うずまきウシオ転生伝 (zaregoto)
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幼年篇
青年、仙人に会う


 痛い。

 

 身体中が痛かった。日差しによって熱されたアスファルトの上に、広がる大空を仰ぎ見る。

 

 思えば最悪な人生だった。

 

 俺が生まれてすぐ両親は死んだ。身寄りがあるわけでもなく、その瞬間俺は天涯孤独の身となった。

 

 その後は両親の友人と名乗る人物の援助を受けながら、中学までは行くことができた。しかしその後は自分からその援助を断ち、高校へは行かずにすぐ働きに出た。

 

 なんとか地元にある工場で働くことができた。汗と鉄の匂いにまみれながらネジやバルブを作る日々。

 

 同い年の奴らが制服着て、青春してる最中に、俺はせっせと生活費を稼ぐ。

 

 数年して工場は閉鎖された。理由はよくわからないけれど、上の会社の不正が発覚したとか。高校を卒業するくらいの年齢になって、無職のクソニートになった。

 

 そして。

 

 そして、今に至る。俺は車に轢かれて、人生の終わりを体感しているところだった。決して自分から終わりにしたわけではない。

 

 車に轢かれそうになっていた男の子を救おうとした。

 

 世界、人生への反逆。こんなクソ野郎でも、人の命くらい救えるという証明をしたかった。結果、救えたらしい。男の子の母親と思われる人物が、俺の横でワーワー騒いでいる。

 

 そういえば、もう視覚すら危うい。目の隅から少しずつ黒く染まっていっている。辛うじて、耳はまだ聞こえるけど、ずっと耳鳴りがしてるみたいにキーって音が聞こえ続けてた。

 

「お兄ちゃん」

 

 誰かが俺を揺すった。痛みは尋常じゃなかったけど、耐えて眼球だけをその揺すられた方向へと向けた。

 

 見れば先ほどの少年らしき影が俺を見下ろしていた。

 

「どう、した?少年」

 

「痛い?」

 

 当たり前だ。しかし、反論する気力なんて残ってない。そうだね、とだけ呟いた。

 

「死んじゃうの?」

 

 うん、そうだね、とだけ呟く。

 

「ごめんなさい」

 

 謝られてもなぁ。

 

「そういうときは、ありがと、う、でいいんだ、ッウ!?ゲホッゴホッ!!」

 

 吐血。そろそろみたいだ。腹ん中ぐちゃぐちゃで救急車が来たとしても助かる確率は少ないだろう。まぁ、助かったとしても、って感じだ。

 

「お兄ちゃん」

 

 少年は再度俺を呼ぶ。何故だかより鮮明に、クリアにその声は届いた。

 

「ありがとう」

 

「……あ、あ」

 

 少年から感謝を述べられると、俺の意識はそのまま闇へと落ちていった。なるほど、案外死ぬ寸前ってのは安らかなんだな。

 

********************

 

「……い」

 

 死んだ。体の痛みが引いているので恐らくそうなんだろう。

 

「お……」

 

 目は瞑ったままだ。死んだらどうなるかっていうのは結構気になるところだったので、目を開いた先に何があるのか、ワクワクしていた。

 

 お花畑なのか、また三途の川なのか。どちらにせよ、意識があるということは死後の世界ってのは存在するんだろう。

 

「おい!起きんか馬鹿者!」

 

「うひやぁあっ!?」

 

 いきなり声を掛けられ、咄嗟に目を開いてしまった。

 

「あ……へ?」

 

「やっと目覚めたか」

 

 広がる世界は真っ白な空間に、ぽつんと浮かんでるじいさん一人。・・・え?

 

「はぁ!?」

 

「なんじゃそんな声を出して」

 

「なんじゃって……」

 

 いろいろ突っ込みどころが満載だった。真っ白だし、浮いてるし、じいさんだし。どこから突っ込めばいいか分からなかった。

 

「儂は六道仙人。見ておったぞ、お主の最後を」

 

「りく……?仙人?何言ってんのアンタ?何?神様?」

 

「儂らの世界では神様のように扱われておるがの。儂は忍宗を作りあげた忍世界の祖、大筒木ハゴロモ」

 

 ニンシュウ?忍世界って言った?何、忍者なの?

 

「その通りじゃな」

 

「なんでナチュラルに思考を読んでるんだよ」

 

「ここは認識が作り上げる空間じゃからの。思考も混同してしまっておるのじゃろう」

 

 じゃあ、別に黙ってても意味ないわけだ。

 

 俺は立ち上がり、自身の体の隅々まで見渡した。姿は死んだときの格好だ。見たところ、怪我はない。

 

「六道のじいさん、でいいの?」

 

「ああ」

 

 我ながら凄い適応能力だ。まぁ、突っ込むことをあきらめただけなのだけれども。

 

「ここ、どこ?」

 

「ここは……」

 

 六道のじいさんは辺りを見回した。

 

「……浄土の少し手前、といったところか」

 

「まだ天国じゃないってこと?俺なんでここにいるの?」

 

「お主はたまたまじゃな。本来行くはずの浄土とは別の浄土の手前におる」

 

「は?」

 

 本来行くはず?じゃあ、ここは?

 

「何かの不手際でこちらの世界の浄土に繋がってしまったようじゃの。お主はこちらの世界の人間ではないから、浄土に向かえないのじゃろう」

 

「は?じゃあ俺死ねないの?」

 

「いや、すでに肉体は死んでいる。繋がりも切れて戻ることも不可能じゃな」

 

 えっとつまり。

 

 事故で死んだはいいものの、行かなきゃいけないところに行けなかったから、魂が天国へ行けずにここに留まっているってこと?

 

「その通りじゃな」

 

「え、困る。それ困る。こういう世界があるから輪廻転生とかは肯定するとして、だ。俺、次の人生歩めないじゃん。今度こそ幸せになれないじゃん!」

 

「すまぬ、そればかりはどうしようもない」

 

「ま、それはいいや」

 

「よいのか」

 

「うん」

 

 少し怪訝そうな顔をした六道のじいさん。

 

「じゃあじいさんはどうしてここにいるんだ?」

 

「儂はアシュラとインドラの魂の行方を見ている」

 

「へー……神様って大変なんだな」

 

「儂の子じゃからな。それに、これは必要なことなのじゃ」

 

「ふーん。じゃあ俺はどうしようかなぁ。じいさんと、ルームシェアすんのはやだしなぁ」

 

「見ておったぞ」

 

「は?」  

 

「先ほども言ったじゃろう。お主の最後を見た、と。勇敢な最後であったではないか。魂が現世に留まっておらぬところを見ると、後悔はないようじゃな」

 

 疲れたので俺は腰を下ろした。

 

「後悔なんてありすぎて、したりないくらいだよ。生まれた瞬間から後悔の塊だったようなもんだからな」  

 

「ふむ。話してみろ」

 

「へ?えっと……うん。じゃあ……」

 

 そっから物心ついた頃から覚えていることを全て話した。話していていろいろ思うところはあったけれど、まぁ今さらだしと思い、思い過ごした。

 

「ふむ凄惨な人生じゃったな」

 

「凄惨とか言うなよ。……まぁ凄惨なんだけど」

 

「ふむ……」

 

 そこからじいさんは何かを考え始めた。

 

 俺は、じいさんにも思考が読めるんなら俺にも出来るだろ、と思い実行したが、どうやら不可能のようだった。じいさん曰く、儂だから出来ること、らしい。

 

「よし、分かった」

 

「は?何が」

 

「お主を転生させる」

 

「……は?」

 

********************

 

 黄色い髪の毛をした青年が月夜の中を駆けていた。後ろには赤い髪色の女性がついている。

 

「ここまで来れば大丈夫よね」

 

「そうだね。でも油断は出来ないよ」

 

「分かってる。でも昼間から走り通しだから疲れたわ」

 

 二人は走るのをやめ、そこら辺にあった大樹の下に座り込んだ。

 

「密書の奪取。とりあえず成功かな?」

 

「木の葉の黄色い閃光がいるんだもの。大丈夫よ」

 

「君のバックアップのお陰だよ」

 

 青年は兵糧丸をかじりながら答えた。

 

 ……あ。……おぎゃ……。

 

 その時、女性の方が何かを感じ取ったかのように、視線を森の奥の方へと向けた。

 

「ねぇ、何か聞こえない?」

 

「え?俺には何も聞こえないけど」

 

「いや、聞こえる!赤ちゃんよ!赤ちゃんの泣き声!」

 

 そう言うと、女性はすっくと立ち上がり、その声のしたという方向へと駆けていった。

 

「ちょっ!?一人じゃ危険だ!」

 

 青年はすぐに追いかける。彼女の足取りがその物事の本気さを物語っていた。そして。

 

「あ、赤ちゃんだってばね!!」

 

 女性は叫んだ。風の音の他に何も聞こえない静かな森の中に、その声は響いた。

 

 青年が到着したときには、女性がその小さな命を胸に抱いていた。

 

「ミナト……この子」

 

「……」

 

 ミナトと呼ばれた青年は、その命を眺めた。彼女と同じ赤い髪色をした男の子だった。

 

「とりあえず、急いで里に戻ろう。今の声で、敵に見つかったかもしれない」

 

「……!ご、ごめんなさい」

 

「いいよ。クシナがいなければ、この命を救えなかったかもしれない。……早く帰って三代目に報告しよう」

 

「ええ!」

 

 クシナと呼ばれた女性は男の子を布に包み、優しく抱いた。そして、先ほどと同じく月夜の中を走り出したのであった。




 みなさんどうもこんにちは、zaregotoです。

 最近ナルトにまたはまり始めたので、SSを書こうと思いました。そして、何番煎じも、いいところですが転生ものを書こうと思った次第であります。

 本作品の設定として、主人公の本来いた世界にはNARUTOはマンガとして存在しており、完結済み。しかし主人公はマンガなどの娯楽には一切触れてこなかったので、ほとんど知識はありません。
 仕事場の休憩室にNARUTOはありましたが、途中までしかおいてませんでした(木の葉崩し篇くらい)。なので誰が誰で、黒幕は誰か、とかは一切分かっていません。

 彼が、この物語に、介入することによる原作の改変もあるかと思いますが、生暖かい目でいてくれると助かります。批評まってます。

 


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見送り

 少年が森の中を駆ける。

 

 辺りはまだ薄暗く、ちゃんと日も上っていなかった。狭い視界の中、背後に気を配りながら走り続ける。

 

「ハァッ・・ハァッ・・・クソ・・・」

 

 ジャンプして木の上に飛び乗る。そこから辺りを見回す。

 

 見回しても、何も見えない。見えているのは大きな木、木、木。

 

 少年は勝ちを確信する。

 

「よし、勝っ・・・」

 

「残念、君の敗けだよ!」

 

「うわっ!」

 

 背後にいきなり現れた人影に驚き、そのまま木の上から落ちそうになってしまう。それを、現れた人影受け止める。

 

「おっと!」

 

「わっ・・・ありがとう、父さん」

 

「最高記録だね、でもまた俺の勝ちだ」

 

 少年が父さんと呼んだ人物が、勝ちを宣言した瞬間、少年はニヤリと笑った。

 

「そうだな、俺の(・・)勝ちだ」

 

「え?!」

 

 父さんと呼ばれた男は驚きの表情を浮かべる。次の瞬間、少年の姿はポンッと言いながら消え去った。

 

「これは、影分身?!ウシオ、いつの間に」

 

「もらった!」

 

 少年はクナイを構え、男の上に飛びかかった。

 

「でも、甘いよ!」

 

「な!?」

 

 今度は男の方の姿が消え去った。次の瞬間、少年の背中に手を起き、そのまま押さえつける。

 

「ぐえっ・・・!」

 

「残念だったね」

 

********************

 

「また負けたよ」

 

「そうだけど、ウシオ、とてもいい動きだったよ。それに影分身なんていつの間に覚えたんだい?」

 

「秘密だよ。それに瞬身の術は卑怯だろー?」

 

「忍の世界にそんなことは通じないぞ?」

 

「だったら今度は瞬身の術を教えてよ!」

 

「また今度ね、俺はこれから任務だ」

 

 木の葉の演習場で、二人の人影が談笑していた。

 

 一人は木の葉の黄色い閃光こと、波風ミナト。俺の父さんだ。6年前、当時の父さんと母さんに拾われてから、なんやかんやあって俺はこの人たちの子どもになった。

 

 さっきまで、ここ毎日の日課である隠れ鬼をやっていた。ルールは簡単。鬼から隠れながら逃げること。捕まったら負け。制限時間内に見つからない、または鬼を倒すことが出来れば勝ち。

  

 今まで一度も勝ったことがないけど。

 

「ケチ!父さんは俺が父さんより強くなるのが怖いんだろ!」

 

 ウシオは頬を膨らませながら反論した。

 

「そうだね、でも少し嬉しい、かな?」

 

 ミナトはウシオを見つめながら笑顔でそう言った。そしてそのまま手をウシオの頭の上へ置き、優しく撫でた。

 

「え?なんで嬉しいの?」

 

 ウシオは不思議そうにミナトを見上げる。

 

「秘密だよ!じゃあ帰ろうか!」  

 

「えー!?」

 

 ウシオは残念そうな表情を浮かべ、ミナトの顔を見つめた。

 

 

 もう、あれから6年か。 

 

 

 俺がこの世界に転生してからおよそ6年。それでも、俺が自分のことを思い出してからまだ2年たらずなので、実際にはそんなに時間がたっている感じはしなかった。寧ろ転生したっていうことが夢か何かなんじゃないかって思うくらいだった。

 

 だけど、転生したということは完全に事実だった。それはこの世界の、この場所が物語っている。

 

 木の葉隠れの里。俺の世界ではマンガの中だけにしか存在しない、空想の場所。前の俺は、マンガとか読む方じゃなかったから、うろ覚えだけど。三代目火影とか、カカシ先生とか、エロ仙人とか、そういう人物名は覚えてる。でもマンガの中の年齢じゃないってところをみると、それよりも以前の時代なんだろう。

 

 だからまだナルトは生まれてない。いつ生まれるかも分からない。だからなんだって話なんだけど。

 

 六道のじいさんは、あのとき俺にこう言った。

 

「このままでは、魂がこの世界に合わず消滅してしまう。故に一度この世界の命として転生し、生涯を終える必要がある。さすれば、この世界の魂として、次こそは浄土へと行けるだろう」

 

 つまり、もう一度生きるチャンスを貰ったっていうことだ。

 

 俺を転生させる際に、じいさんのチャクラを少しだけ分けてもらった。ほんの少しだけ。なんだか、じいさんはものすごい人らしく、これ以上渡されると体がついていかないらしい。

 

「儂のチャクラを扱うにはそれ相応の修練を積まなければならぬ。しかし、お主には必要ないじゃろう。そう願いたい」

 

 じいさんの世界にはチャクラってのがあってそれがあるかないかで、その世界の人間か、そうでないかが分かるという。俺は後者で、だからこそこの世界には転生出来ない。だからこそじいさんのチャクラを分けてもらったわけだ。

 

「幼少期からチャクラを練る修練を続けていけば、相応なチャクラ量になっていくじゃろう。さぁ少年、新たな世界で生きるのじゃ」

 

 とかなんとか言ってた。そしてその記憶をおよそ2年前に思い出したわけだ。その六道のじいさんのチャクラがどんなもんかは分からないけどすげぇ人なら、相応の修練ってのを積んで、扱えるようになりたい。だからこそ日夜隠れ鬼、もとい修練にいそしんでいる。

 

「どうしたんだい?ウシオ。帰るよ?」

 

「え、あ、うん!」

 

 俺は父さんとともに今の実家に帰ることになった。

 

********************

 

「そう、ウシオが影分身を」

 

「そうなんだ。最近はめきめき力をつけているよ」

 

 家に帰ると、母さんは朝食の準備をしていた。父さんは任務道具の手入れをしていて、俺は母さんに言われて食器を出している最中だった。

 

「どこで覚えてくるのかしらね」

 

「それが、教えてくれないんだ」

 

「そうなの?・・・ウーシーオー?」

 

 母さんが俺を睨んでくる。

 

「べ、別に悪いことはしてないよ」

 

「悪いことをしてるとは思ってるわけじゃないのよ?アカデミーに通い始めたんだからアカデミーで教えられてることをやりなさいってことよ」

 

「俺がしたいんだからいいでしょ!」

 

 変に反論するとあとが怖いのでこの辺にしておくことにした。母さんは怖い。記憶が戻ってから両親というものがどういうものなのか体感したことなかった自分を思い出したので、距離感というものが掴めずにいたけど、母さんが怖いのは今までの生活で身に染みていた。

 

「まあまあクシナ、ウシオもこう言ってるし、彼がしたいことをさせてあげようよ」

 

「まったく、ミナトは甘いんだから」

 

 確かに父さんは凄く優しい。反対に母さんは凄く怖い。でも修行中の父さんはいつも本気で来るので、それはそれで怖かった。怖いというよりも厳しかったって言った方が適切かな。

 

 それに、母さんは怖いけど、優しい。正反対のものだけどこれ以上に言い表すことができない。母親ってそういうもんなんだろうか?

 

 うずまきクシナ。6年前に父さんと一緒にいた女性だ。俺と同じ赤い髪の毛をした人。赤い血潮のハバネロっていう異名があるのは、彼女がどんな人間かを物語っている。

 

 先ほどから二人を父さん母さんと言っているが、実際彼らは子供を持つような年齢ではなかった。多分20歳くらいだろう。赤ん坊なら分かるだろうけど、俺みたいな6歳児の親でいる年齢ではない。

 

 あのとき、一度三代目火影夫婦に預けられ、俺はそこで育てられた。当時の彼らの年齢は16歳かそこら。今の俺と変わらないくらいの子供だ。三代目火影夫婦の家によく様子を見に来ていたらしい。赤ん坊だった俺はとても喜んだそうな。

 

 確か、俺が4才になる頃に、正式に二人の子供になった。あのときは、記憶が戻って混乱してたからよく覚えてないけど、二人に抱き締められたことは覚えてる。その一件があって二人の仲が急激に進展したのは、また別のお話だ。

 

 まだ若いけど、二人はちゃんと両親をやれている。子供の俺が言うんだから嘘じゃあない。でもまだ、三代目のじーちゃんやビワコのばーちゃんが様子を見に来てるけど。

 

「さ、出来たわよ!ウシオはアカデミー!ミナトは任務でしょ?忍は体が資本!腹が減っては戦はできぬってね」

 

「へーい」

 

「うん。ありがとう、クシナ」

 

「ウシオ・・・ちゃんと返事しなさい」

 

「はい」

 

「よろしい」

 

 一家団欒。前の世界では味わうことのできなかったことだ。内心ほくそ笑みながら朝食をかきこんだ。

 

「もっとゆっくり食べなさいウシオ」

 

「んくっ・・・、母さんは怒ってばっかだよな・・・」

 

「誰のせいでそうしてると思ってるのかしら??」

 

「まあまあ」

 

 こういうやり取りさえ気恥ずかしさを覚える。前の俺がどれほど寂しい人間だったか、痛いほど感じさせらるな。

 

 俺が食べる手を止めていると、父さんが俺の顔を覗きこんできた。

 

「どうしたんだい?」

 

「え?!いや、なんでも。そ、そういえばさ、今日行く任務地は確か、神無毘橋ってとこなんだよね?」

 

「うんそうだね。それがどうしたの?」

 

 神無毘橋。原作では見たことがない。俺が読んだことないだけかもしれないけど。

 

「オビト兄ちゃんたち、大丈夫かなぁ」

 

 うちはオビト。父さんの小隊に所属しているうちは一族の忍だ。この小隊にあのカカシ先生がいる。

 

「大丈夫だよ。彼らはちゃんとした忍だ。それに、俺もいるからね」

 

「そう、だね」

 

 一抹の不安を覚えつつも、父さんがいるなら大丈夫だろうとそれを振り払った。

 

 そうして、お茶碗を持ち、ご飯をかきこむ。

 

「コラ!ウシオ!」

 

 また怒られた。

 

********************

 

 俺と母さんは、父さんたちを見送るために正門までやって来ていた。辺りはまだ少し暗い。アカデミーはこのあとちゃんと行く。

 

「お、ウシオ。お前も来たのか?」

 

 オビトは俺に気づき、声をかけてくれた。俺もそれに応じた。

 

「よ!オビト兄ちゃん」

 

 しかし、オビト兄ちゃんは母さんを見や否や、不機嫌そうな表情を浮かべ始めた。その後ろにはカカシさんとリンさんがいる。

 

「久しぶりウシオくん」

 

 リンさんは優しいお姉さんって感じだ。カカシさんは原作のキャラが嘘みたいに無愛想だった。

 

「準備はいいね?皆」

 

 父さんが3人の忍に確認する。それに対し、3人は、はい、と返事をした。

 

「それじゃ、クシナ、ウシオ」

 

「うん。皆、しっかりね。頑張ってくるのよ」

 

 俺は母さんの隣で小さく頷いた。

 

 母さんの激励に、カカシさんは微かに頷き、リンさんは、うん、と言いながら答える。しかし、オビト兄ちゃんは、そっぽを向いて不貞腐れている。

 

「あとオビト」

 

「あ?」

 

 母さんに呼ばれたオビト兄ちゃんは不機嫌そうに応えた。

 

「あんたはおっちょこちょいで、慌てん坊で、ドジで、バカで、マヌケなんだから人一倍注意すること!もし怪我でもして帰ってきたら、拳骨じゃすまないからね。いいわね?」

 

 これが母さんの優しさ。色々ひどいことを言ってたけど、それも愛情の裏返しなんだろうな。

 

 オビト兄ちゃんの表情が変わる。

 

「へっ・・・」

 

 ニヤリと笑って、口を開いた。

 

「俺を誰だと思っていやがる?!俺は火影になる男、うちはオビト様だぞ!なんの心配も要らねぇよ!絶対に任務を成功させて、そんで・・・」

 

 一呼吸おいて、また口を開く。

 

「怪我なく皆一緒に、帰ってくる!約束だ!」

 

 そう宣言し、拳を母さんの方へと向けた。母さんは少しだけ驚きの表情を浮かべ、小さく笑った。

 

「うん!約束だってばね!」

 

 母さんがそう言うと、次は二人で笑い合っていた。この二人は本当に仲がいい。魂が似通ってるのか。波長が合うのか。父さんとの仲のよさとは少し違うように見えた。

 

「兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「絶対に帰って来いよ。帰って来ないと俺が火影になってやるからな」

 

「当たり前だ。そういうことを言うのは、俺に勝ってからにしろって!」

 

 どや顔を浮かべるオビト兄ちゃん。実際のところ、実力はほぼ互角というか、なんというか。

 

「オビトが火影になれるんなら、ウシオもすぐになれるから安心しなよ。寧ろウシオの方が早いかもね」

 

「なんだとこらバカカシ、てめぇ今なんつった?あぁ?」

 

「フン」

 

 カカシが横槍をいれる。この二人も仲がいいよな。喧嘩するほどというか。

 

「まあまあ二人とも」

 

 リンさんが二人を制する。

 

「まったく、それ以上やるって言うんなら・・・」

 

 母さんが髪の毛を逆立てながら、拳を鳴らしていた。

 

「い、行こうぜミナト先生」

 

 オビト兄ちゃんは顔を青くしながら父さんに提案した。

 

「ハハハ、そうだね。じゃあ・・・」

 

 今度こそ歩き始めたミナト小隊。オビト兄ちゃんとリンさんは最後まで手を降ってくれていた。

 

 母さんは彼らが見えなくなっても、そこから離れなかった。

 

「母さん?」

 

「ん?」

 

 母さんはこっちを見ずに応じた。

 

「大丈夫だよね」

 

「・・・うん。きっと大丈夫よ。約束だってしたんだから。・・・さ!あなたはアカデミーでしょ!遅刻しないで向かいなさい!」

 

「オッス!」

 

 俺はその場で敬礼し、そのままアカデミーへと向かうことした。

 

 だけど、母さんのあの不安そうな顔は忘れられない。アカデミーへ向かっている今でも脳裏に焼き付いていた。でもオビト兄ちゃんなら、きっと・・・。

 

********************

 

「ウシオー、今日甘味処寄ってかねー?」

 

 アカデミーの授業も終わり、帰り支度をして帰路につこうとしていたところ、クラスメイトに声をかけられた。

 

「今日か?うーん今日は・・・」  

 

 凄く行きたいけど、寄り道は母さんが許さないし、今日は自主練をする予定だったので断らざるを得なかった。

 

「悪いなー、今日は母さんに早く帰ってこいって言われてるんだ」

 

「なんだよつれねぇなー」

 

 不機嫌そうな顔を浮かべるクラスメイトを背に、教室を後にした。教室の外に出ると、まだ生徒たちが立ち話をしている光景がちらほら見えた。

 

 ああいうところはどんな世界でも変わらないんだな。あっちで言うゲーセンやコンビニが、こっちでは甘味処か。時代劇の世界に入ったみたいだ。まぁ、それよりも特殊な世界なんだけど。でも、前の世界では友達なんて一人もできなかったから、誘われるのは少し嬉しいかな。

 

 ウシオは歩きながら一人ほくそ笑んでいた。

 

 ドスン!

 

 急な衝撃にウシオはよろけて、こけてしまった。よそ見をしながら歩いていたため、誰かとぶつかってしまったようだった。

 

「いてて・・・。ごめん、大丈夫だった?」

 

 倒れた方が言うことじゃないかもしれないけれど、よそ見をしていたのは自分の方なので、形式的な謝罪を述べた。

 

「あ?てめぇ大丈夫だった?じゃねぇよ。いてぇじゃねえか!」

 

 不運にもどうやら上級生とぶつかってしまったらしい。太った男子生徒が、倒れていふウシオを睨み付けながら見下ろしていた。

 

「・・・だからごめん、って言ってるじゃないか」

 

「そこはごめんなさいだろ?お前一年だよな?口の聞き方がなってねぇ!」

 

 今度は後ろにいる痩せた男子生徒が言う。回りは何事かと静かに騒ぎ始めていた。無駄な騒ぎにはしたくないので、ここは冷静に従っておく。

 

「・・・ごめんなさい」

 

「それでいいんだよ、てめぇら下級生は、俺らに逆らうんじゃねえ」

 

「・・・・」

 

 手のひらに力が入る。

 

「お前あの黄色い閃光の息子なんだろ?息子がこれじゃあ閃光の武勇も、信用できるもんじゃあねえなぁ!」

 

 ゲラゲラと笑う上級生。そしてそのまま、俺の横を通りすぎていった。

 

 カチンときた。体格も、年齢も現状では下だが、精神年齢は16歳くらいだ。こんなクソガキに、ここまで言われる筋合いはない。

 

「・・・本当にすまなかったな。あんたの体がでかすぎて、避けられなかったよ、・・・デブ!」

 

 すでに俺を通りすぎていた二人の足が止まる。そしてゆっくりとこちらに振り向いた。

 

「・・・あぁ?てめぇ今なんつった」

 

「聞こえなかったのか?デブって言ったんだよ。まさか耳にまで肉が詰まってんじゃないだろうな?」

  

 俺は出来る限りの嘲笑を浴びせた。太った男子生徒は顔を真っ赤にしながら、足を踏み鳴らしこちらに向かってきていた。

 

「てめぇ、ぶっ潰してやる!!」

 

********************

 

「大変申し訳ありませんでした!」

 

 隣で母さんが担任の先生に平謝りしていた。

 

「相手の子は、プライドがどうとかでご両親には言うつもりないらしいですが、出来る限りこういうことは避けてほしいですね」

 

 あのあと想像通り喧嘩になった。結果は俺の圧勝。普段父さんと修行している分、圧倒的に力量では俺が勝っていたのだった。

 

「はい・・・ほら!ウシオも謝りなさい!」

 

 俺はそっぽを向いてそれには応じなかった。

 

「謝りなさいってばね!!」

 

 癪だが、ここは渋々従っておいた。

 

「・・・すみませんでした。もうこんなことがないようにします」

 

「・・・でも流石あなたのお子さんですね」  

 

 先生はクツクツと笑いながらそう言った。母さんは不思議そうにハテナを浮かべている。

 

「赤い血潮のハバネロの噂は、あの頃の僕たちにも知れ渡ってましたよ」

 

「え?あ、あはは」

 

 それを聞いた母さんは、申し訳なさそうに笑った。

 

「それにミナトさんのお子さんでもある。・・・こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、実はすぐには止めに入らなかったんですよ」

 

「やっぱり・・・。先生見てたでしょ」

 

 上級生と喧嘩している最中、誰かに見られていた。やっぱり先生だったのか。

 

 母さんはまたもハテナを浮かべている。

 

「身のこなしが一年生のとは比較できないほどでした。的確に相手の急所を狙い、完璧な一撃を繰り出していた。流石はミナトさんの、いえ、閃光とハバネロの子供だ。これなら、飛び級もあり得ますね」

 

「飛び級、ですか」  

 

 母さんはそれを聞くと、少し表情が暗くなった。

 

 そのあと母さんはもう一度謝り、俺に拳骨を食らわせ、職員室を後にした。そして今度こそ帰路についていた。

 

「・・・ごめん、母さん」

 

「もういいのよ。穏和なあなたが喧嘩するくらいだから、きっと理由があったんでしょ。でも、喧嘩していいって言ってるわけじゃないからね」

 

 八百屋で買った食材を手に、母さんは言った。

 

「・・・たんだ」

 

「え?」

 

「父さんをバカにしたんだ。アイツら、父さんは弱いって・・・。そんなこと言われて、黙ってられるかって・・・」

 

 それを聞いた母さんは、少し目を見開き、すぐに優しい表情になった。

 

「それでも、だめ。確かにムカつくことや、嫌なことだってあるかもしれない。それを晴らすために拳を振るうのは、手っ取り早いかもしれない。でもね・・・」

 

 歩みを急に止めた母さんは、俺の目の前にかがんだ。そして俺の手を取って、俺の胸のあたりにそれを置いた。

 

「ここが痛くなるの。殴った方も、殴られた方も、どっちも」

 

 母さんは最大限の優しい表情を向けた。

 

「あなたは火影になるんでしょ?戦争を止めるんでしょ?だったら喧嘩なんてしちゃだめよ。ちゃんと相手を見て、それから理解するの」

 

「・・・・・・」

 

 そこまで言うと、母さんは立ち上がり自分の頭を掻いた。

 

「アタシが言っても説得力ないかもしれないけどね」

 

 そしてケラケラと笑う。夕日に照らされた母さんの髪の毛がキラキラ光っていた。それはとてもとても綺麗で、父さんが母さんを好きになった理由が、なんとなくわかった気もした。

 

「あら、クシナじゃない!」

 

 ふと、背後から声をかけられる。俺はすぐに振り向くと、そこには黒髪の女性が立っていた。

 

「ミコト!」

 

 母さんのママ友だ。これは長くなるぞ。

 

「どうしたの?今日は」

 

「それがうちの子がちょっとね・・・」

 

「やんちゃしたの?クシナにそっくりじゃない」

 

「よ、余計なお世話だってばね!」

 

「うちのイタチも見習ってほしいわ。あの子あの年齢にしては大人っぽすぎるのよ」 

 

 やっぱり長くなりそうなので、俺はそこらへんのベンチに座り込んだ。カラスがカアカア鳴いている。

 

 そう言えば、自主練出来なかったな。

 

********************

 

 母さんが、拭いていた皿を落とした。リビング中に割れた時の音が響く。

 

 任務から帰った父さんは悲壮さを窺わせるような表情を浮かべて、話す。

 

 母さんの目には大粒の涙が溜まり、今にも流れ落ちてしまいそうだった。必死にそれをこらえ、父さんの話を聞く。

 

 俺は、何がなんだかわからなかった。俺はただ、アカデミーから与えられた宿題を片付けてただけなのに。まったくそれが手につかない。

 

 父さんの話が終わると、母さんはどこかへ走って行ってしまった。父さんはそれを止めることはせず、次は俺の方へとやって来た。

  

 父さんは先程と同じ内容を俺にも話した。

 

 父さん、それはさっき聞こえてたよ。だから、いいよ。もう話さなくて。

 

 そう言いたかったけど、俺の口は言葉を忘れたみたいに何も話すことをしなかった。

 

 胸の奥が熱い。いつもより重力を感じていた。ひどく体が重い。頭ん中がぐちゃぐちゃになり、これ以上何も考えられなくなる。

 

 そうなる前に、何があったのかを簡潔に述べる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────オビト兄ちゃんが戦死した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうもみなさんおはこんばんにちは。
zaregotoです。

彼がミナトとクシナに拾われてから、すでに6年が経過しました。彼らの子供にする、っていう設定を考えたんですけど、あの夫婦わりと若かったんですね。

ナルトを産んだとき、ミナトとクシナは20歳。動画とか資料を見てたんですけど、そんな風には見えなかったです。結構大人びてるんですよね。

でも無理やり彼らの子供にしてしまいました。主人公を拾ったときの年齢は、逆算すると12歳。アカデミーを卒業する年齢ですね。そんな二人が密書の奪取なんて任務をこなしていました。でもそれは戦時中ということで、設定としてはなくはないかと。ミナトに関しては10歳でアカデミーを飛び級したらしいですから。

これからも、出来るだけ投稿していこうと思います。ただ、物語が本格的に動き出すのはナルトがアカデミーを卒業する、原作第一巻の時代まで進んだらです。それまではわりと早めに時間が進んでいくと思います。

それではみなさん。これからもよろしくお願いします!感想をくれると今後の励みになりますので、よろしくお願いします!

➡感想を下さった方からのご指摘により、クシナがナルトを産んだ年齢は24歳くらい、であると判明しました。誤情報を記載してしまい申し訳ありませんでした。


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勿忘草

 まだ人もいない早朝、少年が歴代火影の顔岩を眺めていた。三代目の顔岩の隣に、新しい顔岩が建設されようとしている。職人が手で掘っていく新しくできるそれは、俺にとって見慣れたものだった。

 

 俺はそれを、顔岩が一番よく見えるベンチから眺めていた。

 

「・・・・・・クソッ」

 

 俺は少し顔を歪めた。

 

「そろそろ修行に行こう。朝のノルマを早く終わらせないと」

 

 そう自分に言い聞かせ、重い腰をあげた。

 

 今年で俺は7歳になる。記憶を取り戻してから3年だ。取り戻してから本格的に修行を開始したので、修行を開始してから3年とも言える。

 

 そして、第三次忍界大戦が終結した。さらに、砂との同盟条約も結ばれることになった。現在は形式的だが、平和という状態が建前として続いている。

 

 大戦の傷が癒えぬ中、人々は平和であろうとし、偽善的な活気が広がっていた。中には、必要な犠牲だとか、仕方がなかっただとかぬかす愚か者どもがいるが、そんなこと思いたくなかった。クソ食らえだ。

 

 そう思いながら、密かに見つけた修行場に急いでいると見知った顔を見つけた。

 

「・・・大蛇丸先生」

 

 病的に白い肌。蛇のように鋭い眼光。長い黒髪。それでいて俺の師匠である、伝説の三忍の大蛇丸が見えた。

 

「あら、ウシオくん」

 

「ここで、何をしてるんですか?」

 

 大蛇丸は出来上がる寸前の顔岩を眺めていた。

 

「別に、なんでもないわ」

 

 この人は昔から表情が読めない。だけど今は表情から窺う必要はなかった。

 

「俺は、あなたが四代目になるべきだと思ってます」

 

 その瞬間、顔岩に向かっていた大蛇丸の顔がこちらへ向いた。蛇が獲物を狙っているかの表情を、俺に向けていた。

 

「そう。あなたがそれを言うの?」

 

 第三次忍界大戦が終結して、その犠牲へのなんたらかんたらで三代目火影が退任した。それにともない、四代目の選出が行われた。

 

 その選出に目の前にいる大蛇丸が立候補したが、三代目火影猿飛ヒルゼンは、俺の父波風ミナトを推薦した。

 

 父は人柄もよく、大戦でも多くの功績を残したため、すぐに四代目に選出された。

 

「忍に必要なのは、人柄じゃない。忍術の多彩さだ。あなたが四代目になれば、この里は強くなる。いや、強くすることができる。そう思ってます」

 

「・・・ばかなこと言わないで。殺すわよ」

 

 表情を変えず、殺意を向けられる。大丈夫。この人はいつもそうだ。

 

「今日の修行には付き合ってくれますか」 

 

「気分が乗らないわね」

 

「そうですか」

 

 いつも彼が乗り気じゃないと修行はつけてもらえない。しかし彼が教えてくれる忍術は、他の誰も教えてくれないものばかりだった。

 

 通常覚えていく忍術はもちろん、禁術指定とされたものも教えてくれる。すぐにでも強くなりたい俺からしたら、これほどいい師はいなかった。

 

「ミナトなら良い火影になるわよ」

 

「はたしてそうですかね。俺はそうは思えませんけど」

 

 俺は大蛇丸の隣を通りすぎて、修行場へと急ぐことにした。

 

 大蛇丸は通りすぎて行ったウシオの背中を眺めていた。

 

「あなたも変わったわね。そう、それでいいのよ。必要なのものは、いつも・・・」

 

 ウシオの姿が見えなくなってから、大蛇丸はまた顔岩へと視線を向けた。

 

「もう、悔いはないわね」

 

 大蛇丸は歩みを進める。顔岩に背を向けて、町の方へと消えていった。

 

********************

 

「流石だ、ウシオ。また学年トップ」

 

「どうも」

 

 人のいなくなった教室で、ウシオとその担任の先生が話していた。

 

「前に話したことが実現するかもしれないな」

 

「なんです?」

 

「飛び級の件だよ。君はもうここで学ぶことはないだろうからね」

 

「いえ、学ぶことならたくさんありますよ。まだ飛び級をする気はありません」

 

 ウシオは淡々と述べる。それに対し担任はハハッと笑った。

 

「まだ、ね」

 

 意味深にウシオの顔を眺める。

 

 話を終えたのか、担任は教室を後にした。ウシオは担任の出ていった扉を一瞥すると、席に置いてあったバックを肩にかけた。

 

「まだまだだ。まだ、もっと強くならないと。みんなを守れるように」

 

 そう小さな声で告げた。

 

 その時、閉じられたはずの扉が勢いよく開いた。

 

「・・・またか」

 

「ウシオ!今日こそてめぇを下してやる!」

 

 いつものヤツだった。ヤツらではないのは、あの痩せた上級生は俺を恐れて挑むことをやめたからである。その点に関しては、コイツは尊敬できる。絶対に勝てない相手に何度も挑むことに関しては、だが。

 

「カズラ、勝てないと分かってるだろう」

 

「勝てないからって挑むのをやめるのは、男じゃねえ!俺は火影になんだよ。てめぇの親父みたいな、な!」

 

 薄葉カズラはそう言い切った。俺が一番聞きたくないことを、だ。俺の冷えきっていた感情が、少し熱を帯びる。

 

「お前さ・・・・」

 

 自分でも驚くくらい、低い声色で告げ始める。

 

「ばっ───かじゃねぇの?」

 

 最大の侮蔑をこの言葉に乗せる。

 

「何が火影だ。何が親父だ。てめぇの受け持つ部下すら救えないヤツが、里を救えるもんかよ」

 

「お前・・・」

 

 いつもは挑戦的な目を向けてくるカズラだったが、今の言葉は疑問に思ったらしく、向けたことのない表情をしていた。

 

「悪いけど、今日はそんな気分じゃない」

 

「ちょ・・・まてウシオ!」

 

 そう言うカズラを後ろ目に、俺は教室を後にした。

 

********************

 

「ただいま」

 

 重い扉を開けて、帰るべき場所へと足を踏み入れた。

 

「あら、お帰りウシオ」

 

 母がリビングへと続く扉から顔を出した。

 

「・・・ただいま母さん」

 

「少し帰るのが遅いんじゃない?父さん、さっき出てったわよ。入れ替わりね」

 

「ふうん・・・」

 

 ウシオはさも興味なさそうに、クシナの横を通り抜けてリビングへと入った。

 

「ちょっと・・・!」

 

 クシナが通りすぎるウシオの肩を掴む。ウシオは掴んだ手を払いのけて、リビングからつながる自分の部屋に向かった。

 

「待ちなさい、ウシオ!」

 

「何、母さん」

 

 ウシオは感情のないような目をクシナに向けた。クシナはその顔を見て、少しだけ悲しい表情になる。

 

「どこにいってたの」

 

「どこって、修行だよ」

 

「どこの、よ」

 

「秘密なんだ。俺が見つけた修行場。言ったら秘密じゃなくなる。それに、関係ないだろ(・・・・・・)

 

「・・・なによ、その態度は!」

 

 言葉を重ね合うにつれて、クシナの声は荒くなっていく。反対にウシオは冷ややかになる。

 

「ご飯はいらないよ、ラーメン食べてきたから」

 

 そう言い捨てると、ウシオは部屋に入っていった。

 

「ちょっと、ウシオ!」

 

 固く閉ざされた扉を眺め、クシナは高ぶった気持ちを落ち着かせた。

 

 あれからもう半年がたつ。神無毘橋での任務でオビトが戦死してから。その間に戦争も終わり、やっと一息つけるようになった。

 

 ミナトも四代目に選ばれ、彼の夢が叶った状況だ。

 

 だけど、家族の仲は冷ややかだった。あの一件から、ウシオがミナトを見る目が変わった。私でも分かるくらいに。尊敬の眼差しだったのに。

 

 これで喧嘩でもしてくれれば、まだいい。言い争いでもいい。どちらかが心情をぶちまければ。そうすれば、きっと。だけどミナトはそんなこと絶対にしないし、彼自身がきっと後悔してるから、もしそういう性格の人でも、きっとしない。

 

 ウシオに至っては話すことすらしない。あれからミナトと会話した姿なんて、数えるほどしか見ていなかった。それが、ただ駄々をこねてるだけなら、叱り飛ばせばいい。だけど、今回は違う。

 

 ウシオにとってオビトは、本当の兄のような存在だった。互いに認め合い、高め合い、ライバルのようでもあった。カカシやリンには、さん付けで呼んでいたが、オビトだけは兄ちゃん、と呼んでいたのがそれを裏付ける。彼にとって、オビトはそれほど重要な存在だったのだ。

 

「どうすれば・・・いいんだってばね」

 

 椅子に腰をおろし、クシナは頭を抱えた。

 

「あなたが分からないわ。アタシ、母親に向いてないのかしら」

 

 そう、クシナらしからぬ言葉を発した次の瞬間、クシナに異変が起こった。

 

「うッ・・・!?」

 

 急な吐き気。クシナは急いで洗面所へ向かい、腹部から沸き上がってくるものを吐き出した。

 

「・・・ハァ・・ハァ・・ハァ」

 

 これってまさか。

 

 クシナは、自分のお腹の辺りを眺めた。そして、尾獣の封印式がある部分を優しく撫でる。

 

「ミナトに・・・ウシオに、報告しないと!」

 

 先程までの暗さが嘘のように、明るい笑顔を取り戻したクシナは、急いでウシオのいる部屋へと向かった。そして、ノックもせず勢いよく扉を開く。

 

「ウシオ!母さんねぇ───」

 

 喜ばしい報告を既にいる我が子に報告しようとしたが、いるはずの部屋はもぬけの殻だった。

 

「あれ?いつの間に・・・」

 

 よく見れば、窓ガラスが開いていた。吹き込む風によってカーテンがゆらゆらと靡く。電気もついていないその部屋は、酷く殺風景で、とても寂しく思えた。

 

「まったく・・・外出するなら、一言ぐらい言えってばね」

 

 クシナは彼が出ていったであろう窓を眺め扉の端にもたれ掛かった。

 

********************

 

「火遁・豪火球の術!」

 

 腹部にあるチャクラを練り上げ、口から炎を吐き出す。月明かりに照らされ、天然の鏡となった水面に、その光景が写し出されていた。

 

「よし・・・中々様になってきたみたいだ。チャクラコントロールはもう完璧だな」

 

 今のは火遁の基本忍術とされる豪火球の術。火の性質変化を用いたもので、うちは一族の忍が使えたら一人前とされる忍術としても有名だ。

 

 家に帰ってすぐ、窓から外へ出た。母さんが扉を蹴破って、突入してくるのが目に見えていたからだ。面倒事を避けるために少しだけ遠いところで、忍術の修行に明け暮れていた。

 

 そばに勿忘草が咲いている湖だ。記憶を取り戻したくらいの頃に、母さんと一緒に来たときからお気に入りの場所だった。

 

「俺が使えるのは、火遁、水遁、土遁、それに雷遁か。まだ試したことはないけど、もしかしたら風遁も使えるのかもしれないな」

 

 これもあのじいさんのチャクラのおかげなのだろうか。神様から分けてもらったチャクラだから、少しだけ特別なんだろう。

 

 俺はこの年齢で、五行の忍術の基本を、ほぼすべてマスターしていた。その中でも得意なのが雷遁だった。これは恐らく、俺個人の性質なんだろう。

 

「よし・・・雷遁・雷激波!」

 

 印組をし、次は雷遁の術を地面に撃った。撃った方向へ跳ねながら進み、水に触れるとその範囲を広げる。

 

 見ると、水面に魚がプカプカ浮き始めていた。どうやら感電してしまったらしい。

 

「しまったな・・・」

 

 頭をかきながら、どうしようか迷っていたところ、背後に気配を感じた。

 

「・・・」

 

 俺は気付かない振りをしてそのまま動かなかった。その気配はゆっくりと近付いて来ており、俺の対応出来るところまであと少しだった。

  

 やれる。そう確信できる距離まで近付いてきたため、俺は影分身を作ろうとした。しかし。

 

「おいおい、いきなり戦闘体勢か?」

 

 聞き慣れた声を耳にして、ウシオは急いで振り向いた。

 

「なんだ、シスイか」

 

 うちは一族の忍で下忍でもあるうちはシスイがそこには立っていた。

 

「なんだとは失礼だな」

 

 シスイは腰に手をあてて、やれやれといった感じで俺の方を見ていた。水面の状況を一瞥し、口を開いた。

 

「無闇に命を散らすな。もったいないだろう」

 

「死んではいないと思う。多分、気絶してるんだろう」

 

 見れば浮いていた魚がピクピクと動き出していた。

 

 この術は攻撃のための術ではない。相手の動きを止める術だ。経絡系に働きかけ、一時的に四肢を麻痺させる。ただ、その時間は短く、たかが小魚ぽっちがすぐに動き出していることが、それを裏付けていた。

 

「どうした、こんな時間に」

 

「別に」

 

 俺は勿忘草の咲いている辺りの段差に腰掛けた。シスイは近付いてその横に立ったまま並んだ。

 

「中々の火遁だったが、まだまだだな」

 

「お前はうちはだろう。火遁が得意なのは当たり前じゃないか」

 

「まあな・・・。じゃあ見てろよ?」

 

 そうシスイが言うと、俺より一歩前に踏み出した。湖の淵に立つと、素早く印を結んだ。

 

「火遁・豪火球の術!」

 

 シスイの口から、先ほどの俺のものより一回り大きい火の玉が吐き出される。

 

「・・・」

 

 やることを終え、くるりとこちらを振り向き、控えめにどや顔をして、口を開いた。 

 

「これがうちはの豪火球の術だ」

 

「・・・すごいな。感心するよ」

 

 ウシオは目を丸くして、素直にそう述べる。シスイは俺の隣に戻ってきて、腰を下ろした。シスイは目を閉じて、静かな空間を堪能し始めた。鈴虫やらなんやらの鳴き声があたりには広がっていた。

 

「お前は、任務か?」

 

「その帰りだ」

 

「そうか・・・」

 

 覇気のないウシオの声を聞いたシスイは、ゆっくり目を開けて、こちらを向いて口を開いた。

 

「どうした、ウシオ?」

 

「だから言ったろ。べつ・・・」

 

 先ほどと同じように、拒絶の言葉を述べようとしたが、シスイの目がそうはさせなかった。黒い瞳が真っ直ぐ俺の目を見つめる。

 

「・・・はぁ。本当になんでもないんだ。今日のノルマが終わらなかったから、ここにいただけ」

 

「こんな時間にか?」

 

「昼間はアカデミーだし、そのあとはどうしてか乗り気になれなかったしな」

 

「へぇ・・・」

 

 信じてないかのように、そうもらす。俺は思ったことをそのまま言った。

 

「信じてないだろ」

 

「だってお前、ノルマは必ず時間内に終わらせるだろ。そんなお前が乗り気にならない、か?」

 

「俺にだってそういう時もある」

 

「へぇ・・・」

 

 さっきと同じようなやり取り。またこいつは信じていない。

 

 シスイとは少し前に出会った。修行の最中に、さっきみたく背後に立たれ、その時は普通に攻撃した。まぁ、それはいなされて逆に押さえつけられたけど。

 

 それからちょくちょく修行を見てもらえるようになった。大蛇丸とは別に、術の指南を受けている。

 

「そう言えば、ミナトさん火影に就任したんだってな。その間外に出ていたから知らなかった」

 

「そうなのか」

 

「おめでとう、鼻が高いな」

 

 ミナトの話題になり、心がざわついた。おめでとうと言われ、表情が歪む。

 

「関係ないね」

 

「・・・お前、まだあのことを気にしているのか?」

 

 そう言われ、何かがプチンと切れる。

 

「まだ、だと?シスイでも、それだけは許せない!あのことを、まだ、と言って割りきれってのか!?それとも忘れろとでも言うのか?!他の大人たちのように、お前も!」

 

 塞きをきったかのようにウシオは捲し立てた。しかしシスイは驚きもせず、冷静に聞き続けていた。

 

「忘れられるわけないだろうが!あの人は、オビト兄ちゃんは俺の兄さんみたいな存在だった!それを、その場しのぎの言葉で押さえ込んで、普通に生きていけってのか!?」

 

 ウシオは知らず知らずのうちに目に涙を溜めていった。それにも構わず、言い続ける。シスイはそれを受け止めるかのように聞き続ける。

 

 ウシオが言い終わると、シスイは優しいんだか、険しいんだか分からない表情でウシオの目を見据えた。

 

「言いきったか?」

 

「・・・なんだと」

 

「全部吐き出したか、と言ったんだ」

 

「何を知ったような口を・・・!!」

 

「分かるよ。繋がりが切れてしまう悲しみは。俺も戦争で両親を失った。親しい友人も、尊敬していた先輩も。だから分かるのさ」

 

 そうだ。シスイの両親は戦争中に死亡した。幼かったシスイを残して。

 

 ウシオは何も言うことが出来なくなり、押し黙ってしまった。それでも、言わなければならないことを言う。

 

「・・・すまない」

 

「いいさ、気にしてない」

 

 そう言って、朗らかに微笑んだ。

 

「何で、そう言えるんだ。どうして割り切れる。どうして笑顔でいられるんだ・・・!!」

 

 ウシオはもう涙こそ出ていないが、泣きそうな表情でそう捻り出すように告げた。シスイはそのままの表情で続ける。

 

「割り切ってなんかいないさ。今でも悲しい。寂しい。泣きたいくらいだ。でもな」

 

 一呼吸おき、さらに続ける。

 

「俺たち残された者が、いつまでたってもクヨクヨしていたら、死んでいった者たちが報われないだろう」

 

「・・・」

 

「確かに死者を悼むことは悪いことじゃない。寧ろ良いことさ。でもお前のは違う。お前はただ、現実から逃げているだけだ。見なければならないものから目を背け、耳を塞ぎ、うずくまっているだけ」

 

 正直、図星だった。そんなことにも気付けない自分に腹が立った。さらに、それを父さんのせいにしている自分にますます腹が立った。

 

「大事なのは受け継いでいくことだ。その人が叶えられなかった夢を、意思を、心を。そして二度とそんなことが起きないように、変えていくのさ」

 

 晴れやかな表情でシスイは言った。

 

 分かってる。分かってんだよ。そんなことぐらい。でも、それでも!

 

「それでも・・・もう、いないんだ。オビト兄ちゃんは」

 

 ウシオはシスイから目をそらし、地面に目を向ける。風に靡く勿忘草が月明かりに照らされて、少し輝いているように見えた。

 

「・・・俺は、お前が本当の意味で気付くと思ってるさ。いや、気付かなきゃならない。それまで、俺はお前を見ているよ」

 

 そう言って、シスイはウシオの頭に手を置き、ワシャワシャと撫でた。

 

「シスイ・・・」

 

 撫で終えたところで、ウシオが口を開いた。

 

「なんだ」

 

「忍って、なんなんだ」

 

「・・・・」

 

 急に別の質問になって驚いたシスイだったが、すぐにその真意に気付き、真剣に答えた。

 

「忍とは、陰から平和を支える名もなき者(・・・・・・・・・・・・・・)。それが本当の忍だ。そうあれればいいんだ。俺は、それでいい」

 

「陰、から」

 

 それじゃあ・・・。

 

「それじゃあ、シスイはどこにいるんだよ。オビト兄ちゃんはどこにいるんだよ。どこにもいないって言ってるようなもんだろうが・・・!!」

 

 少し暗そうな表情になり、すぐに優しく微笑んだシスイは、俯いているウシオの目の前にかがんだ。ウシオは顔をおこし、シスイの顔を見る。 

 

「それは・・・」

 

 シスイは人差し指を、ウシオの心臓の部分にやった。そして、少し微笑みながら言った。

 

ここ(・・)だ」

 

 ウシオはまた泣きそうになった。そうなる自分を押さえ込んで、腕で顔を拭った。

 

 ウシオは半年前にクシナに言われたことを思い出していた。クシナに言われたことのように、胸に突き刺さる。あのときよりも的確に。ウシオの濁った心臓を抉った。

 

「じゃあな、ウシオ。早く帰れよ」

 

 そこまで言うとシスイは背後にある舗装された道まで跳躍し、うちは一族の区域のある方向へ歩いていった。

 

「・・・シスイ」

 

 ウシオはシスイの背中を眺めていた。うちはの家紋が、オビトを思い起こさせ、姿を重ね合わせた。

 

「それでも・・・俺は」

 

 転生者であることを忘れるくらいに、この世界に埋没していた俺は、自分が、愛を知らない寂しい人間であった頃を思い出していた。繋がりもなく、繋がろうともしなかったあの頃を。

 

 あのときは、どれほど憧れていたか。家族、友人、心のある生活に。だがそれは、とてつもなく苦しいものだと、転生した先で気付かされていた。

 

 繋がりの切れる恐怖。始めから両親のいなかったあの頃の俺にはなかった感情だ。それが、これほど重いものだとは、考えもしていなかった。

 

「これなら、生き返るなんて、しなきゃよかった。あのまま、消滅していればよかった。繋がりなんて、持たなきゃよかった」

 

 拭ったはずの涙が、頬を伝う。顎の辺りからポタポタと落ちていった涙の滴は、勿忘草の花弁に受け止められ、ゆっくりと地面に伝わっていった。

 

********************

 

 ボウルを手に持ったミナトは嬉しそうに、驚きの表情を浮かべながら言った。

 

「え!?赤ちゃんが!?」

 

「うん!そうだってばね!赤ちゃんだってばね!私のお腹にいるんだってばね!」

 

 捲し立てながら興奮するクシナ。

 

「この前、つわり?ってやつがきて、もしかしたらと思って、お医者さんに行ったら、予定日は10月10日だって!私、嬉しくなっちゃって。赤ちゃんができたこともだけど、それに」

 

 お腹をさすりながら、ウシオの部屋を眺めた。ミナトはボウルをテーブルに置いて、クシナに近寄った。

 

「10月10日・・・。そうか。・・・きっと運命だったんだよ。俺たちが家族になったのは」

 

「・・・うん。うん!だってその日は!」

 

「7年前、ウシオと初めて出会ったあの日!」

 

 興奮して、クシナはミナトに飛び付いた。

 

「ああ!だめじゃないかクシナ。そんなに動いたら、お腹の子に障るよ!」

 

 少し動いただけなのに、慌てて抱き止める。

 

「まーだ大丈夫だってばね!・・・私、思ったの。こんなんじゃ、ダメだって。産まれてくる子に、顔向け出来ないって。そう思ったら、急に元気が沸いてきちゃって」

 

「クシナらしいよ。でも、うん。・・・そうだね。俺も頑張らないと。こんなんじゃナルトに笑われるよ」

 

「ナルト?」

 

 不思議そうにミナトの顔を眺めるクシナ。ミナトはクシナを離して、本棚から少しだけ汚れた一冊の本を取り出した。

 

「自来也先生が初めて書いた小説さ。この中の主人公の名前が『ナルト』だよ。俺は、この小説の主人公のような人になってほしいと思ってるんだ」

 

 パラパラと捲りながら優しい表情を浮かべるミナト。クシナはそれを見て感慨深そうに口を開いた。 

 

「・・・ナルト。ナルトかぁ。・・・うん。いいじゃない。ナルト、ナルト!」

 

 嬉しそうにはしゃぐクシナ。それを見て慌てて手を添えようとするミナト。

 

「また、クシナ!そんなに動いたらお腹の子に・・・」

 

「だから、大丈夫だってばね!」

 

 そうして、リビングに笑いが広がった。これまでの重苦しい空気を打ち消すかのように。

 

「ウシオが帰ってきたらすぐに言わないと。君はお兄さんになるんだよって!」

 

「ミナトは火影の仕事があるでしょう?私が伝えておくわよ」

 

「いいや、これは二人で伝えたいんだ。なんたって、新しい家族が増えるんだからね!」

 

 ミナトはウシオの部屋を一瞥し、そう言った。

 

「分かったわ。二人で一緒に言いましょう!」

 

 笑顔でそう言うクシナ。それを見てミナトも笑顔になる。二人は確信していた。これから多くの幸せが生まれるんだと。これまでの幸せが二倍になるんだと。

 

 そう、確信していた。

 




どうもおはこんばんにちは!zaregotoです。

 3話目になり重要な役割を担うことになる人物たちが登場し始めました。そしてウシオは、早い反抗期に。転生者であり、一度16年生きた彼ですが、人間関係に関しては忍界での彼の年相応です。経験がないが故に、これまで味わったことのない恐怖に直面します。

 前の話とは打ってかわって、暗い話ですね。主人公は片足くらいが闇落ちしています。終いには、あの『彼』のように大蛇丸に弟子入りしてしまったり。しかしまぁ、まだ大蛇丸は危険な思想を持っているだけで、木の葉にとって脅威となる存在にはなっていませんから、大丈夫かと。それでも、禁術の開発が発覚し、四代目の座が遠退いたくらいなので、ヤバいやつであることには代わりありません。その代わり、主人公は多くの術を学び、肉体面では強い忍びになっていきました。

 登場したシスイですが、家族関係がうちはカガミの子孫であることぐらいしか分かっていません。ですので、勝手に両親を戦死してしまったことにしました。また、原作ではシスイの描写が思ったより少なかったと思います。多く登場したアニメはあまり見ていないので、彼の話し方などには苦労しましたね、はい。あと、年齢設定もよくわかりません。一応は主人公の先輩、ということにしました。わたしの頭の中では主人公➡シスイ➡オビト、という感じの年齢設定です。

 今回のサブタイである『勿忘草』の花言葉は、「私を忘れないで」「真実の愛」といったものです。・・・はい。ぶっちゃけそのためだけに登場させました。文面的にカッコつけたかっただけです。誕生花でもなければ、ナルト原作にちなんだものでもありません。・・・だと思います。

 そんなわけでみなさん!これからもよろしくお願いします。原作崩壊系のSSが苦手な方は、気を付けてください。どんどん崩れていきますので。今のところ1日1話ペースで投稿出来ているので、今後もそんな感じで行きたいですね。よければ感想、評価お願いします!今後の励みになりますので!

 では!


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子の意地、親の意地

 白髪の少し老いた男がミナトの持っている本を見て、嬉しそうな表情になり、照れを隠しながらミナトの背中を叩いた。

 

「おお!ワシの『ド根性忍伝』を読んでくれておるのか?!いやしかし、処女作だし、まだ文章も稚拙で、出来もよくないんだがのぉ」

 

「いや、そんなことはないです!この物語は素晴らしいです」

 

 そう言って、持っている本を眺めた。

 

「今度産まれてくる子供も、こんな主人公みたいな忍になってくれたらいいなって!」

 

 持っている本をゆっくりとテーブルに置いた。

 

「だから、この小説の主人公の名前、頂いてもいいですか?」

 

 その言葉に、白髪の男性、伝説の三忍である自来也は目で驚きの感情を表した。そしてすぐに我にかえったのか、慌てて身振り手振りを交えながら話始めた。

 

「お、おい。そんなんでいいのか?!ラーメン食いながら適当に考えた名前だぞ」

 

 そう言っても、ミナトの決心は固く揺らがなかった。そしてミナトの後ろから、お腹の大きくなったクシナが現れた。

 

「クシナ・・・」

 

 現れたクシナに対し、自来也はボソッと呟いた。

 

「『ナルト』」

 

 優しく微笑みながらクシナはそう言った。そしてまた告げる。

 

「素敵な名前です・・・」

 

 クシナはそう述べ、優しくお腹を撫でる。自来也は気恥ずかしそうに、わちゃわちゃと手を動かしながら口を開いた。

 

「じゃ、じゃあワシが名付け親かのぉ!ガハ、ガハハハハ!」

 

 最後には大声で笑い、ミナトとクシナも一緒になって笑っていた。

 

「二人目、か。ウシオも兄貴になるんじゃのぉ・・・。感慨深いものがあるわい」

 

 自来也はこの家にいるもう一人の子供のことを思い浮かべた。クシナのように赤い髪、ミナトのように青い瞳。本当に二人の間で産まれたような子だ。砂との国境付近で発見された彼は、二人の本当の子供のではない。幼いながらも忍の才に溢れ、将来を有望視されていた。

 

「ええ。だから俺も父親として、もっと大きくならないといけないな、と思いまして」

 

「そうか、あれからまだ立ち直っとらんのか。まぁ仕方がないと言えば、仕方がないことなんじゃがのぉ」

 

 尊敬する人を失い、失意の念に苛まれているという。久しぶりに木の葉に帰ってきてからまだ、一度も会っていないが、これは早く会ってやった方がいいのかもしれん。いや。ここはミナトに任せた方がいいか。こいつも二人の父親になるのだから。

 

「しかしあれじゃぞ?二人ってのは、案外疲れるもんじゃぞ?弟の世話ばかりしていたら、兄貴が嫉妬するかもしれんからのぉ」

 

「大丈夫ですよ、先生。ウシオは、分かってますから。必ずこの子のいいお兄さんになります」

 

「必ず、か?」

 

「必ず、です」

 

 真剣な表情でそう述べた。

 

 ミナトもいい男になった。自来也はしみじみとそう思った。

 

「『親父』がそう言うんだから、そうなるんじゃろうのぉ。じゃが案外、クシナの方が根を上げるかもしれんのぉ?」

 

「え?なんでですか?」

 

 クシナは不思議そうに首をかしげながらそう言った。自来也はニヤニヤしながら続ける。

 

「赤ん坊っちゅーのは、一筋縄じゃいかん。気が短いクシナのことじゃ。ギャアギャア泣く赤ん坊を・・・」

 

 何が言いたいか分かったクシナは、徐々に髪の毛を逆立たせながら、拳をグーッと握り、口を開いた。

 

「そ、そんなことしないってばね!」

 

「ガハハハハ!冗談だ!」

 

 また豪快に笑い飛ばす自来也。それを見るミナトは、困ったように笑っていた。

 

「ところで、ウシオはどこにおるんじゃ?今日のアカデミーは休みだったはずじゃが」

 

「買い物に行ってもらってます。前まで、少し距離が開いていたんですけど、お腹の子の話をしたら少しはましになってくれたみたいで・・・。前のようにまた、笑ってくれるようになりました」

 

 そう言うクシナだったが、表情は暗い。

 

「そうか。久しぶりに会いたいんじゃがのぉ」

 

 それを聞いたからかどうかは分からないが、ミナトは自来也がそう言うと、座っていた席からかばっと立ち上がった。

 

「俺、迎えに行ってきます」

 

「そうか?急ぐ必要はないんじゃが・・・」

 

「先生はお忙しい人ですから。それに、二人だけで話したいこともありますし」

  

 ミナトはそう言うと窓の外を見やった。雲ひとつない快晴だ。それと同じように、ミナトの顔も晴れやかだった。

 

********************

 

「人参、玉ねぎ、ジャガイモ・・・。一通り買うものは買ったな」

 

 ウシオは買い物袋を下げ、持っている紙を見た。どうやらお使いも終わり、あとは帰るだけのようだった。

 

「早く帰るか。でもなぁ。自来也先生が来てるらしいから・・・」

 

 ウシオは自来也が苦手だった。自分の師匠が大蛇丸であることも理由だが、そもそも性格が合わない。

 

「思えば、ナルトみたいな人だよなぁ。というか、もっと原作読んどけばよかった」

 

 ウシオが前の世界で読んだNARUTOは、恐らく木の葉崩しあたりまで。三代目火影が戦死したあたりだ。それを防げれば、と思い、大蛇丸に弟子入りしたって言ってもいい。だが、もう大蛇丸はいない。四代目の座を取れないと、すぐに里抜けしてしまった。

 

 里抜けは犯罪だ。木ノ葉はどうか分からないけれど、確か霧隠れには抜け忍暗殺専用の忍、追い忍がいると聞く。それもそのはずだろう。里に不利益を生む情報を流しかねないのだ。里としてはそれは避けたいはずだ。

 

「・・・ん?」

 

 いろいろ考えてるうちに、ひとつの疑問に行き着いた。

 

 そう言えば、なんで三代目火影なんだ?父さんが四代目になったはずだ。だったらそれを対処するのは父さんでいい。

 

「本当に、もっとマンガを読んでおけばよかった。あの頃は無駄なものとしか見てなかったからな」

 

 確か原作では三代目が大蛇丸の対処をしていた。でも、そうか。あっちはフィクション。俺からしたらこっちがノンフィクション。少しくらい、歴史が変わることもあるだろう。

 

「帰ったらすぐに出て、シスイに修行をつけてもらおう。今日は確か、オフだって言ってたからな」

 

 せっかくの休みに修行の手伝いをさせるような非情な考えはさておき、ウシオは急いで帰ろうと思った。早く帰らないと、二人が心配する。

 

 シスイとの一件があってから、ウシオは考えを改めた。まだ完全には許しちゃいないが、俺も譲歩することにしたのだ。

 

 譲歩といっている時点で、何かが違う気がするけど。

 

「ウシオくん」

 

 不意に背後から声をかけられたので一瞬身構えてしまった。だが、声の主が誰かすぐ分かったのでそれを解く。そのまま、ゆっくりと振り向いた。

 

「アヤメさん」

 

 そこには長い黒髪をひとつに縛って、ポニーテールにした少女な立っていた。

 

 霧切アヤメ。アカデミーの先輩で、カズラの同級生だ。

 

 アヤメはゆっくりと近寄って、ウシオの前で静止した。

 

「何してるの?こんなところで」

 

「こんなところって・・・ここ結構大通りだと思うんですけど」

 

「あ、そっか」

 

 軽率に言ったことに対して少し恥ずかしがるアヤメ。ウシオが手に持っているものを見てハッとした。どうやら何をしているか分かったようだった。

 

「お使い?」

 

「えっと・・・はい」  

 

「えらいねぇ。みんな休みを満喫してるのに」  

 

 お使いって言葉と、ガキみたいに誉められたことに少しだけムカッとしたが、実際ガキだったし、アヤメには一切悪気がないことは分かってるのでスルーした。

 

「ウシオくんって、修行の虫だって聞いたことがあるんだけど、ちゃんと親孝行もするんだね!エライ!」

 

「それは、母さんが・・・」

 

「お母さん?」

 

 瞬間、ウシオは自分が言おうとしていることが、いけないことだと気がついた。母さんが妊娠してることは、基本的に口外できないのだった。

 

 母さんには、九尾の狐という獣が封印されている。尾獣と呼ばれるそれは、戦争の道具にされかねないため、多くの忍から目をつけられていた。ヒルゼンじーちゃんとビワコばーちゃん曰く、出産時にその封印が弱まるのだという。初代の奥さん、ミト様がそうだったらしい。このことが他里の忍にばれでもしたら、起こってはならないことが起こるかもしれない。

 

 ウシオは二度と、バケモノに大切な人を失わされたくなかった。父さんが四代目になる少し前、その尾獣絡みの件でリンが死んだ。霧に誘拐され、尾獣を封印され、死んだとされている。まだ子供の俺にはあまり言ってくれなかったが、こっそり聞いていた。

 

 しかし心の穴はそれほど広がらなかった。オビトの一件が大きすぎて、リンのことが追い付かなかったからだ。悲しくない訳じゃない。寧ろもっと悲しんだ。より深く、力に傾倒するようになった。

 

「ウシオくーん?」

 

「・・・・・・え、はい?なんです?」  

 

「大丈夫?ボーッとして」

 

「はい。大丈夫ですよ」

 

「そう?」

 

 アヤメは本気で心配してくれていた。ウシオの顔を覗きこみ、無事であることを確認すると晴れやかに笑った。生命力の溢れた笑顔に、少しだけ眩しさを覚えた。

 

 俺の周りに集まる人はこういう人ばかりだ。母さん然り、リンさん然り、アヤメさん然りだ。ホントに、目が痛くなる。

 

「そういえば、カズラくん見なかった?」

 

「カズラ?」

 

「ええ」

 

 アヤメはカズラを探しているようだった。目的はなんなのか分からないけれど。

 

「見てないな」

 

「そう。今度こそウシオに勝つ!って意気込んでどっか行っちゃったのよ」

 

「アヤメさんは、カズラと一緒にいたんですか?」

 

「そうなのよ」

 

 そう言って、アヤメは近くにあったベンチに座った。そしてウシオを手招きして促した。ウシオは渋々だがそれに従った。

 

 アヤメはその状態のまま、少しの間ボーッとしていた。ウシオがそれに戸惑いながらチラチラとアヤメの顔を見ていた。

 

 少したって、アヤメはゆっくりと口を開いた。

 

「・・・カズラくんね、君と出会って変わったのよ」

 

「アイツが?」

 

「ええ。私、彼とは幼なじみなんだけど、昔から乱暴で理不尽で、いじめッ子の象徴みたいな存在だったの」

 

「今でも変わんないと思いますけどね」

 

「うふふ・・・。そうね。でも、私だから分かるのかな」

 

 アヤメは、優しそうな表情で微笑みながらそう言った。

 

「プライドだけは一人前で、昔から誰かに因縁つけては喧嘩。苦戦することはあっても、負けることはなかったの」

 

「アヤメさんの世代は、期待できないですね」

 

 直球で悪態をつく。それでもアヤメは嫌な顔ひとつしなかった。

 

「だけどあなたと出会って、ボロボロに負けて、初めて膝をつかされてた。影から見てたけど、少しだけ嬉しかったのよ?・・・それから、君に勝つためにいろんな修行をして」

 

 確かに、カズラは強くなっていた。初めて喧嘩したときは、ただの喧嘩だったが、今は決闘になっている。ちゃんとした戦闘ができていたのである。

 

「だからありがとうって、ウシオくん」

 

「感謝を言われる筋合いはないです。俺は適当にあしらってるだけだから」

 

「それでも、ありがとう。カズラの目標になってくれて」

 

 アヤメは心の底からそう思っているようだった。ウシオに向けている目がそれを証明する。

 

 目標、か。そんなつもりは全くなかったんだけどな。ただ、途中から楽しくなっていたことは事実だった。そう思いたくないけどな。

 

「・・・・あ!」

 

 アヤメが俺越しに何かを見つけた。ウシオは一度アヤメの顔を見ると、次はアヤメの目線を追った。

 

「四代目火影様!」

 

 そこにいたのは、父さんだった。

 

「やぁ。君はウシオの友達かな?」

 

「は、はい!霧切アヤメです!アカデミーの先輩で、友達です!」

 

 ミナトはゆっくりと近付いて、アヤメに微笑んだ。

 

「アヤメちゃんか。ありがとう、これからもよろしくね」

 

「は、はぃ・・・・」

 

 語尾が消え入りそうになるアヤメ。顔を見ればミナトにメロメロになっていた。

 

「ウシオを借りてもいいかな?」

 

「え?いやその、私が決めることじゃないというか」

 

 そう言って、アヤメはウシオの顔をちらりと見た。

 

「どうしたの、父さん」

 

 ウシオはボソッと呟いた。

 

「いや、少し話そうかと思ってね。大丈夫かな、ウシオは」

 

「あぁ、うん。・・・大丈夫だよ」

 

 すぐに承諾したが、顔はそう言っているわけではなかった。少しだけ不貞腐れているようにも見える。ミナトはそれを見て微笑んだだけだった。

 

「じゃあアヤメちゃん。またね」

 

「またアカデミーで」

 

「は、はい!お仕事頑張ってください!」

 

 ウシオとミナトは、アヤメに別れを告げると、よく修行を積んだあの練習場へと向かった。

 

***************

 

 練習場に到着した。火影の顔岩が木の陰から少しだけ顔を出している。ミナトは、ウシオを背にしてそれを眺めていた。

 

「話ってなに?父さん」

 

 ウシオはたまらず口を開いた。ミナトはそれに振り向かず話始めた。

 

「クシナと初めて会ったとき、すごい人がやって来たぞと思ったんだ」

 

 ミナトは答えになってないことを述べ始めた。ウシオは不思議そうな顔をして、何も言わずに聞いていた。

 

「木ノ葉で初めての女性の火影になってやる!ってね。自分の名前を言ったあと、急にそう宣言したんだ。彼女の目は、冗談なんかじゃなかった。だから俺も堪らず言ったよ。僕は皆に認められる立派な火影になりたい、と」

 

 母さんらしい。それに父さんらしい。性格は対照的だけど、根は同じ二人だからこそそう言えたのだろう。

 

「そして、俺は火影になった。今までたくさんのことがあったけど、みんなのお陰でここまで来れたんだ。それに、あの時クシナに出会ってなければ俺は・・・。ははっ・・・。やっぱり彼女がいなかったら俺はどこかで死んでいたろう」

 

 笑いながらこちらを振り向くミナト。そのあと、ウシオの目をしっかりと見据えた。ウシオは耐えきれず、視線を反らす。

 

「そして、君と出会ってなかったら、俺は火影にはなれなかったろう」

 

 ウシオは反らしていた視線を戻し、驚きの表情を向けた。

 

「覚えているかい?君がまだアカデミーに入学する前、初めて三人一緒に誕生パーティーを開いたろう。それまで三代目様ご夫婦に任せていたから、クシナ張り切っちゃってね・・・。そこでケーキの火を吹き消した後、俺に向かってこう言ったんだ」

 

 

 

 

 

『父さんは絶対火影になってよね・・・』

 

『ウシオも火影になりたいんだったね。でもどうしてだい?』

 

『どうしてって・・・そりゃあ、目標の壁が大きければ大きいほど、男は燃えるもんだろ!俺は、父さんが火影になった上で、父さんよりも凄い火影になるんだ。だから父さんは、絶対火影にならなきゃならないの!』

 

『んー!さすが私の子!おいで!チューしてあげるってばね!』

 

『や、やめろよ母さん!!』

 

 

 

 

 

 しみじみとミナトは思い出していた。

 

 そう言えば、そんなこともあったな。あの頃はこの世界に慣れるのに必死だった。そのときこの世界の凄惨さ、俺のいた世界がどれほど恵まれていたか思い知らされたっけな。だから余計に、忍の凄さとか、火影の偉大さとかを感じてたっけ。

 

「こんなに小さな命が、俺を目標に、越えるべき壁として見てくれてるなんてね。感動したんだ。俺は父親になったんだって」

 

 ウシオは悲しそうな顔になりながらも、ミナトの話を聞き続けていた。

 

「それに思ったんだ。息子に越えられるのも悪くないってね・・・。だから」

 

 そう、ミナトが口にすると彼は彼の使用している特製のクナイを構えた。

 

「勝負だよ!ウシオ」

 

 そんな行動を取ったミナトに、ウシオは動揺の色を隠せなかった。

 

「はぁ?!いきなり何言ってんのさ!」

 

「だから勝負だって!君も本気で来なさい。俺も、本気で行くから」

 

 そう言うと、ミナトは構えたクナイをウシオに向かって投げた。ウシオはそのクナイを易々とかわした。かわされたクナイは、ウシオの後方にある大きな木に突き刺さる。ウシオはすぐにその突き刺さった方向を見やった。

 

 だって、このクナイは・・・。

 

「飛雷神の術・・・」

 

「ん!そうだね」

 

 ミナトの持つ特注のクナイには、ミナトが時空間忍術を使用する際に使われるマーキングが施してある。瞬身の術と似ているが、少し違うらしい。

 

 よく分からないけど、瞬身の術は単なる高速移動。二代目火影が開発した飛雷神の術は、場所から場所へワープする高等忍術だ。

 

「どれだけ早くても、一ヶ所だけなら対策は出来る!」

 

「そうだね。でも本気でいくと言ったろう?」

 

 そう言うと、ミナトは残り全てのクナイをこの場所のいたるところに投げていった。

 

「これで俺の速さにはついてこれないよ。さあ、どうするウシオ」

 

 どうやら、本当に本気らしい。というより、やっぱり今までは本気じゃなかったのか。

 

「関係、ないね!影分身の術!」

 

 ウシオは5人に分身した。ただの分身ではなく、実体がある。5人は全てミナトの方へと向かった。

 

 重い攻撃がミナトにヒットしていく。ミナトは1発1発を的確にいなしていく。その中でミナトも攻撃を当て、影分身を消滅させていく。影分身がいなくなり、本体がミナトの掌底を受けてしまった。後ろに飛ばされたウシオは、空中で一回転し衝撃を軽減させた。

 

 着地したウシオは影分身を1人作り出し、2人で印を組み出した。そして2人は別々の忍術を放つ。

 

 

「風遁・大旋風!」

 

「火遁・流火の術!」

 

 2人のうちの1人が練習場の中心に大きな竜巻を発生させた。残りの1人はそこに火遁の術を叩き込んだ。風遁で威力を増した火遁が、大きな火の竜巻となった。さらにそこに、残った影分身が持っている忍具を片っ端から投げ入れた。

 

「「灼遁・爆風武具乱舞!!」」

 

 五遁の性質をよく理解した、よくできた術だ。さらにこれは、両方の術の威力を同じ比率にしなければならない。正確なチャクラコントロールがなければなし得ないだろう。

 

 ミナトは素直に感心していた。そして、強くなる息子に対し、興奮が止まらなかった。

 

 炎の竜巻は回転しながら忍具を吐き出していった。ミナトは飛雷神の術で炎を避け、さらにクナイで飛んでくる忍具を弾いていた。

 

「・・・!?」

 

 弾いていた最中のミナトの背後に気配が忍び寄っていた。ミナトはすぐにそれに気付くが、敢えて避けようとはしなかった。

 

「決まりだ、父さん!」

 

「ウシオ、勝利を確信したいときは心の中だけでしなさい。自惚れは禁物だよ!」

 

 ウシオの影分身たちの攻撃がミナトにヒットしたかと思うと、ミナトは同時に消えてしまった。

 

「影分身だと。いつの間に?!」

 

 ウシオが驚愕の声をあげていると、今度はミナトが上から攻撃を仕掛けた。影分身1体1体に攻撃を繰り出す。ミナトはこの中に本体がいるだろうと思っていたが、そこにいたウシオはすべて消えていった。

 

「水遁・水浸の術」

 

 竜巻が収まったころミナトとは、ちょうど竜巻があった場所を挟んで向かい側にウシオはいた。ウシオは水遁の術を吐き出していた最中だった。辺り一面が水浸しになる。

 

「痺れろ!雷遁・電電六刺!」

 

 水遁を放ったウシオの上からもう1人ウシオが。ウシオは、また影分身を作っていたのだ。上のウシオは、6つの槍状の赤い電撃を放つ。水面に着水すると、電撃は先程より速いスピードでミナトの方へ迫った。すでに下にいたウシオは、影分身だったらしく電気に感電し、すぐに消えていた。

 

「火遁に風遁、水遁、それに雷遁まで・・・。4つの性質を使いこなしているなんて・・・」

 

 本来自分にあった2つの性質を使えれば戦闘においては問題ない。修行次第ではそれ以上の性質を扱うことができる。三代目火影は全ての性質を扱える。ゆえにプロフェッサーと呼ばれているのだが、ミナトの目の前にいる少年はそれにリーチをかけているのだ。

 

 ミナトは飛雷神の術で後方にあるクナイへと転移した。しかし、ウシオはそれを見逃していなかった。

 

「悪いけど、それだけじゃないんだ、な!」

 

 ウシオは止まっているミナトに手裏剣を投げた。ミナトはそれを弾こうとするが、その手前で手裏剣は煙と共に姿を変える。ウシオの姿になった手裏剣は、ものすごい速度で印を組んだ。

 

「影分身を手裏剣に変化させていたのか・・・!?」

 

「土遁・岩固めの術!」

 

 地面の砂が盛り上がり、ミナトの方へと向かっていく。ゼロ距離に近い距離で砂がミナトの足へと向かい、足を固めてしまった。

 

「しまっ・・・?!」

 

 ウシオは動きが止まったのを見逃さず、立て続けに術を放った。

 

「火遁・豪火球の術!」

 

 火遁の術をそのままゼロ距離でミナトに放った。

 

「くっ・・・!」

 

 ミナトは飛雷神の術ではなく、瞬身の術でその場から逃れた。飛雷神の術式が施されたクナイは、全てウシオの影分身が破壊していたからだ。ミナトはそれに気付いていた。気づいていなければ一瞬行動が遅れ、火遁が命中していた。

 

 しかし、土遁で動きを制限されたミナトは、遠い距離までは瞬身できなかった。

 

「どうしたんだよ父さん。防戦一方じゃ、俺を倒せないぞ?!」

 

「そう、だね。一気にいくよ!」

 

 そう言ったミナトは、手を目の前に構え、掌を空に向けた。

 

「何の、術だ?」

 

 ウシオはこれを見たことがなかった。印を組んでいないため、五遁の術ではないだろうが。

 

 次の瞬間、ミナトの掌にチャクラが形成される。クルクルと乱回転し、チャクラの塊は球体に変化した。

 

「螺旋丸!」

 

「螺旋丸?」

 

 あれはまずい。

 

 小さな玉だが、高密度のチャクラがあの中で乱回転していた。

 

 身構え、次の行動へと移そうとしたウシオは目を疑った。ミナトの姿が消えていたのだ。しかし、ミナトのクナイは全て破壊した。瞬身で飛べる範囲は、土遁によって制限されている。

 

 大丈夫。

 

 ウシオは冷静に判断し、次の行動を起こそうとしたが、それは止められた。目の前に現れたミナトが、ウシオの腕を掴んでいたからだ。

 

「なっ・・・?!」

 

 いつの間に?!

 

 これは明らかに飛雷神の術だった。ウシオは、気配を感じ取れなかったからだ。

 

「終わりだよ!」

 

 ミナトは片手に持っている螺旋丸をウシオに当てる。

 

「くそっ・・・!!」

 

 ウシオは咄嗟に目をつむってしまった。しかし、衝撃はいつまでたってもやってこない。恐る恐る目を開くと、螺旋丸はウシオの目の前で止まり、徐々にその威力を落としていた。

 

「俺の勝ちだね」

 

 ミナトは掴んでいる手を離し、螺旋丸を消滅させた。ウシオは緊張の糸が切れたのか、その場に尻餅をついて座り込んでしまった。

 

「負けたよ。でもいつの間に・・・。そうか、あのときか」

 

 最初体術で攻撃を仕掛けようとして、逆に返り討ちにあったときだ。本体が攻撃されたとき、ウシオの体に術式をマーキングしていたのだった。

 

「完敗、か」

 

「そんなことないよ。君は、本当に強くなった。まだまだ子供だと思っていたのに、ここまでやるとは。やっぱり君は天才なんだね」

 

 ミナトはニコリと笑って、ウシオに手を差し伸べた。差し伸べられたウシオは一瞬躊躇したが、ちゃんと手を掴んだ。ウシオはミナトに立たせてもらう。

 

 ニコニコと笑っているミナトを見て、ウシオは笑みをこぼした。

 

 ウシオは本気だった。今出来ることをすべてやった。だが、目の前の男は息すら上がっていない。

 

「やっぱり、父さんには勝てないや。さすが俺の父さんだ」

 

「息子が天才だと、父親は大変なんだよ?ちゃんと俺も修行の成果が出たね」

 

「父さんも、修行を?」

 

「当たり前だよ。俺はまだまだ弱い。救えた命もあるけど、救えなかった命の方が多いからね」

 

 そう言って表情を暗くさせるミナト。おそらく、オビトとリンの事を言っているのだろう。

 

「ごめん」

 

「・・・なんで父さんが謝るんだよ。仕方がないだろうが。戦争だったんだ。人が死ぬのは、当たり前だから」

 

 ウシオは俯きながらそう言った。ミナトはそんなウシオを見て呟く。

 

「もっと早く君と話せばよかった。・・・怖かったんだ。そんなこと思っている場合じゃないのにね。・・・こんなこと言ってたら、クシナに怒られる」

 

「俺も怒るよ。父さんは、俺の、目標なんだ。どんなことがあっても。それは、救われたときから変わらない。俺をここまで育ててくれた父さんだから、だからこそ、俺は父さんを越えたい。父さんを越える忍に、火影になりたいんだ」

 

 俯いているウシオの頭を、ミナトは優しく撫でた。

 

「許してくれとは言わない。どんなに嫌われてもいい。だけど、これだけは覚えておいて」

 

 そう言ったミナトを、ウシオは見上げた。優しさの中に強さが見える表情のミナトの目をはっきりと見据えた。

 

「俺は、どんなときも、いつまでも、君を、愛している」

 

 ウシオの心臓がドクンと高鳴る。身体中が熱くなり、その熱は目までやって来ていた。大粒の涙を溜め、歯をくいしばる。

 

「うっ・・・うぅ」

 

 ウシオは恥ずかしげもなく、顔中から水分を垂れ流す。そして絞るように言葉を発した。

 

「オビト兄ちゃんが、リンさんが、死ん、だんだ。もういないんだ。もう会えないんだ」

 

「うん・・・うん・・・。でも君は生きている。だから俺は、君やクシナ、お腹の子を絶対に守る。父親だから」

 

 そう言ってミナトはウシオを抱き締めた。ウシオは誰の目も憚らず、わんわん泣いた。

 

 ひとしきり泣いたあと、ミナトは呟いた。

 

「赤き雷鳴」

 

 突然言ったことに少し驚いて、ウシオはミナトから離れた。

 

「なに?赤き?」

 

「さっきの雷遁を見て思ったんだよ。俺は木ノ葉の黄色い閃光で、君は赤き雷鳴。うん、カッコいい!」

 

「そ、そうかなぁ?」

 

 父さんのセンス、中学二年生のソレと似かよってるんだよなぁ。

 

 ウシオは涙でぐちゃぐちゃになった顔で、心の底から笑った。

 

 そう言えば、こんなに笑ったのは久し振りだなぁ。

 

 日が落ちて赤く染まりだした空の下で、2人の親子が笑い合う。心情を吐露したおかげで、2人はやっと本当の意味で、親子になれたのだ。そんな彼らを、夕日は自分が沈んでいくまで、キラキラと照らしていた。




 どうもみなさん、zaregotoです。

 主人公とミナトがやっと和解しました。というより、ミナトが主人公を救った感じですかね。親のいない彼初めての親子喧嘩です。だからこそ、こういう描写はちゃんと書きたかったんですよね。本当はここでナルト出産までやりたかったんですけど、主人公の本気を見せたかったのでそれは次に回しました。

 前話でシスイには家族がいない、戦争で死んだみたいな話をしましたが、どうやら家族がいたようです。イタチの小説でそういう話が出ていたようで、感想をくれた人が教えてくれました。今さらですので、ここでは死んだことにしていきます。ご指摘をくれた方には申し訳ありませんが・・・。

 主人公は五遁全てを扱います。まだアカデミーを卒業してもいないのにです。チートです。そんなキャラにはしたくなかったのですが、なんか、なっちゃいました。そういうのが苦手な方はご容赦下さい。主人公の得意とする性質変化は、雷遁で、今後はそれを主に使っていくと思います。他の性質ももちろん使いますが。

 さてみなさん。次はいよいよ九尾襲来です。震えて待て!

 では!


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うずまきウシオ!!

「はっ・・・!!」

 

 ここは木ノ葉の演習場。そこに組手をし合う2人の少年がいた。赤い髪の少年はうずまきウシオ。対して栗色のウェーブがかった髪をしている少年は薄葉カズラ。ウシオは、カズラに戦闘の終わりを告げる一撃をお見舞いしていた。

 

「ぐわっ・・・?!」

 

 もろに受けてしまい、後方にぶっ飛ぶカズラ。ウシオは心配そうに声をかけた。

 

「オーイ、大丈夫かー?」

 

「・・・」

 

 少しの間沈黙があり、心配になったウシオはカズラに近づこうとした。しかし、ウシオの心配には及ばず、カズラは右肩を庇いながらムクッと起き上がった。

 

「無事なら返事しろよ」

 

「つッ・・・。るせぇ。だが記録更新だ」

 

「へ?」

 

 時計を見れば、ゆうに10分を越えていた。

 

 10分耐久組手。延長戦あり。俺たちがやっていたのはそれだ。確かに、時間オーバー。俺はそれに、まったく気がつかなかった。それにしても、カズラは本当に強くなった。

 

「だけどお前の敗けだ。約束通り、三色団子奢りだな」

 

「わーってるよ!」

 

 気恥ずかしそうに言うカズラ。ウシオはしめしめと悪い顔をしていた。

 

 この組手を始めてからおよそ54戦。その全てをウシオが勝利していた。だがその中でカズラは着実に強くなっていた。時間を忘れるくらい戦闘に没頭していたのがその証拠だ。

 

「お前、かーちゃんいいのかよ」

 

「は?なんで」  

 

「だって、お腹に子供がいんだろ?」

 

「は?!なんで知ってる!」

  

 本来この事は他言無用であり、外に漏れるはずがなかった。三代目の指示で情報規制がなされており、かつ暗部の監視があるゆえ漏洩はありえなかった。

 

「は?お前が言ってたんじゃねーか。今度産まれてくる弟にも、とかなんとか。あんまり興味なかったから追及しなかったけど・・・」

 

 しまった。俺が漏洩させてた。

 

 ウシオは自身の失態に頭を抱えた。

 

「誰にも言ってないな?それ」

 

「ん?あぁ・・・。さっきも言ったけど、別に興味なかったし」

 

「そうか。これ、本当は言っちゃいけないんだ。完全に俺の失態。忍ともあろうものが・・・」

 

「まーだ忍じゃねぇだろ」

 

 二人ともまだアカデミーの生徒だ。額当てすらもらってない。

 

「誰にも言わねぇから安心しな。興味ねぇ」  

 

「そうか」

 

 隠匿している身としては、少しぐらい興味をもってほしいところでもある。バレたのならなおさらだった。

  

「そろそろ行こうぜ、腹減ったよ」  

 

「む?奢るのはお前だからな」

 

「分かってるっつの!言いたかねぇが、いつものことだ」

 

「だっせぇ」

 

「るせぇぞ!」

 

 ウシオはカズラをバカにした。怒りながらカズラは歩いていった。ウシオはニヤニヤした顔でカズラを追った。こんなことを言っているウシオだが、思っていることは逆だった。

 

 ダサくなんかないんだよなぁ。コイツ、本当にあのときのヤツなのか?人が変わったみたいに、堅実で努力家だ。まぁ、口は悪いが・・・。おそらく、現在アカデミーで一、二を争うほどの実力だ。忍術はまだまだだが、体術は目を見張るものがある。しかしまだ、アカデミーでの実力だからな。

 

 いざ忍者になれば、上はたくさんいる。いや、上の方が多い。ウシオもミナトと修行したりして実力をつけているが、実際はまだまだだった。そもそも、保持しているチャクラ量が違う。短期戦なら分からないことはないが、長期戦になれば必ず負ける。実戦なら確実に死ぬ。だからこそ、二人には修行が必要だった。

 

「着いたぞ・・・て、あれは・・・」

 

「見たことあるヤツがいるな」  

 

 甘味処へ到着すると、見たことのある顔が先に席で団子を頬張っていた。黒い髪の毛、おとなしそうだが人を寄せ付けない雰囲気。そこで団子を頬張っている少年は、背中にうちはの家紋を背負っていた。

 

「よう、イタチ」

 

 名前を呼ばれた少年はゆっくりとこちらを向いて、じっと呼んだ人間を見た。

 

「・・・・ウシオさんでしたか」

 

「なんだよ、やけに暗いご挨拶だな」

 

 好きなものを食べているのを邪魔されたゆえ、少し機嫌が悪い。

 

「俺もいるぞ、うちはの」

 

 そう言うカズラだったが、イタチは何のことか分からないような顔をした。

 

「あな・・たは?どこかでお会いしましたか?」

 

「カズラだよ!薄葉カズラ!てめぇ何回忘れんだよしばくぞこら!」

 

 冗談やからかって言うのならまだ仕方ない。しかしイタチの場合、本当に忘れているのだった。

 

 何でもそつなくこなすのに、こういうところは天然というか。何でなのかはわからないけれども。

 

「まぁまぁ・・・。イタチ、団子とか食べるんだな」

 

「え?・・・まぁ、はい」

 

 いきなり何を言われたのかとイタチ聞き直したが、その真意を把握し、恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 

「俺だって、団子くらいたべますよ。生きているんですから」

 

 ウシオが言いたいことを言葉に表すと、お前みたいに完璧な人間にも、そういうかわいいところがあるんだな、ということだ。

 

「お前、買い食いとかしていいのか?母さんとかに怒られないの?」

 

 ウシオは興味本意でそれを聞いた。

 

「別に、そんなことはないですかね。やることをやっていれば」 

 

 これは正直羨ましかった。もちろんうちの母さんも綺麗で強いけど、イタチの母さんはなんというかこう、別の綺麗がある人だった。強さじゃなくて、美しさというか。それに、優しそうだし。ま、これが大を占めるかな。

 

「やること、ね。お前とは違うな、カズラ」

 

「なんでそこで俺の名前がでんだよ!」

 

 理不尽にバカにされたカズラは、簡単に怒りを露にした。ウシオはそれを見たケラケラと笑った。イタチは表情を変えず、黙々と団子を食べ続けていた。見ればかなりの数を食べている。

 

「ってか、お前どれだけ食べるんだよ」

 

 カズラがそれを指摘すると、イタチはさも興味なさそうに言った。

 

「あなたには関係のないことです」

 

「て、てめぇ・・・。どこまでも俺をコケにするんだなぁ!表出やがれ!しばいてやる」

 

「ここはすでに表ですが?」  

 

 今のはカズラが悪い。感情に身を任せてカッコつけるからだ。

 

「てめぇ・・・」

 

「まぁまぁやめろよいじめっ子。イタチが可哀想だろ」

 

「いじめっ子って言うな!それに可哀想なのは俺だろどう見ても!!」

 

 カズラが肩で息をしながら反論した。そろそろカズラの頭の血管が切れてしまいそうなので、からかうのはここまでにしておく。

 

「俺たちも頼むか・・・。おばちゃーん」

 

 ウシオが店員のおばさんを呼んだ。三色団子を2つ頼むことにした。

 

 団子を待つ間、どんな話をイタチとしようか悩んでいたところ、その終わりは唐突に訪れた。  

 

「イタチ」

 

 ウシオとカズラが来た方向から声がした。ウシオとイタチは声の主が分かったが、面識のないカズラはビックリしてすぐに振り返った。

 

 そこにいたのは思った通り、知っている顔だった。  

 

「ここにいたのね。帰るわよイタチ」

 

 赤ん坊を抱いた黒髪の女性が、慈愛に満ちた表情でイタチにそう言った。

 

 うちはミコト。イタチの母さんで、木ノ葉警務部隊隊長、うちはフガクさんの奥さんだ。

 

「ミコトさん」

 

「あら!ウシオくんじゃない!似てるなぁと思ったからもしかしてと思ったけど、やっぱり正解だったわね。・・・それに」

 

 ミコトはカズラの方を見た、今回はイタチの時のように忘れているわけではないため、カズラは自己紹介をした。

 

「薄葉カズラ、です。イタチ、くんのお母さん、ですか?」

 

「ええ。薄葉って言うと、カゲロウさんのお子さんかな?ちゃんとしてるわね、エライエライ」

 

 しどろもどろになりながら敬語を使うカズラを純粋に誉めたミコトだった。カズラはというと、誉められて頬が緩んでいた。

 

「アホみたいな顔になってるぞ、カズラ」

 

「へ?ば、バカ言うんじゃねえ!」

 

 言われたカズラは自身の顔をパンパンとはたき、きつけを行った。

 

「それはそうと、ウシオくん。お母さんは元気?」

 

「ええ、元気ですよ。元気すぎてうるさいくらいです」

 

「そう。クシナらしいわね」

 

 そう言ってフフっと笑うミコト。ウシオはミコトの抱いている赤ん坊について尋ねた。

 

「その子、名前はなんて言うんですか?」

 

「ん?サスケ、サスケよ。三代目様のお父上から頂いたの。立派な忍になってほしいっていう願いをこめてね」

 

「そう、サスケ・・・。サスケ。サスケ!?」

 

 サスケ!?今そう言ったのか?

 

「ど、どうしたのウシオくん」  

 

「・・・いや。なんでもないです」

 

 急に声を荒げたウシオにイタチ以外の2人は驚きの表情を浮かべていた。

 

 いやしかし、サスケか。物語の主要人物にようやく会えたぞ。いや、待てよ?原作でのサスケって、兄貴を殺すために強くなってるんじゃなかったっけ?・・・あー、だめだ。全く思い出せない。

 

「えっと、サスケ、よろしくな」

 

 ウシオ無邪気に笑っているサスケに人差し指を差し出した。サスケはその指を反射的に握る。

 

「・・・」

 

 なんつーか、こう、かわいいなぁ!

 

 にやけを隠しきれなくなっているウシオ。カズラはそんな彼を、あからさまに変なものを見る目で見ていた。

 

「母さん、帰ろう。あまり外にいるとサスケが風邪を引くかもしれない」

 

「そうね。じゃあウシオくん、カズラくん、またね。ウシオくんはお母さんによろしく言っておいて」

 

「はい」

 

「さ、さよなら!」

 

 ミコトはイタチとサスケを連れて、うちはの敷地の方へと帰っていった。イタチがいたところには、かなりの量の皿が残っている。

 

「なぁ、ウシオ」

 

「ん?何」

 

「いいなぁ、ああいうお袋がいると。なんかこう、お母さんって感じがする」

 

 変なことを言い出すカズラ。だがウシオはそれに同意で、感慨深く頷いていた。

 

「こんなこと言ったら母さんに・・・。拳骨じゃすまないだろうな」

 

「そうだな。俺らも用心しねぇと」

 

 渇いた笑いをしながら遠くを見つめる2人。そうしていると、ちょうどよく団子が運ばれてきた。2人は無言でそれを口に運んでいた。

 

********************

 

「・・・先代のミト様がそうじゃった」

 

 テーブルを挟んで、3人と2人が話し合っていた。前者はミナト、クシナ、ウシオ。後者はヒルゼン、ビワコである。

 

「じーちゃん、母さんは今まで辛い思いをしてきたんだ。なんでこんなときまで隔離されるみたいに、ならなきゃいけないんだよ」

 

「仕方がないのよウシオ。私は木ノ葉の忍で、四代目火影の妻なんだから」

 

 ウシオは不機嫌そうにヒルゼンに言うが、クシナがそれを嗜めた。

 

「すまぬ、ウシオ。しかし里の皆の安全を考えるなら、こうするしかないのじゃ。安心せい、出産にはビワコが立ち会う。護衛もワシ直属の暗部たちじゃ」

 

 ヒルゼンがそう言うと、ビワコは深く頷いた。しかし、ウシオの表情は変わらずだった。

 

「では、ワシらはおいとまするとしようかの。クシナよ、予定日までもうすぐじゃ。無理に動こうとするでないぞ」

 

「わかっています、三代目様」

 

 席から立ち上がりながらヒルゼンは言った。ニコリと笑ってそう言うヒルゼンに対し、クシナも笑顔で答える。

 

「それではミナト、ワシらは帰るぞ。支えてやるのじゃぞ」

 

「わかりました、三代目。ご足労痛み入ります」

 

 ミナトはヒルゼンに深々と礼をし、これから帰るヒルゼンを見送るため、ヒルゼンたちと共に玄関へと向かった。リビングには、クシナとウシオの二人が残される。

 

「納得いかないよ、俺は」

 

「分かってちょうだい、ウシオ。火影は、家族だけを守っていればいいというものじゃないの。むしろ、里のみんなが家族みたいなものかな?」

 

 優しい表情でウシオの頭を撫でながらそう言った。

 

「それでも、俺の父さんと母さんは一人だけだ」

 

「そうね・・・。あなたも火影になるんでしょ?だったらいつか必ず分かるわよ。あなたが火影になった、そのときに」

 

 ウシオはクシナの顔を見ながら、それを聞いていた。そしてクシナの大きくなったお腹に目線を移した。

 

「お腹、触ってもいい?」

 

「え?フフッ・・・。いいわよ?でも優しくね。ナルトがビックリしちゃうから」

 

 ウシオの提案に微笑みながら了承したクシナ。ウシオは、恐る恐る手を伸ばす。お腹に手を当てると、僅かな温かさが、ウシオの手に伝わってきた。

 

「温かい」

 

「そりゃそうよ。私も、ナルトも、生きてるんだから」

 

「うん。生きてるって感じする」

 

 そこには、微笑ましい空間が広がっていた。クシナは恐る恐る触っている我が子が可愛いようで、終始笑顔である。かたやウシオは、これから産まれてくる自分の弟の事を考え、いろいろな未来を想像していた。 

 

 ウシオとナルトは7才差だ。ナルトがアカデミーを卒業する年齢なら、ウシオは20才。今のミナトやクシナと変わらない。ナルトに忍術や体術を教えているところを想像していた、ウシオはワクワクと、少しの気恥ずかしさを感じていた。

 

 

 

 ドクン。

 

 

 

「?!」

 

 クシナのお腹を触っていると、妙な感覚が襲ってきた。懐かしいチャクラを感じた、とでも言うべきだろうか。しかし心地のよいものではなく、限りない悪意。嫉妬、苦しみ、恐怖。禍々しい、というのが最も合う表現だろう。

 

 掌が熱い。これは確実に体温の温かさではない。

 

 ウシオはクシナの顔を見るが、特に変わったところはなかった。顔を眺めてくるウシオを不思議そうに見ていた。

 

『貴様、誰だ』

 

「うわっ?!」

 

 急に誰かに声をかけられたウシオは、驚いたのか触っていた手を離した。それを見たクシナも同様に驚いて、ウシオを心配そうに眺めていた。

 

「どうしたの?!」

 

 クシナがウシオを気遣う。

 

「え。いや、なんでも。なんでもないよ。ただ、その・・・」

 

「その?」

 

 心配そうな顔が痛い。

 

「ナルトが蹴ってきて、ビックリしたんだ」

 

「そうなの。私は感じなかったけど、慣れちゃったのかな?」

 

 簡単に納得するクシナ。実際はそんなことはないのだが、クシナを心配させまいとウシオは嘘を吐いた。

 

 今のは、もしかして、九尾か?でも母さんにおかしなところはなかった。九尾が話しかけてきたなら、人柱力である母さんにも聞こえるはず。でも俺にしか聞こえていなかった。じゃあ、ナルト?・・・そんなわけないか。

 

 考えているウシオを見て、クシナは不思議そうにしていた。ウシオはそれに気付き、笑顔でその場を取り繕った。

 

「父さんが帰ってくるまでに夕飯の準備をしておくよ」

 

「母さんがやるわよ、そのくらい」

 

「そんなことしてもしものことがあったら大変だよ。それに、俺も覚えておきたいから」

 

「あなたもミナトも、心配しすぎよ。・・・わかった!母さん隣で見てるから、言うようにやってみて」

 

「オッス!」

 

 快活に返事をするウシオだったが、先程のことが頭から離れなかった。

 

 変な考えを振り払い、ウシオは急いで台所に向かった。

 

********************

 

「うぁあぁぁぁ!痛いってばねー!!!」

 

 里から離れた場所にある洞窟内から、クシナの大声が響いていた。

 

「あの、こんなに大声で痛がるクシナを、初めて見たのですが、これは、大丈夫なのでしょうか?」

 

 しどろもどろになりながら、ビワコに問うのは四代目火影ミナトだ。対してビワコはやれやれ、といったような表情で口を開いた。

 

「大丈夫じゃえ!それより、お前は九尾の封印をちゃんと見とれ」

 

「そうだよ、父さん。母さんは負けないよ」

 

 ミナトは不安そうな表情になりながらも、痛がるクシナの腹部に手を当てて封印式を安定させている。

 

 父さんは、やるときはやるけど、こういうことには弱いんだよなぁ。

 

 ミナトとは反対側でクシナの手を握っているウシオはそう思っていた。

 

 本来、ウシオはここにいるはずなかった。同行を提案したがヒルゼンとクシナに怒るように断られたからだ。しかし、ミナトが後押ししてくれたため、特例として出産現場に立ち会うことができた。

 

 断られるのも当たり前だ。もし封印が弱まり、九尾が出てきたら。もし他里の忍が潜んでおり、強襲されたら。どちらもミナトがいればなんとかなるだろうが、もしものことがある。ゆえにヒルゼンもクシナも、その提案を断らざるをえなかった。

 

「大丈夫だよ、ウシオは。守る必要がないくらいに立派になってるから。それに、俺たちは家族だからね。こういうときぐらい一緒にいた方がいいだろう?」

 

 ミナトのこの一言でヒルゼンは折れた。しかしクシナは違った。

 

「ダメだってばね!普通の出産じゃないんだから、もしものことがあるかもしれない」

 

 このとき、ミナトは残念そうにウシオを見ていた。ミナトは、クシナが1度言ったことを曲げない頑固な性格であることは昔から知っていたので、謝罪の意味も込めてウシオを見ていたのだ。

 

 ミナトはクシナに、夫婦喧嘩で1度も勝ったことがない。これはただの意見の食い違いだが、こういうときもそうだ。ウシオはその姿を昔から見てきた。

 

 それでもウシオは引き下がらなかった。ウシオはなにも言わず、クシナの目を一点に見ていた。その表情にクシナも折れたらしく、なくなく了承した、という経緯がある。

 

「うぅうううあああぁ!!」

 

 それでも、確かにウシオはクシナのこんな姿を見たことがなかった。常に毅然とした態度で生活している姿を、毎日見てきたウシオも、これには素直に驚いていた。

 

「がんばれクシナ!がんばれナルト!!」

 

 ミナトはクシナの封印を安定させながら、そうクシナを励ましていた。

 

「ん・・・?」

 

 みんながクシナに付きっきりになっている最中、妙な気配を感じたウシオは、洞窟の入り口の方を見た。そんな動きをしたウシオだったが、他の人々が気付く素振りはない。

 

「頭は出た!!もうすこしじゃえ!クシナ!」

 

「がんばってクシナさん!」

 

 ビワコと付き添いのタジがクシナを励ました。しかしクシナは傷みで聞こえていないようだ。そろそろなのか、ウシオの手を掴んでいるクシナの手の力が強くなる。

 

「ナルトォー!早く出てこーい!九尾は出てくるなァー!!」

 

「母さん!」

 

「うぅぅうううう!!」

 

 ウシオは外へ向いていた意識をクシナに戻した。そして。

 

「おぎゃあ!!おぎゃあ!!」

 

「お湯じゃ!」

 

「ハイ!」

 

 痛がる声が収まってすぐ、新しい声が聞こえてきた。そのこの主を、ビワコはお湯に浸けていた。

 

「産ま、れた・・・」

 

 ミナトは力が抜けたかのように呆然としながらそう呟いていた。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!」

 

 クシナは役目を終え、ハァハァと荒い息継ぎをしていた。

 

「おぎゃあ、おぎゃあ!!」

 

 新たな命は、産まれたことを伝えるかのように泣きわめいていた。そして、ビワコは告げた。

 

「元気な、男の子じゃえ!!」

 

「ハハ・・・!」

 

 ミナトは涙を流しながら、喜びを表していた。

 

「ナルト・・・、やっと、会えた」

 

 クシナの顔の横に置かれたナルト。それを眺めながらクシナも疲れを押し隠し、涙を流しながら出会えた喜びを表していた。 

 

「ナルト・・・」

 

「ウシオ、こっち、おいで」

 

 ウシオは、感慨深く呟いていた。それを見たクシナは、優しい表情でウシオをナルトの隣まで呼んだ。逆らうことなく、ウシオはそこまで行った。

 

「どう?ウシオ」

 

 ウシオを見上げながらクシナはそう言った。言われたウシオは不思議そうに聞いた。

 

「どうしたの?」

 

「どう感じてる?」

 

「・・・分かんないよ。まだ」

 

「フフ・・・、そうよね」 

 

 二人は笑いながらナルトを見ていた。そこにミナトが口をはさんだ。

 

「よし、クシナ!出産したばかりで大変だけど、九尾を完全に押さえ込むよ!」

 

「うん・・・!」

 

 ウシオはナルトを抱き上げ、ビワコに渡した。

 

 これから封印を完全にする。家族が増える。天涯孤独だった俺からしたら、初めてのことばかりだ。自分に兄弟が、兄貴になるなんて。

 

 その時。

 

「ぎゃああ!!」

 

「キャ!」

 

 ビワコの悲痛な悲鳴と、タジの短い悲鳴が響く。ミナトとウシオはすぐにその声の方向を向いた。

 

「ビワコ様!タジ!」

 

 ミナトがそう叫んだとき、二人は倒れ込んでいる最中だった。

 

「アンタ、誰だ・・・」

 

 ウシオは怪訝そうな目を向けながらそう言う。奇妙な仮面を被った男はウシオを一瞥し、ミナトの方へと向き直った。

 

「四代目火影、ミナト・・・。人柱力から離れろ。でなければ、この子の寿命は1分で終わる」

 

 仮面の男が、ナルトを抱き抱え、そう脅すように囁いた。

 

********************

 

「うっ・・・痛っ・・・」

 

 ウシオは傷みを押さえながら、目を覚ました。

 

「ここは・・・」

 

「起き、た?ウシオ・・・」

 

 ウシオは声の方向に目を向けると、クシナが横たわっていることに気がついた。そのすぐ隣、ウシオとクシナの間に、ナルトがいる。ナルトはスヤスヤと眠っていた。

 

「母さん、俺は・・・」

 

「アンタは、もう。あんな無茶なことして」

 

 クシナは苦しそうにそう呟いた。怒っているが、声に力はない。

 

 思い出した。あの時、仮面の男が現れたとき、俺は誰よりも先に、攻撃をしかけていたのだ。

  

***

 

 こいつはまずい。さっきの妙な気配はこいつだったんだ。こんな、禍々しい、復讐の念に満ちたチャクラは感じたことがない。

 

 反射的に、ウシオはその仮面の男に攻撃をしていた。

 

「ハッ!!」

 

 ナルトに当たらないように、ウシオは仮面の男の頭部に向けて蹴りを繰り出した。しかし、その攻撃は当たらなかった。脚が頭を通り抜けたからである。

 

「何?!」

 

「・・・」

 

 通り抜けてしまったため、空振りしてしまったウシオの脚を、男は掴んでそのまま宙に吊し上げた。

 

「ウシオ!」

 

 ウシオはかろうじて、男の顔を見た。仮面の下の目から感じられる絶望と復讐の念が、ウシオを震え上がらせた。それに気付いた男は、ウシオを眺めた。

 

「くそ・・・離せ!」

 

「フン・・・」

 

*** 

 

 その時、男はウシオを壁に叩きつけた。その衝撃で、気を失ってしまったのだ。

 

「父さんは・・・?」

 

「九尾を、止めに行ったわ」

 

「九尾?!あの後、何があったんだ!どうして九尾が」

 

 ウシオは声を荒げてクシナに問う。

 

「あの、仮面の男が、私から九尾を解き放ったのよ・・・」

 

 そう呟くクシナの顔は暗く、辛そうだ。

 

「母さんは、大丈夫なのか?」

 

「・・・うずまき一族は、長寿の一族でね。こんなことじゃ、逝ってやらないってばね・・・!!うくッ・・・!?」

 

 クシナは起き上がりながら、かつ口から血を吐きながらそう呟いた。ウシオはクシナを気遣い、背中を支えた。

 

「ダメだ母さん。横になってないと!」

 

「・・・そう、ね」

 

 クシナはそう言って、ゆっくりと横になった。

 

 ウシオは傷みを押さえながら、ベッドから降りた。

 

「俺も、行って、父さんを手伝ってくる・・・」

 

「だめよ!ここにいなさい!」

 

「でも・・・!!」

 

 クシナがウシオを止めようと、出せる限りの声をあげたと同時に、地面が振動した。いきなりの地震に、ウシオはよろけ、ベッドの縁へともたれ掛かった。

 

「なっ・・・!!」

 

 そして次の瞬間、辺りが光に包まれた。ウシオは瞬間的に目を瞑ってしまう。恐らく、爆発。何らかの忍術だろう。ウシオはそう感じ、命の終わりを悟っていた。1度命を終える瞬間を経験したウシオだからこそ、それを感じられていたのだ。

 

 しかし、傷みはいつまでたってもやってこなかった。

 

「無事、かい?ウシオ」

 

「父、さん?」

 

 目を開けると、目の前にはミナトがいた。どうやら、あの爆発の中、3人を抱き抱えそのまま飛んだらしい。

 

「すぐに結界を張らないと・・・!」

 

 そういうミナトの顔は今にも倒れそうな感じだった。すぐ後ろに九尾がいる。さきほどまで九尾かいるような感じはしていなかったから、遠くから九尾を飛ばしてきたのだろう。そしてウシオたち3人を飛ばしたので、チャクラがもう僅かしかないはずだ。

 

 それはミナトの表情が物語っていた。

 

「私はまだ、やれるわ。ミナト・・・」

 

 クシナが絞るようにそう呟く。そして、クシナは体内からチャクラの鎖を出し、九尾に巻き付けた。

 

「ゲホッ、ゲホッ!!」

 

「おぎゃああ!おぎゃああ!」

 

 クシナは血を吐きながらも、九尾の動きを止める。ナルトは辺りの喧騒に、目を覚ましたようで泣き出してしまった。

 

「起こしちゃったわね・・・。ごめんね、ナルト」

 

 クシナは息を切らしながら、ナルトに優しい表情を向けて言った。そして、さらに言う。

 

「このまま九尾を引きずり込んで死ぬわ・・・。そうすればこの先、九尾の復活時期を延ばすことが、できる。今の、残り少ない私の、チャクラでアナタ達を、助けるにはそれしか、ない・・・」

 

 しどろもどろになりながらも言った。

 

「今まで、色々ありがとう・・・」

 

 そう言って、最大限の笑顔をミナトとウシオに向ける。ミナトは悲しいとも驚きとも取れる表情で、つげる。

 

「クシナ・・・。君が、俺を・・・。四代目火影にしてくれた・・・!君の男にしてくれた!そして、この子達の父親にしてくれた!それなのに・・・!!」

 

 絶望に満ちた表情で、ミナトは言った。続いて、ウシオも口を開く。

 

「なんで、母さんが死ななきゃならないんだ!俺は諦めないぞ!あんなヤツ、俺が倒してやる!ウッ・・・」

 

 ウシオは傷が癒えていないようで、体を動かそうとしてよろけてしまった。それをミナトがなにも言わずに抱き止めた。とても強い力で。

 

「父さん・・・!」

  

 悔しさが溢れるミナトの表情を見て、ウシオはミナトを払いのけることができなかった。そして、ウシオもミナトと同様の表情になる。

 

「ミナトもウシオも、そんな顔しないで。私は嬉しいの。アナタ達に愛されている。それに・・・」

 

 クシナはそう言いながら、ウシオとナルトを交互に眺めた。

 

「それに、今日は、この子達の誕生日なんだから・・・」

 

「母さん・・・」

 

 ウシオはなにも言えなかった。自分よりも目の前にいるクシナ自身が一番悔しいのだ。

 

「なにより、もし、私が生きてて、家族みんなで暮らしてる未来を想像したら、幸せだってこと以外、想像できないんだもん・・・」

 

 クシナは傷みに堪えながら言う。ミナトは、クシナのこの言葉に、ゆっくりと涙を流した。

 

「ただ、心残りがあると、すれば、大きくなった二人を、見てみたかったなぁ・・・」

 

「クシナ。君が九尾と一緒に心中する必要はないよ」

 

 ミナトは俯きながらそう言った。クシナも、支えられているウシオも、不思議そうにミナトを見た。

 

「その残り少ないチャクラは、ナルトとの再会のために使うんだ・・・!」

 

「え・・・?」

 

「何を、言ってるんだよ。父さん」

 

 ウシオに言葉を挟まれても、ミナトは続けた。

 

「君の残りのチャクラを全てナルトへ封印する。八卦封印に組み込んでね・・・」

 

 流れている涙を拭きながら、まだ続ける。

 

「そして、九尾は俺が道連れにする。人柱力でない俺ができる封印術は、屍鬼封尽!」

 

「何言ってるんだよ父さんまで!あの術は、術者の命を糧に発動される禁術だ!それを、分かってて・・・」

 

「・・・それにもうひとつ。俺に封印する九尾は半分。これだけの力は物理的に封印しきれない。そして、戦略的にもできない。もし君が道連れにすれば、復活までの人柱力が不在となり、里間の尾獣バランスが崩れてしまう。屍鬼封尽なら、俺と一緒に九尾を半分だけ永久に封印できる。だから九尾の半分は・・・」

  

 そこまでいって言葉を呑むミナト。そして、ナルトを眺め、また口を開いた。

 

「ナルトに封印する!八卦封印でね!」  

 

「!?」

 

 ミナトはこう言っているのだ。クシナだけではなく、ミナト自身をも犠牲にして、ナルトへ封印する、と。

 

 ウシオは何も言えなかった。ミナトの表情が、ウシオが一番よく知っているものだったからだ。これは、あの時。前の世界で、命を救うために命をはった、ウシオと同じ、決意と信託の表情。ミナトは本気だったのだ。

 

「君の言いたいこともわかる。でも、自来也先生が言っていた世界の変革の事。そして、それに伴って起きる災いの事。今日確信したことが二つある。君を襲った面の男。ヤツは必ず災いをもたらす。そして、それを止めるのはこの子達だ。人柱力として未来を切り開いてくれる。なぜかそう確信したんだ。そして・・・」

 

 そこまででミナトは1度言葉を区切り、ウシオを眺めた。

 

「ウシオ、君がこの子の先を歩いて、道を指し示すんだ。俺たちの代わりに、ね!」

 

 ミナトはそこまで言うと、抱き抱えているナルトをウシオへ渡し、素早く印を結んだ。

 

「屍鬼封尽!」

 

 ミナトの背後に、鬼が現れた。

 

********************

 

「分かったよ・・・父さん」

 

 ウシオが、ナルトを見ながらそう呟いた。

 

「だけど、その封印は、俺に施してくれないか?こんな小さな命に、それをさせるわけにはいかないから」

 

 ウシオが俺を真っ直ぐに見ながらそう言った。・・・今だからこそ、言わなければならないか。

 

「それは、できない・・・」

 

「?」

 

 ウシオが不思議そうな表情をこちらへ向けている。それもそのはず、だ。人柱力になるための条件は、あってないようなものである。ほとんどの人間がなることができる。封印される側の事を考えなければ、だが。それは、ウシオも重々承知のようだ。

 

「どうして・・・。別に誰だっていいはずだろ。だったら・・・」

 

「この方法の方が、成功する確立が大きいんだ。だって・・・」

 

「ミナト!」

 

 クシナが叫んでいる。彼女は、この話題を避けていたから。もちろん俺だってそうだ。だけど、ウシオを納得させるには、こうするしかない。

 

 ウシオの真剣な表情が、自分達が隠していることを言わなければならない、という空気を作り出していた。自分達がこれからやることを考えれば、直接口で伝えなければならない。

 

「君は、俺とクシナの・・・」

 

 ミナトは隠していた真実を口にしようとした。しかし、それはウシオに止められてしまった。クシナでも、ミナト自身でもなく、伝えるべき相手であるウシオに。

 

「待って!!わかった。・・・そうか。そういうこと」

 

「ウシオ?もしかして・・・」

 

 勘のいい子だから、もしかして気付いているのかと思ったけれど、その考えは当たっているようだ。

 

 ウシオは言われようとしていることが、どんなことなのか分かったような顔をしていた。彼はその事実を、二人よりも先に口に出したのである。

 

「俺が、二人の子供じゃないってことでしょ?そうか・・・母さんの血統、うずまき一族の血は、封印術を扱っていた一族。だから何かしらが起きても、咄嗟のことに対処できる・・・」

 

「それだけじゃないよ。そもそも、封印術は教えることが可能だ。だけど、クシナ自身の血筋は、長年九尾を封印し続けてきた。恐らく、体への相性もいいだろう。・・・・・・ごめん、ウシオ」

 

 ミナトはウシオの考えに補足をした。そして最後に小さく謝罪の念を述べた。クシナも、口には出さないが表情は同じである。

 

「どうして謝るんだよ・・・。俺は、ずっと前に気付いてたからな・・・」

 

 ウシオは二人と小さな命を、順番に眺めていきながらそう述べた。そして最後にはニカッと笑ったのである。

 

「俺は、それでもいいんだ。父さんと母さんは、俺を本当の子供のように育ててくれた。幸せだった。それだけで、十分だよ。それに・・・」

 

 ウシオは、拳をミナトへと向けて、口を開いた。

 

「俺は、木ノ葉隠れの二人の英雄の息子だから!本当の子供じゃないとか、そんなことでクヨクヨしてらんねぇよ!」

 

 そう言って、快活に笑い飛ばすウシオ。しかし、無理をしているのは、もちろんわかっていた。片方の拳を握りしめ、ワナワナと震わせていたからだ。

 

「父さんと母さんがいなくなっても、俺が二人の代わりにこの世界を見てる。いつか、こんな思いをしないような世界にするために、俺が世界を変える。俺はまだ7才だから、強い忍術だとか、体術は知らないけど、これからちゃんと勉強して、誰かの目標になれるようにする!」  

 

「ウシオ・・・」

 

 ミナトは悲しくとも、そう感じてはいけない、ということが読み取れるような表情をしながら呟いた。クシナも、同じような表情で見ている。

 

「それに、母さんがナルトの中に居てくれるなら、安心だ。俺も、ナルトに伝えられないことがあるだろうから。でも!二人から教えられた、忍としての心はしっかりと伝えていくつもりだ。忍の三禁だとか、忍がなんたるかだとか、人としてのあり方だとか・・・」

 

 ウシオは自分では気づいていない涙を自然に堪えながら、そう宣言していく。

 

「まぁでも、俺がそれを理解できてるかっていう問題があるんだけどね・・・」

 

 ウシオの表情がだんだん暗くなっていき、声もそれに合わせて小さくなっていく。

 

「そうなんだよ。俺は、まだまだなんだよ。少しは忍術を知ってる。戦術だって知ってる。だけど、それだけだ。それ以上を知るのは、これからなんだ」

 

 ウシオはその場に、崩れ落ちる。

 

「やっぱり、嫌だ。二人までいなくなるなんて、そんなのってないよ!俺が、やっと手にいれた幸せなのに。こんなに早く失うなんて・・・」

 

「大丈夫、ウシオ」

 

 泣き崩れているウシオの背後から、クシナが抱き締めていた。そして、ゆっくりと囁く。

 

「アナタなら絶対に、いいお兄さんになる。ナルトのいい目標になってくれる」

 

「母さん・・・」

 

 ウシオは溜めに溜めた大粒の涙を一気に流しながら、すがるようにそう呟いた。クシナはそんなウシオを優しく撫でる。

 

「・・・ごめんね。母さん、一瞬思っちゃった。なんで、この子たちがこんな目に遭わなきゃならないの?こんな辛い目にって」

 

 クシナも泣くまいとしているが、明らかに涙目だ。

 

「でもアナタを見て思ったわ。私達は忍なのよ。私達家族は、忍。だから、アナタに任せるわ。この子の未来を・・・」

 

「クシナ・・・」

 

 ミナトは優しくクシナと呟いた。それに気付いたクシナは、痛みの残る体を動かし、立ち上がって見せた。そして、ミナトの方へ向かって口を開く。

 

「私は!赤い血潮のハバネロで!四代目火影の妻で!この子達の母親!こんなところで、弱気になってちゃダメだってばね!行くわよ、ミナト!」

 

 心なしか、九尾の鎖が強くなっているように見える。母は強しというけれど、確かにその通りだな。それより、クシナが強いだけなのかも。俺も、強くならないと。父親として。

 

 ミナトは心の中でそう思っていた。強く、そして硬く。クシナの決して折れないその心を見て、自分も強くなったかのように感じていた。そして、クシナの声に応じて口を開く。

 

「ああ!封印!」

 

 ミナトは鬼を使って、九尾の半身を封印してみせた。大きさが小さくなっている。

 

 体がしびれる。これほど重いチャクラだとは。

 

 ミナトはそう感じていた。片膝をつき、息遣いも荒くなっている。それでも残りのチャクラを使って、八卦封印の準備を始めた。儀式用の台座を口寄せする。

 

 それを見ていた九尾の動きが強くなった。自分がまた封印されそうになっていることに気付いたのだろう。しかし、クシナの強力な封印術によりまったく身動きが取れていなかった。

 

「私はこんなもんじゃないってばね!・・・大丈夫?ミナト」

 

 クシナはそう言いながらも辛そうだった。

 

「当たり前だよ。俺も、二人に負けてられないからね!」

 

 そう言うと、ミナトは蝦蟇を口寄せした。

 

「お、四代目!いったいどうし・・・なんじゃあこりゃあ!?九尾?!」

 

「ガマ寅、お前に封印式の鍵を渡す。その後すぐに、自来也先生に蔵入りしてくれ」

 

 ガマ寅と呼ばれた蝦蟇は、了承するが少し不思議そうな顔をしていた。その疑問を解消すべく、口を開く。

 

「四代目。この鍵なんだが、半分しかないぞ?」

 

「分かってる。大丈夫だ」

 

 ガマ寅の疑問は解消されなかったが、四代目が言うなら、と自分でそれを打ち消した。

 

「確かに鍵は、預かった!なら・・・行くけんの!」

 

 ガマ寅はそう言うと、煙とともに消えていった。ミナトは真剣な表情でそれを見送る。そのあと、すぐにウシオの方へと向き直った。

 

「ウシオ。もうひとつ、君に託したいものがある」

 

 腫れた目を擦りながら、ウシオは頷いた。

 

「今ガマ寅に渡さなかったこの半分の封印式の鍵を、君に託す。こっちへ・・・」

 

 ミナトは手招きをしながらウシオを呼んだ。ウシオはゆっくりとミナトに近づいていく。

 

「服を上げて、お腹を出して」

 

 ウシオはミナトの言う通りに、服をたくしあげた。ミナトはそれを見届けると、ウシオのお腹に手をかざす。すると、ウシオの腹部に幾何学的な印がされていった。

 

「あつ・・・」

 

 ウシオは熱を感じているようで、顔をしかめていた。それが終わると、ミナトはウシオの頭に手を置いて、優しく撫でた。

 

「せっかくの誕生日なのに、プレゼントがこんなものでごめんね」

 

「そんなことないよ。俺は、それだけ信じられてるってことだから」

 

 ウシオは撫で終わったあとのミナトを見上げた。そして、そう言って笑った。

 

「クシナの出産や、四代目の就任で、プレゼントを選んでいる暇がなかったんだ。クシナもお腹が大きくなって、外へ出られることが少なかったからね・・・」

 

「俺、欲しいものがあるんだ」

 

「ん、なんだい?」

 

 ウシオは少し黙ったあと、口を開いた。

 

「父さんの、額当てが欲しい」

 

 ミナトはウシオのその願いに驚いたような顔をした。

 

「これは父さんが下忍になったときに、アカデミーから貰ったものだ。だから、ボロボロで汚いよ?」

 

「それでもいい。いや、だからこそそれが欲しいんだ」

 

 それを聞いたミナトは少し考えたあと、手を自分の額当てに伸ばし、後頭部の結びを解いた。ミナトは外されたものを持ち、ウシオの目線と同じ位置まで目線を持ってきた。そして額当てをウシオの額へとあて、着ける。

 

「これで、いいかい?」

 

「うん」

 

「ウシオ、こっちを向いて?」

 

 クシナがウシオにそう言った。ウシオはそれに従い、クシナの方へと振り向いた。

 

「うん・・・かっこいい!ミナトの子供の頃みたいだってばね」

 

 そう言ってクシナは辛そうな顔を隠しながら、ニカっと笑った。ウシオも同じように笑う。

 

「・・・クシナ、そろそろ・・・。俺の命が持ちそうにない。俺のチャクラも少し組み込みたいんだ」

 

「そう、ね」

 

 そう言って、クシナはウシオを通りすぎてミナトの方へと近付いていった。ウシオはナルトの側へと行き、膝をついた。

 

「当分は二人に会えない。今言いたいことを言っておこう」

 

「そうね。いざ言いたいことってなると、いっぱいありすぎて迷っちゃうってばね・・・」

 

「・・・」

 

 クシナはそう言って恥ずかしそうに笑った。ミナトも同じように笑顔でいる。

 

「そうね。そう、ケーキ!今年こそ成功したのよ?冷蔵庫に入ってるから、早いうちに食べてね」

 

「うん」

 

 ウシオはクシナの言葉をしっかりと聞く。

 

「あ、ゴミを出すの忘れてたわ!可燃ゴミだから、明後日の朝に出してくれる?」

 

「分かったよ」

 

 普段する他愛のない会話をする。

 

「アカデミーから帰ってきたら、ちゃんと手を洗うのよ?忍は体が資本だからね。病気になったら大変だから。もし病気になったら、すぐに病院へ行きなさい。それがダメだったら、誰かを頼りなさい。あなたはなんでも自分でやってしまおうとするから」

 

「そういうことは、毎日聞いてるから分かってるよ」

 

 ウシオはクシナにそう言った。クシナは、あぁそうか、とでも言いたげな顔で苦笑いをした。

 

「ナルト・・・」

 

 そう言って、クシナはナルトを見る。

 

「ナルト、これから辛いこと、苦しいこと、たくさんある。・・・自分をちゃんと持って!そして、夢を持って。そして・・・夢を叶えようとする、自信を持って!」

 

 そして、クシナは少しずつ目に涙を溜めていった。

 

「本当に苦しくなったり、寂しくなったら、ウシオを、頼りなさい。私が伝えたいことを、すべて、伝えてきたつもりだから。あなたのお兄ちゃんは、すごいから、安心しなさい。きっとあなたを守ってくれるから!」

 

 ウシオは、真剣な表情で目に涙を溜めていく。それが頬へ流れても、気にすることなく両親の言葉を聞く。

 

「ウシオ、ナルトを、お願いね・・・!!」

 

 クシナは言い終えると、目を閉じてミナトの肩に顔を埋めた。

 

「ごめん、ミナト。私ばっかり」

 

「ううん、いいんだ。ウシオ、ナルト、父さんの言葉は・・・」

 

 ミナトは真剣な表情で、ウシオとナルトの顔を交互に見る。

 

「口うるさい母さんと、一緒かな?」

 

 そして、ミナトは術を発動する。辺りが眩しい光に包まれ、ウシオは目をつぶってしまった。

 

 

 

 

 

 光に包まれて行く中で、ミナトとクシナは少し会話をした。

 

「もう少しで、ボロボロに泣いちゃうところだったわ。子供の前で・・・」 

 

「そうだね。俺も、話していたらきっとそうなってたよ」

 

「大丈夫かしら」

 

「大丈夫だよ。俺達の息子なんだから」

 

「・・・そうね!」

 

 二人は、光の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

********************

 

「じゃあ一人ずつ自己紹介と、目標を語ってもらおうか」

 

 上忍らしき男が、3人の子供達に向かってそういい放った。赤い髪の毛のツンツン頭の男の子と、ウェーブがかった栗色の髪の毛の男の子、それに黒髪のポニーテールの少女がいる。

 

 その中のウェーブがかった男の子が、まずは口を開いた。

 

「俺は薄葉カズラ。薄葉一族の次期族長だ。俺の夢は、四代目火影よりも強い忍になること!以上!」

 

「夢、ときたか。そこまでは聞いてないんだけどな」

 

「夢も目標も同じだろが?」

 

 カズラの言葉を聞いた男は、苦笑いをして次の人へと合図した。

 

「私は、霧切アヤメです。目標は、綱手様のような医療忍者になることです。よろしくお願いします」

 

 アヤメは丁寧に挨拶した。この返答に男はどうやら満足したらしく、先程とはうって変わって、普通の笑顔になった。

 

「じゃあ、次はキミだ」

 

 最後に残った赤髪の男の子は、巻いていなかった額当てを取りだし眺めた。ぼろぼろで、下忍が持っているものとは、少し古びているように見える。

 

 男の子はその額当てを額に強く巻き付け、大きく深呼吸した。それを男は不思議そうに見て、口を開いた。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

 

「緊張じゃないですよ」  

 

 男の子は冷静にそう言い放った。そしてそのまま続ける。

  

「俺は、うずまきウシオ。目標は、三代目や四代目よりも、凄い火影になること。それで・・・」

 

 上忍の男の目を見据えながら、大きく覇気のある声で述べる。

 

「大切な人を守る。その人の笑顔のために、俺は戦い続けたい・・・たいです」

 

 ウシオは自分が上忍に対し、失礼な言い様をしていることに気付き、咄嗟に敬語に直した。取って付けた様な感じになったことは、見ればわかるだろう。

 

「流石は、木ノ葉の赤き雷鳴。言うことが違うねぇ」

 

 カズラがウシオを茶化したように言った。ウシオはそれに対し、照れながら不機嫌そうに言った。

 

「うるさいぞいじめっこ」

 

「な、なんだとぉ!!」

 

 その時、強い風が四人の間を抜けて行った。木の葉を巻き込み、天高くへと昇っていく。ウシオ以外は気にしていないようだが、ウシオだけがその行く末を見ていた。風は大気に混じり、姿を消していく。それに応じて、木の葉もヒラヒラと舞い落ちていく。

 

 ウシオの表情は晴れやかだった。二人の英雄から託された火の意思を胸に、彼はこれから生きていく。恐らく、数々の試練が彼を待ち受けているだろう。しかし、そんなことは関係なかった。託されたのは、火の意思だけではない。守るべき小さな命。前の世界では絶対に持つことが出来なかったものを彼はもっているのである。

 

 父さん、母さん。俺は、大丈夫だ。

 

 ウシオは心の中で、自分に刻み込むように呟いた。空から視線を戻し、談笑している三人に加わった。

 

 雲ひとつない青い空がどこまでも続いている。太陽は燦々と輝き、未来へと歩く四人を照らし続けていた。




みなさん、お久しぶりです!
Zaregotoです。

前回の投稿からかなりの時間が経ってしまいました。
というのも、九尾復活から封印までの描写が、まったく想像できなかったからです。

書いては消し、書いては消しの繰り返しで、やっと固めることができました。いや、固まってるかどうかは、分かりませんが。
あの場所に主人公がいたらどうなっていたのか?
ということを考えながら書いていたわけですが、それがまったく分からなかったのです。
そもそもナルトの出産は、原作でも数話くらいしかありませんからね。

ミナトとクシナが生き残る、という案も出ましたが、ボツになりました。二人が生きてると、結構グダるかなぁと思いまして。結末は原作同様、ナルトを残して死亡。ただ、主人公の前で親という存在でいるために、原作とは少し描写を変えました。九尾に貫かれるとか、そのあとのクシナの長台詞とか。
そこは、ナルトには主人公がいるから大丈夫だ、という安心感を持っているからこそ、原作とは違い、一緒にいたい、だとか、ミナトに、どうしてこの子が~みたいなことを言わなかったことにしました。

というかもう、あとがきでも何を言えば言いかわからないくらいです。

さて、これで幼年篇は終了となります。次は少年篇ということで、下忍になったころからスタートするつもりです。その間に、番外編を挟むかもしれませんが、それも含めて楽しみにお待ちください。

ではみなさん、お待たせして申し訳ありませんでした。みなさんの暇を潰せるような作品になるように、日々努力していきますので、これからもよろしくお願いします!



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端篇
EX1 うずまきウシオとうちはオビト


 火影の顔岩のすぐそばにある演習場。鳥の囀りが聞こえる。そんな中、森の一部で爆煙が起こった。黄色の髪の毛をした忍が、火遁の術に襲われていたのだ。

 

 忍は、それをかわすために一回転して後方に飛んだ。その時、腰の辺りにつけている二つの鈴が音を鳴らす。忍は、警戒を怠らず先ほど自分がいた場所を睨んでいた。

 

「・・・!!」

 

 その時、その方向からまたもや火遁の術が飛んできたのである。忍は一度驚きの表情をしたが、冷静にその術をかわしていく。火花が飛び散るが、それもかわしていく。その最中、その飛んできた方向へと手裏剣を投げつけた。

 

 手裏剣は森の奥の闇へと消える。闇雲に投げたわけではない。忍は標的を確実に認識していた。標的とされている人物は、いきなり飛んできた手裏剣に驚き、自分が乗っていた木の枝から落っこちてしまった。 

 

「う、うわぁあ!」

 

 そのまま地面に尻餅をついてしまう。何が起こっているのかと、目線をあげると目の前の木の枝に立っている忍を見つけた。その忍は腰に手を当てたまま口を開いた。

 

「ここまでだね、オビト」

 

「くっそぉぉ・・・」

 

 しかし、悔しがるオビトと呼ばれた少年は、ニヤリと笑った。その時、後方に待機していた仲間が、トラップの線を、クナイで切断した。すると、大きな丸太がどこからか現れたのである。

 

「ハッ・・・!!」

 

 忍が気付いたときには、すでにオビトが煙だまを自身のいる場所に投げつけたあとだった。そのすぐあとに、忍が立っている場所まで大きな丸太が飛んできていた。忍は、それが届く前に後方へと飛んだ。

 

 いい作戦だよ。

 

 忍はそう思いながら後方にある木に、張り付いた。

 

 すでにそのときには、オビトとその仲間は合流しており、仲間の方は忍の場所をすでに分かっているようだった。

 

「オビト、二時の方向」

 

「おう!」

 

 仲間にそう言われたオビトは、素早く印組をする。

 

「火遁・豪火球の術!」

 

 豪火球の術が迫る。しかし忍は、冷静に自らが持つ特注のクナイを、投げた。そしてそのすぐあと、大きな爆発が起きたのである。

 

「・・・・・・」

 

 オビトともう一人の忍は、その方向を眺める。そして、二人で顔を見合わせた。

 

「や、やった。・・・ん!?」

 

 しかし、二人の背後から聞いたことのある鈴の音が響いた。二人はすぐに後ろを振り向く。

 

「うん。もう少しだったね」

 

 そこには、先ほど術をくらったはずの忍が立っていたのである。

 

「そ、そんな。先生いつの間に・・・」

 

 二人は驚きの表情を浮かべ、肩を落とした。

 

「ちぇっ、また失敗かよ・・・」

 

 オビトは落胆の表情を浮かべながらそう言った。

 

 成長したね、二人とも。それに、チームワークをよく分かっている。

 

 この二人、そしているはずのもう一人の上司であり、その班の隊長でもある波風ミナトそう思った。

 

「さて、後は・・・。ん?」

 

 カキンッ!

 

 突然飛んできた手裏剣を、クナイで弾いた。

 

 このタイミングで・・・。

 

「カ、カカシ!」

 

 オビトたちは二人でそう言った。手裏剣の飛んできた方向から、伏兵が現れたのだ。ミナトは現れた忍の攻撃を、クナイで受ける。そして、忍の背中を土台にして1回転しながら距離をとった。

 

「先生、今日こそ勝たせてもらいます」

 

 このタイミングで姿を現したということは、最初の二人がやられるのを待っていたということか?作戦?

 

「ここまで姿を隠していたのは、作戦のひとつかい?」

 

「いえ、先生相手に、二人を守りながら戦うのはキツいんで!」

 

 だから二人がやられるのを待っていたか。

 

 刀とクナイで鍔競り合う。それぞれの目は、それぞれの目を一点に見ていた。その時、カカシは起爆札のついたクナイを投げた。それは後方の木へと突き刺さり、爆発する。ミナトは距離を取りながらそれをかわした。

 

「・・・な?!」

 

 かわして、地面に着地しようとしたが、地面には複数の起爆札が張り巡らされていた。

 

「喝!」

 

 カカシはその起爆札を爆発させる。しかしミナトは自身のマーキングされたクナイで、木の太い枝へと飛んだ。

 

「・・・・・・」

 

 爆煙が残る地面を眺めながら、次にどのような手で来るかを探っていると複数の手裏剣が飛んできた。ミナトは、それを冷静に弾き返す。カキンカキンカキンと、一つ一つを的確に。しかしそのせいか、背後に忍び寄る存在には気づけなかった。その対象は、手裏剣を投げているはずだからだ。

 

 カカシはミナトの背後へと回り、そのまま蹴りを繰り出した。

 

「何っ?!」

 

 ミナトは腕でその攻撃を受ける。

 

 それを気にもせず、カカシはすぐに次の攻撃を放った。クナイでミナトの右腕に傷をつけた。

 

 それを見逃すはずもなく、すぐに回し蹴りをミナトの顔辺りへと打つカカシ。その攻撃を躱そうと、ミナトは体を後ろへそらした。カカシはそれを見逃すことはなく、2つある鈴を奪おうとした。が。

 

「うわっ・・・!?」

 

 叶うことはなく、躱したミナトはすぐに攻撃に転じた。カカシは後ろへと飛ぶことで、その攻撃から逃れた。

 

「やるね。けどそれじゃ俺に勝てないよ?」

 

「まだまだ!」

 

 ポフンッ!!

 

 煙とともに消えてしまったカカシ。ミナトは驚いた表情を浮かべながら、口を開いた。

 

「影分身?!」

 

 そして、その一部始終をミナトの頭上にある木の上から、本物のカカシが伺っていた。

 

 カカシは、その場で印組をする。

 

「未完成だが、これで!」

 

 丑、卯、申。3つの印を素早く組み、右手に雷遁のチャクラを纏わせる。

 

 チッチッチッチ。まるで鳥が鳴くようなそれを眺め、覚悟を決めた。

 

「決める!」

 

「言ったろ?俺に勝てないって」

 

「えっ・・・」

 

 突如、背後に人の気配を感じた。始めに視線を、次に首を回し、次の行動に移そうとしたが、クナイを首筋に当てられていたため、それは叶わなかった。

 

「カカシ、君の負けだよ」

 

 ミナトが背後からクナイをカカシの首筋に当てていたのだ。それを確認したカカシは、徐々に雷遁のチャクラを弱めていった。

 

「そんな・・・、なんて速さなんだ・・・。・・・はッ?!」

 

 カカシはこれまでの行動を思い返し、この状況に至ってしまった要因に気付いた。

 

 始めの攻撃である。その攻撃をいなされたあの時、ミナトはカカシの背中に、飛雷神のマーキングを施していたのだった。

 

「あの時・・・くッ!!」

 

 要因に気づけたことで、より一層の悔しさがこみ上げてくる。カカシは歯を食いしばり、眉をひそめた。

 

 ミナトは首筋のクナイを外し、その場から立ち上がる。

 

 実力はすでに上忍クラス。アレを仕掛けていなかったら勝負は分からなかった。だが、今の君は・・・・・・。

 

 手を握りしめ、悔しがるカカシを見下ろしながらミナトは少しだけ悲しそうな表情で、そう思っていた。

 

「クソッ・・・。もう少し、だったのに」

 

「もう少し、か」

 

 風がそよぎ、ミナトの腰元にある2つの鈴が音を鳴らす。ミナトは遠くを見つめながら、小さくつぶやいた。

 

--------------------

 

「3人とも、よく動けていたね。それにカカシ、よく当てたね」

 

 ミナトたちは修行を終え、今までの行動を評していた。ミナトは自分の右腕を見ながら、カカシにそう伝えた。

 

「うんうん!先生相手にすごいよ、カカシ!」

 

 同じ班員であるカカシの功績を、リンは自分の事のように喜んでいた。

 

「たった一撃でしょ・・・。褒められるようなことでもないよ」

 

 カカシは先程のこともあってか、少しだけ暗い表情だ。

 

 その二人の後ろで、オビトが苛ついた顔でそれを見ていた。

 

「お、俺だってーー!!」

 

 オビトがそう叫んだや否や、頭に衝撃が落ちた。

 

「うっ!」

 

 少しだけ呻くオビト。

 

「ナイスタイミング、ってとこ?」

 

「母さん、そんなことしたらお弁当崩れちゃうよ」

 

 現在この場にいる四人以外の人間の声が、オビトの耳に入ってきた。

 

 オビトは怪訝そうな表情で、恐る恐るその声の方を向いた。

 

「あぁっ!」

 

「クシナさん!それに、ウシオくん!」

 

 ミナトの家族である、ランチボックスを持ったクシナとウシオがいたのである。

 

 その二人の姿を見つけると、リンはすぐに反応し口を開いた。そして小走りでクシナの方へと寄っていった。

 

「みんな頑張ってる?」

 

 クシナがそう言うと、ミナトは近づきながら言った。

 

「あぁ!丁度休憩に入ろうと思っていたところだよ」

 

「よかった」

 

 クシナはオビトの頭からランチボックスを離した。

 

「はい、お昼。ご注文のクシナスペシャルね!」

 

 そう言って、そばにいたリンにそのランチボックスを渡した。

 

「やった!私、クシナさんのご飯だーいすきっ!」

 

 笑顔でそう言うリンを一瞬真顔で見たクシナだったが、すぐに表情が変わった。

 

「あーーーん!可愛いやつ可愛いやつ!リンはホントに良い子!!」

 

 クシナはリンを抱き寄せ、頬ずりしながら、満面の笑みでそう言った。リンは頬を赤らめながら受ける。

 

「けっ」

 

 オビトはそれを見ながらあからさまにそう言った。クシナはそれを見逃さず、すぐに反応する。

 

「あぁん?お弁当を持ってきてあげたクシナ様に対して、ずーいぶんな態度じゃないの?」

 

 睨み寄りながら言うクシナ。オビトもすぐに反論するが。

 

「別に頼んでねーよ!腹も減ってねーし!!」

 

 グゥゥゥウゥ。

 

 体は正直で、態度とは裏腹に、オビトの腹部は悲鳴をあげた。本当にナイスタイミングだ。

 

「うぅ」

 

 バツの悪そうな顔のオビト。

 

「はぁ・・・。強がるのもいいけど、取り敢えずご飯食べなさい。腹が減っては戦は出来ぬ、でしょ?」

 

 ため息を付きながら、そう言うクシナだったがオビトはまだやり合う気でいるようだった。

 

 見かねたウシオが口を開く。

 

「兄ちゃんがいらないなら、俺が食べちゃうぞー。あ、でもそーか。次の修行でも腹が減ってたとかで、また言い訳するつもりだろー?」

 

「な、何をぅ?!てめぇウシオ!どーいう意味だコノヤロー!」

 

 オビトはクシナに向けそうだった敵意をウシオへと向けて、ランチボックスの方へと走っていった。

 

「どーいう意味もないでしょ。ウシオの言うとおりだよ」

 

「てめぇカカシまで!いよーし!飯食い終わったら、かかってこいお前ら!二人まとめて相手してやる」

 

「だってよウシオ。すぐにオビトを片付けて、二人で組手でもしようか?久しぶりにウシオとやりたいな」

 

「そうですねカカシさん。僕も少しは強くなりましたよ!この前だって父さんに勝てそうだったんですから」

 

 オビトを無視しつつ、お弁当を頬張ろうとする二人。

 

「てめぇら!いい加減にしやがれ!今からでもいいんだぞ!」

 

 その時、オビトの後ろに忍び寄る影が。それが見えている他4人は、少しだけ落胆の表情を浮かべた。

 

「ふんっ!」

 

 ゴツンッ!

 

 忍び寄る影、クシナがオビトの頭にゲンコツを食らわせたのである。オビトは、苦悶の表情とともに、悲鳴を漏らした。

 

「くぁぁぁ!!」

 

「まったく!自分より下の子の挑発に乗るんじゃないの!だからそういう所が、ガキなんだってばね!」

 

 頭を抑え、少しだけ涙目になりながらもオビトは反論する。

 

「出たよ出た出た!こういうことがあるとすぐに拳を出す!だから嫌なんだよ!この、暴力女!」

 

「あぁん?誰が暴力女だ!」

 

 その二人のやり取りを呆れながら見る4人。

 

「また始まった」

 

 リンがそうつぶやく。見かねて、ミナトも口を開いた。

 

「もう食べてよっか」

 

 呆れつつも、お弁当を頬張る4人。ウシオもそんな二人を見て口を開いた。

 

「オビト兄ちゃんも兄ちゃんだけど、母さんも母さんだよ。まったく、似たもの同士・・・」

 

「あ、ウシオ?やめといた方が」

 

「えっ?」

 

 大抵こういう時は、喧嘩に集中し、周りのことなんか気にならなくなるのだが、クシナは違う。逆に、神経が尖る。故に、このつぶやきが聞こえていないはずもなく。

 

「ウシオぉ?なんか言った?」

 

「いえ!何でもありませんっ!お母さま!」

 

 鬼のような形相をコチラに向けるクシナに、敬礼をしながら訂正するウシオ。なら良いとでも言うように、クシナは笑顔で反応し、オビトの方に向き直った。

 

「ダメだよウシオ!こういうときは取り敢えず、下を向いてやり過ごさなきゃ。あとがどうなるか」

 

 それを見たミナトが苦笑いを浮かべながら、小声でウシオに耳打ちするが。

 

「アーナーター?何か言った??」

 

「いえ!何でもありません!クシナさま!」

 

 まぁ、要するに、似たもの家族というわけだ。

 

--------------------

 

「兄ちゃん、手裏剣の投げ方少しだけ傾けた方がいいんじゃないか?」

 

「ん?あぁ、なるほど。こういうことか」

 

「そうそう」

 

 4人での修行を終え、オビトとリン、そしてウシオとクシナ以外が帰宅していた。

 

 すでに日も傾き始めている。その中でオビトとウシオは二人で技の探求に勤しんでいた。リンとクシナはそれを少し遠くから見つめる。

 

 ミナトとカカシは三代目に呼ばれていった。何かあったのだろう。と、リンは考えていた。

 

「もう夕方ね」

 

「そうですね」

 

 クシナが空になったランチボックスを抱えながら言い、リンがそれに反応した。

 

「リンは大丈夫なの?親御さんは・・・」

 

「私はまだ大丈夫です。今日だって任務が早く終わってなかったら、まだ帰れてないですから」

 

「まぁ、そうね」

 

 先程まで行われていた修行は、里外任務が予想より早く終わってしまったため、急遽行われたものだったのだ。

 

「それにしても、仲がいいわねぇ」

 

「ええ」

 

 優しい物腰で、二人を見つめながら言うクシナ。そして笑顔でそれに応えるリン。

 

「ミナトの班に、みんながいて、本当に良かったと思うの」

 

「え?急にどうしたんですか?」

 

 徐ろにそう言ったクシナに、リンは少しだけ驚きながら聞いた。

 

「遠くを走るカカシ。ウシオには手の届かない場所にあの子はいる。そうやって、未来を切り開いてくれる」

 

 瞳を閉じながら言うクシナ。そして続ける。

 

「後ろを歩くリンは、ウシオの背中を押しながら、未来を歩かせてあげて。もちろんリンが劣っているとかそういうんじゃなくて、サポートというか」

 

 リンの頭を撫でながら言う。

 

「オビトは、アイツは、ウシオの隣で一緒になって走ってくれる。合わせてるんじゃなくて、競い合いながら。でも3人ともウシオの側にもいてくれる。そういう、優しさがある」

 

 リンから手を離し、目を開いて前方にいる二人を見つめた。

 

「もしウシオに兄弟がいたら、こんな感じなのかなってね。そう思ったの。だから、本当に安心できる。だから、良かったなぁって、ね」

 

 同じように、前方の二人を見ながらリンも言う。

 

「クシナさん。ウシオくんは、私達にとって、未来なんです。だからこそってわけじゃないけど、あの子からは未来を感じるんです。あの子はオビトとカカシの強さを持ってるから」

 

「リンの強さもね・・・。でも、そうね。未来、かぁ」

 

 二人から目線を外し、赤みがかった空を見上げてクシナは言った。

 

「私達にとっては、あなた達3人も未来よ。まだ戦争中だけど、いつかきっと終わる。その時先頭を歩いてるのは、きっとあなた達だから。だから、そのために頑張るわけよ、私も、ミナトも。だから、良かったなぁってね」

 

「クシナさん・・・」

 

「だから、絶対、死んじゃだめよ。これは、約束。だめだと思ったら逃げなさい。逃げる勇気を持ちなさい。生きる勇気を失わないで。死んじゃったら元も子もないから、ね」

 

 空から、瞳を落とし、そう言うクシナの顔は少しだけ寂しげだった。

 

--------------------

 

「だはぁっ!だめだー!」

 

 そう口から吐き出し、ウシオはその場に大の字になって寝転んだ。

 

「あー?もう音を上げるのかよ、だらしねぇなぁ」

 

 手裏剣のコントロールは、指先の繊細さが重要だった。カカシなんかはすごく上手いが、俺も、隣で今音を上げたウシオも、まぁ苦手だった。

 

「だって、飛んでる手裏剣に、別の手裏剣当てるなんて芸当、できるわけ無いだろ」

 

「まあな。だけど安心しろ。この俺の写輪眼が開眼すれば、そんなこと容易い!」

  

 オビトはサムアップのポーズから親指を自分の目に当てながら言った。

 

「ずーっとそれ言ってるじゃんオビト兄ちゃん。いつになったら開眼するのさ」

 

「いつか必ず開眼する。そして、ものスゲー忍になって、そして、俺はうちはで初めての火影になる!」

 

 そう言うオビトを細めになりながら見つめるウシオ。それに気付いたオビトが少しだけ恥ずかしそうな表情で言った。

 

「あ、あんだよ」

 

「だってさー」

 

「あ?」

 

 ウシオは立ち上がって宣言した。

 

「俺が火影になるんだから、兄ちゃんはだめだよ!」

 

「あぁ?!火影になるのは俺だぞ!」

 

「はぁ?俺だね、俺がなるね。俺は伸びしろしかないもん。火影になって、世界を変えてやるんだ」

 

「なんだと?!」

 

「なんだよー!」

 

 言い争いが始まる。いつものことだ。

 

「だったら勝負だな!どっちが早く火影になるか!」

 

「そうだね。勝負。わかった!」

 

 二人とも、未来を歩く。同じスピードで、ゆっくりだがそれでも大丈夫なはずだ。この二人を阻める者なんて誰もいない。

 

「兄ちゃん!いいこと思いついた」

 

「あ?なんだよ」

 

 演習場にある自分の背ほどある丸太。先程まであそこを目指して手裏剣を投げていた。ウシオはそこを目指して、指差していた。

 

「あそこに俺たちの目標を彫ろう!」

 

 そうウシオは言うと、すぐに走っていった。

 

「あ、おい!ウシオ」

 

 それを追いかけるオビト。

 

 先に着いたウシオは懐からクナイを取り出し、丸太に彫る。

 

 火影になる。

 

 その後に続いて、うずまきウシオと彫った。

 

「早いんだよウシオは」

 

「ほら!あとは兄ちゃん!」

 

 そう言うと、ウシオはクナイをオビトに差し出す。

 

「まったく・・・」

 

 受け取ったオビトは、彫られた名前の隣に自分の名前を彫る。

 

「これでよし、と。これでいいか?」

 

「うん!これでいい!」

 

 オビトはクナイをウシオに返し、二人で出来上がったものを見る。少しだけ気恥ずかしかった。

 

「もし、これから、自分の目標に、不安なんかを感じたら、ここに来て、これを見るんだ。そうすればきっとそんなもんどうにでもなる!どう?」

 

「そう、だな。いいじゃねーか!」

 

 オビトはニカッと笑った。釣られてウシオも笑う。

 

「そろそろ、帰るか。もう暗いからな。それに、あそこにいるお前の母ちゃん煩いからな」

 

「そーだね。帰ろう!」

 

 二人はベンチにいる二人のもとへと歩く。刻んだ目標を背に、覚悟を胸に刻み、歩く。

 

 

 

 

 




お久しぶりです。zaregotoです。
今回のお話は、本来幼年篇と少年篇の間に差し込むつもりで書いていました。
しかし、話がまとまらず、ずっと予約投稿として放置していました。
それがこの前間違って投稿されてしまい、今の今まで気づかずにいた次第です。
お恥ずかしい限りです。

これから、本編の方も投稿していこうと思いますので、読んでいただけると幸いです。


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少年篇
暗雲


 深い深い森の中、俊足で移動する二つの影があった。

 

「そっちに行ったぞ、ウシオ!」

 

「分かってる!」

 

 栗色の髪の少年、薄葉カズラは燃えるような髪を持つ少年、うずまきウシオに命令していた。

 

「くそ!速いな・・・」

 

 何かを捕まえようとしていたようだが、どうやら失敗してしまったらしい。残念そうな顔をカズラに向けていた。

 

「たかが、犬一匹にどんだけかけてんだよボケが」

 

「うるさいぞ。犬は犬でも忍犬だからな。一筋縄ではいかないだろ」

 

「それでも四つ足地につけて、走ってる姿は普通の犬と変わらねぇだろがよ」

 

 取り逃がしたウシオをバカにしたように言うカズラ。ウシオ自身捕まえられなかったことを悔やんでいるわけなので、言われなくても分かっているということだ。

 

「四つ足つければただの犬じゃと?」

 

 その時、ウシオたちの背後から急に声がした。急いでその声の方を向くと、二足歩行で木の枝の上にいる犬がいたのである。その犬はケラケラと笑いながらウシオたちを見下ろしていた。

 

「わしゃあ人間と同じように二足で歩ける。先程の言い分は取り消してもらおうかのぉ」

 

「まさか本当に・・・」

 

「ん、なんじゃて?」

 

 呟いたウシオの言葉を聞き逃さず、忍犬は疑問を口にした。

 

「お前がバカだって話だよ!」

 

 そうカズラが宣言した次の瞬間、忍犬の背後に虫に変化していたウシオの影分身が、元の姿になって現れたのだ。

 

「な!?」

 

 忍犬の対応する暇もないままに、ウシオは忍犬の首もとに捕縛術入りの首輪を取り付けた。そして口を開く。

 

「お座りッッ!」

 

 すると、忍犬は身動きすることはなく、その場に座り込んでしまったのだ。

 

「くッ!貴様!」

 

「捕獲完了」

 

 そうウシオが言った後に、森の奥からポニーテールの少女霧切アヤメと、人の良さそうな男であり、ウシオ達の小隊の隊長である秋野オチバが現れた。

 

「捕まえられたんだね、さすがはウシオくん」

 

「アヤメのおかけだよ。本当にコイツ、自分がただの犬って言われると、いてもたっても居られないみたいだな。それに、カズラの言い方も良かったな。本当にただの犬だと思ってるみたいだったから」

 

「だって、ただの犬だろ」

 

 そう三人が話している中で、礼儀正しく座っている黒坊は、プルプルと震えていた。そして堪えきれなくなったのか、口だけを動かして抗議した。

 

「ただの犬、ただの犬、五月蝿いんじゃあ!わしゃあ忍犬!貴様ら人間などには劣りゃあせんぞ!」

 

「それを思ってるのはカズラだけだから安心しろよ。俺はお前のことを、ただの犬なんて思ってないからよ」

 

 そう言って、ウシオは忍犬の頭を乱暴に撫でた。忍犬は嫌そうに身をよがらせるが、捕縛術のせいでそれは出来なかった。

 

「さぁ、三人とも、そろそろ火影様のところへ報告に行こう」

 

「オッス!」

 

 ウシオはそう言い放ち、忍犬を優しく抱き上げて、里を目指した。

 

********************

 

「卒業したいです」

 

 ウシオがそう言ったのは、彼が凡そ10歳になる頃だった。父親である波風ミナトも同じ年齢でアカデミーを卒業したらしいので、自分もそうありたいと思っていた。

 

 担任の教師は快く了承し、校長に報告したが、いい顔はしなかった。それは、この年に、二人も飛び級させてもよいのか?という懸念があったからである。戦争も一時的にとはいえ終結し、平和であるからこそそういう考えに至っていた。戦争中は戦力補充のため、飛び級させることに躊躇いはなかった。

 

 それでも担任の教師は引き下がらなかった。うずまきウシオの実力を見て欲しい。恥ずかしながら、自分に教えられることはもうない。そう言ってやめなかったのである。そこまで言うならと、校長は忍術修行を行っているウシオを隠れたところで見ていた。

 

 しかし。

 

「誰だ・・・」

 

 ものの数秒で校長の存在がばれてしまったのである。それも、目の前から消えたことすら悟られずに、瞬身の術で校長の背後に現れたからであった。校長であったことに気付き、平謝りしていたが。

 

 この一件より、ウシオの飛び級が認められたのである。この学校で彼が学べることはもうないと、校長自身が判断した、らしい。

 

 晴れて10歳になる前に飛び級を果たしたウシオだったが、彼の隣には同じように飛び級している少年がいた。ウシオもよく知るうちは一族の天才、うちはイタチである。

 

 ウシオが担任に言うより前に、イタチは彼の担任から、そう提案されていたのだ。年齢にして7歳。ウシオが両親を亡くした年齢と同じであった。

 

 ウシオとイタチは同じ成績で卒業した。二人の首席が生まれたのである。二人の首席、というのもどうかと思うが。

 

 閑話休題。

 

 場所は火影室。亡くなった四代目火影にかわり、三代目が復帰するという異例の事態となっても、任務があることにかわりはなかった。ヒルゼンに対するは、オチバ班。秋野オチバがうずまきウシオ、薄葉カズラ、霧切アヤメを率いる班である。

 

「オチバ班、ただいま戻りました」

 

「うむ、ご苦労じゃった」

 

 小さく礼をしたあとに、そう言うオチバに対しヒルゼンは労いの言葉をかけた。見ていたウシオとアヤメも、それにならって小さく礼をする。カズラは少し遅れて、慌ててそれに続いた。

 

「早速で悪いが、次の任務が届いておる」

 

「なんだ。さっき帰ってきたのに、もう任務か。じーちゃんは人使いが荒いな」

 

 少しだけ流れていた緊張を、ウシオが和ませた。それに対し、ヤレヤレといった表情になるヒルゼン。そしてすぐに口を開いた。

 

「下忍の内は多くの任務をこなすのじゃよ。・・・それはそうとウシオ。ここではじーちゃん、ではなく火影様か三代目と呼べと何度も言っておるじゃろう」

 

「なんか慣れないんだよ」

 

 気にしていないように呟くウシオ。

 

「そ、それで!どんな任務が届いてるんすか?」

 

 待ちきれないといった感じで言うカズラ。横並び一直線だった中、独りだけ一歩前に出て言った。

 

「木ノ葉演習場の草むしりじゃな」

 

「またか・・・」

 

 ウシオは、面倒くさそうな表情でボソリと呟いた。しかしそれはヒルゼンの耳まで届くことはなかった。本来ならば届いており、もう一度お叱りを受ける場面なのだが、今回は違った。

 

「だーーーっ!!」

 

 カズラがいきなり怒りだしたからである。

 

「なーんで!俺たちはいつもこんな任務ばかりなんですか!!忍犬の捜索とか、草むしりとか・・・!そういう任務!もっと実戦に近いことをしたいです!」

 

「しかし、そうは言ってものぅ・・・。経験を積まねばならぬ」

 

 それを聞いたオチバは、もの申しているカズラを眺めながら口を開いた。

 

「三代目様。彼らは着実に実力をつけてきています。そろそろ、次のランクの任務を与えてみては?」

 

 そう言ったオチバを、カズラは嬉しそうな表情で眺めた。ヒルゼンは、少しだけ考え込んだが、すぐに口を開いた。

 

「・・・分かった。そこまで言うなら、任せてみよう。・・・・・・これじゃ」

 

 ヒルゼンは、ガサゴソと机の引き出しの中に手を入れ、そこから、1枚の紙を取り出した。そこにはCと書かれている。

 

「Cランク任務・・・」

 

 ウシオがボソッと呟いた。その隣ではアヤメが息を飲む。さらにその隣のカズラは、まだ嬉しそうな表情だった。

 

「ある人物の護衛じゃ。雪の国までの、な。この任務での忍同士の戦闘は、ないじゃろう。要人、というわけではないからの」

 

「雪の国、ですか?」

 

 アヤメが恐る恐るヒルゼンに聞いた。

 

「海に面している寒い気候の土地だ。一年中雪が降り積もっているためそう呼ばれてる」

 

 アヤメの問いには、ウシオが答えた。

 

「任務開始は来週。どうじゃ?」

 

「わかり「わかりました!!この薄葉カズラが、難なく任務をこなしてみせましょう!!」

 

 オチバがヒルゼンの言葉に同意しようとしたときに、カズラが被せるように大声で答えた。

 

 ヒルゼンはそれに、苦笑いを浮かべていた。オチバとアヤメも同様である。ウシオだけが、バカを見る目で、それを眺めていた。

 

 そして、ウシオを除く全員が火影室を後にした。

 

「雪の国・・・。長期の任務になりそうだな」

 

 ウシオが呟く。ヒルゼンは彼が言わんとしていることを理解していた。

 

「ナルトには、暗部をつける。安心せい」

 

 自分が面倒を見る、と言わないのは火影だからなのか、それとも。

 

 変な考えを捨て、ウシオはヒルゼンに一礼した。そして、火影室を後にした。

 

********************

 

「Cランクとは言っても、任務は任務だからな。気を引き締めろよカズラ」

 

「何言ってんだバカ野郎。当たり前じゃねぇか」

 

 任務の達成報告を終えて、3人はオチバと別れた。そして今は3人とも帰路についている。

 

「護衛かー・・・。なんか響きがかっこいいよな!」

 

「だからお前は・・・」

 

 ウシオは付き合いきれないといった口調で、カズラに言った。

 

「ここから雪の国までは走っていけるような距離じゃない。そんな勇み足だと、途中でバテるぞ」

 

「分かってるっつの!帰って父ちゃんに報告だ!俺は先に帰るぞ!」

 

「あ、おい!!」

 

 カズラはウシオの忠告もちゃんと聞かずに、走って行ってしまった。その後ろ姿を、眺める2人だった。

 

「行っちゃったね」

 

「あぁ・・・」

 

 アヤメが呟く。それに対し、ウシオも呟く。

 

「でも、Cランク任務か・・・。少し、不安かな」

 

「それくらいがちょうどいいよ。アイツみたいな感じじゃ、どっかで転けるのは目に見えてるからな。一歩引いたところで冷静に判断できる人がいないと、小隊は崩れる。ただ、怖がってばかりってのも・・・」

 

「分かってるよ。ただ、初めて遠出するから、少し、緊張してるだけ」

 

 少しどころじゃない、な。

 

 ウシオは表情の硬いアヤメを見てそう思っていた。アヤメの医療忍術や、的確な判断はオチバ班を確実に支えている。彼女はなくてはならない人だ。だがしかし、彼女は緊張しすぎる節がある。これまでだって、やっとDランクの任務に慣れてきたばかりなのに。

 

「私も、帰るね。お母さんに任務のことを伝えないと」

 

「あぁ。またな・・・。変に、気負うなよ」

 

「うん!じゃあね!」

 

 そう言ってアヤメは、カズラが向かっていった方へと走って行った。1人になるウシオ。取り敢えず、弟が待つ家へと、帰ろうと足を踏み出していた。

 

「ウシオ」

 

「ん───」

 

 踏み出そうとしていて瞬間、背後から声をかけられる。ウシオは警戒の意も込めて、すぐに振り向いた。

 

「シスイ・・・。いきなり音もなく声かけるのやめろよな」

 

「反応はよかったぞ。日々精進だ」

 

 ウシオが振り向いた先には見慣れた顔があった。うちは一族の、瞬身のシスイである。

 

「ひさしぶりだな。里内で会うのは」

 

 ウシオがシスイにそう告げた。

 

「お互いに任務があるからな。前ほど会える時間は、減った」

 

「任務って言うほどのもんじゃないけど、な。お前と比べられれば」

 

「しかし、任務は任務だ。ちゃんとこなしているらしいじゃないか」

 

「そう、かな・・・」

 

 ウシオは気恥ずかしくなって、頭を掻いた。それを見たシスイはニヤニヤと笑いながら続けた。

 

「久しぶりに甘味でも食べに行くか?」

 

「うーん・・・」

 

 シスイからの提案にイエスとは言わず、少しだけ悩み始めるウシオ。シスイは不思議そうな顔をして、訊ねた。

 

「どうした?」

 

「いや、行きたいのはやまやまなんだけど、今日は早めに帰りたいんだよ。弟が、待ってるから」

 

 ウシオの言葉から察したシスイは、微笑みながら目を閉じた。そしてそのまま口を開く。

 

「ナルトか。今いくつになる?」

 

「数えで3つだ」

 

「そうか・・・」

 

「シスイも、大変みたいじゃないか」

 

「ん?」

 

「ほら、一族内で・・・」

 

 ウシオの言ったことに合点がいったらしく、シスイは表情を曇らせた。

 

「まぁ・・・な」

 

 あの事件以降、うちは一族は危うい立場にあった。過去に九尾を操ったとされる人物が、うちは一族の者ではないか、という嫌疑を向けられているからだ。尾獣を操れるのは、うちはの瞳力あってからこそらしいから、真っ先に目をつけられた。

 

「俺たちにそのことは関係ない。表では天災として扱われているからな。そもそも、俺たちがやったという証拠もない。実際、本当に誰かが操っていたという証拠もないなからな」

 

 ウシオはシスイの言葉を聞いて押し黙った。ウシオは実際に、操っているところを見ていない。しかし、確かにあのとき、仮面の男が現れた。ソイツが操っていたかは定かではないが、可能性は高かった。

 

 この事は、木ノ葉上層部にしか伝えられていない。ウシオを除いて。

 

「・・・とにかく、俺は帰らないと。またどこかであったら、修行をつけてくれ。今度はナルトと一緒にな」

 

「あぁ」

 

 そう言って、ウシオは走って行ってしまった。シスイはその後ろ姿を心配そうに眺めていた。

 

********************

 

「兄ちゃん!お帰り!!」 

 

「ただいま、ナルト。いい子にしてたか?」

 

「おう!当たり前だってばよ!」

 

 自宅の玄関を開いたウシオを待っていたのは、弟のうずまきナルトだった。

 

「・・・」

 

 ウシオは、玄関の隅に置いてあるコップを見つけた。どうやら、また玄関で待っていたらしい。

 

「夕飯にしよう。お腹すいたろ?」

 

 だってばよ、か。生まれつきせっかちで早口だった母さんと同じ口癖だ。遺伝子ってすごいな。外見は父さん似だ。二人の間に生まれたオレンジ色。

 

「ペコペコだってばよぉ。今日はなんなんだ??」

 

「今日は──────」

 

 靴を脱いだウシオは、ナルトを連れてリビングまで行くことにした。

 

 この家は、三代目から特別に与えられた家だ。前まで三人で住んでいた家は、ナルトのためを思って、四代目の親族と分かるような荷物を三代目に預け、その他は今の家へ送り、売り払った。これは、ナルトが四代目の親族であることで他里に目をつけられないようにするための処置であった。

 

 ナルトは母さんに代わり、九尾の人柱力となった。そのことも関係しているだろう。既に里中にそのことは広がっている。他里に知れ渡るのも時間の問題だろう。いや、既に知られているのかもしれない。

 

 だが、誰にも知られていないことがひとつある。それは、自分がナルトにかけられている封印の鍵を持っていることだ。言った方がよかったのかもしれないが、三代目には、自来也へ四代目から渡されたことしか伝えていない。

 

 全てを伝えることがいいこと、とは限らない。どこにナルトを狙う輩がいるかわからない上に、この状況は、箱と鍵がセットで存在しているようなものだからだ。

 

 俺が、ナルトを守らないと。

 

 ウシオは常にそのことだけを考えていた。だから、今回の長期任務に対して、班員の二人とは違う緊張を持ち合わせていた。

 

 この里でのナルトへの扱いは、薄々気付いていた。まだ小さいナルトでもそれはわかっているだろう。あれほどヒシヒシと伝わる悪意を、感じないわけがない。

 

 人柱力だから。化け物だから。母さんも同じような経験をしてきたのだろうか。いや、してきたのだろう。こうなることはわかっていたが、実際体験してみると、かなり辛い。

 

「器に、愛を、か・・・」

 

 母さんが嘗て、先々代の九尾の人柱力である、うずまきミトって人に言われた言葉だ。

 

 こんな状況じゃ、それは儘ならないだろうが。

 

「ん?どうしたんだ?兄ちゃん」

  

 ウシオ特製ラーメンを頬張っているナルトが、不思議そうにこちらを見ていた。どうやら表情が暗くなっていたらしい。

 

 ウシオは取り繕わず、冷静に対処した。

 

「なんでもない。そうだ。兄ちゃん、今度長い任務に出ることになったんだ」

 

「どこにいくんだってばよ?」

 

「雪の国だ」

 

「雪?あの外にあるやつ?」

 

「あぁ。その雪だ」

 

 ナルトの目がキラキラと光った。

 

「一年中雪に覆われてるらしいぞ?」

 

「へぇ!!」

 

 ウシオは、ナルトにあることないこと吹き込んだ。その度に、表情がコロコロ変わる。それがとてもいとおしく、可笑しかった。

 

「とにかく、飯が終わったら勉強だ。アカデミーまでにお前を最強にしてやるからな」

 

「えー?また勉強かよー。実践練習がしたい!」

 

「基礎が出来ていないヤツは、強さに限度がある。あと一歩を踏み出すためには、当たり前のことを完璧にしなきゃならないからな。再三言ってきたつもりだぞ?ナルト」

 

 駄々をこねるナルトに、ウシオは優しく言った。渋々それに了解し、ナルトは自分の部屋の教科書を取りに行った。ウシオが昔使っていたものだ。

 

 俺の時は、母さんがうるさかった。そのお陰で今があると言える。だからこそ、幼い頃から父さんと修行を行えた。

 

 しかし。

 

 しかし、ナルトは少しだけおかしかった。父と母の子どもとして、確実に忍の才は受け継いでいる。まぁ、勉強はからっきしだが。チャクラを練るなどの実践的なものなら、簡単にこなすだろうと思っていた。しかし、ナルトはそれが下手だった。

 

 有り体に言えば、才能がなかった。これに関してはしょうがないで済まされるかもしれないが、俺は何者かの力が働いている気がしてならなかった。

 

「体内の九尾が邪魔をしているのか?」

 

 九尾を有しているので、ナルトのチャクラ量は莫大だ。それをうまく扱えないってのもあるかもしれないが、それにも限度がある。分身すらまともに作れないのは、流石におかしい。俺のカンチガイってこともあるだろうが。

 

 ウシオはテーブルの上の食器を片付け、勉強が出来る空間を作った。

 

「だとしても、今まで、これからやってくことは絶対に意味がある。俺が死んでも、一人でやっていけるくらいにはさせないと」

 

 人は、死ぬ。これは不変だ。だからこそ俺もここにいる。俺だって、この世界でいつ死ぬかわからない。前の世界以上に危険だからな。

 

 最低限のことは教えておこう。そう考えた上での処置だった。結果的に、母さんのやってくれたことは無駄にはならなかった。

 

 その後、一通りの勉強を終え、ナルトは眠りについた。ナルトの寝顔を確認した後、ウシオは自分の部屋へ帰り、任務の詳細を確認し、眠りについた。

 

 雪の国へ行くまで、あと7日。

 

********************

 

 薄暗い洞窟の中、一人の男に対してひざまづく影が3つ。男は薄ら笑いを浮かべ、手に持っていた写真を握り潰した。

 

「お前たちに任せてもよいのだろうな?」

 

 男は言った。対し、ひざまづく内の一人がそれに応答した。

 

「はっ!我ら雪忍にお任せください、ドトウ様」

 

「そうか。・・・・・・くくっ。これで、この国は俺のモノだ。待っていろ、早雲。貴様の全てを奪う」

 

 灯籠の妖しい光が辺りを照らす。ドトウと呼ばれた男の顔は、それによる陰影も相まって、非常に不気味になっていた。




 みなさま、どうも。zaregotoです。

 お久しぶりです。

 リアルでの忙しさが途切れることを知らず、いつの間にか3ヶ月です。さらに、スマホの調子が悪く(普段はスマホから投稿しています)、スラスラと文字を打てないような状態になっていました。現在も同じような状況ですが、リアルでの忙しさが収まりだしたので、書こうと思いました。

 さて、今回ですがぶっちゃけ思いつきで物語を書いてきました。本来はこの話を挟む予定はなく原作のストーリーに準ずるつもりでした。

 というのも、私がナルトの映画を一気見したからです。割りと好きなんですよね、無印(少年篇)の頃の映画。なので、これから映画の内容も含めた上でストーリーを進めていこうと思います。

 ナルト好きの人なら「雪」と言われれば、なんのことか分かると思いますが、あえて次の後書きで書こうと思います。あ、雪の国篇は3話ほどで完結する予定です。

 それでは皆様、長い間お休みしてしまい大変申し訳ありませんでした。これからは、と言ってもまだ忙しいことにはかわりないのですぐに投稿、というわけにはいかないと思いますが、お付き合いください。


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ある雪の日

 ウシオがナルトに教えているのは、ただひとつ。チャクラコントロールだ。もちろん、忍術や体術、手裏剣術の基礎は教えているが、基本的に教えているのはチャクラの練り方である。恐らく、これにつきるだろう。

 

 これはナルトがチャクラを練ることを苦手としているからであった。何者かの意識的な介入も疑ったが、それ以前にナルトには集中力がなく、1つのことを長い間続けられない。まぁ、まだ3才だから仕方がないのだが。

 

「兄ちゃん、もう・・・」

 

「まだだ。あと一時間」

 

「うへぇ・・・」

 

 胡座をかいた形のまま、嫌そうな顔をするナルト。隣で同じ体勢のまま、目をつぶりなからウシオが怒った。

 

「兄ちゃんは、昔からこれをやってるぞ。どこの馬の骨に舐められないように、誰よりも強くあろうとした。お前も、俺を越えるつもりでやってろ」

 

「俺ってば、足が痺れてきたってばよぉ・・・。なぁ、兄ちゃん」

 

「・・・はあ。分かったよ。今日はこの辺にしておこう。ただ明日は容赦しないぞ?」

 

 ウシオは折れたらしく、その場に立ち上がりながら言った。ナルトは笑顔になり、同じように立ち上がろうとしたが、足が固まってしまい、うまく立ち上がれなかった。

 

「うわっ・・・」

 

「まったく。ほれ」

 

 ウシオがナルトに手を差し出すと、ナルトはそれを掴んで足を震えさせながらなんとか立ち上がった。

 

「じゃあ、朝飯作るから待っとけ」

 

「お、おっす!」

 

 少し吃りながら返事をするナルト。ウシオはそんなナルトを後目に、台所へと急いだ。

 

 台所へと着くと、冷蔵庫を開き、食材を確認した。そこから卵とベーコンを取り出すと、当たり障りのない朝食を作り出した。

 

「母さんから教えてもらっておいて本当によかったな。家事全般」

 

 まだ事が起きる前に、一通りのことは教え込まれた。そう言うと、無理矢理感が出るが実際はウシオがそれを頼んだのである。

 

 ウシオが朝食を作っていると、壁を伝いながらナルトが台所へとやって来た。

 

「どうした?まだできないぞ?」

 

「いや・・・」

 

 そう言うとナルトは笑顔になって言った。

 

「最近、兄ちゃんと一緒にいられて嬉しくってさ。修行は辛いけど、ここのところ任務で一緒にいられなかったろ?」

 

「まぁそうだな。長期任務の前の休暇。今後はこういうことも増えてくるだろ」

 

「じゃあ!もっと一緒にいられるのか?!」

 

「いや、その逆だ。いられなくなる。忙しくなるからな。今回の休暇は特例だ」

 

 長期ともなれば、家を空けることも少なくない。寧ろ家にいない方が多くなるだろう。シスイのようになる。

 

「そうなのか・・・」

 

 シュンとするナルト。それを見たウシオは、調理を止めてタオルで手を拭いた。そしてそのまま、ナルトの頭に手を置き、乱暴に撫でた。

 

「な、なにすんだよ兄ちゃん!」

 

「安心しろ」

 

 ウシオはナルトの目を一点に見つめる。ナルトもそう返した。

 

「お前と俺は唯一無二の家族だ。俺が遠くにいても、俺はお前と一緒にいる」

 

「遠くにいても一緒にいる?・・・ナゾナゾ、か?」

 

 不思議そうに考え込むナルト。それを見たウシオはニカッと笑って、その場に屈んだ。そして人差し指をナルトの心臓の辺りへと当てる。

 

「俺はお前のここにいる。どんなときもずっと。それを忘れないでくれ」

 

 そうされたナルトはさらに難しそうな顔をして考え込んでしまった。

 

「そんな難しいことじゃねぇよ。お前が嬉しいと俺も嬉しいし、お前が悲しいと俺も悲しい。そーいうことだ」

 

「・・・うん。なんとなく、わかった気がする」

 

 多分わかってないだろうな。俺も母さんによく言い聞かせられたけど、よくわかってなかった。でも、今なら分かる。父さんも母さんも、ここにいる。

 

 ウシオは立ち上がって、調理を再開した。

 

「いずれわかることだ。お前が俺と同じくらいになればな。じゃ、できるまであっちで待ってろ」

 

「うん、わかった」

 

 ナルトは難しそうな顔のまま、リビングへと帰っていった。

 

 ナルトなら、きっと理解できる。ここにあるものの大切さを。そうすれば、きっと俺よりも、父さんよりも強く優しい忍に・・・。

 

 ウシオは調理をしながら、半ば願うかのようにそう思った。

 

********************

 

 ウシオは明日に控えた任務のため、あらゆる家事をこなしていた。

 

 ほとんどナルトが困らないようにするためのものだ。こういうときのために、家事は教えておいてあるのだが、万が一って場合もある。食事の作り置きや、着替え、掃除、その他全てをやっていたのである。そしてそれが、今しがた終了したのだ。

 

「あー、疲れた」

 

 不意に言葉がこぼれた。静かなリビングに響く。ナルトは家にいるが、チャクラを練る修行をさせているので、静かなのは当たり前だった。

 

「そろそろ昼飯にするか・・・」

 

 ウシオは立ち上がり、ナルトを呼びに部屋へと急いだ。そして、部屋の前へまで行くと、ゆっくりと扉を開く。

 

「ナルト、そろそろ昼飯に・・・って、あれ?」

 

 そこにはナルトの姿はなく、ヒラヒラと揺らめくカーテンだけが目にはいった。よく見れば、マンガやらなんやらが散らかっていた。

 

 ゆっくりと部屋に入り、開いている窓の位置までやって来て、外を確認した。窓の外にある屋根の瓦に小さな靴のあとが残っていた。

 

「・・・逃げたな、あの野郎」

 

 ウシオは握り拳をワナワナと震わせて、窓を優しく閉めた。リビングにある羽織を手にして、そのまま玄関まで急いだ。

 

********************

 

 俺は屋根づたいに外へと出た。玄関を使ったら兄ちゃんにばれちゃうからだ。少し寒かったけど、マフラーがあるから大丈夫だ。

 

 ナルトは人気のない道を歩いていた。外に出たはいいものの、人と接触するのは嫌だったからだ。向けられる悪意の視線は、幼いナルトにも理解できていた。

 

「ううう、さっむ・・・ん?」

 

 修行が嫌だったからとはいえ、外に出るのは不味かったかもしれない。想像以上に寒かった。

 

 そう考えながら歩いていると、目の前に雪の積もったブランコが表れた。

 

「・・・」

 

 ナルトは無言でその雪を払い、そこに座った。

 

「つめたっ・・」

 

 ズボン越しでも、雪の冷たさは伝わってきた。少し残った雪が溶け、徐々にズボンを濡らしていった。

 

 ナルトは一人でブランコを揺らす。

 

 明日は、兄ちゃんが任務でいなくなっちゃう。生きてきた中でこんなのは初めてだ。

 

 ナルトは目頭が熱くなるのを感じた。その時。

 

「この白眼妖怪!」

 

 ナルトの耳に、怒鳴るような、おちょくるような、とにかく燗にさわる声が届いた。そのあと笑い声が響いた。すぐにその声の方向を見ると、三人組の子どもが女の子を虐めていたのである。

 

 ナルトは考えるよりも先に体が動いていた。マフラーを風に靡かせ、颯爽と飛び出した。

 

「おい!やめろ!」

 

「あ、なんだお前」

 

 ナルトの声に、三人はゆっくりと反応した。そのあとすぐにうずくまっていた女の子もナルトの方を見た。

 

「俺は、うずまきナルト!未来の火影だってばよ!」

 

 兄にも言ったことがないことを言う。

 

 そう。うずまきナルトの夢は、火影になること。そして、里のみんなを見返して、兄に迷惑のかからないようにすること。里のみんなから疎まれているナルトだからこそのものだった。

 

 兄に言わないのは、ライバルだから。兄も火影になることを目標としている。ライバルに情報を与えず、情報を得るため、言っていないのだ。まぁ実際のところ、ナルトの夢についてお見通しのウシオだった。

 

「未来の火影ぇ?」

 

「ばっかじゃねぇの?」

 

 三人組の一人がそう言うと、もう一人がそれに続いてバカにしたように言った。

 

「くっ、見てろー!影分身の術!」

 

 兄から教えてもらった術だ。分身の術と違い、相手に触れたりすることができる。実体のある分身だ。

 

 印組をすると、ナルトの手前辺りにぽふんと、二つの煙がまった。その煙が晴れると。

 

「カカッテコイッテバヨー」「テバヨー」

 

 デフォルメされたナルトがそこにはいた。

 

 明らかに失敗である。チャクラが練り足りず、分身を作り上げられなかった。これまで成功したことは、片手で数えるほどしかない。

 

「「「うひゃひゃはゃひゃ!!」」」

 

 三人組の腹を抱えてその状況を見て笑っていた。ナルトはポカンとした顔で出来上がった分身を見ていた。

 

「・・・ん?」

 

 笑い声がなくなった。おかしいと思ったナルトは、目線をあげると拳が迫って来ているのが見えた。

 

 そこでナルトの意識は途切れてしまった。

 

********************

 

「う、まだまだー!!今度こそ、スッゲー術をかけて・・・」

 

 ナルトは意識を戻すと、開口一番にそう言った。しかし、側にいる少女を除くと誰もいないことに気が付き、表情を暗くした。そこで、顔が腫れ上がっていることに気が付いた。

 

「い、いたたたた」

 

「だ、大丈夫?」

 

 痛がったナルトを心配して少女は、顔を覗きこんだ。心配そうな表情を見て、ナルトは自分の不甲斐なさを嘆いた。どうやら、何もできなかったらしい。

 

「どうってこと、ないってばよ・・・」

 

 そう言うしかなかった。大丈夫なんて聞かれたらだ。

 

「これ、あの子たちが・・・」

 

 そう言う少女をチラリと見ると、手にはボロボロになったマフラーが。それを確認したナルトは、大きなため息をつき、掌を横に振った。

 

「ごめんなさい・・・」

 

「気にすんな!」

 

 こんなところで暗くなっていても仕方ない。そう考えたナルトは、立ち上がり、目の前に広がる道を歩きだした。

 

「あ、あの!」

 

 それを引き留めるのは、少女。呼び止められたナルトは後ろを振り向き、少女を見た。少女は大事そうにボロボロになったマフラーを抱えている。

 

「ん?」

 

 少女は意を決して、口を開いた。

 

「あ、ありがとう、ございました!」

 

 感謝を述べ頭を下げている少女を見て、笑顔になるナルト。間違ってなかった。自分のしたことは。そう考え、笑顔を作った。

 

「へっ・・・・。じゃあな!」

 

 ナルトはそう言うと、道を走っていった。少女はその後ろ姿をずっと眺める。そして、見えなくなった頃にマフラーを再度眺め、今起きたことを思い出していた。

 

********************

 

「や、やめて!」

 

 助けに来てくれた少年は倒れ、三人組は少年の持っていたマフラーをボロボロにしていた。少女はたまらず声を出していた。普段はこんなことしないのに、何故かそうしてしまったのである。

 

「あぁ?」

 

 言われた三人組はマフラーへの注意の対象を、少女へと向けた。その目を見て、少女は尻込みする。

 

「お前も、おんなじようにしてやるよ!」

 

 三人組のうちの一人が、少女に迫る。少女は目を瞑り、腕で顔を隠した。やられる。そう考えたが、いつまでたっても痛みはやってこない。恐る恐る目を開けると、自分の目の前に少し大きな背中が見えた。

 

「え?」

 

 いきなり現れた影が、拳を受け止めていたのである。三人組は疑問符を浮かべながら、その人物の顔をゆっくりと見上げる。

 

「ガキの喧嘩に手を出すのはどうかと思って少し見てたんだが、今時のガキは、女の子にまで手を出すほど腐ってるのか?」

 

 うずまきナルトの兄、ウシオがその攻撃を受け止めていたのである。

 

 三人組は少し唖然としていたが、何が起こったのか分かったようだった。その中でも細い体型の少年の顔だけがみるみるうちに青ざめていった。

 

「俺、兄ちゃんから聞いたことがある。青く鋭い目で赤い髪の毛、ハバネロの再来!傍若無人で怪力無双、百人の敵を血祭りにあげたっていう・・!」

 

「おいおい、俺は・・・」

 

 その少年の話を聞いた他の二人も、何の話か分かったようで、同じように青ざめていった。

 

「「「ごごごご、ごめんなさいもうしませんしつれいしましたー!!」」」

 

 そのまま、声を揃えて謝意を伝え、逃げていったのである。相当慌てていたのか、逃げる最中に転けていた。

 

「俺ってば、そんな風に呼ばれてたのか?・・・同期の友達なんていなかったからなぁ」

 

「あ、あの・・・」

 

 少女は現れたウシオの背中を見上げながら言った。気付いたウシオは、くるりと振り向き、少女の顔を見て、笑顔を見せた。

 

「俺はウシオ。そこで寝てるクソガキの兄貴だ。弟が迷惑をかけたな」

 

「いえ、そんな」

 

 そう言う少女に対し、人差し指を作り、口の前に持ってきて、ナイショのポーズをとった。

 

「このことはナルトにはナイショだ。こいつも男だからな」

 

 そう言うともう一度笑顔になり、ウシオは少女の頭を優しく撫でた。少女は身構えたが、撫でられてると不思議と落ち着きを感じ、なすがままにされていた。

 

「君は、日向の・・・」

 

「ヒナタ・・・です」  

 

 撫でられたあと顔を赤くさせながら言うヒナタ。

 

「ヒナタ・・・ナルトと同い年のか!なるほど。つまり本家の人間だな?ヒカゲは知っているか?宗家の人間なんだが」

 

 日向ヒカゲ。日向宗家の忍で、ウシオの同期だ。

 

「ネジ兄さんと話しているのを見たことがあります」

 

「そうか・・・。最近は会っていないが、元気なんだな・・・」

 

 ウシオは表情を明るくさせ、空を見た。

 

「あの・・・」

 

「ん?どうした」

 

 ヒナタは恐る恐る聞いた。

 

「あなたは怖くないんですか?私たちを。みんな、妖怪とか、化け物とか、言うから」

 

「ん?んー・・・」

 

 ウシオは考える素振りをして、すぐに口を開いた。

 

「怖いな。みんな、ものすごい才能を持ってる」

 

「才能を・・・?」

 

 怖いとは言われたが、思っていたのと別の理由で驚くヒナタだった。

 

「強いから恐れられるんだろな。それも才能があるから、しかし、それ以上に努力しているからだろう」

 

「努力・・・」

 

「才能ってのは確かに人に差があるけど、努力次第でそんなもんどうにでもなる。日向の人たちは才能がある上で、努力もしてるもんだから、怖くてたまらないよ。いつか、俺も追い越されるんじゃないかってね」

 

 ウシオはばつの悪そうな顔をして言った。そのすぐあとに、まだ俺の方が強いけど、と付け加えた。対象にしているのは恐らくヒカゲ兄さまだろう。

 

「だから、君も自信を持てよ。そんなにおどおどしてちゃ、欲しいもんも手に入らないぜ?あ、でも喧嘩していいってわけじゃないぞ?傷つけない勇気ってのも必要だからな」

 

「・・・・・・」

 

 ヒナタは黙りこんでしまった。彼らの明るさに、眩しさを感じたからだ。自分とは違い、太陽のような存在。私は完全に名前負けしている。そう感じていた。

 

「兎に角、このことはナイショだ。俺は帰るからな。君も気を付けて帰れよ?あ。あと、よかったらナルトと仲良くしてやってくれ。・・・じゃあな!」

 

 そうウシオが言うと、目にも止まらぬ早さで、どこかへ行ってしまった。ヒナタを茫然と立ち尽くし、ハッとしてしまった。しまった!お礼を言えてない。

 

 少し表情を暗くし、視線を落とすとボロボロになったマフラーが。それを優しく抱き上げ、ヒナタはナルトの側へと寄った。

 

「ナルトくんと、ウシオさんか・・・」

 

 隣で意識を失っているナルトを見て、ヒナタは思った。今まで会ってきた人間とは違うタイプだなぁと。ナルトをずっと見ていると、急に恥ずかしくなって、頬を赤らめた。

 

 そしてそのすぐあとに、ナルトは目を覚ました。

 

********************

 

「さあ、出発だ。みんな準備はいいかい?」

 

 オチバ隊長が、そう言って他三人の顔を確認した。

 

「当たり前たぜ先生!バッチリだ!」

 

 そう言うのは、もちろんカズラだ。ウシオとアヤメは静かに頷いただけだった。

 

「じゃあ行こう」

 

 そう言うオチバ隊長。ウシオは見送りに来てくれているナルトの顔を見て、口を開いた。

 

「行ってくる、ナルト。大人しくしてろよ?気を付けて毎日生活しろ。俺がいない間も不自由ないようにしておいたから」

 

「分かってるって!安心しろってばよ!」 

 

 そう言ってナルトは、ウシオにサムズアップポーズを向けた。

 

「・・・」

 

 ウシオは横目で近くにある木を眺めた。こちらを見る気配がある。どうやら本当に三代目が暗部をつけたようだ。安心と言えば安心だが、なんか複雑だ。

 

「いいこでいるのよ?ナルトくん」

 

 アヤメが優しくそう言った。

 

「兄貴がいなくて清々するだろ?とりあえず、一人を楽しめよ」

 

 茶化すように言うカズラ。

 

「殴るぞカズラ」

 

「アッハッハッハ!」

 

「・・・・もういいかい?じゃあ行くよ。護衛対象とは、湯の国で落ち合うことになっている」

 

 ・・・・ん?なんだ?今の。

 

 一瞬、オチバ隊長の表情が、今まで見たことのないものになった。

 

 しかし、もう一度見ても、元のニコニコ顔だった。

 

 気のせい、か?

 

 変な考えを捨て、首を振る。

 

「どうしたの?ウシオくん」

 

「いや、なんでもない。・・・じゃあな、ナルト!」

 

 ウシオはナルトに別れを告げ、木の葉をあとにした。まずは湯の国。そして、そこから雪の国へと長い旅路が始まる。

 

 いざ、雪の国。白の世界へ!

 

 




 みなさんどうもお久しぶりです。zaregotoです。

 次は雪の国篇と言ったな?あれは嘘だ。

 というわけで、やっと木の葉から出発しました。実は、これを書いている最中にTheLastをもう一度見まして、どうにかしてナルトとヒナタの出会いを差し込めないかと思案していました。

 そんなこんなで、雪の国入国の時間が遅くなりました。すみません。

 今回の話で出てきた日向ヒカゲ。宗家の人間で、ウシオの同期です。年齢としてはカズラたちと同じなのですが。容姿はネジに似ており、髪は肩にかからないくらいの長さです。というか、完全にオリキャラです。はい、すみません。オリキャラって使いやすいんですよね。

 でも安心してください。名前が出たと言うことは、確実に物語に関与するということです。

 次はやっと雪の国篇です。もしよかったら、劇場版第一作目を予習しておくといいかもしれません。一応、過去の出来事の補填としてのストーリーを考えています。

 それではみなさま、これからもよろしくお願いします。

P.S.
 最近ボルトを見てるのですが、妄想が止まりません。どんどんどんどん案が湧いてきては消え、湧いてきては消えの繰り返しです。助けてください。このペースだと、そこまでいくのに何年かかるか。

 うへぇ・・・。批評待ってます。


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鮮血の雪城

「き、ぎもぢわるい・・・」

 

「大丈夫?ウシオくん」

 

 海風が吹き荒ぶ中、船のデッキでバケツを抱えながらウプウプとやっている少年の姿があった。

 

 というか俺だった。

 

「まったくお前はよー・・・。俺に、もたないぞ、とか張り切るなよ、とか言ってたくせに、お前が一番にダウンしてどうすんだよ」

 

 ウシオの背中を心配そうにさするアヤメの横で憎まれ口をたたくカズラ。ウシオもこれには反論できなかった。というか、したくてもできなかったのである。

 

「でも意外だったね。ウシオくんが乗り物だめだったなんて・・・」

 

「俺もはじめて、知った・・・。ウプっ・・・」

 

「大丈夫かよお前本当に」 

 

 今俺たちは、雪の国へと行くための船に乗っている。湯の国で雪の国王室に仕える三太夫という人と合流し、ここまでやって来た次第だ。まさか、これほど船に弱いとは思っていなかった。こればっかりは予想も、予想できていても鍛えようがない。

 

「大丈夫ですかな?ウシオ殿」

 

「三太夫さん」

 

 船内にある休憩室に続く扉から、三太夫が出てきた。三太夫は右手に小袋と、左手に水の入ったコップを持っていた。

 

「これは我が国に伝わる船酔いに効く薬です。さ、どうぞ」

 

「ありがとうございます三太夫さん。ほらウシオくん、お薬だよ」

 

「あ、あぁ・・・」

 

 アヤメは三太夫から薬を受け取り、それをウシオに渡した。ウシオは嫌々ながらもそれを受け取り、袋の中から小さな玉を取り出した。ウシオは半目でそれを、訝しげに眺め、意を決してそれを口に放り込み、水で一気に飲み干した。

 

「に、にがぁぁあ・・・」

 

 ものすごい苦味がウシオの口の中を襲う。思わず吐き出しそうになったが、心配そうに顔を覗きこむアヤメの顔を見て、それを抑えた。

 

「大丈夫だよウシオくん。良薬は口に苦しってね」

 

 そう言って優しい笑顔を見せるアヤメ。ウシオもなんとか笑顔を返すが、まだ薬は効いてこない。

 

 当たり前だが。

 

「ウシオ、大丈夫かい?」

 

「せん、せい」

 

 三太夫がやって来た部屋から、オチバも姿を現した。湯気をたてているコーヒーカップを片手に。

 

「もうすぐ雪の国だ。それまでの辛抱だからね。それまで横になっていてもいいけど」

 

「今さらですよ・・・。それに、それほどじゃない」

 

「そうは見えないけどね、アハハ・・・」

 

 辛そうな顔でニヤリと笑うウシオに、やれやれといったような顔で笑いながら言った。

 

「今敵に襲われたらどうすんだよ?でっかい氷にぶつかったりしたら。お前つれて逃げるなんて出来ねえぞ」

 

 船に乗るまではしゃいでいたカズラだったが、こういう状態になったウシオを見て、そのテンションも下がったようだった。

 

「タイタニックかよ・・・」

 

「タイタニック?なんだそりゃ」

 

「いや、なんでもない。とりあえず、これから俺たちはどうすれば?」

 

 辛そうな顔で、ウシオは三太夫に聞いた。三太夫は船の進む先を見つめながら言った。

 

「我が国の城へご案内します。そこで、雪の国が主君、風花早雪様とお会いした後、城内と城下町のご案内を致します」

 

「なんか、普通に旅行してるみたいだなー」

 

 カズラはさも興味なさそうにそう言った。彼は恐らく、実戦を期待していたのだろう。

 

 Cランク任務なので、それはないことは分かっているはずなのだが。いや、分かってないか。

 

「・・・港が見えてきましたぞ」

 

 そう言った三太夫の目線の先には、あまり人のいない港が見えた。いよいよ、雪の国へと上陸する。ウシオは早く、この地獄から抜け出したかった。

 

********************

 

「割りと大きいなー」

 

 カズラは感心するように、目の前に広がっている光景を見ていた。目の前には大きな城が建っている。

 

「大丈夫ウシオくん」

 

「あぁ。もうバッチリだ」

 

 調子を取り戻したウシオは、笑顔でそう言った。

 

「ったく。心配させんなっての」

 

「悪かったな」

 

 珍しく、カズラもウシオのことを心配していたようだった。

 

 そうこうしているうちに、五人は城門のあたりまでやって来ていた。五人が到着すると、門の前にいた兵士たちの元へと三太夫が駆け寄った。何かを話しているようだが、何故か視線が険しい。

 

「なんか、兵の数が多くないか?たかが門の守りなのに。こんなに人数いらないだろ」

 

 カズラがそう言った。門兵の数は数えて六人。何かを警戒してるように見えた。到着したときの視線が、それを物語る。

 

「何かあるのかもしれないね。これは、気を付けた方がいいだろう」

 

 オチバがそう言うと、他の三人は揃って頷いた。そしてそのあとすぐに、三太夫が戻ってきた。

 

「今話を通しました。まもなく、城門が開かれます」

 

 そう三太夫が言うと、重々しい門がゆっくりと開いていった。開かれた先には、優しそうな顔をした男が数人の男を引き連れて立っていた。

 

「そ、早雪様!」

 

 三太夫は、その男の方へと駆け寄っていった。

 

「早雪様って、さっき言ってた、この国の王様?」

 

 アヤメが不思議そうにウシオに聞いた。

 

「まわりにいる人間を見ると、そうみたいだな。わざわざ来てくれるなんて、よほど良い王様らしい」

 

 ウシオは少し怪訝そうな表情をその王様に向けながら、アヤメの質問に答えた。

 

 わざわざここまで来るなんて、余程のお人好しか。一国の王が、一介の忍に会いに来るなんて。さっきのは思い過ごしか?あの兵士は、何かを警戒してるからこそ、こんなにいるのかと思っていたが。

 

「このようなところに来られては!何かがあってからでは遅いのですぞ」

 

「大丈夫さ、三太夫。お客人をお迎えするのに、私が出なくてどうする。私はこの国の顔なのだからな」

 

「しかし・・・」

 

 少しの言い合いをしているところに、残された四人は近づいていった。

 

「お初にお目にかかります。私は、火の国、木ノ葉隠れの里の上忍、秋野オチバと申します。そして・・・」

 

「同じく、木ノ葉隠れの里の下忍、うずまきウシオです」

 

「霧切アヤメです」

 

「薄葉カズラっす」

 

 カズラ以外の三人は丁寧に挨拶をした。言葉遣いがなっていないカズラの頭を、ウシオは小突いた。

 

「痛ってぇ。なんだよ」

 

「お前、王様に対してなんだよその口の聞き方は」

 

 ウシオは小声でカズラに注意した。それを見た王様は笑いながら口を開いた。

 

「ハハハ。大丈夫ですよ、ウシオくん。私はこの国の君主をしている、風花早雪と申します。長旅で疲れているでしょう。さぁ、城内へ」

 

 四人は、早雪に促されるまま城へと足を踏み入れていった。

 

「ん?」

 

 ウシオは何かの視線を感じ、キョロキョロと辺りを見回した。

 

「どうした?ウシオ」

 

 カズラが不思議そうに、ウシオに問う。

 

「いや、気のせいだろう。・・・多分」

 

「なんだよ、怖ぇなぁ」

 

 確かに、誰かに見られていた。しかし、言っても証拠がないので、気のせいということにしておいた。

 

 そして四人は奥へと進んでいった。

 

********************

 

「中はすごいな。城って感じだ」

 

 カズラは先ほどから感心しっぱなしだ。それもそのはずだろう。ウシオとアヤメも含めて、三人は城というものの中に入ったことがない。和風建築の荘厳さに目を奪われていた。アヤメも声には出さないが、表情から察せられる。

 

 三人は城内の案内を終え、あてがわれた部屋でくつろいでいた。オチバは三太夫と話があるとかで、別行動をしていた。

 

「確かに、旅行って言われたらそうかもしれないな。普通はこんな待遇受けないだろ。・・・それよりお前ら、気付いたか?」

 

「何が?」

 

 そう言うウシオに、それ以外の二人ははてなの表情を向けた。すっとぼけた表情でカズラは言った。

 

「お前ら・・・。腐っても忍だろうがよ。俺たちはここに任務に来てるんだよ」

 

「だから何が!」

 

「俺たち、案内されてる間、誰かに見られてた」

 

「・・・どういうことだ」

 

 一転、カズラの表情が険しいものになる。慌ててウシオがそれを制した。

 

「まあまあ、心配すんなよ。そういうやつじゃないと思う。妙にちっぽけだったから」

 

「ちっぽけ?」

 

「そう。ちっぽけ。な、お嬢ちゃん」

 

 ウシオがそう言うと、ウシオの背後にある襖がガタガタっと揺れた。

 

「ひゃっ!」

 

 アヤメは、それに驚いてすっとんきょうな声をあげた。ウシオはゆっくりと立ち上がって、その襖を勢い良く開いた。どうやら襖は隣の部屋へと繋がっているようで、そこにはここと同じような部屋があった。視線を落とすと、可愛らしい格好をした少女が尻餅をついていた。

 

「大丈夫か?」

 

「・・・」

 

 少女は警戒心たっぷりといった表情で、ウシオを見上げていた。

 

「誰だ?」

 

「さ、さぁ?」

 

 カズラとアヤメが小声でそう言っていた。

 

「俺たちのこと見てたの、君だろ?何か話でもあるのか?」

 

「・・・・・・」

 

 また黙りを決め込む少女。年齢は恐らく、ナルトより少し大きいくらいか?

 

「小雪」

 

 突然、背後から声がする。ウシオはすぐに後ろを振り向くと、そこには早雪さんが、オチバとともに立っていた。

 

「父上!」

 

「父上?・・・ってことは」

 

 そう高らかに言うと、少女は早雪さんのところに駆け寄った。

 

「こんなところにいたのか、小雪。ダメじゃないか一人でいたら」

 

「ごめんなさい」

 

 少女はしょんぼりしながら早雪に謝った。早雪は少女に向けていた目を、ウシオたちへと向け直し、口を開いた。

 

「すまないね。娘が迷惑をかけたらしい」

 

「娘ってことは、お姫様ってこと?」

 

 アヤメが目をキラキラさせながらそう呟いた。

 

「ああ。さぁ小雪。自己紹介を」

 

「風花小雪です。よろしくおねがいします」

 

 小雪と名乗った少女は、丁寧に挨拶をしたあと、お辞儀をした。アヤメはもうたまらん、といった表情でそれを眺めていた。

 

「か、かわいい」

 

 アヤメは、妄想が口から漏れていた。

 

「では、私たちは失礼するよ。行こう、小雪」

 

「はい、父上」

 

 小雪は嬉しそうに早雪に手を引かれ、部屋をあとにした。

 

「まさに箱入り娘って感じだな」

 

 カズラがそう呟く。

 

「ま、実際そうなんだろ。俺たちが珍しかったんじゃないか?でも、門のあたりで感じたあれは何なんだろうな」

 

「それね、もしかしたら少し大事かもしれないよ」

 

 そう言ったウシオに対して、オチバは意味深に答えた。

 

「大事?」

 

「あぁ。さっき、早雪さんと三太夫さんと話したんだけどね。この国の忍、雪忍の動きが活発化しているらしい」

 

「雪忍?この国にも忍がいるのか?」

 

「小規模らしいけどね。さっき門兵が多いって話をしたろう?気になって聞いてみたんだ。何かあったんですかってね。そうしたらこれだよ」

 

 なるほど、だから妙に城内がソワソワしてたわけか。

 

「俺が感じたのは、その雪忍かもしれないってわけか。目的は?」

 

 ウシオは険しい表情でオチバに聞いた。オチバは手で顎をいじりながら答える。

 

「それは定かじゃあない。しかし、ここ数日、城の周りに頻繁に現れているらしい。何をするわけでもないけど」

 

「大事っていうと、例えばクーデターとか国家転覆とか」

 

 それは大事すぎかもしれないが。

 

「クーデターってなんだ?」

 

 カズラは不思議そうに聞いた。

 

「力で権力ぶんどることだよ。そうか。だから門であんなに兵士が慌ててたのか」

 

 そりゃ、そんな状況で王が現れたら慌てるわな。兵士のみなさんも大変だ。

 

「どうなるんですか?それが収まるまでここにいることに?」

 

 アヤメは心配そうな表情でオチバに聞いた。

 

「僕たちの任務は、三太夫さんをこの国まで届けるところで終わっている。だから明日にはこの国を出発しよう。国家の問題だからね。下手に手を出して、状況が悪化してでもしたら、火の国、いや木ノ葉の威信に関わってくる」

 

「少し、心配ですね」

 

「まだ関係ない、で片付けられる状況だ。首を突っ込みすぎるのは得策じゃないだろう。歯痒い思いもするかもしれないけど・・・」

 

 残念そうな表情でそう言うオチバ。

 

 まぁ、そんなことにならないことを祈ろう。それまでは休息だ。

 

「というわけで、今からは自由時間だ。城内にいるもよし。城下町へ行くもよし。僕は、温泉にでも行こうかな?」

 

 笑顔になってそう言うオチバ。暗い空気を払拭するかのように、提案した。

 

「俺は、城下町に行くぜ!父ちゃんに土産でも買っていってやるか!」

 

「そうだね。ウシオくんは?」

 

 快活に提案するカズラ。それに賛同したアヤメは、ウシオの回答を求めていた。

 

「俺はパス。まだ少し酔いが醒めてないみたいだから、ここにいることにするよ」

 

 ウシオは手をヒラヒラさせながら提案を拒否した。カズラは、つれねぇなぁとでも言いたそうな表情でウシオを見ていた。

 

「そっか。お大事に、ウシオくん」

 

「ああ」

 

 そうウシオが答えると、ウシオを除く三人は城下町へと繰り出すべく、部屋をあとにした。

 

 ウシオ以外の誰も居なくなった部屋。妙に寒く感じた。

 

「あー、少し寝るか」

 

 そう呟いて、横になるウシオ。

 

 雪忍か。Cランク任務だから、大規模な戦闘がなければいいけど、もしかしたら、もしかするかもしれない。俺に気付かれるような忍なら、大したことはないと思うけど。

 

 ウシオは、そう考えながらゆっくりと目を閉じた。

 

********************

 

 ユサユサ。

 

 ん?

 

 ユサユサ。

 

 誰かが俺の体を揺すっている。それほど大きい力ではない。

 

 ウシオは少し瞼をあけた。月明かりに照らされて、小さな影が、横になっているウシオを見下ろしていた。

 

「小雪姫様?」

 

「・・・」

 

 ウシオはゆっくりと起き上がり、こちらをはっきりと見つめている双眸をしっかりととらえた。

 

「どうしたこんな時間に・・・、ってそれほどでもないみたいだな」

 

 時間はそれほど遅くない。どうやら日が落ちて間もないらしい。月は出ているが、遠くの方を見ると、まだ明るいところがあった。

 

「どうした?」

 

「あなたたちは何者?新しい召使い?」

 

「召使い?ハハハ、違うよ。俺たちは、忍だ。木ノ葉隠れからやって来た」

 

 小雪姫は小さな頭を傾げた。

 

 とてもキュートである。いやいや・・・。

 

「忍・・・。雪忍か?」

 

「だから違うって。俺たちは外の世界から来たんだよ。火の国」

 

「火の国?ふうん・・・」

 

 小雪姫は興味ありげな表情を向けながら、近くにある座布団に腰を落ち着けた。

 

「お父上様から離れてて大丈夫なのか?また驚かされても知らないぞ?」

 

 少しだけニヤついた表情で、からかいながらウシオはそう言った。

 

「私は、外の世界を見たことがない。この雪景色以外。もちろん、見たことはあるけど、それは映画や写真の中だけだ。実際に見たことがない」

 

 少し暗い表情で、小雪姫はウシオに言った。合点がいったウシオは、なるほどといった表情で口を開いた。

 

「だから、俺に外のことを教えてほしいってことか」

 

 小雪姫はコクリと頷いた。

 

「ここにいることは言ってあるのか?」

 

 小雪姫は首を横に振る。

 

「ま、とりあえず大丈夫か。兵士が大勢いるから、もしものことがあってもなんとかなるだろう。・・・来いよ、お姫様」

 

 手招きされた小雪姫は、表情を明るくさせ、ゆっくりと近づいていった。

 

「さて、何から話そうか」

 

「じゃあねじゃあね!」

 

 小雪姫は関を切ったかのように話し始めた。火の国のこと。木ノ葉の忍のこと。ウシオのこと。話していて気恥ずかしくなったが、嬉しそうにしている小雪を見て、そんな考えは消え去った。

 

 どうやら小雪は、人と話したかったらしい。国内が、忙しくなってから城の外へと出ていないらしい。そうじゃなくても、あまり出たことがないので、遊びたい盛りの子どもからしたらたまったもんじゃないだろう。

 

「俺にも君くらいの弟がいるんだ」

 

「弟?」

 

「ああ。ドジでバカでまぬけで、おっちょこちょいな、愛しい大切な弟だ。君を見てると、弟を思い出すよ」

 

「大切なんだね」

 

「ああ・・・」

 

 ウシオは感慨深く感じていた。前の世界では、こんな感情を思ったことはなかった。むしろ毛嫌いしていたのだ。

 

 人は、変わるものだ。

 

「私も大切な人がいるよ。父上でしょ?それに、この城の人たち。城下町に住んでる人たち。みんなみんな大切」

 

「そうか。君は偉いな」

 

 ウシオはそう言うと、小雪の頭を優しく撫でた。小雪は恥ずかしさを顔に表しながら、笑顔をウシオに向けた。

 

 その時、ウシオの目にキラリと光るものが入った。小雪の首もとにかけられているネックレスが月明かりに照らされて光ったのだ。

 

「お姫様、それは?」

 

 ウシオは小雪の胸辺りを指差した。小雪は胸辺りにあるネックレスを手にとって、ウシオに見せた。

 

「さっき父上に貰ったの」

 

 虹色に輝く水晶だ。小雪は水晶をウシオに見せた後、大切そうに胸に抱えた。

 

「俺もあるよ・・・」

 

「え?」

 

 不思議そうな顔で、小雪はウシオの顔を覗き込んだ。ウシオはテーブルの上にある額当てを取り、眺めた。

 

「俺の父さんの、だ。無理言って貰ったんだよ」

 

 優しそうな表情で額当てを見るウシオ。小雪はそんなウシオを見て、クスクスと笑っていた。

 

「大切なんだね」

 

「ああ。大切だ」

 

 そう二人で言い合うと、ニカッと笑い合った。

 

「さてと・・・そろそろ戻らないと本当に心配されるぞ?」

 

  ウシオはそう言うと、小雪に手を差し伸べた。小雪は警戒せずそれを取った。

 

「・・・・・・?」

 

 刹那、ウシオは違和感を覚えた。

 

 まただ。また、誰かに見られている。この城に入ってから覗いていた犯人は今、俺の手を握っている。

 

 ウシオは悟られぬよう、若干の警戒態勢を取り、いつでも逃げられるようにした。

 

 一人ならどうってことないが、今はお姫様がいる。

 

 ウシオは小雪を自分の傍に引き寄せた。小雪は急な衝撃に驚き、ウシオの顔を見上げた。ウシオの表情は険しい。

 

「どうした、の?」

 

「・・・・・・」

 

 ウシオは何も言えない。少しでも妙な行動をとれば確実にやられる。対処しようにも姿が見えない。故にここから動けずにいた。

 

 その時、閉じきっていた襖が勢いよく開いた。ウシオはクナイを構え、小雪を自分の後ろへとやった。小雪は突然のことに驚いたらしく、ウシオのズボンをガッチリと掴んで離さなかった。しかし、そこから現れたのは、思っていなかった人物だった。

 

「ウシオ無事か!?」

 

「カズラか!?」

 

 カズラが右腕を庇いながら立っていたのである。すでに手負い。それがこの状況が自分の思っていることへの回答でもあった。

 

「・・・!!伏せろカズラ!!」

 

 突然のことに驚いたカズラだったが、疑うことなくウシオに従う。カズラは体を床へとやった。すると、背後からチャクラ刀を振りかぶる奇妙な鎧を着た人間がいた。

 

 敵かどうかは分からないが、味方ではないことは明らかだった。

 

「雷遁・電磁砲(レールガン)!!」

 

 素早く印組みをし、人差し指と中指の二本を揃え、その輩へと向け、そこから超速の電撃を発射した。電撃は確実に当たった。しかし。

 

「・・・」

 

「何故だ・・・!」

 

 電撃は鎧に弾き飛ばされた。ただの鎧ではないらしい。

 

「くっ・・・!やれっ!カズラ!」

 

 ウシオが術を放ったおかけで、カズラへの注意は逸れた。ウシオはそれを見逃さずカズラに叫ぶ。

 

「わーってるよ!!」

 

 伏せているカズラは、一瞬でクナイを構え、鎧ではないわずかな隙間である首もとに、それを差し込んだ。敵も咄嗟のことに判断ができず、その攻撃を受けてしまった。

 

 頸動脈が切れたようで、噴水のように血が吹き出た。

 

「くあっ・・・」

 

 敵はたまらず声をあげ、後ずさりする。首もとを押さえるが、血は止まらなかった。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

 面越しからもわかる。敵の顔は憔悴しきっていた。息を荒げ、その場にへたりこんだ。

 

 頸動脈を切ると、脳への血液が吹き出してしまい、意識を失う。体全体の血液を三割失うと、失血死となる。

 

 敵はすでに大量の血を流したようで、意識はなかった。

 

 カズラは、持っていた血のついたクナイを落とした。室内に、カランカランという音が響く。ウシオはすぐにカズラの元へと近づいた。

 

「・・・助かった、カズラ。大丈夫か?」

 

「初めて・・・」

 

「ん?」

 

 カズラは目の焦点が定まっておらず、混乱していた。

 

「初めて人を殺した・・・」

 

「・・・・・・」

 

 聞きたくない言葉だ。まだ十二歳の少年の口から出てくる言葉じゃない。それが、この世界の壮絶さを物語っていた。

 

 ウシオは何も言えず、カズラの肩を強く握った。小雪はウシオのズボンを握りっぱなしだ。

 

 カズラはハッと我にかえったように、ウシオの顔を見た。ウシオはそんなカズラの目を一点に見つめ、口を開いた。

 

「何があった、カズラ。ここに来るまでに」

 

「クーデターだ。雪忍が、この城に入り込んだ。兵士はほとんどやられてる。アヤメと先生は、雪忍と戦っている、はずだ」

 

 まさか本当にクーデターが起こるとは。

 

「城の守りは完璧だったはずだ。なのに、どうして」

 

「この鎧、体内のチャクラを増幅させるみてぇだ。それにさっきみたいに術をはじく。それに苦戦してるらしい。それに・・・」

 

「それに?」

 

 カズラは恐る恐る口を開いた。

 

「誰かが、手引きしてる。この城へ、入れるために。そうとしか考えられねぇ・・・」

 

 スパイ。裏切り者がいる。カズラはそう言っているのだ。

 

 あり得ない、とは言い切れない。俺たちは今日ここへ着いた。内情なんて知る由もない。

 

「そうなったら、俺たちが真っ先に疑われるな。こんなことになったんだ・・・」

 

「とにかく・・・早く合流しようぜ。こんなところに長居したくない」

 

 カズラは死体を眺めながらそう言った。

 

「そうだな。・・・行こう、小雪姫」

 

 小雪は相変わらずウシオのズボンを握ったままだが、何かを考え込んでいるようだった。

 

「どうした?」

 

 ウシオはかがんで小雪の顔を覗き混みながら、そう聞いた。

 

「父上・・・」

 

 そう言ったやいなや、握っている手を離し、部屋を飛び出していった。

 

「おい、待て!追うぞ、カズラ!」

 

「面倒ごとを増やしやがって・・・」

 

 ウシオとカズラは、急いで出ていった小雪を追った。

 

********************

 

「待て!」

 

 ウシオは小雪を抱き止めた。それでも小雪は抵抗して、歩みを止めようとしない。辺りは火の手が上がっていた。敵の仕業だろう。

 

「父上を助けないと!」

 

「わかった、わかった!俺が行く。俺が必ず助けてお前の元に連れていく。だからお前は、カズラと一緒にここから逃げろ」

 

「でも!」

 

 小雪の顔は涙でグシャグシャだった。恐らく、彼女にとって初めての恐怖だ。怖くないわけがない。

 

「いいか?お前に出来ることは何もない。お前はまだガキだ。でもお前に出来ることがひとつだけある」

 

 ウシオは、小雪の瞳を一点に見つめ、口を開いた。

 

「生きることだ。生きて、成長することだ。それが、お前の役目だ。・・・!!」

 

 ウシオはそこまで言い終わると、小雪の首に手刀を決めた。突然の衝撃に脳が揺れ、小雪は意識を失う。倒れこんだ小雪を優しく抱き止め、カズラへと渡した。

 

「頼むぞ、カズラ」

 

「分かった」

 

 カズラは反論せず、小雪を受け取った。そして真剣な顔で口を開いた。

 

「死ぬんじゃねえぞ。ガキに生きろなんて説教食らわせてたヤツが、死んだら元も子もないからな!」

 

「分かってるよ。俺を誰だと思ってる」

 

 ウシオはそう言うと、拳をカズラの方へと向けた。カズラは、その拳に、自らの拳を合わせた。

 

「木ノ葉の赤き雷鳴、だろ?」

 

 そう言ったカズラは、小雪を背負い、そのまま走り去っていった。

 

「さて・・・」

 

 恐らく敵には、弱い忍術は効かない。使えるとしても牽制に使う程度だ。かといってこう狭いと、大規模な術は簡単には使えない。接近戦が上等か。

 

 ウシオは、落ちていたチャクラ刀を拾った。

 

「これなら・・・」

 

 刀を構え、スピードを上げながら先ほどの小雪との会話で出てきた、王様がいるであろう部屋まで急いだ。

 

「・・・!!」

 

 道中、案の定同じような格好をした忍が三人現れる。

 

「貴様、木ノ葉の忍だな?」

 

「だったらどうした」

 

「殺す」

 

 敵の一人が、チャクラ刀を構えて特攻してくる。ウシオは、先ほど拾った刀で、それを受け止めた。

 

「六角水晶はどこにある!」

 

「なんのことだ!?」

 

「とぼけるな!」

 

 後方にいた忍もやってくる。そして刀を振りかぶり、ウシオへと斬りかかった。

 

「っく!」

 

 ウシオは後方に飛び、距離をとった。そこで素早く印を組む。

 

「風遁・突破!」

 

 風遁を放つ。対して敵も印を組んでいた。

 

「氷遁・暴風雪!」

 

 二つの術が、ぶつかり合い、相殺された。

 

「中々やる・・・!?」

 

 敵は目の前の子どもが、中々の手練れであることを理解し、次の行動へと移そうとした瞬間、背中への痛みを感じた。三人全てだ。

 

 敵が辛うじて後ろに視線を移すと、自分の目の前にいたはずの子どもがそこにいたのである。

 

 ウシオは、先ほどの術を放ったすぐあと、気付かれずに影分身を作り、敵の背後に瞬身させていたのだ。

 

「な、いつの、間に・・・」

 

 そう言い残すと、その場にばたりと倒れた。倒れたところから、血溜まりが広がる。

 

「なりふりかまってられないんだよ。・・・すまない。お前たちのことは、俺が覚えている」

 

 そう言って、王様がいるはずの場所へと急ぐ。

 

 小雪が言うには、王室にある隠し扉から、行ける部屋にいるという。

 

 王室まで到着したウシオは、そこにあった掛け軸を捲った。小雪の言った通り、扉があり、開くとそこには下へと続く階段があったのだ。

 

「血の臭いがする・・・。まずい・・・」

 

 何が潜んでいるかわからない状況だが、事態は急を要する。ウシオは、急いでそこを駆け降りた。

 

「ここ、は?」

 

 降りた先には、少し広い空間が広がっており、数枚の鏡が立てられていた。そして、その一枚に、腹部を手で押さえながら血を流している、早雪がもたれ掛かっているのを見つけた。

 

「王様!」

 

 ウシオは急いで駆け寄る。首筋に指を当て、状態を確認した。

 

 反応は弱い。が、死んではない。しかし、このままでは。

 

「う、うぅ・・・」

 

「大丈夫ですか?!」

 

「君は、ウシオくんか?」

 

 かすれた声で、うっすらと目を開けながらそう言った。

 

「うっ・・・」

 

 早雪は、立ち上がろうとして、体勢を崩す。

 

「だめです。無理に動こうとしちゃ」

 

「早く、私が行かなければ・・・。小雪・・・。小雪は?」

 

「姫なら、カズラに任せました。オチバ先生たちと合流して、この国から脱出するはずです。だから、安心して・・・」

 

「いけない・・・早く行くんだ・・・」

 

 そう言うと、早雪はウシオの肩を力強く掴んだ。ウシオはいきなりのことに動揺したが、我にかえり、すぐにその理由を聞いた。

 

「何故・・・?貴方も連れていきます。そう姫と約束した!」

 

「早く行かないと、大変なことになる・・・。君たちは勘違いをしている。・・・ガハッ!?」

 

 そこまで言うと、早雪は口から血を吐き出した。ウシオはそれをモロに受けてしまうが、気にしていなかった。

 

「勘、違い?・・・何を」

 

 息を荒げ、今にも息絶えそうな早雪。すぐに治療しなければ、本当に死んでしまう。しかしウシオは、その先の言葉が気になってしょうがなかった。

 

「私を・・・私を、襲った、のは───────」

 

********************

 

 城内から城門が見える広場。辺りは火の海だ。火の手は先ほどよりも勢いを増している。

 

 その中でソイツは、小雪姫を脇に抱え、こちらを見ていた。カズラは、ソイツとの距離を詰め、右ストレートを繰り出した。しかしそれは易々と受け止められた。

 

「ガハッ・・・」

 

 俺は蹴りを腹部に決められ、後ろへ吹き飛ばされる。吹き飛ばされた場所には、気を失っているアヤメが横たわっていた。

 

「ア、ヤメ」

 

 痛みに堪えながら、ゆっくりと立ち上がる。口から少し吐血している。どうやら、内臓かなんかが傷ついたらしい。

 

 カズラは、唾とともにそれを吐き出し、見えている先にいるソイツを睨んだ。

 

「風遁・突破!」

 

「水遁・水刃波」

 

 カズラが放った風遁は、ソイツが放った水遁に打ち消された。消しきれなかった水遁が、カズラに迫る。

 

「クソ!」

 

 痛みに堪えながら、左に飛ぶ。しかし避けきれず、右足に当たり、血が吹き出した。

 

「ぐああぁぁあぁあ!!」

 

 激痛がカズラに襲いかかる。飛ばされてきた水の刃は、カズラの靭帯を切り裂いたのだ。

 

「ウシオはどこだ」

 

 ソイツは、そう口にする。

 

「ぐああぁっ!!くはっ!はぁっ!ふぅっ・・・ふぅっ・・・」

 

 カズラは痛みを落ち着かせるために、ちゃんとした呼吸をしようとした。しかし、それもままならないくらいの痛みだった。

 

「もう一度聞く。カズラ。ウシオはどこだ?」

 

 カズラは、痛みに堪えながらキッとそう言うソイツを睨み付けた。そして、辛うじて口を開いた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・。どうして、アンタが」

 

 そう言われたソイツは、笑いながら答えた。

 

「君には関係ないけど、まぁ、教えてあげてもいいかな。・・・復讐だよ。復讐」

 

 いつも見せている表情ではない。狂気にかられた、悪人の表情。ソイツは、俺たちが指南を乞うべきであるはずのソイツは、ケタケタと笑っていた。

 

「なんで、なんで!!どうしてこうなんだよ!」

 

 靭帯を傷つけられ、立ち上がることができない。辛うじて這って、ソイツの元へとにじりよろうとする。

 

 

 

 

 

「どうしてだ!オチバ先生(・・・・・)!!」

 

 

 

 

 

 






次回、雪の国篇、完結。


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犠牲者

 雪が吹き荒ぶ中、白い髪の毛の青年が脇目もふらず走っている。奇妙な面をつけている青年は、目の前に見える煙の柱めがけて、走っているのだ。

 

「・・・・・・」

 

 青年は、ここに来る前言われたことを思い出していた───────。

 

 

 

 

「カカシ、お前には雪の国へと向かってもらいたい」

 

「雪の国・・・。確か、ウシオたちが向かったはずでは?」

 

 火影室において三代目火影ヒルゼンに相対しているのは、暗部に所属する忍であるはたけカカシ。カカシは暗部の仮面を取らずに、ヒルゼンと話をしていた。

 

「その通りじゃ。しかし、状況が変わった。先ほど、里内におけるある区画において、不審な金の動きがあるという報告を受けた。金がどこから送られてきたかは分からんが、受け取った相手なら分かっておる」

 

 そこまで言うと、ヒルゼンは手元にあった書類をカカシの方へと向けた。そこには、見知った顔がスクラップされていたのである。

 

「秋野オチバ。第三班の担当上忍。隠されてはおったが、金の送り先は彼の元じゃ」

 

「そんな・・・。オチバさんが、どうして?!」

 

 面の上からでも分かるくらいに、カカシは動揺していた。カカシが暗部に配属されてから会うことは少なくなったが、彼はそういう人間ではないことは分かっていた。

 

「彼の自宅を調べると、いろいろ出てきたわい。もちろん、彼のターゲットもな」

 

「ターゲット・・・?」

 

 ヒルゼンは一呼吸おいて、カカシが問うていることに答えた。

 

「狙いは、うずまきナルト、そしてうずまきウシオじゃ。もちろん、ナルトは里におる。しかし、ウシオは彼の担当している班におる。・・・ウシオが危険じゃ」

 

「だから彼らは雪の国へ?しかしタイミングが良すぎる。彼らの任務がなければ、このような事態にはならないはずです」

 

「そもそも、この任務は雪の国の大臣と名乗る者から直接受けたものじゃ。もちろん、素性もはっきりしておる。故に安全だと考えたのじゃが、オチバの部屋にターゲットの情報以外にとんでもないものがあっての」

 

 ヒルゼンはそこまで言うと、カカシの持っている書類を眺めた。カカシはそれに気付くと、書類の次のページを捲った。

 

「雪の国の内部情報?それに・・・王の暗殺計画?!なんなんですかこれは!」

 

「どこまでが仕組まれたものかは分からんが、確実に誰かの意図によって動かされておる。オチバと雪の国にどのような関係があるかは、定かではないが、オチバも実行犯の一人であることが分かった。・・・しかし、このことは内密にしておきたい。もし、ナルトやウシオを狙った理由が九尾に関してのことならば、他国にその情報が渡っているということになる。・・・分かっておるな?カカシ」

 

 カカシはヒルゼンからそう言われると、一度頷き、瞬身の術で、火影室を後にした────────。

 

 

 

 

「無事でいろ・・・ウシオ!」

 

 カカシは口寄せの術で忍犬を呼び、付近へと散らばらせた。

 

********************

 

「やめろ!オチバ先生!どうしてこんなことするんだ!」

 

 カズラは小雪を抱えているオチバに対して叫んだ。オチバは、無表情のまま口を開いた。

 

「言っただろう?復讐だ。だが、お前たちには謝らなければならないな。関係のない人間を巻き込んだ。本当に、ウシオは許しがたいな」

 

「ウシオが狙いなのは、なぜだ!」

 

 カズラは激痛が走る足首を庇いながら、なんとか立ち上がった。そして、オチバを睨み付けながらそう言った。

 

「君にも関係のあること、だよ」

 

 そう言うと、オチバは近くの木まで歩いていき、そこに小雪を優しく寝かせた。

 

「関係?何を言ってるんだ!」

 

「あれから凡そ三年だ。僕の家族と、お前の母親が死んでからな。九尾の襲来によって!」

 

 そう言うオチバに対して、カズラは一瞬驚いたような表情をしたがすぐに怪訝そうな眼差しを向け口を開いた。

 

「九尾の襲来だと?それとこの状況になんの関係が・・・」

 

「直接は関係ない。しかし、関係はあるのさ。カズラ、お前はもし、あの九尾の襲来が天災ではないと言われたらどうする。何者かによって呼び出されたとしたら!」

 

 カズラは驚きの表情をオチバへと向ける。それもそのはずだ。九尾の襲来は、天災であると言われていたからだ。胡散臭い噂はあった。しかし、カズラの持っている情報からは、何者かの仕業であることを証明できなかった。

 

「・・・バカなこと言ってんじゃねえぞ。じゃあなにか?アンタはウシオが犯人だとでも言いたいのか?!」

 

「・・・・・・」

 

 無言でカズラの顔を見るオチバ。これは、イエスと言っているのだ。

 

「あり得ない!アンタ、自分が何を言ってんのかわかってんのか!?」

 

「カズラ、君は悔しくないのか」

 

「あぁ?!」

  

 眉にシワを寄せ、ゆっくりとカズラの方へと近づいていくオチバ。カズラは身構えながら下がるが、足を怪我しているせいか、オチバのスピードより遅い。

 

「母が、家族が殺されて、悔しくないのかと聞いているんだ!」

 

「・・・!!」

 

 カズラの頭の中に、嫌な記憶がよぎる。思い出したくもない、記憶。自分を庇い、死んでいった母。口から血を吐き、涙を流しながら息子の無事を確認する姿を。

 

 悔しくないわけがない。忘れたことなんて一度もない。だからこそ、強くなった。もう誰も失わないために。

 

 そのビジョンのあとに、ウシオとナルトが思い浮かばれた。屈託のない笑顔でこちらを見ている。しかし、背後にはあの忌々しい九尾の姿。ウシオがカズラを指差すと、九尾は巨大なかぎ爪をこちらに振ってくる。

 

「そんな・・・ウシオが、そんな」

 

「僕も聞かされたときは驚いたよ。だけど、その方が辻褄が合う。だって、急に現れるわけがないからね。・・・九尾は口寄せされたんだ。何者か(・・・)によって」

 

 オチバはそこまで言うところで、カズラの目の前までやって来ていた。カズラはその場に尻餅をついてしまう。不敵に笑うオチバ。そんな彼を見つめるカズラ。オチバはカズラに向けて、手を差し伸べた。

 

「ともに倒そう。僕たちの敵を」

 

 カズラの頭の中に、いろいろな考えがよぎる。ウシオが里を襲う理由。九尾が現れた理由。様々な考えが。しかし全然まとまらなかった。それは、彼のなかに少しの懐疑心が生まれてきていたからであった。ウシオに対して。

 

 復讐できる相手がいる。それがどれほど幸福だろう。自分の生きる理由ができる。無意味に平和のために戦うより、ずっとずっといい。

 

 カズラは、差し伸べられた手を、眺めた。傷だらけの歴戦の勇者の手だ。そんな彼が、教え子に対し、そんな考えを抱いているのだ。とても悲しい。しかし、自分にもその考えが、少しはあった。

 

 カズラは、ゆっくりとその手に、自分の手を近づけようとする。そして。

 

 そのすぐ手前で、カズラは手を止めた。

 

「・・・・・・」

 

 オチバは表情を変えず、ただ黙ったままだった。

 

「例え、もし、ウシオが俺の復讐の相手だったとしよう」

 

 カズラはその手を握り締める。プルプルと震える拳。握りすぎて、血が出てしまうほどだった。

 

「確かに悔しい。憎い。殺したいほど。けどな・・・!」

 

 カズラは、出しているのとは違う方の手で、忍具の入っているポーチをまさぐる。オチバは気付いていないようだ。

 

「俺は!!」

 

 そのまま手裏剣を握り、オチバに向かって投擲した。突然のことに驚いたオチバは、かわしきれずに差し伸べていた手で顔を庇った。手裏剣による切り傷が刻まれる。そして、後方に飛んだ。

 

「ウシオを、信じる!!」

 

 決意の表情で、オチバにそう宣言した。

 

「血迷うな!カズラ!」

 

「血迷ってなんかねぇ!アイツは俺の友達だ!唯一無二の!乱暴者だった俺にできた、友達と呼べる初めての存在だ!アイツがそんなことしても、俺だけは信じている!周りから疎まれようと、俺だけになっても、それでも、信じ続ける!それが、友達ってもんだろうが!繋がりってのは、アンタにとやかく言われて切れるほど、柔じゃねぇんだよ!」

 

 カズラはそう宣言した瞬間、オチバの表情が一瞬柔らかくなったような気がした。しかしすぐに険しい顔に戻り、すぐにクナイを構える。

 

「そうか・・・。だったら、死ね!!」

 

 オチバはクナイを投げつけた。自由に動けないカズラは、腕で顔を覆う。万事休すか、と思われた瞬間、そのクナイはどこからか飛んできた手裏剣によって弾かれた。

 

「・・・!!」

 

 オチバとカズラがその飛んできた方向を見るよりも早くに、その飛ばした人物は、オチバとカズラの間に現れた。

 

「ウシオ!!」

 

 カズラは目の前に現れた背中にそう声を掛けた。

 

「遅くなったな、カズラ。大丈夫か?」

 

「ああ、当たり前だろ」

  

 ウシオはちらりとカズラを眺める。カズラの足からはドクドクと血が流れ続けている。

 

「カズラ、アヤメを頼む。ここは俺が何とかするから」

 

「待てよ。俺だって・・・痛っ!!」

 

 立ち上がろうとするカズラだが、先ほどよりも痛みが増しているようで、すぐによろけて転んでしまった。

  

「お前のせいで、また人が死ぬことになるかもね」

 

「・・・」

 

 ウシオは、鋭い表情でオチバを睨んだ。

 

「ごめん、オチバ先生」

 

 その表情は、すぐに悲しみの表情へと変わった。ウシオが言った一言は、オチバを怒らせることになる。普段のオチバからは見ることができない、顔へと変えた。

 

「なぜ謝る。なぜ謝らなければならない!!本当に君がやったのか?!」

 

「そう、思ってくれてもいい。あの時、多くの人を傷つけたのは、母さんの中に入ってた、そして今俺の弟の中に入ってる、九尾であることに変わりはない。俺がもっと強ければ、母さんや父さんの力になれてれば、里のみんなが悲しむことはなかった。二人も死ななかった。弟が、こんなに苦しむことはなかった!だから、あの十字架は、俺が背負う」

 

 そう言われたオチバの表情から険しさは消えていた。むしろ、清々しさを思わせるような顔だった。

 

「それほど大きな十字架を、君のような子どもに背負えるのかい?」

 

「それが、生き残った者の責任だ。起きてしまったことは、二度とやり直せない。例えそれがどれほど悲しくても、真っ直ぐ向き合わないといけないんだ!」

 

 ウシオは転生する前の自分を思い浮かべていた。ウシオには本来起こり得ないことが起きた。新しい体と、名前、そして家族を得た。しかし、転生する前の自分には戻ることができない。二度と。これは一度、生を終えたウシオだからこそ言えたことだった。

 

 もしかしたら、自分自身に言っているのかもしれない。

 

 ウシオはそうも思った。

 

「僕には、無理だね。無理だ。あの時から、ずっと、この感情をどうするべきか、悩んでいた。だから、僕は君たち家族に復讐するんだよ。君の命を手向けとして、僕は、楽になるんだ。・・・大人がみんな、強いわけじゃないんだよ。みんなただの人間だ。弱く儚い、脆い人間」

 

 オチバはクナイを構える。表情も鋭くなり、所謂、臨戦態勢だ。ウシオも、そんなオチバを見て、クナイを構える。

 

「僕は、君に死んでほしい。原因となった君たちがのうのうと生きているのに耐えられない。この苦しみを晴らすためなら、僕はなんでもするよ・・・!!」

 

 言い終わると同時に、オチバはクナイをウシオに投げつけた。ウシオは瞬時にそれを理解し、自分のクナイで弾く。

 

「・・・!?」

 

 ウシオがクナイを処理している間に、オチバは瞬身の術でウシオの目の前まで飛んだ。突然のことに対応しきれなかったウシオは一瞬怯んだ。それを見逃さなかったオチバは、瞬時に印組みをした。

 

「水遁・水乱波!」

 

 オチバは口から水を吐き出す。ウシオはそれを受け、かなり後ろにある城壁まで吹っ飛んだ。

 

「僕にとって、家族は生き甲斐だった。だからこそ、それを奪った九尾は許せない。それを今も飼い続けている木ノ葉も。原因を作った君たちも!」

 

 至近距離でまともに術を受けたウシオ。勢いにより、砂煙が舞う。

 

「火遁・火龍炎弾!」

 

 吹き飛ばされ、城壁に打ち付けられたウシオも負けずに術を放つ。大きな火が、龍の形をしてオチバを襲う。オチバは術の強大さに、感心していた。

 

「まだ子どもなのに、これほどの術を・・・。君は、いや、君なら・・・」

 

 オチバは今いるところから後ろへと飛び、距離広めた。

 

「水遁・水龍弾の術!」

 

 オチバも同等の力の術を放った。水のないところでこれほどの水遁を繰り出せるところを見ても、流石は上忍と言ったところだ。

 

 二つの龍が、衝突した。水が火によって蒸発し、辺りは水蒸気で満たされていた。それによって視界が悪くなり、お互いにお互いの位置がわからずにいた。オチバは、どこから来るのかと辺りを見回す。

 

「ハッ!!」

 

 するとオチバは上空から、チャクラ刀に雷遁のチャクラを流したウシオが、それを振りかぶって斬りかかろうとしていた。オチバは、一瞬でそれを理解し、後方へと飛んだ。

 

 また、二人の間に一定の距離が出来上がる。

 

「俺は昔、繋がりってのが分からなかった。むしろそんなもんどうでもいいと思ってた。だから、それを失った今だからこそ、先生の苦しみが分かる。だけど、俺には守るものがある。守らなきゃならない、大切な繋がりが、まだ残ってる!だから俺は、死ぬわけにはいかないんだよ」

 

 ウシオの言う昔というのは、転生する前のことだろう。それを知るよしもないオチバだが、冷静にそれを聞いていた。

 

「・・・!?」

 

 その瞬間、ウシオが片ひざをついた。いつの間にか肩で息をするようになっている。

 

「はぁ、はぁ、はぁ。くそ!」

 

 体が気だるい。視界がぼやけ、はっきりとしない。要するにチャクラ切れだ。ウシオにどれほど才能があろうと、オチバのような上忍とは保有するチャクラ量には圧倒的な差がある。ここに来るまでに、多くの雪忍と戦ってきていたウシオには十分に戦える程のチャクラが残っていなかったのである。

 

「・・・やっぱり君は子どもだ。このくらいで息をあげるなど」

 

「まだだ・・・」 

 

「いいや、終わりだよ。もう」

 

 オチバは瞬身の術でウシオに近づくと、そのまま大振りの蹴りを喰らわせた。

 

「ガッ・・・!?」

 

 吹き飛ばされるウシオ。オチバはすぐに瞬身の術でウシオの背後にまわり、ウシオを蹴りあげる。上空に打ち上げられるウシオ。そして、一息つく暇もなく、上空にまわったオチバは、ウシオを地面へと叩きつけた。

 

「カハッ・・・!!」

 

 ウシオは叩きつけられ、うつ伏せになる。オチバは叩きつけられたウシオの首もとを押さえた。押し上げられる血を吐き出すウシオ。

 

「このときを、どれほど待ち続けたか。君が僕の班に配属されたときから、どれほど」

 

 そう言うと、ウシオの腰に納められているチャクラ刀を握った。ゆっくりと取り出すと、その刃をウシオの右足に突き刺した。

 

「アッアアァァアァアアア!!!」

 

 右足に激痛が走り、ウシオは悲痛な声をあげた。

 

 オチバは首だけでウシオを持ち上げ、投げ飛ばした。地面を何度も跳ね、そのたびに真っ白な雪の上に血痕がついた。

 

「・・・もう、終わりにしようか」

 

 ゆっくりと近づくオチバ。シャク、シャク、シャクと、雪の上を歩くたびに音がする。ウシオはかすかに目を開き、近づくオチバを眺める。視界が歪む。それでも立ち上がろうとするウシオだが、力なく崩れた。

 

「くそぉぉぉ・・・・」

 

 掠れた声で言うウシオ。オチバは、悲しそうな表情でそれを眺めた。そして、ゆっくりと、印組みをする。

 

「大丈夫、痛みは一瞬だ」

 

 印組みを終え、口を開く。

 

「水遁・水時雨」

 

 オチバの口から無数の水でできた針が吐き出された。それが、ウシオに迫る。この術を食らわなくてもすでに意識が朦朧としているウシオ。ウシオは、薄れゆく意識のなか、自分の不甲斐なさを嘆いた。

 

 しかし、そのとき、その攻撃は阻まれた。

 

「・・・!!」

 

 倒れこんでいるウシオは、なんとか目を開き、見上げた。大きな背中が、その水遁を阻んでいたのである。

 

「カ、ズラ・・・」

 

「大丈夫かよ、ウシオ」

 

 カズラがウシオとオチバの間に現れ、水遁を一身に受けたのだ。水遁はカズラの体に穴をあけた。体のあちこちから血が流れ出す。

 

「何やってんだ、バカ野郎・・・」

 

 掠れた声でそう声をかける。

 

「うるせぇな。体が勝手に・・・いや、違うな。お前を救えるのは、俺だけだと思ったからだ」

 

 直立のまま、背中でウシオに告げた。

 

「お前が命をかけてるのに、俺がそうしないわけにはいかないよなぁ、ウシオ」

 

 そう言うカズラは、特殊な印を組んだ。そして、瞳を瞑り、口を開く。

 

「忍法・羽化当仙(うかとうせん)・・・」

 

********************

 目を瞑ったままのカズラは、すでに故人となった祖父のことを思い出していた。祖父はカズラがアカデミーに上がる少し前に、寿命を迎えこの世から去った。

 

***** 

 

「秘伝忍法?」

 

 薄暗い部屋には、大きなベッドがあった。そこには、老人が横たわっている。その側には栗色の髪の毛の少年がいた。

 

「そうじゃ。カゲロウのやつは恐らくお前に教えないじゃろう。じゃから、ワシが教えることにする」

 

 そう言われているのは、まだ額当ても貰っていない、アカデミーにすら通っていない子どもだ。しかし、老人の顔は真剣だった。

 

「この術は、ワシら薄葉一族にしか伝えられておらん。ワシの義祖父、つまり、カズラの高祖父である薄葉カゲロウが編み出した必殺の忍術じゃ」

 

 カズラの父もカゲロウと呼ばれる。薄葉一族は、代々当主がカゲロウの名を受け継ぐことになっているのだ。その役目を終えると、カゲロウと名乗る前の名前に戻る。カズラもいつかはカゲロウと名乗ることになるのだ。それは女性でも同様だ。薄葉一族は、性別に関係なく当主を決める。カズラの祖父は薄葉一族に迎え入れられた婿養子なのである。

 

「コーソフってなに?じいちゃん」

 

 可愛い顔で首をかしげるカズラ。頑固な表情だった老人も、苦笑いを浮かべた。

 

「そうじゃな、じいちゃんのじいちゃんじゃよ」

 

「じいちゃんにじいちゃんいるの!?」

 

 老人は優しい顔でカズラの頭を撫でた。

 

「じいちゃんのじいちゃんは、ワシがお前くらいの頃に死んだ。ワシらを守るために、この術を使ってな」

 

「死んじゃったの?」

 

「そうじゃ。この術が必殺であるのは、そのためじゃ。確実に相手を殺さなければ、ワシらの後ろにいる者は殺されてしまうからの」

 

 薄葉一族のチャクラは、特殊だ。チャクラ自体が、扱いやすい。チャクラコントロールが異常なほどに正確なのである。この特性を利用し、カズラの高祖父である薄葉カゲロウが編み出した、体内にあるチャクラを全て放出し、留め、超人的な肉体を得る術である。しかし、それと引き換えに、体内のチャクラを全て失う。つまり、命を落とす。

 

「じゃから、お前の父は使わせたくないのじゃろう。一族という慣習からの脱却を目指しておるようじゃが・・・。そうではないのじゃ。これを教えるのは、一族の習わしだからではない。大切な何かを守るために。ワシにはこの術は扱えん。薄葉一族のチャクラを持ってはおらぬからの。薄葉の血を持つお前のばあちゃんが使える。もう、ここにはおらんがの」

 

 先代の薄葉カゲロウであるカズラの祖母は、当代の薄葉カゲロウを守るために、この術を使ったのだ。カズラに教えないのは、恐らくそのためだ。無駄な命を散らすべきではないとでも、考えているのだろう。

 

「お前にはおるか?大切な何か」

 

 カズラは腕を組んで考える素振りを見せた。しかし、答えは出なかったようで、答えは出なかった。

 

「よい。いずれ見つかる。お前は優しい子じゃ。この術の本当の意味を、理解してくれると信じておる。そして、未来の世界が、こんな術を使わないような世界であることも、の。・・・では、見ておれ。印はこうじゃ・・・」

 

 薄暗い部屋には、老人と少年がいた─────。

 

***** 

 

「俺は仙人の境地へと至る。オチバ先生。あんたを倒して、みんなを救う!」

 

 カズラから放出されたチャクラが、カズラの体に纏われる。背中にはチャクラによる羽が形成されていた。カゲロウのように美しく、儚げな輝き。それが、カズラを包み込んでいた。

 

「その術、秋道一族の術に似ている・・・。もしかして、薄葉一族にしか使えない術とかかい?」

 

「悪ぃが、時間がねぇんだ。説明してる暇はねぇ。一気に決めるぞ」

 

 そうカズラが口にすると、一瞬にしてカズラの姿が消えた。瞬身の術よりも早い。ただの瞬間移動の枠を超えて、どうやら時空間忍術の類いにまで昇華されているようだった。実際に時空間忍術になっているわけではないが、それでも同等の速さにまでなっていた。カズラが体に纏っているチャクラがそうさせているのである。

 

 もちろん、オチバはそれに追い付けるわけがない。オチバが、カズラが消えたと判断するよりも前に、オチバの体は後方へと飛んでいた。オチバは突然訪れた衝撃に、驚くばかりであった。後方の木へと叩きつけられ、そのままへたりこむ。

 

 なんとか顔をあげて、元々自分がいた場所に目をやると、そこにはカズラの姿があったのである。そのとき、初めて、カズラの攻撃であるの気づいたのだ。

 

「な、なんだ今の攻撃は・・。速すぎるなんてレベルじゃない。光よりも速い。四代目以上の速さ。どこでそんな術を・・・」

 

 カズラを睨みながら、そう口にするオチバ。そのとき、カズラの姿が一瞬歪んだ。次の瞬間、叩きつけられたオチバは、背中の木と共に、さらに後方へと吹き飛んでいた。木は根本の少し上から千切れ、切断面が荒い切り株となっていた。速さにより、攻撃の勢いが数百倍にまで跳ね上がっている。

 

「ガハッ・・・・・・!?」

 

 オチバは身体中の骨が粉々になるのを感じた。このままでは、臓器のほとんどが潰れ、恐らく、死ぬ。

 

 オチバは痛みに耐え、なんとか、体勢を立て直した。カズラよりも速く次の行動に移さなければならなかった。しかし。

 

 そう考えるよりも先に、カズラの蹴りがオチバの頭部に繰り出された。たまたまそこを右腕でガードしていたため、頭部へのキズは免れたが、腕が使い物にならなくなった。右へと飛ばされるオチバ。

 

 この勢いで繰り出される攻撃に、カズラ自身の体が耐えられるはずがない。しかし、それは纏われているチャクラによって防がれていた。ついたキズはそのチャクラによって、超速で治癒されているからだ。

 

 オチバは吹き飛ばされながらも、未だに使える左手で印を結んだ。そして、口から水を吐き出し、辺りを水浸しにしたのである。その水が、一面の雪を少し溶かした。そして、地面がぬかるみ始めたのだ。

 

「・・・!?」

 

 そのため、次の行動に移そうとしていたカズラは、体勢を崩してよろけた。それを見逃すオチバではなく、壁には叩きつけられずその壁を蹴り、カズラの元へと飛んだ。そして、先ほどウシオを刺したチャクラ刀を構え、特攻する。

 

 決まった。

 

 オチバはそう思った。刀の(きっさき)が、すでにカズラの心臓部へとあと数センチのところへと迫ってきているからだった。いくら治癒しているとはいえ、心臓をひとつきにされたら、命はない。そして、その鋒が心臓に刺さった。しかし。

 

「・・・?!」

 

 しかしオチバは、まったく手応えを感じることが出来なかった。それは突き刺さったはずのカズラが、霞のように消え、次の瞬間には、オチバの上部へと移動していたからだ。カズラは、残ったチャクラを全て自分の右手に集める。そして、そのまま、カズラは、オチバの背中へと拳を叩き込んだ。

 

 

「当・千・砲・弾!」

 

 

 ものすごい勢いで地面へと叩きつけられたオチバ。その勢いにより、オチバのまわりには大きなクレーターができており、その威力の凄さを物語っていた。

 

 当然のごとく、オチバは意識を失う。白目を向き、口からは血を流していた。

 

 カズラは、それを眺め、確認すると今度はゆっくりと、ウシオの元へと近づいていった。それと同時に背中の羽も少しずつ消えていっていた。

 

「カズラ、お前、どこでそんな。でも、ありが・・・」

 

 ウシオは、か細い声でカズラにそう言った。そして、感謝の意を述べようとした瞬間、カズラがまるで糸が切れたかのように倒れこんだのである。それは、背中の羽が消えるのと同時だった。

 

「カズラ!!」

 

 ウシオは、残った力を振り絞り、倒れたカズラの元へと急いだ。カズラの側へより、背中を支えた。

 

「お前・・・」

 

「あー、体が全然動かない。まるで自分のもんじゃないみてぇだ」

 

「さっきの術は、そういう術(・・・・・)なのか?!命を燃やす・・・」

 

「命を燃やすか。カッコいい言い方だな。それ、頂きだ。・・・大体、ウシオが思ってる通りだ。俺はもうすぐ、死ぬ」

 

 カズラは、夜空を見上げながらそう呟いた。カズラが術を使っていた時間は凡そ10秒。わずか10秒で、全てのチャクラを失ったのである。

 

「なんで、そんな・・・」

 

「ばっか。お前だってそうしたろうがよ。俺たちを助けるために。・・・俺許せなくてさ。さっき一瞬でもお前を恨んだ俺が。大切な何かを、疑っちまった俺自身が」

 

 カズラはどんどんと衰弱していく。同時に、心臓の鼓動も遅くなっていった。

 

「じいちゃん、俺わかったよ。この力の使い方。大切な何かを守るため。やっと何かが見つかった。でも、この先、この力を伝えられなくなっちまった。・・・まぁ、少し、嬉しいかな」

 

 ウシオが握っているカズラの手から、力が抜けていく。

 

「早いんだよ!バカなこと言うんじゃない!!これからだろうが!火影になるんだろ?俺のライバルなんだろ?まだまだこれからなんだよ!これから沢山、色んなことがあって、それで、それから!!」

 

「だから、もう、いいん、だって。お前らに、会えて、よかった、から」

 

 カズラは、ゆっくりと瞳を閉じる。ウシオの瞳から流れた大粒の涙が、カズラの瞳に落ちて、それがカズラの頬へと流れていった。

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

「カズラァァァアァァア!!」

 

 

 

 

 

 

 カズラの意識は闇へと落ちた。




みなさんどうも、おはこんばんにちは!
Zaregotoです。

雪の国篇完結?です。
長い文章を書いてると、ほんとに自分の文章が稚拙だということを思い知らされます。それに加え、ケータイの不調で、本文を書き込むとき異常に書き込みが遅くなりまして。ストレスフルです。

裏切り者は、オチバ先生でした。実は、彼のことを考えたときからこの結末は考えていまして。何らかの形で主人公たちに立ちはだかる、という感じに。この作品では、ウシオがチートのように扱われていますが、あくまでも下忍の中でのお話です。チャクラ量こそ、普通の下忍よりも少し多いですが、それだけですから。相応の修行を積んだ、上忍では叶うはずありません。そこで、カズラが捨て身の攻撃を繰り出していくのです。

カズラのこのような展開も予め考えていました。どこかで、ウスバカゲロウという虫を特集しており、
「これってナルトの中の登場人物の名前にでそうじゃない?」
と思いまして。そこから、ウスバから続く名称を探していきました。ここで重要なのはカゲロウという名です。カゲロウはごく短命な虫として有名です。成虫の状態では何も食事をとらないと聞きます。つまり、彼ら一族の術はそういうことですね。でもカゲロウは短命ですが、ウスバカゲロウは短命ではありません。ここはまぁカゲロウという名称だけに注目して頂ければ。余談ですが、カズラの父の名は、サイシン。母の名は、アゲハ。祖父は、カマキリ。祖母は、キチョウとなります。

実は、雪の国篇というのは、名ばかりで、オチバ班が壊れる理由付けをさせるためのお話でした。無印ナルト劇場版第一弾において、若いカカシが小雪姫を助けている描写がありました。ここにも少し理由をつけようと思い、オチバの処理のために向かったカカシが偶然小雪姫を見つけた、ということにしました。

はたして、カズラはどうなったのか。続きは次回のお話で。次回は新章の前日譚となります。

稚拙な文章で非常に読みにくいかと思いますが、精進していきますので、これからもよろしくお願いします!




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仮面の男

「・・・・・・?」

 

 ウシオはゆっくりと目を覚ました。懐かしい匂いが、鼻腔を擽る。辺りを見回すと、一面が白い。どうやらここは、病室のようだった。

 

「帰って、きたのか?・・・・・・!?」

 

 頭が痛い。というか、体全体が痛い。

 

 ウシオは痛みに耐えながらも、ベッドから体を起こして、その場から窓の外を見た。寒そうな風がビュービュー吹いている。

 

 その瞬間、気を失う前のことがフラッシュバックして見えた。

 

 何があったのかを思い出す。そして、思い出さなくてはならないことを思い出した。

 

「カズラ!!」

 

 痛みの残る体を引きずりながらも、自分の部屋を後にした。自分の部屋は四人部屋だったが、ここにカズラはいなかった。

 

 しかし。

 

 しかし、あの後、一体どうなった?まるで覚えていない。そこからの記憶がない。ただ、意識を失ったという感覚はない。カズラが意識を失って、それから。

 

 廊下の壁を伝いながら歩く。一歩一歩が重く、苦しい。オチバ先生から受けた傷が未だに癒えていないようだった。

 

「あれから、どれほど経ったんだ?」

 

 考えていたことを呟く。呟くつもりはなかったが、不安の表れか、勝手に口から出てしまった。

 

「まだ、一日しか経ってないよ」

 

 不意に、背後から声をかけられる。すぐに後ろを振り向くと、そこには意外な人物が立っていたのである。

 

「カカシ、さん?」

 

「や、ウシオ。元気、ではないみたいだね」

 

 いつものように口元を隠しながら、カカシさんは現れた。前と違うのは、左目を額当てで隠していること。そこには、オビト兄ちゃんの写輪眼が移植されているという。

 

「どうして・・・」

 

「どうしてって。お前たちを助けたのは俺だからね。経過観察をするのは任務のうちだよ」

 

「!!」

 

 カカシさんは今、任務だと言った。任務?カカシさんの任務とはなんだ?俺たちを助けることか?それとも、オチバ先生を殺すことか?もし、後者なら、いったいどこから動かされていた?まさか、里側はオチバ先生の離反に気づいていた?いや、しかし・・・。

 

 ウシオは首を横に振り、そのような考えをしないようにした。今の最優先事項はそれじゃない。

 

「カズラは・・・!カズラはどうなったんだ!!」

 

 ウシオはゆっくりとカカシに近づきながら、そう言って掴みかかる。カカシは避けることはなく、ただそれに従った。

 

 カカシはウシオの瞳を見据えながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「・・・ついてこい」

 

 そう言われたウシオはカカシを離した。そしてカカシはゆっくりと地下へと続く階段へと歩いた。ウシオもそれに続いた。

 

 着いたのは、先ほどいたところの一階下だ。ここは、重傷者が多く運ばれる。ウシオは、嫌な気がしてならなかった。

 

 階段を降りてから、少し歩くとある部屋の前でカカシは足を止めた。

 

「ここ、か?」

 

 そう訪ねるウシオだったが、カカシは何も言わず、扉を開いた。

 

 開いた先はどうやら、一人部屋のようで、自分がいたところよりも少し狭かった。

 

「ばっか、たれてんだよ!」

 

「ご、ごめんね!」

 

 カーテンによって仕切られた先から、聞き馴染んだ声が聞こえてきた。ウシオは急いでそのカーテンを開いた。

 

「カズラ!!」

 

「うおっ!?なんだ!?」

 

 ウシオは、背もたれが傾けられたベッドに横たわっている栗色の髪の毛の少年を見つけた。その側には、彼といつも一緒にいた少女だ。

 

 カズラが生きていたのである。もちろん、アヤメも一緒に。カズラは、首だけをこちらへ向け笑顔で言った。

 

「ウシオ!目が覚めたんだな!」

 

「カズラ、お前・・・」

 

 ウシオの目から大粒の涙が流れた。

 

「おいおい、泣くなよお前。俺は生きてんだぞ」

 

 ニカっと人笑いして、カズラは続ける。

 

「いやー、あのときは確実に死んだと思ったんだがなぁ。九死に一生を得たというか、なんというか。とりあえず、生きてる」

 

 最悪の場合、カズラが死んだと考えていたウシオだったが、カズラの顔を見て気が抜けたかのように肩の力が抜けた。

 

「でも、まぁ・・・」

 

 カズラは苦笑いを浮かべ、ウシオを見た。

 

「どうか、したのか?」

 

 少し躊躇っているカズラ。それでも言わざるを得ないと思ったのか、すぐに話始めた。

 

「なんか、俺、もう忍やってられないみたいなんだ」

 

********************

 

「体が、麻痺してる・・・?!」

 

 それは、カズラの父カゲロウから告げられた。カズラが、急に咳き込みだしたためだ。少し後にやって来たカゲロウが、ウシオに病状を説明していた。

 

「高密度のチャクラに晒されて、体に過度な負担がかかったのだ。しかし、本来あの術を使うと、このような状態にならず、すぐに命を落とすはずだった。不幸中の幸いと取るべきなのか。・・・あいつが、あの術を知っていようとは、思いもよらなかった。私の代で、封印しようと考えていたのだが」

 

「それに関しては、ウシオ、お前が知っていると思うんだけど。違う?」

 

 廊下の壁で背中を支えているカカシが、口を挟んだ。カカシ曰く、三代目からの命令でウシオたちを助けに行ったらしい。そして、瀕死の状態のオチバと、並んで倒れているウシオ、カズラ、その側で必死に医療忍術を施しているアヤメ、木の側で眠っている小雪姫を見つけた。その全員を犬ぞりに乗せ、なんとか追っ手から逃げたのだという。

 

 カカシ曰く、というのが少しだけ変な考えをウシオの中に芽生えさせようとしたが、カカシは信用に値する人間だ。それに、もし疑いがまだあるようだったら、三代目に直接問いただせばいい。本当のことを言ってくれるかどうかは、別だが。

 

「俺が?いや、俺は、あいつが倒れた以降のことは覚えてないんだ。だから急いでここまで」

 

「アヤメが言ってたよ?ウシオくんが、カズラに何かしてたって。そのあと、気を失ったって。どう?」

 

「いや、まったく身に覚えがない」

 

「・・・そ」

 

 カカシは何かを思ったのか、踵を返し、階段の方へと歩いていった。

 

「俺は、三代目に報告してくるよ。みんな目を覚ました、ってね」

 

 そこまで言うと、カカシの姿は階段の上へと消えていった。ウシオとカゲロウは、カカシの背中を最後まで眺めていた。カカシが見えなくなると、カゲロウはくるりとウシオの方へと向き直った。

 

「ウシオくん。先ほどの話は・・・」

 

「覚えてないんです。それに、俺には失われたチャクラをもとに戻す力なんて・・・。神様じゃないですよ、俺は」

 

 ウシオはそこまで言うと、側にあった椅子に腰を掛けた。体の傷に障ったようだ。

 

「すみません。まだ少し、体の調子が」

 

「いいんだ・・・」

 

 カゲロウもウシオの隣に腰を掛けた。

 

「もし君が、カズラを救ってくれたのなら、お礼を言わないといけないな」

 

「いや、俺はなにも・・・」

 

「それでもだ。君がカズラと同じ班でよかった」

 

 カゲロウにそう言われたウシオは、俯いて暗い表情になった。

 

 俺が救ったにせよ、カズラがあんなことになったのは、ならざるを得なかったのは、俺のせいだ。俺が、弱かったから。

 

「私は、妻を救えなかった」

 

「え・・・」

 

 次に口を開いたのはカゲロウだった。カゲロウは、遠くを見るような目をして、そのまま続ける。

 

「私はあの術は嫌いでね。命をかけて戦うのはいい。それは誇らしい。しかし、本当に死んでしまっては意味がない。だからこそ、無謀なことだとしてカズラには教えていなかった。その結果、妻が死んだ」

 

 悲痛な表情で、カゲロウは続ける。

 

「あの九尾襲来の夜、飛んできた木材の破片に突き刺さり、カズラを守るために死んだ。私はそのとき、里の警備を行っていてね。九尾が暴れだしたのは、私が仕事を終え帰宅している最中だ。急いで家に帰ったさ。九尾の攻撃が私の家のすぐ側で起こったからだ」

 

 カゲロウは立ち上がり、窓の側へと歩いて外を眺めた。病院の広場では、母親と子どもがボールで遊んでいる。カゲロウはそれを、なんとも言えない表情で眺めていた。

 

「二人は生きていた。カズラを連れ、避難所へ走っていた。声を掛けようとしたとき、木材の破片が飛んでくるのが見えた。・・・もしあのとき、この術を使い、超人的な体術で二人を守れていれば、妻は死ななかった。私は躊躇したんだ。死ぬということに。私の母も、同じく私を守るように死んだ。そのときのことが忘れられなくてね。死ぬことがどれ程辛いことか、辛いことを与えるということか。しかし・・・」

 

 カゲロウが握りこぶしをつくる。強く強く握られ、手のひらからは血が滲みはじめていた。

 

「しかし、私は後悔している。あの術を使い、二人を助けられていたら、どれほど幸福だったか。たとえ命を賭してでも救っていたら。カズラの母親は生きていた。忍ではないアゲハは、死というものからは遠かったはずなのに・・・」

 

 カゲロウは血の滲んだ手で壁を殴った。手の甲からも血が流れ、壁からツーっと血が垂れる。

 

「俺には、分かりません」

 

 ウシオはカゲロウをしっかりと見据えながらそう言った。カゲロウは振り向き、そう言ったウシオの顔を眺める。

 

「そうだな・・・。子どもに何を言っているんだか・・・」

 

「俺も、あのとき両親を亡くしました。あなたの気持ちは痛いほど分かります。残される者の気持ち。あったはずの歯車が、抜けて、回らなくなるみたいな。だけど、俺にはナルトがいます。あの二人は、俺に残してくれたんです。火の意思っていうのを。ナルトといると、こいつはどんなことになっても守るって思うようになったんです」

 

 ウシオはしっかりとカゲロウの目を見据える。

 

「後悔ってのは、結局自分勝手なことなんです。ああしたらよかったとか、こうすればよかったとか、そんなこと言っても始まりません。前へ進むことはできないんです。確かに人の死を悼むことは、大切なことです。だけど、悼むことと、後悔することは、まったく別物です。俺もあのときのことを後悔してます。俺がもっと強ければって。しかしそれ以上に、両親を誇りに思っています。俺は思うんです。大切なのは、残された者がどうしていくかってことだって。決して、後悔することじゃありません」

 

 カゲロウは素直に感心していた。目の前にいるのは、まだ十歳の子どもだ。自分は、説教されている。しかしそれでも憤りを感じることはなく、強く心に刻まれていた。

 

「だけど、こうも思います。死ぬ必要はない。犠牲になるってことは、美談じゃないって。どんな死に方をしても、死ぬってことにはかわらないんです。人の死を英雄譚として、語ることに憤りを感じます。だから分かんないんです。俺は命をかけてカズラに守られた。だけど死んでほしくはない。そんなことをするくらいなら、俺が死ぬ気で頑張る。結局堂々巡りなんですよ。俺は、この話に肯定も否定もできません。答えなんかないんです。だからこそ思うんです。こんな思いのしない世の中にすることが、今の俺にできることなんじゃないかって」

 

 ウシオはそう言うと、にかっと笑った。

 

「考えはじめても分かんないんです。分かったら、悩むことなんてしませんよ。毎日悩んでます。これでよかったのかって。でも後悔じゃありません。俺はそれで、立ち止まったりはしませんから」

 

「君は、強いな」

 

「いえ、弱いんですよ」

 

 カゲロウが、気落ちしたまま微笑を浮かべた。ウシオは少しでしゃばりすぎたか、とも思ったのでそれ以上口を開くことはなかった。カゲロウも同様だ。

 

 静かな廊下に、沈黙が続いた。

 

********************

 

 カカシは嘘をついた。

 

「身に覚えがない、か。本当に覚えてないのか、嘘をついているのか・・・」

 

 カカシはウシオが話していたことが嘘であることを知っていたのだ。それは、カカシが雪忍のリーダーである男との戦闘を終え、ウシオたちがいた、城の広場に着いたときだった。

 

 オチバは倒れ、カズラも倒れていた。しかし、ウシオはそうではなかった。倒れているカズラを支えていた。

 

 カカシはすぐに近づこうとした。しかし、姿が少し違う。妙なチャクラを纏い、明らかに普段のウシオではなかった。まるで、お伽噺に出てくるような仙人のような。実際に見たことがあるわけないが、カカシはウシオから神聖な何かを感じ取っていた。

 

 カカシが写輪眼で確認すると、ウシオがカズラにチャクラを送り込んでいるように見えた。消え入りそうになるチャクラを押し留め、新たなチャクラを流すように。しかし、医療忍術の類いではないことは確かだった。

 

 嘘をついているようには見えなかった。ウシオはカズラの無事を本当に喜んでいたからだ。嘘をついているなら、それ相応の表情というものがある。

 

「やはりウシオは、特別なのか?」

 

 考えていても始まらない。カカシはこのことをヒルゼンに報告すべく、火影室へ向かっていた。

 

 火影室についてみたが、どうやら留守のようだった。話を聞くと、一緒に救われ、一命を取り止めたオチバのところにいるようだった。カカシはオチバの様子見がてら、報告のために尋問室へと向かうことにした。

 

 階段を下り、薄暗い地下室へと向かう。尋問室の外には警備の忍がいた。しかし、ヒルゼンの姿はない。カカシはその忍に事情を聞いた。

 

「三代目は?」

 

「オチバと二人で話している」

 

「俺も入っていいですか?少し話があるので・・・」

 

 カカシがそう言うと、その忍は従い、すぐに尋問室への扉を開けた。そこから少し歩いたところに、灯籠の灯された部屋があった。その前まで行くと、身体中を包帯で巻かれたオチバと、ヒルゼンの姿があった。

 

「三代目」

 

「ん?おぉカカシか。なんのようじゃ」

 

 カカシはヒルゼンの耳元で小声で話す。

 

「いえ・・・帰還した全ての忍が目覚めました。カズラは重症ですが、ウシオやアヤメには目立った外傷は見当たりません。小雪姫は、とあるつてを利用して、なるべく遠くへと避難させました」

 

「そうか、ありがとう」

 

 そういうヒルゼンは、オチバの方に向き直った。オチバは口を開きかけている。何かを言おうとしているようだった。

 

「なんじゃ、オチバ」

 

「彼らは、助かったのですか?」

 

 ヒルゼンは目でカカシに合図を送った。どうやら、言ってやれという意思表示らしい。

 

「助かりましたよ。三人とも。命に別状はありませんでした。まぁ、状態が状態ですが」

 

 オチバはそれを聞いて安堵の表情を浮かべた。口に出さないのは、彼なりの覚悟だろう。ならばなぜそうしたのか。彼にはこの質問は不要だからだ。

 

「さて、続きじゃ。オチバ、なぜお前は雪の国と繋がっていた?」

 

「・・・・・・」

 

 オチバは口をつぐんだままだ。

 

「はじめからこの様子じゃ。一向に話そうとせん。そうなれば、どうなるかわかっておるじゃろうに。ワシも庇いきれん」

 

「庇わなくて結構です、三代目。私は、覚悟をもって挑んだのですから。しかし・・・それもすでに不要ですね」

 

 鉄格子の内側で両手を錠で繋がれたオチバは、ゆっくりと立ち上がった。

 

「私の復讐は、失敗した。これ以上、この世界に未練はないです」

 

「オチバ、お前は何を・・・」

 

 急に饒舌になったオチバに面食らったヒルゼン。それでもオチバは口を開き続けた。

 

「私は、直接風花ドトウと連絡を取り合ったわけではありません。私を雪の国と繋げたのは、マダラと名乗る仮面の男」

 

「マダラじゃと?冗談にも程がある」

 

 ヒルゼンはそう述べた。しかし、オチバの顔は真剣そのものだった。

 

「本物のうちはマダラかどうかは、それほど重要ではないんです。重要なのは、その男がマダラと名乗っていること。うちはマダラを名乗っておけば、真実はどうあれ、必ず広がる。彼は、私にあの事件の真相を告げ、こう付け足しました。・・・復讐したくなはいか?と」

 

「貴方は、それを信じたのですか?そのような世迷い言を」

 

 カカシは呆れたように吐き捨てた。目の前の男は、仲間を殺そうとしたクズだ。カカシの中での印象は最悪だった。

 

「信じざるを得なかった。藁にもすがる思いで、信じこんだのさ。その、世迷い言を」

 

 しかし、それでも、カカシには分かることでもあった。オビトとリンを取り戻せるならば、そのような行動をとっていたかもしれない。あくまでも仮定の話だけど。

 

 カカシは目を伏せた。そしてマスクの下の歯を食いしばる。

 

「訳のわからない、よりにもよってマダラを名乗る男の言葉を信じ、従ったのか!?」

 

 ヒルゼンは声をあらげた。幼い頃から知っているウシオが殺されそうになったのだ。当たり前と言えば、当たり前なのだが。

 

「従ってはいないですよ。私は、仮面の男に生け捕りを命令されていた。しかし、私は、ウシオを本気で殺そうとしていた。仮面の男が何故生け捕りを望んだのかは分かりませんが、確か、ウシオの中にある、あるものが・・・・・・」

 

 突然、オチバの言葉が止まった。目を見開き、一点を見つめる。

 

「・・・どうした、オチバ?」

 

 三代目の呼び掛けにも応じず、オチバはワナワナと震え始める。

 

「・・・ッ」

 

 すると次の瞬間、繋がれた両手を首もとへと持って、ガリガリとかきむしった。 

 

「アッ・・・!!ガッ!!」

 

 見るからに苦しそうだ。ヒルゼンはすぐに鍵を持っている忍を呼び、牢を開けさせた。

 

「オチバさん?!なに、が・・・」

 

 扉を開き、二人が駆け寄る頃には、すでに息も絶え絶え。口からは、ツーっと血が流れる。

 

「せめてもの、と言う、となんだが気恥ずかしいけど、これはあの仮面の男への反逆だ。やっては、いけないことを、したのはわかっ、てる。だけど、これしか、なかった、んだ。僕が救われるには」

 

 近くにいるカカシとヒルゼンを交互に見ながら、途切れ途切れに呟く。瞳からは光が失われつつあった。

 

「カカシ、君は、間違えるなよ」

 

 カカシの方をしっかりと眺め、呟く。

 

「オチバ、さん」

 

「あぁ、これで行ける。ユウナギ、コノメ。今から、そっち・・」

 

 目を開いたまま、オチバは動かなくなった。

 

「これは」

 

「呪印じゃな。・・・恐らく、仮面の男のことを話すことで発動するものじゃろう」

 

 根のシステムと同じように、か。カカシはそう考えた。暗部の一組織である根では、志村ダンゾウについて口外すると、呪印が発動する。

 

「だから口を開かなかったのか。いや、開けなかった。しかし、これでこやつの言ったことの信頼性が高まったということじゃな。・・・マダラが生きている。にわかには信じがたいが」

 

「何かを言いかけていたようでしたが。ウシオの中にある、とかなんとか」

 

 まだ暖かいオチバの亡骸に、布をかけながらカカシは言った。雪の国での一件を鑑みれば、ウシオの中になにかがあると言われても、何ら不思議はないのだが。

 

「ふむ。正直なのところ、儂にも皆目見当がつかん。そもそも、ウシオを拾ってきたのはミナトとクシナじゃ。その時も状況は聞いたが、一切おかしなところはなかった。それからいままで、そのような兆候は一切見当たらん。まぁ、人より少し忍の才に恵まれたようじゃが、それは才能じゃからな」

 

「三代目、それなんですが・・・」

 

 そこでカカシは雪の国で見た光景を事細かに話した。ヒルゼンは眉間にシワを寄せ、考え込んだ。

 

「ウシオは覚えてないと言っています。それと今聞いたことに、何かしらの関係があるのでは?」

 

「チャクラを分け与える、か。医療忍術と言えど、完全に枯渇したチャクラを、一瞬で元の状態にまで戻すことはできん。それ以上の何かを行った。・・・だからこそ、ウシオの中には何かがいる、か。分からんな」

 

「ウシオ自身気付いていないのでは、どうしようもありませんから、今は様子を見るのが得策かと・・・」

 

「それもそうじゃな。しかし、念のため情報は集めておこう。・・・オチバがこうなったからの。3班の後任を決めなくてはならん。彼らはまだ下忍。誰かの指導を受けなくてはならないからの」

 

 ヒルゼンは警備の忍に遺体の処置を命令し、そのまま牢を後にした。

 

「復讐、か。分からなくもないけど、オチバさんはそれほどに追い込まれていたのか」

 

 ヒルゼンが去って少ししてからカカシは牢の外へと出ていった。そして、歩きながら考える。

 

「うちはマダラ。伝説上の人物だ。ありえるのか?そんなことが」

 

********************

 

「本当に大丈夫なのか?兄ちゃん」

 

「ああ!俺はお前の兄貴だぞ?」

 

 ベッドに横たわるウシオを、後からやってきたナルトが質問攻めにしていた。目が赤くなっているところを見ると、一頻り泣いた後なのだろう。

 

「・・・・・・」

 

 無邪気に笑うナルトを見ていると、雪の国で出会ったお姫様を思い出す。カカシによれば、戦いとは関係ない国へと送ったらしいが、ウシオには後悔しかなかった。

 

 約束を一つも守れなかった。あの子の父親を救えず、雪の国から逃げ帰った。しかもそのことを今の今まで忘れていた。多くのことが起こったから、と言い訳することはできる。しかし、言い訳は言い訳だ。結果は散々だった。

 

 彼女が平和に、安静に過ごせることを願う。願わないわけにはいかない。カカシに聞いても場所までは教えてくれなかったからだ。俺には、もうどうしようもない。彼女には生きていてもらうほかない。生きていれば、必ずどこかで出会えるはずだ。

 

「兄ちゃんが病院に運ばれたって聞いたから、いてもたってもいられなくなって。三代目のじーちゃんの言いつけを無視してここまで来たんだ。痛くないのか?」

 

「あぁ、名誉の負傷だ」

 

 ウシオはそう言って、ナルトの頭を撫でた。小さい命。自分があのとき死んでいたら、と考えるだけで恐ろしかった。

 

 こいつを一人にするわけにはいかない。

 

 そう考えるしかなかった。

 

 カズラは、体の麻痺以外目立った外傷はない。しかし、忍を続けられるかどうかと言われれば、答えは否だ。自然治癒するものなのかどうかも分からないらしい。忍を止める他に選択肢はないと医者に言われたそうだ。

 

 アヤメはカズラをサポートするために、医者を目指すという。元々人の命を守る仕事をしたいと言っていたので、そっちの道に進むらしい。戦闘には関わらない仕事が多い部門らしい。まだ子どもだから、まだまだ先のことらしいが。しかし、それは些細な問題だろう。彼女の知識なら、必ずなれる。

 

 実際のところ、アヤメはあのときのことが忘れられないのだろうと思う。それもそのはずだ。あれほどの死を経験し、その上信頼している上司にも裏切られた。トラウマものだ。

 

 ウシオは病室の窓から外を眺めた。寒そうな風がビュービュー吹き荒んでいる。

 

 俺は、どうなるのだろう。恐らく班は解体されるだろう。俺を除く班員の全てが、いなくなったのだ。新たな第3班が作られる。俺としては、あの3人以外とは組みたくないのだが。オチバ先生を含めて。

 

 そんなことを考えていると、突然病室の扉が開かれた。

 

「・・・?」

 

 カツカツと靴の音が響く。ナルトも不思議そうにそちらを見た。カーテンで遮ってあるため、姿までは確認できない。

 

 あんなことがあったからか、ウシオは無意識にナルトを側へと引き寄せ、警戒体制をとった。

 

 そしてその人物は、カーテンを開かずに口を開いた。

 

「うずまきウシオくんですか?」

 

 女の声だ。優しそうな。

 

「はい、そうですが。カーテン、開けていいですよ」

 

「そうです?では失礼して」

 

 その人物はゆっくりとカーテンを開いた。

 

「カーテンが閉じていたので、お体を拭いているのかと」

 

 黒髪ショートのフワフワした雰囲気の女性がそこにはいた。いや、女性と言うよりかは、少女と言った方が妥当だろう。俺よりも少し大きいくらいか。カカシさんと同年齢くらいだろう。

 

「君がナルトくんですね?よろしくお願いします」

 

 女性はナルトに対して小さく礼をした。普段なら警戒するナルトも、その女性が醸し出す柔らかい雰囲気から、そのような素振りは一切見せなかった。

 

「よろしくだってばよ」

 

 女性はナルトに優しい表情を向けている。どうやら、悪いヤツではなさそうだった。

 

「あんたは?」

 

「申し遅れました。私、新設第3班の担当上忍をさせていただくことになりました。珠喰(たまはみ)サクヤと申します」

 

 正直驚きを隠せなかった。いや、隠す必要はないだろう。驚きすぎて驚く素振りを表せなかったからだ。

 

「・・・随分早く決まったんだな」

 

「先ほど三代目から言い渡されまして。連絡は早い方がいいだろう、と。このあと、他の二人の所にも行く予定です」

 

 珠喰・・・。変な名前だ。この里にそんな一族がいたのか?聞いたことはないが。

 

「他の二人も決まってるのか」

 

「はい。中忍試験も近いので」

 

「なるほど」

 

 中忍試験は三人一組で行われるため、まず三人いないと話にならない。その上で、上忍、または中忍からの推薦をもらい受験資格を得る。ほとんどの下忍は、班の担当上忍からの推薦をもらうのだが、ウシオの場合、その班が解体されてしまった。三人ということは、恐らくチームワークを求める試験が多い、というかそうなのだろう。

 

「あなたたちの実力を見るためにも、少し任務を受けてもらいます。まぁそこは大丈夫でしょうね。実力者が二人もいるのですから。しかし中忍試験では個ではなく、全と言いますか群と言いますか、そういうものが必要になります。チームワークを養うためにも、任務を行わなければなりませんから」

 

 サクヤは笑顔でウシオに語りかけた。

 

 実力者が二人?誰だ?そもそも俺と同じような境遇の人間がいるのだろうか。いたらいたで、喜ばしいことだけど、喜ぶべきではない気がする。・・・というか。

 

 ウシオはサクヤに対し、怪訝そうな目を向けた。

 

 この女性が、上忍?外見からは想像できない。オチバ先生と同等の実力者なのか?

 

「どうしたんです?」

 

 サクヤはウシオの顔を覗きこんだ。急に接近してきたサクヤに、ウシオは気恥ずかしくなり顔を背けた。ナルトはそんなウシオを不思議そうに見ていた。

 

「う、嘘を吐いているようには見えないが、本当に上忍なのか?その、外見が幼いように見えるんだけど」

 

「よく言われますけど、私、カカシくんたちよりも年上ですよ?」

 

 口をあんぐりだ。俺は一瞬喋るのをやめた。何を言えばいいのか。

 

「え、えっと・・・。お若くていらっしゃいますでございますね」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 サクヤは笑顔でそう言った。その笑顔がどこか怖く感じるウシオだった。

 

「では、私は行きますね。今日中に事を済ませたいので」

 

「は、はぁ」

 

 気持ちの整理が出来ていないウシオと、不思議そうにウシオを眺めているナルトを残して、サクヤは去っていった。病室が、静寂に包まれる。そんなウシオを心配してか、ナルトはウシオに声をかけた。

 

「兄ちゃん、大丈夫か?」

 

「ああ、俺はお前の兄貴だぞ」

 

「・・・本当に大丈夫か?」

 

 言い知れぬ不安が、ウシオの中に広がった。

 

********************

 2週間後。

 

 体の傷も全快したウシオは、里内にある墓地までやってきていた。そこの他より綺麗に掃除されている墓の前までやってきていた。墓石には、秋野オチバと記されていた。すぐ横の墓石には秋野ユウナギ。その横は秋野コノメと記されている。

 

「・・・先生」

 

 あの後少しして三代目から、オチバ先生が亡くなったことを聞かされた。自分たち壊した張本人だ。ざまあみろ、とでも思えれば凄く楽なのだけど、そうはなれなかった。恐らく、カズラも同じだろう。

 

「この後、新しい班員に会いに行くよ。新しい第3班ができるってのを聞かされてから結構経ってるけど、メンバーについてはまだ聞かされてないんだ。担当上忍が、楽しみは後にとっておきましょう、ってさ」

 

 ウシオは手に持っていた花を、墓石に生ける。

 

 あの事件のことは、一般には公表されないらしい。オチバは元々温厚な人間で、他の忍からの信頼も厚かった。ゆえに、その信頼している人たちのために、また、彼自身の名誉のためにも、そうしなかった。実際は、ウシオたちがそれを望まなかったからだった。アヤメもカズラも恨んではいなかった。ただ、悲しんでいた。それだけだ。

 

「カズラの体、アヤメの手伝いもあってか、段々動くようになってるんだ。忍として働くことはできないらしいけど、医者が言うには、奇跡だってさ。ほんと、笑うよな。全部あいつらの努力の賜物だってのに」

 

 ピカピカの墓石を少し撫でる。氷みたいに冷たい。

 

「・・・先生のやったことは、正しいことじゃないけど、俺は間違いだ、なんて言わない。優しいあなたのことだ。教え子と家族を天秤にかけた末の結果だ。苦しんで苦しんで、苦しみ抜いたんだろう。実際は見てないから、想像だけどね」

 

 涙は出ない。しかし、心で泣いていた。

 

「もうそれを聞くこともできない。死んだら終わりだから。俺たち三人は生きてる。大丈夫。あなたが抱えた苦しみを忘れない。悲しみを忘れない。あなたの教えてくれたことを胸に、俺は生きていくよ。家族でみまもっててくれ、先生。さよなら」

 

 ウシオは墓石に背を向けて、出口まで歩いていった。その最中、ふと、考えた。

 

 何を信じればいいのか。あのときみたいなガキの反抗じゃない。少し反抗を含んだ、小さな疑問だ。あの時助けに来てくれたのは、暗部所属のカカシさんだ。オチバ先生の対処をしに来た、のだろう。その対処がどのような方法で遂行されようとしていたのか。暗部は有り体に言うと、暗殺部隊だ。つまり、そういうことなのか。

 

 もし、俺がこの里に反旗を翻したら、すぐに対処されるのだろうか。なんの悩みもなく、ただ、任務として。それは犯罪なのだから、仕方がない、のだろうが。

 

 里とは一体なんだ。里がある意味は。争わないために、血を流さないために作られたはずの里が、なぜ戦争を起こす?なぜ、手を取り合えない。なぜ、戦う。戦わなければ、こんな気持ちにはならないのに。

 

 ウシオはそんな考えを振り払いながら、火影室まで急いだ。

 

 

 

 

 




皆さんどうもお久しぶりです。
zaregotoです。

これにて雪の国編完結です。

本文中にもありましたが、オチバ先生にはユウナギという妻とコノメという娘がいます。ユウナギは元忍の専業主婦。娘を守るために、身を呈したものの娘とともに亡くなりました。

復讐ってのは人間にはあってしかるべきものだと考えています。誰かを憎んだことのない人間はいません。ただ、それを制御し、力に変えることが人間にはできます。オチバ先生は、それすらできないくらい悲しみが大きかったのです。

そして新キャラです。珠喰サクヤ。謎に包まれた忍。本文では体型について言及していましたが、ナルト本編の成長したナルトたちと同じくらいだと思っていてもらってもいいと思います。年齢は20歳です。

重い話が多い気がします。そもそもわりとナルトって重い話なんですよね。ナルトとサスケの境遇とか、普通に考えたら精神とか病みそうです。ナルトは聞かされるのが遅かったからいいですが、サスケは現場を見たんですから、ねぇ?

次からは新しい班でのお話です。みなさんは誰がメンバーになるのか、できたら予想しておいてください。あ、でも新キャラの場合は予想できないか。あともしよろしかったら、オリジナル忍術とか感想の欄に書いてくれると助かります。思いの外大変だなぁということに気づきました、はい。

では!また次のお話で!


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新第三班

 どうしてこうなった・・・。

 

 季節は限りなく春に近い冬。まだまだ風は冷たいが、成長し始めた草花が、春の訪れを感じさせる。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「えっと・・・」

 

 里の甘味処のテーブルに、二人ずつ向かい合うように四人が座っていた。一人は表情を変えず、黙々と三色団子を頬張っている。また一人はムスッとした表情で甘味処の外を眺めていた。しかしどこか、暗い表情を浮かべている。さらにもう一人はその状況の中で、おどおどとしながらも笑顔を崩さないように必死だ。

 

 そして俺、うずまきウシオは、既に冷たくなった煎茶を啜りながら、またも心の中で呟いた。

 

 どうしてこうなった!

 

 ことの発端は数日前まで遡る。

 

********************

 

「火遁・豪火球の術!」

 

 黒髪の少年が、火遁の術を繰り出した。すでに戦闘を行っている仲間の援護を行ったのだ。

 

「大丈夫ですか、ウシオさん」

 

「すまない助かった、イタチ」

 

「いや、こちらも少し手間取りまして。アスナさんとサクヤ隊長は追っ手の対処をしながら向かってます」

 

 イタチと呼ばれた少年は、そう言いながらすでに戦闘を行っていた少年の隣に着地した。

 

「新手。また子どもか。俺たちも舐められたものだ」

 

「わけも分からない里の忍風情が。俺たちだけで十分だ。すでにお前たちの所持していた密書は取り返した。観念して捕まえられろ」

 

 羽のようなのマークが入った額当てをしている忍たちが、木ノ葉の額当てをした少年二人と対峙していた。

 

「ならば、お前たちを害せばいいということだ!土遁・土石流!」

 

 抜け忍の内の一人が、術を放った。術者の回りから土石流が流れ周囲を襲う。他はそれに気付いているようで、各々高い位置に移動していった。

 

「イタチ、俺の横で見てろ」

 

 何も言葉を発することなく頷き、イタチはウシオの行うことを眺めた。そしてウシオはものすごい早さで印組みをする。

 

「雷遁・電電六刺!」

 

 ウシオから赤い雷が六方向に分かれて放たれる。雷遁は敵の放った土遁を砕きながら進んでいった。

 

「くっ・・・!雷遁を使うのか、この小僧。さっきまで使ってなかったくせに」

 

 抜け忍が自分の術では害しきれないと理解し、後方へと撤退しようとした瞬間、突然の衝撃を受け空へと打ち上がった。

 

「土遁を使う奴らに、そうそう雷遁見せるかってんだ!見た(・・)か、イタチ!」

 

 赤い雷遁のチャクラを身に纏ったウシオが物凄い早さで敵の眼前まで移動し、拳で空へと打ち上げたのだ。

 

「ええ、バッチリです。雷遁・電電六刺」

 

 写輪眼を発動したイタチが、ウシオの術をコピーし、四散した他の忍たちを六つの青い電撃で狙った。持ち前の才能からか、上手く雷を扱えるようで、ウシオよりも正確に忍に当てていった。

 

「雷遁の鎧。速くはなるが、制御が難しい。それに、身体中がチクチクする。それにしても・・・」

 

 雷遁チャクラによる鎧、名付けるならば雷遁チャクラモードを解き、手をブラブラさせながらウシオは、イタチに近づいていった。

 

「上手く扱えるようになったな、イタチ」

 

 ウシオがイタチの側までやって来ると、自分の眼を指差しながらそう言った。

 

「まだまだですよ。二つ巴のままですから」

 

「だったらなんで俺より雷遁を上手く扱えるんだよお前は」

 

「それは知りません」

 

「このガキども!!いい気にさせておけば・・・!?」

 

 ウシオが打ち上げ、致命傷を負わせたはずの忍が起き上がった。しかし、その予兆を見逃さなかったイタチが、瞬時にその側まで移動し、首筋へとクナイを突き立てた。

 

「少しでも動けば、貴方の命はない」

 

 ウシオは離れたところから、イタチに続いて口を開いた。

 

「その通りだ。見たところアンタがこの隊のリーダーみたいだから、アンタを殺すわけにはいかない。さあ話せ。誰に命令された」

 

「・・・・・・」

 

 羽のようなマークだから、羽隠れとでもしておこう。羽隠れの忍は、二人の顔を睨み付けながら不敵な笑みを浮かべた。

 

「我々のような小さな里は、多くの任務をこなし、名声を上げなければならない。ここで情報をもらせば、以降クライアントが我々に依頼を持ってこなくなる。しからば・・・!!」

 

「・・・!?まずい、イタ・・・」

 

 次の瞬間、その忍は自分の着ていた衣服をガバッと開いた。イタチは驚き、一瞬相手の息の根を止めることに躊躇してしまった。

 

 その忍は、胸から腹部かけて起爆札を貼り付けていたのである。イタチは、瞬時にそのことを理解し、その爆発が及ばないところまで飛んだ。ウシオは、イタチがそうするのを見届けると瞬身の術で、イタチのすぐ横まで飛んだ。

 

 そのすぐ後、大きな爆発が起きた。爆風により木々は薙ぎ倒され、周囲20メートル圏内には大きなクレーターが出来上がった。

 

「どうして・・・」

 

 ウシオのすぐ横で、悲痛な表情を浮かべるイタチ。同じような経験をした二人だ。人の死には過度に反応する。しかし、ウシオはドライだった。

 

「忍は所詮、国の影の部分だ。誰かを守るためなら、厭わない、ということだろう。アイツらにもアイツらなりの正義があったんだろ。ま、単なる憶測だけどな」

 

 そう願いたい。

 

 ウシオは心の中で呟く。イタチはウシオがシスイと似たようなことを言っているのに少し驚いたが、ウシオとシスイの仲が良かったことを思いだし、合点がいった。

 

「随分と派手にやったみたいですね」

 

 後方から声をかけられた。イタチはすぐにクナイを構えたが、ウシオが制止した。

 

「サクヤさんたちは、終えたのか?」

 

 新たな第三班の隊長、珠喰サクヤが立っていた。そのすぐ側には同じ班員の猿飛アスナがいる。

 

「鷹にダミーの密書を持たせて飛ばしました。万が一があった場合に。本物はここに」

 

 そう言ってサクヤは密書をバックから取り出して見せた。

 

「任務は・・・失敗ですね」

 

 イタチはボソッと呟く。そんなイタチの肩に手を置き、ウシオは言った。

 

「そう毎回成功するとは限らない。でも大丈夫かもしれない。一応、相手方の忍の一人にマーキングしておいた。・・・さっきの爆風で死んでたら意味はないが」

 

 今回の任務は、奪われた密書の奪取。表向きは。本当の狙いは、最近結成された忍里の発見。もしくは調査だ。依頼書のランクはCと書かれているが、三代目からはB相当の任務になることは、はじめから言われていた。

 

「・・・意味はあったみたいだ。どうやら、奴さんの命は助かったらしい。素人で経験の浅い忍を選んだからな。爆発が起きる前に逃げ出していたんだろう。微かだがチャクラを感じる」

 

 ウシオがしたマーキングは、嘗て四代目が使っていた忍術である飛雷神の術に使われていたマーキングを応用したものだ。ウシオ自身がその術を使おうとして出来た副産物である。時空間を利用して、マーキングした相手のチャクラを感知する。四代目のモノと同じように、マーキングは一度行えば消えることはない。飛雷神の術としても使うことが可能だが、マーキングに脆弱性があるのか、時空間転移を行うと、マーキングは消え去ってしまうが。今更ながらに、四代目の凄さ、父親の忍としての偉大さに驚くばかりであった。

 

「じゃ、すぐに行かないと、やばいんじゃないの?そいつ、もしかしたら死んじゃうかもよ?」

 

 アスナが不機嫌そうな顔をして、腕をくみながらそう告げた。

 

「確かにその通りだ。その忍里のやり方は、今の出来事で把握できた」

 

 任務のためなら自分の命すら厭わない。であれば、任務を放棄し逃げ帰ってきた者に対しての対処は、目に見えている。

 

「まだ動いている。そいつがどこか遠くへ逃げるのであれば、俺の目論見はハズレるってことになるが、一か八か賭けよう」

 

「では行きましょう」

 

 サクヤの合図で、ウシオを先頭にして、その場から移動する四人だった。

 

********************

 

 うちはイタチ。木ノ葉警務部隊隊長、うちはフガクの息子で、7才にしてアカデミーを主席卒業。ウシオと同時期に下忍に昇格した。しかしその翌年、任務中に謎の忍に襲撃され、班員の一人が殉職。もう一人の下忍はその際のショックにより、忍としての活動は不可能になった。そしてイタチの所属する班は解体。その後新たに編成された第三班に所属することになった。

 

 猿飛アスナ。三代目火影、猿飛ヒルゼンの娘であり、猿飛アスマの妹だ。彼女は本来カズラたちと同年齢で、12才で下忍に昇格したが、重い病を発症し、長い間病床に臥せっていた。そのため、班に編成されることはなく、翌年の班に編成されるはずだったが、新たな第三班が編成されたため、そこに所属することになった。病床に臥せっていたとはいえ、あの三代目の娘だ。忍の才には恵まれていた。しかし、性格に難ありとのことで、三代目も頭を抱えていた。

 

 本来このメンバーで編成された日から近くに行われた中忍試験に挑むはずだったが、イタチの諸事情よりその年の試験は見送ることになった。仮として編成された班だったが、今ではどこの班よりも優秀な班となっている。

 

「・・・ここだ、な。あの、穴蔵の中からチャクラの反応がある」

 

「この岩山、ですか?地底深くに里を作ったということでしょうか」

 

 ウシオたちは、チャクラの反応を追い、10㎞ほど離れた密林地帯へとやってきていた。木々が鬱蒼と生い茂り、里の存在は確認できない。岩影に隠れながら見えるのは、洞窟へと続く穴だ。

 

「違うわよバカ。あの穴から少しだけど風が流れ出てる。多分、あの穴の先に空が見える空間でもあるんでしょ。この辺りは大昔、隕石によって甚大な被害があったみたいだから、そのクレーターかなんかに繋がってるんじゃないの?」

 

 アスナが入り口を見ながら淡々と喋る。

 

「その場所に里を作ったということですね。ここは人も寄り付かない樹海。空から眺めなければ、里は確認できない。隠れるにはもってこいということですか」

 

 サクヤの朗らかな声が響く。それを見て、アスナはフンっとそっぽを向いてしまった。

 

「問題はどのようにして侵入する、ということですが」

 

「それについては俺に提案がある」

 

 ウシオが名乗りをあげた。そして影分身を作り、それを鳥に変化させた。

 

「こいつが空から侵入して、人気のないところへマーキングしてくる。それから、俺が飛雷神で飛ぶ。使えるチャクラ量にも限りがあるから、連れていけるのは精々一人か二人だ」

 

「では、イタチくんとアスナさんを連れていってあげてください。私は一人で大丈夫ですから」

 

 ウシオはそれに同意し、鳥を空へと放った。そして、近くにある木にマーキングをしておいた。念のためだ。

 

「そう言えばイタチ、この前シスイと任務をこなしたそうじゃないか」

 

「ええ、まぁ・・・」

 

 影分身がマーキングをし終える間、ウシオはイタチと話すことにした。イタチはどこか歯切れが悪い。

 

「いや、任務形式の演習だったか?まぁ、どっちでもいいか。里の上層部も、8才にして写輪眼を開眼したその実力を把握しておきたいってところか」

 

「・・・・・・」

 

 イタチは無言だ。ウシオはイタチの表情を確認しながら会話を続けた。

 

「でもまぁ、なんなんだろうなぁ」

 

「え?」

 

「昔、シスイに聞いたことがある。写輪眼の開眼条件。確か、精神的なショックが特殊なチャクラを生み出して、うちは一族はそれが眼に表れる。多分あれだろ?お前が開眼したのは・・・」

 

「・・・・・・」

 

 イタチは表情を曇らせた。元班員の出雲テンマの死が、イタチに写輪眼を発現させた鍵なのだ。あれほど渇望していた力が、そのような方法で生まれてしまったのであれば、イタチにとっても複雑だろう。

 

「気にすんな、なんて言えないけどな。俺たちは、これから先の未来の人たちが、そんな思いをしないために日々戦ってる。今この状況だって、いつ戦争が起きたっておかしくない。尾獣っていう兵器を各里が所有してるんだ。いわば、冷戦状態。平和ってのは、それに怯えながら生きていくことなのかね・・・」

 

「その兵器の一つが、アンタの弟なんだけどね」

 

 アスナがボソッと呟く。ウシオはその一言に、ぴくりと反応した。

 

「どういう意味だ、アスナ」

 

「どうもこうも、そのままの意味だよ。アンタの弟は戦争のための道具として存在してる。でなけりゃ、里にあんな被害をもたらした獣畜生、とっくの昔に殺されてるよ。知ってる?アンタの弟を殺したい大人は山ほど・・・?!」

 

 アスナの首筋に、一本のクナイが突き立てられた。誰よりも速く、上忍のサクヤでさえ追うことができなかった。アスナは自分の置かれた状況を、すぐに理解できなかったが、首筋に冷たいなにかが当たっていることに気付き合点がいった。

 

「貴様、それ以上言ってみろ。お前を、殺すぞ」

 

「やめなさい、ウシオくん」

 

 体から赤い雷遁のチャクラを漏らしながら、殺気を溢す。それをサクヤは冷静にウシオの肩に手を置き、止めた。

 

「・・・クソッ」

 

 そう言ったあと、クナイを腰元へとしまった。アスナは冷や汗を流しながら、小さく息を吐いた。

 

「アスナさんも、不謹慎です。貴方の才能は認めます。けれど、忍に必要なのは才能ではなく、仲間を思いやる心です。下忍になって学ぶことは、忍術や戦術よりもチームワーク。以後気を付けなさい」

 

 普段のサクヤからは発さない空気を発し、アスナの目を見据えながら言った。

 

「すみ、ませんでした」

 

 アスナは小さく口を開いた。しかし、サクヤの表情は変わらない。

 

「謝る相手が違います」

 

 サクヤにまた言われたことに腹をたてたのか、アスナは歯をギリっと噛み締めた。そして、大声で捲し立てる。

 

「っせえな!あんたはアタシの母親じゃない!アタシに構うな!」

 

 アスナは言いながら入り口の穴へと走った。

 

「おまっ、待て!!」

 

 ウシオの制止も遅く、アスナはすでに入り口に入っていってしまった。

 

「追わないと!」

 

「ええ」

 

 イタチとサクヤが示し合わせ、その入り口へと急いだ。しかし。

 

「止まれ」

 

 ウシオたち三人は、穴の直前で停止した。それは、穴からその先にあるであろう里の忍が、捕縛されたアスナとともに現れたからであった。

 

「ようこそ、木ノ葉の忍諸君」

 

 すでに数人の忍に囲まれていた。

 

********************

 

「さて、密書を返してもらいましょうか」

 

 案の定、岩山の中心にある空間に、忍里のようなものが形成されていた。ウシオたち四人は、その里の、木ノ葉でいう火影室のような場所に縄で縛られながら座らされていた。

 

「密書は、すでに木ノ葉へ送った。残念ながら」

 

 ウシオが呟く。しかし、その里の長であろう人物は、不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「そうですか。ならば、しょうがありませんね」

 

「なんだ、あっけないな。お前たちの目的は果たせないんだぞ」

 

「ええ、そうですね」

 

 そう言いながら、長は自分が座っていた席から立ち上がった。

 

「これでも、目的は達成出来ています」

 

 ウシオは怪訝そうな瞳を向ける。長は外を眺めながら呟いた。

 

「我々の里は多くの国、里なら流れ着いた抜け忍によって形成されています。その多くが、戦いを望むような荒くれ者たちです。・・・手っ取り早く金を産み出す方法をご存知ですか?」

 

「・・・」

 

 ウシオは無言のままだ。他も同じ。それは、誰もがその意味を理解しているからだ。

 

「戦争です。国と国が争うためには、兵力がいる。その兵力を養うには多くの食べ物などの資源が。資源は忍ではない者が産み出す。兵を雇うために国は里に金を払う。その金は里の忍に行き渡り、その忍はそれを使う。まさに戦争経済。戦争という名のビジネスは、まさに世界を発展させるにはとっておきの方法なのです」

 

「あなた方は、戦争を起こそうというのですか?」

 

 サクヤがとうとう口を開いた。長はニヤリと笑った。

 

「Exactly!あの密書は、里の金の動きについて記されたものです。少し前に起きた、雪の国事件に関する」

 

「オチバ隊長の・・・」

 

 ウシオは瞳を曇らせた。彼が生きている中で、恐らく彼の人生観というものを変えた事件のひとつだからだ。それが、悪い意味であることは、言わずもがな。

 

「不審な金の動きを記した書物。大きな里は大変ですね。汚点を残しておかなければならないとは。どの里でも、汚点が流出するのは避けたい。貴方たちは、まんまとそれに釣られたわけですよ。それに、貴方たちが追ってきたであろう忍も私の指示です。何もせず、里へと帰れ、と」

 

 流出してしまったのは仕方がないとして、なぜ盗まれた。俺は別行動をしていたから密書の中身は知らなかったが、あの事件のことだとは、思いもよらなかった。一つの国の崩壊に関わった証拠だ。厳重な警備のもと保管されていたはず。まさか、スパイ?いや、それは・・・。

 

 長の席の隣には、ウシオが先ほどマーキングした忍が立っている。先ほどとはうってかわって、できる人間の顔立ちだ。

 

「何から何まで、そっちの思うつぼだったってわけか」

 

 ウシオは苦虫を噛むような顔をして俯いた。サクヤは長を睨み付けながら口を開いた。

 

「それで、我々をどうするつもりですか?」

 

「一つ目の目論みは失敗しました。であれば、次です。まずはあなた方には死んでもらいます」

 

 長は外に向けていた目を縛られている四人へと向けた。そしてまた口を開いた。

 

「そしてそれを多くの国へと公表します。・・・砂隠れによる仕業としてね」

 

「そんなことしたら・・・」

 

「そう。少し前に同盟を結んだばかりの里同士が争いはじめたとなれば、結ぶ前よりも大きくなるのは確実です。裏切りはとてもいいスパイスとなりますから。お話はこれくらいにしましょう。元砂隠れの忍と、これから打ち合わせがありますから。・・・ミクモ、彼らを牢へと連れていきなさい」

 

「はっ!」

 

 先ほどウシオがマーキングした忍が、その場にいた他三人の忍に目で合図し、ウシオたちを立たせた。そして、四人を引き連れて、その部屋から後にした。

 

********************

 

「させない。戦争なんて、起こさせない」

 

 四人は、別々の牢へと入れられた。ウシオは、隣の牢のイタチの呟きを耳にした。

 

「イタチ?」

 

 ウシオは縛られたまま、イタチに声をかけた。

 

「ウシオさん。俺は、戦争なんて起こさせない」

 

「分かってる。俺だってそうだ。もう二度と、あんなこと・・・」

 

「だったらどうすんのよ。このままじゃ、本当にそうなるわよ」

 

 その会話に、アスナが口を挟む。

 

「元はと言えばお前が!」

 

「うるさいぞお前たち!」

 

 監視を任された先ほどのミクモと呼ばれた忍が、一喝した。ウシオはそんなミクモを、睨み付ける。

 

「なんだその目は。そんな目をしても状況は変わらない」

 

「そうか?」

 

 その瞬間、ミクモの目の前からウシオが縄だけを残して、かき消えた。

 

「!?」

 

「そんなもん俺が変えてやる」

 

「うぐぁっっ・・・!?」

 

 ウシオは、先ほど施したマーキングを使い、ミクモの背後をとったのである。そしてそのまま、クナイで頸動脈を切り裂いた。

 

「・・・すまない」

 

 ミクモは多くの血を流し、そのまま絶命した。

 

「施したマーキングが、役に立った」

 

 ウシオは、ミクモが持っていた鍵を使って、それぞれの牢を開いていった。そして、一人ずつ縄を切る。

 

「さすがウシオくんですね」

 

「たまたまだよ。それに、サクヤさんこそ代案があったんだろ?」

 

「多少手荒でしたが、ありました。しかし、これが今のところ最善です」

 

 サクヤは縛られていた場所をさすりながら答えた。

 

「どうしますか、隊長」

 

 イタチはサクヤに問う。サクヤは険しい顔をしながら言った。

 

「そうですね。とにかく、ここから出ましょう。見張りは恐らく交代制。この状況も、すぐに感づかれる」

 

 イタチとアスナは頷いた。しかしウシオだけが、そうしない。

 

「どうしましたか?ウシオくん」

 

「・・・」

 

 ウシオは無言でいたが、少しして口を開いた。

 

「皆殺しか?」

 

 ウシオの表情が歪む。サクヤは顔を少し伏せながら、ゆっくり頷いた。

 

「他里から寄り集められた荒くれもので、あの男の考えに同調しているならば、この里は危険思想そのものです。生かしておけば、次に起こらないとは言い切れません」

 

 それを聞いたウシオは少し目を瞑った。そして、考えが固まったのか、ゆっくりと瞼をあげる。

 

「先ほど送った影分身が、この里の中を教えてくれた。それほど大きくない。しかし、至るところに忍がいる。ほとんど全てが忍だ。全てを処理するには相当の労力がいる。そこでだ・・・」

 

 外されていた医療パックを取り戻し、中から兵糧丸を手に取り口に放り込んだ。少しでもチャクラを回復するためだ。

 

「俺がこの里を埋める。土遁を使って」

 

「・・・漏れもあるでしょうが、ほとんど害せるでしょう。分かりました」

 

 サクヤは少し陰りのある表情で了承した。

 

「サクヤさん以外の二人は里の外のマーキングまで飛ばす。サクヤさんは自力で。そのあと五分後に決行する。外にいる三人には、逃げてくる忍をやってくれ。それから・・・」

 

「ウシオさん」

 

 話しているウシオをイタチが口を挟んで止めた。

 

「なんだ」

 

「ここにいるのは、ほとんど忍なのでしょうが、それ以外はどうするのですか?」

 

「・・・」

 

 ウシオは押し黙った。

 

「全て殺す。ここにいるのは、危険思想を持った者たちだけだ」

 

「そう、ですか。わかりました」

 

「じゃあ、作戦開始だ」

 

 ウシオは五人ほどの影分身を作り出した。

 

********************

 

「もうすぐ五分ですね」

 

「ええ・・・」

 

 ウシオがマーキングした里の外の木の側には、イタチとアスナが立っている。二人とも、手にはクナイを持ち、既に戦闘体勢だ。

 

「遅れました」

 

 イタチが呟いたすぐあとに、サクヤが瞬身の術で現れた。

 

「ウシオくんは?」

 

「既に位置に着いているでしょう。岩山の頂上。開いた穴の縁に立っているはずです」

 

 そう言って、イタチは上を見た。当然のことながら、ウシオの姿は見えない。

 

「ウシオくん・・・」

 

 サクヤは小さく呟いた。

 

********************

 

「みんなのためだ・・・。仕方がない」

 

 縁に立ちながら、ウシオは自分に言い聞かせていた。

 

 仕方がない。仕方がない。そう。仕方がないのだ。誰かを守るというのは、誰かを守らないということ。どこがでそんなことを聞かされた気がする。この世界だったか、それとも前の。

 

 これまでの任務で、あまり人を殺すことはなかった。下忍はそんなことは任されない。それでも任されるというのは、俺たちの班が期待されているということだろう。喜ぶべきか、喜ばざるべきか。俺は、後者だと感じる。

 

 それでも進まなければならない。俺は、スーパーヒーローじゃない。忍者。アサシン。暗殺者。闇よりいでし、影なるもの。多くを求めることはできない。俺が救えるのは、俺が救いたいと願う人たちだけだ。しかし。

 

「こたえる、なぁ・・・」

 

 等間隔で配置した影分身と目配せし、同時に印を組んだ。そして。

 

「土遁・岩宿崩し」

 

 地面の岩にチャクラを流し、岩石配列を崩す。すると、里の壁がみるみる内に崩れていった。自分がいたところも崩れるため、足場を確認しながら状況を観察する。

 

 キャー!!

 

 なんだ?!どうした!?

 

 お母さん!どこ!?

 

 里中から多くの声が響いた。女子供。そして老人もいる。それが全て死に至る。岩山は高い壁かつ、崩れている。登ることは不可能だ。そして、カモフラージュのため出入口は一つしかないようで、全ての人間は逃れられない。それでも、落ちてくる岩の上を飛びながら登る忍はいた。

 

「・・・」

 

 ウシオは冷静にその一人一人にクナイを投げる。その対処をしている間に、忍は下へと落ちていく。

 

「すまない。すまない。すまない」

 

 ウシオは幼少期から変わらず、いい人間だ。これは外から見られたときの印象だが、概ね全ての人間がそう思っているだろう。義理人情に熱い、優秀な忍。しかし、彼自身はそう思ってはいない。彼自身が変わり始めていると理解しているからだ。人の生き死にに関わりすぎたせいか、前の世界での常識はとうの昔に崩れ去った。今なお、考え方は変わっている。肉体年齢は12歳の少年だが、精神的には前の世界から合わせると25歳くらいの青年である。精神的な面で成熟しているといえば、そういえるだろう。

 

 耳は塞がない。塞いではならない。自分が起因とした殺戮は、殺戮による音は聞かなければならない。

 

「これはやられましたね。よもやあなたが閃光と同じ術を使うとは」

 

 不意に背後から声を投げ掛けられた。足場が崩れているので、瞬時に反応しようとして体勢を崩した。その声の主はそれを見逃さず、クナイを投げつけた。

 

「くっ!!」

 

 ウシオは体勢を崩しながらも、そのクナイを自分のクナイで弾き飛ばす。そしてそのまま後方へと飛び、適当な距離を取る。

 

「さすがは、と言ったところでしょうか。しかし、舐めない方がよろしいですよ?我が里の忍は、実力派揃いですから」

 

「その言葉をそのままあんたに返す。あんたこそ、舐めない方がいい。俺の仲間は、天才揃いだ」

 

「ほほう」

 

 会話をしている間にも、岩山は崩れる続けている。里の長たる所以か、崩れ去る岩山を冷静に対処し、汗一つかいていない。

 

「少し、話をしましょうか」

 

「冥土の土産にか?」

 

 里の長は気持ちの悪い笑いを向け、口を開いた。

 

「あなたにとって、平和とはなんですか?」

 

「平和・・・」

 

「私にとっての平和とは、この岩山のようなものです。少しの綻びで崩れてしまうような、儚いもの。だからこそ、人は求め、争い合う」

 

「言いたいことはわかる。だが、お前はこの平和を壊そうとしている!忍を焚き付け、争わせ、甘い汁でも啜ろうというのか!」

 

「甘美なものには引かれますが、そんなちゃちなものに興味はありません。偽りの平和なぞ、あってないようなものです。それに、平和の根底には必ず争いがある。光には影があるように。二つは一つでワンセットですから」

 

 ウシオはクナイを投げつける。長はそれを冷静に対処する。

 

「それならいつまでたっても終わらないってことじゃねーか!」

 

「終わりなんてありませんよ!人が人である限り、永遠に争いはなくならない!!風遁・大突破!」

 

 上級忍術を放つ里の長。ウシオは、崩れていく足場から足を踏み外し、瓦礫の上まで落ちてしまった。

 

「くっ!」

 

 血を拭いながら、辺りを見回す。里は全て埋められたが、里の壁はいまだに存在していた。恐らく、術の精度が低かったのだろう。岩壁の配列を崩しきれなかった。

 

「貴方が生み出した犠牲の上に、貴方が立っているのが、わかりますか?」

 

 すぐ、背後に長が瞬身していた。ウシオは急いで距離を取る。

 

「分かっている。それでも、俺は、進まなければ!」

 

「こんな言葉を知っていますか?・・・やったら、やり返される」

 

「?」

 

 いきなり告げられた言葉に疑問の顔を浮かべたウシオだが、その表情は背後からの衝撃によって、すぐに歪んだ。

 

「なん・・・」

 

 痛みに堪えながら首だけでゆっくりと振り向くと、年端もいかない子どもが額当てを片手に持ち、片方の手に持っているチャクラ刀でウシオの脇腹を突き刺していたのだ。

 

 あの岩から逃れたのか。これは、奇跡だ。  

 

 しかしその子どもも、すでに息も絶え絶えだった。身体中傷だらけで、今にも倒れそうだ。

 

「父上の、敵、だ!」

 

「貴方の平和のために失われた命が、残した復讐の塊です。痛いでしょう?痛いでしょう!これが、戦争です!」

 

 分かっていたつもりだったが、これは、痛い、な。

 

 先ほどまでで失われたチャクラも相まってか、ウシオの意識は朦朧としていた。刀を持った子どもは、気を失い、刀から手を離した。ウシオは片ひざをつく。それでも、里の長をにらみ続けていた。

 

「ここで貴方を殺すことも可能ですが、いえ、それはやめておきましょう。貴方は、とても面白い。実に滑稽だ。そのままでは、いつか壊れてしまう。私のように・・・」

 

 長はウシオの隣まで歩いていき、そう口にした。そして、ウシオの背後にいる子どもを抱えて立ち去ろうとしていた。

 

「待、て。お前は・・・ウグッ・・・!!」

 

 口から血を吐くウシオ。長は汚いものを見るかのような目でウシオを見ていた。そしてそのまま口を開いた。

 

「私はアラシ。突風のアラシ。いずれまた合間見えるでしょう。貴方が忍を続けているなら。その偽りの正義を信じ続けているなら」

 

 ウシオは脇腹を押さえながら、片方の手でアラシたちが行こうとしている先を掴もうとしていた。しかし、そこでウシオの意識は、深い闇へと落ちていった。

 

********************

 

「ウシオさん・・・」

 

 イタチは、木ノ葉にある病院の一室のパイプ椅子に座って、横たわるウシオを見ていた。

 

 岩壁が崩れ終わった後、どれだけ待ってもやってこないウシオを探しにいった三人は、前よりは浅くなった穴の中で血を流しながら倒れているウシオを発見した。

 

 アスナが応急処置を行い、すぐに木ノ葉へ戻り今に至る。あの場所から木ノ葉までは相当離れていたが、サクヤがウシオを抱えて全速力で走った。

 

「・・・」

 

 普段は気の強いアスナも、今回ばかりはしおらしかった。あれほど簡単に捕まったのは、アスナが原因なのは、自分でも気付いているからだった。

 

 俺がいながら・・・。

 

 イタチはテンマの事件の時以来、このようなことがないように強くなろうとしていた。テンマのお陰で手にいれた写輪眼だ。そんな言い方はしたくないが、無駄にはできない。

 

 その時、病室のドアがガラリと開いた。開いた先には、少しだけ気落ちしているように見えるサクヤが立っていたのである。

 

「具合はどうですか?」

 

「まだ目を覚ましません」

 

 サクヤは後ろの壁にもたれ掛かっているアスナの前を通りすぎて、ウシオが眠っているベッドの側までやって来て、動かない左手に触れた。

 

「傷自体はそれほど酷くないらしいです。お医者様が言うには、精神的な問題かと・・・」

 

 そう言うと、そのままその左手を強く握った。

 

「精神的?」

 

 イタチは明らかに怪訝そうな目を向けた。あのときな何があったのか。イタチたちにはわかりっこない。

 

「眠りから覚めることができないのか、それとも覚めることをしたくないのか。幻術の類いをかけられた形跡もありませんから、恐らく後者でしょう。ウシオくんならきっと、幻術を自ら解く方法くらい知っているでしょうから」

 

 そしてそのまま、サクヤは側に立て掛けてあるパイプ椅子を開いて座り、目を瞑って話し始めた。

 

「結果的に、あの里は壊滅しました。里と呼べるか定かではありませんが、任務は達成。しかし、里長の死体は出てきていません。ウシオくんに少なからず外傷があったようなので、恐らく逃げていったのでしょう。側にチャクラ刀も落ちていたので」

 

「では・・・」

 

 瞑っていた目を開きイタチの言葉に答えるように続ける。

 

「恐らくあの男が元凶。あの里を束ねていた。あの男が生きているとなると、また同じことをしないとも限らない。三代目から直々に仰せつかったのですが、この任務は無期限延長。進展があれば、すぐに私たちに連絡が来るそうです」

 

 イタチはサクヤから見えない位置で、拳を握り締めた。

 

「隊長は、これから・・・」

 

「私はまだここにいます。ご両親が心配するでしょうから、貴方たちはそろそろ帰りなさい」

 

 イタチがどうするんですか、と言いかけたところでサクヤが挟むように口を開いた。

 

 聞きたいことはそれではなかったのだが、半ば納得させられて、イタチはパイプ椅子を立った。そのまま、アスナがいる辺りで止まり、口を開く。

 

「帰りましょう」

 

 それだけ告げ、イタチは扉を開き、外へと出た。アスナはすぐには出てこなかったので、そのまま病院の外まで出た。

 

「寒い、な」

 

 もうすぐ春だと言うのに、外はまだまだ寒かった。木々や草花は新芽が芽吹こうとしているが、季節はそうさせまいと必死なように感じた。

 

「兄さん!」 

 

 病院の門のあたりから、声をかけられた。弟のサスケだ。その隣には、買い物袋を手からさげた母さんがいた。

 

「サスケ・・・」

 

 イタチは自分が自然と微笑んでいることに気が付いた。最近は嫌なことばかり続き、暗い表情でいることが多かったが、サスケといるときはそんな表情はしなかった。

 

 イタチはゆっくりと二人に近づいていくと、サスケがイタチの方へと駆け寄ってきた。そしてそのまま、イタチのお腹の辺りに抱きついた。イタチは一瞬驚いたが、下にある頭を眺めて、優しく撫でた。

 

「ウシオくんは、大丈夫?」

 

「目は覚まさないけど、身体的には問題ないって・・・」

 

「そう・・・」

 

 母は、ウシオの母と友人だったと言う。そのせいか、ウシオのことは幼い頃から知っており、自分の子どものように接していた。

 

「兄さん!これから修行に付き合ってよ!」

 

 サスケが無邪気な表情をイタチへと向ける。このように、落ち込んでいる暇なんて与えられるはずもなかった。

 

「ダメでしょ、サスケ。これからご飯なんだから」

 

「えー・・・」

 

 気を落とすサスケ。それを見たイタチは母に向かって言った。

 

「夕飯までの間だけ。すぐに帰ってくるから、いいでしょう?母さん」

 

「・・・仕方がないわね」

 

 イタチはサスケの手を取り、うちはの居住区へと歩きだした。

 

 その時、三人の横を小さな影が通りすぎていった。イタチはそれを目で追った。見れば、あのうずまきナルトだった。黄色い髪の毛で、九尾を身に宿す子ども。そして、ウシオの弟でもある。もうすぐ面会時間は終わるのに、どうやらウシオのところへと向かっていったようだった。

 

「兄さん?」

 

 目で追っていたイタチを心配したのか、サスケが少しだけ小さなトーンで声をかけた。

 

「大丈夫だ、サスケ。・・・行こう」

 

 ウシオさんなら、きっと大丈夫。

 

 半ば願いのようなことを考え、ゆっくりと歩きだした。

 

********************

 

「帰りましょう」

 

 アスナはイタチにそう告げられても、その場からは離れようとしなかった。壁にもたれ掛かり、腕を組んだままだ。

 

 アタシのせいだ。

 

 アスナはずっとそう考えていた。トラブル原因になるのは始めてではない。父上と兄の喧嘩の原因も、アスナだったからだ。そのせいで兄は、家を出ていった。

 

「大丈夫ですか、アスナさん」

 

 サクヤから声をかけられ、ハッと我に帰った。

 

「・・・」

 

 アスナは何も言わずに、コクンと頷いた。

 

「きっとあのときのことは、避けられなかったんです」

 

 そう言ったサクヤを、アスナは目を見開きぎみに眺めた。自分の思っていたことを当てられたのだ。動揺しながらも、大人はすごいと感じていた。それと同時に、同情されたことへの感謝と反骨心が一度にやってきて、心がぐちゃぐちゃになった。

 

「アタシ、が、子どもみたい、なことを、しな、ければ!ウシオは、きっと今も笑って・・・」

 

 アスナは自分でもおかしなしゃべり方になっていることに気付いていた。しかし、気を付けていても直すことはできなかった。

 

「向こうの人たちは、私たちに気付いていました。気配を遮断して、潜んでいたのでしょう。それに気付けなかった私にも責任はあります」

 

「で、でも!アタシが出ていかなければ!」

 

「遅かれ早かれ捕らえられていたことは確かです。それに、捕らえられたとしてもすぐに脱出したでしょう?問題は、ウシオくんに全てを任せた私にあります。ウシオくんは優秀な忍です。それに甘えていた自分もいた。皆さんはまだ、子どもなのに・・・。だから、責任を感じることはしないでください。命あっての物種と言いますから、生きていることに感謝をしましょう。だから、泣かないで・・・」

 

「え・・・」

 

 アスナは自分のほほを撫でた。すると、生暖かい水滴が指に付着した。すると、関をきったかのように涙が流れ出て、拭いても拭いてもそれは止まらなかった。

 

 アスナは幼い頃から病にかかりやすく、他人と接触することが少なかった。しかし、持ち前の才能でアカデミーの卒業試験に合格したのである。コミュニケーション能力の不足ゆえ、アカデミーでもクラスに馴染めなかった。それは今もそうで、優しい言葉をかけられても、強い口調ではね除けてしまうのであった。

 

 彼女のプライドからなのか。それゆえ勘違いされやすいが、彼女は基本的に優しい人間であった。

 

 その時、閉じられていた病室の扉が勢いよく開かれた。涙でぐちゃぐちゃになった顔をその方向へと向けたアスナは、知っている顔を見つけた。うずまきナルトだ。

 

「お、おお?どうしたんだってばよ、姉ちゃん」

 

 ナルトはゆっくりとアスナに近づいていき顔を覗きこもうとするが、アスナはすぐに顔を背け、止まらない涙を止めようとしていた。

 

「あ、兄ちゃん!!」

 

 そんなアスナを不思議そうに眺めていたナルトは、自分の目的を思い出し、ウシオの眠っているベッドへと駆け寄った。サクヤの隣で、心配そうにウシオを眺めるナルト。そんなナルトは、顔を向けずにサクヤに問いかけた。

 

「兄ちゃん、大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ですよ、ナルトくん。きっと目を覚まします」

 

「そっかぁ、よかった」

 

 そう安堵の表情を浮かべると、イタチが座っていたパイプ椅子へと腰かけた。足をふらふらさせながら、そのままウシオを眺めている。

 

「アタシ、帰ります」

 

 アスナはボソッと呟いた。先ほどよりかは、収まった涙を拭きながら、部屋を後にしようとして扉に手をかけた。そしてそのまま扉を開こうとしたときに、ナルトがくるりとアスナの方を向いた。そしてそのまま、アスナに声をかける。

 

「姉ちゃん!」

 

 アスナは、答えない。扉を開かないところを見ると、背中でそれに答えているのだろう。涙に濡れた顔を見られたくないのは見え見えだった。

 

「兄ちゃんのために泣いてくれて、ありがとう!」

 

 アスナの心臓が、どくんと高鳴った。それを聞いてすぐ、逃げるようにその部屋を後にした。

 

 違う!違う!アタシは、アタシは!!

 

 アタシは、ウシオのために涙を流しているものだと思っていた。しかし、それは違った。アタシは、責任を感じている自分を哀れんで、自分に対して涙を流しているんだ。アイツの弟の言葉を聞いて、感謝の言葉をかけられて、酷く心を揺さぶられた。アタシが、アイツの弟の悪口を言ったからこんな事態になったとも言える。そんな弟のナルトに、笑いながら感謝された。

 

 病院の廊下を全速力で駆ける。途中誰かに注意されたかもしれないけど、そんなことどうでもよかった。一刻も早く、ここから逃げ出したかった。

 

 そして、病院の門を抜けた辺りで、ゆっくりと足を止めていった。ハアハアと息を切らし、顔の汗だか涙だか分からない水滴を、拭った。

 

 アタシは・・・。

 

「最低だ・・・」

 

 アスナさ、病院を背にゆっくりと歩きだした。

 

********************

 

「・・・ん」

 

 ウシオは目を覚ました。

 

「ここは・・・」

 

 辺りは暗い。手で探ってみるが、当たるものは何もない。それどころか、ここはどこでもないような気がした。言うなれば、闇だ。真っ暗で、たどり着く先のない、永遠。

 

「夢か、幻術か・・・」

 

 左手でほほをつねってみる。

 

「痛く・・・ないか。夢?夢とわかる夢ってどうなんだ?」

 

 痛みはなく、感覚はふわふわしていた。しかし、ウシオはデジャブを感じていた。どこかで感じたことのある感覚だったのだ。

 

「一体、どこだ?」

 

 どうしようもないので、その場に座って考えようとしていた。しかし、それは儘ならなくなった。

 

「・・・?!」

 

 目の前の暗闇が晴れ、別の空間が広がったからであった。

 

「これは・・・」

 

 見たことある。だけど、見たことない。正確には、この体は見たことない。この景色は、前の世界のものだ。まだ幼い頃、両親の友人の家へ預けられたときの景色。

 

「・・・」

 

 なぜ、というような疑問は言わないことにした。言ってもしょうがないからだ。どうせ夢なら。

 

 ふとその景色のすみを見ると、幼い頃の転生前のウシオが体育座りしていた。

 

「懐かしいな」

 

 両親の友人は、お世辞にも良い育て親とは言えなかった。むしろ、というところだろう。物理的な害はなかったが、精神的なものを与えられていた。頼る相手がいなかったウシオにとって、物理的なものより、些か辛いものであった。

 

 今から考えると、あの家族が俺を引き取ったのは、友人だからということだけではなかったのだろうと思う。時々見に来てた児童家庭局の連中の前では、良い顔をしていたから。恐らく、国から与えられる支援金が目当てだったのだろう。

 

 当時は気付かない振りをしていたが、嫌でもあのときのことは、頭の片隅に残っている。だから、あのときの畳間で体育座りをして、うつむいていたときのことは、忘れられない。畳の繊維の数を数えながら、時間が過ぎるのを待っていた。

 

 だからこそ、高校へは行かずに働きに出た。あのときよりは良い暮らしが出来ると思っていたが、寧ろ腐っていった。ただ金を稼ぐだけの毎日。自分はこの世界に必要なのか、と日々自問していた。

 

 故に命を張って、あの子どもを救った。我ながら、バカな考えだったように思う。だが、不思議と後悔はなかった。

 

「どうして、こんな夢を・・・なんだ?」

 

 広がった風景に、少しだけ違和感を覚えた。確かにあのときの畳間だが、違う気もする。随分前の記憶だから、忘れているだけかもしれないが。

 

 そんなことを考えていると、襖がゆっくりと開いた。そこに立っているのは、恐らくこの家の主人か、母親だ。この家の子どもとは、あまり親しくしていなかったからだ。だからと言って、その両親と親しくしていたとは言えないが。

 

 しかし、その予想は外れていた。

 

 ウシオは目を疑った。そこに立っていたのは、立っているはずのない人物だったからだ。

 

「嘘だろ・・・そんなはずは」

 

 そこには、死んでいるはずの父親(・・・・・・・・・・)がいたのである。幼い俺は、その人物を見や否や、小さい体で足に飛び付いた。そしてワンワン泣いている。

 

「待てよ、待てよ待てよ待てよ!どういうことだ!これは・・・」

 

 その瞬間、ゆっくりとその景色に光が射し込み、ウシオの瞳を刺激した。

 

 そして、そのまま、ウシオの意識は事切れた。

 




 どうも皆さん。zaregotoです。

 今回も新キャラクターとして、猿飛アスナが登場しました。

 アスナはカズラたちと同い年ですが、体を壊してその年の班編成には関われなかった設定にしております。そして、アスマの妹という設定で、彼女を原因としてアスマが家出をしたということにしております。三代目夫婦としては、結構な高齢出産ですが、目を瞑って頂けると幸いです。

 額当てに羽のマークをあしらった忍の里ですが、恐らく、あのような里は多く存在していのではないかと思います。認知されていない里、もしくは集落があるのではないかと。戦争が終わったからといって、ピタッと争いがなくなるとは思えませんから。

 主人公が転生している必要はない。というような感想を述べられる方な多く見受けられます。転生してるなら、四代目が死ぬことくらい分かるだろう?のような類いの感想です。

 はじめの方で言ったと思うのですが、主人公はナルトという作品のことは知っていますが、真剣に読んだことはありません。転生前の世界ではほとんどの娯楽を嗜んだことはなく、寧ろそれら全てを必要のないものであると考えていたからです。たまたま中学卒業後に働いていた工場の休憩室にナルトが置いてあっただけで、もしなかったら全く知らなかったのです。・・・という設定です。いわば、にわかにもなりきれない読者、といったところでしょうか?

 この物語はあくまでも、不運な主人公が転生してもう一度人生をやり直す物語です。主人公は家族や友人との出会いと別れを経験し、人間らしさを身につけていきます。原作の改変はおこなうかもしれませんが、決して故意におこなう訳ではなく、話の流れ上そうなってしまうのだと思います。

 ですので、歯がゆい思いをされる方がこれからも増えていくと思いますが、その歯がゆさを楽しんでいただければ幸いです。

 長くなりましたが、ここであとがきは終了です。これからも転生伝をよろしくお願いします。また、読者の皆様にはこれからも、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしたいと思っております。


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休息

「ん・・・」

 

 意識が覚醒する。瞼をゆっくりと開き、入り込んでくる光の衝撃を和らげた。

 

 眼球運動だけで、辺りを見回した。真っ白な空間。お馴染みの病室。そのベッドの上。

 

「起きたのね!?」

 

 左手の方から聞き慣れた声がした。ゆっくりと首を動かすとそこには、本を片手に持ちながら嬉しそうな顔で、こちらを眺めているアスナの姿があった。

 

「おはよ、う」

 

「今、お医者様を呼んでくる!」

 

 ウシオの声を確認すると、アスナはそう言って病室から駆け出そうとした。ウシオはそんなアスナを呼び止めた。

 

「アスナ、待ってくれ」

 

 アスナは足を止める。そして、ウシオの言葉を待った。

 

「俺は、どのくらい眠っていたんだ?」

 

 アスナは呆れたような顔で、ウシオの問いに答えた。

 

「凡そ3日間。どこも悪くないのにずっと眠りこけてたわよ」

 

 3日。長いのか短いのか。どこも悪くないんなら、長いんだろう。

 

「とりあえず!呼んでくるから!」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 少し嬉しそうなアスナは、一目散に病室から出ていった。

 

 ウシオは体をおこして、窓から外を眺める。風がビュービュー吹いていて、見るからに寒そうだった。

 

「何が、あったんだ?」

 

 俺は、自分が倒れた経緯を覚えていなかった。あの男、アラシと名乗る男と対峙して、それから。

 

「うっ・・・・・・」

 

 その先を思い出そうとすると、急な頭痛に襲われた。

 

「はぁー」

 

 ウシオは諦めたかのようにベッドへと倒れた。

 

 白い天井。何度目だろう。

 

--------------------

 

「・・・というわけだ。つまり、まったく覚えてない」

 

 病室のベッドの上に座っているウシオと対峙しているのは、サクヤ。ウシオたち班の隊長である。

 

「そうですか・・・。ともあれ、安心しました。中々目が醒めなかったので」

 

「それは、本当にご迷惑をおかけしまして」

 

「そうだぞ、兄ちゃん!日頃のしゅぎょーがなってないからだってばよ。俺ってば兄ちゃんがいない間に、うんとしゅぎょーして強くなったからな!」

 

 何故かサクヤの膝の上に座っているナルトだった。サクヤもまんざらでもないようで、ニコニコ顔でナルトを上から眺めている。

 

「そーかそーか。だが俺に勝つのはまだまだ先だぞ、ナルト」

 

 そう言って、ウシオはナルトの頭を乱暴に撫でた。

 

「にしし」

 

「ナルトくんは本当にお兄さんが好きなのね」

 

 サクヤがナルトに言った。ナルトは、首だけをサクヤの方に少しだけ向けて、口を開く。

 

「なんたって、俺の兄ちゃんだからな!」

 

「それ、答えになってないぞ・・・」

 

「・・・ナルトくん、喉渇かない?下の売店で好きなもの買ってきていいから、少し行ってきてくれないかな?」

 

 急にサクヤが財布を差し出しながら、ナルトにそう言った。ナルトは疑う様子もなく、目を輝かせて言った。

 

「なんでもいいのか?!」

 

「ええ」

 

「・・・」

 

 ナルトはその表情を徐々に変化させながら、ウシオの方を伺った。どうやら、許可をもらいたいらしい。

 

「はぁ。いいぞ、行ってこい」

 

「やった!」

 

 ナルトはサクヤの膝からピョンと飛び降り、トコトコと下の階にある売店へと向かった。

 

「申し訳ない」

 

「いいんです。私、兄弟がいるのって、少し憧れだったんです。お体の具合はどうですか?」

 

「え?!あ、ああ。もう、大分よくなった。それより、いつの間にナルトと仲良くなったんだ?」

 

 憂いを伺わせる表情でそう口にしたサクヤに、少し見とれていたウシオはドギマギしながら、口を開いた。

 

「ここに通うようになってからですよ。いい弟さんじゃないですか」

 

「まぁ、厳しくやってるからな」

 

 ウシオは左にある棚の上から水を取り、喉を潤した。水分はあると言えばあるので、ナルトに買いにいかせたのは、何か理由があるのだろう。

 

「ところで、話があるんじゃないのか?隊長からも」

 

「え?ああ、はい。よく分かりましたね」

 

「だって、そろそろ、あの時期、だろ?」

 

 サクヤはそうウシオから告げられると、ニコリと微笑んだ。

 

「はい。中忍試験です」

 

 中忍昇格試験。複数の忍里と合同で行われるそれは、アカデミー生から下忍へと昇格することとは比べ物にならない。木の葉隠れにおいては、死の森で行われる巻物の争奪戦での死は、不問とされる。表向きでは各里々の交流のため、とされているが、死人が出るような催しだ。それだけの理由ではないだろう。各里々の新人を戦わせ、擬似的な戦争を模している、のだろうと思う。それによって、直接的な里同士のいさかいを回避するのが目的だ。

 

「これで俺も中忍か」

 

「まるで受かったような言い方ですね」

 

「当たり前だ。こんなところで足踏みしてられないだろう」

 

「そうですね、あなたなら大丈夫でしょう。それに、イタチくんはともかく、アスナさんも変わってきましたから」

 

 ウシオは怪訝そうな表情をサクヤに向けた。

 

「そんな顔しないでください。彼女も変わろうとしているんですから」

 

 アスナが変わる、か。変わる必要はないんだけどな。アイツは、あれでいいと思うんだが。

 

「ウシオくん」

 

「ん?」

 

 サクヤがウシオにそう言った。ウシオは不思議そうに、サクヤに顔を向ける。

 

「あなたはどんな忍になりたいのですか?」

 

「───────」

 

 懐かしい感じがした。オチバ先生にも、一度言われたことがある。

 

「すでに下忍から中忍になろうとしているときですが、これまでゆっくり出来ませんでしたから」

 

 俺は・・・。

 

 ウシオは押し黙ってしまった。言うのは簡単だ。オチバ先生に言ったことをまた言えばいい。しかし、それが変わっていれば別だ。

 

 これまで色々なことがあった。いや、この世界ならばすべてあり得る話ばかりだ。しかし、あり得たとしても、残酷で悲惨なことなのは確かだろう。

 

 正直なところ、うんざりしていた。まあそんな感情も、ポジティブな感情の中に少し見え隠れするだけで、たいした問題じゃない。それでも、俺は、少しずつ変わっていた。変わらざるを得なかった。

 

「まだ、火影になることが夢かな。それで大切な人を守る」

 

「まだ、ですか?その心は?」

 

 追及してくるサクヤ。うんざりだ。

 

「特に、意味はないよ。子供の夢なんて、すぐに変わる」

 

「それに気付いてる時点で、すでに子供ではないような」

 

「俺は、子供だよ」

 

「あなたは、他の人たちと何かが違う。何故でしょうね、そう感じるのは」

 

 サクヤは何を言わせたい?どんな答えを期待している?彼女は、一体何者だ?

 

 そう思い始めると、ウシオにはサクヤの笑顔が酷く恐ろしいものに見えてきてしまって仕方がなかった。しかしそれ以上に、魅力を感じていた。ウシオは彼女に惹かれていたのである。

 

「そ、そう言えば、ナルト遅いな」

 

 空気に耐えきれなくなり、話題を変更した。こうでもしないと、サクヤは折れてくれないだろうと思ったからだ。

 

「そうですね。私、見てきます」

 

 サクヤはそう言うと、パイプ椅子から立ち上がり、病室を後にした。

 

 ウシオは頭を抱えた。

 

「何なんだよ今の感情は・・・。見た目はともかくとして、部下と上司だぞ。はぁ・・・」

 

 ウシオは前の世界で、恋をしたことがない、わけではなかった。その辺は人並みにやっていたのだが、実際のところその感情を圧し殺していたのである。一種の憧れのようなものだと自分を納得させ、あくまでも他人を演じていた。

 

「仮に彼女に、好意を抱いていたとして、彼女のことを知らなさすぎる。だめだだめだ。俺には・・・」

 

 ガラガラガラ。

 

 病室の扉が開く音がした。ウシオはサクヤが帰ってきたのだろうと思い、その方向を見ると、思っていたのとは別の人たちが立っていた。

 

「よっ!ウシオ」

 

 一人は松葉杖を両脇に抱え、もう一人はその人物の後ろで見守るように立っていた。

 

「カズラ!アヤメ!」

 

 前の班でともに任務を受けていた薄葉カズラと、霧切アヤメである。

 

「元気そうね、ウシオくん」

 

 二人はゆっくりと近づいて、開いてあったパイプ椅子に腰を掛けた。

 

「二人とも、一体どうしたんだ??」

 

「どうしたって、様子を見に来たに決まってるだろ」

 

「ずっと眠っていたからね。やっと話せるってカズラに言ったら、いてもたってもいられなくなっちゃったみたいで。病み上がりだから、よしなさいって言ったのに」

 

 カズラ・・・。呼び捨て。自然だ。二人は会わない間に、一歩前進していたらしい。

 

「見ろ!ウシオ!」

 

「・・・ちょっ、カズラ!」

 

 カズラは松葉杖を壁に立て掛けてそう言うと、分身の術の印組みをした。

 

「!」

 

 ポンっ、と音をたててカズラの隣にもう一人のカズラが現れる。しかし、そのカズラは酷く不安定で今にも消え入りそうだった。

 

「お前・・・」

 

 カズラの分身体はすぐに消え、カズラはふらついてしまった。それを見逃さなかったアヤメがカズラを支えた。

 

「もう!バカ!何を考えて・・・」

 

「すまんアヤメ。でもどうだウシオ?!俺は一年でここまでやれた。ゆくゆくは任務に復帰できるかもしれないぜ?」

 

 ウシオは固い表情で微笑んだ。

 

 ウシオは知っている。カズラはチャクラを扱えない。お医者様によると、高密度のチャクラに晒されたカズラの体が、チャクラ自体を拒否するようになってしまったらしい。要するに、チャクラを練ることができない。しかし実際のところ、練られないわけではない。練ると、体に激痛が走る。

 

「よせよカズラ。もうやめてくれ」

 

「いつつ・・・。どうしたんだよ、ウシオ」

 

 アヤメに拾ってもらった松葉杖を脇に抱え直し、痛みに耐えながら言った。

 

「この痛みにも慣れてきた。何回かやるごとに、痛みの感覚も薄れてきたしな。動かないって言われてたところも、今じゃほら、こんな感じだ」

 

 カズラは手をブラブラさせながら、言う。

 

「・・・ないでくれ」

 

「あ?なんだ?」

 

「もう無茶だけはしないでくれ。お前は俺の、数少ない友達だ。もう、大切な人が目の前からいなくなるのは嫌なんだよ。だから」

 

「うっせぇうっせぇ」

 

 カズラはゆっくりとウシオに近づいていった。アヤメは瞬時にそれを支えようとするが、カズラはそれを拒んだ。

 

「俺が無茶するのは、毎度のことだろ」

 

「状態が状態だろうが。少しは体のことを考えてだな・・・」

 

「お前に言われたくないぜ。任務から帰ると、毎回病院に運ばれやがって」

 

 ウシオはそう言われて押し黙ってしまった。確かにそうだ。俺は大きな任務から、無傷で帰ってきたことがない。一度もだ。

 

「他人に迷惑をかけるのはいい。だけどな、家族や友達にだけは迷惑をかけるな。かけないように努力しろ」

 

 それは、今までカズラが経験してきたことが起因していた。カズラは、今の状態になって、多くの人に迷惑をかけてきた。父親はもちろん、アヤメもだ。誰も迷惑だなんて言わないだろうが、そういうのは自身がよく理解している。

 

「特にナルトだ。アイツはお前が思っているよりももっと、お前を心配している。だから・・・」

 

 カズラがまだ何かを言おうとしていたが、それは遮られた。それは、急に病室の扉が開いたからである。

 

「はぁ・・・はぁ、はぁ」

 

 家に帰ったはずのアスナが肩で息をしながら、病室に飛び込んできたのだ。どうやら、ここまで走ってきたらしい。

 

「ど、どうしたんだ?アスナ。お前、家に帰ったはずじゃ・・・」

 

 ウシオは困惑した表情でアスナに聞いた。アスナは息を切らしながら、口を開いた。

 

「ナルトが、いなくなった・・・!!」

 

--------------------

 

「うるさい!離せ!」

 

「お前は安静にしてなきゃだめだ!まだ目覚めて間もない!ナルトなら、サクヤ隊長が探してくれてる。それに、父上にもとっくに話を通して・・・」

 

 アスナはベッドから起き上がろうとしているウシオを止めようとしていた。しかし、ウシオはそれに応じない。

 

「サクヤさんがいなくなった(・・・・・・)と言ったんだ。あの人なら、みんながそう騒ぎ始める前に見つけることができる。しかし、俺に告げる役目をアスナに頼んだ上で、探しに行った。つまり、それほどの事ってわけだ。ナルトは拐われた可能性が高い」

 

「そんな、拐われただなんて・・・」

 

 アヤメが今にも気を失いそうな表情で、言葉をこぼした。

 

「それでもだ!お前は安静にして、アタシたちに任せてくれ」

 

「しかし・・・痛っ!」

 

 ウシオは腹部に手を当てた。塞がった傷口から、じわりと血が滲んでいる。

 

「ウシオ」

 

 痛みに耐えながら、ウシオは声をかけたアスナを眺める。アスナはウシオの瞳を一点に見つめていた。

 

「アタシを信じてほしい」

 

 どくん。

 

 ウシオの心臓が高鳴った。忘れるはずもない。アスナのその表情は、今は亡きクシナのそれと重なって見えたのである。

 

「分かった、分かった!」

 

 ウシオは諦めたように、窓の外へと視線をやった。

 

「私が止血するわ。お腹を出して、ウシオくん」

 

 アヤメが一歩前へ出てそう言った。ウシオはそれに従う。

 

「ありがとう。必ず、見つける」

 

 アスナはそう言うと、部屋の入り口まで急いだ。

 

「アンタたちはここでウシオが探しに行かないように見張ってて」

 

 カズラとアヤメは、アスナにそう告げられた。アスナは扉に手をかける。そして開こうとした瞬間、ウシオが口を開いた。

 

「お前を、信じるから。だから、頼む。弟を、頼む。アイツは、俺の・・・」

 

 そこまで言って、ウシオは口を閉じた。アスナはそれだけ聞くと、部屋の外へ出ていった。

 

「アンタたちだってさ。まったくよ、俺たちにも名前があるってのに」

 

「彼女は少しやりづらいところがあるからね・・・。大丈夫?ウシオくん、痛くない?」

 

 アヤメが医療忍術で傷口を止血していく。

 

「あぁ。ありがとう」

 

「お前も、尻にしかれてるな」

 

 カズラがニヤニヤしながらそう言った。ウシオは嫌そうな顔をしながら口を開く。      

 

「何があったか知らないけど、アスナは変わったよ。俺が寝てる間に。というか、そんな関係じゃねえよ」

 

「あー?どんな関係だ?言ってみろよ、ほれほれ」

 

「もう二人とも、やめなよ」

 

 旧第三班、今もなお健在である。

 

 ウシオは乾いた笑顔を二人に向けていた。二人もそれに気付き、笑顔であることをやめなかった。

 

--------------------

 

 ナルト、一体どこにいるの?!

 

 アスナは血眼になりながら、里中を駆け回っていた。アスナ以外の人も探し回っているが、未だに彼女の耳に発見の報告は寄せられていない。

 

「まさか、本当に誘拐?こんなに堂々と。あり得ない、ことはないけれど、まさか」

 

 アスナは建物の屋上へと飛んだ。そこから、里の外へと目をやる。

 

「・・・ん?」

 

 ふと、視界の端に何かが見えた。すぐに視点を合わせると、ナルトがいるではないか。ナルトはベンチに座っていた。

 

 アスナは考えるよりも先に、そこへと走っていた。

 

「ナルト!!」

 

 声が届く場所まで行くと、アスナは大きな声でナルトに呼び掛けた。ナルトはアスナの声に気付くと、アスナに向かって笑いかけた。そして手をバサバサと振り、口を開いた。

 

「アスナねーちゃーん!!」

 

 ナルトの無事を確認し、ホッと息をついたアスナだったが、すぐに眉間に皺を寄せなければならない事態を目にした。

 

「ナルト!そいつから離れろ!」

 

 ナルトの隣には、奇妙な仮面を被った男?がいた。そいつは、ベンチに座りながらこちらを見ていた。

 

 アスナはすぐに駆け寄り、ナルトを引き寄せた。そしてそのままクナイを構え、戦闘体制をとる。

 

「ど、どうしたんだってばよねえちゃん??」

 

 ナルトは困惑した表情でアスナを見上げている。

 

「お前、何者だ!」

 

 アスナは声を張り上げた。

 

 仮面の上からなので表情を見ることはできないが、そいつは、なに食わぬ顔で口を開いた。

 

「ただの、通りすがりだ。そこの子どもが困っていたのでな」

 

 アスナはナルトを眺めた。

 

「高いところのジュースが買えなかったんだ。そしたら、そこのおっちゃんが買ってくれたんだってばよ」

 

「おっちゃん・・・」

 

 声色からして男。その男は、ナルトからおっちゃんと言われて、名にかを呟いたあと、少し肩を落としたように見えた。

 

「俺は帰る。じゃあな、ナルト。また、どこかで」

 

「ま、まて!」

 

 帰ろうとしている男を、アスナは急いで呼び止めた。しかし、それよりも速く、瞬身していってしまった。アスナに焦りの表情が生まれる。

 

 やつは誰だ?この里では見たことがない。他里の人間?あの身のこなしから、忍であることは間違いないだろう。

 

 その場に残された二人。アスナは辺りを急いで見回した。しかし、男の姿はどこにもない。

 

「はぁ、なんだったのよ」

 

「どうしたんだ?ねえちゃん」

 

 ナルトは、不思議そうにアスナを見上げていた。その表情を見て、アスナの緊張の糸は切れてしまった。

 

「とりあえず、帰ろうか?」

 

「おう!」

 

 アスナはナルトと手を繋ぐ。端から見れば、姉弟のように勘違いされるだろう。アスナがナルトと接するようになる前とは、アスナの中で明らかに、アスナの心情も変わっていた。

 

 これは、ウシオも怒るわよね。あんなこと言ったら。はぁ。ちゃんと謝らないと。

 

 謝りベタ、であるアスナにとってそれは、とてもとてもやりづらいことだった。

 

「それにしても」

 

 アスナはナルトと歩きながら、口を開いた。ナルトは顔だけアスナの方へと向かせ、その先を待っていた。

 

「あいつは、一体なんなのよ。ナルト、あいつに何かされなかった?」

 

「べつにー。一緒に話してただけだってばよ」

 

「何を?」

 

「んー」

 

 ナルトは考えるようなそぶりを見せた。

 

「この里は好きかって」

 

 この里は好きか。ナルトにとっては、辛い質問だろう。アスナもそうだったが、ナルトへの視線は決していいものばかりではない。むしろ、というべきだろう。

 

「何て答えたの?」

 

「好き!」

 

 ナルトはハニカミながら答えた。アスナもその笑顔に応えた。

 

 そして二人は、ウシオのいる病院へと急いだ。

--------------------

 

「ナルト!!」

 

 ウシオの声で病室が静まり返る。サクヤとアスナは、それを静かに見守っていた。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「後ろにいる二人は、お前が迷惑をかけたせいで、里中を駆け回ってたんだぞ!」

 

 ナルトは病院から少し離れた場所にある自販機まで行っていたらしく、その近くにあるベンチでジュースを飲んでいたようだ。

 

「そんなに怒らないであげてください、ウシオくん。私が買いに行かせたばかりに、このような事になったのですから、怒られるのは私です」

 

 サクヤがそう言うと、ウシオは困ったような顔をして、溜め息をついた。

 

「こんなことが、2度とないようにしろよ、ナルト。・・・無事でよかった、本当に」

 

 ウシオは目に涙を溜めながらナルトを抱き寄せた。

 

 その後、疲れたのか、ナルトはすぐに眠ってしまった。それを見届けてアスナは帰っていったが、サクヤはそのままその場に残った。

 

「よかったです。本当に」

 

「ああ、肝が冷えた」

 

 サクヤはパイプ椅子を開き、そこに座った。そして、ウシオのベットを半分占領しながら、ウシオの袖を掴んでいるナルトを優しそうな目で眺め、頭を撫でた。

 

「売店のおばさまから聞いたそうです」

 

「え?」

 

 サクヤは不意に話始めた。

 

「飲み物ですよ。ナルトくんがそう言いました。しかし・・・」

 

 不穏な顔をするサクヤ。ゆっくりと話始めた。

 

「ナルトくんの買った飲み物は、売店にも存在していたんです。確かめましたから。しかし、彼が買いに行ったときだけ無かった。おばさまは知らないと言っていましたが、その時間帯より少し前に、その飲み物を撤去する姿が、他のお客さんから報告を受けています」

 

「つまり、故意にそのおばさんがナルトを外へやったってことか?」

 

「いえ」

 

「は?」

 

「おばさまから幻術をかけられた跡が見つかりました。恐らく、そうさせるように仕向けられたのでしょう」

 

 ウシオの顔が険しくなる。それもそのはずだ。ナルトは、ウシオの大切な弟であると同時に、里を破壊し尽くす力をもつ尾獣を体内に宿している。他里の忍がそれを利用しようとしたのだとしたら、一大事だ。

 

「恐らく、近しい人物。あの時間に飲み物を買いに来ると分かっている人物が、犯人かと。あなたが眠っている間は、毎日私やアスナさんがナルトくんと一緒に行ってましたから。それを見ていた人物です」

 

「この里に、いるのか」

 

「分かりません。しかし、用心しておくことは必要でしょう」

 

「そうだな、そうしておく。早く動けるようにしないと」

 

 ウシオは少し暗くなった窓の外を眺めた。

 

「あと」

 

「まだあるのか?」

 

「ナルトくんと一緒にいた人物です」

 

 窓へ向いていたウシオの視線が、サクヤの方へと向き直った。

 

「なに?」

 

「犯人は恐らく、その人物に会わせるために外へ出した」

 

 ウシオは眉間に皺を寄せて、目を瞑った。

 

「話してくれ」

 

「ナルトくんはこう言っていました。変なお面のおっちゃん、と」

 

 ウシオの目がカッと見開かれて、それがサクヤの方へと向けられた。サクヤはその表情に困惑してしまった。

 

「どうしたんです?」

 

「面・・・まさか・・・」

 

 

「ご存じなのですか?」

 

「前に一度。そうか・・・ナルトを狙っているのか。これは、用心しないといけないな」

 

 ウシオは握りこぶしを作りながら、答えた。

 

「どのような、ご関係で」

 

「そうだな。俺の、ただの、知り合いだよ」

 

 サクヤはもちろん気付いていた。これは誰でも気づくだろう。ウシの雰囲気が、いつもと違っていたからだ。

 

「気にしなくていい。それは、俺がどうにかするから」

 

 作り笑いと分かる作り笑いをするウシオだった。その笑いに隠れたものは、おそらく・・・。

 

「・・・分かりました。あなたがそう言うのであれば、そうなのでしょう。そう言えば、お医者様に伺いました。明日には退院できるだろう、と」

 

 おそらく、何か黒いものが存在しているのは確かだろう。しかし、これ以上追及しても、目の前の男の子は何も言うまい。

 

 サクヤはそう考え、これ以上の追及をやめ話題を転換させた。

 

「そうらしいな。・・中忍試験までもう日がない。早く体を作り直さないと」

 

「それも必要ですが!あなたの快気祝い、ということで皆で甘味でも食べに行きましょう!」

 

 最大級の笑顔で、サクヤは言い切った。

 

「は?」

 

--------------------

 

 というわけで甘味を食べている。どうしてこうなったのか。それはサクヤの仕業だった。

 

 サクヤいわく、

 

「私たちの班は優秀です。それは言い切れます。個々の力は絶大ですが、これから求められてくるのは、チームワーク。中忍試験でもそれを考えながら受けなければならないでしょう。しかし、第3班はその辺が希薄のように思えます。あなたとイタチくんは仲が良さそうに見えますが、実際はそんなことはないのでしょう。どこか遠慮しているようにも見えました。アスナさんも、最近は少し治ってきましたが、言わずもがな、であると思います。故の交流会です。親睦会です。あ、もちろんあなたの快気祝いも兼ねていますが」

 

と俺に反論させる暇も与えず、捲し立てるように言った。

 

 しかしだ。結果はこの通り。

 

 イタチは黙々と甘味を頬張る。時より見せる幸せそうな顔は、まぁイタチの新たな一面だが、一言も発していない。アスナはアスナで、何故か、むすっとしていた。怒っているわけではないようだが、俺の顔を見て目をそらしたので俺が原因らしい。サクヤは、そんな状況におろおろしていた。原因たる自分がそれでどうする、と言いたいが、サクヤも悪気があったわけではもちろんなく、言えるはずはなかった。

 

 そんな状況に置かれた病み上がりの俺は、何故だ、としきりに思うのであった。

 

 だってなんか空気重いもん!両隣のテーブル、空いてるのに誰も座ろうとしないもん!申し訳なさすぎる。もちろん他の客にもだけど、この店の従業員の人にもだ。

 

 任務の時は、こうならない。仕事は仕事、プライベートはプライベート、と言ったところだろうが、それにしてもだった。普段でも顔を合わせることが多いイタチでも、用件はほとんど修行だ。その場にはシスイもいるし、こんな空気にはならない。

 

 あぁ!誰か、誰でもいいから!この空気をどうにかしてくれ!

 

 その時だった。幼いと誰でも分かる声が、不意に聞こえてきた。俺は少しだけ聞き覚えがあり、イタチはなんなのかはっきりと理解しているようだった。

 

「兄さん!」

 

 トコトコと走ってくる少年。母親らしき人は少年の手に引かれ、一緒に近づいて来ていた。店内へと続く、すでに開いてあった扉までやってくると、急に少年は静止した。

 

「サスケ・・・」

 

 そう。うちはサスケである。

 

「あ・・・」

 

 サスケが最初にいた位置からは、おそらくイタチしか見えなかったのだろう。近付いて、他に三人いることが分かったのか、後ろにいた母親の後ろに隠れてしまった。

 

「ミコトさん」

 

 母親はうちはミコト。母さんとは友達で、俺も昔から世話になっている。

 

「ごめんなさい、皆さんでいるところを邪魔してしまって」

 

「そんなことないです!ありがとうございます!」

 

 サクヤは、すぐに否定して、礼を述べた。ミコトは何故礼を述べられたか分かっていなかった。

 

 それにしても。

 

 ウシオはミコトの後ろに隠れているサスケを眺めた。情報として持っているクールなサスケとは全く違う。まるで天然記念物かのような視線を、ウシオは向けていた。

 

 それにしても。

 

 恥ずかしいのか、まだミコトの後ろから出てこない。しかし、それでも気になるようで、頭をひょこひょこと出したり引いたりしていた。

 

 あぁ、それにしても!!

 

「なんでこんなにかわいいんだっ!!」

 

 今日はここまでどうしたんですか?ミコトさん。

 

「うわっ!いきなりどうしたウシオ!?」

 

 しまった。考えていることと言いたいことが逆になってしまったまずい。

 

 アスナは急に大声を出したウシオにドン引きだった。イタチは今までしたことがないような表情をしていた。サクヤは、何故か少し笑っている。しまった。

 

「いや、今のは、違う。なんというか、言葉のあやだ」

 

「どこをどうしたらそんな風になるんだよ、アホかお前。というか、ナルトが危険だな」

 

 アスナはあらぬ誤解をしている。

 

「ナルトにはこんなことしねぇよ!」

 

「違う子にだったらするのかお前」

 

「そういう意味じゃない!」

 

「サクヤさん、こいつ危険です。一回お灸を据えてあげないとこの里の将来が危険です」

 

「ぷふっ。そ、そうですね。だ、だめですよ!ウシオくん。小さい子を驚かせちゃ。・・・・・・うぷふっ!」

 

 アスナもサクヤも言いたい放題だ。サクヤに至っては、笑いを堪えるので必死だった。

 

 ちらっとサスケを見ると、完全に怖がっていた。

 

「違うぞサスケ!俺は別に変な意味は!小さい子はやっぱり可愛いな、と思っただけだ!」

 

「それがいけないんだろ。まずいですサクヤさん。こいつ逮捕しましょ逮捕。ほんとにいずれ間違いを犯しますって。今のうちですよ、ほら」

 

 アスナはウシオに対してボクシングポーズを向けていた。

 

「お前らいい加減にしろよ!それとイタチ、クナイを出そうとするのやめろ!」

 

 イタチに至っては、手を後ろにまわし、恐らくクナイを握っていた。カチャって音がした怖い。

 

「にーちゃーん!」

 

 その時遠くの方から声が飛んできた。聞き覚えは十分ある。というか、今この状況で一番聞こえてほしくない声だった。

 

「こっちに来るなナルト!アスナねえちゃんが助けてやる!」

 

「お前らいい加減にしろぉぉおおおぉぉぉ!!!」

 

 カオスがその場一帯に広がっていた。そして、そのカオスの中心で、悲痛な叫びが響き渡った。

 

 さて、もう一度だけ言おう。いや、言わせてください。

 

 どうして!こうなった!!!!!

 

--------------------

 

 私は何をした?

 

 覚えがない。しかし、彼はいなくなった。いなくなったのだ。そう答えざるを得ない。

 

 とうとう、この体にも限界が近づいている。いよい、私の使命を全うできる。

 

 ・・・!?

 

 私は今、何を考えた?使命?使命とはなんだ?頭がいたい。

 

 私がやらなくてはならないのは、子供たちの未来を守ることだ。血生臭いことから出来るだけ遠ざけること。そう覚悟しなければ、私がここまで生き長らえることは出来なかったろう。

 

 子供たちの明日を守る。それが、私の。

 

 違う。ワタシ(・・・)の使命は、そんな大きなものではない。もっと小さな、ささやかな、願い。 

 

 違う。違う。違う。違う違う違う違う違う違うチガウ。

 

 消えない。頭の中から消えない。沢山の記憶が、濁流のように押し寄せて、私の記憶を消していく。

 

 嫌だ。嫌だ。

 

 そんなの嫌だ。

 

 心臓が高鳴る。大きく。跳ねる。

 

 探さなくては。消えていく記憶の中から、私がおかした罪を。

 

 探さなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様お久しぶりです。zaregotoです。

リアルが大変忙しく、書き続けてはいたのですがかなりの時間があいてしまいました。申し訳ありません。

さて、今回のお話は、ちょっとした息継ぎのようなものです。前話の冒頭の話は、こういうことだったのです。

主人公に新たな属性?が追加されました。というのも、前の世界では兄弟姉妹はおらず、そもそも人間関係も希薄でした。故の愛情の爆発です。年の近い兄弟姉妹なら照れくさくって、思っていても出せないでしょうが、年の離れた場合なら別なのではないかと考えていました。というか、今まで出会った人たちのほとんどがそうでした。だから、これは単なる愛情です。友人の弟に対する愛情なのです。爆発しましたけど。

 仮面の男。原作をお読みの方がほとんででしょうから、正体はご存知でしょう。彼が木の葉にやって来ていました。里のセキュリティはどうなっているのか、知らなかったので簡単に登場させましたが、どうなんだろう。阿吽って書いてある門に人はいた気がするけど、どうなんだろうか。

今回彼は、何もしませんでした。彼が何故来ていた、のかは今後のお話で分かると思います。

 それではみなさま、これからもご愛読のほど、そしてご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。


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中忍試験

 歌う。

 

 戦場で歌う。ただ、思いのままに歌う。

 

 それがアタシの役目。それがなければ、アタシではない。

 

 首を捻る。切り刻む。そう、歌っている。これがアタシだ。

 

 例え、選ばれなくとも、そうしていく。

 

 しかし。

 

 しかし、選ばれなかったことは、相当なダメージだった。頭を過るのは、あの男の顔。今でも消えない。

 

 だからこそ、アタシは──するのかもしれない。

 

 これでも、善であると定められてきた者だ。誰かのために戦い、殺す。しかし、今回ばかりは、今回だけは、アタシのために、アタシが戦う。そして、殺す。

 

 ささやかな願い。ささやかだからこそ、重く、深い願い。

 

 悪と呼ばれても構わない。元来、アタシはそういう人間だ。それをそうさせてこなかったのは、彼のお陰だ。

 

 ゆえに。

 

 ゆえに、ゆえに、ゆえに。

 

 彼を必ず殺す。アタシの─ゆえに、──する。

 

 それが、アタシの願いだ。

 

--------------------

 

「天の書と地の書は手に入れたな。後は、イタチだけだが」

 

「手こずってるんじゃない?」

 

「そんなはずはない」

 

「だよなー」

 

 ウシオと、アスナは二次試験の予選が行われる死の森の、ゴール手前で待機していた。始まって凡そ三十分。本来なら、これほどの速度で、3つある書を集めることはできない。

 

 しかし、ウシオ班は違った。彼らは、チームワークを優先するが故に、あえて散開し、それぞれが書を見つけることにした。チームワークとは、信頼であり、その信頼があるがゆえの作戦である。

 

 予選の内容は毎回違う。今回の予選は、死の森の中に配置されている三つの書を見つけ、内容を照らし合わせ、暗号を試験官に伝えること。一言一句間違えずに。

 

 内容は少し確認したが、一次試験の時のアホみたいな問題よりも簡単だ。キチンと知識を蓄えていれば、推測は可能。だが、それゆえに確実性が求められる。簡単ゆえに、合っているのか?という疑問が生じてくる。間違えれば即失格だ。制限時間は長い。三つ集めれば、確実だろう。

 

「嫌な課題だ」

 

「え?」

 

 ウシオは眉にシワを寄せながら口を開いた。アスナは、なんのことか分からないような顔をしている。

 

「考えてもみろよ。暗号が分かりさえすればいいんだ。三つの書の数が少ないのは、そういうことだろう。書なんて重要じゃない。重要なのはその後。その書の内容だ。言うなれば情報戦だろうな」

 

「情報・・・」

 

「情報を共有し、手を組むのもよし。偽の情報を流し、ライバルを蹴落とすのもよし。信じられるのは、同じチームの仲間だけ、か。この課題を考えたのは、よほど性格が悪いんだろう」

 

「つまり、情報を精査する力が重要ってこと?」

 

「ま、そんなところか。失敗したのは、これほど早くに集める者がいることを考えていなかった、ことだけだろうな。ざまーみろ」

 

 ウシオは悪い顔をした。そして、天の書と地の書をもう一度開いた。

 

「ここに書かれているのは、忍の三禁についてだろう。酒、金とくれば、恐らく最後は女。初歩中の初歩だな」

 

「え?でもそれって・・・」

 

 ウシオが少しだけ声のボリュームを上げながら言った。しかし、アスナは怪訝そうな視線をウシオに向け、何かを言いかけた。その時、多く存在する巨木がガサガサと動き出した。

 

「何!?」

 

 アスナはその方を向いた。すると、その音がした巨木の上から、草隠れであろう忍が現れたのである。

 

「バカなやつらだ。ここに来るものを狙っていたら、そっちが勝手に情報を漏らしやがった」

 

「・・・」

 

 ウシオは黙ったままだ。

 

「悪いが俺たちは先にゴールさせてもらうぜ。まさかこれほど早くゴールできるとはなぁ!ここにいて正解だった!」

 

 そう言うと、草の三人はゴール付近にいる試験官の元へと走っていった。

 

「ざまーみろだ」

 

 ウシオはさらに悪い顔をした。

 

「情報戦ってこういうことね。いつから気付いてたの?」

 

「最初からだ。風に逆らう動きがあった木があったからな。初めから勝負もしないような臆病者がいるんだろうと思った。だから仕掛けた(・・・・)

 

 三人が消えてから数分後、先ほど啖呵を切っていた男の悲痛な叫びが聞こえてきた。

 

 これは情報戦だ。ウシオが言ったような臆病者も、間違いではない。それも手段であり、正当だ。正当だからこそ、ウシオも正当で返した。偽の情報を流して。

 

「一応言ったつもりだ。偽の情報に惑わされるなよってな」

 

 天と地の書に、本当に書かれているのは、恐怖と侮り。恐らく最後の一文字は迷い。これは、忍の三病と呼ばれる、陥ってはいけない想いである。

 

「これも初歩の問題だが、本当にこれかは分からない。試験官も、問題、とは言ってなかったからな」

 

 そう。暗号だ。別に三病に拘らなくてもいい。ゆえに照らし合わせる必要がある。本当に、嫌な課題だ。

 

「まだ気付いたことがある」

 

「え?」

 

 ウシオはまたもアスナに言った。

 

「二次試験が始まる直前、一次にはいなかった顔があった」

 

「そ、そうなの?」

 

「多分な。そいつらが、この戦場を掻き回す役目を与えられてるんだろう」

 

 それは三人とも木の葉の額当てをしていた。極力目立たないようにはしていたが、隠れてはいなかった。見つけるのも試験の内ということだろう。

 

「つまり、一次の時点で二次の内容も帯びていたわけだ。一次が、ただの忍術に関する問題で、少し難しい程度だったのが気掛かりだったが、二次が始まる時点でその意図に気付いた。恐らく、気付いた者もいるだろう。イタチは気付いていただろうから、言わなかったが」

 

「私は別ですか」

 

 あからさまにむくれるアスナ。ウシオはそれを見て固い表情を崩して笑った。

 

「お前は、すぐに表情に出るからな。猪突猛進的なところがある。悪かったな、黙っていて。情報戦だ。仕方ない」

 

「バカにされてるのは分かってるぞこの野郎」

 

 普段の任務よりは平和だ。だが、この試験にも人死には出る。気を抜いてはいけないが、むくれているアスナを見ていたら、ウシオも気を抜かざるを得なかった。

 

「さて、イタチだが、少し遅いな」

 

「そうだな」

 

 この時間帯でも明らかに早すぎるが、ウシオは些か不安ではあった。イタチの噂は里内外でも広まっている。

 

 袋叩きにされてなければいいが。一応、向かう準備でもしておくか。

 

 ウシオは、少しだけ緩んだ額当てを外し、縛り直した。

 

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 数は12。4つの班が結託しているか。

 

 ウシオの想像通り、イタチは手を組んだ他の受験生たちに囲まれていた。イタチの評判は伝え聞かれている。イタチを潰しておけば、今後の本選が楽なものになるとふんだのだろう。

 

「うちはイタチ!お前をやれば、評判も上がり、これからの試験も簡単になる!大人しく降参しろ。お前でもこの人数を相手にするのは難しいだろ!」

 

「・・・」

 

 イタチはゆっくりと忍全員の顔を見る。他里の忍もいれば、木ノ葉の忍もいる。それだけ、イタチは危険視されているということだ。

 

 しかし、イタチは表情ひとつ変えず、ゆっくりとクナイを取り出した。そして、瞬身の術で一人ずつ倒していく。もちろん峰打ちだ。死んだとしても文句は言われないが、それは避けたい。イタチはそう考えていた。

 

「はっ!!」

 

 一人ずつ、一人ずつ。倒す。

 

「は、速い!くそ、ここは逃げ・・・」

 

「逃がさない」

 

 逃げていく忍も仕留めた。そして、残ったのは木ノ葉の額当てをつけた忍だ。

 

「流石は、うちはイタチだ。我らの一人と互角に戦っただけのことはある」

 

 木ノ葉の忍が、いきなりそう言った。イタチは怪訝な表情を向ける。そして、たまらず、口を開いた。

 

「あなたは、いや、あなたたちは誰だ」

 

 少しだけ口角をあげ、その忍は口を開く。

 

「あの時、うちはシスイと共にいたのは、お前ではなかったのか?うちはイタチ」

 

 あの時。そう言われ、イタチはすぐに距離をとった。

 

「何故、ここに暗部がいる!」

 

「ダンゾウ様からの命令だ。お前たちの班を監視しろとな。と思えば、なんだお前たちは。この試験の趣旨を理解しているか?開始と同時に別れるなど・・・。おかげで、お前しか見つけることができなかった。・・・流石は当代一のエリートチームと言うべきか」

 

「答えになっていないぞ。何故俺たちを監視している」

 

 暗部の一人が、暗部の面を被りながら言う。

 

「三代目の娘は別だが、お前たち二人には興味がある。うちはの金の卵であるお前と、四代目の忘れ形見であるあの小僧。恐らくダンゾウ様が言いたいのはこうだ。お前たち、暗部に入らないか?」

 

 イタチはあからさまに嫌そうな顔をした。それもそのはずだろう。この忍たちのやり方は、イタチのそれとは似て非なるものであるからだ。

 

「もちろん、中忍試験ごときに落ちるような忍はいらない。せいぜい頑張ってほしいものだ。根も、人員不足でね。猫の手も借りたいというわけさ」

 

「断れば・・・」

 

 仮面の奥からゆえ、表情は読めないが、恐らく卑しい笑みを浮かべているのだろう。イタチにはそう感じられた。

 

「そこからはダンゾウ様から直接聞け。我らはただ傍観するのみ。これはまぁ、深からず因縁があるからこそ、直接話したかっただけだ」

 

 そしてそのまま、暗部の者たちは、どこかへ消えてしまった。イタチは、消えていった方向を眺めている。

 

「今のは?」

 

 暗部たちが消えてすぐ、背後から声をかけられた。イタチはすぐに振り返ると、そこにはゴールで待っているはずのウシオがいた。

 

「なんでも、ありません。でもここへは、どうして?」

 

 何か重要なことがあったことを理解している顔のウシオ。しかし、それ以上は尋ねることなく口を開いた。

 

「お前にしては遅かったからな。様子を見に来ただけだが、心配はいらないようだな」

 

 ウシオは周辺に転がっている忍を見る。どれも息をしているのを見て、安心したようだった。

 

「人の書は?」

 

「ここに」

 

 イタチは言われて懐から巻物を取り出した。

 

「じゃあゴールへ急ごう」

 

「ええ」

 

 イタチたちはゴールへと急ぐ。イタチは先程のことを考えながら。そしてウシオは、なぜ暗部がここにいたのかを考えながら。

 

--------------------

 

「第一試合は、イタチと、砂のランダ。イタチ、いけるか?」

 

「善戦はするつもりです」

 

 翌日、本選における対戦表が発表された。本選に進んだのは4チーム。総勢12人によるトーナメントだ。

 

 対戦表の前に群がっている他の忍たちを遠くから眺めながら、ウシオたちは話していた。

 

「ここまでは、順調ってことでいいのよね?」

 

「今年は、レベルが低い。これならイタチ一人でも挑めたかもな」

 

「そんなことないですよ。買い被りすぎです」

 

「ま、唯一注意すべきは、ヒカゲだけか」

 

 日向一族宗家、日向ヒカゲ。忍の才には恵まれなかったが、持ち前の努力と、根性で、成り上がった男。日向にしては、熱い男だ。そのせいか、本家のみならず、宗家からも疎まれている。

 

 なんでも、宗家と本家の垣根を越えた人間になるのが夢だとか。そのために火影になるという。熱い男だ。

 

「僕の噂か?」

 

 近づいてくる男が一人。日向ヒカゲその人だ。

 

「ああ。久しぶりだな、ヒカゲ」

 

「ウシオも。任務でひどい怪我をしたと聞いたが」

 

「そんな大したことじゃない。一次の時は話せなくて悪かった。修行があったからな」

 

 ウシオとヒカゲは、熱い握手を交わした。

 

「流石は下忍において随一のエリート部隊だ。風格が違う」

 

 ヒカゲはウシオの後ろにいる二人を眺めながら言った。

 

「だが本選では別だ。この僕が、必ず勝つ。そして中忍になる」

 

「勝ったからといって、中忍になれるとは限らないぞ?」

 

 ウシオは少しだけ呆れたような顔をしながら、ヒカゲにそう言った。

 

「これは僕の信念の問題さ。敗北より、勝利の方が気持ちいいだろう」

 

 ヒカゲはガッツポーズを取りながら、鼻息荒く告げた。

 

「言っていることはまぁいいんだけど、なんか、こう、暑苦しいというか」

 

 アスナは少し引きぎみで呟いた。ウシオはそれを見て頬を弛めた。

 

「へぇ?あんたがうちはイタチかぁ?」

 

 ウシオたちが談笑しているところに、三つの影が迫ってきていた。そのうちの一人が、ウシオたちに話しかけた。

 

「ひょろっちいやつだなぁ?噂は本当かぁ?」

 

 その忍は気に障る笑みを浮かべながらそう声を掛けた。

 

「あんたは?」

 

 アスナが口を開く。その忍はすかさず答えた。

 

「おらぁ砂隠れのランダ。次の対戦相手さぁ。うちはイタチぃ」

 

「・・・」

 

 イタチは瞳を閉じて無視している。関わるだけ無駄だということだろう。見るからにチンピラ感がしてならない。

 

「無視すんなよなぁ!!」

 

 ランダはイタチに殴りかかろうとした。イタチは少し身構えるが、その必要はなかった。

 

「よさないか、ランダ」

 

「ダンリィ・・・」

 

 同じ班のダンリが、ランダの肩に手を掛けて止めたのである。

 

 砂隠れのダンリ。主に風遁の忍術を使う。そう資料に書いてあった。

 

「うちの者がすまないね」

 

「いや、こちらこそ。イタチは無愛想で通ってて、勘違いされやすいからな。そっちにも理解があるやつがいて助かったよ。試合前に問題を起こすのはよくないからな」

 

 ダンリはずっと笑顔だ。と言っても、貼り付けたような笑顔だが。この男も恐らく、ランダと同じ心持ちだろう。ウシオの嫌いなタイプだった。

 

「俺の最初の相手は君だけど、君は、知らないな。うちはの天才の話はよく聞くけれど」

 

 ダンリは最初、というところを強調して言った。どちらかというと短気であるウシオは、その意味を理解して、ダンリを無言で睨み付けた。

 試合はトーナメント方式。一度負ければ敗退で、次の試合などない。それを目の前の少年は、承知の上で、最初と言ったのである。

 

 その時、遠くの方から駆けてくる少女が視界にはいった。その少女は、ダンリたちの側で止まり、ウシオとダンリを交互に見て、言った。

 

「お前ら、何をしてるんだ」

 

「リラ」

 

 ダンリが口を開く。リラと呼ばれた少女は、その場の空気を察知して、詫びをいれた。

 

「すまない、木ノ葉の人たち。うちの者が迷惑をかけた」

 

 ダンリと同じことを言う。しかし、ダンリほどの嫌な感じはしない。リラは、本心でそう言っているのだ。

 

「い、いや!こっちこそごめん。うちの男どもも失礼な態度をとったから」

 

 アスナとリラがお互いに頭を下げる。原因であったところの四人は全く無関心だ。

 

「君、名前は?」

 

 頭をあげたリラが、アスナに聞いた。

 

「猿飛アスナ。よろしく、リラ」

 

 猿飛、と聞いたリラの表情が明らかに変化したが、悪いものではないだろう。

 

「よろしく、アスナ。いい試合をしよう。出来れば、決勝で会えるといいな。行くぞ、二人とも」

 

 リラは身を翻し、試合会場へと行こうとしている。ランダはそれに潔く従ったが、ダンリはそのまま、そこに立ち、残った三人を睨んでいた。そして、口を開く。

 

「ま、せいぜい頑張ろう。いい試合をしようね、よく知らない人(・・・・・・・)

 

 嫌味な男だ。

 

「お前」

 

 ウシオはたまらず声をかけた。去り際だった3人は足を止め、振り向く。ウシオはダンリを睨んだ。

 

「・・・なに?」

 

 ダンリもそれに気づいていた。ウシオは口を開く。

 

「片手だ」

 

「あ?」

 

 何か分からないような顔をするダンリ。ウシオは続ける。

 

「お前を片手で倒してやるよ、砂の忍」

 

 ダンリの血管が浮き上がる。そのまま、ウシオのところへと向かおうとしているが、それをリラが制した。

 

「やめろ、ダンリ。・・・木ノ葉のウシオくん、だったかな?今君は、自分の首を絞めていることに気付かないか?」

 

「それがハンデというやつだろう。悪いな。お前んとこの二人も失礼だが、俺も失礼なんだよ。舐められたまま、帰してたまるか」

 

「・・・」

 

 リラの表情が険しくなる。

 

「・・・行くぞ、すぐに試合が始まる」

 

 リラは何もせずに、会場へと向かっていった。

 

「ちょっと、ウシオ」

 

「やめてくれ、分かってるから」

 

 三人の姿が見えなくなってから、アスナが声をかけた。対しウシオは、頭を抱えた。

 

「バカなことした。あー、恥ずかしい」

 

「正当な対応だ。僕だったら殴り飛ばしていた」

 

 ヒカゲは握りこぶしを作りながら言う。

 

「本当にやったら失格だからな」

 

 アスナが諫めるようにヒカゲに忠告した。

 

「はぁ・・・」

 

 基本的に冷静なイタチも深いため息をついた。

 

--------------------

 

「第一試合、木ノ葉隠れの里、うちはイタチ。砂隠れの里、ランダ。いざ尋常に、始め!」

 

 イタチの試合は始まった同時に終わっていた。

 

 イタチの写輪眼を、ランダは見てしまったのである。その瞬間、ランダは動きを止めた。幻術にかけられてしまったのだ。

 

 イタチは、動きの止まったランダにゆっくりと近付き、首筋にクナイを押し当てた。そして、審判をちらりと見る。審判は急いで、試合の終了を告げた。

 

「し、勝負あり!勝者、うちはイタチ!」

 

 わずか十秒弱。ウシオやアスナ以外の、会場に来ていた忍が困惑と驚愕が入り交じったような表情をしていた。

 

「ま、相手が弱すぎたか、イタチが強すぎたかのどちらかってことね」

 

「その両方だろ。まぁ第一試合でこれを見せられたら、後の試合のハードルがあがるわな」

 

「やめてよ、そういうこと言うの」

 

 次はアスナの試合があった。ウシオは、敢えてそういうことを言ったのだ。

 

 その時、控え室の扉が開いた。試合を終えたイタチが帰ってきたのである。

 

「お疲れイタチ。流石ね」

 

「そんなことは」

 

「謙遜することはねーよ。流石はうちはの金の卵」

 

 無表情、よく言えばクールに対応するイタチであったが、心なしか嬉しそうであった。

 

「さて、次の試合はアスナ、お前だけど。大丈夫か?」

 

「ま、大丈夫よ。イタチ、あんたほど簡単には終わらせられないかもだけど」

 

 すぐに次の試合が始まる。アスナは肩を回しながら控え室を後にした。

 

「さて」

 

 扉を閉じたところで、アスナは一息ついた。

 

 イタチもウシオも優秀だ。イタチは通過。もちろん、ウシオも次の試合をすることができるだろう。ワタシだけ敗退っていうのは、少し恥ずかしい。

 

「頑張る、か」

 

 アスナは少しだけ重い一歩を、踏み出した。

 

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 犬塚ガルは忍犬を従えていない。本来あてがわれるはずの忍犬が存在しなかった。

 

 だが、できないわけではない。彼は忍犬に愛され過ぎているがゆえに、従えることができないのだ。異常に動物に愛される人間を見たことはないだろうか?彼はそれだ。

 

 彼が一匹を愛すれば、他が嫉妬する。一族内の忍犬に関する均衡が崩れてしまうのだ。専門家が言うには、彼から特殊なフェロモンが溢れているのだという。

 

 ゆえに、彼は一族内では異端であった。

 

「はぁっ・・・はぁ・・・」

 

「息が上がっているぞ、三代目火影の娘」

 

 第2試合目。猿飛アスナ対犬塚ガル。アスナに相対するは、ガル一人ではなく、無数の忍犬たちだった。

 

「ウォォォォーーーン!!!」

 

 ガルは会場内に響き渡るほどの遠吠えをする。試合開始時点もそれを行った。その結果がこれだ。里の中にいる無数の忍犬たちを、ここに呼び寄せたのだ。

 

 ガルの遠吠えに、会場の忍犬が反応する。忍犬たちは狂ったように、アスナの方向へと、牙を剥きながら走っていった。

 

「このっ・・・!!」

 

 アスナは出来る限り傷をつけずに、忍犬を攻撃する。しかし、痛みを感じないようで、飛ばしても飛ばしてもすぐに起きあがって向かってくる。

 

「狂犬の術。俺にしか使えない術だ。深すぎる愛情がなければ、狂うことが出来ないからな」

 

「こんな、もの!」

 

 アスナは風遁の印を組み、群がる忍犬を吹き飛ばす。

 

「これは、大丈夫なのでしょうか」

 

「ん・・・」

 

 上で眺めている班員の二人も、表情が曇る。明らかに多勢に無勢というものだ。優秀といえるアスナでも、この量の敵と闘うのは、困難といえる。

 

「とにかく、黙ってみていよう。アスナは、強いからな」

 

 ウシオも口ではそう言うが、内心不安であった。不安だからこそ、その感情を口に出すわけにはいかないからだ。

 

「牙乱牙!!」

 

 ガルがそう発すると、忍犬たちは空中に飛び上がり、ものすごい早さで回転した。そのまま、アスナの方へと突撃する。

 

「くっ、火遁・灰積焼!」

 

 アスナは忍犬が自分に直撃する直前に、真上に飛び上がった。そして、下方目掛けて火遁を放つ。本来なら、火打ち石を使いこの高温の灰に着火する。火打ち石を持たないアスナは、それを目眩ましのために使った。

 

「キャウン!!」

 

 それでも高熱だ。少しでも吸い込めば、熱さに耐えられないだろう。アスナに向かってくる忍犬は、いなかった。

 

「これで大丈夫かし、ら?」

 

「悪いけどな、この術はそんな柔なもんじゃない」

 

 そうガルが言い放つと、すぐに遠吠えをした。倒れている忍犬の耳が微かに動き、むくりと起き上がる。

 

「狂犬の術は忍犬の脳神経に働かせる音を使う。体が使えないわけではない限り、何度でも起き上がるぞ」

 

 犬塚一族とは思えない術だ。

 

 距離をとったアスナは、少しだけ考えた。このままやられれば、観覧している父に恥をかかせる。それに、イタチやウシオに面目がたたない。

 

 やるか。

 

 アスナは自分の親指を歯で切り、血を流す。それをそのまま片方の手のひらに押し付けた。そして、それを地面へと押し当てる。

 

「口寄せの術!」

 

 アスナの周りに印が広がる。そして少しの煙が発生した。

 

「口寄せ、だと?」

 

 ガルは身構える。そんな情報はなかったからだ。

 

 徐々に煙が晴れる。晴れたところから、少しずつその肢体が露になっていく。毛むくじゃらの腕や足。

 

 ガルの中でひとつの結論に達する。猿飛一族の使う口寄せ動物と言えば、だ。

 

「行くわよ、猿魔さ・・・ってええ?!」

 

「呼んでいただき光栄ですぜ、姉さん」

 

 現れたのは、アスナの予想していたものとは違っていた。父が契約している口寄せ動物ではなかったからだ。

 

「あれは・・・」

 

 ウシオは目を凝らして、煙が晴れた場所を見やった。

 

 アイツは、俺やアスナが小さい頃に遊び相手だった・・・。

 

「なんで小猿魔が出てくるの!?」

 

「いやぁ、親父殿は忙しくて」

 

 小猿魔はそう言ったあと、小声で、本当はあんな小娘の相手などしてられるか、と言ってたなんて口が避けても言えないでしょ、と言った。

 

 それが聞こえてしまったアスナは血管を浮き上がらせながら、小猿魔にげんこつを食らわせた。

 

「大きなお世話よ!」

 

 小猿魔は殴られたところをさすりながらさらに口を開いた。

 

「イテテ。それに、姉さんのチャクラ量で親父殿を口寄せできるわけないでしょ」

 

「それは、そうだけど」

 

 アスナは肩を落とした。しかし、落ち込んでいてはいけない。ここは戦場だ。今まさに戦闘の最中。ガルそれを見ていてくれるのだから、根は悪いやつではないのだろう。

 

「もういいか?」

 

「え、ええ!!もうアンタでいいわ!ここから反撃よ!」

 

「あいよ姉さん!変化!」

 

 小猿魔は如意棒と呼ばれる武器に変化した。三代目が契約している猿魔が変化するものとは大きさが違うが、アスナが小さい頃に目にしていた小猿魔は、変化ができなかった。それだけで、今は目を見張っている。

 

「はぁ!!」

 

 アスナは如意棒を振る。長さが変わるそれは、二人の間にかなりの距離があったのにも関わらず、その一撃を届かせた。ガルは届くとは思っておらず、その一撃をもろにくらってしまった。

 

「がはっ!?」

 

 吹き飛ばされるガルだが、いつの間にか起き上がっていた忍犬がガルを支え、勢いを殺した。

 

「くっ!?」

 

 いくら術で強化しているとはいえ、忍犬たちの疲労は目に見えていた。しかしガルは構わず、その忍犬たちを踏み台にした。

 

「牙独牙!」

 

 そのまま1人で回転し、アスナへと突っ込む。

 

 アスナは如意棒を反回転させ、その回転に対応した。勢いを失ったと悟ったガルは体を半回転させ、足をアスナに向けてから、その如意棒を蹴り飛ばし、即座に後方へと飛んだ。

 

「器用なことを!」

 

「あ、姉さん。人使い、いやさ猿使いが荒いですよ!」

 

「五月蝿い!それどころじゃないでしょ。でも、あいつの戦い方、なんだか・・・」

 

「そうですね。とてもとても歪」

 

 後方へと飛んでいたガルは、近くで倒れていた忍犬を、起きろとでも言うかのように、足でこづいた。忍犬、ゆっくりと起き上がり、アスナたちを睨み付ける。

 

「可哀想。とても」

 

 アスナは決心する。この忍を救うと。父は火影で、みんなの家族のようなものだ。その娘が、可哀想な人を救えなくてどうする。

 

「小猿魔、戻って!」

 

「あいよ、姉さん」

 

 小猿魔は元の姿に戻る。

 

「合わせて!火遁・火炎弾!」

 

 アスナの声に合わせて、小猿魔も同じ術を放った。二つの術が重なりあい、大きな炎となった。

 

「くっ!獣人変化!」

 

 ガルの側にいた二匹の忍犬が、ガルと同じ姿に変化する。

 

「牙風牙!」

 

 そしてそのままそこで回転し、大きな竜巻を起こした。竜巻は放たれた炎を纏いながら、逆にアスナの方向へと向かっていった。

 

「え?!くそっ!」

 

 大きな火を纏った竜巻だ。風遁で押し返すことは出来ないだろう。

 

「小猿魔!変化!」

 

「あいよ!」

 

 再度如意棒に変化させ、その如意棒を地面に突き刺し、長さを伸ばした。そして、空中に飛ぶ。

 

 その瞬間を、ガルは見逃した。アスナの姿を見失ったのだ。そもそも、狂犬の術は膨大なチャクラを使用する。ガルの疲労も当たり前のものだった。焦りか、疲労か、ガルの視界は狭まっていた。自慢の鼻も、竜巻による追い風で上手く作用しない。

 

 辺りをキョロキョロと見回しているガルを、アスナは見逃さなかった。

 

「小猿魔!戻って私を吹き飛ばして!」

 

「はい?!でも・・・」

 

「いいから!」

 

 小猿魔は頷き、空中で元に戻った。そして、風遁でアスナを吹き飛ばす。

 

「くらえーーーッッッ!!」

 

 アスナが叫ぶ。それに気づいたガだったが、時すでに遅し。

 

「・・・そこ、ぐふぅっ!!」

 

 ものすごい速度でガルへと向かっていったアスナは、そのまま、拳を構えて、ガルへと叩き込んだ。

 

 ガルは頭部を地面に叩きつけられた。共に、アスナもその場に叩きつけられる。

 

 その衝撃で砂煙が舞った。

 

 観衆は固唾を飲んでその砂煙が晴れるのを待った。一つ、立ち上がる影。勝者は。

 

「勝者!木ノ葉隠れ、猿飛アスナ!」

 

 意識を失っているガル。その周りに、ぼろぼろになった忍犬たちが心配そうに近づいていった。軍配は、アスナに上がったのだ。

 

「犬猿の仲って知ってる?今回は、猿の勝ちってことで!少しはそこで、頭を冷やしてなさい!」

 

 アスナは息を切らしながらも、笑顔でガルに言い放った。

 

--------------------

 

「すまない、お前たち」

 

 ガルは医務室で、側にいる無数の忍犬にそう告げていた。しかし眠っているようで、返事はない。

 

 その時、医務室の扉が開いた。

 

「無事か?ガル」

 

「ヒカゲ、ミツ・・・」

 

 同じ班員の日向ヒカゲと油女ミツである。

 

「そろそろ、その戦い方をやめたらどうだ。結果、傷つくのはお前たちだろう。たとえ合意の上でも」

 

「・・・」

 

 ガルは押し黙った。これは、自身にとっての拒絶だった。わざと辛くあたり、愛されることをやめさせようとした。しかし、自分の特殊な体質のせいで、こういうことになる。

 

「これでいいんだ。こうすれば、俺は完璧に一族から勘当される。そうすれば、忍犬と関わることはない」

 

「一族の縁ってのは、簡単には切れないぞ、ガル」

 

 ヒカゲは怒りながら言った。その時、ミツが一歩前に出て、寝ているガルの傷を見やった。そして、自分の虫をその傷へと誘導する。

 

「私の虫は、傷を治す」

 

 マゴットセラピー。特殊なチャクラを放ちながらその傷を食べることで、組織を良いものへと転換する。絵面は最悪だが、効果は絶大だ。

 

 絵面は最悪だが。

 

 コンコン。

 

 その時、医務室の扉が音を出した。そして、扉が開かれる。入ってきたのは、ウシオとアスナだった。

 

「傷はどう?ガル」

 

 先に言葉を発したのはアスナだった。ガルは少しだけ笑いながら答えた。

 

「お陰さまで。効いたよ、猿飛アスナ」

 

「だろうね、そのための拳だから」

 

 敢えて、ただの拳を叩き込んだアスナだった。小猿魔のサポートはあったが。

 

「あんたが何を考えてるか、少しだけ分かる気がする」

 

 アスナは、ガルを一点に見つめながら言う。

 

「でもね、それは少し違うんだよ」

 

「お前はお前、俺は俺。関係ないことだ」

 

「関係ないかもしれないけど、これだけは教えといてあげる」

 

 アスナはもう一歩前に出て、ガルに言う。

 

「生き物は、絶対に独りになんかなれないんだよ。自分が独りだと思ってても、必ず誰かに愛されてる。あんたは、あんたの体質ののせいで愛されてると思ってるんだろうけど、違う。本当に愛されてるから、ここまでボロボロになってもあんたのために闘うんだ」

 

 ウシオたちは知っていた。親兄弟もおらず、犬だけが遊び相手だったガルのことを。あれはガルの体質に洗脳されてるわけじゃなかった。もちろん、それもあるが、それはきっかけだったのだろう。それを差し引いたとしても、ガルは愛されていた。

 

「何も分からないくせに、偉そうなことを言うな!」

 

「起き上がらないで。食事中」

 

 起き上がろうとするガルを、ミツが睨み付けながら制止した。その迫力に気圧されたガルは、大人しく横になる。

 

「分かる、って言ったら怒られるのは分かるよ。私のなんて、ただのワガママみたいなもんだから」

 

 家族の不安定さが、少し前のアスナを作り出していた。それも、あの任務がきっかけで改善されたと言えるだろう。

 

「だからこそもう一回言うよ。この私がそう気付けたんだ。だから、あんたも分かるはず」

 

「・・・」

 

 ガルの表情が、少しだけ柔らかくなった。

 

「もう、言わないよ。もうすぐウシオの試合だから、いかないといけない。だけど、覚えておいてね」

 

「ガル」

 

 話終えたアスナに続いて、ウシオが口を開いた。

 

「愛されるのが嫌なら、同じようなやつと組めばいいんじゃないか?」

 

「は?あんた何言ってんの」

 

 感動的な終わり方をしたと思っていたアスナが、呆れたように言った。

 

「少し前の任務で、ちょっと厄介な忍犬に会ったんだ。お前が面と向かって合わせなきゃいけない相手なら、お前も気が楽なんじゃないか?アイツなら多分その体質関係ないと思うぞ。関係あってもアイツは腹ん中に仕舞いこむはず」

 

 それはまだ、ウシオが旧第三班だったころの任務。犬塚一族の忍犬ではないソイツを捕まえるために、森の中を奔走した。ソイツは里と渡り歩いて、悪さばかりしていたらしい。ある情報筋で、木ノ葉に来ていると判明したゆえに、捕獲任務としてウシオたちに与えられた。

 

「多分まだどっかで捕らえられてるはずだ。色んな里から嫌われてるからなアイツ」

 

 そう言いながら、ウシオは扉へ歩いていった。アスナも急いで、少しだけ複雑な表情で、着いていく。

 

「あとでじーちゃんに相談してみるよ。最強のコンビが生まれるってな」

 

「じゃあね、ガル。頑張って」

 

 二人は外へ出ていった。唖然とした表情で残された三人は見送る。それから、ヒカゲは吹き出した。

 

「嵐のような奴らだったな!流石は当代一のエリート!」

 

「暑苦しいぞ、ヒカゲ」

 

 笑い飛ばしたヒカゲをガルは少しだけ嫌がった。ミツはじっと食事中のマゴットを見ている。

 

「よかったな、ガル」

 

 急におとなしい声でそう言ったヒカゲ。

 

「・・・気持ち悪いぞ、ヒカゲ」

 

 ガルは笑顔を隠しながら、ヒカゲにそう言った。

 

--------------------

 

「第四試合、木ノ葉隠れの里、うずまきウシオ。砂隠れの里、ダンリ。いざ尋常に、始め!」

 

 審判である忍が試合開始の号を発する。

 

「試合前の言葉、今撤回してもいいんだよ?」

 

「大丈夫。ほら」

 

 ウシオは包帯でぐるぐる巻きにした左手を見せつけた。ダンリはニヤリと笑う。

 

「威勢がいいのは結構だけど、それで負けたら元も子もないからね?」

 

「俺は必ず約束を守る。忍として当然だろう。それに、こういう状況で本気で戦えるってのは、経験として悪いもんじゃないからな」

 

「俺を、舐めない方がいいよ。これでも砂ではやる方だから」

 

「言うだけならどうとでも言える。だから俺は、目に見える形にしただけだ」

 

「もう一度言うよ。俺を、舐めないほうがいい」

 

 ダンリから、笑顔が消える。本気、ということだろう。

 

「君たち!早く試合を始めなさい」

 

 審判が、話しているだけのウシオたちにしびれを切らし、注意した。それから、少しの間静寂が訪れる。言い知れない空気が、会場全体を包み込んだ。

 

 初動は、ダンリであった。

 

 ダンリはウシオの懐へと飛び込んだ。そして、クナイを取り出し、ウシオ切りつける。ウシオは冷静に、そのクナイが持たれている腕を掴み、ダンリを空中へ背負い投げした。

 

 しかしダンリは空中で体勢を整え、危なげなく着地する。ダンリは一瞬ウシオを見失った。ウシオは、その一瞬を見逃さず、駿足でダンリの背後にまわった。

 

「なっ!?」

 

 ダンリは背後の気配に驚きの声をあげるが、時すでに遅し。気付く頃には、ウシオがダンリの背中に掌底を食らわせ、吹き飛ばされていたのである。

 

 今度は体勢を整えることが出来ず、地面に叩きつけられながら飛ばされていた。

 

「一挙動遅いな。後の先を読め」

 

「舐めるな!!風遁・爆裂風掌!」

 

 ダンリは素早く印を組み、ウシオへと術を放った。ウシオはそれを後方へと飛ぶことにより回避する。ウシオの手前で爆発が起きる。

 

 速くて少しだけ見えにくかったが、烈風掌に起爆札を仕込んだようだ。口だけってわけじゃなさそうだ。

 

 ウシオは、あの時のチャクラ刀を抜く。そこに火遁のチャクラを流し込んだ。チャクラ刀は熱を帯び、刀身は赤く染まった。

 

「風遁と分かり、火遁で来るのか」

 

「この刀には、ほとんど雷遁しか流したことがなくてな。いい機会だと思っただけだ」

 

 このチャクラ刀は思い出の品だ。これからも使っていきたい。やはり実戦はいい。術の試しにもなる。

 

「はっ!」

 

 ダンリは跳躍し、ウシオのすぐ側まで寄った。その最中ダンリは分身の術の印組みをし、二人になっていた。

 

 ウシオは先行していた分身を切りつけた。しかしその瞬間、消え去るだけのはずの分身体が人一人吹き飛ばすほどの風を発したのである。

 

 風遁分身か!

 

 ウシオはチャクラ刀を地面に突き刺し、その衝撃を和らげた。それでも体は少し運ばれた。ウシオが通った道は、微弱な炎の道を作っていた。

 

 本体は!?

 

 ウシオは辺りを見回す。姿はない。

 

 上か!

 

 すぐに上を見ると、太陽を背にしたダンリが空中にいた。

 

「くっ!?」

 

 ダンリが太陽を隠しているとはいえ、全てではない。ウシオは眩しさに、思わず目を瞑ってしまった。

 

「いくら火遁と言えど、そのチャクラ刀一本では、この術は防ぎきれまい!!風遁・疾風斬波!」

 

 無数の風の刃が、ウシオを襲う。ダンリは勝利を確信した。この試合は、死者が出ても不問とされる。手加減をする必要がないのだ。

 

 しかし。

 

「ぐあっっ!!」

 

 悲痛な声をあげたのは、ダンリであった。ダンリは空中から地面へとものすごい速度で叩きつけられる。

 

 その衝撃で砂煙が舞った。

 

「・・・どうなったの?」

 

「大丈夫ですよ、アスナさん」

 

 試合場の上から見ていた二人は呟いた。アスナは心配そうな顔をしているが、イタチはそのような顔はしていない。

 

「チェックだ」

 

「・・くそぉっ!」

 

 砂煙が晴れると見えてきたのは、地面に俯せに倒れたダンリの首筋に、チャクラ刀を突き立てているウシオの姿であった。

 

「勝負あり!勝者、木ノ葉隠れの里、うずまきウシオ!」

 

 戦闘の続行は困難だろうと判断した審判が、試合終了の号を発した。ウシオは、突き立てていたチャクラ刀をダンリから離し、鞘へ納めた。ダンリは俯せのまま口を開いた。

 

「それは、瞬身の術か?いや、それにしても、お前は目をやられていたはずだ」

 

「飛雷神の術だ」

 

「飛雷神?それは、黄色い閃光の・・・。なるほど、そうか。お前が、閃光の忘れ形見か。赤き雷鳴」

 

 ダンリは俯せの状態から仰向けへと戻しながら言った。

 

「マーキングは・・・そうか、あのときか」

 

 ウシオは始めの掌底で、すでにマーキングを施していた。その時点で、ほとんどウシオの勝利であったのだ。あとは、隙を伺うだけ。勝利を確信してしまったダンリが、失敗しただけの話だ。

 

「勝利を確信したいときは、心の中だけにしろ。自惚れは禁物だぞ、ダンリ」

 

 いつの日かに父に言われた言葉を、そのままランダへと言う。

 

 ウシオは倒れているダンリに手をさしのべた。ランダは気恥ずかしそうにその手を掴んだ。

 

「完敗、か」

 

「そうでもない。一度は包帯を取ってしまおうかと悩んださ。マーキングが出来ていなかったら負けていた」

 

「だが、瞬殺だった」

 

 ウシオとダンリの試合が始まって、ものの数分だった。確かに瞬殺だったが、殺し合いとは本来こういうものだ。

 

 ダンリはウシオに助けられながら立ち上がる。その時、会場からは、まばらだが拍手が起こった。忍世界の未来が、この試合会場で垣間見えたのである。しかしそれをよしとはしない者もいた。

 

 同盟を組んだとはいえ、戦争の傷は癒えない。いがみ合いはまだ、続いているということだ。

 

「いい修行になった、ウシオ(・・・)

 

「・・・!」

 

 名前を呼ばれて、少し驚いたウシオだったが、なにも言わずにいた。そのまま、二人は同時に振り返り、自分達の控え室へと帰っていく。

 

 控え室に戻っていく二人の顔はどこか嬉しそうだった。

 

-------------------

 

 そのあとの結果はこうだ。

 

 第5試合、日向ヒカゲVS草隠れのザソウ。これはヒカゲの圧勝。ヒカゲの柔拳が、ザソウの全てを圧倒した。

 

 第6試合、油女ミツVS草隠れのハナ。そもそもミツは戦闘タイプではなかったが、奮闘。しかし、ハナに一歩及ばず敗退。

 

 これにて、本選の1日目が終了した。

 

 どの試合も見ごたえのあるものばかりであった。どの忍も中忍になるに値する。だからこそ難しい。この中からそれを選ばなければならない。

 

 レベルが高ければ高いほど、そのハードルもあがる。

 

 明日はもっと見ごたえのあるものになるだろう。

 

 しかし。

 

 まさかアスナが小猿魔を口寄せするとは。嬉しいような悲しいような。成長しているのだな。

 

 子供の成長というのは、とても早い。

 

「三代目、どうだった?」

 

「ん?あぁ・・・」

 

 夜月に照らされ、師と弟子が酒盛りをしていた。

 

「ウシオは?」

 

「流石はミナトの子供じゃのう。才能はもちろんじゃが、頭の回転が速い」

 

「そうか。ワシも見たかったのぉ!」

 

 本選に間に合わなかった自来也が、悔しがった。

 

「ところで、三代目。ウシオとナルトの関係はどうなっとる」

 

「現時点では赤の他人ということになっておる。身寄りのない子供をウシオが預かっておる、とな。少々無理があるかもしれぬが」

 

 自来也は頭を抱えながらため息をついた。

 

「じじいはそういうところがだめなんじゃよ」

 

「仕方なかろう。ナルトが四代目の息子だと分かれば、危険が及ぶじゃろう。あやつは良い人間ではあったが、他里には恐れられておる。恨みも買われているはずじゃ。ウシオのように自己防衛が出来れば少しは教えられるが。ナルトには、そのすべがない。本当は、ウシオとも離さなければならなかったが、ウシオから離すことは出来なかった」

 

「それは、当たり前じゃろ!そんなことしたらじじい、わしがあんたを殴り飛ばすぞ」 

 

「分かっとる。じゃから、ウシオに任せておる。時間の問題なのかもしれんがの」

 

 キセルを燻らせながら、三代目は暗い表情になる。

 

「いざとなれば、わしがなんとかする。じゃが、ワシらはウシオを信じておる」

 

 三代目はそう決意したかのように言うが、自来也は表情を曇らせる。

 

「どうした?自来也」

 

「いやぁのう」

 

 自来也は月を見ながら、続けた。

 

「アイツは、どこか危ないところがある。子供の危なっかしさじゃあない。まるで、死に急いでいるような。任務から帰ってくる度に大ケガをしておるんじゃろう?」

 

「ふむ・・・」

 

「ウシオは、どこかアイツに似ておる。一時期弟子入りしていたことがあるくらいだしのぉ」

 

 おちょこに入った酒を飲み干しながら、自来也は言った。

 

「大蛇丸、か」

 

 それを付け加える形で、三代目は言った。

 

「深すぎる愛は、良いものとは言えんからの」

 

「ウシオは、優しい子じゃ」

 

「当たり前だ、じじい!」

 

 飲み干したおちょこをテーブルに叩きつけるように置いた。

 

「ウシオをアイツのようにさせるわけにはいかん」

 

「アイツをそうさせてしまったのは、ワシじゃ、自来也。ワシがもっとアイツを見ていてやれば」

 

「三代目、間違えるなよ」

 

 自来也が三代目を睨み付けながら言う。

 

「ウシオは大蛇丸の代わりじゃねえ。アンタの罪滅ぼしのための、な」

 

「わかって、おる」

 

 分かっているはずだった。しかし、どうしても大蛇丸の姿が、ウシオと重なって見えた。

 

「お前はどうなんじゃ?自来也。アイツは」

 

「まだ見つかっておらん。悪い噂は聞くがな」

 

「そうか・・・。大蛇丸」

 

 三代目は、優しい声で呟いた。

 

「ともあれ、明日が楽しみじゃ。ウシオの晴れ舞台じゃからの!」

 

 自来也は先程までの暗さを、吹き飛ばすように言い放った。三代目は、その明るさに救われていた。

 

 明日は本選の二日目。ワシも気合いを入れねば。戦争が終結した今、一層に見極めねばならぬ。忍であるかどうかを。

 

 




 皆様お久しぶりです。zaregotoです。大変お久しぶりです。

 リアルが本当に忙しいです。移動時間に考えてるんですが、それだと明らかに足りないです。はぁ。

 中忍試験が開始しました。原作でのイタチは、たった一人で中忍試験に挑み、合格したらしいですね。今回の中忍試験は、そのイタチ出ていたであろうものより、少しだけ前になります。

 そもそも、班を組まなければいけないんじゃなかったでしたっけ?一人でいけるのかなぁ?とかいろいろ考えたんですけど、結局わかりませんでした。

 イタチのあの事件のあと、すぐに班を組めたからすぐに中忍試験に挑めたということにしておいてください。

 新キャラがぞくぞくです。今回戦ったのは、瞬殺されたランダ、犬塚一族のガル、なんか良いやつっぽくなったダンリ。

 ランダの設定としては、傀儡使いの忍者でした。しかし、イタチの強さに瞬殺されてしまいました南無。

 ガルの初期設定は、犬嫌いの犬塚一族でした。そう言えば、原作の映画で、キバがそうなってたような、と思ったのでボツ。だったら嫌いにならなければならない、って設定にすれば旨いかな、と。ゆえ、です。

 ダンリは、嫌なやつ、を書きたかったんです。ウシオが鼻をへし折る描写を書きたかった。里ではそこそこ、いやさとても優秀な忍です。それをハンデつきで倒すウシオを書きたかったのです。それで恨みをかわれてー、みたいな感じにしたかったんですけど、あんな終わりにしてしまいました。変な因縁をつくると、後々大変かなぁと。だったら、ここで友情を育んでもらおうと、思ったわけです。

 次回は中忍試験後半。いつになるかわかりませんが、首を長くしてお待ちください。よろしくお願いします!


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怒りの拳

「写輪眼との戦い方なんて、わかんないわよ!火遁・豪烈火!」

 

「火遁・豪火球の術」

 

 二日目、その第一試合。二つ目の山。同じ木ノ葉の、同じ班の二人がぶつかり合う。

 

 二人の放った火炎は、わずかにイタチのものが勝っていた。アスナのものは勢いを殺されつつ、終息しだしている。

 

「くそっ!」

 

 自分の火遁が押し返される寸前で、アスナは横へ飛んだ。そして、自分の指を噛もうとした。が。

 

 昨日口寄せできたのはたまたまだ。本当は猿魔さまを呼び出すつもりだったところに、たまたま小猿魔が応じてくれた。あのとき小猿魔が言っていたことは本当だ。今回行えば、恐らく来てくれないだろう。無駄な挙動は避けたい。

 

 アスナはそう考え、最小限の行動で、対戦相手であるイタチに勝ろうと思っていた。しかし、イタチはその上をいく。

 

 そもそも、イタチは才能以上のものをもっている。それが、アスナに自由な戦いをさせていないのだ。

 

「風遁・烈風承!」

 

 こちらを見ていないイタチに向かって、風遁を放つ。それに気付いていないイタチではなかった。地面に体ごと伏せる形になりながら、クナイを投げた。

 

 アスナは、すんでのところでそれを避ける。避けながら、昨日の帰り道、ウシオに言われていたことを思い出していた。

 

 

『写輪眼との戦い方?』

 

『うん。だって、次の相手はイタチだよ?写輪眼がなかったとしても十分強いんだから、それに対応できなきゃあ』

 

 ウシオはなんだそんなことか、とでも言うかのような顔をした。

 

『な、何よ、その顔』

 

『別にかわんねえよ。ただ、相手の目を見なきゃいい。俺はいつもそうしてる』

 

『はぁ!?あんたねぇ!』

 

『俺は基本的に、イタチの足を見てるかな。そうすりゃなんとか対処できるぞ。まぁお前は幻術タイプだから、対処はしやすいと思うが』

 

 とか言ってたけど・・・。

 

 アスナは向かってくるイタチの目を見ずに、足だけを見た。確かに、初動は基本的に足からだ。

 

 だけど。

 

「それでも無理に決まってんでしょ!!」

 

 アスナはクナイを持って、特攻してきたイタチのクナイを、自らのクナイで弾く。

 

「あ、しまっ!?」

 

 その瞬間、アスナの瞳に赤いものが写りこんだ。

 

 写輪眼を見てしまった。そう理解した頃には、遅かった。イタチの姿が、一人一人増えていく。分身の術ではない。明らかに非現実。

 

「降参してもいいんですよ」

 

 複数人のイタチが、同時に口を開く。

 

「そんなこと、アタシがするわけないでしょ!解印術・解放!」

 

 その瞬間、アスナの視界が晴れた。複数人いたイタチは消え去り、残り一人となった。写輪眼でチャクラの流れを見ていたイタチは、突然正常な流れとなったアスナのチャクラを見て、眉をしかめた。

 

「風魔手裏剣、烈!」

 

 アスナは、懐に隠していた巻物から、手裏剣を口寄せした。それをイタチに投擲する。炎を纏った手裏剣は、イタチへ一直線に向かっていった。

 

「くっ・・・!?」

 

 イタチはそれを間一髪でかわした。しかしその直後、体勢を崩したイタチに、アスナが迫っていた。

 

「あんたが、降参しなさいよ!」

 

 アスナは、イタチの顔面へと、拳を叩き込む。イタチはそれをいなす。アスナは続けざまに拳を繰り出した。イタチは、的確にそれをいなしていた。

 

「めんっどくさいわねぇ!!」

 

 アスナは、一度攻撃を中断した。したかと思えば、拳を開いたのである。そこには、先ほどしゃがんだときに掴んだ砂が握られていた。アスナは、それをイタチに振り撒いた。

 

「目眩ま・・・!?」

 

 古典的な目眩ましだ。故に回避は難しい。イタチにこんなことをしてくる忍はいなかったからだ。さらに言えば、イタチは、アスナがこんなことをする忍だとは思っていなかったから、とも言えよう。

 

「こんにゃろぉぉぉぉ!!!」

 

 アスナは怯んだイタチに、今の自分ができる、最大限の掌底を繰り出した。

 

「かはっ!?」

 

 イタチは、それをもろに受けてしまった。アスナはほくそ笑んだ。イタチを下すことができる。しかし、その喜びもつかの間、後方へと吹き飛ばされるはずのイタチが、その場で消え去ったのである。

 

「まさか、影分・・・」

 

 カチャ。

 

 聞きなれた金属音。それが、耳元で響く。そして、冷たいそれが押し当てられた。

 

「終わりです、アスナさん」

 

--------------------

 

「惜しかったな、まさかあんなかくし球を持っていたなんて。あれはどういう仕組みだ?」

 

「あれは、時限式の医療忍術よ。幻術にかかると乱れたチャクラを元に戻してくれる。試合が始まる前に、かけておいたの。本来はかけられた誰かに、他者がかける術なんだけどね。まぁ、一回きりの博打みたいなものよ」

 

 控え室で傷を治療しているアスナと、ウシオは話していた。

 

「他人に使うときは、自分のチャクラを流し込むけど、自分が使う場合、解除に使うチャクラを温存しておかなきゃならない。もし残ってなかったら、使えないから」

 

 結果は、アスナの敗北だった。イタチはアスナが幻術を解いた瞬間に、影分身を作り出していた。そして、本体と入れ替わり、機を待っていたのである。満身創痍であったアスナは、まったく気が付けなかったのだ。

 

「ところで、そんな術、誰に聞いたんだよ。俺ですら知らないのに」

 

「あんた、医療忍術はからっきしじゃない。知ってるわけないわよ。・・・そうね、あれはたまたま、綱手様に聞いたのよ」

 

「綱手さんに?帰ってきてたのか?」

 

「いえ、昨日兄に会わなければいけなくて、湯の国まで行ったの。そこで会ったのよ」

 

「あのあと、湯の国まで行ったのか。大変だな」

 

「兄さん、父上と喧嘩中だから、木ノ葉には来れないのよ。来れないというか、来ない?ね」

 

 三代目火影と、アスナの兄アスマは、アスナのことで道を違っている。少し前の三代目は、家庭を省みないところがあったので、当然といえば当然なのだが。

 

「綱手さんは、相変わらずか?」

 

「会ったのは、賭博場から出てきたところ。シズネさんも、苦笑いよ」

 

 相も変わらずギャンブルか。

 

「機嫌の悪い綱手さんとよく話せたな」

 

「たまたま、ね。そこで聞いたの。自分で即座に幻術を破る方法をね」

 

「それがさっきのやつか」

 

 そこでアスナは微笑み、腕に巻かれた包帯を見た。ウシオもそれに視線を移すと、強く拳を握っていることに気が付いた。

 

「特に、卑下するところはなかった。あの目眩ましなんかよかったな。古典的で原始的だけど、逆に新しい。二度は通じないだろうけど、フェイントとしてはピッタリだ」

 

「負けたら意味ないでしょ」

 

「違う。この試験に勝ち負けは関係ない。戦いの中で、どういう動きをしていたかが問題なんだよ」

 

 ウシオはパイプ椅子から立ち上がり、拳を握った。

 

 アスナは包帯を擦る。

 

「それでも敗けは敗け!次こそは、必ず、イタチに勝つ。どんな手を使ってでもね・・・」

 

「ま、それでこそ、アスナだ」

 

 アスナは、そこでウシオに笑いかけた。それに呼応するように、ウシオも笑った。

 

「次は、俺と砂のアイツだ。必ず勝つから見てろ」

 

「うん。見てる」

 

 ウシオは、控え室をあとにする。背後には、恐らく三代目だろう。強いチャクラを感じていた。

 

 娘の容態を見に来たのか。里の長ともあろうお方か、家族の相手をしていていいのかね。まぁ。じいちゃんなら、あるか。

 

--------------------

 

 本日の試合は四試合だ。準決勝三試合と、決勝の一試合。割りと早くにイタチとアスナの試合が終わったからか、次の試合の開始時間まで、かなりの時間があった。

 

 ウシオはアスナが治療されている医務室を後にして、会場を出た。木ノ葉の町から離れている会場は、深い森の中に作られている。故に、会場から出れば、そこは木々が生い茂った風景だけが広がっていた。

 

「リラはまけんなよなぁ!?」

 

 聞いたことのある声が、聞こえてきた。ウシオは無意識に身を隠し、その声の主がいる方向を伺った。

 

「分かっているさ」

 

 見てみれば、砂の三人が話していた。先ほどのねちっこい声は、ランダだったようだ。それに応じたのはリラ。ダンリは目を瞑りながら、腕を組んでいた。しかし、目についたのは、そのすぐ側にいる男だった。

 

「ランダはリラが負けるとでも思っているのか?」

 

 その男は、ランダを睨み付けながら言った。ランダは萎縮しながらも、呟く。

 

「いや、そんなことはないですけどぉ・・・」

 

「師匠。そんな目をしないでください。ランダも頑張ったのです」

 

 あれで頑張った、とは言えないだろうが、相手が相手だろう。

 

 ウシオは御愁傷様、とでも言いたげに合掌した。

 

「元より、貴様には期待しておらん。勝者こそが正義。その点で言えば、ダンリ。貴様には失望したぞ。あの程度の忍にやぶれおって」

 

「・・・はぁ」

 

 師匠と呼ばれた男は、矛先をダンリに向けた。しかしダンリは、ランダのように怖じ気づくことはせず、少しだけため息をついた。

 

「貴様、なんだその態度は」

 

「いえ師匠。僕は、あなたに認められるために忍をやっているわけではないと思いましてね。それに、負けることも重要だと思いますよ?僕は、知りましたから。自分の世界がどれほど狭かったかと」

 

 薄目をあけ、その男を見やったダンリは言った。

 

「敗者が何を言っても、戯言にすぎん。しかし貴様、私を怒らせたいのか?」

 

「いえ、そんなつもりはありませんよ。そうだ。貴方もアイツと戦ってみるといい。自分がどれほど浅はかだったかを知らされますよ。どれほど自分を見誤っていたか」

 

 そこまで言うと、ダンリは会場へと戻っていった。ランダもそのあとをせこせこと続く。ウシオは体を小さくし、気づかれないようにつとめた。

 

「あの小僧、里に帰ったら容赦せんぞ・・・。リラ、お前は、負けるなよ?私は少し、会場を離れる。やることがあるからな。・・・私を、失望させるなよ」

 

 そこまで言うと、その男は、瞬身の術で、どこかへ行ってしまった。一人残されたリラ。すると、少しだけ頬を緩め、森の中へと駆け出していった。

 

「なーんかありそうじゃのぉ」

 

「うぁぁぁあ!!!って!自来也先生!驚かさないでくださいよ!!」

 

 誰もいなくなったところで、一息つこうとしたウシオだったが、突然現れた自来也のせいで、寿命を縮められてしまった。

 

「ガハハハ!」

 

「笑ってないで。本当に驚いたんですから」

 

 自来也は爆笑しながら、ウシオの背中を叩いた。

 

「すまんすまん。ところでウシオ、最近どうじゃ?」

 

「最近って・・・。特に目立ったことは」

 

 それは嘘だ。かなりの事件をウシオは経験していた。しかしまぁ取り立てて言うことでもなく、自来也もそれを聞きたいわけではないだろうから、言うことはしなかった。

 

「そーか。ナルトはどうじゃ?元気にやっておるか?」

 

「まぁ。最近は修行をサボりがちで困ってます」

 

「ふむ。遊びたい年頃じゃからのぉ。ウシオ、次の試合はどうじゃ?勝てそうか?」

 

「目を瞑っててでも。昨日の試合を見てれば、イタチとヒカゲ以外、取るに足らないって感じですよ」

 

「そーか。それは頼もしいのぉ。しかし足元を掬われるぞ、その考えでは」

 

「別にそんなことはあり得ません。さっきのやり取り。あんなことを言う上司の下で修行をしている忍になんか、負けませんよ」

 

「ふむ」

 

 自来也は自分の顎を擦りながら、さきほどリラが走り去って行った方向を見た。

 

「あの少女は弱くないぞ?」

 

「分かってますよ。予選の試合は見てましたから」

 

「そういうことではない。身体ではなく心がじゃ」

 

「・・・・・・心は、弱そうに見えましたけど」

 

 少し考えたあと、自来也に言うウシオ。

 

「であれば、まだまだじゃな、ウシオ。ああいう忍は伸びる。今のままでは、まだまだじゃがのぉ」

 

 そう言うと、自来也は受験会場の中に戻っていった。どうやら三代目に用があるみたいだ。

 

「ああいう忍、か。・・・興味はあるな」

 

 そう思い、ウシオは彼女が消えていった方向へと向かうことにした。

 

 深い森だ。人避けに植林されただけある。人道ではないから、無理矢理木々を避けないといけなかった。その中でも、通った形跡があるので、リラはここを通っていったことは間違いなかった。

 

 少しすると、深々と生い茂っていた草木もなくなり、少しだけ広い空間が少し先に見えた。よく注視するとその空間の真ん中に、巨大な切り株があるのが見えた。リラはそこに座って何かをしている。

 

「?」

 

 ウシオはばれないように近づいていった。別段ばれても支障はないので、特に気配遮断をすることはしなかった。ただ単にこっそりだ。

 

 どうやら、リラは、何か書き物をしているようだった。リラの後ろには数冊の本が山積みされている。

 

 少し近づいても、ばれる様子はない。本当に集中しているのだろう。しかし、そんなんで忍と名乗っていいのだろうか。

 

「何書いてるんだ」

 

 ウシオはたまらず声をかけた。

 

「うわぁぁぁ!!!???」

 

 リラは大袈裟に驚いて、切り株から転げ落ちた。その拍子に、積み上げてあった本と、今の今まで書いていたノートが落ちた。ウシオはそれをゆっくりと拾い上げる。

 

「うずまきウシオ?!なんでここに・・・。と、というか、それを見るな!!」

 

 とは言われてもだ。すでに拾い上げたあとで、すでに書き込まれた文字に眼を向けている最中だった。

 

「お?」

 

 

『君は、無数に輝く星のなかで最も輝いていた星だったんだ。だから僕は君を見つけられたんだ』

 

『運命だって言ってよ。私は運命だと思っているわ』

 

『偶然だよ。偶然星を見つけたんだ。その方がロマンチックだろう?』

 

 

 なんとも、むず痒くなる文章だった。これが、所謂恋愛もの。自来也先生が書いた小説とは比べようもない。

 

 ん?小説?

 

「これ、しょうせ・・・」

 

 ウシオはそのノートから目をおこし、リラの方を見るが、時すでに遅し。容赦のない拳が、ウシオの眼前まで迫っていた。

 

「ぐはぁぁぉ!!??」

 

 ウシオの警戒むなしく、ウシオはそのまま後ろへ吹き飛ばされてしまった。

 

「はぁはぁはぁ!!読むなと言っただろう!」

 

「ってて・・・。しょうがないだろ。目に入っちゃったんだから」

 

 鼻の頭をさすり、目に涙を浮かべならウシオは言った。

 

「あんた、砂のリラだよな。こういうのが趣味なのか??」

 

 リラは恥ずかしそうにうなずいた。そして恐る恐る口を開いた。

 

「わ、悪いか。・・・この事は、内密にしてほしいのだが」

 

 上目遣いでウシオにそう告げた。ウシオは頬を赤らめ、顔を反らした。

 

--------------------

 

「でもすごいよなー」

 

「な、何がだ」

 

 なんとなくその場から去れなくなった二人は互いに背を向け合いながら話していた。

 

「俺、忍術は得意だけど、勉強はからっきしだからな。特に文才だよ。自来也先生に教えてもらったけど、まず頭が痛くなって眠くなる。そういうことをするとさ」

 

 ウシオが自来也と口にすると、リラは勢いよく振り返った。その影響で、ウシオは前のめりに転んでしまった。

 

「いっててて」

 

 ウシオは赤くなった鼻先を擦りながら、リラの方を見た。当の彼女は鼻息を荒くしながら、目を血走らせていた。

 

「どうしたよお前。キャラがブレブレだぞ」

 

「ど根性忍伝の作者の先生と、おおお、お知り合いなのか!?」

 

「知り合いもなにも、ガキの頃から面倒見てもらってるからなぁ。家族みたいなもんだけど・・・てかお前本当に本が好きなんだな」

 

 地来也先生のデビュー作を知ってるなんて、よほどのファンだ。

 

「あの物語は、私の憧れなんだ。私もああいう忍になりたかった。質実剛健で、勇猛果敢。それでいて傲らず、優しい忍に」

 

「"ナルト"みたいに、か」

 

 確かに、あの物語は良いものだった。あの時代に刊行されたがゆえに、大ヒット作とはいかなかったが、それでもあれは良いものだった。しかし、だ。ウシオにとっては、眩しすぎる物語でもあった。

 

「確か、君の弟もナルトだったな。何か関係があるのか?」

 

 興味本意でそう尋ねるリラだったが、ウシオは首を横に振った。

 

「さあな。今は俺の弟だが、アイツが生まれて、三代目から事情を聞かされるまでは、存在も知らなかったから。今は親がいない同士、暮らしているってだけさ。・・・大方死んだナルトの親が自来也先生のファンだったんだろ」

 

 ウシオは嘘をついた。同里の忍ならいざ知らず、他里の忍に、俺とナルトの関係を知られるわけにはいかなかった。公には四代目火影を父に持つウシオのところに、親のいないナルトという子どもが、居候している、ことになっているからだ。

 

 四代目火影は多くの忍に恐れられ、恨みを買われている。俺ならばそのくらいの対処は可能だが、ナルトは・・・。万が一、ということもある。

 

「そうか・・・。しかし、初めのうちは、ナルトという名前に違和感があったが、読み進めていくうちにその考えもなくなっていった。今では私にとって、英雄の名だ」

 

 笑顔で話すリラ。この子は、こんな顔をするのか。

 

 初めに会った時は、もっとキツイ子なのかと思ったんだけど。

 

 そうウシオが考えていると、リラは少しだけ不機嫌そうな顔をした。

 

「ん?どうした」

 

 ウシオが尋ねると、リラは口を尖らせながら言った。

 

「何故ニヤニヤしながらこちらを見ている。そんなに可笑しいか。私が本の虫で」

 

 あー・・・。

 

 どうやらウシオは、人知れず頬を綻ばせていたらしい。

 

「いや、なんだか、木ノ葉と砂も、捨てたもんじゃないなってさ」

 

 不思議そうな顔をするリラ。そして、考えながら口を開く。

 

「・・・どういう意味だ?」

 

「・・・俺は、その場しのぎの同盟なんて、意味ないって思ってたんだよ。昨日まで殺しあってた二つの里が、次の日には手を取り合って、なんて夢物語、それこそ小説みたいだろ?だけどさ・・・」

 

 そこまで言うと、ウシオは立ち上がり、足についた砂を払った。それから空を見上げて口を開く。

 

「ダンリみたいに潔く敗けを認めて、自分を省みるような気持ちいいやつとか、お前みたいに自分の好きなことに一生懸命なやつとか。どこの里も同じなんだなぁって。少しだけ、希望が見えたんだよ」

 

 リラは少しだけ頬を赤らめながら、頷いた。

 

「どこの里にも、そういう人しかいない。しかし、そういう、自分のある人間がいるからこそ、戦争が起き、平和も訪れるんだと、わたしは思う」

 

 リラは良くできた人間だった。俺なんかよりも正しく、誠実だった。

 

「っへへ・・・」

 

「また笑ったな。君はよく笑う。初めて会ったときは、悪い人かと思ったよ」

 

「分かんないぞ。全部嘘かもしれない」

 

「だったら、次の試合で叩き潰すまでだ」

 

「怖い怖い・・・」

 

 二人は笑い合った。

 

 その時。

 

「リラ、そこで何をしている」

 

 刹那、苛立ちを孕んだ声をかけられた。その方向を向いたリラは先程までの表情を消した。

 

「父様」

 

 ウシオは振り向いた。ウシオは眉を歪めた。父と呼ばれたそれは、娘から表情を奪う人間だということに。

 

「もうすぐ試合が始まる。このような所で油を売っている暇はない・・・ん?」

 

「どーも」

 

 男の瞳が、ウシオのものと重なる。

 

「四代目の倅か。ここで何を・・・。まぁ、どうでもいい。その前に、それはなんだリラ」

 

 男はリラの持っていた本を指差した。

 

「いや、これは・・・」

 

 リラは俯いた。そのまま何も発せないでいる。

 

 なるほど、そういうことか。

 

「これは俺のですよ。ここで本を読もうとしたら、たまたまお嬢さんがいて」

 

「・・・男のくせに、このようなものを読むのか?」

 

「男でも読みま・・・!?」

 

 リラの持っていた本は、ほとんど恋愛小説だった。

 

 『恋慕』『忍び足るもの恋をせよ』『恋竜巻』

 

「ますよ・・・」

 

 仕方なく、言い切った。

 

「・・・」

 

 怪訝そうな目を向ける男。

 

「まあいい」

 

 気色が悪いとでもいうような顔で、会話を終えた。

 

「うずまき・・・」

 

 リラが心配そうな顔をこちらへ向けた。ウシオは笑いかけ、そこにあった本とノートを拾い、まとめて持った。

 

「次の試合、楽しみにしてるよ。リラ、また、会おう」

 

 ウシオは振り返らず、去りながらそう言った。

 

 次の試合、少しだけ、大変かもな・・・。

 

 気合いを入れ直し、試合会場へと向かった。 

 

--------------------

 

「何故だ、うずまき。何故戦わない!」

 

 試合が始まっても、ウシオは自分から攻撃をしようとはしていなかった。

 

「私は!」

 

 リラが掌底を連続で繰り出す。ウシオはそれをひとつひとつかわしていく。

 

「俺は、戦うべきときに戦うだけだ」

 

 すべての攻撃をかわされ、疲れが見え始めているリラ。それはウシも同じだった。

 

「今はそうじゃないというのか!」

 

「お前は、忍には向いていない!」

 

 リラがウシオの言葉で、攻撃を躊躇したのを見逃さなかったウシオは、その隙をついて、拳を強く握った。

 

「俺は!夢を追っている人が好きなんだよ!」

 

 その拳を、リラの顔へと叩き込んだ。かにみえた。

 

 直前でそれを止め、風圧だけがリラを襲った。

 

「何故だ・・・どうして」

 

 あんな顔をしたヤツを殴れるか。

 

 リラはその場から距離をとって、印を組んだ。

 

「風遁・旋風波!」

 

 螺旋状に広がる風が、ウシオを襲う。ウシオも印組をして、その術に対抗した。

 

「風遁・烈波」

 

 同等かそれ以上の風がぶつかり合った。

 

「リラぁぁ!!そのような甘い忍に負けることは許さんぞ!我ら一族の歴史に、泥を塗る気か!」

 

 リラは背中でそれを聞いていた。苦しそうな顔だ。疲労だけではないことは、確かだった。

 

「あれに従う必要なんてないんだぞ、リラ」

 

 ウシオはその男を見て、リラに語りかけた。

 

「中忍に昇格出来ないような忍はいらん!」

 

「父さ、ま」

 

 その男の言葉を聞いたリラは、クナイを構えた。

 

『俺は、どんなときも、いつまでも、君を、愛している』

 

 ウシオは、昔父に言われた言葉を思いだし、歯を食い縛った。

 

「我慢ならないな・・・」

 

「戦えリラ!私との約束を忘れたのか!?お前を育てたのは誰だ!そこまで強く、賢くしたのは誰だ!お前を、一流の忍にさせるために、どこまで苦労したか!私を!失望させるな!!」

 

 会場中にその声が響き渡る。観客席で見張りをしている木ノ葉の忍は、おそらく次何かを言ったら止めるつもりだろう。表情が物語っていた。

 

「・・・来い、うずまき。私は勝たなければならない。勝って、父様を」

 

「ふざけるな」

 

 ウシオはゆっくりと、リラの方へと歩いていき、そして通り越した。

 

「うずまき?」

 

 それを見たリラは、不思議そうな顔をウシオへと向けた。ウシオはそれを無視し、リラの父を一点に見つめた。

 

「親の理想のために、子供を利用するな!虫酸が走る」

 

「閃光の倅か・・・」

 

 リラの父親は、見下したような目をしながら、低い声で呟いた。

 

「貴様に何がわかると言うのだ。部外者は口を挟むな」

 

「部外者だよ。だけどな、聞いてて苛つくんだよ!」

 

「よせ、うずまき。父上は頑固者だ。一度そうだと決めつけたら、それを曲げることは二度とない。それにこれは、私と父上の問題だ。うずまきが、怒ることではない」

 

 クナイを構えたまま、リラはそう言った。

 

 確かにそうなのかもしれない。リラがもし、命令に従うだけの糞みたいな人間だったらどうでもよかった。だが、この少女は、戦いを嫌っている。

 

 だからこそ、ウシオは黙っていられなかった。決められた運命ほど、退屈なものはない。それに抗えないやつを、ウシオは見ていられなかったのである。

 

「お前の夢の話を聞かせてくれよ」

 

「え?」

 

 リラが困惑の表情を向ける。

 

「お前が、将来なりたいものの話だ」

 

「それは、父上のような、立派な忍に・・・」

 

「誰かに決められたとか、勧められたとかじゃなくて、お前の頭が考えて、お前が、お前自身が、なりたいと思えたものだ」

 

 ウシオの頭によぎっているのは、試合開始前、優しい表情で筆を走らせるリラの姿だった。

 

「わた、しは・・・」

 

 迷いのある瞳、そして言葉。

 

 この少女は、戦いたくないのだ。今までの試合を見ていれば分かる事だった。極力攻撃や流血を避け、一撃で相手を倒していた。

 

 それでも、この少女は囚われていた。家族というしがらみに。

 

 家族ってのは、しがらみを持たせるような関係じゃあないんだがなぁ。でもまぁ、俺のこの思いも、しがらみになるのかもしれないな。弟を守るという、使命のようなもの。

 

 ウシオはもう一度、リラの父親を睨み付ける。そして、リラを見やった。

 

「儘ならないな。とても」

 

 痛々しく、悲しい。

 

「リラ、もしここで、このまま、敗北するようなら、お前は勘当だ」

 

 ・・・は。

 

「父上」

 

「どこえなりとも行けばいい。そして、どこかでのたれ死んでしまえ!弱い忍など、私はいらぬ!」

 

 はは、は。

 

 恐らくだ。あの男は、リラのやる気を出させるためにそのようなことを言ったのだろう。二人の会話を聞いていれば、普段どのような会話をしているのか分かる。だが。だが。

 

「リラ。お前の夢、守ってやるよ。俺が」

 

「え?」

 

 ウシオはたまらず跳躍していた。自身の血管が切れたんだろう音も感じていた。

 

「きさ・・・!?」

 

 ステージの外に出たウシオは、男を睨み付けていた。この時点で、ウシオの本選敗退は確実となった。しかし、彼にとってはそのようなことどうでもよかった。彼はすぐにでも、男の顔を殴りたかった。

 

「やめろ!ウシオ!」

 

 誰かが何かを言っている。しかし、もうどうしようもなかった。

 

 ウシオは右手の握り拳に雷遁のチャクラを集中した。そしてそのまま。

 

「往ねよ」

 

 男は最後部の観客席の壁まで叩き付けられた。

 

--------------------

 

 ウシオは、警備をしていた忍に取り押さえられた。そのため、一時的に、本選はストップしていた。

 

「離せ!あの野郎!ぶっ殺してやる!!」

 

「冷静になれ!ウシオ!」

 

 取り押さえているのは、秋道チョウザさんと奈良シカクさんだ。

 

「貴様・・・これはれっきとした反逆行為だ!」

 

 殴り飛ばされた男のかたわらで、砂の忍がワーワー騒いでいた。当の本人は、すでに伸びてしまっていて動くことはなかった。

 

「大人になれ、ウシオ。俺らも辛抱堪らなかった。だが、こうしてお前を取り押さえている。里のためにな」

 

 苦虫を噛むような顔でシカクさんが言った。

 

「五月蝿い!!大人になるってのがそういうことなら!俺は一生子供でいい!」

 

 その瞬間、ウシオは体内のチャクラを一気に解放した。赤いチャクラが辺りに広がる。

 

 拘束が緩み、ウシオはその隙を逃さなかった。

 

 雷遁チャクラモード。赤い衣を纏い、その男まで走った。その時。

 

「封印術・羅刹門」

 

「あぐぁっ!?」

 

 ウシオはチャクラによってできた小さな門に踏み潰されてしまった。

 

「ウシオ・・・」

 

「じいちゃん・・・」

 

 現れたのは他ならない、三代目火影だった。

 

「少しだけ、やりすぎじゃ」

 

「本当に、それで、いいのか。じいちゃんは」 

 

 悲しそうな顔を向け、三代目はウシオの前へと歩みでた。

 

「うずまきウシオ、お主の行為を、違反行為と見なし、失格とする」

 

「そんなことどうだっていい!」

 

 三代目はウシオの襟元を乱暴につかみあげ、声をあらげた。

 

「拳を振るうだけが忍ではない!チャクラとは繋ぐ力。そしてそれを扱う忍は、そうでなくてはならない!忍とは耐え忍ぶ者!そうミナトとクシナから習わなかったのか!」

 

「俺は!守りたいものを守る!他は!どうだっていい!じいちゃんが敵なら!俺はあんたを!」

 

 ウシオからチャクラが漏れ出す。ウシオ特有の赤いものではない。神聖なナニか。まるで自然そのもののような。

 

「どんな手を使ってでも、泣いてるヤツには手を差しのべる。夢を守ると約束した。俺の忍道は、約束を違わないこと。絶対にだ!」

 

「ウシオ・・・」

 

 奇妙なチャクラが、三代目の封印術を消した。ゆっくりと立ち上がるウシオの周りには、奇妙なチャクラがまとわりついて、形を作っている。頭部に角のようなものを作り出そうとしていた時、木ノ葉の暗部が、三代目の元へと現れた。

 

「三代目様」

 

「カカシか・・・今は」

 

「急を要します。珠喰サクヤが・・・」

 

 名前を聞いて、ウシオのチャクラが消え去った。

 

「サクヤさんが、どうしたんだよ」

 

 少しだけ冷静さを取り戻したウシオは、表情の読めないカカシの次の言葉を待った。

 

「・・・サクヤが、里の人間を殺し、里抜けしました」

 

 



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愛憎

 私はまだ知らなかった。

 

 いや、知ることが出来なかったのかもしれない。そもそもアタシは人の上に立つような人間などではなかった。あくまでも補助。常にそう生きていた。

 

 それが、あのとき、全て変わった。永遠を生きるというのはそういう事だ。

 

 しかし、この十字架は、背負わなければならない。この身が滅びるその時までだ。

 

 それでも、分かってなどいなかったのである。悪意というのは確かに存在していて、そんなもの、どうしようもなかったということを。

 

 そして、私は消え去った。

 

------------------------------

 

「珠喰サクヤは、里の忍、一般人と問わず攻撃。その後死の森の奥へと消えました。負傷者多数。既に数十人を病院送りにしています」

 

 猿の面を被った忍が言った。場所は試験会場から移し、火影室。試験はこのまま中断というわけにもいかず、準決勝1試合と決勝戦を残したまま中止となった。

 

 火影室には火影はもちろん、数人の上忍、そして、サクヤが隊長をつとめる下忍の班員が集められた。

 

「なぜ隊長はそんなことを・・・」

 

 イタチがぼそりと呟いた。三代目火影は、顔を伏せ、申し訳なさそうな顔をした。そして、意を決したかのように口を開く。

 

「これより、木ノ葉は、珠喰サクヤを、ビンゴブックSランクの犯罪者として認定。即座に対処をする。動ける上忍を総動員して、死の森へと向かうのじゃ。彼女がいる場所は恐らく、死の森の最奥地、死の社」

 

「はっ!」

 

 ウシオたち以外の忍は、三代目の号を皮切りに、火影室から散り散りに去っていった。残された3人は、三代目が何を言うのかを、ただ待っているだけであった。

 

「まず、お前たちに謝らなければならない。中忍試験の中止。本当にすまない」

 

 三代目は頭を下げた。3人は驚く素振りも見せず、ただその姿を見ていた。そんなことよりも、何故このようなことが起きたのかを知りたかったのである。

 

「ここは、何も聞かず、各々の家へと帰ってはくれんか?」

 

「そういうわけにはいかないだろ、じーちゃん」

 

 三代目の言葉に、ウシオは即座に反応した。その返答が来ることを予測していた三代目火影は、苦虫を噛むような顔で、口元を歪めた。

 

「・・・じゃな。お前たちには知る権利がある。少し長くなるがよいか」

 

 誰一人として、その言葉に反応しなかった。そして、三代目は、話始めた。

 

「あれは、まだ二代目様がご健在であったころ。ワシやダンゾウなど現在里の重役を担う者たちが、まだ、若かった頃じゃ・・・・・・」

 

----------------------

 

「遅いぞ!サク!」

 

 木ノ葉の額当てをした少年が、森を駆ける。それと並びながら、もう一人、クールを体現したような少年もまた駆けていた。遅れながらもその背後から、少女も追いかけていた。

 

 少年はそのサクという少女に激を飛ばしていた。

 

「ごめんヒルゼンくん!この森、起伏が激しくて・・・」

 

 二人は、森を抜けた見晴らしのよいところで停止した。二人が停止したところで、サクはやっと追い付けた。追い付いてすぐに、謝罪の言葉を口にした。

 

「謝るくらいなら実力をつけろ」

 

 激を飛ばしていた少年とは別の少年が、冷静に言った。サクは見るからに落ち込み、それを見たヒルゼンと呼ばれた少年は、ため息をつきながら口を開いた。

 

「そこまでにしとけダンゾウ。でもまぁ、ダンゾウの言う通りだ、サク。そんなんじゃ、いつか死んじまうぞ」

 

「ごめん・・・」

 

「二人とも、そのへんにしときな。サクだって、一生懸命やってんだ」

 

「シデノ隊長・・・」

 

 三人の後方から女性が現れた。シデノ隊長と呼ばれた女性は、厳しい口調で、二人を叱った。

 

「それで、どうなんだい?」

 

「扉間様と続いてカガミ、トリフ、コハル、ホムラが先行しています。・・・恐らく、今砂煙が舞ったところにいるのでしょう」

 

「そうか。やはり、この和平をよく思っていない者もいるということだな」

 

 シデノは肩を落としているサクの肩を一度ポンと叩き、先を見ている二人の少年に並んだ。

 

「アタシたちは周りから攻める。アタシとサク、猿とダンゾウのツーマンセルで行く。お前たちはすでに立派な忍だ。アタシの手を借りなくとも、行動できるだろう。しかし、いいかお前たち。命を、無駄にするなよ」

 

 シデノの赤い瞳が、三人の顔をとらえた。三人はその言葉に頷く。

 

「行くぞ、散!」

 

 四人は、瞬時にその向かうべき方向へと散った。

 

--------------------

 

「あの、シデノ様」

 

「ん?なんだい?」

 

 サクのスピードに合わせながら走っているシデノが、サクの隣でサクを見ずに、聞いた。

 

「先程は、ありがとうございます。その、私が不甲斐ないばかりに」

 

「ダンゾウにも言われただろう。謝るな、と。謝らなくていい。お前は強い。だからこそ、扉間率いる隊に選出されたんだ。それに、心配も必要ない。お前たちを守るのが、アタシたちの仕事でもあるんだからな」

 

 そこまで言って、シデノは足を止めた。そして、口に人差し指を立てるのをサクに見せて、聞き耳を立てた。

 

「アタシたちの方が当たりだったようだな。サク、行くぞ」

 

「・・・はい!」

 

 先程まで落ち込んだ表情だったサクも、険しい表情になりながら、シデノに続いた。

 

 忍が二人で、警戒しながら歩いている。額当てをしていないが、忍であるのは確かだ。額当てをしないのは、雲隠れであることを悟らせないためだろう。いつの世も和平を結ぶということは、至難であるということだ。

 

「火遁・蒼炎赦波!」

 

 シデノの青い炎の鳥が、その忍へと向かう。すんでのところで忍たちはそれを避けた。

 

「青い炎!木ノ葉の蒼炎か!?」

 

「アタシも有名になったもんだなぁ?なぁ!サク」

 

「シデノ様!話している場合ではないです!風遁・大突破!」

 

 サクも、その火遁をサポートする形で忍術を放った。青い炎が、風遁により大きくなる。

 

「サクのチャクラコントロールは、やはり眼を見張るものがあるな」

 

 このように互いの術が作用されるのは、どちらかがその術に使用されるチャクラを片方に合わせているからだ。この場合、後に放ったサクがそれに値する。

 

「そ、そんなことは」

 

「きさ、まら、無駄、話を・・・」

 

 あの炎の中、生き残った敵の忍がいた。もう一人は黒こげだ。どうやら、咄嗟に体を引き、直撃を免れたようだった。

 

 シデノは、冷徹な瞳をその忍に向ける。そして、そのままその忍にゆっくりと近づいて行った。

 

「まだ生きていたか」

 

 シデノは、長い足を振り上げ、そのままその足をその忍の腹部へと振り下ろした。シデノの忍靴は特注だ。鍛錬のために重りを仕込んでいる。故に、重い一撃を繰り出せる。

 

「ぐちゃ」

 

 短い悲鳴でもない。それは、肉塊が潰されたような音だった。すでに息絶えている。しかし、シデノはぐちゃぐちゃと、その死体を弄んだ。

 

 シデノ隊長は、仲間には慈母のような存在だが、敵には悪魔のような存在だった。

 

「隊長、もう、死んでいます」

 

「まだ死んでないよ。ほら、動いてるじゃないか」

 

 サクは言えなかった。死体が動いているのは、シデノが脳を踏み、弄んでいるからだと。

 

「しかしさすがに飽きたな。そろそろ行こう、朔」

 

 シデノは酷く残酷な一面を持っていることは、里に知れ渡っている。故に友人と言えるものは数えるほどしかいない。初代火影とその妻、うずまきミト、さらには二代目火影くらいだろう。

 

「はい」

 

 サクは思った。こんな人にはならない。いや、なれない、と。なった時は、自分というものの終わりであると、感じていた。

 

 しかしそれでも、この人は、私の師匠であることは確かだった。

 

--------------------

 

「扉間様・・・」

 

 扉間が教えているうちはの青年、カガミが呟いた。

 

「どうした」

 

「この協定、上手くいくでしょうか?」

 

 いつになく不安そうな表情だ。

 

「貴様が心配することではない」

 

「・・・はい」

 

 しかし、カガミの不安は的中していた。

 

 この協定、雲隠れとの協定は、クーデターを策していた金閣、銀閣兄弟によって、邪魔されることになる。そして、窮地に陥った扉間班は、扉間が囮になることによって、逃げ仰せることになるのだが、もうひとつの悲劇が、人知れず起こっていた。

 

「何故、だ。扉間・・・」

 

 シデノの瞳に写るのは、扉間が所持する刀の刀身の煌めきであった。

 

--------------------

 

「もうどうだっていい。もうすでに終わりだ。終わりなんだよ」

 

 シデノは数十人の忍と相対していた。この中には扉間班として任務に出ていた猿飛ヒルゼン、志村タンゾウ、そして奥村サクがいる。

 

「止めてください!シデノ様!」

 

 扉間からの遺言により、三代目火影となったヒルゼンが叫んだ。

 

「火遁・蒼舞乱撃」

 

 シデノは回転しながら炎を吐き出す。

 

「くそっ近づけない。ダンゾウ!」

 

「分かっている!風遁・真空玉!」

 

 ダンゾウは素早く印組をし、口から風の弾を吐き出した。しかし、それは蒼い炎にかき消される。それどころか、炎は勢いを増していた。

 

「チャクラを合わされた?!まさか」

 

「クソッ、退けダンゾウ!火遁・火龍弾」

 

 今度は最大のチャクラでその炎を押し返そうとした。しかし。

 

「押し負けてる?!」

 

 サクが驚嘆の表情を浮かべる。ヒルゼンは二代目に認められるほどの忍だ。サクの表情も、もっともであった。

 

 それもそのはずだ。ヒルゼンたち後輩は、シデノの本気を見たことがなかった。シデノは修行の一貫で、装束に重しを仕込んでいる。それがない場合は、そういうことだった。

 

「巫山戯るな!扉間を出せ!」

 

 聞く耳を持たないシデノは、先程からそれしか言っていなかった。こちらが何を言っても、巫山戯るな、五月蝿い、それしか言わない。

 

「クッ!だから言っているでしょう!二代目は死んだんです!半年も前に!あの戦いで、我々を救うために!」

 

 ヒルゼンが言う。

 

 そうだ。半年。扉間を失って半年である。新たな火影に指名されたヒルゼンは、すでに火の国の大名への御目通りも済ましていたほどだった。

 

 つまり、それほど長い時間が経ったということ。

 

「五月蝿い!ヤツはアタシを殺そうとした!なれば、ヤツは敵だ。そしてヤツの治めていたこの、この里も、敵だ!」

 

「何を言っているんですか!二代目がそんなことをするわけが無いでしょう!ましてや、初代様と親交の深かったアナタを、殺そうとする筈がありません!」

 

 ヒルゼンが叫ぶ。それでも、シデノの殺気は消えない。その時。

 

「はぁッッ!!」

 

 ヒルゼンの背後から、サクが刀を構え跳躍した。

 

「はッ!!」

 

 サクはそのまま斬りつける。シデノも、腰元からクナイを取り出し、それに応戦した。

 

「サクッ!!」

 

「シデノ様!」

 

 剣戟。ものすごい速さの斬撃だ。しかしそんなサクの斬撃を、小さなクナイで的確に往なす。更に言えば、サクが往なされたあとの次の行動を制限する動きで、シデノは往なしていた。

 

 その所為か、サクは息を荒げ始めているが、シデノはその様子を見せなかった。

 

「クッ!!」

 

 ガキンッッ!!

 

 シデノが、隙を見せたサクの刀を弾き飛ばした。それを知覚するよりも先に、シデノはクナイを振り切る。

 

 サクはその攻撃をすんでの所で避け、後方に跳躍した。そして、弾き飛ばされた刀の場所を確認する。

 

 サクはシデノを一瞥し、その刀まで跳躍した。それに合わせ、シデノはクナイを投げる。風のチャクラを込め、速度と威力を増したクナイだ。

 

 恐らくサクがその場まで到着し、刀を構えるよりも先に、クナイがやってくる。それを見越したダンゾウが、そのクナイ目がけ術を放った。

 

「風遁・真空刃!」

 

 風遁の刃が、クナイに直撃し、弾き飛ばされた。その際、当たらなかった風遁が地面に当たり、衝撃で砂煙が舞う。

 

 それと同時に、刀の元へ到着していたサクが、刀を握りしめ、水遁のチャクラをこめた。砂煙が舞う直前に、シデノが火遁の印を結ぶ姿が見えたからだ。

 

「火遁・蒼鳳仙火!」

 

 小さな蒼い炎が砂煙を越え、サクの元へと向かう。サクは刀を携え、砂煙を経由し、シデノの元へと跳躍する。届く蒼い炎を、サクは斬りつけ無力化する。

 

「はぁッッ!!」

 

 砂煙から飛び出したサクが、シデノに斬りかかる。しかし。

 

「はっ?!」

 

 対象を捉え、確実に届いた刃だったが、その感触がない。

 

「判断は悪くない。だが、甘い。殺気が足りない。そんなんじゃ、アタシを斬ることはできないぞ」

 

 サクの背後から声が響く。それに気付き、振り返ろうとするが、それよりも先に、シデノは拳を構えていた。

 

「木ノ葉烈風掌」

 

 風遁のチャクラを込めた掌底が、サクの背中に直撃する。瞬間、掴んでいた刀を離す。それをシデノは掴んだ。サクはそのまま先にある巨木に叩きつけられた。

 

「・・・・・・・」

 

 その時、ヒルゼンがシデノのところまで、クナイを構え特攻した。シデノはそれに気付いていないのか、気を失ったサクを眺めている。

 

「はぁッッ!!・・がっ?!」

 

 気付いていないと思われたシデノだったが、腕だけをヒルゼンが斬りつけるようとしていた場所に伸ばし、攻撃を当てる寸前のヒルゼンの首を掴んだ。

 

「がっ・・・あ!」

 

「お前たち、連携がなってないぞ。お前たち一人一人の力で、このアタシを止められるとでも思っているのか?」

 

 そう話し終えると、顔を少しだけヒルゼンの方へと向けた。

 

「このアタシを止められるのは、柱間とマダラだけだ」

 

「シデ、ノさ、ま」

 

 微かな声を漏らし、ヒルゼンは印を結ぼうとした。しかし。

 

「フン・・・」

 

 シデノは掴んでいるヒルゼンを地面に叩きつけた。

 

「ガハァッッ!!」

 

「ヒルゼン!!」

 

 今度はダンゾウが特攻する。それを見たシデノは、ものすごい速さで印を結んだ。

 

「火遁・蒼龍炎激波」

 

 火龍炎弾のシデノバージョン。それがダンゾウに襲いかかる。しかしそれをダンゾウは避けようとせず、突っ込んでいった。

 

 そして術が届く寸での所で、飛び上がり蒼い火の龍に沿うようにして避けた。さらに刀を構え、そのままシデノに斬りかかった。

 

 シデノはサクの刀で応戦する。ダンゾウは両手で力強く振り切るが、シデノは片手で往なす。

 

 ガキンッ!!

 

 鍔迫り合いの形になった時、シデノが口を開いた。

 

「だから言っているだろうが。お前たちじゃあ、アタシには敵わないと!!」

 

 そこまで言うと、蹴りをダンゾウの腹部に食らわせた。

 

「グァッッ!!」

 

 ダンゾウも後ろへと吹っ飛ばされる。その最中、意識を取り戻したヒルゼンが火遁の印を結んでいた。

 

「火遁・火龍炎弾!」

 

 シデノはそれを見やり、避けようとせず、刀を構えた。

 

 そして、その術を、斬りつけた。

 

 火遁は、なんの力も込めていないシデノの刀の剣圧のみで、真っ二つにされてしまった。

 

「そんな、馬鹿げてる・・・」

 

 後方から肩をかばいながら見ていたダンゾウが呟いた。

 

 その時、意識を取り戻したサクが、先程弾き飛ばされたシデノのクナイを構え、シデノのところまで特攻していた。

 

「シデノ様!!」

 

「攻撃する相手に、声を掛けるやつがあるか!」

 

 サクの声で気付いたシデノが難なくクナイの一撃を刀で受ける。

 

「シデノ様、まだ意見は変えませんか?」

 

「あ?」

 

 サクはシデノの瞳を見やる。

 

「扉間様が居なくなった今、ヒルゼン君が里をまとめあげなければなりません。そこにあなたのような、柱間様の意思を受け継ぐ人がいれば、きっとヒルゼン君の助けになります」

 

「あのなぁ、いつも言っているだろうが。アタシは柱間とマダラに付き合わされただけだ。その二人があんなことになって、もうこの世にいないとなりゃ、アタシがここにいる理由もない」

 

「それでも、だめですか?」

 

「だから・・・」

 

「私は!私は、母のようなあなたを、斬ることは、出来ません。私を、愛しているのなら、もうやめてください。仮に扉間様が、そんなことをしていたとしても、この里に罪はありません!」

 

「罪?はっ!マダラがあんなことになったのは、扉間の所為だろうが。信じてきたさ。だがな、もう、無理だよ。結局、アタシは、光にはなれないんだよ」

 

「そう、ですか。分かりました」

 

 シデノは、そう言うサクに対して怪訝な表情を浮かべた。

 

「なら、アナタを止めます」

 

 サクは、シデノの持つ刀を掴んだ。血が滲み、その血は刀の刃を垂れ、シデノの腕へと辿り着いた。

 

「サク、お前、まさか!?」

 

 シデノはサクのやろうとしていることに気がついたが、時既に遅し。既に、機は完成していた。

 

「忍法・魂喰ミ」

 

--------------------

 

「どこだ!サク!ヒルゼン!ダンゾウ!」

 

 満身創痍で森の中を駆けるシデノ。雲隠れから命からがら逃げ延び、やっとのことで、ここまでやってきた。しかし、側に守るはずの仲間がいないことに気付いたのだ。ゆえに、やって来た道を戻りながら探しているのである。

 

「このシデノが遅れを取るとは。あの金閣、銀閣という兄弟、まるで人柱力のような力だった。尾獣の肉を食らったというのは本当だったとでもいうのか?」

 

 ふと。

 

 シデノの目の前に急に何かが現れた。

 

「何者だ!!」

 

 シデノは叫んだ。

 

 目の前にいるのは、紛れもなく千手扉間、その人だった。

 

「シデノ」

 

 扉間だと思われるそれは、声を発した。

 

「扉間・・・か?」

 

 確認のため、シデノは扉間に呼び掛けた。返答はないがチャクラの質は扉間そのものだ。

 

 ゆっくりと近付く扉間。確実に見知りであると理解したシデノは、警戒を解く。

 

「あの尾獣モドキに襲われた。ヒルゼンたちともはぐれ、行方がわからない・・・」

 

「そうか。それは・・・」

 

 刹那、扉間の姿が消えた。

 

「なッ?!」

 

 飛雷神の術。その術を使ったのだろう。瞬身の軌跡が見えなかった。恐らく、少し前に渡された印の施されたチャクラ刀。それを目指して飛んだ。

 

 意味がわからなかった。消える寸前、殺気を感じたからだ。

 

 そして、振り向くよりも先に、その行為の意味を理解した。

 

「扉、間・・・何故だ」

 

 刀が自分の腹部から飛び出していた。口から、温かいものが漏れる。鉄の味がする。

 

 シデノは、その刀を振り解いた。振り解いた衝撃で、刀は腹部から外れた。落ちた衝撃で、金属の音が響く。

 

「シデノ!!」

 

 叫ぶ扉間。

 

 恐らく扉間は、心の臓を目がけ突き刺したのだろう。しかし少し逸れたために、致命傷は避けられた。故に、シデノはこのような行動が取れた。

 

 本来のシデノであれば、そのまま振り返り戦闘態勢を取る。しかしそれはしない。いやさ、出来なかった。

 

 この状況を理解出来なかったからだ。

 

 シデノは走る。森の中を走る。途中、足を縺れさせ、転んでしまった。その際、重し出会った靴を脱ぎ捨て、更に走った。

 

 振り返ることができない。今この状況では、誰が追いかけてきていたとしても、戦うことが出来なかったからだ。心も、体も、動きを止めようとしていた。

 

 ポツポツ・・・。

 

 雨が降り出した。目の前が霞む。雨なのか、それとも涙なのか、分からないがそれは、顔を伝い、顎から水滴となって落ちる。

 

「クソ・・・」

 

 最も愛したであろう男に、腹を突き刺され、ズタズタだった。

 

 復讐だ。

 

 その感情が頭の中に広がるが、それよりも先に、今は眠りたかった。

 

 先の方に、うろが出来ている木が、微かに見えた。

 

 シデノはそこまで急ぎ、到着するや否や、瞳を、閉じた。

 

--------------------

 

「忍法・魂食ミ」

 

 サクの体の周りに、どんよりとしたチャクラがまとわりついた。まとわりついたチャクラは、掴み合っているシデノの体へと、飛びつくように移った。

 

「なんてことを・・・!!その術を使えばお前は!」

 

 ダンゾウが叫んだ。

 

 魂食ミとは、文字通り魂を食べる術。奥村サク、もとい珠喰一族の最後の生き残りである珠喰サクは、一子相伝であるその術を、会得していたのである。

 

 この術を発動すると、心臓の位置にあるチャクラの門、"死門"から、特殊なチャクラが溢れ、発動者の体周りにまとわりつく。そのチャクラに触れた人間は、チャクラを全て、発動者の死門に引きずり込まれる。発動者は対象者に、自身の体液を接触させないといけない。しなければ、そのチャクラが対象者を認識しないからだ。

 

 対象者の皮膚に付着した発動者の体液の所為で、死門から流れ出たチャクラが、自分の体であると勘違いをし、対象者のチャクラを体外へと流れ出たチャクラだと認識する。そのため、対象者はチャクラを奪われてしまう。

 

 取り込んだチャクラは発動者のものとなり、チャクラの性質は取り込んだチャクラと同等のものとなる。有り体に言えば、今まで使うことが出来なかった性質の術を追加で使えるようになるということだ。

  

 対象者はチャクラを全て抜かれ、死んでしまう。これを防ぐ術はなく、うちはとの大戦の時は、非常に重宝されたという。

 

 敵を必ず死に至らしめることができる術である。そしてそれと同時に、発動者の肉体年齢が停止する。取り込んだチャクラを制御するために、体内のチャクラが成長ではなく、制御にのみ使われるからだ。

 

 また、死んでしまうと、死門に取り込まれた対象のチャクラが死体となった体に溢れ、その対象者に体を乗っ取られてしまう。術を受けた対象者が、発動者の死門の中でチャクラ体として生き残っているためである。

 

 さらに、この術には寿命があり、寿命を迎えるとこれもまた、発動者は死に、対象者に体を乗っ取られる。寿命は凡そ30年。上下はするだろうがそのあたりである。

 

 これを防ぐには、もう一度同じ術を使い、上書きしなければならない。もしくは、別の誰かにその術を使ってもらい、封印してもらうこと。

 

 前者の場合、封印したチャクラと同じチャクラに、本来のチャクラが変質してしまわぬよう、コントロールを行わなくてはいけない。後者の場合は二人以上の術者が存在しなければならない。

 

 上記のもの以外に、完全に解除する方法があるらしいが、すでに失われていた。そもそも珠喰一族は、解除をすることはしなかった。

 

 一族の繁栄のために、術を行使していたからだ。つまり、後者の方法を使い続けていけば、永遠に術が生きることになる。

 

 以上の事から、まだ里という概念出来る前に、一族は危険視され、滅ぼされてしまった。

 

 一人の生き残りを除いて。

 

「チャクラが・・・熱い!!」

 

 サクは悶え苦しんだ。すでに空っぽの肉体となったシデノの体の目の前で。

 

『サク・・・貴様ァ!!』

 

 しかし、サクの封印が完全ではなく、シデノがサクの体を通じてそう呟いていた。

 

「ヒルゼン!サクを取り押さえるぞ」

 

 ダンゾウがヒルゼンに向けてそう叫ぶが、時既に遅く、シデノは次の行動に移ろうとしていた。

 

「封印術・百華封印!」

 

 すると背後から、無数の鎖が飛んできて、サクの体を拘束した。

 

「下がりなさい、二人とも」

 

「ミト様?!」

 

 初代火影の妻であり、九尾の人柱力でもあるうずまきミトが、姿を現した。

 

「シデノ、気でも狂ったか!あなたほどの忍がなぜこのようなことを!」

 

『ミトか?アタシを封印しに来たのか?安心しろよ。アタシは今、サクの体ン中に封印されてる。言いたかねぇが、動けない。・・・今はな』

 

 徐々に動き出すサクの体。ミトの封印をしてもなお、立ち上がろうとしていた。

 

『アタシは絶望したんだよ。忍に、里に、国に、世界に!』

 

 完全に立ち上がったサクは、右足で蹴り跳躍しようとした。しかし、右手で懐にあったチャクラ刀をその右足に突き刺した。

 

「!?」

 

 その場にいた全員が疑問符と感嘆符を同時に浮かべた。

 

「は、やく。私を封印、して、ください。ミ、ミト、さ、ま!」

 

 サクの声でソイツは話した。

 

『サク!貴様!!邪魔をするな!』

 

「嫌です!邪魔をします!私は、この里が大好きです!そして、あなたも!あなたを裏切者なんかにさせません!」

 

「解印術・百華牢解印!」

 

 百華牢解印。解印術とは銘打たれているが、先程の術の上位互換。だが、単純な上位互換ではなく、まったく別の術へと変質している。百華封印は、対象者の血流を流れるチャクラに働きかけ、チャクラの動きを封じる術だ。その際、その拘束は鎖となって目に見えて現れる。チャクラによってサクの体を御しようとしているシデノにとっては、天敵となる術。

 

 しかし百華牢解印は、そもそも使用用途が違う。専ら拘束として使われる封印術とは違い、開放のために使われる。対象箇所は対象者の八門。

 

 門は頭に近い場所から、右脳に開門、左脳に休門、胴体に生門、傷門、杜門、景門、驚門、心臓に死門の八つ。その全てを開くことで驚異的な力を手に入れることができる。この術は、そのすべての門を段階を踏ませることはなく、一気に開くのだ。

 

 手練の体術師が使う八門の技は、手練であり、その順序があるからこそ初めて機能する。もしこれを無理矢理開こうとすれば、どうなるか。

 

『が、がぁぁああぁぁぁあ!!』

 

 封印ではなく解印。対象箇所が八門であるからこそ、それは死に直結する。この場合の死は、魂食ミによって死門に封印されているチャクラも使用しての死なので、身体的に死亡したとしても、体の乗っ取りは行われない。

 

 つまり、現状最善とする方法こそ、この術であった。少ない犠牲で、事が済む。

 

 サクの体はまだ未熟で、そもそもチャクラの高負荷に耐えられるはずもない。これを防ぐためには、自らその門を閉じる必要がある。しかし、閉じるということは、シデノにとっては悪手であった。自らが封印されている死門を少しだけ開くことで、サクの体を制御しているのだ。門を塞ぐということは自分を封印するとうこと。

 

『こんなことすれば、サクの体が!』

 

「そのようなこと、承知です。サクもこの里の忍!驚異となるものがあれば、その身を呈して対象を排除する。柱間様と互角に渡り合えるあなたを野放しにするわけにはいきません!!」

 

『クソッ・・・・。クソクソクソクソクソクソ!!』

 

 しかし、それでも、驚異的な力を手に入れていたことは確かだった。

 

 シデノはその場で跳躍し、一瞬でミトのところまで飛んだ。ミトの顔に拳を叩きこもうとした。しかし、その拳を眼前で止めたのである。

 

 拳による風圧が、ミトの顔へと届いた。だがミトは身動ぎ一つせず、その拳の先にあるシデノの瞳を見据えた。

 

『お前、止めるのを分かっていたな』

 

「ええ」

 

『アタシがこのまま引き下がると思っていたな』

 

「ええ。あなたのいいところは、敵味方問わず、認めた相手には最大の敬意を払うところですから。それに、一番気に入っている子の死が絡んでいるのなら、尚の事。あなたは必ず止まると」

 

 シデノは拳を下ろし、その場に胡座をかいて座り込んだ。

 

『そうかい。はっ!いいよ。封印しな。アタシを』

 

「ええ。そうさせてもらいます」

 

 ミトは百華牢解印を解くと同時に、別の術を使う。

 

「封印術・千床封印」

 

 その言葉と同時に、光の針が、シデノの心臓部分へと向かった。この封印術はチャクラの流れを断つ術。先程の封印術は、破られない限り、ほぼ永久的に持続するが、これは一時的なものだ。サクの術が完全に効くまでの時間稼ぎともいえよう。

 

『魂食ミの寿命のことは知ってる。そうなりゃ、知らねぇぞ』

 

「それまでには、きっといい里になっています」

 

『そうか。フン。せいぜい、足掻けよ猿』 

 

 シデノは瞳をミトからヒルゼンへと向けて言った。

 

 その瞬間、サクは意識を失った。

 

「サクっ!!」

 

 駆け寄るヒルゼンとダンゾウ。サクは苦悶の表情を浮かべながら、その場に横たわった。

 

 その後、しばらくして、サクは意識を取り戻した。めでたしめでたし、というわけにもいかず、サクは半月間捕縛されることとなった。

 

 その時代において、珠喰一族はすでに滅んだ一族であったためだ。封印は、いかなるものか。それを見極めることだったが、そもそも、その一族の文献そのものもなく、件の術に関して知る者も少なかった。

 

 シデノしかり、ミトしかり、生前の初代火影、千手柱間と交流を持っていた者。また、サク自身から打ち明けられた者。というのも、柱間から、親しい者以外へ漏らすことを禁じられていたからである。

 

 サクは流浪の民であり、その民を里に引き入れたのは他ならない柱間であった。だが、サクが魂喰の一族であることを知っていたわけではなく、偶然そうなっただけであった。

 

 魂喰一族には、胸部の心臓部分に近いところに、円形の黒い痣がある。父からその話を聞いていた柱間は、彼女に氏を変えさせ、別人として過ごすことをさせた。その後、サクはシデノに預けられた。  

 

 それは、魂喰一族がどれほど危険な一族であるかを証明していた。

 

--------------------

 

 志布志シデノ。初代火影や二代目とともに、里の建立に携わった伝説の忍者である。史実では、戦争中、二代目火影が死んだ戦いで、共に命を落としたとされていた。

 

「シデノ様は、深い青色の特殊なチャクラを使用する忍でな。そのチャクラ故か、木ノ葉の蒼炎と呼ばれておった。ウシオ、お前のようにだ」

 

「蒼炎・・・。今は、そんなことどうでもいいんだよ。さっきの言い分だと、また封印をさせればいいんだろ?それをすれば」

 

「サクはそれを拒んだのじゃ。封印の上書きをするということは、一人は必ず犠牲になるということ。それに、サクは、シデノ様の魂を消すことを、頑なに拒んだ。それもそうじゃろう。あんなことがあっても、彼女にとっては育ての親なのじゃから。そもそも、すでに術の寿命は終わっている。今サクの体の中にいるのは、紛れもなくシデノ様じゃ」

 

 ウシオは苦い顔をした。そのようなことをさせた時代に。

 

「死の森の奥へは、どうやって行くんだ」

 

 ウシオは両隣にいる二人に目配せをし、そう言った。

 

「行ってどうするつもりじゃ。今のサクはシデノ様に体を乗っ取られておる。お前たちは確かに強い。恐らく現行の班の中で最も。しかし、それは下忍の中での話じゃ。行けば、確実に命を落とす」

 

 ウシオの瞳から、炎は消えていなかった。目の前のヒルゼンの目の中にある悲哀の炎ではなく、希望を信じる熱い眼差し。

 

「昔、母さんに封印術を習った。さっき言ってた封印術、いや、解印術だったっけ?聞いたことがある」

 

「・・・確かに、ミト様と仲が良かったクシナならば、件の術も知っておるだろうが。しかし」

 

「あの人は、俺たちの上司で、先生だ。俺たちが何とかしなきゃいけない。それに、もう二度と、大切な人を失いたくない」

 

 ウシオの頭に浮かんでいるのは、オチバであった。あのような形で失ったのであれば、尚更だ。

 

「・・・」

 

 ヒルゼンは三人を見やったあと、立ち上がり、窓の外に広がる木ノ葉の里を眺める。

 

「死の森の入口の真反対に、もう一つ入口がある。大きな岩で塞がれた入口じゃ。そこは歴代の影たち、重役のみが開くことのできる封印が施されておる。その封印に今言った人間のチャクラを流せば、開くが・・・」

 

 そう言うと、ヒルゼンは机の引き出しから巻物を取り出した。

 

「この巻物に、ある印を結べば、前述の封印は解ける。チャクラを流す必要はない」

 

 ヒルゼンがその巻物をウシオに投げる。ウシオは無表情でそれを受け取った。

 

「その後、その道を進むと目の前に祠が見えてくる。その祠の中のレバーを引けば、直接死の社に辿り着くことができる道が見えてくるじゃろう。恐らく、誰よりも早く到着する事ができる」

 

「分かった。・・・行くぞ、みんな」

 

 ウシオから声を掛けられた二人は、何も言うこともなく、出口の扉を開き出ていった。ウシオはその二人に続き、開かれている扉に向かう。そんなウシオに、ヒルゼンは声を掛ける。

 

「木ノ葉の民は、儂の家族じゃ。もし、家族に危険が及ぶようなら・・・」

 

「勘違いするなよ、じーちゃん」

 

 ヒルゼンの言葉を遮るように、ウシオが口を開いた。

 

「サクヤ隊長も、家族だ」

 

 ウシオはそう言うと、乱暴に扉を閉じた。




次回につづく。


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哀号

「やめろ!!」

 

 金髪で碧眼の少年、うずまきナルトは里の路地裏で5人の男に囲まれていた。

 

 男たちは額当てをしておらず、素性は定かではなかったが、身のこなしを見ると、恐らく忍なのであろう。

 

 しかし、まだ半人前にも満たないナルトにはそのようなことを観察する余裕などなかった。

 

「コイツで間違いないんだろうな?」

 

「ええ。特徴からしてそうでしょうね」

 

 ジリジリとにじり寄る男たち。

 

 里の路地裏とは言っても、人目が付かないわけではない。路地裏側から覗ける通りでは、普通に人が歩いていた。

 

 数人は助けようとしていた。しかし、その対象がうずまきナルトだと分かると、顔をしかめ、即座に身を翻していた。

 

「やはり誰も干渉してこない。中忍試験で忍が試験場に集中しているというのは、間違っていなかったようです。しかし・・・」

 

 メガネをかけた男が、汚らしい表情で言う。

 

「数年前、里に多くの被害をもたらした九尾を身に宿した少年など、誰も助けたいとは思わないでしょうしね」

 

 ナルトは歯を食いしばり、男たちを睨んだ。そして、懐から兄のクナイを取り出す。これは、ナルトが兄から盗んだものだった。

 

「おお、おお。まさか、俺たちとやり合おうってのか??」

 

 その姿を見た男たちはゲラゲラと大笑いした。

 

「くそー!!!」

 

 ナルトはクナイを大きく振りかぶり、男たちに特攻した。

 

「おらよっと」

 

「あがっ」

 

 しかしその攻撃が通ることなどなく、代わりにナルトが蹴りを腹部にくらい、後ろまで吹き飛んでしまった。

 

「く、くそぉ」

 

 ナルトの目には恐怖と悔しさと、いろいろな感情を孕んだ涙が浮かんでいた。

 

 その時である。

 

「きゃー!!」

 

 通りの方で女性の悲鳴が響いた。男たちはすぐに振り向く。

 

「なんだ?」

 

 男たちの中のひとりが呟いた。

 

「俺たちのことじゃ、ないみた・・・」

 

 別のひとりが安堵し、そう呟いたが、その呟きは話し終えることはなかった。

 

 ドスン。

 

 何か大きいものが地面に落ちてぶつかった音がした。

 

「?」

 

 男たちは不思議そうにその方向を向く。

 

 そこには、先ほど安堵した男の顔が目を見開いたまま、落ちていたのである。

 

 そして、その男の顔があったであろう体は、上部から間欠泉のように血を吹き出してその場に生なましい音をたてながら、たおれたのである。

 

「て、てきしゅ」

 

 ざしゅ。ざしゅ。ざしゅ。

 

 3回。

 

 同じような音がした。

 

 どすん。どすん。どすん。

 

 そして、それと同じテンポで重い音がした。

 

「ひ、ひぃぃい!!」

 

 ひとりがあまりの状況に、腰を抜かして座り込んだ。そしてザリザリと後退りする。

 

「お、おお、俺は砂の忍だ!このガキがイタズラするもんだから、説教してやろうとおもっ」

 

 しゃっ。

 

 均整のとれた耳障りのいい音が響く。

 

 そして、男の体は、右と左に分かれ、両方へと倒れた。

 

 ナルトは霞む景色の中、赤いものの中で丁寧に刀を拭く女を見た。

 

「鉄の国で作られた刀は格別だな。やはり切れ味が違う。チャクラを流していないのにこれだ」

 

 自身がいる場所の異質さにはあまり気にせず、刀を見ながら言った。

 

「アンタ、誰、だっ、てばよ・・」

 

 ナルトは力なく呟く。それに気付いた女は、ぴちゃぴちゃと音を立てながらナルトに近づいていった。

 

 そしてナルトの直ぐ側まで来ると、ナルトの顔を確認するためその場で屈んだ。

 

 霞む景色と薄暗い場所のせいか、ナルトには誰か分かっていなかった。

 

「---------ーー」

 

 女は何かを言うと、ナルトの頬を撫でる。

 

 優しい手付きに安心したナルトは、意識を虚空へと委ねた。

 

--------------------

 

「ここが、社」

 

 ウシオたちは、三代目が言った通りの道を進み、最奥の社へと辿り着いた。かなり開けており、端から端へ全力で走っても長いと感じるくらいだった。

 

 深く暗いイメージの死の森とは違い、荘厳な感じがそこにはあった。

 

「誰も、いないみたいですね」

 

 イタチが呟く。それから、アスナが一歩前へ出て地面を調べた。

 

「今まで誰も来てないってわけじゃなさそうね。雑草が手入れされてるし」

 

 アスナの言う通り、社どころか、その周りの草花でさえも手入れされていた。

 

「なんか、墓みたいだな」

 

「これは」

 

 イタチが社へと近づいた。そこで一本の柱をみつけ、凝視する。

 

「""挑みし者ここに眠る""」

 

「挑みし者?」

 

 イタチが読み上げた文言に、アスナは怪訝そうな表情で呟いた。

 

「やっぱり、誰かの墓なのか。でも、こんな場所に一体誰が」

 

「ここは、この森で死んだ人間を祀る場所だ」

 

 背後から声がした。

 

 突然のことに驚きつつも、すぐに後ろを振り向く。そこには、見知った顔があった。

 

「サクヤ、隊長」

 

 ウシオは絞り出すように、そう言った。

 

「中忍試験はもちろんだが、その前に行われていた選抜式で死んだ人間を祀っている」

 

 選抜式。里が形成されてすぐに行われた、忍のランクを格付けする試験。内容はほとんど中忍試験と同義だが、もっと過激であったことは確かである。ただこれは、忍という職業につくための試験であるため、これに合格しなければ忍として働くことは出来なかった。

 

 死者が出るのは当たり前。むしろ挑戦者全員が死ぬことすらあった。その頃から、忍でない者が増えていったのは、恐らくほとんどこの試験が原因だろう。

 

 今でこそ簡単にはなったが、当時の試験の危険度は測れるものではない。

 

「あの時はこの試験で多くの人間が死んだ。それもそのはずさ。戦争は終わった。だからこそ柱間は試験のハードルを上げ、少しずつ忍を減らそうとしてな。それで死ぬなんて、本末転倒だが」

 

 サクヤ隊長、もといシデノはどこかで拾ったであろう小石を手の上で弄びながら、ゆっくりと近づきそう言った。そして、話し終わると同時にこの空間の中心で静止した。

 

「祀られている対象は、ほとんど千手かうちはだ。あのころはまだそれ以外の忍は少なかった。この里が形成されてから、少しずつ他の一族が集まってきたが、その頃にはここの存在は忘れられていた。死の森を常設の演習場にすることはなくなっていたからな」

 

 イタチがゆっくりと腰元にさしてある刀に手を掛ける。シデノはそれを見てか、イタチの顔を凝視した。

 

「なるほど。よく見れば、似ているな。カガミ・・・いや、アイツの弟か?」

 

 一瞬、懐かしさを思わせる表情をしたシデノだったが、すぐに眉をひそめた。そして、シデノは持っていた小石を目にも留まらぬ早さで投げつけた。

 

 カキンッッッ!!

 

 それと同時にイタチの抜いた刀の柄に直撃し、刀は後方へと弾き飛ばされる。

 

「・・・・・・」

 

 飛ばされた刀を見ることはせず、その衝撃で痺れている手を握ったり閉じたりしながら、イタチはシデノを睨んだ。

 

「アタシをやる気だったんなら、ここに来る前から抜いておけ。お前は一つ得物を失った。さて、どうする?」

 

「・・・!!」

 

 シデノがそう言い切った次の瞬間、イタチはシデノまで跳躍した。

 

「よせ!イタチ!!」

 

 ウシオの制止も聞かずに特攻するイタチ。その最中、素早く印を組んだ。

 

「火遁・鳳仙火の術!」

 

 サイズの小さい炎がシデノへと襲いかかる。術を発動し終わり、クナイを懐から取り出そうとした瞬間だった。

 

 ガァァアンッッ!!

 

「カハッッ!?!?」

 

 いつの間にかイタチのすぐ上へと移動していたシデノが、イタチを蹴り下ろして地面へと叩きつけていたのである。

 

 臓器の一部が傷ついたのか、血を吐いてしまっている。

 

 その衝撃で大きな音とともに、叩きつけられたイタチの周りの地面がヒビ割れていた。

 

「だから言ったろう。ここに来る前に、得物を用意しておけと」

 

 シデノは叩きつけられたイタチを片手で持ち上げ、ウシオがいる方向へと投げつけた。

 

 ウシオは大地を踏みしめ、飛んでくるイタチを支える。

 

「大丈夫か!?イタチ」

 

「ええ、すみません」

 

 イタチは口の周りに付着した血を、腕で拭った。

 

 ウシオはシデノを睨む。

 

「止めてくれ、サクヤ隊長」

 

「あ?」

 

 シデノは顔を歪めて、その直後ニヤリと笑った。

 

「アイツはもう居ないよ。この世界のどこにもな」

 

 シデノがそう言うと、ウシオの血管が千切れる音がした。そして間もなく、ウシオはシデノの目の前へと跳躍していた。

 

「ハァッッ!!」

 

 右腕にチャクラを込め、そのままシデノへと振り抜く。

 

「ほぉ」

 

 しかしシデノへの攻撃は届かない。シデノが躱したわけでも、防いだわけでもない。ウシオが拳を、シデノの眼前で止めていたからだ。

 

「・・・お前、やる気あるのか?」

 

「?!」

 

 呆れたような顔をしたシデノは、止まっている腕を掴み大きく振り回した。そして、イタチたちがいる方へと投げ飛ばす。

 

「ウグッ・・・」

 

 受け止めようとしたイタチだったが、直前に受けたダメージからか、間に合わなかった。ウシオは、地面に叩きつけられ、後方へと転がる。

 

「まさかお前、このアタシに手加減しようとでも思ってるのか?」

 

 そんなことはない。手加減など出来る相手ではないことは、重々承知だった。

 

 しかし拳を振り抜く直前に、笑ったサクヤの顔が過り、止まってしまったのだ。

 

「クソッ!!」

 

 ウシオはミナトの作ったクナイを、シデノに投擲する。極力素早く取り出したため、シデノがそれを妨害することはなかった。

 

 シデノはクナイを軽々と躱す。クナイはシデノの背後の地面に突き刺さった。

 

 それを確認したウシオは、イタチ、アスナと目配せをし、すぐに行動に移した。

 

 ウシオは背中のチャクラ刀を抜き、雷遁のチャクラを込めた。今度は見逃さなかったシデノは、自身のクナイを刀の柄の部分へと投げつける。

 

 しかしそのクナイは空を切り、ウシオの後方にある大木へと突き刺さった。

 

 ウシオがその場から消えたのである。

 

「瞬身?いや、これは」

 

 シデノはこれを理解したようで、背後に意識を集中した。

 

 それと同時に、イタチとアスナも動き出す。互いにクナイを構え、イタチに至っては写輪眼を発動していた。

 

 ウシオは飛雷神の術で、先程投擲したクナイへと飛んだ。シデノの事だから、仕組みも理解できるだろうと踏んだのだ。

 

 3方向からの攻撃。3人のシデノへの距離は、ほぼ同じだった。

 

「「「ハァッッ!!」」」

 

 そしてほぼ同時に攻撃当てようとするが、当たることは、なかった。

 

 シデノはまずアスナの攻撃を躱し、その流れで蹴りを食らわせた。アスナは後方へと吹き飛ばされる。その時、アスナの手から離れたクナイを空中で掴み、ウシオに相対しながらイタチのクナイを弾き落とした。

 

 挙動が見えなかったからか、イタチの写輪眼を持ってしてもそれを防ぐことはできず、シデノはイタチの方向へは向かず、クナイを持っている手で裏拳をイタチに繰り出した。そのままイタチは後方へと吹き飛び、シデノはそこに向かって持っているクナイを投げつける。

 

 その最中、ウシオはシデノと瞳を合わせていた。その顔は最早、ウシオの知っているサクヤの顔ではない。

 

 しかし、それでも。

 

 ウシオはチャクラ刀を振り抜く。それと同時に、シデノは自らの掌にチャクラを込め、刀の刃の側面に掌底を繰り出した。

 

 その瞬間、ウシオのチャクラ刀の刃が、粉々に砕け散った。

 

 ウシオは驚きの表情を浮かべようとするが、そんな暇もなく、掌底を繰り出した方とは別の掌で、ウシオ本人に掌底を繰り出した。

 

 そのままウシオも、後方へと吹き飛ばされてしまった。その最中、持っていたチャクラ刀も吹き飛ぶ。

 

 時間にして0.5秒。文字通り一瞬の間もなく、3人は地に伏せてしまうことになった。

 

「扉間の時空間忍術を使えるヤツが出てくるとはな。しかし、そんな殺気のない斬撃じゃあ、そうなるに決まっているだろ」

 

 3人ともゆっくりと立ち上がる。

 

「見たところ、赤い髪の小僧。お前がこの小隊のリーダーのようだが、そんなことではどうにもならんぞ?」

 

「いつの間に吹き飛ばされたの?」

 

 アスナが肩をかばいながらそう呟いた。

 

「お前は猿の娘だな?なるほど。サスケの妻によく似ている。戦い方も」

 

 恐らく猿飛サスケの妻のことを言っているのだろう。

 

「サクヤ隊長の声で・・・!!」

 

 アスナは顔を歪ませながら、懐から巻物を取り出す。そして瞬時に風魔手裏剣を口寄せした。

 

「風魔手裏剣、烈!!」

 

 火遁のチャクラを手裏剣に纏わせ、それを投擲した。

 

「だが、まだまだだ」

 

 ボソリと呟くシデノ。次の瞬間、投擲された手裏剣の持ち手を、投擲されている最中に器用に掴み、アスナに投げ返した。

 

 明らかにその投擲スピードが違う。

 

 アスナは回避しようとするが、そんな時間はなかった。

 

「アスナ!」

 

 ウシオは雷遁を体に纏った。そしてそのまま、最大速力でその手裏剣へと向かった。

 

 アスナに届く直前で、ウシオはアスナを抱き抱えることに成功した。手裏剣はその後ろにある木に突き刺さる。

 

 ウシオはその速すぎるスピードのせいか、地面で止まることはできず、なんとか空中で一回転して直線上にある木に、足の方からぶつかった。木は大きな音を立てて2つに割れそうになっていた。

 

 アスナは突然のことに理解が追いついていないようで、すぐに言葉を発せなかった。

 

「この状態は、誰かを助けるのには向かないな」

 

 バチバチと雷遁を纏わせているウシオがそう言うと、ハッとしたようにアスナが口を開いた。

 

「ウ、ウシオ!」

 

「大丈夫か?」

 

 ウシオはシデノを一点に見据え、アスナに向けて言った。

 

「大丈夫だけど、雷遁が少しだけ痛い」

 

「そ、そうか」

 

 アスナが言うと、ウシオはアスナを、地面におろした。

 

「アスナ、あの人はあり得ないほど強い」

 

「ええ、分かってる」

 

「殺す気で挑まなきゃ、確実に殺される」

 

「分かってるわよ」

 

「それでも、殺したくない」

 

「それも、分かってる」

 

「甘いと思うか?」

 

「ええ。とっても」

 

「・・・・・・」

 

 ウシオは頷いて、雷遁の状態を解いた。

 

 向こうでは、イタチが押されながらもシデノと戦っている。

 

「もう、誰も失いたくない」

 

 浮かぶオチバ先生の顔。あの人は憎しみに支配され、復讐することでしか生きる意味を見出だせなかった。

 

 そんな人生、まっぴらだ。このままあの人を失ったら、俺は今度こそそっち側に行ってしまう気がする。

 

「母さんから教えてもらった術を使う」

 

「そのつもりだったわね。てことは、ワタシたちは足止めか」

 

 アスナは握りこぶしをつくり、決意を新たにした。

 

「ああ。だから、殺すな」

 

 例え、二度と、会えなくなるとしても。

 

「行くぞ!!」

 

--------------------

 

「・・・ここは?」

 

 うずまきナルトは白い部屋で目を覚ました。いつの間にか病院着に着替えさせられており、その服を捲り上げると腹部には包帯が巻かれていた。

 

「いて、いてて」

 

 それを確認すると、徐々に腹部が痛みだしてきた。

 

 兄ちゃん、大丈夫とか言ってたけど全然大丈夫じゃないってばよ。

 

 普段兄の姿を見ているナルトにとっては、見慣れた光景ではあったが、予想以上の痛みに俯いて、少しだけ涙した。

 

「無事か?ナルト」

 

「三代目のじーちゃん!」

 

 ナルトがふと目を上げるとそこには、本来火影室にいるはずの三代目火影、ヒルゼンがいた。

 

 何かと自分のことを気にかけてくれる存在であるヒルゼンは、ナルトにとって肉親のような存在でもあった。

 

 ヒルゼンはゆっくりとナルトに近付き、側にあった丸椅子に座った。そして、ゆっくりと口を開く。

 

「なにがあったのじゃ、ナルト」

 

 何があった。そうだ。俺ってば、へんな奴らに襲われて。

 

「分かんないってばよ。変な奴らに襲われて、その後急に女の人の叫び声が聞こえて、そしたら周りが真っ赤になったんだ」

 

 ヒルゼンは眉を顰め、何かを考え込んでいる様子だった。

 

「何故真っ赤になったんだ?」

 

 ヒルゼンはナルトに問う。

 

「多分、誰かが助けてくれたんだと思う。でも、女の人だったから兄ちゃんじゃなかった。いつも居るお面の人でもなかった」

 

 お面の人とは、恐らく火影直属の暗部のことを言っているのだろう。ヒルゼンはそう考えていた。

 

「でもなんだろうな。怖くなかったよ。その人、優しかった」

 

「優しかった、か。ううむ・・・」

 

 ヒルゼンは再度考え込む。

 

「どうしたんだ?じいちゃん」

 

 ナルトにそう言われ、ヒルゼンはハッとした。

 

「いや、なんでもない。ともかく、お前が無事で良かった」

 

 ヒルゼンはそう言うと、ナルトの頭を優しく撫でた。

 

「今は養生しなさい。恐らく。大丈夫じゃ」

 

 ヒルゼンは窓の外を眺める。少しだけ、日が傾いていた。 

 

--------------------

 

「イタチ!合わせるぞ!」

 

 シデノの攻撃を受け、後ろに跳躍したイタチ。そのイタチに向かってウシオは叫んだ。イタチは小さく頷く。

 

 イタチは素早く印を結ぶ。ウシオはその初めの2つの印を確認し、その性質を理解する。そしてウシオも印を結んだ。

 

「火遁・扇花火!」

 

 イタチが扇状の炎を放つ。それと同時に、ウシオも術を放った。

 

「風遁・烈風刃!」

 

 ウシオは右手を素早く振り抜き、風遁の刃を繰り出した。そしてイタチの放った術を通過し、炎を纏った刃が完成する。

 

「二人のチャクラ比を合わせたか。なるほど、器用なことを」

 

 刃は、炎の推進力を得てとても素早くなっていた。しかし、シデノに躱せない攻撃ではなかった。

 

「この程度・・・?!」

 

 左足を軸にしてその場から跳躍しようとしたが、左足が地面へと沈み込んだ。

 

「土遁・泥泥。この術、口に出しづらいのよね」

 

 アスナがシデノまでの距離の地面を泥へと変性させていたのだ。かなりの距離があったため、気付くことができなかった。

 

「チャクラで土を掻き乱したか。ここまでの距離を、飛んでくる刃を隠れ蓑にしながら」

 

 ニヤリと笑ったシデノは腰元からチャクラ刀を抜く。そして、そこに自身のチャクラを流し込んだ。

 

 刀身には鳥の文様が刻まれており、チャクラがそこを流れる。そして刀は深い青色に光り輝いた。さらに、その光は炎となり、刀身全体を包み込んだ。

 

「はっ!!」

 

 そしてそのまま、飛んでくる炎の刃を切りつけた。

 

「なに!?」

 

 ウシオが驚愕の声を上げた。声はあげないが、イタチも同意見だろう。それもそのはずだ。炎の刃は跡形もなく消え去ったからである。

 

「性質なんて無視かよ」

 

「チャクラの質と量が優っていれば、容易いことだ。なるほど、所詮は下忍ということか」

 

 青い刀を片手に、ゆっくりとにじり寄るシデノ。3人はそれに身構える。

 

「どうするの。動きの制限なんてできるはずないわよ」

 

「どちらかといえば、動きを止めることの方が難しいですからね」

 

 ウシオは考える。

 

 一人ならなんとか一時的に動きを止められるだろう。先程の方法は恐らく難しいが、それに似た方法なら可能だ。

 

 しかし、止められたところで封印術を打ち消されるなら、意味がない。

 

 両足と両腕。2箇所を制限しなければ。陰陽遁でない限り、印を組まなければ忍術の発動は出来ない。

 

「腕の筋を斬る。使えないようにするんだ」

 

 そう言うと、ウシオは砕けたチャクラ刀を構える。そもそもが長物の刀であったため、砕けた今は脇差し程度の長さしかない。

 

「いいか。それだけを考えろ。他はどうでもいい。兎に角、あの腕を使い物にならないようにするんだ」

 

「なるほどね」

 

「分かりました」

 

 ウシオがそう言うと、アスナとイタチもクナイを構えた。

 

「イタチ、あとどれくらいあの目でいられる?」

 

「常時の発動なら数分。単発での連続使用なら、数十回でしょう」

 

「ならずっと使ってろ。単発で使い分けていられるほど、あの攻撃は躱せない」

 

 イタチの目は、恐らくこの戦いにおいて貴重な代物だ。俺とアスナ二人には出来なくとも、イタチにならあの攻撃を躱せられる。

 

「分かりました。無茶なことを言いますね」

 

「でもお前ならできるだろ」

 

 ウシオはシデノを眺めながらそう言った。言われたイタチは、少しだけ頬を緩めていた。

 

「イチャついてないで、早くやるわよ。暗部の連中が来たら、殺す以外することないんだから」

 

 そうだ。最善の方法を取るならそれ以外ない。いかに三代目火影の暗部であったとしても、殺さず助けることなんてしないだろう。

 

「アスナと俺は、イタチのサポートだ。出来るだけ攻撃を分散させる。腕への攻撃は、イタチがタイミングを見計らえ。そして、その攻撃が通った場合のみ、さっきの術で地面を泥濘ませろ」

 

「2度も同じことは効かないと思うけど」

 

 アスナが心配そうにウシオに尋ねる。しかしウシオはニヤつきながら答えた。

 

「もうひと手間加えるのさ。心配するな」

 

 ウシオはそう言うと、影分身の印を作り、もう一人のウシオを作り出した。

 

「お前は待機だ。それ相応の場所にな」

 

「分かった」

 

 そう言うと、もう一人のウシオはその場から瞬身した。

 

「行くぞ!」

 

 まず、イタチを先頭にシデノに特攻する。そのすぐ背後にアスナ。ウシオは右後方へと待機する。

 

「ハッ!」

 

 イタチがクナイでシデノへと斬りかかる。シデノは自身の刀でそれを防ぎ、そのまま押し返そうとするが、イタチはその力の流れを往なす。

 

 少しだけ前のめりになったシデノは恐らく背後へ回ろうとするであろうイタチに警戒しつつ、アスナの攻撃を待った。

 

 ふと目を上げるとアスナが印を組み終えた直後であった。

 

 仲間がいるこんな近距離でか?

 

 シデノは驚きの表情を見せるが、その対応をしなければならない。自身の刀に先程のようにチャクラを纏わせる。

 

「火遁・流火の術!」

 

 アスナが放った火遁を、刀で受ける。刀のお陰で、見事にその火遁を真っ二つにしたシデノであったが、近距離だからか勢いには押されていた。

 

 しかし背後からの気配は分かっていた。斬りかかるイタチの腕を、刀を持っていない手で掴む。そして刀を地面に突き刺し、そのまま振り上げた。するとその衝撃で地面を抉り、岩がアスナの方へと向かっていった。

 

 威力のある火遁と言えど、岩を燃やし尽くすほどの火力はなく、そのままアスナへと着弾する。アスナはその衝撃で一時的に火遁を止めてしまった。

 

 ウシオはシデノの頭上から攻撃を仕掛けていた。自身も刀に雷遁を流していたが、砕けているためか雷遁が分散していた。一点に集中できないが、威力は落ちるが広範囲に雷遁が伝わるため、意味はあったのだ。

 

 しかし、それを読んでいたシデノは振り上げた刀から火遁の刃を繰り出した。空中だったためか受け切るしかなく、ウシオはモロに攻撃を食らう。 

 

「ウシオさん!うグッ!」

 

 イタチは叫んだ。それと同時に、シデノはイタチの腕を掴んでいる手の力を強めた。そのため、クナイを地面へと落としてしまうが、片方の手でそれを受け止め、すぐにそれを振り抜いた。

 

「っ・・・!!」

 

 その一撃がシデノの左手を掠める。その一撃のために写輪眼を発動していたイタチだったため、確実に左手の筋へと攻撃を決める。

 

 シデノの左手から血が吹き出す。左手の力が緩んだため、イタチへの拘束も解かれたが、シデノは脚を大きく振りイタチの腹部へと振り抜いた。

 

 先程とは違い、写輪眼で確実に挙動を捉えていたため間一髪で躱すことができたが、シデノは右手を使い刀でイタチに斬りかかる。

 

 イタチはクナイでそれを受けるが、クナイは無惨にも砕かれ、刃はイタチへと届いた。

 

 肩から脇にかけて斬られるイタチ。そしてシデノはそのままもう一度蹴りを繰り出し、確実にイタチへとヒットさせた。イタチはそのまま後方へと吹き飛び、ものすごい勢いで木に叩きつけられる。

 

 しかしその最中にイタチはクナイを投げていた。流石のシデノでもそれには驚いていたが、躱せないわけではない。難なくそれを躱したが、すぐにそれに意味はないと悟った。

 

「はっ!!」

 

 飛雷神のマーキングが施されたクナイを、イタチは投げていたからである。ちょうどシデノの右手へ攻撃が入れられるタイミングで、そのマーキングへウシオは飛び、そのままクナイを振り抜いた。

 

 もう片方の手からも血が吹き出す。

 

「チッ!」

 

 シデノは舌打ちをしながらも、ウシオを蹴り飛ばす。ウシオは腕でそれを受けるも、あまりの衝撃に後方へと吹き飛んだ。

 

「アスナ!!」

 

 その瞬間、ウシオが叫ぶ。それを聞いたアスナは土遁の印を組み始める。

 

「!!」

 

 それを見逃さなかったシデノは、その術が完成するよりも前に、その場から跳躍しようとしたが、それは叶わなかった。

 

「なに?」

 

 その瞬間、地面から腕が伸びシデノの両足を掴んでいたのである。それは先程ウシオが作り出していた自身の影分身だった。

 

 そして、動きが制限されている一瞬の隙を見計らってウシオは術を放った。

 

「解印術・百華牢解印!!」

 

 ウシオからシデノの死門に向けて、チャクラの鎖が放たれた。シデノはその鎖を防ぐため、術を放とうとするが上手く印組みできない。

 

 そして、確実にそれは、シデノへと着弾したのであった。

 

「・・・・・・」

 

 その瞬間、シデノは動きを止め、両膝を地面へとつけた。

 

「やった、か?」

 

「そう、みたいね」

 

 一瞬の出来事であったが、二人にとってはとても長く感じられていた。そのため、ホッと胸を撫で下ろさざるを得なかった。

 

 ウシオは後ろにいるアスナを見るため、顔だけ後方へと向かせた。アスナも傷だらけではあるが、笑顔でいる余裕はあった。

 

「俺はここから動けないから、今のうちにイタチのところへ。結構な速さで叩きつけられたからな。医療忍術を・・・」

 

 その瞬間、ゴオッという音と共に物凄い熱風がウシオへと届いた。

 

「え?」

 

「ウシオ!!」

 

 そして、アスナはウシオを突き飛ばした。突き飛ばされたウシオは、その原因のアスナを見ていた。

 

 青い炎の刃をモロに受けているアスナを。

 

 ウシオが放った鎖は、ウシオ側からボロボロと崩れていく。

 

 アスナは先程の一撃で、すでに気を失ったのか、地に伏している。

 

 ウシオは、ゆっくりとシデノの方へと顔を移した。

 

 そこには、青い炎を纏った、志布志シデノが刀を振り抜いた形で、立っていたのである。

 

「な・・・」

 

 解印術は確実に決まった。シデノの肉体にチャクラの鎖は絡まり、動きはもちろん、その生命活動すら止めてしまうはずだった。

 

 しかしどうだ。目の前の女はピンピンしているし、こちらにいたっては、自分を残して地に伏している。

 

「連携は確かに良かった。なんだか懐かしいものを見ている気分だったよ。だがな、術そのものの効果を、知りもせず使うのは良くない」

 

 シデノは自身に纏わせた火遁をおさめ、体についた砂を払いながら言う。

 

「この術は、基本的に自分本位の術なんだよ。八門を自分の意志で閉じることができる。あの時あの術が決まったのは、魂喰ミの術が作用している最中だったからだ」

 

 シデノは自身の心臓を指さしながら尚言う。

 

「死門を閉じてしまえば、魂喰ミが完成し、アタシは封印される。しかし、もしあのまま解印術が作用したままなら、サクの死門にあるチャクラが漏れ続け、サクはもちろんアタシのチャクラもなくなり、本当の意味での死に繋がる」

 

「意味は、なかったってことか」

 

「この日に繋げるために、アタシはミトに譲ったんだよ。ま、アイツは、サクの身を案じてのことだと思っていたみたいだがな」

 

 ウシオは砕けたチャクラ刀を握る。

 

「さてと、ここから、どうするんだ?」

 

 シデノは自身の刀の汚れを服で拭って、ニヤリと笑った。

 

「くそ!!」

 

 どうしようもない。アスナも、イタチもいない。この人をやるには、あの二人の協力なしには確実に不十分だ。

 

 しかし。しかし、やらなければ、やられる。

 

 戦闘の中で死ぬのは、最早どうでもいい。それは自身の実力不足で、仕方のないことだ。

 

 だが、この人に殺されるのは、絶対にできない。あのサクヤ隊長を、同胞殺しにするわけにはいかない。

 

 俺たちを、殺させるわけにはいかないんだ。

 

 ウシオの瞳には、ウシオ自身も気付かぬうちに、涙が溜まっていた。それでも、握っているチャクラ刀を構える。

 

 ウシオは、最後の力を振り絞り、その場から飛び出した。

 

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 ナルトは窓の外を眺めていた。

 

 兄ちゃん、いつもこんな感じだったのか。こりゃ暇だよな。

 

 そんなことを考えながら、ボンヤリと過ごしていると、部屋のドアがトントンと叩かれた。

 

「?」

 

 突然のことに訝しげに観察していると、ゆっくりとそのドアが開かれる。

 

「ナルトくーん?」

 

 ドアの隙間からヒョコッと顔を見せたのは、ナルトからしたら見知った顔であった。

 

「アヤメねーちゃん!」

 

 兄の昔の同僚であり、今はこの病院に勤めている霧切アヤメだったのである。

 

「よかったここだった」

 

 アヤメはホッと胸を撫で下ろした。そしてそのまま、その部屋に入っていく。

 

「ノックしても返事がないから、違うのかと思ったよ。でもタグはナルトくんの名前だったからさ」

 

「ご、ごめん」

 

「あ、いいよいいよ」

 

 謝られたことから気を使わせたと感じ、腕を大袈裟にふりそれを否定した。

 

「それで、大丈夫?ケガしたって聞いたけど」

 

 アヤメは先程までヒルゼンが座っていた場所に座った。

 

「うん。大丈夫だってばよ」

 

「そ、よかった」

 

 アヤメはそう聞くと、ニヘラと笑った。それにつられてナルトも笑う。

 

「遊んでてケガしたんだって?駄目だよ?あんまり無理しちゃ」

 

「う、うん」

 

 本当は襲われたのだが、それについてはヒルゼンから口止めされていた。ヒルゼン曰く、ヘンナシンパイをさせないためだとか。

 

 よく分からないけど、約束破ったら兄ちゃんからも怒られそうだから、やめておいた。

 

「あ、そうだ」

 

 アヤメは何かを思い出し、持っている紙袋を差し出した。

 

「なにそれ?」

 

 アヤメは、キョトンとした顔でナルトを見つめる。

 

「何って、ナルトくんが持ってたものでしょ?ナルトくんを受けた看護師さんが保管してたんだってさ。渡しておいてって言われたから」

 

 ナルトは、なんのこと?と思いながらもその紙袋を受け取った。そして中身を確認すると、中には有名な甘味処の黒餡蜜が入っていたのである。

 

「なんだってばよ、これ」

 

「え?」

 

 アヤメは少しだけ考え込む。

 

「俺ってば、こんなもん持ってなかったってばよ」

 

「そうなの?でも確かに、サクヤさんと一緒に来たナルトくんが持ってたって聞いたけど」

 

「サクヤねーちゃん?俺ってば知らないってばよ」

 

「そんなことないわよ。その時ナルトくんは一緒に居なかったけど、サクヤさんは居たもの。あの子をお願いしますって言われたし」

 

「んー??」

 

 ナルトは頭がおかしくなりそうだった。確かにそんなことなかったし、仮にそうだったとしても忘れるはずがない。

 

「じゃあ、助けてくれたのは、ねーちゃんだったのか?」

 

「たすけて?」

 

 ボソっと呟いた言葉をアヤメは聞き逃さなかった。ナルトはヒルゼンから口止めされていたこともあってか、慌ててそれを否定した。

 

「あ、いや!なんでもないってばよ!」

 

「そう?」

 

 それから、他愛ない話を少しだけ続け、アヤメは去っていった。何かあったら連絡してね、ということらしい。

 

「サクヤねーちゃん?でも、なんか少しだけ違かったけどなぁ」

 

 ナルトは頭を抱えつつも、謎の黒餡蜜を口に運ぶ。

 

「やっぱうめーなぁ」

 

 それでも甘味の甘さには勝てなかったようで、すぐに興味の対象は黒餡蜜へと移っていった。

 

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「サクヤ・・・隊長!!」

 

 あれからどれだけ時間が経ったのだろう。ウシオは無我夢中でシデノへと切りかかっていた。

 

「何度言ったら分かるんだよ。アタシはシデノだ。お前の知っている隊長とは違うんだ」

 

 ガキンッッ!!

 

 両の手で掴んでいるチャクラ刀の一撃を、シデノは片手のまま刀で受け切る。

 

「それでも!俺はアンタを殺したく、ない」

 

 満身創痍。それでも、この手を止めるわけにはいかない。

 

「甘いな。やはり、この時代の忍か」

 

 シデノはそう言うと、遊ばせている方の手で素早く印組みをし始めた。

 

「片手印!?まさか」

 

「あ?馬鹿かお前は。このくらい、出来て当たり前だろう」

 

 すぐさま躱す動作を起こそうとして、一歩身を引いたウシオだったが、時すでに遅し。

 

「火遁・紫炎燃焼」

 

 紫色の炎の球が、ウシオを襲う。そしてウシオに着弾し、爆発した。

 

 ウシオは衝撃で遠く後方へと吹っ飛ばされる。

 

「そう言えば、扉間が言っていたな。術の精度や威力が極端に落ちる片手印は、今後学び舎では教えないようにするとかなんとか。はっ!こういうことになるから必要なんだろうが」

 

 本来印組みとは、両の手で行い、バランスよく体中にチャクラを行き渡らせるために行う。指の形一つ一つに応じたチャクラの性質があり、それを組み合わせることによって、一つの術になる。

 

 片手印は戦時、片手を失った者や、一時的に使えない者が使っていた。

 

 しかし、片手印では相当なチャクラコントロールを保持していなければ、チャクラのバランスが崩れる。よって術自体が弱くなってしまうのだ。

 

 手練の忍でも失敗することがあるため、大体の場合使用することはない。陰陽遁の場合は少し話が変わってくるが。

 

「こんな・・・」

 

 片手印でこれほどの威力、いや、両手で行うのと変わらない。数世代違うだけで、これほど実力が違うのか。

 

「はは・・・ 」

 

「あ?どうした。もう終わりか?」

 

 距離を配慮してか、シデノは大きな声で叫んだ。恐らく、ウシオの笑みは見えてもないし、溢れた声も聞こえていないだろう。

 

「いや、まだまだ」

 

 ウシオは素早く印を組んだ。

 

「雷遁・死 電電一刺!」

 

 六つの雷の槍を一つに束ねる。そしてそれをシデノに対して投擲する。本来の術の時よりも、スピードも威力も桁違いだ。

 

「へぇ・・・。まだこんなチャクラを。この齢のガキにしては、アホみたいなチャクラ量だな」

 

 シデノはニヤリと笑った。そして印組をする。

 

「火遁・蒼龍炎撃破!」

 

 握り拳を作り、打撃を繰り出す形を取りながら、拳から蒼い龍を繰り出す。

 

「まだだ。まだこれじゃあ、あの術は破れない・・・。なら!」

 

 もう一度印を組み、体に雷遁のチャクラを纏わせる。

 

 雷遁チャクラモード。徐々に体力を奪われるが、身体のスピードもパワーも跳ね上がる。

 

 そしてそのまま、跳躍し、突撃している雷遁の槍へと向かい、そのまま槍を蹴った。雷遁チャクラモードの力で、槍をブーストさせようというのだ。

 

 今のウシオの実力では、併発させることが出来ない為、個別に発動した。

 

 2つの術がぶつかる。一撃必殺でなければならない術が、火遁と拮抗している。

 

「く、そぉぉぉ!!!」

 

「ははははっっ!!」

 

 カッッ!!

 

 爆発。煙。そして辺りが光りに包まれる。

 

 その煙が晴れる頃には、勝負は決していた。

 

「ガキにしてはよくやったよ」

 

「くぁ・・・」

 

 片手で首を捕まれ、宙づりにされているウシオの姿が、そこにはあった。

 

「お前の大好きなサクヤ隊長に殺されるんだ。よかったじゃあないか」

 

 ウシオはシデノを睨みつける。そして、絞り出すように言った。

 

「アンタは、本当に、里を恨んでいるのか」

 

 そう言われたシデノは、ニヤリと頬を吊り上げ、続けた。

 

「里の長が直々に殺しに来たんだ。誰がどう言おうと、里の意志だろうが」

 

「それでも、アンタはサクヤさんと一緒にいたんだろ!」

 

 ウシオの絶叫に、シデノは目を細めた。そしてそのまま口を開く。

 

「・・・・お前、甘いよ」

 

 シデノは腰からクナイを取り出し、ウシオの胸へと突き立てた。

 

「甘いままだと、いずれどこかで泣きを見ることになる。アタシみたいにな」

 

 そしてそのクナイをそのまま胸へと突き刺した。

 

「かは」

 

 ポフン!

 

 その瞬間、ウシオが煙とともに掻き消えた。

 

「影分・・・」

 

「土遁・岩盤障壁!」

 

 シデノの背後からウシオが現れる。そして土遁で岩の壁を作った。

 

「土遁で壁を作ったところで!!」

 

 ガンッ!!

 

 シデノは自らの拳にチャクラを集中し、その壁を破壊しようとした。しかし、それは叶わなかった。

 

「硬いな」

 

 この術は、地中にある硬度の高い物質をチャクラによって繋ぎ合わせ、壁を作る術。高度技術を必要とし、長時間の維持は不可能に近い。

 

「見たことない術だ。お前が作ったのか。だが!」

 

 1発、2発そして3発。その3回目にその壁は壊れた。

 

「ハッ!この程度・・・?!」

 

「着!!」

 

 ウシオはシデノの3発目に合わせ、一時的にチャクラの繋ぎを解いた。そして、シデノがその瓦礫を振り払う瞬間、再度チャクラを繋ぎ直したのである。

 

 するとどうだ。シデノはその岩に体を取り込まれてしまったではないか。

 

「これは、身動きが取れないな」

 

「そういう術だからな。さっきの術より硬いだろ」

 

 身動きが取れないシデノを眺めながら、ウシオは右手を構える。そして、そこにチャクラを集中した。

 

 チャクラの玉。その中で、チャクラが乱回転している。

 

「それも、見たことがない」

 

「螺旋丸。四代目火影、俺の父さんが考案した忍術だ」

 

 その螺旋丸は、どこか電撃を帯びているように見えた。

 

 ウシオの気迫とともに、螺旋丸自体が、バチバチと呼応する。

 

「純粋な、チャクラの玉か。どこか尾獣玉に似ている」

 

「本当は、サクヤ隊長に見せたかったんだがな」

 

 ウシオは満身創痍ながらも、その場から跳躍する。

 

「火遁・業火滅炎」

 

 シデノは火遁を纏う。そのせいか、ウシオの土遁の繋ぎがなくなってしまった。

 

 ボロボロと崩れ落ちる土遁。シデノはそのまま、纏った火遁をウシオに向けて放出した。

 

 しかしウシオはものともせず、その炎へと特攻する。

 

「死ぬ気か?」

 

 ウシオの螺旋丸は、渦を巻き、シデノの炎を巻き込みながら大きくなっていく。

 

「アタシの術が、飲み込まれて」

 

 突撃スピードは増し、螺旋丸の形がもはや丸ではなくなる。まるで、ドリルのように尖り、炎を巻き込み進んでいく。

 

「性質変化、それに形態変化か。なるほど」

 

 全てがかき消え、雷遁の光が辺りを照らす。そして。

 

「面白い」

 

 

 

「雷遁・螺旋雷槍!!」

 

 

 

 術がシデノに直撃する。雷を纏った回転が、シデノの腹部を穿つ。術で応戦しようとするが、それも間に合わない。

 

 シデノは受けきれずそのまま、吹き飛ばされてしまった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 

 呆然自失。ウシオはやり切ったことから気を抜き、目の焦点は定まらなくなっていた。

 

 遠くの方に、雷遁の余波が残る体を横たわらせているシデノ。

 

 終わった。

 

 そのことだけを考えていたウシオは、腰を落ち着かせる事すら忘れていた。

 

 しかし。

 

 雷遁に混じり、青い光が見え隠れするようになった。

 

「・・・」

 

 光ではない。あれは、火。いや、炎だ。炎が少しずつ燃え上がり始めている。

 

 その炎はまたたく間にシデノの体を包み込み、雷遁はすでになくなってしまった。

 

 そして、シデノはゆっくりと起き上がった。

 

「青い、炎」

 

 再生の炎。腕の傷を治したのと同じ。

 

 致命傷ですら、その炎を纏うことによって傷を癒やす。

 

「流石に痛いな。だが、終わりだ」

 

 シデノは炎を纏いながら、呆然と立ち尽くしているウシオへと特攻する。そしてそのまま、右手にチャクラを込め、ウシオの腹部へと振り抜いた。

 

「ガハッッ!!」

 

 そのまま、後方の巨木に叩きつけられる。

 

「く、そぉ・・・」

 

 霞んでいく意識の中で、漏らすウシオの声は明確な敗北を意味していた。

 

 重たくなる瞼。見えるのはゆっくりと近づくシデノ。青い炎と、耳についている水色の石のピアス。

 

「ゆっくりと、眠りな。ーーーーー・・・」

 

 何かを呟いたように聞こえたが、もはや言葉を認識していられる状態ではなかった。聴覚すら機能を失おうとしているその時、ウシオは完全に、真っ黒な空間へと落ちた。

 



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愛情

 目を覚ますと、そこにはいつもの光景が広がっていた。白い天井。毎度のことで、ほぼ常連となりつつあったウシオであったが、今回はいつもとは違っていた。

 

「お早う、ウシオ」

 

 ベッドの隣りにある丸椅子に腰掛けながら、アスナが林檎の皮を器用に剥いていた。

 

「お早う、アスナ」

 

 アスナも病院服を着て、体のあちこちに包帯を巻いていた。どうやら、自分より先に目が覚めていたらしい。

 

 腕を支えにゆっくりと体をおこす。アスナはナイフを側にある小さな机に置いて、それを手伝おうとしたが、ウシオは手でアスナを制止した。

 

「イタチは?」

 

「そこよ」

 

 アスナに促された方を見ると、ベッドに腰掛けながら眠っているサスケの背中を擦る、イタチの姿があった。

 

「イタチ」

 

 サスケのことを思ってか、小さな声で「おはようございます」と言って、少しだけ微笑んだ。

 

 ウシオもそれに応じて微笑む。

 

「痛っ・・・」

 

 体の感覚が覚醒してくると、痛みがぶり返してきた。

 

「大丈夫?!」

 

 アスナが心配して、丸椅子から大袈裟に立ち上がった。その際、リンゴの皮を剥くのに使っていたナイフがカランといって落ちる。

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 腹部をさすりながら、無理矢理平気そうな顔をした。

 

「・・・・・・」

 

 しかし、嘘だということはバレているようで、ジッとウシオの顔を見て何も言わなかった。

 

「分かったよ、分かった。痛いよ、久しぶりに」

 

 ウシオはそう言うと、体を横たわらせた。

 

「あれから、どうなったんだ?」

 

「あれから・・・」

 

 あれから半日ほど経っていた。外が真っ暗になっていることがそれを物語る。

 

 どうやら、比較的外傷の少なかったアスナは、医療班が到着する頃には目を覚ましていたらしい。大事をとって入院というかたちにはなったが、怪我は見た目ほどではないという。

 

 俺とイタチはかなりの重症を負っていたが、何故か大事には至らなかった。こうやって目を覚ますことができたのだから、そうなのだろう。イタチは俺より少し早くに目を覚ました。

 

 シデノは逃亡した、ということになっている。古い記録にあるチャクラが、里からなくなったかららしい。恐らく、サクヤ隊長の体を奪ったシデノだろう。

 

 アスナが三代目から聞いた限りでは、後を追うことはしていないらしい。三代目曰く、追っても無駄だということだ。追ったところで、恐らく勝ち目はないということだろう。

 

「クソ・・・」

 

 ウシオは小さく毒を吐いた。聞こえないくらいの声で言ったつもりだったが、アスナの耳には届いていたようで、アスナは顔を伏せた。

 

「お前がそんな顔をする必要はないだろう。封印が出来なかったんだ。その時点で、殺すつもりで戦わなきゃいけなかった」

 

 仰向けになり、天井を一点に見つめながらつらつらと述べる。

 

「だけど、出来なかった。俺はどこかでまだ、あの人を探していた。必ず戻ってきてくれると。そう思いたかった」

 

 目には少しずつ水滴が貯まる。

 

「強くなったはずなのに。父さんと母さんが死んで、オチバ先生が死んで、もう誰も失わないように、強く、なったはずなのに。クソ。クソッ!また、助けられなかった!!」

 

 吐き出した言葉が、天井に吸い込まれる。アスナはそれを聞いて、嗚咽を漏らしていた。

 

「結局何も変えられない!どれだけ鍛錬を重ねようと、何も変わらない・・・」

 

「ウシオさん」

 

 イタチがウシオに声をかける。ウシオは何も言わず、イタチからの言葉を待った。

 

「それでも、俺たちは生きています」

 

 イタチはサスケの背中を擦りながら言った。

 

「生きているのだから、まだ望みはあります」

 

「イタチ・・・」

 

 イタチがそう言うと、アスナはイタチの名前を口からこぼした。そして、ウシオの方へと振り返る。

 

「サクヤさんを救う方法が、きっとどこかにあるはずよ。世界は広いんだから、きっと」

 

「・・・・・・そう、だな」

 

 二人に励まされ、滲み出していた涙を拭う。

 

 今回は、まだ居なくなったわけじゃない。まだ、生きている。なら、方法はあるはず。

 

 きっと叶わないような願いなのだろう。もし叶うなら、サクヤが既に試しているはず。

 

 それでも、願わないわけにはいかなかった。

 

 もし諦めれば、今度こそ。

 

 今までのウシオの人生は、失ったものが多すぎた。もちろん戦争中だったこともあるだろうが、それでも、ウシオの年齢からすれば多い方だろう。

 

 ウシオと

--------------------

 

 拝啓、私の班の皆へ。

 

 この手紙を読んでいると言うことは、恐らく私はこの世にいないでしょう。そして、シデノ様から稽古をつけてもらった後だということ。怪我は、きっとしているわよね。あの人だもの。

 

 事の詳細は、ヒルゼンくんから聞いていると思う。シデノ様からヒルゼンくんへ話してくれていると思うから。話してなかったら、この手紙を読むことはないだろうしね。

 

 本当は一人一人に手紙を書きたかったけど、多分この一枚で限界だと思う。今も、何を考えているのか自分でも分かってない。これが私の考えなのか、シデノ様の考えなのか。だから、ゆっくり、書いています。

 

 アスナさん。貴女は本当はとても優しい子。人の気持ちに寄り添えて、背中を押すことができる子。人付き合いが苦手だから、強く当たって、思ってもないことを口走っちゃうけど、大丈夫。貴女の側にいる人は、貴女を慮ってくれるから、安心して下さい。

 

 イタチくん。貴方はとても優秀で、だけど甘味が好きな普通の男の子。優秀だから、これから沢山の任務に着くことがあるだろうと思います。でも、これだけは覚えておいてください。任務に、囚われすぎないで。貴方は一人の忍であると同時に、一人の男の子です。大切なモノを両天秤にかけるようなことがあったら、必ず誰かを頼ってください。

 

 ウシオくん。貴方、

 

 この後は、掠れて読めない。

 

--------------------

 

 ウシオは一人、阿吽の門の上に腰を落としていた。

 

 月に照らされ、阿吽の門の外に広がる森が遠くまで見えている。雲もなく、奥に見える山々まで見通せた。

 

「静かだ」

 

 昨日は、多くのことがあった。

 

 中忍試験があり、俺は上忍に推薦され、そしてサクヤ隊長が居なくなった。

 

 戦乱が終わり、一歩ずつ平和へと近付いている。近付けているはずだ。そのはずだが、俺にはそうは思えなかった。

 

 そもそも、平和ってのはなんなのか。争いがないことが平和?それもそうだ。だが、この世から争いがなくなることはない。

 

 人が人である限り、争いがなくなることは決してないのだ。人には性善説や性悪説なんてものがあるが、どちらにせよ争いがあるのは必然といえる。

 

 ならどうすればいいのか。それは、たとえどんなことをしていても、自らの行いへの責任を持つことだろう。善にも悪にも、それぞれの矜持があり、それに対する責任が必ずある。

 

 しかしこれでは問への解にはならない。解は、ないのだ。

 

 解はある。それは、人が人ではなくなること。感情のない無機物になること。この世から人がいなくなれば、全てが上手くいく。

 

 それが、不可能なことくらい分かっているのに、最近はそういう事ばかり考える。

 

 母さんから、人というものを教えてもらい、父さんから、男というものを教えてもらった。それなのに、もう元に戻っている。

 

 自分がいた世界。前の日常。ここよりも平和で、残酷でもあった世界。その世界にいたときのように、意識が暗く深い溝へと落ち込んでいく。

 

 自分がどれほど醜く弱い存在なのかを、痛感させられる。

 

 自分は変われたのかと思っていた。前のような自分ではないと。

 

 しかし、やはり人は変われない。変わることなどできない。消えずに残る、この心のモヤモヤが無くならない限り、きっと俺は、ずっとこのままだ。

 

「どうかしたのか?雷遁の小僧」

 

 不意に、声をかけられた。阿吽の門の外に立っている人影から。

 

「アンタは」

 

「酷い顔だな」

 

 珠喰サクヤの体を持った、志布志シデノ。

 

「・・・!!」

 

 ウシオはその場で瞬間的に影分身を作り出した。そしてそのままシデノへと特攻する。

 

「おっと」

 

「水遁・水時雨!」

 

「土遁・土雪崩の術!」

 

「雷遁・電電六刺!」

 

 シデノは特攻してきたウシオを軽々と躱す。

 

 それを見たウシオの影分身それぞれが、術を放った。

 

 しかしシデノはその術をすんでのところで躱す。

 

「戦ったときとは違った性質の術を使ったな。合わせて五遁すべての性質を使えるわけか。猿がそれに近かったが、そこまで完成されていなかった。・・・やはりお前、面白いな」

 

「ここで何を」

 

 ウシオには分かっていた。誰かを傷つけたかったわけではないことを。この人の本質は純粋な善。しかしそれでも、ウシオにとっては、サクヤを奪った人間でしかなかった。

 

「最後の挨拶だ。もうここに戻ってくることはない。アタシは、アタシのやるべき事をしなければならないからな」

 

「逃がすと思うか」

 

「逃がす?アホなことを言うな。お前、まだ下忍だろう?確かに他の有象無象よりはできるかもしれないが、アタシにとってはお前もその有象無象と変わらないんだよ。ただ、伸びしろがあることは確かだが」

 

「俺は・・・!!」

 

 ウシオは再度シデノに向かって特攻した。その最中、右手で螺旋丸を作り、雷遁の性質を込める。

 

「上忍だッ!」

 

 形態変化までは行えず、そのままの形で突っ込んだ。しかし。

 

「!?」

 

 シデノへと着弾する直前、シデノは右へと体をそらし、その動きの中で、ウシオの螺旋丸を生成している方の腕を掴んだ。そして、そのまま地面へと叩きつける。

 

「ガハッッ!?」

 

 その衝撃で螺旋丸は消え去り、代わりにシデノか掌を踏みつけた。

 

「あの時は時間があったから二段階目の形態変化まで見逃してやったが、今回はな。確かにその術は強力だろう。チャクラコントロールが出来ていれば誰でも使える。印を結ぶ必要もないしな」

 

 シデノは踏みつけていた足をどけ、ウシオの頭の上近くでしゃがみこんで、顔をのぞく。

 

「だが、時間がかかりすぎる。まず初めの生成から性質変化を加えるまで少なくとも5秒。再度形態変化を行って恐らく4秒。その他の要因が重なって発動から、少なくとも15秒はかかる」

 

 シデノがウシオの顔へと手を近づけた。そしてそのまま頬を擦る。次の瞬間には優しくペチペチと叩いていた。

 

「これ程欠陥のある忍術があるか。戦場で使っていたら、恐らく誰にも当てることができずに不発に終わる。まぁ性質変化を加えなければ、奇襲性からして中々の術ではあるがな」

 

「五月蝿い」

 

「アタシは扉間が指揮していた複数の班の指南役をしていた。これでも見る目はあるほうだがな」

 

「五月蝿い!!」

 

 瞬間、右手に螺旋丸を生成し、地面へと叩きつけた。その衝撃で螺旋状の攻撃痕と砂煙が舞った。

 

 少しだけ怯んだシデノのスキを見逃すことはなく、ウシオは両手に力を込め、うつ伏せの体勢から後方へと跳躍した。

 

 そしてすぐにクナイを構える。

 

「やってやってもいいが、お前は確実に負ける。勝ち筋はどこにも無い。そのくらい、お前にもわかっているだろう?」

 

 正直、図星だった。昨日の疲労もあるが、万全の状態で挑んだところで、全ての攻撃を往なされ終わりだろう。

 

 死の社での戦闘は、3人で協力していたから善戦できた。

 

「まぁいい。今回は別に戦いに来たわけじゃない。あの時この話をすればよかったのかもしれないが、猿がいた手前な」

 

 そこまで言うと、シデノはウシオの目を見据えた。それに答えるように、ウシオはクナイを構え直した。

 

「アタシと一緒に来ないか?雷遁の小僧」

 

 ウシオは、クナイの構えを解いてしまった。突飛な言が、耳に届いていたからだ。そのせいか、少しだけ間があり、反応に遅れてしまった。

 

「は??」

 

「お前の才能は、ここで燻らせるようなものではない。類稀ないチャクラコントロール。忍術のセンス。そして途方も無いチャクラ量。あぁ、チャクラ量に関しては、お前の年齢から見て、の話だが」

 

「何を・・・」

 

「猿から聞いたぞ。お前の忍道は、自分の守りたいものを守り抜くこと。ハハッ。酷く、独りよがりな忍道だ」

 

 ゆっくりとウシオに近づくシデノ。

 

「だが、それでいい。だからこそ、お前は強い」

 

 シデノの背後の月が、シデノを照らし、シデノがしている水色の石が着けられたピアスが美しく光った。

 

「アタシは、湯の国で湯治をするつもりだ。もしその気があるのなら、来るといい」

 

「アンタ、何を言ってるのか分かってるのか?俺はアンタを」

 

「それでいいさ。お前たちはアタシからサクを解放するために動くんだろう?ならば願ったり叶ったりだ。アタシも、こんな世界もうたくさんだからな」

 

 サクヤ隊長のしないような、無邪気な笑顔でシデノは言った。

 

「あ、それとだ」

 

 シデノは思い出したように印を組み始めた。

 

「火遁・篝火」

 

 掌に青い火種のような火遁を、シデノは作り出した。そして、シデノはロウソクを吹き消すような仕草で、それをウシオの居る方へと吹いて飛ばした。

 

「!!」

 

「大丈夫だ。危険はない」

 

 ウシオは身構えたが、シデノの棘のない声を聞き、素直に体で受けた。

 

 火遁はウシオの死門の位置に着弾し、そこを中心に体を包み込んだ。

 

 熱いが、燃えているような熱さではない。陽気な陽だまりに包まれているような感覚だった。

 

「アタシはこう見えて医療忍者だったんだよ。ま、ミトのお小言のせいでやる気なくしたけどな」

 

 体の痛みが、徐々に消えていく。

 

「どうして」

 

「どうしてって、痛いの嫌だろ」

 

 まあ、そうなんだが。

 

 ウシオは、少し拍子抜けしていた。そして先程までの怒りなんかすでに消えていて、少しだけ、この人に興味が湧いていた。

 

「ま、あれだ。昨日の敵は今日の友ってやつだ。まぁ友は選ばせてもらうがな」

 

 そう言うと、シデノはくるりと後ろを向き、湯の国へと続く道へとゆっくりと歩みを進める。

 

「ちょ、まって」

 

「覚えてるな?湯の国だからな」

 

 シデノは背を向け歩きながら、手をヒラヒラさせてウシオへと念を押した。

 

 ウシオはただ、シデノの背中を複雑な心境で眺めるしかなかった。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 戦場は儚く、日常は尊い。

 

 それに気づけたのは、きっとこの子とともにあったからだろう。

 

 アタシはきっと、復讐のためだけに意識を保つのだと思っていた。アタシを殺した里にだ。

 

 そもそも、あの里に未練なんてない。柱間とマダラに誘われたから建立の立役者なんて言われることになってしまった。気恥ずかしい。ただ、それだけだ。それだけの感情しかない。

 

 しかし、この子の中にいると、優しさがアタシを包み込んでくれているような感覚があった。

 

 こんな感覚久しぶりだった。柱間を隣に、反対の川岸にいるマダラと他愛ない話をしていた頃を思い出していた。

 

 アタシは変わった。なんて言うとおかしいとは思う。あれほど人を殺し、嬲ってきたアタシが。言ってはいけない。

 

 この術の寿命が近づくにつれ、アタシの意識とこの子の意識が混ざり合っている。

 

 この子の感情が流れ込み、アタシの感情も流れ出す。この子からは白く、アタシからは黒い。そのせいで、この子の意識はズタズタだ。

 

 それももうすぐ終わる。あと少しで、寿命だ。わかる。この子が、私が消え、アタシが残る。・・・なぜ、死を選ばなかった。

 

 そんなこと言わないでくださいよ。私だって死ぬのは怖いのですから。

 

 ああ。

 

 これは、貴女への罰なんです。貴女が嫌っていた世界を、私のために生きてください。そして、本当の寿命を迎えてください。貴女なら、この世界でもきっと、寿命で終わることができます。

 

 ああ。

 

 あれ?聞こえていますか?

 

 もちろんだ、聞こえてるさ。

 

 良かったです。多分私にはわからないと思うので。夢か現か、おそらく、そんな認識も不可能だと思います。

 

 アタシの思いが、世話になったな。

 

 ええ。貴女の悲しみを深く理解できました。だから最近は、とっても寝付きが悪いんです。

 

 そうらしいな。

 

 だから、貴女にお願いがあるんです。あの子達を、私の班の子達をお願いします。

 

 あの3人組か。

 

 ええ。

 

 猿の娘に、うちはの小僧、それに、うずまきの小僧か。

 

 あの子達は、もうほとんど私から学びました。まだ班を結成して間もないのに。最後は、私が貴女の力を使って独り立ちさせようとしたのですが、きっと間に合いません。なので。

 

 アタシに任せるってわけか。

 

 ええ。

 

 面倒だな。

 

 嘘ですよね。

 

 隠し通せないか。だが、アタシ流にやらせてもらうぞ。

 

 それは、ちょっと不安かもです。今の子に貴女の攻めが耐えられるかどうか。

 

 お前の教え子だろう?

 

 ええ、そうですね。そうです。私の初めての教え子。

 

 なら、大丈夫だろう。

 

 そう、ですね。・・・ああ。もう時間ですね。

 

 そのようだ。

 

 私のチャクラが、貴女のチャクラに書き換わる。

 

 違う。お前は上へ行くんだ。空よりも高い場所へ。

 

 お伽噺のようですね。

 

 人生なんて、そんなもんだろ。

 

 確かに、そうでしたね、今まで。

 

 ・・・・・・。

 

 それでは。

 

 じゃあな、私。

 

 ええ、お願いしますね、アタシ。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

『アタシと一緒に来ないか?雷遁の小僧』

 

 ウシオは、シデノから言われたことを思い返していた。

 

 付くづく思い知らされた。自分の弱さを。結局、サクヤ隊長は救えず、隊の人間はみんな大怪我を負った。

 

 弱さの対義語は、強さ。強さを求めるなら、恐らくシデノに着いていった方が得策だろう。あの人は強い。長い年月を、サクヤ隊長の中で過ごし、共にあった。そして、心を強くした。悟りを開いた、と言ったら少し大袈裟か。

 

 しかし、ナルトの元を離れるのは、得策とは言えない。

 

 今回、シデノ、もといサクヤ隊長があのような事件を起こしたのは、ナルトを守るためだったらしい。

 

 中忍試験へやってきた砂の下忍。彼らの付き添いが、どうやら戦争過激派だったらしく、試験会場にいた者たちに加え、数人がそれだった。

 

 彼らはどうやら、ナルトを攫い、ナルトの中の尾獣を解き放つ予定だったようだ。

 

 その隊を率いていたのは俺が殴り飛ばしたリラの親父だった。リラと俺の試合が終わった瞬間が、作戦開始の合図だったらしく、会場にいなかった砂の忍は、事を移したようだった。

 

 しかし、それを察知していたサクヤ隊長が極秘裏に、行動を起こした。誰にも言うこともなく。何か問題があった場合、それこそ戦争がまた始まってしまう可能性があったからだ。それを避けるため、木ノ葉とは関係なく動いていたらしい。

 

 その最中、サクヤ隊長からシデノへの変異が始まり、サクヤ隊長は事件を起こした。

 

 シデノがこの里に恨みをもっていたなら、ナルトを救うことなんてしなかった。むしろ放置していたほうが簡単だったろう。

 

 結局この事件は、有耶無耶に片付けられる事になった。当の犯人を砂へと返し、そこから砂からの発表はない。事が発展することを避けてか、三代目火影も追求はしなかった。結果的に、被害を受けたのは砂だったからだ。

 

 ナルトを攫うことも、尾獣を解き放つことも出来ず、忍を数人失うことになったのだから。

 

「・・・はぁ」

 

 ウシオは、三代目、もとい木ノ葉の今回の対応について、不満しかなかった。失ったものは大きい。

 

 今回の事件、砂が攻撃を仕掛けてきたことを発表することはもちろん出来ず、代わりに珠喰サクヤが犯罪者として認定されることになった。丸く収まったと言えばそうなのだろう。しかし。しかしだ。

 

「これでいいのか?じいちゃん」

 

 ウシオはそう、口から溢してしまった。

 

 イタチとアスナは中忍になり、俺は上忍だ。戦争中でもないのに、まだ半人前の俺を上忍に指名したのには、何かわけがあるのだろうか。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 また翌日になって、また朝が来た。

 

 シデノの再生のチャクラのおかげだろうか。もう、体のどこも痛くない。

 

 ウシオは、自身のベッドから起き上がると、朝食の準備を始めるため、キッチンへ向かう。

 

 ウシオたちの班は全てが中忍以上となった。そのため、担当上忍なしでの任務につくことができる。また、即席で作られた班での緊急任務などにも対応できる。

 

 たくさんの任務をこなす下忍とは違い、任務の数も最初のうちは少ない。少ないというよりも、ないと言ったほうがいいだろうか。

 

 下忍には担当上忍がつき、その忍は名が広く知られている場合が多い。これは、依頼をする人間が安心して任務を任せられるようにするためだ。

 

 キンッ。

 

 瞬間、右手首に違和感が走った。その拍子に、持っていた皿を床に落としてしまった。

 

 大袈裟に音を立てて、皿は割れてしまう。

 

「なんだ?」

 

 ウシオは右手を開いたり閉じたりしながら、感覚を確かめる。次に手首を動かす。しかし、すでに違和感はなくなっていた。

 

「だ、大丈夫か兄ちゃん」

 

 音に驚いたのか、ナルトが心配そうな顔でキッチンを覗き込んでいた。

 

「大丈夫大丈夫。少し疲れが出ただけさ」

 

 ウシオは少しだけはにかみ、割れてしまった皿を拾い上げていく。

 

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 クソッ?!なんだ。どうして!?

 

 ウシオはチャクラを練る。しかし、それよりも速いスピードで体内のチャクラが減少していくのを感じる。

 

「これがあの時の子供か?見違えましたね、悪い意味で」

 

 アラシは片膝をついているウシオを見下ろしながら言う。

 

「シズク、止めを刺しますか?」

 

「必要ならば」

 

 シズクと呼ばれた少女が、クナイを構えゆっくりと近付く。

 

 クソッ!戻れ!戻れ!

 

 それでもウシオのチャクラは戻らない。体が重く感じられる。言うことが聞かない。

 

 これは恐らく、昼間感じた違和感の正体だろう。チャクラの急激な減少。まさか。

 

「ハッ!」

 

 シズはウシオの元までやって来ると、クナイを振り下ろした。ウシオはそれを自分のクナイを使って、寸前で受け止める。

 

「クッ・・・!!」

 

「往生際が悪い。直ぐに殺されればいいものを」

 

 クナイは拮抗していない。徐々に刃がウシオの首元へと迫る。

 

 ここは里から外れていて、誰かが助けにくることは有り得ない。たとえウシオの状況を知っていたとしても、この入り組んだ場所を直ぐに特定できるはずはない。

 

「悪く思わないことね。アラシが必要と感じている。であれば、起こることは必然だ」

 

「私の里を壊したのだから、報復されても文句はないでしょう」

 

 自業自得。あの里を壊したことへの報復か。当たり前といえば当たり前なのだろう。自分がしたことの責任を、今払わなければならない。しかし。

 

「まだ、まだ、こんなところで終われるかッ!!」

 

 最後の力を振り絞って、ウシオはクナイを払い除けた。その際、頬に少しだけ掠り、傷ができた。そこから、少しずつ血が滴り落ちていた。

 

「まだそんな力が?かなりのダメージを負ったはずなのだけれど、そうね、でももう」

 

「まだだ」

 

「え?」

 

「まだだ!責任ならちゃんと払う!だが、今じゃない!!」

 

「そうだぞ、ウシオ」

 

 その時、背後から手裏剣が飛んできた。シズはそれをクナイで弾き、一歩後ろに下がった。

 

「誰?」

 

 怪訝そうな目で見つめるシズ。後ろにいるアラシは何事かすでに理解しているようだった。

 

「まずいな」

 

 ウシオの両隣に、2つの影が現れる。

 

「イタチ、それにシスイ」

 

「まさか、こんなところにお前がいるとはな。えらく劣勢じゃないか」

 

 シスイがウシオに方を貸しながらそう呟く。

 

「大丈夫ですか?ウシオさん」

 

「いろいろあってな。だが、もう大丈夫だ」

 

 いつの間にか、チャクラの不具合はなくなっていた。体全体にチャクラが行き渡る。

 

「下がれシズク。そこのうちはの少年たちは、かなり出来る。一人は瞬身のシスイだ」

 

 アラシでもシスイのことは知っているらしい。流石はシスイといったところか。

 

「問題はないと思うけど」

 

 そう言うと、素早く印組をした。

 

「風遁・真空刃」

 

 口から無数の風の刃を繰り出す。ウシオの目の前にいる二人にめがけて飛んでいくが、彼らはまだ避けようとはしない。

 

「動けないのか?やはり・・・!?」

 

 勝ちを確信したような物言いから始まったが、言葉を終える頃にはそれは真逆のものへとなっていた。

 

 二人は写輪眼を発動し、風の刃をギリギリで避ける。避けられないからギリギリなのではない。無駄な動きを避けるためにギリギリなのだ。

 

 これが写輪眼か。

 

 ウシオは二人の後ろで印組をする。

 

「下がれ!二人共!」

 

 風の刃がやみ、見計らったウシオが二人に叫ぶ。それに応じて二人は遠くへ跳躍する。

 

「雷遁・雷槍!」

 

 雷の槍を作り出し、それを投擲する。死 電電一刺とは違い、チャクラを尖らせていない。裂傷を与えるものではなく、殴打的な衝撃を与える、エネルギーの塊。

 

「・・・!!」

 

 シズクは避けられない。雷遁故か、スピードはそんじょそこらのものとは違う。

 

「ハッ!!」

 

 シズクへと直撃する瞬間、その間に風遁のチャクラを刀にまとわせたアラシが割って入った。そして、その槍を叩き落とす。

 

「なるほど」

 

「私に加勢させたな」

 

「必要なかったけれど」

 

「玉の力を使うつもりだったのだろう?だが、今ではない。感づかれては遅いからな」

 

「・・・お前は心配しすぎる。だが、まぁいいだろう」

 

 シズクは目の前の三人を見据えながら、一歩後ろへと下がった。

 

「閃光の息子、どうやらここまでのようだ。・・・お前のその不具合は、一時的なものらしいな。それが今後、どうなるかは分からないが、それは、相当厄介な病だぞ」

 

 アラシはそこまで言うと、一歩下がりシズクと同じ立ち位置に立った。そしてシズクの肩を掴む。

 

「力量はあの時より少しは上がっているが、その病がある内は優秀な忍とは到底言えない。私はお前を戦争の種として利用しようと考えていたが、どうやら見込み違いのようだ」

 

「逃がすと思うか?」

 

 シスイが一歩前に出る。

 

「逃がす?いや、見逃すのさ。例えお前たちが優秀な忍であろうとも、まだ私には及ばない。この、突風のアラシにはな」

 

 そこまでいうとアラシは風遁に巻き込まれながら消えていった。

 

「風遁瞬身か。高度な忍術を使うみたいだな。・・・見逃してもらったってわけか」

 

「すまない、シスイ、イタチ。助けてもらって」

 

「別に助けてなんかないだろ。お前が勝手に助かっただけさ」

 

「なぜこんなところに?」

 

「二人で任務さ。中忍試験が終わったからな。上層部は、うちはの優秀な人材をもう一度見てみたかったらしい」

 

「足を怪我したのか?」

 

「いえ、これは。さっきの任務で、少し」

 

 イタチは痛みからなのか、少しだけ浮かない顔をしている。

 

「みんなで帰ろう。」



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EX2 珠喰サクヤとこころ

「それでは皆さん、よろしくおねがいします」

 

 サクヤを中心に、それぞれの紹介が終わる。

 

「まさか、イタチと一緒の班になれるとはな」

 

「ええ、俺も嬉しいです」

 

 二人が知り合いだったのは知らなかった。まあ、お互いにアカデミー主席だから知ってて当然か。ん?二人の主席ってなんだ?

 

「それに・・・」

 

 ウシオの視線が、もう一人の班員、アスナへと向けられる。

 

「なんだよ」

 

「いや、久しぶりだなと思って」

 

 ヒルゼンくんから聞いた話だと、小さい頃から一緒に遊んでた幼馴染みだとか。でもなんだか、不穏な空気だ。

 

「そうね」

 

「・・・・・・」

 

 不穏というか、何なんだろうこの空気。お互いにお互いが謙遜し合っているというか。ぎこちなさが目立つ。

 

「ワタシ帰るわ」

 

「え、ええ。初任務についてはまた追ってご連絡します」

 

 アスナさんはそそくさと帰ってしまった。なんだろう。初めての班での隊長なのに、少し不安な感じ。

 

「アンタも大変だな。アイツも悪いやつじゃないんだけど」

 

 ウシオはアスナの背中を遠目に眺めながら、サクヤにそう言った。

 

「ウシオさんはあの人と知り合いなのですか?」

 

 イタチがウシオへ尋ねる。ウシオは少しだけ気恥ずかしそうに答えた。

 

「ああ。幼馴染みってやつだ。今日何年か振りに会ったけどな」

 

「大変、だったとしても、大丈夫です。私はこの班の隊長ですよ?」

 

 自分で言っていて、何を言ってるのか分からなかった。いや、決意の表れだとしておこう。

 

「じゃあ、隊長。これからよろしくな」

 

「よろしくおねがいします」

 

 二人も小さく礼をして、その場から去っていった。背中がどんどん遠くなり、ついには見えなくなる。

 

「行っちゃった、か」

 

 これから、私の寿命が尽きるまで、あの子たちとともにある。まさか、木ノ葉を抜けた私がまた忍としていられるなんて、思っていなかった。ヒルゼンくんとダンゾウくんのおかげか。

 

「これから頑張らないと。それよりも・・・・・・」

 

 サクヤがニンマリと笑う。

 

「隊長かぁ」

 

 嬉しかったなぁ。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 別の日。まだ任務はない。先日の事件の後処理のために、前の三班のメンバーは任務ができないらしいからだ。

 

 サクヤは昔よく行っていた甘味屋へと足を運んだ。小さな甘味屋で、店先でしか人が座れなかったはずが、何人も入れる大きなお店になっていた。

 

「へぇ・・・」

 

 時間の流れは、残酷なのかもしれないけど、私にとっては関心しかない。あの小さなお店で、お客だって殆どいなかったのに、今では大盛況だ。

 

「入ってみようかな」

 

 昔と同じ暖簾をくぐり、中へと入る。すると、給仕の子だろうか。お盆を持ってトコトコと近づいて来た。

 

「いらっしゃいませ!お一人ですか?」

 

「ええ」

 

「お席にご案内します!」

 

 元気いっぱいだ。そこも、昔と変わらない。昔と。ん?あれ?

 

「んー・・・」

 

 サクヤは店員の女の子を凝視してしまっていた。

 

「ど、どうかされましたか?」

 

「え!?いや、知り合いに、とても良く似ていたので」

 

「そうなんですね。よく言われるんですよ、私。おじさんおばさんから」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。昔のおばあちゃんによく似ているみたいで」

 

「おばあちゃん・・・」

 

 そうか。この子。サキちゃんのお孫さんか。

 

 昔のこのお店にいた女の子に瓜二つだった。

 

「今歳はいくつですか?」

 

「私ですか?今年で10歳になります」

 

 当時のサキちゃんと同い年なんだ。

 

「その、サ・・・おばあちゃんは今どこに?」

 

「おばあちゃんなら病院にいます。2年前から体調を崩してしまいまして」

 

「そう、なんだ」

 

 今度会いに行こうか。でも会いに行ってどうする?昔の知り合いが急に現れたら、幽霊が出たって大騒ぎするかも。

 

 あの時の知り合いは、殆どいなかった。そもそも、あの人が他の人と一緒にいるところを、よく思ってなかったから。

 

 でも甘味だけは違った。あの人はよくこのお店の黒餡蜜を食べていた。ここの甘味はここで食うんだと言って、聞かなかった。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 そう言われて、ハッとする。少し考え込んでしまったようだ。

 

 いけないいけない。

 

「あ、大丈夫です」

 

「ご注文は?」

 

「ご注文・・・。黒餡蜜で」

 

 あの時と同じように、黒餡蜜を食べる。きっとあの人も食べたいだろうから。

 

「ん?」

 

 給仕の女の子が厨房へと戻ってすぐだった。外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「やっぱりラーメンの後は甘味だよね」

 

「お前も甘味が好きなのか?」

 

「兄さんが好きだから、俺も好き!」

 

 楽しそうな会話。つい最近知り合った男の子だ。

 

 二人は暖簾をくぐって、お店の中へと入ってきた。

 

「今日は空いててよかったな。サスケ、お前は何を食べる?」

 

「兄さんと同じの!」

 

「そうか。じゃあ責任重大だな」

 

 他愛ない会話をしていた二人は、疎らに空いた席を確認していた。ゆっくり店内を見回すイタチ。

 

「あれは」

 

 イタチがサクヤに気付いた。その視線を追って、サスケも気付く。

 

「イタチくん」

 

 サクヤはボソリと呟いて、手を振る。イタチは無視することも出来ず、そのまま近付いてきた。

 

「お久しぶりです、サクヤさん」

 

「イタチくんもここの甘味目当て?」

 

「まあ、ええ。ここは老舗ですからね」

 

 老舗。老舗かぁ。

 

「サスケ。俺の班の隊長さんだ。挨拶しなさい」

 

「こ、こんにちは」

 

「はい、こんにちは」

 

 サスケ。ヒルゼンくんのお父さんと同じ名前か。

 

 この時代でサスケという名を聞くとは思わなかった。だからこそか、すごく親近感が湧く。

 

「イタチくんは何を食べるの?もし決まっていなかったら、黒餡蜜がオススメよ?」

 

「・・・!」

 

 イタチはこの人、できる!とでも言うような顔で、サクヤを見た。当のサクヤはそんなことには気付かない。

 

「もしよかったら一緒にどう?」

 

「え?あ、はい」

 

 四人がけのテーブルに、向かい合うような形で座る。サクヤの目の前には、サスケだ。

 

 そして、もう一度あの女の子を呼び、黒餡蜜を再び頼んだ。

 

「・・・サスケくんはいくつ?」

 

「5歳です」

 

「そう!来年からアカデミーね。楽しみ?」

 

「うん。俺、兄さんみたいな忍者になるんだ」

 

「へえ、そうなんだ。じゃあ頑張らないとね!」

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

「まだまだ!ナルト!」

 

「おっす!」

 

 別の日では忍組み手を近くの丸太に腰掛けながら、眺めていた。

 

 すでに何件か任務をこなしており、中忍試験までの仮のものだったが、任務内容の評価により、存続されるかもしれなかった。

 

 今日はたまたま、本当にたまたま甘味屋へ行く途中に二人に出会った。そのまま修行を見ることになったのだ。

 

「二人、すごいなぁ」

 

 ウシオくんのウワサは聞いていたが、弟のナルトくんも中々だ。まだ5歳だというのに、ちゃんと考えて攻撃している。

 

 だけど、まだ小さい子どもだ。すぐに集中力が切れる。

 

「あ、テントウムシ」

 

「余所見するなナルト!」

 

 集中力が、切れるとナルトくんの頭にタンコブができる。涙目になりながらも、ウシオくんに向かっていく。

 

 サクヤは、自然と笑みを浮かべていた。昔見た光景を思い出したからだ。

 

『猿!何を余所見している!!』

 

『ご、ごめんなさい!』

 

『やれやれ・・・』

 

 扉間様に怒られるヒルゼンくん。呆れているダンゾウくん。

 

 でもこうして見てると、ウシオくんって、やっぱり似てるよなぁ。

 

「・・・なんですか?サクヤ隊長」

 

 サクヤがじっとウシオの顔を見ていると、それに気づいたウシオが、気恥ずかしそうに口を開いた。

 

「え?あ、ううん。何でもないよ」

 

 扉間に似ている、とは言えるはずもない。サクヤが二代目のことを知っているはずがないのだから。

 

「さ、続けて。・・・あ」

 

「え?」

 

「てりゃーあ!!」

 

 瞬間、ナルトの拳がウシオの下腹部やや下辺りへとクリーンヒットした。

 

「ヒン」

 

 短い悲鳴?を溢し、ウシオは固まってしまった。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

「大丈夫?ウシオくん」

 

「ごめんよ兄ちゃん」

 

 二人が心配そうにウシオを見やった。

 

「大丈夫大丈夫」

 

 ウシオは手をヒラヒラさせながら、何でもないようなフリをしてニヘラと笑った。

 

 大丈夫じゃないんだろうなぁ。

 

 サクヤは、苦笑いするしかなかった。

 

「でも病院まで連れてく必要なんかなかったのに」

 

「気を失っちゃったんだから、そりゃ連れて行くでしょう」

 

 病院の諸々の手続きをすべて終え、サクヤたち3人は出口へと歩いていた。ウシオはナルトの手を引き、少しだけ前を歩いている。

 

 その背中を優しい表情で、サクヤは眺めていた。

 

「おい!ナルト!」

 

 ナルトが前を見ずに歩いてしまったせいか、前から歩いてきていた老婆に軽くぶつかってしまった。ウシオはそんなナルトに声をかけて静止させようとしたみたいだが、意味はなかったようだった。

 

「申し訳ありません。ほら、ナルトも謝れ!」

 

「ごべんなざい」

 

 半泣き状態のナルトが老婆に謝っている。

 

 サクヤにとっては、そんな状態すら愛おしかった。

 

「大丈夫ですよ。ほら僕?おばあちゃんは元気ですから」

 

 細い腕でナルトの頭を撫でると、一礼してからゆっくりと再度歩き出した。老婆はサクヤの隣をお辞儀をしながらゆっくりと、通り過ぎる。

 

 あれ?

 

 老婆とすれ違った瞬間、懐かしい匂いがした。

 

「おばあちゃん!一人で行ったら危ないよ!」

 

「大丈夫大丈夫」

 

 振り向くと、2つの小さい背中が見えた。

 

「あれは・・・」

 

 先程の老婆のそばには、今しがた合流したであろう少女。少女は、あの甘味処の少女だ。ということ、は。

 

 サクヤの心臓が跳ね上がる。

 

 サクヤの過去が、そこにはあったからだ。

 

 そんな状態のサクヤに気付いたのか、ウシオが不思議そうに見ていた。

 

「どうしたんだ?急に立ち止まって」

 

 声を掛けられるはずもなく、サクヤはぎこちない笑みを浮かべゆっくりと向き直った。

 

 しかし。

 

「あ!黒餡蜜のお姉ちゃん!」

 

 急に振り返った少女に見つかってしまった。

 

「ここで何してるの?」

 

 背を向けていたかったが、それでは変だろう。

 

 仕方なく振り返ったサクヤ。老婆とは目を合わせないようにしていたが、目が、合ってしまった。

 

 変わっていない。

 

 年齢は勿論違うが、あのときと、何ら変わらない、友人がそこにはいた。

 

 サクヤが老婆から目を離せずにいると、それに気付いたのか、老婆はゆっくりと近づいてきた。

 

 早く行かないと色々とまずい。こう、情緒的なものが。

 

 しかし、体は動かない。幻術にでもかかったかのようだった。

 

 老婆はすぐそばまでやってきていた。

 

 なんと取り繕おう。それだけを考えていたが、はじめに言葉を発したのは老婆だった。

 

「どうして泣いているのかしら。大丈夫?」

 

 泣いている?

 

 指摘されたサクヤは自分の頬に手を当てた。たしかに、水分が勝手に流れていた。

 

 その水分を無理やり拭き取る。

 

「わた、しは」

 

 言葉が出ない。出したいのに、出ない。言ったところで意味のないことは、自分が一番分かっているからだ。

 

 言ってしまおうか。どうせただの変人だと思われるだけだ。それが嫌なら、孫という設定にすればいい。

 

 しかし、どれだけ考えても、言葉は出なかった。

 

 サクヤは拳を強く握りしめ、動けなくなってしまった。

 

 すると握りしめた拳を、老婆は優しく包み込んだ。

 

「手を包まれると、安心するでしょう?これはね、手をよく使う忍にとって信頼の証だかららしいわよ?大丈夫よ、私は、」

 

 これ、は。

 

 戦争で家族を失ったサキ。甘味処に住み込み、働いていたサキに、サクヤがかけた言葉だった。

 

『大丈夫。きっと大丈夫。私が居ますから』

 

『どうして、両手を包むの?』

 

『よく印を組む忍者にとって、両手を封じられるのはとても居心地が悪いことなの。つまりね、それができる間柄ってことは、信頼し合えているってことなの。だから大丈夫。今目の前にいるのは、』

 

 自身の過去と重なり合いながら、現在が口を開く。

 

「『アナタの味方だから』」

 

 涙が、流れる。今度は分かる。

 

「古い知り合いに似ていたので、少しだけ見入ってしまったんです。ありがとうございます、おばあさん」

 

 つっかえたものが、取れた気がした。

 

「そう?でもなんでかしらね」

 

 手を離した老婆が不思議そうに自分の手を眺める。

 

「あんなに昔のことを思い出すなんて、不思議ねぇ」

 

「おばあちゃん!よくなってるんだよ!」

 

 隣りにいた女の子が飛び跳ねて喜んだ。

 

「不躾かもしれないんですが、なんの病気なんですか?」

 

 一息つき、恥ずかしげもなく老婆は言った。

 

「私は精神力減少症。今の言葉だと、チャクラ病ね」

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 病院からの帰り道、ナルトがサクヤに質問していた。

 

「精神力減少症っていうのは、チャクラ病って言われてる通りチャクラが常に減ってしまう病気なの」

 

 精神力減少症。別名チャクラ病、チャクラ消失症候群。文字通り、チャクラが減ってしまう病気だ。

 

 精神エネルギーと肉体エネルギーの両方でチャクラというが、その2つのエネルギーが正常なバランスを取れず、異常な速さでチャクラを消費してしまう。

 

 チャクラが無くなれば死に至るが、それは最悪の場合だ。ほとんどは投薬や、幻術の解呪方法のような形でチャクラを送り込む事によって事なきを得る。

 

 問題は二次的な症状として、精神や肉体に異常が出てしまうことだ。体の平衡感覚が失われたり、言葉が発せなくなったり、その症状の中には、記憶を失ってしまうものもある。

 

 あの老婆は、すこしずつ記憶を失っていた。

 

 すでに自身の幼い頃の記憶は消え失せている。辛うじて、この里へやってきた事だけは覚えているらしいが、それもいつまで保てるのか。

 

 それが、過去にしたサクヤとの会話を思い出したのだ。

 

 しかしその直後にはそのことは忘れてしまったらしく、

 

 

 

 

 

 



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離別

「イタチッッ!!」

 

 大きな月に照らされたうちはの居住区で、ウシオはシデノから預かったチャクラ刀を振るう。

 

 イタチは、ただ無言でその攻撃を自身のクナイで受ける。

 

「何故だ!!何故!!」

 

 イタチの万華鏡写輪眼を受けたサスケを背に、ウシオはひたすらに刀を振るう。あたりにはウシオの声だけが響き渡った。

 

 一撃、二撃と、イタチはウシオの攻撃を確実に受けていった。そして、互いの顔を確認できるような位置で、ウシオは怒号を発する。

 

「何をやってんだお前!!」

 

「・・・」

 

 それでも、イタチは口を開かなかった。

 

「っ!!」

 

 イタチの動きを見て、ウシオは後ろに跳躍する。

 

 イタチの顔から、血のように赤い瞳が。

 

「万華鏡写輪眼」

 

「アナタに邪魔をされるわけにはいかない」

 

 

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

「お前らの返答次第では、どうなるか分からないぞ」

 

 木ノ葉の重役達に、鳥の文様が施されたチャクラ刀を向けながら、ウシオは言った。

 

「やめるんじゃウシオ!何をしておるのか分かって・・・」

 

 三代目が諌めようとするが、ウシオの耳に届くはずもない。届いてはいるが、今のウシオには逆効果だった。

 

「ならアンタは分かっているんだよな!猿飛ヒルゼン!」

 

 ヒルゼンの声を遮り、ウシオは叫んだ。

 

「イタチに何をしたのか!いや、何をさせたのか!!」

 

 ウシオの絶叫に、ホムラが気圧されながらも反論した。

 

「貴様、自分がどうなるか分かっておるのか!これはれっきとした反逆行為じゃぞ」

 

「俺は今、この里の長に話かけてるんだ。何もしない老害は黙っていろ」

 

 ホムラの脅しに、ウシオは最大限の侮蔑を込めて返した。ホムラは歯をギリギリと食いしばり、言葉を収めた。

 

 コハルはただ怯えているのか、何も言おうとしない。

 

 ダンゾウだけは、腕を組み瞳を閉じながら鎮座していた。

 

 

 

 

 

「さて、すまなかったな、アタシのツレが」

 

 シデノはウシオを抱えながら、重役たちへ言った。

 

「本当にシデノ様なのですな」

 

 ダンゾウが初めて口を開く。そして瞑っていた目を開き、シデノへと向けた。

 

「アタシを忘れたのか?小僧」

 

 ダンゾウへと放った言葉で、辺りの空気がズンと重くなった。

 

 ダンゾウたちシデノを知るものからすれば、少しだけ、腹が立っているときのシデノだ。

 

 ダンゾウは反射的に身構えてしまった。それは他の3人も同様だった。

 

「どうする?このクソガキを」

 

 シデノは抱えているウシオをドスンと床へと落とした。

 

「シデノ様、責任は全て私にあります。ですので、気を収めて・・・」

 

 ヒルゼンが冷や汗をかきながらも、口を開いた。しかし、それが逆効果だった。

 

「あたりまえだろう」

 

 空気が、震動した。いや、正確にはしていない。ただ、ダンゾウへと発した言葉よりも酷く重いものなのは確かだ。

 

 これは、激怒しているときのシデノ。自身の敵へと向ける、敵対の言葉の重み。4人が一度だけ向けられた、死の恐怖。

 

「だが、起きてしまったことは仕方がない。むしろ、このようなことは当たり前だろう。戦争が終結したとはいえ、戦いがなくなったわけではないからな」

 

 シデノは落ちている自身の刀を拾い上げ、ホコリを払う動作をした。そして、そのまま言葉を続ける。

 

「一族1つを犠牲にしただけで、大きな犠牲を、未然に防ぐことができた。ああ、これでいいのだろうな」

 

 刀を、鞘から、ゆっくりと引き抜く。

 

 刀身が月夜に照らされ、ギラリと光る。

 

「だが、アタシは、許せないな」

 

 一瞬の間のあと、シデノはその刀身を、ヒルゼンの首筋へと押し当てた。

 

「うちはは、マダラのいた一族だ。終わりがああだったとはいえ、あの一族は、この里にとってとても重要なモノだった」

 

 ヒルゼンの首筋からツーっと血が滴る。しかしヒルゼンは気にすることなく、シデノの言葉を聞き続けた。

 

「もし柱間が生きていたなら、恐らくこんなことにはならなかったろうよ。自分一人でうちはへ行き、土下座しながら言うだろうな。お前たちの悲しみや苦しみ、気づいてやれずすまなかった!ってな」

 

 

 

「扉間ならもしかしたらあり得るかもしれない。だがな、半世紀以上も年の離れた子どもに、自身の親や親戚、友人を殺させることは絶対にしない。そうならないように、アイツら兄弟は戦って死んだんだのさ」

 

「もしお前たちの中に、お前たちと同じように人生を歩き、年を取り、平和を生きた奥村サクがいたなら、こんなことにはなってなかったんだろうな。本気で怒るだろうな」

 

 シデノは頭をポリポリと掻きながら続ける。

 

「悪いがな、柱間はこの里を、お前たちのような上でふんぞり返る老人を肥やすために、作ったんじゃないぞ。扉間だってそうだ。本当の意味での平和を生むために、忍里という共同体を作ったんだ」

 

「もし、もしだ。お前たちが、アタシたちが作り上げた里を、そんな堕落したものにしたのなら、アタシは全力で、お前たちを殺す。息づく間もなく、無惨に、残酷に、苦しみを与えて、お前たちを殺す」

 

 

 

「まああの頃アタシは、こういうのには疎かったからな。親兄弟のいないアタシにとっちゃ、そんな苦しみどうでもよかったが、今なら少しだけ分かるさ」

 

「猿」

 

「責任を取れとは言わない。このウシオには話してしまったらしいが、うちはの小僧は他言せずに里を抜けて行った。なら、お前たちは結果を残せ。あの小僧が、命を賭けて防いだ平和だ。その命の上に、お前たちは立っている」

 

「ウシオは連れて行く。アタシが一人前の忍にする。それに今のこいつなら、マダラと同じことをしかねないからな」

 

「そうだ。最後に」

 

「ダンゾウ。扉間を真似ても、所詮お前に火影の器はない。だからお前は、あの時選ばれなかったのさ。今でもそうだ。この場にアイツがいたなら、真っ先にお前を討つだろうよ」

 

 ダンゾウは眉を顰める。そして袖の中を弄り、自身のクナイを握った。

 

「貴女に言われる筋合いはない」

 

「アタシだからこそ言えるんだろう。傍から見ていてお前たちの考え方は大人のそれだ。アタシは、まだ子どもなのさ。だから」

 

 瞬間、ダンゾウは袖からクナイを抜き、投擲までの動作を行った。いや、行おうとした。

 

「この場でお前を、殺すこともできる」

 

 シデノの刀の刃がダンゾウの首筋で鈍く光る。

 

 一瞬の間に、シデノは机の上まで移動し、刀を抜き、それをダンゾウへと向けていた。

 

「・・・・・・」

 

 冷酷に光るシデノの赤い瞳が、ダンゾウの濁った瞳を捉える。

 

「お前の目は、あの時と何ら変わりない。決意のない、凡人の目だ」

 

 そしてシデノはゆっくりと刀をダンゾウから遠ざける。そのまま腰元の鞘へと納めた。

 

「安心しろよ。お前だけは殺さない。それは、この小僧に残しておく。・・・この小僧はいずれ、扉間をも超える忍になるだろう。そうなった時、小僧自身に選ばせる」

 

「私が負けるとでも?」

 

 ダンゾウが表情を変えずに言った。シデノは口を歪めて笑いながら返した。

 

「ああ。負けるさ」

 

 話しながらシデノはウシオを見やる。

 

「コイツは扉間に似ているからな」



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