呉に舞い降りた道化 (ちょりあん)
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一章・呉に舞い降りた道化
一章・プロローグ


ハーメルンで投稿は初めてなのでドキドキしてます。
少し長い話なので完結できるよう頑張ります。
よければ見てやって下さい。


 

 

 

 

 

「……ぅ、うあ、ぁぁ……!」

 

 惨たらしい姿だった。

 可憐な少女と言われていたのが嘘のように。

 

「ああ……あああ!!」

 

 酷い臭いが鼻をつくが、お構い無しに私はソレにすがり付いた。

 

「うああああぁぁ!!!!」

 

 そして私は壊れたように泣き続けた。あの人に拾われるまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一章・プロローグ

 

 

 

 

 

 荊州南陽。そこにある大きな館、城と言ってもいいかもしれない場所。

 その一室に一人の女性がいた。

 

 薄い桃色の髪に色気漂う身体。その大きな胸には男なら誰でも凝視してしまうだろう。

 

「あ~あ、めんどくさいなぁ」

 

 そう言って女性は机の上にうな垂れる。

 その脇には大量の書類と思わしき紙が置いてあった。

 

「そういうことを言うものではないわ、雪蓮」

 

「あっ冥琳~、助けて~」

 

「だらしがないわよ雪蓮。あなたは孫呉の王なのだから」

 

「ぶ~、分かってるわよ。

でもやっぱりこういう作業は疲れるのよね」

 

 その言葉に苦笑しながら冥琳と呼ばれた女性が部屋に足を進める。

 この女性も雪蓮と勝るとも劣らずの身体をしており(もちろん胸も)、黒く長い髪を揺らして雪蓮に近づく。

 

「嘆くことではないわ。仕事が増えるのはいいことなのだから。

我らが孫呉復活のために」

 

「・・・・・・そうね。今のところ順調に進んでるって感じかな」

 

「そうね。喜ばしいことだわ」

 

「うん。特にアイツがきてからはね」

 

「…………否定はしないわ」

 

 少しげんなりした冥琳に雪蓮は面白そうに笑い言う。

 

「まだ苦手なんだ?面白い子じゃない。

流石私、いい拾い物をしたわ」

 

「苦手というより・・・・・・そうだな。男になった雪蓮を相手しているみたいで疲れるのよ」

 

「何よー、別に私は女好きじゃないじゃない」

 

「女好きを抜いたら・・・・・・という意味だ。

こっちの話をちっとも聞いていない」

 

「違うわ冥琳。あれは話を聞いてないんじゃなくて、

懲りてないだけよ」

 

「余計たちが悪いわよ」

 

 本当に本当にうんざりした表情で冥琳が洩らす。

 その時だ。

 

「きゃああああああああああ!!」

 

 館中に女性の叫び声が響いた。

 だがその声に慌てるどころか、雪蓮は笑い、冥琳は溜息をつくという態度を示した。

 

「またアイツか・・・・・・」

 

「本当、毎日元気ねぇ」

 

「雪蓮・・・・・・」

 

「うん、分かってる。行ってらっしゃい」

 

「ああ」

 

 雪蓮に手を振られながら冥琳は廊下へと出る。

 そこで一回深呼吸をしてお腹の中から叫んだ。

 

「横島ぁー!!お前は何度言えば分かるのだーーー!!」

 

 そう言って先ほど叫び声の上がった場所へともうダッシュしていく。

 その数分後、一人の男の叫び声が上がった。

 

「堪忍やー!つい出来心でーー!!」

 

「それでその言葉は何度目だー!!」

 

「ぎゃぁぁっぁあああああああああ!!」

 

 これはある世界、ある国、ある場所での日常の出来事。

 

 

 

 

続く。

 

 

 

 




プロローグは短いので今日は1-2まで投稿します。
これからよろしくお願いいたします。


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1―1

本日二回目の更新。


 

 

一章1-1

 

 

 

 

 

 

 

 横島がこの世界に来たのは一月程前。

 雪蓮が一人の女性を連れて見事に地面に刺さっている横島を発見したのがそもそもの始まり。

 次の瞬間地面からガバッ!と顔を抜き、

 

「死ぬかと思ったー!」

 

 と、地面に刺さっていたにも関わらずそんなすっとぼけたことを言ったことにより、興味を湧かせた雪蓮がその場で横島を連れ帰ることを内心で決意。

 

 その後、二人の美女が傍にいることに気づきすかさず飛び掛る。

 

「おっねいすわぁ~ん!僕と一晩の熱い夜を過ごしませんか~!!」

 

 が、あえなく撃沈。

 何、この面白い生き物!と雪蓮の横島に対する興味は上がる。

 もう一人の女性も概ね雪蓮と同じで二人して気絶した横島をお持ちかえり。

 

 が、帰ってみると冥琳が大反対。

 

「そんな怪しい男を信用できるか!」

 

 そこで雪蓮の説明。

実は空から光が落ちてきて、その場所に行って みると横島が地面に刺さっていた。と。

 もしかしたらこの男は占いにでていた天の御遣いかも?そうだとしたら?

 

「天の御遣いとしてなら利用価値はあるでしょ」

 

 冥琳、しぶしぶ引き下がる。

 

「とりあえずは話を聞いてみないと分からないわ」

 

 そうして横島が起きるまで待つことに。

 

 翌朝、横島起きる。冥琳それに気づく。声をかける。

 横島の目の前に美人。もちろん飛び掛る。冥琳まさかの「きゃあっ」。雪蓮大うけ。

 横島殺す!意気込む冥琳。止める雪蓮と女性。横島土下座。

 見事な土下座に冥琳怯む。お話開始。横島どうして自分がここにいるか分からない。

 プラス最近のことが思い出せない。記憶喪失であることが判明。

 とりあえず天の御遣いとして此処にいてくれないか?いいっすよ。

 横島、雪蓮たちと共にいることに。館には雪蓮たち意外にも美人がいっぱい。

 横島うっはー!。ナンパ開始。惨敗。めげずにチャレンジ。

 苦情が冥琳に。横島殺す。横島土下座。冥琳しぶしぶ許す。

 以後、一月コレを繰り返す。

 

 そして現在にいたるのである。

 

 

 

 

「ふぃ~いちち、冥琳さん最近手加減がなくなってきたな」

 

 と、館の廊下を歩くのは赤いバンダナにジージャン、ジーパンといった格好をした男。

 名前は横島忠夫。職業GS、現在はヒモ。

 

 その横島は赤くはれた頬をさすりながらとぼとぼ歩く。

 

「はぁ、それにしてもまた過去に来てしまうとはなぁ……しかも今度は中国」

 

 中庭につきまわりを見渡す。

 そこは現代日本にはない風景があった。

 

 町の周りは荒野が続き、戦のある時代。しかも昔の中国ときた。

 横島はあまり動揺はしなかった。職業がらトラブルにはなれているし、

それにそのうち帰れるだろうと根拠のない自信があったからだ。

 

 記憶喪失ではあるが忘れているのはおそらくここ数ヶ月のことだろうと予測する。

 美神やキヌ、仲間のことや知り合いのことを覚えているし。

 自分が『栄光の手』『サイキック・ソーサ』『霊波刀』などの力を使えることも覚えている。

 自分の顔を確認してみると記憶がある頃から目に見える成長が見られないことから一年もたっていないだろうと思ったからだ。

 

 ちなみに前回、雪蓮が横島がきてからは順調に孫呉復興が進んでいると言っていたが、横島はまったく関係なかったりする。

 

 たまたま偶然横島がきてから戦も名が売れるのも順調にいくようになっただけで、横島は何もしていないのだ。

 そもそもこの男、戦にすらでていない。

 雪蓮たちの横島に対する評価というのは戦闘面においてはまったくと言っていいほど無い。

 

 それもそのはず横島は普段からナンパばかりして、しかも雪蓮や冥琳ならまだしも、侍女にでさえのされる男だと認識されているのだ。

 

 雪蓮も冥琳もそんな横島を兵として使うつもりはなく、見た目からして軍師向き(実は横島に一番合っている)ではないので軍師にも使えない。

 

 流石に何も出来ない者を置いておく余裕もないので、横島自らが申し出た雑用をやってもらっている。

 たかが雑用と思われるだろうが、横島は普通ではなかった。

 

 人の何倍もの動きで雑用をせっせとこなし、その仕事に雑さはなく完璧にこなす姿は人々に好感をもたせた。

 まぁ、横島の場合そこの部分だけなのだが、その働きが認められ、館にいることを許されている。

 そんな状況であるため、冥琳は横島をただの丁稚と紹介し、天の御遣いとは紹介していないでいた。

 

 当の横島、実はわざと自分の霊能力のことを雪蓮たちに言わなかった。

 なざならそれは―

 

「戦争なんかに行ったら死んでまうやないかー!!」

 

 である。

 情けないことこの上ない。

 だが、GSという仕事をしはいるが相手は妖怪や幽霊がほとんど。

 人を相手にするなんて滅多になく、そもそも殺すことなんて無かった。

 だから仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。

 

「何を叫んでおるのだお前は」

 

「あ、祭さんっ相変わらずお美しい」

 

 と、横島の後ろから一人の女性が声をかける。

 銀髪の長い髪に雪蓮たちにもいえる露出の高い服。

 そして雪蓮、冥琳より明らかに存在感のある胸をもつ人物。

 名前を黄蓋、真名を祭という雪蓮と一緒に横島を見つけた女性である。

 

 横島は祭を見るとすぐさま駆け寄り手を取る。

 その行動に祭は嫌な顔はせず苦笑することで応えた。

 

「それにしてもその頬、また冥琳の奴にやられたのか?」

 

「そうなんすよ。冥琳さん、最近手加減してくれなくて」

 

「お主が懲りずに此処にいる女子共に声をかけるからじゃろう?

嫌ならやめろとは言わんが控えればいいだろうに」

 

「それは出来ない相談ですよっ。可愛い女の子に声をかけるのは男の義務っすからね!」

 

「……横島。儂はお主のそういう素直なところは気に入ってはおるがもうすこし控えた方がいいぞ?

好いてくれるものも好いてはくれんようになる」

 

 横島はその言葉に少しキョトンとしながら祭に答えた。

 

「これが俺ですから」

 

 

 

 

 

 

 祭と別れた後、横島は一人館から外が見下ろせる場所へときていた。

 

「孫策に周瑜……か」

 

 孫策に周瑜、雪蓮と冥琳のことである。

 学があまりない横島でもその名前に聞き覚えがあった。

 

「三国志の時代にきちまったんだな」

 

 ちなみに孫策たちが男だと伝えられているのも知っていたが、横島からすれば本当は女だったんだ~しかも美女、ラッキー。ぐらいの事でしかない。

 

「戦争に参加して誰かを殺すのも痛い思いすんのもゴメンだからな……。

でも、なんとかなんだろ。もしかしたら美神さ……いや、おキヌちゃんなら向こうに帰れる方法探してくれているかもしれんし」

 

 横島の目の前にはちょうど夕日が広がって見えていた。

 

「うん。俺は俺らしくだ」

 

 そう言って横島は部屋へと戻るべく背を向ける。

 

『俺は俺らしく』

 

 それがここ最近の記憶を忘れた横島が唯一覚えていたことだった。

 

 

 

 

 

 

 

続く。

 

 



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1―2

 

1-2

 

 

 

 

 

 

 

「戦・・・・・・ですか」

 

 いつものようにナンパを合間に雑用、雑務をせっせとこなす横島の元に雪蓮がおとずれそんな話をしだした。

 

「そう、最近出てきた黄色い布を巻いた盗賊の話を知ってるかしら?」

 

「黄色い布……確か黄巾党ってやつでしたっけ?」

 

「やっぱり知ってるんだ。それも天の知識?」

 

「まぁ、そんなもんす」

 

 まぁ横島の場合うろ覚えなのだが。

 

 ちなみに横島は自分が未来(平行世界とは考えていない)から来たことは雪蓮、冥琳、祭の三人には言ってあったりする。

 

 もともと隠すつもりもさほど横島には無かったし、その事を話したお陰である程度信用も得られ、結果的に三人(特に冥琳)に簡単に横島を手放し出来なくさせたのだ。

 

「まぁそれで一応今は世話になっている袁術から黄巾党の討伐を命令されちゃってね。

あと数日中に出ることになったのよ」

 

 袁術の名前を言う時、雪蓮の顔が少し歪んだの見て横島は身震いをさせた。

 雪蓮は袁術のことを嫌っているのは知っているが、なんだか似ているので困るのだ。

 横島の上司であった美神に。

 

 この人だけは本気で怒らせたらアカン!オーラが二人共桁じゃない程高いのだ。

 

「だからちょっとの間留守になるからってこと一応言っておこうと思ってね」

 

「そ、それは離れている間寂しいから今日は一日中抱いて。

ということですね!任せてください、この横島忠夫っ。

誠心誠意お相手させてもらいます!しぇっれ~~んさ~~ん!!」

 

 さっきの怯みは何処へ行ったのか、横島は興奮した顔で服を一瞬で脱ぎ去り雪蓮へと飛び掛った。

 

 雪蓮はそれを、あんな一瞬で服を脱げるなんて相変わらず凄いわね~。

 なんて思った後、横島の顔面を蹴り飛ばした。

 

「今日の下着はピン……げぶらぁっ!!」

 

 雪蓮、折檻する時はきちんとする女であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポヨンッ。ポヨンッ。

 

「あ~いたいた、忠夫さ~ん」

 

「っ!?この音は・・・・・・穏ちゃん!!」

 

 廊下、声ではなくその零れんばかりの豊満な胸の揺れる音で、横島はその人物へと振り返った。

 

 おっとりした雰囲気、薄緑の髪に小さなメガネ、もうお決まりとなっている露出度の高い服装。

 

 彼女の名は陸遜。真名は穏という名の軍師の一人だ。

 ちなみに冥琳の愛弟子でもある。

 

「相変わらずですね~忠夫さんは」

 

「いやぁ、それほどでもないっすよ」

 

 何か褒められたのかと勘違いしてそう言った横島だが、ただ単に穏は横島が自分と話をする時はいつも胸だけを見て会話をするので呆れと感心が混ざっての言葉なだけであった。

 

「それよりどうしたんすか?今日ですよね、出るの。

も、もしかして寂しくて俺の顔を見に来てくれたとか?」

 

 鼻息が上がる横島を気にした風もなく、穏は言う。

 

「いえ~、お渡ししたいものがあったので」

 

 はい。と一冊の本を手渡す。

 

「これを呼んで勉強すればある程度字が分かるようになると思うので、

私たちが帰ってくるまでに読んでおいて下さいね~」

 

 横島が表紙を見る。

 そこには『赤子でも分かる字の学び方』と書いてあった。

 横島には読めなかったが、なんだか子供向けであることは理解できた。

 

「ちなみに冥琳様がもし今と進歩がなければ

罰があるから覚えておくように。と言っていたのでお気をつけてくださいね~」

 

 そう告げてから、一度だけ手を振り穏は離れていった。

 

「…………ど、どうせこんなこったろーと思ったよっ!!」

 

 横島はその晩一人で枕を濡らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、終わった……」

 

 体を真っ白に燃え尽かせながら横島が呟く。

 ここは横島が宛がわれている部屋。

 その部屋の机の上に横島はつっぷしていた。

 

 手にはあの日、穏に渡された教本。

 想像できていたかも知れないがこの男、本を渡されたのにも関わらずまったく勉強していなかった。

 

 よくある駄目な人間の思考で「明日やりゃあいいや」と先延ばし続けていたのだ。

 

 だがつい先日、雪蓮たちが勝ちを上げ数日中に帰ってくることが分かり横島は大慌て。

 とりあえず雪蓮たちが無事なのに安心したが、帰ってきた時なにもしてなかったのがバレると冥琳が怖い。

 

 ので、大急ぎで勉強することにした横島だったが今までサボっていたため今からじゃ普通に間に合わない。

 

 なのでこの数日、仕事の合間、寝る合間を削り必死こいて勉強をしていた。

 人間必死になると覚えも良くなるもので、よれなりに字を覚えることができたのだが、その分睡眠時間はほとんどなく、疲弊しきりナンパもする暇もなかった。

 

「でもこれで冥琳さんの罰は免れた……しんどかった~」

 

 やっと眠れる。とこのまま机の上で寝てしまおうと目を閉じる……が。

 

「孫策様たちが帰ってきたぞー!!」

 

 部屋の外からなのにはっきりと聞こえる声に横島は目を開けた。

 ……どうやらまだ少し眠れそうにないようだ。

 

「あの乳と尻とフトモモたちが無事かどうかちゃんと確認せななー……」

 

 そう言って横島はフラフラと外へと出る。

 なんだかんだ言って横島は雪蓮たちのことをかなり心配していたのだ。

 だからといって戦場に行く気にはやはりなれなかったが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島が城門へ着く頃には、館にいるたくさんの者たちが今ちょうど帰ってきた雪蓮たちを迎えていた。

 その表情は心から雪蓮のことを慕い嬉しそうな色を宿しており、横島は戦は嫌いだがこの光景を見るのは嫌いではなかった。

 

 横島も声をかけようと近づき、そこで雪蓮たちの様子が変なことに気がついた。

 戦に勝ったというのに嬉しそうな顔をしていないのだ。

 

 原因はすぐに分かった。

 それは雪蓮が大事そうに腕に抱く大きな布に包まれた、おそらく少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島はそれをみて固まった。

 

 

 

 

 

 

続く。

 

 

 

 

 




本日はこれで最後です。
明日からは一章終わりまで二話ずつ更新の予定です。
それではまた見てくれると嬉しいです。
ついでに感想・指摘などがあればくれると嬉しいです。


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1―3

初投稿なのでドキドキしてましたが、評価やお気に入りにしてくれた方がいてくれて嬉しいです。
では、本日の更新分読んでくれると嬉しいです。


 

 

 

1-3

 

 

 

 

 

 

 

 

 叫んでいた。心の中で、喉が枯れる程、悲痛に。

 

 それを見てアイツらは笑う。嗤う。

 愉しそうに。愉快そうに。

 

 壊されていく、汚されていく、私の一番の大切。

 

 力のない私には見ているだけしか出来なくて。

 それなのにその人は優しく微笑んで私を見る。

 

 とても、綺麗な綺麗な人。

 汚されても、穢されても、変わらずに美しい人。

 

 温かくて、私が支えてたつもりがいつも私を護っていてくれた。

 大切な、大切な、大好きな……。

 

 

 

 

『だからね、約束して―』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪蓮さまと冥琳さまに拾われ、この館に来て十日たった。

 来た当初は取り乱したり意気消沈していたけど、ここの人たちが良くしてくれて何とか落ち着くことは出来、今は侍女の見習いとして此処で働かせてもらっている。

 

 でも、すぐに思い出してしまう。

 あの時のあの光景を……。

 

「……うっ!」

 

「っ大丈夫!?」

 

 口を押さえて蹲った私に隣にいた侍女の人が声をかけてくれる。

 

「……大丈夫……です」

 

「本当に大丈夫?無理しちゃだめよ?」

 

「はい、あいがとうございます」

 

 心配かけないように何とか笑顔を作る。

 ただでさえ普段から心配をかけているのに、これ以上心配をかけたくない。

 

 と、その時だ。

 

「横島、また侍女の着替えを覗いて……少しは懲りんかーーー!!!」

 

「ぶぎゅらばぁーー!!?」

 

 冥琳さまの怒鳴り声と共に一人の男が叫び声を上げて、私がいる近くの壁へと吹き飛んだ。

 

 その男は、仕方ないんや~着替えを除くのは男のロマンなんや~とか言いながら目を回している。

 

 頭に赤い鉢巻(バンダナというみたい)を巻き、変わった格好をした男。

 この館で私が一番嫌いな人だ。

 

「もう、横島さんまた着替えを覗いたんですか?」

 

「いや~つい出来心で」

 

 隣の侍女さんが苦笑しながら男……横島(こんな男、呼び捨てで十分だ)に声をかける。

 なんで着替えを覗いていたのに同じ女であるこの人は怒っていないんだろう?

 いや、この人だけじゃない。館にいる人全員がこの男の奇行を大概は笑って許している。

 と、その男が私の方へと顔を向けた。

 

「よう、恥ずかしいとこ見られちまったな」

 

「ひっ」

 

 声をかけられた瞬間私は小さく悲鳴を上げ侍女さんの後ろに隠れる。

 男は恐い。男は醜い。男は残酷だ。

 

「こらっ横島さん、怖がらせちゃダメじゃないですか」

 

「えっ、ちゃうちゃう!ワイはそんなつもりは……」

 

「ほう、だがその子には近づくなと言っておいたはずだが?」

 

 そこでこの男が飛んで来た方向から一人の女性が現れる。

 その人は私を助けてくれた人の一人、冥琳さまだ。

 

「あんたが蹴ったからでしょーが!!って、ひいっすんませんっしたー!!」

 

「謝罪はいらんよ、横島。お前には一度ゆっくりと話し合いをしなければならんと思っていたからな」

 

「いや~もう十分反省しましたんで、そんな必要は……」

 

「残念だがお前の意見は聞いていない。行くぞ」

 

「め、冥琳さ~ん。勘弁してーーーー!!」

 

 そう言って、冥琳さまは横島の襟を掴み引きずっていった。

 本当はあの男が冥琳さまの真名を呼ぶこと自体納得いかないけれど、あの情けない姿を見れて一応は満足だ。

 

 私は去って行く冥琳さまに頭を下げて見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、相当嫌われているみたいっすねー俺」

 

「まぁあの子の場合仕方ないだろう、男を嫌うのは。

お前の場合は普段の行動が原因だろうとは思うがな」

 

 此処は冥琳の部屋。そこで横島と冥琳はさき程の少女のことを話ていた。

 

「忠夫はスケベだからね~」

 

「違いますよ雪蓮さん!俺がスケベなんじゃないんです!

男という生き物はみなすべからずスケベなんす!!」

 

「あはは、本当に素直だね忠夫は」

 

 その部屋にいた雪蓮がニコニコと笑う。

 

「笑いごとじゃないわ雪蓮。流石にずっと男が怖いままじゃいけないでしょう?

ここにも男はたくさん働いているのだから」

 

「……あの子が男が怖くなった原因ってやっぱり」

 

「まぁ十中八九あの戦が原因よ。あれは……酷かったわ」

 

 雪蓮が珍しく真剣に顔を歪ませる。

 その表情には悔しさと怒りの色があった。

 

「所詮は獣……。やることも下衆の所業……か」

 

 冥琳も静かに零す。その言葉にも怒りが感じられた。

 横島は一応同じ男がしたことであり、気まずそうに頬をかく。

 

「ま、だから今回は仕方ないけど忠夫もあの子に近づかないでね。

しばらくは無理だろうし」

 

「私もお前を飛ばす時は気をつけよう。

なぜかいつもあの子のいる場所にお前が飛んでいく。

まさか……わざとではないな?」

 

「まさかまさかっ!俺にそんなこと出来ねぇっすよ!?」

 

 慌てて否定するも図星を指されて横島は内心慌てる。

 だが、今までの行動によりそれは無いかと冥琳はすぐに疑いを解く。

 

「じゃ、じゃあ俺まだ残りの雑用があるんで」

 

「ん、頑張ってね~」

 

「今度覗きをしたらどうなるか……分かっているな」

 

 冥琳の言葉に冷や汗を流しながら、なんとか言葉を濁して横島は部屋から出る。

 

 残りの仕事を片付けるために廊下を歩きながら横島は心の中で雪蓮に謝る。

 

「近づくなっていうのは聞けそうにないっす、雪蓮さん」

 

 それから横島は遠くにいる少女を見つめる。

 

「もう、あんまり時間もないみたいっすから……」

 

 そう呟いて、横島は歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

続く。

 

 

 

 

 



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1―4

 

 

 

 

 

1-4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、いつもは侍女の一人についでに起こされるのだがその日は違い、横島は与えられたベッドの上で胡坐をかき考え込んでいた。

 

「時間がないんは確かやけど、どないしたもんかな~」

 

 うーん、うーんと悩むが名案が思い浮かぶことはなく考えは続く。

 

「無理やりは流石に……でも、どうこう言ってる暇もないし……」

 

「無理やりって誰かを襲うんですか?」

 

「うんまぁそれも考えちゅ……う……」

 

 横島はギギギ……とロボットのように首を動かしドアを見る。

 そこには青い顔した侍女が、とうとう(犯罪を)やっちまうのか。といった顔で横島を見ていた。

 

「ち、ちがっ誤解――」

 

「冥琳さまーーーーーーー!横島さんがとうとう性欲を持て余して誰かを襲うそうですーーーーーーーーーーーー!!」

 

「わーーーーーーーー何言ってんじゃぁぁあぁぁ!!」

 

「きゃぁっ犯されるーーーーーーーー!!」

 

 誤解した侍女を止めるべく飛び掛る横島。余計に騒ぐ侍女。声を聞きつけた冥琳登場。

 なぜか笑顔。とびっきりの笑顔。横島引きつる。冥琳は笑顔。侍女ニヤリ。横島「謀ったな!?」。侍女「ああ、謀ったよ!」。

 冥琳そのやり取りに気がつきながらも横島を連行。横島、朝から素敵な叫び声を上げる。その声を聞いた館の人たち「またか」と大笑い。

そんなこんなで始まる一日。今日も此処は平和である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「忠夫~無理やりは駄目よ」

 

「しませんよっ!大体俺は無理やりとか嫌いっすから。

やっぱりそういうのは愛がないと、愛が」

 

「「あ、愛?」」

 

 冥琳の折檻も終わり、それを見に来ていた雪蓮と一緒に廊下を歩く。

 そして横島の言葉を聞き二人は一斉に笑い出した。

 

「あはっ、あははは」

 

「くっ、ククク……」

 

「ちょっ、何で笑うんすか二人共!?」

 

「だ、だって……普段女の子に声ばかりかけてる忠夫が愛?」

 

「クク、さ、流石の私も笑いが堪えられなかったぞ」

 

 そう言ってさらに笑う二人に横島は顔を赤くしながら叫ぶ。

 

「うるへー!いいやんけ夢見たって!

ワイかってな、ちょっとはロマンチックな思いぐらいあるんやーーー!!

どちくしょーーー!!」

 

「あはは、悪かったわよ、あはは」

 

「クク、すまない。っぷ」

 

 暫くの間そこには腹を押さえて笑う二人と号泣する男がいたとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

「あ~やっぱり忠夫を拾って良かったなぁ」

 

「まだ笑ってんすか」

 

「睨まないでよ。ね」

 

 そう言って雪連が横島の腕に腕を絡ませる。

 そして柔らかな感触が横島の腕に伝わった。

 

「そこまで言われると。し、仕方ないっすね~」

 

なんとも単純な男である。と……

 

「む、横島。お前は引き返せ」

 

「え、なんで――」

 

 冥琳の言葉にそう疑問に思い前を向くと、横島は目を見開いた。

 前方の離れた所にこちらに歩いてくる数人の侍女たち。

 その中にはあの少女がいた。

 

「あちゃ、そうね忠夫あんたは――え?」

 

「な……!」

 

 その行動に、二人は動きを止めた。

 なぜなら、横島が駆け出していたからだ。少女がいない方向へではなく、少女の方へと。

 

「忠夫!?」

 

 雪蓮が叫ぶ!その声に気づき前方の侍女たちも気づく。横島がこっちに走ってきていることに。

 

「え?」

 

 少女の声。

 目の前にはすでにかなり接近した横島。

 

 少女の恐れる男。あの日、あの場所で少女を……少女の一番の大切を壊した……男。

 

 少女は混乱し、何も出来ないまま横島に押し倒された。

 

 

 

 

 雪蓮は信じられなかった。横島の行動はもちろんだが問題はその後。

 

 横島が少女を押し倒した後、少女が立っていた場所に包丁が刺さっていたのだ。

 

「がっ!?」

 

 横島の声。見れば肩にかすったのか血が出ていた。

 あまりの突然の出来事に誰もその場を動けなかった。

 

 その叫びを聞くまでは。

 

「いやぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 少女の声。絶望に染まった声。恐怖に怯えた声。

 少女は横島を押しのけ肩を抱き震えながら叫ぶ。

 

「やだぁ……やだあっ!!助けて……誰か……いや、こないでぇ……!!」

 

 ここにはない何かを恐れるように叫ぶ少女。

 横島は、血が流れる肩を押さえながらそれを呆然と見ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見直したぞ横島」

 

「はぁ」

 

 肩を切った横島は治療のため医務室に来ていた。

 そこで話を聞きつけた祭が来て、今にいたる。

 

「どうしたんですか~?元気ないですよ忠夫さん」

 

 と、丁度そこにいたので包帯を巻いてくれていた穏が聞く。

 

「いえ、なんつーか。あそこまでひどかったなんて思ってなかったから……」

 

 横島が思うのは少女のこと。

 まさかあそこまで取り乱すなんて思ってもいず、少女の傷の深さを改めて思い知らされていた。

 

「お主は男じゃからな。完全には分かるまいよ」

 

「そう……なんすかね」

 

「でもどうして包丁が降ってきたのでしょう?

調理場ならともかく通路の上からというのはあまりに変です……」

 

「それはそうじゃの。策殿の話では誰もあのような場所に包丁を置いた、または忘れたなどは言ってないみたいじゃし、館の者を狙うとしてもあんな場所、狙った者を成功する確率などまずない……」

 

 横島は二人の会話には参加せず黙り込み、祭と穏も声をかけることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一刻後。

 

 横島はトイレに行くために通路を歩いていた。歩きながら考えるのは今日起ったこと。

 

「早くしないと本当にまずいことになっちまうな……」

 

 だが考えたところで、やはりというかいい考えは浮かんではこない。

 

 その時だ……

 

「あの……」

 

「へ?」

 

 突然かけられた声に横島は止まり、声をかけてきた相手を見て固まった。

 その相手とは先程の少女だったのだ。

 

 しかもいつも侍女の誰かといるのに今は一人である。

 

「え、えと?」

 

 困惑する横島には訳がわからなかった。

 

 男が怖いんじゃないのか?

 でも体はすげぇ震えてる。

 それなのに一人で俺に声をかけてきた。何で?

 

「お礼……」

 

「え?」

 

「助けてくれたお礼……、ありがとう」

 

 震えながらもそう告げる少女に横島は目を見開く。

 

「(あんな目にあったってのに……強いな、この子)……いやぁ~、将来有望な美少女を助けるのは当たり前やからな~」

 

「……お礼、言いたかっただけだから。じゃあ……」

 

 横島の軽口を無視し、少女は踵を返す。そんな少女に横島は我慢できずに呼び止めた。

 

「待って!」

 

 もう待っていられない。

 このままじゃ、目の前の女の子が死んでしまう。

 

 横島はもう迷わなかった。

 女の子を見捨てるなんて横島には出来はしないのだから。

 だから言葉を紡ぐ。少女の――

 

「このままじゃ君は殺されてしまうぞ……君の姉さんに」

 

「っ!?」

 

「小喬ちゃん」

 

 小喬の怒りを買う言葉を――。

 

 

 

 

 

続く!

 

 

 

 

 




以前から読んでいてくれた方はもちろん初見の人も気づいていたと思いますが、少女の正体は小喬でした。
それから、これからは夜6時に更新していくつもりですので、また見てやって下さい。

感想、指摘、質問があれば言って貰えれば嬉しいです。


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1―5


ま、まさかの日刊ランキング入りにテンションがおかしくなってしまいました。ありがとうございます❗

では、本日の更新です。



 

 

1-5

 

 

 

 

 

 

「どうしたの忠夫……その頬っぺた?」

 

「いやぁ……色々あったんすよ」

 

 

 今日は雪蓮たちが再び黄巾党を討伐に出かける日。横島たち屋敷に残る者は雪蓮たちを見送りに来ていた。

 そして雪蓮が言う通り、横島の右頬が赤くはれていた。

 

「ふふ、なんてね。知ってるわよ~。忠夫、あの子怒らしちゃったんだって?」

 

「うっ、知ってたんすか」

 

「屋敷の者ならほとんどの者が知っているだろう。侍女の連絡網を甘くみてはいけないぞ」

 

 雪蓮が横島をからかっていると横から冥琳がやってくる。

 

「戦の間、私たちがいないからといって、あの子に何かしたりしなようにな」

 

 冗談半分、本気半分の言葉にたじろぎながらも横島は曖昧にごまかし頬をかく。

 こればっかりは頷くわけにはいかないのだ。

 

「じゃ、私たちは言ってくるから留守番お願いね」

 

「うすっ!雪蓮さんたちも気をつけて」

 

「獣には負けないわよ」

 

「では行ってくるぞ」

 

 そう言って出陣していく雪蓮たちを見送った後、横島は屋敷の者が普段見たことのない真剣な表情で雑用へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 許せない……!

 

 屋敷の掃除をしながら、小喬は憤怒していた。

 理由は昨日のこと、もちろん横島が小喬に言った言葉が原因だ。

 

 姉が自分を殺す。

 

 それは侮辱以外の何でもなかった。

 

 大好きな姉、少しドジで小喬が助けていたが、根本的なところではいつも助けていてくれた大事な大事な宝物。

 

 その姉が自分を殺す?

 そんなことはありえない。

 横島の言葉は小喬にも姉である大喬にも侮辱の言葉だと小喬は怒りを募らせる。

 

 そして何より姉である大喬は……死んでいるのだから。

 

「お姉ちゃん……」

 

 小喬の声は悲しみで満ちていた。

 

「いたっ」

 

 手に痛みを感じ、声と共に手に持つ箒を放す。

離した手の指先からは血がでていた。

 

 一体何がと思い箒を見ると、丁度持つ部分の所からトゲが出ていて、どうやらこれに刺さったらしい。

 

「まったく、何なのよ」

 

 悪態をつきながらも小喬は考える。

 

 最近、こういう小さな不幸が多いと。

 

 最初は確か庭を歩いている時に大きな木の枝が降ってきたのだ。次は地面に穴があいていたり、蔵書では本が倒れてきたりした。

 

 それからも色々小さな不幸は続き、この間なんて包丁が振って来た。

 それは横島に助けられたのだが……と、横島を思い出し顔を歪める。

 

 そんなことを考えてると……

 

「げっ」

 

 視線の先に他の侍女に声をかけている横島を見つけた。どうやら懲りずに口説いているらしい。

 

 昨日、横島に言われた言葉を小喬は他の誰にも言っていなかった。

 横島の言った言葉を信じるわけはないが、自分が言った言葉でなくても自分の口から姉が自分を殺すなんて言葉、小喬は言いたくはなかった。

 何より、今までに見たことのない真剣な横島の表情が頭にこびりついていて、何故だか誰かに言うのが躊躇われたのだ。

 

 だからといって横島が言った言葉は許せるはずもなく、小喬は横島に気づかれる前にその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あかん、避けられてんな~」

 

 そう呟きながら横島は屋敷を歩く。

 

 今日一日、隙を見ては小喬に近づこうとしたのだが、性格というか性というか本能というか……まぁそれらが働いて屋敷の女性たちにどうしてもナンパをしてしまうのだ。

 

 そしてナンパが失敗に終わり、いざ声をかけようとすると小喬はもうどこかへ行っていた。

 

 完全に自業自得である。だが、時間がないのは変わりない。

 横島は一度溜息をついた後、あることを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ」

 

 日も暮れ夜になり、仕事を終えた小喬は自分の部屋へと戻っていた。

 侍女である小喬が住むには少しばかり豪華な造りの部屋は雪蓮の計らいである。

 

 小喬は寝台に腰を下ろした後、仰向けに体を倒す。

 

 本当にろくなことがない……。

 あの後何度も何度も横島の姿を見つけては逃げるのを繰り返し、精神的に少し疲れていた。

 

 只でさえ大喬のことがあり参っているというのに……。

 

「お姉ちゃん」

 

 いつも一人になると姉を呼んでしまう。

 そうすると困ったような嬉しそうな顔でいつもの言葉を聞かせてくれる気がするのだ。

 

『もう、仕方ないなぁ小喬ちゃんは』

 

 小喬は身を丸めてその小さな体を震わす。

 その瞳からは涙が見えた。

 

「一人は寂しいよ……お姉ちゃんっ」

 

 そう、呟いた時だった。

 

 バンッ!!!!

 

「きゃっ!?」

 

 急な大きな音に小喬は飛び起き、音のした方へと顔を向ける。そこは部屋の入り口で、ドアが開いていた。

 

 おそらく勢い良くドアが開いた音だろうと思い小喬はドアへと近づく。

 

「誰よ、こんな夜中に……」

 

 そんなことを思いながら部屋の中から外を覗く、が外には誰もいない。

 この部屋は一本道の廊下の途中にあり、一瞬で見えない位置まで移動するのは難しいし、何より足音なんてしなかった。

 

 じゃあ風が?とも思ったが、ここは廊下の中央部分、そもそも風なんて吹いていない。

 

 その時初めて小喬に寒気が走る。

 なんだか不気味な気分になり、若干顔は青くなる。

 

「っ!?足音!」

 

 と、今度は小喬にもちゃんと聞こえる足音が響く。

 しかもこちらへ向かっていて、走っているのか音の感覚が速い。

 

 小喬は怖くなりドアを閉めようとした――が、それは出来なかった。

 

「小喬ちゃん……」

 

「………え?」

 

 その声は後ろから……つまりは部屋の中からした。

 ありえない、部屋には自分一人だったのだ。中に誰かいるなんてあるはずがない。

 

 だが、小喬はそのことに恐怖は感じなかった。

 だって、その声は小喬が聞きたくて聞きたくて仕方の無かった声だったから。

 もう二度と聞けるはずのない声だったから。

 

 小喬はドアを閉めることも忘れ振り返る。

 そこには自分が望む人がいると信じて。

 

 そして目に映ったのは―――

 

「小喬ちゃんっ危ねぇ!!」

 

 ――小喬に襲い来る無数のガラスの破片だった。

 

 

 

 

 

「っ~~~いたい……って私……無事?」

 

「あてて……ふぅなんとか間に合った~」

 

「げっ!横島っなんであんたが此処に……ひっ」

 

 ガラスの破片が飛んできたと思ったら今度は横島に抱かれている状態に小喬はパニックになる。

 何より男に触れている状態はあの時にことを思い出させて、小喬の恐怖を煽る。

 

 だが、小喬は叫び声を上げなかった。

 いや、上げることを忘れてしまったのだ。

 それほど目の前の光景が信じられなかったのだ。

 

 いつの間にか閉じられたドア。

 さっきまで自分がいただろう場所に刺さっている無数のガラス。

 何より部屋の中央に浮いている少女。

 

 そう、一人の少女が浮いていたのだ。

 そして小喬をさらに驚かせたのがその少女の容姿。

 

「ここまでくりゃ、流石に小喬ちゃんにも見えるか……」

 

 どことなく沈んだ横島の声も小喬には聞こえなかった。

 だっているのだ。求めていた存在がいるのだ。

 

「お姉……ちゃん?」

 

 大好きな姉が目の前にいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

続く。

 

 

 




悪霊・大喬、襲来です。


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1―6

 

 

 

 

1-6

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉……ちゃん?」

 

 その声に反応するように目の前の少女が小喬へと顔を向ける。

 そして――微笑んだ。

 

「ぁ……お姉ちゃんっ、お姉ちゃん!」

 

 姉の微笑みが嬉しくて小喬は姉に近寄ろうとする。が、横島がそれを許さなかった。

 

「駄目だ小喬ちゃん!あの子に近づいたら駄目だ!」

 

「離してっ!お姉ちゃんが笑ってるの……、だから行かなきゃ!離してっ!離してよっ!」

 

 腕の中で暴れる小喬を抑えながら横島は大喬を見る。

 確かに大喬は微笑んでいる。だが、目は正気の色を失っているのだ。

 

 その証拠に大喬が手を掲げると傍にあった机が中に浮く。

 

「んげっ!まさかっ」

 

 横島の予感した通り、大喬は中に浮かせた机を二人めがけて飛ばした!

 

「こなくそっ……あだっ!!」

 

 横島はそれを小喬を抱えたまま何とか避ける。が、一人が暮らすには広い部屋も動き回るには狭すぎ、横島は避けた勢いで壁に背中をぶつけた。

 

 一方小喬は今の大喬の行動に驚きの表情を隠せないでいた。

 

「今お姉ちゃん……私を狙って?嘘……なんで?」

 

 明確な理由はないが小喬には分かった。

 今の姉の行動……それは横島ではなく自分を狙っての行動だと。

 

 だからこそショックが大きかった。

 

「わ、分かった……お姉ちゃん、私がすぐに駆け寄らなかったから怒ったんでしょ?ご、ごめんね。今行くからっ」

 

「だから駄目だって!」

 

「イヤッ!だってお姉ちゃんが私を狙うはずないもんっ!!お姉ちゃんが私を……殺そうとするはずないもんっ!!」

 

 横島はその言葉に歯噛みする。

 こんなことになるのを避けたくて色々やってた筈なのに、結局はこうなった。

 だが、なってしまったのはしょうがない。

 将来有望な美少女のためだ!なんとかしなければ!

 

「小喬ちゃん……聞いてくれ」

 

 横島の言葉には目もくれず小喬は大喬に近づこうと腕の中でもがく。

 それでも横島は言葉を続け――

 

「その大喬ちゃんは確かに本物だ。

でも、今の大喬ちゃんは悪霊になりかけてる」

 

 その言葉にようやく小喬は動きを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪蓮たちが小喬を連れ帰って来た時にまで時間は戻る。

 あの時、横島は少女を見て固まった。

 雪蓮に抱えられた大きな布に包まれる小喬……に寄り添うように中に浮いていた少女を見て。

 

 横島はそれが幽霊だとすぐに分かった。同時に、とても危ない状態だということも。

 布にくるめられた少女……小喬を見る瞳は穏やかだったが、その表情には闇が確かに息づいていたのだから。

 

 それでも初めは良かった。

 闇に犯されながらも大喬は慈愛の瞳で小喬を静かに見守っていただけだった。

 だが、それも長くは続かない。闇に飲まれていく魂は清らかな心を保てない。

 

 経緯が経緯なので大喬に近づくことはできなかったが、少し離れた場所からなら少なからず会話も出来ていた。

 意思疎通を出来る程度にだが……

 

『君は?』

 

『大喬……小喬ちゃん……大事……』

 

 それも次第に無理になり大喬は小喬を狙いだす。まずは腐りかけの木の枝を落とした。

 そこからは度が増してゆくばかり。しまいには例の包丁の事件。

 

 もう、戻れないところまで来ていた。

 そして今夜、とうとう彼女は行動に出たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう……こと?悪霊って?」

 

「悪い幽霊のことだよ。

大喬ちゃんはそのなりかけ」

 

「あの……お姉ちゃんは幽霊?それに悪い幽霊??」

 

 小喬の動揺している姿に横島は一瞬躊躇うが、そのまま続ける。

 

「多分、大喬ちゃんは……小喬ちゃんが心配だったんだ」

 

「……え?」

 

「死んだ後、一人残してしまう小喬ちゃんが心配でそれが未練になって大喬ちゃんはこの世にとどまったんだと思う」

 

 そうそれこそが大喬がいまだ現世にとどまっている理由。

 小喬に憑いた根本的な理由。

 

「でも、問題は大喬ちゃんの……死に方」

 

 大喬は黄巾党の連中に犯されて殺された、隠れていた小喬の目の前で。

 

 まだ雪蓮たちが来ていない時、大喬のいた村を黄巾党が遅い、略奪の限りを繰り返していた。

 

 大喬はこのままでは小喬が危ないと家の戸の中に小喬を隠し、自分が囮となり族に捕まり陵辱されたのだ。

 

「大喬ちゃんには恨みの気持ちがあった……この世にとどまるっつーことは、その恨みも怨みに変わって大喬ちゃんの中に残るってこと」

 

 そして、その怨みは小喬を想う純粋な心をも犯し――

 

「その怨みが大喬ちゃんを悪霊に変えようとしてんだ」

 

「そんな……」

 

 信じられない話だ。普段なら信じるはずもない話。

 

 だが目の前に姉がいて、それも中に浮き机を操り投げて来た。そんなこと普通の人間が出来るはずがない。

 

 何より姉はもう死んだのだ。

 

「で、でも何でお姉ちゃんは私を狙うの?」

 

「それは……」

 

 それは横島にとって一番伝えたくないことだった。

 小喬は男が怖いのにわざわざ震えながらもお礼を言いに来てくれたいい子なのだ。

 そんな子がこの話を聞いて自分を責めないわけがない。

 

 それでも……小喬と大喬を救うには伝えるしかないのだ。

 

「小喬ちゃん……大喬ちゃんを求めたろ?」

 

「え?」

 

「一人は嫌だとか、寂しいとか思ったろ?」

 

「それは……あるけど」

 

 それが何なのだと小喬は思う。

 大事な姉を亡くしたのだ。そう思うのは仕方ないだろう、と。

 

「言ったろ、大喬ちゃんの未練は小喬ちゃんだって。大喬ちゃんは小喬ちゃんが一人で大丈夫か心配でこの世にとどまった。だから大喬ちゃんの基本的な行動基準は小喬ちゃんのためなんだ」

 

「……だから、何なのよ?」

 

「大喬ちゃんは叶えようとしてるだけなんだ。

小喬ちゃんの願いを……歪んだ形で」

 

「私の……願い?」

 

「一人は嫌だ、寂しい……そう思うなら一緒になればいいって」

 

 小喬は急に心が冷えていくのを感じた。

 まさか……そんな……、考えは止まらない。

 

「だから、小喬ちゃんを大喬ちゃんと一緒の幽霊にしちまえば……一緒にいられるって」

 

 決定的な一言。小喬は力が抜けポツリと洩らす。

 

「――――私の……せい?」

 

「ちがっ――ちっ!?」

 

 否定しようとした瞬間、再び大喬が机を二人めがけて飛ばす。

 横島はそれを何とか避け、小喬の肩を掴んだ。

 

「小喬ちゃん、いいか?大喬ちゃんがこうなったのは絶対小喬ちゃんのせいなんかじゃねぇ!

大事な人が死んじまったんだ……そんなことを考えるなってほうが無理だ。でも、大喬ちゃんはもうすぐ悪霊になっちまう……」

 

 そこで一息つき、真剣な瞳で小喬を見据えた。

 

「だから俺はそうなる前に大喬ちゃんを祓う!」

 

「……え?祓うって……、だ、大体あんたにそんなこと出来るの?」

 

「ああ、俺はそういうのが本職だからな」

 

「で、でも……」

 

「このままじゃ館の人たちにまで被害がいっちまう……そうなってからじゃ遅いんだ。だから、そうなる前に俺が――」

 

「だめっ!そんなのっ……お姉ちゃん何も悪くないじゃないっ!!ただ私の願いを叶えようとしてくれてるだけで……」

 

「そうだな……でも、だからってこのままにしておけないだろ?館の人のためにも……大喬ちゃんのためにも」

 

「お姉ちゃんのため……?」

 

 祓うことのどこに大喬のためになることがあるのだろうか?少しの怒りの目を乗せ横島を睨む。

 

「大喬ちゃんに……罪の無い人を殺させてもいいのか?」

 

 だが、その言葉に息を呑む。

 

 そう、もしこのまま大喬が悪霊になれば人を襲い、最悪誰かを殺していまう。

 あの優しい姉が人を殺すなんて……見たくないし、させたくもない。

 

「じゃ、じゃあどうすればいいって言うのよ!?お姉ちゃんがまた死んじゃうとこなんて私もう見たくないっ!!」

 

 嫌だった。姉がいねくなる所をもう一度見るなんて、絶対嫌だった。

 そう思い、涙が流れた時だ――

 

「だったら成仏させてやろう」

 

 優しい声。

 小喬は横島を見上げる。

 

「大喬ちゃんの未練は小喬ちゃんだ。

だから小喬ちゃん……小喬ちゃんがやるんだ」

 

 温かい表情だった。

 とても日夜女性に声をかけまくっていた男と同一とは思えない程、柔らかな表情。

 

「俺も手伝うから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大喬ちゃんを安心させて成仏させてやるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小喬は少しだけその表情に魅いった。

 

 

 

 

続く。

 

 

 

 




本日の更新は以上です。
読んでくれてありがとうございました❗
明日は小喬編ラスト二話とオマケの三話更新です。
よかったらまた見てやって下さい。


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1―7

本日の更新です。
今回の更新でで小喬編は終わりです。


 

 

 

 

1-7

 

 

 

 

 

 

 

 

『やだっやだぁ!!お姉ちゃんも一緒にっ……!』

 

『誰もいないと家の中を探されて見つかるかもしれないけど、私が見つかればきっと他の場所は……少なくても見つかりにくいこの場所はみつからないから』

 

『そうじゃないよっ!一緒に隠れよう?ね!』

 

『私、お姉ちゃんだもん。だから小喬ちゃんを守るの』

 

『いや……いやだよぉ!』

 

『もう……小喬ちゃんがそんなんじゃ、私心配だよ』

 

『だ、だったら一緒にいてよっ』

 

『……ごめんね』

 

『お姉ちゃんっ!』

 

『小喬ちゃん……約束して――』

 

 その言葉を口にして大喬は優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私がお姉ちゃんを成仏させる……?」

 

 それは言葉を変えただけで姉を殺すことではないのだろうか?そう小喬は考える。

 

「大喬ちゃんの未練は小喬ちゃんだ。小喬ちゃんが心配でこの世にとどまってる。だから安心させてやるんだ。大喬ちゃんがいなくても大丈夫って」

 

 無理だ。

 

「無理よ」

 

 即座に否定する。そんなこと出来るはずがなかった。

 

「だってお姉ちゃんが目の前にいるのに……こんなに近くにいるのにっ!もう会えないって思ってたのに会えたんだよ!?それなのに、また会えなくなるなんて嫌よっ!!」

 

「小喬ちゃん……」

 

 当たり前だ、と横島は思う。小喬の言葉は当たり前のことだと。当然の主張だと。

 

 でも、それでも横島はどちらか片方でなく両方を助けたかった。

 

「クスッ」

 

「っ!?」

 

 後ろから聞こえた笑い声に振り向く。その先には三度横島たちに襲い来る机があった!

 

 いつもなら避けられた。だが此処は動くには狭い部屋。

 

 間に合わないと判断すると、横島は小喬を庇うように立ち、飛来する机に背を向けた。

 

「――がぁっ!?」

 

「横島っ!?」

 

 鋭い衝撃が背中を襲うが何とか横島は倒れる事無く踏みとどまる。眼前には心配そうにこちらを見る小喬。

 

 横島は好意には鈍感であるが敵意や嫌悪には敏感である。まぁ横島自身の行動が元で大体嫌われたりするのだが……。

 だから横島は理解していた。小喬が自分を嫌っていることを。

 

 それなのに今こうして小喬は横島を心配している……。横島はそれが嬉しかった。

 

「俺は……女の子が大好きだ!」

 

「……へ?」

 

「女の子が綺麗な姉ちゃんなら力の限り助ける。そのかわり乳とか揉ましてもらうけど……。将来有望な美少女でも何としてでも助ける。数年後にデートして貰うけど……。ちなみに乳揉みもデートも成功したこたねぇけどな」

 

「さっきから何言って……」

 

「それでも俺は女の子が大好きだからな。だから俺は将来有望な小喬ちゃんも、大喬ちゃんも助けたいっ!」

 

「っ!」

 

「でも俺じゃ駄目なんだ……。大喬ちゃんには小喬ちゃんじゃなきゃ駄目なんだ。残酷なこと言ってんのは分かる。でもこのまま放っておくほうが駄目なんだ!」

 

 横島は悔しかった。

 GSなんて仕事をやってたくせに女の子二人助けられないことが……。

 横島は悔しかった。

 

「ちゃんとした話なんて出来なかったけど……見てただけで分かるよ、大喬ちゃんがどんだけいい子だってことが。そんな子が下衆な野郎に殺されて、なんの罪もないのに尚且つ悪霊になっちまう……そんなの絶対間違ってんだろ!?」

 

 だから横島は決めたのだ。二人を助けることを手伝おうと。

 

「だから小喬ちゃん――」

 

 横島はそこで言葉を止めた。言わなくても小喬には伝わったと思ったから。

 

 横島は大喬へと向き直る。その時点で大喬は次の行動へ出ていた。

 一番最初に小喬に放ったガラスの破片……再びソレが飛来してきていた!

 

「へっ何のためにわざわざ痛い思いして机を受け止めたと思ってんだ……」

 

 飛んでくるガラスに不適に笑い、横島は自分にぶつかっていた机を抱え――

 

「こうするためだっ、だらぁーーー!!」

 

 そのまま机をガラスに向かって投げつけた!

 

「しゃあっ!漢横島っ行っきま~す!!」

 

 それから横島は大喬へと突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんを……成仏させる」

 

 小喬は呟く。それは姉を殺すのではなく救うことだと……横島はそう言いたかったんだろう。

 そしてそのことを小喬は先程のやりとりで理解した。

 

「お姉ちゃんを……」

 

 あの日、姉が死んでから……雪蓮たちと一緒に姉を埋葬してから、ずっと……もう一度会いたいと思っていた。

 

 それが今、目の前にいる。だけど目の前にいる姉は正気ではなく、それどころか幽霊で悪霊になりかけているという。

 このままでは人に害をなすと言う。

 

 あの優しい姉が誰かを傷つける?

 そんなことさせたくない。

 

 だがさせないためには姉を成仏させるしかない。だって……大喬は既に死んでいるのだから。

 

 死人は生き返らない。そんなこと小喬は分かっている。

 

 横島の言う通り成仏させるのが大喬のためであり、これからこの世を生きる小喬のためであることは分かっている。

 

 それでも……。

 

 それでも…………。

 

「できない……できないよぉ!」

 

 小喬の瞳から涙が溢れ出す。

 

「お姉ちゃんがここにいるのに……そんなことできないよぉっ!」

 

「わひっ!のわっ!……小喬ちゃ――っ!?」

 

 注意を引き付けた大喬の攻撃を避けていた横島が小喬の様子に気づき、視線をそらした時だ。

 大喬はその隙を見逃さなかった。

 

「うがぁっ!!?」

 

 大喬はすかさず部屋にあった小物類を勢い良く横島へと投擲し、横島はそれをまともに喰らい壁へと激突した。

 

「横島っ!――っ!!」

 

 小喬が横島に駆け寄ろうと腰を浮かすが、小喬はその動きを途中で止めた。

 

 なぜなら横島という障害物がなくなった大喬が、小喬の目の前に立っていたからだ。

 

「お姉ちゃん……」

 

 近くで見て改めて思う。この人は自分の姉だと。

 

 悪霊になりかけているのかもしれない。でも、まぎれもない自分の姉の大喬だと。

 

「わたし……わたしねっ」

 

「……小喬チャン」

 

 小喬を遮るように大喬が口を開く。それと同時に手を小喬に指し伸ばす。

 

 少し発音のおかしい言葉、だが紛れも無い大喬の言葉。

 

「一緒ニ……行コウ」

 

「ぁ……」

 

 その言葉に小喬の瞳が揺れる。

 

「駄目だ!小喬ちゃんっ!!」

 

 横島の叫びは小喬には聞こえない。小喬の意識は完全に大喬だけに向いていた。

 

「また……一緒に居られる?」

 

「ウン」

 

「もう……寂しくない?」

 

「ウン」

 

 頷く姉を見て小喬は思う。

 

 ならいいんじゃないか?と。

 

 大好きな姉が一緒なら、死んでもいいんじゃないか?

 ずっと寂しい思いをするなら、死んでもいいんじゃないか?

 

「だったら……私は――」

 

「小喬ちゃん!!」

 

 横島の叫び空しく、小喬は大喬に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く。

 

 

 

 

 

 



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1―8

 

 

 

1-8

 

 

 

 

 

 

 

「小喬ちゃん!!」

 

 横島は唇をかみ締める。このまま小喬を死なせるわけにはいかない。

 

 だから……

 

 横島はその手に栄光の手を発現させようとして――やめた。

 

「何をやろうとしてんだ俺は……。最悪それしかないってのも分かってるし、覚悟も決めた……」

 

 そう、小喬に言ったように最悪それしかないなら仕方ない。

 

「でもな!まだ諦めるわけにゃいかねぇんだ!!」

 

 状況は最悪、だがまだ詰みではない。

 

「くそったれ!!意地でも止めたらぁっ!!」

 

 悪あがきはいつものこと。だったらそれをやるまでだった。

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん……」

 

「小喬チャン……」

 

「これで……もう一人じゃないよね?」

 

「ウン」

 

 頷く大喬に自然と小喬は笑みを浮かべる。

 

 ああ、これで寂しくない。一人じゃない。

 大好きな姉とまた一緒に居られる。

 

 私は――

 

「安心シテ……」

 

 お姉ちゃんと――

 

「小喬チャンハ私ガ守ルカラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――え?」

 

 大喬の手に小喬の手がもうほんの数ミリで触れる所で、小喬の手が止まる。

 

 当の小喬は目を見開き姉を見つめた。

 

「私ハオ姉チャンダカラ、小喬チャンヲ守ルノ」

 

「お姉ちゃ……」

 

 自然と涙が流れた。

 

 小喬は打ちひしがれる。なんということだ……。

 

 さっきの横島の話から歪んではいるが大喬が小喬の願いを叶えようとしていると聞いた。

 でも…でもまさか……。

 

「死んでまで……私を守ろうとしてくれてるの?」

 

 大喬は小喬に手を差し伸べ微笑んだまま動かない。その微笑みは優しさで満ちていた。

 

 例え闇に犯されていたとしても、妹を思うその心だけは……その優しさだけは本物だったのだ。

 

「はは……私ダメだねお姉ちゃん……。雪蓮様たちに拾ってもらって、館の人に良くしてもらって……。気に入らない男にまで助けてもらって……。ほんと……もらってばっかり」

 

 小喬は思い出していた。

 

「お姉ちゃんにも……本当の所ではいつも守ってもらってた。あの時だって守ってくれた」

 

 姉が死んだ日。

 

「こんなんじゃダメだ……お姉ちゃん、安心なんて出来ないよね」

 

 姉が言った言葉。

 

「寂しいよ……寂しくて寂しくて寂しくてどうにかなっちゃいそうだよ」

 

 姉の最後の願い。

 

「でも、私頑張ってみる」

 

 小喬が大喬の手を握る。だが、それは逃避行為ではなく、決意のための行為。

 

「約束……したもんね」

 

『小喬ちゃん、約束して』

 

「私……私っ」

 

『笑っていて』

 

『私、小喬ちゃんの笑顔が大好きだから……

だから笑って生きて』

 

「頑張るからっ!お姉ちゃんがいなくても笑って生きてけるように頑張るからっ!!」

 

 そう言う小喬の顔は泣きながらも笑顔だった。

 

「一人でも……ちゃんと頑張るからっ!」

 

 大喬はそんな小喬に優しく微笑む。

 

 そして――

 

「大丈夫……小喬チャンハ私ガ守ルカラ」

 

「え?」

 

 その腕を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ……なんで、どうして……?」

 

 血が床に落ちる。真紅の血、血液、人の血。

 

「ぐっ……」

 

 横島の血。

 

「いでで……な、なんとか間に合った~」

 

 小喬の前には小喬を庇い傷を負った横島がいた。

 

 傷といっても大怪我ではない。大喬の手が横島の肩を掠り、血が少し舞った程度だ。

 

「アンタ……血が!?」

 

「大丈夫大丈夫。こんぐらい唾つけときゃ治るって」

 

「で、でも……」

 

 そういう小喬に苦笑し、横島は視線を大喬へと戻す。

 

「離セ……!」

 

「へっ、やだね!将来有望な美少女の手の柔らかさ……何で離さなならんのやっ!!」

 

 大喬から攻撃を受けた際、横島はそのまま大喬の手を掴んでいた。

 

「離セ、離セ、離セ!!憎イ……男ガ憎イ!」

 

 男であるということ……それは犯され殺された大喬にとって、それだけで憎しみの対象になる。

 

「ウアアアアアアアアアアAぁ亜嗚アーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 大喬が掴まれていないほうの手で横島へ殴りかかる。それを横島は霊力を纏った手で受け止めた。

 

「離セッ……離セッ!」

 

「大喬ちゃん……」

 

「離セッ………離シテ……」

 

「お姉ちゃん……」

 

「離シテ……怖イ……男ノ人……怖イヨウッ!!」

 

 泣いていた。大喬は泣いていた。

 ポロポロと涙を流し、泣いていた。

 

 それは小喬が見た初めての姉の嘆き。

 人としての意識が少ないからこそ出た、大喬の本当の感情。

 

 小喬も自然とまた涙が溢れていた。

 

 そうだった……、そうだった。

 姉は……大喬は小喬がすぐ傍で隠れていることを知っていたから、犯されても、殺される直前でも、弱音を……吐かなかった。

 

 当たり前だ。辛かったはずだ。人を憎むのも当然だ。

 

 なのに、なのに姉は……何よりも自分のことを考えてくれていた。

 憎んで幽霊になったんじゃない、小喬のことが心配で幽霊になったのだ。

 

 人を、男を憎む気持ち以上に……妹を安じていたのだ。

 

「小喬ちゃん……なんでさっき大喬ちゃんが小喬ちゃんを攻撃しようとしたか分かるか?」

 

「…………」

 

 小喬は肩を震わすだけで答えない。それでも横島は続ける。

 

「一人でなんて……言うなよ。一人で頑張るなんて寂しいこと言うなよ。そんなんじゃ大喬ちゃんが安心できなくて当然だ」

 

「…………」

 

「言ったろ?手伝うって。俺がいる……雪蓮さんや冥琳さん、祭さんに穏さん……館の皆もいる。一人が寂しいのは当たり前だ。だから皆がいるんだ。誰かいりゃ、寂しくないだろ?」

 

「…………」

 

「いや、違うか。俺達がいたいんだよ、小喬ちゃんと。これから一緒に笑って生きていきてぇんだよ!」

 

気づけば、語尾が荒くなっていた。

 

「はは……結局は二人のためとかいいながら俺は自分のために二人を助けようとしてたってわけだ……。でも、大喬ちゃんをこのままにしたくない。悪霊にしたくないってのは本当なんだ!

だから小喬ちゃんっ――」

 

「――うん、分かってる」

 

 言葉と同時に小喬は横島の隣まで来ていた。

 

「ありがとう。横島」

 

 それから、そう言って大喬に抱きついた。

 

「お姉ちゃんもごめんね。ずっとずっと心配かけてたよね。ずっとずっと守ってもらってたよね」

 

「ウァ……アア!」

 

「死んでからも守ってくれてて……本当にありがとう」

 

「ア……小喬チャ…………ン」

 

「でももう大丈夫だよ。ううん大丈夫にしてみせるよ。さっきはゴメンね、一人っきりじゃまた心配させるよね。今度は大丈夫……だってね、一人じゃないもん。そうでしょ?横島」

 

「おう!もちろんだっ!」

 

 小喬は横島の答えに笑みを零す。

 

「コイツも言ってたけど、私もそうなんだ。

雪蓮様たち本当に優しくて、館の人たちもいい人ばっかで……コイツも、悪い奴じゃなくて……。私、この人たちとなら笑って生きていけると思う。ううん、生きていきたいの」

 

 小喬は大喬から体を離し、見つめあう。顔には心からの笑みを浮かべて。

 

「だからお姉ちゃん。もう、いいよ。もう大丈夫。お姉ちゃんがいなくても笑って生きていける……。だから――」 

 

 後は紡ぐだけ。

 

「だから――」

 

 その間にも駆け巡る大喬との思い出の数々。楽しかったこと、悲しかったこと。たくさんの、たくさんの思い出。

 

「だから――」

 

 それらを胸に小喬は紡ぐ。

 

「だから、さようなら……お姉ちゃん」

 

 別れの言葉を――。

 

 

 

 

 

 

 大喬は動かない。黙って小喬を見つめるだけ。

 

 そして――

 

「うん……」

 

 大喬は最後に生きていた時のように暖かな微笑を浮かべ。

 

「さようなら……小喬ちゃん」

 

 光を残して消えていった。

 

「…………さよなら、お姉ちゃん」

 

 そこにはもう大喬は居なくて。もうこれで二度と会うことはできない。

 

「…………さよ……なら」

 

 彼女が生を全うするその日まで。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「小喬ちゃん」

 

「……何よ」

 

「無理……しなくていいんだぞ」

 

「……無理なんてしてない」

 

「……そんなんじゃ笑えないぜ」

 

「どういう意味よ」

 

 言葉を返しながら横島を睨みつける。横島は肩をすくめて言う。

 

「泣きたい時に泣けない奴が、笑いたい時に笑えるもんか」

 

「っ!」

 

「言ったろ、俺は小喬ちゃんと笑って生きていたいんだって。だから、汚い胸だけど……貸すぜ?」

 

 ――――――。

 

「……ック……ヒック……」

 

 そうして……

 

「うえぇぇ……」

 

 小喬は横島の胸に自らのおデコを乗せ、

 

「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが死んじゃったよぉっ~!!」

 

「ああ、そうだな」

 

 横島はそっと小喬の頭を撫でた。

 

「寂しいよぉ!……悲しいよぉ!!」

 

「ああ、でも小喬ちゃんは一人じゃないぞ」

 

「……うん、うんっ」

 

「俺達がいるからな」

 

「うんっ!」

 

 それから日が開けるまで小喬は横島の胸で泣き続けた。これから笑って生きていくための力を得るように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうなってるの?」

 

「ほう」

 

「あらあら」

 

「むっ」

 

 後日、戦から帰って来た雪蓮たちが見たものとは――

 

「ま~た女の人の着替え覗いたわねっ横島ー!!」

 

「ひぃ~小喬ちゃん堪忍してー!!

つい出来心で~!!」

 

「もうその言い訳は聞き飽きたわよっ!!」

 

 涙目になりながら屋敷を逃げる横島と、怒りながらもどこか楽しげな表情で横島を追いかけるの小喬の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

続く!

 

 

 




これにて小喬編は終わりです。
お読み頂きありがとうございました❗
オマケも楽しんで下さい。


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間幕劇・頑張れ、大喬ちゃんっ!

これは本編とはかけらも関係ありません。
気軽に見て下さい。


 

 

 

 

 

 

 

頑張れ、大喬ちゃんっ!

 

 

 

 

 

 某日、某場所、恋姫芸能事務所。そこに二人の少女が休憩室のソファに座りながら項垂れていた。

 

「暇……だね」

 

「うん、暇だねお姉ちゃん……」

 

「同期のタレントたちは皆引っ張りだこなのに私たちは暇だね……小喬ちゃん」

 

「うん、そだねお姉ちゃん……」

 

「「…………」」

 

 何を隠そう双子タレントこと大喬と小喬である。

 デビュー当時は双子タレントということで話題を集めたが今では仕事が激減し、世の中から忘れられつつある女優である。

 

 数十秒沈黙が続くが、耐えられなくなったのか小喬がテーブルをばんっ!と、叩いた。

 

「そもそもなんで私たち真・恋姫†無双に出番がないのよ!?無印から出番があったのに!」

 

「……私たちだけだよね、無印からいなくなったキャラって」

 

「あり得ないじゃない!無印ではサクッと死んだ華雄は真・恋姫じゃ生きて何かネタキャラになってるのに、なんで私たちは存在自体消されてるのよ!?」

 

「一応アニメとかには出番があったものの、チョイ役みたいなものだったもんね」

 

 彼女たちの代表作、恋姫†無双以降、その扱いは雑と言っていいだろう。

 続編には登場させて貰えず、アニメも重要な位置にはいなかった。

 正直、アニメで存在を完全に消された主人公の北郷一刀より扱いは悪いといえた。

 

「聞いてよお姉ちゃん。こないだ後輩の風とすれ違ったんだけどね」

 

『あ、風。今から仕事?』

 

『ええ。公式の仕事は落ち着きましたが、二次創作などの出演依頼が多いもので……小喬ちゃんは今日も休みですか~?羨ましいですね~』

 

「って言われたの!!今日もって何よ今日もって!!それに後輩なんだから、ちゃん付けじゃなく先輩って呼びなさいよね!!」

 

「風ちゃん本当に人気あるもんね。二次創作のお仕事でもほとんどがメインの役だし」

 

「悔しい!お姉ちゃん私悔しいよー!!」

 

 ジタバタと暴れる妹を見ながら大喬は申し訳なさそうな顔をする。

 恋姫以外の三国志を題材にした作品には、大なり小なり大喬小喬は登場する。必ずといっていい程だ。しかもどの作品でも美人、美女に描かれ一定の人気がある。

 それなのに恋姫で人気が出ない理由に大喬は心当たりがあった。

 

「なんで私たちには二次創作からの依頼もないのよ!?あってもチョイ役ばっかりでメインになる話なんて極僅か!そもそも登場すらされないし!!」

 

「ファン人気……ないもんね私たち」

 

「やめて!そんな事実聞きたくないわっ!!」

 

 なんて不毛なやり取りを続けていると、休憩室のドアが勢いよく開き、一人の男が入ってくる。

 

「聞いてくれ二人共!」

 

「あ、北郷プロデューサー。お疲れ様です」

 

「ちょっとプロデューサー!今日こそは仕事取ってきたんでしょーね!?」

 

 噛みつくような勢いの小喬に北郷一刀プロデューサー……もとい一刀はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ああ、しかもデカイ仕事だ!」

 

「「……え?」」

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっとプロデューサー?こ、これメインヒロインって書いてあるんだけど?」

 

「見間違いじゃないぞ?二次創作、しかもクロスオーバー作品だけどメインヒロインの一人に選ばれたんだよ!」

 

 小喬に渡された台本。そこにはメインヒロインの文字がデカデカと書かれていた。

 小喬はワナワナと震えていたが、立ち上がり手を天へと上げた。

 

「よっしゃーー!!!!」

 

「しかもメインヒロインの中で一番最初に出てくるらしいぞ」

 

「キタキタキタキター!!!!」

 

「あの……」

 

「大変だとは思うけど、やってくれるか?小喬」

 

「あったり前じゃない!これを気に再ブレイクよ!」

 

「あの、プロデューサー……」

 

「ん?あ、ごめん。なんだい大喬」

 

「あっお姉ちゃんもメインヒロインってことよね!だって私たち双子だし出るタイミングは一緒のはずだもんね!」

 

 嬉しそうな小喬を気まずそうに見ながら、小さく呟いた。

 

「私、幽霊役ってなってるんですが?というか幽霊ってことは死んでるってことですか?」

 

「「…………」」

 

「……ちょっと、どういうことプロデューサー?お姉ちゃん幽霊役なの?」

 

「あーまぁ、そんな感じ……かな」

 

「……理由とか、聞いてますか?」

 

「いや、えーとストーリー上仕方ないってのもあるんだけど、先方がその、な?」

 

 ぼかすような言い方をする一刀だが、大喬の責めるような視線に真実を口にした。

 

「……ふたなりはちょっと無理。だそうだ」

 

「うあぁぁん!!やっぱりそれが理由なんだー!!!」

 

 想像していた通りの理由に大喬はわんわんと大泣きした。

 

 

 

 

 

続く?

 

 




頑張れ大喬ちゃん!公式に負けるな!
って感じのオマケでしたw
話の区切りにまた続きを書くかもしれません。
では明日からは黄巾党編です。
また読んでくれると嬉しいです。

感想、評価ありがとうございます。力になります。



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2ー1

黄巾党編スタートです。


 

 

 

 

2-1

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごーすと……す、い~ぱ?」

 

「そ、ゴーストスイーパー」

 

「それがアンタの天の国での職なの?」

 

「いんや、俺は助手をやってただけ。まぁそれなりに除霊現場には立ち会ってるけどな」

 

雲ひとつない快晴の空の下、屋敷の中庭にある木の一つに横島と小喬はいた。

 

「だからお祓いの方法も知ってるってこと?

お姉ちゃんを祓うとか言ってたし……出来るんでしょ?」

 

「ああ、強力な悪霊は無理でも力の弱い奴らなら俺でも祓える。大喬ちゃんはそもそも完全な悪霊じゃなくて成りかけだったしな」

 

話の話題は横島の霊能力。というか幽霊が見えることや横島がいた世界でのこと。

 

ちなみに横島が天の国から来たことは雪蓮に許可を貰い、小喬には話してある。

 

「でもアンタみたいな間抜け顔の男が天の御使いとはね~」

 

「うるへー!間抜けなんは元からじゃー!それに天の御使いっていうけど、こっちでそう呼ばれてるだけで、天でも何でもないからな~」

 

「でも、この国よりずっと平和なんでしょ?」

 

「いや、そうでもないぞ」

 

その言葉に小喬は目を丸くする。彼女の想像する天の国とは、何不自由ない平和な暮らしを送れる世界であるからだ。

 

「まぁ俺のいた国は表向きは平和だったけど、やっぱり事件はいっぱいあった。人も一年のうちに何万って死んでる。他の国では今でも戦争が起きてるし、何より此処より悪霊がさかんにいるからな」

 

「天の国も大変なのね……」

 

「ま、それでも楽しい場所だけどな」

 

 そう言って横島は向こうでの仲間を思い出す。上司である美神たち。雪乃丞やピートに愛子といった友達。妙神山の小竜姫たち。

 色々とクセの多い人物たちだが、その日々は騒がしく何だかんだいって楽しい日々であった。

 

 ちなみに、横島がその中で一番クセがあったのは言うまでもない。

 

「……私も行ってみたいな、天の国」

 

「じゃあいつか案内したるぞ?」

 

「ほんと!?」

 

「おう!俺には女の子の好きな店とかよく分からんけどな」

 

「別にアンタにそんなこと期待してないわよ。

でも楽しみが増えたな~。ありがとね、横島」

 

 小喬の言葉に照れくさそうに頬をかく。と、その時だ。

 

「こんな所にいたのか二人共」

 

「冥琳さん!」

 

「冥琳様っ!何か御用ですか?」

 

 冥琳が二人の下へやってくる。小喬は表情を明るくさせ、冥琳へと駆け寄る。

 

「すまんな、邪魔をしてしまって」

 

「いいえいいえ!あんな変態の相手より冥琳様との会話の方が何億倍も大事ですからっ」

 

「……いつみても思うけど、凄い変わりようやな」

 

 小喬は雪蓮と冥琳に助けられて以来、二人に感謝の念と尊敬や憧れを抱いており、二人に対しては普段の態度とは違った態度になるのだ。

 

「それでどうしたんすか?冥琳さんがわざわざ来るってことは何かあったんすか?」

 

「いや、手の空いてる者が私しかいなくてな。

といっても私もこの後また別の用があるんだが」

 

「最近、黄巾党の動きも派手になってますもんね」

 

「ああ、袁術にいいように使われて困ったものだ」

 

 そう言いながらも冥琳の顔は困った顔などしていなかった。あるのは孫呉復活へ向けての野望の色である。

 

「それに……少し変なこともあってな」

 

「変なことっすか?」

 

「ああ、敵の兵たちなんだが戦った者たちの話によるとどうも様子がおかしいらしい。どこか虚ろで生きている気がしないと言う。雪蓮も何か嫌な気配を感じると言っていてな……」

 

「生きている気が……しない?」

 

 その言葉に横島がかすかに反応する。が、幸いにも冥琳は横島の反応に気づきはしたが普通に怪訝に思っただけだろうと流した。

 

「それ以外は問題はないんだが……と、お前達にこんな話をしても仕方ないか。スマン、忘れてくれ」

 

「いや、全然構わないっすよ。愚痴を聞くぐらいしか出来ることなんてないですしね」

 

「堂々と言うことじゃないじゃない……」

 

「フフ、では今度雪蓮に対する愚痴に付き合ってもらうとしよう」

 

 それから三人は顔を合わせて笑い合う。

 

 冥琳は笑みを浮かべながら二人を見る。

 つい最近まで男に恐怖していた小喬、だが彼女は男と話す時まだ緊張が見えるものの普通に接することが出来るようになった。

 そしてそのきっかけを作ったのが赤い布を額に巻いた男……横島だ。

 

 二人の間に何があったのかは詳しくは知らない。だが雪蓮と二人で小喬に話を聞いた時、

 

「アイツは教えてくれたんです。私は一人じゃないって…。気づかせてくれたんです。私がどれだけ雪蓮様や冥琳様、此処に住む人たちがどれだけ好きかってことに」

 

 その言葉で横島が小喬を救ったのだと分かったのだ。

 

「と、話が脱線してしまったな。少し二人におつかいを頼みたいのだ」

 

「おつかいですか?」

 

「冥琳さまの頼みなら何でもお聞きしますよっ!」

 

「ありがとう小喬。実は外の林に行って薬草をとってきて欲しいのだ。もう切れかかっていてな、だが誰も手の空いているものがいないのだ」

 

「そんなことぐらいだったらお安い御用っすよ!」

 

 二人は快く頷き、林へと出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、あったあった。これだよな?」

 

「うん、それであってるわ。それじゃ早いとこ採って戻るわよ」

 

「おう!」

 

 林に入りしばらくして俺と小喬ちゃんの二人は無事、目的の薬草をみつけることが出来た。

 

 といってもここら辺は比較的安全な場所だし、わざわざ雪蓮さんの所に攻めてくるような輩も今のところはいない。ま、小喬ちゃんの言った通りさっさと終わらせて館に戻るか。

 お礼と称して冥琳さんのチチを揉みくだしてやら~!

 

「ねぇ横島、さっきの冥琳さまの話覚えてる?」

 

「ん?話?」

 

「ほらっ、生きている気がしないって話よ!あれってもしかして……」

 

「あ~多分憑かれてると思うぞ。そりゃ戦がこんだけ起こってりゃ霊もわんさかいるわな」

 

 ただ……少し引っかかんだよなぁ~。

 

「一人二人が憑かれてるならともかく冥琳さんが言ってたのは敵の兵たち……だったろ?そんなに大勢の人間が憑かれるのはちょっと普通じゃない気がするんだ」

 

「普通じゃないって……そんな相手と戦って雪蓮さまたち大丈夫なの!?」

 

「今まで何もおこってないし多分大丈夫だとは思うけど……」

 

 あと一つ気になることがある……。憑かれたのが敵側だけってことに。

 

 でも何だか嫌な予感がするんだよな~。またトラブルに巻き込まれそうな…。

 

「多分てそんないい加減な――「きゃあああああああ!!?」っ!?」

 

 悲鳴っ!?しかもこの声は……!?

 

「俺の美女センサーが反応している!?声の主は間違いなく美女!待ってて下さいまだ見ぬ美女!この横島忠夫が今助けにいっきま~す!!」

 

「え?て、ちょっ……横島ぁ!?」

 

 俺は小喬ちゃんの声を後ろに、声の元へと駆け出した。

 うお~!待ってろよチチ、シリ、フトモモー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島たちがいる同じ林の中、そこを走る二人の者がいた。

 

 桃色で長髪の少女と、水色の髪をサイドテールに纏めた少女の二人だ。その少女二人は何かから逃げるように走っていた。

 

「はぁっ…もうちょっとで街につくのに……こんなところで掴まるもんですか!」

 

「はぁ…はぁ……ちーちゃ~ん、お姉ちゃんもう疲れた~」

 

「もうちょっとだからがんばってよ天和姉さん!何のために、あそこからちー達が逃げてきたと思ってるの!?」

 

「だってぇ」

 

「シャアアアアア!!」

 

 と、突如奇声と共に、黄色の布を巻いた数人の男が二人の少女の後ろに現れる。どうやらこの二人を追っているらしい。

 

「っ!もう追いついてきた!?」

 

「やぁん、もうお姉ちゃん走れないよ~!」

 

 弱音を吐きながらも二人は足を動かし続ける。しかしここで捕まる訳にはいかないのだ。

 彼女たちの大切な者のために。

 

「きゃあっ!」

 

 だが後ろを気にしすぎたためか、桃色の少女の方が足を引っ掛けその場にこけてしまう。

 

「姉さん!?」

 

「私のことはいいから、ちーちゃんは逃げてっ」

 

「っ……分かった!ごめん…天和姉さん!!」

 

「わー!ウソウソ、ウソだよぉ!お姉ちゃんを見捨てないで!」

 

「こっちも冗談よ!ほら天和姉さん早く立って――っ!?」

 

「つ、つつつつつかまっまエたたったたたタ」

 

 姉を助け起こした瞬間、少女の腕を追ってきていた男の一人が捕まえた。だが、その男の表情は正常なものとはいえなかった。

 口からは涎が垂れ流しになっており、目は焦点があっておらず、それどころか片目は白目になっており、言葉遣いも変に歪んでいる。

 

 だが、少女はそんな男に驚くことはなかった。なぜなら男達がこういう状態なのは知っていたからだ。

 そして男たちが決して自分達に危害を加えることのないことも。

 

 だが、それでも捕まる訳にはいかなかった。やっと目を盗んで抜け出してきたのに、また戻される訳にはいかなかったのだ。

 

「離して……このっ汚い手でちぃに触らないでよ!」

 

「ムダだだだだダ、かええええル、おおおっとなししシくくくくく」

 

 叫び、必死でどうにか振り払おうとするが元々男と女、どうすることも出来ない。そうしている間に残った男たちが姉に近づいてくる。

 

 もうダメかも……!

 

 そんな考えが頭を過ぎった時だ、

 

「だらっしゃーーーーーーーーーー!!その汚ぇ手を離しやがれぇぇぇ!!」

 

 一人の男が少女の後ろから腕を掴んでいた男にとび蹴りを食らわせたのだ。

 

 その蹴りにより少女から男は腕を離し、数メートル吹っ飛ぶ。少女は自然と自分を助けてくれた男へと視線を移す。

 

 今までみたこともない青い服に額には赤い布を巻いた男、顔はそれほどかっこよくないが、不細工でもないだろう……この男が自分を助けてくれた。

 

 と、此処で男と目が合う。

 

「えと、ありが――」

 

 だが一瞬で男は……

 

「大丈夫ですかお嬢さん?」

 

「え?あ、ありがとう~」

 

 自分の姉の手を握りしめていた。

 

 だが、少女ははっきりと気づいていた。

 

「いえ、お礼なんて……」

 

 男の視線が少女の胸から姉の胸へと移っていたのを……!

 

「あなたの体で払って貰えればぼかぁーもう!!」

 

「きゃああああああ!!?」

 

「姉さんに何するのよ!この変態っ!!」

「アンタが襲おうとしてどうするのよ!この馬鹿ぁ!!」

 

「ぶぎゅらばぁ!!?」

 

 姉に飛びかかろうとした男は、少女ともう一人小柄な少女により殴り飛ばされた。

 

 

 

 

 

「横島ぁ!!」

 

「ひぃぃ!堪忍や小喬ちゃん!!」

 

「どうして人を助けようとして逆に人を襲ってるのよアンタはー!!」

 

「仕方ないんやー!この胸が!男の夢がいっぱいつまったこの胸がワイを狂わせたんやーー!!」

 

「胸ぇ!?そんなに胸が大きいのがいいの!?

それは私へのあてつけか?胸の小さな私へのあてつけかぁ!?」

 

「ひぃぃぃぃぃーーー!!」

 

 先程までの緊迫した空気はなく、そこにはカオスな空間が出来上がっていた。

 いきなり少女たちの前に現れた男…横島が、これまた別に現れた少女…小喬に良いように殴り蹴られているのだ。

 

 二人の少女の内、姉の方は横島の言葉に自然と胸を隠し、妹の方は胸の話題に怒りを覚え、何気なく横島への折檻に参加していた。

 

 まぁだが、こんな空気も長くは続くはずもなく……

 

「っ、小喬ちゃん!将来有望な美少女!」

 

「ちーは今でも十分有望よ……きゃっ!」

 

「わわっ!」

 

 横島の叫び声と共に二人は横島に引き寄せられる。少女は純粋に驚き、小喬は横島に抱き寄せられた形になったことに頬を赤く染めた。

 

 だが、二人とも直ぐに状況を理解する。

 

「じゃじじじじじゃマ、するぅぅぅるナ!!」

 

 そう、例の男たちが再び襲い掛かってきていたのだ。

 

「小喬ちゃんは二人を頼む!」

 

「ちょっと一人で大丈夫なの!?」

 

「喧嘩なら問題ありだけど今回は……俺の得意分野だ!」

 

 そう言って横島は男達に向き合った。

 

(こいつら弱い霊に取り憑かれてやがる……なら!)

 

 横島は己の手に霊力を集める。だが、それを栄光の手へとは発展させない。

 

 相手は霊に憑かれただけの中身はただの人間なのだ。そんな相手に栄光の手や霊波刀は威力が強すぎるのだ。

 それに憑いているのも弱霊ばかり……そう判断して霊力を手に纏わすだけにしていた。

 

「はっ霊に憑かれてるとはいえ相手は男!遠慮なくいかせてもらうぜ!!」

 

 その言葉と共に横島は駆ける!

 

 だが男たちの行動も少女たちとは別の行動へと移る。男たちが傷つけるなと命令されているのは少女二人のみ。横島に遠慮する理由などない!

 男たちも駆け出した横島にすかさず腰の剣を抜き構える。

 

「お、おおおオオオオオオオオぉぉぉ!!!」

 

 まずは横島に一番近い男が剣を振るう。

 

「横島っ!!」

 

 小喬が悲鳴を上げる……が、横島はニヒルな笑みを崩さなかった。

 

 そう、こと横島はある一点においては人間の能力を遥かに超えているものがある。痛がりだったが故に身についた能力……動体視力!

 

「美神さんの鬼のような折檻を耐えてきたこの俺に、そんな攻撃があたるかボケぇ!!」

 

 言葉通りに横島は男の斬撃を見事かわし、なおかつ懐へと潜り込む。

 

「蝶のように舞い……蜂のように刺ぁす!!」

 

 それから渾身の右ストレートを叩き込んだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

「嘘……」

 

「すごい……」

 

「ちょっとだけカッコいいかも……」

 

 小喬と少女二人の言葉が小さく漏れる。三人は目の前の光景に唖然としていた。

 

 付き合いのある小喬でさえ弱いと思っていた横島が数人の男たちを一瞬で伸してしまったのだ。

 そして小喬以上に二人の少女は驚いていた。少女たちは知っているのだ、あの男たちの異常性というものを。

 だからその異常な連中を楽々に片付けた横島に驚愕の眼差しを向けていた。

 

「ふっ……他愛もない(決まったー!これであのバインバインの姉ちゃんは俺に惚れたも同然やー!!)」

 

 が、当の横島の頭の中はこんなもんである。

 

 それに今回横島が楽に勝てたのは横島が物凄く強いからではない。相手が男というのと憑いていたのが弱い霊であるのが大きい要因である。

 これまで数えられない程の霊と戦ってきた横島が今更弱い霊に遅れをとるようなことはないのである。

 横島がしり込みしてしまうような強い霊ならともかく、この程度の修羅場はかつて嫌という程潜り抜けてきたのだ。

 

「さてと……出てきやがったな」

 

「え?……な、何あれ?」

 

「うげっ気持ち悪い~」

 

「お姉ちゃんちょっと怖いかも……」

 

 四人の視線が倒れた男たちに集中する。

 

 なぜなら男たちからモヤモヤとした黒い何かが出て来たかと思うと、その黒い何かは醜い人のような形態へと変わったのだ。

 それはもちろん男たちに取り付いていた霊なのだが、今まで霊を見たことのない三人には未知の物体以外の何にでもない。

 

「……なんだこいつらから感じる変な感じ?……もしかしてこいつらも操られてんのか?ま、考えるだけ無駄か……だったら」

 

 横島の手に今まで以上の霊力が込められる。その込められた霊力は力を増大させ一つの形へと姿を変える。

 

 光り輝く剣……霊波刀へと!

 

「光る剣!?」

 

「綺麗……」

 

 驚く少女たちを他所に横島は足を進める。

 

「このGS横島忠夫がテメーらを……」

 

 そして漂う霊たちを――

 

「極楽に逝かせてやるぜぇーー!!!」

 

 霊波刀でなぎ払った。

 

 その光景を目に二人の少女は思う。この人ならもしかして……と。

 

 確かめるように二人は視線を合わせお互いに頷くと、横島へと駆け寄る。

 

「あのっ」

 

「助けて下さいっ」

 

 少女たちの大切な者を助けるため、取り戻すため、横島に望みを託した。

 

「「妹を!!」」

 

 

 

 

 

 

続く!

 

 

 

 

 

 



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2ー2

 

 

 

 

 

2-2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはまだ、黄巾党が結成される前の話。

 

 この大陸に歌で大陸一になろうと夢見る三人の少女がいた。張角、張宝、張梁という名の三姉妹だ。

 

 彼女たちは邑と邑を歩き回り歌を披露する旅芸人として活動していた。が、彼女たちの歌はそれほど人気はなかった。

 別に下手くそなんかではなく上手い部類に入るのだが、聞く人全てを虜にするような力もなく、大陸一などと遠い夢と戦いながらの生活を送っていたのだ。

 

 だがある日、彼女たちの人生が変わる。

 

 ある日の晩。

 歌の疲れを癒しながら店でご飯を食べていた時、一番上の姉である張角がファンと名乗る一人の男からある一冊の本を受け取る。

 

 その一冊の本が全ての始まりだった。

 

 手にいれた本は三人の想像を絶する代物であった。今まで考え付かないような方法、妖術、この時代の者では至ることの出来ない領域がそこにはあったのだ。

 

 この本の名を、太平妖術という。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「太平妖術……」

 

「そう……あの本を手に入れてから、ちーたちの生活は一変したわ」

 

 此処は横島が暮らす館がある邑の中の茶屋。横島たち四人は林から移動し、二人から詳しい話を聞くことにした。

 

「初めはよかった……。ちーたちの歌を聞いてくれる人がどんどん増えていって、応援してくれる人もどんどん増えたから」

 

「でも、だから気がつかなかったの。人和ちゃんが少しずつおかしくなっていってたのに」

 

「詳しく教えてくれるかな?地和ちゃん、天和ちゃん」

 

 二人の名前は茶屋にくるまでに教えられていた。

 ちなみに真名なのはすでに張角という名前は有名になっており、その名で呼ぶのは危険と判断し、真名で呼ぶことにしている。

 

 天和と地和は頷きあい、それからゆっくりと話しだした。黄巾党結成から、逃げて来た現在までの経緯を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いっ凄いわ本当に!あの本を拾ってから全部が順調だわ!」

 

「お姉ちゃんお腹すいたなぁ。またあそこ行こうよ。昨日いった美味しい所」

 

「あ、ちーも行きた~い!」

 

「もう、お金に余裕が出来たっていっても、まだまだ無駄使いなんて出来ないのよ?天和姉さん、地和姉さん」

 

初めの綻びはこの時、いつものように歌を終え、三人で今日のことを振り返りながら話をしていた時。

 

「だってまだ大陸を手に入れるにはまだまだ私たちは小さいわ」

 

「え?」

 

「大陸?」

 

「そう大陸。今までの私たちならそんなことは夢のまた夢だった……。けど、この本があれば夢なんかじゃなくなるわ!姉さんたちも分かるでしょ?」

 

 思えばこの時の人和はどこか様子がおかしかった。でも、大陸を獲るって言葉に目がくらんだちーたちは、その事に気がつけなかった……。

 

「そう……大陸を手に入れるの……。歌だけじゃなく、他の事でも……」

 

 そして次の舞台の時に――

 

「私たち大陸が欲しいのー!みんな、手伝ってくれるー?」

 

「「「「「「ほぁっ、ほぁああああああ!!」」」」」」

 

 ちーたち三人の言葉で出来上がった部隊。それが……黄巾党ってわけ。

 

 

 

 

 

「なんつーしょうもない理由で……」

 

「冥琳さまが聞いたら頭痛で倒れそう……」

 

「言い訳なのは分かってるけど、ちーだってまさかこんな状態にまでなるなんて思ってなかったんだもん!」

 

 

 

 

 

 は、話しを戻すわよ!

 

 初めは追っかけ連中の暴走で始まった事だった。邑の一つを襲い、それをちーたちに献上するって言ってきたの。

 

 正直、ゾッとしたわ。

 ちーたちが軽い気持ちで言った言葉が原因で邑一つが滅んだんだもの。

 そして後悔した……やったのは追っかけたちでも、原因は間違いなくちぃたちだから。

 

 だから止めてもらおうとしたの、また舞台の時に「ちーたちはそんなこと望んでない!」って言おうって!でも……

 

「それはダメよ地和姉さん」

 

「なんでっ!?」

 

「お姉ちゃんも止めたいなぁ、人和ちゃん」

 

「今止めたら逆効果になるからよ天和姉さん。

私たちのためにやったことなのに、何だそれは!って逆上されるのが落ちよ」

 

「でもっ!」

 

「だから一刻も早く大きくならないといけない。暴走した連中を大人しくできるくらいに」

 

 結局、ちーたちは人和の言葉に従った。

 ちょっと考えれば分かるはずだったのに……人和の言ってることが全然違うってことに。むしろ止めるならこの時でなきゃいけなかったのに……!

 

 ちーたちは普段から人和に頼り切っていたの。お金のことも旅の計画も全部人和にまかせっきりだった。

 だから深く考えることもしないで人和に従っちゃった……。ちーたちはお姉ちゃんの筈なのに……ずっと妹に世話になりっぱなしだってことに、この時に改めて思い知らされて情けなくなったわ。

 ずっと悪いお姉ちゃんだったなって……。

 

 そうして人和に止められ放置した結果。黄巾党はまたたくまに巨大化していったわ。

 

 ちーたちがそれを見て不安になっていくなか、人和だけは楽しそうに笑っていた……。

 

 そして、決定的な綻びは組織が巨大化してから起こったわ。

 

「地和様!隊への糧食の配布完了しました!」

 

「ありがと、アンタも戻ってご飯にしてきなさい」

 

「はっ!……その前に握手してくれませんか?

三姉妹の中でも、地和ちゃんが一番好きなんです!」

 

 それは今までに幾度かあったこと、元々黄巾党はちーたちの追っかけで出来ている組織だから、当然ちーたちのことを好きな人しかいない。

 普段はそんなことはしないけど、たまには褒美をやらないと人が離れていくって人和に言われて、時々連中のお願いを聞いてあげたりしていたの。

 

 今回もよく働いてくれたわけだし、周りに他の連中がいると俺も俺も!ってどんどん増えるから嫌だけど、今は誰もいないみたいだから……

 

「別にいいわよ」

 

 そう答えたの。ちーたちは三人仲良しだけど、やぱり一番好きって言われて悪い気はしないしね。

 

 でも……ちーの言葉に嬉しそうに手を出してきて、その手を握ろうとした時、視界が真っ赤に染まった。

 

「……え?」

 

 訳がわからなかった。だって……さっきまでニコニコしていた男が胸から剣を生やして死んでいたんだもの。

 

「な、何?なんで……?嘘……死んで?」

 

「大丈夫姉さん?」

 

 ちーを気遣う声、それはいつもと変わらない温かい声だったけど、声の方へと視線を向けたくなかった。

 

 でも、向けるしか出来なかった。

 そして見えたのは男を刺しただろう男と、その横に笑顔で立つ人和の姿だった。

 

「全く汚い下衆が姉さんに触れようなんて虫唾がはしるわ」

 

「れ、人和?何して……」

 

「何って……、地和姉さんに触れようとした下衆を殺しただけだけど?」

 

「殺っ!?……だ、だって褒美は必要だって!」

 

「ああ、それは駒が出来るまでの話しよ。本当は触れさせるなんてしたくなかったけど、忠実な駒が出来るまでは仕方なかったの。ごめんね地和姉さん」

 

 話しが……噛みあっていなかった。

 どこかがずれていた。

 

 ちーに向ける感情はいつもと同じ親愛と変わらないのに、それ以外の全てが以前の人和と違っていた。

 

「駒……?」

 

「そう、これみたいな、ね」

 

 そう言って人和が男を殺した男を見る。でも、そいつもどこかおかしかった。

 焦点の合ってない目をしてるし、口から涎をたらしてるし、まるで感情の見えない空気を出していた。

 

「流石に一変にかける術はなかったから時間がかかってしまったけど、本隊にいる連中のほとんどに術はかけ終わったわ」

 

呟く人和の手には例のあの本があった。

 

「ああ、地和姉さん血が服に着いてる。ごめんなさい、姉さんに被害がいかないよう殺せって命令したんだけど……」

 

 ちーの頬を撫でながら人和は黙って立つ男へと視線を向け……うっ、今思い出しても気持ち悪くなってきちゃうわね……。

 

 だってあの時人和は―

 

「使えない駒に用はないの。死になさい」

 

 そう命令したの。

 

 そうしたらソイツはどうしたと思う?

 何も反論せずに黙って自分のお腹を剣で刺して自害したのよ。

 

「い、いやああああああああああ!!!」

 

 自分でも情けないくらい叫び声を上げたわ。信じられなかったんだもん、目の前で起こった出来事に。

 

 でも、そこで初めて気づいたの……ううん、目を逸らすのことができなくなった。人和が変になっているってことに。

 

 

 

 それから少しずつまともな人間はいなくなっていって、それに比例して人形みたいな連中が増えていったの。

 

 声もかけてこない、近づいてすらこない、ただ黙ってちーたちを護るだけの人形。

 この頃になると定期的に行っていた歌の舞台すらやらなくなっていたわ。

 

 ちーたちは人目に出ることも人和に止められ、半分軟禁状態になった。

 

 でもだからこそ天和姉さんとたくさん話しをすることが出来たわ。

 今までのこと、人和のこと、黄巾党のこと、これからのこと。

 

「はぁ……どうしたらいいのか分かんないよ~」

 

「お姉ちゃんたち頭良くないもんねぇ」

 

「けど、人和は何とかしてあげなきゃ」

 

「うん、このままじゃ人和ちゃんが可哀想だもんね」

 

「そのためには……あの本をどうにかしなきゃ!」

 

 人和がおかしくなったのは本を手にいれてから。だったら本をどうにかしちゃえば人和は元に戻るはず!

 

 けど、人和は本を厳重に保持していて、ちーたちにさえ触らせてくれない。

 それに二人じゃどうにも出来ないのはちーたち自身が良く分かっていた。

 

 だからって人和をこのまま放っておくなんて出来ない。だったら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人和を助けられることが出来る誰かを探そうって、人和の目を盗んで抜け出してきたって訳」

 

「でも途中で気づかれちゃって追手に追われちゃったんだぁ」

 

「そこに俺たちが現れたってわけか」

 

 二人が頷く。

 

「アンタ……横島――さんって言ったわよね?

さっき見たあの不思議な力なら、人和を助けることが出来ない?出来るならちーたちに力を貸して欲しいの!お願い、妹を助けたいの!」

 

「人和ちゃんを助けたいの、私に出来ることなら何でもするから!」

 

「な、何でも……だと?「横島、わかってるわね?」ハハハ、見返りなんて望むわけないだろ?」

 

 一瞬心がかなり揺れた横島だが、小喬の睨みに慌てて姿勢を正す。視線だけで人を殺せそうな強い殺気に汗がダラダラと流れる。

 

「確かに俺なら何とかできる……かもしれん。確実に人和ちゃんはその本に宿る何かに憑かれてるだろうし」

 

「ならっ!」

 

「ただ憑いてるモノ本体はかなり強力な奴だと思う。弱いとはいっても悪霊を大量に従わせるような奴だ、力は相当なもんだろうな」

 

「そんな……」

 

 横島の言葉に方を落とす二人。そんな二人を小喬は複雑そうに見た後、横島へと視線を移した。

 

「…………」

 

 小喬にとって黄巾党とは恨みの対象だ。姉を襲ったのも黄巾党を名乗った野盗共であった。

 連中は雪蓮たちが退治したが、遺恨がなくなったわけではない……。

 

 だが、小喬は天和と地和を見て姉とのことを思い出していた。どうなろうと妹を想う姿に胸が切なくなる。助けたいとも思う。

 しかし、小喬に何が出来るわけでもない。それが出来るのは隣にいる横島だ。

 

 けれども姉との事件で除霊がどれほど危険かをも知ったのだ。大喬は悪霊になりかけで力の強い悪霊ではなかった。

 だが横島は怪我を負ってしまったのだ、力の弱い霊ですら傷を負ってしまう……それ程危険な仕事なのだ除霊は。

 だから自分を助けてくれたみたいに二人を助けて欲しいとは言えないでいた。

 

「心配すんなって小喬ちゃん」

 

 すると、言葉と共にポンと頭に手を置かれる。

 

「俺があの時言ったこと覚えてるか?」

 

「横島?」

 

「俺は女の子が大好きなんだ。特に天和ちゃんや地和ちゃんみたいな美女、美少女なんて特に。その二人に頼まれたら……断れねぇって」

 

「あ……」

 

「天和ちゃんは綺麗な美人の姉ちゃん、地和ちゃんは将来有望な美少女。そんな二人のお願いを俺が聞かんわけないだろ?」

 

 横島の言葉に小喬以外に天和も地和も顔を明るくなり―

 

「じゃ、じゃあ!」

 

「おう!GS横島忠夫がその依頼、引き受けるぜ」

 

 そして二人は出会って初めての笑顔を浮かべた。

 

 その笑顔を見ながら横島は思う。またやっかいなことになっちまった、と。だが仕方がないと納得もしている。

 そもそも横島自身が女の子の頼みを断れるわけがないのだ。それも飛びっきり美人の。

 

 そして何より何故だか放っておけなかったのだ。

 小喬の時もそうだったが……

 

 

 

 

『姉妹』という存在を。

 

 

 

 

 

 

 

 

続く!

 

 

 

 




本日はここまでです。
また明日も見てくれると嬉しいです。


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2ー3

本日の更新です。
昨日気づいたのですが、ハーメルン様は投稿の時、文字数が見れるんですが、小喬編に比べて黄巾党編は一話あたりの文字数が倍ぐらいありました。
なので黄巾党編、二倍お得です(意味不明)


 

 

 

 

 

 

2-3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら小喬、何してるの?」

 

「うひゃいっ!?し、雪蓮さま!?」

 

 館の者がそれぞれ眠りにつこうかといった時間帯。渡り廊下を歩いていた小喬は後ろから雪蓮に声をかけられ、慌てた様子で振り向く。

 ついでに手に持っているものを後ろに隠しながら。

 

「ちょっとそんなに驚かなくてもいいじゃない」

 

「い、いえ別に驚いたというか何と言うか……」

 

 どう言い訳しようかと考えている途中、雪蓮は小喬が何か後ろに隠していることに気づき嫌らしい笑みを浮かべる。

 

「な・に・を・隠してるのかな~?」

 

「え?雪蓮さま……きゃっ!」

 

 そうしてすぐさま回り込み、小喬の腕を掴んだ。

 

「て、あら?」

 

「あ、あぅ~~、こ、これはその……」

 

 狼狽する小喬を他所に、雪蓮は少々ガッカリする。小喬が隠していたものは期待していた面白いものでも何でもなかったからだ。

 まぁ、狼狽する小喬は見てて可愛かったから別にいいかとも思っている。

 

「そんなに慌てなくても何も咎めたりしないわよ……お腹すいたんでしょ?」

 

 そう、小喬が持っていたのは肉まんなどの食べ物であった。

 

「あ、はい、ちょっと小腹が空いてしまって……申し訳ありません」

 

「いいわよ別に。だってほら」

 

 そう言って雪連も片手に持つ物を小喬に見せる。それは二瓶ほどのお酒だった。

 

「ちょ~っと眠る前に飲みたくなっちゃてね。

私も黙っておくから、冥琳には内緒よ?」

 

「はいっ、それはもちろん!」

 

「ふふ、ありがと。それじゃ私は部屋に戻るから。後、確かに小喬は体が細いと思うけど、あんまり食べ過ぎるとさすがに太るから気をつけなさい。横島に嫌われるわよ?」

 

 それから雪蓮は「ちょっ、なんでそこで横島が出てくるんですかー!?」という小喬の声を後ろに、部屋へと軽い足取りで戻っていった。

 

 ちなみに調子に乗って飲みすぎ、翌朝冥琳に怒られたのは割愛する。

 

「はぁ~心臓が止まるかと思ったわ……」

 

 雪蓮が見えなくなったところで、頬を赤くさせたまま小喬は呟く。そしてこれが切れ者であるが気まぐれな雪蓮でなく、冥琳だったら誤魔化せなかったかもしれない、と安堵の息を漏らした。

 

 それから、また誰かに出会わないようにと足早に小喬は自分の部屋を目指す。幸いにも途中で誰かに出会うことはなく、部屋へとたどり着くことが出来た。

 

 小喬はもう一度誰かいないかを確認して、部屋の扉をあけ中に入り扉を閉めたところで何かに襲われた。

 

「きゃっ!?」

 

 だが小喬を襲った何かは、尻餅をついた小喬には目もくれずある物に襲いかかった…………小喬がもって来た肉まんに。

 

「ちょっとアンタたちねぇ……いきなり襲ってこないでよ!」

 

「だってぇ」

 

「お腹すいてたんだから仕方ないでしょ?」

 

 そう、小喬に襲い掛かったのは天和と地和の二人だったのだ。

 

「だからって飛び掛ってくることないじゃない……」

 

 小喬の小言も右から左へ聞き流し二人は肉まんをぱく付く。

 

「まったく、今の姿を早く見せてたら黄巾党の連中も早く解散したかもね」

 

「ぶー、どういう意味よ」

 

「肉まんおいひ~」

 

 小喬の皮肉に地和は頬を膨らませ、天和はひたすら食べ続ける。

 

「まぁまぁ小喬ちゃん、二人とも俺たちに会うまでは碌にメシも食えてなかったらしいし大目にみてやろうぜ」

 

「それはそうだけ……ど……」

 

 そこに居るはずのない人物の声に気づき、小喬は部屋を見渡しソレを見つけた。

 

「何……やってるの?」

 

「おう!小喬ちゃんがいない間、二人が誰かに見つかったらヤバイからな。見張ってた!」

 

 元気な声で返す横島。だが小喬の目は冷たい。ちなみに他の二人も横島の登場に唖然としている。

 なぜなら横島が現れた場所は……

 

「へぇ~……寝台の下に隠れて?」

 

 そう、寝台の下からだった。そこから首だけを出して小喬と会話しているのだ。

 

「それに横島……あんた鼻血出てるわよ?」

 

「へ?あ、ああそういやさっき鼻を打っちまって……」

 

「それは大変ね……それで何色だった?」

 

「薄いピンクと縞々のストライプ………あ」

 

「やっぱり二人の下着覗いてたんじゃない!!」

 

「大丈夫、小喬ちゃんのは見て……あ、白」

 

「死ねぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 

「ぶぼばぁっ!!!?」

 

 小喬の踵落としが炸裂し、横島は床に顔を埋め込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~死ぬかと思った」

 

「いや、死なないまでも怪我してると思うんだけど……」

 

「コイツが簡単に怪我なんてするはずないでしょ」

 

 地和ちゃんの言葉に小喬ちゃんが俺を睨みながら答える。というか俺だって普通に怪我したりするんだが……。

 

 まぁ美神さんの折檻に比べればマシなのは確かだな。

 

「ところでこれからどうするか、そろそろお姉ちゃん話し合いたいなぁ」

 

「そうね、ちーたちの目的は人和を助けることだもん」

 

「まったく横島が余計なことするから」

 

「ぐ……」

 

 反論したいけど、黙っておいた方が身のためか。それにその通りやし……。

 

「とりあえずこれを見て」

 

 そう言って小喬ちゃんが床に紙を広げる。この大陸の地図だ。

 

「分かってるとは思うけど私たちがいる場所はここ」

 

 と地図の部分を指す。それから地和ちゃんが後を継いで他の場所を指す。

 

「ちーたちが逃げだす前にいたのはここだったかな」

 

「うんうん、確かそうだったよ」

 

「ふぇ~結構離れた所から来たんだな」

 

 歩いて二、三日でこれるような距離じゃない。良く悪霊たちからこの場所まで逃げられたもんだ。

 

「必死だったからね。捕まったら次はないだろうし」

 

「人和ちゃんのためだもんね」

 

 二人が揃って頷く。ほんと仲がいいもんだ。

 

「じゃあこの場所に行けばその人……張梁ちゃんがいるのか?」

 

 二人には真名を預けてもらったけど、張梁ちゃんとはまだ会ってないしな。二人に睨まれてビビッちまった。

 

「う~ん多分いないと思うよ」

 

「そうね、今までも同じ場所に長くなんていなかったし。絶対移動してる筈よ」

 

「じゃあ居場所が分からないってこと?」

 

 小喬ちゃんの言葉に二人が頷く。それはやっかいだな。場所が分からんなら除霊しようがないぞ。

 

「何か知らないのか?その……次どこへ行くとか」

 

「そんなの知ってたらもったいぶらず教えてるわよ」

 

 そりゃそうか。

 

「私とちーちゃん、逃げるのに必死だったから……」

 

「仕方ない……か、でも」

 

「困ったわね」

 

「ああ」

 

 助けたくても助けられない。それに霊に憑かれているのなら、なるべく早く祓ったほうがいい。長く憑かれているとそれだけで厄介な事になる。

 

 つっても二人の話しを聞く限り、かなりの間憑かれてるみたいだが……。

 

「あ!」

 

 と、小喬ちゃんが声を上げる。

 

「そうよ!黄巾党のことなら私たちより良く知ってる人がいるじゃない!」

 

「え!誰のこと??」

 

「……なるほど、雪蓮さんたちか」

 

 確かに、黄巾党と今も戦っている雪蓮さんたちなら俺たちより詳しく知っているか……でも。

 

「この前洩らしてたけど、もう黄巾党は大陸中に足を伸ばしていて、どこに本隊がいるのか分からないって言ってた」

 

 確かもう既に何十万って数とかなんとか。

 

「何よ~それじゃ結局分からないじゃない!」

 

 いや、地和ちゃん俺に文句を言われても……。逃げるように視線を天和ちゃんに移す。

 

 うん、相変わらずええ乳や!

 

 そんな天和ちゃんは話しを聞きながらも、まだ肉まんを食べていた。……俺が言うのもなんだが緊張感ねぇな。

 

 まぁこの時代は食べる物にも苦労してるからな。俺も毎日カップラーメンの貧困生活だったけど……。

 

 ん……食べ物?

 

「なぁ、憑かれているっても黄巾党の連中は人間だよな?」

 

「……?何当たり前のこと聞いてんのよ?」

 

「じゃあ、もちろんメシも食うよな?」

 

「あ、お姉ちゃん皆がご飯食べるとこ見たことあるかも。白目で涎たらしながら食べてて気持ち悪かったけど……」

 

 うげ…それは気持ち悪。じゃなくて、ってことは!

 

「じゃあさ、連中はどこから食料を調達してんだ?」

 

「え?」

 

「どこって……」

 

「っなるほど!」

 

 地和ちゃんは分かったみたいだな。

 

「どういうこと?」

 

「つまりよ、黄巾党は大きくなりすぎたってことでしょ?」

 

「そう、大きくなればなるほど、奪った村なんかの食料だけじゃ足りなくなってくる。ってことはどこかに補給地点があるってことだ!」

 

「じゃあそこを突き止めれば……」

 

「人和ちゃんの居場所が分かる!」

 

「凄いじゃない横島!」

 

 ……なんか素直に褒められると普段褒められてないぶん照れんな。

 

「コホン、まぁ問題はある。そもそも俺たちだけじゃそんなの調べる力も時間もない。それに第一俺が考えつくことなんてきっと他の奴も考えつく、それじゃ遅い」

 

「それじゃどうしたらいいの?」

 

「俺たちが達成しなけりゃならん条件は一つ、他の軍より先に本拠地に着いていること。そして張梁ちゃん救出条件も一つ、戦の混乱に乗じて助けること。流石に俺一人で恐らく数千、数万っている霊を相手にするのは無理だからな。

それを踏まえて出来ることで思いつくのは一つ」

 

 多分これでいけるはず……。

 

「まず、奴らの食料事情を冥琳さんに話す」

 

「ちょっ!それじゃ軍の方が先に人和の居場所に気づいちゃうでしょ!?」

 

「それでいいんだ」

 

「はぁ!?」

 

「小喬ちゃん、冥琳さんに話せばどうなると思う?」

 

「え?……当然、冥琳様なら地和の言った通り黄巾党の本拠地を探し出すと思うけど」

 

 絶対そうだろう。敵の本隊を叩けるチャンスを冥琳さんが見逃す筈がない。

 

 だからそれを利用する。

 

「俺は明日冥琳さんにこういうつもりだ。

『前に黄巾党の本隊がどこにいるか分からないって言ってましたよね?俺、あれから気になって考えてみたんですけど、分かったかもしれません』

ってね。そうすれば必ず冥琳さんは食いつく筈だ。そして奴らを見つけ出す筈。そうしたら絶対軍を動かすだろ?」

 

「まぁ……そうね」

 

「だったら俺たちにもそれは伝わる。その時に聞くんだ。

『見つかってよかったですね、ちなみに何処にいたんですか?』

って」

 

「「「!!」」」

 

「俺から教えて貰った事だし、俺は兵じゃない、そもそも俺は武力でも知力でも戦力として見られてない、そして少なからず信用もあるって思ってる。さぁそんな俺に冥琳さんが教えてくれないってことがあるか?後は簡単、軍の編成をしてる間に俺たちはさっさと本拠地へ向かえばいい。な、簡単だろ?」

 

 俺の問いかけに皆黙って俺を見つめる。それから暫くして小喬ちゃんが口を開いた。

 

「横島、あんた……悪どいわね」

 

「俺の元上司にとって最高の褒め言葉だよ小喬ちゃん」

 

 俺たちの作戦は決まった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、俺の作戦通り冥琳さんは奴らの補給地点を探し始め、無事発見。

 

 その際に居場所を聞くと、思ってた通り教えてくれた。まぁ騙すのは気が引けたけど、今回は仕方ねぇだろ。

 

 そして俺たちは雪蓮さんたちが軍を編成している間に一足先に目的地へと向かった。

 

 ちなみに馬を借りるために今まで稼いできた金がすっからかんになった。……俺が興奮するようなエロ本が無いから貯まってた金が……。

 

 こうなったら体で返して貰おうか!って天和ちゃんに飛び掛ったら小喬ちゃんと地和ちゃんにしこたま殴られた。ちくせう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く!

 

 

 



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2ー4

 

 

 

 

 

2-4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 ぐ~。と、そんな音が少しどころか、かなり古い部屋中に響いた。

 

『お腹すいたね~』

 

 親の顔は覚えていない。物心ついた時から私は二人の姉と一緒にいた。

 

『でもおねえちゃん、きょうのぶんはもう食べたよ?』

 

 そういえばこの頃の私は二人の姉を『姉さん』ではなく『お姉ちゃん』って呼んでいたっけ……。

 

『……う~ちぃもお腹すいたー!肉まん食べたい~!!』

 

『でもうち、おかねないよ?』

 

 あの頃は常にお腹をすかせていたっけ?満足に食べられた事なんてなかったな……。

 

『姉さんのせいだかんね!お腹すいたとかいうから、ちぃまでお腹すいちゃったじゃないっ』

 

『だって~お腹すいたんだもん』

 

『もう……とにかく何かたーべーたーい!』

 

 天和姉さんと地和姉さんはいつも小さな事で言い合いをしていたっけ。

 

 満足に食べることも出来ず、明日を無事に迎えられるか分からない日々。でも……。

 

『……あの』

 

『どうしたの、人和?寒い?』

 

『お姉ちゃんの服、着る?』

 

 それでも自分を不幸だと思ったことはなかった。

 

『ううん、そうじゃないの……これ』

 

『え、それって……食べ物!?』

 

『うん。……なにかあったときのためにとっておいたの。これ、おねえちゃんたちにあげる』

 

 食べ物といっても小さな木の実が数個。それでも少しでも姉さんたちの足しになればいいと思った。

 

 私のたった二人の家族。

 

『『…………』』

 

 でも、二人はじっと私をみて黙ったままで。

 

『あの…ごめん、たりないよ『『ばかっ!!』』ひぅっ!?』

 

 この時の二人の表情は今でも覚えている。私が初めて見た、私に向ける怒りの表情。

 

『アンタは一番小さいんだから、ちゃんと食べないとめっ!なんだからね!!』

 

『いっぱい食べないとお姉ちゃんみたいな美人になれないんだよ?だからちゃんと食べないとダメだよ人和ちゃん!』

 

『え……ぁ、ごめ……なさい……』

 

 初めて向けられた感情に私は何が何だか分からずに泣きそうになっていた。だって二人に嫌われたと思ったんだもの。でも、不安になる必要なんてなかった。

 

『私は人和ちゃんがすっごく好きなんだよ?

でもね、人和がお腹がすいてるのを我慢するのはお姉ちゃん悲しいなぁ』

 

『ちぃね、お腹がすくのはもちろんイヤよ。でも人和が苦しい思いをするのはもっとイヤなんだから』

 

 そう言って、二人は私を抱きしめてくれた。とてもとても温かい……何にも変えがたい温もりだった。

 

『ごめんね、私たちがお腹すいたぁっていつも言ってるからこんなことしたんだよね?』

 

『ちぃたちは別に死ぬ程お腹が減ってるわけじゃないんだから、人和が我慢することないの!わかった?』

 

 二人の愛情が胸に染み込む。ああ、この怒りは……とても温かい。

 

 この時思った。

 この温もりがあれば十分だ。

 この二人がいれば満足だ。

 

 私は……それだけで生きていける。

 

『おねえちゃん……』

 

『なぁに?』

 

『おねえちゃんのお唄、ききたいな。わたし、おねえちゃんのお唄すきだから』

 

『あ、ちぃもちぃもっ!天和姉さんの唄、上手だもん』

 

『う~ん、別にいいよ……あっでもどうせだから皆で歌っちゃおう!』

 

『え?』

 

『ちぃたちも?』

 

『うんっ、三人で歌った方がきっと楽しいよ、ね?』

 

『『…………』』

 

『『うんっ!!』』

 

 私は……幸せだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っあああああああああああああ!!」

 

 どす黒い叫び声と共に天幕にあった色々な物が飛び散る。

 それらは天幕に控えていた兵たちに勢い良くぶつかるのだが、当の兵たちは表情一つ帰ることなく、ただただ自分たちの主を見つめていた。

 

「どうして!?どうして姉さんたちは帰ってこないの!?」

 

 そう自分たちの主……人和を。

 

「使いにだした追っ手も戻ってこない……姉さんたちに力はないはず……なのにどうして帰ってこない!?」

 

 人和という人物は、常に冷静で物静かな少女であった。だが今の人和は鬼のような表情で目が血走り、かつての可憐な少女の面影は残していなかった。

 

「私はっ!姉さんたちのっ!!ために頑張ってきたのに!!!」

 

 備えてあった槍を片手で力任せに投げる。投げた槍は兵の一人に当たりそのまま命を引き取った。

 

 だがそんな些細な事など、この天幕の誰も気にしたりしない。いや、気にすることなど出来ないのだ。

 

「どうして……どうしてぇぇぇぇぇ!!?」

 

 叫ぶと同時に人和は部下である兵の一人に飛ぶかかる。そしてそのまま顔面を殴りつけた!

 

「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして」

 

 その言葉を呪文のように繰り返し呟いては都度兵の顔面を殴る。もともと訓練もしていない華奢な彼女の手は殴るたびに手を痛め傷を増やしていき、殴られ続けら男はいつの間にか息を引き取っていた。

 

「れれれ、れ人和さささまままっまっま」

 

「…………何ですか?」

 

 そんな人和をとめたのは、新たにやってきた兵の言葉。やはり彼も目は焦点があっておらず、口から涎がたれている。

 

「敵がががががが来ま来ましっししししした」

 

 その報告によると、諸侯がこの本隊がいる場所を見つけたらしく進軍しているとのこと。

 

 人和は報告を受け、唇をいやらしく歪めた。

 

「そうよ……あいつらのせいよ」

 

 ふつふつと……憎しみが人和から溢れる。

 

「あいつらが私の邪魔をするから姉さんたちは帰ってこないのよ!!」

 

 もう既に自我は殆ど残されておらず、狂っている人和の中で姉たちだけが唯一人としての人和の人格を残していた。

 

「殺してやる……」

 

 そう呟いた後、人和は一冊の本を持ち天幕を出た。

 

 決戦の時は近い……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~最悪……」

 

 不機嫌な声があたりに響く。黄巾党本隊へと進軍中の雪蓮たちの軍からだ。もちろん声の主は王である雪蓮である。

 

「そういうな雪蓮。まぁ、分からなくはないが」

 

 そう言うものの、この中で一番不機嫌そうにしているのは冥琳である。

 

「無能無能と思っていたが、まさか諸侯にばらしてしまうとは思わなんだぞ」

 

 呆れたように際。それに苦笑しながら穏が続く。

 

「でも蓮華さまたちを呼べるようになったのは良かったじゃないですか」

 

「まぁそれはね」

 

「実際、数の問題でも我が軍だけでは勝つのは難しかっただろうしな……」

 

 冥琳が溜息と共に零す。

 

「ふむ、孫呉復活の足がかりにはなったんじゃ。いつまでも悔いていても仕方ないじゃろう?」

 

「分かっています。それに……本隊を撃つのは我らだ」

 

「当たり前よ。譲る気はないわよ。……それにしても、忠夫は何処行っちゃったのかな~?」

 

「忠夫というのは誰ですか?お姉様」

 

 それまで黙っていた雪蓮の妹、蓮華が尋ねる。

 蓮華の部隊とは先程合流しており、新たに孫権……真名は蓮華、周泰……真名は明命、甘寧……真名は思春などが新たに加わっている。

 

「忠夫はね~…………面白い子よ」

 

「ああ…………バカではあるが、面白い奴ではあるな」

 

「横島は……見ていて飽きない奴じゃな」

 

「忠夫さんはとっても自分に素直な子ですよ」

 

「「「…………」」」

 

 何ともいえない人物評価に押し黙る、新加入の三人。

 

「ど、どんな人なんですかね?」

 

「名は聞いたことがありません。おそらく新参者でしょう蓮華様」

 

「信頼できる者なんですか姉様?」

 

「そこらへんは大丈夫よ。知も武もないし、謀反を起こした所で何も出来ないわ。それにそういう部分では信頼できるわよ」

 

「ええ、そこは私も心配していません。ただ……少し前から行方不明になっていて」

 

「「「行方不明!?」」」

 

 驚く三人に、穏が竹を渡す。何故竹?と思った三人だが、そこに墨で何か書いてあるのに気づく。

 

「えと……各地の美女を拝んできます。すぐに帰ってくるので探さないで下さい。忠夫」

 

「……何、これ?」

 

「見たまんまよ。それ置いてどっか行っちゃったのよ」

 

「どっか行っちゃたのよじゃありません!!もし他国の諜報の者だったらどうするんですか!?」

 

 蓮華の言葉に明命と思春も頷くが、その言葉を聞いて雪蓮たちは目をパチリとさせた後。

 

「忠夫が諜報?」

 

「ないない」「ないな」「ありえん」「ないですね~」

 

 口々に否定した。

 

「な、ななな」

 

「心配ないってば蓮華。……そうね、そんなに心配ならウチの兵たちに忠夫のこと聞いてみないよ。忠夫ってば無駄に顔広いから、ウチで忠夫のことしらない人間っていないと思うわよ?」

 

 どんな人間だそれは!?と叫びそうになったが、そこまで言うのだ。だったら聞いてみようと蓮華は踏みとどまる。

 

「そうですね……それならあそこにいる者に話しを聞くのが一番でしょう」

 

 そう言って冥琳が指す方へ視線を向けると、一人の小さな侍女がいた。

 

「って、どうして侍女が戦に来ているんですか!?」

 

「だってどうしてもっていうから」

 

「だからって連れてきてどうするんですか!?」

 

「大丈夫大丈夫、配膳とかやることは戦にだっていっぱいあるんだから。それに可愛い女の子がいたほうが兵の士気も上がるでしょ?」

 

「~~~~~」

 

 頭が痛かった。姉に振り回されるのはいつものことだが、何分久しぶりにあったのもある。

 蓮華は初陣がこんなことになるとは毛ほども思っていなかった。

 

「……とりあえず、話しを聞いてみます。行くわよ、思春、明命!」

 

「はっ!」

 

「はいっ」

 

 蓮華は頭痛を堪えながら二人を連れ、視界に移る侍女へと近づいていった。

 

 侍女である、小喬へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続くっ!

 

 

 




蓮華参戦!
まぁ本格的に登場するのはしばらく先ですが。
では、また明日に。
明日もまたよかったら見て下さい。


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2ー5

本日の更新です。



 

 

 

 

 

2-5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ~凄い人数!」

 

「黄巾党ってこんなに人が多かったんだねぇ」

 

「いやいや、二人共黄巾党だろ?何で驚いてんだ?」

 

「だって途中からは軟禁状態で、どれくらい増えたなんて知らなかったんだもん」

 

 黄巾党の本体が見渡せる小高い丘、そこに横島たちは居た。傍にはここまで三人を運んでくれた大きな体の馬一頭と荷物がある。

 

「にしても壮観っちゅうか良くこんだけ集まったもんだ」

 

 横島の言葉通り、三人の眼下には黄巾党以外に彼等を討伐しにきた軍の群れがあった。

 

 色々な旗の字が並ぶ中、『曹』の旗を見つける。

 

(あれって曹操の旗か?孫策である雪蓮さんが女だったんだ。ってことは曹操も女である確立が高い……しかもとびっきりの美女である確立が!!)

 

 鼻息を荒くする横島を二人は、あ、コイツまたスケベなこと考えてやがる。と呆れた目で見ていた。

 

「お、あれは雪蓮さんたちの部隊か」

 

 そんな視線には気づかずに、横島は雪蓮たちの部隊を見つけた。見送る時に軍を見たことはあったが、こうやって改めてみると凄いもんだと、改めて思う。

 

「あの大軍の中に突っ込んでいかにゃあかんのか~……うっ、急に腹がいたく「なるわけあるかー!!」ぎゃばっ!?」

 

「今更逃げるなんてちーが許さないんだからね!!」

 

「いつつ……冗談だってば」

 

 場を和まそうとした横島の笑えないジョークは見事に滑り、二人の冷たい目にさらされる。

 

 そ、そんな目でワイを見んといてー!!

 

 と叫ぶ横島を無視しながらゆっくりと時間は流れる。

 

「……しっかし想像以上だな」

 

 いい加減寂しくなったのか横島が呟く。それに二人も今度は無視せず答える。

 

「うん、あれのことだよね」

 

「うわ~気持ちわるい……」

 

 三人の視線の先、黄巾党本隊。そこでは無数の悪霊たちが蠢いていた。

 横島に助けられてから天和も地和も霊の姿が見れるようになっていた。と言っても、全ての霊が見えるというわけではないが。

 

「一匹一匹は弱っちそうだ、あんだけの数は洒落にならん……」

 

「……大丈夫なの?」

 

「ん?ああ心配すんなって」

 

(こんな量の悪霊を見たらそりゃ不安になるか)

 

 と、落ち着かせるように笑みを作る。

 

「ちょ、ちょっと!子供を見るような目でみないでよね!」

 

 そう言いつつも地和の顔は若干の赤みを帯びていたが。その事には天和だけが気づき、一人微笑んだ。

 

「さて……と、そろそろ始まるみたいだな」

 

 言葉通りそろそろ戦いの火蓋が切られようとしていた。

 

 ちなみに人和を無事に救出した後は、ここに来ている小喬と落ち合い、用意してもらった馬で三人を逃がす手筈となっている。

 

「二人とも準備は出来たか?」

 

「私は大丈夫だよ」

 

「ちーだって!」

 

「じゃあお姫様を助けにいくか!」

 

 これからイタズラを仕掛けるような顔で横島は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うううううばああばっばばばばばぁ!!!!」

 

 どう聞いても正気とは思えない叫びが引き金となり、この戦は始まった。

 

 雪蓮たちが口上を述べるのを待たず、黄巾党の兵士達が襲いかかってきたのだ。

 

 それに少し慌てたものの、雪蓮たちは落ち着いて敵を迎え打つべく槍を構え突撃した。

 

「敵は戦の礼儀すら分からない獣だ!慌てる事はない、落ち着いて当たれば我らが必ず勝つ!!」

 

 ありのままのことを言おう。雪蓮の……孫呉の兵は強い。

 

 彼等にはお互いに絆がある。孫呉という一つの家族としての絆だ。

 

 同じ家族として戦う。それは友として、仲間として戦うより一層強い団結をもたらしていた。

 

 だから雪蓮の言葉に耳を傾け、パニックにならず敵を迎え撃てたのだ。

 

 落ち着き敵を切り伏せていく。孫呉の絆による強さに敵兵は成す術もなく地に沈んでいった。

 

 勝てる。

 

 そう思っただろう。事実、普通の戦なら勝っていただろう流れだ。

 

 だが敵は普通ではなかった。

 

「おらぁ!!」

 

「よし、ここらは粗方片付いたな」

 

「ああ、このまま黄巾党の奴らを根絶やしにしてやろうぜ!」

 

「おお!」

 

 自然と士気の上がる兵たち、しかし―

 

「………?なんだ胸が熱い……?」

 

 兵の一人が胸元に異変を感じ取る。不思議に思い自分の胸を確認すると……刃が胸から生えていた。

 

「……え?なんで俺の胸から?」

 

 後ろを振り返る。そこには、殺した筈の黄巾党の兵が自分の胸に槍を突き立てていた。

 

 そのことに驚き、目を見開いた所で男の命は尽きた。

 

 その光景を目にした呉の兵たちは動きを止める。そして現状を理解した後……混乱に陥った。

 

「うわあああああ!!何だ!?何が起こった!?」

 

「どうして殺した奴が生きてるんだ!?」

 

「ぎゃあっ!?こっちも……生きてやがる!

一人だけじゃない!!全員生きてやがる!!!」

 

 それは殺し合いと異常な環境に身をおく兵たちにとっても異常と感じさせた光景だった。

 

 死んだ筈の敵兵が襲ってくる。イコール殺しても死なない。その考えがどれほどの兵を震え上がらせたか…。

 

 実際、敵は本当に死んでいた。ただ、その死体を憑いていた悪霊たちが動かしているだけなのだから。

 だがそんなことを知らない兵たちにとって、目の前の光景は恐怖の対象でしかない。

 恐怖に足がすくみ、その隙をつかれ命を散らせていく……。

 

 残酷な光景がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

「何だ!?何があった!」

 

 前線の混乱に気づいた雪蓮が声を荒げる。流れは完全にこっちが掴んだと思っていたのだ。

 それが急に向こうにもっていかれた。疑問に思うのも当然のことだ。

 

 そこに一人の兵が駆け込んでくる。

 

「そ、孫策様!」

 

「どうした?一体何があったのだ!?」

 

 雪蓮の傍にいた冥琳が問いただす。兵は戸惑いを隠せないまま伝えられたことを伝えた。

 

「そ、それが敵兵が殺しても死なず。襲ってきたとのことで」

 

「何だと?そんな馬鹿なことがあってたまるか!」

 

「で、ですが引いてきた兵は皆怯えて、死人が動いたとしか言わず……」

 

「……冥琳」

 

「なんだ雪蓮……っ!だ、ダメだ!何が起こっているかも分からずにお前を戦闘になど出せない!!」

 

 素早く雪蓮の思考を読み取り反対するが、雪蓮は笑顔で顔を横に振る。

 

「でもこの混乱を早く直すには直接私が言って指揮を上げたほうがいいでしょ?それに、どうも嫌な予感がするのよ。ジッとしてなんかいられないわ」

 

「雪蓮!貴方は王なのよ!?」

 

「王だからよ。こんな時にこそ頼りにならないとね。……多分蓮華の所も混乱しているわ、冥琳はそこをお願い。あの子を失うわけにはいかないわ」

 

 そう言って雪蓮は馬を走らせ、前線へとかけていった。それを複雑な表情で見送った後、冥琳は回りに指示をだす。

 

「三番隊は雪蓮の後に続け!四番隊と五番隊は私と一緒に蓮華様のところへ行くぞ!!」

 

「「「「「おおおおおおおおおお!!」」」」」

 

「……一体、何が起こっているんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁああああああああああ!!!」

 

 綺麗な一閃が黄巾党の体を走る。斬られた兵は血を撒き散らしながら膝をつくが、

 

「コロスコロスコロスぅぅぅ――――――!!!!」

 

「くっ、これだけ斬ってもまだ死なないの!?」

 

「蓮華様!」

 

 再び襲ってきた兵の頭を斬り飛ばし、蓮華の前に立ったのは思春だった。チリン、と鈴の音が戦場に響く。

 

「思春!こいつらどうなっているのかしら?」

 

「分かりません。ですが蓮華様、頭です。頭を飛ばせばおそらく大丈夫かと。ここまで頭を飛ばされてまで動く者は一人もいません」

 

「そう、頭ね!」

 

 会話を交わしながらも言われた通り、また別の黄巾党の兵の頭を斬り飛ばす。と、次は再び動くことなく、兵は地面に崩れた。

 

「よし……。皆聞け!頭だ!頭を跳ねろ!

そうすればコイツらも殺せる!!」

 

「「「「おおおおおおお!!」」」」

 

 蓮華の声に応え、呉の兵たちも敵の首を跳ねていく。ひとまずこれで大丈夫か……と、安堵したものの直ぐに蓮華は顔を歪めた。

 

「思春……」

 

「はっ」

 

「何人死んだ?」

 

「……半数は持っていかれました」

 

「そう……」

 

 唇をかみ締める。蓮華の兵も敵の異常さに混乱を起こしていた。

 

 そして何も出来ないまま半数の命を持っていかれてしまった。放心から一番早く戻った思春が何とか兵を纏め、今に至るがこの犠牲は大きかった。

 

「蓮華様が悔やむことではありません。あの敵の異常性……こうなって仕方がないことです。それに蓮華様はこれが初陣。こんなこと私も経験したことありません」

 

「それは言い訳にしかならないわ思春。こんなんじゃ姉さまに笑われてしまうわね」

 

「蓮華様……」

 

 内心、思う。

 

 そう自分はこれが初陣なのだ。

 緊張していた。母に、姉に……呉に恥じぬようにと思っていたのだ。それがこの様ではないか……。

 

 運がないのかもしれないな。と、苦い笑みを浮かべ蓮華は顔を上げた。

 

「でも悔やむのは後よ。これ以上向こうに好き勝手させてなどやるものか。だから力を貸して……思春!」

 

「もちろんです!」

 

 お互いに笑みを浮かべ、それから敵兵に向かって駆け出した。

 

 

 

 

「フッ!!」

 

 まずは目の前の一人。肩を斬りつけて体勢を崩したところを狙い首をはねる。

 

 休まず二人目、三人目。

 

 息がどんどん速くなっていく。それでも止まっていられない。敵は休むことなくこちらを襲ってくるのだから。

 

 だが、蓮華にとってこの戦は初陣なのだ。つまり戦場にたつのはこれが初めて。

 人を殺すという行為は例え覚悟を決めていたとしても、少なからず精神をすり減らす。

 それに加え今回は首をはねないと何度でも襲ってくるなんてとんでもない敵だ。それは今日初めて戦場に立つ蓮華にはとても大きな負荷となって襲い掛かってくる。

 

 何より蓮華の武は決して高いわけではない。一般兵よりは上だが、名だたる武将の前では赤子どうぜんだろう。

 そんな蓮華が戦い続けて、ボロを出さない方がおかしいのだ。

 

「っ!?しまった!」

 

 何人斬り殺したか分からなくなった頃、蓮華は疲れが溜まり腕を少しかすらせる程度で、敵の首をはねることが出来なかった。そしてそれは立派な隙になる。

 

 ゆらり、と敵は槍を構える。そして蓮華に向かって突き出した!

 

「蓮華様!?」

 

 思春がそれをみて声を荒げるが、いかんせん思春と蓮華の距離は離れている。とてもじゃないが間に入るなど間に合いそうになかった。

 

 槍が蓮華にどんどん迫ってくる。それを蓮華は呆然と見つめていた。

 

(私……死ぬ?嘘……イヤだ。でも、避けられない)

 

 どんなに否定しようと死という未来が蓮華の頭を過ぎる。そして―

 

(……ゴメンなさい。お姉様、お母様、シャオ)

 

「超絶美女に何しようとしとんじゃボケーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 そんな声と共に、目の前の敵兵は吹き飛んだ。

 

「……え?」

 

 呆けていると自分のすぐ横を何かが通りすぎていく。見れば一頭の馬だった。そこに誰かが乗っていた。

 

「超絶美女って顔見えなかったじゃない!」

 

「フッ、俺ともなれば尻をみただけでそれが美女か美女でないか分かる。あの尻は絶対超絶美女の尻。間違いない!!」

 

「え~と、自慢することじゃないとお姉ちゃん思うなぁ」

 

 そして何とも気の抜ける会話をしながら敵本拠地へと向かって消えていった。

 

「……何だあれは?」

 

 思春の戸惑った声を聞きながら呉の兵は思った。蓮華の尻を見つめながら。

 

(((((確かにいい尻だ……!)))))

 

 蓮華も蓮華で兵たちの視線に気づき、顔を赤らめながらお尻を手で隠していた。

 

 一気にシリアスな空気が壊れた瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く!!

 

 

 

 

 




蓮華はなんであんなにエロいんだ……!!


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2ー6

 

 

 

 

 

 

2-6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だああああああああああああ!!!!」

 

「カヒュッ」

 

 漆黒の髪を揺らし、振り下ろした一閃は見事黄巾兵を一刀両断した。女性では持つのも困難そうな大剣を振りかざす彼女の名は夏侯惇。

 

 曹操に仕える武将である。

 

「何なのだこやつ等は!斬っても斬っても向かってくる……」

 

「春蘭さま~!」

 

「おお季衣か!そっちはどうだ?」

 

 ど、夏侯惇……春蘭に近づくちっこい少女。桃色の髪を縛りハンマー片手に駆け寄ってくる曹操が抱える武将の一人、許緒である。

 

「こっちも同じです。ぶっ飛ばしても何度も向かってくるんですよ!目も気持ち悪いし…これって妖術って奴なのかなぁ?」

 

「分からん。だが気味が悪いのは同意だな。初めの混乱で少し持っていかれたのと、不気味さで兵の士気は低いままだ!」

 

 また殺したと思った敵が襲い掛かってきたのでなぎ払う。

 

「どうやら秋蘭の部隊も手間取っているようだな。ちっ、忌々しい奴らだ」

 

「っ!春蘭さま後ろ!!」

 

「分かっている――」

 

 季衣に応えると同時に剣を振り上げながら後ろへ振り返る。そこには春蘭へ斬りかかってくる敵の姿。

 

 それを落ち着いて斬り捨てようとして、春蘭は動きを止めた。なぜなら春蘭が何かをするより先に、鋭い刃が敵の胸から生えていたからだ。

 

 だが、心臓を貫かれたところで敵は動きを止めない。ギチギチと音を立てながらもその槍を春蘭に突きたてようとしている。

 

「なるほど、殺しても死なないという報告は嘘ではなかったようね」

 

 しかし、声が聞こえたと同時に敵の首は胴体からポロリと落ちた。

 

「でも、首を落とされては流石に動けないのかしら?」

 

 そこに立つのは死神のような鎌を持ち、金髪にツインテールの美しい少女。小柄ながらもその堂々とした姿は王を連想させる。

 

 その名を、曹操と言う。

 

「「華琳様っ!」」

 

「心配はしていなかったけど、二人とも無事のようね」

 

 曹操……華琳は二人の無事な姿を見て笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くく……はは、あははは!!」

 

 一方、黄巾党本陣。そこでは一人の少女が狂ったように笑い声を上げていた。言うまでもなく天和、地和の妹の人和である。

 

「そうとう動揺したみたいね!前線がみっともなく崩れてるっ!」

 

 既にその顔にかつての面影はなかった。冷静で姉妹の中で一番現実を見ていた人和。だが決して冷たい人間ではなかった。

 姉を思いやり、他者を思いやる心を持っていた筈だったのだ。今はそれがすっかり形を変え、目を赤く血走らせ憎しみを瞳に宿らせいる。

 

 最近は碌にご飯もとっておらず、その頬は薄くこけていた。それでも人和は楽しげに笑う。

 

「みんな貴方達が悪いのよ?天和姉さんと地和姉さんを盗ろうとしたんだもの」

 

 もう彼女にまともな思考回路は残っていない。ただ頭にあるのは、こんなに狂わされていても変わることのない二人の姉への愛情。

 それだけが人和の人としての部分を残していた。

 

「姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さんんんーーーーーーー!待ってて……すぐに助けるから。それでまた三人で……――」

 

(三人で……何だっけ?私たちは三人で何をしようとしていたんだろう?)

 

 そこまで考えた所で、黒い闇が人和の思考を奪う。

 

「そう……そうだった。天下をとる……私たち三人でこの大陸を手に入れるの!」

 

 また高らかに笑う。だがその様子を変だと思う人間はここにはいない。

 いるのは霊にとり憑かれ、人形のようになった者たちだけ……。

 

「だから……殺して殺して殺しつくしてやる!!まずは姉さんたちを奪った目の前の官軍共から!!」

 

「れ、人和サまままっまままま」

 

 と、本陣に一人の兵が入ってくる。

 

「何?私は今気分がいいの、くだらない話なら殺すから」

 

 せっかく気分良く浸っていた所い水を刺され、機嫌悪く人和が入ってきた兵を睨む。

 

 だが、兵の言葉を聞き、

 

「二番と、ととと五番隊が、せ殲滅ささされましたたた」

 

「……………え?」

 

 人和は固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そりゃあ確かにね」

 

「何度も襲ってくるのは確かに不気味じゃ」

 

 呉軍。

 

 そこに二人の鬼が立っていた。返り血を浴びながらも美しく輝く鬼。

 

 雪蓮に祭だ。

 

 そしてそんな二人の傍には大量の黄巾兵たちの骸が広がっていた。もうすでに活動を停止していて、再び動き出す様子はない。

 つまり、彼等を破壊しつくしたのだ。

 

「何度も何度も向かってこられるってのは恐いものね」

 

「うむ、だがそれだけじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

「不気味ってのいうのは認めるわ。でもそれだけ、こいつ等は所詮は獣。恐れるに足らない存在」

 

 不適な笑みを絶やさないまま華琳は眼前に立ちふさがる黄巾兵を睨む。

 

「春蘭」

 

「ハッ」

 

「確かに敵は少し丈夫かもしれない。でもそれだけの敵ごときに、貴方の武は、私の愛すべき兵たちは止められるような存在なのかしら?」

 

「っ……!」

 

「表面にばかり気をとられてはまだまだよ春蘭。敵は私たちより丈夫なだけ……我が軍は力で劣っているどころが勝っている。私はそう思うのだけれど、春蘭は違ったかしら?」

 

「違っていません!このような者共に、我らが劣っているわけがありません!」

 

 その答えに満足したように浮かべていた笑みを浮かべる。それから一度、グルリと自分の兵たちを見渡す。

 みんなさっきまでの弱気な瞳はしていなかった。季衣なんかは強い瞳を宿し、鉄球を振り回しながら敵を睨んでいる。

 

「なら春蘭」

 

「ハッ」

 

「私の覇道を邪魔するあの者たちを徹底的に片付けるわよ」

 

「ハッ!!」

 

 こうして官軍たちの反撃が始まった。

 

 

 

 

 

 

「な、何で私たちが圧されてるの!?」

 

 先程の報告があってから、どんどん黄巾党はおされはじめていた。どんどん入ってくる自軍敗北の報告。

 少し前までの陽気な気分は完全に吹き飛んでいた。

 

「どうして……さっきまであんなに……!!」

 

 人和は今まで、黄巾党を使い思うがままに戦を仕掛け、そして勝ってきた。

 接戦ではなく、常に大勝という形で勝で…。だからこそ人和はピンチに陥るといった経験が全くなかったのだ。

 

 これまでは太平妖術を使い、その力だけで勝ててきたのだ。だが今回は違う、官軍たちはその力を退けたあげく更にこっちを仕留めようと向かってきている。

 こんな時、どうすればいいかなど、経験のない人和に分かるわけがなかった。

 

 だからこそ、指示の出し方次第でまだ戦況をひっくり返せる状況にあるとうのに、人和は簡単に混乱に陥ってしまった。

 

「どうすれば……どうしたら……!」

 

 取り乱しオロオロする人和。だが、そんな彼女を助けてくれる者はいない。

 

 人和の傍にいるのは、ただ人和の命令を聞くことしかできない、ただの抜け殻でしかないのだ。

 

 人和はギュッと己の腕にあるのを抱きしめる。今まで自分が依存してきた存在……太平妖術を。

 

 もうまともな思考を出来ない人和にとって、

頼れるのはこの本しかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら持ち直せましたね~」

 

「ああ、一安心だ」

 

 蓮華の率いる軍に来た冥琳と、合流した穏が戦況を見ながら話す。

 

「恐らく妖術の類だろうが、あのような兵を使うのだ、切り替えした所で直ぐまた次の一手を打ってくると思ったが……」

 

「きませんねぇ」

 

 今まで経験したことのない事態だっただけに、次に何がくるか警戒していた二人だが、何か来るどころか向こうはどんどん混乱していっているようだった。

 これがもしかする次の一手の策かと若干の警戒はするものの、肩透かしをくらったような気分だった。

 

「冥琳!来てくれたのねっ」

 

 そこに、冥琳の姿を確認した蓮華がやってくる。

 

「蓮華様、無事で何よりです」

 

「ええ、実は少し危なかったのだけど……変な男に助けられて」

 

「変な?」

 

 怪訝な顔をする冥琳と穏を他所に、その時を思い出して蓮華は顔を赤くする。

 

 結局あれからずっと仲間の兵にお尻を見られていたのだ。

 それどころか、

『孫権様のお尻の守るぞーーーーーーーー!!』

 なんて掛け声で敵を倒していくもんだから本人からした堪ったもんではなかった。

 

「蓮華様、敵の動きを崩した今が好機です。幼平も向かいました。一気に殲滅させましょう」

 

「そ、そうね。その変な男のことはまた後で話すわ冥琳」

 

「わかりました。では行きましょう」

 

「ええ!」

 

 その後、男の話を聞き、冥琳がまさか……と思うのはもう少し後の話しであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ううう右翼、突破さされっれました」

 

「ささささ左翼ももももでス」

 

「…………」

 

 腰の力が抜け、地面に膝をつく。あれだけ有利に始まった戦いが、気がつけば完全に形勢逆転されていた。

 そしてここまでくれば今の人和でも理解できる。もう……勝つのはムリだと。

 

「……負ける?私が?」

 

 いずれ直ぐ本陣にも乗り込まれてしまうだろう。そうなれば待っているのは……死。

 

「いやだ……死ぬのは嫌」

 

『ナラ……逃ゲロ』

 

 頭の中に響く声。これは聞きなれた声だ。この本を手に入れてから聞こえ出した声。

 人和を狂わせた張本人。

 

「逃げる……でも、姉さんたちが」

 

『心配スルナ、スグニ会エル。ダカラ今ハ逃ゲテ、力ヲ蓄エルノダ……』

 

「そうすればまた……姉さんたちに会える?」

 

『アア……』

 

「分かった……」

 

 ゆっくりと、人和は立ち上がる。瞳に……色はなかった。

 

「貴方たち……」

 

 本を翳し、能面の顔で告げる。

 

「私が逃げる間の時間を稼いで……死んで下さい」

 

「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」

 

 その言葉に兵たちは黙って頷き、本陣から出ていった。

 それを無感情に見送った後、人和は逃げるための荷物を纏めるため、今自分が使っている天幕へと戻っていった。

 

 

 

「どうして……こんなことになったのかな?」

 

 天幕の中、荷物を纏めながら人和はうわ言のように呟く。

 

「私は……ただ、天和姉さんと地和姉さんと三人で……」

 

『大陸ヲ手ニ入レルノダロウ?』

 

「そう、大陸を手に入れる……。そのためにまた力をつけないと。今度はもっと強力な人を人形に……」

 

 それで……それで幸せに……。

 

「幸せに……?」

 

 なれるのだろうか?というか自分にとって幸せは何だったのだろうか?人和には分からなかった。

 

 だから思う。

 人和には分からない。

 だから誰か教えて欲しい。

 

 こんなことを続けて自分は――

 

「幸せになんかなれないよ」

 

「っ!?」

 

 慌てて振り向く。そこにいたのは、居るはずのない人物……。

 

「もう止めよう人和ちゃん。こんな人和ちゃんみてるの、お姉ちゃん嫌だな」

 

 自分の姉である天和と、

 

「お~、二人を見てて絶対そうだと思ってたけど、張梁ちゃんも将来有望な美少女やな~」

 

「ちょっと、人和に手を出したらちーが許さないからね!」

 

 見知らぬ誰かと話す地和の姿だった。

 

「ねぇ……さん?」

 

 二人は人和を見つめ、微笑む。

 

「人和ちゃん」

 

「人和」

 

 

 

 

「「助けに来たよ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続くんだ!!

 

 

 

 




華琳様、俺だー!!結婚してくれー!!
ちょこっと魏のキャラも登場。
そしていよいよ黄巾党編も終わりが近いです。
また明日も見てくれると嬉しいです。


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2ー7

今回の更新で二話更新は終わりです。
明日からは一話ずつになります。


 

 

 

 

 

 

 

2-7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人和は暫くの間動けないでいた。なぜならずっと求めていた存在が目の前にいたのだから。

 人和の大切な存在。狂って尚想い続けた存在。二人の姉天和と地和である。

 

「あ、あぁ……姉さん……姉さん!!」

 

「「人和……」」

 

 人和の中に歓喜の渦が巻き起こる。今現在、追い込まれていた人和にとってそれはまさに天の救いだった。

 そしてそれを利用して、黒い闇も動き出す。

 

「あはは……はははははは!!これで大丈夫!!姉さんたちがいればっ、傍にいてさえくればまだ私は天下を獲れる!!あははははははっ!!!!!」

 

 そんな狂ったように笑う人和を悲しげに天和は見つめ、地和は睨みをきかせた。

 

「ねぇ横島……あれがそうなのね」

 

 ただし睨んでいるのは人和にではなく、人和を覆うように漂っている黒い闇をだ。

 

「ああ、あの黒い靄が張梁ちゃんを操っている奴だ」

 

 

「あいつが……!!」

 

 

 天和にも地和にも以前は見えなかった人和を覆う黒い靄が見えていた。それは横島に助けられるまでは見えていなかった物、太平妖術の書に宿る闇。

 そして何より、大切な妹を狂わせた張本人。顔を険しくさせるなというほうが無理な話である。

 

「さぁ天和姉さん、地和姉さん。三人で表にいる官軍たちを蹴散らしてやりましょう?そして3人で天下をとるの!」

 

 

 そう言いながら人和は二人に向かって手を伸ばす。二人なら手を握ってくれると、一緒にきてくれると疑いもせず。

 だが、その手は握られることはなかった。

 

「嫌よ」

 

 

「…………え?」

 

 

「人和ちゃん。もうこんなことやめよ?」

 

 

 理解出来なかった。出来る筈もなかった。二人から自分を拒絶するような発言が出るなんて微塵も考えていなかった。

 

「な、何をいってるの姉さんたち……?」

 

「人和、ちーたちは別に大陸なんていらないの!」

 

「そうだよ。お姉ちゃんは地和ちゃんと人和ちゃんがいれば……「違うっ!!」っ、人和ちゃん?」

 

「た、大陸を手に入れれば私たちは幸せになれるんだよ!?苦労なんてすることなくなるんだよ!?それなのになんでそんなこと言うんの!?私は姉さんたちのために!!」

 

「お願い!話を聞いて人和!!」

 

「わ、私はそれのために……!!三人で幸せになるために今までこうやって!!なのに……なんで!!!!」

 

 人和は目を血走らせながら髪を掻き毟る。

 そんな人和を見て二人が駆け寄ろうとするが、それを横島がとめた。

 

「今張梁ちゃんに近づいたらだめだ!」

 

「何言ってんのよ!人和があんなに苦しんでるのに……!」

 

「だからこそ早く張梁ちゃんに憑いてる奴を追い出さないと……でないと戻れなくなっちまう」

 

「「っ!!」」

 

 その言葉を聞き、二人は事前に横島から聞かされていたことを思い出した。人和が太平妖術の書を手にしてからもう数ヶ月。

 おそらくかなり深いところまで憑かれているだろうということ。

 

 横島が倒した追手逹に憑いていたのは弱霊。しかも憑いてそんなに時間もたっていなかった、だから少し衝撃を与えるだけで体から引き離すことが出来た。

 だが人和は違う。憑かれた時間が長すぎるため、憑いている霊と繋がりが深くなってしまっているのだ。

 

「……大丈夫だよね?」

 

 横島を頼ったのは自分たち。それは分かっていても目の前の人和を見ると聞かずにはいられなかった。それでも横島はニカッっと笑みを浮かべた。

 

「おう、まかせとけって」

 

「「・・・・・・うん!」」

 

 横島は一歩前へと出る。そこで始めて、これまで横島に目も向けてなかった……おそらく視界にすら入ってなかったのだろう人和が横島へと目を向けた。

 

「よっ張梁ちゃん!やっぱ姉妹だけあって2,3年後が楽しみだ美少女やな」

 

「……誰ですか貴方は?」

 

「俺の名前は横島忠夫。天和ちゃんの恋人で君のお兄さんに「そんなわけないでしょー!!」ぶほらぁっ!!!」

 

 真顔でふざけた事を抜かす横島の頭をスパコーン!と地和が張り叩いた。それから横島の襟元を締め上げる。

 

「あ・ん・た・はっ!こんな時くらい真面目にできないのっ!?」

 

「仕方ないんやー!!あの胸がっあの胸がワイを狂わせるんやー!!」

 

「胸ぇ!!?それはちーに喧嘩売ってるってことでいいのよね!?」

 

 首を揺さぶる地和に続き、天和も続く。

 

「そもそも私は横島さんは顔が好みじゃないも~ん」

 

「がーーん!!ち、ちくしょー!やっぱり男は顔なんかー!?ワイみたいなブ男はお呼びやないっていうんかー!!」

 

 それでも夢くらいはみたいんじゃー!!と叫ぶ横島を冷たい瞳で人和が見る。それから愉快そうに唇を歪めた。

 

「そう……そうだったのね」

 

 まともな思考が出来ない人和は、二人の姉が自分を拒絶した原因が目の前の横島であると思い込む。大事な大事な姉をおかしくした人物。

 しかも真名までも呼んでいる……。人和は嘲笑う。

 

「貴方が姉さんたちを……!!」

 

「っ!天和ちゃん、地和ちゃん!後ろに下がって!!」

 

 人和の様子に気づいた横島が慌てて二人を後ろに下がらせる。この場にきてからもともと出ていた人和を包む黒い影。

 それがより濃く黒く広がっていた。

 

「…………許さない」

 

 その黒はどんどん大きくなり、やがて幾つにも細く枝分かれしウネウネと生き物のように動きだす。

 それから一度ピタリと動きを止め―

 

「『殺ス!』」

 

 人和のその言葉を皮切りに一斉に横島に襲い掛かった。

 

「のわっ!?」

 

 だがそこは横島。情けない声を上げながらもなんとか跳んで避ける。着地し態勢と整えながら横島は安堵していた。

 人和が天和と地和を攻撃対象にいれていないことに。

 

 様子をみていてそれはないと思っていたが、やはり霊に憑かれていても二人のことが大切なのは変わらないらしい。

 攻撃対象は横島一人。おかげで後ろの二人に気を割くことなく人和に集中できることができるからだ。

 

「『避ケルナ!!』」

 

 叫びと共に遅い繰る大量の黒い触手。

 持ち前の身軽さでそれを危なっかしくも避けていくが、それにも限界がある。ただでさえ此処は決して広くない天幕の中、少しずつ横島は追い詰められていく!

 

「『コレデ最後!!』」

 

「っ!?」

 

 横島の視界いっぱいに向かってくる触手の群れ。逃げ場のない状況に人和は勝利を確信する。

 そして触手の群れが横島の体に突き刺さろうとした瞬間、黒い触手たちはバラバラになっていた!

 

「『ナ…………何なのそれは!?」

 

 横島の右手から延びる霊波刀によって。

 

 人和にとってそれは始めて目にするモノだった。これまで思うがままにやってこれた力。

 その力を切り裂いた光の剣。悪霊を払う横島の武器、霊波刀。

 その存在に人和は困惑し、霊波刀を出現させた横島を呆然と見た。その横島はというと……

 

(あ、危なかったー!華麗に敵の攻撃を避けて天和ちゃんの気を引こうなんて考えるんやなかったー!!)

 

 なんてアホなことを考えていた。それから気まずそうに顔を歪める。

 

(にしてもいくら張梁ちゃん本人のためとはいえ気が引ける!)

 

 これから自分がやらないといけないことえお考え、横島の気は重くなっていく。

 

 これから横島がやらなければいけないこと……つまり、人和に憑いている悪霊を人和から引き離すこと。

 だがこれは横島が天和たちに言った通り、楽なことではない。以前天和たちを追っていた追っ手とは違い、人和は憑かれて長い。

 

 それを無理やり引き離そうとするのなら、それ相応の手段でなければいけない。

 しかし経験豊富な横島の上司、美神なら色々な手段を思いついたかもしれないが、残念ながら横島が考え付いたのは手段は一つだった。

 実はそれは追っ手たちにやった方法と同じ、霊力を込めた拳で衝撃を与え、霊を追い出すというもの。

 

 ただし今回は目いっぱいに霊力を込めて……が条件なのだ。女好きで女性に甘い横島にとってこれほどやり難いことはなかった。

しかも横島は記憶喪失の為覚えていないが、今回はメドーサのような生粋の悪ではなく、人和は被害者なのだ。

 それが余計に横島の気を重くしていた。とは言っても、いつまでも悩み続けるわけにもいかず―

 

(女の子の体を傷つけた罰は張梁ちゃんが後、二年くらいたってから体で返そう!!)

 

 そう結論づけて、横島は人和へと向かって駆け出した。

 

「っ!く、来るな!!」

 

 人和にとって未知の力である霊波刀。

 人和も人和の中にいる闇もその力の強さを感じ取り、横島を近づけさせないため先程より多くの黒い触手を横島へと放つ!

 

「うおおおお!!霊波刀!!」

 

 しかし霊波刀と横島の人間離れした動体視力により、黒い触手はかわされ切り裂かれていく!そして一歩一歩二人の距離は近づいていき―

 

「すまん張梁ちゃんです。……痛いと思うけど我慢してくれ」

 

「……なにをっ!!」

 

「ギャラクティカ・マ○ナム!!!」

 

 全力で霊力を込めた右手を人和に叩き込んだ!!

 

「……かはっ!!」

 

 物理的な痛みだけでなく、自分の体を駆け巡る霊的なダメージに人和は膝をつき、手に持っていた太平妖術の書を落とす。

 それから人和を覆っていた黒い影が人和から離れていき始めた。

 

「やった!影が人和から離れていく!」

 

「人和ちゃん!!」

 

 その様子を見て、人和が助かったと思い天和と地和は安堵の息をつく。

 横島もとりあえずこれで人和は助かったと笑みを浮かべ、人和に憑いていた悪霊が完全に人和から離れきった後に消滅させるために霊波刀を再び出現させ、構える。

 そして完全に影が人和から離れかけた時、それは起こった。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 人和は自分の中から何か力が抜けていくのを感じていた。それは黄巾党を結成した時、性格に言えば太平妖術の書を手に入れてから感じていた力。

 そう…人和にとり憑いていた悪霊の力である。それがどんどん自分の中から抜けていくのを人和を感じていた。

 

(力が……抜けていく。姉さんたちと幸せになるために必要な力が……!!)

 

 そしてその力は人和にとって手放せないものでもあった。

 大好きな姉と幸せになるための力―そう思わされているだけなのだが―この力は人和にとって絶対に必要なものになっていたのだ。

 

 その力が……今、消えようとしている。

 自分の下から離れようとしている。人和は震えた。

 

(い、嫌だ……!失いたくない!!)

 

 頭に浮かぶのは幼い自分と幼い二人の姉。貧乏で、食べるものにも苦労していた日々。

 でも幸せだった日々。

 

(天和姉さん……地和姉さん……!!)

 

 苦しみも、痛みも、辛さも全て分かち合ってきた大切な姉。喜びも、楽しさも、嬉しさも全て与えてくれる大切な姉。

 だからこそ、人和は二人のために何かしたかった。そして手に入れた力……。

 

(私は……私はこの力で姉さんたちともっと幸せになる……!!だからこそこの力は失えない!!なのに……!!)

 

 人和は望んだ。

 心から力が欲しいと、失いたくないと……どんなことをしてでも。

 

 だからこそ、そんな人和に悪魔は囁いた。

 

『力が欲しいなら、私を受け入れろ』

 

(受け……入れる?)

 

『魂の底から願い、私に身を委ねるのだ。そうすればお前はもう力を失わなくてすむ』

 

(力……この力が失われないというのなら……)

 

『お前の魂を私に……』

 

(私の魂を……)

 

『捧げろ!!』

 

(捧げる!!)

 

 

 

 

 

 

「「「っ!?」」」

 

 突如起こった旋風に三人は驚愕の表情を浮かべる。

 それから、その原因となった人物へと視線をむけた……人和へと。

 

「うそっ!影が人和に戻っていってるじゃない!!」

 

「ど、どうしてー!?」

 

 人和から離れかけていた影は、どういうわけか人和へと再び戻り始めていた。しかも明らかにさっきより大きく強大に人和を影が包んでいく。

 さらに、太平妖術の書からも大量の影が出現し、それも人和へと吸い込まれていった。

 

「ちょ、ちょっと何が起こってるのよ横島ー!?」

 

「いや、俺にも分からん!けどこれは……ちょっとまずいかもしれん!!」

 

「わかんないって横島さん無責任ー!!」

 

 三人が慌てるなか、影はとうとう全て人和に吸い込まれた。静けさが辺りを覆う。横島の喉がゴクリとなった後、人和はゆるりと立ち上がった。

 

「……フフ」

 

「れ、人和?」

 

「人和?……フフ、もう人和なんて人間はいない」

 

 顔を上げ、そういう人和の顔は先程とは違い確かな理性があった。

 だがそれは天和と地和がよく知る人和のものとはちがった。

 

「あ、あんた誰よ?」

 

「人和ちゃんがいないってどういうこと!?」

 

「言葉通りさ。人和は私に体を明け渡したんだよ」

 

 愉快に笑いながら人和は落ちていた太平妖術の書を広い上げる。

 

「長かった……実に長かったよ。『燃えろ』」

 

 言葉と同時に太平妖術の書が燃え上がり、そして炭になり消える。

 

 人和は以前の人和とはまるで別人だった。

 話し方も纏う空気も、何より狂っていても大事に思っていた天和たちを今はゴミでも見るような目でみていた。

 

「てめぇ……まさか張梁ちゃんの体を乗っ取ったのか!?」

 

「その通り。私はあの忌々しい太平妖術の書に閉じ込められていた存在。そして今はこの体の新しい持ち主」

 

「張梁ちゃん……張梁ちゃんはどうなったんだ!?」

 

「消えたよ」

 

「「「なっ!?」」」

 

「馬鹿な女だ、自分から私に魂を明け渡してくれてね。お陰で念願の人の体が手に入った」

 

 人和から放たれた言葉に動きを止めた三人を尻目に、

 

「はは、ははは、あはははははははははっはははははーーーーーー!!!!!」

 

 人和は狂ったように笑い声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く!

 

 

 

 



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2ー8

 

 

 

 

2-8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだちーが子供のころ、後ろをトテトテとついてくる人和がいた。転けないか心配で、ちーは何度も後ろを振り返る。

 すると人和と目があって、人和は嬉しそうに微笑んだ。

 

 ちーは人和が堪らなく愛しく思って手をさしだすの、そしたら人和もとびっきりの笑顔でちーの手を掴んだ。

 

 その時、ふと思った。

 

 小さなちーの手より小さな手。

 その手が愛しくて、人和が愛しくて。

 

 守らなければいけない存在。

 守ってあげたい存在。

 守りたい存在。

 

 ちーの大切な大切な妹なんだって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「張梁ちゃんが消えた……?」

 

 忍び込んだ人和の天幕の中、横島が震える声で呟く。今まで見てきた間抜けな顔じゃなく、深刻な顔は今起こってることの重大さを物語っていた。

 

「消えたって……それってもしかして……!?」

 

 次に天和姉さん。

 その様子は横島より酷くて、目には涙を浮かべ、体はガタガタと震えている。

 

 そしてちーは何が起こったのか理解が追い付かなくて、ただぼうっと立っているだけだった。

 

 ……ううん、違う。

 理解が追い付かないんじゃなくて、理解したくないだけ。

 

 だって答えは1つしかないじゃない。そんなこと認めたくないじゃない。

 

 でも、目の前にいる人和の形をした『何か』はそれを許してくれなかった。

 

「そう、人和はもう死んだ」

 

 人和の声でそう告げられる。

 それがどんなに認めたくないことだろうと、それが真実だとちーの心を抉った。

 

 姉さんは力が入らなくなったのかペタンと座りこむ。横島は顔を俯かせた。

 そして、ちーは……ちーは……。

 

 

 

 

『天和姉さん。地和姉さん。』

 

 

 

 

 

 頭に人和の顔が過った瞬間、ちーは顔をあけた。

 

「……嘘よ」

 

 ……認めない。

 

「人和が死ぬはずないでしょ……!」

 

 認めない。

 

「返してよ」

 

 認めてなんかやるもんか!!

 

「私のっ……ちーの妹を返しなさいよ!!」

 

「地和ちゃん!?」

 

 驚く横島を無視して人和へと駆け出す。

 

 

 

 

 天和姉さんはめんどくさがりで、もしかしたらちーよりワガママかもしれない。でも大事な時、いつもちーと人和を守ってくれた。

 ごめんね、ありがとう。と二人して泣きながら言うと姉さんはいつも笑顔でこう言った。

 

『だってお姉ちゃんだもん♪』

 

 そんな姉さんが大好きだった。

 だからちーも人和にとってそんなお姉ちゃんになりたかった。

 本当に困った時、守ってくれた天和姉さんみたいなお姉ちゃんに……!

 

 ―パンッ!

 

 ………………。

 

「え?」

 

 頬が熱を帯びる。

 それが頬っぺたを叩かれた痛みだと理解した瞬間、ちーは尻餅をついていた。

 

 ゆっくりと頬っぺたを叩いた相手を見上げる。

 それはもちろん人和で、それが人和の体を使った『何か』と解ってはいたのに、それなのにちーは人和に叩かれたという事実に傷ついてしまった。

 

「ふふ、アハハハハハハハハハ!!!!」

 

 そんなちーを人和は嬉しそうに顔を歪めて笑う。自然と涙が出た。

 

「くく、私が人の体を手に入れたのを涙を流しながら喜んでくれるのか?ありがとう。実のところ、この体を奪うことは半分諦めていたんでな」

 

「……どういう……こと?」

 

 何とかそれだけ返す。それを見て満足そうに頷き、人和は続きを話し出す。

 

「人の絆というものはバカに出来ないということだ、どんなにこの娘を唆し、術を施してもついに自我をなくすことはなかった。何故か解るか?お前たち姉妹がいたからだ。お前たちへの強い想い……愛情とでもいうのか?がなくなることはなくてな、結局最後の最後自ら魂を差し出すまで心をなくすさずいたのだ。扱いやすかった分、想像以上に苦労したよ」

 

「人和……」

 

「人和ちゃん……!」

 

 姉さんと二人、顔を歪める。確かにそうだ。

 人和はおかしくなりながらも、ちーたちのことは大切にしてくれた。

 他人に向ける狂喜をちーたちに向けることはなかった。

 

 それだけ人和はちーたちを大事に想ってくれてたんだよね……。

 

「だが、この娘に魂を差し出させたのもお前たちへと愛情だというのだから皮肉なことだ」

 

「人和ちゃんが魂を差し出したのが……」

 

「ちーたちへの愛情のせい……?」

 

「デタラメ言ってんじゃねぇ!」

 

「出鱈目ではない」

 

 人和は横島に対して憎しみのこもった目で睨み続ける。

 

「先ほどの攻撃は本当に危なかった。この娘が何もしなければこの体から私は引き剥がされていただろうな……だが」

 

 そこでまた嫌らしい笑みでちーを見た。

 頭のなかで、これ以上聞いちゃダメだと警報がなったけど、何も出来ずに続きを聞く。

 

「なあ娘、何故この娘は私を求めたと思う?」

 

「求めたって…………あんたが、あんたが人和を操ってたんでしょ!!」

 

「違う。確かに意識の誘導はした。だが私の支配もまだ弱かった初期、間違いなく私を、力を求めたのはこの娘だ。私はあの忌まわしい本から出て人の体を手に入れるため、この娘は私を媒介とした本の力を得るため……自分の利益のためにお互いを利用していただけなのさ」

 

 まぁ、私がこの娘の体を狙っていることは本人には言ってなかったがな。と、さらに笑みを深くして笑う。

 

 何を……勝手なことを!!

 

「さて、質問に戻ろうか。何故この娘は私を求めたのか?お前にわかるか?」

 

「な、なんでって……」

 

「そんなに難しい質問でもないだろう?というか答えは先程言っているしな。それとも、気付かない振りでもしているのか?」

 

「ち、ちが……」

 

「仕方がない私が教えてやろう」

 

 ずいっと人和が顔を近づける。

 息がかかる距離、人和の中の『何か』が覗かせる暗い闇がちーの恐怖心を増大させた。

 

「お前たち姉妹のためだ。お前たちを守るためにこの娘は私を求めたのだよ」

 

「……ぁ」

 

 その言葉に息がつまった。

 

「太平妖術(わたし)を手に入れるまでお前たちは特別人気のある旅芸人ではなかったな?人和の記憶を覗いたが時にはその日の食事すらとれない日もあった。何より女三人、男共に襲われそうになったこともあった。そんな時に私を手に入れたのだ。人の心を操れ、暴漢など退けさせることの出来る力。お前たちを守れる力を。

望まない訳がないだろう?目の前にその力があるのだから」

 

 確かに、人和の太平妖術(こいつ)に対する執着は凄かった。ちーたちにすら触らせようとはしなかったぐらいだ。

 

「それに何より面白いのが、この娘は私が体を乗っ取ることを知っていたということだ」

 

「…………え?」

 

知ってた?……え?だってさっか人和には言ってないって……

 

「なに、自分で気づいただけのことだ」

 

 ドクリと脈うつ。

 人和の瞳の闇が濃くなった気がした。

 

「何とも愉快なものだったぞ?少しずつ少しずつ自分が狂っていくのを理解しながらも手放すことが出来ず。もうこんなことしたくないと叫びながらも人を操り殺していく。心と矛盾した行動をとり、半ばからは私が何もしなくても一人で勝手に自分の心を壊していった!何より皮肉なのが!最後の最後、私から逃れられた筈にも関わらずこの力が無いと姉妹を守れないからと自らの魂を差し出したぁ!!」

 

 そう誘導したのは私だかな。と言った後、こいつは笑った。

 

「本当に人の絆とは馬鹿に出来ないものだな!

もう一度お礼を言わせて貰おう。お前たち姉妹の絆、愛情のお陰で人の体を手に入れることが出来たよ!!!ハハハ!あっはははは!!あははははははははは!!!!」

 

「ぅ……あ、」

 

 その笑い声を聞いて―

 

「ぁあ……あああ…………!」

 

 ちーの心は―

 

「うあああああああーーー!!!!!」

 

 爆発した。

 

 許さない。

 許せない!

 

 人和の気持ちを利用して、人和を苦しませて、人和を追い込んで…………そして人和を馬鹿にした!

 

 ちーたち三姉妹の絆を馬鹿にした!

 

 こいつだけは許せない!!!!!

 

 目の前にいるのは人和の体、それはわかってた。でもそれ以上に人和の中の『何か』が許せなくて、ちーは掴みかかりにいった!

 

 けど―

 

「ふん」

 

「っ……あうっ!?」

 

 ちーの突進は軽くよけられ、勢いのままにちーは転んだ。

 

「く……ぅ、うぅ……!」

 

 涙が止まらない。

 

 人和を利用したアイツが許せないのに!

 

 何も出来なかった自分が悔しい!

 何も出来ない事が悔しい!

 

 そして、お姉ちゃんなのに人和に守られて、

助けてあげられなかった自分が何より許せない!!

 

 そのせいで、もう……人和は!

 

「もう十分お前たちの絶望した顔は楽しませてもらった。」

 

 顔だけ振り向くと、黒い闇を槍に変えた人和が冷めた瞳で見ていて、その槍はまっすぐにちーを狙い定めていた。

 逃げることも、逃げようともしなかった。……出来なかった。

 

「そろそろ死ね」

 

 槍が突き出される。

 

 ああ、人和。

 

「ダメなお姉ちゃんでごめんね」

 

 そう言ってちーは目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「サイキック・ソーサ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 バチィ!!っと何かがぶつかりあう音が響く。

 一体なによ!?と、目を開けると人和の槍を光る盾で防ぐ横島がいた。

 

「横島っ!」

 

「うおりゃあ!!」

 

「……っ!?」

 

 横島はそのま ま腕を振り抜き人和を弾き飛ばした。

 

「大丈夫か、地和ちゃん!?」

 

「地和ちゃん!!」

 

 そう言って二人がちーを助け起こしてくれた。天和姉さんの目からは涙が溢れていた。

 

「天和姉さん…………横島ぁ……!」

 

そしてちーの目からもまた涙が溢れてきた。

 

「れ、人和が……人和がアイツに…………!ちー、何もできなかった!お姉ちゃんなのに、何も!!悔しい……悔しいよぉ……!!!」

 

「そ、そんなこと……私だって、お姉ちゃんだっておんなじだよ……!!私は地和ちゃんと人和ちゃんのお姉ちゃんなのに……!!」

 

 天和姉さんと二人抱き合って……ううん、しがみつきながら泣く。もう人和が戻ってくることなんかないって分かってるけど、分かっているからこそ涙は止まってくれなかった。

 

「天和ちゃん……地和ちゃん……」

 

 でも横島の一言でソレは、

 

「人和ちゃんは生きてるぞ」

 

「「…………え?」」

 

 一瞬で引っ込んだ。

 

「ど、どどどどういうこと横島!?れ、人和は生きてるのっ!?」

 

「ほ、本当なの!?横島さん!!!」

 

 横島はこういう霊障専門の人間だ。

 その横島が言うってことは人和は本当にまだ生きてる!!ちーと姉さんはお互いに顔を見つめて笑った。

 

 の!に!!

 

「いや、まぁ勘だけどな」

 

 ずっこけた。

 そりゃもう見事に姉さんと二人ずっこけた。

 

「ちょっと横島ぁー!!あんたこんな時に何適当なこと言ってんのよー!!!!」

 

「言っていい冗談と、言っちゃダメな冗談ってのがあるんだよ!横島さん!!!」

 

 横島の首をガタガタと激しく揺らす!

 このっ!こいつはこんな時になんてことを!

「ちょ、やめ!揺らさんといてーー!!!!」

なんて言ってるがやめてやるもんですか!

 ぬか喜びもいいところよ!!!

 

「なんでそんな酷いことを……!人和ちゃんが生きてるなんて嘘を!」

 

「いや、だからさ」

 

 涙をため睨む姉さんにオロオロしながら横島はちーたち二人に答える。

 

「俺からしたらなんで二人は張粱ちゃんが死んだなんて思ってんだ?」

 

「何言ってるのよ!だってアイツが……「だからだって」っ!……どういうことよ?」

 

「アイツは敵だぜ?なのになんであんなクソ野郎の言葉を信じてんだ?」

 

 言葉が……詰まった。

 

「人和ちゃんは消えちまった。でもそれはあの野郎に取り込まれたからで、決して死んだわけじゃない。俺はそう信じてる」

 

 そう言って横島はニカッと子供見たいに笑う。

 

「それとも二人は何もしないであきらめんのか?」

 

「っ……!」

 

「くく、中々に残酷な男だな貴様は」

 

「「「!?」」」

 

 聞き慣れた声なのに今は不快な声。人和の体を乗っ取った太平妖術の闇がニヤニヤとちーたちを見ていた。

 

「せっかく親切で人和の死を教えてやったというのに、改めて妹の死を確かめるなどその娘たちをまた絶望させたいのか?」

 

「うるへー!誰がテメェの言葉なんて信じるかってんだ!張粱ちゃんは絶対生きてる!絶対だ!!」

 

 人和は……生きてる……。

 横島の言葉が胸の中で拡がっていく。

 

「まぁ信じようが信じまいがどうせ絶望するのだ。それよりそろそろカタをつけさせて貰おう。時間もないようだ」

 

 そう言ってまた黒い闇の槍を出す。確かにアイツの言う通り外から軍の声が近づいてきてる。

 外の戦も決着がつきそうってことだろう。

 

「天和ちゃん、地和ちゃん。確かにあの野郎の言う通り、本当に張粱ちゃんは死んでんのかもしれねぇ。足掻いても後悔と絶望して、だからって何もしなくても後悔するに決まってる。…だったら。どっちの選択肢も後悔する道だってんなら……」

 

 横島が光る剣を出して人和に向きならう。

 

「俺は最後まで足掻いて後悔する道を選びたい!」

 

「横島……」

 

「横島さん…」

 

 確かに、確かめるのは怖い。

 人和がやっぱり死んでいたらさっきみたいに姉さんもちーも絶望して何も出来なかった自分に後悔するんだろう。

 でもこのまま何もしなかったらどうなるの?

ちーたちは殺されて人和の体を使ってアイツは非道の限りを尽くすんだろう。

 

 そんなの絶対嫌だ!

 人和の体を勝手にされてたまるもんですか!

 

「反抗的な目だな?また絶望したいのか?」

 

「うるさい!」

 

 何も出来なかった自分を嘆き、後悔し、絶望することになっても。なるんだとしても!

 

「それはあんたを倒してからよ太平妖術!!!」

 

 だからお願い―

 

「横島……」

 

「横島さん……」

 

「「アイツを倒して!!!」」

 

「つーわけだクソ野郎……。テメェはこの俺、GS横島忠夫が」

 

 

 

 

 

 

「極楽に逝かせてやるぜぇー!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

続こう!

 

 

 

 

 




この話、アシュタロス編の横島のセリフを地和に言わせるというのが、黄巾党編の書きたいシーンでした。
そして当時の僕はそれで満足して、力尽きてしまいました。
ですが、やる気を取り戻し完結まで書いてやる!と気合いを入れてハーメルン様に投稿させてもらいました。
次で黄巾党編は終わりです。
二章も待たせず更新できますので、また見てくれると嬉しいです。


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2ー9

誤字脱字報告、いつもありがとうございます。
見直してはいるんですが、どうも抜けてしまっているようで申し訳ないです。

さて、それでは今回で、黄巾党編は終わりです。
よかったら見ていって下さい。


 

 

2ー9

 

 

 

 

 

 

「極楽に逝かせてやるぜ!!」

 

 そう叫び右手に霊波刀を纏わせる。

 

「ほう極楽に?この娘と一緒にか?」

 

「テメーだけに決まってんだろ!!」

 

 馬鹿にしたように嘲笑う人和-の身体を乗っ取った太平妖術が黒くうねる触手を横島へと放つ。

 

「ちっ!男に触手なんか使ってんじゃねぇよ!」

 

 だが、これまでのように容易く横島の霊波刀によって簡単に切り落とされる。

 それを見ながら冷静に太平妖術は呟く。

 

「やはりやっかいだな、その力」

 

 もし、これが相手に何の柵もない状態であったなら横島は楽に太平妖術に勝てただろう。

 太平妖術の本領は人和がやったように術を使い人を操り殺すこと。太平妖術自体にはそれほどの戦闘能力は高くないのだ。

 だが、人和の身体を使っていることと、その人和を助けようとしていることによりこの戦いは拮抗しているのだ。

 いや、優位なのは明らかに太平妖術である。

 

 横島には残っているか分からない人和の魂を目覚めさせ、さらに人和の身体を使っている太平妖術を叩き出さなければいけないのに加え、タイムリミットもあるのだ。それは……

 

「ふふ、もうすぐ軍が押し寄せてくるのも時間の問題だな」

 

「……くっ!」

 

 そう、この地で戦っているのは横島たちだけではない。

 人和の操る黄巾党、それと戦う軍がいるのだ。その中には当然雪蓮たちもいる。

 もうすぐ軍が黄巾党を破りここにやってくるだろう。

 そうなれば人和を含め天和たちが黄巾党を纏めていたリーダーであることを隠すことは難しいだろう。そして捕まれば恐らく処刑されてしまうことになる。

 

 だからこそ、それまでに人和を救出しなければいけないのだ。

 

(確かに時間がねぇ!だからってこのまま膠着してても時間の無駄だ!

考えろ、何か手はねぇのか?脳味噌片っ端から使って考えろ!でないと手遅れになっちまう!

いいのか?横島忠夫!また、守れなくなっちまうぞ!三姉妹をバラバラにしちまうぞ!

……あれ?また?三姉妹?なんのこと……)

 

「考え事とは余裕だな」

 

「っ!がっ!?」

 

「「横島(さん)っ!?」」

 

 天和と地和の悲鳴があがる。

 

 何かを思い出そうとした横島の隙をつき、触手が襲いかかる。反応が遅れた横島は肩を触手に抉られたのだ。

 

「ぐっ……いぢぢぢぢっ!!」

 

(アホか俺は!今は余計な事まで考える暇はねぇ!考えろ!何かなかっけか?今回みたいなケース、事件は!?妖怪にとり憑かれ、それを救いだすみたいな……美神さんと!ん?……美神さん?っ!美神さん!)

 

 横島の脳裏にある事件がフラッシュバックする。

 それはまだ霊能に目覚めていない頃に起きた事件で横島の中ではトップクラスに危険な事件だった。だが、その中に光明を見つけた。

 

(だけど出来るのか俺に?俺はあの人じゃないしあの人みたいな力はない。けど…)

 

「横島、大丈夫!?」

 

 叫ぶ地和を肩を押さえながら見る。天和も不安げな瞳で横島を見ていた。

 

「…………」

 

 怖くて逃げ出したい気持ちは相変わらずある。だが、不思議と力が湧いてくる。

 

 横島は覚悟を決めた。

 

「やってやる!ちくしょう!……やってやる!」

 

「ほう?何をやるつもりだ?」

 

「テメェをぶっ倒すんだよ!このヤロー!!」

 

 再び霊波刀を出し横島は駆け出す。人和に向かって真っ直ぐに!

 

「馬鹿め、血迷ったか!」

 

 嘲笑いながら大量の触手を横島へと放つ。

 何かするならしてみろ!と、太平妖術が挑戦的に笑う。

 その笑みに応えるように横島も笑いさらに人和へと突っ込む。そして……

 

「「横島(さん)ー!!」」

 

「ぐ、が、あ……ぁぁあああああ!!」

 

 人和の3歩程前で大量の触手に貫かれた。

 

「ふはは!何だ本当に血迷ったみたいだな!何も考えず突っ込んでくるとはな!!」

 

「ぐぁ、っづぅう!!」

 

 大量の血が横島から零れ落ちる。

 それでも横島は愚直に人和へと近づく。ゆっくりと、だが確実に。一歩、二歩。

 

「まだ動くか、しぶとい男だ。だがこれで」

 

「づーがまーえだぁ……!!」

 

「なっ!?」

 

 太平妖術がとどめにと新たに触手を出したが、それより早く横島が人和の両肩に手を置いた。

 

「先に……あやまっとくぜ……張梁ちゃん」

 

「くっ、離せ!」

 

「いただき……ます!」

 

 それから人和を両手で抱き締めた。

 

「え、えーー!?」

 

「ちょ、人和に何してんのよー!?」

 

 天和と地和が横島の突飛な行動に声を荒げる。横島はニヤッと笑い抱き締める力を強めた。

 

「くぅー!柔らけぇ、気持ちいい!!生まれてきてえがったー!!

これなら、いくぜ……煩悩!集中ぅーーーっ!!!!」

 

 瞬間、横島の体から大量の霊力が溢れだす。それは今までとは比較にならない力の波だった。

 

「な、なんだ!?この力は!?貴様、本当に人間かっ!?」

 

「一か八かだ!ダイブっ!!!」

 

 そしてその大量の霊力を狼狽する人和へとぶつけた!

 

 横島は思い出していた。

 まだ霊力に目覚めていない頃に起きた事件。ナイトメアの事を。

 あの時、美神がナイトメアにとり憑かれ、六道冥子とその式神の力で横島たちは美神の心の中へと入っていった。

 

 横島には冥子の式神のような心の中に潜る力はない。

 だが同じことが出来なくても似たことなら出来るかもしれないと考えたのだ。

 

 人和に霊力をぶつけ、人和の中に霊力を流し込み念じる。

 やることは一つ、霊力を通して太平妖術に呑み込まれた人和の魂を探すのだ。

 

 もちろんこんなことを試した事はない。

 だが、出来る出来ないじゃない。やるしかないのだ。人和を、三姉妹を助けるために!

 

「っ、ぅう!ぐがぁ!!」

 

 触手に貫かれた傷が痛みを呼び顔を歪ませる。

 それでも横島は霊力を流し続ける。

 

(捜せ!張梁ちゃんを!イメージは張梁ちゃんの心の中に入るイメージ!絶対に見つける!)

 

「ぐっ、やめろっ何をしようとしている!?」

 

「いるんだろ?張梁ちゃん!?まだ死んじまうには早いぜ!」

 

 横島は意識を霊力に乗せて人和の心を探る。

海の中を泳ぐような感覚の中、横島は人和を探し続ける。

 

「っ!いたっ!」

 

 そしてとうとう膝を抱えて座り込む人和を見つけることが出来た。

 

「張梁ちゃん!聞こえるか張梁ちゃん!!」

 

『…………』

 

「張梁ちゃん!!」

 

『…………もう、放っておいて』

 

「ばか野郎!放っておけるわけねぇだろ!

天和ちゃんに地和ちゃんの元に張梁ちゃんを返す!」

 

『今更っ、……二人の元になんて戻れるわけないじゃない。私がこれまでどんなことをしてきたか貴方も知っているはず』

 

「それは太平妖術のクソヤローのせいじゃねぇか!」

 

 その言葉を人和は鼻で笑う。

 

『違うわ。あれは私が望んだこと。力を望んで姉さん達を縛りつけた』

 

「それは守るためだろ!?」

 

『人もいっぱい殺した。心を壊し、傀儡にした。そんな私がこれ以上生きていい筈がないじゃない』

 

「そんなことねぇ!少なくとも天和ちゃんも地和ちゃんはそう思ってない!俺も!!」

 

『もういいの。もう疲れた。どうして邪魔するの?私は楽になりたいの。こんな心の中にまで入ってきて……!』

 

「人和ちゃん!」

 

『そうだ人和!私に身を委ねていればいい!

そんな男の言葉など聞くな』

 

「太平妖術!っ、邪魔すんじゃねぇ!!」

 

 遂には黒いモヤ……太平妖術までも現れ人和を唆す。

 人和は顔を歪め、両手で耳を押さえた。

 

『もう放っておいて…!邪魔をしないで!誰も入ってこないで!私の中から出ていって!出ていってぇぇ!!!』

 

「っ!?」

 

『なっ!?』

 

 人和の強い拒絶に現実に戻された横島は同時に人和から吹き飛び地面へと転がる。

 

「っ、かはっ!」

 

 血を吐き出しながら人和へと視線を向ける。

 見ると人和は苦しそうに身体をくねらせていた。

 

「がっ、何故……こんな!」

 

 人和……太平妖術の苦しむ姿に横島は突破口を見いだした。

 

 先ほどの横島への拒絶は太平妖術に大きなダメージを与えていた。

 人和は無意識にだが、横島だけではなく、そこに現れた太平妖術も拒絶していたのだ。

 その事により人和の身体を一時的に上手く動かせなくなっていたのだ。

 

「っ、天和ちゃん!地和ちゃん!」

 

 横島を心配して駆け寄ろうとしていた二人に向け叫ぶ。

 

「張梁ちゃんに呼びかけろ!今なら太平妖術を人和ちゃんから追い出せる筈だ!」

 

「ほ、本当!?人和は生きてたの!!」

 

「ああ見つけた!けど他人の俺じゃ張梁ちゃんに言葉が届かねぇ!けど二人なら!姉妹である天和ちゃん達なら人和ちゃんを助けられる!!」

 

「わ、分かった!」

 

「絶対人和を助けて見せるわ!!」

 

 横島の言葉に二人の心は浮き足立つ。

 大事な妹は生きている。死んでなんていなかった!太平妖術の嘘だった!

 抑えきれない喜びを無理矢理に押し込み、苦しんでいる太平妖術……いや、人和に向き合う。

 

「人和ちゃん!聞こえる!?」

 

「今、助けたげるからね!」

 

「う、あぁ……姉さん、姉さ……ん!

やめろっ!出てくるな!人和!!貴様は眠っていればいいのだ!!」

 

「っ!天和姉さん、今の!」

 

「うん!人和ちゃんだった!」

 

 更に苦し気だったが人和の声を聞いたことにより二人はお互いに顔を合わせ頷き合う。

 横島と同じように、二人も覚悟を決めたのだ。

 手を繋ぎ、人和に向かって歩きだす。

 

「ぁ……だ、だめです姉さん……こ、来ないでくだ……さい!」

 

「いくら人和ちゃんのお願いでも」

 

「それは聞けないわ」

 

「い、ぃや……いやです。姉さん達を傷つけてしまう……殺したくなんてないっ!だからっ…………だから死ね!!お前達が死ねば、人和は完全に壊れる!そうなればこの身体は私の物だ!!」

 

 触手が人和から二人へと放たれる。だが、触手が命中することはなく二人の横に刺さる。

 二人は飛んできた触手にビクリと身体を震わせたが、キッと太平妖術を睨み歩みを再開する。

 

「くっ!人和、邪魔をするな!……いやだ、絶対に!姉さん達だけは……!」

 

「人和ちゃん」

 

「人和」

 

「っ!……天和姉さん、地和姉さん」

 

 そして二人はとうとう人和の目の前に立つ。

 人和は二人から逃げるように目を反らした。それを見た二人は怒ったように人和を睨む。

 

「「っバカ!!」」

 

 そらから人和を力一杯抱き締めた。

 

「……ぁ、姉……さん?」

 

「本当に……バカなんだから!」

 

 人和から、力が抜ける。二人を巻き込むように膝をつくが、抱き締めたその腕は離れなかった。

 

『ば、馬鹿な!身体の支配権が人和に戻っただと!?』

 

 人和の内側に戻された太平妖術が慌てふためき取り乱すが、言葉通り人和の身体を動かすことが出来なくなっていた。

 

「人和ちゃんは昔からそうだよ。何でも一人で抱えこんで……!」

 

「確かにちーたちは頼りないお姉ちゃんだけど、それでも人和のお姉ちゃんなのよ?」

 

「姉さん……でも、私は」

 

『そうだ人和!今までお前が何をやってきたか忘れたか!?』

 

「そう……だ、私は許されないことをたくさんした。罪のない人をたくさん傷つけて壊してしまった。それは間違いなく私の意志だった」

 

 太平妖術に精神を犯されていたとしても、それを承知で行動し決めてきたのは間違いなく人和の意志。そのことが人和を苦しめる。

 

『そうだ。だから人和、お前は生きていてはいけないのだ!』

 

「そう……生きていちゃいけ「いけなくなんかないよ!人和ちゃん!」天和姉さん……」

 

「人和、ちーには分かるよ。人和がこんなことをしてきたのは、ちーたちの為だって!

おかしくなっても人和はちーたちを傷つけなかったもん!」

 

「うん。それに、お姉ちゃんだってずっと人和ちゃんに甘えてた。だから人和ちゃんだけのせいじゃないよ」

 

「でも……私は!」

 

「それでも生きる気がないっていうなら人和。太平妖術の力でちーたちを殺しなさい」

 

「地和姉さん、何をいって……!?」

 

 まさかの発言に驚く人和だが、抱き締められた腕から、何より体から伝わる熱が地和が本気であることが分かった。

 そしてそれは天和も同じだった。

 

「人和ちゃん。私たちは今までいつも一緒だったよね?それは心も一緒なんだよ?私たちは三人一緒じゃないとダメなんだよ?一人でもかけたら、それは死んじゃうのと同じ。お姉ちゃんは人和ちゃんがいないとダメなんだよ?だから人和ちゃんが死ぬつもりなら、お姉ちゃんも死ぬ」

 

「天和姉さん……」

 

「人和、罪は三人一緒に償っていこ?すごく勝手なことなのかもしれない。死んでいった人たちには理不尽なことなのかもしれない。でも、どんなに後ろ指さされても、これからずっと苦しんで生きていかなくちゃいけないんだとしても!ちーたち三人ならきっと大丈夫。でしょ、人和?」

 

「地和姉さん……!」

 

「それが無理だっていうなら、ちーたちを殺して」

 

 抱き締められてからずっと、人和の手はぶらりと地面に伸びているだけだった。

 抱き締め返すのが怖かったのだ。

 

 人和は後悔していた。太平妖術に呑み込まれ、力を欲したのは二人の姉と共に幸せになるためだった。

 だけど思い返す。小さい頃からずっと貧乏で食べ物にありつけない日もあった。寒さに凍え、死にそうになったことも数えきれない程ある。

 だけど。

 ああ、だけど。

 

 

 

 三人で生きてきたこれまでを不幸だなんて思ったことは、一度もなかった。

 

 

 

「私って、バカだな」

 

 だって、当の昔に幸せになっていたんだから。

 二人の姉と生きるこの今こそが、本当に手放せない幸せだったんだから。

 

 ゆっくりと手を持ち上げ、動かす。その手は片方ずつ二人の背中へと回っていく。

 

『や、やめろ人和!お前は力が欲しかったんじゃないのか!?私を手放せば、二度と力は手に入らないのだぞ!?』

 

 その言葉に答えるように人和は柔らかく微笑み、噛み締めるように二人を抱き締め返した。

 

「助けて……お姉ちゃん」

 

 そう、昔のように二人を呼ぶ。返ってくる言葉は聞かなくても分かっていた。

 

「「もちろん!!」」

 

 人和の瞳から涙が流れる。

 

「だから太平妖術……」

 

「ちーたちの大事な妹から」

 

「「出ていって!!」」

 

『ば、ばかなぁぁあ!!!?』

 

 それと同じように、黒い塊となって太平妖術は人和から追い出された。

 

 

 

 

 

 二転三転、転がりながら地面に投げ出された、おおよそ直径五十センチほどの黒い塊が太平妖術に封じられていた妖怪の正体であった。

 

『あ、ありえんん!こんな!後少しの所でぇええ!!』

 

 ジタバタとのたうちながら黒い塊の一部が開かれ大きな目玉が出てくる。その視線の先には自分で燃やしてしまった太平妖術の書が炭になり存在していた。

 本体は弱霊にさえ下手をすると倒されてしまい、何かに取り憑いていなければ生きていけないと理解している分、焦りは大きい。

 

『依り代がいる!早急に!でないと私は……!』

 

 

 

「よう、やっと会えたなクソヤロー」

 

 

 

『う……あ、き、貴様は!!』

 

 憎たらしい声に振り向くと予想通りの男がいた。先ほどまで闘っていた横島である。

 その横島は血だらけになり倒れながらも手を太平妖術へと構え、霊気を手に纏わせ栄光の手へと変えていた。

 

「言ったろ?テメーはこの俺が極楽に逝かせてやるってな!!」

 

『ま、まて!話をっ』

 

「くたばりやがれクソヤロォォ!!!!」

 

『ぎぃやぁぁあああああアアアア!!!?』

 

 そしてそのまま栄光の手を伸ばし、黒い塊を貫く。太平妖術は何も出来ないまま横島により極楽へと送られていった。

 

「はぁ……はぁ……、あーつがれだー!!」

 

 体を仰向けにし、大の字になり横島はやうやく力を抜いた。

 首だけを横に向け、三姉妹を見る。

 抱き合う三姉妹に何か言い様もない満足感に満たされ。横島はらしくもない柔らかい笑顔で笑った。

 

 

 

 その後、すぐに黄巾党は殲滅され本陣へと侵入された。それから一番最初に本陣へたどり着いた曹操により黄巾党の首領である張角の死亡が伝えられた。

 

 だが、そこに横島は居らず。雪蓮の元に帰ることもなかった。

 

 

 

 

二章に続く。

 

 

 

 

 

 




色々と駆け足でしたがこれにて一章は終わりました。
二章は明日から更新していきます。
横島はいったい、どこにいってしまったのか?
まぁ丸わかりてますが楽しみにしてくれると嬉しいです。

いつも感想、評価、力になってます。
二章からもよろしくお願いしますね!では


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エピローグとプロローグ

前話で一章は終わりと言いましたがそんなことはなかったぜ。な話です。
本来は二章のプロローグだったのですが、読みかえすと一章のエピローグのように感じたので、エピローグとプロローグとさせて頂きました。申し訳ございません。
次話から完全な二章とさせて頂きます。


 

 

エピローグとプロローグ

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー!いい天気ね~」

 

「そうね。つい最近まで黄巾党の後処理に追われて、落ち着く暇がなかったからな」

 

「ほんとほんと、もー疲れちゃった」

 

「雪蓮……貴方はサボってばかりだったじゃない」

 

「ごめんごめん。でもみんな頼りになるんだもん。仕方ないでしょ冥琳?」

 

「……雪蓮」

 

 ここは雪蓮たちが暮らす館。つまりは横島が住んでいた場所でもある。

 その館の中を、中庭を目指して雪蓮と冥琳が歩いていた。

 

 黄巾党を壊滅させてから20日あまり経とうとしていた。黄巾党の数が数だけに二人、特に冥琳は戦後処理に追われており、ようやく一息つける程度に落ち着いたのだ。

 

 なので久しぶりに二人でお茶でもしよう!となり、中庭を目指していたのだ。

 

「もー睨まないでよ冥琳」

 

「ふぅ……全く」

 

 文句を言いながらも笑みを浮かべる冥琳に甘えるような雪蓮。端から見ればイチャイチャしてるように見えただろう。

 

「あら?」

 

 ようやく中庭につき見渡すと雪蓮が何かを見つけた。

 

「……あれは小喬か」

 

 冥琳の言葉通り、視線の先には中庭にある木の傍に座り込み膝を抱える小喬がいた。

 

「なーんか暗い顔してるわね~」

 

「最近はよく一人でああしているらしい」

 

 その小喬は誰が見ても分かる程、元気をなくしていた。

 冥琳は侍女たちからその様子を聞いており、仕事などはキチンとこなすがそれが終わるとああして一人、黄昏ているのだという。

 

 原因は分かっている。小喬の元気がなくなったのは黄巾党を殲滅したその日から。

 その理由を冥琳は小喬から聞いていた。

 

「まさか忠夫もあの戦場にいたなんてね~」

 

「蓮華様からも横島らしき人物に助けられたと聞いている。まず、横島なのだろう」

 

「霊能?だっけ。ちょっと信じれないわね」

 

「同意だが、あの時の小喬の取り乱し方は普通ではなかった。それに姉が殺され男に恐怖と嫌悪感を抱いていた小喬を立ち直らせたのは、間違いなく横島だ。あの時から何かあるとは思っていたが……」

 

「ま、本人がいないんじゃ確認しようもないけどね」

 

 あの時、黄巾党を殲滅した日。やり残した事もないということで、軍を引き上げようとした中、着いてきていた小喬が青い顔で雪蓮の元へかけてきた。

 

『ど、どうしたら!雪蓮さまっ!横島が……横島が!!』

 

 本当なら秘密にしておくはずだった横島の事。それを雪蓮に話してしまったが仕方ない事でもあった。

 

 小喬は最近姉を亡くしており、その絶望から救ってくれたのは横島だった。

 

 その横島が、約束していた時刻になっても現れず、軍から離れ一人待ち続けていたが結局横島が現れることはなかった。

 作戦では、軍が黄巾党を倒す間に天和と地和の妹を助け連れ出す手筈になっていたのだ。

 それが現れないということは何かあったということだ。

 

 そして小喬はパニックを起こしてしまう。何かあった、つまり不足の事態が起こったということ。

 不安と心配が募る中、小喬の耳に黄巾党の首領である張角の死がはいってくる。目眩に襲われた。

 それもその筈、その張角こそが横島に助けを求めた人物なのだから。

 

 その張角が死んだ?だったらその張角と一緒にいた横島は!?

 

 小喬は再び、大事な人を失うかもしれない恐怖に襲われた。歯がカチカチとなり、震えが止まらなくなる。

 

 忘れかけていたトラウマが蘇った。

 

 気が付けば小喬は雪蓮に助けを求めていた。そして、当然どういうことがあったかを説明することになったのだった。

 

「正直認めたくはなかったが、横島は本物の天の御使いだったということか」

 

 あのバカでナンパばかりしていた男が予言にあった天の御使いという事実に眉をひそめる冥琳。

 

 それを見て笑みを浮かべながら雪蓮は天を見上げた。

 

「状況が状況だから。忠夫は死んでるかもしれないんだけど、とても死んでるとは思えないのよね~」

 

「……それは同意ね。あの馬鹿は殺しても死なない男だ」

 

「霊能とか天の御使いとか、色々聞きたいことがあるけど、無事でいてよね忠夫」

 

 それから、この場にいない横島に祈りの言葉を捧げた。

 

 

 

 そして、小喬は……

 

「早く帰って着てよ……横島!」

 

 雪蓮と冥琳に見られていることに気がつかないまま、涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 で!!

 

 肝心の横島はというと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねーねー彼女、今からあの茶屋で二人のこれからを話会わない?」

 

 呑気にナンパに勤しんでいた。まぁ、成果は言うまでもなく惨敗であるが。

 

「寝言は寝ていいな童貞!」

 

 ぺっ!と地面に唾をはき、去る美女(巨乳)に肩をおとすが、横島は直ぐ様別の美女(巨乳)を見つけ声をかける。

 

「あっ、お姉さ「少しはこりなさいよっ!!」ぶがばっ!?」

 

 が、寸前のところで少女に頭をハリセン(横島専用)でどつかれて地面に沈む。

 

「いきなりなにすんじゃー!せっかく美人のねーちゃんとランデブーできるとこだったのにー!!」

 

「いや、明らかに無理だったじゃない。地面に唾はかれてたじゃない」

 

「わかってねぇな~、あれは駆け引きなんだって地和(貧乳)ちゃん「(貧乳)ってなによ!!」んごっ!?」

 

 そして、横島にツッコミを入れるのは黄巾党の首領、張角の妹である地和である。

 

「大体今はそんなことしてる余裕なんてないでしょ!ちーたちにとって大事な舞台が待ってるんだから!」

 

「仕方ないんやー!抑えきれないリビドーがワイを狂わせるー!!」

 

 地面に転がり子供みたいにジタバタと暴れる横島にドン引きする地和。周りの人々も二人を避けるように歩いていた。

 

 と、そこに一人の少女が二人に近ずく。

 

「やっぱりここにいたのね。地和姉さん、忠夫さん」

 

「あ、人和!ちょっと人和もこの馬鹿に何か言ってやってよ!」

 

「おう人和ちゃん、お疲れさん」

 

 地和の妹、人和だ。

 

「大丈夫ですか、忠夫さん?」

 

「お、サンキュー」

 

 差し出された手を掴み立ち上がる横島。その際人和の手の柔らかさに頬をだらしなく緩ませる。

 その事に人和も気づいていたが、何も言わず笑みを深めた。

 

「そっちは終わったの?人和」

 

「ええ、天和姉さんが途中で駄々をこねて大変だったけど」

 

「もー天和姉さんったら。で、その姉さんは?」

 

「今は事務所でシュウマイを食べてるわ」

 

「シュウマイ!ちーのは残ってるのよね!?」

 

「ええ、ちゃんと取ってあるわ」

 

「よかったー人和大好き!」

 

 抱きついてくる姉を嬉しそうに抱き返す。それを見て横島も笑みを浮かべた。

 ちなみに人和が取っておいたシュウマイは見事に天和に食べられており、この後、天和と地和の姉妹喧嘩が発生するのだが割愛する。

 

「それで地和姉さんの方はどうだったんですか?」

 

「ちーは終わったわ。問題はこいつよ、こ!い!つ!」

 

「いでっ!いだだだ!地和ちゃん、やめ、やめてー!!」

 

 ペシッペシッとハリセンで横島を叩く地和。色々と鬱憤が溜まっていたのだろう。

 それを笑いながらも人和が止める。

 

「それでどれくらい終わったんですか、忠夫さん」

 

「うっ、すまん人和ちゃん……実はほとんど」

 

「ほら聞いた?せっかくちーたち『数え役満姉妹(しすたーず)』の初舞台だっていうのに、この馬鹿は!」

 

 そう、今横島たちは天和たち三姉妹によるユニット『数え役満姉妹』の初コンサートのチケットを売って回っているのだ。

 

 まだ、この街に来てまもない横島たち。もちろん三姉妹も有名どころか誰にも知られていない。

 なのでコンサートではあるがチケットは無料に近いほど安く。まずは知ってもらうところから始めているのだ。

 

「文句を言っても仕方ないわ、今度はちゃんとしてくれますか、忠夫さん」

 

「お、おう!任せろ!」

 

「ありがとう。やっぱり忠夫さんは頼りになりますね」

 

「い、いやーでへへ」

 

 両手で横島の手を握り微笑む。そんな人和に再びだらしなく顔をゆるめた。

 

「じゃあ、追加でこれもお願いしますね」

 

「……え?」

 

 気が付けば横島は手に大量のチケットを握らされていた。恐る恐る人和を見るがにっこりと笑うだけで何も言ってはくれない。

 

「あの……最初に渡された量の倍くらいあんだけど……?」

 

「大丈夫。忠夫さんなら出来るはずです」

 

「ち、地和ちゃん?」

 

「ふふん、自業自得よ忠夫」

 

「じ、冗談だよな」

 

「「「…………」」」

 

 だっ!と、横島は走り出す。涙を流しながら。

 

「ちくしょ~!!絶対後で天和ちゃんの乳をもんでやるからなー!!」

 

「なんでそこでちーじゃなくて天和姉さんなのよ馬鹿ー!!」

 

 ばかばーか!と喚く姉を見ながら人和は幸せそうに笑った。その笑顔は本来の彼女の笑顔。太平妖術に犯されていない本物の笑顔だ。

 

「地和姉さん」

 

「何、人和?」

 

「幸せですね」

 

「……うんっ!」

 

「償わないといけない罪はあるけれど、許しを乞わないといけない人もいるけれど、それでも私は生きていたい。姉さんたちと一緒に」

 

 ついでに忠夫さんも。と、聞こえないように呟く。

 

「きっと辛いことはたくさんある。けど、私たちなら大丈夫……なんだよね」

 

「当たり前よ。三人揃えば怖いものなんてないわ」

 

「……うん!」

 

 自然と手を繋ぎ、天和が待つ事務所へと歩きだす。足取りは軽い。明日に向かって歩く一歩である。

 

 この場所、曹操が治めるここ陳留で三姉妹は新しく人生を歩き出していた。

 

 

 

 

 

続く!!

 

 

 

 




一章エピローグ、そして二章プロローグでした。
そして次回から

二章・魏に転がり込んだ道化

が、始まります。
また読んでくれると嬉しいです。
いつも感想、評価ありがとうございます。ではまた明日。


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二章・魏に転がり込んだ道化
1ー1


二章の始まりです。三部構成ですが、一章より話数は少ない予定です。
ではよかったら見て下さい。


 

 

1ー1

 

 

 

 

「殺しましょう」

 

「落ち着きなさい、桂花」

 

 ここは陳留、曹操が治める都市である。その中心にある城の中にある軍議等を行う部屋で、曹操を始めとした主だった面子が集まっていた。

 

 議題の中心は、最近拾ってきた男。横島忠夫である。

 

「ですが華琳様!あの男が来てこれで何件目ですか!?民から苦情がくるのは!」

 

 声をあらげるのは猫耳フードを被った、見た目は美少女である荀彧こと真名は桂花という。

 

「この報告を見るに既に五十件は越えているみたいだが」

 

「逆に私は感心してしまうぞ、なぁ秋蘭?」

 

「ふっ、そうだな姉者」

 

 秋蘭と呼ばれた水色の髪の女は、曹操の左腕である夏候淵、真名は秋蘭。そして呑気な事を言った腰まで伸びた黒い髪をオールバックにしているのはその姉、曹操の右腕である夏候惇、真名は春蘭である。

 

「何を呑気なこと言ってるのよ!あんな穢わらしい男、さっさと処刑するべきなの!!華琳様の治める街にあの男はいらないわ!」

 

「そこまでにしなさい桂花」

 

「華琳様っ!?ですがっ」

 

「黙りなさいと言ってるのよ?」

 

「っ!……申し訳ありません」

 

 そして、睨むだけで桂花を黙らせたのが彼女たちの王、曹操こと華琳である。

 その華琳は少し視線をきつくして桂花に続ける。

 

「それから桂花。貴女の報告だけれども、私が聞いていたのと違うわね」

 

「っ」

 

「確かにあの男……横島は街中の女……特に綺麗所ね、に声をかけまくっているそうだけれど、苦情は一件だけしかきてないそうね。しかもその一件は貴女からだとか、桂花?」

 

「そ、それは……」

 

「しかも苦情どころか絶妙な間で三姉妹の誰かが横島を止め折檻することで、そのやり取りが見てて飽きないという声が上がっているくらいよ」

 

 華琳の言った通り、まだ横島たちが陳留に来て一月も経っていないというのに、ハリセンを使ったドツキ漫才は今では名物のようになっている。

 それにこの間開催された三姉妹のコンサートは小規模ながらも大成功し、そこに無料で招かれた曹操の兵士たちの士気高揚にも繋がっていた。

 

「桂花、貴女が男嫌いなのは知っているけれど、最近は酷いわよ?私の可愛い家臣には男ももちろんいる。私情で動かれるのは困るの。分かったわね?」

 

「……はい、分かりました」

 

 全く納得していない様子の桂花に一度だけため息を吐き、華琳は集まっている家臣たちに向きなおる。

 

「では話を戻すわ。秋蘭」

 

「はっ。その横島ですが特に変わったところは見当たりません。桂花が言う通りかなりの女好きではあるようですが、男には珍しいことでもないでしょう」

 

「あの男が行き過ぎなのは認めるけどね」

 

「そうですね。ですが『役満姉妹』の公演の成功、その発案そのものが横島からであり、悪い方向でなく良い方向に予想は外れていると言えます」

 

「そうね……、春蘭。貴女からみて横島はどう見えた?」

 

「わ、私ですか!?え、えと、その華琳様が横島の何が気になっているかは分かりませんが、悪人には見えません。何かを隠しているようにも……見ての通りあの男は馬鹿です」

 

「ふふ、そうね」

 

 春蘭に笑みを返しながら華琳は考える。横島忠夫という男を。

 華琳はもちろん天和たちの正体を知っている。保護をする際、三人からは密かに狙っていた太平妖術の書は燃やしたと聞かされたが、それ以上に三人に価値を見出だした為保護したのだ。

 そして、その三人に懇願されたのが横島を助けることであった。

 

 詳しい事は結局三人からは聴けてはいない。だが、横島が三姉妹を救った事だけは聴いていた。

 だからこそ華琳は横島を怪しむ。

 見た目は普通、武に長けているような体つきでもなく、話したかぎりかなりアホっぽい。

 特に変わった特技があるようにも見えないそんな平凡そうな男が、黄巾党の首領であった天和たちを救ったことが理解できないのだ。

 

 どうやって、そもそもどうして?疑問は尽きない。何より華琳の勘が言っているのだ。横島には何かあると。

 

「私だってあの男が悪人だとは思ってない。だけどそういうことではないのよ。私は知りたいだけ、あの男が何を隠しているのか、何を持っているのか」

 

「そんなに気になるのでしたら、私が無理矢理にでも聞き出しますが」

 

「分かってないわね春蘭。無理矢理なんて面白くないじゃない」

 

 いつか横島自身から言わせる。その事に意味があるのだと、華琳は笑う。

 

「横島のことはこのまま継続して監視してちょうだい。さ、次の議題にうつりましょ」

 

 そうして今日も華琳たちの一日は過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃横島はというと。

 

「はい、お待たせ」

 

「おっちゃんサンキュー」

 

「さ、さんきゅう?」

 

「あ、えーと、ありがとうって意味だよおっちゃん」

 

「なんだそうかい。また来てくれよ」

 

 売り子の男性に手を上げて別れを告げる。それから横島は手にシュウマイが入った袋を持ちながら三姉妹がまつ事務所へと歩きだす。

 お腹がすいた天和に胸を軽くあてお願いされたため、単純な横島はお使い……もといパシりへと出かけていたのだ。

 

 ここ最近、天和は横島の扱いを分かってきたのか色仕掛けを使い、よくパシりに使っている。

 いいように使われている自覚は横島にもあるのだが、地和や人和にはない胸の大きさに負け、結局はお願いを聞いてあげているのだ。

 

「くそー天和ちゃんめ、いつかあの胸思う存分揉みまくってやるからな!」

 

 恐らく叶うことのない野望を抱く横島は、ふと空を見上げた。

 

「しっかし、此処にきてもう一月か~。雪蓮さんや小喬ちゃんは元気にやってっかな~」

 

 その小喬が横島が帰って来なかったことにより落ち込んで悲しんでいることなど知るよしもない横島には、ここ陳留に来たきっかけの出来事を思い出していた。

 

 それは太平妖術を倒してすぐのことだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫?横島!」

 

「おう、何とかな。身体中いてーけど」

 

 軽口を言うものの、横島の怪我は決して軽くはない。心配させない強がりだということは地和にも分かった。

 

「あの……」

 

「よ、張梁ちゃん。こうしてちゃんと話のは初めてだな」

 

「はい、あの……助けて頂いてありがとうございました」

 

「やめてくれって、張梁ちゃんを助けてのは天和ちゃんと地和ちゃんだよ」

 

 そう言って横島は体にいくつも穴があき血が流れているが、それを全部我慢して立ち上がる。足が震えているが男の子のやせ我慢だ。

 

「さ、それより早くずらかろうぜ。軍隊がきちまう」

 

「……そうね、でも」

 

「肩くらいは貸すよ、横島さん」

 

 スッと横島の隣に陣取り、天和が横島の腕をとり体を支える。地和は体力を消耗している人和を支え、横島はダバーっと涙を流した。

 

「うっ……うぐ、うぅ!!」

 

「って何で泣いてるのよ横島!」

 

「お、女の子にこんなに優しくされるなんて……生きててよかったー!!!」

 

「……今までどんな人生歩んきたのよ」

 

「それに天和ちゃんの胸があたって「地和ちゃん、やっぱりお姉ちゃんが人和ちゃん支えるね~」たぶっ!?」

 

「あ、横島さん大丈「アホかー!?急に放すから顔から倒れてもたやろがー!?この怪我なんや!いくらワイでも死んでまうわ!!!」あ、意外と元気そう」

 

 お詫びに乳を揉ませろ!と、涙目で天和に詰め寄る横島。それをひらりとかわす天和。

 二人のやり取りに人和は自然と笑っていた。

 

「ふふ」

 

「人和?」

 

「いえ、姉さん。ただ、こんな風に自然に笑えたのは久しぶり」

 

「……そうね。でも、またこれからそんな日々が続くのよ」

 

 痩せた人和を支えながら、助けることの出来た妹の暖かさを感じながら、地和が優しく語りかける。人和もちゃんと頷き、生きる力を瞳に宿した。

 

 それから来る時に乗ってきた大きな馬が逃げだしていたとういハプニングはあったものの、四人は本陣を出来るだけ早く抜け出し、戦場を離脱する。

 

 このまま気付かれず済むと思われたが、そうは問屋が卸さない。

 

「そこの四人、止まれ」

 

「「「「っ!?」」」」

 

「どうしてこんな所に女性が?それにそこの男、怪我をしているな」

 

「凪ちゃん、この人たちすっごく怪しいと思うの!」

 

「そうだな。沙和、秋蘭様へ伝えに行ってくれ」

 

 横島たちの前に現れたのは身体中を傷だらけの銀髪の少女とサイドテールの髪にメガネをかけた少女だった。

 沙和と呼ばれた少女は凪と呼ばれた少女の言う通り、誰かを呼びに走り去る。

 横島は流石にまずいと、冷や汗を流した。

 

「……天和ちゃん、何とか時間を稼ぐからその隙に逃げるんだ」

 

「よ、横島さん!?」

 

「あんた何言ってるのよ!」

 

「流石にこれは逃げ切れん。だから俺が囮にな-」

 

 ビュン!ズゴォン!!

 

 横島たちのすぐ隣を光る玉が通り過ぎたと思ったら、爆音と共に砂塵が舞う。ギギギ、と壊れたロボットのように横島たちが後ろを見ると、地面にクレーターが出来ており、爆音の原因だと理解する。

 それからまたギギギ、と前に視線を戻すと、凪と呼ばれた少女がサッカーのシュートした後の姿でこちらをきつく睨んでいた。

 

「無駄な事は止めて、大人しくしていて貰おうか」

 

 横島は思った。あかん、詰んだ、と。

 

「……じゃあ横島、後は頼んだわ」

 

「いやいやいや、無理に決まってんだろーが!?」

 

「横島さん、さっき俺が囮になる!とか、格好いいこと言ってたのに……」

 

「無理ー!あんなん無理ー!!こんな状態であんなめちゃくちゃ強そうな女なんて相手出来るかー!!!」

 

 横島の言いように実は少しショックを受ける凪の前に人和が立つ。

 

「ちょっと人和!?」

 

「姉さん、これはもう諦めるしかないわ。……あの」

 

「なんだ?」

 

「貴女たちに大人しく従います。だからこの人の手当てをお願いします。この人は私達を助けてくれた恩人なんです」

 

「ち、張梁ちゃん何言って!?」

 

「張梁だと?やはりお前たちは……」

 

「あ……お、俺のアホー!!?」

 

 黄巾党の首領の名前は軍に知られている。つまりその姉妹である張梁ももちろん知られているということだ。

 まさかの失態に横島は頭を抱えた。

 

「馬鹿ー!!何バラしてるのよー!!?」

 

「横島さんの馬鹿ー!!」

 

「ど、どないしたらー!?」

 

 慌てる三人を冷めた目で見たあと少女は続ける。

 

「お前たちが張角たちだというなら尚更大人しくしていろ。直ぐに殺すような真似はしない。それは華琳様が考える事だ」

 

「……それが貴女の?」

 

「ああ私たちが使える主、曹操様だ」

 

 それから横島たちは凪により曹操の元へ連行され、四人は出会うのだ。

 後に覇王と呼ばれることになる少女、華琳に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれから色々あってこっちに来て一月。なんとか上手くやれるもんだな」

 

 霊能の事は華琳にはバレてはいない。必死になって隠す必要もないとは思ったが、その華琳自身が深くは追及しなかった為、霊能の存在は露見することはなかった。

 だが、獲物を狙うような華琳の視線に背筋が寒くなる横島であった。

 

 そこでの話で三姉妹にアイドル活動を打診し、利点などを話、華琳を納得させ、自身もマネージャーとして三姉妹を支える事を決めさせたのだ。

 地味に凄い事を成し遂げた横島に、早い段階で秋蘭などは評価を上げていたことに横島は気づいていない。

 

「お?」

 

「……げ!?」

 

 と、向こうから先程の軍義が終わり、モヤモヤが溜まり気を紛らわせるために街を散歩していた桂花に出会う。

 

「よう荀……」

 

「気安く話かけないでよ変態っ!!」

 

「いきなり何……」

 

「言っとくけど私はあんたが華琳様の治めるこの街にいることなんて認めてないからね!近いうちにあんたなんか追い出してやるわ!!」

 

 言いたいことだけわめき散らし、桂花はそのまま横島から背をむけズンズンと足をならしながら去って行く。

 それから一度だけ振り返り。

 

「男なんて私が…………てやる!」

 

「っ!?」

 

 横島の目に桂花に重なるように一人の女性の姿が見える。その姿は一瞬で見えなくなり。桂花の姿は見えなくなっていた。

 

「全然気づかんだが、あれってまさか……」

 

 再びのトラブルの予感に横島は冷や汗を流した。

 

 

 

 

 

 

続く!!

 

 

 

 

 

 




凪と沙和がちょっと登場。
そして桂花編の始まりです!


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1ー2

お知らせです。
申し訳ございませんが明日はお休みさせて頂きます。
明後日からはまたこれまで通り更新していきますので。
では、よかったら見て下さい。




 

 

 

 

 

1-2

 

 

 

 

 

 

 

 

 イライラする!

 

 自分専用に与えられた執務室で、荀イクこと桂花は苛立たしく頭を抑えた。

 

 ここ最近、イライラすることが増えたと桂花は考える。

 真っ先に浮かんだのは少し前、黄巾党共を討伐した時嫌らしくも転がり込んできた男のアホ面であったが、ムカツクことにそれが原因でないことも分かっていた。

 年中発情しているような変態が来る少し前から、男を見ると抑えきれない程の嫌悪感と憎悪が溢れてくるようになったのだ。それこそ殺してしまいたいと思うような。

 

 もちろんそれより以前から男は大嫌いだった。特に下半身でしか物を考えないような輩、横島(桂花からみた横島)のような男は滅んでしまえとも思っている。

 だが、分別はつけることができていたのも確かだ。

 

 この間の軍義で華琳が言ったように、華琳の家臣には当然男もいる。そして認めるような発言は桂花はしないが、男衆も最低限の仕事はキチンとこなせている。だからこそ割りきって、仕事の上での付き合いはできていたのだ。

 しかし、今ではそれができなくなりつつある。

 以前までは許容できていたことが、できなくなっている。女の文官なら気にならないことでも男にやられると一気に血が上り、罵倒し罵ってしまうようになった。

 今はまだ手を出すことは我慢できてはいるが、時間の問題であると自覚している。

 

「一体、どうしたっていうのよ……!?」

 

 自分の変化の原因がわからず髪をかきむしる。桂花はキチンと理解している。このままいけばどういう結果になるかを。

 華琳が桂花に目をかけていることは客観的に見ても分かる。夜の共も春蘭と秋蘭の次に多い。可愛がってもらっている自身もある。

 だが、華琳という人物は物事を私情では判断しない。あくまでも冷静に冷酷に決断を下せる人間なのだ。

 

 もし、桂花がこのまま自分を抑えきれず凶行に出てしまった場合。桂花は最悪、二度と華琳の隣にいることは出来ないだろう。

 心の底から愛している華琳と離ればなれになる。桂花はどれ程の絶望を味わうことになるか……考えて身震いする。

 

「そうなる前になんとかしなくちゃ……」

 

 そう呟いてみたものの解決策など浮かんでこない。天才と言われる頭脳をもってしても、経験したことのないこの異常事態に為す術もなかった。

 

 とにかく、華琳の隣にいるためには最低限、男とも意志疎通をはからなければならない。

 次にそういう場面があれば我慢してこなしてみせる!

 

「荀イク様。ご報告にあがりました」

 

 そんな決意は、扉の向こう側から聞こえてきた男の声に簡単に崩れさることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ姉さん。私は華琳様の所に報告に行ってくるから」

 

 此処は人和たちが暮らす事務所にして三人プラスアルファが暮らす家。

 アイドルとしての活動報告、そしてこの間のライブで得た収入、改善点要望などを華琳に報告するため人和がボーッと寛いでる二人の姉に声をかける。

 

「いってらっしゃーい」

 

「人和ちゃん、おみやげお願いねー」

 

「あ、ちーもちーも!」

 

「二人ともだらけすぎ。初ライブが成功したからってもう何日そんな状態だと思ってるの」

 

「だって~」

 

 だらける姉たちをジト目で見ながらため息をつく。だがそこは妹。二人にやる気を出させる言葉を知っていた。

 ちなみにライブという言葉は横島から教えてもらっている。

 

「そんなんじゃ次のライブ、失敗に終わっちゃうわね」

 

「次の……」

 

「ライブ!?いつ?いつやるの!?」

 

 思った通りの反応に苦笑する人和。不真面目に見える姉たちだけれども、歌と踊りに対しては誰よりも一生懸命なのも人和は知っていた。

 

「それを今日華琳様と話し合うの。なるべく早く出来るようにするから。特訓、ちゃんとしていてね」

 

「もっちろん!お姉ちゃん頑張っちゃうよ!」

 

「またちーの魅力でメロメロにしてあげるんだから!」

 

 やる気に満ちた二人に安心し、人和は事務所を出た。そんな人和も、もちろんやる気で一杯だ。知らず知らず、がんばるぞいっ!のポーズをしていたことに人和は気づいていない。

 そしてそんな人和を見ていたこの男にも。

 

「よ、人和ちゃん」

 

「あ、忠夫さん」

 

「今から曹操ちゃ……曹操様んとこ?」

 

「ええ。忠夫さんはいつもの日課かしら?」

 

「日課って……いや、俺の生き甲斐だけどな!」

 

「成功……はしなかったみたいね。そのほっぺたを見るに」

 

「うるへー」

 

 真っ赤に腫れたほっぺたに人和が笑う。拗ねた横島も可愛いなんて思ったりもして。

 

 ちなみに横島が華琳を様付けで呼ぶのは、一度ちゃん付けで呼んだ時に偉い目にあったからだ。それ以来、華琳のことは様付けで呼ぶようになったのだ。

 それから三姉妹は華琳に真名を許してもらっているが、横島はまだ許可されていない。

 

「曹操様んとこいくんなら俺もついていっていいか?」

 

「え?別に構わないけど、どうして?」

 

「ちょっと城に用があってな」

 

「……っ!まさか、今度はお城の女性に声を!?……打ち首になって死にますよ。忠夫さん」

 

「ちゃうわっ!いや、暇あったらやろーと思ってたけど……別の用があんだよ」

 

「……ふーん」

 

「全然信じてねーな人和ちゃん」

 

 眼鏡越しにジト目で横島を見ていたが、表情を崩し微笑む。

 

「嘘です。忠夫さんのことは信じているから」

 

「お、おう」

 

(真っ直ぐな好意には直ぐこうやって照れる。こういう所を見せれば少しはモテると思うけど……忠夫さんはこのままがいいな)

 

 照れて指で頬をかく横島を見て人和が思う。

この内心を横島に言うことはないだろうが。

 

「あ、持つぜ人和ちゃん」

 

「……ありがとう」

 

 ごく自然に、城に持っていく為持っていた荷物を横島が代わりに持つ。

 なれた動作にまた1つ、人和は関心する。

 

(最近わかってきたけど、ちょっとずるいな……忠夫さんは)

 

 隣に並び二人は歩く。恋人というには遠く、友達というには近い距離で。

 バレないように横島の顔を見る。

 決してイケメンではない。スケベで子供のようなひと。

 だけど、人和を……三姉妹を救ってくれた強い人。そして、優しい人。

 

 それから視線を移し、手へと移る。

 二人の位置は横島が右で人和が左。人和の右手の隣に横島の左手がある。

 だが、横島の左手は人和が持っていた荷物が持たれている。

 

「忠夫さんはもったいないことしましたね……」

 

「ん?どした」

 

「いえ、何でもないわ」

 

 左手が空いていたら、手を繋げたのに。

 言葉には出さず、人和は横島に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わった……」

 

 世界の終わり。まさにそんな顔をしながら、桂花が城内の廊下をとぼとぼと歩く。

 途中何人かの侍女にすれ違ったが、どれもみんな「ひぃっ!?」っと悲鳴を上げていた。

 まぁ無理もないだろう。白目になって廊下を歩く桂花はお世辞にも美少女とは言えず、お化けや妖怪の類いと思われても仕方なかった。

 

「終わった……終わった……」

 

 さて、フードにある猫耳も気持ち項垂れているように見える桂花だが、つい先程、華琳に十日間の休みを命じられたのだ。

 

 その訳は--

 

 

 

 

 

 

 

「さて、何故呼ばれたか分かるわね桂花」

 

「……はい」

 

 時間は少し戻り、華琳の執務室。そこに華琳と桂花、それから秋蘭の三人がいた。

 

「貴方は先刻、仕事の報告に来ただけの男の文官にわめき散らしただけでなく、物を投げ、手で押し倒した……そうね?」

 

「……はい」

 

「その時に彼は顔をうち血を流した。……幸いにも軽傷だったけれど。桂花、理由を言いなさい」

 

 言葉通りの事を桂花は仕出かした。沸き上がる憎悪を我慢出来ず、本能的に行動してしまった。

 何よりも最悪だったのは、その現場を見た相手というのが他ならぬ華琳だったことである。

 

「それは相手がお「男だったからなんてふざけた理由は理由として認めないわ。それ以外で答えなさい」っ!…………」

 

 桂花は答えられない。それ以外の理由がないからだ。ギリッと唇を噛み締める。

 

 その反応をわかっていた華琳は深くため息をつき、桂花を強い瞳で射ぬく。その強い瞳に自分のこれからを考え桂花はぶるりと体を震わせた。

 

「桂花……最近貴方がおかしいことは自覚しているわね」

 

「……はい」

 

「貴方の男嫌いは1つの個性だった。でもいきすぎればそれはもう病気と変わらないのよ?」

 

「…………っ」

 

「……結論を言うわ、桂花、貴方に十日間の休みを与える」

 

「っ!か、華琳様!それは……!!」

 

「これは決定事項よ。そして最後通告でもある。もし、それまでに男嫌いの症状を改善出来ないようであれば……貴方をこれ以上私の元に置いておくわけにはいかない」

 

 それは死刑宣告に等しいものだった。雷に撃たれたように体が痺れ、動けなくなる。声も出ず、なんとか視線だけで懇願してみるが華琳は首を横にふった。

 

 ぐらり、と桂花の中の何かが揺れた。

 

「分かったら行きなさい。これ以上ここにいられても邪魔よ」

 

「っ!…………はい」

 

 掠れた声で答え、おぼつかない足取りで部屋を出る。その際、華琳の顔は見れなかった。

 

 頭の中はぐるぐるしていたが、思考は1つの結論を出していた。それが間違った八つ当たりであることも理解しているが、止められない。

 

 こんなことになったのは、その男のせいだ!

 

 そんな思考が桂花を支配する。

 と、そこに声がかけられた。

 

「桂花」

 

「……何よ」

 

 桂花を追って部屋から出てきた秋蘭である。桂花は後を振り向くことなく返事をかえす。

 

「この決定はかなり温情のあるものと理解しているか?」

 

「…………ええ。一度、私は華琳様に嘘をついた。しかも軍義の最中、人が大勢居るところで。男を追い出すなんて私情のために主に嘘をつく家臣がどこにいるって話よね」

 

「それでも猶予を貰えたのは、懇願されたからだ。どうか慈悲をと」

 

「…………」

 

「もう分かっていると思うが、願い出たのはお前が怪我をさせた文官からだ」

 

 ぴくり、と肩を揺らせ、桂花はゆっくりと振り向く。

 

「…………それが一体何なのよ?」

 

「っ」

 

 それは今まで秋蘭が見たことのない表情だった。瞳は黒く濁り、男に対しての憎しみがこもった暗い瞳。

 桂花ではない別人を見ているようだ、と秋蘭は思う。

 

「桂花、私は出来るならお前には一緒に華琳様を支えて欲しいと思っている。私や姉者では補なえない部分を桂花にはできるからだ。だが、……いや、何でもない。ではな」

 

 それだけ言って、返事も待たず秋蘭は部屋へと戻っていった。

 それをしばらく見ていたが、やがて桂花もとぼとぼと歩みを再開させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今に至る。

 

「……華琳様の隣にいられないなんて、どんな拷問よ」

 

 それならいっそ華琳の手で殺して欲しい。なんて、本気で思っている桂花である。

 

「そうだ、死のう!……もう生きていても仕方ないもの、あは……あはは」

 

 ていうか既に半分壊れている状態である。これでは侍女たちも逃げ出してしまうのは仕方ないだろう。

 見えない負のオーラを撒き散らしながら自室へと歩く。いや、もうすぐ自室でもなくなるのね、あはは。と心の中で考えながら。

 

「あ、いたいた荀イクちゃん」

 

「…………あ?」

 

 思わず今まで出したこともないドスのきいた声が出る。ゆっくりと前を見る。前方に最近特に気に入らない(殺したい)男が、バカ面で桂花に手を振っていた。

 

「いやーちょっと探しちまったよ。相変わらず広いとこだよなここ」

 

「は?知らないわよ。ていうか話かけないで、移るじゃない」

 

「いや、何がだよっ」

 

 ああ、煩わしい。ゴミが話しかけてくる。

 気持ち悪い、不愉快、近寄るな、憎い。負の感情が桂花を支配しはじめる。

 

 それよりも、どうしてこの男……横島は笑っているのだろうか?自分がこんなにと辛い目にあっているというのに。

 もしかしてコイツは私を笑いにきたのだろうか?いや、きっとそうだ。

 無様な私を笑いにきたんだ!

 

「それで荀イクちゃんに話が……」

 

「あは、そうだったのね……」

 

「荀イクちゃん?」

 

 全部、目の前の男のせいなんだ。自分がこんな目にあったのは全部!

 憎しみに瞳を揺らし桂花は横島へと飛びかかった!

 

「あんたがぁぁ!!」

 

「うおっ!いきなりなんじゃー!?」

 

「あんたが!……あんたが!あんたのせいでぇぇ!!」

 

 横島の首を締めようと両手を伸ばし襲いかかる。しかし、身長も身体能力も低い桂花は横島に両手を捕まれ思うようにいかない。

 

 頭の片隅にはこんな現場を誰かに見られ、華琳へと伝えられると今度は猶予もなく最後を告げられるだろう。

 だが、桂花はもう自分では止まれなかった。

 

「このっ!死ね!死んでしまえ!!」

 

 いつの間にか桂花の瞳から涙が浮かぶ。横島はそれを見て表情を引き締める。

 

「しゃーねーか。荀イクちゃん、すまん。ていっ」

 

「あうんっ!?」

 

 ペシンッと桂花にデコピンをかます。可愛らしい声を上げ尻餅をつく。それから額を抑えながら横島を睨み付けた。

 

「ちょっと何するのよ!傷でもついて華琳様に可愛がられなくなったらどう責任とるつもり!?」

 

「そんときゃ三年後にナンパさせて貰うよ。それよりも気分……ましになったろ?」

 

「三年後ってどういう意味よ!?それに気分ですって?そんなの最悪……に…………え?」

 

 その変化に驚いたのは他でもない桂花自身。目の前にいる横島に対する嫌悪感は変わらない。だが、殺意や憎悪は鳴りを潜め、まるで霧のように消えていた。

 

「荀イクちゃん、もしかしなくとも最近どっかおかしかっただろ?」

 

「……それが何よ」

 

「原因はあの娘だってこと」

 

「……はあ?ここにはあんたしか……」

 

 指で後を指す横島に悪態をつきながら後を振り向くと……

 

『んきゅ~……』

 

 年頃の娘が目を回して気絶していた。

 桂花が目を見開く。娘の姿に変なところはない。変わっているのは、その娘は半透明だということだった。

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 

続く!!

 

 

 

 

 




人和のヒロイン力が高まってきました。
好きな分、抑えきれませんでした。

オマケ・横島に、対する好感度(MAX 100とする)。

小喬・80 横島生きてるよね?寂しいよ……

天和・60 恩人だし、嫌いじゃないけど顔が好みじゃないも~ん。

地和・75 胸の大きな女の子ばかりじゃなく、ちーのことをもっと見なさいよね!

人和・78 返しきれない程の恩人。最近一緒にいると落ち着くわ。照れた顔が好きです。

桂花・-53万 シネシネシネシネ死ね



では、明後日に。
いつも感想、評価ありがとうございます。
また見てやって下さい。




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1ー3

昨日はお休みしてすいませんでした。
でも今日からはいつもどうりの更新です。よかったら見て下さい。


 

 

 

 

1-3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、早く入って!男なんかを部屋に入れてるのを見られて変な噂でも流されたらどうするのよ!」

 

「おーやっぱ良いとこ住んでんだな」

 

「さっさと入れ!!」

 

「あだっ!?」

 

『ぷぎゅるっ!?』

 

 横島の尻を蹴飛ばし自らの部屋に蹴り入れる。横島が背負っていた半透明な少女も床に投げ出され変な声をあげた。

 

「何すんじゃー!?こっちは女の子背負ってんだぞ!」

 

「ふん!背中にあたるその無駄な脂肪の塊にイヤらしい顔させてたくせに。これだから男は嫌なのよ、何?そんなに大きな胸がいいわけ!?私への当て付けなの!?」

 

「いだっ、いだっ!か、堪忍してー!」

 

 少女は見た感じ十代後半で、黒髪のロングヘアー、前髪も目が隠れる程長く、顔にはそばかすもあり、着ている服から平民のようである。

 顔だけで言えば地味な印象だが、桂花の言う通りその胸は大きく、雪蓮より少し大きいぐらいのたわわな果実であった。

 

 ひとしきり横島を足蹴にしたあと、自室の椅子に座り一息つく。

 その間、横島は半透明の少女を寝台に寝かせ、自らも寝台に座り桂花に再び喚かれる。

 

「ちょっと!そこに座らないでよっ!」

 

「いや、他に座るとこないだろ」

 

「あんたなんか床で充分よ、そんなところに座ったら妊娠しちゃうじゃない!」

 

「ただ座っただけで妊娠なんかするかー!」

 

 ツッコミつつも律儀に床に座る横島。ふん!と鼻を鳴らして桂花は口を開いた。

 

「で、説明してもらうわよ。その女のこと……それからあんたのこと」

 

「つってもそんな難しいことじゃないぞ。まずその子だけど幽霊だよ」

 

「幽霊ぃ~?あんた頭おかしいんじゃないの?」

 

「じゃあ半透明の訳はなんだってんだよ」

 

「それは……体質とか?」

 

「それこそ人間じゃねぇじゃねぇか」

 

 反論が思い浮かばず苦虫をかむ。馬鹿にしたものの幽霊。人が半透明になるなんて聞いたこともない、なるほど幽霊と言われればそうとも思える。

 

「……じゃあ幽霊だとして、そいつは一体何?落ち着いて考えるとその女、私の体から出てきたように見えたんだけど?」

 

「そうだぜ、荀イクちゃんはこの子に取り憑かれてたんだよ」

 

「私が……そいつに?」

 

「で、これで追い出したって訳だ」

 

 そう言って桂花から少女を追い出した時にデコピンした中指を見せる。その指は霊気をマトイ、うっすらと光っていた。

 

「指が光って……!?あんた一体?」

 

「俺はGS なんだ」

 

「ごーすとすいーぱー?」

 

 それから横島はGS の事を説明し、霊能のことなどを説明する。

 初めは胡散臭げな顔をしていた桂花だったが、話を聞いていく内に表情を改めた。

 

 華琳が横島に何かあると感じていたのはコレだったのだと理解する。

 それからある事にも思い当たりがあり、

目の前の男を改めて見る。

 

(この全身精液で出来たような男が……)

 

 と、そこまでで考えを止め、今は自分のことが優先と切り替える。

 

「……つまりは私が男に対して憎しみや殺意が沸き上がって抑えきれなかったのはその女が私に取り憑いていたからってこと?」

 

「ああ、そういうこった。多分この子の怨みや感情が荀イクちゃんに影響を与えてたんだな」

 

 あどけない顔で寝る少女を見る。涎を垂らして呑気に寝てる姿に少し腹がたつ。

 ていうか、そもそも幽霊って寝るの?バカなの?死ぬの?

 そもそもが最近の感情を抑えられない衝動が、この少女が原因である事に、それこそ抑えきれない怒りを覚えた。

 が、グッとこらえ横島へと視線を戻す。

 

「大事な事を確認するけど、私の中から出ていったんだから、これで私は普通に戻るのよね?」

 

「いんや、今はまだ無理だな」

 

「はあ!?一体どういうことよ!?」

 

「今は俺がショックを与えて一時的に荀イクちゃんの体から追い出してるけど、意識が戻れば多分また荀イクちゃんに取り憑くと思うぞ。正直初めて会った時は気づけないくらい荀イクちゃんと一体化してた訳だし。多分相性がいいってやつだな」

 

 目の前のバカが呑気に話すが、堪ったもんじゃないのは桂花だ。

 下手をしなくても解雇手前まできていたのだ。原因が分かった今、放ってなどおけるわけがない。

 

「じゃあそのあんたの霊能で何とかしなさいよ!これ以上問題なんて起こせないのよ私は!!祓うとか出来るんでしょ?」

 

「いや、それが難しいんだ……」

 

「な、なんでよ……?」

 

 今まで見たことのない横島の真剣な表情に喉を鳴らす。この男が真面目な顔をするほど難しい事態なのだろうか?

 

「こ、」

 

「こ?」

 

「こんな巨乳の女の子を祓うなんて勿体ない事、俺に出来るわけないやろー!!これはワイだけやない、世界にとっての損失なんやーー!!」

 

「あ、アホかー!!」

 

「ずごっく!?」

 

「あんな脂肪の塊より、私の未来の方がどうでもいいって言うのー!?」

 

 物凄い剣幕の桂花に、横島は一度視線を桂花の顔から少し下げ、戻す。何処を見たのかは敢えて言わない。

 

「それでもワイには無理ー!!」

 

「なんで胸を見た?なんで胸を見た!!?」

 

「嫌やー!絶対嫌なんやー!!」

 

 勢いに任せて横島を蹴り続けるが、元々体力のない桂花は疲れ果て椅子に戻り肩で息をする。

 横島はそれを見て、騒ぎ立てるのを止めて座り直し時勢を正す。

 

「……まぁ真面目な話。出来るだけ無理矢理ってのはしたくねぇんだよ。悪霊ならともかくこの子はまだ悪霊にはなってない。寝覚めが悪ぃにも程があるって」

 

「変態なくせにまともな事を言うじゃない。でもね、時間がないのよ私には」

 

「分かってるって。だから別の方法でやる」

 

「……話を聞かせなさい」

 

 幽霊の少女が取り憑いていないお陰で、久しぶりにまともに頭を働かせる桂花。

 気に入らないが現状を打破するには目の前の男を頼る他ないだろう。霊能なんて流石の桂花も専門外なのだ。

 しかし、助けを乞う立場な筈な桂花の態度はふてぶてしいものである。横島は全く気にしてもいないが、男には強気な少女である。

 

「幽霊ってのはさ、基本的に何か未練を持ってる。それが間違った方向にいくと怨みを持っていつかは悪霊になっちまうわけだ。この子にも何かやり残した事や未練がある筈。それを解決してやりゃ成仏するだろうよ」

 

「ふーん、なるほどね。で、その未練って一体何なのよ?」

 

「さっきの荀イクちゃんを見てると何となく分かるけど、本人に聞くのが一番だな。お?噂をすりゃ、だな」

 

『ん……んん?』

 

 二人が寝台に目をやると幽霊少女がのそりと体を起こす。長い前髪が揺れる。隙間から見える瞳がやけに色っぽく、横島は鼻の穴が大きくなった。

 

 暫くボーっとした後、キョロキョロと辺りを見渡し横島を見つけると動きを止めた。

 

『お……』

 

「「お?」」

 

『男死ねぇええええ!!!』

 

「ぬおっ!やっぱりかー!!」

 

 少女はいきなり横島に襲いかかるが、ある程度予想していた横島は何なく避け、先程桂花にやったようにデコピンをかます。

 

「ていっ」

 

『あふんっ!?』

 

 少女は仰け反った後、額を抑え横島を睨む。

 

『お、己男めぇ!!』

 

「落ち着けって、こっちは話を聞きたいだけなんだよ」

 

『男なんかと話すことはねぇだ!』

 

 訛ったイントネーションにツーン!と首を横にふる幽霊。反動で胸が揺れ、おっぱいの神秘に内心号泣しながら感動する横島。その頭をパコーン!と叩かれる。額をピクピクさせた桂花だ。

 

「あんただと話が進まないわ。ちょっとそこの無駄な脂肪をつけた馬鹿!あんたのせいでこっちは大変な目にあってるのよ!!」

 

『あっ!タマでねぇか!』

 

「はぁ?タマぶっ!?」

 

『あーやっぱタマはめんこいなぁ!』

 

「ちょっ、やめ、抱きつかないで!胸が顔にあたって息が……!くっ、何この敗北感は?所詮は脂肪……脂肪なんだから!あ……あ……クソッタレー!!」

 

 

 

 

 

 

 それから数十分なんとか少女を落ち着け(桂花が)、ようやく話を出来る状態になる。

 ちなみに横島は変わらず床に、桂花は少し距離を置き椅子に座り、少女は宙に浮き桂花の後ろに隠れ横島を睨んでいた。

 

「ねぇ肩が重いんだけど?それに私また取り憑かれないでしょうね?また殺したくなってきたんだけどあんたを」

 

「影響は受けてるっぽいけど取り憑いてはいねぇよ。その子も話をする気はあるってこった」

 

「ならさっそく聞くけど、なんであんた私に取り憑いたのよ?ていうかタマって何よ」

 

『タマってのはあたすの可愛がってた猫の名前だ。くっついてたのはタマからあたすと同じニオイがしたからだぁ』

 

「同じ匂いですって」

 

「落ち着けって荀イクちゃん、質問を変えるぞ。自分が死んでることは分かるんだよな?」

 

 横島の質問に嫌々ながらも小さく頷く。それにふむ、と横島が続ける。

 

「じゃあ生きてた時のこと覚えてるか?なんで男嫌いなのか理由とかさ」

 

『…………良くは覚えてない。ただ強烈な男に対しての憎悪があった。何となく酷い事をされたのは覚えてる。多分……裏切られたような気がする』

 

「それで、荀イクちゃんに憑いたのは同じ男嫌いだからか?」

 

『……猫ちゃんを見た時、男を嫌っているって分かった。それから暫くは周りで見てただけだったけど、我慢出来なくて入ったら居心地よかった。だからお礼に男を排除する手伝いをしようと思った』

 

「お礼って……」

 

『どうしてか猫ちゃんは男を排除するのを我慢してたみたいだったからな、我慢しなくていいようにしてあげた』

 

 つまりは少女が桂花に取り憑き、余計なお世話なのだが、普段ああ見えて抑制していた男に対する嫌悪感を解放させ、恐らく少女自身の男に対する怨みを相乗させた結果が先程までの桂花ということだろう。

 横島はそういうことかと納得していたが、当の桂花にとってはとても聞き流せることではない。

 

「ふざけないで!余計な事をされたお陰で私は華琳様に捨てられるところだったのよ!?」

 

『……捨てる?』

 

「そうよ!いい?今すぐ私から出ていって!!これ以上取り憑かれるなんてごめんよ!」

 

『…………』

 

「ちょっと聞いてるの!?」

 

『猫ちゃん……。猫ちゃんも私をステルノカ?』

 

 少女の瞳が黒く濁り、空気が不穏なものに変わるのをいち早く察知した横島が慌てて立ち上がる。

 

「あーっと、そうだ!」

 

「っ!?な、何よ急に大声だして、驚くじゃない!」

 

 それが項をなし二人の気を横島に向ける。咄嗟のことだったため何も考えてなかった横島は必死に言葉を探す。

 

「名前!名前はなんていうんだ?」

 

『男に教える名前はない』

 

「いいから教えなさいよ。呼ぶ時困るでしょ」

 

『猫ちゃんがいうなら…………アイだ』

 

 何か考えたように言った名前に首をかしげるが、今は考えず話を続ける。

 

「いい名前じゃん。じゃあアイちゃん、荀イクちゃんから出ていくつもりはあんのか?」

 

『皆無だ』

 

「横島……」

 

 先程の少女の不穏な気配を感じていた桂花が目で、どうするのよ!と訴えてくる。

 

「ま、やることは一つだな」

 

「何をするつもり?祓うつもりは相変わらずなさそうだし、未練を解決するっていうのもアイは男に怨みを持っているんでしょ?まさかこの世の全ての男を皆殺しにでもするつもり?」

 

「んな物騒なことするわけあるかー!?逆だよ逆。アイちゃんは男に怨みを持ってる。それも無差別に。つまりは男全体が嫌いなわけだ。だからそれを無くせばいい」

 

 そう言って横島は二人に向けてニカッと笑う。我に天啓ありと言いたげな顔だ。

 

「つー訳で、デートしようぜアイちゃん!俺が男の良さを教えちゃる!」

 

『「…………でぇと?」』

 

 二人はデートの意味が分からず、キョトンと首をかしげた。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、もしこの場に劉備やその家臣がいたのなら、幽霊の少女を見た時おったまげたことだろう。

 なぜなら少女の姿は劉備の片腕と呼ばれる武将、関羽の姿に瓜二つだったのだから。

 

 

 

 

 

 

続け!

 

 

 

 




この物語の伏線キャラが出てきました。
彼女は半オリキャラです。関羽そのものではありません。ですが無関係でもないので半オリキャラとして扱ってます。

ではまた明日。
前話での感想がすべてオマケに対して……私もですが皆さんフ○ーザ様大好きですね。笑
また、ああいうオマケはやりたいと思います。





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1ー4

今回かなり駆け足な展開となってます。


 

 

 

1-4

 

 

 

 朝、現代でいう午前10時頃。

 天和たち三姉妹が住む事務所兼自宅のすぐ隣。家というよりは小屋と言える場所が、現在の横島の住居である。そこから身支度を整えた横島が出てきた。

 心なしか、トレードマークの赤いバンダナも気合いが入っているように見える。

 

「あれ?忠夫、どっか出かけるの?」

 

「おう地和ちゃん。朝飯ぶりだな」

 

 そこへ横島を見つけ、気持ち嬉そうに駆け寄る地和。二人……というか三姉妹との関係は良好なまま右肩上がりに上がっている。

 まず流石に住む家は別々だが、すぐ隣にあるため朝食は事務所で四人一緒に食べる。

 そこでアイドル活動の事を含めた仕事の事、主に地和と交わすどつき漫才や他愛ない会話を楽しんでいたりする。

 横島にとっても、三姉妹にとっても、家族なような愛情を持ちはじめていた。

 地和、人和に関してはそれ以上の感情があるようだが、横島は気付かず、天和は暖かく見守っていたりする。

 

「へへっ昨日言ったろ?デートだって」

 

「あっそういえば……でもそれって桂花様を助けるためなんでしょ?」

 

「ふっ、例えそうだとしてもデートはデート!人類にとっては小さな事でも俺にとっては大きな一歩なんやー!!」

 

 右手を突き上げて吠える横島に引く地和。だが、昨夜話を聞いて一番怒りを見せたのは他でもない地和である。

 夕食時、桂花とのデートの事を話した横島。デートの意味が分からず天和が聞き、意味を知ると地和が吠え横島につっかかったのだ。

 

『なんでちーを一番にでぇとに誘わないのよー!!』

 

 ハリセンでバカスカ叩く地和を宥める為に理由を話す。霊能を知っている三姉妹に隠す必要もないと考えてのことだ。

 一応の納得をした地和だったが、その表情が拗ねていたことに横島は気付いていなかったが。

 

「まぁ精々頑張んなさい。……それと、ちーたちが助けて貰った手前、やめてなんて言えないけど……怪我だけはしないでね」

 

「おう!サンキューな」

 

「そ・れ・か・ら!」

 

 両手を後ろで組み、見上げるように上目遣いで横島を見る。短めのスカートがふわりと揺れサイドテールも左右に揺れた。

 

「今日の事が終わったら、ちーとでぇとだからね!決定事項だから約束よ!」

 

「お、おう!ってデート!?地和ちゃんが俺を誘って!?」

 

「光栄に思いなさい。ちーが誘ってあげるなんて滅多にないんだからっ」

 

「そ、それはその後二人でくんずほぐれずしようって誘いってことだな!ち、地和ちゃーん!!」

 

「なんであんたはそうやって空気を壊す事ばかりするのよー!!」

 

「ばだんっ!?」

 

 ハリセンでおもいっきり殴りつけ横島の頭を地面にめり込ませる。ギャグ空間のみ使える必殺技である。

 それから暫く頬を膨らませ、ピクピクする横島を見ていたが、ため息をついた後、事務所へと歩きだす。

 その途中、一度だけ振り返り顔を赤らめ告げる。

 

「……でぇと、楽しみにしてるからね」

 

 それだけ!っと走って事務所に戻る地和。その後、地面から顔を出した横島は照れたように頬を指でかいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『「遅いっ!!」』

 

 待ち合わせ場所に着いた横島を出迎えたのは二人の罵声だった。アイは桂花の肩に捕まる形で憑いてきており、桂花の中には入っていない。

 

「いや、そこは『待った?』『ううん、今来たとこ♪』とかやるところだぜ荀イクちゃん」

 

「知らないわよ、そんなバカみたいなやりとり!誘ったあんたが先に来てるべきことでしょ!!」

 

『……というか本当に遅いぞ、少しとはいえ遅れてくるとはやっぱり男は殺すべき!』

 

「落ち着きなさいアイ。たく、何かあった……の……」

 

 昨夜、二人きりで話をしただろう二人は少し打ち解けているようだった。昨日とは違う気安さがそこにはある。

 それはそうと遅れて来た横島に理由を問おうとして桂花は動きを止めた。

 

「……ねぇ、横島。その頬っぺたの赤い腫れは一体何?まさかとは思うけど約束しておいて遅れた理由が街で他の女に声をかけていたとかじゃないわよね?」

 

「え?いや、あはは……すんませんでしたー!!本能に逆らえずにナンパしてましたーー!!!」

 

「バカじゃないの!?あんたバカじゃないの!?目的を忘れてるんじゃないでしょうね!?アイを見て見なさい!」

 

『やっぱり男殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す』

 

「男の良さじゃなく悪さを示してどうするのよ!!これじゃ成仏どころか悪霊ってのになっちゃうじゃない!!!」

 

 見事な土下座をかます横島を足で蹴りながら桂花が騒ぎ、アイが黒いオーラを撒き散らす。何ともカオスな空間が出来上がっていた。

 ちなみにこの待ち合わせ場所は、街中の人通りの少ない場所であったが、皆無という訳ではなく、騒ぐ二人(アイは見えないので)は人々から避けられていた。

 

 

 

 

「ほんっとうにすいませんでした」

 

「ねぇ横島、あんたのせいで男に対しての殺意がまた生まれてきてるんだけど、今は抑えなくてもいいわよね?ていうか死になさいよ」

 

 今にも暴れだしそうなアイを何とか抑え、横島は今、桂花の前で正座をさせられていた。

 これからデートをしようとしている二人とは誰にも思えない光景であろう。

 

「……もういいわ。悔しいけど今回はあんたに頼らなくちゃいけないし……何で男なんかに頼んなくちゃならないのよ」

 

 苦虫を噛み潰した顔の桂花。デートの意味を知り強く反対したのはアイではなく桂花の方であった。

 アイのように憎しみや殺意はないが、嫌悪感が強いのは桂花である。同性愛者である桂花にとって男とデートなど拷問に他ならない。それでも、華琳の側にいるために、涙をのみデートに了承したのだ。

 

「……はぁ、さっさと行くわよ」

 

「おう。っと、今日は髪結ってんだなアイちゃん」

 

『時間通りに来てその言葉が来てたら評価を上げていたかもしれないが、もう遅い』

 

「ぐっ」

 

 桂花はいつも通りの猫耳フードだったが、アイは長い黒髪を結っていた。少しは意識しているという証拠なのかもしれない。

 しかしそれもナンパで遅刻してきた横島のせいで台無しである。自業自得という他ないだろう。

 

「ほらアイ、入りなさいよ」

 

『わかった』

 

 桂花の言葉を合図にアイがスルリと体の中に入り込む、ビクンと体を揺らした後、桂花が目をあける。

 

「では私に男の良さを教えて貰おうか?横島」

 

 しかし、目をあけた桂花は桂花でなく、取り憑いたアイであった。

 

「おう、任せろ!……出きればナイスバディのアイちゃんとデートしたかったけどな」

 

「『聞こえてるのよ!変態バカ!!』」

 

「だんかんっ!?」

 

 意識を奪われた訳ではない桂花が、体を動かし横島をしばく。何ともグダグダなデートの始まりであった。

 

 

 

 

 で、肝心のデートはというと、不安な感じで始まりはしたが意外と上手くいっていたりした。

 

「これは何だ?」

 

「おう、これは……」

 

 街のお店を見て回ったり、横島にしてら奮発したお店で昼食をとったりと普通のデートを楽しむ。

 アニメで言えばキャラソンが流れ、デート場面をダイジェストで流しているシーンであるだろう。

 

 桂花に取り憑いたアイも、時間と共に笑顔が増えている。桂花本人だけは、たまにつっこんだり騒いだりしていたが、概ね楽しい時間が過ぎていく。

 ただ、街中には桂花の事を知っている人間がもちろんいる。普段華琳の前以外では笑顔など見せない桂花が、笑顔を見せながら男と歩いている。

 そんな姿を見られたことが、後に少し騒ぎになるのだが、今の桂花はそんなことになるとは露程にも思っていなかった。

 

「あ……」

 

 露店が集まる広場、そこに来た二人がゆっくりと見て回る。そこでアイが一つの露店で足を止めた。

 

「どうしたアイちゃん?」

 

「あ、いや……これが」

 

「お、花の髪飾りか~綺麗だな」

 

「ああ……綺麗だな」

 

 そう言って小さく微笑むアイ。その柔らかな笑顔に横島は見とれ、アイが手に取った小さな花の髪飾りを奪い取る。

 

「おっちゃん、これ頂戴」

 

「あ……」

 

「あいよ!可愛い彼女で羨ましいねぇ」

 

『誰が彼女よ!?』

 

 桂花の叫びを流しながら店主から髪飾りを受け取りアイに向き直る。

 

「ほら」

 

「あ、いや、私はそんなつもりで……!」

 

「気にすんなってデートの記念みたいなもんだ」

 

「……ならせっかくだ、つけてくれないか?」

 

「え?……マジで?」

 

「ほら、早く」

 

『ちょっとアイ!まさかそのバカに私の尊い髪を触らせる気!?やめて、妊娠しちゃうじゃない!!』

 

 セクハラやナンパは良くする横島だが、こういうことは経験が少なく緊張してしまう。

 そんな横島をみて笑みを深めたアイが、早く早くと顔を近づけた。

 ここまで横島がアイにセクハラや飛びかかったりしなかったのは体が桂花のものだったからであるが、それでも女性に触れることに緊張しないわけではない。

 恐る恐る髪に触れ、右側、耳の少し上に髪飾りをつけてあげた。

 

「ん……どうだ?」

 

「……すっげぇ似合ってるぜ、アイちゃん」

 

 照れながら言う横島。その表情、その言葉に今日一番の笑顔をアイは浮かべた。

 

 

 

 

 

「本当はな横島」

 

「ん?」

 

 夕方が近づく時間帯。デートも終わりに差し掛かり、二人は余韻に浸るように街をゆっくりと歩く。

 

「男が全て憎いだなんて思ってないんだ」

 

『はぁ?どういうことよ!』

 

「アイちゃん?」

 

「いや、憎いと思っていた。それは違いない。だが、その頃は不透明で意識がハッキリとしてなくて……あったのは男に対して裏切られたという悔しさだった。幽霊になり、さ迷いながら男を見る度に全ての男が憎くなっていった。猫ちゃんに取り憑いてからもハッキリとした意識はなく、居心地の良さに身を任せていた」

 

「…………」

 

「だが横島に猫ちゃんから追い出されてから、少しずつ忘れていた何かを思い出していった。ふふ、最初名前を聞かれた時につまったのは……忘れていたからなんだ、自分の名前を。それからはどんどんどんどん思い出してくる。生きていた頃の自分、生い立ち、過ごしてきた時間」

 

 大きな店の前で足を止めるアイ。アイはそこを見つめていた。

 

「横島、すまない」

 

「……何がだよ?」

 

「八つ当たりだったんだ、男全員を怨み憎んでいたのは……」

 

『アイ?』

 

「猫ちゃんすまない……私が怨んでいたのは……憎んでいたのは」

 

 そのお店の中から小綺麗な服を来た男が出てくる。恐らく店主であろう。

 にこやかに来店している客と話している。

 

 アイはその男を見て、黒く暗い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

「あの男だった」

 

 

 

 

 

 

続く。

 

 

 

 

 

 




桂花編の後の話が書きたすぎて、桂花編は五話構成にしました。その結果凄く駆け足な展開になりました。
なので、次で桂花編終了です。
暇が出来たら加筆するかも……

いつも感想、評価ありがとうございます。
また明日見てくれると嬉しいです。


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