とある未完の侵入禁止 (ダブルマジック)
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鳴海最都

 

 自分の人生に必要なものが何かを真剣に考えたことがあるだろうか。

 水、食料、衣服、住居、金。思いつく限りで、人がおよそ生存するのに必要なものはこのくらいのものか。

 しかしそれは生きるために必要なものであり、生きていく上で『原動力』となり得るものとなればものが変わってくる。

 それは人であったり物であったり欲求であったり、人間が10人いればその答えは10通りにもなるであろう。

 そうした生きるための原動力が鳴海最都(なるみさいと)という15歳の少年にも当然、存在している。

 彼がその人生を捧げているのは、ある2人……可能性としては3人になるかもしれない少女達がおよそ幸せだと思える人生にするために助力することだ。

 そのために自分が何をすべきかなど彼には正直わからない。大して学もなく学校にさえ通わない特殊な環境で育ったゆえに欠落した部分が大きいため、その考えに幅すらない。

 だから彼は彼なりに精一杯のコミュニケーションを以て彼女達と接するのだ。そうして彼女達の心に触れて何をしてあげられるのかを真剣に考える。そうやって彼は今日まで生きてきた。

 

 

 

 

 東京の3分の1ほどの高い塀に囲まれた広大な敷地面積を誇る、人口約230万人のうち約8割が学生という巨大都市『学園都市』。

 ここではその学生達が『能力』と呼ばれる異能の力を研究し能力の向上を目指して日々研鑽し励んでいる。

 発火能力(パイロキネシス)念動能力(サイコキネシス)発電能力(エレクトロマスター)空間移動能力(テレポート)

 多岐にわたる能力がある中で人1人に発現する能力は原則として1種類であり、その力の強さによって6段階のランクに区分されるが、どんなに小さな力の能力でも学園都市のカリキュラムを受けた学生は最低評価である『無能力者(レベル0)』となり能力の発現はしているとみなされる。

 その能力者達の頂点がわずか7人しか存在しない『超能力者(レベル5)』。その中でも序列は存在するが、誰もが国益に影響を与える存在とまで言われる巨大な力を有しているため、遥か高みにいる彼らを『人間兵器』と呼ぶ学生もいなくはない。

 そんな雲の上の存在を夢見て能力開発をする、などという情熱を一切合切持ち合わせていない少年、鳴海最都は7月20日となる今日も目の前の食料品コーナーで値札と壮絶な戦いを繰り広げていた。

 

「やはり閉店間際に再度アタックして値切りを待つべきか。いやしかしここで買わずに売り切れになられていても困る……」

 

 生鮮コーナーのちょっとだけリッチな肉を見つめながらブツブツと独り言する鳴海は、他の買い物客に敬遠されていることもお構いなしにムムムと唸りながら数分間その場を占拠。

 他に買うべき、値切りの余地なしの物はすでに買い物カゴに入れ終えて、あとはここ生鮮コーナーを残すのみとなったわけだが、決して贅沢な生活ができているわけではない鳴海は本気で頭を悩ませる。

 とはいえだ。いくら鳴海と言えど毎度ここで足止めを食らっているなんてことはない。ただ今日、今夜の夕食に限ってはちょっと贅沢をしておきたい理由が存在する。

 

「…………メインがなくて『超がっかりです』とか言われる方がダメージ大きいし、ここは男らしくレジを通してやりましょうかね」

 

 悩むこと数分。実際に肉ありの食卓となしの食卓とで相手の反応がどう違うかを考えてみた鳴海は、家計へのダメージより精神的ダメージが大きいことを悟り決断すると、勢いよく目の前の肉へと手を伸ばしてそれをカゴへと豪快に……そっと丁寧に入れてレジへと直行。今日の戦いの第1ラウンドはこれにて終了である。

 数日分の食料や日用品などが入った買い物袋片手に帰路へとついた鳴海は、学園都市のほぼ中心に位置する第7学区。主に中高生が多く住み学校なども集中しているこの学区を歩いて北上。北西部にある自宅アパートは第7学区でも指折りで安い物件だが、生活するには全く問題はない。

 いや、鳴海の場合は少々特殊な条件でそのアパートを半年ほど前から住み始めた段階で大家さんによって無料で提供されている住居なのだ。

 光熱費やら水道費やらが大家さん持ちでかなり申し訳ないとは思いつつも、それに見合うだけの働きを求められてはいるので、向こう側としてはそれさえやってくれればトントンということで鳴海も納得はしているが、それでも月々にかかる生活費はかなり押さえている。

 そうした特殊な事情で住まわせてもらってるアパートが見えてきたところで、その働きを求められる事態が起きてることを発見した鳴海はすぐにそこ目指して近付いていく。

 この辺の物件は他と比べてもいくぶん安い物件が多く、金のやりくりに余裕の少ない高校、或いは大学生といった学生がほぼほぼ生活しているわけだが、そうして物件が安いことには鳴海がここにいることに関係している。

 物件が安いということはその土地に何らかの原因というか、他と比べて見劣りする部分があるというのは想像するに容易いが、ここら辺が安い理由は主に『治安の悪さ』だ。

 能力開発とは聞こえは良く、実際に毎年のように学園都市には外から子供達が夢や希望を持って入ってくるが、現実は非情なものでたとえ同じカリキュラムの能力開発を受けたとしても、そういった『夢の力』を実感できるようなレベルにまで高められる学生、強能力者(レベル3)以上に至れるのは約2割程度。現実には約6割もの無能力者が学園都市には存在し、その強度が上がるだけ人数は反比例するわけだ。

 能力のレベルがステータスともなる学園都市では、そうやって努力が報われない現実を突きつけられて能力開発に情熱を失う学生などが少なくなく、俗に言う不良や諦めちゃった人は目に見えるほどにいて、能力者間でのトラブルも現実問題としてあるのだ。

 

「良いじゃんかよ姉ちゃん達。別にホテルとか行こうって言ってるわけじゃないんだし」

 

「ちょおっとお茶しながらお姉さん達と楽しみたいだけなんだって」

 

 近付くに連れて話の内容が聞こえてきたが、見た目には2人の女子大生に4人の不良がナンパしてるだけだが、鳴海は彼女達が無能力者であることを知っているし、不良の方は話す態度が明らかに高圧的。この傾向は男女間でよくあるが、問題がどこにあろうと鳴海のやることは別に変わらない。ただこの辺の住人であるお姉さん達が困り顔で不良に捕まっているからそれを助ける。学生間のトラブルを解決するのが鳴海のここでの存在意義だから。

 

「お帰りなさい、今日もお疲れ様です」

 

 鳴海の接近から声をかけられたことで、ナンパされていた2人は困り顔からパアッと花が咲いたように笑顔になるとパタパタと小走りで不良の囲いを抜けて鳴海の背後へと移動する。

 

「ナルちゃん助かったぁ」

 

「ナルちゃんマジグッドタイミングだよぉ」

 

 背後から親しみのある呼び方で頼られた鳴海は年上の女性が何となく苦手なので言葉を返せなくなってしまうが、一斉に自分に向いた不良達の視線にすぐに意識を向けると、何だこのガキはみたいな雰囲気の不良に無感情で接する。

 

「あの、お姉さん達が嫌がってるので素直に諦めてお引き取りください。ついでにもうこの辺で強引なナンパとかやめてください」

 

 極めて事務的にそう告げた鳴海の言葉に、1度はバカ言ってらこいつと笑った不良達だが、一変してふざけんな的な言葉を各々が発して鳴海を威嚇。

 鳴海としても最初から不良達が素直に帰ってくれるなんて思ってなかったので、こういう時は『向こうから仕掛けて返り討ち』にした方がダメージも大きいので敢えて挑発するようにやったのだが、沸点の低さは相当なようでひと安心。

 持っていた買い物袋を後ろの2人に一旦預けて下がらせた鳴海は、これから起きるわかりきった結果に盛大なため息を漏らすが、それをバカにされたと思ったのか威勢の良い1人が勢いよく鳴海に殴りかかる。

 

 

 

 

 昔、と言ってもそこまで過去のことでもないが、学園都市ではある実験計画が通常のカリキュラムの裏で執り行われていた。

 本当の親を知らない、または親に捨てられて学園都市に入れられた子供。そうした身寄りのない通称『置き去り(チャイルド・エラー)』と呼ばれる子供達は、表向きでは保護施設などに預けられて生活補助を受け生活してはいるが、極端な話『どうなってもいい』ため、最先端科学の裏で非人道的な実験に使われる『実験動物』レベルの扱いを受ける、者も少なくない。

 鳴海も物心ついた頃に親に学園都市へ放り込まれて遺棄された子供の1人であり、その非人道的な実験にいくらか関係がある。

 『暗闇の五月計画』と呼ばれる、とある能力者の演算能力を他者に植えつけて最適化し、能力の向上を図る意図のこの実験は、いくつもの失敗を繰り返しわずかな可能性で生き残った子供達によっていくらかの成果は上がっていたが、被験者である子供の暴走によって研究所ごと破壊され頓挫した。

 その実験施設育ちの鳴海が、不良などという輩に遅れを取ることなどあり得なく、殴りかかってきた不良は鳴海の顔面に拳を叩き込んだ途端に壁にでも打ち付けたかのように痛がって本能的に後退。

 当の鳴海は殴られたにも関わらず顔には傷1つなく、本当にやるのかといった雰囲気で不良達をただ見る。

 

「ちっ、能力者かよ」

 

「つってもこの数だ。異能力者(レベル2)になった俺達全員でなら余裕だろ!」

 

 さすがに不可解な現象によって鳴海がそれなりに高いレベルの能力者なのは理解が及んだようだが、数の暴力と自身の能力に自信があるのか怯む様子のない不良達は揃って見せつけるようにその手に電気を走らせたり、手の平をかざしてきたりと能力使いますよ宣言。

 だが鳴海にとって能力というのは等しくその効力が『自分に及ばない』無用の長物であることを疑っていないので、その様を見ても態度など変わることはなくイラついた不良達は一斉にレベルアップしたという能力を鳴海に対して行使してきた。

 

「異能力者……グレたにしては頑張ってると思うんだけど、異能力者になった、か……」

 

 数分後。完全に沈黙した不良達にはまだ意識があるので、ケロッとした態度で傷1つない鳴海が口を開くことに戦慄する。

 鳴海の能力は『設定したあらゆるモノを対象から遠ざける能力』であり、能力内にある対象はその優先度がかなり高めに設定されることとなるため、先ほどのように鳴海に対して殴りかかってもエネルギーは能力の壁に阻まれてその威力が鳴海から遠ざけられて跳ね返る。これに鳴海は衝撃すら伝わらない。

 続けて打ち込まれたスタンガンのような拳も丸ごと跳ね返され、鳴海を浮かせようとしたのか不良の使った念動能力も遮断。不良の攻撃の一切を寄せ付けなかった。

 そこから鳴海は自分の優先度を使って不良達に適当なパンチやら蹴りやらを打ち込むのだが、これが凶悪で遠ざける力が自分から向かってくるということは、その力が相手に侵食していくことに他ならない。

 わかりやすく説明するならば、鳴海がただ壁に向かってパンチをしても、優先度の高いパンチは能力で壁を遠ざけて負荷をかけ破壊するということ。つまりはガードを無視した攻撃が一方的にできてしまう。

 その力が数分前に不良達に襲いかかったわけで、もちろん鳴海は加減をしてはいたが、それでも抗えない力の差を感じた不良達は尻尾を巻いて逃走。

 あれだけ走れれば大丈夫だろうとか思いながらそれを追うこともなく見送った鳴海は、下がらせていた女子大生2人にムギュッと抱きつかれるものの、これも厳密には彼女達も鳴海には触れていない。

 

「ナルちゃんサンキューっ」

 

「ナルちゃんいるからここでも安心して暮らせるよねぇ」

 

 無害な彼女達に対してなら能力を解除することもしていいはずだが、鳴海は色々な事情から自分に直接触れていい相手をかなり限定していて、生活するのに不自由な時以外はほとんど能力を展開し続けている。

 そうしてある意味で周りを拒絶し続ける鳴海に彼女達は嫌な顔1つせずに感謝の言葉を述べると、買い物袋を返しつつ自らの財布を取り出して決まりごとのように1000円札を鳴海へと渡すと、自分達の住む近くのアパートへと帰っていき、お金を受け取った鳴海も他にトラブルがないかをパトロールしてからアパートへと帰っていった。

 それにしても、と。アパートに帰ってきて夕食の準備を始めた鳴海は、先ほどの不良達のことを思い出しながら、さらに最近の気になることも思い出して関連付ける。

 気になったのはここ最近のこうしたトラブルの際に元々そこまでの能力を持ってなさそうだったのに、何人かが予想よりも高いレベルにいたこと。

 もちろん全員返り討ちにはできていたが、能力というのはそんな短期間でほいほいレベルが上がるものではないため、そういった人達が何人も出てくるのは少々異常を感じる。

 

「…………そういえば何だっけな。みんなが言ってたあれ……使うと能力が向上するとかっていう……」

 

 そこでさらに関連した話題を住人との会話で耳にしたような気がして記憶を辿った鳴海は、作業する手も少し止めて集中して引っ張り出す。

 

「……幻想御手(レベルアッパー)、だったか。噂話と思って聞き流してたけど、無視はできないのかもな」

 

 そうして出てきた夢のようなアイテムの存在だが、よくよく考えるとそれがあろうがなかろうが自分のやることは変わらないし、自分を脅かす存在となると同等レベル以上の穴を突いてくる能力者か、或いは自分の能力を丸ごと喰っていった『第1位』かくらいのもの。

 ならば今ここでした思考は全く意味がないと結論した鳴海は、元々そこまで頭も良くないのでブンブンと頭を振って余計な思考を吹き飛ばすと、止まっていた手を動かしてもうすぐ帰ってくる妹のように思ってる少女のためにあらゆる準備を完了させていった。

 『侵入禁止(ノーエントリー)』。それが鳴海の能力の名称であり、能力を展開できる範囲は体表面全部を1センチほどの厚さで覆うくらいが精々だが、そのレベルは現状で大能力者(レベル4)に位置付けられている。

 学園都市には世界最高の演算能力を持つ超高度並列演算処理器(アブソリュートシミュレーター)。『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が人工衛星『おりひめⅠ号』に密かに搭載されている。

 樹形図の設計者は学園都市で行われるありとあらゆる実験やらのシミュレートを予測演算し結果を割り出すため、ほとんどの実験などは事前に樹形図の設計者に予測演算をしてもらった上で実行に移されるが、使用には学園都市の最高機関、統括理事会の許可が必要。

 その樹形図の設計者でかつて、身体検査(システムスキャン)を受けた鳴海は能力のレベルの決定と同時にデータの上である結果を割り出されていた。

 『鳴海最都は同系統のより強度の高い能力者との戦闘によって死の直前で超能力者と同等の能力へと昇華する』

 これは鳴海本人も知らされたことであるが、それを告げた実験施設の人間は等しくもうこの世にはいないため、この事実を知るのは他に統括理事会の人間だけになる。

 おそらくは超能力者に至る可能性がある能力者を統括理事会が把握していないわけはないので、鳴海の所在は学園都市にある限り統括理事会に把握はされている。

 それがわかっている上で鳴海は今の生活に不満はない。だがいつか、統括理事会の方から接触してきたならば、全力を以て抵抗することを決めている。どのようなことであろうと、超能力者が関わる案件は学園都市の闇に繋がってしまう。それを鳴海はその目で見て知っているのだ。

 だから鳴海は干渉しない。この学園都市で日々行われている実験の数々に。そうしたものに嫌悪感を覚える過程はとうに過ぎてしまったし、その実験によって失われているであろう命にも特別な感情は湧かない。ましてやそれを助けようなどという正義感も鳴海の中にはない。

 そんな鳴海でも今、干渉すべきかもしれない実験があった。そのために必要な材料はもう揃いつつあり、樹形図の設計者からも残酷なシミュレートの結果が弾き出されている。あとは鳴海にそれを実行する覚悟があるかどうか。それだけである。



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絹旗最愛

「今月は期待度のある作品が超ありませんね」

 

 ある種の拠点となっているファミレスのボックス席で靴を脱ぎ体育座りに近い姿勢で座りながら、今月の公開映画カタログを見て愚痴る絹旗最愛(きぬはたさいあい)は、栗色のショートカットにTシャツと太もも丸出しのショートパンツの見た目12歳くらいの少女。

 彼女には映画鑑賞という趣味があるのだが、そのジャンルは『全米が泣いた!』とか『今話題の!』とかそういった大多数が観るであろう作品ではなく、それらメジャータイトルよりランクの落ちる俗に言うB級C級といった作品が好みであり、さらに細分化すると最初からB級C級にしかならなかったものではなく、本気でA級を目指して作られたが結果としてB級C級に成り下がった天然物の映画が最高の好物。

 なので絹旗が見るカタログの紹介ページも雑多に紹介された小さな枠の数々になるが、どうやら今月は彼女の興味を駆り立てる作品が見当たらなかったようだった。

 

「でも結局、そう言って後であの映画が拘りあってーとかで旬を逃して悔しがる絹旗を何度か見てる訳だけど」

 

「実際のところこんなカタログ1つでは超判断が難しいところはありますからね。これだと思って観てもクッソ詰まんなくて開始10分くらいで超飽きたこともありますよ。でもそういった当たり外れも一期一会で超楽しんでます」

 

 詰まらなそうにしていた絹旗に反応したのは、向かいの席に座る長い金髪に碧眼の少女、フレンダ・セイヴェルン。彼女のダルそうなツッコミに対して懲りない様子で淡々と返す絹旗にはフレンダも呆れるのみ。

 

「…………きぬはた、これがなんとなく気になる」

 

 その会話に絹旗の横で背もたれに身を預けて天井を仰いでいたピンクのジャージ姿の生気の抜けかけた少女、滝壺理后(たきつぼりこう)がカクンッ、と頭を下げて映画カタログを見ると、ある1つの映画を指差してみせるので絹旗もそれを見ると『ゴキブリVSカメムシ』とかいう如何にもなタイトルがあり顔を歪める。

 

「……火星に住み着いた突然変異のゴキブリを超駆逐するために同じように突然変異したカメムシを超投入……」

 

 別にその様を気持ち悪いとか想像して嫌な顔をしたわけではない絹旗だが、その説明を口にすればメロンソーダを飲んでいたフレンダは途端に青ざめて何それと絹旗を見て、さらにその隣にいたメイク中だった茶髪ロングのお嬢様の雰囲気を持つ女性、麦野沈利(むぎのしずり)も仕上げに入っていた手を止めて音読してくれた絹旗を見る。

 

「何それ。明らかにカメムシが自分の出す臭いで死ぬってやつ利用して相討ち狙ってんじゃないの」

 

「はい。私もその予測に超行き着きましたし、タイトルからしてコアな層を超狙ってるのが丸見えなんですが、滝壺さんのこれはあながち超無視できない何かがあるような……」

 

 どこか不思議ちゃんオーラのある滝壺の助言みたいなお告げを無視するのはどうかと興味なさげな麦野とグロテスクな想像でメロンソーダの味が変わってしまったのかそれを遠ざけてテーブルに伏せたフレンダを見て、どちらも一緒に観に行くという選択肢はないなと思いつつ改めてカタログに目を通せば、どのみちR指定が20だったので幼い容姿の絹旗ではR15までは年齢詐称した身分証でごり押しできるが、さすがに20歳以上は無理があるのでそっとカタログを閉じるのだった。

 彼女達は見た目普通の女子4人組で、仲良くファミレスでお茶中。みたいに見えるが実際のところそんなことはなく、学園都市に現実に存在する暗部組織の1つ。通称『アイテム』のメンバーである。

 彼女達の仕事は主に学園都市内の不穏分子の削除や抹消。業界用語で言えば掃除屋のようなもので、今日も学園都市の平和を影から守っている。と言うと聞こえは良いが……

 もうすぐ昼になるというタイミングでメイクを終えた麦野が化粧品をポーチにしまったところ。見計らったように携帯に電話がかかってきて怠そうに応答すると、絹旗達もその麦野に少し意識を向けて黙り、通話を終えた麦野はリーダーとして3人に仕事の通達をする。

 

「喜びなさい。今日もドブネズミの駆逐よ」

 

 詳しい内容などこのあとでもいいといった感じで、とりあえずファミレスを出ることを告げた麦野にそれなりの付き合いにはなってきた絹旗達も何を尋ねることもなく席を立った麦野に続いて席を立ち華麗に会計を済ませてファミレスを出ると、待ってましたとばかりに目の前で停車したキャンピングカーに乗り込んで、電子機器やソファーなどで彩られた内装のそれぞれの定位置に座って移動を開始。

 移動しながらのブリーフィングには音声のみの一応は上役である誰とも知らない女が通信器越しに絹旗達へと話をする。

 

『今回はなーんか外部の組織が今月公開される最新のAI搭載車の設計データを盗んだみたいで、データの奪還と組織の始末が目的ね』

 

「データの奪還は超了解ですが、組織の始末というとまた超曖昧な部分があります」

 

「組織自体をプチっとやるにしてもそっちで拠点を割り出してもらわなきゃだし、単にデータを持ち出した奴等をぶち殺すだけってならそっちの方が楽だけど」

 

『うーん、どうも組織の本体は外部にあるから、アンタらは行った先の奴等をやっちゃえばいいと思うわ。あとのことは上の方で対策するとかしないとか』

 

「結局いつも通りにやればいいって訳ね。だったら撃破ボーナスを今回も狙ってこーかなぁ」

 

 どこか適当さがいつもある女の指示に若干のストレスを感じつつも、やることはわかったのでそれぞれが意識を切り替える中、一番多く敵を倒した時にもらえるボーナスにウキウキするフレンダに絹旗と麦野は呆れ顔を見せ、それに気付き空笑いしたフレンダに滝壺がいつもの言葉をかける。

 

「大丈夫だよフレンダ。そんなフレンダを私は応援してる」

 

 

 

 

 結果としてデータを盗み出したとかいう組織の構成員達は暗部組織の追い込みによって袋小路に追い込まれて、そこに投入された絹旗達アイテムによってものの1分で制圧される。

 今回は乗り気じゃなかった麦野は、絹旗が弱らせた相手の急所を踏み潰してある意味でとどめを刺していたが、その力はアイテム内で最強。

 電子を波でも粒子でもない状態で固定し自在に操る能力『原子崩し(メルトダウナー)』は強力無比の威力を誇り、学園都市の超能力者の1人。その序列は『第4位』である。

 その麦野にアシストパスをする絹旗も空気中の窒素を操る『窒素装甲(オフェンスアーマー)』を有する大能力者。

 操れる窒素は手の平から数センチ程度になるが窒素越しに物を持ち上げたり殴ったりすれば怪力のようにパワフルになり、今も構成員の1人を壁際に追い詰めて後ろの壁を粉砕しその心をへし折って気絶させる。

 能力に基本的に頼らずに先端科学によるツールを用いて戦うフレンダは、直前の絹旗と麦野の冷ややかな視線で意気消沈したのか今回は構成員の退路を塞ぐ役割に徹していたのだが、絹旗が1人で十分すぎる働きをしたので逃走する構成員もいなく活躍なし。

 能力者が無意識で発生させている力のフィールド『AIM拡散力場』を識別・記憶しその居場所を検索し捕捉できる『能力追跡(AIMストーカー)』を有する大能力者の滝壺は、戦闘能力が皆無なため今回も安全圏で事の成り行きを見守り、鎮圧が完了したタイミングで絹旗達に近寄ってデータの入ったアタッシュケースを回収。

 棚からぼた餅的な動きだが、役割分担がはっきりしてるアイテムでそれを咎めるような人物は誰もいない。

 

「これで終わりですか。拍子抜けするくらい超楽な仕事でしたね」

 

「そりゃ外部の人間からしたら私らみたいな能力者は『化け物』みたいなもんだし、虎の子の拳銃も通用しないんだから仕方ないんじゃない?」

 

 完全に沈黙して転がる構成員達を横目にやれやれといった態度の絹旗と上司に連絡を入れる麦野は仕事としてこれで報酬がもらえるのかを疑うように会話する。

 正直な話、こんな程度なら公式の治安維持組織である『警備員(アンチスキル)』でも事足りそうなものだが、暗部に話が来るということはそれなりの事情があるので深くは詮索しない。余計なことに首を突っ込んで藪から蛇が出ては面倒臭いことこの上ないわけだから。

 とにかく今回の依頼に関してはこれで完遂となったので、日もまだ高くはあるがこれからほぼ1日オフとなる絹旗は自分の携帯を取り出してとある人物にメールを1通送ると、ものの数十秒で返ってきたメールに相変わらずだとか思いつつ少しだけ笑って携帯をしまうと、自分を見てニヤニヤする麦野とフレンダの姿が視界に入ってギクリとしてしまう。

 

「絹旗ぁ。今日は例のだーい好きなお兄ちゃんのところにお泊まりですかぁ?」

 

「絹旗がメールのやり取りでニヤける相手は結局そいつしかいない訳よね」

 

「……何度も言ってますが、あの人は超寂しがり屋なので定期的に顔を見せないと超萎れていくんです。だから私が超面倒を見てるわけで……」

 

 ニヤニヤしながら冷やかしてくる2人につい反射的にいつもの言い訳を口にしてしまった絹旗に、ますますニヤける2人はハイハイわかってますよといった雰囲気で乗ってきた車に乗り込んでしまい、「絶対にわかッてねェだろてめェら!」と言いたくなるものの揉めても勝てないので大きなため息を吐いた絹旗。

 そんな絹旗に後ろからポンと肩に手を置いた滝壺は、先ほどのフレンダの時のように言葉をかける。

 

「大丈夫だよきぬはた。そんなきぬはたを私は応援してる」

 

 

 

 

 車の中でずっとニヤニヤする麦野とフレンダの冷やかしの視線に耐えて依頼完遂の報酬を受け取って分かれた絹旗は、先ほどメールした相手の住むアパートにまっすぐ行こうとも考えたが、よくよく考えればあれとは会話が微妙に長続きしないことを思い出しピタリとその足を止めると、日もまだあることだしと最寄りの映画館へと足を伸ばしてそこで1本適当に観て時間を潰そうとする。

 

「今日の私の運気は下降傾向に超あるようですね……」

 

 しかしグッタリといった感じで日も沈んだ頃に映画館を出てきた絹旗。

 本当によく考えれば昼頃にファミレスのカタログで目ぼしい作品がなくて落胆したばかりで、そこに飛び込んだ結果が惨敗である。

 期待値を低くして観始めたので多少なりとも楽しめる要素を見いだせるかと思ったが、開始から寒いギャグを飛ばされ、ミステリー・サスペンス系なのに誰も死なず、小学生が思い付いたのかという稚拙なトリックにはある意味度肝を抜かれたが、ギャグより寒いので払った料金を返せと中盤辺りからすでに思っていたわけで。

 今日ほど外れを掴まされた日はないとトボトボ歩きつつ第7学区の北西部の団地っぽい雰囲気の場所まで来た絹旗は、自然とここまで来てしまった自分の行動にちょっと苦笑しつつ、自分を待っているであろう人物の住むアパートへと向かい、渡されていた鍵を使ってドアを開け中へと入ると、生活するのに最低限に押さえられた物の少ないその部屋のダイニングテーブルに座っていた人物、鳴海最都が視界に入りとりあえず無表情で通しておく。

 

「ずっとそこで超待っていたんですか?」

 

「ほんの30分くらいだよ。おかえり最愛。ご飯にする? お風呂にする? 疲れてるならもう寝ちゃってもいいけど」

 

「……待っていてくれたんでしょうし、ご飯で超構いません」

 

 もはや主夫のような物言いの鳴海のニコニコ笑顔を見ながら、何やら手の込んだ料理も見えていたし実際お腹も減っていたので素直にそう言えば、何が嬉しいのか笑顔でテキパキ動き始めた鳴海はパパッと料理を振る舞い、席についた絹旗はその様子をただ見るしかなかった。

 

 

 

 

 絹旗が鳴海と初めて会ったのは、自らが関わる能力実験『暗闇の五月計画』が実行に移される半年ほど前になる。

 置き去りであった絹旗は実験の被験者として研究所に送られた哀れな少女ということになるのだが、鳴海という少年は少々違った理由ですでに研究所にいた。

 今でこそ計画の根幹に使われた、絹旗に植え付けられた他者の演算パターンは学園都市の第1位のものであるが、元々は『超能力者になり得る鳴海最都の演算パターンを植え付ける予定』だったのが暗闇の五月計画だ。

 しかし現実に鳴海は能力の発現以降、一切の身体検査を受け付けないように能力を常時展開し続けていて、必要最低限の能力設定をしている今とは比較にならないレベルで設定を強力にし世界を拒絶していたのだ。

 音、振動の一切。外気。太陽光の紫外線といったものすら拒絶していたため、研究者の声すら届かない状態の鳴海に会った時、絹旗はある種の共感をした。

 きっとこの人は何も信じられなくなったのだろう。同じ置き去りとしてこの街に捨てられ、実験動物のように研究者に見られて絶望したのだと。

 自分もそうだ。誰も信じていないし、自分の生き方に何を見出だすこともなく、ただ生きている状態。

 死んだ魚のような目をした絹旗と鳴海は、言葉を交わすこともなく顔を合わせたわけだが、それだけで同じような匂いを感じ取ったのか、絹旗が近寄ると鳴海は自然とその能力を解除し絹旗だけを受け入れた。

 

「(これはある意味で『償い』に、超なるんでしょうね……)」

 

 ルンルンと楽しそうに料理をよそう鳴海を見ながらに絹旗は過去の自分の行いを思い出しつつ内心でそんなことを考えてしまう。

 絹旗にのみ心を開いた鳴海は、絹旗と一緒にいる間だけは絶対に絹旗に対しては能力を使用しなくなり、そこに活路を見出だした研究者は絹旗といる間に身体検査をして定期的にデータの更新を始め、それを聞かされたわけではなかった絹旗だが、頻繁に鳴海のところへと連れていかれることからそのこと自体には気付いていた。

 その後に第1位の登場で未だ大能力者止まりだった鳴海よりも第1位が優先されて計画が実行に移されてしまい、絹旗も被験者として参加。

 その中で優等生にはなれた絹旗だったが、計画から外された鳴海が変わらずに研究所に居座って、定期的に会わされていたことが今でも気がかりではあった。

 

「どうかな最愛。今日のはちょっと自信作なんだけど」

 

 とかなんとか考えながら目の前に出されたそれなりに頑張ったと思われる料理にあらかた手をつけたところで、珍しく鳴海が味の感想を求めてきて、基本的に自分から話しかけなきゃ何を聞いてくることもない鳴海の予想外の言葉にちょっと驚きつつも絹旗は求められるまま答える。

 

「まぁ、元々が素人に毛が生えた程度だった鳴海さんにしては超頑張ってます。普通に美味しいですよ」

 

「そっか。それは良かった」

 

 いまいち質問の意図がわからないながら正直な感想を述べた絹旗に鳴海はたったそれだけ言ってから自分の分の料理をよそって食べ始めてしまうので、何だったんだ今のはと思いつつも深く考えることもなく食事を再開。

 本当の本当に正直に言えば、麦野達といる時に鳴海の料理よりも美味しい物は普通に食べられるし、好きな物だけを好きなだけ食べたりと贅沢もできる。腹を満たすという意味では鳴海の料理は少し物足りないくらいだ。

 

「お風呂は先に入るよね。最愛の好きなフカフカのバスタオル出しておいたから。あとシャンプーも」

 

「ありがとう、ございます」

 

 食事が終われば後片付けをしながらそう言ってお風呂を勧める鳴海に、絹旗も流れとして自然なので乗っかって、この部屋に置いている寝間着と下着を持って洗面室へと行くと、確かにフッカフカのバスタオルが置いてあってついつい顔を埋めてしまう。

 それからパパッと浴室へと入り込んで、自分しか使わないシャンプーも出されてるのを確認しつつ使用。あっという間に体を洗い終えた絹旗は自分の好みの温度に調整された湯船に浸かってしばらく物思いに更ける。

 鳴海最都という少年は絹旗にとって有り体に言えば『都合の良い男』なのだ。別にやましい意味とかそういうのではなく、純粋に。

 暗闇の五月計画が頓挫して研究所を逃げ出した際に、自分の手を取って能力の加護内に入れ助け出してくれたのが鳴海であり、その後はこの住居で1週間ほど一緒に暮らしはしたが、すぐに暗部に目をつけられた絹旗は以降、アイテムとして過ごす時間が多くなり、1、2週間に1度泊まりに来るような感じになっていた。

 それでも鳴海は基本、絹旗が何を言っても笑いながら反論しないし首を縦に振るばかり。外で何をしていようとそれを自分から話さない限り聞こうとしないし、咎めたりもしない。メールや電話だって鳴海から自発的にしてきたことが1度としてないくらいだ。

 

「ベッドはカバーもシーツも取り替えておいたから、安心して寝ていいよ」

 

「ありがとうございます……」

 

 風呂から上がれば普段自分が使ってるベッドを絹旗に譲り自分はリビングのソファーに毛布を置いてそこで寝る気満々。

 ちょうど思春期に突入気味の絹旗としては男からそういう待遇を受けるのは有りがたいのだが、ちゃんと洗濯されたシーツとカバーがされたベッドや枕を確認しながらちょっとだけ。本当にちょっとだけ、生活臭のしない寝具にモヤッとしながら横になる。

 

「(別に鳴海さんの匂いがしても超構わないのですが……)」

 

 そんな洗濯しましたな新鮮な匂いを嗅いでついつい本音が頭に浮かぶものの、そんなことを言うのは恥ずかしすぎるのでお風呂へと向かった鳴海を見送りつつ先に就寝するのだった。

 朝。カーテンから射し込む日の光で自然と目が覚めた絹旗は、自分が思ってる以上にリフレッシュしている身体を起こして顔を洗いに行くがてら、リビングのソファーで丸まって寝る鳴海を視界に捉えて一旦スルー。

 顔を洗ってから時間を確認すると朝の8時を少し過ぎたくらいだったが、リビングで寝る鳴海は全く起きる気配がない。

 どうにも鳴海は朝だけは弱いらしく、彼が9時より前に起きてきたところを見たことがなかった絹旗は、そっと寝ている鳴海の横まで移動すると確認するようにその頬をツンツンとつついてみる。

 

「この温もりを超知ってるのは、私だけなんでしょうね」

 

 つついた時に伝わってきた鳴海の温かい体温を感じてボソッと小言した絹旗は、自分だけが許された特権に微笑してから、パパッと着替えてダイニングテーブルに移動。

 朝に弱いことを自覚してる鳴海はちゃんと昨夜のうちに絹旗のための朝食を作り置きしていて、それを食べて洗い物すら出さない気遣いでゴミ箱に捨てるだけの器を処理。

 別に鳴海の部屋は贅沢ができるわけでも、特別なことをしてくれているわけでもない。

 世界には幸福度指数というものがあるが、これは国民1人辺りの幸福度を平均した値で割り出される。それに当てはめるならば、絹旗が鳴海の部屋で過ごす時間はその幸福度が高い水準にあるのだ。

 つまり絹旗は鳴海の部屋にいる間、限りなくリラックスした状態で前日までの色々なものをリフレッシュし翌日から非常に良い状態で始まる。

 その理由については絹旗自身もよくわかってないが、自分を家族のように接してくれる鳴海には少なからず感謝している絹旗は、いつもはあまりしないが適当な紙を取ってそこに鳴海に宛てたメッセージを残して静かに部屋を出る。

 きっとまた麦野達と合流すれば、学園都市の嫌な部分に触れることになるし、その度に心も疲弊するだろうが、その時はまた帰ってくればいいのだ。自分の帰りをただ笑顔で待ってくれている鳴海の元へ。

 そして鳴海に宛てたメッセージにはこう書いていた。

 

『お身体にだけは超気を付けてください』

 

 そして今日も絹旗は、学園都市の闇の中へと足を踏み入れる。



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食蜂操祈

 第7学区には5つのお嬢様学校が土地を分け合って共同運営する男子禁制の特別な土地『学舎の園』が存在する。

 およそ必要なものはこの学舎の園で揃えられるとまで言われるほど充実した施設が数々入っていて、セキュリティーも万全。

 この土地に男が入ろうものなら即座に御用となるし、警備員さえも男が立ち入れないため、有事の際も女だけが出動となり対処に当たる。

 その学舎の園の共同運営をしている学校の1つが、2人の超能力者を有する超エリート中学校『常盤台中学』。

 この学校に所属する超能力者の1人、食蜂操祈(しょくほうみさき)は、長い金髪と豊満な胸を揺らしてレース入りの肘近くまである手袋とハイソックスをきらめかせ、お洒落な星マーク入りのバッグを提げて放課後となった時間に自らが立ち上げて女王として君臨する『派閥』のメンバーを数人連れて、満たされた空間であるはずの学舎の園から出て近くのカフェテリア。そこのテラス席で優雅にティータイム。その理由は最近ハマってしまった店こだわりのシュークリームを食べるためだけ。

 基本的に自分のやりたいことを我慢しない超絶お嬢様気質の食蜂だが、それに文句の1つも言わずに慕う派閥のメンバーは今日も女王、女王と退屈させないように適度な会話を交えてきていたが、当の本人は話半分で出てきたシュークリームをナイフとフォークを使って食べて、その味に幸せそうに頬を緩ませていた。

 そんな今日も通常運転の食蜂だったが、うふふ、おほほと上品に話す派閥メンバーの遥か後方。

 なんてことはない道を歩く1人の男を視界に捉えて、1度はただの風景として流したものの、なんだか変な引っ掛かりを感じてもう1度その人物を凝視すると、50メートルほどの距離にいた向こうも何かを感じ取ったのか立ち止まってハッキリと食蜂と視線を合わせてきたかと思えば、ん?

 と首をちょっと傾げて食蜂が誰かわからない様子だったが、食蜂の方は記憶の奥にいた人物と特徴が一致することから、端整な顔をちょっとひきつらせてしまう。

 

「どうかなさいましたか、女王?」

 

 その様を見て直ぐ様派閥のメンバーが心配そうに声をかけてきたが、進路変更をして近付いてきた男にもう無視はできないかと諦めてバッグの中に入れていたリモコンの1つを取り出してピッ。

 派閥のメンバー達に対してボタンを1つ押すと、途端に静かになった派閥のメンバー。

 

「20分くらいここに近寄らないように暇を潰してきて」

 

 何かに操られたような派閥のメンバーは、面倒臭そうにそう指示した食蜂の言う通りに方々へと散っていってしまい、1人になった食蜂はついにテラスに入ってきた男を見て頬杖をつく。

 

「ここまで接近力を発揮してわからないなんて、ちょっと傷付くわぁ」

 

「んー……どうにも俺の知ってる人と特徴が一致しなくて困惑してる……主にこれが」

 

 と、目の前にまで来た男に対して口を開いた食蜂に、どうやら自分が誰かはわかったらしい相手も言葉を返すが、そこに胸を表すジェスチャーを交えられてムスッとしてしまう。

 

「女は成長力が止まらない生き物なのよ。そっちは全然変化力がなくてすぐにわかっちゃったわぁ。鳴海さぁん」

 

「それはどうも。何年ぶりになるのかね、操祈」

 

「さぁ? たぶん4年とかそのくらいじゃなぁい?」

 

 ようやく知り合いとして会話が成り立ったところで昔を懐かしむこともなく向かいの席を勧めた食蜂に、鳴海最都は笑いながら座ってまじまじと見てくるため、非常にやりにくいながらも会話を続ける。

 

「今もどこかの研究所にいるのかしらぁ?」

 

「いや、前いた研究所はぶっ飛んだから、今は細々と食い繋いでるよ。操祈こそ常盤台中学にいたのか」

 

「これでも超能力者の第5位になってるわけだけどぉ、鳴海さん頭がよろしくないから知らなくても仕方ないかぁ」

 

「うぇっ!? 操祈が超能力者!? あの操祈が!?」

 

「……その反応力はバカにしてるのかしらぁ?」

 

「んー、確かに『心理掌握(メンタルアウト)』って通りの第5位の噂は聞いたことあったけど、まさか操祈のこととは……能力に関しても前は『なんかしてくる』みたいな曖昧な感じだったからよくわかってなかったし」

 

 自分の身体的な成長の変化に面白そうにする鳴海も、超能力者になったことを告げればどこへやら。

 本当に驚いた様子で見る鳴海にクスリと笑ってしまった食蜂。

 久しぶりに会ってもこういった正直なところは変わってないのだと思うと少し安心もしていた。

 

「しかしまぁ、ずいぶんと綺麗になっちゃって。何がどうしたらそんなに色々大きくなっちゃうのか」

 

「あんまり胸囲力ばかり見て言わないでほしいわぁ。それに女が綺麗になる理由なんて説明力も不要……」

 

「なるほど恋か! 近所のお姉さん達が『女は恋をすると綺麗になる』って言ってたんだよな。そうかそうか。操祈も男を好きになるお年頃になったか」

 

 ひとしきり驚いてから一旦落ち着いた鳴海は、やはり突っ込むべきところ。食蜂の身体的な成長度について感想を述べて、昨年の今頃までは年相応の慎ましい身体をしていた食蜂は、それを知る由もない鳴海に理由などないと言おうとしたのだが、勝手に結論に辿り着いて納得してしまって思わずこめかみに血管が浮き出る。

 しかし同時にあながち間違ってもいないかもしれないその推論にどう返していいかと考えてしまって、それが良くなかったのか肯定と取られたようでニヤニヤされてしまい、ついついそれに反応して顔を赤らめる。

 

「ち、違うわよ! これは元々あった女子力が爆発力したあれであって……そういうのじゃないわよぉ!」

 

「あははっ、そんなムキにならなくてもいいだろ。人を好きになることに悪いことなんてないんだからさ」

 

 そこでさらに強く反論してしまって、興奮気味な食蜂に鳴海もどうどうと宥めるように言うと、落ち着いた食蜂はシュンと小さくなってしまった。

 こういう時に有無を言わせずに精神系最強の能力を使い、先ほどの派閥のメンバーのように操って黙らせて、都合の悪いこのやり取りを記憶から削除するのが食蜂という少女の性格なのだが、何にでも特例というのはあるもので、鳴海に対してだけ食蜂は自分の能力の一切を使わないのだ。

 そしてその逆もまたしかり。

 

「…………鳴海さんは意地悪よぉ」

 

「操祈と話す時は思ったことを口にするようにしてるからね。それが嫌ならやめるけど?」

 

「それはそれで困るわぁ。だってそうじゃないと鳴海さんに全く理解力が及ばなくなっちゃうしぃ」

 

 唯我独尊な食蜂とこうまで対等に接することができる鳴海最都という少年は、実は食蜂の能力の一切を寄せ付けない『侵入禁止』という大能力者の能力を持っていて、おそらくは常日頃からその力で色々なものを自分から遠ざけてしまっているはずなのだが、食蜂が鳴海に対して能力を使わないように、鳴海も食蜂の前では能力を使っていない。

 それを証明するには鳴海の身体に直接触れてみる必要はあるが、そんなことをしなければならない程度の関係ならば、食蜂はとうの昔に鳴海を自らの支配下にでも置いているわけで、鳴海も食蜂が能力を使わないとわかっているからこそ、思ったことをズバズバと口にしているのだ。

 そんな奇妙な関係にある2人の出会いは、鳴海にとってはどうだったかなど直接聞いてみないことにはわからないが、食蜂にとってはこの上なく最悪の出会いだったことは今でも変わらない。

 

 

 

 

 食蜂の能力開発を行っている研究所『才人工房(クローンドリー)』は、天才や偉人級の人間を人工的に生み出すことを目指した研究機関だった。

 しかし精神系能力者で超能力者に至る可能性のあった食蜂の登場で研究目的がだいぶ方向転換し、今の食蜂にとって重要な『とあるモノ』が誕生したが、それは鳴海との出会いよりだいぶ後の話。

 食蜂が鳴海と会ったのは、本当に初期の研究機関に移動してきた頃。

 まだ能力も発現してそう経っていない段階で、当時全く別の研究機関にいた少年だったが、必要あってということで渋々で会ったわけだ。

 才人工房とは別の研究所にやってきた食蜂が通された部屋には、とてもではないがコミュニケーションが取れるような状態にない無表情の鳴海少年が何をするでもなくガラス張りの窓から外の景色を見ていて、一目で自分とは合わないだろうなと思った食蜂だが、研究員から言い渡されたのはあまりに残酷な指示。

 『能力を好きに使って構わないから、1週間彼とこの部屋で過ごしてもらう』とのことで説明のあとに部屋の施錠をされてしまい、中からではどうすることもできなくなって、途方に暮れた食蜂はとりあえず今できる自分の能力の限界で同居人となる鳴海少年に簡易の暗示をさせて1週間過ごそうと部屋にあったテレビのリモコンを手に取ってピッ。

 ボタンの1つを押し鳴海少年を操ろうとしたが、鳴海少年は微動だにせずに外を見続ける。

 おかしいな。そう思った食蜂は意味は特にないがリモコンの電池が入ってることを確認してからもう1度押してみるも鳴海少年に反応はなく、ムキになって連打の嵐を叩き込んでみせて肩で息をするくらいに疲れてしまうが、やはり鳴海少年に変化はなく、さすがに近くで騒ぐ食蜂が気になったのか視線を合わせた鳴海少年は、何かをやろうとして空回っていた食蜂を見て無表情のまま口を開く。

 

「君は一体なんなんだ?」

 

「それはこっちの台詞よぉ!!」

 

 

 

 

 ピキッ。と、つい出会った頃のことを思い出してしまった食蜂は、あの時の屈辱も同時に思い出して目の前の鳴海に無性に腹が立つ。少なくとも食蜂にとって初めての挫折はあの時がそうだったから。

 そんな食蜂の内心に気付いてない様子の鳴海は、完全に手の止まって放置されていた食蜂の食べかけシュークリームに視線を向けてそれを皿ごと自分の方へと引き寄せると、ためらうことなく手に取って口へと放り込んでしまった。

 

「ちょ、ちょっとぉ! それは私のでしょお! 食べるならそっちにあるのを食べなさいよぉ!」

 

「えー、だってこっちは友達のでしょ? それを勝手に食べるのはマナー違反というかなんというか」

 

「じゃあ私のを勝手力を発揮して食べるのはマナー違反じゃないのかしらぁ?」

 

「操祈はなんだかんだ優しいから許してくれるかなって。それにシュークリームが早く食べてって俺に訴えてきたから……」

 

 勝手気ままな鳴海にとうとう食蜂も声を荒立ててしまうが、正直者の鳴海から『優しい』とか言われるとなんだか調子を狂わされてしまい、それが嬉しくないわけでもないため握っていた拳をプルプルさせて解くと、自分を落ち着かせるように長い息を吐いてシュークリームは諦めることにした。

 

「そういう強引力は相変わらずなのねぇ……」

 

「そういう操祈は俺以外に信頼できる人はできたのかな?」

 

「必要ないわよそんなのぉ。鳴海さん以外の人なんて私の能力でどうにでもなるしぃ。まぁ例外力も同門にあったりするけどぉ……」

 

「そっか。でもまぁ安心しろよ。これから先も操祈にそういう人がいなくても、俺がいるからな」

 

「…………そうね」

 

 本当に変わらない鳴海に嬉しさ半分、呆れ半分で会話を続けた食蜂と、優しい目でそう言った鳴海は、それで互いに笑い合う。

 別に鳴海のことが好きなわけではない食蜂。だが、数年前に交わした『約束』を今でも守るのは、食蜂もまだ人を信じる心を持っていたいからなのだ。

 今や能力を使えば相手の思考など全部わかってしまうし、それなしに人を信用することが出来なくなってる食蜂だが、本当はこんな能力を使わずに人と仲良く……なんてことを考える日もなくはない。鳴海と過ごしたあの悪夢のような、夢のような1週間のように。

 

 

 

 

 自分の能力が通用しないとわかった食蜂がへなへなと座り込んでしまったのを見て、ノーリアクションだった鳴海少年は何を言うでもなくまた外へと顔を向けてしまうのだが、研究員から話くらいは聞いていたのか再び食蜂を見てまさかのコミュニケーションを取ろうとしてきた。

 

「君、料理って出来る?」

 

「は、はぁ? 何よいきなりぃ。出来なきゃどうなのよぉ」

 

「…………1週間、扉は開かない。ここには食べ物が用意されてない」

 

 すでに確認は済んでいるのか、鳴海少年の言葉にキョトンとした食蜂は、自分で確認するように部屋にある冷蔵庫を開けてみるが、冷凍食品も作り置きされた物すらなく、中には素材そのままの食材の数々と米やら調味料やらのみ。

 

「あ、あなたは何か作れたりしないの?」

 

 という食蜂の問いに鳴海少年は首を横に振ったため、料理の出来ない食蜂も顔を青ざめる。

 唐突な共同生活に能力の通じない相手と厄介事が一気に来てうちひしがれる食蜂を他所に、仕方ないといった感じでキッチンへとやって来た鳴海少年は、とりあえず何か作ってみようと思ったのか冷蔵庫から適当な食材を取り出して目茶苦茶ぎこちない手つきで料理を開始。

 何を作る気かはさっぱりわからない食蜂もとりあえず邪魔になりそうな位置からダイニングテーブルの方に移動してテレビを適当に観つつその様子をチラチラと見るのだった。

 そうして出来た料理は水分多すぎのご飯に野菜のゴロゴロとしたよくわからないスープのようなもの。

 ハッキリ言って食欲は全く湧かないのだが、興味本意というのは誰にでもあるわけで若干の空腹も手助けしてその料理に同時に口をつける。

 

「…………ぐっはぁ!!」

 

「……………………」

 

 そして案の定2人してダイニングテーブルに沈み沈黙。その日はもう食欲すら湧かずにさっさと寝てしまった。

 翌日の朝。気怠そうに起きた食蜂がリビングの方に顔を出すと、寝室を使わずに寝ていたはずの鳴海少年が懲りずにキッチンで料理をしている姿を捉えて仰天。

 そんな無謀は発揮しなくていいのにと思いながらキッチンへと入ると、真剣な顔つきでブツブツ言いながら料理する鳴海少年の側には、タブレット型の端末。

 どうやらどこかの料理サイトのレシピを見ながら作ってはいるようだが、相変わらず手つきはぎこちないし見てて不安しかない。

 それでも全く作ろうともしない自分より頑張ってる鳴海少年を邪魔できないと子供ながらに思った食蜂がダイニングテーブルで待っていれば、自分の分まで用意して持ってきた鳴海少年は、昨日のリベンジとばかりに作ったちゃんと分量を計ったご飯とブイヤベースを無言で食べるように促すので、恐る恐るそれを口にした食蜂。

 

「…………た、食べられる、わね」

 

「…………ふぅ」

 

 そして意外や意外。たったの一晩で食べられる物を作ってしまった鳴海少年に、食蜂は本当に素直に驚くが、当の鳴海少年も自信はなかったのか食蜂の感想に安堵の息を漏らしてから、目が合った食蜂に初めて笑顔を見せて、自分も料理に手をつけていった。

 それから隙あらば時々能力を使って操ろうと試みる食蜂と、意外とやらせたら出来るようになる鳴海少年との奇妙な共同生活は続いていき、完全に根負けした食蜂が一切の能力使用を諦めた5日目。

 これまで食蜂を警戒する様子だった鳴海少年も、食蜂という少女が理解できてきたからかそれなりに会話が成り立つようになっていたが、ここまででまだ名前すら言い合ってない2人の距離は実質縮まってはいない。

 早く1週間が過ぎてほしいと思ってたのは当時の食蜂も今の食蜂も変わらない意見だ。

 鳴海少年も本心はそうだったはずなのだが、これまでで堕落した生活をする食蜂の面倒をちゃんと見てくれることにはどこか疑問があった。

 だから食蜂は6日目にふとそのことを尋ねてしまうと、だいぶ表情を変えるようになった鳴海少年は、少し照れ臭そうにしながらもこう答えた。

 

「放っておけなかっただけ。女の子は大事にしろって言われてもいたし」

 

 顔を背けながらに言う鳴海少年のそれには食蜂も面食らったように固まるが、それで鳴海少年を少し理解できた。この人は本当は優しい人間なのだと。

 その事実に思わず笑みがこぼれた食蜂に、今度は鳴海少年が面食らったように固まるが、そういえば自分がここで笑うのは初めてだなと思い出してすぐに仏頂面には戻ったのだが、心を許したと思ったのか鳴海少年はこれまで詰めることのなかった物理的な距離を縮めて食蜂の耳元に顔を近づける。

 

「君の能力がどんなのかわかんないけど、それを俺が防ぐことで、君の能力を防ぐ道具を作ろうとしてるって言って、信じてくれる?」

 

 鳴海少年の急な接近にちょっと慌てた食蜂だったが、そう言われた瞬間に離れた鳴海少年を無言で見ると、設置されてるカメラを警戒してるのかただ頷くだけの鳴海少年。

 だとすれば食蜂はここまで研究員のいいように能力を使わされていたということ。そうする理由は思い付く限りでは、いずれ訪れるであろう自分の能力の向上への対策。能力開発で研究員が操られていては仕方ない話だから。

 そうならばもう、食蜂は鳴海少年に対して能力を使うべきではない。必要以上にデータを渡すのは避けるべき。しかし何故このタイミングで鳴海少年はそれを教えるのか。

 そして翌日。最終日に事は起きる。

 昼頃、急に操られたように扉へと近付いた鳴海少年は、見るからに頑丈そうなその扉を自らの能力で破壊しようと試みる。

 だが今の鳴海少年の能力で破壊できる扉ではなく、多少へこんだりする程度で終了し、諦めたようにリモコンを下ろした食蜂は「やっぱりダメねぇ」と言って鳴海少年を解放。

 途端、目が覚めるように意識を取り戻した鳴海少年は、自分が何故ここに立ってるのかわからない様子で食蜂とすれ違って最後の料理を作り始めてしまった。

 こうして最後に一波乱のあった共同生活は終わりを迎えて、開いた扉から研究員が迎えに来たところで、食蜂は初めて鳴海少年の名前を問い、それに鳴海少年も答えて食蜂の名前を尋ねて握手を交わした。

 

「じゃあね、操祈」

 

「ええ、鳴海さんも元気でねぇ」

 

 その握手はとても大きな意味を持っていた。

 それは食蜂にとって初めて純粋に人を信じ切った瞬間であり、初めて鳴海少年に『触れた』瞬間だったのだ。

 

 

 

 

 あの日、最終日に行った鳴海の行動は、一見すると食蜂が鳴海を操って部屋を脱出しようとしたように思えるが、実際にはそうした『フリ』を互いにしていただけで、食蜂の能力は行使されてはいなかった。

 鳴海の話では鳴海の能力は常に部屋内で使用されてるかを感知できるとかで、解除したところに食蜂の能力が干渉してもわかってしまうらしく、ここでのデータが食蜂の能力を防ぐ道具の開発に使われるなら、鳴海が能力の上から操られてしまえばいい。

 しかし当時の食蜂には、今もだがたぶん、鳴海の能力を抜いて干渉することはできなかったため、ならばと子供ながらに企てた悪あがきがあれだったわけだ。

 今にして思えば子供のいたずら程度のものだったが、あの時、あの瞬間に互いに信頼した上で行動したという事実は、今も食蜂の心に深々と根付いている。

 それ以降、鳴海と会うこともなく今日まで再会が遅れていたわけだが、その作戦を決行するに当たって2人はある約束をしていた。

 それが『この部屋から出る時には、それからはもう互いに能力を使ったりしない』。

 その約束がある限り、食蜂は鳴海に対して能力を使うことはしない。

 それがたとえ鳴海の嘘で、今も裏切られているとしても、あの時自分のためにと行動してくれた鳴海を信じられないなら、それはもうこの世界で信じられる人間が自分だけになってしまうから。

 そうした色々を考えていたら、鳴海の携帯にメールが届いたのか携帯を取り出して途端に笑顔になった鳴海は数秒で返信まで済ませてルンルンしながら携帯を仕舞うので、何事かと思うが、今度は自分の番と言わんばかりにニヤニヤしながら口を開く。

 

「あらぁ? もしかして鳴海さん、彼女から連絡ですかぁ?」

 

「違うよ。んーと、妹のような、娘のような、そんな感じの。今日帰ってくるって連絡」

 

 追い詰めるつもりでした質問だったが、鳴海にとって痛くも痒くもない質問だったらしく、完全に空振りした食蜂は笑うしかない。

 そんな食蜂に何を思うこともなく機嫌の良くなった鳴海は、こうしてられないと立ち上がればキョトンとする食蜂に別れを告げる。

 

「んなわけで夕食とかの準備しなきゃだから行くよ」

 

 それを止めようと一瞬考えた食蜂だったが、止めたところで何を話したいことも特にないし、そろそろ命令していた派閥のメンバーが戻ってきてしまって、また命令したりの方が面倒だと思って何も言わずにいると、最後に鳴海は笑いながら食蜂に口を開いた。

 

「ああそうそう。外見の女子力は上がったみたいだけど、中の女子力も磨けよ、操祈」

 

「よ、余計なお世話よぉ! さっさと行きなさい!」

 

 本当に余計なことを言う鳴海に本日一番で怒った食蜂。

 それを恐れるように逃げていった鳴海はあっという間に見えなくなってしまったが、鳴海といると自然体でいるからか、妙な心地よさが体を吹き抜ける感覚を感じながら、食蜂は入れ替わるように戻ってきた派閥のメンバーと一緒に、また優雅なティータイムに興じるのだった。



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8月15日

 何故に俺は今、この超絶お嬢様からプンスカと怒られなければならないのか。

 第7学区の南。学舎の園がすぐ近くにあるお洒落なカフェテリア。そこのテラスに呼び出された鳴海最都は、場違いの感じ漂うその空間で待っていた奇妙な友人、食蜂操祈の座る席に同席しブラックコーヒーを注文。

 世間では夏休み真っ只中にありながら、外出時は制服着用が義務だとかの常盤台中学の規則を守っている食蜂は、鳴海の到着にイライラ。

 先に連絡をしたのは鳴海なのだが、場所を指定してきた時からちょっと不機嫌っぽかった食蜂が何故そんなにイライラしてるのかさっぱりな鳴海が恐る恐る口を開けば、腕を組んでいた食蜂はそのままの状態でその心中を吐露する。

 

「鳴海さんの妹さん、ですかぁ? その人にサプライズ力でプレゼントって話ですけどぉ、それをどうして私にアドバイスを求めるのかしらぁ?」

 

「いやだって、操祈だって一応は年頃の女の子なんだし、どういったものが喜ぶかってのも参考程度にはできるかなって」

 

「一応……参考程度……鳴海さんって無神経な言葉を時々使うけどぉ、頼られた方からすると心外っていうかぁ、協力する気が失せるっていうかぁ、究極的に私関係ないしぃ!」

 

 イラ、イラ、イラァ!

 言葉を発するごとに怒りのバロメータが上がる食蜂の声色の変化にひぃ! と悲鳴が出そうになる鳴海だったが、それでもいまいち食蜂の怒りの原因がわからないので、とりあえず琴線に触れたっぽい言葉の訂正からして怒りのバロメータを下げてみたものの、いつまた上がるかわからない恐怖との戦いに戦慄しつつ話を再開する。

 

「そ、それでですね。俺の知る限りで最強に可愛い操祈のアドバイスなら俺も自信が持てるっていうかそんな理由なんですけど、どうかご慈悲を」

 

「最近、鳴海さんの褒め言葉にも取って付けたような感じがわかるようになってきたわけだけどぉ、まぁ庶民力の塊みたいな鳴海さんじゃあ私の求める物は努力なしに買えないんじゃないかしらぁ?」

 

「いやいや、操祈に買うプレゼントなんてないし、そんな高い物買うつもりは毛頭ないし、意地悪言うならもう帰るし」

 

 それで今回、食蜂にコンタクトを取った理由である妹のような存在、絹旗最愛へのサプライズプレゼントの案を同じ女の意見から参考にしようと思ったのだが、遠回しに何か言おうとしてる食蜂が酷く面倒臭くなってきたので席を立とうとしたら、余裕な態度を途端に崩した食蜂は「ま、待ちなさいよぉ!」と鳴海を呼び止めるので、鈍感すぎる相手に頭を悩ませた食蜂は座り直した鳴海を見ながら大きなため息を1つ吐いてストレートに本音を話す。

 

「別にプレゼントを考えてあげるのは構わないけどぉ、わざわざ鳴海さんのために貴重な時間を割いた私への見返り力はないのかしらぁ」

 

「んー、じゃあ俺からの愛のキスとか?」

 

 どげしっ!

 バカな自分にわかりやすく見返りを求めてきた食蜂に対して、完全に冗談のつもりでそう言ってみたら、テーブルの下で唸りを上げて振り上げられた食蜂の足が鳴海のスネを強襲。

 こういうことに反射的に能力を使って防御してしまう鳴海だが、食蜂との約束はそれすら抑え込む力を有していて、強襲した蹴りは鳴海に確実なダメージを与えて椅子から数センチ飛び上がってしまった。

 

「そういう冗談力は本気で嫌いだから、発言力には気をつけてねぇ」

 

「お、おっす……マジすんませんでした……」

 

 顔は笑ってるのに心が笑ってない状態の食蜂にこれはマジだと直感した鳴海は、今後こういう冗談は言わないように気をつけて痛めたスネを擦る。

 しかし見返りさえあればアドバイスはしてくれると言ってくれてるので、とりあえずアドバイスを先にしてもらって見返りの方は追々、ということで話を進めると、注文していたブラックコーヒーが来てそれに一口つけてから、すっかりお嬢様モードの優雅さを纏った食蜂が上から目線で口を開いた。

 

「まず第1前提として、鳴海さんの妹さんは鳴海さんのことを好きなのかしら?」

 

「それはどうだろうね。あの子はそういうのを言葉にするタイプじゃないし。一方的にだったら俺は大好きだけど」

 

「それは言わなくてもわかってるわよぉ。じゃあ仕方ないから好きな前提力とそうでもない前提力で意見するけどぉ、前者ならまぁ日常で割と使う物でいいと思うわぁ。これが彼女とかなら今後別れる可能性とか考えるとあれなんだけど、そうじゃないみたいだし。後者なら形に残らない、消耗品とか食べ物なんて物でいい気がするわぁ。こっちは形に残るものをプレゼントされても正直後々の処理に困ったりすると思うしぃ」

 

 上から目線なだけあって、アドバイスすると決めた食蜂の意見はそのひねくれた性格からは想像できないほどまともで、正直参考程度と考えていた鳴海は素直に感心してふむふむといま言われたことを頭にインプット。

 昔から頭は空っぽなので入れれば何でも入るスポンジみたいな頭はこういう時に便利である。

 

「そうなると……操祈は俺に服とか靴とかプレゼントされるのと、アクセサリー類をプレゼントされるの、どっちが嬉しい?」

 

「えっ、どっちも拒否力が発揮するほど嫌よぉ。鳴海さんからのプレゼントなんて、どこかのお店で奢ってもらうとかそういう気遣い力で十分だわぁ」

 

「にゃに!? てことは操祈って俺のこと好きでも何でもないってことなのか……」

 

「私って鳴海さんに好意力を見せていたことが1度でもあったかしら……」

 

 そんな食蜂の意見を参考にしてとりあえず目の前の食蜂がどっちを喜んでくれるかを、もちろん本気で好かれてる前提で尋ねたのだが、当の食蜂は意外な選択肢に真顔で即答。

 どうして自分が好意を寄せてると思ったのか本気で疑問を抱いている様子に鳴海もガクリと肩を落とすと、それを見た食蜂は何がおかしいのかクスクスと屈託のない笑顔を見せるのだった。

 

 

 

 

 すっかり日も暮れた夜と呼べる時間帯。食蜂のアドバイスを真摯に受け止めて、絹旗へのサプライズプレゼントを無事に購入した鳴海は、包装してもらったそれを手に帰路についていた。

 我ながら悩みまくりの優柔不断ぶりを発揮して店という店を転々とし、最終的には自称カリスマ店員さんのありがたいアドバイスを貰った上で買ったわけだが、これでも絹旗が喜ぶものを買えた自信は全くない。

 それでもまぁ、たとえ絹旗が気に入らなくて自分の知らないところで捨てたりしてもいいのだ。これは勝手に買ってプレゼントしたもの。それをどうしようと絹旗の自由なことに違いはないのだから。

 そうは言ってもやはりプレゼントしたからには使ってほしいのは本心であり、そうした不安やら楽しみやらで悶々としながら歩いていたら、その先に昼に会った食蜂と同じ制服を着た女子。つまりは常盤台中学の生徒が2人、道端で会話してるのが見える。

 あそこは全寮制で規則が厳しい、と食蜂から愚痴を聞いていた鳴海はもうすぐ9時になろうかという時間をちらりと確認して大丈夫なのかと他人事ながらに思いつつ、そこで分かれてこちらに走ってきた1人とすれ違う。

 

「……『超電磁砲(レールガン)』か、今の……」

 

 何の偶然か、その少女はちょっとした事情で顔やらを一方的に知っていて、見間違うということもなかったその子は学園都市の超能力者の1人。その序列第3位である御坂美琴(みさかみこと)だったのだ。

 彼女がどういった人間かなど鳴海には全く以てわからないし、会話もしたことはなかったが、何の気もなく分かれて立ち止まっていたもう1人を見た時に思わず目を見開いて驚いた。

 御坂美琴がもう1人いるのだ。

 厳密には頭にゴーグルのような機器を付けて、その纏う雰囲気も違うのだが、端から見れば双子と思われても仕方ないレベルで似ている少女がそこにはいた。

 

「(こっちが超電磁砲? いや、なんとなくわかる。走っていった方が『オリジナル』。そしてこっちが……)」

 

 思わぬ遭遇に足を止めてしまった鳴海だったが、頭は冷静にこの光景を分析をしてくれて、走っていった方の美琴を見送ったもう1人は立ち止まった鳴海に少し首を傾げるものの、話しかけてくることもなく逆の方向へと歩いていってしまい、どうするかを少し迷った鳴海は、以降巡ってこないと思われる機会を逃すまいとその子のあとをこっそりと追い始めた。

 美琴に瓜二つの少女は坦々とした歩調で近くの駅まで来ると、備えてあるコインロッカーからギターケースを取り出して、それを肩に担いでまた移動。

 鳴海には彼女がどういったことをしようとしてるのか。その漠然とした目的は分かっているのだが、これまでその先に至るまでの手がかりがなかった。

 だがそれも彼女を追うことで触れられるかもしれない。ずっとのらりくらりと見逃してきた、実際に存在する学園都市の闇の一端に。

 どんどん人のいない路地の奥へと入っていく彼女に気付かれずについていくというのが難しくなっていき、仕方ないかと近くの建物の階段を駆け上がって屋上まで昇り、そこから彼女の移動ルートをある程度推測して階下を覗いていく。

 

「『量産型能力者(レディオノイズ)』計画の産物である『妹達(シスターズ)』。1度は凍結したこれを流用して行われているはずの計画……」

 

 かつて自分の元へと転がり込んできた計画の1つ。それを復唱しながら彼女を探す鳴海の顔には、珍しく緊張の色があった。

 それはかつて自身が『関わるはずだった』計画であり、そうならなかったシワ寄せが彼女『達』に行ってしまったことと、それを発見してしまって可能性が確信へと変わることへの緊張。

 鳴海にとっては可能性で終わらせておくことが最も楽な選択ではあるが、御坂美琴に瓜二つの存在を見つけてしまってはもう可能性で処理することも難しい。だったら……

 その現実を正面から受け止めるために覚悟を決めた鳴海は、視界の先で見つけた彼女にバレないように上から様子をうかがう。

 が、その彼女の近くにはもう1人、脱色したような白髪の少年が相対するように立っていて、彼女も担いでいたギターケースを置き、中からゴツい実弾銃を取り出して装備。

 頭に掛けていただけのゴツいゴーグルもちゃんと掛け直して白髪の少年と再び相対する。

 

「これより第9982次実験を開始します」

 

 時刻は夜の9時ジャスト。正確な体内時計でもあるのか、そのタイミングで彼女が事務的に口を開き、その瞬間から2人のいる空間にピリッとした緊張感が張り詰めたが、それは彼女からのみ発せられる最大限の警戒といったところで、少年からは彼女に対しての敵意というかそういうものを一切感じない。

 

「(9982……ってことはもう、半分くらいの過程は終了してるってことか……)」

 

 そんな2人の作り出す変な雰囲気よりも、彼女が口にした実験の回数に意識を向けた鳴海は、自分が思ってるよりも早いペースで計画が進行していることに少々驚く。

 鳴海がこの計画を聞いたのはまだ研究所にいた頃。

 時期的には去年の今頃だったと思うのだが、その頃はまだ企画段階で実行するにも準備が必要で、実際に計画が開始されたかもしれないのは今年に入ってからのはずだ。

 当時はそういう計画があるという話だけが鳴海の耳に入って、それから研究所が破壊され今に至るので詳しいことは分からずじまいだった。

 そうやって少し意識を過去へと向けていると、下では実験の名の下に2人の殺し合いが始まっていて、圧倒的な能力を誇る白髪の少年が少女を翻弄し弄んでいたが、急に周りの照明類が光を失って視界がほぼ失われる。

 月明かりさえほとんど届かない裏路地の暗闇に目を凝らす鳴海だが、2人の姿は見えなくなりうーんと唸るとおそらくは少女が持っていたゴツい実弾銃が発砲されいくらかの連射音が響くが、少年の悲鳴などはせずにすぐ銃を捨てたような音がしてから、わずかに差し込む月明かりに逃げる少女の姿を発見。

 その少女は攻撃をしたはずなのに怪我をしていて、ゴーグルも外れて無防備な状態に見えた。

 対して撃たれたはずの少年の方は全くの無傷で逃げた少女のあとを追っていき、鳴海も2人の移動に合わせて追跡をしていく。

 

「(俺の完全上位互換であるアレに銃弾なんて効くわけないよな)」

 

 移動しながら先ほどは見えなかった2人の攻防の結果について独自で補完し納得する鳴海。直接の面識があったわけではないが、少女をあざ笑いながら追う少年を鳴海は知っている。

 学園都市230万人の頂点。7人の超能力者の序列第1位。触れたもののあらゆるベクトルを操作する正真正銘の強者。その通り名は、一方通行(アクセラレータ)

 かつていた研究所で行われていた暗闇の五月計画。超能力者になれなかった鳴海に代わってその演算パターンを抽出され、絹旗達に植え付けられたのが一方通行のモノというわけだ。

 橋架下の鉄道整備場まで逃げていった少女だったが、悠々と追いついた一方通行にベクトル操作で凶悪な飛び道具となった地面の砂利を散弾のようにぶつけられてどんどん弱らされていく。

 その様を橋の上から隠れるように見ていたが、人の命の価値観が常人のそれとはかけ離れてしまっている鳴海は特に何を思うこともなくただ見届ける。

 

「超電磁砲の劣化クローン、妹達。これだけの力の差があって本当に到達できるのか……」

 

 まだかすり傷1つないであろう一方通行と、もう瀕死のダメージで逃げるしかできない少女の光景は、あまりに残酷で一方的。

 ――カッ!

 そう思った瞬間、2人のいた地点で轟音を響かせて何かが大爆発。壮絶な爆発の余波が鳴海のところまで届くが、あれがおそらく少女の最後の手段だったのだとすぐに考え至る。

 しかし『あの程度』の爆発では一方通行は倒せない。何故ならアレを自分が受けたとしても、自分もまた傷1つ負わないと確信できるから。

 上手い具合に一方通行だけを爆発範囲に誘導していたらしい少女は爆発の煙の向こうで辛うじて立っていたが、その煙の中から悠然と飛び出してきた一方通行についに捕まってベクトル操作された腕で左足を引きちぎられてしまい、異能力者程度の電撃を放つもベクトル操作でそのまま跳ね返されてしまえば、もう打つ手なし。

 それでも少女は地を這って一方通行から遠ざかるが、もういいかといった雰囲気になった一方通行は近くに停まっていた車両の1つを蹴り上げて、地を這う少女の真上から落っことす……

 

「うそ、うそっ、そんな……やめっ……」

 

 その直前に、鳴海の近くに誰かが走ってくるのと、叫ぼうとした少女の声が聞こえて反射的に見えない位置に隠れたが、車両は無情にも回避も出来ない少女を叩き潰してしまう。

 それを見て橋の上にいた少女、御坂美琴はそこから飛び降りてしまい、帰ろうとしていた一方通行へと激昂と壮絶な電撃と共に突っ込んでいってしまう。

 

「あの感じは……計画を知らなかったみたいだな。可哀想に」

 

 そんな美琴の特攻には別段興味なかった鳴海は、今回で可能性が確信に変わった現実を受け止めて、その足を自宅アパートの方向へと向けて歩き始める。

 いま行われていた一方通行と少女の戦闘は、ただ1つの目的のために行われている過程。

 現在で7人いる超能力者でただ1人、超能力者のさらに上。絶対能力者(レベル6)到達の可能性を見出だされた一方通行を絶対能力者へと進化(シフト)させる計画。

 本来であれば超電磁砲を128回殺害して到達できるその領域にいくために、代用された2万体の劣化クローン、妹達との戦闘シナリオで殺害することで達成する。

 

「『絶対能力進化(レベル6シフト)』計画、か」

 

 別に一方通行が絶対能力者になろうと自分には関係のない話だ。そのために2万体のクローンが殺されようと知ったことではない。

 だがこの計画をそうと割り切ることを鳴海はできない。

 何故ならかつて、この計画で彼女達の側にいたのは、紛れもなく『鳴海最都』という少年だったからだ。

 別に彼女達を可哀想とかそういった感情で見ているわけではないが、自分が今こちらにいるせいで日々失われている命を無視できるほど、鳴海という人間が腐っているわけではないというだけ。

 正義感など持っていない。ましてや英雄(ヒーロー)などになろうとも思わない鳴海ではあるが、自分が関わってしまっている命の消失の現実は寝付きが良くない。

 ただそれだけ。それだけのために鳴海はこの日、覚悟を決めた。



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8月16日

「やっぱりシーズンを逃すと色々吹っ切れたやつが残ってるわね」

 

「結局みんな自分を可愛く見せて男の目を引く無難な策を講じるって訳よ」

 

 大学生やそれ以上の年齢向けの施設やらが軒並み揃う、第7学区よりもランクの高い第5学区にあるデパート。そこの水着コーナーへとやって来ていた『アイテム』の4人。

 夏本番となったこの時期に水着を買うとなると、やはり流行りに乗り遅れた感はありショーウィンドウに並ぶような人気商品はソウルド・アウト。

 それはある程度予想されるべきことであったため、麦野やフレンダもやっぱりといった雰囲気で愚痴っぽいことを漏らしそちらへは目もくれなかった。

 その一方で絹旗は滝壺と一緒に水着選び。

 その真意は滝壺に好みとかがないので速攻で選び終わるだろうから、せめて試着くらいはさせて買わせる世話係的なあれである。

 どうせこのあとは麦野とフレンダの長い試着に付き合わされるから、処理できるうちにしてしまおうという考えだが、そうなると自分の水着はどのタイミングで選ぼうかと悩むものの、自分も特に拘りがあるわけでもないしフィーリングで何着か選んで厳選すればいいやと結構投げやりな思考に辿り着く。

 

「滝壺さんは超立派なものをお持ちなのに、色々と残念ですね」

 

「プールは浮いて漂えるだけでいいから」

 

 予想通り、滝壺の水着はものの数分でこれでいいや的な感じで持ってきた色気も何もない黒系のスポーツ水着で、とりあえず試着だけはさせてお披露目といったのだが、感想は残念の一言。

 自分より歳上でメリハリもある身体なのに、どうしてこの人は。

 とかなんとか思いつつも絹旗はもう選ぶ気のない滝壺の意思を感じて着替えるように言ってから自分の水着を見える範囲で選ぶ。

 

「ちょっと絹旗ぁ、あんたの意見も聞きたいんだけど」

 

 そうしていたら少し離れた別の試着室近くの麦野にお呼ばれされてしまい、もう滝壺も購入が決まったのでやれやれといった感じで重い腰を上げて麦野の元へと馳せ参じる絹旗。リーダーの呼び出しに応じないと文字通り首が消し飛ぶかもしれないので。

 それで近寄ればさすがスタイル抜群のお嬢様。右手に布面積の少ない三角ビキニ。左手にパレオ付きの高級感あるビキニと、両方装備しても破壊力は十分な2択――あくまで現段階では――で迷っているらしく、とりあえず服の上から身体に当ててイメージを絹旗に見せてくる。

 

「どちらも超お似合いですが、具体的な感想は実際に超着てもらわないと難し……」

 

 しかしやはりイメージはイメージ。ここで下手にどっちでも良い的なことを言っても仕方ないことはわかってる絹旗は、どうせ試着はするんだろと決めつけて遠回しに早く試着しろと促すのだが、言い終えるより早く麦野が使用予定の試着室の隣の試着室のカーテンがシャー、と開け放たれてそこからフレンダが試着を終えてババーンと登場したわけで、その水着に絹旗は絶句。呆れを通り越して口を開けたまま固まってしまう。

 

「どうよどうよ! これって結局、私以外には着こなせないって訳よ!」

 

 絹旗も絶句のフレンダの水着は、なんと現代の公共施設で着ようものなら即指導を受けてしまいそうなスリングショット。

 グラビアや写真集などでしか見ないだろう、ちょっと横にズラせば見えちゃいけないものが丸見えになるそれを目の前で、しかも自慢気に着る人物にマジで言葉が出ない絹旗は、そんなものがここに置いてあったのかと思考するよりもそれを手に取って試着にまでいくフレンダの思考の方が意味不明で頭から大量の?マークが出現する。

 麦野のように出るところが出てないので身体に張り付く感じのフレンダのスリングショットだが、誰が見ても泳ぐための水着ではないのでどこ需要か問おうとも思った。

 しかしそれより先に麦野の冷ややかな視線と共に発せられた「ポロリ担当ね」の一言で冷静になったのか、静かにカーテンを閉めて視界から消えていった。

 それから1時間ほど、麦野とフレンダの水着ショーは続き、着替える度に絹旗はあーだこーだと適当には聞こえないくらいの意見を述べてやり過ごして、すでに購入を完了させた滝壺など買い物袋を胸に抱えて試着室の側のベンチでお昼寝を決め込む自由ぶり。

 いっそのこと滝壺さんと一緒に夢の世界へレッツゴーと思い始めた絹旗ではあったが、それでカーテンが開いて文句を言われるのは自分だけになるのが目に見えてて、同じことをしてても何も言われない滝壺のポジションをこの時ちょっと羨ましく思ってしまった。

 

「まっ、こんなところよね」

 

「結局水着って誰に見てもらうかに寄るって訳よ」

 

 さらに30分。ようやく試着も終わった2人が着替えに戻ったところで聞こえないようにため息を漏らした絹旗は、もういいかと席を離れて中断していた自分の分の水着を何着か手に取って、とりあえず姿見でイメージを湧かせてみる。

 が、もはや自分の水着に対してのモチベーションが限りなく低くなっていた絹旗は最初に手に取った水着を見てもうこれでいいやと即決。どうせ誰に見せるわけでもないし可愛く着飾っても無駄な労力……

 

「おいおい絹旗ぁ。そんなんじゃ大好きなお兄ちゃんはドギマギもしないっての」

 

「結局見せる相手が明確な女が手を抜いちゃダメって訳よ」

 

 そう思って1着だけを残して試着もせずにレジに向かおうとしたら、何をどうやったのか明らかに早いタイミングで着替え終えた麦野とフレンダが忍者顔負けのスニーキングで背後に迫ってきて、持っていた水着を失敬され意味不明なことを言われてしまう。

 

「お二人とも何を言ってるんですか。私はあの人に水着を披露することなんて超ありませんから」

 

「まーたまたー。じゃあ何でそんなどうでも良さそうな水着をいくつか選んで持っちゃったのかなぁ?」

 

「それって結局、絹旗の中で見てもらいたい対象がいるってことな訳。行動と言動が矛盾してる人間は本心を隠してるもんよね」

 

「……女としての最低限のオシャレを超忘れてなかっただけですが」

 

「んじゃそのオシャレってやつ、絹旗がやる気ないなら私らが手伝ってあげる。どうせなに着ても良いなら、私らが選んだやつでも一緒でしょ?」

 

「絹旗をコーディネートとか燃えるってな訳よ!」

 

「いや……あの……」

 

「「レッツゴー!」」

 

 絹旗の言うことを聞いてるのか聞いてないのかよくわからない2人は、戸惑う絹旗を気にも止めずにその腕を左右で引っ張り強制連行。

 試着などしたくもないのにその前には第4位が笑顔で立ち塞がってしまえばもう無理。最後の望みの滝壺はこの騒ぎでも微動だにせず寝ているのだった。

 試着の間に次々と運ばれる水着の数々に心底呆れながら順番に着てはみる絹旗であったが、麦野とフレンダがこうも乗り気なのとは裏腹に、鳴海という少年をよく知る故にこの時間が本当に無駄であろうことをなんとなくわかってはいた。

 鳴海最都はおそらく、絹旗がどんな色気のある水着を着ようと、どんなに可愛い水着を着ようと、どんなに際モノの水着を着ようと、全て同様の笑顔でこう言うのだろう。

 

『とてもよく似合ってる』

 

 それは鳴海という少年が何事においても絹旗という少女を否定しない性格だから予測できることで、絹旗のすることなすことの全てを笑顔で受け入れてしまう。

 そこにどんな感情や思惑があろうと、絹旗が選んだことならばそれでいいと、鳴海は優しさとは違う何かを以て絹旗を大事に思っている。

 だから絹旗は鳴海に対して特別な感情を引き出そうとは思わないのだ。どこか歪んだ愛情を向ける鳴海に、絹旗もまだどうすればいいのかわからないところがある。

 

「(それでもまぁ、今度一緒に映画くらいは超観に行ってもいいかもしれませんね)」

 

 とはいえ、そんな鳴海に甘えて一切合切自分のやってることを話さずにいることには少なからず罪悪感はあるし、心の休息をさせてもらってるのは事実なので、せめて一緒にいる時間くらいは有意義に使わせてあげたいと、絹旗もまた不器用ながらの愛情を鳴海に抱く。

 

「おーい絹旗ぁ。早くしないとどんどん際どいやつになってくけどぉ」

 

「うわっ! これとかヤバすぎない?」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! フレンダと同じポロリ担当は超勘弁です!」

 

 

 

 

 退屈というのが食蜂操祈は嫌いだ。

 そんなの誰だってそうだろうが、食蜂がそれを感じてしまうと事態は少し面倒臭いことになる。

 超能力者となる者はその高度な演算能力や学園都市の諸々の事情やらのおかげで性格的に尖る傾向にある。

 食蜂とて例外ではなくその性格は自覚があるほどのわがまま気質。駄々をこねるタイプではなく、物事を自分の都合の良いように曲げてしまうくらいには強引なやり方も普通にやってしまう程度。他の超能力者と比べればまだ可愛いもの、かもしれない。

 能力的にそういった現実を曲げることが容易い食蜂は時々派閥のメンバーに何かしらの命令をして遊んだりといった若干の迷惑行為をするわけだが、そんなことしなくても基本的に自分に従順な派閥のメンバーは普通に指示すれば何でもやっちゃうので、赤の他人を操って別のどこかを観察したりなどもしちゃうのだ。

 それでも食蜂にも能力を使用する際のルールを設けている関係上、無闇やたらにそうしたことを日頃から行なっていることもないし、そう毎日暇をもて余していることもない。

 しかし暇な日というのはあるので、自分が変な暇潰しをしようとする前にやることを作り出してしまおうと今日、放課後にやって来たのは自らが所属する研究所『才人工房』。

 かつて鳴海の能力を解析し、レベルアップする自分の能力の干渉を防ぐ装置まで作って超能力者にまで育てた研究所ではあるが、今やその装置も機能を失い所属する研究員の全員が食蜂の支配下にあり、研究所そのものが食蜂の所有物となっていた。

 超能力者となった食蜂としてはもうこの研究所そのものが特に必要はないのだが、ただ1つ放置できない問題が残されているために、時々自ら出向いてセキュリティーのチェックをしているというわけだ。

 しかしそれも研究所に行くまでに尾行やら何やらを警戒してだいぶ迂回した上で来たり、抱える問題の管理もそれなりに労力がいるものなので、最近はいらないかもしれないなぁとか思いつつ、かといって簡単に破棄できるようなものでもないので、昔の自分の行動の従順さを恨みつつ盛大にため息を吐いてセキュリティーの確認を終えた。

 これといった問題もなかったのでさっさと撤収しようかなと研究員達にあれこれと命令をしていると、携帯の方に電話がかかってきて面倒臭そうに取り出して相手を見れば、つい昨日に会ったばかりの鳴海からで、再会したらしたで結構頻繁に顔を合わせてる気がする変な友人。

 今度は何の用かとすでに思考が面倒臭くなっていた食蜂だが、向こうは出ない限りコールしまくるバカなので手頃な椅子に腰を下ろしてから素直に通話へと応じる。

 

「何かしらぁ? 妹さんへのプレゼントでまだ悩んでるとかぁ?」

 

『それはもう大丈夫。今日はちょっと聞きたいことがあって。ほら、操祈の学校に超電磁砲って呼ばれてる子がいるだろ? その子の……』

 

 どうせつまらないことでも言われるだろうと気を抜いていた食蜂が先に聞かれそうなことを予想して問いかけたら、鳴海の口から出ようはずもない人物の通り名が出てきて、聞いた途端に反射的に通話を切ってしまった。

 今のは何かの間違い。あの鳴海さんから御坂さんの名前が出てくるなんてあり得なーい。

 面識も何もあるわけがないのできっと幻聴だろう。今の電話も気のせいだ。ほら、着信履歴にも残ってなーい。

 とかなんとかポチポチやって現実逃避をしたのも一瞬。すぐにまた現実に戻される鳴海のコールに嫌な顔をしながら応じるのだった。

 

『何で切る』

 

「あなたの口から御坂さんの話題が出てくるからよぉ。接点なんてあるわけでもないでしょお?」

 

『そりゃまぁないけど、だから操祈に聞こうとしてるんだし聞く前に切るなよ』

 

「ハイハイわかったわよぉ。それで御坂さんの何が聞きたいわけぇ?」

 

『ん、そんな大したことじゃないんだけど、超電磁砲ってのはその……どんな性格の子なんだろうなって』

 

 ポチッ。

 もう諦めて大抵の事は右から左へ聞き流そうと聞きに徹した食蜂だったが、何故か口ごもりながらにどんな子なのかと尋ねられたのでまたも反射的に通話を切ってしまう。

 あの鳴海さんが御坂さんに好意力を持ってる。そう思わざるを得ない質問だったから。

 とかではなく、鳴海が自分以外……妹さんを除いて別の女性に興味を持ってることに少なからず受け入れがたいものを感じた。

 とかでもなく、自分が毛嫌いする御坂美琴に興味を持ってるのが気に食わないだけである。

 なんだか今日は情緒不安定だなぁとかなんとか思いながらまた着信履歴を消していたら、3度目の鳴海からのコールでついに悟りを開いた食蜂は、もう何があっても聞き流そうと決意して無感情で通話へと応じる。

 

『ひょっとしてやきもち?』

 

「違うわよぉ!!」

 

 ダメだ。もうこの人に対して能力を使ってしまう。この場にいなかったことを感謝しなさい。

 拳をワナワナとさせて携帯越しの鳴海に怒りさえ覚えながらも、いいように弄ばれてしまった自分の未熟さを反省し落ち着くと、向こうも向こうでさっさと話を再開したい雰囲気を醸し出していたので仕方なく話の続きに耳を傾ける。

 

『性格って言ってもなんてゆーか……明るいとかそういうのじゃなくて……もうちょっと具体的なものってゆーか……』

 

「尋ねるならちゃんとした質問力を発揮してほしいんだけどぉ、鳴海さんが知りたい御坂さんの性格はモノの例えで表現できないのかしらぁ?」

 

『例えか。例えばそうだな……自分の知らないところで自分の関係する非道な実験があって、それを知った彼女ならどういうことをする性格なのかなってところ?』

 

 聞いてきた割にフワッとした質問をしてくる鳴海に呆れてしまう食蜂だが、例え話が物凄いピンポイントで察するに現在、御坂美琴がそういった局面に出くわしてしまったのではないかと勘づくわけだ。

 

「(御坂さんも大変ねぇ。まっ、超能力者なんて嫌が応にも学園都市の闇に触れちゃうわけだし、今まで平和力を満喫してた方が奇跡みたいなものよねぇ)」

 

 だからといって食蜂にとっては全くの他人事であり、それに気づいたところで何かをしてあげるつもりも調べるつもりも毛頭ない。

 研究所には時々、学園都市の暗部に触れる情報も流れ込んできたりするが、聞いてると胸糞悪くなる内容ばかりで本当に興味ある件以外は聞かなかったことにしている。それが最も賢い選択と信じているから。

 

「そうねぇ。御坂さんならきっと、お人好し力と正義感全開でその実験を止めようとするかもねぇ」

 

『…………超電磁砲は無茶しそうな性格か……』

 

「鳴海さん、御坂さんのことはどうでもいいんだけどぉ、昨日のアドバイスの見返りは忘れてないわよねぇ?」

 

『ん? ああ大丈夫。忘れてないよ。でもそれ待ってくれな。今はちょっとやることができたから、それが終わったら出来る限りの要求には応じるつもりだからさ』

 

「忘れてないならいいんだけどぉ、鳴海さんにやることなんて珍しいこともあるのねぇ。面倒臭いことだったりぃ?」

 

『んー、面倒臭い、のかもなぁ。でもやればすぐに終わるし、そんなに待たせることもないと思うよ』

 

 本当にどうでもいい御坂美琴の話は自分の知る限りで彼女の性格からどうするかを適当に答えておき、今度は自分の案件へと繋げてみれば若干上の空だった鳴海のちょっとした違和感に気づいてしまう食蜂。

 ――鳴海は嘘をつかない。

 それは信頼関係を築いた上で信じると決めたことだし、彼を疑うことは人を信じる心を失うに等しいと理解してるので、その違和感を口にすることはできない。

 それに本当に彼は嘘は言っていない。それだけは確信できるのだ。

 

「ねぇ鳴海さん。約束を守れない人って最低だと思わない?」

 

『…………そうだな。特に女の子との約束を守らない男なんていたら、許せないよな』

 

「ちゃんと私への見返りは貰うわよぉ。これも『約束』ってことになるわよねぇ?」

 

『ははっ。そりゃそうだ。んじゃさっさと片付けて無茶な要求される前に約束を果たしちゃわないとな』

 

 ならば自分は鳴海を信じよう。信じて果たすべき約束を残しておくのだ。

 そうすれば鳴海は必ずそれに応えてくれる。

 なんだか純情な乙女みたいな自分に笑ってしまうが、人として多少逸脱してしまった自分と対等な関係でいてくれる鳴海がいないと色々と困ってしまうだろうことをわかってはいるし、愚痴を聞いてくれる相手は時々欲しいのも事実。

 

「本当に、約束だからねぇ」

 

 待つのはもう慣れている。それはかつて自分を救ってくれた大切な人に起きる奇跡を待ち続ける自分にとっては、大したことはない些細な時間だ。

 それに比べればどうということはない。どうせすぐに片付けてケロッとした態度で現れて約束を果たそうとするのだ。

 その時に自分は彼が叶えられないような要求をしたり顔で突きつけて困らせればいい。

 ――そう。それだけのことなのだ。



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8月19日(前編)

 冷蔵庫の中の生モノの消化よし。洗濯物の取り込みよし。隅々の掃除も行き届いた。

 今日1日かけてせっせとやることをやった鳴海は、夜も更けてきた頃に考え得る家事の全てを完了させて気持ち晴れやか。気持ちとは裏腹に外はもう完全に日が沈んではいるが。

 

「さてと、あとはこれをどうするかだけど……」

 

 比較的のんびりと作業をしていたこともあって疲労など皆無ではあるが、やはりなんとなく伸びをしながらに最後に残していた案件について思考しダイニングテーブルに置いていた物を見る。

 それはつい先日買ったばかりの絹旗へのサプライズプレゼント。

 気まぐれな絹旗はいつ帰ってくるかもわからないし、自分からメールか何かを送ったこともない身としては、いきなりそんなことをして勘ぐられるのもあれだと思ってしまい、結局待ちに徹して渡せずじまいになってしまっていた。

 別に今後直接渡せないわけでもないのだが、もしかしたらこのあと出かけて済ませる案件で帰ってこれない可能性もなきにしもあらずな感じなので、その間に絹旗が帰ってきた時にこれがなんなのか理解できるようにするか。それを迷っているのだ。

 要は置き手紙を置くかどうかで悩んでいるのだが、それをするのは何か帰ってこれない可能性を助長してるようで気が引ける……みたいなことを考えたが、よくよく考えれば今日やってたことも同じようなことだったことに気づいて1人笑うと、だったらとことんやってしまえと紙とペンを取り絹旗への置き手紙を書き始めた。

 本当はこのサプライズプレゼントは8月25日に渡せれば良かったのだが、事態はそれまで待ってはくれない切羽詰まった感じで進んでいる。

 置き手紙を書き終えた鳴海は、それをプレゼントの上に置いてから、すぐ側に置いていた2枚のくしゃくしゃのA4用紙を取ってまとめて折りポケットへと仕舞うと、そこから完全に意識を切り替えて真剣な顔つきでアパートを出るのだった。

 アパートを出て鳴海が向かう先は、数日で集めた情報で確認までちゃんと取ってあった一方通行の住む学生寮。

 何故そこに向かうのか。そんなのは決まっている。おそらく今夜も行われているだろう『絶対能力進化』計画。その非道な実験を今夜、別の形で終わらせるためである。

 かつて樹形図の設計者が予測演算した一方通行の絶対能力化の条件は、現段階での超電磁砲のスペックを元に算出された結果から、妹達を代用して行われている。

 対して鳴海を当て馬にした予測演算は、鳴海が超能力者に至っている場合という特殊条件下での結果。

 元々その条件が成立していれば、超電磁砲を当て馬にした予測演算も必要なかったくらいには現実的な結果が割り出されていただけに、当時の自分を囲っていた研究所もなかなかに頭を悩ませていたのを覚えているが、あまりにどうでもいいことだったので無関心だったことも思い出す。

 時刻は夜の9時を回り、一方通行の学生寮の前に陣取ってから15分ほどが経過。実験が今夜も行われているのは確実だが、鳴海にはそれがいつどこで行われているのか知る術がないのでこうして待ちぼうけをするしかないのは仕方がない。

 

「今夜は月が綺麗だな……」

 

 人を待つというのは慣れている鳴海ではあるが、それがこれから『生死を賭けた戦い』をするかもしれない相手ともなると心穏やかではいられない。

 それでも早る気持ちで臨めば一瞬で肉塊へと変えられてしまう可能性があるので、満月とまではいかないが8割は満ちた月を見上げて自分を無理矢理落ち着かせる。

 ちょっとした現実逃避みたいなことをした直後、外灯の下に白髪の少年が大量のコーヒー缶を入れた袋を持って姿を現し、そちらに視線を明確に向ければ向こうも面倒臭そうに鳴海を見て立ち止まり、何を言うでもなく鳴海の様子をうかがってきた。

 

「一方通行で、間違いないな」

 

「あァ? そーゆーてめェは最強って名に釣られた糞ったれか」

 

「最強ね。それに拘ってるのはお前の方だろ、一方通行。今日は何体目まで進んだ?」

 

「お前……どうやらあの実験を知ってるみてェだな。つーことはただの糞野郎ってわけじゃねェか。何が目的だ?」

 

 ようやく現れた一方通行は、意味深なことを言う鳴海がただのゴロツキではないとすぐに見抜いてくるが、その目に警戒の色はあまりない。

 それはこの世のほぼ全てのモノが一方通行にとって脅威にならない故の自然体。今の段階で鳴海は一方通行の敵にすらなっていないことを意味する。

 だからといってここで目くじらを立てるほど鳴海もバカではないし、元々そういう扱いを受けることは前提にあったので、どんな用件かと待つ一方通行に移動することを告げると、一方通行も興味くらいはあるのか黙って後ろをついてきた。

 一方通行を連れてやって来たのは、先日に一方通行が実験で使っていた橋架下の鉄道整備場。

 夜も更けて人の気配も全然ないので、ここでなら多少派手に何かあっても大丈夫だろうと移動してきた鳴海だが、黙ってついてきた一方通行が後ろからイラついたプレッシャーを浴びせてきたので、もう少し奥の方まで行こうとしたのをやめて立ち止まった一方通行へと向き直り正面から相対する。

 

「こンな場所に来て目的を話すってことはだ。どうやら話だけじゃ終わらねェみてェだなァ」

 

「それを決めるのはお前だ、一方通行」

 

「あァ?」

 

 わざわざひとけのない場所にまで移動したことで一方通行もなんとなくこのあとの展開を予想して不気味に笑ってみせたが、鳴海の言葉に少し疑問を混ぜた声を発してくる。

 そんな一方通行にポケットへと仕舞っていたA4用紙を取り出して簡単な紙飛行機を作り一方通行へと飛ばすと、それをキャッチした一方通行は紙飛行機を崩してそこに何か書かれていることに気づき外灯の当たる位置まで少し移動してその文面を読み始める。

 

「(あれを読んで一方通行が乗ってくれば、もう引き下がれない。だけどそれがどうした。それで今夜、あの実験は終わりを迎える。ならそれで十分だ)」

 

 静かに渡した紙に目を通す一方通行を見ながら、鳴海はこれから始まってしまうだろう最強との戦いに身体が震えるが、それを圧し殺して黙らせてただ待つ。

 自分の存在を丸ごと食っていった完全なる上位互換が、その目を自分へと向けて敵意を見せるその瞬間を。

 

 

 

 

 どういうつもりだこいつ。

 わざわざ人のいない場所に移動してまで自ら目的を話さないということにイラつくところはあったが、紙飛行機にして渡された紙には何やらつらつらと書かれた文面が見えたため、そこに向こうの目的があると判断した一方通行は、てめェで読めと思いつつも強者の余裕を見せるように自らそれを読むために明かりのある場所に移動し書かれていることを読む。

 そこにはかいつまんで解読するに、目の前のガキが過去に自分が知らぬまま押し潰した『侵入禁止』であることと、いま行なっている『絶対能力進化』計画のもう1つのシナリオが書かれている。

 しかしそれには前提条件として目の前の相手が超能力者であることがあり、そのためには1度、自分があれを瀕死の状態にまで追い詰めなければ到達し得ないことまで書かれている。

 これが向こうの作ったデタラメな話なら無視しても構わないが、どうやらそうではなく樹形図の設計者による予測演算の結果だと示す証拠も存在することから事実なのだと理解できる。

 さらにその前提条件さえクリアしてしまえば、今の折り返しまで来た実験の残りを消化することなく、今夜この場で自分が絶対能力者へと進化できる可能性がある。

 

「お前、頭イカれてンじゃねェか?」

 

 ひと通り書いてることに目を通して一方通行が最初に思ったのはそれだった。

 確かに渡された紙の内容なら乗らない手はないくらいの好条件ではある。

 しかし仮に相手が超能力者になったとしても、そのあとに待つのは自分を高みへと押し上げる踏み台となる結末だけ。

 書かれていることをそのまま実行するなら、一方通行は超能力者となったあれをただ殺害すれば進化は完了するわけだ。

 

「最強の名が欲しくて突っかかってくるバカはいるが、俺を『無敵』にするために死にに来るバカは、あの人形どもを除きゃ後にも先にもお前だけだろォなァ」

 

 それだけの価値がアレにあるのかは半信半疑ではあるが、こっちはおそらく大した労力もなくアレを殺害できるのは間違いないので、たとえ徒労に終わっても痛手は少ない。

 だったら乗らない手はないかと渡された紙をビリビリに破いて一応の証拠隠滅として風に流してしまい、自分より下位の存在と遊ぶために相対する。

 

「つってもよォ、大抵の奴は1分も持たずに地面に転がンだよなァ。挑ンできた以上はレベルアップする前に死ぬンじゃねェぞ」

 

「その心配はない。何故なら……」

 

 相対して口を開きはした一方通行だったが、それがイコール相手との対話を望んでいたわけではなく、ただ一方的に語った独り言のようなもの。

 だから相手が何を言おうと一方通行には興味はなく、言い終えるよりも早く足元に転がる砂利をベクトル操作して蹴飛ばし散弾のごとく相手へとぶつける。

 とりあえず無謀な挑戦者の8割はこれで片付くが、一方通行も様子見の一撃といったレベルで放ったため、これで終わるなら拍子抜けもいいところ。

 それならば1万回のシナリオでいくぶん持つようになった人形の方が頑丈なくらい。

 しかし現実には砂利の散弾を浴びた相手は全く避ける動作をすることなくそれを真正面から受けて無傷。

 

「おっ? 今のは俺の反射に近ェな。まァ超能力者になれる可能性があンなら、その程度は出来ねェとなァ」

 

 その現象を見て砂利が相手に当たってないとすぐにわかった一方通行は、自分が普段全身に施しているベクトル操作。触れるものをそのまま同じ方向へ跳ね返す『反射』と類似した能力であると理解し少し面白くなった状況に笑う。

 それでも一方通行にとっては脅威すら感じない有象無象の中の1人と変わらない。無能力者や低能力者ならいざ知らず、大能力者ならこの程度は防げる奴もいるのだから、その辺は想定内。

 ――ダッ!

 だが自分を知る相手が自ら突っ込んでくる相手はさすがに想定外で、攻撃の後に前へと駆けた相手は、能力による遠隔攻撃を仕掛けてくる様子もなくまっすぐに突っ込んでくる。

 

「(こいつは俺の能力がどんなもンか理解してる。ここで仕掛けてきても反射でどうにでもなる……いや)」

 

 ただのバカなら思考することもなく突っ込んできたのを反射で迎撃するところだったが、先制攻撃に怯む様子すら見せずに反撃に転じてきた相手の未知の部分に違和感を感じた一方通行は、足元の砂利を相手にぶつけながら蹴り足の力のベクトルを操作して大きくバックステップ。

 砂利を物ともせずに突っ込んで拳を振るってきた相手を観察しながら悠々と着地を決める。

 

「(殴りに来やがったか。それにぶつけた砂利の跳ね返り方が柔い人間にぶつかった感じじゃねェな。俺の反射みてェに全身を硬質の何かで覆ってやがンのか?)」

 

 侵入禁止という能力名から、何らかのバリア系の能力であることは予想して然るべきではあるが、そのバリアの上から殴ったところで自分の反射に対応できるとも思えない。

 それでも向こうは迷うことなくそれを実行しようとした。ならば確かめるしかない。向こうの自信に繋がっている、能力の正体を。

 砂利は通用しないことはわかった。それなら次はと一方通行が用意するのは、足元に敷かれている鉄道のレール。

 それに足の爪先をトンと当ててベクトル操作で無理矢理地面から引き剥がしてしまうと、立ち上がったレールを今度は手の指で小突いて相手へと勢いよく飛ばす。

 なかなかの凶器となったレールだが、それも向こうにとっては脅威とはならなかったのか、避ける様子もなくまた正面から受け止めて相手の足元に力なく落ちた。しかもかなりの勢いで飛ばしたはずだが、向こうは1歩たりとも後退していない。

 

「(今ので1トンくれェの衝撃はあったはずだが微動だにしねェか。単なるバリアってわけでもねェのは確かだが、ぶつかったエネルギーはどこで相殺してやがる)」

 

 そのことから展開されてるバリアが衝突のエネルギーをも殺していると考えられるのだが、ぶつかったレールをよく見れば相手にぶつかる軌道にあった部分から外れた箇所がひしゃげていて、それだけの衝撃が相殺されずにぶつかっていることは間違いない。

 つまり向こうは地面に根でも張って巨木のごとくレールを受けたのと同義であり、それだけの性能のバリアを展開しているということ。

 

「第1位ともあろう男がずいぶん臆病な戦い方をするんだな」

 

 自殺志願者と割り切るには不気味な相手に慎重になっていた一方通行に対して、接近すらさせない第1位の戦いに呆れるように挑発してくる。

 安い挑発ではあるが、言われてみれば確かに今のところ端から見れば相手を警戒して近づけないようにしてるように見えているのは間違いない。

 

「三下が吠えるじゃねェか。そンなに早く死にてェなら、お望み通りミンチにしてやるよ」

 

 たとえ自分の意図したこととは違う見解だとしても、学園都市最強がナメられたとあっては無視はできない。

 考えるのはやめない。だが今度は相手が無駄口を叩く余裕すらないままに攻めて殺す。

 そんな意識の切り替えが相手にも伝わったのか、自分と同じで構えることのなかった向こうが直立の立ち方から重心を少し落とした身構えに変わり、それを見た一方通行は足元のベクトル操作をして弾丸のごとく相手へと突っ込んでいく。

 文字通り、相手を人としての原型を留めないミンチにするために。

 

 

 

 

 牙を見せた絶対強者。

 不気味な挑戦者である自分を様子見していた一方通行ではあったが、鳴海としては相手に接近しないと戦いにすらならないため、そうして遠間から分析されるのは正直かなり厄介でしかない。

 だから安っぽいとは思いつつも挑発を試みたら、強者のプライドか面白いくらいに乗ってきて遥か高みから見下ろすような笑顔で脚力のベクトル操作をして弾丸のごとく突っ込んでくる。

 鳴海の能力である侵入禁止は、対象に近づくあらゆるものを遠ざけようとする絶対不可侵のバリアだ。

 バリアの厚さがわずか2センチ程度なこともあり、ぶつかった物のほとんどは壁にでもぶつかったように勢いが死に、対象内の物体はかなり高い優先度を持って周りからの影響を受けない。

 だから先ほどのような砂利の散弾だろうと鉄道のレールだろうと鳴海には障害にすらならない。

 そのことを一方通行は知らないから一応の警戒として接近させなかったわけだが、この一方通行もまた鳴海と似て非なる能力を常に周りに展開し続けている。

 触れるもの全てを全く同じ方向へとベクトル操作して跳ね返す反射。

 これがある限り一方通行には傷1つ付くことはないが、鳴海にとってはこの反射こそが一方通行攻略の鍵なのだ。

 鳴海の能力がただ単に壁のようなバリアを張るものだったなら、一方通行の反射、或いは別のベクトル操作によって突破される可能性があり、とてもではないがダメージを負わせるような攻撃は不可能だった。

 およそ戦いの構えなどしない一方通行の無防備な接近に対して、鳴海はただその拳を握って全力でそれを振るう。

 対象から遠ざかる力。言うなれば引力に対する斥力。これを身に纏った状態の鳴海と、向かってくるものを同じ方向へ反射する一方通行。双方の激突が生み出す結果は単純明快。

 斥力の真逆の力が引力ならば、それを反射することで一方通行は鳴海の拳を自らに引き寄せてしまうということ。

 

「(一方通行は常に反射を展開してあらゆるものから身を守ってる。それはつまり戦い方が能力に依存してるってことだ。なら一撃でもまともに入れば、演算に乱れを生じさせることも可能!)」

 

 情報というアドバンテージによってその攻略法に辿り着いた鳴海の拳。

 当たればまず間違いなく不意を突かれた一方通行は動きが鈍り、そこに畳み掛けることで普段使い慣れてしまってるに反射を誘発させて更なるラッシュを叩き込んで一気にノックアウト。

 絶対能力者進化計画は一方通行が学園都市最強という前提で行なわれている実験。

 鳴海はその当て馬にされてはいたが、これで本当に死ぬつもりで来ていたら笑えない。

 だからこその奇襲。一方通行が勝って当たり前の前提を覆し勝利すれば、学園都市最強の看板は落ち実験は終わる。鳴海が死ぬ必要も、超能力者になる必要もないというわけだ。

 反射以外の防御をしない一方通行はやはりそれ抜きに考えれば隙だらけ。これなら拳を叩き込めると確信して目の前まで来た一方通行の顔面めがけて振りかぶった拳を振るう。

 ――バキィィイ!!

 入った。反射による影響を利用した引力の拳は鳴海に確かな感触を伝えてきた。

 鳴海自身もまた能力の加護によって生身で殴るという感覚はわからなかったが、骨に響くような衝撃と痛みは長らく感じることのなかったもの。

 

「なるほどなァ。これなら確かに俺の反射も意味がねェか」

 

 確かに鳴海の拳は当たった。当たったのは当たったのだが、それは直前で挙動を変えた一方通行の右足の裏。そこに拳が突き刺さっていたのだ。

 引力による拳は確かに強力ではあるが、それも当たる場所が足の裏では有効打にはなり得ない。当たりどころとしては最悪レベル。

 しかもこの拳によって鳴海の分析をしていた一方通行は何かに気付いた様で驚愕の表情を浮かべた鳴海をあざ笑うように拳を押し返して即座に飛び退いてポケットに手を突っ込んだ余裕の態度で見据えてくる。

 

「俺の反射は来たもンを来た方に跳ね返すもンだ。それが機能しねェで……いや、機能した上で直接触れられたってことは、お前の能力が周りのもンを遠ざける力ってことだよなァ」

 

 さすがは学園都市の第1位。分析能力もバカの鳴海など比較にならないレベルの正確さ。このわずかな時間でほぼ正解に辿り着かれてしまった。

 しかも一方通行はそれだけに終わらずゆっくりと歩きながら近くの運搬用コンテナの横まで移動すると、小石でも蹴り上げるように軽く蹴ってその大質量を持ち上げる。

 

「そンだけの力があって大能力者に留まってるってこたァ、どこかに突き抜けられねェ問題があんだよなァ。例えば耐えられる負荷の限界とかよォ」

 

 質量を感じさせないように浮き上がったコンテナが頂点から落下を始めたところでそんなことを言った一方通行は、落ちてきたコンテナに触れて先ほどのレールのように鳴海へと飛ばしてくる。

 これも鳴海には何の問題もない、わけではなく、静止状態で中身が空だとしても重量5トンを越えるコンテナ。それが弾丸のように飛んできたとなればそのエネルギーは計り知れない。

 鳴海の侵入禁止の現在の最大防御重量はおよそ10トン。そこまでなら鳴海は避けるまでもなく正面から受け切ることができるが、それを越える重量をぶつけられると対象の優先度は無視されてしまう。

 つまりどうなるかというと、能力のバリアは破られることはないが、鳴海は飛んできたコンテナの勢いを止められずに押しやられるということ。

 ――ゴバァァア!!

 瞬時に避けるにはあまりに大きなコンテナに対してどうしようもなかった鳴海は、ここで初めて両手を前にかざしてコンテナの衝撃に備え、その上でコンテナごと後方へと一気に吹き飛ぶ。

 幸い後ろには別のコンテナが鎮座していてすぐにそこにぶつかってコンテナの板挟みに遭うものの、能力のバリアは貫通することなくその中でも鳴海は無傷だ。

 コンテナに自分1人が収まる程度のへこみを作って止まりはしたが、今ので耐えられる重量の限界もある程度知られてしまったため、丸裸にされるのも時間の問題か。

 こうなるともう一方通行を殴るのも難しい。ならどうするかと暗いコンテナの隙間で思考しようとしたタイミングで、こっちの意図とせずに前のコンテナが一気に浮き上がって飛んでしまい、開けた視界には怪しい笑みを浮かべる一方通行。

 一方通行は予期せぬ奇襲で思考が追いつかない鳴海の右足をガッと掴んでしまうと、力任せに振り回して地面へと叩きつける。

 何の意味もない一撃。

 そう考えるのは浅はかで、一方通行が鳴海の足を掴んだ瞬間から、一方通行のベクトル操作によって鳴海の侵入禁止はその性質を180度変えて物体を引き寄せる性質になってしまっていた。

 そんな状態で地面に叩きつけられれば、鳴海の身体は自らの能力によって地面へと引き寄せられて生身でぶつかることになる。

 生まれて初めての全身に伝わる強烈な痛みに、鳴海の思考は完全に停止。一気に押し寄せてきた血を吐き出して呼吸もままならない。

 

「その能力を切った方が楽になれンじゃねェか? もっとも、能力なしなら俺の別の攻撃に耐えられねェだろうがなァ!」

 

 動けない鳴海に対して、何が面白いのか笑顔で煽る一方通行は、鳴海の右足を掴んだまま、さっき蹴り上げて宙にあったコンテナが落下してくるのを見て愉快な笑いを漏らす。

 

「で、この状態であれが落ちてきたら、どンなミンチに仕上がンだろォなァ」

 

 狂気の問いかけ。人を人とも思わないその一方通行に、ただ落ちてくるコンテナを見るしかできない鳴海は、そこで覚悟した。

 

「ゴメンな……最愛……操祈……」



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8月19日(後編)

 今回も楽な仕事だった。

 絹旗最愛は今日、アイテムとして上が持ってきた仕事を文句も言わずにこなしていた。

 製薬会社からのよくわからない施設防衛の依頼だったわけだが、現在それも終わりそうといった段階まで差し掛かっていて、絹旗が割り当てられた2つの施設の内の1つはとても静かな襲撃で、怪しげな行動をしていた1人の女を拘束することで収束。

 もう1つの施設には麦野とフレンダ、滝壺が配置され、なかなかハードな襲撃者が現れたようだが、現在は麦野が詰めの作業に入っているっぽい。

 それをついさっき直接の連絡時に確認した絹旗だが、やたらとテンションが高かった麦野は邪魔するなと言わんばかりにさっさと通話を切ってしまったので詳細は聞けずじまい。

 とりあえず援護は必要ないっぽいことはわかったのでそちらは麦野に任せることにして、先に撤収して合流してきたフレンダと滝壺の近くにまで行くと、能力を使った疲労で辛そうな滝壺は横になっていて、目立った外傷はないものの相手が発電能力者だったこともあり内部のダメージがそれなりのフレンダも口から血を吐いて横になっていた。

 もっとも今、フレンダが血を吐いて倒れているのは別に肉体的ダメージによるものではなく、先の襲撃者の迎撃に用いていた爆弾やそれらのツールの回収を忘れていて、それが麦野にバレて『おしおき確定』してしまったことによる精神的ダメージ。

 麦野のおしおきは超怖いですからね。と、他人事のように思いつつ絹旗は最近では珍しく撤退してきたフレンダと滝壺にどんな襲撃者だったのか詳しく聞く。

 

「どうもこうもあれは麦野と同じ超能力者級よ。麦野の原子崩しと滝壺の能力追跡のコンボからも逃げてたし、私の撃破ボーナスもなしにされたし!」

 

 最後のはただの愚痴だが、フレンダが仕留め損ねて、滝壺も消耗された上でまだ麦野とやり合ってるそのしぶとさは確かに相当なもの。

 

「(麦野と同レベルの発電能力者ですか。そうなると消去法で超割り出せるわけですが、それを考えるとなぜ施設襲撃をという疑問に超ぶつかりますね……)」

 

 元々不可解な依頼ではあって、事前に襲撃者が発電能力者であることもわかってて、依頼主の方は襲撃者の正体までわかってる上でそれを詮索しないように言って仕事を持ちかけてきていた。

 その襲撃者が麦野と同じ超能力者である超電磁砲だというのは絹旗も気付き、それならば依頼主が詮索するなと言った理由もわからなくはない。

 学園都市の超能力者は貴重な実験動物。その損失は替えが効かないものではある。

 だがその超電磁砲からの施設防衛をアイテムに任せたのは失敗だろうと思う。

 自分含めてアイテムは人をプチッと殺っちゃうことも割と抵抗がないし、たとえ依頼が施設防衛だろうと襲撃者を殺っちゃうのが手っ取り早いのは道理。

 まぁ考えたところで自分達が働きアリみたいな存在なのは変わらないし、超電磁砲の目的が何であろうと自分達のやることが変わるわけではない。そこで下手に首を突っ込めば、別の闇に触れることにも繋がる。触らぬ神に祟りなしだ。

 そんな暗部で生きる基本を思い出した絹旗は、しかし単純では生き残れない故の無意識レベルの思考力を一旦止めて別のどうでもいいことを考える。

 

「(そういえば、もうすぐ鳴海さんと初めて会……)」

 

 頭に浮かんだのは今の状況とはかけ離れた鳴海のことで、何気なく日付も確認していたことからすぐにそれに関連したことを思い出しかけた。

 だがその思考は急に押し寄せた正体不明のざわつきによって遮られ、胸に残ったモヤモヤとした気持ちに思わず胸の前の服を握ってしまう。

 それに気付いたフレンダがどうしたのかと心配そうに声をかけてきたものの、別に苦しいとか痛いとかそういう類いではないので大丈夫だと返し手も胸から放す。

 

「(なんでしょう……今、鳴海さんの声が超聞こえたような……)」

 

 それでも未だ残る不思議な感覚の中に、鳴海の声があったような気がした絹旗だが、なんだか鳴海にリソースを割きすぎてる自分の思考が恥ずかしくて、頭をブンブン振りモヤモヤと一緒にどこかへと吹き飛ばしてしまう。

 

「(まぁ、記念日くらいは一緒にいてあげても超いいかもしれませんね)」

 

 

 

 

 学舎の園の中にある常盤台中学の学生寮。

 相容れない存在である御坂美琴が住む学舎の園の外の学生寮とは違うここに住む食蜂操祈は、夜も更けてきた頃にじっくりと入ったお風呂から上がり現在、自慢のお肌の手入れ中。

 学生寮は例外なく二人部屋なため、食蜂の部屋にも同室者がいるが、こちらは派閥のメンバーで食蜂に従順。能力を使って命令するまでもなく寝ろと言えばさっさと寝るので、入浴直前にはすでに並んで置かれたベッドの1つに入ってご就寝。

 たまに手入れさえやらせることもある食蜂だが、相手にとってはご褒美になるらしいので、そう毎回ご褒美をあげて派閥内で贔屓だなんだとあっても相当に面倒臭いし、そんなことに能力を使うのもバカらしいのでこうして自らお手入れをすることが大体。

 常盤台中学もお嬢様学校の看板を背負ってるだけに普通の学校では習わないだろう授業もあるが、その中に女子力を磨く授業まであるのだから、お肌の手入れなど生活の一部のように出来るのが当たり前。

 若いうちから手を抜くと年を取ってから大変。が口癖の講師の切実な言葉を他人事には思えない食蜂もこうして毎日欠かさずに手入れをする。

 去年の今頃を境に成長著しくなった食蜂の身体だが、色んな成長を戦闘力やらに吸い取られてる御坂美琴など鼻で笑えるレベルの今のプロポーションはかなりお気に入りだ。

 特に胸。胸囲力はあの人に散々バカにされたあの頃とは比べ物にならない立派なものになったし、今も徐々に成長してるからブラジャーの新調も大変。

 そんな苦労を長らくしてないだろうつるぺったんな御坂美琴のことを思い浮かべて笑ってやってから、寝る前の手入れを完了させた食蜂は、睡眠時間も大切だと女子力講座で言われていたこともあり、成長ホルモンが多量に分泌される時間帯ギリギリにようやくベッドに入る。

 

「(急な成長力も考えものよねぇ。胸囲力があるおかげで寝方も安定しないしぃ)」

 

 ベッドに入ったはいいが、毎回その寝方で落ち着く体勢が決まらず一苦労する食蜂は、どんな体勢になっても形が変わる自分の胸がこの時だけ邪魔だなぁと思う。

 仰向けでもプリンを乗せてるような感覚は落ち着かないし、うつ伏せは胸を押し潰すので若干息苦しい。かといって横向きは片方向に胸が寄るので形が崩れる原因になる。

 こうした悩みを解決する矯正用のブラジャーというのもあるので、将来の垂れたりの原因を作らない対策として着けたこともある食蜂。

 それでもやはり相性というものはあるので、仕方なく今に至るわけだが、こういう時の対処法は別のことを考えながら寝るに限る。

 最近はこんな悩みがないだろう御坂美琴のぐぬぬという顔を想像しながら悦に浸って寝るのだが、毎晩それでは効果も薄くなる。

 

「(そういえば鳴海さんって、私の胸囲力には興味なさそうなのよねぇ。というかあの人に女の好みとかあるのかも怪しいわぁ……もしかして重度のシスコン力で手遅れだったりぃ?)」

 

 となれば次の標的になるのは奇妙な友人である鳴海。

 ただの想像でしかないが、その中でさえ自由な食蜂は勝手に鳴海という男の性格を作り出して1人笑ったりとかなり酷いことをしていたが、鳴海のことを考えた途端に寒気が押し寄せてきて身震いする。

 別に部屋が寒いとかではない。クーラーは効いてるがそれも適温に保たれているし、隣の子も心地良さそうに寝息を立てている。

 

「(変なこと考えるなって鳴海さんに怒られちゃったのかしらぁ。ここにいないのに私に干渉力を発揮するなんて、愛されちゃってるわぁ…………なーんてねぇ)」

 

 まぁそういうこともあるかと特によく考えない食蜂は、失礼な想像をしたバチでも当たったかと適当に完結させて目をつむると、やっぱり飯ウマな御坂美琴の悔し顔を想像して眠りに就いていった。

 

 

 

 

 鳴海最都は能力者だ。

 そんなことは今さら言うまでもないが、ここにはある重要な意味がある。

 物心ついた頃に両親に学園都市へと放り込まれて置き去りとなった鳴海は、その原因が育児放棄などといった一般的な要因ではない。

 学園都市は能力者を開発・育成する巨大な実験場みたいなもの。表向きにはそうした認識はないが、少しでもその闇に触れれば考えはそういったものに変わる。

 言うなれば学園都市はそうした普通とは違うものを扱う研究機関。そこでなら鳴海も数いる普通じゃない人の内の1人として生きられる。それが両親の最後の親心だったのだと今の鳴海は考えるようになっていた。

 要するにそういうことなのだ。

 鳴海最都は学園都市に来るより前から能力者だった。

 だから鳴海は能力開発のカリキュラムを受けていないし、幾多の身体検査を受けても未だに未解明な部分が多い。

 こういう鳴海のような能力者を研究機関では『原石』と呼ぶらしいのだが、その数は相当に少なく能力開発も難しい中で、原石の頂点を未知数込みで超能力者の第7位として扱っている。

 そんな原石である鳴海は、自分が超能力者となる条件を樹形図の設計者に予測演算された時から、どうしても引っ掛かることがあった。

 自分のことは自分がよくわかってる。それが能力に関してでも変わらない。

 鳴海の能力の根源は『拒絶』にある。

 絹旗と接するまでの自分が生きるために最低限のもの以外を能力で遮断していたのは事実。その頃の自分が限りなく孤独だったこともまた確かな記憶としてある。

 そんな孤独の中で、あとほんの少しでも絹旗に会うのが遅れていたら、自分はとんでもないことになっていたと思える心理状態を迎えていた時に至った境地。自分が超能力者になってしまう恐怖を感じたのはその時だった。

 樹形図の設計者は一方通行との戦闘によってその死の間際で超能力者へと至ると予測演算した。

 だが鳴海はそんな状況にならずとも超能力者に至れることを直感していた。だから樹形図の設計者も万能ではないと、心のどこかでそう思ってきた。

 

「(樹形図の設計者は、こうなることまで予測して演算してたってことなのかよ……)」

 

 しかし今、一方通行に自分の能力を攻略され、落とされたコンテナの下敷きになる間際になって、そうした思考に行き着いてしまう。

 実のところ、鳴海はなろうと思えばいつでも超能力者になれたのだ。

 ただそのために必要な条件に鳴海ではどうしても踏み込めないラインがあって……いや違う。どうしても『踏み越えたくないライン』があったから今まで鳴海は突き抜けなかった。

 鳴海が超能力者へと至るために外すリミッター。それは自分以外のあらゆるものの『拒絶』だ。

 超能力者は原石の第7位を除いて、その全員が高度な演算能力を持って君臨している。

 だが鳴海は全くの逆。高度な演算能力は必要なく、むしろ演算を単純化していくことでその力が強大になる天の邪鬼な能力。

 自分が生きるだけのもの以外を遠ざける超能力者の力。それはつまり今までにできた『繋がり』をも拒絶することに他ならない。

 落ちてきたコンテナに対して『突き抜けた』鳴海は、接触状態にある一方通行へとその能力を集中。

 ベクトル操作によって反転した力によってコンテナは一方通行へと一気に引き寄せられてその落下軌道がズレ、その異変に気付いた一方通行は即座に鳴海の足から手を放して離脱。

 直後に落ちてきたコンテナは鳴海を潰す軌道を修正できずに無情にも押し潰してきたが、一方通行の干渉を外れたことで能力が復活。その影響によってコンテナは鳴海の横にズレて地面へと落ちる。

 

「なンだ今のはよォ」

 

 少し離れた位置に着地した一方通行は、直前の違和感を確かめるように口を開いたが、ゆっくりと立ち上がった鳴海はそれに応じない。

 いや、応じられないが正しい。

 暗がりでは一方通行が喋ったかどうか口元を見ないとわからない。だから今、必要ない『音』も拒絶してる鳴海には一方通行の問いかけは届いていない。

 届いていないからこそ鳴海は一切の状況を無視してその左手の平を一方通行へと向ける不思議な挙動をする。

 直後、一方通行の身体は強力な力によって浮き上がって鳴海の方へと一気に接近。

 意図しない身体の動きに多少思考が混乱していた一方通行を、迎撃に構えた右拳で殴りにいく。

 

「おォっとォ」

 

 しかしその拳はまたもクリーンヒットとはならず空を切り、まさに当たる直前で動きを止めた一方通行はその額に一滴の汗を流す。

 

「あの距離で反射が働いたってこたァ、今までとレベルが違うってことだよなァ。まァお前の力のベクトルをピッタリ半分の力で反射してぶつけりゃエネルギーが相殺されンのは当然……」

 

 さすがに咄嗟の対応でギリギリだったような一方通行だが、余裕の態度は崩さずにまだ笑顔で口を開く。

 しかし鳴海には何を言おうと関係なく、一方通行がその動きを止めたのを見て能力の範囲を体表面にまで留めて踏み込み、左拳を一方通行の腹へと叩き込む。

 目に見えない能力の壁は一方通行にとっても対応がワンテンポ遅れるようで、しかも踏み込めば届く距離にいたこともあり、鳴海の拳はようやく一方通行の腹へと叩き込まれ、反射によってそれを吸い寄せてしまった一方通行の身体はくの字に折れ曲がる。

 ――倒すなら今しかない。

 それを確信した鳴海は能力の全てを以て『一方通行を拒絶』。

 もはや距離の概念を消失した鳴海の能力は際限なく一方通行を遠ざけようとその力を振るうが、反射によって強力な引力で鳴海へと突っ込んでくる。そこに拳の連打。連打。連打。

 能力を絞って広げて絞って広げて。それを繰り返さなければ一方通行が自分とくっついたままになってしまうので、そうして連打を叩き込んでいく鳴海だったが、6発目の拳が撃ち込まれたところでガッ! 引いた腕の手首を一方通行が掴んで止めてくる。

 

「調子に乗ってンじゃねェぞ三下ァ!!」

 

 目の前で叫んだ一方通行に対して、相手を丸ごと拒絶していた鳴海も反射によってその叫びを引き寄せてしまい軽い耳鳴りが起きるが、問題は一方通行に腕を掴まれていることだ。

 一方通行と接触状態にあると能力が反転してしまい、この状態では一方通行も鳴海の身体に触れることができてしまう。逆もまた然りではあるが分が悪いのは鳴海の方。

 一方通行は反射の制御と同時に別のベクトル操作も出来る。さすがにいま触れてる手で反射以外のベクトル操作はできないだろうが、人間には基本的に腕は2本あるわけで……

 

「最ッ高に決まっちまって俺も驚いたけどなァ。絶対能力者になンならこれくれェの代償でも釣りが来るってもンだろ」

 

 何もさせるわけにはいかない。本能的にそう思った鳴海は空いていた腕を振るって一方通行を殴りにいく。

 ゴギィィイ!!

 それで起こったのは鳴海の腕が曲がらない方向へと曲がってしまう悲劇。

 かつてない痛みに声にならない声を上げた鳴海だったが、一方通行は笑いながら掴む手を放しはせずに空いていた手で鳴海の腹へとデコピン。

 お返しとばかりに放たれたデコピンはベクトル操作によって凶悪な威力となって鳴海の内臓と骨に深刻なダメージを与えてきて、最早1人で立てなくなって膝を折る。

 一方通行が行なったのは簡単なこと。掴んだ手のベクトル操作で鳴海の能力を全反射するのではなくエネルギーの半分を反射して相殺。

 能力のバリアを完全に無効化した上でそこに反射と別のベクトル操作で攻撃したのだ。

 全てを捨てて超能力者になった鳴海でも、一方通行には勝てなかった。

 腕をへし折られ、内臓と骨にもダメージを負わされて息絶え絶えな鳴海は、未だ手首を掴んでいる一方通行を見上げることもできずに意識も朦朧とする。

 

「誇っていいぜ。この俺にまともに拳を叩き込ンだのは、今まででお前だけだからなァ。それに敬意を評して、華々しく散らせてやるよ。真っ赤な血の花火でなァ!」

 

 樹形図の設計者の予測演算では、超能力者の鳴海を殺害することで一方通行は絶対能力者へと至ることができる。

 だからもう、一方通行が人の心を持って鳴海を見逃すということは万に一つもなく、鳴海ごと空高くジャンプした一方通行は、頂点に達するよりも早く空いていた手で鳴海の折れた腕に触れてベクトル操作。

 何をするつもりか鳴海には想像もつかないが、ここが最後のチャンスと思いほとんど本能で能力を全開にし一方通行の相殺を無理矢理解除し引力を復活させてゴヂンッ! 間髪入れずにその額に頭突きをお見舞いしてやると一方通行はその手を両方とも放すが、能力全開の鳴海のバリアを反射する一方通行は鳴海から離れられない。

 この状態から狙うのはもう、一方通行を下敷きに地面へとぶつかることだけ。

 一方通行もそれに気付いて額から血を流しながらその手を鳴海に触れさせて能力を相殺。そこから空いた手で拳を握ってベクトル操作で威力を高めた一撃を鳴海に撃ち下ろして手を放すと、地面にまっ逆さまの鳴海はあっという間に激突。

 しかし一方通行と離れたことで能力が復活したため、即座に自分と地面の間にバリアを展開。

 全開から出力を絞ることでバリアをクッションにして激突はギリギリで避けて倒れるように降りたが、もう身体は限界を越えてしまっていて自力で立ち上がることは叶わない。出血も放っておけば確実に死に絶える量が流れ出ている。

 その鳴海の近くに悠々と着地した一方通行だったが、今の鳴海を見て数多の妹達を壊してきた経験がもう放っておいても死ぬことを悟ったのか、額の血を拭いつつ弱々しい呼吸をする鳴海を見下してくる。

 

「あー、こンだけやって俺の方に変化がねェってこたァ、お前がまだ超能力者になりきれてねェか、そもそもあの予測演算が不確定要素で誤差を生じさせたかだろォな。つーわけでもうお前に興味ねェからよ、死ぬまでの残り時間で俺に挑んだことを後悔してくれや」

 

 すっかりやる気を無くして無駄な時間を使ったとでも言うような物言いで踵を返した一方通行は、死に逝く運命の鳴海から完全に意識を逸らす。

 だが鳴海は後悔などしない。

 今夜の自分との戦闘は、絶対能力進化計画に多少なりとも影響を与えたはず。

 それによって樹形図の設計者がまた予測演算をしたとしても、死ぬはずだった妹達の幾らかは救えるはず。

 それにまだ、一方通行は自分を殺害するという条件を達成していない。

 それらを考えてなどいなかったが、立ち上がることも一方通行に顔を向けることすらできない状態で鳴海は能力を使って一方通行に干渉。

 この場を立ち去ろうとした一方通行だが、鳴海の能力に触れたことでピタリとその足を止めて振り返る。

 

「そォかよ。そんなに死にてェなら、お望み通り楽にしてやるよォ!!」

 

 そして高々と飛び上がった一方通行は、あえて鳴海の能力を反射して一気に落下。その拳を倒れる鳴海の身体のど真ん中に叩き込んだ。



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8月20日

 橋架下の鉄道整備場。治安維持を目的とした大人で構成される集団『警備員(アンチスキル)』の1人として要請を受けてここにやって来た黄泉川愛穂(よみかわあいほ)は、その現場検証をしながら頭をかく。

 

「昨夜ここで一体、何があったじゃんよ……」

 

 直接見てみても不可解な現場。

 敷かれたレールの一部が強引に外されてひん曲がった状態で転がり、ボッコリとへこみのある貨物用コンテナも2つ、近くで無造作に転がっている。

 学園都市は能力者のいる特殊な環境。だからこういった騒動らしき現場や事件は小さなものも数えれば毎日どこかしらで起きているのが現実。その都度で出動がかかるのもまた警備員の運命。

 そうやってほぼ毎日、学園都市で起きる騒動を見てきている黄泉川でさえ、今回の現場は不自然であると断じれた。

 自然発生の現象でないことは間違いないが、破壊されたコンテナやレールも1人の八つ当たりでそうなった痕跡ではない。ならば2人以上の喧嘩の末の有り様ということが言える。

 ところがこの現場には当事者であろう者の姿がないのは当然としても、これだけの被害を出しながら周りに血痕すら落ちていない。

 この規模の破壊を行なう能力者と喧嘩などすれば片方だけでも流血の1つはして当然。

 

「現場の血だけを綺麗に消していったってことか? 身元がバレたらヤバい奴がドンパチやってたとかだったら面倒臭いじゃんよ」

 

 科学的な分析をする警備員の近くでしゃがんで地面の砂利を拾い上げてみる黄泉川だが、不気味なほどに敷き詰められた砂利に不審なところはなくて、本当に流血沙汰はなかったのかと考えてしまう。

 しかし長い経験から胸につっかえる違和感は納得を許さないため、何かあると直感する黄泉川は、クレーンによって吊り上げられたコンテナを何気なく見ながら、その下敷きになってた場所に目を向け近付く。

 するとそこの砂利にだけどうすることもできなかったからか、一切見つからなかった血痕が砂利にあり、すぐに鑑識班がそれを採取。

 学園都市の学生ならばその全員が能力者として『書庫(バンク)』に登録されているため、血液から書庫と照合することは割と簡単なことで、基本的に一般開示はしてない書庫だが警備員や風紀委員ならば必要に応じて最低限のアクセス権限は与えられている。

 不可解なことはあるがこれで進展するかと照合の方を待っていた黄泉川だったが、鑑識から出てきた言葉はちょっとした衝撃を含んでいた。

 採取された血液に適合する人物は存在しない、と。

 それなら書庫には登録されてない自分達のような大人連中ではないかとそちらの方も照合に入ってもらったのだが、やはり結果は一致する人物がいない。

 つまりこの場にいた何者かは学園都市には存在しない誰か。侵入者、或いは何かの不都合で登録をスルーしてしまったイレギュラー。

 

「……少なくとも、ここで起きたことを隠蔽する存在がいるってことじゃん。外部の人間だけでそんなことを一晩で出来るとは思えないわけだけど、組織的な統制の取れた動きだったのは間違いないじゃん」

 

 叩いても埃すら出てこない現場の異様さを黄泉川はヒシヒシと感じるのに、唯一出てきた情報も進展には繋がらなくて気持ち悪ささえ覚える。

 現場の誰もがそう思っているだろう中、唐突に現場リーダーの元に連絡が入り、2、3言葉を交わしてからリーダーからの文句を最後に向こうが一方的に連絡を絶ってしまったようだった。

 ガリガリと頭をかきながらため息をついた現場リーダーは、仕方ないといった雰囲気で現場の全員に聞こえる声量で唐突な撤収を告げ、後片付けをしたら持ち場に戻るように指示。

 当然納得のいかない黄泉川他は現場リーダーに詰め寄るが、話を聞けば撤収命令は統括理事会からのもので、こちらの言い分がどうであろうと上の判断は絶対である。

 統括理事会からの介入でますます疑惑は増すものの、上がいいと言ったものを忙しい身である自分達が納得のいく収め方をしていてはあっという間に首が回らなくなる。

 

「(統括理事会が介入してくる時は、決まって学園都市の暗い部分に触れるじゃんよ。それを解決するのが私らの仕事なのに、それもままならないとか情けないじゃん……)」

 

 自分の無力さなど今まで何度も味わってきた黄泉川だが、何かあるとわかってて何も出来ない悔しさは相当なもの。

 だからせめて目に見える範囲の治安を守りたい。自分の力が許す範囲で救える者に手を差し伸べたい。

 そんなことを思いながら、不可思議なことの多い現場をあとにする黄泉川だった。



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8月25日

 おかしい。

 確かに連絡も夜遅くてタイミング的にはこちらに非があるのだが、それにしてもおかしい。

 昨夜11時を過ぎてはいたものの、どうにかこうにか麦野達にやりくりしてもらって今日のオフを勝ち取ったので、昼前には戻ると鳴海にメールをしていた絹旗。

 鳴海は基本的に夜更かしする人間ではないし、自分でも認めるレベルで朝にも弱い。

 それでも自分からのメールならものの1分とかからずに必ず返信が来るのが当たり前だった。

 それがどうしてよりによって今日、当たり前が崩れるのか。

 言い知れぬ不安を抱きながら朝の10時を回ろうかという頃に鳴海の住むアパートまで辿り着いた絹旗は、ここまで来るまでに鳴海からの返信が来ることも期待していたが、その期待は裏切られることになりとうとう部屋のドアの前にまで到着。

 

「(これで呑気に寝てたら、殴るだけじゃ超済みませんね)」

 

 ドアの鍵を開けながらそうした楽観視をしてからドアを静かに開けた絹旗ではあったが、開けた瞬間に中に誰もいないのを気配でわかってしまう。

 絹旗が帰ってくる時にはいつも非の打ち所がないレベルで行き届いている掃除などが全くされた形跡がなく、上がってまず目に飛び込んできたダイニングテーブルにもわずかながら埃が積もっていて、少なく見積もっても3、4日ほどは掃除がされていない。

 そのダイニングテーブルには置き手紙と一緒に何やら包装された何かが置いてあったが、いちおう部屋内の全部を確認するのを優先してやはり鳴海がいないことを現実として受け止める。

 まぁ自分勝手にやってきた自分が鳴海の勝手をどうこう言う権利などないのだし、こうして心配してしまうのもいつも鳴海が抱いていた感情かもしれないのだからおあいこにしよう。

 とか考えながら再びダイニングテーブルの前にまで移動した絹旗は、そこにある置き手紙を手に取ってそれを読むが、頭の悪さに定評のある鳴海の文章は平仮名が大部分を占めていて内容がいまいち入ってこなかったが、無事に読み終えてから自分にと置かれていたプレゼントを手に取る。

 手紙には『気に入ってくれたら使ってくれ』とあったので、おそらくは日常で使える物が入っているのだろうと予想してなるべく丁寧に包装を解いて中身を取り出した絹旗は、それを広げてから少しだけ目を輝かせて洗面室に移動。

 入っていたプレゼントはふわふわニットのワンピース。

 もうすぐ夏も終わるし秋冬モノもそろそろ買い揃えないとなと考えていたところにジャストな贈り物とあって、絹旗のテンションは若干上がってる中で意気揚々とそれを着てみる。

 肌触りも良くて気持ちいいし、何故か不思議なくらいにサイズもピッタリ丁度良く、丈など中身が見えそうで見えないギリギリのラインとあって称賛に値する。

 正直に言って絹旗の好みど真ん中で非の打ち所がないワンピースだ。可能ならばこれを普段着になるべく生活してもいいと思える。

 

「でも何でこんなにも超ジャストサイズの物が用意できたのでしょうか……知らない内に超視姦されていたとしか思えませんね……」

 

 鏡に映る自分を色んな角度で確認しながら、ついそうやって邪推してしまうが、そんな怪しい視線なら気付かないことはないのでここに置いてある服からサイズを拝借したのだと自己完結させて、まだ外で着るには早いので元着てた服に着替えて軽い足取りで戻ると、ダイニングテーブルに放置した手紙が目に入って現実へと戻ってくる。

 

「……出来れば鳴海さんから直接、超受け取りたかったものですね……」

 

 プレゼントのワンピースをテーブルに置きつつ、また手紙を手に取ってそんなことを呟いてしまった絹旗。

 プレゼント自体に大した驚きを見せなかった絹旗だが、それにはちゃんとした理由があって、今日は絹旗と鳴海が初めて出会った日なのだ。

 絹旗としては大した記念日でもないのだが、鳴海にとっては大切な日であろうことを察してわざわざ今日をオフにしたのだが、結果はこれである。

 手紙にも本当なら直接渡せれば良かったとあり、片付けなきゃならない用事とやらがまだ片付いていないからこうして帰ってこられてないのもわかる。

 それでもわがままを言うならば、無理してでもその用事とやらを終わらせて今日、当たり前の日常の中でこれをプレゼントしてほしかったと、ワンピースを見ながらに思った絹旗は、1度は取り出してしまったそれを丁寧に畳んでまた包装で包んで元に戻してしまう。

 

「(私はこれを超見ていません。手紙も読んでいませんし、ここにも超戻ってきていない)」

 

 なるべく元あったように置き直して、今までのことをすっぱりと忘れた絹旗は、何事もなかったように部屋を出て鍵を閉め、今日行こうと思っていた映画を観にアパートをあとにする。

 そのタイミングで近くを通りかかった女子大生2人組が絹旗を見て立ち止まり、それに気付いた絹旗もはてと立ち止まる。

 

「あなた、ナルちゃんが言ってた妹さんでしょ? 話の特徴と一致するからすぐわかっちゃったし、丁度良かったよぉ」

 

「妹では断じて超ありませんが、関係者であることは超認めます」

 

「最近ナルちゃんを見かけなくてどうしたのかなって思ってたんだけど、妹さんならナルちゃんがどこで何やってるか知ってるかなって」

 

 鳴海がナルちゃんという聞き慣れないアダ名で呼ばれてることにはとりあえず触れないであげた絹旗は、どう話したのか自分のことを聞いた話から関係者と判断した女子大生2人が鳴海の姿を見かけていないからどうしたのかと尋ねられてしまい少し困る。

 

「……鳴海さんが今どこで何をやってるかは私にも超わかりませんが、私の知る鳴海さんは勝手に超いなくなるような無責任な人ではないので、待っていればひょっこりと姿を見せるかと」

 

 迷った末に出た言葉は、きっと自分がそうであってほしいという願望。

 別にいなくなったと言っても一時的なことで、絹旗がいるような暗部にいるなら心配くらいはするが、それとはもう縁遠い鳴海なら自らその道に行こうとはしないはず。

 だったらたまにはこちらが待つのもいいじゃないか。

 そんな開き直りにも取れる結論に至った絹旗は、自分の言葉を聞いて「だよねぇ」とか「ありがとう」とか言って大学に行ってしまった女子大生2人を見送ってから、自分も行こうとしていた映画館目指して歩き始める。

 

「(とりあえず、次に会った時には顔の原型をギリギリ超留めるくらいに殴っておきますか)」

 

 結局のところ無駄骨に終わった時間がなんとなく許せなかった絹旗は、歩きながらにそら恐ろしいことを考えて、今から観る映画についてを考え始めてしまう。

 夏も終わりに近付いたとはいえ、今日もまた肌を焼くような陽射しが照りつける中で、絹旗は自分の日常へと戻っていく。

 

 

 

 

 もうすぐ夏も終わりかぁ。

 この夏にやり残したことはないかなとかそんなことを考えながら才人工房にやって来た食蜂操祈。

 基本的に泳げな……泳ぐ必要のない食蜂が自発的にプールなどの施設に行くこともないが、今年は水着を着てないなぁとかこのプロポーションになってからの一大イベントを逃した感は人並みに感じる。

 別に見せつけたい相手も特にいないし、学校では指定のダサいスクール水着を強制されるので授業などは全部見学にさせてもらってる。

 唯一の楽しみとして御坂美琴の自分のある部分を見る顔があるが、それだけのために泳げな……泳ぐ必要のないプールに入るなど徒労も良いところ。

 はっ!

 いつの間にか思考が水着関連に引っ張られ過ぎていることに気付いてバカらしくなった食蜂は、夏というワードも封印処理して才人工房のメインルームにまで来ると、ちょうど研究員の数人が談話をしていたので、また学園都市の闇が関わる話題でも入ってきたのかと何気なく耳を傾ける。

 

「聞いたか? 『絶対能力進化』計画の事……」

 

 そこから飛び出した話の内容は、噂でしかなかった眉唾モノの絶対能力者を生み出す計画について。

 自分もその領域に行けるのかはわからないが、その計画とやらが普通のアプローチで到達できるわけもないので、触りくらい内容は知ってもいいかと肩から提げるカバンからリモコンを取り出してピッ。話をする研究員を能力で操り内容を話させる。

 

「第3位のクローンを量産・投入して第1位の一方通行を絶対能力者に進化させようとしたものの、計画半ばにして頓挫した模様です」

 

 やはり内容は非人道的で常軌を逸したもので、よくやるなと他人事のように思う食蜂だったが、御坂美琴のクローンという部分に胸のつっかえができて、過去に出会った少女の姿がダブる。

 

「それで造られたクローンはどうなるの?」

 

「さぁ? 処分されるのでは?」

 

 さすがに外部の研究実験のこととあって、流出・拡散した情報も断片的なようで、生き残ったクローン『妹達』のその後まではわからなかったが、たとえクローンでもちゃんとした意思があり懸命に生きようとする。

 それを知っているからこそ、本人の意思を無視して処分など受け入れがたい事実。

 クローンの存在を知ってしまった。それはもう食蜂には無視できない事案となったのは間違いなく、どんな形であれその妹達がどうなったかを知らないと落ち着かなくなったので、許す限りの情報力を用いて調べると決意。

 その決意を持って話を切り上げるため記憶の改竄をする手前、そういえばと口を開いた研究員が気になったので話を続けさせると、そこからまた思いもしない内容が飛び出す。

 

「計画の進行中に『侵入禁止』が一方通行と接触し、過去に破棄された別のアプローチで絶対能力者への進化を完了しようとしたとか」

 

 侵入禁止とは、関わりがなければ絶対に誰かわからない彼の能力名ではあるが、生憎とこの才人工房は過去にお世話になった人物ということで知らない研究員はいないし、食蜂も当然すぐにわかる。

 

「ただ、そのアプローチは失敗して計画にも支障が出ない範疇だったので内々で事後処理を進めてなかったことにされたようですね」

 

「……それで、侵入禁止の方はどうなったのかしら?」

 

「それも妹達と同様で不明ですが、アプローチ方法の最終到達段階に侵入禁止の殺害が含まれることから、もう生きていない可能性が高いかと」

 

 涙が出そうになった。

 おそらくはもうずいぶん泣くことなどしていない食蜂だったが、研究員の言葉を聞いて何か込み上げてくるのを感じて、しかしすぐにそれを引っ込めて押し殺す。

 侵入禁止は言わずもがな奇妙な友人である鳴海のこと。

 思えば数日前に彼の様子に違和感を覚えていた食蜂は、その話で妙に納得してしまう。

 介入してきたということは、それは鳴海の意思で第1位に接触し別のアプローチ方法とやらを行なったことに他ならない。

 結果など聞くまでもなく鳴海程度では学園都市最強に敵うわけもないので、自殺でもしに行ったのかと考える食蜂だったが、それはすぐに否定する。

 何故なら鳴海はあの電話の時に『約束は守る』とハッキリ言ったのだ。

 それはこれから死にに行く人間が言う台詞では決してないし、鳴海は自分に嘘をつかない。

 だとすれば鳴海は何らかの方法で計画を中止させようと一方通行に挑み、倒す算段はあったのだと思うが、失敗し消息不明になっているのだと予想がつくわけだ。

 

「(生きて帰るつもりでいたんだろうけど、鳴海さんは頭悪いからその辺の細かい計算力が足りなかったのかしらねぇ)」

 

 友人の消息不明に涙しそうになったのに、もう落ち着いてるのには自分でも驚くものの、研究員の記憶の改竄をしながらそんなことを冷静に考える。

 

「(まっ、殺しても死なないような人だしぃ、消息不明とかきな臭さ満載。生死の確認くらいはちゃんとしてもらいたいところだけどぉ)」

 

 彼の能力でそうそう死ぬようなこともないのは理解者である食蜂がおそらく一番わかっているし、事後処理をしておいて生死の情報が出てこない辺りはやはり怪しいと勘ぐる。

 学園都市には死んだことにしておいた方が都合の良い人間が少なからずいるし、暗部組織にそういった人物がいるだろうことも察してる食蜂だからこそこうした落ち着きがあるわけだが、別にそんな色々な理由がなくても食蜂が信じるものはシンプルなのだ。

 

「(まだ私との約束を果たしてないわけだし、勝手にいなくなってもらったら困るのよねぇ)」

 

 約束。それを果たさずに鳴海が死ぬなんて有り得ない。これだけで十分すぎるほど食蜂は鳴海の生存を信じられる。

 

「(でもぉ、やっぱり一瞬でも心配させた分の利子力は上乗せしないとねぇ。鳴海さん、早くしないと延滞料で破産しちゃうわよんっ)」

 

 だから食蜂はいつも通り、いつか来るその日を待ちわびてどうしてやろうかと笑顔で考える。

 どうしようもなくバカで勝手気ままで人のことをおちょくる鳴海。

 そんな鳴海のことをなんだかんだで好きな食蜂は、つい気持ちが緩んでしまう鳴海のことを1度頭から忘れて、先ほどの妹達の件に切り替えてあれこれと動き出す。

 もうあの子のような……ドリーのような悲劇が起きていないことを祈りながら。



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エピローグ

 第7学区にある病院。

 そこに医者として勤めるカエル顔の初老の男は、先日運ばれてきたここの常連であるツンツン頭の少年のカルテを見て、やれやれといった雰囲気でそれを机に置く。

 何をどうしたら毎回あれほどの怪我をして運ばれることになるのか。

 少年の日々の生活が気にならないと言えば嘘になるが、自分の仕事はここに運ばれてきた命をどんな手を使っても助けること。

 少し前にその少年の身に起きた不幸を助けられなかったカエル顔の医者は、一層の決意と共に今日も仕事に努める。

 そこに自分にとかかった電話に受話器を取って応答すると、その相手に少し顔をしかめる。

 

『調子はどうだい』

 

「君こそ、何か異常はないだろうね」

 

 相手はかつての自分の患者。正確には今もそうではあるのだが、もう自分の手の届く場所にいない彼、統括理事会の理事長であるアレイスター・クロウリーは、学園都市のほぼ全てを掌握する絶対権力者。

 その彼がコンタクトしてくるとは何事か。カエル顔の医者は穏やかな調子で「大事ない」と返したアレイスターとは裏腹に少し緊張の色を含む調子でそうかと返す。

 

「それで何の用なのかな。まさか僕の様子をうかがうだけじゃないだろう」

 

『先日そこに運んだ少年、鳴海最都の回復は良好かな』

 

 アレイスターの口から出た人物は、ツンツン頭の少年が運ばれてくるより前に彼よりももっと酷い状態で運ばれてきた少年だ。

 運ばれてきた段階ですでに呼吸は停止し、人工呼吸器なしでの生存は不可能。内臓も骨も酷い有り様で普通の医者ならもう匙を投げてしまうレベルで、逆に何故まだ生存しているのかが不思議なほどではあった。

 だがかつて冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)と呼ばれていたカエル顔の医者は、信じられない医療技術でこれを治し、峠を越えさせることに成功。

 今は隔離病室に絶対安静の状態で寝かせているのだが、彼が生き延びたことはまだ外部に知る者はいないはず。

 だがカエル顔の医者はすぐにアレイスターが生きた状態で運んだなら、自分は必ず助けてくれると踏んでいたのだろうと気付く。

 彼がかつて死に体であった自分を助けてもらったことがあるからこそ、そこに信頼を寄せていた。

 

「……アレイスター、君が何を考えているかはわからないが、この病院にいる限りは彼も僕の患者だ。その間に勝手なことはやめてもらおうか」

 

『わかっているよ。しかしそちらの考えと彼の考えとでは噛み合わない部分が生じるのは仕方がない』

 

 釘を刺すように、何かあるのだろう少年に手出ししないよう言ったカエル顔の医者だったのだが、返ってきたのは予想だにしない言葉で思考を巡らせる。

 

『助けてくれたことに感謝する。彼にはまだ、やってもらわねばならないことがあるのでね。今回の動きはこちらとしても想定外で対応が後手に回ってしまった。原石というのは例に漏れず扱いが難しい』

 

 疑問の浮上したカエル顔の医者の思考は無視してつらつらと言いたいことを述べるアレイスター。

 愚痴にも取れるそれを聞きながら、何故か確認のようなことをしてきたアレイスターの物言いに気付いたカエル顔の医者が何を言いたいのかに辿り着いた時には、もうアレイスター側から通話は切られてしまい、静かに受話器を戻してから席を立ち、彼のいる病室へと足を伸ばしてみる。

 面会謝絶で定時での看護師の見回りでしかここには人が入らないため、最後にここに来たはずの看護師が30分ほど前だったことも考慮すると、極めて近い時間に彼はここを勝手に出ていったことになる。

 しかし院内には監視カメラが設置されてるし、扉から出たならわかろうものだが、残念なことに彼は正体不明の能力者。

 たとえここが6階に相当する高さにあろうと、風になびくカーテンがそこから出ていったことを知らせてきた。

 

「中身はまだボロボロの状態だから、無茶なことをしなければいいけどね……」

 

 

 

 

 昼下がりの時間。学生のほとんどが勉学に勤しんでいる頃にフラフラとした足取りで自分の住むアパートまで戻ってきた少年は、もしかしたらの可能性を考えて持っていかずに隠していた部屋の鍵を取り出して開け中に入ると、出てきた時と同じな光景に少し寂しさを覚えるが、ほんの少しだけ自分だけでは絶対に発生し得ないわずかな匂いの残留に気付く。

 よくよく見ればダイニングテーブルには彼女のために買ったプレゼントと置き手紙の他に数日分の埃があったのだが、それもいくらかはけられている。

 

「来てくれたのかな……」

 

 自分以外にこの部屋に入れるのは1人だけということもあり、今日がある記念日だということも考慮してそうした考えに行き着いた少年は、置き手紙を読んではくれたはずでそのままのプレゼントが何を物語っているかをなんとなく察して、また紙を取り出してそこに新たな文字を書き彼女にメッセージを残す。

 それから病院を抜け出してきたことで服装があれだったため、1度着替えた少年は名残惜しそうに置かれたプレゼントに触れてから部屋をあとにする。

 アパートを出て当てもなく歩き始めた矢先、その通路を塞ぐように黒塗りの車が目の前に停まると、それがわかっていたように立ち止まり自分に用があることを察して黙っていると、窓を開けてそこからノートパソコンを出してきた男は、『SOUND ONLY』とだけ表示された画面を向けてくる。

 

『君がそうして回復できたのは誰のおかげかわかっているね?』

 

「…………」

 

『今までは無茶なことはしないだろうと野放しにしていたが、もうそうはいかない。生き永らえたことを感謝しているならついてきなさい。いや、君にもう勝手をする権利はないと言った方がいいかな』

 

 初めて聞く声ではあったが、それがどれほどの権限を持った人物であるかを本能的に悟った少年は、死ぬしかなかった自分がこうしていられることには本当に感謝しかないと思うが、有無を言わさぬ向こうには素直に首を縦に振りたくはない。

 だが少年は数日前の惨劇の時に、元の日常に戻ることを許されないことをしてしまった。

 たとえ一時の事であろうと、自分はあの時あの瞬間に世界中の『全てを拒絶』してしまったのだ。そんな自分が平気な顔して彼女達に会うことはもうできない。

 

「…………何をさせるつもりだ」

 

『なに、簡単なことだよ。君にとっても悪い話ではない』

 

 だからこそ自分には新しい居場所は必要。そこを突いてきた向こうのイヤらしさに腹が立つが、1人ではどうしようもない状況なのは変えられない現実として受け止めて何をさせるつもりかを問いかけると、それは少年が思いもしなかった仕事だったため少々驚く。

 

「…………わかった。だがあれこれと細かい指示は聞く気はない。俺は俺のやり方でやらせてもらう」

 

『それで構わない。ではいこうか、侵入禁止』

 

 向こうの言いなりには決してならない。それは今も昔も一緒だ。

 いつだって自分は自分のやりたいようにやってきたし、それはこれからも変えるつもりはない。

 自由という意味ではずいぶんと縛られてしまったが、それでもまだ大丈夫。

 いつか自分を許せる日が来たら、その時は彼女達に会ってまずは謝ろう。それから果たしていない約束を果たして、また他愛ない話で笑い合えたらそれが少年、鳴海最都の幸せだ。

 そんな日が来ることを夢見ながら車に乗り込んだ鳴海は、また学園都市の暗い暗い闇の世界へと足を踏み入れる。

 その先が絶望の闇に繋がっていたとしても、さらにその先で光が差すと信じて。

 

 

END



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