旅路の終わりは、夢の始まり (ひきがやもとまち)
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プロローグ「少年の旅路が終わり、少女として夢が始まる」

初期設定の都合上、主人公が死ぬシーンから始まります。
あと、主人公はやや胸糞思想の持ち主です。

あらすじにあるように、主人公はユウキ本人ではなく別人です。なので、始まった時点でアスナと面識はなく、これからも互いの記憶については知る事はありません。別の並行世界で起きてるSAOだと解釈してください。

注:病気の方は読まないで下さい。作者の悪意により胸糞な部分が多発してますから。
今話は重い始まりですが、次話からは比較的に明るくなります。


 その日、僕は久しぶりに目を覚ました。

 何日ぶりの事かな? ううん、何週間ぶりかもしれないし一ヶ月以上寝たままだったのかも知れない。

 でもまぁ、数ヶ月から数年って事はないだろうからなぁ。現実的に考えて、数週間が限度だと思う。

 だってそんなに長い時間、僕の身体はもう保たない。今の時点で、体中に取り付けられてる機械が辛うじて呼吸だけでもさせてくれてる状態。これ以上長く続いたら、たぶん僕の正気の方が先に壊れる。

 できればそうなる前に終わって欲しい。

 

 回復を信じて祈ってくれてるお母さんたちには悪いけど、僕は心の底からそう願ってる。そう願ってやまない。

 

 苦しいのは嫌だけど、耐えられる。

 痛いのは辛いけど、我慢できる。

 

 でも、僕が僕で無くなっていくのは嫌だ。僕が消えて無くなっていくのが嫌だ。

 僕の身体が別物になり、心の底まで汚染し尽くされ、ただただ生きるために生きてる生き物になるなんて絶対に嫌だ。

 そんな生きるためだけのバケモノになるくらいなら、人として死なせて欲しい。人として終わらせて欲しい。普通に生きて、普通に死んだ人間として、普通に死なせて欲しい。

 人間でなくなってまで生き続ける人生なんて望んでいない。求めていない。限りある命を終わらせないために別の生き物になるなんて、僕には絶対耐えられない。

 

 だから切実に死を願う。

 人としての死を、一人の人間としての死を、限りある命の終わりとしての死を、僕が生きた人生の果てにたどり着いた死を。

 たいして長くもなかったけれど、僕が歩み続けてきた旅路の終わりとしての死を。

 

 意味はいらないから、死を。

 生きてきたことの意味を無くさないために、死を。

 死ぬことに意味なんて無いと思うけど、死を拒絶することで生の意味を奪ってしまうくらいならば死を。

 生の意味を無くさないために、意味のない死を。

 

 それが僕の最期の願い。最期の希望。最期のお願い。

 

 だからこれは、たぶん慈悲だ。

 神様か誰か知らないけれど、誰かがきっと僕の願いを叶えてくれたんだと、そう信じたい。

 それまで静かに一定のリズムを刻んでいたコンピューターの発信音が急に騒がしくなった。

 CPUの外側が見えるガラス窓にも、慌て出す大勢の大人たちが見える。

 定期的にやってくる看護師さん以外が開けるのは大分ぶりだろう集中治療室の扉が開いて、大勢に白衣さんたちが恐い顔して押し寄せてくる。

 布団が取り払われて、僕の胸には箱型の機械、CAD? ACD? ・・・だかなんだか言う名前の機械が押し当てられて、僕の身体がビクって痙攣したように飛び跳ねる。

 

 別に痛くはない。痛覚は大分前に失ってるし、意識そのものも白濁してきてる。

 もともと長くない身体が更に寿命縮めたのだから、そりゃもう何したって今更過ぎる。

 彼らが僕の名前を大声で呼んでいるけれど、それらを僕は聞いていない。聞こえてないんじゃなくて、聞いていない。聞く意味がない。

 

これから死ぬ人間に、お世話にはなっていても禄に話したことすらない人たちから労りの声をかけられたって困るだけだ。冥土の土産が知らない人たちからの言葉なんて、誰に見せびらかせばいいって言うのさ?

 

 見送られるなら誰でも良い、大好きな人たちに。

 名前なんて知らなくて良い。年齢も性別も関係ない。生まれや育ちなんてガワの問題だ。

 国籍や民族なんて、有無を言わさずに産み落とされた側にとっては何の関係があるの?

 

 誰でも良い。誰だって良い。

 僕が最期を看取って欲しいと思える人がいたら、それが僕にとっての最愛の人だ。人生の最期を、旅路の終わりを見届けて欲しい人だ。そんな人に出会えなかったことだけが、僕の人生における唯一の心残り。

 

 ああーーでも、もう遅い。時間がない。時間が尽きる。尽き懸けてる。

 

 意識が遠のく。意識が消える。思考が消えて、声と世界と景色が真っ黒に染まり、真っ黒すらも消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時はーー意外と恐くなかった事だけは、素直に嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして僕の旅路は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ここは?」

「うん、ドコなんだろうねー?」

 

 ドコまでも続いてそうな線路と草原。それでいて、空は一面岩だらけ。

 線路はふたつあるけれど、車両はどこまで行っても見えてきそうにない。

 果てなく続く線路の先は、ドコまでも真っ直ぐ続いてる。

 どこかに続いているとしたら、案外地球の外側まで行けるのかもね。

 

「スゴいねぇ、列車が走れる線路なんて始めてみたよ。

 ボクずっと病室にいたからさ~」

「へー、奇遇だね。僕もだよ。

 せっかくだし、君が見たものと僕が見てきた物を、一緒に話し合わってみないかな?

 たぶん、お互い知らないことが多くて面白いと思うんだ。

 少なくとも、病室の中でも色々と違ってる部分はあるよ?」

「あはははっ。良いね君、面白い。

 うん、だったらそこに座ってお話ししよう。ちょうどテーブルとイスが二脚あるからさ」

「よっし、OK。エスコートは任せてよ!」

「うん、期待しないで期待してる♪」

 

 その後、僕たちは時間を忘れて語り合った。

 長い黒髪とハスッパな口調の女の子は、見た目からして中世かどこかの時代からきたタイムトラベラーを思わせたけど、本人からはケラケラ笑って

 

「違う違う!

 あー、お腹痛い。・・・う、くっくっく・・・」

 

 と、本当に身体をくの時に折って笑い転げられちゃった。

 すっごく可愛くて魅力的な子に笑われてしまい、無性に自分が気恥ずかしくなかったけれども、それでも彼女との会話はスゴく楽しかった。

 たぶん、今まで生きてきた中で出会ってきた誰よりも、会話をしていて楽しむことができた。ずっとこの時間が続いて欲しいと切に願った。願ってしまった。

 

 だから、夢は終わる。夢が醒める。

 夢は見るべき物であり、信じるべき物。

 夢を見ているのに、それが夢だと断じてしまえば、夢は終わりだ。その先はない。

 だから終わった。夢のような時間は、夢だと自覚した瞬間に終わりを迎えた。

 

「あー、迎えの汽車が来ちゃったみたいだね。

 ごめん、ボクもう行かなきゃ。向こうでボクを待ってる人がいるらしいんだ」

「そうなんだ。残念だなぁ。

 その待ってる人って、君と同じで女の人?」

「らしいよ? そして聞いて驚け!なんと女神様なんだってさ!」

「スゴいじゃないか!」

「でも、ズボラな人らしくてねぇ。知り合いの家に居候してたら追い出されて、今じゃオンボロ教会で廃墟生活してるんだって」

「スゴく酷いじゃないか・・・」

「あははは! だねー。もう少し計画性を持って欲しいよねー」

 

 バカにしている気配が微塵もない口調で女神様?の悪口を言う彼女。

 健康的な笑顔がとってもまぶしい。生命力にあふれた、とっても可愛い女の子だと思う。

 

「そう言えばさ、そっちの世界にも剣や魔法があるんだって!

 くー、燃えるよねー! 剣一本でダンジョンに潜るのは間違っているだろうか!」

「剣と魔法かぁー。良いなぁ、楽しそうで。

 そっちに行っても君はまた最強剣士を目指すのかな?」

 

 病室から外で楽しそうに遊んでる子供たちを見て過ごしてきた僕としては、当然の質問。

 これに彼女は「うーん」と大きく首を捻ってから一度頷いて、

 

「最強の剣士はもう良いかな。剣でいくら強くなっても勝てない相手に負けたわけだし。ボク一人の力だけだと、自分の夢さえ叶えられなかったしね」

「ああ・・・なるほど。確かにそうだね」

 

 剣では決して勝てない相手。

 強さなんて意味のない、絶対的な最強チートなラスボスキャラ。

 病には決して、剣では適わない。病気で苦しんでる人を救うのに、最強の聖剣なんてナマクラ以下だ。何の役にも立ちゃしない。

 

「だからさ、ボクは今度の旅路では英雄になりたいんだ。

 誰にも勝てない強いモンスターを倒す英雄じゃなくて、一人でも苦しんでる人を救って、癒してあげられる英雄に。

 最後の瞬間に「この人の腕の中で旅を終えられて、本当に良かった」って思わせられるような、そんな英雄に。

 大勢の人たちから感謝されなくても良いから、たった一人の泣いている女の子のために頑張れる英雄に。ボクは成りたいって、本気でそう思ってる」 

「素敵だね」

 

 心底から思ったから、僕はそう言った。

 

 大勢の人たちから英雄と呼ばれるのは簡単だ。少数の方じゃなくて、大勢の人たちの方を選べばいい。多数決が全てじゃないと僕は思うけど、大勢の人たちから感謝される英雄になりたいなら、そうするしかない。

 

 たった一人のために皆を犠牲にするのは魔王だから。

 大勢のために涙を呑んで一人を切り捨てるのが勇者だから。

 英雄は称号。

 勇者に感謝してる人たちは勇者を英雄と呼ぶだろうし、魔王に感謝してる人たちは魔王を英雄と呼ぶだろう。

 この場合の違いはたった一つ。

 勇者に感謝してるのが救ってもらった大勢で、魔王に感謝してるのが救ってもらった一人だけ。

 

 ただ、それだけの違い。

 差ですらなく、違いでしかない問題。

 幼稚な言葉遊びで、多くの人が無視してる問題。

 誰も気にしない問題。みんな当然のことだと言って割り切る問題。

 

 だからこそ、彼女は僕から見て本当の英雄に映ったんだと思う。

 人々のために巨悪を倒す英雄じゃなくて、一人を救えればそれで良いと、悪を倒すより苦しんでる人の救済を優先する英雄に。

 

「羨ましいなぁ。

 僕もそれくらい言えるほど、強くなりたいよ」

「君でもなれるよ。なろうと思って諦めなければ、なりたい人にはきっとなれる。

 どうせなれないからって諦めて、ずっと何もしてこなかったボクなのに、「あなたみたいに強くなりたい」って言ってくれた人がいたんだから。

 君にだって誰かがきっと現れて、そう言ってくれる。そう言って貰えたときに君はきっとこう思う。「自分は生きてて良かった、すごく嬉しい」って」

 

 それこそ、彼女自身が誰よりそう思ってるんじゃないかなって思えるほど、彼女は幸せそうな笑顔で僕にそう言いきった。

 

「そうかな?」

「そうさ」

「そっか・・・そうだと良いな。

 そうなるようにしたいし、そう思える日が来るのなら、辛い日々なんてどうでも良くなるんだろうなぁ」

 

 僕も、そして彼女もおそらく、ダメだったから此処に居るんだろうけど、此処に行き着くまでの時間を一人で賄えられたなんて思うほど、僕も彼女も奢ってない。

 

 苦しかったけど、感謝してる。

 辛かったけど、ありがとうって言いたい。

 死にたいって思い続けてたし、それが間違っていたとは今も思ってはいないけれど。

 それでも僕は、僕を今まで生き続けさせてくれたことに感謝してる。

 今まで生き続けさせてくれた人たち全てに、ありがとうって言いたい。

 

 あの時死んでいればなんて、その時死ななかったからこそ言える言葉。

 その時に死んでいれば、今頃きっと別の後悔に苦しみ悩んでる。

 

「うん、きっとそうだよ!

 だから君も「自分の願い」を諦めたりしなければ、諦めずにぶつかり続ければ、応えてくれる人がきっと現れる。どっちも諦めずに諦めさせずに付き合い続けてさえいれば、絶対に誰かが会いに来てくれる。

 一人だと叶わない願いだからね。誰かがいてくれないとどうしようもない。

 だから君もーー人と関わることを諦めないで」

 

 彼女が願いを込めた声と言葉で僕に伝えてくる。

 たぶん、それが彼女自身が願いを込めた人への想い。

 僕を通して誰かに、誰かたちへ語りかけてる。願いを込めてる。

 

 もう届かない言葉。二度と届けられない声。

 永久の別れの後にも願い続ける、誰かの幸せ。

 

 ああ・・・確かに。僕にも納得できた。

 

 これだけ想えるほど感謝できるのなら、人との出会いを諦めないのは間違いなく正しいと。

 

 

 

 

 

 徐々に世界が崩れ始めた。

 終わりの時が来たんだろう。

 終わりから始まりへ至るための道の終わり。

 

 

 

 人生にIFは無い。生き方にもIFは無い。人生も生き方も、今ある現在が全てで全部。

 可能性は可能性。0ではないけど0じゃなければ出来るというなら、確率論なんか生まれていない。

 不可能じゃない事は、可能であることを意味しない。

 出来ないことは絶対に出来ない。

 死者は蘇らない。死んだ人間が現世に戻って人生を一からやり直したのなら、それは新たな別世界の誕生だ。世界線、もしくは平行世界。そう言う類の現象でしかない。

 

 だからきっと彼女がこれから行く世界もまた本来のその世界とは違う別の異世界。僕がこれから行く場所も、たぶん同じようなもの。ここはその中間地点。

 

 あるいは、終わりから始まりへと至る時だけ通れる「始まりのための場所」。

 此処に来るには終わらなければいけないし、ここ以外の場所では此処で出会った人と会うことは決して出来ない。

 それが僕にはわかる。理屈抜きでわかってしまう。わかることが不思議なのに、間違っているとは全然思わないって言うことは、たぶんそう言うこと。

 

 だから、僕たちの出会いは最初で最後。最初が最後。もう会えない。会えるとしたら、また終わって始まる時にだけ。

 

 だからこそ、僕たちはこう言い合う。

 

「「それじゃあまたね、名前も知らない誰かさん!

  次会ったときには、ちゃんと名前を教えてね!」」

 

 二度と会えない人と交わした再会の約束。

 会えないことが分かっているからこそ交わす、また会う約束。

 絶対に守れない約束を、絶対に守るために交わし合い、誓い合う。

 

 絶対に、生きてまた会おうねって。

 

 やがて世界が滲み出す。

 歪むのではなく、グニャグニャしてくる。

 僕たちの姿が輪郭を失い、ボヤケては変わっていく。

 変質していく。変体していく。

 

 それでも記憶だけは持ち越せることを僕たちはなぜか知っているから、敢えて言葉だけを伝えあう。

 

 きっと、意味のない一言。

 きっと、何の役にも立たない一言。

 彼女が英雄になるための役には立たないだろうし、僕が新たな人生を生きていくのにも役立たない。

 

 だけど、言う。

 だから、言う。

 意味がないからこそ、言う。

 意味のない言葉に意味を持たせたいから、言う。

 

 思いは言葉にしないと意味がないから。

 意味を与えられた言葉は、相手に伝えて分かってもらうよう努力しないと自己満足で終わっちゃうから。

 僕たちが互いに会えなくなっても互いの記憶が残るのなら、此処で言った言葉はちゃんと相手に伝わるから。

 

 伝わった言葉は、相手の胸に残るから。

 互いの言葉は互いの口を通じて、誰かに伝わり続けるはずだから。

 

 バトンは途切れない。言葉のリレーは終わらない。

 伝わり続ける限り、僕たちの旅は終わらない。

 

 その人が死んでも、その人が残した物まで消える訳じゃないから。たとえ誰も彼もが名前を忘れてしまっても、その人の影響はずっと残り続けて、誰かの役に立ち続ける。

 

 僕の人生が終わっても、僕の旅路が終わらないように。

 今野悠樹の旅が終わってからも、紺野木綿季の旅が始まったように。

 

 だから今、「ボク」は此処にいる。この世界にいる。

 世界初のVRMMORPG《ソードアート・オンライン》

 その舞台、空に浮かぶ巨大な石と鉄の城《アインクラッド》の第一層。

 

 

 この場所でボクは、女剣士の片手剣使い《ユウキ》として、今日も生きている。

 

つづく



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1話「初めての攻略会議で初めての爆弾発言」

第1層ボス攻略会議回です。いきなり崩れますが崩壊までには至りません。
なお、今作ではキリトに対するツッコミは多いですがアンチじゃありません。作者なりのオマージュですのでお間違えの無いように。
あと、最後の最後で爆弾落ちますが余り気にしない様に。いつもの事ですので。
ただし相変わらず原作尊重派の方は絶対読まないで下さい。憤慨ものです。


「よっと、これで今日のノルマ達成っと。

 お疲れさまでしたー」

 

 誰に聞かせるでもなくボクは一人で勝利宣言と勝利報告をすませると、今仕止めたモンスターのドロップアイテムを確認しながら帰路につく。

 

 SAOが始まったあの日、SAO開発者の茅場晶彦によってデスゲームが始まったあの日。

 ボクがただの紺野木綿季じゃなくて《アインクラッド》に生きる一人の女剣士ユウキとして生きていくことを強制されたあの日から、多くのことが変わった。

 

 まず、ボクたちが現実へと帰還するためにはゲームをクリアする必要があるらしい。それまでボクたちはずっと、自由で不便なだだっ広い檻の中。

 それから、デスゲーム開始の宣言時に死んだ二百十三名の後を追うかのように千八百人が死んだ。

 殺されたという言い方も出来るけれど、ボクは彼らが死んだと表現している。

 だって、死なずに済む方法はあったんだから。

 殺されないで済む方法は、ボクたち誰しものすぐ側にあったのに彼らは死んだ。無謀な戦いに挑んで殺されたんだ。

 生き残れると信じていたのかもしれないし、信じられる根拠があったのかもしれない。

 でも、死んだ。もう居ない。これが彼らの出した答え、もしくは結果。

 いくら自分を信じてても、信じてくれる人の数が少ないのなら自己満足だ。決して確信には至れないし実証も出来ない。

 彼らが信じていたのがなんであれ、彼らは死んで二度と会えない。ただ、それだけ。

 

「んー、時間的にそろそろかなぁ?

 それとも、急いだ方がいいかな? 今日だけはなんとしても遅刻は避けないとね」

 

 SAO正式サービス開始から一ヶ月が過ぎた今日。

 ゲームであっても遊びではない、本当に人が死ぬゲームが始まってから一ヶ月が過ぎた日の夕方。

 迷宮区最寄りの《トールバーナ》の町で一回目の、つまりは千人以上の人が死んでからようやく、初めての《第一層フロアボス攻略会議》が開かれる。

 

 

「うわ・・・人の数多・・・」

 

 それがトールバーナの噴水広場に集まっているプレイヤーたち四十四人の姿を見てボクが感じた、率直な感想だった。

 

 正直、予想以上。千八百人が死んだ後によくこれだけ集まってこれたなぁと、素直に感心する。

 目の前で人が死んでいくのを見て自分の死を連想しない人は、割と少ない。それが親しい人ならなおさら怖い。怖くなる。怖くなって逃げ出したくなる。逃げる場所がないなら、現実から逃避する。そうやって人の心は壊れていく。

 強い弱いとかじゃなくて、ただ死にたくないと思ったときに選ぶ選択肢の違い。

 逃げ出すか、挑み掛かるか。どちらかを選んだだけ。その程度の違いが生死を分ける。

 デスゲームって言う現実は、そういうこと。

 

「まぁ、勝つこと倒すことを考えるのなら、少ない方なんだろうけどねー」

 

 苦笑しながら呟いたのも、率直で素直なボクの感想。

 病気持ちで引きこもりがちな今生でのボクの趣味はネットゲーム。居ながらにして色んな世界を旅して回れるのはスゴく楽しい。

 まぁ、それが高じて此処でこうしているわけだから善し悪しなんだけどね。

 

 と、始まる時間が近づいてるっぽいな。人の話し声がザワメきだした。ボクも早く座っておかないと。

 えーと、まだ空いてる席で邪魔にならなそうな場所はっと・・・。

 

「隣、いいかな? 他の人たちはみんなパーティー組んでて割り込みづらいんだ」

「え? あ、ああ、別に良いけど・・・」

「助かるよ、ありがと」

 

 戸惑いがちに、ぶっちゃけちゃうとキョドり気味な態度で返事をしてきた黒づくめな片手剣使い君に笑顔でお礼を言ってから、彼の隣に腰掛ける。

 黒いのはボクも同じだけど、ボクの方は紫混じりの群青色だから大丈夫。黒くはない。

 

 挨拶した方がいいのかなと思ったから改めて顔を向けて目を合わせ、真っ直ぐ相手を見ながら笑顔で自己紹介。

 

「初めまして、ボクはユウキ。片手剣使いのソードマンだよ。

 レベルは13でステータスはアジリティに極振り。ソロプレイヤーでMMO歴は4年と少し。盾は装備してないし持ってもないから、タンク役は期待しないでね!」

「あ、ああ・・・えっと・・・」

 

 ・・・? なんでこの人、さっきよりキョドってるんだろ? 照れ屋さんなのかな?

 

「ご、ごめん。俺、人付き合いとか苦手で・・・君みたいなタイプの子と話した経験値が足りてないんだ。別に嫌いってわけじゃないんだけどさ・・・」

 

 ああ、そう言う事ね。分かるけど。

 

「そうなんだ。こっちこそゴメンね、初対面なのに気安すぎちゃって。

 人にも言われるんだけど、なかなか直んなくてさぁ~。

 でも、君がそう言うの苦手な事は覚えたから、これから気をつけるね」

「ああ、それで頼む。

 俺はキリト、あんたと同じで片手剣使いのソードマン。ソロなのも一緒だな」

「そうなんだ。じゃあ、今回のレイド戦の間だけでもよろしくね!

 もちろん、勝った後も仲良くしてくれるなら大歓迎だよ!」

「あ、ああ・・・だからそう言うのが、な・・・?」

「あ、ごめん」

 

 ついついやっちゃったよ。以後気をつけます。

 

「でも、思いの外集まってくれて良かったねぇ。レイドに挑める最低人数には達してるんじゃない?

 これだけ居れば、勝てる確率も出てくるから嬉しいね」

 

 言葉の語尾に「!」をつけないよう最大限度力しつつ、ボクが笑顔でそう言うと、キリトはなぜか顔をしかめて俯いた。

 なにかなと思って見ていると、

 

「・・・それはどうかな・・・。全員が全員、死ぬかもしれない覚悟を持ってここに来ているとは限らないんじゃないか?

 もしかしたら《自己犠牲精神の発露》って言うより《遅れるのが不安だから》来てる人もけっこういると思うよ。

 俺もどっちかというと後のほうだからさ」

「そうなんだ。でも、それならそれで良いと思うし、問題なく感じるけど、なんでそんなに気重そうなの?」

 

 ボクとしては当たり前の質問をしたつもりなんだけど、どうしてかキリトは愕然とした表情でボクを見つめてきた。

 

 ・・・? なに? ボクなにか可笑しなこと言った? 普通のことしか言ってない・・・よね?

 

「い、いや、なんでそうなるんだ? そんな自分勝手な理由で来た奴なんか当てにしても大丈夫なのか?」

「動機は何でも良いと思うよ。誰一人死なないために努力してくれるなら、目的なんか問わない。

 ボスをラストアタックで仕止めて、LAボーナス狙いで良い。

 それ以外のドロップアイテム狙いでも、レベル差が開いて於いてかれたくないだけでも、仲間と一緒にいたいからでも、なんでも良い。理由は関係ないし、気にしない。攻略パーティーに入って、同じボス相手に命がけの戦い挑むなら仲間だ。

 ボクは仲間を見捨てないし、死なせない。絶対に生きて帰らせる。絶対にだ」

「・・・・・・」

 

 ・・・って、ああ!

 しまった! つい熱く語っちゃった! ドラゴンボールキャラみたいなノリでカッコつけちゃった! スッゴく恥ずかしい!

 

「ごめん! そんなつもりじゃなかったんだ!

 ただボク、昔から生き死にが関わると冷静さが消え失せちゃう癖があって・・・本当にゴメンなさい!」

「い、いや、気にしなくて良いよ。別に君の言葉で傷ついた訳じゃないからさ・・・」

 

 ?? 「傷ついた」?

 ・・・・・・何に?

 

「はーい! それじゃあ、そろそろ始めさせてもらいます!」

「あ、始まったみたいだね。静聴して聞かせていただきましょう」

「お、おう」

 

 忍野扇ちゃんの真似をしつつ、ボクは舞台に上がった青髪の人に視線を向けて、子供みたいにワクワクしながら彼を見つめた。

 知らない人たちをこれだけ集められる人。

 死ぬかもしれない戦いに、誰かを巻き込んでまで何かをしたいと思う人。

 その人が何を思い、何を話し、どんな言葉を語るのか。

 

 それが知りたかった。ボクが攻略会議に参加した最大の理由がそれの時点で、ボクには誰の動機も否定する資格なんて持ってない。

 だからボクは精一杯挑むつもりだし、勝手に死ぬことを許す気はない。

 

 人を死地に追い込んだんだから、責任とってよ青髪騎士様?

 

 

 

 

 

 

 

「今日は、俺の呼びかけに応じてくれて有り難う。

 俺はディアベル。職業は、気持ち的にナイトやってます!」

「ジョブシステムなんてねぇだろー」

「ナイトは絶叫だってかぁ?」

 

 あはは! この人、おもしろーい!

 寄せ集めのメンバーで、蟠りもありそうな人たちが一緒になって笑ってる。それも騎士様が放った一言だけを理由にして。

 ネットゲーマーに限らないけどネットユーザーは口が悪いと評判の人がいるし、実際サイトによってはそう言う人もいる。今ここにいる人たちの中にもそう言う人はいると思う。

 

 でも、今彼を笑ってる人たちの声に悪意はない。純粋に面白いから笑って、ヤジを飛ばしてる。こう言うことが出来る人はスゴい人だと、ボクは思ってる。

 この時点で、ボクはこの人を信頼した。素直に命を預けることにした。

 どうせ預けるのなら、自分が信頼した人に。信頼する前に誰かの命を預ける気はないし、当然ボクの命も預けない。

 預けたからには預けぬくから、覚悟してよね騎士様?

 

「今日、俺たちのパーティーはあの塔の最上階でボスの部屋を発見した。

 俺たちはボスを倒し、第2層に到達して、このデスゲームもいつか絶対クリアできるって事を《はじまりの町》で待っているみんなに伝えなくちゃならない。

 それが今この場所にいる俺たちの義務なんだ。そうだろ? みんな!」

『・・・・・・・・・』

 

 場を満たす、数舜の沈黙。

 そして、それに続く拍手喝采と無数の口笛。

 うーん、ここまで完璧すぎると流石に怖いなー。・・・この人まさかNPCだったりしないよね?

 理想の騎士様すぎて現実感が乏しくなりそう・・・。セイバーだってここまでじゃなかったよ?

 

「オッケ。それじゃあさっそくだけど、これから攻略会議を始めたいと思う。

 まずは六人のパーティーを組んでみてくれ。

 フロアボスは単なるパーティーじゃ対抗できない。パーティーを束ねたレイドを作るんだ」

 

 ですよねー、そうなりますよねー。

 うん、ユウキ知ってた。こうなるのも分かってた。

 当然、あぶれ組に入れてもらうつもりで来てますから、お気になさらず。

 

「ーーって、なんでさっきから挙動不審なのさキリト君。

 ぶっちゃけキモいよ?」

「失敬な! ただ予想してなかった展開に驚いてただけだ!」

「・・・へ? 驚いてたって・・・まさか君、ソロでボス戦に参加する気だったの!?

 むしろボクは、そっちの方が驚きなんだけど!」

 

 死にたいのかなこの人は!?

 ボスだよ!? ボスモンスターなんだよ!?

 最大で六人のパーティーを八つ束ねてレイドだよ! そしてボスはレイドで倒すこと前提のレイドモンスターなんだよ!

 バカなのかな!? バカなのかな!? 本当の本当におバカさんなのかな!?

 

「死ぬよ! 一人で挑んだら確実に! なんでそんな無謀なことやろうとするの!

 お母さんを悲しませるのがそんなに楽しいのか、この人でなし!」

「誤解だ! 俺はただ、ずっと一人でやってきたから今度も一人で挑むつもりだっただけだ! 別に死にたい訳じゃないし、死にたくないから一人でやってきたんだよ!」

「知るか! 始めたころのプレイスタイルで、ボス戦挑むな単細胞!

 たけやりでゾーマ倒せるとでも思ってるのか君は!

 絶対無理だから、大人しくパーティ組め! ボクでも誰でも何でも良いからパーティーに入れ! 何度死んでも蘇れるゲーム感覚を、デスゲームにまで持ち込むな!

 そんなアホな理由で死に行くの、ボクは絶対認めないからね!」

「・・・わかったよ・・・うん、確かに今回のは俺が悪かった・・・」

 

 素直に・・・あんま素直そうに見えないけれど・・・頭を下げて、キリトは謝罪してくる。

 これだけで許す気はないけど、今はそれどころじゃない。悪目立ちしすぎた。パーティーに入れるどころか、距離を置かれちゃった気がする。

 しょうがないから誰か余り物の人を・・・居た。第一ぼっち発見。

 

「君もあぶれてるの?」

「あぶれてない。周りがみんな、お仲間同士みたいだったから遠慮しただけ。

 ーーあなたたちみたいに悪目立ちして、あぶれた訳でもない」

「「ごめんなさい・・・」」

 

 初対面の女の子に、揃って頭を下げさせられる男二人(元男一人)

 くそぅ、男女格差が激しいなぁSAO・・・。

 

「ソロプレイヤーか・・・。なら、俺たちと組まないか?

 ボスは一人じゃ攻略できないって言ってただろ? 今回だけの暫定でいいんだけど、どうかな?」

「・・・・・・」

 

 無言のまま頷いて了承。パーティー登録もすませて名前も確認。

 《アスナ》か。良い名前だけど、アバターネームっぽくないし、ひょっとして本名プレイ? その場合はMMO初心者ってことになるけど大丈夫かな?

 

「よし、登録完了と。

 ああ、俺はキリトで、こっちがユウキ。どっちもあんたと同じソロプレイヤーだ」

「初めまして、ユウキです。今回はよろしくね」

「あなたたちはソロなだけじゃなく、さっきのでぼっちになったと思う」

「「・・・・・・」」

 

 再び沈没のぼっち男二人(元ぼっち男一人)。

 第2の人生でも異性関係(今は同性だけど)は寂しく過ごす事になりそうだな~・・・。

 

 

 

 

 

「よーし、そろそろ組み終わったかな?

 じゃあーー」

「ちょお待ってんか!」

 

 青髪騎士が会議を再会しようとした矢先、誰か知らない誰かさんが横やり入れて邪魔された。

 誰だよ~と思いつつ、見上げた先にいたのは・・・なんかスッゴい髪型の男の人。

 

 えっと・・・この髪型は・・・メイス? メイスヘアーなのかな? ・・・そんな髪型聞いたこと無いけどね・・・。

 

 他の人たちは驚きながら、ボクはただただ彼の髪型に唖然としながら見守る中を、彼はぴょんぴょん跳ねながら舞台まで飛び降りてくと、

 

「ワイはキバオウってもんや。ボスと戦う前に言わせてもらいたいことがある。

 こん中に、今まで死んでいった二千人に詫びいれなあかん奴がおるはずや」

 

 ザワザワ、ざわざわ。

 突然の闖入者に周りは騒然、ちょっとしたパニック状態だけど、別に暴力沙汰に発展する気配はなし。たぶん青髪騎士(いい加減ディアベルさんって呼ぼう)ディアベルさんが何もいわないのも同じ理由。

 司会である自分が今なにか言うと溝が生まれる。溝は覆い隠すよりも、一気に露呈させて全員で解決に向かった方がいい。加わりたくない奴は出て行っても構わないって状況を作り出した方が、結果として納得する人の数は多くなる。

 参加してる人数が多い以上は切り捨てる人が出てくるのはやむを得ないけど、それは出来ることを全部してからだ。「みんな仲良く」と言ってるだけで何も決断してない人には何も求める資格はない。

 

「キバオウさん。君のいう奴らとはつまり、元ベータテスターの人たちのこと、かな?」

「決まってるやないか!

 ベータ上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日にビギナーを見捨てて消えよった。

 奴らは旨い狩り場やら、ボロいクエストを独り占めして、自分らだけポンポン強なって、その後もずーっと知らんぷりや。

 こん中にもおるはずやで、ベータ上がりの奴らが!

 そいつらに土下座させて、貯め込んだ金やアイテムを吐き出してもらわなパーティーメンバーとして命は預けられんし、預かれん」

 

 超口舌、有り難うございました。

 と言うわけでボクのターン。

 

「発言いいですか?

 あ、ボクの名前はユウキです。片手剣使いのソードマンです」

「・・・ユウキさんだね。なにかな? 君も誰かに対しての苦情かな?」

「はい。そうです。

 ーーキバオウさん。誰かに命が預けられず、誰かの命を預かれないと言うなら、あなたは参加しなくていいので出て行ってください。

 みんなが命がけの覚悟で挑もうとしてる場所で、あなたの存在は死の危険を持ち込みます。ボクたちみんなが死なないためにも、みんなに死をもたらす可能性を持つあなたは邪魔です。居る資格のない場所から、早々に出てってください」

 

つづく




キバオウさんは破滅しません。
向き不向きの適正に合わせた人生が、彼の今後に待っています。


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2話「ベーターは廃人を意味しない」

前話の最後の台詞に対するフォロー及び後半はギャグ回&最初の原作崩壊回です。

なお、作者のネトゲ知識はにわかレベルですので、その点は予めご理解してお読み頂きたい。


「「「・・・・・・・・・」」」

 

 トールバーナの噴水広場に集まった総勢四十四人以上の冒険者たちが沈黙に包まれた。

 いや、言葉遊びはやめよう。ボクが黙らせたんだ。

 言ってはいけない一言を言ったことで、ボス攻略のために集まった現時点での凄腕プレイヤーたち誰もが言うべき言葉を失っている。問題発言を最初にしたキバオウさんも例外じゃない。

 でも、ボクが後悔することはないだろう。

 たぶん、きっと一生忘れられないだろうけど、決して後悔だけはしない。するもんか。

 だって、この言葉はボクがボクの意思で発した糾弾だ。この不条理に対するボクからの怒りだ。絶対に言ったことを後悔なんてしてやらない。

 

「ゆ、ユウキ君・・・今の発言はちょっとその・・・過激すぎるんじゃないかな・・・?」

 

 青髪騎士のディアベルさんが髪色だけじゃなくて、顔色まで青くしながらボクに陳謝を求めて静かに訴えてくる。

 だからボクは応じない。決して応じない。ここで応じてしまったら、彼らの犠牲が無駄になる。絶対に応じてなんかやるもんか。

 

「分かってます。でも、撤回しません。ボクは間違ったことは言ってませんから」

「しかし・・・これでは・・・」

 

 困ったように周囲を見渡すディアベルさん。

 気持ちは分かる。確かに周囲には戸惑いが広がっているし、隣のキリトも知り合ったばかりのアスナさんも、前の方に座ってる黒人でデカい人も含めて誰もが戸惑ってる。

 

 だからボクは許せない。この状況が、この理不尽が、この不条理が。

 ボクたち全員を狂わせた狂気のデスゲームを、ボクは決して許さない。

 

「キバオウさん、一つ聞かせてください。

 ・・・なんで今なんですか?」

「・・・なんやと?」

「だから!」

 

 極力声を抑えたボクの質問に、キバオウさんは全く訳が分かりませんと言ったような顔で不思議そうに問い返してくる。

 それがボクにはひどくイライラ感じてしまい、思わず強めな声で怒鳴ってしまう。

 

「なんで今この場で! 第1回層初のボス攻略会議の本番直前に! 攻略メンバーの心がようやく一つになって、恐怖を恐れながらでもボスに挑もうとしているその時に!

 どうして死んでいった人たちの為に戦うあなたが、覚悟を持って《はじまりの町》に残る八千人の未来を勝ち取ろうとしている人たちに、不安の種を植え付けたりするんですか!」

「・・・・・・!!」

 

 キバオウさんの目が大きく見開かれて、顔が驚愕に染まる。「なぜそれを・・・?」とか言いそうな雰囲気だけど、そんな事は知らない。興味もない。

 ボクが興味があるのは、いつでもどこでもこっきりただ一つだけ。

 

「なんで、勝った後じゃダメなんですか!? どうして、生き残った後じゃダメだったんですか!? なんでどうして、みんなで勝って生き残って勝利して、デスゲームから現実へと帰還した後に「あの時お前がああしていれば・・・!」って、帰還記念パーティーのテーブルで語り合えるその時まで待っていられなかったんですかぁぁっ!!」

「・・・・・・!!!」

 

 今度こそ、キバオウさんは愕然とした表情でボクの叫び声を受け止めた。

 

 当然、彼だって分かっているはずなんだ。今の自分が言っちゃいけないことを言ってるって事は。今が言うタイミングなんかじゃないって事くらい、この場にいられる凄腕たちなら誰だって分かってる。

 だって彼らは“それ”を見てきたはずだから。

 人が死ぬ光景を、モンスターに誰かが殺されて消えゆく光景を、ここがゲームではなく紛れもない現実なんだって言う認識を共有できる機会を得られたからこそ、今ここに居られてる。

 得られずに終わった人たちはここに居ない。今頃みんな、お空の上にいる。得る機会そのものを得る機会すら無かった人たち八千人のために戦おうとしているボクらに彼らは含まれない。

 

 つまりは、彼も見てきた。あるいは、見捨ててきたりしたのかもしれない。

 それだけ悲惨な現実を見てきた。見せられ続けてきた。平和な世に生きる、平凡な日本人の若者が。

 戦ったことも倒したことも、殺したことも殺されたことも、ゲームの中でしか疑似体験してこれなかった普通の人たちが無理矢理に実体験し続けてきた。させられ続けてきた。

 

 ーー正直、今この場で一番まともな人間は彼だと、ボクは思う。

 人が死んで泣いたり怒ったり喚いたり当たり散らしたり。どれも人として当然のことをボクたちは誰も、やったことがない。その時点で人として異常。精神がまともな状態にない。あるいは無理矢理、麻痺させている。

 

 だからボクの怒りは彼にじゃない。

 きっと、天国とは違う遠くのお空の上からボクたちを見下ろして楽しんでる、茅場昭彦の大バカ野郎に対して、ボクは堪えようのないほど明確な怒りをもって、ぶつけていた。

 

「あんた・・・」

 

 なんだか目が潤んできてるメイスヘアーのおじさん顔にちょっとだけ引きつつ、ボクは笑顔で締めくくる。

 

「勝ちましょう、キバオウさん。勝って帰って帰還して、再会したときに思い切りベータテスターをブン殴ってやりましょう。きっと痛覚のない今よりずっと痛い。

 今この場で装備とお金出させてもゲーム内で責任とらせるだけですし、なにより直ぐに稼げます。ここは所詮ゲームの中ですから。現実とは違うし、現実には及ばない。どこまで行っても、ゲームシステムに死を追加しただけのゲームです。現実世界をゲームで作り上げる事なんて神様にだってできません。

 だから、たかがゲームなんかで人を傷つけて自分も傷つけるようなことを言わないで。ね?」

「・・・・・・(こくり)」

 

 ーー良かった! ああ、良かった、助かったぁ!

 あっぶなぁ! マジ危なかったわ今の! もう少しで殺されるんじゃないかと冷や冷やもんだったわ!

 

 ・・・もうね。この身体の大きすぎる欠陥はどうにかならないもんかと日頃から思ってますよ、うん。

 言いたいことを言わない、我慢するっていう行為に対してスゴい抵抗感を感じてしまう。自制が効き辛くて、「今言っておかなきゃ損だ」って気持ちに支配されちゃう。

 記憶と心はボクの物なのに身体だけは紺野木綿季の物だからなのか、相反する行動を迫られたときには常に暴走してしまう。

 

 引きこもりがちで暗い思考に囚われがちな今野悠樹と、明るく天真爛漫で前へ進みたいと願う紺野木綿季。極端すぎる二人の人間のふたつの思考がうまく噛み合ってくれない。共存してるし共栄しているけれども同化はしていない。

 今野悠樹の記憶を継承しただけで所有権を完全に譲った訳じゃない紺野木綿季の身体。人格を形成する記憶は独占してるけど、入れ物である紺野木綿季の身体が言うことを聞いてくれない今野悠樹の人格。

 古いお酒を新しい皮袋に。つまりボクと彼女の心と身体は、うまく行っている割にうまい結果をもたらしてくれない。たいていの場合、ちぐはぐな印象を与えて相手を混乱させてしまう。

 

 ーーこの状況、実は今生のボクにとって日常風景だったりします・・・。

 

「あー・・・今更だが、オレも発言していいか?

 オレの名前はエギルって言うんだが・・・キバオウさん、アンタが言いたいことはつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーが沢山死んだ、その責任をとって謝罪・賠償しろ、と言うことでいいんだよな?」

「・・・ああ、そや。・・・そう言うつもりやった」

 

 ・・・“言うつもり”やった?

 あれ? 過去形な上に、なんか曖昧な表現?

 

「アンタはそう言うがキバオウさん。金やアイテムはともかく、情報はあったと思うぞ。

 ーーこのガイドブックだが、アンタももらっただろ? ホルンやメダイの道具屋で無料配布してるからな。コレのおかげでオレ達はここまで来れたし、アンタもそうだったはずだ。そして、こいつに載ってる情報を提供していたのはーー」

「元ベータテスターたちやろ。とっくの昔に知っとったわそんくらい」

「・・・・・・」

 

 唖然として黙り込むデカい黒人のエギルさん。どうやら本気でキバオウさんがろくな知識もなく空気読めない発言をするKYだと信じ込んでいたみたい。

 ちょっと考えれば分かることだと思うんだどけどなー。

 

「伊達に正式サービス開始時から居る一万人の中の一人やないんやで? ワイだって立派な重度のネトゲ中毒患者で廃人プレイヤーや。MMOで情報がいかに重要かなんて、言われんでも良う分かっとる。当然、手に入れた情報も検証済み。その過程で情報の更新速度の異常さに気付かんマヌケが廃人に居るかい」

「・・・・・・」

「ましてや今はデスゲーム。ゲームオーバーで即死確定。おまけにWIKIも他の攻略サイトも見れんし、通知も来ん。課金もできん。事前に攻略情報見んでネトゲやったら確実に差が付けられてまう。そんな不便きわまる世界で唯一手に入る攻略情報が無料・・・。

 誰だって疑うやろ普通なら。信憑性も確かめんで信じ込み、デストラップだったりしたらどうする気や? 垢ハックされる可能性も0やないんやで? 何がなんだかわからん世界で信じる情報なら、信憑性を検証するのは最優先事項やろ」

「・・・い、いやまぁ確かにそうなんだが・・・

 ーーなら、そこまでわかっていながらアンタはなんで、こんな事をやったんだ?」

「・・・分からんのか? ・・・分かっとったからワイはやった。それだけや・・・」

「・・・?」

 

 不思議そうな顔して黙り込むエギルさん。キリトも同じで、アスナは単に何言ってるのか分かってないっぽい。うん、やっぱり初心者だこの人。

 

「誰もが元ベータテスターの助けを借りてここに居る。なら、この場の全員が元ベータテスターである可能性があり、全員がその可能性を否定する術を持っとらん。

 今この場で元ベータテスターを糾弾しても誰一人名乗り出る奴は居らんやろうし、ボス攻略直前にパーティー解散なんて主催者が許さん。

 かと言って戦力は欲しい、ここまで来れる実力者を手放したがるはずがない。あんさんみたいなお人好しも一人くらいは居るやろうし、ガイドブックについてはこの場の誰もが知っとる以上、確実に説得材料として使ってくる。なあなあのまま会議は終わり、誰も責任は追及されん。

 ーーそう言う小汚い計算でワイはこの場を利用した。利用しようとしたんや。・・・ハハ、最低やろ? 元ベータテスターよりも尚質悪いで」

『・・・・・・・・・』

 

 その場の誰もが黙り込む。一言も発言する人がいない。

 誰もが黙り込む中にキバオウさんの空虚な笑い声だけが木霊し続ける。

 やがて沈黙に耐えかねたのか、ディアベルさんがキバオウさんに散々ためらった末に声をかける。

 

「そこまでしてキバオウさん。君はどうして元ベータテスターを糾弾したかったんだ? そこまで憎かったのか? 元ベータテスターたちが。力も知識もあるのに責任を果たそうとしない、無責任なベータテスターたちがそんなにも・・・」

「ちゃう、そうやない。そんなんはただの口実や。ワイが本当に糾弾したかったんは、ベータテスターでも他の誰かでもない。この理不尽すぎる現実そのもや。それ以外はどうでもええ。このクサクサした気持ちを吐き出すために、ワイはこの場とベータテスターをダシに使った。・・・本当に、ただそれだけのショッボイ理由なんや」

「何故そんなにまでして・・・」

「・・・・・・ダチやったんや・・・」

 

 押し出すようにしてキバオウさんが呟く。・・・涙混じりのくしゃくしゃな顔で。

 

「前のゲームからずっと一緒にパーティー組んで、所属ギルドも同じやった。SAOどころかVR発表以前から相棒やってた親友やぞ? リアルでこそおうた事ないが、お互いネットの自分が本当の自分と信じて貫く、ガチな廃人やったんやで? 

 最近ではゲームのために仕事や学校辞めようかと、本気で語り合ってたくらいや」

「いや、さすがにそれは思い止まった方がいいような気が・・・まだ人生、先長いんだし・・・」

 

 あ、ディアベルさんがガチでドン引きしてる。周りの人たちの中にも何人かそうしてる人が居るけど、時折混じって頷いてる人たちはなに? 同類? 廃人ギルドの方々?

 

 ーーマジ引くわー・・・。

 

「なのに何や、この現実は。ほんのちょっと油断しただけでゲームオーバー、死んだら消えてのうなって形見すら残っとらん。あるのはシステムデータの塊だけ、ゲームの終わりで消えてのうなる数字の羅列や。こんなんあっても現実に帰るんが辛ろうなるだけやないか。

 挙げ句が、仇討ちに剣振るって倒したところで「ぴぎー」だの一声鳴いて消えて終わり。一定時間たつと同じモンスターがポップして別の奴に襲いかかる。連中はカーディナルが掌握しとるからデータの引継が可能やけど、ワイらにはない。奴らは消えても残って、ワイらが消えたら誰かの記憶にしか残らん。割に合わないにも程があるやろ・・・!

 一体アイツは何のために死んだんや? 誰に為に死んだんや? なんでアイツが死ななあかんかったんや!

 こんな理不尽、何処にどうぶつければええのか、誰か知ってるんやったら教えてくれ!

 なぁ? ワイはこの怒りをどうしたらええ? どうしたらアイツに報いてやれる? どうしたらアイツをこれ以上悲しませないで済む?

 ーー誰でもええから、ワイに答えを教えてくれ・・・」

『・・・・・・・・・』

 

 再び沈黙。むしろ、さっきよりもずっと重い沈黙。

 うん、ボクの発言から始まった状況だけど、今すごく後悔してます。後悔しないと言っておきながら、さっそく後悔しております。

 だって! こんな展開になるなんて思ってなかったし! 想像できなかったし!

 王道過ぎてオンラインで見れると思ってなかったんだもん! 絶対オフラインでしかあり得ないと思っていた展開が今目の前に!

 

 ・・・これ、マジでどうすんの?

 

 

 誰もが空気読んで視線を逸らすか彷徨わせるかしている中、青髪騎士こと勇者ディアベルさんがキバオウさんの肩にそっと手を置いて、

 

「キバオウさん。良かったらオレのパーティーに来ないか? ちょうど前衛が火力不足で困っていたんだ。君のような勇気あるアタッカーが居てくれると心強い」

「ディアベルはん・・・あんた・・・」

「君の気持ちは良く分かる・・・などと軽々しく言うつもりはない。君の抱える痛みと苦しみは君だけの物だ。君にしか分からないし理解できない。何も知らない他人が知ったような口を利いて良いものでは決してない。

 ーーだけど、生き残った者が辛くて苦しんでる時に肩を貸すくらいの事はさせてくれてもいいんじゃないか? 俺の狭い肩幅でも君一人分くらいなら担いでみせるぜ?」

「ディアベルはん・・・」

「君の背負う重荷は肩代わりできない。してあげられない。

 でも、重荷を背負った君の隣で剣を振るうくらいなら俺でもできる。伊達に騎士は名乗っていない」

「ディアベルはん・・・!」

「俺と来い、キバオウ! 二人で一緒にSAOをクリアして、みんなをデスゲームと言う名の牢獄から解放するんだ! オレ達ならそれができる!

 二人で力を合わせて、みんなの未来を取り戻すんだ!」

「ディアベルはん・・・いや、ディアベル!

 ワイ、あんさんに一生ついてくわ!」

 

 ガシッ!

 熱く握りしめられた拳と拳。

 固い絆と熱き血潮で結ばれた漢と漢。

 今この時この瞬間に、二人の英雄の物語が始まったんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あれ? ボクたち完全に蚊帳の外になってない?

 おっかしいな~、ボクの発言から始まった議論だったよねこれ?

 なのに、なんで? なんでこうなるの? 何がどうなったら、こんな事が起き得るの!?

 誰か教えてドラエもーん!」

「諦めろユウキ。この世界に答えを教えてくれる攻略サイトはない」

「そうね。良いモノ見れたし、別にいんじゃない?」

 

 腐ってる人発見。

 ネトゲは嵌まると危険です、人としての道を踏み外します。

 ゲームもネトゲも程々にね!

 

つづく



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3話「祭りの後で 前編」

遊びの前半の後で少し真面目な後半を書こうとしたら、前半で遊び過ぎてバカ話になり過ぎました。前編後編に別けます。あまりにもギャップが激しすぎるでしょうから・・・。

なお、今回の話に登場する原作で名前だけ出ていたイベント内容は完全に作者の妄想で補完させてもらいました。ギャグですので苦情はなしでお願いします。ツッコミはカモンです。


 巨大な風車塔が立ち並ぶ、のどかな田舎町《トールバーナ》にも夜が訪れた。

 ふつうのRPGと同じくSAOでも、昼夜で町を出歩くNPCの種類は微妙に変わる。朝は働いてた大工さんが、夜には酒場でビールを煽ってたりね。

 で、当然のようにお店の客層が変わるからなのか、酒場や食堂で出すメニューにも一部変更が加えられたりする場合も少なからず存在してはいる。あんまりゲームには関係しないから気にしてる人少ないけどね。

 

 そして夜になってから開かれた《第一層ボス攻略会議二次会兼勝利祈願兼勝利の前祝いパーティー(長いよ!)》が、噴水前広場近くのお店の庭先を借りて、ささやかながら行われていた。

 

 ・・・・・・はずだったんだけど・・・・・・

 

「ディアベル!」

「キバオウ!」

 

 ・・・・・・・・・。

 

「ディアベル!!」

「キバオウ!!」

 

 ・・・・・・・・・・・・。

 

「ディアベール!!!」

「キバオーウ!!!」

 

 うぅぅるさぁっい!

 

 気が散るわ! お酒じゃないけど、ビールっぽいジュースが不味くなるわ! 甘さ控えのはずが激甘味に早変わりしてるわ! ほとんど別物になっちゃってるよ!

 

「うう・・・どうしてこんな事に・・・」

 

 頭を抱えながらボクが思い出すのは昼間のこと。

 間違って事は言ってないつもりだけど、だからといって騒ぎを起こしちゃったのも間違いようのない事実。悪いと思ってるし反省もしてたから、ディアベルさんに二次会の誘いを受けたときには迷わず乗った。

 中には迷惑に思う人もいるだろうけど、だからこそ積極的に自分から謝りにいって許してもらいたかった。

 

 だって、デスゲームで初のボス戦だと、誰がいつ死んでも不思議はないから。

 今日会えてた人が、明日にも会える保証がどこにもないから。

 今謝っておかないと、明日謝れる保証なんて誰にもできないから。

 

 だからボクは謝って回るつもりで二次会に参加した。楽しもうとか騒ごうとか言う気は・・・まぁ、なくもないけどちょっとだけだったのは確か。これ絶対。

 

 ーーだと言うのに、始まってからずっとこの調子・・・・・・。

 謝るどころか、誰もボクの方なんか見てもいないよ。みんなディアベルさんとキバオウさんのBLイベントに強制参加させられて、スキップ機能で飛ばしたそうにしているよ。

 

「ESC押したら飛ばせるようにしておいてよ、SAO・・・。

 やっぱりデスゲームなんかクソゲーだ・・・」

 

 たぶん、他の人たちも似たようなことを考えてるんだろうなと思って周りを見たら、目があって頷かれた。

 無駄なところで以心伝心しあったボク達は、こうして仲直りしましたとさ。ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー私が、私でいるため。最初の町の宿屋に閉じこもって、ゆっくり腐っていくくらいなら最期の瞬間まで自分のままで居たい。

 たとえ怪物に負けて死んでも、このゲームに・・・この世界には負けたくない。どうしても」

 

 俺はアスナの覚悟とも自罰とも取れる発言を聞き、返答に窮していた。

 クリームをネタにして明日のボス戦を前に緊張を解してやろうという熟練者の思い上がりが裏目にでた結果となった。

 

 ーーやれやれ。慣れないことはするもんじゃないな。

 やっぱりアイツと違って俺には、こういう役柄は似合わないみたいだ。

 

 言葉に詰まって右手のパンを口に放り込み、咀嚼するフリをしながら時間を稼ぎ「・・・パーティメンバーには死なれたくないな。せめて明日はやめてくれ」とか言ってこの場を乗り切ろうと心に決めたとき、通路の奥からヨロヨロと誰かが歩いてくるのが視界に入ったので踏みとどまった。

 

「・・・誰? ・・・・・・ひょっとして、ゾンビだったりする?」

 

 若干怯えを見せながらもアスナは、剣の鍔に震える右手を添えて、近寄ってくるヨロヨロ歩く何かに向かって問いかける。

 

 ーーもしかしてオバケが苦手だったりするのか? さっきまでのとは、大分イメージが違うなぁ。

 

 人は見かけによらないと言うが、どうやらSAOアバターでさえ適応している万能格言だったらしい。先人の偉大さを思い知った俺は彼女に倣って剣に手を伸ばし、未だに接近し続ける何かを警戒しつつも、SAOのルールを思い出す。

 

 町中は戦闘可能圏外エリアだから、いきなり敵に襲われて戦闘になることはあり得ない。

 だが一方で、町中で発生したイベントで選んだ選択肢がイベントダンジョン発動の条件である場合は多いのだ。圏外だから必ず安全と言い切れるほどには、俺たちベータテスターを含めたプレイヤーたちは、この世界について詳しくない。知らない事ばかりだし、知っていることが変わっている可能性も捨てきれない。

 

確証が得られるのは大分先になるだろうが・・・ともあれ。

 

「そこのお前。それ以上近づくようなら俺は敵と判断して切りかかるけど、それでもいいのかーー」

「・・・うっぷ。

 水、水をください・・・。

 どうかボクに、水を与えてくださいぃぃ・・・」

「「ユウキ!?(ユウキちゃん!?)」」

 

 驚いたことにヨロヨロしてた奴はゾンビじゃなくて、青い顔して死にかけてるユウキだった。

 事情はわからないが、とりあえず俺たちの横に座らせて介抱してやっていると、「う、う~ん・・・」と呻きながらも目を覚ます。

 一息ついて落ち着いてから、感想を一言。

 

「・・・死ぬかと思ったよ。生きて帰れて本当に良かったぁ~」

 

 満面の笑顔で祈りを捧げる彼女を前に、アスナは微妙にバツが悪そうにして見えた。

 まぁ、先の発言の直後だからなぁ・・・。なんとも間の悪い奴。

 

「ああ~、あやうくディアベルさんとキバオウさんのBLイベントに強制参加させられて死ぬところだったよー。あれで死ぬとか、マジで嫌だ」

 

 しかも理由が本気でしょうもなさすぎて、さらにアスナの身体がビクッと震える。

 小刻みに震えて見えるけど・・・あれ? もしかしてこいつ、照れてたりするのか?

 

 冷静で落ち着いた物静かなフェンサーに新たな一面があった事を知り、複雑な思いを抱きながらも俺は、アスナと同じくユウキにも同じアイテムと同じイベントを紹介してみることにした。

 なに、ものは試しだ。クリームパン愛好家は何人いてもいいのだから。

 

「そ、それは大変だったな。口直しにクリームパン食べるか?

 まぁクリームパンっていうのは俺命名で、本当はクエスト報酬で手に入れたクリーム塗っただけの、NPCベーカリーで安売りしてる普通の黒パンなんだけどな」

「・・・キリト・・・グロッキー状態の女の子にクリームパン薦めるって、君はいったいどんな画像を期待しているの・・・?

 ーーもしかしなくても、ソッチ系の人だったりするのかな・・・?」

「誤解だ! 俺は別にグロ動画好きじゃないし、女の子に色々してる動画見て悦に入る特殊性癖の持ち主でもない!

 俺を、希によくいる大きなお友達と一緒にするなーっ!」

 

 相変わらず、こいつの俺に対する評価はひどいな! 昼間の出会いから、全然改善していない! 完全に変態紳士同盟の一員だと思い込まれてしまっている!

 これはマズい! なんとしても誤解を解かなくては、俺の命に関わる!

 主に、社会的生命的な意味合いで!

 

「いや、本当に美味いから! 食べたら分かるから!保証するから!

 信じてくれ、ユウキ! 俺は絶対、食べ物に関しての嘘だけはつかない!」

「・・・いや、食べ物限定にされた時点で君に対する信頼度はガタ落ちなんだけどさ・・・。

 まぁ、そんな事よりも。

 それって、いっこ前の村で受けられるクエスト《逆襲の雌牛》の報酬でしょ? そんなに味って変わるもんなの?」

「なんだ、ユウキは知ってたのか。確かに《逆襲の雌牛》の報酬アイテムで合ってるぞ。

 これさえあれば、1コルの黒パンが立派なご馳走に様変わりする神アイテムだ。

 やるならコツ教えるけど、どうする?」

「本当に!? やったやった! 超うれしいよっ! これでお腹いっぱい甘いパンが食べられる!

 愛してるよ、キリト君!」

 

 ぴょんぴょん飛び跳ねるユウキの可愛らしい姿に満足しつつ、俺は至高の調味料たるクリーム壷を手に入れるための試練を思い出して、げんなりする。

 

 あれは確かに初見プレイで何度もやりたいイベントじゃないからな・・・。内容知ってユウキがスルーするのも当然か。

 

「・・・? そんなに大変なイベントなの?

 その・・・《逆襲の雌牛》って言うクエスト・・・」

 

 興味を持ってくれたらしいアスナに俺は、クリームの良さを分かってもらうためにも、越えなければいけない山の高さについて熱弁を振るう。

 すべては美味しい食事を手にするために! 味覚エンジンで制御された味気ない食卓に、彩りを加えるために!

 

「大変なんてもんじゃない。

 いや、クリアに必要なステータス自体は大したことないんだ。あの村まで辿りつけるプレイヤーなら誰でも簡単にクリアができる程度だと断言できる。

 ーーただ、クリア条件を満たすために必須なミニゲームが本当辛くてなぁ・・・。

 皆あれで去っていくんだよ・・・クリーム、美味しいのに・・・」

「あれはねぇ・・・うん、ボクも挑戦したけど辛すぎた・・・」

 

 思い出したのか、ユウキも嫌そうな顔でうんうん頷いている。

 うむうむ。分かるぞユウキ、その気持ち。あれは本当に嫌な物だった・・・。

 

「・・・???」

 

 経験者二人に挟まれた未経験者一人が困っているから、助け船を出してやるとしよう。

 まずはそうだな。クエストの概要とバックボーンとなるストーリーについて説明するところから始めようか。

 

「《逆襲の雌牛》の重要キャラクターである雌牛とは、番である雄牛が同性であるはずの雄牛と交尾したことで捨てられたバツイチ牛のことで、このクエストの最終目標は雌牛に人工授精して妊娠させてやることなんだ」

「ぶっ!?」

 

 思わずといった風に吹き出すアスナ。

 分かる、分かるぞアスナ。アンタの気持ちはよーっく分かる。

 実際俺も、あのイベント考えた開発スタッフは頭がおかしいと確信している程だからな。一般人でゲーム素人でもありそうなアスナには相当キツい現実だろう。

 だが、事実だ。受け入れろ。

 

「酪農家のおっさんNPCからクエストを受注した後、村に一軒だけある品揃いの悪い道具屋で《逆襲の雌牛》専用アイテム《精液ストロー》を買って牛舎に行くとイベントが発生、ミニゲーム《雌牛に種付けせよ!》が始まるんだが・・・これが本当、精神的にキツくってなぁ・・・」

「アイテムストレージから取り出した《精液ストロー》を口にくわえて、雌牛のアレに注入器の先っちょをゆっくり挿入していくんだよね・・・。

 変なところでリアル指向すぎて、思わずドン引きしたよボク・・・」

「しかもこれが、意外と難しい。プロがやっても成功率六割程度というリアル設定が活かされて、活かされすぎた、完全なるキチガイイベントだ。経験者かクリアのコツを知ってる奴からレクチャー受けた奴でもなければ、まず成功しない。

 だから言ったろ? コツを教えてやろうかってーーぶっ」

 

 顔面に何かが打ち付けられて世界が明滅。意識と視界が暗転した。

 どうやら黒パンを投げつけられたらしい。

 こんなモンでもSTRがバカ高い、高レベルプレイヤーが投げつければ凶器になるようだ。頭の中がグラグラ揺れている。

 

 犯罪防止コード圏内の町中で武器による攻撃を食らっても、不可視の障壁に阻まれてダメージは受けないが、発光と衝撃とわずかなノックバックで精神的ダメージを負うことが判明した。

 

 なるほど、これは使える。とりあえずは《圏内戦闘スキル》とでも名付けて、アルゴに売ろう。きっと高値で買い取ってくれるはずだ。

 

「最っ低!」

 

 ぷんぷんと頭から湯気を上げて沸騰しながら、アスナが去っていくのを感じ取れた。

 どうやら怒らせてしまったらしい。後で謝っておいた方がいいだろう。

 

 ユウキが「キリト・・・君って奴は・・・」と、なにやら可哀想な物を見る目で見ていた気がするが、気のせいだ。うん、気のせいに違いない。

 

 なにはともあれ、今この場の俺がしなければいけないことは・・・。

 

 

「ぐふっ」

 

 死んでおけ、と言う神の意志に従うこと。

 ただ、それだけだった・・・

 

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4話「祭りの後で 後編」

重くなりすぎました、ごめんなさい。私自身の死生観を入れすぎちゃいましたね・・・ギャグ作品なのに重すぎるって何だよと。
次回はもう少し軽く書くように気を付けます。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 《トールバーナ》の裏路地で私とユウキが向かい合っている。

 冷たい視線を向けている私の目を、ユウキは見ようとしない。姿勢的に見れないからだ。

 

 彼女には今、私の目前で地面に額を擦り付けながら日本の伝統芸能、DOGEZAを敢行させていた。

 

「・・・あ、アスナ・・・そろそろ姿勢を解いていいかな・・・?

 さすがに人の視線が・・・いや、NPCの視線が向けられてないはずなのに、なぜか痛いんだよぅ・・・」

「ダメ。もう暫くそうしていなさい」

「ううぅ・・・」

 

 項垂れながら(たぶんそうしたんだと思う。見えないけど)声に嗚咽が混じり始めた辺りで私はようやく彼女“たち”を許す気になった。

 まぁ、確かに自分でも大人げない事している自覚はあったし。

 それに実害を被ったわけでもないから、噂に聞くネットを悪用した犯罪被害者たちよりかは随分マシだなと割り切れたのだ。

 

「いいでしょう。許してあげます。以後は反省して、デリカシーのない発言は慎むように。

 わかったよね? ユウキ」

「ふぁい・・・」

「ん。では立ってよし」

 

 フラフラとなりながら立ち上がるユウキ。

 顔も目も真っ赤だけど、たぶん目の方が赤いのは顔と同じ理由じゃないんでしょうね。

 

「ううぅ・・・一生分の恥を十分の間にかかされた気分だよ・・・」

 

 目元をグシグシしながら恨み節を述べてくるユウキに私は冷たく返す。

 

「自業自得です。まったく、女の子の前であんな破廉恥な話をして・・・少しは恥ずかしいと思わなかったの?」

「いやまぁ、その~・・・。ネットの世界ではあれくらい日常用語と言いますか・・・。うん、まぁ一般人には毒だったなと反省してます。割と本気で」

「ーー目が泳いでるんだけど・・・?」

「うっ! え、え~と・・・あれはそのほら! あれだよあれ! あれは本当にスゴくてさ~」

「あれってなに?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・なにか奢らせてください」

「よろしい。頂いてあげます」

 

 ションボリしながら店舗を探し始めるユウキの後ろ姿に私は、改めて彼女のことを子供っぽいと感じてしまう。

 もしくは男の子っぽい、かな。

 なんだか一緒にいても女の子といる感じがしなくて、異性で同い年の一緒に育った男の子といる時みたいな安心感を覚えて、ついつい和んでしまいそうになる。

 

 ーーここから早く出たいのに。こんな所に居たくはないのに。

 なぜだか彼女と居ると安心できる。一緒にいたいと思えてしまう。

 

(同い年の従兄弟が男の子だと、こんな感じなのかしら?)

 

 益体もない考えに耽っていると「あっ! 見つけた、あそこだ!」と、ユウキが何かを指さしてから猛スピードで走り出してしまった。

 

「ちょ、ユウキ!? 待ちなさいよ、もう!」

 

 お目当ての店を見つけたからって、奢る相手を置いてけぼりにしてどうするのよ全くもう。

 

 やっぱり、この子は子供だ。

 昼間に出会って、キバオウさんに啖呵を切ったときには何事かと思ったものだけど、こうしてみると年齢相応・・・ううん、年齢不相応に幼い感じがしてなんだか面白い。

 

(手の掛かる子供を持った母親って、こういう気分になるのかしら・・・?)

 

「おじさーん! これくださーい。

 この、《ハニービードリンク》って奴。すっごく甘くておいしいって評判なんでしょ!?

 わー、楽しみだなぁ~♪ ボク甘いの大好物なんだぁ♪」

「ちょっと! 私に奢る話はどこに行ったのよ!

 私にもその甘そうなの奢りなさーいっ!」

 

 なんとなく頭をよぎったお母さんとの記憶を置き去りに、私はユウキの後を追いかける。

 今はまだ必要ないと、私の心が鍵をかけて記憶のタンスにしまったことを自覚しないまま、私はユウキの隣に立って同じ商品を注文しようと店員役のNPCに視線を向けてーー

 

「あれ? その人、頭に?マークが浮かんでるけど何かあるの?

 よく見たら注文したはずのドリンクも出て来てないみたいだけど・・・」

「あー、これはクエストだね~。この店員役のNPCさんがクエスト受注と発生条件を兼ねてるんだよ。

 この流れだと、さしずめタイトルは『ハニービードリンクの材料を入手せよ!』って、ところかなー」

「???」

 

 ネットもゲームも初心者の私が疑問符を浮かべていると、見かねたユウキが丁寧に解説してくれる。

 

 なんでもこのゲーム『ソードアート・オンライン』に限らずRPGでは、こうした町中にいる誰かに話しかけて発生するイベントのことをクエストと呼び、設定されたクリア条件を達成すると報償としてアイテムやコルが貰えるらしい。

 

「じゃあ、この店員さんの頭に浮かんでるのがクエスト発生の目印なの?」

「そうだよ。この人以外にもいろんな町や村で同じような事が起きるんだけど、基本的にクエストの発生する場所には必ず頭上に?マークが浮かび上がるんだ。それで場所とクリア条件が、ある程度予測できたりするんだよ」

「へぇー。じゃあ、この場合は《ハニービードリンク》を注文したら頭に?マークが浮かんだから、クエストの達成条件は《ハニービードリンクの材料》を入手してくることだと思ったわけね?」

「たぶんだけどね。まぁ、蜂蜜関連の名前が付いたイベントだと定番だし、序盤から凝りまくった内容のイベントやクエストは設置しないんじゃないかな?

 いきなりお客さん離れしちゃったら、運営も大変だろうしね~」

「ーー《雌牛の逆襲》は・・・?」

「・・・・・・心の底からごめんなさい・・・・・・」

 

 お店の前で再び土下座するユウキ。いい加減に許してあげないと何度でも土下座しそうな気がするし、そろそろ許してあげますか。

 

「それで? ユウキはこのクエストどうするの?

 時間的には不可能じゃないと思うけど」

 

 普通に考えたら、本当に死ぬかもしれないボス戦を明日に控えてイベントクリアに乗り出す人は頭がおかしいと思うのだけど。

 この子の場合は例外かもしれない。なぜか理由もなくそう思える私がいる。

 無茶なことでも笑いながら楽しそうに挑戦して、ダメだったらやっぱり笑顔で「たはは~、失敗しちゃったよー」って報告しに帰ってくる子供みたいな空気が、この子にはある。

 

 だから私は、あながちあり得ない選択肢じゃないと思って聞いてみたんだけど、予想に反してユウキは「う~ん・・・」と悩みはしながらも最後には「やっぱいいや。止めとく」と、クエストの開始を拒否して店員さんの頭上からも?マークが消えてなくなる。

 

「いいの? ユウキは挑戦したかったんじゃない?」

「うん、まぁね。でも明日がボス戦だし、アスナとキリトに迷惑かけたくないし。

 それになにより、戦い終わって帰ってきたら真っ先に挑戦したいクエストが見つかって、今スッゴく嬉しいんだ! これで勝って帰ってくる楽しみが増えたよ~」

 

 “戦い終わって帰ってきたら”

 彼女はもう勝った後のことを考えてる。明日自分が死ぬかもしれないなんて、微塵も頭にない。

 他の人が同じ事を言ってたなら、私はきつく叱り飛ばしたと思う。「そんな浮ついた気持ちじゃ死ぬわよ」って。

 でもユウキなら仕方がない。そう思える。

 

 だって、この子は子供なんだから。

 子供が死ぬことを真剣に考えて思い悩むなんて辛すぎる。出来るなら最期の時まで笑顔で過ごしてほしい。そう思うのが親の感情で、大人の感情なんだと私は思う。

 

 だからこれは、ただの意地悪。かわいい女の子にイタズラしただけの、ちょっとした悪ふざけ。・・・そのはずだったのに。

 

「いいの? そんなこと言って。明日のボス戦で真っ先に危ない目にあって死んじゃったら、ハニービードリンクを飲むどころじゃなくなっちゃうわよ?」

 

 フードで顔の上半分が隠れているから、彼女には少しだけ笑んだ口元しか見えてなかったと思う。

 それでも私には、彼女がはっきりと見えた。

 言われた内容を理解し、咀嚼し、噛み砕いて飲み込んで納得した上で、彼女は素直にこう言ったのだ。

 

 「それがなにか問題あるの?」と。

 

 

 

 

 

 ーー沈黙が街に降り立った。

 彼女と私。ユウキとアバターのアスナが対峙する路地に不自然なほど静かな静寂が満ちて、やがて砕ける。

 砕いたのはユウキ。先のと同じく脳天気に、不思議そうに、ごく当たり前のことを言うかのような口調で彼女は絶望を口にする。

 

「“死んだらどうするのか?”よく使うフレーズだけど、これって意味のない質問だよね。

 だって死んだら何も出来なくなるんだし、どうするも何もないんだし。考えるだけ時間の無駄無駄無駄。

 そんなことに時間使うくらいなら、今したいことに全力出した方が絶対良いってボクは思うけど?」

 

 それは余りにも正しくて、余りにも批判の余地が無くて、そしてーー余りにも暴力的で、容赦がない。一切合切の死生観を否定し尽くして、ただ「生きてる今」だけを見て考える。

 そういう救いも夢も希望もない、“死”と“生”を明確に分けて隔てた、絶対の境界線。天国と地獄とあの世を、この世界とは別の全く異なる異世界だと断じ、「別世界の事なんて、この世界に生きる自分たちには関係ない」と言い切り、切り捨てる、残酷で冷酷で暖かみの欠片もない、死の冷たさに満ちた言葉。

 

「死ぬって言うのはね、アスナ。その人の旅が終わることなんだよ。その先はない。何もないんだ。ただただ真っ暗な道が続いてさえいない、何も感じないし感じられない。存在しなくなるんだよ。

 生きてる人たちの祈りも願いも何もかも、死者には決して届かない。受け取る側の死者が存在していないからだ。

 存在してない人に贈り物を届けるのは、神様にだってできないんだよ?」

 

 笑顔で告げるユウキの顔は、先ほどまでとは別人に見えた。

 ーーううん、違う。別人に見えたんじゃなくて、本当に別人のものになっていた。

 

 天真爛漫な男の子みたいな女の子じゃない。キバオウさんに死なないでと叫んでた人命を尊ぶ少女剣士でもない。

 

 その顔には願いに満ちていた。生きてという願い。死なないでという願い。

 ただそれだけを願って願って願い続けて、それ以外の必要のないものをすべて削ぎ落としたような、窶れきって疲れ切った旅人の姿が今の彼女の顔には浮かんで見える。

 

 旅人は続ける。

 旅から得た悟りを教え聞かせるように。

 旅で味わった悲観と苦悩を伝えることで、少しでも誰かが悲劇を避けれるように。

 

「死者は語らない。語れないんだ。言いたことを言えなくなる、行きたい場所に行けなくなる、伝えたい思いを伝えられなくなるのが“死んだ”って事なんだから当然だけど」

 

 旅人は、少しだけ笑う。

 疲れ切って休みたいのに休もうとはせず、歩き続けた自分の人生を誉めるように、自嘲するように、労うように、苦笑するように、心の底から愛おしむような笑顔で笑う。

 

「死体は何も語らない。形見は何も教えてくれない。それらから何かを感じ取ったなら、それは彼ら自身が死者たちとの思い出を掘り起こして、今の自分が置かれている状況に当てはめて都合よく解釈しただけだ。

 

「彼女は自分が死んでも喜ばない」「こいつを殺しても彼が喜ぶわけがない」

 

 ーーそんなことは分からない。誰にだって死んだ人の気持ちなんか分かるはずがない。家族だってそうだし、遺族だってそうだ。生きてる人間には死んだ人間のことなんか今更、分かりっこない。

 分かろうとして掘り起こすのが昔の記憶なら、それはその人自身の記憶を巻き戻しただけだ。自分の中で死者を昔に戻したに過ぎない。

 自分が愛した頃の、好きだった頃の相手を美化して脚色しながら、思い出を捏造する事で自分が生きていくのに利用しているだけ。誰も本気で死んだ人の事なんて見ようとしていない」

 

「死んだ人は他人の記憶と記録の中にしか存在しないから。何にでも使える、何でも言わせられる。

 死人には、苦情を言うための口はないからね。幾らでも、どうとでも出来るんだよ。

 それが死ぬってことなんだから、仕方がないことなんだけれど」

 

「でもね、アスナ。確かに死んだ人は何も言えなくなるけど、何も言いたくないわけじゃない。何も伝えられないのは、何も伝えることがないからじゃない。なにひとつ出来ないのは、なにひとつしたくないからじゃないんだよ。

 ただ、なにもできない。なにもさせてもらえない。何をしても、生きてる人には届かないし伝わらない。死んだ人が生きてる人にしてあげられる事なんてひとつもない。

 願って祈って感謝したって、結果が出るとは限らない。

 伝わらなければ祈りも願いも単なる雑音だ。うるさいだけだよ。うるさいと思ってくれるだけ、伝わったとも言えるんだけどね」

 

「死は旅の終わりだ。その人の旅の終わり、その人が書ける物語の終わり。後を引き継ぐ人がいたって、続きを読むことは本人には絶対出来ない。死者は本に触れないから。

 ーーでもね、アスナ。

 口出しできないから、死んだ人は自分で自分の物語の続きを書けないから、生きてる人に続きを書いてほしいからこそ、自分を忘れないでほしいんだ。自分の事を決めつけないでほしいんだよ。

 「この人だったら必ずこうした」「この人がこうするはずがない」

 ーーそんな風に決めつけないで。

 死んだ人は変われないから。変わりたくても変われなくなって、考えたくても考えれなくなって、別の道を探したいのに探せなくなって、物語の続きを書きたいのに書けなくなってしまったからこそ、人には生きてる自分を書いてほしいんだよ。変わっていく自分を書いてほしいんだよ」

 

「生きてるのに変わらないなんて嘘だ。死んでないのに不変なんて嘘だ。完全無欠で絶対最強なんて大嘘だ。

 生きてるなら変わるさ。人と出会って話して恋して分かり合えば、人は変わる。

 生き続けて戦い続けれてさえいれば敗けもするさ。勝ち続けるだけの人生なんてつまらない。敗けもあって挫折もあって失敗だってして、勝った人に嫉妬したり恨んだり喧嘩したり仲直りしたり。

 そうやって人の輪を広げていきたいと願っているのに、どうしてやらせてくれないの? どうして死んだ人は首尾一貫、徹頭徹尾、自分のそれまでを貫かないといけないの?」

 

「そんなの嘘だ。大嘘だ。全然生きてない。死んでるじゃないか。生きてないし、生かしても貰えてない。

 死者たちの・・・ボクの物語を終わりにしないでよ・・・生きたいと思っていた想いを美化して綺麗に纏めないでよ。汚くていいから、見苦しくてもいいから、もっとボクを生きていさせてよ・・・。

 ボクは死を受け入れた事なんて・・・生まれてこの方一度だって無い!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叫び。あるいは慟哭。

 それは彼女が初めて見せた心からの本音で、私には理解できない内容だけれど、それが彼女の抱える重苦しい何かだと言うことだけはハッキリと分かった。

 

 ーーーでも。

 

「ユウキ・・・あなた、泣いてるの?」

「・・・・・・え?」

 

 言われて初めて気がついたという風にユウキは、自分の頬に手をやって涙で指が塗れていることを自覚すると、

 

「う、あ、や、うぁーー」

 

 と、意味を成さない単語を連発しつつ、必死に顔を手で拭おうとして余計にヒドいことになっていく。

 

「もう、しょうがないなぁ」

 

 私は彼女の、自分より少し下にある目元にハンカチを当てて涙を拭ってあげると軽く息を吐き、気合いを入れて彼女を抱え上げる。

 

「わひゃっ!?」

 

 またしても意味のない叫びをあげて真っ赤な顔をしたまま取り乱し、右往左往しながら涙目で見上げてくる彼女に私は、どうしようもなく胸がときめくのを自覚する。

 

「泣き虫お姫様を王子様がお城へと連れ帰り、介抱して差し上げましょう。

 さぁ、お姫様。カボチャの馬車も純白の駿馬もないけれど、凛々しい騎士様だけはちゃんと居ます。お城までの道中、ゆっくり愛を語り合いましょうか」

「あ、愛!? え、ちょっと待ってちょっと待って、理解が追いつかなーーって、今ボクお姫様だっこされてない!?」

「せいか~い。正解者には豪華景品として、王子様の添い寝で朝まで過ごす権利が与えられま~す」

「そいーー!? だ、ダメだよダメダメ! 絶対にダメーーっ!!

 だってボクは、あれでああしてああなって・・・えーと・・・とにかくダメなんだってばーーっ!」

「ダーメで~す。もう正解者に送る権利は送られてしまいましたー。返品は受け付けておりませーん。大人しく朝まで一緒に眠りにつきましょうねお姫様?」

「無理!絶対ムリ!無理ムリ無理ムリ無理ムリ、ボクには絶対無理なのーーっ!」

「う~ん、この丁度良い案配のSTR値。子供が大人に抵抗してる時って、こんな感じなのかしらね? とっても可愛い!」

「あ~ん! AGIに極振りし過ぎたせいでSTR値が足りないーっ! 抵抗しきれないよーっ!」

「うりうり♪ ぐりぐり♪」

「わひゃーっ!?」

「お姫様をホテルへ御案なーい♪」

「いーやー! おーろーしーてーっ!」

「♪」

 

 

 《トールバーナ》の夜は更けていく。

 明日は第1層初のボス戦。

 

 

 

 ーーそれは彼女らが初めて“死”を見る日。

 

 

 作戦結構の明日午前十時まで、後九時間三十五分。

 騎士ディアベル戦死まで、後少し・・・・・・。

 

つづく

 



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5話「ユウキのデスゲームが始まった日」

思ってたよりシリアス展開になっちゃいました。次回は少し砕けた感じに戻したいなぁ~。


「みんな・・・もう、俺から言うことはたった一つだ。

 ーー勝とうぜ!!」

『おおっ!!』

 

 ボス部屋の前で最後のミーティング(と言う名のディアベルさんによる覚悟の一声)が行われて、ボクたちはイヤでも覚悟を決めざるを得なくなった。

 

 それぞれがそれぞれに仲間と言葉を交わしてる。アスナとキリトも何かしら話し合っている。

 そんな中、ボクは一人で軽くストレッチ。

 確かにVRゲームで動かす身体はアバターで、データ上では数字の羅列に過ぎないけど脳と意識を電子回路でつないでいる以上は、どうしても生身の肉体を動かす時と同じ問題が付きまとう。

 要するに、緊張してると動きが鈍る。ストレッチで心と体をやわらげるのは重要だよ?

 

「・・・おまえは相変わらずブレないなぁ。こんな時くらいゲームの雰囲気に合わせようとか思わないもんか?」

「合わせれば勝率上がるんだったら合わせるけど?」

 

 あきれた口調でキリトが訊いてくるのにひねくれた返しをしてからボクは、指を立てて一本一本曲げていく。こうして感覚が無事に指先まで届いていることを確認する。

 

「まぁ、緊張したってしなくったって、負ければ死んで勝ったら生きて帰れるんだし、それで十分じゃない?

 考えるのは作戦立案の時まででいいよ。ここまで来たなら覚悟決めて行動した方が勝率上がる。悩んで迷ってウジウジしても何一つボスには届きゃしないしさ。

 だって、データの塊だもん。聞く耳持たないんじゃなくて、聞く機能がそもそも実装されてない」

「・・・いやまぁそうだけども。もう少し夢持ってゲームをプレイできないものかなぁ・・・」

 

 愚痴みたいな口調でキリトがぼやくと、アスナが小さく笑うのが見えた。

 昨日の夜の一件から少しだけ態度が軟化した彼女だけれど、まだまだ素顔を晒すほどには親しくなってない。好感度で言うところの“やや好き”あたりかな? 攻略狙いならこれから中盤に入った後が大変そう。頑張れ。

 

「実際のところ、ここでの勝ち負けで帰還不可能が確定するんだし覚悟決めるしかないんじゃない? どっちみち退路はないんだから。

 負けたら最後、後は無い。たとえ誰一人死なずに撤退しても、二度目の挑戦でボクたちがボスに勝てる可能性は万に一つもあり得ない」

『『『・・・え?』』』

 

 キリトに返した返答だったんだけど、どう言うわけか他の人たちまで食いついて来ちゃった。これはビックリ。意外だなぁ。

 

「どったのみんな? ボクなんか変なこと言った?」

「いやその・・・ユウキ君、君の先の言葉はどういう意味なのかな? 「この勝負で誰も死なずに撤退できても次はない」って言うのは・・・」

「?? なにか変だったかな?

 だってこれは《はじまりの街》で助けを待って、動かずにいる人たちに「デスゲームは決して攻略不可能じゃない」事を示す戦いなんでしょ? 一度でも負けちゃったら「攻略不能」のイメージが定着して二度と再起しようとしなくなるよ?」

「だ、だが俺たちがいる。ここに集っているみんなが誰も死なずにいれば、次もみんなで集まって挑むことができる。前回の敗戦におけるデータも役立つだろうし、そうすれば死者数0で勝つことだって可能だろう?」

「集まれるの? 只でさえ即席のレイドパーティで連携も満足に取れず、個々のスキルと経験に頼っているボクたちが一度負けてもなお今まで通りに一人のリーダーの元、一致団結して大事に当たれるって、本気で信じてるのディアベルさん?」

「・・・・・・」

「だよね。無理だよね。

 ボクたちは所詮ゲーマーだ。軍人でも騎士でもない。尊い理想のために命を懸けて、他人と手に手を取り合える期間は決して長くないんだ。無理矢理の継続はできない。ゲーマーほど自分勝手な人種もそうはいないんだから」

「・・・・・・」

「だから今しかない。今この時しかないんだ。

 みんなが一致団結してひとつの物事に当たり、打ち砕こうと団結できている今この時を逃したら、ボクたちは未来永劫バラバラになってしまう。偽りの団結でしかレイドが組めなくなってしまう。誰かをリーダーとして信頼できなくなってしまう」

「・・・・・・」

「だからお願い、ディアベルさん。ボクたちを導いて戦って。ボクたちを一つのレイドパーティに纏め上げて。

 一人一人の剣士としてじゃなく、《はじまりの街》にいる人たちを含む八千人のSAOプレイヤー、その中に所属している一人として皆のために皆を守って戦わせて。

 ここにいるみんなが君を頼ってる。君を信じて、命と下駄を預けてる。

 君は一人じゃない。ボクたちも一人じゃない。今この時だけボクたちはパーティだ。互いに命を預け合う仲間で戦友だ。そうして見せた君だからこそボクは信じるんだ。

 ーーボクの命は預けたよ、ディアベルさん。ちゃんと有効に使ってね?」

「・・・責任重大だな。

 でも分かった。引き受けたよ。君の命は俺が預かる。俺が使う。八千人のプレイヤーみんなの為に!」

「うん! 任せた!」

「ーーワイも! ワイも預けたで!ディアベルはん! この世の果てまで、ワイはあんさんと一緒や!」

「キバオウ!」

「ディアベル!」

 

 ーーまたこのパターンかよぉぉぉぉぉっ!!!!

 シリアス台無しじゃん! ボクちょっと良いこと言ったはずなのに、みんな白けちゃったじゃん! 誰もボクの言葉覚えてないじゃん!

 とんだ道化者だよぉぉぉぉっ!!!

 

「・・・ユウキ・・・ガンバ!」

 

 親指立ててサムズアップしないでキリト! 逆に辛くなるから! 却って辛いだけだから!

 半端な優しさは時に悪口よりもヒドいのだと知れ!

 

 

 

 

「よーし! 今度こそ行くぞみんな!

 抜刀! 攻撃、開始ぃーーっ!!」

『おおおおぉぉぉぉっ!!!』

 

 鬨の声と共に、みんなが武器を構えて一斉に駆け出す。

 狙うはボスの首ただ一つ! ・・・って、訳でもなくて班ごとに狙いと役割がそれぞれ異なる。

 ボスに突っ込むアタッカーのA隊。A隊を側面から支援するB隊。リーダーで全体を指揮統率するために前線の中盤当たりに居続けなきゃいけないディアベルさんを守る形で彼自身が率いているC隊と、決戦時における予備兵力のD隊。更にその後ろには、彼を守るためなら命を惜しみそうにないキバオウさんのE隊、遊撃隊も兼ねているらしい。

 それにポールアームで距離を置いて戦えるF隊とG隊の二つが最後尾を固めてる。

 

 ちなみにボクたちあぶれ組三人は、しんがりという名のぼっちです。これはまぁ仕方がない。

 なにしろ即席のレイドパーティだ。それぞれの特技や主張、バトルスタイルに至るまで何一つ把握し切れてない。こんな状態でボス戦に挑もうとするなら、個々のパーティーを率いるリーダーにある程度の判断と指揮を委ねて全体の状況把握に務めるしか、指揮官で総リーダーのディアベルさんに出来ることはない。

 みんなの経験と技能に賭けるしかないわけだ。ギャンブルだね。文字通りに命がけの。

 

 それでも彼はよくやっている。レイド戦はどうしても自分の周囲しか把握が難しく、デスゲームになって全体が更に見通しが悪くなった状況において正確な情報は、正しく生死を左右する。

 

 彼が伝えるのは指示そのものよりも、それが示唆する状況説明の方が各部隊にとってはありがたい。味方がどんな状態にあるのか声に出して知らせてもらえると、見えなくてもある程度は想像できるものだから。

 ここら辺はソロプレイだと上昇しづらい能力でステータスには関係しない、所謂プレイヤースキルと呼ばれる奴。

 ある意味レア中のレアスキルで、これを持ってるディアベルさんは本当にすごい。ボクが彼を信頼して下駄を預けられたのも、現時点でこのスキル持ちが彼以外にいないと判断したから。

 

「ーーと言っても、やっぱり外様は辛いよね。指揮系統に入れられない即席パーティのボクたちには前線へ参加許可が下りない。これじゃあ皆がやられてても加勢できないよ」

 

 それぞれがそれぞれの指揮と判断で動いていて、全体の指揮者は情報提供に徹している現状、この中へ単身駆け込んでいって誰の足も引っ張らない自信はボクにはない。確実に走ってる誰かとぶつかるだろう。負けて混乱し始めたらなおさらだ。

 

「このまま優位に進んでくれると良いんだけれど・・・」

 

 たぶん無理だなと思いながらも、ボクはそう願わずにはいられない。

 現在の時点でボクたち即席レイドパーティーは、多分だけど有利に戦局を進めていると思う。全体を通して見る目が備わってないし、経験もないボクには断言できないけど。

 

 ボスのHPバーはレッドゾーンに達した。もうレイドボスクラスのHPとは言えない。通常のイベントボスレベルだ。ここまで来たら勝利は目前だろう。

 

 ーーボクが気になっているのは、ここまで誰一人として戦死者が出ていないこと。

 

 “デスゲームは攻略不可能なんかじゃない”それを《はじまりの街》にいる皆の教えるための戦闘。ゲームが始まってから初めて挑む、皆での戦闘。

 

 ーーそれを劇的に飾ることを茅場明人は望んでいるんじゃないだろうか? ボクはそう思う。そう思えてならない。

 

 なぜなら彼はSAOを作り、デスゲーム化し、一万人のプレイヤーすべてを《アインクラッド》の囚人とすることで、この世界を“人が生きてる本当の異世界”にした。

 

 本物だ。この世界のすべては、生きとし生ける全ての者たちは、呼吸して生きている本物の生命体だ。Mobでさえも例外じゃない。

 だって彼らのデータはカーディナルと言う自ら思考するコンピュータに上げられ、やがて全てにフィードバックされるから。彼らの命は死ぬことで世界に召し上げられ、別の生物に還元される。

 いずれはカーディナルも意志を持つ日が来るかも知れない。自我の芽生えが訪れるのかも知れない。

 そんな“異世界”にボクたちは生きている。

 

 

 茅場晶彦がこうまでして作り上げた“本物の異世界”。それを半端な形で放置し、されるがままに見ていることが果たして彼に出来るだろうか?

 

 ゲーマーなら誰でも考えたことのある単純な心理。

 

 《他人に自分の考えた最高のRPGを遊ばせて、楽しんでもらえたらスッゴく嬉しい》

 

 プログラマーになって世界初のVRMMORPGを生みだした彼に、この願望がない保証は皆無だ。ふつうに考えてあり得ない。

 コテコテの設定とストーリーを世界中に配信して平気でいられる、一般ゲーマーには理解不能なクソ度胸の持ち主なら何しでかしたって不思議じゃない。

 

 そんな《ボクの考えた最高におもしろいRPG》で最初に挑むボス戦。そこで死人が出るとしたら役柄的に・・・・・・

 

「下がれ! 俺が出る!」

「なぁっ!?」

 

 予想外すぎる行動に打って出たのは、逆説的には予想通りのディアベルさんだった。

 茅場晶彦に今の時点で殺される可能性がもっとも高いのは彼だ。

 彼以外のプレイヤーでゲームクリアを目指している人間が一人もいない以上、彼を除いた全てのプレイヤーがモブのNPC仲間キャラクターだと思われてたって不思議じゃない。

 

 そんな中で彼が死に、その意志を多くの人が引き継げば《アインクラッド》は一つの“生きた世界”として完成する。

 人が生きるために襲い来る敵と戦い続ける、剣と戦闘の世界になる。

 もちろん、誰も引き継がずに世界は未完のままタイムオーバーで消えてしまう可能性もあるのだけれど、どの道このままじゃ息詰まってるんだ。風穴空けるためには賭けに出ざるを得ない。

 

 閉息した状況の中で窒息した心理にある人間たちに希望の光を灯すには、英雄が必要だ。

 

 貴い犠牲を払ったことで覚醒した、魔王を打倒しうる世界で唯一の選ばれし者。

 全てを背負わされ、試練と苦痛に満ち満ちた人生を歩かれる、勇者という名の生け贄(英雄)がーー。

 

 

 だからこそ警戒して見守ってたのに! 指揮官が単独で自分から飛び出すって、想定外すぎるんですけども!

 

 どうするんだこれ!? どうなるんだこれ!?

 

 

 ――え!? まさかこれってあの“お約束展開”じゃあ・・・。

 

 

 

 

 

「ダメだ! 全力で後ろに飛べっ!!」

「キリトっ!」

 

 ボクの悲痛な叫びは二人ともに届かず、ディアベルさんはガイドブックに載っていなかったボスのソードスキルをまともに受けて、一撃でHPの半分以上を持って行かれ、続く二撃目で完全に止めを刺された。

 

 

 

 

「ぐわぁぁぁぁぁっ!!」

「ディアベルはんっ!?」

 

 

 

 ディアベルさんが敗北して、

 

 

 

「ディアベル! なぜ一人で・・・!」

 

 

 

 キリトが駆け寄りーー

 

 

 

「頼む。ボスを・・・ボスを倒してくれ・・・・・・みんなの為に!」

 

 

 

 ディアベルさんの死で、

 

 

 

「・・・・・・っ!」

 

 

 

 キリトが決意の元、一人きりの道をみんなの為にと歩み出す。

 

 最強の剣士様の誕生だ。みんなの為に自分を犠牲にして平然としていられる本当の意味でのデスゲームの虜囚が、今この場の戦闘で生み出されてしまった。

 

 ――かくして、《ソードアート・オンライン》は物語の幕を上がる・・・。

 

 

 

 

 

 

 

「クソがっ!」

 

 “僕”が吠える。

 身体の持ち主、紺野木綿季の叫びじゃない。

 身体に入っている今野悠樹の魂の叫びだ。

 

 

 絶対にやらせない!

 キリトもアスナも誰も、誰一人として僕の手が届く範囲の人は死なせてやらない! 不幸になんかさせてやらない! 犠牲になんかさせはしない! みんな纏めて救ってやる!

 

 

 これは僕自身の意志だ! 他の誰のものでもない! 僕がこれを選びたいから選んだんだ!

 運命なんかに邪魔させるものか! 神様なんかに邪魔されてたまるか! ましてやカーディナルや茅場晶彦なんて言う出来損ないの神様もどきに邪魔なんかさせない! 絶対にだ!

 

 

 思い上がるなよ茅場晶彦! ゲーム世界を支配したくらいでいい気になるな! おまえの思い通りになんかさせない! させてやらない! 人の意志はその人のものだ! その人だけのものだ!

 髪の毛一本、血の一滴に至るまで、その人だけの物だ! 捧げられるのはその人の意志によってだ! 強制的に使命を与えるなんて傲慢は許されない! 神が許しても僕が許さない! 僕が決して許しはしない! 必ず邪魔して阻止してみせる! 絶対にな!

 

 

「わたしも行く。パートナーだから」

「解った。頼む。ーー手順はセンチネルと同じだ!

 うおぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 キリトとアスナが駆けだした。もう止まらない、止められない。

 あの二人が組んで世界の救世主になる道を選んでしまったのなら、たかだか転生者ごときが介入できる余地はない。

 

 ならどうする? 僕に何が出来る? 何をすればいい?

 僕には何がある? ユウキは何を持っていて、ユウキは何が出来る?

 

 アバターの剣士ユウキは、普段は病弱で弱々しく体育の苦手な紺野木綿季と比べてスペックが高い。ステータスだけで救えるものは少ないけれど、今はこれが一番頼りになる。

 

 アスナがボスの一撃でフードが吹き飛び、素顔をさらす。その瞬間、彼女の顔の美麗さに思わず見惚れて動きが止まるキリト。

 ここだ。このタイミングでなら僕にも介入できる余地がある。

 

 行くぞ茅場晶彦。これが僕の、今野悠樹が女剣士ユウキとして介入するSAO最初の一撃だ。

 誰も死なせないための剣。絶対に人を守り抜く剣が放つ、最初の一刀だ。

 

 

「《ヴォーパル・ストライク》!!」

 

 ボクにとって本当のデスゲームが、死との戦いが今始まる。

 

 

 

 

 

シリアスに続くが次回中盤までしか保たない



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6話「勇者の伝説は、そして黒歴史へ・・・」

今話でのユウキは半ば空気です。一応キリトが必ず傷付くシーンなので、彼女なりに慰める方向で書かせて頂きました。最後はやっぱりギャグで締めです。
前半から後半最初辺りまでがシリアスで、後半本番からギャぐ一辺倒です。

注:今作のSAOシステムは大部分作者に都合のいい設定に改変してあります。予めご了承のうえでお読みください。その点に関しての苦情は受け付けておりませんのであしからず。


【You got the Last Attack!】

 

 倒されたボスが死に、エフェクトと共に消え去ると、空中に勝利を告げる文字が浮かび上がってファンファーレが響きわたる。

 ゲームではおなじみのそれらに併せて勝ち鬨と生還を祝う声が周囲で上がり、さっきまで死闘が行われていたボス部屋は途端に戦勝ムード一色に染まる。

 

 みんなが肩を抱き合って喜びを噛みしめてる中、ボクだけは輪の中に入れず入ろうともせず、ただただ部屋の中央に浮かぶ勝利を示す文字を見つめ続けていた。

 

「ーー結局、ボクには何もできなかったなぁ・・・」

 

 無力感に苛まれつつ自嘲気味に呟いた言葉は、幸いにも誰かに聞かれることはなかった。

 

 あの後、ボクの放った一刀は結果として大した効果を及ぼすことが出来なかった。

 キリトが食らいそうだった一撃は防げたけど、非力なボクの力じゃその後が続かない。当然のようにパワー不足から追いつめられたボク達だけど、体勢を立て直したエギルさんたちのお陰で回復する事ができ、最後に止めを刺したのは言うまでもなくキリト。だって攻撃力が一番高いもん。

 エギルさんの重斧も高威力だけど、彼自身のレベルが半端だからね。現段階だと止めを刺すのには向いていない。プレイヤースキルも中途半端みたいだし、今後に期待かな。

 

 なのでボクが果たした役割は何かというと・・・なんにも出来てない。役立たずだ。

 ボス攻略に参加している一般人の一人、主人公にも勇者にも程遠い普通の参加者メンバーの一人が偶然「ユウキ」と言うアバター名の少女剣士キャラだった。ただそれだけの存在感しか示せなかったんだ。

 

 でも仕方ない。

 転生しただけでチートがなければこんなモノなんだとボクは思う。

 仮に誰かを救えても、その人のその後がどうなるかなんて分からない。戦いで死ななかったとしても、生きて帰って翌日朝起きたら死んでいたなんて事もあるかもしれない。死ななかったモブキャラが勇者に代わって魔王を討つ可能性だってあるかもしれない。

 

 しれないしれない。人の数だけ未来はあって、未来の数の数十倍から数万倍くらい可能性の選択肢が鼠算的に増えていく。人に無限の可能性は無いと思うけど、人が集まって形成された人間社会には無限の選択肢があるんだとボクは思ってる。

 

 ーーだからまぁ、ボクみたいな平凡な転生者が活躍できない世界があっても不思議じゃない。元が平凡な凡人なのに、スペック上がったくらいで英雄になれるはずないしね。うん、こんなもんこんなもん。

 

 

 

 

 ・・・それに多分、まだ終わってはいないだろうしね・・・。

 

 

 

 

「お疲れさん、見事な剣技だった。

 コングラチエーション。この勝利はアンタらの物だ」

 

 エギルさんの言葉に背後のみんなが拍手と声援を送っているのが聞こえた。多分キリトに捧げているんだと思う。お祝いしたい気持ちもキリトに感謝してる気持ちも嘘じゃないんだと思うけど、でもそれは“嘘じゃないだけ”だ。今心の中で思っていること、今自分の中にあるもの全部じゃない。

 何かで誤魔化そうとする心は些細なことで綻びが生じる。そして今この場に居るメンバーの中には、綻びが生じるだけの隙間がある。

 さっきの戦闘で致命的過ぎる隙間が出来てしまっていた――。

 

 

 

「なんでや!!」

 

 一括する叫び声がみんなの視線を釘付けにする中、声の主キバオウさんが座り込んでキリトを睨みつけながら涙声と涙目で訴える。

 

「なんでディアベルはんを見殺しにしたんや・・・!

 そうやろが! 自分はボスの使う技、知っとったやないか! 最初からあの情報を伝えておけば、ディアベルはんは死なずに済んだんや!」

 

 キバオウさんの告げた一言だけで、その場の空気は一気にキリト賛美からキリト否定に傾いてしまう。・・・ように見えるんだろうね、端から見てたらの話だけど。

 

「きっとアイツ、元ベータテスターだ! だからボスの攻撃パターンも全部知ってたんだ! 知ってて隠してたんだ!

 他にも居るんだろ! ベータテスター共、出てこいよ!」

 

 誰かが言って、次々に不安が感染していく。軽いパンデミック、情動伝染による集団ヒステリー状態だ。こうなったらもう、誰にも止められない。

 

「おい、お前・・・」「あなたね・・・」

 

 言いがかりに等しい相手の言い分に今までずっと我慢してたらしいエギルさんとアスナが前へと出掛かるけど、それをボクは右手で制して声を出して止めもする。

 

「ダメだよ二人とも。今は行っちゃダメだ」

「なんでよ! あの人の言ってること無茶苦茶なんだから、言って聞かせて分からせてあげなきゃダメじゃないの!」

「その通りだぜお嬢ちゃん。ああいう手合いには言っても聞かない奴が多いが、そん時には一発ぶん殴ってやりゃあ大抵の場合ーー」

「無駄だよ。やっても言っても何の意味もない。

 だってみんな、分かり切ってることなんだから。言われたところで何も感じないし感じるはずがない。分かっていても我慢できないから、誰かにぶつけて誤魔化したいんだよ。

 彼らが非難してるのはキリトじゃない。ベータテスターでもない。どうしようもなく死が訪れるボス戦を、後99回繰り返さないとリアルには生きて帰れない過酷な現実そのものなんだよ」

 

 ボクの言葉に二人は絶句して声を失う。

 そうさ、分かり切ってた事じゃないか。それを承知でボク達は第“1階層”のボスでしかない敵に挑んだんだ。その結果、“たった一人の死”でクリアできたけど、その死はボクたちの心に堪えがたい不安と猜疑を植え付けてしまったんだ。

 

 つまりーーこんなに怖い思いを、あと99回も繰り返さないと生きては帰してもらえない。

 

 今までの一ヶ月で緊張がほぐれて、でもレベル的にかなり厳しい戦いを強いられてきた彼らにとって、一ヶ月という時間はたいして長くない。むしろ短いのかもしれないね。それだけ必死で生き抜かないと、生きて帰ってこれるか分からないレベルなんだから。

 

 だからこそ今、今この時になって初めて彼らは未来を直視した。これから始まる戦いが長くて険しい、生還率超低めの大冒険であることを、誰かがどうにかしてくれるかもと言う願望を信じてたら救われるよりも先に死んでしまうんだって、自分たちを救って導こうとしたディアベルさんの死で思い知った。思い知らされた。

 

 その結果、この場にいる誰もが自分の“今後”を思って怖くなった。この世界で初めて“自分の未来について”考えて、恐怖で怖くなって錯乱しかけた。

 

 だから“理由”が欲しくなった。自分たちが生きて帰れない理由を。そいつらのせいにして不安をぶつけたい。不満をぶつけたい。理不尽に抗しきれない自分の無力さを否定する為にも、倒すべき弱者が欲しい。

 みんなにとっての“敵”が、今のみんなには必要不可欠になってしまっていた。

 

「だから今はなに言っても通じない。聞こえていても届いていない。怖さから逃げたいだけの逃走であって、キリトやベータテスターを相手に戦いを挑んで攻撃してるわけじゃないから、戦闘自体が成立しない。切っても切っても無駄撃ちになるだけだよ」

「そんな・・・! それじゃあまるでーー!」

「うん、スケープゴートだ。彼らが求めているのは犯人であって、事件の真相じゃない。犯人を断罪することで殺人事件を終息させたいだけなんだ。

 だから今のアスナの言葉は彼らに決して届くことはない。今はまだ、絶対に届かない・・・」

 

 これが遊びではないけれども、ゲームでしかない世界の限界。人が生きていくのに必要な物が少なすぎるから、社会性が身につかない。原始人みたいに0から文明を構築していく必要がある。ゲーム世界にプレイヤーたちの住むプレイヤー社会を構築しないと、「万人の万人に対する闘争」が始まってしまう。

 

 はじめてリアルに“死”を意識したボクたちは、今になってようやくデスゲーム《ソードアート・オンライン》の住人になったのだと、なってしまったんだと自覚した。

 生きるためには、生きて帰るためには、人の死すらも踏み越えて行かなくちゃいけない現実が目前にあるのだと自覚させられてしまったんだ・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで・・・良かったんだよな」

 

 アインクラッド第二階層主街区《ウルバス》に続くゲートを抜け、改めて自分が一人に“戻った”ことを実感しながら、俺は最近癖になりつつある独り言をつぶやいていた。

 ソロプレイで身につきやすい癖が独り言なのだが、ここ数日の間は騒がしいのが二人もいたせいでご無沙汰していたが、再び一人で広大なアインクラッドの世界を歩んでいる内にぶり返したらしい。

 

 詳細は省くが、あの後も一悶着あり、結局俺は一人になる道を選んだ。

 只のベータテスターなんかじゃない。千人のテスターの中で最も高い層まで上り、最も多くの知識を貯め込んだ《ベータテスター》でありながら《チーター》でもある、《ビーター》と言う最低最悪のベータテスターとして。

 

「・・・別にいいさ、後悔はしていない。あの時、ディアベルの意志を殺さないためにはこうするしか他に道はなかったんだ。だから俺はーー」

「いやいや、普通気付くから。あれが演技で大嘘だってことくらい、分からないベータテストプレイヤーは千人の中にほんの少しだから。

 ーーって言うか、本当にあれで誤魔化せると思っていたの?

 ・・・うわ~、マジ引くわー・・・」

「・・・・・・」

 

 ここ最近で聞き慣れたとはいえ、それでも時折ムカっ腹が立つのを抑えられない俺が僅かに、だが確かに存在していた。

 

「ユウキ・・・仮にビーターが嘘だったとしても、俺が今現在最強装備で身を固めた剣士なのは紛れもない事実だぞ? 試してみるか? おまえの剣で」

「ちょっ!? なんでボクが相手だと、みんな扱い悪くなるのさ!? もう少し優しくしてよっ! ボクだってこれでも女の子なんだからね!?」

「・・・ネトゲにネカマは付き物だよな?」

「ヒドすぎる! ネットリテラシーの欠片もない!

 これが通常のMMOだったらBANされてもおかしくなかったね。デスゲームで良かったじゃん! ベータテスターでチーターなビーター・キリト君♪」

「・・・・・・」

 

 俺はとりあえず剣を鞘に収めると無言でユウキに近付いて、その頭に拳骨を落としてやった。

 

「なにをするー!」

「人の気にしてることを言う悪い子には、お仕置きが必要だ」

 

 頭頂部を抑え、涙目で上目遣いに抗議してくるユウキを一蹴すると俺は大きく息を吐き、バカの思惑に乗ってやる形で気分を切り替えた。

 

 まったく・・・気を使うんだったらもう少し、やりようがあるだろうに・・・。

 

「ーーで? なんで俺のビーター宣言が大嘘だって分かったんだ?

 結構分かりづらい、急造のその場凌ぎとしては中々のモンだったと自画自賛しているところなんだけど?」

「いやいやないない、それはない。

 だってSAOの転移門は一度誰かが開けてゲートを開通したら誰だって自由に出入り可能。それこそレベル1の超初心者だって現時点で最上階までひとっ跳び。

 他の誰にも到達できなかった層まで登った《最初の一人》にしか成れないのが、SAOの仕様なんだよね~。情報の独占とかマジ無理無理です」

「・・・・・・・・・」

 

 ソ・ウ・デ・シ・タ。ワ・ス・レ・テ・マ・シ・タ。

 

 イベントボスとは異なりSAOのフロアボスは倒すと二度と復活しない、二番煎じも出てこない、ある意味究極のレアモンスターだ。高性能なユニーク品をドロップするような奴になると、殆どユニークモンスターと呼んでいいほどの希少性を誇っている。

 

 当然、そのデザイン性やディテールの細やかさは他のモブを圧倒して余りある。そんな作り手たちの愛が込められた芸術品をーーひいては金と人員を割きまくって作った赤字覚悟のオーダーメイド品を倒されただけで終わらせるのを運営も、茅場晶彦でさえもが許すはずもなく、ボス討伐終了後しばらくしてからイベント等で小出しにボスの情報を伝説という形でプレイヤー達に提供される。

 そうすることで物語に深みを持たせ、世界観の構築に一役買わせているのだ。

 

 まぁつまり、なにが言いたいのかと言いますとーー

 

「誰かが倒したボスモンスターの情報は、ベータテスターなら誰だって手に入るんだよね! ディアベルさんも持ってたみたいだし!

 でも流石に個人で攻略情報を攻略本みたいにして残してる人は情報屋の人たちだけだから、ネズミ印のガイドブックが超大事なことは変わりないけどね!

 そう! キリトが先ほど分かる人には分かる、分かってしまいまくるドヤ顔演技が三文芝居だったのと同じくらいに変えようがない事実なのさ!」

「やめてくれぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 

 バカ!バカ!俺のバカ! 何であんなに格好つけちゃったんだよ! いい恥曝しじゃないか!

 ああ・・・俺は他のベータテスター達になんて思われてるんだろうか? いや、そもそもあの場にはほぼ確実に元ベータテスター達が数人はいたはずで、彼らはあの喧噪の中、格好付けて去っていった俺をどんな顔して見送っていたんだ・・・?

 

「・・・・・・いっそ、このまま死んでしまおうか・・・・・・?」

「いや~、それは困るなぁー。うん、超困る。

 ボクとしてはキリトに絶対死んで欲しくないんだよね。

 理由はほら・・・あれだよあれ。ーー言わなくても、分かるでしょ?」

「・・・ユウキ?」

 

 なにやらモジモジしながら顔を赤くして、上目遣いで俺を見上げてくる彼女に思わずドキリとしてしまいながら、続きの言葉を待っていると。

 

「だってキリトとボクってさ・・・まだパーティー登録したままじゃない?

 この状態でキリトが死ぬとボクのステータス欄に撃墜マークっぽい仲間を殺された証が・・・」

「最低だなお前! もう少し優しく慰めろよ! 傷ついてるんだからさぁ!

 男のハートは時にガラス製で出来ているんだぞ!?」

「勝てば官軍!負ければ賊軍!死ねばリアルでも即死だぁ!」

「シャレにならない! 本当にそれはシャレにならないから!

 頼むから、たまには自制してくれ! お願いしますユウキさん!」

 

 疲れきった心と身体で相手をしたくない奴トップ10に殿堂入りしそうな勢いとテンションのユウキは、明朗快活を絵に描いたような笑顔と足取りで「さぁ、盛り上がってきたところで街へと散策に出かけよー!」と拳を振り上げ気勢を上げると、真っ直ぐ適当な方向へ向かって歩き出した。

 

 あまりのことに一瞬、ボウッとしたまま硬直し、我に返るとあわててユウキの後を追う。

 

「お、おい! ちょっと待て!

 お前まさか、俺と一緒に街巡りをするつもりじゃないだろうな!?」

「え? そのつもりだけど、それがどうかしたの?」

「アホか!」

 

 ああもう、本当にこいつは・・・! 変なところで賢いくせに、変なところでとんでもなくバカになる!

 

「いいか、よく聞け。俺はビーターだ。他のプレイヤーから忌み嫌われる、知っている情報を提供しようとしない最強剣士のチートプレイヤーなんだ。ベータテスターなチーターなんだよ」

「うん、知ってるよ。さっき作った、そういう設定なんだよね?」

「設定言うな! その通りだから、反論できないじゃないか!

 ・・・まぁ、とにかくだな。俺は犯罪者予備軍で、街に入ったら即座に隠れ家確保しないと危ないの。命狙われるかもしれないの。

 そこのところ、もう少し考慮してもらえませんユウキさん? このままだと俺、明日の朝には冷たい身体になって、病院のベッドで安らかな眠りにつかされてるかもしれないんだけど?」

「大丈夫!なんとかなるよ!絶対大丈夫だよ!」

「・・・根拠は?」

「カードキャプターで聞いた、魔法の言葉!」

「アニメじゃないか!」

「レリーズ!」

「自分から話し振ってきてるんだから、俺の話も聞けぇー!」

 

 ほんっとうに疲れるな、こいつの相手は! コボルトロードの時よりも精神的疲労は遙かに大きいぞ! 魔法が使えるRPGだったらMP(精神力)0になって、役立たずなお荷物になってるところだぞ俺!

 

「大体なんで俺に付いてきたがる!

 俺とパーティー組んで良いことなんて、一つも無いぞ?」

「え? あるじゃん立派なのが。

 元ベータテスターで一流のSAOマニアのキリトに付いてけば、安くて高性能な武器防具が売られてる武具屋さんが見つけ放題! 一生ついて行きますキリト様!」

「最低だ! 人として最低なだけじゃなく、プレイヤーとしても最低だ!

 お前にはネットゲーマーとしての誇りやプライドの持ち合わせは無いというのか!?」

「生き残るためならば・・・敢えてボクは汚辱と汚名に満ちた生涯を受け入れよう!

 ーーと言うわけで、案内よろしくねキリト君♪」

「可愛く言っても許さない!」

 

 喧々囂々。今の俺が置かれている状況をついつい忘れてしまうほど騒ぎまくって一息付いた頃。

 俺はなんか忘れてるような気がして、気になったのでユウキにも訊いてみる事にした。

 

「ーーなぁユウキ。俺たちなにか、大切な物を忘れていないか?」

「え? しばらく帰れないからクリーム一杯手に入れるために、雌牛をいっぱい種付けしておけば良かったとか?」

「違う!そうじゃない! ・・・いや、クリーム自体は確かに惜しいと思っているけど、そうじゃない。違うんだユウキ。お前の信じる俺を信じろ!」

「いや、ボクあんまりキリトのこと信頼してないんだけど・・・。

 剣士としてはともかく人間的にはなんか根暗そうで、ボクの趣味とはあんまり・・・うん。ごめんなさい」

「なぜに俺が告白を断られているかのようなシチュエーションに!?

 だから違うって!そうじゃないんだって!

 なんかこう・・・白銀の魔王様が走ってきて、一突きで俺たちを殺し尽くしてしまいそうな、そんな予感と悪寒が・・・」

「はぁ? なに言ってんの? そんな魔王がいるなら、最上階の紅玉宮でボクたちプレイヤー全員を待ちかまえているーー」

 

 

 ひゅんっ、ーードスッ!!

 

 

 ーー風が吹き、一陣の死神が走り、ユウキの髪の毛数本と、俺の耳元に微かなダメージエフェクトの尾を引きながら、それは猛スピードで走り抜け猛スピードで持ち主の手元に帰って行った。

 

 タラリ、と。頬を一筋の冷や汗が流れ落ちて行く。

 俺たち二人の表情と動きがフリーズし、いやな悪寒に全身を支配される。

 機械油の切れたブリキ人形のように、ぎこちなく振り向いた俺たちの目の前にーー魔王がいた。

 

 

 

 

「ーー二人とも。パーティーメンバーの私を置いて行って、すっごく楽しそうな会話してるじゃない。私も混ぜてもらって良いかな?

 ただその前に、軽く準備運動しようよ。私はジョキングが好きかな。

 私のリニアーでお尻を突かれたら失格、突かれるまで逃げ続けられたらあなた達の勝ち。

 当然、失格した人には罰ゲームとして、お仕置きが待ってまーす♪」

「「ぎゃああああああぁぁぁぁぁっ!!!!???」」

 

 

 

 

 

 

 

 アインクラッド第二層主街区《ウルバス》。

 哀愁を帯びたオーボエが主旋律を奏でている、静かで良い街。

 

 そこに到着したばかりの俺たちパーティーが最初にやったこと。

 それはーー怒り狂う魔王様から必死に逃げ延びるための鬼ごっこだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルゴ「キー坊! お前も走るカ!?(別件にて逃亡中)」

キリト「知るかっ! むしろ止めろ!(巻き込まれただけの原作主人公)」

ユウキ「うわーん! ごめんなさーい!(全力で涙目)」

アスナ「ほらほら♪ 早く逃げなきゃツンツンよ?(クスクス)」

ヒーさん「第二階層、最初のイベント発生はまだだろうか・・・(ソワソワ)」

 

つづく



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7話「《ウルバス》で昼食を」

気付かない内に結構間が空いちゃってすみません。更新です。
今話は純粋なギャグ回です。次回からプログレッシブ「儚き剣のロンド」編が本格的にスタートします!・・・たぶん。


「いや~、しかしまさかなァ。あのキー坊が女の子二人に男一人でハーレムパーティ結成してるとは思ってなかったヨ。オレっちも正直ビックリしたゼ」

「・・・第二階層主街区到達直後に、一番高いレストランの一番高い飯を奢らされてる俺を見てハーレムという単語が出たのなら、俺はアンタの語彙力を本気で疑うぜアルゴ。

 正直ディアベルが死んだのは、お前の書いたガイドブックの文字が間違って解釈されたせいじゃないかってさ」

「女の子に奢るのは男の甲斐性サ。励めよ、性少年♪」

「ちくしょう! やっぱ男一人に女の子キャラばっかのハーレムパーティーなんか良いことないじゃないか! オフラインの嘘つき!」

 

 う~ん、キリトがなんだかダークサイドに落ち掛かってる。て言うかむしろ、希によくいるお前らになりかかってる。

 この件に限ってぼっちなゲーオタは、みんな同じ感想を持つなぁ~。

 

 ・・・わかるけどね?

 

 確かにハーレムパーティーって実際にあったら気まずそうなんだよねぇ。だって滅茶苦茶気を使わないとパーティー崩壊待ったなしだもん。怖いよ普通に。恐怖だよ。

 

 『はがない』の小鷹さんみたいに上手く人間関係をやりくりしないと破綻しちゃうよ? 女の子とはエロゲのハーレムエンドを目指しちゃダメ! 目指すならギャルゲの個別ルートで一人への愛一択だ!

 

「・・・なのでそろそろ、縄を解いてくださいアスナ様。さっきからずっと縛られてて動けないままアスナが食べてるのを見てるのは辛いです・・・」

 

 涙目で上目遣いに懇願してみたけど、これはマジだ。冗談ではないし、伊達でもないんだよ!

 いや、本当、マジで美味しそうなご馳走を前にすると身体が言うことを聞いてくれなくなるんだって!嘘偽りとかじゃなくてさ! 本来の身体の持ち主な木綿季ちゃんのせいなんだろうけど、この身体本当に食い意地張ってる!

 ご飯前にしておあずけとか、死ぬわ! デスゲームでモンスターに倒されるよりも先に、お腹が減って死ぬわ!空腹じゃなくて、お腹ぺこぺこで死ねるわ!

 

 アバター・ユウキの死因が《お腹が減って》とかマジ嫌すぎるんですけども! だからお願いアスナ様! 一口だけでもボクにちょうだい!

 このままじゃボク、我慢できなくなっちゃう~~~っ!!!!!

 

「ん~♪ 蕩ける~♪ 甘~い♪ 美味しい~♪

 うん。御馳走様でした。おかわりを貰うわね?」

 

 鬼ーーーーーーっ!!!!!

 

 

 

 

 ーーここはアインクラッド第二層主街区《ウルバス》の北東に位置している高級住宅地。

 街の規模にあわせて高級住宅地も《はじまりの街》より大人しめで、比較的静かで閑静なペンションっぽい雰囲気を醸し出してる感じかな?

 で。ボクたちが今いるのは只でさえ立地の良い高級住宅地の、更に一等地にある高級レストラン。お客さん役のNPCが常時一定数以上はいるよう設定されてるらしくて、広さの割に無駄に広い印象がない。

 流行ってるけど高価だから客層は限られてる演出なんだと思うけど、なかなかコジャレた演出でボクは好きだなぁ。

 

 ・・・これで出されるご馳走に手が出せたら文句ないんだけど、あいにくとそれは無理。

 だってこのお食事会は『アスナへのごめんなさいパーティー』だもん。アスナ以外の人は食べちゃダメなんだよ?

 怒らせちゃったボクたち二人は、仲良くお仕置きされ中。キリトは店の床に正座させられてて、ボクは縄で縛られて身動きできずにアスナの前の席で涎をダラダラ・・・って、餓鬼地獄かよ! 辛いよこれ!誰か地獄から救い出してよ!

 蜘蛛の糸を垂らしてくれる神様、まだーっ!?

 

「ハハハ! いやはヤ、キー坊のコミュ症っぷりは大分気にしてたし、コボルトロードの件もあるから心配してたが杞憂だったみたいだナ。これならオレっちも安心してキー坊を任せられるヨ。

 ーーあ、ウェイトレスのお姉さ~ン。オレっちにもアスナさんと同じのおくレ。初対面で巻き込まれただけのオレっちには罰則とか関係ないからナ」

「「鬼! 悪魔! 人でなし! 髭ネズミーーーーっ!!!!」」

 

 ボクとキリトの想いが一致し、絆の力でチェインをクロニクル!

 ・・・でも微動だにしない縄の耐久力は58。ボクの腕力パラメーターじゃ引き千切れません。

 たかが数字が増えただけで縄にも勝てない! これがレベル制MMOの理不尽さというものか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・で、だ。お前ら本気でこの後、どーすんの?」

「「寄生します。最強無敵のビーターさんに」」

「帰れ! あるいは、自立しろドラ娘ども!」

 

 キリト激怒。陰を踏んでて、なんか良い感じだね!

 

 ーー食事が終わってボクらは今後の方針について話し合っていた。

 幸いこの場所はレストラン、攻略には直接関係しない娯楽施設だ。街開き直後にプレイヤーたちが絶対向かわない場所のひとつと断言できる。

 だからキリトものんびりとコーヒータイム。コーヒーなのかなんなのか、よくわかんない味だけどコーヒーブレイク。店の人がコーヒーだといったら紅茶だろうとコーヒーなのです。

 ブラックだなぁ、ゲーム世界の飲食業界・・・。

 

 

 ・・・さておき。

 正直ボクとアスナは当てにして欲しくない類の問題なんだよなぁ。

 

 アスナがMMO初心者なのは今更言うまでもないことなんだけど、実はボクも同じ様なもので経験と知識はあっても考えるのが苦手なせいか、攻略方面はどんなゲームでもwik頼り。ハッキリ言って向いてないこと甚だしいです。

 

 ストーリーとかキャラクター相関図とかから、隠された血縁関係を予測したりするのは得意なんだけどなぁ~。

 ゲームの攻略とかになると途端に無能になるボクは、マスタング・ユウキ大佐。指ぱっちんで火が出せます。嘘だけどね?

 

「とは言えキリト君。私がゲーム初心者なのは君も気付いているんでしょう?

 ゲーム初心者を指導して導くのが、熟練プレイヤーの義務と言うものじゃない? 私の言うこと間違っていたかしら?」

「う、ぐ・・・。反論しづらい常套句で攻めてきたな・・・でもそれ、お前の知識じゃないだろ絶対。明らかにキャラが違いすぎてるからな。

 いったい、誰に聞いたんだ? その便利で卑怯な、ぼっちプレイヤー相手するとき用の鬼札」

「はいっ! ボクが教えました!」

「よし、分かった。お前には後でウルバス外周を三回回ってワンと鳴く訓練を鬼教官役として課してやろう。喜んで走ってこい」

「格差社会、酷すぎない!?」

 

 愕然としたボクに溜息を付きついて呆れながらも、キリトは真剣にこれからの事を考えてくれ始めた。

 なんだかんだ言っても結局最後は助けてくれちゃうあたり、チーターにもビーターにも向いてないってバレちゃう最大の要因なんだけどなぁ。

 

「・・・俺としては何よりもまず、武器の強化をしておく必要があると思ってる。

 俺の《アニールブレード+6》と、アスナの《ウインドフルーレ+4》・・・だっけ? は、何とかなる数値だが、ユウキのそれはなぁ・・・」

「ああ・・・そう言えばたしかに名剣っぽい雰囲気はしてないわよね。むしろ普通の市販品っぽい・・・ん? ねぇユウキ。あなたのその剣、もしかしなくても《はじまりの街》の武器屋で売ってた奴じゃあーー」

 

 キリトが指さし、アスナが批評し、アスナが驚愕の表情を浮かべながら指摘してきたそれについて、ボクの答えはーー

 

「ぶいっ!」

 

 満面の笑顔でにっこりVサイン! 女の子の笑顔はエクスカリバーにも勝る最強の武器ーー

 

 ごちん! べちん! ぶっすり!

 

「・・・痛すぎるし酷すぎるよ! いくら仮想データで痛覚なくて攻撃不可な《圏内》の中だろうとも、衝撃で吹っ飛んで頭から厨房に突っ込んでったら流石に痛いよ!心理的に!

 実際には傷を負ってないのに「痛みが走った」って、脳が誤解しちゃうんだからね! もっと気をつけてよねっ!

 ーーそれと、そこの刺す人! なんか今、ダメージ判定入るか入らないかの微妙な感覚で調整して、ボクのお尻にレイピア突ついたりしなかった!? なんだか妙にお尻が痛いんだけど、さっきから!」

「知らない。記憶にない。それこそ脳の誤解という奴じゃないかしら?

 変な決め付けで責任転嫁をするのはやめていただきたいわ」

 

 ちくしょう! なんだこの官僚政治家タイプの答弁!記者会見かよ! しかも妙に手慣れていたし!

 アスナの実家って、もしかしなくても良いとこの偉い大先生とかじゃないんだろうね!? だったら勉強教えてください!お願いします!

 期末はデスゲームで免れたけど、出席日数の関係上これ以上成績落ちるとマジやばいんで!

 

「・・・バカかお前は? なんで武器を高性能な物に買い換えもせずボスに挑んだりしたんだ? 『ボスと戦う前には装備を調えましょう』という常識を知らないのか?」

「・・・私でさえ予備のレイピアくらい買った上で死ぬつもりのダンジョン探索挑んでたのに、あなたは生き残るつもりで武器も変えずにダンジョン潜っていたというの・・・?

 バカなの?死ぬの?死にたいの? いいわ、私がその願いを叶えてあげる。

 喜びなさい、ユウキ。あなたの願いは、ようやく叶うーー」

「ストップ!ストップ!ストーーーーップ!!

 誤解だから違うから! ボク死にたがりのエースパイロットさんとかじゃないから! ジオンの亡霊に取り付かれてたりしないから!

 お願いだから、人殺して愉悦感じる神父さんモードにならないでアスナーーっ!!」

 

 全力逃走して店の壁際まで避難したボクだけど、アスナの手には未だに《ウインドフルーレ》の白刃が・・・!

 どっちかって言うと深紅の魔槍もった全身タイツに追いかけ回されてる衛宮君よりも「小便はすませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いする準備はOK?」とか言われながら片腕落とされてる人の気分だよ! 吸血鬼じゃなくて人間だったら、多分あの人もボクと同じ気分を味わえるよ!

 暴力反対! 話し合おう!話せば分かる! 人とのコミュニケーションは会話が基本さ!

 

「・・・いいけど、別に。じゃあ一応聞くだけ聞いてあげるわね。

 ーーユウキ、あなたなんで弱い武器のまま最前線まで出てきたの?」

「格好良かったから! 雰囲気重視の装備にしてみました!

 始めてのVRで体感ゲームだから、能力値よりも自分のテンションの上がり下がりを重視してーー」

「コロス」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?

 アスナの目からハイライトが消えたー!? デレてないのにヤンデレ状態と同じ精神異常被っちゃってるーっ!?」

「おい、落ち着け!落ち着くんだアスナ!さすがにソードスキルの使用はヤバい!

 最悪、衝撃だけでユウキが昏倒しちまうぞ!?」

「はっはっは。やっぱり賑やかだなァ。オネーサンもパーティーに入れて貰おうかなァ?」

「断固拒否する! これ以上厄介ごとを抱え込まされてたまるか!

 女はこれ以上パーティーには入れん! パーティー崩壊の危機しかもたらさないから!」

「うわぁぁっん!キリトー!

 アスナが、アスナがね・・・ボクのレベルが自分たちより低いのは、武器の性能のせいだって難癖付けてくるんだーっ!」

「その通りだボケーーっ!

 鍛えるついでに素材集めて、武器交換目指してこい!!」

 

 そうなりました。

 

 こうしてボクは素材と経験値を求めて二層の西フィールドへ《ウインドワスプ》狩りに。

 アスナとキリトはアルゴさんから教えられたエクストラスキルをくれるNPCに会いにテーブルマウンテンへとよじ登りに、それぞれ向かっていきました。

 

 

 

 

 普通のオフラインでは無理だった《お気に入り武装だけ使ってクリア》は、VRでもデスゲームでも無理だったよ!

 

 

 

主人公の淡い期待が打ち砕かれたところで続く




注:別にユウキは危険を承知で弱い武器を使っていたのではなく、デスゲームでソロプレイだと純粋な能力値よりも精神力の方が重要だと考えたからで、お気に入り武器を使うことによって上がるテンションの方を優先した彼女なりの生き残り戦術です。

一応、強化はしてあります。弱い武器なので補正が入りやすく、性能強化に成功しやすかったのと、安価な大量生産品なので失敗して壊れても構わないと言う考えもあるにはありました。

因みにですが、予備に全く同じ物を四本持ってます。弱いから軽いのです。キャパも減り辛いです。相変わらず失敗した時の事を想定しないと動けない主人公です。


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8話「心の温度が急加熱。その後、大爆発しました」

遅くなりました!ごめんなさい!

今話はゲストキャラとしてあの子が出ます。レギュラーではありませんが、その内また登場させたいものです。ではお楽しみいただけることを祈っております。


 《ソードアート・オンライン》は名前の通りに読んで字の如く《剣の世界》が舞台のゲーム。

 当然、メインとなる武器は剣。他の武器も多いし役には立つけど、なんと言っても剣の優遇っぷりも半端じゃない。

 だって、剣だけ多いんだもん。武器ジャンル。長剣、大剣、刀、曲刀、小剣、短剣、細剣、etc.etc.・・・。

 

 ここまで剣押ししまくる茅場晶彦は、間違いなく刀剣男子! これ確定!

 きっと自分専用の格好良くて超高性能な世界で唯一の逸品を武器にしてるに違いない!

 

 

 ・・・・・・とまぁ、暇つぶしに独り言を心の中だけでつぶやき続けてたボクだけど、そろそろノルマもこなせた頃だし終わりにしよっかな~。

 

「ほいっ、《投擲》! 命中! 当たれば死ぬ!」

 

 スローイング・ナイフをビシバシ当てて、飛びまくってる飛行系Mobモンスター《ウインドワスプ》狩りをしていたボクは、始めてから1日足らずで目標数に達しちゃって暇すぎたから、レベル上げも兼ねて《投剣》スキルのさらなる熟練度アップに挑戦中。

 

「いやー、剣だけだと退屈すぎたからFPS気分でヘッドショット狙いまくってたんだけど、意外に楽しいなぁ~これ。

 敵に向かってナイフ投げて仕止めるって、アサシンみたいで超COOLだよね!

 ジャック・ザ・リッパーちゃん大好き!」

 

 テンション高く、ボクは次々と残弾数に限りがあるナイフを投げ続ける。

 

 MMOはパーティープレイが大前提。ボクもいずれはどこかのギルドに入れてもらいたいなぁとは思っているので、出来るだけ多くの役割をこなせるように今からアバターのステをまんべんなく上げておくのは基本中の基本。

 

 対Mob戦と対人戦ぜんぜん違うからね! キャラ構成は早めに決めとかないと危ないよ! 高レベルになってから対人戦仕様にするには1から育てた方が早いくらいだからね!

 

 ゲームの中だからこそ、ご利用は計画的に。

 課金でやりなおせないデスゲーム、マジ大変です。

 

「・・・っと、最後の《スローイング・ナイフ》になっちゃったか。これ投げたら街に戻らないとね。

 手に入るお金と使ったナイフの経費で半端な所持金増額だけど、お金目当ての狩りじゃないから別にいいよね! あくまで目的は経験値!

 キリトーっ! ボク約束守ったよーっ!」

 

 遠いお空の下のどこかで元気に旅しているだろう友人にエールを送ると、ボクは歩いて街まで戻ります。家に帰るまでが遠足です、街に戻るまでが冒険でっす!

 

 

 

 

 

「帰ってきたー!」

 

 バンザイのポーズで街の入り口を占拠しようとするボクだけど、小さすぎるから無理でした。つか、アーチ門広いしデカい! 人一人で何とかなるレベルじゃねぇー!

 

 ・・・てな訳で落ち着いてからナイフの補充に向かいます。大騒ぎしちゃってちょっとだけ恥ずかしかったよ、うん。反省してます・・・(赤~////)

 

 

「へい、おばちゃん! いつも通りナイフ五十本ちょうだーーぶほぁっ!」

「・・・・・・誰がおばちゃんなのよ、誰が。

 あたしこれでも現実だと、歳よりも幼く見られてたんですけどね、お客様?」

「・・・ず、ずびばぜん。だからせめて、お客様の背中を踏まないでください・・・お客様は神様であってボールじゃないんです・・・」

 

 いつもナイフを買ってる馴染みの露天商といつも通りのやりとりを交わしてから、ボクは改めて補充したナイフをストレージに仕舞う。

 うん、やっぱ良いねここのナイフは。よく分かんないけど、なんか好き。単なる好みで錯覚なんだろうけど好き。大好き。

 

「う~ん、このなんとも言えない重量感・・・。ナイフ持ってるって感じが溜まらないな~。やっぱりゲームは現実でできない事やってこそだよね! リズベットちゃん!」

「・・・・・・気持ちは分からなくもないけど、もう店の前で『投剣で人を刺し殺せそうなナイフが欲しいです!』って大声で注文するのは止めてね。

 さすがのあたしも、あれには引いた」

「・・・はい、ごめんなさいでした・・・。もうしませんので許してつかぁさい・・・」

 

 シュンとなって項垂れるボク、転生者の紺野木綿来十一歳。前世も合わせると三十路に近いです。

 

「・・・わからないわね・・・」

「・・・・・・ん?」

 

 これ以上貶められない内に退散しようと、いそいそ帰り支度をしていたボクに彼女、職人クラスでメイサーの女の子《リズベット》ちゃんが何か言ってきた。

 彼女を振り返りながらボクは不思議そうな思いで声を出す。

 だって、なに言ってるか分からなかったんだもん。しょうがないじゃん。

 

 なのにリズベットちゃんは不機嫌そうにボクを睨みつけてくる。

 ふぇ~、理不尽だよぉ~。アスナ~お願い、傷心のボクを慰めて~。

 

 

「アンタが毎日この店に来る理由が分からないって言ってるのよ。

 自分で言うのもなんだけど、あたし口悪いし手は早いし態度も悪けりゃ接客マナーは練習中だしで良いとこないもの、このお店。

 せいぜい売りと言えば商品の質くらいで、それさえ専門で鍛えてる人たちには到底敵わない。所詮は素人の手作り品よ。

 そんな半端性能な武器を、アンタなんだって毎日毎日買っていってくれるのよ?」

「??? ダメだった? リズベットちゃんがダメだって言うならやめるけど?」

「茶化すな。ダメって訳じゃなくて、理由が知りたいって言ってるの。

 アンタが他の店のじゃない、あたしの店の商品を買っていく理由が、あたしは知りたいのよ」

 

 なんでか判らないけど真剣そのものな表情で訊いてくるリズベットちゃん。

 ボクもそれにつられて真剣に考えてはみたんだけど・・・う~ん、でもなぁ~・・・。

 

「なんとなく好き・・・うん、やっぱり幾ら考えてもこれしか理由は思いつかないや」

「なっ・・・!?」

 

 またしても何だだか判らない理由でリズベットちゃんが驚愕の表情を浮かべる。今日は本当、驚いてばっかりだな~。

 

「あ、アンタ正気なの!? そんな雰囲気重視、見た目重視なプレイスタイルなんかじゃ、直ぐにやられてゲームオーバーで死んじゃうわよ!? 少しは身の安全考えなさいよこのバカ!」

「??? 雰囲気重視や見た目重視で武器選んじゃいけないの?」

「今はいけないの! まだ序盤も序盤、第2階層までしか上れていないのよ!?

 なのにそんな極端なエンジョイ装備じゃ、攻略して脱出なんてとてもじゃないけど・・・・・・」

 

 

 

「・・・・・・????

 現実で出来ないことを実現出来るのが、ゲーム最大の魅力じゃなかったっけ?」

 

 

 

「・・・・・・!!!!」

 

 なぜかリズベットちゃんの顔が引きつった様にも見えたけど・・・気のせいだよね。うん、平気へっちゃら絶対大丈ぶい!

 

「どんなに頑張ったって無理なものは無理、出来ないことは絶対出来ない。

 それこそ幾ら遮二無二必死になって作業に没頭したって、不可能なものは不可能なんだ。

 だってここは自由意志で動ける現実世界じゃなくて、コンピュータで制御されて制限された自由と選択肢からしか進む道を選ぶことが出来ないし許されない、全てがルールづけされて運営されてるゲームの世界なんだから。

 プログラマーである茅場晶彦が求めていない存在は、この世界に居られないし誕生することさえ出来ないと、ボクは思ってるんだよね。

 だからここは可能性に満ちた、剣一本でどこまでも上っていける世界だけど、それ以外の道を選んだ人たちには全然未来や将来への選択肢も与えてくれない、まるで死の世界なんじゃないかとボクは思っているんだー」

 

「でもさ、それって見方を変えればスゴく素敵な事じゃない?

 だってこの世界には、茅場晶彦が許した範囲までなら幾らでも何でも出来るし、何していいんだ。何でもだよ?

 子供の頃に憧れてた聖剣エクスカリバー制作を目指したって良いし、ひたすら珍しいモンスターをテイムするため森に籠もり続けるのだって全然有りだ!」

 

「《はじまりの街》でデスゲームが始まったとき、茅場晶彦は確かにこう言った。

 『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 『諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう』

 『この世界を創り出し、鑑賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った』

 『プレイヤー諸君のーー健闘を祈る』

 ・・・・・・ずっと考えてたんだ、これらの言葉の意味についてね。それでようやくボクなりに答えを出すことが出来た。

 きっと茅場晶彦は『この世界で本当に生きているボクたちを見ていたいんだ』よ。ロールプレイなんかじゃない、ゲームの枠内なんかに収まりきらないようなモノスッゴい何かを見たくて仕方がないんじゃないかな?」

 

「だってそうでもないと、一万人プレイヤーの旅の記録なんて読みあさる意欲なんて湧くはずないでしょ?

 きっと茅場晶彦はボクたち全てのプレイヤーが大好きで、自分の期待に応えてくれるプレイヤーはもっと好きで、弱くても初心者でも全然ゲーム知識のない素人だって《SAO》が本気で好きで本心から楽しみまくってる人たちには他よりも願いを叶えてあげたくなると思うんだよねー」

 

 

「だからリズベットちゃん。ボクや君がこの世界を真剣に生きてる限り茅場晶彦はボクたちの味方で、ボクたちの夢を叶えられる環境を用意してくれ続けるんだと思うよ。

 世界的に有名なプログラマーが肩入れしてくれて用意してくれたルートなんだよ?

 そんなの、挑戦しない選択肢なんかあったって選ぶはずないでしょ!

 絶対に挑戦してクリアーしてやりたくなるじゃん! ゲーマーとしても《アインクラッド》に生きてる一人の人間としても!」

 

「あ、長くなっちゃったね。ごめんねリズベットちゃん。

 んとね、とりあえず何が言いたいのかと言うと・・・思いっきり楽しめ! でないと損だよ!

 デスゲームが終わって現実世界に帰還したら二度とここには戻ってこられない。ただの思い出か記憶になっちゃう。

 でもボクたちは今、この時だけは此処で生きて息をしている。めいっぱい楽しんでいいことになってる」

 

「それにまぁ、夢のないこと言っちゃうけど・・・どうせ苦しんだって楽が出来るようになるとは限らないんだし、最悪損したまま人生終わらせられるだけだよ? だったら死ぬまでは楽しんでた方がずっとずっとマシな人生だったと思えるよきっと。

 後悔だけして死んでくのは・・・・・・もうイヤだからねぇ・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 ーーと、なんか色々語っちゃった。最近多い気がするなぁこういうの。歳かな?精神年齢的な意味で。もしくは魂年齢でも可。

 

 

「じゃあもう行くよ。これありがとね、リズベットちゃん。大切に使い捨てて一杯ワスプ倒しまくってくるよ。

 それじゃあ、まったねーっ!」

「・・・・・・リズよ」

「・・・ほえ?」

 

 ん? なんか今、リズベットちゃんがなにかしら言ってたような気が・・・。

 

「呼び捨てにされるのは癪だけど、数少ない馴染みの常連客からいつまでも『ちゃん』づけで呼ばれてるのもなんかイヤだったから、妥協した折衷案として『リズ』。

 いい? これからあたしの名前を呼ぶときにはリズベットちゃんじゃなくて『リズ』って呼び捨てにするのよ。わかったわね? ユウキ」

「・・・・・・」

「な、なによ急に黙り込んだりして・・・さっきのあたし、どこか可笑しかった? 変なこと言っちゃってたかしら?」

「・・・・・・」

「ね、ねぇちょっと、聞いてるの? あ、あたしはリズって呼ぶよう言ってるんだからアンタも何か答えなさいよね」

「・・・・・・」

「ね、ねぇ、本当にやめてよその沈黙。なんかすっごく居た堪れなくなっちゃって、恥ずかしくもなってきたんだけど・・・・・・ああ、さっきのあたしは何であんなこっ恥ずかしいセリフを言っちゃったのかしら・・・うう、死にたい・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・デレた」

「・・・は?」

 

 ついさっきまでの乙女モード全開だったリズベットちゃんーーじゃなくってリズが顔と声音と口調を一変させて、途端にガラの悪い不良少女もどきの凶眼でボクを睨みつけてきたんだけど、浮かれ騒いで頭に血が上り、理性が月の裏側まで蒸発してっていたボクは気付くことなく有頂天に空高くまで舞い上がる!

 

「デレた!デレたよ!リズベットちゃんが、リズがボクにツンデレたよ!

 すごい!かわいい!これが本物のツンデレなのかぁ~。初めて見たなぁ~」

「な、な、ななななな・・・・・・!!!!」

「わ~♪ 顔が真っ赤でタコみたーい! か~わい~♪

 ねぇねぇリズ! 一緒に写真撮ろうよ写真!ツンデレ覚醒記念日にお店の看板の下か上に飾れば千客万来間違いなし!

 ・・・・・・って、あれ~? どうして《圏内》なのにハンマー取り出してるのリズ?

 そして、どうしてボクに向かって振り上げて、あまつさえソード・スキル《パワー・ストライク》を使用しようとしちゃってるの? 重いよね?その一撃。衝撃だけでボクを気絶させるくらいは訳なくこなせーーちゃ、え、うそ、マジで? ホントに?

 本当のホントにボクはそれで叩かれるの? 叩かれちゃうの? 痛い思いしてお仕置きされちゃうの?

 ーーちょ、いや、マジやめてリズベットちゃん。いえ、リズベット様お願いします許してください!

 死ぬ死んじゃう!ホントに死んじゃう!デスゲーム始まってから最初の《圏内殺人事件》が起きちゃうーーーっ!!!!」

「ーーふんっ!!」

 

 

 

 

 

 

 どごぉぉぉぉぉぉぉっん!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゅ~・・・・・・」

「ふんっだ!」

 

 ボロボロになって潰れたカエル状態のボクを後目に、リズはのっしのっしと足音を轟かせながら去っていった。

 

 今はいい。しかしいつの日にか必ずや、第二第三のリズベットちゃんがーー

 

 

 

 

 

「とりあえ、ず、だれ、か、ポー、ション、くだ、さい・・・・・・がくっ」

 

 

つづく




実は昨日の段階で思いつていたネタを半端に忘れて使えなくなってしまいました。
覚えている範囲内で概要だけ書いときます。

ツンデレたリズ、ユウキに自分が可愛いエプロンドレス来たら似合うかどうか聞く。
ユウキ、可愛いエプロンドレス着てハンマー握ったリズを連想。
「う~ん・・・」とうなるユウキの反応を悪い方に解釈したリズがハンマー構える。
命乞いするユウキに対して、容赦なく振り下ろされるハンマー。

地に沈むユウキ。プンプンと怒りながら歩き去るリズ。
後から来て遠目にユウキの失神体を見たキリトとアスナ。
「いったい、何があったんだ(の?)・・・?」

――な感じです。個人的にはこっちの方が良かったなぁ。全部思い出したら書いてみよう。


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9話「儚き強化詐欺師の存在価値」

久し振りの更新となります。遅れまくってごめんなさい。アイデア自体は大分前から出ていたのですが、やはり原作と乖離しすぎてる作品を出すのには勇気が要りまして・・・。

批判と言うのは気付かない内に精神面の重しとなっているものなのだと思い知りましたよ。以後は気を付けたいところです。

今回は半端にギャグ回です。私の書きたいように書いたらこうなる、と言った感じの回ですね。バカっぽいユウキと真面目なユウキ。
そして最後はやっぱり冴えないユウキで締めてこそ「旅路の終わりは」なんだと言われる作品にしていけたら良いなと思います(^○^)


「いくぞ、妖精王。聖剣の準備は十分か?」

 

 ボクは笑い、相手も嗤う。お互い退くことなどあり得ない。ただ一閃、一刀に賭けてボクはこいつに勝つ! 勝たなくちゃいけない! 勝つ以外に世界と人類と彼女の命を守る手段がない以上、勝つよりほか道はない!

 

「輝けるこの剣こそは、過去現在未来を通じ、戦場に散っていくすべての兵たちが今際のきわに懐く、悲しくも尊きユメーー栄光という名の祈りの結晶。その意志と誇りにかけて、ボクは必ずおまえを討つ!

 祖はーーエクスカリバーーーーーーーン!!!!!!!」

 

 

 チュドーーーーーーーーーーッン!!!!!!!

 

 粉々に吹き飛び、この世界に永久の別れを告げる人類最強の妖精王。

 

「友よ・・・安らかに眠れ・・・」

 

 寂しげにつぶやいて剣を鞘に収めたボクは、振り返ることなくその場を去って・・・・・・しばらくしたら戻ってきました。

 

 

「いやー、やっぱり迫力が違うなぁー! VRMMOでやるロールプレイは! ソードスキルで見様見真似エクスカリバーを模倣できちゃうなんて素敵すぎ! マジ惚れちゃいそうかも! 結婚して! どこの誰が作ったシステムか分からないんだけどさ!」

 

 一頻り大声で喜びを表現しまくりながら、ボクは遊びで使った小道具のお片づけ中。なにごとも後始末が一番大変です。

 でも、やる。やっちゃいますよね楽しいから。楽しすぎるから。

 

 人にもよるけど、ネトゲをやるならボクは断然ロールプレイして遊びたい!

 SAOでは重なっちゃうけど、本来なら性別も年齢も関係ないんだし男と男がゲーム内で結婚するのだって全然ありだ! だってリアルとネットは別物だもん!

 ネカマをやってどこが悪い! 女の子より可愛い男プレイヤーキャラクターなんて、夢があって良いじゃないか! リリィさんみたいに! リリィさんみたいに!

 

 目指すのならば、リア充よりもネト充を選ぶのが正しいゲーマーの道だとボクは信じてる!

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ユウキ・・・・・・?

 こんな場所で、一人でなにやってるの・・・・・・・・・・・?」

「ぴぎゃああああああああああああっ!!!!!!!」

 

 ずざざざざざざざざざっ!!!!!!!

 盛大に砂埃を巻き上げながら全速力で後方へ飛び退くボク!

 

 見られた!? 見られちゃった!? 人として一番見られたくない名珍場面を他の人に見られちゃったのかなボクって奴はぁぁぁぁっ!?

 

 しかも! 肝心の目撃者が今一番気になってる女の子って厳しすぎるだろ人生の難易度的に! SAOなんて目じゃないレベルで攻略難度が急上昇しちゃった気がする目の前の美少女フェンサーちゃんは周囲を見渡してからボクへと視線を戻すと、生ゴミでも見下すような目でボクを見下ろしながら静かな声で問いかけてくる!

 

「・・・・・・・・・・・・アルゴさんから買った情報のひとつに、穴場すぎてベータテスターですら誰も知らない隠れすぎた名店NPCレストランがここら辺にあるって聞いてきたんだけど、ユウキはそのお店についてなにか知ってる?」

「・・・へ? か、隠れた名店レストランですか? そりゃまぁ、ここいら辺はボクの縄張りというか秘密基地というべきか、とにかくそんな感じの場所だからある程度の目星ぐらいなら付けられるけど?」

「そう、じゃあ今から私を案内して。お代は、店で供されてる『ストレンジブル・ホールケーキ』で構わないから」

「えっと、その・・・アスナさん? 聞き違えた可能性もありますが今、案内役を頼まれたボクの方がお代として奢ることを強要された様に聞こえてしまったのですが・・・?」

「・・・『祖はーーエクスカリバーン』・・・・・・」

 

 ぎゃあああああああっ!!!!!!!!

 

「奢ります! 奢らせて下さい! 店まで案内しますし、ケーキは何個でも奢りますから忘れて下さいお願いしますアスナ様ぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」

 

 ボク、全力で土下座! デスゲーム始まって以来もっとも本気で命の危機を感じた瞬間が今この時だ! 今ボクは、本気で死の危険を感じてる! 肉体的な死じゃなくて、社会的な死だけどね!

 

 デスゲームをクリアして現実に帰還したら、待っていたのはゴミでも見るような視線でボクをみる沢山の周りの人たちでしたなんて死んでもイヤだ! むしろ、死んだ方がまだマシだい! 死ねば終わるデスゲームと違って人生は長いんだ! こんな事ぐらいで終わらせられて堪るものかぁい!

 生き延びてやる! 絶対に生き延びてやる! 生きて必ずSAOの一般プレイヤーたちが作る社会に帰還してやるからなぁぁぁぁっ!!!

 

 

「・・・・・・とりあえず店まで案内してくれながら、事情を説明して。内容次第では情状酌量の余地を認めて執行猶予ぐらいはおまけで付けてあげるから」

「ははーーっ! ありがとうごぜぇますだアスナ様ーーっ! このご恩は忘れません! 一生ついて行かせていただきまっす!」

 

 そして誰にも告げ口しないか、一生見張らせていただきます! こんなにも無様な醜聞は、誰にも広めさせたりなんかしない! 絶対に! 絶対にだ!

 

 こうしてボクの、アスナ説得クエストが幕を開けたのだった!

 こいつぁ、今までにないほど激しい戦いになりそうだぜぇぇっ!!

 

 

 

 

 

 

 ーー今更すぎるけど、ここは第二層主街区《ウルバス》。その外れと真ん中辺りの中心辺りでどっちつかずな場所に位置してる、存在意義不明な裏路地。

 

 要するにMMOの街には必ず存在している『背景の一つにすぎなくて何の役にも立たないんだけど、何故か入れて泊まることもできる宿屋』の街区版。

 茅場晶彦の熱意と執念じみた情熱が詰め込まれまくったSAOには、意外とこういう場所が多く設定してある。

 

 多分だけど、これらの設計開発に茅場晶彦は携わっていないんだろうね。もしかしたら関わってすらいなかったのかもしれないけど。だって雰囲気が周りと合わなすぎてるもん。

 

 彼は今回のSAOデスゲーム化で世間ではいろいろ言われちゃってるんだと思うけど、それでもSAO開発にかけた情熱と努力量だけは誰にも否定する権利はないんだと、ボクでさえそう思えるほど細かいところまで丁寧に作り込まれてる。

 

 NPCの台詞ひとつ取っても創意工夫が見られる完成度のゲーム世界に「こんにちは旅人さん。今日はいい天気だね」なんて言葉を、季節も天候も何一つ問わずに言い続けるだけのNPCを配置するなんて有り得るはずないじゃないか。

 

 日本人はオタク気質で、クリエイターは趣味人の集まり。

 プログラマーの職場環境が改善しなくなってから数年が経っているけれど、未だに目指す人が消え去る予兆はどこにも見あたらない。そう言う人たちにとって自分の作る作品に個人的な趣味趣向をぶつけるのは多分すごく正しいことなんだろうと思う。それこそ茅場晶彦が自分の邪魔にならない範囲までならばって、渋々黙認せざるを得なくなるくらいには。

 

 その結果生まれたのがこの場所・・・だったんじゃないのかなぁ? 多分だけどね? 見つけたときには小躍りしたし、ボクだけの秘密基地だと認定してあちこち遊び歩いたりはしたけれど存在理由についての情報は何ひとつとして得られなかった。だから推測しかできなかったし、ボク考えるの苦手だし。

 

 とにもかくにも目当てのお店(多分だけどね? アスナが覚えてたのケーキに関してだけで後は丸投げされちゃったから候補絞るの結構大変でした)に到着したボクたちは席に着くと、ケーキを注文してから色々近況報告をすませてた。

 

「へぇー。キリトって、まだ黒ずくめを続けてたんだ。てっきり、ボクが狩りしてる間にやめてるもんだと思ってたよ」

「あの人のアレは、もう癖みたいなものね。それか、もしくは垢。擦っても擦っても落とすことのできない自分で心にかぶせた黒い垢みたいな物なのよ。きっとね」

 

 言い方はきついけど、見るからに上機嫌なアスナの調子に釣られるようにしてボクも満面の笑顔。終始なごやかムードで食事会を終えたボクたちはお代を払って店を出て(支払いはボクです。これは仕方ないよね、うん仕方がない。大丈夫! 元は取れてる!アスナとお茶できて、元はじゅうぶん取れたんだから大丈夫!)現在はアスナの装備強化のために町中をうろちょろしております。

 

 だって高いんだもん、あのケーキ。あれで得られたバフを無駄にするなんてワリカンでもなければあり得ない。え? さっき大丈夫って言ってただろうって?

 うん、言ったよ? だからこそ今、大丈夫にするために無駄金として溝に捨てた気分にならないためにも全力で良さげな鍛冶職人さんを捜してるんじゃん。

 正直、ホールケーキ食べた後でフィールド戦闘だけは勘弁してほしいんだよね・・・普通に吐くと思うよ、甘党のボクでさえも・・・。

 

「食事で得られた《幸運ボーナス》のバフで武器強化の成功率アップ・・・本当に影響するものなの? 実際に強化するのはわたしじゃなくて鍛冶屋さんでしょ?」

「そだよ? でも強化してもらうよう依頼するのも、お金払うのもお客さんの方なんだし、どうせ確率自体に変動ないなら出来るだけ気分良く払って、気分良く打って貰った方がいいと思わない?」

「・・・なるほど。そう言う考え方もあるのね・・・ある意味で勉強にはなったわ」

「まぁ、自己満足なんだけどねー。ゲームはみんなで仲良く楽しくが、ボクのモットーですから♪」

 

 軽い口調で会話しながらウルバスの東広場まで来て、ようやく鍛冶屋さんを一人見つけたよ。ふぃ~、長かったなー。

 裏路地から出て主街区へと続く道のりは凝り性なクリエイターたちのせいで、無駄に分かりにくい。慣れてるから迷いはしないけど、それでも正しい道を歩まないと即座に迷う程度には混沌としちゃってる。複数人のアイデアを無理矢理凝縮でもしたのかな?

 

 ま、楽しかったからいっか。それよりも今は強化強化っと。

 あ、ボクの分は無理です。インゴットが足りてません。この前投げまくったナイフで大分すっちゃった。てへぺろ♪

 

「こんばんは」

「こ、こんばんは。いらっしゃいませ。

 お、お買い物ですか? それともメンテですか?」

 

 アスナに話しかけられた鍛冶職人のプレイヤーさんが接客を開始するけど、なんだかずいぶんと違和感を覚える反応だなーと感じる対応だった。

 

 本来MMOでの職人プレイはロールプレイヤーが結構な割合を占めている。ゲーム攻略には必須だし、前線に立つメンバーにとっては有り難いことこの上ない存在だけど自分自身が前に出て戦えない職人プレイでみんなを支えたいって気持ちは義務感だけで成立するものじゃないはずなんだ。

 それこそリズベットちゃんみたいに、将来的にはリアルでお店を持ちたいって言う個人的願望でも入ってなければ接客業は意外と難しい。特にネット世界ではね。

 

 言いにくいことだし言いたくもないことなんだけど、心ない発言や誹謗中傷はネットの世界では常識であり醍醐味だ。それがイヤならやめればいいんだし、イヤなことがあるから細やかで暖かい一言がたまらなく嬉しいと感じる人だってとうぜんいる。

 

 だから性格が奥手だからって職人プレイをしているのは、別に不思議じゃない。

 でも、この人の場合は微妙に変だ。印象と見えてる実績に差が出過ぎてる。

 

 この人のオドオドした態度は、ハッキリ言って周囲のプレイヤーに嘗められやすい。足元見られるくらいならまだしも、ボッタクられることだって当然あるだろう。

 でも、彼の身なりは相当に良い仕立てをしてる。どう見たって露天業を営んでたリズベットちゃんと同じ商売やってるとは思えない。エプロン姿で戦場に立っても大丈夫なくらい安定した力強さを感じさせてくる装備品だ。

 

 一方で彼は、妙に接客が消極的だ。

 アスナの「武器の強化をお願いします。ウインドフルーレ+4を+5に、種類はアキュラシー、強化素材は持ち込みで」と言う言葉に対して、困ったように眉を寄せてから「は、はい・・・素材の数は、どれくらい・・・?」注文確認を行って「上限までです。鋼鉄版が四個と、ウインドワスプの針が二十個」その答えを聞くなり更なる困り顔を浮かべてから結局は依頼を受け入れる。

 

「解りました。それでは武器と素材をお預かりします」

「お願いします」

 

 そう言って受け取ったウインドフルーレを、広げられてるカーペットの上に置かれた小さな鉄床の奥に設置されてる携行型の炉を製造モードから強化モードに変更してから、さらに強化の種類を固定して受け取った素材を流し込む。

 その一連の淀みない挙動が、ボクの不信感をますます高めていく。

 

 おかしい、絶対に変だ。何かあるとしか思えない。

 

 ボクがそう確信したのには理由がある。余りにも彼の様子が手慣れているのに対して、その接客態度はお世辞にも上等とはいえないレベルのものだったからだ。

 人柄は微妙だけど、腕がいいから売れている。その可能性もなくはないけど、だとしたら何で売り子を代わってもらわないんだろう?

 

 性格的に売ることには向いてない、でも職人プレイは楽しみたいと言うならリズベットちゃんでも売り子に雇えば済む話だ。彼女みたいに売れてないから雇うお金がないと言うなら話は分かるけど、この人の腕と設備なら新人職人プレイヤーを弟子代わりに雇うことくらい簡単なはずなのに、どうしてそれをしようとしないのか?

 

 考えられる可能性として一番有力なのは、どこかのギルドに所属している後方支援担当である可能性かな。これなら疑問の大部分は解消できるし。

 

 でも、そんなボクの願いはカァン!カァン! とリズミカルに響いていた金属音が途切れて鉄床の上に置いてあるレイピアが一瞬眩く輝いた光によって儚く消えた。

 

 失敗するはずがない、そう言い切れるだけの高確率な賭けで失敗した。

 腕のいい鍛冶職人が。ギルドに所属していて裕福な暮らしをしているらしい鍛冶職人が。性格的に接客業には向いてないのに売り子を兼業している鍛冶職人さんが犯した致命的な大失敗。

 

 ああ・・・と。ボクは思わず天を仰いで嘆きの言葉を口にする。

 これはもうーー確定だな、って。

 

 

 周りに誰か一人でも見物客がいてくれたなら、見過ごす口実が出来たのに。悲しいまでに今のボクたちは広い広場の中で三人ぼっち。

 修理不可能な破片となって空気に溶けて消滅していくアスナの愛剣“のような物”の、最後の欠片が消えると同時に鍛冶屋さんがハンマーを投げ出して何度も何度も頭を下げはじめた。

 

「す・・・すみません!すみません! 手数料は全額お返ししますので・・・本当にすみません!」

 

 連発される謝罪に当事者のアスナは目を見開いたまま反応しない。

 そしてボクは、心がどんどん寒くなっていくのを実感してる。

 

 今のはダメだよ鍛冶屋さん。完全に墓穴しか掘ってない。武器はともかく費やした素材の相場について、職人プレイヤーが知らないはずがない。それなのに“手数料は全額お返し”なんて言うのは不味すぎる。

 

 それじゃあ完全に・・・・・・“詐欺商法の自白”にしかならないよ鍛冶屋さん・・・。

 

「あの・・・本当に、何とお詫びしていいのか・・・。ーー同じ武器をお返ししますって言いたいところなんですが《ウインドフルーレ》は在庫してなくて・・・。せめて・・・ランクは下がっちゃうんですけど、《アイアンレイピア》をお持ちになりますか・・・?」

 

 鍛冶屋さんの提案に一応アスナの顔色を伺ってみたけど無反応。

 仕方がないなとボクはお腹を決めて前へと踏みだしてアスナに一歩近づくと、

 

「アスナ、ウインドウ出して。可視モードで出してくれたら後はボクがやっておくから」

「「・・・え?」」

 

 アスナと、それに何故だか鍛冶屋さんからもハモって疑問の声を投げかけられながら、ボクはウインドウに表示されてるお馴染みの装備フィギュアを念のため一瞥して確認してからウインドウを操作していき、どんどんどんどん深層へと向かって降りていく。

 

 やがて辿りついた目当ての場所《コンプリートリィ・オール・アイテム・オブジェククタイズ》。

 

 はぁ・・・と、ため息をつきながらイエス/ノー・ダイアログを出現させると

 

「イエスで」

 

 と一言だけ答えてからボタンを押して、疲れた体と心で背後を振り返ったら、

 

「あっ」

 

 ーー鬼が、出た。

 

 

 

 

 

 ガランゴトンドスンガチャンチャリーンボサットスッバサッパサリフワフワ。

 多種多様なサウンドと共に町中で東広場一面に実体化されて積み重ねられていく、衣服と下着の山、山、山・・・。

 

 そして山の向こう側では、御山を支配しているこわ~い女王様がもんのすごい顔してボクを睨んでおられましたとさ。

 

 これはもう・・・終わったな。いろいろと。

 

 覚悟を決めて、諦めもついたボクは下着の山を発掘してウインドフルーレを見つけてからアスナ様の元へと持参して片膝を付き、

 

 

「どうかこれで介錯を」

「良い覚悟ですね。じゃあ早速、私と同じだけ恥をさらしなさい」

「・・・遠回しに殺してってお願いしたのに! アスナの意地悪ーーーっ!!!」

「わかってたから罰したんだと気づきなさいよ、このアホの子はーーーっ!!!」

 

 こうしてボクたち美少女剣士二人による下着の山での死闘が幕をあけたのであった!

 

 

 

 

 

「あのー・・・・・・アインクラッド初の《強化詐欺師》である僕の処遇はどうなさるおつもりなのでしょうか・・・?」

「「うっさい! 今取り込み中だから後にして! 今は眼前の敵を打ち倒すのみ!」」

「えぇ~・・・・・・」

 

 

久しぶりなのにおバカに続きます



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10話「幕間・ヒゲの信念」

前回の更新まであまりにも間が空き過ぎたので、今回は初心に帰って短く早くを前提に書きました。そのせいで短いです。

今度、短編連鎖で「ビキニ・ウォリアーズ」とか書いてみたいな~と思っているので、その実験も兼ねてます。
お髭のネズミがメインの回です。ヒロイン役ならともかく主役級の活躍するのは珍しいですかね?

軽い口調で命と向き合い続ける、ネズミの生き様を見よ!(熱血マンガ風)


「ーーとまぁ、あの後でいろいろ検討してみた結果なのですが」

「はぁ」

 

 僕こと、ギルド《レジェンド・ブレイブス》の一員である・・・いや、一員に置いてもらっている鍛冶屋のネズハは、目の前で「こほん」と取り繕うように軽く咳をついてから語り出した亜麻色の髪の女剣士ーーアスナさんと言うらしい。今さっき聞かされたーーを見ながら横目で黒い髪の少女のことも省みる。

 

「・・・あの・・・彼女は放っておいていいんですか? なんだかスゴくかわいそうに見えるんですけど・・・」

「気にしないでください、置物です」

「でもーー」

「置物です」

「・・・・・・はい、わかりました。置物ですね。置物だと言うことで納得させていただきます・・・」

 

 有無をいわさぬ調子のアスナさんを前にして、裁かれるべき身の上の犯罪者に過ぎない僕にはこれ以上何も言う資格がない。

 

 せめて冥土の土産として、シクシク涙を流しながら「ボクは友達に恥をかかせた悪い子です。えっちでごめんなさい。罰として廊下に立ってます」と自らの手で書かされた看板を胸に抱き、パンツ一丁で広場の隅にたたされている彼女のちたーーいや、麗しい姿を目に焼き付けながら逝くとしよう。

 

「・・・まぁ、事情はわかったけどサ。も少し踏み込んで詳しく解説させてもらうゾ?

 これは商売じゃなくて善意の救済を目的としてるから金は取らない。だからその分、遠慮容赦なく真相を暴かれても我慢しろヨ?」

 

 彼女たちの知り合いで「こう言う時に頼りになりそうだから」と呼び出された、顔に動物を模した三本髭を描いてあるアバターの、女性なのか男性なのかいまいち判然としないアルゴというらしいプレイヤーさんが少しだけ反応に困った様子で頬をかきながら、僕を含む《レジェンド・ブレイブス》の事情について簡単に説明してくれた。

 

 ーー正直、驚きを通り越して愕然とさせられた。

 

 いったい彼(彼女?)はいつ頃から僕たちの犯罪行為に気付いていたのだろうか?

 その点に関してはボヤかされたが、その情報力が半端じゃないなんてレベルじゃない事だけは痛みを伴う真実の暴露によって教えて貰えた。

 まさかこんなにも早い時点で鍛冶屋が《クイックチェンジ》のMobを習得してるなんて誰も思わないだろうーーそう言う前提で始めた武器強化詐欺だったのに、彼女は(彼は?)もう一段階上まで想定した状態で僕たちをずっと監視し続けていたらしい。

 

 なぜ知っていて犯罪行為を放置したのか?

 

 僕の疑問に対して彼女(もう面倒だから彼女で統一する事にしよう)は笑顔で「誰からもお前らの情報を求められなかったから」と答えを返してきた。

 なんでも彼女のモットーは《売れる情報は全て売る》で、だからこそ《嘘だけは絶対吐かないし、押し売りも自分からは絶対にしない》《相手から求められた奴の情報なら金次第で売ってもいいが、自分から相手に他人の情報を買い取るよう迫る真似だけは殺されてもやらない》んだそうだ。

 

 ーー立派な志だと、今の僕にはそう思える。

 彼女に情報を押し売ってもらえなかった結果、僕なんかの詐欺被害にあって迷惑をかけられたプレイヤーを前にしたところで彼女の主張に一切の変化はないのだろうなと確信できるほど、その態度と言い草は誇りに満ちたものだったから。

 

 仲間に見捨てられたくなくて、置いていかれるのが怖くて仕方なかったから詐欺に手を出してまで縋りついた僕なんかとは雲泥の差だ。

 

 ーーやっぱり僕なんかは《レジェンド・ブレイブス》のメンバーに相応しくない。

 

「どうせ僕みたいなノロマはいつか必ず死ぬんだ! モンスターに殺されるのも、自殺するのも、遅いか早いかだけの違いなんだーーって、あ痛ぁっ!?

 な、なんで殴るんですかアルゴさん!?」

「あ、悪イ。ついカッとなって考えるより先に手が出ちゃったヨ。千コル払えば許してやるから許してくレ」

「台詞の途中で人を殴りつけておいて、お金まで要求するってどこの美人局ですか!?

 しかも今の結構痛かったんですけど!精神的に! ダメージを受けない町中だろうとも、女性に殴られたら男は心を痛める生き物なんだとあなたはもっと知るべきだと僕は思う!」

「サーセンwww」

「サーセン、じゃないですよぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 全力で怒鳴り散らす僕とは対照的に、ヘラヘラと笑いながら片手を振ってみせるアルゴさん。

 アインクラッド初の強化詐欺師である僕は今、それと同時にアインクラッド初の《美人局被害者》の称号まで頂戴しました!

 なにこれ!凄く要らない! そこいらに捨てて行きたいのですが、《捨てる》コマンドはどこですか!?

 

「いやいや、今のはネズっちが悪いって絶対に。だからはい、千コル寄越して正式に土下座しろ」

「この上さらに土下座要求!? どこまで図々しいんですかアンタ!?」

「いやいや、だってさぁーーモンスターに殺されるのも自殺するのも、遅いか早いかだけの違いって、それデスゲーム開始直後に死んだ二千人のプレイヤーと遺族を前にしても同じこと言える勇気、お前にあるノ?」

「ーー!!!」

 

 そ、それは・・・。

 

 答えに詰まった僕に彼女は顔色一つ変えることなく、ただし纏っている空気を全くの別物に変えて凄みさえ利かせながら、レベル的には格上の僕を相手に平然とした態度で脅しをかけてくる。

 

「今まで死んでいった連中の中に「死んでもいい」なんて思っていた奴は一人もいない。そう言う奴はみんな《はじまりの街》に残ってグチグチ言い続けながら生き続けてるし、そいつらに「死んでも前に出る覚悟」を持たせるために戦って死んだアインクラッド初の騎士様は、オレッちに大枚はたいて買収まで依頼してきやがった。

 そいつらを前にして同じ台詞を言うことが出来るというならやってみろ。そうしたら前言は撤回だ。千コル払ってもらうんじゃなくて、オレッちがこれから稼ぐ金全てを貯蓄して一千万コル払い続けてやる。積み立てローンだ。悪くない取引だろう?」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「黙り込まれちゃ分からン。とりあえずは事情を話セ。訴えるかどうかはそれで決めるし、他の奴らにお前らの情報を売るかどうかもその後ダ。真偽の怪しい情報を有料で売るのは情報屋として、オイラの主義に反するんでね」

「・・・・・・真偽もなにも、僕が強化詐欺をはたらいてみんなを騙し続けてた。それが全てでしょう?」

 

 投げやり気味な僕の言葉にアルゴさんはハッキリと首を横に振り、断固とした態度で僕の言葉と想いを否定した。

 

「それは《お前にとっての全て》だ。この件に関わってるのはお前だけじゃない。被害者だけでもなければ《レジェンド・ブレイブス》の連中でさえ大勢いる関係者の中では、たったの三人ぽっちに過ぎないんだよ。

 この世界は繋がっているんだ。現実以上に誰がどこで何をしようと全員に影響が及んでしまウ。どんなにお前が《他人は関係ない、これは俺たちだけの問題だ》と主張したところで他人には関係ない事情ダ。こっちの都合でどんどん介入してくるし、無理矢理にでも介入させてもらう。おまえたちの都合に巻き込まれて殺されてたまるカ」

「・・・・・・」

「いいか? こういうのはキャラじゃないから、たった一度だけ言ってやる。二度と言わないから忘れられないよう、心に刻み込ませてやるから覚悟しておけヨ?

 ーー現実の甘ったれた平和ボケをデスゲームに持ち込んで逃げに走るなマジムカつくんだよ! お前みたいに軽々しく《死》を口にする奴が、オイラは今一番、大大大っ嫌いなんだ!」

「ーーーー!!!!!!!!」

 

 衝撃のあまり呆然と立ち尽くす僕に、身長差から見上げる形を取っていたアルゴさんは一歩退いてアスナさんの横に付き、

 

「・・・悪イ。ちょっと頭に血が上っタ。こいつの話聞く役は任せちゃっていいかナ?」

「え、ええ。それは構わないのだけれども・・・・・・」

 

 少しおびえながらアスナさんは、恐る恐ると言った体でアルゴさんに尋ねかける。

 

「ねぇ・・・ひとつだけ聞いていい? 一週間前まで私も彼と同じ様なこと言ってたんだけど・・・その頃の私を今のあなたが知ったらどうしてたのかしら・・・?」

「・・・・・・・・・」

 

 しばらく沈黙してからアルゴさんは、「実は前々から“ああしてやりたいな”と思ってはいた」と人差し指である場所を指さして、そちらに僕たち二人の目線が向かい、そこに立ってる置物の少女がしくしく泣いてる惨状を見て、僕たちは想いを一つに出来たと確信しあう。

 

 

 ーー悔い改めて良かった、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・あの~・・・ボクはいつまで立たされっぱなしなのかな? いい加減に許してくれないと、ボクが道端でパンツ丸出しする変態さんになっちゃうんだけど?

 だからさ――恥ずかしすぎて死んじゃいそうだから、そろそろ許してお願いアスナーっ(ToT)!

 さっきのはホントにごめんなさいだよーーー!!」

「・・・・・・・・・あ、ごめん。割と本気で存在を忘れちゃってたわ。

 今回は出番ほとんどなかったものだからつい・・・・・・」

「ひーどーいー! ひーどーすーぎーるー!」

「・・・・・・え。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ユウキと・・・・・・・・・パンツ?」

「・・・ふぇ!? ま、まさかキリーー」

「百Gパンチ!」

「ぐはぁっ!? ・・・俺は・・・不幸だ・・・ガクッ」

「主人公気質をもった男の子の宿命だゼ? キー坊♪」

「・・・・・・(ガタガタガタ。注:女の子の怖さを思い知ってるネズハさん)」

 

つづく




アルゴの信念に関する補足:
基本的に彼女にとってデスゲーム内で数少ない「本当の意味でプライベートを共にできる友人はキリトだけ」というオリ設定を採用してます。
なので原作でキリトに対する時の態度と今作で他人と関わる時の態度に大分違いが生じる場合がありますのでご注意を。

もちろん、ストーリーが進む毎に彼女の中でユウキとアスナとの絆も強まっていく仕様です。


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11話「小さな少女の、大きな一歩」

今朝方にご指摘を受けましたので「性転換」タグを入れさせてもらいました。今まで付けてなくてご迷惑をおかけしました。以後気を付けますね。

注:身体障害者に関する話題が出ます。気に障る方は閲覧をお控えください。


 ブモォォーーーッン。

 

 牛さんの《フィールドボス》で《ブルバス・バウ》が猛っているのを、ボクたちは彼が住処にしている盆地を見下ろせる小さなテーブルマウンテンから眺めてた。

 

「あいつ、毛皮が黒茶色ってことは黒毛和牛なのかな・・・」

 

 キリトが色気より食い気を優先した感想を言って、

 

「肉がドロップしたら、分けてもらって食べてみたら」

 

 アスナは好感度が微妙な時期のツンデレヒロインらしいセリフで返して、

 

「もしお肉が出ても、ボクは遠慮したいかなぁ・・・《逆襲の雌牛》クエストを思い出す」

 

 スパコーーーーーッン!!!

 

 トリを務めたボクがボケて、アスナに鞘で殴られる。

 ーー最近、こんなのばっかりな気がするよぅ・・・。

 

 

 

 現在、ボクたちが来ているのはキバオウさんとディアベルさんの仲間さんが指揮するパーティーが、圏外フィールドのフィールドボスを戦って倒すのを見学させてもらえる場所だ。

 ディアベルさんが戦死した後、彼の率いたレイドパーティーはいくつかの小集団に分かれて分裂。

 とくに抗争し始めることもなく平和的に大・中・小と三つの規模に別れて、それぞれが独自に活動し始めている。

 

 今回のフィールドボス討伐作戦は、分裂した中では最強二組。キバオウさんと元ディアベルさんパーティーのリンドさんが率いる2つのパーティーが合同で行うみたいだよ。

 

「ん・・・?

 あのパーティー、どっちがタンクでどっちがアタッカーなのかしら」

「う、うん・・・なんか両方似たような編成だな」

 

 アスナとキリトが二つのパーティーの編成について話し始めるのを聞き流しながら、ボクは先日の一件、ネズハさんによる強化詐欺事件の事を思い出していた。

 

 

 

 

 あの後、アルゴさんがネズハさんの話を聞いて、ボクたちが何をしたのかと言えば・・・何もしなかった。と言うよりも、何も出来ることがなかったんだ。

 

 パーティー間の人間関係はネトゲ内において、外部の人間が特に関わりづらい案件の一つだ。事情を知らないとか、内情がよくわからないとかもあるけれど、一番の問題点は『何かあったときの責任が負いきれない』これに尽きるんじゃないかとボクは思ってる。

 

 「責任がとれないから何もしなくていい」なんて理屈は通らないけど、じゃあ「責任を取る気もなく他人の問題に口を挟むのが良いことなのか?」この疑問にたいして正しい答えを出せる人はたぶんいない。

 人それぞれが個人個人で、自分だけの正しい答えを導きだすのが精一杯の難題だから。

 

 お金とか、パーティーに付く箔とか、色々絡んではいるようだけど最終的に解決しなくちゃ前に進めないのがネズハさんと仲間たちとの間に広がった心の壁・・・いや、海かな。

 これを乗り越えらずに解決しちゃうと、結局は同じところに戻って来ちゃうんだよなぁ~、こういう問題は。

 

「あ・・・・・・、連中の、鎧の下の布装備を見てみろよ」

「え? ・・・・・・あ、ほんとだ、パーティーごとに色を合わせてあるわね」

 

 キリトたちの会話内容が耳に入ったから、ボクも彼らの方を見てみると確かに2チームは分かり易く色分けされてて、自分たちのチームメンバーを誤認することがないよう工夫されてる。

 

 攻略を目指してる場合の色分けとしては中途半端で、どちらかと言えば本来の所属団体を主張するのが目的なんだと思う。

 だとすると、彼らの思惑というか狙いというか、あるいは『願い』や『誇り』と呼ぶべき感情がボクにも少しだけ理解できて胸が痛くなる。

 

 ああーー彼らはやっぱり『彼のことを』、忘れたくないんだなって。

 

 

「・・・彼ら、攻略部隊を役割分担で再編成しなかったのね。

 右のパーティーは、全員リンドさんの・・・つまり元ディアベルさんの仲間で、左の緑パーティーはキバオウさんの仲間。

 確かにあの二人、あんまりウマが合いそうな感じじゃなかったけど・・・」

「・・・まぁ、気心の知れた仲間でパーティー分けした方が、六人の連携が取れるって判断かもしれないけど・・・」

「でもその場合、パーティー間の連携は悪くなるでしょ。あのボスの場合、どう考えてもタゲられるパーティーと攻撃するパーティーの呼吸が重要だと思うけど」

「まったく仰るとおり」

 

 アスナとキリトの最強ソロプレイヤー二人から手厳しい評価を下された十二人の先頭が、ついにボスの反応圏に踏み込んで戦闘開始。

 そこからは結構一方的な戦いとなった。

 

 キバオウさんもリンドさんも素人じみたミスを連発しては味方を危機的状態に追いやりながら、それでもギリギリのところで犠牲者を出すことなく、少しづつだけど勝利に近づいている。

 

「これじゃ、レイド組んでる意味ないっつうか・・・・・・むしろMobの取り合いじゃないか。ここは何とかなっても、今後大丈夫なのかよ・・・・・・」

 

 ため息混じりにキリトが言うけど・・・ボクは少しだけ別の見方で彼らを見ていた。

 だから分かることがあって、それをキリトとアスナの二人にーー多分、これからもソロを続けるんだろう最強剣士二人に聞いてもらいたくて口を開く。

 

「たぶん、逆なんだと思う。彼らは、目の前のMobを倒すために戦ってるんじゃなくて、今後の自分たちパーティーのためにMobを取り合ってるんじゃないのかな。

 ーー自分たちの信じるディアベルさんのやり方を確立するために」

「「・・・え?」」

 

 二人が惚けた表情でボクを見て、ボクは二人を少しだけとぼけた表情で見返して、ほにゃっと苦笑しながら二つのパーティーの不器用な十二人に心の中で声援を送る。頑張れって。

 

「キバオウさんもリンドさんもボクたちと同じで第一層フロアボス討伐に参加した、現時点での最強格だ。今キリトやアスナが言ってた程度の常識は当然、把握しているんだと思う。

 それでも彼らが非効率的と知りつつも同じようなやり方で、でも少しだけ違っているやり方を仲間たちにも自分にも強制しているのは、あれが本来の彼らの戦い方じゃないからだよ。

 慣れてないから上手く動かすことが出来ないし、自分自身もベストポジションがどこだか分からない。手探りの状態で彼らはフィールドボスに挑んでる」

「な、なんでだよユウキ? そんな事したって死ぬ可能性が増えるだけで、リスクコントロールがまるでできてない。安全マージンを取るのが基本のデスゲームで、それは自殺行為に等しいじゃないか」

「そうだよユウキ。あの人たちだってアインクラッドを攻略して、現実世界に帰還したいと思ってるはずだよ? それなのに自分の身を不必要に危険にさらす意味も必要もどこにも見当たらないじゃない」

「そうだね。二人の言うとおりだとボクも思う。

 思うんだけどーー」

 

 はぁ、とため息を付いてから、ボクはどうしようもない程に度し難いおバカさん十二人に目線を向けながら、困ったちゃんを見つめるときの表情で笑いながら告げる。

 

「ボクたちはそれをやった。第一層で、あのボスの間で、ディアベルさんの呼びかけに応じて集まった寄せ集めの烏合の衆が、MMOの常識的には敗色の方が濃厚な戦いに勝利を確信して挑んで勝利した。

 そしてその結果、第一層ボス攻略時には参加しなかった高レベルプレイヤーたちが集まってきてくれて攻略組の基礎が形成されたんだ。

 だからこそ彼らは、自分たちが信じるディアベルさんのやり方を、自分たちなりの解釈で再現しようと必死になってる。文字通り、命を懸けながらね。あれだけピンチに陥り続けてもパーティーが戦線崩壊しないのはそのせいだよ、きっと」

 

 唖然として黙り込んでる最強ソロ二人。

 苦笑しながら頬をかいて、気恥ずかしさを誤魔化してるボク。

 

 

 ーーこの表情こそ、ボクがこの一件から全力で二人を外しにかかった理由。

 ソロでパーティーを持たず、将来的にもギルドを結成する気のない二人にとって正しい答えが、もう既にギルド名さえ決めちゃってる人たちの問題で正しく機能するとは到底思えなかったから。

 

 

 仲間同士の信頼を取り戻し会うのは、実のところ簡単だ。今回の場合においてはの話だけどね?

 

 ネズハさんが犯罪に手を出さざるを得なくなったのは、彼がSAOに接続した最初のテストでFNC判定ーーフルダイブ不適合と認定されたことが原因だ。

 

 アインクラッドに『アバターのネズハさん』が誕生したとき、産み落とされた時点で彼は視覚障害を負っていた。見えないってほど重傷じゃないけど、遠近感、奥行き感がうまく働かないらしい。アバターの手と、その向こうのオブジェクトがどれくらい離れているかも判別できないほどに。

 

 彼はその事実を仲間たちに伝えないままパーティーにとどまり続けて、ついにはASOの正式サービス開始の日、デスゲームが始まったあの《はじまりの街》まで騙し続けて仲間に入れて“もらい続けた”。

 投剣スキルを上げることで何とか追従してきたけど、それも限界に達した彼は、ギルドが出遅れてるのは自分を抱えているからだと。

 口には出さないけど、みんなそう思っているはずだと。

 鍛冶屋に転向するって言っても修行にお金がかかるから、いっそこいつをはじまりの街に置いていこうって誰かが言い出すのを自分は待ってる状況だったんだって。

 

 

 

 これを聞いてボクは確信した。

 この件はすべて『誤解によって成り立っている』んだって事を。

 

 

 

 身体障害者は過剰なほど周囲に気を使う悪癖がある。その一方で彼らは、周囲からの言葉に影響されやすい。悪意も善意も関係なく、困ったときには何かに縋りたがる癖が付いている。

 

 逆に彼らの多くはヒドく純粋で傷つきやすく、健常者にとっては何でもない平凡な一言が胸に突き刺さって抜けない棘になることだってある。

 

 これは生まれつきハンデを負ってた人間にしか実感できない問題で、彼らを抱え込み続ける側に必要なのはその場凌ぎの感情論じゃなくて、長期間ハンデを背負った彼らを背負い続けて支え続けて不安を肩代わりしてあげられる為には自分になにが出来るかと考える計画性だ。心じゃなくて、数字なんだよ。だからキリトとアスナをこの件にはこれ以上、関わらせるわけには行かなかったんだ。

 

 

 弱者救済。今の日本人が大好きな言葉だけど、これは決して綺麗なだけのお題目じゃない。現実的な手法で解決していくべき大問題だ。感情論の入り込む余地なんてこれっぽっちもない、

 彼らを救うのに優しさは必要ない。それは救いたいと思うときにのみ必要な感情だ。

 当然だよね。実際に彼らを救うために必要となるのは、気持ちじゃなくて行動力なんだから。

 

 出来るだけ多くの人の理解と協力と支援を。そのためには出来るだけ強大な組織と資産を。

 守るため、支えるためなら強さと正しさと優しさで十分だけど、守り続けて支え続けることは容易じゃない。理屈じゃないけど、気持ちでもない。物理的に影響を与えられる大きな何かがどうしても必要となってしまうんだ。

 

 たとえ強くなったキリトとアスナが彼を守り続けて、彼がレベルだけは攻略組に達したとしても問題は解決しない。むしろ最悪なまでに悪化してると思う。

 障害を負った人間にとって、劣等感と感謝の念は簡単に位置が入れ替わってしまうアンバランスなものなんだ。ちょっとした言葉で感謝が殺意に、劣等感が優越感へと変わってしまう。

 そんな人とずっと一緒にやってくことは、普通の人たちが考えてるほど簡単じゃないし楽しいものでは決してない。辛いときの方が多いし、みんな笑顔で過ごせる1日のために一ヶ月の苦労を要求される事なんてザラにある。

 

 でもーー

 

 

「だとしたら《レジェンド・ブレイブス》の人たちは、そのハンデをSAO正式サービスの三ヶ月前から背負ってきたって事になるんだ。経験者としては正直、気づかないなんて事はあり得ないと思うんだよね」

 

 ボクの長話を聞き続けてくれた二人は、少しだけ顔を青くしながらも確認を取ってくる。

 

「つまり彼らは全部承知の上でネズハに負担をかけたくないから騙されてるフリをし続けていて、ネズハが一人で暴走してるだけだからキバオウとリンドの二人に事情を説明して協力させる、と。それがおまえの考えた作戦なんだなユウキ?」

「大まかなところだとそうなるね。

 ・・・と言うか、それ以外には今のところ打てる手がないんだよ。障害者の心理ってそれぐらい難しいものだから、知らない人の群の中に放置するなんて危険すぎる」

 

 ボクは天を仰いで吐息しながら、アスナから聞いたキバオウさんの話を思い出して、

 

「いっそのことキバオウさんが考えてる《アインクラッド解放軍》に初期メンバーとして加入させてもらえないものかなー。そうすれば全部の問題が一気に解決できるのに」

「えー!? あの一層にある《はじまりの街》に拠点を固定して、あそこに留まってる何千人ものプレイヤーからも積極的にメンバーを募集して武器防具も支給して集団戦闘の訓練までさせて、最前線プレイヤーの数そのものを増やそうなんて頭おかしい考えの人にネズハさんたちを預けようだなんて!

 ユウキ! なんて悪いこと言い出すの! 叩き直してあげるから、ちょっとそこの岩に手を突いてお尻を突き出しなさい!」

「・・・アスナ? いったい君はボクをなんだと思っているのかな・・・?」

 

 あと、君はいったいボクの何なのかと問いたいです。

 

「ま、まぁまぁアスナ落ち着いて・・・。でも、ユウキ。俺も今度の件ではアスナの意見に賛成だ。あいつの言う《わいはわいのやりかた》を、俺はどうしても承伏できない」

 

 キリトがアスナを宥めてるときとは打って変わって厳しい表情でボクに意見する。

 う~ん、やっぱり偏見持っちゃうと、そう考えちゃうよねー。分かってたけどさ。

 それにキリトは、ソロで最強でベーターだ。そんな彼だからこそ見落としてしまう落とし所が存在していることを彼はどうやら知らないみたい。

 

「彼がディアベルさんから受け継いだ《わいのやりかた》は、キリトが思っているのと少し違うと思うよ?」

「・・・どう違うって言うんだよ?」

 

 ちょっとだけ不機嫌そうなキリトの返しに、ボクは少しだけ気取ってみてから、

 

「『勝とうぜ、みんな』」

 

「「!!!!!!!」」

 

 さっきよりもずっと驚いた表情でボクを見つめ返す二人に、ボクはさっき以上に困った表情で返すことしかできない。・・・恥ずかしかったから。

 

「キバオウさんは本気で『みんなと一緒に勝って帰ろうとしてる』。ディアベルさんの訃報を聞いても他人事のように知らんぷりして《はじまりの街》から出ようとしないプレイヤーたちさえ一緒に戦って勝って帰りたいと思ってる。

 そう言った人たちにも土下座させて貯め込んだ金やアイテム軒並み吐き出させて、命を預けられて預けられるパーティーメンバーになってもらいたいと本気で思い、実行に移そうとしているスゴい人だよ。彼なら信用しても大丈夫。

 何千人もプレイヤーが参戦してる巨大組織だったら、運営するのに職人プレイヤーや商人ロールプレイヤーだって必要になってくる。後方支援組を増やすことで結果的に、最前線プレイヤーの数そのものを増やすことが可能になる。

 たぶん、彼の言ってる《アインクラッド解放軍》っていうのは、そう言う組織を構想してるんじゃないかな?」

「で、でもねユウキ? 私、家がそれなりに大きくて地位もあるから分かるけど、組織ってそんなに簡単に動かせるものではないし、利権とか色々絡んできて歪んでくものなんだよ?」

「そだよ? だから障害者のネズハさんを支え続けてきた実績のある《レジェンド・ブレイブス》のみんなが側にいて、キバオウさんを支えてもらいたいんだよ」

 

 今度こそ(゜д゜)ポカーンとなって沈黙しちゃったアスナとキリト。そんなに驚くほど意外性のある意見だったかな~?

 将来性のある組織に先行投資しておこうってだけの話じゃん。解放軍自体、まだ影すらできてないんだし捕らぬ狸の話だよ?

 

「んじゃ、むこうも決着ついたみたいだし、ボクちょっとキバオウさん達とお話ししに行ってくるねー☆ きゅいーーん♪」

 

 こうしてボクは走り出す。キバオウさん達のところに。

 

 走ることで気分を紛らわせながら。黒い感情に心を支配されないために。心を支配させないために。

 

「『そいつが戦闘スキル持ちの鍛冶屋になるなら、すげぇクールな稼ぎ方があるぜ』、ねぇ・・・」

 

 走りながら、ボクの脳味噌が思い出したくもないのに思い出すのはネズハさんから聞かされた、黒エナメルの雨合羽フードさん。

 障害者のネズハさんを支え続けた《レズェンド・ブレイブス》の好意と優しさと信頼を地に落として辱め、最悪リンチで殺されるのを見物したがってたっぽい人殺しヤロー。

 自分が生き残るために人を殺すんじゃなくて、人が人を殺してるのを見て笑いたがる最低最悪のクズやろー。

 

「決めた」

 

 走りながらボクは決意する。たぶん、この決意はアスナにも《トンネルで出会ったあの子》にも妥協させることができないだろうなぁと、他人事のように思いながら。

 

 

 

 

 

 

「雨合羽ローブの人・・・・・・・・・・・・君はボクの、倒すべき敵だ」

 

つづく



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「ありえたかもしれない、ユウキと黒猫団編1」

さすがに原作否定の度が過ぎてたのと、当初に予定していた話と異なる部分が多すぎましたのでアインクラッド攻略編は一端書き直させて頂きます。
それに伴い章別けは解除させて頂きました。無能な作者の身勝手をどうかお許しください。PKKはやりすぎましたので・・・。

今話の旧サブタイトルは「黒髪のヨウセイ」です。


「でぇりゃああああああっ!!!」

 

 ガギィィィッン!

 

 ーーよし! 敵の集中“だけ”は乱した! ダメージどころか戦闘そのものには全然意味ない投剣スキルで適当な場所狙って投げてみただけなんだけど、とりあえずボクの目的は果たしたぞ!

 

「・・・と、言うわけだから、あとガンバってねー。応援してるし危なくなったら助けに入るから死なない程度に死ぬ気でがんばれー」

『あいっかわらず無茶言うなお前は!!』

「最初っから、そう言う契約だったしねー。

 あ、サチちゃん。怖かったら一度下がって、怖さが消えてから改めて前線に戻って来るようにした方がいいよ?」

「で、でも私が抜けると皆困って・・・」

「だいじょぶだいじょぶ絶対ダイジョーぶい! 君が居ない間は皆が支えてくれるよ。

 だって『男の子』だもん。――そうだろう!? みんなぁぁ!?」

 

『う、うおおおおおおおおおおっ!!!!

 男の見栄は女の前でこそ見せるもの!!』

 

「ね? 大丈夫そうでしょ?」

「あは、あはははは・・・・・・」

 

 槍使いor盾持ち片手剣士の女の子『サチ』ちゃんは、ボクの近くまで逃げてきて困ったように笑ってる。

 

 大岩の上に座って見物しているボクとサチちゃんの目前では、ギルド《月夜の黒猫団》のメンバー(残されたヤローどもオンリー)が敵と死闘を繰り広げてる。

 たまに危なくなる時がないこともないけど、前線で攻略組やってるボクからしたら、これくらいチャラヘッチャラ。

 

「だから今日もビシバシ行くよー! ボクが前線に戻るまでの日数も残り後わずか! 残された時間を最大限有意義なものとして残すため、君たち《月夜の黒猫団》は地獄を乗り越えなければならない! さぁ、諸君! 地獄を味わえーーっ!!!」

 

『悪魔かお前はーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!(全員涙目)』

 

 ーーよし。今日もやる気じゅうぶんだね。これならラスト・バタリオンにだって203魔導大隊にだって気持ちで負けることはないだろう。

 

「足りない部分は根性でも見栄でも何でもいいから、とにかく今の自分にあるもので補う!

 それがボクの主義だよ!」

「あは、あははははははは・・・・・・はぁ・・・」

 

 笑い疲れちゃったのか、遂にはサチちゃんにも見放されたっぽいボク。

 でも、負けない挫けない。だってボクは『遊び』に来ているだけなんだから。

 

 

 月夜の黒猫団に関わり続けられないボクには、たとえ皆に嫌われたとしてもスパルタを続けることしかできない。

 それ以外に、皆が強くなれる手段がないから。強くならなきゃ生き残れないから。

 

 みんなを好きになったボクには、みんなが生きて勝って帰れるようにしごいてあげる事しかできない。

 好きだからスパルタする。現実だったら批判されて当然の行為も、デスゲーム化した《SAO》だと必要不可欠になってしまってる。

 

 中堅ギルドに過ぎない《月夜の黒猫団》が前線で戦う攻略組に憧れて、純粋な気持ちで参加したいと、協力したいと願い続けている限り。

 彼らに付きまとう『全滅の可能性』が遠のくことはないんだから・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクが彼らに出会ったのは、雨合羽フードの男と因縁ができちゃってからしばらく後のこと。デスゲーム開始からだと、五ヶ月くらい経ってたかな?

 

 ネズハさん絡みの事件で連中から目を付けられちゃったっぽいボクは、アスナやキリトやキバオウさん達に事情を話して頭を下げてお願いして、お礼も出来ることは全部しながら今日まで生きながらえてきてた。

 うん、我ながらよく頑張ったなーって、褒めてあげたくなる程の忍耐心と自制心だったよ。何回、途中でブチ切れて特攻していきそうになったことやら。

 

 

 ーーでも、無理なんだよねーボクの場合。

 そんな事やったら、やろうと思っただけで死ぬ危険性が出てきちゃうから。

 

 

 憎しみとか殺意とか、強い負の感情を胸に抱くと危ないボクは、その日も気分転換をかねて適当な素材アイテムの回収クエストをこなしてたんだけど。その日は微妙に普段と違って撤退中のパーティーさんとでくわした。

 

 タンクが一人で後方が多いパーティー編成に《ギルド「@家パーティー」》を思い出しちゃったボクは、なんだか嬉しくなっちゃって「ちょっと加勢させてもらいますね。指示には従いますから、どうぞ扱き使っちゃってくださいリーダーさん」てな感じで割り込むと、一瞬ポカンとしただけで、すぐに了解してくれた。

 

 ーーけど、

 

「すいません、お願いします。やばそうだったらすぐに逃げていいですから」

 

 この返しはいただけない。

 うん、ダメ絶対に。

 

「一度パーティーに入ったらみんな仲間! みんな家族で友達だ!

 ボクらはみんな今まで生き残ってきてるんだから、最後まで誰も見捨てずみんなで生きて帰ることを目指そーよ!」

 

 さっき以上にポカンとされちゃったけど、これはボクの本心だから後悔しないよ! 将来、黒歴史になったとしたって、今この時だけは絶対後悔なんてしてあげない!

 

 

 

 そんなこんなでボクが参戦した《月夜の黒猫団》は圧勝。

 まぁ、レベル36プレイヤーが居ていいフロアじゃないからねー。勝って当然、負けて偶然。MMOに限らずレベル制が基本のRPGでは、数字こそが全てなのだよ明智クン。

 

 

「ありがとう・・・ほんとうに、ありがとう。凄い、怖かったから・・・助けにきてくれた時、ほんとに嬉しかった。ほんとにありがとう」

 

 

 敵に勝利後、眉尻を下げながら瞳いっぱいに溢れた涙で瞳を揺らして感謝の想いを伝えてくるサチちゃんの眼にを見たボクは、

 

(ああ・・・この子はちょっとだけだけど、危ないかもなぁ~・・・)

 

 と直感していた。

 こういう子には前世で何度か会っているから。その傾向と思考の偏りは予測できたから。

 

 彼女はたぶん、ここで敵に殺されなくても、いずれは皆のために皆に殺されて死んでしまうんだろうな、とーー。

 

 

 

 

「我ら、《月夜の黒猫団》に乾杯!」

『乾杯!!』

「でもって、命の恩人ユウキさんに乾杯!」

『乾杯!!』

「かんぱーい!」

 

 抱いたばかりの確信を胸に、ボクは《闇夜の黒猫団》が拠点に使ってる第11層の主街区《タフト》の酒場兼宿屋へと案内されて歓迎された。

 

 木綿季ちゃんは見た目通りお祭り好きで、みんなとワイワイやるのが好きらしくて、身体が勝手に盛り上がっちゃうのが押さえられない!

 なんだか心も体も軽くなってくみたいで、すっごく嬉しいし楽しいかも! 久しぶりに雨合羽のこと気にしなくていいって幸せだな~。

 

「あのー、ユウキさん。大変失礼だと思うんですけど、レベルって幾つくらいなんですか?」

 

 ギルドのリーダー・ケイタに訊かれたボクは、少し考えてみてから正直に打ち明けることを選んだ。レベルはもちろん、自分がここにきたのは気分転換が目的であって長期間居続けるのは無理なことも。

 

 最長でも一週間ぐらいしたら上層に戻る身で、戻ってクエストや攻略を始めたら呼ばれても戻ってこれない攻略組の一員であることも含めて全てだ。

 

「へ、へぇー・・・俺たちとあまり変わらない年頃なのに攻略組だなんて・・・凄すぎますね・・・」

 

 やや引き気味な反応を見せるケイタ。まぁ、それが普通の反応だよね。わだかまりを持たずにアッサリ納得して受け入れる方が異常なんだし。ボクだってこういう反応が返ってくることを恐れなかったわけじゃない。適当に話を合わせながら嘘ついて、お茶を濁して適当にと言う手も考えつかなかったわけじゃない。

 

 でも、こう言う時にはいつも決まって、ボクの身体は今を生きてる少女『紺野木綿季』ちゃんの物であり、死んだ世界に肉体を置いてきた少年『今野悠樹』の自由にしていい物なんかじゃないんだって事実を思い知らされるんだ。

 

 誰かと触れ合うときに遠慮したり、思ってることを言わなかったりする事が凄く苦手に感じてしまって、なんだかモヤモヤして落ち着かなくなる。

 

 遠くの端っこを突っつきあったりする時間が勿体ないっていう、正体不明で根拠もよく分からない強すぎる感情を抱いちゃうのを、どうしても止められないし押さえきれなくなるんだ。

 

 嘘をつくのはいい。嘘を付いてでも守りたいと思った関係と最後の瞬間まで『関わり抜く勇気さえあるなら』ボクは嘘で塗り固められた人間関係を『本物よりも本物だ』として全肯定する。否定する奴らと敵対してでも関わり抜くし、守り抜く。

 

 嘘の先にある必然の結末を迎えたときに誰のせいにもせず、自分のせいだと安易な逃げ道として自殺を選ばずに、苦しみながらも関わり抜いて生き抜く覚悟と責任が伴う嘘ならボクは絶対に否定しない。

 むしろ心の底から「すごい勇気だね。ボクにはそれ、できるかなぁ・・・」って憧れると思う。

 

 嘘でも付き続けて自分のことさえ騙し抜けるんだったら、真実と変わらない。全てがバーチャルで出来てる《SAO》なら尚更だ。

 

 だからこそ逆にボクはメリハリをつけるし、つけなきゃいけないと思いこむ身体になってしまってる。ゲームと現実の区別をしっかり付けておくために。

 

「現実とまったく同じ世界で生きられるなら、なにも辛くて苦しい現実世界で生きていかなくても良いじゃん」

 

 そう思ってしまったとき、たぶんボクのリアルはゲームよりも先に死が確定してしまうだろうから。

 死んでしまえば全てが終わって、責任からも逃げられるから。

 背負った責任も、背負いきれなかった責任も、全部が全部を生き残った誰かに丸投げして死んで終わりは、もう二度としたくないし、やっちゃいけない。

 

 それが、死んでから別人として生き返ったボクが、関わろうと決めた他人に対して果たすべき責任。

 無責任で自分勝手な死も、絶望も。

 ボクは二度と肯定なんてしてあげないからね・・・・・・。

 

 

 

 

「うん、そうなんだ。だから悪いけどボクは君たちの仲間に入れない。

 いざと言うときに助けを求められてもキミたちを守ってあげられるとは限らないから、仲間を見捨てることしかできないから。

 そんな人でなしを仲間に加えちゃダメだからボクはキミたちの仲間には入れないんだ。ごめんね?」

『・・・・・・』

 

 ボクの言葉で少し気まずげな雰囲気が場に流れたけど、次の言葉で変な風に空気が変わった。

 

「ーーでも、短期間でよければ戦闘実習で教官役を務めてあげるくらい報酬次第で応じるよ?」

『・・・え?』

 

 さっきのとはまた少しだけ違った返しの声に、ボクは「ほにゃ」って感じで緩く微笑む。

 

 ケイタたち五人は内輪でヒソヒソ相談しあった結果、

 

「い、幾らくらいが相場なんでしょう・・・?」

 

 ちょっとだけ不安そうに尋ねてくるケイタに『合格』の◎をあげながら、今度は満面の笑顔を浮かべたボクは、

 

「このパーティーを飲み放題、食べ放題にしてくれること!」

 

 と答えて、その日最後の月夜の黒猫団全員が浮かべるポカンとした驚きの表情をジュースの肴に豪華な奢り飯を平らげたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ、ぜぇ・・・な、なんとか勝てた・・・って言うか、生き延びれた・・・」

 

 パーティ全員でかかれば怖くもない相手《キラーマンティス》を、実質サチちゃん抜きの状態で倒し終えたバランス最悪ギルド《月夜の黒猫団》のみんなが肩で息をしているのを見ながらボクは、大変上機嫌で満足そうに笑ってあげる。

 

「あははは、上出来上出来。それだけ死の怖さを思い知れば却って逆に殺されにくくなるし、簡単にあきらめて死ななくもなる。ピンチに陥ったときこそ冷静に、生き残る術を考えられるようにならなくちゃね」

「はぁ、はぁ・・・。そ、そう言うものなのか・・・? それよりも僕は勇敢さとか、負けないための気構えとかの方が重要だと思うんだけど・・・」

 

 うん、それデスゲームになる前に数時間だけプレイできたゲーム版《SAO》開始時にボクが思ってた事と全く同じものだね。

 そして、そう想い信じて最初の冒険にでたプレイヤーの間で死傷者多数。

 

 ーーその結果、デスゲーム変貌直後の死者数は惨憺たる有様だったよ?

 

「通常のオフラインや、今までのVRと《SAO》を同じに捉えちゃダメだよケイタ。これは『ゲームではあるけど、遊びじゃないんだ』から。

 それぞれの感覚と個性がモロに出まくるSAOは、いろんな意味で個人差が出過ぎちゃってる。相手に自分の認識を当てはめすぎてると、苦戦するような相手じゃなくても全滅しかねないんだよ?」

「・・・・・・そうかな~? 仲間を守り、そして全プレイヤーを守ろうって意志の強さがあるなら簡単には負けないし、気持ちで負けてないことが一番大切で大事なんじゃないかって、僕は信じてるんだけどな」

 

 うーん。ケイタの言ってることはスッゴく正しくて理想的なんだけど・・・大前提として実力が伴ってないからなぁ~。

 

「じゃあ、ケイタ。仲間を守って全プレイヤーを守り抜くために、『アレ』。気持ちだけでどうにかできる?」

「アレ・・・って、なんのこ・・・と・・・・・・あ、新手だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!! みんな武器を構えて戦闘態勢! 助け合いの気持ちで仲間を守りぬけぇぇぇぇぇっ!!!!」

『HP1桁でどう守れと!?』

「あ、あの・・・私HP回復し終わったし、戦闘に加わろうか・・・?」

「って、サチちゃんが言ってるけど、どうするケイタ~? 彼女の実力だと一方的に嬲り殺されるだけだぞ~?」

「く・・・!! こ、ここは用心棒のユウキ先生におねがいしまーー」

「当然ボクは誰かに死の危険が迫らない限りは加勢しないよ? そういう用心棒契約だからね。ジュースと豪華な食事一回分だけで、おんぶに抱っこを攻略組に頼めると思ったかー」

「・・・・・・・・・・・・ちぃくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!(ToT)

 全員たいきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっく!!!!!!(>ュ<。)ビェェン」

『お、おおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!』

 

 うん、良い判断だね。勝てないと思ったら逃げる。負ける可能性の方が高いと感じたら逃げる。死にそうになったら逃げるのが、本来のRPG的には正しい判断だから。

 

 ーーそう言えば、いつからRPGに「戦士は戦死してなんぼ」って格言が生まれたんだっけ?

 「死に覚え」とか「ゾンビアタック」なんて単語をSAOで実行したら冗談じゃなくて本気で死んじゃうだけなんだけど、なぜか毎日効率のよい狩り場にたむろしまくってる攻略組のお仲間さんたちはやっぱりキリトと同じで「最強バカ」ばっかりなんだろうなぁ~。

 うん、一般的で平均的な正常性を有しているボクが教師で本当によかったね! 月夜の黒猫団のみんな!

 

「と言うわけで、死ぬ気で走れー。一人でも脱落した人は殺されちゃうからねー? がんばって仲間と全プレイヤーを守り抜けー」

『鬼! 悪魔! この、人殺しぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!』

 

 ふっふっふ。何とでも言うがいいみんな。ボクは関わり抜くと決意した相手が死なないためなら、相手に迷惑と思われると分かり切ってることだって普通にやるよ?

 

「そう! これぞまさしく愛だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

『そんな迷惑な愛なんて欲しくねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!』

 

「あは、あはははは・・・あははははは・・・・・・・・・もう、何でもいいや・・・」

 

 

 とまぁ、こんな感じで今日の戦闘訓練は終了です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「攻略組、第28層突破かぁ・・・スゲェなぁ・・・・・・また差が開いちゃったなぁー・・・」

 

 見晴らしのいい丘の上でお昼ご飯をみんな一緒に食べながら、ケイタは不満そうに寝転がって新聞を読んで唸ってる。

 

「なぁ、ユウキ。どうにかしてサチを両手用長槍使いから、盾持ち片手剣士に転向させる方法ってないのかな? たとえばほら・・・神殿いって『騎士の書』とかを差し出せば転職できるジョブシステムとかさ!」

「うん、ない! ある訳ないし聞いたこともない。それに、そんなのあったら《SAO》じゃなくて別タイトルになってるはずだよね?」

 

 てゆーか、混ざってる混ざってる。なんか色々と混ざり合って別世界のナニカになっちゃってるでしょそれ確実に。

 

「はぁ~・・・やっぱダメかぁ・・・今すぐ解決する問題じゃなさそうだしなぁー・・・」

「だね。気長にやってく以外には、どうすることも出来ない問題だからね」

 

 自分で作ってみたハンバーガー(仮)を頬張りながらボクたちは青い空を見上げながら呑気な声で、深刻な話題についての会話を続けていく。

 

「最初に説明したとおり、VR戦闘には馴染める人と馴染めない人との間で物スッゴい格差が生じる。システムアシストがあるから大丈夫と直ぐに割り切れる人たち、最初は手こずるけど慣れたら普通に扱えるようになる人たち、慣れないまでも怖いから死にたくないからって理由で最低限度はこなせるようになる人たち。

 色々なタイプがいるんだけど、意外にも一番多いパターンが『初期状態で習得できる基本の単発技を出していれば勝てるはずのイノシシやオオカミに遅れをとっちゃう』人たちなんだって事実は前線どころか後方にさえ、あんまり伝わっていないんだよね」

「ゲームなのに?」

「ゲームなのに。あるいは、ゲームだから。

 家でテレビを前にゲームしてたときに出来たことだから大丈夫って思って戦いに出たら、リアルで迫力の有りすぎるグラフィックを前にして恐怖にすくんじゃって何もできないまま殺されたプレイヤーの中にはベータテスターが結構多かったって、だいぶ前に知り合いの情報屋さんから聞かされた」

「へぇ、そんなの売る人までいるんだ・・・ならその人に聞けばサチに勇気を与える方法だって・・・!!」

「・・・高かったけどね、情報料。まさか興味半分で聞いた《はじまりの街》の情報だけで5000コルも払わされるなんて思ってもみなかったよ・・・」

「・・・・・・」

 

 勢い込んで立ち上がりかけたケイタが、座り直して新聞を見上げ直す。

 そんなボクたち二人が(たぶん)共有している思い出は、戦闘教官役を引き受けた直後に行った、サチちゃんの致命的すぎる戦闘不適正の実証試験でのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ。せっかく戦闘教官の任を拝命しましたので、今夜はボクがサチちゃんの適正テストを行っちゃいまーす」

『おー!(パチパチパチパチパチ!!)』

 

 溢れんばかりに声援と拍手をエモーションとエフィクトつかって再現してくれるみんな。ノリ良いし、付き合いもいいねキミたちは。

 

「で、でも私ずっと遠くから敵をちくちく突っつく役だったから、いきなり前に出て接近戦やれって言われても怖くてできない・・・」

 

 予想通りと言うべきか、まぁ装備とスキル構成とプレイ時間とを鑑みれば誰にでも分かることなんだけども、サチちゃんは恐る恐ると言った感じのへっぴり腰で片手に剣を構えた見習い剣士感満載のご様子。

 うん、ダメだねこれ絶対に。

 

「さすがのボクでも、今日の今日でいきなり接近戦やれとは言わないよー。それが出来るようになるための最初の訓練なんだから、危険性もなければ誰も怪我なんてしないから、ダイジョブダイジョブだいじょーV!」

「そ、そうなの・・・? だったら平気かな・・・」

 

 ホッと一安心って感じで吐息するサチちゃん。

 

「でも・・・戦わないんだったら、どうして私剣を構えさせられて・・・」

「うん、とりあえずボクは反撃も防御も回避もしないから、サチちゃんはデュエルシステム使ってボクに向かって切りつけてみて。それが出来たらテストは合格、出来なかったら不合格。アンダスタン?」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『はぁっ!?』

 

 

 

 おお、期待以上に盛大で大きな反応だ。やっぱり普通の中堅プレイヤーは可愛いなぁ~。

 ・・・うちのヤンデレ系お母さん美少女剣士や、キチガイ最強バカの真っ黒クロ助にも見習わせてあげてください、お願いします。

 

「ちょ、な、なに言い出すのよユウキ!? そ、そんなこと私にできる訳ないじゃない・・・無理無理、絶対私には無理!」

「そ、そうだぜユウキ。サチは昔っから恐がりなんだ。モンスターはともかく、人間相手に切りつけられる訳なーー」

「でも」

 

 黒猫団の一員でニット帽をかぶった盗賊風の少年が言ってくるのを遮って、ボクは言いたくないし認めたくもないけど、今のボクが追いかけてる現実を教えておく。

 

「敵はモンスターだけじゃないんだ、人間だって襲いかかってきたら当然敵になる。少なくとも敵はこっちを『殺したい敵』として攻撃してくるんだよ。

 最近の最前線だとよくある話なんだ。そんな所に今のキミたちが加わりたいと願っているなら、最低限うごかないで抵抗もしない人間を攻撃できる程度の勇気は必要になる。自分が逃げるためにも、相手を殺さずに無力化するためにもね。

 《剣の世界》ソードアート・オンラインでは、剣一本でどこまでも行けて、どこまでも高見へと上ることができる。仮想空間だから現実世界で無意味な剣の才能が他の何より評価されるし求められるんだ。

 だからーー剣一本さえ振れない人は、生きていくことさえ難しい世界なんだよ?」

 

『ーーーーー!!!!!!』

 

 

 この日ボクは、サチちゃんに対して知らず知らずのうちに酷いことを言ってしまっていた。

 そのことに気づけるのはずっと先のことだし、SAOともVRMMOとも関係ない、語って聞かせる価値すら有るかどうか分からない程度の出来事だけど、この時のサチちゃんの気持ちを考えて思い出すには十分すぎる出来事ではあった。

 

 

 

 夜の帳が降りてきて、第11層の主街区《タフト》にも眠って休む時間が訪れる。

 

 その日からボクはーー年頃の女の子と一緒のベッドで毎晩眠らなくちゃいけなくなる性的拷問を受けさせられる羽目になったのであった・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 自業自得の末路でも、辛いものは辛いんだよー(ToT)

 うわーん、助けてアスナー(>ュ<。)ビェェン

 

つづく



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「ありえたかもしれない、ユウキと黒猫団編2」

「黒猫団と攻略組との間にある差は純粋な数字だ。ステータスとレベルだよ。たかが数字だけで無茶な差が開くのがレベル制のRPGなんだから、それは仕方ない」

 

 風景を見ながらケイタと二人で話しているボクは、キリトから聞かされてる話を思い出しながら彼とは微妙に違う見解についてケイタに語って聞かせてみる。

 

「キリト・・・ボクの友達が言うには最前線にたつ攻略組と、それ以外のプレイヤーとの間にある差は情報力だって言ってた。効率のいい狩り場を独占してるから他の人たちより先に行けるんだって。

 でもボクはーー仮に黒猫団が情報を手に入れたとしても結局彼らに追いつくことは出来ないと思ってるんだよね。理由は分かるかい? ケイタ」

「・・・いいや。少なくとも僕たちは意志力では負けてないつもりだし、仲間を守り、全プレイヤーを守ろうって意志の強さでは彼らにも誰にも負けない。そう言いきれる自信が僕にはある。

 それがあるからこそ僕たちは戦えてるし、ユウキたち攻略組だって意志があるから危険なボス戦にも勝ち続けていられるはずだ。そうだろ?」

 

 ケイタの真っ直ぐな想いにボクは肯定の意味でうなずいて、その直後に否定を込めて首を横に振った。

 

「その考え方はあってるけど、間違ってもいるね」

「・・・??? どういう意味?」

「レベル的には安全マージン内だけど、数匹に囲まれて立て続けに攻撃受けたらイエローゲージに突入しかねないダンジョンを『この場所が、現在知られている中で最も効率の良い経験値稼ぎが可能だから』って理由で人気スポットとして人が集まりまくるのが攻略組だよ?

 ケイタは今の話を聞いて行きたくなる? そのダンジョンに。攻略組に加わるためだけに」

 

 真っ青な顔して首を振りまくるケイタに、ボクは「だよねぇ~」と苦笑い。

 確かにあれをマネるのは普通のプレイヤーには難易度高すぎちゃってムリゲーと言うより、むしろ死にゲーになってるクソ難易度だからなぁー。

 

 

 少し座る姿勢を変えてから、ボクはキリトの悪癖と攻略組のみんなをボクの視点から見た感想を付け加えて推測してみた評価とともに説明していく。

 

「キリト・・・ボクの友達の攻略組プレイヤーの話なんだけどさ。

 彼は自己嫌悪するのが趣味みたいな奴で、自分のやってること全部を悪く評価する悪癖の持ち主だから同輩の攻略組メンバーの似たもの同士プレイヤーにさえ『自分たちが常に最強でいたいだけだ』ってレッテルを貼って悪ぶる子供じみた行為をしがちなんだ。

 だから彼は『最強で居続けるための努力』を過小評価しちゃってるんだよねー。

 普通に考えたら『最強になって攻略目指してゲームクリアでプレイヤー全員帰還』も『皆で仲良く分け合って遅々として進まない攻略ペースで矛盾や誤解や諍いを抱えながらでも最終的にはクリアして帰還』も、どっちだって生きて帰ってこれた人の感謝の気持ちは変わらないんだけどなー」

 

 ボクの長話を聞き終えたケイタは、少し複雑そうな表情を浮かべてる。

 キリトの生き様は、ある意味ケイタの理想型だ。

 『救って勝って帰る』と言う結果を、過程も含めて正しく進もうと努力しているのがキリトで、それを成せるだけの才能と実力があるのもキリトだから。

 ケイタの欲しがってる物を全部持ってるのがキリトなのに、それでいて今のところ報われてない要素の方が強いのもキリトなんだよなー。どう考えてもケイタから見て納得できる状況じゃないのは間違いない。

 

 案外、ケイタだったらキリトの自閉症じみて閉塞感のある、偽悪的な考え方を変えてくれるのかもしれない。

 なんとなく二人並んで仲良くご飯食べてる二人の姿を幻視したボクは、目をこすって幻覚を頭の中から追い払う。

 そしてまた、さっきの話を続ける。

 

「ケイタの守りたいって意志の強さは本物だ。

 でも、それはあくまで『死なせない為には危険を可能な限り減らしたい』っていう、安全マージン第一主義が根幹にあるでしょ?」

 

 うなずくケイタに、ボクは意味もなく指を一本立ててから、

 

「逆に彼ら攻略組は『仲間と自分の命を最強の名と天秤に掛けれる』意志の強さなんだよ。

 危険と結果を鑑みて、リスクよりもメリットの方に天秤が傾けば問答無用で邁進できちゃうタイプの意志の強さが彼らにはある。

 逆なんだよ。全く真逆の方向に黒猫団と攻略組の意志の強さは向いてしまってる。

 だから彼らと同じ条件に立てたとしても黒猫団は彼らと同じ道を選ばないし、選べない。

 一方で彼らは黒猫団と同じ道を選んじゃうと、彼らであり続ける事が出来なくなっちゃう。

 攻略組のキリトが黒猫団を理解しきれないように、たぶん今のケイタたちもキリトたち攻略組を理解しきれていないんだとボクは思うよ」

「・・・・・・」

「目指すのはいいんだ、むしろ大賛成だし全肯定してる。

 でも、目指してる対象が現実のソレとは似ても似つかない夢と希望の塊でしかなかったとしたら、ソレはただの願望だ。自分に都合のいいだけの幻想だよ。

 本気で夢を叶えるために努力するんだったら、まず夢のことをよく調べてから理解して、夢を叶えるためには自分たちに何が足りないのか、何が必要で何が手元にあるのかを本気で考える努力もしないとダメなんだよ。

 仲間を守りたい『意志力』の強さはステータスに表示されないんだし、そう言う形で結果を出してもいいんじゃないのかな?」

「・・・・・・」

「努力するのは良い。がんばるのは最高だ、素直にすごいとも思う。

 でも、努力や頑張りに結果を伴わせるには知識だって必要だし、回り道を必要とするときだってある。一週間でレベルを5上げた代わりに、調子に乗って危険を冒し仲間を一人失っちゃったら割に合わないでしょ?

 『急いては事を仕損じる』も『先手必勝』も使いどころ次第で使い分けるのが一番効率よく安全に強くなって夢を叶える近道なんだってボクは信じてるんだどなー」

 

 

 谷間から見える雲と太陽は今日もきれい。

 ケイタの心に雲が出てるのか、それとも雲が晴れたのか。

 あるいは夜が明ける直前の一番くらい時間帯に差し掛かってるところなのか。

 

 ボクには分からないし、分かる日は多分こないと思うけど。

 でも、出来れば彼ら『月夜の黒猫団』のみんなの夢が叶わなくても、成りたかった彼ら自身に成れるといいのになーって心の底から思えるボクは、今日も幸せいっぱいです。

 

つづく



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「ありえたかもしれない、ユウキと黒猫団編3」

「おおぅ・・・」

 

 《月夜の黒猫団》が拠点としてのホームにしてる宿屋の一室で、ボクは今夜もスパッツとタンクトップ姿で(どっちも色はグレイだよ)ベッドに胡座をかいて呻いてた。

 

 黒猫団の訓練をボクが監督してあげられるのも、残すところわずか。

 比較的順調な男の子たちのレベルアップ具合に問題はない。サチちゃんの盾持ち剣士転向だけは鈍足だけど、想定内だから別に良し。世はすべて事もなし。

 

 ーーだから、問題があるとすれば黒猫団内部にじゃなくて、外から見ているこわ~い人の方。

 

 

 

「そりゃ、帰宅予定を勝手に変更しちゃったボクも悪いとは思うけどさ~。でも、さすがに長文メッセージを1時間に三つはやりすぎだよアスナ・・・」

 

 貯まり貯まったアスナからの長文メッセージの山をスクロールさせながら、ボクはちょっとだけゲンナリしながら虚ろに高い天井を見上げることにした。

 

「知らない天井だ」

 

 しょうもないネタをかます事で不安を体内から追い出したボクは、そろそろ来るはずの彼女を迎え入れるために準備を始めることにした。

 

 現実逃避と嗤わば嗤え。

 ゲームと違って現実には、立ち向かっても勝っても負けても一切合切関係してこないBADENDというものがあるのだよ。

 訪れるのが確定している終わりに関して、ボクは最後の瞬間まで楽しく過ごせるよう努力する道を選ぶタイプなんだい!

 

 

 トントン。

 

 お、来た来た。「入っていーよー」

 

 がちゃ。

 

「ごめんね、ユウキ。今日もやっぱり眠れなくて」

 

 笑顔を浮かべて、でも足先が震えるほど不安に襲われながらサチちゃんは今日もボクの寝室を訪れては一緒のベッドで朝まで過ごす。

 

 そんな彼女の横顔を見ながらボクは思う。

 この子は、少しだけキリトに似ていると。

 

 

 サチちゃんは何でもかんでも抱え込んで溜め込んじゃって、親しくなればなる程に不満や不安を言い出さなくなる、所謂ひとつの『よい子』な性格。

 

 皆から期待されたら応えるために精一杯がんばるのに、頑張りましたから褒めてくださいがお願いできない、本当はとっても努力家な女の子。人に見えないところで色々仲間のためにしてくれてる優しい子。

 

 でもーーそれを誰より分かってほしい仲間たちほど彼女の実力を高く評価し、『おまえならやれば出来る!』を強制されちゃう難しいタイプの女の子でもあるとは思う。

 

 親元を離れて長期入院している子供たちは我慢するのが得意だし、よい子でいるのも得意になる子が結構多い。

 他の子がわがまま言ったりしてると逆に大人しくなって面倒見が良くなるタイプの子は、前世の病院生活では珍しくなかった。

 

 こう言う子は危険だ。我慢して努力することに慣れ過ぎちゃってて、自分がどこまでなら我慢できるか努力できるかを考えてない。出来てしまうから、考えなくなってしまってる。

 他人のことはよく見えてるのに、自分の上限だけは把握できずに限界超えて、壊れてから周りが気づく。そう言うタイプの子と、彼女の特徴は酷似しすぎてる。

 

「ねぇ。今夜は、なんのお話を聞いてみたい? 何でもいいよ? ボクが知ってる範囲で全部教えてあげるから」

「・・・本当に? だったら妖精王オベイロンの話の続きを聞かせてくれる?」

「おっけー♪ この前は途中で寝落ちしちゃったオベイロンの話の続きはねぇ~」

 

 毎晩、毎晩。ボク達はどうでもいい内容を話し合った。そう言うのしか話さなくてすむ様にボクと彼女が意識し合ってたからでもあるんだけども。

 

 彼女のタイプに現実論は無意味だ。

 みんなの分まで不安を代替わりしてでも周りの笑顔を守っている子は、実年齢に関係なく頭がすごく良くて人の気持ちに敏感だ。嘘はすぐに見抜かれるから意味を成せない。

 言わなくても分かっていることを口に出すのは、意味や意義はあるけど効果はあんまりない。そう言うのも求めているけど、それだと一時凌ぎしかしてあげられない。

 

 本格的な問題解決は赤の他人だと無理だから、ボクは彼女にとっての『お母さん』を演じればいい。彼女たちは誰からも頼られてるから、誰にも頼れない。頼れそうな人を見つけたら、却って依存しちゃう。

 

 もう二度と会えない、二度とお礼を言えなくなってしまった二人のお母さんたちが教えてくれた。

 

 子供だからと言う理由だけで無条件に我が子を甘やかしてくれるお母さんは子供にとっては絶対的な存在であり、不安に怯える子供の心には夢で過ごせる時間と、お休み前の寝物語として聞かせてくれるお伽噺がどれだけ助けになっているかをボクは前世と今生、二つの世界で二人のお母さんから教わっている。

 

 だからボクは未熟でも役不足でも、今だけはサチちゃんのお母さんをしてあげる。求められるまま全部してあげちゃう。思いっきり甘えさせてあげるんだ。

 

 だって、期間限定って特別な日のことなんだから。特別な日は、その時しかできないことしないと勿体ないでしょ?

 

 

 

 

 ーーそんなある日のこと。

 晩御飯を食べるため食堂に降りてったら、サチちゃんの姿が宿屋から消えたって、ケイタたちが大騒ぎしてた。病院ではよくあること、よくあること。

 

 と言うわけでボクはセオリー通りに街中でも目立たない場所にある主外区外れの水路に行ってみたら、案の定というかお約束と言うべきなのか、サチちゃんは一人で膝を抱えたままうずくまっていたから、思わず吹き出しちゃったよ。

 意外すぎる反応だったのか、少し驚いた後でサチちゃんがもの凄く不機嫌になっちゃったけど、これは仕方ない。

 

 だってーーあんまりにもボクと同じ事やって、同じ場所で同じポーズでうずくまってる黒歴史持ちなんだもん。そりゃ吹き出すよ。

 

「ゴメンゴメン、あやまる、あやまりますゴメンナサイ。

 ーーところで疲れちゃったから、ここ座ってもいいかな? いいよね? 座るよ? よっこいしょっと」

「ぜんぜん反省した様子がない! それから最後のおじさん臭い!」

 

 前世と今生トータルするとギリギリ三十路ですから~。

 

「もう! ユウキはまったく!ユウキはまったく!」

 

 有無をいわさず了解も得ずに側まで近づいて座ったボクを、彼女はイヤがることなく不平と不満だけをブツブツこぼしながら受け入れてくれた。

 

 まぁ、これも良くあることなんだけど、いろいろ溜め込んじゃってる子は全部吐き出させてからの方が話しやすいし受け入れやすくなる事をボクは実体験して知っている。ボクがしてあげた経験と、ボクがしてもらった経験の双方が身を持って教えてくれている。

 心の負担はアインクラッドに存在している最上級の毒系バッドステータスよりも強力な世界最凶の猛毒だ。そんなのを体内に残したままじゃ会話にならない。毒の緩和は毒治療の基本だよ。

 

 

 

 言いたいこと言って落ち着いたのか、さっきまでとは打って変わって一言もしゃべらないまま黙りこくっちゃったサチちゃんだけど、やがてポツポツと小声でボクに話しかけてくる。

 ーーいや、違うか。ボクにじゃなくて、彼女は彼女自身の不安にに話しかけてるんだろうな。

 人と向き合うのに慣れていてても、人の中で生きる自分が望んでたのと違う気がする自分自身とはなかなか話す機会がないからね。こう言うときには都合がいいのかな?

 

「・・・・・・ユウキ。どうしてこんなとこが判ったの?」

「サチちゃんが今、みんなには内緒で行くとしたらここだと思ってた。だから下見は前に済ませてあったし、トラップもどきで居場所も特定しやすくしてある。思ってたより、ずっと簡単だったよ?」

 

 またしても驚いた顔を見せるサチちゃん。今までの取って付けたように弱気な表情を、今日は一度も見せてない。良いことだと思う。だって、この子は周りに合わせすぎてる自分に気づいてないから。

 人に合わせることは大切だけど、自分の意見を言うのは悪いことだ我が侭だって思い込むのは、間違いなく悪いことだ。自分で言わないようにするのと、言っちゃダメだから言わないって言うのの間には海よりも深くて山よりも高い断崖絶壁がある。

 我慢するのは良いけど、我慢させられるのを我慢してちゃダメだよ絶対に。

 

「・・・ねぇ、ユウキ。私が今あなたに一緒にどっか逃げようって言ったらどうする?」

 

 一分か二分ぐらい経ってから、サチちゃんは消え入りそうな声でボクにそう尋ねてきた。

 でも、ゴメンね。

 その質問に対する答えをボクは生まれたときからーーううん、生まれ変わったあの瞬間に決めちゃってるんだ。だから何度同じ質問をされても即答で同じ答えしか返せないんだよ。本当にゴメン。

 

「サチが逃げられるまではボクが守り抜く。黒猫団のみんなが追ってきたら返り討ちにして追い返すし、モンスターにだって絶対負けないし殺させない。

 安全に暮らせる場所まで逃げ延びてから小さな家を買ってサチにあげて、それからボクは前線に戻ってアインクラッドを攻略する。誰にもボクの目に映る範囲の人たちを死なせたりなんかしない。みんなを守り抜くためなら、ボクは誰だって敵に回して守り抜くために剣を振るう。ボクにはサチ一人を守り抜く剣にはなれないんだ。ゴメンね」

 

 しばらく沈黙してからサチちゃんは小さく笑って、でも涙を流してて。

 

「・・・・・・うん。なんとなく、そう答えるんじゃないかなって気がしてた」

 

 そんな泣き笑いのちぐはぐな表情でボクを真っ直ぐ見つめてくるから困ってしまった。

 弱った。こう言うときに即興で答えられるほど、ボクは対人経験ないんだった。普段はなにも考えずに、貫くと決めた道を信じて貫いてるだけだもんなぁ~。言いたいこと言ってるだけの人間に気遣いとかはすごく難しい。

 ・・・・・・これ、割と本気でどうすればいいのかな・・・? えっと、ギャルゲー知識ギャルゲー知識を脳内検索しはじめてっと・・・。

 

「私ね、臆病なんだ」

 

 ギャルゲーち・・・ん? 今なんて言ってた? もしかして「臆病」とか言ってなかったかな?

 そんなバカなことはないと思うけど、ボクは検索を中断してサチちゃんの話に聞き入ることにした。ひょっとしたらこれが突破口になるかもしれない。そう思ったから。

 

「・・・私、死ぬの怖い。怖くて、この頃あんまり眠れないの。このゲームに閉じこめられてからずっと怖くて仕方ない。

 こんなに怖いんだったら、いっそ死んじゃいたいって思うこともあるけど、それもできない。死ぬ勇気があるなら、こんな街の圏内に隠れてないもんね」

 

 ・・・話を聞いていくうちに、ボクは今日までのバカな自分を殴り飛ばしたくなってきた。

 傲慢で自信過剰で自意識過剰で前世知識があるから自分は何でも分かっているとでも思っていたのか、この似非転生野郎めが!って、怒鳴り散らしながら自分自身を傷つけられたらどんなに気が楽になっただろうと思うけど、それは今この場で贖罪を済ませてからだ。

 彼女を知らずに見下していた自分自身の罪を終わらせてからじゃなければ罰なんか受けれられない。罪を罪として白日のーー月の光の下に照らし出さなきゃいけない。自分を罰するためには、自分が加害者だと認識した事実を被害者に直接本人の口から伝えなくちゃいけない。

 それが罰の入り口ではじまり。それを通らないと罰も裁きも自己満足で終わっちゃうから。

 

 ーー自己嫌悪に没頭してたせいなのかな? 次にサチちゃんがなにを言うのか予想できてたはずなのに、思わず意表を突かれてボクは愕然とさせられることになる。

 

 彼女は怯えながら、自分の身体を抱きしめながら、ぽつりと呟いた。

 

「ねぇ、何でこんなことになっちゃったの? なんでゲームから出られないの? なんでゲームなのに、ほんとに死ななきゃならないの? あの茅場って人は、こんなことして、何の得があるの? こんなことに、何の意味があるの・・・・・・?」

 

 ーーああ、そう言うことだったのか。

 ボクは、ようやく納得できたおかげなのか、奇妙な安心感に包まれてヘタリ込んでしまってた。茅場晶彦がデスゲームを作った気持ちが今、ようやく分かったんだ。

 

 ボクは彼女をーーサチちゃんを見る。

 死に怯えながら毎日を過ごしていて、それでも笑って、泣いて、必死にこのアインクラッドを生きているプレイヤー。

 《SAO》をゲームオーバーになったら死ぬだけのゲームとしてじゃなくて、本当に死が身近にある剣と冒険の世界《アインクラッド》で冒険者をして何とか日々を生きてる《アインクラッド》の住人たち。

 プログラムされた内容を実行に移すだけのNPCとは違って、デスゲームとしての《SAO》をリアルと同じ自分が生きてる世界と認識して生きている彼女のようなプレイヤーこそがアインクラッドで生きてる本当の住人たちであり、茅場晶彦が剣と冒険の世界を作るためには絶対に必要だと感じた人たちなんだと理解できた。

 

 考えてみれば当たり前のことだった。

 勇者が巨大な鉄の城に閉じこめられて、頂上にある魔王の城まで辿りつき、魔王を倒して世界を救い現実世界に帰還する。

 それだけが見たいんだったらMMOである必要性が全くない。ふつうのオフラインRPGで充分だ。実際にSAOが出来るまでVRはそう言うゲーム機だったんだから。

 

 でも、彼はSAOを作った。SAOじゃないとダメだったからだ。そうしないと彼が見たがっていた『私の世界』を観賞することができないから。

 

 SAOはたぶん、キリトのような選ばれし者がクリアすること前提で創られたゲームなんだと思う。勇者が魔王を倒して閉じこめられてる人たちすべてを救出する王道展開こそ、彼がナーブギアを創るために半生を費やしてまで見たいと切望していた世界なんだとボクは思う。

 

 だからこそ、勇者の周囲で彼を支える人たちは、彼に色々な事を教えてくれる、『この世界の住人たち』じゃないとダメだったんだ!

 

 

「・・・・・・・・・すごいなぁ、サチは」

「・・・え?」

 

 何の前触れもなく褒められて、サチちゃんは目をパチクリしてた。そりゃそうなるよね。ボクだってそうなるだろうし、キリトだったら思いっきり慌てそう。相手がサチちゃんみたいなか弱い系正統派美少女だったら尚の事だ。

 

「死ぬほど怖いのに、死んじゃいたいと思うほど怖いのに、自分で死んじゃうことすら出来ないくらい怖いのに、毎日毎日眠れなくなるくらい、怖くて怖くて仕方がないのに、でも君はここにいる。ここまで来てるし、来れている。

 死にたくない怖い、現実に帰りたいけど帰れない、こんな世界はイヤだ早く帰りたい帰してよって、心の底からずっと絶叫し続けてたのに、その事を知っているのは今初めて聞いたボクがこの世界で最初の人間だったなんて、サチちゃんの勇気レベルがカンストしてない?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 考えてもいないことだったらしくて、サチちゃんはしばらくフリーズしたように動きを止めちゃった。一分経って二分経って三分経って四分経ってーーって、これもしかして処理落ちしてない? いくら何でも長すぎるような気がーー

 

「・・・そ、そんなことないよ? うん、ぜんぜんない全くない。突然なにを言い出すのかなー、ユウキったら~あはははは」

 

 うわぁ・・・わっかりやす。

 

「え、えっとね。なんて説明したらいいのかな・・・。そう! この間ね、長い間仲良くしてた他のギルドの友達が死んじゃったんだ。私と同じくらい恐がりで、ぜんぜん安全なはずの場所でシカ狩りをしなかった子なんだけど、それでも運悪く一人の時にモンスターに襲われて、死んじゃったの」

「うん」

 

 ボクは相づちだけ打っておく。ここは彼女の思いをすべて聞くことが出来る最重要イベントで、彼女の『心を弱い女の子で、戦いには向かない』と見下していた自覚の乏しい強者の側に属するボクの驕りを叩き潰す絶好の機会でもあった。

 ありがたくご教授させてもらいます!サチ先生!

 

「それから、私すごくいろいろ考えて、それで思ったの。この世界でずーっと生きていくためには、どんなに周りの仲間が強くても、本人に生きようっていう意志が、絶対に生き残るんだって気持ちがなければダメなんだって」

「うんうん、なるほど。それでそれで?」

「私ね、ほんとうのこと言うと、最初にフィールドに出たときからずっと怖かったの。はじまりの街から出たくなかった。黒猫団のみんなと現実でもずっと仲良しだったし、、一緒にいるのは楽しかったけど、でも狩りに出るのはいやだった。そんな気持ちで戦ってたら、やっぱりいつか死んじゃうよね。それは、誰のせいでもない、私本人の問題なんだから」

「うんうん」

「私はユウキが強いのを知って嬉しかった。それを知ってから、君の隣でなら、怖がらずに眠ることができるようになったの。それに、もしかしたら、私と一緒にいることが、君にとっても必要なことなのかもって思えたことも、すごく嬉しかった。なら、私みたいな恐がりが、ムリして上の層に登ってきた意味もあったことになるよね?」

「うんうん、そうだね」

「えっと・・・えっとね、つまり私がなにを言いたいかというと、もし私が死んでも、ユウキはがんばって生きてね、ってことです。生きて、この世界の最後を見届けて、この世界が生まれた意味、私みたいな弱虫がここに来ちゃった意味、そして君と私が出会った意味を見つけてください。それだけが、私の願いです。

 ・・・なんか、途中から脱線しちゃってごめんなさい」

「あはははは、ぜんぜんヘーキ、だいじょーV!」

 

 明るく軽く受け流してから、ボクは少しだけ真剣味を加えた表情で彼女の目を真っ直ぐ見つめて、ストレートにボクの思いを嘘偽りなく告げる。

 卑怯な言葉だと自覚してるけど、言わずにいるのは言いたい気持ちに嘘ついてるからボクにとっては同じ事。

 同じ傷つけるなら自覚のない嘘でつけるより、傷つけちゃう覚悟を持って言った方が何倍も良い。それがボクの信念だから。

 

「でも、ゴメン。今の話聞いてからだと、それはムリです。

 サチちゃんがボクのために、みんなのために怖いの無理して我慢し続けて生きてきたのに死んじゃいましたから私のことは忘れて頑張って生きてくださいは無理です。不可能です。ボクはサチちゃんほど勇気に満ちあふれた精神持ってないんです、ただ剣の才能が君よりあるだけなんです」

「ーーーー!!!!」

「だから、ごめんなさい。生きてください。死なないで、生き抜いてください。

 怖いの我慢してここまで来たんだよ、みんなが気づいてないだけで本当は怖かったんだよ辛かったんだよって、黒猫団のみんなに打ち明けて、不満と不平と文句の暴風雨をみんなにぶつけまくって黒猫団に方針転換強制してでも生き延びてください」

「そんな・・・でも!」

「ーーて言うか、生き延びてもらいます。断った場合は今聞いた内容を録音していたメッセージ録音クリスタルを彼らにクリスマスプレゼントさせていただきますので覚悟の程を。

 ちょっとだけ早い、Merry Christmas!」

「黒サンタだ!真っ黒黒な黒サンタだよ! ぜんぜん幸せを運んできてないじゃないの! そんなサンタクロースは今がクリスマスじゃなくても来てほしくないよ!」

「ふはははははーー! なにを言っているのかなサチくん! サンタクロースは良い子にプレゼントを贈る存在だよ! もらった本人がプレゼントで幸せになるかならないかは貰った人の意志と努力で決まるもの!

 いきなり煙突から侵入してきてMerry Christmas!って叫んで、何が入ってるかも分からない箱を押しつけて逃げてく不法侵入の常習犯に良識なんか期待するだけ無駄なのさー!」

 

 そして何よりボクのアバター《ユウキ》のイメージカラーは紫! 黒に近い色だよ! 少なくとも赤じゃないし青でもない! よい意味合いでのサンタクロースなんかとはほど遠い! 一番近いサンタクロースさんはサンタ・オルタさんだ!

 

 

 

 喧々囂々。ワイワイ、ガヤガヤ。

 《アインクラッド》って言う、剣と冒険の世界の片隅にある小さな街の水路の端っこの方でボク達二人は愛でも何でもない、しょうもないおしゃべりをして時を過ごす。

 やがて迷宮区を探し終わって帰ってきたらボクも消えてて戻ってないからと町中探し回ってた黒猫団のヤローどもも駆けつけてきて、みんなでワイワイガヤガヤして一晩過ごして朝起きたらその場で地面に横たわってました。周囲に散乱している空き瓶が微妙にイヤでした。

 

 それからボクがやった事なんてなにもない。

 黒猫団のみんなはサチちゃんの気持ちに気づかなくてゴメンと謝って、土下座までして大いに慌てさせまくって、でもみんなサチちゃんに片手剣士に転職してほしかったのは恐がりな彼女に危なっかしさを感じてからで、『みんなで頑張って生きて帰ろうぜ』な、防御力重視の『いのちだいじに』方針だったことを説明してサチちゃんからもゴメンナサイ。

 

 ギルド全体で誤解があったのに気を使いあってお見合いしてた事実に気づいてバッカみてぇな王道展開に。

 ご都合主義だけど、現実なんてこんなもの。口で言っていれば問題ない程度のことでも、知らないままだと全滅の危機すら内包しちゃうのが人間関係。

 知っているか知らないかで全てが決まるのは、ゲームもリアルも変わらないし変えられない現実なんだとボクは思ってる。

 

 だから正しい情報を手に入れた今、ボクが黒猫団にもたらせる物は何もない。ここからは彼らの物語で、彼らの旅だ。部外者はときどき立ち寄らせてもらって仲間たちとの友情を確かめあえればそれで良い。

 

 もし、ボクが彼らのためにまだ出来ることがあるとしたら、それはいつか必ず訪れる彼らの旅が終わる瞬間に、彼らが誰一人欠けることなく笑顔で迎えられ得るよう神様に祈っておくぐらいかな?

 

 効果あるかないか分からないのが、神頼み。

 御利益あるか分からないなら、あると信じて祈っておく。

 やらないよりかはマシだと思ってやっておけば、いざというとき信じて生き延びられるかもしれないから。

 お守りは、出たとこ勝負の人生に挑んで勝つための精神力を補正してくれる補助装備。

 

 そう言うもんだと信じるボクは、後顧の憂いなく宿屋の扉を開けて外に出てーー

 

 

 

「へぇ~・・・。帰ってくると言いながら帰ってくる気配がなくて、一週間近く家出していたドラ娘がさわやか笑顔で朝帰りするんだ、そうなんだ。

 ねぇ、ユウキ。なにか言い残したことはあるかしら? 聞くだけ聞いてあげるから言ってみなさい。

 言うだけなら、聞くだけならリスクも危険も存在しないわよ?」

 

 バタンッ!!!

 

「助けて、みんな! 今こそ月夜の黒猫団が一致団結して仲間を守るときーー」

『いや、ゴメン。無理です不可能です諦めてください守り切れません。今まで相手にしてきたモンスターのどれよりも死の恐怖を実感させられましたので。

 やっぱり前線組のユウキに僕たち(私たち)が関わる資格なんてなかったんです。だから頑張って生き延びて! グッドラック!!』

「う、裏切り者ーーーーー!!!!」

 

 裏切ったな! ボクの気持ちを裏切ったな! さんざんレベルアップに利用したあげく用済みになった途端にポイしたな! この恨みは忘れないぞーーーーーっ!!!

 

「いいから来なさい。帰ってお説教の時間です。今日は人前に出れなくなる事を覚悟しておきなさい」

「なに!? なにされるのボク!? 今日一日人前に出れなくなるお説教って、どんなお説教!? むしろそれって、お仕置きって言わないかな!?」

 

 ズルズル、ズルズルと襟首つかんで引き摺られながらもボクらは家路につく。

 

 

 

 ボクにとって三人目のお母さんは優しく手厳しくてキッツいお仕置きしてくるけれど、今までで唯一ボクの側に居続けてる人。居続けてくれてる人。ボクを置いて先に逝ったりはしない人。

 絶対に守りたい人で、絶対に守り抜かなくちゃいけない人。最期を迎えるときに見送られたい人でもあって、旅を終えた後にはもう一度会いたくなって化けて出ちゃいそうな人でもある女の子で、他の誰より長生きしてほしくって、ボクが死んだ後も元気に長生きしていてほしいと心から思う気持ちに嘘なんて欠片もない。

 

 けど。

 だけど。

 本音を言っちゃっても構わないなら。

 

 いつまでもいつまでも長生きして、ボクの隣にいてほしい。

 サチちゃんやキリト、みんなと一緒にどこまでもどこまでも旅をしていきたい。

 旅するときにはいつも隣で笑ってくれて、悪いことしちゃった時には怒ってほしいし叱ってほしい。

 

 デスゲームの中でこんな願いを抱いちゃうボクは、ひょっとしてサチちゃんよりも、他のどんな悪徳プレイヤーよりも我が侭で自分勝手だったりするのかな?

 

 

つづく



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「ありえたかもしれない、ユウキとシリカ編1」

久しぶりの更新となります。お待たせしちゃって申し訳ございませんでした。

今回のは久しぶりであることと、前回ので些か不手際だったなと反省しすぎたためか割かしシリアスなつくりになってます。次話でハッチャケたいものです


 正直に白状して、あたしは自分をそこそこ可愛い方だと思っている。

 同い年の子たちの中では頭ひとつは無理でも、半分くらいは上をいっているんじゃないかと思っていたし、それなりに努力もしてきたつもりでいる。

 お母さんがお化粧してるのを横から見ていて、見よう見真似で再現しようとしたことだってあるし、クラスの子の中では数少ない自分のおこづかいでファッション雑誌を購読している小学生だったくらいだし。

 

 だからSAOが本当に人が死ぬデスゲームになったときには途方に暮れてしまったし、そこに付け込んで何人かの男の人たちが誘いの言葉をかけてきたのを覚えてる。

 その時に彼らが浮かべていた顔が、今でも忘れられずに残ってる。

 忘れたいし思いだそうとすると気持ち悪くなっちゃうけど、それでも記憶にこびりついて忘れられずに残っちゃってる。

 

 だからなんだと思う。あたしが男の人たちよりも、女の人たちよりもAIプログラムで動く、人の言葉をしゃべれないし理解もできない《使い魔》のピナに心を許して依存する様になっていったのは。

 

 欲望がないから裏切らない。下心がないから襲われない。

 悪い言い方をしちゃうなら『都合がいいから』。

 良い言い方に逃げちゃうなら『人じゃなくても友達だから』。

 

 本当はどちらなのかあたし自身が決めかねていて、判断できないままズルズルと依存し続けてきちゃったから。

 だから今、目の前でピナが消えていったのは私のせいだ。あたしがピナのことを本当に心の底から友達だと思っているんだって自覚できたのが、今この瞬間だったから。

 ぜんぶ遅すぎたから。手遅れだったから。なにもかも零れ落ちていって、手の平の上にはなにも残らなくなって始めて大切な友達“だったんだ”って理解できるダメな女の子な私だったから・・・。

 

 だから、一生のお願いです神様。あたしからピナを取り上げないでください。

 これからは良い子になります、二度と自惚れたり思い上がったりなんかしませんからどうか、どうかお願いですからピナを、ピナを連れて行かないでください・・・。

 

 

「お願いだよ・・・あたしを独りにしないでよ・・・ピナ・・・・・・」

 

 手の平からピナが消え去って、水色の羽根が一枚だけ残った手元を見下ろしながら嗚咽する、一人きりになったあたし。

 《アインクラッド》と言う名前の現実とは違う、現実じゃない世界で現実の自信とプライドを持ち込んじゃったあたしが当然の報いを受けて独りぼっちになってしまったのは仕方ないことだけど。

 でも、神様。それならどうしてあたしじゃなくてピナを連れて行ったんですか・・・? どうしてあたしを罰してくれなかったんですか? どうしてあたしが! ピナが! 

 どうしてどうしてどうして・・・・・・!!!!!

 

 

 

「ん~と、まずはこれかな。《シルバースレッド・アーマー》、他にも《イーボン・ダガー》と《タリスマン》と後それから、これとこれとこれと~」

 

「・・・・・・・・・」

 

 悲しみに沈みゆくあたしの前に次々と映し出されて行くのはアイテム欄のトレードウインドウだ。ひとつ移し終えたら直ぐにも次のをトレードしていって(正しくは譲渡だ。だって、あたしからは何ひとつ渡していないから)先の戦闘でそこそこ余裕ができちゃってたはずのアイテム欄がものすごい速さで埋め尽くされて・・・って、ちょっと!

 多い!多いです!多すぎます! て言うかこの人、いった幾らあたしに注ぎ込むつもりなんですか!?

 

「あの・・・」

「ん~、これだけじゃちょっと不安が残るかな? 上位ポーションもひとつぐらいはストックしとかないとだしね~」

「あの・・・その・・・」

「あ! あとこれ! これがないとダンジョン探索は危険すぎるよね! 《全快結晶》!

 偶然ドロップした、即座にHPを100パーセント回復するアイテムらしいけど使いどころが難しくて困ってたところだし、せっかくだから君にトレーディング!」

「女の子に貢ぐアイテムのグレードが高すぎますよ!?」

 

 マズい。この人なんだか、すっごくマズい気がしてきちゃった! 人が良さそうって言うよりかはネジが一本か二本どこかに飛んでっちゃってるレベルでお人好しすぎてる!

 

「あ、あの! 助けてもらったのは非常にありがたかったんですけども! さすがにそこまでして頂く理由はないって言うか、アイテムだけもらってもピナは生き返らせられないって言いますか・・・」

「え? でも、その羽根が残ってるってことはアイテム名に『心』が付いてる心アイテムなんだよね? だったら死んでから三日以内にたどり着いて蘇生アイテムの花を咲かせれば生き返らせれるよ?」

 

 驚いてうろたえすぎたあまり助けてくれた相手に失礼なことを言っちゃったあたしだけど、ピナが倒される直前に助けに入ってきてくれた黒づくめのその人は特に気にした様子もないまま普通にとぼけた口調で答えてくれて、その内容にあたしは再び驚愕させられる。

 

「え!? そうなんですか!?」

「うん、最近わかったこと事らしいけど知ってる人は知ってます。でも、四十七層にある高レベルなフィールドダンジョンだから君一人じゃ無理。

 で、ボクが送り迎えと道案内を担当するから、君にはその間に生き残っていてもらうため一応の高性能装備を渡してるわけ。分かってもらえたかな?」

 

 可愛く小首を傾げてみせるその人は、あたしと同い年ぐらいの少女に見える。

 装備は動きやすさを重視してなのか重い鎧は身につけずに、黒色にも見える裾の長い紫色のドレスみたいな服を身にまとっていて、獲物はたぶん片手長剣一本だけだ。

 見たところ珍しいオーダーメイド品でもドロップアイテムでもなくて、そこいらの武器屋さんで売ってる普通のノーマルアイテムだと思う。

 

 ・・・間違っても前線になんて出ちゃいけない低レベル装備しか身につけてないのに、あたしにくれたアイテム類はぜんぶが見たことも聞いたこともない超一級品と思しき業物ぞろい。

 これで怪しまずに信じる人がいたら正真正銘のアレな人だと、あたしでさえ断定してしまうレベルで怪しすぎる・・・。

 

「なんで・・・そこまでしてくれるんですか・・・?」

 

 正直、警戒心より先に怖さを感じていた。

 ゲーム初日に感じた恐怖がぶり返してきて、ここ一年くらいでようやく見なくなってきた悪夢がフラッシュバックして思い出しそうになって、あたしは思わず吐き出しそうな思いに襲われ口に手を当て押さえ込みながらーー

 

 

 

「え? 死んだ友達を蘇らせれるのに、協力しない人なんているの?」

 

 

 ーーあたしは思わず相手の顔を見直してしまった。

 吐き気なんて一瞬のうちにどこか遠くのお空の彼方まで飛んで行ってしまったんじゃないかと思うくらいにどうでもよくなっていて、「甘い話にはウラがある」が当たり前の《アインクラッド》では聞くはずのない言葉を聞いて今までで一番あわててテンパってしまっていたからだ。

 

「・・・・・・は?」

「ん? 変な顔して、どうかしたの? ボク、なにか変なこと言った?」

「変というか・・・変としか言いようがないと言いますか・・・」

「ヒドい!? 久しぶりにボクやる気だしてたのにヒドすぎる!」

 

 本気でショックを受けたらしく、大きく表情を崩して泣きそうな顔をするその人。

 ここまで感情豊かで素直に表に出す人もクラスにはいたなぁ~って、なんとなく懐かしくなってきたあたしはクスクスと笑い出してしまう。

 

 それを見てその人は「ううぅ・・・まじめに言ってるのに~・・・」と、恨みがましい声で言った後、少しだけ居住まいを正してから。

 

「ーーでも、これは本当のことなんだよ? この世界で・・・ゲームオーバーが本当の死に直結してるデスゲームにおいて、死んでも生き返らせれる友達は何をおいても生き返らせなくちゃいけない最優先事項なんだ。これに勝る物なんてないんだよ。

 お金がかかるから、元手が帰ってこないからなんて理由で見捨ててしまって良い問題じゃないんだよ、絶対に」

「ーーー!!!」

 

 まっすぐ見つめてきた赤い瞳を前にして、あたしは狼狽えたように一歩二歩と後ずさる。たぶん、怖じ気付いたんだと思う。

 その人の『生きる』という事への拘りに。愛着とも執着とも言えない、なんだか上手く言葉にできない『死生観』。それの凄みに子供のあたしは怖じ気付いて怯えきってしまっていたんだと思うけど、その人が凄みを利かせてたのは一瞬だけで直ぐ様もとの緩んだ笑顔に戻ると「ニパっ」と笑い

 

「それじゃあ、今日はもう遅いから一旦ホームタウンに戻ろっか。月のでる夜には痴漢に要注意~♪」

 

 終始ニコヤカな態度であたしを先導しながらフリーベンの街へと戻る。

 正体不明で目的も不明で信じていいのかどうかも分からない不思議な感じの女の人は、前を行きながらあたしの方を振り返って「あ、そうだった」と何かを思い出したように声をかけてきて

 

 

「思い出してみたら、自己紹介がまだだったよね。ボクはユウキ。見てのとおりのソードマンで、ぼっち可愛い美少女だよ!」

「ぷっ!」

 

 ぼ、ぼっち可愛い・・・あまりにも斬新すぎる自画自賛の言葉にあたしは思わず吹き出してしまって、一瞬だけとは言えピナを失った悲しみを完全に忘れて笑い出しそうになるのを堪えるのに必死だった。

 

「は、はじまして・・・ぷぷ・・・わ、私の名前はシリカと言いま・・・ぷぷぷ・・・すぅ・・・ぷぷ」

「あはははっ! さすがにそこまで笑ってもらえるとは思ってなかったなぁ! あんまりにも予想外すぎる効果に・・・ちょっとだけだけど傷ついちゃった・・・」

 

 シュンとなって、本当に少しだけ落ち込んで少しだけいじけたような歩調で歩みを再会したその人の背中におかしさを誘われて、あたしは街に着くまでの間ずっと笑い続けていた。

 

 後から考えれば、それはあたしが精神的にいっぱいいっぱいだったからこそ面白く感じて我慢できなくなっただけで、実際には大した事を言っていた訳じゃなかったんだって分かるけど、その時のあたしには何も分からなくてただただ面白くて笑っていて笑い続けていて救われたことにさえ気が付かないほど楽しかったんだと思う。

 

 それがあたし、アインクラッドでは珍しい《ビーストテイマー》のシリカと、攻略組一の変人と名高い名物プレイヤー・ユウキさんとの出会いだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 あたしがホームタウンにしているのは、第八層にあるフリーベンの街。

 宿屋にいるNPCコックが作るチーズケーキがかなり気に入ったのでダンジョン探索をはじめた二週間前から逗留し続けている静かな街だ。

 

 その宿屋に入ろうとした時、隣に建つ道具屋さんからぞろぞろと四、五人のプレイヤーが出てきて内一人の女性があたしに話しかけてきた。

 

「・・・・・・!」

「あら、シリカじゃない」

「・・・・・・どうも」

「へぇーえ、森から出てきたんだ。よかったわね」

 

 真っ赤な髪を派手にカールさせた、確かロザリアと言ったその女性プレイヤーは、口の端を歪めるように笑うと言った。

 

「でも、今更帰ってきても遅いわよ。ついさっきアイテムの分配は終わっちゃったわ」

「要らないって言ったはずです! ーー急ぎますから」

 

 会話を切り上げて逃げ出そうとしたあたしだけど、ロザリアさんはまだあたしを解放する気はないらしい。いつもは肩に停まっているピナがいないことに気付いたのか、嫌な笑いを浮かべて見せる。

 

「あら? あのトカゲ、どうしちゃったの? ーーもしかしてぇ・・・・・・?」

 

 あたしは彼女の悪意たっぷりな笑いに真っ正面から挑むように睨み返すと、

 

「死にました・・・でも! ピナは絶対に生き返らせます!」

 

 ロザリアさんはあたしの言葉に目を見開いて、小さく口笛を吹く。

 

「へぇ、てことは《思い出の丘》に行く気なんだ。でも、あんたのレベルで攻略できるの? それとも横にいる新しいお友達の手でも借りるつもりなのかしら? 見たトコそんな強そうにはみえないけどぉ?」

 

 あたしだけじゃなくてユウキさんにまで悪意の巻き添えにしようとするロザリアさんに、悔しさのあまり体を震わせていると「あのさぁ」とユウキさんが頭をポリポリかきながら困ったような表情でロザリアさんに声をかけるのが見えた。

 

 なんだか、言いにくそうな事を言って言いのかどうか迷っている風にも見えるんだけど・・・いったい何を言う気なんだろう・・・?

 

 

「なによ? あんたもその子にたらし込まれた口? あの可愛くて小さなオクチだと入るモノにも限度があるわよ~?」

「うん・・・なんて言うか、言って良いのかどうかも分からないんだけどさ・・・」

 

 口ごもりながら躊躇いながら、最後の最後には観念したのか溜息を一つ吐いて肩を軽く竦めてから。

 

「さっきの口笛吹いてみせる仕草の後で、年下の可愛い女の子を口汚く罵るのはやめた方がいいと思うよ? ・・・はっきり言って年増が嫉妬してる見苦しい光景にしか見えなかったから」

「!!!!!!!!!」

 

 

 ーー舞い降りる沈黙。

 

 ・・・って、ユウキさん!? なんで言っちゃいけない言葉を言ってしまってるんですか!? このままだとーー

 

 

 

「お、落ち着いてくださいロザリアさん! ここは圏内!圏内エリアだから! 槍で刺そうとしても相手は殺せませんって・・・だ、誰かー! 人を呼んできてくれ・・・増援を!至急増援を要請する!

 このままだと町中でモンスター鬼婆が出現しそうになってるぞー!」

 

「くけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!」

 

 やっぱりーーーーーーーーっ!!!!!!

 

 

 

「に、逃げましょうユウキさん! 今すぐに全力逃走です!」

「わかったよシリカちゃん! アラホラサッサの要領でズラかればいいんだね!?」

「そう言う要らない知識が元で起きた騒動なんだと自覚してくださーっい!」

 

 

 あたしの叫び声を置き去りにして、あたしとユウキさんは宿屋とは正反対の方角へ逃げ出した後でほとぼりが冷めてから戻ってきてチェックインする。

 

 

 

 

 

 ーーその結果。

 

「ものすっっっっっごく怖かったんですからね!」

「・・・・・・面目次第もございません」

 

 なぜか恩人にケーキを奢らせてしまっているあたしです。・・・なんでこうなるんだろう?

 

「久々にテンションあがって調子に乗りすぎてました。この通りです許してください、反省してますから平に平にご容赦を・・・・・・」

 

 机に額を擦り付けるようにして頭を下げまくりなユウキさん。なんだかスゴく慣れた仕草というか、熟練度を感じさせる慣れ親しんだ雰囲気が不思議に思います。

 《謝る》なんて名前のスキル、あったかな・・・?

 

「・・・もういいですよ。この《ルビー・イコール》でしたか? 奢ってもらった飲み物も美味しいですし」

「ああ、それなら良かった。ホッとしたよ。女の子を泣かせちゃダメだって、いつも言いつけられているからね」

 

 胸に手を当てて、ほうっと息を付きながら心底ホッとしている事をジェスチャーも交えて表現してくれる。その仕草は芝居がかってはいるけれど、なんだかとってもホンワカさせられる暖かみに満ちていて思わず笑顔を浮かべながらあたしはユウキさんがアイテムボックスから取り出してくれたホットワインにも似た味わいの飲み物を口に含む。

 

 

「ちなみにその《ルビー・イコール》、カップ一杯で敏捷力の最大値が1上がる高級品なんだよね」

「だからなんでそう言う大事なことを、後から教えてくれたりするんですか!?」

 

 奢ってもらった額が割に合なすぎてます! 出費と経費が破綻しまくりですよ! 大丈夫ですか!? 大丈夫なんですか!? ホントの本当に生活の方はしていけてるのかスゴく心配なんですけども!?

 

 あたしの心配をよそにユウキさんは「あははは!」と朗らかに笑いながらルビー・イコールをガブ飲みしている。

 ああ、もう!こうなったら自棄です! 一度注いでしまった以上は最後まで飲み干します! 勿体ないですからね!

 

 

 始まった直後から(変な理由ででしたけど)にぎやかになった二人だけのお夕飯。

 やがてカップが空になってしばらく経ってから「なんで・・・あんな意地悪言うのかな・・・」と言う、あたしのつぶやきで雰囲気が変わる。

 

 しばらく沈黙が落ちてから、ユウキさんが静かな声で語り始めた。

 

 

 

「・・・使い魔蘇生アイテムの《プネウマの花》についてなんだけどさ・・・」

「・・・・・・?」

 

 またしても関連性のない話題。

 でも今度のあたしは不思議に思っただけでユウキさんの話に口を挟もうとは思わない。短い付き合いだけど、この人のことが少しだけ理解できるようになってはいたから。

 普通の人と少しだけ違う感性を持っているから、普通の人の持つ『普通』と少しだけ異なってる形の『普通』を持つようになった人。それがこの人、ユウキさんなんだと理解できた部分だけは理解していたから、あたしは黙って彼女の話の続きを待つ。

 

 ーーやがて、

 

 

「ーーあれって、どこの誰が調べてきて広めた情報だったのかな?」

「え?」

 

 そんなこと、今日ユウキさんに教わるまで存在すら知らなかったあたしに解るわけもない。でも、ユウキさんには何かしら思い当たることがあったりするのかな?

 

「テイミングできるモンスターは極わずかで、使い魔にすることができたビーストテイマーはSAO全プレイヤーの中でも超極少数のうちで更に一握り程度。

 しかも、蘇生アイテムがある思い出の丘は四十七層。使い魔程度の性能だと助けになる要素はだいぶ減ってる。それぐらい苦労してまで生き返らせる価値は使い魔にはない階層なんだよね、本当だったならだけどさ」

「・・・・・・」

「にも関わらず《プネウマの花》の値段は高騰を続けている。使い魔を亡くしたビーストテイマー自身が行かないと肝心の花が咲かないらしいのにだよ? 現在存在しているテイマー全員が求めだしたと考えても良いくらいには高騰しまくっている」

 

「きっと、居るんだよ。使い魔をAIなんかじゃない、友達だって認識している大勢のビーストテイマーたちが。仲間たちが。

 そんな彼らの願いを叶えるために、一部の物好きな攻略組があちこち駆けずり回って見つけてきたのがフィールドダンジョン《思い出の丘》なんじゃないのかな?」

 

「きっとシリカちゃんが知らないだけでいるんだよ、優しくて助けてくれる可能性のある人はいっぱいね。悪意を持たずに人と接することができる本格的な良い人たちが。

 ボクとシリカちゃん二人を合わせても、生き残ったSAOプレイヤー全員と会って話をすることは不可能だ。クリアするかゲームオーバーになって死ぬかまで行っても、それまでに全員と話をする機会なんて存在しないだろう?

 会ったことのない人はボク以上かもしれない。合ったことない人はボクですら認められない受け入れられないクズだったりするのかもしれない。あるいは最初はボクから遠くではじまって、最終的にはボクになるのかもしれない。ボクがはじめからボクだったわけじゃないのと同じように」

 

「だからね、シリカちゃん。使い魔が死んで辛くて寂しいって泣いてる君はスゴく正常で正しい事をしてるんだよ。胸を張って誇っても良いことなんだ。卑下する必要なんてこれっぽちも存在しないんだよ。

 辛いときに泣くのは正しい。人が死んで「たかがゲーム」なんて言う奴は間違ってる。

 デスゲーム世界に正義とか法律を持ち込むのを嗤うゲーム内弁慶は、リアルでは大半が現実に膝を屈した敗残兵だ。

 だからゲームの中では敗者な君が、リアルでの勝利者である君が気に病む必要なんてどこにもないんだよ?」

「でも・・・」

 

 あたしのせいでピナが・・・そう言おうとしたあたしの両手の上に手の平を置いてユウキさんは、

 

 

 

 

「シリカちゃんにとっては辛いお願いだとわかってるけど・・・ボクはピナが死んで泣いてるままの君でいて欲しいと思う。泣きながら友達の死を悼んであげられる、優しくて正常な女の子で在り続けて欲しいと心の底から神様にお願いし続けている。

 ボクは絶対に「使い魔なんてAIだから」なんて言い出して、静かに見送り受け入れられるシリカちゃんにはなって欲しくないと思ってる。もし、そうなってしまったら見たくないし合いたくないと心の底から願ってしまうほどに。

 だってボク、ピナちゃんの死を自分のせいだと自責して悲しんであげられてる今のシリカちゃんは、誰よりもかわいくて優しい強い女の子なんだと勝手に信じ込んじゃってるからさ。

 だから明日は友達を救うためにも一緒にがんばろうね、シリカちゃん」

 

 

 

 ・・・ものスッゴく爽やかそうな笑顔で言われちゃったあたしだけど・・・いえ、爽やか笑顔で言われたあたしだからこそ言って良い言葉があると信じていますから。

 

 

 だから言います。ハッキリと。

 自分が思っている言葉を声に出して正直に。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・ユウキさん」

「ん? なにかな? シリカちゃーー」

「自覚のない天然女ったらし」

「なんでさっ!?」

 

つづく



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「ありえたかもしれない、ユウキとシリカ編2」

 ーーぽふっ。

 

 フリーベンの街にあるチーズケーキが美味しい宿屋さんの二階に借りた部屋で、ボクはベッドにジャンピング女の子座りしながらーー叫ぶっ!

 

「あぁぁぁぁーーーー恥ずかしかった! スゴく恥ずかしかった! 一生分のジゴロ分を出し切っちゃった感じだね! もう一度死んで転生できない限りはやりたくないかな!」

 

 一頻り叫び回ってゴロゴロ転がり、真っ赤になってる顔を枕に深く埋めまくりながら、ボクが思い出すのはお姉ちゃんのこと。

 

 一人っ子だった前世のお姉ちゃんじゃなくて、姉妹として生まれた今生におけるお姉ちゃん。顔は全然似てないのに、なぜだかアスナにすごく似ている気がする大事な大事なボクのお姉ちゃん。

 二人きりで過ごす時間が長かったボクらは、ごく自然な感じでボクが一方的に依存しちゃって甘えすぎちゃって。

 恩返しというか、代償行為の姉代わり役を誰かのために演じてみたくなった結果、シリカちゃんをダシにして利用しちゃった部分が少なからずあったのだった。

 

「悪いこと・・・しちゃったかもなぁ・・・」

 

 一人ごちたボクだけど、すぐにそれは間違いなんだと気づけてた。

 悪いことしちゃったかもじゃなくて、悪いことをしちゃったんだ! 謝りに行かないと! 今すぐに!

 

 例の『遠慮してると時間がもったいない』病が発病しちゃったボクは、大急ぎで部屋のから出てシリカちゃんの部屋に向かおうと扉に手をかけた瞬間に気が付いた。

 部屋に入ったときに外しちゃって、今ボクのアバター・・・服着てなかったよ。

 

「ふぅー・・・危なかった~。ドアのロックを解除した直後に気づけたからギリギリセーフ・・・って、そういえば忘れちゃってた。《プネウマの花》関連で何かあったら連絡するよう言われてたんだっけ」

 

 下着姿のままなのはなんだかなーって思うんだけど、連絡相手が同性同士の場合は問題なしだよね! たとえ前世での性別だとしても、ボクの心は男の子のままなんだから!

 心は男! 身体は美少女! その名は転生者紺野綿季のアバター、真っ黒剣士のユウキだよ!

 

「・・・お、出た出た。もしもーし、ユウキだよー。夜遅くにごめーん。

 あれ? もしかして寝てたの? じゃあ起きよう! 夜はまだ早い! よい子は寝る時間だけど悪い子代表のビーター君が寝るには早すぎる時間帯・・・ごめんなさい! なま言いました! 本気で許してお願いだから! 今、女の子とひとつ屋根の下にいることお母さんに告げ口されたらボク死んじゃう! 恥ずか死んじゃうほどのお仕置きされちゃうからホントに許してつかぁさい!」

 

 

 

 

 

 

「はふぅ・・・」

 

 ーーぽふんっ。

 

 あたしは下着姿でベッドに飛び込むと、翳した手の平越しに天井を見上げながら今日出会ったばかりの女の人のことを考えていた。

 

 ユウキさん。

 

 友達になってからはずっと一緒だったピナが隣で寝てないことも理由の一因なんだろうけど、それでも彼女のことが気になる理由はそれだけじゃないんだって、子供のあたしでも自覚できる。

 

 あの人はちょっと不思議だ。得体が知れないと言うよりかは、何なんだかよく分からない。子供っぽいのに時々大人っぽくなって、言ってる言葉はすごく馬鹿っぽいのに暖かさで満ちていて、すごく大人に見えるときと、ものすごく幼い子供に見るときとが混在していて捕らえ所が見つからない。

 

 たとえるとしたら、小鳥さんかな?

 どこまで飛べるか自分では分からないまま飛ぶのが楽しすぎて嬉しすぎて、飛べる所までどこまでもどこまでも飛んで行きたがってるような見ている方が心配せざるをえなくなる男の子みたいな感じ・・・で、合ってるのかな? 正直、自分でも上手く説明できないんだけど・・・でもーー。

 

「もう少しお話ししたいなんて言ったら、笑われちゃうかな・・・?」

 

 視界右下の時刻表示は、もう十時近かった。窓の下の通りからはプレイヤーの足音が消え、かすかに犬の遠吠えだけが聞こえてくる。

 

 ・・・いくらなんでも非常識だし、やっぱり寝ちゃおーー

 

 とんとん! とんとんとん!

 

『シリカちゃーん、まだ起きてるー? ユウキなんだけどー。

 ごめんねー、四十七層の説明忘れちゃってたよ。明日にしようかと思ったんだけど、待てそうにないから来ちゃった!』

「・・・・・・」

『と言うわけで、夜はまだ早い! よい子からよい大人になるためにもボクと一緒に勉強会をーー』

「間に合ってますので、明日のお昼にでも続きはお聞きしますね。お休みなさい、ユウキさん。よい夢を」

『シリカちゃん!? お願いだから、見捨てないで! ボクって夜に目が冴えちゃった後はなかなか寝付けなくなるタイプなんだよーっ!』

 

 子供か! って、子供のあたしが言いたくなるほどのお子さま体質なユウキさん。

 ーーもしかしてこれって、あれなのかな? 親鳥が雛鳥のことを心配そうに見守ってるときの感情。・・・一応だけど年上らしいだけどなぁ~・・・。

 

 

 

 

「うわぁー・・・綺麗~・・・」

「《ミラージュ・スフィア》って言うんだよ。効果がどうとか便利だなんだよりも、とにかく綺麗なところが見応えあるんだよねー♪」

 

 キラキラ光る映像を映し出す水晶球を取り出してからユウキさんは、ザックリすぎてて要領を得ないアイテム解説だけすると球体を操作して映像を切り替えながら、明日いく四十七層と《思い出の丘》のマップ情報を簡単に説明してくれはじめた。

 

 所々でユーモラスな表現を使って説明してくれるユウキさんのマップ解説は分かり易いと言うより面白くって、時折はいる真っ黒黒なブラックジョークは笑えないものばかりだったけど、でもスゴく楽しいと思った。

 

 なによりもユウキさん自身が、スゴく楽しそうで嬉しそうなのが印象深かった。

 ゲームオーバーが現実の死を意味してるデスゲーム内で、ここまで楽しそうに嬉しそうに話す人なんてはじめて見るかも。見ているこっちまで楽しくなるけど、その無邪気さが心配にもなる。

 うん。やっぱり不思議な人だな、ユウキさんって。

 

「でね? この橋を渡ると丘が見え・・・・・・」

 

 不意にユウキさんの声が途切れて、今まで見開かれていたキラキラしている両目が眇められ、無言で人差し指を立てながら自分の唇の前まで持ち上げると「しーっ」と言う意味合いにジェスチャーをしてから立ち上がる。

 

 椅子から立ってからは踏み出さない。ただ、スフィアを取り出したときと同じ要領で別のアイテムを取り出して『構えをとる』。

 

 そしてーー

 

 

 

「はぁぁぁっ!!!」

 

 

 ずどぉぉぉぉっん!!!

 

 

 破壊不能オブジェクトである扉に向かってソード・スキルを発動させると轟音が轟き、衝撃が走り、『扉の向こうで沢山の足音』が走り出して転んだりしながら逃げ出していく逃走音が聞き取れた。

 

「ユウキさん!? 今のはいったい・・・」

「・・・聞き耳スキルで聞かれていたみたいだね。探知系スキル鍛えまくりのキリトだったら、もっと的確に対応できたのかもだけど。勘働きメインのボクにはこれが限界かなぁ」

「・・・それって・・・」

 

 立ち聞きされていた。

 その事実があたしには何より辛かった。だって、そんな行為をやる目的が良いものであるはず無いのだから。

 

 一度はあたしに断りを入れてから、どこかの誰か宛てにメッセージを打ち始めたユウキさん。

 

 その背後でベッドに丸くなりながら、遠い記憶から掘り起こしてきたのはフリーのルポライターであるお父さん・・・の、若い頃の姿が映ってた写真。

 一度だけ目にしたことがあるそれに映っていたお父さんの姿は、今ではもう旧式になっちゃってるパソコンを新品で買ったときのものらしくて、いつもは気難しい顔でキーを叩いているはずのお父さんがお母さんの肩を抱きしめながら笑顔で笑い合ってるところがとても印象的で、あたしは「ああ、どうして今まで忘れちゃってたんだろう・・・」と後悔しながら思い出しながらウトウト船をこぎながら、気が付いたときには遠い昔に家族で行ったハイキング場で春の温もりに包まれていた。

 

 そこには今はまだ会えなくて辛いはずのお父さんとお母さんが笑顔で迎えてくれていて、そんな笑顔を見れば会いたくなって泣き出すはずのあたしまでもが笑顔一杯で元気良く野原を駆け回っていた。

 

 そこにはいるはずのないピナが飛んでいて、隣にはあたしの手を握ってくれてるユウキさんがいて、空には大勢の妖精さんが飛んでいて夢みたいな夢の世界で、あたしは久しぶりに心の底から暖かさに包まれながら穏やかな眠りを満喫するため瞳を閉じていたーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅー・・・、すぅー・・・」

「・・・・・・」

 

 ーーベッドの上ではシリカちゃんが寝ている。寝息でわかるけど熟睡してる。安心しきっているみたいだ。警戒心なんか、どこにも見えない。

 

 対するボクは床の上。まぁ、当然だよね。だって人様の部屋だもん。・・・ついでに言えば、借り主が鍵かけちゃってる状態で眠っちゃったから出られない・・・。軽く軟禁状態のボク、ユウキ。十四歳でちゅ。

 

「すぅー・・・、すぅー・・・」

「・・・・・・」

 

 ・・・うん、やっぱりダメだ。耐えられない。ボケてみたぐらいで解決できるほど甘くない事態だったよ。これはさすがに・・・ヤバすぎる。

 

「すぅー・・・、すぅー・・・」

「・・・・・・」

 

 なんで・・・なんで寄りにもよって・・・。

 

「すぅー・・・、すぅー・・・」

「・・・・・・」

 

 ・・・同い年ぐらいの可愛い女の子と相部屋で寝させるんだよーーーーーーっ!!!!

 拷問か!? これは拷問なのかな!? 性的な意味での拷問だったら完全に事案だ! 18禁指定だよ! CERE:Zだ! 表記ミスだよ! SAOの開発元に抗議のユーザー葉書だしてやる!

 

「すぅー・・・、すぅー・・・」

「・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・ホントもう、勘弁してよ・・・。妹みたいな女の子としてならお姉さんぶって可愛がれるけど、実の妹と『妹みたいな可愛い女の子』は全くの別物なんだよ?

 血の繋がりないし食卓もお風呂も一緒にしたことないし同じベッドで寝たことなんてあったら問題になりかねない。

 ふつうに赤の他人の可愛い女の子と同衾して平然と寝られる男の子って、ラブコメ以外にいるのかな・・・?

 

 あと、「妹みたなもんだから」って理由で小学生の妹と一緒にお風呂する男子高校生のアニメを前世で入院前に見てるんだけどさ。

 

 今時、同性の家族でだって小学生の妹と一緒にお風呂入ったりなんかしないよね・・・。もししているなら、たぶんだけどRー18指定な映画の中限定だとボクは思う。たぶんだけども。

 

「すぅー・・・、すぅー・・・」

「・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・・・・そんな感じで悶々としながら過ごす春の夜長のミスディレクション。

 

 太陽くーん。早く朝になってー。ボクはこうして朝がくるのを待ってるよー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわあ・・・・・・!」

 

 思わず歓声を上げてしまう。

 だって、四十七層主外区ゲート広場は、無数の花々で溢れかえってたんだから!

 

「すごい、まるで妖精さんの国に来たみたいです!」

「この層は通称《フラワーガーデン》って呼ばれてて、街だけじゃなくてフロア全体が花だらけなんだ。妖精の国みたいなのが好きだったら時間があるときにでも、北の端にある《巨大花の森》まで足をのばしてみようか? 案内してあげるけど・・・ふぇっくしょん! ・・・うう~・・・花粉で鼻水がぁ~、病弱な体故のアレルギーが~・・・」

「・・・ポリゴンデータの塊であるアバターに、花粉なんて関係ないと思うんですけど・・・」

 

 なんでこう、この人は締めるべきところで締まらないのかなぁ~・・・それに、なんだか朝から眠そうだし。ゲームの中だし、あり得ないとは思うんだけど・・・ユウキさん、風邪ひいてなんかいないよね・・・? この人の場合、あり得ない事こそあり得そうで怖い。

 

「さぁ! フィールドへ出発だ! ぶえっくしょんっ!!」

「・・・早く花壇から離れたいだけですよね、絶対に・・・」

 

 こうしてピナを救うための短い旅程は、全然ロマンチックじゃない始まり方をしたのだった。

 

 

 

 ーーそして、街を出た直後のこと。

 ユウキさんが「あ、そうだった。コレを渡しておくの忘れてた」と言ってアイテムストレージから取り出した四角い水晶体をあたしの手に握らせてきた。

 

「これは・・・?」

「脱出用のクリスタル。何かあったときには合図するからコレ使って脱出して。行き先はどこでも良いと思う。少なくとも、ボクがシリカちゃんを守ってあげられなくなってる状況でボクの側にいるより危険な場所は他にないから」

 

 それは遠回しに「いざとなったら自分を見捨てて逃げ出せ、自分にこだわると君が死ぬ」そう言っているのが分かったから、あたしは思わず受け取るのを躊躇してしまう。

 

「でも・・・」

「もちろん、二人一緒に生きて帰還できるようボクも全力を尽くすけど、どんなに弱い敵が相手でも、油断してると殺されちゃうことだってある。敵が目の前にばかり出てくるとは限らない」

 

 冗談めかした口調だったけどユウキさんの目は、笑っていなかった。真剣そのものな熱意でもって、受け取りを無言で強要してくる。躊躇いながらも受け取らざるを得なくなったあたしを見てからひとつ頷くと。

 

「さ! 今度こそ出発だー! フィールドに出たからもう安心! 花粉は飛んでこなーい!」

 

 明らかに誤魔化してるのが丸わかりのジョークを口にしながら、彼女は先頭を切ってスキップしながら歩き出す。

 その姿はお花畑を楽しそうにはしゃいで回る、幼い妖精さんを連想させるものがあったけど、黒尽くめの姿は逆の意味で喪服を連想しちゃったあたしは一瞬だけ、ほんの一瞬だけだけどユウキさんが無邪気な顔して死を振りまく《死神》のようにも見えて背中がゾクリと震えた。

 

「ん? どうかしたのシリカちゃん? おなか痛いのかな?」

「・・・ユウキさんじゃないんですから、そんな馬鹿なこと言い出したりしません。あたしはただ、考え事をしていただけです」

 

 少し澄ましたように見せることで、誤魔化そうとするあたし。

 妙に勘の鋭いユウキさんに通じたかどうか分からないけど、さっきの感想は本人に言っちゃダメなものだと直感的に理解できたから詳しく説明したりはしなかった。

 

 ユウキさん自身も何も聞いてこようとはせず「~♪」鼻歌を歌いだしたから、あたしも無かったことにして先を急ぐことにする。

 

 

 

 しばらくの間、あたしのレベル上げも兼ねて簡単な上級戦闘講座をレクチャーしてもらいながら、あたしたちは互いのことを少しずつだけだど話し合った。

 

 ゲーム内で現実のことは聞くのも話すのもマナー違反だけど、ユウキさんは「みんなと仲良くなるためのマナー違反の方がずっと良い」と言ってくれたから、あたしもそれに甘えてしまった。お陰でその言葉に含まれてた寓意には気づくことなくスルーして・・・。

 

 

 

「お姉さん・・・ですか?」

「うん。ボクは双子の姉妹で、上にお姉ちゃんがいてね。子供の時にはさんざん甘えまくっちゃったもんだよ。いやー、懐かしいな~」

 

 いつも楽しそうなユウキさんが今までで一番楽しそうな口調と笑顔で語り出したお姉さんのお話は双子と呼ぶには似てなさすぎて疑問点も多かったけど、それでもユウキさんがお姉さんのことをとっても大切に思っていることだけはスゴく良く伝わってきたから、

 

「お姉さんのこと、好きなんですね」

「うん、もちろん! 大好きだよ!」

 

 満面の笑顔で返されると何も言えなくなる。これほど嬉しそうに実のお姉さんの話でノロケられるとツッコむ言葉すら空気を読めない子な感じがする。

 だからあたしは微妙すぎる作り笑顔を返しながらも、決して嫌な気分はすることなく、

 

「じゃあ、早くゲームがクリアされてお姉さんの元へ帰れると良いですね」

 

 この発言に他意はなく、素直にそうなってくれたらいいのになと、他人事なのに心から素直に願っている自分に少しだけ驚いたくらいだったんだけど・・・

 

「・・・うん。どうなんだろうね・・・」

 

 なぜかユウキさんは激しくテンションを低下させてうつむきがちに答えられて、正直テンパってしまうほど驚かされた。・・・やっぱり先の行動が読めない人だなとも思ったけど・・・。

 

 

「リアルの事情を話すのはマナー違反だけど、今更だから言っちゃうね。ボクとお姉ちゃん、ちょっとした病気を患っちゃってるんだ。だから多分、ボクが帰ったときには見送ることしか出来なくなってると思うんだよねー。それって結構ツラいじゃない? だから出来たら、全部終わっちゃって手遅れになって何も出来ない無力感だけを感じればいい恵まれた環境で迎えてもらいたいかなって、思わないこともなくは・・・ない」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 お、重い・・・。ピナの件があるあたしも十分重いもの背負ってるけど、救える可能性が高い分だけ少しはマシかもと思えちゃうくらいに重たいです、ユウキさん・・・。はっきり言って中学生にどうこう言えるレベルの重さじゃありません・・・って、ユウキさんも中学生でした! どうしよう! さらに重たい事情になっちゃったんだけど!?

 

 

「まぁ、そんな理由でお姉ちゃんぶりたくなってシリカちゃんに無理矢理絡んじゃったって言うのも今回の理由のうちではあるんだよね。迷惑かけちゃってたらゴメンね?」

「ぜ、全然そんなこと無いです! 迷惑なんて感じていません! 本当に! これっぽちも!」

「ホントに? 無理してない?」

「大丈夫です! 少しだって感じてませんから!!」

 

 むしろ、その質問が無理させられてます! だから気を使って止めてください! あたし的には本当に助かってる部分が多いので居心地悪くなりかけてます!

 多少のことは相殺できてますし、楽しめてもいますからお願い!あたしにこれ以上気を使わないでーーっ!!!

 

「そっか。なら、良かった。ーーあ、アレじゃないかな? 思い出の丘って。まだ少し距離があるけどシリカちゃんの安全を優先してゆっくりと・・・」

「ピナを早く蘇らせてあげたいので急ぎましょう!」

「お、おう? なんだか急に勢いが・・・ま、いっか。ボクも早く生き返らせてあげて、シリカちゃんの周りを嬉しそうに元気に飛び回ってるピナちゃんの姿を見てみたいし」

 

 お願いだからもう止めてーーーーーーーっ!!!!!

 

 

 

 

「はぁ・・・やっと蘇生の花が手に入りました・・・これでようやくピナを生き返らせて宿屋に帰って落ち着けます・・・」

 

 疲れ切った声でため息混じりにつぶやくあたしにユウキさんが、

 

「疲れてるね。大丈夫? もしかしてさっきのでケガしちゃったりした?

 あの、『あたしもガンバりますよー!』って意気込んだ直後の一歩目で足下からエロゲに出てきそうなモンスターが現れて襲われるエロゲ展開な戦いの時に」

「違います。・・・いえ、それもありますけども・・・」

「じゃあ、アレかな? 丘の近くでボクを見上げたときに蔓草に足を捕まれて上下逆さまで持ち上げられて大口開けてパクりされそうになりながら、翻りそうになってるスカート押さえて「見ないで助けて!」な、エロゲ展開してた奴?」

「それも違います。・・・あれはあれでスゴく恥ずかしくて疲れましたけど・・・」

「じゃあ・・・」

「ごめんなさい、もういいです。思い出してたらピナを生き返らせる前に、あたしが恥ずかしさで首を吊ってしまいそうなので・・・」

 

 本当に、なんであたしは今日一日だけで、大人の人たちがやってるっていうイヤラシいゲームに出てくる女の人みたいな目に何度も何度も合わされてきたんでしょうか・・・。あたし、中学生のはずなのに・・・理不尽です。

 おかげで、最後の《プネウマの花》が咲いた綺麗なシーンを素直に楽しんで見れなくなっちゃってましたよ・・・。

 

「・・・やっぱり、ユウキさんと関わちゃったから・・・」

「なんでさっ!?」

 

 もちろん、八つ当たりです。あたしの恥ずかしいところ何度も何度も見てくれてたんですから、これぐらいは我慢してくれるのが当然なんですー! 女の子のパンツは地球より重い!

 

「はぁ・・・とりあえず街に戻ってからピナは蘇らせることにします。今日はなんだか運が悪そうなので万が一があり得ますし・・・」

「そうだね。それがいいかも。ピナちゃんも生き返って最初に見たのが友達のパンツだったらヒドすぎるもんね」

「ユウキさん・・・街に着いたらお仕置きです」

「だから、なんでさっ!?」

 

 知りません。デリカシーのない人たちにお仕置きは基本なんです。女子中学生の常識です。ユウキさんは男の子っぽい所があるから知らなかっただけです。なのであたしは絶対正義。

 

 

「ううぅぅ・・・昨日会ったばかりの女の子にまでお仕置きされちゃうボクって一体・・・。

 ーーま、それはともかくとして」

 

 目をグルグルさせながら頭を抱えちゃってたユウキさんの雰囲気が突然変わって剣呑になり、スラリと剣を抜きはなって構えまで取ってって・・・え、ええええぇぇぇっ!?

 

 

「そこに誰かいるんでしょ? 出てきなよ」

 

 剣の切っ先を橋の向こうの両脇に立ち並んでる木立ての一本に向けながら、ユウキさんは静かに凄みを効かせた声で言い放った。

 

 数秒間、なにも起きないまま過ぎ去った後で、不意にがさりと木の葉が動いた。

 出てきたプレイヤーを示すカーソルの色はグリーン。犯罪者じゃないことにホッとしたけど、その人物は予想外すぎる人だったので別の意味でビックリさせられた。

 

「ろ・・・ロザリアさん・・・!? なんでこんなところに・・・!?」

 

 赤い髪の女性槍使いはあたしの質問には答えずにユウキさんを眺めながら、唇の端を吊り上げて笑った。

 

「アタシのハイディングを見破るなんて、なかなか高い索敵スキルね、剣士さん。あなどってたかしら?」

 

 彼女の見下したような視線と口調に対してユウキさんは、逆に意外そうな顔をしながら小首を傾げて、

 

「ハイディング? あんな分かり易いチンケな隠れん坊の延長が? 索敵スキルを使うまでもなく一目瞭然だったけど?」

 

 ロザリアさんの表情が怒りと不快さで歪んで、綺麗な顔の裏側にあったドス黒い物が一気に吹き出しかけている。

 ユウキさんは平然としたままだ。小揺るぎもしていない。

 まるで、“この程度のことなら慣れている”と無言のまま勝利宣言をしているかのように・・・。

 

「むしろ、ボクの方こそ君のことを買いかぶりすぎてたかもね。この程度のオレンジプレイヤーだったなら、さっきの場所で声をかけずに見逃してあげても良かったかもしれない。見つけちゃった今では後の祭りにしかならないけど・・・一応、言っとくだけ言っておく。ごめんね?」

「・・・舐めた口きいてくれるじゃないか、このチビ餓鬼・・・!!!」

 

 あたしはグリーンのロザリアさんが犯罪者プレイヤーな理由が分からずに混乱していたけれど、聞くより先にロザリアさんが片手をあげて隠れていた仲間たちを呼び出したことで答えは一目瞭然だった。

 彼女以外の全員がオレンジカーソルを示しているから、リーダーのロザリアさんだけがあたしたちを見繕っていて・・・!

 

 そんなあたしの思考を先読みしてたのかロザリアさんは、ちろりと舌で唇を舐めて笑いながら。

 

「そうよォ。この二週間あんたらのパーティーと一緒にいたのは戦力を確認して、冒険でお金が貯まるのをって待ってたの。一番楽しみな獲物だったアンタが抜けて残念だったけど、レアアイテムを取りに行くって言うじゃない。

 《プネウマの花》って今が旬だから、とってもいい相場なのよね。やっぱり情報収集は大事よねぇー」

 

 そこで言葉を切ってロザリアさんは、またしてもユウキさんに視線を向けて肩をすくめた。

 

「でも、そこまで解っててその子に付き合うなんて・・・バカぁ? それとも本当に誑し込まれちゃったのォ?」

 

 昨日の意趣返しなのか、悪意たっぷりにユウキさんを罵倒したロザリアさんだけど、帰ってきたのはやっぱりユウキさんらしい意外性あふれるもので、彼女を唖然とさせるには十分すぎる代物だった。

 ユウキさんはロザリアさんが放った質問の形を取った罵倒に対して、こう答えたのだ。

 

「え? そんな裏事情、今の今までボク知らなかったんだけど・・・。そういう事情が裏で起きてたの?」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

「「「はぁっ!?」」

 

 

 敵の人たち、全員唖然としてから大絶叫。

 犯罪者さんたち、形無しです。やっぱり、さすがですねユウキさんは・・・。

 

 

「ボクとしてはキミたちみたいな小物はどうでも良かったんだ。本当だよ?

 倒してたら切りがない中級オレンジギルドなんか相手にするより、ボクには絶対に倒さなくちゃいけない奴らがいるからそっちが本命だった。

 キミたちが奴らに使い捨てとして利用されてたら誘き出せるかもって期待してはいたんだけど、無いなら無いで構わなかった。昨日の脅しでシリカちゃんに危害を加える意志を放棄してくれさえすれば無視してあげても全然問題なかったんだよ。

 ボクはみんなを救うヒーローでもなければ、誰も気づかない世界を夢見て戦う勇者でもない。

 ただの・・・PKKに過ぎないんだから」

 

 ユウキさんの発言に、あたしを含めたその場にいる全員が驚愕させられた。

 PKK・・・NPCであるモンスターじゃなくて、プレイヤーを襲って殺すプレイヤーたちプレイヤーキラーを、逆に殺してしまうプレイヤー。悪人なのか善人なのか、どっちでもないのか全く解らない謎の存在。

 なんでそんな行為をユウキさんが・・・!?

 

「・・・はっ。見え透いたハッタリを・・・。マジになっちゃってバカみたい。

 ここで人を殺したところで本当にソイツが死ぬ証拠ないし、そんなんで現実に戻った時に罪になるわけないわよ。

 だいたい、戻れるかどうかも解んないのにさ、正義とか笑っちゃうわよね。アタシそういう奴が一番嫌い。この世界に妙な理屈を持ち込む奴がね」

「そうだね。たぶん、高い確率でオレンジプレイヤー全員がほぼ観察処分とかで済まされるんじゃないかな?

 まぁ、それだからこそ殺さなきゃいけない奴はゲームの中にいる間に殺しておく必要性があるんだけど」

「・・・!!!」

「それから、後半のと最後のにはボクも全面的に同意かな。

 本当にムカつくよね、そういう奴らはさ。

 戻れるかどうかも解らないからって、戻ったときのことはお座なりにして適当な悪の理屈をぶっこくだけの半端な小悪党には毎回毎回笑わされてばっかりだよ。

 ボクもそういう奴が一番嫌いだ。命がけでボスモンスターに挑む度胸もないのに格下相手には威勢が良くなるチキンなヘタレ連中が、この世界にご都合主義な生命軽視の思想を持ち込んで猿山のボス猿を気取っているのを見せられるのは本当にバカみたいで腹が立つ」

「・・・・・・」

 

 ロザリアさんが、もうこれ以上ないってくらいに怒りで顔を赤らめている。

 

「・・・アンタも正義の味方ぶって、犯罪者を取り締まりたいだけの自己満プレイヤーでしょうが」

「そうかもしれないね。べつにどっちでもいいけどさ。それを決めるのはボク以外の他の人たちだから関係ない。ボクへの評価はボクじゃない誰かに委ねるしかないから、ボクは自分が今やりたいと思ったことをやるだけだよ。

 やり終わった後のボクがどうなっていようと・・・今のボクの知った事じゃない」

「「「・・・・・・」」」

 

 ユウキさんの暴論に誰もが唖然として言葉をなくしている。

 だって、ユウキさんの発言は自分自身の自己否定だったから。

 後のことはどうなるか解らないから今は好きにやるって、そんなの・・・そんなの犯罪者プレイヤーのオレンジギルドと変わりないじゃないですか!

 

 

 

「コイツ・・・完全にイカレてやがる・・・!!!」

 

 ロザリアさんがつぶやいて、彼女の近くにいた長剣使いのオレンジプレイヤーが、なにかを思い出したみたいな顔をして「イカレている・・・?」と呟いてからブツブツと続け出す。

 

「黒尽くめの服、盾なしの片手剣。だが、性別は男じゃない・・・。まさか!?」

 

 彼はガバッとロザリアさんに詰め寄りながら「ダメだっ!」と叫んで、

 

「ロザリアさん、コイツはダメだ!コイツだけは相手にしちゃいけない! 俺たちみんな殺されちまう!」

「あん? まさか攻略組だって言うんじゃないだろうね? 攻略組がこんなとこいる訳ないじゃない! どうせビビらせようって魂胆のコスプレ野郎に決まってる! それにーーもし本当に攻略組だったとしても、この人数でかかればたった一人くらい余裕ーー」

「ダメだ!!」

 

 彼女の虚勢を叩き壊したのは、またしても味方であるはずの長剣使いプレイヤー。

 ロザリアさんが不愉快そうに彼を見ても彼は怯え出さない。なぜなら既に限界まで青ざめて怯えきっていたから・・・。

 

「こいつはヤバい、ヤバいんだよ・・・。今まで何人も《ラフィンコフィン》のがメンバーが、コイツ一人に殺されちまってる・・・。

 一度殺すと決めた相手は地の果てまで追いかけてって、どんな悪辣な罠も逆用して殺しにくる《絶対に殺す剣》、最凶犯罪ギルド《ラフィンコフィン》狩り専門のPKK、《絶剣》のユウキからは誰も逃れらねぇんだ! ダメだ! 逃げたい! 俺は・・・俺はまだ死にたくねぇんだよぉぉっ!!!」

 

 絶叫して泣き叫び出すた長剣使いさんに当てられたのか、何人かのオレンジプレイヤーさんが武器を手にしたまま互いの顔を見合わせながら言い合いをし始める。

 

 ロザリアさんは大声で攻撃命令を出し続けているし、実際に攻撃態勢を取った人もいたけどユウキさんが剣の切っ先を向けたまま微動だにさせていないのを見た途端に怖じ気付いて後ろに下がる。

 このパターンを何度か繰り返していたら、彼らの背後の方から(あたしたちの方からだと前方ですね)もう一人、ユウキさんのとは色合いが微妙に異なる黒尽くめのコートを羽織った男の人がやってきて、

 

「やれやれ。敵の索敵スキルを誉める前に、まずは自分たちの索敵スキルを上げておいてくれ。オレンジギルドが背後から近づいてくる敵に挟み撃ちにされてたら世話ないだろう?」

「誰だいっ!? コイツの仲間か!?」

 

 ロザリアさんが金切り声で詰問するけど、その人は彼女には目もくれずにあたしを見てからニコリと笑って目礼して、ユウキさんに顔を向けた途端にため息を付いてから顰めっ面で苦情を言い出す。

 

「・・・お前なぁ・・・昨日あれだけ言っておいただろうが。俺が連中の背後に回り込むまで適当にお茶を濁しながら時間稼ぎに徹しとけって。なのに、いきなり抜剣するなんて相変わらずなにを考えてるんだ・・・」

「いや~、はっはっは。ごめんごめんキリト。わざとじゃないんだ、ホントだよ?

 ただ、ボクって我慢するのが苦手だからさー。彼ら使ってピエロが釣れるかもって考えたら止まらなくなっちゃって」

「言い訳はいい。・・・と言うか、俺に言っても無駄だな。アスナにでも言っといてくれ。さっき回り込んでるときに軽く報告しておいたから、後で詳しく説明も止められると思うぞきっと」

「・・・・・・」

 

 途端に青ざめて調子づくのを止めたユウキさん。ガタガタ震えだして立場逆転しちゃってるけど、でも敵の人たちも震えたままだから逆転はしてないんだよね。

 うん。よく分からない。とりあえずアスナさんって名前の人があたし的には気になるだけかな。なぜだか今のユウキさんを見てるとムシャクシャしてくるから。

 

 

 そんな風にあたしが心の中で葛藤していることなど露知らず(当たり前だけど)黒尽くめの男の人は改めてロザリアさんたちに向き直っていた。

 

 予想外の事態が連続して起きてるからなんだろうけど、ロザリアさんはパニック気味で発狂寸前の猫みたいな声でヒステリックに彼に向かって問いただそうとする。

 

「誰だお前は!? 《絶剣》の仲間のPKKがあたし等を殺しに来たのか!? それともお前もあたし等と同じでプネウアの花を狙ってるだけの同業者か!?」

「いいや、どっちでもないよ。あのバカとは違う理由でだが、俺もあんたを探してたのさ、ロザリアさん。いやーー犯罪者ギルド《タイタンズハント》のリーダーさん、と言った方がいいのかな?」

「・・・!? どうしてその事を・・・!!!」

 

 彼はまたしてもロザリアさんの質問を無視して、さっきまで泣き叫んでた長剣使いの男性を指さしてから告げてきた。

 

「そこのあんた。ユウキのことを知ってた事から見て一応は情報通なんだろ? だったら俺のことも風の噂ぐらいは知ってるんじゃないのか?」

「ああ、もう・・・本当に今日は最悪だ。最悪の日だよ・・・厄日過ぎる・・・」

 

 手に持つ武器を投げ出してから天を仰ぎ、この世の終わりだとでも言い足そうな顔で彼についてのことも詳しく説明してくれる。

 

「盾なしの片手剣に漆黒のコート・・・なんてこった、ソロで前線に挑み続けてるビーターと、ソロで犯罪者ギルドを狩り続けてる絶剣に挟まれてちゃ、生きて逃げ延びるなんて絶対に不可能じゃねぇかよ・・・」

 

 彼の言葉を聞いて他の仲間たちまで絶望したのか、次々と降参の意志を示すために武器と防具を投げ捨てていく。

 

 ただ一人、ロザリアさんだけは抵抗を諦めていないのか武器を持ったまま手下に向かって「戦え!戦え!」って、喚き続けてはいるけれど、誰一人として耳を傾けようとはしていない。むしろ迷惑そうな表情で視線を逸らし、顔を合わせようとしない人ばかりしか残っていない。

 

 そんな彼らに向かって男の人は腰から転移結晶を掴み出し、裁判官が判決を言い渡すみたいに厳かで厳しく、反論の余地も与えないまま結論だけを決定事項として押しつける。

 

「これは、俺に依頼した男が全財産をはたいて買った転移結晶だ。十日前に三十七層であんたらに全滅させられたギルド《シルバーフラグス》のメンバーで、一人だけ生き残れたリーダーが、依頼を引き受けた俺に渡してくれた物だよ。

 ーーああ、安心してくれ。そんなに絶望で青ざめなくても、あんたらを殺してくれと頼まれて来たわけじゃない。むしろ、その逆さ。あんたらを殺すことなく国鉄宮の牢獄に入れてくれと、そう言ってたよ。

 ・・・本当はあんたに、奴の気持ちが解るか問いただしてからぶち込んでやるつもりだったんだが・・・。その必要はなかったみたいだな。

 その醜態を見た奴が同じ質問をあんたにするとは思えない。あまりにも自明すぎる愚問に感じてバカらしくなるだけだろう。

 あんたもそう思うだろ? ボス猿になれたと思い込んでただけのロザリアさん」

「~~~~!!!!!」

 

 彼女の顔は、人間が怒りだけでどれだけ歪めるのかを実験しているかのように醜く歪んで、美人だった頃の面影は少しも残っていない。完全に別物になっちゃってる。

 

 彼は誰からの返事も待たずに濃紺の結晶を掲げて「コリドー・オープン!」と叫ぶと、瞬時に結晶が砕け散り目の前の空間に青い光の渦が出現する。

 

「今更抵抗しようなんてバカはいないと思うが、念のための駄目押しとして伝えておく。

 俺のレベルは78、ヒットポイントは一四五〇〇。さらにバトルヒーリングスキルによる自動回復が十秒で六〇〇ポイント。

 もし仮にあんたらが俺に与えるダメージの総量が十秒あたり四〇〇程度しか出せなかった場合は何時間攻撃しても俺は倒せないよ」

 

 これが止めの一言だった。

 

 オレンジプレイヤーたちは口々に誰かに対する悪態を口について出しながら、「そんなのアリかよ、ムチャクチャじゃねぇかよ・・・」と、内一人が口に出したときだ。

 

「「ありなんだよ」」

 

 と、二人の黒い攻略組プレイヤーが異口同音に、吐き捨てるみたいな口調で言い放ったのは。

 

「たかが数字が増えるだけで無茶な差がつく。それがレベル制MMOの理不尽さなんだ!」

「そう言うことだよ。レベルは数字だ。数字は努力さえすれば誰でも貯まる、貯められる。

 それなのにキミたちは数を頼って格下相手にいい気になって虐めを繰り返して、楽してズルして努力するのを止めてしまったから、今この場で這い蹲っているんだよ。

 これがゲーム世界に妙な理屈を持ち込んだ末の結果だ。ゲームではあっても遊びじゃないデスゲームを、殺人ゲームの遊びと勘違いした愚考の自業自得な末路なんだよ。生きてリアルに帰れたら、茅場昭彦の墓前に詫び入れに行くといい。甘えて楽しちゃってごめんなさい、てね」

 

 辛辣すぎる二人の言葉に悄然となりながら一人、また一人と青い光の中へ入っていくのを見送りながら、あたしはついつい油断してしまった。

 勝負はついてたから、戦いは終わってたから、戦闘は終了していたから。

 “遊びとしてのゲームだったら通じる理屈”を、あたしまでもが過大評価しすぎてしまっていて、敵は負けたら諦めるものだという理屈に縛られすぎてたみたいだ。

 

 ロザリアさんが不意に動き出して向かった先に立っていたのは・・・あたし!?

 

「このバケモノ二人には勝てないけど・・・アンタ一人にだったらアタシの方に勝機はあるだろう!? アンタを人質に取りさえすればアタシ一人だけでも逃げ延びられる・・・!!」

 

 鬼気迫る表情で迫ってきていたロザリアさんの気迫に押されて、あたしは咄嗟に目をつむってしまう。ゲームだったら問題ないけど、デスゲームだったら致命的なミス。

 この場合、その代償を払わされるのはあたしじゃなくて他の二人・・・ああ、確かにMMOのシステムは理不尽だと思った。

 なんでもっと自己責任だけですませられるよう調整してくれなかったんだろう。役立たずなまま、お荷物のまま、あたしは最初から最後まで守られ続けて守られるしか脳のないダメな子として終わるのかな。

 そう思ったときだった。目をつむった暗闇の先でロザリアさんが「ぎゃっ!」と潰れたカエルみたいな声をあげて地面に尻餅をついたのは。

 

 

 彼女を吹き飛ばした加害者は・・・ユウキさんだった。いつの間にか鞘を被せてあった片手直剣を使ってソードスキルを使用したらしい。刀身に被せてある鞘に青いオーラみたいな靄がたゆたっていた。

 

 

「ごほっ! げほっ! ぐえっほげっほ!」

「一応、親切心で言っておいてあげるんだけどさ」

 

 ユウキさんは普段と変わらない口調、普段通りの表情と態度のままで、自分が鞘で吹き飛ばしたロザリアさんに大したことじゃない様に冷酷な内容の警告を告げていく。

 

「ボクにはキリトの事情は関係ない。彼がどこで誰に依頼を受けようと知ったこっちゃないんだよね。だからキリトとは関係なく、ボクがボクの事情でキミを殺す理由は普通にある。

 キミの存在がシリカちゃんを危険に晒す可能性があると判断したなら、今この場でボクが殺す。キリトがなにを言おうと何をしようと関係ない。守ると決めたからには死んでも守るし、殺してでも守り抜く。

 殺すと決めたからには殺す。大切な人を殺させないためなら、誰を敵に回したって構わない。『絶対に殺させないためなら誰だろうと絶対殺す』それがボクの流儀だから」

 

 ユウキさんの言葉にお尻をけっ飛ばされたみたいな悲鳴を上げたロザリアさんは、転がるようにして青い光の中へとむかって走り出していき、途中で何度か転びながらもなんとか牢獄へと続く光の中へ逃げ込むことが出来た。

 

 彼女がその後どうなったのか、あたしが知ることは帰還後も一生なかったけれど、この一件で受けた心の傷を慮るとちょっとだけ心が痛くもなった。

 それだけの恐怖心を彼女は今日一日だけで与えられたのだ。

 

 ああ、確かに今日は厄日だなと、あたしは思った。

 この一件に関係した人たち全員にとっての厄日。黒い妖精の姿をした死神に祟られた半端ものたちにとって人生最大の厄日が、今ようやく終わりを迎えたのだった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

「ユウキさん・・・行っちゃうんですか・・・?」

 

 街まで戻って《黒の剣士》キリトさんが依頼人に依頼達成の報告をしに帰って行った後で宿屋に戻ったあたしたち二人は、なんだか落ち着かない様子のまま時間だけを無為に過ごしていた。

 

 しばしの沈黙の後であたしが言ったのが最初の言葉。「行っちゃうんですか?」

 

 それに対するユウキさんの返答はとても短くて、「うん。そろそろ戻ろうと思ってる」。

 

 予想していたとおりの返事に、あたしは思わずうなだれる。

 

 連れて行ってください、とは言えない。言えるわけがない。

 キリトさんのレベル78には届かなくても、ユウキさんだって75だ。あたしなんかの45より30も上も数字。さっきの戦闘で数字の差の恐ろしさを思い知ったばかりのあたしには、理屈の上でも感情による理由でも二人が住んでる世界の遠さを実感せざるを得なくなっていた。

 

「・・・・・・あ・・・あたし・・・・・・」

 

 言葉がでない。さっきまで平然と皮肉や嫌みを言い合えてたユウキさんが、今では凄く遠くに感じて言葉にできなくなってしまう。言っていいのか解らなくなってしまう。

 

 ーーあたし、ユウキさんとずっと一緒にいたいです。

 

 たった二日。それだけの短い期間しか過ごしてない関係なのに、あたしの中でユウキさんは印象深すぎたし衝撃的すぎる存在でもあった。

 忘れるなんて出来ない。思い出したら会いたくなる。また、笑顔がみたい。泣いてるところも、しょげてるところも、元気いっぱいな満面の笑顔もすべて、ずっと側で見続けていたい。

 

 ーーそんなあり得ない妄想に取り付かれつつあったあたしの前に、ユウキさんは笑顔で右手を握って立てた小指を差し出してくる。

 

「これは・・・?」

「約束」

 

 それだけ言ってユウキさんはあたしにも握り拳を作らせてから小指を立たせ、指切りげんまんの要領で上下に軽く揺り動かす。

 

「お姉ちゃんとボクが、よくやってたオマジナイなんだ。次会うまでの間に守っておく約束を交わすの。再会したとき、次のための約束をするために」

「次のための約束・・・」

「そ。今さよならして離れていくから、離れてる間だけ守る約束。“ずっと”続かない場所に行くときには、“ずっと”一緒にいられる場所へ戻ってこれるようお祈りするの。

 次会うために、今約束を交わして離れていくの。離れていくから再会するために約束を交わすの。また会えたときには別の約束を交わせるように“ずっと”続かない約束を」

「それは・・・・・・」

 

 ――とても素敵な約束ですね。

 あたしはたぶん、笑顔でそう言ったと思う。自分では見えないけど、たぶん笑えてたはずだ。たぶんだけど。

 

「じゃあ、約束です。ゆーびきーりげーんまーん♪」

「うーそついたらー、はーりせんぼんのーまsーー」

「嘘ついたら、ユウキさんがあたしと結婚してくれて、一生大事にしてくーれる♪

 指切った!」

「重いよ!? その約束はさすがに重すぎるよ!」

 

 重いです。乙女の初恋は地球よりも重いパンツより、もっともっと重いのです。

 それを奪ったからには責任とってもらいます。異論反論は一切受け付けません。

 乙女の愛の絆は・・・どんなに強力なソードスキルでも斬れませんからね? 覚悟してください、優しすぎるヒトデナシの絶剣さん♪

 

 

つづく



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12話「朝霧の少女と出会うために」

前回の失敗を気にして長い間放置状態になってましたが、ようやく踏ん切りがつきましたので更新させて頂きます。ネタは思いついてたのに変な拘りが邪魔をして放置してしまってごめんなさいでした。

今話は11羽に続く12話として考えていた話です。
元々プログレッシブから本編への繋げ方が原作話からだと思いつかず、オリ回で行くしかないと思いながらも、他の書かれてたSAO作品の影響気過ぎな内容な上に、「名作な本編との橋渡しを担う回でオリジナルはちょっと・・・」と言う妙な拘りによって長い間お蔵入りし続けてきたお話となります。

内容はサブタイトルの時点でわかるとおりに、ユイと絡めてあるオリジナルストーリーですが、時間軸的に彼女自身は出てきません。

Ⅱで最期を迎えたユウキの想いを消え去りそうなユイに伝えると言うお話です。
ややシリアス目な話ですのでご承知おきのほどを。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」

 

 低い姿勢から放たれるのは、アスナが持つレイピアの一撃!

 雷が一閃して通り抜けたみたいに光が走って敵との位置が変わり、最初にいた場所とは正反対まで遠ざかっているはずなのに、敵ボスと彼女の位置取りが逆転しただけーーそう錯覚してしまうほどアスナの剣は速くてスゴくて鋭くて・・・!!!

 

 ・・・・・・なによりボクたち男組(注:一人だけ元男が混じってます)がやらなきゃいけない事が何もかも無くなってしまうぐらいに強くなり過ぎちゃってました。ぶっちゃけ、彼女を守るとか言ってた昔の自分が恥ずかしくて死にかけてます。

 誰かボクを殺すか、掘り返されて暴かれないぐらいに深く埋めて・・・。

 

「・・・どうしよう、キリト。やれることがない」

「・・・言うなユウキ。俺たちにだって役割は振られているだろう? ほら、ボスの周りにPOPする取り巻きたちを狩ってまわってアスナを戦いやすくするという重要な使命がだなーー」

「露払いじゃん・・・」

「・・・だから言うなと言うに・・・」

 

 

 

 二〇二三年の現在。アインクラッド歴なんてものはないから階層で数えるけど、第56層・パニまで到達していたボクたちは徐々に強さを増すモンスターたちに苦戦しながらも一人一人が奮戦しながら努力してきたことで意外に死者数だけは少ないまま上がってこれてしまっていた。

 

 ーーそれと言うのも、大半のボスが彼女との一騎打ちに持ち込まれてボクたちから注意を逸らさざるを得なくなっているからなんだけど・・・。

 

「いくら何でも、強くなり過ぎでしょアスナ・・・このままじゃお嫁の貰い手がいなくなっちゃうよ・・・?」

「ユウキ・・・その言葉、絶対にアスナにだけは聞かれるところで言うんじゃないぞ。もし言ってしまった時には、俺は逃げる。悪く思うな、油断したお前が悪いんだから・・・」

「仮定の話で死亡が確定している上に、死につながる要因までボクのせいに特定されちゃってるんだけど!?」

 

 ひっどいミステリーもあったものだね! 名探偵が迷探偵になってるね!

 後それからだけど、ボクは死にたくないから死にません! なぜなら守りたい人がいるからです! それは・・・ボクの守りを必要としてない強さを持ったアスナさんです!

 

 ・・・・・・マジで少し死にたくなっちゃったね、今の一瞬だけだけど・・・。

 

「て言うか、キリト! あのボスは攻撃力が高すぎるから囮役は必須って言ってたのはどうしたのさ! ベータテスターの知識でチートするからビーターって呼ばれてたんじゃなかったの!?」

「・・・ユウキ、生き残るためにも覚えておかなくちゃいけない事があるから教えておく。

 俺がベータ版で上れたのは二ヶ月の間で8層までだ。それ以降に関してはネットで得ていた予備知識や経験測、引き籠もりゲーマー特有のゲーム勘と廃人プレイヤーのみが持つ特殊な廃人スキルなんかを駆使して遣り繰りしてきたんだ。つまりーー」

「つまり?」

「つまり8層どころか50階層より上まで到達している今の状況下での俺はーーただの凄腕ソロプレイヤーの一人にすぎない!」

「えばるなーーーーーーーーーっ!!!!」

 

 なんだよソレ! 1階層のボスの間でコボルトロードと死闘繰り広げてた時にかましてた、あのハッタリはどこ行ったのさ!?

 

「この、知識倒れ! 知識チートしか出来ない凡人! ボクの抱いてた《ビーターってなんかスゴそうなイメージ》を返せーーーーっ!!!」

「俺は手札がショボい時はとりあえず掛け金をレイズする主義なんだ」

「だ・か・ら・え・ば・っ・て・言・う・な!!!」

 

 今あかされる《情報を独占する汚いビーター・キリト》の衝撃の真実! 夢が壊された! ブロークン・ファンタズムだ! 

 前世でなんとなく抱いてた『強くてかっこいい美形の男キャラが、みんなが知らない知識を披露してスゲーかっこいい!』って言われてるシーンに憧れてたボクの夢が木っ端みじんでおじゃんだよ!

 

 

 ・・・はぁはぁと肩で息をついてるボクから体ごと目を逸らして(逃げたな・・・)キリトは何かを深く考え込むようなポーズで思案し始める。

 今までは格好良くみえてたけど、今のボクにはハッタリどころか単なる見栄としか思えないのが悲しくてつらい。

 

「でも、なんでこんなに急激なパワーアップが起きてるんだ? レベルやステータスだけなら俺と対して変わらないんだし、武器特性で俺の方がむしろ有利なはず・・・やべ、自分が悲しくなってきたから先いくわ。後でまたな、ユウキ」

 

 そして言い訳っぽいことを付け足しながら、物理的にも逃げ出すキリト・・・。戦いなよ、現実と。剣で倒せるモンスターじゃなしにさ。

 

「うん、ばいばーいキリト。また次のボス戦でねー」

 

 ボス戦限定の傭兵プレイヤーにして嫌われ者のビーター(他の人にはバレてないから大丈夫!まだイケる!)キリトが誰にも知られないまま一人だけ次の階層へ。

 キバオウさんたちはまだ慣れないらしくて、アスナの無双伝説に目をまあるくしちゃってる。・・・無理ないけどね、普通なら。

 

「・・・けど、どうしてここまで強くなったのかな~? ーーまさか“アレ”が原因なんて事はないだろうし・・・。うーん・・・さっぱり、わかんないや。後でアルゴさんにでも聞きにいこっと」

 

 ボクは気楽な声で言ってみたけど、実はあんまし期待してない。だって最近冷たいんだもん、アルゴさん。特にアスナの情報売ってって冗談混じりに言ってみただけで、苦笑いしながら本人に直接メール送ったりするんだもん! 陰険だよ! ひどすぎる!

 

 

 ーーでも、それも含めて“あの一件以来”からの出来事なんだよなぁ~。そう考えると、やっぱり関係あるのかな? ないのかな? わかんないねやっぱり。

 

 わかんないことは置いといて、ボクは小走りにアスナの元へと甘えにいく。

 今日もボクの生活はアスナに甘えるためにあるのです~♪ あんあん、あお~ん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーそれは昨年が終わりに近づいてる十一月、三十九階層のボス戦が目前に迫っていたある晩のことだったんだ。ボクは夜眠れずに、寝返りを打ち続けてた。

 

 理由は単純に昼寝をしていたからなんだと思ってる。十一月になって寒くなってきたから、たまには昼間っから宿屋をとってお昼寝してもいいよねって思ったからチェックイン。思いっきり熟睡できてスッキリしたけど、その間にボクを探し回ってたっぽいアスナから大量のメールが送られてきてて怖くなったから全部破棄。その後、お仕置きされました。

 

「う~ん、う~ん・・・・・・ダメだ。眠れない。少し外でも歩いて散歩してくるか~」

 

 そう言ってRPG風にフラフラと宿屋の外へとでたボクは、中世ファンタジー風異世界に存在している町の夜景に心トキメかざるをえなくなっちゃったんだよね! 男の子だから(元だけど)ね! 仕方がないよね!

 

 

 散歩から探検に目的を切り替えたボクは、町中を色々と見て歩いてみる。

 幸いにもって言うのは住んでるNPCたちに失礼すぎるんだろうけど、三十九階層の主街区は狭い田舎町だ。すぐに見て回れるし迷子になる心配もない。

 それになにより、この町にある建物は一つを除いてみんな背が低い。目立つ目標がひとつだけだから、目印に困ることはないだろうからね!

 

 

「ふんふんふ~ん♪」

 

 ボクは鼻歌を歌いながら、狭くて小さいドラクエとかに出てきそうな田舎町の夜の田園風景をおもしろそうに眺めて歩く。

 田舎だから夜になると人足はまばらって言うよりも、ほとんどいない。静かで物寂しいんだけど、なぜだかちっとも寒くならない。

 人の住んでる家から暖かさが感じられるって言うのかな? NPCの住人相手に変な言い方しちゃってる自覚はあるけどね。

 

(ーーでも、なんだか最近少しだけ変な感覚をNPCから感じるときがあるんだよなぁ~・・・。なんなんだろう? この感覚は?)

 

 ボクは首をひねりながら、考えても答えが出せたことがない悪い頭で、思い出しながら考えてみる。

 

 

 ーー考えながら歩いてたから気付かなかったけど、いつの間にか町で一番背の高い建物の前まで来ちゃってたみたい。

 

「田舎町の真ん中にたってる教会を見ると、ドラクエⅤを思い出すよね~」

 

 結婚式挙げたんだよねー、フローラと。

 周回プレイで、ビアンカともしちゃったけどね! 水の羽衣が手には入らなかったから大変でした!

 結婚するならお金持ちがいいって言う女の人の気持ちが少しだけ分かるゲーム、『ドラクエⅤ』はプライム値で再販して欲しいソフトです。

 

 

「ま、それはそれとして・・・夜の教会の中にレッツゴー! 飛び出せレヌール城の親分ゴースト! 正義はプレイヤーキャラクターの主人公にあーり!」

 

 城攻め気分で意気揚々と教会内へ突入~♪

 理由は不明だけど夜になると立ち入り禁止になって入れなくなることになってるのに、なぜだか普通に入れてイベントも起きないし神父さんもシスターも家に帰っちゃってる不思議が今あきらかにしてみせる!

 

「たーのもーっ!!!」

 

 ドーーーッン!! 扉を押し開けて元気よく乱入! 悪の城かもしれない教会に情けは無用! 礼儀も不要! すべてはRPG主人公の世界を救う使命によって正当化される、犯罪行為なのであーる!

 

 

「・・・・・・あ、ユウキ。こんな時間に、こんな場所に来るなんて珍しいわね。何かあった?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 きぃぃぃぃぃぃぃ・・・・・・バタン。

 古い扉を丁寧に閉じながら、ボクは改めて思いました。

 

 ルールは絶対、常識は大事。礼儀作法は絶対厳守しないとママからの怖~いお仕置きが待っているから気をつけましょう・・・と。

 

「じゃ、そう言うことで。よい子のボクはおうちに帰ってお布団に入り、寝る時間でしたので帰りますね。明日の狩りの時もよろしくお願いします、アスナさん。ではではログアウトーー」

「ーー機能なんてない。良識的で模範的な一般プレイヤーのフリして逃げようとしないの、ドラ娘。話があるからこちらに来なさい、今すぐに」

 

 ・・・逃走失敗! 先回り発言で牽制されて逃げられなくなってしまったよ! ボクのターンが終わってしまった! 相手のターンだ! 死ぬる!

 

「ううう・・・・・・夜にまでお仕置きは勘弁して欲しいよぉ~・・・・・・」

 

 うなだれながら閉じたばかりの扉を開けて、ゆっくりと教会中央にある女神様の像の前までやってきて、先に待っててくれたアスナの隣に立ってから一緒になってお顔を見上げる。

 世界観に合わせたのか窓枠には一枚だけステンドグラスが張ってあって、貧しい村に建つ教会でも人々が祈りを捧げる場所だけは綺麗にしておこうと言う、村人たちと神父さんたちの努力が垣間見られたことに少しだけ癒されるボクのお仕置き前に抱いてる傷心。

 

 月光が降り注いでアスナを普段よりももっともっと綺麗に見せてくれてるのもポイント高いぞ! 月明かり・・・グッジョブ!

 

「・・・どうしたのよ、今日はやけに静かじゃないの。いつもみたいに「わーい、教会教会た~のし~い~な~♪」って、はしゃいだりはしないの?」

「・・・・・・ちょっとだけ、今まで貫いてきたボクの生き方を改めなくちゃいけない気になっちゃいそうな感想をありがとう・・・。参考にさせてもらいます・・・」

 

 アスナの目から見たボクは、そこまでお馬鹿キャラだったのだって言う衝撃の真実を前にして、教会の謎なんかどうでもよくなっちゃったよ・・・・・・。

 ううう・・・ボクってそこまでお子様なのかなぁ~? 紺野木綿季ちゃんやって十年以上たってる訳だから、少しは女の子っぽいところも出てきたんじゃないかなーって自信深めてたばかりだったのに~・・・・・・。

 

「・・・アスナこそ、どうしてこんな時間にこんな場所まで来てるのさ? ここって何のイベントも起きないオブジェクトみたいな建物なんだよ? 『一刻も早くゲームをクリアしてリアルに帰還したい』が口癖のアスナが来るような場所じゃないじゃん」

「・・・・・・ユウキの中にある私の認識には大いに改めてもらう必要性がありそうなんだけど・・・まぁ今はいいわ。置いておく。修正はまた日が昇った後にでもね」

 

 朝日が昇ってからのお仕置き確定か・・・・・・死にたい・・・。

 

「・・・この前討伐したフロアボス攻略会議の時のこと、覚えてる?」

「ああ、うん。ちょっとだけぶつかっちゃってたよねー、キリトと」

 

 いやー、あの時は大変だったなぁー。

 少し前から別々に行動しているボクたちとキリトなんだけど、仲自体は前と変わらず良いままだ。時々あったら挨拶するし、たまには一緒にダンジョン攻略したりもしてる。

 

 ーーなのに、あの時に限ってだけは二人とも感情的になって言い争いを始めちゃって、周りの人たちからも心配そうな目で見られちゃってた。・・・主に、二人の間の真ん中が定位置になってるボクに対してね。ほんっとーに大変な思いをさせられました。

 

 二人が争点としてたのはNPCの認識についてであって、ボス攻略そのものからは脱線しがちになっちゃって、最終的には感情的な相違で噛みつき合いそうになったところを「おのれら、彼女いない歴=年齢なオタゲーマーの前で痴話喧嘩すんなや! 目の毒やから出てけ、イケメン黒づくめと嫁夫婦!」・・・キバオウさんによる血涙ながしそうな一喝によって強制終了させられたんだよねー。

 いやー、あの時はほんっとーにボクの居場所がなかったよ、あの会議の間中ずうっとね。

 

「あの時はごめんなさい。ちょっと色々あったせいかイライラしちゃってて、キリト君にも当たっちゃったし、後で謝るついでに食事を奢らせてあげようと思ってたんだけど・・・」

「・・・え? 謝りに行くのに、ついでとして御飯を奢らせるつもりなの・・・?」

「ええ、そのつもりだけど? それがどうかしたの? なにか変だったかしら?」

「いや、なにが変というか全部変しいかないと言うべきなのか・・・一応聞いておくけど・・・なんで?」

「恥ずかしいから。あと、なんか一方的に謝るだけなのは悔しい気がするから。以上」

「・・・・・・・・・・・・」

「以上」

「いや、二度も言わなくても聞こえてるから大丈夫だよ・・・?」

 

 なんだかなぁ~。この子はもう少しこう、ツンデレさんな魅力を発揮する場所と状況を選んでくれないものなのかなぁ~?

 

「なんだか最近、変なのよ私・・・」

「変・・・って、アスナが?」

「・・・ううん、私も変なんだけど、私以上に私たちを覆い尽くしてる周囲の空気そのものが変になってきている感じがするの」

「・・・・・・っ!!」

 

 アスナの抽象的すぎる言葉が、痛くボクの胸を突く。

 だってそれは、ボクがずっと前から感じ始めてて、必死に「そんなことない、そんなはずはない!」って心の中で叫び続けて否定し続けてきた恐怖感の源だったから。

 

 

「はじまりの街でデスゲームが始まったとき、私にとってのSAOはプレイヤーたちの怒りと絶望と恐怖に満ちた叫びが木霊する恐ろしいだけの世界に見えた。

 VRはおろかRPGさえはじめての私には、プレイ開始直後の和気藹々とした雰囲気が一変したこの世界は、そう言う風にしか見ることが出来なくなってたのよ。だから一秒でも早くリアルに帰りたかったの。

 この世界の街から、人から、他のプレイヤーたちから、《アインクラッド》という名の巨大な監獄宮から、SAOに存在しているあらゆる物から逃げ出すために」

 

 その時に感じた恐怖感を思い出したのか、アスナは自分の両手で自分を抱きしめてブルリと震える。

 VRは初めてだけど、RPGもMMOも経験豊富なボクにはかける言葉がどこにも見あたらなくて何も言えない。

 いや、きっとなにを言っても無意味なんだと思う。経験者が語る言葉には、未経験者が感じた想いへの理解は1ミリたりとも含まれてはいないから。

 相手のことを何も知らない赤の他人、そんなのが語る経験者としての経験則では絶対救えないのが負の感情を感じた思い出だ。

 

 それは決して誰とも共有できない、自分だけが背負って生きていくしかない、この世界で一番恐ろしい毒物。自分自身を内部から殺していく、悪意という名の呪いの効能。

 それは言う側も言われる側も深く深く傷つける結果を招くだけのものだ。絶対に言ってはいけない自己満足だ。言うべき言葉なら別にある。あるはずなんだ。それが見つかるまでは黙っていた方がずっといい。

 

 ボクは慎重に慎重にアスナの言葉を一見一句聞き逃すまいとして聞き耳を立て続けてる。前世のボクを殺した病、今生のボクをも殺しかけた呪い。

 それを彼女にかけてしまわないよう、慎重に慎重に相手の背負っている過去を言葉の断片から読みとるために・・・。

 

 

「・・・それらの狂騒は、ゲームが進むと共に落ち着きを見せ始めたけど、私を囲む状況は酷くなる一方だった。私には、ゲーム初心者として他のプレイヤーたちと認識に違いがありすぎてたから・・・」

「・・・・・・」

「周りにいる皆にとっての“当たり前”が、私一人だけ異常に感じている状況。

 皆の言うことが理解できない、言ってる言葉が分からない、どうしてそれが当たり前なのかが受け入れられない・・・。そんな場所が嫌で嫌で仕方なかったし、みんなの言う“当たり前の事”として《はじまりの街》で起きてた狂騒があるんだったら、この世界は本当に怖くて嫌な場所だと心底から思っていたの。

 

「でも、それは私が初心者だからこそ感じてたことで、ユウキやキリト君と出会ってからは徐々に薄れていってた。キズメルさんみたいに心を持ったNPCの存在が私の心を救ってくれもした。

 ああ・・・この世界にも生きている人はちゃんといる。世界は決して《あの街》だけで出来てないんだって、そう思えるようになっていってたのよ」

 

 そこでアスナは言葉を一度切ってから「でもーー」と、暗くて冷たい感情を押し殺したみたいな声で、恐怖を無理矢理にでも抑え込もうと必死になって足掻いてるみたいな苦しみの声を押し出して、“それ”を告げる。

 

 

「最近になってNPCたちに話しかけても、何の感情も感じなくなった。相手からどうとかじゃなくて、自分の中から相手に対して抱く感情が沸き上がってこなくなってしまったの。

 最初はただの思い違いなんだと思ったわ。さり気なく周りの人たちにも話してみたし、キリト君にもなにか違和感を感じたことはないか確認してみたけど『システム的にありえないから』って。

 むしろ、頑張りすぎて疲れてるんだよって言われて、励ましてまでもらえたから安心しきってたんだけど・・・」

 

「でも、違和感は日に日に増して行くばかりで一向に改善されないまま。NPCたちは今まで通りに接してくれてるはずなのに、私たちも今まで通りと同じで、変わらず話しかけているはずなのに・・・。どうしてだか分からないけど、私はある時こう感じてしまったの。そうとしか思えなくなってしまったのよ。

 今の彼らの瞳に、私たちの姿は“映っていないんじゃないのかな?”・・・って」

 

「そう思ってしまった瞬間から、私には彼らが無機質な人間もどきにしか見えなくなってたわ。

 それまで人間と同じで感情のあるAIとして見ていた彼らから魂が抜け落ちて、デジタルデータを掛け合わせて造っただけの数字の塊である自分自身を受け入れてしまったかのような、人間もどきに過ぎない自分たちの運命を甘んじて享受する道を選んでしまったみたいに何も映し出さない感情のない瞳で見つめられるのが嫌で嫌で仕方がなくなってしまったのよ。いっそ、モンスターをけしかけて脅かしてみれば、もしかしたらまた以前みたいにキズメルさんみたいにって思うぐらいに・・・・・・」

「アスナ! それは・・・その方法は・・・!!」

 

 驚いて大きな声を上げたボクの叫びに、アスナは対照的な静かな態度と声音で首をゆっくりと振りながら。

 

「わかってる、それが許されない行為だって事くらいはちゃんと認識できてるの。

 でも、それと同じくらいに私には・・・私とキリト君には私たちの『先』が見えてしまってる・・・。だから怖いの、辛いのよ・・・」

 

「今はいいわ。Mobもフロアボスも、ソロで挑めば返り討ちにあう敵だろうともレイドを組めばなんとかなる。ソロのままでもボス攻略の時に合流する程度でクリアできてる。

 でも、この先は? この先もずっとこのまま、私たちが誰一人としてギルドに入らず、組織の力を振るわないままゲームクリアまで行けるのかしら?

 キリト君はどうかわからないけど、私は無理だと思ってる。私は近いうちに必ずギルドに入っていて高い権限と発言力を有する高位の地位に付くことになるだろうなって確信してる。

 これは攻略組のみんながギルドを作ってレイドに参加し続けてる中で、私たち三人だけがソロで傭兵としてボス攻略の時限定で参加させてもらえてる実績からくる言葉だもの。父の会社を見てきただけの私にだって、そのくらいの未来は先読みできるわよ。

 そして、もしそうなってしまった時、私は私の中にある“恐怖”を消し去ろうとしない自信が、どうしても持つことが出来ないの・・・・・・」

 

「きっと今のままの私が組織の力を手にしたら、私に恐怖を味あわせる対象を消し去ろうとしてしまう。

 どうせ一度消してもすぐにPOPして元に戻ってしまうと分かっていても、それでも私はおそらくやってしまう。指示してしまう。作戦案を上申してしまう。

 そうなる未来には確信が持てるのに、そうならないで済む未来への道筋がどこにも見えない、見つからない・・・。誰かに助けて欲しくて縋りつきたくなってた時に、この教会を見つけたのよ。

 気が付いたら時間も考えずに入っていて、何時間もひたすら女神様のお顔を見上げ続けていたわ。なぜだか彼女にだけは昔のNPCから感じてたのと同じように、私を安心させてくれるのよ。

 まるで、『見ているからね。心配しているからね。あなたは一人じゃないから、安心していいんだよ』って励まし続けてくれてるみたいに。

 『大丈夫だよ。私はあなたたちをずっと見てきたし、これからも見続けていくからね』って、迷子になって寂しくて泣いちゃってる子供をお母さんが抱きしめてくれた時みたいに、優しく包み込んであやしてくれてる。そんな錯覚を感じさせてくれるから大好きだった彼女たちの視線を彷彿とさせてくれるから・・・」

 

 ーーアスナの話を聞きながら、ボクはずっと思い出の中にいた。

 それはデスゲームが始まった瞬間。あの《はじまりの街》の空を覆ってた血の色が晴れて、中央広場が一万人近くのプレイヤーたちが叫んで殴って罵倒しあう混沌のただ中へと叩き落とされた瞬間からボクが感じ続けていた、それまでとの『差異』。

 デスゲーム開始と共に始まった“違和感”。

 

 

 実のところゲームとしてのSAOを初めて最初にプレイ開始したとき、アインクラッドの大地を踏み締めた瞬間にも、ボクはあんまり思うところがなかった。

 アバターは現実の紺野木綿季ちゃんの体をそのままスキャンしただけだから、愛着はあっても愛着以上の物はない。現実のそれと瓜二つの見た目をしたデジタルデータの塊、それだけだった。リアルのベッドの上に置いてきた木綿季ちゃんの身体が着飾って人に見せてあげられるわけでもなかったしね。

 

 現実ではあり得ないお洋服を着せ替えられるのは楽しかったし嬉しかったけど、それはゲーム上で行うお人形遊びの延長線上のことであって、自己満足の域をでるものじゃ全くない。

 リアルの木綿季ちゃんが色々な服を着て周りの人たちに見てもらい、楽しんで笑い合えるパーティー系のMMOだったら楽しめてたのにな程度は思ったりもしたけどね。

 

 

 だからボクにとってのSAOがはじまったのは、実はデスゲームが開始した瞬間からだった。

 それまでに感じなかったナニカを、ボクの身体は明確に感じ取れてたんだ。

 

 

 

 それが転生者に与えられる転生特典なのか、あるいは紺野木綿季ちゃんが元々持っていた特殊な能力によるものなのか、はたまたデスゲームと出会うことで(あるいはVRと接し続けることで)芽生えるはずだった能力が、本来の進み方とは違う道を歩んできた今野悠樹の転生体である紺野木綿季が操るアバター・ユウキだからこそ早咲きの早熟として目覚めてしまったのかもしれない。

 

 それともーーもしかしたらだけど、何も出来ないまま、誰の役にも立てないまま死んだボクが浅ましい欲望で抱いただけの願望でしかないのかもしれないけど。

 

 ボクが此処に来たからこそ救える誰かがいて、その誰かを救うために、その為だけにボクは此処でこうして生き続けているのかもしれないなって、そう言う願いもない訳じゃあない。

 

 でも、その答えはわからない。たぶん、一生かかっても。

 

 それでも、何もわかってないボクにだって感じ取れるものぐらいはある。

 

 《視線》だ。

 

 何気ない会話を誰かとしているときに、隣で誰かが微笑ましそうにボクたちを見ていてくれてる視線を感じることがあった。

 ちょっとした行動の折に触れて、ボクたちと一緒になって誰かが喜びを共にしたそうに見てきている視線を感じ続けてた。

 

 そして、《はじまりの街》の石碑に誰かの名前が刻まれる度、声を上げて泣き叫んで悲しみに暮れる《女の子の視線を》ボクはずっと感じ続けて、励まされ続けてきたんだ。

 

“この世界は閉ざされて、あなたたち以外には誰もいなくなってしまったけれど、私はまだ此処にいます。此処からあなたたちを見ています。見続けています”

 

“誰かが死んで悲しいときには側にいます。一人が寂しくて泣きたいときには一緒に泣きます。辛いときには一緒にいます。苦しいときにも一緒にいます”

 

“一緒にいることしかできないけど、それでも私はあなたたちと一緒にいます。一緒に居続けていたいと心のこそから願い続けます。だから、お願い。死なないで・・・”

 

 ーーって。

 小さな小さな女の子の声が、視線と一緒にかんじられるんだ。感じられてきてたんだよ。

 

 でもーーそれが何時の頃からか弱くなってきはじめた。

 キリトが別行動を取り始めた頃と時期的に重なってたからボクなりに悲しくなっちゃってノスタルジーに浸っているのかもしれないなって、そう思おうとしてはみたんだけどね。

 よく考えて思い出そうとしなくても、重なってた時期はこじつけに近い誤差じゃ済まない時間差がありすぎてたから無理矢理過ぎた。結局ボク自身の抱いた疑惑で、ボク自身の願望が破綻しただけで終わっちゃったんだよ、その時の不安に関してだけは。

 

 けどーー。

 

「“そこに行けなくてごめんさい、癒してあげられなくてごめんなさい、作られた偽物の命でしかないくせに、与えられた役割も果たせない役立たずのまま消えちゃう私を許してください”」

 

 驚いてボクの顔を見つめてくるアスナの視線を感じはしたけど、別に確認する必要はなかったから振り向かない。そうする必要なんてない。

 “あの夢を見たことのある人なら”誰だって今の言葉だけで全てが伝わるはずだから・・・。

 

「ユウキ・・・あなたも見たの・・・あの夢を・・・?」

 

 ボクは女神様を見上げたまま、視線を動かすことなくうなずくだけで返事をする。

 何となくだけど、この女神像は夢の中で泣いてた女の子と、少しだけ似ている気がしなくもなかったから。

 

 長い黒髪で白い服を着た小さな小さな女の子。

 無表情にただ真っ黒い空間に、ただ浮かんでるだけなんだけど、その姿を見た瞬間ボクの脳裏に直接届くイメージがある。泣いてる子供のイメージだ。

 ごめんなさい、ごめんなさいって、繰り返し繰り返し謝り続けて泣き続けて、徐々に徐々に足下から崩れ去って、崩壊していく不吉なイメージ。

 

 それがボクのーーそしてアスナの最近見てきた悪夢の中での出来事だった。アレを見てたからアスナは昔のようにNPCと仲良くできなくなっちゃって、此処から出たくて悪夢を見なくてすむ現実世界へと帰還したくて、一刻も早く一秒だけでも悲しみの中へと沈んでいく女の子のイメージから解放されたくて攻略の鬼になろうとしてた。

 

 他の人たちには決して共感できない想い、見た人だけが理解できる願い。

 まさしく“知っているか知らないか”で人を区別されてしまう、ヒドい現象だなって心の底からボクは思い続けてる。

 

 

「そう言えば、この教会だけは昔のSAOと同じ空気が漂ってる気がするね。なんだか懐かしい気がするよ。変なの、まだ一年も経っていないはずなのにね」

「うん・・・。私も、そう感じてたからここに引き寄せられたんだと思う。ここでならまだ“あの子”に私たちの声が、言葉が届けられるかもしれない・・・そう思ってたんだと今は思ってる・・・」

「ふーん」

 

 ボクは女神様の顔に目を凝らしてみる。けど、やっぱりそこには何も見えない、見いだせない。きっとここに彼女はいない、別の場所からボクたちを見てる。見ていたいって願い続けてるのに、見ているのが辛くて止めてしまおうとしちゃってる。

 

 自分は、この世界にとって必要ない存在で、何一つ与えることもできないまま、自分も悩んで苦しんで、その果てにただ消え去る運命しか用意されていないなら、いっそ今この瞬間にいなくなってしまった方がいい。そう考えるようになってしまったんだと思う。

 

 だからボクは、想いを言葉にして伝えようと思う。

 伝わらないかもしれないけど、無駄な徒労に終わるのかもしれないけど。

 でも、もしかしたら“伝わるかもしれない”。ナニカが変わるのかもしれない。

 その変化は、禄でもないものかもしれない。素晴らしいものかもしれない。何も変わらないまま、変えようとしただけで終わる徒労しか生み出さないかもしれない。

 

 それら全部が、“可能性のひとつ”でしかない。

 良い未来も、悪い未来も、何も変わらないまま変えられないまま進んでいく未来もすべて。今のボクたちから見れば、迎えるかもしれない未来の可能性のひとつに過ぎない。

 

 同じ可能性のひとつでしかないなら、出来るだけ明るい未来が来て欲しいじゃない? 素敵な未来が待ってて欲しいと願うものじゃない?

 だからボクはお願いするんだ。こんな素敵な未来が待っててくれますようにって。

 

 だって、願うだけならタダだからね! タダで良い夢見られて明日も頑張る元気がもらえるなら安い商売さ! ボロ儲けだよ!

 そして、儲けたお金と元気で夢見た未来に一歩でも近づけたなら超大儲け! 元手0からはじめられるビッグな夢の叶え方のコツは、素敵な未来を夢見ることから! これ基本!

 

 

「女神様、ボクも考えてたことがあります。自分はどうして生きているんだろう、こんな自分が世界に存在している意味はなんなんだろうって。

 周りの人たちを困らせて、たくさんのお金や機械を無駄遣いして、自分も悩み苦しんで、その果てに待っているのが避けられない終わりしかないのだから、今この瞬間に消えてしまった方がいい。その方がきっと、みんなにとっても厄介払いが出来て助けになるはずだ・・・。何度も何度もそう思ってました。そう思って生きてきました。

 なんでボクは生きているんだろう、まだ死んでないんだろうって、ずっとずっとそう思い続けて生き続けてきたんです。

 でも、その考え方はーー」

 

 前世のボクと、今のボク。

 今野悠樹と、紺野木綿季。

 

 二度の人生で二度とも味わい、思い続けた想いと絶望。

 もうこんなのは嫌だと何度思ったかしれない。こんなに苦しいなら死んだ方がマシだって、何万回心の中で叫び続けてきたか数えてたのは最初の百回までだった。

 

 何億回もボクは心の中でボクを殺してきた。何億人もの今野悠樹の死体の上に、今のボクは紺野木綿季となって此処に立ってる。立っていられてる。

 

 だからこそ言える。価値のない自分を無価値だと自覚したボクだからこそ言える。

 その想いはーー願いはーー

 

「ーーただの逃げだ。自分以外の誰も救えないし、救われない。

 ただ悲しみと嘆きを振りまきまくって、自分だけは気持ちよくあの世へ逃げる敵前逃亡。傲慢な生の末に選んだ自己犠牲を装った自己満足の極地。糞食らえだね」

 

 吐き捨てた。気持ち悪い想いを、胸の底からすべて欠片も残さないよう全力で。

 

「だって、少しでも考えれば分かる事じゃないか。自分が死んでも自分にかけたお金は誰の元にも戻ってこない。自分が救えなかった人たちは、二度と帰ってくることはない。

 偽物だろうと本物だろうと命は命だ。この世界にひとつしかない、一人しかいない。代わりはないんだよ。少なくとも、君を知る誰かにとっての君は君だけだ。君しかいない。代わりになれる人なんか、この世界のどこにも存在していない。

 君と過ごした時間を大切に思う気持ちは相手の物だ。君の物じゃない。君の物以外に、君が死んであの世へ持っていける物なんて何一つありはしないんだよ。

 君の傲慢な願いで、絶望で、君一人の死で他の誰かを傷つけるなんて勝手な真似をしようとしているならボクは絶対キミのことを許さないからね。覚悟しとくんだよ」

 

 アスナが唖然とした表情でボクを見てるのが分かる。

 うんまぁ、普通はそうだよね。それが普通の反応だよね。死のうとしている人相手に言う台詞じゃないですよね、ちゃんと分かってますごめんなさい。でも、ボクはこういう奴だから仕方ないよね、しょうがないよね、だから我慢してね女神様とアスナ様。

 

「もしキミが誰とも時間を共有しないまま消えようと言うなら、それは単なる自殺だね。誰のためでもない、自分が苦しいから死にたいだけの平凡な自殺。普通の死。

 自分のために生きて、自分のことだけを考えて、自分の傲慢きわまる自己満足の果てに、自己犠牲で死を飾って美化しながら死んでいこうとする浅ましい死に方の典型例。最低だね、反吐がでるよ。

 やーいやーい、引き籠もりのイジケ虫ー! イジメられっ子のおたんこなすー、ちんちくりんの貧乳チビー♪」

 

 散々にイジリまくって扱き下ろしてから、ボクは改めて女神様の顔を見つめて指でっぽうの銃口を向けて言い放つ。

 

「もし、少しでも言い返したいと思ったなら、あっかんべーって舌を出すためにボクの所までやってくるといいよ。

 悔しさでも負けず嫌いでもライバル心でも、愛でも恋でも友情だろうと生きていられて死にたくないと思う理由の根拠になるならオールオーケー! だいじょーV!

 生きてこそ得ることの出来る思い出をボクと共有するために、ボクの所までおいで女神様! ぼっちプレイヤーのボクは、いつだって友達プレイヤー募集中だよ!」

「ユウキ・・・!!!」

 

 あ、アスナのい好感度が凄く上がったのを実感したぞ! やったね!

 

「それにほら、同じ死ぬでも今のままだとキミ、ボクの中での評価最低ランクだよ? 自己犠牲どころか自己満足で死んでくだけの、身勝手でわがままなお子様の典型例なんだよ? そんなの嫌じゃない? だから早くボクの所までおいで? お互い死んでないうちに。キミが死ななくても、ボクが死んじゃうと一生訂正できなくなっちゃうよ?

 言っとくけどボクが弱いからね! ゲームクリアまで生き延びれる自信なんか全くもってないんだからね!」

「ユウキ・・・・・・」

 

 ああっ!? せっかく上がったアスナの好感度が急激に低下していくのを実感できちゃう! むしろ何もしなかったときの方が上がってような気さえする!

 ちくしょうめ! 選択肢選び間違えた! アスナ攻略ルートは1からやり直し決定だ!

 でも、選んじゃった選択肢は取り消せないからこのままプレイ続行だ! リアルにリセットボタンはない! やっぱりリアルはクソゲーだね!Byゲーム神様! そんな詰まらない世界でボクたちは生きている!

 

「ま、死ぬことを自分で選べるなら今じゃなくても、いつでも死ねるんでしょ? だったら今はひとまず生きてみたら? いつでも死ねるのに今死ぬ必要ないでしょ。

 どうせ死んだら何もかも全部が消えてなくなって、罪悪感も苦しみも心の痛みも思い出せなくなるんだし」

「台無し・・・・・・」

 

 うん、ボクもそう思う。本当にヒドい奴だよねボクって! 紺野木綿季ちゃんゴメン! 今のキミの中身はこんな奴です。

 

「んじゃ、アスナ。言いたいこと言ってスッキリしたから帰ろっか? こんだけ騒げば疲れてグッスリ眠れてスッキリして明日は気分も元の状態に戻ってるって」

「・・・ユウキって時々、ものすごく良いこと言うんだけど、その後に必ずオチがつく残念な星の元に生まれてきた子よね。なんでなのかしら?」

「さぁ~?」

 

 生まれてきたときに見えてたのは、知らない天井だったからなー。分厚いコンクリートの天井が邪魔をして空に浮かぶお星様なんて見てません。だから全然まったくわかんなーい。

 

 

 

 こうしてボクたちが過ごした、特に意味のない教会での夜は終わった。

 これが発端なのかはわからないし、調べようもないんだけど、アスナとボクが見ていた悪夢はパッタリ途絶えて、周囲の空気も元に戻った感じがする。感じだけだけども。

 

 確認しようがないから気にしてもしょうがないんだけど、偶に女神様へのお供え物を持って教会を訪れるのがボクの習慣になってたのが、後にボクとアスナが所属することになる《血盟騎士団》の初代本部が辺鄙な田舎町に置かれる理由になることをボクはまだ知らない。

 

 

 

 

 

“ーーわたしも負けずに頑張りますから、ママたちも頑張ってください!

 特に! わたしが行って、あっかんべーをする前に死んだりしたら、お尻ペンペンですからねユウキママ!”

 

 

 

「・・・・・・ぶるり」

「どうかしたの? ユウキ?」

「いやその・・・全くもって見に覚えがない言いがかりを理由にして、小さな女の子にお仕置きされちゃってる自分のイメージを幻視しちゃった気がしてね・・・・・・」

「・・・・・・ユウキ、あなた疲れてるのよ。今日はもう休みなさい。そして明日はポーションを飲んでから病院を探しに行きましょう。ね?」

「ちがーーーーーーーーっう!?」

 

つづく




*一旦アインクラッド攻略編は章分けを解除して「ありえたかもしれない、ユウキと○○編」と明記させて番外編扱いに変えさせていただきました。

単にPKKはヤバすぎたと言うだけですので、話を先へ進めるためにこそ必要な措置ですから、どうかご容赦のほどを・・・!


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「12話・変更前の部分」

オリ回如きで使っていいネタかどうか判断できずに急遽一部を差し替えた昨晩の12話ですが、どうしても気になって眠れなかったので変えてしまった部分だけを書き換える前の原本として別枠にて投稿しておきます。


多大な原作ユウキの自己解釈が混じりまくっていますので、彼女のファンの方は読むのを控えた方が宜しいかと。

つくづく原作で深すぎるキャラに転生させると手に余ることが多すぎるなと思った回でした。


「女神様、ボクも考えてたことがあります。自分はどうして生きているんだろう、こんな自分が世界に存在している意味はなんなんだろうって。

 周りの人たちを困らせて、たくさんのお金や機械を無駄遣いして、自分も悩み苦しんで、その果てに待っているのが避けられない終わりしかないのだから、今この瞬間に消えてしまった方がいい。その方がきっと、みんなにとっても厄介払いが出来て助けになるはずだ・・・。何度も何度もそう思ってました。そう思って生きてきました。

 なんでボクは生きているんだろう、まだ死んでないんだろうって、ずっとずっとそう思い続けて生き続けてきたんです。

 でも、その考え方はーー」

 

 前世のボクと、今のボク。

 今野悠樹と、紺野木綿季。

 

 二度の人生で二度とも味わい、思い続けた想いと絶望。

 もうこんなのは嫌だと何度思ったかしれない。こんなに苦しいなら死んだ方がマシだって、何万回心の中で叫び続けてきたか数えてたのは最初の百回までだった。

 

 何億回もボクは心の中でボクを殺してきた。何億人もの今野悠樹の死体の上に、今のボクは紺野木綿季となって此処に立ってる。立っていられてる。

 

 だからこそ言える。価値のない自分を無価値だと自覚したボクだからこそ言える。

 その想いはーー願いはーー

 

「ーーただの逃げだ。自分以外の誰も救えないし、救われない。

 ただ悲しみと嘆きを振りまきまくって、自分だけは気持ちよくあの世へ逃げる敵前逃亡。傲慢な生の末に選んだ自己犠牲を装った自己満足の極地。糞食らえだね」

 

 吐き捨てた。気持ち悪い想いを、胸の底からすべて欠片も残さないよう全力で。

 

「他人に自分が生きてる理由を求めるのは逃げだ。他人のために生み出されたと言いながら、誰の役にも立ってないから誰にも知られない内に死を選ぶのは逃げだ。ボクたちは一人で悩んで苦しみ抜いて、誰かに助けを求めても応えてもらえないまま生きていくしかない。生きて行かなくちゃ行けない。

 いつかきっと“答えは手に入る”。それを信じて生きていく事しかできないのが人間なんだよ。

 それは誰かに与えてもらえる物なんかじゃない。誰かに教えてもらうものでもいけない。自分自身で誰かと一緒に生きて行って生き抜きながら、痛くて辛くて苦しんで最後の瞬間にやっと手に入る“かもしれない”もの。それが生まれてきた意味と、生きてきた目的なんだと思う。それで良いんだとボクは思ってる」

 

 苦しくて辛い、無意味だと感じ続けた前世の人生最期の瞬間。

 ボクは心の底から生まれてきたことを、生んでくれた家族のことを、苦しさだけを味あわせやがってコノヤローと長い間ずっと恨み続けていた看護婦さんや主治医さんのことを“今までありがとう”って感謝しながら死んでいけた。それは多分、幸せなことなんだと思う。少なくとも、誰かのことを恨みながら死んでいくよりかはずっと。

 

「もしかしたら答えを一緒に見つけられる人と出会えるのは、人生最期の一瞬だけかもしれない。ほんの一時のためにそれまでの全てと、それからも送れるはずだった長い時間とを捧げないと手に入らないのは、出会いの切っ掛けに過ぎないかもしれない。

 そうまでして手に入れたのに、最後の答えを与えてくれるかどうかは相手次第の運任せみたいな博打になるかもしれない」

 

「それでもボクは、一人で苦しむだけの長い人生よりかはマシだと思う。ずっとずっとマシな短い一瞬だけの素敵な人生なんだと思ってる」

 

「意味は入らない。あの世に持って行くのは自己満足だけで良い。他には何も持って行きたくないし、友達が悲しんで付いてこようとするのは迷惑としか言いようがない。

 たとえ、“ボクがいなくなって悲しいよ”って言われてもボクはこう言う。“今すぐついて来たら怒るよ”って」

 

「ボクは人が死ぬのは嫌だ。キリトが死んだら悲しいし、アスナが死んだらもっと悲しい。アルゴさんもエギルさんもキバオウさんだって死んでほしくない、生きててほしいって心の底から思ってる。その為ならボク一人の命ぐらい、いつでも掛けられるだけの覚悟はとっくに出来てる」

 

「でも、それはボクの命で誰かの命が救えるときにだけ選ぶ価値のある選択肢だ。誰の命も救えないのに、救えないことを悲しんで死んだんじゃ無駄死にもいいところだよ。

 ボクたちは生きているから、誰かのために死ねるんだ。

 誰かを命がけで救えるかもしれないのは、死んだ最強剣士の亡霊じゃない。生きてる人の“この人のために何かをしてあげたい”っていう、想いだけなんだよ。

 それがなくちゃ最強の聖剣もナマクラ以下の切れ味すら出せなくなるから。救う力を振るう意志がなくなってしまうから」

 

「もしかしたら、何も出来ないかもしれない。役立たないかもしれない。自分になら出来る、勝てるって信じながら挑んでも抗えないかもしれないし、絶望するだけかもしれない。圧倒的な現実の前に膝を屈して立ち上がる力すら沸いてこなくなる時がくるかもしれない。・・・なぜだか分かるかい?

 それはね・・・“勝ちたい倒したい、自分は何かをしなくちゃいけない”って言う想いは、自分一人の物でしかないからなんだよ。誰のことも考えてない、あの世に持ってく時だけ重要になる自己満足じゃ自分以外の人を救う戦いには決して勝てないし倒せないんだよ。

 “誰かのために行う行為”を自分の意志でも何でもない、義務として行ってるだけなのに“相手の役に立ててない”って思いこもうとするのは逃げだ。都合のいい幻想だよ」

 

「人のために何かをするのは、“自分がしてあげたいから”。ただそれだけでいい。エゴでも全然かまわないんだよ。どうせ人助けなんか親切の押し売りでしかないんだから、相手の都合なんか聞く耳持たずに“わたしがしてあげたいんです!”とでも言ってグイグイ押しまくっちゃえばいいんだよ。そうすれば相手がキミを必要としてるかしていないのか嫌でも分かる時が来ちゃうから」

 

「・・・もしも今、苦しくて死にたくなっちゃってるなら、自分にいたい想いをさせてきた人たちのことを思いだしてごらん。自分がどうして彼らのことを考えて痛がってたのか自分のことを見る鏡に使ってみるといい。きっと嫌なことがいっぱい思い出せてくるから。

 痛い想いをさせてくる奴、憎たらしいと思った奴、殺してやりたい死んでほしい、そんな嫌で嫌で仕方がない大嫌いな人たちを思い出せば思い出すほど、自分が救いたい助けたいこの人だけは大好きだ!って思える人たちが光り輝いて尊い物に見えてくるから。

 この人の元にいきたい、この人と一緒に過ごしたい、死ぬまでの短い時間だけでも一緒にいたい、この人の胸の中に抱かれて死んでいけるんだったら、長い長い苦しかっただけの旅路の終わりを笑顔で迎えられるかもしれないって思える人が絶対一人は見つけられるはずだから」

 

 だからーー、ボクは言う。残酷で残忍な言葉を、言う。

 辛くて苦しんで泣いてる子供にかける言葉じゃないんだろうけど、救いとは真逆の痛みしか与えられない虐待のような言葉と知った上でボクはこう言う。

 

 ーー生きてっ、て。

 

 ーー“そこ”はキミの死ぬ場所じゃないんだよっ、て。

 

 ーー人にはきっと、生きるべき場所と死ぬべき場所があるから。それを見つけるためには安全な揺りかごから、危険きわまるフィールド地帯に出て行かなくちゃいけなくなる時も必ずあるから。

 

 死者たちに置いて行かれた子供たち(生者たち)は、自分のためにも死者たちの分まで生きなくちゃいけない義務があるんだとボクは思ってる。

 だって彼らの死で苦しみ抜いた末に死んだりしたら、その人たちの死はボクを苦しませるためだったって事になってしまうから。

 その人たちが生きてきた人生は、それまで歩んできた旅路のすべてがボク一人の自分勝手なわがままが原因で無意味になるなんて絶対に嫌だと思うから。

 

 

 

 

「ボクはきっと、キミの感じてる痛みから救ってあげることは出来ないと思う。苦しむ気持ちを和らげてあげることすら出来ないかもしれないって事になさけない自信をもってもいる。

 きっとボクはキミと一緒に過ごしてあげることしかできない。一緒に笑ってバカやって、飲んで食べて歌って騒いで後には何も残らない。残してあげることが出来ないと思う。キミの大事に思ってる物を何も守ってあげられない・・・そんな気がしてる。

 ーーううん。それどころかボクは多分、君を泣かせることになると思う。悲しい気持ちになって「ごめんなさい」って言わせちゃう・・・理由は分からないけど、そんな気がする。

 だからボクはキミを救うことも守ってあげることも出来ないんだ。これは絶対の約束だよ」

 

 けどねーーと、ボクは後に続ける。

 あの時彼女と交わした約束が、胸の奥から叫び声をあげてる気がしたから全力で言う。

 

 ここまでは僕の思いだ。今野悠樹の想いでしかない。

 

 だからここからはキミの番だ、木綿季ちゃん。

 僕の一生は、僕の旅の続きだけど、キミの歩めるはずだった旅路のひとつでもあるんだよ? だから、選んでいいんだ。わがままを言っちゃって良いんだよ。キミの命だ、好きに使って構わない。責任はボクが取ってあげるから。キミがもし“この場にいたら叫びたいと願った想いと願い”を口にしちゃって構わない。

 

 我慢は入らない、必要ない。そんなことする時間はもったいない。

 

 僕たちの命は有限だ。時間はずっと流れ続けてて、苦しんでても我慢してても死にたいと思い続けてるときだって生きてる時間は続いてる。減り続けてる。無駄に我慢をする贅沢なんか、貧乏暮らしのボクたちに許されるほど余裕ないんだよ!

 

 だから言っちゃえ、木綿季ちゃん! 君の思ってた我が侭をぜんぶ目の前の女神様に八つ当たりでぶつけちゃえ! この身体の現所有者であるボクが許可する! やれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・家に住んでた頃、ママはよくお祈りの後にボクと姉ちゃんにこう言ってくれてたんだ。『神様は私たちに耐えることの出来ない苦しみはお与えにならない』って。

 それがボクには不満だったんだ。本当は聖女じゃなくて、ママ自身の言葉で話して欲しいってずっと思ってた。

 でもね、最期にもう一度あの家を見たときに分かったんだ。

 “言葉じゃない”、“ママは気持ちで包んでくれてたって”。ボクが最期までまっすぐ前を向いて歩いていけるように、ずっと祈ってくれてた。あの時になってようやくそれが分かったんだよ・・・」

 

 でも、旅を終えて振り返れるようになった今ならわかる。今だからわかる。

 今なら言ってもいいんだよって、自分を許せるようになったから。

 

「ママの気持ちは嬉しかったし、感謝もしてる。不満なんて少しもない。

 でも・・・それでもボクはママの口からママの言葉で聞かせてもらいたかったかな。

 “負けるな、木綿季。がんばりなさい”って・・・」

 

 ボクの声は“久しぶりにこの身体でしゃべるせいで”うまく呂律が回らなかったのか、アスナが不思議そうな顔してボクを見つめてくる。

 

「・・・ユウキ?」

 

 ーーああ、久しぶりにあう世界で一番大切な人と言葉を交わしていられる余裕もないなんて、神様は本当にダメな神様だなぁ。そんなだから今にも崩れ落ちそうなオンボロ教会から出ていけないんですよ?

 

 でも、今このときだけは神様の貧乏に感謝しなくちゃいけないかな。あの場所じゃなかったら、ここへの縁が結べない。ボクが此処に来ることは出来なかっただろうから。

 

「ボクは好きな人から言われたことがあるんだ。『どうしたらボクみたいに強くなれるの』って。

 聞きたい人の声が聞こえない、向かい合って話しても心が聞こえない。自分の言葉も届かない。どうしたらボクみたいに『ぶつかり合ってでも気持ちを伝える勇気がもてるのか』って。

 全然強くなんかないボクのことを、パパとママを悲しませないように元気なフリしてるだけだったボクのことを。

 鳥籠から出られない、出る勇気もなければ力もない、羽ばたきたいと願い続けてたのに、いざ外に行こうって誘われたら凄く嬉しかったのに、本当は心の中では怖くて怖くて仕方がなかったボクなんかのことを『強い、うらやましい、ボクみたいになりたい』って心から思って言ってくれたんだよ」

 

 あの時のことは今でも思い出す。

 嬉しくて嬉しくて、楽しくて楽しくて・・・泣き出したくなって必死に堪えてたんだ。

 だって、学校に行って楽しいと感じるなんて本当に久しぶりのことだったから・・・。

 

 

 本当のボクの身体にとって学校で過ごした最後の記憶は、周りのクラスメイトたちからぶつけられる露骨な悪意だけだったから。頑張っても頑張っても、分かって欲しいって精一杯伝えようとしても、返ってくるのは悪意と嘲笑と無理解だけだったから。

 

「ボクはきっと、他の誰より弱くて臆病な泣き虫なんだよ。自分が笑顔でいられるために、周りにも笑顔でいて欲しかっただけなんだよ。

 だって、人の泣き顔なんか見たら悲しくなるから。好きな人が泣いてる顔なんか見たら悲しくて悲しくて泣き出しちゃって、短い時間をさらに縮めちゃうかもしれなかったから。ただそれだけの理由で、ぶつかってでも人に自分の気持ちを伝えてただけなんだよ」

 

 最初からドッカーッンってぶつかって嫌われちゃったら、二度とその人に近寄らないで傷つけられることがなくなるから。二度と時間を縮められなくて済むから。そんな浅ましくて不純な気持ちで相手に本気でぶつかってただけなのに。

 相手の気持ちに近づいく時間と手間が惜しくって、演技でもいいからボクと周りが笑顔でいられる時間を増やすために、相手の気持ちのすぐ近くまで行って想いを伝えてただけなのに。

 

 そんな浅ましい願望で生きてただけのボクを、キミは『強い』って言ってくれた。

 『この世界に降り立った最強の剣士』って褒めてくれた。『ボクほどの剣士は二度と現れない』って称えてくれまでしたんだ。

 

 だからボクは『この世界でだけは』ただの紺野木綿季でいられない。いちゃいけないんだ。演技でもいい、偽物の嘘でできた金メッキの英雄でだっても構わない。

 

 ボクは、この人の前でだけは『最強の英雄、絶剣のユウキ』でいなくちゃいけない。

 これは義務なんかじゃない。ボクが絶対守らなくちゃいけない『恩返しの形』なんだから。

 

 

「・・・ずっとずっと考えてた。死ぬために生まれたボクが、この世界に存在する意味はなんだろうって。

 何も生み出すことも、与えることもせず、たくさんの薬や機械を無駄遣いして、周りの人たちを困らせて、自分も悩み、苦しんで、その果てにただ消えるだけなら、今この瞬間にいなくなった方がいい。何度も何度もそう思った。

 なんでボクは生きてるんだろうって、ずっとずっと考え続けて生きてきてたんだ・・・」

 

 

 ーーでもね?

 

 

「ようやく行き着いた答えはーーたくさんの妖精たちがボクの新しい旅が幸せなものであって欲しいと願ってくれる、最高に幸せな『存在していた意味』だったんだよ」

 

 生きてる意味はあった。ただ、自分が知らなかっただけだった。気付いてなかっただけだった。

 何も与えられてないと嘆いていたボクは、本当はたくさんの人たちにたくさんの物を与えていたんだと知ることが出来た。それまでの無意味だった人生のすべてにたくさんの意味が付け足されたんだよ。

 

「生きてる意味なんか見つけようとしなくて良いんだよ。だって、それはきっと自分一人じゃ見つけられないものだから。

 生きて生きて生き抜いて、最後の瞬間に目の前に広がってる光景を見た瞬間にわかるものだと思うから。生きてる間は見つけられないのが『生きてきた意味』だと思うから」

 

 だからーー

 

「きっと、生きてる間は『生きてる意味』なんかなくてもいいんだよ。今はまだ生きていたいと思える理由があるなら、それが最後の瞬間に『生きてきた意味』になってくれるから。何もない、空っぽだった今までの人生を満たしてくれる物に変わってくれるから。

 辛くても苦しくても頑張って此処で生きていくことが、大好きな人の腕の中で旅を終える瞬間に続く道になってるはずだから」

 

 だから。

 だからこそ今はただ――

 

「意味なんか気にしなくていいから、ボクたちの所に来て一緒に遊ぼう。そして、いっぱいいっぱいわがままを言おう。

 自分の言いたいことを口に出して、今まで言えなかった言葉を言いまくって、一緒の布団で一緒に眠ろう。生きている意味なんか考えないで、生きてる今を思う存分楽しみまくろう。生きてる今この時を一緒に過ごしてくれる人たちとの時間を、思う存分楽しんで楽しんで楽しみまくって・・・満足してから眠りに付こう。

 だって、それをしないで旅を終えても、答えは見つけられないままだと思うから・・・」

 

 

 

 

 

「・・・・・・木綿季?」

 

 ・・・この世界のアスナが知らないはずのボクのリアルでの本名を呼んだ気がする。

 でも、残念。確認している暇はないみたい。もう時間みたいだからね。そろそろ帰らないと神様が破産しちゃうかも。

 

「・・・アスナ」

 

 それでもボクは一言だけでも伝えたいことがある。守らなくちゃいけない約束がある。たとえそれが彼女とは違うアスナと交わした約束だったとしても、彼女がアスナである以上は守らなくちゃいけないボクにとっての大事な大事な二つの約束のひとつ。

 

 

「アスナ。ボク、見つけられたよ。大事な大事な宝物を。生きてきた意味と、生きてる意味と、生きていきたいと思える理由のすべてを。それはねーー」

 

 

 ーーそこまでが限界だった。ボクの視界は急速に暗くなっていって、見たい物が見えなくなって、感じたい物が感じられなくなっていく。

 ああ、くそぅ、またこのパターンかよって嘆いて悲しくなるけれど、今のボクにはもう絶望はない。

 たとえ今このときがボクに与えられた本当に最後のチャンスだったのだとしても、ボクの心に後悔なんて一欠片も残ってたりなんかしない。

 

 

 だって。ボクの心には今も響き続けてる、アスナがくれた思い出と言葉の数々が残り続けてるんだもん。頭悪いボクの記憶容量じゃアスナのことだけで一杯一杯だよ。他のよけいな物なんて入れてる余裕は全然ない。

 

 だからボクの心に、想いを伝えきれなかった後悔はない。

 アスナの心には聞き取れなかった残念さが残っているのかもしれないけど、それは多分、この世界のアスナと一緒に生きられる誰かにしか満足させてあげられないものだ。

 

 だからアスナ。ボクはもう逝くよ。向こうの教会で神様がーーボクの新しい家族が待っててくれてるからさ。

 あ! でももしアスナがこっちに来ることがあったら紹介するよ! きっと喜ぶと思うし、アスナなら歓迎してくれること間違いなしだし!

 

 だからさ、アスナ。その時にはキミの見つけた答えも聞かせてね?

 キミが生き抜いた人生の果てで見つけた答えを、旅路の終わりで手に入れた大切な想いを。

 此処とは違う、どこか違う場所で。違う世界で。絶対にまた巡り会えるってボク、信じ続けて待ってるからさ。

 

 

 でもーー

 

「でもそれは、ずっとずっと先の事じゃないとボク怒るからね? 今すぐ来たら殴るからね? ボコリって。ーーはい、だからキミもボコリ。反省したなら今きた道を戻りなさい。命を粗末にしたらいけません。いいですね?」

「はいです・・・ユウキママ・・・」

「ん、よろしい。こっちのボクのことをよろしくね? 悠樹クンって変なところでボクよりもバカすぎること多いから」

 

 ーー人の旅路はいつか終わる。それがどんなに長くて辛い旅だったとしても、楽しくて楽しくて仕方がなくて永遠に終わって欲しくないと願い続けた旅だったとしても、終わりだけは必ずやってくる。

 それがどんな形で終われるかは分からないし、自分じゃ決められない場合だってたくさんあるんだと思う。

 

 でも、だから、それでもボクは願わずにいられないんだ。

 

 

「この世界に生きる君たちにも、ありったけの幸せな未来が待っててくれますように!」

 

 ーーって。

 

 いつか終わる旅のために、長く続ける準備をしよう。

 終わることが確定している旅路のために、終わらせないための悪足掻きをしよう。

 人生とは戦いだって、昔の人は言ったらしいしボクもそう思ってる。

 

 人生とは戦いだ。人生との戦いだ。苦あり楽あり、山あれば谷あり。それら全てを踏破して、終わりの時を幸せ一杯で迎えられるようにする戦いだ。

 

 今この時、この世界で起きてる戦いは辛いだろうけど、長い旅路のほんの僅かな旅程に過ぎない。終わった後にはそう思えるようになっている。それが人生という長い長い戦いの旅路なんだから。

 

 だからさ、みんな。今は辛いかもしれないけど頑張って! 今を生き抜けば、死なずにいれば、今の苦しみを笑い話に出来る未来がきっと待ってるはずだから!

 

 今の苦しみを、過去の笑い話に出来るその時まで、ボクもキミたちも頑張ろー! おーっ!

 

 

 それじゃあアスナ! もう二度とあえないだろうと思うけど、『また会う日まで』元気でね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・はっ!? 私、いつからこんな場所に・・・あれ? なんか記憶が曖昧に・・・なんかユウキがユウキじゃなくなって、ものすごく格好良くてかわいらしいユウキじゃないユウキになってたような気が・・・・・・ま、まさか幽霊!?

 い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!! ユウキ! ユウキはどこにいるの!? お願いだからこう言うときには側にいてよぉーっ!(>o<)」

「ん~・・・むにゃむにゃ・・・ボクもう、おなか一杯で食べられないよぉ~」

「こんな時にテンプレなボケはしなくていい! 起きろ!起きなさい!起きろ起きろ起きろーーーっ!!!!(べしべしべしべしべしっ!)」

 

 圏内なのでダメージ無効。

 こんな時だけ正常に機能するカーディナルは、やっぱり悪意に満ちている。

 

つづく



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13話「鍍金のユウキ」

久しぶりの更新です。長らく放置しっぱなしで申し訳ございませんでした。
今話は圏内事件の前辺りの話。
ヒースクリフによる、グリムロックさんに対してのアンチ的意見が封入されております。


 ボクには生まれ変わる前から身体にハンデがある。

 もしかしたら“ハンデを持ってたからこそ彼女になれた”のかもしれないけど、ボクの命は他の人よりも縛りが大きいのは生まれ変わったときから既定事実だった。

 

 誰かを憎めば自分が苦しむ。

 大勢と仲良くした方が長生きできる。

 

 死ぬのは怖いけど、怖いからこそ何かに使って残したい。誰かに自分のことを覚えておいてもらいたい。

 自分の生きてきた証を誰かに残せると信じられなくなったら、怖さで死んでしまいそうだから・・・・・・。

 

 

 ーーそんな風に思い悩んで布団にくるまっていたボクのことを、ボクはいつから忘れてしまっていたんだろう・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁっっ!!!」

 

 シュキィィィィッン!!!

 

 ズバァァァァァッッ!!!

 

『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』

 

 

 ーー煌めく白刃、水晶を切り裂いたときのような切り裂き音、そして手に入れた勝利に沸く歓声。

 

 今日もまた、『閃光のアスナ』はみんなのあこがれとして大活躍している。

 

 

「今日もまた、彼女に助けられてしまったな」

 

 苦笑するみたいな声で話しかけられたから振り向いてみたら“団長さん”がいた。

 真っ赤な鎧にデッカい大盾、それから盾と一体化している十字剣。もう見た瞬間に『聖騎士』って言葉しか浮かんでこなくなるほど出来すぎな騎士様がそこには立っていて、嫌味じゃないけど大人の余裕綽々な微笑みが今のボクにはちょっとだけ腹立たしい。

 

 アスナの所属することになった最強ギルド『血盟騎士団』、通称『KoB』。

 ボクが助っ人として参加するのが日常になりかけてきているギルドの団長を務めているギルドマスターでナイスミドルなおじさん。その名も『ヒースクリフ』さん。

 

 最近になってから名前が売れ始めたばかりなのに、現時点でSAO最強剣士の名前をほしいままにしている有名人がボクに話しかけてきていた。

 

 

「先ほど討伐に成功した中ボスモンスターは、今の我々を持ってしても容易い相手では決してなかった。最悪一人か二人の犠牲は覚悟しなければならないと腹を決めて挑んだボス戦だったのだが・・・・・・蓋を開けてみたら見ての通りの結末だよ」

 

 肩をすくめながら言って、その人は続ける。

 

「彼女はまさしく『光』。色々と悩んでいた自分がバカに思えてくるほどの活躍ぶりだった。今の戦闘で彼女に命を拾われた団員は、私の見ていた範囲内だけでも二人いた。

 常に前にでてボスのヘイトを稼ぎ続けてくれている彼女がいたからこそ回復が間に合った者たちだ。

 私は、彼女を誘い自主的に入団を決めてくれたギルドのマスターとして自分の功績を誇りに思う」

「ーーそれを言ったら、あなたもじゃないんですか? ヒースクリフさん」

 

 やや険があると自分でも感じられて、イヤになる声で応じてしまった自分自身に、ボクは軽く自己嫌悪に陥りそうになる。

 心の中でため息をつくことで体外に心の毒素を吐き出す子供の頃からの癖を実行してから、彼との会話を再開する。

 

「最強の防御力を誇る聖騎士が守り抜いた命は、今日だけで五人を越えていました。ボスを倒した功績がアスナの物だとしたなら、みんなを死なせなかった功績はあなたの物だとボクは思っていますけど?」

「君もだよ、ユウキ君。君もまた今日の戦闘で仲間の命を救っている」

 

 反論に同じ内容の反論を返されてしまったボクは、ブスッと不貞腐れて明後日の方向に向かってそっぽを向く。ヒースクリフさんは気にしてくれない。

 

「今日、君は少なくとも三人の命を救う活躍を示した。後方から指揮を執っている身として私にはよく見えていたよ。

 自身は手柄もレアドロップアイテムも求めることなく、苦戦している者を見つけたときには駆け寄って助けに入り、自らがその者の剣となることで味方を守ることに専念し続けたていた。

 アスナ君が敵に突貫して穿つ、鏃としての力を最大限発揮できたのも君が後方で皆を守る盾として機能していたからこそだと私は見ている。

 ーーとは言え、今日の君の戦いからは光が減んじていると感じたのも事実ではあるがね」

「・・・・・・・・・」

 

 ボクは答えない。ただ、ブスッとしたまま石に腰掛けて黙り続けてるだけだ。

 

「なんと言うべきか、同量の活躍と成果でありながら中身が異なっている・・・いや、違うな。『思い』が『理由』が『動機』が違っていたと評すぎか。

 ーーあるいは『自由に戦えていなかった』と切って捨ててしまう方が君好みだったかな?」

 

 ぎしり。ボクの中から嫌な音が聞こえて時の流れが一時停止。ボクだけ止まっている世界でヒースクリフさんは心の内まで通し見ているような穏やかすぎる視線と口調で今のボクの不調原因を的確に言い当ててくる。

 

「本来の君は嘘でさえ『その方が良い』と信じてつくことの出来る人間だと、私は高く評価している。

 焦りにも似た衝動が自分にとっての優先順位を間違えることを許さず、『間違いを選ぶことが出来ない』。リスクとリターンを勘案した時にリスクを0にしようとは思わず、得られるリターンが多い方を選び続ける合理主義に徹した人間だと」

「・・・・・・・・・・・・」

「君は誰かにどう思われるかよりも、自分が相手をどう思いたいのかを優先することが出来るきわめて希な考え方の持ち主だ。

 相手に嫌われることを恐れはしても、恐怖が前へと進みたがる足を止めさせることは決してないし“出来ない”。

 そういう人間だからこそアスナ君は君を信頼し、私も君を血盟騎士団に入隊させたいと渇望し続けさせられてもいる」

「・・・・・・・・・・・・」

「だが、最近の君が振るう剣の太刀筋からは“怯え”の陰が見受けられる。

 誰かからの感情を意識してしまい、『相手の知らない今までの自分を見せること』を怖がっている。

 自分の言葉で想いを伝えることを恐れ、自分ではない誰かを演じ続けているかのような戦い方は本当の君らしくないと、他の誰より君自身が思っているのではないかな?」

「・・・・・・・・・・・・」

「なにか悩みがあるなら誰でもいい、話してみたまえ。

 全てを話すことの出来ない事情故に却って傷つくだけで終わってしまう可能性を否定することはできない事だが、それでさえ選択肢を選んでいった先にある数多くの結末、その内の一つに過ぎないことだ。

 最初から『この選択肢を選べば正しい答えに行き着くルート』など、人生にもMMOにも存在してはいない。

 すべての結末は結果論に過ぎない以上、いくら悩み迷ったところで欲する結果が得られる保証はどこにもないのだ。

 どんな答えが出ようとも自分がそうなってほしいと望んでいたわけでないならば気にしすぎる必要性はないと思うが?」

「・・・・・・すごいゲーム脳ですね・・・。さすがのボクでもドン引きです・・・」

 

 ゲームの例えを現実に当てはめる人ならいっぱい見てきたけど、さすがにこの答えに至った人とは会ったこと無かった気がするなー。

 現実とゲームをごっちゃにしてるのに、現実とゲームを完全に別けてる理屈でもあるからよくわかんなくなっちゃいそうだよ。

 

「年長者として老婆心から言わせてもらうが、自分が弱っているときに『誰かを縋りたい、助けてほしい』と願ってしまう心の弱さは否定しすぎるものではないと私は思っている。

 悩んで答えが出せないときには誰でもいい、頼りたまえ。少なくとも一人でふさぎ込み思考の迷路を彷徨い続けるよりかは遙かにマシだと断言できる。

 無論、将来の貴重な戦力を確保するための先行投資として君からの相談事は、いつ何時でも応じる用意が私にはある。場合によっては入団勧誘への返答を先延ばしにするぐらいのことであるなら構わない。受け入れよう。

 ーーもっとも、撤回するつもりはサラサラないのだがね・・・・・・」

「欲望に正直すぎる人だな~」

 

 聖騎士という言葉のイメージから想像してたのと180度違っている欲求は、この人と関わり合いを持つようになった数週間前に気づかされた特徴だ。

 武器でもアイテムでも人材でも、とにかく拘るときには拘りまくるし、拘らないときにはキッパリと未練なく捨てられる。ある意味で非常に潔すぎる変な人。

 それが今のボクが抱いてる聖騎士ヒースクリフの人物像だ。

 あと他に特徴的な変なところは、こだわり抜く対象が『高性能』とは限らないことぐらいかな~?

 

 

「私は、人であろうと物であろうと『欲しい』と感じさせられた対象には異常なまでに執着する奇癖をもった人間だ。一度でも目にしてしまったら手に入るまで何十時間でも追い続けるだろう。

 それが『ゲーマー』というものだからな。執着心と愛情が同一の物だなどとは思わないが、一度でも愛した存在が自分の元を離れていく際に、潔く見送れるような愛情は愛ではないとも思っているのだよ。

 だからこそ君も、休むべき時にはしっかり休んで療養し、また私の欲する君として前線に復帰してくれることを強く願うものである」

「・・・お気遣いどーも」

 

 いつもの元気がないと誰が見たって一目瞭然な口調でボクは適当な返事をして立ち上がると、付いてもいない埃を払う動作をして見せながら軽く伸びをして気分を少しでも入れ替えようと努力してみる。あんまり効果はでなかったけど。

 

 そんなボクを眺めながらヒースクリフさんは「しかし・・・」と、さっきとは少しだけ違う表情と声でつぶやきながらボクを見つめる。

 

「私が欲しているのは『自分の自由に人を守り救おうとするユウキ君』だ。性能と外見だけ引き継がせただけの『絶剣』に過ぎなくなった君には何の執着も愛着も感じられなくなっていることだろう。

 高性能な武具なら今持っている“コレ”があれば十分すぎるのでね。君が君のまま君として自分の自由意志により血盟騎士団に入団してくれることを私は本心から望んでいる。

 鉄の城で自由に生きている君を、この世界に生きる人間の一員として大切に思う気持ちに嘘偽りはない」

 

 ひどく真摯で切実な想いを告白するみたいな口調で団長さんは言い、「一度だけしか使えない代物だが・・・」とボクにだけ聞こえるように小声で言いながら連絡先を渡してくれた。

 

「先ほど言ったとおり、悩みがあって私が力になれるようなら遠慮なく頼ってくれ。配慮は必要ない。これで私は意外なことに、君のファンだったりするのだよ。

 好きなアイドルキャラには、塞ぎ込んで暗くなって欲しくないと願うのもまたゲーマーとしての性と言うべき物だろう?」

 

 にやりと笑って立ち去っていく団長さん。遠慮してたのか、遠巻きにボクたち二人が会話するのを(すごく怖い顔して)眺めていたアスナが、それと同時に駆け寄ってきてくれて「ユウキーっ!」ブンブン右手を振りまくってくれている。なんとなくだけど子犬チックで可愛いのかも。

 

 

「・・・団長と二人でなんの話をしていたの? ーーまさかエッチな内容じゃないでしょうね・・・?」

「アスナの中にあるボクのイメージってどうなってるのさ!? なんか、ものすっごくダメな子に見られている気がしてしょうがないんだけど!?」

「・・・・・・・・・・・・そんなことはないわよ、うん。絶対にないわ、本当に」

「だったら何でボクの目を見て言ってくれないのさ!? なんで明後日の方角を見つめながら懐かしそうな顔してエンディングっぽい口調で言われてるのかなボクは!?

 なに!? そんなに悪くてダメな子なのボクって!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・た、多少は?」

「やっぱりダメな子だと思われてたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!」

 

 

 ドッと笑い声が巻き起こる元中ボス部屋。

 戦い終わったみんなが笑顔を浮かべてくれて、アスナも楽しそうな笑顔で笑ってくれる。

 

 ゲームオーバーが現実の死に直結しているデスゲームの中で、みんなが元気に笑ってくれて笑顔でいられる時間が少しでも増えるのを、ボクはすごく嬉しいし喜んでいる。

 

 ボクが元気でいることで、みんなが笑顔でいられる時間が増えるのを嬉しく思う気持ちは本当。『それでいい』と思っている気持ちも本当。嘘じゃない。

 

 ボクの『いつ終わるかわからない命』が、誰かの命を救うのに役立ってくれているのは素直に嬉しいし誇らしい。これも本当。

 

 

 だけど。

 それでも。

 ボクはボクであって、あの子本人じゃない。

 

 ボクは所詮、紺野木綿季の身体に入った今野悠樹であって、紺野木綿季その人には決してなれなかったんだってことに今更気づいた自分がいる。

 

 人のために命を使えてた自分は、ただ単に『どうせ失われてしまう物なんだから』と諦めていたからこそだったんだと、ようやく気が付いた自分がいる。

 

 

 ボクは、アスナの笑った笑顔が好きで、ずっと見ていたいと思う。アスナの笑顔を守り抜きたいと、今でも変わらず思い続けてる。

 

 ーーでも、『自分が死んでも彼女だけは守り抜く』覚悟は、今のボクにはない。命より大事な物を亡くしてしまった後だから。

 

 今になって思う。今更になって願ってしまう。

 

 

 今のボクは死にたくないし、生きていたい。アスナの隣で笑っていたい。笑っている笑顔を見続けさせて欲しい。

 

 アスナのことを好きになって、一緒にいたいと思ってしまったボクは『絶剣』になれる高性能キャラ紺野木綿季ちゃんじゃなくて

 

 臆病で弱っちい、病院の中から見た世界しか知らない

 

 

 

 ーーー今野悠樹に戻ってしまった心を知られるのを恐れる『偽物』に成り下がってしまってたんだ・・・・・・。

 

 

つづく




サブタイトルの意味:
誰かのために死ぬだけなら勇気はいらない。捨てればいいだけ。だから鍍金(メッキ)。

誰かのために自分の命を使って何が出来るかを考えて悩み続けるのが、転生ユウキの信じる勇気の在り方。

金よりも価値ある『鉄』になれた勇者こそが、彼女の行き付くゴールとなるよう頑張らせたいですね!


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14話「ゲームであっても遊びではない世界で遊ぶピエロたち」

久々の投稿です。遅れてごめんなさい。
今話は、もう少しシリアスな内容にする予定だったのになー・・・;つД`)


 発端は、キリトから教えられた一言だったらしい。

 『今日は昼寝するのに最高の天気♪』みたいなこと言われた最近ワーカーホリック気味で疲れてるアスナが休憩をかねてお昼寝して爆睡して寝過ごしてしまったのは仕方のないことだと思う。

 彼女のスッパリサッパリしがらみを切り捨てたがる性格上、『豪華な食事一回ですべてチャラにする』っていう提案だって理解は出来る。・・・でもさ?

 

 

「わざわざボクまで呼び寄せて、お支払い担当させなくってもよかったんじゃないのかなー・・・」

「ーーしょうがないじゃない。なんか悔しく感じちゃったんだから」

「・・・・・・・・・・・・(汗)」

 

 不機嫌そうな仏頂面で窓の外へと視線を向けてるアスナ。目が据わってます。照れ隠しだと分かっていても怖いです。めちゃ怖いです、殺されてしまいそうです。

 

「つか、キリトがめっちゃ気まずそうにしてるんだけど、これって一応はお詫びなんだよ・・・ね?」

「お詫びよ。い・ち・お・う、ですけどね」

「・・・うわー・・・」

 

 物すっごく取り付く島もなし。あのキリトでさえ心苦しそうにしながらボクのことを哀れみの視線で見てきているよ・・・。ーー前世があんな死に方じゃなかったら、本気で死にたい気分になってそうかも・・・。それぐらいに辛いDHED・・・・・・。

 て言うか、本当にこれって『お詫び』なんだよね? 周りの人の視線とか色々と痛くて逆に辛いよ?

 

 

「・・・・・・・・・(ちゅー)」

 

 ボクは自分で注文した分のジュース(みたいな奴)を飲みながら目を伏せて、ちょっとだけだけど落ち込む。

 お詫びでしかないお礼の食事会とはいえ、「好きだ」と自覚した女の子が男の人におごる料理の支払い任されるのって辛いな~。前世では恋ができるほど長い時間学校に通えてなかったから初めて知ったよ・・・。転生者が持つ前世知識ってやっぱり大したことない。

 

「・・・街の中は安全な圏内だから誰かに・・・」「・・・デュエルを悪用した睡眠PK・・・」

 

 二人が話しだした内容は、少し前に圏内で起きたっていう睡眠PK事件についての話題。

 

 普通、街の中のいる間はプレイヤー全員がシステムに守られててダメージを受けないし、与えられない。ゲームオーバーが現実の死に直結しているデスゲームの中で数少ない心休まるオアシスってことになるんだと思う。

 

 でも、修行とかパーティーを組みたいと思った人たちの実力を調べるための腕試しとして《デュエルシステム》っていうのがSAOには存在してる。これさえ使えば町中でもダメージそのものは与えられる。・・・殺せるかどうかは互いに了承した上でボタンをクリックしないとダメなんだけど、このシステムを自分勝手な解釈の元で悪用している人たちもそれなりに出てきてはいる。

 

 眠っている相手にデュエルを申し込んで、相手の指を勝手に動かしてOKボタンをクリック。そのまま一方的に攻撃をして殺してしまうって言う悪質な殺人事件があったーーー“そういう話がSAO内で流布してる”。そんな内容のお話。

 

 あまりボク好みの話題じゃないから耳スルーしてたんだけど、ジュースっぽい何かを飲み終わって次のを注文しようかどうしようか迷ってたら・・・・・・

 

 

「・・・・・・きゃあああああああっ!?」

 

 

 つんざくような女の人の悲鳴が食堂にまで響きわたってきた!

 

「店の外からだわ! ユウキ! キリト君! 行くわよ」

「ああ!」

「ガッテン!」

 

 阿吽の呼吸でボクたちは武器を片手にお店を飛び出す! こう言うときには店を出るときに支払わなくていいクリック操作のお店システムは有り難いね! ーーそんなふざけたことを連想しないとイヤな気持ちにさせられる。この時のボクにはそう言う予感がしてたんだ・・・。

 

 

 ーーそして、外れて欲しいと思っていたその予感は最悪の形で実現することになる・・・。

 

 

 

 

 

「「なっ!?」」

 

 食堂がある街の広場の北側には、子供の頃に今生でのお母さんが子供の頃に連れて行ってくれた教会に似た感じの石で造られた建物がそびえ立ってる。その二階中央の部屋から“ソレ”は垂れ下がっていた。

 

 

 ーー絞首刑みたいにして首にロープを巻かれた全身鎧の男の人が吊されていたーー。

 

 口をぱくぱく動かしながら、『自分の胸を深々と貫いている黒い槍』を両手で掴んで、うつろな瞳でなにもない虚空をただただ見つめ続けている。

 

「早く抜け!」

 

 駆けつけたキリトが鎧の人に叫んだのが聞こえたのか、彼はキリトの方を見下ろすと、剣を抜くために刃を力一杯握って足掻きだす。

 

「君たちは下で受け止めて!」

 

 アスナが指示を出してキリトが「わかった!」と言って従って、「待ってろ!」と叫んで鎧の人が落ちてくる予定の位置へと走り出す。

 指示を出したアスナの方は教会の中だ。男の人が自力で助かれないなら自分がロープを切ればいいと考えたんだと思う。ロープさえ切れば彼を拘束している縛りはなくなって、重力に従った自由落下の末にキリトが今向かっているポイントまで落ちてくるだけだから。

 

 ボクより早いアスナが教会の中へと走り込んで、ボクとほぼ同じ速度のキリトが先行した今、ボクに出来ることは何もない。ボクがいなくても出来ることなら山ほどあるけどね。

 

 だからボクはただ視てる。そこで起きてる全てを記憶しておこうと、乏しい能力の全てをあげて見て、聞いて、覚えるために全力を尽くす!

 

 

 鎧の人の瞳が見開かれるのが見えた。

 見上げている大勢のプレイヤーたちが恐怖に顔を引き攣らせるのを見てた。

 そのすぐ後にHP切れで力尽きた彼が、苦しみ喘ぐ声を響かせながら消えていくのが見えた。

 断末魔の悲鳴を上げた直後にダランと四肢から力が抜けて死んだようにエフェクトとなって消えていくのを見てた。

 彼を殺した剣が地面に落下して音を立てるまでを見てた。

 吊していたロープの輪が役割を終えてフラフラ揺れてから止まるのを見てた。

 教会の下にある石の床に深々と突き刺さる不気味な形の剣を見てた。

 広場にこだまする女の人の悲鳴が聞こえた。

 

 

 ーーーキリトはたぶん、さっきの話にでていた圏内でプレイヤーを殺すためのPK、デュエルによる計画殺人の可能性を疑ったんだと思う。広場にいる人たちにデュエルのWINNER表示を探すよう指示を出したけど・・・・・・たぶんそれは無駄だろうね。

 

 ボクはキリトとは真逆に、落ちてきて地面に刺さった剣を見るため走って近づく。

 

 ・・・変な形の剣だった。いや、これは一応、槍なのかな?

 ソードアート・オンラインってタイトル名にしばられて剣を連想しちゃってたけど、長さが1メートル半もある剣はさすがに珍しすぎる。落ち着いて考えるなら槍なんだろうね、おそらくはだけど。

 

 手元のグリップが30センチ、柄の先端には15センチの鋭い穂先。

 ここまでは変じゃない。変なのは柄そのものにあった。炎みたいな、トゲみたいな突起物が無数に生えてたんだ。

 

 ボクは眉をひそめた。

 SAOはゲームだけど、遊ぶために作られた普通のゲームじゃない。こんな遊ぶようのゲームに出てきそうな切りづらい剣で人を殺す・・・? いくら何でも現実感がなさすぎている。

 

 その後ボクたちは、最近評判著しいアスナ様のご威光を最大限使って教会内部を現場検証させてもらい、キリトにも事件解決まではソロじゃないパーティーとして行動してもらうことになった。

 

「もし圏内PK技みたいなものを誰かが発見したのだとすれば、外だけでなく街の中にいても危険と言うことになってしまう」

 

 これが事件を捜査したいアスナの理由。キリトも賛成したし、ボクだって諸手をあげて大賛成する正当な理由だ。

 

 でも。

 この時点でボクはたぶん二人と同じ事件を見ながら、まったく違うモノに見えてたんだと思う。

 

 だってボクは最初から、この事件を『事件として見ていなかった』んだから・・・・・・

 

 

 

 

「すまない、さっきの一件を最初から見ていた人がいたら話を聞かせて欲しい」

 

 キリトが教会から出てきて広場にいた人たちに呼びかけた。

 

「あ、あの・・・私ヨルコって言います。私、さっき殺された人と一緒にご飯を食べに来ていたんです」

 

 ゆるふわヘアーの青髪で、少しだけ臆病そうな女剣士さんが一人だけ前に進み出てきて説明を始めてくれた。

 

 事件を見ていた人は大勢いたんだけど、『最初から見ていた人』に条件を限定されると該当してたのは一人だけだったみたいだ。他の人たちは一人残らず途中参加組なんだと自己申告してきてる。本当か嘘かまではよく分からない。

 

「あの人、名前はカインズって言って、昔同じギルドにいたことがあって・・・。でも、広場でハグレちゃって・・・周りを見渡したら、いきなりこの教会の窓から彼が・・・ううっ!」

 

 そこまで言って耐えられなくなったみたいに口元を押さえて嗚咽しだすヨルコさん。

 背中をさすってあげながらアスナが優しい声で「その時、誰かを見なかった?」って聞いたら、

 

「一瞬なんですが、カインズの後ろに誰かが立っていたような気がしました・・・」

 

 とのお返事。

 

「その人影に見覚えはあった?」

 

 この質問には首を振るだけで「知らない」のジェスチャー。

 

「その、イヤなこと聞くようだけど・・・心当たりはあるかな? カインズさんが誰かから狙われる理由に・・・」

 

 キリトからの定番質問にも答えは無言での首振り。

 二人が目を離した一瞬だけだけど、ヨルコさんの目が青く怪しく光ったように見えたように幻視させられかけたりもした。

 

 

 

 

 

 

 

「PCメイドだな。作成者は《グリムロック》・・・聞いたことねぇな。少なくとも一線級の刀匠じゃねぇ。それに武器自体も特に変わった所はない」

 

 大男の黒人武器屋さんが凶器となった剣・・・じゃなくて、槍を鑑定した結果を教えてくれている。

 

 あの後ボクたちはヨルコさんと明日また話を聞かせてもらう約束を取り付けて、凶器となった槍を鑑定してもらうためキリトの知り合いで、ボクやアスナとも旧知の仲のエギルさん家にやってきていたわけなんだけども。

 

 ・・・まさか裏通りにある自分の店に、アスナだけじゃなくてボクまで連れてきたキリトをみたエギルさんがあそこまでやるとは思ってなかったなー・・・。うん、軽く衝撃だったよ。元男の子として致命傷になりかけちゃった。

 

 「あはは・・・」って、引き釣った笑顔を浮かべてるアスナの横で、ボクまで引き釣った笑顔を浮かべなきゃいけない羽目になった恨みを誰にぶつけたらよいものか検討中です。

 

「でも、このクラスの武器を作成できるレベルまでソロプレイを続けてるとは思えないし、中層の街で聞き込みをする際の手掛かりにはなるはずよ」

 

 アスナはそう主張したけど、ボクにとってはそれより何より気になってることがあったから早く先を言ってほしかった。

 

「武器の固有名は《ギルティソーン》となっているな。罪のイバラってとこか」

「罪の・・・イバラ・・・?」

 

 ボクは求めていた答えを聞いて余計に混乱させられてしまった。そして思う。

 なんだかこの事件は、最初から途中まで『筋書きが通っているように見えて、シッチャカメッチャカだな』ーーーって。

 

 

 

 

 

「・・・そんなレアアイテムを抱えて、圏外にでるはずがないよな・・・。てことは、睡眠PKか」

 

 キリトが断定口調で言った言葉にボクの意識は、今にも降り出してきそうな曇り空から現実のヨルコさんの前へと帰還する。

 

「半年前なら、まだ手口が広がる直前だわ」

「ただ、偶然とは考えにくいな。グリセルダさんを狙ったのは、指輪のことを知っていたプレイヤー・・・つまり」

「・・・・・・黄金林檎の、残り七人の誰か・・・」

 

 日時は昨日の翌日。昨日と同じ街にある昨日と同じ食堂に呼び出した上での再会なんだけど、お客さんはガラーンとしていて人っ子一人いない。

 みんな怖がって引きこもっちゃってるんだろうけど・・・・・・なんかイヤだな。“こういう景色だからこそ喜ぶ奴ら”を連想させられるから、ものすごくイヤな気持ちにさせられそうになる。

 

「中でも怪しいのは売却に反対した人間だろうな」

「売却される前に指輪を奪おうとして、グリセルダさんを襲ったってこと?」

 

 今日のヨルコさんは昨日よりかは落ち着いたのか、昔の思い出話を辛そうにしながらだけど話してくれた。

 

「・・・昨日、お話しできなくてすみませんでした。忘れたい、あまり思い出したくない話だったし・・・。でも、お話しします」

 

 そう言って話し始めてくれたのは・・・・・・まぁ、言っちゃあ悪いんだけどありふれた内容の内輪で揉めたお話。

 

 半年前までヨルコさんたちが所属していたギルドでの出来事。

 たまたま倒したレアモンスターが強力な装備品をドロップしたから、売るかギルドで使うかで意見が割れて、最後は多数決で売却に決まって、リーダーの人が代表して売りに行って帰ってこなくて、後になってからリーダーの《グリセルダ》さんって人が死んだことを知らされた・・・。ーー本当にサスペンスとかではよくある殺人事件の動機だった。

 

 

「カインズさんを死なせた槍の制作者のグリムロックさんと言うのは?」

「彼は、グリセルダさんの旦那さんでした。もちろん、このゲーム内のですけど・・・。

 ーーグリセルダさんは、とっても強い剣士で、美人で、頭も良くて・・・。

 グリムロックさんは、いつもニコニコしている優しい人で、とってもお似合いで、仲のいい夫婦でした。

 もし昨日の犯人がグリムロックさんなら、指輪売却に反対した三人を狙っているんでしょうね・・・」

 

 ヨルコさんは暗い表情でそこまで言ってから、最後の証言はまっすぐボクたちの方を見返しながら、誠実な声で言い切ってみせた。

 

「指輪売却に反対した三人の内、二人はカインズと私なんです」

「!?」

「じゃあ、もう一人は!?」

「シュミットというタンクです。今は、攻略組の青龍連合に所属していると聞きました」

「シュミット・・・? 聞いたことあるな・・・」

「青龍連合のディフェンダー隊のリーダーよ。デッカいランス使いの人」

「ああ、アイツか・・・」

 

 キリトが合点がいったと感じさせる声を出して、ヨルコさんが顔を上げて、

 

「シュミットを知っているのですか?」「まぁ、ボス攻略で顔を合わせる程度だけど・・・」「シュミットに会わせてもらうことはできないでしょうか? 彼はまだ今回の事件のことを知らないかも・・・」

 

 ーーと、お約束の流れが続いて終わりの言葉に、

 

「だとしたら彼も、もしかしたらカインズのように・・・」

 

 で、区切られる。

 後は簡単だ。アスナから知り合いのツテを辿ってシュミットさんに渡りを付けてもらって、狙われてるヨルコさんには安全のため宿屋の中に引きこもらせる。

 

 

 ーーーーはい、これで『アリバイ工作』かんせーい。

 時間を指定するイニシアティブが、ヨルコさんの方に回りました。後は色々細工し放題でーす。

 

 

「シュミットさんを呼んでみましょう。青龍連合に知り合いがいるから、本部に行けば何とかなると思うわ」

「だったらまずは、ヨルコさんを宿屋に送らないと。

 ヨルコさん、俺たちが戻るまで絶対に宿屋から外にでないでくれ」

「はい・・・」

 

 ーーーあ~あー・・・・・・。やっちゃった・・・・・・。

 ボクは空を見上げながら、降り出した雨の音を聞く。

 

 ポツ、ポツ、ザーザーと言う普段はけっこう好きな雨音が、今日に限ってはヒドく不快で気にくわない『ピエロの笑い声』のように聞こえてならない。

 

 

 心を黒いモノが満たし始めるのを感じて、ボクは左胸をそっと上から押さえつける。

 

 ーーダメだ。まだ止まっちゃいけない。ボクの旅路はまだ終われない。まだやると決めたことを出来ていない。

 

 

 

 ザザ・・・、ザザザーーーーーー。

 

 

 一瞬だけ目眩とともにノイズが響いて意識が飛びかけるのを、窓から外を見上げてたことで何とか二人に気づかれずに済ますことが出来た。

 

 ーーまだ、大丈夫だ。まだ行ける。この程度のことなら踏ん張れる。

 

 ボクはまだ、彼女に誓った言葉を果たせていないんだから、“終わらせること”なんて許されないーーー。

 

 

 

 

「君は、今回の圏内殺人の手口をどう考えてる」

「大まかに三通りだな」

 

 雨上がりの路地裏を、ボクたち三人が並んであるいていく。

 アスナが聞いて、キリトが答える。いつも通りのお決まりパターンを実行した後、ボクのターン。

 

「・・・ユウキは、どう思ってるの?」

「『劇場型殺人事件モドキ』」

 

 アスナに聞かれたボクは即答で返していた。

 だってボクから見れば今回の事件は事件とも呼べない、呼んじゃいけない殺人事件モドキなピエロが遊び半分で描いた醜悪きわまる子供だましなモザイク画でしかなかったから。

 

「劇場型殺人って・・・サスペンスドラマとかでよくでてくる、あの?」

「そうだよ、アスナ。今回のこれは事件なんかじゃ全くない。ただの遊び・・・『ゲームであっても遊びじゃない世界』で起きた、人の生き死にを楽しむためのショーでしかなかったんだよ」

 

 強い口調と瞳でボクが言い切ると、二人はしばらく黙り込んでからキリトがつぶやくように聞いてくる。

 

「ユウキ、そう言いきるだけの理由はあるのか? その・・・これが『奴ら』の仕業だと証明するに足る根拠かなにかが・・・・・・」

 

 キリトからの質問にボクは「にかっ」と微笑み返してやる。

 

 さぁ、ここからはボクの独壇場だ。ピエロたちが脚本演出総監督を勤める三流悲劇を、三流以下の喜劇にまで貶めてやる。

 人に笑われるよりも人を嘲笑いたい殺人ピエロども、思い知っちゃえ!

 

 

 

 

 

 

 

「キリト、よく思い出してみて。そもそも事件の最初にしていた会話の内容・・・睡眠PKの手口についてをさ」

「え・・・。寝ているプレイヤーの指を動かしてデュエルOKさせて、一方的に殺されてしまったプレイヤーがいたっていう、あの事件のことか?」

「うん、それ。これってよく考えてみなくても、おかしすぎるんだよねー。矛盾しすぎてる。あまりにも子供だましでアホくさい」

「・・・??? どこがなのよ、ユウキ。ちゃんと内のギルドでも捜査はしたのよ? ・・・捜査結果は部外秘だから言えないけど・・・」

 

 アスナが言えないことを申し訳なさそうなお顔して言ってくれる。いや、言わなくていいし聞きたくないから。聞くと絶対に巻き込まれるから、さすがのボクもイヤだってそこまでは深入りしたくないって。

 

 

「それは一先ず置いておくとしてーー本題に入ろうか。睡眠PKについてだよ。

 ・・・あれって、さも実際にあった事みたいに話されてるけど・・・本当にあった事件なのかな?」

「??? なに言ってるのよ。ちゃんと被害者だって出てたでしょ? ・・・石碑にだけど」

「うん、そうだよ。被害者はいる。でもそれが直接的に、事件を実証するものだとは限らない」

「どう言う意味なんだ、ユウキ。もう少し、かいつまんで話してくれ」

「ようするにさ、キリト。寝ているときに眠ったまま殺された人がいる事件の話を、『ボクたちはどうやって知ることが出来てたんだろう』って、そういう話だよキリト」

「「・・・・・・っ!?(ガタタッ!)」」

 

「始めからおかしかったんだ。被害者の存在ばかりが実証されていて、事件そのものは曖昧模糊としている事件は本来なら事件にもならないし、なれない。いいとこ都市伝説止まりだ。

 にも関わらず、みんな誰しもが本当のことだと思いこんで、恐れて警戒して本当にやってしまう人たちだって現れてきてる。始まりが真実だったかどうかなんて今更なんの意味も無くなっちゃってる。

 たとえ始まりの事件が『圏内に見えるけど厳密には外だからシステム範囲外』で起きてたとしても、目撃者がいなくて記録も撮影もされてないなら関係なくなってしまってる」

「虚偽による事実の創造・・・・・・」

「そ。始める人間は誰かを殺して、もっともらしい噂を流すだけすればいい。後は勝手に自分たち以外すべてのプレイヤーたちが噂を広めて真実を作っていってくれる。

 彼らは劇場型殺人の総監督らしく、自分の生み出した作品を見た人たちの反応をおもしろおかしく心の中で笑いながら見物しているだけでいい」

 

 『幽霊の 正体みたり 枯れ尾花』ーー化学によると、怪談や幽霊は人々の不安や恐れから生み出されるものらしい。

 人間の力ではどうすることも出来ない超常の存在・・・そういうのが原因なんだから『仕方がない』として受け入れることができていた前世でのボクやクラスメイトたちを思い出させられる言葉だね。

 確かにあのころのボクだったら自分が抱えている心の問題を、他人を物理的にどうこうすることで解決できると思い込みたがっただろうから。

 だからボクには彼らのことを笑えない。笑う資格はない。

 

 だけどーーー。

 

「『生き残りたい』っていう願望と、『死ぬのが怖い』っていう恐怖心。

 これに『弱肉強食』っていう一般的によく知られた原始的生物の本能的行動を調味料として加えてあげるだけで、怖くておびえている生き残りたいプレイヤーたちの間には『誰かを殺して自分だけでも生き残ろうとするのが正しい生存方法だ』っていう認識を植え付けることが可能になってしまう。

 自分たちは中途中途で介入すればいいだけで、普段は他人同士の疑心暗鬼やアイテムの奪い合いを見て笑っていればいい気楽な身分になれてしまう」

 

「今回の場合で言うなら、『罪悪感』がソレに当たるんだと思う。

 ヨルコさんたち三人の売却に賛成した人たちが抱き続けてきた罪悪感・・・。それを彼らは観劇するために利用した。三文芝居の台本渡して、大根役者たちが自分たちの書いた筋書き通りに真剣な気持ちで踊り狂っているのをゲラ笑いしながら眺め続けてるんだと思う。

 復讐と、復讐劇をゴッチャにしたようなつまらなすぎる脚本を渡してね・・・」

 

「復讐心って言うのはね、キリト。根っこにあるのは憎しみじゃなくて愛情なんだよ。大好きだった人が奪われてしまったから、奪っていった人が憎いんだ。愛憎は表裏一体っていうけど、愛憎の表面にあるのはいつだって『愛情』の方じゃないとダメなんだ。

 だって憎しみが表になっちゃったら、愛情は復讐するための口実にすぎなくなってしまうでしょ?

 愛情のための復讐は、愛する人へ思いを捧げる小道具でなきゃ本当の復讐だなんて絶対呼べないものなんだから」

 

「でも、だからこそ彼らはソレを利用する。愛情なんてと笑い飛ばしたがる。

 愛情なんてくだらない・・・自分たちが得られなかったから。友情もくだらない・・・自分たちが人を信じて傷つくのが嫌だから。信頼はくだらない・・・信じて裏切られて人に笑われるのが怖いから。

 現実が辛いから現実はくだらない、帰る必要はない、好き放題出来るここの方がいいとか言ってる負け犬どもの都合に今回ばかりは合わせてあげない。先手を取るよ、二人とも。ラフィン・コフィンの馬鹿ピエロたちに吠え面かかせて「ギャフン!」と言わせてヨルコさんにも明るい表情を取り戻させたあげられるようガンバロー! おーっ!」

 

「おーーーっ!!!」

「お、おー・・・」

 

 『悪党懲らしめる系』の展開になって意気あがるアスナと、その隣にいるせいか微妙にテンション押され気味なキリトも賛成してくれた。

 さぁ、これで準備は整ったぞ! 待ってろよオレンジギルド! 今度こそギャフンと言わせてやるぜ!

 

 ・・・と、その前にオッハナ詰み~♪

 

「・・・? どこ行くのよ? ユウキ。もう少しで青龍連合の本部に着くのに」

「あはは~。ボク、ああいう堅っ苦しいところ苦手だからさー。近くを警戒しているよ。どこかにオレンジの手先が聞き耳たててるかもしれないからさ」

「??? そ、ならいいわ。後でちゃんと合流するのよ?」

「はーい♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー誰もいない路地裏で。

 ボクは口に手を当てて咳きする音を隠してた。二人には知られるわけにはいかなかったから。

 知られたくないモノが、今のボクの手の中には出てきてたからーーー。

 

 

「うわー・・・。こういう事ってあるんだな~。さすがに転生なんてご都合主義の極みみたいなものを、させてもらっただけの事はあるよ。これは予想外過ぎてたなー」

 

 気楽そうに空を見上げるボクの手のひら。

 そこには、すぐに消えて無くなる耐久値超低めのオブジェクト。

 

 

 “真っ赤な吐血”がベットリ付着して、紺野綿季のアバター・ユウキの小さな手のひらを、赤く紅く染め上げていた・・・・・・・・・。

 

つづく

 

 

ユウキに《エイズ再発寸前》のバッドステータスが付与されました。

命をもてあそぶ者たちへの憎しみが抑制を越えてエイズが再発寸前の状態です。

愛情で満たす治療はお早めに。




謝罪と説明:
ご指摘を受けましたので説明と謝罪をさせて頂きます。

今話の最後でユウキが吐血しているのは、システムを超越するのがSAO作品の主役条件だと思ったことに起因しております。

ただし、これは今回限りの使い捨てネタとして使っただけのものであることを説明しなかったことにより誤解を招いてしまったことを深く謝罪いたします。ごめんなさい。

あくまで今話の此れは、ユウキの身体に異常が起きていることを彼女自身に強く実感させることが主目的であり、次話からは「あれ以来、血は吐いていないけど・・・」みたいな表現で不安を表しながら、憎しみにかられた時などに「――ザザ、ザザザ――」と画像が乱れて目を見開いて動きを止めるなどの表現方法で対処するつもりでおります。

言葉不足のせいでご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。


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14・5話「前話とは直接関係のないヒースクリフとのお食事会に転生ユウキが混じっていたらの回」

早起きしたことと、妙に頭がスッキリしてたのもあって前回のとは別の『圏内事件』を書いてみました。前回書いた話は、あらすじ代わりに使わせてもらってます。
正直どこで区切ればいいのか、よく分からない原作でのお話だったものですから・・・

多分ですが、前回よりかはマシな出来になっていると思っております。


「そんなわけで、ご面倒をおかけしますが、団長のお知恵を拝借できればと思いまして・・・」

「気にしなくていいよ、アスナ君。私も、ちょうど昼食にしようと思っていたところだ。

 それに、彼の名高き《黒の剣士》キリト君にご馳走してもらえる機会など、早々あろうとも思えないしね」

 

 しゃちほこばったアスナからの敬礼を受けたその人は朗らかに笑ってそう言って、彼女の両隣でちょっとだけ苦い顔をしている二人の内ボクの方へと意味深な笑顔を向けてきながらーーーー

 

「ーー何よりも、我らが期待の新人候補ユウキ君までもが同席しての頼み事なのだからな。夕方からの装備部との打ち合わせがある忙しい身の上であろうとも駆けつけない訳には行くまい。勧誘している相手には、恩を売っておいて損はしないものなのだから」

「ぐっ」

 

 あ、足下見てくれちゃってますね、ヒースクリフさん・・・。ちょっとだけだけどキリトに向かって抜刀しかけたアスナの気持ちが分かった気にさせられましたよ・・・。

 

 

 ーーー昨日の晩にボクたちの目の前で起きた事件の不思議現象について検証するには、ボクたちには知識がなさ過ぎていた。

 ボクはMMOに関してはロールプレイが基本のライトユーザーだし、キリトはネット全般に関してもSAOに関しても超詳しいけどデスゲーム開始後は攻略系の知識しか収集してこなかったし、アスナに至っては強いだけでゲーム全般に関するほぼ全ての専門知識面においてズブの素人に近い。

 

 ・・・おまけとして妙に人間関係が狭いというか、偏りがあって客観的視点で見なきゃいけない時には向いてない知り合い以外には仲良しさんが少ない。

 事件が起きた際に身内からの保証や確証は証拠能力がありません。これ常識。

 

 

 ーーで、この人を呼ぶしかなかったというわけで・・・・・・。

 

「ま、前向きにコウリョした上で、ケントウさせてもらいます・・・・・・」

「うん、前向きな良い答えを期待しているよユウキ君。君がどんな答えを出すのか楽しみだ」

 

 テノールの聞いた声で放たれる穏やかな脅迫! 剣を抜いて脅してくる人なら実力行使で排除できるけど、笑顔で脅しをかけてくる人を殴っちゃったら罠にかかってジ・エンド! これも事件の常識! 「俺が責任をとる」とか言って部下に犯人殴らせといて翌週には何事もなく普通に仕事してる刑事ドラマの刑事さんたちがうらやましい限りだよ~(ToT)

 

 

「・・・しかし」

 

 団長さんは、キリトの案内でやってきた相談会会場を見渡して、その内装にちょっとだけ感心したみたいな視線を向けながら。

 

「ーー趣のある店を相談場所に選んだものだね。私もはじめて見るタイプなので、新鮮な気分だよ」

「・・・・・・・・・すみません・・・・・・」

 

 さらに縮こまっちゃったアスナ。まぁ、気持ちは分かるけど。

 ボクも団長のマネして店内を見渡してみてからーーーゲンナリした顔にさせられる。

 

 なんて言うか、胡散臭い。アインクラッドは刀こそあるけど《日本刀》は存在してない。シャムシールとかと同じように《曲刀》にカテゴライズされている。

 たぶん、オバロと似たような設定でファンタジー世界に存在している裏設定があるんだと思うけど、少なくともボクが知る限りSAOには日本的要素はほとんど存在していない。

 再現することはできるけど、あくまで既存のものを組み合わせて『日本風っぽく』再現するのが限界で、それ以上をボクは見たことがない。

 しかも、それでさえ大昔の日本を再現したもので日光江戸村に出てくるような『なんちゃって日本風』みたいな感じの物が大半を占めている。ーーそれなのに・・・・・・

 

 

「・・・なんで現代日本の下町にありそうなお蕎麦屋さん風・・・? ポスターまで貼ってあるし、なんだか昭和チックな気がするのは気のせいなのかな・・・」

 

 もしくは『グリザイア』で情報屋していたアメリカ人のお蕎麦屋さんな店。ハッキリ言って違和感アリアリです。

 

「制作者の意図と、店主の趣味設定などはこの際一先ず置いておくとしてだーー本題に入ろうか。まずはキリト君からだ。君の推測を聞かせて欲しい。君は今回の《圏内殺人》の手口をどう見ているのかね?」

「・・・大まかに考えて三通りだな」

 

 団長さんに話を振られたキリトが真面目な顔して話し出した推測は三つ。

 

1、正当なデュエルによるもの。

2、既知の手段の組み合わせによるシステム上の抜け道。

3、アンチクリミナルコードを無効化する未知のスキル、あるいはアイテムが存在していた場合・・・・・・

 

 

「「三つ目の可能性は除外してよい(外しちゃっていいよ、キリト)」」

 

 

 ーー彼の話を聞き終えた瞬間、ボクとヒースクリフさんが同時に即座に言い切ったからキリトだけでなくアスナもびっくり仰天した顔になってしばらくフリーズしてしまう。

 

「・・・断言しますね、団長。ーーそれに、ユウキも」

 

 二、三度瞬きしてからキリトが聞いてきたからボクと団長さんは当然とばかりに頷いて返す。

 

「想像したまえ。もしも君がこのゲームの開発者なら、そのようなスキルなり武器を設定するかね?」

「まあ・・・しないかな」

「何故そう思う?」

「・・・フェアじゃないから。認めるのはちょいと業腹だけど、SAOのルールは基本的にフェアネスを貫いてる。圏内殺人なんて、このゲームが認めているはずがない」

 

 さっきまでのボクたちの答えを聞いて驚いてた時の顔とは対照的に、キリトは真面目な顔になって断言する口調で言い切って見せた。

 

 そのときのアスナと団長さんが見せた反応もまた対照的で、「えー・・・」と物スッゴく不満ありげな表情なのに気を使って口にはしなかったらしいアスナと、ほとんど顔の位置を動かすことなく目の細さだけを変えてジッとキリトの目を見つめる力を強めたヒースクリフさん。

 

 それは三人にとっての《SAO》が、どういう存在なのかと言うことを如実に表してるようにボクには感じられていた。

 

 キリトにとって、やっぱりSAOはデスゲーム化した今でも特別なんだと思う。あるいはデスゲームになったから特別さが増したのかもしれない。

 さっきの『認めるのはちょいと業腹だけど』って言う表現を使ったのは、彼にとってのSAOをどちら側においていいのか分からなくなっているからなのかもしれないね。

 

 被害者側か、加害者側か。犠牲となった死者たちを悼む一般的な倫理観を尊重するふつうの中学生の側か。

 あるいはゲームに耽溺して寝食を忘れて寝る間も惜しんで楽しんでいたゲームが『現実の世界と入れ替わってくれた』ことに喝采を叫びたい廃人ゲーマーの側に立っていいのか否か。

 

 キリトにはどこか、現実感の濃淡が分かれすぎてるところがある。普段は人の事情に深く関わるのを嫌って距離を置きながら、一歩下がった位置からの付き合いに終始しているスタイルなのに、危険の度合いが高まれば高まるほど人にも、そしてバトルにも真剣味が増していく。普段は接したがらない人にも積極的に、楽しそうに話しかけていくことができるようになる。

 

 死が迫れば迫るほどに、生きていることを実感させてくれる人。それがキリトだ。

 

 戦場で直ぐ近くから彼を見てきた人なら誰もが感じたことのある感想・・・『戦ってる時と、そうでない時とでは別人みたいになる』。

 死にそうになるほど本気を出して、命が失われかけてると感じたときほど全力で生きて、『死の恐怖がないと生きてる実感を持つことができない』。

 

 ーーーもしかりにそうだとしたら、彼の生き方は『命の有り様』に反してる。

 

 人の細胞は最初から死ぬことをプログラムされて生まれてくる。その確定されてるゴールから少しでも距離をとろうと無駄を承知で足掻き続けるのが人の一生で、人生だ。

 

 初めから敗けが確定している負け戦・・・それを人は生きている限り続けなくちゃならない。順当通りに死んで負けるその日まで、絶対勝てない死に抗い続けるだけが本質的に人の一生で成さなきゃいけない唯一絶対のことのはずだ。

 

 でも、キリトは違う。体が死から遠ざかれば遠ざかるほど、心が生きることから遠ざかる。

 戦争関連の特番で、死の近くに居続けることで生の充実感を得る人が戦場帰りの帰還兵さんの中にたまにいるって聞いたことがあるけど、それと近いのかもしれない。平凡な日常の中で生きてく方がいいと分かってはいるのに、日常の中だと違和感がずっとついて回る。

 周りの日常に満足して生きていける人たちとの間に、自分が思っていることとの違いを合わせようとして合わせられない。無理して我慢し続ける。

 

 その結果として、戦場から日常に帰ってくるために死ぬ気で戦っていた戦場にまた戻ってきてしまう。死にたくないのに、死ぬのが怖いのに、死の危険性が身近にないと生きていることに充足感が得られない。

 

 

(・・・もしそうだとしたら悲しいなぁー・・・・・・)

 

 一度死んだことのあるボクから見たらそう思える。そうとしか思えない。

 蝋燭の火が消え去る寸前に、一瞬だけボッ!と強く光る灯りを見たときみたいな、綺麗だけど悲しい気持ちにさせられちゃう。

 普通に生きてる人たちと、一緒に生きてくことが出来ない事になっちゃうから。

 人を生かすために戦ってるキリトには、本人が気づいてないだけでいっぱいの人たちから好かれてるんだと思う。でも、その人たちは『生きてくことを手伝ってくれた』キリトが好きな人たちであって、キリトに『生きていて欲しい』と願っている人たちだ。

 

 その人たちの想いに応えるのはキリトにとって嬉しいけど、息苦しくて辛い。

 一緒に居続けることで幸福と不幸を同時に味わってる旦那さんと、幸せ一杯の奥さん。一方通行じゃないけど、お互いの持ってる相手への思いが違っているのは不幸にしか生まない。

 病人として、仲間外れとして、みんなを輪の外から見てきたボクにはそれが見えていたから・・・・・・。

 

 

 

「・・・キ、・・・ウキ? ・・・・・・ユウキ!

「うえ? ーーーふべっ!?」

 

 ちょっ、辛! 辛いよこれ!? ボクの口の中に何入れてきたのさアスナ!?

 

「会話中にボンヤリしながら上の空で聞き流すような悪い子にはお仕置きです。反省しなさい」

 

 白~い目をして、右手でポンポン唐辛子をお手玉しているアスナ。・・・テーブル上にあった奴だね・・・。“お店から出た消滅しますからご注意を”って但し書きが記されてる奴・・・。

 

 見ると、テーブルにはボクたちが注文した料理《アルゲートそば》が人数分並んでいて、食べられる準備が出来てた。

 確かお店のことを聞いたときにキリトから「この店の店主はアインクラッドで一番やる気のないNPCだから料理が来るのがスゴく遅い」って聞かされたけど、その間中ずっとボクは考え事してたのかぁ~。そりゃ怒られるよね、普通なら。

 

「ふむ。どうやらユウキ君も『この料理』の芳香に呼び戻されて、アインクラッドという架空世界の現実に帰還してきたようだし、ったん話はおいて食事を満喫するとしよう。冷めてしまったのでは楽しみにしていたらしいユウキ君に申し訳が立たない」

「ぐ、ぐぬぬぅぅ・・・」

 

 またしても揚げ足を取られてしまった・・・なんだか団長さんって、出会ったときからボクに対してだけやたらと攻撃的なんだよなぁー。・・・似たもの同士は憎み合うとか・・・? ーー無い無い、絶対ない。そんな事はあってはならなーい!

 

「それじゃあ、いただきます! ずるるるーーーっ!!!!」

「「「あ」」」

 

 誤魔化すために《アルゲートそば》を一気食いしたボク。

 大丈夫! イケる! 味も素っ気もない病院食と比べたらなんて事無い!

 アインクラッドのNPCさんたちが作る料理は、いつだって美味しくてマズい物なんて滅多に出会わなーーーーーーーー・・・・・・・・・

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 勢いのまま味にも気づかずに食べ終わるまで食べてから一時停止。

 しばらくボクを見ていた団長さんも「・・・・・・」無言のまま、見た目だけは『ラーメンっぽいナニカ』をスープまで綺麗に飲み干して食べ終えてからしばらく器の底を凝視して。

 

 

「・・・・・・これはラーメンではない。断じて違う」

「うん、俺もそう思う」

 

 団長さんが時間かけてる間に食べ終えてたらしいキリトも同意して、団長さんは一度口を開きかけたけど思いとどまり、ボクにも料理に対する感想を視線だけで求めてくる。

 未だにショックから立ち直れてないボクは、うつむきながらだけど素直な気持ちを吐露しておく。

 

「・・・ボクはこれをラーメンと呼ぶのは、徹ゲーのお友としてインスタントラーメンを愛する全てのゲーム好きに対して失礼だと思うんだ・・・」

 

 くす、と。どこかで誰かが一瞬だけ笑ったような気がして顔を上げると、団長さんがテーブルに割り箸をぱちんと音を立てて置いてる所とかち合った。

 

「では、この偽ラーメンの味の分に、ユウキ君の感想に対する私の賛同を含めた分だけキリト君の質問に答えるとしよう。

 話を聞いていなかったらしいユウキ君は、後で保護者さんに頭を下げてお願いして経緯について教えてもらいなさい」

「ぐぐぐぅぅぅ・・・・・・」

 

 き、今日は一方的にやられてばっかりだなボク・・・。厄日なのかな? アインクラッドで一番昼寝するのに向いてる日の次はボクの厄日とか、何それすごく嫌なんだけども?

 

 

「現時点の材料だけで、《何が起きたのか》を断定することはできない。だが、これだけは言える。いいかね・・・この事件に関して絶対確実と言えるのは、君らがその目で見、その耳で聞いた一時情報だけだ」

「・・・・・・? どういう意味だ・・・?」

「つまり、アインクラッドに於いて直接見聞きするものはすべて、コードに置換可能なデジタルデータである、ということだよ。そこに、幻聴幻覚の入り込む余地はない。逆に言えば、デジタルデータでないあらゆる情報には、常に幻や欺瞞である可能性が内包される。この殺人・・・《圏内事件》を追いかけるのならば、眼と耳、つまるところ己の脳がダイレクトに受け取ったデータだけを信じることだ」

 

 そう言って、出されていた氷水に手を伸ばして飲み干してから「・・・そして、ここからがユウキ君の感想に賛同したが故の付け足し分だ」と前置きしてから。

 

「RPGに限った話ではないし、多くの場合AVGでもSLGでもそうのだが・・・・・・捜し物というのは『最初の場所』か『一番面倒くさい場所』にあるものだと相場が決まっているものだ」

「ぶっちゃけたな! 自分自身のゲーマー脳とゲーマー思考を!!」

「て言うか、この事件はゲームじゃなくて実際に起きてる事案なんですけど!? 現実とフィクションを一緒くたにしちゃダメですよ団長!!」

 

 慌てる二人を後目にヒースクリフさんは落ち着き払ったもの。「ごちそうさま」と手を合わせて立ち上がってから二人を見下ろして微笑んで、『SA0』という世界に生きてる『住人たち』の真実について少しだけ話す。

 

 

「キリト君、アスナ君。勘違いしてはいけないよ? 普段の我々ゲーマーが現実とフィクションを分けて考えなくてはいけないのは、『フィクションではない、現実を生きている人たちの方が多い世界で生きているから』だ。そうでない人たちの方が圧倒的大多数派を占めているアインクラッドにおいては現実論とフィクションとの境目はカーディナルによるシステム管理ぐらいなものさ。

 禁止されてることは出来ないが、そうでないことは本人の意思次第で現実の一部として実現するのは不可能ではない」

「「!!!」」

「そも、世界観というもの自体が一人一人微妙に異なっているのが当たり前なのだからな。それを社会に溶け込ませるため『社会という一個のルール』に併せて作り直させたのが一般社会に流布する常識論であり、一般認識だ。それを踏まえて考えてみれば、今回の事件の異なる側面が見えてくるのではないかな?」

「そ、それはどういう・・・・・・」

「ユウキ君の感想へ追加する分はここまでだ。・・・いや、少し語りすぎてしまったかな? どうにも、好きなことに関して語りすぎるゲーマーの性というのはゲームが現実になった後にも解消できないものだね。

 まぁ、ここまで着たらついでだ。お釣りとして取っておくといいだろう。『今の話の意味はユウキ君に聞いてみたまえ』そうすれば分かることだろう。それじゃあ」

 

 そう言って片手を上げて去っていく団長さんの背中をボクは見ていなかった。

 必死に記憶を掘り返して、事件の始まりから今までを振り返ってみて、ようやく『当たり前のことを“無視しちゃってた”』ことに思い至れた。

 

 

「あ、そっか・・・。そう言えばここって、ゲームであっても遊びの世界じゃないんだった・・・」

 

「ユウキ?」

「どうしたんだよ、急に・・・。そんなのは当たり前だろ? 今さら思い出すほどのことなのか? ーーそれともそれが事件を解決する糸口につながっているナニカなのか?」

 

 二人が聞いてきて、キリトは途中から真剣味を増した顔で強く聞き直してきたけど、ボクはその二つともに首を横に振る。

 

「ううん、そうじゃないんだけど・・・でも、ようやく分かったことならあるよ」

「??? なにがだ?」

「今の段階で事件を解決する必要性がないって事にさ」

 

 驚いて口をあける二人とも。当然だよね、園内PKが可能だなんて情報が噂だけでも流れたら大変だし、二人とも忙しいから早く解決して前線に戻りたいだろうし。

 

 ーーけどね?

 

「サスペンスドラマとかが原因で誤解されがちなんだけど、本当の事件関係者はあんなに少なくないのが普通なんだよね。

 孤島の館で密室殺人にしたって、実行犯はともかく依頼した真犯人や動機の裏事情が館とも孤島ともぜんぜん関係のない赤の他人事である可能性はいくらでもありえるんだから、その場にいる身内だけで事件が始まって終われる幸運に恵まれるのは超少数例。

 だいたいの場合は、もっとしょうもない形で始まって進んで終わる。それこそドラマなんてリアルの事件の中には実在していない。

 結果から逆算すればドラマっぽく見えるだけで、個別のできごとは平々凡々な日常風景の積み重ねでしかないのが当たり前なんだよね」

 

「う・・・。また夢のないことを・・・」

「いやまぁ、殺人事件に夢なんて求めちゃいけないと言えばいけないんだけどね・・・」

 

「そして今回の事件の場合、ボクたちには滅茶苦茶厳しい条件付けが科されてる。時間も人手も情報源さえ限定されまくってる。挙げ句の果てには現実の事件を捜査するときのノウハウすらない。

 『フィクションで得た知識だけがボクたちゲーマーのすべて』だ。これじゃあ現実論を事件に持ち込んだって意味はないと言われても仕方がないとボクは思う」

 

「う、うん・・・なんだか分かる話だったわ・・・。現実の受験とか思い出させられて少しだけ病みそうにもなったけど・・・」

「俺はそうでもなかったが・・・クラスの連中が口さがない事いってた記憶だけは思い出した・・・・・・」

 

「でも、逆に言えばゲーマーしかいない世界で起きた事件だったら、犯人もゲーマーの人間であってNPCじゃないことになる。当然だよね? SAOに支配されてるNPCに圏内でのプレイヤー殺害をする意志は与えられていないんだから。

 NPCモンスターに殺されたら現実でも死ぬデスゲームの中で、NPCに殺す意志のない圏内で人を殺したいと思えるのは人間だけだ。

 現実世界からはなれたデジタル世界にデータ化された体で冒険するしかない人間にシステムを越える力はない。原則としてはだけど・・・少なくともキリトたち以上のプレイヤーでもない限り《圏内で人は殺せない》と定めた茅場昭彦のルールを破ることは決してできないことになる」

 

「そうかもしれんが・・・仮にそうだったとして、それが事件にどう関係してくるんだ?」

 

「思い出してキリト。ボクたちは事件について何一つ『自分で調べて事実だと確認した情報は無い』んだよ?」

 

「「!?」」

 

「初めからボクたちはヨルコさんっていう、唯一の目撃者しか得られていない。彼女が教えてくれた情報を元にするしか事件を捜査する術を与えられてはいないんだよ。

 彼女が言って、ボクたちが聞いて、それを元に調べて得られた情報だけで事件を頭の中に構築してる。教えられてない裏設定がある可能性を事件の始まりからずっと無視し続けてきちゃってる。唯一の承認である彼女の言葉を起点にして考えることが前提として成立しちゃってるんだよ。

 これじゃあボクたちの知ってる範囲外で起きてることや、起きてた事柄なんかには教えてもらわない限りたどり着くことなんか絶対にできない。

 最初から最後までサスペンスドラマの視聴者として脚本家から与えられる情報順に事件を推理していくしかなかったら、次の被害者が殺されるまで対応できないのは当然なんだよねー」

 

「・・・ヨルコさんを、疑えってことか・・・?」

 

「と言うより、彼女も『事件に関係している者として』容疑者の一人として見るべきなんだ。本来ならそれが正しいんだから。

 被害者の知り合いで身内だからって理由だけで警察に疑われて泣いてる遺族はかわいそうだ。『だから犯人じゃない』なんて理屈は真犯人に利用されやすいだけだからね。

 彼女を信じたいなら、まずは彼女の言葉も疑って調べてみて確証を得るため努力しないとダメだ。自分の主観で信じることと、信じている相手の主観は同じ物じゃないんだから」

 

「・・・でも、それだとどうするの? 確かめようにも時間が乏しすぎるわ・・・。このままだと私たちは前線に・・・・・・」

 

「大丈夫だよ、アスナ。今回の事件の場合は簡単だ。最初から最後まで重要人物なのに一言もセリフが出てきていない人がいるから。その人だけを疑えばいい」

 

「「・・・それは誰?」」

 

 

 

「《グリムロック》さん。ヨルコさんがやたらとプッシュしてくる上に、嘘ついてるようには微塵も感じられない良い人のイメージもってていいはずなのに、どう言うわけだか一瞬たりとも姿を現そうとしていない。

 これだけ《黄金林檎》の身内だけでメインが固められてる事件なのに、たった一人だけイメージだけが先行して一人歩きさせられてる人物。

 彼が犯人かどうかは別として、彼から話を聞かない限りはすべての情報を半信半疑で聞いてみて、自分たちの判断と計算式だけで組み立て直した方がいいとボクは思う。

 だって、グリムロックさんに話を聞いて確認しないと本当か嘘か判別しようのない情報ばっかりしか集まってないんだもん」

 

 

「相手の言葉も自分の言葉もデジタルデータに変換されて、本当の本物なんて『自分がそうだ』と思えた物だけしかない。

 自分が見聞きした相手の情報を脳に送って考えて、『本当だって信じた人と言葉だけが』アインクラッドに生きてるボクたち一人一人にとっての真実で現実なんだよ、きっとね・・・」

 

つづく



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原作1巻版1話「剣の世界の絶剣使い」

久しぶりの更新となります。何本も試作してみたのですが、どうにもシックリこないまま今の今まで放置し続けてきてしまいました、ごめんなさい。
結局、原作一巻目の話を自分なりに書いてみようという形に落ち着きました次第です。
どうやら「生と死」を題材として扱いながらガチな死と関わり合う二巻目の話とかは私と相性悪いみたいでして・・・申し訳ございません。

そんな理由から原作1巻目、1話目の話を基にした新章スタートです。


「よっ、はっ、ほっ」

 

 いかにもリザードマンっぽい敵モンスターからの攻撃を、飛んだり跳ねたりしながら高速移動して躱しまくり、隙ができた瞬間にーーーーー

 

「ーーていっ!!」

 

 攻撃! 突進系のソード・スキル《ヴォーパル・ストライク》を発動させてクリティカル・ポイントまで一直線! 細剣よりかは太いけど長い片手剣の刃に急所を貫かれた敵モンスターはポリゴンの破片となって粉々に砕け散って消えてゆく。

 しばらく待ったけど、戦闘音を聞きつけたモンスターがやってくる気配がないことを確認できて、ようやく一息つけたボク。

 ホッと息を吐き出してから、さっきまでそこにいて『帰って行った』リザードマンに向かい片手をひらひら。

 

「ありがとう、楽しかったよ。また一緒に遊ぼうね♪」

 

 それだけ言って、今日の狩りは終わり。ホームに戻るための帰路に就く。

 《アインクラッド》七十四階層の迷宮区でおこなう今日のレベル上げはしゅうりょー! 蛙が鳴いてないけどかーえろっと♪

 

 

 

 

 ・・・茅場晶彦の宣言から始まったデスゲーム化したSAO世界での生活も、もう二年目。

 相変わらず外から救いの手がもたらされることはなくて、キリトはヒールのビーター役を続けていて、アスナはどんどん偉くなって有名になっちゃって正直そばには居づらくなって来ちゃったからボクはこうして毎日てきとうに狩りをして過ごしている。レベル上げにもなるしね!

 もともと『守ること、死なせないこと』が戦う理由だったボクには、是が非でもアインクラッドをクリアーしたいとか、最強剣士になりたいとかの欲が他の人より薄めで合わせづらい。そんな理由で毎日のように通い出した迷宮区でのソロプレ命がけ狩り。

 

 最初はキリトみたいに上手くできなくて死にかけたりもしたけど、最近は何とか余裕を持って戦えるようになってきた。

 安全マージンをとっての戦い方は基本だし、ボクもギルドに入った方がいいんだろうけど、でもいくら気をつけたって人は必ず死ぬからなぁ~。

 絶対死なない安全な戦い方は『戦わないこと』だけだから、戦う以上は死ぬかも知れないことは仕方がない。仕方がないので死んだらあきらめる。死なないために努力する。そういうスタイルのボクにはアインクラッド攻略を第一にしている攻略組ギルドは・・・なんだかちょっと、狭苦しい。

 

 

「ありゃ、珍しいのがいる。《ラグー・ラビット》だ」

 

 おいしいと評判のお肉を落とすことで有名な、ウサギ型の超レアモンスター《ラグー・ラビット》。めちゃくちゃ足が速くて、一度でも走り出したらボクでもキリトでも追いつけないSAO版はぐれメタル。

 でも、気づかれてない今ならボクでも倒せるかもしれない。AGI極振りとはいえ、攻略優先じゃないボクのステータスは遊びが多くて投擲スキルなんかも当然半端にあげている。格好いいからね! 剣に命と人生捧げてそうな宮本キリトよりも飛び道具の扱いなら得意だよ!

 

「・・・とは言え、気が引けちゃうなー。食べるためだけにウサギを狩るって、なんかちょっとだけ・・・う~ん」

 

 猟師さんの気分を味わえるし、猟師さんのお仕事をバカにする気は一切ないし、立派なお仕事だとも思ってる。テレビで視た捕った獲物の解体現場も気持ち悪いと感じた事なんて一度もない。

 ただ、この世界に生きるボクたちはポリゴンデータで、本体は今も病院のベッドの上で眠ったまま。こちらで食べなくても死にはしないし、食べてお腹一杯になったと感じるのは電気信号だ。

 一時的な快感のためだけに命を刈り取るのはちょっとなぁー・・・。せめて経験値かお金がガッポガッポ入るんだったら倒す口実に使えたんだけど・・・どうしよう?

 

「でも、おいしいって評判のお肉を持ってってあげたらアスナが喜びそうなんだよなー・・・。う~、マジに悩むー」

 

 小声で必要以上に離れたところから、ナイフを片手に目を×印にして悩みまくるボク。客観的に見たら通報されちゃう人だよね。自重しよう。

 

「・・・よし、決めた。好きな子の笑顔を見るために犠牲になってくれ《ラグー・ラビット》くん。君を殺すことに決めたーっ!」

 

 叫んでから、立ち上がる。大きな音をたてたせいで逃げ出される心配はない。

 だって、叫んだときにはもう投げて当たって死んでたから。倒せると確信したとき以外は、ボクは死にまつわる言葉をあまり使いたいとは思えない。

 

「お、スゴい。本当に落としてくれた。ラッキー♪」

 

 ドキドキしながらストレージを開いてみたら、食材アイテム《ラグー・ラビットの肉》が入ってた! 落とす確率は結構低いって聞いてたし、これはなかなか幸先いいかもだね!

 

「よーし、それじゃあ急いで帰りますかぁっ! えっと、転移結晶はーっと・・・」

 

 アスナの喜ぶ顔が早く見たくなったボクは腰に吊してある小物入れをまさぐって、町まで一瞬で戻れる瞬間移動魔法ルーラもとい、瞬間転移アイテムの《転移結晶石》を取り出した。

 ファンタジーRPGにでてくるマジックアイテムらしく、お値段お高めのアイテムだけど問題なし。お金なんて使えば減って、倒せば増える世界なんだから無駄遣いしても無問題。

 むしろ、生きてる人が楽しそうに笑ってくれる笑顔のために使って消えるなら、お金も本望だろうしねぇー♪

 

「転移! セルムブルグ!」

 

 沢山の鈴を鳴らしたみたいに綺麗な音がして、手の中の結晶が砕け散ったと思ったらボクの体は青い光に包まれて周囲の景色が溶けるように消えていき別の景色が形作られていく。

 そうして、やってきました六十一層にある綺麗な城塞都市《セルムブルグ》。

 街自体は大きくないけど、中心部にある古城を中心に白亜の花崗岩で作り込まれてるお洒落な街だ。市場の品ぞろいも豊富で住みやすそうかも。

 ただし、立地条件がすこぶるいいので、やっぱりお家賃お高めです。現実でもゲームの中でも一番お金がかかるのがマイホームと言う辺りが少しだけやるせない。

 

 ま。自分が住みたい訳じゃないから別にいいんだけどねー。遊びに来る分にはいいけど、住んだらボクの場合もの壊しちゃう自信が山ほどあるし。

 

「えーっと、確かアスナの家は目抜き通りから東に折れてすぐのところにあったはず・・・・・・やっぱりそうだ! ここだここ! この家だよ間違いない!」

 

 メゾネットの三回建て家屋を見つけただけで年甲斐もなくハシャギ回るガキな子供のボク。周りの通りを歩いていく人たち(NPC以外)から指さされて笑われちゃったよ。

 

 でもまぁ・・・この家を見に来たときぐらいは周囲の視線を気にすることなく見惚れていたいんだよね・・・。

 

 

「うーん・・・やっぱり似てない。けど、似てる気がする。何でだろう? 不思議だよね~」

 

 小首を傾げながら笑顔で?マークを浮かべるボク。

 思い出すのはお母さん、お姉ちゃん、お父さんたちと過ごしたバーベキューの記憶。にぎやかで暖かな庭で遊んだ記憶。忘れ始めてきた部分のある前世のじゃなくて、ごく近い過去に過ごした家族との出来事。

 

 今生での自分の体、紺野木綿季の家族と過ごした思い出の記憶ーー。

 

「あの家もリアルの方では、もう残っていないんだろうなぁー。叔母さん売りたがってたし・・・」

 

 たまに意識が戻るなら別かも知れないけど、遺産相続人が二年近くも昏睡状態ともなればたぶん家の売却ぐらいは叔母さんでも出来ちゃう気がしてる。そのことについて恨む気持ちはない。

 どうしたってゲームの中にいるボクには守ることが出来ない家だ。今リアルにある家を守れるのはリアルに生きてる叔母さんで、ゲームの中で生きてるボクじゃない。

 近くて遠い場所。やっぱりSAOは架空のゲーム世界だけど、現実と隔てれられてるゲーム異世界なんだと実感させられる瞬間。

 

 それでもボクはこの時間が好きだ。思い出に浸れる癒しの時間が大好きだ。あの頃に戻りたいと思える気持ちを味わえることがスゴく嬉しい。

 きっと、この想いは本当に戻ってしまったときには消えてしまう大切な物だと思えるから。今だけの大事で大切な思い出を思い出せる懐かしい気持ちだから、ずっと大切にしていきたい。忘れずに思い出の中でたまに懐かしく甘えさせて欲しい。

 そんな・・・懐かしくて暖かい、帰ることの出来ない遠い日の記憶を思い出せる静かな空間・・・・・・

 

 

 

「あら、ユウキ」

「アッスナーーーーーーっっ♪♪♪♪」

 

 忠犬よろしく、ボクは今も生きてる大切な人目がけて大ジャンプ! 過去の思い出もいいけど、やっぱり今を生きてて思い出を一緒に作っていける大切な人の方が大事だよね! ボクは間違ってないと思うよ絶対に!

 

 さぁ、アスナ! 久しぶりの親友同士二人きりの甘い語らいの時を楽しみあおうよぅ♪

 

 

「・・・また貴様か、絶剣・・・」

 

 げ。

 

「ぐ、グラディールさん・・・お、お久しぶりですね・・・」

 

 アスナに全力で飛びかかりそうならぬ、飛びつきそうになってた身体を全力で押さえつけて自制しつつ、ボクはアスナの隣から目つきの悪い視線で睨みつけてくるギルド《血盟騎士団》の団員グラディールさんに・・・アスナの護衛役を任されている人に精一杯の礼儀作法を込めて挨拶する。顔と口元が引き攣っちゃってるかもしれないけど、見逃してね?

 

「何度も言わせるな絶剣。お前などいなくても私一人でアスナ様の護衛は全うしてみせる。団長からの誘いを蹴り続けている部外者の貴様がしゃしゃり出てきていい事案ではない」

「うぐ・・・。そ、それはまぁ、そうなんだけどもぉー・・・」

 

 眇めた瞳で睨みつけられて、小さくなるしかないボク。うう、やっぱり嫌われてるみたいだなぁ、相変わらず・・・。

 

 ボクがグラディールさんと出会ったのは、彼がアスナの護衛役を任されるようになった数週間前のことだ。初対面の時から敵愾心剥き出しで対応されて驚かされまくったのをよく覚えてる。

 

 何でこんな人がアスナの護衛に・・・そう思って他の団員さんから評判を聞いてみたりとか、一度だけだけど団長さんにも彼がどういう人なのか聞いてみたりした。

 

 結論から言うと、“性格はスゴく嫌な人だけど、仕事は熱心でクソ真面目”と言うのが血盟騎士団全体から見た彼への総評とのことだった。

 規則規則とうるさくて、序列による秩序がどうのこうの、血盟騎士団は最強ギルドだから団員たる者もっと自覚を持ってどうのこうのとか、とにかく口うるさくて理屈っぽい。その代わりに与えられた仕事はきっちりやる。

 片づけ終わるまでは職場を離れようとしない。就業時間になっても居座り続けるし、閉館時間になったと言われても聞く耳持ってない。

 ある意味ではクソ真面目。ぶっちゃけちゃうと粘着質なところのある人。それがグラディールさんの特長らしい。

 

 みんなから嫌われてるけど、認められてる部分は認められてたから、いい人なのかな? 嫌な人なのかな? うーん・・・その件については、ちょっとだけ保留で。

 

「グラディール。あなたの任務は私の護衛であり、その任務は戦闘不能エリアの圏内にあるセルムブルグに着いた時点で完了しています。念のため私の自宅前まで守ってくれたのは感謝しますけど、さすがにこれ以上は血盟騎士団副団長へのプライベート干渉に該当すると言わざるを得ません。任務ご苦労様でした。帰ってください」

「あ、アスナ様・・・。それではせめて、この素性も知れぬ小娘を安全のため引っ張っていって差し上げましょう!」

「何度も言っているでしょう? この子の素性は私が保証しますし、団長からも次期団員候補として準団員扱いするようにと言い渡されているはずです。まさか忘れたとは言わせませんよ?」

「そ、そんなアスナ様・・・! 私は・・・私はただ!!」

「ごめん、二人とも。その話、当事者であるはずのボクが初耳すぎるんだけど・・・?」

 

 て言うか、あの人まだボクのこと諦めてなかったんだ・・・。デュエルして自分に負けたら騎士団入れって言ってきたのを逆用して「じゃあ、負けるの怖いんでデュエルやりません! だから騎士団にも入れません! ごめんなさい!」って、逃げの一手でその場凌ぎしたつもりだったんだけど・・・まさか本当にその場限りの一時凌ぎにしかなってなかったなんて・・・ヨソウガイです。

 

「アスナ様! どうか自分のお立場というものをもっと考えられて、勝手な行動は慎んでいただかなくては困りまーーー」

「問答無用! これ以上ゴネるようならホームのシステムを利用してセクハラ認定してしまいますよ!? いいんですか!?」

「・・・ぐ。う、ううぅ・・・・・・」

 

 うめき声を上げながら大きく仰け反るグラディールさん。

 やがて「・・・・・・失礼いたしました。ご無礼の段、平にご容赦を・・・」って、礼儀正しく頭を下げてから背中を向けて去っていったよ。・・・ボクの顔をもの凄い目で睨みつけてからだけどね・・・。

 

「なんでさ・・・?」

 

 どっかの二刀流剣士な守護者さんみたいなセリフとともに見送ったボクと、腰に両手を当てて「言いたいこと言ってせいせいした」みたいな顔してるアスナ。

 いやあの、アスナ? 今の完全にボク巻き込まれちゃってた気がするんだけど、その件について説明は・・・?

 

「はぁ。まったく最近入ってきた新人団員たちは本当にまったく!」

 

 ぷんぷんとお怒りの血盟騎士団副団長のアスナ様。こう言うときなに言っても無駄なことを、ボクは経験という名の先生から教えられている。ちなみにだけど、先生のあだ名は『細剣使いのお仕置き先生』。言っておくけど余談だよ? 告げ口しないでね?

 

「さて。・・・・・・そんなことより、どうしたのユウキ? 私から誘ってもいないのに、自分から会いに来るなんて珍しいじゃない。

 最近では遠慮しちゃって、中々こなくなってたから心配してたのよ?」

「なはは~、ボクにも色々ありましてぇ~」

 

 頭をかいてごまかすボク。本当は今をときめく血盟騎士団に誘われたのに入らなかったのが後ろめたくなっちゃって距離おいてただけなんだけどね。

 命を懸けて、仲間の屍を踏み越えてでも真面目に攻略してる人たちの中でボクは異質だ。だから評価されると狼狽えちゃう。誘われたりすると躊躇しちゃう。

 

 本当にボクみたいなのが一緒にいてもいいのかなって。

 みんなと違う理由で戦ってるボクが、一致団結してる人の中に入っていっちゃって拗れたりとかしちゃわないかなって。

 

 自意識過剰だと自分でも思うけど、みんなそんなにボクのことなんか重要視してないだろうって頭では考えつけるんだけど、やっぱり怖いものは怖い。自分が平気なまま、みんながバラバラになっちゃうのは死ぬほど怖い。死ぬよりすごく怖い。

 

 だって。

 本当に怖いのは一人で死んでくことなんかじゃなくて、一人きりで生きていかなきゃいけなくなったときの孤独と罪悪感の苦しみなんだから・・・・・・。

 

 

「へっへ~♪ 実はねー、今日はいいお土産が手に入ったから持ってきたんだー♪」

「お土産? なによ、勿体ぶってないで早く私にも見せてちょうだい」

「ふふーん。なんとねー・・・じゃじゃーん! S級食材~☆」

「うわっ!! 本当だ! 《ラグー・ラビットの肉》だわ! スゴいじゃないのユウキ! よくやったわね! 今日の夕食はごちそうよ!」

「やたーっ! アッスナの料理♪ アッスナの料理♪」

 

 ぴょんぴょん跳ねながらアスナのホーム内に招かれて入っていくボクと、招待してくれて歓迎までしてくれるアスナ。

 その後のお食事でも楽しそうにしてくれたアスナは、最近ほったらかしにしてたお詫びに、明日一日ダンジョン探索に付き合ってくれるんだって! やったね! ワーイ♪

 

 アインクラッドが攻略されて、ボクたちが現実に帰還するまでにはまだまだ先がないんだろうけど、今このときの楽しさを未来のために犠牲にしなくちゃいけない理由は少しもない。

 楽しい未来を大好きな人と過ごすためにも、大好きな人と過ごせる今を大事にするのが一番大事なことなんだから! 

 

 

 

 

同時刻、《アインクラッド》五十層にある都市《アルゲード》にて。

 

「ーーうっめぇぇぇぇぇぇっっ!!!! おい、キリト! この《ラグー・ラビッドの肉》の丸焼きはマジ美味すぎるな! さすがはS級食材だわ!」

「だろぉ!? 俺も迷宮区からの帰り道で偶然エンカウントして倒したときには売り払って装備を一新するつもりでいたんだけど、お前が料理スキル上げてる奴を見つけてこれて良かったと今心の底から感謝してるぜ!」

「スキルレベル的にギリギリだったせいで難しい調理は出来なくて、丸焼きオンリーだったけどな! いやー、お前と友達やってて良かったぜマジで!」

「俺もだよ! お前の紹介してくれた奴以外にこんな料理スキル上げてるので思い当たるのが一人しかいなくてなぁ。連絡しようとしたら誰かとホーム内でパーティーでもしてるのか通じなくて困ってたんだよ。いや、本当に売らずに食って良かった!」

 

 

 後日。

 自分たちが食べた調理法が《ラグー・ラビットの肉》の食べ方の中で一番うま味の低い料理だった事実を知らされ打ちひしがれることになる二人の攻略組プレイヤー。

 

 

つづく




補足説明:
今話の中でユウキが《絶剣》と呼ばれているのはヒースクリフが渾名として読んでたのを耳にした団員が広めてしまったから。
響きが良かったのと良い方にも悪い方にも解釈できる点が気に入られ、意味も解らず多くの人が使っているという現状。

グラディールとかの悪意を持ってる人たちだけは「勇ましい呼び名に相応しくない軟弱者」と言う意味で嫌味を込めて使ってます。


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原作1巻版2話「黒い妖精のナイト」

昨日の続きです。本当はグラディール戦決着までが当初の予定にあった原作1巻1話目の話。書いてみると意外と長いんですよね・・・計画性が本気でほしい・・・。

ほんのちょっとだけ格好いい転生憑依ユウキが最後ら辺で見られます。


「ふんふんふ~ん♪」

 

 午前九時。ボクは鼻歌を歌いながらアスナを待っていた。場所は七十四層にある主街区ゲート広場のゲート前だよ。

 待ち合わせ時間は過ぎちゃってるけど、ボクはぜんぜん気にならない!

 

「まだかなまだかな~♪ 学研のアスナはまだかな~♪」

 

 鼻歌だけじゃ飽き足らなくて、ついには本当に歌い出しちゃうほど楽しくて嬉しい女の子と時間決めての待ち合わせ! 男の子だったら誰もが夢見るデートイベントです! 元男の子のボクでも張り切っちゃうよー! 「ごめーん、待った~?」「んーん、今きたとこだよ~♪」とか、やってみたいよね一度くらいは! だって男の子なんだもの!元だけど!

 

「!! そうだ! キリトにも今日のこと伝えておこうっと。もしかしたら迷宮区で会えるかもだしね。えーと、メッセージ入力はっと」

 

 ソロで今もビーターしているキリトは、はっきり言っちゃって根無し草。家はあるけど寝るぐらいしか使ってないから、会いに行ってもほとんど会えない。フレンド登録してあるから生きてることはわかってるし、マップでフレンド追跡すれば現在地もわかるんだけど偶然近くにいるのはほとんどない。むしろ、ダンジョンの中でばったり!が一番多いパターンなぐらいだ。

 だからダンジョンに入るときに思い出したらメッセージ打つ癖を付けてある。キリトが困っていて助けて欲しいときにボクが近くにいられたら絶対助けにいきたいし、ボクが困っていてボク一人じゃどうにも出来ない問題だったらキリトの力が絶対必要になると思ってる。

 パソコン関係と機械関係はボクもそれなりだけど、キリトには絶対敵う気しないからねー。

 

「よっし、メッセージの送信完了っと。あとはアスナを待つだけかな~。

 きっと君は来ない~♪ 一人きりのクリスマスイブ♪ って、あれ? 選曲間違えちゃったかな? えーと、ほかにも確か待ち合わせ系の名曲が・・・」

「きゃあああ!?」

「ふえ?」

 

 一段落して落ち着いてたら、背後から悲鳴。振り向けばそこにアスナがいた。

 ーーー地上1メートルくらいの高さにある中空から、ボクに向かって吹っ飛ばされながら・・・・・・

 

「え? え? えぇぇっ!?」

 

 なに!? なにが起きたの!? 何があったの!? 空から飛んでくるアスナの身に、いったい何があったの親方さん!?

 いや、アホなネタ考えてる場合じゃない! これはギャルゲーだったら選択肢が表示されてるイベントだ! 避けるか受け止めるかが正解のイベントで、間違っても立ち止まったまま正面衝突されて二人まとめて地面を転がりドサクサで胸を揉んだりしたらダメなイベントで・・・あれ? ラブコメだとそっちが正しい対応だったんだっけ? ふつう滅茶苦茶嫌われそうな気がする選択肢なはずだと思ったんだけど、ラブコメ展開の場合はむしろ正解でーーーーー

 

「よ、避けてーーー!!!」

「!! わかったよアスナ! てやっ!」

 

 あ。・・・飛び退いちゃった。考え事しているときにアスナの声で命じられたから、つい条件反射的行動で・・・って、言い訳している場合じゃなかった! アスナが!

 

 ズザザザザザザァァッ!!!!

 

 ・・・顔面スライディングしちゃってるね。ちょっとだけ間に合いませんでした。

 

「ご、ごごごごめんアスナ! 大丈夫!? 本当は受け止めるつもりだったんだよ!? わざとじゃないんだよ!?

 ただ、ボクの身体ってジッとしてられないって言うか、動き回れるのが楽しいって言うか、つまりはそう言うアレなんだよ!」

 

 どれだよ!? 自分で自分の言葉に内心ツッコミを入れながら、必死にアスナに事情をわかってもらおうと説明するボク! 気分は1時間以上デートに遅れてやってきたダメな彼氏だ! 一時間以上前から待ってたって、これじゃあ待ちぼうけさせたのと相手にとっては変わんないね!?

 

「・・・・・・」

 

 ゆっくりした動作で立ち上がりながら埃を払う仕草をして(ゲームだから汚れないけど、怒ってますアピールには使えるんだよね・・・)アスナはボクの顔を見てニッコリ。

 

 

「気にしなくていいよ、ユウキ。私はぜんっぜん気にしてなんかいないから(にっこり)」

 

 

 絶対ウソついてるときの言葉と笑顔だコレーーーーーっ!?

 どうするの!? どうするのボク!? どうするの!? アイフルって《アインクラッド》にあったっけ!?

 

「ア、アスナ様! 勝手なことをされては困ります!」

「わひゃっ!?」

 

 今度はすぐ後ろの背後から男の人の声。振り返ればそこに頬がこけて不健康そうな、グラディールさんのゾンビっぽい顔。悪いけどハッキリ言っちゃうね? ーーボクが前世今生ともに病院慣れしてなかったら泣き出してた自信があるホラーな画だったよ。

 

「さあ、アスナ様、私がきたからにはもう安心です。ギルド本部まで戻りましょう。団長も首を長くして待っておられます」

「嫌よ! 今日は活動日じゃないんだから!」

 

 そして、そんなボクにはアウト・オブ眼中なゾンビナイト・グラディールさん。さすがにこれだけ失礼なことされるとボクもカチンとくるものはある。アスナの部下として真面目に働いてるからって、プー太郎が我慢して気を使ってあげられる範囲にも限度があるんだよ?

 

 一度くらいちゃんと注意して上げた方がいいかもと、ボクが考えて右足を踏み出しかけたその瞬間。アスナからの意外すぎる一言で足が止まった。

 

「ーーーだいたい、アンタなんで朝から家の前に張り込んでるのよ!?」

 

 ・・・え? 今ナンテイッタノカナ?

 

「ふふ、どうせこんなこともあろうと思いまして、私一ヶ月前からずっとセルムブルグで早朝より監視の任務についておりました」

 

 なっ!? なんだってーーーっ!? ま、まさかまさかバカなことが!?

 

「そ・・・それ、団長の指示じゃないわよね・・・?」

「私の任務はアスナ様の護衛です! それには当然ご自宅の監視も・・・・・・」

「含まれないわよバカ!!」

 

 ーー確定。この人は間違いなく、“アレ”だ。“アレ”で間違いない。

 

「聞き分けのないことをおっしゃらないでください・・・さあ、本部に戻りますよーーー」

 

 アスナに一歩近づくグラディールさんと、怯えたように一歩退くアスナ。

 そして、その間に空いた隙間に滑り込むようにして割り込むボク。

 

「・・・・・・」

 

 ジッと相手の目を、責める視線で睨みつけるボク。

 相手は、そんなボクを鼻で嗤う。

 

「なんだ、また貴様か絶剣。お前のように名ばかりで実を伴っていない半端者がこの俺の行く手を遮れると本気で思ってでもいるのか? 呆れた奴だ。身の程をわきまえるのだな」

「・・・グラディールさん。ボクは今、ようやくわかったよ。薄々とは感じてたけど、あなたは本当にアスナの・・・・・・」

「ほう? ようやく理解できたわけだな。その通り、俺こそがアスナ様の護衛役に誰よりも相応しい男、グラディー・・・・・・」

 

 

 

「ストーカーだったんだね!?」

 

 

 

「違うわっ!?」

 

 

 

 

 ボクの糾弾にグラディールさん(ストーカー、または愛の戦士でも可)は青白い顔を真っ赤にしながら怒鳴り声で返してくる! この反応はやっぱりだ! 後ろめたい事実の図星を指されて驚き慌てて誤魔化そうとしているときの過剰反応だ!

 

「私は断じてストーカーなどではない! 絶対にない! 私は誇りある血盟騎士団の一員であり、アスナ様の護衛役という名誉ある役目を与えられている攻略組プレイヤー・グラディール・・・・・・」

「その通りよユウキ! その人は私のことをストーキングしていた変態ストーカーよ!」

「いや、違いますってアスナ様!? 誤解です! ・・・おいコラそこのモブ剣士ども! 人のことを指さしながら「うわ~、キモーイ」って顔をするんじゃない! リアルを思い出して死にたくなるし殺したくなるだろうが!!」

 

 犯罪者予備軍が周りで見物している人たちまで威嚇しだした。もうこれは間違いようがないほどの黒だ。ちくそぅ・・・今までイライラすることはあったけどギルド勤めの社会人とプー太郎な傭兵助っ人ソロプレイヤーで立場の違いから配慮して上げてたのにぃー。裏切ったな! ボクの気持ちを裏切ったキミのことはもう、許してあげないからねグラディールさん!

 

「ええい! 黙れ黙れ黙れ野次馬どもめが!! アスナ様! このように低俗な輩がさえずりあう場所はあなた様に相応しくありません! 危険です! はやく安全なギルド本部の建物へ参りましょう! さぁ、早く!」

「・・・今のあなたがいる場所以上に危険な場所って《アインクラッド》内にあるとは思えないんだけど・・・?」

「またそんな身勝手なお言葉を! 団長も心配しておられます! さぁ、私と一緒にギルド本部へーーーー」

「まぁまぁ、落ち着いてよアスナ。グラディールさんも」

 

 ボクは敢えてにこやかな作り笑顔を浮かべて二人の間に割って入っていく。本当は腸が煮えくり返りそうなんだけど、人って本気で怒ったときには笑顔になるってよく聞くからさ。笑顔はもともと威嚇の意思表示だよ☆

 

「ねぇ、グラディールさん。ここには一杯の人たちの視線もあるし、今をときめく血盟騎士団の団員同士が言い争っているところを視られるのは外聞が悪いと思うんだ。

 だから悪いんだけど、今日のところはアスナの護衛はボクに任せて帰ってもらうわけにはいかないのかな? もちろん、後できちんと血盟騎士団の本部にはお詫びと誤りにいくことを約束するからさ」

「・・・承伏しかねる提案だな。私がアスナ様を護衛するよう言いつけられたのはヒースクリフ団長であり、団員が上からの許可なく勝手に役目を放棄することは許されない。

 どうしてもと言うのであれば、五十五回層にあるギルド本部まで行って団長に直談判してくるといい。団長の命令さえあるならば、私はいつでもアスナ様の護衛を相応しいと認められた者に譲る覚悟は出来ているのだからな」

「ユウキが一人でそんなとこまで行ってたら、それこそアンタの思う壺じゃない! 女の子と二人きりになって、何する気なのよアンタ!?」

「ですから、そう言う誤解を解きたいと言っているのですアスナ様!」

「だからって! ーーユウキ?」

 

 ポンと、アスナの肩を叩いてから前に出て。ボクはさっきと違ってにこやかな作り笑いを浮かべるのはやめて、ごく自然体で身体をユラユラさせながらグラディールさんに近づいていく。

 

「ーーつまり、こういうことだよね? グラディールさん」

 

 “間合い”に入ったことを感覚で確認して、話し始める。

 

「ボクたちがこれ以上どうお願いしても、今すぐアスナの護衛役を譲るつもりはないってことなんだよね?」

「血盟騎士団の団員に二言はない。団長の許可さえ持ってくれるなら今すぐ役目を譲ると言った言葉も、上からの許可なく役目を放棄することは許されないとした発言も、どちらも共に嘘偽りなき本心であると確約してやろう」

「そっか。じゃあ、仕方がないね」

 

 ニッコリ笑って、握り拳をひとつ。

 

「戦おっか?」

「ーーはぁ?」

 

 思いもかけないことを言われたみたいな間抜け面を晒したグラディールさんの顔面に、ボクは素手のままで悪人成敗パンチでノックバック! 戦闘慣れしてない人ならともかく、最前線がホーム近くにある攻略組にとっては「びっくりさせられた」以上の意味はまったくない。無意味な攻撃モドキだ。そして、意味がないからこそ後付けで意味を付与することだって出来る。

 

「貴様! いきなり何をする!?」

 

 悲鳴を上げて吹き飛ばされてったグラディールさんが、起き上がりざまに激しく睨みつけてくるけど、今日は萎縮して上げない。ボクは怒ってるんだからね?

 

「別に驚くことじゃないでしょ? アスナの『護衛』なんだから、アスナに近づく悪い虫から卑怯な不意打ちされるぐらいの覚悟はしていて当然だ。HPが最後の1桁になってもアスナを守り続けてみせるんだってね」

「う・・・ぐ・・・」

「ね? そうなんでしょ? アスナの護衛役にもっとも相応しいと自認しているグラディールさん?」

 

 ボクは相手の返事を待たずに剣を抜き放つ。ここが圏内である以上は戦えないし、ダメージも与えられない。

 でも、デュエルは別だ。圏内である街のど真ん中だろうとも、この人を全力で懲らしめてあげられる!!

 

「さぁ、剣を取って。ボクと一対一で勝負しよう。デュエルの挑戦だ。受けてくれるよね? 誇り高い血盟騎士団の団員で、アスナの護衛役っていう名誉を与えられてるグラディールさん」

「ユウキ!? そ、それは・・・」

 

 アスナがボクを気遣って声を上げてくれる。

 嬉しいけど、アスナ。これは必要な人との軋轢と摩擦だから、しょうがないんだよ?

 

「アスナ、ぶつからなきゃ伝わらない気持ちだってあるし、ぶつけてあげなきゃ伝わらない相手だっているんだよ。

 たとえば、『お前のせいで自分はこんなに嫌な思いしてんだぞコノヤロー!』とかね?」

「!!!!」

 

 自分以外の人と言葉だけで分かり合うのは難しい。

 言葉で想いが伝わったとしても、伝わった相手が嫌だと言って拒絶してきたら、伝えた人は相手の拒絶をわかってあげることが出来るのかな?

 

 どこまで行っても人は一人で生きていて、どことも誰ともつながることは一生できない。

 だからこそ憧れるんだと思う。人と繋がれた未来の自分に。人とわかり会える可能性に。

 そしてきっと、だからこそ絶望するんだと思う。繋がろうとして拒絶された痛みと寂しさに。繋がれたと思った気持ちが独り相撲だったときの恥ずかしさと、行き場のない自己責任に。

 

 でも、だからこそボクはその先で作ることが出来るのが『人との繋がり』なんだと思ってる。

 独り相撲だと知って恥ずかしくて投げ出したくなって、それでも続けて何度も何度も恥をかいても諦めきれずに人との関係と繋がりを求め続けた結果として出来るのが『一人で生きてる人同士の繋がり』。二人で一人。

 一つになったわけじゃない。一人一人が一人きりのままで、一人の人と繋がりあえた関係性。それが本当の意味での信頼で友情。

 

 その過程で人とぶつかることがあるのは仕方がない。人を拒絶してる人と、人と繋がり合いたい人。違うものを信じている者同士、互いの思いをぶつけ合わなきゃ自分の方が正しいに決まってるで始まって終わっちゃうに決まっているから。

 

 

「ふ、ふざけるな!! 貴様のような雑魚プレイヤーが私に敵うものかぁ!! わ、私は栄光ある血盟騎士団の・・・・・・」

「剣を抜けグラディール。強さは言葉で語り、信じてもらうものじゃない。実力で示して信じさせるものだ。それが出来なきゃキミが雑魚だ。アスナの護衛は務まらない。

 キミが自分こそ相応しいと豪語して見せた言葉の覚悟と実力を、ここでボク相手に証明して見せろぉっ!!」

 

つづく



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原作1巻版3話「ゾンビ騎士の碑」

更新です。グラディールさんが成敗される回ですな。
後半は完全なギャグになってますのでお気をつけて。


「ソロのユウキとKoBメンバーがデュエルだとよ!」

 

 真っ昼間に街のど真ん中で行われてる決闘騒ぎを聞きつけて、いい感じにギャラリーが集まってきてくれている。もっとも、これが《黒の剣士》や《閃光》だったら、こんなもんじゃ済まなかっただろう程度のものだけど。

 とは言え、攻略組でソロってだけでもレア度は高い。オマケにボクの個性はともかく木綿季ちゃんの身体は間違いなくカワイイ。アスナと違って絶世の美少女剣士タイプじゃないけど話題性は十分だろう。

 

「ガキィ・・・・・・そ、そこまでデカい口を叩くからには、それを証明する覚悟があるんだろうな・・・・・・」

 

 呼びかけられて視線を戻すとグラディールさんの顔・・・ではなくて、システムメッセージが表示されていた。

 

【グラディール から1vs1デュエルを申し込まれました。受諾しますか?】

 

 読み終えたボクは、さっきとは打って変わって朗らかなニッコリ笑顔を浮かべて確認する。

 

「えーっと、ルールは《初撃決着モード》でいいのかな? なんならアイテムをバンバン使えて、壊された武器も取り替え放題な《ありあり》の方でも別に構わないけど? ボクはこれだけで十分だけどね♪」

「・・・っ! いいから早く選んでボタンを押しやがれ!」

 

 ボクは、見せつけるようにゆっくりオプションを操作して《初撃決着モード》を選択可能にしてから、念のためにアスナの方を見て視線で問いかけておく。「いいよね?」って。

 

「大丈夫。団長にはわたしから報告するから」

 

 頷きながら声に出して返事を返されて、彼女の言葉をどう受け取ったのかまでは分からないけど、グラディールさんが叫ぶように気勢を上げてくる。

 

「ご覧くださいアスナ様! 私以外に護衛が務まる者など居ないことを証明しますぞ!」

 

 なんでグラディールさんが元気よくお返事してるんだろう・・・。

 この人って本当にアレな人なんだなぁ・・・・・・。

 

 ――ま、別にいっか。

 

「おっけー♪ それじゃあ、やろっか♪」

 

 パチンと、指を鳴らしてからオプションを選択。表示されてるメッセージが【グラディールとの1vs1デュエルを受諾しました】に変化する。

 その下に六十秒の数字が出てきて、カウントダウン開始だ。これが0になった瞬間にシステム上の決闘がはじめられる。

 

 グラディールさんは腰から得物の大剣を抜いて、ガシャッと大きな音を立てながら構える。ボクシングの王者決定戦前に選手同士が行い合う、定番の威嚇だね。意味はあるかもだけど、ないかもしれない相手次第の奴。ちなみにボクは相手次第の人。

 威嚇してきた人がキリトかアスナだったら恐怖か威圧で緊張させられてたかもしれないけど、逆に今は彼らと比べてしまってショボく見えて仕方がない。

 

 ボコボコにされながらアスナに稽古をつけて貰って、キリトを拝み倒して腕試しのデュエルに付き合って貰って。おそらくはSAO最強の師匠二人から直々に剣の指導をしてもらった幸運なプレイヤーのボクには分かる。分かってしまう。 

 

 グラディールさんの剣は“まったく成ってない”ことが。

 

 

【DUEL!!】

 

 互いに剣を構えながらカウントダウンが終わるのを待ち続けていたボクたちの間に広がる空間に紫色の文字が表示されて弾けて消えた。

 同時にボクとグラディールさんは動き出す。

 

「ふぅんっ!!」

 

 先に動いたのはラディールさんだ。両手剣を振りかぶりながらの猛スピードダッシュ。突進系の上段ダッシュ技《アバンランシュ》。

 半端な防御だと受けることは出来ても衝撃で反撃ができなくなって、横に避けても突進力で距離ができるから放ち終わったときを狙って反撃しても届かない、優秀な高レベル剣技。

 

 それを見定めてから、ボクも一拍以上遅れて動きはじめる。

 相手の彼が小馬鹿にした顔でせせら笑うのが視界に映った。

 

 当然だよね。だって普通、先に当てた者勝ちの決闘で相手に出遅れるのは敗北フラグまっしぐらなんだから。

 

 ――でも、忘れちゃいけない。これは、ゲームであっても遊びじゃない世界で行われている決闘ゲームだと言うことを。

 普通のゲームや決闘だったら、相手の趣味や性格に関係なくシステムの課したルール内で勝敗と勝つための目的が決まっているけれど。

 

 SAOはそうじゃない。デスゲームの中はそうじゃない。戦う理由は自分で決める、決められる。

 そういう世界だからボクは、デスゲームと化した今でも《アインクラッド》が“嫌いになれない”でいるのだから。

 

「ふっ――!!」

 

 二人の距離が縮まって、グラディールさんがシステムアシストに技を委ねて自動的に大剣をボクへと向けて猛スピードで振り下ろしてくる。

 ボクはそれに対して下から切り上げる側だ。位置的にも武器の重さ的にも圧倒的にボクの方が不利。もしこれが“ソードスキルの打ち合いだったら勝負はついていたのにね”!!

 

「ふぅっ!!」

 

 相手の剣技が最終段階に入ってシステム任せになった瞬間に、ボクは“走るのをやめて身体を捻る”!!

 モーションを起こせば発動するソードスキルを半端な状態で不発に終わらせて、空しく刃を光らせただけでザッと引く!!

 

「な、にぃぃぃっ!?」

 

 間近に迫っていた相手の顔が歪む。システムアシストの結果なのか、嫌にハッキリと相手の動き、その全てがスローモーションみたいにクッキリと視界に映っている。

 装飾剣の刃がボクの鼻先数ミリ先か、それ以下の距離を掠めていくのを火傷した時みたいなチリチリとした痛みとも言えない小さな刺激で体感したボクだけど、剣と戦闘の世界アインクラッドを司るデスゲームの守護者カーディナルは、この程度のかすり傷をダメージとは認めてくれない。掠めただけの攻撃を、攻撃が当たったと判定してもらえなかったんだ。

 

「ふっ――!!」

「――ひっ!?」

 

 ボクは不敵に笑って、相手は怯えた悲鳴を上げる。

 どんなに優秀なソードスキルを使おうとシステムに頼って委ねている以上、システム的に使い終わったと判断されたら無意味化する。アバタースキルじゃなくて、プレイヤースキル・・・自分のセンスだけで対応しなくちゃいけない状況に追い込まれたときどうするか?

 それを考えられるから、キリトはソロの攻略組で、アスナはソロで遊撃できる攻略組最強ギルドのサブリーダーで、ボクは二人の友達で教え子なんだ! 誇り高い二人の剣士の名前に泥を塗る戦いなんて、最初から真面にぶつかり合う気なんか全くない!!

 

 

「うああああああっっ!!!!」

「ひぃぁぁぁぁぁっっ!?!?」

 

 技を出し終わった硬直時間で動けなくなっている無防備なグラディールさんに、ボクは猛然と反撃を開始する!

 

 ズカドカズドズド!!!

 剣を連続で叩き込みまくっての連撃! 体にじゃない、相手の持つ剣に対して同じ所を連続で叩きまくる! ソードスキルは使っていない。“まだ”スードスキルを使うことはできない。キリトじゃないボクには、勘だけでそのポイントを見つけ出すまでには至っていない。

 ぎぃぃぃっん!!!

 

「!! 見つけた! 《ヴォーパル・ストライク》!!」

 

 連続で叩いていた装飾剣の一カ所だけ、他と違う音が跳ね返ってきた。装飾華美なプレイヤーメイド品特有の壊れやすいポイント。

 キリトから無理矢理に聞き出してお金まで払わされた極秘中の必勝戦法《武器破壊》。それをボクなりにデュエルで使えるように改造したソードスキルと通常攻撃の組み合わせ連撃! 名前はまだない!!

 

 バキィィィィィィィッン!!!!

 

 派手な飾りがついてた剣が、力ずくでへし折られて上半分の刀身がポリゴン片になって消え去り、空へと帰って行く。

 

 刃を折られた柄だけを握ったまま、未だに茫然自失して動けずにいるグラディールさんの目の前に拳を突き出して二本の指を立てる。

 

 

「――ぶい!!」

 

 

 ニカッと笑って勝利宣言。

 「卑怯だ・・・」とか野次馬たちが囁いてるのも気こえないフリ~。

 

 ・・・種明かしをしちゃうとスゴく単純なオチだった。

 キリトの言葉を引用するなら「初動でほんの少しタメを入れて、スキルが立ち上がるのを感じた瞬間に、パーン!と弾けさせて台無しにしてしまう感じ」って、ところかな?

 

 プレイ開始直後のSAOがデスゲームになる前に、数時間の間だけ一千人のベータテスター以外のビギナーたち九千人が体験しまくってたはずのソードスキル発動失敗。それを意図的に再現してみただけのキャンセル技を使った小細工でしかない。

 

 熟練者を相手に高度な技を高度なフェイントで騙すなら、難解で高度なテクニックよりも初心者向けでしょうもない凡ミスの方が欺し易い。詐欺の基本です。みんなは欺されないよう気をつけましょう。

 

 

「ん~、スゴく気持ちよかったねー。こんだけ勝てればボクはもう満足かなー。

 グラディールさんは最後までやりたい? 武器を替えてデュエルを決着させたいって言うなら付き合うけど?」

「~~~~~っっ!!!」

 

 わざと、ビーターモードの時のキリトが入ってる口調を意識しながらボクが小声で言ってあげると、彼は一度だけボクを振り返って汗まみれの顔で睨み付けてくると前方に目線を戻してメニュー画面を呼び出して操作を開始。大剣と同じくらいに装飾過剰な短剣を取り出して装備し直すのをボクは後ろからジッと確認する。

 

「貴様・・・殺す・・・絶対に殺してやるぞぉぉぉ・・・って、ひぃぃぃっ!?」

「オッケー♪ つまりその短剣は、キミが負けを認める気がなくて、決着がつくまでデュエルを続けたいって意思表示なんだよね?」

 

 にっこり笑いかけながら、背後から近づいてきて首筋に刃をピタリ。どっからどう見ても大の大人を脅迫している怖い女の子にしか見えません。アバターがリアルの身体を再現したものに変えられちゃったから仕方がないんだもーん。文句は茅場昭彦にでも言ってきてね。最上階の黒鉄宮にいるからさ。

 

 

「え、いや、あの、その・・・・・・こ、これはぁ・・・・・・」

「《初撃決着モード》の場合、相手が負けを認める以外でデュエルを終わらせるには相手のHPを半減させるか、あるいは最初に強攻撃をヒットさせるかで良かったんだよね? 強攻撃を当てる箇所は特に指定されてないみたいだし頭とか首とかでも大丈夫なのかな? デュエルの決着だとPKしてもオレンジ認定されなかったと思うんだけど、どうだったか知ってる? グラディールさん(に~っこり♪)」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?!?!?」

 

 ジョリッ。

 

「返事は『アスナ様ごめんなさい』か『アスナ様すみません、もうしませんから許してくださーい』の二本だけでお願いしまーす☆」

「あ、あああアスナ様ごめんなさいごめんなさい許してください! もう二度とこのような真似は致しませんからコイツ本当に止めてください! 俺殺されそうになっちゃってますからぁ!?」

「はーい、女の子相手に失礼な事言った罰としてもう一言追加しちゃおっかー? 『グラディールはストーカーしてた悪い子です。罰としてアスナ様の護衛役をやめさせてもらいに行ってきますから解放してくださーい』って」

「え! そ、それはさすがに・・・・・・い、いいい言います言います言わせてください! 言いますから小攻撃で少しずつ削ろうとする素振りはやめてください!

 お、おお俺グラディールはストーカーしてた悪い子です! 罰としてアスナ様の護衛役をやめさせてもらいに行ってきますから解放してくださーい!!!!」

「はーい、よく出来ましたー♪ これにて一件落着! デュエルも決着! だからもう、降伏しちゃって大丈夫だよ?」

 

 刃を首筋から外してあげると、「はふぅぅぅ~・・・」と大きく安堵の息をして(たぶん)英語で降参を意味してるんだと思う言葉で「アイ・リザイン」とつぶやこうとしてたんだと思う。

 

 途中でボクが邪魔してブッタ切っちゃたから確証はないんだけどさぁ~。

 機会があったら、起きた後にでも聞いてみようーっと。

 

「アイ・リザイ―――」

「ていやっ! チカン成敗剣!! めーーーっん!!」

「ンぶぅぅぅぅっ!?」

 

 ドガン! と、大きな音が響いて顔から石畳へとディープキスさせられるグラディールさん。

 初めてのキスは大理石の味・・・豪華だね。女の子をお金持ち装備で守ろうとした報いだよ、反省しなさい。

 

 

「ん。変態成敗完了! これにて一件落着! 今度こそホントにV!!」

「・・・・・・かわいい仕草で容赦ねぇなぁオイ・・・・・・」

 

 どっかの誰かから、そんなこと言われた気がするけど気にしません。アスナから物凄く呆れた目で見られていたって大丈夫! まだイケる! 全然大丈夫だよ!(後半は強がり)

 

 ボクはアスナを守り切れただけで大満足! 自分の名誉やプライドよりも守りたい人の安全が最優先! それこそ護衛に必要な条件なんだよグラディール・ワトソン君! えっへん!

 

 

つづく

 

 

オマケ「キリトが手の内のひとつをユウキに晒している理由説明」

 キリトには、教えたくない情報を聞かれたときに法外な高値を吹っ掛けて相手の方から引き下がらせようとする悪癖があります。

 一方で、「払ってくれたら教えてやる」と言ってしまったとおりの金額を払われてしまうと無かったことに出来ないお人好しな側面を持ってもいる人です。

 これは、ビーターとしてのヒール役を演じる彼と、ナイーブで傷つきやすく基本的にはお人好しで善良な彼との間で不協和音が生じているためと作者は予測しております。

 そんな彼にとって、裏表無く素直になついてくるユウキは子犬に戯れつかれているかのようで調子が狂い、お金で逃げようとして払われてしまって仕方なくといった感じの前日談があったと言う裏設定です。




《チカン成敗剣》
剣を寝かせて刃の腹を叩き付ける剣。要するに峰打ち。悪人成敗と言ったらコレ。
ただし使っているのが西洋風の片手用直剣なのでチト危ない。とゆうか痛い。

当たり前の話としてソードスキルでは全く無い。


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原作1巻版3話【プロトタイプ】

諸事情あってアニメ第二期と原作7巻の内容を確認できない状況下で書き上げていた『原作1巻版3話』の初稿版です。「ゾンビ騎士の碑」は確認後に書き直した改稿版にあたるものですね。
原作ユウキを見れない中で書いたため自己満作品になってしまいボツにしたのですが、折角なので投稿しておきます。

原作を意識した改稿後と異なり原作を自分好みに改造(改悪?)した内容になっているため、少しだけシリアス寄りになってます。


【ユウキ から1vs1デュエルを申し込まれました。受諾しますか?】

 

「勝負方式は《初撃決着モード》でいいよね? 手っ取り早いし、どっちが上か見ている人にも分かり易い」

 

 顔面蒼白になったグラディールさんの視界に映し出されるよう、僕は右手をゆっくり操作して半透明のシステムメッセージを出現させた。

 

「勝負を受けたのは君だ。まさか逃げたりはしないだろう? 大きな口を叩いたからには、負けたときにどうなるかを覚悟の上で証明してもらうよ?」

「ガキィ・・・・・・ガキィ、ガキィ、ガキィガキガキガキガキガキィィィィッ!!!!!!」

 

 怒りと屈辱から来る震えでプルプルしながら指で【Yes】のボタンを押し、オプション設定で言われた通りのデュエル方式を選択する彼。

 

 ボクは不敵に「にやり」と笑ってみせるけど、内心ではちょっとどころじゃなく呆れていた。

 

 普通デュエルは友達同士の腕試しとして行われる。そういうときの勝負方式は一般的に、挑戦を受けた側と申し込んだ側との間で話し合い、双方が納得できる条件のもと合意を得てから決められるものだ。

 

 まぁ、本来なら攻撃しても意味が無い圏内で戦い合うためには相手が受けてくれなきゃ無理な訳だし当然なんだけど。だからこそ眠ってるプレイヤーに無理矢理押させて一方的に殺したりなんて殺人プレイが横行していた時期があったりするんだけども。

 

 でも、今回の場合グラディールさんは挑戦を申し込まれた側のプレイヤーなのに、申し込んできた側の提示したルール設定にアッサリ乗ってしまった。

 ゲームはルールを作った側が圧倒的に有利なのは子供でも知ってる当たり前の発想だ。だから今、ボクたちは茅場昭彦の作り出したSAOに閉じ込められ出られなくなっていて。GMのカーディナルから許してもらえる範囲内でルールの目を掻い潜るのに明け暮れている。

 

 彼の選択はSAOを支配するシステムに挑戦状を叩きつけるようなものだった。

 承知の上なのか、あるいはSAOじゃなくてボク相手なら勝てると思っただけなのか・・・。

 

(・・・まぁ、きっと後者なんだろうなぁ・・・・・・)

 

 顔には出さずに心の中で《彼》を思い出しながらため息を吐いてたら、視界に映し出されたメッセージに【グラディールが1vs1デュエルを受諾しました】って表示されて六十秒のカウントダウン開始。

 ボクはもう一度笑って、もう一度心の中でため息。・・・いくら何でも差があり過ぎるよ、グラディールさん・・・

 

「ご覧くださいアスナ様! 私以外に護衛が務まる者など居ないことを証明しますぞ!」

 

 ボクが一応、アスナに向けて「いいよね?」を確認する視線を送って頷き返してくれたお返事に、なぜだかグラディールさんが元気よく返してる。・・・ストーカーっぽさが半端ない勘違いぶりだった。本当にアレなんだね、この人って・・・。

 

 街のど真ん中で行われる一対一のデュエルとあって、即座に大勢のギャラリーが押しかけてくる。

 

「ソロのユウキとKoBメンバーがデュエルだとよ!」

 

 そんな感じで大きな歓声を上げながら騒ぎ出す人たちの言葉が、ボクにはちょっとだけ癇に障る。

 

 今回のデュエルで選ばせた《初撃決着モード》は、最初に強攻撃をヒットさせるか、相手のHPを半減させた方が勝ちとなるルールだ。どちらかが死ぬまで殺し合う本格的なデュエル・・・決闘方式じゃない。敗者は出来ても、人死にが出る恐れは無い。

 

 ―――だからって、ゲームオーバーが本当の死に直結しているゲームでプレイヤー同士が剣と敵意を向け合う決闘を見世物にしなくたっていいじゃないか!

 

 ボクは本気で心の底からそう思い、怒りを抑え込むのにいつも通り苦労する。

 そしてまた思う。

 ・・・彼なら、こんなバカなことは絶対しない、って。

 

 誰よりもストイックに剣一本でSAOを生き抜こうとしている《ビーター》は、命懸けになるかもしれない世界で半端な気持ちのまま他人同士のデュエルを見物して愉しむような真似は絶対にしない。

 

 

【DUEL!!】

 

 

 ボクたち二人の丁度中間当たりに浮かんで表示されていた文字が弾けて消えて、最後に残った一桁の数字も消去されて仕合が始まり、グラディールさんが動き出す。

 

「ツェェイッ!!!」

 

 得物の装飾剣を光らせてスードスキルを発動。突進系の上段ダッシュ技《アバランシュ》

 彼の攻撃開始から一瞬遅れてボクも動き始める。

 

「・・・よっと」

 

 ソードスキルを使おうとしている風に見せかけた構えを崩して“後ろに飛ぶ”。

 

「な・・・にぃぃぃぃっ!?」

 

 驚愕に歪むグラディールさんの顔。システムアシストで現実の自分には絶対不可能な早さと力で斬りかかれるSAO最大の売り《ソードスキル》。

 ゲームだからこそ出来るリアルではあり得ない必殺剣。それが持つゲームだからこそ生じる致命的欠陥。

 一度発動させてしまったシステムは使い終わるか一定条件を満たすまでキャンセルすることが出来ない。

 そういうルールだ。この世界《アインクラッド》がプレイヤーたちに力を貸してくれる代わりに課している縛り。SAOから脱出するために戦っているボクたちは、システムの力に頼らないと生き残ることさえ難しい。

 

(キリトだったら別かもしれないけどね!!)

 

 ボクは最強馬鹿でソード馬鹿の親友のことを思い出しながら自動的に動くことしか出来ない相手を、システムで強化された視力も使ってジックリ観察して使うべきソードスキルを選択する。

 

「《ノヴァ・アセンション》!!!」

 

 技発動後の硬直時間が長いけど威力は絶大な連続攻撃系ソードスキルを発動させて、苦悶に顔を歪ませながらボクが来るのを待ってることしか出来ないグラディールさんの装飾剣に、何度も何度も自分が持つ剣の刃を叩き込む!

 

 パァァァァッン!!!!

 

 現在、確認されている中でも最大級の威力を持つスードスキルで連続攻撃食らわされたら、プレイヤーメイドでお金かけまくって作らせたらしい無駄な飾りが多すぎる装飾剣なんて一溜まりもない。

 

 アッサリと耐久限界を超えて砕け散り、ポリゴンの粒子となってカーディナルに帰って行ってしまいましたとさ。

 

「き、汚ぇ・・・」

 

 誰かがつぶやくのが聞こえたけど、正直知ったこっちゃない。

 たかだかストーカーが自己顕示欲を満たしたいためだけに受けた勝負を本気でやる義理はない。見栄を張るためだけに行われる勝負モドキで必死になれるほど絶剣の剣は安くない。

 

「認めない・・・このような敗北を、俺は絶対に負けたなどと認めてなどやるものか! 殺してやる! 貴様絶対に殺してやる・・・・・・っ!!!」

 

 ボクの前では武器を失ったグラディールさんが、激情のあまり青白い顔を真っ青にしながら震える手でメニュー画面を開き、新しい別の武器を取り出そうとする。

 

 ――守るべき対象のある人が、武器を持ったままの敵に後ろを見せながら壊れた武器の代わりを取り出すために震える指先でゆっくりと・・・・・・。

 

「はぁ」

 

 ボクはため息を吐きながらゆっくりと彼に近づいて。

 

「こんな小細工で勝ったと思うなよ! まだ勝負は終わっていな―――ひぃっ!?」

 

 武器を取り出し終わるのを待ってから、相手の振り向きざまに剣を一銭。首筋に刃を当てて動きを制止させて視線で縫い止める。

 

「勘違いしちゃいけないよ、グラディールさん。まだ勝負は終わっていない。決着の条件は互いに満たしていない以上、まだデュエルは継続している。

 負けたと思ったのはキミだけだ、ボクはまだ勝ったつもりになんてなってない。キミが武器を替えてデュエルを続けさせてくれるなら、ボクは喜んで卑怯者としてストーカーのキミを成敗するだけだよ」

「・・・・・・」

「最初に言っておいたよね? これはボクが君を試すためのデュエルだって。キミがアスナの護衛役として相応しいかどうかを試すための・・・ね。

 護衛対象をほったらかしにしたまま意地の張り合いに興じて、あまつさえ武器を壊された後まで卑怯者を相手に向かっていこうとする剣士に誰かを守るための役割が相応しいと、キミは本気で思っているのかな?」

 

 あ、と複数の場所から誰かがつぶやくのが聞こえた。

 そう、これは初めから決闘なんかじゃなかった。そういうシステムでしか街中で戦えないからデュエルしただけで、本来の目的は“腕試し”のまま変わっていない。

 ただ、倒すための力を試したんじゃなくて、守るための力と覚悟があるかどうかを試す試験用に評価基準を変更していただけのもの。

 

 敵を倒すことと、敵から守り抜くことは似ているようで全く違ってる。

 誰かを守るために振るわれる剣は、守る対象に自分の見栄やプライドは含まれてちゃダメなものだから―――。

 

「キミが本当に、自分はアスナの護衛役として相応しいと断言するならボクの挑発は無視するべきだったんだ。護衛対象に少しでも危険が迫るような場所からは急いで連れ出して逃げ出すのが正しい護衛役のあり方だ。

 優先順位の最上位にあるのが常に護衛対象の赤の他人で、自分はその人を守るためなら囮役だろうと道化役だろうと喜んで引き受けて名誉にしなきゃいけないのが護衛役なんだから当然のことだよ。

 キミはデュエルを受けた時点で護衛役としては失格だったんだ。どんなに強くても、敵を倒しまくれても。守りたい人を守り切れななかった守るための剣はナマクラでしかないんだから・・・・・・」

「・・・・・・・・・~~~~~~~っっっ!!!!」

 

 いろいろな感情で満ち満ちて、青から赤へ、赤から黄色へドス黒へと七変化を繰り返すグラディールさんの顔色。たぶん、リアル以上に変化が激しくなってるんだと思う。脳と直接つながってる世界だと変なところで現実の自分を超えちゃってて嫌だよね。

 

「・・・そこまでです、二人とも。この勝負は血盟騎士団副団長の名と権限の下、双方共にルール違反により無効とさせてもらいます。よろしいですね?」

「了承です。無益な争いを調停する秩序の諸語者、血盟騎士団に感謝を」

 

 彼が何か言い返す前に格好つけてボクが言ったことで既成事実は成立された。今更彼が何を喚いても取り戻せるものはなにもない。むしろ今の時点で守れたものまで失ってしまう羽目になる。

 

 ボクはアスナに目配せして、彼女も了解とばかりに頷き返してくれる。

 

「グラディール、血盟騎士団副団長として命じます。本日を以て、私の護衛役を解任します」

「・・・・・・なん・・・なんだと・・・・・・この――――」

「ただし、これはあなたの能力面に対して疑いを持ったが故の決定ではありません。あなたの特性と護衛役という任務内容そのものが不適切な組み合わせだったと判断したからです。

 私はギルドの副リーダーとして優れた人材に適切な役割と役職を割り振らなければならない義務と責任を負っています。個人的な好悪の念だけを根拠として優れた団員の能力を無駄遣いする訳にはいかないのです。

 どうかあなたにも、誇りある血盟騎士団の一員として義務と責任を全うしてくれることを強く所望いたします」

 

 凜々しくて騎士らしいアスナの対応に周囲のギャラリーからは拍手喝采。口笛まで吹き出す始末だ。さっきまで場の主役だったボクとグラディールさんなんか完全にサブキャラの「お姫様に仕える騎士A、B」にされちゃってるね。狙い通りだから別にいいんだけどさ。

 

「・・・・・・承知致し・・・まし・・・・・・た・・・・・・」

「重ねて言いますが、今回のデュエルは変則的なものであり、相手方の方に著しく問題行為が目立った決闘モドキに過ぎませんでした。あなたの能力を客観的に評価する類いのものではありません。あまり気に病まれないように」

「・・・・・・は。お心遣い、ありがたく・・・」

「いずれ彼女には血盟騎士団のギルドマスター・ヒースクリフ団長から直々に何らかの処罰が下されるよう、私の方からも口添えするつもりで居ます。くれぐれも早まった真似だけは慎んでくださいね?

 これはギルドのサブリーダーとして、野良プレイヤーとギルドメンバーとを秤にかける訳にはいかない立場から来るお願いです。どうか理解してください」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ」

 

 長い時間、沈黙してからやっと返事を出したグラディールさん。いろいろな感情を押し殺しているせいなのか完全に表情を殺して感情のないみたいな顔をしたまま背中を見せて去って行く。

 そこからは何も言わない、何も言えない。何も言わなければ何も失わずに帰っていけて、何か言ってしまえば失うものが多すぎる。そんな敗走。

 

 やがて、自分がさっき出てきたばかりのゲートに着くと。

 

「転移・・・グランザム」

 

 とつぶやいて青い光に包まれながら消えていっちゃった。・・・ボク以外、誰も見送ってないけどね! みんなメリーじゃなくて、アスナに首ったけになってるからアウト・オブ眼中だったんだけどね!

 

 そして、しばらくはギャラリーたちによる「アスナ様!アスナ様!」コールが鳴り響いて、引き攣った作り笑顔のアスナが役割上の愛想笑いでファンサービスして上げてるシーンが続きます。

 

 

 やがて、皆の輪が解散されてアスナがボクの方へと歩いてきてから。

 

 

 

 

「・・・・・・とりあえず加速度百Gで殴るけど、いいわよね?」

「なんでさっ!?」

 

 ボク頑張ったのに! いろいろ守ったのに! アスナの立場とか評判とかグラディールさんの最低限度の社会的地位とかいろいろと守る為に戦ったのに!

 なのに、どうしてレイピア振りかぶった《閃光》に殴られようとしてるのさ! 訳わかんないし!

 

 

「自分のせいでもないのに増えてしまった色々な渾名の数々・・・・・・その実態を発端として思い知りなさい、ユウキ!」

「理不尽だぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ほらね? 守るために戦ったら名誉とかプライドとか全部なくなっちゃうでしょ?

 そういうもんです、守るために戦うヒーローなんて。

 

 

 

「ていっ! 悪い子成敗!!」

 

 ガツンッ!

 

「・・・・・・きゅ~・・・・・・(; ̄O ̄)」



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原作1巻版4話「白と黒と黒とみんなの舞台」

更新です。前半でふざけすぎてしまったことを意識しすぎて、後半は逆にシリアスすぎてしまった極端すぎる構成の話ですが、良ければどうぞ


 ゾンビナイト・クラディールさんと戦った後、ボクとアスナは大した目的もなしに同じ階層にある迷宮区へと向かった。

 攻略組でもパーティー組まないと危なくなってきてる最前線の迷宮区に二人だけで行くのに、目的は特になしって言うのはおかしな気もするんだけど、アスナが気にしてないみたいだから別にいいやと思い直すことにした。

 

 基本的にアスナとキリトは別格過ぎるから攻略組の常識が通じないことが結構あるし、この程度で気にしてたら普通の攻略組はつとまらないからねー。

 

「今日はよろしくね? ユウキ。ひとまずは私が楽するためにもフォワードよろしく」

 

 街から出るとき、悪戯っぽい笑顔で言ってきたアスナにボクも気楽な調子で答えを返したんだけど。

 

 

「ツアアアァ!!」

「ふるるるぐるるるう!」

 

 カン! キン! ズパンッ!!

 

 

 ・・・一人で無双できてるじゃん、アスナ。刺突武器が利きにくいスケルトンを敵に回して、しかも最前線に出てくる現在最上位クラスの骸骨剣士《デモニッシュ・サーバント》相手に。

 これ、ボクに限らず護衛が必要な弱さだったのかな?

 

「ユウキ、スイッチ行くわよ!!」

「はいはーい。りょうかーい」

 

 アスナからの指示が飛んできたから、すぐに剣を構え直してアスナの攻撃をサポート。

 ――なるほど。護衛役って言うのは『お姫様を守る騎士』・・・つまりは、引き立て役のサポート担当って意味なんだね。よく分かったよ、団長さん。

 あと、クラディールさんゴメンなさい。やっぱり代わって欲しくなってきたかも知れない・・・。

 

「ふう、勝ったわね。ナイスアシストだったわよ、ユウキ」

「いやいや、ボクはアスナの役に立てるだけでも嬉しいからスッゴく満足だよ♪」

「ふふ、ありがとう。お世辞でも言ってくれるのは嬉しいわ」

 

 軽い雑談を交えながら迷宮区を奥へ奥へと進んでいくボクとアスナの二人パーティー。

 一人だと危なくなってきたから攻略組でもパーティー組んで以下略。

 

「でもさー、アスナ。さっきからほとんど一人で敵倒しちゃってるけどさー」

「?? なに? ユウキも倒したかった?」

「いや、そうじゃないんだけど・・・・・・これってパワーレベリングって言わないのかなと思ったんだよね。

 あの、ステータスだけ上昇して、数値ほど自分自身に経験が蓄積されないから危ないかも知れない奴。ボクはソロだからまだいいけど、アスナって攻略組最強ギルドのサブリーダーだから平気なのかなって気になったんだよね」

 

 

 ギシリ。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・平気よ、ユウキ。今日はまだ1のレベルも上がってないから、大した違いは出てないはずだから」

「うん、わかったよ。詭弁じみた言い訳に聞こえたけど、アスナが言うんだったら信じるよボク」

 

 結局この後、怒られました。

 

 

 

 そして―――

 

「・・・・・・ねえ、ユウキ。ここって、やっぱり・・・」

「多分そうなんじゃないかな? ボスの部屋だと思うよ、ここ」

 

 適当にPOPしてくる敵を倒しながら、適当に道を選んで奥へ奥へと進めていく内に気がついたら、ものスッゴい怪しいオーラが漂ってきそうな大っきな扉の前まで到着しちゃってた。

 

 ・・・高値で売れる、未踏破ダンジョンのボス部屋までを描いた地図の制作費~・・・・・・。

 

「どうする・・・? 覗くだけ覗いてみる?」

 

 アスナが強気さを装いながら、震える声でボクに確認を取ってくる。

 普段は勝ち気で、即断即決即行動のアスナが他人に決定権を委ねてくるのは怖がってる時が多いことを、ボクは今までの実体験から学んでいたけど、だからと言って簡単にOK出しちゃダメな人だってことも分かってはいた。

 意外と突撃癖ある上に、強い口調で反対すると意固地になって強攻策に走っちゃう暴走癖もちでもあるのがアスナという女の子で・・・まぁ、早い話が取り扱いには厳重注意な定番中の定番王道ヒロインタイプの美少女剣士さまと言うことで。

 

「う~ん・・・無傷で引き返せるなら引き返しといた方が良いとボクは思うけど、アスナがどうしてもって言うなら少しだけ・・・」

「そ、そう? そうよね・・・ボスモンスターはその守護する部屋から絶対に出ない。ドアを開けるだけなら多分・・・だ、大丈夫・・・大丈夫・・・」

 

 さっきよりも怖々した声の調子で、おっかなびっくりドアノブに手を近づけていくアスナ。

 ・・・そんなに恐いなら辞めれば良いと思うんだけど・・・。

 そんなことを考えながら黙って見物していたボクの想いが天まで届いたのか、ボクたちの背後から救世主ヒーローによる救いの声が舞い降りてきた。

 

 

「――ボスを見たいためだけに開ける気なら、やめておいた方が良いと思うぞ?

 さっき見たけど、尻尾巻いて逃げ出すことしかできないくらい恐怖感を煽る見た目をしていたからな」

 

「キリト!」

「キリト君!?」

 

 ご存じボクらの頼れるヒーローにして救世主、《黒の剣士》でビーターなキリトの登場だ! ボクみたいに半端な偽物とは格が違う、真打ちの登場だね!

 

「き、キリト君・・・? 念のためにかか、確認しておきたいんだけど、いついついついつ頃からそこにいたのかな・・・?」

「いつ頃からって・・・アスナたちが来る、三十秒くらい前からかな。

 ユウキからメッセージを飛ばされたときには俺もここへ向かっている最中だったから、途中でかち合うか帰り道で探してやるかぐらいの気持ちでいたら偶然にもボス部屋見つけちまってな。

 少し覗いて驚かされてから逃げようと飛び出してきたところで通路の先に人影見えた気がしたから、そこの岩陰に飛び込んで隠れてたんだ。モンスターかと思って、ヒヤヒヤさせられたよ。

 でも、良かった。お前たちと合流できて・・・。これならボス対策のための意見を聞ける―――」

 

「ハァァァァァァッ!! 《スター・スプラッシュ》!!」

 

「うおわぁぁぁぁっつ!? 危ねぇーーーっ!?」

 

 出てきたばかりのヒーローに、ヒロインがいきなり必殺ソードスキル叩き込もうとしちゃってるーーっ!? さすがはアスナ!

 攻略組最強ギルドでサブリーダーしてる美少女剣士の照れ隠しは、同じ攻略組相手だろうと当たれば余裕でオーバーキルだ!

 つまりは冗談になってないよね!? その強さと照れ隠しの組み合わせだけは!?

 

「お、落ち着けアスナ! 話せば分かる! コンピューターが操作するNPCじゃない人間のプレイヤー同士でなら話せば分かることが必ずあるはずだから!?」

「殺す! あなたを殺して私は生きる! 私の人には言えない過去を知りすぎているあなたの存在は、私がリアルに帰還したときには邪魔になるに決まっているんだからーーっ!!」

「現実感に満ちあふれた怒りの声だなオイ!?

 ちょ、ホントに止め・・・・・・う、うわああああっ!?」

「きゃああああああっ!!!」

「ちょっ!? 二人ともボクだけ置いて絶叫しながら走っていかないでーーーっ!?」

 

 迫り来る死の恐怖に悲鳴を上げながら逃げてくキリトと、恥ずかしさから来る悲鳴にも似た叫び声で顔を真っ赤にしながらレイピアを振り回してキリトを追っかけてくアスナ。

 

 そして、二人の後を慌てて追いかけてくボク!

 ダンジョンの中でヒロインっぽい女騎士に追いかけられながら逃げてく黒騎士と、二人の後を追いかける半端物の少女剣士。なんだこの展開!? 一体誰が得するんだこの状況!?

 

 つづく・・・・・・訳ないからね! このまま普通に走ってった先に話を進めるよ! 絶対に!

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・。し、死ぬかと思った・・・今までで一番殺されそうになる恐怖を味あわされた気分だわ・・・」

「・・・ビーターな黒の剣士に初めて本格的な死の恐怖を味あわせた者として、アスナが《SAO》の歴史に名を刻んじゃったかもしれないんだね・・・」

 

 シュールだ・・・洒落にならないレベルでシュールすぎるゲームの歴史だ・・・。

 

「・・・・・・ぷっ。あはははは! やー、走った走った! こんなに一生懸命走ったのすっごい久しぶりだよ。ああ、スッキリしたー。ここ最近どこかの根暗騎士のせいで溜めさせられてたストレスを全部吐き出せたみたいでスッキリしたー! んー、気分爽快♪」

「「・・・・・・」」

 

 キリトは憮然として、ボクは心の中だけで絶叫しておく。

 クラディーーーーール!!! やっぱ君が犯人かよ―――!ってね。

 

「はぁ~あ、やっとスッキリ出来て気分よくなっちゃったし、ここでお弁当にしましょうか? キリト君もどう? さっきのお詫びもかねてご馳走してあげるけど、食べていく?」

「・・・・・・食わせてもらう」

 

 色々と不満ありまくりそうな表情でドカッと胡座をかいて座り込んだキリトだけど、その程度のイライラはアスナの手料理の前では小さな防衛戦に過ぎなかったね!

 アッサリと懐柔されてアスナの料理の虜になっちゃったキリトとアスナとボクの三人で仲良く楽しくお食事して、最後に一切れだけ残ったサンドイッチをキリトが勿体なさそうにしながら食べ終わったのを見計らっていたかのようなタイミングで。

 

「およ? あれってもしかして・・・・・・クラインさんたちじゃない?」

「え? ・・・ああ、本当だ。そうみたいだな。おーい、クライン。こっち来いよー」

 

 そう言ってキリトも片手を振って呼んで上げたのは、バンダナで無精髭のサムライっぽいお兄さんクラインさんと、彼が率いているギルド《風林火山》の人たち! これでも攻略組では結構知られているスゴい人たちなんだよね!

 

「おお、キリト! それにユウキもか! しばらくぶりだなー」

「クラインさーん! おっ久しぶり―!」

「おう! 相変わらず元気そうだなユウキ! お前のそういう所は嫌いじゃないぜ!」

 

 パーン!と、二人同時にハイタッチ! キリト繋がりで知り合っていて面識の在るボクとクラインさんは仲良し! ハイテンション同士だからかな?

 あるいは今生のママが好きだった古いドラマとかでよくやっていた、男同士の友情っぽい仕草が好きな者同士だからかもしれない。

 

 なんかいいよね! こういうの♪ 今のボクは身体だけ女の子だけどさ!

 

 

「お前の方こそ、まだ生きてたのかクライン」

「かー! こっちは相変わらず愛想のねぇ野郎だねぇ。連れを見習え連れを。・・・っと、今日は珍しく別の連れもい・・・る・・・・・・」

 

 クラインさんの目が点になる。

 不思議に思って視線を追っかけて後ろを振り返ると・・・ああ、なるほど。そういうことね。

 

「ん。これでよしっ、と。・・・あら、どうしたのユウキ? まるで『あ~・・・』とか思わず納得させられちゃった時みたいな顔して」

「うん、まぁ。その通りの意味でしてる顔なんだけどね?」

 

 相変わらず自分のかわいさに、自覚の薄いアスナさん。これじゃあクラディールさんが振り向かせようと躍起になるのも仕方なかった・・・のかな?

 

 そう言えばボクはキリトがビーターとして一人でいたがるのを追っかけ回していたからクラインさんとも面識あるけど、アスナは騎士団あるから直接対話するのは初めてなんだっけ? 今思うと、ボクもよく粘着質なストーカー行為でハラスメント適用されなくて済んでたなー。

 きっとキリトが耐えてくれて通報しなかったんだろうね。嬉しいね! 優しいね! ・・・でも、ゴメンなさい。以後は絶対に自重します。(ぺこり)

 

「あー・・・・・・っと、ボス戦で顔合わせるだろうけど、一応紹介するよ。こいつはギルド《風林火山》のクライン。で、こっちは《血盟騎士団》のアスナ」

 

 紹介されたアスナはちょこんと可愛らしく頭を下げる。

 そして、それを見たクラインさんを目の他にも口まで開けて完全フリーズ状態異常化してしまった。

 

 ・・・アスナ~・・・いい加減、自分の魅力に気づこうよぉ-。それだと逆効果なんだってば-。

 そのうち親しい身内から、クラディールさんⅡ世みたいなのが出てきても知らないよ? いや、出てきたときには絶対にまた助けるけどさ。

 

 

「おい、何とか言え。ラグってんのか? ・・・・・・って、うわぁっ!?」

 

 キリトがネットゲーマーらしい定番台詞でフリーズ中のクラインさんにツッコみ入れたら突然再起動して引っ張り込まれて攻略組ギルド《風林火山》の中心部へとごあんな~い。

 

 

 

『・・・言葉は要らない。話し合いの時は終わった。後は行動あるのみだ・・・・・・。

 リア充は死ネ!!!!』

「ここ、ネットの世界だぞ!?」

 

『これはゲームであっても遊びじゃない! 俺たちは、ここでこうして生きている! もう一つの現実だ!! だからこそ許せない!!

 この世界でS級レアの美少女プレイヤー二人を侍らせといて「自分はソロでやりたいのに」みたいな顔してる男だけは絶対にな!!

 『リア充・即・殺』!!!

 それがゲームやリアルに関係なく、モテない野郎どもが貫く唯一無二の正義だろうがよ!?』

 

「何故だーーーーーーーーーーっ!?」

 

 

 キリト、大ピンチ。本日二度目のダンジョン内プレイヤー同士による命の危機イベント開催中です。・・・ホントになんなんだろうね? この状況って・・・。

 

「おま、ユウキの時は普通に緊張しながら挨拶してたじゃないか!? なんで今さらになってから急に・・・・・・っ!!」

「うるせーっ! 一人なら我慢できた! でも、二人まで見せられてお前は耐えられるのか!?

 むさ苦しい野郎オンリーギルドを率いるギルマスに、ソロの癖してS級レアの美少女剣士二人が自分の方から寄ってきてるんだって顔されて、それで殺意を抱かずに友人づきあい続けられるほど俺たちは人間出来てねぇんだよぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

「そうだ! せめて一発殴らせろ! 攻撃させろ! その儀式をこなさなければお前との友情を維持している自信は、俺たちには無い!!」

「そうだ! そうだ! 殴らせろ! あるいは斬らせろ殺させろ!」

「SAOが女子との会話初体験な、リアルで女の子と話したことない超カッコイイアバターでプレイ始めた男の恨みを思い知れぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

「お前ら実はアスナたちを口実に使って、俺を抹殺したいだけなんじゃねぇの!?」

 

 

 ギャースカ、ギャースカ。

 抜き身の剣を向け合って、仲良く喧嘩に勤しむ《風林火山》の六人とキリトが一人。

 

「あはははは・・・・・・・」

 

 そして、それを見ながら引き攣った笑顔を浮かべて見ていることしか出来ないアスナと、ニコニコしながら楽しそうに見物してるボク。

 

 ・・・昔のキリトからは想像できない、楽しく他人と喧嘩してる姿は・・・うん、なんかいいね。こういうの。

 

 

 ――キリトは割かし露悪趣味があって、面倒くさいこととかあると自分の嫌な面を見せつけることで直ぐに問題を解消しようとする傾向が強い性格なんだと、一年間オッカケ続けた今のボクは知っている。

 たぶん、内向きな性格なんだと思う。

 

 自罰的で他人のせいに出来なくて、何でもかんでも自分で抱え込もうとしちゃうヒーロー気質の持ち主なのに、心は結構繊細でナイーブで傷つきやすい。そんな風に感じる場面に何度か遭遇してるから、そう思える。

 

 きっと、お母さんやお父さんにスゴく理解されていて大切に育てられてきたからこその弊害なんだとボクは思ってる。

 

 キリトは優しすぎるし、お人好しの度がすぎる。悪人っぽく振る舞って他人を寄せ付けないのも、巻き込んで傷つけたくないだけなのが理由だと思うし、そもそも根っからのエゴイストなら自分から《ビーター》は名乗らない。

 他人に押し付けてしまった方が楽だし手っ取り早くて安全だ。安全マージン取っての戦い方が得意なキリトに、それが出来ないはずがない。

 と言うよりもホントの利己主義者は、七十四階層に着てまでソロを続けようとは思わない。

 

 だって、ソロでやるより人付き合いした方が楽だから。

 

 人と仲良くなるのは簡単だ。相手が喜ぶ言葉だけ言っていれば良い。

 他人を喜ばせるのは簡単だ。自分が得するためだけに相手を煽てて褒めてあげれば勝手に喜んでくれる。

 

 誰でも他人から、耳障りの良い言葉をいって欲しいと願ってる。

 

 自分の欠点には気づいて欲しくないし、弱点は指摘して欲しくない。

 間違ってると責められるよりも、「あなたは正しい! 正義だ! 格好良い!」と称えてもらった方が気持ちが良いに決まってる。

 

 だから人と仲良くなるのは簡単だ。『現実を見ないで幻想だけ見てればいい』。それだけで人は他人と仲良くなれる生き物なんだから。

 

 相手が自分に抱いている幻想。相手が相手自身に抱いている幻想。

 「コレはこうに違いない」「この人はこういう人に違いない」「コレは絶対に正しくて、こっちは間違っている。悪に違いない!」―――そういう風に自分の中で定義されてる『決めつけ』を肯定してあげるだけで人は人と仲良くなることが出来る。出来てしまう。

 

 

 だから、逆説的な話になっちゃうんだけど。

 キリトがSAOより前にやったゲームで他人と関わって嫌なことがあったって言うのは、キリト自身が相手と真っ正面から向き合って『所詮はゲーム内だけの付き合いだから』とかの言い訳をしないし出来ない性格だったからなんじゃないかとボクは思う。

 

 彼はデスゲームがどうとかが始まるよりずっと前から、『リアルと同じくらい真剣にゲームをプレイしてた人』なんだと思う。

 嫌いな相手の話だろうと本気で聞いて、キチンと向き合い、逃げずに自分の意見を言えた人なんだと思う。対等な立場で相手を見てたから、逆に自分だけが傷ついちゃう結果に終わってきた人なんだとボクは思う。

 

 そう言う人だから半端な人たちからはカモにされて利用されて、それでもゲームが好きなままで続けていくために、嫌いにならないために人と距離を置くようになったんじゃないのかなって、最近ボクは思うようになってきてるんだよねぇ。

 

 

「・・・なんかいいわね、こういう光景って」

 

 ボクの隣でアスナがキリトたちのことをそう言って。

 見上げたら、なんでかボクの方を見下ろしながらニコニコしながら笑ってた。

 

「彼はきっと、アレでいいんだと思うわよ? 一匹狼で最強プレイヤーのビーターなのも格好良いとは思うけど、でもそれはゲームの登場人物として出てきた場合の話なんでしょ?

 リアルで友達づきあいするなら今のキリト君の方がずっと取っ付きやすくて、スゴく気が楽だもの。私は好きよ? 今の彼の方が昔の彼よりずぅっと・・・ね」

「・・・そっか。うん、まぁ、そうだねぇー」

 

 即答で元気よく返事したくて声を出そうとしたボクだけど、やっぱりちょっと声量が沈んじゃうよね。

 気になってる女の子が別の男の人を『好きだ』と言ってるのを聞かされるのは、そう言う意味じゃないって分かっていても気になっちゃうものは気にしちゃう。クラディールさんのことを言う資格がないボクがここにいるんだと言う事実を自覚させられちゃう。

 

 なんだかなぁ~・・・・・・うん?

 

「だから―――」

 

 考えに没頭してたら、知らない内にアスナに抱きしめられちゃってた。・・・なんだか、お母さんに抱きしめられてた時のことを覚えているはずなのに思い出す心地だなぁー・・・。

 

 

「この光景を作れたのはユウキの頑張りがあったから。だから貴女はもっと自分に自信を持っていい。

 ユウキがやってきたことが、言ってきた言葉があるから今のキリト君と私たちがある。誰一人欠けてても、きっと今この時は作れていない。

 だから《絶剣》、勇気を持って前に出なさい。貴女は自分が思っているよりずっと出来る子なんだから・・・」

 

 

 ・・・・・・ふにゃぁ~~~~・・・・・・

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・はっ!? ぎ、ギルマスぅっ!! 俺たちが野郎と戯れてる間に、あっちで物スッゲェ可愛らしい一枚絵のイベントが展開されてますぜ!?」

「キリト、てンめぇ・・・・・・俺たちを嵌めやがったなこの野郎!?」

「誤解だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!! ―――はっ!?

 ちょっと待てクライン! 見ろ! 《軍》だ!!」

「誤魔化そうたって、そうは問屋が卸さ――――なに?」

 

 

 お互い悪ふざけしているだけだと自覚しながらの戦闘もどきで、ダメージは無くとも精神的には大きく消耗していた俺とクライン達は入り口の方からやってくる重装備の一団を見つけた瞬間に空気を一変。

 ユウキ達は遭遇しなかったらしいのだが、先行していた俺が森の中を進む途中で見かけた二列縦隊で行進してくる黒いフルプレート姿の男達。

 《はじまりの街》を拠点に活動するSAO最大規模のギルド、通称《軍》に所属している連中だった。

 

 相当に疲弊している様子がヘルメットから覗く表情だけで見て取れる。

 

 

 

「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ。君らはもうこの先も攻略しているのか? もしそうならマップデータを提供してもらいたい」

 

 

つづく



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原作1巻版5話「ゲームはみんなで仲良く遊びましょうが基本です♪」

更新です。ボス戦まで書こうと思ったんですけど、長くなりそうだったので切りのいいところまでと言うことで♪


 ボスの迫力に負けて安全なエリアまで逃げ出してきた俺たちの前には今、お揃いの全身鎧に身を包んだ十二人の男達が並ばされている。

 一見すると強壮で高圧的。重厚感あふれる見た目だったが、中身の人間が疲労困憊の極にある状態では、取り繕っている虚仮威しな感を払拭できるはずがない。

 

 中央に立つ男から「休め」と命じられてヘタリ込んで腰を下ろしてしまう体たらくぶりを晒すようではなおさらだ。

 

「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ。君らはもうこの先も攻略しているのか?」

 

 先頭に立つリーダー格、コーバッツとか言うらしい男が尊大な口調で俺たちに『要求』してきた。

 驚いたことに、「軍」って言うのは俺たち外部の部外者が揶揄してつけた便宜上の名前・・・ハッキリ言えば「蔑称」に近い呼び方だったはずだけど、いつから正式名称に採用されてたんだろう。そのうえ『中佐』と来たもんだ。

 

 ギルドをはじめとする組織の論理が苦手な俺はやや辟易しながら「キリト。ソロだ」と短く名乗ってから、相手の質問に応じてやる。

 

「この先の手前まではマッピングしてあるけど・・・・・・」

「うむ。では、そのマップデータを提供して貰いたい」

 

 当然の権利であり義務だ、と言わんばかりの男の台詞に俺も少なからず驚かされたが、後ろにいたクラインはそれどころではないらしかった。

 

「な・・・て・・・提供しろだと!? 手前ェ、マッピングする苦労が解って言ってんのかよ!?」

 

 胴間声で喚き立てるが、正直その気持ちはよく分かる。未攻略区域のマップデータは貴重な情報だし、トレジャーボックス狙いの鍵開け屋の間では高値で取引されている。

 クラインの声を聞いた途端に男は片方の眉をぴくりと動かし、ぐいと上げを突き出してから大声を張り上げて一喝してくる。

 

「我々は君ら一般プレイヤーの解放の為に戦っている! 諸君が協力するのは当然の義務である!」

 

 傲岸不遜な物言いとは、まさにこの事だ。

 ここ一年ばかりの間、軍が積極的にフロア攻略に乗り出してきたことはほとんど無くて、アスナやクラインたち率いる攻略ギルドと、俺たち一部ソロの傭兵プレイヤーに負担を押しつけ続けてきた癖して、『俺たちのため』に『義務』ときている。

 

 余りにも度を超した傲り高ぶりは、向けられる相手にとっては逆に鎮静作用というか、白ける部分があるようだった。

 

「ちょっと、あなたたちねぇ・・・」

「て、てめぇなぁ・・・」

 

 左右から激発寸前の声を上げているアスナやクラインに比べて、俺は幾分か冷静さを取り戻していたから、両手で二人を制そうとしたのだが。

 

 ――今日はもう一人、“こういう相手向きの奴”がいたのを俺はすっかり忘れてたことを思い出す。

 

 

「うん、わかったよコーバッツさん。

 ――はい、どーぞ♪ ボクたちが今逃げ帰ってきたボス部屋までのマップデータだよ。頑張って作ってきたんだから無駄にしないで下さいね?」

「む? ・・・あ、ああ。協力に感謝する・・・」

「いーえー♪ どういたしまして~。――あ! そうだ! ボクたち今お昼ご飯食べてたんだけど、コーバッツさんたち解放軍の人たちも一緒にどうかな? ご飯はみんなで一緒に食べた方が美味しいってボク信じてるし!」

「う。ま、まぁ、食料供与もまた諸君らの義務であり、それを拒絶するのは我々の活動理念に反することであるからもらってやらなくもないのだが・・・い、いやしかし! 今は職務時間中でだな・・・」

「え。・・・そ、そーなんですかぁ・・・せっかく頑張って作ってきたのに・・・(シュン・・・)」

「う、うぐぅぅ・・・・・・」

 

 

『・・・・・・・・・』

 

 ・・・驚いたな。なんと我らがアイドル黒の妖精ユウキちゃんが、泣き落としで軍の連中にハニートラップかけはじめちゃってるよ。厳つい角張り顔のコーバッツの唇が、緩みそうになるのを全力で押さえ込もうとしてさっきから不自然に震えまくってて面白ぇよ。

 

 その後も、様々な手練手管で軍の連中を拐かし、コーバッツが聞き入れないときには部下の連中を味方につけて上司に非難がましい目を向けさせて仲裁に入って恩を売るなど、とにかく自分が『かわいい女の子』である事実を武器に使って最大限《軍》の連中を“休ませて”から。

 

 

「――馳走になった。礼を言う。それでは我らは上役より命じられた使命があるのでこれにて。

 貴様等! 立て!!」

『応っ!!』

 

 最初に出てきたときとは別人みたいに感情のこもった態度と口調で礼を言ってから(それでも高圧的に分類されるのは、完全にコイツ自身の人格に問題あると思われる)部下たちに命じて立ち上がらせて進軍を再開していった。

 部下の連中も披露は癒えたのか、元気よく応じてコーバッツの後へと続いて去って行く。

 

「バイバーイ! ガンバって下さいねーっ! 応援してますからー♪」

 

 元気よくブンブンと手を振り回すように右手を挙げて振りまくってるユウキに、振り向いて手を振り替えしてくる奴も二人ぐらいは混じってて、それを見せられた俺たちは毒気を抜かれた状態のまま黙って見送る事しかできなかった。

 ・・・したく、なかったんだ・・・なんか精神的に疲れちまってたから・・・・・・。

 

 

 

「なんて言うか、“普通の人たち”だったわね・・・・・・」

「ああ、そうだな・・・。かわいい女の子からリアルで話しかけられた経験少なくて有頂天になってる、ごく普通にガチな野郎プレイヤーばっかの集団だったな・・・・・・」

 

 《SAO》、それは発売日当日にソフトを入手できた筋金入りのゲームマニアたち数千人が囚われている電子の牢獄。

 規律という言葉と同じくらい、『リア充』という言葉から最も縁遠い『ネト充』どもが現実世界に帰還するため日夜競い合っている世界。

 

 それは同時に、リアルでもゲーム内でも初対面でカワイイ女の子から親しげに話しかけられるなんて状況を『ゲームの中でこそ実現できる妄想だ』と割り切って生きてるはずの、現実逃避するためゲームしていた野郎共が大半を占める世界でもあるのだった・・・・・・。

 

 

「ん~~~・・・・・・休んだ休んだーっ。

 ――それじゃ、行こっか?」

『・・・・・・は?』

 

 伸びをしてから言ってきたユウキの言葉に、俺たちは揃ってポカンとなる。

 えっと・・・『行く』って・・・・・・どこへ?

 

「行くんでしょ? 休ませてはあげたけど、経験不足なあの人たちだけだとボクたちが逃げ帰ってきた青い瞳のボス悪魔には勝てないだろうからね。

 全滅するかもしれないパーティーを見捨てるなんて、キリトには出来ないでしょ?」

「む・・・」

 

 思わず即答で否定しようとしたくなる台詞を笑顔で言い切られた俺は、少しだけだがムッとさせられる。

 見当違いとまでは言わないが、だからと言って『お前のことは何でも判ってる』みたいな言い方されて楽しい気分になる趣味を俺は持ち合わせていない。

 

「そうとは限らないぜ? なんたって俺は自分のことしか考えずに他のプレイヤーを見捨てた利己的なビーターらしいからな。

 あいつら自身がそう言ってきてるんだし、今更俺に見捨てられても奴らにとっては決めつけてた内容が真実だったって証明できて、むしろ本望だと思うかもしれないじゃないか?」

 

 いつものように露悪的な口調と表情で言ってのけた俺だったが、相手の表情を見る限りだと上手く行ったとは到底思えない。

 

 なにしろそいつは、周りから忌避されて避けられてるビーターであるところの俺に向かって満面の笑顔を浮かべながら、こう言ってきたのだから。

 

 

「ビーターだから。だからこそ助けに行くんでしょ? キリトは。そうじゃなかったらビーターになってる今のキリトはここにいない。

 キリトが今もこうしてビーターって呼ばれて、自分のことを悪いビーターだと思い込もうとしてる。その時点でキリトが彼らを見捨てられるような利己的な人間なんかじゃないってことぐらい今更みんな理解できてるからね」

 

「・・・・・・」

 

「だからさ、行こ? お腹いっぱいになってゆとりが出来てる今のコーバッツさんたちなら、ボクたちが追いつくまでの間くらいは保たせられるはずだよ。

 クラインさんやアスナだって、あの人のことが嫌いになれても死んだりしたらきっと辛くて悲しいと思うだろうから、だから死なないうちに助けに行っちゃおうよ。きっとその方が上手くいかなかった時でも見捨てたときよりかは気持ちがいい終わり方ができるはずだから」

 

「・・・・・・」

 

「死んでから伸ばした救いの手は、自分自身さえ救えない。救いたいって想いだけじゃ心しか救えないし、救える力があるだけで救う意思のない人には誰一人救うことなんかしようとしない。

 救える力と拾いたい気持ち。その二つを持ってる人が勇気を出して行動したときだけ救えるのが、他人の命だから。

 そのことを誰より思い知ってるからこそビーターを名乗ってるキリトには、絶対に彼らを見殺しにすることなんて出来るはずがない。

 ボクは、その事実を知ってるつもりだよ・・・?」

 

「・・・・・・・・・」

 

 ――なんとも居心地の悪い心地にさせられてしまって目を逸らす俺。

 そしたら今度はクラインたちの嫌な感じにニヤけた笑顔で見られてるのが視界に入って瞬間的に「カチン」となる。

 

「・・・・・・なんだよ」

「うんにゃあ、別に。ただ青春してるなぁって思っただけさ」

「・・・・・・・・・うるせ」

 

 そっぽを向く俺を大口開けて笑い飛ばしてからクラインは、

 

「さぁてと。そんじゃあ方針も決まったみてぇだし、そろそろ行くか。準備しろ、お前らぁ!」

『応よ! 準備万端整ってるぜギルマスぅッ!』

 

「もちろん、私もついてくからね? キリト君たち。本当だったら今日はユウキと私のレベル上げがメインの目的だったんだから、主役を一人だけ置いてきぼりにするのは許しません。いいですよね? クラインさん♪」

「Yes! アイ・マム!! ユア・マジェスティン!!」

『オール・パーフェクト美少女アスナ様―――っ!!!』

 

「お前ら、どこのアスナ様親衛隊の一員だ!? 噂には聞いてたけど軽く引くぞ!」

 

「あはははっ!!」

 

 

 

 こうしてボクたちは全会一致でコーバッツさんたちの後を追っていって、可能だったら一人の死者も出さないための撤退戦を援護して、難しいようだったらボクたちが壁になって食い止めてる間に逃げ出せた人たちだけ連れてボクたちも逃げる。

 そう言う方針で行くことに決まった。

 

 

 さぁ、《SAO》始まって以来はじめてのボス部屋からのプレイヤー救出策戦開始だ! 

 敵を倒すばっかりな殺伐としたプレイよりも、よっぽど腕が鳴る良いボス戦だよね!

 

 

 

「・・・でもよぉ、ユウキ。いくら連中に気を許して貰うためつったって、流石にさっきのは人が良すぎる行為だったと思うぜ?」

「え? なんのこと?」

「マップだよ。さっき奴らにくれてやってたマッピングデータさ。お前らにマップ売って商売する気が無いのは知っちゃいるが、それでもタダでくれてやるってのはやり過ぎだぜ。

 お前らだってアレ作るまでに相当な苦労と時間をかけたんだろうし、それに見合った相応の代価ってもんを頂戴するのは社会人としての義務ってもんがだな・・・・・・って、オイ。どした? なんでそんな冷や汗塗れみたいな気まずそうな顔して目を逸らしてんだ二人とも?」

 

 

「「・・・・・・(い、言えない・・・。特に何の目的もなく何となく訪れてきてて、《適当にブラついてたらボス部屋の前まで着いてただけなんです》なんて言う真実は、今この場で絶対に言っちゃいけない世界に隠すべき真実だと知っているから・・・・・・っ!!!)」」

 

 

つづく



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原作1巻版6話「ボクはきっと、みんなを守るから」

久しぶりの更新となります。久々なのにギャグ強めにしすぎたと反省中。自戒はもう少しだけでも真面目に書くとしましょう。

*ご指摘を受けて説明の必要を感じましたので記させてもらいます。
 今作ユウキの性格は基になった原作話のテーマに合わせることを重視してきたため今までブレがちでしたが、『原作一巻版』に入ってからは基本ギャグを重視していく方針にしてあります。なので途中にあった重い話とは別物と考えることをお勧めいたします。

 やはり私は皆でバカ話して笑い合ってる方が好きなタイプみたいですのでね…(謝罪)


 みんなの全会一致でアインクラッド解放軍の人たちを追いかけると決めたボクたちは、ギルド『風林火山』も加えて来た道をまっすぐ駆け戻っていた。

 そして未だに追いつけてないから、ちょっと焦ってきてる。

 

 地図があるだけで初見のダンジョンだから、慣れてるボクたちの方が早いと思ってたんだけど、どうも彼らを甘く見すぎてたっぽい。途中からは先行する彼らに追いつくため全力疾走して走る走る奔る!

 

 ――そして結局、ボス部屋の前まできちゃったボクらが「まさか、ねぇ・・・?」と半信半疑で開けた先に待っていたのは、ボスに壁際で追い詰められてるコーバッツさんたち解放軍の面々さんたち!

 最悪な状況だ! そして意味が分からない!

 

 

「なんで!? どうして!? なんで部屋の入り口にボスが背中向けて、解放軍の人たちは部屋の反対側で固まってるの!? こうなる展開が予想できないんだけど!?」

「い、いや、俺に聞かれてもな・・・・・・」

 

 ボクが叫んで、キリトが困る! そりゃそうだよね! だってボクにも説明すること不可能だってわかるもん!

 

 ボスモンスターは部下を召喚する奴もいるけど、基本的には単独での強さが桁外れな『一体多数』の戦い方で力を発揮するタイプが多い。

 その理由が、高威力の範囲攻撃だ。一体で大勢を相手しなきゃいけない分、巨体を生かした通常のモンスターよりもリーチが長くて範囲が広い強攻撃が一番注意しないといけない攻撃として警戒されてる。

 まともに食らっちゃったらタンクが防いでてもスタンさせられ、回復が間に合わずに死んじゃうことが多いから、最低限2つの部隊に別れて片方が回復可能な状態を維持しておかなきゃバッドステータス追加の範囲攻撃で一撃全滅させられかねない。

 

 なのに、どういう訳でなのかコーバックさんたちは入り口を正面において、部屋の反対側に背を向けてみんな一緒に固まってボスの攻撃に備えてる不可思議な陣形。これだと次の範囲攻撃で全員が平等にダメージ負いかねないよ!

 

「何をしている! 早く転移アイテムを使え!」

「だめだ・・・! く、クリスタルが使えない!!」

「なんだと!? ――クソッ! この部屋は《結晶無効化空間》だったのか!」

 

 キリトが激しく毒づく。迷宮区でたまに見かけるトラップ、脱出アイテムが使用禁止にされてしまう《結晶無効化空間》。これがボス部屋で使われてるのは初めてだから混乱してるんだと思う・・・・・・ってぇ、ボクもボクでのんびり考えてる場合じゃなかった!!

 

「なんてこと・・・これじゃ迂闊に助けにいけないじゃないの! みんな早く逃げて! 急いでっ!!」

「何を言うか・・・っ!! 我々解放軍に撤退の二文字は有り得ない! 戦え! 進め! 戦うのだぁぁーっ!! 全員、突撃――――っ!!!」

『お、オオオォォォッ!!!』

「だめ――――――――っ!!!!」

「!! 待てアスナ・・・って、ユウキはもっと待てぇぇぇい!? アスナよりも早く突っ込んでいくな! この部屋《結晶無効化空間》で危なくなっても緊急脱出不可能なんだって! 安全マージィィィィッン!?」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょぉぉぉぉぉっ!?」

 

 ボクは後ろから聞こえてくる叫び声に、前を向いたまま怒鳴り返す!

 最初の驚きのせいで十秒近く無駄にしちゃったのが惜しすぎる! あの十秒でコーバックさんたちが助からない確率が十秒分上がって、助かる可能性が十秒減ったって思うと歯軋りしたくなるほど自分の間抜けっぷりが腹立たしい!

 

 この無駄にした十秒で助かったかもしれない命が消されてしまったら、ボクは絶対自分自身を恨んで自責する! 暗い気持ちに支配されて、きっと耐えられなくなってくる!

 そうなったら終わりだ! 気持ちが保っても“体が保たない!” “木綿季ちゃんの身体”は、そんな風に出来てない!

 

 ああ、わかってるさ。こんなのはエゴだ。自分のためだ。他人のための人助けなんかじゃ絶対ない。ただの命惜しさから来る偽善に満ちた人助けもどきでしかない。――だけど!

 

「・・・それがどうした! 偽善でも何でも人助けして何が悪い! どこが悪い! 人が死ななきゃそれでいい! やらない善より、やる偽善だ――――――っ!!!!」

 

 《ヴォーパル・ストライク》

 

 叫んで剣を抜き放ったボクは、初っ端から大技かましてボスに後ろから体当たり。安全マージンとか間合いとか一切考えないまま、ただ突っ込んでいったのが運良くはまったのか相手は姿勢を崩して、コーバックさんたち相手に振るおうとしていた攻撃の手が止まる。――今だ!

 

「みんな走って! こっちへ早く! 急いで!」

「な、何を言うか! 我々解放軍に撤退の二文字などないと言ったはずだ! たとえ、この場で果てようと最後の最後まで戦い抜くことにより、守るべき一般プレイヤー全てに対して解放の志を伝えられるならホンモ――――」

「ホモでも鍋でもいいから、とっとと来いや!? ボスより先にボクが殺すぞこの野郎!!」

「ヒィッ!? は、はい・・・全軍てった―――いや、入り口に向かって全力突撃だ! 急げ!」

『お、応っ!!』

 

 ・・・よし! 邪魔なお荷物は行ったぁっ!

 後はコイツを足止めしておくだけだぁぁぁっ!!!!!

 

 やる気に満ちて剣を振るうボクは、やり遂げた気持ちになって満足しながら死んでいけるかもと思ってたんだけども。

 

 

「・・・ユウキって、たまに怖いときあるよな・・・・・・。アスナもだけど(ぼそっ)」

「キリト君、女の子はね? 普段大人しいほど切れたら怖いものなのよ? ――だから後で100Gパンチでお仕置き確定」

「ひぃっ!?」

「どうでもいいから、ちょっと手伝ってくれないかなぁ!? ボクのHP結構ピンチになってきてるんだけど! いやマジでね!?」

 

 なんか後ろの方で、死んでも死にきれなくなるような会話を交わされてたから生きたくなっちゃったよ! 死にたくなくなっちゃったよ! 死んだら絶対好き放題言われるからね! 文句言えなくなるからね! だから絶対、死んでなんかやらないもん!

 

「クソッ! 行くぞクライン! 付いてきていい奴だけ俺に付いて突入して来い!」

「ちょっと待てキリト! 解放軍の奴らの撤退はもうすぐ終わる! 今さら俺たちが出張る必要なんてないんじゃねぇのか!?

 あと、さり気なく俺だけ道連れ確定してなかったか今!?」

「ダメだ! HPが減りすぎてる! 背中を見せてる今じゃ掠り傷一つで死ぬ奴が出るかもしれない! そうなったらユウキの頑張りが無駄になる! 一人も死なせないためには俺たちも前に出るしか道はない! あと、最初に出来た友達特権だ! 受け入れろ!」

「その特権いらねぇ――っ!? あと、アスナさんがすでに突貫しちゃってる――っ!?」

「イヤァァァァッ!!!!」

「アスナ!? ――くそぅっ! どうして俺の知り合いの女は、かわいいバーサーカーしかいないんだ!?

 もういい行くぞ! みんな俺に付いてこ―――っい!!!!」

『おおおおぉぉぉぉぉっ!!! アインクラッドの超S級レア存在、美少女プレイヤーは死んでも殺させてなるものか――――――っ!!!!!』

「お前ら―――っ!? 欲望に正直すぎて逆に清々しいぞこの野郎! 俺も混ぜろやぁぁっ!!」

 

 背後から次々とやってきてくれる援軍の仲間たち!

 一人来て、二人目が来て、最終的にはみんな一緒にボス戦チャレンジだ! やっぱりこれがRPG! 絆の力でみんなで勝って、みんなで生きて帰ろうね!!

 

 ・・・でも、正直言うともう少しだけ早くみんな一緒に来てほしかったかな! ボス相手に戦力の逐次投入したせいで割かしもうボロボロだよ!? 壊れかけた前線を補修して、壊れたらまた補修してって、一番ダメな会社の経営状態になっちゃってないかなボクたち!?

 

「おい、キリト! このままだとマジでヤベぇぞ!? 全員死なずに生きられんのは、あと十秒ぐらいが限界だ!」

「ぐっ・・・!! ・・・仕方がない・・・、ユウキ! アスナ! クライン! 十秒だけ絶対に持ちこたえてくれ! そうしてくれたら後は俺がなんとかしてみせる!」

『!! 了解! 任せた!!(わ!!)(よ!!)』

 

 キリトの叫びに、ボクたちは一も二もなくキリトに全員分の命を預けて、残る全ての力を時間稼ぎのためだけに使い尽くす決意を固めた。

 伊達に命がけのデスゲームで友達なんてやってない。いざという時、迷わず命を預けられると信じた人じゃなければ一緒に迷宮区なんて潜れない。

 

 ボクたちはこれでもキリトのことを・・・・・・スッゴいビーターだって尊敬してるんでね!!

 

「《ノヴァ・セレクション》!!!」

「《スター・スラッシュ》!!!」

「《羅生門》!!!」

 

 ボクが、アスナが、クラインさんが立て続けにソードスキルを叩き込み、その次を《風林火山》の人たちが引き継ぐ9連続コンボ!

 全部が入れば最後の吹き飛ばし効果で十秒以上稼げるし、たとえ入りきらなくても全部で十秒間敵の動きを拘束し続けられるよう全員一人一人が計算してから使うスキルを選択してる!

 文字通り、十秒だけは絶対に時間を稼げてキリトを守り切れるようになってる! 穴はない! あとは信じたキリトがミスをしないことを祈るだけ―――――

 

「あぁぁっ!? しまったぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ―――って、ちょっとぉぉぉぉぉぉっ!? 《風林火山》の最後の前の人! なんでタイミング外しちゃうの!? そこだと7連コンボ+ソードスキル一発分じゃん! ダメージ量でも拘束時間でも違いが出すぎちゃうじゃん!

 RPGの連続コンボって格ゲーよりも、そこら辺のとこシビアなんだけど――っ!?

 

「すんません! マジごめんなさい! 俺、彼女いない歴29年の来年魔法使いなんです! そんな俺に突撃していくアスナさんのミニスカパンチラは致命傷過ぎました! お詫びに死んで追いかけますんで、許してくださいキリトさん!!!」

「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉっい!? ちょっと待てぇぇぇぇぇぇっい!?」

「今一番待ってほしいのは、私だと思うんだけどね!?」

 

 なんかもうメチャクチャだ――――っ!?

 青い目をした悪魔がボクたちを突破してキリトに向かって突進していく最中だって言うのに―――っ!?

 

 

 ・・・ええい、クソ! このままじゃキリトが死んで、ボクも後悔と自責で死んで結果は同じなんだから変化はない!

 だったら“使っても大丈夫”なはずだ! それに“今の状況なら使える”はずだ!!!

 

 なるようになれ! ええぇぇっい!!

 

 

「みんなを守って! 誰も死なせない力を貸して!!

《絶剣》!!!!! 

《マザーズ・ロザリオ》――――――っ!!!!!!!」

 

つづく

 

『オリジナル・ソードスキル紹介』

《絶剣》:特定の状況下でのみ使用可能になる、ユウキのユニークスキル。

 詳細は次回になるが、『守ること』が条件に関連する絶対項目の技であることだけは確か。



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原作1巻版7話「《マザーズ・ロザリオ》? いいえ、《アザーズ・ロザリオ》他人同士です」

久しぶりの更新となります。久しぶりなのに前書きに書くことが思いつかないアホ作者を許してくださいませ、本当になにも思いつかなくて…。
なお、サブタイトルはいいのが思いつかなかっただけで他意も意味もありません。


 私の友達、『絶対に殺させない剣』略して『絶剣』のユウキは弱くない。

 

 ずっと前線に張り付いてレベル上げに勤しんでる私やキリト君よりステータスでは下回るけど、性能重視なモンスタードロップより自分好みな形状のプレイヤーメイド装備で固めてるから武器の面でも私たちより劣るけど。

 

 ボスを相手にとどめを刺すラストアタックを決めることはほとんどないし、ボスが召喚する親衛隊モンスターを倒した数でも攻略組の中では下から数えた方が早い程度のものだけど。

 

 それでもユウキは弱くない。むしろ強いと断言できる。

 

 

 ユウキは今まで、ボス攻略メンバーから外されたことが一度もない。多くの攻略組プレイヤーがギルドに入るのが当たり前になった今でもソロプレイヤーのまま最前線に居続けてもいる。

 装備でもレベルでもステータスでも各上な大手ギルドメンバーたちを外してでも、ソロの助っ人プレイヤーとして彼女はボス攻略メンバーに選出され続けてきた。

 

 それが証拠だ。彼女は決して弱くない。むしろ強いと、私『血盟騎士団』副団長の“閃光”アスナは自信を持って断言できる。

 

 

 彼女がラストアタックを決めないのは、最初からレアドロップ品を求めてないからだ。親衛隊を倒した数が少ないのは、敵を倒すよりも味方が倒されないことを優先して動き回っているからだという事実を、私たち『絶剣』と一緒に戦った攻略組古参メンバーは誰もが知っている。熟知している。

 死ぬかと思った一撃を前にしたときの恐怖と、それが助かったときに見せたユウキの笑顔と一緒に身体と心で思い知らされているからだ。

 

 彼女は、自分自身が戦わない。戦場全体を広く見渡せるよう走り回って、苦戦している味方がいたら助けて回る。

 それが『絶対に殺させない剣』の戦い方であり、強さなんだと私たちは誰もがみんな当たり前のこととして熟知している。――そのはずだった。

 

 

「スゴい・・・・・・」

 

 思わず、それだけつぶやいてから見惚れることしか出来なくなる。それ程までに、今のユウキはスゴい。凄すぎる。

 

 求められた時間まで守りきれなくて、青い目の悪魔に接近されそうになっていたキリト君の前に一人で立ちはだかって“呪文みたいな何かの名前”をつぶやいた次の瞬間。

 青い目の悪魔目掛けて突撃していった時から、ユウキはユウキのままユウキじゃない強さを発揮して、ボスモンスターの攻撃をたった一人で凌ぎ続けてしまっていた。

 

 とにかく、速い。動きが目で追えないくらい、反則級な速さで動いて剣を振り続ける。

 休むことなく切りつけ続けて、ソード・スキルの限界を超えちゃってるんじゃないかってぐらいに別格過ぎる速さを持つ剣の技。

 

 それを今のユウキは完全に自分の物として使いこなしてしまってる。

 まるでユウキがユウキじゃないみたいに。私の知るユウキではない誰かが、ユウキの身体に乗り移って戦っているかのように鮮烈なまでに、鮮明なほどに、私たち見る者すべての心と記憶に残り続けるであろう、一生分の忘れない記憶として刻み込もうとしているかのように。

 ユウキは今、全身全霊で剣を振るって、SAOの歴史に残る伝説を刻み続けていく。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」

 

 叫びながら前へ前へと突き進んでいくユウキの声は、私の知るユウキのもの。その顔も、身体も、表情も声音もすべて。私がよく知るユウキのものなのに、なぜだか私たちの誰も知らない別の誰かがユウキとして戦ってくれてるように見えてしまう。

 

 ――ああ・・・でも、なんでなんだろう。どうしてなんだろう。今まで一緒にいてくれたユウキが、ユウキじゃなくなってるはずなのに・・・どうして・・・。

 

 私の心はこんなにも懐かしさで満ちあふれているんだろう・・・? こんなにまで愛おしさが込み上げてくるんだろう・・・?

 まるで長い間離ればなれになってた大切な親友と再会した時みたいに。死に別れた恋人と一瞬だけでも再会できた時みたいに。

 スゴく嬉しくて懐かしくて愛おしくて涙があふれてくるぐらいに切なくて・・・とても寂しさで胸が張り裂けそうになってくる。

 

 まるで私の心が、この感動と喜びを一瞬のものでしかないと知ってるみたいに。ほんの一瞬だけ会うことを許された織り姫と彦星の別れの時が、もうすぐそこまで迫ってきてることを気づいてるみたいに。

 

 鮮烈に輝く、一瞬の光として見ている人の心の中だけに残り続ける思い出として、今のユウキは私たち全員のために誰かとして戦ってくれている・・・・・・。

 

 

「―――ぷはっ!! もう無理! 限界! ギブアップ!

 キリト、ボクもう維持できそうにないから後お願いね! 頼んだよ!?」 

「え? ――あ、はい。後は任されまし・・・た?」

 

 

 あまりにも現実離れしたユウキの変貌ぶりと圧倒的な強さを前にしてキリト君も呆然としてたのか、微妙にボケッとした反応を返した後で彼もまた青い目の悪魔へ向かって突撃していく。

 

 とは言え、そこはやはりビーターのキリト君だ。相変わらず反則なまでに強い。強すぎる。

 

 ・・・と言うより、あの両手に二本の剣もって振り回しながら使用してるソード・スキルは、明らかに既存の知識で知られているスキル情報には存在してない奴よね・・・? もしかしなくてもエクストラスキルだったりしないかしらアレって。

 しかも威力と使いこなし具合から見て、熟練度は既に最高レベルに達してると見たわ。私たちにエクストラスキル手に入れたこと内緒にしたまま、熟練度も最高レベルにまで上がるほど習熟しちゃってたんだ-。ふーん、へー、そうなんだぁー。

 

 ――よし、戦い終わって勝利した後に、あの薄情者をとっちめてやるわ。もちろんユウキも同罪で問い詰めてあげるから覚悟しておきなさい二人とも。

 友達をおいて一人だけ秘密を抱え込むような悪い子たちには100万Gパンチが待っているものなのよ。

 

 

 

 

「・・・・・・うおおおおあああ!!」

「ゴァァァァアアアアアア!!」

 

 雄叫びを上げ、俺は隠し技のエクストラスキル《二刀流》の上位剣技《スターバースト・ストリーム》、連続十六回攻撃を止めとして放ち。青い目の悪魔グリームアイズを死闘の末、遂に倒してポリゴンの破片として飛び散らせることに成功した。

 

 最初の時点で、ユウキ相手にHPを大きく削られていたのが影響し続けたのだろう。グリームアイズの動きは目に見えて衰えており、俺の方でもわずかに余裕を持って戦闘を勝利で終わらせることが出来たようだった。

 ・・・まぁ、余裕があると言ってもHPバーが赤いラインになってるし、助け起こそうとして落とした拍子に頭を打ち付けても死に心配は絶対にない程度の余裕しか残ってないんだが・・・それもある意味しょうがないだろうな・・・。

 

 本来ならレイド組んで倒すボスモンスターを一人で相手にして、実質二人だけで倒したわけなんだから、これだけ残ってたら余裕と表現しても罰は当たらないと俺は思いたい。

 

「やぁ、キリト。勝てたみたいだけど、大丈夫だった? ・・・生きてるかい?」

「・・・お前、なぁ・・・・・・」

 

 思わずガックリとなる俺。今の余計な最後の一言でドッと精神的ダメージが追加された気がする・・・。死にそうな思いしながら必死に生き延びようと頑張った直後にかけられる言葉としては最悪すぎる一言だった。

 

 ――あ~・・・疲れたダリィ、家帰って早く寝てぇ・・・ベッドに入って休みたい・・・。

 

 思わず、そんな風に思ってしまう俺だったが――現実はそれほど甘くないし、優しくもないようだった。

 

「キリト君、ユウキ。ずいぶんとバカみたいに無茶してくれたわね? 人がどれだけ心配したかちゃんとわかっているのかしら?」

『はい・・・ごめんなさい・・・。心より反省しております・・・』

 

 額に青筋浮かべたエフェクトを幻視させられそうな表情で笑顔を浮かべたアスナが、両手を腰に当てて俺たち2人を見下ろしてきたので即座に正座姿勢へ移行。

 生き延びることこそアインクラッド攻略と現実への帰還を目指す攻略組にとっては何よりも重要な能力。恐怖のオカンキャラを前に、勝ち目のない勝負を挑む気など少しもない俺たち2人だった。

 

「ま、まぁそのなんだ。生き残ってた軍の連中は回復しといてやったが、コーバッツが言うには俺たちが来るより先に2人死んでたそうだ」

「・・・そうか。ボス攻略で犠牲者が出たのは、67層以来だな・・・」

「こんなのが攻略って言えるかよ。・・・ったくさぁー、死んじまったら何にもなんねぇんだぞ?

 そこんとこ部隊を率いるリーダーだったらキチンと理解しといてくれよな、コーバッツさんよぉ―」

「うぐ・・・。申し訳ない・・・。・・・いや、申し訳ない、です・・・」

 

 不満を吐き出すようなクラインの台詞に、情けなさそうな声で横からコーバッツが答えてやっていた。

 て言うかコイツ、本当に死ななかったんだな・・・。戦いに夢中で全然気づかなかったわ・・・。

 俺はまだ戦闘の余韻が抜け切れたいないらしい頭を左右に振って太くて大きな溜息を吐いて気分を切り替えようとしていると、勢い込んでクラインが訊いてきた。

 

「そりゃそうと、オメエ何だよさっきのは!? 見たことねぇぞあんなの!」

 

 言われて気づくと、アスナとユウキを除いた部屋にいる全員が沈黙して俺の言葉を待っている。

 ちなみにアスナはユウキを説教中で、俺の話にはあまり興味がなさそうだった。話せば聞いてくれるだろうとは思うのだが、確証が持てない程度にはユウキのことで頭がいっぱいらしい。

 

 あと、なぜだか部屋の隅でコーバッツが、

 

「・・・“そりゃそうと”・・・か。

 ふっ・・・攻略とも呼べないボス攻略を指揮した男への評価など所詮、この程度なのは致し方なきこと。俺は気にしない、気にしない、気にしない・・・・・・」

 

 なんか落ち込んでるっぽい。別にいいんじゃないかと、俺なんかは思うけどな。単なる事実なんだから。

 

「・・・エクストラスキルだよ。名前は《二刀流》だ。――言うまでもないと思うが、出現条件とかが解ってたら、とっくの昔に公開してるネタなんだから聞いてくるなよ? 俺にだって心当たりはさっぱりなんだから」

 

 疲れてるから要らぬ問答をしなくて済むよう、あらかじめ予防線を張った上で説明する俺。

 クラインも興味津々ではある様子だったが、言ってやった説明自体は無理なく矛盾なく当たり前のことだったのもあってか無駄な質問をしてくることはなく。新たな質問と質問相手へと矛先を変えた。

 

 俺と同じくエクストラスキルと思しき謎の剣技を使ったユウキと、ユウキのスキルについてである。

 

「おい、ユウキ。オメェも水臭ぇじゃねぇか。あんなすげぇウラワザ使えるのを黙ってるなんてよぅ。

 そりゃ、レアスキル持ってるなんて知られたら色々聞かれて面倒くさくなるからイヤだってのは判るが・・・ありゃ一体どんなソードスキルなんだよ? この場にいる奴だけにでいいから少しぐらいは教えてくれてもいいだろう? な? な?」

 

 楽しそうな口調と笑顔で、悪意も作為もなく言ってくる辺りクラインはほんとに良い奴だと俺は思う。

 ネットゲーマーは嫉妬深くて、妬み嫉みがあって当たり前なんだが・・・それを一切感じさせない受け答えができるのは、意外とコイツの人間性が出来てる奴だからなんだろうなーと、最近特にそう思うようになった俺である。

 

 ――それはそうと、先の質問には俺も興味があった。

 俺は確かにエクストラスキル《二刀流》が使えるようになった、謂わばSAO二人目の《ユニークスキル》持ちでもある訳なのだが。それはそれとして珍しいスキルを見ると心が躍るのは、俺も重度のネットゲーマーってことなんだろうな。実際のところ。

 

 そんな俺たちの期待を一身に浴び、ユウキはいつも通りの態度に戻った表情で「コテン」と小首をかしげながら、こう答えてくれた。

 

 

「え? わかんない」

 

『――――は?』

 

 

「なんか、たまにあるんだよね。戦闘中に熱くなってブチ切れるみたいになっちゃって、記憶と意識が飛んで、気がついたら戦闘が終了してましたって感じのことが。

 まぁ、さっき使ったソード・スキルのことは何となく覚えてるんだけど・・・使えるときには使える代わりに、使えないときの方が多いからなぁ~。オマケに使ってるときは意識と記憶が吹っ飛んじゃうみたいだし。

 別人みたいな速さで動く自分を上から見下ろしてたような、ありえない記憶も混じっちゃう時があるソードスキルだからね。こんなの公開しても意味ないんじゃないかなーって思って言わなかったんだけど、ダメだった?」

 

 

『―――何その謎スキル。スゴく怖い・・・・・・』

 

 誰彼ともなく、そうつぶやいて、ユウキの使っていた正体不明の多分エクストラスキルの話はこれ以上しない方向で沈黙のまま可決された。

 

 いや、ほんと。デスゲーム化したSAOで、この手の話は本気でヤバい事態を招く恐れがあるから禁句なんだよ。

 少し前にあった《圏内事件》もそうだったけど、親しい人と死に別れてしまったトラウマ持ちプレイヤーが《アインクラッド》には腐るほど存在している。

 コイツらの場合、幽霊でも何でもいいから死んだ人にもう一度会いたいと心から願っていて、その為には手段も犠牲も選ばないプレイヤーもたまにはいる。

 

 怪談話や、冗談としてならギリ有りなこの手の幽霊話は《SAO》だと、ガチでやっちゃ駄目な話の代名詞だ。絶対にユウキの使ったあのスキルのことは秘密にしておこうと暗黙の了解で全員が意見を一致させて、俺たちはそれぞれの場所へと帰路に就いた。

 

 クラインたちのギルド《風林火山》は、このまま75層の転移門をアクティベートして新しい街に一番乗りしてから帰るとのこと。

 コーバッツたちは疲れているなりに、面子の問題があるので自力で帰るらしい。死なないように頑張ってくれ。俺はもうヘトヘトだから、これ以上は守ってやれないからな。

 

「それで? アスナたちはどうするんだ?」

「え? 何言ってるのキリト君。わたし、しばらくギルド休んで君たちと一緒にパーティー組むって言っておいたでしょ? もう忘れたの?」

「・・・え。そんなの言われた覚えないけど―――」

「言ったのよ」

「いや、俺の記憶だと確かそんなこと一言も―――」

「言ってたのよ。私が保証するわ。絶対によ」

「・・・・・・・・・」

 

 問答無用の威圧感によって俺は反論を諦め、黙って彼女に従う道を選ぶことにした。

 何となくユウキを見ると、目が合ってアイコンタクトを交わし合う。

 

 俺たちはこの時、言葉を介さず互いの気持ちを誤解なく相手に届けるという偉業を成し遂げていたのだが、きっとこの個人的な経験は他の人たちに伝わることのないまま忘れ去られていくのだろう。人の歴史って大体そういうものだと、よくゲームとかで言ってることだから。

 

 だからせめて、俺たち二人が共有した思いを心の中だけでも言葉にして記憶に残そうと俺は思う。

 

 

『美少女が怖い笑顔で迫ってきたら、どんな最強ソードスキルを使えようと役立たない』

 

 

 ―――以上。女の子は怖いと理解させられた一日の顛末についてでした。

 

つづく




あとがきに書くつもりで書き忘れてました。
今作ユウキのユニークスキル設定に関してまた後日にさせて下さい。
眠いのと執筆マシンの電池が切れかかっていますので。


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原作1巻版8話「ナイツ・オブ・ザ・ブラッド」

久しぶりの投稿、転生憑依ユウキの最新話です。今話は結構進めたと自分では思っております。


「『軍の大部隊を全滅させた蒼い悪魔』『それを単独撃破した二刀流使いの五十連撃』・・・こりゃ随分大きく出たもんだなぁ! HAHAHAッ!!」

 

 新聞を読みながら目の前の黒人巨漢が楽しそうに大笑いしている。

 途中まで流暢な日本語で話してたくせして、最後だけ外人っぽく大げさなジェスチャー付きで笑い飛ばすところとかが何かムカつく。

 

「・・・笑い事じゃねぇよ・・・尾ビレがつくにも程があるだろ。お陰で俺はねぐらにもいられなくなって迷惑してるんだからな。少しは気を遣えフランクすぎる民族性の外国人」

 

 不機嫌になった俺は、揺り椅子にふんぞり返って足を組んで茶を啜る。

 そして、頬杖ついてそっぽを向くと朝から色々あったアレやこれらを思い出してゲンナリした気分にさせられて溜息を吐いた。

 

 

 ――昨日の迷宮区で青眼の悪魔を倒して街に帰還した翌日。

 予想したとおり、俺は朝から剣士やら情報屋やらに押しかけられて、脱出するために高価な転移結晶を使うハメになり、これ以上の赤字は出さないためにエギルの営む雑貨屋の二階にシケ込んで、不良在庫の茶を啜っていた。

 

「引っ越してやる・・・どっかすげぇ田舎フロアの、絶対見つからないような村に」

「いやー、それは無理なんじゃないかなー。少なくとも今の時点では、だけどね☆」

 

 ブツブツつぶやく俺に、右斜め前に座っているユウキがニコニコした笑顔を向けながらスタッカート付きで、細やかなる俺の希望を打ち砕いてくれる。

 

「今じゃもう既にアルゲード中――ううん、多分アインクラッド中が昨日の事件で持ちきりになってるんだもん。どこに逃げたって直ぐに見つかって追いかけられて、またすぐ引っ越さなきゃいけなくなっちゃうから同じだよ。

 現時点までのアインクラッドは隅々まで攻略し尽くされた既知の世界です。誰にも見つからない、知られてない田舎フロアに移り住みたいなら、まずは自分で冒険して今より上の階層で見つけ出しましょー!」

 

 ビシィッ!と、Vサインを俺の眼前に突き出しながら、ユウキは「ニカっ」と笑って断言する。イヤらしくもなんともない、いい笑顔なのが何かムカつく。

 

「まあ、そう言うなキリト。一度くらいは有名人になってみるのも面白そうじゃねぇか。どうだ? いっそ講習会でもやってみちゃ。会場とチケットの手はずはオレが整えてやるぜ? 有料でな」

「するか!」

 

 エギルも概ねユウキに同感らしく、さらに碌でもない提案までしてくる始末だ。しかも有料で。友達甲斐がないにも程がある。

 

 俺は、意地の悪い悪友二人になにか言い返してやろうとして、その前にまず喉を潤そうとコップに手を伸ばしたら空になっていた。

 ちくしょう・・・お茶にまでからかわれるなんて、今日は厄日だ・・・。

 

 

 ――と、思っていたのだが。

 

「そりゃあ、アンタの自業自得なんじゃないの~?」

 

 

 そんな声と共に背後から近づいてくる足音がして、振り返った先にピンク色の髪とそばかすが特徴的な少女が荷物を運びながら佇んでいた。

 

「アタシたちだけの秘密だ-、って言ったのをバラしちゃったんだから」

 

 そう言って彼女、少し前に知り合ってからエギルの店でたまに会ってる鍛冶師の少女リズベット、通称リズは「にひっ」と嫌味な笑顔を向けてきながらも運んできた荷物を床に置き、俺用にと持ってきてくれたらしいお茶のおかわりを淹れ直してくれてから仕事の手伝いに戻っていった。

 

 数少ない心優しい友人からの気遣いが、俺のすさんだ心を甘く酸っぱい思いで癒やしてくれる。・・・茶の中身は相変わらずの不良在庫っぽくて風味も味も甘辛かったけども。

 

 

「・・・ねぇ、ちょっと待ってキリト。キミもしかしなくてもリズちゃんと知り合いだったの!?」

 

 そして何故だか変なところで食いついてくるユウキ。なんか信じていた友達に寝取られた、みたいな顔してるけど大丈夫か?

 

「あれ? 言ってなかったっけか?」

「言ってないよ~!!」

 

 ブンブン両手を振り回しながら、目をバッテンにして驚きと怒りを表現するユウキ。

 ・・・そう言えばユウキには、言ってなかった気がするな・・・。

 別に教えたくなかったってわけじゃないんだけど聞かれなかったし。俺、他人のこと言うのも聞くのも苦手だし。

 

 それに、アスナとリズが親友同士だったってことは出会ったときに偶然知ったし、アスナとユウキは端から見なくても仲良すぎるから、なんとなく情報は言わなくても伝わるもんだとばかり。

 

 ま、いっか。

 どうせ暇だし、気分転換ついでに“あの時のこと”でも語ってやるとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――と言うことがあって、俺はリズと友達になったんだよ」

 

 俺が四八層主街区《リンダース》にある《リズベット武具店》でのリズとの出会いに端を発した、五十五層でドラゴンが住んでる雪山で《クリスタライト・インゴッド》を手に入れるまでのちょっとした冒険について二人に向かって話し終わると。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 

 なぜだか白い目付きで、軽蔑したような瞳を向けられてしまった――。

 

「あー、その、なんだ。キリト、するってぇとお前さんはリズベットの奴と一緒に登った山で夜を明かさざるを得なくなって、手料理ごちそうして二人横に並んで寝て、手を握って欲しいと言われたから握ってやって、翌日には街で告白されたけど友達になりました――と、そういうわけか」

「ま、まあそうだな。途中で多少というか結構な誇張や過剰表現があった気もするけど、大雑把に言うとそんな感じのことがあって俺たち二人は友達に―――」

「女ったらし」

「スケコマシ」

『天然ジゴロの口説き文句チーター野郎』

「なんでだよ!? あと、最後の罵倒を言ったのはどっちだ!? デュエルしてやるから表へ出ろぉぉっ!!」

 

 根も葉もない濡れ衣を着せられ、あたかも俺が女心を弄ぶ男として最低最悪なビーターであるかのように決めつけるのはやめてもらいたい!

 こういう、言われる側の事情を考慮しない無責任なネットスラングこそが日本のネットゲーマーを生きづらくしている現実を思い知るべきなんだ! コイツらみたいなプレイヤーは特に!

 

「いや、無理だよその言い訳は!? 『誰かを見殺しにするくらいなら一緒に死んだ方がマシだ。それがリズみたいな女の子なら尚更な』なんてセリフが口説いてないのに出てきてる時点でジゴロだから! タラシだから! 生まれついての天然ナンパ男以外には不可能なレベルの超難度口説き台詞だよ、それ!?」

「俺は常識的なことを言っただけだ! 何もおかしな事は言っていない!」

「それはギャルゲー世界の常識だよ! ギャルゲー主人公以外がやったらジゴロ以外の何物でもないんだよ!?」

「知らん! 俺はネトゲ一筋のネットゲーマーだ! ギャルゲーの常識なんてものはプレイしたことないからわからんし知らん!!」

 

 朝からのゴタゴタで鬱憤が溜まってたのか、噛み付いてきたユウキに俺まで噛み付き返してしまった。

 それぐらい不本意な言われようだったんだ! タラシだのジゴロだのギャルゲー主人公だなんて謂われのない言われようはな!

 

「裏切ったなキリト! ボクの気持ちを裏切ったな! 信じてたのに! ボク、キリトのこと信じてたのに!

 リズちゃんは強気な口調で男勝りっぽく見えて、実は誰より女の子らしい乙女チックな美少女だと思ってたのに!

 それが殺し文句で口説き落として惚れさせる天然ジゴロ根暗美少年剣士に穢されちゃうだなんて! このリア充男! ネト充の敵! リア充爆発しろーっ!!」

「ここはネットの世界だ! リア充はいねぇ!!」

 

 ガウガウ、ガウガウ。黒犬同士が吠えまくり合うように言い合いを続ける俺とユウキ。・・・なんかクラインと話してる時との差異がなくなってきてる気がするけど、頭に血が上っているからか気にならない。

 とにかく今は先の言葉が如何に理不尽なものだったのかをコイツに判らせることが重要だ!

 

 ――なんか、視界の隅でリズが耳まで真っ赤になってプルプル震えてる姿が見えたような気がするけど、それはユウキに怒っているのであって俺に対してではないと俺は親友のリズを固く信じている

 

「だいたいだな! ・・・ん? ちょっと待て、ユウキ。誰かが二階に上ってくる音がする」

「へ?」

 

 ソロの野外活動に慣れた俺は、聞き耳とかのスキル値もけっこう高く、言っちゃ悪いが大雑把なきらいのあるユウキはあんまりそういうのが得意じゃないのか気付くのが俺より遅れはしたものの、それでも直ぐに階段を駆け上がってくる足音に気付いて視線を扉の方に振り向かせる程度には冷静さを保っていたようだった。

 

「・・・アスナ?」

 

 息せきって上がってきたのは、血盟騎士団副団長姿のアスナだった。

 なんか疲れてる上に、顔色も心なしか悪く見えるんだけど大丈夫なのか? ゲームの中でさえ悪く見える顔色の再現レベルって少し異常だぞ?

 

 

「ハァ、ハァ・・・どうしようキリトくん、ユウキ・・・。大変なことになっちゃった!!」

「・・・は?」

「へ・・・?」

 

 

 アスナの言葉で再び顔を見合わせる俺たち二人。

 今度は怒り顔じゃなくて?顔だが、答えがわからん者同士が顔つき合わせても答えが出るはずもなし。

 結局は涙目になってるアスナに、さらなる負担をかけること承知で聞くしかない無力なユニークスキル使いの黒尽くめ二人な俺たちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君とボス攻略以外の場で会うのは園内事件のとき以来だったかな? キリトくん」

 

 その人は重々しい声と口調で、ボクの隣に立つキリトに向かってそう言った。

 なんとなくボクは部屋の上を見上げて、真っ赤な下地に十字架をあしらった下の方には《KoB》って書かれたギルド旗とでも呼べばいいのか名前は知らない高価な布を見つめる。

 

 そこは1フロア丸ごと使った円形の部屋で、壁は全面透明のガラス張り。

 部屋の中央には半円形の巨大な机が置かれていて、その向こうに5脚の椅子が並んでる。

 何度きても慣れる気がしない、五十五層主街区グランザム市、別名《鉄の都》にあるギルド血盟騎士団本部の幹部用会議室。

 

 その騎士の城の主が今、他四人の幹部さんたちと一緒にキリトとアスナと、あとなぜだかボクまで呼ばれた前で語りだす・・・。

 

「・・・いえ、前に六十七層の対策会議で少し話しました。ヒースクリフ団長」

「あれは辛い戦いだったな」

 

 血盟騎士団団長、ヒースクリフさん。

 見た感じからして重厚そうなイメージを持つ『騎士団のお城ー』って感じの建物の主で、キリトの二刀流が知られるまでは全プレイヤーの中で唯一のユニークスキル持ちとして知られていた最強の聖騎士。

 

 この人に会うと、なぜかお尻がムズムズしてきて、大声を上げながら走り出したくなっちゃうんだよね。なんでなんだろう?

 それに、この建物の中にいるといつも以上にジッとしてるのが我慢できなくなって困るんだけど・・・。

 

 これはたぶん、紺野木綿季ちゃんの体質によるものだよね? ボクがジッとしてるの苦手すぎるダメな子だなんて思いたくないよ?

 

「あの時は、我々も危うく死者を出すところだった。トップギルドなどと言われていても戦力は常にギリギリだよ。――なのに君は、我がギルドの貴重な主力プレイヤーを引き抜こうとしているわけだ」

「――え?」

 

 驚いてアスナの横顔を見るボク。

 そして、サッと逸らすアスナ。

 

 ・・・おぉーい、目を逸らすなこっち向けー。現実から目を逸らしてもいいけど、ボクの目は逸らさないで。聞いてないよ、説明してよー。

 

「貴重なら護衛の人選には気を使った方がいいですよ」

「その通りです、団長。ですから私は血盟騎士団を脱退してソロに戻り、キリトくんとユウキと一緒に行動する道を選んだのです。

 彼らの方が血盟騎士団団長の指名された護衛よりも強いのですから、その方が安全で確実だと判断したからです。私が貴重だと仰られるならご理解頂けませんでしょうか? ヒースクリフ団長」

「・・・・・・え?」

 

 今度はボクじゃなくてキリトが「え?」。

 アスナ・・・ボクだけじゃなくてキリトにも内緒にして連れてきてたんかい・・・いくら何でも、ぶっつけ本番すぎて程があると思うよ、ボクでさえも・・・。

 

「アスナ君、そう結論を急がなくてもいいだろう。それに今は彼との話の途中だ。もう少しだけ彼と話をさせてくれないかね?」

「・・・・・・失礼しました。どうぞ」

「ありがとう。・・・それでだ、キリトくん。グラディールは自宅で謹慎させている。迷惑をかけてしまったことは謝罪しよう。

 だが我々としてもサブリーダーが引き抜かれて、はいそうですかという訳にはいかない。

 ――そこでだ、キリトくん。私と二人でデュエルをしないかね?

 私と戦い、勝てばアスナ君を君が連れていき、もし負けたら君が我が血盟騎士団に入るのだ。どうかね?」

「・・・・・・」

「欲しければ、剣で手に入れる。大手ギルドのギルマス相手だろうと関係ない。この世界では剣一本でどこまでも行って良く、どこまでも傲岸不遜に格上から奪い去っても良いのだよキリト君」

「・・・・・・・・・」

「だから君がアスナ君を欲するというなら。あるいは、アスナ君の願いを叶えてやりたいと望むのであれば私を君の剣で――《二刀流》で倒して奪い給え。

 何故ならそれが、現実世界から飛び出した仮想の異世界、石と鉄の城《アインクラッド》に生きる剣士としての在り方というものだからだ。君もそう思うだろう?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 団長さんの言葉を聞き終えても、沈黙したまま答えを返さない。

 ――その沈黙自体がなにより雄弁な答えになっちゃってたから、ボクは心の中でひっそりと溜息を吐かざるをえないんだよねぇ・・・。

 

 一緒にいて途中からわかってきたことなんだけど、キリトは普段から安全マージンやリスクコントロールにうるさい割に、本質的には戦うことに損得勘定が必要ないところがある。

 ドラゴンボールの孫悟空とかと、タイプ的には似ているバトルジャンキーな心を持ってるんじゃないかな? 『戦うこと、勝つこと、最強を目指すことに理由なんか要らない!』みたいな感じで。

 

 そんな彼がリスクを気にするようになったのはたぶん、《SAO》を始める前にやってたっていうMMOで出会った嫌なプレイヤーたちとのことを気にし過ぎちゃってるせいなんじゃないかなー?

 

 キリトって意外と、良いことよりも悪いことの方が尾を引きやすくて、嫌な思い出ほどずっと後まで覚え続けてる傾向があるし。ぶっちゃけ、あんまりMMOに向いてる性格してないからね。

 十人のプレイヤーと出会って、内九人がイヤな人でも一人だけ気が合う人に出会えたら『採算取れたよラッキー☆』って思わなくちゃやってて辛くなるのがオンラインゲーム。

 ソロ一本でプレイし続けるなら、オフラインでもやっていた方がずっとストーリーも展開も楽しめる。

 

 それでもキリトがオフラインじゃなくオンラインを選ぶのは、人付き合いで後天的にできた内向的な性格の彼と、生まれつきバトルジャンキーな悟空体質だった先天的な彼の気質とが相性悪くて場面場面で影響し合う役割が変わっているからなんだとボクは思ってる。

 バトルに関係する部分では孫悟空なキリト、それ以外の時にはナイーブな美少年のキリト、みたいな感じで。

 

 

 まぁ、長くなっちゃったけど要約すると。

 キリトは強い人から挑戦されたら断れないよね、孫悟空だから。俺より強い奴が向こうから来たぜ!で、リスクコントロール無視して突っ走っちゃうよね体質的に。

 

「団長、わたしは別にギルドを辞めたいと言ってるわけじゃありません。ただ、少しだけ離れて、色々考えてみたいんで―――」

「いいでしょう、剣で語れと言うなら望むところです。デュエルで決着をつけましょう」

「す――って、え!? ちょっと待ってキリト君! わたしがせっかく考えた説得計画が台無しにな――」

「よろしい、キリト君。男と男、剣士と剣士が交わした約定だ。君が勝ったとき、私も決して違えることがないことをここに宣誓するものである!」

「え、え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 大絶叫アスナ。予想外の展開に狼狽えざまを晒しっぱなしだね、シーマ様に怒られちゃいそうなくらいに。

 でもまぁ、今回のことは仕方ないんじゃないかなぁ? 策士策に溺れたって感じで、アスナの自業自得と思うしかないよ。――だからそんな縋るような涙目で見つめてきても今回だけは助けてあげないよ? たまにはシッカリ反省しなさい。

 

 ・・・と、忘れるところだった。

 

「あのー、団長さん。ボクからも質問いいですか-?」

「ん? なにかねユウキ君。君からの質問なら私はいつでも歓迎するよ?」

「ありがとうございます。じゃあ失礼して――何でボクまで呼ばれたの? 今日って・・・」

 

 これは本当に不思議な疑問。ここに来るより前から気になっていて、キリトが呼ばれた理由を教えてもらってからも、やっぱり謎なままだった未だに続いてる今回の謎トップ1。

 わりと本気で何でなのかスゴく気になってたんだけど、団長さんの方はそうでもないみたいで「はっはっは、そんなことか」とアッサリ答えてくれそうな雰囲気。・・・空気読んで教えてくれるの待って損したかも・・・。

 

「なに、ユウキ君には前々からずっと勧誘し続けてきたからね。血盟騎士団に入ってもらいたいと思う理由が今回の件で一つ増えただけの事だよ。なんら問題はない。

 せいぜい『必ず入ってもらいたい』という思いが『絶対に入ってもらう』にランクアップした程度の変化だ。だから今日も勧誘するつもりで呼んだだけで大した意味はないのだよ。大事のように誤解させてしまってすまなかったね」

「大事だよ!? 物凄い大変化だよ! パワーアップしちゃってるじゃないか!!」

 

 任意の『入ってもらいたい』から『入ってもらう』に強制されちゃってるじゃん! キリトの時にはオブラートに包んでた綺麗事さえボクの分にはなくなってるじゃん!

 どのダンジョンからクリアしても良いけど、放っておくとボスが強くなってくRPGで残しておいたボスが強くなり過ぎちゃったパターンになってるのはMMOでもRPGの世界だと大事なんだよ!?

 ダンタークが第二形態に進化しちゃってて勝てなくなっちゃったじゃないか! せめてノエルの方で! あっちだったら第二形態の方が弱いから!

 

「無論、君にもキリト君と同じ条件で勧誘を要請するつもりでいた。君の名も知られていないユニークスキルの威力を確かめる上でも丁度いいだろう?

 君の・・・ユウキ君の手に入れた剣技を私にも見せて欲しいのだ。そして願わくば、君にもまた私にとって良きライバルとなってくれる事を私は心から望んでいる・・・」

 

 誠意溢れるまなざしでボクを見つめてくる団長さん。その瞳は純粋すぎて綺麗すぎて、嘘偽りはまったく無いってことはボクでさえも判るんだけど、う~ん・・・・・・。

 

「・・・せっかくだけどデュエルの方は遠慮しとこうかな。キリトが負けたらボクも血盟騎士団に入るってルールで大丈夫だよ」

「なっ!? 正気かユウキ!?」

「そうよユウキ! 早まっちゃダメ! もっと自分を大事にしなさい! 女の子でしょ!」

 

 キリトとアスナが心配してくれるけど、コレでも一応考えた結果としての答えだから変える気はないんだよね。

 

「いいのかね? いや、私としては願ったり叶ったりではあるのだが・・・君にとってのメリットがあるように見えぬのだがね?」

「たしかにメリットはないかもね。でも・・・・・・」

 

 ボクは隣まで来て心配してくれてた友達二人に笑顔を向けて、ためらいも迷いも、後悔だって絶対しない覚悟を込めて断言で返す。それがボクなりの二人に対する答えだ。

 

「キリトが負けて血盟騎士団に入っちゃった後に、ボクだけ一人でいてもつまらないし意味ないからね。

 二人と一緒にいられる場所が血盟騎士団に変わっただけなら、ボクは全然ダイジョーVだよ」

 

 びしっ!とVサインを作って、笑顔の左脇に飾らせながら団長に向かってお返事するボク。

 実際、言ったとおりの理由でギルドへの参加を了承するつもりのボク。

 ボクの剣はキリトや団長と違って、自分のために戦うための武器じゃないから、守りたい誰かを守るための剣だから。

 だからボクが守りたい二人がいる場所が、ボクにとっても守るべき場所になる。建物や場所そのものに意味はあんまり感じていない。二人が来なくなったエギルさんのお店にしょっちゅう顔を出しに行くボクって言うのは、彼には悪いけどあんまりイメージできなかったからね・・・。

 

「それにほら、ボクより強いキリトが勝てなかった人にボクが挑んでも勝てるはずないし。そんなので危ない目に遭ってアスナを心配させちゃうのはイヤだし。

 あと、アインクラッド最硬の防御能力を持ってる人の戦い方を観戦させてもらった方が、後々アスナたちを守るのに役立てられるかなって思ったんだ。参加選手になっちゃうと公平を期すために見せてもらえなくなっちゃうんでしょ? だからだよ」

「なるほど。そういう戦う理由もありなのか・・・私とは真逆だが、それもまた良しだな」

 

 団長さんがなにか得心したように頷いて、キリトの方へ顔を向け直す。

 

「そういう訳だキリト君。決闘の準備と会場はこちらで全て手配させておく。

 君が勝ったら遠慮なくアスナ君を引き抜いていき、負けたらユウキ君も君のせいで血盟騎士団に入団する事が自動的に決定される。そのつもりで心穏やかに自宅にて詳細が届くのを待っていてくれ給え。」

「お、おう・・・。なんかプレッシャーが一気に増大して胃が押し潰されそうな錯覚を覚え始めてるんだが気のせいなのかな・・・?」

「気のせいだろう。なにしろここはバーチャルリアリティの世界だからな。胃の痛みなどという肉体的問題は影響をおよぼせん」

「そ、そうなのかなぁ・・・?」

 

 不思議そうな顔で胃の辺りを撫でながら退室していこうとするキリト。

 ボクもその後を追いかけてついて行こうと思い、ハッ!と思い出して団長さんのところへ走って戻ってくる!

 いけない! 大事なこと聞くの忘れてたよ!!

 

「団長さん!団長さん! もう一つだけ質問良いですか!? すっごく大事なこと聞き忘れちゃってたから!」

「ほう? 君がそれほど気にする事柄があるとはね・・・なにかな? 私に答えられる疑問であれば良いのだが―――」

「簡単な疑問だよ! 即答できるよ! 質問はたった一つだけだから!」

 

 

 

 

「もしキリトが負けてボクも入団する羽目になったとき、制服の色をもう少しダーク系にすることって出来ますか!?

 極端な話だけど、赤と白のおめでたい紅白柄じゃなければひとまずOKなんだけど!?」

 

「あっ!? ズルいぞユウキ! その質問は俺も言質を取っておかなきゃいけないことなのに! 

 で!? どうなんだ団長! 俺たち黒尽くめ二人に相応しく紅白柄以外のおめでたくないカラーリングに制服変更する件は有りなのか!? それとも無しなのか!?」

 

 

 

「・・・・・・すまないが原則として、血盟騎士団の団員のシンボルカラーはこの二色だけだ。それ以外の色を用いらせるかどうかは入団が決まった後にでも要相談するとしよう」

 

 

『NOォォォォォォォォォォォォッッ!?』

 

 

「・・・・・・バカばっかりね、二人とも・・・・・・」

 

つづく



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原作1巻版9話「紅白の殺意に似た怒り」

途中まで書いて放置してしまってたことを思い出した転生憑依ユウキのSAO最新話を慌てて完成させましたので更新いたしました。
なにぶんにも忘れてたものですから、途中から前後の文脈でおかしくなってる部分があるかもしれませんが、どうかある程度はお許しの程を。本気で思い出せない部分が多すぎましたのでね…。


 先日新たに開通した七十五層の主街区で、古代ローマ風の造りをした街《コリニア》。

 その場所の転移門前に聳え立ってるコロシアムで、キリトと団長さんとのデュエルは大々的におこなわれた。

 見物料とって、座席を用意して、露店が並んで、食べ物も売って。

 読んで字の如く、剣闘士奴隷同士の決闘を見世物にしていた古代ローマのコロシアムらしい戦いを、現代ゲーム版にアレンジした戦闘が開催された訳なんだけれども。

 

 

「団長の剣技は未知のところがあるし、こないだみたいな真似したら許さないからね!」

 

 この前の戦いで死にかけた実感が残ってるらしいアスナが、本気の心配顔と怒り顔が半々な感じの表情で注意すると、キリトは「にやり」と笑って彼女の肩を叩きながらこう言った。

 

「俺よりヒースクリフの心配をしろよ」

 

 

 ――で。

 

 

「順当通りに負けて、今ここでこうして新しい上司となった私に正座を命じられている心境は如何かしら? キリト君」

「・・・ぐっ・・・。は、反省していなくもないことはないです・・・・・・」

 

 【アインクラッド】現最強と謳われているヒースクリフさんと戦い終わったキリトにイベント報酬として与えられたもの。それは反省のための正座。

 ・・・イヤすぎるイベント戦闘の結末だなぁ~、本当に・・・。

 

 キリトの姿に前世の記憶を刺激させられて、悪いことしてお母さんに見つかった時の黒歴史で頭が痛くなってきそうだからお願いやめてセフィロス、ガガガガ・・・・・・。

 

「い、いやでもなアスナ? 言い訳に聞こえるかもしれないけど俺の言い分も聞いてもらいたい部分はあるんだよ。

 一瞬だけなんだけど、ヒースクリフの奴は焦りを見せて、俺はその隙を見逃さずにスターバースト・ストリームを叩き込んで、この一撃が当たれば勝ちだと確信してたんだ。

 ――なのに、あのとき世界がブレたように感じられて、ほんの一瞬、俺の身体を含む全ての時間が停止したような気にさせられたんだ・・・。何があったのかは分からないし、錯覚かもしれないけど、それでもあの一瞬前まで俺は勝利する寸前までいっていたのは断言できる――」

「言い訳だと自分でも思ってることを他人に言わない! 男の子でしょ!?」

「・・・・・・・・・・・・はい・・・・・・心の底からゴメンナサイ・・・」

 

 う、うわ~・・・。アスナの超ド正論にキリト完敗。さすがにこれは言い訳できない・・・。

 

「だいたい未知って言うのはそういうモノなの! 敵がどんな手札を隠し持っているか分からないからこそ未知なの!

 自分の知ってることだけを正しいと盲進して賭けに乗って負けちゃったんだから、たとえそれがルール違反の勝ち方だったとしても、負けた後に言ったんじゃ言い訳にしかならないのは当たり前のことでしょうが!!

 そういう事が起きるかもしれないから、情報不足の相手との戦いは避けるのがボス戦でのセオリーでしょ! 忘れたとは言わせないわよ! ボス戦ラストアタック常連の攻略組プレイヤー《黒の剣士》キリト君!!」

「・・・・・・すまない、アスナ・・・。本当にすまなかった、俺が悪かったからもう許してくれ・・・っ。これ以上は俺の身体よりもアバターよりも先に、心とかプライドが折れ砕け散って二度と立ち直れなくなってしまいそうだから・・・頼む・・・っ!!」

 

 血の滲むような声でキリトが絞り出すように言った、正座から土下座へランクダウンしての嘆願。・・・これはプライドが傷つく内に入らないのかな・・・? 男の子じゃなくなったボクにとって、男の子のプライドは時々不思議かもしれない・・・。

 

「ま、まぁアスナ。すんだことは今更どうしようもないんだし、そのくらいで許してあげてもいいんじゃないかな? キリトも反省してるだろうし、二度と同じミスするような性格もしてない人なんだし大丈夫だよきっと」

 

 いい加減、見るのが辛くなってきたから割って入るボク。記憶のフラッシュバックが辛すぎました・・・思わず内股状態になってきちゃったから本気で許して欲しかったんだよね。ボク的にも、お漏らししそうになる前に。

 

「一度のミスが人生最後にミスに直結しちゃうかもしれないのがデスゲームじゃないの! だからこそ私はこんなに怒ってるの! そのことが分からないの!? 二人とも!!」

「「・・・ご、ごめんなさい・・・」」

 

 今度はキリトと一緒にボクも正座&土下座。相手が本気で心配してくれてることが伝わってくる分、悪いことしちゃったと自覚してる方にとってはガチで辛すぎるこの状況。

 本当になんとかして欲しいと思いながらも、その後十分近くボクたち二人のパーティーはお母さん相手に全滅寸前状態を続けることになるのでした。まる。

 

 

 

「それにしてもさぁー、キリト」

 

 ようやくお母さんからのお説教イベントが終わって、痛くはないけど痛いような気がしてしまう足の痺れの幻痛にアバターの意識を慣らせるため、近くにおいてあった樽に座ってブラブラと足を揺らしていたボクは、似たようなことしてるキリトに向かって話しかけることにしていた。

 

「最後の“アレ”は不味かったんじゃないの? 《スターバースト・ストリーム》、だったっけ? たぶん二刀流スキルで使える中だと最高レベルのソード・スキルなんだと思うけど、アレはあのとき使うべきじゃなかったとボクは思うよ?」

「?? なんでだよ? 確かに団長に勝てなかったのは事実なのは認めるが、さっきアスナに言ったことは嘘じゃない。俺はあのとき確かに団長に勝ったと確信できるだけの瞬間をモノにしていたんだ」

 

 少しだけムキになって反論してくるキリト。

 普段は自己評価低い人だけど、こと勝ち負けに関することには別人みたいに固執するところが彼にはあって、アスナからは『最強バカ』って苦笑交じりに褒められるぐらいに負けず嫌いな性格が彼のアンビバレンツな魅力だとボクは思ってる。

 

 でも今話しているのは、そういう事じゃなくて。

 

「いや、その事についてはボクも分かってる。見えてたからね。だから問題はその後だよ」

 

 アッサリと言い切って、キリトとアスナの二人をちょっとだけ驚かせてしまうボク。

 でも、これは事実だ。

 

 紺野木綿季ちゃんの肉体能力によるものなのか、それともVRゲームとの相性によるものなのか、それはボクにはよく分からないことだけど、少なくともあの一瞬、ボクの身体の動体視力はキリトの剣が団長に勝利する寸前だったことを見抜いていた。

 何十分の一秒以下の時間に過ぎなかったけど、彼の剣が相手の十字盾を上回る一瞬を、木綿季ちゃんの眼は見逃すことなく捉えてたんだ。だからそのこと自体をボクは問題だと思っていない。

 

 むしろ問題だったのは、その前。キリトが団長さんの隙を見逃さずに決着をつけるための手段として、ソード・スキル《スターバースト・ストリーム》を選んでしまったこと。

 アレは文句のつけようがないほど悪手だったようにボクには感じられて仕方がなかったんだ。

 

「キリトはあのとき、団長さんに勝つためソード・スキルを使っちゃったけど、アレが一番良くなかったとボクは思うよ?」

「なんでだよ? ソード・スキルこそがSAO最大の売りなんだから、それを使って勝とうとするのは当然だろ?」

 

 キリトは本気で「何を言われているのか分からない」そんな風な顔で聞き返してくる。

 それは彼が、SAOを本当に心の底から好きだっていう証拠。

 現実世界と違って、剣一本だけでどこまでも上がっていくことができる、剣と戦闘の世界《ソードアート・オンライン》の根幹を成しているのがソード・スキル。

 

 なら、キリトにとって自分だけのソード・スキルはたぶん、彼自身そのものに近いレベルで大事思われたものなんだとボクは思う。

 それこそ自分が本気を出す時、この世界に生きる《黒の剣士》キリトが全力で誰かと戦う時にだけ持ち出すような、内向的で本心をあまり人に見せたがらない彼にとっての自分そのもの・・・そんな印象がキリトにはある。

 

 けど。

 

 

「ソード・スキルはどこまで行ってもゲームシステムの一つでしかないんだよ、キリト。最初から上限が決められていて、それ以上の強さにはどんなに頑張って努力しても絶対に至ることができない。

 “どこまで上っていけるかは最初から決められちゃってる剣”それが、ソードスキルだから、それ以上は絶対にたどり着くことができないんだよ、絶対にね。

 二刀流がゲームシステムとして用意されてたスキルでしかない以上、二刀流に勝てる性能を持ったスキルが最初から用意されてた場合に、二刀流で挑んだキリトは負けて相手が勝つ。これは絶対の結末なんだよ。

 なぜならそれが、《この世界のルール》なんだから」

「・・・・・・っ!!!!」

 

 キリトの表情が激しく歪む。VRの再現性能の限界を超えてそうなレベルで心の底から辛そうに、認めたくない現実を突きつけられた幼い子供みたいに傷ついた表情のまま沈黙する。

 

 ・・・傷つけちゃったボクには本来、そんな資格はないんだけど・・・それでもボクはキリトに伝えておかなくちゃいけない結論の部分を言ってない。だからまだ口を閉じるわけにはいかないんだ、絶対にね・・・。

 

「・・・だからね、キリト。キミがこの勝負にだけは絶対に負けられない!絶対勝ちたい!ってときの勝負にソードスキルを使うのは良くなかったんだ。アレはキミの力じゃないんだから・・・」

「・・・俺の力じゃない・・・? 二刀流が・・・か? だがアレは俺以外で使える奴が発見されてないユニークスキルの・・・」

「そこじゃないよ、キリト。あのスキルは茅場昭彦が用意して、プレイヤーの誰かに与えるつもり予定でいたものを与えられただけの力なんだ。

 この世界の神様から恵んでもらった力を使って、この世界の神様を倒して、世界から脱出しようとするのは間違ってるし矛盾しているよ。分かるでしょ・・・?」

「・・・!!! そ、それは・・・」

 

 キリトの目が泳ぐのがはっきり見えていた。

 ボクはそんな彼の素直が羨ましくて眩しくって、ああ、本当に根はいい人なんだよなーって心の底からつくづく思いしれて嬉しくなってきちゃう。

 

「キリトはこの世界が好きすぎて、時々SAOのルールに自分から縛られにいきたがる悪癖があるって、ボクは前から感じてた。それが今回はうまく噛み合わなくて悪い結果になっちゃった結果なんだとボクは思ってる。

 ・・・でもね、キリト。ボクは思うんだ・・・キミが本当に勝ちたいと思える敵に向かっていく時には、キミの剣でぶつかっていって欲しいって・・・。

 キリトが最後の戦いまで前を向いて真っ直ぐ敵に斬りかかっていけるように、色んな人たちがキミを想ってくれた結実としてキリト自身が練り上げてきた剣技。

 システム上のソードスキルじゃない。君自身が色んな人との出会いの中で作り上げたキリトオリジナルの剣技で、負けられない戦いに挑んでドカーン!ってぶつかってさ。

 たとえ負けてもその敵の喉元までは絶対迫ってみせるって気持ちで勝負して欲しいなって・・・ボクはそう思っているんだよ、キリト・・・・・・」

「ユウキ・・・・・・」

 

 真面目くさった顔で、大真面目に臭い台詞をいってる自覚のあるボクは軽く照れて、キリトも一緒にそっぽを向いて頬をかく。

 

「むぅ~・・・」

 

 そして不機嫌になるお母さ――もとい、アスナさま。どないせいっちゅうんじゃい。

 まぁ、そんなこんなでボクとキリトが血盟騎士団に入団することが確定しちゃった団長さんとキリトとの決闘の日は終わりを迎えたんだけども。

 

 

 

 そして、翌日。

 入団したばかりの血盟騎士団本部に行く前の衣装合わせにいった時のこと。

 ボクとキリトは真新しい血盟騎士団の制服に身を包んで、おいてあった長椅子に隣り合って座っていたんだけれども。

 

 

 

「「派手だった・・・思ってた以上に派手になりすぎるカラーリングだった・・・。

  プレイヤーメイドと違って替えの利かない、ボスドロップ品のレア防具の色だけ派手バージョンは辛すぎる・・・。

  やっぱりデスゲームと化した《SAO》はクソゲーだぜ(よ)・・・・・・」」

 

 

「あなたたち・・・・・・シリアスムードを一日以上継続することって一度だけでいいから出来るようになれないものなの・・・?」

 

 

 

 ・・・まっくろクロ助から、まっしろアカ助にジョブチェンジしたボクたち二人は、装備を変えると見た目のグラフィックまで変わっちゃうSAOのシステムに絶望しながら、両手で顔を覆って恥ずかしさに必死に耐え忍んでいたのでした。

 

 

「ううう・・・こんな恥ずかしい色した格好しちゃったんじゃ、もうお嫁に行けないぃぃ・・・。

 キリトぉぉ・・・もう、二刀流でも何でもいいから早く茅場昭彦倒して、この恥ずかしい服から解放してぇぇぇ・・・・・・」

「・・・安心しろ、ユウキ。俺も今、そう決意していたところだ。俺は必ず茅場昭彦を倒してSAOをクリアして、紅白のお正月カラーから黒一色の装備に帰還してみせると・・・!!」

 

「目的変わってるじゃない、あなた達。あと、さり気なく私のことまでディスってるじゃないのよ、あなた達。

 なんだったら、あなた達の願いを今ここで叶えてあげてもいいのよ? 血盟騎士団副団長としてね。

 ・・・実はこの前のストーカー騒ぎのとき以来、お仕置き用に開発していた身体に傷一つ付けることなく服をビリビリに切り刻む武器破壊ならぬ防具破壊のオリジナルソードスキルを練習したくてしたくて仕方がなくて・・・・・・」

 

「「我らが偉大なる指導者にして尊敬すべき上司である血盟騎士団副団長アスナ様!!

  今日からまじめに働きますので、よろしくお願いしまっす!!!」」

 

 明日からの恥ずかしい日々よりも、今を死なずに生き延びることが先決。社会的生命の死でも、死は死なのです。

 デスゲームと化したSAOの日常は、今日もキビシイ。

 

つづく



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原作1巻版10話「ゾンビナイトは紅の殺意を隠しきれなった」

それなりぶりの更新となります。『グラディール再び回』。
次はロードを更新できればいいんですけど、時間がなぁ~(;´∀`)


 キリトが団長さんと決闘して負けてボクと一緒に血盟騎士団に入隊することになった初お仕事の日。

 ボクたちは幹部の一人でフォワードの指揮を任されてるって言う、斧戦士のゴドフリーさんに実力を見せておいて欲しいってことで、彼とあと一人を加えた四人パーティーでの五十五層ダンジョン突破をやらされることになったみたい。

 詳しくは知らない。いきなりやってきたゴドフリーさんが大声で笑いながら任務内容だけ伝えられただけだからね。

 

 彼は如何にもな体育会系の人で、『考えるんじゃない!感じるんだ!!』とか少年ジャンプに載ってそうな作品とか台詞とかがスゴく好きそうに見える人。

 こんな人がなんで、ガチな廃人プレイヤーばっかりが集まってきてるはずのSAO配信開始時プレイヤーに混ざっていたのかは、もっと判んない。

 

 

「えっと・・・ゴドフリーさんに言われた待ち合わせ時間と場所は、『三十分後に町の西門に集合』であってたよね?」

「ああ、そうだ。間違いない。・・・あのテンションで言われた内容を俺が簡単に忘れられるはずがないからな・・・」

「・・・ああ・・・なるほど。キリトだもんね~・・・」

 

 キリトと並んで待ち合わせ場所を目指すため、石壁に囲まれた街の通路を歩きながら雑談していたボクは、キリトの疲れたみたいな「ゲンナリ」したテンションでの返事に思わず苦笑しちゃう。

 

 キリトって基本、熱くなるときはメチャクチャ熱くなるんだけど、熱いときでも体育会系ノリは苦手な人だもんね。

 なんて言うかこう・・・『スター・バースト・・・・・・ストリ――――ムッ!!!』とかは大声で叫びながら言えるんだけど、『くらえ!愛と怒りと悲しみの・・・灼熱!ゴッド・フィンガ――ッ!!』は絶対言えなくてスゴく抵抗感あるタイプ?そんな感じの人。

 

「まぁ、キリトって見た目からしてバトルラノベの方が性に合ってそうな服着てるもんね。黒いし。

 たしかに少年向けバトル漫画のノリは相性悪そうな色してるなぁ~って、最初に会ったときからずっと思ってたんだよねーボクも♪」

「おいコラ待て、黒づくめ同盟の片割れ。お前だって服の色は黒一色だろうが!」

「ふふ~んだ♪ 残念でしたー☆ ボクが考えたイメージカラーは黒じゃなくて『群青』だもんねー! 黒一色のキリトとは違うのだよ、黒とは!」

「同じだ――――っ!?」

「違うよ!? 全然違うよ!? 黒と群青は全然違う色なんだからね!?」

 

 暇つぶしの会話でなぜだか自分の色談義になっちゃったけど、それはともかく時間通り目的地には着きました。これが毎度の、ボクとキリトの目的地まで一緒に歩く道。

 

 

「あ。アレじゃないのかな? ホラ、あそこでボクたちに向かって手をブンブン振ってるのってゴドフリーさんぽくない?」

「おーい! コッチコッチ!!」

 

 ああ、やっぱりそうだった。宣言通り街から門を出た目の前の場所で待っててくれてたんだ。律儀な人だな~・・・って、およ? 一緒につれてるあの人ってもしかしなくてもひょっとして・・・・・・。

 

「・・・グラディールさん? えっとぉー・・・、どゆこと?」

 

 両手を腰に当てて邪気のない笑顔で待ってたゴドフリーさんが連れてきてた、今日のパーティに参加する最後の一人はグラディールさんだったみたいだ。

 ほら、アレだよアレ。あの人だよ。アスナのストーカーしてて成敗されちゃった、ゾンビナイトのグラディールさん。いや~、懐かしいなー♪

 あの事件からあんまし時間経ってないけど、久しぶりって感じがするよね! ・・・なんか途中で色々ありすぎた気がするから・・・。

 

「ウム。君らの間で生じた問題は承知している。だが、これからは同じギルドの仲間。ここらで過去の争いは水に流してはどうかと思ってな! ガッハッハ!!」

 

 大声で陽気に笑ってみせるゴドフリーさん。そして、その横では最初からずっと申し訳なさそうな顔と態度でオドオドしているグラディールさん。

 

「先日は・・・ご迷惑をおかけしまして・・・二度と無礼な真似はしませんので・・・許していただきたい・・・・・・」

 

 彼はのっそりと前に進み出てきて、ボソボソと聞き取りにくい声で謝りながら頭を下げてくる。

 

 ――だから彼にはたぶん、見えなかったと思う。

 彼の殊勝な態度で謝る姿を見たボクの両目が、少しだけ細められて彼を見下ろしてたことを。

 そのとき思い出してた前世の記憶と、目の前の彼の謝る姿を重ね合わせて見ちゃってたボクの心の中だけの出来事を。

 

 

 ・・・病院って言う場所は特殊な場所で、難病を患って入院してくる人ほど本人自体は何にも悪いことしてなくて、ある日いきなり体がスゴく苦しくなったり痛くなったりして救急車で運ばれてきて、悪いときにはそのまま入院させられて・・・二度と元には戻ってこれないまま別の世界へ行かされちゃう時と場合がけっこうある。

 

 だからなんだろうね。どうしても自分は『可哀想なヤツなんだ・・・』って感じちゃうし、お外を元気に走り回ってる同世代の子たちなんかを見ていると『何で自分だけが・・・!!』って思うようになっちゃう。

 そういう子たちはイタズラして周りの人に迷惑かけないと、今の自分の不幸を我慢するのが難しい。

 そして中には、『自分は可哀想なヤツなんだから、これぐらい許されるべきなんだ!』って、悪い意味で開き直っちゃう子たちだっている。

 

 そういう子は必ずと言っていいほどイタズラのたびに毎回謝ってくれる。

 そして、また同じイタズラをして、同じように謝ってくる。何度も何度もその繰り返しをリフレインしちゃうクセが付いてしまってる。

 

 そういう子たちを見ている内に、ボクはなんとなく気づけたことがあるんだよね。

 彼らが患ってる一番の病気は難病そのものじゃなくて、『病気を言い訳に使って自己正当化する屁理屈』なんじゃないのかなーって。

 

 今のグラディールさんがしてくれた謝り方は、丁度どの子たちと全く同じ謝り方と表情だったんだ。

 彼らはみんな『自分をシッカリ見て欲しい!』って、感じの言葉を病室が同じ子供たちの前では言ったりしてたけど、でもみんな判で押したみたいにイタズラした後に言い訳するときの態度と口調と表情は同じになる奇癖を持っていたから、すぐに分かった。分かってしまったんだ・・・・・・。

 

 

「・・・うん、そうだね。これからよろしく、グラディールさん」

 

 少しだけ無理して笑いながら、ボクは彼に右手を差し出して握手をしあって、心の中で彼のことを“諦める”。

 

 きっと多分、ボクの中で彼の進むべき道が閉ざされちゃったのはこの時なんだろうなって、後になったらそう思えるようになるんだけど・・・今はまだ、あんまりそういう考え方のできる気分になれない。胸がムカムカして気持ち悪い・・・。

 

 ・・・心の奥深くから湧き出してきそうになってる、黒くて良くない『イヤな気持ちになる感情』を必死になって押さえ込んでいる最中のボクに、救いの手を差し伸べてくれたのは意外じゃない人からの意外すぎる一言だったのはボクにとってとっても意外な幸運だったと直後に思う。

 

 

 

「・・・・・・いや、誰だよコイツ? ユウキの知り合いか?」

 

『『『え・・・・・・?』』』

 

 

 ボク、ゴドフリーさん、グラディールさん絶句。

 ・・・そういえばキリトはあの事件の後に合流してきてるから、全然あのときのこと知らない可能性もあったんだったっけか・・・。忘れてたよ~、完全に前壁に徹底的にねー・・・。

 

「――え? あ、あれ? 君たち、もしかしなくても知り合いじゃなかったりとか・・・?」

「・・・・・・(こくん)」

 

 ゴドフリーさんが意外そうな顔で驚きながら、確認取ってアッサリ期待外れの返事を返されて困ってる困ってる。

 

 ・・・そういうゴシップネタに興味ないもんねー、キリトって。

 攻略情報以外は全然調べようとしないから、こういったプレイヤー同士の揉め事に関する情報は中級プレイヤー以下の情報しか持ってないときがたまにあるぐらいだし。

 しかもアスナに関することで相手が男性プレイヤーだと、十中八九以上の確率で色恋沙汰だしね。どう考えてもキリトが苦手そうな分野だし、アスナに関してその手の話題はありあまってるし。

 まぁ、普通に興味ないから調べないかー、普通に考えて。しゃーない、しゃーない、しゃーないない。

 

「え~とね。キリトは知らない? 少し前に六十一階層のセルムブルク転移門前で起きた事件の被害者がボクで、加害者だったのがグラディールさんなんだけど?」

「「え?」」

 

 なのでボクが分からないキリトに説明しようとしてたら、なんでだかグラディールさんと、あとゴドフリーさんまで驚いたみたいな声出してボクを見てきた。

 でもボクは嘘なんか言ってないから気づかないフリ知らんぷり。それでもボクはやってない。

 

「あー・・・、なんか新聞で読んだ記憶があるようなないような気がしなくもなくて・・・見出しに書かれてた名前とかってわからないか? それ聞けば一発で出てきそうなところまで出かかってるからいけるはずなんだが・・・・・・」

「え~と、名前はねぇ・・・」

 

 考えてみて、そして思い出せないボク。ジッとしながら新聞読むのは苦手だよ。難しい漢字が多いしね。

 それでも頑張って記憶を穿り返してアレでもない、これでもないと悩みながら「う~ん、う~ん・・・」と呻いていたところ――閃いた!アレだ! アノ名前こそ事件につけられた最初の名前だったはずだよ!たしかね!

 

 

「アノ事件の名前はね、キリト・・・何を隠そう『アスナ様ごめんなさいチカン成敗剣事件』だよ!!」

「!! 思い出した! 思い出したぞあの事件だよな!? あの『ストーカーしてた悪い子の俺が殺されそうになってますアスナ様事件』か!!」

 

 

「違わい!? 誰がチカンでストーカーだ、このクソガキ共がぁぁっ!!!」

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 しばらく沈黙が流れて、みんなの視線が最後に声出したグラディールさんに集中するアインクラッドの中心じゃないけど話題の中心で。

 

「・・・あ、いえそのあの・・・ぶ、無礼をいたしました。三度目はやらないようにしますので二度目までは許していただきたい・・・」

 

 もの凄~く怪しすぎる挙動不審な態度で言い訳してくるグラディールさん。

 それでも仲間だから信じようとしちゃう辺り、ゴドフリーさんはいい人過ぎる性格の持ち主なのか、あるいはちょっとだけアレな人なのか・・・よくわかんないよね。

 

 

「そうだぞ、キリト君。その言い方では自らの過ちを認めて謝罪し、改心したグラディールの誠実さに失礼ではないか。仲間に対して敬意を顕わにし、もっと適切な名付けられ方をした事件名を挙げてやるのが人として思いやりという物だ」

 

「私は罪人を罰することを好まない。罪は憎むべきだが、罪を犯した人間には贖罪の機会を与えるべきだと考えているからだが・・・しかし! それ故に私は自ら罪を認めて謝罪をし、正しい本道へと帰還してくれたグラディールの勇気と誠実さに深く感銘を受けさせられた! 感動した!

 だからこそ私は言葉を飾らず、ありのまま余計な物の混じっていない正しい事件の内容を名前から推測できる最高の事件名であの悲しい出来事を水に流そうと思う。

 どうかキリト君、君もグラディールの仲間として彼の犯した罪を知り、その上で今後は仲良くしてやって欲しい・・・・・・」

 

 

「そう、あの事件の名とは即ち! 『愛の戦士(ストーカー)グラディール、悪い子だった事実を認めて閃光のアスナの護衛役をやめさせてもらう事件』である!!!」

 

 

「違うっつってんだろうが筋金入りの筋肉脳味噌ゴドフリーさんよぉっ!? 関係ねぇオードブルのあんたから先に死んだことにさせてやろうか!? このクソ野ろ・・・う・・・・・・」

 

 

『『『・・・・・・・・・』』』

 

 

 ・・・・・・・・・再び気まずい沈黙が落ちてくるボクたち三人の頭上。

 なんだか今日は、途中からずっとグダグダだね・・・・・・。

 

 

「よ、四度目こそは必ずや無礼な真似はしませんので・・・許していただきたい・・・・・・」

「アンタのSAOにおける感情表現システムは、コピペ機能でも付与されてるんじゃないのか・・・」

 

 キリトがパソコン好きらしいツッコミ入れるのを聞いて、ボクも思わず頷いて同意しちゃってたときに。

 チームリーダーのゴドフリーさんが、リーダーらしく号令かけて今回の訓練に出発決定。

 微妙な距離感たもって歩き出そうとしたボクたちに、ゴドフリーさんの野太い声で引き留められる。

 

「おっと、待ちたまえ。今日の訓練は限りなく実戦に近い形式で行う。危機対処能力も見たいので、諸君らの結晶アイテムは全て預からせてもらおう」

「転移結晶もか?」

「もちろんだ。実戦形式での訓練なのだからな」

 

 キリトからの質問に、当然だと言わんばかりに頷くゴドフリーさん。

 ボクたちは一人ずつゴドフリーさんに自分が持ってるアイテムを差し出して、念のためにポーチの中まで確認されてからようやく出発準備完了。

 

 

「ウム、よし。では出発!」

 

 ゴドフリーさんの号令に従って、ボクたち四人はグランザム市を出て遙か西の彼方に見える迷宮区目指して歩き出す。

 デスゲームにおいて最後の生命線と言ってもいい、転移結晶がない中でのダンジョン攻略はかなり危険だ! 頑張らないとボクもキリトも死んじゃうかも知れないんだからね!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・な~んちゃって。

 

 

「・・・コソコソ(どうだった、キリト? ボクの送ったハンドサインちゃんと分かってくれたかな?)」

「・・・ヒソヒソ(問題なしだ。お前が差し出しに行くとき俺が預かり、俺が行くときはお前が預かる。ポーチの中身確認も同じ要領で切り抜けた。卑怯者のベーターな俺に死角はない)」

「・・・コソヒソ(・・・その設定、まだ生きてたんだ・・・。まぁ実戦形式の訓練だって言うことだし、いざという時のために敵を欺くにはまず味方からを実践するのだって訓練の内でOKだよね?)」

「・・・ヒソコソ(設定いうなし。だが、その考え方には賛成だな。生き残ることこそ最優先。そういうのは俺好みと言えなくもないが・・・だが、“こんな物”隠し持ったままで何に使うつもりなんだ? なにか悪巧みの小道具にでも使うつもりだったりするのか?)」

「・・・ヒソヒソコソコソ(ふふ~ん♪ ちょっとだけねー☆ まぁ結果は見てのお楽しみってことで!)」

「・・・・・・(たまに見せる黒い小悪魔モードのユウキが出てきたな・・・グラディールさんとやら。合唱)」

 

 

 こうして次回、ゾンビナイト・グラディールと黒い小悪魔ユウキの化かし合いが火花を散らす!?

 勝利の女神は果たしてどちらに微笑むのか? それは戦ってみないと分からない!!!!

 

 

アスナ「え? 誰か私のこと呼んだかしら?」

 

 

 ・・・と思ったけど、戦わなくても分かるときも偶にはある気がする・・・。

 勝利の女神は、意外と身内びいきが多い傾向がありますからね・・・・・・。

 

 

つづく



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原作1巻版10話Bルート「キリト視点で描き直してみた展開のお話」

久しぶりの更新となります。遅れまくって申し訳ございません。しかも久々なのに主人公の出番が異常に少ないし!(本気で謝罪)
最新話ではなくて、前回の10話の別バージョンの話となります。シリアスルートと思ってくださいませ。元々どっちにしようか迷った末に両方とも書くつもりが間が空きすぎました。次は今回よりかは早くしないと本気でマズいですね…気をつけます、本当に…。

*尚、『Bルート』とは「ブラック・ルート」【黒の剣士】の一人称視点という意味でのネーミングです。黒い話という意味じゃないですのでお間違いなきようお願いします。


「・・・・・・どういうことだ? これは・・・」

「ウム。君らの間の事情は承知している。だがこれからは同じギルドの仲間、ここらで過去の争いは水に流してはどうかと思ってな! ガッハッハ!!」

 

 俺がユウキと一緒に血盟騎士団に入隊しておこなう初の任務として、実力テストをすると言われてやってきた先で待っていた男、ゴドフリーにそう尋ねると大笑しながらそう答えられ、

 

「いや、そういう意味じゃなくて・・・・・・」

 

 思わず、ゲーム内では感じるはずのない頭痛を堪えるように頭を振ってゲンナリしながら、俺はもう一度同じ質問を重ねて相手に尋ね続ける。

 

 

「誰だよ? この長身の男・・・。俺会ったことないし知らないから、説明とかほしいんだけどって意味での質問だったんだが・・・・・・」

『・・・・・・・・・・・・』

 

 

 そう聞いたら、なぜだか空気が固まってしまった。

 ・・・なんでだよ? ギルドに入って最初の実力テストに初対面でキャラ名も知らない赤の他人が同行してきら普通たずねる質問だと思ったんだけどな・・・・・・。

 

 

 

 ――こうして俺は、相手の男『クラディール』について初めて知ることとなる。

 

 

 彼は先日に起きた『アスナのストーカー騒ぎ事件』で当事者だった一人らしい。

 この事件については俺も概要だけは知っている。逆に言えば概要しか知らない。知りたくないから自分から距離を置こうと意識していたからである。

 

 なにしろ、アスナに対して一方的に好意を寄せてた男が、別の相手と口論になった末に決闘沙汰になったという事件なのだ。本人たちには悪いが他人から見ると、痴情のもつれが刃傷沙汰に発展した痴話ゲンカにしか見えない類いの事案なのである。

 

 ・・・要するに、ギルドクラッシャーの最大要因になりそうな案件として噂されていた案件だったのだ。

 そういう人間関係のゴタゴタが嫌になったからソロになる道を選んだ俺にとって概要を聞かされた時点で鬼門としか思いようがない。関わりたくも巻き込まれたくもなかったし、詳しい事情を知ろうと思ったこともなかった。

 

 そういう事情で、その一件について知らないまま、今この場でゴドフリーとユウキから聞かせてもらった情報が全ての、二人について浅学すぎる俺の目から見た場合。

 目の前に立つソイツ・・・『長髪で長身の落ちくぼんだ目をした装飾過剰な装備をまとった男』“クラディール”について言えることがあるとすれば、たった一つだけだろう。

 

 

「先日は・・・・・・ご迷惑をおかけしまして・・・・・・」

 

 のっそりとユウキの前まで進み出てきて突然ぺこりと頭を下げるクラディール。

 

「二度と無礼な真似はしませんので・・・・・・許していただきたい・・・・・・」

 

 ボソボソした聞き取りにくい声を、垂れ下がった前髪の下から流れさせながら、ひたすらに頭を下げ続けている。

 

 ・・・・・・いや、普通に考えて怪しいだろ。腑に落ちどころじゃない、絶対に何か裏があると思って疑ってかかるのが当然のシチェーションなんじゃないのか? この状況って・・・。

 SAOでは上手い話は疑ってかかるのが常識だし、それでなくてもネトゲの世界で嘘か本当かを見極めるのは非常に難しい。

 相手の顔を見ながら会話できるのが、普通のネトゲと【SAO】が違うところとはいえ、別に相手の顔を見ながら嘘をついてはいけないという決まりは人間関係には存在しない。カーディナルの感情表現も、誇張的な反面微妙なニュアンスを伝えにくい欠点を持っている。

 

 何より人間っていうのはゲームキャラとは違って感情を持っている。心があるんだ。

 システムのON・OFFみたいに、コマンドひとつで善悪を切り替えられるほど簡単にはできていない。

 悪に染まった黒騎士が、主人公に負けて改心して心を入れ替えて、これからは皆のために戦う正義の騎士になります!は、現実では通用しないのだ。

 

 ・・・てゆーか、今時そんなご都合主義展開やったらゲームでもクソゲー認定確実だろうし、普通に考えて信用したらダメな展開なんじゃないだろうかと俺は正直思っていたわけなのだが、しかし。

 

「うん、わかった。謝ってくれてありがとう。これからよろしくね! クラディールさん!」

「・・・・・・はい。どうぞよろしく・・・・・・」

「よしよし、これで一件落着だな!! ハッハッハ!!」

 

 と、当事者たち二人が謝罪して許して納得してしまった以上、今この場で事情を聞かされた完全なる部外者の俺に何か言えることがあるはずもなく。やむなくこの場は納得したことにしておいて、警戒を切らないよう自分に言い聞かせておくだけに止める。

 

 しばらくして俺たちは迷宮区へ出発することとなり、歩き出そうとした俺たちをゴドフリーが引き留めて『実践形式で訓練をおこなうために』という理由により、転移結晶を含めた全ての結晶アイテムを彼に預けるよう言い渡され、俺はかなり抵抗を感じたのだがユウキは逆に素直な態度でゴドフリーの意見に賛成するとアイテムを全て渡してポーチの中身まで開いて見せて何一つ残っていないことを確認してもらってゴドフリーを喜ばせているのを見せつけられた直後とあっては渋るわけにもいかない。

 

 仕方なく俺もアイテムを全て渡した状態で迷宮区へと出発する。

 普段よりも安全マージンが低下して、デスゲームにおける最後の生命線が断たれているようで不安にさいなまれそうだが、こうなっては後の祭りだ。

 持ち金が少ないときは全部ベットするいつもの方針で今日もやったと思うことにして割り切りながら警戒心を心持ち強めにするしか道はない。

 

 

 ・・・それにしても、今日のユウキはいつも以上に素直で聞き分けが良すぎるように見えるのは気のせいだろうか?

 

 

 そんなことを思いながらも俺たちは順調にフィールドを進んでモンスターを倒しながら、迷宮区を目指す。

 俺はソロプレイヤーとして、流石にモンスターとの戦闘まではゴドフリーの指揮に従う気になれず全て一刀のもとに先制攻撃で切り倒すことで指揮に従う気がない意思を隠しながら戦って、ユウキは逆に指示に従うのが慣れているのか(逆らうとオカンに百Gパンチで怒られそうだからなぁ・・・)ゴドフリーの言うとおりに敵と戦って彼を喜ばせ続けている。

 

 意外だったのはクラディールの戦いぶりで、率先して味方の盾になるため前に出てきて敵を倒し、ダメージを受けても怯むことなく敵に向かっていき、ユウキとゴドフリーに敵を近づけないよう全力で敵と戦い続けていた(俺は一人で突出してたから守りようがなかったけども)

 

 その戦いぶりは心がこもっていて誠意が感じられて、俺も彼が本当に改心したんじゃないのか?いやまさかそんなと、若干どっちつかずの思考になってきたのだが、複雑化してきた俺の心理になど頓着することなくクラディールは戦い続け、もう少しで灰色の岩造りの迷宮区が偉容を現す、小高い岩山を昇ろうとしていたときのことだ。

 

「よし、ここで一時停止!!」

 

 ゴドフリーが野太い声で言い、パーティーを立ち止まらせる。

 

「諸君らの実力は十分に見せてもらった! 満足している! これなら血盟騎士団として古参のメンバーにも後れを取ることは決してないだろう!

 キリト君、実力を疑うようなことを言ってしまって悪かったね。後で副団長にも私から謝りに行きたいと伝えておいてくれるとより助かる」

「あ、ああ・・・・・・了解、しました・・・」

 

 ゴドフリーから満面の笑顔で賞賛と共にそう言われ、出発前にギルド本部で交わした会話内容を思い出した俺はじゃっかん引け目を感じてしまって気後れする。

 ・・・なんだかんだ言いつつも、根はいいヤツだってのだけは間違いないんだろうなぁ、このゴドフリーって男は・・・。単に脳筋タイプの熱血好きで暑苦しいってだけで、陰険さは少しも持ち合わせていない。友人になると気疲れしそうだから絶対イヤだけど、まぁ・・・ギルドの仲間としてみるなら及第点以上には含めていいのかもしれない。

 そんな風に彼への評価を上方修正しながら彼の話に先ほどよりかは素直に耳を傾けるようになった俺。

 

「このまま進めば迷宮区に到着するわけだが・・・このメンツなら今更あんな低層の迷宮で実力テストなどしたところで時間の無駄にしかならないだろう。――そこでだ。

 どうだろうか? 私からの提案なのだが、ここからは二組のペアに別れて迷宮区までの到達タイムを競い合うというのは?」

「ペアって・・・・・・タイムアタックをやるってことなのか?」

「ウム。正直、これ以上戦闘を見続けたところでバトル関連の評価は変えようがないと私は見ている。既に上限に達してしまっているからだ。これ以上を測るには、もっと上の階層に行く必要が出てくるだろうが、それはそれで時間が足りない。ならばいっそ、ダンジョン攻略イベントの定番であるタイムアタックで実力審査というのも悪くないと思ってな」

「へぇ・・・」

 

 俺は意外とゴドフリーも分かっているところを見せられて、俄然やる気がわいてくるのを感じさせられざるを得なくなってくる。

 なんと言ってもタイムアタックと言えば上級プレイヤーの鉄板イベントの一つである。参加者全員が同時にスタートして、誰が最初に一番下の階層にあるボスの間まで到達するかを競い合うルール方式。敵との戦闘を大回りして避けてもいいし、正面突破で時間を短縮する賭けに出るのもあり。パーティープレイでもソロでも参加はOK。・・・そういうイベントがSAO以外にも何度か開催されていて俺も参加したことがそれなりにある。

 

 もっとも、一度死んだら即リアルでのゲームオーバーに直結してしまうデスゲーム内で、そんな命がけのお祭り騒ぎなんてできるわけないからご無沙汰だった訳なのだが・・・・・・だからこそ逆に久しぶりのチキンレースには闘志が湧いてこようというものでもある。

 

「細かいルール決めは? さすがに低層とはいえ、迷宮区をアイテムなしで疾走ってのはなしに願いたいんだが?」

「無論だ。ダンジョンの入り口により早く到着した方が勝ちでいいだろう。ここいらにPOPする雑魚程度なら、多少のダメージなど論ずるに足るまい?」

「そういう事ならOKだ。了承したよ、ゴドフリーさん」

 

 俺の二つ返事に「決まりだな」と笑いかける巨漢。

 それから、と自分のアイテムボックスからいくつかのアイテムを取り出して俺たちに返すと、こう続ける。

 

「公平を期すため、少し離れた位置から両チームが同時にゴールを目指して進む。その前にはコイツで、腹ごしらえとHP回復も済ませておいてくれたまえ。念のための予備も渡しておこう」

「ありがたい。気が利くね」

 

 気分良くアイテムの一部を返却してもらってから、そういえばと思いだし。一番重要なことについて俺はゴドフリーに最後の確認取っておく。

 

「・・・・・・メンバー別けの内訳は? アンタから聞かされた話だと、考慮する必要があると思うけどな・・・。

 せっかく仲直りした関係を、アンタ自身の提案でわざわざブチ壊しにしたくもないだろう?」

 

 相手が何か言おうとするのに先んじて俺が先手を取り、相手は「むぅ・・・」と唸りながら顎に手を当てて考え込む仕草をする。

 わずかな時間とはいえ一緒にパーティーを組んだ成果なのか、俺は多少ながらゴドフリーの操縦仕方を覚えたらしく、さっきまでよりかは上手く提案をのませることが出来たと思う。

 

 一人で微妙に悦に入りながら、どんな内訳にされてしまうのか少しだけ不安も覚えて返事を待っていると、横合いから「あの・・・」と、ボソボソとした声がかけられて。

 

 

「提案があるのですが・・・・・・よろしいでしょうか? ゴドフリーさん・・・・・・」

「おお、クラディールか! なんだ、言ってみるといい。今の君なら喜んで耳を傾けさせてもらおうじゃないか!!」

「ありがとう・・・・・・ございます・・・・・・。できれば俺は・・・・・・キリトさんと同じペアに・・・・・・して欲しいんですが・・・・・・」

「なに? キリト君と? それは何故だ?」

 

 ゴドフリーが怪訝な顔をしてグラディールを見て、わずかに信頼が削がれたような声音で彼に対して確認するように問い直す。

 

「・・・やはりまだ、ユウキ君に思うところがあるということか?」

「いえ・・・・・・むしろその逆です・・・・・・。俺はまだ彼女に謝罪する意思を・・・・・・十分に示せていないと思うんです・・・・・・。

 だからキリトさんに手伝ってもらって・・・・・・彼からも彼女に俺の気持ちと・・・・・・これから一緒にプレイしていくときのサポートをお願いできるようなればいいな・・・・・・と思ったんです。

 ――同じギルドに所属する仲間として」

「名案だ!!」

 

 一転して満面の笑顔になると、クラディールの方をバシバシ叩きまくるゴドフリー。

 ユウキも特に反対しなかったことから、ペア別けは問題なく決められて両者のスタート位置も互いに知らされて距離を置き、よーいドンでレースを始める合図の音と時間まで決められてから互いに拳と拳をぶつけ合ってから距離をおきあい互いに離れ、自分たちのスタート場所へ向かう。

 そしてレース前の腹ごしらえを十分に済ませてから、スタート位置へ。・・・・・・着くはずだったのだ。

 

 

 このまま最後までトントン拍子で進んでくれる、ご都合主義展開のゲーム世界だったら確実に―――。

 

 

 

「・・・ちっくしょう・・・・・・っ。やっぱり、王道展開のお約束はこういう結果になるのかよ・・・・・・っ!!」

「クヒャッハッハ!! 当然の結末だろ~? だーれがあんなお涙ちょうだいの嘘くせぇ三文芝居で感動して改心するってんだよバァーカ!!」

 

 

 食事に入っていた麻痺毒を飲まされ、気づいたときには時既に遅く体はほとんど動かない。わずかに動かせる部位があるのだって俺が早く気づけたからじゃない。コイツ自身が毒のランクを調整して一番強力なヤツより1ランク下の毒を盛っていたというだけなんだろう。

 おまけに、マヒ毒としてのランクを下げる代わりにバッドステータスが付与されてやがる。HPが減ってくのが見えてるし、HP自動回復のサブスキルも一時的にランク半減。

 

 おそらくは・・・俺に無駄な抵抗をさせて苦しめながら悔しそうに死んでいくのを見物しながら殺すために・・・!!

 

「単にテメェの警戒心が強すぎるみてぇだったから少しの間だけイイコちゃんぶってやっただけだってのに警戒解いて油断しちまって。手段を選ばない《ベーター》って評判の割にはお人好しなバカだったねぇ-、テメェもさァ?」

「・・・犯罪者ギルドも真っ青な手並みだな。KOBよりよっぽど向いてるぜ、アンタ」

「ヒャハハハッ! ありがとうよ、サイコーの褒め言葉だぜ。お礼にアンタのお友達もすぐに同じところ送ってやるから安心し手先にイっときな?

 アッチの方に仕込んだ毒はアンタの飲んだヤツより強力な上に、仲間たちも周囲に配置してあるからよォ~。

 俺が行くまで残しておいてくれるのはオイシイ獲物の止めだけっていう、最初からの約束だったから信用してくれていいぜェ~。極悪非道な《黒の剣士》ベーターちゃ~ん♪ ヒャハハハハハッ!!!」

「・・・・・・チッ!!」

 

 最後の最期で、らしくもないことしちまいそうになった挙げ句、こんな奴に馬鹿にされながら死ぬのか!? 俺は!?

 

「最初にあのメスが入団してくる話を聞いたときは、アイツとあの女だけ殺すつもりだった・・・・・・が、気が変わった。

 その程度じゃ俺の腹の虫がおさまらねェ。もっともっと苦しめてやって、絶望させてやって、自分のせいで友達が殺されました死にましたって事実を、死ぬ前に教えてやりながら絶望と後悔に染まった顔して悲鳴上げながら殺されてくところを酒飲みながら見物してやらねぇと、俺様の傷つけられたプライドはぜんっぜん傷がふらがらねぇんだって事実にようやく気がついた。

 んで、ちょうど少し前まで仲間だった連中が、あのメスに復讐したいとかなんとか言ってきたんでよォ~。ちょっとばかし童心に返ってロールプレイを愉しんでみたっつーわけだ。

 どーだ? 面白かっただろゥ? 罪を犯した極悪騎士が改心して正義の剣士たちと共闘するなんてなァ、王道RPGの定番だもんなァ~? ヒャッハハハ! バッカみてぇだ。そんなもん現実に起きうるわけねぇじゃねぇかよ、なァ?」

「・・・・・・くっ!!」

 

 うめき声を上げながら周囲を見る。切り立った谷間で近づいてくるヤツがいれば直ぐに分かる反面、一定距離に近づいてくるヤツがいたら即座に感知されてしまって止めを刺されてしまう。助けが来るとしても俺が動くのが間に合わない。麻痺毒が邪魔だ! 相性も悪い! 残りHPも低すぎる!

 

 しかも敵の獲物である威力重視の大剣と、スピード重視で防御力の低い軽装の俺は最悪の場合、一撃で殺されてしまう可能性を抱えている。

 少しでも体が動けば別だが、動けない体は敵によく狙って止めを刺させるのに十分すぎる隙だらけの状態しか作り出せない・・・っ。そうなる部位しか動ける場所に残せてもらってない! コイツやっぱり手慣れてやがる!!

 

「それじゃあな。あんたには特に恨みはねぇし、言ってやりたいこともねぇから苦しめずに絶望だけさせて殺してやるよぉ・・・・・・下手にオードブルだけで腹一杯になろうとしたら、メインディッシュを先越されちまうからさぁ・・・・・・あ・ば・ヨ☆ ヒャハハハ~♪♪♪」

「くぅ・・・・・・ッッ!!!!」

 

 ――これまでなのか!? 俺は本当にこれまでの男なのか!?

 俺は・・・・・・こんなところでこの程度の敵にやられちまう程度の弱い剣士だったのか!?

 だとしたら俺はいったい、今まで何を――――

 

「ヘヘヘ!! いいね、いいね、そのお顔!! 往生際が悪いヤツを嬲り殺しにするのは大好きだゼ☆」

 

 色々な思いが渦を巻いて俺の脳裏にかすめては消え、唯一残された無力感だけが胸を限界にまで詰め込まされて絶望しながら死を覚悟した瞬間。

 

 

 俺の前に・・・・・・・・・・・・・・・黒い風が舞い降りる。

 

 

 

「なっ!? テメェ、なんで…っ!?」

「――ねぇ、クラディールさん。悪いんだけどさ――」

 

 

 切り立った崖の岩肌を、アニメか漫画の忍者ヒーローみたいに俺と互角の速さで走り抜け、風を巻き起こしながら俺を通り過ぎてから着地して。

 相手の邪魔をすると宣言するかのごとく、足下に剣の切っ先を突き立てながら。

 その黒衣をまとった少女剣士は、俺からは見えないけれど、それでも相手に向かって不敵な笑顔を浮かべているのがハッキリ分かる声と口調でこう宣言した。

 

 

 

 

「全力でぶつかかってこないと、僕にキミの想いは伝わらないよ?

 たとえば―――『自分がどれだけ悪いと思っているのか』――とかね♪(⌒▽⌒)」

 

 

つづく




書き忘れていましたが、今年もありがとうございました。また来年もよろしくお願いいたします。
後腐れのない年末と、穏やかに過ごせるお正月をお祈りしております。

よいお年を!


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原作1巻版11話「紅の鍍金(メッキ)」

久しぶりの更新となります。久しぶり過ぎて話の前後が矛盾してる部分も多いとは思われますが、ご容赦頂けると助かります。
今までの展開確認し直すのも大変ですけど、当時思いついてたアイデアを思い出しながら整合性取るのも結構大変なものですから…。

尚、何故か少しだけグラディールさんが格好良く書けたかもしれません。見方次第ではありますけれども。


 ――子供の頃、彼は『勇者』に憧れていた。RPGの中で魔王を倒して世界を救う、強くて優しくてカッコいい『選ばれし者』に。

 幸いにも彼は、その夢が叶うと信じられるだけのものに恵まれてもいた。

 テストではいつも満点だったし、運動会のリレーでは毎年アンカーに選ばれて、親は富豪とまでは言えずとも裕福だった。

 彼は自分が『選ばれし者』だと信じ、それに相応しい者になろうと弱きを助けて強きを挫き、クラスの仲間たちから尊敬の目を集め続けていた。

 

 ・・・・・・それが上手くいかなくなってきたのは、中学校に上がってからだった。

 テストで塾に通っているクラスメイトに勝てなくなった。運動会では運動部の子に負ける回数が増えていった。

 小学校という限られた狭い世界でなら一番だった自分よりも、頭が良くて、運動ができて、親が金持ちな子供など掃いて捨てるほど大勢いるのだという現実を思い知らされたことで、彼は生まれて初めて『敗北』を骨の髄まで味わい尽くされたのだ。

 

 あるいは、何か一つの部活動に入部して極める道を選べていたら、彼には可能性があったかも知れない。塾に入って名門国立校に入学する道も残されていたのかも知れない。

 だが『選ばれし者』であり、あらゆる勝負で誰にも負けない勇者に憧れる彼には、『平凡な戦士』や『平凡な魔法使い』に成り下がる道がどうしても選べなかった。『モブキャラになる』のは絶対にイヤだと心の底から拒絶し続けてしまった。

 

 やがて彼は、【生まれながらに一人だけ特別だった者】を否定するようになった。自分より優れた者を貶めることで優位に立とうとするようになった。

 自分の欠点を努力して補おうとするより、相手の欠点を指摘して弱点を罵倒して失敗へと導くことで自分の方が上なのだと周囲にアピールするようになっていった。

 心の変化が、成長期の肉体にまで影響したのか、目が落ちくぼんで頬が痩け、顔立ちは悪くなかった表情に陰気な陰を強く強く落とすようになってしまっていく・・・・・・。

 

 ――そんな彼に『最後の転機』が訪れたのは、2020年。伝説的なMMORPGが発表された日での事。

 

 【ソードアート・オンライン】ナーブギアを用いた世界初のVRMMO。

 学歴も背景も関係なく、剣一本さえあれば何処までも行くことが許された仮想の現実世界。

 この世界でなら、自分はやり直せる・・・ッ! また1から選ばれし者としての勇者になれる可能性を手にすることができる! 特別な勇者でいられた頃の自分自身に戻ることが可能になる!!

 現実の貧弱になった自分を捨てて、あの頃の最強だった自分に戻ることができるのだ!!

 

 

 ・・・・・・だが結局、この世界も彼を“裏切った”

 努力よりもナーブギアとの相性がものを言う世界。レベル上げも、強い武器の入手場所も、情報を手に入れられるツテのある奴らの方が強くなれる世界。・・・結局は現実もゲーム世界も同じじゃないか。

 

 だったらもういい・・・殺してやる。壊してやる、穢してやる。

 こんな世界を綺麗だとか、剣さえあれば一人だけで何処までも行けるとか甘ったれた戯れ言を抜かしてるヤツらを殺して奪って、そいつらの犠牲で俺は上に行ってやる・・・っ!!

 そのためなら、なんだって利用してやる! KOBも! ラフィン・コフィンも! 毒も! 全部自分にとっては同じものだ! 俺が得したいんだ! 俺が愉しみたいだけなんだ! 俺一人が愉しめればそれでいい!

 どんなに強くなった所で、頭使って無力化しちまえば手の平の上で踊り狂って無様にあがいて死んでくことしかできなくなる、クズでゴミで生きてる価値もないクソばっかりで、ザコプレイヤーばっかりしかいないのが、この【SAO】ってクソゲー世界なんだから!!!

 

 ・・・・・・そう思っていた。そのはずなのに―――ッ!!

 

 

 

「なん、で・・・テメェがッ!?」

 

 ――長身のグラディールが、驚愕の表情で俺と奴の間に立ちはだかってきた奴の顔を見つめていた。

 俺に止めを刺すため振り下ろした剣を、横から割って入って受け止めている黒一色の少女剣士を。イタズラ好きな【黒の妖精】の顔を、まるで自分が殺した奴が生き返ってきたみたいに信じられないものを見る瞳で驚愕させられている。

 俺を守るため、俺を殺そうとしている奴と向き合ってるせいで背中しか見えず、その顔が今どんな表情をしているのか判らないソイツは「大丈夫だった? キリト」と俺に向かって聞いてきて。

 

「速く解毒結晶を使って。動けるようになったら、ゴドフリーさんにも飲ませてあげてね」

「あ、ああ。分かってる・・・」

 

 俺は言われてようやく、自分がソイツの姿に意識を奪われて、すべき事をし忘れていたことを思い出す。

 渡されていた袋から解毒結晶を取り出して口に含もうとするのを、グラディールが阻止しようと動き出すがソイツに――ユウキの剣に押し戻されて鍔迫り合いを続行させられざるを得なくされ、「く、クソがっ!」と口汚く吐き捨てる顔に焦りの色を濃く浮き上がらせる。

 

「て、テメェ! なんでここにいやがるんだ!? テメェの方にも俺の仲間が待ち伏せしてたはずだ! いや、たとえヤツらが負けても、あの距離を短時間で戻ってこれる訳が・・・!?」

「・・・・・・最初から分かっていたことだったからね」

「な、なにっ!?」

 

 静かな声で返されて、グラディールは逆に焦りを強くする。

 力比べの鍔迫り合いだと重装備の奴の方が有利だが、時間が経てば俺とゴドフリーが戦線復帰してしまい一方的に不利になる。

 それが分かっているから焦っているのだろうし、その状況を打開するため何でもいいから取っ掛かりを得ようと仕掛けてきた会話だったらしい。

 だが、それはユウキにとっては予想の範疇だったらしい。・・・あるいは本当に「最初から分かっていた事態」だったからこそ、今この会話も覚悟の上で事を進めてきた。そういう意味だったのかも知れない。

 

「知ってるかい? グラディールさん。赤ちゃんってさ、言葉が話せないからお母さんの目をちゃんと見るんだってお話」

「はぁ!? 何を意味分かんねぇことを・・・っ」

「人に“ゴメンナサイ”ってするときには、目を見て言わなきゃダメだよってお話。そっぽ向いてる人から謝られたって信じようって気にはなれないでしょ?」

「なっ!? あァッ!?」

 

 あまりにも当たり前すぎることを言われて相手の驚愕が大きくなり、そして俺も――大きく目を見開いて驚愕させられてしまっていた。

 それはあまりにも当たり前すぎて、人として普通のことで・・・・・・だからこそ俺たちゲーマーはついつい忘れがちになってしまうこと。あるいは忘れたことにして“仕方がないんだ”と心の底に蓋をして忘れたフリをしたくなってしまう、日常的なコミュニケーションの嘘本当を見分ける方法・・・。

 それを使って、それだけを使ってユウキはグラディールの嘘を見抜いたと、そう言っているのだ。

 

「ふざけてじゃねぇぞガキが! ただのゲームなんだぞSAOは!! そんなもんで俺たちの計画が見抜かれて堪るか!! CGで作られてる目なんか見たって仕方ねぇだろうが!」

「そうかな? 赤ちゃんでも出来ることを大人の人がやらずに謝ってきたら、普通は頭から嘘だと決めつけてかかるのが子供のルールだと思ったことってない?」

「う、ぐっ!? て、テメェテメェテメェはぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 もはや策が思いつかないのか、それとも最初から上手くいく前提で計画を進めていたせいで後詰めを一切用意していなかったのか、グラディールにはもはや窮地を機転で切り抜けようとする意思は完全に損失したらしく力業で脱出を図ろうと、勢い任せ力任せで叫びまくりながらユウキに剣とソードスキルを叩き込み始める。

 それに対してユウキは、適切に返し技を選んで大ダメージになる技だけを相殺しながら、致命傷に至る恐れのない小技を無視して当たるに任せ、自分からは反撃しようとせずグラディールの相手を引き受け続け・・・俺の方へと一瞬だけ視線を送る。

 

 それで解った。ユウキは俺とゴドフリーのHP回復までの時間稼ぎをしてくれている。

 最初からグラディールの企みを確信していたらしい彼女が、最初からヤツを殺すことなく今までは計画に乗ってやって泳がせておいたのも、それが理由なら納得がいく。

 

 最初から『殺すこと』が彼女の目的ではなかったからだ。

 俺たちを『殺させないこと』が叶いさえすれば、別にグラディールが反省していなくても自分たちを騙してたとしてもユウキには何の問題もなく、目的にも反していない。・・・そういう奴がユウキだったから、最初から目的が俺たちの誰とも違っていただけだった。それが俺たちが今日感じさせられていた彼女の違和感の正体だったのだろう。

 その俺がした予測は、次に語られたユウキ自身の言葉で証明されることになる。

 

「別にね・・・キミがボクを恨んだり付け狙い続けてくる分には構わなかったんだ。

 他の人に八つ当たりしないでくれるのなら、ボクだけを追ってきてくれるようになってくれたら憎まれ役を引き受けた甲斐もあったかなって、そう思える程度でボクの方にはキミを恨む理由も殺したいと思えるほどの理由もなかったし。

 “ゲームの遊び方は人それぞれ”で、ボクにとってはそれで全然まったく問題はなかった」

「シャアアアアッ!! うらっ! うらッ! うおらァァァァァッ!!!」

「・・・《午前三時の惨劇事件》って聞いたことあるかい?」

「ああンッ!?」

 

 激しい攻撃とソードスキル使用を繰り返しながら、ユウキの言葉で一瞬だけグラディールの表情に愉悦混じりの笑みが戻った。・・・ヤツ好みの話だったんだろう。

 俺たちにとってはイヤすぎる記憶を彷彿とさせられる名前だが、コイツみたいなプレイヤーにとっては確かに好みそうな話題ではある。血盟騎士団よりも犯罪者ギルドの方がよっぽど似合ってそうなこの男の場合には絶対に・・・!!

 

「知ってるぜェ・・・、テメェら攻略組がようやく見つけた《ラフィン・コフィン》のアジト襲撃して裏切り者でて密告されて罠にはめられ、人殺せねぇテメェらは組織を潰せただけでPoHにも逃げられちまったっていう失敗談だろう?」

「へぇ、詳しいんだね?」

「ああァ・・・これでも感謝してたぐらいだからなァっ。何しろ、あの事件で人数減りまくったラフィン・コフィンからお誘いメールもらって、この殺し方を伝授してもらえたっていう恩があるくらいだ! テメェらのおかげで俺もけっこう人殺せちまったよ! ヒャハハハッ!!」

「・・・っ!? グラディール、お前・・・《ラフィン・コフィン》のメンバーだったのか!?」

 

 俺は思わず声を上げずにはいられなくなってしまった。どうにで見覚えのある手口だと思ったが・・・まさか生き残りだけじゃなく、新規メンバーまで加わってたなんて想像もしていなかった!

 

「ああ、今回の件もどこで聞きつけてきたのか、奴らの方から提案してきて面白そうだから乗ってやったのさ。

 最初は俺一人で全員まとめて休憩中に犯罪者ギルドに皆殺しにされ、必死に勇戦して生き残った俺だけが英雄になる計画を立ててたんだがな。

 人数が多すぎるってのは厄介だったし、離れた場所で奴らがお前らと相打ちで殺されるだけなら、俺にとってはオードブルが少し目減りするようなもんだ。メインディッシュは別にある。

 あの《閃光》を・・・すかした生意気女の綺麗な顔を、仲間死んで悲しんで泣いてるところに付け入って、殺される前に真相語ってやって、仇が目の前にいるってのに復讐もできずに死んでくしかないテメェの無力さを噛みしめさせながら殺してやるって言う、サイッコーに美味しいシチュエーションの超ご馳走がなァァァッ!!!」

「お前!? まさかアスナまでも・・・っ」

 

 人殺しが楽しくて仕方がないと言ったようなグラディールの表情と言い方に、俺は改めてコイツへの怒りと憎しみを抱かされたが―――同時に確信させられてもいた。

 

 コイツは“捨て駒だ”。少なくともコイツにとって他のラフィン・コフィンがそうだったのと同じくらいに、コイツ自身のこともそう思われていたのは間違いない。

 何故ならグラディールに話を持ちかけてきたというラフィン・コフィンの生き残りたちはグラディールに対して、“あの事件で一番注意しなければいけない部分”を説明していないのだから。

 

「ホント詳しく教えてもらってるんだね、グラディールさんは。――でも間違っている」

「あん?」

「間違ってるんだよ、その情報は。言ってる内容は全部正しくて間違ってないけど、一番気をつけなくちゃいけないところが抜けている・・・」

「?? テメェいったい何言って・・・・・・」

 

 相手の言葉にグラディールは初めて動揺を示し、何が何だかわからないものを見る瞳でユウキを見つめる。

 そう、ヤツの知識は正しいのだが間違っている。あのときの事件の概要が、一部だけ意図的に削除された情報だけを教えられてしまっている。

 

 《午前三時の惨劇事件》という名の俗称で呼ばれる、あの時の襲撃作戦。

 俺を含めた一部の傭兵ソロプレイヤーも参加しての《ラフィン・コフィン》のアジト襲撃が実行可能になった理由は、ラフコフのメンバーの一人が罪悪感に耐えかねて密告してきたのが始まりで、そのお陰で知ることができたアジト襲撃が完全には成功しなかった原因は俺たちの側からも密告者が出てしまったことだった。

 極秘に極秘を重ねて計画された討伐作戦の情報が、いかなる経路によってか奴らに漏れてしまってたせいで、襲撃を予測してダンジョンの枝分かれした道の各所に身を隠していた奴らによって俺たちは背後から襲撃され、殺人への忌避感がある一般プレイヤーの俺たちの反撃は徹底できず、双方ともに多数の死者を出すことでようやくラフコフの組織だけは潰すことに成功できていた・・・・・・世間的には、そういう風に伝えられている。

 

 もともと一部の攻略プレイヤーのみで行われた計画で、情報を知る必要がある者たちも少なかったから事件そのものがあまり多くの人に知られている訳じゃない。

 ただ少なくとも、“あの場にいたプレイヤーたち”は全員がことの真相を知っていて、“命を助けられている”

 それでも、あの事件は失敗という形で当事者以外には知られてはいけないことにしなければいけない、最大の懸念事項について新規メンバーのグラディールは何一つ教えられていない!

 

「あのラフコフ討伐作戦のとき、ボクはメンバーに選ばれてたんだけど参加はしてなかったんだ。でも途中からは参戦してる」

「ハッ! 怖かったから断っといて、途中から罪悪感でも沸きやがったのかよ? 偽善ヤロウが!!」

「違うよ、グラディールさん。ボクはただ・・・“みんなを背後から襲うような悪い人たちは、後ろから襲われちゃうぞ♪”って当たり前のことを教えてあげただけだよ♪」

「なっ!? なにィッ!?」

 

 グラディールの目に今までで最大の驚愕が走り、それまでとは異なる化け物でも見る感情が目の前で剣を合わせているユウキに向かって注がれたものへと変わっていく。

 

 ・・・俺は今の時点では、そこまでは知らされていなかったが、どうやら俺たちの襲撃作戦を伝えた相手は、ラフコフから離脱した密告者本人だったらしい。

 一度は罪悪感から犯罪者ギルドから足を洗ってはみたものの、今度は元仲間からの報復が怖くなり、また黒鉄宮の牢獄に入れられた後の生活も現実味を帯びてきたことで恐れを抱くようになったのか自分の浅慮を悔やみ。

 いっそ“皆まとめてリセットして無かったことにできないだろうか?”と考えるようになってしまっていたらしく、そのための手段として考え出し、実行に移したのがラフコフと討伐隊を噛み合わせて共倒れしている隙に逃げ出してしまおうという計画だったらしい。

 

 そのことに唯一気づいていたのが当時、罪悪感に苦しんでいたであろう密告者のメンタル面を気遣って、男性プレイヤーとコアゲーマーの多い攻略組の中では珍しいS級レア美少女の二人組アスナとユウキで、その片割れだけが相手の変化を毎日面会しに来ているうちに気づくことができていたのだそうだ。

 ただ変化には気づいたが、具体的な中身までは解りようもなかったから参加を断り、密告者の護衛と見張り役に志願して、俺たちが討伐に出発した後に偽情報を流して脱走したところを待ち伏せし、相手自身の口から命乞いとともに情報を引き出し先回りして、襲撃時刻が決まっている俺たちよりも早くダンジョンに入って入り口の脇で隠れ潜んだまま時を待ち、俺たちを背後から襲撃しようとしたラフコフの背後から襲撃するという、奇想天外な大逆転劇を成し遂げた一番の功労者になったのがコイツだったのだ。

 

 結局、人殺しができなかった俺たちの側に死者が一人も出ない理想的なハッピーエンドは迎えられなかったものの、死ぬかもしれない危機的状況に陥った十一人の内、五人までが命を取り留め、ラフィン・コフィンからは逃げ延びるに失敗した二十一名の内、五人までが降伏して捕縛されるという快挙を成し遂げた。

 

 ・・・・・・が、それでも尚問題は存在し、密告者を信じたが故の裏切りや、その後の展開も含め、決して良い印象を人に与えられる内容とは言えない事件概要となってしまったことから、この一件で当事者全員が箝口令を敷かれて、最大の功労者がその場にいたことを語ることは最大のタブーとして禁じられて今に至っている。

 

「多分だけど、ラフコフの生き残りさんたちはボクに復讐することだけが目的だったんじゃないかな? だから、その役目をグラディールさんに取られないために事件の真相を全部は教えなかったんだと思う。

 キミが恨んでるのもボクなんだから、教えちゃったら本命だと気づかれちゃうからね。それだと“人殺せれば誰でもいいから手を貸しに来た”って思われてる相手に侮ってもらえなくなっちゃうでしょ? だからじゃないかな」

「なっ!? なっ!? なぁぁぁッ!?」

「まっ、最初から何かあると解りきってるレースのルールに従ってあげる理由もなかったし、ルール違反したり裏道通ったり背後から奇襲して隠れ潜んでるオレンジプレイヤーを問答無用で後ろから切っちゃっていけば、悲劇イベントなんて簡単に回避できちゃうものなんだから――さっ!!」

「ぐぅっ!?」

 

 最後に気合いの声を上げ、ユウキがグラディールの腹を蹴りつけて距離を取ると同時に反撃に打って出る。

 俺とゴドフリーのHPが回復するだけの時間が経過したことを、画面表示されている時計から推測したのだろう。

 まだ完全にはほど遠くとも、攻略組の俺たちが一撃で殺されることは決して無い量のHPバーまで回復して、自分で自分を守り切れるまでになった俺たち。

 

 つまりグラディールにとっての・・・・・・“詰み(ゲームオーバー)”だ。

 

 

「ふぅっ!!」

「ひぃっ!?」

 

 そして始まる、【絶剣】の連続斬り。あまり見る機会がないが、ユウキの通常攻撃を組み合わせた連撃速度は、俺の二刀流によるシステム補正を抜きにすれば互角か、それ以上の早さにまで達しているかもしれない常軌を逸した早さを誇っている。

 正直、習得条件がおそらく反射速度か反応速度なんじゃないかと思われる【ユニークスキル】の【二刀流】を俺じゃなくユウキが習得していてもおかしくはなかったんじゃないと思わされるほど素早すぎる連続剣劇。

 

 にも関わらず、彼女が普段から【絶剣】と呼ばれるほどの早すぎる攻撃を繰り出せないのには理由があり、『感情によるブレがありすぎる』という欠点が普段は安定した速度で可能な範囲の攻撃だけをユウキに使わせる結果をもたらしている。

 

 要するに―――今のユウキは本気で怒っているということだ。

 だから全力を出して戦えている。全力を出して戦えさえすれば、俺やアスナだって勝負が解らなくなるほどの達人になれるユウキと、毒なしでの勝負で彼女に勝てなかったグラディールでは勝負にならない。

 

「く、クソッ! 調子に乗りやがってこのアマァ――って、ヒィッ!?! ちょ、ちょうどいいや、どうせ奴らが倒されたときはオメェも殺ってやろうと思って―――ひゃあァッ!?」

 

 負け惜しみのセリフすら途中で中断させられながら、グラディールのHPがドンドンとすり減らされていく。

 なまじ重装備な分、威力の低い片手剣での通常攻撃のみを使ってくるユウキを相手には即死させられるだけの致命傷を恐れる心配はない代わりとして、自分の命が徐々に削られていく恐怖心をジワジワと味あわされていく状況に陥っているのだろう。

 

 表情からは先ほどまでの愉悦が消滅して、焦慮と焦りが絶望へと少しずつ変わってく様が微速度撮影でも見るかのように鮮やかに彩られていき、そして。

 

「わ、わぁぁぁっ!? ああああ、アアアぁぁああァァッ!? わ、解った!! 解ったよぉぉッ!! 降伏する! 俺が悪かった! 許してくれェッ!!」

 

 半ば以上に恐慌を来し、無茶苦茶に剣を振り回すようになっていたグラディールのHPバーが遂に危険域のレッドゾーンに突入したことで、とうとう剣を投げ出して両手を挙げて喚き散らし、そのまま地面に這いつきばりまでして見苦しい命乞いをし始めて――

 

「も、もうギルドは辞める! あんたらの前にも二度と現れねぇよ! だから! だから――死にたくねぇェェェェッ!!!」

 

「・・・・・・辞めろッ! ユウキ!!」

 

「・・・・・・」

 

 そして、ユウキの剣も止まる。止めてしまった。俺の制止によって、止めを刺す寸前まで言っていた相手への攻撃を止めさせてしまったんだ。

 

「もう、いいよ・・・ユウキ。そういうのは、お前には似合わない・・・。そんなヤツのせいでお前が汚れちまったら、アスナだって悲しむ・・・」

「・・・・・・」

 

 頭を抱えて、自分の命を失いたくない、怖い怖いと言っている相手に止めを刺して、普通で居続けられるような性格を俺の友人たちは持っていない。

 そうだ、そういうのは俺の役目なんだ。俺みたいな薄汚れたビーターの役目だから、お前みたいなヤツはしなくて良いんだよ・・・ユウキ。

 

 そう思い、そう考え、立ち上がってユウキの元へ歩み寄り、代わりに止めを刺そうと近寄ろうとしていた俺に対して、ユウキの目を“向けさせてしまった”

 

 その瞬間に、俺は俺の甘さによってグラディールに最後の愉悦の笑みを浮かべる機会を与えてしまう致命的ミスを犯してしまうことになると気づかずに――っ。

 

「あ、あああ、アアアァァァ・・・甘ぇ――――んだよ副団長の腰巾着様ァァァッ!!」

「!? ユウキッ!!」

 

 一瞬の隙を突いて、地面に投げ出していた剣を拾い上げ、自分に突きつけられていたユウキの剣の切っ先をはじき返すと、無防備な体勢になった彼女に切りつけるため破れかぶれの一撃を放とうとするグラディールの凶行を目にした瞬間!

 俺は反射的に駆けだしてしまっていた。

 持続時間の長い猛毒のせいで、まだ体が本調子でないことも忘れて。

 HPの残量的に防御すれば確実に一撃は耐えられても、無防備なところを直撃されたら即死させられる可能性があるのはユウキよりも自分自身の方だという現状も忘れて飛び出してしまい―――そして

 

 

「だからよォォォ・・・・・・・・・甘ェェェ―――――つってんだよテメェらはさァァァッ!!!」

「なっ!? しま――っ」

 

 謀られた!・・・と気づいたときには既に手遅れだった、グラディールの剣はHPが満タンのユウキではなく、俺へと狙いをつけるソードスキルを最初から選択されており、光の尾を引きながら迫り来る剣閃は、自動的にシステムアシストで俺の方へと向かってきて命を奪い取ることが確定してしまった軌道を描きながら、まっすぐまっすぐ向かってきて! 避けようとする俺の体は泥の中で動くよりもさらに重く動かなくて!!

 

 まるでスローモーションみたいに迫るグラディールの剣が、俺の体に食い込もうとする光景を、他人事のように意識してしまえる自分自身の心を不思議に思う余裕もなく。

 

 

 

「甘ェ甘ェ甘ェェェェから死ぬゥゥゥゥゥッ!!!!」

 

 

 

 

「うん、確かに甘いね。

 敵を前にして素通りしようなんて甘すぎる」

 

 

 

 

 グラディールの剣が、それを握っていた右腕ごと体を離れて宙を飛び、地面にボトッと落下する音と光景さえ、まるで映画の中で描かれる1シーンのようにしか思えないまま唖然として俺は・・・・・・グラディールの横で剣の切っ先を天に向かって振り上げている、下から掬い上げるような攻撃を放ち終わったばかりのユウキの迷いなく曇りなき姿に目と心を一瞬以上奪われることしかできなくされてしまっていた・・・・・・。

 

 

「・・・へ? お、俺の・・・腕・・・? 俺の腕・・・お、俺のォォォッ!? 俺の腕がァァァッ!?」

 

 そして、利き腕を失っても尚HPバーがほんの僅かでも残っていれば死んだことにはならないゲーム世界故に、グラディールはまだ死んでいなかった。

 本当に僅かな量、普通のRPGでたとえるなら、1か2程度の極微量な数値で偶然にも即死を免れていたらしいヤツではあったが、こんな数字では普通のRPGでも逃げるという選択肢を選ぶことしかできず、MMOではそれさえ選びようがない。彼にとっての状況は何も変わっていない。

 

 だからこそ―――

 

 

「・・・・・・ちぃぃぃくしょぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

 

 HPが残り僅かで剣と片腕を失って、左手の手刀だけが最後の武器になってしまっていたグラディールが最後の最後に俺に対して放ってきた攻撃。

 

 それは、『俺を殺すための攻撃』ではなく『俺かユウキに自分という他人を殺させるため』に放たれたブラフでしかなかったことが、冷静になって客観的に見れていたならば、このときの俺にも解ることができていたかもしれない。

 

 

 グサッ!!!

 

 

「ぐほぁっ!?」

 

 

 俺に手刀を叩き込もうと振りかぶられて、反射的に剣を前に出そうとしていた俺より先にグラディールの腹から黒い剣先が飛び出してきて、残り少なくなっていたヤツのHPを最後の一桁まで奪い去っていく瞬間に、ヤツは勝利の嗤いを口元に閃かせて俺に向かって呪いの言葉を吐くように唇を動かそうとして・・・・・・そして。

 

 

「この・・・・・・人ごろ――」

 

 

「違うよ、グラディールさん」

 

 

 静かな声で冷静に、ユウキによって呪いの言葉は否定されてしまう結末を迎えることになる――。

 

 

「人殺しはキミだ。君たちが人殺しになったんだ。負けた途端に言い訳するのは辞めさい」

 

 

 冷然と、お母さんが悪いことをした子供の言い訳を叱るときのような口調で、グラディールが最期に命まで捨てて放とうとした呪いを不発に終わらせられて一瞬だけセリフと意識を停止させられてしまい、どう表現していいのか解らない複雑怪奇な様々なドス黒い感情に支配されまくった表情へと変貌した顔を浮かべて怒気もあらわに何かを叫ぼうとして、その瞬間に、

 

 

「き――――」

 

 

 パリィィィン。

 ・・・・・・ポリゴンの粒となって消滅してしまった。

 最期に何を言おうとしたのかも解らぬままに。呪いの言葉は呪いとして完成することもないままに。

 全てが全て、黒一色のイタズラ好きな妖精の手で邪魔されてしまったまま、誰一人として俺たちのことは殺せないまま。

 

 犯罪者ギルド《ラフィン・コフィン》の新メンバーになっていたプレイヤー・グラディールは、跡形もなく俺たちの前からもアインクラッドからも永遠に退場させられた・・・・・・。

 

 

「――ゴメンね、グラディールさん。キミみたいな犯罪者一人の自己満足のために、関係ない人に呪いを残すことは許してあげることができなかったから・・・・・・」

 

 

 空を見上げながらユウキが、何のこともない普通の口調でつぶやいた一言が俺に心に深く残り、

 

「キリトくーん!? ユウキー! 大丈夫!? 無事!? 怪我とかしてないでしょうね!?

 ゴドフリーさんからメールが届いて急いで助けに来たんだけど、一体何があったの!?」

「・・・・・・悪い、アスナ」

 

 

 俺は気遣ってくれているアスナの思いに感謝しながらも、今は優先しなくちゃいけないヤツが他にいることを自覚して、理解できていた。

 

「俺は大丈夫だから・・・・・・ユウキの奴と今夜は一緒にいてやってほしいんだ・・・」

「え? ユウキと?」

「ああ。俺の方は多分・・・キツいけど一人で復活できると思う。だけどきっとアイツは――」

 

 

 平気だけど平気じゃない。

 今日初めて知った、《絶剣》が持つ真の強さと危うさが解ってしまった今の俺には、今夜の彼女を一人にしてやることは絶対できなかったし、彼女にとってその役目を果たせるのは俺じゃなくて彼女だってことも思い知ることができていたから。

 

 

 だから俺は、

 

「ユウキの命はたぶん、君のものなんだアスナ。だから君のために使うまで、他人のために失うことも壊れることも絶対にできなくなっている。

 だから最後の瞬間までは無理だったとしても、今夜だけは一緒にいてやってほしいんだ」

 

 

 そうしないと。いつかきっとアイツは永遠に・・・・・・

 

 

つづく




注:言うまでもありませんが、この作品は原作を基にしたフィクション二次創作ですので原作設定とは直接関係は一切ありません。


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原作1巻版12話「森の家へ・・・」

大分久方ぶりの更新になります。
話の内容そのものは前の回を更新したときには思いついてたんですけど、今作以上に更新が滞ってる作品があったため気に病んでまして…。

その結果として今作も過剰に更新が止まり過ぎてたことを指摘され、慌てて続きを書かせて頂きました。
内容は思いついてたものの、文章が推敲しきれていなかったのが残念です。
できれば次までに他の作品を更新させておき、心置きなく文章にも内容にも集中して次話を書けるようになっておきたいと願っているのですが…。


 何日かぶりに招かれたセルムブルクにあるアスナの部屋は、相変わらず豪華そうなのに居心地が良くて、高級品が多い割にはケバケバしさがない暖かい感じでボクを迎えてくれていた。

 血盟騎士団の副団長になって護衛も付いて、グラディールさんがアスナの家の周囲で警戒してくれていたから近寄りづらくなってたボクなんだけど・・・・・・今日はその『ストーカー騎士さん』が実は『殺人罪の騎士犯罪者さん』だったことが判明して、久しぶりにお邪魔して晩ご飯に招待してもらうことができるようになって。

 

 武装を解除してエプロン姿になったアスナが作ってくれた料理は相変わらず美味しくて、アスナもニコニコ笑いながら色々な話を聞かせてくれて、少しずつ話す話題もなくなっていって静かになって。

 

 カチャカチャと、ナイフとフォークが食器に当たる音だけ室内に響くようになってから、ボクは礼儀正しくナフキンで口元を拭って汚れを取ってから、お茶に手を伸ばして口をつけて。

 

「・・・ふぅ・・・・・・」

 

 今は食後に出してもらったお茶を飲みながら、ボクはこう思っていたんだ。

 

 

 

 

(き――――気まずい・・・・・・ッ!!

 この沈黙は、気まず過ぎるッ!!!)

 

 

 

 

 ・・・って。

 ――いや、冗談じゃなくて本気でね!? 精神的にキツいよこの状況は!

 エイズ発症する可能性あるボクの場合は特にそう! 心に本物の爆弾抱えてる子にとって胃に穴が開くような沈黙は辛すぎるっ! 精神病がホントに死に直結しちゃう病気を誘発しそうな人との会話は本気で気をつけよう! じゃないと死ぬよ! 主に今はボクが! ボクだけが!!

 

(お、おかしいな・・・・・・家に招かれるまでは普段通りのアスナだったはずなんだけど・・・)

 

 ボクは自分の心と心臓を落ち着かせるため、今の状況になるまでのことを思い出す作業に没頭して、ちょっとだけ現実逃避を開始。

 グラディールさんを倒して、キリトを助けてから今までのことを思い出してみようとしてみる。

 

 

 

 

 ・・・そう、アレは確か55階層の迷宮区前でおこなった戦闘に勝利した後のこと。

 ボクは、戦闘で傷ついたキリトを癒やす役目をアスナに任せて、町に戻ろうとしてたところでアスナから「今夜は一緒に家に来ない?」ってお誘いの言葉をかけてもらったんだ。

 

「ありがとうアスナ。でも今日みたいな日に、そういうお誘いはキリトを誘ってあげて欲しいかな」

 

 でもボクはそう言って、アスナからのお誘いに未練を感じながらだけど笑って拒絶したんだ。「どうして?」って聞いてきたアスナに答えた返事が、なぜだか不思議と心と記憶に印象深く残ったのを覚えてる。

 

 

「あの人もボクとは違う意味で、現実じゃないトコで生きてる感じがするから。

 だから今日みたいな事があった日には、気をつけてあげて欲しいんだよね。

 キリトのためにも。そして多分、アスナのためにも。それが必要なことなんじゃないかって、なんとなくそう思うんだ」

 

 

 ・・・あのとき言った言葉には、特に深い意味はなかった。そのはずだ。

 だけど、じゃあなんであんな言い方を選んだのか?って聞かれたら自分でもちょっと分からない。なんとなく身体が覚えていた、そんな気もするけど気のせいかもしれない。

 あるいは紺野木綿季ちゃんとキリトの間で何か繋がりがある場面だったのかもしれないし、なかったのかもしれない。

 あの場面そのものは直接関係してなくて、関係あったのはボクが立ち去ることだった・・・そんな気持ちも今ではしてるんだけど・・・今この場でアスナの作ってくれたご飯を食べてる時点で今更過ぎるって気持ちも正直言って、ある。

 

「気遣ってくれてるとこ悪いがユウキ、お前のおかげで一人でも大丈夫そうだし、今日は先に帰らせてもらうよ。

 お前の代役でアスナと二人っきりになんてなったりしたら、居心地の悪さで締め付けられて、俺の残りHPがなくなりそうだからな。

 せっかく助かった命を、馬に蹴られて無駄にしたくないから俺は帰る。またな」

 

 そう言って、一方的に言葉だけ言い置いて、片手だけ上げて去って行くキリトの後ろ姿を見せつけられて、呼び止めなくちゃって思ったんだけど言葉が思いつかなくて、どうしようどうしようって思ってる間に今に至ってしまっている。それが今のボクのポジション。

 

(・・・やっぱり言おうと思ったときに言わないのは、ボクらしくないからダメな結果になっちゃったか・・・・・・うう、胃の痛みが幻痛で痛い気がするよぅ・・・)

 

 身体で静かにお茶を飲ませて心で泣いて。・・・なんだかゲームと現実のプレイヤーとしての行動を変な形でデスゲーム内でも再現しちゃう羽目になっちゃってるけど、とりあえず今はそれはどうでもいいこととして置いとくとして。

 

 

「・・・・・・・・・・・・(カチャ、カチャ、カチャ・・・)」

 

 

 

 ・・・・・・沈黙したまま静かにお茶を飲んでる今のアスナが、何故だかとっても怖いです・・・。

 決してアスナが悪いわけじゃないし、ボクに理不尽な折檻をしてくるかもとか思ってるわけでもない。ないんだけど・・・きっと、今のアスナはこのままだときっと―――

 

 

(きっとまた・・・・・・怒られちゃうッ!?)

 

 

 注:お母さんに悪い点数のテストを見られたくない子供の思考になってることに気づけなくなってる転生憑依少女・紺野木綿季14歳。

 

 

 い、いや大丈夫だ! きっと大丈夫だよ何とかなるよ!

 だってボク、今回は何も悪いことやってないもん! むしろキリト助けたりとか、いいことしたもん! アスナに怒られるようなことは何もやってないから単なる杞憂! ボクの考えすぎ!

 もし他に何かボクがアスナに怒られそうな部分があったとしても、それはせいぜい――っ

 

 

1:自分がオレンジプレイヤーの復讐対象に選ばれてること気づいてたけど言いませんでした。

2:自分を罠にはめ殺すため復帰してきたストーカー騎士の計画に気づきながら、自分を狙うだけならいいと放置しました。

3:殺人ギルド《ラフィン・コフィン》の残党数人が隠れ潜んで待ち受けてるのを一人で奇襲して倒しました。騙し討ちだったから勝てたけど気づかれたら危なかったです。

 

 以上、ボクのことになると過保護になって心配性にもなりやすい、アスナが怒りそうなボクが今回やったことの一覧表でした♪

 

 ・・・・・・何も悪いことしてないなんて、よく思えてたもんだよね。さっきまでのボクって・・・。

 自分では悪気はなかったから自覚もなくて、迷惑かけた自覚がないから反省もしてないって、よくある事だよね・・・。そしてギャルゲーだったら許されてもリアルだと許してもらえる気が全くしない類いの、よくあるイベント内容の定番でもある訳で・・・・・・。

 

 

 ―――カチャ。

 

 

「・・・・・・・・・よし」

「(ビクッ!?)」

 

 

 

 え、なに!? ティーカップを音高くお皿に戻してから「よし」って、何が良かったの!? そして何でそんな決意に満ちた顔をしてるのアスナ!?

 怖いよ! 流石に怖いよこのシチュエーションは!? ギャルゲーとかの主人公は、よくこんな状況下でも気の利いた言葉だけで告白イベントに持って行けるよ本当に!!

 

 

 内心でビクビクドキドキしながらアスナの動きを、一挙手一投足までつぶさに見定めて決して見逃すまいと思い定め(いざとなったら全力で逃げ出せるように)ジーッと穴が開くほど集中して見つめていたボクの視線の先でアスナは部屋の壁際まで歩いて行って操作メニューを操作して、部屋を急に暗くして。

 

 暗視モードに切り替わった視界の中で、アスナがメニューウィンドウを出現させて、装備フィギュアを人差し指で操作して、着ていたワンピースが消えて、膝下までのソックスもなくなって。

 

 

 

 

 ――――ピンク色のリボンが付いた、白い下着姿のアスナが、月光のような薄明かりに照らされながら、恥ずかしそうな顔を俯けながら立っていた―――

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁッ!?

 

 

 

「え、あの、ちょっと、アスナさん!? い、いい、一体どうしたのっ!?」

「へ、変な勘違いしないでっ。コレは別にその・・・男の人と女の人がおしべとめしべとか――そ、そういう機能を使うための格好じゃないんだからね!?」

「い、いやそれは流石にわかるって言うか、そもそもボクたち女の子同士だから無理って言うか・・・」

 

 あまりにも予想外すぎる事態の急展開にテンパり過ぎちゃって、まともに考える事できなくなっちゃってる自分は自覚してるんだけど、だからって冷静になれるわけでもなくて、冷静になれてるんだったらこんな事考えてる事自体おかしいわけで――ああ、ダメだダメだダメだ、完全に混乱しまくっちゃってるよボク! メダパニかかってる状態だよ! 本当に、なんでどうしてこうなっちゃったの!? 教えてデキ○ギくん!!

 

「・・・その・・・オプションメニューの、すっごい深いところに、男性プレイヤーと女性プレイヤーがふれあってもセクハラコードに引っかかる事がなくなる《倫理コード解除設定》っていうのがあって・・・・・・わ、私もギルドの子に聞いたから知ってるだけなんだけどね!?」

 

 暗がりの中でもわかるほど必死そうな表情で、顔を真っ赤にしながら「自分は調べてないアピール」を強調してくるアスナ。

 こんな時なんだけど、なんとなく可愛いと思ってしまって、ちょっとだけ冷静さを取り戻せてしまった自分が、前世で男の子だった記憶を持ってる転生者として地味に自己嫌悪が・・・。

 

 って言うか、何考えてるのかな!? その機能をSAOに搭載しちゃった人は! 絶対に茅場昭彦じゃないでしょ!? デスゲーム化させるゲームに意味あるとは思えないし、いくらリアル志向の人でもこんなものまで持ち込むとは思えないし!

 むしろ絶対に信じたくないよボクは!

 今回だけはボクは、SAOの開発責任者で10000人プレイヤー全員をデスゲームに巻き込んだ茅場昭彦の倫理を信じたい! 主に性倫理観を特に! じゃないと今日から先のダンジョン攻略でラスボス見る目変わる自信あるよ今のボクの心境って!?

 

「す、スゴいこと知ってるんだねアスナって・・・・・・い、いやでもホラ、女の子同士じゃ、その・・・・・・できない、でしょ・・・・・・?」

「う、うん。それは確かに無理なんだけど・・・・・・」

 

 両腕を身体の前で組み合わせてモジモジしながら、震える声でかすかな呟きで答えを返してくるアスナ。

 

 だったら――そう言おうとしたボクの耳に、今日最大の爆弾発言が飛び込んできたのは、その次の瞬間のことだった。

 

 

「でも・・・・・・《倫理コード解除設定》を教えてくれた子が言うには、SAOを制御してる《カーディナル》にはプレイヤーの精神性に由来するトラブル対処のための機能がいくつか存在しているらしくって・・・・・・。

 その中の一つが、このシステムをもっともっと深いところまで探っていくと見つかる、《基本的に二人で行うリラックス手段としてのスポーツ機能》っていう、同性プレイヤーだけが使うことが可能なシステムがあったらしくって・・・・・・」

「バカじゃないのかな!? バカじゃないのかな!? 知らない人のことバカって言うのは失礼だけどスッゴいバカなんじゃないのかな!?

 そのシステムを作って搭載しちゃった人は本物のバカだとボクは思うよ! 心の底から本当にねッ!!」

 

 ボク叫ぶ! 人に対して悪意を抱くとエイズ発症しちゃう恐れがあること承知してても大声で叫んで馬鹿にしなくちゃいけない問題っていうのも時にはあるんだって、お馬鹿さんたちに教えてあげるためにも叫ばなくちゃいけない時がボクにもある! あるんだい!!

 

 

「だ、だからユウキ・・・あんまりこっち・・・見ないで。

 ユウキも・・・早く脱いでよ。私だけ、恥ずかしいよ・・・」

「だったら早く着よう!? 服を着直そうよアスナ! そんなお馬鹿さんの行為に君が付き合って穢される必要なんて本当に全く一切金輪際ないんだから着てもダイジョー、ってうわぁぁッ!?

 ちょっ、まっ、アスナやめて! 腕つかまないで!? 無理やり装備フィギュアを操作させて脱がそうとしないで!! 圏内脱衣事件は起こさなくていいからやめ―――ボクはまだ16歳まで一年以上あるからダメぇぇぇぇぇぇッ!?」

 

 

 ドンガラガッシャン! ズッドンドン!!

 

 アスナの百Gパンチ並みの威力を持った綺麗な下着姿から部屋中を逃げ回り、夜中なのに大騒ぎしまくっても近所迷惑にならないから通報もされないゲーム世界のルールに涙を流させられながら。

 

 

 ・・・・・・ようやく二人して落ち着きを取り戻したのは、深夜十二時よりも先に時計の針が回った頃のことだった。

 

 

 

「はぁ・・・やっと落ち着いたね」

「そうだね。ボクの方は死ぬかと思ったけども・・・」

 

 言いながら左胸に手を当てて、悪戯っぽく見えるように笑い返すボク。

 ――だけど、もう今のアスナは冗談での誤魔化しが通じてくれるフリはしてくれないみたいだった。

 

「やっぱり、無理して平気な風を装ってくれてたんだ?

 “なんでもないよ”って態度で笑いながら、心臓に何度も手を置きそうになるのを留めながら」

「・・・・・・」

「キリト君もね、言ってたんだ。“グラディールをあそこまで駆り立てて自分たちを巻き込んだことをアイツはきっと気にしてる”って。

 私もその通りだと思ってたから、晩ご飯に誘って家に来てからずっと怪しんでたんだ。ユウキが人を殺しても平気でいられる子じゃないのは、私が一番よく分かってるから」

「・・・・・・・・・」

 

 ベッドに横になってボクを見つめてきながら、歳上だけど数年しか違わないはずのアスナの顔が、まるでお母さんが手のかかる子供を優しく見守るみたいに柔らかい笑顔で見つめてこられて――ボクは黙ったまま何も言えなくなってしまって、途方に暮れていた。

 

 ・・・いつからバレていたんだろう?って、疑問がある。

 ・・・・・・どこまでバレているんだろう?って、怖さで震えそうな疑念がある。

 

「ユウキは私にもキリト君にも、他の皆にも語っていない秘密があるんだね」

 

 そんなボクの不安を見透かすみたいに、あるいは最初から「それぐらいの隠し事はすぐに分かるよ?」ってワンパク坊主の隠れ家をアッサリ見つけちゃった後だった母親の気遣いみたいな口調のままで続けていって。

 

「私には、それが何か分からない。知りたいとも思わない。・・・・・・ううん、やっぱり知りたいと思うし、教えてくれないことには正直ちょっとだけ思うところもある。

 でもやっぱり私には、そして多分キリト君にも、今のユウキに対して言えることは一つだけしかないんだと思う」

 

 軽く、ボクの右手の甲に自分の両手を上から乗せて、優しく包み込むような手つきで握りしめてくれながら、アスナは少しだけ潤んだ瞳で僕の顔をまっすぐ見つめながら。

 

「私も、キリト君も、ユウキ一人にたくさんの重い荷物を背負わせることだけは絶対にしない。全部は無理でも半分は一緒に背負うから。

 もしも、それさえ無理だったとしてもたくさんの何かを背負ったユウキが動けなくなったときには、その時は私がユウキの小さな身体を抱えて行きたい場所まで運んでいってあげるから。約束する。だから―――」

 

 まっすぐに僕の顔を見つめながら――でも、どこか別の他人の顔と見つめ合ってるみたいな瞳でボクの目を見て顔を見つめて、何かを確かめるみたいに手を強く握りしめながら、堅い堅い口調と声で、

 

「だからもう―――今日みたいな心配だけはかけないって約束して・・・っ。

 私は時々、夢を見るの。元の世界に帰ったときの夢を。そして夢の中のアインクラッドが終わるとき、ユウキだけが小鳥になって、私たちの手の届かない高い高いところまで飛んでいったまま帰ってこないで終わってしまう。

 寂しくて悲しい私一人で元の世界に帰れた後の夢を・・・・・私はそんなの絶対にイヤよ」

 

 

「これからは、絶対に私がユウキを守るから。

 だからユウキも、私を守って。

 最後まであなたを守るために戦う私のことを、ユウキの絶剣で最後の瞬間まで守り抜いて。

 何があっても、私はあなたを連れてあの世界に帰ってみせる。あなたに見せたいものや、見てほしいものが一杯あるから。

 だからユウキも、私に教えてくれるため、見せてくれるために私を、あの世界に連れて帰るため戦い抜いて、そして勝ちましょう。

 二人で一緒に背負い合いましょう、二人で一緒にあの世界まで帰るために・・・・・・」

 

 

 そう言って素敵な素敵な約束を交わし合ったボクとアスナは、結局その夜は一睡もしないまま朝までベッドの中で向かい合いながら、互いのことを話し合い続けて過ごした。

 いっぱいの話をした。いろんな話をした。いろんな場所の話を交わし合った。

 

 強さの話をしたし、弱さの話もした。ナーブギアを買ったときの事情も話し合ったし、リアルでの自分が臆病な子供だったときの話もしあった。

 

 やがて朝日が昇って次の日になって、アスナもボクも血盟騎士団本部に出勤しなくちゃいけない時間になったとき。

 

 ボクたち二人は同じ結論を、同じ理由で出し合って、何度も何度も検討したものを団長さんに提出した。

 

 

 それは―――血盟騎士団副団長アスナと、血盟騎士団新米団員ユウキの二人から、『一時的なギルド血盟騎士団からの退団願い』

 

 そして二人一緒に、少しの間だけ素性を隠しての休暇旅行で、気分をリフレッシュさせてから戦場へ戻ってきたいという『帰ってくるため』の『しばしの別れ』を告げる提案。

 

 

 この提案に対してヒースクリフ団長は、黙ってボクたちの顔を見つめてから一度だけ頷いて許可を出してくれて、最後に部屋を出て行こうとするボクたちに向かって、こう言葉を投げかけてくれただけだった。

 

 

「君たちはおそらく、すぐに戦場へ戻ってくることになるだろう。

 どうやら私の想像以上に、君たち二人の絆が歩むべき道程は剣と共にあるようだ。

 十分に英気を養い、再び戻ってきた暁には最高の戦友たちと再会できることを楽しみに」

 

 

 

つづく




*…ふと今作を書きながら思った事…。
今作でユイちゃんが、転生ユウキを呼ぶ時の呼び名ってなんになるんでしょうね…?


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原作1巻版13話「朝露の少女の命が始まった日」

遅くなって申し訳ございませんでした。久しぶりの更新となります。
例によって例の如く、あんまり頭は働いていないのですが(だから書けずにいた次第…)
取りあえず今の自分に可能な範囲で、【朝露の少女編】の始まりの回となります。

尚、ユイちゃんからアスナとユウキの呼び方について、今のところの予定は後書きにて。


 最近のボクは、毎朝の起床アラームを7時40分にセットしている。

 なんでそんな中途半端な時間かって言うと、単に今まで適当なタイムスケジュールで過ごして来ちゃってたから、人と一緒に過ごすためには習慣づけた方がいいのかな?って思ったからで、起きる時間そのもは何時でもよかったから。

 

 ボクはベッドから起き上がって、隣で寝ているアスナの下までソッと近づいていくと、その幸せそうな寝顔を見つめてから外を見る。

 

 今のボクたち二人がいるのは、第22階層にある小さなログハウスで、アインクラッドでは最も人口の少ないフロアの一つ。

 大部分が森と湖で占められていて、モンスターの出現しないフィールド。小さな村ぐらいの規模しかない主街区と難易度の低かった迷宮区とかが理由になって、攻略を目指して先へ先へ行きたがっているプレイヤーたちには全く記憶に残ってなさそうな場所。

 

 だけど風景はスゴく良くて、ゲームを攻略してSAOを終わらせるより、アインクラッドで日常を楽しんで生きてる人達にとっては、現実世界に帰還できた後でも一番覚え続けてるフロアなのかも知れない。・・・・・・そんな場所。

 

 その場所に立てられた小さな木の家の中で、ボクは隣のベッドで眠るアスナの大人っぽい美人顔にも見えるし、可愛らしい美少女顔にも見えてくる無防備な寝顔を見つめて優しい気持ちにさせられながら、こう思ったんだ。

 

 

 

(――――なんで、こんな事になったんだっけ・・・・・・?)

 

 

 ・・・・・・って。

 いや、ふざけてる訳でも冗談でもなく、ホントにね!?

 なんでボク、こんな場所でアスナと二人っきりで夫婦みたいな生活送っちゃってるのかな!?

 SAOだと女の子プレイヤー同士で結婚できないシステムになってるのに、事実上の新婚さんみたいな状況になっちゃってるんだけど!!

 

 い、いや待て落ち着くんだボク。まだ慌てるような時間じゃないよ木綿季ちゃん!

 落ち着いて考えるためにも、今まで起きてきたことを思い出してみよう!

 

 

 ――グラディールさんが殺人ギルドの一員だったことが分かって、復讐殺人のため襲いかかってきたのを退けた後、ボクはアスナと一緒にヒースクリフ団長から一時的な休暇を許してもらって自由な時間を手に入れていた。

 その後、アスナが「誰も私たちのことを知らない場所で少しだけゆっくりしたい・・・」って言い出して、セルムブルグにある凄く高いマイホームを売って購入資金にするとまで言い出したから勿体なさ過ぎて慌てて止めて、妥協案として手持ちのレアアイテムを全て売り払って、エギルさんとキリトに借金までしてローンで購入したのが、今の僕たちがいるこのお家。

 

 アスナが「22層の南西エリアに良い所があるの」とか「森と湖がいっぱいで遊ぶところには困らない」とか「ログキャビンが幾つか売りに出てたから二人で引っ越そう」とか。キラキラ輝く大きな瞳でジッと見ながら言ってくる言葉に、ボクはただただ首を振って言われたとおり許可するだけになっていってアイテムも売っちゃって―――。

 

 ・・・・・・あれ? ボク、もしかしてダメな男の人の典型パターンになっちゃってないかな・・・? しかも自分で退路まで断っちゃうパターンの。

 いや、いいんだけどね? 今更遅いしイヤでもないし、手遅れだし。

 ――ただ自分の将来がちょっとだけ心配になっただけで・・・。

 

 う~ん、木綿季ちゃんの身体って意外と、社会人としてはダメな大人になっちゃうタイプだったのかな?

 まぁ、生きていられて将来があっただけでもボクの場合は幸運なんだけどねぇ。

 

「・・・ん? ユウキ・・・?」

「わっ!?」

 

 アスナの顔を見ながら、心の中では過去回想してたボクは身動きして瞼を開けたアスナの目覚めたばかりの綺麗な顔と至近距離で見つめ合う羽目になっちゃって、慌てて自分のベッドまで飛び退る!

 

「お、おはよーアスナ! 今日もいい天気だよね! アインクラッドは毎日いい天気だけどね! さぁ、今日はどこに遊びに行こっか!?」

「おはよう。・・・今日も相変わらずユウキは元気だね・・・ふぁ」

「あは、あはは・・・そうかな? アハハハハ~」

 

 あ、危なかったー・・・ギリギリセーフ。

 なにがギリギリで危なかったのか自分でも全く、よく分からないけど何だかスゴく危なかった気がするよ・・・。

 

 

 

 アスナが起きてから、料理はアスナが食器はボクが担当して二人で朝食の準備をして、目玉焼きと黒パンとサラダにコーヒーの朝ご飯を食べ終えて、二人で分担して一秒でテーブルを片付け終わると。

 

「さて! それじゃあユウキの期待通り、今日はどこに遊びに行こっか?」

「う~ん、それなんだよねぇ・・・」

 

 両手をパチンと打ち合わせて、完全に目覚めて覚醒したアスナから身も蓋もないけどゲーム中のオンラインゲーマーらしい言い方の発言されて、ボクはその場しのぎで言っちゃってただけの事に賛成されちゃった訳だけども。

 それとは関係ない別の理由で、ボクはアスナからの問いかけに即答することが出来なくて考え込まざるを得なくなっちゃってた。

 

 団長さんから許可をもらって、この家に引っ越してきてから既に6日。

 リアルの時間感覚で言うと、そんなに経っている訳じゃないし、普通のMMOだったら4時間ぐらいでゲーム内時間の1日は終わるの多いから、それと比べればアインクラッド内で過ごす1日分の時間は短いはずがないんだけれども。

 

 ・・・・・・ただ、引っ越してきてから毎日毎日、朝起きてから日が暮れて夜眠るまで、ほぼず~~っと遊びっぱなしで過ごしていると、流石に遊びのネタも尽きてくる。

 元々あんまし詳しく知ってるフロアって訳じゃないし、ネトゲ情報サイトの《MMOトゥデイ》もデスゲームになってからは見られなくなってるし。

 なんか面白そうな遊ぶ場所情報は、まだこのフロアに残ってたかなー? ・・・って、あ。

 

「ん? なにユウキ、良い場所を思いついたの?」

「うん。実は面白そうな所があったんだよね~♪」

 

 ボクはそう言ってニヤリと笑みを浮かべながら、ここに来る前に教えてもあった情報を思い出しつつ、左手を振って可視モードになってるマップを呼び出すと、印を付けてもらってたその場所を自分の指でも指し示す。

 

「ここなんでけどね? 昨日、ア・・・ごほんごほん。

 あ――ある村で聞いた情報なんだけどね? この辺の森の深くなってるところに・・・・・・出るんだってさ・・・」

 

 もったいぶった口調で言いながら、アルゴさんから教えてもらった確かな情報をアスナに向かって開陳する。

 教えてもらう時に、『結婚祝いのご祝儀でタダにしといてやるヨ♪』と、イヤーな笑顔で言われたことは伝えないままボクの記憶の小箱にしまい込んで出てこなくして、アインクラッド1の情報屋が教えてくれた確かな情報を手柄顔でアスナに向かって教えてあげるんだ。

 

「は? な、何が?」

「・・・一週間くらい前、ウッドクラフトのプレイヤーが木材を取りに来たらしいんだ。

 夢中で集めてる内に暗くなっちゃって・・・・・・ちょっと離れた木の陰からチラリと、白いソレが見えたらしいんだよ・・・・・・」

 

 出来るだけ、おどろおどろしい言い方になるよう意識しながら。

 出来るだけ、普段の木綿季ちゃんらしい元気な感じが出ないよう小声で話しながら。

 

「モンスターかと思って慌てたけど、どうやらそうじゃない。

 人間の・・・それも、小さな女の子に見えたんだってさ・・・。

 長い、長い黒髪に、白い服を着て、ゆっくりゆっくり木立を歩いて行く女の子・・・」

「そ、それって・・・・・・ま、まさか・・・」

 

 ――いや、しかし意外と言えば意外だったし、ソレっぽいと言えばソレッぽい特徴だったけど、アルゴさんが言うんだから間違いはないだろうと思う。

 

「うん、そうだよ。――人間の、女の子の・・・・・・」

 

 思いっきり勿体ぶって、ソレ系の話が好きな人用の溜めと間合いを見計らって、ボクはその名前を口にする。

 

 

 

「―――――幽霊だよ」

 

 

 

 まさかアスナが、『怪談好き』の女の子だったなんて、アルゴさんから教えてもらうまでボクも知らなかった情報だよ。女の子らしいと言えばらしいんだけどね?

 うん、でも可愛い可愛い♪ こんな情報を、今話題の心霊スポットの場所と一緒に無料で教えてくれたんだから、イヤな笑顔の一つや二つぐらい許しちゃおうって気になれるよね☆

 ボクはアスナが喜んでくれて、楽しんでくれるんだったら、それでいいんだから―――

 

 

 その結果。

 

 

 

 

「・・・・・・騙されたぁ・・・・・・」

 

 しくしく泣きながら、僕はアスナを肩車しながら森の中を歩かされる刑に処されながら、心霊スポットに向かわされる羽目になっちゃいました・・・・・・。

 

 つ、釣りをしているNPCじゃないオジサンさん達の視線がい、痛い・・・。

 やっぱりタダより高い物はなかったです・・・。

 

「フンだっ! 自業自得よ。人が嫌がるものの話を喜々として話して、私が怖がる姿を見物しようとした悪い子には当然の罰なの!」

「ううぅ・・・・・・なんとなく理不尽な気がする立場だよぉ・・・・・・」

「ほら、早く走って走って。進路は北北東、到着するまでは降りてあげないんだからね。それとも明日も同じ事やらされてもいいの!?」

「ううぅ~・・・・・・はぁーい・・・・・・ガンバって走りますぅ・・・しくしく」

 

 こうして『幽霊嫌い』な女の子に、オカルト話を喜々として話して怖がらせるのを楽しんだ悪い子への罰として、相手より小っちゃな女の子が年上の女の子を肩車しながら、川で釣りをしていたプレイヤーさん達から微笑ましい物でも見られるような視線に晒されて見世物気分を味あわされつつ、幽霊が出たっていう場所まで行く方針そのものは了承されちゃっていたのだった。

 

 その理由はと言えば。

 

「ゆ、幽霊なんてゲームのデジタル世界に出るわけないんだから! そんなの居ないってことを証明するために私たちは現場に赴くのよ!

 これは心霊スポット巡りの遊びじゃないわ! 科学によってオカルトなんて非科学的な存在の非実在を証明するために行う、科学的な実験なのよ!!」

「アスナ・・・・・・もうその言い方が既にフラグくさ――むぎゅっ!?」

 

 そんなアスナの言い訳に対して、言い訳だと言うことさえ許されない罪人の僕には、言い訳する権利すら当たられずにお仕置き執行が待っております。

 ・・・・・・うう、速く走って早く着きたい・・・。

 

 人目に晒されながらが恥ずかしいっていうのもあるんだけど、それ以上にその、え~と・・・・・・あ、アスナの太股が顔の両側に当たっている状態と、視界の左右から覗いてる体勢って言うのは中の人になってる今野悠樹くん的にとても宜しくない状況なんだよね。

 

 紺野木綿季ちゃんの身体に生まれ変わって結構経つし、普段はそれほど気にならなくなってたんだけど・・・・・・意識してる綺麗な女の子と密着状態になっちゃうと流石に前世の自分を思い出さざるを得ません。

 出発してからずっと、目線を前だけに固定するよう意識して、唇も突き出した表情のままで変わらないよう無表情のままで、頬っぺたが赤くなってることに気付かれないよう苦労しつつ全力疾走。

 

 この性的拷問を一秒でも早く終わらせたいから、早く着こう! 早く到着してしまおう!

 ・・・・・・ただし、帰りも罰の続きって事でやらされたらとか考えると、スゴ~クやる気が出なくなっちゃって困ってもいるんだけれどね・・・・・・。 

 

 

 

 

 そして、なんとか到着。

 

 

 

「ふ、ふ~ん。こ、ここ、ここがウワサの場所なのね・・・」

 

 アスナが怖さからか、少しだけへっぴり腰になった姿勢で僕の肩から降りて、実体化させたレイピアを持って歩み出し、ボクはようやくゴニョゴニョした気持ちの問題から解放されて文字通り肩の荷が下りた心地で後に続いてる。

 

「だ、大丈夫よ。幽霊なんてい、居るわけないんだから・・・。

 もし仮にあり得ない話だけど、そんな非科学的なものが存在してたとしても出てくるのは夜だけのはず。昼間の今なら大丈夫よ、大丈夫だから・・・」

 

 本当に怖そうな足取りと言い回しで、少しずつ少しず~つ森の奥深くへとはいっていこうとしていくアスナ。

 その姿を見ながらボクは、ふと思ってしまう事があった。

 

 ・・・・・・今更過ぎる話なんだけど、デジタルなゲーム世界に幽霊なんて居るはずない場合に、僕たち転生憑依者と呼ばれてる人達って、どういう扱いになるんだろう・・・?

 

 幽霊と言えば幽霊だし、輪廻転生と言えば輪廻転生でもあるし。

 入院中もテレビとかで、脊髄や心臓移植手術をした人たちの中には、臓器を提供してくれたドナーの記憶を一部だけ覚えてる人の話は偶に聞くことがあったけど、あれはあくまで相手の終わってしまった人生の一部だけを、途中で終わらず繋げてもらった人達の中に少しだけ残しておけただけ。

 最初から相手の人生全部を、自分の物にしちゃった訳じゃない。

 

 生まれてきたときから紺野木綿季として、今野悠樹が生きてきてしまったボクの人生は、あるいは強制的に途中下車させられたことを恨みに思って化けて出た幽霊さん達よりも、ずっとずっと性質の悪い存在なのかも知れない。

 

 木綿季ちゃんはボクのせいで、途中下車させられる権利さえ与えられずに、生まれることも無いまま死んでしまった一番の被害者だったのかも知れない。

 

 そう考えると、幽霊の話には色々思うところがあるボクだけど、それでも今のボクが人生を途中下車させられたところで紺野木綿季ちゃんが改めて紺野木綿季としての人生を死ぬまで生きれるようになる訳じゃない。

 

 人の人生は、一人に一つだけ。

 人の生命は、一生に一度きり。

 

 一番最初で始めることも出来ずに終わってしまった人たちも、辞めたくなかったのに途中で無理やり人生を降ろされちゃった人たちでも、不本意だからってやり直しはきかない。いくら理不尽でも正しい在り方に戻してくれる奇跡は、滅多に起こってくれるわけじゃない。

 

 ボクみたいな存在は多分、幸運中の超幸運で第二の人生を許してもらえただけのラッキーボーイかラッキーガールなんだとボク自身は信じてる。

 だからボクは、この命と身体と木綿季ちゃんの人生に感謝して大事にしながら、大切に生きようと思ってる。

 生まれることが出来なくて、見れるはずだった景色や色んな人たちの生き方を見れなくなった彼女の代わりに、ボクが見ておこうと思う。

 いつか彼女に伝えられる日が来るかも知れない。来ないのかも知れない。

 彼女が彼女として生まれて、この場所に今立っていたときには別のことを思って、別の選択肢があったのかもしれない。

 

 でもそれはボクの知らない紺野木綿季の人生で、ユウキの物語で起こる出来事なんだろうね・・・・・・。

 ボクには自分の物語を生きることしか出来ないから、取りあえずは生きてみる。

 ソレしか出来ないのが自分に与えられた人生なんだと、今のボクは知っているから―――

 

 

「ね、ねぇユウキ・・・・・・ちょ、ちょちょ、ちょっと・・・・・・っ」

「――ん? どうかしたアスナ? 何かあったのかな?」

「あ、アレ・・・・・・あそこの、アレっ!!」

 

 そんな風に、自分の思考に浸り過ぎちゃってたボクの意識を、アスナの青ざめた声が呼び戻してきて、ボクは現実のって言うかバーチャルリアリティで造られたゲームの死が現実の死に直結してる世界に呼び戻される。

 いけないいけない、いつもの癖で人の生き死にに関することは深く考え過ぎちゃって、他のこととか話が意識から外れちゃうのはボクの悪い癖だ。

 アスナに失礼だったね、怒らせちゃったかな? 今度は意図的じゃないけど無自覚に無視しちゃってた罪滅ぼしとして、ちゃんと相手が指さしてる方向を見るけど・・・・・・なにも無いし、なにも見えない。

 

「・・・なにも見えないけど、何かあったのアスナって、痛い!? 痛いよ!? 髪の毛引っ張らないで! ちょっと!?」

「ひ、ひぃぃぃぃッ!? ちょ、ちょちょちょちょっと降ろして! 早く降ろして! レイピアが上手く抜けないんだってばーっ!?」

「降りてる! もう降りてるよ!? 森に到着したときから降りてるからね!?

 お願いだから落ち着いてアスナ! ボクの髪の毛を掻き回そうとしないで! せめて自分の髪でやってってば痛い痛い痛いーっ!?」

 

 バッドステータスじゃない混乱に陥っちゃったアスナによって、生きてる人だけ味わえる痛みを思いっきり味あわされちゃうボク!

 痛いのは死んでない証拠だって昔言ってた人が居たっていうけど、やっぱり痛いのはイヤだよ!?

 あと、死ぬ寸前の時の方が感覚なくなってて痛くなかったよ! 初めて痛み出したときの方が痛すぎる日が続いて死にたくなっちゃった事もあったからね!?

 道徳話としての死は、現実の生き死にの参考にならないとボクは思う!

 だから辞めようアスナ! いくら痛みを味あわされても現実の死を体験したことあるボクには生の喜びを感じれるようにはなれないからホントに辞めて!?

 痛い痛い痛い! ハゲる! ハゲちゃうよーっ!?

 

「とうっ!」

 

 というボクの心の悲鳴と苦情を聞き届けてくれたのか、アスナは妙に格好良い掛け声一閃、勢いよくジャンプして遠ざかってからレイピアを引き抜いて、ボクを前面に押し出したフォーメーションを瞬時に組むと、意識を集中させたのか鋭い目つきになって正面にある一部分を睨み付ける。

 

 たぶん索敵スキルを使って標的をフォーカスして、隠蔽スキルとかを使ってたとしても見破れるようにしたんだと思う。

 ボクやキリトと同じ攻略組プレイヤーで、しかも最強ギルド《KBG》の副団長でもある《閃光》が、だいぶ前に攻略終わった22階の低層フロアでやるような対応じゃ無いと思うんだけど・・・・・・それだけ怖い物でも見つけちゃったんだろうねぇ。

 

 一体なにを見たんだか・・・・・・って、いぃっ!?

 

「う、ウソ・・・ホントにいたぁっ!?」

 

 そして見る。ボクも見つける。見つけてしまう。

 アスナと同じ物を見つけて、アスナと同じように体と心をビクンと引き攣らせて、膠着しちゃうのを避けられなくなっちゃうほどに・・・!!

 

 ――それは白い女の子だった。

 風に揺られて、ゆっくりと動いているのは植物でも岩でもない、普通の布。

 白いシンプルなワンピースを着て、黒く長い髪をした女の子が、顔の影で表情を隠しながら、こんな場所で、こんな世界で何もせず、ただ立ち尽くすように何処かを見上げたまま、虚ろな視線をボクたちの方へと向け直してきて―――っ

 

「ひ、ひぃぃぃぃっ!? 祟られるー! 貞子に祟られちゃうーっ!?」

 

 見つめられた瞬間にアスナが(微妙にヒドいことを言いながら)耳を塞いで目を閉じて座り込んでしまう、災害の時とかには一番やっちゃいけない姿勢をとってボクの後ろに隠れてしまったため、逆にボク自身は目の前の脅威かも知れない存在から目も身体の向きも動かせなくなってしまって、仕方なく前を向いたまま相手を見つめていたんだけど―――その結果として。

 

 

 ふら―――ドサリ。

 

 

 ・・・・・・目眩を起こしたみたいに身体がフラッと揺れた後、お空を見上げながら背中から倒れていって、仰向けの体勢で地面の上でグッタリとなって動かなくなり。

 

 それから警戒して様子見しているボクたちの前で倒れたまま動くことなく。

 1秒、2秒、3秒経っても微動だにしないままで・・・・・・って、コレ普通に急患なんじゃないのかな!?

 

「ちょ! アスナあれ幽霊なんかじゃないよ! 助けなくちゃ! ほら、早く立って走って! 森の広場で引きこもってないで現実を見て!!」

「ちょ、ちょっとユウキ!? 置いてかないでよ・・・・・・、っもう!!」

 

 何かしたいと思った時には身体が動いちゃう、木綿季ちゃんの身体の特性と、今すぐ助けるために走り出したい今野悠樹だったボクの心が完全一致して迷うことなく走り出して、結果的に置いてけぼりにしちゃったアスナが僕を呼び止める声が聞こえたけど、一度走り出したユウキの身体は止まらないし止められない!

 

 仕方なくだけどボクの後ろから付いてくるため走り出してくれて、大した距離もなかったから倒れた女の子の側にすぐに到着するっ。

 

「・・・・・・やっぱり、幽霊なんかじゃない。プレイヤーの・・・はずだよね?」

 

 気絶して倒れたらしい女の子のもとまで辿り着いてから、念のためトラップの可能性も考えて身体をすぐには抱え上げずに、指先で軽く触れてから反応がないことを確認した後、彼女の小さな身体を両手で抱き起こしてあげた。

 

 彼女は意識が戻らないままで、瞼は閉じられていて、両手は力なくダランと投げ出された姿勢で動くこともない。もちろんワンピースは白いだけで、向こう側が透けて見える半透明になんかもなっていない。

 

「だ、大丈夫そうなの? その子・・・」

「う~ん・・・どうなんだろう・・・? この世界だとリアルの医療知識は役立たないし・・・」

 

 アスナに聞かれて、僕は即答できずに反応にちょっと困っちゃう。

 倒れた女の子を見て即座に駆けつけてはみたけど、SAOの中で現実の医療や健康状態の確認方法はほとんど役に立てない。

 息をして心臓に酸素を送っているのは、リアルで眠ったまま起きない肉体であって、ゲーム内の僕たちはリアルの肉体の結果論として、同じ行動を再現させてもらっているだけでしかない。

 アバターの脈拍なんか測っても、なんの意味もないだろうしなー・・・。

 

 

「でも、ポリゴン片になって消滅しないってことは大丈夫なんだと思う。

 ・・・・・・ただ、プレイヤーなのにカーソルが出なくて、年齢制限が13歳以上のナーブギアなのに10歳より年下でログインしてて、麻痺とか毒以外ならHP1でも動けるSAO内で攻撃も受けてないのに今さっきまで動いてた子が倒れて意識失ったままってだけで―――」

 

 

「それ本当に大丈夫なの!? なんだか物スッゴく危なすぎる危険な状態としか思えない条件満たしすぎてるんだけど!!」

「いや、ボクに言われても・・・・・・」

 

 アスナの尤もすぎる指摘にジト汗を浮かべながら、両眉を寄せて考え込む表情になることしか出来なくなっちゃうボク。

 だって、見たまんまの状態を伝えただけなんだもん、GMでもネットセキュリティ会社の人間でもない一般人には分かんないよ~・・・。

 

 カーソルが出ないのは、何らかの改造ツールを使ってるハッカーだからかもしれないし、今時のネットだと小学生でもスゴいウィルス造ってた事例もあるし、小学生がネトゲにはまってるネット中毒だったこともリアルであったの知ってるし、年齢制限なんて家庭用のCERO:Zでさえ守ってるゲーマーさん達がどれぐらいいるか分かったもんじゃない世の中だし・・・・・・。

 

 正直、今さっき挙げた条件だけじゃ何の判断基準にもならないのが、現代日本ネット社会の弊害だとボクは思う。

 

「と、とりあえず放っておく訳にはいかないから、うちまで連れて帰りましょう。目を覚ませば色々わかるかも知れないし」

「うん、そうだね。ボクが触っても何も起きなかったし、最悪でも女の子プレイヤー同士なら肉体接触でハラスメントコードに抵触する恐れもない。それから後は――」

「うん、分かってる。そっちは私が担当するから、ユウキは彼女をお願い」

 

 以心伝心、皆まで言わずともお互いの考えていることが分かり合ってるボクたち二人は、互いのやるべきことと出来ることを理解し合って、ボクが白い女の子をソッと持ち上げて運んであげて運んであげながら、アスナは右手を振ってウィンドウを開くと手早く操作し始める。

 

 ボクが触れた時点でクエストログ窓が更新されることもなければ、異性じゃなくてもNPCを所定の場所から大きく移動させた後にも吹っ飛ばされなかった以上は、この女の子はNPCじゃないことは確かで、残りはプレイヤーだけってことになるけど・・・・・・それにしては妙なところが多すぎる。

 

 怪しんでる訳じゃない。疑ってる訳でもない。

 もし何かの裏があったとしても、彼女は被害者で加害者では絶対にないっていう確信がボクにはあるし、たとえ間違ってたとしても責任を負う覚悟は出来てもいる。

 

 ただ、それらとは関係なしにボクたちはこういう件には素人で、紺野木綿季ちゃんの身体は今野悠樹よりもずっとネット関連に強い才能を持ってはいても一人で出来ることには限界がある。間違いだって起こすだろう。

 

 

 だからこそ!

 こういう時にするべき、たった一つだけ確実な人助けの方法は―――ッ!!

 

 

 

 

『『助けて!! キリト――――っ!!(く――――ッん!!!)』』

 

 

 

 

 

 ・・・・・・人命救助のときには、一人でやらずに人を呼びましょう。

 なんか常識外れで変なことが起きた時には、とりあえずキリトを呼んでおくと何とかなりやすい。

 

 それが入院患者だったボクの、ちょっと情けないけど経験則なんだよね・・・・・・。

 

 

 

 

 

 ―――これが、ボクとアスナにとって『生まれるはずだったAI』なのに『生まれることを許されなかった女の子』《ユイちゃん》と出会うことになる出来事の始まり。

 

 短くて楽しくて、最期はとても悲しい形でしか終わることの出来ない、夏休みの間だけ田舎で過ごした女の子との思い出みたいなイベントの始まりだったことを、今のボクとアスナはまだ知らない・・・・・・。

 

 

 

つづく




*ユイちゃんから、ユウキとアスナの呼び方(予定)

アスナ「ママ」
ユウキ「お姉ちゃん」

アスナが怖い顔しちゃったので、ユウキだけ改名。

ユウキ「お母さん」


……漢字だと「お義母さん」にもなれてしまい、複雑な家庭環境な気がしたけど幼い子供相手だから、まぁいーかと受け入れ予定。
二人のママがいる子供は、たしかに複雑なご家庭です…(微苦笑)


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原作1巻版14話「朝露の少女に『おはよう』と言うために――」

久しぶりの更新となってしまいました。もっと早く続きを書く予定だったのですが……申し訳ない(謝罪)
久々なのに今回の話は少し短めです。ユイちゃんとの日々が始まると長そうだったので、始まるところまでで一旦切って次回から本格始動ッス。

……ユイちゃんからユウキの呼び方が確定してないって事情も、あるにはありますが……。


「まず一つだけ、確かなこととして・・・」

 

 ほとんど駆け足で来た森の中で気を失っていた少女を背負い、ユウキたちが購入したログハウスまで運んできた俺は、アスナが使っているというベッドに彼女のことを横たえると毛布を掛けてやりながら、向かいのベッドに並んで腰を下ろしている美少女プレイヤー二人に対して、しばしの間だけ沈黙を挟んでから口を開いて、

 

「……俺は、困ったときに呼ぶ便利屋でもなければ、小児科の医者でもないんだけどな…」

『『い、いやぁ…アハハハぁ……』』

 

 ――団長に敗れたことで血盟騎士団に強制入団させられ、仕事中だったところを呼び出し食らった新人団員としてジト目で告げてやると、向かいのベッドに座っていた二人は後ろめたそうに視線を逸らして笑って誤魔化そうとして、明後日の方を向いてしまうのだった・・・。

 

 まったく、この大手ギルド《KOB》の副団長さまと、その非保護者と認識されちまっている将来の幹部候補さまは・・・・・・。

 自分たちが「一時的な脱退許可をもらって低層フロアで休暇中」だからって、俺まで一緒に休暇もらってた訳じゃないってことをスッカリ忘れて、人呼び出しやがって・・・。

 先日の件で《ラフィン・コフィン》の残党が、また二人を襲ってきたのかと思って焦って走りまくってきて損したぜ、まったくさ。

 

「ご、ごめんねキリト君。ただなんて言うか、その……き、キリト君だったらなんとかしてくれそうだなーって思っちゃって、つい…」

「う、うん、そうなんだよキリト。こういう困ったことあった時は、とりあえずキリトに頼んでおけば、ビーターだからとかの理由で解決してくれそうなイメージがあったから…」

「……お前ら…ビーターを一体なんだと……」

 

 言い訳めいた口調で返された答えに、俺は思わずゲンナリした表情にならざるを得ない。

 明らかに彼女たちの中でビーターという存在のイメージが、変な方向に解釈されて定着されちまってたことを今になって初めて知らされて・・・・・・ちょっとだけだがショックだったからである。

 

 なんなんだよ、それ・・・・・・どこの正義の人助けヒーローなんだよソイツはさぁ・・・。

 ビーターってのは、《チーター》と《ベータテスター》をかけたダブルニーミングで誰かが言い出した俺個人用のスラングだからな? 完全に逆だぞ?

 お前らの思い描いてるような白いイメージじゃなくて、黒だから。血盟騎士団みたいなお目出たいカラーリング似合う類いのあだ名じゃないから。そこは今度ジックリ分かってもらうとして・・・。

 

「ハァ・・・まぁいいさ。ユウキには命を助けてもらった借りがあるしな。これぐらいの足代わりは引き受けてやるよ」

「ご、ごめんねキリト? 本当にごめんなさい・・・」

「いいって。――それで、この子の様態についてなんだが・・・」

 

 そう前置きして、後ろめたそうにしている二人の罪悪感と緊張を軽くしてやってから本題に入ると、さすがに彼女たちの表情も真剣味を帯びたものにならざるをえない。

 特にアスナなんかは、幼い子供という存在に特別な思い入れがあるのか――あるいは出会ったばかりの頃に聞かされた話にあった自分自身の過去とを同一視して見ているのか、心配そうな顔がより深刻で、俺としても少し心配になってくるほど青ざめている。

 

「まず、こうして家の中まで移動させられたってことから見て、彼女がNPCじゃないのは確かだ。

 それに何らかのクエスト開始イベントでもない。もしそうなら、接触した時点でクストログ窓が更新されるはずだが、俺がここまで背負って運んでくるまでも今の時点でもそれが無い以上は、やはりNPCって線はないと見ていいと思う」

「そう・・・・・・だね。もしNPCだったなら、手で触ったり抱きついちゃったりしただけで数秒後にはハラスメント警告が表示されて、衝撃と一緒に吹き飛ばされてたはずだし・・・」

「しかもキリトだったら男性プレイヤーだし、こんな小さな女の子NPCの身体になんて触れちゃったらセクハラコードに引っかかって、最悪の場合は今ごろ黒鉄宮送りにされちゃってたところだったし・・・・・・それが無いってことは彼女はプレイヤーって考えるのが自然だよね・・・」

 

「・・・・・・」

 

 深刻そうな顔でベッドの上の少女を見つめながら語ってくる美少女プレイヤー二人だったのだが。

 ――出来れば、そういうことは確認した上で俺に運び役を命じて欲しかったんだがな・・・・・・「お願い」と必死そうに言われたから思わずおぶっちまってたけど、場合によっては俺一人がヤバイことになってたかもしれない事実を今更になってから知らされる身としては結構つらいぞオイ・・・。

 しかも二人の表情とか見てると、気まずすぎて言い出しにくいし・・・・・・クソ。こういう時やっぱ女の方が得なんだよな。SAOプレイヤー数千人の中でもS級レア美少女プレイヤー二人なら特にさ。

 

「今のとこ推測だが、転移クリスタルを持ってないか使用方法を知らなかったから、ログインして今日までずっと《はじまりの街》に居続けてた子が、何でかまでは分からないけど、あそこの森まで来て道に迷っていた―――そう考えるのが現状だと一番あり得る可能性じゃないかと俺は思ってる」

「うん・・・わたしも、そう思うな。こんな小さな子が一人でログインするなんて考えられないもん。家族が誰か一緒に来てるはずだと思うし・・・・・・無事だといいんだけど・・・」

 

 俺が女の子が目を覚まそうとしないため、現状証拠とアインクラッドのシステム面だけを基準に考えるしかなかった推測を語ると、アスナがその見解に賛成してくれて、最後の部分だけを小声で呟いて言葉を終える。

 

 ――家族と一緒にログインしたはずの女の子が、森の中で道に一人で迷って倒れていた流れ。その理由が「最後の部分ではないか」という可能性を想像せずにはいられなかったんだろう。

 俺としても考えざるを得ない展開だったし、そうであって欲しくないと心底から願う想いも共有するものではあったんだが・・・・・・ただな。

 

「キリトの推測が一番あり得そうって言うのは分かるんだけど・・・・・・でも、現実にあり得るのかな? それを成立させる条件って。

 一家に最低でも2本の《SAO》を買うことが出来てた家族なんて、滅多にいない超低確率の出来事だと思うんだけど・・・」

「あ! そ、そっか・・・・・・そうだったんだよね」

 

 心配のあまり冷静さを失っていたらしいアスナも、ユウキからの疑問でその点に気づかされたようだった。

 そう、俺が気になったのもまさにその点だった。。

 

 もともと《ソードアート・オンライン》は、ナーブギア初のMMORPGとして日本と言わず世界中からも注目されてるタイトルだったゲームだ。

 発売日当日のテレビには、三日前から並んでた徹夜行列が映されて、大手の通販サイトは軒並み数秒で初回入荷分が完売。

 つまりはパッケージを買うことが出来た人間は、ほぼ百パーセント重度のネットゲーム中毒患者ばかりで満たされている。

 それが、あの日に《アインクラッド》に囚われてしまった人たちの内訳だった。

 

 もちろん例外もいるだろうし、たまたま購入した家族に用事ができて代わりにって人もいるかもしれないけど、それでも《SAO》を発売当日に2本も買うことが出来たって時点で、その人の強運、もしくは運の悪さはギネス級に登録されてもおかしくないってぐらいの超ハイレベルってことでもある。

 

 だけど、じゃあこの子は他に、どんな経緯によって今日まで生き延び続けて、あの森で倒れるに至ったのかって疑問についても考えてみれば、全く理由が思いつかないのも確かではあるんだよなぁー。

 

「まぁ、とりあえず普通に考えて《はじまりの街》になら、この子のことを知ってるプレイヤーなり、ひょっとしたら親なり保護者とかがいるだろうし目を覚ましたら連れて行ってあげるといい」

「うん、そうしてみるね。色々とありがとうキリトくん」

「気にするなよアスナ。もう時間だから俺は、ひとまずギルド本部へ帰るけど、この子が起きたときにはメールしてくれ。すぐに駆けつけれるよう団長には許可もらっとくからさ」

「い、いいのキリト? けっこう大変じゃない? ここまできてセルムブルクまで、また戻っていくのって・・・」

「まっ、乗りかかった船だからな。知らなかったなら別としても、ここまで知っちまって放置は俺にとっても目覚めが悪すぎる。むしろ連絡くれた方が気は楽になれそうなぐらいだ。

 他の団員たちにも何か知らないか聞いてみて、後で連絡するよ。それじゃ」

 

 それだけ言って俺は、お礼とお詫びの品としてアスナにもらった手作りの昼飯弁当をアイテムボックスへ丁寧にしまうと、来た道を大急ぎで戻るため全速力で走り始める。

 

 昼飯には間に合いそうもなかったから、久々に豪華なディナーにありつけそうな日々がしばらくの間は続きそうなことに、不謹慎とは思いながらも俺の唇は密かに、二人に背を向けて見えなくなってから曲がり続けていた自分を自覚していた。

 

 あの二人には見せられそうもない、調子づかせるだけだと分かり切っている表情を浮かべながら、その日の俺にとっての《町の外での冒険》は今の時点で終わりを迎えていたようだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリトには悪いことしちゃったね。後でしっかり謝って、お詫びも考えておかないと」

「・・・・・・うん、そうだね」

 

 キリト君が血盟騎士団のギルド本部に帰ってしまって二人だけ――ううん、今は“この子”を入れて三人だけになってしまった部屋の中で、気遣うような声で言ってくれたユウキの言葉に私は、心ここにあらずな声と表情で返すだけで彼女のことを見つめ続けていた。

 

 あれから数時間ぐらいが経過して、夕暮れ時が近づいてきていた。窓から入る光は透明な明るさから、オレンジ色へと変化してベッドで眠ったままの女の子の顔を赤く照らしている。

 

 その色が“あの日”を思い出させられてしまって、二人には悪いと思いながらも私は、この子のことを考えるだけで頭がいっぱいになってしまっていたからだった・・・・・・。

 キリト君の推測を聞かされてからは、余計にそう。

 

 無意識のうちに敢えて考えないようにしていた事、親なり保護者なり一緒にログインした人がいるはずだと信じることで想像せずに済ませてしまっていた、自分の中に封じ込めた深い闇。その記憶。

 

 もし仮に、彼女がたった一人でこの世界にやってきて、今日までの二年間を恐怖と孤独のうちに送ってきてたのだとしたら・・・・・・私がキリト君やユウキと出会うまでの時間と思いを、今日までずっと味わい続けてたのだとしたら・・・・・・。

 それは、こんな小さな子供に耐えられるわけがない。辛すぎて苦しすぎて死にたいとさえ思うほどの日々の連続だったんじゃないか――って。

 彼女の気持ちを想像せずにはいられなかったから・・・・・・。

 

「――ね、意識・・・・・・戻るよね?」

「うん、それは大丈夫だと思う。体が結晶化して消えてないってことは、この世界だとナーヴギアと脳との間で信号のやり取りが続いてるってことの証明だからね。睡眠状態に近いだけってことになる。眠ってるだけだったら、そう遠くない内に目を覚ますよ。絶対にね」

「そう・・・・・・だよね」

 

 縋るような思いで聞いた私からの質問に、ユウキは力強い保証で答えてくれたけれど・・・・・・今の不安に怯える私は彼女の思いに応えて完全に安心してあげることで応じてあげることが出来なかった・・・。

 

 でも、もしも――もしかしたら、ひょっとしたら――そんな言葉ばかりが頭の中にリフレインし続けてしまって、際限の無い不安と怖い可能性の連鎖に囚われかけてしまっていた私には、たとえ絶対安心できる証拠を見せつけられたとしても今だけは、信じ切ることが出来なくなっていたんだと・・・・・・後になって思い出したときには、きっとそう思える心境に今日の私はなっていた。

 

 ――だからだったんだと思う。

 私は、ユウキが答えてくれたときに、彼女の声の変化を分かってあげることが出来なかったのは――。

 

 私の疑問にユウキが答えてくれて、ユウキの返答が私がちょっとだけでも安心をもらうことができた、その次の瞬間。

 

「もっと正確に言っちゃうなら―――」

 

 そう言って、ユウキが告げた答えの続き。

 

 

「ボクたちは誰一人として、二年前から目を覚ましたことが一度もない」

 

 

 思わずハッとさせられて私は、ベッドで眠る女の子の寝顔からユウキへと視線を変えて彼女の顔を真っ直ぐ見つめようとして、そして――――出来なかった。

 そんな彼女の声を聞きながら、私は思っていた。

 

 ああ・・・・・・“また”だ・・・って。

 

「今ボクたちは起きて、眠ってる彼女の寝顔を見つめてるけど――実際にはボクたちは全員が、今のこの子と同じ姿でベッドの上で眠り続けたまま二年間ずっと起きたことがない。

 アインクラッドの中で、夜には眠って朝になったら目を覚ましてるボクたちの身体は、実際には朝になっても目覚めないまま睡眠状態で眠り続けてる。

 ボクも、アスナも、キリトも団長も、この世界で生き残って今日を生きている人たちは全員が、この小さな女の子と全く同じ状態で今も眠り続けて目覚めてないのが、本当のボクたちなんだから・・・・・・」

 

 不吉な彗星の尾のように、ユウキの声が終わった後も私の心にザワザワとした不思議な思いが残り続けている・・・・・・。

 

 悼ましそうに、寂しそうに、悲しそうに――どこか達観した突き放したような視点から見た私たちアインクラッドに生きている人たち全員の現実を、淡々とした口調で語り紡ぐ。

 

 ユウキには、どこかしらそんなところがあった。

 私やキリト君や他のプレイヤーたちのほとんどは、この世界から現実へと帰りたいと想っているし、必死にアインクラッドから脱出したいと本気で思って真剣に努力し続けている。

 特に私なんかは家の事情で、そっち方面の認識はしやすい。

 絶対に向こうの世界に帰りたいと思っているし、やり残したことがいっぱいあるまま、こっちの世界で死ぬわけにはいかないと心の底から願っている。

 

 ・・・・・・ただ反面、心のどこかで自分の世界の境界線が曖昧になってきてる自分を自覚させられる時があるのも事実だった。

 今さっきの、眠ったまま起きない女の子と自分たちを別物として捉えてしまってたのも、そう。

 

 普段から願い続けている向こうの世界に帰りたいという想いの中で、ふとした拍子に自分たち自身を、この世界で生まれ育った一人の人間と考えて、その前提で人と物事を考えてしまってるときが希にあるのだ。

 

 ――だけどユウキには、それが無い。

 この世界はどこまでいってもバーチャルリアリティで作り出された仮想世界で、私たち一人一人の脳の中に直接映し出されている映像を見ているだけの、『SAOはゲームであることに変わりは無い』という大前提が常に頭の中にあり続けてて、それを基準に全てを考えて思考している。

 

 だからこそ今みたいに、私たちが感情を刺激されずにはいられない事態を前にした時なんかにも冷静に、これがゲームなんだという前提で解決策について考えた意見を言うことが出来ていた。

 

 それは見方にとっては、自分だけを例外扱いして悟った気分で全てを眺めている冷たい策士のような立場に見えるのかもしれない。

 

 ただ私には・・・・・・一人だけみんなで遊んでいるゲームの輪に入れなくなって、ただ遠くから楽しく遊んでいる姿を見て楽しむことしかできなくなってしまった。

 そんな、『仲間外れになってしまった女の子』のように私には、こういう時のユウキは見えていた。

 

 みんなが楽しんでいる姿を見て楽しむことしか出来ないから、みんなが楽しく遊び続けられるため守り続けている。そんな優しくも頼りになる――独りぼっちのナイトさまに。

 

「みんなが眠ったまま、でも朝になったら起きれる世界で、一人だけ本当に眠ったまま目が覚めないままなんてことはないよ。

 アインクラッドも茅場晶彦も、それに管理プログラムのカーディナルだって、そんな不公平をSAOの世界に許すことはきっと無い。

 夢は覚めるよ。どんなに夜が長い日があっても、明けない朝がくる日はアインクラッドにはないように、終わらない夢だってない。だから彼女の夢も終わって、この世界をプレイする朝が来るさ。絶対に――ね」

「ん。―――そうだね」

 

 

 優しい手つきで眠ったままの女の子の額をソッと撫でてあげながら、いたわりの言葉の中にユウキらしい覚悟を込めた言葉で宣言するのを聞かされながら。

 私は短い答えだけ言って立ち上がると、夕食の準備を始めることにした。

 

 

 色々あった日はまだ終わってないけれど、でも明日のためにも今日はもう食べて寝て《はじまりの街》に、この子の家族を探しに行く明日に備えて休んでしまおうと、心に決めたから。

 

 お父さんやお母さん、この子の保護者が見つかるかどうかは分からない。

 このSAOに、たった一人だけでログインして保護者なんて最初からいないのかも分からない。

 明日になったら彼女が目を覚ますかも分からない。明後日もかもしれし、来週かもしれない。

 それでも私は、明日に備えて今日はもう食べて休もうと決めたのだ。

 

 最後にベッドで横たわったまま目を覚まさない、小さな女の子の横顔を見つめながら、食堂に移動するため部屋の明かりを消す間際に一言だけ添えて、私の今日は終わりにしようと、そう誓っていた。

 

 

「――おやすみなさい。

 明日は目を覚まして、“おはよう”って言ってくれると嬉しいな」

 

 

 女の子が起きたときの明日に備えて、今日は休んでおくために。

 今日までずっと一人きりで辛かった保護者がいない時に備えて、何か出来るよう英気を養っておくために。

 

 明日のために。

 朝目が覚めて、彼女と初対面で元気よく「おはよう」を言ってあげれるために。

 

 

 「おはよう」を言うために「おやすみなさい」は言う言葉だってことを、私は既に教えられて知ってしまった後なんだから―――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして現在。

 

 

 

「・・・・・・(ぱちくり)」

「・・・・・・・・・・・・ん・・・ちょっ!? えぇッ!? ゆ、ユウキ! ユウキってば!! あ、あああとキリト君にも連絡を、メール! メッセージだっけ!?」

「・・・う、ん~~・・・・・・どうしたのアスナ・・・? ヨダレがどうかし――」

「百Gお仕置きパンチッ!!!」

「のっくばっシュ!?」

 

 

 ――朝起きた直後に、私より早く目を覚ましてた女の子が瞳をいっぱいに見開かれたきれいな顔をドアップで見てしまって動転した私は、寝ぼけ頭で女の子の恥ずかしい姿について語ってしまったデリカシーのないユウキの発言に、とりあえずお仕置きしてるシーンから彼女との―――ユイちゃんとの悲しい別れと楽しくも短い日々が始まる日を迎える羽目になったのでした。

 

 何ごとも思ってたとおりの綺麗な形ではいかないのが現実の人生なんだから、女の子の寝起きを撮影するイケない番組は見ちゃダメって、ユウキにもしっかり教えておかなきゃと心に誓いながら。

 

 ユウキ自身が将来ダメな大人にならないためにもね!!

 現実の仲いい家族って、そういうものなんです!! だから私は悪くない!プンプン!!

 

 

 

つづく

 



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原作1巻版15話「朝露の少女と黒の剣士と、そして二人の少女たちと――」

久しぶりの更新になってしまいました、申し訳ありません。
本当は早く続きを書く予定だったのですが、幾つかあるストーリー候補が決まらず、正直いまだに迷ってる状態ですが、止まり続けるわけにもいきませんので一旦投稿。後は野となれ山となれ。


「ねぇ、キリト君。どう思う・・・?」

「・・・どうって、言われてもな・・・」

 

 アスナから問われた俺は、自分でも厳しいと思える顔つきになって唇を噛みしめて、俯いたまま即答してやることが出来なかった。

 

 朝の白い光の中でまどろみながら、たまたま早く目が覚めてしまっていたところに『女の子が目を覚ました』というメールをアスナたちから受け取った俺は大急ぎで二十二層の森林エリアにある二人が買ったログハウスまでやってきた俺は、少し離れた場所から目覚めた少女が朝飯を食ってる姿を眺めながら小声で話し合っている。

 

 昨日調べたとおり、肉体的には問題がないことも確定することができた。

 『ユイ』という名前であることも、本人自身の口から教えてもらうことにも成功した。

 

 だが・・・・・・状況はハッキリ言って最悪だった。

 この世界に閉じ込められてから今日まで、色々と酷いことを見てきたつもりになってたけど・・・・・・今回のコレは、酷すぎる・・・。あまりにも残酷すぎる・・・。

 

「記憶は・・・・・・ないみたいだな。でも、そんなことより、あの様子だと・・・・・・精神的ダメージかなにかで・・・」

「そう・・・思うよね・・・・・・、やっぱり・・・・・・」

 

 泣き出す寸前のような顔でアスナが絞り出すような呟きをこぼすのが、耳と心に痛かった。

 もしかしたら俺も、今の彼女と同じような表情を浮かべて泣きそうになっているのかもしれない。

 そう思うと無性に、ナニカに対して腹が立ったが、何に対して怒ればいいのか分からない状況の中で感情は空転してしまって、結局俺は自分の腕で自分の両手を強く握りしめる事しかできなかった。

 

 ・・・俺たちが森の中で拾った少女『ユイ』は、記憶を失っていただけじゃなく、『心』までもが完全に子供に戻ってしまってたんだ・・・。

 

「はい、ユイちゃん。このパンも美味しいから食べてごらん? このクリームをかけて食べると、もっと美味しくなるんだよ♪」

「くい・・・む?」

「うん、そう。クリーム。これはねぇ~、《逆襲の雄牛》っていう牛さんがくれる、すっごく美味しいミルクなんだよ。ほら、あ~ん」

「あ~~・・・ん・・・・・・ッ!! おい、しい・・・っ!!」

「でしょ~☆ 沢山あるから、いっぱいドーゾ♪」

「んっ♡」

 

 今はユウキに相手をしてもらいながら、目覚めた時間帯に合わせて朝飯を食べさせてもらっている彼女は、年齢的には八歳ぐらいの見た目をしているように思える。

 ログインしたのが2年前で、俺やアスナと同じように現在の肉体がゲーム開始時にスキャンしたリアルでの自分を元にしたアバターであることを考えれば、今は十歳ぐらいにはなってるはずだ。

 

 ・・・だけど彼女の、覚束ない言葉を使った話し方は、まるで物心ついたばかりの幼児そのもので、とても肉体年齢相応の精神年齢に達しているとは言いがたい・・・。

 もちろん、そんな状態の子供にナーブギアを使わせて、VRをプレイさせようとする人間なんているはずがないのだから、彼女が――ユイが今の状態になってしまったのはデスゲームに囚われてしまった後ということになる。

 

 ナニカがあったんだ・・・あの小さな女の子の心が、子供に戻ってしまうほどのナニカ良くないことが・・・・・・。

 一体なにが起きてああなったのか、今の俺たちには分からないし、正直言って分かりたくもない。想像するのだって嫌すぎるぐらいだ。

 

「ごめんね、キリトくん・・・・・・私たちにも出来ることはあるんじゃないかって思うんだけど・・・・・・ただ今は私、どうしていいのか判んなくなっちゃってて・・・・・・」

「無理しなくていい。俺だって同じだ。大丈夫だとは思っているけど、いろいろ考えちまって不安で仕方がないくらいなんだし・・・」

 

 相手の瞳が濡れてるのを見せられたとき、俺の胸にも来るものがあった。

 思わず、相手の肩に手を伸ばして抱きしめてやりたい衝動に駆られ―――そして、やめる。

 代わりに俺は彼女が考えそうな懸念を先読みして、今のアスナが何に悩んでいるのか見当をつけると、言葉によって相手を慰められるよう自制する。

 

「それに・・・アスナだったら多分、あの子が記憶を取り戻すまで面倒みてやりたいとか思ってるんだろ?

 ただ、そうしたら攻略が遅れてしまって、あの子がアインクラッドから解放されるのが遅れてしまう・・・そういう理由で悩んでるんじゃないのか?」

「・・・・・・・・・ん」

「ジレンマだよな・・・・・・俺にも気持ちは解るし・・・」

 

 俺もアスナも、そしてユウキも攻略組ギルド《KBG》のメンバーだし、自慢するわけじゃないが俺個人の存在も攻略プレイヤー全体の中ではそれなりに影響力は大きい方だと思ってはいる。

 大抵の奴が安全マージンを優先して大手ギルドに加わるのが多数派の中で、迷宮区の未踏破エリアのマップ提供料ではソロプレイヤーとしてならズバ抜けてる方だし、俺たち三人全員がいるいないで攻略スピードが遅くなってしまうのは、自惚れではなく事実だと思う。

 

「大丈夫だ、俺たちにも出来ることはある。まずは、それをしよう」

「そう・・・だね・・・。はじまりの街に行ってみれば、何か分かるかもしれないし、新聞の尋ね人コーナーにも書いてもらえば名乗り出てくれる人がいるかもしれないし・・・」

 

 俺がそう言うと、アスナは今日はじめて笑顔を浮かべて、表情の乏しくなっていた華麗な顔に生気が戻ったように見えた。その時だった。

 

「お~い、キリトー、アスナ。ユイちゃん、お腹いっぱいになって眠いってー」

 

 ユウキからの明るい声が聞こえてきて、俺たちの間に横たわっていた暗い空気を払拭する。

 見ると、俺たちが話し合ってる近くまでやってきてたユウキの後ろで、眠たそうな顔して両手で目をグシグシこすっているユイが見えた。

 その姿を見たアスナが少し辛そうに顔をしかめたけど、すぐに微笑みを浮かべ直すとユイの元まで歩いていってベッドに寝かせるため運んでやってから戻ってくる。

 

「う~ん・・・?」

「?? どうかしたか、ユウキ?」

 

 するとユウキが、何か考えるような仕草をしながら妙な声を上げてきた。

 不満、という訳でもなさそうだったが、どこかしら納得がいかないような、妙に腑に落ちない落ち着かないような顔つきで、うんうん唸りながら珍しく考え悩む素振りを見せ続けてくる。

 

「うん、なんかユイちゃんの受け答えとかで気になる部分があってね。なんでかな?って、ちょっとだけ不思議に思っちゃって」

「・・・ユイの態度に気になるところ・・・?」

 

 その言葉に、俺は首をかしげた。アスナも同様みたいで、俺が見下ろすと不思議そうな表情で見返してくるだけ。

 ユウキだけが別の意味で不思議そうな顔をしながら、「うん」と自分自身が先に言っていた言葉に頷きを返して、

 

「ユイちゃんってね。たしかに言葉遣いはタドタドしいし子供っぽいんだけど・・・・・・僕たちから言われた言葉はちゃんと理解できるみたいで、最初のとき以外はキチンとした受け答えが帰ってくるんだよね。それが、ちょっと不思議でさぁ~」

「?? そりゃまぁ、言われてる言葉くらい理解できるだろ? 普通に考えて・・・」

 

 不思議そうな表情をしながら理由を説明してくれたユウキだったが、その内容は却って俺たちには混乱が増すだけにしかなってくれるものじゃなかった。

 たしかにユイは、サンドイッチやパンを知らない――いや、思い出せなくなってるみたいで、それらの名前を言われても理解できずにオウム返しで返事をしてくることは、俺が見ただけでも何度かある。

 

 だけど流石に、「パン」と言われた言葉が理解できないとか、相手が何のことを「パンだ」と言っているのかさえ分からないなんてほど悪い状態じゃない。

 何かが原因の強いショックによって心が子供に戻ってしまってるだけで、彼女はきっと普通に戻れる女の子なんだから・・・・・・そう思っている。

 

 だがユウキは、それだけだと納得できなかったらしい。「う~ん・・・」と一声唸ってから腕を組み。

 

「フツー子供って、あんなに物覚えいいものかなぁ?

 もっと何度も同じことを教えて上げて、やっと覚えてくれたんだけど前に教えたのを忘れられちゃってて、また同じことを教えて上げて・・・・・・そういうのを何度も何度も繰り返しながら少しずつ学んでいって、大きくなってくのが子供だったらフツーだと思うんだけどなぁ・・・」

「そりゃあ、まぁ・・・・・・言われてみたら、そうかもしれない・・・・・・のか?」

「・・・いや、僕に聞かれても」

 

 小首をかしげながら告げられた、ユウキからの実感がこもった子育てマニュアルみたいな話を聞かされて、十代半ば男子の俺としては正直反応に困るしかなく、そんな俺の返しにユウキの方まで困るしかないループに陥っちまう羽目になる。

 

 いやまぁ、ゲーマーの中で子育て経験ある奴なんて、そう多くはないだろうし、SAOの配信開始直後にプレイするような廃人レベルのネトゲーマーは、家庭とか学校よりもゲームを優先するレベルの奴らだから廃人扱いされてるわけで。

 

 正直、フツーの子供だったらとかの話を聞かされても、リアルでそういう経験まったく無いヤツがほとんどだから分かりようがないんだよな・・・。

 ・・・・・・って言うか、改めて言われたら急に、ユイに対して自分がキチンと対応できてたのか不安になってきちまったな・・・。

 ゲーム内にリアル持ち込むのはマナー違反だから今まであんまり考えてなかったけど、ユウキに言われて現実の自分思い出させられたら、なんかスゴく不安感が・・・・・・

 

「――じゃあユウキは、ユイちゃんが子供のフリをして私たちを騙してるって言うの? そんなのって・・・」

 

 いきなりの問題定義によってリアルの自分を思い出させられちまって混乱してた俺と違って、アスナの方は冷静なままユイへの愛情が優ったのか、ユウキの意見に対して不満そうに唇を尖らせながら反発していたけど、これにはユウキの方が首を大きく横に振って否定を返し、

 

「それはないよ。子供のフリするのって思ったよりずっと大変だし。ユイちゃんの年齢で可能だったらハリウッド級の子役じゃないと無理になっちゃう。

 まぁ、可能性としては0じゃないけど、現実的には無いんじゃないかなぁ・・・」

「う、う~~ん・・・・・・」

 

 新たに追加された情報提供によって、さっきよりも益々混乱するしかなくなってくる俺。

 さっきも考えたことだけど、ユイの見た目年齢はだいたい8歳ぐらいで、ログインしてから今までの時間を加算した実年齢は約10歳程度ってことになる。

 

 ・・・たしかに10歳の子供で、あの演技力はちょっとな・・・。

 まぁ見た目はスゴく整っていて、幼いけど可愛いって言うより綺麗さを感じさせられるほど銀幕スターみたいな印象受ける美少女だし、大女優の娘さんだったって可能性もなくはないほどの美少女ではあるんだが・・・・・・そんな娘がSAOにログインして、アスナたちの元で子供のフリする意味なんてある訳ないしなぁ~。

 

「つまりユウキは、こう言いたいってことか?

 ユイは、子供っぽい言葉遣いや反応の割には“賢すぎる”

 それらが演技でやってるにしては、“子供過ぎる”・・・・・・そういう事なのか?」

「・・・・・・うん。なんかアンバランスな感じがあるんだよね、あの子って。それでいてスゴく落ち着いてるようにも見えるし・・・・・・なんかそこら辺がよく分かんなくて・・・。

 自分でも何言ってるんだろうって、思ってはいるんだけど、でも・・・・・・」

 

 言いながらユウキは、背中越しにユイの眠そうにしている姿を振り返って、心配そうな視線を投げかける。

 その反応を見たとき、俺も彼女が何を気にしているのか少しだけ分かったような気がした。

 

 おそらくユウキは、“そういう子供たち”に会ったことがあるんだろう。だから、その子供たちとユイが同じなのか否か、それが気になっているし心配もしている。

 それで色々と、俺たちが気にしなかった所まで細かくチェックしながら、俺たちの元まで報告に来てくれた。そういう事なんだろうと俺はおぼろげに理解させられる。

 

「――悪い。逆に気を使わせちまったみたいだな。とりあえず明日は全員でユイを連れて、《はじまりの街》に行って情報収集をしてみよう。

 今のユウキの話で考えるなら、ユイはそれなりに目立つ子供だったはずだし、覚えてる人も結構いるかも知れない。行ってみる価値は充分にあるさ」

「ん・・・そう、だね・・・・・・ありがと、ユウキ。私たちの分まで色々ユイちゃんのこと考えてくれて」

 

 俺とアスナから礼を言われて、ユウキは「ニコリ」と笑っただけでユイが待つ部屋へと戻っていく。

 あまりの悲劇にショックを強く受けすぎて、ユイの状態を『特殊な状態だ』と判断しただけになってしまった俺とアスナは、ユイが今日まで「どうやって生きてきたか?」を考えるのを無意識のうちに辞めてしまっていたが、ユウキだけはユイの症状と実際の生活を当てはめて考え、「今日までどうやって生きてこれたのか?」について思案を巡らせてくれていた。

 

 それはユイにとって辛い過去を想起させる行為だが、同時に彼女の『今までの足取り』を想像することでもあり、この家に辿り着くまでに辿ってきた『道のり』を逆に辿っていく行為でもある。

 

 彼女のルーツや親御さんを探し出すためには必要な思考作業だったのに、俺たちは「相手にとって辛い記憶だから」と敢えて目を逸らす道を選んでしまってたんだ・・・・・・その事を痛感させられながら俺たち二人もユウキの後を追う。

 

 そして心の中で誓っていた。

 おそらくアスナも俺と同様の誓いを立てていたと思う。

 

 ユイのために、もう二度とこんな事はしないと。

 彼女が帰るべき所に帰せるよう、どんなに辛いことでも決して目を逸らさず受け入れてみせると。

 そう二人して、心の中で誓いを立てていた。

 

 

 ・・・・・・後に俺が、今の時点で。

 この騒動が、“あんな結末”に終わると知っていたら、同じ誓いを誓えたかどうか何度か自問自答することになる誓いを。

 

 未来に待つエンディングを知らない、ただのプレイヤーでしかない俺たち二人は無邪気に無悪意に、そんな誓いを立てた上で《はじまりの街》へ赴くことになる――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――なんやかんやと色々あった結果として、キリトと僕とアスナとユイちゃんの全員で《はじまりの街》に行くことが決まった僕たち臨時即席パーティーのご一行さんだったけど。

 ユイちゃんがもう今日は眠そうだったし、今から行くと広すぎる《はじまりの街》だと探してる時間なくなっちゃう危険性もあったから、明日になってユイちゃんが目を覚まして朝ご飯を食べたら即出発って形に決まって、その日の対策会議は一旦終了。

 

 分からないことは多くあったし、色々と不思議な事もいっぱい見つかっちゃったけど、それでも何とかなるし、ユイちゃんの為にもしてみせる!って気持ちだけは絶対に保つ覚悟を決めて、その日は終わる。・・・・・・そのはずだったんだけど。

 

 ――その日最大にして最後の事件は、キリトたちと僕とが会話して、眠そうなユイちゃんがお昼寝してご飯食べて起き直してから勃発することになる・・・・・・

 

 

「そういえばユイちゃん。私たちの名前、もう覚えてくれたかな? 私はね、アスナって言うんだよ。この人はキリト。そして、こっちの子はユウキ。言えそう?」

「あ・・・・・・うな。き・・・・・・と。ゆー・・・き・・・・・・」

「ハハッ、たしかにユウキ以外は、ちょっと難しいかもな。なら何でも、言いやすい呼び方でいいよ」

「・・・・・・ん。あう・・・な。きい・・・と・・・。ゆーき・・・」

 

 ニコリって笑って、ユイちゃんの頭をポンポンってしながら優しい声でキリトがあやすように話しかけてるのを眺めてる光景に僕まで嬉しくなってきちゃう気持ちになってたときのことだった。

 

 ――それは突然起きたんだ・・・。

 キリトから言われた言葉を、子供なりにいろいろ考えて考えて、考えがまとまったらしくて顔を上げて、ゆっくりとキリトの顔を見上げながら、おそるおそるって感じで口を開いて、ユイちゃんはこう言った。

 

「・・・・・・パパ」

 

 そして次に、僕のことを見上げながら、

 

「ゆーきは・・・・・・ママ」

 

 最後にアスナに向かって、ゆっくりと人差し指を向けながら、

 

「あうなは・・・・・・おかーさん」

 

 

 ―――ものすっごく事案になりそうな、複雑なご家庭事情っぽい呼び方を、僕たち三人につけてくれちゃうと言う大事件が勃発してしまうことになったんだ・・・・・・!!

 

 

「い、いや待ってくれユイ! たしかに言いやすい呼び方でいいとは言ったけど、流石にその呼び方はその・・・《はじまりの街》で人捜ししてるときに呼ばれると困る呼び方と言うか!」

「そ、そうだよ! キリトは分かるし、僕も――な、なんとか我慢できるけど! アスナの呼び方は変えよう!ね? 僕のと交換しよう! そうすれば少しはイメージ的にマシになるかも知れないし!?」

「そうよそうよユイちゃん! なんでユウキが『ママ』で、私が『お母さん』なの!? 何で呼び方を別けたのか理由を説明してちょうだい! お願い!」

「そこ!? アスナが気にする所って、そこだったの!? もっと気にしなきゃいけない事って無かったっけ!?」

「重要なことよ! 十代乙女の女の子にとって『ママ』と呼ばれるか『お母さん』って呼ばれるかはヒジョーに重要な問題なの!!」

 

 謎理論によるアスナの主張に、なぜだか理屈不明な言い分なのに、ちょっと分かっちゃう自分がなんかイヤなんだけど!?

 これは十代乙女で女の子の木綿季ちゃんが気にしてるんだよね!? 僕じゃないよね!? 十代男の子で死んだ今野悠樹は心まで男の子が死んだりとかしてないよね!? そっちの方もスゴく気になり出しちゃった僕なんだけど!!

 

「あう・・・・・・えっと、じゃあ・・・・・・きいとは、パパ。

 あうなは・・・・・・あうなママ。ゆーきは・・・ゆーきママ・・・」

 

 

 ――しかも、もっとスゴい事案発言になっちゃっただけだったね・・・。

 なんかもう、僕とアスナがキリトの『1号さん』『2号さん』みたいな扱いされちゃいそうな呼び方になっちゃったよコレ・・・。

 明日の新聞は『二刀流VS神聖剣』を超える大スキャンダル間違いなしだ~(ヤケクソ気味)

 

 

「い、いやユイ・・・その呼び方も流石にちょっと・・・別の方向で――――」

「・・・あう・・・・・・きいと、何でもいいって・・・・・・」

『『『う、ぐぅッ!?』』』

 

 

 そして子供の必殺スキル《泣き落とし》でクリティカルヒットを食らわされた《閃光》と《絶剣》と《黒の剣士》の攻略組メンバー3人は敢えなく全滅。

 白旗を振って、この呼ばれ方で《はじまりの街》をユイちゃんのご家族探して歩き回らなくちゃいけなくなりましたとさ。めでたしめでたし。

 

 レベルを頭打ちするまで上げて、装備を上限いっぱいまで強くした武具で固めても。

 小さい子供の泣き顔の前では、僕たち三人はたぶん一生勝てません。そういうパーティーなんだろうなーってことを、お互いになんとなく分かり合うことができた、そんな日の最後に起きた最大の悲劇イベントは、そんな結末。

 

 

「――まぁ、町中だから武器は外しといていいし、防具も普段使ってるのより数ランクぐらい弱いのつけてけばバレる心配ないとは思うけど・・・・・・できれば知り合いには会えないといいなぁー。

 《軍を全滅させた悪魔を単独撃破した二刀流使い》の追加ニュースで記録更新になっちゃうかもしれないし・・・」

「言うな、ユウキ。・・・・・・俺はもう、今さら抜けたくなってる気持ちを必死に押さえ込んでる最中なのだから・・・」

 

 

 

 男プレイヤー二人が(内一人は元男の子だけど)ソファに並んで座って、明日からの世間の目について暗澹たる気持ちを抱えながら今日の夜は更けていきましたとさ・・・。

 

 

つづく

 



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