リリカルでマジカル。そんな中に入りたくない俺 (500MB)
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第一話 友達は重要なもの

 事故った。

 

 他に特にいうことがないほどあっさりと事故を起こした。

 しかし、なぜか意識がある。

 最初はこれが死ぬことだとも思ったが、いかんせん何か違和感があってしょうがない。

 俺はいまだあけてない眼を開ける。

 そこに見えたのは――

 

「はーい、元気な赤ちゃんですよー」

 

……は?

 

そうして、俺は第二の人生を歩むことになったのである。

 

 

 

 

 

 

―三年後―

 

俺はいつものように公園の砂場で一人山を作っていた。

これも、すべては転生によるものだ。

精神が成熟している俺にとって、その辺の子供と付き合うのは骨が折れるもので、一緒に遊ぶ子がいないのもそのせいだったりする。

……べ、別にコミュ障だからってわけじゃないんだからな!

それと、もう一つ重要なことがあった。

 

ここ、あのリリカルでマジカルな世界だった。

 

そう、詳しくは知らないが、あの魔王様やらなんやらが出てくるあれだ。

俺はそれに気づいたとき心に決めた。

 

原作の奴らには絶対に会わないようにしよう、と。

 

そんなこんなで数年。

ここで話を戻すが、俺は困ったことになっていた。

そう、このままでは前世と同じようにボッチのまま生きていくようになるのではないかと。

正直、リリカルとかどうでもよくて、最近そっちのほうが恐ろしくなってきた。

それに気づいた俺は、ここ数日間ずっと公園の砂場で山を作っていた。

親は最近とても忙しいみたいだし、家にいるのが暇ということもある。

そうして一人山を作っていたら、誰か俺に話しかけてくれる心優しいやつでも現れないかという期待だってある。

しかし、現実は非常なもので、まったくそんな人が現れようとしない。

俺は愕然とした。

この街にはコミュ障しかいないのだろうかと。

 

「…………」

 

ちなみに、現状もう一つ思うことがあった。

 

「…………」

 

隣に、同じことを考えている奴がいる。

俺と同じように毎日一人で砂場で遊んでいる女の子。

雰囲気も暗いし、砂場で一人遊びなんて根暗すぎてだれも話しかけないだろ。

そんなことも分かっていなさそうな女の子に、それを伝えてやりたい。

……ん?だれだ、そのお前もだろ的なツッコミを入れた奴。

まあいい。

とにかく俺は、今日こそこの女の子にそれを伝えたいと思っている。

ついでに、友達になれたらいいなぁと……

 

「…………」

 

そんなことを考えて早三日。

そろそろ決める時が来たのかもしれない。

女の子の瞳が日を追うごとに弱弱しくなっているような気がしたのだ。

これはまずい。

こういうのは、ほうっておいたら友達なんていいやという思考に埋もれていってしまう。

その結果、外に出ることも少なくなり、人との対話も避け、最悪この公園にも来なくなってしまうかもしれない。

行動に移さねば、せっかく同じ境遇(ぼっち)ということで仲良くなれそうな条件が揃っているのに、いなくなってしまう。

そんな焦燥に駆られ、俺はとうとう決心をして話しかける。

 

「あ、あのあの、ききき君、いつみょっ!」

 

ああ、だめだ、噛みまくってる、いきなり最悪だ。

ほらみろ、女の子はこっちを見てぽっかりと口を開けて呆然としている。

これはもうボッチ生活を続けるしかないのかもしれない……

 

「……ふふっ」

「……え?」

「ふふ、はは、あはははは」

 

な、なんだこれ、もしや俺は開けてはならない何かを開けてしまったのか?

女の子は俺を見て笑ってるし、これは何だかわからないことになっている。

こうなりゃ、俺も笑ってやる。

 

「あはははははは!」

「ははははははは!」

 

数分後。

笑い疲れて女の子は息を整えていた。

整え終わり、女の子はこちらをまっすぐと見つめてきた。

 

「それで、なに?」

 

瞳に力は宿っており、しっかりと言葉もつむいでくれた。

どうやら、友人はいるべきだという思考が戻ったのだろう。

もしかしたら、初めての友達ができるかもしれない。

 

「いつも一人でここにいるからさ、一緒に遊ぼうって」

「あそぶ?」

「うん。ほら、友達いない同士でさ」

「友達、いないの?」

「うん!」

 

なんか元気にとんでもないことをこたえてしまったような気がしたが、勢いに乗っている俺は止まらない。

今止まったら確実にどもるだろうからだ。

 

「だから、一緒に遊ぼう!」

「……うん!」

 

そうして、その日から俺とその子は一緒に遊ぶ関係となった。

 



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第二話 馴れないものは馴れない

 女の子と友達になって幾年月、俺はその子とお別れとなった。

 

「ごめんね……」

「ううん、親の都合ならしょうがないよ」

 

 なんだかんだでここ二年はこの子と話をしていて楽しかった。

 一緒に近くを探検したり、冒険したり、砂場で遊んだり。

 それも今日で終わり。

 両親が外国に行くことになったのだ。

 この街から離れるのは喜ばしいが、唯一の友人を失うのは悲しい。

 というか、この女の子が最初で最後の友達にならないことを祈るしかない。

 とりあえず、今までお世話になったということで、準備をしていたプレゼントをその子に渡す。

 

「あの、はいこれ」

「これは?」

「リボンだよ。いつも、二つ結びにしてるでしょ?それに使ってよ」

「いいの?」

 

 そんなに高くないが、子供のお小遣いでは辛いものがあった。

 千円だぞ。そりゃ使ってほしいに決まってる。

 

「遠慮しないでよ。そのかわり、これからも友達でいてね」

「うん!これからもずっと友達だよ!」

 

 よし、これで俺は友達がゼロ人であることはなくなった。

 うん、悲しいとか言うなよ。

 心の友というのはいつでも必要なもんだ。

 

「あ、あの、これ」

 

 いきなり、女の子が何かを渡してきた。

 何かの箱に入っているもの。

 

「開けていい?」

「うん」

 

 中身を開けると、そこにはお菓子が入っていた。

 シュークリームが三つ。

 明らかにプレゼント用みたいで、その辺の安いスーパーで買ったものではないものだとわかる。

 

「これ、高かったんじゃないの?」

 

 少し驚きながら訪ねる。

 女の子はそれに対して、微笑んで答えた。

 

「あのね、お母さんに言ったら、手作りのお菓子を渡すのはどうかなって言われたから」

 

 なるほど、これは手作りらしい。

 それに感銘を受けた俺は、つられるようにシュークリームに手が伸び、一口食べる。

 

(……微妙)

 

 まあ、子供が作ったものであるから当たり前だろう。

 むしろ、ちゃんとしたものが出ただけいいほうだろう。

 なんにせよ、俺のために作ったというのはとても喜ばしく、気が付いたらシュークリームは全部口の中に納まってしまった。

 

「……どう、かな」

「おいしいよ!」

 

 まずいなんて、もちろん言うものか。

 

 それからいくつか会話を交わし、名残惜しくなるからと早々に分かれた。

 ……そういえば、けっきょくあの子の名前知らずのままだったな。

 

 

 

 

 そうして帰ってきた家。

 母親と父親は積み荷をしていた。

 

「おお、龍一。荷物の用意が出来たか?」

「うん」

「お友達との別れも済ませた?」

「うん」

 

 と言っても一人だけど。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 こうして、俺たち倉本一家は外国へ引っ越すことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして一年後、俺は帰ってきた。

 

「うん、久しぶりだな」

 

 もちろん親は外国に行っている。

 では、なぜおれだけがここに帰ってきたのか、説明はそんなに難しいことではない。

 

 俺が外国に行って拒否反応を起こしたのだ。

 

 そういう風にいうが、実際は大したことはない。

 ただ単に俺が外国を嫌いなだけだ。

 始まりの半年くらいは良かった。

 だが、日にちが過ぎるごとに、ぼっちの俺は危なく感じたのだ。

 確実に俺だけはぶられると。

 英語も分からないので当然と言える。そう、俺は英語が苦手なのだ。

 その時の親の話によると、俺は毎日震えていたようで、外国人を見るごとに顔を青くしていたらしい。

 流石に危ないと親は感じたものの、軌道に乗ってきた仕事を捨てるわけにもいかず、悶々と悩み続け、数日前に決定したのだ。

 

 龍一だけは帰そうと。

 

 親は帰ってこれないのに何言ってるんだかと思われるかもしれないが、それぐらい俺の症状はひどかったのだと思われる。

 ちょうど前の家はまだ買い手が見つかっておらずそのままのこっているらしく、親の親戚が隣の町にいるということも後押しして、俺一人だけ帰ってくることが出来たのだ。

 

 まあ、あれだ。

 うれしくないけど、ただいま。

 



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第三話 始まりは学校から

 町に帰ってきて一か月くらいがたち入学式。

 学校はもちろん私立聖祥大学付属小学校。

 原作と関わりあいにならないと決めたらこれだよ。

 まあ、中学校になったら男女別になるらしいし、六年間のがまん……といいたいところだが、巻き込まれそうな事件は小学生時代に集中してんだよなぁ。

 とにかく、同じクラスにならないように祈っておこう。

 

 

 

 

 

 人生は、うまくいかない。

 教室の前、壇上に立つのは高町なのは。

 

「よろしくおねがいします」

 

 ありきたりな自己紹介を終え、魔王は席に座る。

 これは、かなりまずい。

 なぜ同じクラスにならないようにと祈ったら同じクラスになるんだ。

 これはあれか、神は俺を見放したか。

 内心焦りまくりの俺。

 こういう場合はほかのことを考えるべきだ。

 たとえば俺の自己紹介。

 

「倉本龍一です!趣味はどぷっ」

「ときゅぎはまみゅ」

「あばばばばば」

 

 ……黒歴史は、早々に忘れるとしよう。

 だが、このおかげで周りからは受けた。

 うむ、ここから輝かしい一歩を歩みだせるはず。

 ……そう信じなけりゃ俺はやりきれない……

 

「はーい、じゃあさっそく席替えしようか」

 

 いつの間にか自己紹介は終わり席替えなんてことになってたらしい。

 くじ引きタイプのもので、ひもを引いてついている紙の番号が席らしい。

 この瞬間、俺は来たと思った。

 だいたい運というのは悪いことは連続で起きるものではなく、どこかで救済が入るものだ。

 クラス替えの時点で運が悪かった俺に死角はない。

 順番が回ってき、俺は意気揚々とくじを引く。

 

 さあ、俺の強運を見せてやるぜ!

 

 

 

 

「よろしくね」

「いやd……ハイワカリマシタ」

 

 自信過剰は身を滅ぼす。

 今日という日は教訓の塊だ。

 ここまで俺に後悔をさせてくれるなんてな。

 泣きっ面に蜂っていうレベルじゃない、泣きっ面に魔王様だ。

 窓の席を取った時は、確かに勝ったと思った。

 だが、魔王が俺の席の隣を取ったとき、それは地獄にも等しい席位置となってしまった。

 

「人生とは、ままならぬものよの」

「……」

「……」

 

 魔王様にめちゃくちゃみられている。

 なんだこれ、蛇ににらまれた蛙もどきだよ。

 とりあえず俺は、こちらを見ている魔王様に愛想笑いを浮かべ真意を探る。

 

「えっと、なんでしょう」

「……なのはと、あったことある?」

 

 何を言っているのでしょう、この魔王は。

 俺が魔王と会った?

 ねーよ。というかあったらおれ既に死亡フラグ立ってるんじゃね。

 そもそも、ここ一年この街にはいなかったし、あったことがあるはずがない。

 俺は「気のせいだよ」とかえし、会話を終わらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここで家の話をしておこう。

 親戚は近くにいるが、実際はあまり俺を相手にしない。

 というのも、一週間毎日来ていた親せきは、俺の生活に感銘を漏らし「うちにもこんな良くできた息子が欲しいわ」といったのち、徐々にうちに来る日にちが減っていった。

 つまるところ、放っておいても問題ないと判断したらしい。

 俺自身、あまり気にしなくていいよと言っていたので来なくなるのに一役買い、ほぼ一人暮らしになったといえる現状。

 小学生で一人暮らしなんて、この街で俺一人だけだろうと少し調子に乗ってたりするのである。

 

 そしてこの日は久しぶりに親戚が来る日。

 俺はこまめにやっている掃除を念入りに行い、ある程度ごはんの準備をしておく。

 家事を怠っていないという姿勢を見せないと、いったいいつ一人暮らしが辞めさせられるか分かったものではないからだ。

 

「お邪魔するわね」

 

 ちょうどよく親戚が来たようだ。

 俺は玄関まで迎えに行き、買ってきてもらった土産をもらう。

 実年齢からするとかなり子供っぽくて恥ずかしいが、これもすべて周りの目を欺くため。

 転生していると知られると、何があるか分かったものじゃないからな。

 ……べ、別にケーキがおいしいからってわけじゃないからな!勘違いすんなよ!

 

「龍一君は、翠屋のシュークリームが好きね」

 

 狙い通り、子供っぽく見られている。

 ……う、うるさいな、シュークリーム好きで悪いか。

 というか俺は何に突っ込んでいるんだ。

 こほん、言い訳はとにかく、ここのシュークリームはどこか懐かしい味がする。

 といっても、こんな一口食べたら忘れられなくなりそうなこの味は、かつて食べたものには当てはまらず、自分自身何が懐かしいのか分からないのである。

 しかし、確かに懐かしい感じはし、なんだかんだいって結局のところおいしければいいやという結論に達し、食べるというのが毎回の事になっている。

 今回も例にもれず、同じように思考した後食べることになったのであった。

 

 ほんと、何が懐かしいんだろうな。

 



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第四話 喧嘩の仲裁はムリゲー

 隣の席で魔王様が話しかけてくる。

 ここで無視するのはボッチへの第一歩なので受け答えはする……が、精神的にすごいきつい。

 原作は良く知らないが、少なくともこいつとかかわれば、少なからず何か被害が及ぶ。

 そうならないためには仲よくしないのが一番だ。

 だがそんな俺の考えを裏切るかのように……

 

「ねえ、倉本くん」

「なんすか?」

「倉本君はこの問題分かる?」

「分からないっす」

「そうなんだ……でも、といてるよね?」

「適当だから、あっている保証はないっす」

「それでもいいから教えて?」

「いy……はいっす」

 

 という感じによく話しかけてきやがる。

 なんで俺が後輩風に話さなきゃならないんだ。

 席が隣なのあきらか狙ってるだろ。まじで。

 というか、こいつ休憩時間中に話しかけても来る。

 たとえば……

 

「倉本君、今日占いの結果が良かったんだよ」

「あっそう」

「倉本君、占いには興味ないの?」

(俺はお前に興味がないんだけど)

 

 そんな感じにかなり繰り返された日常に、流石の俺も限界を感じ、あることを決心する。

 

 休憩時間。

 いつものように話しかけてくる魔王に俺は席を立つ。

 不思議そうに見る魔王。

 その視線にかまわず俺は教室から出ていき、廊下を突っ走る。

 そう、決心をしたこと、それは逃走。

 

 

 

 

 ここは校庭の一部、簡単に説明をすれば端のほうのあまり人が来ないところだ。

 魔王が追いかけてくる気はしないけど、もしかしたらということもある。

 俺は身を隠し、完全に振り切る準備をした。

 気分は蛇の男。きっと通信機でもあれば「もしもし、大佐か」とか言っていたかもしれん。

 さあ、あの魔王は俺を見つけられるか!

 

 隠れること十分。

 誰もここに来ない。

 流石俺が睨んだ場所だけある、この便所飯歴五年の俺がな。

 しかし、あまりにもさみしすぎる。

 まさかここまでここに誰も来ないとは思わなかった。

 休憩時間だぜ、昼休憩だぜ。

 誰も来ないとか……この学校はインドア派でもそろっているのか。

 

「ちょっとみせてよ」

「や、やめてよ、アリサちゃん」

 

 おっと、女の子二人が来たようだ。

 ふう、あともう少しでインドア派学校だと勘違いするところだった。

 しかし、なんだか雰囲気が悪い。

 不仲っていうか、なんか喧嘩一歩手前というか、雲行きが怪しいっていうか。

 ここで、俺に天啓がくる。

 

 ここでかっこよく登場すれば、どっちかは友達になってくれるんじゃないかと。

 

 そうだ、そうしよう、そうと決まればさっさと行動。

 

「こここ、こら、喧嘩はいけないよ?」

 

 よし、少しどもるだけでちゃんと言えた。

 女の子二人は狙い通りこちらをむく。

 

「なによ、この子がこれを貸してくれないからよ」

 

 金髪の女の子がもう一人の女の子の頭を指す。

 そこにはカチューシャがつけられており、これだろうと俺はあたりを付けた。

 

「ほ、本当?」

 

 実をいうと、気が強い女の子は嫌いだ。

 自分の主張をどうしても通そうとするからだ。

 精神年齢でいえば、俺のほうが圧倒的に高い。

 だけど、それすらあまりあるようなその強い言い方と目つき。

 今だって「嘘だと思うの」といっているような強い睨み付け方に、俺はこれ以上反論できるはずもない。

 

「ちょ、ちょっとくらいはいいんじゃないかなー」

 

 そういって、女の子のカチューシャを取った。

 強いものが弱いものを制す、自然の法則だからだ。

 しかしそんなことをされれば、取られた方の女の子はもちろんショックを受ける。

 涙を目にためていく女の子。

 それでも泣かず必死に返してという姿は、俺に罪悪感を抱かせ自分が悪いことをしているのだという自覚がどんどん実感させられていく。

 もう返そう。

 そう考えた瞬間、奥に信じられないものが見えた。

 

 魔王。

 そう、高町なのはだ。

 

 その姿は完全に怒っており、恐ろしい気配をまとわりつかせて一直線にこちらへ向かってきている。

 恐ろしさに、俺はカチューシャを手近にいた金髪の女の子に渡し、逃走をはかった。

 

 その姿を見た人はこう語る。

 まるで、エイリアンから逃げているかのような顔だったと。

 

 

 

 

 ちなみに次の日、隣の高町なのはは俺に話しかけてくることはなくなった。

 だが、その隣にはしっかりとあの時の女の子二人がついており、俺と違ってあの二人と友達になることが成功したのだとわかる。

 この時、なんだかもの悲しい気持ちになったのは関係ないことだ。

 

 

 

 

 

 私、高町なのははとある男の子を探していた。

 その男の子は隣の席に座る子であり、どこか懐かしい雰囲気のする男の子。

 そして、その懐かしさはなんなのか、一つ思い当ったような気がするのだ。

 

 一年前、公園で別れた男の子。

 

 お父さんが仕事で倒れ、病院に運ばれて一家が大変になったとき。

 家族のみんなはお店が忙しくなり、一人になる時間が増えていったあのとき。

 男の子は、そんな一人ぼっちでさみしい時を過ごしていた私を救ってくれた。

 結局名前はわからないまま去って行ったため、名前で確認が出来ない。

 それに、その男の子は遠いところに行ったはず。

 そう思っていたから、その子ではないと思っていた。

 そのことをお母さんに話すと「本人に聞いてみれば」と言われた。

 だからそれを確認するため、私はあの男の子を追っているのだ。

 

 だけど、見つけた時その男の子は最低なことをしていた。

 同じクラスの月村ちゃんを泣かせていたのだ。

 その瞬間、あの男の子と過去の男の子は結び付かなくなり違うと確信をし、その三人に近づいた。

 その段階で男の子には逃げられたものの、困っていた女の子二人はその場に残った。

 

「あの男の子に何かされていたの?」

 

 カチューシャを取っているところはちゃんと見ていた、でも、月村ちゃんは首を横に振って違うと示してくれた。

 だけど金髪の女の子……アリサちゃんは難しい顔をして、月村ちゃんにむけて頭を下げた。

 

「無理やり言って、ごめんなさい」

 

 月村ちゃんはそれに驚き、私もアリサちゃんが何で謝るのか分からず驚く。

 でも月村ちゃんは、それに優しい顔で「いいよ」と答え、仲直りのしるしと片手を差し出して握手を求めた。

 もちろんそれにアリサちゃんはこたえ、二人は握手をしたのだった。

 

 

 そのあと、私たちは意気投合をして仲良くなったのは別の話。

 



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第五話 図書館は心のオアシス

五月、いまだに友達ひとりできないという悲しい事実が出来上がった。

 

昼食じゃ寝たふりをして、給食時間では俺だけ会話に入れず一人さみしく給食を食べる。

流石に小学校一年生ということがあるからか、それともいい子ちゃんが集まるお嬢様学校だからかいじめはないが、いつも一人机に座っているだけだと流石に周りの空気もとても悪い。

そういうことから、俺は一つの方法を思いついた。

 

 

 

 

図書館。

来て早々図書カードを作ってもらい、面白そうな本を探す。

そう、俺は学校で読むための本を探しているのだ。

一般的に、ボッチはあまり良い聞こえ方はしないが、文学少年ならどうだろう。

いい方的にはそっちの方がいいし、見た目もそっちの方が良い。

一人だという孤独感も薄れさせて、それこそ一石二鳥ともいえるだろう。

もう一つ言えば、俺はこうやって本を探す時間も好きだったりする。

もしかしたら、今まで見過ごしていた面白い話や、意外な展開になる話などを見逃していたりすることだってあるかもしれない。

こうやって時間を潰していくのは、周りからは無駄だと思われるかもしれないが、自分にとってかけらも無駄だとは思えない。

つまり、俺は図書館が好きなのだ。

 

図書館に来たのは初めてではないが、こうやって借りる本を探すのは初めてだ。

なるべく、長い本をと思って探していると、隣で椅子に座って本を取ろうとしている女の子がいた。

いや、正確に言えば車いすに座って……だ。

少女の先にある本は、座っている状態からでは到底とれるものではない。

俺はおせっかいだと思いつつ、少女がとろうとした本にあたりをつけてとってあげた。

少女は目をぱちくりとさせて、本を取った俺を見た。

 

「はい。本」

 

少女は本を受けとり表紙を見た。

お礼はいい、そうかっこつけようとしたとき、少女から先に声がかかった。

 

「これ、私が見たい本とちゃうんやけど」

 

俺は素早く本を取り換えし、おさめて別のを差し出した。

 

「これは!?」

「いや、さっきの隣やねんけど」

 

また本を戻し、先ほどの隣から取り出す。

 

「こ、これは!?」

「いや、逆」

 

とどめと言わんばかりの声に、言われた本を取り出し差し上げた後に逃げた。

恥ずかしさを隠すために。

 

 

家に帰ったときに気付いた。

 

「俺、本借りてないじゃん」

 

逃げた後では心苦しいので、少したってから行くことにする。

 

 

 

 

夕方・図書館。

夕方とはいうものの、閉館時間ぎりぎりだ。

さすがに帰っているだろうとおもってきたが、見事に予想を裏切られる。

 

「お、またおうたな」

 

更に見つかった。

恥ずかしさは引いているが、あのことがなくなったわけじゃない。

というか、なんでこの子はまだここにいるんだ。

もう日没前だぞ、閉館前だぞ?

 

「さすがに帰ったんだと思ったんだけど」

「もうそろそろ帰ろうと思ったとこやで。そっちこそ、こんな時間に来るなんてどうしたん?」

「借りようと思ってた本を借りてなかったことに気付いただけだよ」

「顔真っ赤にして逃げよったからや」

 

ニシシと笑うその姿に、何も言えなくなる。

その時、何か違和感が出来たからだ。

 

「ほら、そっちもさ、心配する人とかいるんじゃないの?」

「心配する人? なにいうてんねん。そっちもやろ」

 

……わかった。この女の子が、なんなのか。

俺はあまり人の機微に敏感なわけじゃないが、こういう人の場合すぐにわかることが出来る。

 

このこも、一人だということを。

 

あまり笑うことに慣れてない表情。

それは、この子があまり人と接していないということを如実に表している。

そのどこかさみしそうにする姿に、俺とは違う環境であることが分かる。

本当にひとり、俺にはそう思えた。

 

 

 

 

図書館の本棚の前。

俺は女の子とともにここに来ていた。

それは本を借りるためで、ちょっと他にも意味があったりする。

 

「ええんか?私が選んで」

「うん。よく本を読んでるんでしょ。だったら、そのおすすめから選んでくれたらいいなって」

「……嫌とかいうの無しで」

「わかってる」

 

そういって見せてきた本は、ガチガチの純文学。

ページ数、実に三百ページほど。

……この女の子、俺とそう変わんないよな?

焦る心を表に出さないようにして、俺は女の子が差し出してきた本を受け取って「ありがとう」と告げた。

実のことを言うと、本を選ばせたのは共通の話題を増やすためだったりする。

口下手な俺は、一言目にはどもり、二言目には噛み、三言目には混乱する。

それを防ぐためには、事前に話題を用意しておき、それについてしゃべるというのがとても良い方法だ。

……急に別の事を言われたら、さっきみたいなことになるけどな。

とにかく、俺がこういったのはこの子と友達になりたいがため。

会話の量が多ければ、自然と良い関係になっていくものだと思っているから。

その日が早く来るようにするためにも、さっそく今日から読み進めようと思う。

 

「三日で読んでくるよ!」

「速読でもしてるんか?」

 

少し奇妙な目で見られた。

 



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第六話 ぼっちからの解放

 図書館であった女の子のオススメ本を借りて二日。

 うん、普通に読み切ってしまった。

 家の暇な時間が異様に多かったのと、学校でもいつも通り誰からも話しかけられなかったことが理由に挙げられる。

 ちなみに、この本を読んでいると周りから奇妙な視線にさらされた。なんでだろうか……

 それはそうとして、俺はこの本を返すため図書館へ来ていた。

 ちょうどよく、あの女の子がいるのが見えた。

 なるべく気軽に……深呼吸を二・三回繰り返してから、俺は女の子に話しかけた。

 

「面白かったよ『十七人の殺人者』」

「もう読み終わったんかいな」

「学校で読んだらすぐだった」

「これを学校で読むとか、度胸あるやつやな~」

 

 少し呆れる目で言ってくる女の子。

 なんだか、友達っていう感じがしてとてもうれしい。

 前に友達がいたのは、一年前だからな……そういえば、あの子元気にしているかな。

 

「そういえば、なんていうんや?」

「なんていう?」

「名前や名前。そういえば、聞いてへんかったなって」

「倉本龍一。君は?」

「私は八神はやてや。名前で呼んでかまわんで」

 

 おお、まさしく友達になったっていう気がする。

 名前を呼びあう関係……そういえば、なんで前の時は名前を教えあってなかったのだろう。

 まあ、前の事は前の事。今は今ということで。

 ところで、八神はやてという名前に何か引っかかったのだが……まあ、気のせいだろう。

 

「さて、今度はどんな本を教えてくれるの?」

「そうやなぁ……うちきいへん?」

「うち? ……ええっ!」

 

 女の子に初めて御呼ばれされた、小学一年の春。あともう少しで夏になるけど。

 

 

「図書館の本はあまり読んでへんから、うちにある方ならいろいろ薦められると思うんや」

「そういうこと」

 

 小学生ならそんなものだろう。

 

 

 

 

 そしてやってきたはやて家。

 

「そこの右の部屋で待っててな」

「分かった」

 

 なんというか、この家はバリアフリーだ。

 車いす用に段差は除去されているし、全体的に低い位置に物がある。

 明らかにはやてのために作られている家だ。

 

 ……たぶん、予想通りこの家には誰もいないのだろう。

 八神はやて、この子以外は。

 

 少し待っていると、はやては何冊か本を持って待たされた部屋に入ってきた。

 

「これとか、どうや」

 

 いくらか説明を受けて、よさそうな本をいくつか見出していく。

 流石に文学少女(推定)のはやてだ。オススメする本はどれも面白そうなのばかり。

 しかし、真面目にどれがいいかと考える姿ははやてにとって異常に見えたのか、不思議そうに俺をじっと見ている。

 

「ど、どうかしたのかな?」

「ん?いやな、どれも龍一みたいなのが読む本じゃないと思うたんだけど、なんだかまともに選んでるなあと思て」

 

 いきなり名前呼びのようだ。

 こちらも呼んでるし、こっちの方がいいけど。

 選ばれた本に関しては、確かに小学生にしては難しいものばかりだが、社会人としてはそこまで難しいものではない。

 それに、こっちのセリフでもある。

 

「それをいうなら、はやてこそこんな難しいものを読んでるよね」

「私は慣れてるから」

「なら俺だって同じだよ」

「そうなん」

 

 いくつか眺め、はやてのオススメは確かに面白いものだとわかる。

 

「そういえば、これって借りていいの?」

「かまわんよ。私以外誰も見いへんし」

「そっか。ありがとう」

 

 ある程度見ていたら、すでに時間は八時を回っていた。

 なんだか、時が過ぎるのが早く感じられる。

 こんな感じになったのは、一年前以来だ。

 

「そうや。うちでご飯食べて帰るか?」

「いいの?」

「そっちがよかったら、やけどな」

「この時間から作るのはちょっとめんどくさいと思ってたから、お世話になるよ」

「作る?」

 

 はやては俺の言葉に不思議そうに首をかしげる。

 そういえば、こちらの家の事情は話してないか。

 家族は外国で家に自分一人だということを告げると、はやては少し驚いた顔をした後、考えるそぶりを見せた。

 俺が言ったこと、何かおかしかっただろうか?

 

「さみしくないん?」

 

 はやてはまっすぐ俺を見つめてきた。

 友達になったとはいえ、まっすぐ視線を向けられると気恥ずかしさが来る。

 そういう理由で視線を外すと、はやては納得したような声を出した。

 そして、そのあとに言われたセリフに俺は驚愕した。

 

「私んちに泊まらん?」

 

 

 

 

 私は八神はやて。

 図書館であった倉本龍一ちゅう男の子をうちに招待したんや。

 その理由は、一人でいるうちに帰るのがもの寂しいということもあったし、この男の子と本の事でもっと話したいということもあった。

 うちにつくと最初に不思議そうにしていた顔も、少し経つと納得した顔になり私に何も聞かず、ただ私が持ってきた本だけに集中してくれおった。

 そんな優しい男の子は、うちで泊まることになる。

 理由はその男の子も私と同じ境遇だと思ったから。

 真意を問うた視線は外され、図星だということを告げられ、私はそんな一人の男の子に一人じゃなくなる提案をした。

 男の子は最初あわてていて、断ろうとしていることを見受けられた……が、突然「初めてのお泊り?」などとつぶやくと、その男の子は笑顔で分かったと言ってくれた。

 なんだかわからないけど、今日は一人で寝るわけじゃないとわかって、私も笑顔を浮かべて喜んだのだった。

 



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第七話 なぜに逃げるのか

 季節はすぎて二学期の登校日。

 あいかわらずのぼっちで、あいかわらずはやての勧めてくれた本を読みふける毎日。

 だいぶ前のお泊りから、実に三日に二日という割合で泊まるはやて家。

 流石にそれくらいはやてと仲よくなれば会話で失敗することもなくなり、実に学校以外では素晴らしい生活を送っていた。

 ……学校以外では。

 

「ほら、ずっと本を読んでる」

「暗いよね」

 

 新学期に入った途端広まりだした根暗という噂。

 今までこういうのがなかっただけ、俺はとてつもなくダメージを受けている。

 転生前ではよくあったことも、時間をおかれたこともあり辛さは一層増していた。

 

 それと変わったことは席替えがあったことだった。

 だけど、それも全く幸せな席ではなく前回の魔王の前に仲良し三人組の残りの二人が来るという最悪な状況。もちろん、俺の席と魔王の席は変わっていない。

 二ついいと思えることは、前の席の人は休み時間常に校庭に行ってる子で、あまり俺のことを気にかけてないこと。

 そして隣の魔王、その前の二人は俺に対して何も言ってこないこと。

 たまに、こっちをみてくるけど。

 

「ちょっと、なにかしてみない?」

「えー、でもー」

 

 さすがに一年のころから陰口を叩かれるとは思ってなかったな……。

 さすがにお嬢様学校なだけあって、思考は一般よりも成熟しているらしい。

 このままだと、いじめに発展する日も近いかもしれない。

 

 ああ、だめだ、思考を切り替えなきゃ。

 

 そういえば、八神というのに引っかかった原因が分かった。

 それに思い立ったとき、それは当然だと思った。

 なぜなら、某漫画のあの死神の本を持っていたあの男の苗字と一緒だったからだ。

 そりゃそうだ、俺好きだったもん。

 リリカルの原作キャラでないことが分かった俺は、今や安心して寝食ともにできる。

 今一番幸せなことはそれだな。

 今持っている本を丁度読み終わり、カバンの中に入っている別の本と取り換えようとする。

 そこで、手元を遮るように影が出来た。

 

「あの、ちょっといいかな」

 

 その瞬間、俺は思った。

 最近の小学生は行動するのが早いなって。

 観念した心持で、声をかけてきた相手を見た。

 

 そして、逃げだした。

 

 

 

 

「すずかちゃん、逃げられたよ?」

 

 なのはちゃんが、さっき行動した結果を言ってきた。

 私も見ていたからそれはわかっている。

 ただ、それで気になったのは倉本君の行動、視線。

 なのはちゃんを見た瞬間、あきらめきっていた顔つきが急に恐怖のものに変わった。

 その視線はまるで私たち……夜の一族に向けられる感じの、何者かわからない者に恐怖する視線にそっくりだった。

 

「すずかちゃん?」

「あ、うん、なのはちゃん何?」

「このあとどうするのかなって」

 

 なのはちゃんに声をかけてきてもらったのは、最近倉本君に対しての陰口が表立ってきたからだった。

 四月のあの事件のあと、なのはちゃんとアリサちゃんと私は仲良くなった。

 でも、それにかかわった倉本君は、今も一人ぼっちだということ。

 それはいつも休憩時間に本ばかり読んでいて、誰とも会話しようとしてないところから読み取れる。

 私も一人でいるときは良く本を読んでいた。

 だからこそ、少し同情してしまった。

 確かに、あの時倉本君のした行動は私にとってショックだけど、あそこで入ってくれなかったら、私たちは仲良くなれなかったかもしれない。そんな風にも思えて。

 

「そうだね……うん。私が話しに行ってみるよ」

「あんなことされたのに、すずかはよく気にかけるわね」

 

 一緒になのはちゃんを見ていたアリサちゃんがそういってきた。

 その言葉の中には、どちらかというと心配していることが多く読み取れて、その心遣いにはうれしく思える。

 アリサちゃんとしては、四月の事があるから私と倉本君が話すことについてはあまり喜ばしいことではないようだ。

 なのはちゃんも、そのあたりについては同じ気持ちのようでもあるし。

 

「それをいうなら、アリサちゃんもでしょ」

「う、痛いところついてくるわね……」

「ふふ、大丈夫、気にしてないよ」

 

 あの時の事はもう大丈夫。

 それは、あの男の子も同じ。

 

 

 

 

 倉本君は階段の隅の方にいた。

 

「倉本君」

 

 私が声をかけると、倉本君はびくりとして顔をこっちに向けた。

 反応に困った私は、とりあえず笑顔を向ける。

 倉本君は土下座をした。

 

「あ、あ、あ、あの時の事は、どうもすみみゃせんでした!!」

 

 最初は意味が分からなかった私だけど、少したって何のことかわかった。

 四月の時の事、倉本君もずっと考えていたんだ。

 もしかしたら、それを気に病んでいたから誰とも話さなかったのかもしれない。

 そう思うと、私は倉本君を悪い人に扱うことは出来そうもない。

 むしろ、そこまで考えてくれていたことに、逆にこっちが恐縮してしまう。

 

「あのね倉本君、あのことはもういいの」

「いえしかし、あの時はまっこと申しあけにゃいことを!」

「お、落ち着こうよ」

 

 言葉を噛みながらも謝ってくる倉本君に、こっちが悪いことをしている気分になってくる。

 倉本君は少し息を落ち着かせ、不安そうな顔でこちらを見てきた。

 

「ほ、本当に許してくれるんですか?」

「うん」

 

 そこまでいったところで、ようやく倉本君は安心した顔になる。

 私、そんなに怒っていたように見えたかな?

 

「そ、それで、何の御用で?」

「倉本君、一緒に遊ぼう」

 

 一瞬きょとんとされた後、すごく驚いた顔になる。

 小さく声も「えっ」って漏れてたような気もする。

 聞き間違いっていうわけじゃないことを証明するために、私はもう一度同じことを言う。

 

「一緒に遊ぼう」

 

 言った後で、普段の自分がいいそうじゃない言葉だと思った。

 行動も、いつもの自分らしくない。

 それに気づくと、私は今していることが恥ずかしく思えてきて、徐々に顔が熱くなってくる。

 

 結局、倉本君が反応する前に私はそこから逃げ出した。

 



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第八話 なぜ今まで出合わなかった

 なんだかんだと十二月。

 あれから学校は特に何もなく過ごしている。

 ただ一つ違うことは、たまにだが隣の魔王からも話しかけてくれるようになったこと。

 正直嬉しくもない事柄だが、ある程度受け答えをしていると噂も自然になくなった。

 影じゃあるかもしれないけど、堂々としてくれなきゃこっちとしては別にかまわない

 そんなわけで、割と学校ではましなひと時を送っている。

 そんなことより、今はこっちの事だ。

 

「はやてー、ケーキどうする?」

「翠屋で注文しといたから、取ってきてくれへん?」

「わかった」

 

 今はクリスマスパーティの準備。

 小学生二人が準備しているクリスマスパーティというのも、なんだかおかしなことだ。

 今はそのパーティのための料理を作ってる最中。

 はやての料理の腕は高く、作れる種類は俺の方が多いが(転生前の記憶があるため)上手に作れるはやてという図式上、俺が教えてはやてが作るという感じになっている。

 あらかた教え終わったためケーキを聞いたのだが、受け取りに行くのは自分になるというあくまでも自然なこととなった。

 ……大丈夫、パシリではない。

 

 

 

 

 翠屋。

 ここにあるシュークリームはお世話になっている。もちろん自腹で払っている。

 親の仕送りは親戚宛になっているためあまり使えないが、それでもいくらかおこづかいはもらっていた。

 最近でこそ、親戚の来訪が一か月に一度の割合になり、ついに食事代混みでほとんどもらえることになっているが。

 

「いらっしゃい、今日は何の用かな?」

 

 この店の店主の士郎さん。

 かなりかっこよくて、ケーキ屋さんをやっているのが不思議なくらいだ。

 

「八神はやてという名前で予約を入れているはずなんですが」

「クリスマスケーキだね。ちょっと待ってて」

 

 二人で来ることも多いため、名前を出してもいつものように笑顔で返してくれる。

 どうせならと思い、シュークリームも見てみる。

 ケーキ自体の大きさはあまりないものを買ったため、おそらくシュークリームを買っても余ることはないだろう。

 そう考えながら、ショーウインドウを見ているときだった。

 

「あれ?倉本君?」

 

 再び、魔王様と会いまみえた。

 俺は一番に逃走という選択肢が思い浮かぶが、ケーキというものがあるせいでそれを選ぶことは出来ない。

 しかし、無視をしてしまえばまた陰口が復活するかもしれない。

 初めて逃げられない魔王の恐ろしさを知った。

 

「な、なにかな?」

 

 なるべく平常心を保ちつつ答える。

 さも当然のように真後ろにいたことに、泣き崩れ落ちそうな俺の心はその方向へ向かおうとしてくれる。

 

「倉本君もケーキを買いに来たの?」

「ああ、うん。そうだよ」

 

 ちらちらと何か聞きたそうにしてこちらを見てくる魔王。

 どうしたのだろうかという心配よりも、一刻も早く逃げたいという気持ちの方が強い。

 と、そこで、俺の気持ちが変わるような質問が投げつけられた。

 

「なんで、そうやって避けようとするの?」

 

 思えば、おかしな事だった。

 今の俺だって、だいぶ不自然に視線を動かしていたはず。

 それを自分でも自然だと思っていた。

 だが、その質問をされてようやく自分のしていたことに違和感が出てきた。

 

 俺は何から逃げようとしているんだ?

 

 魔王だって原作知識からだし、高町なのはというのが原作の主人公というのも当然知っている。

 だけど、それ以上何を知っているのだろうか。

 魔王という肩書きはしょせんどこからか伝え聞いたものだし、原作キャラと関わればどこまで事件にかかわるのか分からない。

 もしかしたら、全く関わらなくても何処かで巻き込まれてしまうのかもしれない。

 そもそも、俺はどこまで原作キャラを覚えている?

 

 そこまで考えて、俺は少し気分が軽くなった。

 被害妄想。

 もしかしたら考え過ぎていたのかもしれない。

 

「……ごめん。そんなつもりはなくて」

「あ、ううん。ちょっと気になっただけだから」

「ほら、あのカチューシャの子……月村さんとのことがあったから、話しかけづらくて」

「すずかちゃんとのこと?でも、だいぶ前に和解したって聞いたけど」

「それでも、なんだかね……」

 

 とりあえず、言い訳を並べる。

 月村さんの事は、今はこっちだって気にしてない。

 ……まあ、前に謝ったときは、それをいいことにいじめられるとは思っていたけど。

 

「あ、それじゃあさ――」

「おまたせ」

 

 魔王に士郎さんの声が被った。

 

「ありがとうございます。それと、このシュークリームを四つお願いできますか」

「わかった。なのは帰っていたのか、おかえり」

「ただいま、お父さん」

 

 ばつが悪そうに魔王は士郎さんにあいさつをする。

 声が被ったことが嫌だったのだろうか。

 ……って、お父さん?

 

「ねえ、もしかして士郎さんって……」

「なのはのお父さんだよ?」

 

 この翠屋、とんでもない化け物が潜んでいたようだ。

 

 

 

 

 クリスマスパーティが終わって、はやての部屋。

 前々から同じ部屋で寝たりしていて、今日も例にもれず同じ部屋で寝ることになっていた。

 

「なんや?夜更かしは良くないで」

「ああ、ちょっと手紙を」

「そうなんか。まあ、あまり遅くならんようにな~」

 

 はやては早々に寝てくれて、さっそくまとめることが出来る。

 手紙を書くといったのはもちろん嘘。

 本当は原作の知識をさらっとまとめたかったからだ。

 

 さて、どこまでこの世界の事を知っているのか。

 



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第九話 追うもの追われるもの

 二年生になる。

 相変わらず、魔王を中心とした三人組は同じクラスだ。

 それは俺も同じであったが。

 

 原作をまとめた結果、俺がおぼえていることは殆どなかったといってもいいだろう。

 まず、最初の事件の始まりが分からない。

 そこでフェイトなるものと争ったりするらしいが、いつになるのかは全く分からない。

 もしかしたら、明日にでも事件が始まるのかもしれない。

 それに気づいたとき、俺は毎日におびえるようになった。

 

 つまり結果を言えば、魔王から逃げる頻度は多くなった。

 

 本人には悪いと思うが、それがいつもの事になってきた。

 

「倉本君!」

「やべっ」

 

「あきないわね、あの二人」

「あはは……」

 

 というか、なぜこいつは追いかけてくる。

 

 

 

 

 私、アリサ・バニングスは少し困った親友がいる。

 

「アリサちゃん、なんで逃げるんだろうね」

 

 高町なのは、それが困った親友の名前だ。

 約半年前はあの倉本という男子にあまり良い感情を持っていなかったはず。

 それが、冬休みが終わって学校に来てみると、その男子に話しかけているというのだ。

 その男子は驚いたのか、その日から話しかけられた瞬間逃げ出すようにもなったし。

 何が言いたいのかというとだ、この親友の目的が分からなくなってきた。

 

「なのは、なんであの男子を追っているの?」

 

 クラスも離れなかったことから、またあの二人は追いかけっこを続けるのだろう、

 そうなれば私たちにもいくらか被害があるはずだ。

 それなら、理由くらい聞いてもいいでしょ?

 

「あの男子って……倉本君の事?」

「そう。少し前はあんなに追おうとしなかったでしょ」

「それは、すずかちゃんを泣かせてたから」

「私としては、もっと根本的なところからあると思ってるんだけど」

 

 なのはは少し驚いた顔をした。

 だとすると、私の予想も外れじゃないってことね。

 

「ほら、言ってみなさいよ」

 

 困ったような顔で「うーん」と悩むなのは。

 理由はあるけど、言おうかどうしようか考えてるって顔だ。

 少し待った後、なのはは答えてくれた。

 

「小さいころね、友達になってくれた男の子がいたの」

「友達になってくれた男の子?」

 

 なのははこれでもはっきりと感情を口に出す子だ。

 まるで友達がいなかったかの言い方、もしかしたらと考える。

 

「その頃の私は、お父さんが怪我をして、家族みんな大忙しになって、でも邪魔をしちゃいけないから、私は見ているだけだった」

 

 それは、逆に言えば家族と関わっていなかったということ。

 

「公園に行って、何もする気なくて、ずっと砂場で一人遊んでいた」

 

 家に居づらい、そう思ってなのはは外を出掛けたのだろう。

 ……もしくはわがままを言ってしまいそうになるから。

 

「そこで、一人の男の子と会ったの。その男の子は、私と一緒に遊ぼうって言ってくれた」

 

 なのはは、その言葉に救われたのだろう。

 私の場合、親は私を大切にしてくれたけど、友達はまったくいなかった。

 だから、なのはの気持ちはわかるし、あの男の気持ちも……

 

「ああ!違う違う!」

「アリサちゃん?」

「あ、いや、なんでもないわ」

「う、うん。……そしてその男の子なんだけどね、二年前結局名前も聞かずに遠くに行っちゃったから、どうしているのかもわからないんだ」

「それで、あの男子の何の関係があるの?」

「にゃはは。……気のせいかもしれない、でももしかしたら、倉本君があの時の男の子なのかなって」

 

 なのはは懐かしそうに目を細める。

 普通に考えれば遠いところ(多分外国)にいった友達が、一年くらいで帰ってこられるとは思えない。

 私みたいによく外国へ行くのであれば旅行などで納得はいくが、なのはの言い方では、まるでお別れのような感じだった。

 親の仕事の都合で外国に引っ越し、それだろう。

 

「……一年で帰ってこれるとは思えないわね」

「アリサちゃんも、そう思う?」

 

 寂しそうな顔。

 なのはにとって、その男の子はとても大切な友達なんだってことがうかがえる。

 

「なのはの好きにしたらいいと思うわ。悪いことなんて、一つもないのだから」

「アリサちゃん……」

「ほら、すずかも話に入りたそうな顔をしてるわよ」

「え?そ、そんなことないよ」

 

 なのはがどうしようと、私たちの絆にひびが入ることはない。

 私は、そう思っているから。

 

 

 

 

「はやて、ストーカーを追い払う方法はないか?」

「龍一にストーカー?ギャグを言うならもうちょい面白いのを頼むで」

 

 家に帰ってはやてに言うが、ギャグ扱いされてしまった。

 

「いやいや、それが本当の事でね」

「あっはっは。ほら、笑ってやったで、だからその悲しいギャグはやめい」

「ギャグじゃないって!」

 

 結局、どうしてもギャグ扱いにされてしまった。

 



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第十話 誕生日、それだけだ

 六月。

 時が過ぎるのは早いもので、もう梅雨の季節がやってまいりました。

 と始めるのも、数日前グレアムというはやての足長おじさん的なお人が送ってきた手紙に原因があった。

 

「龍一、あんたあてに手紙や」

 

 そういってはやてから渡された手紙、それがグレアムという人からだった。

 内容ははやての誕生日。

 どうやら、はやてが送る手紙によく俺の事が書かれてあったようで、そんな子がいるのなら代わりに誕生日を祝ってやってくれないかと手紙に書いてあった。

 はやてにはお世話になっているし、断る理由は何もない。

 その日から、俺は少しずつ計画を立てていったのだった。

 

 

 

 

「誕生日パーティ、どうしよう……」

 

 ケーキの準備はできた。プレゼントも用意した。

 だけど俺が思うのは、これだけで大丈夫なのか、そういうことだった。

 誕生日を祝うのは俺一人、その時点でどうなのかという気持ちが湧き上がる。

 誰か呼んだ方がいいのか?

 だけど、大して祝う気もないやつを連れて行ったところで逆効果だろう。

 そもそも、そんなこと頼める奴いないし。

 本なんかそっちのけでぼーっと考えていたのが原因だろう、魔王が話しかけてきた。

 

「何を考えてるの?」

 

 この魔王、最近はしつこさが増してきて、逃げたら追っかけてくるようになってきた。

 前向きに考えると運動にはなるが、そんな風に考えるのは正直無理だ。

 

「なんでもない」

 

 とりあえずはそう返しておく。

 最近は逃げるのが無駄だと気付いて、俺は適当に返すことにしている。

 そのおかげというべきか、魔王相手なら噛まずに返答が出来るようになった。

 魔王との距離が近づいたようにも思えて、あんまりうれしくないが。

 

「でも、いつも本を読んでるのに、なんで今日は何も読んでないの?」

「読んでないのがそんなにおかしい?」

「そういうわけじゃないけど……」

「なら……いや、まてよ」

 

 このままやり過ごそうと思った時、相談くらいならいいんじゃないかと考える。

 仲良くなるのはごめんだが、ただ一人の友達のために関わりたくないこいつにかかわるのもいいだろう。

 そんな俺の心情は、まさに主人公だった。

 

「まお……高町、誕生日って祝ってもらえるだけでもうれしいもの?」

「え? そ、それは、仲がいい子とかに祝ってもらえるとうれしいけど」

「よし、それならばいい」

 

 話を振られて困惑する魔王を放っておき、俺は早速パーティについて考える。

 さて、家に帰ったら料理かな。

 

 少し経ち、隣の仲良し三人組が騒いでいるのが少し耳障りに感じた。

 

 

 

 

 家に帰ってさっそくはやてにケーキを取りに行ってもらった。

 体の弱い女の子を行かせるなんて最低やー、とか言っていたけど、行ってくれたら四分の三あげると言ったら行ってくれた。

 なんとも現金なやつだと思う。

 士郎さんには誕生日ケーキだと言わないでくれるように言っておいたし、サプライズとしても大丈夫だろう。

 誕生日プレゼントもしっかりと用意をしておいた。

 全てのものを確認して、俺は料理を作りだす。

 

 

 

 

 あやしい。

 どうにもあやしい。

 龍一の言うまま翠屋にケーキを取りに来たんやけど、待ち時間そんなことばかり考えおる。

 普段、外出は率先していこうとする龍一が、取ってこいって私にケーキをとらせに行くのは怪しい以外の何物でもない。

 龍一も何かあるんやろうし、深くつっこもうとは思わへんねんやけど、龍一の掌の上というのはおもしろない。

 家に帰ったら問い詰めてやろと思った時、この店の店主がケーキを渡してくる。

 

「はい、誕生日ケーキ。気を付けて持って帰るんだよ」

「ん? 誕生日ケーキ?」

「そうだけ……あ、龍一君から言わないようにって言われてたんだっけ……」

 

 この店の店主も、案外抜けてるんやなと思った。

 

 

 

 

「ふははははは! 完璧だ!」

 

 机の上に並べる料理。

 量も味も申し分なく、ついついテンションが上がってしまうほど。

 そこで、ちょうどよく家のインターホンが鳴った。

 カギは締めてないからすぐに入ってくるだろう。

 俺はクラッカーの用意(両手で四本)をして玄関の前で待機をする。

 ドアが開き、その瞬間クラッカーを四つ同時に鳴らす。

 きっと驚いて声も出なくなっているだろう、そう考えていた俺の予想は大きく外れた。

 

「ぐすっ、ありがとうなぁ……」

 

 泣いていらっしゃる!?

 

「どど、どこああたった? しょれともクラッカーの紙吹雪が目に?」

「ちゃうよ……私のために、用意してくれたんやろ?」

 

 その通りなので首を縦に振る。

 ここで、誕生日パーティがばれていることに勘付く。

 思えば、自分の誕生日を忘れていることがおかしいのだ。

 反省……

 

「はは、まさかばれてるなんてね」

「ううん、翠屋の店長が漏らしてくれたんや」

 

 士郎さんを、初めてダメな人だと、思ったこの時。

 

「は、はは、まあばれてるなら話は早いよ。もう準備できてるから」

「わかった」

「あ、それと……」

 

 懐に入れていた、プレゼントを渡す。中身は髪留めだ。

 前に別の子にも髪留めを渡したことを考えると少々芸がないと自分でも思うが、これといったプレゼントのネタが思いつかなかった。

 

「はい。プレゼント」

「あ……な、なんや、めちゃうれしいんやけど」

「よろこんでくれたのなら、いいよ」

 

 入っている髪留めを取り出し、さっそくとはやてはつける。

 

「どうや?」

「似合ってる。流石俺だな!」

 

 なんだかこうやって喜んでいるはやてをみると、こちらが恥ずかしくなっていき、普段言わないようなことを言って誤魔化す。

 背を向けリビングへと行こうとするとき、後ろから裾を引っ張られた。

 

「ありがとな」

 

 笑顔で言われ、不覚にも俺は小学生にときめいてしまった。

 



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第十一話 邂逅そして友達

 十一月。

 久しぶりに図書館へ来た。

 というのも、はやての家にあった本をほとんど読んでしまったからだった。

 そうはいっても、読めない本はいくつかあったが。

 はやてはまだ借りている本があるからパスと言っている。

 はやてが行くときは付添いに来いとか言うくせに……

 気を取り直して本を探す。

 

「あれ?倉本君?」

 

 ……月村と目が合った。

 

「ず、偶然だにぇ」

 

 やばい、少し噛んだ。

 月村は噛んだところを少しも気にせず、近くへ寄ってきた。

 俺はすぐさま他の二人を確認し、いないことを確認する。

 

「何きょろきょろしているの?」

 

 月村はもう目の前にいた。

 足音も立てずにここまですばやく近づいてくるとは……人間じゃないな!

 

「……なんて」

「え?」

「あ、いや、なんでもない」

 

 どうやら少し声に出ていたようだ。

 根暗にひとりごとが合わさると大変なことになってしまう、気をつけねば。

 

「つきみゅらしゃ……月村さんはどうして図書館に?」

「本を見に来たの」

「図書館だしそれもそうだね。あはは」

 

 地雷ばっかりというか、話題を失敗しているような気がする。

 図書館なんだから、本を見に来た以外あるわけないじゃん!

 あー、な、何か空気を和らげる話題を……

 

「そういえば、いつもいるあの二人は?」

「ずっと一緒にいるわけじゃないよ。それに、今日は休みの日だから」

「そそ、それもそうだね、あはは」

 

 当たり前だろ俺。

 はやての基準で考えるものじゃないぞ、まじで。

 これ以上の恥は避けねばならん。

 よし、次こそ!

 

「月村さんって暇なんだね」

「え?それは……えっと」

 

 あばばばばば。

 俺基準で考えてるんじゃないよ俺!?

 ほら、月村が予想以上の困惑顔で俺を見ている。

 ここから巻き返すには……!

 

「ふふ、倉本君って面白いね」

「え?そ、そう?」

 

 いきなり好評価をもらった。

 さっきのセリフのどこが好評価だったんだ、一体。

 

「だって、考えていること顔に出てるよ。ふふ、百面相みたい」

 

 褒めてるんだよね、それ。

 いや、やっぱほめてないだろう。

 

「ほら、また」

「表情読むの勘弁してください」

 

 ポーカーフェイスが出来たらいいんだけどな。

 

 

 

 

 月村と二人でいろいろ本を見てまわることにした。

 月村も結構図書館へ通っているのか、ある程度の本棚の位置を覚えているみたいで、好きそうなジャンルの本棚が近くにあるとそっちへむかう。

 俺は新刊がいろいろ出ているのを見て、好みの本は一通り見ていたりした。

 

 思い思いに図書館を回り、時間を見るともう暗くなっていた。

 

「月村さんの教えてくれた文庫も面白かったよ」

「倉本君も、私が今まで知らなかった本を教えてくれたり、ありがとう」

 

 二人そろっていくつか借りる本を選んでカウンターへ向かい、本を借りる。

 図書館から外へ出ると、もう空はオレンジ色に染めていた。

 

「そういえば、こうして二人で話すのも久しぶりだよね」

「そうだっけ?」

 

 思い返してみれば、俺にかかわってくるのは魔王だけで、ほかの二人は遠くから見ているだけだった。

 だから月村と二人で話したのは、そう……実に一年前の事ではないだろうか。

 

 月村との和解。

 それは確かに俺の人生にプラスを与えた出来事。

 

「確かに、そうだね」

「あのときは急に逃げてごめんね。……って、もう遅いか」

 

 そう言って微笑む月村。

 鼓動が、高鳴る。

 

(って、何またときめいているんだ!?)

 

 呼吸を整えて、今感じたことを自分の中で整える。

 ときめいたといっても、自分が優しくされたことがあまりなかったからこそ、この笑顔にやられただけ。

 しかし、そうと分かっていても心を落ち着けなければならない。そうしなくちゃ、今の月村の顔を正常に見ることが出来そうにないから。

 

「どうかしたの?」

「ううん、なんでもないよ」

「そう?」

「うん。でも、一年前の事をよく覚えていたよね」

「……倉本君とは、仲良くなれそうだったから」

 

 何の打算もなしに言っているだろう言葉。

 もしかしたら、二人目の友達になれるかもしれない、そんな思いが俺を奮い立たせる。

 前回は間違えた。

 だけど、今回はきっと大丈夫。

 意を決して、月村に話しかける。

 

「月村さん。友達に、なってくれないかな?」

 

 月村はすぐにその答えを返す。

 

「うん。よろしく、倉本君」

 

 月村が俺の表情を読み取れるのならば、その言葉は俺にとって最上の喜びであることが分かるだろう。

 それは何もおかしなことじゃなくて、俺にとって当たり前で。

 

「ねえ倉本君。今回は逃げずにちゃんと言うね」

「逃げずに……?」

「忘れたの? あの時言った言葉」

 

 あの時言った言葉、それは確か……

 

「一緒に遊ぼう」

 一緒に遊ぼう……だったはず。

 

 

 

 

 すずかの日記

 十一月○日

 今日は図書館へ行った。

 そこでクラスメートの倉本くんとあいました。

 クラスメートの倉本くんはいろいろな本をしっていて、おどろきました。

 かえりみち、倉本くんとなかよくなって友だちになりました。

 くらくなってくるのもきにせず夜おそくまで遊んでいたらお姉ちゃんたちがむかえにきてくれました。

 おこられたけど、倉本くんは私のせいじゃないって言ってくれてうれしかったです。

 

 でも、本当はお姉ちゃんが本気でおこっていなかったの、しってた。

 私はあまり友だちがいないから、倉本くんと遊んでいたのには、じつはよろこんでいた。

 だからお姉ちゃんは倉本くんにこう言ったんだ。

「今度は、うちにきなさい」って。

 



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第十二話 地獄への招待

 またしてもクリスマス・イブ。

 はやてはこの日ちょうど病院に行く用事が入ってしまい、祝うのはクリスマスの日になってしまった。

 どうしてクリスマス・イブの方に祝うことが多いんだろうな。どっちも同じだろうに。

 

 それで、話が終わりならよかった。

 だけどそんなことで終わるはずもなく、図書館へ行ったこの日、さらなる話が待っていた。

 

「倉本君、久しぶり」

「あ、うん、久しぶり」

 

 月村はたまにであるが、図書館で見かけることもあった。

 冬休みに入った今、それ以外出会うことはない。

 今思えば、だからこそここに来たんだと思うよ。

 月村は俺を見るなり、こういってきたから。

 

「今日おうちでクリスマスパーティするんだ。倉本君もどう?」

 

 たしかに、少し前に月村のお姉さんから、今度はうちに来なさいと言われた。

 だが、そういうパーティに俺が出席をしてもいいのか、俺は悩みに悩む。

 悩む……が、打算など欠片も感じさせない月村の頼み方に、断る選択肢なんてなかった。

 

「わたしも、倉本君が来てくれたら楽しくなると思うんだ」

 

 笑顔で言われて断れる男なんていない……と思う。

 

 

 

 

 さて、長くはなったが、今俺は月村家の前にいる。

 まず最初に言いたいことは、でかい。

 とても、大きい。

 ふと、月村を見る。

 こうして屋敷ともいえる家の前に立つ月村の姿はもうすんごいお嬢様に見えて、俺がここにいるのは間違いなんじゃないかと思わせられるくらいだった。

 少なくとも、いつもの私服できたのは間違いだっただろう。

 

「どうしたの?」

 

 月村が固まっている俺に声をかける。

 

 いや、どう考えても普通でいられるわけないだろう。

 

 俺はそう声を大にして言いたい。

 

「なななんでmないy」

 

 まともに会話できる奴がいたらすごい。

 俺はそんな人になりたいと思った。

 

 だが、一度ある災難は続く。

 それこそ、一年生の四月の時のように。

 

「あ、倉本君も来たんだ」

「最近はすずかと仲よさそうにしてたわね」

 

 魔王再臨。

 その隣にはアリサ・バニングス。

 正直今でもアリサかバニングスかで呼ぶのに迷っている人だ。

 そんなどうでもいいことを思うくらいには、俺は気が動転していた。

 

「それじゃあ案内するね」

 

 月村は家の門を開けてもらう。

 このままではまずい、そう思った俺は必死に打開策を練る。

 まず一番に思いつく行為。

 ……逃走。

 

「そういや俺用事が――」

「……」

「なんでもないです」

 

 視線が逃がさないと物語っていた。

 その視線を送ってきた人物、アリサ・バニングス。

 立ち位置も微妙にずらして逃がさないようにしている。

 おかしい、俺はこいつとかかわりがなかったはずだ。

 なのになぜ……

 

「あたし、倉本には聞きたいことがたくさんあったのよねー」

 

 俺へ向けてくる気配がやばい。

 なんかしたか、俺。

 

 

 

 

 月村邸。

 これが外装だけ豪華なら幾らか気を落ち着かせられたものの、内装もやばかった。

 正直場違い感が半端なかった。

 周りを見れば何人かメイドと思わしきものがいて、ここは日本なのかと疑ったくらい。

 そうして固まっていたら、隣から「ふっ」て笑われた。

 おのれアリサ・バニングス、こいつもお嬢様か。

 

 なんか豪華なテーブルのあったところにて待たされる。

 

「あら、図書館に本当にいたのね」

 

 月村のお姉さんが現れ、俺を見てそう言った。

 どうやら月村が図書館に来たのは俺と会うためだったらしい。

 なんと恐ろしい……

 

「さていらっしゃい、なのはちゃん、アリサちゃん、倉本君」

 

 椅子に座りそう挨拶をする月村のお姉さん。

 美人な人だな、そう思う。

 あいさつもそこそこに、料理をメイドさんが持ってくる。

 マナーが全く分からない俺は、とりあえず周りを観察することにした。

 

 月村はなのはと姉さんとで料理に手もつけず話している。

 アリサ・バニングスは、こちらをずっと見ていた。

 

「って、みてる?」

「何か?」

 

 ニコリとせず返してくる。

 どちらかと言えば独り言だったんだが……と、そこでアリサ・バニングスに言われた言葉を思い出す。

 

「聞きたいきょととは?」

「倉本、噛んでるわよ」

 

 分かってらい畜生。

 ここで、月村の指摘しない優しさに救われていたんだとしみじみ実感する。

 こんなところで実感したくはなかったけど。

 

「まあ、聞きたいことと言っても大したことじゃないわ」

 

 それなら聞いてくるな。

 ……なんて言えたらいいんだけど。

 

「聞きたいことというのは、なのはのことよ」

 

 なんだこいつ、なんで魔王の事なんか。

 

「倉本が三年前の奴かどうかはこの際どうでもいいわ。なのはの事、どう思っているの?」

 

 魔王の事?

 魔王は魔王……だが、そのままこんなことを言えば、きっとアリサ・バニングスはその眼光で俺を貫いてくるだろう。

 穏便に済ますセリフ、それを考えねば。

 

「……友達?」

「嘘ね」

 

 ほら!今ギロッてした!

 確実に俺を射抜いてたよ!

 自分でも今の言い訳はないとは思ったが、これはどうすればいいのか。

 そこで誤魔化すように魔王を見る。

 魔王はじっと俺の事を見ていた。

 

「え? 何?」

「倉本君……」

 

 なんだか魔王の様子がおかしい。

 驚くような、喜んでいるような、いろいろな感情が合わさった表情。

 

「わたしの事、友達だと思ってくれていたんだね」

 

 ……え、そこ?

 言い訳に使った言葉が思いもよらぬ結果を生んでしまったようだ。

 魔王と友達、確実に巻き込まれるフラグが立ってしまう。

 だが、今更訂正は出来ない。

 というかしたら多分殺される、アリサ・バニングスに。

 案の定アリサ・バニングスはなのはを泣かせたら殺すとでも言いたげな視線を送っている。

 

 この友達思いめ!

 

 その日、おいしい料理のはずなのにまともに味が分からなくなった。

 たぶん、魔王と友達という事実が俺の舌をマヒさせたのだろう。

 

 結局、友達を訂正できずに一日を過ごしたのだった。

 



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第十三話 話せる友はいいものだ

 二月になった。

 友だち発言をしてしまったとはいえ、魔王から逃げる日々はいまだ続いていた。

 少なくとも、笑顔で笑いあう日は来てほしくないからだ。

 

 そんな俺も今日は追い込まれていた。

 魔王ではない、アリサ・バニングスにだ。

 

「あんた、なんでいちいちなのはから逃げるのよ」

 

 魔王に追われ、ばれずに屋上に逃げ込めたのは良かった。

 だけどそこには、目の前に仁王立ちをしているアリサ・バニングスの姿があったわけで、そして戻ったら魔王がいるわけで。

 

「ちょっと、聞いているの?」

 

 結論を言えば、俺は逃げられない状況というわけだ。

 

 

 

 

 屋上。

 あたしは休憩時間が始まったらここに待機をしていた。

 多分、いつもどおりなのはは倉本を追っかけるだろう。

 そして倉本は逃げる。

 逃亡の果てにたどり着く場所、あたしはこの屋上だとにらんだ。

 理由は……まあ、あいつがなのはにばれてない隠れ場所はそこしかないからだ。

 あいつ、一年くらいで隠れ場所すべてがばれているってどうするのかしら。

 ちなみに、そのことをすずかに言ったら、倉本君の事をよく知っているんだねって言われた。

 

 べ、別にあいつ自身には興味なんてないんだから!

 すずかの勘違いには迷惑しちゃうわ、もう。

 

「で、きちゃうわけね」

「ここまでくれば……げっ、アリサ・バニングス」

 

 げってなによ。

 まあ、そんなことはいいわ。

 

「あんた、なんでいちいちなのはから逃げるのよ」

 

 たしか、クリスマスパーティの時はなのはの事を友だちだといった。

 流石にそっくりそのまま信じてはいないけど、友達といった手前、表向きくらいは仲良くすると思っていた。

 だけど倉本は今までと変わらずなのはから逃げている。

 

「ちょっと、聞いているの?」

 

 さっきから反応がない倉本にもう一声かける。

 

「そもそも出待ちをしているアリサ・バニングスが悪い」

「はぁ?」

 

 突然意味の分からないことを言われる。

 いつものパターンなら、こういうことをいうときは混乱している時だ。

 戻ればなのはがいるので流石にないとは思うが、逃げられるのを防ぐため一歩距離を詰める。

 なんというか、倉本はもうあきらめきった顔をしている。

 なのはと会うより私との会話を選んでいるとみていいだろう。

 

「それで、なんで逃げようとしているの」

「しょんなこと」

「さっそく噛んでる」

 

 恨むような視線を向けてきた。

 こっちとしては、指摘されたくないのなら気を付ければいいじゃないかと思う。

 

「……そんなこと、関係ないだろ」

「なのははあたしの友達だし。関係ないってことはないんじゃない」

 

 こういい方をされると、余計に引きたくなくなる。

 これが負けず嫌いっていうのだろう。自分でもそう思う。

 

「アリサ・バニングス。最初から事件に巻き込まれるとわかって、それに付き合おうと思うか?」

「事件に?そりゃ、そんなこと思わないわよ」

「つまり、そういうことだ」

 

 どういうことかしら?

 よくわからないことを言うのはいつもの事だけれど……

 

「とにかく、なのはから逃げるのをやめるつもりはないってわけね」

「まあ、そういうわけだ」

 

 いらないところで頑固なこいつにため息が出る。

 とうより、何を恐れてそんなことを言っているのか。

 そこで、今まで気になっていたもう一つの事もついでに聞いてみることにした。

 

「そういえば、なんであたしの事をフルネームで呼んでいるの?」

「なんでってそりゃ……どっちで呼んでいいのか分からんから」

「どっちって、名前でもファミリーネームでも好きな方呼べばいいじゃない」

「だって、外国じゃ初対面でも名前を呼ぶのが普通だろ?」

「はぁ?」

 

 二度目の同じセリフ。

 同級生からファミリーネームと名前を間違えられたことはあっても、まさか分かっていてどっちで呼ぶか迷う人は初めて見た。

 なんというか、変なところで律儀なんだからと再びこいつに呆れる。

 

「好きな方呼びなさいよ。そっちの方が逆にいやよ」

「うむむ」

 

 考えることなのかしら。

 こいつの思考回路は本当にわからない。

 

「じゃあ、アリサって呼ばせてもらうことにする」

「そう」

 

 てっきり、ファミリーネームで呼ぶのかと思っていたから少し驚く。

 友だちになったと本人も認めるすずかですら苗字だったのに。

 

「聞きたいことってそれだけか?」

「そうよ。時間取らせて悪かったわね」

「いや、暇だったからちょうどよかったさ」

 

 あたしはそう言って教室に戻った。

 なのはも教室に戻っていて、見つからなかったとすずかと話していた。

 

 あ、そういえば。

 気のせいかもしれないけど、倉本の口調いつもと違った?

 

 

 

 

「はやて、俺、自分自身をさらけ出せる友を見つけたかもしれない」

「ふうん。それはよかったなぁ」

「それだけ?」

「ほかに何をいえっちゅうねん」

 

 それもそうだ。

 しかしアリサ・バニン……アリサは意外と話しやすいやつだったな。

 素の口調で話しても違和感なかったし。

 



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第十四話 退路を断たれる罠

 三年生になった。

 相変わらず仲良し三人組と同じクラスの俺。

 何かよく分からない力でも働いているのだろうか……

 

「今年も同じクラスだね」

 

 すずかが教室で俺の姿を見ると、近づいてきていった。

 

「今年もよろしくね」

 

 俺はにこやかに返事をする。

 最初でこそガチガチだったが、今はもうすずかと話すこともすっかり慣れてしまった。

 次にアリサとも続いてくる。

 

「あんた、また同じクラスなのね」

「不幸なことにな」

 

 アリサとはこうやって軽口を言い合う仲だ。

 俺としては、こんな仲の友達が欲しかったので、現状には大いに満足している。

 また、それはアリサも同じようで、俺とこうやって言い合うときはそれなりに楽しそうにしていた。

 次に出てくるは……

 

「倉本君、一緒のク――」

 

 一目散に逃げる。

 朝の会があろうとお構いなしに。

 

 

 

 

「今日翠屋にでも行こうかな」

 

 ふと、そんなことを考えた。

 あくまでもなんとなく思っただけで、特に深い意味はないが……そう考えると翠屋のシュークリームが食べたくなってくる。

 

「それじゃあ、今日は一緒に帰ろう」

 

 それを聞きつけた魔王が、ここぞとばかりに話しかけてきた。

 魔王と下校とか、事件の起こる道しかみえない。

 ここは、丁重にお断りしておくべきだな。

 

「おことh」

「じゃあ、あたしたちも行こうかしら」

 

 アリサはまるで退路を防ぐかのように言葉を遮ってきた。

 さらに、それは隣にいた月村にも飛び火をする。

 

「もちろん、すずかも来るわよね?」

「あ、うん。じゃあ、わたしも行こうかな」

 

 そこまで確認してから、アリサは俺を見てニヤリと笑った。

 

 こいつ、俺が断りにくくする状況を作りやがったな!

 

 魔王だけなら放っておけるものを、そこに月村が入れば断りづらいものになる。

 しかもそれが笑顔ときた。

 アリサも「ここまでやったら断らないでしょ」なんて挑発的な顔つきをしてやがる。

 このままお前の掌の上で踊らされる男だと思うなよ!

 

「行かな――」

「いくわよね?」

「はい。付き合わせていただきます」

 

 強気なやつには勝てない。それが真理だ。

 

 

 

 

 翠屋についた。

 下校の間、俺はことごとく月村に話しかけて、奴らとの会話を避けきった。

 視線をずっと感じてたものの、俺は強制イベントを避けきったのだ……!

 

 しかしここで、新たな試練が起こる。

 

「翠屋が休み……だと」

 

 なんでも、店長さんが健康診断に行っているらしい。

 そう看板には書いてあった。

 ここで思うのは、休みだという事実。

 

 俺はハッとして、魔王を見る。

 

「にゃはは、そういえば今日は休みだっけ」

 

 こ、この魔王!絶対知ってただろ!

 

「あら、それならどうする?」

「お詫びに、わたしが作るシュークリームをご馳走するよ」

「なのはに作れるの?」

「もう、これでも練習したんだよ」

 

 予定調和かのように話が進む。

 なのはにアリサ、こいつら二人はどうやらグルだったらしい。

 その証拠に、月村は話についていけなくてぼけーとしている。

 

「少し時間がかかるけど、大丈夫?」

 

 ここで話を振られることは分かっていた。

 今度こそ、断りのセリフを言う。

 

「いや、ちょっと用事g」

「そういえば、あんた昨日暇だなーって言ってたわよね」

 

 今日ははやてが病院に行っている。

 だから、確かにそう愚痴をこぼしていてもおかしくない……が、なんで覚えているんだこいつは。

 

「あれ?そうだったkk」

「いってないとは言わせないわよ」

『明日暇になるな……どうしよっかなー』

 

 ポケットから出したのはボイスレコーダー。

 そこまでやるのかと驚きと同時に、こいつはなんなのかと思う。

 そうは思っても、これは逃げられない状況であることには間違いない。

 

「つ、付き合わせてもらいます」

 

 俺は観念することにした。

 

 ちなみに月村であるが、苦笑いをしていたのでボイスレコーダーについては知っていたのだと思われる。

 なぜ止めてくれなかった。

 

 

 

 

「あら、なのは、おかえりなさい」

「うん、ただいまお母さん」

 

 店主さんの嫁さんだ。

 多くの場合はこちらの方がいるので、もしかしたら士郎さん店主説は間違っているかもしれない。

 

「あら、新しいお友達?」

 

 俺の方を見てそう聞いてくる嫁さん。

 

「いいえ、ちg」

「倉本?」

「はい! お友達をさせていただいている、倉本龍一です!」

 

 アリサのひとことにはマジで敵わない。

 いつか、こいつを超えられる日は来るのだろうか。

 ……来そうにないな。

 

「なのは、準備はちゃんとできているわ。三人はあっちの部屋でちょっと待っててね」

 

 そういって待たされる俺ら。

 というか準備って、完全に狙ってたなこれ。

 

「アリサ、なんで俺をこうして連れてきた」

「翠屋行きたいって言ったのは龍一の方じゃない」

 

 それはそうではあるが。

 

「どうせ、行かないって言っていても、なんだかんだで連れてきただろ」

「ええ。そうよ」

 

 非常に遺憾なことです。

 というか、こいつに何かしたか俺。

 

「あ、まあまあ、アリサちゃんに倉本君も仲よくしようよ」

 

 月村は仲を取り持とうとしてくれている。

 個人的には仲が悪いつもりはないんだけどな。

 

「別に仲が悪いわけじゃないわ。ねえ」

「まあ、そうだな」

 

 それを聞いてほっとする月村。

 月村って、本当優しい子だとこういう時にしみじみ思う。

 

 

 

 

 そうして適当にだべりながら数時間。

 途中から宿題をはじめつつ待っていると、ようやく完成したみたいだった。

 

「おまたせ!」

 

 笑顔の魔王とともに登場したのは、シュークリーム。

 見かけはそれなりにできていて、少なくともゲテ物じゃないということはうかがえる。

 そのシュークリームは机の上に置かれ、俺たちも宿題をかたづける。

 

「にゃはは、ちょっと作り過ぎちゃったかも」

 

 少し山になっているが、俺が普段買う量より少し少ないくらいだった。

 

 ……まあ、俺が買う量が多いだけかもしれないけど。

 

「食べてもいい?」

「うん」

 

 魔王に確認を取り一つ手に取る。

 そうしてパクリと一口食べ……なんというか、何とも言えなかった。

 

「どうかな?」

 

 魔王は心配そうに見てくるが、そんなことがどうでもよくなるほどに俺は困惑していた。

 

(どこかで、食べたことのある味?)

 

 なかなかおいしいそれは、俺の記憶を刺激されるものだった。

 味は格段に違った。だけど、どこかで食べたことがある。

 これは、どこかで……

 

「倉本!」

 

 あと少しで思い出しそうなとき、アリサの声で思い出すのを止めさせられた。

 アリサは魔王にちらりと顔を向け、つられて俺も向く。

 顔色が変わるほど心配そうに俺を見てくる魔王がいた。

 あわてて、俺はシュークリームを称賛する。

 

「お、おいしいよ? うん、店には劣るけど」

「一言多い!」

 

 アリサから突っ込みは入るが、魔王は安心したように胸をなでおろす。

 とりあえず、間違えた言葉は言ってないようだ。

 

「うん。十分だよ」

 

 魔王はそういって笑顔になる。

 

 ……まずくても、まずいなんて言うつもりなかったけどな。

 



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第十五話 原作開始

 新学期が明けてから数日たった。

 この日はやてはいつもより早く寝ていた。

 俺が片づけをして、いつもと同じようにはやてと同じ寝台に入ったとき、なんか起こった。

 

『聞こえますか? 僕の声が……聞こえますか?』

 

 そう、なんか聞こえたのだ。

 はやては寝ているので、はやてではない。

 というか、直接頭の中に入るような喋り声なんて、はやてができるわけがない。

 気のせいだと思い直して俺が寝ようとした時だ。

 

『聞いてください。僕の声が聞こえる貴方。お願いです、僕に少しだけ、力を貸してください!』

 

 また同じような感じに声が聞こえた。

 力を貸せ?嫌だよ、絶対に何かにかかわっちゃうよ。

 こんな不思議な現象、俺の頭がいかれたか気のせい以外ない。

 だが、ほかにもう一つある。

 本編だ。

 本編ならばこんな不吉な声も納得が出来る。

 そう思うと、この声が死神の声のようにも聞こえ、もう聞こえないように俺は耳を押さえた。

 それでも聞こえる声。

 

 俺はこの日、眠れない夜を過ごした。

 

 

 

 

 声はいつの間にか止んでいた。

 だが、いつ再び聞こえるかどうかびくびくしていたおかげで、結局は眠ることはなかった。

 

「なんや、眠そうやな」

 

 そんな俺を見かねたのか、はやてが心配そうに聞いてきた。

 

「ああ、大丈夫。うん。もう大丈夫」

「ほんまか? つらいなら今日学校休んでもかまわんで?」

「お前は俺のおかんか」

 

 漫才のようなやり取りをして笑うはやて。

 この笑顔を見ると、これは日常なんだなぁと実感する。

 

「そういや、昨夜なんか声が聞こえてきた気がするんやけど」

「へ?」

「なんかしっとるん?」

 

 はやてが首をかしげて聞いてくる。

 ここで、俺は一つの嫌な仮説を立ててしまった。

 

 はやてが、原作キャラである可能性。

 

 この日まで過ごしていた家族。

 今まで過ごしていて、おかしいと思えることは少なくはなかった。

 原因不明の足に白紙の黒い本。

 敢えて考えないようにしていたそれらだが、ここにきて可能性があるんじゃないかと思わされてきた。

 あの幻聴のようなものが不特定多数のものに聞こえるものならばよい。

 だけど、それが違った時、俺ははやてを疑いにかかってしまう。

 

 その時ははやてから、離れる時が来てしまうのかもしれない。

 

 

 

 

 次の日学校。

 ありふれた日常の中に、一つ日常とは違うものがいた。

 フェレット。色がなんかおかしいフェレットがいた。

 

「あ、こら」

 

 目の前でフェレットを抱きあげる魔王。

 俺はあまりにおかしなその風景に、ただ茫然とする。

 

「それ、なんだ?」

「この子? 怪我したところを見かけて拾ったの」

 

 珍しく話しかけられたことにか、嬉しそうにそう話す魔王。

 俺は考える。

 学校に動物を連れてきちゃいけないとか、そのフェレット大丈夫なのかとかそういうことも考えたが、まず一番に思ったこと。

 

(主人公がおかしなことをするとき……原作開始!?)

 

 知らない間に原作が始まっていたことに驚愕する。

 

(いつはじまった? 昨日……いや、もしかしたら一週間くらい前……)

 

 過去の出来事を考え、いつからか予想を立てようとするも、魔王の事なんて全く見ていなかったためわからない。

 魔王の事を見ていたらよかったと後悔するもあとの祭り、とりあえず俺はより一層関わらないようにすることを誓うだけだった。

 

 

 

 

 帰り道、俺は魔王からの追撃を避け、はやてから頼まれていた食材も買ってうまく逃げ帰っていた。

 正直まともな人生を歩んでいるとは思えないが、原作から逃げるためにもしょうがない。

 

 そんな風にうまく人生は回るはずもなかった。

 

「これは……」

 

 目の前には丸い球体の何か。

 石というべきか宝石というべきか。悩んだ末とりあえず拾っておく。

 そうして顔を上げた時、目の前に見たこともない少女がいた。

 

「それをちょうだい」

 

 金髪ツインテール。手にもつのは鎌っぽい何か。

 明らかに友好的ではない態度。

 そこで、この女の子に既視感があった。

 

「ほら、それを渡せって言ってんの!」

 

 気が短いのか、少女の隣にいた猫耳をした女性が言う。

 状況としては意味が分からない。が、少なくとも手に持っている武器のようなものを見る限り、俺はおとなしく渡した方がいいのかもしれない。

 平和主義者の俺はそう結論付けて、持っている石っぽいものを渡そうとする。

 

 それは、女性の一振りによって妨げられる。

 

「うわっ!」

「ちっ」

 

 なんか手刀っぽいものをされた。

 とっさに引いただけなので何が起こったのかはよく分からないが、俺はこの女性に攻撃されたらしい。

 

「アルフ!」

「なんだい?」

「なんでいきなり攻撃したの」

「だって、おとなしく渡してくれそうになかったじゃないか」

 

 少女は声を上げ、それにこたえる女性。

 悪いけど、女性の見立ては全然違っていた。

 

「ううん。この人は渡そうとしてくれたよ」

 

 どうやら、少女はしっかりと俺を見ていたらしい。

 もしくは、同じ空気をしているからこそ分かったのかもしれないが。

 同じ空気?もちろんぼっちのことだけど。

 

 ともかく、少女のそのセリフに少々気を取り戻した女性。

 女性は探るような視線を向ける。

 そこで、早く終わらせたいので本当と言おうとしたとき、下に買い物をした袋が転がっていた。

 そういや、避けるときなんか手放した気がするな……

 

 中身を確かめるために、袋の中を探る。

 女性の警戒が上がった気がするが気にしない。

 

「さ、最悪だ!!」

 

 不幸は伝染した。

 卵は割れトマトははじけ牛乳瓶は割れていた。

 そのカラフルなものが野菜にまでかかっているので、野菜もどうしようもない。

 多分だが、すごいスピードで迫ってきた女性にでもあたったのだろう。

 

「ど、どうしたの?」

 

 少女も突然叫んだ俺を心配に思ったのか声をかけてくる。

 俺は袋の中身が見えるように少女に向けて思いっきり広げた。

 

「これを見ろ!」

 

 少女と女性は中をのぞき、想像以上の惨事に顔をしかめた。

 

「ううう……お前、これを見て何か思わんのか!」

「えっと、ご愁傷様?」

「それだけかこのやろ!」

 

 少女が言ったセリフに怒りと悲しみを混ぜて返す。

 

「そっちが早くそれを渡さなかったのがいけないんじゃないか」

「渡そうとしたときに攻撃したんだろ!お前は考える時間もくれないのか!」

 

 やってくれた本人に対しては怒りの度合いを増して返す。

 女性はさすがに悪かったと思ったのか、少し罪悪感を感じているようだ。

 

「アルフ謝って」

「そ、そうだね、謝るよ現地人」

「馬鹿にしてんのか!?」

 

 現地人とはこれいかに。

 俺の怒りは頂点に達している。

 ちなみに、俺が怒っている原因は主に買った商品にあった。

 

 まず、卵はふだん二百円する高級品。次にトマトは一口かじればその甘さにとろけるとも言われたトマト。牛乳なんかは、搾りたてから数時間もたっていないという一日に何本も売られていなかったものだ。その他野菜も、普段食べることがなさそうなものがいろいろあった。

 全部、スーパーのおひとり様一つの半額製品のものだった。

 それが、この女に一瞬にして……

 

 そのような感じの事を泣きながら伝えると、二人はすまなそうな顔をしてもう一度する買い物に付き合うと言ってくれた。

 

 

 

 

「これはどう?」

「それ下の方が傷んでいる」

「あ、本当だ」

「ぐちぐちうるさい男だね」

「うるさいお前のせいだろ」

 

 スーパーに来たものの、いいものは一つもない。

 残っているものはどこか痛んでいたりするものだけだった。

 ショックから立ち直りつつはあるが、やっぱり最初に買ったものより劣ると考えたら、また落ち込んでしまう。

 

「でも、こんなのこっちの奴でいいんじゃないの?」

「そうだね。安いし、こっちの方がいいよ?」

 

 ……今二人は何とおっしゃいましたか?

 カップラーメンを手にして、あろうことかこっちの方がいい?

 

「そんなわけないだろ!」

 

 割と本気でそう叫んでしまった。

 二人はあまりにも本気な俺を見て後ずさる。

 

「おい、本当の料理を食べたいか?」

「え? いや、別に……」

「食・べ・た・い・か?」

 

 二人はコクコクと顔を縦に振る。

 

「それはいい考えだ。食材を買ったらうちに招待してやろう」

(ね、ねえアルフ、なんか性格が変わった?)

(し、しらないよ)

 

 二人は本性を出したと本気でおそれる。

 彼女二人は、今まであった誰よりもこの男を怖がったのだった。

 

 

 

 

 そうして家に着く。

 俺は野菜炒めを作る。

 痛みかけの食材にはちょうどいい。

 その他、少し奮発して買ったハンバーグなども作り、大体完成をしてテーブルに出す。

 

「う、うまい」

「おいしい……」

 

 二人にご馳走させる。

 これでもうとち狂ったことは言わないだろう。

 ちなみにいうが、俺は決してカップラーメンを馬鹿にしているわけではない。

 ただ、まるで食生活全てがカップラーメンかのように言う二人に我慢ならなかっただけだ。

 実を言えば、今まで自炊していたらカップラーメンがあんまりおいしく感じなかったことにある。

 海原○山さんの気持ちも分かってきたよ。うん。

 

「どうだ? 本物の料理の味は」

「あ……」

「確かに、こんなものを食べ続けたら、カップラーメンなんてって気持ちになるよ」

「いや、分かってくれたらいいんだ。食材の事含めてな」

 

 それにしても、知らない人相手によくここまで会話できたな。

 好きなものに関すると人は滑舌になるって本当だな。

 ……あれ、そういや知らない人と……

 

「ねえ、名前教えてよ。ここまでお世話になったら、お礼しなきゃ」

「おおおおレい!? そそ、そんなきょといいでしゅよ!」

「え? あの、もう一度言ってくれない?」

 

 そう考えると緊張してきて、俺は今までの俺に戻る。

 俺はこの人にどういう風に言った?

 えらそうに?初対面の人に?

 

「あの……」

「いままですいませんでした! これをあげますのでどうぞお引き取りくだひゃい!」

 

 今まで持っていた石を出し土下座した。

 いろいろ不思議そうにしていた二人は、石を受け取ると一度だけこちらを振り返って何処かへ行った。

 

 ああ、恐ろしかった。

 

 

 

 

 ここはどこかのビルの屋上。

 

「ねえアルフ」

「なんだいフェイト」

「あの人と、また会えるかな」

 

 アルフと呼ばれた女性は、自分のマスターでもあるフェイトを見た。

 そして、その口元を見て驚く。

 

「フェイト、もしかして、また会いたいって?」

 

「うん。お母さんのとのことが終わったら……ね」

 

 

 フェイトの口元は、笑みを浮かべていた。

 



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第十六話 のんびりとした時間

 最近魔王がストーカーをしなくなった。

 それがどうしたのかとも思うかもしれないが、今まで迫ってきた人物が全く来なくなるというのも違和感が出る。

 迷惑していた身としてはありがたいが、なんというか、素直に喜んでいいのか悩みどころだった。

 それぐらい、めっきり来なくなった。

 

 

 

 

 そのことをはやてに話す。

 

「まだそんな悲しい妄想続けとったんか……」

「妄想じゃないから!なにその哀れみの視線!?」

「いいか、確かに誰かに惚れられるゆうのは夢かもしれん。だけど、それも良識をもってや」

「説教の仕方が完全におかしい人相手だぞ」

 

 はやては何度言っても信じない。

 はやてがモテるのは……まあ、納得できるんだけどな。

 

「なんや、私の顔をみて」

「いや、はやてならこういう相談されても違和感なさそうだなと」

「そ、それで真実味を増そうって作戦か?残念やな。私は日々ドッキリにかからないよう特訓しとるんや」

「何その無駄な特訓」

 

 顔をほんのり赤くしてそう答えたはやて。

 しかしなんだか虚しい会話をしているような気がしてならない。

 実際そうなのかもしれないけど。

 

 とりあえず、信じてくれなさそうなこの話題は置いといて、別の話題を用意する。

 

「あと、今週からしばらくこれないから」

「え?な、なんでや!?」

 

 さっきの顔から一変、車いすから落ちそうなほど焦りを見せ、車いすを無理やりこっちに向け詰め寄ってくる。

 流石にここまで驚かれるとは思ってなくて説明の仕方に悩む。

 これでも地雷を踏まないようにするのは大変なのだ。

 

 少し考えた結果、真実とはちょっと捻じ曲げて説明をすることにした。

 

「親戚がうちに来るんだよ」

「それでも、たまに来るだけやったんやろ? 今更……」

「長期滞在になりそうだから、しばらくここに来れないってこと」

 

 あながちこの説明は間違いではない。

 ただ、うちに滞在するのは親。

 しばらく長い休暇を取ったから、しばらくぶりにこちらにきてゆっくりするらしい。

 それを言わないのは、親がいないはやてに気を使っての事。

 

 それが、後に大変なことになるとも知らずに……

 

「そ、そうなん……なら、しょうがないな」

 

 はやては少し落胆したような感じで返事をする。

 その姿は、孤独におびえる少女の姿にも見えた。

 それに俺は黙ってみることはできない。

 

「そのかわり、今日はずっと一緒にいるよ」

「ホンマか?」

 

 嘘だと言わせぬ視線。

 それは、はやての心境が透明の箱に入っているかのように丸わかりだった。

 やはり、寂しがっているのだと思い知らされる。

 

「あ、でも、今日は図書館に行く日じゃ……」

「返却は明日でもいいよ」

 

 明日学校で読む本が無くなるけどな。

 たまには、本なしで学校を過ごすのもいいかもしれない。

 そう心の中で納得をさせ、一日はやてと付き合う算段を考えることにした。

 

「ふむ、はやてはゆっくりふわふわコースと、ベリーハードコースのどっちがいい?」

「なんやそれ!?そういわれてベリーハード選ぶ奴がおるわけないやろ!」

 

 突発的に思いついたこと。

 はやてはそれもうまく対処してつっこむ。

 そのツッコミに対して、俺ははやてを指さす。

 

「え?」

「私に指ささんといて。というか、内容言わんかい」

 

 突如思いついたことなので、コースの内容なんて考えていない。

 ふむ。

 

「ゆっくりゆるふわコースはぬいぐるみを投げ合うコース。ベリーハードコースはベリーでハードなコースだ」

「ゆっくりできてないやん。ベリーハードなんて説明にもなっとらんで」

「どっちがいい?」

 

 はやてはため息をつく。

 なんか、俺がおかしいことを言っているみたいにも思える。

 ……まあ、自分でもおかしいことを言っているとわかってるけど。

 

 でも、暗い空気をなくすのには十分だろう。

 

「しゃあないな。なら、のんびりのびのびコースで」

「そうすっか」

 

 俺たちは寝転がる。

 もちろん、はやては寝かさなきゃならないが。

 

「ねえはやて」

「なんや?」

 

 お互い天井を見ているので顔は見えない。

 こういうときだからこそ、普段あまり言えないことを言ってみる。

 

「俺はこの家にいても良かったの?」

 

 鼻で笑う声がする。

 でもそれは人を小馬鹿にするようなものではなく、今更何を言っているのかという呆れたようなもの。

 

「わたしは嫌な奴とこうしてのんびりせえへん。あたりまえのことやろ」

 

 のんびりゆっくり。

 確かにこの時間は嫌な奴と作れるようなものじゃない。

 俺は何の心配もなく目をつむる。

 そうしていると、隣から寝息が聞こえてきた。

 俺は静かに起き上がり、寝室から布団を一つ持ってきてはやてにかける。

 

「おやすみ」

 

 隣に寝転んで俺も軽く眠ることにする。

 その時間は、夕方日が傾くまで続いた。

 

 

 

 

 夜中。

 俺ははやての持っている黒い本を見ていた。

 

「おかしいところはないんだよな……白紙なだけで」

 

 はやてはすでに寝ている。

 なんか、コソ泥のような気分がしてくるが、これはあくまで調査だ。

 そう、調査。調査のはず。

 

「声が聞こえたりすれば、面白いんだけどな」

 

 冗談交じりで言う。

 

 ―――げて

 

「……え?」

 

 声が聞こえた……?

 いや、はやては寝ているし、そんなはずはない。

 それとも、前に聞こえたあの現象だろうか。

 しかし前と言っていた言葉と違ったような気もする。

 少し考え、その可能性が高いと思った俺は、何も聞かなかったことにして就寝する。

 

 結局、そのあと声が聞こえてくることはなかった。

 



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第十七話 早めのフラグ

「ねえ、すずかの家にお茶会に行かない?」

 

 謎の少女と出会って数日、休憩時間本を読んでいると、アリサがそう聞いてきた。

 一瞬逃げ道を探ったが、なんとなく今回に限ってはおとなしく話を受けることにする。

 

「えっと、それって、本人が言うべき言葉なんじゃ……」

「あんた、友達の様子も見てないの?」

「様子とは?」

 

 アリサは月村に視線を向け、つられて俺はそちらを向く。

 月村は席に座って本を読んでおり、まさに令嬢という感じがした。

 

「月村の令嬢だな」

「あんたばかぁ?」

「馬鹿呼ばわり!?」

 

 悪いこと言ったわけじゃないのに馬鹿呼ばわりとかひどい。

 しょうがないからもう一度月村を見る。

 

「分かった。今日は本にブックカバーをつけている」

「え、そうなの? ……本当ね」

「……」

 

 人に友達の事を見てなかったと言う割にお前も分かってなかったなあ、という視線を送る。

 アリサは恥を隠し、逆切れするように叫ぶ。

 

「そ、それは本題じゃないからいいのよ!」

 

 それでいいのかアリサよ。

 なんにせよ、このままじゃ話が進まない。

 そう思った俺は、このまま考えてもらちが明かないので、答えをとっとと聞くことにした。

 

「それで、月村がなんなんだ?」

「しょうがないわね、教えてあげるわよ。ほら、寂しそうにしているでしょ」

「ほうほう」

 

 再び月村を見る。

 面白いページなのか、口元を押さえてくすくす笑っていた。

 そして笑い終えた後の顔が、言われてみればなんだかさみしそうかなー……

 

「ってわかるか!」

「わかりなさいよ」

 

 なんて無茶なことを。

 

「それで? お茶会については」

「それね。さっきあたしとすずかとなのはで話していたとき――」

 

 月村が二人にお茶会を誘ったけど、魔王が断ったらしい。

 それだけじゃなくて、ここ最近そんなことが多いってアリサは言った。

 要約するとこんな感じだ。

 

 ぶっちゃけ俺関係ないだろ。

 

「俺関係なくない?」

 

 めんどくさいから言葉遊びをする気も起らない。

 アリサはバカねえ、みたいな感じの顔をした。

 割とむかつくけど逆らえない。強いものに逆らわない、これ、自然の摂理。

 

「代わりにあんたを呼んだのよ。わかりなさい」

 

 なんという女だ。

 堂々と本人を前にして代わりとか。

 

「俺以外でもクラスメートはいっぱいいるのでは」

「ほかに友達はあんたくらいしかいないのよ」

 

 急にぼっち発言。

 本当かどうかはわからない。しかし俺はこれに弱いのだ。

 

 

 

 

 所変わって月村家。

 お茶会の準備は済んでおり、正面に月村、右にアリサ、左に月村のお姉さんだ。

 お茶会なんて呼ばれたこともないので、俺は困惑に困惑を重ねている。

 

「緊張しなくてもいいのよ」

 

 月村のお姉さんは優しくいってくれるが、こっちはこっちで緊張する。

 前のクリスマスパーティの時にも見たけど、月村のお姉さんは美人なのだ。

 こういう落ち着いた席とかになると、人をじっくり見る機会がある。

 これはその機会であり、周りを観察していたからこそ思ったことだ。

 

「ふふ、ほら、お茶菓子もあるわよ」

 

 なんだかんだ言って、生前含めれば三十台の俺もこの人は美人だと思う。それに気配りもある。

 流石月村のお姉さんである。

 

「こら、倉本」

「倉本君……」

 

 なんか約二名から視線を感じる。

 これはあれか、嫉妬か? はは、もてる男はつらいなあ。

 

「倉本、なんか嫌な感じがしたから殴っていい?」

「エスパーかお前は」

 

 冗談だというのに、本気で考えやがって。ていうか、口に出してなかったのに。

 そもそも、嫉妬とかそんな好意的な視線ではなかったことはむけられた自分がよく分かっている。

 視線から逃げるように俺は用意されたお茶を飲む。

 作法は知らないので、怒られないかとびくびくして飲んだ。

 ……おいしい。

 

「すごいね。そのまま飲むなんて」

 

 正面の月村がそう驚く。

 何に驚いているのか不思議だったが、なんでも甘くするものとか入れてもいいらしい。

 確かに苦いが、本場の味と思えばそこまでじゃないだろう。

 そう考えるのはじじくさいからだろうか。

 

「ところでアリサ、高町さんが何しているか知っているの?」

 

 ふと、思い出したことを聞いてみた。

 なるべく魔王の情報は仕入れておきたいと思っていたので、知っていそうな親友のアリサに聞いてみたのだ。

 だけど、アリサは表情を暗くして黙る。

 あれ、地雷でも踏んだ?

 

 と、そこでなんか音が聞こえたような気がした。

 

「今なにか聞こえた?」

「そうだね……外かな」

 

 月村も聞いたようだ。

 それはお姉さんも一緒であったようで、表情は怖いものになっていた。

 

「ごめんねみんな。すずか、ちょっと席を外すわ」

 

 すずかは何かを察したのか、神妙な顔をしてうなずく。

 ちなみに、アリサはこの一連の事に気が付いていないのか、さっきから動いていなかった。

 

 

 

 月村のお姉さんが出て行ってから少し経ったが、その間俺と月村は一言もしゃべらずにいた。

 その理由は、アリサが暗い影を背負っていて、とても話せる空気ではないからだ。

 

(どうにかならない?)

 

 俺は月村にアイコンタクトをする。

 

(……?)

 

 もちろん、分かるはずもない。

 明らかに月村を見た俺に困惑するだけだった。

 と思ったら、月村はうなずいて、席を立つ。

 

「アリサちゃん、ちょっとわたし……ってことだから」

 

 何を言ったのか分からない。だが、俺は思う。

 

 逃げたな月村!

 

 

 ここで、主人公の勘違いを訂正しておこう。

 この主人公のアイコンタクト、月村すずかはこう受け取ったのだ。

 

(二人で話したいからいったん出て)

 

 龍一の性格を考えれば、そんなことを考えるはずもない。

 だが、重い空気になったとき、すずかは思っていたのだ。

 

(仲のよさそうな二人なら、大丈夫だよね)

 

 すずかは、龍一とアリサの仲を勘違いしていたのだ。

 少なくとも、友達以上とは考えていた。

 つまり、月村すずかは別に逃げたわけではなかった。

 

 

 どうするどうする。まさか弱肉強食の頂点に立つもの(自分にとって)と一緒になるなんて。

 アリサはまだ動かない。

 今なら逃げれるのでは?そう思って俺も席を立――

 

「ねえ」

 

 とうとした瞬間に会話が始まった。

 

「な、なにかな?」

 

 ただでさえ悪い雰囲気をこれ以上悪化しないように気を付ける。

 そうはいっても、何を言っていいのか分からないので適当に返答をする。

 逃げるタイミングを失敗したのは痛手だったかもしれない。

 

「なのは、なんであたしたちに相談しないんだと思う」

「相談?」

「最近、何か困っているようだから」

 

 そうだっけ。

 全然見てない俺はどうこたえることもできない。

 だがここでひとつわかることは、返答を誤るとバットエンド一直線ということ。

 

「気にしすぎなんじゃない?」

「いえ、そんなはずはない」

 

 まあそうだろう。

 アリサは気のせいでここまで悩むとは思えない。

 だけど、困った。

 

「それなら、待ちの一手だな」

「え?」

 

 俺は気の利いたことなんて、言えない。

 

「ゆっくり待ってやれ。親友ならいつか話すだろ」

「……」

 

 それが出来ないからこそ悩んでいるのかもしれない。

 そんなことは分からないし、そうだとするなら当たって砕けろとしか言えないし。

 ともかく、なぜこんな役回りをしなければならないのか、自分の運命に怨むしかない。

 

「なんだったら俺の秘密言うぞ? 俺はなんと、オケラが嫌いでーす」

「どうでもいい」

「ですよねー」

 

 俺の言葉は一蹴。

 だけど、それなりに元気を出したのかアリサの空気は大分軽くなった。

 

「……龍一にこれ以上言われるのも癪ね」

「しゃ、癪?」

「あたしらしくなかったわね。龍一、忘れておきなさい」

「俺はアリサの下僕じゃ……って、龍一?」

 

 龍一と名前呼びされたのは初めてだ。

 俺はどういうことかと視線をおくる。

 

「悪い? あんたも、あたしの名前呼んでるじゃない」

 

 そこで、俺は一つの可能性に気付く。

 

「まさか、俺とお前は友達に」

「それはお断り」

「な、なんだってー!」

 

 アリサはその様子に笑顔を向ける。

 それをみて、俺は悩みを少しでも薄れさせられたことを確信した。

 

 

 

 

 月村姉妹は、廊下で鉢合わせをしていた。

 

「お姉ちゃん、さっきの音は?」

「なんでもなかったわよ。なんでも……」

「そうなんだ……」

「ところで、あの子、倉本龍一君だっけ。なんで音に気付いたのかしら」

「おかしいの?」

「おかしいわよ。だって、音が聞こえたのはこの家の庭。それも結構深いところなのよ」

「それは……」

「現にアリサちゃんは気づいていなかった。だとすれば、倉本君は普通の人じゃないかも……いえ、すずかの友達に対していうことじゃないわね」

 



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第十八話 温泉街に行こう

「温泉にいこーよ」

 

 俺はぎょっとした。

 もちろんこのセリフを言ったのは俺じゃない。

 

「だって家族でいられるの久しぶりじゃん」

 

 再び俺は自分の耳を疑う。

 何もおかしいことはない。

 台所で洗い物をしている母の流す水の音は聞こえるし、洗濯機の動く音も聞こえる。

 ただ、俺は目の前の事が信じられずにいた。

 

「ええと、今何と言いました?」

 

 つい敬語になる。

 そろそろ、目の前でそんなことを言っている人を教えよう。

 

「旅行行きたーい」

 父である。

 

 

 

 

「息子よ。努力、友情、勝利はお父さんの好きな言葉でな」

 

 今、うちの家族は旅行に出ている。

 とりあえず思うことは、早すぎる展開である。

 金曜日の夜そんなことを言ったかと思いきや、土曜日にそれを実行しやがった。

 親の言い分によると、来週には帰らなきゃならないかららしい。

 

 そんなんしるか。ゆっくりさせろ。

 

 俺の言い分は無視して進められる旅行。

 朝起きたら、車の中で父がとある雑誌の三大標語を語っていたのだった。

 

「お母さん」

「なあに? 朝ご飯はそこに置いてあるからね」

 

 まるで食い意地を張っている子に対するセリフ。

 とりあえず、俺は親の言うとおり周りを探してみる。

 そこにあったのはチ○ンラーメン

 確かにこれは生でも食べられるが……そうおもうがほかに食べられるのもがないのでバリバリと食べる。

 正直微妙な味がした。

 

「息子よ。お母さんが言ったのはそれじゃないと思うぞ」

 

 バックミラーで確認したのか、父親がそんなことを言ってくる。

 流石にこんなものを朝ごはんにするわけではないかを納得をし、母親に確認を取る。

 

「そうね、確かに違うわ。ああ、それ食べないのならお母さんに頂戴」

 

 そういわれたので周りを見ると確かに別のものがあった。

 カ○リーメイト。

 

「これ?」

「そうよ」

 

 手抜きなことには変わりなかった。

 

 

 

 

 旅行先、温泉街についた俺たち家族は、さっそく温泉に入ることにした。

 おそろしきかな、まさかこんなことになるなんて。

 

「この子はお母さんと入るの!」

「何を言っておる! 息子は父と入るのが普通だ!」

「お母さんと温泉に入るのは今年で最後なのよ!」

「はっはっは。ならば息子と温泉に入ることはあきらめるのだな!」

 

 恥ずかしげもなく息子を取り合いする親。正直目だって恥ずかしい。

 俺の気持ち的に、女子風呂に行きたいという気持ちは確かにある。

 母さんの言うとおり、女子風呂に入れるのは九歳までで来年になればもう入ることは出来ない。

 しかし、それをしてしまえば終わりなのではという危機感も心の隅にある。

 つまるところ、本能と理性の戦いでもあるのだ。

 だが、そんな戦いも終わりを告げる。

 遠目だが見えた人物。

 

 魔王とその親友二人。

 驚愕の果てに俺が選んだ道はこれだった。

 

「オカアサン、ボウオトウサントハイルヨ」

「ええっ、そんな~」

「はっはっは。父親の方が強かったようだな」

「ええい、夜頃隠れて連れ出してやるわ」

 

 やめてくださいお母さん。死んでしまいます。

 とりあえず俺は、ばれる前にサッサと温泉に入ることに成功したのである。

 

 とはいったものの、予想されるのは家族との遭遇。

 

「龍一君じゃないか」

「はは、奇遇ですね、こんなところで会うなんて」

 

 声をかけてきたのは士郎さん。

 翠屋でよくお世話になるからか、こんな場所でも覚えてくれて話をかけてくれた。

 でも正直言って有難迷惑である。

 

「龍一、知り合いかい?」

「うん、そうだよ」

 

 とりあえず、士郎さんとはそこまでの仲じゃないので、出来れば父親に押し付けたい。

 それに、魔王たちの事を知らされたら会わなきゃならなくなる。

 分かってて無視するのは最低だからな。

 

 ……いつも逃げているのはあれだぞ、追いかけっこのようなものだからな。

 

「それで――」

「へえ――」

 

 よし、いい感じにパパさん会議をしている。

 このままこそっと出ていけば……

 

「そうそう、実はなのはも来ているんだよ。その友達の子も一緒にね」

 

 はい遅かったー!もうちょっと早く温泉からあがればよかった!

 

「そ、そうなんですか。会えたらいいですね」

「どうせなら、なのはがあがるまで待っていてくれてもいいんだよ?」

「は、はは、冗談がうまいですね」

 

 冗談じゃない。そんなことするときは命を捨てる時ぐらいだ。

 俺は必死に考える、魔王と会わないためには……そうだ、時間差だ。

 こうやってのぼせないくらいに入っていたらいいんだ。

 さすがに魔王も待つことはないと思うし、待ったとしてもそれが十分二十分たっても待つとは思えない。

 そうだそうしよう……

 

 四十分くらいだろうか。父親もすでに上がり、俺は一人我慢大会みたいなことになっていた。

 

「へ、へへ……流石にこれくらい時間がたてば、あいつらもうとっくにどこか行っているだろう」

 

 正直のぼせてきた。

 これ以上はまずいので温泉から上がる。

 暖簾をくぐって待っているであろう父親を探す……ところで、ちょうど出てきたと思われる魔王たちと目があった。

 

「……え?」

「あれ……」

「龍一君?」

 

 素早く俺は逃げる準備をする。

 その逃走も、行動を読まれていたアリサによって止められる。

 

「なんで逃げようとするのよ」

「ここの温泉の効能は肩こり疲れあせも美容その他いろいろ体にいいらしいぞ」

「へえ、で、なんで逃げようとしたのかしら」

 

 話は逸らせなかった。

 というか、なんでタイミングよくこいつらも出てきてんだよ。

 普通はもうあがっているだろ。

 

「お、遅いあがりですね」

「あがり? ……あんた、まさかつけてきた?」

「んなわけないだろ」

 

 恐ろしいことを言う。

 どちらかといえば、そっちがつけてきただろうに。

 

「髪を乾かすのに時間がかかったのよ。あんたこそなんでここに」

 

 懇切丁寧に教えてくれた。そういえば、女性のお風呂は時間がかかるというのを忘れていた。三人とも髪長いし。

 しかしアリサの眼光が鋭い。

 俺は逃げることをあきらめて、ここに来た流れを説明する。

 

 

「つまり、親たちに連れてこられたと?」

「イエス、マム」

 

 アリサはここでやっと離してくれた。

 逃げるタイミングも失ったし、あきらめて相対することに決める。

 

「奇遇だね、アリサ、月村、高町さん」

「うん。そうだね」

 

 月村がにこやかに返事をしてくれる。

 月村は個人的に三人の中の良心だと思う。

 

「というわけでそれじゃ」

「待ちなさい」

 

 自然に別れようとしたところでアリサの止めが入る。

 

「か、家族旅行らしいし、邪魔しちゃ悪いかなーって思ってたんだけど」

「安心しなさい。あなたの両親はこっちの家族としばらくまわるらしいから」

「なんで!?」

 

 アリサの説明によると、恥ずかしげもなくクスンクスンと泣いていたうちの母親と出会って、俺のことを聞いた後回ることを(勝手に)約束したらしい。

 つまり、何をしても俺はこいつらと会うことは決定していたというわけだ。

 

「というわけで、まわろう」

 

 魔王が手をつないで誘ってきた。

 もう逃げられないことを悟った俺は、引っ張られるままついて行ったのだった。

 



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第十九話 仲介というムリゲー再び

 学校、なんか言い合いをしているアリサと魔王がいた。

 関係ないと思い俺は見なかったことにして本を読む。

 と、思ったら月村が俺の前に来た。

 

「倉本君、二人を止めてあげて!」

 

 焦った感じで言ってくれる。

 確かに二人の空気はかつてないほど悪く、このままだと仲違いをしそうだ。

 前にアリサと月村のけんかの仲裁をしたときは、俺の逃走で終わった。

 あの後どうして仲良くなったかはわからないので、俺に任せるのは間違いなんじゃないかと思う。

 だけど、月村の表情もただ事ではなさそうで、これを放っておくのはさすがにはばかられた。

 なので、俺はいうがままに仲裁に入ろうとする。

 

「あのー、喧嘩は良くないと思うな」

「倉本うるさい」

「入ってこないで」

「すいませんでした」

 

 すごすごと月村のもとに戻る。

 

「無理でした」

「あきらめるの早いよ!」

 

 うお、月村に初めてつっこまれた。

 どうやら、俺の予想以上に大変なことになっているようだ。

 あまり魔王にかかわりたくはないけど、月村がここまで言うのならしょうがない。

 俺は再び二人のそばに近寄る。

 

「アリサ・バニングス、高町なのは、直ちに喧嘩をやめなさい。あなたたちは包囲されている」

「何言ってんのよ馬鹿。じゃましないで」

「うるさいよ倉本君」

「はい」

 

 またしても月村の元に戻る。

 

「口出す隙もないや」

「もう!」

 

 おお、月村がほのかに怒るとこはじめてみた。

 ……しょうがない、もう少し考えてみるか。

 

「よし月村、いろいろ試してみよう」

「試す?」

 

 TAKE1

 月村が二人のもとに向かう。

 

「二人とも、喧嘩をやめて!」

「すずかちゃんには関係ないよ」

「そうよ、すずかは黙ってて」

 

 予想通り追い返される月村。

 そこで俺が出てくる。

 

「すずか、いいんだ、やらせておけ」

「で、でも」

「あいつらは、今青春の一歩を歩んでいるんだ。これをこえて、あの二人は成長する」

「……そうだね」

 

 さあ、こうやって寸劇をすればバカバカしくなるはず。期待して、二人を見る。

 

「そもそもアリサちゃんが――」

「なのはだって――」

 

 ……思いっきり無視された。

 ちなみにすずかと呼んだのは作戦に必要なだけだ。

 

 TAKE2

 今度は、無理やりこっちを向くように考えてみた。

 俺は二人の間に入ってこういう。

 

「さあ、殴りたいなら俺を殴れ!」

 

 アリサのパンチがみぞに入りました。

 

 TAKE3

 きっとイライラしているだろうからと言ってみたが、止まらないところを見るとどうやら違うようだ。

 痛がっている俺に近づいた月村に耳打ちして、次に作戦を始める。

 耳打ちをされた月村は顔を赤くしながらも二人に近づく。

 消え入りそうな声で、ポツリとつぶやく。

 

「倉本君と……つきあう……ことになりま…………」

 

 あまりに小さな声にどうやら聞こえなかったようで、二人は気にせず喧嘩を続ける。

 ポツリポツリと言うが、余計に声が小さくなっていく。

 我慢ならなくなり、俺は再び間に入り叫んだ。

 

「月村をもらっちゃってもいいか!?」

 

 反応はない。

 もうやけっぱちだ。このまま長引かせたくない。

 

「げへへへ、じゃあ月村はもらっていくぜ」

 

 月村の肩を抱く。

 心境としては、もうどうにでもなーれ。

 

 瞬間、殴られた。

 今度はアリサだけじゃなく、魔王にも。

 

「大丈夫!? すずか?」

「すずかちゃん、平気?」

「あ、うん」

 

 殴り飛ばした俺を無視して月村に駆け寄る。

 月村はそんな俺をちらちらとこちらを見て心配してくれていた。

 その視線を追うように、アリサと魔王は俺を見る。

 

「何見てんのよ、色情魔」

「そんなことする人とは思わなかったの」

 

 あれ、俺完全に悪い人扱い?

 喧嘩を始めたこいつらが悪いだろうに、なぜか俺をごみを見る目で見てくる。

 もちろんこういう場合、することは決まっている。

 

 俺は逃げだした。

 

 

 

 

 倉本君が逃げ出した。

 なんだか、いつもの事になってきている気がする。

 アリサちゃんとなのはちゃんはそれを見送り、わたしに視線を向けてくれる

 

「すずか、心配させてごめん」

「すずかちゃん、喧嘩しちゃってごめんね」

「そ、それはいいの。でも、倉本君の事は……」

「わかってるわよ」

「倉本君がわざとやっているわけないの」

 

 すぐにそう返事をしてくれる二人。

 決して疑ってるような顔ではないことは、わたしでも見てわかる。

 どうやら、倉本君のしたことはしっかりわかっていたらしい。

 そのままアリサちゃんとなのはちゃんは向かい合う。

 

「なのはもごめんね、無理に聞き出そうとして」

「ううん。話してあげられないのは同じだから……」

 

 喧嘩の原因はなのはちゃんがなにか悩み続けていたこと。

 それがアリサちゃんには気に入らなかった。

 だから二人は喧嘩になった。

 

「でもなのは、一人じゃ抱えきれないと思ったらすぐに話して。絶対……絶対に力になるから」

「ありがとう、アリサちゃん」

 

 仲直りはここで終わる。

 なのはは戻ってこない倉本君を追って(多分逆効果)、アリサちゃんはここに残った。

 残ったアリサちゃんはわたしに小さく告げる。

 

「あたしはね、力になれないことが悔しいの」

 

 それはわたしも同じ気持ちだった。

 なのはちゃんは溜めこもうとする性格だ。だからたぶん自分で解決をしようとする。

 アリサちゃんの気持ちはわかる。

 アリサちゃんがああやって言わなければ、もしかしたらわたしが言っていたかもしれない。

 

「実は前に倉本に相談したことがあったのよ」

「倉本君に?」

「あいつは待てっていってくれた。親友ならきっといつか相談してくれるって」

 

 倉本君なら確かにそういいそうだ。

 そしてアリサちゃんは顔をうつむかせ暗い声で言う。

 

「あたしは、信じきれなかった。親友、失格なのかな」

「そんなことない!」

 

 気がついたら私は声を出していた。

 アリサちゃんの結論はわたしでも間違いだってわかるから。だから、自虐ともとれるその言葉を訂正させる。

 

「それは違うよアリサちゃん。それは、心配だからこそ出た言葉でしょ。それなのに親友失格なんて、間違ってる」

 

 倉本君はそういうつもりで言ったんじゃない。

 実際は分からないけど、きっと倉本君はいつものように接した方がいいから言った言葉なんだと思う。

 悩んでいる暗い気持ちをなくすような、そんな友達として接した方がいいから。

 だから、倉本君はそういった。

 わたしはアリサちゃんにそう伝える。決して間違った行為じゃないと。

 

 アリサちゃんはやっぱり少し悩んだけど、きわめて明るく言った。

 

「だったら、なのはがいつでも悩み事を打ち明けられるように、あたしたちはしっかりするようにしましょ。ねえ、すずか」

「うん。それがいいよ」

 

 わたしたちの絆はそう簡単に壊れない。

 それは、わたしたちだけで作ったものじゃないから。倉本君が固めてくれたものだから。だから、そう簡単にこの絆は壊れない。

 

 きっと、三人とも同じ気持ちだよね。

 



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第二十話 知らぬ間に進む世界

 こんにちは、倉本龍一です。

 さっそくですが、今海を漂流しております。

 その原因を説明しましょう。

 

 

 

 

 数時間前。

 テンションを高くした父親は、何を思ったのか突如こんなことを言い出した。

 

「釣りに出かけようぜ息子よ」

「ええー」

「釣りはいいぞ。元気のいい生命の海から跳ねる魚。そして、それと釣竿一本で勝負するこの気持ち」

「はいはい、行くからそのへんにしといてね」

 

 そうして、いつの間にか買っていた釣竿を取り出して近くの海へ出かける。

 その際沖の方がいいのが釣れるという本当か嘘かわからない噂を信じて、父親はボートをレンタルして俺を沖につれだそうとした。

 嫌な予感がするので俺は拒否したのだが、大物を釣りたい父親はそれを却下しボートに乗り込む。

 そして、いざ出発というときに父親はトイレへ行った。

 面倒と思いつつ俺はボートの上で寝転がったのだ。

 

 ……ちゃんと、見てなかったのが悪かったのだろう。

 ボートをつないでいたロープが解けるのに気付いたのは、沖に流されてしばらくたってからだった。

 

 

 

 というわけで、回想終わり。

 父親が携帯を持って行ってなかったため俺の携帯で救助を呼び、救助を待っていた俺は割とのんびりとしていた。

 まだ春の日差しなのでそんなに熱くなく、海も涼しいので結構快適だ。

 さすがにずっとここにいるわけにはいかないだろうが、焦ってもしょうがない。

 というか、何も起こってほしくはなかった。

 気付いたのはボーっと空を見ていた時だった。

 空で戦う少女たち。そう、リリカルの原作キャラを見てしまう。

 まさか海に流されてみることになるとは思わなかった。

 徐々に荒れていく海をボートにしがみついてなんとか耐える俺。この辺で割高のボートを借りていた父に感謝をした。

 安い船だととっくに沈没していただろう。

 

 そうして、荒れた海が戻ってきたころ、俺はボートの近くに流されていた六個の玉を見つけた。

 拾い上げ、確かこれはと前に見た時の事を思い出す。

 

 あ、これ、金髪少女と猫耳女性の持っていたものだ。

 そして、その二人は上空にいて……俺は何かに当たった。

 

 

 

 

 目が覚めると見知らぬ部屋。

 

「急展開過ぎるだろ! なんだよこれ!?」

 

 正直訳が分からなかった。

 簡単にまとめると

 釣りに行く→流される→海上の決戦みたいなのを見る→変な部屋に来た。

 うん。わけわかんないね。

 予想では、魔法かなんかで転移されたんだと思うけど、なんで巻き込まれたのか理由が分からない。

 そこで、いまだ持っていた玉を見る。

 ……まさかこれのせい?

 とりあえず、じっとしておくのも怖いので、動き回ることにした。

 

 少し離れた時、「逃げたなあの小僧!」という恐ろしげな女の人の声が聞こえた。

 聞かなかったことにした。

 

 

 

 

 戦艦のアースラ。

 今まで出番がなかったため、軽く説明をしておく。

 彼らは次元世界というさまざまな次元にある世界を守る人たちだ。

 本日戦艦の乗組員は、海に集まっているジュエルシードというロストロギア……簡単に説明すれば、主人公が見つけた石ころはとっても危険なもので、それは人のどんな危険な願いであろうと叶えるものだった……を一気に集めようとした。

 そんなことはこの乗組員の敵、フェイト……主人公と会った金髪の少女……も分かったもので、海上で戦闘を行うこととなっていた。

 

 しかし、両者にとって予想外の事が起こった。

 

 戦闘の途中、一般人が結界の中に入っているのを見つけたのだ。

 本来なら結界の中に人が入ることはない。

 だけど、その常識を破って一般人が入り込んでいたのだ。

 こうなってしまえば、アースラの乗組員も黙っていられない。

 艦長のリンディ・ハラオウンは急いでその一般人を助けに入ろうとした。

 しかし、戦闘は激化していて下手に止めに入ることは出来ない。

 ジュエルシードの封印が完了したとき、突入をしようとリンディは指示をし、その時を待った。

 そしてジュエルシードの封印が終わり突入を試みた時、一般人はジュエルシードを掴み、どこかに転移をされた。

 誰もが反応できず、また、予想もできなかった。

 残されたのは、海上に残る少年少女だけだった。

 

 

 そんなことがあって、艦内は大忙しだった。

 

「リンディさん! 一般人がいたって本当ですか!?」

 

 高町なのはは念話で一般人の存在を聞いて、艦内に飛び込むようにして入っていった。

 リンディはそれを迎え入れ、首を縦に振った。

 また、この乗組員はほかにもミスを犯している。

 一般人の存在をよく監視していなかったことだ。

 つまり、どんな人物か一切わからず、その場合助けることは不可能に等しい。

 それはそうだ。誰かわからない人物を助けるなんて、大都市に紛れ込んだごく普通の特定の大人を見つけることに等しい。

 そんなわけで、アースラの乗組員たちはそれぞれこの先の事を考えているのである。

 

 その後決まった方針としては、一般人を見捨てる方向になったが……

 

 

 

 

 俺だよ龍一だよ。

 今はなんかよく分からないところを歩き回っているんだ。

 分かっていることはまったくなし。俺はいったい何をやっているんだろうね。

 本当釣りの時点で止めときゃよかったって思う。

 いくつか部屋を回ってみたけど、なんか機械が置いてあったり普通の部屋っぽかったり、ここがどんな場所かよけいにわからなくさせるものだった。

 つまるところ、迷っているといってもいい。

 歩き始めてかれこれ一時間は軽く過ぎてるよ。

 どうすればいんだろうね、本当に。

 

「~~」

「~~」

 

 はっ、どこかで声が聞こえた。

 これは素早くどこかに隠れなければ。

 そう考え、ちょうど真横にあった部屋に入る。

 他に隠れる場所もないので、ここに隠れるしかなかったのだ。

 

「アルフ、お母さん、何を怒っていたんだろうね……」

「あいつのあれはいつものことさ」

「ううん、なんだか、いつもより怒っている感じがした」

「フェイトがそういうのなら、そうなのかもね」

 

 二人の足音が遠のく。

 もしかしたら、ここで住んでいる人かもしれない。

 そう思って扉を開こうと手にかけた時、離れてきたのか小さく声が聞こえた。

 

「怒らせている本人が出てきたらどうなると思う?」

「腹に風穴があくんじゃないのかい?」

「そこまではし……するかも」

 

 そこで、俺は出ていくのをやめた。

 しかしここは袋小路。逃げ場はない。というか、いまだに場所も判明していない。

 

(どうするか……)

 

 今までの話を総合すると、ここはとてもでかい家で何故か連れ去らわれた。

 女の人がここの主人で、先ほどお母さんと言っていたが、実は独り身。

 その女の人はなぜか俺をさらって何かをしようとしているらしい。多分。

 そんなわけで、現状を考えてみると、逃げられないというわけだ。

 

 ……ふむ。

 

「これ、本当に逃げだせんの?」

 

 扉の前で俺はそう結論をだした時だった。

 

『逃がしてあげようか』

「え?」

 

 部屋の奥から声がした。

 そこに視線を向けても何もない。

 気のせい……そう割り切ることは出来そうもない。

 声が、また聞こえてきたから。

 

『ここから脱出したいんでしょ? 手伝ってあげるよ』

 

 俺はその声の正体に気になったが、今は正体を暴くことが先決ではないことを思い出し、首を縦に振った。

 



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第二十一話 決戦の前座

 戦艦アースラ。

 数日たった今、なんの書き記す事もないほど原作通りに向かっていた……はずだった。

 行方不明者。

 この件においては誰もが決定を決めたと思っていたが、だれかが一つの可能性を言ったのだ。

 

 もしかすると、元凶であるプレシア・テスタロッサが転移の魔法でも使ったのではないかと。

 

 そうであれば、プレシアの目的であるジュエルシードはもうほとんどがそのプレシアの手元にあるはずなのだ。

 そうであれば、奴の目的であるアルハザードという失われた……まあ、なんでも願いがかなうところに行くという目的が果たされてしまうかもしれない。

 そのことに気付いたリンディは、今決断を迫られていた。

 プレシアの願いがかなうとき、同時にこの次元が犠牲になるかもしれない。

 ぶっちゃけ、最後まで粘るか(自分たちにとって)安全を選んで自分の故郷の次元へ帰るかである。

 彼女はなんとかならないかと考えていた。

 このまま見捨てることは出来ない、だけど、これ以上自分たちにできることがあるのかと。

 そんな時、通信が入った。

 相手は――プレシア。

 

 

 

 

「ふーん。お母さんがアルハザードをね」

『そうそう。こっちは死んじゃってるし、止めようもなくて』

「困るよね、自分中心に考えちゃうの」

『わたしのためというのはわかるんだけどね、やり方が無茶苦茶で』

 

 こんにちは、今アリシアという機械と話しています。

 形は鎌で、農具かと最初は思ったけど違ったようだ。

 なんでも、デバイスとかいうものでこれを使えば魔法なるものが使えるらしいのです。

 ……正直混乱中。

 ちなみに、彼女に関してだけど、だいぶ前にとある実験の犠牲者になったらしくて、本体は死んだけどリニスとかいう人に思考をよみがえらせてもらい、本体とつながらせてもらったらしい。

 その際に、自分の母親プレシア・テスタロッサが危険なことをしているのだと知って、止める方法を今まで考えていた、と言っていた。

 あとどうでもいいけどお兄ちゃんと呼ばれている。兄が欲しかったから、みたいなこと言っていた。

 

「というか、見ているように言うんだね」

『思考はお母さんの近くにある体と繋がっているから』

「生きてんの?」

『死んでる』

 

 わけわからん。

 まあ、魔法の中に念話とかあるらしいから、その類なのだろうと納得する。

 

『ところでお兄ちゃん、お兄ちゃんはフェイトにあったことある?』

「フェイト?」

 

 フェイトと言えば、リリカルの世界ではフェイト・T・ハラオウンが思いつく。

 そういえば、さっき数日前にこの部屋の前を通っていた二人組の一人がフェイトとか呼ばれてたな。

 

「いや、会ってない」

『そうなんだ……』

 

 見た目が分からないから、もしかするとすれ違ったりとかしているかもしれない。

 そこで、ここを歩き回って誰にも会ってないことに気が付く。

 

「そういえば、ここにきて結構部屋を回っているけど、誰もみかけないな」

『わたしが誰もいないところを選んで通っているからね』

 

 疑問が一発で解消された。

 

「ところで会話に付き合っているけど、早く脱出方法教えてくれない?」

『ちょっと待ってよ。その前にやってほしいことがあるから』

「やってほしいこととな」

 

 会った時からこう言っているけど、内容はさっぱり教えてもらえない。

 ちなみに、最初はどこからかしゃべっているのか分からなかったり、初対面の人ということでガクブルしていたけど、数日間こうしているので流石になれた。

 

『確認しておくけど、ジュエルシードは持っているよね』

「これのことだろ? 六個全部あるよ」

 

 ここに飛ばされたときにもきちんと持っていた石。

 詳しくこれのことを聞いた今じゃ、持つのすら怖い。

 アリシアの話によると、封印されているから大丈夫だとか言っていたけど、それでも心配俺ビビり。

 それが通じたのか、アリシアは

 

『じゃあ、それをとりあえずわたしに頂戴』

「どうやって?」

『ええと、そこにおいて』

「よしきた」

 

 六個固まるように置く。

 石は鎌の中心あたりに埋め込まれている宝石に吸い込まれるようにして消えた。

 

「うえっ!?」

『なに驚いているの?』

「え、いや、魔法ってすごいな……と思って」

 

 そこまで行ったところで、突然あわただしくなったような気がした。

 そういうのも、外でばたばたと今まで静かだったのに音がしたからだ。

 

『よし、でるよ』

「え? どゆこと」

『行く途中で説明するから。行くよ』

「行くってどこに……」

『お母さんのもとに!』

 

 

 

 

 ここは時の庭園。

 プレシアは捕まらない少年にいら立たせていた。

 その結果、彼女はせめて時空管理局のアースラにあるジュエルシードを取ろうと模索した。

 それは、逆探知され今はその時の庭園に攻め込まれる事態となっている。

 結局のところ、彼女は焦り過ぎた。

 

(どうしてこうなった?)

 

 彼女は考える、どこで計算が狂ったのかと。どこで間違えたのかと。

 自分の行っていることが間違いだとわかっている。そう簡単にうまくいくはずがないことも。そして、目的が達成できるのかどうかすら怪しいことも。

 だけど、あきらめない。あきらめればここで終わってしまうから。

 

「アリシア……お母さん、頑張るからね」

 

 生きていないその体に向かって話しかけるプレシア。

 その姿は、外から見れば狂人にも見える。

 そんなことは本人も百は承知。

 それだけ、アリシアは彼女の支えだったのだ。

 

 失敗した作戦は戻せない。

 この時の庭園に乗り込んできた時空管理局がここに来る前に、ジュエルシードを使い次元震を起こそうとする。

 もともと科学者だった彼女からすれば、手元にあるジュエル・シードの量は十分とは思えない。

 それでも、しなければならなかった。

 自分の命を捨ててでも。

 

 

『そこまでだよ、お母さん』

 

 娘の声がした。

 あの人造生命体を作成するプロジェクトで作ったクローンであるフェイトではない。

 本物の、実の娘アリシアの声。

 そんなはずはないと思う。

 証拠に、目の前にアリシアの体がある。

 ならばなんだというのか。

 

 プレシアは振り返る。

 

 そこにいたのは、転移で連れてきたはずの少年の姿だった。

 



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第二十二話 始まるは親子喧嘩

「アリ……シア?」

 

 目の前で、なんかすごい服を着たおばさんが驚きの表情で固まっている。

 ぶっちゃけ帰りたい。すごく帰りたい。

 でも帰れない。帰り方が分からないから。

 そんな思いの俺を差し置いて、俺の持つ機械とおばさんは何かを言い合う。

 

「いや、アリシアがそんな機械に宿るはずがない」

『そう、わたしはお母さんの使い魔だったリニスさんによって作られた』

「あの使い魔……余計なことを」

『リニスさんはお母さんのすることを気に病んでいた。だから、止めることが出来るかもしれないアリシアというデバイスを作った』

「お前はアリシアじゃない」

『ううん。わたしから見れば、そこの体の方がわたしじゃない』

「アリシアを侮辱する気?」

『あれはわたしじゃない!』

 

 アリシアの母親らしき人は、どこからか刃を出しぶつけてきた。

 突然の事に対処しきれない俺は、人間の条件反射によって目をつむる。

 しかし、いつまで待っても衝撃は来ず、俺は恐る恐る目を開けた。

 

「……プロテクション」

『お母さん、わたしは何をしてでもお母さんを止めるよ』

「だけど、使う人がだめなら何もできないわ」

 

 俺をちらりと見たアリシア母はそういって魔方陣を展開する。

 

「見せてあげるわ、失われた次元アルハザードの姿を!」

『お母さん、こんなことをしてもわたしはお母さんのもとに帰ってこれないよ!』

「そんなことはない! アルハザードさえ行けば、必ずアリシアを生き返らせる方法がある!」

『そんなことは分からない!』

「可能性が少しでもあるのなら、そうするしかないのよ!」

『それによって、この次元が失われても!?』

「うるさい! 私はアリシアさえいればどうなってもいい!」

『お母さん!』

「機械風情が私をお母さんというな!」

 

 魔方陣とは別に、アリシア母は弾のような魔法を放ってくる。

 それを再びアリシアは防御し、今度は俺に念話で話しかけてきた。

 

(お兄ちゃん、わたしをセットアップして)

(セットアップ? なにそれ)

(ほら、契約したでしょ)

 

 契約……思い当たるのは、会ってからいきなり唱えさせられた呪文。

 どうやら、いつの間にか契約というのをしていたらしい。

 

(ちなみに、どうやって?)

(簡単だよ。アリシアセットアップって)

(人前で? というか、俺何もできないよ)

(念話できるということは、少しくらい魔法を使える素質があるから大丈夫、後は任せて)

 

 ごちゃごちゃ考えてもしょうがないので、あきらめの境地でやけになって叫ぶように言う。

 

「アリシアセットアップ!」

 

 その瞬間、体中に不思議な感触がし、気付いたら……特に変わっていなかった。

 

「……え?」

『うん、それでいいんだよ』

 

 そうアリシアが言うけれど、個人的には何が変わったのか分からない。

 それでもいいというのならいいのだろうと、俺はその言葉を信じて判断を待つ。

 どのみち、従うしか方法はないし。

 

「どこまであがけるのか、見ものだわ」

 

 アリシア母は先ほどの弾、魔力弾をいくつも放ってくる。

 

『軽く見て五十個以上あるね』

「そんなこと言っている場合か!?」

 

 今度は足を使って逃げ回る。

 というより、さっきのシールドのようなものでは、防ぎきれないかもしれないからだ。

 

『頑張って逃げてね』

「なんとかするんじゃないの!?」

 

 先ほど言った言葉を忘れるようにして、人任せの選択をしてくる。

 これ死ぬんじゃね?

 

『だって、お母さんの魔力がSSだとしたら、お兄ちゃんの魔力はBくらいだよ?』

 

 考えを読むようにして答えてくれるアリシア。

 つまり、シールドではもたないらしい。

 

「じゃあどうすんの?」

『相殺していくか……目的だけやって逃げるかだね』

「よし、逃げよう」

 

 逃げれる選択肢があるならそっちを選ぶ。

 こんな命がかかること、もう関わりたくない。

 

(じゃあ、お母さんに一回攻撃をぶつけたら、そっちに向かって)

(はあ!? 無理だよ! 怖いじゃん!)

 

 こうして相対していられるのすら奇跡だ。

 そんなことができるのも、帰れるかもしれないという命がかかっているから。

 人は命が絡むと急に強くなるのだ。

 

(そうしないと帰れないよ)

(ええい、分かったよ)

 

 魔力弾を避けていき、決まったその内容を実行するため次の弾の準備をするアリシア母に身体を向ける。

 その時に来る魔力弾は、アリシアが自動的に防御してくれる。

 

 アリシア母に放つ攻撃のチャンスは一回きり。

 次からはきっと警戒される。だから、油断している今がチャンス。

 そして、相手を行動不能にさせる魔法、アリシアから与えられる情報を読み取り選ぶ。

 それは、これしかない。

 

「グリントサンダー!」

 

 ぶっちゃけただの閃光である。直訳すると雷の閃光。

 相手は攻撃を予測していたのか、ただの妨害魔法に何の対処もできていないようだった。

 光る世界に目をつむったまま走り抜ける。

 アリシア母ではなく、その後ろ。

 気配に気づいたのか、アリシア母がこちらに魔法を打つ気配がする。

 力は入ってなく、アリシアが自動で出したプロテクションに阻まれる。

 俺はアリシアが指定した向きに向かって魔法をぶつけるため、光が過ぎ去った世界に目を開けて対象を見据えた。

 

 その対象は、アリシアが言っていた体だった。

 

『躊躇せずに、撃って――』

「……っ、サンダースマッシャー!」

 

 放たれる砲撃魔法。

 

 アリシア母が何かを叫んでいるけど、何をするにも遅かった。

 

 砲撃魔法はアリシアとそれを維持するためであろう機械を巻き込み、それを飲み込む。

 

 残ったのは、何もない穴の開いた壁だった。

 

「……」

「……」

 

 あたりが沈黙に包まれる。

 お互いが何もしゃべらず、俺は何をするのも無駄だと思った。

 ……退路を塞がれているのだから。

 

「サンダーレイジ!」

 

 雷光が周りに集まる。

 

『お兄ちゃん!』

 

 掛け声が聞こえ、それに反応して避けようとする。

 だが、判断するのも遅い。

 雷光で拘束され、プレシアから放出される魔法をただどこか別の世界の事のように見るだけ。

 気付けば、地面に伏していた。

 

「アリシアが……アリシアがアリシアがアリシアが」

 

 壊れている。そうとしか思えない。

 さっきの強力そうな魔法で俺が生きているのも、こうなっていたために集中できなかったためであろう。

 

『立って! 次が来るよ!』

 

 アリシアからの激励に、何とか立ち上がってその場から避ける。

 雷光が直撃し、大きな穴が開く。

 

「こ、これどうするんだ?」

 

 相手は場所をかまわず魔法を打ち続けている。

 放っておけば体力が尽きるだろうが、それまでに無事でいられるか分からない。ただ、この場から引くのもアリシア母をどかさなければ戻れそうもない。

 

 つまり、いつのまにか戦わなければならない状況になっていたのである。

 



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第二十三話 母親と娘の想い 前編

 あたりかまわず強力そうな魔法をどんどんと放ってくるアリシア母。

 俺はそれを避けるのに精一杯だったりする。

 

「アリシア! どうにかならないのか?」

『待って、今なんとかするところだから』

 

 避けるのには限界がある。

 いくつか被弾しているにもかかわらずそれほど痛くないのは、身にまとう違和感のおかげだろう。

 それでも確かに体にダメージは蓄積している。

 

 そうしてるうち、鎖のようなもので足を止められる。

 

(たしかこれは……!)

 

 アリシアからもらった情報の中にあった魔法のひとつ、バインド。

 名称を変えていろいろ存在しているが、大まかに言えば捕縛魔法というところだろう。

 この隙を逃すほど、相手も我を失っているわけではない。

 

「フォトンバースト!」

 

 広域魔法。だが、確実に俺を狙って放っている。

 今度は前のように生き残れるとは思えない。

 焦ってバインドを解こうとするが、相手ほどの魔力がそう簡単に解ける捕縛魔法なんて使うはずがない。

 今度こそ死を覚悟して俺は――

 

『完成したよお兄ちゃん!』

 

 アリシアから情報が来ると同時、体中に感じる何かが大きくなる。

 感じるままアリシアを構え、放った。

 

「フォトンブラスト!」

 

 広域魔法。

 あれほどの魔力量をまるで塵のように吹き飛ばしたこちらの魔法は、そのままアリシア母を襲う。

 予想もできなかったアリシア母は急いで防御魔法を張るが、その防御魔法すら吹き飛ばしてアリシア母に直撃した。

 

「ど、どういうこと?」

 

 これに驚いているのは俺も同じだった。

 足に巻き付いていたバインドすらあっさりと破壊して不思議に思う。

 相手のあの魔力すら前ほど脅威に思わなくなったこの感じ。

 これは……そう、まるで自分の魔力量が全体的にアリシア母を超えた。

 

『ジュエルシードを使ったんだよ』

 

 何でも願い事をかなえることが出来ると聞いたあの石。

 そういえば、海で拾った分はすべてアリシアが持っていたか。

 しかしなんだ、なんでそれでいきなり魔力の量が上がったんだろうか。

 うまれる一つの疑問。その答えを持っているアリシアに聞いてみる。

 

「俺の強化を祈った?」

『違うよ。私のお母さんはジュエルシードの研究をしていた。だから、その研究をはたからずっと見ていた私も研究結果を流用しつつ、ジュエルシードの使い方を覚えた』

 

 確か前にかなりの魔力量が込められているとも言った。

 まさか、これは。

 

「ジュエルシードの魔力」

『そう』

 

 そこで、アリシア母の姿が見えた。

 先ほどより距離を置いて、完全に俺を警戒しているようだ。

 おそらく、今までのように弱い攻撃を繰り出してくるわけもなく、油断だってなくなっただろう。だけど、負ける気は一切しなかった。

 

「なんなの、その強さ」

 

 アリシア母は急に魔力量が上がったこと対して危機感を持っているようだ。

 その答え、伝えることなのかどうか迷った。

 ここまで来て、敵さんと会話することも、会話中に攻撃することが卑怯みたいで出来ないという、ヘタレ的な理由だが。

 

『わたしが手助けをしたんだよ』

 

 そう思っていると、代わりにアリシアが応対してくれた。

 アリシアの答えに、アリシア母は顔をしかめる。

 

「アリシア……」

『お母さん、お母さんが認めたくなくても、わたしの意思はここにある。見た目そっくりのクローンを作っても、あの子はフェイト。アリシアじゃないんだよ。……逆に言えば、意思を継いでいるだけのわたしも、アリシアじゃないのかもしれないけど』

 

 言葉に徐々に悲しみが混じっていくアリシア。

 だけど、それをアリシア母は笑った。つまらないものを否定するわけではない、まるで子供のわがままを聞くかのような、そんな笑い方。

 

「いいわ、わたしを止めることがアリシアの意思だとすれば、それをこなしてみなさい。親の非行を止めてみなさい」

 

 さっきまでの壊れた姿とは違う、それでもどこか取りつかれているような壊れた表情。

 これが、最後だと感じる。この悲しい母親が元に戻れるチャンスだと。

 俺はその中で一人、何の役割をこなせばいいのだろうか。 ……それこそ、決まっている答えだった。

 

「……いつまでも孤独にさせるのは、いけないよな」

 

 本来は言いたくなんてない。関わり合いになるなんてもってのほか。

 だけど、ここまで来て逃げることは出来ない。覚悟を決める。

 

『お兄ちゃん……?』

 

 不思議そうに名前を呼んでくるアリシア。

 身体は軽く震えているが、大丈夫。

 

「アリシア、最後まで付き合ってやるよ。だから、お前の母さんを止めるぞ」

 

 意外そうにしているアリシアに対するのは、この世界に来たばかりの俺と同じとは思えぬセリフ。

 だけど、俺は思う。原作キャラと付き合わず起こった出来事ならば、これが俺の運命としか思わざるを得ないだろうと。

 自分を激昂するためにも、アリシアに間違いでないことを証明するためにも、俺は宣言する。

 

「行くぞ! アリシア!」

『うん!』

 

 最後の戦いが始まる。

 

 

 

 

 私――フェイト・テスタロッサは急いでいた。一刻も早く母親のもとに駆けつけるために。

 高町なのはは動力源へと向かった。

 そこさえ壊せば、これ以上自分の作戦が進むことはないだろうからとリンディという人が言ってたらしいから。

 それならば私は一刻も早くお母さんのもとに急ぐだけ。

 途中、謎の穴が開いていることに気付いた。

 見ただけで体がゾワリとくる、本能的にも危ないと感じてしまうもの。

 

「これは……」

(気を付けてフェイトちゃん、今虚数空間っていう危ないものが出来てる)

 

 念話が送られてきたのは戦いを通して仲良くなった高町なのは。

 内容はこの謎の穴の事。

 

(一度入ると、出口のない無限の迷宮のような場所に迷い込んでしまう、それが虚数空間。そこから出ることは……不可能)

 

 私は虚数空間の内容を聞き、さらにアクセルをかける。

 だけれど、所々にできる虚数空間に強制的にストップがかかってしまう。

 それは、急がなければならない私をより一層焦らせた。

 

 これがそんな危ないものだとすれば、お母さんがどれだけ危ない状態にあるのかわからないから。

 



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第二十四話 母親と娘の想い 後編

 虚数空間の内容を聞きつつ、アリシア母の攻撃を捌く。

 いくら魔力量が勝ったとしても、魔法に使い慣れていない俺が魔法勝負に劣るのは事実。

 しかしこの魔力量の差がこちらの防御を容易にさせている原因でもある。

 いまや、状況は一進一退となっていた。

 

「いつまでたっても攻めれん!」

『広範囲魔法で一気にやる?』

「防御を任せていればできるかもしれないが、そんな大きな隙を見せたら何かしてくるかもしれない」

 

 そうだとすれば、さっきからダメージにもならないような、細々とした魔法を続けている理由も分かる。

 

 ここで勘違いをしているようで訂正をするが、決してプレシアは細々とした攻撃をしているつもりはない。

 事実として、一発の攻撃はそこらの管理局の隊員に大ダメージを与えられるくらいの強さはあった。

 つまりプレシアも同じくして攻めあぐねていたのだ。

 そう、お互いにジリ貧であることは気づいている。

 お互いが放った強力な一発、技術で力の差を埋めるプレシアに力で押しつぶす龍一。

 その攻撃が巨大な力の反流となって強大な魔力を生み出す。

 その頃、なのはによって動力源を破壊されているのも相まって、虚数空間が生まれてしまった。

 時の庭園の限界。

 ジリ貧のこのままでは両者が虚数空間に飲み込まれるのはそう遠くないだろう。

 

 だからこそ、次で決着をつけようと二人は思い立つ。

 

「いいか、アリシア、向こうも分かっている。お前は」

 

 途中で言葉を切って残りを念話で伝える。

 アリシアは少し渋っていたが、了解の返事は受け取った。

 あとは、全力で魔法をぶつけるだけ。

 

「サンダーレイジ!」

 

 放つスピードはあちらの方が早かった。

 アリシアから普通のサンダーレイジとは違う時空干渉の魔法と教えらえ、もしやと思い振り向いた。

 想像通りその魔法は放たれていた。

 真後ろから放出されるそれに、相殺するように仕掛ける。

 

「フォトンブラスト!」

 

 虚を突かれた。

 このまま押し切ったとして、アリシア母とは真逆の場所に放っているのであたりはしない。

 それどころか、いまや背を向けているので、相殺を仕切っても危ないかもしれない。

 

「フォトンバースト!」

 

 巨大な魔法を前と後ろ、同時に放たれる。

 流石に予想外だ。

 あの魔法がプロテクションで防御しきれるとは思えない。

 だからこそ思った。

 

 少し卑怯な手段を使ってよかったと。

 

『サンダースマッシャー!』

 

 デバイスから放たれるもう一つの魔法。俗にいう砲撃型。

 使用するのはアリシア。デバイス自身。

 

「馬鹿な!?」

 

 アリシア母が驚く。

 そりゃそうだ。自動防御はデバイス自身についている機能だとしても、攻撃魔法を勝手に放つデバイスなど、見たこともないだろうから。

 だけどそれは、思考を持っているってことじゃないのか?

 

「アリシアは、ただの機械じゃねえんだよ!」

 

 気が散ることによって、もともと威力を弱めていただろう魔法は更に威力を落としいとも簡単に相殺し、さらにアリシアが迎撃している魔法を援護しようと振り向く。

 あたり一面に広がる相手の魔法だが、こちらの砲撃魔法で直撃は避けられた。

 巨大な魔法を二回連続で使って疲労しているアリシア母に向け、とどめの一撃を放つ。

 

「サンダースマッシャー!」

 

 アリシアが迎撃に使った魔法。

 同じ魔法がアリシア母を襲う。

 魔法は、直撃した。

 砂埃が舞い、いまだ緊張感を持たせつつ晴れるのを待ちアリシア母が倒れている姿を確認する。

 

『お母さんが放った後にわたしに魔法を放てって言ったから、卑怯なことだと思ってたよ』

「ひ、卑怯なこと?」

『ほら、不意打ちみたいな』

「そ、そんなことをするわけないだろ?」

 

 本来の作戦は、一発最大魔法を相殺して油断したところに魔法を打ち込む。そんな卑怯なものだった。

 今回はそれが功を制したといっていいだろう。

 そこで、ビビリな俺はアリシア母の状態に、さらに行動不能にしておく。

 

「おっと、バインド!」

 

 安全を確保するため、アリシア母に強化に強化を重ねたバインドを二重三重にも巻きつける。

 絶対にはずすことが出来ないと確信して、俺は構えていたデバイスを下す。

 

「アリシア……アリシア……」

 

 もっとも、アリシア母もこれ以上はやろうとは思わないようだが。

 

 この戦いを通して、一つ言いたいことができた。

 それは、希望を持たせるわけでもなく、ただの独占欲。

 俺はそれに身を任せてアリシア母に言う。

 

「アリシアは俺のものだ! 文句あるなら、奪い取りに来い!」

 

 デバイスを掲げ、アリシア母の瞳にそれがしっかりと映る。

 

「最後に言ってやる! 俺の名前は、田中太郎だ!」

『お、お兄ちゃん?』

 

 偽名を使ったのは、本当に取り返しに来られると怖いから。

 名前を偽れば、人伝えに聞いただけではこれないだろうという打算がある。

 まあ、来たら来たでおとなしく渡してあげるけど。怖いし。

 戸惑うアリシアを無視して、俺はデバイスを担いで帰る方法をアリシアに聞く。

 アリシアはそれなりに気を落ち着かせたのちに言ってくれた。

 

『えっと、思念である程度の場所を教えるから』

「そうか、それならさっさと向かうとするか。お前の母さんは?」

『……一度、フェイトにも会わせてあげなきゃ』

「周りが虚数空間に飲み込まれているのにか」

『大丈夫。フェイトなら間に合うよ』

 

 アリシアがそういうのならそれでもいいが……まあ、俺自身連れて行きたいなどみじんにも思っていないが。

 とりあえず、どこかの部屋に転移できる場所があるようだ。

 俺はそこに向かって歩き出した。

 

 

 

 

 倉本龍一が過ぎ去って数分、プレシアは先ほどの事について思考していた。

 さっきの戦いは負けた。

 実は途中足りなくなってきた魔力を補うようにして、魔力の供給を行っていたのだ。

 最後に放った魔法を最後に、時の庭園につないでいた魔力の供給は完全に切れた。

 もともと、いつのまにか壊されていた動力源から無理矢理とっていたものだからいつ切れてもおかしくなかった。

 最後の最後でちょうど無くなったのは、奇跡ともいえるだろう。

 しかし、そのせいで時の庭園の崩壊を早めることになってしまった。

 アリシアと認めたあのデバイスは今や先ほどの少年の手の中。少年はちゃんと地上に戻れたであろうか。

 

(デバイス自身が魔法を放つ……ね。完敗だったのかしら)

 

 内心、デバイスの事をアリシアだと認めていた。

 だけれど、それから出てきた感情を……自分が今までアリシアを苦しめていたなど、考えたくなかった。

 でも最後の魔法、それに込められていた感情を読み取ってしまった。

 プレシア・テスタロッサはいままでしてきたことにきづいてしまった。

 

(生きてしまった自分は、これからどうすればいいのかしら)

 

 幽閉か。死罪か。そもそも、この虚数空間に飲み込まれようとしている庭園と運命を共にするか。どの道ろくなものじゃない。

 

(まあ、いいわ。……フェイトには、悪いことしたかしら)

 

 先の戦闘で時の庭園は崩れ去っていっている。それも、目に入らぬかのようにプレシアは考えることに没頭していた。

 

「お母さん!」

 

 声が聞こえた、しかしアリシアではない。だけど、それに似た声。

 プレシアは知っている。この声の正体を。

 

「フェイト……」

 

 プレシアは意外そうな目でフェイトを見る。

 同じくして、フェイトも驚く。今まで向けてくれなかった自分の母の視線がそこにあったから。

 しかし、そんなことに気を取られている時間はない。

 フェイトは気を取り直してプレシアを連れ出そうとする。

 プレシアにまかれているバインドを見てどういうことなのかわからなかったが、フェイトは巻かれているだけのバインドを後回しにして、プレシアを担ぎあげた。

 

 そこで、フェイトになのはも追いつく。

 プレシアが倒れた今、心配であるのはこの事件の犯人と心がようやく通じ合えた友だけだったからだ。

 

「フェイトちゃん、その人の様子は?」

「大丈夫。あとはここから帰るだけ……」

 

 時の庭園が壊滅を早める。

 誰の目からも、この庭園は終わりだと思うだろう。

 それは、フェイトたちの居る場所も同じだった。

 

「フェイトちゃん! 入口が!」

 

 なのはが入口がふさがれていることに気付く。

 浸食はすぐそこまで来ていた。

 歯噛みする思いでフェイトは脱出方法を考える。

 アースラの戦艦の助力は望めるかわからない。

 ここまで浸食がすすんだ場所を観測できるかどうかわからないからだ。

 すでに、虚数空間はすぐそこまで迫っている。

 

 このまま虚数空間に消えてしまうのだろうか。

 そんな思いがフェイトの中に出てきた時、担いでいたプレシア小さく声を出した。

 

「こんなところで消えてしまっては、アリシアにも会えなくなるわね」

「え……」

 

 虚数空間が三人を飲み込もうとしたとき、転移が発動した。

 



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第二十五話 終末の後始末

 プレシア・テスタロッサは何がしたかったのだろうか。

 それが、今の戦艦の様子だった。

 

「私が持っているジュエルシードはこれで全部です」

 

 プレシアがジュエルシードを渡した。

 驚いたのはフェイトやアルフなど、プレシアを知っている者だけでなく、その場にいた殆どが驚きと困惑の声を上げていた。

 それもそうだ、この戦艦に乗っている者が知っていることはすべてフェイトの使い魔であるアルフから聞いたものだからだ。

 アルフはプレシアを好んではないことを知っている人もいただろうから少しの過大評価はするかもしれないが、まさか聞かされていたプレシアがこんなことをするとは思えなかったのだ。

 もちろん、アルフはフェイトに暴力をふるっていたところを何度もみていたので、プレシアの態度は疑ってかかっていたが、憑き物がとれたようなその表情はアルフを混乱させるだけだった。

 さらに追い打ちとなるセリフがこれだ。

 

「フェイトは被害者です。私が彼女を脅して協力させていたのです」

 

 アルフは倒れた。

 

 

 収集がつかなくなってきたところを、リンディが持ち前の器量でその場を落ち着ける。

 

「プレシア・テスタロッサ。それは自分の罪をさらに増やすことになるわよ」

「それは承知しています」

 

 リンディはプレシアの瞳を覗き込む。

 相手の奥底まで読み取ってくるようなその眼は、ただの一般人であれば恐怖に顔をゆがめるだろうが、プレシアは気丈にのぞき返す。

 

「……ところで、ほかのジュエルシードは?」

「残りは私も知りません。虚数空間に飲み込まれたのではないのでしょうか」

 

 お互いがお互いを探る。

 プレシアは、少年と娘が持って行ったと悟られないために取り繕う。

 そんなプレシアにリンディは何を思ったのか、ふっと笑って一歩下がった。

 

「いいわ、プレシア・テスタロッサ、あなたを重要参考人として捕縛します」

 

 

 

 

「長かった……ようやく、うちに帰れる」

 

 俺、倉本龍一はようやく我が家の前に立った。

 あのあと、どこか外へ通じる転移の魔方陣のもとまで向かい、その魔方陣で転移した先は山だった。

 まあ、街中に急に現れるよりましではあったものの、その代わりに何処かも分からない山で遭難する羽目となった。

 二・三日野宿をしてようやくたどり着いた街、自分の町まで帰ってこられたときは、感涙にむせび泣きそうだった。

 少ない体力でよろよろと家の前まで来て言ったのがその言葉だ。

 

『すごいね、あんな山から帰れるなんて』

「人間は命がかかったら何でもできるもんさ」

 

 良く聞く言葉だが、ここ数日それを実感した。

 海に流され、どこか転移させられ、自立思考する機械と出会い、その母親と戦い、そしてようやく家。

 あれ、俺すごいことになってね?

 

 とにかく、俺は玄関の扉を開ける。

 

「ただいま!」

 

 ……暗い。光的な意味で。

 親はもう外国に帰ったのかな……と、リビングを見てみると。

 

「南無阿弥陀仏」

「南無阿弥陀仏」

「お父さんお母さん何宗教に手を出しているの!?」

 

 親二人が仏壇に向かってお経を唱える姿は背筋が凍る。

 しかし、親二人は俺の姿を見ると、仏壇を蹴飛ばして駆けてきた。

 え、仏壇いいの?

 

「む、息子よ!!」

「龍ちゃん!?」

 

 最初に言ったのが父で後に言ったのが母だ。

 抱きついてきた順番も同じ。

 

「って、何?お父さんお母さん」

「生きていてくれたのか……うう……」

「ごめんね、馬鹿なお父さんが先の事考えずに……ほら、あなた、土下座しなさいよ! 私もするから」

「うおおおおお! 土下座なんかじゃ気持ちが晴れない!」

 

 ……なんか、大変なことになっていたようだ。

 

 話を聞けば、いくら探しても見当たらない上に、携帯の電波も全く拾えないことから海に沈んだのじゃないかと言われたらしい。

 そんなことをきかされ、二人は泣きながら己のしでかしたことに後悔をし、毎日飲まず食わずに仏壇でお経を唱えてたらしい。

 その辺のホラーより怖いうえに、携帯も時の庭園に忘れたままだったな……

 

「とにかく、俺は元気だから二人とも安心して」

 

 二人をなだめかすのに二時間くらい要した。

 

 

 

 

 そうして学校。

 何日ぶりかわからないけど、すごく懐かしい気がする。

 

「おはよー」

 

 いつもの三人組だけじゃなく、クラスにいたクラスメート全員からすごい目で見られた。

 

「あ、あんた生きてたの!?」

 

 代表してか、アリサが詰め寄って聞いてくる。

 いきなりこんな風に詰め寄られるとは思わなかったため、俺は逃げだす。

 後ろから追ってくるのは、いつもの人……ではなくクラスメート全員。

 

「倉本ー! 何があったか教えろ!」

「死んだって聞かされたよ!?」

「大丈夫なの!? 倉本君?」

 

 てんわやんわといつにもまして騒がしい学校の朝、いきなり追いかけっこが始まることとなった。

 

 

 

 

「で、聞かせてもらいましょうか」

 

 昼休憩、授業が終わってすぐに席へ来た。

 朝の先生の説明から休み時間来なかったから放っておいてくれたのかと思ってたけど、まさか時間をおいてくるなんて。

 とりあえず、愚痴は言いたくなっていたので、弁当箱を用意して「聞きたいなら食べながら話す」と言って食べだす。

 それにアリサは、自分の分と魔王と月村を連れて俺の席へやってきた。

 

「それで、何が聞きたいんだ?」

「ここ数日来なかったことよ」

 

 クラスメートからもさんざん聞いてと言われてきた。

 またかと思いつつため息をつくと、月村にずいと人差し指を目の前に出される。

 

「倉本君、アリサちゃん、泣くほど心配していたんだよ」

「なっ! 泣いてなんてないわよ! って」

「わたしだって、心配していたんだから……」

「すずか……」

 

 まさか、泣くほど月村が心配してくれたとは……

 少し反省をする。

 まあ、こちとら命がけだったりもしたんだが。

 

「でも倉本君、海に流されたのによく無事だったね」

 

 魔王も少し心配げな瞳。

 英雄譚を聞かせたくはあるが、それはしてはならないとアリシアからくぎを刺されているので、俺は一晩考えて作った言い訳を話す。

 

「流されたのは確かにやばいと思ったが、実は少し遠いところに流されただけだったんだ。人もあまり通らないところで場所も分からず、そこから歩いて帰るのに……結構野宿したなぁ」

 

 父親から聞くと、俺は一週間くらい行方不明だったらしい。

 その話を照らし合わせるには、多少現実味はなくともそれくらい山で過ごしたことにしとかなければならない。

 ここから始まるのは、図書館でつけた知識(サバイバルなど)の総体集。

 時には野生の動物から逃げたり、食べれる草を選別したり、危ないところを通ったり。

 大冒険だった。

 それを聞き三人の様子を見ると、目を光らせていた。

 

「野生ってどんなの?」

「どんな草があった?」

「それで、どうやって帰ってこれたのよ」

 

 魔王は動物で月村は植物について、アリサは俺の冒険自体に興味あるようだ。

 そこから、俺は身振り手振りでスケールを多少大きくしつつ話していった。

 

 ギャラリーがいつの間にかクラスの半数になってて、話のお礼としておかずを食べきれないほどもらったのは、これより少し後の話。

 



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第二十六話 終わりは始まりの合図

 再び学校に登校するようになって三日後、アリシアから情報が入った。

 

『お母さん、あの後転移で時空管理局に行ったみたい』

「時空管理局?」

 

 初めて聞く単語を聞き返す。

 どこかで聞いたことあるような気がするけど、どこだったかな……

 

『時空管理局っていうのは、とある時空で作られた、管理世界を取り締まる警察署のようなものだよ』

「ふうん、まあ、魔法なんて言う摩訶不思議現象をボンボンいろんなものを打ちまくるやつがいたら、そりゃそういうのもできるよな」

 

 納得はできる。

 しかし、魔王ほど取り締まらなきゃいけないやつはいないんじゃないか? あいつ、魔法を好き勝手撃ちまくってんだろ。

 

『そのとき、わたしの妹でもあるフェイトに高町なのはっていう現地人も一緒に転移したらしいよ』

「へー、フェイトになのは……へ?」

『聞こえなかった?』

「あ、いやいや、そういうわけじゃないから」

 

 フェイトになのは、リリカルなのはを飾る二人でもある。

 そいつらといっしょ? ってか、アリシアは何て言った?

 ――わたしの妹でもある

 

「ば、馬鹿な!!?」

『わっ、な、何?』

 

 まさかまさか、あいつらにかかわらなかったのに、いつの間にかかかわっている?

 良く考えてみれば、アリシア・テスタロッサのテスタロッサってフェイトの苗字……

 

 なんで気付かなかったんだ。

 

『よく分からないけど、続き言うね。お母さんは重要参考人、フェイトも同じかな』

「え? よく分からない場所崩壊させてたのに?」

『うーん、罪状を詳しく調べてみたら、局に対して故意に邪魔をしたのではないかっていうのに対して、お母さんは知らなかったんじゃないかっていうのが濃厚のようだよ』

「その辺よく分かんないから、適当に流して」

『簡単に言うと、庭園崩壊はお母さんのものだし、ジュエルシードの大半が行方不明、お母さんが持っているものは管理局に献上したことにより、悪いことをした証拠がないんだよね』

「つまり?」

『お母さんの証言で変わることになるね。罪もいろいろ』

 

 何とも言えない気持ちになる。喜ぶべきなのか、どうなのか。

 だって、これで無罪なんてことになったら、うちに押しかけてくる可能性が上がってしまう。

 なんとか、有罪になってくれないかな……

 

『あ、待って、情報が更新された』

「え?」

『お母さんがジュエルシードを収集しようとしたことを認めて、少なくとも有罪にはなるらしい』

 

 っっっっしゃあああああ!!

 これでアリシア母が来る可能性はゼロになった!

 フェイトは普通に出てくるだろうが、関わらなければいい。

 なんだ、簡単じゃないか。

 ふう、さっきは焦って損をしたぜ。

 

『なんでも、フェイトの罪を全部肩代わりしたかららしいね。お母さん、母親らしいことしたんだ』

 

 ま、まあ、原作でも自由の身だしな。問題はない。

 

『お母さんも、証拠がないから幽閉ってことはなさそうだけど』

 

 牢獄じゃないのかよぉおおおおおお!

 と、そこで、一つ不思議なことが出来る。

 

「その情報、どこからとってるんだ?」

『え? 管理局にハッキング』

「場所特定される!」

『大丈夫だよ。そんなへましてないから』

 

 自信満々にいうけど、それが逆に不安だったりする。

 こういう場合はえてして失敗したりするからな。

 

 ピンポーン

 

 ……え? 家のチャイムが鳴った?

 

「ちょちょちょ、ちょお」

『あれ? そんなはずは……』

「居留守使う? 使おうか?」

『公務執行妨害……』

 

 恐ろしいことをつぶやきやがる。

 俺は恐る恐る玄関に立ち、思い切って扉を開ける。

 

「息子よ。突然だが、帰ることになった」

「とっとと帰れ」

 

 父は泣いた。

 

 

 

 

 両親は仕事の急な都合で外国に帰ることになった。

 そうはいっても、俺がいなくなって無理矢理伸ばした休暇なので、どのみち帰ることになっただろうけどというのが親の談だ。

 これからは再び悠々自適な生活がおくれるというわけでもあるな。

 

『押入れ生活とはおさらばだね』

「え? いや、見つかったら嫌だし押入れだぞ」

『ガーン』

 

 いつどこかで見られるかわかったもんじゃないからな。

 

 

 

 

 別れ、それは誰にも出会いと等しく訪れるもの。

 この臨海公園で、その別れを経験している者がいた。

 

「じゃあね、フェイトちゃん」

 

 自分のリボンをわたし、再び会うことを約束した少女はお互いに別れを告げる。

 しかし、そこで一人の少女は疑問に思う。

 

「……いつもつけてるリボンと色が違うね」

 

 フェイトは出会ってからいつもつけていたリボンと違うことに疑問を覚えた。

 それに対し、なのははすまなさそうに説明する。

 

「いつもつけているのは、昔の友達からもらったものだからあげられないの」

「もしかして、今のわたし達みたいに?」

「同じようで違うかな。あの子とは、いまだ連絡がつかないから……」

「なのはちゃん……」

 

 フェイトは悲しそうななのはの表情に何も言えなくなった。

 だから、せめてものかわりに肩を抱いて耳元に告げる。

 

「わたしは帰ってくるよ。きっと」

「フェイトちゃん……うん」

 

 彼女たちはわかれる。

 再会の約束をして。

 

 フェイトは思い出す。

 ここで起こった出来事を思い出のようにして。

 

(お母さんが元の優しいお母さんに戻ってよかった。でも、結局誰があのバインドをしたんだろ)

 

 虚数空間に消えゆく庭園で再開したプレシアはなぜかバインドで縛られてあった。

 かなり強力なもので、解除も難しく、解除するのに一日使った挙句自然消滅という結果になった。

 そのバインドから出力先を読み取ろうにも、それすら無理。

 プレシア本人からも、逃げようとしたところで突然縛られたといって正体不明のまま。

 そんなことがあり、虚数空間が発生したのも、プレシアがやったことも、ジュエルシード事件も実はすべてその謎の人物が犯人ではないのではないかということになっている。

 フェイトとしては、そんな風になって母の罪が軽くなって喜ぶ半面、少し悪い気もした。だって、母がしようとしたことは本気だったから。

 

(なのはちゃんにもお世話になったな)

 

 次に思い返すのは友達となった少女の事。

 ジュエルシードを集める段階でいろんな場所で取り合いをして、最後には一対一をして見事に負けたこと。

 どれも、大変で辛い時期ではあったけど、どれも大切なことで、こうして出会えたのは本当に奇跡だと思う。

 

 そして、最後に思い出すのはとある男の子。

 

(突然怒られて、驚いたよ)

 

 ジュエルシードを渡せと言ってアルフが襲い掛かったら、買い物を落として怒られ、その後料理をふるまってもらったこと。

 とても面白い子で、初めてまた会いたいという感情が湧いたこと。

 どれも、短い出来事のはずなのに昨日のように鮮明に思い出せる。

 

(あの子の名前、聞くの忘れてたな)

 

 それがフェイトにとって問題だったが、実のところ家の位置はバルディッシュに覚えてもらっていた。

 それがあるから、フェイトは再び会えることを疑ってなかった。

 

(とりあえず、帰ってこなきゃね)

 

 自分はこの先どうなるかわからないけど、絶対にここに帰ってこよう。

 フェイトはそう心に決めた。

 



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第二十七話 故意に消えること

 日にちは六月三日。

 俺は再びはやての家に通っていた。

 

「でなでな、蛇に囲まれたときは本当に死ぬかと思った」

「そうかそうか」

「うん。あれが毒蛇だったら死んでたと思うね」

「ほうほう」

「……」

「なるほどなるほど」

「聞いてないな」

「だって、それ昨日も聞いたし」

 

 どうやら、俺は最近同じ話題を何回もしていたらしい。

 親が帰ってから入り浸るのはやっぱりはやての家だし、話題がないんだよ、こう毎日だと。

 

「だってさー、話ないし」

「ほんなら、親戚の事を話してくれへん?」

「親戚?」

「龍一、親戚がおったからわたしんちこれんかったんやなかったの?」

 

 ……少し考えて思い出す。

 そういえば、親戚が来るって誤魔化してたっけ。

 とりあえず、俺はここで話を合わせようと適当なことを話す。

 本当は話してもいいけど、ここで本当のことを話すのはさすがに間が悪いからな。

 

「温泉とか行ったよ。うん、いい宿だった」

 

 魔王たちにあって大変な思いしたけどな。

 まあ、一応楽しかったけど……

 

「ええなあ、温泉。わたしも行ってみたいわあ」

「いつかつれてってやるよ」

「ほんまか?」

「ほんまほんま」

 

 覚えてたらな。

 

「そういや今日は泊まるん?」

「ん? あ、いや、今日は帰らせてもらうよ」

「さよか」

 

 少ししゅんとなってしまうはやて。

 それを俺は取り繕って言い訳をする。

 

「あ、いや、まてまて、まだプレゼントとか買ってないから帰らなきゃならんだけだ」

「え? あ……そ、そか」

 

 ハッとして、少し顔を赤くするはやて。

 それが、勝手に結論づけたからなのか、少しでも寂しいと思ってしまったことに対してなのかはわからない。

 

 とりあえず、そんなはやてに心の中でごめんと謝った。

 

「そうだはやて、またあの本見せてもらってもいいか?」

「白紙の本か? 龍一も好きやな、何も書いてないのに」

 

 そうは言いながらも、許可を出してくれるはやて。

 俺はあの本がある部屋へ向かい、こっそりとアリシアを出す。

 

「この本だ」

『うん』

 

 前々から怪しいと思っていたこの本。

 原作にかかわるものなら早急に対処を練らなければならないもの。

 それを判断するためのものが手元にあるなら、俺はそれを使う。

 

『ねえお兄ちゃん』

「なんだ?」

『もし、これがロストロギアだったら……』

 

 ロストロギア、ジュエルシードのような失われた古代の遺産で危険なもの。

 もしこれがそうであったならば、どうするのだろうか。

 考えられるのは原作キャラとの邂逅。

 それを避けるためには、この本にかかわらないことが重要だろう。

 その結果、どういう風に行動すればいいかもう決まっている。

 

『……お兄ちゃん』

「結果、でたか?」

 

『帰ろう』

 

 結果は黒だった。

 

 

 

 

 その夜、八神はやてのもとに四人の騎士が集結した。

 その名もヴォルケンリッター。

 四人の騎士は闇の書から生まれた人たちである。

 倉本龍一が帰り寂しい思いをしていたはやては、その四人の騎士に救われた。

 

 この先、龍一が来なくなったことについても……

 

 

 

 

『いいの、本当に?』

「何がだ」

 

 電気もつけず、月明かりのみが照らす部屋は暗く閑散としている。

 その部屋の主でもある俺はぼんやりと窓越しに映える月を眺めていた。

 

『八神はやてって子』

 

 心が締め付けられる。

 彼女はきっと明日を楽しみにしてくれていただろう。

 だけど、これ以上関わってはいけない。いや、関わるつもりはない。

 

 あれは危険なもの、あの本を調べた時アリシアからそう伝えられた。

 おかしい本だと思っていた。まともな本ではないことも。

 それがまさか、本当に危険なものだとは思ってもいなかった。

 

『友達だったんでしょ』

「だけどだめだ」

 

 原作に関わるつもりはない。

 これはこの世界に来た時に決めたことでもある。

 アリシアが言う程に危険なものなら、あれは間違いなく原作にかかわる。

 

 先ほどの帰り道、言われたことでもある。

 

 

 仮面の男が現れ、そいつは言ってきた。

 

「八神はやてとこれ以上関わろうとするんじゃない」

 

 そんなことは分かっている。

 だからこそ、こう答えてやった。

 

「もう関わるつもりはない」

 

 仮面の男はあっけにとられ、これ以上からまれる前に俺はその場から立ち去った。

 

 

 たったそれだけの事。

 それは俺に決意を固めさせるのには十分な出来事だった。

 

 

 

 

「なんで、こなかったんやろな」

「主……」

 

 俯き悲しそうに顔を伏せるはやてに、烈火の騎士シグナムが心配そうに見る。

 机の上には蝋燭のともってないケーキに豪華な料理。

 騎士たちは朝から準備をしていたその状況に困惑し、日が暮れるにつれて次第に暗くなる主を見て騎士としての使命が心に満ちる。

 このようなことをした者に復讐かと問うが、主であるはやてはそれを望まなかった。

 

「なあシグナム、なんで龍一は来なかったんやろな」

 

 そう尋ねられるのも何回目かわからない。

 心の中ではたまたま急用が出来たと言い訳をしてるのかもしれないが、本心でそう思っているわけではないだろう。

 

 なんだかんだ言って、彼女はまだ子供なのだ。

 

「主、それでしたら無理矢理にでも」

「だめや。それだけは……嫌われてまう」

 

 また、彼女は嫌われるようなことをとことん拒んだ。

 事態は平行線を進むばかりで、話は進まない。

 

「みんな、わるいけどわたしはもう寝るわ」

 

 もうと言っても、時間はすでに次の日になっていた。

 はやてが部屋から出て行って、四人の騎士は語りだす。

 

 ――今回の主がどうかわからぬが、あれは悪い子ではないだろう

 

 ――では、主をああしたものになんと思う

 

 ――龍一ってやつが誰かわからねえが、少なくともいい気分じゃねえな

 

 ――そうですね……

 

 この日、ヴォルケンリッターたちは倉本龍一という見たこともない男の子に対して敵対心を持つことになった。

 それは、日が経ちはやてとの仲が深まっていくことに比例し、大きくなっていくのであった。

 



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第二十八話 魔法特訓

 夏休みに入った。

 一年前ははやての家に入り浸ってたなーと懐かしく思う。

 それも一か月半くらい前に終わったことだ。

 

『やっぱり寂しそうな顔してる』

 

 すっかり同居人と化したアリシアが余計な口出しをしてくる。

 図星ではあるけど、それは認めたくない。

 一応俺にもプライドはある。

 

『今から行っても多分受け入れてくれるよ?』

「ばかいえ、今更どういう風に会えばいいんだ」

 

 よりにもよって誕生日の日から行かなくなったからな。

 

『そりゃあれでしょ、お土産もってって「旅行に行ってました」で』

「一か月半も旅行かよ」

 

 外国に行ったとでもいえばいいのだろうか。

 だが悲しいことに未成年だけで外国には渡れない。だってパスポートないし。

 

『じゃあ、甲子園を目指してたとか』

「帰宅部なのにか」

 

 昔は放課後はやての家に直行だったから、俺が何もやってないことバレバレだろ。

 

『じゃあ、友達料金をもらってなかったとか』

「どんだけ鬼畜なんだよ俺」

 

 むしろ払いたいくらいである。

 

「もうこの会話終わり」

『えー』

 

 いくつか案は出しても、有効なものはない。

 どのみち、行く気はないけれど。

 

 

 このとき龍一自身は思い至っていないが、実際のところヴォルケンリッターが敵意を持っているので、今更行けば龍一がどうなるかわかったものではない。

 

 

「そんなことより、この夏休みちょっと山籠もりするぞ」

『へ?』

「自然にもまれれば、きっと俺の魔力の扱いはうまくなるだろう」

 

 自信満々にそういって見せる。

 ぶっちゃけ根拠はないけど。それに山籠もりといっても本気で山で生活をする気もない。

 

『魔力って、魔法の練習をするの?』

「そのつもりだけど」

 

 意外そうにアリシアは言ったが、何かおかしいところはあっただろうか。

 

『魔法、嫌いだと思ってたのに』

「え?」

『だって、お母さんとの時かなり難色を示してたよね』

 

 そういわれてみればそうではある。

 ただ、俺はその時別にもう一つだけ思っていたところがあった。

 

「正直、こういうことになっている以上、逃げる術でももってないとだめだと思ったんだ」

『ああ、そういうこと』

 

 どうやら納得していただけたようだ。

 ただその納得の仕方は呆れも交じっていたが。

 

「というわけで、バインド、ブースト、配置型を主に練習しようと思っている」

『完全に逃げ腰だね』

 

 当たり前だ。

 

 

 

 

 さっそく山に来た。

 まずは、アリシアに頼んで結界を……

 

「……なあ、結界ってばれる?」

『時空管理局に? 普通にすれば多分ばれるよ』

 

 いきなり詰んだ。

 しかし、何とかして特訓はしたい。

 

「なんとかして感知されないようにできないのか?」

『うーん……いくつか何もない結界をしかけていけば、無視されるかも』

「一斉捜査の可能性は?」

『むしろ警備を厳重にされて、結界作った瞬間に捕縛だと思うよ』

 

 それってダメじゃん。

 いっそ結界なしでするか?

 でも、無しでするとアリシア母の時みたいに大惨事になるかも……

 

『魔力反応を限りなく薄くすればもしかしたら……』

「限りなく薄くする?」

『バインドとかの練習なら、結界の強度は関係ないし』

「なるほど、とりあえず作ってみるか」

『いつでも逃げれるように準備しておくね』

 

 アリシアの準備が済んでから結界を作る。

 もちろん、ハッキングの準備。

 結界を作るときは、なるべくばれないように薄く狭く。

 三メートルくらいの正方形くらいの結界を完成させて、アリシアに状況を聞く。

 

『ん。大丈夫、魔力感知する機械をちょっとハックしたら全く反応しなかったよ』

「ばれたら犯罪者になりそうだな」

 

 アリシアが言うには、そのまますればどうやっても見つかるらしい。

 あとは人力で見つけようとしない限りは大丈夫と言われた。

 

「それじゃあ、練習を始めるか」

 

 とはいえ、三メートルではブーストは出来ない。

 とりあえずバインドの練習をすることにした。

 

「鎖と縄、どっちがいいと思う?」

『見た目ならどっちでもいいけど、鎖の方が力入りそうじゃない?』

 

 バインドにかかわらず、自分の力の込め方で魔法は見た目関係なしに強くも弱くもなるらしいので、なるべく力を込められる方がいいとアリシア談。

 

「どっちもやってみるか」

『そうしてみれば?』

 

 その辺の小枝にバインドをかけて、適当な魔力弾で攻撃する。

 両方を試してみてつぶやく。

 

「……縄の見た目の方が強いな」

『アニメの観すぎじゃない?』

 

 最近アリシアもアニメを見始めて談義が出来るようになった。

 どうやら、その中では鎖の方が壊される機会が多いらしい。

 しかし、縄で巻きつけるときに女だったらエロいよなとか思ったのは秘密。

 男というのは単純な生き物だと思う。

 

「アリシア、どうすれば壊されないものを作れると思う?」

『二重三重にするとか……いっそ魔力を封じるとか』

「できんの?」

『お母さんのデータベースからすると可能』

 

 だそうで、いろいろと試してみた。主にアリシアにかけて。

 

「ほら、魔力で壊してみてよ」

『デバイスに壊せ!? 無理だよ!』

「アリシアのお母さんと戦うとき魔法撃ってたじゃん」

『使用者の魔力を使って魔法撃ったんだよ。一人じゃ無理だって』

 

 そういわれたらしょうがない。

 とりあえず鎌の柄の方を持つ。

 

 パキッ

 

 あっさりと音を立てて壊れた。

 

『……練習だね』

「だな」

 

 的確にバインドを狙って誘導弾放ったアリシアもすごい、とは言えなかった。

 

 

 

 

 気が付くと夜になっていた。

 

『これくらいで終わりにしよ』

「なんか疲れた……」

 

 疲れているわけじゃないのになんか気怠い。

 アリシア母の時は圧倒的な魔力だったせいか、気怠くなるのが早く感じる。

 一日中バインドを使って強度確認していただけなのにな。

 

『お兄ちゃんすごいね。今日一日でここまで強くするなんて』

「データを改ざんするだけで強くなるならそっち選ぶよ」

 

 強度が上がったのは、俺の魔力の使い方がうまくなったわけではなく、テンプレ的データとして入っていたバインドを改ざんしただけ。

 魔法なんて、幾らかの計算式とかそんなんでできてるから、そこを変えればてっとり早く強くなるんだと。

 転生前は遊ぶ友達もいなくてPCいじるのが日課だったから、こういう改造は得意だったりする。とはいえ、いろいろな情報を持っているアリシアがいなければ無理だっただろうが。

 まあ、小学生にできる芸当ではないことは確かだ。

 

『お兄ちゃん、本当に小学生のフリをするつもりある?』

 

 同じことを考えたらしい。

 



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第二十九話 騎士だとは思わない

 夏休みが始まって一週間、今日はたまにはということで休みにした。

 図書館でも行こうかと画策していたところ、家から少し離れたところでおじいちゃんたちの集会を見つけた。

 

「ゲートボールかな?」

 

 かなり元気な老人が集まってするゲートボール。

 昨年とかは夏休みに時折混ざっていたことを思い出す。

 

「今日はフリーだし、入れてもらおうかな」

 

 かなり気のいい人たちだし、笑顔で迎えてくれるだろう。

 俺はそんな軽い気持ちでおじいちゃんたちのもとへ行く。

 

 予想通りおじいちゃんおばあちゃんは俺を同様に入れてくれた。

 そこで、初めて見る顔ぶれがいた。

 普段ならおかしなことではないが、その子は老人たちの中でも小さく、というか子供が混じっていた。

 少し恥ずかしくはあるが、同年代に近そうな子がいるのは老人たちにもまれる身としてもうれしい。

 それに、この人たちの中心にいるなら悪い子ではないだろう。

 俺は思い切って声をかけてみることにした。

 

「は、初めまして」

「ん? お、初めて見る顔だな」

 

 かなりフランクに声をかけてきた。

 はて、どこかで見たことある顔だけど……

 

「なあ、この子の名前は何ていうんだ?」

「この子かい? 皆りゅうちゃんって呼んでるよ」

 

 近くのおばあちゃんに赤毛の女の子が聞く。

 女の子は再び俺に視線を向けて、手を差し出してきた。

 

「あたしはヴィータだ。よろしくな」

「ヴィータ? うん、よろしく」

 

 ヴィータ、ヴィータと言えば……ヴォルケンリッターの一人!

 主は知らないけど、こいつらの事ならリリカルにしてはよく知っている。

 確か四人の騎士から成り立っていて、その一人がヴィータという名前だったはずだ。

 へー、こんなところで会えるなんてな……

 

「りゅう、お前はゲートボールやってたのか?」

「あ、うん、昨年の夏休みはよくやってたよ」

「へえ、その腕、みせてもらってもいいか」

「もちろん」

 

 初対面でも気軽に話せた。

 その原因は、このヴィータという子の持ち前のフランクさにあるのかもしれない。

 おじいちゃんたちはそんな俺たちの姿を見て微笑んでいるし、やっぱりこの子はいい子なんだと思う。

 しかし、いつもはこんな展開になったら逃げだしたりするものだが、なんとなく目の前のヴィータからは逃げる気が起きない。

 悪い子に見えないからなのだろうか。仲良くしても問題なさそうだと思えるからなのだろうか。自分でもよくわからない。

 

 ゲートボールの結果は一年ぶりのブランクが少し効いて、点数的にはヴィータに負けてしまった。

 それでも、おじいちゃんたちも含めてみんなで楽しくできたのなら、とてもよいことだろう。

 

「りゅう、明日は来るか?」

「来週の同じ曜日にくるよ」

「分かった。その時を楽しみにしてる」

 

 笑顔で会話し別れる。

 日が暮れてきたのでお開きというわけだ。

 俺は子供ながらにヴィータに手を振って別れる。

 ヴィータも少し照れくさそうな顔をしながら振り返してくれた、

 

 この後、俺が向かう先はすでに考えてある。

 そう、もちろん……

 

 

 

 

「今日は安いな。これも買いだ」

 

 何時も来るスーパー。

 特売をしているなら、来ないという選択肢はない。

 というか、フリーにしたのはこれが主な原因だったりする。

 

「ふふふのふ。大量大量」

 

 ついつい気分がよくなって、鼻歌を歌ってしまう。

 そんな時、一人の女性が野菜売り場の前でうろうろしていた。

 普通なら無視するところであったが、その時の俺はあまりにも気分が良くてつい声をかけてしまった。

 

「どうしたんですか?」

「え?」

 

 急に声をかけられて、女性は困っている顔で振り向いてきた。

 

「少し困っていたようなので」

「あ、ごめんね、邪魔だった?」

 

 すまなさそうに一歩引いた。

 そういうわけじゃなかったのだが、そういう理由でひかれた身としては何も取らずに立ち去ることは出来ない。

 

 しかし、そこで女性の手から紙が落ちた。

 

「あっ」

 

 拾い上げてみれば、書いてあるのはほうれん草などの買い物リスト。

 そこで、女性が何に困っているのか分かった。

 

「ほうれん草はこっちじゃなくてあっちですよ。それに、レタスじゃなくてキャベツをとってます」

 

 そういわれた女性は、はじめ何を言われたのか分からないようにボーっとしてたが、ハッと気づくと恥ずかしそうに顔を赤く染めた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ここで現実に戻りあせってメモを返すのが普段の俺だが、今日の俺はヴォルケンリッターの一人でもあるヴィータと仲よくなったということでテンションが上がっていたのか、余計なことまで言ってしまう。

 

「どうせなら、今日は付き合いますよ」

「え? あ、いいですよ。迷惑はかけられません」

「そういわないでください。量からして、家族がほかにもいるんですよね。その家族の笑顔を思えば苦ではありませんよ」

 

 女性はそんな俺の言葉にすまなさそうな顔で答える。

 

「すみません、でしたらお願いしてもよろしいですか? 実は少し不安だったんです」

「言い出したのは俺ですから。まかせてください」

 

 女性の勘違いを正しつつ、食材の良し悪しを教えながら買っていく。

 買い物が終わって帰り道、どこまでテンションが高いのか、家への道を共にしていた。

 もちろん、女性に荷物を持たせてはならないということを考慮して、少し持ってあげている。

 俺の買った量は一人だし大した量じゃないからな。

 

「今日は助かりました」

「いえいえ、困っている人を助けるのは当然の事ですから」

 

 ここで、出会ったお姉さんを始めてみてみる。

 金髪を短く切っていて、どこか抜けてそうなお姉……あれ、この人ってまさかヴォルケンリッターの一人……

 

「お、シャマル。今帰りか」

「ヴィータちゃん?」

 

 しゃ、シャマル!?

 お、おおう。今日一日で二人に会うなんて……

 

「ん? りゅうも一緒じゃねえか。どうしたんだ?」

「この子は私の買い物を手伝ってくれたのよ」

「シャマル、こんな小さい子に教えてもらって恥ずかしくないのか」

「ヴィータちゃんだって小さい子じゃない」

「なんだと」

 

 口ではそう言っているが、シャマルの両手に持っている荷物を片方受け取って、持ってあげているのが何とも微笑ましい。

 荷物を受け取ったヴィータは俺の隣にきた。

 

「シャマルがごめんな。迷惑かけただろ」

「ヴィータちゃん!」

 

 俺は平和というのを実感する。

 初めてこの世界に来てよかったと思った。

 

 

 気が付くと、彼女たちの家に着いたようだ。

 

「あ、ここまでありがとうございました」

「いえいえ、ついでですし」

「りゅう、お前良いやつだな」

「ヴィータちゃん、どういう意味?」

 

 相変わらず二人で漫才をする。

 そこで、二人の家だと思えるところを見て、絶句した。

 

 はやての家。俺がつい二ヵ月前まで過ごしていた場所。

 その時俺はさっと顔が青くなるのを感じ、現実に戻った。

 

 まさか、マスターがはやて……?

 考えたくもなかったこと。

 だけど、可能性は急上昇した。

 

「で、では、ここらで」

「はい。さようなら」

「また世話してやってくれよ」

 

 これから始める二人の会話に耳を貸す暇もない。

 俺は不自然じゃない程度に急いで家に帰った。

 



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第三十話 祭りへと 前編

 今日は学校登校日。

 有意義に特訓していたので、ぶっちゃけ忘れかけていた。

 

「久しぶりね、倉本」

「倉本君おはよう」

「はよー」

 

 いつも通り席に着く。

 挨拶をしてきた月村とアリサは、そのまま俺の席に集まる。

 

「……いや、おかしいだろ」

「何が?」

 

 何がと言いますか。

 どう考えても俺の席に集まるのがだろう。

 

 ため息をついて、彼女らの用に付き合おうと視線を向ける。

 

「それで、何かあるの?」

「ふふん、流石によく見てるわね」

 

 何を見ているのだろう。

 俺の席のまわりに集まるときは、大体何かあるときだと相場が決まっているのに。

 そこで、その内容を月村が説明してくれる。

 

「あのね、今度祭りがあるんだ」

「祭りとな」

「それで、一緒に行けないかなって」

 

 あまりにも簡潔な内容。

 月村の口から言われると、断るのもはばかられる。

 特に悪いことは起こらないだろう、とりあえず一つだけ聞きたいことを聞いてみることにした。

 

「高町さんは?」

「なのはちゃんは少し遅れてくるって言ってたよ。新しくできた友達を連れて」

 

 新しい友達ね……

 俺は軽い気持ちでこの話を受け付けることにした。

 

 なぜ断らなかったのか。あとにそれを後悔することになる。

 ……どうせ、アリサの眼光で首を縦に振らされてたと思うけど。

 

 

 

 

 いつも通り家にアリシアを放置し、適当に着替えて祭りの準備をする。

 待ち合わせ場所は翠屋だったので、最近忙しくて食べていなかったシュークリームを食べる。

 相変わらずの味に顔がついついほっこりしてしまう。

 

「あんた、ここに来るといつもそれね」

 

 何時の間にか隣にアリサが立っていた。

 月村はまだのようなので、向かい側の席を指さす。

 

「座らせてもらうわよ」

 

 俺のさした方を無視して隣に座ってきた。

 

「むぐむぐ……なんで隣に座る」

「いいじゃない」

 

 テーブル席で隣に寄り添うって、どこのカップルですか。

 あ、カップルでも向かい側に座るかな。

 

「着物か」

「なによ、似合ってないとでもいうつもり?」

 

 流石日本の祭り。ここまで本格的にさせるか。

 そして、着物は基本的に外国人が来たら似合わないともいうが……

 

「かわいいぞ。うん、似合っている」

「なっ……」

 

 顔を赤く染めるアリサ。

 急に殴られた。なぜだ。やはりイケメンでもないとセクハラだとでもいうのか。

 

「あんたはシュークリームでも食べてなさいよ」

「はいはい」

 

 理不尽気味に思いつつ、最後のひとつのシュークリームを咀嚼する。

 そのまま食べ続けるが、こっちをじっと見られていることに気が付いて、手に持っているシュークリームを差し出した。

 

「……?」

 

 突然したことに意味が分からないのか、アリサはシュークリームを見て俺を見る。

 そこから俺は、頭を下げて言葉を紡いだ。

 

「これで勘弁してください」

「何が」

 

 頭を心配されるような目で見られた。

 耐え切れない視線に、言い訳のように説明する。

 

「だってあれだろ、お前だけいいもん食ってんじゃねーよ、っていう目で見てきただろ」

「そんな目してないわよ。というか、あたしをなんだと思ってるの」

「お嬢様」

「……っく、突っ込みづらいことを」

 

 なんだかんだ言って、差し出したシュークリームは食べてくれた。

 ここで、俺は作戦通りとほくそ笑む。

 あやしく思いこっちを見てきたアリサに告げる。

 

「間接キス……」

「ぶふぅっ!」

 

 シュークリーム吹き出しやがった。

 隣に座っているので被害甚大。

 この時点で今日は厄日だなーと他人事のように思う。まあ、これに関しては完全に自分が悪いのだが。自分で言ってちょっと後悔したし。

 

 その後、さすがに謝られて代わりの服をどこからか用意してきて、これを着ろと言われた。

 例にもれず着物だった。

 

 戻ってみると、月村がいた。

 服装はもちろん着物。

 

「流石月村。お嬢様なんてもんじゃない、すでに大和撫子すら同格に扱うのが難しいレベルだ!」

「え、あ、ありがとう……」

 

 照れて顔をそむける月村。

 そのしぐさにすごくキュンと来たのはここだけの話。

 そして、もう一方から少し暗めの視線が送られてきたのでそちらを見る。

 

「……」

 

 アリサさん、そんなに見つめないでください。怖いです。

 

 

 

 

 後から来るなのはをおいて、三人で屋台を回る。

 転生前もこんな風に友達ときたことなかったから、なんだかんだすごくうれしい。

 あの親と行く祭りとはおさらばだ、このまま俺はリアルが充実する人たちの仲間入りになる!

 

「最初どこ行く?」

「買い食い!」

 

 聞いてきたのがアリサで、答えたのが俺だ。

 ところで、なんで俺が二人の中心なんだ?

 魔王が来たりしなければ別に逃げたりしないのに。……たぶん。

 

「買い食いって何よ。もっと具体的に言いなさい」

「買い食いも分からないのか? たとえばな」

「違うわよ!」

 

 ちょっとからかっただけなのに、とても怒られた。

 

「倉本君、アリサちゃんが言っているのは何を食べるのかってことだよ」

 

 見かねた月村が、そう教えてくれる。

 知っててからかったんだが、おとなしくそれを受け入れることにした。

 これ以上からかうと足踏まれそうだし。

 

「それなら、あっちのたこ焼きを三人で分け合う?」

「でも、それじゃ少なくない?」

「祭りでは同じ物を売っている屋台があるからね。どこが一番おいしいかを見つけるのも一興なんだよ」

「へー、そうなんだ」

 

 月村が感心した目をしてくれる。

 どうでもいいうんちくも役に立ったらしい。

 

「……はぁ」

「あ、アリサさん?」

「行くわよ」

 

 こちらをじっと見てたような気もしたけど、それ以上何も言わず俺が言った屋台へと歩き出す。

 訳が分からないまま、俺と月村は後ろをついて行った。

 

 その後少し回って、ごみが両手を埋まらせたので二人にゴミ捨てに行くことを提案した。

 反応としては、行ってきなさいというアリサのひとことで終わる。

 月村は自分も行こうかと聞いてくれたけど、アリサを一人にもしておけないのでそこにいてもらった。

 道中、お面屋でショッカーみたいなお面があったので驚かしついでに買ってみたりする。

 面白いことになりそうだと、さっそくかぶって祭りから少し離れて人気のないところにあるごみ箱に捨てた時だった。

 

「ん?」

 

 金髪の女の子が祭りから少し離れた場所でお兄さん的年齢の人につかまっていた。

 なんか嫌がってるし、少なくとも妹とかそういうわけではないだろう。

 しかし、巻き込まれるのが嫌な俺は、見なかったことにした。

 



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第三十一話 祭りへと 後編

 突然ですが、フェイト・テスタロッサは迷子です。

 親権を放棄しようとする母や、ならばということで養子にしようとするリンディさんなどのごたごたに巻き込まれて、少し疲れているところになのはが海鳴(なのはが住んでいる場所)では祭りというのをやっていると聞き、一緒に回ることになった。

 外出許可を得たり、今日まで少し大変だったけど、それを有り余るほどわくわくしていたのだけれど……その当日、人が多いことを失念していたわたしはなのはとはぐれてすっかり迷子。

 

「どうしよう……」

 

 適当に歩いていると人気のないところにも出てしまうし……

 そこで、悪いことは更に重なった。

 

「うほ、可愛い女の子発見」

「お前ロリコンかよ」

 

 こっちを見てニヘラとする少し大きいお兄さんが二人。

 少ししか離れていないとはいえ、祭りに集中している人たちが人気のないところに来るとは思えない。

 魔法を使うわけにもいかないので、どうしようか困っている時、遠巻きに人がいたのが見えた。

 その人は背を向けていて、この場から去ろうとしていたところ、わたしは素早くその人のそばまでより、腕をつかみお願いをする。

 

「えっ」

「お、お願いです、話を合わせてください」

 

 すぐに怪しいお兄さんがきて変な笑みを向けてくる。

 

「その男の子は誰なのかなぁ?」

「おい、やめとけって」

 

 二人のお兄さんはあまり性格は似ていないようだ。

 

「た、助けてお兄ちゃん!」

「」

 

 適当にお兄ちゃんと言ったけど、この人は大体同じくらいの背丈だったりする。

 でも、これ以外に言葉が思いつかなかったので、とりあえずお兄ちゃんということにしておく。

 

「お兄ちゃん? はは、こいつショッカーのお面してるぜ」

「ほんとやめとけって」

 

 一人のお兄さんに言われて気づいたけど、この子仮面をつけている。

 でも、ショッカーって誰?

 

「ほら、イーって鳴いてみろよ」

「お前酔ってるだろ」

 

 片方のお兄さんが変なことを言っている。

 その言葉にか、今まで黙っていた男の子が反応した。

 

「しょ、ショッカーの何が悪い!」

「え?」

「ショッカーだって頑張っているんだぞ! それなのに馬鹿にして……お前はショッカーの気持ちをちょっとでも考えてみたことがあるのか!」

「そ、そんなこと……」

 

 すごい。言葉で完全にお兄さんを押している。

 そして、彼がたじろぐその瞬間、わたしの手は掴まれて男の子は逃げだした。

 

 

 

 

「みたか、三十六計逃走術のひとつ、適当なこと言ってひかせて逃げる」

 

 前世ではよくやっていた逃げ方だ。

 あのお兄さん的年齢の人がもう少しおっさんだったら、俺がビビッてできなかったかもしれない。

 だけど、今回は精神的年齢なら俺の方が上だったしな。

 祭りの人混みより少し離れたところに出て安全を確認し、今までつかんでいた手の人を見る。

 

「あ、あの……」

 

 うん。今ならよく分かる。

 こいつフェイトだ。

 

 前に会ったときは見た目すっかり忘れていたけど、アリシアと話したりして容姿を聞いた後なのではっきりとわかる。

 さて、逃走するか。

 

 と思い逃げようとしたところ、腕を掴まれる。

 

「なんで逃げようとするんですか」

「なぜちゅかむ……」

「ちゅか……」

 

 ちょっと笑いやがった。

 超逃げたい、でも手を放してくれない。

 今までスルーしてくれたの月村だけしかいないんだぞ。

 ……そう思うと普通なのかもしれないが。

 

「ごほん、なぜ掴む」

「あ、いえ、その……」

 

 言いづらそうにする割に話してくれる様子はない。

 俺はあきらめて向き直り思ったことを適当に言ってみる。

 

「はあ……迷子にでもなった?」

「なんでわかったの?」

 

 正直だなこいつ。

 でも、付き合わなきゃ逃がしてくれそうにないから、とりあえず誰とはぐれたかだけ聞いてみる。

 

「なのはちゃん……高町なのはっていう友達です」

 

 魔王来ました。

 手を振りほどいて全力で逃げようとする。

 ……が、逆の手を摑まえられて逃走は失敗した。

 

「なんでつかみゅ……掴むんだよ」

「そ、その……」

 

 だめだ、要領がつかめない。

 このままお知り合いになるのは嫌だなー、と思ったが、今俺はいいものをつけているではないか。

 

「その、仮面の下を見てみたいから……」

「よし、友達を探そうか」

「え、ええっ」

 

 都合の悪いことを言われる前に話を進めることにした。

 

 

 

 

「いないな」

「ですね」

 

 とりあえず一周してみたけどどこにもいない。

 これだけ人もいれば、確かにそう簡単に見つからないとは思うけど。

 

「しゃあない。少しおごってあげるか」

「え?」

 

 さっきから屋台を物欲しそうに見ているのが気になった。

 自炊してるのもあって、貯金だけはたんまり持っているからな。

 結構持ってきたし、少しくらいおごっても足りなくなるなんてことないだろう。

 

「なにがいい? たいやき?」

「あ、その」

「遠慮はすんなって。ほら、さっき言った設定を借りるならお兄ちゃんとしてでもいいし」

 

 というか、隣でちらちら周りを見られるのもなんか心苦しい。

 俺が我慢させているみたいじゃないか。

 

「じゃあ、そのたいやきというのを……」

「よしきた」

 

 屋台の人に二つ頼む。

 しばらく待って、完成したたい焼きをフェイトに渡そうとしたところ、遠目にとある人物が見えた。

 

「あ、なのは!」

「……? フェイトちゃん?」

 

 ちょ、俺がまだ近くにいるのに声かけんな、ばれたらどうする。

 心情的に恩を仇で返してくれた感覚だ。

 まあ、見つかりたくないやつといちいち会うこともない。

 両方のたい焼きを無理やり持たせ、俺はその場から逃げ出した。

 

 

「もう、どこ行ってたの」

「ごめんね。ちょっと迷子になってて……そうだ、よく分からない仮面をかぶった人が助けてくれたんだよ」

「へえ、それってだれ?」

「ほら、そこに……あれ?」

「もういっちゃったの?」

「お礼もまだ言ってなかったのに……」

 

 

 

 

 待たせていたアリサと月村はとてもお怒りのようだった。

 まあ、怒っていたのはアリサだけで、月村は心配そうにしてくれていたけど。

 

「遅い!」

 

 お怒りのアリサをなだめつつ、ことの顛末を少し変えて話した。

 変えたといっても、フェイトの容姿となのはを探していたというところだけだけど。

 

「そんなわけで、待たせてすまんかった」

「いいわよ。それで、そのお面は何?」

「ショッカーだよアリサちゃん」

「すずかに聞いたわけじゃ……ああ、もういいわよ」

 

 そういえばショッカーを持ちっぱなしだった。

 この仮面のせいでせっかく隠してた顔がばれるのも嫌なので、どこか捨てる場所を考えることにした。

 

「ほら、いくわよ」

「そろそろなのはちゃんも来るね」

 

 二人は再び両側にくる。

 逃げられることを心配しているのだと思うと、信用ないんだなあと思う。

 

 

 

 

 ショッカーのお面をそこら辺の子供にあげて、歩いていたとき。

 先ほどフェイトと別れた場所で、なのはとフェイトがまだいた。

 もう完全に逃げる気でいたが、今逃げてもつかまるだろうことは目に見えている。

 俺ははやる気持ちを抑え、逃げるタイミングをうかがうことにした。

 

「もう来てたんだね」

 

 月村はなのはの傍によって、にこりと笑う。

 アリサはなのはとうまく出会えたことよりも、隣にいる金髪の子が気になるようだ。

 

「あの、えっと……」

 

 見られていることに気付いたフェイトが、あたふたしながらも反応しようとする。

 というか、そのセリフ多いな。

 

「ほら、フェイトちゃん、あいさつしなきゃ」

「う、うん。は、初めまして、フェイト・テスタロッサといいます」

 

 少しおどおどしつつしっかりと自己紹介をするフェイト。

 初対面だと喋れない俺とは全然違うな。

 

「あたしはアリサ・バニングスよ」

「わたしは月村すずか。よろしくね、フェイトちゃん」

 

 完全に注意がフェイトに向かっている。

 逃げるチャンスを完全に読み切った俺は無事に逃げ出した。

 

 

 

 

「あ! また逃げたわね!」

 

 倉本が逃げ出したことに憤慨するアリサに、実はあった時からちらちらとみていたフェイト。

 フェイトはなのはにさっきの男の子の事を尋ねる。

 

「えっと、さっきの男の子は?」

「倉本龍一っていうんだけどね、その、人見知りをしちゃうの」

 

 実際は人見知りだけではないが、なのはは気を使ってマイルドに答えた。

 フェイトはその逃げ出した彼を見て、一つ記憶の中のあるものを思い出す。

 

『おい、本当の料理を食べたいか?』

 

 突然言われたあのセリフ。

 そして、夕食をご馳走になったこと。

 

「……こんなところで出会うなんてね」

「フェイトちゃん?」

 

 少女はうれしさに顔をほころばせたのだった。

 



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第三十二話 嬉しくない再会

 夏休みももう終わり。

 その間何してたって?

 そりゃ……

 

「これでブーストも完璧だろ! 野生のトラからも逃げれるような気がするぜ!」

『これは予想以上の出来だよ。逃げることに関しては』

 

 皮肉めいたアリシアの言い回しは気にはなるが、つっこむと二倍三倍になって返ってきそうなのでスルーしておく。

 アリシアが先にネタバレを言ったが、俺はこの夏休みの間ずっと逃走の練習をしていた。

 主にバインドの強化や、気配を消す方法、ブーストにトラップなどだ。

 そして今日、それが完成された。

 

「アリシア、これでどんな奴に出会っても大丈夫だよな」

『逃げることにおいてはね』

 

 ずっと練習していたかいがあった。

 とはいえ、本当に逃げ切れるかといえば……まあ、そもそも関わらなければいい話だ。うん。

 しかしなんだろう、少しアリシアが不機嫌なような気がする。

 

「で、どうしたんだ?」

『自分のマスターのヘタレさに嘆いていただけ』

「ヘタレだと!?」

 

 なんといういいぐさ。

 間違ってないからこれ以上言わないけど。

 

『それよりも、明日から学校でしょ。準備は?』

「忘れてた。テヘッ」

 

 急いで家に帰ることにした。

 

 

 

 

 学校に来て早々、なんか少し騒がしかった。

 しかし、話す友達もいない俺は、なんなのか聞くことは出来ず自分の席でいつものように本を読むだけだった。

 

「あんた、こういうときでもいつも通りね」

 

 アリサが話しかけてくる。

 何がどうなってこうなったのかは知らないが、こいつの中では俺は気軽に話しかけられる人になっているらしい。

 三年の初めはそこまでではなかったような気がするんだけどな……

 

「いつも通りって?」

「聞いてたのね。いつも何か考え込んでいるときは、私の話なんか聞いてないことが多いのに」

「……」

 

 本当、どうしてこんな軽口が言い合える仲になったんだろう。

 ……悲観しているように見えるかもしれないが、原作キャラではなさそうなので純粋にうれしいだけだけど。

 原作キャラなら前回の、ええと……ジュエルシード事件だっけ……に少なからずかかわっているだろうから。

 アリシアに聞いてみたら、そんな人はアースラの情報の中にはないらしいので、今はちゃんとした友達として付き合っていくことが出来る。

 まあ、これを聞いたのは夏祭りの次の日だけど。

 

「それで、その様子だと聞いてないみたいだけど、このクラスに転入生が入ってくるらしいの」

「ふうん」

「気にならないの?」

「いや、別に」

 

 フェイトが転入してくるとかなら別だけどな。ははは

 

 そんなこんなでチャイムがなり、先生が入ってくる。

 アリサの言うとおり転入生がいるようで、テンプレのように「入ってください」の声で転入生が入ってきた。

 そこにいた人物に、俺はついつい机に頭をぶつけてしまった。

 

「フェイト・テスタロッサです。今日から学び舎を共にします。よろしくおねがいします」

 

 夢だったらよかったのになぁ。

 

 

 

 

 先生が去ってから、再びテンプレのように質問攻めにあう転入生。

 本人はにこやかに返しているが、少々押され気味の様子だ。

 俺だったら逃げるね。うん。

 

「で、やっぱり興味ないわけね」

「そりゃあねえ」

「まあ、あんたならだれが急に入ってきても質問に行くことはないと思うけど」

 

 確かに、フェイトじゃなくても質問しに行くことはないと思う。

 

「アリサちゃんはいかないの?」

「聞きたいことがあればなのはから聞けばいいし。すずかだって、あの中に入る気にはなれないでしょ」

「まあね……」

 

 もともとすずかは積極的に行くタイプじゃないし、アリサより俺に似ていると言える。

 でも、変なところで強情だったりするところもあって……やっぱ俺に似てるか。

 

「ところで、その高町さんは?」

「めずらしいわね、倉本がなのはのことを気に掛けるなんて」

 

 最近は見ないことも多いから、気になりはする。

 敵の行動は知っておいて損はないだろうし。

 

「なのはちゃんなら、あのクラスメートの人たちの中にいるよ」

 

 月村の言うとおり人ごみを見てみたら、フェイトの隣あたりでなんか集団を押さえてた。

 

「ああ、黒服の人がよくする『押さないでね、押さないでね』ってやつでしょ」

「そこは普通警備員だろ」

「メイドじゃないの?」

 

 ……どうやら、彼女らの感性はお金もちながらおかしいようだ。

 

 いったん人ごみが出来たフェイトだが、昼休憩になると人が全くいなくなった。

 

「何をしたんだ?」

 

 小学生が飽きっぽいのか、魔王が何かしたのか……どっちなのだろう。

 それはともかくとして、今回もまた不可解なことになっていた。

 

「みんなでお弁当たべよー」

「あら、いいわね。フェイトも?」

「うん」

 

 魔王がそんなことを言っていた。

 いや、言うだけならいいだろう。なぜか俺の席に集まっているところが不可解なのだ。

 

「……」

 

 なんかフェイトはちらちらとこっち見てるし、別に邪魔者的視線というわけでもないし。

 しかしすでに弁当の包みをほどいた後なので、移動するにもはばかられる。

 

「ごめんね、いつも」

 

 俺の様子を察してか、すずかが謝ってきた。

 

「月村はべつにいいよ。ただ、ねえ」

 

 ちらりと目を向ければ、すでに机を合わせて集団で食べる用意をしている。

 席順は前にアリサと月村で、左に高町、右にフェイト……って、なんでこんなことになってんの!?

 

「月村、席変わってくれない?」

「だめ」

 

 おい魔王、なんでお前が断るんだ。あれか、逃げられないようにするためか。

 ちらりとアリサに目を向けると、さっと魔王が手で目を隠してきた。

 何をやっても逃がさない気らしい。

 せめてと思い、フェイトに顔を向け……目があった。

 

「……」

「……」

 

 お互い沈黙が続く。

 なんというか、まさか見ているとは思わなかったもんで、何の心構えもしていなかった。

 蛇ににらまれたカエルのようにしばらく見つめあっていると、業を煮やしたのか机をたたく音と共に「何見つめあってるのよ!」と言われた。

 

 驚き振り向くと、立ち上がっているアリサに、驚きと困惑半分の魔王、じっと見てくる月村がいた。

 

「……」

 

 なおのこと反応に困り、別の意味で沈黙に包まれる。

 

「えっと……」

「な、なんでもないわよ!」

「そうだよ!」「そうなの!」

 

 三人はさらに気まずくなりかけた空気に気付くと、顔を隠すようにしてお弁当を食べ始めた。

 今のはあれか、ハーレム来たとか……じゃなくて、多分転入生のフェイトと見つめあったのを単純に咎められただけだな。コミュ障な俺は相手の目を見ることもないし。

 気にしないことにして、弁当を食べ始めることにする。

 

「あ、あの」

 

 少したって、今までじっと見ていたフェイトが突如話しかけてきた。

 俺はそれを魔王に流す。

 

「いえ、なのはちゃんじゃなくて、倉本君に……」

 

 今度はクラスをきょろきょろ見回す。

 

「うう……」

 

 涙目になったフェイトに、ジト目で俺を見る魔王。

 これ以上何かすると、目の前の女子二名も憤慨の嵐に包まれそうなので、あまり気は進まないがフェイトと話すことにした。

 

「今日はいい天気ですね」

「え? は、はい」

「……」

「……」

 

 これでいいだろう。

 と思ってると、魔王に首根っこ掴まれ徐々に締めていくということをし始めた。

 

「ちょ、いた、痛いって!」

「なら、分かってるよね?」

 

 魔王の片鱗を見せるだけ見せておいて、話はこちらにすべてなげるらしい。

 まあ、これ以上ちらちら見られるのもいい気はしないので、真剣に話すことにした。

 

「で、どうしたフェイト」

「え、そ、その……そのお弁当もらってもいいですか?」

「高町さん、この子食いしん坊キャラ?」

「そんなことはない……と思うの」

 

 いきなりそのお弁当もらってもいいかとか聞かれましても、別に断る理由もないし、おとなしくフェイトに分けることにした。

 

「ありがとう」

「あ、うん、どういたしまして」

 

 俺は俺でお弁当の続きを食べる。

 そうしていたら、お弁当を食べ始めていたフェイトは急に箸をおいて俺の手を掴む。

 

「おいしいよ。これが本当の料理?」

 

 一瞬何を言われたのか分からなかったが、すぐに思い当った。

 恥ずかしげもなく本当の料理なんて言ったのは一回しかない。

 

「まさか、気付いてた?」

「うん、お祭りで会った時から」

 

 俺は逃げだした。今度は何の予感もさせずに逃走を決行したせいか、誰からも止められることは無かった。

 

 

 ちなみに、戻ってきたらお弁当はすべて平らげられていた。

 誰が食べたのかは謎である。

 



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第三十三話 連行方法はご想像で

 翠屋に来た。

 今回は久しぶりではなく、実は夏休みに昼ごはんかねて結構来ていたりしていた。

 それでも魔王とは意外と会わなかったのはなぜなんだろうか。

 

 俺はあえて言うね。この時のためだったのではないかと。

 

「はい倉本君。シュークリームなの」

 

 何時しか前にもこんなことがあった。

 どうやら、今回はそれのリベンジらしい。

 ちなみに、呼ばれているのはアリサと月村とフェイト。友達大集合だ。

 

「なのはって、お菓子も作れるんだ」

 

 フェイトが感心したように魔王をほめる。

 なんか犬みたいな忠誠心だ。

 

 俺はそもそもシュークリームを買いに来ただけなんだけど?

 

「食べて?」

 

 いや、魔王のシュークリームを買いに来たわけじゃないから。

 

「チェンジで」

「はい」

 

 いったん下げて、別のシュークリームを持ってくる。

 しかしどうみてもこちらも魔王製作のシュークリームである。

 無限ループに発展しそうなんで、あきらめてそれをほおばることにした。

 

 食べているとき、四人の女の子の視線が俺に集中する。

 ぶっちゃけ食べづらい。

 

 なんだかんだと食べ終えて一言。

 

「うまいよ? 店には劣るけど」

「前と同じ感想じゃない!」

 

 なぜかアリサにつっこまれた。

 

「とはいっても、割と本心だからなぁ……」

「それなら、上達はしているのね?」

「それはまあ」

 

 まだ見込みがある腕をしているのに味が落ちるとか最悪だろ。

 

「前と比べるとどうなの?」

 

 こんどは月村が聞いてくる。

 俺は前の味を思い出し答えた。

 

「簡単に言えば店の味に近くなったね。まだ伸びしろはあるよ」

 

 思ったことをそのまま言ってみる。が、これは上から目線過ぎたのではないかと言い終わった後に気が付く。

 すぐさま土下座した。

 

「ごめんなさい」

「「「え? なんで?」」」

 

 魔王とアリサと月村は声を合わせて疑問を浮かばせる。

 フェイトは軽く苦笑するだけで、さらにシュークリームを一つ手に取るだけだった。

 

 前の一件だけで俺の性格を理解したのだとすると、フェイトはかなりの人物眼を持っているといえよう。

 一つ謝った俺は気を取り直し、フェイトと同じようにシュークリームを黙々と食べ始めた。

 シュークリーム自体には罪がないからな。食べなきゃもったいない。

 不思議そうに見ていた三人だったが、何事もなかったのかのように食べる俺を見ると、聞きたそうにしながらも同じように食べ始めた。

 

 

 

 

「そういえば、龍一って料理が上手だよね」

 

 シュークリームを食べ終えてまったりしたところで、フェイトがそんなことをのたまいやがりました。というか、呼び捨てかよ。

 しかし、突然そんなことを言われても訳が分からないのか、三人はお互いの顔を見合った。

 空気がおかしいことを察し、フェイトは俺に顔を向けてくる。

 同じようにして、魔王、アリサ、月村も俺に向ける。

 俺は何て言おうか迷い、逃げ――

 

「ちょ、カギがかかってる!」

「こんなこともあろうかと思って、カギを閉めておいたの」

 

 魔王からは逃げだせない!

 

 三人に無理矢理元の場所に座らされて、後ろと両側を固められた状態でフェイトの前に連れてこられた。

 

「フェイトちゃん、どういうことなのかな?」

「なのは、知らなかったの? わたしよりずっと一緒にいたのに?」

 

 ずがんと魔王の頭におもりが落ちたようになる。

 フェイトはどうやら天然小悪魔らしい。もしくは隠れドS。

 ちなみに、両側のアリサと月村も気まずそうに眼を明後日の方に向けていた。

 まあ、俺としては教えてないし、知っていたらそれはそれで何で知ってるんだよって気にもなるし。

 

「ま、まって、じゃあいつものお弁当は?」

 

 月村が珍しくこういう話題に口をはさむ。

 俺に聞いているようなので、逃げれる状況でないことも重なり答えてあげる。

 

「俺の手作り」

 

 三人は驚きの声を上げる。

 この反応で、昨日のお弁当は誰が食べたかわかってしまった。

 

「三人とも、龍一の料理を食べたのは昨日が初めて?」

 

 まて、やっぱフェイトがばらした。つかこれで確定。

 

「じゃあ、お父さんとかは……」

「温泉街であったときいたよね」

 

 なぜか月村とか魔王が積極的に聞いてくる。

 もうめんどくさいので、全て教えておくことにした。

 一度外国に行って自分だけ帰ってきたこと。それから一人暮らしをしていること。三者懇談とかは親戚が行っていること。その他いろいろとどうでもいいこと。

 もちろん、アリシアとかその辺の事は伏せている。

 

「そうなんだ」

 

 誰かが発したその一言で、沈黙が訪れた。

 沈黙とはいっても、俺としてはまったりタイムである。

 しかし、女子四人に囲まれて沈黙を受け続けているのもつらいところがあり、原因となったフェイトに話しかける。

 

「ねえ、倉本君って――」「ねえフェイト」

 

 魔王の言葉にかぶせたのはわざとではない。

 魔王が押し黙ったので俺は続きをしゃべることにする。

 

「なぜにいきなり呼び捨て?」

「え? だめだった?」

 

 残念そうな表情をするフェイト。慌てて聞きたいことの説明をする。

 

「別にダメなわけじゃないけど、なんでかなって」

「あんた自身フェイトを呼び捨てじゃない」

 

 そういえばそうだった。

 テスタロッサというと、アリシアとかぶるからな。

 そういや、昨日先生からフェイトに渡してくれってもらった手紙、なんでハラオウンとか書いていたんだ?

 まあ、後でフェイト本人に聞いてみるか。

 

「じゃあ、アリサも俺を名前で呼び捨てにするか?」

「いいわねそれ。そう呼ばせてもらうことにするわ、龍一」

 

 割と冗談で言ったのに真に受けられた。

 別に困ることなんてないけど。

 

「じゃあ、わたしも倉本君の事名前で呼んでもいい?」

「わたしもお願いするの」

「月村と高町さんはこのままでいいだろ」

 

 二人とも涙目になった。

 それに注意を促す残り二人。

 

「ちょっと龍一」

「そういうこと言ったらだめだよ?」

「え、いや、名前で呼んでるから名前で呼び返すってことだろ?」

「そうだけれども……ああ、腹立つ!」

 

 アリサは感情の持っていき場が無くなり頭をかきむしる。お嬢様としてどうなんだそれは。

 フェイトもあまり好ましい目で見てないし……悪いことじゃないんだけど、このままフォローもないと明日には女子の間で悪い噂が飛び交って学校生活が詰んでしまう。

 しょうがなしに、月村に向けて羞恥心を我慢して言ってみた。

 

「そう思うだろ、すずか……ちゃん」

「! うん。でも、呼び捨てでもいいよ? 龍一君」

 

 それはレベル高いです。

 目元にためていた涙をぬぐって笑顔を向けてくれる。

 それは可愛いです。

 しかし、さっきの発言からすると、俺が呼び捨てで呼んだとき月村も呼び捨てで呼ぶだろう。

 ついでに魔王も期待した目で見てきた。

 

「高町さん」

「なんでわたしだけなの!?」

 

 意地でも名前で呼んでやらなかった。

 しかし、名前で呼ばれることになった。なぜだ。

 



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第三十四話 テスタロッサの流れ

 学校、いつもながら始まりは唐突だった。

 

「ねえ龍一、本当の料理食べたいなぁ」

 

 もちろんフェイトの言葉だ。

 つか本当の料理て……俺なんでそんな恥ずかしいこと言ったんだろう。

 とりあえず、理由は聞いてみる。

 

「なんで?」

「だめ?」

 

 いや、駄目とかそういう意味じゃなくて理由が気になるだけなんだけど。

 しかし、あまり押し問答をしていると、ほかの三人にも気づかれる恐れがあるし、そんなことになれば誰かがみんなで行くと言い出しかねない。

 そんな未来を想像して、俺はフェイトの言葉に頷いた。

 

「だめなんだ……」

「ち、違う違う。来ていいってことだ」

 

 だめ?って聞いてきたんだから駄目じゃないと答えるべきだったな。うん。

 というか、この様子だとだめだと言えば来なかったんじゃなかったのか?

 ……これが選択肢をミスったということか。

 

 

 

 

「ほら、出来たぞ」

 

 作った料理は純和食。

 ごはんに味噌汁に魚。あと漬物とか。

 あまり和食は食べたことがないのか、料理を見たときは少し困った風にしていた。

 

 くくく、箸を使う料理で箸使いを苦戦して、もう二度と俺の家に来るなんて考えないようにしてやるぜ。

 

「モグモグ……わー、おいしい」

 

 ……あれだ、外国人の見た目だからって箸が使えないわけじゃないってことだな。

 というか、なんてつまらん方法で仕返ししているんだ俺。

 自分自身の考えに呆れて、もそもそと自分の作った料理を食べ始める。

 

 あ、おいしい。

 

「これなら、なのは達も誘えばよかったかな」

 

 はい危なかった!

 やっぱあのまま放っておいたら四人で家に押しかけだったかもしれなかった!

 ポツリとつぶやいたその一言に、俺は危機感を覚えた。

 

「ざ、材料が足りなくなるから、四人は無理カナー」

「あ、そうだね。……ごめんね、今日来ちゃって。材料のお金は後で払うから」

 

 小学三年生がお金のこと気にすんなし。よくできている子に見えるだろ。

 悪いことじゃないけど。

 

「いいよ、そんなの。そのかわり、聞きたいことを聞いていい?」

「聞きたいこと?」

 

 転入初日から実は気になっていたこと。

 そして、この前思ったこともあった。

 

「フェイト、なんでハラオウンがついてないんだ?」

 

 時が止まる。

 フェイトが料理を食べる手を止め、真面目な表情で俺を見た。

 空気は冷たい。

 その時になって、俺は自分の言ったことに気付いた。

 

「なんでハラオウンがあることを知っているの」

 

 知るはずもないこと。

 それを聞いてしまった。

 今まで避けてきたつながりがここにきて統合しようとしている。

 背中に冷たい何かがつたい、一言間違えれば取り返しのつかないことになるのを感じる。

 俺は必死に言葉を探り、答えを見つけ出した。

 

「別におかしくないだろ」

「知らないはずの事を知っていることを?」

「いやだってお前、今日配られた手紙の中の苗字がハラオウンだったぞ」

「……え?」

 

 フェイトは頭に疑問符を浮かべる。

 それはそうだろう、いきなり手紙とか言われても分かるわけがない。だが、こっちとしてもこれで押すしかない。

 俺自身としても、外国人の名前の付け方とかわからないので、さらに困惑させることを言うべきだと思ったのだ。

 

「それともあれか? テスタロッサがミドルネームとか?」

 

 フェイトは少しの間呆け、ついには笑い始めた。

 

「ちょ、人が知らないことを笑うのって性格が悪いやつがすることだぞ」

「そ、そうだね。ごめんね」

 

 笑いを押さえたフェイトは素直に謝ってくれた。

 先ほどの疑問符もまるでなかったかのように表情も和らいでいる。

 誤魔化しが成功したことに俺は安堵した。

 

 

 

 

 フェイトが帰って少し経った時、俺は押し入れに入れていたアリシアを出して聞きたいことを聞いてみることにした。

 

「なあアリシア」

『なに、姉を押し入れに入れておいて、その妹を目の前で家に連れてきたお兄ちゃん』

 

 おっと、また機嫌が悪いようだ。

 確かに、普段は俺が帰ってきてからは出してあげているけど、今日はフェイトが来るからって押入れに突っ込んだままだったのは悪いと思ってるけどさ。

 

「それは納得するところだろ。ばれたらお前押収かもしれないだろ」

『分かってるよ。分かってるけどさあ……やっぱり妹と会話してみたいよ』

 

 どうやら、怒っているのは押し入れに入れっぱなしだった事じゃなくて、フェイトと会話できなかったことらしい。

 でも、それがかなわないことが分かっているから、怒りをどこにぶつければいいかわからないようだ。

 

「その辺は、まだまだ子どもだな」

『なに? 精神年齢三十路過ぎのお兄ちゃん』

 

 最近、口悪くなったなぁ。

 

『それで、何か聞きたいことがあるんでしょ』

 

 自分でそらした話題を元に戻してくる。

 

「そうそう、フェイトの公判についてだけど、どうなったんだ? 裁判早すぎじゃない?」

『前に言ったでしょ。お母さんが罪を肩代わりしたって』

 

 そういやそんなこと言ってたっけ。

 でも、フェイトはアリシア母のことを積極的に手伝っていたのではなかっただろうか。

 そこで俺の考えを呼んだかのようにアリシアは言葉を続ける。

 

『お母さんはフェイトが子供であることを否認して、さらに騙して作業させていたと供述。フェイト本人も母の言うがままに行っていたと証言し、特に大きく食い違うことはなくフェイトは無罪……じゃないけど、少なくとも重い罪をかぶることはなかった』

「ああ、だから戻ってくるのも早かったし、名前もついていたのか」

『ハラオウンだよね。データではアースラの艦長の名前。親がいないということになったのなら、誰かの養子に入っても不思議じゃない』

 

 トントン拍子に話が進んだようで、彼女ら自身もそれは驚きだったとかなんとか。

 ちなみに、アリシア母の方はまだのようだ。

 少なくとも無罪ではないらしいが、罪もそこまで重くないらしい。

 殺されかけた身としては軽い罪ですませてほしくないが、アリシアの事を考えるとそれでいいんじゃないかと思う。

 証拠に、さっきの重い罪にはならないって言うところで安堵の息を吐いていたから。

 



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第三十五話 動き始めるは騎士

 十月の終わり、スーパーで前に会ったシャマル先生と、その付添いかヴィータと出会った。

 彼女らは俺を見ると軽く会釈をしてくれて、こちらに話しかけてきた。

 

「お久しぶりです」

「はい」

 

 シャマル先生に一言挨拶される。

 シャマル先生とは夏休みの間にスーパーなどの店で何回かあっており、そのたびに世話を焼いたりした。ちなみに先生呼ばわりは反面教師的な意味合いだ。理由は察せると思う。

 原作と関わりたくない俺が何でいちいちそういうことをするのかと聞かれれば、純粋に見捨てておけなかったのがあるし、なんとなく、本当になんとなくだが近しいものを感じられるのだ。

 というか、買い物のメモに鳥肉と書いてあるのに、なぜかラム肉(羊の肉)を買おうとしたのを見たときは、世話を焼く自分を止められなかった。

 別に料理人とかそういうわけじゃないのに、なんで料理の事になるとこうなんだろう……

 

「おいりゅう。お前夏休み終わったら本当に来なくなったな」

「行く時間がないからだよ。学校行って、帰ったら家の事やって……意外と時間がないよ」

「お前とは二十三戦十勝十敗三引き分けだからな。次が勝負でもあるんだぞ」

「よく数えていたね」

 

 ヴィータはなぜか俺にライバル心をもっているらしく、ゲートボールではいつも張り合ってくる。

 最初こそ負けた俺だけど、コツを取り戻したら意外と勝てたりすることもあっていい勝負だったりする。

 ゲートボールは暇だから行っていただけだから今は行っていないが。

 

 そして今日も例にもれず、シャマル先生の買い物に付き合うことになった。

 ……ヴィータがいれば大丈夫だと思うかもだが、前にとあることがあってな……

 

 肉売り場にいた時。

 

「おい、こっちの方がいいぞ!」

「高級品だからね。お金足りなくなるよ」

「野菜なんていらねえからこっち買おうぜ!」

「ダメだろ」

 

 お菓子売り場にいた時

 

「……おいりゅう、これはなんだ」

「これはアイスだよ」

「アイス……よし」

「だからお金ないって」

 

 レジに行くとき

 

「こっちの方が安いぞ」

「それって賞味期限ぎりぎりのだよね。すぐに使うならいいけど」

「ほら牛乳十本」

「多いよ」

 

 

 ……まあ、安心ではないってことだ。

 ある程度常識はあるんだけどなぁ、後先考えないというか、その時思ったことをすぐに行動に移すというか。

 とにかく、会えば付き合うという感じがシャマル先生達との関係だ。

 うーん、普段ならスルーか逃亡安定なのだが、二人に関しては最初がフレンドリーなのもあってかなんだかんだ会話してしまう。不思議だ。

 

「シャマル先生、そろそろブロッコリーとカリフラワーの違いくらいは分かるようになりましたか?」

「白い方がブロッコリーで青色がカリフラワーですよね」

「うん全然違うね。ブロッコリーは緑だよ。青色のカリフラワーって何」

 

 かれこれ何十回って付き合っているのに全く覚えてくれない。

 これはひどいとしか言いようがない。

 そんなんだから、いちいち世話を焼いてしまうんだよ。まったく。

 

「買うものだけど、今日の晩御飯はなんですか?」

「ハンバーグだそうです」

「まじ? よっしゃー!」

 

 ヴィータが大喜びして飛び上がる。

 はやての作ったハンバーグは最高だし、気持ちはわかる。

 

「うらやましいな。俺は今日オムライスだよ」

「ハンバーグに変えれねえのか?」

「卵の賞味期限がぎりぎりでさ、卵料理フルコースになったんだよ」

 

 冷蔵庫を見てみたら賞味期限が近い卵のパックがあって驚いた。

 冷蔵庫の中はなるべく管理をしているはずなんだけどと少しショックを受けたよ。

 それがあって最近は、いっそアリシアに冷蔵庫の管理任せようかなーって思っているんだけど。

 

「卵料理ですか。私もいり卵なら作れますよ」

 

 シャマル先生が対抗心を燃やしたのか、自分の作れる料理を教えてくる。

 だけどあれって、下手するとフライパンに卵いれてぐちゃぐちゃにするだけで作れるぞ?

 うすうすわかっていたけれど、シャマル先生はポイズンクッキングが得意らしい。

 そうして、肉コーナー。

 

「粗挽き肉……」

「牛タン……」

「全然違うから。こっちのだから」

 

 というか、はやては何で毎度毎度こいつら二人に任せているんだ。

 明らかにミスだろう。

 俺は違う場所を見ている二人を引っ張って違う売り場に行く。

 

「ところで、はや……えっと、あの家の大家は今どうしているの?」

 

 なるべくつながりを悟られたくないため、適当に濁して聞いてみる。

 はやてなんてなれなれしく名前を言うと、友達というのがばれるかもしれないからな。

 

 ……あんな別れ方をして、負い目がないわけもないし。

 

「はやてちゃんですか。はやてちゃんでしたら、元気ですよ」

「シャマル、そういうことが聞きたいわけじゃないと思うぜ。それに……な」

「あ、そ、そうですね……」

 

 ? なぜか顔を見合わせて表情を暗くさせた。

 何か気にかかることでもあったのだろうか。

 事故に会った……にしては先ほど笑顔で元気ですよと言ったのがどうにもおかしい。

 いまいち引っかかるが、俺は食いつくところではないと感じ、二人の会話を聞き流すことにした。

 

「りゅう、はやては今も家でのんびりしてるよ」

 

 そう言ってきたヴィータの表情は特におかしいところはなく、少なくともはやての身に不幸が起こったわけではないようだ。

 離れた身としては、それを知ることが出来るだけ良い。

 

「玉ねぎですね」

「それにんにく。色どころか大きさでわかるだろ」

 

 野菜コーナーについてさっそくシャマル先生がとるが、相変わらず間違っている。

 はやての事を頭の隅に追いやり、この後も買い物をつきあった。

 

 買い出しが終わり、俺と二人は帰路を歩いていた。

 

「きょうはありがとうございました」

「だからお礼はいいって」

 

 いつものようにお礼をいわれる。

 いつもならここでヴィータが何か言葉を返してくるのだが、今日は何も言ってこない。

 気になってヴィータの方に顔を向けると、真面目な顔で悩んでいた。

 

「どうしたのヴィータ」

「……りゅう」

 

 今度は真面目な顔を俺にむける。

 それはとても凛々しく、騎士らしく何かを決意した顔。

 

「あたしたち、しばらく会えないかもしれないけど、心配すんなよ」

 

 

 

 

 ヴォルケンリッターの騎士二人、シャマルとヴィータは家に帰っていた。

 

「ほんとにやんのかよ」

 

 家に帰ったヴィータが、玄関前で待っていた二人の騎士に聞く。

 そのうちの一人、烈火の騎士シグナムが、凛とした顔で答える。

 

「当たり前だ。主を救う方法はこれしかないからな」

「だけど、それではやてが喜ぶとでも思っているのかよ」

 

 ヴィータはいまだ今から行うことを躊躇していた。

 それはだれでもない主はやてのお願いがあったから。

 

『危険なことはせんといて』

 

 何時しか言っていた言葉が、いまだにヴィータの決意を鈍らせている。

 そのお願いは、その時の表情が暗いものだったことも併せて、ヴィータの中ではとてつもなく重いものとなっていた。

 また、ヴィータは知らないだろうが、はやてがそういって暗い表情を見せたのは龍一の事があるからだったりする。

 

「臆したかヴィータ。だが、やらぬというのであればそれは構わぬ。……確かに、これは主はやての命令を背いたことになるからな」

 

 シグナムは「その場合主はやてを頼む」と言って、あることのために外へ出ていく。

 そのあとに続いてもう一人の騎士も出ていった。

 ヴィータは閉じられた玄関を見つめ――同じように出ていくのだった。

 

 あとに残されたのは荷物を持っているシャマル。

 その内心は、覚悟が出来てないヴィータを心配するものだった。

 



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第三十六話 事件

 十一月になった。

 平和ですねーと囁いていられるのもつかの間だけ。平和の先には何か暗いことも待っているものである。

 

 魔王が学校を休んだ。

 

 これは重大な事件だ。

 少なくとも普通ではないだろう。

 というのも、フェイトがなんだかそわそわしていることから勝手に推測しただけだが。

 だけど俺は気にしない。

 ここで気にすれば何かに絶対からまれる。

 それだけは避けねば……

 

 昼休憩、アリサにすずかにフェイト。最近いつものメンバーと化してきた三人が、普通に俺の席に集まってきました。

 実はこれもいつもの事なんだけど。

 

「フェイト、なのはがなんで休んでいるのか知ってる?」

 

 アリサが集まってきたのにかかわらずフェイトに話しかける。

 なんで俺の席で話し始めるんだろう。というか、椅子の左右を埋めないで。立てない。

 

「あ、ううん、分からない」

「まあ、そうよね」

 

 アリサは「ふぅ」と息を漏らして俺に体重をかけてくる。

 あれ? いい匂いが……いやいやまてまて、ここでそれを自覚すると俺はロリコンの道へ行ってしまう。

 しかし立場的にアリサに強く言えない俺は、その状態を黙って受け入れるだけだ。

 

「心配だよね」

 

 すずかがちらちらと俺を見る。

 適当に言葉を発しながらも、俺の事を気にかけていてくれているようだ。

 その心遣いに目から液体が出ざるを得ない。

 

「龍一は心配じゃないの?」

「別に心配していない」

 

 アリサが俺に話を振ってきたが、すぐに返す。

 下手に悩んでも肯定する気だけはないし。

 いつもならそこでアリサが少しは怒るはずだが、今日に限ってとくにそれがなかった。

 

 

 龍一本人は気づいていないが、冒頭部分でなのはが登校していないのをみてフェイトが何かを知っているだろうと疑う態度は、表面上にもきちんと出ていた。

 なのはの席を見てフェイトを見るというのは、アリサにとってまだ登校していない友を憂いているように見えたのだ。

 実際はそんなわけないのだが、そこからアリサは龍一の思考を判断したわけなのである。

 つまりさっきのセリフは「(信頼しているから)別に心配していない」という風に修飾されたのだった。

 

 龍一はそんなことも知らず、怒らないアリサに「お前は心配じゃないのか」と尋ねる。

 

「そんなの心配に決まってるじゃない」

 

 当たり前ではあるが、アリサはそう返した。

 そして、龍一の問いはアリサにとって実は心配している説を深めることになる。

 

(なのはの事、気にかけてほしいのかしら)

 

 有体に説明すればそんな感じである。

 そんなことも素知らぬ龍一は、さも当然かのように納得した。

 

 

 

 

 そんな魔王は、次の日普通に登校した。

 なんでも風邪だったらしい。

 それを聞いたアリサとすずかは、心配させないでと声を掛け合っていた。

 

 そんな中、少し距離を置いて三人を見ているフェイト。

 その表情は、体調が回復して登校してきた友を喜ぶものではなく、まるで何かが起きる前兆かのように悲しんでいた。

 

 関わりたくは無い。

 だけれど、このまま放っておくのもはばかられる。

 これがもしも原作の事件が関わっている場合、これからの事を考えなければならないからだ。

 もう二度と、ああいうもの(プレシアの事件)にはかかわりたくないのだ。

 

「フェイト」

 

 びくりと肩を動かし、こちらを向く。

 フェイトは俺だとわかると目に見えてほっとした。

 

「なに、龍一」

「高町さんって、本当に風邪だったの?」

「えっ!?」

 

 俺の言葉に明らかに動揺を見せるフェイト。

 正直なのはいいことだ。

 しかし、フェイトは動揺を表にしながらも、必死に言葉を重ねる。

 

「わ、わたしにはわからないな」

「なら、理由もなしに休んだ高町さんに、何か言ったりしないの?」

「わ、わたしはなのはを信じているから」

 

 その割には昨日の心配していた度合いはすさまじいものだった。

 ここらで、俺の直感が告げる。

 これは魔法に関することではないのか。

 やはり原作のストーリーのひとつなのではないかと。

 

「ああ、そう。でも、何か心配していることがあるなら遠慮なく言っていいからね」

 

 本心ではその逆である。

 しかしフェイトはそのまま受け取ったのか、素直にお礼を返した。

 

「うん、ありがとう龍一」

 

 

 

 

 家に帰って、さっそく俺はアリシアにアースラの情報を調べてもらう。

 

『人使い荒いよね。それとも物使い?』

「正直巻き込まれるのは簡便だ。いや、勘弁だ。これが事件なら俺は逃げる」

『何を言い直したの? でも、それは相変わらずだね』

 

 なんとなく変な言い回しをしてしまったが、まぎれもない本心である。

 簡便であることも今のままだと間違いではなさそうなところが怖い。

 

 しばらくして、アリシアは情報を調べ終えた。

 しかし、これだけアースラの端末調べて平気なのは、アリシアのハックが上手なのかアースラがずぼらなのかどっちなんだろう。

 

『まず、高町なのはは何者かに襲われて療養していた』

「襲われた!?」

『どうやら、朝練習をしているところに現れたらしい。犯人は複数人で、一人一人がAランク相当の強さを持っていたらしいよ』

 

 魔王を倒すとか、どこぞに勇者パーティでもいるんだろうか。

 いや、勇者パーティじゃなかったから一日休むだけで復活する傷しかつけられなかったのか?

 一つ思いついた疑問をアリシアに聞いてみる。

 

「アリシア、魔王はその犯人たちと争ったんだよな」

『そうだよ』

「でも、今日普通に登校したってことは、大けがを負う程の戦いはしなかったんだよな」

『大けがを? お兄ちゃん、それは前提からちょっと違うよ』

「前提から?」

 

 アリシアはデータベースを探る時間をおいて答えてくれた。

 

『犯人の狙いはリンカーコア。魔導師の命とも呼べるもの』

 

 リンカーコア……

 

「ってなんだ?」

『そんなことだろうと思ってた。簡単に説明すると、リンカーコアというのは魔導師の魔力の器』

「器?」

『そう。その器の大きさで、持つことが出来る魔力量が変わってくる。いわゆる才能の塊。そして魔導師の核だよ』

「そのリンカーコアを狙っていたって、もしかして相手は魔王の才能に嫉妬して……」

 

 アリシアは呆れたようなため息をついた。

 

『違うよ。敵はそのリンカーコアを奪っていったって書いてあった』

「リンカーコアを奪うって、まさか」

 

 魔王が魔法を使えなくなった?

 しかし、そのことをアリシアに聞いてみると、否定の声を上げた。

 

『リンカーコアは確かにデリケートだけど、ちゃんと傷つけずに取れば回復はするよ。だから、高町なのはは魔法が使えなくなったわけじゃない。それでも、修復までは時間がかかるだろうし、その間大した魔法は使えないだろうけどね』

 

 一気に説明を終わらせ、アリシアは一息つく。

 その間、俺はこの先の事を考える。

 考えて、すぐに決まった。

 

「よし、逃げよう」

 

 俺は早速荷造りの準備をする。

 その姿を見ていたアリシアだが、ハッと何かに気が付くと、荷造りをする俺に声をかけてきた。

 

『まさか、逃げるっていうの……』

「この街から逃げるってことだけど」

 

 いろいろ準備があるので出るのは明日になるかもしれないが、荷造りを終えておくのは悪いことではあるまい。

 

 俺は長い溜息をつくアリシアを背に、せっせと片づけを続けるのだった。

 

 

 

 

 次の日、学校からの帰り道。

 教師にしばらく休むことになる趣旨を伝えて(もちろん適当な嘘の理由で)、この街から出られると思ったんだけどなぁ……

 

「貴様のリンカーコア、貰い受けようか」

「悪いと思うが、こちらも理由があるのでな」

 

 ピンク髪ポニーのお姉さんと、筋骨隆々な褐色のお兄さんに引き止められてしまった。

 



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第三十七話 戻れぬ道

 あらすじ

 ピンク髪のお姉さんと筋肉のお兄さんに呼び止められた。

 

 

「ええと、どちら様でしょうか」

 

 とりあえず、二人に疑問を投げかける。

 いきなりリンカーコアをいただくとか言ってくる人が、こんなつまらない質問に答えるとは思っていない。

 それでも質問をしたのは、少しでも考える時間が欲しかったからである。

 

「名乗る必要はない」

 

 ほらねほらね。答えてくれるわけなかった。

 しかし、ここで相手に喋るすきを与えてはならない。

 

「それに、えっと、リンカーコア? って何? そ、そんなもの持っていない、ですけど……」

 

 先日、アリシアに聞かせてもらったリンカーコアというのを知らないふりをしてみる。

 さっきの質問に律儀に返してくれるところを見ると、多分どんな無駄話でも返してはくれるだろうと予想しての事だ。

 

「リンカーコアを知らない?」

「どうやら、我々と出会う前の主みたいなもののようだな」

 

 ピンク髪のお姉さんの言葉に、一歩引いた位置に立っていた筋肉のお兄さんがこたえる。

 

「そうか。かわいそうだが、何も知らずのままにする方がいいだろう」

 

 ピンク髪のお姉さんは納得をし、突如どこからか剣を取り出して刃をこちらに向けた。

 

「おとなしくしておれば乱暴なまねはせん」

 

 お姉さんの目を見る。

 完全に本気だ。

 俺はそこで生きることをあきらめ、目を閉じた。

 

 ……その心構えも、すぐさまあげられた声に吹き飛ぶことになったが。

 

「りゅうちゃん!?」

 

 この声……シャマル先生!?

 目を開けてみれば、目の前には謎の空間。そこから、上半身を出してくる驚いた顔のシャマル先生。

 

 怪訝そうにシグナムがシャマル先生を見る。

 

「どうした、シャマル」

「あ、その……」

 

 言いづらそうにシャマル先生が言い淀む。

 その状態に業を煮やしたのか、お姉さんは荒々しく出ている手を引っ張った。

 突如できた穴から引っ張り出されたシャマル先生は、苦虫をかみつぶしたような表情で俺を見ている。

 ちなみに、穴はいつの間にか消えていた。

 

「シャマル先生、これはいったいどういうことですか?」

 

 俺のその一言に、そして、シャマル先生の申し訳なさそうな佇まいに、お姉さんはすべてを悟った。

 

「そうか、シャマル、お前がリンカーコアを集めるのを渋っていたのは……そして、ヴィータも……」

「違うわ! 彼の潜在能力はたまたまなもの。気付いていたわけじゃない!」

「確かにそうだな。知っていたのなら、シャマルがこの者を対象とするはずがない」

 

 そうはいいつつも、お姉さんはシャマル先生に対して疑惑の目をやめない。

 シャマル先生は顔を伏せた。

 

 ……どうやら、こんなことになっている理由は俺のリンカーコアにあるようだ。

 何に使うのかは分からないが、彼女らは俺のリンカーコアを欲している。

 そして、本来の作戦ではリンカーコアを取る役目だったシャマル先生は、知り合いの俺を見て戸惑った。

 それに対してお姉さんはシャマル先生に何らかの疑いを向けている。

 

 そしてお姉さんの正体。

 それはヴォルケンリッターの一人。

 

「シ、シグナムさん、ちょ、ちょっといいですか?」

「! 貴様、なぜ私の名を知っている」

「そ、それはともかく……シグナムさんが欲しているリンカーコア」

 

 最後の言葉はシャマル先生の方に向いて告げる。

 

「あげてもいいです、よ」

「りゅうちゃん!?」

 

 俺はじっとシャマル先生を見つめる。

 さっきシャマル先生に言ったのは、ひとえにシャマル先生の真意を探るため。

 目的も、理由も、なぜリンカーコアなんてものを集めるかはまったく分からないが、シャマル先生が敵かどうかこれでわかる。

 知識にある彼女たちの騎士らしさからみれば、正面からこう言ってくるやつを不当に扱わないだろうという打算もあったが。

 

 ともかく、その考えは次の一言により、手ごたえを感じることになった。

 

「シグナム、少しこの者に興味がわいた。話ぐらい聞いてもいいのではないか」

「……ふん。今日のところはいいだろう」

 

 シグナムさんはこの場は許してくれるようだ。

 思わず安堵の息が漏れる。

 これで逃げれる……その考えをよんだように、シグナムさんはこちらに顔だけ向けた。

 

「明日、この近くにある公園にて待つぞ。逃げたら……」

 

 逃げたら!? 逃げたらどうなるん!?

 そんな俺の焦りを無視して、シグナムさんは続きを言わず、どこかへ去って行った。

 そんな風に言われて平気でいられる俺ではない。

 ビビリの性格がでた俺は、結局その日家出はあきらめて家にこもることにしたのだった。

 

 その時の、アリシアの呆れる視線はいつもの事なので気にかかることはなかった。

 

 

 

 

 ここははやて家。

 その家の主はやてはこの日図書館へ出かけていた。

 主の居ない家。ヴォルケンリッターの四人はタイミングがいいとばかりに話し合いをするのだった。

 

「シャマル、ヴィータ、言いたいことはあるか」

 

 皮切りに言葉を発したのは、リーダー格であるシグナム。

 その言葉にいまいち反応を示さないのはヴィータ。

 

「いったいどうしたっていうんだ。何かトラブルでもあったか」

 

 能天気に言うヴィータ。

 この話し合いが行われた理由が龍一の事についてだなんて、微塵も思っていないようだ。

 もっとも、少しすればヴィータも隣にいるシャマルとだいたい同じ反応になるのだが。

 シグナムはため息をつきつつ、シャマルに説明を任せた。

 シグナムに言われたシャマルは、言いづらそうにヴィータにこの日あったことを説明する。

 

 

「なっ! りゅうが!?」

 

 予想通り、龍一にリンカーコアがあったことについて驚きの声を上げる。

 しかもそのリンカーコアの魔力量が多いときた。ヴィータの驚きは二連続に渡ってのものになる。

 

「本人はリンカーコアを渡してもいいと言っていた。ヴィータ、これについてどう思う」

 

 犬の状態になったザフィーラが問う。

 なお、この犬状態ははやてが好んでいる姿であり、家ではだいたいこの姿である。

 

「……」

 

 ヴィータは答えない。いや、答えられない。

 一般人にとってリンカーコアなんて大したものではないと思うが、彼女らは魔術師だ。

 大方の予想はついていると思うが、高町なのはのリンカーコアを奪ったのは彼女らであり、また、そのリンカーコアの重要性について誰よりも知っているのも彼女らだ。

 

 龍一のリンカーコアを取るのを懸念している理由、それは龍一が死ぬ可能性もあること。

 リンカーコアは、命につながることもある。大丈夫だと絶対の自信があったとしても、その可能性を取り消すことは出来ない。

 ヴィータは、そしてシャマルは、決定できずにいた。

 

「……所詮、主はやてに対する情愛はその程度のものか」

「シグナム」

 

 痺れを切らしたのかシグナムが二人に向けて言う。

 ザフィーラはシグナムを戒めるが、シグナムはこのままであれば二人をどう対処するか考えていた。

 だが、そんな考えを打ち消したのはヴィータだった。

 

「リンカーコアを取るぞ」

「ヴィータ……」

 

 決断をするヴィータだが、いまだ心は揺れ動いているのか、シグナムの目は見ていない。

 シャマルはヴィータの心情を考え、どう声をかけるか悩んでいた。

 

 シグナムとしては、ここで二人が断るなんて、考えてはいない。

 万が一今行っていることが成功しても、このままであればはやてはまた孤独に戻ってしまうだろう。

 そう、少しでもはやての孤独を忘れさせてあげるのであれば、少なくとも今は誰かがそばにいてあげるのが一番。

 それは分かっていても彼女たちは今していることをやめはしない。

 

 それが、主であるはやての命にかかわっているから。

 

「迷いはないな?」

 

 迷ってしまえば、一度立ち止まってしまえば、動けなくなるかもしれないから、シグナムは問いた。

 ヴィータはその問いに、迷いはないと首を縦に振ったのだった。

 



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第三十八話 迷走無き思い

 海鳴市にある公園。

 平日の午前中なので、人はほとんどいない。

 そんな中、俺は昨日会った四人の騎士を待っていた。

 

「時間、聞いておけばよかったなぁ」

 

 今後悔しているのはそのことである。

 プレッシャーで早く起きて、暇つぶしに唐辛子を使って面白そうなものを作ったけど、結局のところ居ても立っても居られずこんな早くに来てしまった。

 こんな寒い公園の中待たされて、風邪になったらどうするんだよと言いたくなる。

 言う対象なんてどこにもいないけど。

 ちなみにアリシアはお留守番だ。

 

「というか、普通に考えれば朝から来ないんじゃ……」

 

 そもそも昨日会ったのが学校帰りだから、そのくらいの時間に来るのが普通なのではないかということに気が付く。

 落ち込んで帰ろうとしたところ、誰かが前に立ちふさがった。

 

「やっぱり、こんな時間からいたか」

 

 俺でもよく知っている子。

 ヴィータは普段着ではない服で俺の前に立っていた。

 そこで、俺はヴィータがここに何のために立ちふさがったか悟る。

 

「リンカーコアでも取りに来た?」

 

 いきなり本題を言われ、ヴィータはばつが悪そうにする。

 

「やっぱわかってたか、あたしがあの三人と同じってこと」

 

 いや、ばつが悪そうにしたのは本題が言われたことではなかったらしい。

 あの三人と同じというところから、ヴィータは居心地を悪くしている。

 

「それで、どうするのかな。乗り気じゃないみたいだし、そのほかの三人とやらもここにいないし」

「あたしはまさかこんな時間から待っているかもしれないやつを、確認しに来ただけだ。ほぼ独断専行だよ」

 

 ヴィータさん、その考えは正解です。

 実は一時間くらい、朝方で冷えこんでいる中で待ってたんです。

 心の中で感謝しつつ、俺はこの先の事について話そうとする。

 

「とりあえず、俺んち来るか」

「いいのか?」

「いいもなにも、このまま公園にいる方がつらい」

 

 身体を一回ぶるっとふるわせ、体が冷え込んでいることをアピールする。

 ヴィータの今まで硬かった表情が初めてほころんだ。

 多分、呆れの方向でだけど。

 

 そんな中、風に紛れて一つの声が聞こえたような気がした。

 

「試すような真似をして悪いなヴィータ」

 

 

 

 

 真っ先にアリシアを隠して、ヴィータを家に入れる。

 今更になるが、今俺が住んでいるのは二階建てのなかなか大きい家。

 幼児のころに住んでいた家をそのまま再び買い取ってあるので、一人で住むにはあまりにも広かったりする。

 ちなみに、三人で住んでいた時もかなり広く感じた。

 

 そんなことは今関係はなく、俺は目の間でソファーに座るヴィータをじっと見ていた。

 

「……」

 

 家にきてから少し経つが、ヴィータは何もしゃべろうとしない。

 そんな悪い空気に、そろそろ耐えられなくなってきたのである。

 意を決して、ヴィータに話しかけることにした。

 

「ヴィータ――」

「りゅう」

 

 俺の声はヴィータに重ねられる。

 

「あたしは、お前の気持ちを裏切ってでも、お前から魔力を、奪わなければいけない」

 

 とぎれとぎれにヴィータは声を出す。

 何かを振り切るような、そんな感じのもの。

 その声の調子から、ヴィータはいまだ非情になりきれていないことが分かる。

 

 有体に言えば俺からリンカーコアを取ることを躊躇している。

 

「だから、りゅう」

「……ヴィータ」

 

「お前のリンカーコアを、奪わせてもらう」

 

 

 

 

 はやて家。

 はやては図書館で出会った友達に会いに、図書館に出かけていた。

 家主がいない家、そこに騎士たちが集まっていた。

 

「シグナム、監視をするようなことはしなくてもいいんじゃないか」

 

 いつも家にいる時の格好である狼状態のザフィーラ。

 シグナムは険しい顔のまま、シャマルが見せる映像を見ている。

 

 シグナムはヴィータの様子に不安を覚えていた。

 しっかりと心に決めたわけではなく、リンカーコアを奪う日々。

 フラストレーションがたまるだろう日々は、ヴィータにとって苦痛なものだったのではないか。

 騎士たちメンバーの中では最も精神が成熟していないヴィータをシグナムは心配ではあったのだ。

 

 今回はこれから先ヴィータがこのようなことを続けられるのか、それを見極めるためにヴィータ一人でりゅうと呼ばれる男のもとへ行かせた。

 この結果で、ヴィータの処遇が決まることは教えず。

 

「!」

 

 シャマルが息をのむ。

 それは、ヴィータの身に何か起こったからではなく、彼女自身に起こったことから。

 

「どうしたシャマル」

「……監視が、遮断されました」

 

 

 

 

「りゅう……お前は……」

 

 ヴィータは目の前の事が信じられずにいた。

 目の前の男の子は、この海鳴で仲良くなった子であり、友達だと思っていた子。

 その男の子が、デバイスを持ちヴィータの前に立っている。

 

「あまり、悩み続けるものじゃない」

 

 男の子は静かな声でそう告げる。

 鎌のようなデバイスは困惑するようにコアが点滅していた。

 

「悩みは身を滅ぼす。不安定な精神は危ない。俺が生きているかどうかわからなかった時と同じように」

 

 彼の言っている意味はヴィータにとってまったくわからなかった。

 ただ一つ分かること、目の前の男の子はきちんとした戦う意思を持って目の前にいること。

 

「ヴィータ、迷いを吹っ切らせてやるよ」

 

 ヴィータは自分のデバイス、アイゼンを構えた。

 

 

『お兄ちゃん!? いったいどうしたの!?』

 

 思念でアリシアが驚きの声を上げる。

 アリシアが驚いていること、その理由は自分でもわからなかった。

 ヴィータの悩みに揺れる瞳は不安定で、昔の俺を思い出させられた。

 それが俺は許せなかったのかもしれない。

 

「悪いな、アリシア。ちょっと付き合ってもらうぜ」

『今まで自分から戦おうとしなかったのに……』

「ちょっと……な」

『もう……分かった。前は私のわがままに付き合ってもらったしね』

 

 わがままを聞いてくれたアリシアに内心感謝をする。

 結界は張った。特訓で魔力を全く感知されない強力なものを。

 状況は万全。

 

 ――勝負が、始まる。

 



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第三十九話 決意を持つ事

 ヴィータに対してやきもきする理由。

 なんら難しい理由は一つもなく、前世の俺と姿が被って見えたから。

 大事なことからいつも目をそらして逃げていたあの頃。

 ずっと一人だったあの頃。

 過去の出来事だからこそ、許せなかった。

 

「りゅう、どうしても、戦うのか」

「そうだ。そのままだとお前はどこかで迷ってしまう」

「迷う……?」

「精神が不安定なままだと、何かを成し遂げることは出来ない。……俺がそうだったように」

 

 周りにやさしい仲間がついているヴィータは、今のままだとそんなことはないだろう。

 だが、もしも一人になったとき、ヴィータはどうなるのだろうか。

 

 ――そのまま、壊れてしまうのではないか。

 

「……そうかよ、それなら、やってやろうじゃんか! アイゼン!」

 

 ヴィータの声にこたえる電子音と共に、爆発的に魔力が膨れ上がる。

 一瞬、恐怖にジュエルシードをすべて使おうと考えるが、卑怯な考えだと改め目の前に集中する。

 そもそも、そんなものを使って戦って、得るものがあるとは思えない。

 

 すぐさま窓を開け庭へと出る。後に続くようにヴィータも出てきた。

 

「アリシア、防御は任せたぞ」

『はいはい。そもそも、どうやって戦うの。逃げる技しか練習してなかったのに』

「なんとかなる」

『相手はあの高町なのはを倒した相手なのに?』

「……え、マジで?」

 

 リンカーコアを積極的に集めているのってシグナムだから、てっきりシグナムがやったもんだとばかり思っていたんだが。

 ヴィータ自体そこまで積極的にしてるようにみえなかったし……あれ、俺まさか死亡フラグ?

 

「あ、やっぱりジュエルシードを――」

『来るよ!』

 

 アリシアの声、展開される防御と同時、ヴィータのハンマーの形をしたデバイスが防御を吹き飛ばした。

 そう、その文字の通り防御を吹き飛ばしてきたのである。

 

『シールドが!』

「げえっ! マジかよ!?」

 

 さらにヴィータは追撃を仕掛けてくる。防御の生成は間に合いそうにない。

 そうとなれば、出来ることは限られてくる。

 目の前でヴィータがハンマーを振りかぶったとき、俺は戦闘が始まった当初より仕掛けていたそれを解放させた。

 

「ライトニングバインド!」

 

 手足を封じれるよう、四肢にかける。

 魔力量はなかなか大きい。だが、設置型の捕縛系バインドは十分なほど練習をした。

 だからこそ、かなり強固に作り上げ、少ない魔力量で生成できるように改造しているそれは、少なくともそう簡単に解けるものではないだろう。

 改造にはもちろんアリシアに手伝ってもらったが。

 ともかく、捕まえたからといって油断はしない。俺はその上からさらに追い打ちをかける。

 

「サンダースマッシャー!」

 

 目の前で雷撃が起こり、まぶしさから一歩その場を引く。

 雷撃が終わり、直撃したであろうヴィータはその場でぴんぴんしていた。

 その結果に、アリシアが呆れたような声を出す。

 

『サンダースマッシャーって、なんでもう少し強い技を使わなかったの』

「……魔力量が、足りないんだ」

『ライトニングバインドは改良したはずだけど』

「普通の状態でもプラズマスラッシャーとか無理だから」

『……え、それじゃあ……』

「今の最強の技、まあ……空の見える場所で限りなく威力を絞って詠唱してから放てばサンダーレイジがぎりぎり……」

 

 アリシアが盛大に溜息を吐く。

 自分でも、流石にこれはないかなーとか思い始めている。

 

「へえ、あたしを捕まえるなんて、意外とやるじゃん」

 

 こちらの状況を分かっていないヴィータは、素直に賞賛を送ってくれる。

 その間にも、俺は思考を進める。

 バインドなどの罠系統は、一回読み切られてしまえば次は通用しない。

 ならば、どうやってヴィータを止めるか。

 

 再び突進をしてくるヴィータ。

 今度は防御に任せず、バインドをあちこちに仕掛ける。

 量は一面を埋めるくらい。

 

「しゃらくせぇ!」

 

 男気あふれたセリフと共に、バインドを全て破壊をしていく。

 正直、ありえないとしか言いようがない。

 驚いている間にも、ヴィータは俺の目の前へと接近を遂げた。

 

「ギガントハンマー!」

「フォトンバースト!」

 

 避けられないことを感じ、すぐさま攻撃魔法と共に相打ちを決め込む。

 狙い通りヴィータはこちらの攻撃を振り払うようにするが、相打ちはし切れずハンマーがフォトンバーストを抜けて迫る。

 アリシアが出した防御と共に吹っ飛ばされ、家の塀にしたたかに体を打ち付けた。

 一応手加減をしてくれているのか、塀を貫くほどの勢いはなかった。

 だからといって、足を止めている暇はない。

 

『また来る!』

「くっ!」

 

 網になるように、適当にバインドを張り巡らせる。

 これも時間をかけず破壊しつくされるだろう。

 思考の海に流されていたとき、ポケットから転がり落ちたのか右手に何かを触った感触がした。

 

「これは……」

 

 ちらりと、触ったものを見る。

 それを見たとき、俺は一つの勝機を見出した。

 

(ヴィータの性格は大体読めてきた。予測通りいけば……)

 

 やはり網状のバインドを引きちぎったヴィータに、威力を絞った魔力弾を放つ。

 むろん当たるはずもなく、ほどなくしてその魔力弾を壊す。

 そう、流したのではなく己の力を使って破壊したのだ。

 そして、そこからまき散らすは唐辛子。

 

「なっ、これは!」

「かかったなヴィータ! それは特製の唐辛子爆弾! くらえば物理的に辛い!」

『汚い!』

 

 アリシアからのツッコミが入るが、そんなものは気にしない。

 想定通り涙を出して咳き込むヴィータの足首に、強度を高めたバインドを使い転げさせる。

 唐辛子に気にとられているヴィータはそのまま転倒した。

 

「……そして、これで終わりだ」

 

 ブーストで素早く近づき、首元に鎌を突き付けたところで、勝負を決す。

 ヴィータはせきこみつつも、負けを認めたようにデバイスを元の形に戻した。

 

「ごほっ……聞いていいか?」

「なんだ?」

「あの魔力弾……けほっ……なんなんだ?」

「あれは唐辛子爆弾を魔力弾で包んだだけだ。ヴィータは迎撃をするのに無駄に真っ向から打ち破ろうとするから、それを利用させてもらっただけだ」

「……そうか」

 

 完全にヴィータの戦意喪失をしたのを見て、俺も戦闘態勢を解く。

 ……いやまあ、実を言えばあれ以上戦ったらこっちが負けていた。

 唐辛子爆弾なんて、プレッシャーの上に手持無沙汰だった朝に作った一個しかないし、そもそもどんな状況であろうともヴィータの防御を打ち破って倒せる技がない時点で、勝てる見込みはゼロだったわけだ。

 本気のバトルでないのなら、きっと寸止めで終わらせることが出来るはず。

 実際この予想は当たっていたわけだが、もし向こうがやる気なら俺がフルボッコで終わってただろうな。うん。

 

『いやでも、唐辛子はないでしょ』

「うるさい。勝てばいいんだ」

 

 アリシアはこの結果に納得いかないようだけど。

 

「ともかくヴィータ。これでわかっただろ」

「……なにがだ」

「迷いは、枷になることを」

「……」

 

 実際ヴィータが本気でなかったことも勝因の一つだろう。いつもならば、持ち合わせている負けん気で戦闘はまだ続いていただろうから。

 何も答えないヴィータに目線を合わせ、気分のまま頭をなでる。触れた当初は身をすくめるが、すぐに緊張を解いてくれた。

 ……こうしてみると、ただの少女にも見える。

 

 あとは、覚悟を決める必要もない。

 

「ヴィータ、俺のリンカーコアをとれ」

「りゅう……」

 

 迷いの瞳は消える。ヴィータは覚悟を決めたように目をつむった。

 表面上に出さないようにしているが、これ以上面倒なことに巻き込まれないだろうことに俺は安心するのだった。

 

 

 

 

 はやて家。

 そこでは騎士たちが話し合いをしていた。

 

「ヴィータちゃんを助けに行かないと!」

「落ち着けシャマル。ヴィータなら大丈夫だ。それに、何の情報も入らぬうちに先を急ぐわけにはいかない」

「相手は管理局かもしれぬのだぞ」

「それにしては結界の張り方がおかしい。最初から監視をしていた私達でないと気付けないくらい、ステルスに長けた張り方をする必要はないだろう」

 

 シグナムはそう判断をするが、内心心配なことは変わらない。

 しかし、本能からヴィータは大丈夫だという確信があった。

 だれからも意見が無くなったとき、玄関が開く音がした。

 そのものは顔を伏せ、シグナムの前に立つ。

 

「……」

「ヴィータ」

 

 ヴィータは何も言わず、その手に持っているものをシグナムに見せて、顔をあげた。

 

「シグナム、あたしはもう、迷わないよ」

 

 その眼は決意が宿っている眼だった。

 



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第四十話 来たれり、別れ

 ここは俺の家。

 リンカーコアを取られると、自分の体にも大きなダメージを受けることは分かった。

 そう、今まさにそれを体験しているから。

 

「しばらく休みにすると学校に伝えて良かったよ」

『もし伝えてなかったら、今頃家に誰か押しかけていたかもね』

「フェイトがまさに来そうだから勘弁」

『私もそうなったら押入れいきだし勘弁かな』

 

 布団にこもり続けて大分たった。

 もう十二月の下旬かと寒さを感じるたびに思う。

 ボーっと外を見ていると、ふとチャイムの音が鳴り、扉が開かれる。

 

「りゅうー、いるよなー」

 

 その声はヴィータのもの。

 今日も今日とで家にきてくれたようだ。

 

「すまないねぇ……おばあさんや……」

「だれがおばあさんだ」

 

 すでにわが家を熟知しつつあるヴィータは、真っ先に俺の部屋へ入ってきた。

 

「それにしても、ヴィータは俺の家の構造分かってきたね」

「そりゃあ何度も来ているしな。世話するって決めたんだ。りゅうが元気になるまではあたしの世話になっときな」

 

 そう。ヴィータはリンカーコアを取ってからまともに動けない俺を案じて、元気になるまで世話をすると言ってきた。

 最初は断っていたが、いざリンカーコアがとられるとなると、すごい虚脱感が襲ってきてまともに立つのもつらくなったのだ。

 流石にこれはまずいも思った俺は、ヴィータの提案を素直に受け入れることにしたのだった。

 

「いちおう、すこしくらいなら立てるようにはなってきたんだけどね」

「そうだな。そろそろ回復してくれないと、こっちも困るしな」

 

 その言葉に顔色をうかがうが、迷惑そうにはしてない。

 それでも、流石に世話してもらっているのには心苦しくはある。

 

「すまんな」

「いや、こっちだって料理とか教えてもらっているんだ。お相子だ」

 

 そう言ってくれるヴィータだが、日に日に表情が晴れなくなっているのが分かる。

 それはヴィータから聞かされた蒐集が成功していっているからなのか、それとも、うまくいっていないのか。

 もっとも、ヴィータは俺を巻き込むことを良しとしていないのか、詳しいことは教えられていないけど。それでもヴィータの表情から、俺から蒐集したときのあの表情から、どちらの方へ向かっても何かを失うことは読み取れた。

 

「ヴィータ、そろそろ俺も台所に立つよ」

「もう少し安静にしておいた方がいいんじゃないのか?」

「さすがに手伝うくらいのことは出来るよ」

 

 ヴィータに時間がないことは大体分かる。

 なら、その前にお礼はしておきたい。

 ……もちろん料理で。

 

 

 

 

「りゅ、りゅう! 本当に料理上手だったんだな!」

 

 ヴィータが興奮したように言ってきた。

 最近ははやての症状が悪化して入院しているらしいので、まともなものはたぶん食べられてないからだろう。

 シャマル先生の料理はひどいらしいし。

 勢いよく食べるヴィータについつい顔がほっこりする。

 その時俺の視線に気づいたヴィータが、顔を赤くしてそっぽを向いた。

 

 ああ、すごい平和な日常って感じがする。

 

『お兄ちゃん、日常だと思っているみたいだけど、これも十分非日常だからね』

「ええい、余計なことを考えさせんな」

 

 確かに、戦った敵とこうして顔を合わせてごはん食っている状況は日常じゃあない。

 だけどそれを言うこともないだろうと、アリシアを少し小突く。

 

「……お兄ちゃん、なあ」

「ん? どうかした、ヴィータ」

 

 ジトリとこちらを横目で見るヴィータ。

 

「いやな、自分のデバイスにそういう風に会話する奴、普通はいないだろ。だから不思議に思ってな」

 

 どうやら、ヴィータはアリシアとの関係が気になっているようだ。

 説明したいのはやまやまだが、どう説明したらいいものかわからない。

 こっちが魔法を使える身だとばれているヴィータに隠すことは無い。

 だけど、アリシアの話はそこまで明るいものじゃないから、こういう席で言うのも忍びない。

 

「……デバイスなんて、いろいろいるからさ。こういう関係の奴がいてもいいんじゃないか?」

 

 だから、適当な言葉で返しておくことにした。

 自分でもなんでこんな関係なのか、よく分かっていないし。

 

 

 

 

 大体治ったので、ヴィータと共に買い物に出かけた。もちろんアリシアはお留守番。

 ヴィータは心配してくれたが、買いだめた食品が無くなってきたので、出かけないわけにはいかなかった。

 ……え? ヴィータに任せる?

 いや、それはまずいでしょ。

 

「辛くなったらいえよ。おぶって帰ってやるから」

「その気持ちはうれしいけど、流石に恥ずかしいかな」

 

 まあ、傍から見ればどちらも小学生に見えるから、おかしいところは何もないんだろうけど。

 そうして何時ものスーパーに来たとき、その人はいた。

 

「あれ? ヴィータちゃんにりゅうちゃんですか」

「おお、シャマルか」

「お久しぶりです。シャマル先生」

 

 シャマル先生は、こちらに気付いてニコリと笑顔を向けてくれる。

 あんなことがあって気に病んでいるのかもと思ったけど、さすがにそういうところはきっちりしていたようだ。

 不要な心配、というわけだな。

 

「シャマル先生、どうせなら今日も付き合いますよ」

「そうですか? では、頼みましょうか」

 

 シャマル先生は悩むことなく即答してくれた。

 そうと決まれば、なるべく新鮮な野菜を一刻も早く確保するだけだ。

 

 久しぶりの買い物。そのことに心躍った俺は、シャマル先生がそのあとに言った言葉に気付くことは無かった。

 

「早くしないと、はやてちゃんが……」

 

 

 

 

 帰り道、行く時とは違い少しさみしげにしているヴィータ。

 声をかけようとするが、シャマル先生も同じ感じなので、どうにも声がかけづらい空気が漂っている。

 会った時のあの感じを考えれば、俺の事で悩んでいるというわけではないだろう。

 だとすれば他に原因……ふと、はやての事が思いついた。

 だが、はやてが原因だとすれば、やはりシャマル先生と久しぶりに会った時の笑顔の理由が分からない。

 

 結局、自分の家に着くまでこの空気を保ち続けることになった。

 

「送ってくれてありがとうございます」

「いいのよ、これくらい。まだ不安定でしょ」

「いえ、流石にもう大丈夫ですよ」

 

 この会話の間もずっとヴィータは暗い顔をしていた。

 流石に別れ際もこのままは嫌なので、ヴィータに声をかける。

 

「ヴィータ、どうかしたか?」

「え、あ……その、な」

 

 何か言いづらそうにしているヴィータ。

 なんだろうか。何か困っていることでもあるのか。

 そういえば、近々クリスマスが迫ってきていることを不意に思い出した。

 

「……あと、一週間くらいか」

 

 独り言のように口にする。

 俺は今日買ったものの一つを、いまだに言いづらそうにしているヴィータへと差し出す。

 ヴィータは突然出されたそれにとまどいつつ受け取ってくれた。

 

「これは……?」

「キーホルダー。安物だし、遠慮なく受け取ってくれ」

 

 アリシアに何かつけたらかわいいんじゃないかと思い、用意しておいたキーホルダー。

 なんとなく、その日までに会えることがないように感じるヴィータにあげるべきだと、俺の直感が告げた。

 

「でも……」

「遠慮するなって。受け取りづらいなら、今度会った時に何かお返ししてくれ。それでいいだろ」

「……ありがとな、りゅう」

 

 ほんのりと笑みを浮かべてくれたヴィータ。

 シャマル先生もそれを微笑ましそうに見ている。

 気を取り直したヴィータは、握手の形で手を出していった。

 

「しばらくはこれねえけど、またいつか会おうな」

「うん、分かった」

 

 そうして、俺たちは別れた。

 

 

 

 

「よかったの、ヴィータちゃん」

 

 シャマルとヴィータがりゅうと呼ぶ人間と離れて少し経った後、シャマルは先の別れについて聞く。

 ヴィータははやてのためにももう迷わないと決めた。だけど、ヴィータ自身は自分の中にある疑問を氷解しているわけではなかった。

 もし、それが本当であるならば……。

 

「いいさ。友達なら笑顔で別れるべきだろ」

 

 さっきもらったキーホルダーをもてあそびながらヴィータは答える。

 まるでこの先には何もないと、いつもの日常が帰ってくると信じているかのように。

 

 キーホルダーは青い犬を模擬したものでゴム製品。おそらくアリシアのために買ったのだろうとヴィータは予想をつける。

 それをくれるという事は、自分に対してアリシアと同じくらい思っていてくれているということではないのか。この世界で平和に過ごしてきた彼を裏切るような真似をした自分を。

 自分に都合のいい考えとは分かっているが、そうであった場合自分はここに戻ってきてもいいのかもしれない。

 

 ならばと、ヴィータは思う。

 もし全てが無事に終わったとき、はやてに紹介をしよう。

 この世界で出来た友人のことを。

 



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第四十一話 買い物と逃走の両立

「いやあ、これでこれ以上巻き込まれることがなくなったな」

 

 冬ということでこたつに入りこんでしみじみと口にする。

 わざわざテーブルを隅に置いて導入したものなので無理矢理感が強い。でもこたつ好き。

 そんな感じにまったりしていると、その言葉を聞いたアリシアが不思議そうに声を出した。

 

『? どうしてそうなるの』

「どうしてって、リンカーコアって魔術師にとって大事なものだろ? 魔力とか使えなくなるんじゃ……」

『いや、回復するって言ったでしょ。話聞いてた?』

 

 ふと、思考が停止する。

 あの時ヴィータ相手にわざわざ戦おうとしたのも、最後になるかな的なものも含んでの行動だった。

 しかし、実際には最後になんてなっていないらしく、それどころか俺はヴィータに魔法を使えることをばらしてしまったわけだ。

 

 そう、原作キャラに。

 

「や、やべぇ……」

『あーあ、後先考えずに動くから』

 

 アリシアの呆れた声。もはやこれもいつも通り。

 

 そんな風に愕然としていると、突然インターフォンが鳴った。

 ヴィータはもう来ないはず。と、すればもしや……

 

 必要以上に胸の鼓動が早くなる。

 相手が分からないが、無視というわけにもいかないだろう。

 ひとまず、素早くアリシアを簡単に見つからない場所に隠した後、恐る恐る玄関の扉を開けた。

 

「お父さん達、帰ってきちゃった。テヘ」

 

 ウィンクしながらしゃべるその親は、子供からしても気持ち悪かった。

 

 クリスマスより二日前、母と父はクリスマスを一緒に過ごしたいという理由により、一時日本に帰国していた。

 ぶっちゃけ相当困惑している。一歩遅ければヴィータと顔合わせの可能性もあったのだから。

 

「お父さん、帰ってくるなら連絡くらい頂戴」

「はっはっは、どうやら息子への愛が手紙よりも早くついてしまったようだな」

 

 言い方が非常にうざい。

 というか、それは忘れていただけではないのだろうか。ほら、母もため息をついている。

 

「息子よ。行くぞ」

「どこに?」

「クリパの準備のための買い物だ」

 

 ああ、なんだろう、目が輝いている。そういえば、かつてクリスマスパーティをするとき一番楽しそうにしていたのは父だったな。

 

 

 

 

 はい来ましたデパート。

 やはりいつも通りにパーティアイテムの方にふらふらと向かう父。そしてそれについていく俺。

 ふと、エレベーターの方を見る。あくまでもなんとなく、そう、なんとなくのつもりだった。

 

「げっ!」

 

 そこには魔王とそのご一行。つまりいつもの四人だった。

 流石に子供だけはいけないのか、魔王のお姉さんとすずかのお姉さんもいたが。

 

「や、やばい……これはからまれる可能性が少しながらもある……?」

 

 やべえ……休学中なのにこんなところで会いでもしたら、質問攻めにあうこと必須。ついでに、俺の読みが正しければ原作も進行中のはずだ。つまり、いつ事件が起こるかもわからない時に原作キャラに囲まれる……それは、巻き込まれるかもしれないことを意味する。

 そこまで思考が追い付いたところで、俺は身を隠すように父親について行った。

 しかしふとみれば、その父親はなぜか鼻眼鏡をつけていた。

 

「……何してるの」

「試着」

 

 真顔でそう言ってくる父親に、俺は少なからずも馬鹿を見る目で見る。父親はその視線に気づいた後、しぶしぶと鼻眼鏡を置いた。

 

「息子が最近きつい」

「父親が馬鹿すぎる」

 

 俺の返答に完全に肩を落として別の場所へ向かう父。その背を追おうとしたとき、聞きなれた声を聴いた。

 

「すずかから話を聞く限り、はやてちゃんって文学少女ってやつなんだね」

「そういうフェイトも本をよく読んでいるじゃないの」

「うん。早くこの世界にも慣れたいからね」

「この世界?」

「あ……ううん、なんでもないよ」

 

 声の様子からして金髪コンビ。ほかの人は別のところにいるのだろうか。

 ……なんて、分析している場合じゃない。二人ともこっちへ向かっている。一歩間違えれば鉢合わせだ。

 逃げようとする足を一つ思い当る出来事が止める。

 

「ここから先は大きいものが置いてあって、道が広かったよな……」

 

 道が広い、それはすなわち隠れる場所がないという事である。そんな場所に逃げ込むとか、明らかに自殺行為だ。

 だとすれば、一体どうすればいいのだろうか。

 周りを確かめ、近くのそれが目に入った。

 

「……これしかないか」

 

 考えている時間はない。

 すぐにそれを装着して、俺は来るべき二人に備えた。

 

 

 

 

 あたしたちはデパートの一角、主にパーティ用品などが売っている場所にきていた。

 なのはたちは食品の方へ行っていて、今は別行動をしている。

 

「アリサ、お見舞いのための買い物なのに、こんなところによってもいいの?」

 

 一緒についてきている転校生であるフェイトが、心なしか不安そうに尋ねてくる。

 

「これもお見舞いの品を探す一種の手よ。ほら、こういうおもちゃが好きな子だっているじゃない」

 

 手近においてあった鼻眼鏡をフェイトの前に広げながら言う。

 やっぱり外国人にはぱっと来ないのか、いまいちそうな顔つきをしているが。……そういうあたしも同感なんだけど。

 ともかく、そこまで受けない物を持っていても仕方がないので、その鼻眼鏡を置いてあった場所に置きに戻し、他にないものかと周りを見た時だった。

 

「……」

「……」

 

 フェイトもそれに気付いたのか、息をのんだ音が聞こえる。

 目の前にあったもの、それはシルクハットにサングラス。付け髭やらなんやらのパーティグッズをふんだんに試着しまくっていた人間。

 向こうもこっちに気付いたようでいったん動きを止める。しばらくそのようにけん制し合った後、相手の方は更に手元にあった棒らしきものを取り出して振った。

 

「今見たことは棒にふろう」

 

 フェイトはあまりのつまらなさに目が死に、私ですら寒いと思えるギャグを走らせたそいつは、満足そうに頷いた後棒の先をあたしたちが来た方に向ける。

 

「お後がよろしいようで」

「よろしくないわよ!」

 

 そのツッコミをし、あたしたちはさっき見たのを見なかったことにしてその場を離れた。

 

 

 

 

 見事に二人をまくことに成功した。だが、ここで安心はできない。まだほかに二人くらいヤバ気なお人がいる。

 というか、多分フェイトにはばれていた。

 

(何をしているのか分からないけど、元気そうでよかった)

 

 なんてすれ違いざまに言われたからな。正直あれは怖かった。

 まあ、あんまり気にしてもいられない。早くこの場を離脱しよう。……ちゃんと試着している物を外してから。

 さて、父も見つけなければならないな……

 

 

 クリスマスツリーをキラキラした目で見ていた父を見つけたのはそれから二分後の事だった。

 

 

 

 

 そうこうして食品売り場。

 ケーキは母が買ってきてくれるため、今回はその他の食品だ。というか、なんで俺が料理作ることになってるんだろう。

 そして、予想はしていたものの、ここにも会いたくない人物がいた。

 その名もなのは。すずかと両者のお姉さんが食品売り場を歩いていたのだ。

 

(いや、なんでアリサたちの方に保護者がいないんだよ)

 

 子供とみなされてないのだろうか。それとも、ある程度しっかりしているからだろうか。

 実際の理由は分からないが、こっち側の人数が四人というのは事実だ。こちらには父が一人、明らかに役に立たない。そもそも、子供と同じくらい勝手に暴走することが多い。

 この状況、逃げる手段はあまり残されていない。

 

「お、おとおさん、別の場所に……」

「音尾さん!? だれだ!」

「お・と・う・さん! ごめんね! 動揺してちゃんと喋れてなくて!」

 

 ばかなことを言いつつまずはこの場を逃れる。このまま鉢合わせしないのが一番いいが……。

 

 

 

 

 デパート、隅っこの方にあるトイレの横。父が「ふんばってくる」とか真顔で言っていたので、近くのベンチでゆったりしていた。ゆったりしていた……ところに、一人の影が出来る。

 

「久しぶり、龍一君」

 

 ベンチからスタートダッシュして早二秒。すでに、すずかからは十メートルくらい離れている。そう、これが脱走術!

 このスピードを抜ける人なんていな――

 

 

 捕まっちゃった。テヘ。

 つーか、おかしいのはすずかの方だからね。なんであれだけの距離があったのにつかまってるの。どんなダッシュだよ。ボ○トにでもなる気か。

 なんて悪態つくのも無意味なので、元いたベンチに座る。

 

「なんで逃げたの」

 

 尋問する雰囲気が大変恐ろしい。割と本気で怒っているようだ。

 

「ええと、なんといいますか……」

「……」

「ごめんなさい」

 

 つい土下座までして謝る俺。

 だって、すずかさん怖いんですもん。

 

「……もう、どうせいつもの事だろうし、そんなに怒ってないよ」

 

 なるほど、どうやら捕まったのは俺の行動が完全に読まれてたかららしい。

 それはそれで怖いけど。

 

「それですずかちゃん。いったいどうしたの?」

「どうしたのって……突然休み始めたんだもん。心配位するよ」

 

 そういえば、魔王とその一味にも特に何も説明せずに休学したな。学校にはきちんと伝えていたから大丈夫だとは思うけど、自宅突撃なんてやられたら危なかったな。

 

「みんなでお見舞いに行こうと思ってたくらいだよ?」

 

 やっぱり危なかったー! よかった、よかったよ、ここですずかと会っておいて。

 俺はごまをするようにすずかに猫なで声で頼みごとをする。

 

「あの、このことはどうか御内密に」

「突然いなくなって心配させてくる人なんて、知りませんっ」

「拗ねないで! ごめんなさい!」

 

 ここで頼れるのはすずかだけだ。万が一でも魔王たちが訪ねてこられたら、距離を取った意味が無くなってしまう。

 なんとか許してもらおうと頭を悩ませたとき、肩に手を置かれた。

 

「だったら、もう二度と何も言わないでいなくならないで」

「え?」

「約束」

「あ、う、うん」

 

 小指を差し出して指きりのポーズをしてきた。俺はそれにつられて自分の小指をつなげ、指きりは完成する。

 

『ゆびきった』

「うん。これで内緒にしておいてあげる」

「うん……でも、本当にこれくらいでいいの?」

「だったら、アリサやなのはにも会ってくれる?」

「ごめんそれは無理」

 

 誰にもできることとできないことはあるのです。

 

「でしょ。だからこれだけ」

「……ありがとう」

 

 素直にお礼を言う。この優しさがこの少女のいいところなのだ。

 

「それじゃあ、そろそろ時間だから」

「またね、龍一君」

 

 すずかと別れ、先ほどから陰でニヤニヤしている父の元へ向かう。……あとで蹴ってやる。

 



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第四十二話 漆黒の翼に銀色の髪

 ここは海鳴市の病院の屋上。

 そこには少しの戦いの痕跡と共に二人の少女がいた。

 その地面に倒れ伏せている赤い服を身にまとう少女は、目の前に堂々と立っている白い服をまとった少女に対して恨みを込めた声で言う。

 

「この……悪魔め……」

 

 負け惜しみともいえるその言葉に対し、白い服をまとった少女は不敵な顔で返した。

 

「悪魔でいいよ」

 

 そうして、とあるロストロギアをめぐる戦いの最終決戦は幕を開けた。

 

 

 

 

 そんなことが近くで起こっているとはつゆ知らず、倉本龍一は家でゴロゴロしていた。

 

 

 えー、なんだか失礼なモノローグがあったようだけど、気のせいという事にしておこう。

 まず現状、父親がまるで五歳の子どものように駄々をこねている。

 

「嫌だい嫌だい! 外のイルミネーションを息子と見に行きたいんだい!」

 

 もう一度言おう。こいつが父だ。

 母さんはそんなわがままな大きな五歳児を必死になだめている。

 

「わがままいわないの。もう大人でしょ?」

「やだーーー!」

 

 恥以外の何物でもない。

 こんなのが本当に外国でやっていけているのであろうか。

 

「母さん、しょうがないから一緒に行くよ」

「あまり甘やかしちゃダメなのよ?」

 

 父、完全に子ども扱い。

 しかし、そんな扱いにも父はキラキラとした笑顔のままだった。そんな父に俺は少しの戦慄を覚える。

 いや、マジでこんな大人でいいのか。

 

「大丈夫だよ。こんなでも大人だし」

「しょうがないわね。あなた、龍一に迷惑かけないように」

「はーい」

 

 子どものように返事をして、父は俺の腕を引っ張る。

 俺を引きずって行きそうな勢いで、つい腰を引いてしまうが、気にもとめず目を期待に光らせながら言った。

 

「そうと決まれば息子! いくぞ!」

「あー、うん」

 

 元気すぎる父である。

 

 

 

 

 失敗した。

 それはどこからかわからない。だが、確かに言えることは、この作戦は失敗した。

 あまりにも奴は強すぎた。その強大な力は予見していたはずだった。それなのに、何の対処もすることが出来なかった。

 力の余波を受け、周りの力あるものは地に伏している。

 とある奴をあたしは悪魔だと言った。

 その悪魔すら、奴にとっては有象無象の一つでしかなかった。

 

「くっ……どうしろっていうんだよ……」

 

 傷ついた体を無理やりおこし、奴が飛んで行った方を見つめる。

 すでに、ヴォルケンリッターもあたし一人になってしまった。それに加えて奴のあの強さ。もう、どうしようもないと思えるくらいの状況になってしまっていた。

 

「だけど、はやてを助けるには、このままでいるわけにもいかねえよな……」

 

 しっかりと、それだけは分かる。

 幸いにも、あたしは周りで倒れているなのはやフェイトのように直撃を受けたわけじゃない。まだ動くこともできる。

 だったら、なおさらあきらめきれるわけがない。

 

「りゅう……」

 

 ポケットに入れていたキーホルダーを取出し、何ともなしに見つめる。

 皆は消えてしまったけど、あたしの友達はみんないなくなったわけじゃない。もしかすると、このまま何もしないことの方が悪い方へ向かうかもしれない。

 

 そうなったら、やりきれないよな。

 

 あたしは奴に追いつくため、自分が出せる最大のスピードで追っかけた。

 

 

 

 

 クリスマスのイルミネーション。

 昨年までリア充を見るのが嫌でひきこもっていたので、見るのは初めてである。

 初めて見るこの町のイルミネーションは綺麗で、今までずっと家にこもっていたのはなんだったのかと思う。

 とはいえ、すずかやはやての家でクリスマスパーティをしていたりしたことも考えると何もしていなかったわけではない。

 ……ん? そう思うと俺って実はリア充?

 

「はっはっは、見ろ息子。綺麗なクリスマスツリーだぞ!」

「そうだね」

 

 そうだとするならば、今父親といる状況は今までのリア充枠から外れたことになる。

 うわ、なんかショック。ではあるが、原作キャラと最近邂逅が多いので、むしろこうあるべきだったと思い直す。

 

「ほらほらー、あっちもいいぞー」

「お父さん、もうちょっと落ち着こうよ」

 

 さっきから考えている間にも、父親にぐいぐい引っ張られている。

 正直あまり見ている暇はない。流石子供のテンション。次々といろいろな物を見に行きたがる。

 あまり考え事をしていても置いて行かれるだけなので、そろそろ真面目についていくと――

 

「嘘つき」

 

 ――寒気が走った。

 

「どうした息子」

「あ、その……と、トイレ!」

 

 父の手を振りほどき、その場を駆け出す。

 自分でもそうした理由はわからなかった。ただ、あの場にはいられない。そして自分自身じっとしていることができなかった。

 あの感覚は明らかに危ない。悪意だけがにじみ出る声。

 奇しくも、俺が前世で虐められていた時の声、嘲笑や罵倒とは違った本気で嫌悪しているときの声。

 トラウマがよみがえり、走っているのに身体はまったく暖かくならず、寒気だけが襲い掛かる。

 

 気が付けば、周りに人は誰もいなく、静けさだけが残っていた。

 

「ここは……」

 

 目の前に立ちはだかっているのは廃ビルのようなもの。

 このようなビルも、周りの建物も見たことが無く、自分の場所が全く分からない。

 

「お前が龍一か」

 

 突然後ろからかけられた言葉。その声は駆けだす前に聞いたものと同じもの。

 俺は後ろを振り向き、その声の正体を目にする。

 

 銀色の髪に漆黒の翼の女性。

 

 見たことは無い。見たことは無いが、その異様さは普通の人物などではなく、どこからどう見ても作品内のキャラであることがすぐにわかった。

 逃げる……そうするのが一番のはずなのに、目の前の人物から放たれる怒気が半端なものではなく、足がすくんで動くことが出来ない。

 

「答えろ。お前が龍一か」

 

 目の前の人物は再度聞いてくる。

 おそらく、聞かずともわかっているのだろう。それでも聞いてくるのは、この先俺が言う言葉によってどのようにするのか決めるため。

 半端な答えを出そうものなら、この場で一瞬にしてあいつの手で……

 

「っ、そ、そうだ!」

 

 ゾクリとした。

 躊躇のかけらのない相手の気迫と、そうなることを容易に考えることができてしまうことに。

 

「主は悲しんでおられる」

「主が……悲しむ?」

 

 急に自分の手を胸に当て、独り言のようにつぶやく。

 愁いさを帯びた声は、先ほどの冷たい声とは全く異なるもの。

 

「ずっと連れ添っていた家族なようなものに、隠し事をされていたことを」

「家族? 隠し事?」

「主は唯一信じていた。龍一、お前の存在を」

 

 的を得ない発言に、俺の困惑はますます深まるばかり。

 

「本当にそうか? 心当たりがあるのではないか?」

「!?」

 

 思考を読み透かしたように、こちらの考えに謎を問いかける。

 心当たり……ない、とは言えなかった。

 むしろ、そのことを考え始めると、それ以外の理由に思い当たるはずもない。

 恐る恐る、今思い当ったその出来事を目の前の女性に聞く。

 得られる答えは、聞くまでもない。

 

「はやて……か?」

「分かっているのなら話は早い」

 

 目の前の女性が、その拳に力を込めたことがしっかりとわかる。

 そこからどうするかなど、決まったようなものだった。そして、それに対してできることはなにもない。

 

「主に仇なす者は討ち取るのみ」

 

 しっかりと俺を見据え、外すようなへまもしそうになく、この先の俺の運命は決まったようなものだ。

 ただ一つだけ、せめてもの考えがよぎるだけだった。

 

(アリシア、持ってくるべきだったなぁ)

「覚悟」

 

 目でとらえきれるわけもない拳にできることは何もなく、俺はその人生を終える――

 

「ギガントハンマー!」

「!?」

 

 ――と思っていたところに、救世主が現れた。

 赤い服を身にまとい、背の丈ほどある大きなハンマーを女性に迫らせる。

 女性はすぐさま攻撃を中断し、後ろに下がる。

 

 救世主。その正体。

 

「まったく、危ねえところだったな」

 

 ここ最近仲良くなった友、ヴィータだった。

 



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第四十三話 想い流れる

 廃ビルの上層へ駆ける。

 外での戦闘のせいで、廃ビルは時たま大小さまざまな揺れが起こる。

 そのせいなのか、それとも単に電力が供給されていないのかエレベーターは動かず、しょうがなく揺れが危ない中必死に階段をあがっていた。

 なぜ、そんなことをしているのかというと、それはヴィータが救援に入ったところまで話は戻る。

 

 

 

 

「まったく、危ねえところだったな」

 

 大きなハンマーを抱えて登場したヴィータは、立ちすくんでいる俺を見てにやりと笑う。

 そこで立ちすくんでいた足はようやく動き、驚きと共にヴィータに寄りすがった。

 

「ど、どういうことなの、これは」

「どうっていわれても……」

 

 後退したことにより少し距離を開けて立っている女性を見て、ヴィータは固い声で喋る。

 

「あれがはやて……いや、闇の書だ」

「はやて? 闇の書? いったいどっちなんだ?」

 

 たしか、あの女性もはやてが悲しんでいるとか言っていた。

 少なくとも関係性がないということは無いだろうが、あんな乱暴なことをするのがはやてとも思えない。

 ……途中ではやての元から去った俺が言うのもなんだが……な。

 

「一つ言えることは、奴の言っていることは間違っているわけじゃない。だが、反対にはやての代弁者というわけじゃない」

「なんだか、はっきりしないな」

「あたしにもよく分かんねえよ。こういうことはシグナムかシャマル、ザフィーラでもいいな……とにかく、あたし以外に聞いた方が……っと」

 

 そこまで口を開いたところで、急にしまったという風に口を閉ざす。

 初め、理由が分からなかったが、不可解なことがあった。

 女性ははやてに深く関係していて、思い当たった理由から俺を狙ったとするなら、なぜ目の前の女性一人なのか。

 いつかヴィータが漏らしていたことだが、ヴォルケンリッター……特にシグナムはそのことに対してかなり恨んでいたはずだ。だというのにいるのはあの女性だけ。

 さらに、ヴィータは俺を庇っている。その矛盾はどうなるのか。

 そして、他の三人を口にしたときのあのヴィータの顔。

 

 俺は、嫌な予感が抑えられなかった。

 

「な、なあ、シャマル先生は……はやては今どうしてんだ?」

「それは……」

「おい」

 

 ヴィータが気まずそうに口を開いたとき、女性が動いた。

 動いたとはいっても、ただヴィータに向けて言葉を発しただけだが。

 女性は矢継ぎ早に言葉を続ける。

 

「なぜ邪魔をする。その男は我が主にとって最も憎き男」

「……りゅう、話は後だ」

「あ、ああ」

 

 女性は明らかに殺気を放っている。

 ヴィータにも当てているという事はそういう事なのだろう。

 あの女性の正体が何であれ、一番の目的は俺を抹殺すること。その途中になにがあろうと止まりはしない。

 あの女性の言っていることは間違いじゃない……なら、はやては。

 

「そんなに、恨んでいたのか……」

 

 ぼそりと、ヴィータにも聞こえない音量でつぶやく。

 

「りゅう、とにかくここは危ない。結界はこの廃ビルを中心に狭く張られているから、このビルの中に隠れておけ」

「ヴィータは?」

「あたしは……」

 

 女性に向き直り、俺を庇うようにしっかりと立ち見据えている。

 その背中姿をよく見れば、少し傷ついているようにも見える。

 もしかすると、ついさっきまで何か戦闘があったのかもしれない。それでも俺を守ろうとする後ろ姿は、今まで物事に対して逃げてきた俺に何か責め立てるような気さえしてくる。

 

 結局俺は、その場から逃げるように廃ビルの中へ入って行った。

 

 

 

 

 必死に階段を上ること数分、ついに屋上まで来てしまった。

 そして、その屋上から見える外の景色、女性とヴィータが空中で火花を散らして戦っている姿。

 戦っているというと聞こえはいいが、実際はヴィータが一方的に攻められているだけ。

 

「おいおい……」

 

 流石に高さがあるのでここまで飛び火はしなさそうだ。いや、ヴィータがここまで来させないようにしているのかもしれない。

 どっちでも俺がするのは同じこと。ここで勝負の行方を見守るだけだ。

 

「ちょっと待てって……」

 

 この勝負の行方がどうなろうと、そしてその結果、俺の死につながったとしても、俺はどうするつもりはない。

 そんな、流される性格。

 

 なのになんでだ?

 

 なんで俺は……

 

「あそこに飛び込もうとしているんだよ……」

 

 気付けば、屋上から飛び出す直前。フェンスがないので本当にギリギリのところで立ち止まっていた。

 あと一歩踏み出せば、地面にまっさかさま。途中に戦闘をしている二人を通ってだが。

 思い直すように一歩下がる。

 だが、その意思に反してそれ以上足は下がらない。

 

 命を捨てたいわけでもなく、危険なことに飛び込もうとしているだけでもなく、ましてや今更原作の奴らにかかわろうというわけではない。

 昔から、そう、昔からそれは変わらなかったはずだ。

 

 ……

 

 また一つビルに振動が起こる。

 今までよりはるかに大きいもので、バランスを崩し一歩前に足をだし……落ちた。

 

 いきなりの事だが、自然と落ちたという実感はわかなかった。

 衝撃の中、走馬灯のように前世の事を思い出し、さっきまで悩んでいたことはすべて吹っ飛んでたから。

 

 そう、ただ一つ簡単なこと。

 

「俺って、友達いなかったからなぁ」

 

 はやてにヴィータ。俺にとって、どちらも大切な友達だった。そういうこと。

 

 

 

 

 魔法弾を打ち落としつつ、あたしは相手の様子を見る。

 実力自体はかなりの差がある。おそらく、シグナムやザフィーラがいてもこの差は覆ることは無いだろう。

 出来ることは時間稼ぎだけ。その間に、忌々しくはあるが時空管理局の奴らが来てくれればりゅうくらいは何とかなるかもしれない。

 可能性の低い一縷の望みにかける。ここで立ち止まることは出来ないから。

 

「解さぬ」

「なにがだ」

「我が一部があのような小僧に肩入れをすることが」

 

 相手……闇の書が攻撃の手を止め、語りかける。

 たしかに、闇の書の騎士であるあたしが、主である己の意思に反して敵側に入れ込んでいるのが不思議なのだろう。

 だが、そのセリフはあたしの中のあることに確信を抱かせてくれた。

 

「やはり、お前ははやての代弁者ではない」

「……何?」

「はやてだったら、間違えても人と人の絆は疑わない。それがどのようなものだったとしても」

 

 はやてはいつでも龍一ってやつが戻ってくるのを待っていたし、蒐集も疑いから確信に変わったときでもあたしたちに対して悪意を与えることはなかった。

 そんなはやてが、誰かに害を与えることどころか、自分の思い通りにならないことに憎悪を覚えるわけがない。

 

「だからお前は、はやての言葉を代弁しているわけじゃない。自分で勝手に判断しているだけだ。自分の都合よく……な」

「ヴィータ、お前は主の言葉を疑うのか」

「はやてじゃない。お前の言葉だ!」

「いいだろう……ならば、貴様もろとも龍一を殺してやる!」

 

 闇の書はつっこんでくる。

 それを避けてしまえば、廃ビルが崩れる危険性があるほどに力が大きい。

 だったら、あたしの魔力を使い果たす要領で守らなきゃやばいって――

 

 まて、あいつは何と言った。

 

 龍……一……?

 

 その時、迷いが生まれた。

 迷いはあたしの動きを止め、防御に回そうとした魔力も閑散し、ほぼ身一つの状態で闇の書の攻撃を受け止めてしまった。

 

 吹き飛ばされ、廃ビルの側面を突き破り、最後の壁一枚というところでようやく勢いは止まる。

 廃ビルは揺れ動き、倒壊の危機に瀕すほどの大きな揺れ。

 脱出をしようと体を動かそうとするが、防御なしでまともに攻撃をくらったせいかなかなか動くことが出来ない。

 

「りゅう……お前は……」

 

 先ほどの闇の書の言葉、龍一。

 名前だけでしか聞いたことは無いが、はやてが良く話していた。

 あたしたちが来る前のはやてを支えていた家族のようなもの。それと同時、非情にも誕生日の日にはやてを見捨てたやつ。

 そいつはあたしたちヴォルケンリッターの中でも許されざる人物として刻まれていた。

 だけど、りゅうが龍一だとすると……

 

「どっちが正しいんだろうな……」

 

 今になって思う、闇の書は危険だった。

 それに感づいて逃げた龍一は当然の行動だったのではないか。

 むしろ、はやてを悲しませてしまった直接の原因は、自分たちにあるのではないか。

 

「謝んなきゃならないのは……もしかしたら……」

 

 つぶやき、横になる。

 頭がまどろみに染められていく。

 

「ちっ、どのみち……ここで終わりか」

 

 思ったよりダメージが重い。

 すでに意識を保つのがやっとというこの状況、万が一立つことが出来たところでどうしようもないだろう。

 

「はやて……りゅう……すまねえ…………」

 

 そこで、ヴィータの意識は途絶えた。

 

 

 

 ヴィータが気絶をして一瞬後、外で強い光が走った。

 



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第四十四話 待ち人来る

 意識が戻る。

 起き上がって周りを見れば暗闇。だが、暗闇のはずなのに自分の姿はしっかり見える。どうやら、ただの暗闇というわけではないようだ。

 

 落ちた時の事を思い出す。

 まっさかさまとなった先は、あの銀髪の女性の元。奇しくも、落ちる前に考えたことと同じになってしまった。

 そこからは……よく分からない。

 女性に当たるというところで強い光が発生し、気が付けばこんなところで意識を失っていた。

 

「また、巻き込まれでもしたかな……」

 

 今回に限り、確かに少しは自分からかかわろうという気持ちはあった。だが、別にそれを求めていたわけではなかった。

 

「どうせなら、このまま終わってしまっても良かったかもな」

 

 気が付けばこうして事件に巻き込まれているという状況、自分としては直したいところ。

 状況判断するにも、周りは暗闇でそれ以上の事は分からない。

 敢えて説明するというのなら、ここは魔法に関係する空間であることは間違いない。

 

「起きたか」

 

 突如目の前に現れた銀髪の女。

 先ほどまでいなかったというのに、どうやってここに来たのだろうか。

 ……いや、ここが普通の場所でないとするのなら何もおかしくない。つまりここは、この女の庭……というところだろう。

 

「俺を殺すのか」

 

 庭みたいなところだとするなら、この場を離れても無駄だろう。

 こんな生き残るすべが思い浮かばない状況で、目の前の女に媚を売っても意味がないことも分かっている。

 そう考えて、あきらめの気持ちで目の前の女性から目をそらさず問う。

 女性は息を詰まらせたように一度息をのんだ。

 

「……貴様、怖くないのか」

「……なにが」

「こんなわけのわからない場所で死んで、何を知ることもなく人生が終わる」

「確かに……な」

 

 逃げる前にヴィータが言っていたことには気になることが多すぎた。

 はやてについて。ヴォルケンリッターについて。この女について。

 おそらく明るい答えが返ってくるものではないが、渦中に巻き込まれて何もわからず死ぬというのは確かに嫌だ。

 

「だけど、教えてはくれないんだろう?」

 

 女は答えを返さない。正解なのだろう。

 ならばどうしようもない。できることもなにもない。

 

「あ、ちょっと待て。一つ言い残したことがあった」

「言い残したいことだと? なんだ、命乞いか」

 

 こいつがはやてと関係あるというのなら、最後に一つだけ言っておきたかった。

 はやて自身に俺は恨みなんてないから。伝えたかった懺悔の言葉。

 

「はやてに伝えてくれないか。『誕生日おめでとう。そして、ごめんなさい』って」

 

 はやての事は嫌いじゃなかった。むしろ、好きな部類に入る。

 自分の弱さのせいとはいえ、闇の書さえなければ俺たちは本当は今も笑い合っていられたんだろうか。

 

「ちっ、目の前に迫る死を恐れぬとは……子供らしくないやつだ。まあいい、おとなしく死ね」

 

 そりゃあ、一度死んでいるからな――

 

 

 

「ダメや!!」

 

 暗闇の中、一つのききなれた声が響いた。

 それに驚き動きを止めたのは俺だけでなく、拳を俺の目の前に突き出している女もだった。

 そんな両者が動きを止めるほどの人物。

 

 それは、はやて以外にありえなかった。

 

「なんで、争いあうんや……わたしは、そんなこと求めてないのに……」

 

 女の時と同様に、いつの間にか横に立っていた。

 悲しそうに顔を伏せるはやて。

 なんでこんなところにいるのか、そしてなんで立っているのか。

 

「はや……て?」

 

 迷い謎に包まれた俺は、恐る恐る手を伸ばす。半年たった今でも変わってない、その少女に向けて。

 その手はがっしりと両手に包まれた。当の本人によって。

 

「龍一、会いたかったんやで?」

 

 泣きそうな顔で無理矢理笑顔を浮かべて告げる。

 その笑顔は罪悪感をありありと受けるものであり、ついまぶしくて目をそらしてしまった。

 

「……主は、それでいいのですか。この男をそう簡単に許して」

「許すんやない。わたしは元々龍一を恨んでおらんからな」

「それは、この男が主の苦しみを何も知らぬまま、のうのうと生きるという事ですよ」

「龍一は、家族やからな」

 

 俺は驚く。

 まさかいまだにはやてが俺の事を家族だと思ってくれているとは思っていなかったから。

 

「はやて……ごめん、ごめんな……」

「そんなん、こっちのセリフや。こんなことに巻き込んでしもーて、すまんな」

 

 こんなこと?

 そういえば、考えても見れば闇の書を中心にして物語は進んでいる。

 今謎ばかりが頭の中に思いうかぶこの状況、はやてなら知っていることがあるんじゃないか?

 

「はやては今の現状、どうなっているのか知っているのか?」

 

 その言葉を聞いて、はやての顔は急に青く染まった。

 様子は尋常じゃない。何か恐ろしいものでも見たような……

 

「そう、そうや……わたしのせいで……みんな……」

「主! ええい、どけ小僧!」

 

 女性は俺を押しのけてはやてを落ち着かせようとしている。突き飛ばされた俺は、はやての様子をじっと見つめた。

 ぶるぶると震えて、何かの恐怖に陥っている。

 わたしのせいで……もしかすると、いや、おそらくはやてはこの女性がやってきたことを見てきたのだろう。それも、自分の視点のように。

 

「シグナムも……シャマルも……ザフィーラも……お見舞いに来てくれたみんなも……」

「主! しっかりしてください!」

「ヴィータだって……なあ龍一……」

 

 徐々に消え失せていく眼の光。

 

「龍一、あんたはわたしのせいで親が消えることを恐れていたんやろ?」

「なにを……」

「だからわたしに龍一の家族の事を教えてくれへんかった」

「ち、違っ……」

「そして龍一も……消えた」

 

 虚ろになりつつある瞳が俺を視る。

 その眼から読み取れる情報は虚空。

 

「わたしの周りにいる人って、みんないなくなるんやろか」

 

 問いてきているはずなのに、その答えは自分の中では決まっているようにみえる問い方。

 

「そんなことはありません主! 私はずっとそばに……!」

「最後には、わたしもろとも……やろ」

「……っ!」

 

 図星をつかれたように、女性は唇をかんで後ずさる。

 

「確かにそれだと、ずっと一緒にいることになるんやろな。あともう少しの間だけやけど」

「いつから、気付いていらっしゃったのですか。闇の書が主を巻き込むことを」

 

 よく分からない会話が入る。

 どうやら、はやての足が動かなかったり病気が重くなっていったのは、闇の書のせいらしい。

 そして、いままでヴォルケンリッターが蒐集していたのは、闇の書が完成すればはやての病気も治るかもしれない、そんな数少ない可能性に賭けたのだそうだ。

 その賭けは、失敗したらしいが。

 それどころか、何者かに襲われてヴォルケンリッターのうちヴィータを除く三人は蒐集されてしまった。ヴィータが蒐集されなかったのは、三人まででページが埋まったかららしい。

 周りを害し、自分は何もできないという状況にはやては悲しんだ。そしてその悲しみを感じ取った闇の書の中の人格である目の前の女性は、その悲しみを感じ取り反逆に走った。

 

 その何者かを含めた管理局の奴らに力を見せつけた後、一番大きな感情を締めていた俺を殺すために。

 それが余計に悲しみを増幅するとは知らずに。

 

「……」

 

 複雑なところである。

 結局、ここまで追い詰めてしまったのは他の誰でもなく俺。

 あの明るいはやてが無くなったのは逃げてしまった俺のせい。

 

 ……だめだろそれは。家族を、親友を悲しませるのは。

 

「……はやて!」

「龍一……?」

 

 言いたいことはまとまったわけじゃない。だけど、ここで何かを言わなければ、はやては消えてしまう。そんな予感がした。

 

「俺はいる! ここにいる!」

「な、なんや、この人と同じように同情してくれとんのか?」

「違う! 俺はお前のもとに帰ってきたんだ!」

「え……」

 

 自分で何を言っているのか分からない。

 あんなことをしてしまった俺に、こんなことを言っていい権利があるのかすらわからない。

 だけど、今更でも、訳が分からなくても、このまま大切な友達であり、もう一つの家族であり、親友でもあるはやてをを失うのはとてもつらかった。

 

「これから先、はやてのもとにいる! もう二度と黙って離れることなんてない!」

「そ、そんなんわからんやろ。何いうてん」

「絶対だ! 約束する」

「……や、やめい」

「信用してくれるまで、俺は何度でもいう」

「やめてや……」

「俺だってはやてのことを大切に思っている! だから、はやてともっと過ごしていたい!」

「やめてっ!」

 

 はやてが叫び声を上げ、嗚咽を漏らす。

 はやての目は涙であふれていた。

 

「そんなん言われたら……期待してしまうやろ」

 

 俺ははやてのそばに近寄り、所在なさげにしていた手を取りぎゅっと握る。

 

「期待じゃない。ほら、こうして俺ははやての手を握っている。帰ってきて、はやてに触れられる距離にいるんだ」

「龍一……」

 

 はやては俺に飛びつき、存在を確認するかのようにしっかりと抱きしめた後、声を上げて泣き出した。

 



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第四十五話 祝福の風

 ぐわぁあああああああああああああ!!

 すっげーーーーーー痛いセリフ吐いたぁああああああああああああ!!

 なんだよはやての元に帰ってきたって! くさいどころか痛いだろ!

 はやては有言実行するかのように傍を離れないし……ああ、もうどうすりゃいいんだ。

 

「まあ、出れないのなら、ここで運命を共にするしかないんだろうけど」

「は? 何を言っているんだ。普通に出ることは出来るぞ」

 

 ……えーと。いったい何を言っているのだろうか、この女性は。

 俺は女性の言ったことを確認するために、向き直って聞いてみる。

 

「いやいや、こういうのって出るの不可能で、なぜか知覚することが出来る外の景色を見て絶望するところでは?」

「つまらんギャグを言うな。お前は元々外から入ってきた奴だ。出すことくらい簡単にできる」

「わーお」

 

 こんなにあっさりでいいんだろうか。

 いや、だめだろ。しかもシリアスブレイクしてきたし。

 未だ離れないはやてをみれば、同じような顔で女性を見ていた。

 

「でれるん?」

「え? えーと、主は……」

「でれるん?」

「いやー、その……」

「でれるん……?」

「やろうと思えばできますハイ」

 

 最後のはやては恐ろしい顔で見ていた。最初に女性と会った時の恐ろしさ以上だった。

 

 ……でも、そうか。出られるのか。

 

「あ、ですけど……」

 

 言いづらそうに、女性は喜びの顔を浮かべていたはやてを引き留める。

 はやても、それがふざけてではなく真面目な口調だからなのか、気を引き締める。

 

「主の媒体が消え、闇の書だけになってしまいますと、今のこの状況、おそらく闇の書は暴走するかと」

「たかが本の暴走だろ? そんなのたいしたことないだろ」

 

 簡単にそういってのけるが、女性の表情は一向に晴れない。

 そして、その事実を説明する何かが、頭の中に直接送られてきた。

 

 その光景は、悪夢そのものだった。

 

「あ……あ……」

「数々の悲劇を生み出し、最も厄介なシステムを持つもの。その正体こそが闇の書の防衛プログラム……名をナハトヴァールと言います」

「ぐ……」

 

 見慣れていないスプラッター映像に吐き気が込み上げるが、それを何とか抑え、そして女性の言うヤバさを実感した。

 だが……

 

「でも、なんでだ。なんかおかしかったぞ」

 

 一つだけ、今まで見たものに違和感があった。

 それは一種の夢かもしれないし、もしかしたら何らかのバグかもしれない。

 だけど、それだけが圧倒的におかしかった。

 

「いったい何がおかしい?」

「なんで悲劇の中に、闇の書の苦しみが混じっていたんだ」

 

 その言葉を言うと、女性は驚愕した。

 それこそ、はやてまでもが。

 

「……お前の与えた情報の中にそんなのは与えてなかった」

「だったら、あれはなんなんだ。知っているんだろう、管制人格」

「……」

 

 一拍置き、女性は口を少し動かしたのち諦めが混ざったように話し始めた。

 おそらく、はやても俺の話に興味を乗り出したからだろう。

 

「私の中でも真実か定かではありません。それほど昔の話」

 

 闇の書の元は夜天の書という、数々の魔術の研究に使われたものだった。

 だが、心無い主により、夜天の書は己の好きなように改造されていき、ついには周りのものすべてを破壊する危険なものとなってしまった。

 

「その末路が、見せたあの記録です」

「ま、まて、それが本当なら、夜天の書に戻せば」

「それは不可能だ。すでに闇の書に夜天の記録はない。元に戻すことは不可能だ」

 

 だったら、やはり止めるには破壊するしかないのか。

 管理局が総出でかかったとしても勝てそうもないほどの能力。

 この街にいる人たちでかかったとして、勝てるのだろうか。

 たとえ、魔王がいたとしても。

 

 ……勝てるか……なんて。

 

「考えるまでもない。外に出るぞ」

「っ! 人の話を聞いていたのか!」

「聞いていた。だけど、このままこうしているわけにもいかない」

 

 原作がこの先どうなるかなんてわからないけど、このままこんなわけのわからないところにいて終わりを迎えるなんて、そんなのは到底我慢できない。

 それに、こうなってしまった原因の一端は俺にある。少なくともはやての前から、逃げるわけにはいかない。

 

「そうやな。こうしていたところで、何か変わるわけもないしな」

 

 はやても俺と同じようにこのままじゃいけないと思ったのか、現状から脱却する方を選ぶ。

 

「それに、限界なんやろ、暴走を止めるの」

「っ、流石にばれてましたか」

「暴走を止めるのが限界って……どういうことだ」

「そのままの意味に決まっとる。龍一は分からんと思うけど、今、外は大変な状況なんや」

 

 暴走が止められない……?

 

「だったら今の街の様子は?」

「いまはなのはちゃん達がどうにかしとるみたいやね。……私がこうなる前に見たのは、やっぱ偽物やったんか」

「しかし、彼女らにしても全く太刀打ちできていない模様。彼女らがやられ、暴走が活発になってしまえば抜け出すことも難しくなりましょう。主、ご決断を」

 

 はやては静かに目をつむる。

 それは己の気持ちを落ち着けるためのものであるか。少なくとも、悲観的なものは見受けられない。

 はやては一つ深呼吸して、言った。

 

 

「夜天の主の名において汝に新たな名を贈る。強く支えるもの、幸運の追い風、祝福のエール、リインフォース」

 

 

「な……」

 

 その声を上げたのは俺ではなかった。

 俺以外にここにいる人物、それはこの女性しかありえない。

 女性は否定する。その名を受け取る価値など自分にはないと。

 

「あ、主! 私はもうすでに夜天ではありません! そのような……そのようなきれいな名前を受け取ることなど……」

「私の持つ本は、そないな恐ろしい本ちゃう。それこそ、全てを破壊してしまう物なんて、こっちからお断りさせてもらうわ」

「では……」

 

 先ほどからずっと離れようとしなかったはやては、ここでようやく俺の元から離れた。

 はやてはかたくなになる女性の手を取り、両手で強く握りしめる。

 

「そない固くならんでええ。リインフォース、あんたが受け取らな、わたしも名乗れんやろ」

「名乗れない……とは?」

「夜天の……そう、『最後の夜天の主 八神はやて』ってな」

 

 女性はその気高い主に対し、少しだけ驚いた顔を見せると、すぐに膝をついて従者の構えを見せる。

 

「……承りました。これよりわが名は『祝福の風 リインフォース』。夜天の書、最後の主を支える騎士となりましょう」

 

 その言葉を聞いて、はやてはにこやかに笑った。

 

「さて、いい話にまとめているところなんだけど、時間は一刻をも争うんだよね」

「そうだ。バラバラにやってしまえば時間も魔力も使う。主と共にお前も送ってやろう」

「思ったが、なんか俺に対してはひどいよな。リインフォース」

「お前がその名を呼ぶな! 穢れる!」

 

 襟をつかまれて凄まれた。なんかすごいガチ切れされるとか……今度から名前呼びはやめておこうと思った。

 

「まあまあ、もう少し仲良くせーや。これから協力してそのナハトヴァールを倒すんやから」

「こんなただの人間が役に立つと?」

「それでなくても仲よくはしてな。ほら、龍一も涙目になってしもーとるし」

 

 な、泣いてなんかないやい!

 

「こ、こんなところで会話しててもしょうがないし、早く出ようよ」

 

 服の袖で目元をぬぐい、何事もなかったかのように振舞う。

 ちょっと鼻声のような気がするが、自分で聞かないふりをしておく。二人も、気を使ってくれてきかないことにしておいてくれたようだ。

 

「では主、また会えるときが来れば……」

「は? 何言うとるんや」

 

 リインフォー……女性が別れを切り出したところで、はやてがまるで驚いたような視線をおくりながら返事をする。

 

「リインフォース、一緒に来てわたしを支えてくれんの?」

 

 はやてからそう言われてしまえば断るすべはない。

 女性も、名をもらった意味に気付いたんだろう。はやての言葉を聞いてすぐに訂正をした。

 

「……いえ、そうでした。私は主に仕える騎士。どこまでも主の剣となり盾となりましょう」

「うん、それでいいんや」

 

 はやてはここで、久しぶりに家族に対する笑みを見せたのだった。

 



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第四十六話 夜天へと目指す騎士

 暖かい風。

 その暖かさにつられるよう、己は覚醒を果たしていく。

 

「あ、おきたか」

「! りゅ、りゅう……」

 

 目の前にいたのは、意識を失う前に考えていた男の子だった。

 

 

 

 

 廃ビルにて倒れていたヴィータを起こす。

 方法としては、一度家まで帰って、魔力の扱いに長けているというアリシアを持ってきて回復できるようやり方を教えてもらった。結局、ほとんどアリシアがやったけど。

 ……万能だな、アリシア。

 

「な、なんでお前……痛っ」

 

 勢いで起き上がり、傷に障ったのか顔をしかめるヴィータ。

 

「あまり無理するな。あくまで回復させたのは魔力だけ。傷自体は治っているわけじゃない」

「こんなのかすり傷だ……それより、今はどうなっている。あたしが気を失っている間に、何があった」

「……管制人格と会った」

 

 その言葉を聞いてヴィータが沈痛な表情をした。

 こんな形で巻き込んだことに対してなのか、全てを知られてしまったことになのか、それは分からないが。

 

「りゅう……一つ聞いていいか」

「答えられることなら」

「りゅうは、あの龍一なのか」

 

 あの、というのはおそらくはやての事だろう。

 直接話に加わってないあの女性があそこまで怒っていたのに、ヴィータがその名前に対して何も思わないわけがない。

 素直に教えるか、隠すか……

 

「……ああ、そうだ」

 

 ……なんて、悩むことでもない。

 ヴィータが激怒したとて、当の本人からはすでに許してもらっている。

 今ここで一発殴られるようなことがあったとしても、あの女性のように殺しに来ることは無いだろう。

 ……ヴィータとの絆はなくなるかもしれないが。それもまた、良いのかもしれない。元々、原作キャラとは付き合わないつもりだった――

 

「りゅうっ!」

 

 突然、声を上げて抱きしめてきた。

 だれがだれを? ……ヴィータが、俺を。

 

「なっ、なんでっ」

 

 驚愕のあまり声が裏返る。

 ヴィータは俺のそんな様子に全く気にかけず、むしろ抱きしめる力を強くしていく。

 

「あたしが、りゅうを責めれるわけがない。こうなってしまったのは、あたしに責任があるからだ」

「ば、馬鹿! 違う、ヴィータは何もしていないじゃないか」

「りゅうとはやてを引き合わせてしまった。……あれが危ないって気づいていたんだろ、りゅうは」

 

 その言葉は確信を持っていったセリフではないだろう。

 だけれど、間違ってないその言葉を否定するほどの根拠はなく、図星を言い当てられたかのように押し黙ってしまった。

 

「……やっぱり、そうだったんだな。すまん、あたしがいつまでもお前と会い続けていたから……友達でいたいと思ってしまったから……」

 

 懺悔するように肩を震わせるヴィータ。

 それは、俺が今まで見てきた中で、一番弱弱しいものだった。

 

「……また、一人に戻るだけ……」

 

 そうぽつりとつぶやいた瞬間、俺の中で何かがはじけた。

 

「ヴィータは一人じゃないだろ!」

「なんでだよ! シグナムにシャマル、ザフィーラは消えた! 仮面の奴らによって! はやてだって、闇の書に取り込まれてしまった!」

「まだ終わったわけじゃないだろ!」

「あたしはみてきたんだよ! 闇の書が暴走するところ、そしてそれがどういう結果になるか! りゅうもいずれ闇の書の手によって……!」

 

 叫び声をあげて、涙まで流して、ヴィータは悔やんだ。蒐集をした結果が、こうなってしまったのだから。

 ……だけど、まだそれは早とちりに過ぎない。

 俺は嘆きの声を上げるヴィータを逆に強く抱きしめ返した。

 

「懺悔の言葉を吐くのはまだ早い。まだヴィータにはやることがあるだろ。まだ、救えるものもあるかもしれないだろ」

「え……」

 

 ヴィータは何かを感じ取ったかのように、頭に手を当てた。

 いや、実際にかかっている。実は先ほどはやてたちと別れる前にしばらくたってから念話をかけるように言っておいたためだ。

 しかし、図ったかのようなタイミングで念話かかったものである。

 

 

 そして、その話は少し前に戻る。

 

 

 脱出前、外の様子を教えてもらった俺は、どうしようか悩んだのだ。

 

(普通にやばい状態なんですけど、逃げてもいいですよね)

 

 やはりだが、いつも通りの思考に陥る。

 このままついて行ったところで手伝えることなんて何もない……ああ、ジュエルシードを使えばそうでもないか。

 だけど、あそこには管理局もいるんだろ? そんな中で使うとか自殺に等しいぞ。

 しばらく考えた末――

 

「じゃあ、はやて。俺は家に帰ってるから」

 

 やっぱりこういう決断になるわけです。

 

「せやな、龍一はうちに帰っとき。料理、楽しみにまっとくで」

 

 はやてはそんなふうに言った俺ににこやかに返答してくれた。

 うん、なんかおかしい一文も入ってたけど、気にしないでおこう。気にしたら負けだ。

 だけど、そんな風に事がうまくいくわけはない。

 隣の女性は俺に鋭い視線を送っていた。

 

「……な、何か用で?」

「おい、お前はヴィータに会いに行ってこい。今のまま私が出ても、戦力が足らないだろうからな」

「他の三人は呼び出せないの?」

「私の中に取り込まれたんだから呼び出せるに決まってるだろう。ヴィータだけは取り込んでないから言ってるんだ」

「自分で行ったら?」

 

 顔の真横に魔力弾がすぎさった。

 

「……で、返答は」

「行かせていただきます」

 

 この選択を強いられているんだ! 決して自分から行きたいわけじゃないぞ!

 

「だ、だけど、自分で念話くらいは送ってくれないかな? 俺に騎士とかそういうことは分からないし……」

「そんなことは百も承知だ。ただ、ヴィータに念話が送れないのが気になって、お前に命じただけだからな」

「パシリかよ!」

 

 

 とのような事があって今に至る。

 

 

(思えば、なんで俺の脱出先は公園の木の上だったんだろう。……おのれ、管制人格)

 

 とりあえず管制人格のせいにしておき、現在念話が終わったヴィータの様子を見る。

 その表情はさっきまでとは違い、ちゃんとした騎士の顔になっていた。

 

「サンキューな、りゅう」

「なにがだ?」

「お前がいなかったら、きっと救えるものも救えなくて今もふさぎ込んでいたかもしれない」

 

 正面からこういうことを言われるのは馴れていないため、少しばかりか気恥ずかしくなる。

 ヴィータは言うだけ言って、側面に開いた穴ギリギリのところに立ち、こっちを振り返って言った。

 

「あたしが帰ってくるまでに、料理を作っとけよ!」

 

 その言葉は、自分の勝利をすでに確信しており、以前のような影はなく、そこに映るものも決意だけになっていた。

 孤独を感じなくなり、彼女の中にあるのはきっと……光。

 

 少女は飛び立つ、目に見えない天へと。

 暗闇をこえ、目指すのはきっと夜天。

 

「っ! 頑張ってこいよ! 夜天の騎士の一人、紅の鉄騎ヴィータ!」

 

 気付けば、飛び立とうとするヴィータの背に激励を送っていた。

 その激励に対して、ヴィータは迷い一つない笑みを返してくれる。

 

「おう!」

 

 

 夜は明ける。五人の騎士に、三人の魔法少女、そして多くの魔法世界の人達のおかげで。

 



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第四十七話 集団帰宅

『ナハトヴァールの消滅を確認……お兄ちゃん、勝ったんだって』

「そっか……」

 

 はやての家にてちょうど料理が完成したとき、アリシアから勝利報告が来た。

 不思議と喜びはわかなかった。ただ、なんなのかわからない感慨深さだけが残った。

 出来上がった料理をテーブルに並べ、軽くラップをかけておく。

 それを淡々とこなす様子の俺に、ある程度予想をついているだろう質問。

 

『お兄ちゃん、この後どうするの?』

「帰るよ。料理もできたことだしな。今回は冷めてもおいしいものを作ったから、少々遅くなっても大丈夫だろう」

『……会わないの?』

 

 アリシアから咎めるような声。

 本来なら、そうした方がいいのかもしれない。だけど、そういう気にはやはりなれなかった。

 

(だって、銀髪のお姉さん怖いんだもん)

 

 他にも、ヴィータからはああやって受け入れられたけど、ぶっちゃけシグナム達の反応も怖い。

 下手すりゃ出会いがしらに切られるぞ。

 もし会うとしても、アリシアを持っている状況だけはありえない。少なくとも今日はさっさと帰らなければならない。

 ともかく、俺はそそくさとはやての家を出て行ったのだった。

 

 

 

 

「お願いします!」

 

 所変わって、戦艦アースラ。リンディはいきなりの事にとまどっていた。

 闇の書の防衛システムであるナハトヴァールを破壊し、その協力者を全員呼んで数分、今回の事の中心人物でもある八神はやてがついたとたんに土下座して外出許可を頼み込んだのだ。

 長年職業に就いていたが、さすがにこういうことが無かったリンディは戸惑に加え、更に戸惑いを禁じられなかった。

 

「え、えーと、さすがに事情聴取くらいはしないといけないのだけれど」

 

 しかしここは年の功、なるべく冷静を外面では装いつつ、事の鎮静化を図る。

 

「それやったらすぐに帰れますか」

「それはさすがに分からないけれど……」

「少しだけでいいのでうちへ帰らせてください!」

 

 再び深々と頭を下げるはやて。

 リンディはしばらくしたら辞職しようかと考えるくらいに現実から目を逸らす。

 

「艦長、さすがにこれくらいの子に頭を下げさせ続けるのも……」

「そ、そうね」

 

 息子に諌められ、咳払いをして冷静を取り戻す。

 そして、頭を下げ続けるはやてに声をかけようとしたところ、帰ってきた他の騎士たちも出てきた。

 説得に手伝ってもらおうと、渡りに船のような気持ちだったリンディだが見事に裏切られた。もちろん、悪い方向に。

 

「あんたが偉い人なんだよな! お願いだ、少しの間だけでいいからはやての家へと戻らせてくれないか!?」

 

 同時に土下座しにかかった八神はやてと同じくらいの背丈の少女。

 リンディはとても泣きたくなった。

 流石に状況を見かねたリンディの息子は、二人に声をかける。

 

「はぁ……しょうがない、ちょっと待っててくれないか。さすがに君らだけで行かせるわけにはいかない」

「それって……」

 

 大手振って喜びの声を上げる二人に、ついていけない他の騎士。

 リンディの息子自身もさすがにまとめられる自信が無くなったところに、ちょうどなのはたちも帰ってきた。

 同時、この場にいる他の人と同じような錯覚に見舞われる。

 

「えっと……どういうこと?」

「僕にも説明できないよ……」

 

 リンディの息子も、早くこの場を逃げ出したい気持ちでいっぱいだったため、手っ取り早く用件だけを言いうことにした。

 

「帰ってきたところ悪いんだけど、監視を兼ねてこの子たちについて行ってほしいんだ」

「この子って、はやてちゃんたちに?」

「ああ。こっちはこっちでやることがあるから、キミたちに頼むしかないんだ」

「わかったの」

 

 疲れたようにすごすごと艦長室に戻っていくリンディとそれに付き添う形の息子。その背中に香るのは、残業帰りのサラリーマンのような空気。

 そんな微妙な空気が流れる中、なのはの横から聞いたことのある声がかかる。

 

「なのはちゃん!」「なのは!」

 

 なのはがその声の主を見れば、学校の親友二人の姿だった。

 

「アリサちゃんにすずかちゃん!? どうしてここに……」

「それはこっちのセリフよ! なんでこんなことになってるのよ!」

 

 アリサとすずかがそこにはいた。二人はこの闇の書事件に巻き込まれていたのである。

 巻き込まれたと言っても、結界の中に入り込んでしまったところ、なのはとフェイトの二人に救出されたというだけだが。

 だが、そのせいで闇の書との戦いを目前にすることとなってしまった。

 殆どばれているとはいえ、このことはだいぶデリケートなことである。きちんと理由を話したいなのはであるが、情報の取捨選択が出来ないため口ごもる結果となる。

 そのようになのはは言いづらそうになっていると、その間の空気を割くようにはやてが入り込んできた。

 

「積もる話もあるやろうし、わたしのうちにきてや。それからでもええやろ」

「そうだよ二人とも。忙しそうにしているのにずっといたら、さすがに迷惑になっちゃうよ」

 

 アリサはそういわれ、一理あることを考えると、それに賛成する。

 すずかの援護もあり、はやての家に行くことは即決となったのだった。

 

 

 

 

 はやての家につくこと早速、はやては飛び込むように家の中に入る。

 はやての移動はもっぱら誰かに運んでもらうか、魔法で移動するかのどれかであるが、ついた途端に魔法を使いだしたのだ。

 運んでいたリインフォースからすれば、数時間前に魔法を使ったばかりとは思えないような速さだったという。

 ともかくとして、六人の少女と三人の女性、そして居づらさを感じたのか犬状態になった男一人ははやての家になだれ込んだ。

 

『人数が多くなるような予感がしたので、少し多めに作っておきました』

 

 はやてたちが最初に目にしたのは、そう書かれた手紙に数々の料理。

 まだ冷めきっていない料理の存在から、はやてはついさっきまで龍一はいたのだと感じさせられた。

 

「……少し、遅かったなぁ。まあ、家族ほっとくのもなんやし、今日のところは許そか」

 

 その言葉は誰に向けられたのか一部の人は除いて分からなかったものの、だれもつっこむようなことはしなかった。

 実際、はやての言葉よりも、目の前の料理が気になっている人が大半だったためだ。

 

「はやてちゃん、これは?」

 

 この中でもはやてと仲が良いすずかが、目の前のテーブルに広がる料理について聞く。

 はやてはその料理に対して、こう告げるだけだった。

 

「うちの大切な家族が作ってくれたものや」

 

 

 その後、席に座り冷えつつあった料理に口に運ぶ面々。

 おいしいと、誰もが思う料理。事前情報もなしに、その味にピンときたものがいた。

 その者は、ただ気づいただけでそのことを誰にも知らせようとは考えない。

 ただ、一口食べた瞬間に、いつもの感想がわいただけ。

 

(これ……本当の料理)

 

 地球に来て初めて食べた料理の味は、今もフェイトにしっかりと理解をされていた。

 



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第四十八話 闇の書の事後

 一日たって思う。あの事件は俺の何かがおかしかったと。

 

「なんてもんだったらいいんだけどね……」

『そうだね。ちょっと、わたしも聞いてみたいことが多いし』

「はい……」

 

 少し怒っている様子のアリシア。自分の知らない場所で、持ち主が死にそうになっていたのだから気持ちは分からなくもない。

 

「アリシアは何が聞きたいんだ? 俺の事なら大体話しただろ」

 

 なんやかんだではやて家で料理を作っていた時、アリシアを手放していた時の出来事を話している。他に俺に聞きたいことなど、いつものようにハッキングすればいいのではないだろうか。

 

『今は事後処理の途中だろうし、下手にハッキングはしないよ』

「なんでわかった」

『そんなことよりも聞きたいこと。実はね、私さっきフェイトと会ったの』

「……はぁ?」

 

 いきなり荒唐無稽なことを言ってくるアリシア。ついに壊れたんじゃないかとすら思う。

 そんな憐れんだ目に気付いたのか、アリシアはコアを光らして怒鳴る。

 

『嘘じゃないって! ……それでも信じないのなら、それでもいいけど』

「ごめんごめん、信じるって。それで、どうかしたの?」

『フェイトは、笑ってた』

「……え?」

 

 不思議と、見えた。

 アリシアとフェイトの会話が。

 

 

「アリシア、わたしは今の生活が楽しい」

「そうなの?」

「闇の書の中の夢は確かに楽しかった。お母さんが優しくて、リニスもいて、アルフにアリシアもいる」

「でも、それよりも現実の世界の方がいいんだよね」

「うん。なのはがいて、アースラのみんながいて、学校の友達がいて……わたしの事を気にかけてくれる人がいる」

 

 そこまで伝えると、アリシアの体は消えていく。

 もう思い残すことが無いかのように。

 

「……じゃあ、さよならだね」

「アリシア、ごめんね」

「謝らないで。それに、いつか家族三人……ううん、四人で過ごせる日が来るかもしれない」

「四人?」

「それまで我慢。だからね、そんな未来が来るよう、頑張って、フェイト」

「……分かった。そういうことなら、またね……かな」

「うん、またね、フェイト」

 

 その言葉を最後にして、フェイトの夢は覚めた。

 

 

「! っと」

 

 同時に、目の前の幻覚のようなものも消えた。

 何が起こったかわからなかったが、アリシアが見せたかったものは分かる。

 

「今のが、フェイトとの間に会った会話か?」

『いつかはわからないけど、お兄ちゃんの言う闇の書との戦闘の途中の出来事だと思う』

「そうか……」

 

 フェイトもだいぶ母親からひどい扱いを受けていたっていうのに、明るい幻想よりもそういう現実を選ぶか……

 

「強いな、フェイトは」

『フェイトはみんながいるからって言ってたけどね。お兄ちゃんだって、変わってきてるよ』

「へえ、言いたいことってのはそれ?」

『まさか、わたしがいちいちお兄ちゃんを褒めるためにこの会話をしたと思ってるの?』

 

 思わないけど、その言い方はひどくありませんかね。

 

『わたしが聞きたいことは、この時どこにいたの?』

「どこって……」

『わたしだってさすがに、幽霊というわけでもないのに闇の書の中に現れるわけがないよ。なのに、事実わたしはそこに現れた。……だとすると、お兄ちゃんが何かをしたとしか思えない』

「とは言ったって、別にその時は何も……」

 

 そうやって、前日の一連の流れを思い浮かべる。

 昨日しばらくは、あの女性の中でどういう理屈かは分からないけど眠っていたはず。なのにアリシアは俺が何かをしたか……

 

「……いや、俺も闇の書の中にいた。だがそれだけだ」

『多分、それ』

 

 短い返答。それといわれても、闇の書の中にいたのに理屈が分からない。

 まあ、少しおかしいくらいが魔法なんだろうけど。

 

『もしかすると、お兄ちゃんはレアスキルみたいなものを持ってるのかもしれないね』

「レアスキルとな」

『そういう検査はわたしできないから、管理局に聞いてみたりとかしなきゃ分からないけど』

「それならわからなくていいや」

 

 返答が分かってたかのようにアリシアは苦笑する。

 レアスキル……なんだかヤバそうな字面だ。

 

『でも、闇の書の管制人格は可哀想だったね』

「なんで?」

『言わなかったっけ。彼女、もう魔力が回復する機能がないみたいなんだよ』

「……え?」

『多分、半年……長くても一年生きれるくらいか』

 

 あいつが、俺をさんざん敵としてみてきたあいつが一年の命……アリシア母みたいなことなら喜んでいるけど、さすがに亡くなることを喜ぶことは出来ない。

 なんだかんだ言って、公園に飛ばしてくれたおかげで魔王たちに会わずに済んだのだし、本当に悪いやつというわけでもなさそうだった。

 

「……」

『……まったく。とりあえず、魔力の循環機能くらいは考えておくよ』

 

 アリシアの言葉。

 ちゃんとした意味は分からなかったが、いくらか、救われるところもあった。

 また、それが簡単にできるわけはないという事もある程度予想もついた。だから、おとなしくお礼を言っておく。

 

「……ありがとな」

『完成は期待しないでね』

 

 闇の書の事件は、こうして終わりを告げる。

 



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第四十九話 魔法など知らん 前編

 あんな大変な事件から一日たった。

 銀髪のお姉さんに襲われたり、ヴィータに助けてもらったり、ナハ……なんちゃらとの決戦に勝ったらしい昨日の出来事。あくまで夢の出来事だと思うことにした。

 だって、あんな恐ろしいことを覚えていたいわけがないし。

 帰ってきたらいつも通り父に泣きつかれたりなどいろいろあったが、それらもすべて昨日の事だ。

 

「それにしても、いい本無いな……」

 

 ちなみに俺は図書館で本を探していた。

 昨日あんなことがあったのに、何のんきに本を探しているんだと自分でも思う。だけどどちらかといえば、何もしていないほうが個人的に嫌なことを思い出すので、適当なものでもいいから本を読んでいた方が有意義だった。

 後悔も朝にしたので気分転換である。もちろん、アリシアは親もいるので会話以降押し入れに入れて放置だ。

 

「友達がいないときの友だよ……本当」

 

 前世を思い出して多少げんなりする。

 今の人生はそれこそリア充そのものだが、本来大体の人間は小学生時代などこんなものだろう。小学生の時から虐められるとか、それなんて俺。

 ……やめよう、本当に泣きたくなってきた。

 

「お、いい本見っけ」

 

 そうして手を伸ばすと、誰かの手と当った。

 急ぎ、大きくなり過ぎないような声でその人に頭を下げる。

 

「す、すみません」

「こちらこそ……って、龍一君?」

 

 聞いたことのある声。

 顔をあげてみれば、そこには驚いたような表情をしているすずかの姿があった。

 

「あれ、すずかちゃん? どうしてここに……」

 

 そこまで言ったところで、俺は肩を捕まえられた。

 振り向けばそこにはアリサの姿。

 

「久しぶりね、龍一」

 

 その表情、明らかに怒っている。

 危ないことにはかかわることなかれ。すぐさま逃げようとしたところ、動き出すよりも早くアリサの手が首根っこを掴んできた。

 

「へぇ、逃げるなんていい度胸してるじゃない」

 

 鬼だ……鬼がいる……

 それこそ般若のようにも見えてきたアリサは、そのまま俺を引きずっていき、図書館から連れ出そうとする。

 このままではやばい、そう感じた俺は急いで言い訳を考える。

 

「二人とも、申し訳ないのだけれど、俺にはやることがあってですね」

「あら、用事があるのが分かってるのなら、話は早いわね」

 

 ニコリと顔だけ笑い、それについていってない眼。

 この瞬間、悟った。

 こいつに何言っても無駄だなって。

 

 

 結局俺は、何の用事かわからぬまま連行されることになった。

 

 

 辿り着いたのははやての家。

 昨日家に入るときに使った合鍵はちゃんと戻しておいたし、用事なんてないだろう。

 ……はやてのことについてだったら、襲われる前に逃げるぞ。マジで。

 俺の家と同じようにインターホンを押す。ちなみに押しているのはすずかだ。

 なんかもう、そのしぐさだけでアリサと格が違うことを実感させられる。

 

「……なに」

 

 アリサからすごい眼光で睨みつけられた。その眼はまるであんたの考えていることなんて、すべてお見通しとでもいうような感じのもの。

 ……いやまあ、多分本当にバレバレなのだろうと思う。すずかをみてからアリサを見たわけだし。

 ちなみにそんな現状を内心確認してはいるが、外面では眼光に対して恐怖に打ち震えているだけだったりする。怖いんだから仕方ないじゃないか!

 そんなことを考えていたら、ドアの扉が開いた。

 

「お待ちしておりました。どうぞ、入ってください」

 

 出てきたのは、昨日散々俺に向けて殺気を放ってくれた女性だった。

 俺のほうをちらりとも見ない……いや、気のせいか眼光炯々とみられている気もする。

 

 そんな視線を向けているようには表面上は見えない。おそらく気のせいだろう。気のせいということにしておこう。

 

「すみません、遅くなってしまって」

「そもそも、こいつがいちいち抵抗するからよ」

 

 すずかはおとなしく頭を下げ、アリサは俺に責任を押し付けるかのような言葉を吐く。間違っていないので訂正はしない。

 そのまま、アリサに引きずられるようにして家に入った。

 実はこの時点で俺の豆腐メンタルはすでに砕けかけていたのは秘密。

 

「おお、龍一久しぶりー!」

「グフゥ!!」

 

 ドアから入った瞬間、はやてが突撃してきた。車椅子の状態で。

 そんなのをくらってしまえば、どうなるかなんて火を見るより明らかだ。

 膝に大きなものを強打した俺は崩れ落ちるように倒れた。

 

「りゅ、龍一!」

 

 はやてが心配そうな声が聞こえるが、原因はお前だ。そう突っ込みたいが、痛みで声を出す気にもなれない。

 ちらりと周りの様子を確認すると、銀髪の女性が嘲笑していた。

 うぜぇ……

 

「お? なんだなんだ?」

「どうかしたの?」

 

 そうしていまだにうずくまり、周りが動揺しているときに魔王とヴィータが来た。

 あ、魔王って名称使うの久しぶりな気がする。

 

「龍一? 何そこでうずくまっているんだ」

 

 ヴィータは膝を押さえている俺に近寄り、声をかけてくれた。

 そんなヴィータに、なのはから質問がとぶ。

 

「あれ、ヴィータちゃん、龍一君と知り合いなの?」

「ゲートボール仲間だな」

 

 下手なこと言わないかひやひやしていたが、確かにそうだと言える回答を返してくれた。

 いや、魔法使えるってばれたら怖いじゃん。なんか管理局の奴もいるらしいし、何が起こるかわかったもんじゃない。

 そろそろ動けるくらいには痛みが抑えられてきたので、よろよろと立ちあがる。

 

「だ、大丈夫なんか?」

 

 はやてが背中をさすってくれる。

 痛いのは膝なので、背中さすっても意味はないのだというツッコミは抑え、はやてには親指を立てて返事を返してあげた。

 

「そ、そうか? ほんと、堪忍な」

「龍一君、肩かしてあげるよ?」

 

 はやての謝罪……いやまて、堪忍て謝罪じゃないような……はともかく、すずかは気を使ってくれて、手を取ってくれた。

 女の子に助けてもらうのは情けないと思うが、意地張る場面でもないのでおとなしくその言葉を受け取ることにした。

 

 そして移動する部屋。

 

 そこにいたのはフェイト、シャマル先生、ザフィーラ、シグナム、まさかの犬耳女性、なんか動物に変身してそうな男の子だった。

 はやての家にこれくらい人数が集まることに驚きを覚え、更に嫌な予感がこれ以上ないくらいにしたので、膝の痛みなど忘れて全力逃走する。

 

「はやて、友達いっぱい増えてよかったな!」

 

 そう言っていそいで玄関を開けようというところで、なぜかドアが開かない。

 振り向けば、ドアに向かって手をかざす女性が一人。

 

「主が悲しむので、逃走は許さない」

 

 こいつ……! 魔法を使いやがった!

 いや、ちょっとまて。こいつ今堂々と魔法を使ったな、すずかやアリサの前で。

 

(この集まりはばれてもいい……いや、魔法という存在をばらすための集まり? だとすれば、このままここにいてはまずいことになる)

 

 いつも以上に回転する頭脳。嫌な予感はきっちりと当り、それが余計に焦りを助長させる。

 まったくもって無駄なところでしか頭が働かない。

 とりあえず、現在逃げるすべがないのならば、チャンスがくるまで我慢するしかない。

 

 こうして、いかに魔法についてを誤魔化すかの長い一日が始まった。

 



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第五十話 魔法など知らん 中編

 なんだかんだではやて家。

 おそらくこの後、壮大なネタばらしが来るのだろう。その前にヴィータに対して釘を打っておくことにした。

 

「ヴィータ、俺が魔法を使えることは秘密な」

 

 周りに聞こえないように小声で話しかける。

 ヴィータはその言葉に少し首をかしげた後、ハッと思い出したような表情を浮かべる。

 

「……そうだよな。あたしが巻き込んだせいであんなことになったんだし、これ以上は関わりたくないよな」

 

 ヴィータの言ってることは正解なのだが、どうにも空気が悪い。実際に悲しげな顔してるし。

 なんかフォローをかけておかないと、後々なんか来そうな気がする。主ならずヴィータまでも、とか言って銀髪のあいつが報復とか仕掛けてきそうだし。

 

「と、友達付き合いくらいならするぞ? ゲートボールとか」

「ほ、ほんとか……?」

 

 不安げな瞳を揺らし、いつもよりも小さく見える少女は声を震わせながら聞いてくる。

 

「ああ、もちろんさ」

 

 そんな状態のヴィータの言葉を断れるわけがない。というか、流石にこれを断ったら人間としてどうかと思う。

 ……なんか、追い詰められてるなぁ、俺。

 

 

 

 

「じゃあ、今まで私たちがやってきたこと……説明するね」

 

 始まった魔法講座。やはりこうなったか。

 ちなみにこの説明、どうやらフェイトの母親かららしい。

 フェイトが実はクローンだの、はやての闇の書が次元を滅ぼすだの、なのはは魔王だの。……あ、いや、最後のは俺が勝手に付け足しただけだぞ。

 とにかく、全ての説明を受けたが、敢えて言おう。

 ねーよと。

 

「……ねえ、龍一は信じるの?」

 

 急にアリサが声をかけてきた。やはり、突然こんな説明を受けて困惑しているのだろう。

 前々から魔王が何をやっているか気になっていたものの、その返答がこんな真実かどうかわからないはちゃめちゃワールドなもんを聞かされて納得するわけがないよな。

 

「あたしは……信じるわよ」

 

 ……え?

 

「すずかもそうでしょ?」

「うん。実際に昨日起こったことを見ちゃった身としては、信じないわけにはいかないよ」

 

 まさか、この二人は巻き込まれていた? 昨日のあれに? つまり、こんな説明をしなくても二人には必要なかった。

 だとすると、主に管理局員が(多分)いない独特の人数の集まり方……ハッ、もしや……

 

「龍一、あんたはどう思うの」

 

 これは俺に対して集中攻撃をしている!?

 いそいで視線を魔王に移す。その眼は不安げではらはらしたような目。

 次にフェイト。何を考えているのか分からないが、視線があった瞬間ニコリと笑顔を向けた。

 その隣のはやて。なぜか手を振る。

 みんなこっちに視線を向けている……やはり、これはすべて計算された出来事だというのか!

 

「龍一、なにあんた視線をさまよわせているの」

 

 アリサに肩を揺さぶられる。

 

「さすがに驚いた? 魔法なんてものが実在することに」

「しょうがないよね。わたしも最初聞いたときは驚いたもん」

 

 アリサの言葉にすずかがフォローしてくれる。

 だが、欲しいのはそんなフォローではない。

 

(考えろ……もし認めてしまった時の場合を)

 

 魔法ってあるんだ → 龍一君もやってみる? → 魔法使えるんだ → 管理局へ

 

 ……いやいや、まさかこんなあっさり行くわけがあるまい。もう少し現実的にだな……

 

 魔法ってあるんだ → あ、龍一くんから魔力反応が → デバイスを持っている? → こんなところにロストロギアが → 逮捕

 

 余計危ない方向にいっちゃったよ!? 自分で忘れてたけど、なんでジュエルシードを持ちっぱなしなの!?

 なんて、一人で考えてつっこむ。

 とりあえず、ここで魔法を認めるという選択は後後自分の首を絞めることになりかねん。

 つまり、ここでの最善は意地を張ること。

 

「ま、魔法なんてありえねーっすよ」

「えっ……」

 

 なんか変な口調になった。

 しかも、魔王がなんか寂しそうな顔している。おいその顔やめろ。隣のアリサからすごい怒気を感じるんだぞ。

 そう心の中で怒ると、気を取り戻したのか再びチャレンジを仕掛ける。そこであきらめる魔王ではなかったということか。

 

「じゃ、じゃあこれを見て! レイジングハート、セットアップ!」

 

 どこからともなく返答の声が聞こえ、目の前で魔王の服が変わっていく。

 もちろんそれに対して俺は……

 

「ど、どうかな?」

「ごめん、うたたねしてた」

 

 見なかったことにした。

 またしても寂しそうな顔を向ける魔王。いよいよ隣のアリサから感じる怒気も殺気に変わってきた。

 しかし、ここであきらめないのが魔王としての性か。今度は何か魔法を唱えようとしている。

 

「バインド!」

 

 両手両足がっちり固められる。

 確かに、こんなものを見せられては魔法であることを認めざるを得ないだろう。

 だが同時に、逮捕の危険が迫っている人間はこんなところであきらめるわけにはいかない。

 

「わ、ワイパーか何かかな?」

「龍一、それをいうならワイヤーや」

「そうでした間違えました!」

 

 はやてからのつっこみに恥ずかしさを隠しながら返す。

 しかし問題なのは魔王だ。先ほどよりも落ち込みが激しく、隣から発せられるアリサの気迫も殺気だけになってしまった。

 

「あんた……」

 

 ついにその堪忍袋の緒が切れたようだ。

 ゆらりと立ち上がり、虫くらいなら視線で殺せそうなほどの力で睨んできた。

 恐怖に歯が鳴りそうになるのをぐっと抑え、あわてて言い訳を述べる。

 

「あ、アリサはまお……高町さんが魔法使えるからって何か変わるの?」

「そんなわけないじゃない」

「だったら、別に魔法が使えても使えなくても関係ないじゃないか。高町さんとフェイトが友達だってことは変わらないんだから……あ」

 

 うわ、ついつい友達とか言ってしまった。もしかしたら、俺の事をただのクラスメイトとしか思ってないって可能性もあるのかもしれないのに。

 

「えっと、クラスメイトだってことは変わりないんだから」

「そこは訂正しないでほしいの」

 

 魔王からの忠告。

 そうは言われても、実は俺自身友達だなんて嫌なんだけれど……いや、どんな奴でもいるといないじゃ別だよな。うん。

 

「……ごめんなさい龍一。そうね、そういうやつだったものね」

 

 アリサはなんとなく失礼な言い方で謝ってくれた。

 とりあえず、魔王は納得しなさそうな顔をしているものの、魔法についての話はここで終わりらしい。

 しかし、問題はこの後だ。

 予想できることは、この後何らかの形で集まりとしてこの集団が固定されてしまうことだ。

 そうじゃなくても、ヴォルケンリッター……特にピンク髪の女性と銀髪の女性からは敵意のものを感じられる。この場にいてみたいなんて思うはずがない。

 

 ならば、俺がこういう場面でする行動は決まっているだろう。

 

「それじゃあ」

 

 片手をあげて立ち上がり、その場を去る。自然に、何もおかしいところはなく。

 周りもさすがに動きを止めている。

 それもそうだろう、いきなり立ち上がって「それじゃあ」だけしかいわず去ろうとする人がいれば、行動に不思議に思って観察にまわる。

 これこそが、俺の逃走術の一つ、相手を受け身にさせるものだ。ちなみに、コツはツッコミが来る前に素早く離脱すること。

 それは、このまま作戦通りに行くかと思われた……その時。

 

「待て、まだ我々からの話を聞いてないぞ」

 

 その行動はシグナムによって止められた。

 背中に感じるのは、先ほどからずっと受け続けていた殺気。それと、なんとなく感じるちくちくしたもの。おそらく剣の切っ先。

 

「もともと我らにとって、お前が魔法を信じるかどうかなど関係ない。ただ、我ら主を悲しませた罪は償ってもらわねばならん」

 

 流石騎士というべきか、その声の張りは凛としていた。

 



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第五十一話 魔法など知らん 後編

 あらすじ

 なんか死ぬ一歩手前

 

 

「ええと……」

 

 さすがに剣の切っ先突きつけられて冷静でいられるわけがない。頭の中は混乱状態だ。

 正直異常だと思ったが、ここまでするほどに誕生日を無視されたことにはやては悲しみ、シグナムもはやての事を好きなのだろう。

 しかし、その様子を見かねたのか、急いでそれを止めにかかるはやて。

 

「こ、こらっ、シグナム!」

「お止めなさらないでください主。これは我ら騎士としてしなくてはいけない吟味」

「吟味ってなんや、別に龍一は悪いことしてないはずやろ……」

 

 口ではそう言うはやてだが、表面上に心当たりがあることがみてとれる。その焦燥は止まらない。それはシグナムの性格を分かって、今からすることがある程度予想がついているからかもしれない。

 

「問おう、貴様は主はやてをどう思っている」

「シグナムっ!」

 

 それでも我慢ならなかったのか、はやては一際大きな声を上げる。

 だが、それに対して、シグナムはなんの反応も示さない。また、他の騎士も同じだった。

 異質な空気。周りの者も普段の空気を知っているわけではないが、雰囲気としては悪い方へ向かっていることに気付いてはいた。だが、それを止められるものは誰にもいない。

 

「……」

 

 その中で中心人物ともなっている俺は考える。

 ここから逃げ出す方法を。

 

()

 

 否。すでに万策尽きて頭は空っぽになっていた。しているのは周りを観察するという現実逃避である。

 

「答えられぬか。つまり、主と仲良くしていたことなど知らないと?」

「そ、それはちが……」

「何が違うというのだ!」

 

 絞り出すように答えた声も、一喝されて抑え込まれる。

 すでに涙目状態だ。

 空気が完全に淀み、停滞していた時、今までずっとはやての後ろにいた銀髪女性が一歩前に出てきた。

 もちろん、シグナムの視線はそちらに移動する。

 

「私も、その男に対してはシグナムと同じ気持ちだ」

 

 さも当たり前かのようにそう口にする。

 ある程度分かっていたことのためショック自体はないが、なぜこの状況で出てきたのかが疑問に残る。

 

「だから……だ。主はやて、主はこの男の事をどう思いますか」

 

 女性は振り向き、はやてから真正面で聞き手にまわった。

 もちろんはやては、決まっているその答えを出す。

 

「か、家族や!」

 

 俺自身としては、あまり言ってほしくなかった答え。

 その理由は原作にかかわりたくなかったり、騎士たちが思ってたより怖いとかあるが、なにより、申し訳なかった。

 だけど、それとは違う感情もあった。

 

 嬉しい……という。

 

「それで貴様、主に対してどう思う。これでも、貴様にとってはどうでもいい人とでもいうのか」

「リインフォース、その問い方では、こいつが本当に思っていることを言わないのではないか?」

「主、こいつはそういうやつなのですか?」

 

 はやてはその言葉に首を横に振る。信頼から来るものなのだろう、その否定はしっかりとしていた。

 一方こちらの感情としては、流されやすい性格の俺に何を期待しているのだろうかと問いたくなる。

 その信頼はいったいどこからきているというのだろうか。

 

「俺は……」

 

 言い淀む。本心だけの返事ならば、決して明るいとは言えない返事になるから。

 まさか家族とまで思ってくれていたことに感激はするし、嬉しくもあるが、大手を振って喜べるものではない。

 考える。この状況を切り抜ける方法を。そして、自分の本心をさらけ出す方法も。

 

「……どちらにせよ、答えられぬという事は、主にとっていい人物ではないという事か」

 

 シグナムは突き出している剣を引っ込める。

 侮蔑。シグナムからはそれだけ感じられた。

 ようやく逃げられるチャンスに、俺は安堵する……が、このままというわけにはいかないという事も、自分ではわかっていた。

 だからこそ、そのまま部屋を出ていくときに、言った言葉はただ単に置き土産感覚。

 

「俺は、伝えたいことはすでにもう言っている……」

 

 その言葉は自分にとって大したものではないと思っていた。実際、俺自身特にこれといったことを言っていたつもりはなかった。ただ、少しくらい都合よく解釈してくれないかなっていう考えがあっただけだ。

 だからこそ、周りからすれば十分爆弾ともなれるものだという事に気付かなかった。

 

 その爆弾は一生つき従う物。それに気づくのはまだまだ先。

 

 

 

 

 龍一が帰ったことにより、空気自体がだいぶ緩和された。その中でシグナムは、いまだに龍一が去った後をにらんでいた。

 

「なんなんだあの小僧……リインフォース、確かお前はあいつの事を知っていたな」

「知っている……そんなものだ」

「ならばなんなのだ、あいつは。子供らしくない表情をしおってからに」

 

 シグナムは始め気に食わないやつだと思った。それならばそれで良かった。だが、ただ問い詰めただけの時、奴の目はすでに諦観に満ちていた。泣き出すわけでもなく、ただあきらめた表情。

 あれは近くにいたからわかるもので、おそらく、それを知るものはこの中にはいないだろうが。

 

「子供らしくない、か。それに関しては私も同じことを思っている」

 

 リインフォースこそ、闇の書の騒動の途中、いくつか子供らしくないところを見てきている。シグナムの言いたいことはしっかりと伝わっていた。

 だがリインフォース自体、あのような目は今までいくらでも見てきた。それも近くで。

 だが、これ以上追及したところで、あいつのことが分かるわけではない。この話はここで打ち止めとなった。

 

「ザフィーラ、シャマル、ヴィータはどうなのだ。あいつを許すのか?」

 

 シグナムは今まで話に入ってこなかった三人を見渡す。

 言葉は、先ほどから見守るだけのザフィーラ、居づらそうにしているシャマル、めずらしく話に入らないようにしているヴィータに向けられた。

 

「……シグナムほどではないが同意見だ。だが、彼を責める気にはならない」

「あの子をそこまで恨めないわ。彼は悪い子ではないから」

「あたしはりゅうを友達だと思っている。友達なら、信じてあげなきゃな」

 

 三者三面の言葉。

 その中でもシャマルとヴィータは一際感想が違った。

 

「二人は龍一のことしっとるん?」

「ええ」

「ああ」

 

 はやての問いかけに、シャマルとヴィータは同じ答えを返す。

 少しばかりだが、懐かしい思い出ともなる二人。

 シャマルは主に対して悪いことをした奴だとネタばらしされるのが初めてだというのに、龍一に対して悪い感情を抱きそうも無い。その様子は、先ほどから龍一を攻めようとする心意気のなさですでに周りから気づかれていた。

 シグナムはそれがあまり気に入らなかった。

 

「なぜ、あの子供を許そうと思うのだ」

 

 つい、シグナムは言ってしまった。まぎれもない本心であるその一言。

 結局のところ、不思議でならなかったのだ、主を泣かせた奴を許す空気になっているのが。

 

「はやてちゃん自身、あの男の子を恨んではいないから。それどころか、あの子を家族とまで言っている。私は、彼が本当にはやてちゃんを泣かせるためだけに逃げたとは思えないわ」

「あたしもシャマルと同じ意見だ。それに、今思えばあいつははやての事をよく気にかけてた」

「なんやて?」

 

 その言葉を目ざとく聞きつけるはやて。今の言葉は寝耳に水と言ったところか。

 だがその答えを聞くまえに、シグナムは苦虫をかみつぶしたような顔で部屋を出て行った。

 

「だ、大丈夫なの?」

 

 今まで話に入ってこれなかったなのはがはやてに聞いてみる。今出て行ったシグナムが気になるのだろう。

 

「シグナムも、頑固やからな」

 

 はやてはそれにこたえる。誰が悪いわけではないというように。

 そうして、先ほど龍一が放った言葉を脳裏に浮かべる。

 彼はすでに言っていた、と口にしたはず。

 ならば、その口にした場所は闇の書の中のはず。

 

(ずっと一緒に過ごしたい、か)

 

 その言葉ははやてにとって思い描いていた生活が実現することを想起させた。

 

 

(ところで、龍一が何やったか聞くのは……)

(今はやめときなフェイト。後でゆっくり聞けばいいさ)

 

 その中でフェイト、アルフと念話をしていたのだった。

 



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第五十二話 再び温泉

 新年を開けたが、親たちはなんだかんだでもう少しいるようだ。

 その時、再びどこかで聞いたことのあるセリフを聞いた。

 

「温泉にいこーよ」

 

 始め幻聴かと無視をしていたところ、その発言元である父はいちいち俺の肩を揺さぶってきた。これでは無視をすることが出来ない。

 

「……なんでまた」

 

 しょうがなく向き合ってみれば、横には母もいた。

 やはりこの瞬間悟った。これは出来レース、もう決まっていることだと。

 

「翠屋って知ってるだろう?」

「そこのご両親から一緒に行かないかって」

 

 しかも、最悪な形で。

 

 

 

 

 またしても温泉街。ここ前にも来ただろ……

 

「今日こそ私と入るのよ!」

「男同士の親交を深めるべきだ!」

 

 そして再び喧嘩するふたり。間にいるのはもちろん俺。この二人が全く成長してないことは誰の目にも明らかである。

 同行者を見てみれば、何名か呆れ果てて銭湯に向かう者もいた。

 

「ユーノ、行こうか」

「え? あ、う、うん」

 

 ユーノと呼ばれた少年は、女子風呂の方をちらちら見ながら青い暖簾をくぐって行った。

 とりあえずあの子たちは置いておこう、問題はここから先、俺自身の事だ。

 前にも言った通り、入ってしまえば終わりだと思っている以上、絶対に入ろうとは思わない。

 しかも今回は前回と違って、魔王たちだけではなくフェイトやはやてもいる。

 こんなメンバーで入りたいと思うやつはいるのか? 否、いない。

 

「母さん、こっちは男風呂に――」

「なのはちゃん達だって、一緒に入りたいわよねー?」

「おいやめ――」

「わたしは入りたいな」

 

 おいやめろ。無いとは思うがそれでノリノリになったらどうするんだ。という言葉ははやてにより飲み込まされることになった。

 というか、さっきから言葉を切られ過ぎて言いたいこと何も言えてないんだけど。

 

「はや――」

「なあ、そう思うやろ?」

 

 もはや言葉をなせない。

 はやては同意を求めるようにして魔王たちに視線を向ける。そして、それを止めるすべは俺にはなかった。

 

「えっと……」

 

 すずかは悩み声をあげる。

 まあ、この年になっても男友達と入りたいなんて思う人はいないだろうし、女の子は思春期に入る。まさか入りたいなんて言うはずが……

 

「龍一君がいいなら……いいよ?」

 

 ……ああ、これだから人生ってのはうまくいかない。

 彼女たちはまだ思春期という人生の岐路には立っていなかったようだ。

 

「龍一とお風呂? もちろん、いいよ」

「りゅうと風呂か。楽しそうだな」

 

 フェイトとヴィータはそれに続いて賛成する。今更ながらに騎士もいることに気付いた。

 ちなみに俺は抵抗することをあきらめた。

 

「ええっと、わたしは……」

「わ、わたしは入りたいとは思わないわよ」

 

 なのはは迷っている様子で、アリサは正面から拒否しているもののさして嫌そうではない。

 状況を考えれば二人がどのような選択をしたとしても入ることが覆るわけもないだろう。なんせ、母親はすでに俺の腕を引っ張って暖簾をくぐっているから。

 引き留めてくれるのは父親だけ。俺は運命を呪った。

 

 

 

 

 皆が服を脱いで室内へ。

 

「りゅう、頭洗ってーな」

 

 はやては銭湯に入ってすぐにそう言ってきた。

 素直にその言葉に頷き、嬉しそうにするはやてをお姫様抱っこで運び、シャワーの前に座らせる。

 軽く水をだし、温度を確認してから優しくかけて頭を濡らす。

 

「おい、いきなりかけるんじゃなくて、一声くらい言うべきだろう」

 

 後ろからのダメだし。それもそうだと思い、はやてに一応確認をしておく。

 

「声かけた方がいい?」

「前と同じでええで」

「そか」

 

 言葉短に返答をして、さらに続ける。

 後ろのダメ出しをくれた人から面をくらった気配がするが、見ていないので実際のところわからない。

 とりあえず放っておくとして、次に髪を傷めないようリンスで優しくなでるように洗う。

 

「かゆいところありませんかー?」

「ないよー」

 

 といういつものやり取りも忘れない。

 

 ……さて、こうしていつまでも実況していても事態は好転しない。もともと好転することは期待してないけど。

 まず俺が後ろを向かない理由。分かっているとは思うが、後ろにはシグナムがいる。何も言ってないがリインフォースも。これが今一番俺を困らせていることだ。

 小学三年生に劣情を抱きはしないと高をくくっていたため、銭湯に入るのは実はそこまで拒絶はしていなかった。

 だが実際はどうだ。騎士たちは立派な女性ではないか。これは忌々しきことだ。

 

 というか、精神年齢的にこれはつらい。

 

「……どした? なんや困ったことでもあるんか?」

 

 動きを止めたからか、はやてが心配そうな声を上げてくれる。それに対して曖昧に返事をしながら動きを再開させた。

 とりあえずは、先の事を考えないようにしながら。

 

「はあ……ええなぁ、こうして龍一に頭洗ってもらうの」

「へぇ、そうなのか?」

「あ、ヴィータのが悪いってわけじゃないんやで」

「分かってるって」

 

 話からすると、普段はヴィータに頭を洗ってもらっているらしい。

 なるほど、蒐集された後の介護がうまいと思ったらそういう事か。……いや、お風呂は服着てもらってたよ?

 

「じゃあ、後であたしもやってもらおうかな」

 

 ヴィータの一言により、俺の動きはぴたりと止まった。

 いや、なんだかんだ言ってやっぱり女の子を洗うというのは破壊力が高いわけで、それがいくらいろいろ成長の仕切ってないヴィータといえども余裕はあまりない。

 はやてこそ一年のころから見てきたし、割と馴れてはいる。だが、それと同じくらいの身体と言えども、友達という実のヴィータを洗うのは……

 

「……嫌か?」「……」

「やらせてもらいます!」

 

 ヴィータの寂しそうな声にではなく、後ろから放たれた気配による悪寒によって反応した。誰だそんな気配を出したのは。正直本気で怖い。

 おっかなびっくりではやてを洗い終わったとき、後ろから誰かが近づく気配がした。

 

「私も洗ってくれないかな?」

 

 何故。

 フェイトが来て声をかけられたとき、おそらくその後ろにもまだいるのだろう。そう思った。

 このままではまずい。助けを求めて母を探すと、ゆっくり湯船に浸かって微笑ましそうな顔でこちらを見ていた。

 母よ、そんな優しい視線を送る前になんとか助けてくれないだろうか。助けてくれないんだろうな……

 

 

 

 

 なんとか銭湯という地獄から舞い戻ってきた。

 なんだかんだで湯にはあまり浸からず早々に出て行った。いや、凄いいたたまれなくなったもんで。

 時間つぶしにコーヒー牛乳を銭湯の外で少しずつ飲み、女子軍団が出てくるのを待つ。初めは逃げようかとも思ったものだが、出ていくときに逃げたら殺すオーラがいたるところから感じられたので、本心では嫌でも待っておくことにした。

 ……いたるところからというのは誤字ではない。殺すはさすがに誇張しすぎだけど。

 

「龍一……といったか」

 

 コーヒー牛乳を飲み終わったと同時、横から声がかけられた。

 振り向いてみるが、そちらには誰もいない。いや、視点を下にずらすと犬が一匹。

 

「ええと?」

 

 犬型……そういえば、騎士の中にこんなのがいた気がする。名前は何と言ったか……

 

「突然話しかけてすまないな。主の事だが」

「は、はやての事については大変反省しております」

 

 騎士達が俺の態度に怒りを示しているのは重々承知なので素早く頭を下げる。

 傍から見れば犬相手に頭を下げるという変人的奇行をしているが、それで命が助かるなら安いものだ。

 だが、頭を下げられているザフィーラからすると、いきなり頭を下げられたことに度肝を抜きいたたまれなくなる。

 

「頭など下げなくていい。ただ、主の従者としてあることを頼みたいだけだ」

「あること?」

 

 頭をあげると、俺をまっすぐに目を見抜いてくるザフィーラが真剣な表情でそこにいた。

 

「どうか、主と仲良くしてやってくれないか」

 

 一途に思うのは己の主のこと。自分のことだけ考えて今まで逃げてきたのが恥ずかしくなってくるほどに、その目から導き出されるのはまっすぐな気持ちだった。

 

 ――心の底からはやてのことを思っているんだ

 

 自然とそんな考えが生み出され、彼らがだれのための騎士なのかようやく理解した気がする。シグナムこそ行きすぎだが、あれもあれで不器用なだけなのかもしれない。リインフォースは……まあ、はやてのことを考えすぎた結果があれなのだろう。態度は冷たいが、あれ以来何かをされたということもない。

 ちょっとだけ、ちょっとだけだが、本編キャラとはいえ仲良くしてもいいのかもしれない。

 そんな風に思った。

 

「わかった。ザフィーラ」

「……ああ、頼んだぞ」

 

 ザフィーラは静かにその場を去って行った。

 

「……じゃあ、俺もこの辺まわろうかな」

「へえ、また逃げるのね」

 

 ビクリ。

 恐怖に体が震えた。

 嫌な予感はぬぐえず、恐る恐る振り向いた先にいたのはアリサ。恐ろしさのあまりつい敬語になる。

 

「……お、思ったより早かったですね」

「どこかの誰かさんがまた逃げるんじゃないかと思ってね」

 

 顔は笑っている。だけど、肝心な目は笑ってはいなかった。

 

「に、逃げるつもりはなかったんですよ?」

「へえ……」

 

 だめだ、許してくれる気配がない。

 じりじりと距離を詰めてくるアリサ。しかしそこで現れたのが我が天使すずかだった。

 

「アリサちゃん、本当は龍一君を待たせたくなかったんだよね」

 

 暖簾をくぐってきてそうそう、状況を見て即座に俺にも聞こえる音量で言ってきた。

 その言葉に反応したのはやはりアリサ。

 

「そ、そんなわけないでしょ!」

 

 顔を赤くしつつ今度はすずかに詰め寄る。すずかがこちらに向けて笑顔を向けているところを見ると、こうなることを予見して助けてくれたのだろう。

 その姿を見て俺は思う。

 

(やはり、原作キャラと仲良くするのはほどほどにしておこう)

 

 アリサ怖すぎ笑えない。

 



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第五十三話 山で拾ったもの

「ようやく平和な冬休みだ!」

『そうだねー』

 

 記憶が正しければ、本編は終了したはず。つまり、これ以降は平和な日常が訪れるということである。

 今年はいろいろなことがあったなぁ……アリシアと会ったり、はやてと別れたり、銀髪の女性に殺されかけたり……なんというか、いい生活とは言えない。

 ちなみに、親は温泉街へ行って帰ってくるとともに外国へ旅立った。父が大泣きしていたのが印象に強い。

 さて、そんなことはともかく。

 

「山に行くぞ」

『修行? もう平和なんじゃないの?』

「平和だからこそ、あえてしてみたかったことをしたいのだ」

『どういうこと?』

「実は前に教えてもらっていた時に、一つ考え付いた魔法があるんだ。それを試してみたい」

『ふーん』

 

 あれ、なんかどうでもよさげな声が……まあいいか。気にせず山へと行くことにした。

 

 

 

 

「ちょっと思ったんだ、俺はヴィータとの戦いで学んだ。魔力消費量を減らすのも重要だと」

『サンダースマッシャーが最大とかどうしようもないよね』

「そう、そうして攻撃魔法が全く使えない……これはどうしようもない」

『どうしようもないっていうだけなのがお兄ちゃんらしいよね』

「まあ、今からのこととはまったく関係ないしな。ま、試しにやってみるぞ」

『え?』

 

 アリシアの間の抜けた声を無視して、夏休みいつものようにやっていた結界を張る行為を行使する。

 さて、準備は万端。あとは、ちょっとお試しで作ってみた(すでにある魔法から改造したという方が近い)魔法を試すだけ。

 

「……エレクトリフィケーション!」

『わわっ、なんかピリピリする』

「いや、そういう感覚ないだろお前」

『てへっ』

 

 試したのは武器などの物に帯電を起こさせる魔法。

 正直フェイトには効かなかないだろうしそもそも効果が薄かったりするが、使い方によってはなんか使えそうな気がしたから作ってみた。自己発電とかできそうだし。

 魔力消費も少ないうえに、一度帯電させればしばらく続くし、あるならあるでいいかなというところだ。

 

「さて、今回はこれを使っていろいろ試してみるか」

『あれ、ほかにも作ってなかったっけ』

「いや、作ったのはこれだけでしょ。魔法なんてポンポン作れないし」

『お兄ちゃん一人だけだと改変すらできないしね』

「わかっているなら聞くなよ」

 

 残りは改造が大半である。

 いちおう、サンダーレイジはだいぶ改良させて、アリシアだけでも動くようにはしておいた。さすがに全く使えないというのはギャグ以外の何物でもないし。サンダースマッシャーやフォトンランサーは自分に合うように魔力の消費量を削減させた。

 

「……俺、頑張ったなぁ」

『いや、私のほうが頑張ったからね?』

 

 アリシアの言葉を無視して、そうしみじみ思う。

 これほど理系でよかったと思うことはない。

 

「さて、まずはどれだけの範囲が有効なのか試してみるか」

『三メートルしか届かなかったら笑うよね』

「……だ、大丈夫のはずだ。理論的に考えれば二十メートルまで届くはず……多分」

『うわぁ……あやしー』

 

 アリシアのせいで不安になってきたので、早くためしをしてみることにする。

 使う魔法を頭の中で構築し、その魔法に魔力を込める。今に出そうとするその瞬間――

 

『待って!』

 

 アリシアからの緊急ストップが入った。

 

「どうした?」

『……だれか、近くに魔力を持った者がいる』

「!?」

 

 神妙な声で告げるアリシアに冗談の類のものは全く入っておらず、その言葉は真実なのだと思わせられる。

 しかし、ここで逃げる一択を選ばなかったのは、その後アリシアからすぐに送られてきた念話によるものだった。

 

(でも、アースラの人たちには気が付かれてないよ。ギリギリ結界の範囲内だったのかな)

(は? じゃあいったい誰が……)

(それがわからない。……どうする、逃げるにしても、状況がわからないままはやばいんじゃないの?)

 

 アリシアの言うことにも一理あった。

 最近原作の記憶が全くあてにならなく、なんだかんだと巻き込まれてばかりだったということもあり、実際に危険回避は自分の目で確かめるのが一番だったりする気がしてきたからだ。

 しかし魔力を持った人物など、まともな人であるはずがない。というか、アリシアが気付くってことは結界内とはいえ垂れ流しにしてるってことでもある。

 それは、管理局にばれてもいいってことになる。

 

「……見に行くのが最善か?」

『うん……危険そうならやめてもいいんだよ?』

 

 アリシアが言っているのは、おそらく魔王たちに任せるということだろう。

 正直そうしたい。今まさにここに来て関わってしまったことを後悔してるし。

 だけど冷静に考えてしまえば、もしその魔力の発生元が俺関連だった場合、管理局にばれる可能性がある。その場合俺はアリシアを持った状態で連行されるだろう。その後のことなど考えたくもない。

 

 確認をしないのは危険だ。結局は、ここに来た時点で関わらずを得ないわけである。

 

 

 

 

 アリシアに誘導されてしばらく。

 山の中腹の方まで進んでしまい、帰り道を少々危惧するが、一応サバイバル知識もあるのでそれを頼りに考えないことにする。

 

「アリシア、この辺か」

『うん。ただ、結構魔力が薄れてきてる。多分さっき魔力反応があったのは、何らかの魔法が発生したからだと思う』

「つまり、今は魔法を使ってないってことか。気休めくらいにしかならないな」

 

 少なくとも、現れた瞬間ドーンとやられることはないだろう。

 そうして茂みを払い、少しだけ広場のようになっているそこに、見たことがない少女がぽつんとひとり突っ立っていた。

 空を見上げるその姿は、まるで少女のように見えずについ息をのんでしまうほど美しかった。

 恐る恐る近づく際、足元で枝を踏んでしまい音を出す。

 音に気付き、少女の視線はこちらを向いた。

 

「……」

「……」

 

 お互いが視線に入りなんともなしに見つめ合う。

 そいつをみて、つい記憶上にある人物と似ていて、ついその名前を呟く。

 

「……なのは?」

 

 言った後で思う。これは違うと。

 髪型に色、さらにバリアジャケットだって全然違う。視線から放たれる冷たさも、数倍アップしている。

 だからこそ、その子に近づき聞いてみた。

 

「君は、だれ」

「……私は」

 

 少しだけ、答えに迷いを見せた。

 なんて答えようか迷っているように、答えがまるで無いかのように。

 

「自分のことがわからないの?」

「……」

 

 少女は静かに首を縦に振った。

 

 

 

 

 結局、少女をあのまま放置なんて真似もできず、つい家に連れ帰ってしまった。

 見る人が見れば立派な誘拐なのかもしれないが、どうしても少女の目を見ると放っておくことなどできなかった。

 何かが抜け落ちたような、空虚な瞳がこちらの目を貫いてくるから。なんて言い訳をしそうになるくらい、彼女の背景には何も見えるものがなかった。

 

「どうぞ、粗茶だけど」

「粗茶……?」

 

 だからなのだろうか。

 

「まあ、お茶どうぞってことだ。飲んでもいいよ」

「……おいしいです」

「ならよかった」

 

 彼女に対しては話すことに抵抗を感じないのは。

 



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第五十四話 不明なり少女

「でだ、お前、記憶喪失ということでいいのか?」

「……」

 

 少女を家に連れ帰って数時間。いまだに少女は積極的にしゃべろうとしない。

 このような質問を何度かしてみるものの、反応は希薄で意味もなしに感じてくる。実際、個人的にこうやって話しかけてもあまり意味はないように感じている。

 

(この子、なんだか説明しづらいんだけど……なんか存在が薄いんだよな)

 

 目にはっきりと映っているし、存在自体はきちっとしているんだけど、どこか空虚なところがある。

 水を抜いた水風船というか、使い果たした後の貯金箱というか……まあ、そんな感じ。

 らちもあかないので、長期戦に備えて作っておいたプリンを冷蔵庫から取り出しにかかる。

 そして戻ってくれば、プリンを一心に見つめる少女。

 

「食べる?」

「……」

 

 何も言わないが、首はしっかりと縦に振る。

 量もあるので、そのプリンは少女に手渡した。

 少女はおいしそうにプリンを食べ、急に頭を押さえだした。

 

「お、おいおい、大丈夫?」

「ぐ……ぅ……」

 

 しばらくすればおさまりはしたものの、プリンを食べてすぐになられると、俺の責任じゃないにしても複雑な心境になる。

 そんな微妙の心境の中、少女はふらりと立ち上がった。

 

「ちょいちょい、どこ行こうというんだ」

「……?」

「いや、不思議そうな顔されても、急に立ち上がったのはそっちだからね」

 

 少女は自分でも自覚がなかったからなのか、少しだけ唸った後に答えた。

 

「どこか、いかなくてはならないような気がしました」

 

 おそらく、俺が今日この子と話した中で一番言語の量が多かっただろう。

 そんなことに多少なりとも驚きつつ、自身も少女と同じように立ち上がって同じ目線に立つ。

 

「それって、記憶を取り戻したってこと?」

「いえ……」

 

 なんとも的を得ない相手である。

 しかし、これが本当に記憶喪失だというのなら、時間がたてば元に戻るのではないだろうか。さっきも何か思い出しそうだったようだし。

 本来なら病院に連れて行くのが一番なんじゃないかもしれないが、いかんせん子供だけだと無理だろう。そもそも、この少女の正体もわからないわけだし。

 

(さて、どうするかな)

 

 問題はこの少女の処遇である。

 このまま放置するというのはさすがに良心が痛むし、なによりこのまま放置は嫌な予感がする。こういう時の勘は当たるので、なるべくその通りにしたいところ。

 それに、山でアリシアが言っていたように、なんなのか確認もしないままというのはとても危険だ。魔力反応も気になるし。

 とりあえずこうして話してみたところ、特に敵意も感じないし悪意すらない。例えてみると生まれたてのひな鳥みたいなものだ。

 そこまで考え、決断する。

 

 ……よし。後悔はきっとしない。

 

「提案なんだが、その記憶が戻るまでこの家に世話になるか?」

「えっ……」

(えぇええええええええええええええ!!?)

 

 アリシアからの音量マックスの念話が来る。

 あまりにもうるさかったので、途中で念話を強制遮断させる。なんか言いたそうに、部屋の隅っこに置いてある鎌のコアがピカピカ光ってるけど知らんぷりしておいた。

 

「ですけど……」

「そりゃ帰る家があるとかならそっちを優先させるけど……そういうものあるのか?」

 

 少女は黙って首を横に振った。

 

「だったらいいよな。いや、決定ということで」

「……」

「……嫌なら嫌とはっきり言ってくれた方がうれしいのだが」

 

 陰口をたたかれたりとか、表に表わされない方がつらいことだってあるんだぞ。

 そう拗ねてみると、少女は慌てるように手を振ってこたえた。

 

「違います……言い方……わからなくて」

 

 見れば心なしか嬉しそうな表情をしているような気がする。

 それを見て、俺は左手を出して言ってあげた。

 

「これからよろしく」

「……よろしく、お願いします」

 

 ……さて、突然だけど俺はいきなり後悔している。

 

(よく考えたら、少女誘拐でさらに監禁になるんじゃねこれ)

 

 なんとなく直感に従っていたらこうなってしまったが、よくよく考えてみると、この少女をこの後どうしようというのだろうか。

 順当に考えると警察に届け出るのが普通だろう。なのに、なぜこうしてしまったのだろうか。

 

(相変わらずその場のテンションに任せること多いよね)

 

 考えていると、急にアリシアから念話が入ってくる。強制遮断もアリシアには意味無いようだ。

 ……あれ、俺デバイスに魔法勝負で負けた?

 

(どうでもいいこと考えない。現実逃避はほどほどにしないと)

(うるせーやい。そんなことわかってる)

 

 アリシアの言うとおり現実逃避はほどほどにしないと、知らないうちに話が進んでいることも多い。

 自分でやったものはしょうがないし、諦めて自分で作った流れに乗ることにした。

 

(とりあえず、いろいろ準備しなきゃいけないな)

(衣食住は大切だもんね)

 

 そうと決まれば倉庫から予備の布団をとってこなきゃいけない。部屋数だけは無駄にあるので、そっちに寝かせるとして……と、そこで大事なことを思い出した。

 

「なあ、名前はわかるか?」

「名前……?」

 

 この少女の名前を聞いていなかった。記憶喪失とはいえ、名前とかそういうことは結構覚えていそうなので、無駄でもとりあえず聞いてみる。

 もし覚えていなかったら、適当な名前つけなきゃな――

 

「……星光の殲滅者」

「!?」

 

 なな、なんか恐ろしいこと言いませんでしか?

 き、気のせいだよねそうだよね。

 恐る恐る、もう一度同じ問いをする。聞き間違えだろうと確信したいがために。

 

「も、もう一度言ってくれないかな?」

「……シュテル・ザ・デストラクター」

 

 あれれ、全然違う名前が返ってきたぞ?

 だが、明らかにさっきよりもましなその名前を聞き、俺はその名前に決めることにする。

 うん、なんか気変わりしてさっきの名前になってもらうとちょっとあれだし。

 

「えっと、俺は龍一。倉本龍一だ」

「龍一……ですか」

 

 口に何度か出してその名前をなじませるようにするシュテル。

 少し変なところもあるが、こういうところがこの子の魅力なんじゃないか、そう思う。

 

 

 それから、二人と一つの生活は始まった。

 



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第五十五話 先生の由来

 休みが明けて学校。

 山で拾ったシュテルについては、学校へ行っている間は家で大人しくしていることを約束させた。聞き分けは良いので待っててくれるだろう。

 そもそも、あの見た目から外に連れ出すのも難しい。かといってずっとそばにいるわけにもいかないのでそうするしかなかった。

 まあ、アリシアなら存分に相手をしてくれるだろう。何かあったら念話で知らせてくると思うし。

 そんなこんなで今日も今日とで学校へ登校していた。

 

「おはよう、龍一君」

 

 教室の扉を開けると一番に魔王があいさつしてきた。朝から憂鬱になりつつ、小さく「おはよう」と返事をして席へとつく。

 クラスの何人かは休学と言っていた俺がいきなり登校していたことに驚いていたが、すぐに有象無象の一部として認識したのか、興味はなくなったかのように目線がなくなった。

 この孤立している感覚、転生前を思い出すものがある。

 

「龍一」

 

 ぼーっとしていたら、声をかけられる。ちらちら見えていた金髪にまたアリサかと思ったが、振り向いてみればそれはフェイトだった。

 朝いきなりフェイトが話しかけてくることは少ない。基本的に朝はアリサとすずかが囲ってくることが原因だからと思われる。

 フェイトもそれなりに人見知りなのだろう。

 

「えっと……何?」

「はやてが今日家に来てって言ってたよ」

 

 冷や汗が流れる。

 あんな騎士たちに(特にシグナムとリインフォースに)にらまれているというのに、家に来いだなんて、何の罰ゲームなのだろうか。もちろん、いないのなら行くこともやぶさかではないが。

 どのみち、家にはシュテルがいる。とりあえずこっちのことで忙しいので、お断りの返事をするために策をひねる。

 

「今日ちょっと気分が悪くてさー」

「来なかったらリインフォースに連れてこさせるだってさ」

「行きます」

 

 あの女、俺に対しては完全に手加減がないので、二人っきりだけには何が何でもなりたくはなかった。事故と偽って殺してきそうな雰囲気もあるし。さすがに気のせいと思いたい。

 ともかく俺はため息をつき、諦めてはやての家へお邪魔することにしたのだった。

 

 

 

 

『……』

「……」

『……お兄ちゃん、用事があったんじゃないの』

「え?」

『朝、念話で今日は遅くなるって言ってたのに』

 

 その瞬間、寒気が体中を襲った。

 

「し、しまった! 今日はやての家に行かなきゃいけなかったんだ!」

 

 放課後になり自宅でゆっくりしていたとき。アリシアの一言は人の度肝を抜くものだった。

 嫌なことって、人間すぐ忘れるよね。

 ……なんて言い訳してもしょうがない。このままだとあの最恐銀髪女性が現れることは確実。少しでも被害を減らすにはどうすればいいのだろうか。

 そんなこと、決まっている。

 

「アリシア! もうちょっとだけシュテルの相手をしておいて!」

『えっ?』

「俺は山に行って逃げる」

『用事は!?』

 

 最強の選択肢は逃走。これに尽きる。

 すぐさま俺は家を飛び出す。善は急げともいうし。

 

 そうして山への道すがら、せめて飲み物くらいは買っておこうと思い、いつものスーパーへと入っていく。

 そこで一人の知り合いの買い物姿が見えた。はじめ、それを無視していこうと思ったが、嬉々としているその知り合いに我慢ならないことがあった。

 そう、ヴィータでもわかりそうな間違いを犯していたのだ。

 

「シャマル先生」

「りゅうちゃん、こんにちは」

 

 声をかけると、その知り合いは嬉々としている表情を崩さずに応対をしてくれる。

 こういうことなら、いきなり本題に入っても問題ないだろう。そう判断してシャマル先生の買い物かごに入っているアイスを指さす。

 

「アイスありますよね」

「はい。買い物のついでにとヴィータとはやてちゃんが頼んできましたから」

「……嫌がらせのつもりなら野暮ですけど、アイスを一番下、しかも常温保存のものの近くにおいていると、溶けますよ」

「え? きゃあっ!」

 

 今更気づいたのか、すでにだいぶ溶けてドロドロになっているそれを見て驚く。

 カップのほうは再冷凍すれば味は落ちるもののどうにかなるが、バーのほうはもう手遅れだろう。

 

「……戻しちゃいけませんかね」

「見つかったら怒られますよ」

 

 肩を落としながら買い物を再開するシャマル先生に苦笑する。

 どうしてこう抜けているのにこの人に買い物を任せるのかという疑問を持ちながら、俺はその場を去ろうと――

 

「あ、そういえば、今日はやてちゃんがりゅうちゃんが来るのを楽しみにしてたわよ」

 

 ――したところで止められた。

 無理を通してここから逃げてもいいが、見つかっているのに逃げるのは得策ではない。というか、なんか迎えに行かせるとかいう銀髪悪魔が恐ろしい。

 

「か、買い物してから行くつもりだったんですよ」

「あら、そうだったの」

 

 しょうがないので、ここでつかまっておくことにした。シャマル先生と一緒だし、すぐに切られるなんてことはないだろう。

 そんな打算を考えながら、俺はシャマル先生の買い物について行った。

 

 

 

 

 そしてはやて家。

 

「なんか用があるって?」

「ごろごろしよーや」

 

 寝転んでいるはやてからそう返答が来たとき、すごく怒りがわいた。まあ、その感情を感じ取られて部屋の隅のほうにいたリインフォースからトラを殺す勢いでにらまれた気がするけど。

 

「そういやはやて、なんであれだけの凡ミスをするシャマル先生に買い物に行かせているの?」

「それは面白いからやけど」

「……」

 

 はやてから真面目な顔でそう返されたとき、怒りより先に呆れの感情がわいた。まあ、またしても感情を感じ取られてライオンを殺す勢いでリインフォースの眼光が向いてきた気がする。というか、呆れすらアウトなのか。

 

「ん? なんでシャマルのことを先生と呼んどるん? 龍一から見て先生と敬えるところは何もないと思うんやけど」

 

 割とひどいことをさらっと言ってのける。聞かれているかと思い、冷蔵庫の整理にかかっているシャマル先生を見てみるが、あちらで悪戦苦闘しているようでこちらの声は聞こえていないようだ。溶けたアイスの行く先に悩んでいるのかもしれない。

 その様子を見て、はやてに対して本心を話すことにした。一応気になることも含まれているし。

 

「シャマル先生にも、俺をはるかに超える実力があるぞ」

「へえ、なんやねんそれ」

「料理」

 

 はやての顔が驚きに染まり、シャマル先生を見てから俺の顔を見る。しばらく唸った後、はやては俺の頭に手を当てた。

 

「熱はないみたいやな」

「うん。そういう反応すると思ったよ」

「やっぱり病院やろか……」

 

 はやてが電話を取ろうとする前に、早くオチをいうことにする。本当に電話されたらたまらないから。

 

「シャマル先生の料理、さっきはやてが言った通りポイズンクッキングとなる」

「さすがにポイズンは言い過ぎやろ」

 

 でも否定はしないんだな……なんて思いつつ、人のことも言えないので気にせず続ける。

 

「あれ、レシピ通りに作っているらしいじゃないか」

「わたしが手伝うこともあるけどな」

「その出来は」

「推して知るべきやろ」

 

 やはりひどいらしい。

 大体予想はしていたが、はやてと一緒に作ってひどいとなると、その力は俺が思っていたものより強大かもしれない。

 

「俺としては、あれは才能だと思う」

「その気持ち、わからなくもないんよ」

「……そこに対して先生と言っているんだ」

 

 はやては一瞬だけぽかんとした後、大笑いし始めた。

 あれ、さすがにひどくありませんかね? 見ればリインフォースも小さく笑ってるし。ほら、シャマル先生も不思議そうにこっち見てる。

 

 ちなみにその後、シャマル先生が夕食を作ると聞いた瞬間に逃げ出すことにした。いやまあ、なんだかんだとネタにしつつ、推して知るべき料理は食べる気にはなれないし。

 そもそも怖い二人がいて一緒に料理を食べること自体が恐ろしいので、だれが作ろうと同じだったと思うが。

 

 ちなみに、栄養バランスに関しては完璧というのを聞いたのはその後のことだった。

 料理自体があれならバランス完璧でもどうしようもないと思うが。

 



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第五十六話 一人より二人

 少女……もといシュテルを拾って数日。そろそろシュテルの方も慣れてきたようで、口数は日に日に増していっている。

 

「龍一、このだし汁はどうすればいいのですか?」

「それはこっちの鍋に使う。とりあえず置いといてくれ」

 

 最近では料理も手伝ってくれるようになった。おかげで時間勝負な料理に手を出せるようになってきてうれしい限りだ。

 ほかにも洗濯掃除などもやってくれる。かなり楽ができて、この辺りはうれしい誤算といったところか。

 

「しかし、どうするか」

「何がですか?」

「いや、なんでもない」

 

 なんだかんだ言いつつ、バリアジャケットのままはいただけない。微妙に魔力反応がある気がするから、おかげで最近はビビッて家に結界をしかけるようになった。

 家にフェイトや魔王が来たらおそらく一発でばれるな。まあ、多分来ないけど。

 はやてについては、なんだかんだとある約束をされた。

 

「……一週間に一回、はやての家に行くこと……なぁ」

 

 この条件さえ守れば家に押しかけることはしないらしい。

 魔王たちに関しても、遊びやすいからかたまに訪れているようだ。そんな中アリサと魔王が絶対にいないときに狙っていくようにしている。フェイトはどっちでもいいし、すずかも特に狙うようなことはしていない。

 

(で、今日は行く日という)

 

 前回呼ばれて一回行ったきり、いまだに行っていない。

 シュテルも家には慣れてきたころだろうし、そろそろ家に行く回数を更新しておかねばまずいかもしれない。ということなので、本日行くことが(俺の中で)決定している。

 

「龍一、量多くないですか?」

 

 料理がある程度完成に近づいたところで、シュテルがそう教えてくれる。

 だがシュテル、これは別にミスとかそういうわけではない。

 

「今日はちょっと遅くなるかもしれないから、少し多めに用意しておいた。夜は先に食べてていいからな」

「わかりました」

 

 聞き分けがいいシュテルはこういうことをおとなしく聞いてくれる。

 シュテルマジいい子。

 

 

 

 

 はやて家に着いた。

 良くも悪くも見知った家なので、さほど時間もかからずについてしまうのはいかがなものか。そんな少しの悲しみを胸に秘めつつ、押しなれたインターホンを戸惑いなく鳴らす。

 何度も聞いた身近な音に、バタバタという誰かが走ってくる音。

 扉を開けて現れたのはヴィータだった。

 

「よお、りゅう。待ってたぜ」

「家にはだれが?」

「はやてとフェイトだな。あとは皆出かけてる」

 

 ここで小さくガッツポーズ。

 特にシグナムとリインフォースがいないのはとてもラッキーだった。

 

「そうか。じゃあ、お邪魔します」

「おう、せいぜい邪魔しろ」

 

 最近ヴィータのおっさんっぽさがにじみ出てる気がするのは気のせいだろうか。

 

 

 室内へと入った。

 そこにいたのはヴィータの言葉に間違えは無く、はやてとフェイトの二人だった。

 

「あ、久しぶり龍一」

「なんや、こない人が少ない時に……狙いおったな?」

 

 フェイトは笑顔で出迎えてくれたけど、はやてはいきなり俺の考えを読んできやがった。でも正解だから何も言えない。とはいえ、はやて家の面々は基本気分屋なので狙って居ないときにお邪魔することはできないが。

 

「来てあげたんだから、少しくらい喜ぼうよ」

「嫌やな、こういう男。きっと将来は大変で」

 

 というか、気づいたらはやて口悪くなってないか。……あ、俺のせいか。ほかの人はふつうみたいだし。

 

「フェイトも、一人でこの家にいるのは珍しいんじゃない?」

「はやてから本を借りようと思って。今は面白そうな本を教えてくれてるんだ」

「へえ。はやて、どういうのすすめてるの?」

 

 すると、はやては自分の右に置いてあった本の山から一冊取り出して俺に見えるよう掲げた。

 

「人間失格」

「やめろ」

 

 確実にフェイトに見せるには早い。

 これ以上悪影響を与えないよう本を奪っておき、はやてじゃ届かない場所に本を置く。

 はやては少しふてくされたが、あくまでも冗談の一環だったのかすぐに機嫌を直した。

 ちょうどその時、お茶を持ってきたヴィータと鉢合わせた。

 

「はやてもフェイトもあれで、あたし暇でさ」

「だから話に混ざってなかったのか」

「まあな。だから何かしよーぜ」

 

 何かといわれても、二人でできるものなんてあまり思いつかない。

 あるとすれば、昔はやてと二人きりの時にやったもの……

 

「……そういえば、ここによく通っていた頃ゲームとか買ってたな。あれで遊ぶか」

「ゲームって、倉庫にあるやつか?」

 

 そういえば、飽きてから邪魔になってきたから倉庫にしまったんだっけ。

 俺とヴィータはその倉庫まで取りに行くことにした。

 

 

 

 

 テレビがあるところなので、結局ははやてとフェイトがいた部屋に戻ってくる。

 

「なんやそれ」

 

 倉庫から持ってきたものに、興味を示したように聞いてくる。とはいえ、昔はやてもやっていたやつなんだが。

 

「昔やったじゃん。格闘ゲームのあれだよ」

「あ、あーあー。そんなやつもあったなぁ」

 

 納得したようで、はやての追及はない。ただ、フェイトが意味が分からず頭をかしげているだけだ。

 そんなフェイトには「見てみれば分かる」とだけ簡潔に言って、配線をつなげる。

 ヴィータがわくわくとした表情で見てくるが、個人的に手伝えと突っ込んでやりたい。

 

「……ほら、できたぞ」

「よし、わたしがやるわ」

「あ、ずるいぞはやて!」

「わ、私もいいかな?」

 

 ……なんか異様に人気なんだけど。

 

 

 その後、俺たちは時間を忘れてゲームに励んだ。

 

 

 

 

 時刻はすでに九時を過ぎている。

 こんな時間になったのも、フェイトに囁かれた言葉のせいだ。

 

「久しぶりに本当の料理が食べたいなぁ?」

 

 いや、どんだけそれを引っ張るのかと。はやてに聞こえないように言ってくれたのは評価するが、まずそれを忘れてほしい。

 なんとなくこの言葉を言われてしまうと逆らえないので、おとなしくはやてに許可をもらってはやて一家に料理をふるまった。料理を食べたシャマル先生が料理教えてほしいとか言われたけど。まあ断ったが。

 

 

 さて、そんなこんなで家に着いた。

 電気は消えていて、シュテルはおそらく寝ているのだろう。起こさないようあまり音を立てず家に入った。

 一応アリシアには帰ったことを知らせておくことにする。シュテルの監視も兼ねさせているので、スリープモードじゃなかったら一日の行動を聞かせてほしいものだ。

 

(ただいま、アリシア)

(……)

(あれ、寝てるのか?)

(リビングに来て、お兄ちゃん)

(え?)

 

 その言葉を最後に念話は切れた。

 いきなりのことで分けがわからない。一瞬逃げようかとも考えたが、さして深刻そうに聞こえなかったので、そこまで心配することではないだろう。危険がないなら逃げる意味も見当たらない。

 なら、一体なんだというのだろうか。

 未知の場所へ行くかのように緊張感を持たせつつ、リビングの扉に手をかける。

 

 扉を開いた先、暗闇の中に誰かが動く音がした。

 だれなのか目をこらす。目が慣れない暗闇だが、この家にこのシルエットを持つ人は一人しかいない。

 

「……え」

「……おかえりなさい」

 

 シュテルがテーブルの椅子に一人ポツンと座っていたのだ。

 テーブルの上には夜ご飯として作った料理。そんな状態から、シュテルが何がしたかったのか思い浮かぶ。

 

「待っててくれたのか?」

「はい」

 

 一瞬言葉が見つからなかった。

 怒ろうとも、嘆こうかとも思った。だけど、こういう時はもっと別の言葉ではないだろうか。

 そう、もっと暖かな言葉のほうが。

 

「……まったく、しょうがないな」

 

 羞恥心から思っていたのと違う言葉が出たが、弛んでいる顔を見ればそれは本心ではないことはすぐに気づくだろう。

 やれやれといった風にテーブルの上にあった料理をとる。

 夜まで保つ料理を作っていたので腐っているわけもない。電子レンジの中に適当に入れて、感覚でタイムを設定する。

 そこまでしたところで、シュテルの前の席に座った。

 

「先に食べてていいって言ったんだけど」

「すみません……」

「理由とかある?」

 

 シュテルは一拍おいてつぶやくように喋る。

 

「一人では、あまりおいしくありませんでした」

 

 その言葉を聞いて、つい笑ってしまった。

 

(失礼だよ、お兄ちゃん!)

 

 この部屋の隅に置きっぱなしにしているアリシアの念話が来るが、そんなことも構わずに笑う。

 シュテルはきょとんとしている。そりゃ、自分の思いのたけを話したら急に笑われたのだからそうだろう。

 そこから数秒笑い、ようやく収まったところでシュテルに再び向き直った。

 

「そうだな。一人だとさみしいよな」

 

 思えば、幼少のころ魔王と仲良くなったのもそんな理由だった。

 懐かしさにあの頃の自分とシュテルを重ねて思う。いままで前世の時のように一人ではなかったのも、あの時の会話から始まったのかもしれないと。

 

「じゃあ、二人で夜ご飯といこうか」

「はい」

 

 心なしか嬉しそうな表情。

 いまだひな鳥のような彼女だが、だからこそこうして彼女と親交を深めるのも、彼女にこんな暖かさを教えることの一端になるんじゃないか、そう思った。

 



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第五十七話 漢の間 前編

 さて突然ではあるが、またしても俺は魔王の家にきていた。

 しかし、魔王の家とはいったもののその面子は魔王とはかけ離れた面子ではあった。

 

「ほら、シュークリームだよ。ゆっくりしていきなさい」

 

 目の前に置かれるさらに乗っけられたシュークリーム。一目見てわかる、魔王が作ったものだと。

 どういう原理でこんなことをしているのかはわからないが、善意で出されたものということで断ることもできず、もしゃもしゃと食べる。

 

「……ふつう」

「はっは、辛口だね」

 

 さて、そろそろ目の前にいるお人を紹介してみよう。おそらく説明しなくてもわかるだろうが、魔王の父士郎さんである。

 

 どういう経緯でこういうことになったか。それは数時間前、放課後になったばかりの出来事から始まる。

 

 

 

 

「はやてちゃんちに行くんだけど、龍一君もどうかな」

「いかない」

 

 魔王の声に即答する俺。

 魔王は一瞬の間を開けて、断られたことに気付いて涙目になった。

 

「龍一!」

「なに、アリサ」

「泣かすのはやりすぎでしょ!」

「いや、俺断っただけだからね。別に泣かすようなことしていないからね」

 

 さすがに理不尽であるアリサからのお叱り。

 実際にそれがわかっているのか、俺の返答に何も返さずそのまま口をつぐむ。

 しかし、俺への感情は収まっていないのか、アリサはさらに突っかかってくる。

 

「あんた暇でしょ。なら来なさいよ」

 

 どうやら、アリサもはやての家に行くらしい。

 だとするなら、なおさら行きたくなくなる気持ちが増えてしまった。

 しかしこのままでは強制的に連れて行かれてしまう。最近では俺がアリサに逆らえないのを知ってか知らずか、よくこういうことをアリサに言われることが多くなっている現状、さすがにそろそろ反抗しなくてはならないのではないだろうか。

 

「たまにはこっちの都合も考えてほしいんだけど」

「じゃあ、その都合とやらをいってみなさいよ」

 

 おおっと、口から出まかせの発言にアリサが引っ掛かってしまった。ちなみに、そんな都合なんてない。

 しかし、このままでははやての家に連行されてしまう。それから逃げるにはどうすればいいのか。そう、予定をねじ込めばいいんだ。

 

「じ、実は家に帰ると……」

「帰ると?」

「親の電話があるんだ」

 

 ……

 いや、俺自身この言い訳はどうかと思った。正直たいしたことないものだし、この前日本に戻ってきたことから、そこまでレアな邂逅というわけでもない。

 こりゃ連行確定かな……なんて考えた時だった。アリサは身を引いて言った。

 

「それならしょうがないわね」

 

 ……え?

 

「みんな、しょうがないだろうけど、今日は連れて行くのあきらめなさい」

 

 困惑する俺を気にかけることなく、後ろの三人に話しかけた。

 お粗末な言い訳のどこに共感する部分があるかわからないまま話は進む。

 

「それならしょうがないよね」

「お母さんとの時間は大切にしなきゃ」

「龍一君、お父さんとお母さんによろしくね」

 

 すずか、フェイト、なのはの順番で話しかけてくる。

 俺がその言葉にあいまいにうなずくと、彼女たちは俺をしり目に去って行った。

 とりあえず危機は去ったというところだろうか。

 

 ……ていうか、なんでこいつらは俺を連れて行きたがったのだろうか。

 

 

 

 

(で、一度家に帰ってから翠屋に来たら、なぜか士郎さんに案内されたんだよね)

 

 シュークリーム買うだけだったのに、どうしてこうなったんだろう。

 俺がそんな思考になっていたところで、士郎さんはまたいそいそと何か準備をしていた。

 

「ええと、何をしているんですか?」

「すまないね、連れてきて悪いんだけど、すぐにでも店に戻らなくちゃいけないようだ」

「あ、そうですか。では、俺も家に帰ることに――」

「それなら大丈夫だよ。恭也が代わりにいてくれるみたいだから」

 

 士郎さんはまるで当たり前かのようにそう口にした。

 士郎さんとしてはおそらく家に連れてきてすぐに店に戻るというのは心苦しいというのがあったのだろう。

 だが、あえていおう。どういう理由であろうと原作キャラというだけで関わり合いにはなりたくないと。

 

「い、いいですよ。その恭也さんにも用事があるでしょうし」

「いや、これは恭也からの提案なんだ」

 

 おのれ! 誰か知らないが余計なことを!

 

「はは……ですけど」

「それに、そのシュークリームも余らせたくないしね」

 

 気づけば、いつの間に用意したのかさらにあまるほどに乗っている大量のシュークリーム。

 相手に気付かれずにシュークリームを用意する……これが御神流というやつなのか! まあ、御神流とか適当に言っただけだけど。そもそも、シュークリームを相手に気付かれないように用意するとかいらない能力にもほどがある。

 

「えと、いいんですか? こんな大量の」

「娘が作りすぎたようで、今日中に食べなきゃならない量なんだ。ちなみに、まだまだあるよ」

 

 シュークリームを作った人物をネタばらし。とはいえ、最初にわかっていたことではあるが。

 しかし、それよりも思ったことが、なぜこんなにシュークリームを作ったということだが……いやまて、その前になぜ俺はここに居続けなければならないんだ。

 

「いや士郎さ――」

「まあそういうわけだから」

 

 そういってさっそうと店のほうへ向かった士郎さん。うん、まさかこうゴリ押ししてくるとは思わなかったよ。

 しかし、俺の性格的にここまでされて無理を押し通して帰ることなんてできない。それを見越したのだとすると……士郎さん、恐ろしい人!

 

「なんてこともないか」

 

 冗談は冗談で頭の中で考えておくことにする。とりあえず帰りたい気持ちを押しとどめ、シュークリームをもさもさと食べることにした。

 

 そうして、二つ目のシュークリームを食べているとき、誰かが部屋に入ってくる気配がした。

 見てみると、士郎さんに似て凛々しい顔をしている。たぶん彼が恭也という人なのだろう。変な人を見る目で見られる前にあいさつしておこうと、食べかけのシュークリームを置いて話しかけた。

 

「……おじゃみゃみてま……おじゃみゃ……みゃみゃ」

 

 いきなり盛大に噛んだ。

 うつむき、表情を見られないようにする。顔が赤くなっているのが自分でもわかるからだ。

 しかし、相手はいったいどんな反応をしているのだろうか。そんなことが気になり、この状態では恭也さんの表情も読めないので、上を向いてちらりと様子を見る。

 

「……フッ」

(薄く口元だけで笑った!)

 

 驚きに身を固め、恥ずかしくなり再びうつむく姿勢に戻る。

 士郎さんはなんてものを残してくれたんだ! と一人口の中でごちる。まあ、士郎さんは悪いことなんもしてないけど。

 とにかく、俺はこの状況から脱却することを一番に考える事にした。

 

「……ええと、高町恭也さんであってますよね」

「そうだ」

 

 返信が冷たいですよー。そんなんじゃこっちも恐縮してしまうのだけどー。

 しかし、ここであきらめるわけにはいかない。こちとら一刻も早く帰ってすでに折れかかっているメンタルをアリシアに癒してもらわなきゃいけないんだ。

 え? いい大人がそんなこと考えるなって?

 別にいいじゃない、見た目は子供なんだから。

 

「おい」

「ひゃいっ!?」

 

 だいぶ現実から逃げていたところで、突然目の前の人から声がかかる。

 相も変わらず目の前の男の雰囲気はとても冷たいものだった。

 

 これ、殺されたりしないよね?

 



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第五十八話 漢の間 後編

 あらすじ

 魔王たちの魔の手から逃げたと思ったら、魔王の父親につかまったでござるの巻。

 

「どうかしたか?」

「はっ。いえいえ、なんでもありません!」

 

 目の前の恭也さんからの声に、少しの間意識がどこぞへ飛んで行っていた。

 とりあえず現実逃避はここまでにして、恐ろしくも恭也さんの言葉に耳を傾けることにする。

 

「何かご用でしょうか?」

「いやな……なのはは、学校では元気にやっているか」

 

 なのは……?

 ……ああ、魔王のことか。魔王が元気にやっているかと聞かれれば、まあやっているんじゃないかと思う。

 

「元気にやっていますよ」

 

 本当はそんなことは知らないが、なるべく笑顔で答える。

 これは投げやりとかじゃなくて、あまり学校で魔王と話すことがないから詳しくは言えないだけ。

 いろいろあったが、なんだかんだ言って関わりをあまり持たないという俺の考え方はいまだに変わってない。

 魔王に対してだけじゃなく、原作キャラ自体にかかわろうとはあまり思ってないから、友達だと思っているすずかにもあまり自分から話そうとはしない。とはいえ、話しかけられても逃げなくなったので、そこは進歩といえるのではないだろうか。……逃げ道がふさがれているため逃げれてないだけだが。

 

「そうか。ならそれでいい」

 

 ぶっきらぼうにそう口にする恭也さん。しかし、口元が微妙に緩んでいるのを見る限り、一応本気で心配していたようだ。

 ……で、もう帰っていいよね?

 

「君には感謝しないといけないな」

 

 帰ろうかと考えた矢先に話しかけてくる。

 実は恭也さんも俺を帰さないようにしているんじゃないだろうか。

 

「感謝とは……?」

「たしか、君には小学校に入る前からなのはと友達になってくれてたな」

「……」

 

 おそらく公園で友達になった時のことを言っているのだろう。

 あの時はあの子が魔王だって気が付かなかったな。懐かしい思い出だ。

 

「……あの時、家はなのはの居場所を作ってやることができなかった。しょうがないことだと思いつつ、相手をしてあげることができなかった時に、君はなのはと友達になってくれたな」

 

 そんなタイミングだとか知らなかったし。ただ単に友達になってくれそうな同じぼっちを見かけたから話しかけただけだし

 知らないところで俺の株が上がっていることにプレッシャーを受けつつ、恭也さんの真意を探る。世間話にしては重い話の以上、この後何らかのアプローチがあるはずだ。

 

「だからな……」

 

 ここで身構える俺。

 さあ、矢でも鉄砲でも撃ってこい!

 

「なのはとこれからも友達になってやってほしい」

「だがことわr……じゃないですはい」

 

 ついつい条件反射で答えたものに寒気を感じ、急いで言葉を切り替える。

 

「そうか、ならこれからも頼む」

 

 ようやくこの場に流れる緊張感が薄れ、俺は安堵の域を漏らす。

 今思い返してみると、先ほど返そうとしたセリフは明らかに死亡フラグだったと思う。いや、本当言わなくてよかった。

 

 さて、このあたりで再び帰ろうかと画策していると、今度は出て行ったはずの士郎さんが扉を開けて帰ってきた。

 視線を向けてみると、士郎さんの後ろには見たことのある犬が……

 

「お邪魔する」

 

 って、ザフィーラだこの犬。

 

 

 

 

「どうしてここに?」

 

 隣に座って出されたお茶をすするザフィーラ(人型)に、この場に現れたことによる疑問を解消させようとする。

 ザフィーラはピクリ耳を動かし、啜っていたお茶を置いた。

 

「家に主の友人達が来たのだ」

 

 そういえば、俺はその友人たちとやらから逃げてきたんだっけ。

 しかし、今まで見たところ空気を読む力が素晴らしいザフィーラが、女だらけという理由で逃げてきたとは思えない。俺とは違うし。

 

「へえ、それで?」

「そこで高町なのはが家に作りすぎたシュークリームの話に持っていき……」

「なるほど、代わりに取りに来たというわけか」

 

 恭也さんがザフィーラの言葉を先読みして答えをいう。

 こういう地味に使える能力はうらやましく思う。おそらくこいつはリア充だろうと予測した。

 

「うむ、その通りだ。そういうわけで来たのだが……どうやら龍一が頂いていたようだな

 」

「量なら心配することはない。まだ冷蔵庫にたくさんある」

 

 え、結構今の状態でも山積みなんだけど。まだあるって本当にどれだけ作ったんだよ魔王。

 恭也さんはその証拠を示すため、冷蔵庫に向かってそこから再び山積みになっているシュークリームを取り出した。

 

「……本当多いですね」

「せめて君がなのはに嘘でもおいしいといってくれたらね」

 

 なぜか恭也さんによくわからないことを言われ、ため息をつかれた。なぜだ。

 再び恭也さんは席に着き、さらに盛っているシュークリームに手を伸ばし始めた。

 

「龍一の方はここで何をしているのだ」

 

 見れば、ザフィーラさんがこちらに視線を向けていた。

「そりゃあ……」と口を開いたところで気づく。

 

 あ、そういや俺逃げてきたんだった。

 

 なんだかんだとお茶をお世話になっているから忘れていたが、そもそも俺がここに来たのは単純にシュークリームがほしかっただけだったはずだ。のんびりするつもりはなかったとはいえ、このことを魔王たちに知られると……か、考えただけで身震いがする。

 とりあえず、この場を切り抜ける言い訳を考えてみる。

 

「ザッフィさん」

「ざ、ザッフィ?」

 

 なんか困惑の声を上げるザフィーラだが気にせず言葉を続ける。

 

「ザッフィさんの目の前に高級ジャーキーがあったとする」

「かまわないが、ザッフィさんと犬扱いは勘弁してほしいのだが」

「もしはやてに待てをされた場合、ザッフィさんは我慢するか?」

「……主の言うことなれば」

 

 今度はあきらめたようにため息をつく。

 恭也さんも目を白黒させていて、おそらく俺の突然の行動に真意が読めないのだろう。

 やはり恭也さんはリア充だ。これは間違いない。

 

「して、その問いがなんだというのだ」

「つまり、俺は目の前のシュークリームの誘惑には勝てなかったというわけだ」

「待て、どこがつまりなのだ」

 

 軽く舌打ち。

 やはり青き狼の異名をとるザフィーラに適当なことを言って場を濁す作戦は使えなかったか。

 

「……まあ、なにを言いたかったのかはわからんが、少なくとも高町なのはに伝えたいことは分かった」

 

 なんだとぅ!? ここにいるっていうのがばれた時点で、明日の朝言葉のリンチを浴びせられるのは確定じゃないか!

 

「いやそもそも言わなくても……」

「龍一は、高町なのはのシュークリームを食べたがっていた……でいいんだな」

「って……え?」

「ここで会ったことは言ってほしくないんだろ? 帰りに会ったことにしておく」

 

 おおう……なんていう空気の読めているお方。まさにすずかに続く天使。見た目には大きく差異はあるものの。

 ……なんだか、変な方向に突っ走りそうだが、尻が痛くなってきたのでこれ以上は感激しないでおくことにした。

 

 

 次の日、なぜか昼ごはんの時間に魔王からシュークリームが送られてきた。

 



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第五十九話 猫の憂鬱

 ご飯を作る途中のこと。鍋をかき混ぜて調味料を入れようとしたとき、準備し忘れてたことを思い出した。

 

「シュテル、そこの砂糖とってくれ」

「……」

「シュテル?」

 

 見てみると、どこかボーっとしているシュテルの姿。

 外に出してから、こうして上の空になることが多くなった。

 何か別のものを見ているというか、軽く夢遊病になっている気さえする。

 

「……ふー」

「ふわっ」

 

 呼んでも返事がないので、耳に息を吹きかけてみる。

 予想通り驚きとともに上の空を戻り、ぶつけてくる非難の視線。

 

「突然したのは悪かったが、そっちもなんだか上の空だったぞ」

「え? あ、そうだったのですか。すみません」

「いや、包丁持ってる時じゃなきゃ、別段困ることもないけどさ」

 

 あ、いや、鍋かき回さなきゃいけないときとかはダメか。揚げ物とかも……やっぱ料理中に上の空はご法度。

 と、話が頭の中でそれそうになったのを抑え、再び目の前のシュテルに気をつけてみる。

 普段からこんな放心するわけじゃなかったんだが……やはりずっと家は気が滅入るのだろうか。

 

「……ねえシュテル」

「なんでしょうか」

「ご飯を食べたら、散歩しに行こうか」

 

 シュテルは頷いた。

 

 

 

 

 あたしリーゼロッテ。

 ちょっと所用でこの管理外世界に再び戻ってきたんだけど、さっそくアリアが迷子になりました。

 

「アリアー、どこにいるのー?」

 

 念話をしようかと思ったけど、なるべく魔法は使わないようにと言われているので、なるべく念話使用は避けたいところだった。というのは建前で、めんどくさいだけだったりする。

 しかしこのままだと念話使うことになるかなーなんて考えていたところ、どこからか猫の声が聞こえてきた。

 

(そうだ、猫に聞けば分かるかもしれない)

 

 猫になることができるあたしとしては、猫社会の広い情報網は侮れないものに感じていた。

 

「ええと、声はこっちの方……」

 

 近くの角を曲がったところ、たしかにそこには猫が群がっていた。

 一人の少女の足元に。

 

「えっと……」

「うわ、今日は猫が多いな」

 

 よく見れば、少女の横には男の子もいる。二人は猫の多さに驚きつつ何とかといった風に前に進んでいた。

 しかし、あたしはその猫一団の中に見知った猫を見かけ、過ぎ去ろうとした足を止める。

 

「あ、アリア」

 

 さして特徴的でもない猫。しかし、さすがに姉妹となれば見分けくらいつく。

 なんだか、ノリノリで女の子に飛びつこうとしている姿を見ると、平和になったのだという感慨と同時に、立場が落ちたという悲しみが湧く。間違えた、堕ちただ。

 

「あんなことをしているアリアを見るのもしょうがないし、迎えに行きますか」

 

 ということなので、二人の少年少女に話しかける。

 

「ちょっといいかな君たち」

「なんでしょうか」

「えっ、あ、はい?」

 

 少女の対応に、戸惑ったような少年の対応。

 まあ、いきなり知らないお姉さんが話しかけたのだから、少年の方が正しい反応か。

 

「そこの猫ちゃんなんだけど――」

 

 といいかけ、ふとあることに気付いた。

 少年の姿をどこかで見かけたことがあるのだ。

 そう、いつだったか……たしかよくみたことがあるような……

 

「要件は手短にお願いできますか?」

「え? あ、ごめんね」

 

 思い出しにかかっていたところで、少女に要件をせかされた。

 見れば少し面倒そうにしている。確かに目の前で悩んでいるのも相手にとって迷惑だろうということで、手早く用件を済ませることにする。

 

「そこの猫ちゃんなんだけど、実はうちで飼ってる猫ちゃんなのよ」

「そうですか」

「だから返してくれないかなーって」

「いいですよ。元から勝手についてきているだけですから」

 

 アリア……本当なんでついていってるのよ。

 アリアの趣味に戸惑いを感じつつ、あたしは猫の集団の中にいるアリアを抱き上げた。

 そこで、なんだか様子がおかしいことに気が付いた。

 

「あら、アリアったらマタタビ嗅いでる」

 

 ハーメルンのようについて行ってたのは酔ってたからか……なんて、今更言い訳材料が出てきたところで何とも言えないけど。

 さて、これで用件は済んだので、とっとと用事を済まして帰ることにしよう。

 

「じゃあね、二人とも」

「はい」

「えと……その、一ついいであうか?」

「あうか?」

「か、噛みまみた! ……ああもう、その猫耳ってなんですか!?」

 

 まくしたてるように聞いてきたのは、猫耳のこと。

 はじめ頭を心配するような目線を送っていたが、隣の少女も頭に目線を送っているのに気づき、それにつられて頭に手を当てる。

 その時触れるぴょこぴょこする何か。

 

「……あ、変化し忘れてた」

「変化?」

「あ、いえいえ、なんでもないわよ! これはつけ耳、つけ耳なの!」

「はあ……」

 

 怪訝そうに空返事。

 なんだろう、こっちが逆に心配そうに見られてる……ああ、どれもこれもあのマスターのせいだ。嫌いじゃないけど。

 これ以上追及されるのも嫌なので、この場をそそくさと離れることにする。

 

「じゃ、じゃあね」

「はあ」

 

 ふう、変身しなおさなきゃいけないな……少し前までによくなっていた仮面の男で行こうか。

 ん? 仮面の男……何か引っかかる。あの男の子に関係したことのような……

 

「あ」

 

 そういえば、八神はやての監視をしていた時によく見かけたのがあの子だったことを思い出す。

 一度だけ言葉を交わした……そう、確か関わるな、だったっけ。

 

「……そうか、あの子も被害者なんだね」

 

 大人たちの――もちろんあたしたちも含む――勝手な都合によって人生を左右されてしまった少年。

 あのことはすでに管理局でも事後として扱われている。だけど、あのように人に対して対話しづらい性格になったのも、あたしたちのせいかもしれない。

 

「……とりあえず、帰る前に菓子折りでも届けておこう」

 

 あの少年の家はすでにつかんである。

 とはいえ、今まで決して使うことがなかった情報なので、知っているのはあたしとアリアだけだが。

 あの子、本当に八神はやての家に行かなくなったからなぁ。後悔はしていないが、かわいそうな子だと思う。

 

 そういえば、隣にいた少女は誰だったのだろうか。

 まあ、どうでもいいか。あの非難めいた目もわすれたいし。

 

 

 

 

「ところでシュテル、なんでお前は猫にそんなにまとわりつかれるんだ?」

「さあ、なんででしょうかね」

「……それにしても、さっきの女の人はなんだったのだろうか」

「ああいうのをコスプレっていうんですね」

「……」

 

 どこでそういう情報を覚えてくるのだろうか。

 



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第六十話 真冬にドッジ

 二月に入りまだ寒い中、何をどうしたらそうなるのかこのくそ寒い中、体育でドッヂボールをすることになった。

 

「寒っ! すごく寒い!」

 

 小学生なので半袖短パン縛り。なぜジャージがない。

 肩を震わせながら隣を見れば、ぺちゃくちゃ喋り合う魔王たちご一行。どうして平然としてられるのか疑問に思う。

 

「龍一君、寒そうにしてるね」

 

 そんな時、寒そうにしていた俺を見たすずかは、魔王の輪を抜けてこちらによってきた。

 

「実際寒いんだけど。よく平気でいられるね」

「寒いけど、龍一君ほど寒くはないかな」

 

 一瞬体感温度がおかしいんじゃないかと思った。おそらく、単純に俺が寒さに慣れてないだけだと思うが。

 

「すずかちゃん、あっためて」

「え? 温めるって……」

 

 すずかはしばらく思案したのち「えいっ」と声を上げて手を握ってきた。

 おお、これならあった……かいのか? なんか、両方とも冷たくて大して変りないように思えるが……

 

「ど、どう……?」

 

 少し背をかがめているので、上目遣いになる。ここでかわいいと少しでも思った俺はロリコンなのかもしれない。

 とりあえず、ここはすずかのかわいさにめんじて頷いておくことにした。

 

「えへへ、よかった」

 

 ……はっ、これが萌え殺されるというやつなのか。

 

「あんた、なにしてんの」

「何してるって……はっ、この気配は」

 

 すずかの陰に隠れる怒気。その正体はアリサ。いつもの三倍くらいこちらを睨みつける力が強いように見える。

 

「すずかと手をつないで? へー、楽しそうね」

 

 全然顔が楽しそうじゃありません。頭冷やされそうです。

 アリサはゆったりと俺の前に立ち、一度だけニコリと嗤った。

 え? 漢字? あってますから安心してください。

 

「この変態!」

 

 アリサの 力を込めた ビンタ ▼

 俺は 大きなダメージ を 負った ▼

 

「なぜに……ガクッ」

「さあ、すずか行きましょ」

「ご、ごめんね龍一君」

 

 すずかが申し訳なさそうにしながらアリサに手を引かれ連れて行かれる。

 それにしても、アリサも強くなったもんだ。

 

 

 

 

「男子対女子で行いたいと思います」

 

 どういうチーム分けかと思いきや、先生は男女で分けるらしい。

 さすがにそれはないだろうとは思ったが、周りの人たちは納得しているようだった。どういうことは不思議がりながらも、ほかの男子のやる気の度合いからして、そう簡単に勝てるわけではないようだ。

 ……しかしなぁ、男女別か……

 

 そう思っていた時が、俺にもありました。

 

 

 

 

「いきます……!」

「ぐわぁ!」

 

 一声かけてからのボール。

 普通ならキャッチすることなど容易なことになるはずのボールが、予想を外れるほどのすさまじいスピードでクラスの内村君(趣味・運動場の雑草を引っこ抜くこと)の腹に直撃した。

 気が付けば、向こうの陣地十人に対しこちらの陣地にはもう五人しかいなかった。

 

「な、なんだこれ」

「そういえば、倉本は休んでたから知らないんだっけ。あの三人は……化け物だ」

 

 外野のアリサ、さらに内野のフェイトとなぜかすずかを指さして教えてくれるクラスメイト。

 すずかも化け物というところに疑問を感じつつ、そのクラスメイトに詳しく聞こうとしたとき、すぐそばに危険が迫ってるような気がし、すぐさま屈みこんだ。そしてすぐに、俺の頭の上を越えてボールが飛び去る。

 

「ぎゃあ!」

 

 そのボールはさっきまで話していた宮崎君(特技・一世代前の芸人のモノマネ)の横っ腹にぶち当たった。

 

「だれが化け物よ!」

 

 投げられた方を見れば、アリサが肩を怒らしていた。先ほどフェイトが投げたボールは女子の外野まで転がっていたらしい。

 しかし、これで残り四人……これは終わったかもわからんね。

 

「「「まだ終わってないぞ倉本君!」」」

「君たちはトライアングラー山田村!」

 

 山田、田村、村山の三人から放たれるトライアングル攻撃はすさまじいという噂の三人じゃないか!

 

「いくぞ!」

 

 山田君から放たれる速球。その矛先は、魔王をきれいにとらえていた。

 これで少しは勝てる可能性が……

 

「って、三人とも内野だからトライアングル攻撃できないじゃないか」

「「「あ」」」

 

 まるで今まで気が付かなかったかのようなトライアングラーの表情。

 なぜ最初に外野に送らなかったし。

 そして相手の陣地を見れば、すずかが魔王へ向かったボールを華麗にとらえていた。

 

「ありがとう、すずかちゃん」

「助け合うことが大事でしょ」

 

「おい、田村が行けばよかっただろ」

「それを言うなら村山でしょ」

「山田がいけばよかったじゃない」

 

 向こうは素晴らしい友情を演出しているというのに、こちらの三人はまぬけにもお互いのせいにし始めた。

 もう無理だろこれ、授業じゃなきゃ降参しているところだ。

 

「よし、じゃあ十倍にして返してあげる」

 

 あ、すずかがお茶目にも冗談を言って投げることを教えてくれてる。やさしいなあ。←現実逃避

 そして放たれる剛速球。うん、間違いなく剛速球と呼べるレベルのもの。

 どうやら、十倍は冗談でもなんでもなかったようだ。

 

「ぐはぁ!」

「うわっ!」

「いやん!」

 

 トライアングラーの三人にバウンドでうまくあてていく。

 一発で三人を外野行きにさせられて、すずかは満足げな表情をしている。

 

「で、あんたはぼーっとしてていいの?」

 

 転がったボールは外野へ。アリサの手にボールが渡ったのだった。

 

「……手加減しては」

「いやよ」

 

 そう返した後にアリサは大きく振りかぶり、全力でボールを放つ準備をする。

 危機を感じ右手の方角に踏み出す。

 すぐさま左手の方にボールが飛び去った。

 

「あぶねえ!」

「くっ、すずか!」

「うん!」

 

 間髪なく後ろから来た戻ってくるボール。

 足元に向かっているのを確認して、少々無茶な体勢ながら少しジャンプすることにより避けきる。

 

「次こそ!」

 

 アリサも待つ時間を与えずすぐに投げてくる。さすがに無理な体勢が続いたことにより、これ以上避ける状況に持ち込むことはできない。このままではおそらく当たってしまう。いや、確実にあたる。

 最終手段。避けきることを諦め、そのボールに対しては少しだけしゃがむことで対応する。

 そして走る痛み。

 

「が、顔面セーフ」

 

 誰かが発した声、それを聞いてからアリサがこちらに駆け寄る。

 

「だ、大丈夫なの?」

「平気だって、顔面セーフとかだれか言ったけど、当たったのは頭だから」

「それでも……」

「アリサが気に病むことじゃないって。ほら、次始めるぞ」

 

 アリサが心配そうに持ち場に戻る。

 その後ろ姿を見届けて、ふと思う。

 

 というか、なんで俺はまじめにやっているんだ。

 

 そのことに気付いた俺は、次に放たれたボールにおとなしく当たり、ドッジボールは終了ということになった。

 

 

 

 

「龍一君、当たった場所は……」

「大丈夫だって」

 

 ドッジボールが終わってすぐに駆けてきたのはすずか。顔つきを見たところ、心底こちらを気にかけているようだ。ここがすずかが天使の理由だと一人納得する。

 遅れて、魔王とフェイトも来る。外野からはとぼとぼとした感じでアリサもよってきた。

 

「龍一君、大丈夫なの?」

「大丈夫だって。それよりアリサ、そうやってしょんぼりするのやめてくれない?」

「だって……」

「なんかこっちがいじめたみたいな空気になるから」

 

 さっきから陰でいろいろ言われてるんだよ。察してくれよ。

 普段女王様な人物の覇気がないと、こっちがなんか変なことしたみたいな感じになるだろ。

 

「正々堂々と勝負した。それでいいだろ」

 

 とりあえず、この話はとっとと終わらせていつものアリサに戻ってほしい。でないと、逃げたとき噂がいよいよ大変な方向に向かうだろうから。

 

「……龍一がそれでいいなら」

 

 よし、これで思う存分逃げることができる。

 小さくガッツポーズする俺。

 

 気が付けば授業は終わり、寒かった体も暖かかった。

 



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第六十一話 稼働する歯車

22日の最新話はこちらになります。


「龍一、いつもどこに行っているのですか?」

 

 この子を拾ってから実に二週間くらい。監視も必要ないと判断して山に出かけるようになったある日、シュテルが急にそんなことを聞いてきた。

 どこかと聞かれれば、それは山と答える。しかし、いまだにこの子の正体がはっきりつかめていないので、自分のことをぺらぺらというのもはばかれる。

 

「……すいません。余計なことを聞いてしまいました」

 

 なんて考えていると、シュテルが謝ってきた。

 おそらく、困ったように悩むこちらを見て、聞いてはいけないことなのだろうと考えたのだろう。空気読めるとか、魔王と大違いだ。

 

「いやいや、そんな言いたくないことではなくてね」

「ですけど、龍一は困っていました」

 

 人の感情も読めるなんて、この子はほんといい子に育ったもんだ。なんて、感慨深げに一人納得する。

 もうこんないい子にいつまでも黙っておくのも悪いな。監視とかマジいらんかったわ。

 

「行ってる場所は、山だ」

「山……ですか? ……なぜ山に?」

 

 いまいちピンと来ないのか、首をかしげるシュテル。

 山に行く理由がいまいちわからないのだろうか。まあ、その気持ちはわかる。魔法の練習するにしても、山まで行くのは普通はあり得ない。

 魔法について詳しく話すのも、時空管理局に見つかりたくないとか言ってしまえば、次々と要らないことを言ってしまいそうになる。ジュエルシードはいい加減どうにかしたいし。

 とりあえず、詳しい情勢なんて言わずに必要なことだけ言うことにした。

 

「魔法……のためかな」

「魔法」

 

 ――なぜか、シュテルの見ているものが変わった気がした。

 とはいえ、こういうことはよくある。記憶を思い出す合図なのかもしれないが、この時のシュテルの目は、深い闇に包まれるように見えて――

 

「シュテル」

 

 ――いや、言い訳をしないのであれば、ただシュテルが変わってしまうように見えて、自分のわがままで止めるだけだ。

 

「あ……すみません。それで、なぜ山に?」

 

 シュテルの視点は元に戻る。少なくとも、さっきの一瞬の時のようにはなっていない。この後は何も知らぬように話を続けるだけ。

 とりあえずこの問いは、適当に周りに被害が出ないためとでも説明しておくことにする。

 

「あ、手違いで大量殺戮をしないためですか」

「手違いで大量殺戮とか怖っ!」

 

 あとは、たまに物騒なことを言う癖はやめてほしい。

 

 

 

 

 なんだかんだで二人で山に来た。

 なんだかんだというか、まったく外に出せてやれてないので、たまには外で遊ばせるのもいいかと思っただけだけど。

 

「シュテル、あまり離れないでよ」

「はい」

 

 結界から出ないように言い含めておく。ちなみに、デバイスを使うところを見て何も思わないということは、こいつは魔法が当たり前のように思っているのだろうか。

 少なくとも、地球人ではない……か。

 

「……まあいいか。魔法の試し打ちをしてるから射線だけは入らないように」

『いや、お兄ちゃんは攻撃魔法撃たないでしょ』

 

 アリシアよ。そんな身もふたもないことは言わんでくれよ。

 シュテルは頷き、その辺の大きな石に腰かけた。

 それを確認してから、俺はまず適当なところに前に練習できなかった技を使ってみる。

 目標は……まあ、その辺の岩かな。

 

「アリシア、エレクトリックリフィケーション」

『エレクト……ねえ、前から思ってたけど長くない?』

「スターライトブレイカー……うーん、1.5倍くらいだけど、まあ語感的には問題ないだろう」

 

 アリシアからの指摘に、割と本気で考える。いや、語呂ってやっぱり大事なもんだからさ。

 

「……魔法の練習をするのではないですか?」

 

 シュテルからの厳しめの言葉。

 自分でなんだか流れが変な方向に向かっていることに気付いていたので、それを受けてすぐさま考えを切り替える。

 

「アリシア、名前のことは後にしよう。じゃあ頼む」

『エレクトリックリフィケーションだね』

 

 アリシアが術式を発動すると同時、目標の岩に対して何かが走る感じがする。おそらく、成功をしたのだろう。

 前にも成功自体は見ていたので、実際の実験はここからである。

 

「じゃあ、電力はいかほどのものか……」

『ちなみに、どれくらいの強さで作ったの?』

「魔力の込め方にもよるけど、だいたい相手をピリッとさせるくらい」

『弱っ!』

 

 素の魔力はたいして高くない俺が手軽に使える魔法なんてこのくらいだと思うけど。

 とにかく、この魔法をどうやって有効活用しようか。アリシアに言われずとも、この魔法はカスだということもわかりきっているのだが。

 しばらく唸っていると、いつの間にかシュテルが電力を帯びている岩に近づき触れていた。

 

「あっ、シュテル!」

 

 急に行った暴挙についダッシュまでして手を取る。

 危険はないと思うが、あまり試用もしていない技なので、何があるか分かったものでもない。

 シュテルの手を見る限りとくに何もないので、やはり実害はないのだろう。危険がない電気とか、結構需要あるんじゃないだろうか。

 とはいえ、突然魔法に触れるという行為は危険だ。魔王の攻撃に触れると一瞬でぼろくそにされるとかそんな記憶あるし。

 

「シュテル、そこに座ってろって言ってたよな」

「はい。……すみません」

 

 こちらが怒っているのをくみ取ってくれたらしく、早めに謝ってくれる。

 しかし、シュテルにもそれなりの理由があるからか、頭を下げた後はきっちり俺の目を見つめ返してきた。

 

「ですけど、こういうのは直接調べてみるのがよいかと思います」

 

 いや、俺ビビり症だからそんなことできるわけない。……なんて返してやりたいけど、俺にもプライドが一応あるため言葉を飲み込む。代わりにため息を吐いた。

 

「術式が完璧じゃないかもしれんぞ。何が起こるかわからない」

「龍一が作ったものなので大丈夫ですよ」

 

 しっかりと目を見て言ってくれたその言葉は、信頼からくるものなのだと理解させられる。

 プレッシャーにはなるが、それはうれしい言葉だった。

 

「それに……」

「それに?」

「このくらいの力で、肉片や肉塊になったりしませんよ」

 

 物々しい言葉に背筋が凍る。

 たまに物騒なこと言うのやめてほしいよ、マジで。

 

「って、やっぱり魔法のこと知ってるんだな」

「魔法ですか?」

 

 軽く聞いたつもりの言葉。

 しかし予想とは裏腹にシュテルは、魔法という事柄について深く考え込みだした。

 

「魔法……? あれ、なんででしょう……なにか、忘れているような……」

「っ、シュテル!」

「え、あ、はい」

「それよりシュテルは魔法を使えるのか?」

「えっと、どうでしょう、試してみます」

 

 もしかすると、シュテルはもう思い出してきているのかもしれない。自分の記憶を。

 そのことがこの後にどう関係するのか、今このとき、俺はまだ考えないようにしていた。

 



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第六十二話 スイーツの残しもの

6/22 3:18
申し訳ないのですが、一話抜けていたのでずらしました
次の更新はこのひとつ前になります。本当にすみません。


『お兄ちゃんって、家でスイーツは作らないの?』

「突然どうした」

 

 アリシア、俺、シュテルの順番でソファーに座ってテレビを眺めていると、スイーツの特番あたりで突如そんな切り出し方をしてきた。

 

『いや、お兄ちゃんって料理上手なんだから、スイーツを作ることもできるんじゃないかなって』

「アリシア、それは違うぞ」

『違う?』

 

 テレビの特番では簡単おいしく作れるスイーツなんて書いてあったが、実際作るとなればそうもいかない。

 

「テレビには基本的に機材とかそろっているからすぐ作れるんだ。一般家庭にはオーブンなんてないところも多いし、そもそも材料自体高かったりするのが多い。実際に作るとなれば大変なことの方が多いんだよ」

『へぇ』

「ですけど、作ろうとしたこともなかったんですか?」

 

 翠屋のシュークリームを食べながらテレビを見ていたシュテルが、めずらしくこういう話題に食いついてきた。

 翠屋のシュークリームが気に入ったのだろうか。家でそんなの作るの無理なんだけどな。

 

「ないと言えば嘘になる。だけど、俺にはスイーツを作る才能は全くなくてな。……まあ、一応プリンくらい作れるまでにはなったけど」

 

 いつしかシュテルに出してから作ってないけど。

 最近何かと忙しいからな。主に魔法練習で。

 そこで終わりかと思った話題だが、意外にもシュテルが更に食いついてきた。

 

「では、作りましょう」

「……スイーツを?」

「はい。スイーツを、です」

 

 なんだかやる気に満ちている様子。

 なんだろう、まるで小さい女の子のようだ。容姿は小さい女の子であってるけど。

 

 

 

 

 からして始まるスイーツづくり。

 とりあえず、俺でも作れるプリンを作ることとなった。

 エプロン姿となり、きっちりと料理を作る準備をしてから、シュテルと共にキッチンに並ぶ。

 

「さて、久しぶりに作ることになったので、始めからいきたいと思う」

「始めですか」

「そう。それで材料はこれだ」

 

 冷蔵庫から取り出すのは、かき混ぜるタイプの市販生クリーム。

 

「もちろん卵とか使うが、うちでは生クリームも使う」

「ではこれをどうするのですか」

「まずかき混ぜる容器より一回り大きい容器を用意する。そのなかに氷水を入れるんだ」

 

 シュテルは言われた通りのものを用意する。

 最後に間違えがないか確認してから話を続ける。

 

「で、生クリームの容器を氷水の容器に重ねてから、生クリームをかき混ぜる。このときのコツは空気を含ませるように混ぜるんだ」

「そうですか」

「……あの、シュテルのためにやってるんだから、シュテルがかき混ぜてくれるとうれしいかなーって」

「……わかりました」

 

 なんか微妙に嫌そうな顔された。

 なんだろう、特番でかき混ぜている姿が面倒そうに見えたのだろうか。

 

「じゃあ、こっちは卵と牛乳を出しておこう」

「まだ早いんじゃないですか?」

 

 泡だて器を手にして、生クリームをかき混ぜるのに悪戦苦闘している様子のシュテル。

 確かに早くはあるが……

 

「卵は少し常温にしておいた方が後のためになるからな」

「はあ……」

 

 さて、実はカラメルソースはストックがあるのだよ。

 しかし実演ということなので作った方がいいのか迷っていたら、アリシアから念話が入る。

 

『作った方がいいんじゃない?』

 

 ……ただのアドバイスだったことに内心落胆はするが、一応その通りにすることにした。

 なんか文明の凄さを体感させてくれるようなことするかと思ってたんだが。念話で作っている姿を流すとか、瞬間的に相手を理解させるとか。

 

「じゃあ、その間プリン本体の説明をしよう」

 

 シュテルがこっちに集中するのを確認して手順を説明する。

 簡単に言えば、卵と温めた牛乳を混ぜて、こす。あとはオーブンで熱して冷蔵庫に入れて完成というものだ。

 ちなみに諸所の注意はあるので、実際に作るときはきちんと調べるとよい。

 ……あれ、俺誰に説明しているんだろう。

 

 

 

 

 それで完成したのがこれだ。

 

「できた……」

「うむ、頑張ったな」

 

 ほぼ同身長のシュテルの頭を撫で上げた。

 少し恥ずかしそうにしている姿にちょっとした感激を抱きつつ、プリンにカラメルソースを加えたものをシュテルに渡す。

 

「さあ、食べてみろ」

「それでしたら、一緒に食べませんか?」

 

 まさかの天使発言。

 そういえば、前にも夕食を俺が来るまで食べずに待っていたことあったっけ。

 お言葉に甘え、シュテルが作ったプリンを同じように準備する。

 

「ではいただきます」

「いただきます」

『いいなー、うらやましいなー』

 

 なんか念話でうらやましそうにするアリシアを放置して、一口とプリンを食べ進めた。

 なかなか美味しい。しかし、やはり本音を言うとまだ俺の作ったものにはかなわないといったところか。

 いや、初めて作ったにしては確実に上等な部類に入るんだけどね。おそらく俺も三か月くらいあれば味で抜かされるだろうし。

 

「美味しいぞ」

「……ですが、初めて食べたプリンには劣ります」

 

 どうやら、シュテル自身気づいていたらしい。

 初めてでこれは凄いんだけどな。

 

「まあ、こういうのは経験だ。頑張れ」

「はい」

 

 おそらく今日一番元気のあった返しだと思われる。

 

 

 

 

 夜。私は空を眺めていた。

 安易に外に出てはいけないといわれていたが、庭なら大丈夫だろうと狙いをつけて今は庭に出ている。

 この季節、この時間になると外では結構寒い。だけど、そんなのも気にならないくらい空を見上げて考えに没頭していた。

 考えていたのはこの家の持ち主のこと。

 

「私を拾ってくれた……恩人、というのでしょうか」

 

 知識はあるが、それと意味があまり結びつかない。

 たまに龍一から抜けているといわれるのはそういうところからきているのだろう。

 そんな私も、だんだんと物を覚えてきて……記憶も生まれてきた。

 

「生まれてきた……間違いではないですね」

 

 日に日に生まれていく自分というものに自嘲的な笑みを浮かべる。

 少なくとも、自分は龍一と同じ人ではない。あの人とは違う、もっとほかの生物。

 それを知ればあの人はどう思うだろうか。

 拒絶? どうだろう、ただ、受け入れてくれる可能性は低い。

 

「今日のことだけでもいいです。覚えていてくれると……いえ、さすがにも求めすぎでしょうか」

 

 こうして、楽しい記憶ができただけでも儲けものだろう。

 本来は破壊と殺戮だけになるはずだった。その中に光るものひとつくらいあったとて、悲しむこともないだろう。

 

「ですが……悪いことしましたかね」

 

 何も言わずここから去ること。

 あの人は今寝ているし、起きた時には良くも悪くもすべてが終わっているだろう、

 この日を境に、日常は終わる。

 

 始まるのは悲しみの記憶。シュテルはそういう未来を予測した。

 

 

 

 

 ――だめシ…テルを止…てあげ…――

 

 何か聞こえた気がした。

 

 ――こ……ま…とあ…たの元……離れて…しまい…――

 

 頭の中に流れ込んでくる声。

 だけど、これはアリシアの物じゃない。

 不意に目が覚め、なんともなしに窓を見上げた。

 

 その先にはどこかへ飛び去るシュテル。

 何か起こるだろうと俺は嫌な予感が強く告げるのにもかかわらず、まるで何か大事なものを追いかけるかのように、自分でもよくわからないままそのあとを追った。

 



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第六十三話 三人の少女

 海鳴市上空。

 そこでは二人の少女が暇そうに駄弁っていた。

 

「ねえ王様~」

「なんじゃ」

「シュテるんはいつ来るの?」

「知らんわそんなこと。だが、あやつが使命をすっぽかすとは思えん。何かあったのだろうな」

 

 腕を組んでさもどうでもいいことかのように言い切る少女。

 そんな少女の顔をじっと見つめる、もう一人の少女。

 

「……」

「なんだ、レヴィ」

「王様、もしかしてシュテるんのこと心配してる?」

「なっ」

 

 この言葉に激しく動揺を受ける。

 声を大きくして言い返そうとしたとき、闇夜の中飛行する物体の存在をつかむ。

 王様と呼ばれた少女は言い返そうとした言葉を飲み込むことにした。

 

「……ふう、遅かったではないか、シュテル」

「すみませんでした」

 

 闇夜の空から出てきたのはシュテル・デストラクタ―。

 シュテルは三人で集まるのが、さも事前に待ち合わせをしたかのように頭を下げる。

 

「シュテるんはボクたちよりも早くここに来てたんだよね。何か面白いものとかあった?」

「何を言っておるレヴィ。仮にあったとて、ナハトヴァールが復活したときに全て無と化すぞ」

「むー、そうだけどさぁ」

 

 興味津々といった様子の少女に強く言い聞かせる少女。彼女らの力関係は見たままのようだ。

 その中で一人、やはり様子がおかしい遅れてきた少女。

 何か心残りでもあるかのような――

 

「何奴だ!」

 

 突如、小さな玉のようなものを地上の大木に落とす。

 しかしそれは何かに阻まれ、その何かは音もなく崩れ去った。

 そして、その中に隠れていたもの。それは、デバイスを持った少年だった。

 

 

 

 

 前略、俺は焦っていた。

 

(なな、なんでばれたんだよ!?)

(まあ、今から何かしようって人が周りに気を配ってないわけがないよね)

 

 結構な力を使って張り上げたシールドが一発の球によって破壊された。

 このことは力の差が思いっきり分からされるという事態になる。

 正直ここまで来たのは後悔しかない。

 いくら急にシュテルが出たとしても、一人でここまで来ることはなかったはず。言うなら、適当に魔王でも呼んでくれば良かったわけだ。

 

(といっても、夜も深い。簡単に呼び出せるとは思ってもないけど)

 

 実際選択肢は、追うか放っておくかの二通りしかなかった。

 俺はその中で追ってしまう選択肢を選んでしまっただけ。その先のことも考えず。

 強い気持ちに押されて来れば、シュテルが明らかに敵だとわかるものの一味だとわかっただけ。

 

「出てこんというなら、今度は当てるぞ」

(本当、来なければよかったなぁ)

 

 どうやらこれ以上隠れることはできないようだ。

 この魔力差から考えると、逃げたほうが無慈悲に殺されそうである。それを考えると、逃げるという選択肢はないものと考えたほうがいいだろう。

 俺はあきらめて三人の前に出ることにした。

 

「……!」

「ふん、始めからそうして出てくれば良かったものを……」

 

 ゴミを見るような目で見てくる少女の後ろで、シュテルは目の前の物を信じたくないかのような顔をしている。

 どうやら、シュテルにとって俺がここに来るのは誤算であったらしい、

 俺自身、こんなことになるのが分かっていたら追いかけなかった。……というのは言い訳か。薄々、嫌な予感はしていた。

 

「えっと……逃がしては」

「逃がすわけなかろう。何か呼ばれでもしたら迷惑であるからな」

 

 逃げられない状況多すぎでしょ、本当に。

 

(アリシア、この状況を突破する方法は……)

(ジュエルシード……ううん、こんな結界も張っていないところで使ったら管理局に筒抜け……)

 

 つまり、この目の前の少女にやられるか、管理局の人に補導されるかどっちか。

 どちらにせよ無事にすむわけはないだろう。

 

「ここにきてしまったことを恨むがよい」

 

 その相手も待ってくれるわけなどなく、無慈悲に少女は攻撃を――

 

「待ってくださいっ!」

 

 ――しかける直前、シュテルが少女の動きを止めた。

 怪訝そうに振り向く少女、その顔は何で止めたのかと不自然がる様子がありありと浮かんでいた。

 シュテルはハッとするももう遅い、自分自身口を出してしまったことに戸惑いがあるのか、シュテル自身もとまどってしまっていた。

 

(! お兄ちゃん、今のうち!)

(逃亡だな!)

 

 その間にも先の行動を即決する。

 アリシアが何か言っているが、そんなこと気に留めることすらなく即座に行動を決めた。

 しかし、その行動を機敏に感じ取ったのか、今まで後ろの方にいた少女に回り込まれる。

 

「おっと、どこ行くの? まだお話は終わってないよね」

 

 見てくれはフェイトにそっくり。ともすれば、相性はあまりよくない。

 まあ、相性など関係なく現在の魔力量じゃまず勝てないだろうが、

 

「ねえ、君はどうやってここを嗅ぎ付けたの?」

『別になんでもいいでしょ』

「へえ……インテリジェンスデバイスってやつだね」

 

 フェイト似の少女の問いにアリシアが代わりに答える。

 代わりに答えたことに興味を持ったのか、少女はこちらに一歩距離を詰めてきた。もちろん、条件反射で下がった。

 

「おっと、そういや名前を言っていなかったね。ボクはレヴィ。レヴィ・ザ・スラッシャー。気軽にレヴィって呼んでよ」

 

 何を勘違いしたのか、突如名前を語り始める。

 いきなり殺しにかかってきた一味の名前など気軽に呼べるかと言いたいところだが、とりあえず俺には無理である。

 

(お兄ちゃん、もしかして彼女たちがフェイトたちに容姿が似ているのは……)

 

 レヴィが名前を言い終わったとき、アリシアから念話が入ってきた。

 内容は俺自身ちょくちょく気になっていたこと。

 逃げ道を失ったことにより心の余裕は失ったが、話す余裕が出来た俺はその話の続きをせかす。

 

(なんだ? 何か関係があるのか?)

(……確定していない情報だけど)

 

 そこまでアリシアが言うと同時、周辺に違和感が走った。

 大きな魔力反応。だが、これは放出するものとは違い封じ込めるもの。

 

「ふん、結界など張らずともよいだろう」

「いいえ、強い魔術師がいる以上、この場を一直線に来られてしまうのはまずいかと」

 

 二人の会話から張られたのは結界だとわかる。

 向けられる視線。

 

「逃げ場所を探しても無駄だよ」

「結界なら壊せば……」

「君の魔力で?」

 

 バカにしたようなレヴィの声。だが、事実であることは変わらない。

 

『……ねえ、一つ聞いてもいいかな』

「何?」

『あなた達の姿恰好、それはどこからとったものなの』

「――生まれつきだよ。それ以上の事はボクには分からない。シュテるんや王様に聞いて」

 

 レヴィの目の色が変わる。

 それは本当に知らないようにも見えるし、遠まわしに教えないと言っているようにも見える。

 ただわかることは、この場を切り抜けないことにはどうにもならないという事だけだった。

 



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第六十四話 気付かぬ心

 逃げることのできない状況。

 周りの助けなど望めず、結界により魔力反応をそのまま頼って追うことも難しい。

 だが、管理局も街中で大々的に結界を張られればさすがに気付くだろう。それが助けなど到底言えないが……

 

「さて、覚悟はできたか?」

「……」

 

 はやてに似た少女が先ほどと同じように、こちらにデバイスを向け構えている。

 

「ねえねえ王様、あとはもう殺すだけなら、僕がやってもいい?」

「ふむ、いちいち我が手を汚すまでもないか。レヴィに任せるとしよう」

「……」

 

 道を阻んできたレヴィという少女が楽しそうに声をあげながら提案し、それを受け入れる王様と呼ばれる少女。

 シュテルの方に目を向けるも、シュテルも俯いていて表情が読めない。

 

「というわけで、カッコいいボクの必殺技でやられるといいよ!」

 

 レヴィが構えるも、俺は状況についていけずにただ困惑するだけ。

 ただ避けることのできない現実。逃げることが出来ないのなら、もはやすることは一つしか無い。

 

(どど、どうしようアリシア!)

(混乱してないで早く構えて! くるよ!)

 

 混乱した頭にアリシアの叱咤がかかるが、動揺してなかなか構えることが出来ない。

 その間に放たれる攻撃。

 なんかこういう事ばっかりな気さえしてくる、死亡一歩手前の状況。

 周りがスローモーションで再生される中、一つの影が間に入ってきた。

 

「――シュテル!?」

「っ! プロテクション!」

 

 驚きのままに声を上げる。

 シュテルはレヴィの攻撃を受けきって、俺の手を引っ張って距離を取った。

 相手も間に入ってきた人物に驚きの声を上げる。

 

「……どういうこと、シュテるん」

「……」

 

 シュテルは答えない。

 いや、答えられない。

 自分で行った行動に、自分で理解していない彼女には。

 

「……ふん、情に流されおったか」

 

 少し離れた場所にいた王様はレヴィの隣へと移動する。

 不機嫌そうな表情に、思わず俺は身震いをしてしまう。

 

「私……は」

「ねえ王様、どうするの?」

「決まっておる。シュテルが裏切るというのなら致し方ない。また一から作り直せばいいだけの事」

 

 王様がかまえる。今度の狙う先は俺ではなくシュテル。俺なんていなかったかのような狙いの変えっぷり。

 おそらく、今この状況において俺なんて眼中にないだろう。

 この結界を作ったのがシュテルだとすれば、シュテルがやられた時がチャンス。魔力を全て飛ぶスピードに費やせば逃げれる可能性があるだろう。

 

(でも、それでいいの?)

 

 アリシアの声が頭にひびく。

 思考を漏らしていたわけではない。だとすれば、これは彼女が俺の思考に気付いて声をかけて来てくれた言葉。

 

 そうこうしてる間にも、王様はシュテルへと向ける魔力に力を込めていく。

 

「シュテル。貴様が寝てる間にすべてを終わらせておこう」

「……」

 

 その言葉を言い終え、無慈悲にも王様はシュテルへと魔力の塊を放った。

 

 

 

 

 管理局。アースラ艦。

 魔導師たちが集い、突如発生した魔力の対策に船員たちは忙しく駆け回っていた。

 その魔力は闇の書によるものとよく似ており、すぐさま艦長であるリンディは夜天の騎士たちに連絡を取っていた。

 

「――ということは、これはあなたたちにとってもイレギュラーなものというわけね」

「すまないな、シャマルやリインフォースも今調べているが……」

 

 リンディは実際のところ分かっていた。この子たちによるものではないと。

 あくまで形式上、聞かざるを得なかっただけの事。

 もちろん、その勘は当たっており、彼女たちも途方に暮れていることが分かっただけだ。

 

「分かったわ。あなたたちはそのまま調べて頂戴」

 

 連絡を終え、リンディはこの町に住む少女たちの事を思い浮かべる。時間帯的には子供はすっかり熟睡している時間。それでも、彼女たちに任せるしかない。

 

 勘としては、まったく逆のことを感じてはいたが。

 

 

 

 

「ほほう……」

 

 王様は一人、口元を笑みに変える。

 ただの丸太棒かと思っていた。実際、覇気も感じられなかったし、保有魔力量も自分たちの敵ではなかった。

 そんなありんこみたいなやつがはむかって来ようとする状況……シュテルを狙った攻撃を丸太棒が防いだこの状況に、王様は一種の愉悦を感じていた。

 

「龍一……?」

『シュテル、家に帰ったら説教だよ。こんな危ないやつらと友達だったことに』

「なぜ……私は、あなたたちを……」

 

 アリシアは怒ったように声を出す。

 シュテルは心苦しそうに声をだし、それに対して龍一は本心から言った。

 

「……家族だろ。助けるのは当然だ」

 

 家族、とまで言ってしまったことに内心動揺をしつつ龍一はシュテルを後ろに隠す。

 その言葉に返答はない。だが、少しだけ間を置いた後、頷くような気配はした。

 その気配だけで、アリシアは覚悟を決める。この場を切り抜ける覚悟を。

 

 一方として、龍一はぎりぎりだった。

 防御に使った魔力の量、アリシアと自分の二重プロテクションでぎりぎり防げたこと。

 自分の強さに自信はあったわけでも無く、ただはじかれたように体が動いた結果だった。

 逃げればよかった。彼はいつものように本気でそう思っていた。

 

(表情で読めるぞ、丸太棒)

 

 おそらく、王様……ロード・ディアーチェが面白そうに笑っているのは、その思考が明け透けに読み取れるからだろう。

 

「ねえ王様、シュテるんは結局壊してもいいの?」

「勝手にせい、だが、時間はかけんぞ」

「だいじょーぶ! だって、ボクは強くてかっこいいからね!」

 

『シュテル、準備はいい?』

「はい」

(ああ……もう泣きたい)

 

 誰もが予期せぬ戦いが、多くの者が知らぬ場所で始まる。

 



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第六十五話 守るこその力

 覚悟は決めてきたはずだった。

 この世界に未練など残していなかったはずだし、思い出なんかも残そうとすらしなかった。

 だから感情など表に出そうとしなかったし、何物に興味を示さなかったはずだった。

 

 はず……だった。

 

「……家族だろ。助けるのは当然だ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、自分がこうしてこの世界の人間を守ってしまったことに瞬時に理解してしまった。

 いままでなかったものを埋められた。それは感情もあれば、楽しかった思い出もある。たしかに、存在しえなかった家族だとすら感じていたかもしれない。

 自分の使命を忘れていたこの日までの日々。それはいつの間にか失うには耐え難いものとなっていた。

 

(これが、変化というやつですか)

 

 自分が変化するなんて思わなかった。

 破壊の感情に支配され続ける。それが自分の運命だとすら思っていた。

 

(……守らなきゃいけません、自分の命に代えましても)

 

 だからこそ、今まで味わったことのない感情のままに動く、それは今度こそ忘れてはならない物だから。

 

 

 

 

 戦いが始まって数分、力の差は歴然としていた。

 

「守ってばかりじゃ我は倒せんぞ!」

「ぐっ……」

 

 理由は明らかではあった。この場に一人、実力が大きく食い違ったものがいるからだ。

 龍一ただ一人、周りの力の奔流に流され続けていた。

 

(アリシア! なんとかならないの!?)

(だめ、だめだよ。このままじゃ何の抵抗もできない!)

 

 お互いそのことは分かっていた。だが、何もすることが出来ない。

 ジュエルシードを使うにも、状況はプレシアの事件の時とは違う。カモフラージュできるものがない以上、強大な魔力を使ってしまえば管理局にジュエルシードの存在がばれてしまうかもしれない。

 

 一方で、シュテルも苦戦を強いられていた。

 

「シュテるん、今ならまだ王様も許してくれると思うよ。早く謝ろうよ」

「家族は裏切れません」

「強情だなあ……!」

 

 レヴィの武器での一閃。何とかといった風に受け止めるシュテル。

 彼女は元々前面に出るタイプではなく、後ろで支援砲撃を出すタイプ。本来はレヴィとの相性は最悪であり避けなければならないはずだった。

 だが、龍一がレヴィのスピードについていけないため、シュテルはレヴィの攻撃を正面から受け止め続けざるを得ない状況に持ちこまれていた。

 

(このままでは押し負けてしまいますね……なんとか、せめて彼だけでも……)

 

 ただ一人の家族だけでもこの場から逃がそうと気持ちを新たにする。

 当面の問題はレヴィ。彼女をどう動かすかに勝負はかかっていた。

 

 

 

 

 目の前で何度目かわからない大爆発が起き、そのたびに吹き飛ばされないようしっかりと飛行状態を治していく。

 先ほどからアリシアの声は聞こえないし、対峙している王様とやらももはや俺の方など見てはいなかった。

 

「ふん、あちらの方が楽しそうではないか」

 

 その視線の方向はシュテルの方。

 彼女はよそ見をしながら俺の相手をしている。

 一見隙だらけ、だが、おそらくその隙をつくほどの実力がない事はすでに見切ってよそ見をしているのだろう。

 

(完全に舐められてる)

 

 誰が見てもそのことは明らかだ。

 実際事実であるし、どうしようもない状況であることには間違いない。

 それでも、なんとか逃げ出す機会をうかがっているところで、相手は急に攻撃の手を止めてきた。

 

「……貴様は、なぜシュテルを庇う?」

 

 今まさに逃走を打診している本人に聞く言葉ではない。

 などと思うが、そのことは自分自身未だにわかっていなかった。

 先ほどは家族などとのたまったが、本心から本当に自分がそう思っていたかと聞かれると即答は出来ない。

 

「ただ、自分の予感に従っただけ……」

「ここは貴様のような丸太棒にとって地獄だったはずだ」

「……」

「そんな貴様に、面白い選択肢を与えてやろう」

「選択……?」

 

 王様は無防備にも俺に近づく。

 無防備、とはいったものの、距離を詰められればつめられるほど、彼女の威圧は大きくなっていく。

 目の前に立たれた時には、もはや恐怖で脳内が支配されていた。

 

「シュテルに言え。お前は用無しだと」

「なっ……」

「お前など何でもない、裏切りもの、死ね。このどれかでも面白いかもしれんな」

 

 彼女の言いたいことはすぐにわかった。

 俺とシュテルの間に埋めることのできない溝を作る気だと。

 

「されば、せめて苦しみを与えず殺してやろう。やらぬというなら、ゆっくりといたぶるよう殺してやる。さあ、どうする?」

 

 恐怖に満ちていた思考が怒りに変わる。

 目の前でにやつく顔にも、その余裕ぶった態度にも、もはや勝ちを疑わない態度にも、すべてが俺の神経を逆なでしていった。

 

「……ふざけるなよ!」

 

 がむしゃらに手に持っている武器を振り切る。

 その行動が分かっていたのか、王様は攻撃のリーチが当たらないぎりぎりのところに下がる。

 

「甘いぞ、丸太棒」

 

 王様は余裕そうな笑みを浮かべる。

 だが――

 

「それはどっちの方かな」

 

 ――その油断はこちらにとってチャンスを生んでくれる。

 

「む? なっ」

 

 王様が振り向いた先には迫りつつある砲撃。

 だが、着弾まで少しの間がある。避けるには十分の時間。

 もちろん、王様は避けようと――

 

「ライトニングバインド!」

「チィ!?」

 

 ――する瞬間バインドを発動させる。

 設置型のバインド、設置していれば逃げる時間よりも早くに発動が出来る。それに俺の作ったバインドは少し改造を施した特別型、いくら王様でも一瞬の間に解除は出来やしない。

 抜けようともがく間にも、砲撃は傍まで迫り王様に直撃のダメージを与える。

 

『まだだよ!』

「分かってる!」

 

 アリシアの合図とともに、その技を発動させる。

 その間にも体勢を整える王様。その眼は怒りに満ち溢れている。

 王様に月明かりを隠すように影が出来る。上を見れば、上空からデバイスを振り上げ迫るシュテル。

 

「覚悟っ!」

「我に傷を与えおって!」

 

 シュテルの攻撃をシールドで受け止めるも、上空からの攻撃により勢いのまま王様は落下していく。

 その先は湖。落下のダメージは期待などできはしない。それが分かっているからか、王様はわざわざ勢いを止める真似はしない。

 ……だが、ダメージがないなら、与えるよう仕向ければいい。

 

「エレクトリックリフィケーション!」

 

 物に帯電させる力をもつ魔法。湖にかけるがその力はたかが知れている程度の物。

 本来の力であれば、それはピリッとくるくらい。おそらく、全力を込めたとしても、改造スタンガンくらいのダメージしかいかないだろう。

 だが、それはあくまで俺一人の場合。

 

『シュテル!』

「はい、龍一」

 

 アリシアの柄を俺の手の上から掴んでくる。

 それだけで、本能的にこの魔法が強化されていくことに勘付いた。

 

「くっ、レヴィ!」

 

 湖まで数メートルというところ、魔力の強化を感じ王様はとっさにあたりを見回した。

 余裕を持ちすぎていた彼女にとって、この事態は予想外以外の何物でもなかった。その余裕は焦りとなり、普段求めるはずのない助けに変わってしまった。

 その顔の向きはとある人物と戦うレヴィのもとでとまる。

 

「ばっ、あ、あやつは……!」

 

 シュテルと似ているようで、違う人物。後に管理局の白い悪魔などと比喩される少女がそこにはいた。

 しかしその人物を見たことが無い王様には気付かない。シュテルとしか彼女には判断されない。

 もう一人のシュテルがいるという驚きのまま、自分の動きを変えることなく、湖の中へ大きな音を立て落ちて行ったのだった。

 



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第六十六話 それは明日への

 勝負は決した。

 王様はシュテルにより追加された全力全開の魔力を受け、帯電により気絶をした。どう考えても相手の敗因は、余裕を持ちすぎてバリアジャケットの防御を薄いままにしていたからである。

 

「……あちゃあ、王様やられたかぁ。人には油断するなっていうのにさぁ」

 

 今いるのは海鳴の公園。引き上げられ、木の幹にて気絶し倒れていた王様をみて、レヴィはあっさりとそう口にした。

 

「って、お前!?」

「あー、いいよ、僕は元々シュテるんと戦いたくなかったしね」

 

 武器を収めているところをみると、言っていることは本当のようだ。

 

「……とりあえず、いろいろ聞きたいことがある」

「僕に聞くの? 多分、シュテるんに聞いた方がいいと思うよ」

「シュテルは事後処理とか言ってどっか行った」

 

 多分結界とかの後始末だろう。とはいえ、行くときの顔はあまり余裕がなさそうな感じだったが。

 あの規模なら管理局あたりにばれていてもおかしくないからな……

 ついでにアリシアも持って行った。理由は分かるが、レヴィが残っていたぞ。もしまだ戦闘意欲が残っていたらどうするつもりだったんだろうか。

 

「ふーん。まあ、答えられることなら別にいいけど」

「まず、お前たちはなんなんだ?」

 

 只者ではないと思っていたシュテルは正しく只者ではなかったわけだが、それだけでなく、作り直すとも、先に生まれたとも言われていた。

 これでただの人間なんてこと、ありえはしないだろう。

 

「砕けえぬ闇を生み出すために生まれた存在。マテリアルといったところかな」

「砕けえぬ闇? いや、マテリアルって……」

 

 ただの人間ではない。そして、彼女らは何かを生み出すためだけに作られた存在……?

 正直混乱してくる。突然のことに何を言われているかは分からない。

 

(とはいえ、嘘ともいえないんだよなぁ)

 

 この世界の事だ、そんなことがあってもおかしくないし、こうして実際に力を見せつけられれば納得もしてしまう。

 そもそも、何かをなすために生み出されるというのはヴォルケンリッターという前例があるので、否定することもできない。

 

「えっと、じゃあ、砕けえぬ闇っていうのは……」

「うーん……僕じゃ説明しづらいかな。とりあえず、僕たちの主みたいな人、かな」

 

 なんか余計にわからなくなってきた。

 とりあえず、こいつらはヴォルケンリッターみたいな奴らで、あっちの主を守るのとは違い復活させるのが目的……というわけかな。

 ……あれ、こいつら凄く危険な存在じゃね?

 

「ねぇ、今度は僕の方から質問いい?」

「んー?」

 

 今度はレヴィの言葉に耳を傾ける。

 レヴィは身を乗り出し、俺への距離を近づけて聞いてきた。

 

「僕が戦っていたシュテるんはなんだったの?」

「あれは闇の欠片ってやつだ」

 

 闇の欠片、それは闇の書の中に埋められた記憶の欠片。物体として生成することもできる。

 戦闘が始まるときシュテルからこっそりと渡されたもの。

 そして、アリシアがその欠片の能力を見て考えた作戦に使った。その作戦は、単純にそれぞれできることを役割分担させ、全員が何らかの役に立てるようにされたもの。

 俺が闇の欠片で魔王を生成させ、アリシアが作戦をシュテルに伝え、シュテルがシビアなタイミングを決行させる。

 勝利には全ての行動の成功と、シュテルが相手しているレヴィがうまく闇の欠片にだまされること、この二つの条件がそろわなくてはならなかった。結果として上手くいったわけだが。

 

「王様が俺に隙を見せた時、そして一瞬でもひきつけられたとき、それぞれに闇の欠片を再生、シュテルが王様に奇襲をした」

「へぇ、それでよくバレないって思ったね、闇の欠片は結構違うんだよ」

「深夜で月明りしかない中、戦闘中になかなか気づくものじゃないさ」

 

 本当は、向こうはあまり知能が高くないことに期待してだが。

 実際にレヴィは近くだというのにニセモノだという事に気付かなかったし。

 しかし、なんだかそれを聞いたことでレヴィの中の何かは熱くなっていたらしい。

 気付けば目の前のレヴィは魔力をたぎらせていた。

 そういえばこいつ割と戦闘狂っぽかったよな。もしかしてまた戦いたいとでも思っているのだろうか。

 

「龍一」

 

 目の前の奴をこの後どうしようか迷っていたところで、シュテルとアリシアが帰ってきた。

 なんだか急いでいるようで、少しあわてているようでもある。

 

「どうかしたのか?」

「ここに魔力の持った人間が近づいてきます」

「魔力の持った人間?」

『多分、なのはやフェイトだと思う』

 

 アリシアの補足に、内心同意をする。

 まあ、同意も何も、この地球に魔力を持った人間なんて数えるくらいしかいないが。

 ……ちょっと待てよ、その魔力が持った人間がこっちに向かってるってことは――

 

「まさか、俺たちの居場所ばれてる?」

『まさかも何も、結界を張った時点で気付かれてたよ』

 

 薄々そんな気はしていたが、事実は時として残酷なものだ。

 

「今すぐ撤収するぞ!」

「待ってください」

 

 アリシアを手に逃げ出そうとするが、シュテルはアリシアを強く握って離さない。

 そんなひきとめの言葉と合図に、俺は怪訝そうな顔でシュテルの方を向く。

 

「いったいどうしたんだよ」

「このまま何もなしに逃げてしまえば、微力な魔力から追われかねません」

 

 そういえば、お役所仕事は何らかの結果がなければ引くことは出来ないっけ。

 そう考えると、確かに何もなしにただ逃げるだけでは追われてしまう可能性があるだろう。

 

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

「……」

 

 シュテルは顔をうつむかせた。

 その反応は何の対処法が無いようにも見える。

 いや、もしかすると自分が犠牲になるとかも言い出しかねない雰囲気にもなっている。そんなことをすれば、先ほどの戦闘で魔力を使い果たしたシュテルが無事でいる保証などどこにもない。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

 そんな考え事をしているときに、能天気にも話しかけてくるレヴィ。

 無視してやろうかとも思ったが、今までの態度からめんどくさいことになるかもしれないので、しょうがなしに対応をする。

 

「なんだ」

「僕が代わりに戦うのはどう?」

「却下だ。そんな代わりみたいなこと、許さないからな」

 

 仲間というのなら、多分シュテルが悲しむだろうし。そもそもこいつ偽物にすら気づかないほどの知能だから、俺たちの存在をばらしかねない。

 唯一切り抜けることが出来そうな勝つという行為にも、魔王相手に無理だろうとも思う。いや、それでもその先のことを考えると悪手すぎるか。

 ん? 代わりに戦う……

 

「なあシュテル、闇の欠片はまだあるのか」

「ええ、ありますけど……」

「よし、それを使うぞ。それを代わりにするんだ」

 

 いいアイデアが思いついたと喜ぶが、シュテルは首を横に振った。

 

「代わりがいても他に問題があります」

「問題?」

『まず、この結界も代わりが倒される瞬間に解除しなきゃ、本物がほかにいるという事がばれちゃう』

 

 ちょうどシュテルとの間にいるアリシアが、コアを光らせて説明をしてくれる。

 言われてみれば、この中に待機するのも結界維持の魔力を追われるかもしれない。

 それこそ、ステルス性のある何かがないと……ああ、いや。

 

「問題ないじゃんか、アリシア」

『え?』

 

 

 

 

 夜が明ける。

 なのはとフェイト、そしてはやては三人で上りつつある夕日を眺めていた。

 

「これで終わったなぁ。……なんや、あまりすっきりせえへんな」

 

 はやては先ほど戦っていた相手の事を考える。

 なのはにそっくりな敵。フェイトのそっくりな敵。はやてにそっくりな敵。

 誰も決していい人物ではなかった。だが、彼女らとて、使命に従っただけの事。

 

「また、出会うことがあるかもしれない」

 

 なのはという少女は朝日に目を向ける。それが明日への続く道だと思い。

 

「その時こそ、友達になれるといいな」

 

 なのははその言葉を最後に魔力の気配がないか最後に確認して帰路へとつく。

 三人の少女は、そうして自分たちへの日常へと帰って行った。

 



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第六十七話 後悔からの道

「ただいまー」

『ただいま』

 

 二人と一つはわが家へと帰ってきた。二人の少女を連れて。

 正直言って眠気がすごい。身体が子供なだけあって、夜更かしはだいぶ体に来るらしい。

 だけど、まだ寝るわけにはいかない。

 

「まったく、今日は大変だったよ……」

「すみません……」

 

 俺の悪態に反応して、謝罪の言葉と共にしょんぼりするシュテル。

 なんというか、帰る時からずっとこの調子だ。こうして生きて帰れたし、あまり気にしてないんだけど。

 ……とかいって、反省してないからこういう事件に巻き込まれるんだろうなぁとしみじみ思う。

 

「とりあえず、俺は眠気覚ましにコーヒー煎れてくる。シュテルはリビングのソファに座っておいて」

「はい、わかりました」

 

 そう言って、アリシアを連れてキッチンの方に足を運ぶ。

 コーヒーなんて飲んでも、子供の体では限界がある。無意味になりそうなコーヒーの準備をする最中、アリシアが声をかけてきた。

 

『でもさ、まさかあんな逃げ隠れするための魔法が役に立つとは思わなかったよ』

「おいアリシア、俺をなんだと思っている」

 

 本人の前で失礼なことを言う。

 まあ、実際今日の事は役に立つとは思っていなかった魔法が役に立ったけど。

 

 あの後、俺はすぐさま結界を張った。公園の隅っこ、それこそ目立たない位置に隠れながら。

 その結界こそいつも俺が使っている結界。魔力を隠すタイプの物。賭けではあったが、その中に入り結界を操作すればばれないかもしれないと思ったからだ。

 後は戦いを眺めて、やられたらすぐにシュテルが結界を切るだけ。

 正直かなり冷や汗ものだったのは確かだ。最後に魔王が周りを一望したのも背中がひやりとしたし。

 

『でも、まだ問題はあるよ』

「分かってる。こいつらだよな……」

 

 アリシアの言うとおり、あの三人をこれからどうするか。

 野に放つわけにはいかないし、管理局に突き出すとか俺にも被害来るし、ましてや消滅させるとか俺が消滅させられる。

 ……まあ、そこまで言うとどうするかなんて決まっているようなものだが。

 

「難儀……ああ、いや、めんどくさいことになった」

『なんで言い直したの?』

「なんとなく」

 

 面倒という理由でのインスタントコーヒーを作り終わり、三人の待っている場まで移動する。

 シュテルはソファに座ってうなだれていて、レヴィはソファの柔らかさを体感していた。

 ちなみにもう一人はまだ気絶している。

 

「……とりあえず、レヴィもうちに住むか?」

 

 とりあえずもなにも、それ以外にどうしようもないだけなのだが。

 

「え? いいの?」

「まあ、うちは大丈夫だけど」

 

 仕送りも元々の量が多いうえに自炊しているおかげでかなり余裕もあるし、家自体もそれなりに大きいので部屋にも余裕がある。

 親もしばらく帰ってくる気配がない。

 アリシアからの反論もないので、アリシアからしても正しい選択なのだろう。

 

「んー、僕はそれも面白そうだしいいけど、王様が何ていうか」

「説得とかどう?」

「王様が説得に応じるとは思えないな」

 

 レヴィからしても説得は無理のようだ。

 シュテルなら……とも思ったが、今の調子じゃ成功しそうもないだろう。

 同じ存在のレヴィからの返答が安心できるものだったことを考えれば、可能性がないわけでもないだろうが。

 

(正直、さっきまでの調子を考えれば無理だよな)

(無理だろうね。存在からしても)

 

 アリシアも無理だろうとの判断。

 こうなると、シュテルを拾った判断は完全な気の迷いなんだったと実感する。

 考えてもらちが明かないこの問いに、俺はそのまま意識が途切れていくのを感じた。

 

 

 

 

 リビングが静まりかえってからそんなに時間も経っていない頃、気付けば起きているのは私一人となっていた。

 いや、もしかするとアリシアは起きているのかもしれないが……思考に混ざらなければ寝ているのと同じことだろう。

 

「結局、私がしたことは良かったのでしょうか……」

 

 王が攻撃する瞬間、動くことを止められなかった。

 もちろん、そのこと自体に後悔はしていないし、その時の気持ちが分かった今納得もしている。

 だけど、自分は闇の書にとって失敗作だったのではないか。

 たとえいい記憶があるわけではないが、使命が素直に受け入れられない時点で自分の存在に価値はないのだろうか。いや、無くなったのではないだろうか。

 

「良いも悪いもないわ。この馬鹿者が」

「!? 王……」

 

 顔をあげてみると、あおむけに横たわったままの王がいた。きちんと目の焦点があっているところを見ると、意識はもう取り戻したようだ。

 

「ふん、話はずっと聞いておった。ただ、いまだに体が慣れぬ。シュテル、本気で感電させにきおったな」

「……」

「ちっ、我をこんな目に遭わせたこの丸太棒には、しっかりと返さなければならんようだ」

「王」

「――分かっておる。かまをかけただけだ。身構えるでない」

 

 気付けば、体は自然と武器を手にしていた。

 その狙う先は私にとって耐えられない言葉を吐いた者へ。

 

「貴様は所詮失敗作だ。たかが人間に心盗まれおって」

「やはり、王は」

「……やりあうつもりはない。シュテルをこのように変える者。我とて気になる」

 

 拗ねるようにして顔をそむける。

 しかし、その言葉は私にとって意外であり、そしてその意味がするところは……

 

「我は寝る。……そいつには厄介になると伝えておけ」

「はい、分かりました――我が王」

 

 なんだかんだで、王は気遣ってくれたのだろう。

 自意識過剰ともいわれるかもしれないが、変わってしまった私を。

 



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第六十八話 意外と死角にある

「王様ー、皿洗い手伝え」

「なぜ我がそのようなことをせねばならん。たわけたことをぬかすようなら、その頭かち割ってくれるぞ」

「ひえぇ……」

 

 レヴィと王様――ディアーチェ――がこの家に住むようになってから一週間ほど過ぎた。

 我が家の立場の順位をうまく覆した王様は家で本当の王のようにごろごろし、レヴィは何故か格ゲーにはまったりしていた。

 

「はぁ……」

『なにを溜息ついているの?』

「なんか苦労が増えたなって」

『あはは、お兄ちゃんに振り回される私ほどじゃないよ』

 

 地味に自画自賛しやがった。

 とはいえ、言いたいことが分からないわけでもないけど。まあ、気にしないようにするか。

 そんなこんなで気を取り直して皿洗いを続けていると、シュテルが新聞の広告をもって近くまで寄ってきた。

 

「龍一、これはなんですか?」

 

 広告の内容は服の安売りだった。

 

(そういや、こいつらいつも同じ服だな)

 

 前にシュテルにそれとなく聞いてみた時は『わたしにはそういうものは必要ないので』と答えられたこともある。

 ファッションに興味ないかららしいが、やはりこうして過ごす以上何着かは必要なんじゃないだろうかと思う。

 そもそも、こうして聞いてきた以上、シュテル自身服が欲しくなってきた証拠ではないのか。

 

(アリシアはどう思う?)

(服の事? うーん……何か買うのは反対しないけど、外に連れ出すのは……)

 

 アリシアに言われて気付く。

 シュテルは、魔王と似ているとはいえ髪が短かったりといろいろ差異はある。

 だが、レヴィとか王様は髪の色はともかくとして、全体的に似ている、おそらく、この町で出歩こうとするものならば、誰かにそのことを聞かれることは請け合いだろう。

 前にシュテルを連れ出した時に知り合いと会わなかったのは運が良かっただけだろうし。

 

「……よし」

 

 皿洗いを途中で止め、早速外へ出る準備をする。

 

「龍一、どこか出かけるのですか?」

「本を買いに行ってくる。シュテルはゆっくりしてていいよ」

 

 アリシアをシュテルに持たせ、いつも買い物の時に持っていくバッグの中身を確認し、玄関へと向かう。

 

「丸太棒、ちょっとよいか」

 

 ソファでくつろいでいた王様が、玄関へと向かう俺の足を止めてきた。

 これはいってらっしゃいの言葉が聞け――

 

「冷蔵庫にあるプリン、食べても良いか?」

「勝手にしろっ!」

 

 ですよねー。分かってたことだよねー。

 

 

 

 

 というわけで本屋についた。

 今日ここに来たのはファッション雑誌を買うため。別に店頭に行かなくても通販で買えばいいもんだしね。

 本屋に来て早々、用事を終わらせようとファッション雑誌が売っているコーナーにすぐに向かった――

 

「あら、龍一じゃない」

 

 ――ところで、会いたくもないやつにあってしまった。

 

「あ、アリサ? なんでここに……」

「すずかの付き添いよ。龍一こそ、なんでこんなところにいるのよ」

「ちょっと必要な本がありまして」

 

 あえて言葉を濁す。

 まさかファッション雑誌だなんてことは、口が裂けても言えるわけがない。

 だって、買うものは完全に女性向けの物。そんなものを買うなんて知れたら、変態扱いもいいところだ。

 

「必要な本? へえ、何を買うつもりなの」

「え? ええっと……」

 

 しかし俺の思いなんて全く届かず、アリサはさらにこのことを追及してくる。

 いつもなら逃げれば済むこと。

 だが、俺はシュテルのためにもこのミッションを無事に遂行しなくてはならない。

 そのためにはアリサの興味を別に移さねば……

 

「あ、そういえば春休みっていつだっけ」

「誤魔化さずに何を買おうとしてるのか教えなさいよ。春休みは終業式の後だから三週間後よ」

 

 流石にアリサには通用しない。

 というか、もうそんなに時間がたってたんだ……

 

「テストもそろそろだよね、準備は済んだの?」

「心配無用よ。準備するものは何もなし。気にしなくてもいいわ」

 

 くっ、どうやらアリサの興味は他へ向かないようだ。

 こうなったら適当なこと言って誤魔化すしかない。

 

「いいから、どんな本を探してるのか教えなさい」

「……六法全書」

「それで騙される人がいると思ってるの」

 

 多分魔王とフェイトには効くと思う。というか本当に六法全書を買う気だったらどうするのだろう。

 しかし、いよいよ方法が無くなってきた。これはいったん撤退してまた再度来ることにするか……?

 

「あれ、アリサちゃん、誰と話してるの?」

 

 いつの間にか俺の背後にすずかが立っていた。

 

「すずか、龍一もここにきてるわよ」

「えっ? 龍一くんも?」

 

 俺の背後から近づいてきたすずかが隣に並び顔を覗き込む。

 それにより縮まった距離に、一瞬俺の心は鼓動を上げた。

 

「ってアウトー!!」

「ひゃっ!」

 

 突然の俺の奇声に驚いて距離を置くすずか。

 しかし、あのままでいたら俺はロリコンだという事を自覚しなくちゃいけなくなってしまう。

 気分を落ち着かせるため、俺は深呼吸を数回繰り返した。

 

「……ふぅ、すずか、世界平和というのはいつになったら実現するんだろうね」

「えっ」

 

 しまった、冷静になり過ぎてへんなこと口にしてしまった。

 コホンと一つ咳払いを行い、再び気を取り戻す――

 

「というより、いますずかって……」

 

 ――前に自分がしてしまった爆弾発言が自分に返ってきた。

 

「あ、いや、今のはまちあえ……がえて! ご、ごめん!」

「う、うん。別に気にし……あ、やっぱり許さない」

「ええっ!?」

 

 まさかの返答。

 名前だけで許さないとは考えられず……もしや、気付かぬうちにすずかを怒らせるようなことを言ってしまったのか!?

 そんな風に考えたのがすずかにもすぐわかったのか、くすりと楽しそうに笑った。

 

「でも、龍一くんがそう呼んでくれるのなら許してあげる」

 

 少し小悪魔な表情がうかがえるその返答。

 この時初めて謀られたのだということを実感した。

 

「えっと……」

「ね、龍一くん?」

 

 目には否定の言葉を与えさせないかのような力強さがあった。

 そもそも、ここまで言われてお断りが出来るほど俺の心も強いわけがない。

 早々に呼ばない選択肢を選ぶことをあきらめ、俺は渋々ながらすずかの名前を呼んだ。

 

「す、すずか」

「……」

 

 言った瞬間、すずかの体がびくりと震え、どこか所在なさ気にそわそわし始めた。

 

「え、ど、どうかしたの?」

「え!? あ、ううん、なんでもないよ!」

 

 そうは口で言うものの、顔も赤く染まっておりどこか調子が悪そうにも見える。

 どうしようかと困っていたら、アリサは突然すずかの手を掴んだ。

 

「す、すずか! 行くわよ!」

「へ……?」

 

 気の抜けたような声。

 アリサに手を引っ張られ店の外に出ていく姿は熱に浮かされているようで、やはり体調が悪かったのだと思わされる。

 ……ん? これはもしやミッション達成か?

 最後の二人の態度に気になりつつ、俺は見事カタログを見ることに成功したのであった。

 

 

 ちなみに家に帰って――

 

「いえ、これではなくて、こちらの『焼きプリン』とやらが気になったのですけど」

「そっちか! なんで服の広告に焼きプリンの割引が書かれてあるんだよ!」

 



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第六十九話 受験ばりのテスト

 期末テストの時期になった。

 少し思い出話になるが、少しだけ語ろう。

 

 この学校に入学して驚いたことはテストだ。

 まあ、詳しく言えばお利口さんな子供がとても多いところも驚いたが、それもテストですぐに吹っ飛んだ。

 問題は内容。明らかにこの学年にしては難しいものが多かったのだ。

 とはいえ、前世ですでに大学卒業している俺にとってかかれば難しいものではなかったが、実際一個ケアレスミスをしてから難易度の高さに驚かされた。

 しかし、真に驚かされたのはそんなテストで満点や九割とってる奴。主にアリサだ。

 あいつはおかしい。全教科満点とか頭ぶっ飛んでる。しかも当然とか言いやがった。これはやる気なくす。

 そんなことがあってから、俺はあまり真面目にテストを受けることはなくなった。まあ、あまり本気出しすぎるとアリサみたいに目立ってしまうことを恐れてのことだが。

 

 さて、少々語ってしまったが、実際のテストの様子を明かしてみよう。

 

 

 

 

「龍一、テスト勉強はしたの?」

 

 フェイトから珍しく声をかけてくる。

 この時期になると、一部のだめっこ以外みんな受験生のようにカリカリしてたりするから、あまり一人ぽつんといられない気持ちはわかる。

 そして俺自身、テストのときに大手振って逃げたりすることもできないので、おとなしく受け答えをするしかない。

 ……なんか、それを狙われてる気がしてきたぞ。

 

「いやー、それがドリルを探してたりするうちに昔の漫画を見つけちゃってね」

「読みふけってたの?」

「久しぶりに読むと面白いよ」

 

 フェイトは薄く笑ってくれた。

 これが魔王だと呆れ、すずかだと苦笑、アリサだと叱咤がくるので、こういうことは一番フェイトが話しやすかったりする。

 

「それで大丈夫なの?」

「いいかフェイト、テストとは普段授業をきちんと聞いていればそれなりの点数がとれるもんだ」

「でも龍一は授業もあまり真面目に受けてないよね」

 

 たしかに、ここ最近は小学校の授業も退屈なだけなので、授業中に鶴とか折ってたりしていた。まあ、算数の授業なんてどこも大体同じことしかしないから、聞いていなくても大丈夫だけど。

 

「はっはっは。そういうフェイトはどうなの?」

「私はやることはやったから」

 

 ちらりと魔王の方を尻目に見て言ってきた。

 そこには国語辞典片手に漢字の書き取りをする魔王の姿が。

 

「ああ、あれはダメなパターンだね」

「算数と理科は大丈夫なんだけどね」

 

 そこまで話したところでチャイムの音が鳴る。

 フェイトは急いで席に着き、それから少したってテストが開始される。

 教科内容は国語。おそらく魔王は死んだだろう。

 

(さて、今回は全部ラッキーセブンを目指してみようかな)

 

 最近のテストの楽しみは、テストの点数を縛ってみることである。

 前は全部ぞろ目。その前は返ってくるテスト順に点数を徐々に上げていく。その前は全部八十代。そんな感じでテストの点を左右してみるのである。

 さて、その際に困るのが三角がないテストである。一点二点の左右ができないのはなかなかつらいものがある。

 

 さて、今回も成功するか……

 

 

 

 

 テスト返却日。

 この日も合格発表の受験生かのようにクラスの雰囲気はピリピリしていた。

 

 そんな空気が終わったのはすべてのテストが返ってきてから。何人か机に突っ伏しているものもちらほら見つける。

 

「すずか、どうだった?」

「えへへ、よかったよ」

「フェイトちゃんは?」

「うん、満足」

 

 なぜか俺の席に集まって会話を始める女子四人。逃げ道はもちろん防がれていた。

 とりあえず逃げられない以上、今まさに人の机の中に手を突っ込んでいる人に突っ込みを入れる。

 

「……で、なんでアリサは俺のテストを引っ張り出そうとしてるんですかねえ」

「あら、見せてくれてもいいじゃない」

 

 アリサのばつが一つもないテストを見せびらかしながら言ってくる。

 なんだそれは自慢か。

 このままだとずっと見せびらかしてきそうなので、俺はしぶしぶ机の中から答案用紙を引っ張り出す。

 

「しょうがない……はい」

 

 実際、今回はかなり惜しいところまで行った。

 一つを除いて縛り通りになったが、まさか国語の別解にあたるとは思わず正解してしまった。実は三角目指してたのに。

 それで出たのが八十点。本当今回は惜しかった。

 

「あら、あまり高くないわね」

 

 おいアリサ、それは俺に何を期待していたんだ。

 心の中でそう悪態をつきつつ、俺のテストをまじまじと眺めるアリサ+女子三人を見る。

 

「あ、これ私間違ってたんだよ」

 

 すずかが国語の答えを指さす。

 その問題は俺が間違えて正解してしまったところ。ついでにと思い、すずかのテストを見させてもらう。

 

「……なるほど、こう書けばよかったのか」

「私の間違えている回答じゃ、参考にはならないよ」

 

 間違えているとすずかはいったものの、内容は三角で俺の求めていた答えだった。どうやら、余計な言葉をつけたしていたのが正解の原因らしい。

 とりあえず満足した俺はすずかにテストを返す。

 そこでアリサもちょうど見終えたのか、テストを返してくれた。

 

「大したことなかったでしょ?」

「……あんた、次のテスト本気で来なさい」

「……へ?」

 

 急に言われたことに意味が分からず呆然とする。だが、そんな俺の様子にお構いもなくアリサはびしっと俺に指をさし、宣言した。

 

「次のテスト、総合得点で勝負よ!」

「やだよ」

「あんたの家を調べあげるわよ」

 

 断ったらまさかの脅迫だった。

 とりあえず、その場はほどほどに手を抜こうと心の中で思いつつ了承することにした。

 

 

「ううん……わたし、理数だけなの」

「私も得意なの理数だから気にしなくていいよ」

「日本人なのにフェイトちゃんに国語で負けたけど……」

「だ、大丈夫、そういうときもあるよ」

 

 なんか魔王も落ち込んでた気がするが、からまれるのは嫌なので放っておくことにした。

 



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第七十話 後に残す宿題

 春休み。特にこれといったことがあったわけではない。珍しいといってもいいほどの平和だった。

 なんやかんやと新たに増えた三人の性格を把握しつつも、仲良くしつつ(個人的感覚)それなりに楽しく過ごしていた。

 

 そうして思い出す。

 

 忘れていた新学期。

 実は宿題とかやってなかったりするが、まあ学校でやればいいやと思い直して寝たのが昨日のこと。

 

「……いや、これ終わんねーよ」

 

 みれば一冊丸々やってこいという夏休みレベルの冊子に、いろいろ教科書の問題も入っている。ついでにワークのようなものもあるし、読書感想文まである。どう考えても小学生春休みの量ではなかった。しかも内容も結構めんどくさい。

 

「……見せてもらうより計算した方が早い……が、いかんせん量が多い」

『どうかしたの?』

「アリシア、俺今日学校休むわ」

『ちょ』

 

 全部忘れたとか言ったら多分教室内で目立つことにもなるだろうし、これが一番いいだろうという考えの事だった。

 ……始業式に休む方が目立つのに気付くのは一日の終わりの事だった。

 

 

 

 

「というわけで、三人には手伝って……あ、やっぱりシュテルだけでいいです」

 

 シュテルはなんか手伝ってくれそうな気がしたが、二人についてはすぐ考え直した。

 

「む、手伝う気など毛頭なかったが、そういわれると腹が立つぞ」

「ボクも手伝ってみたーい」

「いや、むしろお前らに手伝わせる気はない」

 

 王様はともかく、レヴィにさせたら大変なことになりそうだ。しかし、そんな思いとは逆に不満を表に出す二人。

 シュテル以外役に立たないだろうと思い、早めに見限ったのがどうやら気に入らないようだ。

 しかし、何とかして宿題を手伝うのをあきらめてもらわねば、絶対に足を引っ張ってくる……そうだ!

 

「ほら、あれだよ、ニートはやっぱり職務を果たすためにニートでいてもらわなくては」

「誰がニートだ誰が!!」

「にーとって何?」

 

 王様からはキレられ、レヴィはそんなことも知らないとばかりに聞き返された。

 説得は失敗したらしい。なぜだ。

 

(そりゃそうだよ)

(アリシア!? 心を読んできたな!)

 

 

 

 

 そうして始まる宿題。

 シュテルには国語、王様には算数を割り当てた。レヴィは足を引っ張ることが確定なので、早々に諦めてもらうために眠くなる読書感想文の読書を渡した。これで飽きてくれることを望む。

 

「……アリシア」

『なに?』

「飽きた」

『早いよ!』

 

 いざ宿題をすると思うと、めんどくささの方が先に出る。時間に追われると、やる気の出る人と遊んじゃう人とで二極端になる気がする。俺はもちろん後者の方だ。

 

「アリシアが代わりに書いてよ。俺が答えを言うから」

『デバイスに頼むならふつう逆だよね!』

「浮遊させる魔法を使って……!」

『そんなに管理局にばれたいの?』

 

 そう言われればそうだった。

 というより、管理局はいつになったら元の世界に戻るんだよ。ニートの集団か何かかあそこ。

 

「愚痴ってもしょうがないか……」

 

 あきらめて宿題に手を付ける。

 そこらの小学生がする問題より難しい内容だが、精神年齢三十歳越えには簡単な問題。

 時間こそかからないが、それが余計に怠惰に感じてしまう。

 

「んー、なんでもいいから何か話しながらするか」

「何かとはなんですか?」

 

 俺の発言に反応するシュテル。

 他二人は反応がめんどくさいのか集中しているのかわからないが、まったく興味を示さない。

 いや、よく見ればレヴィはもう寝てる。あまりにも早い出来事だった。

 

「たとえば……クラスの女の子から逃げる方法とか?」

「くらすというものがどういう物か存じませんが、龍一がヘタレという事だけは分かりました」

「なんだと、一瞬で俺の本質を理解してきただと」

『いや、前々からばれてたよ』

 

 どうやら周知の事実だったようだ。

 いやしかし、どこかばれるようなシーンなんてあったか? むしろカッコよく助けに行ったくらいなのに。

 

『カッコよく……? ちょっと頭大丈夫?』

「ひどくないかな! というか心読むな!」

 

 さっきから心の中よんでくるのどうやってんだ。俺の心の中は公開してないぞ。

 ……そういやアリシアはハッキングが得意だったな。

 ん? これって使えるんじゃないか。

 

「アリシア、その心の中を読む能力を使えれば魔王から逃げるのも簡単になるんじゃないの?」

『さすがに女の子の心の中を覗くのはどうかと思うよ』

「それってやってはいけないことではないですか?」

「我もその発言にはドン引きなんだが」

『そもそも、お兄ちゃんが分かりやすいだけで、心の中読んでるわけじゃないから』

 

 無視を決め込んでいた王様にまで言われるとは思わなかった。いやまあ、当然といえば当然ではあるんだけれども。

 

 これ以上いう事もなくなり、この後は黙々と宿題をやり始めた。

 ……結局途中で飽きて、シュテルが五割終わらせたのはさすがに申し訳なく思った。ちなみに王様が三割。

 

 

 

 

 終わった後ソファでゆっくりしていると、王様に肩を叩かれた。もちろん肩パンである。

 結構な強さだったので割と痛い。

 

「丸太坊、貴様我よりやっていなかったな?」

「え? な、何のことでございましょ」

「ふん、いいおる。我をうまく乗せたのも作戦というわけか」

 

 何言ってんだろう、単純にめんどくさかっただけなのに。理由づけで納得したいのだろうか。

 そう思ったのもあり放っておいたが、部屋から出ようとしたあたりでキレた王様に全治二日くらいのパンチがきたのは後の話。

 



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第七十一話 驚きと平凡

 結局三日も休んでしまった。というわけで学校始まってから四日目、ようやく俺は登校というところまでこぎつけたのだった。

 シュテル達には家を出ることは厳禁としてある。一番不安なのは不用意に魔法を使う事だが……まあアリシアもいるし、今までも特に問題は起こさなかったので大丈夫だろう。

 

 そして、今俺は教室の前に立っていた。

 

「さすがに三日休みは目立つか……だけど、こうしてもいてもしょうがない」

 

 その運命の扉を俺は意を決し開け放った。

 扉の先は徐々にその姿を現し、そこには信じられないものが姿を現したのだった。

 

「あれ、上級生の方ですか? ここは三年の教室ですよ」

 

 ……いきなり間違えた。というより、最近の子って目上の人にもこんなにはきはき喋れるんだね。俺には無理だよ。

 もちろん俺はその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 と、言うわけで仕切り直し。

 今度は休みの子宛に来た先生の手紙も見てちゃんと調べてきたし、間違えていないはず。

 その運命の扉を俺は意を決し開け放った。

 扉の先は徐々にその姿を現し、そこには信じられないものが姿を現したのだった。

 

「あ、龍一やないか」

「うわあああああああああああああ!!?」

 

 なぜか、そうなぜか新学期の教室にはやてがいた。

 驚き、本能からその場からの逃走を謀る。

 もう後ろは振り向かない。目指すのはこの場からの脱却。

 

「あれ、龍一?」

 

 走っているとアリサが見えたがそんなことは知らない。

 俺は後ろに感じる恐ろしき気配から逃げるために必死になっている。

 

「龍一くん、一体どこに――」

 

 そして今度見えたのはすずか。悪いが、今の俺を捕まえられるものはいない!

 

「――行くのかな?」

 

 ぐっと、襟をつかまれ、俺は宙に舞った。

 一瞬何が起きたのか分からなかった。痛みの後分かったのは俺は天井を見つめているということ。

 

「ね、龍一くん」

「えぇ……? いったい何がどうなって……」

 

 すずかの顔が映るもいまだに理解が出来ない。とりあえずは見えてしまいそうなものが見える前に立ち上がることにする。

 ちょっと気を取り直していると、アリサがこちらへ近づいてくるのが見えた。

 ちょうどいい、アリサに何が起こったのか聞いてみよう。

 

「なあアリサ、俺ってなんで天を眺めてたの」

「天!? 知らないわよ!」

 

 結構いきりたって返された。多分無視されたことに対して不満だったのだろう。

 しかし、本屋で会うまで春休み会うことが無かったのにそんな気がしない。春休みは春休みで一日が濃かったというのもあるのだろうが。

 ふと走ってきた方向を振り向いてみれば、そこには見覚えのある三人がこちらへ向かってくるのが見えた。

 

「龍一くーん」

「龍一ー」

 

 魔王とはやてだ! ついでに後ろにフェイトもついている。

 しかしチャイムもそろそろ鳴る以上、逃げる時間もない。遅れて教室に入ることは今まで避けてきた。今までそれを守ってきたし、ここで崩したくもなかった。

 休みが多いのは何も言い返せないけどな。

 

「お、おはよう」

 

 ぎこちない笑みを浮かべる。

 なんだかんだでこうして三人と話すのは久しぶりだ。

 ん、あれ……そう考えるとなんだか緊張してきたような……

 

「おはよう龍一」

「なんで逃げたん龍一」

 

 フェイトがにこやかにあいさつを返してくれて、はやてが少し頬を膨らませて文句を言ってくる。

 そしてなんかそんなどころじゃなくなってくる俺。動機も激しくなってなんて言っていいのか分からなくなる。

 ……ハッ、コミュ障が再発した!

 

「チャ、チャイムが鳴るころだし、しゅわろ……座ろう」

 

 何とか言葉を紡いでこの後の事を指し示す。

 一度席に座れば逃げられないことを知って。

 

 

 

 

 休憩時間、見事な動きにより俺の逃げ場は封鎖されてしまった。

 四人のしたたかさは変わっていないらしい。そしてそんな動きに置いてかれているはやて。少し不思議そうな表情を浮かべている。

 

「あ、はやてちゃん、こっちどうぞ」

 

 より一層場所を狭めるよう位置を指定してくれた。

 前回と変わらない席は相変わらずの後ろ窓際。そして一年経って完全に学んだのか、クラスメイトの子たちはあまりここの近くに寄らなくなった。

 

「なんなんだろうな、俺」

「龍一くん?」

「なんでもないよ、気にしないで」

 

 珍しく魔王が気にかけてくる。

 そういえばこうなってしまった元の原因は魔王にあるんじゃないだろうか。

 まあさらに元を辿れば仲良くなってしまったのが悪いんだけど。だけど一度は険悪になってたような気もする。

 ……あれ、いつ仲良くなったんだっけ。

 

「あのー」

「ん? やっぱり何か用なの?」

 

 やっぱり魔王が答える。

 もうこのさい魔王でもいいと思い、話を続けることにした。

 

「みんなと仲良くなったのって、いつからだっけ」

 

 すると、魔王はきょとんとした顔でこちらをじっと見てきた。

 

「えっと……?」

「……そういえば、私が小さいときに友達になった子が龍一君に似ていたような」

「え……」

 

 やっべぇええええええええええ! そんなことがあったの忘れてたぁああああああああああ!

 そういや思い出されたら面倒だから逃げてたんだっけ、すっかり記憶から抜け落ちてたよ!

 ……でも、今なら別にいいんじゃないだろうか。もう魔王だって自立している。友達だっていっぱいできた。昔の友達だからって重要視することは無いだろう。

 だったら別に――

 

「龍一と私の出会いは買い物帰りだったよね」

 

 と、そこで俺と魔王の間を遮るようにしてフェイトが会話に入ってきた。

 それに便乗するように、はやてもこっちに身を乗り出してくる。

 

「わたしは図書館やったなぁ」

「そして本当の料理って……」

「確か、取る本間違えまくっとった」

 

 なんで黒歴史のところだけピンポイントなんですかねぇ。もうちょっといいエピソードあっただろうに。

 そこでアリサとすずかが苦笑いをしているのに気付く。

 ああ、そういえば二人の出会いはあんまり良くなかったっけ。

 

「あんなことがなかったら、あたしたち友達になってなかったかもしれないわね」

「だね」

 

 ねーよ! 絶対ねーよ! 主人公が絡む時点で仲良しになってるよ!

 なんて、あまりの過大評価に驚きとともに心の中でツッコミをする。

 だけど俺が仲良くなれたのはあの事があったから。それは間違いないと思う。……黒歴史という事には変わらないけど。

 

「って、高町さんどうかした?」

「……ううん、なんでもないの」

 

 その後に何か言ってるようだけど、小さくて聞き取れなかった。都合よく聞こえないとかどこのラノベの主人公だよ。

 

 そうして、今日はこれ以上特に何事もなく平凡に終わった。

 



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第七十二話 王様の家での能力

 今更だが、家に住み込むことになった三人の説明をしよう。

 レヴィからは砕けえぬ闇を生み出すとか聞いたが、シュテルから聞いた話だと、実際には闇の書の残骸が砕けえぬ闇として復活するというのが正解らしい。

 そして三人はマテリアルという、闇の欠片と違い自我を持つ構成素体。そして、彼女らは前述した砕けえぬ闇を生み出すために作られたのだとか。

 

 ……なんて言われても、意味が分からないが。とりあえず、闇の書みたいなものが復活しようとしていた事は分かった。

 しかし、シュテルはともかく、王のマテリアルであるディアーチェが復活を諦めたのかは定かではない。今こうして生活しているのが楽しいから、考えないようにするけど。

 

「クソゲーだ! 作った奴でてこい!」

 

 そんなことを考えながら階段を下りていると、荒っぽい声が聞こえ、リビングを見てみる。

 そこでは王様が声を張り上げてプレイ中のゲームに暴言を叩きつけていた。

 

「ちょっと静かにしてよ」

「黙っておれ。我をこれ以上バカにすると許さんぞ……」

 

 何かに集中することは悪くないことではあるけど、ゲームで独り言を言い始めるのは明らかにいいことではない。代表例は俺だ。

 それはボッチへの始まりのひと時……なんて言いたいが、王様なら何故か大丈夫だろうと確信があった。何故かはわからないが。

 

(はやてに似ているのが関係あるのかもしれない)

 

 そこで俺は天啓を思いつく。

 

「似ているのは姿かたちだけなのか……そうだ、調べてみよう」

『それって単純に暇つぶしだよね』

 

 真実を語ることなくともアリシアは分かってくれる。

 これが視線だけで言っていることがわかる仲か。

 

『わたし目はないけど』

 

 さっきからアリシアは無粋である。

 

 

 

 

 さて、まずはやての趣味で第一に思いついたのは読書だ。

 王様が読書している姿はあまり見たことが無い。というのも、リビングにてみんなが集まるときは、シュテル達と楽しそうに話しているからだ。本人はそんなつもりはないらしいが。

 その右手には、書室に置いている本が携えていることは無くもないが、それは趣味といえるほどという物なのだろうか。

 

「というわけで、本人に聞いてみる方が早いよな。そこのところどうぞ」

「なぜ丸太棒などに言わねばならん」

 

 態度がそっけない。いつものこととはいえ、ずっとこの態度のままでいられるというのも少々やりづらい。

 王様は俺の心を読み透かすかのように、目を細めて視線を突き刺してきた。

 

「そもそも、それを答えたところで我に利はあるのか」

「え? ええっと……面白い本を教えてあげるくらいのことはしようかなと」

「ふむ……」

 

 王様は考え込むよう俯き、少しの間が開く。

 その後何を思ったのか、急に立ち上がって階段の方へと向かっていった。

 ボーっとその姿を見ていると、王様は俺に向けて手招きをしてきた。

 

「何をしておる。早く来い」

「あ、はい」

 

 俺は従者のようにすごすごと後ろをついて行った。

 

 

 

 

 ついて行った先は王様の部屋の前。

 ちなみに同じ階層にはシュテルとレヴィに割り当てた部屋もある。どうでもいいだろうけど俺の部屋は一階だ。

 

「ちょっと待っておれ」

 

 そう言って部屋の中に入っていく。

 ちらりと扉の隙間から見えた部屋は、過度なレイアウトはされていない質素なものだった。

 

(そういえば、模様替えとかあんまりさせてなかったな)

 

 そんな風に思い返す。

 勝手に模様替えをさせすぎると親の言い訳が大変なので、目の届く範囲でのみ可にしてみてもいいかもしれない。

 そうなるとやはり通信販売が一番安全かと考えていたところ、何冊か本を持ってきた王様が扉から出てきた。

 

「丸太棒が言う趣味という物ではないが、我も何冊か読んでおるぞ」

 

 恐らく家の書庫からとってきたものだろう。少し古めの、俺も前に読んだことのある本が何冊か出てきた。

 

「へえ、でも結構読んでるんだな」

「これでもほんの一部だ」

 

 気をよくしたのか自慢げに胸を張る。

 存在しないその部分から目を逸らして、王様が持ってきた本を手に取ってみてみる。ジャンルの好みなどははやてと同じくノンジャンル。なんでも読むタイプらしい。

 まだ本を読み始めて間もないことを考えれば、こうした何でも読むというのは当然なのかもしれない。

 

「……うん、じゃあ今度俺が気に入った物でも借りてくることにする」

「そうか、そうしろ」

 

 相変わらず態度が尊大だ。

 

 

 

 

 そして夕方。

 俺は考えていたもう一つのはやての特徴をここで調べることにした。

 

「王様」

「何用だ、どうでもいいことだったらその命ないと思え」

 

 いきなりプレッシャーを与えてくる王様。

 これは王様にとってどうでもいい事。だが、自分の探求欲のためにも、さしてはこの後の生活のためにも知っておきたいことだ。

 少しの緊張をまとい、恐る恐る王様に対して意見を述べた。

 

「料理の腕はいかほどのものなのかなぁーって」

「あ゛あ゛?」

「ひいっ!」

 

 どこぞのヤのつく人のようにガラの悪そうに聞こえたのは、たぶん過剰な妄想だろう。それ抜きにしてもこちらを見る目は現在も怖い。

 つい、しなくてもいい言い訳が口先から飛び出してしまう。

 

「いえいえこのことを聞いたわけはですね、私がいなくても大丈夫なのかなと思ったわけでしてね、決して王様を侮っているわけではなくてですね、あくまでもこれは人生において大切なことなわけなのですはい」

 

 自分でも何を言っているのか分からなかった。

 だが王様相手にいくら言葉を重ねたところで、俺の言葉に突き動かされるとは思えない。

 口を滑らせるのもまずいので、この辺りで言い訳のように出る言葉を終わらせておく。

 

「あー、まあ、ともかく……今日はシュテルと作るよ。シュテルも料理上手だし」

 

 というより凝り性といった方が正しいのかもしれない。プリンも今や出来栄えは俺より上手だし。

 料理も始めた当初はともかく、今は手伝いを満足にしてくれるくらいの手際の良さがあった。

 

「だから王様は今日もソファでくつろいでいて……ってどうした?」

 

 みてみれば、王様はどこを真面目に受けたのかは分からないが、何かを考え込むようなそぶりをみせる。

 しばらく返事を待つが何も言ってこない。ご飯の事もありこうして待ち続けるわけにもいかないので、俺は考え始めた王様を放っておき、今日使う予定のフライパンを用意する。――前に、誰かに腕を掴まれた。

 

「待て」

 

 その手を止めたのは王様。

 まさかさっきの言葉で心動かされたわけでもないであろうが、こちらに向ける瞳は明らかにやる気に満ちていた。

 

「ええっと……王様?」

「くく……我を軽視しおって。よいだろう、我の腕を見せてやる時が来たようだ」

 

 なんだかんだで作ってくれるらしい。

 眼の闘志を見る限り、自分から進んでやってくれているようだ。

 しかし、そんなやってもらえるような要素なんてあったか……?

 

「王様、今日は王様が料理を作るのですか?」

「ふん、たまには王として臣下を敬ってやらんとな」

 

 なるほど、王様なりのねぎらいだったわけだ。

 まさかそんなことをしてくれるとは思ってなかったので、不覚にも少し感動してしまう。

 

「丸太棒は自分で作れよ」

「そう来ると思ってましたよ!」

 

 なんとなくオチは読めていた。

 ……べ、別に悲しくなんてないんだから!

 

 

 

 

 俺と王様の初めての共同作業が終わり、二人そろって席に着く。

 

「……」

「す、すいません、余計なこと考えませんから、そのナイフを下してください」

 

 こちらに鋭い視線を送ってくるものの、その手に持っていた凶器はおとなしくその場に置いてくれた。

 ちなみに今日のごはんはハンバーグである。だからフライパンを用意しようとしたわけだが。

 

「今日は王様が作ったの?」

 

 ついさっき家に帰ってきたレヴィが驚き半分に聞いてくる。

 料理は俺の想像以上に完成度が高く、今まで家の事をほとんどしていなかった人が作ったものだと思えないほどのものだった。ここははやてと似ているだけはあるのかもしれない。

 

「ふ、ふん、まあたまには部下を労ってやらんとな」

 

 照れているのだろう。王様は顔を少し赤くして、視線を逸らした。

 シュテルはそれを微笑みながら見つめ、俺もまたそんな温かい雰囲気にのまれる。この家族のような温かさを生み出すところは、やはりはやてと同じなのだと思った。

 

「あれ、俺が作った奴は……」

「レヴィが食ってたぞ」

「え、これ龍一のだったの? ごめーん」

 

 口にケチャップをつけて二つ目をかじりついているレヴィ。

 明らかに食べていたのに気付いていたような口調で語る王様に、俺は悲しみ半分で叫ぶ。

 

「気付いてたのなら止めろよぉ!」

「知らぬ」

 

 血も涙もない。

 今までの事は撤回しよう。こいつははやてと違って優しくない。

 俺はため息をつきつつ、再びキッチンへと向かうのだった。こうしているうちは、変なことは起こらないだろうと心中に留めながら。

 



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第七十三話 勝手に思っていただけ

「絶対行かない」

「来なさい」

 

 すずかの家にて言い合いをする二人。俺事倉本龍一とアリサ……なんちゃらである。

 もちろん他の四人も同じようにいる。もっとも、彼女らは四人でおやつお食べながら談笑しているが。

 

「バニングスよ」

「心の中読んできた!?」

「口に出てたわよ」

 

 呆れたように口にする。

 しかし相変わらず掴んでいる手を離してくれない。というより、部屋の出口にメイド配置していたりと、逃がす気が全くないように見える。

 そもそもこうなってしまったのはなぜだろうか。

 

 それは少し前にさかのぼる。

 

 

 

 

 放課後に入るチャイムが鳴り、何人かの同級生は一斉に扉へ向かう。巻き込まれたくない俺と他数名は、いつもそれを眺めてから帰るのがいつものことだった。

 しかしこの日に関しては、早めに帰っておけばよかったと後悔することになった。

 

「誰がなんだって?」

「だから、最近龍一があまり遊んでくれてないってなのはが」

「あ、アリサちゃんも同じこと言ってたの!」

 

 アリサと魔王の言い合いが始まるが、それよりもこの四人がこうして放課後にも囲んできたのは意外だった。

 間抜けにもそれが読めずにこうして話に入れられたこの日。いつもはこんなことが無いため、普段より困惑を強くする。

 二人が言い合いに夢中になっているのを見かね、すずかが横から口を出してきた。

 

「えっと、だからね、今度の休みにみんなでなにかしようって話をしていたの」

「行かない」

 

 そんな怪しい事についていくはずもなく、俺はすぐさま拒否する。

 流石に予想していたのか、すずかはその場では苦笑いするだけで退いた。

 

 それをもう少し怪しむべきだったのかもしれない。

 

 逃げ道が出来たと勇んで空いた場所から逃げ出す俺。誰も捕まえに来ないという事を怪しむことなく廊下へと駆けだした。

 飛び込むように廊下から出た先は、メイドさんの胸の中だった。

 

 その後なぜか気を失い、気がつけばすずかの家だった。

 

 周りには五人が談笑しながらお菓子を食べている状況。無理やり連れてこられたのは明らかだ。

 そうしてこちらに気が付くアリサ。寄ってくるときの顔は悪鬼羅刹のように見えた。

 

 

 

 

 というのが前日談だ。なんでここにいるのかはいまだにわかっていない。

 ただひとつわかるのは、また面倒くさいことに巻き込まれたということだけだ。

 

「そもそも何をしようというんだ」

「みんなでお花見でもしないかって話よ。聞いてなかったの?」

 

 いつの間にか花見に決まっていた。正直話についていけてない俺がいる。

 

「そういうわけよ。拒否権はないと思いなさい」

「ないとか言われましても……」

 

 実際、関わり合いになりたくないという心とは別に、一日中シュテルたちをほっといてもいいものかという理由もある。

 外に出ない限りは大丈夫だろうが、必ず大丈夫と言えないのが何とも辛いところだ。

 

「……どーせ暇なんでしょ」

「ギクゥ」

 

 何故かわかりやすく口に出してしまう。

 アリサはそんな俺に勝ち誇った笑みで接してきた。

 

「ほらみなさい」

「うぐぐ……お、俺にだってな、遊べない理由の一つや二つある」

「へぇ、言ってみなさいよ」

 

 といったところで、大まかな理由は地雷であることに気が付いた。

 シュテル達の事は言えないし……な、なんとか言い訳をしなくては……そうだ!

 

「ほ、ほら、流石にこの年になって異性と遊ぶのも恥ずかしくなっていたというか、からかわれるのが嫌というか」

「あんた、あたしたち以外に友人居ないくせに、誰にからかわれるのよ」

 

 グサァ

 アリサの鋭いツッコミが俺の心を抉ってきた。その力は俺が落ち込むには十分なものだった。

 

「アリサちゃん、そんな本当のことを言わなくても……!」

「わたしも仲がいい子はこの五人以外で見たことないわ。それ以外で龍一が仲がええのはわたしのところのヴィータくらいやな」

 

 何気にアリサよりすずかとはやての言う事の方がひどかった。まあ、はやての言う事には自分でも頷かざるを得ないけど。

 しかしまあ、散々行きたくないなどといったものの、最近はこの集団に混ざるのも悪くないと思っている俺もいる。もちろんぼっちでいるのが辛くなったわけではない。辛いが断じて違う。

 ただ単純に、逃げていると思ったのに巻き込まれている徒労感が後を押すのである。

 

「……はぁ」

 

 考えをまとめる溜息。

 一つ息を吐いてみれば、なんとも鮮明になっていく答え。

 

(混ざるのも悪くないかな……)

 

 事件に巻き込まれるのは嫌だが、こうしてみんなで集まって何かするというのも悪くないのかもしれない。

 そういう風に考え直していたところで、俺の表情から何を読み取ったのか、魔王が一人アリサの横をすり抜けて俺の目の前に立った。

 

「どうしても嫌なの?」

 

 悲しそうに見つめてくる瞳。

 そんな顔をされてしまえば、いくら魔王とてただの女の子に見えないではないか。

 それが後押ししたのか、俺の心は決まった。しょうがなく、しぶしぶ、心底どうでもよさそうに、俺は顔をそむけながら言った。

 

「……行ってもいい」

 

 この言葉を口にした瞬間、俺はもう戻れないことを悟った。そう、この五人に連れまわされるという現実から。

 

「よくやったわ、なのは」

「えへへ……」

「結構な大所帯になりそうやなー」

 

 ……ん? 今はやてが何か聞き捨てならない事を言ったぞ。

 俺は嫌な予感がしながらも、その理由をはやてに向けて聞く。

 

「はやて……まさか、この五人以外にも?」

「当たり前やろ。わたしら小学四年生やないか」

「えっ」

「来るのはわたしの家族と……」

「また家ぐるみの付き合いだよね」

 

 眩しそうな表情をしてフェイトがはやての言葉につなげた。

 家ぐるみの付き合いという言葉に、前体験した温泉の事を思い出した。あの時はまだ自分の親という物がいたが、今度は俺一人、ぼっちだ。敢えて言うのならばそのあたりの監視者も薄いため、シグナムやリインフォースにフルボッコされる確率もないとは言えない。

 これは断った方がいいのか、数秒悩んだところで二人を見る。

 

「あ、ちょ――」

 

 口を開こうとしたところで、二人は踵を返してしまいタイミングを逃してしまう。

 

 俺は軽い足取りで他三人のところに戻るアリサと魔王の背中を見て、愕然とするのだった。

 



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第七十四話 ゲートボールの乱 前編

「おいレヴィ」

「何、龍一」

「お前、どこに行くつもりだ?」

 

 休日の早朝、レヴィが家の玄関を通り抜けようとしていたところをひっつかまえた。

 元々レヴィが外へ出て行っているのは知っていた。それを放置していたのは単に問題がなさそうだったから。

 しかしこの間、買い物に行っているときヴィータとシャマル先生に出会い、まるで近所の付き合いをしているおばちゃんたちのように談笑を始めてしまった。

 そしてその時に聞き逃せない言葉を聞いたのだ。

 

『なんでも、最近よく見かけるようになった水色の髪の女の子がゲートボールをしているみたいだってさ』

 

 そのあとに『龍一も行ってみようぜ』というお誘いがあったものの、論点はそこではないので省かせてもらう。

 とにかく、それがレヴィだと感づいた俺はすぐさま二人と別れ、こうしてレヴィを捕まえたわけだ。

 

「どこに行くって、そりゃ……」

 

 そしてレヴィは考えるそぶりをする。

 もしかすると言っていい事なのかわからないのかもしれない。だがこの辺りに水色の髪の女の子などこいつしかいない以上、ほぼレヴィがゲートボールをやっていると言っても間違いない。

 

「棒で球を打つゲームだよ」

「名前が分からなかっただけかい!」

 

 人の期待をある意味裏切らないやつである。裏切ってほしい状況の方が多いのに。

 俺はため息をつきつつ、なんていえばレヴィに言い聞かせられるのか考える。

 あまり彼女らを家に縛り付けたくはない。服装さえ変えていれば、レヴィなんかは特に性格からして本物と違うので滅多にばれることは無いはずだ。魔法さえ使わなければ。

 それでもあまり町の人と邂逅してしまえば、それはいつしか疑惑に変わり、捜査という形になって表れてもおかしくない。

 

「ねえ」

 

 悩み続けて無言の状況が耐えられなくなったのか、レヴィが声を出す。

 あんまり考え過ぎても埒が明かないので、とりあえずはその声に耳を傾けることにする。

 

「だったら龍一も来る?」

「は?」

「だって、龍一は心配なんでしょ?」

 

 心配と言えば心配だ。というか、まさかレヴィが俺の心の機微に気付いたことの方が驚いた。

 だが、心配とかそういう事を論点としているのではなく、あまり人と深く知りあって欲しくないという事を知ってほしいだけなのだ。

 

「いや、だから――」

「じゃあ行こう! ほらほらっ」

 

 手を摑まえられ、無理やりに連れ出される。

 いつものように流されるままに状況が進んでいることに、心の底からのため息が出た。

 

 

 

 

「おはよう、おばあちゃん!」

「おはよう。あらあら、りゅうちゃんも来たのね」

「お、お久しぶりです」

 

 結局ここまで連れてこられてしまった。一応ここに来るまでに髪は解かせておいたし、知り合いにあったときの応対も教え込ませた。覚えていて実践できるかは怪しいけど。

 自分としてもレヴィがどのようにしているのかは気になる。言いたいことはたくさんあったが、ひとまずそれを飲み込んで今日はレヴィに付き合うことにした。

 

「お、りゅうじゃねーか」

 

 声のした方を見てみると、そこにはヴィータがいた。そういえば、一緒にいこーぜとか誘われていたことを思い出した。

 

「ヴィータ、結局来たんだ」

「新入りがどのくらいの実力なのか気になってな。もしかして、そっちにいるのがそうか?」

 

 ヴィータは応対していた俺の後ろにいたレヴィを指さして聞く。一応他人のふりをしておくことにし、曖昧にそうじゃないかと返した。

 

「へへっ、そうか、じゃあ挨拶くらいしておくか」

(どうか、レヴィが変なことを言いませんように……)

 

 俺から離れてレヴィの元へ向かうヴィータ。俺は内心ドキドキが止まらなかった。もちろん心配的な意味で。

 

「よお、あたしはヴィータっていうんだ。お前は?」

「ボクは雷刃!」

「らいじん……? なんか、すげぇ名前だな」

 

 雷刃と言うのは俺が考えたわけではなく、レヴィが思いついた名前からとった。もう一度言うが、俺が考えたのではない。

 ヴィータは名前に少し戸惑いはしたものの、持ち前のコミュニケーション能力で話を続ける。

 その姿にひとまず安心したところで、おじいさんの一人が俺に話しかけてきた。

 

「りゅうちゃん、今日は小さい子もそろっているし、小さい子同士でやってみようか?」

「あ、はい、そうします」

 

 結構見知っている仲なので、人見知りがあまり起こらず返答する。

 って、ゲートボールはたしか五人競技のスポーツだったはず。小さい子同士でできるのだろうか?

 そんな風に思っていると、見たことが無い女の子二人がとあるおばあさんに背中を押されて出てきた。一人は青い短髪で一人はオレンジ色の短いツインテール、姉妹ではなく友達の間柄らしい。

 

「えっと、よ、よろすぃ……よろち……く」

「あはは、変なのー」

 

 まさか小さい子女の子相手に噛むとは思わなかった。

 しょうがなしに視線でヴィータに助けを請う。しかし、レヴィと話すことに夢中になっているヴィータは気づいてくれない。

 俺は世間の冷たさに涙しながら、女の子に笑われながらゲートボールをする準備をするのだった。

 



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第七十五話 ゲートボールの乱 後編

 さて、ゲートボールは簡単に説明すると、五人一チームとなりゲートと言うゴールにボールを通過させるスポーツだ。老人の競技人口は多いが、男女ともにプレイが出来るという長所もあり、決してつまらないスポーツではない。やってみれば意外と面白いし、子供がしてみてもハマれるものだと俺は思っている。

 

 さて、話はそのゲートボールの事になる。

 

 チーム決めに二人の女の子が編成されて俺は少しばかりか困ったことになっている。

 もちろん女の子がわがままとか、すぐに飽きるとかそういう事じゃない。

 

「そそ、それでこの、ね?」

「もー、ちゃんと喋ってよー」

 

 何ともひどいことに俺の人見知りは治ってはいなかった。いや、それは分かりきっていたことであるが、こういう平和な状態でこうして何かを教えるという状況がいままで一度たりとも無かったため、非情に酷い言語障害を起こしているのである。ついでに心配のあまりチラチラとレヴィのことを気にしているのもある。

 頼りになるヴィータはレヴィに興味津々であるらしく、こちらに目を向けることは一切ない。

 まあ、元々誰かと仲よくするという事が少ない子であるし、それが特別おかしいことではないのだが。

 

「ル、ルールは、えっと、その、お覚えてるのかにゃ……な?」

「わかんなーい」

 

 そして説明しなければいけない項目は少なくは無いようである。

 とても困った。

 

『そろそろ試合ですぞー』

 

 まごまごしているうちに試合なるものが始まるようだ。

 所詮は老人会なので、試合と言ってもそれほど本気ではない。が、これまたあまりにいい加減なプレイをしていると、大きな差をつけられてしまうことも少なくない。

 何が言いたいかと言えば、このルールも知らない少女二人を連れて勝てる気がしないという事だ。

 

「……まあ、勝利にこだわってないしいいか」

「何言ってんだ?」

「え? ヴィータ?」

「あたしたちが掴むのは勝利だけだ、そうだろ雷刃?」

「もちろん!」

 

 途中でヴィータが割り入ってきたかと思いきや、なんかレヴィと意気統合していた。

 だが、勝つと言っても初心者二人連れて勝てるほど老人会は甘くない。勝負の行方はまったく見えないのだ。

 

 

 

 

 と言っていたのは、始まってから十分くらいで止まることになった。

 

「ほいっと、上がりだね」

 

 三つ目のゲートを通ってレヴィのあがり。ついでにいえばヴィータはとっくにあがっていたりする。スコアは二人あがりの俺は2点。初心者二人は1点である。

 相手方の老人チームは三人2点の残り1点。3点であがりを考えると、かなり有利だというのが一般見解だろう。

 

 しかし、ゲートボールは上がることを早めるだけが勝負だけじゃない。

 

「タッチだ、坊主」

 

 コート内にある俺のボールに当て、にやりとした表情で告げてくるニヒルな爺さん。元老(仮名)さんは相手チームのリーダーで、今回ヴィータとレヴィが早く上がれたのもこの爺さんのせいだという事はあたりをつけていた。

 

「ほれ!」

 

 甲高い音を響かせ、俺のボールを何の遠慮もなくコートの端まで打ち出す。

 ちなみにこれはタッチと言われるもので、自分のボールを他の人のボールに当てた時に起こる。タッチが起これば、自分のボールが動かないように踏みながら打ち、その衝撃で相手のボールを飛ばさなければいけない。

 俺はこの方法ですでに十回以上弾き飛ばされていた。正直、2ポイント目がとれたのは運が良かったと言っても差し支えないだろう。

 

「つーか、なんで俺ばかり狙うんですかね……」

「そりゃ坊主がベテランだからじゃ」

 

 当たり前だがベテランと言われるほどゲートボールをした記憶はない。爺の勝手な妄想である。

 それにベテランだというのならばヴィータを狙うことをしなかったのはなぜなのか。

 

「しっかりしろよりゅう」

「そうだよ。このままじゃ龍一のせいで負けるよ」

 

 言いたいこと言いやがる。というか、言葉には出さないが一番足を引っ張っているのは少女二人だ。あちらは邪魔が来ないのに、まだ1点しか取れていない。

 一応このままタイムアップしていれば勝てる。だが、一人で妨害には限界があるし、三点入れられると負けである。

 明らかに不利な状況、俺はこの勝負に勝つ方法をなんとか編み出そうと頭を悩ませる。

 

「次は小僧の番じゃ。はよせい」

 

 なかなかむかつくことをおっしゃってくれる。

 とりあえずこのままじっとしても反則を取られるだけ。考えることを一時止め、三点目のゲートをめがけて打ち込む。

 もちろん一発で行けるはずもなく、あえなくボールは非常に位置が微妙な場所に止まることになってしまった。

 

「ふん、その程度で我らがヴィータちゃんと共にいるとは……」

「我らがって……」

 

 なんか勝手にアイドル化してる。

 と、そんなことはさておき、この元老さんは言う事はアレだが、実力はかなりのものである。

 実際に、今も俺の打ったボールをまたしてもはじき出している。狙いも完璧で、まずゲートをくぐることは不可能だろうという位置に俺のボールはあった。

 

「くっ、いやらしい場所に……」

「ほっほっほ」

 

 いや、本当にこの勝ち誇った顔はウザい。なんとしても勝ちたくなってくる。

 しかしこのままでは負けは必須。勝負の行方はマークをつけられていない少女二人にかかっていると言っても過言じゃない状況。

 

「元老さん、二つ目のゴールを通りましたよ」

「そうかそうか、これで坊主の絶望への道がまた一つ……」

 

 ……元老さん、俺の事絶対目の敵にしているだろ。

 

「おいおいりゅう、まさか負けんのか?」

「よくそんなのでゲートボール出来るね」

 

 発破をかけているというよりも馬鹿にしているようにしか聞こえない二人の声。

 

「ったく、ゲートボールはチームプレイだろ?」

「だよね、一人で頑張ってもどうにもならないのにさ」

「おい! それを言うならそもそも……そうか!」

「「ん?」」

 

 二人が先にゴールをしたのが原因、そういおうとした瞬間にとある事に気が付く。

 そう、なぜ二人は先にゴールできたのかという事に……

 

「坊主、出番じゃぞ」

 

 元老さんのニヤケ顔。だが、俺はそれに自信を持って笑みで返した。

 一瞬だけ元老さんは驚いた顔をするが、すぐに余裕を持った笑みに再び変わった。

 ――まるで、やってみろと言わんばかりに。

 

 

 

 

 なんてかっこつけてみたものの、勝利は非常にあっさりとしたものだった。

 俺がタッチを使って少女二人を援護するという方針に変える。元老さんはそれに気づくのに時間がかかったし、気付いた後も妨害は弱まった。

 それもこれも……

 

「坊主……いつから儂に彼女たちと歳が近い孫がいると気付いておった」

 

 いや、それには気が付かなかったですけど。

 

「二人が先にゴールできたのがおかしかったですからね」

「ほう? 儂の見立てではヴィータちゃんは実力者じゃぞ?」

「レヴィ……雷刃の方ですよ。あの子はまだ初心者、狙いは付けれても邪魔されることには慣れていなかったはず。ヴィータと共に抜けれることなんてありえない」

「……そうか、儂が狙えなかったと気付くには十分な材料じゃな」

 

 このじいさんはどう考えても初心者だからと手加減するような爺じゃないしな……まさかその理由が孫がいるからという理由だとは思わなかったけど。

 少女の妨害が出来ないなら、その子を援護すればいいだけ。たったそれだけだった。

 

 そして、一つ問題があるとすれば――

 

「あのお兄ちゃん私にいっぱいぶつけてきたのー!」

「あんだと? おいりゅう、ちょっとトイレの裏にこいよ」

「あはは、じゃあボクは先に帰るね!」

「じゃあな、またできたらやろうぜ!」

「うん!」

「あ、じゃあ俺も……」

 

 こっそりとレヴィについて行くように……したところで肩を掴まれた。

 

「女の子泣かせる様なやつにはおしおきだよな?」

「ヒイッ!」

 

 泣いてないと思うのに、女の子の言い方が悪くてヴィータに絞られたことが確定したこの日、トイレの裏の木に後々にいろいろな噂を呼ぶ大きな傷跡ができた。

 



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第七十六話 花見はあまり関係ない

「今日は無礼講よー!」

「はぁ……なるべく抑えるようにしてください」

 

 盛り上がっているあちらの方には、緑の髪の女性と苦労の多そうな男の子がいる。

 また、その近くには見たことない人もちらほらと見受けられる。人見知りにはつらい状況だ。

 恐る恐ると言った風に桜並木を通っていると、俺を見つけた魔王が傍まで駆けてきた。

 

「龍一君、お花見へようこそ」

 

 にっこりとした表情で正面から笑いかけてくる高町なのは(職業:魔王)。

 俺はそれにこたえるように笑顔で返す。

 

「帰っていい?」

 

 と言うわけで終末土曜日のお花見。終末は誤字とも言いにくいものである。

 ちなみに現在ゲートボールの後であり、もう昼と言う時間帯だ。

 

「まあまあ、ここまで来たんだし楽しもうよ」

 

 昔は大げさに追っかけてきたのに、魔王も慣れてきたものである。俺の腕を痛いくらいに握っていて離さないといった風にしている。

 ……いや、本当に痛いんで離してくれないですかね。

 

「そのまま捕まえておいてよなのは!」

 

 そして後ろから聞こえてくるのはアリサの声。

 何か嫌な予感がするも、しっかりと腕を握られていて避けることもままならないっていうか痛い痛い本当に。

 

 そうして気づけば、俺はそこまで大きくないシートの上に簀巻きにされて転がされていた。

 

「えっ、一体どういうことでこの状況に」

「簀巻きはやり過ぎやと思おたんやけどなぁ」

 

 近くにはのんきにおにぎりを食べているはやての姿。美味しそうにしているところを見てたら、何を勘違いしたのかたくあんを箸で差し出してきた。

 意味は分からないが、とりあえず逃げられないという事は把握した。

 

「というかケチいなたくあんって!」

「はい、あーん」

「誤魔化すように押し付けむぐぅっ」

 

 無理矢理口の中に詰め込まれるたくあん。あ、おいしい。

 

「まあ少し待ちぃや。今は皆それぞれ家族のもとで楽しんできてるんやで」

「あれ、ヴォルケンリッターは?」

「大人組のつまみの消費がはよぉてな」

「なんとなくわかった」

 

 しかし簀巻きにされたままだと、本当に花を見るだけになってしまうな……つーかシュテル達は今何してるんだろう。

 というかなんで俺ここにいるんだろう。

 

「で、なんで俺ははやてのところに?」

「りゅうの居場所はどこにするかとかは案外迷わなかったんで」

「迷わなかったって?」

「一時期とはいえ、一つ屋根の下で暮らしとったやないか」

 

 家族で集まっていて迷わなかったというのはそういう事か。

 しかしその言い方はやばい。一つ屋根の下は意味深な言葉になってしまう。間違ってはいないけど。

 簀巻き状態とはいえ、ゆっくりできている現状。最近こういう風にゆっくり出来てないなとか、舞い落ちてくる桜の花を顔に受けながら思った。

 

 

 

 

 ついうとうとして、気付けば隣に新しいシートが引かれ、その上にははやてを含んだなのはたち五人がいた。

 

「あ、龍一くん起きたみたい」

 

 視線に気づいたのかは分からないが、すずかがこちらの方を見てそう言った。

 何か返事をしたいところだが、こちらは未だに簀巻きにされていて口しか出せない。

 それに気づいていて、行った張本人であろうアリサはあろうことにこっちをみて悪そうな笑みを浮かべるだけだ。

 

「いや助けてよ! なんでほくそえんでるのさ!」

「あ、ご、ごめん」

 

 フェイトがツッコミに対してすぐさま動き拘束を解いてくれる。簀巻きから解放され、一気に自由が広がった気がする。

 それにしても、まさかフェイトが反応してくれるとは思わなかった。フェイトが非情だとかそういう事ではなく、ただこういう場面だと多くが受け身だからだ。

 

「そういえば、今日はお母さんが来てるんだよ」

「……お母さん?」

 

 なんとなくだが違和感があった。いや、養女となったフェイトがその言葉を発することはおかしくはない。だが、その言葉にはなんだか違う意味が込められているような気がした。

 

「あれ、でも確か今は……」

「少しだけどね、お花見に参加できるよう時間が与えられたの」

 

 なのはが疑問をぶつけるも、それを笑顔で受け止めるフェイト。

 俺はほぼ確信するとともに、簀巻きにされる前にほっぽり投げられた靴を目線だけで探す。

 

「そうなんだ……よかった、というわけじゃないけど、楽しんでくれたらいいね、プレシアさん」

「うん」

 

 そして名前を聞いた瞬間、逃げる間もなくその人は現れた。……多数の局員と思われる人を連れて。

 その人、アリシア母はフェイトを一番に見つけ、次に俺の姿を見つけるとまるで母親のように慈愛にあふれた笑みを見せた。

 その笑顔を見て、背中に何か嫌なものが駆け巡る。

 

「お母さん……!」

「みんなで楽しんでいるところ、ごめんなさいね」

 

 誰だこいつ! こんな笑みを浮かべる人が約一年前に狂気にまみれていた人物とは思えない。同一人物かを疑うが、それもフェイトの向ける視線を見れば一目瞭然だ。

 いやまて、もしかすると変化魔法使った誰かの可能性も……それに、俺の事がばれてない可能性もある。

 そう、まだ終わりではない。

 

「あなた……田中――」

「ああああああああイエエエエエエエエエエ!!!」

 

 やっぱりばれてたやっぱりばれてた!!

 いきなり奇声なんてあげて五人娘は戸惑っているものの、あんなことを今ここで暴露されたら大変なことになってしまう。ただでさえアリシア母の周辺には局員もいるというのに。

 突然のことに固まったアリシア母だが、その行動に何らかの確信を得たのかふっと軽く笑い、そして踵を返した。

 

「わたしが戻るまで、娘を頼むわね」

「あ、は、はい」

 

 つい間の抜けたような声を出してしまう。

 いやだって、絶対すごい勢いで問い詰められたりすると思ったし。それを考えると拍子抜けしてもおかしくなんてないだろう。

 

 アリシア母がそのまま去っていって数秒。なぜか五人娘達は誰一人として喋り出さない。

 気になって後ろを振り向けば、なぜか目を光らせたはやてが問い詰めてくる。

 

「な、なんや、もしかして親公認ちゅーやつか!?」

「は、はぁ!?」

 

 突然変なことを聞いてくるはやて。

 何をどうなったらそんな風に解釈できるのか……って、うん? 娘を任せる……

 

「ええと、フェイト嬢はアリ……えっと、あの人の事は……」

「もちろん、お母さんだと思ってるよ。前とか今とか関係なく、母親だって」

 

 いいことを言っているのだろうが、今はそんな時ではない。

 アリシア母がフェイトの事をどう思ってるのか知らないが、話の流れ的に娘と言うのはフェイトの事としか思えなくなっている。

 それはつまり……

 

「えっと、皆さん。もしかしてと思いますが」

「まさか二人がそんな関係だったなんて……」

 

 なんだかショックを受けてる様子の魔王。

 

「しゅ、祝福するよ!」

「ま、せいぜい頑張んなさいよ」

 

 多分分かってる二人。すずかのは可愛い冗談と思えるが、アリサは悪意しか感じない。

 結局地雷を落としていくことに変わりなかったアリシア母に、俺は悔しさの声を上げることとなった。

 

「ちくしょおおおおおおお!!」

 

 とはいえ、冷静に考えればこれくらいで済んだのは僥倖といえるのかもしれない。

 ……そう思いたい。

 



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第七十七話 変化

「結局、なんでアリシア母は花見の時にいたんだよ」

『殊勝な態度が称賛されて厳重監視兼無給奉仕活動みたいなことになったらしいよ』

「称賛されんなよ! ちゃんと裁いてくれた方が俺としては嬉しかったよ!」

 

 花見の日の夜、晩御飯を作りながら立てかけているアリシアに相談してみれば、そんな返答が返ってくる。

 即答してくるあたり、このことはきっちり調べていたらしい。知っていたなら教えてくれよ。聞いてなかった自分も自分だが。

 なんて思いつつも、なんとなくアリシアの声ははずんでいる気がする。自分の母が悪く扱われていないのに対して喜びの気持ちが抑えられないのだろう。

 

「どうでもいいわ丸太棒。さっさと料理を作らんか」

「はいっ、ただいま!」

 

 相変わらずわが家では主導権は握られている。もう反射と言っても差し支えないだろう。

 いやまあ、一応親がいない現状家主だし、このままでいいとは思っていないが。

 

「手伝いますよ、龍一」

「おお、すまんなシュテル。助かる」

「いえ、これくらい当然です」

『夫婦か何か?』

「いえ、家族です」

 

 夫婦も家族だぞー、なんていうツッコミを思いついたが、間違いなく自分が不利になるだけなので何も言わないことにしておく。

 

 

 

 

 昼食を食べ終わり、シュテルと並んでまったりと食器洗いを続けていると、料理を作ってる時と同じく立てかけていたアリシアから思い出したように声をかけられた。

 内容は先ほど聞いたことからそう遠くないものだった。

 

「え? 魔導師と関わらないようにしているとは見えない?」

『うん。今日だってフェイトたちがいるお花見に行ったし、実はもうそこまで気にしてないのかなって』

 

 うーん、そういわれてみれば何の言い訳もない。最近はシュテルを家に入れたり、魔王たちから逃げることが少なくなっているのも事実。

 間違いなく彼女たちとは友人と言えるくらいに親交だってある。

 

 いや、しかしだ。

 

「確かに友人として彼女たちと付き合おうと考えは改めた」

『じゃあ、もしかして』

「だが魔導師として関わる気は一切ない!」

 

 あっちの方面で関わると命がいくつあっても足りない。そのことは今までの巻き込まれた事件からも推測できる。

 あくまでも日常を謳歌したいだけの俺にとって、事件さえ関わらなければ魔王たちと仲よくするのは願ったりかなったりである。

 

『結局は仲良くすることにしたんだ』

「まあそういうことだ」

『じゃあ私がフェイトとお話しできるのはそう遠くないかな』

「おま……管理局に捕まれって!?」

『黙っててもらえばいいでしょ?』

 

 よほど妹と会話したいのかそう言ってくる。しかし、アリシアにはジュエルシードが入っているうえに、フェイトも口が堅い方ではない。万が一ばれたら俺は犯罪者だ。

 どう考えても、会話させるという行為は危険であることには変わりはない。

 

「それは得策ではないかと思います」

 

 なんて返そうかと考えていると、すすぎを終えたシュテルが蛇口を締め、手をタオルで拭きながら代わりのように答えてくれた。

 

「概要は詳しく把握していませんが、危険な賭けになることは明らかです」

「それに、どこで話をするつもりだ。仮にでも我らの家で鉢合わせるようなことになるのはまずいのではないか」

「いや、ここ俺の家……」

 

 王様が付け加えるように混ざり、まともな返答をしてくれているが、訂正したい一か所だけは訂正させてもらうことにする。

 二人の言葉に、アリシアは元々理解していたのか特に気に病めるようなこともなく、分かった。と一言告げるだけだった。

 

「え、なんかまずいの?」

「レヴィ、貴様は何を言っておる」

 

 レヴィのその一言は場を呆れさせるには十分な一言だった。

 

 

 シュテルとの皿洗いが終わるころ、レヴィの説明が済んで王様はソファーでゆっくりしていたところだった。

 レヴィが理解したのを確認すると、自分用に缶コーヒーを置きながら王様にいたわりの声をかける。

 

「お疲れ様王様」

「ふん」

 

 自分のために用意した缶コーヒーはゴミ箱へ投げ捨てられた。

 

「いやいや、これ俺のだから! 王様に用意したわけじゃないから!」

「我の前に安物を置くとは良い度胸だな」

「すみません、端っこの方で細々と飲みます」

 

 立場が弱くなるのは力で勝てないからしょうがないね!

 投げ捨てられた缶コーヒーを拾い、部屋の端っこの方で膝を抱えて飲む。後ろのソファーではシュテルとアリシアが話し合っていた。

 

『なんにしても、変わらないままではいられないんだよね』

「そう、でしょうね」

『お兄ちゃんを見てたら実感する。逃げることしか頭になかったお兄ちゃんが、今はこうしてシュテル達を家族だって言ってるんだから』

「……はい」

 

 二人の会話を聞いて、自分は変わったのかと自問する。

 アリシアに対して出した答えは本心から出た言葉。一年前なら絶対に言わなかったであろう言葉。

 彼女たちと関わる関わらない関係なしに事件には巻き込まれた。闇の書に関しては自分が蒔いた種だ。もはや巻き込まれるからと言って彼女たちを避けるのは理由として無理もある。

 ……そうは思っても、なんだかんだで変わってはいないのだと確信する。

 

 所詮、友人関係をいつまでも続けようとしているのは、自分が一人となるのが嫌だから。

 

 その言葉に収束される。

 孤独は前世で一番強く思ったことだ。おそらく、この自分の心は一生変えることは出来ないのだろう。

 

「事件と言えば、今は自分で危ないものを囲ってるんだよな……」

 

 ソファーに集まっている三人と一機を見て思う。そのうち三人は魔王たちに似た容姿であるし、アリシアも魔導師関連ではかなり危険なものだ。

 

「はぁ、まだ平穏とまではならないな」

 

 口で出す言葉と裏腹に口元は笑みを浮かべている。

 明るい我が家をみていると、自分の決断が間違ったものだとは思えないのだから。

 



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第七十八話 自然であること

「中間テストよ、準備はいい!?」

「はい?」

 

 休み時間中、はやてとフェイトでババ抜きをしていたら、アリサがいきなり指をつきつけてきた。

 

「お、わたしが一番にあがりや」

「強いねはやて」

「うむ、俺が育てただけはある」

「龍一に教わったことは何一つ無いけどな」

 

「って、人の話聞きなさいよ!」

 

 はやての上りに目を釣られていると、声を大きくしてアリサに存在感を示される。再び見てみると、少し怒ったような表情。

 というより、トランプしているツッコミは無いのだろうか。

 

「それで、テストって?」

「前の時に言ったでしょ、次のテストで勝負って」

 

 そういえば言われたような気がする。だが、あれは三年の期末テストだったはず。学年変わった今無かったことになるのではないのだろうか。

 そんな風に思うも、強く発言するアリサに立場的にも力的にも勝てるはずはなく、渋々と勝負を受けることになってしまうのだった。

 

 

 

 

 勝負ごとになって放課後。

 実はテストは二日後に迫っていた。あんまり気にしていなかったせいで、聞いたときには驚いたものだった。主に驚いたのは一緒に遊んでた二人だが。

 

「じゃあみんなで勉強会しよーや」

 

 テストだからという焦りからではなく、やってみたかったという楽しみからの声。はやての今までの状況から考えると、その考えもおかしなものではない。

 全員それに異存はないのか、鶴の一声のようにそれ一つで放課後の予定は決まってしまった。

 問題は行き先である。

 

「甘いもの食べながらわたしの家でする?」

「静かに図書館でいいんじゃないの」

「教えあうなら、わたしの家がええよ。リインフォースにシャマル、意外とザフィーラも物知りやで」

 

 あれやこれやと教室で場所について話し合うが、一向に決まる気配はない。お互いに譲れないところがあるのかもしれない。

 そろそろ休憩も終わる。早く決めなければ、また次の休みに持ち越しとなってしまう。

 何かいい案はないものかと、言い合う三人をじっと見ているフェイトにアイコンタクトをおくる。すずかでもよかったのだが、三人を止めるには少しばかりか力不足だろうと思ったのだ。

 

「……うん」

 

 何を頷いたのか分からないけど、俺の目を見た瞬間何かに気付いた模様。普通に伝わってくれていればいいのだが、このパターンはあまり良い事であるためしがない。

 その予想は外れることなく、フェイトの爆弾発言となって現実となった。

 

「龍一の料理を食べながらは?」

「フェイトぉ!?」

 

 あまりの驚きについつい両肩を掴んでしまう。フェイトはこちらを振り向くと、まるでいいことをしたから褒めて欲しいというような顔をしている。

 悲しみと絶望と可愛らしさが心を満たし、哀愁を漂わせながら撫でてあげた。

 

「龍一の家……」

「龍一君の家かぁ……」

「龍一の家なぁ……」

 

 アリサ、なのは、はやてが同じように思いをはせている。そして、三人とも何が決定打となったのか分からないが、「そうしよう」と何故か決定となってしまった。

 うわ、今回は何てアリシアとシュテル達に言えばいいんだろう。家に帰るまでの時間、ずっとそれを考えることになってしまった。

 

 

 

 

「丸太棒、貴様はバカか。愚者か!」

「はいすみませんでした大馬鹿者です!」

 

 必死に土下座を繰り返す家の主の俺と、それに向けて罵倒を繰り返す居候の王様。

 立場がおかしいと言えばおかしいが、それがどうしたと言わんばかりの必死さである。

 

「デバイスを持て! ここにおいて貴様を塵芥へと変えてやる!」

「ひいぃぃぃ! すみませんすみません! 全部秘書が行ったことです!」

「貴様に秘書など居ないではないか!」

 

 王様の本型デバイスを構えられながら脅しをかけられる。心なしか、近くにいるシュテルの目も冷たいような気がし、非常にいたたまれなくなっている。ちなみにレヴィはゲームに夢中になって、こちらを見向きもしていない。

 しかし、このままではまずい事態になるというのは紛れもない事実。何とかならないものかと、アリシアの方に目を向ける。

 

『はぁ……変化魔法を使うか、部屋に隠れてもらうしかないんじゃない?』

 

 視線に気づいたのかは分からないが、アリシアはやれやれと言った風に提案をしてくれる。

 ちらりと王様に視線を向けると、怒りともとれる表情で見据えて来ていた。

 

「ええと、それでどうかなーって思うのですが」

「ほほう、我に隠れろと、そう申すのか」

「ゆ、許してください! お願いします!」

 

 頭を擦り付けて許しを請う。そうしていると、ついにインターフォンが鳴る。もはやプライドがどうとか言ってられない状態である。

 請うような視線で王様を見つめると、観念したように王様はため息をついて、リビングの出口へと向かって行った。

 

「えっと、王様どこへ?」

「フン。貴様が上へ行けと言ったのだろう。シュテル、レヴィ、丸太棒のデバイスと共に双六と興じるぞ」

「はい、ディアーチェ」

「あ、待ってよー」

 

 シュテルがアリシアを運び、レヴィは携帯ゲーム機を持って、王様を追うように階段を上って行った。

 なんだかんだでお願いを聞いてくれる辺り、王様も悪い人じゃないのだと思う。

 

 

 

 

「ま、ゆっくりしていって」

 

 五人が入ってきて、適当に飲み物の準備をしながらそう告げる。

 物珍しさかきょろきょろと見回している気がするが、なるべくそれを気にしないようにする。

 靴や他の人がいることを邪推されそうなものは回収した。シュテル達の生活の跡はあまりないはず。焦ることは無いはずだと自分に言い聞かせる。大体焦ることによって、自分の首を絞めるのだから。

 

「ふーん、思ったより普通ね」

「アリサちゃん、失礼だよ」

「き、気にはしないけどできるだけやめてほしいかなー。ほ、ほら、そこの机でやろう」

 

 物珍しそうにあたりを見回すアリサ達に指示をしつつ、もてなす準備をするため台所へと向かう。

 冷蔵庫を開いたときレヴィと書かれてあったプリンをすぐさま牛乳の裏に隠した。

 そんな内心で焦りながらリビングで座って話をしている彼女たちの声に耳を傾ける。

 

「来るの久しぶり」

「フェイトちゃんは来たことあるんか?」

「そういえば、来る時もフェイトちゃんが先導してたよね」

「うん、だってお世話になったことがあるからね」

「え、フェイトちゃん……?」

 

 なんだか話の風向きが悪い。

 そしてそこに油を注ぐかのような発言が聞こえた。

 

「え、みんな私より龍一と居たのに家の場所も知らなかったの?」

 

 空気が少し凍り付いたような気がした。

 このままではこちらに矛先が向くのはわかっている。ことが起こる前に俺は慌てて飲み物を準備しつつ台所を飛び出した。

 

「いやそれは――あっ」

 

 あまりに慌てすぎたせいで飛び出す際に躓き、頭から準備したジュースを頭にかぶってしまう。

 キョトンとする彼女たちの視線が集まる。

 

 その後の反応としては、笑われたり、心配されたり、慌てられたりと大変だった。

 穴があったら入りたい……。

 そうしていろいろとお世話になりつつ(主に拭き掃除)、先ほどの会話は水に流された空気になったことに安堵の息をついた。

 

 そうしてなんやかんやと始まる勉強会。

 女五人そろえば姦しさアップと言うか、なんというか。つか、普段の生活でも女三人が今いるんだよな。あ、アリシアもか。

 アリシアとシュテルはともかく、この五人ほど仲がいい間柄と言うわけでもないから、こういうのに慣れないのはしょうがないかもしれないけど。

 

「何遠くから見てんのよ」

「龍一君も一緒にしようよ」

 

 そう言われてすずかに腕を引っ張られる。

 少しだけ戸惑うが、なんてことはない。

 

 今は俺もその仲間入りしているというだけの事。

 

 

 

 

 数日後。

 

「テスト返却かー、これが終わればゴールデンウィークだぞっと」

 

 結論から言えば、先日の勉強会はそれなりに捗った。基本的に頭のいい奴が揃っているのだから当たり前と言えば当たり前かもしれないが。

 そんなわけで、今回のテストは少々高くてもおかしくないかと思い、割と全力を出した。一応アリサとの勝負がある手前、あまり手を抜きすぎるのもどうかと思ったのもある。

 

「さあ龍一、勝負よ!」

 

 全部のテストが返ってきて休み時間になった途端、ずいっとアリサが近寄ってきた。

 それに応えるように、俺もアリサが持ってきたテスト用紙に被せる。それに目を落とし、驚愕の表情を浮かべるアリサ。

 

「あ、あんた……」

「まあ、これが俺の実力だ」

 

 アリサの状態が珍しかったのか、少し遠巻きに見ていた四人も集まってくる。

 そして、集まってきた彼女らも同じように驚きに固まった。

 そこに書いてある数字。それは零。他に数字は書いてなかった。

 

「笑えよ、名前書いて無くて零点だった俺を」

「いや……笑えないわよ」

 

 本気で気まずそうにしているアリサ。その他の面々も程度に差はあれ、あまりにもな点を見せられて微妙な思いだそうだ。

 居心地が悪く、本気で用事があるので、この場は外そうと席を立つ。

 

「まあ、そんなわけで先生に御呼ばれしてるわけなんですよ」

「そりゃこんな結果なわけだし、そうなるわよ」

「勝負は勝負だし、今回はアリサの勝ちでいいよ。それじゃ、またゴールデンウィークが明けたら」

 

 プリントを持ち去り、手を軽く振って別れの挨拶をする。アリサの表情は最初から最後まで気の毒そうで、勝負の事はあまり気にしていないようで安心する。

 そのまま振り返ることなくその場を去ったのだった。

 

 

「はぁ、あいつ……」

「あはは……龍一君だもんね」

 

 残されたアリサは深くため息をつく。

 なんとなくそんなオチではないかと予測していただけあり、なかなかなため息具合である。

 そんな姿に苦笑いのすずか。すずかとて龍一の付き合いは長いので、アリサと同じような気持ちであることは言うまでもない。

 

「でも龍一、全問正解だったよ」

 

 そんな中で一人、あっけらかんと言い放つフェイト。

 目の前で見た事実と相反する言葉に、アリサは驚きのまま固まる。その代りに、なのはが迫るように聞き返した。

 

「そ、それ本当!?」

「わたしもフェイトちゃんとみとったけど、確かに間違いはなかったはずや」

 

 自分のテストを見返しながら答えるはやて。見ているテストは理系のもので、はやてが得意としている教科である。

 間違えようのない事実に、アリサは声を押し殺すように笑みを浮かべる。

 

「ふ……ふふ……」

「あ、アリサちゃん?」

「やってくれるじゃない龍一……次の時こそ化けの皮を剥がしてやるんだから!」

 

 すずかが心配するのをよそに、アリサは次のテストに意気込むのであった。

 



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第七十九話 終わりの一日

 ――危険です! 今すぐ……今すぐこの町から――

 

 リビングでくつろいでいると、念話が聞こえた気がした。

 聞いたことのない声。誰なのか判断する前に、まるで気のせいと言わんばかりにすぐに念話は途切れる。

 周りを見渡しても、いるのは同じようにくつろいでいるシュテルとレヴィだけ。王様はテレビ画面に向かって怒声を飛ばしている。

 

「どうかしたのですか」

 

 その様子に何かの心配を感じたのか、シュテルがそう問いかけてくる。

 俺は気のせいだと断定し、なんでもないと一言告げるだけにした。

 

 

 

 

 はやての家に遊びに行く。

 あんまり気が進まないのはいつもの事。だが、今日に限ってはシグナムと祝福の風がいないらしく、精神的に楽である。

 ちなみに、そのことは昨日買い物先で出会ったシャマル先生から聞いた。だからこそ行くのであるが。

 

「はやてー、いるー?」

 

 インターフォンを鳴らして、声をかける。

 しばらくじっとしていると、玄関の方のカギを開ける音がする。おそらく入っていいという事だろう。

 

「お邪魔します」

「おう、ゆっくりしてけ」

 

 出迎えたのはヴィータ。珍しいと思っていると、それに気づいたヴィータがどこかもの寂しそうな顔をして答えた。

 

「はやては今いないぞ」

「そのようだけど……何かあった?」

「なんでもない。りゅうは知らないほうがいいかもしれないしな」

 

 そんな風に言われてしまっては何も口を出すことが出来ない。余計なことにつっこんだばかりに起こった出来事も、少なくはないのだから。

 

 結局その後は気にせずに過ごすことにした。

 その日のうちに戻ってこないはやてに首をかしげながら。

 

 

 

 

 帰ってこないはやての代わりにご飯を作っていたら遅くなってしまった。シャマル先生を厨房に入れないのが一番疲れたという事実もあるし。

 ドアに手をかける。しかし、ガチャガチャと鍵が閉まっている事実を告げるだけで、その扉が開くことは無い。

 鍵は閉めて出て行かなかったはず。少しの疑問に襲われるが、防犯できちんと閉めたのだとあたりをつけ、一応持っていた鍵で扉を開ける。

 

「ただいまー」

 

 返事はない。家の中が暗い。人の気配がしない。

 鍵をかけてどこに行ったのだろう。アリシアなら知っていると考え、ソファに置きっぱなしのはずのアリシアを探す。

 ソファの上には変わりなくアリシアがあった。しかし、どこか様子がおかしい世にも思えた。

 

「アリシア?」

 

 声をかけるも返事が無い。無視をしているのかと勘繰るが、それにしてもおかしい。アリシアはそんなことをするような奴じゃないし、嫌なことがあれば含みを持たせつつ非難の言葉を出すはずだから。

 

「……スリープモードか? あるかわかんないけど」

 

 なんて冗談を言ってみる。

 しかし、一人きりの家、謎の機能停止、こうでもないとやっていられない。

 しばらくアリシアをぺちぺち叩いていると、機能停止から復活したのか薄く念話が届いた。

 

「おーい、アリシア」

『…………た…』

「うん? もうちょっとわかりやすく頼む」

『み……どこ………ちゃった』

 

 聞き取りづらい状況が続く。

 念話のサーチがずれているのかと思い、改めて直してみる。ずれているとは言っても、ラジオじゃないのでこっちから念話をかけるだけだが。

 

「アリシア、おーい」

『みんながどこかにいっちゃった!』

「えっ!?」

 

 アリシアのいつもじゃ考えられない切羽詰まったような声。その焦り方は、いつしかのアリシア母と争った時の様子に似ていたようにも思う。

 

『みんな、でていっちゃった。我らにはやらなければならない事があると言って……』

 

 やることがある。

 その言葉で思い出すのは彼女たちがマテリアルという構成体であり、砕けえぬ闇の復活のための存在だったこと。

 あれから時も過ぎた。彼女たちに幸せでなくとも普通の生活を送らせていたと自負できる。だが、そんなことをお構いなしに砕けえぬ闇は復活を求めているというのか。

 

『わたしの機能を一時的に止めた後、そのままさよならって……』

「くっ」

『お兄ちゃん……』

 

 アリシアが言った通り止めるべきなのだろう。もうお前たちは自由なのだと伝えるべきなのだろう。たとえ、それが勝手な思い込みだとしても。

 もちろん、それは自己満足に過ぎない。だけどこのまま放っておくのは間違いなく不味いことになる。

 

『もしかして、怖いの?』

 

 逡巡していると、アリシアが優しく語りかけてくれる。

 闘いの恐怖、人に頼られない不信、そして足りない力。それらすべて分かっているかのようなアリシアの一言。

 

「……まだ、怖い」

 

 口から出た言葉もまた、正直な本心だった。

 逸る気持ちが空回りし、アリシアとの間に何とも言えない空気が漂う。

 その空気を破ったのはアリシアだった。

 

『いいんじゃないかな、放っておくのも』

 

 見捨てるような一言だが、その声の質から失望は見られない。

 

「どういうこと……?」

『いままでは逃げられないような状況だった。でも、今回は違う。すでに管理局は行動を始めているらしい。放っておけば管理局の人たちが否応に無く止めてくれる』

「管理局が動いてる……」

『今回動けば、それはもう自分から介入したことになってしまうんだよ』

 

 前回シュテルがいなくなった状況とは違う。あの時ははっきりとした危険は感じられなかったし、行った行動も追っかけただけともいえる。

 しかし今回は管理局も動き、危険なことをしているのだという事は火を見るよりも明らか。こんな状況で介入を選択するのは、自分から巻き込まれに行ったという事実が浮き彫りになってしまう。

 

「……」

 

 行かない……行きたくないという気持ちが大きく膨れ上がる。

 その選択をしても誰も恨まないという。ならば、選ぶまでもないのではないか。

 

「……なあ、前に俺は変わったって言ったっけ」

『うん』

「それが、この選択か」

『変わらないってことも、悪い事じゃないんだよ』

 

 慈しむような声。俺はその日、これ以上外に出ることなく一日を終えた。

 

 

 

 

 終わりとはいったい何なのだろうか。

 アリシアの母の事も終わったと言い難い話だし、闇の書なんかはいまだに残留している。シュテル達など、いままさに動いている。

 結局、俺が関わった事件は何も解決などしていなかった。

 

「逃げて……なぁ」

 

 一日明け、昨日聞こえてきた謎の念話。この町から逃げて、だったか。

 もしかしてあれはこのことを指していたのではないだろうか。シュテル達が動き、そうして管理局が動く。

 

『管理局はまだ本格的には動いてないみたい。というのも、なのはやフェイトがこの世界にいなかったからなんだけど』

 

 そうアリシアは教えてくれた。

 昨日動いていなかったとしても、今日動かない保証はない。さっさとこの町から出るのが正解なのかもしれない。

 

「シュテル……」

 

 逃げてしまえば二度と捕まえることは叶わないのかもしれない。

 何の前置きもなく、シュテルがよく猫に好かれていたことを思い出す。

 猫は逃げればもう捕まらない、なかなか近いものだ。

 

「どうせ予定はない……なら、事件が終わるまでの間どこか行くか」

『お兄ちゃんがそうするのなら、反論はしないよ』

 

 心なしかアリシアの声も明るくない。

 どういう状況にあるのか分からないが、逃げることはシュテル達を見捨てると同様。それを感じているからかもしれない。

 

「なんだか決心がつかないな……」

『でも、お兄ちゃんは逃げることを選んだんだよね』

「そうだけど……」

『それでいいんだよ。お兄ちゃんはヘタレなところがあるからお兄ちゃんなんでしょ』

「全く嬉しくない言葉をありがと」

 

 こんな口ぶりでも、アリシアは俺を励ましてくれているのだろう。

 背中を押してくれるやつもいる。こんなところでうじうじせずに、俺は逃げへの一歩を踏み出した――

 

 

「久しぶり」

 

 

 ――そいつを見るまでは。

 



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第八十話 現れたのは

 前世、という物を思い出した。

 といっても、語ることは多くは存在しない。いや、語りたくないと言った方が正しいか。

 ただ、他の人と俺の人生とでは大きくかけ離れているところがあった。

 

 母の声。「あんたなんて生むんじゃなかった」

 父の声。「お前はできそこないだ」

 先生の声。「もっとみんなと仲良くできないのか」

 クラスメイトの声。「あいつには近づかないでおこうぜ」

 

 誰一人としていなかった理解者。それは今の人生とは大きくかけ離れている物だった。

 唯一、必要以上にかまわれない分、勉強に力を入れることは出来た。それでも、親は劣等生だと糾弾し、誰からも認めてもらえることは無かった。

 

 しかし、そんな人生でも救われることがあった。入社した会社。そこの同僚。ようやく俺は自分を理解してくれ、かつ理解することが出来る相手を見つけた。

 

 その矢先だった。事故を起こして死んでしまったのは。

 事故を起こしたのは俺ではなく、その同僚。飛び出してきた子どもにぶつからないよう、すぐさまブレーキを踏んでハンドルを切る。

 それだけのことで、車は壁にぶつかり俺は死んでしまうことになった。

 

 

 だが、目の前にいるのはなんだ。死んだはずではなかったのか。

 なあ、前世の俺よ。

 

 

 

 

 ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、シグナムの四人が上空に集まっている。どこか焦っている様子であるが、見つめる先は皆等しく同じ。

 アースラからの命令により、四人は散らばった闇の欠片の駆逐と共に、どこかへ去った砕けえぬ闇の捜索を目的としている。

 別件で進んでいるある事が頭にしこりを残すが、四人は戦場という場に立ちそれを感じさせないような立ち振る舞いをする。

 

「リインフォースとの共闘もここまでとなろう」

「分かっている。せめて戦場の中でなく、見守られながら逝くことを彼女も求めているだろう」

「だから、そのために頑張りましょう」

「ああ、出てくる奴は全員ブチのめすだけだ」

 

 話す内容は決して明るくない。

 それがより一層、四人には力を与える原因ともなるが。

 

「まあ何でもいいや」

「今はこちらを見続けるわけにはいかないですし……」

「そうだな。……早く終わらせるぞ」

「分かっている。我ら、夜天の守護騎士の名に懸けて、主はやてのために」

 

 そうして動き出す、夜天の騎士は帰りを待つ主の姿を思い描いて。

 

 

 

 

 前世の自分と出会い、気がつけば太陽は沈み、周りは闇に覆われていた。

 何も会話をし続けていたわけではない。むしろ、結局アイツは少し言葉を吐いただけで、すぐに消えるようにどこかへ行ってしまった。

 追いかける気にはなれない。あれを追いかけてしまえば、きっと俺の弱さはすぐに露呈してしまうだろう。

 

『どうするの、これから先』

 

 目の前の奴は語った。俺はお前の闇の欠片だと、お前の現身だと。俺の言葉は本物だ。今のお前のように偽ることは無いと。

 変わったと最初に言われたのは誰だったか。アリシアが言って、俺も同調したのだったか。

 

「もう一度聞くけど、俺は変わったのかな」

『うん。何度だっていうよ、お兄ちゃんは変わった』

「変わらないこともあって、変わることもあるか……」

 

 天を仰ぐ。夕闇は俺を受け入れるように黒に染まっている。

 ふと、念話が届いた気がした。

 

(ありがとうございました。そして――さようなら)

 

 何時も通り静かで、何時もとは違いどこか熱さを感じさせるその声。信念を貫き通したのだと、親心でないにしても少しの感慨を覚える。

 それと同時、虚空が胸に去来した様な気がした。

 

「くっ、はは……」

『どうしたのお兄ちゃん?』

「いや、また一つ逃げられない理由が一つできてしまったのだと思って」

 

 アリシアに悟られないよう、魔力感知をするサーチを飛ばす。アリシアに頼んで作ってもらったものなので信頼は厚い。

 そのサーチは紫の魔力光を捉えることが出来ず、そのまま役目を終えた。

 

 

 

 

 時はほぼ同時間。離れたところで、二人はかちあっていた。

 その二人はヴィータと闇の欠片である龍一。

 

「お前……りゅうか?」

「りゅう? 何を言っているのか分からないな」

 

 目の前の男を訝しげに見るヴィータ。龍一だと思いはしたが、それはあくまで一目見た時の印象であり、実際には顔つきは全然違い、身長も大人のサイズであり、大きく異なった人物像だった。

 彼が闇の欠片であるという事実以前に、それが余計にヴィータの警戒心を増幅させる。

 

(くそっ、なんなんだ一体……)

 

 脳裏の警告が鳴りやまない。あのりゅうだとしても手加減をするつもりだってない。

 しかしなぜだろう、このりゅうからは自分と同じにおいがするのだ。

 

「なあヴィータ、辛い過去ってどうすれば忘れ去ることが出来るんだ」

「……」

「俺は思うんだ、辛い過去なんて一生忘れられないって。ずっと付きまとってくるものだと」

 

 語る内容は、あのヘタレでビビリでなのはたちという友達がいる張本人とは思えない。

 それでも今の姿が本物の彼だとしか思えないのだ。

 

「さらに聞くけど、その辛い過去をどうしても思い出したくないんならどうする」

「何が言いたいんだ」

「やっぱり逃げるしかないよな、その辛い過去から」

 

 意味が分からない。もったいぶったような言葉を止めることは叶わない。

 そもそも、こんなところで油を売っているわけにはいかないのだ。自分たちには使命がある。

 ヴィータはグラーフアイゼンの柄を強く握る。そしてそのまま思いきり振りかぶった。

 

「邪魔だぁあああああああああああ!!」

「そして逃げ切れないのなら……」

 

 偽物とアイゼンの間にプロテクションが張られる。

 もちろんそんなことで怯むわけじゃない。押し切ろうとさらに強い力で押し込む。

 

「俺はどうすればいいんだろうな」

 

 何とも言えない表情が映る。悲しんでいるような、怒っているような、困惑しているような。

 だが、そんなことは関係なく戦いは始まる。

 目の前のプロテクションが光る。嫌な予感が脳髄を駆け巡り、すぐさま攻撃を中断して離脱した。

 

「人は変われない! なあ、アリシア!」

『そうだね。フォトンバースト!』

 

 予感は外れることなく、目の前が光に包まれ爆発をする。前に戦った時と違う、本気の威力。

 既に距離をおいていたヴィータには爆風の余波が来るだけ。相手は表情を崩すことなくこちらを見据えてきた。

 

「ったく、デバイスまで闇の欠片かよ」

 

 アリシアなんて言うデバイスは聞いたことないが、デバイスなのに個々の判断で魔法を扱えるその能力はなめてかかれるものじゃない。

 正面からやりあうとなると二対一を覚悟しなければならない。

 

「だが、元がりゅうならばたいしたことは無いはず」

 

 前負けを認めたのはあくまでも本気のバトルじゃないから。そして少なくとも普段は優位を取られるはずもない相手にとられ、悩みがはっきりと表に出てしまったことを自覚させられたから。

 今回はそんなことは無い。むしろ自由に戦える。

 

「全力でたたいてやるからな――!」

 

 カードリッジを装着してブーストをかける。

 こんなところで時間を使うわけにはいかない。もうシステムU-Dはいつ動くかもわからない状況だ。しかも、時間を与えることはそのままこちらの不利に繋がる。

 

「一発で決めてやる……!」

「……」

 

 冷たい目で見つめてくるりゅうの偽物。

 何時もの瞳とは大きく違い、そこには暗い表情が色濃く出ていた。

 

(……もしかしたら、あたしたちと同じだったのかもしれないな)

 

 同情はしても手加減はしない。いくら向こうに理由があったとしても、こっちの都合に関係は無い。

 ヴィータはグラーフアイゼンを全力で振りかぶり、闇の欠片に向けて正面から突撃をした――

 

 

 

 

 あらかた闇の欠片を片づけ、四人の騎士は一か所に集まって報告をしあう。

 その中で一人、何かを考え込むように難しい顔をしている者がいた。

 

「どうした、ヴィータ」

 

 代表としてシグナムが声をかける。

 ヴィータは一瞬だけちらりとシグナムを見た後、揺れる瞳を隠しシグナムに問いた。

 

「なあシグナム、あたしたちは過去から進んでいるんだよな」

「……当たり前だ。我らは我が主に未来を貰ったのだから」

 

 聞いてきた理由など気にしないかのように即断する。その姿には迷いなど微塵も見受けられず、ヴィータはなぜだか笑いが込み上げてしまった。

 不思議がるシグナムに、なんでもないと首を振って答える。

 

 ――逃走も反逆も許されない。自分一人では何もできないなら、誰かに助けてもらうしかないだろ。なあヴィータ、お前は俺とは違うだろ――

 

 それが、彼がグラーフアイゼンの下に敗れ、最後に消えながら遺した言葉だった。

 



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第八十一話 定められた決戦

「なあアリシア、この状況の元凶は誰だ」

『待って、管理局のデータを探ってみる』

 

 家の前から家の中に戻る。

 もはや逃げることなんて頭になかった。あの闇の欠片は俺の闇の一部。

 何故ピンポイントで俺が俺に会いに来たのか。そして、あいつは攻撃を仕掛けることなく、俺に言葉をかけたのか。

 

(考えてみればおかしいことだらけだ)

 

 俺がこうしてこの世界に来たこと、そして昨日の念話。更に前世の俺の闇の欠片。全部俺がどういう人物か知ってなければおかしいことだ。

 シュテル達は砕けえぬ闇を復活させると言った。そして、その目的は使命だと。

 それとは別に、俺もこの件に関わってしまっているのかもしれない。転生を繰り返す、闇の書の呪縛に。

 

『……システムU-D』

「システム……?」

『砕けえぬ闇と呼ばれていたシステムの実態。幼い少女の外見をしており、その力はあのナハトヴァールすらも超えるという』

 

 あのナハトヴァールを超える……ピンとこない比べ方に少しの困惑を見せる。

 

『フェイト達が束になってかかってもつらい苦戦を強いられる……いや、それでも厳しいかもしれない相手だよ』

「そんなに強いのか?」

『うん。冗談なんて言ってないよ。出現した直後に近くにいたマテリアルを停止状態に追い込み、八神はやてとリインフォース、二人の力をもってしても傷すらもつけられなかったらしい』

「……」

 

 いつもなら、そんな相手に会おうなんて思わない。だけど、今回の相手は今まで以上に覚悟を決めるだけだった。

 それほどの力を持っているのなら、もしかしてという思いがよぎる。

 

「システムU-Dはどうしてる」

『海鳴市上空にて力の出力を上げてるらしい。行動開始はいまから夜明けの数時間前』

「……勝算は」

『私たちじゃ多分無理。きっとジュエルシードを使っても押し切ることは難しいと思う。だけど、今アースラでは専用のカードリッジを開発しているらしい。開発完了の目途は三時間後』

「そっか……動くぞアリシア」

『うん!』

 

 何故か力が漲る。すぐさま表に出て空に向かって旅立つ。空戦は初めてだが、飛ぶことは存分に練習したはずだった。

 スピードも上々。数分と経たずに俺はそのシステムU-Dと呼ばれる相手の前に立った。

 

「システムU-Dか」

「……誰」

「その声……やっぱり。忠告をかけてきたのはお前だったのか」

 

 一つ目の予想が当たる。

 俺がこの世界でたびたび聞いた、聞いたことが無い声。誰の念話でもなかったし、俺も特に気に留めるようなことはしなかった。

 

「来ちゃったんですか……逃げてくださいと、言ったはずでしたのに」

「お前には聞きたいことがある。俺がこの世界に来てしまったこと、何か知ってるよな」

「……貴方は、闇の書の転生に巻き込まれし者」

「闇の書の転生に巻き込まれし者?」

「それは……うあっ!」

 

 意味深な言葉と同時、頭を押さえて俯く。

 システムU-Dは暴走していると聞いた。もしかすると、今こうして話していられるのは奇跡なのかもしれない。

 

「うぐっ、逃げるなら今のうちです。いえ、逃げてください」

 

 親切にもU-Dは理性を保った声で注意を促してくる。

 もちろん、それは脅しでもなんでもないのだろう。証拠に、彼女からあふれ出る魔力は俺を確実に殺そうと漂い始めているから。

 それでも俺は、首を横に振った。

 

「これ以上逃げるわけにはいかない」

「……なぜ」

「なぜって、そりゃ……」

 

 ふと、後ろに広がる景色を一望する。

 この高度だと自分の家も小さく見えるし、学校や、友達の家も見える。

 守りたい、いや、守らなければいけないものが後ろにたくさんある。

 

「みんなの帰る場所はきちんと守ってやらなきゃ」

 

 それは言い訳。何か理由が無ければ動かないのはいつもの俺と同じだった。

 自分の存在価値。本来ここにいるはずのない俺と言う存在。

 こんな世界に入りたくは無かった。だけど、入ったからこそ得られたものも多かった。

 

「最後の警告をします……逃げてください」

「くどい」

 

 結界は張った。アリシアもやる気がみなぎっている。そして、目の前の強大な力に対しても足が震えてない。

 いまだけの覚悟かもしれない。だけど、それでもしっかりと俺は敵の目を逸らすことなく見据えている。

 その覚悟が相手に伝わったのか、楽になるようにふっと相手の気配が変わった。

 

「戦闘モード移行――排除します」

「アリシア! 全力で行くぞ!」

『うん! ジュエルシードシステム起動!』

 

 魔力が膨れ上がるが、目の前の奴だって相当の魔力量である。勝つどころか引き分けに持っていくのもつらいだろう。

 いや、それどころか――

 

(ありがとうございました。そして――さようなら)

 

 ふと、先ほどの念話が脳裏をよぎった。

 

(そうだ、シュテルだってこうして自分の力が及ばない敵を相手にしたんだ)

 

 気を引きしめる。あくまでも魔力量そのものは負けていない。むしろ勝っていると言ってもいいだろう。

 俺たちの役目は足止め、そして少しでも相手に被害を負わせること。しっかりと心に刻みつけ、俺は相手に向かって飛び出した。

 

「アリシア! どう攻める!?」

『まずは様子を見よう。急いて攻めてもいいことは無いよ』

「分かった!」

 

 生憎、ブーストや避けることに関しては自信がある。時間をかけて悪いことは何一つとしてない。アリシアの作戦には反対する余地は無い。

 思考は無駄だ。固まった作戦を遂行しようとそのまま突撃する体制に入る。

 

「ヴェスパーリング」

 

 円状の炎を発射してくる。

 素早さは高い。だが、直線で動くそれを避けることは容易い。

 態勢を崩すことなく避けた。だが、注意勧告はすぐにやってきた。

 

『油断しないで!』

 

 一つ二つ……いや、かなりの量を放ち続けてくる。単体を避けることは簡単でも、何十個と発射されては避けることもままならない。

 耐え切れずプロテクションを張るが、接触した瞬間、まずいと思いやはりすぐにブーストをかける。

 すれすれのところで避け、過ぎ去っていく魔法を見てつぶやく。

 

「……おい、今の見たか」

『削り方がすごかった……どうやら、あれは貫通能力が非常に高いみたい』

 

 まともに受ければただでは済まない。言外にアリシアはそう語っていた。

 シュテル達はこんな奴と戦っていたのか。そう考え、アリシアの柄を強く握る。

 

『攻撃に転じる?』

「守勢だと間違いなく押し切られる」

『でも、お兄ちゃんの攻撃魔法でどうにかなると思ってるの?』

「まさか、気付いてないと思ってるのか」

 

 戦闘が始まる直前、アリシアに入っている魔法を再確認してみた。

 そこにあったのはシュテルが使っていた魔法が入っていた。シュテルだけじゃない。レヴィや、王様が使っていたと思われる魔法まで入っていたのだ。

 

『ちゃんと許可は得たよ』

「まったく……だが、この状況に置いてはすごくありがたい」

 

 目の前で再び同じ技が放たれる。

 こういう状況に応じた技だって、いまなら存在する。

 

「跪けぇ!」

『術式としては存在するけど、効果は薄いから気を付けてね!』

「分かってる!」

 

 王様のであろう、カウンター式の魔法。吸収に難はあったが、流石王様の魔法というべきか、問題なく発生してくれる。

 反撃弾となって飛んでいくバインド。効果は薄いと言ったのはおそらく相殺能力についてだろう。

 だが、それ以外の面では自分にとって得意な分野。

 そう、バインドの強度だけは。

 

「くっ……」

「アリシア、攻めるぞ!」

『うん!』

 

 アリシアをバインドで捕まっているU-Dに向ける。

 形状から発射に難ありと言ったところだが、魔力量で全てを補い無理矢理に威力を上乗せする。

 

「ディザスター・ヒート!」

 

 三連射で発射される砲撃魔法。おそらくシュテルの物だろう。これに関しては、俺に合うように少しチューニングされているように感じる。

 撃ち終わりの硬直を無視できるよう、アリシアがブーストをかける。

 接近を許すU-D。この追い討ちのチャンスを逃すほど俺も間抜けではない。

 

「電刃爆光破!」

 

 雷を爆発に変え、相手を吹き飛ばす。

 レヴィの魔法はそもそも属性があっているので非常に使いやすい。クロスレンジが多いのがたまにきずではあるが。

 煙に巻かれている相手を見る。姿はきちんと見えないが、すぐに体勢を立て直した影がどういう状況か物語っている。

 

『……やっぱりだめだね』

「そんなこと、分かっていたことだろ」

 

 こんな攻撃無駄なのかもしれないが、それでも少しだけでも傷を負わせることに意味がある。

 元々俺はこの世界に登場しえなかった人物。イレギュラーだとしても、俺は俺なりに出来ることをしたかった。

 

 それがたとえ、意味のない事であったとしても。

 

 ――なぜ? 意味がないのならやめればいいではないですか。

 

 突然の念話。

 たまにしか聞こえない、いつも俺を案じてくれたその声。

 俺は戦闘を止めることなく、その声に反応する。

 

 ――そんなことをすれば、きっと俺は今度こそ存在する意味がなくなってしまう。

 

 ――それはわたしも同じ。ずっと闇にとらわれ、今は破壊せずにはいられない。そんな衝動が我慢できずにいます。

 

 ――…………

 

 ――それは孤独を生み出してしまう。こうして何かを壊して孤独を生み出すなら、最初から孤独のままで良かった。

 

 ――俺だって、ずっと孤独だった。

 

 ――孤独? あなたはいつも光の世界にいました。それが孤独だというのですか。

 

 ――みんなが差し伸べる手に気がつかなかった。誰もが俺を認めようとしてくれていた。

 

 ――だから、今は孤独ではないと。

 

 ――ああ、そうだ。

 

 ――なら、なおさら構わないでください。私には破壊することしか残されていないのですから。

 

 ――嫌だ。俺はまだ、しなくちゃいけないことがある。

 

 ――しなくちゃいけないこと……ですか。

 

 ――俺を孤独から救ってくれた、その恩人を今度は代わりに救うっていう事が。

 

 ――――――

 

 

 攻撃が止んだ。相手の魔力が切れたわけじゃない。だけど、確実なチャンス。

 

『お兄ちゃん!』

 

 アリシアの声も遠く聞こえる。念話をしながら戦闘行動を続けていたせいか頭が痛い。気がつけば幾らか被弾をしていたりもした。時間だって、自分の知らぬ何時の間にか過ぎ去っているのだろう。そんな世界が身体に追いついていないような感覚。

 そんな状態の中だとしても、身体の動きは止まりそうにない。もはや自分で自分を制御できそうにない。

 だが、それでいい。戦闘の泥酔に任せなければ、相手の懐に潜り込む捨て身の攻撃などできはしないだろう。

 

「――エンシェント・マトリクス」

 

 そして、なぜか頭に思い浮かんだ魔法を放つ。

 いや、何故かとは違う。きっとこれは、ずっと前から覚えていた魔法。この世界に来るとき、知識となって流れてきていた。

 相手の体から槍を取出し、投げつける。その威力は申し分ないようにも見えた。

 

「孤独は、自分の中の闇。それを克服できるかは、自分次第だった」

「――この世界に生れ落ち、良かったと思いましたか」

「当たり前だろ。お前も、そう思えるようになる」

「そうですか……ありがとう……」

 

 やっぱり、初めての技は使うもんじゃない。

 槍を抜き取り、投げつけてもすぐに破壊された。それだけじゃなく、U-Dも同じように返してきた。

 

「ゆっくり休んでください」

 

 その言葉と共に、吸い込まれるようにU-Dの槍は俺の体を貫いた。

 だけど、そこに感じるのは痛みなんかではなかった。

 

「はは、なんだ……壊さずにすることもできるじゃないか」

 

 目の前がぼやけ、ひどい眠気が襲い掛かる。しかし、痛みを覚えることはない。

 遠くに見える様々な種類の魔力光を眩しく見ながら、俺は海鳴市に落ちて行った。

 



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第八十二話 無意味ではないと

7/12 1:15
すみません一話抜けていました。
八十一話の更新は今日の七時に行います。


 起きた時はなぜか豪華な部屋だった。高級そうなふかふかのベット。

 こういうのが家にある人に俺は心当たりがあった。

 

「……なんぞや」

「あ、起きた?」

 

 予想通り視界の端から出てきたのは、紫色の髪を揺らして微笑みを浮かべている少女、すずかだった。

 見知っている人物だったことでほっとするも、すぐに今の状況が分からないことに気付き、高級そうな布団をはねのける。

 

「あ、え、えっと!?」

「だめだよ龍一君。すごい怪我してたんだよ、ゆっくり療養しなきゃ」

「け、怪我?」

 

 少し前の自分の状況を思い返す。

 あ、そういえば砕けえぬ闇の攻撃によって腹に風穴が……

 

「ど、どうしたの急に。自分のお腹なんて見て」

「あ、いや、なんでもないよ」

 

 もしかしてと思い服をまくり上げてみたが、一応それらしい傷は無かった。

 まあ、あれが殺傷設定だったら俺はたぶんこの世にいないだろう。

 

「それにしても怪我……かぁ」

 

 昨夜あれほど激しい戦闘をして多くの傷をつけたのにあんまり痛みを感じないのは、いまだに感覚がマヒしているからか。かといって五体満足な感じもない。というより、下半身に感覚が無いような……

 

「えっと、麻酔が効いてるだけだから、そこまで怪我を気にしなくてもいいと思うよ」

「麻酔? 病院にいるわけでもないのに、どうやって麻酔なんて……」

「大丈夫、心配ないから」

 

 すずかはにっこりと安心を与える笑みを浮かべる。すずかがそういうのであれば、俺はそれ以上言うことは無い。

 麻酔が効いているらしい身体は休養を求めているのも事実。再び訪れる睡魔に身をゆだねるように、俺は眠りについた。

 

 

 

 

 戦艦アースラ。そこではまたしても起きた事件の解決に、久しぶりの大忙しとなっていた。

 その当事者であるマテリアル達とその盟主であるシステムU-D――名をユーリといい――四人は忙しそうに走り回る

 局員を思い思いの瞳で見つめていた。

 

「まったく、いつの時代も人間は忙しそうに走り回っておるな」

「そうだね。ボクのように心にゆとりを持たなくちゃね」

「レヴィ、貴様はゆとりではなく暇人だ」

 

 レヴィとディアーチェは暇そうに掛け合う。

 なんやかんだ合った騒動も丸く収まったからだろうか、今までとげのある喋り方も少し丸くなっているようだった。

 そんななかで冷静に見つめているシュテルは何か考え事をしており、ユーリは周りの空気に似合わないほどの暗さをまとっている。

 

「それにしても、いいのでしょうか、当事者の私たちがこうしてのんびりしているのは……」

 

 良心がとがめたのか、ユーリは呟くように口にする。

 自分のしたことを考えれば、こうして自由になっているのはあり得なく、無事でいられると思っていない。

 なによりも、ユーリはいまの罪悪感を大きく占めるものの中に、昨夜戦闘をした少年の事が気にかかっていた。

 

「あ、王様ー」

 

 そんな悩みに支配されるユーリに、自分の盟主を呼ぶ朗らかな声が聞こえてきた。

 

「王様ー、無視せんといてーな」

「ええい子鴉! 我は貴様と会話を交わすほど仲よくなった覚えはないぞ!」

 

 ディアーチェと言い合っている少女、そしてその傍らについている少女たち。ユーリはその姿に見覚えがあった。

 少年のすぐ後に現れ、瞬く間に暴走していたユーリを止めた三人。ユーリはそれに気づくとすぐに立ち上がり、頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 その言葉に動揺したのは向けられた三人だけでなく、マテリアルの三人も同じように面をくらったような表情をした。

 その中でもいち早く平静を取り戻すディアーチェ。すぐに事態の欠片を理解すると、ユーリの下げていた頭を戻すように姿勢を変えさせる。

 

「ば、馬鹿者が! 我の盟主がそう易々と頭を下げられては、我の面子も落ちてしまうではないか!」

「ディアーチェ、ダメです。私は悪いことをしてしまったんです。本来なら、こうして謝るだけでは済まないほどの事をしてしまったんです」

「ふん、あんなこと悪い事のうちに入らんわ。それに、あれは貴様が望んでしたことではあるまい」

「だとしても、薄弱の意思で導かれるように暴走してしまった……それは、許されることではありません」

 

 ディアーチェの眼光を押し返すように、語句を強める。まるで、全ての罪を受け入れるかのように。

 その一歩も引かないユーリの態度に、ディアーチェが一瞬ばかりたじろいでしまうのもおかしな話ではなかった。

 

「……やめましょう、ユーリ、ディアーチェ。ナノハ達も驚いています」

 

 今まで口を開こうとしなかったシュテルが、二人が言い争う場面を見て嘆息しながら間に入る。二人はシュテルの言い分も尤もだと考え、諌められるままに距離を離した。

 空気が和らいだのを感じ、ここでようやくなのはが会話に混ざるように口を開いた。

 

「えーっと、みんな大丈夫だったの?」

「問題ありません。再修復も終わっただけでなく、今ここに私たちは集結しました。私たちの事で、もはや憂いはありません」

「そうなの? だったらよかった」

 

 なのはは胸に手を当てて安堵の息をつく。

 だからこそ、なのはは気がつかなかった。シュテルの心配事が自分たちと範囲を狭めていることについて。

 

「すみませんがナノハ、ここから出られるのはいつになるか聞いてきていただいてもよろしいですか」

「うん、いいよ。シュテルはここから出たらやりたいことがあるの?」

「はい。行かなくてはなりません、あの人の元に」

「あの人?」

 

 なのははシュテルの言うあの人に対して首を傾げる。そんな様子のなのはに、シュテルは答えを開示するつもりはないかのように、薄く笑った。

 なのはとしてはその疑問が解けることは無かったが、シュテルの笑みを見て心から安心することが出来た。ならば、これ以上追及する理由は無い。なのはもその場は笑みを浮かべるだけにとどめておくことにしたのだった。

 だからこそ、そんな様子の後ろでひとり呟くようにでた言葉が、二人に届かなかったのは当然の話であった。

 

「……でも、あの人は……」

 

 あるいはシュテルには届いたのかもしれない。しかし、表面上、何かが変わることは無かった。

 

 

 

 

 さてさて、現在すずかの家でお世話になっている俺だが、一つ気がかりなことがあった。

 

「アリシア、どこだろう……」

 

 墜落する場面ではしっかりと持っていたはずだった。だが、起きてみればどこにもない。

 まあ、鎌を握って離さない小学四年生とか居たら怖いなんてものではないが。

 なんて考えるよりも先に行動。たまたま様子を見に来たすずかに、それっぽいものを見なかったかと聞いてみる。

 

「龍一君が持っていたもの? うーん……あ、そういえばキーホルダーみたいなものを手にしっかりと持っていたみたい」

「みたい?」

「容態の確認はお姉ちゃんたちに見てもらってたから……お姉ちゃんに聞けば多分分かるかな」

「分かった。そ、その、ありがとう」

「うん、どういたしまして」

 

 ついでにお礼も自然な流れで言えるかと思ったが、存外照れくさくなってしまう物だった。

 

「そういえば、どうして私の庭で倒れていたの?」

「ぎくっ」

 

 当然の疑問に混乱する。

 それを聞かれることは考えていたものの、実際の出来事を説明するわけにもいかないからまだ纏まっていない。

 なんとか、言い逃れようと、視線を右往左往させながら絞り出すように答える。

 

「な、なんか突然? 意識を失ったっていうか? ええと、自分でもよく分かんないんだけど、なんでここにいるのとか全然謎だし?」

 

 グダグダな説明だという事は自分で一番よく分かる。

 いや、寧ろこれで納得すると思っている自分の考えが浅すぎる。

 ちらりと、反応を確認する。もしかすると、通じるかもという淡い期待を持って。

 

「……そっか。うん、深く思い出さなくて良いから、ゆっくり休んでね」

 

 通じた!?

 これは気を遣わせてしまったのか、相変わらずとても優しい。

 その後、剥いてもらったリンゴを口に頬張りながら、おそらく周辺にいるであろうアリシアに念話をかけてみる。

 

(おーい、アリシアー)

(……お兄ちゃん? あ、起きたんだ)

(起きたんだって……軽すぎない?)

(最後非殺傷だって分かっていたからね。魔力ダメージはすごく大きいけど、後に残るような怪我はしてないって思っていたし)

 

 そうだとしても、自分のマスターが大怪我したというのだから少しくらい心配してほしいものだ。

 

(心配もなにも、お兄ちゃんが普段するはずのないことをしたからでしょ)

 

 心でも読んだかのような正確な反論。

 確かに、昨夜の戦闘は無意味な戦いといっても過言ではないように自分でも思う。おそらく、すぐ後に魔王たちはやってきていた。そんな中、まるで前菜かのように相手する必要はなかっただろう。

 それでもああして戦ってしまったのは……多分、システムU-Dを放っておけなかったから。

 

「結局は、生死をかけた戦いを自己満足でやってしまったって事かぁ……」

 

 いくら考えても結果は変わらない。少なくとも、それだけは事実なのだと。

 



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第八十三話 予感

 さて、そんな自己嫌悪に襲われて数日後、今までゆっくり療養していた俺は寝耳に水ともいえる言葉を聞く羽目になる。

 

「明日から学校……?」

「うん」

 

 時間の感覚が忘却の彼方にいっていたので、今がゴールデンウィークだという事をすっかり忘れていた。

 とはいえ、今まで療養していたおかげもあり怪我自体はもうほとんど問題ない。そもそも、どちらかといえば魔力ダメージが問題だったので、急に明日学校と言われて行動するのに支障はない。

 支障はないが、ゴールデンウィークを楽しむことなく学校に入るという事実が俺の疲労感を高めるのは間違いなかった。

 

「というか、すずかは自由に遊べたよね。なんでわざわざ俺に付き合ってくれたの?」

「怪我人を放っておけないでしょ」

 

 さも当たり前のように言ってくるその口ぶりは、まるで聖母のように見えてくる始末だ。

 嬉しさのあまり感動に打ち震えるが、逆に考えれば俺が負担になっているという事でもある。

 しかし、それに思い当たることもすぐに勘付いたのか、笑顔を浮かべ、それを否定してくれる。

 

「元々、図書館に行く以外で外に出る用事もなかったからね。なのはちゃんは忙しそうだし、アリサちゃんもこの休日家族と過ごすみたいだから」

「そう? うん、ありがとうすずか」

 

 なのはが忙しい理由はあの事件の後始末だろう。

 そういえばシステムU-Dがどうなったか知らないな。後でアリシアに教えてもらおう。

 

 

 

 

 すずかにお礼を言って家に帰る。もちろん、言葉だけのお礼でいいわけないので、去り際に今度何かプレゼントすることを約束した。たぶん得意な料理辺りになるが。

 もちろん少しした後に、なんでそんな恥ずかしい約束をしてしまったのかと後悔したが。

 閑話休題。

 咄嗟にキーホルダーサイズに変えたらしいアリシアをもって、俺は自分の家の前に立っている。

 前こうしてずっと帰れなかった時は、家で二人の親が念仏を唱えていた。今回はそんなことないだろうと頭で思いつつも、目の前に広がる扉に何らかの予感を感じさせずにはいられない。

 つばを飲み込み、意を決して開かれざる扉を開ける。

 

(魔力反応がある)

 

 アリシアの念話が届いたのは、何の手ごたえもなくドアが開いたときと同時だった。

 鍵はかけていたはず。泥棒や強盗と言う線もあるが、アリシアの念話から魔術師がいるのは確定していいだろう。

 想像していなかった事態に焦燥に駆られるも、一つ深呼吸して落ち着こうとする。

 

(一体誰の……)

(ん……きちんと発してるわけじゃないからわかりづらい。けど、一人は間違いなく初めて感じる)

 

 初めての人物、その言葉に落ち着こうとしていた俺の鼓動は再び乱れる。

 逃げに足は向かうが、家の場所がばれてしまっている以上、足がつくのは時間の問題だろう。

 だがせめて、家に侵入している人物は確かめなければならない。

 気持ちを固め、話し声が聞こえてくるリビングのドアにそっと耳を近づけた。

 

「じゃあ、遺体でもいいから探そうよ!」

 

 レヴィの声だ。恐ろしい内容に思わず力が入りそうになるが、何とか音を鳴らすのだけは押さえることに成功する。

 

「遺体……」

「その状態であるのならば生きてはおるまい。だが、確認しないことにはそれも確実ではあるまい」

「はい……そうですね。もし生きているのであれば……」

 

 話の内容がイマイチ伝わらない。

 とりあえず、俺を探している様子なのは分かる。だが、遺体がどうとか、なんかついこの前聞いたような女の子の声が、纏まらない思考を加速させる。

 

「ばらさないと……」

 

 ば、解体(バラ)す!?

 いやいやいや! ばらすって何!? 今の漢字が間違っていたとしても、管理局にジュエルシード使っていたのをバラすとか!?

 どの道ろくなことにならない内容だ。

 俺はこっそりと、物音を立てないように気をつかいながらリビングの扉をそっと離れた。

 玄関までゆっくり歩き、ドアを開き全速力で駆け抜ける

 

 ――ところで、玄関の前に立っていたシュテルとぶつかった。

 

「あ……」

 

 どちらが漏らした声かわからない。

 お互いがその存在を視認したとき、その瞬間がすべてを決めた。

 当たった衝撃で倒れそうになる俺を、どういう態勢でなのか謎だが、腕を掴み投げ入れるように家へと戻される。

 そして無情にも外へ通じる扉はシュテルの手によって閉ざされてしまった。

 

「あの……シュテルさん……?」

「……」

 

 シュテルは感情を移さない瞳で射抜くように見るだけで何も答えない。

 そのうち、異変に気付いたのかリビングの方で慌ただしく移動する音が聞こえた。

 そう、そして完成されるのだ。檻の中の鳥のような俺が。

 

「……生きて、いたんですね」

 

 背後をとっている、見知らぬ少女がつぶやく。

 聞いたことのある声。振り向いてみれば、見知らぬと言っても、どこか見たことのある風貌。自分自身はじめて会った気がしなかった。

 

「龍一、帰りの挨拶がまだですよ」

 

 今度はシュテルの声。

 目の前の女の子に聞きたいことはあった。でも、シュテルのどこか抑え込んでいるような感じを放っておくことは出来ない。

 俺は振り向くことなく、言葉だけを口にした。

 

「……ただいま」

 

 

 

 

 

 何時ものようにゆったりとソファーに腰を据えて話し始める。もちろん、お茶の準備も忘れていない。

 お茶をすすっていると、四人も準備したお茶に手を付けてくれている。

 それを確認し、落ち着きが出てきたところを見計らい口を開く。

 

「正直、みんなと関わって生きた心地がする日はあんまりなかった」

「貴様が脆弱なのが悪い」

 

 俺がもの一番に話した言葉は、この四人にとって驚くべきことではないようだ。

 

「王様ならそう言うと思ってた」

 

 から笑いを浮かべる。これが今まで短いながら送ってきた生活だと思いだす。

 この前起こった出来事は、この生活との決別だったのだろうか。だとすれば、こうして再会したのは酷だったのかもしれない。

 

「あ、あのっ」

 

 見知らぬ少女の声。視線を向けると、今にも泣きだしそうな表情でこっちを見ている姿がある。

 

「な、何ですか?」

 

 少女の存在に既視感を覚えるものの身に覚えがなく、少しばかり身構えてしまうのもおかしくは無いはず。

 

「ごめんなさいっ!」

「へ?」

 

 突然の謝罪に、呆ける。謝られる覚えなんてない。

 切羽詰まったような雰囲気に、逆にこっちが委縮してしまう。

 視線をシュテル達に向ける。おそらく事情を知っていると踏んだからだ。

 

「龍一、彼女は謝罪をしようとしているのです」

「あ、うん。それは分かっているんだけど」

「龍一にも心当たりはあるのではないですか」

 

 心当たり。そのことで思い出すのは数日前の戦闘。俺にとっては死闘といっても過言ではなかったあの戦い。

 今思えば、あの少女の面影があるようにも感じる。

 もしそうだというのであれば、俺はあの時聞きそびれたことを再び聞いてみたい。すべてのルーツを知りたかった。

 

「あの――」

「そして、私にも龍一に謝りたいことが、一つあります」

 

 途中で遮られた。

 だが、真剣な表情のシュテルに口を出すこともできず、押される形で俺は口をつぐむことになった。

 

 しかし、シュテルの口が再び開くことはなかった。

 

「……無理はしなくてよい。どうせ、時が来る」

「時?」

 

 王様の言葉の意味は分からなかったが、シュテルが表情を隠すことになるのを見て、詮索をするのはやめた。

 そのことは、なぜか深く心に突き刺さった。

 



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第八十四話 変わること

 特に問い詰めることはせずにシュテル達と再び暮らすことになった翌日。

 学校に行く前に朝食の用意をしていると、リビングに見知らぬ人の気配がした。

 

「……おやおやぁ?」

「えっと、おはようございます」

 

 この前に死闘を演じ、昨日その事を謝ってきた張本人がそこにいた。

 のんきにあいさつされるが、俺は知らない人がいる事実に、手に持っている包丁を取り落しそうでやばい。

 そこに丁度良く、シュテルが手伝いのためか台所に入ってきてくれた。

 

「シュテル、あの子は……」

「説明いたしませんでしたか? あれは闇の書のシステムで、砕けえぬ――」

「いや、そこじゃない」

 

 その説明はアリシアから聞いた。そういう事ではなく、そのシステムがなぜこんなところに当たり前の用にいるのかという事だ。

 

「……彼女も、居場所がないのですよ」

 

 シュテルは少しだけ思案した後、問いただしたいことが理解してくれたのか、そう答えた。

 納得する内容ではなかったが、俺は諦観のまま五人目(一機と四人と言った方が正しいか)の入居者に、ため息とともに受け入れることになった。

 

 

 

 

「おはよ、龍一」

「あ、えっと……」

「なに戸惑ってるのよ!」

 

 アリサのあいさつにどもることで答える。

 久しぶりに会うと、コミュ障は友人関係でもすぐに口をつむぐようになってしまう。まさにその典型例だった。

 

「おはよう、龍一君」

「あ、おはようすずか」

「ちょっと! なんですずかのときは普通なのよ!」

 

 まあこの前お世話になりましたし。

 わざわざそんな地雷を口にすることなく、俺はあいまいな笑みを浮かべて誤魔化した。

 

 少し遅れて、魔王たちが教室に入ってきた。

 

「おはよう!」

「おはよう」

「おはよー」

 

 しばらく会わなかった三人のあいさつに、俺はついつい見知った顔にかぶせて挨拶を返した。

 

「ああ、おはよう」

『え?』

 

 その声はその場にいた五人娘全員から発することになった。

 俺自身、まるで家族のようなトーンで挨拶をしてしまったことに、冷や汗が流れる。

 どちらかといえば、先生をお母さんと呼んでしまったような心境で。

 

「ねえねえ、龍一君、今の……」

「き、気のせいですよ」

「少なくとも、わたしにはその声の質であいさつされる権利があるはずや」

(今のどこかおかしかったのかな?)

 

 フェイトだけわかっていないようだが、ほかの者は声の質がちょっとおかしかったことに気付いているようだ。

 なんとなく出てしまったのは、気が抜けていたのか、あの三人の面影を見てしまったからなのか……

 とりあえず、いつもどおりこの場は逃げることにしておいた。

 

 

 

 

 買い物を済ませて帰路につく。歩いていると、公園に二人の見知った顔があった。

 魔王とシュテル。二人はベンチに座って、どこか神妙な顔をしていた。

 話の内容が気になった俺は、二人からは見られない位置に行って、こっそりと聞き耳を立てることにした。

 

「じゃあ、アースラの戦艦でお世話にならないの?」

「ええ。呼ばれればいつでも駆けつけますから、なるべく居場所は詮索しないでほしいんです」

「うん。そのことに関しては、みんなも許してるからいいんだけど……」

「心配ですか?」

「そうだね……」

 

 話はよくわからないが、シュテルの行き先のことだろうか。

 しかし、仮にも敵にまわっていたシュテルをあっさりと離すとは思えないのだけど。

 

「大丈夫です。私たちにも時間をほしいだけですから」

「話してくれることはないの?」

「これだけは、誰にも言いたくないものですから。それに、知らないことがいいこともあります」

「うん。そこまで言うなら、もう詮索しない」

「ありがとうございます、ナノハ」

 

 こうして聞いている限りは二人の仲は良い方向なのだろう。なんとなく、自分に似ている人を好きになることは無いと思っていたのも、ただの杞憂だったということだろう。

 これ以上の聞き耳は野暮だろう。そう思ってこの場を離れようと、音を立てないよう足を動かした瞬間だった。

 

「エルトリアに行くまでは少しだけ時間がかかるみたいだから、それまでは一緒に遊ぼうよ」

「ええ、時間があれば」

「別れが来る前に、思い出をいっぱい作ろうね」

 

 何を言っているのか、最初は理解が出来なかった。

 

 断片的な情報からだが、そんな中でもきちんと理解が出来たのは、遠いところに行く、そして別れが来る。それだけだった。

 それだけだが、俺にとってひどく心に突き刺さるものへと変化していた。

 

 まわらない思考に、足が止まった。気がつけば二人はもうおらず、太陽も姿を隠していくところだった。

 

 

 

 

 家の扉を開けた。気配からして、もうみんな帰っているのだろう。買い物が遅れたのには謝らなければいけない。

 

「あ、おっそーい!」

 

 レヴィはお腹を空かしているのか、リビングのベッドに寝転んで文句を言ってくる。それに苦笑しながら、キッチンで何か料理をしようとしている王様に近づいた。

 

「なんだ、我は料理中だ。邪魔をすれば貴様の首を間違えて切ってしまうかもしれんぞ」

「……」

「……どうした。どこか様子がおかしいぞ貴様」

 

 反応を示さなかったからか、少し怪訝な表情で振り向く王様。

 それに対し、ガスの調節の所を指す。

 

「王様、それ温度高すぎ」

「なんだと!?」

 

 ハッとした表情で火の元を確認する。

 じっと火の調子を確認しながら調整を加える王様の姿に、いつも通りの安心感が胸中に渦巻いた。

 それにより、纏まらなかった思考が晴れたようにも感じた。

 

(彼女たちがこうして普段を過ごしたいなら、俺はそれに付き合うだけだよな)

 

 思えば、シュテルは俺の事を一切話さずになのはの提案を断っていた。

 いつか別れが来ることが分かりつつ共にいるという事は、その別れまでこの生活を続けていたいという事だろう。

 憶測にすぎないが、なんとなく大きく違う物でもないようにも感じてしまった。

 

「どうした、丸太棒。間抜けな面になっておるぞ」

「王様は普段よりもうちょっと優しくなってもいいと思うんだけど」

「知らんわ」

 

 火の元の調整を終え、俺が話しかける前の状態に戻る王様。

 そのスタンスに、なんとなく笑いを覚えてリビングに行こうとすると、背中に声を掛けられた。

 

「丸太棒、今日は貴様の分もある。王の馳走を食べられることに感謝しろ」

「……ありがと」

 

 それだけを交わし、ソファーに体を沈める。

 柔らかいそれに包まれながらさっきの事を心の中で反響する。

 心境は読み取れないが、王様も決して俺の事を嫌っているわけじゃないということに、感慨深さを覚えたのだった。

 



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第八十五話 転生の正体

 人が一人増えたことにより、予定していた食材の量じゃ足りなくなった。なので、買い足しにスーパーに行ったときのことだった。

 

「あ」

「龍一?」

 

 スーパーで総菜コーナーを眺めていた時、フェイトとばったり会ってしまった。そして、その横には……

 

「あれ?」

 

 レヴィの姿があった。

 

 

 

 

 買い物を終え、フェイトの少し話をしないかという提案に断ることが出来ず、公園へ来た。

 理由としては、レヴィが余計なことを言わないかの監視だったりする。けっして、逃げようとしたら後ろから全力で追ってきた姿が怖かったからではない。

 ……あれ、凄い速かっただけで全力じゃなかったような気もする。

 

「龍一、どうしたの?」

「な、なんでもない」

 

 考え事をしていたら、フェイトに顔を覗き込まれるように心配された。

 手を振って否定すると、フェイトは何に気付いたのかレヴィを前に出してきた。

 

「あ、もしかして、この子のこと?」

「え? ちが……ううん、そうだね、フェイトにそっくりだなぁ」

 

 一瞬否定の言葉が出たが、この場面では知らないふりをするのが得策だと気付き、口をつぐむ。

 レヴィもそこは分かっているのか、特に口に出してこない。

 

「ん? ボクの事?」

 

 よく見ればアイス舐めてる。あいつ、わかってるんじゃなくてアイスに夢中なだけじゃなかろうか。

 

「この子はレヴィって言って、私たちの新しい友達」

「へー、私たちって、ま……高町とかもか?」

「うん」

 

 見た目そっくりだから、兄弟姉妹と勘違いされないようにだろうか。なんだか、友達というワードを強調されたような感じがあった。

 フェイトの家事情も複雑らしいから、無理はない。かもしれない。

 

「それで、何で俺に紹介を?」

「え? うーん……龍一にも、仲よくしてほしかったからかな」

 

 なぜ俺が、と思ったが、フェイトの表情はどこか寂しそうなもの。口を出すのもはばかられ、顔を公園の木々の方に向けた。

 フェイトにも色々あった。アリシアからの又聞きだが、いわゆる一人だったからこそ、そう言う気をまわしてしまうのだろう。

 

「ねえ、仲よくしてくれる?」

 

 俺とレヴィの関係をフェイトは知らない。だが、いまここで仲良くなっておけば、今後レヴィと話していても怪しまれることは無い。

 なんて、打算的な思考をするも、首を縦に振ろうとしている理由は自分でもわかっていた。

 

「そうだな、一人は寂しいもんな」

 

 自分は変われたのかもしれない。孤独でしかいられなかった大人から、孤独を捨てた少年へと。

 

 

 

 

「そうですか。それはよかったですね」

 

 シュテルは一連の話を聞いて、ほんのわずか口元をほころばせる。

 最近は誰にでもわかるような笑顔も見せるようになって来た。それは喜ぶべきことであり、彼女たちと会ったことに対し、良い影響を受けている証でもある。

 

「こうやってみんな紹介して貰えば、外でも普通に接することが出来るかも」

「そうですね。では、レヴィから聞いた事にして、関係を作っておきましょうか」

 

 冗談で言った言葉だったが、思いのほかシュテルは本気で考えてくれているようだ。

 玄関の方で音もする。王様とあの少女が帰って来たのだろう。

 彼女らはあまり「ただいま」を言わないのでわかりやすい。あの少女は声が小さいだけだけども。

 リビングに顔を出してきた王様とあの少女を確認して、シュテルが声を掛ける。

 

「タイミングがいいですね。先ほど龍一と話していたのですが……」

「個別に接点を持っておきたい、ということか」

「流石、我が王」

「え? ディアーチェ、聞き耳立てていましたよね」

「言うでないユーリ!」

 

 どうやら、先ほどの玄関の音はあの少女、ユーリと呼ばれた子だけだったらしい。

 ここで、この間から居候となった少女の事を全く知らないことを思い出した。そもそも、直接会話したことがまだなかった。

 そう思い、俺は勇気を出して少女に声を掛けよう……と逡巡するだけ。それに気づいたのか、少女も口を開こうかどうか迷うようなそぶりを見せる。

 

「ぁ……の……」「え、あ、その……」

 

 少女の声と俺の声が重なるようにして絞り出される。この時点で気付いたが、お互い人見知りらしい。こういう場面でなければ、一生話すことのなかった人種なのかもしれない。

 その様子を見ていた他二人は、一人は気を利かせるように、もう一人は面倒そうに部屋を出て行った。

 あの二人は気も利けば頭もまわる。出て行くついでに、さっきの話の事をまとめてくるのだろう。

 

「りゅ……龍一、さん、ですよね」

「あ、はい。えと、龍一です」

「そ、そうですか……」

 

 残された二人。

 まだるっこしい会話が出る。しかし、何と話していいかわからないので、口を開くことも難しい。

 おかしいなぁ、あの夜はお互い饒舌に話せてたのに……いや、のっていただけだからか。

 そんな時、アリシアからの念話が入って来た。

 

『ねえ、戦う直前のことを聞かなくていいの?』

 

 そういえば、部屋にずっと立てかけて置いている。この状況に助け舟を出してくれたアリシアに感謝しつつ、そのことを話題に出すことにした。

 

「あ、あの時の」「あ、あの時のっ」

 

 綺麗に言葉が被ってしまった。

 再び場は沈黙に包まれる。……ことはなく、口を開きかけていた少女の声が、絞り出したような音量でようやく発せられた。

 

「ぁの……」

「な、なに?」

「名前……ユーリって、いいます……」

「ユーリ……あ、うんありがとう」

 

 もはや何にお礼を言っているのかわからない状況。だが、頑張ってつなげてくれた少女の手前、こちらもこれ以上無様なところは見せられない。

 こっちも、勇気をもって声をかけてみることにする。

 

「そそ、それで……あの夜、確か、転生に巻き込まれたって、言ってたよね?」

「そ、そうです……」

 

 申し訳なさそうな顔を浮かべる少女、ユーリ。

 この顔から察するに、やはりこの世界に流れ着いてしまったのは、何かしらの要因があってのことだと窺わさせる。

 暗い影を纏わせながら、ユーリはポツリポツリと言葉を紡いでいく。

 

「今から十一年前……闇の書は一度世界から消滅しました。だけど、闇の書は転生機能と無限再生機能を持っていました」

「それがはやての家に転生した、ってことか?」

「その際に、イレギュラーが起こりました」

「イレギュラー?」

「闇の書が次の転生先を探すときに、全く同じタイミング、あなたの情報が紛れ込んだんです」

「情報……?」

 

 ピンとこない説明。

 疑問符を浮かべると、ユーリは少しだけ言葉を止めて、再び説明を続ける。

 

「魂、といえばいいんでしょうか。それが、闇の書が時空を超えるうえで入ってきてしまったんです」

「た、魂!?」

 

 ユーリの説明したことは、荒唐無稽なもので、にわかには信じがたい事だ。

 だが、事実俺はこの世界に生まれ落ちたし、闇の書の情報の一部が記憶にあった説明にもなる。

 元の世界のなのはという存在が曖昧だったのに、サブであるヴォルケンリッターを覚えていたのも、もしかすれば……

 

「なぜそうなったのかは分かりません。闇の書のシステムの一部、エグザミアの無限回復機能の発動中になんらかの齟齬が生じたのか……結果として、あなたは別の世界の記憶を持ったままこの世界に生まれました」

「元の記憶って……!」

「それがどのようなものかは知る事は叶いませんでした。ですが、流れ込む情報にあなたの存在があったのは確か」

「もしかして、その時に闇の書の情報も俺に少しだけ流れた……?」

「おそらく、そのせいでシュテルもあなたの近くに生れ落ち、私達もこうして貴方の傍が一番安心するのかもしれません。ですが……」

 

 其処まで言ったのち、間を置くように口を閉ざす。そして、目の前でユーリは――深く頭を下げた。

 

「すみません! 私たちのせいで、貴方は元の世界での輪廻から離れてしまいました! それは、私達が償っても償いきれない事です!」

 

 其処まで聞いて、やっぱりすんなりと自分の中で納得することは出来なかった。

 知らない単語とか出て来たのもあるし、まだ謎は完全に解けてないのもある。輪廻転生なんて信じてすらいない。

 だけど、彼女に必死に謝る姿は、何時までも見ていたいものじゃなかった。

 

「……いいよ、俺は、許す」

「いいのですか……?」

「もう高町とかも言ったかもしれないけど、ユーリ達の意思でやった事じゃないんだろ。なら、許さない、なんておかしいじゃないか」

 

 ユーリはぽかんとした表情でこちらを見つめている。

 自分も闇の書の情報が混ざっているかもしれない。つまり、もしかしたら彼女たちとも一種の家族といえるのではないか。

 

 同じ血、ではなく同じ魔力を分けた家族として。

 

 先ほどユーリも俺のそばで安心するといっていた。

 もしかすると、俺自身も彼女たちに対して警戒を抱かなかったのはそれが理由なのかもしれない。

 家族、だから。

 

「聞きたいことは聞けた。エグザミアとか、紫天の書とか、そういう事はもう終わった。だから、すべて終わりで良いだろ?」

「……ありがとう、ございます」

 

 嫌な気分はしなかった。危険な目にあったというのに、晴れ晴れとしているくらいだった。

 湿っぽい空気を払拭するように、立ち上がりながら声を張り上げる。

 多分、こんなことも今の気分以外ではできそうにないけど。

 

「さーて、今日の夜ご飯を決めるぞ! シュテル、レヴィ、王様、ユーリ!」

 

 目の前のユーリは驚きの表情もそこそこに、目を細めて笑みを浮かべたのだった。

 



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第八十六話 表には出ない

「おはようございます!」

 

 朝起きてみれば、台所でユーリが何かしていた。

 いや、何かしていると言っても、台所で出来る事なんて数少ない。ユーリがやっているのは料理だ。

 ……フライパンから黒い煙が出ていなければ、素直に料理と認めていたんだが……

 

「ユーリさん、とりあえず火は止めよう」

「はっ、はい」

 

 後でフライパンをこすることになるだろうと思いつつ、ちらりと作っている物を見る。

 オーソドックスに目玉焼きと、ベーコン。間違いなく目玉焼きは焦げていた。

 

「あの……何か失敗しましたか?」

「ああ、うん……」

 

 悪意の無い瞳。これが王様ならわざとの可能性もあったが、ユーリの純粋な瞳にはそういったものは見えない。

 怒るのも筋違いな事を考えると、諭すのが一番だろう。

 

「ユーリさん、慣れないことをするときは、誰かできる人をそばにつけておいた方がいいよ」

「はい……そ、それと……」

「?」

「その、さん付けは、やめてもらえないでしょうか?」

 

 恐る恐ると言った風。昨日打ち解けたと言っても、ユーリとはまだあって数日も無い。お互い人見知りなので、探り探りになるのも当然だろう。

 そう考えるも、素直に頷くか困り果てていた。呼び捨ては結構恥ずかしいものだからだ。

 

『何を今更言ってるの? アリサとかフェイトとか最初から呼び捨てだったでしょ』

 

 アリシアの要らない援護。あれは特例だ。

 

「ふん、我が盟友が呼べと言っているのだぞ。それを無下にすることは、我が許さん」

 

 と、そこで王様がいつの間にか後ろに立っていた。何を話していたか分かっているようなので、ずっと前から其処に居たのだろう。

 しかし、ちょうどいい。王様の反応も怖かったので、許可を得られたのなら呼び捨てでもいいのかもしれない。

 

「じゃ、じゃあ……ユーリ?」

「は、はい!」

 

 改めて呼ぶ名は、なんだか恥ずかしかった。

 

 

 

 

 そして学校。なんだか、何時もの日常に戻った感じがする。

 

「おはよう」

「お、おはよう」

 

 少しどもったものの、問題なく挨拶もできた。さすがに連日顔を合わせているので、慣れてきたようだ。

 しかし、そんな俺に不満顔で見つめる人が一人。

 

「……もうあのトーンで挨拶せんの?」

「な、んんおこと?」

「噛みすぎやろ!」

 

 図星を突かれたかのように動揺してしまったが、一つ咳払いをして、自分の席を立ちあがる。

 そして出口に目星をつけ、何食わぬ顔でそこに向かう。

 ――ところで、当然のように邪魔が入った。

 

「悪いわね、あたし、気になることは追及するたちなの」

「アリサ!」

「な、なによ」

「大丈夫、俺は何もおかしいことは無い」

「そう言う事を言う時点でおかしいのよ!」

 

 腕を捕まえられ逃げられなくなる。しぶしぶ、自分の席に戻る事にする。

 ……だが、これもすべては計算通り。席に着き、追及されるというタイミングで、丁度良くチャイムが鳴った。

 

「チャイムが鳴ったよ、席に着かなきゃ」

「そうだけど……」

「なるほど、狙ってたんやな」

 

 はやての言葉には素知らぬ顔で返す。アリサも何かを言いたそうにしていたが、諦観の息を吐き、大人しく席に着いた。

 

 今日もいつもの一日が始まる。

 

 

 

 

「このままでいいのではないか」

「それは……」

 

 倉本家。そこではシュテルとディアーチェ、さらにユーリが集っていた。もちろん、それはおかしい事ではないのだが、一つ違和感があるとするならば、その場の空気だろうか。

 各々の表情は基本的に何時も通りではあるが、どこか重苦しい雰囲気が漂っていた。

 

「エグザミアの永久回路を使えば……」

「ふん、やつは穴が開いた風船みたいなものだ。いくら永久回路を使ったところで、その分だけ魔力が抜けていく。奴だけで循環しなければ意味が無い」

「そう、ですよね」

 

 ユーリの提案も、ディアーチェの言葉によって防がれてしまう。

 そして、それからまた、誰も口を開くことが無くなり沈黙がこの場を包む。

 

『……それって誰の事?』

 

 そんな中、三人でない声がどこから聞こえて来た。

 

「アリシアさん……」

『もしかして私の事忘れてた? えー、ひどーい』

「たかがデバイスが何の用だ」

『たかがって酷いね。まあいいや。三人が話しているのは、祝福の風の事でしょ』

「ええ、そうですけど……」

 

 確認するようなアリシアの声に、シュテルは肯定で返す。

 このデバイスの事を良く知らないディアーチェは、デバイスごときが何を気にしているか掴むことが出来ない。それゆえ、少し苛立ちが混ざったように鋭い視線を向けた。

 

「祝福の風はもう治らん。それは貴様でもわかっているだろう」

『治すのは、確かに無理だね。修復してしまったらまたナハトヴァールが復活しちゃう』

「ふん」

 

 それみたことか、とでも言うようにディアーチェは鼻を鳴らす。

 しかし、まだ続きがあるのか、アリシアはまだ口を出すことをやめようとする様子は無い。

 

「……なにか、方法があるんですか?」

『そうだね。でも、一つだけ、約束して――』

 

 

 

 エグザミアの永久回路。そして、一般的には無きものとして扱われているジュエルシード。そのどちらもが、この世に存在してはいけないほどの力が秘められているロストロギア。

 使い方では人を殺す毒になる。しかし、それは使い方次第ではどんな病にも効く万能薬になる。

 

 

 

 その日の夕方、シュークリームを買いに翠屋に行ったが、高町たちとばったりとあってしまい、なんだかんだでつき合わされた龍一がヘロヘロになりながら帰ってきた。

 

「ただいまー……」

 

 鍵は開いている。家にシュテル達が居るのかと思い、何の警戒も無く扉を開ける。

 そして、そこでバッタリと会ってしまう。そう、おそらく彼にとってこの世で最も恐ろしい人物と。

 

「お前は……」

「げっ、祝福の風!?」

 

 余りの驚きに、逃げる事も出来ず後ずさるだけ。

 相変わらず眼の眼光は鋭く、まるでこちらを射殺そうとするかのような感じさえ受ける。

 しかし、その後ろでユーリがひょっこり顔を覗かせてきた。

 

「リインフォースさん、経過に何かおかしなことがあれば、また教えてください」

「はい、もしこれでどうしようもなかったとしても、私は一生懸命になってくれた恩を忘れませんから」

「も、もう、そう言う事言うのは止めて下さい」

 

 自分相手では絶対に出さないような、柔らかい声色。優しそうな笑みを浮かべユーリに応対する姿は、一種の親近感さえ覚えるほどだった。

 

(そういえば、一応同じ書に存在していたんだっけ)

 

 なんだかんだと通じるところもあるのだろうと、一人納得する。

 とりあえず、いつまでも祝福の風の前に居るのは寿命が縮まる思いなので、急いでその場を離脱しようと家の中に入る。

 

「待て」

 

 予想通りではあるが、祝福の風に止められてしまう。

 腕を掴まれ、逃げる事が許されない状況。恐る恐る顔を向けると、怒気の気配は見受けられないが、訝しむような視線を向けていた。

 

「貴様はそれでいいのか」

「は、はい?」

「貴様自身気付いているのだろう、彼女たちが、普通の存在では無い事を」

 

 当たり前だろ、と口に出そうとした瞬間、気付く。

 

 そういえば、祝福の風にも魔法が使えるという事は知られてなかったか。

 

 だったら、出来る対応は限られてくる。肯定も、否定もしてはいけない。俺は魔法の事を知らなかった設定で行かなくてはならないからだ。

 

「ふ、普通の存在ではない? どういうこと?」

「……ならば、いい」

 

 この返答で満足したとは思えないが、これで許してくれるらしい。掴んでいた手を離され、逃げるように俺はその場を離れる。

 

 リビングに移動すると、そこにはシュテルと王様が少し疲労がうかがえる表情でソファに座っていた。

 

「な、なにかあったのか?」

「ええ、まあ」

「丸太棒には関係ない」

 

 王様は相変わらず辛辣だが、シュテルの様子を見る限り、聞かなくても良い事なのだろう。

 そんな二人を見て、なんとなく今日は精のつく食べ物でも作ってあげようと、そう考えたのだった。

 

 

「ただいまー!」

「あ、レヴィ……すみません」

「えっ、どうして謝るのさ?」

 

 丁度同じくして帰ってきたレヴィに、龍一を除いた三人が微妙な表情をしたのはよく分からなかったが。

 



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第八十七話 参観の乱

「参観日という物に行ってみようと思うのですが」

「ぶーっ!!」

 

 平和に日々を過ごしていたところで、突然のシュテルの告白に呑んでいたお茶を吹き出す。

 なんとかコップに向けて出して被害は抑えたものの、シュテルの真意が読めず困惑する。いや、今までシュテルの真意が読めたことは少ないのだが。この子ポーカーフェイスだし。

 とにかく、シュテルがなぜ突然その行動に行き当たったのか、対話を試みる事にする。

 

「な、何でそう思ったの? ていうか、どうして参観日がある事を知っているの?」

 

 親に渡す系統の物は、重要な物ならば保護者代わりの親戚に渡しているが、それ以外のお知らせなどは自分で見て勝手に捨てている。

 ゴミ箱を漁らない限り、そう言う情報を仕入れてくるのは難しい筈。

 

「ナノハたちから情報を頂いてきました」

「だよねぇ……」

 

 ……普通に考えたら、そうだろう。

 いや、決して友人伝手とかされたことないから、発想として思い浮かばなかったわけじゃないぞ。

 とりあえず今は頭を切り替えて、今度はどうしてそう考えたのか問いただすことにする。

 

「で、どうして参観しようと思ったの」

「あ、その、それは私が行きたいって言ったんです!」

「ユーリが?」

「はい……龍一達が行っているガッコウというものが、楽しそうだなって」

 

 そう言って顔を伏せるユーリ。そんな反応をされると、まるでこっちが悪い事をしたかのように感じてしまう。

 しかし、実質ずっと缶詰状態にするつもりは無い。何時別れると知れない身、なるべくなら、望むことはなるべくかなえさせてあげたい。

 

「……参観日、来ても良いぞ」

「本当ですか?」

「ただし、条件がある――」

 

 自分の希望と向こうの希望。その両方が叶えられるような案を、俺はユーリに伝える事にする。

 きっと、それは叶うだろうという確信もあって。

 

 

 

 

 

 参観日の日になった。

 クラスメイトの親が狭い教室に集まっているのを見る。うちの親がもしいたら、こんな中でも目立つことをするかもしれない可能性を考えたら少しばかり身震いがした。

 さて、本題であるシュテルだが、まだ来ていないようだ。

 それは高町たちも同じなのか、心なしかそわそわしているように見える。

 

「なあ龍一、龍一は親が来るんか?」

「は、ひっ!?」

 

 突然声を掛けられて変な声が出る。

 声を掛けてきた張本人でもあるはやては、いつものことかと納得をしたのち、再び口を開いた。

 

「龍一、親は?」

「今回も来ないよ。なかなか帰ってこられる仕事じゃないみたいだし……」

 

 そういえば、二人が何の仕事をしているのか詳しくは知らない。なんでも、貿易会社とかなんとか聞いてはいるが、あんまり関係ないと記憶に入れてはいなかった。

 まあ、この町に住んでいる限りは遠い出来事よりも周辺の出来事に目を向けていた方が良いと思うが。

 

「私の方はなぁ、シャマル達が来てくれるんや」

 

 笑顔を浮かべてそんなことを言うはやて。

 ……もしかしてそれを伝えたかっただけなのか。特別嫉妬のようなものはわかないが、なんとなく癪に触ったことは認める。

 

「そういえば、他の四人はどうなの?」

「んー? フェイトちゃんはお母さんが来るって言うてたな。三人は都合がつかんて言うて、来ないらしいで」

「へー、フェイトの母ね」

「嬉しそうに言っとったで」

 

 そういえば、なんかアースラの艦長が母親だとか聞いたっけ。あんまり会いたくはないなぁ……

 

「あと、実はな……」

「はやて、そろそろ時間だぞ」

「ん? ほんまや、ま、後のお楽しみやな」

 

 ちょっと口に含みに持たせながら着席するはやて。

 あの様子なら、心配はなさそうだ。

 

 そう、実はあの三人にだした条件は、許可をとるならこの三人にしてほしいということである。

 当たり前だが、自分とのラインはつなげておかないに過ぎないのだ。

 

 さて、そうこう言っている内に授業が始まる一分前くらいになった。

 お嬢様学校だからなのか、参観日だからなのか、この時間にはもう殆どの人が席について待機している。

 そんな静かになっていくなか、廊下の方から聞いた事のある声が聞こえて来た。

 

 がらっ、扉を開ける音が教室に広がる。

 

「へー、ここが学校なんだね」

「無知を晒すな。馬鹿者」

 

 レヴィと王様の声、少しだけ内心を喜色に染め、ちらりと後ろを振り返る。

 

「……」

「あっ」

 

 目があったシュテルとユーリが、ぺこりと頭を下げる。

 ……いや、そうじゃない。なんかシュテル達、正確にはユーリ以外いつもと違う。

 いつもと違う、ではない。

 何故か身体が大人になっていた。

 

「ぇっ」

 

 と、理解が追い付いてきた段階で驚愕の声が喉から出そうになる。

 それと同時、予鈴が鳴った。

 これですぐに問い詰めるということは出来なくなり、ちらちらと視線を送るだけにとどまることになってしまった。

 

「はい、今日はお母さんやお父さんが来ています。だから、今日は皆で楽しめるようなことをしたいと思います」

 

 そんな先生の発言から、教室内が歓喜の声が上がる。

 いつもなら小さく文句を言う俺も、今回ばかりはありがたい申し出だった。

 班で机を固め、そこに親たちが固まってくる。

 ちなみに班は何故か同じになってしまったいつもの五人がいる。本来なら男子が混ざるところだが、クラスは女子の方が多く、くじでこの面子が窓際の後ろに固まっているという奇跡が起こっていた。

 

「みなさん、今日はありがとうございます」

 

 いつのまにか傍に立っていたシュテルがそう言って頭を下げる。

 こうして考えてみると、あの姿格好ではどことなく三人に似ているしまずいと思って、姿を変えず魔法でも使ったのかもしれない。

 魔王たちが何にも反応をしていないということは、おそらくは三人の要請なのだろう。

 

 事情を詳しく知らないであろうアリサとすずかはシュテルの言葉に首を傾げていたが、魔王とフェイトとはやては笑顔を向ける事で答えていた。

 

「あ、えっと、この子はシュテル。それで、そっちの二人がレヴィとディアーチェだよ。今はちょっと姿が違う子もいるけどね」

 

 分かってない二人に対して魔王が気をきかせて紹介をする。……ん、いや、これは俺にも向けているのか。

 姿が違うのは、今考えてみれば魔王たちに似ているからか。そう考えればユーリ以外が変化をしている理由もわかる。

 

「よろしくね」

「よろしく」

 

 すずかはにこやかに、アリサは少しぶっきらぼうな感じであいさつをする。

 この場面であいさつをしないというのも、角が立ってしまうかもしれない。追従するように俺も挨拶をする。

 

「三人ともよろしく」

 

 普通に挨拶をすることができた。……にも関わらず、なぜか不思議そうな顔で視線を集めていた。

 

「今日の龍一君、なんだかフランクだね」

 

 !?

 魔王の一言で、自分のあいさつの仕方が初対面のあいて向けでないことに気付いた。

 事前に会っていた、という設定にしてあるはず。しかしそれは今の大人状態では通用しにくい。姿が少し違う状態でシュテルたちだと断言できるほどはみんなの前で会っていることになっていないのだ。

 どうしようかとあたふたしていると、王様がどうでもいいかのようにため息をついた。その行動に視線を集めるが、王様はそれに動じずあっけらかんと言った。

 

「事前に会っていた、それだけのことに何を動じておる」

 

 それは爆弾発言です王様!

 

 口に出してそう言いたかったが、それを言ったが最後ということは自分にもわかっていた。

 すると、フェイトが思い出したかのようにパンと手を打った。

 

「そういえば、私からレヴィを紹介したんだっけ」

「そうだったっけ?」

「そうだよ、もう」

 

 レヴィはそんな設定をすっかり忘れていたようだ。

 相変わらずだな、と思うと同時に一つ作戦を思い付く。これは今の状況を打破できる数少ないチャンスだ。

 

「あ、あー、確かに、なんだか数年来の友人のように親しく感じるからな、俺も紹介の事はすっかり忘れていたよ」

「うんうん、ボクもそう思うよー」

 

 レヴィは頷きながら分かっていない風に同意する。

 まさかレヴィに空気をよむ能力があったなんて……。と感心するも、シュテルがなんかレヴィに向けて念話を送ってるっぽい姿を見て考えを改める。

 

「確かゲートボール? ってのでよくあってたよね」

 

 これ間違いなくシュテルが念話を送ってる。

 でも、今はそれがありがたかった。五人の空気も納得しているものになりつつある。

 ちなみに一緒にゲートボールをしているのは本当だ。前は正体を隠していたが、今はそんな事をする必要も無いので大々的に遊んでいる。

 

 と、空気が徐々に緩んで言った中、それは発せられた。

 

「あれ、でもそれってこの姿じゃ無かったよね。なんでレヴィだって信じたの? 確か魔法とか信じて無かったよね」

 

 !

 あ、ああああああああ! その設定すっかり忘れてた!

 フェイトのその一言は、緩んでいた空気を再び張りつめたものにするには十分な物だった。

 

(ま、まずい……そういえばそんなこと言って昔逃げたっけ。いや、寧ろそこは暗黙の了解にしてくれよ……!)

 

 そういえばあの時フェイトはあんまり話に参加していなかったか。

 今になって魔法の存在を認めるのは良いかもしれないが、正直シュテルの事で更に掘り返されるのはかなり辛い物がある。

 それにいまだにアリシアの存在とかリスクを背負っている事もある。あれやこれやで巻き込まれなんてしたらたまった物ではない。

 そんな、俺が深い思考の海に嵌まりかけていた時だった。

 

「彼がこの子たちを知っている事も、魔法の事について知っていてもおかしなことではないわよ。なにせ、彼女たちの家主なんだから」

 

 ……!

 この声、間違いない。この世界で生きる上で一番注意していると言っても過言ではない女性、リンディ・ハオラウン。

 そいつは俺の背後を取るようにして、薄い笑みを浮かばせて立っていた。

 

「龍一君の家に三人とも住んでたの!?」

 

 衝撃の事実に魔王が驚きの声を上げる。親参加の授業のおかげか、周りのざわめきでその声はかき消されたが、この班の中ではそれが一気に広まってしまった。

 なんとか言い訳を考えようともするが、アースラの艦長リンディがどこまで知っているのか読めない。適当なことを言えば言うほど追い込まれるのは確かだろう。

 

 しかし、なぜこの状況でシュテルは黙っているのだろうか。念話で援護することくらいたやすいことは明らかだろうに……

 

「ええと、黙っていたけど実はそうなんだ」

 

 あのアースラの艦長が知っている以上、黙っていることは無理だろう。俺は正直にその事実をさらすことにした。

 

「アースラにいないからどこにいるかと思ったら、そうだったんだ」

「すみません、黙っていて」

「あ、ううん! 全然いいよ!」

 

 魔王の呟きに謝罪を向けるシュテル。

 魔王はああいったが、驚いているのは間違いない。

 というより、認めても良いのか? 俺まさか重罪人って事で捕まったりしないよな。

 

 なんてビクビク怯えてたら、あの艦長が笑い始めた。

 

「アハハ、別にそう警戒心を抱かなくて良いわよ。あなたの家に居る事を知っていながら放置していたの。その意味わかるでしょ」

 

 黙認、ということだろうか。

 しかし小学生相手に大人気無い。まあ、実際にはいい年した大人なわけだが。

 だが不満を伝える為、艦長をジト目でみつめる……のは怖いので、娘のフェイトに視線を向ける事にした。

 

「??」

「こらこら、八つ当たりしないの」

 

 フェイトには分からなかったみたいだが、意図は伝わったみたいだ。

 

 なんにしても、シュテル達のことについては安心、と言ったところだろう。

 

「ねえ、それじゃあ、ずっと魔法の事は信じていたの?」

「え」

「どっちなの、なの?」

 

 いや、それ以外については全然安心ではない。

 さっそく魔王からの追及が始める。

 このまま黙っていてはことが進まないこともわかっている。

 しかし、何を言えばいいか思いつかない。シュテル達とそこまで親交を深めていて知らないというのが通るのだろうか。いや、さすがに認めるくらいはいいのかもしれない。

 

 そう考えていると、予想外の人物からの援護が入った。

 

「彼はそういうことは気にしないことにしているみたいよ」

 

 リンディ・ハラオウン。ここからの援護が入ると思っていなかった俺はその意外さに口を開けるだけだった。

 魔王もさすがにこの人からそう言われてしまえばこれ以上追及することはできず、不承不承といった風に頷いただけだった

 

 

 

 

 そんなピンチを抜けてつつがなく授業は終わった、

 なんだかんだ誰もさっきの話を気にしている感じではなく、せいぜい後に同居について詳しくつつかれるだけだろうとも思う。

 

 そこで油断していた時だった。

 いつの間にか後ろに回っていたリンディ・ハラオウンが耳元に口を近づけていた。

 

「貴方が魔法に関わりたくない気持ちはわかるわ。でも、それでも彼女たちと仲良くしてくれてありがとう。これからも仲良くしてあげてね」

 

 心臓が口から飛び出る感覚すらあった。

 当の本人は何も気にしていないのか、手を振って教室から出ていく。

 

 しばらく固まっていると、今度はシュテルが念話で語りかけてきた。

 

(突然のことですみません。ですが、心配事が多そうな龍一に、少しでも肩の荷を下ろしてほしいと思いまして)

(な、なんだ、もしかして全て計画だったのか……? 今度からは相談してくれよ……)

(たぶん拒否されていたと思いましたので)

 

 よくわかっている、と言いたいが、今回のことは寿命が縮まった気分だ。もう二度とやめてほしい。

 

 

 龍一はすっかり忘れていたが、リンディがああ言ったのには理由がある。

 プレシア・テスタロッサ事件。あの時見捨てた現地人。それが龍一と一致したからこそリンディはあのような対応をとった。

 本来ならば詳しく彼を調べたうえで謝罪も含めるべきだったのかもしれない。しかし、それに関してはシュテルがこういったため、先ほどの言葉だけで終わったのである。

 

「彼は前に巻き込まれてから平穏を望んでいます」

 

 そういわれてしまえば、どのような理由であろうとリンディとて負い目がある以上追及することはできない。

 結果、せめてあの少女たちにここでの友人を失わせないために、あのように告げたのだった。

 



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第八十八話 追及、己の心

「それでどういうことなの」

「あー、うーん」

 

 授業参観から次の日。

 なぜか誘拐されるようにはやての家に連れて来られ、すでにいたシュテルと共に魔王たちから詰問されている状況である。

 たちとは言っても実際のところ魔王とはやての二人だが。フェイトとすずかはこちらに気に留めることなく本の談義をしていて、アリサはシュテルのこと自体をよく知らないせいか遠巻きに眺めているだけである。

 

「そうだね、もしかして紹介したときから?」

「えとえと、そのその」

 

 正直何も考えていなかった。

 というより、住んでる所をばらすとか、まじあのリンディとかいう女狐は敵なんだということを実感してしまう。

 

 そんな逆恨みのようなことをしてもしょうがない。今は何とかしてこの追及を如何にかしなければならない。

 それは頭で分かっているのだが、まったく妙案なんて思い浮かばず、時計が進む音だけが周囲に流れる。

 

「私から説明しましょうか」

 

 そこで何か思いついたのか、シュテルが手を小さく上げた。

 

「私達はこの事件の前にもこの街に現れました」

「うん。あの時はどうしようもなくて……」

「いえ、それは良いのです。その後の話です」

「その後の話?」

「ナノハ達に倒された後、完全に消える事が出来なかったようで、再び生成されていたようなのです」

 

 なるほど、ここまでのシュテルの説明から、どういう筋書きかうっすらと理解することが出来た。

 

「そう、そうだった。山にいた時はビックリしたよ」

「ええっ、山にいたの?」

「はい、そうです」

 

 シュテルは多分、半分事実と嘘を入り交えて話すつもりだ。

 最初に現れた後の空白期。そこを出会いとして、伝えるつもりだろう。

 

「何にも覚えていなくて、なんやかんやで一緒に暮らすことになったんだ」

「そうだったんだ……」

 

 魔王は納得したのか、それ以上を追及することはなかった。

 ほっと一息をつくも、今度は別の方から視線を感じる事に気が付いた。

 

「で、魔法については認めたんか」

 

 はやての言葉に、そういえばそんな設定もあったなと他人事のように思う。

 

「……どうして、魔法が関係あるの?」

 

 こんな状況でありながらすっとぼける自分も大概である。

 案の定訝しむような視線を向けてくるも、はやてはひとつ溜息を吐いて「まあええか」と呟く。

 

 陰でこっそりとこちらをみるヴィータは、得心がいったかのように頷いていた。

 

 

 

 

 あの後、それ以上の追及もなく、普通に遊び、解散という流れになった。

 俺とシュテルはそんな夕暮れの帰り道を一緒に歩いていた。

 

「助かった、シュテル」

「何がでしょうか?」

「ほら、色々と話さないでいてくれたじゃないか」

「そうですね……」

 

 ふと、シュテルが足を止める。

 何かを考え込むようにじっとその場に佇み、そのまま少しの時間が過ぎた。

 

「……龍一は、このままでよろしいのですか」

「このまま、とは?」

 

 シュテルが何を伝えたいのかよく分からない。このままと言っても、今に不安はあっても不満はなかった。

 シュテルの意図を探ろうとした時、不意に目線があった。

 

「シュテル?」

「龍一、ナノハ達は時空管理局に入ろうとしています」

「そうなのか?」

 

 もう結構なことここに住んでいるせいで、原作がどうだったかなんて忘れてしまった。

 でも確かに、そういう展開だったような気はする。

 

「龍一は、このままでいいのですか?」

 

 ……もしかしたら、シュテルは心配してくれているのかもしれない。

 魔法の力があって、それを黙ったままで良いのか。もし時空管理局に入るというのなら、魔王、確かフェイトとはやても入るんだっけか。あの三人とも会えなくなる。

 

 でも、それは本当の所願ったりかなったりだった。

 何度命にかかわったか分からない。それに、アイツらがいなくなればこの街も平和になる事が確約されている。

 

「いいよ」

 

 それは本心から出た言葉だった。

 

「なんとなく言いたいことは分かるけど、どうせ魔王……なのは達とは男女の違いもある。いつまでも友情は続かない」

「でも、もしあちらに行けば、同郷となります」

「それでも、同じ事」

 

 おぼろげながら魔王たちの行く末は知っている。

 イレギュラーが混ざったとしても、なんだかんだで事件は収束していくことをここ数年で知った。

 だから、あの輪の中に入ってもなんら問題無いのかもしれない。

 でも……

 

「どの道全てを話したら犯罪者になる。アリシアの事もフェイトには言えない。それに、やっぱり才能の差は大きい」

 

 やっぱり、自分自身とあの輪には距離がある。劣等感などは一切関係ない、確かな距離が。

 シュテルもそのことをよく分かっているのか、反論は無い。

 

「だから、シュテルが何を心配しているのかは知らないけど、今のままで問題無いよ」

「……そう、かもしれませんね。でも、龍一」

 

 シュテルの先に続く言葉は、何となく予想できていた。

 だからこそ、その言葉に無理矢理かぶせるように、こちらの意思を伝える。

 

「私達も」

「今は、シュテル達もいるからな」

 

 それを聞いたシュテルは一瞬表情が変わったように見えたが、やっぱりいつもの無表情だった。

 何か言いたげな気配。しかし、最終的にシュテルは何も言わず帰路を歩き出した。

 少し歩いた辺りで、シュテルは未だに立ち止まる俺に振り返り言った。

 

「帰りましょう」

「うん」

 

 選択を誤ったとは思っていない。心配してくれたシュテルにも悪い事をしたと思う。

 でも、なんだかんだで元の世界に戻れる見込みが無いのであれば、この世界で平和に生きていくしかないのだ。

 今はただ、この時間が少しでも長く続くことを祈るだけだった。

 



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第八十九話 図書館でのひと時

「図書館という物に行ってみたいです」

 

 ぼんやりと昼の陽気に身を任せていると、テレビを見ていたはずのユーリが目の前にいた。

 真剣な様子に、とりあえず佇まいを直す。

 

「どうしてまた突然?」

「テレビでやっていたんです。図書館にはいろいろな本があるって」

「はあ……」

 

 なんとなく興奮しているようにも見受けられる。

 そういえばユーリも本が好きで、家にある本の感想をシュテルや王様と語りあったりしていたこともあったか。

 本を読むという事に関しては、レヴィ以外はみんな好きな気がする。あ、いや、漫画は読むか。

 

「そうだな。どうせならシュテルや王様とも一緒に行くか」

「はい!」

 

 ユーリは眩しい笑顔で元気良く頷いた。

 なんだかんだで一緒にお出かけというのをあまりしていなかったし、こういう機会もたまにはいいだろう。

 

 

 ちなみに、レヴィは案の定興味が無さそうだったので、フェイトのところに遊びに行く事を勧めておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで久しぶりに訪れた図書館。

 一見したところ、前に来たときと変わってはいない。これなら三人が何か探したい本がある時も力になれるだろう。

 それでも最近あまり来ていなかったので、この光景も久しぶりに感じる。

 

「すごいですねー……」

「ふん……」

 

 シュテルとは来たことがあるので反応は無いが、初めてのユーリと王様はそれぞれ興味深そうな様子。

 すごいといっても、これ以上の図書館なんて世界中に五万とあるので苦笑するのだが。

 早速興奮した様子でユーリがこちらを向いた。

 

「あ、あのっ、見て回っても良いですか?」

「うん。ここにある物は好きに見ても良いから」

「はいっ!」

 

 そうしてユーリは慌てたように本棚の奥に入っていった。

 そんなに焦らなくても本は逃げないというのに。

 ふと見れば、その後ろについていく王様の姿もあった。なんだかんだで王様もはやる気持ちを抑えられないらしい。

 

「じゃあ、俺はこの辺りで新刊を読んでいるけど、シュテルはどうする」

 

 隣でじっとしているシュテル。

 少し考える間があった後、二人が行った方角を指差した。

 

「わかった。何かあったら呼んで」

「はい」

 

 

 

 

 

「もしかして、龍一?」

「!?」

 

 じっと本を読んでいると、突然誰かに肩を叩かれて飛び跳ねるように驚く。

 振り返ってみると、そこにはレヴィと遊んでいるはずのフェイト。

 

「フェイト? あれ、どうしてここに」

「レヴィから、龍一とシュテル達がここにいるって聞いたから」

「そのレヴィは?」

「アルフが遊びに連れて行ってくれたの。たしか、ゲートボールに行くって言ってたかな」

 

 そういえば、この時間帯はおじいちゃんたちがゲートボールに興じていた時間だったか。

 もしかして、前に連れて行ったときのことを覚えていて、少しでも興味がわいたのかもしれない。

 何か楽しいと思える事を作ってくれるのは、個人的に嬉しい。

 

「そっか。フェイトは……」

「他の皆が図書館に行ってるって聞いて、私も本を読んでみたいなって思ったの」

「本か……」

 

 フェイトならはやてに聞いてもよかったはず。実際に前にはやての家であったときははやてから本を教えて貰っていた。すずかに聞くでもいいはず。

 いや、俺達が来ているならと思って、ついでにおすすめの本でも教えに貰ったのかもしれない。

 確かに言われてみればついでだ。どうせなら、フェイトにも本の世界にもどっぷりつかって欲しい。

 

「うん、いいよ。個人的にだけど、面白いと思った本を勧めてみるよ」

「ホント? ありがとう」

 

 フェイトは嬉しそうにはにかんでくれる。

 そういえば、こういう表情をあんまり見た事が無い。いや、見ようとしなかったのかもしれない。

 短い間。でも、今度からは皆との親交を深めるのも悪くないかもしれない。そう、思った。

 

 

 

 

 気づけば外はもう夕暮れの時間。

 思ったよりも図書館に長居してしまっていたらしい。さすがにそろそろ帰らなければ夕食も遅れてしまう。

 そう考え、フェイトにはそろそろ帰る趣旨を告げる。

 

「そうなの? 今日はありがと。面白そうな本をいっぱい教えてくれて」

 

 本当にうれしそうな顔で言ってくるので、こちらも少々照れつつ「楽しかった」と返す。

 フェイトはその後気に入った本を借りるためにカウンターの方へと向かっていった。

 初めてとのことで少し心配だが、今よりコミュ障だった自分でも優しく教えてくれた司書さんもいる。それとなく確認だけしておけば大丈夫だろう。

 

 さて、こちらはこちらでシュテルたちを探さなければならない。

 あれから特に何も連絡がないので、あてはないに等しい。しょうがないので、最初に向かっていった方向へと向かうことにする。

 

 そちらの方へ抜けると、いくつかの机。

 こっちにも机があったのかと考え、そしてそこで顔をつつき合わせている三人に対して苦笑する。

 

「気持ちよさそうに寝て……しょうがない」

 

 もうちょっとだけ寝かせておこう。

 手近に空いている椅子にかける。本は返してしまったので手持ち無沙汰ではある。それでもこの状況をすぐに壊すのは少し野暮にも感じられた。

 短い時間の間は、その寝顔を見ながら夕ご飯の内容でも考えることにしよう。

 

 短くも平穏な時間はそうして流れていった……

 



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第九十話 事件と直面

あと十話で終わります。


 今日はシュテルとユーリの三人で買い物に出かけていた。

 夕食を考えながら買い物は順調に進み、特に問題がないまま帰り道。

 

「お野菜が安くて良かったですね」

 

 ユーリが荷物を持ち直しながらそう笑いかけてくる。

 最近のユーリは俺に対して遠慮をしなくなってきた。もちろん、それが悪い筈もなくいい傾向だと言える。

 

「でも、わざわざ来てもらったのはごめん。荷物が多くなりそうだったから」

「そんな、私も好きなものかってもらったので、こちらこそお礼を言わなきゃなりません」

「いやいやいや」

「いえいえいえ」

 

 そこまでお互いに遠慮し合って軽く噴き出す。

 慣れてきているのは変わりないが、謙遜を続けるのは変わらないらしい。

 シュテルもなんだか穏やかな目で見つめて来て、今こうしている事が自然になっているんだと感じる。

 

「さて、ここを進むと後もうちょっとで家だぞ。そこまでもうひと踏ん張りだ」

「はい!」

 

 と、そこまで二人で話していた時、後ろから猛スピードで進んでくる車が目に入った。

 少し危険な気がしたので、ユーリを背中に庇うようにしてその車が通り過ぎるのを待つことにする。

 

 車が横切る瞬間、なんとなく、見慣れたものが映った気がした。

 

「あ、危ないですね。何か急いでいたんでしょうか?」

 

 ユーリの疑問に対して閉口する。

 答えを持ち合わせていないというのもあるが、今見えたものがなんなのか自分で良く分かっていなかったからだ。

 ただの気の所為だろうか。

 

「龍一さん?」

「あ、そ、そうかも。ここらであんなスピードで走る奴なんて見た事無いしな」

 

 ユーリにそう返しておいて、俺も隣のシュテルをちらりと見る。

 何かに引っかかっているようであるが、よくわからないという様子。シュテルが分からないならば、こちらで考えても答えなんて出ないだろう。

 

「……帰ろうか」

「はい、そうですね」

 

 とりあえず今はその車に対して考えないことにした。

 

 

 

 

 

 しかし、次の日のことだった。

 

「え、すずかとアリサが来てない?」

 

 魔王たち三人組から聞いたのは二人が来ていないという話。

 ただの風邪らしいと先生から聞いて、放課後お見舞いに行こうと誘ってきてくれた。

 それだけのことに、なぜか心の中がざわつく事を覚える。

 

「どうかしたの?」

「あ、ごめん。うん、いくよ」

 

 心配そうに聞いて来るのを打ち消すように、手を振って否定をする。

 

 大丈夫、気のせい、気のせいだ。

 

 そう心の中で自分に言い聞かせるだけ。

 

「じゃあ、学校が終わったらそのまま行く?」

「私の家で、お見舞いのお菓子を持って行こうよ」

「それはええ考え……自分のお店をさりげなくアピールとはやるなぁ」

「そ、そういうつもりじゃないよ!」

 

 三人は談笑している様子で、すずかとアリサは本当に病気だと思っているらしい。

 本当にじゃない、病気で休んでいる。

 きっと、彼女らは家で寝込んでいるだけだ。そうでなければ、いったいなんだというのだ。

 

 だが、放課後の月村邸の前でその淡い期待は大きく裏切られることになる。

 

「すずかお嬢様は病気を患いまして……今はお会いできる状況ではありません」

 

 メイドの人だろうか。その人は冷静を装ってはいるものの、語気を強めて有無を言わせないような口調でそう伝えてきた。

 魔王たちもその様子が尋常じゃ無い事は伝わっているだろう。

 しかし、それがなんなのかは分からない。もしかしたらそれほど重い病気なのかもしれないと、そう考えているのかもしれない。

 

 しかし、俺は見てしまっていた。

 車が通り過ぎるときに見てしまったものを。

 

 違う! 何も見なかった! あくまでもあれは一瞬で何なのかわからなかった!

 そうだ、それにもう一つの者はどうなる。アリサは家でちょっとした風邪で寝込んでいるのかもしれない。

 そう、そうだ……

 

 気が付けば、魔王たちはお見舞いの品を預け、次にどうするか相談し合っているところだった。

 

「次はアリサちゃんの家かな」

「やな。でも、月村さんも心配やなぁ」

「そうだね。風邪でも流行っているのかな」

 

 あくまでも普通の会話だった。

 普通? では普通では無い会話とは何なのか。ともかく、こうして三人の判断を任せよう。

 それだけならば、俺も一瞬でも安心することが出来る。

 

 そう、月村家のメイドの表情を見るまでは。

 

「……」

 

 それは悲しそうな顔だったのだろうか。

 自分でも、その一瞬の記憶は定かじゃない。

 ただ、それは風邪にお見舞いに行く、知り合いの友人達を見る目じゃ無かったのは確かなことだった。

 

 

 

 

 ドアを開ける音がけたたましく家に響く。靴を脱ぐのももどかしい。抛り出すように脱いだ後、リビングの扉を開けた。

 行動は一緒ではないにせよ、四人共ソファに座っていた。

 驚いた顔を見せるユーリに、こちらを一瞥しただけの王様、寝ぼけ眼をこするレヴィ、そして頷くシュテル。

 そんなシュテルに少しの驚きを覚えるものの、考えてみればおかしなことではないと思い直す。

 

「気づいていたんだな」

「映像を撮っていましたから」

 

 魔法によるものだろう。もしかしたらあの後帰宅した時にはすでにわかっていたのかもしれない。

 いや、いつわかっていたのかなどどうでもいい。

 シュテルは俺の性格をきちんと理解している。仮にもっと早くに気付いていたとしても、伝えなかっただろう。

 

「どうしますか」

 

 シュテルは何時もの無表情を向けて、選択権を委ねてきた。

 その問いに、あわてていた自分を落ち着かせるように自分の中で今回の出来事を纏める。

 

 あの後、アリサの家でも同じように門前払いをくらった。それは自分の中での疑惑を確信に変えるには十分なものだった。

 居ても経ってもいられず、三人とはすぐに別れた。でも、自分の中で決着がついている考えとは言えない。

 

 いつも通りなら彼女らは魔王たちに助けられる。はずである。

 この物語はそうして進んできたし、結果としてそうなるように仕向けられていた。

 しかし、彼女らは唯の友人だったはずだ。それはシュテル達が出てもずっと変わらない事実。

 

 だからこそ、思う。

 彼女達は、魔法少女リリカルなのはにおいてそんなに重要な役割だったか?

 

 それに記憶が正しければ魔王たちは管理世界へと行くはず。あの二人の友人はこの先出てくることが無かったはずだ。

 だとすれば、ここで退場しても何も問題無いキャラでは……。

 

「悩んでおるみたいだが、一つだけ、アドバイスをしておいてやろう」

 

 珍しく王様が口を挟んできた。

 

「この事件、魔法の管理局は動かん」

 

 そう、断言した。

 どうして知っているのかと、そんなことが頭によぎったが、シュテルの相談相手として王様は申し分なかったはず。

 おそらく、内々で話を通していたのだろう。

 

「どうしてそう言い切れるんだ?」

『相手は普通の人間だからだよ』

 

 何時から聞いていたのか、アリシアも会話に混ざる。

 アリシアまでも、そう思うが、今はそこに考えを及ばせる意味は無い。

 そして、アリシアの言うこともまた理解出来た。考えてみれば当然ではある。この時空は管理外と言われていたはずだった。むしろ、こうして駐留していることの方がおかしいのだ。

 

 結論を先延ばしにしてきた、いつも通りの自分。

 今はそんな事で悩みはしない。

 こんな自分を肯定してくれる人たちがいるのだから。

 

「皆の力を、借りても良い?」

「ええ」

 

 シュテルだけでなく、普段は素っ気ない態度を取っている王様も腰を上げる。

 一人で行く勇気は今も持ち合わせているとは言えない。

 でも、今は皆がいる。

 だったら、動くしかないのだろう。

 



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第九十一話 作戦会議

 太陽が半分以上隠れようとしている夕暮れ時、俺達は廃ビルの近くの公園でジャングルジムをベンチ代わりにして集まっていた。

 

「あそこが隠れ家なのか?」

「あの時の車もありますし、窓から不必要な監視も見られます。おそらく、間違いないかと……」

 

 ユーリが廃ビルの様子をうかがいながら答える。

 窓からの監視など見えるはずもないので少し訝しげになっていたところ、王様が気に障ったかのように鼻を鳴らした。

 

「はっ、我の盟友が嘘を吐く訳が無いだろう」

 

 犯人の居場所自体は、さほど時間をかけることなく突き止める事が出来た。

 その理由もひとえにシュテルが誘拐に利用されていた車を記録していたから。

 それだけでなく、ユーリが遠見することができたため、移動しながら探すと言った余計な時間をかける事が無かったことも理由の一つだろう。

 

「いや、ユーリの言葉に疑うことなんて何もない。ごめん」

「い、いえっ! 龍一さんは見えないので、疑ってもおかしくないですよ!」

 

 フォローしてくれるなんて、ユーリは優しいなぁ。

 

 さて、外で騒がしくしていても仕方がない状況。

 敵の拠点が掴めたのなら、これからどうするか、それを考えなければならない。

 

「シュテル、どうすれば良いと思う」

「バーンといって! ドカーンと助ければいいんじゃないの?」

 

 レヴィが横から口を出すが、擬音語ばかりで意味が伝わり難い。言いたいことは分かるが。

 

「レヴィ、ここで派手な魔法は禁止の筈です」

「ちぇっ、そうだっけ」

「ふん、ちまちまと攻略するなど、我には合わんがな」

 

 本気を出せるなら、そりゃあ四人の内一人だけでもなんとかなるだろう。相手は普通の人間だ。魔法を使えばそうそうやられることはない。

 しかし、問題はその魔法が使えない事。そうなると、せいぜいバリアジャケットしか使えなく、直接戦闘は非現実的だと言わざるを得ない。

 殴り合いでも勝てるかもしれないが……敵の内情が見えない以上、止めておいた方が良い。

 

「えっと、助けを求めるというのはどうですか? 他の大人の人達に……」

「それは……厳しいですね」

「どうしてですか?」

「証拠が不十分な上に、人質を取られているようなものだからか。すずかとアリサの家は率直に言って金持ちだ。そんな家の子供が行方不明になって何もしていないはずが無い。すでに取れる手は打っているはず」

 

 ただの不良程度であれば警察を呼ぶ手もあるのだが……そう考えて廃ビルの様子をうかがう。

 ユーリの話によればずっと監視の目を光らせているらしいが、よくわからない。しかし、話が本当であれば、そのよくわからない状況というのがあまりにも出来過ぎている。

 ただの不良にしてはあまりにも動きが綺麗すぎるのだ。

 

「計画的な犯行であれば、仮に警察が動いた場合も考えているかもしれない。やっぱり、二人は無事に助け出したい」

 

 警察に言っても子供五人だと本気になってくれない可能性だって高い。悪戯だと思われるのが関の山だ。

 それにもし警察と繋がっていた場合……いや、そこまではいいだろう。お嬢様二人がいなくなったにしては不穏なのは間違いないが、それは考え過ぎだ。

 なによりも時間をかけたくない。二人の状態が分からない以上、一刻も早く無事な様子を見届けたいのだ。

 

「ならばどうする? 消極的な意見など、議論に値せんぞ」

「うん……」

 

 王様は急かすが、これといった意見は思い浮かばない。

 そうして行き詰っていた時、いままでずっと無言だったアリシアが話し掛けてきた。

 

『潜入はどうかな』

 

 潜入。とはまた現実的じゃない。

 助けも求められず、時間もかけられないとなると、そうなることは必然。

 しかし内部構造が分からない上に敵もまだ未知数。あまりにも危険な案ではないだろうか。

 

『あの廃ビルは前にお兄ちゃんが入ったことがあるよね』

「えっ? あのビルに……」

 

 アリシアの言葉に対して記憶を巡らせる。

 

 ……そうだ、確かに行ったことがある。闇の書に巻き込まれた事件、祝福の風と始めて邂逅した場所。

 

「でも、詳細な構造は記憶にないよ。行ったことがあるからって……」

『私を誰だと思ってるの? 内部構造なんて、解析済みだよ』

「アリシアが……あ、そうか、あの時にアリシアも連れて来たんだっけ」

 

 だとすれば内部に関しては問題ないのかもしれない。そこはアリシアを信用するとしてだ。

 しかし、相手の内情に関しては未だに分からない。それに関してはやはりどうしようもないのかもしれない。

 

「あの、少し危険かもしれませんけど……」

 

 行き詰りそうになった空気に、おずおずとユーリが手を挙げる。

 一斉に集まる視線に少しびくりとしたものの、そこで言葉を止めることなく口を開く。

 

「廊下は窓に面しているみたいですから、ここから私が監視して、会わないようにする、というのは……」

 

 自分でちょっと無茶な案だと思い直したのか、そこで言葉を止めるユーリ。

 しかし、それは危険ではあるが、無茶ではない案なのではないか。

 

「……いや、意外といけるんじゃないか」

「そう、ですね。視覚的に有利を取れるのは強みですね。あとは音でしょうか」

 

 シュテルがその線で真面目に考察を続けてくれる。

 音か……魔法で戦うときは爆音だらけで頼りにならない感覚だが、今回のケースではむしろなによりも重要視するべき事柄だろう。

 音を出さずに、といえば飛行しながら動くべきか。しかし、アースラの魔力感知がどれほどかわからないが、微量な魔力が検知されるかもしれない。

 

「なるほど、考えていることが分かるぞ丸太棒」

「王様、何か妙案が?」

「我の方で管理局の目を反らしておけばいいのだな」

「……は?」

 

 考えていることが分かる、というのは間違いない。何に対して困っているのか理解はしてくれている。

 しかし、王様の言っている意味が解らない。

 

「ふん、考えが浅いぞ。魔力の感知を恐れているのだろう。だったら、それ以上の魔力を発生させればいい」

「えっと、つまりおとりになってくれると」

「この世界で言うなれば、木を隠すなら森の中、といったところか」

 

 無茶苦茶ではあるが、取れる手立てとしては悪くない。

 ……いやしかし、派手な魔法は禁止だとシュテルが言っていなかっただろうか。

 

「あくまでこの世界に被害を及ぼすものに限りだ。レヴィと特訓してたとでも言えば、なんとでもなる」

「えっ、暴れても良いの!?」

「それでも怒られるのは変わらないと思いますが」

 

 つまらなそうにしていたレヴィが、ぱっと笑顔を咲かせて反応する。シュテルが少々苦言を申しているが、そんな事は気にならないらしい。

 そもそも、王様は出来もしないことを口に出さない性格。予想通りと言って良いのか、反論が無いのを確認した後、レヴィを連れて王様は手を振って公園から退出していった。

 

「ディアーチェはレヴィの様子も気にしていましたから」

 

 ユーリのフォローも分からないでもない。レヴィはとにかく暇をしていた様子だったので、それのストレス発散も兼ねているのだろう。

 今回に至っては、デコイともなってくれるのでありがたい。

 

「とれる時間としては長くない、か」

「そうですね、ディアーチェが止められるまで……長くても二十分ほどでしょう」

「侵入は飛んで二階から入ってほしい。一階の入り口は見張りがあるだろうから」

「はい」

 

 王様が位置に着いたら念話をしてくれる。それが作戦開始の合図。

 静かに時間が過ぎていく中、アリシアが思いもよらないことを言った。

 

『ねえ、突入はお兄ちゃんもするんだよね』

「……え?」

『いや、えって……まさか、シュテルに任せるつもりだったの』

 

 そういえば自然とシュテルとアリシアが突入することになっている。

 俺といえば、特に役割も得られないままここにいるだけ。

 個人的にはそっちの方が良い。シュテルだって、分かりにくいけどほんの少し心配げな視線を送っているようにも見える。

 

 ……でも、助けて貰っている身としては、それだけでいいはずが無い事も分かっている。

 

「ももも、もち、もちろん……いひゅぜ!」

 

 アリシアはほっと息をつき、ユーリは心配そうにして、シュテルは目を閉じた。

 なんとも、締まらないが、こうしてところどころ駄目なのが自分なのだろう。自虐でも無く。

 今は二人の無事を祈ろう。ただそれだけを思って、見えない監視のある廃ビルを見上げた。

 



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第九十二話 潜入

 廃ビルの裏手に回った。

 それぞれの念話の通話状態に問題はない。王様たちとはあっちでドンパチが起こった段階で切る予定だ。

 こっちの状態関係無く、そっちの方が真剣みを増すと言われたからだ。実際の所、王様も暴れたかったのかもしれない。

 

 さて、それは置いておき、周りの状態を確認する。二階の窓から侵入する姿はそもそも近隣住民にすらばれてはいけない。

 まあ、さんざん上空で戦闘が行われていたのに気にもされていない時点でそんな心配は無用かもしれないが。

 

「大丈夫ですか」

「え? あ、うん」

 

 そういえば最近はシュテルに心配されることも多くなった。少し前は逆だったのに、なんだかさみしくも感じる。

 いや、それはシュテルが成長したということなのだろう。何も変わっていないのはむしろ……

 

「なんて、考えても仕方がないこと」

『うん、今は二人を助ける事だけに集中しなきゃ』

 

 そう、ここには変わらなくても良いと言ってくれたアリシアもいる。シュテルだって自分を信頼してくれている。今更考える事なんて何も無い筈だ。

 

 時刻としてはそろそろ。俺は外で監視をしているユーリと何処かに移動している王様に念話を飛ばす。

 

(そっちは?)

(はい、その上なら誰も監視をしていません。今なら行けます)

(こっちも準備が整った。すぐに始めても良いのだな?)

(ボクはもう戦いたくてうずうずしているんだからさ!)

 

 なんとも、安心感のある仲間な事か。

 あとは自分の気持ちを固めるだけ。

 

 深呼吸を一つ。

 

 …………

 

(王様、レヴィ、始めて!)

(ふん、失望させるなよ丸太棒)

(頑張ってね!)

 

 その言葉を最後に二人の念話が途切れた。

 それと同時に海鳴市上空で強烈な魔力反応を感じた。

 

 おいおい、本気を出し過ぎだろう……

 

「行きましょう、龍一」

『そうだよ、この様子だとなのは達がすぐに来ちゃうから!』

「あ、ああ、そうだな」

 

 今なら二階からなら無事に入れるというユーリの言葉を信じて、軽く浮遊して二階の窓に手を掛ける。

 グッグッ。

 

 ……ん?

 

「あれ、もしかして」

『鍵がかかってる、みたいだね。厳密に言えば、鍵が潰されてる』

 

 ここにきて予想外の出来事に頭がいっぱいになる。

 動悸が早くなり、押しつぶそうとして来るのは勝手に感じているプレッシャー。

 

 あ、いや、ここで混乱するのはまだ早い。そうだ、まずはばれていないかそうか、それを確認してからでも……

 

「龍一、落ち着いてください」

 

 シュテルの声にハッと我に返る。

 そうだ、まったく考えてない事では無かったはず。しかし、いきなりの躓きに動揺を完全に抑える事が出来ない。

 

(す、すみません! 鍵まで見ていませんでした!)

(い、いや、違う、これはこっちで確認していなかったから!)

(いいえ、鍵に関してはここからでも観測が出来ます。えっと、その位置なら三階から入ることが出来ます!)

(そ、そっか。あ、ありがとう)

(い、いえ……)

 

 ああもう、駄目だな。入って大丈夫と指示してくれたのはユーリだ。それなのにこっちが不安そうにしていたら、それ以上に不安になるのはユーリに決まっている。

 ユーリはそういう子だし、それが分かっていたはず。

 

 と、そのタイミングでビリッとしびれが入った。

 

「痛っ!」

『ちょっと電気流しただけだよ?』

「ちょっとという割には普通に痛かったが」

『でも、すっきりしたでしょ?』

 

 電気を流されてすっきりするような奴はいないと思うが。

 でも、同意したくはないけど少し晴れたような気分ではある。

 

「よし、じゃあ入るぞ」

 

 三階の窓は――開いた。

 ここから、より一層気を付けて進まなければならない。

 

 

 

 

 

 

「えへへ、王様と思いっきりやり合えるなんて、この世界じゃもうないと思ってたよ!」

「ふん」

 

 海鳴市上空で斬撃や光線が飛び交う合間にも、お互いは言葉を交わす。

 全力といっても本人達にとってはお遊びみたいなものだ。この世界で学んだ非殺傷設定にしているおかげで、仮に攻撃が直撃したとしても酷い怪我を負うことはない。

 とはいえ、非殺傷設定は一応のもの。二人共お互いの攻撃で倒れるなんて思ってもいない。

 

 今回の戦いには制限時間がある。その制限時間の時に本気になり過ぎてしまわないよう、ストッパーとしての大きな役割で設定しているに過ぎない。

 いくら非殺傷設定でも、負けず嫌いの二人が本気にならないはずが無いのだが……それについては二人共気付く様子はない。

 

「でも意外だよね、王様ってあんまり他の人に優しくしないのに」

「は? 我が? 他人に? 優しく? レヴィ、その妄言は貴様の脳内からでたものか」

「ほら、そうやって動揺してる」

「ぐっ……」

 

 自分で分かっていたのか、歯噛みするディアーチェ。その間にも飛ばしてくるレヴィを簡単にいなしていく。

 

「ちぇっ、ロングレンジじゃ王様に攻撃が当たらないよ」

「油断を誘おうとしても甘いわ!」

「だったら、近づくだけだから!」

 

 さすが、というべきか。その言葉と同時にレヴィはぐんぐんとディアーチェとの間合いを詰めていく。

 そのままクロスレンジに持っていかれれば不利になるのはディアーチェ。すぐさま暗黒の魔弾をレヴィの壁になるよう弾幕を張っていく。

 

「で、どうして協力したの?」

「気分だ」

 

 張られた弾幕をかいくぐり、時に切り払うなどして打消していくことにより移動していくレヴィ。

 しかし、これ以上距離を縮められないように、その方向を誘導しようとするディアーチェ。

 レヴィが自分の得意レンジで戦えない以上劣勢ではあるが、逆にその弾幕を抜けてしまえば状況は逆転する。

 

「でも、なんだか優しくなっているような……」

「ゆさぶりなど効かんぞ!」

 

 一進一退の攻防だが、まるで余裕があるかのように会話も続ける二人。二人にとって戦闘と会話に違いはないのかもしれない。

 そのまま言葉を重ねながら、戦いはより一層苛酷さを増していっている。

 

 刃が煌き、打ち消された魔弾は再び途切れなく生み出されていく。

 さすがにキリが無いと感じたのか、レヴィはすぐさま反転し、幾分距離を開けながらディアーチェと再び相対した。

 

「うーん、でもいつものディアーチェっぽくないんだよね」

「仮にそうであるならば……」

 

 ディアーチェは思考に沈む間も、特大の魔力波を生み出しながら次の攻撃へ転じようとしている。

 レヴィとて片手間の会話に気を止められることも無く、相対したディアーチェの一挙一動を見逃さないように見据えた。

 

 手を空に掲げ、その先から巨大な魔弾を生み出す。それは弾幕としていたような魔力量では無く、相手によっては最後の一撃とも感じ取れるほどの強大な魔力を内包していた。

 

「盟友や、仲間が認めたものであるならば、我とて無下に扱わない、ということだな」

「素直じゃないんだから」

 

 まだ時間はある。

 二人は、その時間をめいっぱい楽しむように、心を躍らせていくのだった。

 



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第九十三話 逃亡

 日が落ちたことにより、薄暗くなっている廊下の中を進む。

 前に来たときも思ったが、この廃ビルは建物自体はしっかりしている。所々塗装がはがれていたり、壁に少し穴が開いているが、使用する分には全然問題無さそうではある。

 

 適当に歩いていても埒が明かない。

 なるべく短時間で救出したいという思いもあり、ユーリに向けて念話を飛ばす。

 

(それで、二人が閉じ込められている場所ってどこ?)

(はい?)

(え?)

 

 …………。

 思考を巡らせる。

 考えてみれば、このビルという確証は貰ったものの、細かく何処に居るかなんて分かるはずもない。

 そう、内情の細部が分からないと考えていたのは、それもあったというのに、すっかり意識から抜け落ちてしまっていた。

 

「ど、どうする?」

 

 小声で恐る恐る、シュテルの方に振り向く。

 念話はシュテルにも通してある。いったいどういう話でこのようになっているか、語らずともわかってくれているはず。

 

 予想通りといったところか、シュテルはその場に止まり考えるように顔を俯かせていた。

 時間はあまりかけていられない。シュテルだけに任せず自分も考えてみるが、焦りも感じている状況でいい案が思い付くはずもない。

 

 どれくらいかわからないが、そんなに時間はたっていない頃だろう。

 俯いていたシュテルが顔を上げ、静かに上を差した。

 

「多分、真ん中の階層でしょう」

「真ん中? なぜ、そうだと」

「最上階ではもし警察などに見つかった場合、逃亡が困難になります。さらに、見張りもある程度階層ごとに分けなければなりません」

 

 一呼吸置き、シュテルは続ける。

 

「逆に下では逃亡される可能性が生まれます。しかし、断定する一番の理由は、外の監視を下の階層に置いていないことです」

『相手も人数が無限にいるわけじゃないから、ユーリがみた見張りは人質と一緒に居る可能性が有るって事だね』

「そうか、だからいる可能性が高いのは、ユーリが見た見張りの中で一番高い階層……」

 

 やはりシュテルは俺よりもしっかりしている。俺だけだったらそこまで考える事は出来ないだろう。

 もちろん断定できるわけではないが、推測としては間違っていない。

 すぐさま、その情報をユーリに流し、観察して貰う。暗くはなってきているが、相手も暗闇で動いているはずが無いし、ユーリならば見逃すことはないだろう。

 

(はい、確かに真ん中より少し上……七階くらいです!)

「ありがとう、ユーリ。よし、今度こそ」

 

 そうして、上の階段を目指そうとしたところで、念話からユーリの焦るような気配を感じた。

 

(あっ、ちょ、ちょっと待ってください)

(どうかした? もしかして、王様たちがもう捕まったとか)

 

 いや、王様とレヴィの魔力はまだ感じる事が出来る。たしかに、魔王たちだと思われる魔力も観測できるが、すぐに到着するわけでもないだろうし、到着したとしてすぐに止められることもないだろう。

 だとすれば、ユーリは一体何に気を取られているのだろう。

 

(あっ、あの、見間違えかもしれないんですけど……)

(いや、ユーリの情報は信じている。遠慮なく伝えてほしい)

(それでは……その階層の廊下の窓から小さな女の子が二人見えた気がするんです)

 

 小さな女の子……アリサとすずか!?

 こんな状況で逃亡を? いや、あの二人ならおかしくはない。むしろ、じっとしている方が不自然なくらいか。

 

(と、とりあえず、すぐに向かうよ)

(気を付けてください。もしそうであれば、もしかしたら大騒ぎになっている可能性が……)

 

 念話を抑え、周りの様子に耳を澄ませてみる。

 

 ……足音が聞こえる気がする。しかし、これがアリサやすずかの物かどうかの判断はつかない。ただの人間である自分がそうなのだから、シュテル達ならばしっかりと感じているはず。

 視線を向けると、その感覚が間違いでない事を肯定してくる。

 

「これは、間違いなさそうですね」

『足音を解析したけど二人分だね。まだ騒がれていない』

「逃げ出したことがばれたときは逆にまずいような……」

『しっかりとした監視がついているよりましだよ! ほら、今がチャンス!』

 

 発破が掛かる。

 アリシアの言う通り、助けに行くのであれば、監視下にいるより抜けだした今であるほうがチャンスかもしれない。

 そもそも居場所も分かっていない状態だったので、好転したと言っても良いだろう。

 

(とりあえず、場所を伝えます。その女の子が見えた場所はそこから四つ上、左端の窓です)

 

 七階の左端……ユーリから見えている位置だと、このまままっすぐというところだろうか。

 もし二人に念話が出来れば合流することを指示できるのだが、ないものねだりをしてもしょうがない。

 

 では、どうするか。二人の逃げる位置を予想しながらそこに駆け込む。

 もしくは、彼女らが逃げ出すことを期待して先に脱出しておくか。

 

(流石に考えるほどのものではないな)

(はい?)

(ユーリ、二人が逃げ出す先は分かる?)

(えっと、進行方向のままでしたら、まっすぐ行った後の階段だと思います)

 

 だとすれば、このまま向かえば合流できる。

 

 そう、気が焦っていたのかもしれない。

 目的を達成できると確信した瞬間が一番の隙になるというのは頷ける。まさに今、浮かれてしまい警戒を解いてしまっていたのだから。

 もしくは、ここに来てから自分は何にも役に立っていない。それに対しての心痛していたのが一番の穴だった。

 

「なっ……ガキがなぜここに!」

 

 ポカン。と、一瞬の空白が脳内を埋め尽くし、どっと焦燥感が募っていく。

 T字路。廊下の窓に面していない通路。

 そこには誘拐犯の一味と思える怪しい男が立っていた。

 

 ――ああ、もしかして余計な事をしたのかもしれない。

 

 ただ、それだけを思った。

 

(逃げましょう)

 

 シュテルからの念話。

 その声は、自分を失いそうになる頭の中で響き渡った。

 手をひかれる。逃げる先は彼らとは別方向。

 

「はぁ……はぁ……!!」

『ど、どうするの?』

「どうする……たって!」

「まずは落ち着きましょう。彼の足では私達には及びません」

 

 そう、俺達は浮遊しているので、階段を混ぜ合わせれば追い付かれることはまずない。

 見られることに対するデメリットはあるが、薄暗い中、俺達が飛んでいることをはっきり視認できる可能性は低いだろう。

 

 だから俺が息切れしているのは疲れによるものではない。自分の犯したミスによる動揺と焦り。

 そうだ、発破をかけられたくらいで付いて行ったのがまず間違いだったんだ。

 アリシアとシュテルだけなら問題無く目的を遂行できたはず。わざわざ足を引っ張るようなことをするべきでは無かった。

 後悔をしてもし足りない。もし、これが原因であの二人が……

 

『お兄ちゃん!』

「どうしよう……俺の所為だ……俺の」

「……ひとまず、そこの部屋に隠れましょう。龍一が落ち着くこともですが、考えを纏めなくては」

『そうだね。それに、私達も少し油断してた。足音を確認した直後に聞き逃すなんて』

 

 手をシュテルに引かれるまま部屋に潜り込むように入る。

 同時に浮遊も終わり、地面の感触を足に直に感じた。しかし力が入らない。

 結果、崩れ落ちるように腰を下ろすような形になってしまった。

 

「……追ってくる様子は無いようですね」

『上に上がったからね。下で待ち構えていれば来ると踏んでいるのか……もしくは、仲間への連絡をしているのか』

「とりあえずは安全ですね。とはいえ、状況としては何とも言えませんが」

『本当だよ。後悔しても意味はないけどね』

 

 二人の声が聞こえる。

 だけど聞かないように耳を抑え蹲る。

 駄目だ、自分から行動するべきではない。任せておいた方が良い。さっきみたいに失敗してしまうと、自分だけでなくみんなにも危険が及んでしまう。

 

 やはり、来るべきでは無かった。

 

「……ユーリの話からすると、窓の奥が明るくなってきたそうです」

『電気はもう止まっているはずだから、懐中電灯の明かりだろうね。そうすると、アリサとすずかが居ないこともバレたのかも』

「このままでは先に見つかってしまうかもしれません……私が様子を見てきます」

『大丈夫なの?』

「……はい」

『……そっか。ごめんね、任せちゃって』

「いえ、皆さんのご友人の為ですから」

 

 扉がきしむ音。

 そのまま音を立てることなく、扉は閉まった。

 

 静寂が空間を包む。

 その静寂を破ったのはアリシアの方だった。

 

『……このまま蹲るつもり?』

「これ以上、状況は悪く出来ない」

『はあーあ、子供みたいなこと言っちゃって。たしか、精神年齢は三十歳超えたんだって?』

「覚えてたんだ」

『そりゃあね。私よりも年上なんだから。あ、でも体の年齢からするとお兄ちゃんよりやっぱり上かも。お姉ちゃんって呼んでも良いよ』

「はは、確かにそうかも」

 

 まるで日常のように交わす軽口。

 こうしてここに来なければ、家ではこんな感じに会話を交わして、シュテルは本を読んで、レヴィはかっこいいポーズとか考えてて、王様は料理を作って、ユーリは編み物とかしていたのかもしれない。

 アリサとすずかも、もしかしたら自分たちの力で無事に逃げ出せたのかもしれない。

 

『お兄ちゃん、多分それは間違いだよ』

「……」

『アリサとすずかは自分たちだけじゃ逃げ出せない』

「どうして……」

 

 その疑問に対して、アリシアは一呼吸おいて答える。

 

『一階は見張りがきっちりしていた。二階は鍵が潰されていた。三階から飛び降りるのは無謀だよ。仮に無事に飛び降りれても大きな音が鳴るはず。時間が立てば脱走はばれる。無事に逃げ出せる保証はどこにもない』

 

 それは自分たちで確認してきた事。

 しかし、一階の監視は内部まで確認したわけではないし、二階の窓だって打ち付けていない場所だってあったかもしれない。三階から無事に降りる方法だって見つけたかもしれない。

 そんな可能性を潰したのは、俺だ。

 

 そう実感すればするほどふつふつと自分に対しての怒りが沸き上がっていく。

 

「でも、上手くいっていたかもしれない! こうして絶望的な状況にしたのは誰だ!? 他のどこでもない、俺だろう!」

『こ、声抑えて!』

 

 ハッとして息を静める。

 自分でも想像以上の声が出てしまっていた。扉の外に漏れていないとは思えない。

 いや、完全に外に漏れていたとみて良いだろう。

 

 だって、ほら、外から、カツカツを足音が聞こえて、扉の前で止まって――

 

『隠れて!』

 

 周りを見渡す。

 何もない。

 今更周りを確認するが、ここはただの倉庫。広さは十分ではないし、廃ビルだけあって何も置いてはいない。

 

 扉が軋み、音を立てる。

 

 警戒しながら立ち上がるも、なにか術があるわけではない。

 せめてこれ以上、皆に迷惑を掛けないように――

 

「あ、あんた!」

「――えっ」

 

 都合が良すぎる、そう言えばいいのか。

 それとも、これは逆に不運だったのか。

 

 そこにいたのは、予想もしていなかった人物で。

 すずかとアリサが開けた扉の向こう側に立っていた。

 



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第九十四話 結末

 シュテルが警戒心を最大にしながら歩いているとき、ふと魔力反応が大きくなったのを感じた。

 

(ナノハとフェイトのものですね。すると、時間はあまりないとみて良いでしょう)

 

 レヴィとディアーチェが鎮圧されるのも時間の問題。

 彼女らが簡単に捕まるとシュテル自身思えないが、それ以上になのは達が侮れない存在であることも認めていたからだ。

 

 シュテルはそんな時間が迫る中、鉢合わせないよう細心の注意を払いながら廃ビル内を探索していく。

 シュテルの目的は情報の収集。侵入者に脱走、どちらもばれているにしては静かすぎた。

 先程の男が追って来ないのもそう。上の階層に逃げた以上、下で待てばいずれ降りてくるというのも合理的なのだが、悠長すぎるようにも感じていた。

 

(トップが指示を出せない状況ということでしょうか。もしくは何らかの罠を張っているのか)

 

 シュテルはそこまで考え、可能性は低いものの別の案も脳裏に浮かぶ。

 

(別のことに気を取られているか)

 

 しかし、そうだとすれば何に取られているのか。

 確証はない。

 だからこそシュテルはユーリに対してバックアップでは無く状況の把握を頼むことにした。

 

 後は自分自身の目で確かめるだけ。

 

 シュテルは警戒を怠らないようにしつつも、廊下を進む速度を上げた。

 

 すぐさま、その速度は一時的に停止することになる。

 それは現状からは予測できない物に対する動揺として。

 

 

 

 

 

 

 目の前にすずかとアリサがいる。

 あくまで偶然の出来事。俺は手を引っ張られながらシュテルに付いて行っただけだし、彼女たちの逃亡先がたまたま重なったのはまさに奇跡としか言いようが無かった。

 

「あんたもここにさらわれたってわけ?」

「……」

 

 疑問に対して沈黙で答える。

 これはいつものコミュ障がでたわけではない。ただ、今の自分の状況で胸を張って助けに来たとは言えないからだ。

 

 二人の様子を見れば憔悴しているように感じる。

 当然だろう。誘拐されて二日がたっている。何かが起こるにはまだ早い、だが何かをされるには十分の時間があった。

 

 だから、なおさら二人に希望を持たせる様なことを口に出したくは無かった。

 待っていればシュテルが戻ってくる。シュテルならば、何らかの名案を思い付いてくれるという確信があった。

 

 今の自分に何が出来る力はない。

 いや、何かをしようとしても失敗する様しか想像ができない。

 

 そうして何も答えようとしない様子に痺れを切らしたのか、アリサは問い詰める事を止めて腰を下ろした。

 考えは分からないがひとまず休憩することにしたのだろう。

 

「どうしよっか……」

 

 すずかも同じように腰を下ろして呟くように口にする。

 

 沈黙が生まれる。

 もしかすると、二人が逃げ出したのも何か考えがあってのことではないのだろう。

 ただチャンスがあったから逃げ出した。無事に逃げ出せる事が出来るとは二人も考えていなかったのかもしれない。

 

 そんな二人に。

 俺は。

 顔を背けるだけだった……。

 

 

 

 

 

 状況は一変した。

 シュテルは廊下を進み、窓を開けて階下を確認する。

 

 戦闘の後。

 倒れている男が何人も存在している。

 

(一体何が起こったのですか?)

(分かりません。私が確認したときには、既にこんな感じになっていました)

 

 ユーリもシュテルと同じように状況を把握できていない。

 しかし、両者とも確信している事実が一つある。それはここで誰もが予想していなかった不測の事態が起こった事。

 

 少なくとも自体は変わってしまった。

 シュテルはすぐさまこのことを龍一に知らせようと来た道を戻ろうと動こうとする。

 

 その刹那、気配を感じた。

 

「ちっ、まさかあんな化け物がやってくるなんてな!」

「侵入者を見つけたら遠慮なく殺せとのお達しだ。ひとまず、逃げ出した小娘を捕えるぞ」

 

 男二人が足音を響かせながら廊下を走っている。

 両者とも一般人とは言い難い姿恰好。怪しいというのが一目で分かるようだった。

 

「場所は」

「心配するな。探知機を付けている。このまま上に上がっていけばいるはずだ」

「逃げ出してもバレバレだってのにな。ひとまずこの拠点は捨てるのか?」

「ああ。逃げ出す手はずは整っている」

 

 何に気が付くことはなく、男二人はシュテルの目の前を通り過ぎていく。

 声と足音が薄らいだあと、シュテルは天井から身体を離して廊下に降り立った。

 

(化け物、侵入者……おそらく私達のことでは無い筈。とすれば、他に誰かが?)

(シュテル、何かわかりましたか?)

(予想だけであれば。私は今から龍一の元に……)

 

 シュテルはじっと男達の進行方向を見つめる。

 ふと、嫌な予感が駆け巡った。

 方向だけであれば勘違いの筈。だが、シュテルはその勘違いを勘違いだと断定することが出来ない。

 

(シュテル? どうかしましたか?)

 

 突然念話の声が途切れたシュテルを心配するようにユーリが声を掛ける。

 しかしシュテルはその声に耳を傾ける余裕が無く、先回りするため窓の外に体を踊り出した。

 

 

 

 

 

 外の足音。

 シュテルが戻って来たかと一瞬思ったが、こんな大きな音を立てて戻ってくるはずが無い。

 なにか、起こったのか。

 

 今まで閉じていた念話。繋げることを躊躇したが、今は情報が欲しかった。

 

(危険です、彼女たち二人の居場所はばれています)

(光がそっちに向かってる! もしかして……!)

 

 判断は一瞬だった。

 

 ドアを開ける。

 右側を見れば人の形だと分かる影がうごめいていた。

 

「あっ……」

 

 様子がおかしい事を察したのか、アリサとすずかがすぐ後ろに来て同じように右側に視線を向けた。

 

 俺はその場を逃げ出すように影と逆側に走り出した。

 

 もはや逃げ場なんてなかった。

 咄嗟に手を引いていたのは何故か。憐憫? 善意? 矜持? いや、ただの意地だったのかもしれない。

 二人を助けに来たのに、何もできない自分。ただそれで良いと思いたくなかっただけ。

 

 変わらなくても良いと言われた。

 だが、それでは駄目なのだ。

 

 だったら、後は俺自身がどうしたいかなのかもしれない。

 変わりたかったのか、変わりたくなかったのか。

 そんなもの変わりたかったに決まっている。だが、少なくとも様々な恐怖に押しつぶされそうになっている今だけは、昔の臆病なままでもいいんじゃないだろうか。

 

「うわああああああああ!!」

 

 大声を張り上げる。ただ自分にせり上がる恐怖を声に出しただけ。

 意味は無かった。でも、そうでもしないと足が竦んで動けなくなりそうだった。

 

「ど、どこに行くの!?」

 

 急につながれた手をしっかりとつなぎ返しているすずかが声をあげる。

 小刻みに震えているのは、もしかしたら自分の震えが伝染しているのか。

 いや、それは重要ではない。重要なのは、信頼を預けるかのようにその手を握り返していること。

 

 階段は使えない。階下から大きな足音が聞こえて来た時点で降りることは諦めた。

 

 後ろの男たちは追っかけて来るだけ。

 手に持っているそれを使わないのは、二人が居るからかもしれない。

 もしくは、俺が向かっている方向がただの壁しかないからか。

 

「どうするのよ!」

 

 アリサが焦ったように声を出す。

 手を引っ張られているというのに、まるで俺を庇うような位置をとっている。偶然かもしれないが、アリサの性格を考えたら狙ってそうしているのだろう。

 危険ではないのだろうか。いや、あの男達はアリサとすずか相手に撃つ事が出来ないと分かっているからかもしれない。

 分かっていたとしても、行動に移せるのは流石アリサといえるのかもしれないが。

 

「龍一くん、壁!」

 

 気付けばもう目の前は行き止まり。

 ここまで来てしまったら、もう止まる事なんて出来ない。

 魔力反応を感じ取る時間は無い。それに、そんな事をして決意が鈍ることも考えたくは無かった。

 

 二人の手を離し、立ち止まりアリシアを構える。

 

 

 ――願うならば、このことが都合よく誰にも知られませんように。

 

 

「フォトンバースト!」

 

 目の前の壁に雷の力を叩き込んで障害物を消し飛ばす。

 砂煙が辺りに舞い上がり、薄らと海鳴市の景色が視界に飛び込んできた。

 

 もうここまで来て躊躇する必要なんてない。

 

 砂煙で咳き込む二人を抱き込み、そのまま空へと飛びだした。

 

 上から慌てたような声が聞こえる。

 両隣では声にならないような声が耳に届く。

 少し離れた所を見れば、こちらに急行してくるシュテル。

 下には慌ててこちらに向かって飛んでくるユーリ。

 

 ここに来る前、一人じゃないと誰かが言った。

 本心では、自分は一人でいることを恐れていたが、その言葉を信頼してはいなかった。

 だからこそ、自分の失敗に対して過剰に怯えた。それが前世のような光景を生み出してしまうことを恐れて。

 

 ――どうせ、すぐに失望される。

 

 そんな思いは奥底にあった。

 だからこそ、どこかで周りの人に対してストッパーをかけていたのだと思う。

 だけどそれは間違いだって、思える。

 なぜなら、今まさにそれは否定されているのだから。

 この光景、こそが。

 

 ここまでやってしまったというのに。

 安堵の息を吐いたまま、皆に任せるように意識を手放した。

 

 

 

 

 

 その後、なぜか俺の下に責任追及といった形の物は何も来なかった

 そもそも起きたときには家だった。誰も居ない静かな家。

 まるで今まで何も無かったかのように。

 

「アリシア、シュテル、レヴィ、王様、ユーリ……」

 

 もしかするとアースラで代わりに責任を問われているのかもしれない。

 そもそも、レヴィと王様は私闘だ。怒られない訳が無い。

 それが分かっていたとしても、アリシアが手元にない以上、確認するすべはない。

 

 でも、俺は皆が帰ってくることを信じている。

 きっと、今にも玄関から明るい声を響かせて――

 

 

『ただいまー!』

「はっ!?」

 

 ――と思っていたら、幻聴でもなく本当に元気な声が聞こえて来た。

 

 呆然としている間にもレヴィを先頭に王様、ユーリ、シュテルと次々に部屋へと入ってくる。

 そうして俺が起きているのを見るやいなや、なぜか王様が怒りながら買い物袋から取り出したリンゴを投げつけてきた。

 

「痛い! なんで!?」

 

 意味は分からないが、どうやら王様は怒りに打ち震えているらしい。

 

「なんでではないわ丸太棒! 貴様の所為でなぜ我が説教など受けねばならん!」

「でも、王様も最後たのしそうにしていなかった?」

「ふ、ふん、レヴィに合わせただけだ、馬鹿者め」

「合わせたにしては、ナノハ達が来てからも戦い続けたよね」

「時間稼ぎだからな! 決して興に乗ったわけじゃないぞ!」

 

 王様とレヴィが言い合うのを尻目にユーリがスーパーの袋を探っているのが見える。

 スーパーの袋から出て来たのはプリン。何故か不安そうにしながら俺に手渡してきた。

 

「どうぞっ」

「あ、ありがとう」

 

 スプーンも一緒に渡されたので、遠慮せず口にしてみる。

 一挙一動に注目してくるユーリ。理由は分からないが、もしかしたら感想を求めているのかも知れない。

 確かに市販のような味ではない。さすがに翠屋には劣るが、十分に美味しいと言って良い。

 それに、不安げに揺れる瞳を見過ごすのはどうにも気が引ける。

 

「うん、美味しい。これ、どこで買って来たんだ?」

「その、えっと」

 

 少し間を開けて。

 

「私が作りました!」

 

 必死な声で答えた。

 それに対して、なんとなく既製品と違うものを感じていたのは間違いじゃないことが分かり、ユーリ自身もなんだか緊張していた事にも得心がいった。

 

「初めて教えてもらったそれを、ユーリにも教えてあげました」

 

 どうしてユーリが作って来てくれたのか、を疑問に出す前にシュテルがそれについて補足してくれた。

 なぜ、と問うのは野暮だろう。

 

 それよりも今はあの事件についてどうなったのかが聞きたかった。

 

「ねえ、シュテル……」

「二人は無事です。あの後、ユーリと私で離脱し、すぐに家に届けました」

「そっか」

 

 二人は魔法の存在を知っている。

 きっとそのあたりのことは滞りなく進んだのだろう。

 

 だけど、あの時にしてしまったこと。間違いなく足を引っ張ってしまったこと。

 そのことが脳裏によぎり、顔を伏せる。

 みんながどう思っているのか知りたい。だが、知るのも恐ろしく感じる。

 

「ふん、貴様は二人を助けた、それでいいではないか」

 

 王様のその言葉に、驚いて顔をあげる。

 王様は背を向けていて表情は見えない。しかし、その声色は今までになく優しいものに感じる。

 

「そうです。貴方がいなければ彼女たちは無事ではなかったかもしれません。貴方がいたからこそ、だれも傷つくことなく終わったんです」

 

 そう、ユーリが言葉を続ける。

 そこから見えるのは、俺を責めるようなものは欠片も感じず、むしろ称賛するようなもの。

 そんなみんなの反応に、目頭に熱いものがこみ上げる。

 

 信じていなかったのは自分のほうで、彼女たちは自分に対して悪意なんて持つはずがなかった。

 そんな情けなさと感謝で。

 

「龍一のことも心配していました。落ち着いたら顔を見せて欲しいとのことです」

「うん。その、管理局には」

「ディアーチェのお蔭で筒抜けという展開は回避することが出来ました」

「そうなんだ。ありがとう、王様」

「ふん」

 

 礼を言われる筋合いが無いかのように鼻を鳴らす。

 良くも悪くも王様らしい反応。

 

「それじゃあ、今回の事件は特に大事には?」

「はい。大暴れしたディアーチェとレヴィがすごく怒られただけです」

 

 すごく、で済んだのならまだ良かった方だろう。

 いや、魔王の存在を考えれば、そもそも止める際にとんでもないおしおきをされたのかもしれないが。

 

 ともかくとして、無事に事が終わったとみて良いだろう。

 心底ほっとする。

 誘拐犯の正体は分からないが、おそらくそれはニュースでも見れば分かる事だろう。

 

「みんな、ありがとう」

 

 みんながいなければこんな結果にならなかったことを確信する。

 自分は恐怖に押しつぶされそうで、でも彼女たちがいたからこそ、信頼するからこそ最後の行動に出ることができた。

 そんな信頼できる彼女たちに、俺はもう一度、心の底から感謝を込めてその一言を伝えた。

 



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第九十五話 拓ける感情

 特に体の問題は無いので、次の日には学校に復帰することにした。

 前日休んだ分に関してはとりあえず風邪で通していたので、多くの人からの追及は無かった。

 

 当事者たち以外は。

 

「それにしても災難よね」

 

 昼休憩に入ってそんな風に気軽に話し掛けてきたのはアリサ。

 何を言われたのか一瞬理解出来なかったが、すぐに一昨日のことについてだと気が付いた。

 

「そ、そうだね」

 

 多分アリサの中では俺も一緒に攫われていることになっているのだろう。シュテルはそう説明したと言っていたはず。

 もちろんそれに対して不満はない。事実、あの夜は助けられた事の方が多かった。

 

 それにしても、アリサは攫われていたというのに元気なものである。

 すずかは大事を取って今日はお休みだと聞いたというのに。

 

「シュテルさん達にはお礼を言わなきゃいけないわね」

「うん」

「でも、なんであんたまで捕まってたの? しかも別の部屋で」

「え、そ、それは……」

「私達は自分で言うのもなんだけど、いわゆるお金持ちの娘だからわかるんだけど、あんたは……」

 

 そこで口を止める。

 最後まで言わなかったが、一般庶民といいたいのだろう。

 別に本物のお嬢様のアリサから言われてもどうとは思わない。一応補足しておくと、一軒家を立てて海外を飛び回る親が貧乏なわけないので、一般家庭よりは裕福な方である。

 

「というか、それってシュテル達から聞かなかった?」

「私としては納得がいかなかったから聞いているの。最後のあれだって」

 

 もしかすると魔法を使ったことを言っているのだろうか。

 それについてはすでに相談してある。そう、泰然とした態度で説明すれば問題ないはずだ。

 

「そそ、それは、シュテルが外からドーン的な奴で俺は全く何にも関係ないですはい」

「言い訳するならせめてもうちょっと堂々としなさい」

 

 やはり魔法を見られたことに対する動揺は相当なものだったと口を開いてから実感した。

 

「……事実がどうあれ、やっぱあんたなら隠すわよね」

 

 アリサは意味有り気な言葉を呟いて、ふうと息を漏らす。

 その目は呆れているような、それとも笑っているような、なんだか微妙な感じである。

 これはひとまず逃れられたといっていいのか。

 

 そこで、どこへ行っていたのか見知った顔が。

 

「二人共、一昨日は大変だったね」

 

 フェイトが教室に入ってきて、こちらを見つけるとそう言いながら近づいてきた。

 

「なのは達も休みよね。どうしたのかしら?」

「街中でとばしちゃったせいで、反省中、かな」

「そう……」

 

 とばした、というのは王様との戦闘のことだろうか。

 王様もレヴィも本気を出していたみたいだし、それに対するなのはも本気を出してしまったのだろう。

 はやてがいないのも、同じ理由なのかもしれない。

 

「それでもみんな無事で良かった。なのはも二人のこと心配していたから」

「そうね、シュテル達が助けに来なかったら危なかったかもしれないわ……」

 

 誘拐されていた日の事を思い出したのか表情に影を落とす。

 扱いとしてはあまり良くなかったとは聞いた。直接聞いた訳では無いから又聞きではあるが。

 とはいえ大事な人質だったからだろう、救出時にアリサとすずかにこれといった大きな傷は無かった。そこだけは少し安心した。

 

 やはりと言って良いのか、相手は金品目的の誘拐だったらしい。ただ普通の誘拐と違うところは、誘拐した犯人が組織だっていた事。

 これらはニュースで流れていた内容であり、もし本当であればほぼ解決したと言って良いのかもしれない。経緯は分からないけど。

 

「そうだ、なのはが学校終わったらみんなで会おうって。もちろん、大変な目に遭っていたし、また今度でも良いって言ってたけど」

「いえ、行くわ。すずかとも実は約束をしているの。場所は?」

 

 聞いていると、放課後に会う約束まで取り付けていた。

 多分このまま放っておいたら俺まで着いていく羽目になるのだろう。

 

 今はそれもいいかなって、そう思った。

 

「龍一の家」

 

 前言撤回。

 

 

 

 

「結局どこまで喋ったの?」

「私たちがこの家に住んでいることだけですよ」

 

 家に帰って早速シュテルに問い詰めてみた。

 シュテルの手には編み物。最近ユーリと一緒にしているところをよく見る。

 

 答えに関しては前に管理局ともどもばれていることは知っていた。参観日の時に盛大にネタバレしてしまっている。

 思い返せば、シュテル達は大きな事件を起こした当事者だ。それを監視無しでこうしていられるなんてありえない。

 それでもこうして見逃されているのは、実は監視をしっかりしているのか、放っておいても大丈夫か……あるいは前に聞いた、いずれここから居なくなるからか。

 

 今間違いなくいえる事は、もうわざわざ隠すことはないという事だろう。みんなのことも、魔法のことも。

 

「でもアリシアまでは向こうは知らないよね」

「はい。それに関しては龍一が危惧している通りになる可能性がありますから、みんなで隠し通すようにしています」

「危惧していること……それって管理局に捕まるってことだよね?」

 

 シュテルが神妙に頷く。

 ここまではっきり答えるのであれば、俺の想像通りになる可能性が高いのだろう。

 

「やっぱロストロギアの持ち出しは犯罪者か」

『ロストロギアのこともそうだけど、私自身の存在も危険だからね』

 

 そこで、今までずっと机の上に置かれてあったアリシアが口を出した。

 ちなみにアリシアは俺が起きたときにはスリープモードだったらしい。あの時は焦って損したと思った。

 

「危険って、確かにフェイトとの関係は危ういけど」

『そこだけじゃなくて、私のような意志を持つデバイスは珍しいから』

「そうなのか?」

 

 祝福の風はデバイスだったはず。人間らしいデバイスはそこまで珍しいというほどではないのではないだろうか。

 

 いや、そういう意味ではない。

 アリシアが言ったのは、人間としての意志を持つデバイスという意味なのだろう。

 人間として生を失った人物がデバイスとして存在している。それは別人といえばそうなのだが、その人物としての記憶と意志がしっかりしている時点で危うい存在といえるのだろう。

 

「じゃあ、どうあがいても管理局からは隠れる方がいいわけか」

『うん。特に私の存在はね』

 

 なんにせよ、事件については今のままが一番ということなのだろう。

 下手に口を出すのは危険。

 ひとまずはみんなが家に来ている間は機能を停止して押し入れにしまっておくことにした。

 

 

 

 

 家に来たのは三人。アリサ、フェイト、すずかだ。はやては学校の時点でいなかったが、どうやら病院らしい。いつもの通院とのこと。

 それと正直フェイトは魔王と行動しているイメージが強かったので、魔王を連れて来るか来ないかのどちらかだと思っていたので肩透かしを食らった気分である。

 

「ねえ、龍一。聞いても良い?」

「なにを?」

「シュテルやレヴィ達も居るんだよね。何処に居るの」

 

 油断していた矢先の言葉。

 フェイトからすると聞いて当たり前の質問であるし、身構えておくべきだったのだが、条件反射のように息が詰まってしまった。

 

 それでもどうにか息を整えると。

 

「レヴィと王様は今日もアースラに呼ばれて朝から出て行って、シュテルとユーリは出かけて来るって」

 

 そう伝えることが出来た。

 フェイトは得心がいったかのように頷いたが、詳細はいまいち聞かせてもらっていないので自分にはさっぱりだった。

 もちろん、それには何らかの理由があるのだとは思っているが……

 

「それより、よく外に出ることを許してくれたわね」

 

 会話が無くなったあたりで、アリサがすずかに向けて話し掛けていた。

 

 確かに、アリサは我が強いので学校に登校することだってできたし、うちに来ることも出来た。(とはいえ、送り迎えに護衛が居たりして、今も家の前に隠れている人がいるが)

 すずかの方は蝶よ花よと育てられているだろうし、しばらく家から出て来ないと思っていたが実際には明日から学校にも登校するらしい。

 

「ううん、登校は今日にだってできたし、アリサちゃんが思っているほどじゃないよ」

「そうなの?」

「今日はちょっと、後始末というか……う、ううん、なんでもない」

 

 慌てたように手を振る。

 彼女を見ていると、何故かいつしか前に会った彼女の姉とメイドをふっと思い出した。

 もしかしたら、すずかは事件について何か知っているのかもしれない。それを追及するつもりは無いのだが。

 

 しかし、思い出したのだが呼んだ張本人の魔王が居ない。

 

「ねえフェイト、なのはは?」

「あ、うん。なのはならちょっと遅れて来るって言ってた」

 

 呼んだ本人が遅れるとは。

 フェイトが先に来ているという事は魔法絡みではないのだろう。だとするならば、魔王は実家の件で遅れているに違いない。

 

「つまり、まお……なのはは甘味を持って来てくれる!」

「よく分かったね」

 

 大袈裟に感じられるほど飛び跳ねるようにして驚く。

 恐る恐る振り向いてみれば、そこにいるのは魔王。当の本人は驚いた俺を見てきょとんとしている。

 

「その、勝手に入ったのはごめんね?」

「客人のようですから、私の判断で入れました」

 

 苦笑いしている魔王の後ろから出て来たのはシュテル。

 手には袋を持っていて、その後ろからもレヴィと王様、ユーリがぞろぞろと出て来た。

 なんだか思ってもいなかった集団に少し思考停止していると、隣にユーリがちょこんと座ってきた。

 

「龍一さん、翠屋のシュークリームです。美味しいんですよ」

「ああ、美味しいのは実によく知っているが、それよりもどうしてこの面子で帰ってきたんだ?」

「お客さんが来るので、私とシュテルが翠屋に行くところまでは知ってますよね」

 

 え、そうだったんだ。何も言ってなかったから、てっきり本当に個人的なお出かけかと思っていた。

 

 そう思ったが口には出さずにうんうんと頷いておくことにする。ユーリは俺のことを知ってか知らずか、あんまり疎外感を味あわせるようなことはしたくないらしい。

 だから本を借りに行く時もわざわざ許可を得るし、シュテルに編み物を教えることも報告してきた。

 そもそも、こんなタイミングで外に出るなんて、気が利くシュテルとユーリの事だからおかしくはないのである。

 

「翠屋でたまたまなのはと出会いまして、あ、なのはは管理局からの帰りで、レヴィとディアーチェと一緒だったんです」

 

 それにしても人見知りの気があったユーリも今はこうして流暢に話しをしてくれるようになった。

 時の流れを連想させてくれるのと同時、妙な寂しさも覚える。

 

「龍一さん?」

「あ、うん、聞いてる。それで?」

「ちょうどなのはも龍一の家に行くということでしたので、翠屋でお菓子を増やしてもらって一緒に帰ってきたんですよ」

 

 さすがお菓子屋の娘というところだろうか。みんなが袋を持って帰る分を用意してくれるなんて、これが立場というのか。

 多分商品に手を付けた訳では無いだろうが、明日位に別口でお礼を言いにいってこよう。

 あそこの人もやり手だし、再び店に訪れてくる可能性を視野に入れて、多めにお菓子を用意してくれたのかもしれないと思うと、手のひらの上で踊らされている感が否めないが。

 

「うん、お疲れ様、ありがとうユーリ」

「えへへ」

 

 なんとなく流れで頭に手を置いて優しく撫でる。

 目を細めて嬉しそうにはにかんでくれるところは、なんだか愛らしいペットのようなものを連想させてくれた。

 

 ふと、周りを見ると、周りには何だか宇宙人でも見るかのような皆の姿が。

 

「思ってたけど、龍一って私達の前とこの子たちの前だと反応変わるよね」

「あ、レヴィからよく聞くんだけど、意外と優しいし、遊びにも付き合ってくれるって」

「私もシュテルから聞いた事あるの。感謝してるって」

「へぇ、あの龍一がねぇ」

 

 いまいち納得がいかないのか渋い顔をするアリサ。

 そんな状況で、俺は美味しそうにシュークリームを頬張るレヴィと、わざと視線を逸らそうとしているシュテルを睨むだけだった。

 

「丸太棒を褒めるためだけに集まったのか? ならば我は外させてもらうぞ」

「あ、うん、そうだね」

 

 話が逸れそうなタイミングで、王様が鶴の一声となって空気を変えた。

 なんだかんだ面倒見のいい王様のことだから、きっと俺が嫌がりそうな話題を避けてくれたのだろう。本人にそんなことを言うと白い目で見て来るけど。

 

「えっと、アリサちゃんとすずかちゃん、二人が大変なことになってるのに、気付かなくてごめんね。困っている人を助ける為にって、考えていたのに」

「いいのよ。結果的に助かったわけだしね」

「そうだよ。私達だって、なのはちゃんに何もしてあげられないんだから」

「そ、そんなことないよ!」

 

 あれやこれやと言いあう三人だけど、その内容はお互いに気付かう物ばかりだ。

 これが親友という物なのだろうか。

 こういう姿を見ていると、ほんの少しだけ、こういうのも羨ましいって、そう思う。

 

「ああもう、兎に角、なのはが謝ることはないの! これで終わり!」

 

 いつまでも続きそうな言い合いをアリサが打ち切る。

 魔王もこれ以上続けたら止まらないことを察したのか、それに異論はないみたいだった。そうして、次にシュテル達の方を向いた。

 

「シュテル達も、ありがとう。シュテル達が助けてくれたんだよね」

「いいえ、私は……いえ、そうですね。素直に受け取っておきます」

 

 一瞬言い淀んだあと、シュテルは表情を変えることなく感謝を受け止めた。

 ちらりとこっちを見たのはそういうことなのだろう。こちらとしても言うことはない。

 

 これから先、彼女達と素直に付き合うことになっても、胸に留めておくのだろう。

 単純に目立ちたくないのもあるが、自分が助けに行ってあんなことになったなんて、情けなくて言えたものでもないし。

 

 しかし、どうやらなのははお礼を言いたかっただけの様子である。

 お礼を言い終えると、すずか達の様子を確認しつつお菓子を食べながら雑談モードに入っている。

 

 いや、もう家に入れちゃっていろいろばれてるから雑談くらい良いんだけどさ。

 やっぱり流されているだけなんだなぁ、とこの光景を眺めながらそんな風に思った。

 



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第九十六話 安寧の日々

 ある日の昼下がり。

 何事も無い日々。まさに平穏と呼ぶにふさわしい日常が過ぎ去っていく。

 

「今日のご飯は何が良い?」

 

 朝刊に付いている広告を眺めながら、共に朝食を摂っているみんなに聞いてみる。

 とはいえ、この問いはすでに数えきれないほど行っており、その問いに対する答えもすでに知っているような物。

 

「僕はカレーが良い!」

「私はハンバーグが良いです!」

 

 予想通りといって良いのか、いつもの二人からいつもの答えが返ってくる。

 広告に安売りされている物はミンチ肉とジャガイモ、玉ねぎ。カレールーは家に余っている物があったはず。今日どちらか作り、明日もう片方を作るという手もあるが。

 

 どっちを優先させようかとうなっていると、珍しく王様が口を出してきた。

 

「どっちもすればいいのではないか」

「王様、そうは言うけど……」

「手伝いが欲しいというのであれば、王であるこの我が一つ手助けしても良いぞ」

「手伝うって、一緒に作るの?」

「そう言っておるだろう」

 

 本当に珍しい。基本的に料理当番は俺と王様の交代だったはず。俺から手伝うことはあっても、王様から手伝いを打診する事なんて今まで一回も無かった。

 そんな珍しさもあり、今日の晩御飯はハンバーグとカレー、いわゆるハンバーグカレーに決まったのだった。

 

 

 

 

 

 王様と二人での買い物。

 一緒に買い物に行く事は珍しいことではないが、それは他の皆もいてからこその話。

 今日はシュテルは管理局の方に行っていて、レヴィとユーリははやての家に遊びに行っている。つまるところ、手が空いているのは俺と王様しかいなかったのだ。

 俺に関しては正しくはあまりはやての家に行きたくなかった言うべきか。

 

「王様も、はやての家に行きたくなかったの?」

「ふん、丸太棒と一緒にするな」

 

 王様はすぱっと言い切った。

 小鴉とはやてに渾名を付ける位だから、自分のオリジナルということもあり好いていないのかと思っていた。

 いや、そもそも王様は厳しいことを口にすることが多いが、本気で相手にどうこうすることはまずない。

 ユーリも「ディアーチェは本当は優しいんですよ」と言っていた。

 俺に対しても初めての料理を口にさせなかっただけで、それ以降王様が何かを作る時はしっかりと俺の分も作ってくれていた。

 

「なんだ、こちらをじっと見て来て」

「なんでもない。それより、買う物は覚えているよね」

「あたりまえだ。我をなんだと思っている」

 

 先程の考えを表に出すつもりは無い。

 どうせ否定するだろうし、怒らせるだけだろうから。

 

 さて、よく行くスーパーだが、割引の日は少し大変になる。

 人混みが増えるのは当たり前で、それにより野菜などの鮮度を確認することが難しくなるためだ。

 だからこそ王様と分担することは最初から決めていた。

 

「王様はミンチ肉。量も分かってるよね」

「ふん、我が信用ならんというのか」

 

 そういうわけではない。

 今までも王様が買い物に行ったことはあるが、間違えて買ってきたことは一度もないからだ。

 やはりはやての姿形をとっているだけはあるのかもしれない。比べると怒られるが。

 

 さっそくスーパーに入って二手に分かれる。

 買う野菜はじゃがいも、玉ねぎ、にんじん。

 ハンバーグがあるのでいつもより数は少なめでいいかもしれないが、玉ねぎだけは多めに買わなければならない。

 そう考えて早めに玉ねぎ売り場の方に移動したとき、運が良いというべきなのか、最高に品質の良さそうなたまねぎを発見することが出来た。

 

「ラッキー。じゃあ、いただき……」

「これはよさげやな。リインフォース、とって……」

 

 偶然、だろうか。

 同じ野菜に手を伸ばそうとしてきたのは、つい先ほど考えていたはやてだった。

 

「龍一やん。珍しいなぁ、こんなところで会うなんて」

「そう言っても近所だから会うことはあるよ」

 

 予想外の邂逅だが、俺もはやて自身に逢うことは歓迎である。

 しかし問題は後ろにいる女性、祝福の風だ。彼女の視線は間違いなく俺を歓迎なんてしていなかった。

 とはいえ口を出してこないのは主を前にしているからか。間にはやてが居てこれほど助かったと思う日はこれまでになかった。

 

「龍一も買い物? 晩御飯はカレーなんか?」

「そ、そうだね。ちょっと違うけど……」

「カレーゆうてもいろいろ種類があるからなぁ」

 

 とりあえずそう話をしながらでも野菜を入れていく。

 はやても俺との会話とは別に祝福の風に指示をしていって、必要な野菜を次々とかごに放り込んでいった。

 そうして確認の段階に入ったところで、後ろから王様の声が聞こえた。

 

「げっ、貴様は小鴉!」

 

 振り向いてみると、まるで会いたくなかったと言わんばかりの顔をしている。

 手にはしっかりとミンチ肉を持っているところからすると、向こうが早くに終わったのでこちらへときたのだろう。

 

「なんや、王様も居るやん。龍一と買い物なん?」

「それがどうした」

「庶民的やなぁ。でも、そういうところも良いと思うで?」

「う、うるさい!」

 

 そこで、ポンと手を叩いてはやては

 

「王様もうちにどうや? 料理、作ったるよ」

「小鴉のか?」

「せや。今日はカレーやで」

 

 そう言って誘ってきた。

 個人的感情を抜きにすれば、その提案は受けても構わない。向こうからしてもカレーなら人数が少し増えても問題ないだろう。

 それに、はやての家にはレヴィとユーリもいる。呼ぶ手間もある訳では無かった。

 

 しかし、それは此方にも予定がなかった場合のみ。

 

「いらん。我らは家でハンバーグカレーを作ると決めている」

「ま、そうだな。もしカレーだけになったらユーリが拗ねてしまう」

 

 さすがにはやての家でハンバーグを作るわけにもいかない。彼女の家は人数も量も多くなってしまう。

 しかも、今日は全員揃っているというし、出会ってからずっとこちらを見るのを止めない祝福の風やあの剣士も気になる。個人的な都合としてもお断りしたい。

 はやては少し残念そうにした後、頷いた。

 

 

 

 

 

 同タイミングに会計をして、道もそこまで違わないので途中まで一緒に行動する。

 帰りは帰りでそれなりに話も弾んだ。主にはやてが王様を弄って遊んでいただけのような気もするが。

 話が途切れて少し無言になったタイミング、真剣な表情で王様は祝福の風に言葉を向けた。

 

「貴様、体の方は何とも無いか?」

「ええ、貴女達のお蔭で安定しているようです」

「そうか、それならば、もう安心かもしれんな」

 

 口ではぶっきらぼうに聞こえるが、何となく安心しているようにも聞こえる。

 はやては明るく祝福の風に声をかけていて、ほっとするように祝福の風もまたはやてに応対している。

 

 少し前にアリシアが彼女の容態について語っていた。

 確か、助からない。そのようなことを口にしていたはず。

 しかし三人の様子はその容態と思えないほど安定していた。よくは分からないが、そういうことなのだろう。

 祝福の風とは相変わらずの関係ではあるが、それとは関係なしに内心嬉しく思う。

 

 

 

 

 

 家に帰ってきた。

 鍵は開いていて、先に誰かが帰ってきているのがわかる。

 靴を見れば三人分。

 既に帰っていた二人は扉の音を聞きつけたのか、足音を立てて玄関に殺到してきた。

 

「あー、やっと帰ってきました!」

「待ちくたびれたー! 早くカレー!」

 

 この二人を見ればあの誘いを断ったのも正解だと言える。

 急かす二人に待ったをかけて、王様と二人で台所に向かっていく。

 

「しかし、こうして貴様とここに立つ日が来るとはな」

「そうだね、俺もそう思うよ」

「……べ、別に貴様を認めた訳では無いぞ!」

「何も言ってないけど!?」

 

 何を勘違いしたのか、もしくは先走ったのかは知らないが、突然怒声を浴びせられる。

 ユーリの言う優しいディアーチェというのも、なんとなく分からないでもないが、やはり実感するにはまだ早いようだ。

 

 

 ちなみに、その日王様と作ったハンバーグカレーは三人から大好評だった。

 



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第九十七話 かつての想い

「龍一、その、街を案内してくれませんか?」

 

 それは朝食をみんなで摂り、それぞれの用事により解散した後のことだった。

 洗い物中にユーリが近付いたかと思えば、珍しくお願い事をしてきた。

 

「街の案内、といっても、ユーリはこの街に来てから結構な時間過ごして来ただろう? 今更教えるようなところがあるかな」

「いえ、私は龍一に案内をしてほしいんです」

「俺に?」

 

 ユーリの言葉にピンとこない。

 ひとまず洗い物を中断して、手を拭く。彼女の様子からして片手間に聞く物ではないように感じた。

 

「えっと、何かあった?」

「いえ、知りたいんです」

 

 知りたいとは何をだろうか。隠れ家的なお店は知らないし、安売りされているお店なんかユーリが興味あるとは思えない。

 そう思いじっとみていると、先程の言葉に続けるよう口を開いた。

 

「龍一のここでの思い出を」

 

 それはユーリにとって必要な事なのかもしれない。

 ずっと気に掛けてくれたであろう少女。優しさ故に苦しんできた。

 そういえば彼女と二人きりで外に出る機会は殆ど無かったことを思い出した。

 なら、思い出作りのためにも外に出かけるのは悪くない。

 

「うん、いいよ」

「本当ですか!」

「だったら、いつ出ようか。昼からなら……」

 

 そうしてどこに行くかの構想を練る。

 ユーリが知りたいというのであれば、回る場所も考えなければならない。

 

 そんな思考と裏腹に、ユーリは元気よく答えた。

 

「今からが良いです!」

 

 流石に面食らったが、はにかむその笑顔を前にして駄目とは言えそうもなかった。

 

 

 

 

 

 二人乗りをしていた自転車を止め、しがみついているユーリに行き先に辿り着いた事を知らせる。

 

「ここが始まりですか?」

 

 目の前に広がるのは海。

 俺が沖に流されてアリシアと出会う事になった、ある意味で全ての始まりだった。

 

「あの時に釣りに行くことがなければ、最後までこうしていなくてもよかったのかなって思うよ」

「ですけど、そのおかげでディアーチェ達と仲良くすることが出来たんですよね」

「王様は……どうなんだろう?」

 

 はたしてあれを仲良くしていると言えるのか。少し疑問に感じる。ユーリが言うからには悪くはないのだろうが。

 それにしても、確かにアリシアが居なければどうなっていたかわからない。

 今となっては彼女がいない未来なんて考えられないのだ。

 

「少し、見ていく?」

「はいっ」

 

 そう元気に返事をしつつも少し肌寒いのか体を震わせるユーリ。

 着ている上着を貸して、それでも少し寒そうにしているユーリに温かい飲み物を買おうと思い、手近な自動販売機に移動した。

 後ろからユーリも付いてくる。向かっている先を見て、何をしようとしているのか彼女にも伝わったのだろう。

 

「わ、悪いですよ!」

「いや、普段からお世話しているんだし、これくらい気にするなって」

「そ、それを言われると……はい……」

 

 少し意地悪だっただろうか。

 ひとまずお金をささっと入れて、目に映った飲み物のボタンを押す。

 ガコンと音を立てる自動販売機。

 視線を下げて申し訳なさそうにしているユーリの頬に、取り出し口から取った飲み物をピタリと当てた。

 

「ひゃっ、え、つ、冷たいです」

 

 ユーリも温かい飲み物を買うと思っていたのか、驚いた声を上げる。

 そんな様子を楽しみながら、缶をシェイクしつつ自動販売機を指差した。

 

「お金は入れてあるから、好きなのを買ってよ」

「えっと、その、ありがとうございます」

 

 申し訳なさそうにしながらも、視線を左右に揺らす。

 好みのものが見つかったのか、ユーリは手をあげてボタンを押そうとするが、届いていない。

 苦笑しながら腰のあたりに手を回して持ち上げてあげた。

 

「ひゃっ、えっ?」

「一番上の段のだよね」

「うぅ、そ、そうです……」

 

 恥ずかしそうにするユーリ。

 見れば一番上にあるのは果汁百パーセントオレンジジュース。温かい飲み物ではないところが自分の思惑とは違ったが、そちらの方がいいのであれば意見をする意味もない。

 しかしあれがあるなら趣向を凝らしてゼリー缶にするんじゃなかった。今の子供舌だと果汁百パーセントオレンジジュースはかなり美味しく感じるのだ。

 

「あの、もういいですよ……?」

 

 おっと、どうやらもうボタンは押したらしい。

 すぐさま下ろし、屈んだ状態なのでついでに自動販売機からジュースを取り出した。

 それをユーリに手渡してあげる。

 

「……」

 

 それを受け取りつつも、ボーっと俺を見つめてくるユーリ。

 どうして見つめられているのか分からない。顔に何かついている訳では無いし……と、そこで手に持ったゼリー缶に視線を移す。

 

「これが気になるの?」

「え、ち、違います」

 

 どうやら違ったらしい。

 

「ただ、龍一にシュテルが懐いている理由が分かった気がしまして」

「ジュースを買ったくらいで?」

「そうじゃないですよ」

 

 くすくすと可笑しそうに笑う。

 というか、懐くという程シュテルは俺に対して思っているのだろうか。嫌われてはいないだろうけど。

 

「でも、その飲み物はなんですか?」

「やっぱり気になるんだ」

「冷たい飲み物を買ったのもですけど、強く振ってましたし」

「冷たい飲み物を買ったのは君もでしょ。一口飲んでみる?」

「え、でも龍一の物ですし……」

 

 別に気にする必要はないのに、遠慮をするユーリ。

 とはいえ、そう返してくることは織り込み済み。こういう場合の対応も今では慣れたものとなっている。

 慣れた、というよりはお互いの慣習になっているのかもしれないけど。

 

「そのオレンジジュースと交換で」

「それなら……はい!」

 

 自転車置き場に戻りながら、シェアした飲み物を飲みあう。

 ユーリは中身のゼリーに驚きながらも嬉しそうに飲んでいる。

 

 この次に連れて行く場所を考えながら、俺は二人で歩いているこの時間に心地よさを感じていた。

 

 

 

 

 

 学校、翠屋、図書館、はやての家、スーパー。

 俺がここで過ごしてきた場所を回っていく。

 何処に案内しても思い出が次々と浮かんでくる。

 それは自分がここにきて、ここまで生きた証の一つ。

 

「ここでシュテルに会ったんですね」

 

 最後につれて来たのは山の中。

 何の変哲もなく、ただ周囲の木々の葉が風に揺らめいでいるだけ。

 それだけの場所だが、それでも俺はこの場を大切なものとしてユーリを連れて来ていた。

 

 無言でじっと一点を見つめるユーリ。

 そんなユーリを促し、そのあたりの木陰に座らせる。

 穏やかな風。今まで気に留めることは一度も無かったが、意外と海鳴の気候は気持ちが良いものなのかもしれない事に気が付いた。

 暫くそうして風を感じていると、不意にユーリの口が動いた。

 

「もし、シュテルじゃなくて私と最初に出会っていた場合、龍一はどうしました?」

「もしそうだったとしても、多分変わらなかったと思う」

 

 相手がシュテルじゃなかったとして、例え王様だったとしてもきっとあの時の対応は変わらない。

 今にして思えば、ああしたのも必然だったのだろう。

 シュテルは俺に曳かれてあの場に現れた。俺もまた、それを放っておくことは出来なかった。

 

「受け入れるつもりは無かったんだけどな」

「ふふ、そうでしたね。貴方はそういう人です」

 

 そう口にして、ユーリは自分でその言葉を訂正するように続けた。

 

「いいえ、そういう人、でした」

 

 思いを馳せているのか、一言一言をかみしめるように口にする。

 彼女は、ずっと見てくれていたのだろうか。

 闇の欠片により俺の過去が現れたという事は、それを知っていてもおかしくはない。

 そう考えると、ずっと情けなかった俺を見ていてもこうやって接してくれるそんな彼女に対して、猛烈に感謝の気持ちがわいた。

 

「ありがとう」

 

 ついそんな言葉が口から出てしまう。

 見捨てられるかもしれない、なんて思う必要はなかった。だって、ずっと見ていてくれた人がここにいるのだから。

 ユーリは少し驚いた顔をしたが、すぐにそれを否定するようにして首を横に振った。

 

「いえ、私こそ、ありがとうございます」

 

 きっとここで否定すると彼女もまた否定するのだろう。

 それはあの日にも起こった事。ある意味こういうところは変わっていないらしい。

 

 もしここで昔の自分にあったらなんていうのだろうか。

 お前の未来は明るいぞ。なんて、口にしても信じてくれないんだろう。

 そんな無駄な事を考えながら、小さく笑ってこの時間に身を委ねながら空を見上げる。

 

 なんとなく、いつもより空がきれいに見えた。

 



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第九十八話 楽しみの遊園地

 季節は再び一周して春。俺ももう小学五年生になる。

 ……なんだか、小学五年生とか変な気分ではあるが。

 

 さて、そんな事はおいておき、春休みの真っ最中ということなので、どこか出かけようというレヴィの言葉により、あれやこれやと遊園地に行く事が決まった。

 

 いや、来てしまった。

 

「うわーーい!! ほらみてみて、凄い乗り物が動いてるよ!」

「本当です! あっちにも面白そうなお馬さんが!」

 

「ええ、ではいつでも念話が届くようにしてください」

「ふむ、こちらも気を付けるようにしよう」

 

 レヴィとユーリがはしゃいでいる横で、シュテルと王様はそれぞれ注意事項を確認し合っている。

 なんだか見事に保護者と子供の関係である。

 そんな風に眺めていると、キーホルダーほどのサイズになって持って来ていたアリシアから念話が入った。

 

(お兄ちゃんはレヴィたちの方かな)

(なんだとこの)

 

 精神年齢からみても俺は保護者枠だろうに。

 しかし、こんなときにアリシアと口げんかを始めるのも無粋だと思いそこで止める。

 子どもの体に引っ張られているのか、それともずいぶん久しぶりの遊園地だからなのか、もしくは信頼できる家族と共に来ているからなのか、心が躍っていることは否定しない。

 

「龍一は何が乗りたいですか?」

 

 色々な乗り物に目が奪われていた様子のユーリ。

 おそらくどれもこれも乗ってみたいのだろうが、選びきれないのだろう。

 ならば、こういう場面で即決できる人物を当てにしてみることにする。

 

「レヴィは何と言ってるの?」

「あの速い乗り物に乗りたいって言っていました」

 

 視線を向けた先はジェットコースター。

 いきなり乗るには少し早い気がするが、他に先にのりたいものがあるわけでもない。素直にジェットコースターを乗る事にしても良いだろう。

 

「では、そのように言っておきますね」

 

 ユーリは小走りでレヴィに伝えに行く。

 人混みも多い訳では無いのでぶつかる事はないだろうと思い、その背中を暖かい目で見守る。

 

(みんな何だかワクワクしてるね)

(初めてだろうし、しょうがないよ)

(お兄ちゃんも達観しているみたいに言うけど、すごく高揚しているのが伝わってくるよ)

(そうか? ……そうかも)

 

 アリシアの言葉を否定できない。

 それは自分でも楽しみにしているのが分かっているからだろうか。

 

「おーい、龍一、早くしないとおいてっちゃうぞー!」

 

 レヴィの呼ぶ声に目を向けてみると、すでに人混みに紛れそうなほど遠くへ行っていたのに気が付いた。

 慌てて追いかける最中、ふと考える。

 もしかするとこうしてみんなで来ているからこそ楽しみにしているのかもしれないと。

 

 

 

 

 ジェットコースター。

 

「わああああああああああああ!!」

「ひゃあああああああああああ!!」

「あはは、あはは!!」

 

 絶叫している人居るけど、それより早いスピードで戦ったりしていません? あ、だからレヴィは笑っているのか。

 

 

 

 

 フリーフォール。

 

「また絶叫系いいいいい!!?」

「これヒューーーーっていくやつだよね!」

「ちょ、ちょっと怖いです……!」

 

 怖いというユーリはむしろ楽しそうにしている。

 一番怖がっているのはおそらく安全バーをぎゅっと握っている王様だろう。

 

「なんだ丸太棒! 我は気が立っている!」

「な、なんでもないです」

 

 

 

 

 パイレーツ。

 

「ひゅんってくる、これ!」

「これ楽しい! 気にいったかも!」

「あ、レヴィ、たっては駄目ですよ」

 

 安全バーから抜け出し稼働中のパイレーツに立とうとするレヴィを止めるシュテル。

 実際立っているのがばれると、出禁されるかもしれないほど危ない行為なので気を付けてほしい。

 

 

 

 

 空中ブランコ。

 

「これは魔法でも味わえないね!」

「そうですね!」

「でも、もしかして王様に頼めば同じ事やってくれるかも?」

「どうでしょう……今度頼んでみましょう!」

 

 レヴィとユーリが回転中なのに談笑しているのが聞こえる。

 これ、そこまで余裕のある乗り物じゃないと思うのだが、絶叫系続きで慣れて来てしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

 昼食をとるために適当なレストランに入る。

 空調もしっかり効いていて、園内レストランの割にはしっかりと環境が整えられているみたいだ。

 そんな様子にはしゃいでいる奴もいるが、俺は事情が違った。

 

「龍一弱いね~」

「うぅ……」

「れ、レヴィ、そのようなことをするのは……」

 

 乗り物に酔ってぐったりしている俺に笑いながらつついてくるレヴィ。ユーリはそんなレヴィを止めようとしているのかあたふたしている。

 そりゃ俺だってジェットコースター一回くらいならなんてことはない。しかし、絶叫マシンばかりを何回もまわられると思わなかったので、完全にグロッキーだ。

 こちらとしては何故みんな平気なのかを問いたい。

 

「ふん、相変わらず丸太棒は虚弱だな」

「そういうディアーチェこそ、凄い声が出ていましたよ」

「き、気のせいだ!」

「そうですか。それより、どの料理にしますか」

「すぐ話を転換されると、こちらとしても困るな……」

 

 二人が話している風景。王様と初めて出会った頃はこんなふうになるとは思わなかった。それは、シュテルが楽しみからなのか気がせっているのも同じ。彼女もまたこの遊園地を楽しんでいるのだろう。

 

 一通り注文する料理を決めて、店員さんに頼んだ。店員さんはにこやかに注文を受け取った後、特にこれといった対応も無く下がっていった。

 ふと思ったけど、この世界では子供だけで遊園地に来ても不思議がられないのだろうか。

 ……いや、魔王たちを見ていれば、少々早熟な子供が多いので問題はないのかもしれない。

 

「でも、まさか皆が良いって言ってくれるとは思わなかったなー」

「なんだ、断ると思ったのか」

「うん。王様だって、こういう子供っぽいの嫌でしょ」

「む、よく分かっている……が、臣下に請われた以上、無下にはせん」

「ディアーチェ、そういうの私知ってます! つんでれって言うんですよね?」

「誰がツンデレだ!」

 

 ユーリを睨む王様だが、その顔は仄かに赤い。そもそも睨むにしては目付きがそこまで厳しくないので、きっと照れているのだろう。

 レヴィはそんな二人を見ながら楽しそうに笑い、ようやく復活した俺に視線を向ける。

 

「ねえ龍一、遊園地に来てよかったでしょ?」

「そうだね」

 

 レヴィの言う通り来て本当に良かったって思っている。

 今日の所為で絶叫マシンは嫌いだが、こうしてみんなと思い出を作れたのは素直に嬉しいと思える。

 

 そういえば、こんなふうに誰かと遊びに行くって事はあんまりなかった気がする。

 前世を含めても親と出かけただけだっただろうか。そう考えると、こんな機会をくれたレヴィには感謝しなくちゃいけないのかもしれない。

 普段はちょっとおバカな感じが見受けられるが、意外とレヴィはしっかりしている。周りのこともしっかり見ている。

 

「なに龍一、僕の事じっと見て」

「ううん、なんでもない。ただ、レヴィはしっかりしてるなって」

「僕が? あはは、そんなこと言われたの初めて! 僕としては、かっこいい、って言われた方が良いな!」

「うんうん、かっこいいよ」

「本当!? じゃあ、今からポーズとるから、しゃしん、お願いね!」

 

 シャキーンとポーズをとるレヴィに苦笑いする。

 カメラに収め、きちんと写っているか確認。

 

 そう、レヴィは本当によく見ているのだ。

 

 

 

 

 

 時間も過ぎ、夜のパレードが始まる。

 多分そろそろ子供だけではいてはいけない時間なのだろうが、本来の年齢は子どもなんて歳の人なんてここには誰も居ないので大丈夫だろう。という言い訳。

 パレードは煌びやかな飾りやライトが辺りを照らし、楽しげな音楽が流れている。

 言わずもがな、俺達の誰もがその光景に目を奪われていた。その理由は美しさだけではないが。

 

 ポツリと誰かが呟いた。

 

「どこか、静かで、話せるところを」

 

 多分、理解していたのだ。

 だからこそ、今日という日にそんな事を思わなかったのだ。

 

 こんな日がいつまでも――

 

「なら、あそこに行こう」

 

 これは自分から動かなければならない。いつまでも現実を直視せずにはいられない。終わりは来るのだ。

 

 俺は日が落ち暗くなった人混みの中でも、より一層目立つ観覧車を指差して答えた。

 



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第九十九話 来るべき日

 みんな誰もが喋ることなく観覧車に乗り込む。

 口を出すのがはばかれる空気だからなのか、それとも今日一日の感傷に浸っていたのか、喋ることがないからこそ無言なのか。

 どちらにせよ、特別空気が悪い訳では無く、むしろ穏やかな雰囲気が流れているとさえ俺は感じていた。

 

 係員の人が扉を閉める。ゆっくりと視界が開けていく風景に、徐々に逃げることのできない現実に恐れを抱いていく。

 

 そうだ、分かっていた。別れはじきに訪れることを。

 

「この調子だと、自分で飛んだほうが景色を眺められそうではないか」

 

 王様は悪態をついて目を閉じた。

 確かに自分たちで飛べる以上、観覧車からの景色などたかが知れている。

 でも、違う。

 

「そうじゃないと思う。自分で飛べばどこまでも見渡せるけど、観覧車から見える景色は決められているからこその風景でもあるんだ」

「そういうものか」

「多分ね」

 

 王様は一つ嘆息し、ぼんやりと外の景色を眺めることにしたようだ。

 さて、俺もボーっとなんてしていられない。恐らく時間は限られている。その限られた時間を無為に過ごすわけにはいかないのだから。

 

「何か話すことがあるんだろう」

 

 コクリと頷きで返事をしてくるシュテル。

 しかし、シュテルならすぐ本題に入りそうなものなのに、この日は何というか、少し困窮している様子。

 ユーリもなんだか暗いし、レヴィもいつも通りにしようとしているせいで顔がこわばっている。

 こんな事をすると状況にそぐわないと分かっているのだが、抑えられずに吹き出してしまった。

 

「ぷっ、ふふふ」

「ど、どうして笑うのですか?」

 

 三人共、突然笑った俺に対してきょとんとしている。王様だけは今も外の景色を見続けているが。

 

「だって、神妙にし過ぎだから。知ってるよ、どこか遠い所に行くんでしょ?」

「っ!」

 

 驚愕と、どこか納得した様子のシュテル。

 この日が来るまでに、何度も口にしようとしていた言葉を遮っていたのは偶然じゃない。

 それを直視したくなかった自分によるもの。当然理由を知っていてしかるべきだから。

 

「そ、そうです。龍一には大変お世話になりました」

「どこに行くの? 管理局?」

 

 管理局であれば二度と会えないなんてことはない。こちらから近づくのは色々な理由でご法度だが、それでも会おうと思えば会えない訳では無い。

 

 しかし、シュテルが次に話す言葉はそんな考えを裏切るにはたやすいことだった。

 

「いいえ、エルトリア、別時空の惑星です」

「……え?」

 

 別時空の惑星?

 意味の解らない単語に困惑する。

 

「二年くらい前に私が出て来たのは、実はそのエルトリアから来たキリエって人のお蔭なんです」

「そういえば、アリシアの事後報告にそんな名前があったような……」

 

 ユーリの話によると、キリエって人の故郷であるエルトリアは人間にとって非常に住み難い土地であるらしく、その状況を何とかするために惑星復興を掲げて父と姉と共に数々の研究を行っていたという。

 しかし、その第一人者である父が病に侵され研究が行き詰ってしまった。父の為にもこのまま研究を終わらせたくないキリエという少女は、別時空の過去で解決策を見つけてこの世界に来たらしい。

 

「そして、ユーリがその惑星の解決策、ということなんだ」

「ディアーチェの制御があってこそですけどね」

 

 惑星復興。大層な目標だと思う。

 だけど、それを否定する事なんて出来ない。ユーリの声の調子からすると、それは嫌々ではないのだろうから。

 むしろ新たな門出を祝ってあげなければならないかもしれない。

 

 でも、一つだけ大きな疑問点があった。

 

「エルトリアって、その、もう会えない?」

 

 言葉が抜けてしまったのは自覚している。

 しかし、それほど動揺してしまっていた。自分が想像もできない場所、別時空の過去というこの世界においても聞きなれない言葉。

 そして、必要以上に口を開こうとしない状況。

 

「そう、ですね……時間移動は、体に負担がかかると言ってましたから、何回もとなると、それは……」

 

 そうして、それは現実となる。

 

 ああ、だからこそ、みんなが口を閉ざしていたのか。

 

 このまま別れる? 折角、こうして仲良くなれたのに。

 

 ――嫌だ、絶対に嫌だ!

 

「俺、は、俺は、皆と離れたくない!!」

 

 自分でも想像しなかった大きな声。

 驚いて目を丸くするユーリ。レヴィも悲しそうに目を伏せている。シュテルは――もういい。

 

「いやだ、嫌なんだ! せっかくみんなと居られることができると思ったのに! それが、自分で納得出来るこの世界での生き方だと思ったのに!」

 

 考えられない。頭が真っ白になる。周りの事を考える余裕もない。

 

「俺を置いて行かないでくれ! みんながエルトリアに行くというのなら、俺は」

『それは駄目だよ』

「どうしてだ、アリシア!」

『エルトリアは人類が生きられない場所。それに時間移動は体に負担がかかるって話をしていたよね。お兄ちゃんはただの人間。わがままを言っても、それは変えられない』

「でも!」

『お兄ちゃんは、平凡な人生を求めていたんじゃないの? なのは達と関わらない、そんな人生に』

「――」

 

 アリシアの冷静な発言に、言葉が途切れる。

 そうだった。いまだかつてこの世界に来てこんなにも熱くなったことはない。

 なぜか、そんなことは理由として分かっている。

 

 彼女たちを、本当の家族のように思っていたからだ。

 

「そ、か……」

 

 言葉が出ない。予想もしていなかった。もう二度と会えないかもしれないなんて。

 

 せっかくこうしてみんなと過ごすことができると思っていた、それが叶わなくてもまた遊ぶことができると思っていた。

 それは泡沫の夢となる。

 

 

 ――また、一人になるのか。

 

 

 再び沈黙が辺りを包む、先程感じていた空気など気のせいに過ぎなかった。

 ずっと、こんな重苦しい沈黙が辺りを包んでいたのだ。

 

 観覧車が頂上に到達する頃。

 

「なるほど、丸太棒の言うこともわからんでもない」

 

 外をずっと眺めていた王様。

 みんなが王様に視線を向けると、視線を動かすこともなく静かに外を眺め続けていた。

 そうなれば他の皆も外に視線を動かすことは必然。そこに広がるのは、自分たちが見たこともない景色。

 

 ただの街の明かりではない、きちんと考えられた街灯の並び。

 それは何処かに続く道のようで、誰かを迎え入れるような扉にも見えた。

 

「こんなふうになっていたんだ……」

 

 評判なんて知らなかった。ただみんなと遊べればいいと思って決めた場所だっただけに、このようなサプライズは予想もしていなかったのである。

 

 

 何処かへと進む道。

 なにかを受け入れる扉。

 皆はその先に進もうとしているのだ。

 それを止めて、どうして家族と言えるのだろうか。

 

 

「ごめん、みんな」

 

 冷静ではなかったのは間違いない。

 それ以上に自分の醜さが酷く陰鬱なものに感じる。

 

「いいえ、私も、私達も同じような気持ちです」

「我もそこに混ぜるでない」

 

 こんな時でもそういう場所はしっかりと訂正してくる王様。

 でも、それはさっきから様子を確認している証拠でもある。王様も決して気にならない訳では無いのだろう。

 

「もう会えないかもしれない、それでも、みんなは行く事を選んだんだよね」

 

 いいや、選ぶ選ばないの問題ではない事も分かっている。

 あれだけの事件を起こしておきながら行かないとなれば、管理局の拘束対象となるだろうことは明白だろうから。

 だからこそ、俺は残ってくれることを懇願したりしなかった。

 

「はい」

 

 それに彼女たちはこの世界に生れ落ちた理由を欲しているのだろう。

 前に自分が考えた事と同じ、彼女達にもそれが見つかったのかもしれない。

 先程のユーリの説明、自分たちにしかできないことに対して高揚する感情が伝わってくるようだった。

 

 それならば、悲しむことなんてない。誰にとっても吉報なのだ。

 

 そろそろ夢の時間は終わり。

 観覧車はゆっくりと地面へと近づいているし、パレードの明かりも少なくなってきていた。

 

「だったら、頑張れ。俺も、この世界から応援する」

 

 ならば、最後は出来るだけ笑顔で見送りたい。

 

 笑えているのかは、謎だが。

 

「龍一、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 気が付けばもう地上だった。

 みんなが、扉の空いた観覧車から降りていく。

 

「龍一、この二年間、私にとって素晴らしい日々でした! また、笑顔でお会いしましょうね」

 

 涙声のユーリはそう言いながら一番に降りて行った。ユーリのことだから、最後まで笑顔で別れたかったのだろう。

 

「この世界で初めて出会ったのが貴方でよかった。またいつか、知らなかったことを教えてください」

 

 シュテルは何時もの無表情を崩すこともなく、そう淡々と告げた。その声は少し震えているようにも聞こえたが。

 

「またゲートボールしようね! 今度はもっと別の遊びもしたいから考えておいてね!」

 

 必要以上に明るく振舞うレヴィ。でも、その瞳からはとどめなく涙がこぼれていた。

 

「まだ残れると思っておったせいで、カレーを作り過ぎてしまった。丸太棒、食べておけ」

 

 王様は一瞥することなく観覧車の出口に躍り出る。

 薄々感づいていた事だが、彼女たちの出発はいますぐのようである。二年も居たこと自体が、そもそもイレギュラーだったのだろう。

 

 そのまま降りていくかと思ったが、王様は一度こちらを振り返る。

 

「我は、残れん。ユーリの制御プログラムは我しか扱えんからな。しかし、丸太棒が誰かを欲すのであれば」

「必要ない。みんな、四人そろって紫天の書でしょ。其処に増えることがあっても、欠けるのは駄目だ」

「そうか。昔の貴様なら何といったかな。我の目からすると……成長しているぞ、龍一」

 

 そう言って王様は観覧車の扉を閉めて降りて行った。

 再び上昇していく観覧車。外で管理者の人が慌てているようだが、自分にはちょうど都合が良かった。

 

 何故なら、溢れる涙を抑えることなんて、もう出来そうもなかったから。

 

『頑張ったね、お兄ちゃん』

 

 アリシアから優しい声が聞こえる。

 慰めの言葉はありがたい。でも、それ以上にしてほしいこと。

 

「今は、彼女たちの門出を、祝おう」

 

 それは心の底から出て来た言葉。

 悲しむのはこの気持ちにだけ。彼女達には暖かなエールを。

 



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第百話 これからのこと

 小学校卒業の日。

 この日ばかりは海外ばかりでまともに家に帰ってくることの少ない両親も家に帰ってきて、卒業式に保護者として参加していた。

 ここ三年間はあっちの仕事が順調以上にまわり過ぎて手を取られていたらしく、帰って来られなかったと嘆いていたのが帰国した昨日のこと。驚くべきは新たな命が誕生していた事だろうか。

 

 日々の環境は変わっていく。

 

「卒業おめでとう、龍一」

「うん、おめでとう」

 

 卒業式は終わり、校門付近にあふれかえる人達。

 話し掛けてきたのは、同じように一人でいたフェイト。

 フェイトは俺の首元に手を当てて、不思議そうに尋ねてくる。

 

「今日もそのマフラーしているんだね」

「今日は特別寒いから、というのは言い訳かな。でも、今日だけは巻いてきたかったんだ」

「確かシュテルが作った物なんだっけ?」

「うん」

 

 一年前にシュテルが置いていってくれたマフラーだ。

 きちんと梱包されていて、中に手紙まで入っていた。

 その手紙の内容は……何とも恥ずかしいものだったが。

 

「龍一は家族が帰って来ているんだよね」

「途中で妹がぐずって、急いで家まで帰ったらしいんだけどね。フェイトも?」

「私も少し遅れるって聞いた。母さんとの連絡を取りつけてあげるからって」

「フェイトのお母さん?」

「あ、うん、プレシア母さん。私を引き取ってくれた人達じゃなくて、本当のお母さん」

 

 そう口にするフェイトの顔は少しほころんでいる。

 やはり本当の母親と話が出来るのが嬉しいのだろう。

 

 否応なしに、この世界で自分が成し遂げた事の一部を見せつけられているようだ。

 

 しかし、この話題は俺にとっても都合が悪い。手前勝手で申し訳ないが、話を逸らさせてもらう事にする。

 

「他の皆は? 家族の所?」

「うん。みんな一度は集まるみたいだけど」

 

 どこかで、ということなのだろう。

 なんとなく、心が疼くのを感じる。

 

「ねえ、その集まりに行っても良い?」

「龍一も? こっちから誘うつもりだったけど、龍一が言って来るなんて珍しいね」

「そうかな」

「うーん。そう言われると、最近の龍一は積極的かもね」

 

 一時期、シュテル達がエルトリアへ旅立ってからは落ち込んでいた。それはもう大層。

 だけど、王様が残してくれた圧力鍋いっぱいのカレーを食べきる頃にこのままではいけないと思った。

 

 彼女たちが残してくれたものは形に残る物だけでは無かったはず。大切な事も教えて貰っていた。

 

「なんや、龍一とフェイトが二人て、珍しいなぁ」

「はやて、卒業おめでとう」

「うん、おめでとおフェイトちゃん」

 

 そこで車いすに乗ったはやてが現れた。

 車いすをひくのは祝福の風。その顔は涙にぬれて口元を抑えている。

 

「主の卒業する姿が見れて、感服です……」

 

 ただの親馬鹿……部下馬鹿のようだ。

 そういえばはやての足ももう完治気味のはず。この状態ももしかしたら彼女のわがままなのかもしれない。

 すると、こちらの視線に気づいたのか祝福の風はこちらに視線を向けてきた。

 

「なにか?」

「い、いえ、別に」

 

 やはりこの人が苦手なのは相変わらずといったところか。

 しかし気のせいかも知れないが、彼女からの態度は初めて会ったときより軟化しているようにも感じる。

 そうだとしたら、はやて辺りが手回しをしてくれたのかもしれない。ありがたいことだ。

 

「はやて、集まる場所は決まったの?」

「わたしの家はどう?」

「はやての家? だって、龍一」

 

 目の前で場所が決まり、向き直って教えてくれる。

 目の前で聞いたんだからわざわざパスしなくても良いのに、そう思いながらも頷いて答える。

 すると、はやてが驚いたような顔でこちらをじっと見てきた。

 

「ほお、大人しく来るんか。龍一にしては珍しいなぁ」

「最近はそうでも無いと自分では思っていたのだが、はやてにまでそう思われていたのか」

「しゃあないな。逃げた罪は重いで?」

「う……」

 

 それを言われるとこちらとしては何も言い返せなくなる。

 そんな様子の俺にはやては冗談とばかりに笑って答えた。

 

「ま、ええわ。今日は来てくれるんやろ?」

「もちろん」

「ほんなら、待っとるで。こっちは準備しに帰ろか」

「もっと友人と話していかないのか?」

「その友人をもてなすために早くに帰るんや」

 

 もてなす方として準備があるのだろう。

 一応、いつものメンバー以外にそれなりに仲が良かった子もいたのだろうが、基本的にはそのまま上に上がるので、あまり悲しむことではないと思っているのかもしれない。

 

 そのまま立ち去るかと思いきや、少し離れた所で祝福の風が一言二言はやてに何かを伝えてこちらに戻って来た。

 それに対して少々身構え気味になるのは仕方がない事だろう。

 

「龍一、その……」

 

 急に名前を呼ばれたことに驚く。それより、俺に対して何かを口ごもっているのが非常に珍しい。

 正直何を言われるのか見当もつかない。フェイトに少し隠れるように移動してしまったのは仕方がないだろう。

 

「む、いや、仕方がないことではありますが……」

「早く言ってあげないと、龍一がこのまま怯えるだけだと思うよ」

「う、いや、それはその通りですね。では一つだけ言っておきます」

 

 そこで言葉を止め彼女は頭を下げた。

 

「今の私があるのはあなたのお蔭だと聞いています。礼を言わせてください」

 

 そんな彼女に面を食らう。

 

「それと貴方は一人じゃありません。困ったときに、頼れる相手が周りにたくさんいるのだから」

 

 それだけ言うと、祝福の風は他に言うことはないと言わんばかりに背を向ける。

 流石に困惑する。だが、その言葉は間違いなく悪意はなく。むしろ、今までの態度が何だったのかと思うほどで……

 

 だからなのか、一つだけ、言葉が頭に浮かんだ。

 

「それは、貴女も含まれますか?」

 

 彼女は振り向かない。肯定も、否定もしない。

 だけどそれが彼女の答えなのだろう。むしろ、これが一番の回答なのかもしれない。

 思い返せば、はやてと仲直りして以来、彼女……リインフォースが俺に対して害を加えたことなんてなかった。

 

 自分は守られていた。

 独りよがりな勘違いかも知れないが、少なくとも俺はそう思っておくことにする。

 

「そうだ、お前も料理はするのだろう。我が主が待っている、すぐに来い、いいな」

 

 有無を言わせず、背を向けたままいつものような口調でそう告げたリインフォースははやての方へ向かっていく。

 はやてはリインフォースに何かを言っているようで、リインフォースは何かを否定しているように見える。あの二人は紛れも無く家族の後ろ姿に見えた。

 

「じゃあ龍一も早く帰らなきゃ」

「はやてと料理を作るために?」

「うん。私だって龍一の料理を食べたいから」

 

 その言葉は嬉しくあるのだが、フェイトに言われると裏があるような気がしてならない。

 本当の料理とか言ったあの時の黒歴史がちらついてしょうがないのだ。

 もちろん、気にし過ぎなのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 自室。

 二年前まではほとんどみんなが集まるリビングの方にいたが、一人暮らしのような形になってからはほとんど自室で過ごしていた。

 いまだにあそこは昔一人でいたのが馬鹿らしくなるほど広く感じてしまうのだ。

 

「じゃあアリシア、行ってくるよ」

 

 当たり前かもしれないが、あの後アリシアは自分の下にいてくれていた。

 大きな爆弾を抱え込んでいるような状況であるが、アリシアとしてはフェイトを見守りたいし、俺も今更本当に一人に戻ったところで辛いだけである。

 

『ちゃんとみんなと連絡先を交換するんだよ?』

「お母さんじゃないんだから」

『でも、もしこのままだと本当に疎遠になっちゃうから。せめてフェイトだけでも連絡を繋げるようにしてね』

「フェイトだけって方が逆に難しいんじゃないかな」

 

 荷物の確認をする。

 向こうに行って料理をするなら、と思ったけど必要な物は少なかった。

 最近はこういうことも少なくないため、エプロンなどは向こうに置いてあったはず。材料もあちらで間違いなく準備しているので、こちらで用意するものなど一切ないのだ。

 

『ねえお兄ちゃん』

「なに?」

『みんなと出会えてよかった?』

「みんなに、か……」

 

 得たものはあったし、失ったものもあった。

 結局避けたかった事件にも巻き込まれたわけで、それによって利益も不利益も被った。

 でも、なんだろうか、これまでを振り返ってみると。

 

「悪くはないね」

『お兄ちゃんは素直じゃないんだから』

 

 今回もアリシアはお留守番だ。

 いつか、いつになるかわからないけれど、皆にアリシアのことを話せる日が来たらいいな、そう考えながら自室に繋がる扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 はやての家につく。

 料理も滞りなく進んで、呼んだなのはやフェイト、アリサやすずかが集まった。

 小学校とはお別れというのに、浮かぶのは笑顔ばかり。

 そもそもお別れ会ではないのだから当然なのかもしれない。みんなにとって中学校でも会うメンバーなのだから、

 

「龍一、面白いもんみせたる」

 

 なんとなく傍観者の気分になって外から眺めていたら、はやてがわざわざこちらに駆け寄ってきて笑顔を見せてきた。

 

「えっと、笑顔?」

「ちゃうよ。えっと、シャマル」

「はい、ここです」

 

 シャマル先生が別の部屋から顔を出してきた。

 何かを隠すように胸に手を当てて、俺に見えない角度ではやてへと受け渡す。

 なにかを見せたいだけなら別に隠す意味はないと思うのだが、自分でサプライズをしたいということなのだろう。

 

「じゃん、リインフォースⅡや!」

「リインフォース……ツヴァイ?」

 

 開かれた手に存在していたのは睡眠中の小さいリインフォース。

 いや、知っているリインフォースではないようにも見える。なんというか寝ているとはいえ纏っている雰囲気からして違う。

 

「うーん……むにゃむにゃ」

 

 ついつい突いてしまったが、小さいリインフォースは少し唸るだけですやすやと眠り続けている。

 そもそも何故見せて来たのかいまいち理由が分からなく、答えを求めるようにはやてをみつめる。

 

「これはわたしのリンカーコアを複製して作った、オリジナルのユニゾンデバイスなんや」

「は?」

 

 説明を求めたらもっと意味の分からない内容が飛び出て来た。

 

「あ、意味わからんか。そうやなぁ、とりあえず私の家族の末っ子ってことやな」

「それはそれで端折りすぎだと思うけど」

 

 でも、ここにも末っ子として新たな命が誕生していたことに何とも言えない感情が湧きあがる。嫉妬、ではない。この感情は……そう、羨望だ。

 彼女がこの暖かい家族の一員になれる事に対して羨望の感情を込めてゆっくりと頭を撫でる。

 

「えへへ……」

 

 眠っている。でも、その表情は嬉しそうに綻ばしていた。

 

 そうだった、そういえばそろそろ聞いておかなくちゃならない。

 俺はつい昨日親に頼んで買ってもらった携帯電話を取り出す。そうして、みんなに聞こえるような声で言った。

 

「連絡先、教えてほしいんだ」

 

 

 

 

 

 お別れ会と言えない、ただのパーティーも終わりに近づいている。

 俺は先ほどのゲームによって火照った体を冷やすために、外に出て沈みゆく太陽を眺めていた。

 

「龍一くん」

 

 誰かが同じように出てきたみたいだ。

 その声はここにきてよく聞いた事のあるもの。振り向くことなく、その人物を告げる。

 

「なのは、どうかしたの?」

「うん、私もちょっと暑かったの」

 

 隣に立ち、同じ方向を見つめるなのは。

 昔はこんな状況でも恐ろしくて逃げ回っていたことを考えると、やはり自分は変わったのだと実感する。

 今思えば、何に恐れていたのか……いや、それもすべては記憶によるものだったのだろう。転生前と、この地に来てから流れてきた記憶。

 

 しばらくそうしていると、いつの間にかなのはがこちらの方を向いていることに気付いた。

 

「ねえ、一つ聞いても良いかな?」

「答えられることなら」

「もしかして、龍一くんって」

 

 そこでなのはは一度口をつぐむ。

 口ごもっている訳では無い。ただ、何かを取り出そうとしている。

 いまいちピンとこない俺は特に急かすわけでも無く、落ちていく夕日から目を逸らしてなのはを見ながらじっと待つことにした。

 

「うん、これ。これを知ってるかな?」

 

 なのはの手にあるのはボロボロになったリボン。

 そういえば、一時期からリボンを変えた事に気付いていた。ただ、それは大けがを知らずの内にしていた時で、特に追求することはなかったが。

 でも、こうして差し出されてみると、なんだかどこかで見た事ある物にも感じる。

 

 ……なんて、今更の話。

 覚えていた。これは昔なのはだと知らずにプレゼントした物だと。

 なのはは期待するような目で見ている。もしかすると、俺があのときの男の子だって気付いているのかもしれない。

 でも、本当に今更の話だ。

 

「知ってる。けど、答え合わせは必要ないでしょ」

 

 もしなのはが本気でこのリボンを渡した人を探しているのならば、もっと早くに聞いていただろう。

 でもわざわざあれから何年もたち、俺と出会ってからリボンの話題なんて一切しようとしなかった。

 正直、答えは出ているようなものだ。

 

「そう、だね」

 

 そう言って、なのははまた大切そうにそのリボンをどこかにしまう。

 しかし彼女はそれを付けることはないのだろう。

 もちろん、すでにボロボロになっているというのもある。だがそれ以上に、彼女はここからさらに躍進しようとしている現状、これまでの心残りを過去としておきたいはずだ。

 もちろん、本当のところは分からない。しかし、付けることがないということには確信を持っていえる。

 

「あともう一つ聞いても良いかな」

「一つじゃなかったの? 別にいいけどね」

「……なんだか、今日の龍一くん、変だった」

「変?」

「なんだか、お別れみたいな言い方だったの」

 

 そうだっただろうか。自分としてはいつも通りだったと思うのだが。

 もしかすると、卒業という言葉で過剰に反応してしまっていたのかもしれない。

 勝手な心配をかけた事に対して少し申しわけなく思っていると

 

「だって、中学校になっても一緒だよね? 私達は管理局のお仕事で忙しいかもしれないけど……」

 

 その言葉に対して、どうして自分と温度差があったのか気付いてしまった。

 笑えるような、それとも皆が少し抜けていることに驚きを浮かべるべきか。

 少し悩んだ末に、正面から素直に伝えることにした。

 

「中学校は男女別々だよ」

 

 その言葉に対して、徐々に驚愕の表情に変わっていく。顔が赤く見えるのは、何の要因によるものか。

 次に何をするのかと思えば、なのははすぐさま部屋の中に戻り、大声を張り上げて今聞いた事をみんなに伝聞し始めた。

 もしかしたらこのパーティーはお別れ会という形になるのかもしれない。お別れ会と言っても、別の学校に行くだけなんだけれども。

 男女の仲なので、いつまでも、という訳にはいかないのかもしれない。それでも、この縁を繋げるため自分は努力をしていくつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――直接伝えることができませんでした。

 

 シュテルが書いた手紙の初めの一文はそう書かれていた。

 今まで楽しかったこと、実は内心悲しかったこと、表情に出なかったが驚いた事。手紙には自分が感じたことが素直に吐露されていた。

 書き殴った文章もあった。誰かが追加したような文章もあった。紛れて書いたと思われる王様の文字もあった。

 最後の手紙としてはぐちゃぐちゃといえる。でも、それは今まで感情を出そうとしなかった者による最後の言葉だった。

 そんな手紙の最後にはこう締めくくられていた。

 

 ――また、いつか会いましょう。

 

 他の人からするとなんでもない手紙。

 でも、自分にはこんな内容でも涙を抑えることが出来なかった。

 

 また、別にユーリが書いたと思わしき手紙もあった。

 

 ――この世界に生れ落ち、良かったと思いましたか。

 

 ――私は、良かったと思います。

 

 彼女の答え。それはあの日の夜に願った言葉。

 自分はこの世界に生まれたくはなかった。彼女たちの輪の中に入りたくはなかった。

 そう、なかったのだった。

 

 でも、多くの人達と出会い、新たな家族と出会い、別れを経験した。

 その中に楽しさがなかったわけが無い。

 彼女たちと出会ってからの数年間は間違いなく最高の年月だった。

 

 だからこそ。

 

「今はしっかりと言えるよ」

 

 この世界に来て、良かったって。

 




ここまで閲覧していただきありがとうございました。


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