに命を救われた恩を返すため、忠誠を捧げるオルトフィーネ大公の国を守り、理不尽で不条理な運命に満ちた世界を変え、人々の明日を守るため……できることは全てやって戦い抜くと誓った、エイルシュタットを守る現代の『白き魔女』……イゼッタ。

 

そして、数奇な運命で生れ落ちたこの世界で、その身に修めた規格外の力の数々をもって、あらゆる障害を乗り越えて『目的』を果たし……守りたいもの全てを守り、失わず、理想的な形で戦争を終わらせると誓った『魔人』……テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴン。

 

その戦いは……まだ始まったばかりでありつつも、全速力でそれを終わらせるために、駆け足で紡がれていくことになる。

 

 

 

 



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Stage.48 謀略と雌伏の冬

 

 

1940年12月9日

 

連邦掌握から2週間。

季節はもう冬。連邦はもちろん、アルプスを領土内に持つエイルシュタットにおいても……降雪という特大の戦争阻害剤が登場し、戦線は膠着状態になっていた。

 

といっても、力関係は対等なんて形では当然なく……ゲールの圧倒的不利である。

 

順番に、今の状況を並べてみると……そのとんでもなさって奴がわかるだろうな。

 

まず第1に、現在帝国は、包囲網を敷かれている状態にある。東西南北に。

 

西はテルミドール。こないだの大敗北で、ゲールは西方一次工業地域まで撤退せざるを得なくなり、アレーヌ市を含む元々の支配地域までが奪還されている。現在は元々の国境のところまで戦線は下がり、帝国の植民地支配が進んでいたエリアはきれいにリセット。

 

東はリヴォニア東部。ここは最初に帝国が侵略して、そこから開発とか続けてただけあって、わりと抵抗が頑強だ。しかし、その東をさらに進むと行き当たる連邦がすでに僕らの味方なので、地理的優位は僕らにある。冬だから無理しないようにしつつ、じっくり攻めている。

 

北はノルド王国。帝国が『奪い返し返した』この国は、ゼートゥーア閣下の融和政策でうまく治められていて……そのまま閣下に任せといた方がいいと判断した帝国上層部の指示で、閣下の指揮下にあった。そして、閣下の離反の際に、支持率そのままに国ごとこっちについてきてくれた。

 

そして、我らが祖国ー! ってことで意気揚々と帰った、元ノルド王族や政権関係者の方々は……当然のごとく、以前の失態を理由に受け入れられることはなく。

まあ、立場が立場なのである程度の身分は保証されたものの、それは最早お飾りそのもの。実権は、ゼートゥーア閣下子飼いの連中と、ノルドの国民から選ばれた代表たちに委ねられている。

 

そして、南。ここは一番鉄壁だ。何せ僕とイゼッタがいる。

より一層強力な力を使えるようになった上、国民たちからの支持も厚いイゼッタとフィーネ、そこにオーバーテクノロジーと、別形態の魔法を使いこなす僕がいるので、三枚看板だ。

 

西……苦戦中。

東……同じく苦戦中。

北……乗っ取られた上、冬のため攻め込めず。

南……勝負にならない。

 

こんな感じの帝国包囲網。

 

しかしこれに満足せず、僕らはさらに帝国を弱らせるため、あるいは戦争を自分たち優位に進めるために、今から暗躍を始めている。

 

そろそろ準備が整って、動き出せる頃だ……明後日あたりからかな。ああ、楽しみ。

 

 

 

1940年12月11日

 

現在、ゲールは……いや、現在に限らず前からそうだけど、世界全てを相手に喧嘩を売っている状況にある。

 

ゆえに、必然的にというか……諸外国との国交は皆無。同盟国であるイタリアと日本……じゃなかった、ロムルス連邦と秋津島皇国くらいしか相手はいない。

 

その2国とも、海と陸の両方のルートを抑えられている以上、物資のやり取りなんかもできるわけはなく。

 

さらには、当然のように経済封鎖とかも徹底してやられているし、主要な港湾はきちんと見張って密輸なんかもできないようにしてある。大回りしていくらかはやってるかもしれないけど、大規模なものならブリタニアとノルドが見逃さない。焼け石に水がせいぜいだろう。

 

そうして、物資を途絶させて、国内での生産に頼る形にさせ……徐々に抵抗を弱めていく。

 

コレやると、ゲールの国民の生活も苦しくなるので、あんまりやりたくはなかったんだけど……だからって封鎖緩めて物資を通しても、ゲールは軍備に回して爆弾に変えちゃうからね。

 

とりあえず、心を鬼に……ってことで。

 

加えて、春期以降の戦闘を優位に進めるために、設備を充実させることも始めた。

開戦と同時に勝利をほぼ確定させられるくらいのを。

 

キーワードは……『マジノ線』、そして『一夜城』だ。

 

『マジノ線』というのは別名『マジノ要塞』とも言い……前世の地球での世界大戦の時に(第1次か第2次かは忘れた)フランスが作った超大規模な要塞だ。

 

堅牢極まりない防御力、数多くの火砲を組み込んだことによる攻撃力を兼ね備え、極めて高い籠城戦能力を持った要塞だった。物資や人員の輸送・供給という点でも優秀で……内部に鉄道まで走っていたという、ロマンの塊だ。

 

……ただ、ドイツ軍はそれを迂回してしまったので、その真価を発揮することはできなかったという、悲しい歴史もあるんだけども。

 

そして、『一夜城』というのは……日本の歴史の中に出てくる、豊臣秀吉の戦略?の1つ。

 

上流で組み立てた出城をパーツごとに解体してイカダにして流し、下流でそれを回収して、再度城に組み上げるというもの。一から作るのではなく、パーツを組み立てるだけなのでめっちゃ早く、夜の間に運搬と組み立てを完了……一夜にしてそこに拠点となる出城が立ったように見える。

 

ゆえに、『一夜城』だ。……実際には、組み立てには数日かかってた、なんていう話もあるけど……一夜でできた、って方がロマンがあっていいよね?

 

で、今回僕らがやってるのは、その2つの合わせ技だ。

 

まず、設計図を引きます。作るのは、マジノ線クラスかそれ以上の超大規模要塞です。

 

次に、資材を集めます。鉄とか、レンガとかです。要塞の材料です。

 

設計図を基に、必要なパーツを割り出します。そのための図面も作ります。

 

その図面に沿って、『鋼の錬金術』でパーツを作ります。必要な分全部。

 

最後に、『魔女の力』を使ってテレキネシスでそれを組み立てます。以上。

 

とまあ、僕が、戦車や戦闘機を『魔女の力』で作る時の手順と同じである。これを超スケールでやろう、ってだけの話だ。

パーツの形とかは、組み立てが魔法という名の人力なので、なるたけ簡略にして。

 

その準備段階として……同じ方法で『鉄道』を敷いて、それを使って資材の運搬をしている。

 

どこか適当な広い土地で『パーツ』を作り、それを鉄道で運び、建築現場で組み立てることで……どんどん『マジノ線』を作っていく。帝国との戦争に向けての設備を、急ピッチで。

 

武器を振り回すだけだと思ってた『魔女の力』をこんな風に使うなんて、ってことで皆びっくりしてたけど、ものを動かすってのは、およそ人がその手でもってできることはほぼ全てできるってことだ。手を触れずに。

応用としちゃ、特に驚くようなことでもないと思うんだけどもね。

 

組み立てには繊細な作業の他、どこにどのパーツを使うかきちんと記憶する頭が必要なので、イゼッタは運搬に集中してもらって、組み立ては主に僕がやっている。

デスクワークとか会議の気分転換にちょうどいいんだよね。

 

パーツさえ問題なくできてれば、組み立てるだけならプラモデルの要領、通常何か月もかかる工事を数分から数十分単位で終わらせられるので、どんどん要塞は成長していっている。

 

今月末……そうだな、クリスマスあたりまでには、全部は無理でも……ゲールの主な進軍ルート全部ふさぐ感じで建設することは可能だろう。

鉄道も資源も、連邦からいくらでも持って来れるし。しかも鉄道は、燃料いらずでイゼッタとかが機関部を動かして走らせられるし。『魔石』を使えば、何両も一気に。

 

そしてもちろん、僕らがやっているのは要塞の建設工事だけじゃなく……冬でありながら謀略のために動こうとする、あるいは奇襲をかけてこようとする帝国軍への対処もある。

 

ただまあ、そっちの方はレルゲン大佐やルーデルドルフ閣下なんかが頑張ってくれてるので、僕らの出番はそれほど多くない。

僕らにしかできないことに集中してくれ、ってことだそうだ。

 

純粋にありがたいので、甘えさせてもらおう。

 

……もっとも、まだ解決しなきゃいけない問題が残ってるんだけどね……でかいのが、2つほど。

 

1つ目は……なぜか最近、めっきり戦場で見かけなくなった、ゾフィー。

 

僕らが危惧する最大戦力の一角であり……単騎で絨毯爆撃余裕で可能なレベルの彼女は、ちょっと前までのイゼッタ同様、局所的に戦線を崩壊させる『細剣(レイピア)』だ。だからこそ僕らは、彼女を警戒して、最低でもイゼッタと僕のどちらかはいつでも緊急出動できるように構えてたんだけど……あの敗北以降、ゾフィーが戦線に出てきたのは、片手で数えられるほどの回数だけ。

 

……何で温存、もしくは出し惜しみしてるんだろう……わからん。情報が足りん。

 

そしてもう1つは……言わずもがな、海の向こうの合衆国である。

 

形勢逆転してゲール滅びかけ、って感じになってるけど……だからこそ余計にあの国はこっちに警戒心を向けている。

 

『魔女』がイゼッタだけだった時でさえ、その力を危惧してひそかに色々進めてたようなのに……そこに僕とマリーも魔法使いだしたし、ゲールにはゾフィーが出たからな。

 

あと、アレスとニコラも。2人は厳密には『魔女』とは違って、特殊技能扱ってるだけだけど。

 

……どういう意味かって?

いやそもそも、アレスとニコラは『魔女』じゃないはずじゃないのかって? 力を使えないはずだろうって?

 

……もうちょっと後でね?

今、色々と未来を見据えて準備を進めてる内容なので。かけることがまとまってから……ってことでひとつよろしく。

 

1940年12月15日

 

……考えないようにしてた……とは言わないまでも、あんまり考えたくなかったことが、ちと現実味を帯びてきている。やだなーもー。

 

ゼートゥーア閣下が頑張ってくれて、アトランタやゲールの内情をできうる限り集めてくれた。

 

その結果……いいニュースが1つ、悪いニュースが3つ舞い込んできた。

 

いいニュースは……どうやらゲールは、ゾフィーを戦力として扱う際に、慎重にならざるを得ない状況になっているようだ。

 

というのも……ベルクマン中佐の話で知ってはいたものの、ゲールはゾフィーのスペア……要するに、クローンを数十体単位ですでに保有しているらしい。

 

ここだけ聞くと凶報なんだけど……しかしながらそのクローンたち、自在に動かせるわけじゃないらしい。初期のゾフィーと同様、自意識を持たない生ける屍状態なんだとか。

 

今自我がある唯一のゾフィーが、どうしてきちっとした自我を持っていて、しかも前世(って言っていいのかな?)の記憶まで持ってるのか……そこんとこが全く解明されていない。ある日気が付いたら……って感じで、目覚めてたそうなので。

 

……それについて、奇妙なことを聞いた。

自我ナシ状態のゾフィーが、唯一興味を示したのが、カプセルに捕らえてた時に採取した、イゼッタの髪の毛とか血液だったという。なので、一説には、新鮮な『魔女』の体組織を注入、または摂取させたら何か変化があるんじゃないか、と目されてたそうな。

 

しかし、イゼッタの新鮮な血液なんて手に入るわけもなく、試せないままだったそうだ。

今のゾフィーの血液とかを、クローンゾフィーに摂取・投与してみたけど、何も変化がないこともあって……この案は違ったんだろう、と言われているという。

 

……やべ、ちょっと待ってそれ僕心当たりあるんだけど。

 

あの、むくっと起き上がったソフィーに激突されてラブコメ事故(負傷者1名)起こした時に、僕、唇から出血した気が……ゾフィーの歯が当たって……。

 

……ひょっとして、アレでウェイクアップしましたか?

 

そういえば……だ。結局、僕が『魔法』を使えるようになった理由、まだわかってないんだよな……僕も。というか、当初の目標だった『僕の出生』についても全然だし。

まあ、その辺は戦争終わってからでもいいかな、とか思ってるけど。

 

……魔法が使えるってことは、多分だけど、僕もどこかの魔女の血筋……なんだろうな。

代を経て血が薄まったから、すぐには使えるようにはならなかった……けど、あのビアンカさんの一撃で、命の危機に瀕して目覚めた……とか、そんな感じか?

 

『SEED』の能力は……その片鱗として、上澄みに出てきた力だったんだろうか? いや、それにしちゃなんというか……今でも使えるしな、『SEED』。

 

……っと、話がそれた。

 

それでそのゾフィーなんだけど、今あるゾフィーを雑には扱えない、っていう結論に達したらしく、扱いが慎重になってるんだそうだ。加えて、何度も戦場で戦わせたせいか、クローンゆえに虚弱な体がちょっとボロボロになってるらしく、療養中でそうそう出せないらしい。

 

万が一にも、下手に戦場に出して、パワーアップしたイゼッタや、一度は彼女を撃退したゼロ、そして未知数の実力を誇るも相当に強いと目される僕なんかの、連合側の『魔女戦力』に撃破、あるいは拿捕されたりしたら、本格的にゲール詰むし(僕とゼロ同一人物だけども)。

 

……いや、すでに詰んでるんだけどね? 今の僕らなら、その気になれば速攻『ノイエベルリン』まで攻め込めるから。

ただ、それやると損害度外視で抵抗してきて、民間人が大勢巻き添えになるし、町一つ……どころじゃなく火の海になりそうだし、それはさすがに望まない。

 

それに……あんまり最初から最後まで、圧倒的に魔女の力で無双しすぎると、アトランタがうるさそうだからな……今でも十分厄介だけど。

 

『悪いニュース』の1つ目がそれだ。アトランタ、やっぱり僕ら『魔女』(男だけど)を危険視して、消そうとしてるらしい。危険だからって。

 

しかし、居てもイゼッタ1人という当初の前提条件が崩れ去ったので、今は何やら暗躍を続けている最中のようで……気味悪いな。

閣下たちが注意して見てくれてるらしいから、とりあえずそこはお任せしよう。

 

悪いニュース2つ目は……ゲールである。

さっき、ゾフィー温存策で攻めあぐねてる、と言ったけど……もう1つの方の切り札の研究は、相変わらず熱心なようで……。

 

……『エクセニウム兵器』。魔力をゾフィーに結晶化させた魔力結晶を使った、最悪の兵器。

それを、かなりの水準まで作り上げつつあるという報告がある。

 

……いざって時は、また魔法無双することになっても、あるいは……多少の犠牲や市街地破壊は覚悟してでも、戦争終わらせてゲールを黙らせないとダメかもな。準備はしておこう。

 

そして最後、悪いニュース3つ目。

これは……もしかしたらというか、まだ可能性、僕の中での危惧の段階なんだけど、さ……ゼートゥーア閣下が仕入れてきた情報の中に、1つ、気になるものがありましてな?

 

アトランタってさ……技術力や生産性を見れば、ゲール以上なんだよ。圧倒的に。

ただ、兵士の錬度がすさまじく低くて、そっちも逆に圧倒的らしいんだけど……兵器の質とか量、兵站線の強靭さで、仮に出兵して来ようもんなら、海1つ超えたここでもかなりの猛威を振るうだろうと見られている。フィーネが期待してたように。

 

……その国が、さあ……

 

 

 

……何だか、ウランを使った兵器の研究進めてるらしくて……。

 

 

 

 



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Stage.49 戦後へ向けて

 

 

1940年12月16日

 

先行き不透明な部分が大きくなってきてるので、戦争、さっさと終わらせたいんだけども……なんか終わりそうで終わらないというか、終わらせられないというか……

 

正直、今僕とイゼッタがオーバーテクノロジー兵器引っ提げてノイエベルリンまで空飛んで突貫して、あのおっさんの首とれば、一応戦争は終わるんだけど……後処理が問題なんだよなあ。

 

1.ゲールの軍人の脱走兵・敗残兵によるゲリラ的な抵抗が続くと思われる。

 

2.各国が利権争いでゲールを分割しかねない。

 

3.どの国も疲弊してて、戦後復興しんどい。

 

4.アトランタがきな臭い。

 

大きく分けてこの4つの問題がある。

何度も言ったり書いたりしてる気がするが、これを解決できる形で終わらせなきゃいけない。

 

終わらせてから動き出して解決できないこともないかもしれないが……すさまじく面倒だからできれば避けたい。特に4つ目。

 

幸いというか、解決への道筋はすでに立っているので、それに沿って進めればいいだけなんだけど……ゲールとアトランタがどう動くかわからないから、慎重になるしかない。

すぐにでも勝てる戦いを、あれこれ理由つけて後回しにしてでも。

 

まず1つ目……これはまあ、こっちの……旧ゲールから離反した軍人や政治家の腕の見せどころでもある。きちっと統制すれば、どうにか……全くの0とは言わずとも、抑制はできるだろう。

 

あとは、ゲールを完膚なきまでに叩きのめして負けさせることで諦めさせる、って手もある。

負けたんだから、抵抗しても無駄。そう思わせて、言い訳や逃げ道を作らせない。ああしてれば勝てたとか、こうしてればわからなかったとか、四の五の言わせないってことだ。

 

……それを考えると、僕らの裏切りがその言い訳の筆頭候補になってる気もするけど……まあ、これはもう仕方ない。こうしなきゃそもそも何も始まらなかったんだから、割り切ろう。

 

そういうわけで、僕らはゲールを正面から総力戦で、完膚なきまでに叩きのめすことが必要なわけだ。魔女の力だけで勝ったんじゃ、そうとは見られないだろう。

 

さて2つ目。まあ……これは、戦争の常だしね。

そして3つ目。2つ目にもつながることだ。

 

戦争の後には復興があり、それには莫大な資源や金が要る。そしてそれは通常、敗戦国からの賠償金や領土割譲といった形で賄われる。

 

しかし今回、ゲール一国で、戦争に参加した欧州のいくつもの国へ払えるだけの賠償金を工面するのは不可能だ。

 

それに、仮にゲールが干からびるまで搾りとったとしても……各国が持ち直すには到底足りないだろう……だから、ここんところも解決する必要があるわけだ。

 

……すでに言ったが、目途は立っている。

 

ここでもうネタバレしてしまうと……僕らが進めてきた研究は、この問題を解決するためにあったと言っていい。まだオフレコだけども。

 

一言で言えば……『魔女の力』を、資源として使う。

または、資源を作るための手段として用いる。

 

……『錬金術』の研究で通過した地点。『魔女の力』を使って原子構造をいじり、等質量の全く別な物質を作り出す。すでに、一部ではあるが成功している技術だ。

 

これを応用すれば、名前の通りの『錬金術』――鋼の、ではない系――によって、様々な物質を人工的に作り出し、利活用することができるようになる。

 

例えば、金。Au。黄金。グラム数千円する、言わずと知れた貴金属の代表格。

 

例えば、プラチナ。

 

例えば、タングステン。

 

コバルト、クロム、ニッケル……まあその他にも、貴金属ないし、レアメタル諸々。

 

単一の元素に限らずとも……石油とか、石炭とか、バイオ燃料、LNG……人類の未来を形作るのに有用で、しかし同時に有限である資源は、いくらでも種類がある。

 

『錬金術』を使えば、それらを……材料となる物質さえあれば、ほぼ無限に作り出せる。

そしてそれをさらに、必要に応じて作り変えて、リサイクルすることもできる。

 

例えば、鉄や合金でできている戦車や戦闘機の装甲。

戦争が終わった後は、それを解体して溶かして、生活用品に生まれ変わらせつつ……一部は『錬金術』で金とかクロムとかのレアメタルに変え、半導体なんかの材料にする……なんてことも。

 

こんなことができれば……仮に僕の前世の地球でも、エネルギー問題を解決する絶妙な一手として、大絶賛どころじゃなかっただろうし、その有用性は、比喩表現抜きに世界を救うだろう。

資源目当てで争っている連中は軒並み黙るだろうし……戦争だって止まるだろう。

 

まあ、その利権目当てに新たな争いは起こるかもしれないが……そこは、どんな分野でも、新しい技術が生まれた時にはついて回ることだ。

 

そしてこの技術は、この技術から生み出される物質や富は……ゲールを含めた欧州全体の傷をいやすのに十分なものであるはずだ。

 

僕らは、これを使って戦後復興を進めるつもりでいる。

戦争が終わった後すぐに取り掛かり、人々が苦しむ期間をなるべく短くできればと思っている。

 

その分、世界に平和が早く戻ってくるだろうし……そうなればなるほど、僕らの手柄が大きくなって、新しい世界における発言権や、身柄そのものの重要度が大きくなる、という打算もある。

 

そうなれば……ゲールを分割する動きも小さくなるだろう。

国家分割とか紛争の元だし、統治するのも滅茶苦茶大変だ。分割されるのは、戦争を悲しんでいた国民であり、自分たちが何をしたわけでもないのに……って、不満につながる可能性もある。

 

第一、わざわざ反発してくること確実な属領を持ちたがる国もないと思うけど……

 

それに、そうしなくても十分に復興の道筋が立って……かつ、別な形で『悪いゲール』に罰が与えられたときちんとわかれば、それで大丈夫だろう。うん。

 

だから、ゲールは形はなるべくそのまま、戦後立ち上げる新政権によって即座に戦後統治を進める必要があるのだ……まあ、最初の数か月から数年は、GHQみたいな占領統治になるかもしれないし、それは仕方ないだろうけど。

でも、確実にそこには僕らも入れるだろうから、そこから始めるのも手と言えば手だ。

 

そして、旧ゲールの遺物共には生贄になってもらう……と。皇帝含めて。

 

……さて、問題の4つ目。

 

アトランタ……今にも介入を始めてきそうな(義勇軍って形でもうちょっかい出してきてるけど)、あの国への対策……これはもう、『さっさと終わらせる』以外にないだろう。

 

幸いなことに、と言っていいのか……あの国は民主制ゆえに、国民感情に、軍事行動を含めた政権運営が左右され、支持されない行動をとることができない。

できないこともないけど、やろうもんなら反発が大きくて、即座に足元がぐらつく。

 

ましてや、その場所が外様もいいところ……海1つ挟んだ欧州だ。そんなところに、いくら潜在的に危険要素だからって、大統領やその周辺の独断で軍事介入した日にゃ、デモ行進が酷いことになるだろう。

 

だからこそ今、こないだ会ったあの外交官から聞いた内容をもとに、ゲルマニアもエイルシュタットも両方滅ぼすべき、という方針で動いてるわけだし。議会を、国民を説得して、方針を一致させたうえで軍事行動に出るために。それまでは、大統領の個人的な援助と義勇軍だけ。

 

まあ、最近魔女増えた上に、色々とんでもないオーバーテクノロジー出てきたから、方針転換ないし修正で足踏み状態みたいだけど。

 

この分であれば、さらに慎重になっているあの国が参戦してくるまで、数か月はある。

けど逆に言えば、数か月経てばあの国が参戦してくる。してきてしまう。

 

一度でも参戦し『関係者』になったが最後……戦争中の方針はもちろん、戦後の利権分配、戦後のゲールの統治やその方針、そして魔女の力の今後の扱い方に至るまで、あの国は口を出してくるだろう……参戦してない今でも口出ししたそうにしてるんだから、もう間違いない。

 

まあもっとも、自国の利権最優先で欲望のままに……って感じじゃないだろうけど、だからこそ危険だというか。『魔女』そのものを爆弾として処理したがってるから怖いというか。

 

利用価値があると分かったら分かったで、国力を盾にその恩恵に最大限あずかろうとしてくるとも思えるし、『世界の警察』としてその力を暴走しないよう管理下に置く、とか言い出しかねないから怖い。だれがお世話になんぞなるかバカたれ。

 

……だから、その前に、欧州の力だけで戦争を終わらせなきゃいけない。

 

現在、フィーネをはじめとした欧州各国の代表たちや、ゼートゥーア閣下が、今のうちから色々と手を回して利権に、あるいは粛清に近づこうとしてくる合衆国をけん制している。

 

合衆国の協力なしでも勝てる見通しが立った今、介入を助長するのは得策ではない。力を借りれば、それ相応の見返りを要求されるのは当然であり……それをしなくても済みそうである以上、力が無駄に大きい外様を呼び込むのは、あまり賢いとは言えないからだ。

 

言葉を選び、なるべく怒らせないよう丁寧に『黙ってろ』と言ってるわけなんだけども……対するアトランタも、『一枚かませろ』『言質をとらせろ』と婉曲表現で……あーもう、めんどい。

 

まあでも、このまま順調にいけば、向こうが本格的に動き出す前にどうにかなるだろうし……焦ることもないだろう。ゆっくり、確実に、しかしのろすぎないように……だな。

 

今はとりあえず、ゲールが妙な動きをしてきて奇襲食らいました、なんてことにならないようにだけ気を付けておけば――

 

 

☆☆☆

 

――ジリリリリ……!

 

その一行を書き終わる直前、部屋に備え付けてあった電話が鳴る。

 

少しびっくりして肩を浮かせつつ、テオはいったんペンを置き、それを手に取った。

 

「はいもしもし?」

 

『テオか? 私だが……今大丈夫か?』

 

「あ、フィーネ? うん、いいけど……何?」

 

『暇な時……などというものがお前にはないであろうことは、承知なんだがな? 今度、私が視察に行く予定だった場所に、同行を依頼したいのだ』

 

「……視察に同行? まあ、スケジュール次第だけど……ちなみに、いつ、どこ?」

 

『時期は、むしろそちらに合わせるつもりなので、来週か再来週ならどこでも問題ない。そして場所だが、テルミドール共和国、旧ゲール占領統治区の……』

 

 

 

そして、その数日後。

 

「……視察、じゃなかったっけ?」

 

「うむ、視察だぞ?」

 

「あ、あはは……うん、そう、みたい」

 

執務室で支度をしていたテオの元に……服を変えて帽子やメガネを付けただけという……変装とも呼べない変装に身を包んだ、フィーネ、イゼッタ、それにビアンカが訪れていた。

 

「……それはひょっとして、ギャグでやってるのか?」

 

「「は?」」

 

 

 

 



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Stage.50 視察と未来と交流

 

 

とりあえず一言……変装舐めとんのか。

 

イゼッタは……服装を町娘風のに変えて、伊達メガネをかけただけ。髪型とかそのまんま。

フィーネは……服装を町娘風のに変えて、髪を結って上げて帽子をかぶっただけ。

ビアンカさんは……フィーネと同じ。

 

……これでばれない、とでも思ってんのか、この主従は?

 

なぜか今日、視察に行くのに変装(笑)で現れたフィーネ達。そしてなぜか、僕らにも変装するように言う。これから行く視察はそうした方が都合がいいから、って。

 

何でも、場所が……ゲルマニア、エイルシュタット両方に近い地域で……しかし、今現在、うまいことその三国が手を取り合って歩み出そうとしている最中らしい。

 

エイルシュタットとは前々から親交があったし……ゲルマニアからは、戦時中の厳しい国家運営・政策に耐えかねた難民? みたいなのが逃げ出てきてるんだって。

 

で、その町は……その受け入れ政策を行っているらしい。

 

ゲールに占領されてたのに、そんなことをしているのか、できるのか……という疑問には、まあ、当然いくつか理由があるという答えを返そう。

 

まず、その町の占領統治は、非常に緩やかというか、穏便に行われていた。

ゲール軍人等による横暴とかもなかったし、統治する側として、きちんと警察その他の役目をこなしていた。不当な徴収なんかももちろんなし。

 

……なんたって、統治方針は僕が決めてたんだからね。

 

加えて、その後釜になった人は、ゼートゥーア閣下の息がかかった人だから、僕からの引継ぎ通りにきちんと丁寧な統治を進めてくれた。テルミドール国民に実害はほぼ出ていない。せいぜい、こちらで行政権力を掌握するため、一時的に条例その他が一部停止したくらいだ。

 

加えて、ゼロによって統治府が打倒され――さっき言ったように閣下の肝いりなので、殺さず追い出すにとどめた――自由を取り戻してからも、『ゲール全てを憎んではならない、それでは今もどこかでゲール以外の民を虐げている、悪しきゲールの者達と同じになってしまう』って感じに誘導してたから、ゲール国民だからって即敵とみなすような下地にはなってないのだ。

 

むしろ、そこからさらに道徳精神を発展させたようで、『困った時はお互い様』って助け合い、手を差し伸べる精神が根付いてる様子。……人間って、本質はやっぱり優しいのかもな。

はっきり言って、僕の想定を超えていい感じになってる。

 

で、だ。そこに、それらの国の首脳やそれに近い立ち位置にいる自分たちが行っては、驚かせるだけならまだしも、まだ戦争継続中なこの状況下、いらぬ刺激をしてしまうかもしれない、と。

 

じゃ、行かなきゃいいじゃん……って言ったら、今度はフィーネの頑固なところが出て……『そんな風に前を向いている人々を、この目で直接見たい』とのこと。

 

ま、言いたいことはわからなくもないし……それはまあ、良しとしよう。

だが、それならそれで……話が最初に戻る。その変装は何だ。

 

え、何? ランツブルックではばれてしまったけど、ここなら私のお膝元というわけではないから大丈夫? え、何言ってんのマジで?

 

……時々変装(笑)して城を抜け出してお菓子食べに行ってた?

それを……ばれてないと思ってたらばれてた?

 

……ごめん、ちょっと何言ってるかわかんないです。

 

なぜか悔しそうにしているフィーネと、苦笑いしながらそれを見ているイゼッタとビアンカさんが遠くに感じる。なんか、こう……理解できない分野の話をしてる感じ。

 

……まあ、いい。

あんたたちがここにいるってことは、少なくともこのスケジュールをジーク補佐官が決済したってことだろうから……………………さすがに抜けだしたりしてない、よね?

 

とりあえず、準備するからちょっと待ってて。

 

 

☆☆☆

 

 

開始前にテオの身を襲った脱力度合いとは裏腹に、視察自体は真面目なもので、滞りなく進んだ。

 

驚かせないため、刺激しないため、作業を中断させないため、などの理由で変装(仮)している状態で、遠巻きにではあるが、町の各所の様子を見る、というだけのものだが……それでも、この町が、フィーネ達の理想とするところに、他よりも一歩近い場所であることはわかった。

 

現地のテルミドール人と思しき中年の男性と、難民のゲール人と思しき同じく中年の男性が、土木現場で仲良く汗を流して働いている。

 

足を悪くしているらしいゲールの老婦人の手をひいて、テルミドールの若い女性が道路を一緒に歩いて渡ってあげている。

 

バス乗り場にテルミドールの妊婦さんが来た時、ゲールの若者がさっと立って席を譲っていた。

 

まだ戦争が終わっていないうちから見られる、お互いを思いやることができる心の発露に……フィーネ達は驚き、そして同時に感動していた。

やはり、人々は分かり合えるのだと。協力して平和な明日を形作ることができるのだと。

 

戦争はいつか、もうすぐ終わる、そしてその先に、過去を忘れず、しかし背負って、乗り越えて……この町のように、欧州が、やがては世界が手を取りあえる未来が来ると……そう、確信できたかのような笑みを、彼女たちは浮かべていた。

 

その様子を見て……テオは自分の仕事が、まだ一部ではあるが報われたような気分になった。

 

ちなみに……テオは、急ごしらえではあるが、ニコラ監修の元、フィーネ達よりもかなり気合を入れて本格的に『変装』を行っていた。

 

ファンデーションで肌の色を微妙に変え、ウィッグで髪色と髪型を変え、服の下にタオルを巻いたり、肩にパッドを入れて体型をごまかし、その上で服装でカモフラージュ。

 

特徴的すぎる眼帯は今回は外し、義眼を普通の目に見えるものに交換(だがこれも人造魔石製)。さらに、色付きメガネをかけてわかりにくいようにしてあった。

 

ニコラ曰く、本来なら事前に道具を用意するなど周到に準備し、人工皮膚などで人相を変え、手足に重りをつけるなどして歩き方を変え、特殊な塗料を手に塗って指などを覆い、指紋や掌紋が残らないようにする、とのことだった。声も意識して変えるよう、常に気を配るらしい。

 

 

 

予定箇所全ての視察を終え、あとは帰路に就くのみとなっていたフィーネ達だったが……その途中、彼女達に試練が訪れる。

 

それは……歯を食いしばり、拳をきつく握りしめ……鋼の意思で、どうにかその誘惑に打ち勝とうとしているフィーネの、視線の先にあった。

 

「……イゼッタ、説明プリーズ」

 

「え、えっと……ひ、姫様ってさ、甘いものが大好きで……特に、あのお店のパイがすごく好きなの。さっき言ったでしょ? ちょくちょく抜け出して食べに行ってたって……あの店になんだ」

 

「……ランツブルックの店じゃなかったの? ここ、町違うどころか国違うんだけど」

 

「おそらくは、人道支援か何かできているボランティア企業の1つなのではないでしょうか? 昨今、エイルシュタットとテルミドールは、相互にそういった支援交換を行って絆を深めている、という情報がございます」

 

と、後ろにビアンカと並んで従者ポジションで控えているニコラ。

 

『ああ、なる』と納得したテオは……視線をフィーネに戻す。

未だに、彼女の視線は……そこにあるカフェのテラスにくぎ付けだ。何人もの客が、小ぶりではあるが、まぎれもなくあの店のパイを注文し、食べている光景があった。

 

どうやらフィーネはアレを自分も食べたいようだが……

 

「……い、いや……何でもない、さあ、行こう……」

 

「目をパイから放してから言った方がいいと思うけども」

 

考えていることは、もう1つあった。

 

あのパイ……というよりも、出店しているあの店のメニューは、ここ、テルミドールの人たちのための食料であり、外から来た自分たちが持って行っていいものではない、ということだ。

もし自分たちがそうすれば、その分を減らしてしまうことになる。

 

この辺り、テオには割とわかりやすいことだった。

前世……『地震大国』『災害列島』とまで呼ばれた日本に住んでいたテオには。

 

何か大規模な災害が起こった時、当然ながら、その場所には食料などが不足するし、外部から支援物資として持ち込まれることになる。被災地の人たちが消費するために。

 

そんな時……例えば、他の県、他の地方から来たTV局のクルーが、行った先の現地で食料などを現地調達するようなことをすればどうなるか。食料が必要な被災地で、だ。

 

当然、叩かれる。許されるはずもなく。

お金を払ったからと言っても、関係ない。問題ではない。そこの人たちにとって、冗談抜きに命に係わる問題である『物資』を、よそから来て持って行ってしまうなど、問題外なのだ。

 

今フィーネは、それをわかっているからこそ、国内でも販売再開されていないあのパイを、大好物のあのパイを、美味しそうな匂いの漂ってくるあのパイを我慢しようとしているのだが……長いこと歩いて、各地の状況を観察して、程よく疲れた頭と体には抗いがたい欲求であるらしい。

 

テオが、振り切るまであと1分くらい必要だろうか、と思っていたところに、

 

「よろしければどうぞ?」

 

そんな言葉と共に差し出されたのは……大きめの皿に乗った、切れ端のようなパイだった。

 

どうやら、売り物用に切り出したものの残り……本当に『切れ端』のようだ。

それを、試食用に配っているらしく、フィーネ達のところにももってきた、ということらしい。入店しようかどうか迷っているように見えたのかもしれない。

 

「えっ? あ、い、いや、私は……」

 

「遠慮なさらずどうぞ? 無料ですし……食べていただかないと、もったいないです」

 

「そ、そうか……なら、うん……いただこう」

 

『MOTTAINAI』という大義名分を手に入れたフィーネは、つまようじのような串を取って、皿の上のパイを一切れ口に運び…………とても幸せそうな表情になった。

 

「ああ、マジで大好物なんだ」とテオが思っている中、口から鼻に抜ける香りや、舌に残る味、顎に残る感触、その余韻をうっとりと楽しんでいるフィーネに、皿を差し出した店員は、

 

「ご満足いただけたようで何よりです、フィーネ様。小さい切れ端で申し訳ありませんが……」

 

「いや、十分だ。久しぶりにこの味を……うん?」

 

直後、フィーネ一行の視線が、その店員に集中する。

そして、テオとニコラはとっさに身構え……残る3人、フィーネ、イゼッタ、ビアンカは……その店員の顔を見て、驚きに目を見開いていた。

 

「そ、そなたは……なぜここに!?」

 

「え、ええと……あれ? ランツブルックの……」

 

試食の皿を差し出してきたのは……まぎれもなく、フィーネ達が暮らす、ランツブルックの菓子店で店員をしていた、あの女性だった。恰幅がよく、物腰が柔らかで……頭に巻いた三角巾が印象的で、はっきりと思い出せた。

 

ついでに言えば、あの、フィーネ達が謹慎明けのビアンカを伴って菓子店に買い食いに行った日、フィーネの『お忍び』がバレバレだったことを暴露した張本人でもある。

それもあって、フィーネ達には間違えようもない相手だった。

 

「な、なぜここに?」

 

「うちの旦那の、菓子職人の修業時代のお仲間がこの町にいるんですよ。で、折角ゲールの支配から解放されて、復興も順調そうだから、その応援に……って、先週から来ているんです」

 

「さ、左様であったか……」

 

驚きつつも……フィーネやイゼッタは、嬉しくなっていた。

 

こんなところにも、変わりつつある世界の片鱗を見ることができて。

 

見ると、その後ろで……事情を察したらしい店の人間……おそらく、ここの元々の店員らしい年配の男性が、目立ちすぎないようやんわりとこちらに会釈をよこしていた。おそらく、件の『親戚』だろう。

それに、フィーネ達も笑顔や会釈で返す。

 

と、ふいにその表情が、何かに気づいたようなものになって……その男性の視線が、テオとニコラを見据えた。そして、嬉しそうに笑顔を浮かべると……先程よりも深くお辞儀をする。

 

……少しして、テオも、思い出す。

 

「……? 知り合いか?」

 

「あー、うん……前に、ね」

 

フィーネの問いに、少しどもりながら答えるテオ。小声でだが。

 

「前にほら、僕ここの占領統治担当してたことあったじゃん? その時にね、ちょっとだけ」

 

具体的に言えば……当時、テオは穏便な形で、きちんとテルミドール市民の権利・生活その他を尊重して統治を進めていた中だったのだが……どこにでも、それを解しない愚か者はいる。

 

ゲールの兵士のうち、粗暴な者が……敗戦国の弱者たるこの町の民、この店に対していちゃもんをつけていたのだが……そこに居合わせたテオが、手ずからそれを粛清しただけである。

 

 

『ノックしてもしもぉ~~~し?』

 

『おぱああぁぁ~~っ!?』

 

 

その兵士を捕まえ、ヘッドロックをかけながら拳で頭をぐりぐり、からの説教。

その後、上官への最敬礼じみた、統率された動きで部隊全員からの謝罪を受け取った店側は、怒りとか憎しみとか以上に、驚きで何も言えなかった。

 

しかしそれからしばらくして――具体的には、冷静な思考が戻ってきたくらいのタイミングで――ぶっ飛んだ中にも、きちんと自分たちのことを考えてくれた対応だったのかもしれない、と思ったのだった。ややファンキーだったとは思うが。

 

しかしその後も、テオらの目の行き届いた中で行われた占領統治は、何も思うところがなかったとは言わないものの、住人らが安心して毎日を過ごすことができる体制を作り出していたことはたしかだったのである。

 

そのことがわかっているからこそ、ゲールにも話の分かる者はいると知っているからこそ……この町の人々は、きちんと対話を、相互の尊重を重んじる者に対してならば、ゲールだろうと手を差し伸べるのだった。

 

フィーネ達はそれを聞いて、テオのやり方に苦笑しつつも……こんなところにも、相互に分かり合える社会の片鱗を見ることができたことを喜んでいた。

 

なお、フィーネは……それと同レベルの喜びを、数分後、店側から『お土産に』とパイをまるごと1ホール渡された時に味わうことになった。

 

最初こそ、先程述べた理由で渋っていたフィーネだが、

 

『実はこれ、反帝国のゲールの人たちからのルートで密輸されてる材料を使ってるんですよ。だから、その分のお返し、ってことで、ね?』

 

とのことであった。テオを見て、ウインクしながら。

 

そういうことなら、と受け取った(代金は支払った)そのパイは、その夜の会食のデザートとして出されることになった。

 

 

 

 



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Stage.51 過去からの疑惑

 

 

1940年12月19日

 

こないだの視察は、思いのほか有意義なものになった。

 

確かに……フィーネがわがまま言ってまで行きたがったのもわかる感じだ。

あそこでは……これからの世界で理想とされるであろう、過去を乗り越えて助け合って生きる、っていうあり方が、一足早く形作られていた。

 

戦争してるんだから、そりゃ敵対する感情もあるだろう。

けど、皆が平和に暮らすために、それを抑え、乗り越えて、協力して生きていく……そういう道を、彼らは選んで、歩んでいる。

 

その結果……敵対するばかりの世界にはなかった『余裕』が生まれ、彼らは少しずつ、平和な日常……戦前のそれとは形が少し違えど、同じように大切な平穏な世界を、自らの手で形作り、取り戻しつつあるのだ。

 

……それを、イゼッタ達もわかっていたんだろう。

最初、驚くばかりだった2人は……しかし、次第にその顔に笑みを浮かべるようになってきていたから。

 

戦争の世さえ乗り越えれば……ここと同じように、欧州が、世界全体が分かり合える、平和な世界になる……そう、感じたんだと思う。

 

現にその後、2人の目にはやる気が満ち満ちていた。

 

……こりゃ、ますます早くなったかもしれないな。戦争が終わるの。

もっとも……春になったら、速やかに攻略始めますけどね。

 

準備さえできれば、それより早く動くけど。

冬だろうがお構いなし。連邦やアルプス山麓と違って、ゲルマニアは降っても雪は少ない。冬だろうが戦う分には、ましてや攻め込む分には何も問題はないのだ。

 

ただ、準備期間が必要なのと、それに……ゲルマニア『が』攻めてくることができない『冬』が重なったことで、これ幸いとこっちが動いてるだけなので。

それが済んだなら……止まっている理由はない、ってわけ。

 

あの国には……こちらのためにも、向こうのためにも、最高のシチュエーションで負けてもら(日記はここで途切れている)

 

 

☆☆☆

 

 

「おや……このような時間までお仕事とは、精が出るね、首席補佐官」

 

場所は……エイルシュタット公国王宮、資料室。

不意に聞こえた声に、顔を上げたジーク首席補佐官。

 

見ると……入り口に立っているのは、個人的にあまり好きではない男だった。

 

丸メガネに、くすんだ茶髪。スーツを着こなし、容姿の整った渋みのある中年の男性。

しかし、その心中は……計算と謀略で、いかに自分のために周囲の状況を動かし、利用するか、いかに自分の身の安全を守るかを考えている男。

 

政治的な要件により、この城を訪れている彼の名は……アルノルト・ベルクマン。

元・ゲルマニア帝国軍の中佐であり……特務所属の切れ者だ。

 

どちらも、頭脳(ブレーン)兼実働部隊という立ち位置であり――もっとも、最近は人材もそろいだしており、2人は頭脳労働担当の参謀としての役割を全うすることができているが――しかし、祖国に対して強い愛国心と忠誠心を抱くジークと、そう言ったものとは無縁で、あくまで自分のことを第一に考えて動くベルクマンとでは、水と油と言えるほどの隔たりがあった。

 

知り合って間もなくして、互いに『こいつとは仲良くできない』と確信じみて思える程には。

 

「……ここに立ち入る許可は取得しているんだろうな?」

 

「もちろん。そんなくだらないことで国際問題を起こす気はない」

 

フィーネ大公の名で発行された、資料の閲覧許可証をひらひらと見せながら、ベルクマンは手近な本棚から数冊のファイルを抜き出し……ジークと同じ机、真向かいに座って読み始めた。

 

ちらりとジークが見た限りでは、特に問題のある資料というわけではない。国際条約等関係の、ベルクマンが任されている、外交関係の職務に必要な書類だった。

 

一方、ベルクマンもまた、ジークが開いている資料を見て……しかしこちらは、『ほぅ?』と、興味深そうに、少しだけ眼を見開いていた。

 

「それはひょっとして……ペンドラゴン君のかい?」

 

「……ああ、まあな。……貴様も知っていたのか?」

 

「少し前に聞かされてね。ゼートゥーア閣下らと一緒の時だったから……一応、私のことは信頼してくれたということなんだろう。少なくとも、ある程度は」

 

ジークが開いていたのは、警察組織の過去の犯罪データファイルである。

 

 

『○×教会孤児院 人身売買組織癒着摘発記録』

 

 

そこは……テオが入っていた、あの孤児院だった。

 

戦災孤児を引き取って育てている、教会つきの孤児院という表の顔。

その下で……その孤児を『商品』として扱い、優秀な子供を欲しがる客に、条件に合致する孤児を見繕って売り渡す『ブローカー』としての面を持っていた。

 

時期にして……テオが売り渡されてから、数か月後。その孤児院は、内部告発によってエイルシュタット公国の警察に摘発され、人身売買にかかわった職員は全員処分・投獄。孤児院は経営を続けることができなくなり、閉鎖となった。

 

テオがそこの出身……すなわち『エイルシュタット』の出身者であると知ったジークは、少しでも関係する情報を集めるべく、こうして当時の資料を片っ端から集めていた。

 

証拠品として押収した『孤児院』の経営記録や、人身売買の裏帳簿、顧客名簿など……何でもいい、テオの、本人さえも知らない『出生』にかかる秘密を、何か見つけられればと。

 

しかし、いくら探しても……当たり障りのない情報しか出てこなかった。

 

しいて言うなら……幼いころのテオは、今とは正反対に、あまり頭がよくなかった。

というよりも、何か生まれつき脳に問題を抱えているのではないか、と思えるほどに……ものを覚えない、頭の弱い子だった、という情報があるくらいか。

 

しかしそれは、ある時期を境に解消し、それどころか『神童』と呼ばれるまでの優れた力を発揮するまでにいたる。……そのせいでゲルマニアに目を付けられ、売られたのだが。

 

添付されているメモ書きや写真なども合わせて見ながら……しかし、役に立つような情報は発見できない。

 

ため息をつきながら、補佐官がまた1つページをめくると……その後ろで、自分の席に戻ろうと動くところだったベルクマンが、何かに気づいて『ん?』と声を上げた。

 

「……? どうかしたか?」

 

「ああ……少し。……この日付……」

 

ベルクマンが注目していたのは……資料の片隅に記された、テオが孤児院に入所した年月日。

その数日前に、イゼッタとフィーネによって、山の中で行き倒れになっているところを拾われた、というわけだが……

 

(……偶然、か?)

 

「……何か気づいたか、思い当たることでもあるのか? であるなら、参考までに聞かせてほしい」

 

身を乗り出して、その一点を凝視しているベルクマンに、ジークが問いかける。

 

一瞬考えた後、ベルクマンは言葉を選びながら口を開いた。

 

「ああ……いや、僕の気にしすぎかもしれないんだがな……。この、ペンドラゴン君が施設に入所した日付だが……この少し前に、帝国・帝都で、ちょっとした騒ぎがあったのを思い出した」

 

「騒ぎ?」

 

「ああ。といっても、完全に内部の内輪もめというか、何というか……少なくとも、新聞なんかに載っているような情報じゃない。ただ、小さくて気にするほどのことでもない、とも言いきれない案件でね……当時、まだ特務で下の階級だった僕の耳にも、噂程度に届いていた」

 

「……回りくどいな? 言いたくないのなら、そう言ってくれてもいいが?」

 

「そんなつもりはないんだがね……順序立てて説明しようと思っているだけさ。だがお望みなら、結論から述べるとしよう……皇室がらみで、あるスキャンダルがあったんだ」

 

「スキャンダル? ……何だ、皇帝に隠し子でも見つかったのか?」

 

「……冗談のつもりで言ったようだが……正解だ。半分ね」

 

「何?」

 

眉間にしわを寄せ、眉をひそめて聞き返すジーク補佐官。

 

ベルクマンは、懐から手帳を取り出し……ぱらぱらとめくって、お目当てのページを探し当てると、そこに目を走らせながら……

 

「もうずいぶん昔のことだから、記憶もおぼろげだが……ああ、そうだった。当時、陛下の『お手つき』ではないかと疑われていた、とある女性がいてね? その女性には、父親のいない子供が1人いた……しかし、それを調べていた特務が、いざ女の身柄を確保しようとした段階になって……彼女は、忽然とその姿を消してしまった」

 

「……それで? 見つけられなかったのか?」

 

「ああ。秘密裏の案件だから公開捜査するわけにもいかず、迷宮入りになったわけだ……そして……その、女が行方不明になった日付というのが……この日付の、2週間前なのさ」

 

自らのメモ帳のページに記載されている日付と、

ジークが覗き込んでいた捜査資料のページに記されている日付。

 

その2つを見比べると……確かに、年は同じで、月日も非常に近かった。

 

「……その、『父親のいない子』の、当時の年齢は?」

 

「不明だ、何せ戸籍登録がなかったからね。ただ……見てくれは、5歳かそこらだったそうだ」

 

「…………そうか」

 

ジークとベルクマンは……しばらくの間、2人とも同じように神妙な面持ちで、並べられた2つの資料を見つめていた。

 

 

「……計算は、合うな」

 

「……困ったことにね」

 

 

☆☆☆

 

 

同じ頃……テオは、基地の屋上にいた。

 

特に目的があったわけではなく、ただ夜風にあたって涼んでいるだけ。

風呂上りの体の火照りを冷ましながら、日記を書いていたところだ。

 

……その最中に、思いもよらない珍客があった。

 

上空(・・)から近づいてくるそれを察知したテオは、日記を書く手を止めて……立ち上がり、警戒態勢に入る。念のため腰に下げてきた『村正』に手を添え、懐にひそめてあるガス銃に触れて向きとグリップの位置を確認した。

 

いざという時は即座に外すため、左目の義眼を覆っている眼帯に意識をやったところで……来訪者は、逃げも隠れもせず、テオの眼前に舞い降りた。

 

「……久しぶりね、王子様(・・・)

 

「……何それ?」

 

微笑みと共に、よくわからない挨拶の仕方をしてきた、白い髪の少女……ゾフィーに、テオは、警戒を絶やさず……しかし、その笑みに違和感を感じながら、返した。

 

ゾフィーの浮かべている……嘲笑でも、蔑視でもない……本当に、慈愛に満ちたような笑み。

それが、一体何を意味するのか、わからずに。

 

 

 

 



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Stage.52 デスドレン、燃ゆ

 

1940年12月20日

 

……昨日の夜、何かよくわかんない出来事があった。

 

ゾフィーが来て、雑談して、お土産おいて、キスして、帰った。

 

……あらためて文章に起こしてみると……何だコレ? 自分でもわけがわからん。

 

違和感は、そういえば……前からあったんだよな、うん。

具体的には、ノイエベルリンでゾフィーにあった時に。

 

なんか、『ゼロ』として戦場で見たゾフィーや、部下たちの報告にあったゾフィーの性格と、あんまりにも違ったもんだから……今回もそれにあたる。

 

……僕が直接顔を合わせた時のゾフィーと、他の人が顔を合わせたゾフィーの差が激しい。

 

それまで不機嫌な口調だったお母さんが、電話口で急に別人レベルにまで声色を変えるのと同じくらい激しい。アレびっくりするよね見てて。

 

……けどさあ、

 

『元気そうで安心したわ』

 

とか、

 

『あなたとは仲良くしたかったのだけどね』

 

とか、

 

『今からでも戻って来る気はない?』

 

とか……何で僕こんなゾフィーに好かれてんの?

 

話聞く限り……1回キス(という名の物理攻撃)したくらいでポッといくようなチョロインじゃないでしょ君。あ、再会した時の合わせれば2回か……いや、どっちにしろね?

 

で、そのまましばらく雑談して。

誘導尋問とか、不意打ち気味の質問とかが来るんじゃないか、って警戒してたんだけど……何もなかったな。

 

イゼッタが、最初にゾフィーに会った時、平和を願ってます、あなたを止めます、みたいな語り口で油断させられた後、『じゃあ殺す!』みたいに豹変して不意打ち気味に襲い掛かってきた……って聞いてたから、てっきりコレもそうかと思ったんだけども。

 

そして、雑談が終わって、しばし黙ったかと思うと……キッ、と、鋭い目つきになって。

とうとう来るか……と思って身構えた……けど、来なかった。

 

代わりに、ゾフィーは口を動かして、

 

『……あなたとこうして話すのも、きっとこれが最後でしょうね……。来るなら来なさい、相手になってあげるから……伝説とうたわれた、『白き魔女』の全力でね』

 

その直後、敵意・悪意のかけらも感じさせないまま……ふっと僕の懐に入ってきて、

 

ちゅっ、と頬に柔らかい感触があって、

 

その後……唖然としている僕に構わず、『……さよなら』とだけ言い残して、飛び去って行った。

 

しかもその時……見間違いじゃなければ、目の端にきらりと光るものが……あった、ような?

 

……その間、隙を見て捕縛しようか、いやでもこいつが敵にいないと計画が一部使えなくなる……とか考えてて、結局逃がしてしまったのは、猛省。

 

……しかし、何なんだろう……あの態度?

僕、別に彼女に好かれるようなこと、何もしてないよな……せいぜい、あの事故で目覚めさせたくらいだけど、それであんだけ好かれるってのも変な話だし……

 

……だめだ、わからん。

 

 

 

わからんけど、戦いは待ってくれない。

 

多分だけど……もう少ししたら、戦いが始まる。その兆候がある。

遅くとも、年明け。早ければ……数日以内にでも。

 

ゲール領辺境の、交通の要所『デスドレン』。そこを抑えられるかで、ゲールはこの先、負けが確定するか、あるいはもうちょっと粘れるか(勝てるとは言わない)が分かれるのだ。

 

当然、死に物狂いで抵抗してくるだろう……降伏っていう選択肢がないから。

 

ただ逆に言えば、そこでの戦いに勝利できれば、こっちの勝ちが決まる、ということでもある。

 

それは、こっちにも都合がいい。どうにか準備も、まあ、最低限は終わってるし――欲を言えばもう1か月弱ほしかったけど、やむをえまい――ここでケリをつけるのも悪くない。

 

それに、合衆国が突っかかってくる前に終わらせられるのが何より大きい。

欧州の結束については、今後外交交渉でどうにかなるし。

 

……ひょっとしたら、ゾフィーは……それを察知して僕のところに来たのかも?

根元の理由はわかってないけど、そんな気がする。

 

さて、いつになるかね……向こうさんがしびれを切らすのは?

 

クリスマスや年末年始くらいは、ゆっくり過ごしたいもんだけど。

 

 

 

1940年12月23日

 

はいフラグですねうんわかってた。

 

畜生……マジで攻めてきやがったよ、ゲールの連中。

よりにもよってこんな日取りで……会敵予想、明日から明後日だよ。イヴとクリスマスだよ。

 

超急いで戦っても拠点戻ってパーティもできないじゃないか……嫌がらせか畜生め。

 

……いや別に、クリスマスを一緒に過ごす恋人もいませんけどね?

 

でも、『もし時間があったらパーティでも』って、イゼッタとフィーネに誘われてた。

戦時中だからあまり派手にはできないけど、ささやかにでも楽しめないか、って。

 

今年は、フィーネとイゼッタの、そして2人と僕の再会っていう特別な年になったから、年の最後はきちんとお祝いしたかったそうだ。

僕も……これはこれで、恋人云々よりもあったかい感じがして楽しみだった。

 

……楽しみだったんだぞ畜生!

せっかく、色々ゲールの力を削ぐ過程で手に入った密輸品とか持ち込んで、ちょっとだけパーティを豪華にするのに貢献しようと思って準備してたのに!

 

姉と弟の交流の時間をよくも奪いやがって……もう許さん。

 

明日の一戦でケリをつけてやる。もうこれ以上は戦争で予定を狂わされるのはごめんだ。

 

と、いうわけで……現在進軍している部隊は、明日を『決戦』にすべくくみ上げられた最強編成であり……デスドレン突破後、余力次第ではそのまま帝都ノイエベルリンを制圧してしまうことを考えてくみ上げてある。

具体的な構成は、簡略化して……以下のような感じ。

 

総司令官:ゼロ

副指令兼参謀総長:クルト・フォン・ルーデルドルフ

参謀副長:テオドール・ペンドラゴン

識見顧問:アルノルト・ベルクマン

第一師団長:サー・アイザック・ダスティン・ドレイク

第二師団長:エーリッヒ・フォン・レルゲン

第三師団長:グローマン

第四師団長:シュトロハイム

第五師団長:ブノワ・ド・ルーゴ

……(以下略)……

特務戦闘員:イゼッタ

      マリー・ロレンス

 

 

連合軍から優秀な軍人、指揮官、その他人材を集めて作られたドリームチーム。

個々の能力最重視で選ばれているので、ゲールの軍人とか、祖国を守れなかった軍人とかも積極的に採用されている。判断はゼロ名義。

 

ちなみに、合衆国は入ってません。正式参戦もしてないんだから、当然だね。

この先永久に出番は来ないけど。

 

様々な局面に、各個の技能を生かして即座に対応できるようにくみ上げられている。兵站線も、万が一にも襲撃を受けて途絶なんてことにならないようにされている。それらの管理も、各国から選りすぐられたスペシャリストが担当しているのだ。

 

ここまでくれば……もう、負けること自体まずなさそう、だと思えるんだけど……予想外のことが普通に起こるのが、戦場だからな。

ゾフィーとか……エクセニウムとか……合衆国とか……

 

一応、対応策は用意してあるし……いざとなれば僕が『ガウェイン』で出るから、大丈夫だとは思うけどね……。

そのためにわざわざ、僕がいきなり抜けても指揮系統大丈夫なようにしてあるんだし。

 

かといってまあ、何か起こってほしいわけじゃないし、このまま……いや、これ以上はフラグになりそうな気がする。やめとこ。

 

何にせよ……いよいよ明日なんだ、今日は早めに寝よう。

 

 

☆☆☆

 

 

それは……よくある光景だった。

 

空をかける、戦闘機。

陸を踏みしめて進む、戦車や装甲車。

銃を手にしながら進む、歩兵たち。

 

それが……2方向から、向かい合い、ぶつかるようにして、進んできていた。

 

今は戦争中だ。ゆえに、どこにでもある……とまでは言わないが、別段珍しい光景でもない。

同じようなことは、今まで何度も、そこかしこで起こってきた。

 

規模にしても……両軍とも、かなり大きなそれではあるが……今まで、全く前例がない、というほどでもない。

 

それでも、

この戦いは、間違いなく……1年前、1939年から始まった、欧州全体を巻き込んだ戦乱の……終わりの一戦。

いうなれば、最終決戦であると言えた。

 

そして、その一番槍として、互いの軍の先頭に立っているのは……戦場と、そこに跋扈する無数の鉄の塊の中にあって、異質なことこの上ない……2人の少女。

 

連合軍の先頭に立つは、赤い髪に白い装束に身を包み、改造対戦車ライフル『ランスロット』にまたがって飛ぶ、エイルシュタット公国の『白き魔女』……イゼッタ。

 

帝国軍の先頭に立つは、白い髪に黒メインの装束に身を包み、『魔石』をはめ込んだ杖を携えて飛ぶ、クローン技術でよみがえった、本物の『白き魔女』……ゾフィー。

 

互いに互いを認めた、ゾフィーとイゼッタは……どちらからともなく、空を飛んで急接近し……互いの肉声が届くまでのところに、歩み寄った。

 

そうして最初に口を開いたのは……ゾフィー。

 

「……あの子は来ていないのね」

 

「……あの子?」

 

少し考えて……イゼッタは、ゾフィーが誰のことを言っているのか、思い至った。

 

「テオ君のことですか? ……あの子、なんていうから、誰のことかと思いました……誰か小さい子でも探してるのか、って」

 

「私が数百年前の人物だってこと、忘れてない? それに、もともと私は死んだ当時、今のこの体よりずっと年上だったの……私から見れば、あなたも彼も、お子様同然よ」

 

そう言って、ゾフィーはため息をつく。

 

「テオ君なら……後方です。司令官ですから、戦場全体に指示を出す役目です」

 

「そう……ということはつまり、私の相手はあなたがする、ということね?」

 

「……この前のようにはいきません」

 

そう、覚悟を決めた目でこちらを見据えてくるイゼッタを、ゾフィーは警戒を込めた視線で見返し……同時に、イゼッタの乗る対戦車ライフルや、装備している『魔石』のような何かを見る。

 

依然見た時と、明らかに違う装備や武器であるのは一目瞭然。

そして、あの理解不能な兵器を有する男と同じ陣営にいる以上……たんなるモデルチェンジではないというのは、簡単に予想できることだった。

 

(おそらく、『魔石』と同じ、力をブーストさせたり、レイラインの有無による無力化をカバーする効果があると見ていい……武器の方は、『ブラックリベリオン』の報告でも見た通り、かなりのグレードアップ。魔法の強化を単なる出力の上昇とみても……油断はできないわね)

 

自分で改めて、確かめるように、心の中でつぶやくゾフィー。

 

(おそらくは、彼の手が入った道具……そう、彼は……この子たちの……エイルシュタットの味方、なのよね…………それでも、私は……)

 

少しだけ、心の中に浮かんだ迷いを振り切り……ゾフィーはイゼッタを、にらむように鋭い目つきで見据えた。

 

「……あなたとは、前回、前々回……十分に言葉を交わした。これ以上話すことはないわ……私は、復讐のために……エイルシュタットを滅ぼす。その邪魔をするなら……全て消し飛ばしてあげる」

 

「そうは……させません。私は、姫様の……みんなの明日のために、この戦争を終わらせる。そのための道筋を、テオ君達が作ってくれた……だから私も、全力で戦います!」

 

直後、

 

何の合図もなく、弾かれたように……2人の魔女は一気に後方に飛び去り……その代りに、2人が操っていた飛行爆弾が殺到し……いくつもの火柱が天を焦がし、

 

その瞬間……両軍の戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

 

 

 



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Stage.53 介入者

 

降り注ぐ砲弾や爆弾。

地をかける歩兵たち。

飛び交う戦闘機。

大地を鳴らして進む戦車。

 

常時どこかで爆発音が響き、時に一続きに聞こえるほどになっている状態の戦場は……その壮大さも、悲惨さも、この戦争の最終決戦と呼ぶにふさわしいものだった。

 

それでも、戦いそのものを終わらせて、未来へと続く歴史を作るため……連合軍の兵士たちは、必死で戦っている。

 

隣で誰かが撃たれても、視界の端で爆発が起こって味方が吹き飛んでも、

歯を食いしばり、涙を呑んで嗚咽をこらえ、未来のためのその命を投げ捨てて走る。

 

そしてその中心部では……微妙に場所を前後させつつも、両軍の天王山とも呼ぶべき戦いが繰り広げられていた。

 

「こ、のおおぉぉっ!!」

 

「くっ……なら、これでぇっ!!」

 

ゾフィーと、イゼッタ。

この戦場における、最大戦力に数えられる2人。

 

貨物運搬用の列車を浮遊させ、さながら鞭か何かのように振り回して質量武器として攻撃してくるゾフィーと、超電磁砲でそれを半ばから粉砕するイゼッタ。

 

お返しとばかりに、イゼッタは手近にあった鉄塔を浮遊させて飛ばし……ゾフィーはそれを、結晶化させたエクセニウムをぶつけて爆砕する。

 

まさしく頂上決戦。戦車や戦闘機では、介入することすらできないであろう規模の戦いは……実質的に、手出し不可能なものとして最初から放置されている。

 

そして、素人目にはわかりにくいが……この戦いの大勢は、すでに決しつつあった。

 

先の戦いとは、逆。

イゼッタが……押している。

 

魔女の力の熟練度や、魔石の出力で見れば、やはりゾフィーが上だが……それ以上に、テオがイゼッタに与えた、武器による差が大きい。

 

反動ゼロの人造魔石と、数々の兵装を搭載した新兵器『ランスロット』。そしてそれに組み込まれているのは、既存の兵器を大幅に上回る威力のそれらだ。

 

それを、実際の戦場で十二分に使いこなせるよう、テオ監修のもと徹底的に訓練し、以前使っていたライフル以上に、手足の延長のごとく使いこなすイゼッタは、何を使うかの違いこそあれど、基本的に『浮かせてぶつける』というワンパターンな攻撃しかしてこないゾフィーに対し、手数と、攻撃の種類という両面で優位に立っていた。

 

爆発物としてエクセニウムをぶつけてくる場合もあるが……それへの対処もまた、すでにテオが考案し、2つほど戦術に取り入れている。

 

1つは……新たにランスロットに組み込まれた『輻射波動』による迎撃。

これにあてられると、エクセニウムは誘爆してしまい、イゼッタのところまで届かない。

 

そしてもう1つは……これもランスロットに組み込まれている兵装の1つだ。

その名も『GNドライヴ』。つい最近、テオが実用化にこぎつけた、傑作の1つだった。

 

本家本元のものとはもちろん違い……『似た能力』があるに過ぎない。トロポジカルエフェクトを起こす結晶体の代用として、そうなるように調整した『賢者の石』の亜種を使い、魔力を流すことでそれを起動させられるようにしているだけだ。

 

ただし、その性能は本物である。発生する粒子は、人の思いを乗せ、人と人とをつなぐ力を持つ……のみならず、『魔力』そのものの亜種として、魔女の力の媒介なり、魔力の嵩増しとしての性質を発揮しており、イゼッタの『力』の出力を大幅に上げている。

それこそ……ゾフィーと比べてもそん色ないほどに。

 

それに加えて……イゼッタの『意思』の乗った粒子をばらまくことで、他の『魔女の力』に対する阻害剤になるため……ゾフィーの妨害をしつつ、疲弊を誘発することができる。

 

質量武器のコントロールや持続時間を削ることができるし……エクセニウムの結合を崩壊させ、誘爆させたり、消滅させたりすることができるのだ。『輻射波動』よりも効果は薄いものの、広範囲にばらまくことができる点は戦略的に見て優秀だった。

 

おかげで、ゾフィーが操る武器やエクセニウムは、大幅に『寿命』が削られる上……ゾフィー自身の体力も削られる。

 

これはイゼッタも経験として知っていたことだが……『魔石』による強化は、魔力の扱いのみならず、肉体にも及ぶ。イゼッタが、ボロボロの体でも出撃できたのは……単に気力や根性論だけではなく、魔石による支えもまた、その理由の1つだった。

 

恐らく、歩けないほどの重症ないし後遺症を持っていたとしても、魔石を装備すれば、イゼッタは歩けるようになっただろう。それだけでなく、まともに、十分に戦えるだけの力を手に入れることができただろう。

 

クローンゆえの虚弱体質を持っているゾフィーもまた、魔石による肉体の強化という恩恵にあずかっているのだが……それを、放出される『GN粒子』が阻害するため、息切れが早いのが自分でもわかっていた。

 

対するイゼッタは、『人造魔石』には肉体を強化する作用はほとんどないため、それによる損害は軽微であり……もともと素の状態で十分に戦えるスペックを持っていた。

 

ゆえに……時間がたてばたつほど、彼女が有利になる、という状況だ。

 

そして、それをゾフィーも直感的に悟っているのだろう。さらに苛烈に攻め、短時間で決着をつけようとするも……逆に攻撃がわかりやすくなり、対応されてしまっている。

 

肩で息をするゾフィーと、まだまだ余裕があるイゼッタ。

持久力の差という壁が立ちはだかる、彼女たちの戦い……もはや、勝敗は決したかに思われた。

 

 

……が、

事態はここから……予想外の方向に転がっていくことになる。

 

 

 

「閣下すいません! ちょっと洒落にならないことになったんで、出てきます!」

 

「む!? お、おい、ペンドラゴン!? どうした!?」

 

 

指令本部で……そんな会話が交わされていた。

 

 

☆☆☆

 

 

「はぁ……はぁ……っ、あ……はぁ、くっ……!」

 

痛みに耐えながら、ゾフィーは、どうにか起き上がろうとしていた。

 

戦いの末に、イゼッタのランスに押し込まれ……大剣でガードはしたものの、地に落とされ、誰のかもわからない家に、屋根を突き破って叩き込まれた彼女は……偶然にも、中にあったベッドに激突したがゆえに、大事には至らずにすんでいた。

 

それでも、衝撃で肺の中の空気のほとんどを持っていかれたらしく……苦しさと激痛で、体が上手く動かない。

 

そんな彼女の前に、天井をはぎ取ってスペースを確保し、イゼッタが舞い降りた。

 

「……っ……!」

 

「……ごめんなさい」

 

イゼッタは、にらみつけてくるゾフィーに対して、呟くようにそう言うと……『ランスロット』から4本のスラッシュハーケン――ワイヤー付きのカギヅメのようなもの――を出し、それを操ってゾフィーを、ベッドごと縛り上げる。

動けないゾフィーを、ベッドに固定する形で。身動きが取れないように。

 

さらに、そのうちの1本を操って、ゾフィーから、魔石のついた杖を手元に没収した。

 

「……もう、勝負はつきました、抵抗しないでください」

 

ゾフィーは、イゼッタからの降伏勧告も聞かず、魔力を流してその拘束を解除、あるいはベッドを破壊して脱出を試みるが……できなかった。

魔力が、感じられなくなっている。

 

すぐに悟った。以前自分がやったのと同じように、イゼッタが……周囲の魔力を、首元の『魔石もどき』で吸い上げて、ここら一帯の魔力をゼロにしたのだと。

 

魔石がなければ、ゾフィーもまた、力の有無をレイラインに左右される1人の『魔女』でしかない。抵抗は、最早不可能だった。

 

しばらく頭を巡らせるも……ついぞ、挽回の策は思いつかず。

ゾフィーは、抵抗をやめ……ふっと、微笑んだ。

 

その反応に、イゼッタはわずかに、逆に警戒を覚える。てっきり、恨み言をぶつけてくるか、耳を貸さずに抵抗を続けるかすると思っていたからだ。

 

「……警戒しなくていいわ……何もしないから。完敗よ、完敗……恐れ入ったわ」

 

だが、予想に反して……戦いの最中こそ敵意を向けてきていたとはいえ、今のゾフィーは、まるで憑き物が落ちたかのように安らかで、穏やかな笑みを浮かべていた。その表情のまま、こちらに微笑みかけてすらいるように見える。

 

「今取り出した、その……右手に持っているスプレーが、私を眠らせるための麻酔薬か何かなのでしょう? 心配なら、さっさとそれを使って眠らせるなりなんなりするといいわ」

 

「……失礼かもしれないですけど、意外に素直なんですね」

 

「そうね……自分でもびっくりするくらい、素直に敗北を受け入れているわ。……まあ、もともと迷っていたから、いい機会だし……っていうのもあるかもしれないけどね。全く……我ながら現金なものだわ」

 

「……いい、機会……って」

 

「……そうね、折角だし、大人しく捕まって、それ以降も抵抗も何もしない代わりに、1つ条件を出させてもらっていいかしら?」

 

「条件、って……何ですか?」

 

聞き返すイゼッタに、ゾフィーは……少し考えて、

 

「……彼に、会いたいの」

 

「彼……テオ君、ですか?」

 

「ええ。死ぬ前に……もう1度でいいから。だめかしら?」

 

すでに、捕らえられた後……戦争犯罪人としての責任を追及され、命を奪われるところまで覚悟していることを思わせる態度に、イゼッタは驚き……逆に気圧される感覚すら覚えた。

そして同時に……疑問も抱いた。『なぜ?』と。

 

この少女が――中身はもっと年上だと聞いているが――なぜ、自分の幼馴染で弟分でもある、あの少年に会いたがるのか……と。

 

それを考えたイゼッタのまとう空気が……徐々に、戦場で戦う女戦士から、年ごろの1人の少女のそれへと変わっていったのを……そばにいて拘束されているゾフィーにも感じ取れた。

 

「……あの、何で……テオ君に? ひ、ひょっとして、その……」

 

「……? ひょっとして、何?」

 

逆に聞き返されて、なぜか頬を赤く染めるイゼッタ。

 

「……す、すすす……好き、なんですか? テオ君の、こと」

 

「………………」

 

その途端……なぜか細められる、ゾフィーの目。

同時に、さっきまでまとっていた朗らか?ともいえそうな雰囲気は霧散し……戦闘中とはまた違ったとげとげしい空気をまとい、イゼッタは突然の豹変に驚かされる。

 

「……そう、だと言ったら?」

 

「ええっ!? ええ、ええと、別に、その、いや別にっていうか、でも……」

 

「……私からも聞きたいわね……あなたも、彼のことが?」

 

「えっ、えぇえ……え!? わ、私がっ、て、テオく……を……い、いや、そんな、好きってわけじゃ……そ、そもそも私、恋愛とか今までしたことないし、テオ君のことも、その……ど、どっちかっていうと、弟みたいな感じっていうか、でもその、最近弟っていうよりも、普通に男のこととしてたくましくなって、頼りがいがあってかっこいいなとはちょっと最近……」

 

しどろもどろになり……先程までとは完全に形勢が逆転している雰囲気の2人。

満身創痍でベッドに縛り付けられているゾフィーににらまれ、タジタジになっているほぼ無傷のイゼッタ。控えめに言っても訳が分からない光景である。

 

しかも、イゼッタは何というか……ゾフィーから向けられる視線に、何だか、異質なものを感じていた。恋敵に向ける視線というよりも……これは……

 

(何だろう、これ……ええと、こんな感じの、前にもどこかで……)

 

 

……その時だった。

 

 

『こちらは連合軍総司令部、総司令官ゼロである! 戦闘中の全員に通達! 攻撃をやめ即時撤退! 第二防衛ライン以前まで後退せよ! 繰り返す! 全ての戦闘行為および作戦行動を中断し、第二防衛ライン以前まで後退せよ! 急げ!』

 

 

―――キィィイイン……ギュオンッ!!

 

 

「「!?」」

 

 

イゼッタが持っていた無線機から、大音量でそんな通信が流れたのと同時……屋根のはがされた家の真上に、見覚えのある黒と金の人型の機体が姿を見せた。

 

広いとは言えない家の中に着陸するのはあきらめたのか、滞空したまま……その背中のハッチが開いて、操縦者……テオが降りてくる。

 

「イゼッタ! よかった、バトル終わっ……うわ、何かエロいことになってる」

 

「へ? あ、うわ……よ、よく見たら……」

 

「…………っ!?」

 

思わず、といった感じでテオがつぶやいたセリフのとおり……満身創痍のゾフィーの服装は、所々破けて、下の肌がむき出しになっている部分も多くあった。

幸い、大事なところは隠れているが……それが余計に煽情的な雰囲気を作っている気がする。

 

女同士ゆえに気にも留めていなかったし、そもそも極限の戦いの中で気にする余裕がなかったことも手伝って、今それに気づいたイゼッタとゾフィー。ほぼ同時に、現状を把握して顔を赤らめる。

 

しかし、テオはすぐに立ち直ると……つかつかとゾフィーに近づいて、腰に差していた『村正』を抜き放って一閃させ、ワイヤーをバラバラにした。

 

『え!?』と困惑するイゼッタに構わず、テオはゾフィーに自分の上着を羽織らせると、そのまま『失礼』とだけ言って、ゾフィーの体を抱え上げた。

そして、突然のことに戸惑いつつ赤面もするゾフィーだが、それにも構わず、テオはイゼッタに振り返り……

 

「イゼッタ、今の放送……っていうか通信、聞こえた?」

 

「ふぇっ!? あ、うん……そういえば、えっと……すぐに撤退、って言ってた? え、何で!? 戦い、もう終わったの?」

 

その割には、まだ外では爆音がとどろいている。

戦闘がまだ苛烈に行われている中で、戦略的な計算もなく不用意に背中を見せるのは危険だと、ほかならぬテオから教わっていたイゼッタ。それゆえに、なぜ、といぶかしむが……

 

「ごめん、説明してる時間ないから……さっさと『ガウェイン』乗って。ここから退却する。あ、君も連行するから、抵抗しないように」

 

「えっ? え、ええ……わかっ『ガチャッ』……え!?」

 

言いながら、テオは、開発した特殊なアイテムの1つである……使用者の魔法を封印する首輪を、ゾフィーに装着した。

 

これをつけていると、レイラインの有無にかかわらず、装着者は魔力を扱えなくなるのだ。

 

ちなみに、イゼッタも1つもたされている。本来イゼッタは、麻酔薬で眠らせた後、コレをゾフィーにはめて無力化して連行するつもりだった。

 

まだ困惑中の2人だが……テオは、空気を一切読むことなく、せかして言った。

 

「ほら急いでイゼッタ! 早く乗って! 死ぬよ!」

 

「あ、うん、ごめ……え!? し、死ぬって何!?」

 

「いいから早く! 中で逃げながら説明するから!?」

 

「逃げるって……何から!? ゲールの増援でも来たの!?」

 

コクピットの中に入り、手慣れた様子で後部座席に座ってシートベルトをしめ、『ランスロット』を壁の収納スペースに入れて固定する。

 

そして、どうやっていいのかわからずに困惑しているゾフィーを手伝いながら、イゼッタはそう聞き返した。

 

それに対してテオは、『賢者の石』を使った駆動機構を全開でふかしながら、

 

「援軍……じゃないけど、もっとやばいのが来たんだよ―――

 

 

 

―――海の向こうからね!」

 

 

 

 

……その、数分後。

 

戦場から見えないほどの高高度に現れた、1機の戦闘機。

連合軍のそれとも、ゲールのそれとも違う規格のもの。

 

 

 

それが、真下に向けて……連合軍にも、ゲール軍にも一切の断りなく……『何か』を投下した。

 

 

 

 



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Stage.54 死の世界

 

1940年12月24日

 

ごめん、無理、休ませて。

 

 

1940年12月25日

 

昨日と同じく。無理。寝る。

 

 

1940年12月26日

 

……まだ無理。

 

 

1940年12月27日

 

……とりあえず、色々と落ち着いたというか、ひと段落ついたので、そろそろ書くか。

 

やれやれ、クリスマスもイヴも、仕事漬け……それも、今までで最悪に気分の悪い中で過ごすことになったな……。まあ、忙しいのは今も続いてるんだけど。

こりゃ、年末年始も何もないな、事後処理で三が日まで余裕でつぶれそうだ。

 

日記を書くのすら億劫だった3日分も合わせて書くとしよう。

 

さて……さる12月24日。ゲール軍、そしてゾフィーとの最終決戦。

こっち有利で進んでたんだけど……その途中、とんでもない知らせが入ったことで……戦線を放棄して撤退せざるを得なくなった。

 

もっとも……その判断は、何一つ間違ってはいなかったんだけども。

 

何が起こったのかって? じゃ、簡潔に言おう。

 

 

 

……アトランタのクソ野郎共……デスドレンに原爆落としていきやがった。

 

 

 

ゼートゥーア閣下が放っていたアトランタへの密偵からの情報で、『アトランタが新型爆弾の火力実験をやりたがっている』という情報を事前にもらっていた。

そして、『それを積んだ戦闘機が今『デスドレン』に向かっている』という情報が入った。

 

それで慌てて動いた。全軍を撤退させ、上空を警戒しながら、僕自身はイゼッタとゾフィーを回収するために動いた。ほら、あの2人の戦ってるところに近づけるのなんて、僕ぐらいだし。

 

この地域での僕らの戦いを利用して、双方に大打撃を与えて合衆国の介入の口実にするために、また、あわよくば『魔女の力』を持っている僕らを亡き者にするために、

 

あの……かつて僕が日本人だった頃の祖国にも落とされた、最悪の兵器を……使いやがった。

 

もっとも、これまでアトランタはそれを使ったことがない。戦闘ではおろか、実験でも。

今回のは、火力実験的な意味もあったんだろう……だからってどうこうないけど。

 

どうやら、ゲールに責任を擦り付ける方向で動いているらしく、すでに情報操作が始まっていた。ゲールの軍部の一部が暴走して、開発中の新兵器を実戦で、無許可で使った、って。

 

……こっちに、爆弾とは別に刺客まで送り込んどいて、白々しい。

 

『ガウェイン』で逃げて、どうにか効果範囲から脱出した僕らを……休憩中を狙って、特殊部隊っぽいのが襲撃してきたし。明確に殺意をもって。

当然、僕の義眼の前ではそんな隠形は意味をなさないので、カウンタースナイプで蹴散らした。

 

その後、証拠として死体と捕虜――生け捕りには、ゾフィーに使うつもりだったスプレーを使った――を2人分ずつと、装備品を回収した後……逃げようとしている残敵を、『ガウェイン』のハドロン砲(もどき)で、隠れている木立こと消し飛ばして全滅させた。

 

死人に口なし。殺そうとしてきたんだから、文句、ないよね? 答えは聞いてない。

 

ともあれ……こんな感じで、いよいよアトランタがこちらを……正確には、強大すぎる戦力を持っている僕ら『魔女の力』保有者と、その所属する国家を敵視していることは明確になった。

 

これ以降は……『不安要素』『不確定要素』じゃなく、『敵』として扱うことになるだろう。少なくとも、参謀室の机の上では。

 

もう、あそこは信用できない。

普通に協力してくれるわけがない。確実に裏で動いて、こちらの寝首を掻こうとしてくるはずだ……仮にそうでなくても、協力の代償に、足元を見て何を要求してくるかわかったものじゃない。

 

それについては、危うくイゼッタを殺されるところだったフィーネ達も同意のようだ。世界の状況を憂う仲間としてアトランタの参戦(を前向きに検討)を喜んでいたフィーネは、ショックを受けたようだったけど……以前からジーク補佐官とかベルクマン中佐とかが言っていたことだったからか、そこまででもなかったっぽいな。

 

幸い、と言っていいのか……もはやゲールに、こちらに抵抗する力は残っていない。

僕らが撤退を始めたのを見て、これ幸いと踏み込んで追ってきて……その結果、原爆の炎に飲み込まれ、比喩表現抜きの『壊滅』に追い込まれた。もう、戦う力自体ないだろう。

 

来月の頭には、ノイエベルリンを抑えられるだろうと見ている。

抵抗もないだろう。というか、できないと思う。

 

何度も言うが、もうあの国にそんな余力はない。

 

軍隊は壊滅している上、ゾフィーはこっちで捕獲したんだから。

 

そのゾフィーは、現在、体がボロボロだったので医療施設に入れられて、面会謝絶の状態だ。

落ち着いたら、取り調べもかねて会いに行くことにしているけど……今のところ、書けることはなにもない。

 

しいて言うなら……すごく素直に、こちらの指示に従ってる、ってことくらいか。

まるで、もうやることはやりつくしたというか、燃え尽きたというか……そんな感じらしい。

 

それはさておき……一応、爆心地になった『デスドレン』の現状についても話しとこうか。

 

……書くことは、多くない。

何せ、ほとんど何も残ってない上……その周辺地域は、惨劇の一言だ。

 

爆風、熱、衝撃波……色々なものに蹂躙されつくし、原形をとどめていない死体がそこかしこに転がっている。建物はほとんどが破壊され、原型をとどめているのなんて一割もない。

 

……これ以上は、ちょっとホントに、凄惨すぎて何も言いたくないな。

 

教科書でしか見たことなかった、戦争の悲惨さ、ってもんを……改めて目の当たりにした。

 

アレ関連の後処理は、まだまだ続くだろうけど……まずは、前に進むことを考えなきゃ、だな。

 

まずは、ゾフィーへの尋問と、軍の再編成、そして……ゲールの制圧、戦争終了。

 

これを達成すれば……まずはホントに一区切りなんだし。

 

 

1940年12月29日

 

『デスドレン』関連のことで、いいニュースがあった。

 

爆破の跡地は……日本の時よろしく、放射能汚染があって……逃げ伸びた兵士たちの一部にも、放射能症の症状が見られた。

放っておけば、重篤な事態になる可能性がある者もいただろう。

 

だが……それを何とかするめどが立ったのである。

 

結論から言ってしまうと、『GN粒子』を使う。

 

あれを、継続的に浴びせるだけ。それだけで、全ての問題は解決した。

 

本家本元の奴だと……この粒子って、大出力で放出したものを浴びると、体の中の毒素とか病気とかが直っちゃったりするんだよね。再生治療が不可能だった傷が治るようになったりとか。

理由というか、メカニズムはよくわからんけど。

 

スパロボに参戦したときは、老化スピードが3倍に加速する呪いじみた症状すら治してたな。クロスオーバーの美味しいところだ。

 

コレで放射能もなんとかなんないかな、と思って試してみたら、放射能症は治るし、汚染地域は除染できるしで……いやあ、GNドライヴ様様だわ。

 

現在、大型のGNドライヴを搭載してある僕の『ガウェイン』で『デスドレン』の除染を進め、同時にイゼッタの『ランスロット』に搭載されているそれで、兵士たちの治療と軍の備品の除染を行っている。年内には、どちらも何とか完了しそうである。

 

……魔女の力より、よっぽど魔法だな、と思った。

 

 

 

1940年12月30日

 

……ホントになんというか、年の瀬にゆっくりさせてくれないこと。

 

明日、急遽出撃することになった。

目標、ノイエベルリン。目的、皇帝の首。

 

どうやら……帝国の敗北が決定的になったからだろうか、官僚連中が続々と逃げ出し始めている、あるいはその準備に奔走しているとかで……

 

すでに閣下たちが包囲網を構築しているので、残さず確保しているらしいんだけど……これはちょっと放置してはおけないな、ってことになった。

そういうわけで、繰り返すが急遽、皇帝をもう抑えてしまうために、出撃するわけだ。

 

面子は、少数精鋭。パッと行ってパッと帰ってくる。

 

あんまり放っとくと、野望が途絶えたのを悲観して自害しちゃうかもしれないし……さっさと捕まえよう、うん。

 

……これに関しては、そんなに書くことはない、な。

今日はもう寝よう。明日は早い。作戦行動に影響が出ないようにしないと。

 

 

1940年12月31日

 

 

 

………………マジかよ。

 

 

 

……僕が、

僕の、生まれが、

正体が、

 

 

 

……ああもう、わけわかんない、畜生。

 

 

 

 



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Stage.55 テオ・前編

 

時は、少しさかのぼる。

 

場所は……帝都ノイエベルリン。

一時期……世界をこのまま手にするのではないか、とまで言われていた、大国・ゲルマニア帝国の中心部であり……皇帝のお膝元。軍部や生産部門など、国家における様々な部門の中心地。

 

その都市は、今まさに……連合軍によって、陥落させられようとしていた。

 

最早、ここを守るだけの力すら帝国にはなく……戦車も戦闘機も、鎧袖一触とばかりに蹴散らされていく。

 

それを先導するのは、総司令官ゼロ。

そして、前線に立って猛威を振るうのは……魔女イゼッタと、魔人ペンドラゴン。

 

2人は、立ちはだかる障害を次々と排除し……帝都に、そして宮殿に乗り込んでいた。

 

そして……その最深部、玉座の間、と呼ばれるその場所において……

 

「一足、遅かったですね。ペンドラゴン中佐」

 

「……みたいだね」

 

玉座に腰かけたまま……自分で自分のこめかみを撃ち抜いて死んでいる、皇帝オットーと……その側近・エリオットを発見したのだった。

 

 

 

それから先は、拍子抜けするほどとんとん拍子に物事が進んだ。

 

皇帝の側近・エリオットは、何の抵抗もなく降伏し、その身柄を連合軍で抑えられることとなり……ゲール軍は全面降伏。少し遅めにではあるが、帝都ノイエベルリンは、皇帝不在につき、代表エリオットの名と、軍部・政治部高官数名の連名で無防備都市宣言が出された。

 

気が付けば、夕日で地平線が赤く染まるよりも先に、連合軍は帝都制圧を完了していた。

 

……そのまま、長く続いたこの戦争も、ようやく終わる……かに思われた。

 

いや、その言い方で本来間違ってはいない。

大多数、ほぼ全ての欧州の人民にとっては……事実、そのまま戦争は終わったのだから。

 

 

 

……ここから先は、連合軍の中のごく一部でのみの波風となった、ある出来事の話になる。

無関係の者には、知らなくても何の問題もなく、

関係ある者であっても、気にしなければ何の問題もない、というような事柄だった。

 

……それでも。

その、『真実』を知りたがっていた、そしてその人物を知っていた者達にとっては……決して、小さくない事柄であったに違いない。

 

 

☆☆☆

 

 

「……は、……で、……だから……」

 

「なるほど。では……は本来、……を……だったわけか」

 

帝都ノイエベルリンを制圧した、その日の夜。

 

特に何も問題はなく制圧の後処理は進んでいたことから、連合軍の本部では……捕虜とした者達の中で、最も価値のある――立場的にも、持っている情報的にも――エリオットへの取り調べが行われていた。

 

事前に自分で言っていた通り、特に何も隠すことなく、黙秘もせず……エリオットは、淡々とジーク補佐官の質問に答えていた。

 

それがなぜかと言えば……『陛下が死をもって、御身とこの国の覇道を閉ざされたのであれば、私が義理立てすべき相手も、その意義ももはやありませんので』とのことであった。

要するに、主君が死んだのなら、せめてこの先のこの国の未来に後腐れはないようにしたい、ということらしい。

 

それ自体はありがたいことなので、そのまま普通に取り調べを進める補佐官ら。

 

しかし、エリオットも……全くの無報酬で、彼らに協力しているわけではない。

ごく一部の人間しか知らないことではあるが……彼から1つだけ、全面的に戦後処理に協力する見返りとして、条件が提示されていた。

 

そしてそれは……その夜、取り調べがひと段落した段階で……すぐに遂行された。

 

 

 

「……約束を守ってくださって、感謝します」

 

「いえいえ、こんなんで協力してくれるんなら、安いもんですよ……どういう意図があるのかは、わかりませんけど」

 

「……先に言っておくが、いかにあなたがこれから世に出ることのない身だとはいっても、公開できる情報には限りがあるぞ?」

 

「ご心配なく……あなた方に何かを聞きたいわけではありませんので。むしろ……私の方から、あなた方に伝えるべきことがあるのです」

 

エリオットは……自らの望みとして、ある人物たちへの面会を望んでいた。

今目の前にいる、その3人……イゼッタ、フィーネ、テオドールの3人と。

 

そのほかに、ジーク補佐官とベルクマン中佐、それに、それぞれの付き添いとして、アレスとビアンカもいる。さらに、マジックミラーを挟んで壁の向こうには……ゼートゥーアとレルゲン、エルヴィラに、何かあった時のために近衛数名もいた。

 

このメンバーは……事前にエリオットから指定されていたもう1つの条件……『何を聞かれても問題ないメンバーだけを同席させてほしい』というそれを反映したものだった。

 

そのことをあらかじめ話されていて承知しているエリオットは、並んで卓についている3人の顔を順番に見て……話しだした。

 

「ペンドラゴン中佐。あなたは……自分の出生について、知りたがっていたそうですね?」

 

その言葉に、テオとフィーネの眉がぴくっと動いて反応し……イゼッタはそれよりも幾分わかりやすく、息をのむ形で反応を見せた。

ジークとベルクマンは反応なしである。この辺りは年季の差かもしれない。

 

「……それを、教えてくれる……というか、あんたがたは知っている、と?」

 

「ええ……もっとも、調査して、確信を持ったのは……比較的最近のことですが」

 

「調査……能力があるとはいえ、いち軍人について、出生というところまで詳しく調べるとなると、それ相応の理由があるのだろうな」

 

「それも、僕ら特務にすら内緒で進めるほどの……極秘案件たる理由がね」

 

と、ジークとベルクマンが口をはさんだ。

エリオットは視線を二人にちらっとやり、

 

「そういえば……先程の取り調べで、お2人はすでに、彼の出自についてご存じのような口ぶりでしたね?」

 

それに驚いたように、2人に視線をやるテオとイゼッタ。

しかし、他2人と同じようにはしなかったフィーネは……エリオットに視線を向けたまま、

 

「……それについては、私も知っている。いや、聞いている……というべきか」

 

「姫様!?」

 

驚いたようなイゼッタの声。今度は、2人分の視線がフィーネに集まった。

 

「……すまんな、イゼッタ、テオ……数日前、補佐官から、あくまで予想だ、として聞かされていた……だが、うかつに伝えていいものかどうか判断しかねたために、私の判断で黙っていた。……すまなかった、許してほしい」

 

「……僕らに伝えるのがためらわれる内容だった……と?」

 

「ああ……真実かどうかに関わらず、ほぼ確実に君たちを動揺させてしまう内容だったからな。決戦を前にして、そのことに気を取られてしまうのではまずい、と思った」

 

そしてフィーネは、再度頭を下げると……今度はエリオットに向き直った。

 

「……興味深いですね。よければ……話の前に聞かせていただけませんか、大公殿下? あなた方の予想が、どんなものだったのか……」

 

「……では、単刀直入に言おう……。ここにいる、テオ……テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴンの正体は………

 

 

 

………ゲルマニア皇帝・オットーの息子ではないか?」

 

 

 

イゼッタが、息をのむ。

テオの表情が、引きつる。

ジークとベルクマン、それにエリオットの表情に……動きはない。

 

返事を求めずに……フィーネは、続ける。

 

数日前、ジーク補佐官から聞かされ、自分も驚愕のあまりどうにかなりそうだった……その予想を、1つ1つ。

 

昔……ゲルマニア皇帝の寵愛を受けたと噂されていた、ある女がいたこと。

 

その女には、父親のいない子供が1人いたこと。

 

テオが孤児院近くで、イゼッタとフィーネに拾われたのと、ちょうど同じ頃、その女が失踪し……ついぞその行方をつかめなかったこと。

 

その『父親のいない子供』の特徴……年齢や見た目などが、テオと一致すること。

 

テオは2人がエイルシュタットの国内で拾ったが、それ以前の足取りがどうやってもわからないこと。エイルシュタットの生まれなのかすら、そもそも確認できなかったこと。

 

そして、これはおまけのようなものだが……テオの特徴。黒髪に黒目が……皇帝・オットーのそれと同じカラーリングであること。

 

さらに、今しがた話になった……一介の軍人を、皇帝が命令を下してその出生を調査させたという事実……その出自が、何か特別なものであるという根拠とした。

 

全てが語られ終えるまで、黙ってエリオットはそれを聞いていて……

そして、それが終わって少しの間、フィーネの言ったことをかみ砕いで飲み込むような、ほんの少しの沈黙を挟んで……そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念ですが、全く違います」

 

 

 

盛大に落とした。

 

 

 

 



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Stage.56 テオ・後編

 

あんまりな展開に、その場にいる全員が脱力してしまってから……数分。

 

どうにか雰囲気が立ち直った室内で、エリオットは語りだした。

 

なお、フィーネの顔がいまだに赤いのは気にしてはいけない。

 

 

「さて、ペンドラゴン中佐……あなたの出自というものを語るに際して……順序立てて説明していかないといけません。面倒に思えるかもしれませんが……ご了承いただきますよう。最後には……全てが1つにつながりますからね。……まず、ゲルマニア帝国は……」

 

 

ゲルマニア帝国は、かなり前から『魔女の力』というものの研究を始めていた。

 

その一環として、『白き魔女』の遺体の一部を使ったクローンの作成があったわけだが、これが当然のようにいばらの道であり……現在のように、きちんと『使い物になる』性能のクローン人間を作れるようになるまで、幾度となく失敗を繰り返してきた。

 

そのたびに、失敗作が『処分』されてきたわけだが……それは、今は置いておく。

 

そんな中……徐々に成功が見えてきたあたりの段階で……1つ、明らかになったことがあった。

 

……ここで、一旦話が変わる。

 

かつて、エイルシュタットの『白き魔女』は……当時の王の苦渋の決断……遺言で、王の死後、王妃によってとらえられ、国を守るために処刑された。

 

ゾフィーは、それを恨んで、今日までエイルシュタットと、その王家への憎しみを募らせてきた……そう、ゲールでは伝わっている。

 

それが真実であり……エイルシュタットに伝わっている、『いつまでも幸せに暮らしました』というハッピーエンドの物語が、都合のいいように改ざんされた偽物の話だったという事実。

それを改めて突き付けられ、ビアンカやフィーネは、居心地が悪そうにしていた。

 

かつて、自分の先祖たちが行った、国のためとはいえ、恩をあだで返すような行いに……恥ずかしく思ったのかもしれない。

 

が、エリオットの話には……正確には、当時の『白き魔女』の物語には……そのさらに先、ないし『裏』があった。

 

 

「……イゼッタさん、あなたなら、どう思いますか?」

 

「えっ? な……何が、ですか?」

 

「……変というか、残酷なことをお聞きしますが……もしもあなたの存在が、敬愛する主君……エイルシュタットの大公殿下や、国そのものに害をなす、としたら……? そしてもし、大公殿下に……『国のために死んでくれ』と、命じられたとしたら?」

 

「…………っ!」

 

「おい、貴様何を……!?」

 

「まて、ビアンカ!」

 

突然突き付けられた、誇張でもなんでもなく、残酷な質問。

息をのむイゼッタ。あんまりな質問の内容に憤慨するビアンカに、それをとどめるフィーネ。

 

イゼッタが、じっと見つめてくるエリオットの視線にさらされながら……じっと考えて、

そして、答えを出した。

 

「……私は、王様じゃないし……そういう決断が必要になったこともないから、わかりません。でも……そういう時、王様は……国のために決断をしなくちゃいけないんだと思います。……きっと、個人の考えや都合だけで物事を決めちゃ、ダメなんです」

 

「………………」

 

「それに……その時の王様はわからないけど、もし姫様なら……私がいなくなっても、きっと……世界が平和になるまで、頑張って戦って、やり遂げてくれると思います。私がいなくったって、きっと……。だから、それで姫様が助かって、未来に進むことができるなら……私は安心して、喜んでこの命をあげられる。笑って……火あぶりにだってなれる……そう、思います」

 

笑顔のまま、どこまでも真剣に語られる……仮定の話とは言え、あまりに悲壮な覚悟。

その決意に……フィーネやビアンカはもちろん、テオやアレス、さらにはベルクマンやジークも……大小違えど、その表情をゆがめていた。

 

「……まあ、もし現実にそんなことになったら……僕がそれ、全身全霊で邪魔するけどね」

 

我慢できず、横から茶々を入れる『弟』が一人。

 

「今の状況がまさに似たようなもんだ。魔女の力を危険視したアトランタが、色々ちょっかい出してきて……こないだなんか、ついに直接的な手に出てきた。……だからって、危険要素をなくすために、僕やイゼッタを犠牲にするつもりなんて微塵もない。僕はそのために戦ってんだ」

 

「そのようですね……よかったですね、イゼッタさん。随分と愛されているご様子で」

 

「ふぇっ!? あ、ああああ、あいあいあい……」

 

突然の指摘に、そう来るとは予想していなかったイゼッタがかぁっと赤くなるが、それが元に戻るのを待たず……『でも』と、エリオットは真面目な顔に戻って続けた。

 

「……おそらくだけど、当時の『白き魔女』……ゾフィーも、同じだったと思いますよ」

 

「……え?」

 

「全てを捧げて仕えた……当時のエイルシュタットの王に、もしも彼のためになるのなら、その命を差し出すのも……本来の彼女なら、受け入れたかもしれなかった、ということです。だまし打ちなどという手に出ずに、真正面から伝えていたなら……いや、本来なら、だまし討ちでとらえられたとしても……最後には、彼の遺志をくみ取って、それを許していたかもしれません」

 

「……しかし、ゾフィー君は現に、これでもかというほどに彼を……エイルシュタットそのものを憎んでいたわけだが?」

 

「……まさか、他に何か理由があったのか?」

 

ベルクマンとジークの指摘に、エリオットはうなずいた。

 

「ええ、彼女には……敬愛する主君の望みであるという点を差し引いてもなお、自分を火あぶりにして殺したことを、どうしても許せない理由があったのです……。彼女もおそらく、自分の命が失われるだけであれば、まだ耐えられたかもしれません……しかし…………彼女が火あぶりにされたことで失われたのは…………彼女1人の命ではなかったのですよ」

 

「「「!!?」」」

 

その言葉に……鉄壁のポーカーフェイスを持つ2人を含めた、部屋にいた全員が……驚愕を隠せなかった。しかし、そこから立ち直るのを待たずに、エリオットは続ける。

爆弾にも等しい真実を……その口から、投下する。

 

 

 

「彼女……ゾフィーは、身ごもっていたのです。エイルシュタット王との子供を……ね」

 

 

 

帝国の研究者たちや、彼らに研究を命じた皇帝らがそれを知ったのは……クローンという名のホムンクルスが、ある程度まで安定してできるようになってからだった。

 

試験管の中で成体にまで成長させたクローンゾフィーのうち、数十体に1体ほどの確率で……その胎内に、新たな命が息づいていたのだ……母体と臍帯で結ばれた、胎児が。

 

これによって帝国は、処刑当時……ゾフィーは自分の命だけでなく、まだ命を授かったばかりの、腹の中にいるわが子をも殺されたのだということを……エイルシュタットにも、ゲルマニアにも、どんな形でも書き記されていなかった……おそらくは本人以外誰も知らなかった真実を知った。

 

それがおそらく、あの強烈な憎悪の根源になっているのだということも……後年、推測された。

 

それに気づいた帝国は、その赤ん坊をも成長させて取り上げようとしたが……その小さな命はひどくか弱く、ほとんどが母親の胎内ですぐに死んでしまう。

試験管に移して培養しようとしたこともあったが、結果は同じだった。

 

……極論を言ってしまえば、母親のゾフィーさえ戦力になるようなら、必ずしもその赤ん坊は必要ではなく……そもそもそのゾフィーがまだ戦力として確立には程遠かった状況。使えるかどうかもわからない子供にいつまでも労力を割くのはどうなのだ……と思われていた。

 

そして結局、謎の『子供』に関する研究は凍結され、サンプルは全て処分された……はずだった。

 

が、数年後……当時の『特務』に、ある情報が入ってきた。

 

あの研究において、最後の最後で摘出された『謎の子供』のサンプルの1体が……処分されることなく、秘密裏に持ち出され……死なずに成長して、今も生きている、と。

 

もちろん、研究自体が極秘だったため、特務に持ち込まれた段階で緘口令が敷かれ、共有された内容は改ざんされたものだった……それが、ベルクマンが耳にした『隠し子の噂』だ。

 

情報自体、不確かなものではあったが……もしも、だ。

もしも、それが本当なら……『謎の子供』が、無事に生まれて、今も生きているとしたら。

 

その子は……エイルシュタット王家の血を受け継いでいて、

 

同時に……魔女の血を受け継いでいる、『魔女の力』の保有者で、

 

クローン特有の虚弱体質……あるいは、その他さまざまな障害を持っていることが予想され……そう、例えば、物覚えが悪いとか、頭が弱くて忘れっぽい、とか。

 

そして、計算上……今、15歳のはずである。

ついでに言うなら……性別は、男だという。

 

 

「……まさか……その、子供というのは……!」

 

フィーネが……わかりやすく愕然とした表情で、恐る恐る、エリオットに問いかける。

他の面々も……似たようなものだ。

 

「ええ……ここまで言えば、皆さん、さすがにもうお分かりのようですね」

 

そんな馬鹿な、と、頭の中では否定したがる。

しかし一方で、様々な条件が合致する。

 

特務の動きを悟って慌てて逃げた、あるいは逃がしたのなら……移動経路と時間を考えれば、イゼッタとフィーネが、彼を拾った地点あたりにちょうど来るのではないか。

 

彼が『魔女の力』を使える理由は、まさにそれではないのか。

 

彼が以前から仕えていた、正体不明の力『SEED』は、よく考えれば、『魔石』による肉体へのブーストに近い……以前から『魔石』を使って戦っていたゾフィーの影響を受けたからではないか。それが、魔女の力の一端として、体に染みついていたのではないか。

 

そして……ゾフィーが彼にいやにやさしいのは……心のどこかで、感じ取ったからではないか。

彼が……自分の、大切な……かつて、産んでやることができなかった……我が子だと。

 

自分と同じくクローンの産物だとは言え、こうして今も、元気に育ってくれているのだと。

 

時折みせた悲しい顔は、彼に愛情を感じつつも、エイルシュタットへの憎しみを抑えきれず、彼と戦う道を歩まねばならないことを悲しく思ったからではないか。

 

戦いの時にイゼッタに向けた、殺意とは別の『敵意』は……彼に近づく『泥棒猫』を、本能的に警戒し、威嚇するようなことになったからではないか。

 

最後まで自分の陣営に引き込もうと交渉に来ていたのは……異性として、あるいは世話役として気に入ったからではなく……母として、子と離れたくなかったのではないか。

 

最後の最後……とらえられて死ぬであろうことを覚悟したゾフィーが、イゼッタに対して、『彼に会いたい』と、たった一つの望みを告げた理由は……

 

全てが、不気味なほどに……うまくかみ合っていく。

決定的な証拠こそ無けれど……全てが、それが真実だと告げている。

 

そして今……その『決定的な証拠』という最後の一部分すらも、埋められようとしていた。

 

「……あなた方が押収した物品の中に、冷凍保存用のケースがあったはずです。そこに入っている試験管のうち……『1925-00-00912』の、1番から6番までが、その子供から採取した皮膚片等の細胞サンプルです。それを調べれば……同一人物かどうかの鑑定くらいはできるでしょう」

 

そして、エリオットは……彼を、正面から見据え……はっきりと、告げた。

 

 

 

「テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴン。あなたは……あなたの正体は……エイルシュタット国王との間にできた……『白き魔女』ゾフィーの子。その……クローンによる再生体です」

 

 

 

 



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Stage.57 戦後処理

 

1941年1月1日

 

はっぴーにゅーいやー。あけおめ。今年もよろしく。

 

……さて、昨日一晩ぐっすり寝て……しかし、あんまり気分は晴れないな。

昨日明らかになった事実が……うん、ちょっと衝撃的だったわ。

 

……まさか、僕とゾフィーが親子だとは。

僕が……彼女と同じ、クローン人間だとは。

 

僕別に、虚弱体質とかでもないんだけど……ああでも、どこだったかの研究成果で、クローンを母体にして生まれた次世代には、短い寿命とか、虚弱体質は受け継がれないことがある……って、聞いたことあるな。前世でだけど。

 

いや、正確には一部……頭に不調がある、ってのが受け継がれてたんだろうな……僕の幼少期の、記憶の欠損やら何やらは……そのせいか。

 

……正直、ゾフィーとの親子関係については……別に思うところはない。

というか、突然すぎてどう受け止めたらいいのかわからない、って感じだ。

 

まあ、驚きはしたけど……それ自体は『ふーん、そう』くらいのもんだしな。

 

元々孤児っていう身の上だったこともあって、親ってもんをそもそも知らないから、『あの人が僕の親じゃなかったなんて!』っていう驚きは……ない。

それによって本来は揺らぐことになる、下地がないから。

 

里子に出された先での親子関係や、その後のおじさんとの関係は……まあ、それはそれだ。

 

一晩考えてみて、確かに衝撃的ではあるものの、だからってショックだとか、悲しいとか、悔しいとか……そんな感じの感情は出てこないことに気づいた。あくまで、意外なところから明らかになった血縁関係に驚いただけだ。

 

……まあ、よくわからないもやもやっとしたものは、一応頭の中にあるんだけど。

 

……問題はむしろ、ゾフィーの方かな。

 

今朝、面会謝絶が解けて……会いに行ったんだよね。

そしたら、出合頭にもう……泣かれた。

 

曰く、理由なんてない、それでも……涙が止まらなくなったと。

 

ベッドの横に座った僕の手を取って、また泣いて……ひとしきり泣いたら、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

目覚めた時は……エイルシュタットが憎くて仕方がなかったこと。

王家の子孫も、国民も、全部全部殺しつくさなければ気が済まないくらいに、憎悪が煮えたぎっていたこと。

 

それが……今もなお、『白き魔女』の名でエイルシュタットのために戦っているイゼッタの存在や、彼女との交戦、そしてそれを邪魔したゼロとの戦いで、一層燃え上がっていったと。

 

しかし、そんなある日……ベルクマン中佐と並んで、自分の担当になるであろう者について聞かされ、その写真を見せられて……愕然としたらしい。

 

どうも、僕の顔は……多少ではあるが、当時のエイルシュタット国王――つまりは、僕の実の……って言っていいのかはわからないけど、父親――の面影があるらしい。若い頃の。

直感したそうだ。この写真の人物が……一体、誰なのか。否、何なのか。

 

その当時、ゾフィーは、お腹の子供も一緒に再生するケースがあったとか、そのうちの1体が行方不明になってるとか、そう言う情報はまだもらってなかったはずだけど……それでもピンときたらしい。かつて、産んであげられなかった……我が子だと。

 

自分と同じように、今の世に生まれ、元気に生きているのだと。

 

研究員に言って、『この新しい体を使いこなせるように勉強させろ』って名目で、過去の『魔女』関連の研究資料を取り寄せ……その中から、例の『子供』のことを知った。

 

その数日後、顔合わせのために現れた僕と対面して……

 

……救われるような思いだったそうだ。

数日前まで、憎悪しかなかった心の中が……僕の顔を一目見ただけで、晴れ晴れとした気分になって……このまま、何もかもどうでもよくなりそうなほどに。

 

気が付いたら、抱き着いてキスしてたそうな。

 

そして、僕に直接接触したその時……僕が、先だって戦ったゼロ本人だということや、自分のように体に何も不調なく健やかに育っていることを、魔力を介して感じ取って……安心したって。

……そんなこともできるのか、魔力って……まだまだ僕らも研究不足だな。

 

そして、その後は……結局、それ以外の話……戦後処理のこととか、彼女が今後どうなるのかとか、そういう話についぞ行けないまま……面会時間終了。

 

……その後、こっそりもう1度病室前まで、少し時間をおいて戻ってみたんだけど……その時に、病室の中から聞こえてきた声が、ちょっと……心をぐらつかせるというか。

 

『……いやだ。死にたくない』

 

『……せっかく、せっかく……あの子に会えたのに。あの子が、生きかえっていてくれたのに!』

 

『私、あの子にまだ……何も、母親らしいことを……』

 

『あの子と、一緒にいたい……! もう……もう、離れ離れになるのは嫌……!』

 

嗚咽交じりに聞こえてきた、そんな言葉に、どうしようもなく胸がざわついてたのは……アレか。僕も感じ取ってるのか。心のどこかで、あるいは本能的に……

 

あの、ベッドの上で、華奢で弱弱しい体を横たえている、同い年くらいの少女が……母親なんだと、理解しているからなのか。

 

かつて、その身の内に僕を宿し、生まれる前に母子そろって焼かれ、結果として離れ離れになり……しかし数百年の時を経て試験管の中から蘇り……再会できた肉親だと。

僕は、天涯孤独の身の上じゃなかったんだと。そう感じ取ってるからなのか。

 

……わかんない。寝よ。

 

 

 

1941年1月2日

 

……昨日はそこまで考えが及ばなかったけど、なんかエイルシュタットの方では、思った以上に大ごとになってるっぽい。僕の出自が。

 

まあ、あの話が本当なら、僕……エイルシュタットの王家の血、引いてるもんね。

不倫?の結果としてできた子ではあるけど、そんなん昔の、中世とかじゃ珍しくもないだろうし……王位継承権、ってーの? どうするかとか。今からでも王家に迎え入れるのか、とか。

 

まあこれは別に、ほどなく結論が出るだろうけど。

 

大昔の話、しかもクローン人間にそんなこと認められるはずもない。『なかったことにしよう』で終わりだろう。

 

あとはまあ……僕とゾフィーに口止めをして終わり、かな。

 

うん……大ごとに『なりそうだった(過去形)』の方がいいか。

 

……そういや、戦後の政策の一環として、僕をフィーネの婿として取ればどうにか何もかも収まるんじゃないか、なんて話もちらっと聞こえたけど……冗談、だよね?

 

それともう1つ……ゾフィーの扱いについて。

 

ゾフィーが魔女として戦って、こちらにもたらした損害は……実は、そこまでじゃなかったりする。少なくとも、表向きには。

 

当初の予定通り、皇帝の命令で、ランツブルックやらロンデニウムやら、あっちこっち焼き払ってれば、そりゃ厄介なことになったんだろうし、被害もすごいことになってたんだろうけど。

 

最初にやった(と思われる)アレーヌ爆撃は、表向き軍がやったことになってるし、

 

その後、イゼッタやエイルシュタットの軍と戦ったわけだけど、イゼッタの奮闘で、ほとんど被害は出なかったし(ゾフィー由来の)、

 

その後はゾフィー、療養で外に攻め出てないし、

 

その次は、イゼッタを倒したものの、ゼロに阻まれて侵攻は失敗してるし、

 

それ以降は……せいぜい小競り合いに出てきたくらいだ。

 

『デスドレン』での最終決戦も、終始イゼッタと一対一だったので、周りに被害は……流れ弾くらいでしか出ていない。

 

そして、ゾフィーは……兵士として登録もなく、非正規兵扱いだ。国際法規では保護されないものの、同時に明確に罰則を与える規定もない。あら捜しすれば別だけど。

するとどうなるかというと……明確に、直接被害をこうむった国の法律に当てはめて、非正規兵は処分する場合がほとんどだったりする。

 

その場合、当てはまるのは……エイルシュタットだ。

 

そして、エイルシュタットの国家元首……フィーネが、なんか……ゾフィーの処罰に否定的だ。

 

うん……ご先祖様のやったことを悔やんでるというか、負い目に感じてるみたいだ。

免罪、は無理としても……司法取引とかでどうにかできないか、模索している様子。

 

難しい、と思うけどね……建前がそうでも、彼女の立ち位置の特異性は、そこらの非正規兵とは比較することすら間違っているレベルだ。

『魔女』なんて……アトランタじゃないけど、十分に危険因子として見られるだろうから。

 

……まあでも、方法が、ないわけじゃないけどね。

 

法律を根拠にするんじゃなく……もっと万民にわかりやすく、処罰そのものを『不当』にしてしまうような方法、ないし主張なら……どうにかなるだろう。

そのための手段は、ある。

 

ただでさえ突拍子もない『クローン』なんて技術がこうして表舞台に出てきてるんだから……そのごたごた?に紛れる感じで色々と仕込めば、助命自体は難しくないはずだ。

 

……それに、だ。

 

まーなんというか、現金な話だけど……僕も、まだ色々と話したいことはある。

話しておかないと、ちょっと後で後悔しそうなことは……ある。

 

……もし、何も知らないままだったら……同情して悩みつつも、最後には非情な判断を下すこともできた……のかもしれない。

 

けど……まあ、今となっては。

 

……ついさっき、研究部門から届いた……細胞サンプルの鑑定結果。

僕との一致率99.86%……という結果が書かれた紙を読んで……そんな風に思ってしまったので……なんというか、うん。

 

……だめだ、うまく頭が回らん。

 

 

1941年1月4日

 

とりあえず……ゾフィーのことは、その背景その他も含めていったん全部保留、ということになったので、その間に戦後処理を着々と進めていくことになった。

 

一応、すっぱり頭だけを刈り取ったので、統治機構とかは全部そのまま利用できる状態だったのが幸いした。

 

さらに……言っちゃなんだけど、占領した国を統治するってのは、帝国のお家芸みたいなもんで……閣下たちはじめ、経験者・有識者が何人もいたので、苦労もしなかった。

 

色々と、賠償とか、改革とか、やることは多いけど……ノウハウはそろってるから、おおむね順調だと言っていい。

 

帝国民からの反発も少ないし、ゼロで手を回したから、帝国民への迫害とかも抑えられている。

小規模な小競り合いとかはどうしても目につくけど……そのへんは、今後の課題だろうな。

 

事前に色々と根回ししていた甲斐があって、ゲールを――正確には、前政権を倒した直後に、各国の支援を受けて発足させた暫定政権。いうなれば『新たなゲルマニア』ってところか――含め、うまく国際社会を構築して行けていると思う。

 

それは、さんざっぱら国際評価を落としたノルドや、粛清の嵐でがったがたになってたヴォルガ連邦も例外じゃない。若干低い立場でだけど。

 

……あの国は、きちんと頭を挿げ替えて民主制に近い形に改革を進めたので、元の王族の方々は完全にお飾りになっているので、今後も安心……ってのが、国際社会の認識だ。

『あいつらが権力握ってないなら安心だよね』って感じ。雑に言えば。

 

ヴォルガ連邦は、ただ単に『まともな統治』が始まって……それが安定してきただけ、ってこと。今までがひどすぎたから、普通にやるだけで十分だったのだ。

 

……それと……ゲールの同盟国だった、ロムルス連邦と秋津島皇国もだ。

 

ロムルスは、まーなんというか、日和った感じでこっちについたわけだけど、特にゲールの侵略戦争に手を貸してたわけでもないし、そもそも国力差と『同盟国』っていう立場からして従わざるを得なかった雰囲気もあるので、他の国より若干立場は低くなるけど、受け入れた(それでもノルドよりはまし)。

 

……あんまり冷遇して、アトランタにでも助けを求められたら、そっちの方が困るし。

 

秋津島も同様だ。ここはもう、海の向こうの島国なので、連合軍云々の話にはならないけど……とりあえず、友好な関係を、ってことで話を付けた。

 

……ただし、あなたたちの国を仲介して国交の紹介をするのはやめてね、と言い含めて。

 

これも、アトランタの介入を避けるためである。あの国、地球でもそうだったけど……太平洋を挟んで、アトランタと結構交流あるからね。

アトランタが秋津島を足掛かりにして、こっちに干渉して来ないとも限らないのだ。

 

……とりあえず、復興は僕らだけでできる。アトランタは来るな。

実際はもちろん、もうちょっと言葉選ぶけど……そんな感じにとどめようと思います。まる。

 

……それでもなお、おそらくアトランタが主張してくるであろう、『魔女の危険性』については……実は、すでに連合内部で話がついている。まだ各国首脳の間でだけだけど。

 

僕らは、戦争の間……魔女の力について、戦闘行為に絞って研究を続けてきたわけじゃあない。きちんと、今後役立ちそうな分野への応用も考えてある。

 

資源とか……ね。

今の時代でも、すでに各種資源のソースが枯渇しつつあることは、問題になっているのだ。どこの国も、油田やら炭田、鉱脈の確保、あるいはそれらを保有する国との通商ルートの確立に躍起になっている状態だ。

 

それを解決できる可能性を示唆し、それに十分な信ぴょう性があると証明し、

 

その成果を、各方面での支援を条件に、各国で共有しましょう、って言ったら……皆、喜んで協力を表明してくれたよ。

これで、アトランタの最後の武器も封殺だ。

 

残るは、実力行使とか暗殺くらいのもんだろうけど……そんなことしたら、今よりさらに状況が悪くなることは間違いない。

 

それにもともと、それらを警戒して、こっちも警備は最大限のものをそろえているのだ。イゼッタと僕はもちろん……ゾフィーについても。今後、利用価値があるかもしれないってことで。

 

何せ、各国のスペシャリストが知恵を絞って考え抜いた警備プランである。ベルクマン中佐とか、ジーク補佐官はもちろん……他の同盟国の連中も含めて、全力で。鉄壁と言っていい。

 

他にもいろいろと懸念はなくもないけど……それについては、各国から派遣された専門家に人たちが対応してくれる。僕らは、僕らにしかできないことに力を注げるように。

 

いいなぁ……こういうの。やっぱし、人間ってのはできることを協力してやってこそだよね。

 

このまま……平和になってくれればいいんだけどな。

 

 

 

 

 

……書いといて今更だけど、今のちょっとフラグっぽくて不安になった。

 

 

 

 

 



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Stage.58 本気(で迷惑な)ボンバー

 

1941年1月29日

 

はいはいトラブルトラブル。はいはいフラグ回収フラグ回収。

 

フラグがたってからだいぶ間が空いた末のことではあるけども……しっかり面倒ごとは起こってしまいました。

それも……特大のが。

 

……欧州に直接影響は(今のところ)ないんだけど……放置とか、選択肢として絶対にありえないレベルのトラブルだ。

ToLoveるではない。トラブルだ。

 

ToLoveるだったらまだよかったんだけども……あいにくと僕に、浮いた話なんぞ転がってこない。そんな暇もないし。ヒロインになりそうな娘もいないし。

 

イゼッタは忙しいし、フィーネはもっと忙しいし、ビアンカはフィーネ命だし、

マリーも忙しいし、ニコラは……なんていうか、従者だし。ロッテちゃんも忙しいし。

 

……改めて見てみると、僕の周り……仕事が恋人、って感じのワーカホリックばっかりだな。戦争はこんなところでも悪影響を及ぼしていたのか……嫌な話だ。

 

……話がそれた。

ともかく、トラブルだ。

 

何が起こったかというと……アトランタがやらかしやがった。

 

……この世界でも、元の世界のアメリカとイギリスの関係と同じで……アトランタは元々、ブリタニアから独立してできた国なんだそうだ。

 

そのせいもあってか、アトランタはブリタニアとの間の海域……すなわち大西洋のどこかに、極秘裏に使える秘密基地をいくつか持っている、なんて話があった。

 

なんか昔、過去のいざこざを忘れて友好国として歩んでいきましょう、って平和条約を結んだ時に、所有権をめぐってアレだったのを、なし崩し的に解決した、っていう裏事情があるんだけど。

 

その基地の1つが……消滅した。

 

なんかブリタニアが、近くを航行していた漁船とかに片っ端から聞き込みして調べたらしいんだけど……それによると、状況としては、次のような感じ。

 

まだ明るいうちのこと。自国としては、午前10時くらい。

 

突然、島の影も形も見えない遠くの方で……何かが光ったような気がした。

光の色は桃色で……数秒間、光り続けたように見えた。

 

その後……光と入れ替わりで、キノコ雲、と表現するのがぴったりな噴煙が確認されて……さらに十数秒遅れたくらいで、すんごい衝撃波がここまでとどいた……とのこと。

船がひっくり返るかと思ったそうだ。

 

その、キノコ雲が上がった地点に、ブリタニア海軍の巡視船が向かったところ……確かにそこにあったはずの島が、丸ごとなくなっていた。

 

どう考えてもまともな事態じゃない、ってことで、そこを使っていたはずのアトランタの研究機関にはもちろん、最近、戦時中の連合国が中心になって立ち上げられた国際機関――もうすぐ『EU』っていう名前がつく予定――にも、話が持ち込まれた。

 

で、協力して調べたところ……爆心地から微量の放射性物質を検出。

これはまた『原爆』か? 研究開発に失敗して暴発でもしたのか? って話になった。

 

あの野郎共……何だってよりによって、こんな、欧州寄りの研究所でやってんだよ。自国でやれコラ、迷惑だっつーの。もう全くと言っていいほど好感情持てないわ。

 

こないだも……ベルクマン大佐(昇進した)からの報告だと、暗殺狙いで潜入してきた、アトランタのそれと思しきエージェントをダース単位で始末したそうだし。

『エージェントに黒人が入っているのなんて、あの国くらい』だそうだ。そうなのか。

 

ただ、ちと妙なことに……その放射性物質の濃度が……その後繰り返し確認するために測定したところ……どうも、徐々に下がっていってるらしいんだよな。

 

周囲に拡散してるとかじゃなく……検出できる範囲は、空中、海中を問わず一定で、その中での放射能汚染の濃度がどんどん下がり……今ではもう、防護服とかなしでも安全なところにまで下がっているそうだ。

 

……ちょっとまて、それ……どういうことだ?

 

仮にだけど、この爆発が原子爆弾のそれだとしたら……放出される放射性物質の濃度は、そんなに生易しいもんじゃないと思うんだけど。

 

僕の前世の世界で、1945年に原爆で被爆した被爆者の中には、年号が平成に変わってから20年を超えてもなお、苦しんでいる人もいるらしいし。

 

……放射能汚染を、除去する。簡単なことじゃない。

化学物質を使って少しずつ薄めていく、っていう方法があったと思うけど、それだってかなり手間が必要なはずだ。東北の震災で原子炉が事故った時もそうだったはずだし。

 

そんな厄介者を、これだけ急激に浄化できるものというか、手段を……僕は1つしか知らない。

 

しかし、『GNドライヴ』は、横流しや窃盗にあった様子はない。きちんと僕らのところで管理下に置かれている……というか、アレは『魔女の力』を使えないと、起動させることはできないはず………………いや、ちょっと待てよ?

 

……そうか……ある、あるぞ。

 

GN粒子じゃないけど……それと極めて類似の性質を持つ物質が、ある。

同時に……きわめて強力な爆薬でもある、そんな物質が。

 

魔力そのもの……『エクセニウム』だ。

 

となると……今回の事故、まさか……アトランタが研究してやがったのは……『エクセニウム兵器』か? それなら、研究所一つ消し飛ばすくらいの大爆発も、エクセニウムの量によっては可能だろう。

しかしそうなると不思議なのは、放射能汚染が起こったことだ。

 

エクセニウムを使った爆弾、もとい攻撃は……ゾフィーがやってたのを見て知ってるけど、放射能なんか出ない。

なのに、何で……いや、それは単純に考えればいいのか。

 

出たってことは、放射能系の物質を使ったってことだ。単純に、そういうことだ。

 

……と、いうことは……ええと、つまり何か?

 

 

 

あの国……核にエクセニウムを組み込んだ新兵器でも研究してやがるのか?

 

 

 

1941年2月10日

 

旧ゲルマニアの研究機関から……こちらが押収しきれなかった、一定量のエクセニウムが持ち出され、行方不明になっている。これは、もともと判明していたことだ。

多分だけど、保身を考えた官僚連中の誰かが持ち出したんだろうと思われていた。

 

で、その一部が……アトランタにわたっていたわけだ。

 

そこそこ時間をかけて調べた結果、そういう事実が明らかになった。

 

ベルクマン大佐を筆頭に、手段を択ばないからとにかく裏を洗ってくれ、って頼んだら……本当に手段を一切選ばずに、裏に表にありとあらゆる手段で調べてくれた。

 

……ホントこの人、味方だと頼もしいけど、怖いわぁ。

 

その過程で何人か死んだらしく、ごまかしの手配を頼まれた。しれっと、当然のように。

 

……まあ、死んだのは全員敵みたいだから、いいけど。

ケーニッヒとグランツあたりが暇してたな、やらせるか。

 

で、調査結果をさらにまとめると……やはりというか、連中、プルトニウムとエクセニウムを組み合わせた兵器の研究をしていたようだ。その破壊力と……廃棄物を一切出さない、っていう点に注目して。

 

その供給手段を得るために、最近では僕ら『魔女』を、抹殺ではなく、生け捕りにできないかと画策していたらしい。全部ベルクマンが防いで殺してたけど。

 

送り込まれるエージェントが、捕獲のために手加減して相手できるほど弱くなく、苦労してとらえても、毒ですぐ自殺するもんだから、尋問がほとんどできないそうで。

 

しかもその毒が……奥歯に仕込んだカプセルが云々とかじゃなく、あらかじめ遅効性の毒を飲んでいて、何日以内に中和剤ないし解毒剤を飲まないと死ぬ、って感じで備えているらしく……結果、尋問する前に時間切れで死ぬんだとか。周到な上に、大した勤労精神だな。

 

しかしそれでも、どうにか分かった範囲で……まだいくつか、同様の研究所があるらしい。

 

ブリタニアの力が及ぶ範囲のそれは、残り全部洗ったそうだけど、痕跡なし。

消滅した1か所だけだったらしい。

 

が、そこはベルクマンクオリティ。きっちり残りの研究所と、エクセニウムの所在も突き止めていた。

正確には、物資の流れとかから目星をつけていた。やる~。

 

なら、まずはそこの調査だな……しかし、エクセニウムが相手となると、最悪、僕らが出なきゃいけないかもしれない。

 

実験したから知ってる。エクセニウムを無力化するだけなら……方法はある。

というか、簡単だ。レイラインの魔力を吸い上げる要領で、エクセニウムを蒸発させて吸い上げてしまえばいい。もとは魔力であり、結合も甘く、なまじ物質として取り扱い可能にしているがゆえに、干渉は難しくないのだ。

 

そして、これに協力してくれたのは……ゾフィーである。

 

彼女については今、どうにかして恩赦を出せないかとして議論が進んでいる最中であり、その武器となる功績作りの一環として進めている、魔女の力の研究の成果の1つなのだ。

 

それに関しては、見通し立ってるからいいんだけど……まあ、今後も役に立てる場面が来たら、手伝ってもらうつもりというか、方針である。武器は多い方がいいだろう。

 

……さて、話を戻そう。

ベルクマン調査隊が調べてきてくれた、現在のエクセニウムのありか、およびヤバい兵器の研究状況についてだけど……残りの研究所は、どれもアメリカ……じゃなかった、アトランタ大陸にあるそうだ。北に1か所、南に1か所。あと、領海内の離島に1か所。

 

……EUの管内になかったのはよかったけど、そうなると今度は、こっちから文句を出せない、っていう問題が出てくるな。ベルクマン大佐の調査は、非合法上等な手段で調べたデータばかりで、正規の司法系の手続きには使えないし。

 

……まあこっちとしても、被害がこっちにまで及んだり、その兵器の矛先がこっちに向くとかでなければ……前世の地球みたいに、核武装という名の抑止力として使う、っていうところどまりであれば、最悪、ホントに最悪のケースとして……黙認する手もある。

 

黙認しつつ、きちんと対抗手段は用意するが。

 

……もっと怖いのは、こないだと同じように、アトランタがドジって『やらかす』ことだ。

 

アトランタには、知る限り『魔女』はいない。

というか、居ても、僕らと同じくらいのレベルにまで、『魔女の力』の解析・開発を進められているとは、到底思えない。

 

つまりは……『エクセニウム』を扱うことについて、有力な識者が1人もいない。

 

危険物を、それに関する有識者がいない状態で、兵器開発を前提に研究する……論外じゃないですかねこんな危険行為? 何考えてんのあの国?

そんなに怖いか僕らが。そんなに対抗手段が欲しいか。もしくはそんなに消したいか。

 

足元見られる危険性があるし、そもそも狙われた身の上でそんな義理も何もないから、こっちから協力することはないけど。絶対に。

 

しかもなんかさあ……エクセニウムと、プルトニウム、それぞれ単体で使った時の、いずれとも違う反応を起こしてるっぽいわけなんですが……何だ、中途半端に成功してるのか?

成功しすぎて、基地消し飛ばしたってか?

 

……それは、最早『成功』とは言わない。

 

……ともあれ、これから僕らが、とある方法とプロセスで実行しようとしてる……『魔法』というものを、戦闘手段ではなく、未来への可能性として認識させるための、ある計画……それにけちが付きかねない問題でもあるので、本気でやめてほしいんだけどな。騒ぎを起こすのは。

 

……今回のでこりて、研究やめてくれないかね?

こっちからは何をするつもりもないってのに、そんな調子で研究続けて、これ以上にやばい事故でも起こらないといいんだけど…………あ、なんかこんな感じの終わり方を前にも(日記はここで途切れている)

 

 

 

1941年2月11日

 

……これまでで一番ヤバいことになりつつある。

ちくしょう、やっぱり昨日のアレはフラグだったか。

 

アトランタの研究機関が、中途半端に爆弾の開発を成功させた。

 

成功したのは……破壊力を引き出すという点において。

 

しかし、同時に失敗もした。

それは……エクセニウムを制御できなくなったばかりか、その作用・反応が周囲のエクセニウムに伝播してシンクロニシティを起こし、臨界状態にまで行ってしまったこと。

 

……専門用語を交えずにわかりやすく表現する前に……アトランタがどんな爆弾を作ったのか、もうちょっと詳しく説明しようか。

 

要するに、アトランタは……原子爆弾を火種にして、エクセニウムに着火(便宜的な意味。実際に『火を着ける』わけではない)するもので……その際に発生する熱反応の暴走で、周囲一帯を反応消滅させるというもの。

これがまた、信じられない威力で……反応臨界まで時間は必要なものの、最終的には周囲数キロから数十キロを巻き込む大爆発で全てを消滅させるレベルだそうだ。原爆より上か。

 

そして、その際に発生する光が、桃色だそうで……おい、どこのフ○イヤだ。

 

で、エクセニウムの蒸発に際して発生するエネルギーが、GN粒子に近い働きをするそうで……そのおかげで、爆心地は最初こそ汚染されるものの、自動的に浄化されていくそうな。

 

放射能汚染の発生しない(発生はするけどすぐ収まる)核爆弾、ってことになるわけだが……威力が凶悪どころじゃないので、お世辞にも改善点と呼べるものじゃあない。

 

……さて、そんな感じでやばい武器を完成(……とは言えないな、制御できてないし)させたアトランタだけども……このたび、ヤバすぎる事故を起こした様子。

 

その情報は、機密事項扱いされてたらしいんだけど……ベルクマン大佐の手の者が接触した、義憤ゆえにこれを黙っていられなかったらしい、アトランタの機密情報取り扱い系部門の人によってリークされ、その証拠となる書類を入手できたらしい。

 

で、何が起こっているのかというと……だ。

 

まず、あの、太平洋上の孤島の研究機関で起こった事故。

あれが、原子爆弾を火種にエクセニウムを臨界させて大爆発、って感じのものだった。

 

……その臨界が、あたかも感染するかのように、近くにあった別なエクセニウム――もちろん、アトランタが旧ゲルマニアの官僚連中から横流しで手に入れたもの――に伝播した。

 

その結果……臨界がはじまり……数時間後、近傍でアトランタが保管していた他のエクセニウムが次々と臨界しはじめ、誘爆し始めた。

 

その現象は、ひとところにまとめられているエクセニウムの量が少ないほどに早く進むらしく、その孤島の周辺でエクセニウムを少量保管していたところでは、どれも数日以内に爆発し、その周囲の全てを巻き込んで消滅したそうだ。

 

しかもどうやら、その伝播は距離とか関係なく……射程距離無限で起こっているらしい。

 

どういうことかというと……近いうちに、あの孤島でのエクセニウム臨界を皮切りとして、この地球上に存在するすべてのエクセニウムが大爆発するかもしれない、ということだ。結晶として固形化しているものだけ、っていう条件は付くが。

 

これが明らかになった段階で、僕らは保有しているエクセニウムをすべて処分した。

……といっても、あんな不完全な状態で保管しているものは、ほとんどなかったので、すぐにそれは終えることができた。

 

それはよかったんだけど……問題は、アトランタが大量に横流しで手に入れて保有しているエクセニウムの方だ。ゲールの旧政権が、ゾフィーに作らせてた分。

 

僕らみたいに、『魔力で干渉し、分解して大気に返す』という安全かつ簡単な処理方法を取れないアトランタは、その身の内に、凶悪な威力の時限爆弾をいくつも抱え込んでしまったことになる。

 

しかもエクセニウムの臨界爆発は、少量であるほど早く、大量にまとまっているほど遅く起こる。

 

少量の保管規模のものは、もうあらかた爆発してしまっているそうだ。国内外で。

 

しかし、大量にまとまっているいくつかが……今現在、いつ爆発するかもわからない時限爆弾状態で、その所在すら隠されている。

 

だが、その爆発による被害を抑えるために、少量に小分けにしようとしたら……その瞬間、爆発が早まってドカン、なんてことにもなりかねない。何せ、少ないと早く爆発するんだから。

 

しかし、そのまま……大量にまとまったまま放置しておけば、今度は威力が問題だ。

火薬と同じで、必然的に、燃料は大量であればあるほど、爆発の威力は高まる。

爆発までに時間があるとはいっても、それ相応の量の爆発が起こってしまうわけで……。

 

……リーク情報から導き出したところによると……今現在、未起爆の『大量』のエクセニウムの所在は、3か所。

 

北アトランタ大陸の、極秘の研究施設に1つ。これが爆発すると……デトロッドとかいう(どっかで聞いたような)国内有数の工業地域が吹き飛ぶ。

 

南アトランタ大陸の、これまた極秘の研究施設に1つ。これが爆発すると……下手すると、南北アトランタ大陸が分断され、陸路で行き来できなくなる。

 

領海内の離島に保管されていたものは……すでに爆発済み。孤島は、半分ほど消滅したらしい。

施設そのものは完全消滅。生存者は、施設外での業務に従事していた27名だけという悲劇。

 

なお、その生存者は、本土に戻ると口封じされるのが目に見えているので、ボートで懸命に島を脱出して漂流していたところを保護した、ってことにして……亡命を受け入れてこっちで保護しました。ブリタニアの迅速な対応に感謝します。

 

となると、残りのエクセニウムはどこに……ってことで調べたら、これが一番ヤバい状況になっていた。

今まさに、超大型の輸送船で輸送されている最中だったのだ。

 

その量は、アトランタ大陸内の2箇所にあるそれよりもさらに大量。

 

……そして、その状況に輪をかけてひどいことになってるのが……その船の乗組員たちの対応だったりする。

いやまあ……そんな超危険物と一緒に海の上にいるのは、そりゃ怖いだろうけどさあ……

 

……だからって、乗組員全員で船を捨てて、救急用ボートで逃げ出すとは……。

 

……ノルマントン号事件(だっけ?)だとか、最近隣の国で起こった旅客船の転覆事故だとか……いつの時代、どこの国、どんな異世界にもいるもんなんだなあ……そういう連中。

 

自分の身の安全を考えて動くことまで否定はするつもりはないけど……それによって生じる損害とかをね? 他者に押し付けて自分たちだけ助かろうっていうその性根がね?

しかも、貨物取扱の輸送船の乗組員の義務としてある部分すら全部捨てて……もういいや。

 

その船の乗組員が、さあ果たして大海原に小舟で漕ぎ出して助かったのかはわからんし、この際もうどうでもいい。

 

その海域……アトランタ領内では珍しく、海賊被害が報告されてる場所だった気もするし……アトランタの外交部門かどっかが、どこかから入った身代金要求に対して『我が国はテロには屈しない』とかいう対応をしてたらしい、って情報も入ってるけど、それも含めてどうでもいい。

 

……問題は、その、無人となった貨物船に放置されたエクセニウムが臨界爆発を起こした時、どれだけの規模の被害が出るのか……だ。

計算してもらったところ……恐ろしい数値が出た。

 

推定爆発半径は、およそ100㎞オーバー。しかしこれは、『完全消滅』する範囲。

爆風・衝撃波による二次被害は、その数倍であり……1000㎞をゆうに超えるとの試算も。

 

現在、輸送船は海流に乗って海の上を漂っており、このまま流れていくと……大西洋のど真ん中から、若干欧州よりの位置で爆発すると予想され……その衝撃で、様々な二次被害が予想される。

 

衝撃波が海水を伝播して、広範囲にわたる生態系が壊滅、

津波が起こって近傍の島々が壊滅、

大西洋にあるプレート境界に影響が及んでの地殻変動、

それに伴う地震系津波発生の可能性…………とまあ、こんなもんはほんの一部だが。

 

それらによって……アトランタ大陸と、欧州の両方の沿岸部が、壊滅的な打撃を受ける危険性が浮き彫りになった。

 

それに……海ってのは、世界で一番深いところで、水深1万mくらいだったはず。

要するに約10㎞だ。

 

そこに、海水でいくらか減衰する見通しとはいえ、周囲100㎞を消滅させる爆弾なんて……ホントに何が起こるか予想もつかない。

 

……さっき、フ○イヤかよ、って言ったけど、訂正だな。

明らかに……フレ○ヤよりひどい。

 

あの国は、もう……本当に……いらんことをしてくれる!

これから、この後、各国首脳全員集めて、緊急会議だよ! 一刻の猶予もないぞマジで!

 

 

 

 




間もなく終了予定です。


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Stage.59 人類の未来のために

 

「と、いうわけで! 冗談抜きで世界の危機になりかねないので、緊急会議です! 皆さんからの忌憚のない意見を希望します。マジで。じゃんじゃん発言しちゃって頂戴無礼講ね今日コレ」

 

「……前フリの割に、言っている調子は軽い感じに聞こえるが?」

 

「そーでもしないとやってられないんですよー畜生。死ねあのポンコツ合衆国」

 

「わ、割と本気でいっぱいいっぱいみたいですね、テオ君……」

 

資料の用意もろくにできないまま、有識者と意思決定権を持つ者をとにかく集められるだけ集めて、会議が開催されようとしていた。

 

場所は、エイルシュタットの国境付近……『ケネンベルク』にある、ゲール軍の元・収容所。現・臨時多目的拠点施設である。

 

なぜここに集まったからと言えば、一番交通の便が良くて、各国からほぼ等距離にあって、会議室が開いていたから……というだけの理由だ。

 

そのあたりをさっと適当に決めてでも、とにかく早く集まらなければならない、そして各国で共通認識を持たなければならない……そんな事案であった。

 

集まっている面子は……とにかく急いだということもあって、各国のできる限り上の、参加できる者たち……下は外交官から、上は国家元首までさまざまであった。

 

そして、国家元首レベルの1人……フィーネと、同行者兼有識者としてここにきているイゼッタの、若干の茶々入れと共に始まった会議。

しかし、そこで語られる内容に……数分後には、参加者のほとんどが顔面を蒼白にしていた。

 

そうでないのは……最初から顔色が悪かったり、いらだちを隠していなかった面々。

会議の招集者であるテオや、その配下の研究者、調査員たち。そして、黒の騎士団のゼロだ。

 

もっとも、ゼロ(影武者)は……もともと仮面で顔色をうかがうことができないが。

 

そして……極秘裏にアトランタから事情を聴かされていた、ブリタニアの代表者もだった。

 

当初、『この件はくれぐれも連合各国には内密に』と言われていたが……ことの大きさが明らかになり、どう考えても一国で、それも『魔女』を有しない自国が対処できる問題ではないと判断したブリタニア政府は、早々に……『魔女の力』に最も深い識見を有する、『黒の騎士団』と『新ゲルマニア』に話を通した。アトランタとかからの抗議や、何らかの処置を覚悟で。

 

もともと、島が一つ吹き飛んだという異常事態を察し、独自に動いていた彼らは、その情報を組み込んで急ピッチで調査を実施……そして会議が招集され、今に至る。

 

「つ、つまりそれは……何かね? 大西洋のど真ん中に、我ら欧州連合にまで甚大な被害を及ぼしかねない『爆弾』が漂っていると……そう言うのかね?」

 

「細かい情報や学術的根拠は省きますが……もし、アトランタの内通者や密告者からの情報が正しい場合、被害の規模は……このような形になるかと」

 

資料が用意できなかったため、テオはあらかじめ用意していた道具を使って説明する。

 

会議室の机全体を覆うほどに巨大な、欧州や南北のアトランタ大陸、そしてその間の大西洋が描写されている地図を広げ、全員に見えるようにする。

 

そこに……チェスの駒と、色付きのビーズを大量に持ち出して、魔力を流して操作し……

 

「まず、推定ですが……現在その、エクセニウムを満載した輸送船は、海流から計算して……このあたりです」

 

チェスの駒を、大西洋の真ん中……しかし、きちんと計算して割り出した緯度・経度に置く。

 

「それが、臨界予想時間には……ここまで動きます」

 

次にそれを、わずかに斜め上……やや欧州寄りの場所に動かす。

 

「ここで爆発が予想されるわけですが……その場合、まず、爆発によって完全消滅、あるいはそれに匹敵するダメージが発生する範囲が、半径約100㎞……このくらいです」

 

地図上の駒の真上から、手に持っていた入れ物を逆さにしてビーズをぶちまけるテオ。それを魔力で操作し、円形に、均等に散らしていく。

数秒で、きっかり100㎞分の大きさの円が出来上がる。

 

その範囲の大きさに……見ている首脳陣は、息をのむ。

 

「その余波……要するに、爆風やら衝撃波が、明確な実害をもって届くと予想されるのがこのくらい。さらに、衝撃の伝道によって津波が発生することが予想され、その影響範囲がこのくらい。なお、被害はともかく爆風等の『観測』だけであれば、おそらく……地球全体に及びます」

 

同じように、色違いのビーズを使って、範囲をわかりやすく図面上に表していくテオ。

新たに示した2つは……冗談のような広さを、地図上で覆いつくしていた。

 

「……ば、バカな! 冗談でしょう!? これでは、これでは……欧州の、海に面している部分がほぼ全て巻き込まれるということではないですか!」

 

「……冗談だったらよかったんですけどね」

 

「我が国の有識者にも、爆発の規模等の情報を伝えて計算させましたが……同様の見解です」

 

悲鳴に近い反応を返す、テルミドール共和国の代表。

それに、テオと、ブリタニアの代表が、悲痛そうにしつつも、残酷な現実を告げた。

 

声こそ上げないが、他の各国首脳も同様に愕然とする中……色がだいぶ変わった地図を指示棒で指しながら、テオは話を続ける。

 

「取り繕っても仕方ないので率直に申し上げます。このデータをもとにざっと試算した被害規模ですが、まず大西洋、および地中海の大部分を含む生態系はほぼ壊滅。漁場にも、再起不能レベルの深刻な被害が出ます。加えて、沿岸地域には衝撃波が届いて、家屋の倒壊や窓ガラスの破砕など。さらに津波も起こります。これも沿岸部……地形によるので、範囲等一概には言えませんが、かなりの広範囲が壊滅、川の逆流なども起こります。死者、行方不明者、発生する難民・帰宅困難者、避難者総数、経済損失額は……計算が追いつきませんでした。そして最後に……島国であるブリタニア王国などについては、国土のうち、海抜付近の標高の部分が水没する恐れがあります」

 

「地質学、環境学等の専門家の観点から補足を申し上げますと……これはあくまで、現段階の情報で『おそらくこのくらいは』と推定できる範囲です。これにさらに……爆発の熱による付近の海水温や気温の上昇、海流、風向等気候条件の異常変動、海底のプレートの損傷による地殻変動など、予想もつかない部分が加わりますと……それ以上の範囲で、想像もつかない被害が発生する可能性も否定できません。最悪……付近の陸地や海域が、アネクメーネ化してしまう恐れも……」

 

ほぼ一息で、早口で……その事実は語られた。

しかし、各国の首脳は、一言一句それらを聞き逃すことなく脳内に刻み……その、自分たちが直面している問題の大きさに、改めて絶句する。

 

これでは、冗談抜きに……欧州やアトランタにおける、人類の生存圏の危機ではないかと。

 

「……ここまでくると、こうして会議をしている時間も惜しいと思えるな。ペンドラゴン大佐、話を進めてくれ……あなたのことだ、すでに打開策、ないし案を策定しているのだろう?」

 

沈黙を破った、ゼロのその言葉に、参加者達の視線がテオに集まる。

 

「私もさすがに専門知識には明るくないが、それでも、この事態が一刻を争うそれだということはわかる……それでもこのような会議の場を開いたということは、この会議の意味は、情報の周知と方向性の統一、各国への全面的な協力要請、そして……作戦の通達が主目的ではないのかな?」

 

「話が早くて助かります、ゼロ……お察しのとおり、策はある。しかし、迅速に動かなければならないので……あらゆる手続きはすっとばして、あるいは後回しで進めさせていただきたい。各国におかれましても、超法規的措置の10回や20回の適用は容認願います。そして……今から作戦の内容を説明しますが、最初に言っておくと、これには、現在我々欧州連合が保有している『魔女の力』保有者の全員の協力が必要になります」

 

言いながら、テオは視線を……会議参加者の中にいる、自分以外の、その条件に該当する者達を目で追っていく。

 

エイルシュタットのイゼッタ。

 

黒の騎士団のゼロ(……ということになっている)。

 

ゲルマニア……兼、ヴォルガ連邦所属でもあるマリー。

 

 

 

そして……ゲルマニアとエイルシュタットで身柄預かりとなっている、ゾフィー。

 

 

 

イゼッタはフィーネとアイコンタクトですでに意思を確認しているし、ゼロもマリーも堂々と構えていて、言わなくともその意思は推し量れる。テオも同様だ。

 

しかし、残る1人、ゾフィーに関して言えば……賛否両論あるところなのか、様々な視線が会議室内を交錯するが……その空気を、当のゾフィーがばっさりと切った。

 

「……私は別に構わないわ。それがこの場における、欧州全てを守るための最善の選択であるなら……この力、そのために使いましょう。もっとも……あなた方が私を信用できるなら、だけど。かつて……厳密には『別人』とはいえ、復讐に身を焦がし、各国に刃を向けた私をね」

 

「……それについては、すでに公式発表で、あなた個人の責任を否定している。この場で蒸し返すようなことではない」

 

同じように、ゼロが事務的に返す。

 

語られるのは……すでに国際社会に発表された、欧州連合としての公式見解であり……フィーネやテオが、ゾフィーの助命のためにでっちあげた『方便』でもあった。

 

「クローンによって復活させられた『白き魔女』……しかしそう一言に言っても、我々の前に現れたあなたは『1人』ではなかった。詭弁に聞こえるだろうが、現在の国際法において、『同一人物である別人』による犯罪行為を、連帯責任で罰する規定はない」

 

帝国が『クローン』という技術によって――その詳細は公開されていないが――ゾフィーを『量産』していたことは、すでに周知の事実である。おぞましい研究であり、人命への冒涜である、という、一部の宗教的見解と共に。

 

そして同時に発表されていたのは……『クローンのゾフィーは寿命が極端に短く、複数回の戦闘行為に耐えられない。そのため、戦場に出てきたゾフィーはすべてが同一人物ではなく、力尽きて死ぬたびに新たなクローンが投入されていた……つまりは『別人』である』という報告だった。

 

つまりは、『アレーヌ市を焼いたゾフィー』『最初にイゼッタと戦ったゾフィー』『ゼロと戦ったゾフィー』『各国の部隊と小規模に戦っていたゾフィー』『最終決戦でとらえたゾフィー』は、データから見るに、全部が同一人物ではなく、少なくとも何回か『代替わり』があったというもの。

 

その証拠となる書類も提出されており……これが強力な武器となって、現在のゾフィーは、『ゾフィー』全体の戦争責任についての追求から対象外として判断されていた。

それでも、経過観察は必要として、身柄預かりになっているのである。

 

もっとも、さすがに無条件ではなく……テオ達が作った、『魔法を封じる首輪』をつけてだが。

 

もちろん、その証拠というのは偽造なのだが、本物の書類をそもそも扱っており、いくらでも『正規の偽物』を作れるベルクマンや、『錬金術で記載のインクを分解する』というとんでもない手段で書類偽造を可能にしていたテオが協力している時点で、監査・検察部門が見破れるはずもなかった。

 

そして、ここでもそれが武器となり、今再び、ゾフィーは……今度は、欧州を守るために、その正義によって『魔女の力』を振るう場に立つこととなったのである。

 

引き締まった表情、信念に燃える瞳……その身に罪を背負いながらも、全力で『正義』のために戦う決意をみなぎらせているゾフィーに、各国の首脳は、おののきつつも頼もしさを覚え……

 

 

(任せておきなさい、テオ! お母さん頑張るわ! アトランタが何よ、うちの子の未来にケチつけるなら消し飛ばしてあげるんだから!)

 

 

実際は、おそらくはこんな感じだろうな、と……何人かは予想して、心で苦笑していた。

 

具体的に言うと……一瞬、ほんの一瞬、その表情を崩したり、目をジト目に変えた……テオ、イゼッタ、フィーネ、アレスは。

 

彼ら、彼女らは、最近のゾフィーとの交流が多い。

ゆえに、知っていた。今の彼女を。

 

国際的に、公的に事実上の免罪を勝ち取り、さらにテオによって『虚弱体質』や『短命』などの先天的な欠点を克服し――薬品と『錬金術』と『GN粒子』と『賢者の石』でどうにかなった――これからの人生、愛する我が子と歩んでいく権利と時間を、彼女は手に入れた。

 

さらに、少し困惑気味ではあったものの……テオ自身が、自分を、存在も知らなかった母親を受け入れ……『まあ、これから……ちょっとずつ、ね。急には無理だけど……親子なわけだしさ、一緒にいれた方がいいでしょ』と、自分に居場所をくれた。

 

その結果、憑き物が落ちたような、救われた気分だった……とは、本人の弁。

前向きに生きていく姿勢と、エイルシュタットへの恨みを捨て、赦し……未来への希望に生きることを決めた彼女は、憎しみに支配されていた時よりも、余程魅力的だった。

 

……その結果として、変な方向に進んでしまったと気づくのは、数週間後だった。

 

彼女の性根が現在『親バカ』と『過保護』、そして『小姑』方向に振り切れており……今まで離れ離れ?だった分、テオにべったりになってしまっている事実を知る者達は……頼もしいけど残念、という属性を持つ『元祖・白き魔女』を見て……何だかやるせない気分になっていた。

 

しかし、今はそんな場合ではない、と(無理やり)会議に向き直った。

 

……まあ、

 

「それでは、今から作戦の概要を説明させていただきます。時間もありませんので簡略に。まず、今回の、人類の未来を救うための作戦名は……

 

 

 

……神龍の七玉(ドラゴンボール)作戦、です!」

 

 

 

息子も色々ひどいのだが。

 

 

 

 



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Stage.60 DRAGON BALL EXE

1941年2月14日

午前5時55分 作戦開始まで残り5分

 

「さて……じゃ、ぼちぼち用意始めますか」

 

「……何か、ホントに怪しい『儀式』とかやるみたいな感じだよね」

 

「大筋は間違ってはおりませんな。ただ、やるのは効果の不確かなまじないではなく……きちんと理論に基づいた化学反応の類ですが」

 

「それで起こるのは、魔法より魔法じみた奇跡だけれどね……」

 

テオ、イゼッタ、マリー、そしてゾフィー。

ねつ造の存在である『ゼロ』を除いた、この欧州で『魔女の力』を持つ4人全員がそろい……今正に、人類の未来を救うための『ドラゴンボール作戦』が始まろうとしていた。

 

4人の目の前にあるのは……ガラスのような、澄んだオレンジ色の結晶体でできた、7つの球体。それぞれの中に、赤い星のようなものが入っていて……7つ全部個数が違う。1つだけのものから、7つ入っているものまである。

 

日本人であればほぼ誰でも、ぱっと見ただけでこれが何か、何を模したものかわかるだろう。しかし、イゼッタ達にしてみれば……必然ではあるが、『テオが作った何か』という以上の認識を持つものではない。

この7つの宝玉の名前が『ドラゴンボール』だと聞いても、思い浮かぶことなどない。

 

せいぜい、『どこも『ドラゴン』じゃないけど……』と疑問に思うくらいであろう。

 

まあもっとも、別に7つそろえても神の龍が出てくるわけではなく、似せたのがガワだけである以上、テオ的にもネタで名前を付けて形を整えただけのものでしかないわけだが。

 

しかし、全くの飾り物であるというわけもなく……この7つの宝玉は、テオがこれまでの研究の成果の全てを注ぎ込んで作り上げた、誇張抜きに『世界を救う』秘宝であった。

 

もともとは、全く別な意図で製作が進められていたのだが、今回のこの未曽有の危機に、有用な対抗手段足りうるということで、急遽使用することになったのである。

 

「……さて、3分前。各自、持ち場について」

 

そう、自分以外の3人に声をかけながら……テオは、7つの宝玉を、それぞれ決まった場所に並べていく。

 

今、テオ達がいる場所は……エイルシュタット領内、アルプス山脈の中腹。

何もない岩肌の、ただひたすらに広く、開けた場所。冬だから、なおさら何もない。今さっき、テオが『鋼の錬金術』で雪をどかし、岩肌を平面に整えたくらいである。

 

そこに、ちょうど宝玉がはまるような、ちょうどいいくぼみを均等に7か所作って、テオは『ドラゴンボール』を置いていく。

 

その周囲に、イゼッタが、指でつまめるくらいの大きさの、ひし形の結晶体を……円形になって囲むように、その3倍の数……21個を均等に並べた。

 

さらにその周囲に、電信柱くらいの大きさと形の、これまた結晶体の柱を……ゾフィーが浮かせて、さらに3倍の63個並べた。これもまた、円形になるように、均等に。

 

最後に、マリーが……掌に乗るサイズの楕円球形の結晶体を、189個、その周囲に……やはり円形になるように、均等に並べた。

 

まるで魔法陣を作るがごとく並べられたこれらは全て、テオ達が作った『人造魔石』であり……中央にある7つの宝玉に至っては『賢者の石』である。

 

そしてこれらはいずれも、ある特殊な加工がなされたものだった。

 

『ドラゴンボール作戦』は、これらを使って実行されるのだ。

 

「開始まで1分。カウントダウン開始……59、58、57……」

 

近づくその時に、テオのみならず、その場にいる全員の表情が引き締まる。

 

テオは魔法陣の中心、つまりは7つの『ドラゴンボール』のすぐそばに立ち、イゼッタ達は魔法陣よりも外側、189個の『人造魔石』よりも外側に、それぞれ……浮いていた。

 

「3、2、1……作戦開始」

 

午前6時00分。

テオは、号令と共に……『ドラゴンボール』の1つに触れて魔力を流す。

 

すると、触れていない他の6つも合わせて、共鳴するように宝玉が輝き始め……あらかじめ内部に蓄えられていたすさまじい魔力が、指向性をもってあふれ出す。

 

その魔力は、その周囲に置かれた21個の人造魔石に向けて拡散しながら放たれ……吸い込まれていく。すると、その21個を経由して魔力はさらに、波長を変えて放たれ……まるで電気信号のように、明らかに自然の魔力とは異なる異質さを孕んで拡散していく。

 

その外側、63本の柱型の人造魔石がそれを受け取ると……受け取った魔力は、柱型の魔石の中にあらかじめ封入されていた、『ドラゴンボール』に劣らぬ量の魔力量が、『21個』から放たれたものと同質のそれになって、さらに勢いよくあふれ出した。

 

そしてその外側……189個の『人造魔石』によってできた最後の『円』に到達すると、その全てが光のラインでつながり……しかし、ややバランスの悪いいびつな光円を作った。

 

ここで、イゼッタとマリー、そしてゾフィーが動く。3人は、外側から魔力に干渉し……その光のラインを、少しずつ形を変化させ……真円形になるように整えた。

 

その光の縁の内部では、7個から21個へ、21個から63本へ、そして63本から真円の189個へと魔力があふれ続け……どんどんと内部から魔力の奔流があふれ出し、しかし最後の円でせき止められ、それ以上広がらない。

 

……しかし、それも限界に来たその時。

 

イゼッタ達が整えていた円形の外縁から、その形そのままに……円がそのまま広がるように、

膨大な魔力が一気にあふれ出し、360度全方向へ、光の奔流となって拡散した。

 

 

 

今一体何が起こっているのか、テオ達が何をしたのか……ここで明らかにしようと思う。

 

テオ達は、もともと……世界各地にあふれている『魔力』を、そしてそれを操る『魔女の力』や、それによって生成される各種の物質などを、『資源』として有効利用することを考えていた。

 

しかしそのためには、『魔力』そのものを、より扱いやすく、安全な形で運用する必要があった。

今のように、『エクセニウム』として物質化したはいいが、きっかけ一つで蒸発してしまったり、性質が変化したり、あまつさえ爆発するような危険な状態では不適格だったのだ。

 

それゆえにテオが考えていたのは、今行った、儀式という名の超大規模魔力化学反応によって、世界全体のレイラインの魔力を変質させ、より安定した、安全なものに変えてしまうというもの。

 

まず、『ドラゴンボール』……これの正体は、火種となる魔力を蓄えておくタンクであると同時に、どのように科学反応を起こさせるかという内容をあらかじめ刻み込んでおいた、いわば設計図。

これから放たれる魔力は、種火であると同時に、変質させる魔力のいわば原液だ。

 

それを囲む、周囲の21個は、放出された原液たる魔力を拡散させるためのレンズ、あるいはプリズムの役割を果たし、

 

さらにその外側の63本の柱は、プリズムから放たれた魔力を受け止め、それを中和して程よい濃度にしてから、最初以上の勢いで放つ放出口。

 

最後の189個、外縁部の光円は、それを勢いよく……それこそ、世界全体に拡散するほどに加速して放射させるカタパルトだ。イゼッタ達が形状を円形になるように協力して調整しているのと、ある程度ため込んでから一気に解放する形をとったのは、魔力の放出にムラをなくすため。

 

そこから放たれた魔力の波は、世界全体にまんべんなく広がりながら、レイラインにしみこみ、混ざり……魔力を変質させていく。『ドラゴンボール』の中に刻まれた設計図通りに、安定して扱える、安全な性質の、全く新しい『魔力』へと。

 

しかも、この『魔法陣』の機能はこれだけではない。

 

波となって魔力が世界各地に広がっていくうちで、レイラインからは、注ぎ込まれてあふれ出た分の……まだ変質していない魔力が空気中に拡散する。

 

するとそれは、まるで波が『寄せて返す』かのように、その中心……『魔法陣』へ向けて逆流する。そして、189個、63個、21個……と、最初とは逆のプロセスで流れていき、最終的に『ドラゴンボール』の中に吸収されるのだ。

 

そしてその魔力は、『設計図』によって変質し、あらたな『種火』となり、最初に広がったそれと同様に、また外側へ拡散し、『波』となって広がっていくのだ。

 

こうなるように作られた、一度起動させれば、世界中の魔力を変質させつくすまで止まらない『永久機関』ともよべる機構。それが、この『魔法陣』の全容である。必要なのは、一番外側の部分を円形に保つことのみ。それさえ『魔女の力』で整えておけば、後は全てがオートだ。

 

そしてこれこそが、『臨界爆発』を目前にしたエクセニウムから人類を救う手段でもある。

 

不安定な結晶体の『エクセニウム』は、レイラインの魔力と同様に、この『魔法陣』による変質を受ける。つまりは、分解され、無害かつ安定した『魔力』に再構成されて、蒸発し、大地に、あるいは海中に溶けてしまうのだ。

 

例えば、だ。アトランタに目をつけられている現状と、魔力が争いの火種、ないし爆薬という意味での火種にもなりかねない現状を改善……あるいは、魔女の力を用いた戦争そのものへの終止符を打つ、ということを考えた場合……極端な策がある。

 

『魔石』ないし『賢者の石』を使い、全世界の魔力を集めて宇宙にでも放ってしまう……という方法。だが、そんなことをすれば、レイラインに魔力が還元されることがなくなり、二度と魔法が地球上で使えなくなる上に……膨大な負荷が術者にかかって間違いなく死ぬが。

 

そんな方法を取るバカはいないだろうが……と思った直後、テオは『イゼッタならやるかも……こないだも、フィーネのためなら笑って死ねるとか、そんな感じのこと言ってたし』などと思って顔を引きつらせながら、テオがそれを大幅に改善して作り上げたのが、この『魔法陣』である。

 

反動のない『人造魔石』を大量に使い、さらにその核となる部分に『設計図』を刻み込み、起動と拡散機構(真円)以外は全てをオートでできるようにして、さらに魔力そのものを、散らすのではなく変質させることで、この先の資源とする形で平和につなげる。

 

意地でも犠牲を出さず、さらにアトランタに口も出させないために考え出した、秘策だった。

 

あふれ出す光が広がっていき、外から帰ってきた光は7つの宝玉に吸い込まれ、また光となって広がっていく……そんな幻想的な光景に、役目をしっかりと果たしつつも、目を奪われているイゼッタ達。

その間にも、どんどんと世界の『魔力』は塗り替えられていく。

 

その中心で、テオは……何もしないで立っているわけではない。

 

右目の『賢者の石』の義眼を媒介に、寄せて返ってきた魔力の波から情報を吸い上げ……一定以上の濃度で凝縮している『魔力』のありかを観察していた。

 

すなわち、結晶化させられ、臨界を待つ身となっている『エクセニウム』を。

 

ここに至るまでの準備の間に、アトランタが作ってくれた3か所の『大量』のエクセニウム貯蔵箇所のうち、1か所が間に合わず、臨界、爆発した。

 

結果、南北のアトランタ大陸が、陸路で行き来できなくなり……合衆国政府は火消しに奔走しているが、文字通り焼け石に水である。情報を秘匿していたがために被害は少なくなかった。求心力の低下はかつてないレベルとなり、さらにはどこからか、あと2か所、似たような『爆弾』が隠されているということまで知られ、国内は騒然となった。

 

最早なりふり構っていられない、という事態になり、合衆国が欧州に真実を話して助けを求めてきたのが数日前。

 

人道的な側面から、連合国はそれを承諾したものの、欧州としても、残りの超大規模エクセニウム貯蔵施設に直接手を出して爆発物処理というのは不可能であるため、この『ドラゴンボール作戦』での一斉浄化によって対応することとなっていた。

 

それが上手くいっている……すなわち、アトランタのエクセニウムが、徐々に分解されていっていることを、テオは読み取っていた…………が、

 

(やれやれ、どうにかなった……けど、このまま終わったんじゃ……こっちが苦労かけられっぱなしで、面白くない……ってことで、ちょいと小細工させてもらおうか……)

 

世界全体をパニックに陥れかねない事態であったため、あくまで極秘裏に行われたこの作戦。その功績は、世界の裏側では語られ、知られるであろうものの……表立って称賛が起こるようなことはなく、アトランタからも、無難な称賛と感謝が発信されるだけだろう。

 

最初から最後まで、裏で事態が動いた結果としては当然であるが……これだけの大問題を起こされて、それの解決のために奔走して、それで何もご褒美なし、というのは……根本的なところで、子供らしい部分を残すテオにとって、承服しがたいものだった。

 

(今後、『魔女の力』に関して不干渉を……なんて条件を出しても、向こうははぐらかして首を縦には振らないだろうし……仮に承諾したとしても、数年も経てばしれっと破るだろう。なら……)

 

テオは懐から、1つの宝玉を取り出した。

『秋津島皇国』から、皇国政府との裏取引を経て手に入れた、無名の秘宝『尸魂の玉』を。

 

コレの正体は、魔力波長を変化させる内部機構を持った……すなわち、天然の『ドラゴンボール』である。コレを解析し、元にしてテオは、足元にある7つの宝玉を作っていた。

 

そしてテオは、同一の機能においてはより強い力を持つ、桃色の宝玉に魔力を流し、起動させ……『魔法陣』に干渉し、一部を書き換える。リアルタイムで設計図を新たに構築しているのだ。

 

(……これでよし。さて、後々明らかになった時が楽しみだ……早くて数年後かな?)

 

とある『いたずら』を完了させたテオが、悪い笑みを浮かべて満足げにうなずいた、その数時間後……時刻にしてその日の正午前、無事に『儀式』は終了したのだった。

 

 

 

 




次回、最終回(唐突)。


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Last Stage 幸せなおとぎばなし

最終回です。


1941年4月9日

 

ただの偶然なんだろうけど……今日は、エイルシュタットとゲルマニアの間に戦端が開かれてから、ちょうど一年である。

その節目の日に、色々なことがあったので……『日記』に残しておこうかと思う。

 

……およそ2か月前。

世にいう『エクセニウム危機』――キューバ危機みたいなネーミングだ。こっちのは火種から何からアトランタだけど――を乗り越えたものの、戦後処理がいっそう忙しくなり、日記を書く時間もろくになくなる中……さらには、とある『長期出張』に出て……それにこの日記を持っていくのを忘れるという大ポカをやらかしてから、ずいぶん経ってしまった。

 

なので、日記のつけ方としては間違っている気がするが……ここ2ヶ月分の出来事を、一気に。

 

 

 

あれから先、ドでかい借りを欧州に作った形になるアトランタをけん制し、ちくちく突っついていびりながら、こっちへの干渉を封じ……その間に僕ら欧州連合は、無事に『EU』という超巨大連合型国際組織を作り上げ、あらゆる意味で合衆国に対抗する、どころか上回る力を得た。

 

その主軸になってるのは……順当に、戦乱の世を生き抜いて国力を保っていたブリタニア。ついで、まだ不安定だがブリタニア以上の国力を持つヴォルガ連邦、潜在的な国力であればブリタニアに近いレベルである、テルミドールやリヴォニアといった形になった。

 

ゲルマニアはまあ……国際的に見れば、浄化されたとはいえ前科持ちの戦犯国家だし、エイルシュタットはそもそもの国力が小さい。どちらも、表立って権力を持つことは、当分はない。

……その方が面倒ごとに巻き込まれないから、好都合なんだけどね。

 

ただし、それには一部例外がある。

 

言わずもがな……『魔女の力』がらみだ。

 

『ドラゴンボール作戦』の実行は、エクセニウム臨界爆発の危機を防いだだけでなく、本来の目的……全世界のレイライン、その魔力を変質させ、より安定していて安全な状態に、そして資源として利用しやすい形に変化させる……という結果をもたらした。もくろみ通りに。

 

この、新しい魔力を使って何ができるかというと……まあ、平たく言ってしまえば、エネルギー問題や資源枯渇系の問題を、一気に解決できる。

魔力……正確には、それを使った『錬金術』には、それだけのポテンシャルがある。可能性の次元ではなく、確立された手法として。

 

『錬金術』は、そのままの意味として……物質を、他の物質に変化させることができる。

 

これは、僕もこの日記に何度か書いている『分子構造を動かす』というものなわけだけども……これにより、埋蔵されている地下資源……採掘し、消費していけば、いずれ枯渇するとされているそれらの問題を一気に解決できる見通しだ。

 

用は、使わない鉄くずとか、リサイクルにも適さない金属ゴミなんかは……今の技術水準では、埋め立てとかで処分するのが一般的だ。しかし、『錬金術』で、それらを原料にして、同質量のレアメタルなんかを作り出せるわけだ。

 

金、白金、クロム、ニッケル……まあ、レアメタルに限らず、作り出せる物質は多岐に渡る。それこそ、燃料なんかも錬成できるしね。

原油も、油田が枯渇する未来はそう遠くない、とか言われて危険視され始めてるし。

 

しかし、極端な話……『錬金術』なら、魔力さえあれば、いらない物質を有用な物質に変化させていつまでも使い続けられるのだ。究極的なエコ、循環型社会につながる技術と言える。

 

そして、その研究の最先端を突っ走っているのが……ゲルマニアの『特務』、僕の周辺の仲間たち、そして『黒の騎士団』が組み合わさって構成された『EMAAO』――『Europeans Magic And Alchemic Office』。和訳、『欧州魔法・錬金術機関』。

 

どっかのファンタジー小説にでも出てきそうな名前だが、大真面目に国際社会において超がつくほど重要な役目を担うことになった組織である。

その名の通り、魔法および錬金術の研究および運用を担う機関だ。

 

そしてそこに所属しているのは、僕、アレス、ニコラ、マリー、イゼッタ、ゾフィー、ベルクマン……とまあ、あの戦争で魔法関連の最先端に立っていたメンバーである。

このうちの何人かに関しては、国家運営に携わるのに難色を示したから、島流し的にここによこされた背景があったりなかったりするけど。

 

組織の本部は、エイルシュタットのケネンベルクにある。

この国が『魔法』発祥の地みたいな扱われ方をしていて、イメージ的に一番いいのに加え……単に交通の便がいいし、欧州連合参加国家全体のほぼ中央にある、ってのも理由だ。

 

ここに所属するメンバーは、公的な権力を一切持たない。

というか、『EMAAO』そのものがそういう立ち位置だ。『EU』直下の組織っていう形になってて、方針やら何やらにおける決定権は、全て『EU』の評議会が握っている。

 

もともと『EU』……もとい、欧州全体の平和と、公共の利益のためにその全ての力を振るう組織として作られているので、まあ何も問題はないけど。

 

所属するメンバーも、あらゆる国家に対して絶対中立の立ち位置であり、どこの国をひいきするなんてことはない。僕らがゲルマニアをひいきすることも、イゼッタがエイルシュタットに便宜を図ることもない。できない。

 

まあ、どこぞのエイリアン対策機関みたく、国籍とか個人情報全部削除してるわけじゃないので、望めば普通に里帰りとかもできるし、公人の友人を持ってるメンバーも普通にいる。

僕やイゼッタとか。思いっきり、フィーネと仲いいのは周知の事実だから。

 

ただ、エイルシュタットは、その組織を位置的に受け入れている国として、国際社会に対しての窓口替わりの役割を果たしていたりもして……その点、影響力を持たないっていう唯一の例外と見れなくもない。

 

が、繰り返すが……もともとエイルシュタットの国力は小さいので、癒着したところで大したことはできない。ゆえに、そのへんも考えてこの役割を担っている、という裏事情もある。

……もともと、あのフィーネがトップを務める国には無用な心配だろうけど。

 

今となっては、僕もイゼッタも、他の仲間たちも……今後の国際社会の発展のために、日々『魔女の力』の研究を進めている。

 

……戦争してるより、よっぽど有意義な時間の使い方だ。うん、断言できる。

 

研究の1つ1つが、人殺しでなく、今を生きる人々の未来を創ることに貢献できている……っていうのが、いい。青春なんてもんを全く感じなかった、あの血と硝煙にまみれた日々よりも……よっぽど、有意義に生きている感じがする。

 

イゼッタも同じようで……旅暮らしの日々が楽しくなかったわけじゃないけど、今みたいに、仲のいい友達や仲間がいて、職場の同僚がいて、皆で同じ目標に向かって協力して向かっていける……っていう日常が、たまらなく楽しいそうだ。

 

一生をフィーネのために戦いにささげ、その道半ばで、色々なものを背負って死んでいく覚悟すら決めていただけに……その果てに目指していた『皆が未来を選べる世界』を、直接作るということに貢献できる今を、本当に嬉しく思っているようだった。

 

……もっとも、イゼッタ……こう言っちゃなんだけど、いち職員として使い物になるように訓練するまでに、かなり大変だったけど。

事務系の仕事とか、経験もノウハウも皆無だったから、一から、いやゼロから指導だったし。

 

『実技系』……魔力の扱いに関して言えば問題はほぼなしだっただけに、思わぬ足踏みだったな、と、今思い出しても苦笑を誘う。

そのために、フィーネに相談して人員出してもらったくらいだ。非っっ常に贅沢な近衛の使い方だった、と思う。

 

そしてまあ、僕らが中心になってこの『錬金術』とかは使ってるわけだけど、世界で『力』をもつ4人しか使えない技術じゃあ、あんまりにも公共の技術としての意味合いが弱い。

 

なので、『EMAAO』発足から真っ先に研究・開発を進めたのが……『魔女の力』の汎用化だった。

 

もちろん、誰もかれもが僕らみたいなことをできるようになったんじゃ、モラルハザードどころの話じゃなくなるし……そもそもそんなことは不可能だ。

なので、僕らが進めたのは……魔力の資源利用にかかる部分のみの汎用化……『錬金術』だ。

 

そして、今日……形になったそれを『EU』に報告、研究成果として認められた。

近いうちに、エネルギー革命として、僕らが作ったアイテム……『演算宝珠』は、欧州全体に、色々な制限つきでではあるが、広まっていくだろう。そして、この世界大戦の傷をいやし、世界をさらに発展させることに貢献してくれるだろう。

 

なお、説明すると……『演算宝珠』とは、魔女でない者でも、潜在的にある程度の『素質』を持った者であれば、特殊な訓練を積み、特別な薬品を服用することで、ごくごく一部分だけ、魔力を扱うことを可能にするデバイスである。

 

具体的には、あらかじめ『宝珠』にインプットされた設計図に基づいて魔力を運用し、下処理のほどこされた物質を『錬金』することが可能になる。局所的なものなので、悪用される心配はほぼなしと言っていい。

 

それに使われている技術は、全くの非公開……というか、解析できるようなものではない。僕らが『魔法』で作っているものだからだ……完全なブラックボックスである。

服用する薬も、人体への副作用や悪影響はない。きちんと正しく、要領を守って服用すれば。

 

まあ、別にそれでいいだろう……一流のプログラマーでも、コンピューターに内蔵されている半導体の作り方とか、光回線の構造的な仕組みを全部理解してるわけじゃない。それでも使えてれば、職業上は問題ないはずなんだから。極端な言い方だけど、望む結果を出せればいい。

 

そして今日はもう2つほど、大きな?出来事があった。

 

1つは吉報。

もう1つは……トラブルの種?というべきか。

 

吉報の方は……今日をもって、欧州各国が各種条約の締結や戦後処理の全てを終え、『魔女戦役』と呼ばれた世界大戦が完全に終了した、と、EUが発表した。

 

もう、戦場ではミサイルどころか鉛玉の1発も飛ばなくなってから久しいわけだし、ぶっちゃけ今更……って感じがしなくもないが、明確な『区切り』というのは、まあ、必要なわけである。

気分的にも一味二味違うんだろう、民衆はその知らせに喜び、安堵したりしているようだし。

 

無論、ここに至るまでに締結された条約の中には……戦犯国家たるゲールに厳しい内容のものも少なくないけど、そもそもそれは必要なことだろうし、『魔法』関連の技術提供で随分と棒引きにしてもらっているので、特に文句を言うようなことはない。

 

……戦犯、というか、わかりやすいスケープゴートとして、戦時中からバカやっていた官僚連中や、皇帝の側近やそれに近い連中、高級軍人なんかをあらかた処分してるから、割と諸国からゲールへの怒りや恨みも鎮火済みだし。皇帝は自殺して死んでたけどね。

 

最後の瞬間まで、わけのわからないことをわめき散らし、自分たちの非を認めようとしなかったり、みっともなく責任の擦り付け合いをしたり、命乞いをしている連中の姿は、各国の首脳や、それを見ている民衆の溜飲を下げるのにピッタリの道化だった。

 

酷いことを言っているように聞こえるかもしれないが、現状・現実を見ずに、民衆や軍に不要な損害を敷いてきた連中である。実際、僕も何度もその『被害』にあった身として、奴らが背負う罪の大きさは肌で感じて知っている……このくらいは言ってもばちは当たるまい。

 

……なお、こんな感じで戦争の後処理は終わったわけだけども……ここにおいて、アトランタ合衆国は、一切関与していない。いい意味でも、悪い意味でも。

 

国家として本格介入してくる前に全てを終わらせることができたので、利権を主張してくることも、賠償請求すら一切させずに全ての終戦処理を終えることができた。

 

『臨界爆発』の一件も……アレ自体を幸事と言うことはできないけど、結果としてアトランタの発言権にとどめをさす形になったので、まあいいとして……それに加えて、あの国にはちょっと、あの一件の際に、1つ仕込みを入れてある。

 

『尸魂の玉』を使って、魔法陣の設計図をちょいと書き換え……南北アトランタ大陸のレイラインに細工した。

 

具体的に、かつ簡単に言うと……あのあたりで魔力が流動した際、その一部をピンハネするような感じで、欧州に流れてくるようにした。アトランタで100の魔力を使ったとすると、そのままレイラインに還るのは70、残り30は別な流れに乗り、海を渡って欧州に来る……という感じ。

 

現在、アトランタには『錬金術』の情報は、秘匿どころか供与・貸与すら行われていないが、今後全くそれを行わない、っていうのは不可能だろう。色々な理由で、数年後、あるいは数十年後には、アトランタでも『錬金術』が使えるようになるはずだ。

 

しかしそうなった時には、アトランタ大陸の資源としての魔力量……レイラインの規模は、欧州の数分の一、あるいは数十分の一か。

 

向こう2、3世紀はこっちに対して強く出れまい。ざまーみろ。

 

ちなみにこのことを知っているのは僕以外にはいない。墓場まで持ってく。

 

さて、吉報はこのくらいにして……もう1つの出来事、トラブルの種?の方も話すか。

 

……まあ、うすうす予想してはいた、というか、こうなってしかるべきだと思ってもいることなんだけどね……自画自賛だけど、僕の能力的に。

戦争が終われば、まあ……普通に行われるであろう、政治的な駆け引きの1つだと。

 

いろんな国からね……政略結婚の話が来ている。

僕に……だけではない。イゼッタに、マリー、ゾフィーと言った『魔女』組。その周囲で辣腕を振るう、アレスやニコラなんかにも……というか、『EMAAO』の幹部クラスには、軒並み空前のモテ期が来ているようで。

 

特に、『魔女の力』を持っているメンバーへのお見合い攻勢は……時に仕事よりよっぽど疲れるレベルだ。

 

……あと、中には……ちょっと見た時に目を疑うような内容のもあったりする。

いや、本人……というか、提案してきた連中は至って真面目なんだろうけどさ……提案されたこっちは、そりゃまあ……驚くというか。

 

僕とイゼッタとか、僕とゾフィーとか、平気で『ぜひ!』って言ってくるもんな。

 

……時期が時期、立場が立場だけにそういうのもままあることだ……ってのはわかる。貴族や王族なんかは、国策の1つの手段として『結婚』というものを見ているものだし。

 

……でもさぁ……できれば、恋愛から始めて結婚まで行きたい、って思うじゃん?

少なくとも、僕は思う。

 

……さすがに、ゾフィーは……公開されてないから仕方ないとはいえ、関係上は『母親』だし……むしろゾフィーが、僕の将来の相手とかに口出してきそうだし。

 

ぶっちゃけ、僕は今まで……イゼッタやフィーネのことを、そういう目で見たことはなかった。

というか、戦争やってて、敵同士で、そんな禁じられた恋愛みたいなの……無理だろ、現実には。彼女達が魅力的でないとか、そんな問題じゃなくて……余裕ないって意味でね?

 

ただまあ……平和になって、あらためて見てみると……うん、結構レベル高い美少女だとは思う。2人とも、ルックスはもちろん……内面も。誠実で、優しくて、一生懸命で。噂では、政略結婚とか関係なしにでも、かなり人気高くて、たびたび各方面からアプローチもらってるっぽいし。

 

……実際僕も、まあ……過去の関係上、どうしても『姉』って部分が強いとはいえ、1人の女の子として意識しないか、って言えば……うん。正直、うん。

 

しかし、これもあくまで……恋慕というよりは親愛に近い情だと思うし、ここから恋慕、ないし恋愛に発展するかって言われると……正直、わからん。

 

……逆に言えば、その可能性もある、っていう意味ではあるけど。

もうずいぶん前だけど……たとえばイゼッタなら、あの、川下りの一件とか、共同戦線の時とか……色々意識しちゃった部分もあるから。

 

……ま、何にせよ……これからのことなんてわからない。

わからないからこそ、今は……今、できることを精一杯やりつつ、いざ直面したときに、その問題に対処していけばいいや。それが一番だ。それしかない、多分。

 

とにかく、今の段階だと……提案するだけならタダだとばかりに色々な縁談が持ち込まれてるから……まずはそれを整理するところから始めないと、何とも言えないしね。

 

……まあでも、同じ『見通しが立たない』でも……戦争中に使っていた言い回しとは、ずいぶん意味合いが違う。全然、未来を悲観的に思わない分……好意的に受け取れる。

 

むしろ、楽しみに思うことにしよう。この先の世界……僕は、僕たちは、どのようにして、どんな未来を作っていくことができるのか。

 

……これ以上は未来のことだな。過去を記す日記の領分じゃない。鬼が笑うってもんだ。

 

今日は……今は、ここまで。また、いつかの『未来』が『過去』になった時に……ペンを取って、この続きを書かせてもらうとしよう。

 

さて……じゃ、そのためにも……仕事だ、仕事。

 

 

 

 




ご愛読ありがとうございました!

ジャスト2ヶ月……まあ、偶然ですが。
なんか尻すぼみな、落ちの弱い感じでの終わり方ですが……

今後、時間があれば、あと思いつけば、後日談とかも書いていきたいなと思います。
……ひとくぎりなので、しばらくゆっくりしたいですが。

自分の作品は、常に書きたいようにだけ書いてるものなので、なんか……あっちへこっちへ、だいぶ迷走した作品だったなあ、という印象はありますね……クロスオーバーとか、しっちゃかめっちゃかに入れたし……

感想などいただければ嬉しいです。

それでは、これにて。


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