人中の呂布 (UNIGHT)
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第一章 王国編
始まりの地、カッツェ平野


初投稿になります。




 深い霧に覆われたカッツェ平野。そこに、かつて鬼神と称された男がいた。

 

「……ここは?」

 

 深い霧の中、男がそうつぶやいた。男は筋骨隆々とした肉体をもった偉丈夫だ。しかしそれとは裏腹に、もとは精悍な顔立ちだったのだろうが目元にはくまができており、ほほもやつれている。さらには髪も乱れており、いっけん粗野な出で立ちだ。だがそれでも、男の目つきは鋭い。それはいくつもの修羅場をかいくぐってきたような目だった。

 そして、その男の前に立って初めて感じる圧倒的な威圧感。そこに何者も寄せ付けぬ城があるかのような圧迫感を覚える。――その男が、鬼神と称されるのも頷けるほど。

 

「俺は戦に負け、首を刎ねられたはず……」

 

 彼が最期に見たのは頭と胴が離れ、だらりと力なく倒れる自らの肉体。頭部が地面を転がり、ぐらりと視界が揺れる。目の前が暗くなっていくなか見たその光景で、自分が死んだことを認識したのだった。

 

 男は数多くの死地を切り抜けてきた一騎当千の武将だった。ひとたび彼が戦場に出れば、敵は恐れおののき、隊列を崩して逃げ惑う。無謀にも男に挑む者は、赤子の手をひねるようあしらわれる。

 特に一騎打ちでは無敗だった。数えきれないほどの者が男に挑む。出世、名声、財宝。それらに目がくらんだ者たちだ。彼らも故郷では相当な実力者だったのだろう。男の実力は話には聞いていた。しかし、人の噂など尾ひれが付くもの。彼らはみずからの自信からそう決めつけていた。自分を超える者などいないと自負し、まわりにも名声を高めるために公言する。だが鬼神と呼ばれた男と対面し、彼らは噂が本当だと気づかされた。

 

 彼らも実力があるのだ。だから一兵卒では感じえない、武人としての格の差を思い知らされた。身体が震える。武者震いではない。恐怖だ。圧倒的な恐怖。彼らがいつも戦場で敵に与えているその恐怖を、全身で浴びていた。恐怖という、目には見えないだが確実にそこにあると感じる死の槍が、分厚い鎧に守られた彼らの心の臓を貫いた。それでも、男として逃げることはできない。それは荒れ狂う濁流に飛び込むようなものだ。木をなぎ倒し、大地を削るそれに挑んで何ができるのだろう。しかし一縷の望みに懸け、馬の腹を蹴って鬼神に挑む。

 

 馬に乗っているだけよかっただろう。自らの足で歩いていけと言われたら、途中ですくんでしまうかもしれない。そんなみっともない真似ができるはずもなかった。馬が地を蹴るたびに振動が体を震わせる。それは恐怖による震えを誤魔化すのにちょうどよかった。目に映る鬼神、あるいは堅固な城壁へと確実に近づいていく。男たちは手にした得物を振りかぶる。質量と速度の乗算でできた強烈な破城槌が眼前の城門を食い破ろうとする。

 

 だが、あまりもあっけなく勝負が付いてしまった。近づく男たちに鬼神は一振り。それだけで、馬ごと真っ二つにされる。一合も打ち合うこともなく。男たちはただの骸となっていった。鬼神の名声が天下へと轟く。地の先まで彼の名が伝わった。

 

 それから十年。鬼神の知らぬ間に時代は変わっていった。かつての数千、数万規模の戦闘ならば彼ひとりで戦局を変えることはできただろう。しかし、時代は個の武勇から、統率のとれた十万規模の軍隊を求めた。彼がそれに気づいたときには、すでに居城は包囲され、援軍もなく、そして味方の士気は低迷していた。

 奮戦むなしく彼は捕らえられた。華々しく戦場で討ち取られたわけではない。最後は部下の離反だった。

 

 男は両腕を縄で何重にもきつく縛られ、敵の大将の前に跪かされた。その大将は鬼神と幾度となく戦った者だ。だがそのたびに大将は逃げていた。男は最強だと自負していた自分がこんなことになるとは、と歯を噛みしめる。そして野獣のような目で敵を睨みつける。だが、その大将は動ずることなく男にこう言った。「貴様は間違いなく最強の漢よ。だが悪戯に武を振るうその姿は鬼神ではない。ただの獣であったわ」

 大将の剣が振り落とされる。熱気がうずまく合戦の風景、血しぶきが飛び交う戦場、男の人生そのものだったそれらが走馬灯のようにまぶたに浮かんだ。

 そして武に生き、天下に名を轟かせた漢はそこで死んだ――

 

 

 ――はずだった。

 

 

 だが一度閉ざされた目に再び光が差す。霧の中であるため淡い光であったが、それは深い闇の中にいた彼にはちょうどいい明るさだった。

 男が顔を上げ辺りを見渡すと、そこにいたのは歩く屍。骨だけのからだに剣をもったアンデッドだ。骸骨(スケルトン)と呼ばれるそれは、骨のこすれあうカタカタという音を鳴らしながら、彼のまわりを歩いていた。かろうじて見える数歩先の霧の中にも、同じようなその影が見える。

 

「この霧は……これが冥府だというのか」

 

 男はその光景に茫然としたが、ふと右手を動かすと何かを握っているような感覚を得る。それは彼の愛武器である方天画戟。成人男性の身長よりも長い鉄の塊だ。さきには鋭い刺突部位と薙ぎはらうための柄が付いている。斬る、突く、払う。そのすべてがこれ一本でできる万能武器だ。

 

「この地で、こいつが役立つかは分からないが何もないよりはいい」

 

 ながらく戦場をともにし、数多の将兵を切り伏せてきた得物ゆえ、手足のように扱うことができる。身に着ける防具は首を斬られたときのまま彼専用の重厚なものだ。武骨な漆黒の鎧に、兜には地面にまで届くほど長い赤い鳥の羽が付いている。

 

 (この霧はどこまで続くのだ。俺以外の者はいないのだろうか。赤兎があれば容易いのだが……)

 

 赤兎とは彼の愛馬だ。血のような赤い体表に一日で千里を駆ける脚力をもった名馬。長年彼とともに戦場を駆け、男の名声を高める一因となった。

 

 ないものをねだってもしかたない。男はこの霧の中、歩くことにしたようだ。

 

 その途中、男は試しに近くにいた骸骨(スケルトン)を横薙ぎに突き崩す。

 すると、それまで男を無視して歩いていた他のアンデッドが敵対してきた。彼の方を向いてよたよたと近づくスケルトンたち。その動きはあまりにも鈍重だった。そんなスケルトンたちに、男は手にした得物を振り回す。鉄の塊だと思わせないような、軽やかな攻撃。だがその威力は凄まじい。ひと薙ぎで五、六体の骸骨(スケルトン)を吹き飛ばした。バラバラに砕け散る骨があたりに散らばり、それらが積み重なって小さな白い山ができる。男がかつて戦場で雑兵をなぎ倒していったような光景が広がる。

 

 そのとき、男は霧の中に一際大きな影を見つけた。

 

 それは不気味な印象を抱く大きな船だった。地上にも関わらず、不思議なことにまるで海のようにはしっている。

 男が怪訝な顔を浮かべてそれを見ていると、徐々に近づいてくる。そして、その船の船首に立っている者を見つける。

 そこいらを歩いていたアンデッドとは違う。仮に骸骨(スケルトン)を一兵卒とするなら、それは一軍を率いる将軍ぐらいの実力がありそうだ。骨のからだの上に衣服をつけ、眼帯にマント、そして腰にはカットラスを差しているアンデッド。

 それはこの霧の中を進む上位アンデッドである幽霊船の船長。もとは一般のリッチであったがその知名度ゆえ、冒険者から畏怖を込めて『ロジャー』の名が付けられリッチ自身も次第にそれを使うようになっていた。

 

 リッチゆえ魔法が専門ではあるが、海賊として箔をつけるため、その証であるカットラスを腰に差している。彼がこの平野を船で移動するのも、海賊の真似をするのも。生前の残滓が影響しているのだろうか。

 ほかのマントや眼帯も、このカッツェ平野へやってきた冒険者から奪ったものだ。とくに眼帯は、とある有名な冒険者パーティーから奪ったものだ。その冒険者は「その眼帯が無ければ、わたしの内に封じ込めた暗黒の力が……」と言っていたようだがお目当ての眼帯を手に入れ、そそくさと逃げたロジャーは知らないことだった。

 そしてロジャーがここへ来た理由は、このカッツェ平野に現れたこの偉丈夫の所為だ。

 

「やけに大きな負のエネルギーを感じたが、お前が原因か。見た目は人間に近いということは、アンデッドになったばかりのようだな」

 

 ロジャーは男を見て、そう納得したようでふむふむと頷いている。この地で何年も、何百体もアンデッドを見てきたロジャーにとっては、また新入りが来たな。ぐらいの感覚だった。

 だが船首を見上げる男は、その様子に腹が立ったのだろうか。苛立っている。

 

「おい、貴様。ここはどこだ? そして何をしている?」

 

「……まだ混乱しているようだな。ふむ、ここは人族のあいだでカッツェ平野と呼ばれる場所だ。自分でも分かっているとは思うがお前は死んだのだ。そしてアンデッドとしてここに生まれた」

 

 ロジャーはこういったことに慣れているのか、男の物言いをさして気にしていないようだ。アンデッドになりたての者は、わけもわからず自暴自棄になるものが多いため、この男はまだ会話ができるだけましだったのだ。

 ロジャーはアンデッドの先輩として、懐の深さを見せたのだ。

 

「やはり俺は死んだのか……。カッツェ平野? どこなんだそれは? 俺の知っている中原にそんな場所はなかったと思うが……」

 

 男はロジャーの言葉を受け、疑問がわきあがっていた。男がカッツェ平野を知らないのは当然だ。そこは男の生きてきた大陸や時代はおろか、そもそも世界すら違うのだ。

 

「悩んでいるようだな。無理もない。そうだな……」

 

 ロジャーは彼を見て、考え込むしぐさを見せる。男のまわりに散らばる白い骨。そしてさっき見た彼の戦いぶり。それはロジャーにとって魅力的に映った。

 ロジャーは船からふわりと飛び降りて男のそばに着地する。重力を感じさせないその挙動には、もちろんリッチである彼の魔法が掛かっている。そして男を招くように、手を差し出してこう言った。

 

「私の名はロジャー。貴公の行く当てがないなら、私の船にでも乗っていくか?」 

 

 突然の勧誘。狙いは何なのか、男は考えを巡らせる。だが情報が少なく判断ができない。男は迷いながらもロジャーの誘いに乗った。この地を知るためにも、ロジャーについていく方がいいと判断したのだろう。いくばくかの不安はあるものの、そう決断した。そして男はロジャーへと名を告げた。

 

「……俺の名は呂布。呂奉先だ」

 

 それが鬼神呂布の、この地での第一歩だった。

 



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フォーサイトとの邂逅

 「ねえ、なんか不気味じゃない?」

 

 そこはカッツェ平野の霧の中。帝国を中心に活動するワーカーチーム、フォーサイト。彼らはいま、その地にいた。彼らがなぜそこにいるかというと、それは一週間ほど前に受けた依頼のためだった。『カッツェ平野の調査に向かえ』。要約するとそういう依頼だった。それはいつもなら冒険者に与えられる依頼だ。カッツェ平野に発生したアンデッドの討伐。それはバハルス帝国と敵対するリ・エスティーゼ王国の冒険者が毎年共同で行う作業だった。両国はエ・ランテルをめぐって争ってはいるが、その点については利害が一致しているため協力関係にはある。

 

 だが今年は、毎年行われている帝国と王国との会戦が遅れている。その理由はフォーサイトには知る由もないが、依頼を受ける上で気がかりであったことは確かだ。依頼主はフェメール伯爵という帝国貴族。毒にも薬にもならぬ貴族だ。フォーサイトのメンバーで貴族令嬢であるアルシェ・イーブ・リイル・フルトによると、わざわざその伯爵が依頼をだすはずはないと分析される。カッツェ平野に権益は持っていないし、彼女の実家ほどではないが、そこまで力はない。つまり何か裏があることがうかがえる。また報酬も一般の調査に比べれば破格だった。見るからに怪しさ満点ではあるが、アルシェはその依頼を引き受けることを主張した。

 

 多額の借金を抱え込む身であるため、その焦りもあったのだろう。仲間には悪いが、カッツェ平野なら慣れているということもあったため大丈夫だろうという甘い考えもあった。それにアルシェ自身、ワーカーであるにはもったいない第三位階魔法の使い手だ。有象無象のアンデッドなど蹴散らしてくれる、という意気込みでこの依頼に喰らいついた。

 カッツェ平野で心配なのは伝説級のアンデッドであるデスナイトと魔法が一切効かない骨の竜(スケリトル・ドラゴン)のみ。両者とも滅多に現れることはないためアルシェは頭から無意識に外していた。彼女の頭は報酬と妹たちのことだけでいっぱいだった。

 

 

 ――だがそういうときに限って、最悪の事態は起こるものである。

 

 

 突如、霧に覆われた空からそいつは現れた。翼をはためかせて霧を吹き飛ばす。徐々にその全貌が見えてきた。アルシェなど軽く押し潰せるかのような前足。数メートルにもなる強固な尻尾。不気味に赤く光る瞳。そして万物をもかみちぎるかのようなアギト。それはこの地で出会いたくないアンデッド第二位の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)。ちなみに一位はデスナイト。

 

 不意の遭遇だった。ここにいたるまで、アルシェはおろかフォーサイトのメンバーも誰一人気づかなかった。人は頭上にあまり注意がいかないものである。彼らもそれは分かってはいただろうが、頭上を見上げてもあるのは霧のみ。うっかり(うっかりでは済まされないが)見落としていた。

 

「グオオォオォオ!!!」

 

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が吠える。地を震わせるその声にフォーサイトは戦闘態勢に入る。幾度となく繰り返してきた陣形を組んだ。そしてフォーサイトにとって絶望的な戦いが始まった。

 

 

 

 

 それは激戦だった。その地で最も警戒しなければいけない超強力なアンデッド骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を相手にフォーサイトは奮闘した。だが準備不足だった。戦力も不足していた。彼らの最大の火力であるアルシェの魔法は封じられている。もともと彼らの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)への対策はこうだ。

 絶対に戦うな。

 そうならないよう索敵は怠らないはずだった。だが不運と慢心が重なった。真っ先に浮かんだのは逃亡。だが骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はそれを許さない。何も隠れるところのないこの地で、空を飛ぶことができる相手に逃げ切れるだろうか。

 

「――っ! なんて力だ……」

 

 前衛の男――フォーサイトのリーダーであるヘッケランが辛うじて骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の一撃をかわす。だがその風圧でぐらりと態勢を崩し隙が生まれた。それをカバーするように他のメンバーが動く。

 

「いま、回復させる。イミーナは牽制を! アルシェはヘッケランに防御魔法を!」

 

 神官の装いをした男――ロバーデイクが、二人の女に指示をだす。それを聞き、弓使いのハーフエルフ――イミーナは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の側面にまわり、その頭部に集中的に矢を射る。たいしたダメージにはならないが鬱陶しい攻撃なのだろう。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はイミーナに注意を向ける。

 

「こっち向きなさい。このデカブツ! もしもヘッケランを傷つけたら、その骨を煮込んでスープの出汁にしてやるんだから」

 

 もう一人の小柄なマジックキャスターは、その隙を逃さず防御魔法を展開する。

 

「はぁっ、はぁっ。いまやってる!!」

 

 (……だめっ。このままじゃ魔力が足りない。おねがい……だれか気づいて)

 

 アルシェは魔法を放つ。目の前のアンデッドには効かないことは分かっている。彼女の狙いは、魔法の発する光で周囲に異変を知らせることだ。そのためにも大声を出したり、貴重な魔力を消費しているのだ。

 このままではじり貧になる。それはフォーサイトのみんなが分かっていることだ。だからアルシェだけでも逃がそうとした。だが、彼女は断った。自分ひとりだけ逃げるなんてできない、と。それは裏稼業をこなすワーカーのあいだでは極めてめずらしい、信頼と友情だった。

 

 ワーカーは本来、打算でチームを組む。アルシェもはじめはそうだった。暗殺、拉致などの非合法な行為をしている者たちだ。裏切られる可能性は常に考慮している。報酬を分け合うとき、任務先で財宝を見つけたとき。そして今回のように、勝ち目がないモンスターと遭遇したとき。それぞれが自分のことだけを考えて動く。チームのメンバーなどそのための駒でしかない。

 しかし、アルシェ。そしてフォーサイトのメンバーは違った。メンバーのためなら、命を捨てることもいとわない。そんな連中だ。

 

 アルシェは決してあきらめない。だが彼女の華奢な身体は悲鳴を上げる。長時間の戦闘、一撃でも喰らえば瀕死になるのは間違いない。その緊張はいつも以上に体力を消費させる。

 

「あっ!」

 

 思わず、アルシェは地面につまづいた。おぼつかない足取りだったため、それも時間の問題だっただろうがタイミングが悪かった。

 体力を回復したヘッケランが、いま骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の注意を引いているイミーナと交代する時だった。それは間断なくスムーズに進むはずだった。しかしその一瞬。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の注意がイミーナから外れたときにアルシェは転んだ。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の赤い瞳がアルシェを捉えた。押しつぶすようにアルシェへと攻撃を加える。

 

 迫りくる巨大な骨の塊。絶体絶命。アルシェは思わず目を閉じる。戦場で絶対にやってはいけない行為。だが頭ではわかっていても彼女の防衛本能がそうさせた。そんな彼女の頭を帝都にいる妹の顔がよぎる。

 

(クーデリカ、ウレイリカ。ごめんね)

 

 

 

 しかし、その衝撃は来なかった。

 

 

 恐る恐る目を開けるアルシェ。

 そこにいたのは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の強固な脚を受け止める漆黒の戦士。アルシェとは比較にならない大きな姿だった。霧のなかから微かに入る陽光がその鎧を照らす。アルシェは一瞬、時が止まったような気がした。しかし、その戦士の兜からふらふらと揺れる赤い羽根が彼女を現実に戻してくれた。

 

 その戦士が手に持っているのは通常の戟とは違う得物だ。本来なら三日月形の刃が一対で取り付けられているが、それが片方しか存在しない奇妙な武器だった。しかしその刃はアルシェが思わず見惚れるほど優しい光を放った。

 対する骨の竜(スケリトル・ドラゴン)もまさか受け止められるとは思っていなかったようで、アルシェでも分かるほど驚嘆している。アルシェと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)。両者がその漆黒の戦士に注目するなか、男はその沈黙を打ち破るように口を開いた。

 

 

「ふん。その程度か」

 

 

 

 

 

 

 

 ――数時間前。

 

「それでいつになったらこの霧を抜けられるのだ?」

 

 呂布と船長のロジャーが船を動かしてしばらく。未だ彼らは霧の中にいた。船長といってもこの船には二人しかいない。一人で動かせるほどの代物ではないが、そこは魔法に精通したリッチのロジャー。不思議な力で操っている。

 

「やけに霧が濃いな。これは警戒せねばならんか……」

 

 ロジャーは長年の経験からか、このカッツェ平野での深い霧を何かの前触れだと察知していた。濃い霧は負のエネルギーをため込み、それが強力なアンデッドを生み出す。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)やデスナイトといった伝説級のアンデッドたちもそうして生まれてくるのだ。

 ロジャーの強さはリッチとしての魔法能力だけではない。そうした情報をもとに最善の行動を決める頭脳だ。だからカッツェ平野で王国や帝国の間引きが幾度となく行われても、彼はここまで生き残ってきた。

 

「そういえば呂布よ。そなたの持っている武器、方天画戟だったか。よくそんな重いものを振り回せるものだ」

 

「これか。まあ、もう十年近く振り回していることになるのか。普段の鍛錬ではこれの三倍の長物を振っているから、戦場ではまるで棒切れのように軽いぞ」

 

「それはすごいな。私も鍛えてはいるがこのカットラスだけで精一杯だからな。そのかわり魔法なら誰にも負けんという自負があるぞ。はははっ」

 

 ロジャーのアンデッドに似つかわしくない陽気な笑い声は船に響いた。

 

「さっきから何をしている?」

 

 呂布はロジャーがさっきから何かを調べている様子に疑問をいだいた。

 

「ああ、実はこの地では毎年戦が行われるのだが、今年はまだ起こっていなくてな。戦がはじまったら巻き込まれるのを防ぐために南へと移動しなければならん」

 

 例年のカッツェ平野での会戦が遅れていることにロジャーは疑問を抱いていた。そんなことを話していると霧の中から、赤や緑の鮮やかな光が漏れているのを見つけた。暗い平野に魔法が光る。それは何者かが戦闘をしていることを示す。そしてそこはかなり霧が深い場所。ロジャーとしても近づきたくないところだ。

 

「あれは戦闘でもしているのか?」

 

「そのようだな。巻き込まれないよう針路を変える」

 

 ロジャーはそう言って針路を斜めに傾ける。時間が経つにつれ、さっきよりも戦闘の状況がつかめるようになっていた。

 霧に映る大きな黒い影。それはリッチであるロジャーが、警戒していた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)だ。彼の操る船ぐらいの巨躯に、第六位階までの魔法を無効化する魔法耐性。そして骨のからだであるため刺突は効きにくく、打撃でしか有効な手立てはない。

 

 そんなスケリトルドラゴンに挑んでいる者たちがいる。前衛は必死に喰らいつき、他の者たちも彼を守るための最善の行動にでる。それは一つの生き物のように連携ができていた。

 

(だが、決定打がないな。このままでは押し切られる)

 

 呂布は甲板の上でそれを見ていた。モンスター討伐の経験など無いが、武人として戦局を見極めることは可能だ。それを見て彼らが苦戦していることを見抜いていた。

 

「ロジャー……船を止めろ」

 

「ん? どうしたんだ呂布?」

 

 呂布の言葉にロジャーは疑問をうかべた。そんなロジャーを尻目に呂布は肩や首をまわす。

 

「少し腕試しがしたくなった。あの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)なら、多少の運動にはなるだろう」

 

 それは暗に骨の竜(スケリトル・ドラゴン)と戦う人間を助けるということだった。呂布はもはや人間ではない。だから人への情など無いはずだった。いや、生前であっても助けたかどうかは分からない。しかし、一度死んでいるからだろうか。あるいはただの気まぐれかもしれない。

 ロジャーにもその真意は掴めなかった。ただ一つ。そこには武人となった漢がいた。

 

「だが、やつは危険だ……と言っても聞かんか。はあ……」

 

 ロジャーは呂布の姿をみて、激しい既視感を覚えた。ロジャーが見てきたなかで、その姿になった戦士を止めることはできないと実感している。だから説得をあきらめた。

 

「分かった。ならば、針路を変える。掴まれ!!」

 

 大きな船体がありえないぐらいの角度で曲がる。そして骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を捉えて走り出した。

 

 

 

 

 

 

――アルシェ視点――

 

 

 漆黒の戦士のその言葉は、命のやり取りをしていたアルシェにとって耳を疑うような言葉だった。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)にたいして、『その程度か』という言葉。このような状況でなければ、ただの夢想家か自分の力に驕った者だとアルシェは罵っていただろう。だがその漆黒の戦士の言葉にはそんな感情は乗っていなかった。ただ純粋に失望しているような感じだった。

 

 漆黒の戦士は巨漢だ。アルシェが正面から立てば見上げるような形になるだろう。しかし骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に比べればちっぽけな存在。だが、アルシェにとってその背中は、何者も寄せ付けぬ超巨大な城壁のように感じられた。

 男がちらりとアルシェを見る。その顔は怖く、多くの修羅場を経験した顔だ。だがアルシェにはとても頼もしく映った。一瞬アルシェの心臓がトクン、と高鳴ったような気がした。

 

(いやいや、そんなはずない)

 

 アルシェは心のなかで今の鼓動の高鳴りを否定した。

 

(これはあくまで一時的なもの。私は、いくら危機に陥られているときに助けられても、それですぐなびくような女じゃない。理想は、白馬に乗った王子様にお姫様抱っこね。って何を考えているの私は)

 

 ふとその男の背中が霞む。いやよく見ればアルシェのまわりもだ。霧がかかったのだ。疑問に思う間もなく、けたたましい音を立てて巨大な船が骨の竜(スケリトル・ドラゴン)にぶつかる。同時に骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の痛みに悶える悲鳴も霧の中を駆け巡る。

 

「ウオオオォオォオッ!!」

 

 その悲鳴でフォーサイトは本能的にうずくまる。だが漆黒の戦士は動じず、そんな彼らを横目でちらりと見て告げる。

 

「邪魔はするな」

 

 そして漆黒の戦士――呂布が霧の中へ駆けだす。

 

 船の突撃を受け、地面に倒れこむ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)。だがすぐに起き上がる。そして腰をひねって目の前の船へ尻尾の一撃を喰らわせる。その直撃を受け、船体の一部が砕け、木片があたりを飛び交う。

 それらをかいくぐりながら呂布は骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に接近する。呂布は超人的な跳躍をし、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の頭部へと大きく振りかぶって一撃を喰らわせる。頭部に激しい損傷を負った骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が再び倒れこむ。態勢を立て直す暇は与えない。呂布の圧倒的な暴力が骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に襲い掛かる。

 

 そしてあまりにあっけなく勝負はついた。原形を残さぬほど壊された骨の残骸が散らばる。フォーサイトの面々が突如現れた漆黒の戦士の加勢に行くべきか悩んでいるうちに、その勝負はついてしまった。呂布と骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の戦闘音が消え、警戒しながらも霧を進むフォーサイト。

 

「ねえ、大丈夫だったアルシェ?」

 

「なんとか……」

 

 イミーナがアルシェのもとへ向かい彼女を気遣う。そして他の二人も集まってきた。

 

「あの戦士は何者なんだ?」

 

「漆黒の鎧。噂に聞くアダマンタイト級冒険者、『漆黒のモモン』にも見えるけど違うような気がする」

 

「たとえアダマンタイト級でも、たった一人で骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を倒せるだろうか?」

 

 彼らがそれぞれの意見を述べるなか、突然聞きなれない声が聞こえた。

 

「なんという剛腕……。私で御しきれるだろうか」

 

 背後から聞こえたその声に彼らは一斉に振り向く。

 そこにいたのはまるで海賊のような容貌をしたアンデッド。ただ者でないことはその雰囲気で分かった。さっきの漆黒の戦士が介入してくれたおかげで骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の脅威から逃れ、ほっとしていたフォーサイト。まさかさらに強力なアンデッドに遭遇するとは思いもしなかった。

 

「はは……今日はアンデッドの大安売りでもあるのかねえ」

 

 ヘッケランが諦めかけ、枯れた声をだした。それでも警戒の色を見せる彼ら。さっきの漆黒の戦士が助けに来てくれるのではないか、という期待もあった。フォーサイトが緊張の中、その場の雰囲気に似つかわしくない素っ頓狂な声をあげる者がいた。

 

「ぐふっ!! おえぇぇ!!」

 

 アルシェが突然、吐き気を催したかのように少女とは思えない声をだした。フォーサイトのメンバーが彼女を気遣う。アルシェは相手の魔力をオーラのように見ることができる。それによって何度も命を助けられたわけだが、目の前に立つアンデッドを見てそのあまりの強大さに胃の中のものが逆流しかけたようだ。

 

「げふっ、げふっ。……はぁ、はぁ。大丈夫」

 

 アルシェはなんとか嘔吐だけは避けた。信頼できる仲間とはいえ、その姿を見せるわけにはいかなかった。貴族令嬢、ひいてはひとりの乙女としての矜持は守り切った。

 

「ロジャー。そこにいたのか」

 

 彼らフォーサイトを挟むかのように漆黒の戦士――呂布が現れた。フォーサイトの面々はやった。来てくれた。という思いと何か様子が変だ、という感想を抱く。戸惑っている彼らをすみにおいて呂布とフォーサイトに警戒されていたロジャーは話を進める。

 

「私は《テレポーテーション/転移》で逃げれたからいいものの、危うく巻き込まれるところだったぞ」

 

「ふん。お前ならば大丈夫だろう」

 

(はあ。呂布の実力は確かだが、いささか常識が足りんな。このままだと、また変なことに首を突っ込みかねん。常識を教えるにはどうすればよいか……)

 

 ロジャーはふと視界の端っこにいる四人の人間をみる。

 

(そうか。こやつらを使えば……)

 

「ごほんっ。そなたらは冒険者であろう」

 

「は、はい!」

 

 突然話しかけられたことで、うわずった声をだすヘッケラン。それも仕方がない。さっきまで骨の竜(スケリトル・ドラゴン)と戦い、そして今はリッチと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を倒した御仁に挟まれているのだ。そして頼みの綱の漆黒の戦士はこのリッチと仲間のように話している。

 

「ここから北の、そうだな……エ・ランテルへあいつを連れていってやれ。そしてなるべく常識を教えてやるんだ」

 

「……へ?」

 

 フォーサイトの面々は意味が理解できないようで、困ったような顔をしている。だがそれに構うことなく話は進んでいく。

 

「呂布よ」

 

「ん?」

 

「私は船の修理にはいる。貴公は暇になるだろうから、彼らにここから北にあるエ・ランテルまで案内してもらえ。それと、これを」

 

 といって、ロジャーは懐から取り出した角笛を呂布に渡す。片手に収まるぐらいの大きさのものだ。

 

「これは?」

 

「用があったらそれで私を呼べる。ではまた」

 

 と言ってロジャーはさきほどの船へ戻っていった。取り残される呂布とフォーサイト。ヘッケランはどう話しかけていいか分からず、しどろもどろしているとアルシェが一歩前に出る。

 

「わ、わたしはアルシェ・イーブ・リイル・フルト。バハルス帝国で活動するワーカーです。アルシェと呼んでください。漆黒の戦士様」

 

 アルシェは貴族らしい優雅な所作で呂布へ近づく。呂布にとって聞き覚えのない単語がいくつも並ぶが、それらはひとまず置いておく。

 

「俺は呂布。やつから話は聞いたか? そういう事らしい。では案内を頼むぞ」

 

 こうして彼らはエ・ランテルへ向かうことになった。

 

 

 

 

 

 



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エ・ランテルにて垣間見える、鬼神の片鱗

「奉先さん、あれがエ・ランテルですよ」

 

 アルシェがそういって指をさす。フォーサイトとともにエ・ランテルへたどり着いた呂布。いまは城門で順番待ちをしている。

 カッツェ平野からここまで数日。道中で遭遇したモンスターはフォーサイトが退治してきた。特に先の戦で活躍できなかったアルシェの奮闘はすさまじかった。第三位階魔法を連発し、ゴブリン・オークの集団を追っ払う。呂布は武勇には優れているが、魔法は使えない。ゆえにアルシェの活躍には純粋に賞賛を送った。

 

 だが最強を自負している呂布には面白くなかった。戦で自らの武勇を振るう、それこそが鬼神の道であった。

 

 城門で待っているあいだ、自慢の力を振るえずピリピリしている呂布。フォーサイトはそんな呂布から少し離れて今後の行動を話し合っていた。

 

「呂布さんに常識を教えろって言われたけどよ。具体的になにすりゃいいんだ?」

「とりあえず周辺地理とか冒険者については教えたけど……」

「うむ。冒険者として仕事をすれば、呂布殿も常識が身に付くのではないか」

 

 カッツェ平野でロジャーから常識を教えろと頼まれた彼らは、道中いろいろなことを呂布へ教えた。国の名前や貨幣についても知らないのは驚いたが、アンデッドの仲間とおぼしき存在なので、そういうものかと理解していた。

 実力については申し分ない。近接武器なら一通り使えることも分かったし、弓も扱えるのかと思ってイミーナの持っていたものを貸した。男でも満足に引けるか分からないほど強く張られた弓だ。それでも呂布はいとも簡単に操った。

 

 ただ魔法については知らないことが多いみたいなので、アルシェが教えることになった。教えるといっても知識だけだ。アルシェのタレントで見たところ、呂布には魔法の才能は無いみたいだった。まあ、もし呂布にもアルシェを上回るほどの魔法の才能があれば、彼らは匙を投げただろう。武術、魔法に精通している英雄などに教えるのはおこがましいと辞退したかもしれない。

 

 とりあえず呂布を冒険者組合に登録して、そのあといくつか依頼を受けたら帝国に戻ると決めたフォーサイト。そのように話しているときに呂布とあいだが開いてしまったのでその隙間を詰める。

 呂布は目立っていた。前に並んでいる者も振り返ってみるほどだった。しかし絡まれるのを恐れてか、だれも目を合わそうとはしなかった。そうしているとやっと順番が回ってきたようだ。

 

「よし、次の者!! っておぉ!」

 

 門番の兵士は呂布の巨体で驚いた。呂布の睨みつけるような目がその兵士を射抜く。不機嫌なためか、その視線に力でもあるのかと思うほどだった。

 

「ひいぃ!」

 

 門番は悲鳴を上げる。それを憐れんでか、ヘッケランが代表して門番に話しかけた。

 

「俺たちはワーカーだ。ほい、これが通行料」

 

 ヘッケランはそう言って懐から小さな革袋を出す。金属のこすれる音が聞こえたので中には硬貨が入っているのだろう。それを受け取った兵士は、中身を確認する間も惜しいとばかりに彼らを通した。よっぽど呂布から離れたかったのだろう。

 城門を抜けて、大通りを歩く。そこで道行く人たちがぼそぼそと話をしていた。

 

「ねえ、あれってモモン様かしら?」

「背丈は似ているけど、なんか雰囲気が違うんじゃない」

 

 フォーサイトがはじめ呂布を見て抱いていた感想と同じだった。はじめは有名な『漆黒』かとも思ったが話をしているとどうにも違うようだった。ただ、見知らぬひとから見たら間違えるのも無理はない。漆黒の鎧に立派な巨躯。手にした得物はグレートソードではないが、それでも見るからに重そうなものだった。そしてこれだけ有名であるにも関わらず、漆黒のモモンの素顔を見た者はほとんどいないらしい。

 ある者は彼を南方出身と言ったり、亡国の王子だという者もいる。連れている“美姫”ナーベも含めて謎が多い冒険者だった。

 

「おい、お前たち」

 

 呂布がフォーサイトへ向き直る。彼らは反射的に背筋を伸ばす。

 

「さっきから聞こえてくる、そのモモンという奴は俺に似ているのか?」

 

 それだけ注目され、そして話されていたら気になるのだろう。呂布はヘッケランへ聞いた。

 

「まあ、自分たちも直接見たことはありませんが特徴はけっこう被ってますね」

「ふむ」

 

 その言葉で考え込む呂布。そしてゆっくりと口を開いた。

 

「……そいつは強いのか?」

 

 武を求める呂布にとって、興味があるのはその一点だった。答えに窮したのはヘッケラン。ここでモモンを強いと言えば、呂布が彼に挑むのは自明だった。お互いの了承の上での決闘ならまだいいが、そんなこと考えずに行動しそうだと思っていた。

 実際には呂布もそこまで頭が悪いわけではないが、数日いっしょにいただけのヘッケランは気づかない。

 エ・ランテルで人気のあるアダマンタイト級冒険者と敵対するのは避けたい。これからワーカーとして活動するのにも支障がでてしまう。そう思ったヘッケランは直接の表現をさけることにした。

 

「モモンさんはアダマンタイト級冒険者です。功績としてはエ・ランテル墓地での騒乱を鎮圧、そして吸血鬼の討伐でしょうか。最近ではエ・ランテル郊外に現れたギガントバジリスクを討伐したことが有名ですね」

「ほう」

 

 呂布は興味深そうにそうつぶやく。フォーサイトは呂布の考えを推し量ろうとしている。

 だがそのとき、大通りの喧騒を打ち消すかのような鐘が鳴り響いた。何事かと皆が動揺するなか、馬に乗った急使が大通りを一直線にかけ走ってくる。通りを歩いていた人たちは、あわてて道の端に寄った。急使はフォーサイトたちのそばを駆け抜ける。

 

「きゃあっ!!」

 

 急使が猛烈な勢いでそばを駆けたためか、アルシェは身体がぐらついてしまった。転んでしまいそうなところだったが、呂布がアルシェのローブを掴み、引き寄せたことでなんとか持ちこたえた。アルシェは顔を上げて呂布を見る。強い日差しのためだろうか。アルシェのその頬は若干赤くなっていた。

 

(なにドキドキしてるの私はっ。いいえ。あんまりこういう人と接する機会がないから緊張しているだけ。うん、そう)

 

 呂布のゴツゴツした手を感じ、少し頼もしいかな、と思ったアルシェ。アルシェが貴族としてパーティーに出るとき、たいてい会うのは運動不足の貴族の息子たちだった。もっとも最近は父親が他の貴族から見放されており、そんなパーティーに出席することもなくなったが。

 

 アルシェを掴んでいたその手がパッと離される。

 

「大丈夫だったか」

「あっ……その……どうも。……どうも」

 

 アルシェは思わず挙動不審な対応をしてしまう。呂布はそれに気づいていないのか、さっきの急使へと顔を向ける。それが中央広場へと向かっていくのが見えた。そこはエ・ランテルで最も大きくにぎやかな場所。同時にこの街で重要な役割を持つ冒険者組合もそこにあった。

 

「なんなのでしょう?」

 

 ヘッケランは装備についた砂ぼこりを払いながら疑問を浮かべた。街の人たちも突然のことに驚いているようだった。

 

「ずいぶん慌てていたな。ただ事ではないのだろう」

「向かったのは冒険者組合か。俺たちもそこへ向かいましょう」

 

 急ぎ足で彼らは冒険者組合へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 そのころ、冒険者組合の組合長プルトン・アインザックは頭を抱えていた。

 それは呂布たちもさっき見た急使からもたらされた報告。『エ・ランテル近郊にてギガントバジリスクを発見』。それが原因だった。

 

「くそ! ひと月前にも現れたモンスターがまた出てきたのか!? しかもいま、モモン君が王都に行って不在のときに。――どうすれば……」

 

 ギガントバジリスクを倒すには、オリハルコン級の実力があるのが望ましい。しかし、いまのエ・ランテルにはミスリル級までしかいない。前はモモンがいたからなんとかなった。

 しかし、いまモモンは王都へいる。彼が王都を襲った難度200を超えるとされる大悪魔、ヤルダバオトと一騎打ちの末、追い払ったことがアインザックにも伝わっていた。その報が伝わったとき、アインザックは胸が躍るような気持ちだった。エ・ランテル出身の者が王都で活躍し、王国を代表する冒険者に育ったことは誇るべきことだった。モモンが英雄になる。それはすばらしいことだと分かっていたが一方、遠い存在となりさびしくもあった。

 

 それに冒険者組合も組織だ。それぞれの都市ごとで対立とまではいかないが競い合っている部分はある。王都は既に蒼の薔薇、朱の雫の二つのアダマンタイト級冒険者パーティーが所属する。他にもオリハルコン級が何人もいる。もちろんアインザックはモモンがその枠に入らないほど偉大な人物だと評価しているが、まわりや他の都市の組合長からはひとつの駒として見られるだろう。

 優秀な冒険者が少ないと、組合長同士の会合でも発言力が小さくなる。そのため、冒険者の育成に力をいれているがまだ芽はでていない。……だれか優秀そうな者はいないのか。そう毎日考えているアインザックだった。

 

 まあ、今は目の前の問題を解決しよう、と彼は思った。

 

「はあ。とりあえず一階へ行ってみるか」

 

 彼はそう言って、いつもより重く感じる扉を開いて出ていった。

 

 

 

 

 

 

  冒険者組合の門をくぐった呂布たち。なかは喧噪で割れそうなほどだった。重装備の冒険者たちの熱気がいつも以上に室内を熱くしている。事情を探るため、喧騒に負けないようヘッケランはやや叫び気味で一人の冒険者を捕まえて話を聞く。その冒険者は振り返り答えた。その首には金のプレートがついている。

 

「さっきの急使をみただろう。どうやらこの近くに強力なモンスターが現れたらしい。いま、どのパーティーが行くかで争っているんだ」

 

 彼は手短にそういうと人混みの中へと消えていった。

 

「強力なモンスター、ですか」

 

 アルシェはそう言いながら手にもった杖を強く握る。他の者も険しい顔をする。数日前の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)との戦いを思い出しているのだろう。

 そのとき、うるさかった喧噪が止んだ。顔を上げると他の冒険者たちは階段へと目を向けた。そこに立っていたのは、歴戦の強者らしい雰囲気を漂わせている厳めしい顔をした男。それはこの街の冒険者組合長プルトン・アインザック。

 居並ぶ冒険者たちを一瞥。

 そして一度息を大きく吐き、気持ちを落ち着かせる。それは気が高まっていたこの場を落ち着かせるのに十分だった。

 そして彼は、みなの注目を浴びながら重い口を開いた。

 

「まずは、さきほどの急使について知らせよう。……このエ・ランテル近くにギガントバジリスクが出没した」

「なっ!!」

 

 冒険者たちの空気が変わった。それまでの熱気が嘘のように、彼らのあいだを冷たい風が通り抜ける。いや、実際には風は通っていない。だがそう思わせるには十分な衝撃だった。

 

「ウソだろ……」

「勝てるわけねえ、誰だよいい報酬がもらえるって言ったやつは」

 

 冒険者のあいだで流れた噂は、だれかが勝手に想像して流したものだろう。お祭り気分が一転。室内は静まり返った。それも仕方ない。石化の魔眼、猛毒の体液を持つギガントバジリスクとまともに戦えるのは、最低でもミスリル級からなのだから。それ以下のランクの者では、近づくことすらままならないだろう。余計な犠牲者が出るだけだ。

 

 アインザックもこうなることを予想していたが、やはりじっさい目にすると落胆した。この場にはミスリル級パーティーが二つ。この戦力では撃退するだけでも半分以上の死傷者が出るかもしれない。城門を閉じ、応援が来るまで耐えるという選択肢もあったが、経済的な損失は大きいため現実的ではない。

 

(どうすれば……)

 

 アインザックはこの街の守護者の一人として悩んでいた。冒険者組合の総力を結集し、魔術師組合に助力を請えばなんとかなるかもしれないと考える。しかしそれでは冒険者組合のメンツが潰れる。軽々しく判断できなかった。

 アインザックは顔を上げ、冒険者たちの顔を見渡す。不安、恐怖、期待、誇り。それらが入り混じった光景だった。

 その視線が入り口の方へ向いた。

 

「ん?」

 

 そこには、いままで気づかなかったのが不思議なくらい目立つ大男と、見覚えのある者たちがいた。

 

(あれはフォーサイト!! 彼らの実力は聞いている。ワーカーでありながら、オリハルコン級に匹敵すると。彼らがいれば……)

 

 と思ったとき、となりの大男をみてアインザックに動揺が走った。

 

(っ! あの大男はなんだ!? 不思議な感じだ。なぜか彼ならどんな困難でも乗り越えられそうな、モモン君に似た強者の雰囲気を感じさせる……)

 

 アインザックの動揺を感じ取った冒険者たちが彼の視線の先。フォーサイトを見る。低ランクの者たちは不思議そうな顔をするが、彼らを知っている者からはどよめきが上がっていた。冒険者として情報の大切さを知っている者たちだ。

 それらを打ち消すよう、アインザックの大声が響いた。

 

 「ミスリル級の者たち!! それと入り口にいる君たち。二階へ来てくれ!! 他の者たちは街へ出て、別命あるまで待機」

 

 アインザックの気迫はふれる宣言に、即座に動く冒険者たち。呼ばれた冒険者は階段を上がり、それ以外の者たちはぞろぞろと出ていく。

 

「わたしたちも行かなきゃっ」

「ふっ。あの男、いい眼をしている」

 

 呂布たちも二階へとあがっていく。

 

 

 

 

 

 

 冒険者組合の二階に設けられた一室。二十人ほどが入れるほどの大きさだ。そこにさっき呼ばれた者たちが集結していた。

 

「君たちフォーサイトにもぜひとも協力して欲しい。報酬は通常の依頼よりも弾むことを約束する」

 

 上座に座っているアインザックが頼み込む。しかし、フォーサイトからの返事は渋いものだった。

 

「実は俺たちも依頼を終えたばかりで……」

「武具の整備もまだしてない。物資もそう」

 

 彼らフォーサイトからしてもギガントバジリスクは強敵だった。はいそうですかと、簡単に受けれるものではない。室内に重い沈黙が満ちる。

 冒険者たちは睨むような目でフォーサイトを見る。「街のために動くべきだろ」と口から出そうになるが、心の内に抑え込む。そんなことを言えば「ワーカーに頼らねばやっていけぬとは、この街の冒険者は無能なのか」と恥をさらすことになる。彼らのトップであるアインザックが頭を下げて、フォーサイトに頼んでいるのだ。いまは任せるしかない。 

 

 そう決心しているが悔しさに拳を握りしめる。静まり返った部屋に小刻みな金属音がかすかに響く。そのとき、その空気を打ち破るかのような力強い声が発せられた。

 

「お前たち! なにをつまらんことを言っている」

 

 部屋の最も入り口に近いところに一人、ポツンと座っていた呂布がそう言った。そして仰々しく立ち上がる。

 

「そのモンスターは強敵なのだろう。ならばやることは一つ。完膚なきまでに叩き潰すのみ。

 ……それにモモンという奴もそいつを倒したのだろう?」

 

 呂布の発言に衝撃を受けた一同。いっしょにいたフォーサイトも驚いていた。そのなかではやく立ち直ったのはアインザックだ。

 

「たしかにモモン君はひと月前に討伐した……。君もそれが可能だというのか?」

「ああ」

 

 呂布は当然かのように返事をする。それを受け、逡巡するアインザックは大きな決断を下した。

 

「では……頼めるか?」

 

 その言葉に、フォーサイト、冒険者たちも驚愕した。いま会ったばかりの、それも実力も未知数の者に頼むことではない。しかしアインザックには確信に似た何かを深く感じ取っていた。

 

「いいだろう」

 

 呂布は機嫌の良さが分かるほど、その依頼を快く引き受けた。弱き者から力を請われる。それは呂布が、久方ぶりに感じる心地よさだった。

 

 

 

 

 



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凱旋、そして胎動

 どうも。まだ三話なのにお気に入りが250件はいって驚いてます。オバロブームは去ったと思ったんですけど、二期の報告があってか再燃でもしているのでしょうか。
 自分はイビルアイが好きなので、誰が声をやるのか楽しみですね。
 




 日が頂点からやや傾きかけた頃。エ・ランテルが誇る、堅牢な城門の前に冒険者たちの人だかりができていた。城門ではこのような事態でも物資の搬入が続けられている。隊商の馬車いっぱいに積まれた食糧や薪、弓矢をはじめとした武具など。まるで戦を目前に控えているような膨大な量が運び込まれていた。

 

 

「では、頼んだぞ」

「任せておけ。俺に敗北などありえん」

 

 ギガントバジリスク討伐の依頼を受けた呂布はアインザックの言葉にそう返した。

 城門には他にもフォーサイトをはじめ何人か待機している。だが呂布からはそんな者たちが霞むような気迫がにじみ出ていた。

 群衆の注目の的は呂布だ。

 黒く塗られた鎧。いかにも猛者だとうかがい知れるようなそれ。その前面には、対峙するものを威圧するかのような鬼の面が施されている。それに右手に持つ得物も凄まじい。鍛えられた兵士でも、二人がかりで持てるかどうかという代物だ。それを軽く扱う姿はエ・ランテルの民たちに、かの英雄の雄姿を幻視させる。

 

「では行ってきます。アインザックさん」

 

 討伐隊の代表を務めるヘッケランが出発の合図をだした。呂布が代表を務めない理由は、このあたりの地理やギガントバジリスクへの対応で知識不足があるからだった。合図を受け、討伐隊の皆が馬に乗る。

 討伐隊はアインザックの激励と冒険者たちの期待を受け出撃する。城門を抜ける彼らに、強い日差しが降りそそいだ。

 

 

 それから一時間。討伐隊は街道沿いに進んでいた。開けた平原であるため見通しがよく、異常があればすぐに察知できる。

 

 討伐隊の戦力は、ミスリル級冒険者八人。オリハルコン級の実力を持つフォーサイトの四人。そして呂布の計十三人。冒険者組合の基準によるとギガントバジリスクの難度は83。とてつもない強敵だ。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が難度48であると考えるとその凄まじさがわかるだろうか。討伐隊の者はそれが分かるからこそ皆重苦しい表情をしている。ただ一人、呂布をのぞいて……。

 

「ほお。アルシェは貴族なのか」

 

 重い空気をよそに、呂布は隣に並ぶアルシェとの談義に興じていた。呂布も鬼神である前に男だ。道中暇なこともあってか見目麗しいアルシェに声をかけた。

 それにもうひとつ理由があった。アルシェは呂布の娘に似ているのだ。似ているとは言っても見た目ではない。まあ顔が整っているのはそうだが……。

 その娘は気が強く、幼いころから呂布の背を眺めてきた影響だろうか。呂布とともに戦場に出るようになった。だが大人しく守られているような娘ではない。親の心配をよそに、父親譲りの武勇を手に戦場を駆ける。そういったこともあってか、呂布はアルシェを気にかけた。

 

「まあ貴族といっても、今はそんな力はないけどね」

「バハルス帝国、だったか?」

 

 呂布はフォーサイトから聞いていた国名をあげる。

 

「ええ。皇帝が変わって帝国は実力主義の社会になったわ。私の両親は、まだその制度が認められないみたいだけど。……はあ~」

 

 アルシェは大きなため息をつく。

 暑いわねえ、と言いながらアルシェは暑さに蒸れたガントレットを外す。もう夏は過ぎたはずだが、今日は日がよく出ている。彼女のか細くも白い手があらわになった。

 

「……たしかに綺麗な手をしているな」

 

 呂布はアルシェの手を見てそう言った。

 貴族かどうかは、その人の手を見ればわかるものだ。日々の農作業や、水汲み。森の中に入って木の実や薪を拾うなど、平民は手入れをする暇がない。手先が汚れ、擦り切れたりするものなのだ。呂布自身も、地元の名家に仕官する前はそういうごく普通の村にいたため分かる。

 

「き、綺麗だなんて……。ごほんっ。奉先さんもお上手ですね」

「ふん。お前は容姿もいい。一応は貴族なのだろう。宮中に仕えたりはしないのか?」

 

 呂布はアルシェに尋ねた。だがそれは答えを知っていて、あえて聞いているような声色だった。

 

「よけいなお世話。私は自分でワーカーになるって決めたの。他の誰にも指図はうけない」

 

 アルシェは呂布の問いに強く答える。それはいまの自分にも言い聞かせるような物言いだ。一方、アルシェのその言葉を聞いた呂布は意外にも嬉しそうだった。

 

「ほう。お前も戦いを求めるか」

「ふぇっ!?」

 

 なんでそうなるの、とでも言いたそうな顔をして呂布を見るアルシェ。呂布はそんな彼女を気にいった様子で、言葉を続ける。

 

「お前は戦を後ろから眺めるのが退屈なのだろう? 貴族は最前線に出ないからな。お前はワーカーとして強敵と戦い、武を高めたい。ふっふっふ。俺も戦場で強敵と戦うことこそが楽しみだ。お前のことを年端もいかない子どもだと思っていたが、なかなか気概だけはいいじゃないか」 

 

 呂布の解釈はいろいろぶっ飛んでいた。 

 

「もう、なにそれ? そんな戦闘狂じゃないし……」

 

 アルシェが呆れたように首をガクッと倒し、同時に呂布がどういう人なのか分かったようだ。ただアルシェも、少し気が楽になったようでその表情は出発時よりは生き生きとしていた。

 そんなことをしていると討伐隊の雰囲気が変わった。

 きたか、という感情が駆け巡る。はるか遠くの平原に一粒の黒い点を見つけたのだ。その黒い点から腕のような物が出ていることから、それが生物だと分かる。これだけの距離であろうと、ついてきた者たちは緊張で汗が流れ、頬をつたって地面へ落ちる。

 それは標的であるギガントバジリスクだった。遠方で見つけたとしても、その驚異的な敏捷さで瞬く間に接近されてしまうため、見つけたたら一目散に逃げることを叩きこまれているモンスターだ。

 

「支援魔法をかけます」

 

 いち早く神官たちが魔法をかける。それはギガントバジリスクの石化の視線を弱体化させるものだ。このように魔法や、あるいは専用の装備を着けなければ近づくこともままならない強敵なのだ。

 

「作戦は……」

 

 リーダーを務めるヘッケランが何度も検討した作戦を指示しようとする。まずは呂布をはじめとした近接戦の得意な者たちで注意を引く。そしてその後ろに展開した魔法詠唱者などの遠距離攻撃主体の者たちで、地道に体力を削っていくものだった。

 だが、鬼神呂布は作戦などという小細工を素直に聞き入れるような人物ではなかった。

 

「アルシェ!! 行くぞ!!」

「え!? ちょっと!」

 

 呂布は迷うことなく、馬の腹を蹴り駆けだした。アルシェは戸惑う。だが呂布のその勢いに駆られて、アルシェもその背を追いかけるのだった。残った討伐隊の者たちはあっけにとられ、二人の乗る馬のいななきだけがさびしく聞こえていた。

 

 二人はギガントバジリスクに近づいていく。敵方も呂布とアルシェに気づいたようだ。首を大きくもたげながら、身体を正面に向けてきた。ぎろり、とその緑色に輝く水晶のような眼玉が動く。そしてその橙色の瞳が彼らに向けられる。

 一瞬目を逸らすアルシェ。いくら魔法がかけられているとはいえ、その眼を直視するのはためらわれる。

 

(うわ~なんでついて来ちゃったの。でもいまから戻るのも気まずいし……。ここまで来たら仕方ない。戦うしかないわっ)

 

 そう決意したアルシェは前方を走る呂布の横に馬をつけた。

 

「奉先さん!! これ以上馬で近づくのは危険です。私がその手綱をもちます!」

 

 モンスター討伐で野生動物である馬の扱いは難しい。人とは違い、どのような行動を取るか分からないことが多いからだ。特に今回は強敵との戦い。不確定要素はなるべく少なくしておきたい。

 

「分かった。では頼むぞ、はあっ!!」

 

 馬を止めて降りるかと思いきや、呂布は驚くべき行動に出た。そのまま猛烈な勢いを保ちながら、大きく馬が跳躍。そしてその最高点に到達するとともに、呂布は馬の背を強く蹴りさらに上空へ跳ぶ。そのまま上空で態勢を立て直し、眼下にいるギガントバジリスクに狙いを定める。

 

「うおおおぉぉっ!!!!」

 

 黒い塊となった呂布が標的めがけて激突する。

 ゴガン、という腹の奥底にまで響くかのような轟音が鳴り響き、同時に砂煙が舞う。アルシェもその突風によろめく。

 

「はううっ! もう無茶苦茶……」

 

 呂布の行動を見て、アルシェがはじめに思った感想はそれだった。純粋な賛辞より真っ先に出たのがその言葉だった。

 呂布の乗っていた馬が煙の中からてくてくと、アルシェの方へ近づいてくる。その馬はアルシェのもとへたどり着くと、小さくいなないた。

 

「あんたも大変ねぇ~」

 

 アルシェはそう言いながら、さっきよりこころなしかげっそりと疲れた様子のその馬のあたまを撫でる。

 顔を上げて呂布の落ちた場所を見てみると、さっきより煙が晴れていた。激突した場所を中心に地面が割れている。草花が散り、地面の色が分かるようになっていた。そのまるでクレーターのようなものの中心に立つのは呂布。そしてその視線の先には攻撃を逃れたギガントバジリスクがとぐろを巻き、先が二つに分かれた長い舌を出して警戒を強めていた。

 

「ふん。よけたか。まあ、あれで終わっては面白くない」

 

 呂布はそう言い、方天画戟を振ると残っていた煙が晴れる。呂布は腰をかがめてギガントバジリスクの動きを見る。

 

 睨みあう両者。

 ふたりのあいだは依然として開いている。だが人外の強さを持つ呂布と、まさしく人外の、そして超級の大蜥蜴からしたら一瞬で詰められる距離だろう。両者の視線が交差し、まるで火花を散らすかのようだった。

 どちらがさきに動いたのだろう。あるいは同時かもしれない。両者は目にも止まらぬスピードでぶつかり合う。呂布の方天画戟を、ギガントバジリスクはそのミスリルに匹敵する硬さと言われている頭部で受け止める。魔獣もいちおうは生物だ。しかし、信じられないがその激突で火花が飛び散った。あたりの草に火の粉が飛ぶ。

 

 つばぜり合いのような形になった両者。押されているのは、ギガントバジリスクの方だった。一方の呂布は真剣ではあるがやや涼しげな顔をしている。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。対して、ギガントバジリスクはそれを不快に思ったのだろうか。鞭のようにしなやかな尻尾で呂布を捉える。

 だがそれを察した呂布はギガントバジリスクを押し飛ばす。態勢の崩れたせいで、その尻尾の攻撃は呂布の上をかすめる。忌々しいというような雰囲気のギガントバジリスクは岩をも砕く自慢の爪や牙で呂布へ挑む。

 

「すごい。なんて力……」

 

 呂布はギガントバジリスクの攻撃をすべて弾き返していた。一切の無駄がない動き。傷口から飛び散る猛毒の体液でさえ、その軌跡が見えるかのように避けていた。

 

「グルルッ……」

 

 ギガントバジリスクは見るからにバテていた。あちこちに傷がつき、だらしなく垂れ下がった口もとからはよだれも垂れている。

 しかしその眼からは逃げるという意思がまったく見られない。普通の個体とは違う。何かの意志を感じさせるようなギガントバジリスク。そして乾坤一擲、すべての防御を捨てギガントバジリスクは呂布へと跳びかかる。呂布を押しつぶすかのような巨体だ。これまでのように受けることはできない。

 

 その一瞬――。

 

「喰らえ! <雷撃>(ライトニング)

 

 跳躍の直前、地面を強く踏み込んだときに両者の戦いを見ていたアルシェの魔法が飛ぶ。それまでは動きについていけず誤射を恐れて撃てなかったが、いまこそ好機だと判断して魔法を放った。魔法を受け、その巨体は一瞬体が痺れ動きを止めたまま宙へ浮く。

 呂布は姿勢を低くし、瞬時にギガントバジリスクのしたへ潜り込む。

 そして頭上にある、無防備に開け放たれたすべての生物の弱点、首もとへと方天画戟を振るう。

 ぐさり、という音が鳴ったかと思うとギガントバジリスクの首が宙を舞った。

 そして力を失い、激しい血しぶきをあげながら地面に墜ちる胴体。その巨体ゆえ地を鳴らす振動が起きる。

 

「ふんっ!!」

 

 呂布は方天画戟に付いた体液を払う。そして地に落ちて何回か転がったギガントバジリスクの頭部。その眼は力なく呂布を見つめる。

 

「すこしは楽しめたぞ」

 

 呂布がそう言ったとたん、その瞳から光がすうっと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!? いまの反応は!! まさかやられたのか!?」

 

 そこはエ・ランテル近郊の森の中。スレイン法国が誇る漆黒聖典。その第五席次クアイエッセ・ハゼイア・クインティアは驚愕していた。人類の守護者を標榜する彼はいま、その森で亜人や魔獣といった人に仇なす存在を間引きしていた。彼はそれを行うのに最適な能力をもっているのだ。ビーストテイマーとしてモンスターを操り、森の中を探索できる。

 そして彼を強者たらしめているのは、ギガントバジリスクを操ることだった。今回の間引きにも参加させていた。

 しかし今、その反応が消えた。

 

「嘘だろ!! 一か月前にも消えて……。クソッ!! これは偶然なのか。本国にも報告しなければ……」

 

 クアイエッセは慟哭する。ギガントバジリスクを操るのはタダじゃないのだ。風花聖典などのいろんな部署の協力も得ねばならない。まずはギガントバジリスクを捜索。そして周囲に部外者が入ってこないよう監視して捕獲。運ぶときも見つかったら騒動になるため一苦労だ。

 それに今回、本国からはあまり神都から離れるなとも通達されている。彼がここに来たのは自身の独断だった。彼の信仰心の厚さからきた行動なのだ。加えて、わざわざ虎の子のギガントバジリスクを使う必要もなかった。もっと下級のモンスターでも十分だったはずだ。

 

「はあ……、隊長あたりから怒られそうだ……」

 

 最近はいろんな部署で予算の取り合いが起こってる。崩壊した神殿の建設。部隊の再整備などだ。もちろん漆黒聖典であるため最優先で予算は回ってくるだろうが、無尽蔵に使えるものでもなかった。

 そんなことを思ってか、クアイエッセのその背中は、人類の守護者とは思えないほど小さくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 日が落ち、ちらほらランタンに火が灯されるようになった頃。エ・ランテルの城門では群衆が歓喜で湧き上がっていた。呂布たちがギガントバジリスクの討伐という栄誉をひっさげ、凱旋してきたのだ。そして討伐隊が急造した荷台へ、ギガントバジリスクの遺体を載せて持って帰ってきたこともあり、あふれんばかりの人だかりができていた。

 そして今回大活躍した呂布のもとに、都市を代表して冒険者組合長アインザックがあるいていった。

 

「奉先君。君ならやってくれると思っていたよ」

「当然だ。俺に不可能はない」

 

 呂布の傲慢ともとれる物言いを咎めず、騒動が解決して嬉しいアインザックは彼の肩をたたいてねぎらった。

 

「そうだ。これを受け取ってくれ。君が戻ってくると思って作っておいたのだよ」

 

 アインザックはそう言って、きらびやかに輝くオリハルコンのプレートを呂布に渡す。それを見ていたアルシェは、最強を自負する呂布が怒ってアダマンタイトのプレートをよこせ、と言いそうですこし緊張した面持ちだった。だが呂布の答えは意外で、しかし納得させられるものでもあった。

 

「ありがたく受け取っておこう」

「ほう、君ならアダマンタイトのプレートをよこせと言いそうだったが?」

 

 アインザックもアルシェと同じ気持ちだったようだ。

 

「ふん、この程度でアダマンタイトの実力だったら、つまらないではないか。俺が求めるのは最強。ギガントバジリスク程度、容易く屠れるようでなければ俺を満足に楽しませることはできんぞ」

 

 それを聞き、アインザックとアルシェはともに目を見開く。だが二人はすぐに破顔していた。

 

「はっはっは!! そうか、そうか。君はそういう人物だったか」

「ふぅ~。ほんと、無茶苦茶な人」

 

 そして和やかな雰囲気のまま、呂布や討伐隊の皆はエ・ランテル最高の宿屋、黄金の輝き亭へと泊まることになった。

  

 

 

 

 

 

 

「ええい! まったく寝つけん」

 

 最高の部屋に備えられた最上級のベッドであったが呂布は寝ることができなかった。それもそうだ。呂布はアンデッドなのだ。睡眠など必要ない。

 もう大半の者が寝静まったころだった。暇になった呂布は部屋に置いていた方天画戟を持って宿屋を出ていく。自由にそれを振り回される場所を見つけ、鍛錬をする。

 

「はあっ! ぬんっ! でえいっ」

 

 何度も何度も振り回す。

 だが夜は長い。まだまだ明けるようには見えなかった。退屈しのぎのため、呂布はこの街の散策に乗り出した。まだ飲んだくれのいる酒場や、高級娼館などへも顔をだした。

 そして街の中心部から、スラムなどが立ち並ぶ外周へと向かう。そこは満足に明かりもなく、月明かりでかろうじて見えるぐらいだった。

 

 だからこそ、突如放たれた魔法の光が一層目立っていた。

 何事かと早足で現場に駆け付ける呂布。

 彼がたどり着いた時には、影のようにめまぐるしく形の変わる悪魔が、ローブを着た魔法詠唱者に消滅させられていた。

 

「まさか、これほどの悪魔がこの街に紛れ込んでいるとは……」

「ん?」

 

 どこかで聞いた声だな、と呂布は思って自身の記憶をさぐる。一方の悪魔を消滅させた魔法詠唱者も、呂布を見て動揺していた。

 

「ほお、呂布ではないか」

「お前はロジャー……か?」

 

 それは呂布がこの地で初めて会った、カッツェ平野を徘徊する住人だった。今は海賊風の衣装やカットラスをつけずに黒いローブを着ていた。アンデッドであることを隠すためであろうか。その手には銀色のガントレットが付けられ、顔は一見人間のように見えるよう魔法が施してある。だがその顔には初めてあったときの眼帯が付けられていたため、呂布も彼がロジャーであると分かった。

 

「聞いたぞ。ギガントバジリスクを討伐して、オリハルコン級の冒険者になったのだろう?」

「ああ。俺にはぬるい相手だったがな。それよりお前は何をしているんだ?」

 

 さっきの悪魔といい、ロジャーの行動には疑問が多かった。

 

「私は……そうだな。物資の補給や古い友人にも会いにいっていたのだよ。お前はこれからどうするんだ?」

「王都へ向かう。だが、その前にやることがある」

 

 呂布はそう言うと、月明かりを反射し幻想的な雰囲気を醸し出している方天画戟をロジャーに向けた。

 

「俺と戦え」

「はっ!?」

 

 おいおいなんでだよ、と思ったロジャーの意を察してか呂布は言葉を続ける。

 

「俺の求めるのは強者との戦い。俺からみてロジャー、お前は強い。だから戦え」

 

 なんちゅう無茶苦茶な、と思ったロジャー。まずは呂布をたしなめることから始まった。

 

「まあ待て。お前と本気でやれば無傷ではいられん。うーん……、そこでだ。俺がいくつか魔法を放とう。それをさばききるというのはどうだ? お前も色々な魔法を見ればさらに武芸が極まるだろう」

「……ふん。俺を楽しませることができるなら、それでかまわん」

 

 そして夜が明けるまで、数多の魔法がエ・ランテルの街を照らし出した。

 

 





 アインズたちは第二章で出てきます。



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蒼の薔薇



 見てくださってありがとうございます。今回、はじめて一万文字超えました。
 




 

 夜が明けた。まだ薄く太陽のひかりが差し込む程度だ。それでも、店の準備や荷物の運搬などで人が動き始めている。

 

 黄金の輝き亭の一室。

 アルシェが泊まっている部屋の前に呂布と、神官であるロバーデイクがいた。

 昨夜、神官ということもあったのか、酒を慎んだロバーデイクはいつも通り早起きをしていた。そこで鍛錬を終え、戻ってきた呂布と鉢合わせしたのだ。呂布が王都へ向かうことを聞いた彼は、別れの挨拶を済ませようと、呂布を連れてフォーサイトのメンバーのところへ行った。

 

「アルシェ、いるか?」

 

 ロバーデイクがドアを叩いても反応をしないので、呂布はアルシェの名を呼んだ。

 部屋の中でガタッ、という何かが落ちた音がすると、すこし間をおいて中から返事をする声と、扉に近づいてくる足音が聞こえる。

 小さくガチャリ、と取っ手をひねる音が聞こえ、そして木枠の軋む音すら感じさせず扉があいた。隙間からちょこっ、と顔をだすアルシェは寝癖でも気にしてるのか、頭部を抑えながら扉の前に立っているふたりを見る。

 

「どうしたの?」

 

 ふたりを見て、意外な組み合わせだな、と思いつつアルシェはロバーデイクに尋ねた。

 

「呂布殿は王都へ向かわれるそうだから、あらためて礼を言おうと思ってな」

「……え? ええ。わかった。じゃあ準備するからちょっと待って」

 

 アルシェは何か言いたそうな表情を浮かべながらも、扉を閉めて準備をする。

 少しして彼女は出てきた。

 

「お待たせ」

 

 アルシェは普段の無骨なガントレットや、いくつも縛って固定しておかなきゃいけない革装備ではなく、少女らしいラフな格好に着替えている。そして優雅にひらり、と一回転して部屋の扉を閉める。どう?、とでも言いたそう顔で振り返った。だが思ったような反応はない。

 

「あ、あの人たちは私が呼んでくるから、ふたりは先に下に行ってて」

 

 アルシェはそう言って、やや不満げな顔で残ったひとつの部屋へと向かう。ちょっとぐらい褒めてもいいでしょうが、と書いてあるような顔だった。

 フォーサイトが取った部屋は三つだ。アルシェでひとつ。ロバーデイクでひとつ。そしてヘッケランとイミーナでひとつだ。フォーサイトは普段こんないい宿屋に泊まることもない。だが今回は前日のギガントバジリスク討伐の功もあり、冒険者組合が費用を負担してくれるというのでこのように部屋を取ったのだ。

 

「ヘッケラン、イミーナ、いる?」

 

 アルシェが扉越しに声を掛ける。まだ朝早いこともあって、その声は小さい。特に黄金の輝き亭に泊まる客は、有力な貴族や大商人などの富裕層だ。余計ないさかいは起こしたくない。

 声をかけたが中からの返事がない。困惑していると中からガタンッ、という音が扉の前に立っているアルシェに聞こえた。

 

(はあ、まだ寝てたのね)

 

 さっきの自分と同じように、起きようとして身体を動かし、おもわずベッドの柔らかさにバランスが崩れて落ちたのだと――。

 そう思ったアルシェだったが、中からいっこうに出てくる気配がないことを訝しむ。 

 異常を察したアルシェは魔法を使った。

 

「――<兎の耳>(ラビッツ・イヤー)

 

 アルシェがそう唱えると、さらさらと透き通るような金髪の中から兎の耳が出てきた。それは周囲の音を探知する魔法で、ウサギの耳が頭に生えるエフェクトが特徴だ。

 そしてアルシェは耳を澄まして音を拾う。

 彼女の知覚が扉をすり抜け、最高級の宿屋に相応しい大きな部屋の中へと潜り込んだ。もしかしたら、自分たちの報酬を奪いに侵入者がいるのかもしれない。可能性は低い。だが万が一がある。

 彼女は緊張して気を引き締め、そして――。

 

 

 

 

「……うんっ、だめっ。もう、あなたったら。いま朝なのに……あんっ」

「へへへっ、まだまだだぜ、イミーナ」

「…………」

 

 アルシェはそっと魔法を解いた。

 

「ふう~」

 

 一旦アルシェは大きく息を吐いて、張っていた肩を落とす。

 そして昔聞いた話を思い出す。男の中には戦いの後の興奮を異性で発散させる者もいる、と。

 

(でもあんたら何にもやっとらんだろうがっ!)

 

 ――と心の中でつっこみを入れたアルシェは、なに朝からよろしくやってんだこんちくしょう、というような顔で情事にふける二人を置き、下の階へ向かった。

 エントランスはエ・ランテル最高の名に恥じぬ豪華さだ。こんな時間でも眩しいくらいのシャンデリアが隅々まで照らしていた。まだ朝早いこともあり、いるのは従業員のみ。だがそれはまるで自分たちが貸し切りしているような優越感を覚えさせる。

 

 

「ふたりはまだ寝ているみたい。よっぽど疲れているのね」

 

 下にいた呂布とロバーデイクにそう言った。なにで疲れているかは言わない。

 

「ふむ……。申し訳ない呂布殿」

 

 確かに命の恩人に対しては失礼だった。しかし呂布はそんなことを気にする素振りを見せなかった。彼にはさして興味のないことだったのだ。

 

「まあいい。……お前らには世話になった」

「そんな。私たちも本当にお世話になりました。奉先さんの力はすごいですね」

 

 めずらしく呂布から礼が述べられたことに戸惑いながらも、アルシェは賞賛の意を述べた。ロバーデイクもうなずく。

 

「呂布殿は他の地で生まれたとのこと。その武勇はなんと称されていたのか気になるのです」

 

 ロバーデイクもその力に興味があったようだ。呂布はその問いに、こころなしか嬉しそうに答える。

 

「そうだな……。俺の武芸を称して飛将、あるいは飛将軍」

「おぉ!!」

 

 ロバーデイクは男ゆえの性なのか、そういった二つ名・異名に興奮しているようだ。

 

(たしかに昨日は飛んでたものね~)

 

 アルシェの方は、そういうのにはあまり興味がなさげだった。

 

「……俺の戦場での暴れっぷりから――鬼神」

「おぉ!!」

 

(暴れっぷり。たしかにね。でもどっちかってゆうと脳筋の方が……。いやいや、それはさすがに失礼)

 

 アルシェはどこかの童貞食いの戦士のような異名があたまに浮かんだが、すぐに消した。

 

「……最強の武人として、人中の呂布」

「おぉ!!」

 

(あんたさっきからおぉ、しか言ってないじゃない)

 

 言い終わった呂布はアルシェの方を向いた。その目に映るは、鬼神がはじめてみたか弱い少女としてのアルシェとはまた別の存在だった。

 

「お前の魔法は役に立つ。ワーカーとしての活動に飽きたら、いつでも俺のもとへ来い。退屈させんほどの武にめぐり合わせてやろう」

 

 それは呂布らしい褒め言葉であり、また友愛の証でもあった。

 

「はあ~、だから私はそんなんじゃないってば。もっとさ~何かない?」

 

 アルシェは服の裾を両手で摘まみ、見せつけるように優雅な所作を披露した。それは数多くの上流階級の美女を見てきた、黄金の輝き亭の従業員も見惚れるようなものだった。呂布もそれを見て、深く考えそして口を開いた。

 

「ふふ、玉の肌、花の貌、傾国の色あり、とでも言えばいいのか?」

 

 呂布はからかうようにそう言った。鬼神にはアルシェが背伸びする少女に見えたのだろう。

 

「まあ、五年後に期待というところか。はっはっは」

「もうっ」

 

 アルシェは顔を赤くし、ふてくされていた。そんな彼女のあたまを呂布は無造作にわしゃわしゃと撫でる。

 

 そして別れ、というより再会の約束のようなやり取りを済ました呂布はエ・ランテルの城門を抜け、王都へと続く街道を歩いていた。都市が見えなくなるほど歩き、あたりに誰もいなくなったところで忽然と風がなびく。

 

 風が止むといつのまにか黒いローブを着た魔法詠唱者、ロジャーが呂布の目の前に立っていた。その姿はあたりが緑一色の草原であるため目立っている。呂布もさして驚いてはいないことから、未明あたりにそういう約束でもしていたのだろう。

 

「では向かうか。途中までは魔法で送ろう」

 

 ロジャーはそう言って、呂布のそばにより魔法を発動した。さっきまでいたそこには影も形もなく、ただ風がなびくだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはリ・エスティーゼ王国が誇る、王都の冒険者組合。今は、というよりここ一週間ほど、それを支える太い柱がなくなったように空気が沈んでいた。

 店内の最奥に設置されたテーブル。そこは王国が誇るアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”専用の席だ。特にそこから流れ出る空気は、一線を画すほど沈んでいた。

 

「いい加減、元気だしたら」

 

 目のやり場に困るほど妖艶な忍者装束を着た“蒼の薔薇”のティナが、同じくテーブルに座るイビルアイに声を掛けた。イビルアイは、力なくぐったりと、まるで芋虫のように上半身を這いつくばらせながら顔を向ける。いつものように真紅のローブを纏い、顔にはお馴染みの仮面を着けているが魂でも抜けた様子だ。

 

 それもそのはず。一週間前、下火月<九月>の十日。王都を襲った大災害、“ヤルダバオトの襲撃”で大活躍をした漆黒の英雄モモンが王都を去ったからだった。そしてモモンに恋心を抱いていたこの娘は、それ以来抜け殻のように過ごしていた。

 何か依頼でもあれば、彼女の気も少しぐらい紛れるかもしれないが、残念ながらそんなものはなかった。無論、アダマンタイト級冒険者が必要な事態がそう頻繁に起こっては、今頃王国など影も形もなくなっているのだが。

 

「ももんさま~」

 

 愛しの人を思って呟くイビルアイ。そんな彼女が垂れ流すオーラの濃密さは尋常じゃない。一部のアンデッドが持つ、接触した相手にダメージを与える<負の接触>(ネガティブ・タッチ)でも付与されているかのようなものだった。それを見た他の冒険者から「もしかしたらイビルアイはアンデッドじゃないか」と冗談交じりに言われているほどである。

 

「よしよし。私でよければいつでも慰めようか。いや、慰めさせてください」

「んん~」

 

 イビルアイの気を紛らせようと、ティナはレズビアンのティアの真似をする。そしてイビルアイの頭を撫でながら、ティナは下卑た攻撃を加えようとした。イビルアイもいつもなら抵抗するはずだが、うめきながら身体をくねくねさせるだけだ。それくらい落ち込んでいるのだった。そんな様子なので、ティナもちょっかいをかけるのをやめた。

 

「だから、ついていけばよかったのに」

「ぐぬぬ。そうなんだよな~。でも、いまさら一人で行くのもな。そうだ、蒼の薔薇として行くのは?」

「鬼ボスたちは今日帰ってくる予定」

 

 “蒼の薔薇”のリーダーであるラキュースと、先の襲撃で死亡したティアとガガーランは、復帰のためにいま郊外へ出ている。いち早く失った力を取り戻すために、回復魔法を使えるラキュースがみっちりとしごいているのだ。

 

「でも、行ってどうする。ナーベに勝てる?」

 

 そう。それが問題だった。モモンと連れ添う絶世の美女ナーベ。彼女に美貌において勝てるとは思えない。魔法でも難しい。イビルアイが苦戦した大悪魔の配下、イビルアイはふたりを相手に、ナーベは三人を相手に戦った。

 

「くう~」

「身体もナーベのほうが気持ちよさそう」

 

 ティナはそういって、胸のあたりを持ち上げるようなしぐさを見せる。たしかにナーベの方が肉感的だ。胸、腰、尻、太股すべてがだ。自分も本来ならもっと、とイビルアイは悔しがる。

 

「イビルアイが勝てるとすれば、英雄様がロリコンっていう可能性」

 

 そんなことを言われて悔しいはずだがそれに期待するしかない。しかしそれでは格好がつかない。英雄のとなりに立つは美女、あるいは姫が定番だ。可能性があるとすれば、イビルアイより貴族出身で美女のラキュースの方が高い。しかもモモンはやけにラキュースに興味があるような素振りを見せていた。もしや、という考えが頭をよぎる。

 

 そんなとき、冒険者組合の入り口の扉。(くるる)の軋む音が聞こえた。誰かが入ってきたのだ。もちろん、王都の冒険者組合は他の都市より出入りが多い。ゆえに特に気に留めることはないのだが、他の冒険者たちが入ってきた者を注視する構えを見せていた。 

 それを察した蒼の薔薇。ティナは横目で探り、イビルアイもめんどくさそうに顔を向けた。

 

 

 冒険者組合に入ったその人物に、周囲の視線が集まる。まず目についたのは、鍛えられた肉体とそれを覆う武骨な黒い鎧。蒼の薔薇のガガーランよりも大きく、身長は二メートルを超えるだろう。頭には地に付くほど長い、赤色の羽根飾り。視線を落としていくと、吊り上がった眉に、獰猛な瞳。首もとにはオリハルコンのプレートを掛けている。とても目立つ容貌だ。

 しかしこの場にいたほとんどの者は、その男を知らなかった。オリハルコンなら話が広まってもおかしくはない。アダマンタイトには劣るがそれでも有数の実力者だ。ただ、彼らが知らないのも仕方ない。男がオリハルコンになってから、三日と経っていないのだ。知っているのは情報を手に入れることに特化した者や、伝言(メッセージ)などを使って情報が伝わった組合関係者ぐらいだった。

 

 多くの者が男を見定めようと目を向ける。見えない何かに押しつぶされそうなそれだが、男は構うことなく受付へ向かった。一歩一歩、その男が足を運ぶにつれ床が軋む。いつもなら、掻き消えるその音がやけに大きく聞こえていた。

 そして受付嬢の前に立つ。王都らしく、華やかで美人な女性だ。毎日ティアの欲望にまみれた視線に晒されているためか、彼女の胆力は強い。座ったままの彼女は首が痛くなるのを我慢して男を見上げ、室内の異様な空気を察してか口内に溜まった唾液を呑み込む。 視界の端に映る冒険者から、色んな感情の込められた視線が彼女にも向けられていた。「がんばれ」「気の毒に……」など。おおむね激励・同情の言葉が込められているようだった。

 

「モモンはどこにいる?」

 

 男のその言葉に受付嬢はほっとした。予想外の用件ではなく、ここ最近ですっかり慣れている要望だったからだ。先の“ヤルダバオトの襲撃”で大活躍したモモンに会いたがる者は多い。他の都市からも一目見ようと集まってくるほどだ。冒険者は当然として貴族、商人でも面会を求めてくる。

 

「申し訳ありません。モモン様はもうここにはおられません」

 

 受付嬢は何度もやって体に染みついたお辞儀をする。それら一部始終を、その場にいた冒険者たちは見ていた。金級以下の者たちは、オリハルコンのプレートを掛ける男に憧憬の念を。ミスリルからは、次のランクに立つものとしてより一層の憧憬、そして情熱を。同格のオリハルコンからは、新たなライバルかと期待の眼が向けられる。

 そしてアダマンタイト級のふたり。ティナはその男の情報を知ってそうな素振りを見せる、ひとつとばした席に座るオリハルコンの情報屋に手話で合図をする。その情報屋との手話を介した壮絶な交渉の末、ティナは男の正体を知る。普段クールで表情の変わらない彼女。その細くキリッとした眉が、驚きで一瞬動くのをイビルアイは逃さなかった。

 

「ティナ?」

 

 イビルアイの呼びかけに答えることもなく、ティナは顔を寄せて小声でいま得た情報を伝えた。

 

「あの男、エ・ランテルでギガントバジリスクを倒したらしい」

「ほお」

 

 イビルアイから興味と感嘆の入り混じった声が漏れ、仮面越しではあるものの、男を見る目の色が変わったような気がした。

 

「それで名前は?」

「りょ――ふ? 呂布っていうらしい」

「ふむ」

 

 イビルアイは深く考えているようだった。呂布の成しえたギガントバジリスクの討伐。それはアダマンタイト級でも難しい。それは蒼の薔薇で近接戦を受け持つガガーランも、死を覚悟しなければならないほどだ。難度百五十を誇るイビルアイからしても、手を抜くわけにはいかない存在でもあった。

 

 

「そうか……モモンはいないのか。戦ってみたかったのだがな」

 

 受付嬢からモモンが不在だと聞かされた呂布。その口からは失望の気持ちがこぼれていた。だが「モモンと戦ってみたい」。この言葉はその室内で様々な波紋をよんだ。

 

「おいおい、あんた。いくらなんでもモモンさんと戦うのは無謀だぜ」

 

 さっきティナが情報を仕入れたオリハルコンの冒険者が、まるで呂布を挑発するかのような口調で言い放った。その物言いは呂布の性格を知っていて、そして自身の目で実力をみたいというのが含まれていた。

 呂布は振り返り、その者がアダマンタイトのプレートでないことを確認した。

 

「たしかに、そのモモンというやつは強いらしい。だがお前程度が、俺と奴の実力差などわかるはずもない。もちろん、俺の方が強いがな」

「貴様っ……」

 

 同じオリハルコンのはずなのに舐められたことを受けて、その冒険者は怒ったようで呂布へと近づいていく。まわりは巻き込まれないよう、少しずつ避難しはじめる。

 だが最も近くにいた受付嬢は、仕事ということもあり動かない。いや、実は誰も気づいていないが、両者の空気に思わず腰が抜けて動けなかったのだ。しかしそれを知らない冒険者からは「凄い胆力だ~」と声が挙がる。(動けないよお~助けてぇ)というような受付嬢の気持ちを無視して睨みあうふたり。

 

 オリハルコン同士が争えば、目も当てられないほど被害がでる。

 しかし、両者の間の剣呑な雰囲気。それを切り裂くような低い声が室内に響いた。

 

「ギガントバジリスクを討伐したぐらいで、いい気になっているようだな」

 

 それは奥の席。蒼の薔薇が誇る、極大級魔法詠唱者イビルアイの放った言葉。睨みあう両者に有無を言わさず近づいていく。呂布のもとまで来たイビルアイ。二メートルを超える呂布と比べれば小さすぎるが、その態度は呂布に匹敵するほど大きかった。

 

「モモン様はお前が想像しているより、その何倍もいや何十倍も強い。手合わせぐらいなら、寛大な心をお持ちのあの方だ、受け入れてくださるだろう。それぐらいにしておけ」

 

 イビルアイの言葉に呂布は黙る。その首にかけるはアダマンタイトのプレート。それが彼の目に映ったのだ。

 

「強ければ、強いほどいい。それを乗り越えてこそ、最強というものに価値がある」

「ふふ、(たぎ)っているのか?」

 

 イビルアイはわずかな笑みを浮かべる。呂布ぐらいしか気づかないほどの微笑だった。呂布とイビルアイの両者は目を合わせる。お互いはまったくそのつもりはないが、まわりからは一触即発のようにも見えた。

 その時、呂布の肩を銀色のガントレットが叩いた。

 

「呂布。やめておけ。ここで争ってもなにも益はない」

 

 そう言われ呂布は振り返る。そこにいたのは黒いローブからガントレットをのぞかす者。衆人の目が注目していた中で、まるで幽霊のように突然現れた。

 それは呂布とともに王都へ来ていたロジャーであった。他の冒険者はまったくその存在に気づけなかった。忍者として索敵に優れているティナも、感知できなかったことを悔しがっているようだ。皆の目がロジャーへと移ろうとする中、さらなる来客が訪れた。

 

「お前ら、何やってんだ?」

「ひさしぶりに帰ったらこの始末」

「ちょっと、どうしたの?」

 

 蒼の薔薇の三人、ガガーラン、ティア、ラキュース。特に前二人の鎧・装備にはたくさんの傷が付いていることから、壮絶な修行だったのだと推察できる。修行から帰ってきた彼女たちは、イビルアイとそれに対峙する大男を見て、なんか揉め事でもあったのかと思う。

 

「あいつでけえなあ」

「うん。ガガーランに青い血が流れてるなら、あっちは緑」

「もう何言ってるの。……ん?」

 

 ティアの冗談を頭をポンッと叩き、たしなめたラキュース。ラキュースに触れられ「むふふ」と修行の成果だろうか、ティアも平常に戻っていた。それを無視し、ラキュースは何かに気づいたように小首をかしげる。その目がロジャーへと、いや正確にいうなら彼の顔に付けた眼帯。それに吸い込まれていた。

 

「あー!! あなた!!」

「むむ……」

 

 ロジャーの付けている眼帯。それはだいぶ前のこと。彼女がカッツェ平野でひとりになった時に、まわりに誰もいないことを確認して着用していたものだった。目を負傷し、あたりを敵に囲まれ四面楚歌のなか、霧の中で奮闘する英雄。それを模して行う彼女だった。

 戦闘後、眼帯のカッコよさに魅入られ、何か理由をつけて日常でも着用しようかな、と思ったラキュース。その油断していた隙に、霧の中を徘徊していたロジャーに盗られたのだった。

 

(この人、アンデッドでしょ。なんでここにいるの)

 

 アンデッドにもいい人がいることは、彼女自身よくわかっていた。蒼の薔薇のイビルアイがそうだ。長年付き添い、今では信頼のおける仲間である。だが、闇雲に受け入れられるものでもない。

 

(こんなところで暴れられたらまずい)

 

 物的な被害だけではない。王国民の、先の襲撃で受けたこころの傷はまだ癒えていない。そんな状況で不用意に戦端は開けなかった。そんなラキュースの焦りも知らず、イビルアイは呂布へと告げる。

 

「ちょうど仲間が帰ってきたようだ。かれらの復帰も兼ねて、その滾り、私が鎮めてやろうか?」

「ふふ、いいだろう。アダマンタイトの実力とやらを見ておきたい」

「決まりだな。お前たち!! 準備をしろ。久しぶりの大物だ」

 

 イビルアイがやけに好戦的なのを見てティア、ティナは手話で会話する。

 

「ふんっ」   (なんぞ、これ?)

「ふんっ、ふん」(モモンに会えないからって憂さ晴らししてる)

「ふん、ふんっ」(困ったおチビちゃん)

 

 イビルアイの言葉を受け、ラキュースは一歩前にでる。

 

「分かったわ。では組合の闘技場を借りましょう。ただ危険が伴うので、観客はなしでお願いします。では行きましょう」

「修行の成果を試してみてえぜ」

「ボスがいうなら」

「りょーかい」

 

 こうして呂布たちは、アダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇と一戦交えることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 豪華な部屋。

 だが王族が執務にあたるには少し小さく思える。しかし、唯一置かれた椅子に座る幼い少女のことを思うと、それで十分のような気もしてくる。

 

「では、任せたぞ」

「はっ! 陛下、お任せください」

 

 一人の兵士がその女王の天真爛漫な声を受け、任務へと出立する。そして立ち上がり、颯爽と部屋を出る。

 

「はあ~」

 

 足音が遠くへと行くのを感じたその部屋の主人は、人が変わったようなため息を見せる。まるでおっさんが温泉に浸かったときに吐露する声のようだ。

 

「この姿は疲れるのお~」

「お疲れ様です陛下」

 

 それは竜王国の女王ドラウディロン・オーリウクルス。今現在、ビーストマンの軍勢に襲われるこの国の頂点に君臨する者である。傍らに立つ宰相も彼女を気遣う。

 

 ビーストマンの襲来は、絶望的な戦いであった。もともとの人とビーストマンのスペックの違いに加え、例年の法国からの援軍はない。加勢を求めた帝国も、検討すると言って使者を追い返す始末。今は王国へ向かっているが、悪魔騒動や会戦で忙しいため援軍が来るかは不明だ。唯一の頼みの綱であるアダマンタイト級パーティーのリーダーはロリコンという状況だった。

 しかし、最近戦況が好転、とまではいかないが膠着状態には持ち込めた。

 

「今日の面会はあの兵士で最後だったか?」

「いえ、実はあの娘が前線から帰ってきているようです」

 

 そのとき、部屋の前に立つ衛兵より来客が来たとの声が掛かる。

 

「噂をすれば。通しなさい」

 

 衛兵の返事とともに執務室の扉が開かれる。

 そこから一人の娘が現れた。

 透き通るようなショートカットの銀髪はサラサラと揺れ、それをティアラのように包み込む兜には、短い赤色の羽根がつき立っている。見惚れるほどの美女だ。鍛えられ、それでいて女性としての魅力も健在な四肢も併せ持つ。姫と言われてもおかしくはない。いや戦場での彼女の活躍からして、戦姫と呼ぶがふさわしかろう。

 

「陛下、ただいま戻りました」

 

 見た目通りの凛々しく、頼もしい声が聞こえる。ドラウディロンも席を立って彼女を歓迎する。

 

「そなたの働きは聞いておるぞ。れーき殿。軍中随一と言ってよい働きぶりじゃ」

「ありがとうございます。陛下」

 

 女王がれーきと呼ぶ彼女が、この竜王国に加わり戦局は変わった。彼女の振るう十字戟という得物。通常の戟のもう一端にも刃をつけ、それを二本結合させたものだ。それは忍者のもつ手裏剣を思わせる。切り離すことも可能となっており、扱いが非常に難しい。しかしそれをこの娘は使いこなしていた。そんな彼女の働きで竜王国は首の皮一枚つながったといってもいい。

 

「そなたは武勇もさることながら、とても美しいのじゃ。『一度振り向けば城が傾き、二度振り向けば国が傾く』とでも言うのかのお」

 

 ドラウディロンはその娘をそう称した。実際ビーストマンの攻撃で傾いているのは竜王国である。

 

「お戯れを。陛下」

 

 女王の賞賛を込めたその言葉をその娘は軽く受け流す。

 

「流浪していた私を、陛下が迎え入れてくれたおかげでいまの私はあるのです。このご恩、戦働きにて返させていただきます」

「はっはっはっ! 根っからの武人じゃな。そなたが“鬼神のむすめ”というのも嘘ではないようじゃっ」

 

 ドラウディロンは思わず自分の形態を忘れるほど大笑いした。

 その時の女王の思っている鬼神というのはあくまで空想上のものだ。まさか実際にそんな存在がいるとは思っていなかった。

 

「ふむ。期待しておるぞ」

「では行ってまいります」

 

 女王の激励を受け、出ていくその女。

 彼女の名は 呂玲綺――鬼神、呂布の娘である。

 

 

 

 

 

 






擬音が多いかなあ。あと執筆中にティアとティナ間違えてたのでおかしいところや無理やりなところがあるかもしれません。



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再会と彷徨える武

 

 そこは組合の保有する闘技場。

 円形の、まるでコロシアムのようなところだ。帝国の保有する闘技場と比べると小さいが、百人ぐらいなら軽く入れる広さだ。いつもなら新人冒険者の訓練や、非番の兵士が鍛えているところだが今は八人しかいない。

 

「皆様、こちらでございます」

 

 美人な受付嬢が蒼の薔薇、そして呂布、ロジャーを案内した。

 

「案内してくれてありがとう」

 

 ラキュースが彼女に礼を言った。

 

「その……ラキュース様。なるべく壊さないようにしてください」

 

 受付嬢の忠告にラキュースは苦笑いで返した。

 よく見ると、その闘技場の壁のいたるところに修繕の跡がある。それは悪魔騒動後の鍛錬のせいだった。

 この闘技場は頑丈だ。だがアダマンタイト級冒険者の全力の一撃を受けることなど想定していない。悪魔騒動後、久しぶりに初心に帰ったガガーラン、ティアにつられて、蒼の薔薇もここを利用するようになった。そしてガガーランやラキュースの新技の余波で壊れることが多くなったのだ。そのせいで、半ば追い出される形で外へでていたラキュースたちだった。

 受付嬢が出ていくのを確認した一行。

 闘技場に入った蒼の薔薇は話し合い、イビルアイと残りの四人の二チームに別れる。

 

「どうする呂布?」

 

 ロジャーが呂布のもとへ行き、尋ねた。

 

「ふん。俺が全員相手をしてもいいが」

「ははは、まあ待て。わたしにも獲物をくれよ」

「ならばどちらをとる?」

 

 呂布からの問いにしばし考えるロジャー。

 

「そうだな……。あの仮面を付けた魔法詠唱者。あいつには少し興味がある」

 

 ロジャーの視線の先。そこには小柄な魔法詠唱者、イビルアイがいた。二人の視線を受けてコクリ、と首をかしげるその姿は年相応で可愛らしい。だが、両者にそんな感情はなかった。

 

「まあいい。複数人との戦闘は久しぶりだからな。ここらで勘を取り戻しておこう。それとお前の戦闘も見ておきたい」

「ふふ、鬼神に目を付けられんよう、控えめに戦おうか」

 

 両者は別れ、それぞれの相手の前に立つ。仮面を付けたイビルアイの前にロジャーが立った。

 

「ほお。お前がくるか。てっきりあっちの方だと思ったんだがな」

 

 イビルアイは仮面越しに呂布の方を見る。

 

「ふふ、わたしのわがままだ。それと少しお前に興味があってな」

「はっ、私も人気者になったようだ。それとも、私の魅力にとりつかれたか?」

 

 さっきのナーベの話もあったのだろう。イビルアイは半分自虐的にそういった。

 

 

 

 四人の前には呂布が立つ。呂布はまだ力を発揮していないが、前衛として受け止める役割をもつガガーランは冷や汗を流していた。

 

「おいおい、こいつホントにオリハルコンか? あの虫女なんて比じゃねーぞ」

「それマジ?」

 

 先の悪魔騒動での敵を思い出すガガーラン。同時に殺されたティアも驚く。ガガーランの呟きに気を引き締める蒼の薔薇。

 そして火ぶたが切って落とされた。

 

「では、行きますっ!!」

 

 ラキュースがかけ声と同時に、魔剣キリネイラムを地面に突き立てる。そして前に立つ仲間に支援魔法が掛けられた。

 

「うっしゃぁっ!! いくぜ!」

 

 支援魔法を受けたガガーランがその巨体に似合わないほどの俊敏さで、呂布へと突撃する。同時にガガーランの横。両側に展開した忍者姉妹からくないの投擲が行われた。

 三方向からの攻撃。どう対処するか見極めるための攻撃だ。

 

「ふんっ!」

 

 呂布は方天画戟を横薙ぎに振るった。その風圧でくないは落とされる。ガガーランも勢いを削がれるが、気力で立ち向かう。

 

「うおらあぁっ!!」

 

 ガガーランの巨大な刺突戦鎚による打撃。常人では到底受けきれないそれを呂布は受け止める。だが受け止められることを予見していたのだろう。ガガーランも間断なく攻め立てる。

 連続攻撃。嵐のようなそれに加え、姉妹からの忍術。そしてラキュースからの魔法。猛烈な攻撃による余波で、あたりが砂煙で見えなくなっても手を緩めることはない。そして最後の一撃。ガガーランは素早く身を引き、それの代わりにラキュースが入ってきた。

 出し惜しみはしない、という認識だ。

 

「超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォオ!!」

 

 ありったけの魔力を注ぎ込んだその一撃。悪魔騒動のときは周囲の低級の悪魔を倒すため、威力を弱め広範囲を薙ぐようにした。だが今回の相手は呂布一人。すべての力が彼に注がれた。

 衝突の瞬間、超巨大な漆黒の爆発が起きる。蒼の薔薇も見たことのないような威力だった。闘技場どころか、周囲の建物も揺れる。まるで地震でもおきたかのようだった。

 

 決まった、というような恍惚の表情を浮かべたラキュース。だがすぐにしまったというような顔をする。あたりをみれば、それまで修繕していた箇所はもとより、頑丈に作られている柱にまで傷が付いている。戦う前に受付嬢から言われた言葉を思い出していた。

 一旦距離を置き砂煙が晴れるのを待つ蒼の薔薇。

 

「やり過ぎ」

「さすが鬼ボス、容赦ない」

「だって、ガガーランがあんなに本気だったから」

 

 ラキュースがそういうと、忍者姉妹もガガーランの方を向いた。ガガーランのその目は呂布のいる煙の中を凝視していた。三人の軽口に何も言わずただ見ていた。ガガーランは前衛として生存本能を刺激され、呂布に対し手を緩めるということが出来なかったのだ。

 

「死んでたらどうする?」

「そ、それは蘇生すればいいんじゃないかしら。はは……」

 

 最悪蘇生させればいい、というお転婆な考えをもつラキュースだった。

 砂煙が薄くなる。目を凝らすガガーランはその中で人影を見つけたようだ。

 

「やっぱり、生きていたか。肌に突き刺さる恐怖ってやつが、消えなかったからな」

 

 そして煙の中から声が聞こえる。思わず身体が震えた。そして――。

 

「次は俺の番だ。行くぞっ!!」

 

 第二ラウンドが始まった。

 

 

 

 

 

「あっちは始まったようだ。私たちも始めようか」

 

 イビルアイのその声を受け、先手を打ってロジャーは魔法を放つ。

 

「では、《マジック・アロー/魔法の矢》」

 

 そう呟くとともに、六個の光球が彼の背後に現れた。それにより並の魔法詠唱者ではないことがそれで分かった。

 

「おぉ!! それほどの腕前か。自信があるのも頷ける」

 

 イビルアイはそれをみて驚く。称賛。だがその言葉には余裕があった。肉体能力や魔法を使い光球を避けるイビルアイ。次はこっちの番だ、とでも言うように魔法を使う。

 

「《クリスタル・ダガー/水晶の短剣》」

 

 イビルアイのもとに現われた、鋭利な刃を持つ短剣。それはロジャーに狙いを定め一直線に飛ぶ。

 

(む、水晶系か。めずらしいな)

 

 ロジャーも魔法を発動させてそれを打ち消す。それらを繰り返していく両者。イビルアイも久々の好敵手を前にして気分がよい。

 

「この私を前にしてやるじゃないか。ふふ……」

 

 そして不敵な笑みを浮かべたイビルアイ。

 

「餞別だ。受け取れ!! 魔法抵抗突破最強化(ペネトレートマキシマイズマジック)――」

 

 防御突破を込めた魔法。そして――。

 

水晶騎士槍(クリスタルランス)

 

 それは第四位階に属する魔法。同時にイビルアイが苦楽を共にし、長年使い続けていた魔法である。

 

「――くっ!?」

 

 それはロジャーの身体に深々と突き刺さった。同時に彼の顔の幻影も消え、アンデッドである姿があらわれる。

 

(やはり、ラキュースの言っていることは本当か。こいつはアンデッド、それもリッチを超えるレベルか……)

 

 正体がばれて、どう反応するか見物するイビルアイ。だが思いもよらぬ言葉が掛けられた。

 

「――小柄な少女。似つかわしくない尊大な態度。水晶系のエレメンタリスト。すぐいい気になる癖。はは。こうも的確だと逆に怪しいね」

「?」

 

 疑問符を浮かべるイビルアイ。どうみても相手の様子がおかしい。そう思った次の瞬間、決定的な一言が述べられた。

 

「イビルアイと言ったか。ふむ……“キーノ”という名に聞き覚えは?」

「……何だと!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはナザリック地下大墳墓第五階層。絶対凍土の地。

 その主である凍河の支配者コキュートスは、日課である鍛錬に精を出していた。

 

「ハアッ! フンッ!」

 

 手にするは神器級の武器。彼の創造主である武人建御雷より下賜されたものだ。コキュートスは、この世界に来てより鍛錬は欠かさない。このナザリックの防衛の要であるためだ。最近はリザードマンをはじめとした湖の種族をナザリックに恭順させる仕事についている。だがやはり、自らの武をもって尽くしたいというのが本音だった。

 その気持ちを刃に載せて振るっていた。

 

「コキュートス殿、いまよろしいか?」

 

 突然、コキュートスのあたまの中に聞きなれない声が響いた。だがすぐに記憶を探り、返事をする。

 

「パンドラズ・アクター……カ? 珍シイナ。拙者ニ何用ダ?」

 

 相手は宝物殿の守護者パンドラズ・アクターだった。アルベドたちとともに、一度顔合わせしたぐらいで、それ以来会話はしていない。ゆえに意外な様子で返事をした。

 

「至急、宝物殿に来ていただきたく。すでにアインズ様より許可は取っております」

 

 彼からの急な用件に戸惑うコキュートス。だがアインズより許可が出ているのでなにか重大なことだろうと思ったのだろう。

 

「分カッタ。ナラバ第八階層マデ降リタ方ガ良イカ?」

「いえ、これから私が向かいます」

 

 そう言うやいなや、コキュートスの目の前にパンドラズ・アクターが現れ、ともに宝物殿へ向かった。

 

 

「シテ、何カアッタノカ?」

 

 コキュートスの問いに答えることなく、パンドラズ・アクターは宝物殿の入り口に設置されたテーブルに向かう。

 その上には白い布がかぶされた何かが置かれていた。そのテーブルの横に立ったパンドラズ・アクター。

 

「これが、あなたを呼んだ理由です」

 

 パンドラズ・アクターはそう言うと、その覆い被さっていた布をはぎとった。

 

「オォ!! コレハッ!!」

 

 コキュートスが驚きで目を見開く。

 

 

 それは一振りの刀であった。

 彼の創造主、武人建御雷が最後に製作したもの。刃をしまう鞘はなく、持ったが最後、相手を倒すかあるいは自らが倒れるまで戦うという決意があった。それは武人建御雷が、ワールドチャンピオンであるたっち・みーをただ倒すためだけに打った刀だった。

 だが、たっち・みーがナザリックに顔を出さなくなったことで、一度も使われることなく宝物殿の最奥にしまわれていたものだ。

 

 その刀がなぜここに、という疑問をパンドラズ・アクターに投げかけるよりも早く、彼から声が掛かった。

 

「お感じになりませんか? コキュートス殿」

「ムムッ!?」

 

 言葉の意味を瞬時に理解したコキュートス。その刀の前に跪き、顔を近づける。

 

(……コキュー……武を……頂……)

 

「建御雷様ッ!? コレハ、建御雷様ノ声デハナイカ!!」

 

 聞き間違うはずはない。その刀から出ていたのは武人建御雷の声だった。

 

「やはりそうでしたか」

「コレハ、ドウイウコトダ!?」

 

 コキュートスが必死な顔でパンドラズ・アクターを見る。

 

「私がいつもどおり、宝物殿のアイテムを整理していたときのこと……」

 

 パンドラズ・アクターの長いくだりを話半分に、コキュートスはその刀に目をやる。その刀身に魅入られたのか、彼の腕が自然に引き寄せられる。刀を手に取ったコキュートス。それにより、刀から発せられていた、かすれ気味だった声がはっきりと聞こえるようになった。

 

「…………」

 

 目を閉じ、その声を聴くコキュートス。一言も逃さず、魂に刻む思いで聴いていた。

 

(……ワカリマシタ。ソレガ御方ノ望ミトアラバ)

 

 ある決意を胸にコキュートスは目を開く。

 

「パンドラズ・アクター。コノ刀ハ、某ガ持ッテオク」

「であるからして――分かりました。ふふ、滾っておられるのですね」

 

 パンドラズ・アクターから反対されるかと思ったが、すんなりと受け入れられた。そしてコキュートスは居城である第五階層へ戻る。その刀は神器級すら超越する力を秘めるものだ。

 

「名ハ、ソウダナ……“俱利伽羅剣”」

 

 コキュートスは自身のスキルでもある剣の名を与えた。それは人の煩悩や因縁を断ち切る降魔の剣。創造主の切望を、これで果たすという決意があった。

 “俱利伽羅剣”を手に鍛錬を行うコキュートス。それは武人建御雷のスキル構成を参照して作られたため、コキュートスには合わない能力もあった。だが、創造主のことを思い一心不乱に振るうコキュートス。

 

「ハアッ、ハアッ。武ノ頂ハ遠イ。果タシテ、良イ相手ハ何処カニイナイモノカ……」

 

 荒れ狂う猛吹雪の中、コキュートスの呟きが聞こえた。

 

 

 

 









コキュ「良イ相手ハ何処カニ、イナイモノカ……」

???「ふん。だれか呼んだか?」
???「面白そうでありんす」





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第二章 竜王国
竜王国へ


 





「強いわ……ね。……グフッ!」

 

 陥没した地面や爆発で焼け焦げた壁。呂布と蒼の薔薇の戦いは壮絶なものだった。だが、それもまもなく終わる。

 

 魔剣キリネイラムを地面に突き立て、それを支えとしてどうにか立っていたラキュース。だがその顔には疲労の色がにじみ出ている。肩で息をしているような状態だ。立っているのがやっとなのだろう。

 対するは呂布。彼女たちの猛攻を受けたはずではあるが、しかし目立った傷は見受けられない。それに絶望するラキュースは呂布を警戒しながらも、まわりに倒れている仲間を視界の端に捕らえる。

 まるでぼろ雑巾のように地面に突っ伏している彼女たち。もちろん死んではいない。鎧などの傷に比べれば軽微な損傷だ。顔などは土などで汚れてはいるものの、外傷はない。

 ラキュースはリーダーとして最後まで立ち続けているがもう限界だった。気力も尽き、膝から崩れ落ちるようにして彼女は倒れた。

 

「連携はさすが、アダマンタイトというべきか。だが俺を満足させるには足りんな」

 

 倒れる彼女たちを見てそう評価した呂布。その目はもうひとつの戦いへと移った。イビルアイとロジャーの戦いだ。

 

 

 

 いっぽうそのふたりは戦いを休止し話をしていた。どうも和やかな雰囲気だ。

 

「……それで、お前も十三英雄と共に旅をしたのか?」

 

 イビルアイはそう言った。話をすれば、ロジャーも十三英雄と旅をしたというではないか。

 

「そうだね。君が抜けたあとに少し連れ添った感じかな。リーダーから君のことを聞いたのを思い出すよ。はははっ」

 

 昔のことだ、と小さくつぶやくイビルアイはどこか照れくさそうだった。合点がいった様子な両者。そんな懐かしい昔話もほどほどに、別の話題へと移った。

 

「あの男は“ぷれいやー”か?」

 

 イビルアイはこくりと顎を上げ、呂布を指し示す。やはり彼らにとっての関心事はそれだった。

 

「うーん、違うようだ。ぷれいやーは一般的に、外見と似つかわしくない言動をするのは知っているよね」

 

 ユグドラシルのプレイヤーは例外なく強力な力を持つ。それはイビルアイもまじかで見て思い知っている。しかし、それとはちぐはぐなほど物腰が低かったり、どぎまぎしたりするのだ。

 

「彼らとは違う風格をあの男は持っている。また、主人への過度な執着を見せるえぬぴーしーでもない」

 

 そう言ったロジャーは大きく息を吐き、イビルアイへ問うた。

 

「君からみて、あの男の強さはどうだ?」

 

 そう聞かれたが、彼女は困ったように首をかしげる。

 

「あの呂布という男の強さはわからん。だが相当な強者なのは確かだ。……ふふ」

 

 イビルアイはそこで自嘲気味に笑った。

 

「――私も最近は強者ばかりに会うから、感覚も鈍ってきているのやもしれん」

「はははっ。それはご愁傷様」

「はあ~他人事だと思って。お前も、世界の裏を知っている者として、いや――」

 

 彼女はそこで言葉を区切る。そして真剣な声色で続けた。

 

「――知ってしまった者としての責任は感じないのか?」

 

 いつになく真剣な表情で――仮面で見えないが――発した言葉だ。彼女が十三英雄と別れてからずっと抱いてきた重圧。それを共有できそうな相手に会えたのだ。少しくらい弱音を吐いてもいいのではないだろうか。

 

「我々ひとりの力ではなにもできんよ。気にしても仕方ない。難しいことは、竜王や法国にでも任せておけばいいのさ」

 

 あっけらかんとそう言ったロジャーにイビルアイは思わず笑ってしまった。

 

「はははっ。それではまるで、私がバカみたいではないか。ククク……」

 

 腹を抱える勢いで笑うイビルアイにロジャーは驚く。

 

「何か琴線でも触れたのか? それとも強者ばかりにあっておかしくなったのか?」

「クフフ……。はあ、取り乱してしまったな」

 

 笑いの収まったイビルアイは、倒れている仲間たちを見る。

 

「はあ、興が冷めたな。私は彼女たちを介抱しよう」

 

 そう言って彼女たちのもとへ向かうイビルアイ。そのときロジャーはふと思いついたように彼女に尋ねた。

 

「そうだ。君はモモンの力を見たんだろう? 呂布とどっちが強いかな?」

「ふむ……」

 

 手をあごへと持っていき考え込むイビルアイ。

 

「さっきも言ったように、どちらも私より強いという事ぐらいしか把握できん。ヤルダバオトのように、敵意を向けられたら分かりやすいがな」

 

 あの時は本能が彼女に警鐘を鳴らした。だが今は平時だ。実力差が開いているため、把握はできなかった。

 

 そうして、その日はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 数日後。

 

「えぇい!! つまらんぞ。どこかに強い相手はいないのか!!」

 

 呂布は組合の酒場でそう言って杯を叩きつける。その音でその室内にいた者たちがびくりと肩を震わせるのが分かる。円形のテーブルに座る彼の隣にはイビルアイがいた。ロジャーが呂布を置いて王都を出たので、彼女が代わりに付いているのだ。

 

「まあまあ、何事も無い方が気が楽だ。それに呂布。お前が暴れたら建物のひとつやふたつ簡単に崩れてしまう」

 

 笑いながらそう言ったイビルアイだが、その表現は比喩ではない。実際にまだ残っていた奴隷娼館の摘発に参加した呂布の力で地上の建屋が崩落した。

 不満げな呂布は追加の酒を一息に飲み干す。 

 

「ふう~。都が荒れれば賊が出てもおかしくないはずだが、なぜこうも穏やかなのだ? 洛陽のときは、残った財宝をめぐって賊が屋敷から井戸まで荒らしまわったと聞いている」

「まあ、民心が王から離れていないということだろう。その洛陽というのも大変だったのか?」

 

 イビルアイはそう聞き返した。呂布のもといた世界に自然と興味が湧いていたのだろう。

 

 後漢末期。洛陽は当時最も栄えた都だった。しかし呂布の主君、董卓が連合軍に追われ金銀財宝を漁った後、火を放ったのだ。そのとき民も一緒に連れていくため、彼らの住居にも火を放って無理やり連れてこさせた。

 

「都に火を放つ、か」

 

 イビルアイはそうつぶやいた。そこで暮らす民のことを考えれば非道とも言える。だが焦土作戦とでもいうのか。戦略としては必ずしも間違ってはいなかった。

 

「それで、その後態勢を整えて都を取り返したのか?」

 

 焦土作戦の目的はそれだ。敵に占領地から何も得させず、疲弊したところを反撃し大打撃を与える。それに相手は連合軍というではないか。勢いがあるときは結束するが、いったん士気が低迷すれば、瓦解するのは必然。その董卓がそれを狙っていたのであれば、暴君ではあるが無能ではないと思ったイビルアイ。

 

「いや、奴は遷都した先で酒池肉林に溺れた。つまらん男よ」

「それは……はは。教科書通りの暴君だな。私も長く生きてきたがそこまで欲望に忠実なやつは知らんぞ。……うん?」

 

 イビルアイが話に興じていたとき、冒険者組合に入ってきたある者が自分のもとへと近づくのを感じ振り返る。その者の服装には竜王国の紋章が刻まれていた。

 

「竜王国? 私に何の用だ?」

 

 その者にそう聞くイビルアイ。あきらかに尊大な態度ではあるが、それを咎めることはなかった。

 

「蒼の薔薇とお見受けします。私は竜王国よりの使者であります。どうかご助力を――」

 

 イビルアイに一礼してそう言った使者から、竜王国の現状を聞かされた。

 

「援軍なら、私よりまずは王国に……ああ」

 

 そこまで言って気づいたイビルアイ。

 

「……断られたのか」

「……はい」

 

 消え入りそうな声で答えた使者。見るからに落ち込んだ様子である。そんな使者にイビルアイは容赦なく言い放つ。

 

「――蒼の薔薇も断る」

 

 今のこの王都から、蒼の薔薇が離れるわけにはいかない。彼女一人で判断していいものではないが、おそらくは反対するだろうと。あのラキュースでも。そう思ったイビルアイだった。

 

「おい。イビルアイ、そのビーストマンというのは?」

「ん? ああ……」

 

 呂布の質問にイビルアイは答えた。ビーストマンは普通の人間の十倍ほどの強さを持つ。そしてそれが、確認できただけでも十万を超えるほどの大軍勢で攻めてきている、と。

 それは呂布の求めた戦だ。久しぶりに彼の血が騒ぐものだった。そして呂布は勢いよく席を立った。

 

「俺が行こう」

「はっ!? そ、その……」

 

 呂布から迫られ戸惑う使者。決めかねている使者にイビルアイは後押しした。

 

「この男なら問題ないだろう」

「そ、そうですか。分かりました。どうかよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

竜王国

 

「く……味方は押されているか」

 

 そこは竜王国の最前線。呂玲綺の活躍により、都市の陥落は免れたもののいまだ散発的な衝突は起こっている。いまは敵が橋頭保として建設中の拠点を、襲撃しているところだった。

 参加したのはアダマンタイト級冒険者チーム“クリスタル・ティア”を含めた精鋭。だが敵の戦力は思った以上だった。

 

「俺はっ! 陛下のため! ここで死ぬわけにはいかないんだぁ!!」

 

 そのリーダーであるセラブレイトは奮起している。光を放つ剣を持ち、ビーストマンたちを切り伏せていく。アダマンタイトたる働きぶりだ。しかしその背後から討ち漏らしたビーストマンが迫る。

 

「危ない!!」

「グアアッ!!」

 

 断末魔をあげるビーストマン。窮地のセラブレイトを助けたのは呂玲綺だった。

 

「これは玲綺殿!! お恥ずかしいところを……救援、感謝します」

「他の者たちは?」

「……分断されてしまいました」

 

 そう言葉を交わす間にもどんどん敵は迫ってくる。斬っても斬っても敵は湧いてきた。あげく敵に囲まれ、背中合わせになる二人。対するビーストマンたちも探り合い、ふたりの隙を見出そうとしている。

 そのとき、呂玲綺はそんな敵の群れの奥で複数の味方兵士が吹き飛ばされるのを目撃した。それは他の敵よりもひとまわり大きな個体だった。

 

「奴を倒さねば被害が増える。セラブレイト、ここは任せるか?」

 

 肩越しに呂玲綺は彼を見る。そんな彼は余裕を見せていた。

 

「大丈夫です。俺の陛下を想うこの刃は、決して折れはしない」

 

 “閃烈”に相応しい気概を見せるセラブレイト。

 

「ふっ、見事な忠義だ。はあっ!!」

 

 前方の敵を切り崩し、強敵へと向かう呂玲綺。一騎当千の活躍を見せる彼女に敵も気づき、たったいま食していた兵士を放り投げる。そして呂玲綺に、その巨体から繰り出される強力な打撃を喰らわせる。

 

「グルアァッ!!」

「くっ!!」

 

 その一撃を十字戟で受け止める呂玲綺。他の個体よりも数倍強力な一撃だ。彼女の身体を支える足が地面にめり込む。押しつぶされそうなそれだが、呂玲綺は気丈に立ち向かう。数刻の競り合い。

 

「私は鬼神の娘! 絶対に負けられぬ! はあっ!!」

 

 そう声高に叫んだ彼女は敵を押し返す。

 

「グヌッ!?」

 

 呂玲綺は戸惑いで態勢の崩れた敵に、さらなる追い打ちをかけるため跳躍。五メートルほどの空中で十字戟を振りかぶる。

 

「ここで散れ! 消し飛ばす!」

 

 十字戟を眼下の敵に向け投擲。ビーストマンの腹部に突き刺さり、地面に縫い付けた敵をさらに十字戟を高速回転させて斬り刻む。断末魔をあげる暇さえ与えない。放たれる衝撃波が広範囲の敵を吹き飛ばした。その一撃であたりには無数の死体ができていた。

 

「グギャッ!? 逃げろ、敵いっこねえ」

 

 残った敵は呂玲綺の武勇に恐れおののき、撤退をはじめていく。

 

「はあっ、はあっ。くっ」

 

 呼吸を整える呂玲綺。あたりを見れば疲労困憊の味方が地面に横たわっている。セラブレイトをはじめとする者たちが駆け寄ってきた。ここ数か月死地を共にした仲間だ。そんな彼女たちに言葉は要らなかった。

 

「皆、勝鬨を上げよ!」

 

 

 

 

 本陣へ戻った彼女たち。戦の準備でせわしなく動く兵士たちから、彼女たちに歓声が送られた。そんな彼女たちは、それぞれに与えられた宿舎へと戻って回復をする。無為に休み暇など無い。一日に十回以上の出撃も珍しくなかった。

 宿舎に戻った呂玲綺。壁に十字戟を掛け、黒く染められた鎧を脱ぎだす。そして汚れを落とすため水浴びを始める。

 

「ふう~」

 

 汗で額に張り付いた髪を、邪魔くさそうにたくしあげる。

 一人になった彼女は戦場での苛烈さが嘘のように、寂しそうな顔をする。

 

「父上……」

 

(私は下邳城で父を失い一人になった。この地でも、私は一人なのか……)

 

 彼女がこの地に来てより、幾度となく繰り返してきた問答だ。孤独への恐怖が彼女にはあった。

 

(……いや、何を弱気になっている)

 

 呂玲綺は頭を振って、寂寥(せきりょう)の念を振り払う。その恐怖を唯一忘れられるのが戦場だった。ただ武を振るうことだけ考えればよいからだ。

 そのとき、突然扉越しに声が掛かった。

 

「玲綺殿、報告があるのですが」

「きゃあっ、な、なんだ?」

 

 思わず取り乱し、あわてる呂玲綺。

 

「首都より連絡がありまして、王国より援軍が来てくださるようになりました」

「そ、そうか。それは良かったな。して、どれほどの軍勢だ?」

 

 彼女は自然とそう聞いた。しかし、様子がおかしいことに気づく。

 

「どうした?」

「その……一人。ひとりです。王国からの援軍はひとり……」

「どういうことだ」

 

 思わず語気を強める呂玲綺。ふざけているのか、という気持ちが多分に含まれていた。王国ならば五千ほどの兵を向けることも可能だと推察していた。それが結果はひとり。

 ひとりでビーストマンの大軍勢を抑えるのは不可能だと彼女は判断していた。彼女と、それを支える兵士たちでやっと抑えているのだ。個の武勇ではとても不可能。

 

(それこそ、父上ほどの猛者でなければな……)

 

「その援軍とやらは、竜王国が滅ぶのを見物に来たのか? そいつの名を教えろ」

「お、落ち着いてください。その御仁の名は、呂布と言います」

 

 

「――なん、だと!?」

 

 

 

 

 

 









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鬼神と娘






 

 

「はあっ、はあっ。おい、そこの兵士!!」

「は、はい!! どうなさいました玲綺様」

 

 そこは竜王国の首都。呂玲綺はビーストマンの軍勢を一通り蹴散らし、戻ってきたところだった。早馬で急いでいたのだろう、門番の兵士のもとへ息を整えながらずこずこと歩んでいった。彼女の姿を見て憧憬の目を向ける兵士や住民のことなど眼中にないようだった。

 

「援軍はどこにいる!」

「それでしたら今、使者殿と宮殿へ……あ、玲綺殿!?」

 

 呂玲綺は兵士の話を聞き終わる前に、女王の居城へと勇み足で入っていく。その気迫に押され兵士も後ろ姿を見守るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そなたが援軍……か」 

 

 わざわざリ・エスティーゼ王国から来てもらった援軍に、簡易的な謁見でも済まそうとした女王。その場で、援軍としてきた呂布の威容に、後ずさりしているようだった。

 

「ふん。戦があると聞いてな。早く俺を楽しませろ」

「――むっ」

 

 女王の傍に控えた兵士が、呂布の物言いに顔をしかめる。いかに亡国の危機にあるとはいえ、軽んじていい存在ではない。主君の為、呂布の言動を正そうと兵士が動く。

 だが即座に女王より、兵士へ引き下がるよう目くばせがされた。それを見て、もどかしく思いながらも兵士は引き下がる。

 

「ほう、彼を咎めませんか、陛下。それもありかもしれませんが、女王としての矜持はお忘れなきよう」

 

 小声で宰相が女王に耳打ちする。女王であるドラウディロンはお前が言うな、とでも言いそうな顔を一瞬宰相に向けるが、すぐに真剣な顔に変えた。

 

「お主は感じぬか?」

「はて? 強さ、でありますか。この御仁は少々野暮ではありますが、頼もしく感じますな」

「…………」

 

 宰相の言葉にドラウディロンは沈黙で返した。女王のその態度を訝しむ宰相に、彼女は呂布を見て感じたことを言った。竜王の血を引く者としての能力で、大まかに相手の力を感じ取ることが出来るのだ。

 

「……この男、曾祖父らに匹敵するやも知れぬ」

「まさか――いや、冗談ではなさそうですな」

 

 女王の重い言葉に宰相も軽口はやめた。ドラウディロンの曾祖父。それは八欲王の時代を生きた竜王(ドラゴンロード)。いまの竜王とはまさに桁違いの強さを持つ存在だ。その力があればビーストマンの軍勢など鎧袖一触にできる。ドラウディロンから見て、呂布の強さはそれほどのものだった。

 それは頼りになるというレベルではない。扱いを間違えれば竜王国が滅ぶほどの強さだった。

 

「あ……呂布殿。そなたに託す任務についてだが……」

 

 女王は呂布の力を見極めるのと、なぜここに来たのかを探るため別の任務を任せようとした。

 しかし――。

 

「ええい、小賢しい!! 俺は思うままに戦う。指図はするなっ!!」

 

 呂布はそう吐き捨てて、その間から出ていく。慌てたのは竜王国側。とてつもない力を持つ者の気を損ねたのかと、戦々恐々とする。真紅の絨毯を早足で歩く呂布。その先には謁見の間が誇る巨大な門があった。その前に立つ呂布は、兵士六人ほどでようやく開閉できるそれを、片手で軽々と開け放つ。

 勢いよく重い金属扉が開き、重厚な音が鳴り響く。緊張で張っていた空気が消し飛ぶようだ。そしてまぶしい光が謁見の間に注ぎ込み、中にいた者たちの目を眩ませる。そんな彼らの目に入る白い光の中に、門の前で待っていただろう人影が映った。

 

「――父上っ!!」

 

 それは門前で侍女に止められていた呂玲綺だった。そんな彼女は父親である呂布の姿を見て、歓喜の含まれた声をだす。彼女は呂布に駆け寄り、夢じゃないかと確かめた。

 

「父上……」

「玲……綺? 玲綺なのか!?」

 

 一方の呂布も呂玲綺の姿を捉え、目を大きく見開く。向かい合うふたり。しばし見つめあい、自然と呂玲綺の方から言葉を紡いだ。

 

「――この呂玲綺。鬼神の帰還を待ち望んでおりました。この地より、父上の伝説が……あ、くっ!」

 

 父を前に、気丈に振る舞う呂玲綺。だが、感涙で上ずった声になり途中で顔を伏せた。彼女は手で涙を拭う仕草を見せる。

 

「……お見苦しい姿を晒し、申し訳ありませんでした」

「…………」

 

 呂布はそんな呂玲綺に何も言わず、ただ見ているだけだった。だがその表情からは、鬼神とは別の存在が表れているように見えた。

 

「はあっ、はあっ。れーき殿、どうなされてたのじゃ?」

 

 玉座から、門前で立ちすくむ二人のもとに、女王ドラウディロンは駆け走っていった。呂玲綺の目元が赤くなっていることを見つけた彼女は事情を聴いた。

 

 

 

 

「……というわけなのです」

「なんとっ! それでは、この御仁はれーき殿の父上であらせられるのか」

 

 呂玲綺から呂布の事を聴いたドラウディロンは驚き、へたりこむ。

 

「それで陛下は、父上をどこへ送られるつもりで?」

「あ~そのことなんじゃが、ちょっとよいかのう」

 

 よろよろと立ち上がった女王は、呂玲綺を手招きし二人で話をしはじめる。その間、宰相に呂布の相手をするように目で合図をした。そのときの宰相の顔は、女王が見たこともないほど引きつっていた。

 

「れーき殿、正直そなたの父上はわしじゃ御しきれん。恐縮ではあるがそなたに任せることはできんかのう? おねがいなのじゃっ!」

 

 それはドラウディロンの、心からの叫びでもあった。

 

「陛下、分かりました。父上の扱いは私にお任せ下さい。――そんな悲痛な顔はなさらないでください。この竜王国とその民は、私が守り切ります」

「うわぁぁ!! ありがとうなのじゃ」

 

 女王ドラウディロンはそう言って、呂玲綺の豊かな胸に顔をうずめる。

 

(くっ! なんでわしがこんなことをせねばならんのじゃ。いや、これもこの国の為。仕方ないのじゃっ!)

 

「大丈夫ですよ、陛下」

 

 呂玲綺はそう言いながら幼女姿の女王の頭を撫でる。

 

(はあ~、くんくん、れーきはいい匂いじゃの。若い娘はなんでこんなにも甘いにおいなんじゃろな。わしは大丈夫かの。トカゲくさくないじゃろか? 褒美としてセラブレイトにでも嗅がせるか。いやそれはわしが悶え死ぬ)

 

「陛下、これぐらいで……」

「う、うむ。わかった」

 

 女王から離れた呂玲綺は、彼女とともに門前の呂布のところへ向かった。

 そこで彼女は呂布を説得したのだろう。積もる話もあるようで宮殿の長い廊下を、親子並んで歩いていった。

 

 

「ふう~大変じゃったわい」

「まことにそうでありましたな」

 

 疲れを吐露する女王に、傍らの宰相は同意を示す。

 

「さて陛下、実は前線の将兵たちへ送る手紙がまだ残っておりましてな。彼らの士気を上げるため、あと二十枚ほど書いていただきましょうか」

「ぐぬぬっ」

 

 宰相のその言葉に思わずそう唸り、女王は両手でその顔を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはナザリック地下大墳墓。その主であるアインズ・ウール・ゴウンは自室でベッドに横たわりながら読書をしていた。

 

「うーん。そうゆうことか~。ふむふむ」

 

 それはナザリックが誇る大図書館より見つけ出した代物。かねてより探していた外交、商業、軍略のハウツー本であった。それまでの小難しいものよりも分かりやすく、アインズでも理解できるようなものであった。今日の当番メイドはいま扉の外へ出している。でなければこんな支配者にあるまじき本など読めるはずもなかった。

 ベッドの横にある台には読み終えた本が五冊ほど積んである。その一番上。持ってきた最後の一冊へと無造作に手を伸ばす。

 そのとき扉の方から声が掛かった。声からして担当のメイドのようだ。

 

「アインズ様、デミウルゴス様が面会したいと」

 

 廊下からの気配からアインズにもデミウルゴスが来ていると分かった。何のようだろうかと思ったアインズ。王都での“ゲヘナ”は大成功に終わり、帝国との会談は終始こちらの思い通りに進んだ。聖王国はデミウルゴスが勝手にやってくれているようだし、八本指もアルベドに任せている。――そう考えているとアインズはあることを思い出した。

 

「皇帝から言われた、会戦で使う魔法のことか……」

 

 それはジルクニフとの会談後のこと。バハルス帝国が王国との戦端を切り開くときに、アインズに最大の魔法を放って欲しいというものだった。それに使う魔法をアルベドとデミウルゴスに尋ねていたのだ。

 思い当たったアインズは体を起こし、ベッドに腰かける。衣類のしわを伸ばし、入ってくるよう命令した。何度も練習した威厳のある声だ。もうすっかり慣れてしまい流れ作業のようにそう言った。だがアインズは即座に気づいた。台に乗っているこれらの本を隠さなければと――。

 だが隠そうとするその前に扉が開かれ、デミウルゴスが入ってきた気配を感じる。思わず手を止めるアインズ。

 

「アインズ様、お疲れのところ申し訳ありません」

「いや、いいのだ――」

 

 否定するときあわててしまい、積んである本に手が当たってしまった。そのまま落下した本は床へと叩きつけられ、両者の間に散らばる。自然とデミウルゴスがそれらの本を拾おうと腰を落とす。どんな本を読んでいたのかが彼の目に映った。

 

「おや? ――ほお……」

 

 そう呟き、テーブルに本を積み直したデミウルゴスはしばし思考する。そのあいだ、しまったというような顔のアインズはどう弁明するかを考えていた。

 

(まずい。こんなものを読んでいると知れれば支配者としての威厳が……)

 

 だがプレアデスやシャルティアとは違い、生半可な理由では喝破される。――万事休す。そう思ったアインズはデミウルゴスの口が開くのをただ見ていた。

 

「――これは申し訳ありませんでした。アインズ様にそれほどの心労を与えているとは」

「へっ!?」

 

 デミウルゴスからは謝罪の言葉が述べられた。アインズはどうしたものかとあたふたしている中、彼の言葉は続いた。

 

「アインズ様から漏れ出る言葉。その一言に幾重にも張られた策があることは重々承知であります。しかし我らの至らなさゆえ、それを理解することができず恥じ入るところでありました。アインズ様がかような書を読み、あえて我らにも分かるようにかみ砕こうとしていたとは。我らの無能さが恨めしい……」

「い、いや、その……無能は言い過ぎだ。ゴホンッ!」

 

 大きく咳払いしたアインズ。威厳は保てたかもしれないが、これ以上誤解されるのは面倒なことになりそうなので話題を変えることにした。

 

「あ~、それで会戦の魔法のことだったか?」

「はい、左様でございます。私としましては黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)が最適かと考えます」

 

 それはユグドラシルでも人気であった魔法。同時にアルベドからもその魔法を提案されていた。

 

「やはりそれか。私としては失墜する天空(フォールンダウン)でいいと思っていたが……」

 

黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)はこの世界でまだ使ったことがないんだよな。大見得切って帝国兵の前で発動して、効果がユグドラシルと違うと困る。不発はないと思うが記憶操作(コントロール・アムネジア)のようにゲームと違う効果になってないとも限らん。逆に実験として使うという考えもあるが……)

 

 そう考えていたアインズ。慎重な彼ならではだろう。

 

「――っ! やはり、慈悲深き御方」

「……へっ!?」

 

 突然のデミウルゴスの発言に戸惑うアインズ。

 

失墜する天空(フォールンダウン)を使えば、苦痛なく王国兵を屠ることが可能であります。ゲヘナでの赤子の件といい、アインズ様は下等生物にも慈悲を与えるのですね」

「えっ!? あ、いや……」

「しかしアインズ様っ!!」

 

 戸惑うアインズをよそに、デミウルゴスが一際大きな声でアインズに言葉を掛けた。

 

「此度の戦は帝国への示威行為を多分に含んでおります。失墜する天空の場合、愚かな人間では魔法を発動したという認識すら湧かないでしょう。彼らに恐怖を覚えさせるには、王国兵が無残に殺される姿を見せるのが重要なのです。……いずれ彼の国を従属させるにも必要なこと」

 

(……従属? 何の事だっ!? まあ、デミウルゴスがこうも言ってくるならそっちの方がいいのか)

 

「分かった。ではそなたの意見を採用しよう」

「ありがとうございます、アインズ様。では失礼いたします」

 

 ご苦労、と言おうとしたアインズだがそれを言うと、またいつものくだりが待っているので黙して見送った。扉が閉じ、またひとりになったアインズ。大きなため息をつき再び読書をし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、父上はこの世界に来たと」

 

 出立するため、馬の面倒を見ながら呂布と呂玲綺は話しこんでいた。

 

「玲綺、お前はどうしていたのだ?」

 

 下邳城での敗北で呂玲綺は命からがら逃げ延びた。父親として自分の娘のことを心配していたのだろう。

 

「あの後、父の愛馬、赤兎馬を探しておりました。私が中原を駆けていると、敵に捕らえれた赤兎馬を見つけ、搬送されるところを奪還いたしました」

「おお! そうか」

 

 呂布からも感嘆の言葉が漏れる。しかし呂玲綺はすぐに顔を伏せる。

 

「ですが申し訳ありません。この地に来て霧の中を散策中、赤兎と離れ離れになりました。やはり私では、あの馬を操るには力不足でありました」

 

 赤兎馬は血のように赤く一日で千里を駆けると言われる名馬だ。その体格は大きく、はるかに目立つ存在だった。

 

「まあいい。赤兎ならこの地でも無事であろう。それにあれだけ目立つのだ。目撃した者もいるのではないか? 試しにそこの行商にでも聞くか」

 

 二人はそう言って街の通りにいた商人に尋ねた。

 

「は、はい! なんでありましょうか?」

 

 いきなり大男に詰め寄られあたふたする商人。彼はビーストマンとの最前線を渡り歩いていた商人だった。

 

「……血のように赤い馬。もしやっ!! それでしたらビーストマンらを蹴散らし奥地へと走っていったような気がします。もう数か月前でありますが……」

「ほお」

「父上、それは有益な情報でありましたな」

「ああ、奴も俺を待っているだろう。行くぞ玲綺!! 赤兎を取り戻す」

「はい。ともに参りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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