己に勝つということ ただいま更新停滞中 (雪宮春夏)
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戦闘訓練……その後
と言うわけで、ギリキリ今日中に投稿しました!雪宮春夏です。
この話は基本、春夏の願望(笑)かたくさん入ってます。
それではどうぞご覧下さい。(苦笑)
人は生まれながらに平等じゃない。
それは齢四つにして誰もが知る社会の現実。
その中では俺は勝者の筈だった。
それを否定されたのは、今から一年近く前。
『……ヒーローに、なりたいんだろう?』
悪魔の囁きと共に、俺は……出口の見えない闇の中へ突き落とされた。
「……カリキュラム?」
呼ばれた相手から告げられた内容を聞いて、無意識に爆豪の眉は顰められた。
「何でそんなもんお前らが欲しがるんだよ?」
苦々しげに問いかける相手の表情は窺えない。目線を下に向けている訳でも日陰に入っている訳でも無く、相手の「個性」によるものだった。
「ゲート」。仲間内ではそう呼ばれているらしい発動系の個性を持つその男は、顔面の全てが黒いゲートとなる靄に覆われており、視認できるのはそこに光る一対の瞳のみ。
身元不明がほとんどな仲間内であっても一際異彩を放つ、謎の人物であった。
名を「黒霧」と呼ばれている。
「理由の説明が必要ですか? 爆豪勝己」
平淡な声音で問いかける黒霧の心情は窺えない。
だが、下手に口答えすることが得策で無いことも、既に爆豪は知っていた。
「明日、昼休憩時に弔が騒ぎを起こします。おそらく職員のほとんどがその騒ぎに対応することとなるでしょう。その間に、ヒーロー科一年分のカリキュラムを頂きたい」
一方的な通達とも呼べる報告に、逆らうことは出来ないと分かっていながらも、爆豪の顔は自然と不満の表情を色濃くする。
「全学年か? ……職員のは担当学年事に机の配置は別れてんだぞ? 下手に自分の学年以外の机に行ったりしたら目立つだろうが」
以前所用で訪れた時にチラリと見た職員室の様子を軽く漏らせば、フムと黒霧は合いの手を入れる。
「なるほど。確かに今の段階で貴方が疑われることは得策ではありませんね」
その言葉は爆豪の身を案じる言葉ではなく、あくまで己等の計画とやらを一計する声だ。それを分かりながらも爆豪はこの時間が早く終わる事を待つように視線を外した。
僅かに流れる沈黙。
身の置き場の無い爆豪はこの一年ですっかり癖となってしまった己の項に手を添える仕草を行っていた。
「……『種』の具合はいかがですか?」
その動きに気づいたのか、尋ねる黒霧に爆豪の顔が歪む。
「てめぇには関係ねぇだろうが」
その言葉が毒を吐くような苦々しげなものとなるのが、それが彼にとっては不本意な物に他ならないからだ。
『種』……彼がそう称したのは、爆豪の体内に受け付けられた異物の名称だった。
それを爆豪の中へ入れたのは、彼らのボス。……『先生』と恐れられている男の持つ、『
男の個性の事は誰も口外しい。
囁かれる程度も昇らないが、嘗て直に男と対峙した爆豪に言わせれば、こそ泥と評せるものだった。
その個性の名は『オール・フォー・ワン』
他者から個性を奪い、己の物とし、他者へ個性を与える個性。
さながら個性取り引きの仲介所と言った所であろうか。
「確かに私個人には関係はないかもしれませんが、我々敵連合にしてみれば、貴方も大事なメンバーですので」
白々しさを隠しもしない様子に、爆豪は聞こえよがしの悪態をつく。
「雁字搦めに縛り上げて逃げ道まで塞いどいて……よく言う……!」
ギロリと睨むその目には幼なじみである少年や、同級の人間に向けるような荒々しいものではない。
だが、そこに込められている気力は寧ろ増大で一点に込めているが故にビリビリと肌を伝う感覚は寧ろ巨大と言っても良いだろう。
「何のことだか、分かりませんね」
おそらく現在の爆豪が出せる寸前の殺気を当てられた黒霧はしかし先刻までとまるで変わらない様子で微笑みの気配さえ残している。
あからさまに見せつけられる相手の余裕に、睨み殺さんばかりの眼差しを向ける爆豪だが、それを気にすることもなく、黒霧は言葉をかけてくる。
「ヒーロー科一学年」
「あぁ!?」
前置きも無い黒霧の言葉に、怪訝そうな顔をした爆豪だったが、続けられた言葉に唇を噛んだ。
「……それならば、怪しまれる事も無いでしょう?」
最初に告げられていたカリキュラムの事だと嫌でも分かっただろう。
「くれぐれも、気づかれる事の無いように。……受け渡し場所はいつもの通りです」
耳元で囁かれる言葉が毒を飲み込まされるかのように体を重たくする。
「いつもの通り」。それで頷ける程には、爆豪は彼らと頻繁に関わってしまっていた。
彼らの用件はそれで済んだのか、ここから去るために個性を発動させようとした黒霧を、無意識に爆豪は呼び止めていた。
「……何か?」
視線を向けられる気配を感じて、瞬間視線が交錯する。
……しかし、次の言葉を爆豪は話せなかった。
(「雄英の中に、俺以外のテメェらの仲間はいないのか?」か……。いたとしても、答える訳はねぇな……)
問おうとした結果を、予測できてしまったのである。
爆豪は彼らにとっては使い勝手の良い手駒だ。だからこそ、利用価値のある現状は丁重に扱われているが、その一方、その価値さえ無くなれば、おそらく躊躇う事無く始末されるだろう。
だからこそ、必要以上の情報は与えられていない。
(それ以上に俺は……「あいつ」が俺と同じように、奴に絡め取られているなんて思いたくねぇんだ……)
僅かに残っているのは、希望と言うにもか細い微かな糸だ。独りよがりの願望でさえある。
それでも、己の現状があるからこそ、否定したい物でもあった。
『人から
今日の午後、ヒーロー基礎学の授業で敵対した幼馴染み。
彼にいわれた言葉が蘇った。
その時勝己の頭に真っ先に浮かんだのは『先生』で。だからこそ、次の言葉を言えなかった。
それを良いことに、彼は言い訳のように言葉を零していく。
曰く、
その言葉は爆豪からすれば己の事をも馬鹿にしているようにしか感じなかった。
借り物である物が己の力とならないと言う話は、今の爆豪の個性、爆破の否定でもあったからだ。
『爆破』と言う個性があるから、己は凄いと言われたのに。それを己の力ではないと断じられたら、己は嘗ての彼と同じ『無個性』となってしまうのに。
不意に怒りのまま、冷静さを失い、己のうちにあるドロリとした感情を吐き出そうとした爆豪に気づかず、幼馴染みの声は空をきった。
『いつかちゃんと自分のモノにして“僕の力“で君を超えるよ』
一切の迷いのないそれは、清々しい程の宣誓だった。
それが敵わない未来など、まるで考えもしないまっすぐな言葉に、爆豪の思考は一度、完全に止まっていた。
『借り物?……何言ってんだ?テメェ……!』
最初のその言葉を、どんな顔で言ったのか、今でも爆豪には分からなかった。
『だからなんだ!? 俺はただ……てめぇに負けた!! ……それだけだろうが……!! それ……! だけ……っ!』
戦いで感じた無力感が、堪えきれない奔流となって襲いかかる。
十年以上を共にしてきた己の個性だったから分かる。
昨日より今日。今日より明日と。だんだん己の個性が使いづらくなっていく感覚が。己の中からもぎ取られ、手の届くことのない遠くへ引き離されるような虚無感が。
一年が過ぎた。だからこそ、痛いほど感じる己と敵の間に聳える分厚い実力の壁も。
『氷の奴を見て……敵わないんじゃねぇかって、思っちまった……!』
建物を丸ごと氷結させる大規模攻撃。
敵わないと認めるつもりはないのに、無意識に臆してしまっていた。
『ポニーテールの奴の言うことに、納得しちまった!!』
冷静に考えれば気付ける筈の物にさえ気付けなくなった視野の狭さ。
その理由は己の無力故の苛立ちか、力を隠していた幼馴染みへの怒りか。
『クソッ! クソがっ!! クッソ……!!』
思い起こせば思い起こすほど、広がるのは自己嫌悪でしかない。それでも、爆豪は思考を止めなかった。そうすることしか、もう出来ないからこそ、余計に。
『良いか!? デクっ!! こっからだ!! 俺はっ……!!!』
己を鼓舞するような、新たなる宣誓。
一年かけて蓄積していた膿のような何かを、その瞬間だけ忘れられた。
「珍しいですね? 今日はよく……表情が変わる」
突然、冷水をかけられるかのようなその声音に、現実に戻った爆豪は微かに息を吞み、喘いだ。
二人しかいないこの空間に、その音はうるさいほどに聞こえる。
「別に……気にする事はありません。貴方が何を考えようと、計画に支障が無い限りは……先生も、弔も。寛容です」
耳元で囁かれる言葉に、自然と眉を寄せる。
その所作を、面白がるように眺めて、黒霧は今度こそ、己の個性を発動する。
「では明日。楽しみに待ってますよ……爆豪」
完全に黒い靄が消えたのを確認して、俺は部屋の明かりを灯した。
時刻は夜。もう家の住人は俺以外は全員寝入っている。
おそらく明日も、同じくらいの時刻に……。黒霧はこの部屋に……俺の私室へ来るのだろう。
これが彼らの言う「いつもの通り」だった。
「カリキュラム、か」
小さな明かりだけを灯したベットの上で、俺は言葉にすることで明日の己の行動に覚悟を決める。
指紋にさえ気をつければ、カリキュラムを抜き取ることは難しく無いだろう。
職員室に生徒が入るのは不自然な事では無いし、担任の机ならば尚良い。
己の学年のカリキュラムならば、間違いなく彼の机にはあるはずだ。
何に使われるのかは己に知らされる事は無いだろうが、碌な事にはならないだろうと言うことは予測がついた。
(それでも……俺はやらなきゃいけない……)
無意識に摩ったのは首回り。そこによく目をこらさなければ気が付かない程度の薄い痣が広がっている。
触ればざらりと感触を伝えるその姿は、まるでペットの首輪か奴隷の首枷だ。
首回りに走る痣は首の項に仕込まれている『種』。それが体に食い込ませている根の痕でもある。
仕込まれた最初は個性を使う度に体に激痛が走ったが、今はほんの僅かに四肢がしびれる程度に治まっている。
だが、それと反するように不快感は増した。
首筋の圧迫が原因か、汗腺は収縮し、昔よりも威力は落ちたように見える。
(いや……それだけじゃない)
夢心地になりかけている思考の中で、考え込んでいた俺は『種』を仕込まれたもう一つの彼らの目的を思い浮かベてしまい、慌てて思考を打ち消した。
(関係ない……今は、カリキュラムだ……!)
己の中の様々な感情を放り投げたまま目を瞑っても、そこに出て来るのは、あってまだ数日しか経たないはずのクラスメイト達の姿だった。
無論、爆豪が名前まで覚えている人間は極僅かしか無い。顔もうろ覚えの奴がほとんどだ。
それでも、夢の中では彼らは満面の笑みだった。
(何も……起きなければ良いな)
それが叶うはずのない願いだと知りながら、俺はただ眠気の訪れない闇を拒むように瞳を閉じ続けた。
オメガバース要素がまるで無い。タグつけているのに!……と、思いながら、それでもタグは外しません!
また、春夏は十八以上モノは、苦手なのでほとんど書かないと想います。
そんな物語でも大丈夫と言う心の広い方は、これからもどうかよろしくお願いします。
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委員長選出……その最中
そろそろ三期も終わります。
どこにオメガバースが入っているんだろうと真面目に考える近頃。
まだ出せてませんが、出せるようになるよう頑張ります。
(あ……まただ……)
真面目に授業を受けていた少年、緑谷出久は、視界に入った背中に目を向けた。
(これで20回? 今日は多いなぁ……)
前方に座る少年、爆豪勝己に悟られないように、チラリと一瞥だけで確認した出久は、ノートを取るために板書に視線を変える。
気が付いたのは中学を卒業するまでもうそんなに間がない時だったと思う。
緑谷出久の幼馴染み、爆豪勝己こと、かっちゃんには、おかしな癖が出来ていた。
苛立った時や、頭に血が上ったとき、そして個性を連続して使った時など、ことある毎に、首筋を指で掻きむしるようになったのだ。
染みついた恐怖も相まって、言葉にすることは無いが、観察している以上、その原因にも気にかかる。
「個性を使う度にってのが、気になるよなぁ……個性なんて、物心ついた時から使っているんだから、いきなり必要な動作が増えるなんて無いと思うんだけど……。負荷がかかっているとかか?」
授業の妨げになることのないように、声を殺してはいるが、ブツブツと呟き始めた出久の頭には、既に授業の内容など入る余地は無い。
授業を受ける態度としては褒められたものではないが、小声で呟くその異様さも相まってか、面と向かって同じく授業中に注意しようと言うものはいなかった……が。
「緑谷」
それはあくまで中学までの話である。
「……へ?」
いつの間にか静まり返っていた教室に、はっきりと聞こえた己への呼びかけ。慌てて視線をむけると、そこには菩薩のように静かな穏やかな笑みを浮かべたセメントスが見えた。その背後に言葉にするのも恐ろしい真っ黒なオーラを背負っていたが。
「……ひっ!」
それを目の辺りにしてしまった出久は恐怖から目を見開き、次いで零れた悲鳴を慌てて隠すかのように口元を覆った。しかし、全ては手遅れである。
「……静かにな」
声を荒らげる事の無い静かなものだが、それが怒りがないという訳では無い。
一部では、温厚に見えるが故に恐ろしいと呼ばれる人でもある。
「珍しいな。考え事でもしていたのか、緑谷君」
授業終了後、出ていくセメントスを見送って、飯田天哉が出久の元へ訪れていた。
見ると前の席にいたはずの勝己は既に席を立っており、教室から出て行く背中がチラリと見えた。
「あはは……ちょっとね」
真っ正直に考えていた内容をそのまま話すわけにもいかず、笑って誤魔化すと、特に気にしていたわけではないのか、そのまま昼食に誘ってくれる。
「いや~やっぱり食堂は混どるね。人すごいなぁ……」
出久と飯田の間に流れかけた言葉にすることが難しい微妙な空気を変えるかのように、麗日は誰に向けるでも無い感嘆を零す。
「ヒーロー科の他にサポート科や経営科の生徒も一堂に会するからな」
その証拠に、律儀に合いの手を入れる飯田に構うことなく、自己の調子に合わせて食事を始めていた。
「それで……何か悩み事でもあったのかい?緑谷君」
日替わり定食を食べる麗日の隣で、やはり緑谷にしては珍しい先程の授業中での、ブツブツが気になったのか、飯田が言葉を投げかけてくる。
「あぁ……」
しかし問われた方の出久としては、正直に事を話すことも憚られた。
中学の時も、卒業までの間に件の癖に気付いた人物は緑谷以外いないようだった。
高校生となった現在も、おそらく気付いている人間はあまりいないのでは無いかと推測される。
なぜならヒーローを志すだけあって、立派な志を抱く者の多い己のクラスで知られれば、大なり小なり騒ぎになっている筈だからだ。
(……まぁ、僕の場合は、日常的に彼の挙動を観察し続けているから気付いたとも言えるんだけど……あれ? もしかしなくてもこれ、ストーカー?)
いや、あくまで根元は彼を案ずる気持ちからなっているのだから大丈夫だろうと、自己完結して、思考を戻す。
(あの癖がいつから始まって、何が原因かは知らないが、その頻度と行動から、間違いなく彼の個性が関係しているはず。弱味を見せたがらないかっちゃんに黙って、……いや、かっちゃんじゃなくても、人の悩みになっているかも知れないものを、勝手に第三者が打ち明けて良いわけないよね)
そう心に決めて、出久は答としてもう一つの悩み事……と言えるかは分からない程度の不安を吐露した。
「いや、……いざ委員長やるとなると務まるか不安だなって」
最も、軽めではあるが有る程度悩んでいたのは確かだった。
「ツトマル」
「大丈夫さ」
しかしそれを、相席者二人は一刀両断の如く切り捨てる。
「緑谷君のここぞという時の胆力や判断力は、「多」を牽引するに値する。だから君に投票したのだ」
しかもそのまま続けられた発言に、いみじくも己以外の投票された二票の内、一つの出所が分かった。
(君だったのか!)
僕の思考の声など届くことも無く、飯田は得意げな顔でカレーライスのスプーンを口に運んでいる。
「でも飯田君も委員長やりたかったんじゃないの? メガネだし!」
最後の一言を心なしか強調気味に言う麗日は、眼鏡に対して、おかしな偏見でもあるのだろうか。
単刀直入にざっくりと心を抉るような動きに、出久の頬は引き攣っていた。そんな二人の様子には気づく様子も無く、飯田は気まずそうに目を伏せ、しかし、きっぱりとした様子で言葉を紡いだ。
「「やりたい」と相応しいか否かは別の話……僕は僕の正しいと思う判断をしたまでだ」
そう言いきる飯田の主張は立派なものだった。しかし二人はその主張自体よりも、そこにさり気なくつけられていた一人称に目を向けていた。
「「僕」……!!」
思わず声に出してしまった僕らに、彼も自覚があったのか、ピクリと体が震えてしまう。
触れて欲しくは無いのかもしれない、そう躊躇した僕に気付くこと無く、ざっくりと切り込む態度を崩すことのない麗日が特攻をかけていた。
「ちょっと思ってたけど飯田君って……坊ちゃん!?」
「坊……!!!」
昨今ではあまり使われない言い方に、瞬発力の高い飯田君も、二の句が継げない様子だった。
嫌がるようならば、無理に暴くのも悪いと思いながらも、強い眼力で飯田君を見据える麗日に、自然と、僕も期待のこもった目を向けてしまう。
その僕たち二人の様子に根負けしたように、飯田君は自分の家族について話してくれた。
飯田君の家族は皆ヒーロー免許を持っており、中でも実兄で、現在六十五人ものサイドキックを従えている東京、保須市に事務所を構える大人気ヒーロー、インゲニウムは飯田君の憧れなのだという。
(僕にとってのオールマイトが、飯田君にとっては、インゲニウムなんだ……!!)
彼のように規律を重んじ、人を導くヒーロー。
それが目指すヒーローなのだと言いきった飯田君が僕を委員長に推薦したのは入試の時の判断の違いから来るものだった。
自分より上手であったと称されたが、実際の所は試験内容に隠された意図を分かっていて行動したわけではない。
自分の試験合格と彼女の安否。
極限の二者択一で試験合格を切り捨てただけだった。
その、意識せずに行った選択で褒められるのは本意ではないし、彼女の弁明がなければ本当に不合格となってしまっていたのかもしれないと言う思いも未だにある。
せめてその思い違いだけでも訂正しようと、僕が改めて飯田君へ言葉をかけようとした時。
緊急事態を知らせる警報が、学校内に鳴り渡った。
《セキュリティ三が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難して下さい》
職員室からほど近い空き教室で、爆豪は警報を聞いていた。窓から見ると、雄英高校の敷地内に我も我もと入り込むマスコミの姿がよく見えた。
「……バカだろ」
それはこれから、彼らの思惑通りにとんでもない行動をとろうとしている己に対してか、それとも何故入れるようになったのかを考えもせずに、悪意に良いように利用されながら、血気盛んに取材を敢行しようとしている報道陣に対してか。
どちらかを深く考えることを放棄して、彼は軽い足取りで職員室へと向かう。
職員室の扉を開けると、そこはもぬけの殻だった。
おそらくヒーロー免許を持つヒーロー科の教師は事態の収拾に向けて、具体的な状況把握に乗り出したのだろう。
普通科にはヒーロー免許未保持者も居るだろうが……。
「軒並み避難かよ。クソが……」
僅かに開けた隙間からグルリと職員室の内部を見渡して、思わず顔を顰める。
これから悪事に及ぼうとする己からすれば都合の良い展開なのだろうが、その一方で、たとえ非力な一般人であっても、ここにいてくれればとも思ってしまう。
それを理由に彼らの頼みを達成できなかったと、言い訳にでも使うつもりなのだろうか。
素早く確認した範囲では、監視カメラも無いようだった。まぁ、敷地内に敷かれている「雄英センサー」と呼ばれる防犯システムしかり、ヒーロー科の教員という形であれ、多くの有名なプロヒーローが在籍しているという事実しかり、今まで外部の人間に侵入されたことなど無いのだろうから仕方ないのかもしれないが。
(……これじゃあ、カリキュラムの一つ盗んだとしても、気付かれないじゃねぇかよ)
あまりの無用心さに、見る見るうちに眉間の皺が増えるのを自覚する。
再三になるが、この展開は彼にとっては都合の良いものなのだ。
しかし、ヒーローを志す彼自身としては、このまま良いように彼らに……彼を良いように利用している彼らに動かれるのは面白くない。
(流石に報道陣がセンサーの反応無しに入れる事は有り得ねぇ。現に警報は作動している。にも関わらず、もう一つの防犯システムであるシャッターの方は作動してねぇ……)
ここまでは、プロヒーロー達も読めるだろう。だからこそ、事が終われば直ぐにでも、作動しなかったシャッターを確かめに行く筈である。
そして発見するのだ。粉々に破壊された、シャッターだった破片達を。
(外部からの犯行……元々奴らはそう見せかける為にやんだろうが)
そしてその思惑は見事に成功だ。プロの視点からすれば気付いた時にはもう見つからなかったとしか思わないだろう。
外側に注意を向けている隙に、内側から奪い取るなど、そうそう気付かれる事じゃ無い。
そうでなくてもこの混乱時、誰もいない状態なら、そもそも何かを奪われたことに気付くかどうかも定かでは無かった。
彼らの掌で良いように転がされている状況はクソみたいな物だが、それでも己がそれに刃向かう選択肢は取れない。
(………)
頭の中で素早く算段を建てながらも、元々取れる時間が多くないのは分かっていた。
マスコミは警察さえ来れば直ぐさま沈静化してしまうだろうし、生徒達の混乱は事情さえ分かれば更に早いかも知れない。
未だ入学して日がたっていないため親しい人間はいない……己の現状を自覚している分、たとえ時間がたっても己の傍に親しい人間など作るつもりは今の処無いことは置いておくにしても。……とはいえ、良くも悪くも目立つ自覚はある。
多少の時間は食堂に顔を出しておいた方が良い事は分かっているのだ。
「……ちっ」
その舌打ち一つの間にやることを定めて、のそりと爆豪は
「大丈ー夫!!」
自らの個性と麗日さんの個性を使った飯田君が、非常口の標識の上で言い切るその姿は、周囲の混乱状態だった生徒達の注意を一気に引いた。
「ただのマスコミです! 何もパニックになることはありません大丈ー夫!!」
誰一人にも口を挟ませない勢いのそれに、啞然としつつも周りの焦りが急激に溶けていくのを感じながら、混乱に巻き込まれる形で流されていた僕も、体の力を抜いていた。
「ここは雄英!! 最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」
その言葉に、ようやく事態を飲み込めた混乱していた生徒達が、一人、二人を周囲にいた者達と顔を見合わせている。
そうしている内にガラス越しでも、警察が呼ばれたのか、俄に外が騒がしくなっているような気がした。
この場での混乱は収まったが、授業が始まる時間はいつもよりも遅れるのだろうか。
そう考えながら、チラリと外に見つけた担任の相澤先生に視線を向けようとして、その更に向こう側、職員室や特別教室の集まる一角に、見慣れた姿が映った気がして、出久は目を瞬いた。
(かっちゃん?)
しかし、直ぐさま否定する。
まず食堂から離れており、常に使っている教室のある棟でも無い所に、彼がいる理由が無い。
況してや、このような時に。
(あの様子を見る限り、侵入してきたのはオールマイトの着任に関するコメントを欲しいだけの単なるマスコミだ。……それにしても、どうやって……)
しかし、その答となる言葉を、今の僕はまだ持ち合わせてはいなかった。
「ご苦労様でした。爆豪勝己」
そうこちらを労ってきた黒霧の声音は、僅かに高かった。
「こんなん出来て、当たり前だろうが」
淡々と呟くままに渡したのは一学年の年間カリキュラム。
移動教室に担当する教師の名前。その時間に行われる大まかな内容が、それぞれ一行分の文字で綴られていた。
その内容をざっと確認したらしい黒霧は、満足げな様子で結構と一言声を漏らした。
「それではまた、ご用があればお呼びします。いつもの方法で」
己の背後に個性で生じる黒い穴を開けた黒霧の言葉に、俺は無言で睨む力を強める。
しかし、実際にやり返すことが無いことを知っている彼らはまるで反抗心むき出しの子猫を見ているような生暖かい目でこちらを見下すばかりだ。
「それでは、有意義な学校生活を」
本気でそう思ったことなどないくせに、よく言う。
「ただのマスコミが
時は少し巻き戻り、マスコミが警察の協力により撤退させられてからしばらく後。
雄英を守っていたセキュリティーの一つ、雄英バリアーに起きた惨状を前に、雄英高校校長、根津は独り言のように言葉を紡いでいく。
「そそのかした者がいるね」
そのクリクリとした目は淡々と、これからの波乱を見据えるように。
「邪な者が入り込んだか……もしくは宣戦布告の腹づもりか」
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救助訓れ…………?
停滞している筈なのにこの頻度。しかし間隔から考えれば十分停滞……。
あれ、他の作品にも跳ね返ってきそうなので、ここら辺にしておきます。
楽天的でいたつもりは無かった。神様なんぞも信じちゃいなかった。
(やっぱりかよ……!)
それでも、運命というのは、どうも皮肉に回るらしいと自覚して、爆豪は唇を噛みしめた。
「動くな、あれは……敵だ!!!!」
何とも見慣れた、黒い靄の穴。
不気味な大柄の怪物。
だがそれ以上に。
大人のものと思われる片手を、顔面に貼り付けた己と同じ、赤目の男に、爆豪の中の何かが脈打つ気がした。
「オールマイト……平和の象徴……いないなんて……」
ブンと、苛立たしげに首を降る男の目が、一瞬こちらを向いた気がした。
しかしその確証を得るよりも前に、男の次の言葉で否応なしにその場の空気が張りつめる。
「子どもを殺せば来るのかなぁ……!!」
突然現れた、途方もない悪意に、生徒達は皆身構える。
それをどこか冷めた目つきで、爆豪勝己はただ状況を把握しようとしていた。
昼食の時間が終わり、午後一で始まるヒーロー基礎学、その教室に入ってきたのは、相澤先生こと、イレイザーヘッドだった。
「今回のヒーロー基礎学だが……俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」
その言葉でいやでも数日前の騒ぎ……そこから派生する何かを案じての処置だろうということが分かった。
(きづいてるのか?)
あの日、爆豪は確かに、一学年の年間カリキュラムを黒霧に渡した。ただし、それは盗んだものを更にコピーしたものであった。
(……俺が盗んだのは原本だ。印鑑とかが直に押されたモンはあの一枚きりだったはず)
本来、完全に知られぬようにするのならばコピーされていたものを持ってくるべきだろう。それかコピーした後、原本は直ぐに戻すべきだったのだ。
マスコミや警報が知らせる異常の警戒に、ヒーロー科の教師が全て出払っていたあの時は、それをするだけの余裕は十分すぎるほどあったのだから。
だからこれに関しては、単なる爆豪の嫌がらせである。
勿論、自分を良いように利用しようとする敵達に対してのだ。
一人で思案に暮れる爆豪をよそに、相澤の話は進んでいく。訓練場までバスで移動、コスチュームの着用は自由。最もこれにはほとんどの生徒は着用を選ぶだろうが。
準備開始のかけ声と共に各々動き出す子供達の波に乗りつつ、爆豪は小さく息をついた。
時折、彼らに対して酷く申し訳なくなることがある。
勿論、ヒーローになること。己の持つその目標を変えるつもりは今の所はない。
それなのに、敵と思える者達に協力してしまっている自分に酷い嫌悪感を覚えてしまう。
バスの中で話を振られ、適当にかえすと、何故かクソを下水で煮込んだような性格と揶揄された。
語彙力の少なさを棚に上げる男を睨みつけていると、離れていた訓練施設……USJ……嘘と災害の事故ルームに到着する。
そこで待っていたスペースヒーロー十三号が最後の三番目の教師なのだろう。
そのまま彼の小言とも言える説明を聞く内に、事態は動いた。
しかも最悪な予想通りに。
一クラス分という少人数が学校の本舎から離れた施設に閉じ込められる時間に測ったかのような襲撃、しかも電気系の個性が居るのか、センサーでなるはずの警報が発動していない。
それらのことから、これは用意周到な計画だと、推薦組の一人である男子生徒が口を開いている。
それを聞きながらかなりの大所帯になっている敵……黒霧達の方へ爆豪は視線を向けていた。
己がカリキュラムを渡してからそんなに日は過ぎていない。
あの人数を考えればカリキュラムを手に入れてからあの軍団を集めたと言うよりも、彼らを集めた後、今回の襲撃に適切な時間を知るために爆豪にカリキュラムを盗ませたと言うところだろう。
「一芸だけじゃヒーローは務まらん」
その一言だけを残し、敵の中へ相澤先生が飛び込んだのが見えた。
背後では、避難を呼びかける十三号の声が聞こえる。
彼の指示に従って、遠ざかってそれで事態が済むのならば、それで良いかと思っていた……そんな簡単にいくわけがないと、分かっていたのに。
「させませんよ」
ぞわっと、何もなかったはずの空中に広がった黒い靄。
その目の前に十三号、そして生徒達がいた。
(追っ手がかかると思っちゃあいたが……よりによってこいつかよ)
思わず歯噛みをしながらも、迷わず爆豪はかけていた。
敵側と己との繋ぎ役になっていた彼のことは、初対面である他の奴らよりも多少詳しい。
個性、ワープホール。そして。
「はじめまして、我々は敵連合」
(あの男が選んだ、
BOOOOM!
己が爆破を繰り出すのとほぼ同時に、赤髪の男が腕を振り上げたのが見えた。
「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」
啖呵をきった男を前に、自然と口を閉ざしていた。
(下手に口開いて自爆なんざ目も当てられねぇ……!)
思わず自己保身に走った結果であるげ、事態はそんな思惑を意に介すことなく進行していく。
「ダメだ どきなさい 二人とも!」
背後にいたプロヒーローの声に気をとられた。その瞬間。
黒い靄が、視界を覆った。
BOOOOM!
特徴的な爆発音に、思わず己の傍近くに仕えていた男、黒霧を送った、子どもと、プロヒーロー一人がいるはずの地点に目を向ける。
「……ちっ」
予想は出来ていた事態。
しかし、決して面白いとは言えない事態に、苛立ちも露わに彼、死柄木弔は、首筋を掻きむしる。
(苛つくし、むかつくし……その上邪魔する! 本当に煩わしい……!!)
「あんなのが俺の番だなんて……!」
呟いた声は、誰の耳にも届いていない。
この作品、要素の名前だけを出しながら、今まで影も形もその要素が出てきませんでした。
ようやく多少は出せたかなと思います。
説明に関しては作中で追々していきたいと思っていますが、言葉足らずになる可能性もあります。
どうぞご了承下さい。
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未知との遭遇……その一方で。
目をこすりながらがんばってました。(苦笑)
雪宮春夏です。
相変わらす、オメガバースの一字も感じられ無さそうな作品ですが、それでもよろしい方。
どうぞよろしくお願いします。
開けた視界に広がったのは、所々がひび割れ、破損したコンクリート壁。粉々に割れたガラス窓。そして、俺たちを獲物として見なしているだろう、敵達の姿だった。
空中から落とされる反動を利用して、跳び蹴りの要領で目の前にいた敵を吹き飛ばした直後に、突き刺さってきたのはあからさまな殺意の目。
黒霧達とは異なる、明らかに有象無象の匂いのするチンピラ風情達に、自然と口角が上がった。
「上等じゃねぇか……!」
ジワリと掌に滲む汗からは、微かに甘い匂いがした。
その少年、爆豪勝己に切島鋭次郎が抱いた第一印象は、決して良好的なものではない。
入学初日から目立った口の悪さもさることながら、最初のヒーロー基礎学における戦闘訓練での、緑谷出久に対する行動は、彼の持っていたヒーロー像を色々な意味で崩壊させるものだった。
言葉にすればその一言につきるが、緑谷曰く幼馴染みだという関係性から考えると、一体何がどうなってあそこまでになってしまったのかとやるせなささえ覚えてしまう。
彼ら二人の問題と言ってしまえればそこで終わりではあるが、ヒーローを志すもの同士としても、出来ることならば互いに良好な関係を築いて貰いたいと言う願望もあり……そうでなくても昔から、自らの「漢気」と言う信念に従って生きてきた、ある種のお節介焼きでもある。
(けど、そう言うのは全部後だよな……!)
崩れかけた態勢を整えながら、周囲を見回した切島は、ジリジリと己達を包囲する敵達に目線を向けた。
多勢に無勢だが、傍らに立つ男はそれに憶する様子は無く、それを目にする己も尚のこと、憶する事は出来ないと、奮い立たせられる。
「……さっさと片付けんぞ。こんな雑魚どもに構ってられるか」
そう吐き捨てるように爆豪が呟いたのと同時刻、彼の幼馴染みが類似した決意を固めたことを、彼は知らない。
「僕らが今すべき事は……戦って、
己を囲む有象無象を相手取りながら、イレイザーヘッドは違和感に眉をひそめた。
主犯と見られる白髪の男。それに付き従う出入り口となった靄の男と、異形の大男。
本命がその内の誰かであることは間違いはないが、その彼ら以外の何者かが連合に関わっている事を相澤は予感していた。
それというのも、彼らが相澤を視認した際に零した一言に起因している。
『なにか変更があったのでしょうか?』
(先日のマスコミ騒動……それに伴い職員室から紛失した、一年ヒーロー科の年間カリキュラムの一覧表……てっきりこれ見よがしにその紛失を強調することで、何か別のことから目線を外そうとしているのかとも考えていたんだが)
搦め手などまるで無い……こちらからすれば好都合とも言える予測通りの襲撃。
しかし、だからこそ他方を考えてばかりいたこちらは一歩遅れてしまったわけだが。
(……それが狙いだったと言われればそれまでだが、奴らの様子にどうも違和感が拭えない……まさか、こちらがカリキュラムの紛失に気づいている事を知らないのか?)
いや、それは無いと、直ぐさま否定する。
あそこまであからさまに、分かり易く強奪しておいて気づかれていないと考えているのなら、余程の楽天家か、若しくは。
(……このように、搦め手を警戒させ、他を疎かにさせようとした?)
そう考えれば、今まさに、相澤が己の思考の中に意識を沈めている現状が、奴らにとって最上とも言える状態である。
(……少なくとも、今考える事じゃねぇか……!!)
素早く思考を中断し、周囲を見渡すと後方から我先にと動こうとする幾つかの影を視認する。
それを認めた相澤が浮かべたのは、常とまるで変わらない様に見える。そんな笑みだった。
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