15歳。ーサライさんー (鈴木遥)
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プロローグ

·初めまして、鈴木でございます。
この物語は少女雑誌「ちゃお」にて連載中の「12歳。」から3年後、中3を迎えた綾瀬ちゃん達の、成長と葛藤の物語。
そもそも私めがコレを書きましたのは、数年前、小学五年の後輩に、「12歳。」をほんの少し男向けにして書いてくれ
と頼まれた次第です。
原作のまいた菜緒先生の世界観を壊さぬ様、また男女平等に楽しめるように努めてまいります。
皆さまどうぞ宜しくお願い致します。
2017:4/24:鈴木遥


·市立相蓮中学の本年度始業式は、例年通りなんの変哲も無く進んでいる。

全校生徒の入場が終わると、これまた例年通りに校長のスピーチが始まった。

「えー、であるからして一年生(いちねんせい)は新中学生。三年生は受験生という自覚を持って動いて欲しいのであるからしてェ……。」

「ちくしょー。話長えな校長……。」体育館後ろに座る三年生達が愚痴をこぼした。

「よくもまあ何時間もよくある教訓並べるもんだ。」

「本当にね。あ、そうだそういえば昨日イッテQでさあ……。」

「コラァ!お前達、集会中に無駄話とはけしからん!!」

体育主任の近藤が、説教を飛ばした。あわてて三人は口裏を合わせる。

「ちち違うんです先生!オレらじゃなくて後ろの女子が……。」

そういった三人は、自分たちの後ろに座る黒髪ツインテールの少女、綾瀬花日(あやせはなび)を指差し、口車に乗せられた近藤はまんまと彼女を叱った。

「お前かァ綾瀬!?」

「え!?いや、私、違……。」

あわてて否定しようとする花日だが、テンパって言葉が出ない。

そうとも知らず近藤はたたみかける。

「違わない!後で職員室に来なさい!」

花日は何も言い返せなかった。そんな彼女を見て、くっちゃべっていた男子三名はしばらくの間ほくそえんでいたが、その顔は青ざめた。

花日の親友二人が、前の方から後ろの三人をスゴい目で睨んでいたからである。

スピーチ後、職員室から憔悴して出て来た花日を待っていたのは、オレンジヘアのお団子娘、小倉まりんと、黒髪ショートヘアの蒼井結衣だった。

「その様子だと、随分と絞った見たいね。近藤のヤツ……。」

まりんは悔しそうにつぶやいた。

「止めなよまりん。職員室の前で……それよりホームルームでしょ?もう教室行こ。」強気なまりんと比べ、結衣はどこか萎縮している。教室へ向かう途中、まりんは花日を問いただした。

「花日も花日よ!なんでホントの事言わないかなー!」

「だって、そしたらチクリ魔とか言われるかもじゃん……。」花日は力なく答えたが、まりんは納得しなかった。

「そんなの、私らがいくらでも助けてあげるよ!」

「嘘だ……。」花日は短く、そしてはっきり言った。二人共、一瞬黙り込んでしまった。

「花日……?」結衣は驚いて、花日のカオを覗き込む。

「結衣ちゃんもまりんちゃんも、最近平気で下ネタ言ってるじゃん!私が嫌がってても、一緒になってて助けてくれないじゃん!クラスで一番おっぱい小さいって毎日からかわれて、ねぇ、分かる!?私の気持ち!」涙目になり二人に訴える花日。二人は言葉が出ない様だ。

「花日、それは……。」

ガッシャーーーン!!

結衣がようやく絞り出そうとした言葉は、窓ガラスが割れる音にかき消された。

「な、何ィィ!?」

三人が廊下の突き当たりまで向かうと、ガラスは穴が開くどころか『無くなって』おり、そこにはたった一人の男が立っていた。

まるで今の今まで『スカイダイビング』でもしていたかの様に、背中にパラシュートを背負い、ジーパンにピンクのノースリーブシャツという風変わりなファッションだ。

背は高く、ガタイも良い。浅黒く焼けた肌と、前をバッサリ切った黒髪が、男らしさを宣伝するかの様だ。

三人共、ただ呆然と彼を見つめていたが、当の彼は、三人に全く気付かない様だ。

「えあァ!畜生!スカイダイビングで登校は控えるべきだったか!!ん……?」

バカでかい独り言を吐いたかと思えば、彼はようやく三人に気付いた様だ。

「よお、お嬢さん達。突然で悪ィが、職員室どこか知らねえか?」

「あっちですけど……。」結衣は恐る恐る、自分たちが元きた方向を指差した。

「おう。サンキューな。」パラシュートを廊下に放り出し、立ち去ろうとする男に、まりんは呼びかける。

「ちょっと、アンタ一体何なのよ!?」

男は振り返り、三人をまじまじと見た。力強く、それでいてまっすぐ澄んだ瞳だ。

そして一言だけ言い残し、その場を去っていった。

沙羅井京一郎(サライきょういちろう)、新米教師です。どうぞ宜しく……。」



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〜その名は沙羅井京一郎(サライきょういちろう)〜
ラブレターは下駄箱へ。ファンレターは本人へ。悪口レターはクズカゴへ


・急いで教室内へ飛び込んだ花日達はだいぶ罰の悪い思いだった。

朝礼で新教頭と紹介された女が、すでにホームルームを始めていたからだ。

「蒼井さん、綾瀬さん、小倉さん。初日から遅刻ですか?」

「すみません。近藤先生に呼ばれていて……。」素直に謝ったモノの、顔も見ず、名簿だけを射て生徒と話す教頭に、花日はあまりいい印象を持たなかった。

「まあいいでしょう。すぐ席に着きなさい。」

三人とも何も言わず、黙って席に着いた。

「えー、ご存知の方もいると思いますが、数学の林田先生が急きょお辞めになりました。」

クラスが少しざわつき始めた。

と、花日の席に大量のメモ書きがおかれている。どれも、低レベルな悪口の書かれたものばかりだ。

大方、心愛(ここあ)ちゃんか、トリマキの誰かなんでしょ……。

小学校時代からの心愛とのトラブルにおいて、教師に助けを乞う事など、もはや諦めていた。

以前と変わった事、強いて言えば、小六から付き合っている彼氏の高尾が、最近助けてくれなくなったことだろうか。

何故なのかは分からない。中学へ入学してから突然よそよそしくなってしまったのだ。

机に積みあがる悪口紙を見て、諦めていたはずなのに、助けてほしい涙が流れていく。

(なんでかなぁ?なんで涙なんか……。泣かないって決めたじゃん。決めたのに、やっぱりダメじゃん。ねぇ、助けて!お願い、もうやめて。何でもするから、前みたいなカレカノに戻ろう。お願い!高尾……!!)

「静かに。つきましては、後任の先生をお呼びしましたので、そちらにお願いしましょう。では、どうぞ先生……。」

バァァン!と乱暴に扉が開き、ビクッとなった教頭は、ごまかす様にメガネを押し上げた。

「で、では、お願いしますよ先生……。」

「はい。お任せ下さい!教頭先生!」

そういって入って来た白ジャージの男を見て、花日、結衣、まりんの三人は度肝を抜かれた。

そう。廊下で会ったあの男。名前は確か……。

「沙羅井と言います。クラス受け持つのは一度目ね。」

クラスから、ちょっとカッコよくない?などと、微かに女子の期待を煽った。が、それは数秒後に消えて無くなる。

「サライはこう書きます。覚えてね。」とは言うモノの、黒板に書かれた字はいびつを極め、とても読めたものではない。

「なんだこりゃ、のび太よりひでえ字オレ初めて見たよ!」

クラスのお調子者、エイコーこと栄光太郎(えいこうたろう)が、ごもっともなツッコミを飛ばした。

「好きな物は糖分かカロリーの高いもの。両方高けりゃなお良い。」

ただの食生活乱れたダメ人間じゃねぇか!と、クラス全体からツッコミが起きた。

「他に質問は?」

誰も手を挙げない。すると沙羅井は突然教壇を離れ、ゆっくり花日の席の真横に立った。

彼は真上からギロリと花日を見下ろすと、地の底から響く様な声で言った。

「綾瀬花日、だったよなお前……。」クラスのほとんどが、花日がそのまま食い殺されるのではないかとブルブル震え上がった。

「そ、そうですけど、何か……?」

「お前、放課後面貸せ。」

「へ?」

「保険室だよ……。」それだけ言うと沙羅井は、花日の机にあった悪口の紙をグシャっと一掴みにし、教卓の横のクズカゴに投げ捨てた。

「いいか、オレが言いてぇ事は一つだよ。お前らもう『15歳』だ。大人の教師(オレ)達がうるせー事言わないでも、成長できる奴がほとんどだろうな。ただし、悩みがあったらいつでも保険室に来な。今日からオレ、相談員も兼任してるから。それと……。」

沙羅井は言葉を切り、顔色を変えた。その顔は、先程まで朗らかに自己紹介していた教師と同一人物とはとても思えなかった。

「今度オレがこのクラスで『今みたいなゴミ』拾ったら、『そのゴミ出したヤツ』は許さねぇから、覚悟しといて……!!」

一番怯えていたのは、心愛だった。

沙羅井は恐らく、手紙が彼女の仕業だと気付いていた。これまで花日に幾度となく嫌がらせをしてきて、初めて感じた『罪悪感』だった。

そして高尾は、先程の手紙の一件で明らかに花日を心配そうに見つめていた。

何があったのかはともかく、全く花日を意識していないわけでもない様だ。

だがそんな事、心愛にはどうでもよかった。

状況はどうあれ、二人が疎遠になっている今が心愛にとって絶好のチャンスだ

見てなさい花日ちゃん。教師を何人味方に付けてもムダだから。いずれ高尾クンは、私のモノにしてみせる……!!



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イジメは職員会議で起こってるんじゃない、現場で起こってるんだ!

ーキャラクター紹介ー
·沙羅井(サライ)京一郎(きょういちろう)
年齢:23
身長:184cm
体重:59kg
血液型:O型
好きな物:とんこつラーメン、チョコレート
嫌いな物:センブリ茶
備考:人々の理想の教師像をことごとく打ち破るダメ人間。
·綾瀬花日(あやせはなび)
年齢:15
身長:143cm
体重:39kg
血液型:B型
好きな物:うさパンダ、アイスクリーム、高尾優人(!?)
嫌いな物:ゴーヤチャンプルー、浜名心愛(!?)


·沙羅井に呼び出され、保険室に向かった花日だが、言い表せぬ不安にかられ、後一歩が踏み出せずにいた。

部屋の名札は保健室になっているが、扉には手作り感あふれる看板でこれまた乱雑な字で、

『サライルーム』と書かれている。ご丁寧に、いびつな『ガンダム』のイラストまで添えてある。入りにくさは雰囲気からしてムンムンだ。

こんな時、いつもなら結衣とまりんの二人が背中を押してくれた。先程怒鳴ってしまった後悔が募る。

「ええい、ここでモタモタしてても時間の無駄!女は度胸だ綾瀬花日!」

ガラガラッ!意を決して扉を開けると、花日が予想だにしなかった光景が広がっていた。

沙羅井が、養護教諭の白鳥麗子(しらとりれいこ)と言い争っている。いや、厳密に言うと沙羅井が一方的に怒鳴られている。

艶がかった真白いショートヘア、白衣の似合う抜群のスタイル。言うまでもなく校内人気ナンバーワンの女性職員だが、彼女自身その手の事に関心は無く、そのクールな性格がまた、彼女のモテる要因になっている(らしい)。

「全く。何で私の保険室(テリトリー)に沙羅井先生が割り込まなければならないんですか!?」

「まぁまぁ、決して先生のお邪魔は致しませんから……。」

エラい所に飛びこんだなと後悔していた花日。

白鳥は嫌な所を見られたとばかりにため息を付き、沙羅井は呑気に、よっ!と手を振る。

「とにかく、問題を起こしたらすぐ校長に伝えて部屋を変えていただきますからね!」

バタン!と乱暴に扉が閉まり、花日と沙羅井の二人きりになると、沙羅井は置いてあったイスに座り、紙コップに紅茶を入れた。

「悪いな。急に呼び出して。」

「いえ。てゆーか先生、ケガ大丈夫ですか?」 

沙羅井はキョトンとして尋ねた。

「ケガって……?」

「え!?いや今朝スゴい勢いで窓ガラス突き破って……。」

「ああ、大丈夫。慣れてっから。」

「慣れてる!?それはそれで問題発言!」

驚いて目を見開く花日に、沙羅井は『さて、本題を……。』と切り出した。

「綾瀬。お前イジメられてんな?」あまりにあっさりとスゴい事を言う沙羅井に、花日は動揺を隠せない。

「どうして、そんな事聞くんですか……?」

「どうしてってお前。オレァ担任だぜ?クラスの重大問題をそのままにしとけますかってんだ。」

「二年間、どの先生も助けてくれなかったんですけど……。」花日は少しムッとし、沙羅井は彼女の顔色を伺う様に間を置いた。

「でも『オレは助けません』なんて、言った覚えねぇけど?」

「じゃあどうやって助けてくれるんですか?私に色々仕掛けてくる心愛(ここあ)ちゃんはこの学校のスポンサー、浜名コーポレーションの娘です。怖がってどの先生も取り合ってくれなかったのに、先生クビになってもいいんですか!?」

「いやだってさぁ、権力(それ)に負けたらオレ、またお前を傷つけるんだろ?これ以上お前の涙を放置したらオレ、何のために担任やってんのさ。」

何のために?

花日は意味が分からなかった。大人というのは自分の為に働くモノだ。少なくともこの相蓮中学の教師達が、花日の為に動いてくれた事は無い。これからもずっとそうなのだろう。そう思っていた。なのにこの教師は今、自分の為にクビになっても良いと、本気でそう言っている。

花日は久しぶりに家族以外の前で泣き、弱音を吐いた。

「先生。私明日から、どうすればいいんですか……?」

沙羅井は花日にティッシュペーパーを一枚渡し涙を拭かせると、冷静に言った。

「オレの仕事を手伝え。」

「へ?」

「聞こえなかったか?仕事を手伝え。」

花日はまだ意味が分かっていない。

机の上に沙羅井が、一枚のA4紙を出した。その文書は、新聞紙の切れ端を集めて貼り合わされたものだった。

『妹を殺したお宅の生徒を、相蓮の体育館から同じ所に送らせてもらう。のこり二週間の人生を、せいぜい楽しむ様に伝えろ。

7番目のユダ』

「何、コレ……。」

「今朝早く校長室に届いた。殺人予告らしいが、どうも狙われんのが高尾な可能性がある。」

「それってどういう………。」

「四、五年前。誤って横断歩道に飛び出したアイツをかばって、阿島(あじま)って女子中学生が一人死んでな。その娘にゃ双子の兄貴がいたらしく、現場が体育館の目の前だったらしい……。」

「でも、それって……。」

「ああ、高尾のせいにするには時期的に解せねぇな。遺族は高尾家のつぐないに納得してる。双子の兄貴は行方不明らしいが、何にしても思い当たる確執はそんくらいだ。」

「で?私にどうしろと?」

「ちょうど二週間後に何かが起こるのは間違いねぇ。お前もし何かあったら、高尾を守れ。」

「えぇ!?」花日は思わず後ずさりする。

「何で私が!?」

「この文書はパニックを避ける為に公開しちゃならンと校長に言われててな。下手に誰かに高尾をマークさせて置けねえんだ。彼女のお前なら、さして不自然じゃねぇだろ?それに、見たところお前と高尾は今すれ違ってるんじゃねぇか?この機に乗じて高尾を守れば、あわよくばクラスでの信頼はうなぎ上りだと思うがなぁ。」

「そんなに上手く行くんですか?」

「オレが保証しよう。無論、その間浜名に余計なアプローチはさせない。どう、乗る?」

花日は考えこんだ。この仕事を引き受けるとしても、イジメは収まらないかもしれない。

だが、このままでは、高尾が殺されるかもしれない。高雄がなぜ自分を避けていたのか、聞き出すチャンスが目の前にあるのだ。

あわよくば、彼と仲直りできる。そう考えた時、彼女の返事は言うまでもなく……。

「乗ります!」

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リア充のカンケーにクビ突っ込んだらどんなにうっとうしくても最後まで見届けろ

最近(この作品内で)大胆発言を連発の高尾君。ちょっとやり過ぎかなぁとも思いましたが、カレカノの状態で思春期迎えたモテ男はこうなる、というある人の持論を高尾君に当てはめたらこうなりました。
クールな高尾君が好きな読者の皆様、もうちょいお待ちくださいね。
もうちょい。



·沙羅井転任からはや一週間が過ぎ、新年度の授業も本格化し始めた頃、花日は以前にも増して焦っていた。

謎の殺人予告から既に一週間が経過し、未だ何の手がかりもつかめていないのだ。

犯人の言う『妹の敵』とは一体誰なのか?7番目のユダとは一体誰なのか?

疑問詞だけが増えるだけ増えていき、何ら解決の兆しが見えないままに、予告の期日は刻々と迫る。

その割には、高尾を始め友人たちとのわだかまりは溶けぬままだ。

ー沙羅井先生にも、騙されちゃったのかな……。

花日の不安はMAX寸前だ。

その日の朝、教室には誰もおらず、花日は久しぶりの一番乗りだった。席に着いた花日は、自由ノートを広げた。これまでの状況をまとめて見る。

「四、五年前の事故で高尾を助けて亡くなったお姉さんには双子のお兄さんがいて行方知れず。今回の予告状の差出人『7番目のユダ』との関係は不明……はぁ。これじゃ、分かるものもわからないよ〜!!」

頭がパンクしそうになり、髪をかきむしる花日。

「花日……。何やってんの?」

いつの間にか結衣とまりんの二人が、教室の入り口に立っていた。驚いてイスから転げ落ちる花日。

「うわああー!結衣ちゃんにまりんちゃん!?いいいいつからそこに!?」

「花日が入って来た時からずっとよ……。」

クールに言うまりん。先日の一件からか、やはり目を合わせづらい様だ。

「……あのさ、花日。」切り出したのはまりんだった。

「ん?」恥ずかしいからか、花日は上目遣いのまま返事をした。

「この前は、ゴメンね。」今度は二人揃って言った。

「え?」花日には何を言ったのかはっきり聞こえていたが、『ソレ』は花日にとって再確認したくなるほど信じ難く、何より幸せな言葉だった。

「ごめんなさい!私達、花日の事ちゃんと考えるべきだった!私達バカだから、一方的に花日の事責め立てちゃった!でも、このままじゃ嫌で……だって私達、花日の事大好きなんだもん!」

結衣が言い終える頃には、花日の涙は滝のようだった。

「結衣ぢゃ〜ん!まりんぢゃ〜ん!私こそごめんね〜!私の為に言ってくれたのに、大声出して〜!私も大好きだよ〜〜!」

三人はいつの間にかひしひしと抱き合っていた。

花日は確信した。この二人とならきっと、どんな困難も乗り越えられる。この先何があってもきっと大丈夫。だって、あれだけぶつかっても、またこうして仲直り出来たんだもん。

これからも、きっと……。

ーという事で、めでたしめでた……。

「ん?ちょっと待って。何か忘れてるような気がする……。」

何だと言うのだろう。親友二人との仲直りを果たし、他に何をやり残したと……。

「あー!しまった!忘れてた〜〜!」

「……何を?」

花日は二人に洗いざらい説明した。高尾の事、沙羅井の仕事の事、謎の殺人予告の事、一言一句漏らさずに。

話を聞く間、終始二人は驚いて口をあんぐり開けていた。

「なんつーか、話うますぎない?何で『ソレ』を花日に任せるんだろうね。」とまりん。

「う〜ん。そんな気もするけど、先週初めて会った時、私そんな悪い人に見えなかったけどなぁ〜。」と結衣。

「私もそう思う。だから当分は先生を信じて見ようかなーって……。」

「構わないけど、気を付けてよ。花日は優しいから、良い様に利用されたりして……。」

その日の授業のほとんどが、花日の手に付かなかった。

体育のバレーボールも、家庭家の裁縫もーこういう日に限って実技教科が多いー何をしていても事件の事が頭をよぎり、連鎖反応で高尾の顔が気になってしまう。相変わらずこちらを見てはくれないが、そうなると余計に気になったりする。

四時間目は美術。花日は今まで以上にげんなりした。担当教師が校内じゃ有名な変わり者、霧島高一(きりしまこういち)で、なぜか花日を弟子だと思っているからだ。

「オー、我が弟子ョ!最近元気が無いじゃあないか〜!一体どうしたんだ〜い!?」美術室に入った瞬間からこのテンション。

あなたのせいですよ、あなたの!普段ならそう叫ぶ所だが、今元気がないのは彼のせいではないから、流石にそれは出来なかった。

「ちょっと、彼氏と色々有って……。」

「厶!そいつはイカん!一刻も早く美術部に入りなさ……。」

「先生話聞いてました?彼氏と色々有ったんです!」

彼にこうして悩みを打ち明けられるのは、彼が秘密を絶対に漏らさない事と、大事な秘密も三日後には忘れてる事が関係している。

「えー、それでは授業を始める。本日は身近なアーティストについてだが、本校の卒業生である阿島辰郎(あじまたつろう)氏は昨年二十五歳の若さで『12のユダ』シリーズを発表し、中でも『7番目のユダ』は特別高い評価を……。」

「先生!阿島氏が『7番目のユダ』を発表したのは22歳。大学卒業後すぐです!」 

高尾に次ぐクラスの女子人気ナンバー2、唐沢信児が挙手した。

「ん!?オー!そうだった。また助けられたな。さすが二組のエリート、唐沢信児ィ!」

「いえ、そんな……。」

クラスの女子連中が嬉しい悲鳴を上げたとき、花日の脳内に電気ショックの様な衝撃が走った。 

なぜなら、霧島が今言った二つの単語に聞き覚えが有ったからだ。

阿島……7番目のユダ……。

「先生!ものすごいお腹いたいです!ちょっとトイレ行かせて下さい!」

「厶!構わんが、大丈夫かね?我が弟子よ……。」

ヘタをすれば内申が下がることなど百も承知だった。だが花日は、サライルームへ駆け込まずにはいられなかった。

事件のカギである『7番目のユダ』の正体を掴んだかも知れないのだから。

ルームの看板には『外出中だお』と書かれている。

職員室……いない。教室……いない。トイレ……いない。というか花日は入れないが……。

後は……。

と、花日は屋上へ走った。

いた。沙羅井は屋上の手すりにもたれながら、パックの緑茶をすすっていた。

「ん?綾瀬じゃねぇか。どうした?血相変えて……。」

「大変です!『7番目のユダ』の正体が分かりました!」

 

「ブーーー!」

 

沙羅井は驚いて緑茶でむせた。

「ゲホゲホ!はぁ!?何で!?」

花日は全てを説明した。この学校を卒業した阿島という画家について、彼の作品である『ユダシリーズ』について。

「なるほどな、分かった。校長に言ってその阿島の足取りを追って見るよ。サンキューな、綾瀬……。」

沙羅井は花日の頭をグリグリとなでまわし、ため息を一つついた。

「んで『テメェ』は、いつまで隠れる気だよ!」沙羅井は屋上の扉の方を向き、隠れていた一人の生徒の名を呼んだ。

「えぇ?高尾!!」花日はハッとなって後ろを向いた。

いつの間にか恥ずかしそうに立ち尽くしていた高尾。花日は無意識にカオを背けてしまった。

「高尾、どうして……?」

口をつぐむ高尾を、沙羅井は責める様に睨んだ。

「彼氏のクセして冷てえ態度取ってた割にのぞき見か?随分と悪趣味だなオイ……!」

「……悪かった、綾瀬。」ポツリと、だが明らかにそう言った。

「……え?」

「浜名がさ、二年間ずっとオレを脅してたんだ。イジメの標的を綾瀬に変えられたくなかったら、綾瀬に冷たくしろって……。」

「その脅しに乗った逆効果で綾瀬は辛え思いしてたんだろ?」

「分かってます。オレがバカだった。綾瀬に対するイジメが本格化し出した時はもう、どの先生に相談してもムダで……。」

パァン!高尾の頬をパーで殴ったのは、花日だった。

「じゃあ何!?高尾は二年間ずっと、一人で悩んでたの?私にも、先生にも誰にも相談しないで、ずっと苦しい思いしてたの?」

高尾は申し訳なさそうに、黙ってうなずいた。

「バカ!何で全部一人で抱え込むの!心配したよ!高尾だってイジメられるかも知れないじゃん!嘘でもいいから『別れる』って言えばよかったのに……。」

花日の言葉を途切れさせ、高尾は花日を真正面から抱きしめた。

「言える訳ないだろ?その場しのぎのでまかせでも、綾瀬と『別れる』なんて、言える訳ない……!」

沙羅井はヤレヤレと頭を押さえ、いつもより積極的な高尾に、花日は参りましたとでも言うように、高尾の腕の中で笑った。

「ごめんね。二年間も心配かけて。でも高尾、もう大丈夫だから……高尾と二人一緒なら、きっと強くなれるから……。」

元に戻った相蓮中学校一のカップルを祝福する様に、四月の美しい空はどこまでも澄み渡っていた。

「ところでお前ら、授業は……?」

『ああ〜っ!忘れてた〜......てか先生、雰囲気ぶち壊し〜』



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やりたい事は何事も二段構えの作戦でやるべし

·この話一応ラブコメだったハズなんですが、サスペンス見たいになっちゃって、がっかりしちゃったちゃおっ娘の方もいらっしゃった事でしょう。ホントすいません。
でも大丈夫!7部からはちゃんと皆様が『待ってるモノ』を書きます!
もうちょい待って下さいね〜〜



·沙羅井の取り計らいで花日と高尾の仲直りこそは成立したモノの、時間は無情にも流れ、ついに犯行予告の金曜日がやって来た。

この日の朝、沙羅井は校長室に呼び出されていた。

「それで?殺人予告はどうなりました、沙羅井先生……。」

「その事ですが教頭。そろそろこの件を公表した方が。せめて学校の先生方に位は……。」

教頭は紅茶を注ぐ手を止め、沙羅井を睨んだ。

「『ソレ』が出来ない理由は、しっかりご説明したと思いますが?」

沙羅井は慌てて反論した。

「分かってます!混乱を避ける為に、教頭とて苦渋のご判断で……。」

「でしたら!沙羅井先生が、穏便に、内密に、早期解決なさるのが一番です。ムダに皆さんの不安をあおる必要はありませんよ。第一、その様子だと捜査は前進していないのですね?全く、校長先生のご期待を裏切らない様にせいぜい頑張って下さいよ。」

沙羅井は言葉が出なかった。現に二週間自分は自分の生徒達さえも満足に守れていない。こうしている間にも、賊が何か仕掛けてくるかも知れない。

(綾瀬にキケンな事頼んどいて、このザマかよ……。)

それからの授業も何事も無く順調に進み、誰もが平和な一日を確信していた。が、それは突然に、もろくも崩れ去る。

沙羅井が二組の帰りのホームルームに入ろうとした時、聞きなれない警報が鳴った。

『緊急警報!緊急警報!全員教室を出ないで下さい!まだ廊下にいる生徒は、近くの教室に入りなさい。繰り返す、全員教室を出ないで下さい!まだ廊下にいる生徒は、近くの教室に入りなさい。』

(チッ!ついに賊が来やがったか……。)

「先生!一体何事ですか?」

さすがしっかり者の唐沢と言った所か、いち早く状況を確認し、クラスの者たちを落ち着かせようとしている。

その時、スピーカーからノイズが走り、野太い男の声が響く。

『静粛に!相蓮中の諸君!これはテロじゃない!正当な復讐行為だ。これから全三学年の教室に、我々が一人ずつ出向こう。諸君らは彼らの指示に従い、同胞が探している罪深き生徒、高尾優人を差し出せばそれで良い!彼を匿ったり、指示に背けば、一クラス分まとめて死刑だ。誰も死ぬことなくコトが済む事を祈ろう。』

(ふざけやがって……!高尾が死ななきゃ全員死ぬんだろうが!何が誰も死ぬことなくだ!こんなもんどうしろってんだ!)

放送が終わったと同時に、教室に黒ずくめの男が入って来た。当然教室はパニックになったが、男は天井に発砲し、黙らせた。

「静かにしてもらおうか?抵抗しなければ、手荒な真似はしないと前もって言ったハズだが?」

男は黒いマスクを被り、服を上下黒で統一しているが、特別な装備というわけでもなく、よく見るとどこにでも居る学生の様だ。

「よく言うぜ。入って来るなり空砲かます奴がよ……!!」

沙羅井は全力で睨みをきかせたが、男は全く応えていない様だ。

「アンタが担任か……?」

「いかにも、沙羅井と言いまーす。宜しく。」

「能書きは良い。高尾優人を出せ。出来ないなら、分かるな?」

男は沙羅井に銃口を向けたが、沙羅井は全く尻込みしない。後ろで見ている高尾が、ガタガタ震えていたからだ。

「待ちなさいよ。オレァどうしても納得出来ねえってんだ!10年前の件は、遺族との交渉は上手く行ったんじゃねぇのかよ?首謀者を……阿島を呼べよ。大方の検討は着くが、直接話がしてぇ!」

男は一瞬黙りこくったが、やがてマスクを脱いだ。

「オレだよ……。」

「あ?」

「オレが阿島だ。直接話ならしてたぜ?さっきからずっとなァ……。」

「なら話は早えな。高尾の家族は賠償金を払っただけじゃなく、一家総出で月に一度お前の妹さんに線香をあげに行ってる。たしかに失った命はでけェが、高尾家の誠意は評価すべきじゃないのか?現に、アイツは充分反省してる。」

「学校内では……だろ?」

「……何言ってやがんだテメェ?」

「騙せると思ったか、先生。オレァ知ってんだ。高尾ってガキが、妹に助けられた事を自分の超能力だって自慢してるんだってなぁ!」

「そんな事、高尾は言ってません!!」ガタガタ震える足を奮い立たせ、阿島を睨みつける花日。

だが、阿島はフン!と鼻で笑い飛ばした。

「ごまかそうったってムダだよお嬢ちゃん、オレァお前が高尾の彼女だってのもちゃんと聞いてんだよォ!」

花日は恐怖から涙が溢れていた。

高尾は、何か諦めた様に『もう良い』とだけ言って花日に着席する様うながした。

「オレが……高尾です。」

起立した高尾に、クラス中から戦慄の視線が注がれた。

「テメェかァァァ!!」

怒り狂い大声を上げる男の銃口が高尾に向き、クラスメイト達が悲鳴を上げた。

「ちょっと待って下さい!確かに10年前妹さんが亡くなったのはオレのせいです!でもオレは、妹さんからのご恩を、あの日から一度も忘れた事は有りません!」

「ごまかすんじゃねぇよ!オレァ全部聞いてるんだよォ!テメェのクラスメイトである『大門』のヤツが、全部教えてくれたんだからよォ!」

その時、突然沙羅井が阿島に飛び掛かり、銃は教室の隅へ飛んだ。

「大門!?何モンだそいつァ、モンだけに……。」

「テメェ、この状況でなんてくだらねーシャレを……。」

沙羅井は阿島を床に押さえ込み、睨みつける。

「お前さんその『大門』に騙されたんだ。嘘だと思ったらクラスの連中に聞いてみな、高尾が妹さんからのご恩を踏みにじる様な言葉を、一度でも吐いたかどうか。それで納得できない様なら、オレを撃って帰れ。」

「先生、駄目です!」花日が泣き叫ぶ。

「良いんだ綾瀬!お前らまだオレの何倍も未来があるだろうが?オレの命なんざ秤にかけるまでもねえ。」

その時、青いカオをした教頭が、二組に駆け込んで来た。

後ろには美術の霧島も居る。

「沙羅井先生!二組の皆さん!ご無事ですか!?」

「放送室を占拠した賊を抑え、警察とも連絡が取れました!もう大丈夫です!」

霧島の言葉に、クラスから安堵の声が上がる。

「聞いたか阿島。お前さんらの負けだ、今回は諦めな。その代わり、お前さんや妹さんに出来るだけの事をさせてもらうよ。」

「オレももう、ここまでか……。」

「何を言ってるんですか!?まだまだこれからでしょう!!」そう阿島に叫んだのは霧島だった。

「……アンタ、一体……?」

「自分は、阿島さんの作品に憧れてこの学校の美術教諭になりました。霧島と申します!」

「そいつは嬉しいが、オレは今や犯罪者。罪を償い刑務所を出ても、その時誰もオレの描くモノなんざ求めやしない。」

「自分は、待ち続けますから……。」

「!?」

「阿島さんが、罪を償い、この世界に戻られるのを、きっと待っておりますから……どうかまた、誰かの為に絵を描く阿島さんの背中を、追いかけさせてくださいませんでしょうか?」

涙ながらに訴えかける霧島に、阿島も男泣きを抑えられなかった。

「霧島先生……。」沙羅井は、霧島が持っている絵を愛する姿勢に、感銘を受けざるを得なかった。

数分後、警察が来校し、阿島は全校に謝罪した上で連行された。

その顔は、霧島との約束を守る為の決意に固まっていた様に見えた。

阿島が連行されてすぐ、教頭が沙羅井に謝罪した。

「申し訳ありません。沙羅井先生の助言を聞いていれば、この様な事は……。」

「よして下さい、生徒たちは無事でしたし、おかげで色々と勉強になりました。」

「これを明日にも公表し、保護者の皆様に謝罪します。」

「それが良いでしょうね。ただ、まだ事件は終わっていないでしょうけど……。」

「何か、おっしゃいましたか?」

「いえ、何でも……。」

沙羅井は気付いていた。阿島襲撃の混乱の最中、二組の生徒が二人、いつの間にか姿を消していた事に……。



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黒幕は必ずしも化け物に変身するとは限らない。

·花日は屋上へ急いでいた。学校襲撃の黒幕が、分かった様な気がしたのだ。

彼は恐らく相当頭のキレる男だ。自分一人で詰め寄るのは少し無謀かも知れない。

たが、花日の優しさが、彼を放置するのはあまりに不条理と判断した。

彼にハメられ、暴挙に走った阿島は結局逮捕されたのだから……。

『彼』はやはり屋上にいた。花日のイヤな予感は当たった様で、やはり心愛と一緒にいた。

「それで、心愛に何の用?」

「如月蘭って娘、覚えて無いか?」『彼』は確かめる様に言った。

「如月?ああ、いたわねぇそんな娘……。」

「……そうか、その程度なんだな。」

彼の声は、怒りに震えていた。

「え?」

「あれだけのキズを負わせておきながら、君にとって蘭は、その程度の存在なのか……。」

「ちょっと待って✕✕君!さっきから一体何の話を……。」

「あ、あれ……。」彼ははるか遠方を指差した。

「え?」心愛は、彼が示す方を見た。同時に彼のー心愛を突き飛ばそうとするー手が迫る。

「そこまでだああああああ!」花日は思わず叫んだ。そして間もなく、目の前にいるクラスメイトを指差して言った。

「阿島さんをけしかけたのは、あなただったんでしょ!?✕✕君!」 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その頃、花日とタイミングを同じくして『七番目のユダ』を操っていた黒幕の正体を確信した高尾は、沙羅井を引き連れ屋上へ急いでいた。

「んで、間違いねぇの?高尾……。」

「ええ。昔一度だけ『大門』の名を聞いた事があるんです。二組の『アイツ』が、東京ゲームショウのニックネームとして使っていた。そして三年前の今日、そいつが付き合っていた娘が不登校になりました。イジメが原因でね……。」

「浜名か?」

高尾はごくりと唾を飲んだ。

「オレも、『アイツ』も、てっきりそうだと思い込んでいたんです……!!」

「そうじゃなかった……って事か?」

高尾は静かに頷いた。

「とにかく今は急ごう。綾瀬がもし黒幕に気付いてたとしたら、アイツ相当アブねえぞ!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……何で邪魔するんだよ、綾瀬さん。」

「あなたがやろうとしてる事は、間違ってる!!」

あわや屋上から突き落とされる所だった恐怖で腰を抜かしている心愛の前を庇う様に、彼の前に立ちはだかる花日。

持ち合わせている限りの勇気を振り絞り、花日は『彼』の名を呼んだ。

「そうでしょ!?『唐沢』君!!」

そう、花日の前に立っているクラスメイト、事件の首謀者であり、阿島をそそのかした謎の中学生、『大門』の正体は、学校のエリートとして名高き唐沢信児だったのだ。

「驚いたなあ。いつからオレの事マークしてたの?」

「先週から、どこか様子がおかしい様な気がして、よく考えたら今日、蘭ちゃんの誕生日でしかも……。」

「アイツが学校に来なくなった日さ。そこの浜名のせいでなァ!!」

表情を一変させ、怒号を挙げる唐沢。右手にはナイフまでちらつかせているが、花日は臆せず叫んだ。

「違うの唐沢君!あなたの彼女が、蘭ちゃんが学校に来れなくなったのは……。」

「浜名のせいじゃない!聞いてくれ、唐沢……!!」

いつの間にか後ろに立っていた高尾が唐沢に呼びかけた。

「冗談もたいがいにしろよ高尾ォ!綾瀬さんがいるお前にオレの気持ちなんか分かるもんか!!」

「おいテメェ!」

あまりに二人の話を無下にする唐沢を見かねた沙羅井が、遠くからでも聞こえる様に怒鳴った。

「上から目線もたいがいにしろよ!こいつらは覚悟を持ってここに来てる!お前さんの言い分ばかり撒き散らすのは不条理じゃねぇか!」

沙羅井渾身の怒号に、さすがの唐沢もたじろいだ。

「高尾、このバカに全部教えてやんな……。」

唐沢は高尾の目をまじまじと見つめた。高尾は何か覚悟を決めた様に、重そうな口を開いた。

「三年前、確かに如月はイジメられてた。でもそれは、浜名じゃなくて浜名とよく一緒にいた倉木って女子がやってた事なんだ……。」

「うそ……倉木ちゃんが!?」

青いカオで驚く心愛。

「うそだ!デタラメだ!」

「残念ながら、冗談でもうそでも無い。翌年倉木は転校したけど、間の悪い事に如月は学校に来れなくなって……。」

そう言った高尾は、ポケットから一本のメモリーカードを出した。

「何だよ……それ!?」驚いて目を見開く唐沢。

「如月さんから……本当は、イジメの相談を受け続けてくれた唐沢の気持ちがスッキリしてから渡せって言われてたけど、今はそうも言ってられない。先生、スマホ持ってますか?」

沙羅井は高尾からメモリーカードを受け取ると、スマホに接続し、中に有ったムービーを再生した。

少し顔色の悪い如月蘭が、画面に向けて笑顔で手を振っている。

どこかの病室の様だ。

『あ、信児〜?ヤッホ〜!蘭だよ〜。実は、色々有ってしばらく学校行けなくなっちゃってさぁ。倉木さんとは仲直り出来なかったけど、信児にはお世話になったから、お礼言っとこうかなって。

また心配かけちゃうといけないから、誕生日まで見るの待って貰おうと思って高尾君に手伝ってもらいました〜!!

それでね〜私、中3の春からまた学校行ける事になったんだ〜!どお?嬉しい?まぁ、これからも、仲むつまじいカレカノでいようね〜!』

「何だよこれ、どういう事なんだ!?」

「オレも色々調べて見たよ。如月さんは心の病に掛かっちまって、最近ようやく落ち着いた所で、デリケートな問題だから、ご両親も人に言いづらかったんだと。ようやく去年の冬ごろ高尾が預かったビデオレターは、中々医師が『見せて良い』と言ってくれなかった見たいでな。」

「そんな……じゃあ、オレは何のために、阿島さんに近付いて、何のために浜名を襲ったんだ!?なぁ、誰か教えてくれよ!!オレ一体何のためにこんな!!……こんな……!!」

「何のために、ですって?」心愛が責める様に言い放った。

「何のためにも無いわよ。あなたは自分の勝手な勘違いで、阿島さんも、高尾君も花日ちゃんも心愛も、無関係なクラスの皆まで傷つけて、あげくこれから彼女まで泣かせるのよ!?アンタ、あんな良い彼女がいるのに、そんなんで良いの!?このままあのいい娘を泣かせる大バカ者のままで良いの!?」

心愛は唐沢を怒鳴りつけながら、今にも泣きそうになっていた。

「イヤだ!もう誰も傷付けたくない!蘭にも心配かけさせたくない!ちゃんと……ちゃんと前に進みたい!!」

「じゃあ立ちなさいよ!彼女の気持ち分かったんでしょ!?だったらすぐにでも病室行って、『もう大丈夫だから』って、抱きしめてあげなさいよ!」

「心愛ちゃん……。」花日は恐らく人生で初めて、心愛を心から尊敬した。

唐沢は涙と鼻水を服の袖で拭き、すくっと立ち上がった。

「皆さんありがとう!そして、本当にすいませんでした!」それは、唐沢なりの《宣誓》だった。

高尾はそれに応える様に、唐沢の背中を蹴飛ばした。

「行ってこい唐沢!相蓮中央総合病院だァ!」

「うおおおおおおお!」

決意の疾走を見せる唐沢の背中を見て、花日は一つ素朴な疑問をこぼした。

「高尾、私このシーンどっかで見た様な気がした。」

「え?そうかな……?」

「うん。あのね、ニ○コイの単行本10巻とか……。」

「あ!綾瀬、それ言っちゃいけないやつ。多分作者の趣味だから……。」

「あ、うん。分かった。それと先生、ご協力ありがとうございました!」

沙羅井は何て事無さそうにスマホをしまった。

「なあに、オレぁ傍観してただけさ。お前らの活躍の一部始終を。良くやったな、名カップル。それから浜名よ、お前もだいぶ見直したぜ。唐沢を叱ってくれて、ありがとうよ。」

心愛は沙羅井の激励を、鼻で笑い飛ばした。

「高尾君に私に乗り換えてもらう絶好のチャンスですから。別に唐沢君の為なんかじゃありませんし〜。あ、私用事思い出したんで、お先に失礼しま〜す!それと花日ちゃん!今までみたいなのは無しよ!明日からは、正々堂々高尾君を奪いに来るから、心愛が倒し甲斐が有る様に、ちゃんと良い女になってよね!じゃ、また明日〜……。」

悠々と帰って行く心愛の背中を見て、沙羅井はヤレヤレ、と笑った。

「まっすぐなヤツァ嘘が下手でいけねぇや。見舞い行く気満々なのバレバレだよ……。」

「心愛ちゃん。なんか今日ビックリする程良い人……。」

恋人達は笑い合った。輝く夕日に見送られ、明るく優しい明日が来る事を願って。また、どんな困難に陥ろうとも、愛する誰かと共に精一杯生きていく事を誓って……。



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希望盛りの君たちへ……。

キャラクター紹介
·唐沢信児(からさわしんじ)
年齢:15
身長:162cm
体重:42kg
血液型:B
好きなもの=パイナップル、如月蘭(!?)
嫌いなもの=こんにゃくゼリー
備考:怒りのあまり道を間違うも、沙羅井や花日たちの説得により反省。以後クラスに馴染んでいる。
·如月蘭 (きさらぎらん)
年齢:15
身長:153cm
体重:秘密
血液型:о
好きなもの=からあげ、おでん、唐沢信児(!?)
嫌いなもの=カキフライ
備考:二組のクラス委員になるハズが、病に倒れ入院。が、花日たちの励ましもあり症状は回復。
今春から学校に復帰予定。


·5月10日。

欠席:1名

特別行事:無し

先週、混乱の最中クラスの生徒たちに怖い思いをさせてしまった。ああ言う時の包容力がまだまだ足りねえなオレは。

学校を出てすぐ学級委員の如月蘭が入院する病院へ向かった。とても気さくなご家族で、茶菓子を振る舞ってくれ、本人と共に嬉しそうに近況報告してくれた。

戻ってくると警察から連絡があり、唐沢の件を相談した所、阿島さんとその旧友が一貫して事件の事は独断であると言い張った為、誰も唐沢を咎めはしなかった。

唐沢自身反省しせめてもの罪滅ぼしにと、週に一度服役中の阿島さん達に謝罪文と甘いものを送ってるらしい。

唐沢には、正しい道を教えてくれた阿島さんやクラスメイトに感謝して欲しいものだ。

まだまだ分からない事も多いが、可愛い生徒たちを思えば相談員として、また担任として、何とか頑張って行けそうな気がする。

今はただ、この忙しくも楽しい時間が少しでも長く続く事を祈るばかりである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「フゥ。こんなもんかな。」学級日誌を書き終えて一息入れる沙羅井。気がつくともう7時近くなっていた。

「失礼します。」

か細くはっきりした声に驚いて、イスから転げ落ちる沙羅井。

「綾瀬。小倉に蒼井も……何やってんだ?部活終わったなら早く帰んなさい。」

「どうしても一つ、聞きたい事があるんです。」三人は声を合わせて言った。

「ん?」

どこか思い詰めた様な花日のカオに、何となく不安を覚える沙羅井。

「先生、なんでこの学校に来たんですか?先生一体何者なんですか?」

「お前らの言う何者(・・)ってのは、見た目的な話(・・・・・・)か?」

笑っていた沙羅井だが、その顔には少し陰りが見える。

思わず問いの意味を確認してしまう沙羅井だが、そのカオはあくまで冷静だった。

「阿島さんともみ合いになっていた時、わたし達一瞬見えちゃった(・・・・・・)んです。先生の腕が、その……。」

結衣が言葉を濁したからか、三人が何を聞きたいのかよく分かった。

(こいつらにオレの『秘密』教えちまって、大丈夫かな……。)

一瞬不安になったが、三人の真剣なカオを見た沙羅井は観念した様にジャージのファスナーを降ろした。

三人は唖然としていた。沙羅井の胴体と右腕は鉄板で覆われており、何本もの導線が通っていた。

「驚くのも無理はねぇよな。昔、ちょっとした事故で右半身が駄目になっちまってよ。この『器具』付けて何とか生活してんだ。なんでこの学校に来たのかっつーと、教員免許取ったのにこの見かけのせいでどこも雇ってくれねぇもんで、野垂れ死にしかけてた所を校長先生に拾われたんだ。で?他に質問は?」

誰も何も言わない。

「じゃあ、最後に一つ聞いて良いか?」

沙羅井は戸惑う様に口を開いた。

「お前ら今、オレが怖いか?」

三人は即座に首を横に振った。それは嘘ではなかった。沙羅井が例え何者であれ、自分たちを命がけで守ろうとしてくれたのは、他でもない沙羅井なのだ。

「そっか。優しいなお前ら……。」

その笑顔は先程と違い、心から笑っているんだろう。花日は直感的に分かった。

ジャージを着直し、校門まで三人を見送る沙羅井。

(それにしてもこの先生、過去に一体何が有ったの……!?)

花日のその疑問の答えが明かされるのは、彼女たちが引退する少し前の話だが、今の彼女たちはまだ知る由もない……。




·はいどうもこんにちは鈴木です!
おかげ様で第一部は終了になります。
次回からはオリキャラも参戦し、ますます騒がしくなって行きますが、ちゃおっ娘の皆様が求めてるモノ、そしてジャンプ、サンデーファンの皆様が読んでも面白い様に、頑張って行きます。
どうぞこれからも、宜しくお願い致します。
2017
5/9
PM18:24
鈴木遥


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かくて二組は嵐吹き荒れリ
誰かの体臭に敏感になってもいい事はない。


・阿島事件から三週間が過ぎ、同時に沙羅井転任から一月が過ぎようとしていた。

校内でブレザーを脱ぎたがる生徒も徐々に増えていく今日この頃……。

日向明《ひゅうがあかり》は校門から校舎内の様子をうかがっていた。彼女の人生三度目の転校先だ。

流れるような黒髪、少し濁りながらもまっすぐな白の瞳は、黒を主体にした相蓮中の制服がよく似合う。

「今度の学校では、上手く行くと良いなあ……」

彼女は目を閉じた。開くも閉じるも変わらないのだ。彼女の眼はもう十年も、光の一筋さえとらえていないのだから……。

 

 

同時刻、校長は転校生受け入れの一報に頭を抱えていた。

「困ったことになった。あのクラスにはただでさえ、クセの強い生徒が多いというのに……今は、沙羅井先生を信じるしかなさそうですね……。」

校長が頭を悩ませているのも無理はない。テーブルに置かれている書類には、こう書かれていたのだ。

『日向明15歳。

特技:弓道。備考:自称霊能力者』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

梅雨入り近くなり、日に日に蒸し暑くなる中、沙羅井が受け持つ相蓮中学3ー2は相変わらずの騒がしさを保ったままだった。

「さぁ皆の衆!寄った寄ったァ!カレカノ新聞号外、本日も出来上がりだァ!」

騒ぎの渦中にいるこの男、短めの茶色髪、見た目は中3、心は小1、二組最強のムードメーカー(自称)。

その名は、名パパラッチ、エイコー!

とまぁ、小型カメラ『チェキ』を右手にかかげ、意気込むエイコーと、3ー2新聞部(担任未公認)の一団。

教室の後ろの壁には、カレカノ語録ー恋人間で交された名言を掛け軸にした物。二組の非公認伝統工芸品ーが貼り付けられている。

『高尾が一緒なら、私は強くなれるから……。by綾瀬花日』

「わ〜お!綾瀬ったら大胆〜」

「おのれリア充!許すまァじ!」

「ふん!この程度、心愛にだって言えるわよ!」

クラス中から様々な感想が上がる中、花日はカオを真っ赤にし、高尾は机から動かずに苦笑いを浮かべている。

「ちょっと!これ剥がしてよ!どこで聞いてたのよ!」

「ええい水を差すな綾瀬!作者に聞いたんだ!よく聞け諸君!この度、我らが担任沙羅井氏の尽力により、綾瀬カップルの元サヤが成立したァ!喜べ、そして嫉妬しろ!リア充達の幸せをォ!」

うおおおお!綾瀬カップルバンザァァァイ!

今に見てろリア充ゥゥゥゥ!ブーブー!

歓声と罵声の両方を一瞬にして打ち消したのは、いつの間にか教室に来ていた沙羅井だった。

彼は音もなくエイコーの背後に忍びより、必殺『学級日誌チョップ』を(軽ーく)お見舞い。エイコーは頭を押さえた。今どきこのご時世で、PTAが動き出しても不思議は無いほどの乱行だ。

「オレの尽力ってのは根も葉もねぇウワサだ。あんまし騒ぎ立ててくれるなよ。それにさぁ、もう予令なってるよ〜、エイコーくぅん?」

バカにオクターブの高い猫なで声だったが、それが返ってエイコーの恐怖感を煽った。

「さぁ皆の衆選びたまえ。今すぐ席につくか、今日の学級活動を『四字熟語書き取り大会』に変えるか……。」

沙羅井の発言に怯えたクラス各員(『賛成』のカンペを出した委員長を除く)は一斉に着席し、花日は『助かりました』のサインにひょっこり頭を下げる。沙羅井は教壇に立ち、にんまりと笑った。

「ヨロシ。賢明な判断だ。さて、突然ですまないが、嬉しいお知らせが有る。」

お、何だァ!?先生早く言え〜!!男子連中からヤジが上がり、沙羅井はもったいぶる様に口を開いた。

「喜べ諸君!今日からこのクラスに転校生が来るぞ!」

花日が嬉しそうに目を輝かせたのを除き、誰も歓声を上げない。沙羅井は少々げんなりした様だ。

「何よその薄いリアクション。お前ら嬉しく無いワケ?」

「カンベンしろよな、先生。オレら中3だぜ?転校生くらいでいちいち湧いてる様なガキじゃねぇし……。」

花日の前席、相沢が反抗的に言った。

「んだよ、つまんねーな。まぁいいや、入って、日向さん……。」

ガラガラと音を立てて扉が開き、入って来た少女。黒髪ロングの色白肌、どう見ても育ちの良いたたずまい。

まさに『やまとなでしこ』と言うべき風貌だ。

「うおおおお!超絶可愛いいいいい!」二組の野郎どものテンションは一気に四段階アップした。

「何だ、めっちゃ燃えてんじゃんか。」沙羅井が冷静なツッコミを入れ、黒板に彼女の名前を書いた。

同時に彼女も、自分の名を名乗る。

「日向明です。どうぞ宜しくお願いします。」

それだけ!?と二組のほぼ全員が心の中でツッコミを入れ、沙羅井は『困ったな』という様に頭を抱える。

「えー、日向さんの席だが、昨日決めとくの忘れた。」

「おいっ!!」高尾が短くツッコんだ。

「っつー訳で日向さん。悪いが好きなとこ選んで、しばらくの間そこ座ってくれ。」

明は黙ってうなずき、クラス中を見回すと、とある席の前で立ち止まる。

そこは、花日の親友の一人にして二組最強の清純派美少女(作者主観)、蒼井結衣の席だった。

明は何の前ぶれもなく、目を閉じ結衣に鼻を近づける。まるでニオイを嗅ぐ様な仕草だ。

「え?……なあに?」

「あなた、多分このクラスで一番いいニオイですね。」

「へ?」

「先生、私この席がいいです。」

戸惑う様に沙羅井のカオを見る結衣。彼は『面倒みてやれ』とでも言う様に、結衣に苦笑いを返した。



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友達との約束破ると3日は根に持たれる。

·突然の日向明転校、そしてそこからの一日、結衣は幾度となく彼女との友好化を図ったが、当の明は休み時間でさえ、孤独を愛すると宣伝するかのように読書に熱中。

かと思うと、結衣が目を離したスキに例の『ニオイを嗅ぐ様な仕草』を始める。

我ながらコミュ力は高い方だと思っていた結衣も、さすがに今回は手こずっていた。

結果、その日は全く成果のないまま放課後になり、結衣が向かったのは沙羅井ルーム(本当は保健室)だった。

花日から恋愛相談の評判を聞いてはいたが、悪い言い方をすれば沙羅井のせいでこうなったのだ。愚痴の一言もこぼして帰りたかった。

「失礼します……。」

保健室では、沙羅井が一人で紅茶をすすっていた。

「おう。どうした?『二組のお母さん』よ……。」

余裕ぶっこきの沙羅井に、結衣はぷくーっと頬をふくらませる。沙羅井は少し焦った様だ。

「おいおいどうした。まるでお歳暮に梅干し送りつけられたみたいに……。」

「梅干しより酸っぱいもの押し付けたじゃないですか……。」

出来るだけうまい事を言ったつもりの結衣。それでも沙羅井の何とも言えない罪悪感は和らがない。

「日向の事かい?ありゃあ悪かったな。まさかああ言う奇行に走るたあな……。」

「別に良いんですけど、一言も喋らないのって結構気まずいんですよね〜……。」

沙羅井は机の後ろの食器棚をいじりながら聞いた。

「んで、紅茶、麦茶、緑茶、コーヒー。どれが良い?」

「え?」

「校長先生に言われてんだよ。相談に来た生徒には飲みモン振舞ってもいいって。」

「じゃあ、コーヒーで……。」まだ少しムスッとして答える結衣。

「お、大人だな。んじゃあ、特別に良いの淹れてやるよ。」

「うっわ先生それ無糖!?」

「ハハハ……何だお前イケねえクチか?」

「いやいや無理ですよ~、私そんなアダルトに見えます?」

苦そうな顔だが、とりあえず機嫌は直った様で、安堵する沙羅井。

「先に言っとくけど、アイツ目見えねえんだ。」

「へ!?いやいや噓でしょ!あんなに難なく本読んでたじゃないですか。」

「ありゃ『点字本』さ。そしてアイツがまともに動かせるのは『嗅覚』と、それから……。」

ガラガラッ!

沙羅井の言葉は、突然開いた保健室の扉の音にかき消された。

入って来たのは桧山だった。なぜか養護教諭の白鳥に、首根っこをつかまれている。

「このボウヤが盗み聞きしてましたよ沙羅井先生。防音設備くらいちゃんとされたらいかがですか?」

白鳥のイヤミたっぷりな忠告を、沙羅井は笑って聞き入れている。

盗み聞き呼ばわりされ、とっさに叫ぶ桧山。

「違います!オレはただ、蒼井が心配で……。」

「何であなたが心配するのよ、まさかここが何の部屋か知らなかったなんて言うんじゃないでしょうね。」

「あ~白鳥先生。彼は私のクラスの者でね。あとのことはお任せを。」

白鳥はどこか不満げなカオだったが、おとなしく退室した。

室内の沈黙を破った、桧山の責めるような問いかけだった。

「なあ蒼井、なんでこっち来たの?」

「何でって、友達のことで先生に相談が……。」

「へー、そんなに沙羅井を頼るんだ。彼氏の俺より?」

「おい待て桧山。お前何怒って……。」

「怒ってねェよ!先生、蒼井になんかしたら許さねぇからな!」

バタン!と乱暴に扉が閉まり、沙羅井は『立て付け悪くなんねえといいが……。』と苦笑いを浮かべる。

「典型的なやきもちだな……。」

「ごめんなさい先生、私のせいで……。」

「なんでお前が謝るんだ?不用意にココへ呼んじまったオレのミスさ。悪かった、桧山にはオレが上手く言っとくよ。ところで日向の件だが、オレに一つ考えがある。」

「考え……?」

沙羅井に耳打ちされた作戦を聞き、結衣は生まれて初めて耳を疑った。

 

 



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モテる男は間の悪さも一級品

・桧山一翔(ひやまかずま)は食パンくわえ、学校へ急いでいた。

昨日、些細なことで交際している蒼井結衣に怒鳴ってしまった。一刻も早く登校し、謝罪したかったが、いつもはあまりうるさいことを言わない母が、今日に限って風呂掃除を頼んで来た。彼の実家は銭湯を営んでいる為、一般家庭のそれとは比べ物にならないほど手間がかかる。

おかげで数学の宿題が手につかなかったばかりか、間もなく遅刻だ。

『私、子供な桧山より、大人な沙羅井先生の方が好きだなー。』

昨夜、悪夢の中で結衣が発した言葉だ。桧山の不安はMAXになった。

「くっそ、母ちゃんめ!三日は恨むぞ!」

器の小さい恨み言を口にしながらようやく学校に着いた桧山の目に飛び込んで来たのは、彼が最も恐れていた光景だった。沙羅井が結衣を肩に担ぎ、全力疾走している。

結衣はぐったりしている。そんな時ですら、自分は蒼井の助けにすらなれないのだ。

「あの、先生!」

桧山と目を合わせた沙羅井は一瞬気まずそうな顔をしたが、必死の作り笑いを浮かべた。

「蒼井は大丈夫!すぐまた戻るから、お前先に教室戻ってな。」

それだけ言うと、沙羅井は保健室へ向け走り出した。

あの言葉が自分を励ますものだと分かっているのに、桧山はなぜか悔しくてたまらなかった。

 

諦めろ。お前は無力だ、ただの子供だ。沙羅井ができる事の半分も、お前ごときにできはしない。

 

桧山の心が悲鳴を上げる。いや、そう『思わされた』と言ったほうが良いかも知れない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

桧山が学校に着く10分前、花日は驚愕していた。

朝、いつも元気な蒼井結衣をが目に隈を作りやつれて登校したからだ。

「結衣ちゃん!?どうしたの?何かあった?!」

「うん、あのねえ、昨日~、沙羅井先生が~……。」

バタン!と言葉を途切れさせ、結衣はその場に倒れこんだ。

「わあああ~!!どどどうしよう!?結衣ちゃ~ん、しっかりして~!!」

「おいおい、朝っぱらから何の騒ぎだ?」

いつの間にか後ろに立っていた沙羅井を、花日はポコポコ叩き始めた。

「うわ~ん先生の薄情もの~!!結衣ちゃんをかえせ~!」

涙ながらに訴える花日。

だが沙羅井には全く状況が読めない様だ。

「落ち着け綾瀬。とりあえず蒼井運ぶから、お前手ェ貸して……。」

「うえ~ん、バカ~!」

「ダメだこりゃ話にならねえ。高尾!お前んとこの子ウサギ慰めといてくれ。唐沢!すまんが蒼井の代わりに金魚の餌頼んだ!」

呼ばれた二人は即座に動き、沙羅井は蒼井を肩に担いだ。

それからしばらくして、疲れ切った様な顔の桧山が登校して来た。

そんな彼の異常な様子に気が付いたのは、クラスで高尾ただ一人だった。

 

 



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友達にゃ切符も書類もいらないが、下の名で呼ぶ覚悟が必要だ。

「まりんちゃん出番ないじゃん!」
すいません、次回出しま~す!
え!?やだ、そんな白い目で見ないで下さ~い!w


・その日もそんなこんなで三限がおわり、花日は保健室へ向かった。

未だ保健室から戻らない結衣と、今朝からの桧山の異変が気がかりだったからだ。

さすがの高尾も心配し、桧山から話を聞いている。

今、花日に出来ることはせめて結衣の無事を確認し、桧山を少しでも安心させることだ。

部屋の前に立ち、花日はなぜか扉を開けるのをためらってしまった。

なんとなく、本当になんとなくだが、結衣と沙羅井の邪魔をしている様な気がしてならないのだ。

仕方なく、持って来た紙コップで扉に聞き耳を立ててみる。

と、その時。

 「『紙コップ』、私にも分けて下さいませんか?」

後ろからか細い声がした。

びっくりして振り向くと、くだんの転校生『日向明』が立っていた。

花日は少し警戒した。なにしろ、ここ数日の蒼井の悩みの種を作ったのは彼女なのだ。真意はともかく、そう簡単に打ち解ける相手ではないだろう。

「ひゅ、日向さん、だっけ?どうしたの、こんな所で。」

明は一瞬間を置いて答えた。

「昨日のいい匂いがしなかったので、クラスの方々に話を聞いた所、蒼井さんがココにいると……。」

(心配してたのかな……案外いい人かも……。)

もう一つの紙コップを手渡し、笑いかけた。

「私、綾瀬花日。よろしく!」

コクッと頭を下げる明。頬が赤いのは、照れているからだろうか。

なんとなく相手との距離が縮んだ様な気がして、少しうれしい花日。

  数分後、昼近くなって出勤した養護教諭の白鳥が見たのは、四つん這いで扉に聞き耳をたてる、奇妙な二人の女生徒だった。

(また盗み聞き!?おまけにこの()達も沙羅井先生_(あの人)のクラスじゃないの!)

「ちょっとあなた達!いったい何やって……。」

「先生!しー!」

人差し指を唇に当てる花日。

「いや『し~』じゃなくて!てかもうすぐ4限でしょ、こんなとこで油売ってていいの?」

質問には答えず、明は紙コップを差し出した。

「せんせーも、どうぞ……。」

白鳥は不審がったものの、扉にコップと耳を当てた。

中から結衣と沙羅井の会話と思しき声が聞こえる。

「あん、先生ダメですよ、そんな……。」

「いいじゃねえか、少しくらい……。」

(……!!)

白鳥は耳を疑った。

元々彼は変わり者ではあった。だが仮にも校長に『見どころあり』とまで言わしめた男が、そんなふしだらな、それも白昼の保健室で、生徒相手に、そんな、『そんなコト』を……!?

気が付けば彼女は乱暴に扉を開け、大声を出していた。

「くぉらああああああああ!何してるんですか!このハレンチ教……師?」

活火山級に燃え上がる白鳥が一瞬でクールダウンしたのは、目の前の光景が自分の予想に大きく反していたからだろう。

沙羅井と結衣は、紙の輪を折り、繋げた輪っかで床は足の踏み場もなくなっていた。

「ハレンチに見えるんスか?これ......。」

ムッとした沙羅井の問いかけに、少し焦る白鳥。

「ごごごごめんなさい!だ、だってあんな......。」

「あんな?」

「いいえ!申し訳ありません。」

「ところで、なんで綾瀬と日向がいるんだ?」

彼の問いかけに、二人は気まずそうにカオを見合わせた。

「わ、私たちは、その、結衣ちゃんと先生が心配で……。」

明もコクコクと頷く。

「ふうん……。」

その『ふうん』に揶揄の響きを感じ、花日はとっさに頭を下げる。

「あの、先生!今朝はごめんなさいでした。話も聞かずに薄情ものとか言って……。」

「確かにあれは焦ったな。」

「うぅ~……。」

涙うるませる花日を見た沙羅井は、こらえていた笑いを抑え切れなくなった。

「プッ!ハッハハハ……冗談だよ。お前、素直だな。」

「わ!ひどーい先生!私めちゃくちゃヒヤッとしたのに~。」

昨日の結衣の様に頬を膨らます花日。それでもホッとしたように笑っている。

「良かったですね。綾瀬さん。」

「うん!……じゃなくて!明ちゃんも結衣ちゃんに言いたい事あるんでしょ?言わなきゃ。」

花日の言葉を聞いた結衣は、キョトンとして明を見た。

「あの、昨日は私に仲良くしようとして下さったのに、素っ気なくしてすいませんでした!」

先程の花日位頭を下げる明。

結衣は少し間を置いて言った。

 

「なあんだ、そんなコト気にしてたの?」

 

「許してくれるんですか?蒼井さん……。」

 

「許すも何も、ホッとしたよ。うちのクラス気に入らなかったのかと思って、心配してたから……そうだ、じゃあ、まりんと花日も一緒にお昼食べよう。」

 

「いいんですか、蒼井さん……。」

 

「ストップ!一緒にお昼食べる約束したんだから、私達もう友達でしょ。結衣、花日、まりんで良いよ。」

 

少し涙ぐんで礼を言う明に、花日も良かったねと寄り添った。

「うむ、友情は美しき哉とはよく言ったもんだ。……ところでお前ら、4限は?」

「しまった~!急いで戻ろう、明ちゃん!」

「はい!花日さん!」

「蒼井、お前ももういいから、教室戻んな。」

「はーい。」

花日、明、結衣の三名は大猫から逃げる子ネズミの様な速度で走り去った。

女生徒三名が退室し、一気に静かになる保健室。沈黙を破ったのは、白鳥の素朴な疑問だった。

「この輪っか、何に使うんですか?」

「とある特別授業にね。生徒の一生が賭かってるんですよ。」

白鳥は適当にあいずちを打った。なんとなくだが、沙羅井のいたずらっ子の様な笑顔を見て、これ以上どう聞いても、きっと意味の分からない答えが返ってくる様な気がしたからだ

 



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渡る世間は曲者ばかり

・高校生の為、不定期の投稿が多く、お待たせすることがあるかもしれません。
どうもすみませ~ん!!


・相蓮中学は、中学校としては珍しい、完全なる『自由昼食』校である。

校内の学生食堂か、持参した弁当を昼休みの間に食べるシステムになっている。

屋上では、綾瀬花日、蒼井結衣、小倉まりん、日向明の四人が、各々の持ち寄った弁当をシェアしていた。

「おいひ~!!結衣さんどうやってこんな美味しく作れるんですか?」

滝のような涙を流し、結衣の卵焼きを絶賛する明。

「確かに、悔しいけど、お姉以上の味だわ......。」

「さっすがわ結衣ちゃん、将来良いお母さんになるかもね!」

まりん、花日も揃って絶賛する。

結衣の家は父子家庭で、父の帰りが遅い時は全て食事の用意は自分で済ませている。

今でこそ家事炊事をこなせる結衣だが、母がなくなった頃はは色々と苦労したもので、その成果を誉められるのは、彼女にとってそこはかとなく嬉しかった。

「そんなに美味しかった?じゃあまた明日も作って来ようかな~。」

「明日と言わず、もう毎日作ってください!」

「そういえばさ、明ちゃんの弁当はお母さんが作ってるの?」

まりんの問いかけに、明のカオは少し曇った。

「ウチには、母がいないんです。弁当は一緒に住んでるお寺のお姉さんが......。」

「あっ、ごめんね、辛いこと聞いちゃって。」

焦って謝るまりんに、明は優しく笑った。

「いいえ、私ちっとも寂しくないんですよ?『天照寺』の皆さんは立派な家族ですし、学校に来れば結衣さん達がいますから......。」

「明ちゃん、結衣ちゃんと同じくらい大人だねぇ。」

各々がコメントを出す中、結衣は何も言わなかった。

『言えなかった』と言った方が良いかもしれない。

自分と似た境遇の明。だが、さらに彼女は目が見えない上、それを周りに隠して生きている。

その苦労は、人並み以上のはずだ。

なのに、なのに、なのに......。

(なぜあなたは、そんなに幸せそうなの......?)

疑問を持ったまま、明を見つめる結衣。

次の瞬間、彼女は絶句した。

幻覚?見間違い?否。

結衣の目は間違いなく、“それ”を捉えていた。

明の姿がほんの一瞬、赤紫の鬼の様な姿になったのを......。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

花日達が屋上で弁当をつまんでいた頃、沙羅井は昼食にありつけないまま、応接室に向かった。

日向明の父が、至急話をしたいと来校したのだ。

沙羅井にとって待ちに待った日向父との面談、今の彼にとって昼飯を投げてでも優先すべき事柄だ。

「いやー日向さん、どうもお待たせしました。」

腰掛けに座る明の父、宗庵は短い黒髪を真ん中以外刈り上げた風変わりなヘアスタイル。肌は白く、鷹のような鋭い眼光と、娘と異なる厳格そうな顔立ちは、一度見たら忘れられない。

(元祖『日本のお父さん』って感じだねぇ、オレ、生きて帰れんのか?)

目の前の男に若干萎縮しながらも、精一杯の笑顔を作る沙羅井。

「本日は、わざわざご足労いただき、誠に......。」

パン!と机の上に名刺を叩きつける宗庵。

沙羅井はびくびくとして受けとる。

「能書きは結構。私としては娘の今後を大変危惧しておりましてねェ。」

「と、おっしゃいますと?」

「娘が言うには、沙羅井先生が私との約束をどうも守って下さらない様で......。」

何を指摘されているのか分からない沙羅井。

宗庵は察した様に続けた。

「私は校長に、『学年の生徒達との交流を一切避ける様に』とお願いしたはずですが?」

沙羅井は絶句した。驚いたことは二つ。

校長からそんな連絡を一度たりとも受けていない事。

子に『友達を作らせるな』などと言う親がこの世にいた事。

二つが相まってリアクションに困った沙羅井は、またもや作り笑いを浮かべた。

受けている報告といえば、盲目である事と、その原因が

彼女の『中に居る』“とある存在”によるモノであることである。

「なるほど。しかしながら、娘さんはクラスの生徒達とここ数日、打ち解けて......。」

「下らない!一時のつながりが何になるんです!?

少なくとも今まで渡り歩いた学校の子供達は、最初にこそあの子に優しくはしました。あの子の『中に居る』存在について知るまではね!!」

沙羅井は気付いた。この父は今、遠回しに自分を試している。

(煙をまいて笑って帰そうってのはムダか......)

沙羅井は、それこそ宗庵を威圧する程の気概で目を見開き、宗庵の表情を伺う。

「存じております。お父さんが、日向さんが辛い思いをして今まで生きて来た事、故に私共を信じていただけないのも。ただ、その上でもう一度、信じていただけないでしょうか!?

私を、いえ、日向さんの『友達』を......!!」

机に頭を擦り付ける沙羅井を見た宗庵に、先ほどまで無かった『ある迷い』が生まれた。

それは、男のくせに、今、自分の、否、娘の為に迷いなく頭を下げたこの男の覚悟を、垣間見た気がしたからだろう......。

(彼なら、否、『彼とその生徒達』ならあるいは、明を......。)



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他人の言葉が有って初めて恋愛は成立する。

・その二時間後、沙羅井は体育主任の近藤に呼び出され、体育の授業のサポートに入った。

この日の『弓道』は、大ブーイングだった。

意外と楽しいかも?と思われていた弓道は、誰一人 的に当たらず、一矢射る度に生徒達のイライラだけがつのる有り様。

ブーイングの嵐を消し飛ばしたのは、明のファインプレーだった。

明は第一矢から真ん中を射抜き続け、3矢連続してヒット。

「さぁ野郎共!私に続いて撃ちましょうです!撃てねえ豚はただの豚です!」

「ウオオオオオ!!」

少々『キャラ変わってない?』と突っ込まれそうな明の雄叫びも、ストレスのたまった学年一同の士気を上げるには十分だった。

沙羅井は、期待と不安が半分ずつで、様子を見守っていた。

明に優しく接しているあの子達は、果たして日向の“秘密”を知っても、変わらないでいられるだろうか?

もし、宗庵殿が言った通りになったら......。

脳内を駆け巡る悪い予感を振り払う様に、沙羅井は己の頬を叩いた。

(何弱気になってんだ!オレが行動しねぇと、日向はまた『一人になっちまう』んだ!アイツらを信じるしか道はねぇだろうが!!)

不安要素はもう一つあった。沙羅井がギャラリーから見下ろす先には、呆けたカオの少年が気だるそうに体育座りしていた。

蒼井結衣の交際相手、桧山一翔(ひやまかずま)

(桧山......あの分じゃもう何日も蒼井と話してねぇのか?参ったな......あのカップルは日向の件を解決する最大の切り札だってのに......。)少なくとも沙羅井は、ここ数日結衣と桧山の会話シーンを見ていない。

小倉まりんの話では、あの二人のケンカはよくある話だそうだが、今回は桧山が一方的にへこんでいる。

まりんの知る“それ”と、今回は訳が違う様だ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「それでは沙羅井先生から、一言いただきましょうか。」

「......」

「先生?沙羅井先生!!」

「え!?あ、ハイハイ。」

まるで夢でも見ている様なカオから我に帰る沙羅井。

「ちょっと先生、大丈夫ですか?」

「申し訳ありません、大丈夫です。」

「おいおい先生、何考えてたんだ?」

「女だ女ー!まじめに働けよなー!」

沙羅井は忍びなさそうに頭を押さえた。

「ハイハイ静かに、えー、みんなまだまだのびしろが有ると思うんで、引き続き頑張れ、それと......あー、何だっけ?」

「レポート提出忘れんな、だろ?」

「あ、そうだった。サンキューな桧山、手間ついでに今日の放課後、校門来てくれるか?話有ってよ。」

桧山は少し驚いて、目を見開いた。

「おー?ついに沙羅井VS桧山の蒼井争奪戦かー?」

「黙れエイコー、殺すぞテメェ!」

桧山の反応がいつになく“マジ”とわかったからか、珍しく素直にいじるのを止めるエイコー。

当の桧山はばつが悪そうに結衣をみつめている。

「ハイハイ、殺すとか言うもんじゃねぇな桧山。まぁ、そういうわけだ。本時は解散!!」

沙羅井は危機感を覚えていた。“今の”は恐らく、桧山にとっても甚大なダメージになってしまった。

ここは一刻も早く二人に仲直りして貰わねば......。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

放課後、桧山はサッカー部を欠席し、校門へ向かった。

待つこと10分、いつもの白ジャージで、沙羅井はやって来た。

「おう、待たせたな。」

「うん。あと五分遅かったら殴ってた。」

少しムスッとする桧山に、沙羅井はなだめる様に言った。

「まあまあ、怒んなって。」

「......で?何の用?」

「ちと手伝いを頼みたくてな、まあ少し歩こうか。そうだ、何か飲むか?おごってやるよ。」

規則違反(ダメ)なんじゃねぇの?ソレ......。」

「いいか桧山、規則ってのは破る為にあんだよ。規則が破れないヤツにろくなヤツァいねぇ。それがオレのポリシーだよ。」

「んじゃ、今の会話校長にばーらそっと!」

「ごめんやっぱ取り消し!」

呆れる様にため息をつく桧山。

「安っっいポリシーだなオイ。」

夏が近いというのに、夕方のそよ風が心地いい。

ヒグラシの鳴き声がこだまする度、桧山はどう切り出すべきか分からず気が重くなる。

相蓮町『日輪(ひのわ)商店街』に近づくと、沙羅井は重々しそうに切出した。

「桧山ァ、まぁ、あれだ。蒼井の事なんだけど......。」

「いいよ、その話は。」

桧山はいつになくなげやりだった。理由はわかっていたが、あえて質問を重ねる。

「......何で?」

「何でって!......アンタわかってんだろ?俺じゃアイツを幸せにできない。」

「何でよ。」

「ガキだし、空気読めないし、鈍感だし、すぐにアイツの事傷つけちまう。」

「うん、で?」

「だから、オレなんかといない方が良いって......。」

突然、沙羅井は桧山につかみかかった。

桧山も反抗的な目で彼を睨むが、その表情は読めない。

「お前ソレ、蒼井の口から聞いたのか?」

「......え?」

まだ訳がわからないカオの桧山に、沙羅井は冷たく言った。

「だ・か・ら!蒼井本人がきちんとそう言ったのか!?

お前がガキで鈍感で空気読めねぇから、お前とカレカノでなんかいたくねぇって、アイツからはっきりそう言ったのかよ!!」

沙羅井渾身の雷落としに、さすがの桧山も怯んだ。

「もう一度聞くぜ桧山......『お前は』どうしたい?」

涙目の桧山は、ようやく声を絞り出した。

「......蒼井と、もう一回話したい。」

「来な、チャンス位は作ってやるよ。」



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感動シーンのおともに夕焼けはいかがでしょう。

・豊かな自然と都会的利便性をあわせ持つ町、相蓮町。

この町ただひとつの寺、『天照寺』の和尚は、五歳の孫娘を連れて約1月ぶりに寺の庭に出た。

幼少期から面倒を見ていた男が数年ぶりに里がえりしたと思えば、目とはなの先の中学校で教師を始めた上、今から急に帰ると連絡して来たのだ。

「遅い!まだか京のヤツは!」

「京のヤツは~!!」

孫の秋夏(しゅうか)は、よく人のセリフを真似するクセがある。

「おじいちゃん、本当に京兄(きょうに)ぃ来るんでしょうねぇ?」

秋夏の姉で大学生の、縁美(えんみ)が和尚に詰め寄る。

「アイツの方が急に連絡して来たんじゃ!わしゃ知らんぞ!」

「あ~んもう!こっちは五年ぶりの京兄ぃに会えるって言うからめっちゃ気合い入れて化粧したのに~!!」

姉妹揃って緑色のポニーテールだが、今は夕焼けが混じって黒く見える。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「あの~......。」

お揃いポニーテールの歳の差姉妹と、この寺の和尚と思しきスキンヘッドのジジイが言い争う珍光景を目の当たりにし、遠慮がちに話しかける結衣。

和尚はいぶかしげに結衣に話しかける。

「お嬢さん、失礼じゃが、何の用かな?」

「沙羅井京一郎先生に、ここに来る様に言われて......。」

“沙羅井京一郎”の単語を聞いた縁美は目の色を変え、まるで身内がノーベル賞を受賞したかのように、思い切り結衣に飛び付く。

「え!?何、あなた京兄ぃに会ったの!?マジで?」

「はいぃ、マジでです。担任ですから......。」

縁美に締め付けられ、やっと会話する結衣。

和尚はまだ、眉間にシワを寄せている。

「にしても、お嬢さんをここに寄越して、何を考えとるんじゃ?京のヤツは......。」

「京のヤツは~!!」

「何か、すごく大事な話があるって......。」

 

 

「そ。すんげー大事な話。」

 

後ろからしたよく知った声に、縁美は目を輝かせ、和尚はため息をつく。

「やっと帰ったか、『相蓮町のバカ息子』が......。」

「おう、ただいま。『相蓮町のハゲ親父』......。」

「『ただいま』って、先生ここ住んでたんですか!?」

「10歳から18までな。そんな事より、今大事な話があるだろ?」

そう言って沙羅井は後ろに端に避けた。後ろには、ばつが悪そうに下を向いたままの桧山が立っている。

必然的に、結衣はカオを曇らせる。

(当然かな、ここ最近桧山(コイツ)はここ数日コンタクト取ろうとしてた蒼井を一方的に冷たくしちまったからなァ......。)

二人の行く末を危惧する沙羅井と、何がなんだかわからない天照寺一族を他所に、数秒の沈黙が起こる。

空気の重すぎるその空気の層を破ったのは、桧山の絞り出す様なひと言だった。

「......ごめんな。蒼井。」

蒼井は曇ったままのカオを上げる。

「うん。私結構傷ついたよ?」

「おう、オレ許してもらえない様な事したよな......。」

「例えば?」

「蒼井が先生と一緒にいただけで怒鳴ったり、ここ一週間ずっと態度悪かったり......。」

「うん。それで?」

「......ごめん。ワガママ言うぞ。それでもやっぱ俺、蒼井と一緒にいたいから......。」

「うん。」

「今は無理でも、少しずつでもちゃんと大人になるからさ......。」

「うん。」

「だから蒼井!本当にごめん!オレにもう一回チャンスくれ!もう一回、彼氏でいさせてくれ!頼む......。」

なりふり構わず頭を下げる桧山を見かねた様にため息をつく結衣。

さながら、一見母親の様な口調でこう言った。

「私がいつ『別れる』なんて言った?待ってたんだよ?なんでこんなに冷たいのか、桧山の口から言ってくれるの......でも、私もごめんね、桧山がなんでおかしくなったのか、自分で確かめようとしないで......だから、だからさぁ、桧山。もう元に戻ろう?お互いまだまだ未熟な子供でも、ケンカしても、ほんとはお互い思い合ってるカレカノに......ダメかなぁ?」

結衣もいつの間にか涙目になっている。

とっさだったのか、考えてか、桧山はただ何も言わず結衣を抱きしめた。

きょとんとしていた天照寺一族も、なんとなくだが、安堵の表情に変わる。

そして、この完全ラブコメムードの中、和尚は沙羅井を睨んだ。

「ウチの寺をまんまと元サヤ成立の記念スポットにしおって......。」

「まあまあ、堅い事言いなさんなって......今回はオレの生徒も、頑張った訳だしな......。」

「それで?本題はなんじゃ。まさかこれだけの為にここへ足労する程、お前さんこだわり屋じゃあるまい。」

「ああ。それなんだけどさ......。」

 

 

「京兄ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

「げっ!このリアクションはもしや......。」

「京兄ぃ!久しぶり!元気だった?ちなみに私はウルトラ元気だったよぉ?」

「うん、全身に伝わってくる、そして見りゃ分かる。」

和尚などまるで眼中にないかの様に、二人の間に割って入り、京一郎に飛び付く縁美。

だが、沙羅井は彼女を見てひどく驚いてしまった。

 

 

「お前、縁美?ずいぶんでかくなったな!」

「えへへ~、華の女子大生ですから~。」

「すると、こっちは秋夏か?お前さんもでかくなったな~!!」

京一郎に頭を撫でられ、嬉しそうに笑う秋夏。

そんな妹に焼きもちをやく様に、プクリと膨れた縁美だが、間もなくふと思い出した様に尋ねた。

「ところで京兄ぃ、なんで急に帰ってきたの?

......はっ!まさか遂に私を貰いに来てくれたとか!?

京兄ぃの帰りを待って、彼氏も作らず苦節八年、その苦労が遂に報われ......。」

「すまんが別件だ。」さらっと受け流す沙羅井を前にして、ショックで塩の柱に変わる縁美。

一方、桧山カップルは大人たちに並び、沙羅井の考えを聞こうと耳を傾ける。

「和尚。日向明って、知ってるか?」

「知ってるも何も、今ウチの二階に住んどる霊能力者の親子じゃて......というかお前、なぜ明クンの事を知っとるんじゃ!」

「やっぱな、アイツの着物からここでしか炊かないはずの香の臭いがしたから、もしやと思ったが......。」

「だからお前、なぜに明クンを知っとるんじゃ!」

「そこの娘の担任、オレだから。」

 

 

 

「......えええええ!?」

結衣、桧山を除く一同が、口をあんぐり開けて驚いている中、沙羅井は努めて冷静に考えを説明した。

 

「桧山に蒼井、お前らに話すのはこれが初めてだけど、アイツの中に今、“化け物”が潜んでる。ソイツを退治すんのを手伝ってほしいんだ。天照寺の皆にも、知恵を借りたい。」

自分と桧山を再び繋げた、頼もしかったはずの夕焼けが、今や自分たちを恐怖に陥れる魔王に早替わりしたようで、恐怖をぬぐい去れない結衣。

だが、彼女は気付いた。

これからどんな災難に襲われようと、もう自分はひとりじゃない。

何より、せっかく心を開いてくれようとする明のピンチとあっては逃げ出せない彼女にとって、返す言葉はひとつしかなかった。

「分かりました!出来る限りの手助けをします!明ちゃんの事、詳しく教えて下さい!」

 

 



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若者よ!大志と無謀さを持って立ち上がれ!

・翌日、教室に入ってすぐに、明は机に突っ伏した。

結衣のおかげで、初日よりずっとましにクラスに馴染めたと思うが、それに比例して自分の中に潜む“化け物”の抵抗が活発化している気がする。

彼女が、化け物(それ)について周りに公表できていない事も、彼女の心配を増幅させていた。

(いい加減、クラスの皆に話そうかな......私の中に居座る“化け物”の事......でも、“それ”を話したら、私また一人になるかも知れない。でも......でも......。)

 

 

「おはよう、明ちゃん......。」

 

 

ハッとして我に帰る明。いつの間にか登校した結衣が、いつもの優しげな笑顔で隣に座っている。

「あ、おはようございます。結衣さん......。」

「どうしたの?ボーっとしたりして......。」

「いえ、何でも......ハハハハ......。」

あからさまな作り笑いを浮かべる明に、結衣は敢えてツッコまなかった。

教室にはすでに二組一同が揃いつつあった。

やがて 教室の扉が開き、いつもの様に気だるそうな沙羅井が入って来た。

「おーい、席つけ席ー!!」

全員が席に着くのとほぼ同時に、ホームルームのチャイムが鳴った。

沙羅井はらしくもなく神妙な顔つきになり、クラス全体を見渡した。

 

 

「今日はまず最初に、大事な話があるのな?えー、日向の事なんだが......。」

 

 

沙羅井の切り出し方に、桧山、結衣、明の三名は石像の様に固まった。

「日向、実は目ェ見えねぇんだ......それもな、10年前から取り憑いてる悪霊が原因でな......。」

三人が恐れていた事ー本人の意思に反して明の秘密が白実の元に晒される事ーを、よりによって彼女を守るべきであるはずの沙羅井によって引き起こされようとしている。

明に至っては、怒りか恐れか身体が震えている。

桧山は思わず机を蹴飛ばし、椅子から立ち上がった。

 

 

「オイ沙羅井ィ!」

 

 

「“先生”付けろよ桧山。」

「ごまかすんじゃねぇよ! “それ”はアンタとアイツの秘密だったんじゃねぇのかよ!?」

明は何を思ったのか席を立ち、教室を出ていった。

結衣はそれを追って出ていき、桧山は沙羅井を睨んだままで席に戻る。

教室内の沈黙は長く、それを破ったのは、教壇に突っ伏した沙羅井だった。

「今の話、信じらんないかも知れねぇけどさ、少なくともオレはウソ言ってるつもりはない......まぁ要は、科学じゃ説明できない何かと、日向はずっと戦って来たんだよ......。」

「何か、オレ達にできる事って......。」

 

そう言ったのは高尾だった。

隣に座っている花日も、コクコクとうなずいている。

 

「そこなんだ高尾。日向の中の化け物は、確かに追い払える。ただ、オレ一人じゃ到底ムリ、お前らの力が必要だ。ただし、すごく危険でな、強制今少しでも日向(アイツ)が信じらんないとか、怖いって思ったヤツ、今日はもう帰って良いよ。」

 

「なんで、そんな......。」

 

なんでそんな冷たい事......そう言いかけて花日は口を閉じた。

いままで頭の中を渦巻いていた明への疑問が、つながった様な気がしたからだ。

彼女の、異様なまでのコミュニケーション力の乏しさ、あれは単に性格の問題と言うには、早計だ。

沙羅井の言う“化けもの”を背負う明が、もしこれまで冷たくされ続けたとしたら......そしてその傷を、自分たちに癒せるだろうか?

もし、中途半端な優しさで、彼女にますます深い傷を与えてしまったら......花日の不安を他所に、沙羅井は話を続けた。

 

「分かってると思うけど、オレも、日向も、誰も今から帰ることを責めたりはしねぇよ。むしろ半端な覚悟じゃますます深い傷を負わせちまう。今帰ることだって、むしろ懸命な判断だろ?」

 

まるで花日の心を読み取るかの様にたしなめる沙羅井。

彼を見て、花日は“考える”事を辞めた。

それがどれ程危険な事か、百も承知だ。

だが、花日は覚えている。

それまで黙りこくっていた明が、昨日自分に見せてくれた、優しくもどこか寂しげな笑顔。

沙羅井にいきり立ち、一言も発せず教室を出た、先程の不安なカオ。

理屈ではなく、誰かではない。自分が助けなければならないのだ。

 

「私は、協力したいです......。」

「綾瀬......。」

 

心配そうに見守る高尾を他所に、花日は続けた。

 

「屁理屈かも知れない、支離滅裂かも知れないけど、明ちゃんはもう友達なんです!大切なんです!利益不利益とか、危険とか、関係ないんです!

足手まといになっても、精一杯頑張るから、明ちゃんを助ける為に、どうすればいいか教えてください!先生」

 

「死ぬかも......知れねぇよ?」

 

沙羅井の声は真剣だった。

その目力の強さに黙りこくってしまう花日の背中を押したのは、高尾だった。

 

「オレが、付いてますから......。」

 

「そいつァ大層立派なナイトだ。でも分かってる?マジで危険なんだってマジで......。」

 

「男なら!......自分の彼女が命張って頑張ってるのに、黙った見てられないでしょ!?先生は違うんですか?」

 

「ごもっとも。」

 

「オレ達も、手伝って良いですか?」

高尾、花日の斜め前、唐沢&如月カップルが揃って手を挙げた。

 

「クラス委員としての使命感......ってのもあるんだけど、私はもう明ちゃんを、友達だと思ってるんで。」

 

如月蘭の言葉に、信児は『右に同じ』と返した。

 

『クラス委員としての使命感というなら、ワタシもお忘れなく!』とカンペ片手に立ち上がるメガネ委員長。

トリマキのエイコーも、ピタリ揃って名乗り出た。

 

「クラス委員だけ?クラスのマドンナは~?」

 

と、馬鹿に甲高い声で浜名心愛(はまなここあ)も立ち上がる。

レギュラーメンバーを筆頭に、沙羅井が突っ込むヒマもなく、いつの間にかクラス全員が名乗りを挙げた。

沙羅井は立ちあがり、クラス全体を見渡す。

誰の目も、気取る事も臆する事もない、ただ真剣な、まっすぐな瞳だ。

 

「はぁ......何のためにわざわざマイナス発言してたんだか。ちっとも折れねえのな、お前ら......ハハハハハハハハ。」

 

沙羅井は、自分で自分を馬鹿馬鹿しく思った。

冷静に、じっくり現実を見て欲しいつもりで並べた義勉だが、この生徒達は、もはや理屈ではなく、本気で明を助けようとしている。

『後先考えて』なんてキレイ事は、行動するのが怖いヤツの逃げ口上だ。

なんだかんだ言っても、強い結束で結ばれたこのクラスを、自分はもう少し、信じるべきじゃないのか?

 

「負けたよ、正直お前らの決意がここまでたぁな。

馬鹿馬鹿しい、何が死ぬかもだよ。お前らが悔いのない様にやっても傷つかない為に、教師(オレたち)がいるんだ。」

 

数秒前と百八十度反対の事を言う沙羅井。

だが、どこか吹っ切れた様な彼の笑顔に、生徒達はどこか、安堵感を覚える。

 

「悪かった。皆で助けようぜ。日向の事をよ......。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

結衣の想定通り、明は屋上にいた。

空を見上げ、ボーッとしたままだ。ここの生徒は、もうどうにもならないと思った時、ここに来る(らしいが、新聞部、エイコーの言う事なので、結衣自身話半分に聞いている)。

 

「大丈夫......。?」

 

大丈夫なワケがない事など、百も承知だったが、どう切り出してよいか分からない結衣。

 

「大丈夫ですよ......。」

 

明らかにムリをしてる声。せめて側に寄って見る。

 

「あのね、明ちゃん。沙羅井先生は実は......。」

 

「良いんです、結衣さん......冷たくされたの、これ初めてじゃないし、なんとなくこうなる気はしてたし、あの先生も悪い人じゃなくて、安全の為に私の事をバラしたと......だから、恨んだりはしてないです。してないんですけど......。」

 

「けど?」

 

言葉が途切れた瞬間、明の目から、止めどない涙があふれた。

 

「バカです私......あの先生はもしかして、私の事を受け入れてくれるかもなんて......そんな気がして......。」

 

「明ちゃん、それはね......。」

 

沙羅井先生が明ちゃんを助ける為の作戦なの......。

そう言いかけて結衣は口を閉じた。

沙羅井と前もって約束したのだ。作戦開始まで、沙羅井がなぜ冷たくしたのか、明に知らせないと沙羅井に約束していたからだ。

 

「膝枕......。」

 

「え......?」

 

「膝枕......良いですか?」

 

「良いよ。皆があがって来るまでね。」

 

泣きつかれたせいか、結衣の膝の上ですぐに眠った明の寝顔を見ているうちに、本当の事を伝えられないはからか、結衣まで、涙が止まらなくなった。

 

 




ヤバイ......百合臭 やばいユリシュガー


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決戦前にはあんパンと牛乳

・その日、明を早退させた沙羅井は放課後の屋上にクラス全員を呼び出した。

 

屋上の床上に、古めかしい書物を広げた。

 

そこには、弓矢を片手に真っ赤な鬼に立ち向かう、長髪の少女が描かれていた。

 

古い絵巻物の端には、『天照寺』の文字が有った。

 

「先生、これは一体......。」

 

花日が怪訝な顔で訊ねた。

 

「数百年前、ここに描かれた戦いが本当に起こってな?

その戦いの後、封印されたそいつ(・・・)が10年前、突如復活しちまったんだ......。」

 

「そんな事が?オレ全く覚えてないです。」

 

「だろうな高尾......あの一件(・・・・)は、表向きは伝染病として発表されたから......。」

 

「そう言えば、原因不明の奇病が流行った事が有った様な......。」

 

心愛(ここあ)が、悪夢を振り替える様に、怯えた声で言った。

 

「あの事件の裏で、天照寺家と日向親子の、悪霊との戦いが巻き起こっていた。だが、先走ったアイツはたった一人で悪霊に挑み、結果体の一部を乗っ取られ、今なおその呪縛に苦しんでるってワケ......。」

 

「......で、どうやって明ちゃんを助けるんですか?」

 

「よくぞ聞いたな蒼井。悪霊(ソイツ)のメカニズムは、日向の感情が極端に上がるか、沈むか。そのどちらかを成功させればいい。」

 

「具体的に、どうやって?」

 

沙羅井は明らかな悪人笑いを浮かべ、人さし指を立てて、高らかに叫んだ。

 

「聞いて驚け!沙羅井プレゼンツ、チキチキ 少し遅めの日向明 歓迎会大作戦!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その三日後の月曜日、明は登校を渋っていた。

 

先日の騒動で、自分の中に『化け物』が居る事はバレただろう。

どうせ登校しても、己の傷を抉る事になるだろう。

 

なのに......3年2組(あの場所)から逃げようとする明を、他の誰でもない明自身が責めている。

 

お前は卑怯だ、お前は卑怯だ、お前は卑怯だ、卑怯だ、卑怯だ、卑怯だ......。

 

心の声に抗う事など出来るハズもなく、明は気が付けば登校していた。

 

「それにしても......。」

 

下駄箱で靴を履き替えながら、明は違和感を覚えた。

 

ホームルーム10分前、いつもなら教室入りする生徒で賑わい始める。

......が、今日は人っ子一人いない。

 

「皆さん、どうしたんでしようか。」

 

怪しみながら教室に入ると、電気の消えた教室から、クラッカーの爆音がなり響いた。

 

思わず目と耳を塞ぐ明。視界を開くと、 教室は色紙などで一面中 飾り付けされ、まるで別世界のよう。

黒板には 自分を歓迎するウェルカムのポップ文字が書かれている。

 

「日向明さん、ようこそ三年二組へ!」

 

クラッカーを持った同級生たちが お祝いの言葉 とともに拍手喝采した。

 

「あの……これは一体!?」

 

「見ての通り、お前の歓迎会だよ。」

 

とんがり帽子を被った沙羅井が、さも当然の様に言った。

 

先日の一件も有ってか、疑念が晴れない明。

 

「でも、先生はご存じでしょう!?私の中には、悪霊が……。」

 

反論しようとする明を静止したのは なぜか季節外れのサンタコス姿の結衣だった。

 

「先生もああ言ってるんだし、楽しむときは楽しもう、ね?」

 

「……はい。」

 

屈託ない笑顔のゆいに促され、並べられた机の誕生席に座る明。

 

そこからは、いつもの校内では見られない、 宴会モードマックスの 2組一同の パフォーマンス祭りであった。

空前絶後のパパラッチ『サンシャインエイコー』の一発芸や、漫才コンビ、『花日&まりん』の王道漫才など、 プログラムを重ね 楽しむ家に少しずつ 明の表情が明るくなった。

 

最終プログラムを終えた頃、明の笑顔はすっかり板に付き、結衣は安堵すると同時に、真の作戦開始(・・・・・・)を控え、若干の不安を覚えた。

明を本当の意味で救う為の、真の作戦開始(・・・・・・)を……。

 

「楽しい?明ちゃん。」

 

「ええ、とっても……私、先生の事を誤解してた見たいですね、それに気付けたのも結衣さんのおかげです。」

 

「私は何も?頑張ったのは先生と、明ちゃん自身だよ……逃げずにちゃんと、今日来たじゃない。」

 

「結衣さん……ウゥッ!!」

 

雑談の最中、明は突如、胸を押さえて苦しみ出した。

 

「明ちゃん!?」

 

「ァアア……クゥゥ………!!」

 

結衣の呼び掛けにも応じず、ただひたすら苦しみ悶える明。

 

その時、彼女の口から赤黒い煙がふきでた。

 

それは、やがて不気味にうねり、人のシルエットの様になった。

 

「先生……明ちゃんが!!」

 

来たか(・・・)……!保険委員、作戦通りに吐かせろ!あの煙、まだまだ出るぜ!」

 

「了解!」

 

保険委員、エイコーと山本が、明に駆け寄る。沙羅井の予想通り、明は大量の煙を吐き出し、それは巨大な怪物に変わった。

 

昔話の赤鬼を連想させる、 赤銅色の皮膚を持った鬼神。

 

鋭利な双角と、不揃いな牙、黄色く濁った眼から、明らかな悪意と殺意が表れている。

 

 

 

ウゥッ……アアアアアアアア!!オノレェェェ!

 

 

 

「全員避難しろ!こっからが正念場だ!」

 

沙羅井の言い付けを守り、続々と教室を出る生徒たち。

 

そう。沙羅井の真の作戦とは、明の“幸せ”を増幅させる事で彼を燻り出し、そのまま除霊するというものだった。

 

「おいでなすったな。悪霊、冥藤院陰我(みょうどういんいんが)。 来て早々すまんが、ちと相談だ。 あの一件からもう10年。あんたもそろそろ俺の 生徒から出て 成仏したらどうかな?」

 

成……仏……。

 

「 この世で日向に固執していても、未来永劫先は見えね

ー。あんたもいい加減……。」

 

笑わせるなァァァ……!

 

鋭いツメを、明を担いで逃げ遅れた結衣に向けてムチのように伸ばす陰我。

 

あわや結衣を、そして明を突き刺そうとした陰我のツメを弾いたのは、沙羅井が両手に構えた日本刀だった。

 

「……先生!?」

 

「よかったぜ。天照寺からコイツ(・・・)も拝借しといて……。」

 

その刀は……!!

 

沙羅井の刀を目の当たりにし、陰我は少したじろぐ。

 

「逃げろ蒼井!こっからは……オレも加減できねぇ(・・・・・・・・・)からよ!」

 

「分かりました!」

 

 

 

沙羅井に従い、逃げた二人を確認すると、沙羅井は己の刃を、そして敵を見つめ直した。

 

「武者震いか、それとも恐怖の再来か?どっちにしても不思議はねえな。何せコイツは、うん百年前お前を斬り、祠に落とした一本だろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あーーーあーーーあーーー!
また世界観の崩壊がアアアアアアア


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本当に強い奴ってのは別れた女のことを3日で忘れる

・名刀『宗羅』

 

数百年前、相蓮一の霊能力者、日向功労斎の愛刀であり、悪霊『冥藤院陰我』を祠に鎮めた一刀であるが、その時は、霊能力者の愛刀として彼を封じる。その程度の意味合いしか無かった。

 

だが、今日の沙羅井が握るその剣は、数百年前とは比べ

ものにならない重さと存在意義があった。

明を、コイツから解放し、彼女の呪われた運命に決着を着けるという存在意義が……。

 

 

「ハァ……ハァ……。」

 

 

 

 

まだ……立つカ!?

 

 

 

 

 

昨夜の徹夜のテスト採点の 影響もあり普段の1/3 よりも体力がすり減っていた。

だが、息が上がっていても未だ膝をつかない沙羅井の瞳に、諦めの色は微塵も見えなかった。

 

 

 

 

ナゼ立つ!!そこまで命を削り、危険に身を投じ、そこまでして、貴様に何が残る!!

 

 

 

 

 

「オレァ、テメーが無力なばっかりに、大事なモン全部なくしちまった。せめて、まだ未来のある生徒たち(あいつら)位ちゃんと守りてぇんだよ!」

 

 

 

 

くだらン!あのガキ共とていつかはここを出て、大人になる!貴様との時間など、人生の一割も満たんだろう。

 

 

 

 

「お前はその一割以上の日向の時間を、台無しにしてきたんだろうが!!」

 

 

 

 

……!!

 

 

 

 

思わず陰我が後ずさりする程の気迫。それは沙羅井だけの物では無かった。沙羅井の中に居る何か(・・・・・・)が、陰我を全力で威嚇していた。

 

それは、これまで振り返った事もない、破戒僧であった生前の記憶。

還付なきまでに叩きのめされた、ある氏神との戦いの記憶……。

 

 

 

 

 

まさか……貴様(・・)はあの時の……!

 

 

 

 

「オレ《・・》が誰だろうと構いやしねえよ。それよりどうする?今ならお前を、『殺せる』ぜ?」

 

 

 

 

黙れ、黙れェ……。怨念の如くワシに付き纏いおってェ

ェェ……。

 

 

 

 

「小娘の身体に10年以上も執着するロリコン野郎にゃ、言われたくねぇな。」

 

陰我を挑発している『彼』は、沙羅井であって沙羅井ではない。

刹那、「ソイツ」を起こしてしまった事に、陰我は誰より後悔した。

 

彼の体は、いつ振りかぶったかも分からない刃に、真っ二つに裂かれていた。

 

一閃(いっせん)熾烈(しれつ)花吹雪!』

 

言い放ったのが沙羅井なのか、『別の誰か』なのかは分からない。

確かな事は一つ。勝負は着いた。真っ二つになった陰我の体が灰になり、跡形もなく消え去る形で……。

 

三年二組は、そして明は、安寧を取り戻したのだ。

 

ふと気が付くと、勝利を確信して叫んでいた。

明を救う事が出来た喜び、目の前のカペに打ち勝った、

他に無き達成感。

 

沙羅井の雄叫びを聞きつけた生徒たちが、続々と教室に

戻ってきた。

 

彼らの笑顔を、感激の涙を目にした沙羅井は、安堵から力尽き、その場に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、沙羅井は保健室のベッドで目を覚ました。

傍らには、養護教諭の白鳥が、心配そうにカオを覗き込んでいた。

 

「やっと起きた!何してるんです先生!」

 

「あれ……オレ一体……。」

 

「二組の子たちが私を呼びにきたから、何かと思えば、子供たちはパニック、沙羅井先生は気絶してる、もう何が何だか……。」

 

「校長に許可とって、今日だけ校舎を二組が貸し切ってたんスけど……そっかぁ、オレ倒れたのか……。」

 

「何があったんですか。まぁ、先生の心配なんてし、してませんけど!」

 

「……そうだ!日向明はどうなりました!?」

 

白鳥のツンデレにまるで気付く事なく、沙羅井は突然起き上がる。

 

「慌てないで下さい!さっきから先生のお目覚めを、ずっと待ってましたよ。」

 

白鳥が乱暴にカーテンを開くと、そこには心配そうに立ち尽くす明と、付き添いの結衣がいた。

陰我の呪縛が解けたからか、 明の瞳の色が白濁から綺麗に澄んだ群青色に変わっている。

 

「よかったぁ……。無事だったかお前ら……。」

 

「……先生、その、すいませんでした!」

 

明の謝罪に沙羅井はきょとんとしている。

 

「……何が?」

 

「先生が私を助けようとしてくれたのも知らずに、悪態をついてしまい……。」

 

沙羅井は、 少々苦笑いを浮かべた。

 

「悪い。この前のアレは、お前にショック受けさせる為にやったんだ……。」

 

「……え?」

 

「陰我のやろうをいぶりだすためには、お前の感情が高ぶるか沈むかどっちかしねぇとだった。

どうせならでかいショックを受けた後、より昂った方が効果はでかいかと思ってな。想定通りやつはお前から分離して、見事 俺がたたっきることができたってわけ 。

だが安心しろ 歓迎会の方は ちゃんと近くの喫茶店を貸し切って予約してる。」

 

少し自慢げに人差し指を立ててはにかむ沙羅井。

 

「……先生。」

 

涙目の明に沙羅井は微笑み、彼は結衣に視線を移した。

 

「っつー訳で蒼井!全員に連絡回してくれるか?明日十二時に、『CAFE チャールフリードリヒ・ガウス』に来てくれってな。」

 

照れくさそうに下を向く明だが、彼女の瞳にもう孤独や絶望は無かった。

紆余曲折あったものの、ここに来て ようやく手に入れた友情と幸せ。

 

それらを大切に胸にしまって、先の長い人生を謳歌する誓いを立てるのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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転校生たちのコンツェルト
チーズバーガーに合うシェイクはやっぱりイチゴ味


・日向明が陰我から解放されて数日。彼女はすっかりクラスに溶け込み、今では毎朝、蒼井結衣に髪のセットをねだる始末だ。

 

「結衣さ〜ん!おっはよーございますぅ!」

 

「おはよう明ちゃん。いつもので良いかな?」

 

クラスの二大美女のゆる〜いやりとりに、大抵の男子は和む……が、蒼井結衣(あおいゆい)と交際中の桧山一翔(ひやまかずま)には、面白かろうハズもない。

 

「オイ日向!テメェいつまでオレの蒼井にくっついてんだ!?」

 

たまらず明に食って掛かる桧山。一方の明は、余裕の薄ら笑いを浮かべる。

 

「何〜、嫉妬ですかァ〜?あ〜みっともない、仮にも私の結衣さんの彼氏が……あ〜情けない情けない。」

 

オレの(・・・)蒼井なんだよ、この0()能力者が!」

 

桧山の発言に、明は髪を逆立て、双眼を妖しく光らせた。永らく“眠っていた”明の臨戦態勢(ウラモード)を、呼び覚ましてしまったのだ。

 

「んだとォォォ!能無しはテメェもだろうがこの『ミスター銭湯』がァァァ!!」

 

「うるせぇエエェェ!人の実家を軽くディスってんじゃねエエェェ!!」

 

「ちょっと……やめて二人共!」

 

結衣の静止も聞かず、もう二人を止める事は出来まいと二組一同が諦めた時、意外にも、それはあっさりと幕を閉じた。

 

ガゴォン!!

 

遅れて来た沙羅井の『必殺学級日誌ダブルチョップ』をまともに喰らい、二人はたんこぶを作ってその場に気絶した。

 

「朝からうるせぇよ……ったく……。」

 

迷惑そうに呟きながらも、半ば気絶した二人を席まで運び、結衣に気恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「えぇ……先日の日向の件、皆たいへんご苦労様……と言ってるそばからすまんが、まぁた転校生が来ま〜す」

 

「えぇ〜!?またぁ〜!?」

 

「ィやったぜィ!!また美女が増えるぅ〜!!」

 

賛否の両方に沸き返る生徒たちに、沙羅井は冷静に喝を入れた。

 

「落ち着け男子、安心せい女子。今度は美青年が二人とアフロ青年が一人だ。」

 

沙羅井の難解なキャッチコピーに首を傾げる二組一同。

 

「言うよりみるが早え。入ってくれや、三人共。」

 

沙羅井に促され、彼の言う通り、赤髪と黄髪の美青年と真っ赤なアフロ男が入って来た。

 

「相変わらず、騒がしいね〜このクラス……。」

 

クールに笑う赤髪の美青年を見て、レギュラーメンバー(唐沢カップル除く)はあんぐりと口を開けた。

 

「い……い……稲葉ァァァァァァ!?」

 

そう。小学生時代の同級生であり、 東京の私立中学を受験したはずの三上稲葉だった。

 

驚くのはまだ早い。彼と同じく 2組のほとんどが小学生時代を知る、堤歩。彼もまた、転校生としてそこにいた。

 

「稲葉だけかよ。やっぱ違うね、モテる男は……。」

 

『いやお前もブイブイ言わせてたわ!』と、筆者の鈴木はツッコミたい様だが 本人にはその自覚がまるでない。

 

 

「あれ?もう一人は?」

 

沙羅井が尋ねると、廊下に、やはり彼が言う通り、赤いアフロ男が立っていた。

 

 

「あなた……何なの?」

 

廊下に一番近い席の結衣がツッコんだのも無理はない。

赤いアフロに始まり、黄色いワイシャツに赤白のしましま手袋と、かなり派手ないでたちで、二組の生徒たちにしてみれば、『こんな日本人いんのかよ!』と叫びたくなるレベルだった。

 

「彼は、ドナルド・マクドナルド。お父上の仕事の都合でアメリカから日本に来てる。仲良くな。」

 

(変わったアメリカ人以前にツッコミ所満載だよ!)

と、明は心の中でツッコんだ。

 

「ヘッハッハッハ!ご紹介に預かりました、ドナルド・マクドナルドです。この通り、日本語ペラペラなので、気さくに接して下さい!」

 

「日本語の前にその変な笑い方……。」

 

学級委員の如月が少し引いて言った。

 

「では皆さん、お近づきの印に、元気になるポーズをお授けします。」

 

「お、何だ何だ?面白そう!」

 

とエイコー達がドナルドに群がる前に、彼は不自然なエコーの掛かった声で叫んだ。

 

『ラン・ラン・ルー!!』

 

ドナルドは、叫び声とともに全身から淡い光を放つ、光線は、次の瞬間教室の後ろへ伸び、そのまま壁に風穴を開ける。

 

桧山は風圧で椅子から転げ落ち、あわや明に直撃寸前だった。

 

「いやぁ……今日はかなり調子がよかった、やったね!」

 

まるで清々しいとでも言いたげなドナルド。クラス中からひんしゅくを買っているとは全く気付いてない。

 

「テメェ……!」

 

「ん?」

 

ゆっくりと立ち上がり、臨戦態勢(ウラモード)の明は余裕しゃくしゃくのドナルドを睨み付けた。

 

「ィ今のキショい光線……結衣さんに掠ってたよなァ!

あたしの女神にかすり傷でも付いたら……。」

 

「え?え?ちょっと、待っ……。」

 

「どう落とし前つける気だゴルァァァァ!」

 

「ァラ〜〜!?」

 

明が瞬時にドナルドへ飛び掛かろうとした時、沙羅井が二人の間に割って入り、明の拳、そしてドナルドの背中から漏れ出る黒いオーラを鎮めた。

 

「……いい加減にしろお前ら。何してんだ転校早々。」

 

 

大人しく席に座る二人を見つめる沙羅井だが、その不安はぬぐえないままだった。

 

(今のドナルドが放ったオーラ、もしや奴も、持ってやがる(・・・・・・)のか……!?

 



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その名は八神

・天照寺に戻った沙羅井は、あいも変わらず飛びついてくる縁美をよけ、和尚と茶を飲んでいた。

 

「勤務中じゃろうが、良いのか?こんな所で休憩して……。」

 

「うちの校長は割と寛容なご性格でね。俺今日もう授業ねーから、休憩もらってきたのさ。」

 

「して、 話とはなんじゃ 金なら貸さぬぞ お主にこの前刀を託して、家にはもう飾れるものがなくなってしもうたからの。」

 

「借りたいのは金じゃない、知恵さ……。」

 

そう言って沙羅井は、ここ数日の異変について、一言一句漏らさずに説明した。

 

時々 夢の中や一人で考え事をしている時に、どこからともなく話しかけてくる声があること。

転校生の明やドナルドから、得体の知れない気配がすること。

先日の悪霊の一件で、とどめをさすまでの記憶が、途中で抜けていること。

 

和尚はしばらく考え込んだ後、 ゆっくりと重そうな口を開いた。

 

「遂にお主も、目覚めたか。」

 

「何がよ。」

 

「この相蓮、いや、古くから 自然と共存してきた民族の中には、ごくまれに神羅万象が怪物となって現れるものが憑依したり、その姿が見れるようになったりするものがいるらしい。

かくいうこの寺にも、 古くからそう言った者たちの記述が残っている。

明クンとドナルド君に関しては、間違いなくそれじゃろう。」

 

「 なんなんだ、奴らは……いったいどこから来んだよ!?」

 

「その起源や実態は未だ不明……じゃが、 奴らが人に危害を加えるときは、必ずそこに憑依者、契約者の意思が伴っておる。

変に逆なでするようなことをせねば、 うまくやっていけるじゃろう。 じゃがこの力は強力であり貴重である。お前は出来る限り悪意の持った怪物を生み出さぬ様、子供らに促す必要があるな。その怪物を、古来からこう呼ぶ……八神(やじん)と!」

 

 

結局得られた情報は、自分やドナルド達に憑依している化け物が何であるか、という事だけだった。

 

道中考え込んでいた沙羅井は、腰にピストルと、背中に杖を刺した少年が電柱の上から見下ろしているのに気付かなかった。

 

(あれが八神か。 確かに予想以上の力だが、まどかちゃんを敵さんから救い出すには、まだ兵力が足りないな。あの人にはもう少し、強くなってもらわねば。)

 

学校に戻った沙羅井は、青い顔をした校長に出迎えられた。

 

「ああ先生!探しましたよ!」

 

「どうなさいました?」

 

「厄介な編入希望者が二人、校長室に来てるんですよ!どうにか応対してもらえませんか?」

 

「厄介……というと?」

 

「見れば分かります。とにかく、校長室へ!」

 

校長室に入った沙羅井は、校長が入っていた『厄介』の意味をようやく悟った。

 

一組目は 保護者が強面黒スーツの男連れられている少年は 小顔で華奢な 体格に似合わず、背中に大剣をさし上下黒で統一している。 腰に下げた紐で繋がっている手裏剣も あまり友好的な雰囲気を見せない。

 

もう一組は、髪と皮膚が緑色。頭からは黄色と黒の角が生え、瞳は澄んだ青色をしている。

 

「ええ、皆さん、こちらが沙羅井先生です。」

 

先に反応したのは、緑色の親子の母親の方だった。

 

「はじめまして先生!リリア・マーズィア・オーギュストと申します。 今回初めての火星からの移民でして。

こちらは、娘のマァムでございます。」

 

「はじめまして、マァムです。得意技は……。」

 

『火星人発言』を特に突っ込むことなく、おっ!何か出来るの!?と沙羅井が目を輝かせた時、 突如テーブルに電流が走り、沙羅井と校長は、一瞬にしてアフロへ変貌した。

 

「 十万ボルト!なんつって……どうですか?」

 

「うん、 とあるねずみポケモンを思い出したよ。」

 

和やかな沙羅井と娘 に反し、母は必死に頭を下げる。

 

「これマァム!無闇に放電してはいけませんといつも言ってるのに!すみません、火星由来なもので、この様な不躾な……。」

 

(火星由来以前の問題な気が……。)

 

「あの、 一発芸はもうその辺でよろしいでしょうか?」

 

強面黒スーツの男が無愛想に言った。

 

「これは失礼いたしました!どうぞお話になって下さい!」

 

「では……。」

 

と彼は、正面にいる二人の教師でも、横に座っている少年でもなく、その手に持ったクリップボードに目を向けて話し始めた。

 

「彼の名は九郎和(くろうなごむ)。 まもなく15歳になります 戦災孤児でありましたが浜名コーポレーション会長に拾われ今日まで訓練されてきました 幼少期より心愛お嬢様と仲が良く、今回は会長のご命令により、 お嬢様の専属ボディーガードとしてやってきました。」

 

男がクリップボードを置くと 今度は少年の方が何やら古臭い口調で話し始めた。

 

「お初にお目にかかる。沙羅井殿。 今こいつが言った通り、俺の目的はあくまで心愛の安全確保。修学ではないため、その辺を配慮していただけるとありがたい。 特技は暗技……。

短い間になるだろうが、よろしくお頼み申す。」

 

明らかにカタギとは思えない言葉や行動を連発する 二人に、校長の顔色がどんどん悪くなる。

だが、そんな校長とは 対照的に 沙羅井は明るくこう答えた。

 

「面白い!二人共、 このわたくしめでよろしければ 謹んで、責任もってお預かりしましょう!」



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ここのタイトル考えるのめんどくさいんだよね

翌日のHRは、言うまでもなく転校生紹介から始まった。

 

あまりに短いスパンでの連続転校ではあったものの、二人が美男美女であったためか、そこまでクラスは荒れなかった。

 

「つーわけで、今日はクラスレクにドッジボール大会を行う。存分に親睦深めろよ。テメーら。」

 

 

「へっハッハッハ!楽しみだなァ。」

 

 

炎天下の中、半分の歓声と半分のブーイングを受けて始まったドッジボール大会。

 

 

マアムのサンダーシュートが地面をえぐったり、明のドナルド集中攻撃がレッドカードを生み出したり、些細なトラブルはあったものの、そこから15分、どうにかゲームは進行した。

 

ただ一つ問題があったとすれば、集団では珍しくない、適応出来ない者がいた事だろう。

 

最初にそれに気づいたのは、花日であった。

 

「どうした?綾瀬……。」

 

「和クン、参加しなくていいのかな。」

 

「難しいけど、本人なりの考えがあるんだと思うよ。」

 

「そうかなあ。」

 

「今は見守っていた方がいい。本人がああ言ってた(・・・・・・)んだから。」

 

花日は、木にもたれ掛かり、勝負を傍観する和を見つめていた。

 

無関心というより、他の事に気を取られないよう、あえて気を張っているようにも見える。

 

その目は、前より柔らかくなり、皆に交じってボールを弾く心愛以外、何も見てはいなかった。

 

 

 

 

 

数時間前 HRにて

 

「じゃ、入ってくれ。」

 

入室した二人を見て、まず最初に声を挙げたのは、心愛だった。

 

「……!?和!?」

 

「心愛、息災な様で何よりだ。」

 

10年ぶりだというのに、隣人に朝の挨拶をする様にさっぱりとした和。

 

対して心愛は、泡を食っているらしく、リアクションに困って固まっている。

 

「何でアンタが?」

 

「社長命令だ。他に何がある?」

 

『社長』、すなわち浜名コーポレーション代表取締役、心愛の父親の名が出た瞬間、彼女は顔色が悪くなった。

 

「相変わらず、パパのいい飼い犬みたいね。」

 

「社長に拾われた身の上だ。当然だろう?」

 

心愛はため息をつき、彼に詰め寄った。

 

「アンタね~、それで人生楽しいワケ?言っとくけどあのオッサンは、アンタを利用するだけ利用して、要らなくなったら切り捨てる!そういう人だって知ってるでしょ?」

 

「一向にかまわんよ。コーポレーションに忠誠を誓っている。」

 

顔色一つ変えずに言い切る和。それ以上何を言っても無駄だと分かったのか、軽くため息をつき、それ以上何も言わなかった。

 

(・・・?)

 

いくら思春期とは言え、実の父を心底軽蔑したような、鬼気迫る熱弁に、花日は少々違和感を覚えた。

 

淀んだ空気を何とかしようと、沈黙を破ったのは沙羅井だった。

 

「あ~、お前ら、彼事情あってな。浜名と一緒にいる事多いけど、別にやましい事はねえし、皆も気さくに……。」

 

「する必要はない!」

 

沙羅井の言葉を遮り、彼はエイコーの机に足をかけた。

 

「なぜオレの机に……。( ;∀;)」

 

「沙羅井殿には伝えたが、オレの役目はあくまで心愛の護衛!オレ自身は影にすぎない。

無駄な接触は不要だ。ただし、諸君らが心愛に危害を加える様であれば、容赦なく切り捨てる。

心されよ!」

 

更に淀んだ空気。沙羅井は、この流れに持って行った数秒前の自分を恨んだ。

 

 

「へっハッハッハッハ」

 

「空気読めやオラァ!!」

 

「アラ~!!」

 

この時、ドナルドの後頭部に明の蹴りがさく裂したことを知る者は少ない。

 

 

 

「おう和、つまんねえだろ。ちと混ざりな。」

 

「申し上げたハズだ沙羅井殿。オレの目的は心愛の護衛!青春などと言う不確かなモノに浸りに来たわけでは。」

 

「じゃあ尚更、ここで傍観してるべきか?」

 

「……?」

 

「 この距離じゃ、例えば今、浜名に何かあっても、助けにいけねーよ。

浜名の周りにいる奴らの事も知らねーで、 集団の中で起こる色んなことから、浜名を守れると思うか?」

 

沙羅井の言うことは最もだ。

 

このクラスと、心愛との距離感がこれでは、いざという時に応対できないだろう。

 

「……フン」

 

敢えて突っ張るような態度で、和は木から降りた。

 

しばらく歩くと、高尾が彼に声をかけた。

「こっちのチーム一人足りないんだよ。助っ人お願いできる?」

 

「 足を引っ張るなよ。」

 

 

天邪鬼ながらも、なんとか輪に溶け込ませることに成功し、安堵のため息を漏らす沙羅井。

 

その先に待つ波乱の予感を、彼は何とはなしに感じ取っていた。

 

放課後 カフェ「チャール・フリードリヒ・ガウス」

 

 

放課後の沙羅井は、毎日のようにこのカフェに立ち寄り、勤務の疲れを癒やしている。

 

「いらっしゃいませ、沙羅井さん。」

 

茶色いショートヘアに整った茶髭を生やした、メガネのマスター。

 

彼がシェーカーを振る以外の動作をしているシーンを、沙羅井は見たことがない。

 

「マスター、とりあえずレモネードリキュール頼むよ。」

 

「アタシも一杯……頼もうかねェ。」

 

「げ!しまった!」

 

沙羅井がギョッとして振り返ると、 黒いコートを着、警官帽をかぶった赤髪の女が座っていた。

 

高校時代の沙羅井の先輩、現相蓮警察署長、藤堂暮奈。

 

日頃の激務に疲れを溜め込んでは、定期的にここでくだを巻くのがセオリーになっている。

 

「京……アンタしばらく見ないと思ったら 少しやつれたんじゃないかい?

お姉さんが相手してあげようか❤?」

 

「い、いや〜オレ、今日帰ってからも仕事が……。」

 

「んもぅ……つれないねぇ!」

 

「それより、公安と連絡取れました?」

 

「 心配いらないよ。その公安の子猫ちゃんから、飲まないかって誘われた。 あんたもここに来るだろうって言っといたからね。頼んでた書類は持ってくるはずだよ。」

 

「もう……子猫はやめて下さいって、言ってるじゃないですか!」

 

店のベルが鳴り、黒髪をバッサリ切った スーツの女が入ってきた。藤堂と沙羅井より、少し年下だろうか。

 

警視庁公安部 特殊状況対策課 狩生翔子だ。

 

沙羅井がその存在を確認する以前から、人知れず八神の 調査をしていたらしい 何より彼が今日彼女をここに呼び出した理由はもう一つ。

 

「ドナルドの事だが、 あれ……どっから拾ってきたんだあんたら?」

 

「久利雨さんも、 詳しいことは教えてくれないんです。

上の方から情報規制がかけられてるらしくて。何しろ彼が初めてですから。 全身の8割に八神濃度がある人間なんて。」

 

「それはいいが……久利雨さんは なんでうちの学校にあいつをよこしたんだ?」

 

「先日、和尚様から伺いました。沙羅井先生がご自分の八神を覚醒させたと……。」

 

「それが……?」

 

「以前から先生に行ってきた身体検査の結果、先生の中にいる『彼』は 我々が行ってきた数年間の調査の中で最大級の力を持っている。

生物として異質であるドナルド君に、ブレーキをかけることができる唯一の存在なんです。」

 

「その物言いはまるで……手がつけられなくなったら、あいつを殺してくれと言ってるように聞こえるが?」

 

狩生は、 一瞬苦々しい顔をした後、しかたなさそうに頷いた。

 

「 そう取って頂いて構いません。 これもまた国家機密なのですが、戦前の火星の移民たちが日本に移り住んでいる事例が増えてきている。

こちらも護っていただかなければ、この国に甚大な被害を及ぼしかねない。」

 

「 そうやって一人一人をないがしろにしてたから、和みたいなのが出てきちまうんだろ?」

 

「……噂のコーポレーションの坊やかい?」

 

「 なんだありゃ。あの会社のいい犬じゃねえか。 なんでああなるまで放置しといた?」

 

「残念ながら私らに入ってた情報は、孤児を引き取るってそれだけさ。あんな教育……いや洗脳を施されてるなんてねェ。」

 

藤堂の言い訳も、今の一生懸命な彼の耳には入らなかったようで、 お勘定と一言マスターに吐き捨て カウンターの上に 1万円札を1枚置いて店を出て行った。

 

「アンタ、 あれ何とかならないかい?」

 

取り付く島のない藤堂が、 マスターを見て言うと 代わりに狩生が代弁した

 

「結局のところ、先生一番の理解者は和尚様なのでしょうね。」

 

 

 

 

 

 

 



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火星から来た少女

・ 厄介事というのは一気に増えるもので、 無論転校生も何人も一気に起こしてしまったのだから、沙羅井の仕事も数倍だ。

その日の厄介な仕事は、公安からだった。

 

『沙羅井先生、沙羅井先生、至急、職員室までお越し下さい。』

 

公安の狩生が寄越す仕事など、ろくなモノではない事は明白だ。

 

「……なんスカ?」

 

夏休み近くで通知票が大量に積んであったこともあり、多忙を極めていた沙羅井は、不機嫌な時間帯だった。

 

「とりあえず、中でお話を……。」

 

沙羅井に気を使うように、校長が二人を応接室へ案内した。

 

「マァムちゃん、上手くやってますね。」

 

「おかげでね、 お母さんはだいぶ心配していたようですけど、 俺の予想に反して仲良くやってますよ。」

 

「よかった……。」

 

安堵のため息を一つついて、紅茶の入ったティーカップを仰ぐ狩生。

この態度からして何を言いに来たのか、沙羅井はなんとなく想像がついた。

 

「マァムの件ですね?」

 

「……!?え、えぇ……。」

 

最初は何か世間話でも取り繕うつもりだったのか、一瞬で本題を悟られたことに 焦る様子の狩生。

いい気味だ。まるで押しつけるように校長がうちのクラスに叩き込んできたが、恐らくそれも公安の指示だろう。

 

この際、嫌みの一つでも言ってやりたかったが、それはまた今度にすることにした。

 

「マァム、 あれ火星由来って聞いてましたけど……違うでしょ?」

 

「……どうしてそれを?」

 

「それをきくならまず教えてください。なぜ今、彼女を急に保護したんです?」

 

「……。」

 

沙羅井はため息をつくと、たばこを取り出しライターに火をつける。

 

「質問を変えましょう。あの娘の身柄ァ狙ってんのァ、誰ですか?」

 

狩生は一瞬迷ったような顔をして、何食わぬ顔で黒革の手帳を開く。

室生、内容は機密情報だが、沙羅井に漏洩することすら些末に思える危機が迫っていたのだ。

 

 

「『マーズ』と呼ばれる、アメリカを拠点にした科学的な危険思想集団……でした。」

 

「でした……とは?」

 

「彼らが数年前、活動拠点を東京に移したという情報が、公安に入っています。リーダーのレイモンド桑崎は、この相蓮に潜伏していると……。」

 

話の流れは読めつつあった。マァムの事情はともかく、顔見知りも特異体質も多い。

 

 

火星人、マッドサイエンティストときて、何となく想像がついた。そのイカレタ集団による卑劣な集団の犠牲者なのかもしれない。

 

 

「始まりは、海外の某有名大学の科学サークルでした。戦時中より、怪しげな思想を心に根付かせ、世界各国で毒ガスや生物兵器などを販売し、犯罪組織などに売りつけていた集団です。

戦時中、八神が確認され始めたころに、その力を増幅させる危険薬物を売買し始め、闇のシンジゲートに勢力を拡大していきました。」

 

ところが、彼らは大きくなり過ぎた。

戦後、 あさま山荘事件を火蓋に、日本赤軍が撲滅。

政府はさらに悪賊壊滅の大義名分のもと、 次々と反政府を掲げる組織、団体を逮捕、撲滅。

 

「MARSによって人体実験をされていた誘拐の被害者たちも、 解放されたのですが、 心理的特徴に影響が残ってしまい、それは遺伝子レベルで……。」

 

その二世、または三世が、マァム母娘なのだろう。と、沙羅井は解釈した。

 

ただし、MARSに限っては少々状況が特殊だった。

 

「アメリカの政府高官が、 戦時中、兵器の取引先のリストに彼らの名を入れていたという疑惑があがっていたんです。 情報によれば、数名『八神使い』がいたと……」

 

「 つまり、『口封じ』と『隠滅』スか……。」

 

「もし、 彼らが政府への復讐のカードとして『八神』を 狙っているとしたら……!!」

 

沙羅井は煙草を蒸し、 口から白い煙を吐いた。

 

「ま、 動き出しますわな。遅かれ早かれ、この街で。」

 

その目は、 静かにしたたかに、この街の景色を、そして未来を見つめてるように見えた。

 

狩生は改めて、沙羅井に頭を下げる。

 

「九郎君の時には、 失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした!虫がいいのは承知でお願いします。どうかお力を、お貸し願えませんでしょうか!!」

 

なじられ罵られるのを覚悟の上だった。

こんな恥も外聞もプライドもクソもない話はない。

 

しかしながら、 八神が相手となると割ける戦力は大幅に限られてしまう。

もはや頼るしかないのだ。

 

かつてこの街で『伝説の剣士』として名を馳せていた、沙羅井京一郎の手に……。

 

「手ェ貸すとか、そんな問題じゃないです。

相蓮は俺の街でもあるんですよ? 生まれこそ違えど、 物を習って飯食って育った街だ。

悪党どもが馬鹿やろうとしてるってんなら、黙って見過ごす理由はないですよ……!!」

 

狩生は、少し驚いたように顔を上げた。

 

危険の伴う、それも味方によっては汚れ仕事を、目の前にいる男が余りにはっきりと承諾したからだ。

 

「宜しいんですか・・・・?」

 

「嫌だといえば、考案だけでそのイカれた連中を相手取ることになる。勝ち目はどの程度ですか?」

 

狩生は固唾をのみ込むと、改めて手帳を確認。

 

「規模は現在百人弱ですが、数年に渡り公安がマークしていた強力な八神使いがごまんといます。こちらの戦力を総動員しても……五分五分といったところでしょうか?」

 

「だからといって政府は、八神の存在そのものを表ざたにしたがらない。となれば五分五分どころか絶対に水際で食い止めるしかない。オレが出るほかないでしょう?」

 

「……!!ありがとうございます。」

 

狩生はこの時、 任務達成を確信したと言う。 唯一彼女に手落ちがあったとすれば、 聞かれてはならない2局の回し者に、先ほどの会話を聞かれてしまったことである。



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陰謀の錯綜

・沙羅井と狩生の密談は、 クラス委員長の斉藤(中学に入ってからは、うさパンダの着ぐるみに身を包み、プラカードを使って会話している)が沙羅井のネクタイに仕掛けた盗聴器によって丸聞こえだった。

 

彼ら『エイコー新聞部』の目的は、 クラスで巻き起こる様々な珍事件をネタに新聞を作成し、騒ぎを起こすことだ。

 

……が、 今までカップル達の名言集などをかき集めて 顰蹙を買っていた彼らにとって、 担任が関わっている今回の山はかつてない大きさだった。

 

「 エイコー!声聞こえない!もっと大きく!」

 

綾瀬花日が大声でわめく。

 

「このボリュームで聞こえないの〜?花日ちゃん 耳鼻科に行った方がいいんじゃな〜い」

 

「何を……!!」

 

「しっ!」

 

一触即発の状態だった花日と心愛を鎮めたのは、 花日と結衣の仲良し3人組のもう一人、小倉まりんだった。

 

『つまり……おれが……くしか……』

 

「なに?何の話?」

 

高尾がゆっくりと機会に耳を近づけるが、内容についてはうまく掴めない。

 

「 串カツの話とかしてなかったか?」

 

「桧山……そんなワケないでしょ」

 

桧山カップルがコントのような会話をしていたところに、ドナルドマクドナルドが割って入る。

 

「んー……ハンバーガーかな!」

 

「ンなわけねぇだろがー!!」

 

もはや定番の明のドナルド突っ込みが炸裂し、 ドナルドは床にめり込んだ。

 

「興味はないな……俺がここにいる意義は、心愛の護衛、それだけだ。」  

 

和があっさり言い捨てると、心愛は委員長に運ばせたハリセンで彼を叩きつけた。

 

「 ごちゃごちゃ言ってないで手伝いなさいよ! 一応友達がピンチなんだから!」

 

「しかしだな心愛! お前を負傷させないようにと社長より言付かって……。」

 

「あのオッサンは、どうせ私を会社継がせる道具としか思ってないわ。ここにいるならせめて私の指示に従いなさい!」

 

「心愛ちゃん……それは……。」

 

結衣が諌めにかかるが、和はけんもほろろだ。

 

「ったく……それで?高尾にクラス委員。 その危ない奴らが本当に転校生を狙ってるとして、 どうやって戦いに臨む気だ?」

 

「ああ、それはね?」

 

堤、稲葉の二人が、 アメリカのインターネットサイトを根こそぎ調べ上げ、 戦前のMARSの動きから相蓮との関連性を調査し、彼らの動向におおよその予測をつける。

 

復活した如月蘭と日向は、マァムの自宅を見舞い訪問しつつ、 周辺の不審人物を調査。

さらに怪しまれない程度に、彼女の母からMARSの被害について聞き出した。

 

マァムの母が学生の頃、 後に夫となる男性と出会った。

彼は嫌々ながら、悪質な薬学実験を繰り返す組織に関わりを持っていた。

 

ところが、 実はマァムの祖父母世代から、 彼女の執事は組織の試験体にされていたのだ。

肌は徐々に緑色に変色し始め、瞳は黄金になった。

 

行くところ行くところで気味悪がられた彼女たちは、職場も学校も転々とし、ようやくここに行き着いた。

 

ところが運の悪いことに、 この街には八神という超常的存在のるつぼ、 MARS にとっては格好の実験都市だったのだ。

 

「 だが外に出るわけにもいかず、彼女たちは仕方なく、この街で隠れ住むことにした。と……。」

 

「ふざけた話だ。俺達の町で好き勝手しようなんて。」

 

桧山が拳を合わせていきり立つ。

細かく理屈っぽい話などどうでもいい。 大切な事はたった一つ。

 

彼の実家の銭湯を構えているこの故郷の町で、 不埒な企みを働こうとする賊どもがいるということだ。

 

「乗り込むか……。」

 

「どこによ。」

 

堤歩に、まりんからの冷静なツッコミが飛ぶ。

実際のところ数日のうちに再来が動くのは確実。

 

本来ならそれを待てば自然と町に平和が戻ってくる筈なのだ。

そう。当事者であるマアムが、今日も欠席などしていなければ……。

 

「俺達が気付かないうちに、何かあったと考えるのが自然かもな。」

 

「 敵の勢力も居場所もわからないのに、どうやって動くってんだよ!」

 

慌てふためくエイコーに対し、 委員長は『心配するな』と書いたテロップをかけた。

 

彼はさすが学級新聞部部長こうしてクラスのメンバーたちがマアム追跡の作戦を画策している間に、 すでに直接の手がかりとなる手を打っていたのだ。

 

彼が机の上に出したのはタブレット端末。

昨日マァムがまりんや明達と交換をして遊んでいた化粧ポーチに GPS 発信機を取り付けていたのだという。

 

「 さすが委員長!俺たち新聞部員にできない事を平然とやってのける そこにシビれる!憧れるゥ!」

 

「 レディーの持ち物なんてことしてんですか!!」

 

歓喜のエールを送る新聞部員山本と、非難の罵声を浴びせる明。

委員長は顔色ひとつ変えずに(と言うか着ぐるみだから1パターンしかないのだが)『 そもそも化粧ポーチの持ち込みは禁止だ』『 そして今は当人の為にさ』との プラカードを出す。

悔しそうに唸る明。 ドナルドは彼女を指差して 普段の高笑いをかました。(※ 当然その後尻に矢を刺された)

 

所変わってMARSの基地では、沙羅井並びに生徒たちの動きを傍受する準備が整いつつあった。

 

「ボス、来ますぜ。奴ら」

 

「ああ、分かってるさ。見せてもらおうかな。相蓮の全八神使い、最強候補の実力とやらを!」



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バッド・パーティタイム

・沙羅井、そして3-2の生徒たちはそれぞれ別の方向からマアム奪還を画策した。

 

沙羅井と警官隊は、相蓮四天王が一角、藤堂の指示を待って、MARSアジトの現場に待機。

一方生徒たちは、なんと真隣の雑居ビルに潜入していた。ガサ入れに巻き込まれる前に、敵も気づかぬ一瞬のうちにマァムを回収しようという作戦だったのだ。

 

「おいエイコー、大丈夫かコレ」

 

「チッチッチ、我ら新聞部の情報網を侮って貰っちゃあ困るねェ。沙羅井先生たちのミーティングはウチの開発した最新鋭の盗聴器で筒抜けさ」

 

物騒なものを作りやがってと、桧山が呆れたため息をつく。まりんは後方から窓の外の様子を見るが、ビルに異常は見られない。

 

現場に来たのは、花日、結衣、まりん、高尾、桧山、日向とドナルド。総員7名。

桧山が教室で待機している新聞部と通信し、様子を伺っている。

 

物陰から目的地の様子を伺うスーツの男たちはおそらく刑事たちだ。

MARSとやらの一員が出てきたタイミングを見計らって、一斉にガサ入れ、もとい制圧するつもりらしい。

 

「乗り込んだところで、マァムは本当にいるのかな?」

 

「昨日から学校に来ていない、加えてこれだけの人数を警察が動員し、先生が愛刀を持って駆けつけてる。

状況証拠から見れば、まずいないと思うほうが難しい」

 

教室から、如月蘭の質問に唐沢が答える介護が聞こえた。

 

「どちらにしろ、結衣さんは私が全力で守ります〜!」

 

「あ、ありがとう……ハハハ」

 

目をハートに輝かせる明に、少し引き気味に答える結衣。

 

「日向さんの防御力は、ハンバーガー4個ぶ……アラ~!!」

 

いつものお約束通り、明がドナルドをしばいていた時だった。

桧山のトランシーバーからの声が聞こえた。

どうも、沙羅井と相蓮四天王側に動きがあったらしい。

 

「高尾、事前に伝えていたルートを使って隣のビルに忍び込むんだ」

 

「え、もう?」

 

聞いていた作戦よりも、迅速で大雑把である。

高尾は眉をひそめるが、エイコーの指示にはどこか焦りを感じる。

 

「こっちの予測よりも早く警官隊が乗り込んじまった!

あいつらそれに気付いたら人質に取ってるマァムたちに何するかわかんねえぞ!」

 

エイコーの言葉を聞いた桧山たちの顔色が変わる。

向こうには八神使いが紛れ込んでいるという話だ。

沙羅井も投入されたとなれば、四天王も総力戦の構えだろう。

 

最悪の場合、切羽詰まった奴らがマァムを手にかけないとも限らない。

 

「とにかく急ごう。これ以上連中の好きにさせるわけにはいかない」

 

3階の廊下の突き当たり。

非常階段の扉をガチャリと分けたその時だった。

 

「好きにさせるわけにはいかないって、それはこっちのセリフだ」

 

全員を覆うほどの巨大な影。

それは一人の巨大な男の影だった。やすめの姿勢で、頭髪は丸刈りにし、身長はゆうに180 CM はあろうか。

暗がりでも銀縁の眼鏡と、その下の鋭い瞳がキラリと光り、視界に捉えたものをそのまま殺してしまいそうだ。

 

「初めまして少年少女諸君。MARSのお手伝いをしている、高坂該という者です」

 

「そこをどいてください」

 

高尾がやっとのことで声を絞り出した。

高坂と名乗った男の、あまりに鋭すぎる眼光のせいだろうか。

誰一人声も出せず、指先を動かすこともかなわない。

 

呼吸をするのがやっとだ。

 

1ミリでも動いた瞬間、懐から銃を出して打たれるか、あるいはナイフかもしれない。

まるで、獰猛なライオンでも目の前にしているかのような、異様な緊張感をその肌で味わっていた。

 

「それはできんよ、君たちはもう中学生だから理解できるだろう。大人の事情ってやつさ」

 

「そんなこと僕には関係ない。友達の命がかかってるんです!どいてください」

 

必死で抗議する高尾の声は、ガタガタと震えている。

 

「君は一見頭よさそうだけど、案外そうでもないな……それとも、死にたい?」

 

その時高尾は、滝のように出る脂汗の正体が分かった。

気配だ。

高坂自身のではない。

 

彼の躰の内に潜んでいる、得体の知れない存在の気配。それをいつの間にやら、高尾は感じ取れるようになっていたらしい。

 

「まあその方が楽かもな。実際死ぬのが怖いのは、生きてる人間が持ってる命をなくすのが怖いって損得勘定。

実際死んだ後の方が後より楽な場所に行けるだけかも」

 

「もう一度だけ言います。どいてください」

 

「もう一度だけ言ってどうする、死ぬのか?」

 

白と水色が混ざったような、独特のオーラが体から出るのが見えた。

銀縁メガネの下から明確な殺意の色が出始めたからか。

 

上昇するオーラは男の頭上で滞留し、人の形を成した。

鋭い目に一本角が生え、白と水色のまだら模様の影。

 

八神だ。

 

沙羅井のを以前見たことがあるが、あの時はどこか神聖な感じがした。

だが、目の前にいるものは違う。

 

破壊と殺戮の衝動のみを孕んだ、正真正銘の怪物だ。

 

「悟【サトリ】といってね……目の前にいる君たちの思考を読み取ることができる。もう一度聞くが、今君、どうするつもりだい?」

 

「簡単です。あなたを、倒す!」

 

高尾の声には、微塵も自信などなかった。今の彼が言う倒す、とは完全勝利を意味していない。

1 mmたりとも、後方の仲間達に手出しをさせない。という意味である。

 

高尾の挑戦発言に立腹してか、あるいは彼の覚悟を本物と読み取ってか、悪意のナイフを高尾の首元まで近づける高坂。

 

「ったく……運が悪いよ君。よりによって、俺にいきなり出くわすんだからさ……」

 

「やめて!!」

 

愛する高尾の絶体絶命の危機に、やっとのことで金縛りを解き叫んだ花日。

悲痛な叫びも虚しく、彼の首が切断されようとしたその時。

 

ガシァャン!!!!!!!

 

ガラスが割れる大きな音がした。

非常階段の向かい、つまり、今しもMARSと警察の抗争が続いているビル。

その最上階の窓が粉々に砕き割れ、中から血まみれの人影が降ってきた。

 

「あらら……向こうの本戦はもう佳境だよ。さて、どーすっかな……」

 

窓から落下し、背中を地面に叩きつける音が響く寸前、花日は、その人と認めたくなかった者の名を呼んだ。 

 

「沙羅井先生……!?」



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迷宮のクラウン

・突入間際の風景は実に奇妙であった。

藤堂と狩生率いるMARS対策隊は、全員が対八神用の防弾チョッキ特殊金属の警棒を装備している。

 

見かけだけ言えば非常に質素な装備で、素人目にはテロリスト弾圧の作戦前とは思えないだろう。

元々深夜の路地裏である上に、そんな目立たない場所にわざわざ規制テープを張り、配備されたのは覆面パトカーのみ。

 

物見遊山の類の野次馬が、まかり間違っても巻き込まれるようなことにはならないはずだ。

 

「イトノコちゃん、一般人はいないね?」

 

トランシーバーで部下の糸鋸刑事に確認する藤堂。

 

『はいっす!一応避難誘導はしたものの、マスコミも一人たりとも来てないっす!』

 

「例の"怪事件"のおかげで、そっちに出向いてんのかもね……どちらにしろ私らには好都合だ」

 

『沙羅井先生をお迎えして、直そちらに向かうっす!』

 

「バカだねアンタ、その必要はないよ」

 

『え!?』

 

「あんたに指定した時間の2時間前に現場に来て、ウォームアップだって刀振り回してるよ」

 

『面目ないっす!!』

 

「いいから、アンタも早く戻んなよ」

 

無線を切った藤堂は、沙羅井の様子を見にビルの前へ。

 

「気合入ってるね」

 

「寸分たりとも狂っちゃいけないんでね」

 

普段の生活や業務に基本手を抜く主義の沙羅井も、巨大な戦いを前にしては瞳の中に炎が燃えている。

その生命力にも似た、得体のしれない力に、藤堂はとても惹かれていた。

 

「街守るほどのでかい戦いですから。俺が呼ばれた以上、誰一人死なせませんよ」

 

「あんたがそうやって戦うなら、私たち全員であんたを絶対に死なせない。いいね?」

 

「押忍」

 

「……京一郎。これが終わったら、どうだい?食事でも」

 

たった一言の藤堂の勇気は、ビルの陰で待機していた捜査員の声に阻まれた。

 

「警部!!対八神ソナーに変化が!」

 

八神使いは、その力を体外に表面化する時に様々な変化が起こる。

体温の上昇、脈拍数や心拍数の増加、そして、大気中に視覚では捕らえられない波紋が起こる。

 

例えば、建物の中に複数の八神使いが存在している場合、そのキャッチする波は高いだけではなく大きく乱れ、八神を認識できないものですら頭痛や吐き気に襲われたりなどする。

 

トランシーバー型のソナーは、最初の上昇を検知してすぐ、使い物にならなくなった。

敵はこちらの作戦を感知しているらしい。

 

「構えなアンタら!気を抜くんじゃないよ!」

 

藤堂が絶妙な加減をつけて叫び声をあげる。

最も、相手はもうこちらに気付いているのだから、こそこそと動員する必要はない。

 

沙羅井は藤堂の横に張り付き、狩生は他の捜査員たちとともに裏口を抑え、マァムの休日よりも首魁の逮捕に尽力するチームの指揮をとる。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 

藤堂が銃を構えたその瞬間。

 

「警部……」

 

イトノコがこっそりと藤堂に耳打ち。

正面の扉が開いたというのだ。

 

頭だけをゆっくりと、正面入口の方に向ける藤堂と沙羅井。

扉は開いていた。

 

主人が来賓を歓迎するかのように、境界とは無縁の開け放たれ方をしている。

そこにのこのこと進撃して行くほど、捜査隊はバカではない。誘っていることは明らかだった。

 

「どういうつもりですかね……」

 

「堪えなよ。一歩でも出し抜かれたら、命を落とす」

 

藤堂に頷く沙羅井。

 

その時。ソナーが再び異常を示し、砂嵐を表示した。

それが開戦の合図だった。

いや、正確には"襲撃"である。

 

それは、巨大な触手だった。

 

タコやイカのような吸盤がびっしりとついた、長くて太いチューブのような触手。

なぜそんなものが現れたのか、だれも到底理解などできないまま、正面入口に張り付いていた捜査員の足に巻きついたそれは、彼をそのまま建物の中に引き込んだ。

 

たちまち藤堂の顔が青くなる。

 

「何やってんだいあんたたち!!撃ちなァ!!」

 

藤堂が叫ぶと同時に一斉に発砲する警官たち。

裏でその様子を目撃した狩生は、彼らに先んじてビルの中に潜むレイモンド桑崎の拿捕を目指す。

 

対八神用の銀の弾丸を充填し、ビルの中をゆっくり進んでいく。

マームはどこに監禁されているのか。

 

最悪は彼との戦闘を、彼女と同じ空間で行なってしまうことである。

公安としての指令は犯人逮捕または射殺のみ。

 

とはいえ、長年保護対象として彼女たちに親しくしてきた身。個人としては、彼女を作るところまでが希望であった。

 

待っててね、マァムちゃんー。

 

狩生が心の中で語りかけたその時。

 

室内の違和感に気付いた。もしかすると、自分がおかしくなったのかもしれない。そんな奇妙な混乱を引き起こすほどに異常な事態だった。

 

「ここ、さっきも通ったんじゃ……」 

 

口からポロリとこぼしてしまった言葉が自身の恐怖を余計に駆り立てることとなった。

 

大丈夫、館内図は頭に入っている。

 

呼び起こしてしまった恐怖を払拭しようと、脳内に館内図を浮かべる。

廊下の突き当たりを曲がって、そしたら階段に……。

 

「どうして……!!」

 

先ほど非常階段から侵入したままの廊下の光景が、そこにはあった。

 

「どういうこと……なぜ階段が……」

 

もう一度その突き当たりを曲がると、やはり同じ場所に辿り着いてしまう。

では非常階段に戻ってはどうか。

 

ところが、廊下をぐるぐる一周しても、どこにも外への扉がない。まるっきり何処かに消えてしまっている。

 

「八神の能力……!!」

 

「そういうことになります」

 

「何者!!!!」

 

唐突に背後から声がし、迅速に銃を構える。

 

「公安からは、我々を射殺しても構わない!というお達しですか?警視庁公安部創立以来の射撃のエリート、日本警察新時代の HOPE が一人……狩生翔子さん」

 

「MARSの、幹部……!!」

 

「ゲイジー杉崎と申します。以後お見知りおきを」

 

銃を構えた公安警察官を相手に、全く物怖じしていないテロリストの幹部。

不気味なことこの上ないが、狩生は一瞬たりとも視線を外さない。

 

「能力を解除し、武器を捨てて大人しく投降しなさい。従わなければ発砲します!」

 

「分かってるでしょう。我々は国家の脅しに屈しない。だからあなたは呼ばれたのではないですか?」

 

狩生を嘲笑する杉崎だが、狩生とてただで笑われる器ではない。

 

「御託は結構、最後通告です。能力を解除しなさい」

 

「哀れ……己が意思を持たぬ国の人形よ」

 

ドンッ!ドンッ!

 

けたたましい轟音とともに、2発の弾丸が発射される。

杉崎の肩を撃ち抜くはずだったそれは、消えた。

ものの例えではない、文字通り空間から消えていた。

 

床に落ちるでも、暴発するでも、まして敵の体に着弾するでもない。

何処かへ消えてしまった。

 

「解せない。という顔ですね、無理もない。あなたの弾丸は本来なら私の体を貫いているはずなのだから」

 

「一体、何をしたと言うの……!?」

 

「消したんですよ。見ればわかるでしょう?」

 

「いったい何処へ!?」

 

「それを説明するに適した言葉を、私は知りません。私にのみ理解できる概念ですから」

 

「あなた一体何を言って」

 

「しいて言うなら、"亜空間"、といったところでしょうか。その番人が私の、この八神です」

 

八神。

彼の背後に出現した、サーカスのピエロによく似たオーラ。

左手は白い手袋だが、右手には鎌のような刃物が融合している。

 

「我が八神の名はジャック・ザ・リッパー。私をとりまく世界のあらゆる概念を自在に切り取る能力です」



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ニ頭の獣

・炎龍の村。

異世界のとある大陸をたったひとつの部族が支配している、珍しい系統の村である。

 

規模だけ言えばそれは"王国"に近く、数千に渡り他国の侵略を退け、他の戦闘部族の追随を許さない。

炎の龍を崇め、赤い道着や外套を好んで着用していた彼らを、炎龍の申し子と人は呼ぶ。

戦術分野ごとに四つの大隊を形成し、人数、個体戦力ともに特級。

質も量も兼ね備えているが故に、この部族は名実ともに【最強】だった。

 

そんな部族の末裔は、あるの歴史の転換期において、突如として衰退の時を迎える。

 

その原因となる大きな事件こそが、沙羅井がこの街で教師として働くきっかけとなるが、その話はまたいずれ。

 

とにもかくにも勝負は迫っていた。

 

相蓮町に潜む悪の秘密集団、MARSの裏に潜んでいた、最強の戦力。

火竜の村の西を束ねる、最強の暗殺者、名を飛龍山カイ。

 

「お前のツラァ見てっとよォ……傷が疼くぜェ……!!オメェがあの時逃げやがったせいで、テメェの血族にィ、つけられた傷がよォ……」

 

「オレも疼くよ……アンタやあいつに、日々狂ったように殴られ続けた時の傷が……いや、もう癒えたな」

 

「……なにぃ?」

 

強きものたちから我が身を守るための、沙羅井の昔からの癖。服の袖をぎゅっと握りしめる癖がなくなっていることに、カイは遅れて気付いた。

 

「あいつらに勉強教えて、毎日馬鹿馬鹿しく、楽しく過ごしてるうちに、もうどうでもよくなった」

 

「俺たちを……憎んじゃいねえと?」

 

「というより、もう何とも思わねぇ。てめーら俺の人生に、何一つとして関係ねえからな」

 

沙羅井の声を受け止めたカイの躰が、ワナワナと震えだした。

 

「なるほど……それはそれは……赦し難い!!!」

 

筋肉が膨張し、纏っていた青色の道着が粉々に弾け飛んだ。尋常ではない量の筋肉。

シルエットはまるで巨人のようだ。

 

「俺は貴様との決着だけを脅迫観念に、今日まで強くなってきたというのにィァァァァァァ!!!!」

 

「お前……!!」

 

ベルトに下げられた付け爪を両手に装着し、炎龍独自の武道の構えをとる。

 

「我が八神……【雷獣】!!お前と最後に会ってからさらに開花した我が力!貴様なら試すに申し分なし!」

 

「……やるしか無ェか!!」 

 

気の進まない沙羅井の精神を置いてけぼりに、二人の戦闘は否応なしに開始する。

 

ガキィン!ガキィン!

 

2頭の獣しかいない暗い部屋の中で、刃が擦れ合う音が数秒に一度こだまする。

 

教師になってからも剣術修行は欠かしていない。

相手がもし昔のカイだったなら、そうそう苦戦することもあるまい。

 

しかしながら、彼の得意分野であるつけ爪を駆使した暗殺武闘は、沙羅井の剣技とは圧倒的に相性が悪い。

 

技の性質的にはリーチが比較的短く、沙羅井はそれを水流のごとき瞬足の足運びでカバーしていた。

単純な速度では、筋肉隆々のカイは最速の沙羅井に劣るが、沙羅井はその最速を維持できない。

 

そしてカイも決して遅いわけではなく、沙羅井が立ち合いの時に出す平均的なスピードには余裕でついてくる。

 

中でも厄介なのは、八神の力だ。

 

この能力の真髄を、沙羅井はまだ知らない。

属性が雷なのは間違いない。

 

最初の一撃をかわした直後、後ろの壁に引っ掻き傷と合わさった焦げ目のようなものがついているからである。

 

もしそうだとして、感電すれば一巻の終わりである。

 

常に白魔との取引による生命エネルギーの結界を常時貼り続け、必勝の一撃を狙う。

 

しかし同時に、一回の戦闘で使える生命エネルギーの上限を減らしてしまうことになり、必然的に攻撃力も明らかに減少してしまう。

 

「くそ……どーすっかな……!!」

 

「どうにもならんよ!!理解できているのだろう!?今の自分の実力が、この戦闘そぐわぬことに!!」

 

「理解できたら諦めるなんて、楽な生活してねーよ!てめー相手でも、全部守らなきゃいけねー。だから戦ってんだよ!!」

 

大人らしい意見に流される自分にはもう飽きた。

自分の半分と少ししか生きていない生徒たちが、命をかけて仲間を救おうとするシーンを見た後で、大人びた諦めの意見など、彼の耳に入れる価値はない。

 

そんな暇があるなら、戦うべきだ。

 

言葉で、知識で、その剣で。ありとあらゆる"力"を用いて戦うべきだ。

自分が救い、傷つけた全てや、守るべき生徒達。

自分を救い、支えてくれたこの町のために。

 

「勇猛果敢!誇り高きこと炎龍の如し!やはりお前は、こちら側の人間だァ!!」

 

「そいつはありがとよ!真っ平御免被るぜ!」

 

「そういうと思ったから、とっておきを仕掛けておいたのだ!!」

 

床に沙羅井が着地したのと同じタイミングで、カイは爪で床をひとかきした。

床に小さな稲妻が走ると同時に、沙羅井は確信した。

 

今この瞬間がチャンスであると。

 

今の沙羅井にとっては、1秒が数10分にも感じられるほどの極限状態。

刹那の一つが次の一瞬の命運を決める最中に、この男は何らかのルーティーンに数秒を費やしてしまった。

 

前傾姿勢は崩さないまま。

 

今を逃せば二度とこんなチャンスは訪れない。

 

こいつの頭に斬撃を直撃させ、気絶させる。

 

こいつがいる限り、MARSの悪行を警察の手で止めることは難しい。

ここで終わらせるのだ。今、全てを……!!

 

「一閃熾烈・華……!!」

 

「透雷!!!」 

 

今にも刃が額を穿とうとしたその時。

 

沙羅井は、膝をついていた。

全身の麻痺、強烈な熱さと痛み。まるで体が言うことを聞かない。

 

何が起こったのかわからなかった。

 

比喩でもなんでもなく、雷に打たれたかのような衝撃とダメージ。

 

たしかなことは、沙羅井が一瞬のチャンスを逃したということくらい。

その倍以上の疑問が、彼の脳内を埋め尽くしていた。

 

「なん……だ……これ!」

 

「稲光から雷の音が鳴るまでに時間がかかるだろう。この時間差は、稲光と音を観測した人間と、雷が落ちた場所との距離によって生じる。さっきのルーティンが発動した時点で、もう今の技は仕込まれてあった」

 

つまり、床を引っ掻くことで込められた、雷そのエネルギーが時間差で沙羅井に到達したのだ。

 

「くっ……そが……!!」

 

沙羅井はすぐさまニ撃目を放とうとするが、感電したばかりの体で、到底意思に追いつかない。

 

「八神の力による電撃を直接流し込んだのだ!並の人間なら、何が起きたかも理解できず消し炭だろうさ!」

 

もうスタミナは残っていない。

次が来れば到底避けきることはできない。

 

何かするという以前に、もう意識は落ちかけていた。  

 

ちく、しょう。

 

****

「終わりか……そりゃそうか。俺としたことが、あの京一郎を相手に、何大層な期待をかけてるんだか」

 

カイは勝利を確信していた。

剣客の持つ気迫、剣気すらも薄弱で、こちらが元気を高めても一ミリも反応を見せず、視覚的にも動いているように見えず、生きているのかすら懐疑的。

よもやこの状態で、反撃などして来ようはずもなかった。

 

「同胞を消すのは惜しいが……」

 

月明かりに照らされ、立ち往生する沙羅井めがけて、カイは自慢の爪を突き立てる。

このまま皮膚を、筋線を、内臓を破り風穴を開ければ、この戦いは自分の勝利。

やがて到着する" 本隊"に預ければ、この町は一夜にして陥落することだろう。

 

味気なさが胸中をよぎるも、そのようなこともあろうと割り切る自分もいた。

 

何より彼にとって今大切だったのは、過去の悔恨を生産すること。

己の魔手から逃れた、弱きものの駆逐が最優先だった。

 

「さらば……弱き者よ!!」

 

バリィン!!

 

なるはずのない轟音。

起こるはずのないアクシデント。 

現れるはずのない見知らぬ青年。

 

沙羅井の教え子だろうか。 

だとしても、彼の携えている剣はどうだ?

切っ先に宿る青い波動は何だ?

これではまるで、八神使いのー。

 

「一閃熾烈・鷹波ー!!」

 

回避するすべもなく、生命の源である海の如き斬撃が、

空を切り、カイの野望を断つ音を立てたー。



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