東方忠助の奇妙なヒーローアカデミア (寅猛)
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東方忠助!再会を誓う

 出久と仲のいいヒーラーポジションが欲しいな→でも一緒に戦える奴がいいな→そうだ!あいつしかいない!←今ここ。

 完全な思い付きなので、プロットもそんなに遠くまでは作ってません。ストーリーは原作尊重で進めていきます。

 あと他のサイトでオリジナル小説を書いているので、こっちは息抜き、不定期更新です。


「ううっ……ぐすっ、えぐっ――」

 

 目の前で滝のように涙を流す幼馴染に、少年はやれやれと頭を振った。

 今日少年は、生まれてこの方十年を過ごしたこの町に別れを告げる。学校への挨拶を済ませ、ご近所へのあいさつを済ませ、今から出発と言う準備が整ったところで、十年間懇意にさせてもらっていたお隣さんに挨拶に来たという場面なわけだが――。

 

 子供同士で話したいこともあろうと、気を使った親が離れたところで会話を始めたとたんにこれだ。

 長い付き合いだが、この幼馴染の泣き虫はどうにかならないものか。少年は深いため息をつきながら。目の前の緑髪の少年に語りかける。

 

「あのよ~~~~、みんな隠してるだけで、実はお前死んだりすんのか」

「し、死なないよ!?」

「だったらぴぃぴぃ泣いてんじゃあねーぜ、別に今から人類を救うために隕石に突っ込むってわけじゃあねえんだからよ」

「そ、それは、わか、わかってるけどぉ……じょーくんは悲しくないの?」

 

 悲しくないと言えば勿論嘘になる。目の前の少年――といっても自分と年齢は変わらないわけだが――とはそれこそ言葉通り生まれる前からの付き合いだ。

 明日から一緒に学校に行くことも、休日にゲームをすることも、このオタク気質のヒーロー談義を聞くこともなくなるのだと思うと、それなりの喪失感と言うものがある。

 

 が、それを顔に出すわけにはいかないのだ、何故ならここで少年が寂しさに顔をゆがめようものなら、ただでさえ泣いている幼馴染は、堰が外れたように号泣し始めるだろう。  

なにせ涙腺がぶち壊れているのかと疑いたくなるほど涙を流すのだ。通行人の邪魔になること請け合いだ。

 

(発つ鳥跡を濁さずって言うしよ~~、道に水たまり作ってくわけにはいかね―ぜ……)

 

 故に、少年は無理やり頬を上げて笑みを作り上げると、目の前の緑髪に手を置いてぐしゃぐしゃと掻きまわした。

 

「う、うわ、やめてよぉ」

「うっせぇ、止めてほしけりゃ少しは強くなれってんだよ」

「ぼ、僕前より強くなったよ?ちゃんとジョギングも続けてるし……」

「ばぁーか、そういうでけぇ口はせめて俺に勝てるようになってから言えよ」

「そ、そんなの一生かかっても無理だよぉ!」

「個性がないから、とか言うんじゃあねぇだろーな?」

 

 事の発端が中国の軽慶市で発光する赤ん坊が生まれたこと、なんていうのももはや昔話だが、とにもかくにもそれを皮切りに世界には特異体質を持った人間が次々と生まれ始めた。『個性』名付けられたそれも、今では総人口の八割が持っているいうのだから、生物の進化というのは面白い。

架空が現実に、超常が日常に変わったこの世界で、その二文字がもつ意味は想像以上に大きい。ある職業を目標にする人間にとっては特に――。

 

緑髪の少年の表情が急激に凍りついた。それだけでこの話題は彼にとって地雷とも言うべきものなのだと理解できる。よしんば少年は彼の幼馴染だ、普段ならばこんなことは絶対に言わない。

それでも今回口火を切ったのは、言っておかねばならないことがあるからに他ならない。少年は年に似合わない鋭い眼光を、幼馴染に向けて放つ。

 

「出久、おめー、俺との約束忘れたんじゃねぇだろーな~~」

「わ、忘れてないよ!……忘れるわけ、ないよ」

 

 出久――緑谷出久はその小さな手を精一杯握り締める。

 その瞳に宿るのは、小さくとも強い輝き、何よりも尊く、ともすれば吸い込まれてしまいそうな、黄金の灯火だ。

 それを確認して、少年は今度は作り物ではなく、本物の笑みを顔全体に浮かべた。

 そう、これだ、この輝きだ。この弱くて泣き虫で、情けない表情の緑谷出久がふとした拍子に浮かべる表情――守りたい何かを背にした時に、無意識に浮かべている輝き、自分は、ずっとこの輝きに――。

 

「君が、僕を救けてくれたから、僕は今ここにいるんだ、だから、忘れないよ、あの約束だけは、何があっても忘れない……!」

「……グレート、だったら心配いらねぇな」

「だから、だからじょーくんも、もう一つの約束忘れないでね」

「それこそ、マジにいらねぇ心配だぜ?俺が嘘ついたことがあったかよ」

「毎年てきとうなこと言って僕のお年玉とっていってたじゃない」

「……過去を振り返るのは虚しい行いだと思うぜ~~俺ぁよ」

「いつか絶対に返してもらうからね」

 

 藪を突いてしまったようだ、すっかり元気になった緑谷は、少年の深いため息に思わずと言った風に笑いを零した。

 これでいい、湿っぽいお別れなんてごめんだ。自分たちにはこの方があっている。なにより、約束を守るのならば、遠からず再会することは確実なのだから――。

 少年は、ふと頼み忘れていた大事を思い出した。これだけは言っておかねばなるまい。

 

「おい出久、忘れてたけど約束じゃなくて頼みごとの方も――」

 

 その言葉が最後に到達するよりも前に、少年の耳を何者かがつかんで引っ張り上げた。

 

「いでででででで!!何すんだよお袋!!」

「ほら、そろそろ行くわよ!車に乗った乗った!」

「口で言えば、十分に伝わるだろーがよ~~~~~、わざわざ息子痛めつけて何が楽しーんだよ……」

「ナマ言ってんじゃないの!今日中に行けるとこまで行く必要があるんだからね!ダメだったらあんたのせいよ」

「ったく、じゃあな出久、頼みごとも任せたぜ」

「う、うん!任せて、じょーくんと同じ髪型した人を見つけたら連絡するからね!」

「おうよ、これで後顧の憂いのねぇってやつだぜ」

 

 そう言って胸を張る少年の頭には、まるで軍艦をそのまま乗せたかのような、よく言えば古き良き、はっきり言えば完全に時代遅れなリーゼントが鎮座していた。

 当然小学生の中にこんな髪型をしている子供はいない。なんなら異形型の個性を持っている生徒よりも目立っている始末だ。

 

 こんな髪型の男がいれば一発で見つけられるだろう。緑谷は口には出さないがそう思う。

 

「にしても、引っ越しも急に決まったのに、別れも最後まで待ってくれねぇなんてちょっと器が小せぇんじゃねぇの~~?」

「仕方ないじゃない、お父さん、アンタのお爺ちゃんが具合悪くなったんだから、着いててあげたいのよ」

「気持ちは分かるけどよぉ~~~、大体どこだよ杜王町って……」

 

 ぶつくさと文句を言う少年の目に、塀に掛ったままの表札が目に入る。

 

「お袋、表札外しちまって良いんだよな?」

 

 ひらひらと手を振って返事に代える母親にムッとしながらも、少年は『東方』と書かれた表札を外して手に持った。

 先に運転席に乗り込んだ少年の母親は、緑谷の母親である緑谷引子と話していた。引子は目の端に涙を浮かべて別れを惜しんでいる。

 その涙脆さは息子に遺伝したのだろう、知っていたが。

 

「東方さん、本当にいろいろありがとうございました」

「止めてよ、私が一方的に助けたことなんてなかったでしょ、持ちつ持たれつでやってたじゃない」

 

 そう言って優しげな笑みを浮かべる母親を、少年は助手席から不思議そうに眺めていた。

 少年から見て、緑谷の母親と自分の母親は気が合うタイプには見えなかった、しかし蓋をあけてみれば母親が一番リラックスして話すのが、この人なのだから人間というのは分からない。

 

「……でも、出久があそこまで元気になれたのは、友達がいてくれたからだと思うから――」

「良いってば!こいつだってどうせ細かいこと考えずに過ごしてただけよ、ねぇ?」

「さぁな、いちいち覚えてねーよ」

 

 実際その通りなのだ。特別なことをした記憶なんてないのだから、威張る必要も誇る必要もない。

愛想のない反応を返す息子に、呆れた視線を向けながら、母親は最後に軽く引子に微笑みかけると車のキーを捻った。

使い古されたエンジンが、長距離を走れる喜びに震える。

ゆっくりと動き出した車は、周囲の景色を徐々に後ろに流していく。不意に窓の外から聞こえた音に、少年は窓を開けて身を乗り出した。

 

走っている、緑谷出久が走っている。

走りながら、叫んでいる。

 

「じょーくん!僕、僕約束守るから、絶対に守るから!」

 

 考えるよりも先に、少年は叫び返した。

 

「おう!疑ってこともねェよ!!」

「だから、だから絶対にまた会おうね、忠助(じょうすけ)ぇ!!」

「――ああ!ったりめぇよ、俺たちは無敵のコンビだからな!!」

 

 初めて自分を呼び捨てにしてきた幼馴染に、東方忠助は楽しげに声を張り上げた。端から心配などしていなかったが、これなら出久が約束を忘れる心配はなさそうだ。

 忠助が出久とした約束は二つある。

 

 一つは、緑谷出久がヒーローになることを諦めないこと――最高のヒーローになることを諦めないこと。

 

 もう一つは、東方忠助が最高のヒーローになった緑谷出久の相棒(サイドキック)になること

 

 そして忠助は出久と再会する場所をもう決めている。言葉にしたことは無いが、出久もまた分かってくれていると信じている。

 再会の場所は、雄英高校ヒーロー科、最高のヒーローを目指す緑谷出久ならば確実にそこに現れるはずなのだから――もしかするとサイドキックを目指す忠助がヒーロー科に行く意味などあるのだろうかと問われるかもしれない。

 しかしそう言われた場合忠助ははっきりとこう応えるつもりだ。

 

「最高のヒーローのサイドキックならよ~~~~、そのくらい出来て当たり前だからなぁ」

 

 この物語は、緑谷出久が最高のヒーローになるまでの物語だ。

 そして同時に、東方忠助が最高のヒーローのサイドキックになるまでの物語でもある。

 

                 To be continued

 




次回、雄英入試


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雄英入試 その①

※ 注意!
 原作では男性のキャラクターを女子生徒として登場させます。そういうのは受け付けないという方は、誠に申し訳ございません。ブラウザバックをお勧めします。


「ママー!早く早くー!」

「こら、そんなに急いだら落としちゃうわよ?」

 

 母親の忠告も耳に入らないのか、五歳にも満たないであろう少年は雑踏の中を走り回る。その手には同世代の子供ならば誰でも持っているヒーローのフィギュアだ。赤と青、そして白の混ざったコスチューム、V字型の前髪、筋骨隆々の肉体、そしてその顔に浮かぶ大胆不敵な笑み。

 

 誰もが認めるナンバーワンヒーロー『オールマイト』は、人形の姿で尚少年の笑顔を守っているようだった。

 

 人形を振り回しながら、瞳を輝かせる少年は、もしかすると「いつか自分もこんなヒーローになる」などと根拠のない、それでも尊い夢を胸で膨らませているのかもしれない。

 母親もまた、そんな息子の姿が微笑ましいのか、周囲の迷惑になるとは分かっていながらも、息子を強く止められないようだった。

 

 そんな日常のほんの一コマの中でも、悲劇の種は落ちている。

 前方を見ていなかった少年の前に、足もとを確認せずに歩いていた女性が通りかかった。豪奢な衣装に身を包んだ、マダムとでも言えそうな女性は、足もとをちょろちょろ動き回る少年に気づかず、歩いてきた勢いのまま蹴飛ばした。

 少年の手から離れたオールマイトの人形が地面を転がる。

 

「ぶげっ!」

「こーちゃん!」

 

 慌てて母親が少年に駆け寄る。幸い怪我はないようだったが、少年は突然の出来事に目を回していた。

 とりあえず怪我がないことに安堵した母親は、自分たちに差している影の存在に気づき、恐る恐るそちらを見上げた。

 そこには二人を見下ろす形で仁王立ちしているマダムの姿があり、その眉が大きく震えていることから相当に怒っていることが容易に想像できた。

 

「ちょぉっと!!あなたその子供の母親ざますか!?」

「は、はい……そうですけど」

「人ごみの中で前も見ずに走り回るなんて、なんて非常識な子供ざましょ!親の品性が知れると言うものざます!」

「す、すみません……」

 

 居丈高な態度はともかく、言っていることは間違っていないどころか向こうが正しい。

 母親は、息子を抱きしめたまま深々と頭を下げた。息子も事態が飲み込めないながらも自分のせいで母親が怒鳴られていることには気づいているのか、不安そうに母親を見上げている。

 

「あんなたたちみたいな貧乏人と違って、ワタクシの身につけているものは一つ一つが最高級のブランド品ざます!このバッグも、腕時計も、靴も、どれか一つでも傷が付いてたら責任とれまして!?」

「本当に、本当に申し訳ありませんでした」

「フン!もういいざます、構っている時間すら惜しいざます!」

 

 一心に謝ったことが功を奏したのか、マダムはつまらなさそうに鼻を鳴らすと、来た時と同じようにずかずかと歩きはじめる。

 しかし、先ほどまでとは違うことが一つだけある。

 マダムの歩幅で三歩目に落ちている、オールマイトの人形だった。

 本物のオールマイトならばいざ知らず、あくまで模したものでしか無いフィギュアは、でっぷりと肥えたマダムの体重に耐えられる筈もない。

 

 バキバキと音をたてて真っ二つになったフィギュアを見て、黙っていた少年の目がかっと見開かれた。

 

「あー!!オールマイトぉ!」

「んん?なんだ、ただの人形ざますか」

 

 少年はわなわなと震え、瞳に涙を浮かべる。

 オールマイトはヒーローなのだ、かっこいいのだ、強いのだ。いつだって誰かを守って、いつだって誰にも負けなくて、いつだって笑っているのだ。

 そんなオールマイトが、足蹴にされていいわけがない。少年は幼い義憤を武器に果敢にマダムを睨みつける。

 しかし――。

 

「まぁーっ!このガキンチョ、ワタクシを睨んだざますか!?自分からぶつかっておいてなんて態度ざましょ!」

 

 目を吊り上げて睨みかえしてくるマダムに、本気で怒りを向けてくる大人に、少年のなけなしの負けん気はぽっきりと折れてしまった。

 幼い少年にできることはもう一つしか無い。瞳に溜まっていた雫を地面に落し、少年は大声を上げて泣き出した。

 

「大丈夫、大丈夫よこーちゃん、ごめんね、お母さんがちゃんと走っちゃダメって言ってあげなくてごめんね」

 

 母親は息子を抱きしめて必死に宥めるが、一行に泣きやむ気配はなかった。周囲の通行人はようやくこの小競り合いに気づいたようだったが、誰もが関わりたくないのかわれ関せずの態度で通り過ぎていく。

 マダムは、この雑踏の中深い孤独に突き落とされた二人を見下ろして、厭らしく頬を吊り上げた。

 

「ああ、これだから貧乏人は嫌ざます、人形なんかで泣きわめいてみっともないったらありゃしない!」

 

 マダムはもう一度大きく鼻を鳴らすと、大きな歩幅で雑踏の中に消えていった。

 ――そんなマダムとすれ違って、誰もが見て見ぬふりをする親子に向かっていく一人の人物がいた。

 その人物は道端で粉々になったオールマイト人形を、破片まで含めて丁寧に拾うと親子へと歩み寄る。

 

「あの~、大丈夫っスかぁ?」

 

 息子を抱きしめていたせいで、近寄ってきた相手に気づいていなかった母親が、力なく顔をあげると、そこには控えめに言っても『普通じゃない』格好をした男が立っていた。

 身長は百九十近くあるだろう、彫りが深い顔立ちを見るに家系に外国人がいるのかもしれない。

身に纏っているのは学ランなのだが、大きく開かれた胸元や袖には金色の装飾が付いており、他にもあちこち改造しているようだ。

 何よりも特徴的なのはその頭だ。時代錯誤も甚だしいリーゼントは、その高校生――恐らくだが――が不良と呼ばれる人種であると一目で分からせるには十分だった。

 

 母親は咄嗟に息子を庇うように強く抱きしめると、男をキッと睨みつけた。

 

「な、なんですか!?何か用ですか!?」

 

 少年は自分が警戒されていることに気づくと、頬を掻きながら、気まずそうに微笑んだ。

 

「あ、えっと、俺は怪しいものじゃないんで、警戒しないでほしいっス。この人形、その子のっスよね?」

 

 その表情が意外にも愛嬌を感じさせるような類のものであったからか、母親は息子を抱きしめていた手を緩めた。

 男の手のひらの上で、ボロボロになったオールマイト人形を見て、一度は引っ込んだはずの涙が、少年の目から溢れてくる。

 

「ぼくの、ぼくのオールマイト……」

「安心しな、もう泣かなくても大丈夫だぜ」

「え?」

「オールマイトはよぉ~、めちゃつえぇヒーローなんだぜ?キース・ムーンだってビビって腰抜かすくらいにはなぁ~~」

 

 男は優しげな笑みを浮かべながら、掌を合わせて人形をすっぽりと包みこんだ。

 少年は一瞬男が人形をさらに壊すのではないかと疑ったが、その穏やかな表情を見て、ぽかんとしながら立ち尽くしていた。

 

「坊主、手ぇ出しな」

 

 少年は、何が何だか分からなかったが、とりあえず言われるがままに手を前に突き出した。男は満足そうに笑うと、両手で包んでいたそれを、少年の手のひらの上に置いた。

 手の上に置かれたものを見て、少年は瞳を輝かせる。

 

「うわぁ~!オールマイトが直ってる!」

「グレート、やっぱオールマイトはつええよな~~、もう治っちまったみたいだ」

「ありがとうおにいちゃん!!」

「俺じゃあねえよ、オールマイトが強かったんだって」

 

 男はそう言ってはしゃぐ少年の頭に大きな掌を被せた。一部始終を見ていた母親は、慌てて男に頭を下げる。

 

「あ、あの!ありがとうございます!それに、さっきはすみません、失礼な態度を――」

「気にしないでください、こんな見た目で警戒するなっていう方が無茶っスから」

 

 少年が言い終わるのと同時に、人ごみの彼方から悲鳴が聞こえてきた。

 聞き覚えのある声の様な気がするが――。

 急に聞こえた悲鳴に、また心配そうな顔をする母親に、男が語りかける。

 

「心配することないですよ、多分歩いてる最中に靴とカバンと腕時計が変形しただけでしょうから、たまによくあることっスよ」

「たまに、よくある?」

「えっと、それより実はお尋ねしたいことがあって――」

 

 日本語の矛盾に気づかれる前に、強引に話題を変えた男は、しかしながら当初の目的通り、どうしても確認せねばならなかったことを母親に尋ねた。

 

「雄英高校ってどっちにあるか分かりますか、地図無くしちゃって」

 

※   ※   ※   ※   ※

「冗談じゃあ、ねぇっスよ」

 

 ぜぇぜぇと呼吸を乱しながら、目に見えない運命とやらに悪態をつく。

 見上げる先にあるのは、Hの形にそびえ立つ校舎、製作者のセンスは理解できないがとにかく異彩を放つことには成功しているその建造物の前を見上げながら、東方忠助は呼吸を整えた。

 

 地図をなくして彷徨っていたのは確かだが、まさかまるっきり逆方向に進んでいるとは予想外だった。おかげで時間ぎりぎりになってしまった。

 

(流石に地図をなくしましたなんて聞いてもらえるはずもねえしよ~~、こんなつまらねえことで入学できなかったら出久に合わせる顔がねえぜ~)

 

 もう時間ギリギリすぎるからか誰もいない道を通り、そそくさと会場に向かう。幸いなくしたのは地図だけで受験票はポケットの中に確かにあった。

 入口で受験票を渡し、もう人がこれでもかという程入っている会場に足を踏み入れた。

 それにしても圧倒的な人数だ、流石倍率三百倍というだけはある。

 

(もうここに入った時点で、戦いは始まってるってことかよ……視線をあちこちから感じるぜ~)

 

 実際忠助が会場に入った瞬間から、彼に視線を向ける者は数多かった。しかしそれはライバルを観察しようなどという高尚なものではなく。ただひたすらに忠助の奇抜な格好故向けられている好奇の視線なのだが、当の本人は何も気づいていない。

 

 一歩一歩、慎重に、かつ大胆に、忠助は歩みを進めていく。

ビビっていると思われれば不利になる、視線を下げるわけにはいかない。そのおかげとでも言うべきか、忠助の視線にとある人物が映った。

それは緑色の頭髪を蓄えた少年の後ろ姿、顔は確認できないがひと目で分かる。

忠助は満足そうに微笑むと、自分の席に向かう。旧友に会えた喜びは確かにあるが、再会はこんな地味な場面であるべきではない。

 

(合格して、教室で会うってのが一番イカす再会だろうからよ~~、それまでは声かけるつもりはねぇぜ~)

 

 なんの前触れもなくにやける忠助に、周囲の学生たちは不気味なものを見る目を向けたり、或いは視線を逸らしたりと、反応はまちまちだが、思いは一つ。

 ――このへんな奴には関わらないようにしよう、と。

 

 そんな視線も、理想の再会を妄想するのに忙しい当人には気にならないのだった。

 忠助が自分に割り当てられた席に腰かけると同時に、最前列に設置されていた壇に一人の人物が現れる。

 入試の説明が始まるようだ、どうやら誇張抜きにギリギリだったらしい。壇上に上がったのは、サングラスと首につけたスピーカーのような器材が目立つ、どこか軽薄そうなイメージを与える男、とてもじゃないが教育機関にいる人間には見えないが、ラジオを聴くことが趣味の忠助には、それが誰なのかひと目でわかった。

 

「おいおいおいぃ、プレゼントマイクじゃねぇかっ!知ってはいたけど、本当に教員全員プロヒーローってことかよ~~」

 

 既知の情報ではあるが、現実として目前に迫るとやはりテンションが上がる。自分がトップクラスに好きなヒーローということも手伝って、忠助の盛り上がりは最高潮だ

 その上今年はなんとあのオールマイトが教師として雄英に来ることになったと言う噂がある。本当だとするならばこんなチャンスは他にないだろう。

 

 自他共に認める、世界一のヒーローを師事できる、これは自分には勿論、あの緑髪の幼馴染にとっては何より貴重で、奇跡的な展開だろう。

 そう、彼が最高のヒーローになるための土台としては、これ以上ない。

 

「こいつぁ、中々にグレートだぜ……!」

「あの、君……?」

「……ん?ああ、俺かい?」

 

 妄想をたぎらせていた忠助は、隣から肩を叩かれて我に返った。

 いったい何事かと隣を見た忠助は、そこにいた人物と目があった。

 座っているのは黒髪ショートカットの女子だった。どこか冷めた印象を与える冷めた瞳から察するに、ハーフなのだろうか。

 体型も良い意味で日本人離れしているとでも言うべきか、長身で凹凸のはっきりした体つきをしているのが座っている状態でも分かる。

 

 直截な物言いをするならば、稀に見るレベルの美貌を持った少女だった。

 忠助も多分にもれず感性は極めて普通の男子中学生である、目を奪われなかったと言えば嘘になる。

 とはいえ、ここでへらへらした態度で臨んでは男としてのプライドが許さない。忠助は意図的に厳格な顔を作った。

 

「あのよ~、一応聞いておくけど、初対面だよなぁ~?」

「ええ、あなたと会うのは初めてだと思いますよ」

「だったらいったい何の用だよー、今は黙って説明聞くのがいいと思うぜ~」

「そうですね、僕もそう思います。だから声をかけているんです」

「ああ?そりゃいったいどういう意味だよ」

「もう説明終わってますよ、今から移動です」

「げっ!マジかよ、何にも聞いてなかったぜ」

 

 思いを先にめぐらせ過ぎて今に集中するのを忘れていたようだ。気づけば周囲の生徒も着々と移動を開始しており、動かずに座っているのは自分だけだ。

 忠助は慌てて立ちあがると、呼びかけてくれた少女に深々と頭を下げた。

 

「あ、ありがとな!あんたのおかげで助かったぜ、危うく試験受ける前に落ちちまうとこだった!」

「いえ、それより、君は話を聞いてなかったんですよね。試験は大丈夫なんですか?」

「おう、机に置いてあった資料には目ぇ通しといたからよ~、何やるかくらいはばっちりだぜ~」

「そうですか、それじゃあ僕はこれで」

 

 少女はそう言って立ち上がる。忠助の見立て通り女子にしては随分背が高い。百七十は越しているだろう。

 着ているのは忠助同様学ランだが、胸や腹、他にも数か所、テントウムシを模ったアクセサリーが付けられている。そして忠助にとっていちばん目を引くのは、ハート型に広げられた胸元だろうか。

 

 去っていく少女の後ろ姿に、忠助は声をかける。

 

「けっこうよ~、いかした着こなしじゃあねぇかよ~」

「見え透いたお世辞は結構です、無駄な時間になりますから」

「気分悪くしたなら謝るぜ~、けど言ってることは本心だ、特にそのハート型に開けてんのがいいぜ、ハート型ってのがよぉ~」

「……あなたは、おかしな人ですね」

 

 少女は忠助のほうを振り返ると、その頬をほんの少し緩めた。

 全体的に影のある印象の彼女だが、微笑みを湛えればそこらにいる女の子と対して変わらない。

 忠助は、若干馬鹿にされたことすら気に留めず、少女に微笑みを返した。

 

「東方忠助」

「え?」

「俺の名前だ、あんたの名前も教えてくれねえか?」

「……止めておきましょう、まだ受かってもない人に名前を教えても、これっきりになる可能性の方が高いですから」

「おいおい、まるで自分は受かることが決定してる……ってな言い方だな」

「それこそ愚問ですよ、落ちるつもりでここにきている人はいない、そうでしょう?」

「……分かったぜ、あんたの名前は、入学したらいの一番に聞いてやっからよ~、抱腹絶倒間違いなしな自己紹介でも準備しとくんだな~」

「ええ、楽しみにしてますよ、ジョースケ」

 

 こんどこそ、少女は歩いて行った。

 無論忠助にもそれを見送ってやる時間などない、荷物をまとめるとそそくさとその場を後にした。

 

 




 名前は出してないけど誰か分かりますか?いや、バレバレまであるか……。


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雄英入試 その②

 割り振られた時間内に、試験用のロボットを倒してポイントを稼ぐ。

 言ってしまえば雄英の入試はそれだけだ。当然言葉で言う程それはた易くない。

 ロボを瞬時に見つける索敵力、すぐさま駆けつける機動力、追い詰められてもなお焦らない判断力、そして純粋な戦闘力、総合的な力を求められ、その上他者と競わねばならないこの試験は十分に難関だ。

 

「ま、何とかなるとは思うがよ~」

 

 試験用に作られた疑似市街地のビルを見上げながら、忠助は一人ごちた。

 

「君、随分と余裕だね、僕ほどではないけど」

「あん?なんだぁおめーは」

「青山優雅、ここにいる誰よりも輝いてる男さ☆」

 

 声をかけてきたのは、首の近くにふわふわとした生地をつけたジャージを着た男、腰には仰々しいベルトを巻いている。

 

「青山優雅、ね。で、その輝いてる男が、俺に何の用だ?」

「そうつんけんしないでくれよ、ただの気まぐれさ……それにしても、君も運がいいね」

「運がいい?」

「この人数で戦いになるわけだからね、一人分人数が減るのは小さくない出来事さ!」

「一人、へるだぁ~?早退者でも出たってのか~?」

「ノンノン、あれだよ」

 

 そう言って青山が指をさすのは、胸に手置いて呼吸を必死に整えている緑谷出久だった。

 他の学生たちが話していたことをまとめるに、どうやら出久はさっきの説明の際に他の生徒に態度が悪いと指摘され小さくなっていたらしい。

 その様子を見て侮られているのだろう、彼を見る周囲の目は明らかに出久と同じ会場であることへの安堵が感じられた。

 

「彼もここに来たってことは頑張るつもりなんだろうけど、あの様子じゃどう考えてもムリ☆」

「……そいつぁどうだろうな」

「どういう意味だい☆」

「ま、どう思おうがお前の勝手だがよ~油断してっと、足元すくわれるぜ~?」

 

『ハイ!スタ――』

 

 直後、何の前触れもなく付近の放送器具からプレゼントマイクの声で試験の開始が告げられた。

 ――その音声が収まり切るよりも早く、忠助は動きだす。

 

「うおい!なんだあいつフライングじゃねえか!」

 

 見ていた生徒の一人が放送器具に向かって抗議の声をあげる。

 

『いいや!あれで正解!実際の現場に開始の合図なんてないんだぜー!お利口に待ってる必要なんてないのさー!』

「――くそっ!」

 

 先を越された受験者たちは次々と動き出す。当然だがロボットは無限にわき続けるわけではない。リソースが限られているのだ、動き始める速さは何よりも重要。

 

「あの奇抜な頭の彼はそこまで理解して動いたと言うわけか、負けていられん!」

 

 図らずも後続集団となってしまった人ごみの中にいた眼鏡をかけた体格のいい男子生徒が鼻息を荒くした。

 足に着いたエンジンのような機関も、本人のやる気に連動しているのか温まってきている。

 

 忠助のスタートダッシュに、続くようにして走りだした後続だったが、そのさらに最後尾付近を走っていた緑谷出久は、視線を動かしてロボットを探しながら、いの一番に走りだした学ラン姿の生徒の後ろ姿を思い出していた。

 

(あれって、もしかして――)

 

※   ※   ※   ※   ※

 少年は焦っていた。少年の名前は波立衝(なみたてしょう)

 個性は『衝撃波』右手からしか出せないと言う弱点はあるものの、人間程度なら簡単に吹き飛ばすことができるその個性は、少年の自慢だった。

 幼いころからあこがれ続けた雄英入学も、決して夢ではないとそう思っていた。しかし蓋を開けてみればどうだ。

 

 倒そうとしたロボは横から来た生徒に奪われ――。

 慌てて次のターゲットを探せば、視界に入った瞬間には別の誰かが倒している。

 完全に少年は後手に回っていた。苦し紛れにロボを相手にしている他の生徒に妨害の衝撃波を放てば、それさえもた易くかわされる。

 

 これが、雄英を目指す者のレベル。

 自分とここにいる他の生徒との絶望的な差が次々と明らかになっていく。

 自分のいた中学校では、自分はいつだって上から数えた方が早い成績だった。他の誰かに大きく劣っているなんて考えたこともなかった。

 もともと大した挫折も味わってこなかった衝の心は、生まれて初めて味わう本格的な劣等感に折れかかっていた。

 

 それでも少年の足が止まらなかったのは、一重に言えば憧れのおかげだ。

 テレビや新聞、小説やドラマ、今日び様々な場所で見かけるようになったヒーローへの、憧れ、自分がそこまでたどり着ける位置にまで漕ぎつけているのだという複雑な感情が、周然となって少年を支えていたのだ。

 

 諦めるわけにはいかない、なんとしても諦めるわけには――!

 力を振り絞り、足を動かした衝は、何かに躓いて派手に転んだ。

 

「く、くそっ!なにが――」

 

 大きくすりむいた肘や膝を気にする暇もなく、衝は苛立ち混じりに自分を転ばせた何かを見て――固まった。

 そこにあったのは試験用のロボ、だったもの。

 粉々に砕けたものがほとんどだが、いくつかは奇妙なことに地面や壁と一体化しているように見える。

 そしてそれを成したであろう人物は、廃材と化したそれらのすぐ傍に立っているリーゼントの男。

 

「えーと、これで何ポイントだぁ?四十くらいはいったと思うんだが……合格ラインなんてよくわっかんねぇしなぁ~」

 

 どこからか取り出した櫛で髪を整えながら、リーゼントの男はぶつぶつとぼやいている。しかしすぐに「まぁどうでもいいか」と一人で完結すると、次の相手を探そうと歩き出そうとして、転んだまま呆然としていた衝と目があった。

 男は衝の手足の傷に気づくと、無言で近寄ってくる。その不良然とした姿に、衝は思わず委縮した。

 

「な、なんですか!?直接的な妨害行為は禁止ですよ!」

「そんな意味のねえことするかよ、ほら、怪我してんだろ?見せてみな」

「な、何を――」

 

 男は衝の傷口を押さえている手を無理やりどけた。自分でも気付かなかったが、想像以上に酷く転んでいたようで肘もひざもボロボロになっている。しかも傷口には小石やアスファルトの破片が入り込んでいて、後で治療する時に酷くしみるだろうなと、衝はつい場違いなことを考えた。

 

「クレイジーダイヤモンド」

 

 突然謎の言葉を呟いた男を見れば、その腕から男のものではない別の腕が伸びてきて衝の体に触れたように見えた。

 確信をもって言えてないのは、その腕があまりに早すぎて目視できなかったからだ。それが何だったのかは理解できなかった衝だが、それがもたらした結果は一目瞭然だった。

 

「傷が……治ってる!?」

「もう大丈夫そうだな、じゃあな」

 

 今の今まで体を痛々しく彩っていた傷の数々が、綺麗さっぱりなくなっている。感じていた痛みまでなくなっているおかげで、自分が怪我をしていたのは気のせいだったのかと疑いたくなるほどだ。

 困惑している衝を尻目に、リーゼントの男はさっさと歩いていこうとする。

 

「ま、待って!!」

 

衝は思わずその男を呼びとめた。男は不思議そうに衝のほうを振りかえる。衝は男に向かって、短く問うた。

 

「な、なんで……なんで僕を救けた?僕が動けなくなってた方が、君とっても有利なのに、何で――」

 

 男はその問いを聞いて、後頭部をがりがりと掻きながら大きくため息をついた。

 それは言外に、『そんなことをわざわざ聞くなよ』とでも言いたげな行いだった。

 

「怪我してるやつが目の前にいて、治す力を持ってる。迷ってる時間なんかいらねえ、ただそれだけだ」

 

 その答えを聞いて、おかしな話その話を聞いたせいでといってもいいかもしれない。衝は自分の心がぽっきりと折れる音を聞いた。

 リーゼントの男は、この状況下ですら他人を優先させることができる。もちろんそれを可能にしているのは彼の実力だろう、これだけの短時間でロボの山を作れる彼の能力だろう。

 

――だが、それだけではないのだ。

 たとえばこの男にそんな力などなくても、この男は自分を救けただろう。それは男の目を見ている衝だからこそ分かった、直観のようなものだった。

 自分の利益を投げ捨ててでも人のために動ける、そんな黄金のような精神を目の前の男から感じてしまったのだ。

 

 自分にはない、この状況下で、自分以外のことを考える余裕など、ない。

 その場に蹲ってしまった衝に、リーゼントの男は焦った様子で駆け寄ってきた。

 

「おい!大丈夫かよ、怪我は治したはずだぜ」

「いや、いいんだ。少し、少し疲れちゃっただけだから……ありがとう。もう大丈夫だから」

「…………そうかよ」

 

 暗く淀んだ衝の瞳を見て、男は何かを悟ったらしかった。男はすぐさま衝から背を向ける。冷たく見える対応だが、下手に何かを言われるよりもずっと楽だった。

 お互いにもう言葉はなかった。衝は遠ざかっていく背中を見ながら、自分の夢の終わりを感じていた。

 




唐突に入るモブ視点……あ、彼の登場予定はもうありません、多分。


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雄英入試 その③

※ 注意!
 緑谷微強化の要素があります。


「ああくそ、気にしてる場合でもねえってのによ~」

 

 分かっていたはずだ、受かるのは一部の人間だけ、他は落ちる。

 自分が受かると言うことは、誰かが落ちると言うことだ、分かっていたはずだ、はずだが――。

 

「なんかよ~嫌な気分だぜぇ!!」

 

 正面から現れた二ポイントのロボをすれ違いざまに破壊し、忠助は走る。

 制限時間は十分間、体感時間的にはもうずいぶん経ったように思う。もういつ終わってもおかしくは――。

 

 地響きが、忠助の足に届いた。

 それは徐々に大きさを増していく。徐々に、徐々に、やがて体全体に振動が伝われ程になった時、それは現れた。

 

 市街地のビルをその身で破壊しながら、他のものとは比べ物にならないほど巨大なロボットが、生徒たちの前に現れた。

 

「な、な、な、な、なんじゃこりゃ~~~~~~!?こんなの相手にしろってのかぁ――!?」

 

 プレゼントマイクと飯田のやり取りを聞いてなかった忠助は思わずその場に立ちつくす。顔を歪めながらも、彼は既にこのロボをどうやって相手取るかを冷静に考えつつあった。

 

「正面からじゃあ相手にならねえっ!どっかから上に登って――」

「何をしているんだ君!早く逃げないか!」

「ああ?逃げるぅ?」

「君は説明の時に何を聞いていたんだ!あれは倒してもポイントにならない、ただの障害物だと先生が言っていただろう!?」

 

 近くにいた眼鏡をかけた生徒――飯田――が、懇切丁寧に、身ぶり手ぶりまで含めて忠助に状況を説明してくれる。

 

「なるほどな、どうりで皆逃げてるわけだぜ、ありがとな、助かったぜ~」

「い、いいから早く逃げたまえ!」

 

 普通の人間ならば恐怖に逃げ惑うだろう場面にも関わらず、どこか呑気な忠助の態度に飯田は調子を崩されながらも叫んだ。

 忠助も流石に何のポイントにもならない相手と戦って時間を潰すのはごめんだ。急いでその場から退避しようとして――見つけてしまった。

 巨大ロボの足元に、瓦礫に足を挟まれて逃げ遅れた女子生徒がいることに――。

 

「……ったく、見捨てて逃げるわけにも、いかねぇよなぁ~~~~~!!」

「おい、君!?」

 

 飯田の制止も聞かずに駆けだした忠助の真横を、誰かが通り過ぎた。

 その見覚えのありすぎる後ろ姿に、忠助は目を見開く。

 忠助の横を駆け抜けた緑髪の影は、駆け抜けた勢いを殺さないまま全身全霊を込めて、跳んだ。

 

 一瞬でロボの眼前まで跳んだその影を、忠助は眩しそうに眺めている。

 自分の知っているあいつにあんなことができるわけないとか、そもそも危険だとか、そんなことは一切気にならず、忠助は自分でも無意識のうちに呟いていた。

 

「変わんねぇな……お前はよ~~」

 

 響き渡る『SMASH!』の掛け声とともに、巨大ロボは機体をひしゃげさせて沈黙させられた。

 

※   ※   ※   ※   ※

「――っっつぅ~~~~~~~!!」

「だ、大丈夫?どこか怪我した?」

「あ、いや、大丈夫、です……」

「で、でもめっちゃ汗だらだら出てるよ!?顔青いよ!?」

「大丈夫、だから――」

 

 落下のことを一切考えてなかった出久は、女子生徒――麗日お茶子――の『物を浮かせる個性』のおかげで無事に地上に戻ってきた。

 辺りを囲んでいるのは、一部始終を見ていたせいでその場を動けないくらい唖然としている生徒たちだ。

 

 そして状況は良いとは言い難い。付け焼刃の『ワン・フォー・オール』はやはり出久の体を大きく痛めつけていた。

 出久は幼少期より忠助との約束を守るために一心に体を鍛えてきた。それに加えてこの十ヶ月はオールマイトの指導を受けて、死ぬような思いで体を痛めつけてきた。

 ――それでも、それでもまだ足りないのか。

 

(いや、違う!後ろ向きになるな、酷く痛むけど折れてはない、多分ヒビですんでる。きっと鍛えてたおかげだ、だからこれから、全部これからだ――!)

 

 その為にも、今は動かねば――。

 痛みと悔しさで滲んだ涙をごしごしと擦る。

 死ぬほど痛いが我慢すれば動ける。動けなくても動いて見せる。だから時間の限り悪あがきをせねばならない。

 

「ごめん!僕もう行く……ます」

「ええ!?絶対休んだ方がいいよ!やっぱりひどい顔色だよ!?」

「で、でも、せめて一ポイントだけでも――」

 

 心配して止めてくれる麗日をかわして、出久は痛む足を引きずりその場から離れようとして――きりきりという嫌な音を聞いた。

 バッと頭上を見上げる。そこにあるのはつい今しがた自分が破壊したロボット、その場に直立する形で機能を停止していたそれの、巨大な装甲が今まさに取れかけていた。

 数センチの接着面だけで耐えていた装甲板は、ついにその自重に負けて落下する――出久と麗日目掛けて。

 

 破片のくせに大き過ぎる、自分たち二人を押しつぶすには足り過ぎている。

 

(どうする!?もう一発耐えれるか……無理だ!でも――)

 

 極限状態で加速した思考の中、出久の決断は早い。

 元より、迎え撃つしかないのだから――。

 万が一を考えた時、隣に立つ女子生徒だけは絶対に守らねばならない、出久は万全を期すために無事な左腕に力を込める。

 上手くいってもいかなくても、これで試験は絶望的だ。それでも、構わない。

 

 左手を力強く握りしめようとした出久の隣に誰かが立つ気配があった。麗日ではない。背丈が違いすぎる。

 というよりも、それが誰なのか、もはや確信に近いものが出久にはあった。

 

「よお~イズクぅ、おめー、やっぱかっこいいじゃねーか」

「じょう、すけ……?」

「今度は俺の、出番だぜぇっ!!――クレイジー・ダイヤモンド!」

 

 忠助の叫びと共に、彼の体が輝き始める。

 視覚化される程のエネルギーを纏った忠助の体から、そいつは現れた。

 それは一見人間に見えた。しかし頚部から幾重にも伸びているチューブや、体のあちこちにあるハートをあしらったような装甲が、機械のような印象を与える。

 それでも、甲冑のような被りものの隙間から見える瞳は、本体である忠助同様、強い意志を感じさせるものだった。

 

 生命のエネルギーを、感じさせるものだった。

 

「スタンド型の個性!?」

 

忠助に先を越された形で、離れたところから見ていた飯田が驚愕の声をあげる。

 それをゴング代わりに、現れたクレイジーダイヤモンドがすぐそこまで落ちてきていた装甲板に突進した。

 『ドラララララララララララララララ!!』という掛け声とともに数十発じゃきかない拳が叩きこまれる。

 しかし――。

 

「だ、ダメだぁっ!!壊れてねえ!」

 

 遠くから見ていた学生が悲鳴をあげる。

 その言葉通り鋼のように握りしめられた拳でも、分厚すぎる装甲を破壊するには至らない。落下を止めることすらできていない。

 絶体絶命の危機の中、忠助の顔に浮かぶのは――笑み。

 

「壊すぅ~?違うな、直すんだぜっ!!」

 

 直後、落下していた装甲板が空中で静止した――かと思えば次の瞬間には落ちてきた方向へと上昇していく。

 見ていた全員が呆然と装甲板を見上げる中、装甲板は巨大ロボの表面に張りつくと、新品同然の状態に戻った。

 

「じょ、忠助……」

 

 一番最初に動き出したのは出久だった。

 当然だ、だってこうなることがよく分かっていたから、驚きなんてないのだ。

 出久は足を引きずりながら、返事を返さない幼馴染へと近寄りながらもう一度声をかける。

 

「忠助――」

「クレイジーダイヤモンド!」

「ぐぁえぇぇ!?」

「うええ!?なんで!?」

 

 完全に不意打ちだった、のこのこと寄ってきた出久の腹にクレイジーダイヤモンドの拳が突き刺さる。

 数メートル転がっていく出久を見ながら、すぐ傍で見ていた麗日が驚愕の悲鳴を上げた。

 しかし殴られた出久はすぐさま立ち上がると、青白かった顔色が嘘のように血色のいい顔を歪めて、忠助に突撃した。

 

「ちょっと!?何で殴るのさ!?」

「悪い、手加減間違えちまってよ~、反省してるぜ?」

「絶対嘘だ……」

「ったく、お前のせいで俺の再会プランがよ~、台無しじゃあねえか」

「な、何の話……?ていうかやっぱりわざとやったんじゃないか!」

 

 脱力したように大きく肩を落とした出久は、しかし次に顔を上げた時には、嬉しさと、懐かしさとが混じったような笑みを浮かべて、目には涙を浮かべた。

 忠助はその様子を見て、笑いながらその頭を小突く。

 

「泣き虫は治せなかったみたいだな~、昔っから失敗してっけどよ~」

「ほっといてよ……久しぶり、忠助」

「おう、久しぶりだな」

 

 指し出された手と手ががっちりと組まれる。五年ぶりの再会は、忠助の予定とは大きくずれたが、十分にドラマチックだった。

 そして――。

 

『終~了~!!』

「あ……」

 

 聞こえてきたアナウンスに緑谷出久は再び顔を青くした。

 




 具体的には緑谷の強化具合は、一発なら全力攻撃にも耐えらえれる(但しだいぶ大きな亀裂が骨に走る)といった感じです。二発目を打つと原作と同レベルのダメージを受けます。

 あ、お手数おかけしますがもしも誤字ありましたら、ぜひ報告お願いします。

 続きはかけたらまた!


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合格発表

※注意※
 雑誌の方で出たばかりの単語やら設定やらを本編で使っています。単行本派の人はお気をつけてください。


 スタンド型の個性、その存在が確認されたのは第三世代、所謂今を生きる少年少女たちの祖父祖母の世代だった。

 その特徴は『スタンド』と呼ばれる精神力を糧にしたエネルギーの像を作り出せること、そして能力が非常に独特なものが多いということ、他には突然変異的に発生するもので、両親の個性などに左右されないことなども挙げられる

 とはいえ親族にスタンド型がいれば生まれる確率は高くなるので、あくまでそうでない家庭からでも生まれる可能性もあると言う話だ。

 

 元来個性というのは大まかに三つに分類されている。

 任意のタイミングで使用するか否かを選べる『発動型』

 自身の意志で肉体を変化させる『変形型』

 生まれた時から常時個性が発動状態になっている『異形型』

 あとは、上記三つの特徴の内二つ以上を持っているものを『複合型』という。

 

 スタンド型と呼ばれる個性は、発見当初発動型の一種と考えられていた。

 能力こそ独特であるものの、それ以外には取り立てておかしいところなどなかったからだ。自分以外の生き物を体内に宿している個性などが、少数ながら既にいたことも勘違いを生んだ遠因かもしれない。

 

 それが大きな間違いであると分かったのは、ふとしたきっかけだった。

 スタンド型の個性が散見されるようになって数年後、一人のスタンド型の個性の持ち主が交通事故にあって病院に運ばれた。それなりに大きな事故だったらしい。

 その彼はその時まで大きなけがも病気もしたことがない人間で、安全面を考慮して治療の前に複数の検査が行われた。

 

 その最中だった、検査に携わった一人の医師が異変に気づいたのは、個性が生まれてから検査の項目に含まれるようになった一つの項目、即ち『個性因子』

 人間の体に『個性』を発現させるその因子が、極端に少ないのだ。それこそ、無個性の人間に近いと言ってもいいくらいには――。

 

 通常、個性因子とは『無個性』の状態からかけ離れていればいるほど、検査での値が高くなりやすい。

 物を引き寄せる発動型の個性よりも、全身が生まれた時から岩のようになっている異形型の個性を持っている人の方が、明らかに値は高くなりがちなのだ。

 

 ここで疑問が生まれた。

 体内から別の生命体――この時はまだ精神エネルギーのヴィジョンだとは思われてなかった――を生み出すなんてあまりにも人間からかけ離れた個性の持ち主の個性因子が、無個性の人間に近いなどということはあり得ない。少なくとも当時の医学的見地からすれば――。

 

 当時の研究者たちが頭を悩ませ、知恵を絞り出した結論は非常に革新的なものだった。

 個性因子が『肉体』に深く影響を及ぼしたものが、異形型とするならば。

 個性因子が『精神』に深く影響を及ぼしたのものこそが、スタンド型なのではないかと――。

 

 しばらくして、本人の精神状態とスタンド型の能力の出力との間にかかわりが見受けられて、この説は信憑性を帯びてきた。

 そこからの研究は非常に熱心に勧められたといえるだろう。それはそうだ、もしもこの仮説が本当だとすれば、スタンド型の個性を使っている最中に、個性因子が活発に働いている部位を発見できれば、人間は科学的に、完璧な形で証明できるのだ。

 精神の、心のありかを――。

 

※   ※   ※   ※

 本当に突然のことだった。

 入試が終わった後、東方忠助は何事もなく家に帰った。家とは言っても家賃格安の風呂なしアパートだ。築何十年なのか分からない、もはや法律に抵触するのではないかと疑わざるを得ないボロさだ。住人も話を聞く限り忠助ともう一人しかいないらしい。

 しかしこれも仕方のないこと、悲しいかな母子家庭である東方家の財力では、入学金に回す分を捻出するので精いっぱいだったのだ。

 

 ゲームが趣味の忠助にとって、テレビさえ持ち込めないのは辛いものがあった。もっといえば壁の薄さゆえにもう一つの趣味である音楽鑑賞も封じられている。

 こんな場所で洋ロックなんぞ流そうものなら隣の住民の拳が、壁を突き破って出てくるだろう。

 

 仕方なく柄にもなく読書なんてものをして暇を潰していたある日の昼下がり、突然それはやってきた。

 きっかけは窓の外で車の止まる音を聞いたことだ。続いてアパートのぼろぼろの階段を上がってくる複数の足音、こんな場所に配達など珍しいと首を傾げていると、突然部屋の扉が大きく開けられた――勿論鍵なんて気の利いたものはない。都会とは思えない――

 

「おうわっ!?なんだよあんたら!?」

 

 忠助の驚愕の声に耳も傾けず、入ってきた黒ずくめの男たちはてきぱきとした動きで、部屋の中に何かを組み立てていく。

 あっという間に完成したのは、薄型のテレビだった。

 茫然と見ていた忠助の横で、コンセントを探していた一人が、部屋の隅に見つけたコンセントにプラグをさした。

 

「おいおい、勝手に電気使ってんじゃねえぜ、こちとら毎月かつかつなんだからよー!」

 

 怒りを覚えるポイントがずれている気もするが、忠助は困惑と怒りに顔を歪めて、男に掴みかかった。

 途端、忠助の視界がぐるりと一回転する。投げられたのだと気づいた時には地面に転がされていた。

 痛みはないが、こんなにもあっさりと無力化されたと言う事実に頭が追い付かない。

 

 そうこうしているうちに、黒ずくめの一人が忠助の目の前で、手にしたリモコンをテレビに向ける。 

 テレビのスイッチが入ると同時に、その画面にでかでかとある人物が映し出された。

 

『わ~た~し~が~映った!!』

 

 この画風を間違えたような顔面、スーツがはち切れそうな肉体、見間違える筈もない。何せ子供のころから飽きるほど見させられてきた。

 忠助はため息交じりに画面に映った人物に語りかける。

 

「これ、こっちからは聞こえてんすか、オールマイト?」

『ああ、勿論だとも!』

「だったらよぉ~俺にのしかかってるこの人たちに退くように言ってくれませんかねぇ、あんたの知り合いっすよねぇ~?」

『あ、ああすまない、サプライズのつもりだったんだが、思ったより受けていないようだね』

「どこの世界にいきなり部屋に飛び込んできた黒づくめの連中を歓迎する高校生がいるんすか、恐いだけですよ」

『それはすまない、皆撤収だ!』

 

 オールマイトのその言葉に、忠助を抑えつけていた男やその他の黒づくめたちがぞろぞろと部屋から出ていく、みんな一様に申し訳なさそうに一礼してから帰るところを見ると、指示されただけだったのだろう。気の毒に。

 

「……で、こんな良く分らないサプライズまでかまして、俺に何の用っすか?」

『相当腹に据えかねているようだね……』

 

 大きな体を小さくするオールマイト、知ってはいたが随分気さくというかコミカルというか、良くも悪くも見た目と印象が違うと言うか……。

 

「……怒ってるわけじゃないですから、早く話を進めましょう」

『そうかい?それなら、単刀直入に言うのだがね。私が今年から雄英の教師になったと言うのは知ってるかな』

「ええ、よく知ってますよ。どこもその噂でもちきりじゃないっすか」

『それでね、今年はサプライズも兼ねて合格者には私自ら合格発表をしているのだよ。ま、言いかえれば体よく使われてるってことだね!!』

「ってことは、俺合格っすか?」

『ああ、撃破ポイントもレスキューポイントも高水準、極めて優等生だ。』

「レスキューポイント?」

『ああいやこちらの話だ、それとも評価の内容を詳しく聞きたいかい?』

「いいや、興味ねっす」

 

 評価に関わることというなら無理に聞いても学校を困らせるだけだろう。それに大事なのは合格したと言う事実だけだ。他人の順位も自分の順位も正直対した問題ではない。

 そういえばと、忠助はダメもとでオールマイトに訊ねた。

 

「あの~、オールマイト?ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

『うん!?私の身長かね、それなら――』

「二二〇センチ、ついでに体重は二七四キロですよね」

『お、おおぅ、よく知っているね君……体重は公式発表のものだが』

「うん?なんか言いました?」

『いいや、それで私のプロフィールでないのなら君の質問とは何かな?』

「緑谷出久って生徒、合格しましたよね?」

 

 その言葉に、オールマイトの笑みが凍りついた。

 とはいえ彼もヴィラン荒れ狂う世界の中でナンバーワンヒーローとして生きてきた男である。表面上にはそれをださないようにすることくらい朝飯前だ。

 オールマイトは浮かべた笑みを崩さないまま逆に忠助に尋ねる。

 

『……何故、それを私に訊くんだね?』

「オールマイトにって言うか、先生なら知ってるかなと思っただけなんすけど……俺の幼馴染なんで」

『なるほど、そう言うことだったのか。しかし申し訳ないが生徒の個人情報を漏らすわけにはいかないんだよ』

「そりゃそうか、すみませんっす、無茶言って」

 

本音を言えば出久も、その母親である引子も聞いたのが自分であると知れば文句は言わないと確信しているが、それをオールマイトにわかれと言うのはそれこそ無茶な話だ。

それに、あいつは受かっていると言う確信が忠助にはある。今訊いたのは教えてもらえるなら教えてもらおうと思っただけだ。

 

「それで、合格発表だけっていうなら用はこれで終わりっスよね?この為だけに四十人分こんな事するなんて流石雄英って言うか――」

『おっと、本題を忘れるところだった。』

 

 画面の向こうのオールマイトはぽんと手を打つと、短く咳払いをして話し始める。

 

『実はね、今年のヒーロー科合格者は四十人じゃないんだ』

「……俺が知ってる情報だと、二クラスで各クラス二十人って話ですけど」

『今年は少し事情があってね、Aクラスだけ二十二人なんだ』

 

 その言葉に忠助は首をかしげた。

 合格者が二人増えると言うのは、学校の都合と言われれば納得するが、それならば各クラス一人ずつ増えた方がいいのではないだろうか、人数のバランス的に。

 

『君言いたいことは分かる、何で片方のクラスが二人多いんだってことだろ?』

「まぁ、そうですね、言い辛いことって言うなら聞きませんけど」

『答え辛いと言うほどでもないさ……といっても情けない話でね、単純に決めた順番のせいでそうなっただけなんだよ』

「順番~?順番で人数が変わったって言うんですか」

『二クラスとも二十人までは順調に決まっていたんだ、しかし最後の二人になったところで諸事情会って議論が白熱してしまってね……それが、君ともう一人なんだけど』

「お、俺っすか~?そりゃまたなんで」

『詳しい事情は入学した時に説明する、とにかく君ともう一人の処遇で悩んでいたんだが、とある先生からの要望でね、二人とも同じクラスにしてほしいと、それで二人とも同じクラスになったんだが、他の生徒はしっかり決定した後だったから、動かすのも面倒だと言う話になってしまってね』

「おい」

『そう怖い顔をしないでくれたまえ、私も初めて知ったんだが、先生ってこの時期めっちゃ忙しいんだ……』

 

 そう言って溜息をつくオールマイト、忠助自身、別にそれで困ることは何もないので別に構わないと言えば構わないのだが、しかし、それを告げるためだけに自分の所にテレビ電話なんぞを用意したのだとすれば、やはりやり過ぎな気がしないでもない。

 と思っていると、話はこれで終わらないらしい。

 

『それでだね、東方少年、話はこれから何だが』

「まだ何かあるんですか、今年立て込みすぎじゃないっすか?」

『いや、これで本当に最後だ。実は少し学校側で手違いがあってね、制服の発注を間違えてしまったようで、君ともう一人の制服の到着が、しばらく遅れそうなんだ。だからしばらくは中学の時の服装で来てくれたまえ』

「はぁ……」

『では以上だ、君に会えるのを楽しみにしているよ!東方少年』

 

 ブツンと、真っ黒になった画面に映る自分の呆れ顔を見ながら、忠助は自然と呟いていた。

 

「やっぱりよ~、手紙で済む話じゃあねえかこれ?」

 




 合間を縫って書いているとは言え一ヶ月かけたクオリティではない……しかし深く考えると尚更筆が止まってしまうので、そのうちゆきちゃっぴーは考えるのをやめた。



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偶然の再会

 郷に入れば郷に従えとはいうものの、学ランとヘアスタイルは忠助のこだわりだ。だから今回の話は渡りに船と言っても良かった。もとより学ランは断腸の思いで我慢するつもりだったが、髪型について文句を言われようものなら校長との直談判も辞さない覚悟だ。

 

(制服の到着が、遅れてくれっとたすかんだけどよ~~)

 

 いつもどおり朝六時に起きてヘアスタイルを整え、朝八時には家を出る。これが今日からの忠助の日常になる。

 扉を開けると足元はベニヤ板かと疑いたくなるほど薄い。最悪壊れた傍から直せば進めないことはないが、遠慮願いたいところである。

 

 いまにも穴のあきそうな足場を通り、今にも崩れそうな階段を下り、今にも倒れそうな塀を尻目に、忠助はアパートを後にした。

 彼のアパートがあるのは、街の中でも簡素な住宅街だ。通勤時間だというのにあまりにも人と出会わない。

 

 その都合かはわからないが、話を聞くとほかの地区よりも少しばかり治安が悪いらしい。その程度ならば一切気にならないと思った忠助は何一つ気にすることなく、ただ値段の身で住居を決めたわけだが、今早速目の前に広がる光景に後悔し始めていた。

 

「おうおう姉ちゃんよぉ、兄貴の誘いを断るってのはどういう了見じゃい!!」

「兄貴はのう!このあたり一帯を完全に掌握しとるお方なんぞ!逆らったらこのあたりで住めんようにしちゃるけえのう!!」

 

 三人の大柄な男が、話を聞く限り女の子を囲んで脅しているらしい。まさかこんな時代錯誤なチンピラとお目見え願えるとは、忠助は深々と嘆息した。

 それにしても、体格だけはいい男三人に囲まれているせいか、中にいる女の子の姿が見えない。さっきから声も聞こえないところを見ると、恐ろしさで固まっているのかもしれない。

 

「グレート、初日から遅刻なんて笑えねえってのによ――」

 

 しかしながら、無視するわけにもいかないというのがヒーロー科の辛いところだ。鞄を肩に下げるように持ち直すと、三人の大男のうちの一人に声をかける。

 

「あの~」

「ああ?んだコラ!!」

「いや、何がどうってわけじゃないんすけど、さっきから女の子怖がってるみたいだし、その辺にした方がいいんじゃないっすかねぇ」

「なんじゃい貴様は!関係なんじゃからすっこんどかんかい!!」

 

 スキンヘッドの男が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。隣にいる金髪のオールバックも同様に顔を怒らせる。

 唯一何のリアクションもなくじっとしているのは、三人の中でも一際大きい――忠助よりも頭一つ分はでかい――男だけだ。

 

「喧嘩うっとんのならそう言わんかいわれぇ!!買っちゃるど!」

「い、いや、誤解しないでほしいっす、俺はただ穏便に終わらせたいだけで――」

「穏便だぁ?いきなり声かけてきといて訳の分らんことをいっとるのう、ワシらはただこの女の子とお茶しよう言うとるだけじゃろがい、これが脅しか?」

 

 怒鳴り散らすスキンヘッドとは対照的に、オールバックは多少冷静さが残っているらしい。どうにかしてこの突如現れた邪魔ものを遠ざけようと、厭らしく笑っていた。

 忠助は普段からできるだけ怒らないように努めているつもりである。しかし、年相応に腹の立つことくらいはある。

 例えば、自分の悪事を言葉で誤魔化そうとする輩は、見ていてひどく腹が立つ。

 

「怖がって声も出せなくなるほど女を追い詰めるのが、都会のお誘いってもんなんすかねぇ~?こちとら田舎もん何でわかねえんだよ」

 

 その言葉に、男たちの顔色がさっと変わった。明らかな侮辱を受けたと、理解したのだ。スキンヘッドは忠助に歩み寄ると、その胸倉を思い切りつかみ上げた。

 開いた片方の手は、スキンヘッドが固く握った瞬間に表面が鱗のようなもので覆われた。硬化系だろうか、忠助はそれを冷めた目で眺める。

 

「てめえ、覚悟はできてんだろーな、今からこいつでてめえの面をずたずたに引き裂いてやるぜ?」

「離しなよ。学ランに皺よっちまうだろ?」

「服の心配してる場合かぁ――!今からてめえの面をずたずたにするって言ってんだろぉー!!」

「それは今聞いたぜ、セリフ考える脳みそもねーのかこのタコ!」

「てめー、ぶっとばしてやる!!」

 

 スキンヘッドは顔を真っ赤にして腕を振り上げる。しかしその動きは酷く緩慢だった。見た目だけで喧嘩慣れしているわけではないのかもしれない。

 忠助は内心、少し安堵した。これなら個性を使わずに納められそうだ、遅刻の上に個性の無断使用なんてばれようものなら初日から停学をくらう可能性がある。

 

 しかし、その腕が振り下ろされる前に、新たな声がその場に響いた。

 

「一つだけ訂正させてもらうと、別に怖がっていたわけじゃありませんよ、ジョースケ」

 

 この場にいるのは、チンピラ三人を除けば忠助だけだ。それ以外の声が聞こえる可能性はあとひとつしか無い。

 忠助は、スキンヘッドが動いたおかげで開いた隙間から、その向こうにいる人物を視認した。

 あの黒髪と、特徴的な学生服は、一度見たら忘れもしない――。

 

「あ!おめー、入試の時の!」

「久しぶりですね、ジョースケ。こんなに早く再会するとは思ってませんでしたが」

 

 淡々とした無表情で言葉を返すのは、入試の時に忠助に声をかけてくれた女子生徒だった。

 予想外の再会に驚きを隠せない忠助に、相手は薄く微笑むと、ぽかんとしている男たちの間をすり抜けて、忠助の隣まで歩いてくると、忠助の胸倉を掴むスキンヘッドの手を丁寧にはがしてから、何事もなかったかのように会話を再開した。

 

「それにしても、こんなところで何をしているんです?」

「あ、ああ、アパートがこのへんなんだよ」

「奇遇ですね、僕もです」

「おう、そうかよ……」

 

 歯切れの悪い答えを返す、忠助に生徒は首をかしげた。

 ちなみに言っておけば、忠助の返答がイマイチしっかりしていないのは、女子生徒のあまりにマイペースな行動について行けてないこともあるのだが、それよりもむしろその服装が、学生服であることが問題だった。

 

(……あれだけ大物って雰囲気出しといてよ~、落ちちゃったのか?こいつはちょっと気まずいぜ)

「……こいつあれだけ大物ぶった態度でいたのに、あっさりと落ちてやがる、君は今そう思ってますね?」

「はぇっ!?な、なんで――」

「顔に出やすいって、よく言われませんか?」

「あ、えっと……わりーな、気分悪くしたんなら謝るよ」

「いえ、気にしないでください。勘違いに腹を立てるほど、心は狭くないつもりですから」

「勘違い?」

「ええ、僕は落ちてません。しっかりと合格しましたよ」

 

 じゃあ何故制服を着ていないのか、と問いただしそうになった忠助は、ふと自分が来ている服もそうでないことを思い出し、すぐさま状況を理解した。

 

「おめーか~~!?制服が間に合わなかったもう一人ってのは!」

「やっぱり、君も合格していたんですね」

「あったりめーよ、あの程度で落ちてやれねえって」

「何となくですけど、こうなることが予想できていたんです。二人とも受かるだろうなって」

「正直俺はもう一回会えると思ってなかったけどな」

 

 もはや周囲の状況も忘れて話し込む二人に、三人組の肩がプルプルと震える。

 和気あいあい、というには盛り上がっていないが、自分たちがいくら話しかけても一切返事もしなかった女が、突然現れた男と仲良く話をしている光景は、三人組の怒りに見事に触れてしまったようだ。

 

「なにシカトしてくれとんじゃこら!!」

 

 スキンヘッドが振り上げたまま降ろし所を失っていた腕を忠助の後頭部に落とす。

 忠助は、そちらに目もやらすに半身でそれをかわすと、振り返りざまにスキンヘッドの腹に靴底を叩きこんだ。

 

「人が話してる最中に、邪魔するんじゃあねえっすよ」

「この野郎!」

 

 口をパクパクさせながら地面に倒れ込む仲間を見て、頭に血が上ったオールバックが手の甲からカッター程度の刃を出しながら、突撃してくる。

 忠助は、その場で一回転するとオールバックが突っ込んできたタイミングに合わせて両手で持っていたカバンの角を顔面に叩きつけた。

 鼻血で線を描きながら、オールバックが沈む。

 

「動くな」

 

背後から聞こえた声に振りかえれば、そこには女子生徒の首筋にナイフを突きつける大男の姿があった。

 さっきまでもう少し離れた所にいたはずだが、移動系の個性か、それとも姿でも消したか。

 どちらにせよ、面白い状況ではないのは確かだ。

 

「この女の顔に傷をつけられたくなかったら、何も持たずにこっちまで来い」

「おい止せよ、刃物なんか出したら冗談じゃあ済まねえぜ」

「いいから来い!」

 

舌打ち交じりに、忠助は手に持った鞄を捨てた。

 別にカバンがメインウェポンと言うわけでもないので痛くも痒くもないが、こうなれば無断使用が云々言っている場合でもない。

 忠助はいつでもクレイジー・ダイヤモンドを出せるように準備をしながら、ゆっくりと男に近づいて――

 

「来る必要はないですよ、ジョースケ」

 

 一歩目で止められた。

 

「……いま、なんつった~?」

「来なくてもいいと言ったんです。今度は聞こえましたか?」

「おい!何勝手に喋ってるんだ、死にたいのか!?」

 

ナイフを首元に押し付ける大男、女子生徒の首筋に薄い赤線が引かれる。

咄嗟に動きそうになった忠助は、自身の体が傷ついていることさえ一切気にしていないかのような、その瞳の奥に宿る底知れない何かに立ち止まった。

 それは強いて言葉にするなら、『覚悟』とでもいうべき何か、それだけでは済まない何かだ――。

 

「あの、貴方は分かってやってるんですよね?」

「あ、ああ?」

「そのナイフを引いたら僕が死ぬということを分かって、こう言うことをしているんですよね。だったら貴方は、覚悟をしている人ということですよね」

「な、何を言ってやがるんだぁー!?死にたくなけりゃ黙れっていってるだろうが、このガキが!!」

「死ぬような思いを、逆にしなくちゃいけない、その覚悟をしている人ですよね」

 

 微妙に、そして致命的にずれている会話が大男の神経を逆なでにしていた。いや、一番癪に障るのは目だ。ただの子供のくせに、この世の暗いところを全て知り尽くしているような目、この目が気に入らない。

 

「もういい!話を聞かなかったのはお前らだーっ!」

「おい!何しよーとしてやがんだてめー!!」

 

 大男のナイフを持った手に力がこもる。

 流石に見ているわけにもいかない、十分に射程距離内だ。

 クレイジー・ダイヤモンドで大男を殴りつけようとした忠助は――女子生徒の足がダブって見えたことに気づいて動きを止めた。

 

 次の瞬間だった。何かが男の足元のアスファルトを大きく捲った。

 離れて見ていた忠助だからこそ、その正体が分かった。

 木だ。すさまじい勢いで成長を続ける木が、アスファルトをめくってまだ成長を続けている。

 大男が気づいた時にはもう遅い、一直線に伸びた木は寸分の狂いなく――男の股間に直撃した。

 

悲鳴をあげることすらできず、男が泡を吹いて倒れる。

忠助は知らず知らず、手で股間を押さえていた。

 

(こ、こいつ、グレートにえげつない女だぜ~)

「なにをしているんです?早くいかないと遅刻してしまいますよ」

「あ、ああ、そうだな……っと、忘れるところだった。おい」

「はい?」

「クレイジー・ダイヤモンド!」

 

目にもとまらぬ速さで伸びたクレイジー・ダイヤモンドの手が、女子生徒の薄く切れた首筋に触れる。

女子生徒が驚いて目を見開いている間に、傷はきれいさっぱりと消えていた。

 

「ほら、これでもう大丈夫だぜ。女が肌に傷残すもんじゃねーしな」

「……あなたも、スタンド型だったんですね」

「おうよ!そういうお前もスタンド型だろ?木ぃ生やす能力ってのはおもしれぇじゃねーか。シンリンカムイみたいでよ」

「ありがとう、ございます」

「気にすんなこのくらい、えっと――そうだ、そういや名前まだ聞いてなかったな。入学したら教えてくれるんだろ?」

「そんな約束をした覚えはないんですけどね……でもいいですよ。拒む理由もないし、何より貴方はいい人そうだ」

 

女子生徒は、掴まれたせいで乱れていた制服を整えると、忠助の眼をまっすぐに見据えて自らの名前を口にした。

 

「汐華、汐華春乃、それが僕の名前ですよ、ジョースケ」

 




 いやですね、なんで汐華(名前は誤字じゃないですよ)の方の名前で出したのかってことについては一応理由があるんですよ?この先本編で言うかも知れないのでここでは深く触れませんが……。

 あと女子にしてしまったのは、単純にクラスの男女比を整えたかったというだけの理由です。じゃあジョルノじゃなくて他の女キャラ出せばいいじゃんという話なんですが、ほら、あの、自分例のゲームでのジョルノと仗助の掛け合いがほんと大好きで、どうしても一緒に出したかったといいますか……勘弁!


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個性把握テスト その①

 走る、走る、走る。

 廊下は走らないようにしましょうと言っていた小学校の先生の言葉は忠助の頭の中からは消え去っていた。

 走って、走って、誰もいない静かな廊下に大きな足音が響き渡る。そこまで全力で走ってやっと目的地の扉が見えてくる。

 待ち焦がれたゴールだ。忠助は走った勢いも殺さぬままに引き戸に手をかけて力いっぱい扉を開いた。

 

「ギリギリ、セーフだぜ!」

 

叫びながら飛び込んできた忠助を見て、「あ!」と同時に声を上げたのは数人。

言わずもがな緑谷出久。

 出久が入試の時に救けていた女子、麗日お茶子

 同じく入試の際に少しだけ話をしていた飯田天哉

 だがいちばん目を見開いているのはその誰でもなかった、お世辞にも良いとは言えない態度で机に足を乗せるように座っていた、目つきの悪い少年、爆豪勝己だった。

だが、当然息を切らしている忠助にそんなことを気にしている様子はない。

 

 ただ間に合った事実を噛みしめるように、肩で息をしながら時計を見上げる。

 

「間に合ったぜ!」

「間に合ってないぞ」

 

一斉に自分に集まる視線、それは教壇に立つ男のものも含まれていた。

 一歩及ばなかったらしい。忠助は一か八か時計を指さしながら担任であろう男――相澤消太――に直訴する。

 

「先生!時計見てほしいっす、まだ十二秒ありますよ!」

「時間ぎりぎりでしか行動できないということを入学初日から周りに晒すのは、合理的でもなければ先見性もない行いだな。制服の件は聞いてる、さっさと席につけ東方、あと廊下で走るんじゃない」

「は、は~い……」

 

 鋭い視線と共に、あっけなく言い負かされた忠助は肩を落として自分の席を探した。

 そんな忠助の背後から、浅いため息と共に教室に入ってくる人影がある。

 

「だから言ったでしょう、走っても間に合わないって」

「し、汐華……」

「先生すみません、道に迷ってしまい遅刻しました」

「はい、以後気をつけてね。早く座って」

 

 その淡々とした態度に、自分も素直に謝っておくべきだったかなと反省しながら、忠助は自分の席に向かった。

 二十二人と言う実に中途半端な数のせいで、二列目と四列目だけ一席多いといういびつな席順になっていた。

 忠助の席は、ちょうど緑谷出久の前だった。自分を見て嬉しそうに小さく手をふる出久に手を振り返し、忠助は自身の席に着いた。

 

 そして、自分の前の座る人物の後頭部に酷く見覚えがあることに今更ながら気づいた。

 

「勝己?おめー勝己じゃねえか!」

「……黙ってろ、ぶち殺されてえのかチュースケ」

「じょうすけだっつってんだろ、いい加減に素直に俺の名前呼べよ――なっ!!」

 

 旧友との再会を喜ぶ忠助のこめかみに、高速で飛来したチョークが直撃する。

 痛みに顔をしかめる忠助は、相澤が氷のように冷たい目で自分を見ていることに気づくと、額から汗を垂らした。

 

「遅刻の上に私語とはいい度胸だ東方、帰りたいなら今すぐ帰っていいんだぞ?」

「す、すみませんっス!もう二度としないんで、勘弁してほしーっすよ……」

 

 見た目の厳つさの割にその表情は犬のようで愛嬌があった。そのどこか第一印象とはちぐはぐな仕草に、教室のいたるところからくぐもった笑いが湧きおこる。

 相澤は一つ溜息をつくと、忠助に向かって、手で座るように示した。

 

「うるさいののせいで時間を随分無駄にしたな、それじゃあお前ら早速だが、全員体操着に着替えて外に出ろ」

「え!?入学式とかないんすか!」

「東方、これ以上時間を無駄にさせるんじゃない、さっさと着換えろ」

「は、はいっす!!」

 

 素早い動きでカバンの中から体操着を取り出す忠助に、相澤は再び大きなため息をついた。

 

※   ※   ※   ※

 同じころ、人気のない資料室で、教員名簿をめくっている男が一人。

 マッチ棒のように細い手足と、落ちくぼんだ目、この姿を見てまさか彼がナンバーワンヒーローだと気づく者もそうはいないだろう。

 

「相澤君かぁ……」

 

 額に手を当ててそう呻くオールマイトの視線の先にあるのは、一人の男のページ。言わずもがな彼の個性の継承先と相成った少年の担任教師のページだった。

 黒髪長髪の、どこか生気の欠けた瞳をした男を見ながら、オールマイトはさらにぼやく。

 

「これは、最初っから難易度が高いぞ少年……」

「なにを一人でぶつぶつ言ってるんだい」

「おおっとぉ!?」

 

 突然背後から聞こえた声に、オールマイトの心臓が跳ねる。何を隠そうこの姿は一部の人間以外には決してばれてはいけない姿なのだ。

 慌てて振り返った彼の前にいたのは、杖を片手に持った二頭身程しか無い老人の姿。

 

「リカバリーガール!どうしたんですかこんな所で」

「それはこっちのセリフだよ。というかそんなに焦ることになるなら気なんて抜くんじゃないよ」

「も、申し開きもできませんが……それより、なんのご用で?」

「ああ、たいした用じゃないんだが、ちょっとばかし確認をね、ちょうど良かった今年の生徒名簿を取っておくれ」

「え、ええ」

 

 オールマイトが棚から取り出した生徒名簿を机の上に広げ、リカバリガールはぺらぺらとページをめくる。

 淀みなく動かしていたその手があるページで止まった。ひと眼見れば忘れられないほど特徴的な髪形をした。男子生徒のページで――。

 

「……そうだったそうだった、東方と、汐華だったね、どうも歳をとると物忘れがひどくなっていけない」

「東方少年と汐華くんですか。入学前から随分と目をかけておられましたね」

「ああ、この子にはいろいろ働いてもらう予定だからねぇ。ヒーロー科A組、担任は確か――」

「相澤君です」

「相澤か……まぁ多分大丈夫だね。それにしても、随分迷いなく答えたね」

「……彼は、東方少年は緑谷少年の幼馴染らしく」

 

 その一言だけで、言いたいことは全て分かったとばかりにリカバリーガールは小刻みに頷いた。

 

「その話の流れから行くと、あんたの後継者も?」

「はい、Aクラスです」

「……心配そうだねぇ」

「そ、そんな!私は彼を信頼していますから、心配などと――」

「心配と信頼は関係ないよ。ちょうど今A組がグラウンドを使うっていってたし、見に行ってみようか」

「……はい」

 

※   ※   ※   ※

「個性把握テスト、ねぇ」

 

 軽く屈伸運動なんかをしながら、忠助はグラウンドを見渡した。

 広いグラウンドにいるのは、クラスメートである二十一人と、担任である相澤だけだ。その上相澤の話が嘘でないならば、もうすぐここにいる人間は一人減ることになる。

 

(入学一日目から、除籍云々って話になるとはな……なんつうか、マジにへヴィだぜ)

 

 最初は個性使用可の体力テストだと安心していたクラスメートも、皆一様に緊張の面持ちを浮かべている。

 そして中でも一際酷い顔をしているのは、夢の雄英に入学して一番喜んでいたはずの幼馴染だ。

 忠助はこっそりと出久に近づくと相澤にばれないようにその背中をポンと叩いた。

 

「おいイズク、おめー何真っ青になってんだよ。心配いらねえって、入試の時のパワー使えば楽勝だろうが」

「う、うん。そう、なんだけどね……」

「それともあれか、使ったら怪我するの気にしてんのか?」

「え!?」

「ば、バカっ!大声出すなって――」

 

 とっさに大声を出してしまったイズクの方へ、相澤の鋭い視線が飛んでくる。

 揃って首を短くする忠助たちに、相澤はもはや諦めたように視線を逸らした。

 

「……な、なんで知ってるのさ」

「あのな~、あんな傷口に塩塗られたみたいな顔してりゃあ誰にだって分かるっつーんだよ。事情は知らねえがあのパワー使ったあとだいぶ酷い怪我してたじゃねーか」

「――じょ、忠助、その、あの、僕の個性のことなんだけど」

「わぁってるって、秘密なんだろ?」

「え?」

「隠しごとの苦手なお前が、俺に言おうとしねぇもんな~?言い辛いことなんだろ?だったら言わなくていいぜ」

 

 そう言ってニっと力強い笑みを浮かべる忠助に、出久の顔が歪む。

 それは信頼してくれている友人に真実を告げられない罪悪感か、それともただ単に喜びからくる感動か。

 知ってか知らずか、忠助は「だからよ」と言葉を続ける。

 

「お前は怪我なんて気にする必要ねぇから好きにやってみろって」

「っ!……あ、ありがとう」

 

 口では礼を言いながらも、何所か暗い表情に出久に忠助は首を傾げる、感じた違和感を言葉にしようとしたした忠助は、名前を呼ばれて我に返った。

 どうやら自分の順番がきたらしい。

 

「俺の番みて―だな。それじゃ、行ってくるぜ~」

「じょ、忠助!」

 

 その場を去ろうとした忠助を、出久が呼びとめる。

 振り返った忠助の目に飛び込んできたのは、まっすぐに自分を見据える出久の瞳だった。

 力強い輝きをそこに灯したまま、出久ははっきりと忠助に告げた。

 

「僕、やって見せるから」

 

 何を、とは聞かない。

 言われなくとも分かるという意味ではない、ただ、この瞳をしている緑谷出久はいつだって自分の想像を超えた何かを見せてくれる。

 東方忠助はそれを知っている。

 故に言葉はいらなかった。忠助は出久に笑みでこたえると、手をひらひらと振りながら五十メートル走のスタートラインに立つ。

 

「君!呼ばれたらすぐに来ないか!先生に対して失礼ではないか!」

「悪い悪い、もうしねーって」

「まったく!あの爆豪君と言い君と言い、今年の入学者は自身が栄えある雄英の生徒という自覚が足りないんじゃないのか」

 

 一緒に走るのは入試でも顔を見た眼鏡の少年、確か飯田とか名乗っていた少年だ。その風貌は、足についているエンジンのような器官が目立っていることを除けば、いかにも優等生と言ったところか。

 

(こいつ、どう見たって速く走れるタイプの個性って感じだよな~)

 

 忠助はにやりと小悪党のような笑みを浮かべると、急に申し訳なさそうな顔をして飯田に深々と頭を下げた。

 

「わ、悪かったよ、確かに考えが足りてなかったよな~。謝るよ」

「む、反省しているならば何も言うことはないな。こちらこそうるさく言い過ぎてしまった、謝罪する」

 

 律義にこちらに頭を下げる飯田、忠助はその一瞬の隙を見逃さなかった。

 忠助の腕から伸びた、クレイジー・ダイヤモンドの腕が飯田の体操着の袖をほんの少し破る。

 忠助はそれを気付かれないように握り込むと、そばに立っている相澤に声をかけた。

 

「そんじゃ、はじめましょうよ。時間無駄にするのも良くねーっスから」

「……はぁ、まあいい」

 

 相澤は忠助に呆れた目を向けて軽くため息をつくと、空砲を上に構えて、すぐに撃った。

 

「悪いが置いていかせてもらうぞ!東方君!」

 

直後、飯田の姿が一気にはるか遠くに消える。見立て通り速度を上昇させるタイプの個性だったようだ。完全に予想通りな展開に忠助は笑みを隠せない。

 

「わりーが、便乗させてもらうぜ~~飯田ぁ!クレイジー・ダイヤモンド!」

 

 忠助の背後から、筋骨隆々の人型が現れる。クラスメートの半数程度が驚きを顔に浮かべる中、クレイジーダイヤモンドの拳が、忠助の掌の上にある布切れをとらえた。

淡く輝く布切れを、忠助が再び強く握る。すると――。

 

「お、おいあいつ飛んでるぞ!」

「嘘だろおい!?スタンド型の個性って能力が特殊だって聞いてたけどあんなこともできんのかよ!」

 

 見ていたクラスメートの言葉通り、忠助は前方を爆走する飯田に向かって高速で飛行して迫っていく。

 その差は徐々に狭まっていき、そして――。

 ――ほぼ同時に、ゴールラインを越えた。

 

 走り終えた飯田は、ぐるん!と効果音がしそうなほど力強く振り返ると忠助のもとへズンズン歩み寄ってきた。

 すわ自分の行いがばれたかと、苦笑いを浮かべて迎える忠助だったが、目の前に立った飯田は突然響き渡るような拍手を始めると声高々に叫んだ。

 

「すごい!凄い個性だな!まさか飛行までできるとは!」

「あ?あ、ああ、だろ?」

「俺も速さには自信があったのだが、最高速ではないと言えまさかここまで肉薄されるとは思ってもみなかったぞ!」

「お、おう、そうかよ」

 

 興奮する飯田を両手で宥めながら、そのあまりの実直さに忠助の心に小さなとげが刺さったような痛みが走っていた。

 

(くっそ~~、何も悪いことはしてねーはずなのになんだこの罪悪感はよ~、天然ってやつか?苦手だぜ~~)

 

 飯田からの手放しの賞賛を受けながら、忠助はひたすらに苦笑いを浮かべて受け流すことしかできなかった。

 




 なんかいろんなキャラクターに喋らせるのって難しいですね。ほかの生徒たちも徐々に出番増やしたいところ。


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個性把握テスト その②

 緑谷出久は追い詰められていた。

 早くも半数以上の種目が終わったというのに目立った成績は残せていない。いやそんな言葉でごまかすのは止めよう。はっきりと分かっているのだ。

 ――このままでは除籍は確実だと。

 

 当然そんなことはごめんだ。せっかく入学できたのに、初日で退学などオールマイトに合わせる顔がない。

 しかしそれはそれ、これはこれだ。

 ワン・フォー・オールの制御ができない以上、自分にできることは限られている。

 即ち、どこか一つの競技に賭けるしか無い。どこか一つで、ずば抜けた成績を残すしか道はないのだ。

 

 そして、熟考の末出久が選んだのは――ソフトボール投げ。

 小さな円の中で、出久は呼吸を整える。自分を見ているクラスメートの視線も、担任のどこか冷めた視線も、今だけは、忘れる。

 

(やるしかない、いや、やってやるんだ!!今ここで!)

 

 出久はボールを握り込むと、大きく振りかぶった。

 

※   ※   ※   ※

 緑谷出久が小さな円に向かっていくのを、忠助はじっと眺めていた。

 五十メートル走六秒二。

 握力七十キログラム

 反復横とび七十二回

 それがこれまでの緑谷出久の記録たちだ。これが一般の高校の体力テストであれば十分すぎる記録の数々だろう。

 だがこれが個性把握テストとなると話は変わる。

 

 あまりにも、普通。もちろん悪い意味で、だ。

 ここにいる全員、何かしらの得意分野がありそれに関しては他の追随を許さない記録を出している。

 それと比べると出久の記録は、平均して高い数値こそ出しているものの器用貧乏の感が否めない。

 

 このままでは、間違いなく――。

 

「除籍はデクで決まりだ。分かり切ってたことだけどな」

「……聞いても返事しねえくせによ~、今度は自分から話しかけてくんのかよ」

 

 周りには聞こえない程度の小声で話しかけてきたのは、忠助のもう一人の幼馴染――爆豪勝己だった。

 爆豪は忠助の言葉にはいっさい応える気はないようで、忠助に苛立ちを多分に含んだ目を向けると吐き捨てるように呟いた。

 

「てめぇの仕業か、チュースケ」

「あぁ?何の話だ?」

「しらばっくれんな、おかしいと思ってた、無個性でなんにもできねえあの野郎が、何を間違えたら雄英に合格すんのか」

「……何が言いてーのかよぉ、さっぱりわかんねえぜ」

 

 視線を合わせようともしない忠助に、爆豪は苛立ちを隠そうともせず忠助の腕を掴んだ。

 額に青筋を浮かべて、言葉通り今にも爆発しそうなほどの怒りを抱えて、爆豪は忠助を問い詰める。

 

「てめぇが協力したんだろうが!じゃなきゃあいつが合格できたわきゃねぇんだ!」

「……おめーが何を思おうと、俺は何もしてねえよ、ここにあいつがいるのは間違いなくあいつの実力だろーぜ」

「この期に及んでしら切るつもりか、この――!」

 

 忠助は幼馴染の顔を見据える。出久ほどではないにせよ子どもの頃はよく見た顔だ。

 だが出会った頃は今ほど出久に対して敵愾心を抱いてはいなかった。よくある子供が友人をからかって遊んでいる、その程度の関係だった。

 それがいつからこうなってしまったのか、忠助はよく知っている。

 その瞬間を、確かに覚えている。

 

「勝己」

「気安く呼ぶんじゃねえ!ぶち殺されてえのか」

「おめーがいつまで意地張ろうと勝手だがよ、それを理由にあいつの努力を貶すこたぁ許さねえ」

「……意地だぁ?訳のわかんねぇこと言ってんじゃねえ殺すぞ!」

「分かるさ。他の誰でもねえ……俺だからこそ、な」

 

 いよいよ瞳に剣呑な色が混じってきた爆豪を前にしても、忠助は一歩も引かない。むしろ二人の小競り合いに気がついた周囲のクラスメートたちがざわめき立っていたが、二人の耳にはそれすら届いていなかった。

 

「進んじまった方向は違うだろーが、見ちまったもんは同じだろーからよ~~、オメーも俺もなぁ」

 

 そう言って遠くを見るような忠助の瞳の奥に映るのは、子供のころ見た景色――。

 決して色あせることなく、残り続けている、幼き日の一コマ。

 小さな川で転ぶ爆豪と、それに手を伸ばす出久の姿――。

 

 奇しくも、いやこの場合は必然的か。

 忠助の瞳の奥に映った景色が、見えたかのように爆豪の顔が爆発的に歪んだ。

 ぎりぎりとなる歯、小刻みに爆発する掌、その燃えたぎる怒りは、一心にリーゼントの少年のもとへと向かっている。

 

「俺を――」

 

爆豪は抑え込んでいたそれを一気に解放させて絶叫した。

 

「知った風に俺を語ってんじゃねぇーーーーーー!!!」

 

 突然怒りを爆発させた爆豪に、二人の会話が聞こえていた者も、聞こえていなかった者も、一斉に二人へと視線を向ける。

 そしてそれは緑谷出久が投擲したソフトボールが、一直線に空に消えていくのとほぼ同じタイミングだった。

 

「――なっ!?」

 

彼方へ消えたボールを見て、怒りすら忘れて驚愕する爆豪の横で、忠助は満足そうに口を歪めていた。

 

※   ※   ※   ※

 その後、怒りが限界を超えた爆豪が出久に突撃して相澤に止められたりするアクシデントはあったものの、体力テスト事態はつつがなく終わった。

 あとは運命の結果発表だけだ。

 

「はいお疲れ様、それじゃ時間ももったいないからさっさと結果を発表する」

 

 その言葉に数人の、おそらく成績が芳しくないという自覚のある生徒たちが固く目を瞑る。当然その中には緑谷出久の姿もあった。

 と言うのも、ソフトボール投げで驚異的な結果を出した彼だったが、その後の競技に関してはごく平均的な記録だったせいだ。

 理由ははっきりしている。

――ポケットの中で腫れあがっている右手の人差し指だ。

 

全力で個性を使えば体が持たない、そんな緑谷出久の考えた苦肉の策がワン・フォー・オールの部分使用だった。腕全体で個性を使うのではなく、指一本を犠牲にする、それがこの場での最適解だと考えたのだ――もっとも理由はそれだけではなかったのだが。

 

 結果的に目論見はうまくいったものの、当然というべきか彼の人差し指には見事な亀裂が走り、耐えがたい激痛がその身を襲っていた。

 しかし出久はそんなことを億尾にも出さず、力強い笑みを浮かべてその後の種目を乗り切った。恐らく出久の怪我に気づいているクラスメートはいないはずだ。

 

 やるだけやったという意識は確かにあるものの、それが結果に結びつくわけでもない。

 出久はギュッと目を瞑ってその瞬間を待ち――。

 

「あ、ちなみに除籍処分ってのは嘘な」

「「「「「へ?」」」」」

「君らの最大限を引き出すための、合理的虚偽」

「「「「「えええええええええええええええええ!?」」」」」

 

 いやらしい笑みを浮かべてそんなことをのたまった相澤に、全力で絶叫した。

 そんな出久を呆隣から呆れ顔で眺めていた東方忠助は、ポケットから出した櫛で髪型を整えながら呟いた。

 

「ま、だろーとは思ってたけどよ~」

「じょ、忠助!気づいてたの?」

「気付いてたっていうかよ~、考えりゃわかんだろ?まわりよく見てみろって」

 

 忠助の言葉に辺りを見渡した出久は、クラスメートのうち数人は全く驚いていないことに気づいた。

 どうやら洞察力という面でも自分はまだまだらしい……。

 クラスメートが三々五々教室に帰っていく中、ひとり膝をついてがっくりと肩を落とした出久の背中を、忠助がバンバンと叩く。

 

「ま、こんくらいで気に病んでも仕方ねーぜ、せっかく学校終わったんだしよ、適当に喫茶店でも見つけて、再会祝いにパーッっと――」

 

 と、身ぶりも大きく寄り道を提案しようとした忠助の右手に何かが巻きついた。

 白色の布にしか見えないそれは、布とは思えない頑強さとしなやかさで持ってして忠助をからめ取っている。

 ついさっき見たばかりのそれが自分の腕に巻きついていることに、忠助は額に冷や汗を流しながらその布を放ってきた人物を見る。

 

「あ、あの~、イレイザーヘッド?」

「どうした東方」

「い、いや~先生ともあろう方がミスとは珍しいっすね。俺の腕に巻きついちゃってるんすけど……」

「残念だが間違いじゃないよ……授業中の私語の多さがあまりにも目立つ。お前はこれからお説教だ」

「じょ、冗談じゃねーっスよ!俺はこれから出久と茶でも飲んで近所の特売セールに――」

「うんはいはい、逃げようとしてる暇があったらさっさと指導室に行こう。その方が早く終わるだろ?実に合理的だ」

「う、うおおおおおおおおおおお!?」

 

 相澤の意思が堅いと知った忠助は、必死に腕の捕縛武器をほどこうと試みていたが、結局そのまま相澤に引きずられる形で校舎へと向かっていった。

 その際出久の横を通りかかった相澤が、ちらりと視線を寄こした。その視線は一直線にポケットの中の右手に向いている。

 

「ぼぼ、僕が何か……?」

「……いいや、何でもない」

 

 明らかに何かありそうな顔をして去っていった相澤を見ていた出久は、背後から腰を叩かれる感触に振り返った。

 

「ハリボー食べるかい?」

「リ、リカバリーガール!?なんでこんな所に――」

「全く師弟揃って最初に言う言葉まで同じかい」

「え?」

「こっちの話だよ、とりあえず保健室においで、右手の怪我を治さないとねぇ」

「え?え?なんで知って――」

「まったく、せっかく声をかけに来たっていうのに東方は連れていかれてるし、汐華はさっさと帰ってる。最近の若いもんは焦ってばっかりでいけないねぇ」

(あ、これ聞いてないな何も……)

 

 ぶつくさとよく分らない愚痴を垂れているリカバリーガールに引きずられ、緑谷出久は保健室へと連れて行かれた。



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個性把握テスト その③

厳密にはテスト終わってるけど気にしない


「え!?じゃあ忠助に用があったんですか」

「正確には東方と、汐華にねぇ」

 

 保健室で治療を施されながら、雑談がてら話をしていた出久はリカバリーガールの目的が自分の幼馴染にあったことを知り大いに驚いていた。

 

「で、でも何でリカバリーガールがあの二人に?」

「私が休日に各地の病院を回ってるのは知ってるかい?」

「はい、有名な話ですから……あ!もしかして――」

「ああ、あの二人にもそれを手伝って貰おうと思ってるのさ治癒系の能力ってのは貴重だ、それが今年は二人もいるんだからねぇ」

「そっか、そういうこと――うん?」

 

 リカバリーガールの言葉に納得しかけた出久はふと首を傾げた。

 先ほどリカバリーガールが口にした汐華という名前だが、確か忠助と一緒に遅刻してきた女子の名前だったはずだ。

 

(そう、確か『木を生やす個性』の女子生徒だったはずだけど……)

 

 先ほどのテストでも、地面から木を生やしている姿を何度か見かけた。あれが彼女の個性なのだろう。

 体から直接生やすシンリンカムイとは違うが、あれはあれで汎用性の高そうな能力だったと印象に残っている。

 

 ただあの能力のいったいどこが治癒系なのだろうか。

 

「いやまてよもしかしてあれは木を生やす能力なんかじゃなくてもっと別種の能力なのか、だとするなら一体どんな――そうか植物の活性化、いやちがうそれなら治癒にはつながらないはずだ、治癒につながってなおかつ木を生やせる能力ってなると相当に選択肢は限られてくるはずでむしろ植樹と治癒なんてちぐはぐな能力が揃っている個性っていうとやっぱりスタンド型しか――」

「独り言はほどほどにしておけよ緑谷」

「うわぁ!すすす、すみませ――」

 

 ぶつぶつと高速で呟いていた出久は、前触れなく聞こえた声に驚いて跳びあがった。

 

「――って、相澤先生?」

 

 同時に背後にいる人物を見て目を丸くする。彼はついさっき忠助を連れて生徒指導室に行ったはずだが……。

 相澤は出久の視線で彼の疑問を察したのか、軽く目を閉じると近くにあった壁にもたれかかった。

 

「東方ならもう帰らせたぞ。そもそも長時間の説教ってもの自体、非合理的だからな」

「え、えっと、それでどうして保健室に?」

「自分のクラスの生徒が怪我したら確認くらいには来るさ」

「あ……やっぱり、気づいてたんですね」

「当たり前だ」

 

 渾身のやせ我慢をあっさり見破られていたという事実に、出久が気まずそうに沈黙する。

 相澤はそんな出久をじっと見つめながら、再び口を開いた。

 

「なぁ緑谷、お前なんで東方に治してもらわなかった?」

「え?」

「今日一日だけでも分かる。お前ら相当仲いいだろ?」

「あ、はい。幼馴染なので……」

「だったら東方の個性も知ってるよな?どうしてあの場で治してもらおうとしなかった?」

「そ、それは――」

 

 相澤の言葉は柔らかい、しかしその眼光は鋭くこの問いが何か深い意味をもつものであると言外に告げていた。

 出久は、しばらく手元をじっと見ていたが、意を決したように顔をあげると相澤の顔をしっかりと見返して言った。

 

「忠助は、持ってる個性のせいか子どものころから怪我人に縁がありました。あいつの周りにはいつも、怪我を治してほしい人が集まって来てて……」

 

 骨折した小学生、事故で酷い怪我を負った男、怪我で引退を迫られているスポーツ選手、あまりにも忠助のもとへ人が殺到するので、彼を守るために情報操作が行われたほどだった。

 

「忠助は優しいやつだから、何の文句も言わずに来る人みんなを治してました。生まれ持った能力なんだから、できる奴ができることするのは当たり前だって」

 

 実際緑谷出久もそれを聞いて、彼に対して尊敬の念を抱いていた。

 自分と年齢も変わらない幼い少年が、自らのすべきことを受け入れているその姿に――。

 

「でも、ある日気づいたんです」

「気付いた?」

「忠助って、怪我を治す時いつも悲しそうなんです」

「……」

「そりゃそうっていうか、だってあいつは誰よりも優しいから、怪我してる人を見て平気なわけがないんです」

 

 そんな少年を、人が怪我をすることにこの世の誰よりも心を痛めている幼馴染を持っているのだ。

 気軽に怪我なんてできるわけがない。

 治してもらえるから無茶していいなど、緑谷出久には言えない。言ってはいけない。

 

「……それに、かっこ悪いじゃないですか。自分の個性で怪我するところ何度も見せるなんて」

「ずいぶん子供っぽい理由だねぇ」

「でも、僕にとっては大事なことなんです、だって――」

 

 だって東方忠助は緑谷出久にとって、一人目の人間だったのだ。

 お前はヒーローになれると、本心から言ってくれた最初の人間だったのだ。

 個性をもっていないことが分かって、子供心にこの世に絶望していた自分に、なんの打算もない、純粋な信頼という灯りをともしてくれた。

 あの言葉を信じていたから、信じて努力してきたから、今の自分がある。

 

 オールマイトに会えたのは、個性を手に入れたのは偶然かも知れない。

 でも、チャンスに巡り合えるまで諦めなかったのは、決して偶然なんかじゃない。支えてくれた言葉があったからだ。

 だから――。

 

「この世の誰に笑われたっていい。でも僕は彼の信頼だけは裏切りたくないんです……!」

 

 黄金色に輝く何かを瞳に灯しながら、出久はまっすぐに相澤を見据える。

 相澤はしばらくその瞳を見返していたが、ふっと息を吐くと保健室の扉を開けた。

 

「……入試でお前を見たとき、正直入学してきてもすぐに除籍になるだろうと思った。俺のクラスなら特にな」

「ええ!?」

 

 さらっと暴かれた事実に、出久が顔を青くする。

 

「だが、どうやら思ったよりも心配はいらないらしい」

「え、それって――」

「下校時刻過ぎてるから早く帰れよ」

 

 発言の真意を問う前に、相澤は保健室を出て行った。

 残されたのはぽかんとした表情の出久と、にこにこ笑っているリカバリーガール。

 

「今のって――」

「いいから早く帰りな緑谷、先生の言うことは素直に聞くもんだよ……それに――」

 

 リカバリーガールは無言で窓の外を指さした。

 つられた出久が窓の外を見やれば、校門の付近で立っている数人の人影があった。その内の一つ、嫌に特徴的なシルエットを見た出久は顔を綻ばせて駆けだす。

 

「……まったく、若いってのは良いねぇ」

 

 廊下を走るなとでもいうべきなのかもしれないが、今言うのは無粋だろう。

 リカバリーガールはくつくつと笑いながら、パソコンに向かって仕事に戻った。

 

※   ※   ※   ※

 入口のすぐ傍に立っているのは、櫛で髪型を直している長身の男。言わずもがな東方忠助だった。

 出久は忠助に手を振りながら駆け寄る。

 

「忠助!」

「お!やっと来やがったかよ、おせーぞ」

「待ってなくても良かったのに!」

「いや、俺も帰ろうと思ったんだけどよ~、校門でこいつらに会ってよ~」

 

 言いながら親指で横を示す忠助。

 その隣に立っているのは、忠助に負けず劣らず体格のいい少年――飯田と入試の時に出会った少女――麗日だった。

 

「飯田君に、麗日さん!?え、なんで、待っててくれたの!?」

「うん!ほら、入試の時のお礼ちゃんと言えてなかったし」

「俺も君とは一度しっかりと話してみたいと思っていてな!」

「ご、ごめんね!待たせてたなんて知らなくて」

「いやいやいや!こっちが勝手に待ってただけやし!気にせんでいいよ、それに、初日から一人で帰るのって寂しいじゃん!皆で帰った方がいいよ!」

 

 花の咲きそうな笑みで告げられた出久は、音速を超える勢いで首を麗日から背ける。

 当然人間の体はそんな動きに耐えられない、出久の首から聞こえた不気味な音と共に、出久は悶絶して地面に倒れ込んだ。

 

「な、何をやってるんだ緑谷君!?」

「ご、ごめん、麗か過ぎて、直視できなくて……」

「ったくよ~、しっかりしろよイズク」

 

 差し伸べられた手を取って、ゆっくりと立ち上がる。

 初日の疲れは確かにあった、だがそれ以上にこれから先に対する期待のようなものが胸を満たして、緑谷出久は踏み出した。

 

「で、どこ寄って帰んだ?」

「何を言っているんだ東方君!買い食いや寄り道など、学校の風紀を乱す一因にしかならないぞ!」

「フーキぃ?おいおいマジに言ってんのかよ飯田、学生の青春に余計なもん持ち出してんじゃあねえぜ~~~」

「風紀は余計なものではない!大体君は何を当然のように櫛を持ち込んでいるんだ、授業に関係のないものは極力持ち込みを避けるべきだ!」

「これはぜってーに必要なもんなんだよ!髪形が整えられねえだろーが!!」

「ふ、二人とも、喧嘩はダメだって!う、麗日さんも止めて!」

「大丈夫!これあれだよ、喧嘩するほど仲がいいってやつ!」

 

 中々苦労しそうな未来が、はっきりと見えたのは気にしない方向で行くことにした。




 個性把握テストはもっと詳しく描写してもよかったかもしれないけど、あえて短めに切り上げることにしました。さぁて続きかかねば。


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運命の入り口

 すんません!ちょっと忙しくて書く暇ない日々です!
 ホントはUSJあたりまでドバっと書いて書きあがったらちょっとずつ投稿するっていう作戦だったんですけど、全然かけないのでとりあえずかけたらさっさと投稿する作戦に切り替えました。

 というわけで超短いですけど明々後日まで連続で上げます


クレイジー・ダイヤモンド。

 東方忠助が、個性に目覚めた四歳のころからの変わらぬ相棒。

 凄まじいパワーとスピードを誇り、さらには殴ったものを直す能力まで持っている。

 それは忠助自身の誰よりも深い優しさと、誰よりも固い信念を体現したかのような、鋼の戦士だった。

 

 その戦士がいま、地面に倒れ伏している。

 スタンド型の個性には、説明を外せない特徴が一つあった。即ち、スタンドの負傷と本体の負傷は連動するということ――。

 その説明通りに、隣で地面に伏せっているのは、その本体である少年――東方忠助だった。

 あおむけに倒れている忠助の焦点があっていなかった瞳がようやく安定し、その瞳が光を取り戻す。

 

 同時に忠助は息も絶え絶えに地面に右手を着くと、決死の思いで力を込める。

 がくがくと腕が震える。腕だけじゃない、足もか。

 

(ランキング作るとしたらよ~~、こりゃ間違いなく俺の人生で五本の指に入る痛みだぜ……)

 

 敢えて下らないことを考えることで痛みを紛らわせようとしてみるが、一向に効果はない。

 不意に、コツコツと軽い足音が聞こえてきた。

 まずい、距離を詰められている。今の状態で二発目をもらえば忠助の敗北は間違いないだろう。

 

 近づいてくる足音が、自分の目の前で止まった瞬間、忠助は迷わず横に転がった。

 バランスなど何も考えてない、無様にも程がある回避行動、その代償が壁に頭を打ち付けるだけで済んだのは幸運だろう。少なくとも、自分が居た位置に黄金色の拳が直撃したことを考えれば――。

 

「大人しくしてくれませんか。大丈夫テープを巻きつけるだけですから」

「ばーか、そりゃ大人しく負けろっつってんのと同じだろーがよ~~」

「そう言っているんです」

「だったら当然断るぜ~~、負けるつもりはさらさらねーんでなぁ~」

「……同じことを二回言うのは嫌いだ、無駄ですから……でも死なないで下さいね」

「くそ、正に『やれやれだぜ』ってとこか~?」

 黄金のスタンドを侍らせて、こちらを見下ろす少女――汐華春乃を睨みかえしながら、忠助は知り合いの口癖を借りて毒づいた。

 

※   ※   ※   ※

 その男と出会ったのは本当に偶然だった。

 誰よりも朝の準備に時間がかかってしまう都合上、忠助の朝は早い。

 五時に目を覚まし、二時間かけて髪型を整え、家から一時間の距離にある学校に向かう。そうやって登校している最中のことだった。

 

(ん?)

 

 ふと何かを感じて視線をずらした忠助は、ビルとビルの間にある朝だと言うのに暗い路地から聞こえる呻き声を聞いて立ち止まった。

 持っている個性の都合上人の怪我には誰よりも敏感な忠助だ、一応警戒しながらもその路地へと入っていった。

 

「あの~、誰かいるんすか~?」

 

 返事はない、だがうめき声は確かに近づいている。

 更に警戒を強めながら、路地の奥へと踏み込んでいった忠助の前に、そいつは現れた。

 薄汚れたゴミ箱にもたれかかって、呻き声を上げているのは一人の男がいた。

 

「ああくそ……朝から最悪の気分だ――最高の気分だ……ああうるせえっ!黙れ!黙ってろ!――静かだな、静かすぎるぜ!」

(……なんだってんだぁ~~?こいつぁよ~~~)

 

 一人でブツブツと呟いている男は傍から見れば酷く不気味だ。それでも一応ヒーロー志望としては放っておくわけにもいけない。

 

「大丈夫っスか?」

「――!?なんだテメエ――知ってるぜお前」

「へ?」

「ああいい、気にするな――超気にしろよ!……ああくそ、何か用か」

 

 そう言って顔を上げた男の額には、痛々しい縫い跡がしっかりと残っていた。

 事故か何かだろうか、残念ながらクレイジーダイヤモンドは既に塞がってしまった傷を治すことはできない。そしてぱっと見たところそれ以外の外傷はなかった。

 念のため本人に確認を取ることにする。

 

「用っていうか、声が聞こえたんで気になって来ただけなんすけど、気分が悪いんだったら病院に行ったほうがいいっすよ~~よかったら俺が――」

「なるほど、ただのお節介か――マジでいいやつだな……面倒かけたな、気にしないでくれ、少し気分が悪くなっただけだ、持病みたいなもんでな」

「……そっスか、まあでも気分が悪くなるようだったら無理しないほうがいいすから、気をつけてくださいね」

「最近の高校生は、ずいぶん親切だな」

「これでも一応ヒーロー志望っすから」

 

 途端に、ぴくりと男のこめかみが動いた。同時に鋭くなった視線が忠助を突き刺す。しかし暗さも手伝ってか忠助はそのことに気づいていなかった。

 

「この近くっていうと、雄英の生徒か、お前」

「はい、人のピンチをほっとけねー男、東方忠助って呼んでください」

「東方、ねぇ……」

 

 サムズアップしながら、ニッと笑う忠助の前で男の左手がゆっくりと膨らんだポケットに向かう。

 その手がポケットに入った瞬間、忠助の背後から新たな声が響いた。

 

「何をしてるんですジョースケ?」

「お?汐華じゃねーか、おめーこそ何してんだこんなとこでよ~~」

「登校中ですよ、君こそちゃんと時計を見るべきだ、もう時間ぎりぎりですよ」

「おわぁっ!?マジかよ!!じゃ、じゃあ気をつけてくださいね!行こうぜ汐華~~!!」

 

 猛然と駆けだした忠助の姿が、あっというまに路地から消える。

 汐華はそれを見て薄く微笑みながら、ゆっくりと後を追おうとして――ふと振り返って男に言った。

 

「こんなところで人を殺して、逃げきれると思わない方がいい。確かにこのあたりは治安が悪いけど、この時間帯はヒーローが動き始める時間ですから」

「……何の事だか――ばれちまったか!?……ああちくしょう!黙れ!」

「……僕も朝から面倒はごめんだ、失礼します」

 

 ゆっくりと遠ざかっていく少女の姿を見ながら、男はポケットから取り出したマスクをかぶる。

 最悪だった気分が、一気に覚醒する。

 

「あああああああ!!チッキショウ!なんだあのガキは!――最高の女だ!ガキがする目じゃねえぞ!――子どもの瞳そのものだ!」

 

 矛盾する内容を堂々と叫びながら、男は苛立ちを隠そうともせず地面に転がっていたビール瓶を蹴飛ばして歩き出した。

 

「くそったれが――イカしてる、ありゃヒーローの目じゃねえ、どっちかつうと俺たちの側じゃねえか――最高のヒーローの目だな!!」

 

 この時はこの男――トゥワイス――も気づいていなかった。

 あの二人組、ひいてはそのクラスとこれから浅からぬ因縁で結ばれることになることなど――。



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英雄に憧れて

 雄英高校は全国トップクラスのヒーロー排出率を誇る学校である。しかしあくまで学校だということを忘れてはならない。ヒーローになるための勉強だけしているわけではない。むしろトップヒーローだからこそ教養が求められる場面だって多いのだ。

 当然授業の質はそれなりに高い。だがこんなことで躓いているようではトップヒーローなど夢のまた夢である。

 

「……」

「やあ緑谷君!昼食は一緒に――どうしたんだ東方君!?吹いたら飛びそうだぞ!?」

「あ、あはは」

 

 飯田は真っ白な灰になりかかっている忠助を見て目を剥いて声をあげる。その言葉通り、忠助は自慢のヘアスタイルも萎んで見えるほど疲弊していた。虚ろな瞳で髪型を整える姿はもはやホラーだった。

 隣に腰かけてかつ丼にはしを伸ばす出久もこれには苦笑いだ。

 

「へ、偏差値79はだてじゃねーってことかよ~~~」

「何だ?もしかして授業で分からないところでもあったのか?俺でよければ相談にのろう」

「……もうどこが分からねぇとかそーいう問題じゃあねえぜ~~、くっそ~、因数分解ってなんだよ分解すんなよそっとしといてやれってんだよ~~~~」

「それでどうやって筆記試験をパスしたんだ君」

 

 額に汗をかきながらガタガタ震える忠助に、予想よりもはるかに重症であることを察した飯田が、もはや真顔で尋ねた。

 当たり前だが入試は実技だけではないのだ。因数分解で躓いている忠助が通過できるレベルではなかったはずなのだが……。

 

「気合で何とかしたっつーんだよ、あんなもん合格した瞬間によ~、全部忘れちまったぜ~~」

「君という奴は……自信満々に言うことじゃないだろう!」

「ま、まあまあ!これから頑張ればいいんじゃないかな?危なかったら僕も手伝うからさ」

「おう!頼りにしてんぜ~~~」

「隣いい?」

 

 突然聞こえてきた声に、男三人がそろって顔をあげる。

 そこにはショートカットの、先端がイヤホンのようになった耳が特徴的な女子生徒――耳郎響香と、隣で若干不安そうに眉をひそめている八百万百の姿があった。

 

「俺ぁ別にかまわねーぜ」

「ああ、気にせず座ってくれ!」

「ぼ、僕も全然座ってくれていいよ」

 

 女子相手だと上手く喋れない出久が思い切り目を逸らしているが、耳郎はとくに気にすることなく忠助の隣に腰かけた。八百万もまたおずおずと耳郎の隣に座る。

 

「あのさ、東方」

「お、なんか用かよ?」

「初めて見た時からずっと気になってたんだけど、そのヘアスタイルってプレスリーリスペクト?イカしてんじゃん」

「こいつの良さがわかるたぁ、なかなか分かってんじゃねーか耳郎~~」

「まあね、っつかロックが好きな奴ならリーゼント嫌いな奴はいないっしょ?」

 

 それはそれで偏見なんじゃないかと、聞いていた出久は思ったが口には出さなかった。

 髪型を褒められて上機嫌な忠助を見て、口を挟む必要はないかなと思ったからだ。それにしても褒め言葉で良かった、今ヘアスタイルと言う言葉が聞こえた瞬間に反射的に耳郎に跳びかかりそうになってしまった。

 それはひとえに忠助のある欠点のせいなのだが、とりあえず今回は杞憂ですんで良かったと胸をなでおろす出久である。

 

「ま、一応答えとくとよ~~、俺もロックは好きだぜ~~、だけどこのヘアスタイルはよ~~、アーティストの真似ってわけじゃあねー」

「へぇ、自分の趣味ってこと?」

「いや、そーいうわけでもねーんだけどよ~~」

「あの、お話ししづらい内容なのでしたら、無理に言わなくてもいいんですよ?」

 

 それまで黙々と食べていた八百万が、恐る恐ると言った風に忠助に語りかけた。忠助はそれに「そーいうわけでもねーんだけどよ~~」と頭を掻いた。

 

「……ま、別に隠してるわけでもねーからいいぜ、ただちょっと長くなるうえにおもしれー話でもねーからよ~~」

 

 そう言って忠助が語ったのは、自分がこのヘアスタイルになったきっかけの事件。出久は子供のころからそれこそ暗唱できるくらい聞き続けた話。

 忠助が幼いころ、祖父の家に遊びに行ったこと――。

 その街で謎の高熱を発症して死にかけたこと――。

 母親に病院に連れて行ってもらったが、大雪で車が動かなくなったこと――。

 立ち往生の最中に現れた、『あの人』のこと――。

 学ランをタイヤの下に敷いて車を押してくれた『あの人』のこと――。

 記憶にいつまでも残っている、ボロボロの学ランを背負って去っていく男の背中。

 

「ふーん、じゃあその人に憧れてその髪型にしてるってこと?」

「ああ、俺にとっちゃどんなヒーローよりも、でっけー憧れなのよ」

「――ボー」

「ん?」

 

 話を聞いていた飯田の肩が小刻みに震えていることに、忠助が気づくと同時に、飯田は椅子を吹き飛ばす勢いで立ち上がって、

 

「ブラーボー!すばらしい話じゃないか東方君!俺は感動した!つまり君の髪型はヒーローの象徴みたいなものなんだな!それなのに俺は、君の櫛が私物だなんて――もう何も言うまい!君の櫛は私物じゃない、必需品だ!持ってきて良い!」

「お、おぉ、ありがとよ」

「い、飯田君!?ここ食堂だから大声はちょっと!」

「む、そうだな!」

 

 椅子に座り直す飯田に、出久と忠助は脱力した。

 真面目なのはいいことだが、度を超すと困りものだ。

 そんなことを考えていると、忠助の耳に「あの」と控えめな声が届く。

 

「東方さん、私も謝らなければいけないかもしれません」

「んん?何言ってんだ?」

「私、貴方のことが少し怖かったんです、見た目だけで不良何じゃないかって思ってしまって」

 

 なるほど、ここに来てからどこか不安そうだったのはそういうわけだったのかと、忠助は一人納得した。

 

「でも、今のお話とても素敵でしたわ。東方さんがそんなに真面目な思いでその髪型を選んでいるのに、私ったら酷い偏見を――」

「おいおい、あんまりかしこまるもんじゃあねえぜ~~、このヘアスタイルがよ~、普通の奴からすりゃ不良っぽく見えんのはわかってっからよ~」

「怒っていませんか?」

「あたりめーだろ」

 

 ほっと胸を撫で下ろす八百万の肩を、耳郎が軽く叩いた。

 その顔は見たかとばかりに得意げだ。

 

「ほら、だから言ったじゃん?悪い奴じゃないって」

「じ、耳郎さん!そのことは――」

「え、えっと、もしかして耳郎さん、八百万さんに相談されたとか?」

「うん、クラスメイトだから話もできないのはまずいんじゃないかって言うからさ、話してみりゃ絶対いいやつだと思って連れてきたんだ」

「も、もう!言わないで下さい、子供みたいでかっこ悪いじゃありませんか」

 

 頬を赤らめて縮こまる八百万、耳郎はにやにやしながらその頬を指でつついてからかっている。

 いつだって人は見た目によらないものだ、たとえば耳郎と八百万だって、気が合うタイプには見えない。それでも入学二日目にして随分と仲がいい。

 こうやってクラスメイトの新たな一面を発見しながら、仲良くなっていければいいと思う忠助だった。

 

――と、ここで終わっていればただのいい話で終わったのだが、そうは問屋がおろさない。今度は背後から声が聞こえた。

 

「いい御身分だなおい、東方、入学二日でもう女子と仲良くなるなんて、これだからイケメンは!」

「ん、峰田じゃねーか、羨ましいならおめーも来いよ」

「えー、やだよ、そいつ視線がやらしいから」

「うっせぇ!誰がお前なんか見るかよ、八百万は見てっけどな!」

「……峰田さん、その言動はヒーローを志す者としてどうかと思わなくて?」

「ふっ、蔑んだ視線なんぞただのご褒美だぜ!」

「ダメだこいつ……」

「峰田よ~、そーいう男子のノリってやつ?女子に押し付けると嫌がられんぜ~~」

「黙れ黙れ! イケメンの分際で!アウトロー気取ってんじゃねぇーっ!! なんでそんなーー」

 

 椅子をガタガタと揺らして悔しがる峰田に、出久は直観的に何かを感じ取った。

 ――そう、ヤバい匂いと言うやつだ。峰田の口元がスローモーションに見える。

 ヘ・ン・ナ・カ・ミ。

 そこまでだった、出久は自分が食べ終わったかつ丼の器がひっくり返るのも構わず峰田に飛びついてその口を塞ぐ。

 

 今まで大人しくしていた出久の凶行に飯田、耳郎、八百万だけでなく近くにいた全員が目を丸くした。

 当然口を押さえられた峰田もその一人だ。バタバタともがいて口元に押し付けられた手を除けようとする。

 そんな峰田に、出久は大慌てで声をかける。

 

「み、峰田君!今何も言おうとしてないよね!?」

「ふがふがもがもがぁー!!(なにわけわかんねえこといってんだ離せ! 男に抑えつけられる趣味はねえんだよ!)」

「い、いいから答え――」

「なあ峰田」

 

 ぞわっと、その場にいる全員の背筋が冷えた。それほどまでに、冷たい声だった。

 冷たく、そして煮えたぎる声、端的に言って命の危機を感じるような――。

 

「俺の聞き間違いだよな~~? 今、変な髪型って言おうとしたか?」

「や、やだなあ忠助! 聞き間違いに決まって――」

「峰田に聞いてんだよ」

 

 峰田を抑えつける出久をゆっくりと押しのけて、忠助は峰田の前に屈みこむ、ちょうど視線を交差させられるように――。

 視線だけでヴィランも仕留められそうな鋭い眼光に峰田も思わず悲鳴を上げた。

 

「ひ、ひぃ!?」

「何ビビってんだよ、聞いてるだけじゃねーか、おめーは、俺の、髪型のことを言おうとしたのかってな~~~」

「い、言ってない、言ってないぞ!!」

 

 忠助は残像が見えるスピードで首を横にふる峰田を数秒睨みつけると、「ま、今回はそういうことにしといてやんぜ」と呟いて、自分のトレイを持つとその場から去っていった。

 

「……ごめんヤオモモ、やっぱり怖い奴かも」

「かか、髪型さえ触れなければいい奴なんだよ! ホントに!」

「分かっています緑谷さん、大丈夫ですわ……」

「足が震えているぞ八百万君!?」

 

 とりあえずこの日からA組に『東方忠助の髪型を貶してはならない』という不文律ができた。




 我ながらわかりづらくなってしまったのでいくつか解説をば。

 まずあの人のエピソードですが、原作とほぼ同じにしているので大幅カットです。

 ちょっとだけ詳しく書くと、忠助は四歳の時に祖父のいる杜王町に遊びに行った際に『あの人』に会いました。
 ちなみに一話で忠助が「杜王町ってどこだよ」的な発言をしていますが、あれは知らなかったわけではなく、田舎過ぎるのを揶揄して言っていただけです。


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対人訓練その①

 ヒーロー科の花型ともいえるヒーロー基礎学の授業、ヒーローの素地を作るための様々な授業であり、単位数も最も多い。

 災害救助や、戦術指南、さまざまな授業があるのだが――。

 

「まっさか、一回目から戦闘訓練とはな、気合入ってるにも程があんじゃねーか」

「HAHAHA!この方が一気に目が覚めていいだろう?午後の授業ってことで眠気覚ましの意味も込めてね!」

「そんな理由で決めたんすかァ?」

「まさか!今考えたのさ!」

 

 白い歯を見せて豪快に笑うナンバーワンヒーローを華麗に無視して、忠助は目の前に広がる風景を見る。

 ビル群が並ぶ風景は間違いなく入試の時に使った市街地演習場だった。またここで似たようなことをするのだろうか。

 

「先生!ここは入試の演習場ですが、また同じことを?」

 

 と、忠助が考えていたのとまったく同じ質問をしたのは、随分凝った作りのコスチュームに身を包んだ飯田だった。

 

「いや、今日はその一歩先、屋内での対人訓練だ!」

 

 オールマイトの説明を聞きながら、それにしても皆凝ったコスチュームを作るものだと、忠助は辺りを見渡した。

 ちなみにこの町に久々に来た忠助は知らないが、飯田のコスチュームは兄であるインゲニウムとよく似たつくりになっている。

 

 今さらだがヒーロー学は基本的に、入学前に本人が希望を提出して作るコスチュームを着て行う。被服控除と呼ばれるこのシステムは個性社会においてはとても重要なものだ。

 肉体的な差異が多く現れる個性社会では、全員同じ体操服など無理があるからだ。

 『創造』の個性のために露出が多めのコスになっている八百万や、個性である『レーザー』を全身から放つ工夫を凝らした青山などを見れば分かる通り、コスチュームと個性を括って考えることも、必要な思考なのだろう。

 

 そういう意味では、忠助は二十二人の中でも少し、いやだいぶ浮いていた。

 隣に立つ出久が、小声でそのことに触れる。

 

「忠助、分かってたけどやっぱりその服装で行くんだね」

「ったりめーだろ~、俺がこれ以外の格好なんてできっかよ!」

 

 出久の苦笑に胸を張って答える忠助のコスチュームは、なんと教室にいる時と一切変わらない学ランのままだった。

 

「それにただの服って点では、おめーのとたいしてかわんねーだろーが」

「ま、まあそうなんだけどね」

 

 出久が身を包んでいる緑色のコスチュームは、本人から聞いた話によれば母親に作ってもらったものだとか。

 出久が子供のころからあこがれていた雄英に入学して、居てもたっても居られなくなって作ったのだろう。まだ忙しくて会えていないが、出久の母親の引子さんの性格を考えれば容易に想像できる。

 

 というわけで実用性皆無な服装に身を包む二人だったが、例外はもう一人だけいた。

 忠助は林立するクラスメイトの中に、教室と全く同じ服装に身を包んだ女子生徒を発見する。

 忠助の視線が向かう先に気づいた出久もまた、彼女を見て呟いた。

 

「汐華さんも、学ランのままなんだね」

「ま、学ラン改造してるからコスチュームみて―なもんだけどな」

「それこそ忠助もだろ」

「まぁな、でも服装自由にできんのは俺たち(スタンド型個性)の特権だろ~~?」

 

 先述したとおり、ヒーローのコスチュームは自身の個性を強化、効率的に運用するために工夫されているものが多い。

 そんな中、スタンド型の個性だけは勝手が違う、なぜなら彼らは肉体的にはほとんどただの人間であるがために、コスチュームに仕掛けを作る必要がないからだ。

 結果としてスタンドヒーローのコスチュームは単純にお洒落にこだわっているだけのものになりがちである。

 

(つっても、スタンドヒーロー自体が少ねーから参考にできる人がいねーんだよな~~)

 

 そう、忠助の考えている通りスタンド型の個性を持ったヒーローは少ない。

 理由は単純、能力が独特過ぎて、オールラウンドに活躍できるスタンドが少ないからだ。例えば最近発見されたもので言えば、『地面に手を付いている間だけ無敵になれる能力』の持ち主が発見された。

 

 能力としてはもちろん強い、本人が体術を磨き、一心に努力を重ねれば並大抵のヴィランには負けないだろう。

 だが言ってしまえばそれだけだ。

 災害救助に役立つわけでもない。地面に手をつている間は動けなくなるから後ろにいる人を守れるわけでもない。

 

 ヒーローとは――得意苦手はあれども――どんな状況においてもある程度の成果を出さなければならない職業だ。

 故に『状況が能力に合っていないとただの人間と化す』能力者は、一般的には役に立たない者として扱われる。

 

 自慢するわけではないが、忠助のように傷も癒せてその上パワーもあるという使い勝手の良すぎるスタンドはそうはいないのだ。

 

(ま、『あの人』みて―なのは例外だろーけどよォ)

 

 内心苦笑する忠助の心に浮かぶのは、知りあいである、特殊な能力のない(・・・・・・・・)ただのパワー型スタンドにも関わらず、凄まじい実力を持つスタンド使い。

 

「ちなみにコンビも対戦相手もくじだ!さぁ引いてくれ!!」

(追いつく追いつかねーは後々になるとしてよ~、今はとりあえず目の前のことってか)

 

 ちなみに忠助は余計なことを考えてはいたものの話自体はちゃんと聞いていた。

 ヴィランチームとヒーローチームに分かれてミサイルの取り合いをするんだそうだ。

 ヴィラン側の勝利条件は制限時間までミサイルを守ること。

 ヒーロー側は時間内にミサイルに触れること。

 ちなみに両者ともに確保テープなるものを持たされていて、これを相手の体の一部に巻きつけてもいいらしい。

 

 単純だが、確かに頭を使わないと勝てなさそうな――。

 

「先生、質問いいですか?」

「ん?何かな汐華君!」

 

 それまで一言もしゃべっていなかった汐華の突然の挙手に、オールマイトは笑顔で応じる。

 

「このクラスは二十二人ですよね?二人組だと、一組余るのでは?」

「おっと気づいてしまったのか、組を作ってから明かすつもりだったんだが、サプライズは失敗したようだね!!」

「それで、どうするんです」

 

 HAHAHAと豪快に笑うオールマイトにも、いつもどおりの淡々とした口調で応じる汐華。

 オールマイトは少しさみしそうな顔をしながらも、一足早くなってしまった種明かしを始めた。

 

「一組は三対三でやってもらう!だから三人になった組同士はその時点で対戦相手になるからね、いやぁくじ引きのドキドキを奪ってしまって申し訳な――」

「わかりました、ありがとうございます」

「お、おう、結構淡白だね君」

 

 汐華のペースにやり辛そうにしながらも、オールマイトはすぐに笑顔に戻ると生徒たちにくじを引かせていく。

 それにしても汐華は大丈夫なのだろうか、入学式以降彼女が誰かと喋っているところを見たことがない忠助は、心配することでもないと分かっていながらもつい気になっていた。

 

「東方少年!次は君の番だぞ!」

「あ、はいっす」

 

 引いたボールにはでかでかとAの文字が書かれている。その瞬間後ろから聞こえた「あ!」という二人分の声に、忠助は振り返った。

 

「お?もしかしておめーらかよ~、つくづく縁があるよなァ――」

「それさっき二人でも話してたんだ!まさか東方君まで同じとは……」

「ま、大船に乗ったつもりでいろよな、この忠助君と組むんだからよ~」

「うん!私も頑張るね!デク君も――」

「忠助が入ってくれたのは正直にありがたいぞ作戦も立てやすいしなにより正面突破じゃなくて搦め手が使えるようになるから作戦の立て方によってはだいぶ楽になるけどまずは相手が誰なのかを――」

「……グレート」

 

 相棒の病気を見て見ぬふりする分別はあるつもりだ、目の前で見たのは初めてなのか麗日が目を丸くしているが、まあいいだろう。

 忠助は改めて辺りを見渡せばまだ三人組は一つしかできていない、さて相手は言った誰になるか――。

 

「お!三人組は二つできたみたいだね!」

 

 オールマイトの声が耳に飛び込んできて、忠助は咄嗟にそっちを見た。

 考え事をしていた出久も、同様に相手を確かめるべく視線を動かして――固まった。

 

「それじゃあ君たちはもう準備をしておいてくれ、順番も最初にするから!」

 

 憧れのオールマイトの声も対して耳に入っていないようだ、それも仕方ないだろう。

 忠助は固まってしまった出久に代わって、対戦相手となる三人に宣戦布告代わりの軽口を飛ばした。

 

「縁があるって意味じゃあ、おめーらも大概って話だよな~~」

「何見てんだコラ殺すぞチュースケ!」

「こら止めないか爆豪君!だがそれはそれとしてよろしく頼むぞ東方君!」

 

 暴れる爆豪、諌める飯田、そしてもう一人は――。

 

「……僕は別にバトルジャンキーってわけじゃないんですけど――君とやれるのは、少し楽しみだ」

 

 真っ向から忠助を見据えている汐華春乃だった。




 さて次は何か月後かな(嘘にしたい……)


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対人訓練その②

 悪い意味で有言実行になってしまったことを深くお詫びする所存(土下座)
 しかも結構時間を縫って書いたので、クオリティがのう……。
 とりあえず対人訓練の終わりまでは投稿しますね。
 批判や誤字報告ばんばんお待ちしています!でもできたらお手柔らかに……。


「えぇー!?じゃあ三人は幼馴染なん!?」

 

 ヒーロー側になった忠助たちは、準備ができるまでビルの前で世間話に興じていた。そんな中でポロッと出久がもらした言葉に、麗日が思い切り食いついた。

 

「う、うん、ずっと一緒だよ、それこそ物心ついた時から」

「俺も引っ越すまではよく遊んでたぜ~、懐かしき思いでってやつだよなァー?」

「君とかっちゃんが喧嘩するたびに止めてた僕の身にもなってよ……」

 

 東方忠助という人間は今でこそ飄々として掴みどころのない、髪型のことを除けば滅多なことでは怒らないできた人間だが、ずっと幼い頃はそうではなかった。

 三歳から反抗期を迎え、同じく三歳で反抗期を迎えていた爆豪と凄まじい喧嘩をしていたものだ。お互いまだ個性が発言していなかった時代だったから良かったものの、そうでなかったら大惨事になっていただろう。

 

「まァだ言ってんのかよ、そんな昔のことなんか覚えてねーっつってんだろ~?」

「踏んだ方は気楽だよ、すぐに忘れるんだから」

「……はー」

 

 気まずそうにすっとぼける忠助に、じと目を向けて非難する出久

麗日はそのやりとりに、不思議なものを見るように目をぱちくりさせていた。

 

「……ん?俺らの顔になんかついってかあ~?」

「ううん!そうじゃないんだけど、なんていうか、東方君と話してる時のデク君って、こう、ほら!いい感じやね!」

「い、いい感じ?」

「うん!遠慮がないっていうか、きちっとし過ぎてない感じが!」

「そ、そうかな……別に、意識とかは全然してないんだけど」

「絶対そうだよ!いいなぁ、私にももっとそんな感じでいいのに」

「え!?い、いや、それはちょっと、その……いや別に麗日さんと仲良くしたくないってわけじゃないしむしろ仲良くなりたくて必死だけど――」

「落ち着けって、墓穴掘りぬいて地球の裏側まで行く気かよ~?」

「は、半分忠助のせいだろ!?」

「ほらそういうの!いいなぁって」

 

 頬を膨らませて抗議しながらも、どこか微笑ましそうに口元を緩めるという地味に器用な表情を作りながら、麗日は二人を指さす。

 出久と忠助は互いに顔を見合わせると、揃って苦笑した。

 

「ま、こればっかりはオサナナジミのキョリカンってやつだからよ~~、長く付き合ってりゃいつの間にかなってるもんだぜ?」

「そ、そうだね、しようって言ってするもんじゃない、と思うよ」

「そんなもんか、うん!じゃあ私デク君とも東方君とも仲良くなれるように頑張る!」

「頑張るもんでもねーと思うけどなァー」

 

 それに、もう仲は良い方だと忠助は思う。

 というのも、先ほどから麗日が出久のことを『デク』と呼んでいるからだ。忠助の記憶通りなら出久はあの呼ばれ方が嫌いである。

 にも拘らず、麗日は何の気なしにデクと呼び、出久は特に嫌そうな顔もせずに応じている、付き合いの長さから分かるが我慢している風でもない。

 

 昨日の帰りは、結局飯田の監視もありどこへも寄らずに家へ帰ったわけだが、出久と麗日は最後まで同じ道だった。あの後何か言われたのかもしれない。

 

(おいおいおいおい、まさか俺を差し置いて一足先に春到来ってことかよ~)

 

 太陽のように笑う麗日と、よく分らない動きで照れくさそうに顔を隠している出久を交互に見ながら、忠助は祝うべきか、妬むべきかを考えた。

 

『さて、そろそろ準備はいいかな少年少女!』

 

 近くに会ったスピーカーから聞こえるオールマイトの声に、出久と麗日は一気に顔を引き締める。

 授業だから、訓練だから、そんな言い訳は利かない。これから始まるのはれっきとした戦いなのだ。

 

「よし!行こう、二人とも!」

「うん!がんばろうね!」

「あ、わりーんだけど、ちっと待ってくれ」

 

 胸一杯の覚悟と緊張感をもって、室内に踏み込もうとする二人の後ろから、どこか緊張感のない制止の声がかかる。

 決意を込めた一歩目を邪魔された二人が、不思議そうに忠助に視線をやる。

 忠助はそれを軽く無視すると、二人に背を向けて入口から遠ざかった。

 

「東方君?早くいかんとヒーローチーム時間制限あるよ?」

「ルールは把握してるぜ~、ただ覚えとけ麗日、戦いってのは準備の段階からから始まってるもんだぜ――ま、受け売りだけどな」

 

 忠助がいい終わると同時に、彼の隣に現れたクレイジーダイヤモンドが、全身の筋肉をフルに使った動きで思い切り拳を振りかぶった――!

 

※     ※     ※     ※

 

 一方そのころ、ヴィランチームの三人はミサイルの置かれている部屋に居座っていた。

 もっとも、それも今まさに過去形になりそうなのだが――。

 

「爆豪君!あまり勝手な真似はやめたまえ!訓練だからといって緊張感を忘れてはプロとしての資質を疑われるぞ!」

「一番手っ取り早い方法言ってるだけだろが黙ってろカス!俺が行ってデクもチュースケも、まとめてぶっとばしゃ終わりだろうが!!」

「だからそういうところが真剣さが足りてないと言うんだ!」

 

 準備の段階から始まった争いが、まだ続いていた。

 内容と言えば聞いての通り、出久を一刻も早く叩きのめしたい爆豪と、あくまで冷静に戦略を立てて進むべきだと諭す飯田との見事な平行線だった。

 しかし、開始のアナウンスが流れた今これ以上言い争っている暇もなく、飯田も流石に焦り始めていた。

 

 そんな中――。

 

「あの、それなら提案があります」

 

 黙っていた汐華が、静かに、それでいてはっきりと手を上げた。

 その口から淀みなく言葉が流れてくる様子は、まるでこの事態を初めから予測していたような口ぶりで――。

 

「――ということならどうでしょう?」

「いやいやいや君ぃ!それでは何の根本的な解決にもなっていたいじゃあないか」

「飯田君、君の言いたいことはわかりますけど、どうせこのまま話し合っていてもそのうちに爆豪君が勝手に動き出します。それなら多少状況をコントロールできた方がいい、そう思いませんか?」

 

 説得と言うよりは、どちらかと言えば脅迫に近いものだったが、飯田はその言葉を聞き、今にも飛び出しそうな爆豪を見て、大きく肩を落とした。

 

「……説得が不可能なら次善策に出るのもやむなしと言うことだろうか」

「わかってくれたようで何よりです」

「つか俺を無視して話を進めてんじゃねえ!!」

 

 自分抜きで展開が決まっていく不満に、爆豪が絶叫する。

とはいえ汐華の作戦は彼の要求を満たすものであったため、暴れるようなことはなかったが……。

※     ※     ※     ※

「……なんか今爆豪君の声聞こえんかった?」

「さぁな、いっつも叫んでるよ―な奴だからよ~~、そーいうこともあるんじゃねーか?」

「二人とも静かに、あと曲がり角の確認忘れないで」

 

 どこからか聞こえてきた怒号に、麗日がおっかなびっくり問いかければ、忠助は差して気にした風もなくそれに答える。

 それをすかさず注意した出久に、二人は軽く頭を下げて再びビルの中を進む。

 三人分の足音が、ビルの中にこだまする。できるだけ足音をたてないように気をつけてはいるものの、物音ひとつない室内ではどうしても移動の音を消しきれなかった。

 

「……誰もいないね」

「セオリー通りいくなら、多分五階のミサイルのある部屋に皆で固まると思うよ、けど――」

 

 二階への階段を上りながら、麗日が不気味なほどの静けさに眉をひそめた。

 大して出久は独り言とも返答とも取れるような呟きを洩らしつつ、一段ずつ階段を上がっていく。

 

「けど?なんか引っかかることでもあんのかよ?」

 

 忠助は出久の歯切れの悪い呟きに、目ざとく食いついた。

 出久は重々しく頷くと、自分の中でまとまりつつある推測を二人に話す。

 

「かっちゃんの性格からして、じっと待ってるなんてあり得ない、ただでさえ僕と忠助が揃ってるんだ、確実に何か仕掛けてくるよ。」

「ま、だろーな」

「……二人とも断言しちゃうんだ」

「そういうやつだからね、それでかっちゃんは飛び出すよ、飯田君は真面目な人だからミサイルの所に残る、これも多分確実、不安なのは――」

「……汐華ってわけかよ?」

「うん、彼女に関しては情報が少ないし、どんなタイプなのかもよく知らないから……そうだ、忠助は汐華さんと何回か話したんだよね?どんな人だった?」

「どんな、って言われてもよ~~」

 

 正直なところ分からないというのが本音だ。

忠助だって知りあってまだ数日の仲でしかない。偶然が重なって他のクラスメイトよりは会話もしているが、逆に言えばその程度でしか無い。

 

「わり―けど話せることはなにもなさそうだぜ」

「そっか……」

「ただ、確実に言えることが一つあるとするならよ~、あいつは見た目ほど冷めてねーってことだろーぜ」

「冷めてないって……どういう意味?」

「――ギラギラしてんだよ、目の奥がよ~~、ありゃ、大人しいだけの奴がする目なんかじゃあねーぜ!」

 

 優等生の眼ではない。

 何が何でも目的を達成する、戦う意志を秘めた瞳だ。

 忠助の実感のこもった言葉に、出久と麗日はごくりと唾を呑む。

 だが同時に出久は思考を巡らせることを忘れない。

 もし、忠助の勘が当たっているとすれば、汐華がその性格なのだとするなら――。

 

(仕掛けてくるのは、僕たちの予想以上に早い可能性が――)

 

 その直後だった。

 目の前の曲がり角から、ギラギラとした目の爆豪が飛び出してきたのは――。

 爆豪はその手榴弾型のガントレットを思い切り振りかぶると出久めがけて一直線に振り下ろす。

 しかしその攻撃を既に予想していた出久は、麗日に飛びつくようにしてその攻撃を回避した。

 外れた攻撃はそのままの勢いで壁に激突し、爆音と共に壁に穴を開けた。

 壁の向こうに見える外の風景に、出久は改めて肝を冷やした。相変わらずの高威力だ。

 

「避けきれなかった……! 麗日さん、大丈夫!?」

「う、うん……」

「ヤロウ、デク……避けてんじゃねえよコラ――中断されねえ程度に叩きのめしたらあ!!」

 

 掌からバチバチと火花を散らし、イズクへと最短距離で駆けていく爆豪は――自身が起こした爆炎の中から出てきた特徴的すぎるリーゼントに気づかなかった。

 

「油断してんのは、どっちだっつー話だよな~~~~勝己ぃ!!」

 

 「ドララララララララララララァ!!」とクレイジーダイヤモンドが人間には視認することすらできない高速の拳を爆豪めがけて叩きこむ。

 ――しかし爆豪は、拳が当たる直前に自身が起こした爆発を利用してクレイジーダイヤモンドのラッシュ範囲から抜ける。

 着地と同時に分かりやすく舌打ちをかました爆豪が、忠助に吠える。

 

「邪魔すんなチュースケェ!! テメエの相手はデクをぶっ殺してからだ!!」

「だったら邪魔しねーわけにもいかねーだろーがよ~~!」

 

 クレイジーダイヤモンドが再び爆豪へ拳を突き出す。

 爆豪は、何度も小規模な爆発を起こして、縦横無尽に飛び回りながらそれを回避していた。

 

(……なんて戦いだよ)

 

 離れたところからそれを眺めている出久はあまりに過激な戦闘に、冷や汗を流した。

 クレイジーダイヤモンドの拳速は最低でも二百キロ超えている。忠助の調子がいい時ならば三百だって届かない数字じゃない。

 当たり前だが、拳を視認してからでは確実に回避は間に合わない。

 

 では爆豪はどうやってこのラッシュを回避しているのか――簡単なことだ。打たれて間に合わないならば打ち始める前に射程距離から抜ければいい。

 

 たとえクレイジーダイヤモンドのスピードが優れていようと、それを打ち始める起点となる忠助の反応とスタンドの初動にはほんの少しのタイムラグがある。

 脳が体に命令を出してから、実際に体が動き始めるまでのほんの少しの時間。

 ならば、付け入る隙は当然そこになる。

 ――とは言ったものの……。

 

(それはあくまで理屈の上で可能って話……!誰にだってできることじゃない!)

 

 幼馴染二人と自分との間にある高い高い壁に、出久は歯嚙みする。

 悔しいと思う。

 追いつきたいと思う。

 だからこそ――こうやって悩んでいる暇はない。

 出久は同じように目が離せなくなっていた麗日に呼びかけた。

 

「麗日さん! 今のうちに!」

「え……あ、うん、わかった!」

「テメエ!! 逃げてんじゃねえぞクソナード!!」

 

 その場に背を向けて走り出す二人の姿を見た爆豪が、目を怒らせて吠える。

 しかし出久は振り返らない。

 今は何と言われようと、ただ進み続けるのだ。いつか追いつくその日を目指すために――!

 無言の決意を無視と受け取った爆豪は、額から血管が切れる音を響かせながら一際大きい爆発を起こして出久たちに跳びかかる。

 

 ――自分がいま誰と戦っていたのかも忘れて。

 

「頭に血が上りやすいとこはよ~~、変わってねーようだなァっ!!」

 

 無駄のない動きで、宙を舞う爆豪の前に一度った忠助――その隣に立つクレイジーダイヤモンドが、岩のような拳を握りしめる。

 限界まで張りつめた糸が切れるように、その拳が一直線に爆豪の顔面へと向かう――その、とてもヒーローとは思えない笑みを浮かべる爆豪のもとへと。

 

 何かがまずい。

 それに気づいた時には遅かった。

 忠助から見て左側の壁、見取り図上は小部屋になっているその壁から、突然大量の蔦が伸びてきて忠助を絡め捕る。

 

「う、うおおおおおおおおお!?」

「――ったく、これで満足かよ。ネクラ女」

 

 蔦に引っ張られる形で部屋に引きずり込まれる忠助は、最後にそんな不機嫌そうな声を聞いた。

 出久たちが走っていったほうへ走っていく爆豪を見ながら、忠助は心中で出久に謝罪する。

 

(わりーな。後は任せるぜっ! 代わりに、こっちは俺が引き受けるからよ~~)

 

 蔦の役目は忠助を部屋におびき寄せるところで終わったらしい。

 部屋の中に着くと同時に、蔦から解放された忠助は、部屋の中を軽く見渡した。

 広くはないが、何も置いていないせいか見た目よりも広く感じる。

 記憶が正しければ、ここは二階の隅の部屋。

 忠助が連れ込まれたのと逆の壁は、建物の外に繋がっていたはずだ。

 

 そんなことを考えながら、ポケットから取り出した櫛で髪を整えていた忠助は、正面から歩いてくる人物に声をかけた。

 

「ここまで全部おめーのお膳立てってわけかよ?」

「別に、たいしたことはしていませんよ。緑谷君と戦いたい爆豪君、麗日さんと一対一になれば守りきる自信がある飯田君、つまりそうだな――利害が一致しただけです」

 

 汐華が、忠助の正面で立ち止まった。

 ここはもう、クレイジーダイヤモンドの射程距離だ。

 いつでも拳を打ちこめる。

 それを承知の上で、忠助は汐華に言った。

 

「さっさと出しなよ。おめーの個性(スタンド)をよ~~~」

「……気づいていたんですね」

「気付かねーわけあるかよ。まさかおめー、隠し通したまま俺に勝つつもりだったんじゃねーだろーなァ~~~」

「そうだと言ったら、どうしますか」

 

 直後だった。

 忠助は何の前触れもなくクレイジーダイヤモンドを出現させると、何の手加減もなく右ストレートを汐華めがけてはなった。

 常人ならば顔面の褒めを陥没させながら吹き飛ばされてもおかしくないその攻撃は、同じく突如汐華の隣に現れた金色の人影に阻まれた。

 

「ゴールドエクスペリエンス」

 

 小さく動いた汐華の口から発せられたのは、おそらくそのスタンドの名前。

 それは、忠助のサイボーグのような印象を受けるクレイジーダイヤモンドとは違い、生物らしさを感じさせる見た目をしていた。

 黄金に輝くスタンドを侍らせた汐華と、クレイジーダイヤモンドを傍らに置く忠助の睨みあいは、一瞬だった。

 

「ドラララララララララララララララララララララララ――!!」

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄――!!」

 

 最初のラッシュ合戦に打ち勝ったのは――忠助。

 汐華は、辛うじてゴールでエクスペリエンスの腕を交差させて被害を逸らしたが、吹き飛ばされて背中から壁に叩きつけられた。

 咳こみながら、壁に手をつく汐華に、忠助は油断なく視線を送る。

 

「おめーのゴールドエクスペリエンス、スピードはたいしたもんだが、ちとパワーが足りてね―みてーだなァーー!!」

 

 すかさず放たれる拳を、ゴールドエクスペリエンスでいなしながら、汐華は狭い部屋の中を駆け回る。

 その眼は、未だぎらぎらとした、静かな炎を灯したままだ。

 油断など、できるわけもない……。

 



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対人訓練その③





「汐華さんってスタンド型の個性だったのね……」

「能ある鷹が、爪を隠していただけのことだろう」

 

 口元に指をあてて目を丸くしている蛙吹に、隣に立つ常闇が瞑目して頷いた。

 蛙吹はその言葉に、納得しながらも、どこか寂しそうに呟いた。

 

「分かるわ、常闇ちゃんの言いたいこと……でもせっかく一緒のクラスなのに、隠しごとなんて寂しいわ」

「だよねだよね!私もそう思う!これは汐華が帰ってきたら尋問ですな!」

 

 蛙吹に同調する形で、元気よく声をあげるのは芦戸だ。

 朗らかな芦戸の笑みに、蛙吹も「そうね」と表情を柔らかくした。

 その様子を見ていたオールマイトは、顎に手を当てて考え込む。

 

 確かに個性を他人に知られないようにすることは、大きなアドバンテージとなる。

 対ヴィランとの戦闘では特にそうだ。

 だから気軽に自分の個性の詳細を語ってしまうような者はヒーローに向いているとは言い難い。

 そういう意味では立派なプロ意識と言えなくもない――だが、まだ十五の少女が、同じ教室にいる生徒すら信用できないというのは、流石に健全とはいえないのではないだろうか。

 

(ううむ……これは素直に相澤君に相談かな)

 

 その時だった。

 絶え間なく動いていた画面の向こう側の二人が、動きを止めた。

 何か状況が動いたようだ。

 オールマイトは、そして周りで見ていた生徒たちも一斉に、画面を見た。

 

※   ※   ※   ※

 

 突然動きを止めた汐華に、忠助は眉をひそめて足を止める。

 諦めたか――まさか。

 依然瞳からは熱が失われていない。

 心が折れていない相手に油断するほど、忠助は愚かではない。

 

「……やっぱり、期待通りだ」

「ああ?」

「ジョースケ、僕には、この汐華春乃には夢がある」

 

 そう言った直後、汐華からかすかに放たれていたプレッシャーがはっきりとした重圧として忠助に圧し掛かった。

 忠助は額に流れる冷汗を拭う暇もないほどに、汐華を凝視する。

 一瞬でも目を離せば、やられる。

 そんな確信じみた何かがあった。

 

「君は夢の妨げにはならない――でも、夢にたどり着くための壁にはちょうどいい」

「人を勝手に踏み台扱いしてんじゃあねーぜっ!!」

 

 忠助は気圧されてなるものかと、全身全霊で一歩を踏み出す。

 今引いてしまえば、きっと戦えなくなる。

 汐華が忠助を壁と呼ぶように、忠助にとっても今汐華は確かな壁となっていた。

 越えるべき壁と――。

 

 しかし、向かってくる忠助を見る汐華の表情は、どこまでも冷静だった。

 

「――確かに僕が君に正面から勝つことは難しい……だから今回は、小細工を使わせてもらう!」

 

 その時だった。

 忠助は、足もとで動き回る何かを見つけた。

 それはとても小さく、とてもすばしっこく――ここにいるはずのないもの。

 忠助はいきなり足元に現れた子猫に面くらった――しかもその猫はあろうことか次に忠助が踏もうとしている位置に寝そべっている。

 忠助は反射的に足を降ろす場所を無理やり変えた。

 

 果たして猫を踏まずに済んだ忠助は、離れていた汐華がすぐ傍まで迫っていることに気づいた。

 そして、無理やりな移動の代償としてバランスを崩した今の体勢では、何もできないことも――。

 

「こういう手は効くと思ったよ、君は良い奴だからな」

 

 『無駄ぁ!!』という叫びが聞こえた

 ゴールドエクスペリエンスの拳が、忠助の右頬を力強く殴りつける。

 ただでさえバランスを崩していた忠助は、ゴロゴロと地面を転がって倒れ込む。

 だが不幸中の幸いか、見立て通りパワーはたいしたことがないようで、人間に殴られた程度の痛みしか無い。

 それどころかむしろ一撃もらったことで気合が入ったのか、いつもよりも力が湧いてくるほどだ。

 忠助は次の攻撃に備えるために、急いで立ち上がろうとして――。

 

 ――体が全く動かないことに気づいた。

 

(こいつぁ……なんだ……!?)

 

 体が、まるで動かない。

 動けという指令は間違いなく脳から出ているはずなのに――体がそれに追い付いてこない。

 カツン、カツンと足音がやけにゆっくりと耳に飛び込んできた。

 まずい、まずい。

 それが分かっているはずなのに、体はまるで動かない。

 

 やっとの思いで顔を持ち上げた忠助の視界に飛び込んできたのは、こちらを見下ろす汐華の姿だった。

 汐華の横に立ったゴールドエクスペリエンスが、拳を振りかぶる。

 その動作は酷く緩慢に見えるのに、忠助は回避することができない。

 ゆっくりと、本当にゆっくりと向かってきた拳が、ゆっくりと忠助の頬に突き刺さる。

 

(う、ぐぁ、痛みが、ゆっくりと――)

 

 次の瞬間、元の時間の流れに戻ってきたように、忠助は壁際まで吹き飛ばされた。

 

※   ※   ※   ※

 

「い、今汐華の奴何したんだぁ!?」

「わ、わかんねーよ!俺からは東方が棒立ちでぶっとばされたようにしか――」

 

 峰田が隣に立つ瀬呂を思い切り揺さぶりながら叫ぶが、瀬呂は瀬呂で混乱していた。

 さっきまで圧倒的に優勢だった忠助が、いつの間にか地面に倒れ伏している――それもたった一発でだ。

 クラス内でも影の薄かった汐華の活躍に、クラス中が息をのんでいた。

 

 そんな中、ひとりだけ他の生徒とは違う点に着目していた人物がいる――八百万だ。

 八百万は、画面内に映っているはずの何かを探している。

 そんなクラスメイトの姿に、隣に立っている耳郎が声をかけた。

 

「どうしたのヤオモモ?」

「いえ、さっき東方さんの足元にいた猫が、どこにもいなくて……」

「猫の心配!?優しいなぁ!」

「ああ、いえそうではないのですが」

 

 どこか呆れた様子の耳郎に曖昧な返事を返しながら、八百万は自分が見た光景が間違いではないと確信していた。

 汐華が目立たない動きで、手から猫を生み出していた場面を――。

 

「生物を……創造する力……?」

 

 小さな小さな呟きは、他の誰にも聞こえていないようだった。

 

※   ※   ※   ※

 

 形勢は一気に逆転していた。

 たった一発で足元がおぼつかないほどのダメージを受けた忠助は、すでに防戦一方だ。

 結局なんの能力なのかは皆目見当もつかないが、とりあえず殴られてはいけないことは確かだ。

 

「ったくよ~~、痛みで……動けなくなりそうなのは……初めての経験ってやつだぜ……」

 

 過剰に回避してしまうのも仕方ない。

 おそらくさっきの一撃、汐華は目一杯加減していた。

 くらった感触で分かるのだ。おそらく全力で打ち込まれていたら、最悪痛みでショック死することもあり得る。

 それほどの激痛だった。

 外傷はそれほどでもない、なのに一撃でライフゲージを八割削られたような感覚がある。

 

 もう一撃も、貰えない。

 

「避けているばかりでは何も変わりませんよ」

「言われなくてもよ……今、終わらせてやるぜっ!!」

 

 ゴールドエクスペリエンスの攻撃を綺麗に回避した忠助は、カウンターの要領でクレイジーダイヤモンドの拳を汐華に向かって放つ。

 しかし、その膝から急激に力が抜けたせいで、拳はあらぬ方向へ逸れ、汐華の服の襟を掠めて破っただけで終わった。

 息も絶え絶えに膝をつく忠助を、汐華はどこか冷めた瞳で見下ろした。

 

「ありがとうございますジョースケ、君のおかげで、僕はきっと夢に一歩近づけた」

 

 対する忠助は地面に向かって俯いたまま一言も発さない。

 汐華は、そんな忠助にさらに言葉を重ねる。

 

「できる限り痛みを与えないように気絶させると約束しますよ……お疲れ様でした」

 

 ゴールドエクスペリエンスが振り上げた拳を無慈悲に振り下ろす。

 と、そのタイミングを待っていたように、忠助は思い切り転がってそれを回避した。

 ごろごろと転がった忠助は、壁際までたどり着く。

 

「……随分と諦めが悪いですね」

「あたりめーだろーが、こんなんで諦めるようなやつがヒーローなんか目指せねーだろーがよ~~~!!クレイジーダイヤモンド!!」

 

 クレイジーダイヤモンドが、全力のラッシュを壁に叩きこんだ。

 その行動に目を丸くする汐華の前で、壁に人がくぐれる程の穴が開通した。

 壁の向こうには、何も存在しない――建物の外だ。

 

「何を――」

「俺のクレイジーダイヤモンドは……物を修復する、直す時に、二つのものを一つにくっつけることができる」

 

 そう言うと忠助はポケットから何かを取り出した。

 握った拳からさらさらと落ちていくのは、何かの粉末だ。

 訝しげにそれを眺めていた汐華は、忠助が不敵な笑みを浮かべて服の襟を指でさしていることに気づいた。

 その仕草に、汐華はゆっくりと自分の服の襟を見る。

 

 ――破れたはずの、傷一つない襟を。

 

「――っ!?しまった!!」

「もう手遅れだぜっ!!クレイジーダイヤモンド!!」

 

 何かに気づいて服に手をかけた汐華だったが、クレイジーダイヤモンドの拳が風に吹かれて流れていく粉末に当たる方がはるかに早かった。

 クレイジーダイヤモンドの修復エネルギーに包まれた粉末が、一斉に壁に開いた穴から外に飛び出していく。

 

 ――同時に、汐華の体も宙に浮いた。

 彼女の意思に関係なく一直線に、壁に開いた穴へと――。

 

「逃げてるみて―で気が引けるけどよ~~~、今回はこんなもんで許せよな~~」

 

 穴から外に飛び出す直前、忠助のそんな声が汐華の耳に飛び込む。

 ご丁寧に壁に相手穴がふさがっていくのを見ながら、汐華は口元を少しだけ吊り上げた。

 それはどう見ても不機嫌からくるものではなく、愉快さからくるものだった。

 

 移動はすぐに終わりを迎えた。

 汐華が地面に降り立ったのは、ヒーロー側の開始地点であるビルの入口。

 地面に着地した汐華の襟元から、さらさらと粉末が出ていく。

 今なら分かる。最後の一撃、あれは外れてしまったのではなく、自分の襟もとにこれを混ぜるためのものだったのだ。

 おそらく真正面から攻撃してしまえば、対応される可能性があると思ったのだろう。

 慎重すぎると言えるかもしれないが、結果的に負けたのは自分だ。

 

 汐華は、粉末が戻っていく場所――入口のすぐ傍にある破壊されたアスファルトが修復されていく様子を見ていた。

 しかもそれとは別に、入口は歪に修復されたコンクリートで塞いである。

 最初から、誰か一人を外に追い出して復帰不能にするつもりだったのだろう。

 

「……やるじゃないか」

 

 逃げてるみたいだなんてとんでもない。

 素晴らしい戦略だ。

 汐華はしてやられたというのに、ただただ愉快そうに――

 まるで、今夜の献立が大好物だと知った子供のように……。



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対人訓練その④

 場面転換多めな回です


「あーくそ、このまま寝ちまいてーぜ」

 

 地面に倒れ込みたくなる衝動をなんとか抑えて、忠助は

 何とか汐華を外に追い出したはいいが、おちおち休んでもいられない。

 出久を追って行った爆豪を追わなければならない。

 とはいえ相当時間もたっているし、今頃二人はぶつかっているだろうが――出久がそう簡単に負けるとは微塵も思ってない忠助は、早く救援に行かねばと負傷した見に鞭を打つ。

 

 ――その時だった。

 忠助の耳に、大きな足音が入り込む。

 どたどたと二人分聞こえるそれは――明らかに自分の真上から聞こえていた。

 

「……そーいうことかよ」

 

 忠助はにやりと頬を歪めた。

 

※   ※   ※   ※

 爆豪に追いつかれて、麗日を先に行かせて、なんとか一対一でその攻撃をしのいでいた出久だったが、やはり爆豪との実力差はあまりに大きかった。

 焦げが増えるコスチューム、傷が増える体。

 そして今、追い詰められた出久は壁を背にこちらに向かってくる幼馴染と対峙していた。

 

「個性使わずに終わる気か!?さっさと使いやがれ!それとも俺を舐めてんのか!!ガキの頃から!ずっと!!そうやって!」

「……違うよ」

「俺を舐めてんのかテメエは!!」

 

 出久は涙の溜まった瞳で、爆豪を睨む。

 恐怖からの涙ではない。

 悔しさと、やりきれない何かだ――。

 

「君も忠助も……すごい人だって、ずっと思ってるよ」

 

 幼少期から出久の周りにはいつもその二人のどちらかがいた。

 いつだって、尊敬しながら、心のどこかでは悔しかった。

 ずっと、ずっと――。

 

「越えたかったんだ。ずっと、勝って超えたいんだよ!隣に立てるようになりたいんだよ!!」

「――っ!!そういうところがムカツクっつってんだよ!!クソナードがぁ!!」

 

 爆豪の掌がひときわ強く輝く。

 全身全霊の最大火力を打ち放つつもりだろう。

 出久は迎え撃つように右手を握りしめてワンフォーオールを発動した。

 こっちに向かって走ってくる爆豪に、出久は右手を振りかぶ――らずに腕を交差させて横に跳んだ。

 

(今は、まだ勝てないけど)

 

 目を見開いている爆豪の姿が見える。

 

(いつか、きっと――)

 

 強い決意を胸に、出久は声の限り喉を震わせた。

 

「忠助!! 頼んだ!」

「おう! 頼まれたぜっ!!」

 

 「ドラララララ!!」という聞きなれた声と共に、爆豪の足元がガラガラと音をたてて崩れる。

 開いた穴から下の階に落ちていく爆豪の姿を最後まで確認せず、出久は上階にいる麗日を追ってその場から走り去った。

 

※   ※   ※   ※

 

「退け!! 今すぐ退いて死ね!! チュースケェ!!」

「退かねえよ。にしても、追われながら俺の真上に誘導するたぁ、あいつも結構やるじゃねーか」

「いいから早く退きやがれ!!」

 

 焦りから雑になった爆豪の攻撃をかわしつつ、壊した壁や地面で部屋の入口を塞いだ忠助は、満足そうに上階を仰ぎ見た。

 さっきの叫び、下の階からでもよく聞こえた。

 出久はよく自分を酷く卑下しているが、そんな必要はない。

 なぜならば、よく聞くではないかヒーローとは最後まであきらめないものだと。

 そういう意味では、彼のヒーローとしても素質など最初からずば抜けているのだから。

 忠助は室内だというのに、眩しいものを見るように目を細めた。

 

 

 ヒーロー側の勝利が宣言されたのは、それから数分後のことだった。

 

 

「――ありがとうござますリカバリーガール」

「はいはい、まあ一番の大怪我がそのくらいで良かったさね」

 

 汐華の攻撃で止まらなくなっていた鼻血を、リカバリーガールに治療してもらった忠助は、その言葉に苦笑した。

 でも実際はその通りだ、今回の授業では大きなけがを負った人物は誰もいなかった。

 一番心配していた出久が、かすり傷程度で済んだのが驚きだったが。

 対する忠助は、汐華が予想以上に容赦なく殴ったせいで鼻にひびが入っていたようで、それを直すためにこうして保健室まで来たという次第だ。

 

 人を心配しておいて自分がこれではお笑い草だ。

 

「それにしても、自分を治せないのは治癒系の能力のさだめかねぇ……」

「気にしたこともねーんでわかんねっス。人が治せればそれでいいんじゃないっすかね?」

「……そうだね、きっとそうだ」

 

 忠助の答えに、満足そうに頷くリカバリーガール。

 彼女は、何か思いだした風に手をぽんと打つと、治った鼻を摩る忠助に話しかける。

 

「東方、あんたに相談があるんだけどね」

「はい?なんすか」

「ああ、別に今じゃなくてもいいんだけど、忘れてしまいそうだからね――私が休日に全国の病院を回ってるのは知ってるね?」

「は、はぁ……そりゃまあ有名っすから」

 

 リカバリーガールの訪問治療は、全国の怪我人・病人が待ちわびてならないという定期イベントだ。

 それを完全にボランティアとしてやっているというのだから、同じ治癒系の能力を持つ忠助としては頭が下がる思いだ。

 

「それを、あんたにも手伝ってもらいたいんだけど」

「はい? 俺にっすかァ?」

 

 忠助は自分を指さして目を見開いた。

 教師が教え子をボランティアに誘っていると言えば、そんなにおかしな場面でもないのだが、その規模が規模だ。

 忠助の記憶が正しければ、彼女は休日のたびに全国、場合によっては世界を回る。

 手伝いたいのは山々だが、おそらくここで軽い気持ちで頷けば忠助の学生時代の自由時間はチリと消えるだろう。

 

 怪我人を見捨てるのかと言われては心が痛いが、忠助は普通に青春したいのである。

 休日は家にこもってゲームとかしたいのである。

 そうやって悩んでいると、リカバリーガールが真面目な顔でこう持ちかけた。

 

「もちろんタダとは言わないよ」

 

 忠助の耳がぴくりと動いた。

 金欠と言うのは、忠助を深く悩ませる重大な問題でもあるのだ。

 

「あ、あの~~、ちなみにおいくらほど」

「そうさね、まあこのくらいは」

 

 リカバリーガールが近くに会った電卓に打ち込んだ額を見た忠助は、急に神妙な面持ちになって、椅子から立ち上がると、リカバリーガールに向かって輝く笑顔で親指を立てた。

 

「この東方忠助、困ってる人は放っておけねーっス!!」

※   ※   ※   ※

「あ、おかえり東方く――めっちゃいい笑顔になっとる!?」

 

 教室に戻ってきた忠助に声をかけた麗日が、そのあまりのいい笑顔に驚いていた。

 忠助は、そんな麗日の肩をバンバンと叩きながら、だらしのない笑い声をあげる。

 

「なはは! 何ってんだよ麗日、俺はいつも決まってる男だろ~~?この髪型のみてーによ~~」

「うわぁ……決まってるっていうか完全に『キマッちゃってる』じゃん」

「んだよシツレーなこと言うもんじゃねえぜ耳郎~~」

 

 口でも文句を言いながらも、デュフフグフフと笑いを堪えきれない忠助だったが、教室を見渡して二人ほど足りない人物がいることに気づいた。

 

「おい飯田ぁ~、出久と勝己どこいったか知ってかよ~~?」

「む、そう言えばいないな!まだ帰りのホームルームが終わっていないというのに! 探しに行かねば!!」

「……いや、俺が行くぜ、その方がいい気がするしよ~~」

 

 忠助はそう言うと返事を待たずに教室を飛び出した。

 授業の上では出久に負けた爆豪。

 そして同時に教室から消えた出久。

 なんとなくだが、行き先は分かる気がする。

 

※   ※   ※   ※

「かっちゃん!」

 

 出久の声に、今まさに正門から出ていこうとしていた爆豪が振り返った。

 その眼はいつも以上に荒み、今にも出久を射殺しそうなほど鋭い。

 正直に言えば怖い。怖くてたまらない。

 でも、これだけは、言わなければならない。

 出久は爆豪を――ずっと尊敬し続けている幼馴染に向かって、目を逸らさずに言い切った。

 

「次は、きっと僕の力で勝つよ、他の誰かの力じゃない。僕の力で――」

 

 ワンフォーオールのことを言えない今、この程度の言葉しか言えない。

 それでも、言わずには居れなかった。

 爆豪はその言葉に、ますます目を鋭くしてわなわなと震えだす。

 

「チュースケに頼ったからとか、んなこと言うつもりか?まだ俺をコケにすんのかよ……」

 

 爆豪は、瞳にたまった涙を乱暴に拭うと真正面から出久を睨みかえす。

 

「俺は今日お前に負けたそんだけだろうが!!――こっからだ、俺はこっから、ここで一番になってやる!!」

 

 爆豪は、完全に出久から背を向けた。

 

「俺に勝つなんて、二度とねえからなクソが!!」

 

 去っていく背中を見送る出久の肩が、ポンと叩かれた。

 見れば、そこに立っているのは特徴的なリーゼントヘア。

 

「忠助、いつからそこに……?」

「たった今、来たとこだぜ――言うこと言えたかよ?」

 

 恐らく全て聞かれていたのだろう。

 それでも深くを聞いてこないもう一人の尊敬する幼馴染に、出久はしっかりと頷いた。

 忠助は「そうか」と短く答えると、出久に背を向けて校舎に戻っていこうとした。

 出久はその背中に声をかける。

 

「忠助!」

「……なんだよ、急に大声だしてよ~~~」

「聞いてほしいことがあるんだ、僕の、個性のこと」

 

 出久の言葉に、忠助が驚いて振り返る。

 それは、確か出久が隠していることだったはずだ。

 嘘が下手な出久が、相棒である自分にさえ黙っていたことのはずだ――聞いてしまっても、いいのだろうか。

 そんな思いを込めて出久を見れば、出久は覚悟の決まった視線を返してきた。

 

「実は、僕の個性は――」

「おおっとそこまでだ緑谷少年!」

 

 意を決して開いた口を背後から手でふさいだのは、今の今までそこにはいなかったはずのナンバーワンヒーロー『オールマイト』

 突然背後に現れたオールマイトに、出久が驚いて飛びのいた。

 

「うわぁっ!?オールマイト!?」

「いやはや、爆豪少年に話があってきたんだけど、こんな場面に遭遇するのは予想外だったなぁ!! そして少年、約束を忘れたのかな!」

「うっ……忘れては、ないですけど」

「ならばその開いた口に再びチャックだ!」

「で、でもオールマイト!忠助は僕の相棒なんです! それは、その、役職とかそんなんじゃなくて、ホントの相棒っていうか……」

「――緑谷少年、君の言いたいことは分かる。君が彼を心から信頼していることも、彼がその信頼に足る人物だってことも分かってるつもりさ、だが、その上で秘密を守ってほしいと、私は君に言ったつもりだったんだ」

 

 自覚が足りていない。

 言外に聞こえてくるのはそんな叱責だ。

 しかし、これだけは出久だって譲りたくない。

 知っておいてほしいのだ、これから隣に立って戦うことになる相棒くらいには――。

 全てを、話したいのだ。

 

 出久の固い決意を感じ取ったオールマイトは困ったように頭を掻いた。

 いつもは自分の言うことならば大抵は素直に聞いてくれる後継者の、珍しいわがままだ。彼だって聞いてやりたいのはやまやまなのだが――。

 

 が、そこでオールマイトに助け舟を出したのは、知らぬ間に渦中の人物となっている忠助だった。

 

「……なんかよくわかんねーけどよ~~、無理して話す必要なんかねーってまえにいわなかったかよ~~」

「い、いや、僕が言いたいんだ!君には知っといてほしいんだよ!」

「つっても、もう分かっちまったけどオールマイトと関係あることなんだろぉ?だったら、勝手に言うもんじゃあねーぜ、ちゃんと二人で話をしてから――」

「で、でも!」

「ったく、おめーは偶にすげー頑固になるよな、昔っからよ~~」

 

 爆豪が弱い者いじめをしている時も、こうやって意地を張り続けては痛い目に合っていた。その度に自分が助けに行ったものだ。

 忠助は懐かしさに苦笑しながら、溜息がちに呟いた。

 

やれやれだぜ(・・・・・・)

 

 その一言。

 短い六文字に大きな反応を見せたのは――オールマイトだった。

 オールマイトは突然忠助の両肩を掴むと、屈みこんで視線を合わせた。

 突然の事態に、見ていた出久も、何より忠助も目を白黒させることしかできない。

 

「あ、あの~オールマイト?」

「……なんで、気付かなかった、そっくりじゃないか」

「はい?な、何すかァ?」

 

 忠助の顔をじっと見ていたオールマイトは徐に手をどけると、呆然としている出久に語りかけた。

 

「緑谷少年」

「は、はい!」

「彼には本当のことを伝えなさい」

「え……?」

「おいおい、さっきまではあれだけ催促していたのにそのリアクションはないだろう? 不満かな?」

「い、いや!ありがとうございます! ……でも、なんで急に」

「話は今度でいいかな? すまないが、用ができてしまった」

「え……」

 

 オールマイトはそれを最後に、二人に背を向けるとせかせかと歩いて行った。

 出久はしばらくオールマイトが消えた方向を見ていたが、ふと我に返って、慌てて忠助に向きなおった。

 

「な、なんかよく分らないけど許可出たよ!」

「お、おう、そうみてーだな」

「じゃ、じゃあどこから話せばいいかな……ええっと、あれは去年のことなんだけど――」

 

※   ※   ※   ※

 

 放課後の誰もいない教室、その中にぽつりと立っているのは、がりがりの骸骨のような男――知らない人が見れば確実に誰か分からないオールマイトの真の姿。

 そんな誰にも見られてはいけない秘密の姿のまま、オールマイトはポケットからスマホを取り出す。

 慣れた動きで番号を押して耳に押し当てる。

 長いコール音の後に、ようやくその相手は電話に出た。

 

「ああ、私が電話しているぞ……ああ、久しぶりだ……なに、少し聞きたいことがあってね、君の後継者についてだよ丞太郎(じょうたろう)

 

 その会話を聞くものは、誰もいない。

 




 次回はUSJの前にちょっとしたエピソードを挟む予定。
 オリジナルエピソードは少なめで行きたいので、一二話で終わらせると思います。

 次回
 『ジョルノ・ジョバァーナその①』


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汐華春乃には夢がある その①

 お久しぶりです! 次回予告とはサブタイ変わってしまいましたが、内容は一緒です。
 
 後、今エピソードは完全創作なのでキャラ崩壊がいつも以上であると予想されます。
 もし『このキャラこんなんじゃないやい!』 ってなっちゃった方いらっしゃいましたらすみません。
 


 空を、見ていた。

 特別空が好きだったのかと言われると、首をかしげざるを得ないが、それでもいつも空を見ていた。

 薄汚れた壁、怒声、殴打音、痛み、痛み、痛みーー。

 そんなものばかりで構成されていた少女の世界の中で、唯一空だけはいつ見ても青かった。

 薄汚れた世界を、ほんの少しだけ忘れさせてくれた。

 でも今は、その空さえ、薄汚れたものが覆い尽くしていた。

 

「な、な、なんだよ、てめえそれが親に向ける目かッツってんだよ〜〜!!」

 

 ほおがズキズキ痛む。

 目の前に立つ血走った目の男が殴りつけたからだ。

 狭い路地で転がりながら、少女は呻く。

 男は地面に転がった少女に跨ると、その顔をまた殴りつけた。

 

「てめえは昔っから、生まれた時からそうだ! 生まれた時からよ、俺のことを化け物でも見るよーな目で見てんじゃねーー!!」

 

 ずっと前に、かあさんに言われた。

 「あんたさえ生まれなければ」って。

 だから、邪魔にならないようにしようと思ったのだ

 ただ、邪魔にならないようにしようと思っただけなのにーー。

 なんで、この男はーー義父は自分を殴るのだろう。

 なんで、同級生たちはひどいことをしてくるのだろう。

 

 そんなに特別なことなんて望んでない。

 ただ、普通に生きて生きたかっただけなのにーー。

 義父の手が少女の首に伸びた。

 何かを喚き散らしているようだが、もはやそれだってどうでもよかった。

 

 もういい。もういいのだ。

 何も悪いことをしていないのに、こんな目に合わなくてはいけないのなら、辛くて痛い目にあうばかりならーー。

 もう、こんな命なんてーー。

 

 

「その辺にしとけよおっさん」

 

 義父の背後から声が聞こえた。

 慌てて振り返る義父の顔面に、拳が深々と突き刺さる。

 いともたやすく吹き飛ばされていった脅威を、少女は呆然と見送った。

 

「大丈夫かい?」

「あの、あなたは……?」

「俺か? 俺はヒーロー……って言いたいとこなんだが」

 

 そう言って照れ臭そうに鼻の下を擦っているのは、顔を隠すようにパーカーを深くかぶった青年だった。

 青年はいささか乱暴で、それでいてどこか優しさに満ち溢れている声でこう言った。

 

「俺はな、ヒーローのなりそこないだよ」

 

 そう言って悲しそうに微笑む彼の顔は、今でもなお色濃く記憶に残っている。

 いや、忘れるわけがないのだ。

 間違いなく、少女のーー汐華春乃のオリジンなのだから。

 

※   ※   ※   ※

 

「ーーよし、ホームルームは終わりだ」

「きりぃつ! 気をつけ、れい!」

「ありがとうございました!!」

 

 日直の芦戸三奈が溌剌とした声で号令をかける。

 クラスメイトもその声に引っ張られるように、頭を下げて大きな声で挨拶をする。

 実に爽やかな青春の一ページだ。

 

「おおっとぉ!? 偶然胸ポケットから落ちたボールペンが八百万のスカートの下に! これは事故! 不幸な事故だぜぇ!!」

 

 ()()()()()ボールペンを落としてしまった峰田が流れるような動作で八百万のスカートの下に滑り込もうと地面を転がった。

 完璧な初動、完璧な作戦。

 クラスの誰もがまだ峰田の方を見ることすらできていない。

 見終わった後どうなるかについては全く考えていない峰田だったが、後は野となれ山となれの精神でパラダイスへと突撃する。

 ーーが、突然伸びてきた腕が峰田の足を掴んだ。

 

「なっ!? バカな!? 誰だ!」

 

 慌てた峰田が足元を見れば、クレイジーダイヤモンドの右手がガッチリと峰田を捉えていた。

 それをやった当人である忠助は呆れたようにため息をつく。

 

「誰だ! じゃあねえぜ〜〜、懲りねえ野郎だな、おめーもよ」

「ひ、東方ァー!! なにをするだァー!! 許さん!」

「そーかよ、ま、許されねーのはどっちだろーなァ〜〜?」

「はっ!?」

 

 気づけば峰田を取り囲むようにA組の女子たちが集まってきている。

 皆一様に目を尖らせてーー。

 

「ま、待ってくれ! 違うんだ、これは違うんだよぉ!」

「言いたいことはそれだけか?」

 

 八百万と仲のいい耳郎がゴミを見るような目で峰田へと向ける。

 ガタガタと震える峰田へ、ゆっくりゆっくりと耳郎の『イヤホンジャック』が迫りーー。

 

「ノォーーーーーーーー!?」

 

 愚か者の悲鳴が教室中に響いた。

 ちなみに相澤先生はとっくの昔に職員室に向かったので制裁を止める人間もいない。

 まあ耳郎もやりすぎる性格ではないし、もしもの時は麗日か蛙吹あたりが止めるだろう。

 忠助は愚か者に見切りをつけると、危うく被害者になるところだった八百万へと声をかけた。

 

「ま、災難だったけど未遂で済んだしよ〜、できればこれで許してやってーー八百万?」

 

 どう見ても、八百万は忠助が声をかけていることにも気づいていなかった。

 その視線はあらぬ方へ向けられている。

 忠助はつられるように視線を追った。

 放課後の教室、峰田に制裁を加える女子たち、それを呆れ半分、親しみ半分で眺める男子たち、そしてそんな喧騒には一切加わらず、誰にも気づかれないように去っていくーー

 

「……おい、八百万よ〜?」

「ーーえ? あ、ごめんなさい、ぼうっとしていて、どうかしまして、東方さん」

「いや、どうってわけじゃあねーんだが、汐華となんかあったのかよ〜?」

「……お恥ずかしい、バレてしまいました?」

「グーゼンだよグーゼン」

「いえ……じっと見ていた自覚はありますもの」

 

 どこか憂いを帯びたその顔に、忠助は人懐こい笑みを浮かべる。

 

「別におれは特別役に立つ人間ってわけじゃねーけど、一人で考え込んじまうよりはよ〜、話してみりゃー楽になることだってあるだろーぜ」

「東方さん……そう、ですわね。場所を変えても?」

「おう」

 

※   ※   ※   ※

 

 教室から離れた、あまり人が来ない踊り場で忠助は階段に座り込んだ八百万の横に立っていた。

 何も知らない人が見れば十中八九カツアゲだと勘違いされそうな絵面だ。

 その実、優等生が不良に相談しているのだがーー。

 八百万はちらりと忠助を見て、ふいっと目を逸らす。

 打ち解けたと思っていたが、まだ怖がられているのだろうか。

 苦笑まじりに待っていると、八百万が恐る恐るといった風に切り出した。

 

「東方さんは、汐華さんと仲がよろしいのですよね?」

「おれが? 汐華とか〜?」

「だ、だってクラスのみんなと話そうとしない汐華さんが東方さんとだけは話すんですのよ?」

 

 確かに汐華はあまり積極的にクラスメイトと絡んでいる様子がない。

 芦戸や麗日がたまに声をかけているが、会話も必要最低で済ませている気がする。

 かと言って敵意を持っているわけでもなく、強いて言えば周りに興味がなさそうなのだ。

 

「き、昨日だってお昼を一緒に!」

「……ま、たまにだけどな」

 

 はっきり言って、仗助も別に汐華と仲がいいわけでもない。

 確かに他のクラスメートと比べれば話をする機会も多いだろうが、それだけだ

 昼食だって、出久や飯田たちと都合が合わなかった時や気が向いた時に、近くにいれば声をかける程度だ。

 

「で、でも朝だって一緒に登校してくるではありませんか!」

「家が近所らしーんだよ、行ったことねーけどな」

 

 クラスメイトなのだから、朝に合えば世間話くらいするし、行き先が同じなのだからそのまま一緒に行くのだっておかしいことではない。

 が、八百万はその答えに不満げに口を尖らせた。

 

「そ、そんなのずるいですわ」

「ず、ずるい〜!? 話が見えねーぜ八百万、おめーいったい何が言いてーんだよ?」

「……です」

「あ? なんつった?」

「……と……ぃです」

「あーもう! もっとでかい声で言えってんだよ〜」

「だ、だから!」

 

 八百万は顔を真っ赤にして立ち上がると、忠助に向かってぶつけるように叫んだ。

 

「汐華さんと、お友達になりたいのです!!」

 

 忠助は滅多に聞かない八百万の大声に、そしてその内容に目をパチクリさせた。

 八百万は、堰が切れたように一気に饒舌になるとペラペラと喋り出す。

 

「汐華さんと仲良くなりたいのです! でも話しかけることができないんです!」

「な、なんでだよ、おめー別に人と話すのが苦手ってタイプにゃ見えねーぜ?」

「私だって、そう、思ってましたわ……」

 

 八百万は寂しげに顔を歪ませると、俯いてぎゅっと拳を握った。

 

「でも、なんでかわからないけど汐華さんにはうまく話しかけられないんです。まるで、目に見えない壁があるみたいで、こっちにくるなって言われてるみたいで……」

「あのよ〜、聞いていいかわからねーけど、なんでそんなに汐華にこだわんのよ〜? 前から知ってるってわけでもねーんだろ〜?」

「……東方さん、対人訓練の時に見た。汐華さんの個性、正体はわかりまして?」

「全部じゃねーけどよ〜、そりゃ直接戦ったぶん予想はつくぜ〜」

 

 木を生やす。壁の一部を木にする。どこからともなく猫を呼ぶ。殴った相手を動けなくする。

 最後の一つに関しては未だに正体を掴み切れてないが、それ以外の全てを見るに汐華の個性はだいたい予想がつく

 それはーー。

 

「無機物を材料に、生き物を生み出すってところだろーぜ」

「ええ、おそらくそれであっているはずです……そしてそれは『私』という生き物から、『生き物以外』を生み出す、私の個性と対極であり、同時に同系統の個性でもある」

 

 いつもは理知的は光を絶やさない八百万の瞳に、らんらんと好奇心の光が灯る。

 

「私、両親以外で初めてあったんですの! 同じタイプの個性を持っている方、だから、お話しして見たかったのですが……」

「うまく話せなくて困ってるってことかよ〜」

「返す言葉もないですわ……」

 

 頬を染めて外方を向く八百万に、忠助はふっと微笑んだ。

 本人は真剣な様子だが、問題は単純だ。

 

「ま、どっちにしろ解決方法は一つだろーが」

「え?」

「話したいならよ〜、話せばいーんだよ〜」

「そ、そんな適当な!」

「いいから一回やってみろって、どうしてもっていうなら、おれも一緒いてやっからよ〜」

「ほ、本当ですか!?」

「おうよ! この東方忠助、嘘はつかねーって評判の男だぜ〜!」

「聞いたことありませんわ……」

 

 八百万は呆れたように嘆息しながら、それでも最後には微笑んだ。

 それでいい。

 今から人と友達になろうとしていう人間が、顔を曇らせていてはどうにもならない。

 

「んじゃ、そろそろ帰ろーぜ、駅まで送ってくからよ〜」

「ーーおい、もう下校時刻過ぎてるぞ」

「おわぁーっ!?」

 

 いきなり背後から聞こえてきた声に、忠助は転びそうになりながら振り返った。

 そこにいるのは、いつも通り不健康そうな顔をした我らが担任。

 

「あ、相澤センセー! 脅かさねーでほしーっスよ!」

「お前まで残ってるとは珍しいな八百万」

「む、無視もやめてほしーっス」

 

 八百万は、相澤の言葉に思い出したように立ち上がった。

 下校時刻のことなど、すっかり忘れていたようだ。

 

「す、すみません。今すぐ帰ります」

「ん、そうしてくれ、ただでさえ最近おかしいのも出てるしな」

「おかしーの?」

 

 口を滑らせた。

 相澤の表情はそう語っていたが、気を取り直したようにすぐに口を開いた。

 

「……最近な夜の街で暴れてる物騒なのがいるらしくてな」

「ヴィ、ヴィランってことですの?」

「だったらお前たちには話さない……出てんのはな、ある意味その逆なんだよ」

「ヴィランの、逆?」

「正確に言えば逆とも言い切れない、やってることは結局のところヴィランと同じだからな」

「センセーよ〜、回りくどい言い方やめてくださいよ〜、いったいどーいうことなんスかァ〜?」

 

 相澤は、面倒臭そうに瞑目したまま言った。

 

「自警団気取りのヴィジランテだよ」

 




 今回はオリジナルと言うか、日常回(ちょいシリアス)です。
 全3話くらいで、時系列的には委員長決めた後くらいを想像してます。
 つまりこれが終わったらUSJです。

 あ、こんだけ書いといて毎回同じこと言って申し訳ないですが、パソコン不得手なもので誤字脱字等多いかもしれません。
 見つかりましたら、どうか報告お願いします。


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汐華春乃には夢がある その②

 ヴィジランテ、正規の手続きを踏まず、ヒーロー免許を持たずにヒーロー活動を行うもの。

 本人たちの意思も、やっていることもヒーローの側と考えてもいい……かもしれない。

 しかし、人間の社会が法と秩序を中心に回っている以上、それらの行為はヴィランと同質のものとみなされる。

 いくらやっていることが正しかろうと、正規の手続きで行えないのならば、やましいところがあると自ら公言しているようなものだからだ。

 

 忘れてはならない、ヒーローとは職業なのだ。

 尊い覚悟も、黄金のような精神も、戦うための正当性足り得ない。

 繰り返す、ヒーローは職業なのだ。

 この世界ではーー。

 

「つってもよ〜、そんなにわりー事とは思えねーけどなァー」

「東方さん、仮にもヒーロー志すもの、それも雄英の生徒が言っていいことではありませんわ」

 

 まだ四月になったばかり、日が落ちるのはそこそこ早い。

 すでに薄暗い町並みを、忠助と八百万は並んで歩いていた。

 幸いにも八百万が通学に使っている駅は、忠助の通学路に近かった。

 八百万の性格上、もしも通学路の駅が逆の方向だったりしたら、送らせてくれなかっただろうから、忠助としてはちょうどよかった。

 

(別に実力を信頼してねーってわけじゃねーんだけどよ〜、こんな時間に女子を一人で帰らせんのも違うしよ〜、ま、結果オーライってやつか〜?)

 

 忠助が一人うなづいていると、無視されたと思ったのか八百万が口を尖らせる。

 

「聴いてますの? 東方さん!」

「そんな大声出さなくてもよ〜、バッチリ聞こえてんぜ〜」

「だったら、ヴィジランテを認めるような発言は慎むべきですわ」

「……いやわかるけどよ〜、でもそもそも人助けに免許がいるって時点でおかしいって思うことはねーのかァ?」

「ありませんわ。その理屈が通るのなら医師だって、消防士だって、やりたい人がやっていいことになってしまうではありませんか」

「む……」

「もっと言えば、東方さんのクレイジーダイヤモンド、素晴らしい個性ですけど、もしも東方さんがそれを好き勝手に使い始めたら迷惑を被る方がいらっしゃるでしょう?」

 

 確かに、小さな病院の一軒や二軒は破産させられるだろう。

 

「力を行使する側には、相応の責任が伴います」

「……ヴィジランテは、その責任から逃げてるって言いてーのかよ〜?」

「ええ、やましいところがないのならば正規の手続きを踏むべきですわ」

「ま、そりゃそーだろーけどよ〜〜」

 

 釈然としないと思ってしまうのは、おそらく忠助自身、ヒーローでもなんでもない人間に救われたことがあるからかもしれない。

 例えば、今更になって『あの人』がヒーローだったと聞かされても、忠助の憧れにはなんの影響も及ぼさないだろう。

 しかし、あの助けられた当時にそういう事実があったとしたらーー少しは捻くれていたかもしれない。

 仕事だから助けてくれたのだろうと、子どもらしくもない冷めた意見を持ったかもしれない。

 それを成したものが英雄でないからこそ、英雄的行為は心に響くものがあるーーそんな言い方も、おかしいかもしれないが……。

 

(……ま、それを分かれってのも、勝手な話ってやつだよな〜〜)

 

 忠助はパッと気持ちを切り替えると、八百万へと向きなおる。

 

「ま、どっちにしてもよ〜、アブネー奴には会わねーに越したことねーぜ、相澤センセーのいう通りなら、ソートーキてる奴っぽいしなァー」

「ええ、そうですわね……決して、許されることではありません」

 

 顔をしかめる八百万は、きっとさっきまで聞いていた話を思い出しているのだろう。

 相澤が教えてくれたのは、本当にさわりだけだった。

 なんでも最近、街で犯罪に関わった人間を執拗に痛めつけて、ご丁寧に証拠とともに警察署の前に放り出していく輩がいるらしいとのことだ。

 そんなセンセーショナルな話題が週刊誌にすら上がらないのは、警察が必死になって隠しているからだそうだ。

 

 恥だから、だけではない。

 大衆というのは、この手の義賊的存在に甘い目を向けがちなところがある。

 何せ、面白いネタだからだ。

 真っ当な方法では裁けない悪を、闇夜に紛れて裁く何者かーー。

 自分に火の粉が降りかからない限り、こんなに楽しめるエンターテインメントはない。

 

 もっと言えば、面白がっているだけならまだいい。

 もしも個性を持て余している第三者が、ここにストレスの発散を見出してしまったらーー。

 なんの思想や主張も持たない模倣犯が現れるようになれば、もはや秩序などあったものではない。

 警察が必死に事実を隠している理由は、ここにある。

 

 そしてその話を聞くまで思い至らなかった忠助はともかく、最初からこの結論に至った八百万には、この犯人がどうしようもなく独善的に思えてしまうのだろう。

 その横顔がどこか危うく感じられて、忠助は思わず神妙な顔になる。

 

「こえー顔するもんじゃあねーぜ? まるで今からそのヴィジランテを倒しに行きますって言いそーじゃねーか」

「バカにしないでください、ミイラ取りがミイラなんて、ごめん被りますわ」

「そーかよ、ま、ならいーんだけどよ〜」

 

 危うさは消えてないが、その瞳には確かに知性の光が灯っている。

 いつもの八百万だ。

 これなら、心配はないだろう。

 内心胸をなで下ろしている最中にーー忠助はふと気づいた。

 気づいてしまった。

 

 故に、忠助は立ち止まる。

 止まらざるを、得ない。

 突然立ち止まったクラスメートに気づいて、八百万が振り返った。

 

 

「どうしたんですの? 東方さーー」

「……八百万よ〜、センセーは確か、昨日出たやつは駅の近くって言ってたよなァ?」

「ええ、そうですわね」

「それってよ〜、つまりこの辺ってことかよ〜?」

「……なんですの急に、そんなので驚かそうとしてもーー」

「じゃあ、見間違いって訳じゃあねーっつーわけかよ〜〜、あれはよ〜!」

「一体何をーー⁉︎」

 

 忠助が一点を注視していることに気づいた八百万は、自分もそれを見ようと身を乗り出してーー見た。

 ーー視線の先は、路地だった。

 建物と建物の間、歩いていれば十人中九人は、ここに路地があることすら気づかないほど地味な隙間。

 現に八百万も、今の今まで気づいていなかった。

 同時に、気づいてしまえばもう見て見ぬ振りはできないーー路地の入り口から、奥に引き摺られるように続いている血痕を……。

 

「これは……⁉︎」

「絵の具って訳じゃあなさそーだぜ、もちろん子沢山のおかーさんが持って帰ろーとしたトマトを地面にぶちまけたわけでもねー、正真正銘の大量出血ってやつだ!」

 

 とっさに路地の奥へ向かおうとする忠助の腕を、我に返った八百万が掴んだ。

 

「い、いけません! こういう時はまずプロのヒーローに連絡を取って待つべきですわ!」

「ああ、そうするのが当たり前だろーな、だがっ! この出血、明らかに待ってる余裕はねーぜっ!」

「で、でも……」

「心配すんなって、おれだって自分の立場はわかってるからよ〜、何がいても戦ったりしねー、怪我人を連れて、逃げて返ってくるだけにするぜ!」

「東方さん……」

 

 それでもなお心配そうに顔を歪める八百万に、忠助はニッと笑って親指を空に突き立てる。

 

「だからよ〜、おれがどんな状況になっても、逃げられるよーに準備頼むぜ〜〜? おめーはそーいうのが得意そーだからよ〜〜!」

「ーーわかりました、でも、くれぐれも戦闘は回避してください! 怪我人を連れて、すぐに戻ってきてください!」

「おう!」

 

 忠助は、返事をしながら路地の奥へと駆け出した。

 奥へ奥へと、進むに連れて忠助の中で疑問が膨れ上がって行く。

 

(血の量が、増えてる……? どーいうことだ?)

 

 普通、強烈な一撃を食らわせて奥へ引きずり込んだのなら、血の量は最初がピーク、引き摺られて行くごとに減って行くはずなのだがーー。

 明らかに、進むに連れて出血が増えている。

 こんなふうになるには、方法は一つしかない。

 

「最初の一撃は、相手の逃がすための一撃ってわけかよ〜〜」

 

 そして逃げて行く相手を、後ろから攻撃し続ける。

 そうすれば、出血は徐々に増えていくだろうがーーそれはもはや殺人ですらない、狩りだ。

 命を、玩具にする行いだ。

 

「ムカムカしてくんぜ〜〜、こいつぁよ〜〜‼︎」

 

 大して長くもない路地裏だ、全力疾走の甲斐あってすぐに最奥に到達する。

 バシャっと、忠助の足元で水がーー血が跳ねた。

 大事にしている学ランのズボンの裾が汚れることも気にせず、忠助は目の前の光景から目を離さない。

 

 異様な光景だった。

 地面に水溜りを作っている血液は、明らかに致死量を超えている。

 人間一人を圧搾機にかけたような量だ。

 おそらく奥で倒れ伏している血まみれの男から、流れ出たものだろう。

 その付近には、倒れたゴミ箱とその生身が散乱している。

 

 だが、今注目すべきはそれらではない。

 倒れた男のすぐ傍に、一人の人物が立っていた。

 あたりはやけに薄暗い上に、こちらに背を向けているため、その全容はうかがい知れない。

 わかっているのは、随分細身だということーー女性なのかもしれない。

 そして、首筋で編まれている長い金髪だけだ。

 

 奴が犯人とみて間違いない。

 ならば、今すべきことはーーおそらくその目は薄いだろうがーーまだ息があるかもしれない被害者を奪還すること。

 忠助は、迷わずに声をあげた。

 

「動くんじゃあねーぜ、今おれの個性の照準をお前に合わせたからよ〜〜! 威力が加減できねーんでなァ! 風穴開けられたくねーならじっとしてることをおすすめするぜ!」

 

 もちろん嘘だ。

 クレイジーダイヤモンドで殴るには距離が離れすぎている。

 だが、今は『そうかもしれない』と思わせるのが重要なのだ。

 とにかく隙をつくり出さなくては、奪還どころではない。

 幸い、体育祭は当分先だ。 

 さすがに忠助の個性が知れ渡っていることもないだろう。

 

 こう着状態にさえ持ち込めば、八百万が呼んだプロヒーローが来てくれるはずだ。

 そうすればーー。

 

 ーーが、忠助の思考は唐突に遮られた。

 一切のためらいなく、こちらに突撃して来た相手によってーー。

 

「な、なにぃーーー⁉︎」

 

 驚愕の声を上げると同時に、顔を伏せたまま突っ込んで来たその人物は肩から忠助にぶつかった。

 幸い体格的には忠助が勝っているからか、大したダメージはなかったものの、予想外の攻撃に忠助は背中から壁に叩きつけられる。

 苦鳴を漏らしながらも、忠助の思考はフルに回転する。

 

(あ、あのタイミングで突っ込んでくるってこたぁ……可能性は三つ、ハッタリが一瞬でバレたか、おれの個性がなんであろうとメじゃねーってほどの自信家か、じゃなきゃあーー)

 

 三つめの可能性が頭をよぎる。

 そして思考がまとまる前に、目の前の人物は懐から黒っぽい箱のようなものを取り出してーー忠助に向かって突き出した。

 それがなんなのかを理解する前に脳が警鐘を鳴らす。

 忠助は、とっさに伸びて来た腕を掴んで止めた。

 直後ーーバチバチという音とともに、光のなかった路地裏に閃光が走った。

 

「スタンガンかよ……⁉︎」

 

 しかも明らかに違法に改造されている。

 当たったらどうなるか、試したいとは思えない。

 忠助は、右足を振り上げて相手の腹を蹴りつけた。

 体格で劣る相手は、忠助の蹴りに負けて路地をゴロゴロところがる。

 その拍子に、相手の胸元から何かが転がり落ちた。

 

 が、今はそんなことに気を配っている暇はない。

 忠助は一直線に転んだ相手に向かって走り出す。

 

「わりーけどよ〜〜、応援が来るまで寝といてもらうぜ〜!!」

「ーー東方さん!」

 

 あと一歩、あと一歩のところだった。

 聞こえて来た声に、忠助は慌てて振り返る。

 路地の入り口にいるはずの、八百万がそこに立っていた。

 懸命にかけて来たのだろう、息を切らせてーー。

 

「ば、ばか、おめー待ってろって言っただろーが!」

「だ、だって、私のところまで東方さんの声が届いて来たんですのよ⁉︎ 何かあったのかと思って」

 

 忠助は、自身の失態を呪った。

 おそらくさっき体当たりを食らう直前に、驚いて叫んでしまったせいだ。

 それを聞いて、いても立ってもいられなくなって来てしまったのだろう。

 無理もない、自分だって逆の立場ならそうする。

 

 しかし、あまりにもタイミングが悪い。

 

 忠助は、目をそらしていた相手が動く気配を感じて、慌てて向きなおる。

 直後、ヴィジランテはポケットから取り出したナイフをーー一直線に八百万へと放った。

 ナイフは一切のぶれなく、八百万の腹部へと向かって進んで行く。

 

「う、うおおおおお⁉︎ 弾き飛ばせ! クレイジーダイヤモンド!」

 

 二百キロ近い拳速が、タッチの差でナイフを地面に叩き落とす。

 

「ひ、東方さん⁉︎ 大丈夫ですか⁉︎」

「完全にこっちのセリフだっつーんだよ〜〜、怪我ねーかよ?」

「は、はい、でもーー」

 

 八百万が申し訳なさそうに見ている先に視線をやれば、そこにはどういう手段をとったのか、さっきまでいたはずのヴィジランテがいなくなっていた。

 

「……いなくなった瞬間は、見てたかよ〜?」

「……申し訳ありません」

「そーかよ、だが、今はそれどころでもねーな」

 

 忠助は足早に、地面に放置された被害者の元へと駆け寄る。

 個性の無断使用は厳禁だが、今回ばかりは大目に見てもらうしかない。

 忠助の腕から分裂するように伸びたクレイジーダイヤモンドの腕が、被害者の体に触れる。

 

「……どーいうことだ?」

「どうしたんですか? 早く直して差し上げないと!」

「逆だぜ八百万、どうやらおれの出番には遅すぎたらしい」

「え、そん、な……まさか⁉︎」

 

 口元に手を当てて顔を青くする八百万に、忠助は緩やかに首を振って否定した。

 

「そうじゃねー、状況から見て流れた血はこの人のもんで間違いねーだろーぜ、だがーー()()()()()()()()()()

「な、治っている? どういうことですか?」

「言ったとおりの意味だぜ、服は血で染まっちまってるし、あちこちボロボロに破れてるが、体には何の傷もねー」

「偏見を捨てて、状況を素直に見るなら……さっきのヴィジランテの仕業、でしょうか?」

「執拗に痛めつける、ねぇ」

 

 忠助は、面倒臭そうに舌を打った。

 

「……どうやら、相澤センセーの話には続きがあったみてーだな、ヴィジランテは相手を執拗に痛めつけた後に、わざわざ治してからケーサツに連れてってるってわけだ、そりゃあ、隠蔽もするっつー話だよな〜」

 

 八百万も、忠助の言いたいことを瞬時に察したようだった。

 真剣な瞳のまま、深く頷く。

 

「治癒系の個性を持った、犯罪者予備軍……ヴィラン組織からすれば、喉から手が出るほど欲しい人材でしょうね」

「ったくよ〜、予想以上におおごとになりそーじゃねーか」

「……だとしても、私たちが関わるのはここまでですわ、その人を連れてさっきの場所に戻りましょう、これ以上は本当にプロの領分、まさか首を突っ込み間なんて言わないでくださいね?」

「それこそ悪いジョーダンってやつだぜ、学生の身分でよ〜、これ以上できることなんてーー」

 

 チャリン、と足元で音がなった。

 何かを蹴ってしまったらしい。

 

「何でしょう、これ……」

 

 被害者を背負ったままの忠助に代わって、八百万がそれに手を伸ばす。

 手元にとったものの、あかりの入ってこない路地裏では、それが何なのかわからなかった。

 

「八百万、わりー、明かりもらっていいかよ〜」

「ちょっと待ってください」

 

 八百万は自然な動きで腕からペンライトを創り出すと、手にしたそれを照らしてーー同時に固まった。

 

「……そんな、これって、何でここに?」

「ーーそーいえばよ〜、さっき落としてたな、おれとやりあってる最中によ〜〜」

「嘘、そんなの嘘ですわ!」

 

 力なく頭を振る八百万の横で、忠助は深々とため息をついた。

 

「まさに、『やれやれ』って感じだぜ……」

 




 外じゃスタンド(個性)使っちゃいけないから、バトル描写難しい……


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汐華春乃には夢がある その③

 あの後すぐ、児童虐待と殺人未遂で父は逮捕された。

 母も育児放棄が認められて、父ほどではないものの罰せられた。

 幼い汐華は、一人遠い町の施設に送られた。

 そこでの生活に、特筆すべきことなど何もなかった。

 

 汐華は年の割に聡いところがあったので、周りとの軋轢だけは回避していた。

 だがそれは友好的に接すると言う意味ではない。

 周囲との関係を持たないようにしていただけだ。

 だから彼女は、積極的に害されることこそなかったものの、明らかに施設内で浮いていた。

 そして、彼女はそれでいいと思っていた。

 人との関わりに希望を見出せるほど、彼女の人生に灯りはなかったのだ。

 ーーだが、たった一つだけ、彼女が興味を持ったものがあった。

 

 それが、ヒーローだった。

 

 施設に連れて来てくれた警察の人が、ぽろっと口を滑らせていたのだ。

 自分を助けてくれたのは、ヒーローを目指している若者だったらしいことをーー。

 何の関係もない自分を、地獄の底にいた自分を見つけてくれた、救い上げてくれた。

 希望を知らずに生きて来た少女が、それを与えてくれた存在に憧れるのは、志すのは、そんなに不自然な話でもなかった。

 

 人と関わるのはいつまでたっても苦手だったが、それを補えるほどに努力した。

 いつか自分もヒーローになるのだと、希望を与えてくれた汐華にとっての『あの人』と同じ場所に行くのだと。

 彼女なりに、夢に燃えていたのだ。

 

 

 あの日が来るまではーー。

 

 

 

 

※   ※   ※   ※

 

 ぼうっとしていた。

 ただひたすらに、終業のチャイムも耳に入らないくらい、八百万百はぼうっとしていた。

 自分の中にある正義感と、現実に存在する問題とがかけ離れすぎていて、感情の整理が追いつかないのだ。

 おそらく、正しいのは自分だ。それは間違いないはず。

 

(でも、だったら、どうしてーー)

 

 そればかりが頭の中でぐるぐると回って、答えはまとまらない。

 学年一の秀才も、こうなっては飾りの言葉にしか聞こえない。

 一体、自分はどうするべきーー。

 

「ーーモモ! ヤオモモって! 聞いてる⁉︎」

「……あ⁉︎ す、すみません耳郎さん、何のお話でしょうか?」

「大丈夫? 今日一日中そんな感じだったじゃん」

「え、ええ、心配ありませんわ」

 

 こちらを心配そうに覗き込んでいた耳郎に、八百万は慌てて笑いかけた。

 しかし耳郎はますます眉をひそめて、八百万を見る。

 

「……あのさ? やっぱ、昨日のこと?」

「え……」

 

 昨日の一件は、もうクラス中に知れ渡っていた。

 第一発見者とはいえ、学生が事件に巻き込まれたということで、学校側も説明責任を求められたからだ。

 今回に関していえば偶然以外の何物でもなかったので、何とかおおごとにはならなかった。

 というわけで当事者がいるA組は、担任の相澤が朝のうちに軽くそのことに触れていた。

 とは言っても、クラスメイトたちは八百万と忠助が偶然、事件現場に居合わせたことくらいしか知らない。

 

 耳郎は黙り込んだ八百万の様子を見て、自身の予想が当たっていたのだと思ってしまったらしい。

 

「やっぱりそうなんだ……あのさ、いくらヒーロー志望って言っても、急に事件現場なんてみたらビビるのが普通っていうか、だからその、怖かったなら、口に出したってーー」

 

 必死にこちらを元気付ける言葉を探している学友に、八百万はフッと微笑んだ。

 

「ありがとうございます、大丈夫ですわ」

「……なら、いいんだけどさ」

 

 心配そうな表情のまま、薄く微笑む耳郎。

 八百万は考える。

 例えばこのクラスに入ったばかりの頃、耳郎響香という少女と仲良くなるだなんて、予想していただろうか。

 爆豪のような人間がいることは? 麗日が意外と歯に絹着せぬ性格だったことは? 緑谷があんなに熱い人間だったということは?

 

(出会ってみるまでわからない、話してみるまでわからない……そんなの、だれが相手だって同じことですわ)

 

 そう、だからこれから起きることを恐れる必要はない。

 自分はただ、知りたいだけなのだからーー。

 真実とか、正義とかそんなに大きなことではない。

 相手のことをーー。

 

「八百万」

「あれ東方? どうしたの?」

「おう、わりーな耳郎〜、ちょっと用があるんでなァ」

 

 忠助は耳郎に笑いかけてから、八百万の方へと向き直った。

 

「……いけるかよ〜? 何なら俺が一人で行ったって構わねーぜ?」

「いいえ、私も行きますーー行きたいんですの」

「グレートーーじゃ、行ってみっか!」

 

 二人の視線が、一箇所に向けられる。

 その先にいるのは、放課後の喧騒から一人逃れるように教室から出ていく、黒髪ショートのクラスメイトの姿だった。

 

※   ※   ※   ※

 

 奇しくも、行き先は昨日忠助と八百万が話をしていた、人気のない階段だった。

 ちなみに言うまでもないが、玄関に方角はこっちではない。

 つまり相手もわかっているのだ、忠助たちが接触してくることがーー。

 まあもともと廊下に遮蔽物なんてないので、気づかれるのは当たり前なのだが。

 

 汐華春乃は、特に気負いした風もなくーー振り返って二人に声をかけた。

 

「ーーそれで、僕に何か用ですか? ジョースケ、八百万さん」

「用っつーかよ〜、落し物のお届けだぜ〜」

 

 突然現れたクレイジーダイヤモンドが、忠助がポケットから取り出したものに触れる。

 修復のエネルギーを与えられたそれーーテントウムシ型のブローチーーは、一直線に汐華の胸元へと帰って行った。

 

「……ああ、ありがとうございます、あなたが拾ってくれていたんですね。通りで警察が来ないと思った」

 

 日本の警察は優秀ですからね、と嘯く汐華に、忠助は肩をすくめる。

 

「わりーけどよ〜、楽しくおしゃべりしに来ただけじゃあねーんだぜ?」

「ーー話が聞きたい、そう言う顔ですね」

「ああ、あんな場所でかつらまで被って何やってんだとかな」

「ウィッグって言うんですよ、最近は」

「そーかよ、ならーー」

「ーー汐華さん」

 

 忠助が話を続けようとするよりも早く、八百万が一歩前に出た。

 その表情に、向き合おうとする意思を感じて、忠助は黙って譲ることにする。

 

「何ですか? 八百万さん」

「私、昨日からずっと考えていたんですの、あなたに何を言うべきなのか」

「……意外ですね、君の性格なら、まずは僕を咎めると思ってました」

「もちろん、そういう気持ちもありました。どんな理由であれ、あなたのやっていることは犯罪ですもの」

「否定するつもりはありませんよ、わかってやってることだ」

「そう、それですわーー私、どうしてもあなたが考えなしにあんなことをするとは思えませんの」

「……そんなことを言われるほど、親しくなったつもりはありません」

「それでもわかりますわ!」

 

 八百万は、そっぽを向く汐華に詰め寄った。

 とっさに後ろに下がろうとする汐華に、八百万はなおも言葉を紡ぐ。

 

「私、汐華さんのこと何も知りませんわ、何であなたがあんなことしているのかも、でも、それは今から知ったっていいはずですわ!」

「……わかりません、なぜあなたは僕に構おうとするんです? そんなことをしても、何の得もないと思いますよ?」

「そんなの、ーーからですわ」

「え?」

「お友達に、なりたいからですわ!」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶ八百万に、汐華はぽかんと口を開けた。

 あまりにも、予想外すぎる告白に思考が停止してしまったようだ。

 対して、八百万は完全に吹っ切れたのか、半ば睨みつけるように汐華と視線を合わせた。

 

「クラスが一緒になった、自分と似た個性を持っている方と仲良くなりたいって、そんなにおかしいことですの⁉︎ 損だとか得だとか、そんなの理由になりませんわ!」

「仲、良く……?」

「汐華さん、理由があるなら聞かせてください、ヒーローだからとか、クラスメイトだからとかじゃない、私がそうしたいんです」

「……」

「汐華よ〜、そんなに考え込むことねーと思うぜ? そいつは言ってること以上は考えてねーんだからよ〜〜、何せ今日こうしておめーと話したいって言い出したのは、そいつなんだからよ〜〜」

 

 正直、忠助は大人に相談する気満々だったのだが、それを止めて話がしたいと主張したのは八百万だった。

 だから今回、忠助は全て彼女に任せるつもりだ。

 汐華はそれを聞いて、ほんの少し眉をひそめる。

 それは拒絶や、否定というよりは、困惑している表情だった。

 

「……どう、言ったらいいのかなーー少し驚いているのかもしれない。こんなことを言われたのは、初めてだから」

「え……?」

「八百万さん、僕には夢があるんです」

「夢……」

「はい、夢です。誰に恥じることもない、僕だけの、叶えたい夢です」

「それは、教えてもらえますの……?」

 

 汐華はほんの少しだけ沈黙して、またすぐに口を開いた。

 

「ヒーローに、なりたいんです」

「それは、雄英にきてるからにはーー」

「違います、僕がなりたいのは本物のヒーローです」

「本物の、ヒーロー……?」

 

 汐華の言っている意味がいまいち掴みきれないのか、八百万は困惑していた。

 汐華は、そんな彼女に大きく頷いてから、また語り出す。

 

「僕は昔、ヒーローに命を救われたことがあります」

 

 ヒーローが救けに来る

 今の時代では、決してありえないことではない。

 そして、それが新たなヒーロー産むことになるのもーー。

 

 

「その人みたいに、自分も誰かを助けたいってことですの? それなら、きちんと正規の手続きを踏んでからでも遅くはーー」

「ーー大切なのは、法なんでしょうか」

「どういう、意味ですの?」

「……数年前、新聞の地方欄に小さな記事が載りました。長年活動していたヴィジランテが、逮捕されたという記事でした」

「そ、それが何か?」

「ーーそこに写っていたのは、あの時僕を救ってくれたヒーローでした」

 

 八百万が息を飲む音が聞こえる。

 忠助も、知らず知らずに眉間にしわを寄せていた。

 無表情なのは当の本人だけだ。

 

「人を信じる心も、世の中が地獄じゃないってことも、あの人が教えてくれた……でも、世間は彼の行いを悪だという」

「……汐華さん」

「僕は、そうは思いたくない。彼はヒーローでした、間違いなく、僕の命を救ってくれたヒーローだったんです……!」

 

 二人は同時に気づいた。

 汐華の手が、うっ血するほど固く握られていることにーー。

 表情に出さないようにしているだけで、そのうちには激情が吹き荒れていることにーー。

 

「この汐華春乃には夢がある! あの時教えてもらった正義が、与えてもらった命が、決して間違いじゃなかったと証明するという夢がーー!」

「だから、あなたも同じようにするというのですか?」

「はい、僕はこの活動をやめるつもりはありません……だから、あなたたちがそれを許せないというのならーー」

 

 汐華の背後にゴールドエクスペリエンスが現れる。

 すっかり暗くなった廊下で、黄金に輝く生命のエネルギーを纏ってーー。

 汐華春乃は、立っていた。

 夢のために、立っていた。

 

「僕は、あなた達を倒してでも、進みます……!」

 

 瞬きすら許さない一撃が、八百万へと向かう。

 回避を選ぶ暇すら与えない一撃ーーしかし、横から伸びてきた白く屈強な腕がそれを妨害した。

 

「クレイジーダイヤモンド!」

「ーーっ⁉︎ ジョースケ……!」

「話は最後まで聞くもんだぜ」

「離して、くれないか!」

 

 金色の拳が放たれる。 

 ダイヤモンドがそれを迎え撃つ。

 頭上で行われる超高速の打ち合いに顔を歪めながらも、フリーになった八百万がゆっくりと汐華へと歩み寄る。

 

 

「汐華さん、私は、あなたを止めたい……!」

「止まるわけには、行かないんです! たとえ、許されないとしても……!」

「ーーバカッ!」

 

 乾いた破裂音が響き渡った。

 立っているのは、平手を振り抜いた形の八百万と、赤くなった頰を触って呆然としている汐華。

 頰を叩かれたから、呆然としているのかーー違う。

 汐華の目に映っているのは、瞳に涙を貯めている八百万の姿だった。

 

「許されるからとか、許されないからとか、そんな話じゃないんです! 私調べてきましたわ、汐華さんが昨日警察に突き出そうとしていた男のこと」

「……」

「個性は持っていないものの、幾人もの女性を襲い、家の権力でそれを隠していたんですってね」

「……次の事件を起こす前に、止める必要があった」

 

 八百万は、キッと汐華を睨みつけて叫んだ。

 

「だからって、汐華さんに何かあったらどうするつもりだったんですか⁉︎」

「……え?」

「相手が個性を持ってないから大丈夫? 自分は強いから大丈夫? そんなの気休めですわ! どんなことが起きるかなんて誰にもわからないじゃありませんか! 怪我したら、死んじゃったら、どうするんですか!」

「……」

「汐華さんを助けてくれたヒーローが、どんな方なのかは存じません、でも、その人だってあなたが怪我をしたら、悲しいに決まってますわ!」

「僕はーー」

 

 俯いて、なおも言葉を吐き出そうとした汐華は、突然柔らかい感触に包まれた。

 抱きしめられたのだと、汐華が気づくよりも早く、八百万はその後頭部に手を伸ばすと、ゆっくりと黒い髪を撫でた。

 

「汐華さん、夢はきっと叶えられますわ……だから、そんなに急がなくていいんですのよ」

 

 頭をなんども撫でられながら、汐華春乃は思い出す。

 ずっと昔、こんなことがあった気がする。

 いつだろう、もう思い出せないくらい昔に、こうして頭を撫でられた気がするのだ。

 いつなのかも、誰なのかも、もう思い出せないけれどーー。

 

 ただ、なんとなく八百万を殴らずに終えてよかったと、汐華は思った。

 

※   ※   ※   ※

 

(こりゃ、もうお役御免ってやつだな〜)

 

 忠助は、抱き合う二人にゆっくりと背を向ける。

 そしてそのまま帰ろうとしてーー

 廊下の曲がり角から、こちらを見ている相澤に気がついた。

 

「あ」

「ーーよう、やっと気づいてくれたか」

 

 忠助は慌てて、そこまで走っていくと相澤を捕まえてその場から離れた。

 

「なななな、なぁにやってんスかァー!」

「何って、見回りに決まってんだろ」

「あ、あのう、ちなみにどこから見てたんスか?」

「ーーお前と汐華が個性使って喧嘩しだしたとこからだよ」

 

 何一つ安心できないが、とりあえず忠助は胸をなでおろした。

 ーーが、当然それでは終わらない。

 

「さて、校内とはいえ個性の無断使用だ……普通なら停学ものなんだが、初犯ってことも考慮して、説教と反省文のセットとどっちがいいか選ばせてやる」

「……グレートですね、そいつぁ」

 

 一時間後、こってりと絞られた上に、反省文用の紙を両手で抱えて帰る東方忠助の姿が校門で確認された。

 

※   ※   ※   ※

 翌日、日直だった八百万は一番に教室の扉をくぐった。

 爽やかな朝日が窓から差し込む中、教室の掃除をしていると、ガラリと扉が開いた。

 入ってきたのは、黒髪ショートのクラスメイト。

 

「あ、おはようございます汐華さん」

「……おはようございます」

 

 沈黙が、二人の間を通り過ぎる。

 次に口を開いたのは、汐華だった。

 いつも通りの、抑揚を感じさせない声音で、汐華は言う。

 

「……僕は、今の活動をやめようとは思いません」

「そう、ですか……」

「でも、もしも本当に危ないと思ったら、友達に相談するようにします。それでいいですかーーモモ」

「ーーえ?」

 

 言いたいことだけ言って、汐華は自分の席へ向かった。

 八百万は、その後ろ姿を見てぱあっと顔を輝かせる。

 

「もちろんですわ! 汐華さん!」

 

 背を向けている汐華も、おそらく同じような顔をしていたに、違いなかった。




 蛇足的な解説
  汐華春乃のコンセプトは「夢が固まりきっていないジョルノ」といったところです。
  原作における「ギャングの男」ポジションの彼と一瞬しか関われなかったこともあり、
  人を信じる心も、学びきれなかったところがあります。
  全体的に本物よりもはるかに未熟者です。
  でもだからこそ、クラスメイトとの関わりを経て、これから成長する余地があるので
  す! 

                           ……と言うことにしておこう。


 それでは、またしばらく開く可能性はありますがタイトルだけは決定してます  
  次回「USJに行こう!」


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USJに行こう! その①

 急いで書いたので、誤字脱字が多かったり、少し話の入りかた雑だったりしますがご勘弁を! 
 なかなか書く時間が取れませぬもので。
 後、あとがきで、少しばかり報告があるので、読んでいただけると幸いです。


 もうすっかり慣れてしまった通学路を歩く、一人の男がいた。

 名前は東方忠助、不良然とした外見に似合わず、心優しい少年であるのだがーー。

 今日に限って、その顔はひどく不機嫌そうだった。

 その背後から、一人の少女が歩み寄る。

 

「おはようございます、ジョースケ……ジョースケ?」

「……ん? よお汐華じゃねーか」

「どうかしたんですか? なんというか……覇気がありませんけど」

「見てわかんねーのかよ〜、これだよ、これ!」

 

 忠助は、そう言って両手を広げて汐華の前に立ちふさがった。

 汐華はしばらくの間、忠助が何を言いたいのかを考えていたが、結局首を傾げて見えたままを言った。

 

「その、すみません、雄英の制服がどうかしましたか?」

「わかってんじゃねーか! それに決まってんだろーがそれによ〜!」

 

 いつもの学ランではなく、雄英の制服に身を包んだ忠助は不満げに歯噛みする。

 

「そりゃ、雄英に入学決めた時点でよ〜、わかってたことではあるんだが、こいつぁ、マジにアイデンティティ崩壊の危機ってやつだよなァー」

「はぁ……そうですか」

「そうですかじゃねーぜ? だいたいよ〜、人ごとみてーな顔してっけど、おめーだって同じだろーが」

 

 そう言って忠助が視線を送る先には、同じく改造した学ランではなく、雄英の制服に身を包んだ汐華春乃が不思議そうな顔をして歩いている。

 

「僕は、君と違って服に対してのこだわりが強いわけではないですからね」

「あんだけ改造してるくせに、淡白なやつだなおめーはよ〜」

「気にしても無駄ですから、あとどうせヒーロー科の授業で着るじゃないですか」

「それは、そーなんだが、そーじゃねーんだよなァー」

 

 ふと、忠助は何かを思い出したように笑みを浮かべた。

 爽やかな笑みではない。

 悪戯小僧の笑みだ。

 忠助は、その顔のまま汐華に声をかけた。

 

「ま、おめーからすると、ダチと同じ服着れるってのも悪くねーってか?」

 

 汐華の足が一瞬止まった。

 珍しく動揺している彼女の姿に、忠助はニヤニヤと頰を緩める。

 

 先日の一件以降、汐華のクラスでの態度は軟化した。

 まあ今でも彼女が自分から話しかけるのは八百万と忠助くらいだが、大事なのはコミュニケーションを取る気があると周りに伝わることだ。

 あとは我らがA組の芦戸や葉隠(コミュニケーションおばけ)やら、蛙吹や切島(気の利く面々)が、なんとかしてくれている。

 結果として、汐華はクラスメイトと普通に会話をする仲にまでなっていた。

 

「いやいや、クールぶってたおめーが素直になってくれてよ〜、うれしーぜ、忠助くんとしてはよ〜〜」

「……バカなことを言ってないで、早く行きましょう」

「照れんなって、ガキじゃあるまいしよ〜〜」

「はぁ……着く前に教えてあげようと思ったんだが、これは必要なさそうだな」

「ん? なんか言ったかよ〜?」

「いいえ、何も……まあもともと教えても無駄なことですし」

 

 汐華をからかうことに集中しすぎた忠助は、汐華から教えてもらえなかった。

 忠助本人からすれば、ただ単に嫌というだけの制服だったがーー。

 客観的にみて、忠助に雄英の制服は驚くほど似合わなかった。

 

 上鳴や峰田に一切の遠慮なく爆笑されるまで、あと十分。

 

※   ※   ※   ※

 

 ようやくいつもの学ランに戻れたというのに、忠助の顔は不機嫌なままだった。

 それを見て、峰田がニヤニヤしながら声をかける。

 

「いつまで怒ってんだよー、東方?」

「そうそう、つい笑っちまったけど、そんなにおかしかったわけじゃーーぷぷっ!」

「いい加減にしやがれおめーら! 笑いながら言ってもなんの説得力もねーっつーんだよ〜〜!」

 

 朝から隙さえあれば笑い転げている上鳴と峰田に、忠助の怒号が飛んだ。

 登校一番に爆笑された時は、危うく手が出そうになったほどだ。

 と、隣に座っている女子生徒が口を開いた。

 

 

「上鳴ちゃん、峰田ちゃん、そうやって人の服を笑うのってよくないと思うわ」

「蛙吹……おめーってやつは」

「確かに全然似合ってなかったけど、笑ったりしてはいけないわ」

「蛙吹、おめーってやつは……」

 

 同じセリフだが、一度目と二度目で全く意味が変わっていた。

 感動で潤んでいた瞳から、すっかり光が消える。

 蛙吹は忠助の様子に、申し訳なさそうに言った。

 

「ケロ、ごめんなさい、私思ったことはなんでも言っちゃうのよ」

「ああ、蛙吹さん? それフォローじゃなくてトドメになってるっていうか……」

「それはそれとして緑谷ちゃん」

「ははは、はい? なに?」

「あなたの個性って、オールマイトに似てるわね」

「え⁉︎」

 

 蛙吹からの予想外の言葉に、出久が固まる。

 似ているも何も、それそのものなのだとは言えるわけがない。

 慌てて何かを言い返そうとした出久に代わって、忠助が口を開いた。

 

「蛙吹よ〜、そりゃ他人の空似ならぬ他個性の空似ってやつだろーぜ、何せオールマイトは一発ごとにぶっ壊れたりしねーからよ〜」

「て、手厳しい……」

「そう、それもそうね、あと梅雨ちゃんって呼んで」

「この歳でかァー? 女子をちゃんづけってのは、ちと照れるぜ」

 

 蛙吹の言葉におどけて返しながら、忠助は出久をちらりと見た。

 なんとか平静を取り戻した様だが、今の取り乱し様では、いつばれてもおかしくない。

 これはしばらくの間は、フォローに回ったほうがいいかもしれない。

 それが、秘密を共有した人間の義務というものだ。

 

(にしても、受け継がれる個性、ね)

 

 あの対人戦闘訓練の後、出久から明かされた秘密は、忠助の予想をはるかに超える大きなものだった。

 ワン・フォー・オール、鍛えた力を次代に継承していく個性。

 なるほど、オールマイトが頑なに隠そうとするわけだ。

 こんな事実が明るみに出れば、混乱は避けられないだろう。

 その上、緑谷出久の人生はめちゃくちゃになってしまうだろう。

 

 なんとしてでも、隠し通さねばならない事実だ。

 更に言えばーー。

 

(その上、オールマイトの活動限界だァ?)

 

 ナンバーワンヒーローの知られざる現状。

 一日三時間限定の個性行使ーー言ってはなんだが、一般の高校生である自分が知っていいレベルのことではない。

 はっきり言って、聞かなかったことにしたいレベルだ。

 だがーー。

 

「一人で背負わせるわけにも、いかねーよなァー」

 

 聞いただけの自分でもこうなっているのだ。

 背負っている当人がどんな状況なのか、想像に難くない。

 高校一年生のガキ同士、できることはお互い少ないが、一人で背負うよりも、二人で背負ったほうが幾らかはましになるはずだ。

 

「どうかしたか東方? ぼーっとしちまって」

 

 考え込んでいる間に呆けてしまっていた様だ。

 切島が、心配そうに自分を見ていた。

 

「いや、なんでもねーよ……それにしても、敷地広すぎるんじゃねーか? まだ着かねーって相当なーー」

「心配するな、もう着く」

 

 前に乗っていた相澤がそう言った直後だった。

 忠助の乗っていたバスがゆっくりと減速した。

 そう、A組は今まさに訓練に向かっている最中だったのだ。

 

 前に行った戦闘訓練とはガラリと趣の変わった。

 救助訓練にーー。

 

※   ※   ※   ※

 

「スッゲー!! USJかよ‼︎」

 

 興奮が抑えきれなかったのか、誰かがそう叫ぶ。

 忠助も叫びはしなかったものの、目の前に広がる光景に息を飲んだ。

 土砂崩れが起きた様な地形。

 大きな渦が巻いている水場。

 轟々と燃えているビル群。

 それらが全て遠くに見えるほどの広さ。

 

 なるほど遊園地と間違えても仕方のないほどの設備だ。

 いったいいくらかかっているのか……。

 

「水難事故、土砂災害、火事、エトセトラーー」

 

 興奮する生徒の前に、宇宙服の様なコスチュームに身を包んだ小柄な人物が現れる。

 

「あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場ーーウソの災害や事故ルーム(USJ)です」

 

 その人物に、緑谷と麗日が感嘆の声をあげた。

 

「スペースヒーロー13号! 災害救助で目覚ましい活躍をしている紳士的ヒーロー!」

「うわあ! 私好きなの、13号」

「……出久と麗日よ〜、あの人もしかして有名な人なのかよ〜?」

「ええ⁉︎ なんで知らないの東方くん!」

「勘弁しろよ〜、おれは出久と違って、ヒーローに詳しいわけじゃねーからよ〜」

「先生方くらいは把握しておこうよ……」

 

 はしゃぐ生徒たちを気に留めず、相澤が13号に何かを尋ねている。

 小声なので、聞こえなかったが、相澤の呆れた様子、それにいるはずだと聞いていたオールマイトがここにいないところを見るに、そういうことなのだろう。

 

(大方、来る前に人助けでもして、活動限界超えちまったってとこかよ〜)

 

 あの人ならさもありなんだ。

 結果的に、その答えは大正解だったが、まあ今は関係ない。

 先生同士の話し合いも終わったのか、13号が生徒たちへと向き直って語り始める。

 

「始める前に一つ、みなさんもご存知でしょうが、僕の個性はブラックホール、あらゆるものを吸い込んでチリに変えてしまいます」

「その個性で、どんな災害からも人を救い上げるんですよね?」

 

 出久の言葉に、麗日が大きく何度もうなづく。

 そんな様子を見ながら、13号はなお話を続ける。

 

「でも、簡単に人を殺せる力ですーーみなさんの中にも、そう言った力を使える人がいると思います」

 

 13号の視線が、忠助へと向く。

 

「人を癒すという個性でさえ、使い方次第では誰かを傷つけるものになりかねません……一歩間違えれば、人を殺せてしまう力を個々が持っている、そういう社会に生きているんだということを、忘れないでください」

 

 それは、奇しくも先日八百万と帰っている時に言われた内容と似ていた。

 好き勝手に力を使えば、どんな優れた力でも凶器になる。

 だからこそ、超人社会は個性の使用を資格制にして、厳しく統制されているのだ。

 

「みなさんの力は、人を傷つけるためにあるのではない。救けるためにあるのだと、心得て帰ってくださいなーー以上、ご静聴ありがとうございました!」

 

 そう締めくくる13号に、生徒たちは気合の入った表情で拍手を送った。

 ーーと、あくまでクールな相澤が腕時計を見ながら、口を開く。

 

「さて、じゃあまずはーー」

 

 

 直後のことだった。

 目の前にある広場に、小さな黒い靄の様なものが浮かび上がったのはーー。

 いち早く異常事態に気づいた相澤が叫ぶ。

 

「13号! 生徒を守れ! お前らはひとかたまりになって動くな!」

 

 同時に広がっていく黒い靄からーー手が伸びてきた。

 いや、手ではない。

 人間の手を顔に貼り付けた男が、まるでカーテンを押しのけて現れる様に出てきた。

 それを皮切りに、後ろからは続々と集団が入場して来る。

 

「なんだぁ? また入試みたいにもう始まってますパターン?」

「……いや、どうやら、そんな穏やかな状況じゃあねーみてーだぜっ!」

 

 この状況にいち早く気づいた生徒は三人。

 昨年、実際のヴィランに襲われた出久、爆豪。

 日々の活動ゆえか、他のクラスメイトよりも注意を張っていた汐華。

 そして、忠助。

 身構える四人を見て、先頭に立っていた手の男が口を開いた。

 

「なんだよ……卵とはいえヒーローってか、すぐに構えられちゃ、奇襲にならないってのに」

「それに、オールマイトがいませんね、先日いただいたカリキュラムではいるはずなんですが」

 

 それに続いて声を出しているのは、後ろに立っている黒い靄をまとった男だ。

 状況的に、この黒い靄はあの男の個性を見て間違い無いだろう。

 手の男は忠助たちの方を一瞥して、気だるそうに呟いた。

 

「あいつら全員殺せば、出てくるか、平和の象徴」

 

 忠助はその声を聞いて、鳥肌が立つのを抑えきれない。

 声には熱がない。

 信念も、それ以前に重いと呼べるものがほとんどない。

 ただ、ひたすらに真っ暗で、底が見えないーー悪意だけがあった。

 

 だがーー。

 

(落ち着け! こんなもんでよ〜、冷静さ失ってらんねーぜ)

 

 東方忠助は知っている。

 ()()()()()()()()()()()()

 あの目を、覚えている。

 あれに比べれば、目の前にいる男たちなど、まだ緩い。

 

 それに加えて、今あのヴィラン集団は自分たちが狩る側だと思い込んでいる。

 戦うにせよ、逃げるにせよ、今なら先手を打てる。

 忠助の腕が静かにぶれる。

 その腕から、クレイジーダイヤモンドの腕が伸びーーる前に、忠助の頭がぱしんと叩かれた。

 

「いでっ⁉︎」

「何をしようとしている東方」

「セ,センセー……何って、決まってんじゃないっスか、あいつらがヨユーぶってるうちに先手をーー」

「それは、俺の仕事だ」

「へ?」

 

 呆けている忠助を無視して、相澤は13号と生徒たちに指示を飛ばす。

 

「13号! 外部と連絡が取れるか試してくれ! 上鳴! お前も個性を使って連絡取れるか試してみろ!」

 

 とりだしたゴーグルをかける相澤を見て、忠助は焦った様子で声をあげた。

 

「センセー! 一人で行くのは危険っス! 俺もーー」

「いいから黙って見てろ、学生に来られても邪魔にしかならん」

 

 相澤ーーイレイザーヘッドは、それだけ言い残すとヴィランたちの元へと単身飛び込んでいく。

 集団の中で一切鈍ることのないその動きは、洗練されていた。

 確かに、あそこに自分が混じっても邪魔にしかならないだろう。

 しかしなぜだろうか、不安が消えないのはーー。

 戦っているイレイザーヘッドから目が離せない。

 忠助は、ここにいなくてはいけない気がする。

 

 と、クラスメイトたちと避難しようとしていた出久が、止まったままの忠助に気づいてその肩をたたく。

 

「忠助早く! 今ここにいても先生の邪魔になる!」

「あ、ああ、わかってる! 今すぐ逃げるぜ〜!」

 

 不安がっても仕方がない。

 現状できることはない。

 今の自分たちにできるのは、さっさと逃げて先生の負担を減らすことだけーー。

 

「させませんよ?」

 

 すぐそばから声が聞こえた。

 視界に映るのは黒い靄。

 いつの間にか、二人のすぐ隣にそいつはいた。

 全身を靄でまとった、おそらく転移系の個性の持ち主。

 そいつは、目を見開く忠助たちの前で、堂々と言い放った。

 

「初めまして、我々は(ヴィラン)連合。せんえつながら、この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせていただいたのはーー平和の象徴オールマイトに、息絶えていただきたいと思ってのことでしーー」

「クレイジーダイヤモンド!!」

 

 岩のように握り締められた拳が、黒いそいつの頭を狙う。

 ーーが、その拳は一切の手応えを感じさせずに、頭を素通りした。

 

「な、なにぃっ⁉︎」

 

 会心の一撃が全くきいておらず泡を食う忠助に対し、相手は一切慌てた様子なく呟いた。

 

「せっかちなお子さんがいますが、私は自分の役目を果たさせていただきましょう」

 

 直後、爆発的に膨らんだ黒い靄が忠助を、隣にいた出久をーークラスの全員に襲いかかる。

 特に至近距離にいた忠助は、声を上げることすら叶わずに、その靄に飲み込まれた。

 




 報告

 実は先の展開を二つほど思いつきまして、どちらにしようか迷っているので、アンケートで決めてしまおうかなと思います。

 感想欄でアンケートは禁止だと伺ったので、活動報告の方にあげました。
 お時間ありましたら、作者名をクリックしていただいて、活動報告の方からぜひ回答お願いします。



 それはそれとして、人が多すぎでだれを喋らせればいいのか迷う問題。
 ……二次創作も難しいですなぁ。


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USJに行こう! その② 

 私生活が予想以上に忙しく、随分間が空いてしまいました。
 待ってくださっている方がいれば幸いです。

 それでは、忘れられているかもしれませんが、大雨・雷雨ルート開幕です。 
 ここまで時間が空いてしまった埋め合わせはいつか必ず!




 目を開けていられないほどの豪雨が、顔と言わず全身を襲う。

 眼に写る範囲がすべてこれだと言うのだから、雄英がいかにこの施設に力を入れているかがわかろうと言うものだ。

 本来ならば、ここで行われるのは雷雨の中で人を救助する訓練だったのかもしれないがーー。

 

「ダークシャドウ‼︎」

『アイヨォ!』

 

 鋭い叫びとともに、常闇の胴体から漆黒の影が飛び出した。

 彼の個性である『黒影』だ。

 ダークシャドウは素早い動きで、離れたところにいた男にーー自分たちを取り囲んでいるヴィランの一人にーー肉薄して、殴りつけた。

 

「ぐあぁー⁉︎」

「ちくしょう! スタンド型の個性か⁉︎」

「ばか! そんなの気にしてる場合じゃーーがっ!」

 

 驚愕して動きが鈍ったヴィランの一人を、またもダークシャドウが殴りつける。

 中距離に関しては無類の強さを誇るダークシャドウに、ヴィラン達は圧倒されていた。

 ーーが。

 

「強力な個性だがーー」

 

 ギリギリ、ダークシャドウの射程距離の外にいた男が思い切り屈む。

 見ればその足はバネのように変形していた。

 とくれば次の一手は当然ーー。

 

「懐がガラ空きだぞ、ガキィ!」

 

 男が宙高く跳ねた。

 そのまま、ビルの壁面を蹴った男は、一直線に常闇に狙いをつける。

 勢いを殺さずにぶつかるつもりだろう。

 確かに数の利はヴィラン側にある。一瞬でも常闇が倒れれば、あとは囲んで叩かれて終わりだ。

 どんな強個性だろうと、抵抗する間も無く叩かれ続ければ負ける。

 そして、正面を捌くことに手いっぱいの常闇に、この攻撃を防ぐ手立てはない。

 

 

 ーーあくまで、常闇には、だが。

 

 

 常闇は一歩後ろにずれた。

 そしてその背後から入れ替わるように現れたのは、非常に不機嫌そうな顔の少年。

 

「ったくよ〜〜、髪型が崩れるからさっさと屋根のあるとこに行きてーってのによ〜〜、わらわらわらわらーー」

 

 少年の背後に現れた白い巨体が、岩のような拳を振りかぶった。

 

「うっとうしーぜ! てめーら!」

「ぶげらぁッ! バああああああーーーー⁉︎」

 

 突撃してきた男に顔面にクレイジーダイヤモンドの拳が突き刺さる。

 ただでさえ強力なクレイジーダイヤモンドのパワーに、自身の突進の威力まで加算された一撃だ。

 男はおかしな体勢になって、錐揉み状に回転しながらビルの壁面に叩きつけられた。

 壁にヒビを入れる勢いでぶつかった男を見て、忠助のさらに背後にいた岩石のような顔をした少年があわあわと手をバタバタさせていた。

 

『あれ、大丈夫なの?』

「心配するな口田、東方がその程度の加減を忘れるはずもない」

『そ、そっか、そうだよね』

 

 口田のジェスチャーに、淡々と常闇が答える。

 当の忠助は、一刻も早く屋内へと向かいたいのか、一心不乱に湧いてくるヴィラン達を叩きのめしている。

 近いてこない相手にはダークシャドウが、近いてきた相手にはクレイジーダイヤモンドが、その拳を振るう。

 即席ながらあまりにも隙のない布陣だ。一山いくらのヴィラン達に突破できるものではない。

 

 しかし、その中でも果敢に挑もうとする者もいる。

 

「そこをどけぇ!」

 

 身の丈三メートル近い大男が、どこから持ってきたのか自分の五倍近くありそうな球体を持ち上げていた。

 すぐそばのビルの壁面が大きくかけているところを見るに、物体を球体する個性だろうか。

 しかしおそらく本人は増強系なので、協力者がーー。

 なんて、冷静に分析している時間はなく、上半身を捻ったその体勢から、男が次に何をするのかは火を見るより明らかでーー。

 

「まずい! ダークシャドウ!」

「くらえええええ! ーーグフゥ!」

 

 ダークシャドウの容赦ない一撃が男の腹に直撃したが、ほんの一瞬遅かった。

 巨大な球体は、一直線に忠助達の方へと飛んできた。

 回避も間に合いそうにない。しかも大きさ的にラッシュで破壊しきれないかもしれない。

 忠助は二人の前に飛び出ると、クレイジーダイヤモンドでその球体を受け止める。

 

『ーードラアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎』

 

 クレイジーダイヤモンドが吠えた。

 忠助は受け止めた瓦礫を、勢いを殺さないようにして進路をずらして投げ飛ばす。

 上方向へと飛んで行った瓦礫は、忠助の背後にあったビルへと直撃した。

 最上階近くの壁が崩れ、ガラガラと地面に落ちていく。

 直撃していたら危なかった……。

 

「ひ、怯むんじゃねえ! まだ数はこっちの方が上なんだ! やってやれ!」

「お、おお‼︎」

 

 ことごとく攻撃を回避され、消沈しかけていたヴィラン達が一斉に飛びかかってくる。

 全方向からの、単純だが効果的な圧殺。

 ーーが、それはもっともやってはいけないことだ。少なくともこのメンバー相手には。

 

「ダークシャドウ!」

「クレイジーダイヤモンド!」

 

 黒と白の守護神が、それぞれの体から飛び出した。

 

『カズソロエリャカテルッテオモッテンノガ、サンシタナンダヨー‼︎』

『ドラララララララララララララララララララララララララララァ‼︎』

 

 すべての方向から迫るヴィラン達を、四つの拳が尽く迎撃した。

 

※   ※   ※   ※

 

「全員片付いたようだな」

「ったくよ〜〜。数だけは多い連中だったぜ」

 

 死屍累々となった通りを眺めて、生き残りがいないことを確認した常闇と忠助は、ようやく息を整える。

 轟々と降りしきる雨に打たれながら、それでも忠助は懐から櫛をだして髪を整える。

 雨でも崩れない強力なワックスをつけているとは言え、この豪雨はさすがに辛い。

 

(あの黒モヤ野郎、狙って飛ばしたんじゃあねーだろうな〜〜)

 

 体が黒いもやで覆われていたーーもしかすると異形系かもしれないがーーあのヴィランのモヤに包まれたと思ったら、次の瞬間にはここに飛ばされていた。

 空間を移動する系の個性、それも相当に強力なやつだ。

 だが、だがそれにしては、そんなに強力な個性を持っているものがいるにしてはーー。

 

「それで、ここからどうするつもりだ東方?」

 

 考え事をしていた忠助は、常闇からの呼びかけで我に帰る。

 

「ん、ああ、とりあえずよ〜〜、さっさと中央に戻るぜ」

『え、ええ!? 戻るの!?』

 

 手足をばたつかせて、うろたえているのは口田だ。

 口田はそのままの勢いで、手話を続ける。

 

『で、でもさ、今戻ったところで足手まといになっちゃうんじゃない? 僕たち本来は戦闘行為認められてないし!』

 

 そう、口田の言う通り、天下の雄英生といえど、今はまだ学生の身分だ。

 ヒーロー仮免許すら持っていない自分たちには、本来戦闘行為は認められておらず、個性の無断使用に当たってしまう。

 それに、今なお現役で働き続けているイレイザーヘッドや13号と、まだ学び始めたばかりの自分たちではあまりにも差が大きい。

 おそらく共闘なんてしようにも、足を引っ張ってしまうのが関の山だ。

 だがーー。

 

「口田、オメーの言いてーことはよーくわかるぜ、けどよ〜〜、なんつーか嫌な予感がすんだよ」

『嫌な、予感?』

「ああ、考えてもみろよ、ここは雄英だぜ〜〜? 授業中を狙って襲ってきたところで必ずプロのヒーローがいる、しかも今では()()オールマイトまでいる、んなこたー、敵もよくわかってるはずだろーがよ〜〜」

 

 にもかかわらず、白昼堂々と襲撃に来た。

 これが意味するところはつまり……。

 

『それだけされてもなんとかなる自信が、ある……?」

 

 忠助は、頷きを持ってそれに応える。

 切り札があるのか、増援があるのか、それともあの黒モヤか、手の男が相当に強い個性を持っているのか。

 どれかまではわからないが、必ず何かある。

 

 そして、忠助の考えうる中で最も最悪の展開はーー。

 

(あいつらの中で、オールマイトを倒せる目算があるってことだぜ〜〜)

 

 少なくとも、今雄英を襲うというのはそう言うことだ。

 平和の象徴を地に落とす計画が、すでに立っていると言うことに他ならない。

 それだけは何としても阻止しなければならない。

 

『東方くん……』

「心配そーな顔してんじゃねーぜ、何も行って戦おうってんじゃあねえ、俺は回復役に徹する、それだけでもジューブンに戦いやすくなると思うからよ〜〜」

 

 不安げに俯いている口田を安心させるように、忠助はニッと口角を上げる。

 しかし、それを見た口田はさらに俯いてしまった。

 忠助は、苦笑まじりに口を開く。

 

「心配ならおめーはここに残っててもいいんだぜ〜〜? 誰も責めやしねー、むしろ賢い判断だろーぜ」

『違うんだ……怖いのはもちろん怖いんだけど、それだけじゃなくて、東方くんはすごいなぁって』

「ああ?」

 

 口田は視線を地面に向かわせながら、弱々しくジェスチャーを続ける。

 

『東方くんだけじゃない、常闇くんもだよ、こんな時なのに冷静で、あんなにたくさんのヴィランに囲まれても怖がったりしないで立ち向かって行って……僕には、とてもじゃないけどできない』

「何言ってんだよ、おめーだってちゃんとーー」

『いいんだ、気を使ってくれなくても、僕は個性だって戦闘向きじゃないし……そもそも、臆病だ』

 

 雄英に受かって嬉しかった。

 これで自分もヒーローの第一歩を進めるんだと思っていた。

 しかし、本物の恐怖を、安全の保証されない世界を片鱗を見て、あっという間に自分は震えていた。

 

 思ってしまうのだ。

 これが実戦だったならばもう終わっていたとーー。

 もしも1人で飛ばされていたら、為すすべなくやられていたとーー。

 こんな自分が、ヒーロー目指して大丈夫なのかとーー。

 

「口田よ〜〜」

「……? あいったー!」

 

 呼びかけられて顔を上げた瞬間に、口田の額に激痛が走る。

 デコピンを食らったのだと思った時には、とっさに声が出ていた。

 あまりに痛みに涙目になりながら顔を上げると、そこには先ほどまでと変わらずニッと笑っている忠助がいた。

 

「おめー、随分ヨユーじゃねーかよ〜〜、こんな時に先のこと考えるなんてよ〜〜」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「ーーそれにおめーが思ってるほど、俺は強いわけじゃあねーからよ〜〜」

「え?」

「ここに来る前よ〜〜、俺ぁ杜王町ってとこに住んでたんだ……そこで、じいちゃんを失った」

 

 突然のカミングアウトに、口田は息を飲んだ。

 

「じいちゃんは警察官だった、無個性だったけど、町の平和をずっと守り続けて……昔捕まえた凶悪犯に、逆恨みで殺された」

「そんな……」

「俺は、じいちゃんに代わりに町の平和を守るって意気込んで……その犯人、アンジェロを見つけて戦ってよ〜〜、危うく殺されかけた」

 

 忠助は後悔と懐かしさが同居しているような笑みを浮かべて、虚空を見つめる。

 

「グーゼン、別件で町に来てたじょうたーー知り合いのヒーローがいなかったら、そこで死んでただろーぜ」

「……」

「口田、誰だってよ〜〜、戦うのが恐ろしくねーわけねーんだ」

「だったら、なんで? なんでそんな恐ろしい目にあったのにーー」

「ただ、引くわけにゃいかねーだけだ、今日を守ろうとして、昨日死んだ人たちのためによ〜〜」

 

 引き継がれていく意志を、自分のところで途絶えさせるわけにはいかない。

 強いものは弱いものを守り、弱いものはいつか強くなって自分より弱いものを守る。

 そうやって脈々と引き継がれて来た命のリレーを、続けていくだけなのだ。

 

「東方くん……」

 

 口田は忠助をみて、素直に眩しいと思う。

 その精神を、在り方を、黄金のように輝いていると思う。

 自分も、そう在れるだろうか。

 いや、在れるかではなく、そう在りたいのだ。

 ならば、迷っている時間もない。

 

「ーー行こう東方くん」

「おう! それと口田」

「なに?」

「おめー、そんなに喋れたんだな」

「あっ……」

 

 先ほどからジェスチャーを忘れて自分の口で喋っていたことに気づいた口田は、顔を真っ赤にして俯いた。

 忠助は、そんな口田を見て苦笑しながら、肩をたたく。

 

「照れんなよ、そっちの方がよ〜〜、俺ぁいいと思うぜ〜〜?」

「そ、そうかな?」

「ああ、クラスのみんなもよ〜〜、絶対にその方がうれしーだろーからよ〜〜」

 

 忠助は、後ろを振り返って言った。

 

「おめーもそう思うだろ? 常闇ぃ〜〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 忠助のアンジェロ戦の流れ
  
  ・丞太郎、諸事情あって杜王町への到着が遅れる。
  
  ・アンジェロ脱獄、じいちゃん死亡

  ・忠助、自力でアンジェロを発見
  
  ・もう少しで倒すところまで行くも卑怯な手を使われて負けそうになる。

  ・丞太郎到着、アンジェロを一方的にタコ殴り

  ・アンジェロ、最後の悪あがきでアクアネックレスを忠助の体内へ、からの原作通りの展開で敗北

  と言った感じです。ちなみに岩にはならずに普通に捕まりました。
  忠助はヒーロー志望なので私的制裁は行わなかった模様
  


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USJに行こう! その③

USJ編は書き終わったので、この話を含めて3話は毎日更新します。
そのあとはまたしばらく期間が開くと思います。



「な、なにぃーーーーー!! バカなっ! 常闇!」

 

 いたはずだ。

 ついさっきまでそこに、常闇踏陰は確かに存在していた。

 いくら口田と会話していたいとはいえ、人一人がいなくなればそれなりに音がする。

気配が消える。

 しかし、そう言った痕跡をいっさい残さず、常闇は消えていた。

 煙にように、忽然とーー。

 

 慌てて二人は辺りを見渡す。

 あるのは瓦礫の山、倒れているヴィラン達、そこは変わらない。

 変わっているのは、一人の人物が増えていたこと。

 それなりに離れたところにそいつはいた、おそらく忠助達から見て、三十メートルは離れている。

 

 人影は、ゆっくりと忠助達の方へと歩き出し、十歩ほど歩いたところで再び立ち止まった。

 この距離までくれば、外見もそれなりに確認できる。

 外国人の女だった。

 随分ラフそうな格好をしていて、ニット帽をかぶっている。

 そして左右の目の下には、三つずつ点のような刺青が彫られていた。

 警戒する忠助達の前で、女は口を開く。

 

「あのさぁ〜〜〜〜、あんた達がユーエーハイスクールの生徒ってことでいいのよねぇ?」

「なんだって?」

「いやさぁ、アタシ集合場所に遅れちゃって、今ついたとこなのよ、だから何もわかんなくって」

 

 淡々と、やけに自然な様子で話しかけてくる女に、忠助達はむしろ不気味さを感じた。

 女は黙っている忠助達を見て、ふっと微笑みながらなおも語る。

 

「あー、そんなに怖がらなくて大丈夫だってばぁ、アタシってば、今日は機嫌がいいのよ、そう、とっても、とぉぉぉぉっぉぉぉっても機嫌がいいの、だから優しく聞いてあげるからさぁ」

「……あ、あなたも学校を襲いに来たんですか⁉︎」

「そうよぉ、黒いやつに、手伝うなら刑務所から出してやるって言われたから」

 

 最悪だ。

 どうやらこの女は収監されていたらしい。

 街のチンピラレベルではなく、れっきとした危険人物。

 

「でもね、安心して、アタシはもう十分なの、十分な成果を手に入れたのよ?」

「成果だぁ……?」

「そう、ここには新しいピーちゃんを探しに来たの、前のピーちゃんはちゃんと言うこと聞かないから、殺しちゃったし、新しい友達が欲しかったのよ」

 

 晴れやかな顔で物騒な内容を語る女に、忠助の頭中にある警報は鳴り響きっぱなしだ。

 だが、それでもなぜこの場から逃げないのか、離脱しないのか。

 それはある種の直感が働いたからだ。

 忠助は、女を睨みつけながら口を開いた。

 

「常闇を、どこにやった?」

「トコヤミィ? 誰よそれ?」

「しらばっくれてんじゃあねーぜ! この場におめー以外の人間はいねえ! だったらおめーが犯人だと考えるのが、トーゼンのキケツってやつだろーがよ〜〜!!」

 

 忠助の背後に現れたクレイジーダイヤモンドがファイティングポーズをとる。

 口田も、同じ考えだったのか咄嗟に戦う構えを作った。

 女は、そんな二人を見てクスクスと笑いながら、ポケットを探った。

 

「トコヤミなんて知らないけど、紹介してあげるわ、アタシの新しい友達、ピーちゃんをねぇ!」

 

 そう言って女がポケットから取り出したのはーー。

 

「と、常闇くん⁉︎」

 

 手のひらサイズにまで小さくなった常闇踏陰だった。

 常闇はぐったりとした状態で女に握られている。

 気を失っているようだ。

 

 瞬間的に頭に血が上る。

 忠助は衝動のままに駆け出そうとしてーー。

 

「動くんじゃねぇーー!! 状況がわかってねーのかクソガキがぁーーーーー!!」

 

 女は、さっきまでの上機嫌が嘘のような形相になると、常闇を握っていた手を前に突き出して、強く握りしめた。

 マッチ棒が折れるような音が忠助の鼓膜を震わせ、次の瞬間―ー。

 

「ぐああああああああああああ!」

「と、常闇ぃーーーーー!!」

「うわああああああ⁉︎ 常闇くん!」

 

 強制的に覚醒させられた常闇が、激痛に悲鳴をあげる。

 咄嗟に足を止める忠助達を見て、女はさらに激昂した。

 

「今、私が喋ってんだろーが! ええ⁉︎ 人が喋ってる最中に邪魔しちゃいけませんってママに教わんなかったのかぁ⁉︎」

「テメエ! 常闇を離しやがれ!」

「まぁだ命令できる立場だと勘違いしてやがんのかゲボカスがぁーー!!」

 

 女は懐から取り出したものを忠助に向ける。

 黒光りするそれがなんなのか察知するよりも先に、本能が働いた。

 クレイジーダイヤモンドが、忠助の前に飛び出す。

 

 次の瞬間、乾いた破裂音とともに発射された弾丸が一直線に忠助の頭を狙う。

 間一髪で、クレイジーダイヤモンドの剛腕がその弾丸を弾いた。

 

「口田! 隠れろ!」

 

 叫びながら、忠助も駆け出す。

 二発、三発と響く銃声をかわしながら、口田とともに近くにあったビルの陰に飛び込む。

 

「出てこいクソガキがぁー! 死にかけのジジイの痰壷に詰まった痰よりも汚らしいクソどもが! アタシのピーちゃんを奪おうたってそうはいかねぇぞぉぉぉぉぉ!」

「自分で傷つけといて何言ってやがる!」

 

 聞くに耐えない罵詈雑言を浴びながら、忠助は歯噛みした。

 状況は最悪だ。

 常闇は捕らえられ、相手は銃を持っている。

 人質を取られている状況では、何もできやしない。

 

「ひ、東方くん! さっきの音! 常闇くんの骨が、骨が!」

「わかってるっつーんだよ〜〜!」

 

 確実に折れた音が聞こえた。

 怖いのは折れたのがどこかわからないことだ。

 腕や足なら後でいくらでも直す。

 だが万が一、万が一さっきの音が背骨や腰骨だった場合、急がねば命に関わる。

 

 タイミングを見計らって、どうにか接近するしかない。

 忠助は、ビルの陰からチラッと女を見る。

 女は、辺りに散らばった瓦礫をめんどくさそうに跨ぎながら、ゆっくりとこちらに近づいてきている。

 もうすでに、さっき忠助が立っていた辺りまできている。

 

「ど、どうしよう! こんなのどうしようもないよ!」

 

 ゆっくりとこちらに近づいてくる女に、口田は軽くパニックになりかけていた。

 さっきやっと決意したばかりなのに、命の危機に晒されればこんなにも脆い。

 自己嫌悪と焦燥が口田甲司の頭の中を満たしていくーーその時だった。

 

「イテッ!」

 

 女の声が聞こえた。

 その声に驚いてのぞいてみればーー。

 

「ダーク……シャドウ……」

『ハナシヤガレェ……』

 

 小さくなった常闇が、ダークシャドウが、女の手のひらの中から必死の抵抗を続けていた。

 ノロノロとした動きで、必死に手のひらを殴りつけるダークシャドウ。

 しかし悲しいかな、効果はあまりに薄く、買った怒りはあまりにも大きい。

 

「小さくなれば個性の出力も落ちる……そんなこともわかんねーのか!」

「わかっていても、抵抗はできる……!」

「この……! せっかく後で治してやろうと思ったのに! おめーまでアタシをバカにすんのか!」

「……友の、足手まといには、ならん!」

 

 常闇の決意も、女からすれば癪に触るものでしかなかった。

 顔を怒りに歪ませて、ヒステリックに叫ぶ。

 

「もういい! こんな反抗的なピーちゃんはいらない! 全身ぐちゃぐちゃに潰れて死にやがれ!!」

 

 女が再び手に力を入れようと、常闇を両手で握ろうとした。

 訪れる凄惨な結末に、口田がとっさに目を瞑ろうとした時だった。

 

「常闇を頼むぜ〜〜」

「え?」

「気合入れろよ〜〜〜口田ぁ!」

 

 言うが早いか、忠助はビルの陰から飛び出すと一直線に女の方へと向かっていった。

 最短距離を、最速で突っ込んで行く忠助。

 その背中からは、撃たれたらどうするなんて迷いは微塵も見えない。

 

「なにぃ⁉︎」

 

怒りのままに常闇に集中していた女は、とっさにことに銃を向けることができなかった。

忠助は、怒りの形相で吠える。

 

「クレイジーダイヤモンド!」

『ドララララララララララララララララララーーーーー!』

「ひ、ヒィィィィ!」

 

タイミングは完璧だった。

しかし弱者の本能か保身の才能か、女はとっさに握っていた常闇をクレイジーダイヤモンドの方へと突き出した。

忠助は舌打ちとともに、クレイジーダイヤモンドの拳の軌道をそらす。

必殺の一撃となるはずだったそれは、女の足元にあった瓦礫に直撃した。

 

「は、ははははは! ザマァ見ろ! 外しやがった!」

「今ので方がついてりゃあ楽だったのによ〜〜」

「黙れ! もう喋るな! 隠れることも許さねぇぇ!! さっさと離れやがれ!」

 

女は、弾が切れたのか持っていた銃を捨てると、懐から新しい銃を取り出して忠助に突きつけた。

忠助は、苦虫を噛み潰したような顔で数歩下がる。

クレイジーダイヤモンドの射程距離の外へと。

 

「へ、へひひ……! アタシは優しいからなぁ〜〜、この世にお別れする時間をやるぜ! 一発ずつゆっくりと撃ってやる、防ぎたきゃ防ぎな、ただし、最後の一発を防いだら、こいつを握りつぶしてやる」

「うだうだ言ってねーでよ〜〜、撃ちたきゃ早く撃ちなよ」

「強がってじゃあねーぞぉぉぉぉ!!」

 

銃声、クレイジーダイヤモンドの腕がそれを弾く。

――残り時間は、短い。

 




しばらく書いてなかったから、技術の劣化がひどい……。
頑張ります。


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USJに行こう! その④

 今回出しているキャラクター、名前は明かしてませんが、ジョジョファンならば多分わかるであろうと信じます。
 ジョジョはいい敵キャラが多いもんで、ちょっとした敵キャラに使いやすいのがいないのが辛い。


 時間はほんの十数秒前、忠助が飛び出して言った直後だ。

 残された口田は、物陰で頭を抱えていた。

 原因は、忠助が去り際に残した言葉。

 

『常闇を頼むぜ〜〜』

「ど、どうしよう、頼むって言ったって……」

 

 迷っている時間はない。それはわかっている。

 しかし、方法がまるで思いつかない。

 この状況で、女の手に握られている常闇を助け出す方法などーー。

 

 頭を抱えて考え込む口田の耳に、銃声が飛び込んでくる。

 慌てて現場を見てみれば、銃を構えた女とその正面に立つ忠助が見えた。

 忠助の体から出血は見られない。

 状況はわからないが、まだ大丈夫のようだ。

 あくまで、『まだ』でしかないがーー。

 

(どうする? どうするどうする! 考えろ、考えるんだ僕!)

 

 後ろから回り込む?

 無理だ、自分は体が大きい方だし、外見も比較的目立つ。

 何より、バレないようにゆっくり動いて回り込む時間なんてない。

 

 何か盾になるものを持ってーー。

 だめだ、それじゃ状況は変わらない。

 だいたい盾でなんとかなるなら、忠助がなんとかしている。

 

 助けを呼びにーー。

 不可能だ、今からじゃ明らかに間に合わない。

 

 何か、何か、何か。

 状況をひっくり返すような一手をーー。

 考えて、考えて、考えている口田の視界に、あるものが写った。

 

 それは黒かった。

 それは小さかった。

 それはカサカサという擬音語が似合いそうなやつだった。

 それは、三億年以上姿を変えずに生きている生物の大先輩だった。

 

 ――要はゴキブリだった。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ⁉︎」

 

 状況も忘れて、声にならない悲鳴をあげる口田。

 何を隠そう、彼は虫が大の苦手だった。

 触るのはおろか、見るのさえ無理なほどにーー。

 甲虫でさえ無理なのに、ゴキブリなど言うまでもなく大の苦手である。

 

 ガタガタと震えながら、尻もちをつく口田。

 できる限りゴキブリから距離を取ろうと後ずさりーー口田の脳裏にひらめきが訪れる。

 電球がパッとつくような閃きだ。

 

(これなら、多分……で、でも)

 

 

 作戦は閃いた。

 あとは実行に移すだけだ。

 口田は、体に走る怖気をこらえて、一歩ゴキブリへ近づく。

 ゴキブリは接近する口田に気づき、そちらへ向き直った。

 目――目なのかわからないがーーが会ってしまった口田は、一瞬動きを止めてしまう。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ、本当に近づきたくない。

 湧き上がる恐怖に足が一歩下がりそうになる。

 だが、足が一歩下がるよりも先に頭の中に声が響いた。

 

『口田、誰だってよ〜〜、戦うのが恐ろしくねーわけねーんだ』

 

 聞こえてきたのは、今もなお必死に戦っている友の声だった。

 

『ただ、引くわけにゃいかねーだけだ、今日を守ろうとして、昨日死んだ人たちのためによ〜〜』

 

(僕だって、僕だって……引きたくない、前に進みたいーーさらに向こうへ(プルスウルトラ)!)

 

 ※   ※   ※

 

 凌いだ銃弾は、十一発。

 一発防ぎきれずに銃弾がかすってしまった頰から、一筋の血が流れる。

 女はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。

 

「次が最後の一発だ、約束通り、ちゃぁぁぁぁぁぁんと当たれよ?」

「ひ、東方、俺のことはいい、もういいんだ!」

「余計な心配をよ〜〜〜〜、してんじゃあねーぜ」

「いひひひひひひ! 美しい友情じゃねーか……ヘドが出るんだよ!」

 

 女は突然激昂すると、銃口を忠助の頭へと定めた。

 さすがにこの至近距離だ、外すのを期待するのは賭けとしては部が悪すぎる。

 避ければ常闇がただでは済まず、受ければ自分がどうなるかわからない。

 女は、余裕の笑みを浮かべて引き金にかかった指に力を入れる。

 

「まぁ? どっちにしろこれで終わりだ! くたばりやがーーれ?」

 

  

  ゾ     ゾゾ      ゾゾゾゾ

 

 違和感は足元だった。

 靴の上、ズボンの上、何かが這っている。

 あまりにも不快な感触に、女は恐る恐る視線を自分の足元へとやった。

 

 ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ

 

 

 大量のゴキブリが、女の足を登ってきていた。

 

 

 

「ぎ、ギニャアアアアアアアア⁉︎」

 

 生理的嫌悪感。

 理性や判断力ではどうにもならない、本能的な恐怖。

 今まさに右足を太ももまで埋め尽くそうとしているゴキブリの大群に、女は全てを忘れた。

 

 向けていた銃口のことも、握っていた常闇のことも一瞬頭から消える。

 その隙に、足を覆っていたゴキブリの一匹が、常闇の元へと飛んでいった。

 

「なるほど、そう言うことか! ダークシャドウ!」

「ジブンデモテヨオオオオオオ!!!」

 

 飛んできたゴキブリの足をダークシャドウが器用につかむ。

 ゴキブリに引っ張られるように、常闇が女の手の中から脱出した。

 そして人類史上、最も羨ましくない空の旅の終着点はーー。

 

「常闇くん!」

「口田、助かった」

 

 クラスメイトの掌の上。

 それを確認した口田は、女の足へ向けて叫んだ。

 

「多大な尽力に感謝申し上げます小さなものたちよ、ここは危ない、早く逃げるのです!」

 

 ゴキブリたちは一斉に女の足から飛び立っていく。

 ようやく黒い数の暴力から逃れた女だったが、当然一息つく暇などない。

 今度は眼前に、白い個の暴力が迫っているのだからーー。

 

『ドラァ!』

「ブゲエッ⁉︎」

 

 真下から食らったアッパーカットは、女を真上へとかちあげた。

 数秒ほど浮遊していた女は、重力に引っ張られて地面に叩きつけられる。

 痛みと衝撃で個性を維持できなくなったか、忠助の背後では常闇が元の大きさに戻っていた。

 

 

「あ、あがが、ヒィィ、血が、こんなに血が……ヒィ!」

「懺悔はよ〜〜、すんでんだろーなァ!!」

「ままま、待っておくれよぉ〜〜、ほら、みて、見てください〜、こんな血が、顔から血がぁ〜〜、ヒィィ、歯だって、こんなに折れて、もう戦えねーよ〜〜〜」

 

 ずりずりと後ずさりしながら必死に許しを乞う女を、忠助は表情を変えずに眺めていた。

 その視線からは油断は一切感じられない。

 このまま女をたたきのめすという()()がある!

 そのことに気づいている女は、いっそう声高に喚きちらした。

 

「ほらぁ⁉︎ 落ちた時に腕も、折れてるからぁ〜〜、頼むよ〜、もう殴らないで〜〜」

「ひ、東方くん、そこまでにしといてあげようよ……降参してるのに痛めつけるのは、ヒーローの仕事じゃないよ!」

 

 あまりにも惨めな姿に、同情心が抑えきれなくなった口田が、忠助を止める。

 その言葉を受けた忠助は、軽く嘆息するとクレイジーダイヤモンドを消して言った。

 

「……拘束だけはさせてもらうからよ〜〜、警察が来るまで、そこでじっとしてなよ」

「ああ、ありがとう、ありがとうございますぅぅぅぅ!」

「常闇ぃ、口田ぁ、何か縛るもんとかーー」

 

 忠助がほんの一瞬、女に背を向けた瞬間だった。

 泣きながら地面に頭を擦り付けていた女が、ニヤリと笑みを浮かべてバッと顔を上げた。

 

「グー・グー・ドールズゥゥゥゥゥ!! そのガキを小さくしろおおおおおおおお!!」

「――っ! 東方! かわせ! スタンド型の個性だ!」

 

 常闇の警告は、一瞬ばかり遅かった。

 女の方から飛び出したのは、頭から突起を生やしている不気味な人形だった。

 そいつは飛び出した勢いのまま忠助にしがみつく。

 

 変化は一瞬だった。

 忠助の体が急激に小さくなる。

 女はその一瞬をも逃さず、小さくなった忠助の体を掴み取った。

 

「ブァァァァァァァカ!! 降参なんてするわけねーだろうが! 所詮はガキの甘ちゃんよ!」

「くっ、貴様! 東方を離せ!」

「頭沸いてんのかぁぁぁぁぁぁ⁉︎ 離すわけねーだろ! こいつを人質にしてこっから逃げるんだよぉぉ!」

「そんなことさせない!」

「おっと、お前はもう喋るな! またゴキブリまみれにされたんじゃたまんねーからな!」

 

 銃はもう手元にない。

 しかし、半狂乱状態になっている女は、きっかけさえあれば忠助を躊躇なく潰すだろう。

 口田は、歯噛みした。

 自分が余計なことを言ってしまったせいだ。

 最後まで、忠助に任せてきっちりと再起不能(リタイア)にしておくべきだったのだ。

 

 何か、何か方法はーー。

 そう考えていた口田は、気づいた。

 女の手にいる忠助の表情に、なんの焦りもないことにーー。

 女も、遅れてその事実に気づいたようだった。

 

「てめえ、何余裕ぶった態度とってんだぁ⁉︎」

「……」

「なんだよ、なんか喋れよ」

「……」

「やめろ、こっちを見るな! 私を蔑むような目で見るなああーッ!!」

「蔑み? 違うなぁー、こいつは哀れみの視線だぜ! 俺を小さくしちまった、おめーに対するよ〜〜〜〜〜!!」

 

 

 

 

            ゴシャ!

 

 

 

 

 

「――あ、グェ? な、なん、で……」

 

 場に響いた鈍い音の正体は、女の頭に落ちてきた瓦礫。

 落下のエネルギーも手伝った一撃は相当に強力で、忠助はあっさりと女の掌から脱出した。

 そして、ダメージで集中が乱れたか、その大きさも一気に元に戻る。

 驚いたのは、それを見ていた口田だった。

 

「い、いったい何が⁉︎」

 

 口田の視点からは、突然瓦礫が降ってきたようにしか見えなかったのだ。

 困惑する口田に、隣に立っていた常闇が告げる。

 

「見ろ、口田、あれだ」

「あれ……? 壁が壊れた、ビル?」

 

 突如、口田の頭の中で、ついさっき大量のヴィランと戦っていた光景が蘇る。

 ヴィランの一人が投げていた巨大な球体をーー。

 クレイジーダイヤモンドが、それをそらして背後のビルにぶつけていた光景をーー。

 

「そ、そうか! あの時のビル!」

「ああ、おそらくだが、東方はあのビルを敢えて()()()()()()()にしておいたんだ」

「ご名答だぜ〜〜、常闇ィ〜〜、小さくなればよ〜〜、個性の出力は落ちる、修復のエネルギーは不足して、物体は壊れた状態に戻るッ!!」

「で、でもいつの間に瓦礫を触ってーー」

 

 言いかけて、口田は思い出す。

 忠助がビルの影から飛び出して女に殴りかかった時、常闇を盾にされたせいで外れたパンチがあったことを、それはーー()()()()()()()()()()()()()()()()!

 

「ただの保険のつもりだったけどよ〜〜、だがまあ、効果はあったよーだなァーー」

 

 忠助は、この期に及んでこっそりと逃げようとしていた女の肩を掴んだ。

 

「ま、待ってーー!」

「おめーによ〜〜、かけてやる情けは残ってねーぜッ!!」

 

 

 

 

ドララララララララララララララララララララララララララララララララララララ!!

 

 

 

 

 岩石のような拳のラッシュが空中に白い軌跡を描く。

 一筋一筋が、圧倒的な破壊力を持って敵を粉砕する。

 

「ブゲラッダァアアアアアアアアアア!!」  

 

 悲鳴とともに宙を飛んでいった女は、近くにあったゴミ箱に頭から落ちた。

 忠助はゴミ箱に指を突きつけて、言い放った。

 

「今度はよ〜〜、おめーがそこで小さくなってな!」

 




 図らずも口田くんの期末試験難易度が低下しました。
 今回の話で、常闇くんの扱いに不満がある方がいたら申し訳ない。
 彼って安定感があるし、活躍の場面を作り出しやすいキャラクターので、今回は口田くんのイベントのためにピンチになってもらいました。
 ごめんね常闇くん。


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USJに行こう! その⑤

※原作キャラ強化注意


 幸いーーと言っていいかは微妙だがーー常闇の骨折は腕だけだった。

 クレイジーダイヤモンドでの治療も済ませ、今三人でセントラル広場、みんながいるはずの場所へと向かっている。

 

「みんな、無事かな⁉︎」

「行ってみなくてはわからないが、そんなに柔な奴はいないはずだ!」

「あったりめーだぜ、全員無事に決まってんだろーがよ〜〜!」

 

 それに、もしそうでなかった時のためにこうして自分は来ているのだ。

 誰がどんな怪我をしていようと、死んでいない限りは必ず治す。

 実質忠助が広場にたどり着いた時点で、このゲームは雄英サイドの勝利になるに決まっている。

 

 その、はずだ。

 なのに、なのになぜだろう。

 全てがいい方へと進んでいるはずなのに、嫌な予感が一切消えてくれないのはーー。

 忠助は、その予感を振り払おうがごとく、一心不乱に走った。

 

※   ※   ※

 

 緑谷出久はひどく焦っていた。

 水難ゾーンから命からがら帰って来たーー特訓の成果もあり、今のところどこも折れてないーーと思えば、イレイザーヘッドと13号は瀕死、助けに来てく

れたオールマイトもーー。

 

 出久の眼前で、強烈な攻撃を受けたオールマイトが後ずさった。

 

「ほら、どうしたよ平和の象徴、もうギブアップか?」

「なぁに、まだまだ楽勝すぎて困っちゃうくらいさ!」

「そうは、見えないけどなぁ……」

 

 敵の首魁らしき、手の男は劣勢のオールマイトを見てひどく可笑しそうに嗤う。

 事実、オールマイトは押されていた。

 あの、誰もが名を知るナンバーワンヒーロー、出久の憧れが、明らかに劣勢に立たされていた。

 矢も盾もたまらず、出久は叫ぶ。

 

「オールマイト!」

「なにそんな声出してるんだ緑谷少年! 見ておきなさい! ここから華麗に勝利を飾ってみせるさ!」

 

 オールマイトは、眼前に迫る二人の黒い巨人を前にそう嘯いた。

 

「ったく、どこまで去勢はりゃ気がすむんだよ平和の象徴、こいつらはドクターに無理言って、用意した特別性、それも二体だ、お前の攻撃もまともに効きはしない」

「おしゃべりが好きなら、刑務所には面会に行ってあげよう! そこでしこたま聞こうじゃないか!」

「往生際の悪いやつだ……脳無、さっさとやっちまえ」

 

 黒い巨人たちは、無言のまま恐ろしいほどの連携でオールマイトを攻め立てる。

 片方が寮の拳によるラッシュを放ち、オールマイトが防いでいる間に、もう片方が横から蹴飛ばす。

 距離をとらせずに一気に接近、オールマイトが離れようとすれば、その先にはすでに二体目の脳無がいる。

 

 ギリギリで致命となる一撃を避けてはいるが、反撃の糸口がない。

 いくらオールマイトといえど、このままではーー。

 出久は、もはや限界だった。

 爆豪も、切島も、轟も同じだった。一度は下がれと言われ待っているが、このままでいいはずがない。

 

「俺ァ行くぞ」

「か、かっちゃん!」

「オールマイトが負けるとは思えわねえ、けど手が足りてねえのは見りゃわかる」

「……そうだな、隙を作るくらいなら俺たちでもできるはずだ」

「ここまでくりゃ、男として見てるだけってわけにはいかねえな!」

「轟くん! 切島くん!」

「お前はどうすんだ緑谷! 行くなら四人で行った方がまだ可能性があるぜ?」

「来なくていいわカス! この期に及んでうだうだ迷ってる雑魚は邪魔でしかねえ!」

「――っ!」

 

 爆豪の言葉が胸に突き刺さる。

 そうだ、自分が目指しているヒーローは、困っている誰かを必ず救ける。

 だったら、今困っているオールマイトを見捨てるなんてーー。

 出久が決意とともに口を開こうとーーふと、何かが見えた。

 それはこそこそと誰にも気づかれないようにセントラル広場の入り口へと向かう三人。

 あまりにも見覚えのあるリーゼントヘア。

 出久は、ヴィランたちに気づかれないようにそれを伝える。

 

「三人とも! あれ!」

「あれはーー」

「おお! ひがしかーー」

「喋んなクソバカ!」

 

 切島の頭を叩いた爆豪が、不機嫌そうな顔でリーゼントヘアの一瞥した後、吐き捨てるように言った。

 

「方針変更だ」

「うん、目くらましだね!」

「勝手に言うなクソナードォ!!」

 

※   ※   ※

 

 死柄木弔は興奮していた。

 あの、あのオールマイトを後一歩のところまで追い詰めている。

 間違いなく、その命を終わりに向かわせている。

 死柄木に信念はない。

 ただ衝動のままに、壊したいという気持ちのままに生きている。

 

 だから、こんなのはゲームにすぎない。

 RPGと同じだ、違うのは敵を倒して経験値を稼いでなんてまどろっこしいことはしない。

 金と武器は与えられている。

 最初から最強の装備を揃えることができた。

 そして、とある筋から入ったオールマイト弱体化の情報。

 

 これだけ情報が揃えば、もはや後は簡単だ。

 現に、二体の脳無の前にオールマイトは手も足も出ていない。

 ついに、ついに、この国から平和の象徴がいなくなるのだ。

 どす黒い底なし沼のような、歪な興奮が死柄木の体を満たしーー。

 

「くったばれええええええ!!」

 

 爆音が鼓膜を震わせた。

 これはそう、さっきオールマイトに助けられていた生徒のうちの一人の個性だったはずだ。

 強烈な光と爆音、それに煙があたりの風景を奪う。

 脳無とオールマイトの戦いが見えなくなった。

 

「……目くらましで援護のつもりか? 今更こんなことで優劣がひっくり返るとでもーー」

「返るんだよ、しっかりとな」

 

 ありえない声が聞こえた。

 その声は、つい先ほど脳無によって完膚なきまでに叩きのめされ、顔まで潰されたはずのーー。

 死柄木はとっさに声が聞こえた方へと手を伸ばした。

 しかし、煙の中から現れた相手は死柄木の手をあっさりと躱すと、強烈な蹴りを腹部にはなってきた。

 

「グゥッ! イレイザーヘッド!」

「ったく、お前のおかげで生徒の前で赤っ恥だ、借りは返させてもらう!」

「クッソが! 黒霧ぃ!」

「お前の相手は後でしてやる!」

 

 とっさに助けを求めた死柄木をもう一発蹴り飛ばしたイレイザーヘッドは、遠くにうっすら見える脳無の首へと、捕縛布を放つ。

 

「相澤くん⁉︎ 大丈夫なのか!」

「ええ、東方のおかげでなんとか」

 

 イレイザーヘッドがあごで示す方へ視線をやれば、特徴的な髪型の少年がこちらに向かってサムズアップしていた。

 オールマイトは、ニッと笑って同じポーズを返しておく。

 イレイザーヘッドが、オールマイトに並ぶようにして構えた。

 

「手伝います」

「いや、こっちは大丈夫だ、あの二人を見張っておいてくれ」

「しかしーー」

 

 失いかけの意識の中で、かすかに見えていた劣勢。

 あの二人を同時に相手するのは、いくらオールマイトでもーー。

 

「いや、コンビネーションに翻弄されてしまってね、溜めの時間が作れなかっただけさ」

「――使う気ですか、あれを」

「ああ、最近ご無沙汰だったから久々だけどね」

「わかりました。それならこっちは任せます」

「ありがとう! そっちも気をつけてくれ!」

 

 爆発によって起きた煙もいい加減収まりつつあった。

 脳無たちが自分を見つけるのも、時間の問題か。

 だが十分だ、十分な時間を与えてもらった。

 生徒たちが、危険を顧みず作ってくれた隙を、決して無駄にはしない。

 

 オールマイトは掲げていた拳を下ろすと、姿勢を正す。。

 感じるべきは、生命。

 謳うべきは、人間賛歌。

 為すべきは、呼吸。

 

「コォォォォォォォォォォォォ」

 

 長い長い、呼吸が始まった。

 命を呼び起こす呼吸。

 日輪のごときエネルギーを、その身に与える呼吸。

 煙が完全に晴れた時、オールマイトの呼吸を見た切島が思わず叫んだ。

 

「マイティブレスだ!」

「あれが、マイティブレス……」

 

 轟がその様子を見て固唾を吞む。

 オールマイトの最後の切り札。

 個性と並んで、オールマイトが詳細を隠し続けている、秘技中の秘技。

 周囲の人間が理解しているのは、特殊な呼吸法で肉体を活性化させているということくらいだ。

 だが、彼を知るものは知っている。

 この呼吸が出たということは、たった今をもって、オールマイトの勝利は確定した。

 

 その場の全員が希望に顔を輝かせる中、緑谷出久ただ一人が、泣きそうな顔でそれを見ていた。

 

「ダメだ、オールマイト、ダメだよ……」

「出久……」

 

 その呟きを聞き取れたのは、出久の側まで来ていた忠助ただ一人だった。

 

 メシリ、と胸から響く音をオールマイトは聞いた。

 その音は次第に大きくなり、比例するようにオールマイトの体に激痛が走る。

 血が喉へとせり上がってくるーーが、それを強引に飲み下して呼吸を続ける。

 新たに得たエネルギーが、傷ついた体を強引に癒した。

 湧くはずのない活力を与え、普段ならば不可能である出力を可能とする。

 

「待たせたね……」

 

 その言葉とともに、二体の脳無へとオールマイトが向きなおる。

 その体は、幻視させるほどのエネルギーに満ちている。

 ただでさえ逞しい筋肉は、普段の倍ほどにも膨れ上がっている。

 

「長くは保たない、一撃で決めよう」

 

 言うが早いか、オールマイトが踏み込んだ。

 それだけで地面は割れ、周囲に突風が巻き起こる。

 突如目の前にオールマイトが現れた脳無は、それでも素早く反応し拳を突き出した。

 

「震えるぞハート……!」

 

 オールマイトはその拳を軽々と受け止める。

 二体目の脳無がそのすきに側面から蹴りを放つ。

 しかし、それすらもオールマイトは空いている片手で受け止めた。

 

「燃え尽きるほどヒート……!」

 

 掴んだ手にあり得ないほどの握力がこもる。

 普通の人間ならば、そのまま人体をちぎってしまうことすら可能なパワーが、二体の脳無を襲う。

 

「刻むぞ、血液のビート!」

 

 そしてオールマイトは片手ずつに持っている脳無を、まるで棒切れでも投げるかのように空へと投げ飛ばした。

 ドームの天井近くまで飛ばされた脳無は、物理法則に従い一直線に落ちて来る。

 オールマイトの硬く握られた両の拳が、爆発的な速度で放たれた。

 

 

SUNLIGHTYELLOW VIRGINIA SMAAAAAASH!!

 

 

 二撃同時の拳が、脳無の顔面にそれぞれ突き刺さる。

 瞬間、着弾点から響き渡る衝撃で、見ていた切島が尻餅をついた。

 それほどまでの衝撃を身に受けた脳無たちは、凄まじいスピードでドームの屋根を突き破り、遥か彼方へと消えていった。

 

 

 

 



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USJに行こう! その⑥

 感想、本当にありがとうございます。
 返信できていないものも、きちんと全部読んで励みにしています。


「……クソ、やっぱり弱体化なんてしてねえじゃねえか」

 

 その様子を見ていた死柄木は、気だるそうにそう呟く。

 まあ元から今回で終わるなど期待もしていなかったが、やはり面白くはない。

 黒霧もイレイザーヘッドの猛攻をかわすのでいっぱいいっぱいみたいだし、ここはそろそろ引き時だ。

 

「でも、どうせ帰るなら、最後に一当てくらいしてからーー」

「そんなこと、させない!」

 

 気配などどこにもなかったはずだった。

 離れた場所にいたはずの、ガキの声。

 死柄木が振り返った時には時すでに遅く、ショートレンジまで接近していた緑谷出久の右フックが、死柄木の頰を捉えた。

 

「ぐああああああ⁉︎」

「オールマイトには、手を出させない!」

「この、クソガキがああああああ!!」

「よそ見してんじゃあねーぜッ!! クレイジーダイヤモンド!!」

 

 咄嗟に出久へと手を伸ばそうとした死柄木だったが、緑谷出久の背後から突撃してきた忠助のラッシュに、距離をとらざるを得なかった。

 

「急に飛び出すんじゃあねーぜ! 出久ぅ〜〜」

「ごめん、でもこれだけは譲れない!!」

「バァカ、行くななんて言ってねーだろーが、行くなら呼べっつってんだよ〜〜」

「――ありがとう」

 

 背中合わせに構えている二人に、腸が煮えくり返る思いだった。

 今すぐこのガキどもを塵にしないと気が済まない。

 体内を焦がすような衝動のせいで、身体中が痒くて痒くて堪らない。

 しかしーー。

 

「死柄木! 限界です! 撤退を!」

「クソがぁ……顔、覚えたぞ、お前ら!」

「来るならいつだって来い! オールマイトに、手出しはさせない!」

 

 激情をさらに煮詰めたような憎悪にさらされながらも、出久は決して怯まなかった。

 そのリアクションにますます怒りを増幅させながらも、死柄木は黒霧の元へと駆けて行く。

 場を覆う黒いもやがその体積をますます大きくしてーーふっと消えた。

 

「逃すと思ってんのか……!」

 

 イレイザーヘッドの個性。抹消。

 イレイザーヘッドは、そのままの勢いで捕縛布を黒霧へと伸ばした。

 他の教師陣もすぐにここに到着するだろう。

 逃しさえしなければ、ここでこの二人を確保できる。

 捕縛布は一直線に黒霧の胴体に向かいーー。

 

 黒霧はその様子を人ごとのように眺めながら、ため息をついた。

 

「全く、なんて日でしょう。二体も持ってきた脳無はやられ、死柄木は嬲られ、消耗させたはずのイレイザーヘッドは復活している。その上――」

 

 イレイザーヘッドの捕縛布が、黒霧の衣服へと触れた。

 

「――あんな小物の個性に頼らなくてはならないとは」

 

      カチリ

 

 その音を、スイッチを入れるようなその音を、東方忠助は覚えている。

 記憶が、精神が、何よりーー怒りが記憶している。

 だから忠助は咄嗟にイレイザーヘッドの方へ駆け出しながら、声の限りに叫んだ。

 

「イレイザーヘッド!! 今すぐ布を離すんだァーー!!」

 

 イレイザーヘッドはプロのヒーローだ。

 当然プロを名乗るにふさわしい判断力を備えている。

 だからこそ、忠助に聞き返すような愚は犯さず、瞬時に捕縛布を首から外して地面に投げ捨てたーーしかし、それでもまだ遅かった。

 

 黒霧に触れた捕縛布が歪に変形し、破裂するように形を崩して行く。

 破壊のエネルギーは布を伝い根元へ進行、布を投げ捨てたイレイザーヘッドの左腕にーーギリギリ、届いてしまった。

 

「ぐっ⁉︎ これはーー」

 

 肉体が内部から破裂していく激痛が左腕を襲う。

 何よりマズイのは、それが瞬時に体の方へ登ってこようとしていることだ。

 相澤消太は、瞬時にその結末を覚悟し目と閉じる。

 ――が、それはこの場に東方忠助がいなかったらの話だ。

 

「うおおおおおおおおおお!! クレイジーダイヤモンド、イレイザーヘッドの腕を切り落とせえええええ!!」

 

 岩をも断つ手刀がイレイザーヘッドの前腕に直撃する。

 人体が耐えられるわけもなく、左腕はあっさりと吹き飛んだ。

 切り離された腕は血しぶきを撒き散らしながらくるくると宙を舞って――奇妙な形に膨れ上がって、爆発した。

 

「行きましょう、死柄木」

「ま、最後の一当てにしちゃ上出来だな……」

 

 死柄木は心底愉快そうにそう言うと、地面に倒れ伏したイレイザーヘッド、そしてそれに駆け寄っていく出久と忠助を見ながら、ゆっくりと黒霧が出したもやの中へと消えていった。

 

 

「相澤先生!!」

「ここは俺が見る! おめーはオールマイトのところに行け! あっちもヤベーんだろーが!」

「――っ! ごめん、任せた!」

 

 近寄ってこようとした出久を追いやり、忠助は自分が来ていた学ランを破くとイレイザーヘッドの左腕をきつく縛り付ける。

 出血のショックがでかいのか、イレイザーヘッドは朦朧としているようで、自分の腕に施された応急処置を見て、掠れた声で言った。

 

「……うまい、もんだな」

「治療とか、詳しくなるもんですよ、俺みたいな個性だと」

「そうか……まぁ、ヒーローになるなら、覚えておいて損はない、からな」

 

 ヒーロー、相澤の口からでたその言葉に、忠助は顔を歪ませた。

 

「……すみません」

「何が、だ?」

「腕、俺のせいでーー!」

「何言ってんだ、お前のおかげで、生徒も守れた、死なずに済んだ、お前は、俺とみんなを、救ったんだ」

「でも、でもこの腕じゃーー」

 

 その先は言えなかった。

 相澤は、小さく嘆息すると、脂汗をひたいに浮かべたまま無理やり体を起こした。

 

「な、何やってんスか⁉︎ 動いちゃダメっすよ!」

「ーー東、方、お前は、確かに冷静で、判断力もあって、大人びてるかもしれない……でもな、まだ子供だ、俺の人生のことまで、気にしなくていいんだ」

 

 そう言うと、相澤は右手で忠助の頭を乱暴に撫でた。

 雑だけど、確かに優しさを感じられる手だった。

 

 それで限界だった。

 忠助の目から、とめどなく涙が溢れてくる。

 一人のヒーローの、強くて優しいヒーローの終わりを目の当たりにした悲しみは、きっと忠助の心に生涯残り続けるだろう。

 さようなら、イレイザーヘッド。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「済んだならどいてもらえますかジョースケ」

「へ?」

 

 振り向けば、そこにいたのは今までどこにいたのか汐華春乃だった。

 汐華はどこで拾って来たのか、大きめの瓦礫を持っている。

 呆気にとられている忠助を置き去りに、汐華は瓦礫を地面に置いた。

 

「ゴールドエクスペリエンス」

 

 汐華のゴールドエクスペリエンスが瓦礫にそっと触れる。

 黄金の輝きに包まれた瓦礫は、徐々に脈を打つように震え始めた。

 そして、粘土細工のようにうごめいてーー人の腕へと姿を変えた。

 

「……はぁ?」

 

 呆然とする忠助の前で、汐華は新しく作った腕を相澤の傷口へと接着させるーードキュゥンという妙な擬音があたりに響き、相澤が痛みに呻き声をあげる。

 次の瞬間にはーー。

 

「……聞いてはいたが、本当にすごいなお前の個性は」

「僕のは無くなったパーツを作ることしかできませんから、痛みも消せませんし、治癒能力という意味ならやはりジョースケに軍配があがるかと」

「適材適所というわけか」

「はい、もう他の先生方も到着していますよ」

「わかった、今向かう」

 

 何事もなかったかのように歩いていく二人の背中を眺めながら、忠助は急激な脱力感に襲われてその場に倒れた。

 

「治癒系とは、確かに聞いてたけどよ〜〜」

 

 だが、叫ばずにはいられない。

 

「なんじゃそりゃああーーーーーーー!!」

 

※   ※    ※

 

「おい緑谷! どこ行くんだ? 先生たち来たから一回集まれって言われてーー」

「ごめん! 先に行っといて!」

 

 ちょうど入口へと戻っている最中だった切島たちとすれ違う形で、出久は走った。

 その先にいるのはもちろんーー。

 

「オールマイト!」

 

 体から煙が噴き出しているオールマイトに、出久は慌てて駆け寄って行く。

 間違いない、あれは本来の姿に戻ってしまう兆候だ。

 どうやら、戻ってしまう前に切島たちを追い払ったらしい。

 

「オールマイト!」

「……ああ、緑谷少年か、相澤くんは?」

「――忠助が見てくれてます! きっと大丈夫です!」

「そうか、なら良かった」

「オールマイトこそ!  大丈夫なんですか⁉︎」

「心配ないさ、見てたろう? 巨星墜ちずってね!」

「言ってる場合じゃなでしょう! なんでマイティブレスを! あれは使えないって自分で言ってたじゃないですか!」

 

 そう、オールマイトの奥の手、マイティブレス。

 実は出久もその詳細をまだ聞いていない。

 準備が整ったら教えると言われているだけだ。

 

 だから、出久が知っているのはたった一つ。

 あの呼吸が、長い鍛錬を必要とするものだということ。

 そして、()()()()()()()()()オールマイトが行なっていいものではないこと。

 

 緑谷出久は思い出す。

 オールマイトと初めて出会った時、見せてもらった彼の体をーー。

 右胸に痛々しく残る大きな傷と、上半身全てに残る、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 緑谷出久は知っている。

 もはやオールマイトに残されたヒーローとしての時間は、幾ばくもないことをーー。

 彼がすでに、一人で戦えるような体ではないことを。

 

「イレイザーヘッドと協力したって良かった、他の先生が来るまで粘ったってよかった! なのに、なのにーー!」

「緑谷少年……」

「全部自分でやらないでくださいよ! 周りに頼ったっていいじゃないですか……」

 

 胸中にあるのは、苛立ちと悲しさだった。

 自分にはいる、背中を任せられる相棒が、どんな時も自信を持って味方だと言ってくれる存在が、同じ場所で戦ってくれる奴がーー。

 でも、今のオールマイトにはそれがいない。

 その事実がとてつもなく悲しく、どうすることもできない無力な自分が腹立たしかった。

 

 感情をあらわにした出久に、オールマイトはばつが悪そうに言った。

 

「ごめんな少年。そんな顔をさせるつもりはなかった」

「……僕の方こそ、すみません。ただの八つ当たりです」

「いや、ありがたいよ、そう言ってもらえて……でも、こればかりは性分でもある、奴らはあまりにも危険すぎた、私一人で方をつけるのが一番被害が少なかった」

「わかってます」

 

 オールマイトは正しい。

 言っていることも、やっていることもーー。

 ただ、それに頼り切るわけにはいかない。

 だって、出久は最高のヒーローになりたいのだ。

 いつだって笑って、誰だって、オールマイトだって助けてしられる、最高のヒーローにーー。

 

 出久は目に浮かんでいた涙を拭うと、力強い視線をオールマイトに向けた。

 

「オールマイト! 僕、もっと強くなります! どんなピンチも、笑って切り抜けられるように!」

「――ああ! もちろんだ!」

 

 オールマイトが突き出した拳に、自分の拳をぶつける。

 誓いを更に強固に、緑谷出久は成長する。

 次は、守られるだけにならないようにーー。

 

 




 最後駆け足になってしまいましたが、とりあえずUSJ編は終わりです。
 ただ、少しだけ書いておきたいシーンがあるので、明日か明後日にもう1話あげます。
 
 そのあとは……次はもう少し早く書けるように努力するので、次回もよろしくお願いします。


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