魔法薬を好きなように (烏鷺烏鷺)
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第1話 ちょっとした間違いじゃないんだよな

昼12時にいつものごとくマンティコア、ヒポグリフ、グリフォンの世話をして、自分の昼食後の休憩時間、午後2時より少し前の15分ぐらいから軽く走っている。午後の訓練開始前だが、すでに外へ出ていた隊員から

 

「よう、ジャック。今日は楽しみだな」

 

「そうですね。月に1回の魔法衛士隊への編入発表日ですから」

 

「そろそろ、お前があがってくるんじゃないかって、かけの対象になっているぞ」

 

「それは、光栄です」

 

走りながら答えていた俺は、ジャック・ド・アミアン。

アミアン男爵家の次男として生まれた。

 

 

 

今日までのことを思いかえすと10歳の時に、落馬をして怪我をした拍子に、前世を思い出した。前世の最後で記憶があるのは、高速道路を車でとばしているところまでだ。その後の記憶が無いってことは、事故でもおこしたのかだろうが、今となっては確認のしようもなかろう。

そこからだが、今の人生って、ものすごく刺激がすくねぇって思うようになったなぁ。

魔法もまだ使えないし、前世でおこなったことのある野球やサッカーもねぇ。

 

前世を思い出した当初は、父親であるボリスは首都トリスタニアで宮廷政治に関心がむいているようだし、母親は2年前に死んでいる。兄であるヨハンは6歳上で、トリステイン魔法学院に行っている。そのために城内をしきっているのは、代官のジョナサンだ。

 

俺には教育係のメイドであるエヴァがついている。乳母もかねているのだろうか、30歳代くらいの女性だろう。執事のジルダと夫婦だが、子供はいない。

 

城内に子供は俺しかいなくて、遊び相手もいねぇしな。

城のそばには、小さいながらも町があるから、そこで遊びにでかけることもできるが、かならず衛兵が護衛としてついてくる。こんなんじゃ、子供同士の遊びのふりも、おいそれとできやしない。

 

そんなところで、勉強をしていったり、今後のことを考えていくと、普通にすごすならどこかの入り婿となるか、下級貴族におちるかだが、チャレンジしてみる価値が高そうなのは、法衣貴族の地位を得られる魔法衛士隊だろう。

魔法衛士隊の場合、軍杖による格闘をしながら、魔法を唱えるとのことだ。前世では剣道やフェンシングを行なったことなどもなかったが、身体を動かすのは幸いにして嫌いではない。

魔法が使えるまでは、運動に関して遊び代わりとして、衛兵に剣の基礎を教えてもらいながら、前世の記憶を頼りに身体の運動神経を発達させる方へ努力してみた。

 

教育の方はというと、メイドのエヴァがみてくれている。しかし、座学でわからないのは、歴史や魔法関係が中心で、実技は貴族としてのマナーだ。うー、こういうのは苦手だ。

ただし、魔法関係でも水系統の魔法では薬学の実験があり、ビーカーやフラスコなどに魔法装置で実験できるのは面白い。特にアミアン男爵家は水の名門と呼ばれているわけではないが、代々水系統のメイジが多いので、その分野の資料や魔法装置などもそろっている。

 

化学的な実験も、分野によっては水の系統魔法の実験に含まれるので、そういう部分では、色々と前世の知識も役にたち、楽しめる。あとは魔法が使えるようになれば、応用範囲が広がるだろう。

 

そう思って、研鑽を重ねていったところ、兄は魔法学院を卒業し父親のもとへ行ったが、俺はめったに自領にもどってこない父や兄とは顔をあわせずにすむ環境で、水系統の魔法薬の実験をすすめながら、身体の鍛錬や魔法の訓練をしていった。

 

そうして、15歳になった翌年の春に、父親と兄のいる首都トリスタニアに行き、魔法衛士隊の騎士見習いとして通い続けて、2年ちょっとあまりとなる。今日はこの前、魔法衛士隊隊員である騎士が1名除隊となったので、次の候補として俺の名前があがっているようだ。

 

そんなことを思って走っていたら、突然目の前に鏡のようなものが出てきたので、急停止をしようと思ったら、その中に入り込んでしまった。

 

 

 

トリステイン魔法学院のアウストリの広場で春の使い魔召喚の儀式中。皆が見ている最中にできたばかりの召喚ゲートから一人の男が飛び出してきた。それは、足元からすべるようにでてきたかと思うと、足はすぐにとまり、そこから上半身が前のめりになって、倒れてしまっている。

 

皆が唖然としている中、召喚ゲートからでてきた男は鼻のあたりを押さえながら、立ち上がりつつ、周りを見回して、すぐ近くにいた髪の毛が薄い中年の男性よりも、同じくらい近くにいる金髪縦ロールの少女へ向かって、

 

「えーと、ここはどこかな? 美人のお嬢さん」

 

問われた少女は、唖然としていた様子から気を取り直したようで、

 

「トリステイン魔法学院よ。それで、貴方はどなたかしら?」

 

「これは失礼しました。俺の名はジャック・ド・アミアン。魔法衛士隊の騎士見習いをしています。しかし、なんでトリステイン魔法学院なんかにきちまったんだ?」

 

どちらかというとまだ10台に見える青年とも、少年とも見えるそのジャックという男性が、首をひねりながら考えていたところへ、髪の毛の薄い中年の男性から、

 

「ミスタ・アミアン。わたしはコルベールと申して、この春の使い魔召喚の儀式を監督している。それで彼女……ミス・モンモランシの使い魔になっていただきたいのだが」

 

「なに―――! それって、俺が使い魔として召喚されたのか? 自主訓練で走っている最中に突然、鏡のようなものがでてきたから、とまろうとしたらすいこまれちっまたのが、召喚ゲートだったんかい」

 

周辺にいる魔法学院の生徒たちから「まさか貴族?」とかざわめきつつが出始めていた中で、使い魔召喚で近くにいた縦ロールの美少女が口を開いた。

 

「ミスタ・コルベール!」

 

「なんだね。ミス・モンモランシ?」

 

「あの! さすがに魔法衛士隊に席をおく貴族を使い魔にするのは、なんですから、もう一回召喚させてもらえませんか」

 

モンモランシーの内心としては、貴族を召喚したというよりも『コントラクト・サーヴァント』によるファースト・キスを、恋人のギーシュにささげておかなかったんだろうかとの後悔でいっぱいだったのだが、それはおくびにもださずに質問をしてみたのだ。

 

 

 

しかしながら返ってきたきたのは、

 

「それはダメだ。ミス・モンモランシ。春の使い魔召喚は神聖な儀式だ。好むと好まざるにかかわらず、彼を使い魔にするしかない。それに『サモン・サーヴァント』で呼び出された使い魔は、死さなければ新たな使い魔を召喚することはできない」

 

「ちょっとまってください! ミスタ・コルベール。ミス・モンモランシ」

 

ここまでだまっていた、ジャック・ド・アミアンが問いかける。

 

「使い魔召喚に関して多少の知識はありますが、人間を召喚したという前例はあるのですか?」

 

「……いや、わたしの知っている限り無いはず」

 

「いかに春の使い魔召喚が重要といっても、前例がないのなら、宗教庁に問い合わせをしていただけないですか?」

 

それと、ひと呼吸をおいてから

 

「それとすみませんが、魔法衛士隊の宿舎にも連絡をいれていただきたいのですが。脱走したとみなされたくないですからね」

 

「ミス・モンモランシの使い魔召喚の続きは、あとにしよう。他の生徒の儀式を続けるので、そのあとに学院長室へ行くこととする」

 

「それまで、俺は、どうするといいですか?」

 

「ミス・モンモランシと一緒にいてもらいたい。それでよいかね? ミス・モンモランシ」

 

「はい」

 

モンモランシーとしては『コントラクト・サーヴァント』をさけるのは、これを選ぶしかないので、素直に返事をした。

 

 

 

モンモランシが声もかけずに、生徒たちの方へ向かうので、俺は一緒に向かって、立ち止まった場所の横に並ぶが、気まずい雰囲気だ。

それでも、次々と召喚されてくる使い魔を見ていたが、髪色がピンクブロンドの少女が使い魔召喚に所定の位置につこうとすると、周りの雰囲気がいっせいにかわりだした。何か身構えている感じはするが、使い魔召喚で、それだけ大物を呼び出すメイジとしての力があるのか?

こころなしか、コルベールも先の場所より下がっているな。って、普通生徒を護るほうにまわるんじゃないのか?

そんな疑問の中で、髪色がピンクブロンドの少女は『サモン・サーヴァント』の呪文を唱えて、杖を振ったところで、爆発がした。

こんな時に、どこから、攻撃がきたかと思い、軍杖を抜いて身構えると、隣にいたモンモランシーが、

 

「ミスタ・アミアン。何も心配することないわよ。あれが彼女の魔法の失敗した結果だから」

 

「はい? それって本当?」

 

「そうよ」

 

それだけ、声をかけるとモンモランシーは、また髪色がピンクブロンドの少女、先ほどの詠唱からいうとヴァリエールだったかの方に向いている。

ヴァリエールって、いったら、名門中の名門じゃないか。家での教育体制もしっかりしているはずだろうから、魔法を失敗するとしてもそれほどじゃなかろうが、って思っていると、また爆発音がする。

まわりでは、よびだした使い魔たちをおとなしくさせようとしているが、この爆発音ではおどろくのも無理はなかろうな。それで何十回かの失敗のあとに、今度は召喚ゲートが現れた。

 

さて何が現れるかなと思って2分ほど待つと、なにやら人型の姿が現れて、数歩ばかり歩いたところで、後ろ向きに倒れてしまった。

人型だから、亜人の可能性もあるが、あの服装って、ここらでは見たことはないが、前世の記憶に残っている服装だ。俺の前世の世界からきたのか?

 

ヴァリエールが何やら、「モンモランシーも人間を召喚したでしょう」とか言ってたが、結局は相手が平民とのことで、この世界での貴族と平民の差は大きく、不承不承ながらも『コントラクト・サーヴァント』をおこなっていた。

 

そっちも興味はあったが、俺の身も心配だ。使い魔なんてものになったら、まず魔法衛士隊に入れないだろうし、このあと、モンモランシーの付き添いなんかしなきゃならないだろうしなぁ。ってことで、ヴァリエールの使い魔召喚の儀式が終わったあとには、魔法学院学院長のオールド・オスマンと顔をあわせている。

 

オールド・オスマンとは少々話したが結局は、首都トリスタニアの宗教庁へ伝書ふくろうをとばして、返答待ちとのことだ。実務は緑色の髪が特徴なミス・ロングビルということで、結果がでるまでは来客用の部屋にてまっていたが、わずか3時間あまりで宗教庁からの返答はもどってきた。しかも『春の使い魔召喚の儀式は続けるべし』とのことだ。泣けるなぁ。

 

とりあえず、先のことは考えるのは後となって、モンモランシーと使い魔召喚の儀式を続けることになった。

 

俺の目の前で、

 

「我が名はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

と呪文をとなえてから、顔を少々赤らめながら軽くキスをしてくる。無事に『コントラクト・サーヴァント』をなしとげやがった。どうせおかしなことになるのならこっちの方を失敗しやがれよ。

 

左上腕に刻まれたルーンは『ウンディーネ』で、ミスタ・コルベールからの説明では、今は伝説となっている水の妖精を示しているとのことで、モンモランシーは水の系統に確定したというか、俺って水のスクウェアだしな。

 



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第2話 なんていう悪辣な

俺こと、ジャック・ド・アミアンは、今、モンモランシーの部屋に入って、テーブルについている。すでに食事として用意されているのか、2人分のパンとワインが用意されていた。

学院長のオールド・オスマンからのたっての指示で、モンモランシーもしぶしぶながら、したがっていたわけだが。

兄から聞いていた話では、魔法学院の女子寮の部屋に男性を入れるのは、彼氏ぐらいだって話だったからな。

 

そして、モンモランシーの部屋に入ると香水の香りがちょっときつい。

なんでかと思い室内をみてみると、水の魔法薬を作るための用具がそろっている。それに栓をしたりしているのが、室内にもれてきている臭いを隠すために、香水を多く使っているのだろう。

部屋の中のテーブルの席についたところで、

 

「改めて確認したいのだけど、学院長からでた話の方向でかまわないのかな?」

 

「ええ。ある意味水竜を召喚するよりも、ましですから」

 

学院長からでた話というのは、ぶっちゃけ、モンモランシーが卒業するまで、使い魔としてこの魔法学院にとどまっていること、ってことなのだが、基本的な食住費はモンモランシ家持ちで、そのあとのことは、両者で話してくれということだった。

俺もモンモランシーの使い魔となってしまった以上は、モンモランシーと敵対する場所にはいけない。行った場合には、モンモランシーの目となり、耳となるってことだから無意識にスパイ……じゃなくて間諜をしていることになるかもしれないしなぁ。だから、モンモランシーがどこに嫁ぐかはっきりするまでは、まともな職につけないな。はぁ。

 

話していることといえば、使い魔のこととか、当面のことだが、

 

「目や、耳が同調できないって?」

 

「そうよ。なんでかしら」

 

「さてね」

 

ある意味ラッキーだが、まわりが真実として信じるかは別の問題だ。

 

「薬草や秘薬などは、とってこれるのかしら」

 

「俺自身でも薬草ぐらいならとれるが、俺の使い魔がカワウソなので、水の中の薬草なんかも集めてこれるぞ」

 

「あら、それはよかったわ」

 

って、薬草集めは決定か。

 

「主人を護るっていうのは大丈夫よね。確か魔法衛士隊の騎士見習いだったんでしょ?」

 

「まあ、護衛の訓練は受けているからな。ただし、連日襲われるような目にあうようだったら、それは別だぞ」

 

「えっ? なぜ?」

 

よくわかっていない人からならば、その疑問は、ごもっとも。

 

「俺はスクウェアの上、魔法衛士隊の訓練も受けてきているから、並の相手で1回限りというのなら特に問題ないが、回復力に問題があってね。精神力がほぼつきかけたら、それが回復するのに8日ほどかかるんだよ。毎日ちまちまこられたら、メイジの能力としては、毎日精神力を回復しきれるドットとたいした変わらない」

 

「そんな目にあうわけないでしょう」

 

「まあ、そういうことも考えておくのが、魔法衛士隊でならったことでね。ないにこしたことはないね」

 

「そうね。その他に特技ってあるのかしら?」

 

「そこに水魔法の実験設備があるだろう」

 

「ええ、それが何かしら?」

 

「俺も、水魔法で魔法薬の実験をしているので、一緒にできれば、効率が良いんじゃないのかなっと思ってさ」

 

「……興味はあるけれど、一緒の部屋に二人きりって、彼氏に誤解されたら困るわね」

 

「彼氏がいるのか。護衛というのも、部屋の前で行うのか?」

 

「そこまで気にしなくてもよいわよ。魔法学院から外出する時、護衛をしてもらうぐらいで」

 

「それはまた、普段は暇になりそうだな」

 

「そうそう。明日からの1週間は、授業に一緒に出てちょうだい」

 

「うん? なぜ?」

 

「使い魔をお披露目するのよ。その間は、近くにいてね」

 

「了解。その他の事項は?」

 

「特に今はないけれど、思いついたら伝えるわね。こちらからはそれぐらいだけど、貴方からは何かあるかしら?」

 

「これから、貴女の方はなんて呼べばよろしいのでしょうか。たとえば、ご主人様?」

 

「ご主人様ねぇ……魔法学院の雰囲気にあわないから、モンモランシ―でかまわないわよ。そのかわり、貴方のこともジャックと呼んであげる。ジャックといえば他にもいるから、二つ名を教えてちょうだい」

 

「俺の二つ名は『流水』です。モンモランシ―は?」

 

「『香水』よ。他になければ、もう、もどっていいわよ」

 

「俺も一緒に授業にでるんですよね。明朝はどうしたらよろしいですか?」

 

「そうね。『アルヴィーズの食堂』の入り口ぐらいでも待っていて。場所はその辺にいるメイドにでも聞けばわかるでしょう」

 

「わかりました。それでは、また明日よろしくお願いいたします」

 

「おやすみ」

 

「おやすみなさいませ」

 

俺は、来客用の部屋にもどったところで、魔法衛士隊からの手紙がきていることに気がついた。中身は『魔法衛士隊の騎士見習いの資格停止と、再申請する場合には再審査がある』との趣旨の内容だ。騎士見習いからはずされたのを、体裁よく書いたものだろう。

少々覚悟していたとはいえ、長年狙っていただけにぐっとくるものがある。

 

 

 

翌朝、来客用の部屋からでた俺は「メイドなんていないじゃないか」とつぶやきながら、学生寮の方へ歩いていくと、学生寮から移動していくのが同じ方向なので、そこが『アルヴィーズの食堂』なのだろうと思っていくとビンゴ。

入り口で、モンモランシ―を待っていると生徒たちが、俺をみてクスクス笑いながら食堂にはいっていく。

「ああ、間抜けな貴族が、使い魔として召喚されたんだろうなぁ」と考えているんだろう。そう思うとちょっとばかりおちこんだ。

 

モンモランシーがきて「おはよう」と言ってきたので「おはようございます」とかえしたところ、そのまま通りすぎていくので、俺はあわててそのあとをついていく。彼女がある場所で「ジャックの座るのはここ」と言って椅子をさしたので、俺はそちらにつくが、モンモランシ―は俺に椅子をひかせようともせず、自分ですわっているので、まあ、使用人のかわりとは思ってはいないのだろう。

 

しかし、朝から豪勢な食事だったが、おしゃべりしながら食事がすすむ。その中で俺にも話はふられた。まあ、俺自身よりも魔法衛士隊のことが中心だ。あくまで俺って、騎士見習いだったからなぁ。騎士見習いの資格停止になったことをまだ、モンモランシ―に話せていないが。くそぉー。

 

 

 

魔法学院の教室へ移動したが、すでに教室には様々な使い魔をつれた生徒たちがいる。皆はあまり使い魔たちのことを気にしていないようだが、これだけの種類を同時にみられるのは、中々珍しいんだけどなぁ。中でも学校らしいと思ったのは、赤い髪の美少女に男子生徒がむらがっているところだ。場所がかわっても、このあたりはあまりかわらないらしいなぁ。まあ、俺の前世では、ここまで露骨にモテますオーラを出していた、女子生徒や学生もいなかったけど。

 

席はやはりモンモランシ―の横にすわることになって、授業は土系統の魔法から開始だ。先生は『赤土』のシュヴルーズとの自己紹介だった。しかし生徒が俺ともうひとりの平民を召喚したことで笑い声やおしゃべりがとまらなかったので、そのおしゃべりを止めた赤土を顔に張り付けた技量はたいしたものだ。魔法衛士隊隊員でもあそこまでの数を、コントロールできる者がどれだけいるのだろうか。俺でも土の系統を3つたすことはできるが、あそこまでの量とコントロールができる自信はない。まあ、本来の系統は水だから、そっちなら、にたようなことは可能だけどなぁ。

 

そんな授業で、初歩的な錬金の魔法の実技が始まった。昨日のヴァリエール家の生徒があてられた。そうすると、先ほど目についた赤い髪をした女子生徒が

 

「やめておいた方がいいと思いますけど……」

 

「どうしてですか?」

 

「危険です」

 

先生との一連の話で、そういえば昨日はコルベールも下がっていたよなと思い浮かべたが、ここで口にすることでもなかろう。

 

ヴァリエールというより、『ゼロ』のルイズとの方が、今となってはわかりやすいが、錬金の魔法で、皆が机の下にかくれたのがわかる。俺もつられて隠れたもんな。

 

わかりやすい爆発音がおこったあとでは、使い魔たちが暴れだした。昨日の使い魔召喚よりも距離は近いし、室内だから、爆発音も部屋のなかにこもるから、大きくきこえるものな。

 

立ち上がって錬金をかけた場所をみてみると、ブラウスが破れたり、スカートが避けていたりするが、顔についた煤をハンカチで落としている。鏡もみないでってことは、ある程度は自分でも予想していたのか。

その横では先生のシュヴルーズがのびている。うーん。爆発個所に近いルイズが気も失わずにたっているのに比べて、少々ながら離れていた先生が気絶するって、どこか頭でも打ったのか?

しかたがないので、モンモランシ―に「倒れている先生が気絶しているのが、気にかかるので見てくる」というと、気にしなくてもいいのにといった雰囲気ながら「いいわよ」と返答があった。

 

先生の方へ向かって水の流れを感じとるが、特に脳内で出血が発生しているわけでもないようだし、どこか頭の特定の場所を強打した感じも受けない。これは純粋に爆風の影響か?

命の危険性はなさそうだし、治癒の魔法をかけるほどのこともなかろう。気絶しているところから自然に目をさますのを待つのがよさそうだ。

それにしても、奇妙な現象としかいいようがないのだが、いざ、このルイズという娘と戦闘となった場合には、今のところ結果の予測がつかないために、嫌なところだ。悪辣な魔法だな。

 

しかし、あれだけの爆発音なのに、近くの教室からは、先生が見にもこないので、男子生徒が人を呼びに行ったようだ。モンモランシ―には

 

「このあとどうする?」

 

と聞いたら、

 

「後でくる先生のいう通りにするだけだわ。しかし、やっぱり『ゼロ』のルイズね。しかも、今度は先生まで気絶させるなんて」

 

先生を気絶させるようなことは初めてなのか。まあ、しかたがなかろうと思いつつ、爆発することがわかっていたら、もう少し気をつけろと思いたいが、先ほどの一連の会話で「教えるのは初めて」という言葉も流れていたっけ。

 

ここに呼ばれてきた先生は、ルイズとその使い魔である黒髪の少年に魔法を使わずにかたづけることと指示をだしていたが、魔法をつかったら、爆発することを知っているのだろう。どこの世界でも先生同士の連携は悪いようだな。

 

生徒たちには、中庭で待機とのことだったので、そのまま従うが、「危険」と指摘されていたにもかかわらず、錬金をした結果の部屋片づけか。普通なら清掃係りのメイドにでもさせるのではないかと少々不条理に思うが、新参者である俺が気にかけるものでもなかろう。モンモランシ―とともに中庭に向かったら、朝食時のメンバーのうち、同じ教室にいた者と話している中で俺もまざることになった。女子生徒の中に俺一人男がいるっていうのは、気分は悪くないが、話の中身が学園の話題とか、女性特有のおしゃべりで少々つかれるぜ。

 



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第3話 俺って一応人間だよな

昼食はやはり『アルヴィーズの食堂』にて、モンモランシーの横に座って食事をしていたが、だいたい食べ終わり、まわりの話を聞きながら、デザートが来るのを待っているところだ。

 

そうしているとモンモランシーが、まわりと話をしていないで、とある方角を向いているので、その視線の先を見ると、制服をキザったらしい恰好に変更している男子生徒がいる。そのそばに数人集まっているところへ、茶色いマントをした少女が何か話しかけているところだ。

 

聞こえてきた「ミス・モンモランシー」という単語で、モンモランシ―がぴくっと、反応している。しばらく、成り行きをみていると、キザな制服の男子生徒は先ほどの女子生徒に、見事な平手打ちをくらっていた。その瞬間、モンモランシ―が立ち上がったので、おっ、修羅場になるかと思ったら、先ほどの女子生徒は、立ち去っていって、かわりにモンモランシ―が近くによっているが、ここからだと、相手のキザな服装の男子生徒の話は聞こえるが、モンモランシ―の言葉は聞こえづらい。

 

ただし、その行動だけはしっかり見えた。テーブルの上に置かれたワインのビンをつかんで、そのビンの中身をキザな服装の男子生徒に頭からかけていた。お見事。

 

モンモランシ―は「うそつき」とひとこと言って、そのまま『アルヴィーズの食堂』の出口に向かっているので、どうするか逡巡したが、結局はモンモランシ―のあとを追いかけることにした。

 

先ほどのキザな制服をきた男子生徒のそばを通りすぎるところで、ルイズの使い魔にいちゃもんをつけはじめていたようだが、ギーシュというのか。トリステインの女性貴族のプライドは高いから、多分、元カレってところになるんだろうと思いつつ通りすぎた。

 

モンモランシ―は『アルヴィーズの食堂』を出たあと、少々歩く速度が速くなっている。俺はその後ろを少し離れながらついて行ったら、女子寮の自室に入っていったのをみとどけて、昨日あったばかりのモンモランシーにかける言葉もというか、かけることさえ良いことなのか判断できずに、女子寮と男子寮をつなぐフロアの椅子に腰をかけることにした。

 

さて、落ち着いて考えると、知り合ったばかりでプライドの高い女性貴族へ、下手な声掛けは無用の長物。部屋からでてくるのを、階段のあたりでも待っているかと向かうと、ちょうどルイズたちがきた。誰かがけがをしているようだが、この魔法学院で? っと思いながら、通過するのを見ていると、ルイズが泣きながら、怪我で気を失っているであろう使い魔の少年を、他の女子生徒に運んでもらっているところだった。なんで、あんな怪我なんかしているんだと不思議には思ったが、こっちもモンモランシーが気にかかるので、どういう意味をもっているのかまでは、気が回らなかった。

 

さて、授業開始の5分前になろうとしたところで、モンモランシーが部屋からでてきた。

顔をみると化粧でごまかしてはいるが、眼が赤くなっているのと、まぶたもはれている。自分の魔法では治しきれなかったのだろう。

 

「モンモランシー。ちょっと30秒ほど俺に時間をくれないかな?」

 

「何?」

 

俺はそれには直接答えず、彼女へ向かって治癒の呪文をかける。彼女も自覚があったのだろうか、何も言わずに黙って受け入れていた。

 

「もういいよ」

 

「そう」

 

そう言って、二股をかけられていただろうことを、自分から振ったというふうにでも内心をすりかえているのだろうが、休むよりましと、プライドの高いところをみせているのだろう。

 

教室についたところで、モンモランシーと席につくと教室の雰囲気が、朝とだいぶ違っている。何やら、ギーシュがルイズの使い魔、平民に決闘で負けたとの噂でもちきりだ。

 

先ほどのルイズの使い魔の状態からいって、ギーシュはゴーレム使いか。それを倒すとは、メイジ殺しの使い手だったともいえるが、具体的なことはよくわからんな。個人的に興味はあるが、隣に座っているモンモランシーの手前、積極的に聞きにいくこともできず、少々もやもやとするなぁ。

 

 

 

授業が終わって、夕食の時刻までは自由となった。

とりあえずは、寝泊りさせてもらっている来客用の部屋には、アミアン家からの手紙が届いていたので中を見てみると、書かれていた内容は大まかにいって3点。

 

・使い魔になることは確実なので、その方面で話をモンモランシ伯爵家と話は進める

・魔法学院には、男子寮の手配をしておく

・必要な実験用具なんかは、首都トリスタニアにある家へとりに来い

 

ついでに、可能だったら、主人となったモンモランシ伯爵家の娘も顔をみたいって、こっちは男爵家で、モンモランシーは伯爵家の娘か。家の格の違いからいって、顔をたてているんだろうなぁ。

 

ついでにモンモランシ家の家族構成とかも書かれている。モンモランシ―は長女であるが弟は二人いるとのことで、モンモランシーがどこに嫁ぐことがはっきりしないと、しばらくはモンモランシ家の衛兵でもおこなうの、って感じだろう。自分の人生中々思い通りにいかないものだ。

 

結婚もそのあとになるだろうから、適当に遊べる相手でも見つけるのがよかろう。当然のことながら魔法学院の外でだが、今までの相手とは、魔法衛士隊の騎士見習いということから、俺の将来性を見越してつきあっていた部分もあるかもしれないから、このあたりはまずはあてにしないことだな。って、よく考えれば相手はほとんどが既婚者だったから、あまり深く考えないで、独身だったあの娘だけはきちんと連絡をとるか。どうやって、連絡をとるかってのは、一度明日にでも伝書ふくろうでも使うか。

 

夕食の時刻までまだ少しあるので、魔法学院の中を歩ける範囲でまわってみると、地下に風呂場がある。そういえば、兄貴も言っていたなと思い出し、今日は風呂にでも入るかといったところで、夕食の時間がせまってきているのに気が付いた。俺はまた『アルヴィーズの食堂』の出入り口でまっていると、モンモランシ―がきたので、後ろをついていく心構えをしていたら、モンモランシーが目の前でとまって「ジャック。食事のあと、小一時間ぐらいしたら私の部屋まできて」というと食堂の中へ入っていった。俺は一瞬ぽかんとしてたが、彼氏がいなくなったから、魔法薬の研究か、それとも俺と遊ぶ気でもとかも考えたが、それはさすがになかろうと思い、おいかけるようにモンモランシ―の後についていった。

 

食事の時には、まわりの声は大きくはなくとも、昼食後のギーシュとルイズの使い魔の話題が聞こえてくる。最初はルイズの使い魔がギーシュの7体のワルキューレ、ゴーレムの名前だと思うが、それになぐられっぱなしだったのに、ギーシュの作った剣を握ったら、目にもとまらない速さで、ワルキューレを倒して、ギーシュに剣をつきだしたって。こういうのは誇張が入るものだから、ワルキューレを1対か2対をたおしてから、それでギーシュに剣を突き出して負けをみとめさせたか、2対ぐらいづつたおしていっては、ゴーレムがもっていた武器を奪って最後にギーシュへ剣を突き出したってところだろう。

まあ、階段でみた怪我からかんがえると、後者の方が可能性は高そうだけどなぁ。

 

これらの噂話に、モンモランシ―はにこやかに返答しているが、内心はどうなんだろうね。気にかけておくべきか、そうでなくてもよいかは、食事のあとに行くモンモランシ―の部屋であった時に、なるようにしかならないだろう。

 

 

 

食堂をモンモランシ―より早く出て、俺はひとっ風呂あびていったん部屋にもどってから、モンモランシ―の部屋に向かった。多分違うだろうが、夜に部屋へと入るお誘いがあったので、下着の洗濯も完璧だ。もともと固定化をかけてあるから、汚れや臭いも付きにくいが、簡単に水洗いをしてから、水系統の魔法で脱水をしておしまいと。こんな時、水系統のメイジが多かった家に生まれてよかったと思うときはないぜ。なんか小さな幸せ気分だな。

 

俺が食堂をでてから一時間ちょっと過ぎ。モンモランシ―の部屋に入るには良い時間だろうと、部屋のドアをノックした。中からは「誰?」ときかれたので、「ジャックです。モンモランシ―」と答えると、「入っていいわよ」ということなので、そのまま中に入ったところで、制服姿のモンモランシ―がテーブルについていた。テーブルにはワインのビンはあるが、あまり高そうにみえないってことは、飲み水かわりのワインかな。

 

テーブルの反対側の席を指示されたので、そこに座るとモンモランシ―から、ワイングラスにワインをそそがれて、

 

「昨日はいったん、ことわったけれど、魔法薬の実験を一緒に行うのはよろしいかしら?」

 

ああ、ギーシュの件がなくなったから、彼氏と間違えられても、とりあえずは問題ないと考えているんだな。卒業までに、また彼氏を作った時に、どうなるかまでは思考がまわっていないのだろうが、モンモランシ―の恋愛事情にあまりたちいるの必要もないと考えて

 

「ええ、喜んで一緒に行わせてください」

 

「それはよかったわ。それで相談なんだけど、今度の虚無の曜日から、トリスタニアへの化粧品店の往復をつきあってもらうのと、薬草集めに協力して」

 

「トリスタニアに行くのは構わないのですが、薬草集めは、今度の虚無の曜日ではなくて、その次からではいけませんか?」

 

「あら? なぜかしら」

 

「ご存じのとおり、魔法衛士隊で騎士見習いをしていましたから、住んでいたのもトリスタニアで、父と兄と一緒だったんですよ。それで、俺の実験道具は扱いきれないとのことで、かたずけにこいと手紙がきてましてですねぇ」

 

「それならしかたがないわね。行くのは荷物があるから一緒にきてもらえるとありがたいけれど、化粧品店へよったあとはわかれましょう」

 

「できたら、俺の父にもあっていただけませんか? 父がどういう貴族に使い魔と召喚されたのか、挨拶をさせていただきたいと、手紙には書いてあるのですよ。まあ、できればの話ですが」

 

少しばかりモンモランシ―は考えてから

 

「挨拶をするのは時間があえば、よってあげるわね。ただ、挨拶だけよ」

 

「そうですね。そんなものでよいかと思います。あと、興味があれば、実験室も覗いてみませんか? 全部はさすがに魔法学院にもってこれなさそうですので」

 

「そんなに多いの?」

 

「多いというより、今となっては入手がしづらい魔法装置なんかもあるので、魔法学院でなくて、自領の倉庫に送り返すつもりなんでしょう。俺自身が長男だったら、それをもってこれたかもしれませんが、次男ですからね」

 

「わかったわ」

 

「それでは今度の虚無の曜日というと明後日ですよね。明日、もしくは今日このあとはどうしますか?」

 

「そうね。ここで実験している内容でもみていくかしら」

 

「いいですね。ワインを飲んでからでも」

 

そのあとは、どちらかというと、お互いの水系統の魔法薬の知識の確認をしながら飲んでいるという感じになって、ワインがきれたところで、

 

「よければ、そろそろ、説明していくわね」

 

「ええ、香水はわかりますが、あとはここからだとよくわからなかったので、お願いします」

 

立ちながら簡単に説明していくモンモランシ―の話をきいて、一角をさけているのに気が付いた。

 

「こちらはなんですか?」

 

「えー、そのー、そう。薬草を乾燥させたりしているのよ」

 

まあ、たしかにそうだけど、異彩をはなっているビン類がある。まわりのや薬草とかをみてピンときた俺は、

 

「避妊薬ですね」

 

「……私が使っているわけじゃないわよ」

 

横を向いて答えている。俺が作れる魔法薬の中で類似のものを思い出し、モンモランシ―に

 

「上級貴族の未婚女性にとって、もっと興味をひく魔法薬を紹介しましょうか?」

 

俺のおしりからは、先が三角で真っ黒いしっぽがゆれていたかもしれない。

 



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第4話 勘違いならうれしいなっと

俺のおしりからは、先が三角で真っ黒いしっぽがゆれていたかもしれない。そう思いつつモンモランシーへ

 

「上級貴族の未婚女性にとって、もっと興味をひく魔法薬を紹介しましょうかぁ?」

 

ちょっと、悩んでいるモンモランシーだ。もともとは、ギーシュに二股をかけられていたことから、無意識に気をそらせるのに、香水や魔法薬の実験に注意をむけるつもりだった。それが、アルコール量が少ないとはいえ、ワインを飲んだ酔いの手伝いもあってか、ジャックに顔をもどして、

 

「どんなもの?」

 

「女性の身体の特定の部分を、男女間の関係になる前に戻せる魔法薬ですよ」

 

「……そんなの、聞いたことないわよ」

 

「そうでしょうねぇ。まぁ、発想の転換なのですが、発毛の魔法薬の研究からできた副産物なんですよ」

 

「えっ? なんで髪の毛と関係するの?」

 

疑問に思うのももっともだよな。

 

「2種類の魔法薬を段階を踏んで使うもので、1種類目の魔法薬で頭皮を若返らせて、2種類目の魔法薬で発毛させる……っていうつもりだったけど、なぜか1種類目の魔法薬では髪の毛が短くなって、2種類目の魔法薬でその毛が長くなるという育毛剤になってしまったんだよね」

 

「そうなの?」

 

「まあ、最初から人で実験を行うわけにいかないから、動物実験をくりかえしていたんだけど、そのうちに、なーんか思いついて、おこなってみたら、膜の再生薬として使えることがわかったんだよ」

 

「あら」

 

感心しているモンモランシ―だが、実際は逆で、城内のメイドと遊ぶのは良いけれど、出て行ったメイドのうち、俺の興味をひくメイドが生娘じゃなければ、当然自領で噂になるわけで、それはさすがにまずい。なので、開発してみた薬なんだよなぁ。

 

ただし、開発に口実は必要だから、それが発毛の魔法薬だったわけで、モンモランシ―に使った口実も、親とかに使っていたものなんだよなぁ。

 

「けれど、これには副作用があってねぇ、2種類目の薬を使うと、使った場所がかゆいらしいんだよ。なので、もう1種類として、睡眠薬も使うことにするんだ」

 

まあ、かさぶたなんかがかゆいのと同じような現象だとは思うのだが、実際のところよくはわからない。

 

「あら、かゆみ止め薬は?」

 

「効果がないんだよ。なぜかわからないけどね」

 

麻酔薬でもいいんだが、部分麻酔ってないから、作りやすい睡眠薬を俺は使用している。そのあたりはモンモランシ―も理解しているのだろう。

 

「それで、人に試したことは?」

 

「2人だな。相手の素性はいえないけどね」

 

って、実家のメイドと、1カ月つきあっていた女性貴族だったが、その女性貴族は見た目だけで、性格が悪かったので、わかれる際にだまってつかったのがあったなぁ。とてもまわりには言えないが。

 

さて、ここからが本題だ。

 

「それでこの薬を必要としそうな人間として、3年生のうち、避妊薬を三回目以降で買いにこなくなった女子生徒を、相手にするのが良いかな。特に冬休みが終わってからね」

 

まあ、男女間の関係になったのはよいが、わかれちゃったってやつだな。しかも3年生で次の相手がみつからないまま卒業って、そのまますっとぼけて結婚するのもいるらしいが、それだけで離婚……結婚がされていなかったという状態にすることが、男性貴族側はできるが、女性貴族側は表向き離婚とはいわれないが、離婚として知れ渡るから、次の結婚の条件が悪くなる。

 

モンモランシーもここまですっとんだ話になるとは、思っていなかったのだろう。俺もここまで話す気はなかったが、ついつい調子にのってしまったようだ。

 

「それって、今、きめなくても良いわよね」

 

「そうだね」

 

「じゃぁ、今日は帰ってちょうだい」

 

「わかりました」

 

俺は部屋へ戻る途中に、昨日今日と、身体を動かしていないことに気が付いたが、すぐに必要とすることもなかろうと思い、そのまま寝ることにした。

 

 

 

翌日は、朝食前から授業の終わりまではモンモランシ―とほとんど一緒にいたがって、さすがにトイレにはついていかないわな。

教室ではルイズが使い魔に水の秘薬を使った、という噂が流れている。水の秘薬は高価だから、普通は平民に使わないもんだけど、メイジであるギーシュに勝ったからか?

そのあたりはよくわからないが、ちょっとだけ、気にとめておくか。

 

授業の後、夕食までは、モンモランシ―の部屋で魔法や薬の実験といいたいところだが、まずは実験部屋をつくることにした。ガラスで囲った部屋になるが、硬化の魔法で壊れにくくできる。あとは、この部屋の中用の脱臭用の魔法薬をつくればよいのだろうが、あいにくと、モンモランシ―の手持ちの薬草には、それに応用できる薬草が存在しないので、今日はそっちには手をだしていない。

脱臭用の魔法薬があること自体はモンモランシ―も知っているが、それを作れるのはトライアングル以上のメイジだから、ラインであるモンモランシ―では作れなかったってところだ。

それで、香水の方に力をそそいでいたんだろうけどなぁ。

 

夕食までは一緒だが、夕食後は俺にとって自由時間ということになった。明日は虚無の曜日だが、いつもの時間通りとのことで、それから首都トリスタニアに向かうことになっている。

だから、今日はこの時間を有効活用として、軍杖のサバキの訓練だけはおこなっておくか。魔法は訓練時にいつもつかうわけではないので、それぞれのランクにあった呪文もどきを使うが、人によっては、多少フレーズの長いものを使っている。たとえば、俺だとはやり歌なんかう使ったりしている。精神力のたまる速度が遅い俺は、なおさら魔法を使うのに気をつけていたからなぁ。今日はガラスの部屋を錬金で作った上に、硬化の魔法も使用しているから、精神力は2~3日分ぐらいつかったことになるってぐらいかな。こればかりは、経験で判断するしかないが、ガラスの錬金なんて久々だから、どれくらい消費しているか、はっきりとはわからないからなぁ。

 

 

 

翌朝は朝食後のあとに、モンモランシ―が作った香水を、トリスタニアまで運ぶ役割が最初だ。半ダースに箱詰めしているが、自分で確認しながら入れていた。合計で2ダースだな。

俺はそれを魔法学園で借りた馬で大事に運ぶだけなのだが、香水の瓶が割れないように運ぶ必要もある。そのために馬をそれほど早く走らせることはできない。本当にのんびりとトリスタニアに向かうので、普通なら3時間のところが4時間近くかかるそうだ。その間、モンモランシ―の話相手もつとめるのだが、教室で、女子生徒同士の話の中でわからなかったことを聞いたりして、暇をつぶしていた。

 

首都トリスタニアにつくと、ブルドンネ街の大通りにある化粧品屋まで、手提げ袋に入っている香水の瓶が入っている箱を持っていった。2ダースで10エキューを受け取っていたようだが、先週はこれなかったので、2週後も2ダースでよいらしい。たまに変動するらしいのだが、だいたいは2週ごとに2ダースで、月20エキューか。小遣いとしては悪い稼ぎでないが、封建貴族の娘の小遣いとしては、それほど多くはないなぁ……っと、思ったが、軍人の封建貴族だと、領地を借金経営となるなんてきいているが、水の名門と呼ばれているモンモランシ家って、どっちのタイプだ?

そう疑問を持ち始めたところで、最初の話で「水竜よりはまし」っていってたのは、水竜が食べる食費とか考えると、貴族が一人普通に魔法学院へ通うより高くつくはずだ。ましてや俺は勉学で行っているわけではないので、学費は納める必要もない分は安くなっていると、思われる。なんか、もしこの予想が本当なら、モンモランシ家で一時的に衛兵をしたとしても、給料安いって気がしてくるぞ。なんか、今更ながら貧乏くじを引いている気がしてきた。封建貴族って見栄っ張りだから、親に後でモンモランシ家の実態を調べてもらおうかと思いつつ、昼は、カッフェで昼食をとった。初めてはいってみたが、純粋な男性向けというよりも、女性も入りやすい感じの飲食店といった感じの店だなぁ。モンモランシーの懐具合が心配になって、彼女が頼んだものよりも少々安めで量が多そうなものを注文してみた。いや、俺、家についていないので、一文無しだしなぁ。

 

 

 

昼食後、モンシャラン街にある親の家へ向かうが、魔法衛士隊の宿舎もわりかし近い。時間的に魔法衛士隊の知っている隊員と会う可能性もあるが、幸いにして誰にも合わずに家に入ることができた。

家でまずでむかえてくれたのはメイドだが、俺の部屋へ直接行く前に客間へと通された。客用のソファにモンモランシーは案内されて、俺は家用の下座の席にとメイドよりこっそりとすすめられた。父がいるはずだから、俺がこの席についたのであろう。

父がきたので、まずは俺が

 

「父のボリス・ド・アミアン」

 

父が軽く会釈をしたので、

 

「彼女がミス・モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ」

 

モンモランシーも軽く会釈をして、

 

「ミスタ・アミアン。まずは、お招きいただきありがとうございます」

 

「ミス・モンモランシ。我が息子が、貴女のような美しい方の使い魔とあったのも、何かの縁でしょう。不肖な息子ですが、末永くよろしくお願いいたします」

 

そのあとは、父とモンモランシーが簡単ながらくだらない世間話をしたあとに、俺の実験室をみせるということで、モンモランシーを俺がつかっている部屋の前へとつれていった。

 

「この部屋が、俺の使っていた実験室だ。水の名門であるモンモランシ家にはかなわないだろうが、魔法学院でも話したように水系統の実験だけじゃないから、驚くなよ」

 

「大丈夫よ」

 

そうして、部屋のドアをあけると、いきなり飛び出してきた。カワウソが。俺の使い魔である『エヴァ』だ。いつも実験室でおとなしくしているのだが、数日ぶりだったので、とびだしてきたのだろう。

 

「ああ、エヴァ悪かったな。モンモランシー。これが俺の使い魔でエヴァと名付けている。今日から、こいつも魔法学院につれていくから」

 

「かわいいわね。だけど、原則私の部屋にはつれてこないでね」

 

「ええ。まあ」

 

「それよりも実験室はどうなっているの?」

 

「どうぞ、中にお入りください」

 

俺は実験室のドアをあけたが、部屋の中はカーテンをかけているので暗いので、目が暗さになれるのに時間がかかるため、普通の人は外から内部のことははっきりとわからない。

 

さて、モンモランシーはどんな反応をするかな?

 



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第5話 サイトの実力拝見できるかな

アルヴィーズの食堂の上の階の大ホール。そこで、モンモランシーの少し後方で影のように俺は立っている。『フリッグの舞踏会』といって、この時おどったカップルは結ばれるとかいうことだが、迷信だろうな。

 

モンモランシーのまわりではいつもの女子生徒たちがいるけど、彼氏がいないのかよ。誰もおどっていないぞ。俺は俺で、踊りたいと思うような相手もいないし、そもそも、魔法衛士隊隊員を目指していたから、護衛の仕方はなれているが、踊りの方は基本しか知らねぇから、こういう舞踏会では、ここの1年生の中間ぐらいとおなじくらいにしか踊れそうにないなぁ。それでも、男爵家のパーティ程度なら問題ないんだけど。

 

フーケに宝物庫を破られた直後ゆえに心配はいらないだろうが、モンモランシーの警護をしながら、ふと、この前家に帰ったときのことを思い出した。

 

 

 

実験室には8機の吸煙清浄装置がおいてあって、それが部屋の中の臭いを清浄化してくれている。他にも魔法装置は何種類かはあったが、事前に説明してあったからか、そちらには興味をもたずに、俺が持っている薬草の方に興味をもったようだった。

 

魔法装置の実物を見れば、興味をもつかなと思ったのだが、モンモランシーはそういうタイプではなかったようだ。

 

多少実験室を見学していったあとは、あきたようなので、メイドをよんで玄関まで送らせた。俺の方は、ここの片づけと、魔法学院へ発送する準備があるからな。途中までつくっていた中でつかえないものとかの処分って、もったいねぇ。魔法装置は全部おいていくから、ガラス製のビン類とか、薬草などをかためておいて、それをあとで、メイドに送ってもらうだけだ。

 

帰りは、父にあって帰ることにしたが

 

「よう、親父。なんか特にかわったことは無いかい?」

 

「ああ、お前が、使い魔なんて珍しいものになったこと以外は無いな」

 

「なりたくてなったわけじゃないよぉ」

 

「わかっておる。運命のいたずらかもな。まぁ、モンモランシ家は水の名門だから、何かお前なら得るものはあるだろう。収入だけは心配する必要はあるかもしれないがな」

 

「収入って、やっぱり、封建貴族だけど、貧乏ってやつ?」

 

「そうじゃな。まあ、当面の小遣いは今まで通りとしておいてやる」

 

「あいよ」

 

うー、モンモランシ家って、やっぱり貧乏系封建貴族だったのね。

 

「それから、魔法学院だが、部屋は学生寮になるそうだ。よかったな」

 

「そうだね」

 

俺としては、魔法薬の実験のことを考えると、雨風がしのげられれば、なんとでもなるとは思っていたが、環境はマシな方がいい。

 

「そういえば、兄貴は?」

 

「ヨハンか。あいつは、女のところにでも行っているのだろう」

 

「例の金髪の彼女?」

 

「いや、今度は髪の毛が紫色の女性のようだ」

 

「兄貴もなかなかおちつかないねぇ」

 

「お前こそ、相手の旦那に感づかれるなよ」

 

「あら、知っていたの?」

 

「わしは、これでもお前らの父親だぞ。お前らの素行ぐらい把握できとる」

 

って、一番タチが悪いのは、父であるからな。まあ、細かいところはつっこまないでおこう。

 

「とりあえず、気がむいたら、連絡はするから」

 

「あてにせず待っておるぞ」

 

そうして、家の方はひと段落ついたので、使い魔のカワウソであるエヴァと一緒に魔法学院にもどってきた。

 

それから平日は、朝食から夕食までをモンモランシーのそばにいて、夕食後は自由にすごしていたので、軍杖をつかった訓練と、自室での魔法薬の実験とをおこなっている。俺の精神力の関係もあるので、2週間のサイクルで、モンモランシーの実験の手伝いではトライアングルスペルに相当する魔法を使うのは4回、俺自身用にその期間中2回のペースということで、話はついた。実際はもう2回ぐらいなら余裕はあるのだが、魔法学院外へでた時に、護衛としての余力をきちんと残しておくためということである。

 

虚無の曜日は、魔法学院から近くにある薬草をとりにいっていた。使わないのもあるが薬草の種類が多いのは、魔法学院が昔、ここらに薬草を植えたらしい。今では、授業で使う薬草なら、ここですべてまかなえるようだ。

そういう意味では一般的なものばかりで特殊なのはみかけないなぁ。

 

使い魔のエヴァは、普段は寝るときだけ、部屋にもどってきて、食事は適当に自分でとっているようだ。ついでに川とか、湖沼にある薬草もとってきてくれているが、いまのところ、使い道をどうしようかと迷っていて、乾燥させているところだ。

 

そして、今日からは、使い魔として一緒に教室に入らなくてもよいのだが、暇つぶしに授業をきいていた。

教育係をつとめているメイドのエヴァも教えていてくれたが、ここの魔法学院ほどではないからな。再学習にはもってこいだろう。

 

それで、今朝は、魔法学院の宝物庫が襲われた。しかもフーケにとの噂が流れていたが、フーケなら、もう逃げ去ったあとだろうと思い、現場を見にもいかなかった。魔法衛士隊の騎士見習いの時はフーケを捕まえるのに借り出されたから、そのあたりはなんとなくわかっていたつもりだった。今日の『フリッグの舞踏会』の挨拶で、オールド・オスマンが

 

「フーケを捕まえた。そして今夜の主役はフーケを捕まえたミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、ミス・ヴァリエールにミスタ・サイトじゃぞ」

 

それを聞いた時に奇妙な違和感を覚えた。なぜなら、だいたいは、最後に呼ばれるのが主役の中でも本命のはずなのに、最後がサイトだと?

ルイズが本命で、その使い魔であるからその順番だったのかもしれないが、その二人がどちらにしても中心人物になりえるのか?

 

ここのところで、少しずつ教室の中でも話せる相手が増えてきて、各人の特徴なんかもつかんできているが、トライアングルからスクウェアの土メイジといわれていたフーケに対抗するには、キュルケとタバサが火や風のトライアングルだといっても、再生力がすぐれている土ゴーレムが相手では難しいだろう。ルイズの爆発する得体の知れない魔法も、土ゴーレムが相手では破壊力はすくないと思われる。ましてやサイトはドットであるギーシュにようやく勝てる程度の力量だ。

 

どうやって、つかまえたのか聞くのは、キュルケあたりに聞きにいくとしゃべってくれそうだが、モンモランシーがきらっているからな。

 

タバサは無口だし、ルイズと近づくのも、あまりモンモランシーが好まないみたいだから、夕食後の自由に動いている間でサイトとあった時にでも聞いてみるのが一番か。疑問は記憶の箱の中に閉じ込めて、モンモランシーの警護をおこなっていた。

 

 

 

モンモランシーに言いよって来ていたのは一人いた。パーティ用の服装もハデな、ギーシュだ。まあ、あっさりと、モンモランシーは断って、ギーシュもそれでまとわりつかなかったから、俺が特に手をだすこともなかったがな。

 

 

 

『フリッグの舞踏会』から数日たって、サイトと夕食後に会うことができた。俺は軽い調子で声をかけてみた。

 

「やぁ、たしかルイズの使い魔のサイトだったよね」

 

「えーと、同じ教室でみかけたことはあるんだけど、すまないけど、名前を知らない」

 

「そういえば、自己紹介はしていなかったね。ジャック・ド・アミアンだ。モンモランシーの使い魔として召喚されたのだけど、覚えてくれていなかったのかな」

 

「いやぁ、髪とかに特徴のある人は覚えやすいんだけど、そうでなかったら人の顔を覚えれなくて……それに、ルイズからはあまり自分から貴族に話しかけるなって言われていたから」

 

「そうか。確かにそうだな。それは、こちらからのあいさつが遅れてすまなかった。普通は平民の場合、ミスタ・アミアンとか言ってくることが多いのだけど、同じ使い魔になった境遇の身だ。ジャックとよんでくれ」

 

「えぇ、そうなんだ。ジャックか。よろしく」

 

「こちらこそな。それで声をかけたのは、どうやって、ギーシュを倒したり、フーケをつかまえたのか詳しく聞きたいんだ」

 

「教室で流れていた噂話のまんまなんだけど」

 

「えっ? 教室で流れている噂だと、『青銅』のギーシュの時は剣をつかんだあとに一瞬で7体のワルキューレを倒して、ギーシュの目の前に剣を突き立てて負けをみとめさせたっていうのと、『土くれ』のフーケの土ゴーレムでは魔法学院の杖を使って、一瞬で土ゴーレムを破壊したあとに、魔法学院の杖をもったフーケをそのまんま捕まえたって話が、本当だって?」

 

「うん。その通りかな。フーケの方は魔法学院の杖っていうけれど、1回しか使えない武器だったんだけどね」

 

1回しか使えない武器って、東方は進んでいるという噂も流れているが、エルフを打ち破る能力がない以上、杖サイズでフーケクラスが作った土ゴーレムを1回で破壊できる武器をつくれるとは思えないし、東方から流れてくるというが、どうも俺の前世から流れついたんじゃないかと思われる本とかと同じか。だとしても武器を扱えるって……こいつ、そういう訓練つんでいるのか。手ごわいかもな。

 

「そうか。フーケの件はわかったけれど、ギーシュの件はちょっと信じがたいんだ。なのでサイトの剣の腕をみせてくれないかな?」

 

「どうやって?」

 

「演武って知らないかい?」

 

「聞いたことはあるけれど、見たことは無いかなぁ」

 

「……だとすると、手合せすることになるかな」

 

「手合せって?」

 

俺は腰に下げた軍杖を持って構えに入りつつ、

 

「つまり俺の軍杖と、サイトの剣で決闘もどきをするんだよ」

 

「けど、俺は不器用だから手加減できませんよ?」

 

「うん? ギーシュの時は目の前に剣を突き立てたのでは?」

 

「たまたまですよ」

 

俺は教室の授業でギーシュのワルキューレの動作をみていたので、自分ならワルキューレ7体を最速で切って、ギーシュの目の前に水系統の魔法でつくった水の鞭であるウォーター・ウィップなら、ほぼ同等のことができるだろうと思うので、魔法の詠唱で、最初に何合か、サイトの剣を受けないといけないと考えると、この瞬間が勝負だろうなと思いつつ、サイトにだした言葉は、

 

「今日は暗いから、そちらから、俺の軍杖は、見づらいだろう。月明かりでもみえる今度の虚無の曜日の翌日のこの時間帯でどうかな?」

 

「えっと、昼間とかではいけないのかい?」

 

「誰かに見られると、決着をつけなければ、ならなくなるからさ」

 

「どうして?」

 

「貴族としてのプライドだな。俺がサイトに勝てなければ、メイジである俺の負けとみられる。そうすると、メイジの実力をみるには使い魔を見よ、という言葉があって、俺の主人になるモンモランシーが『ゼロ』とよばれているルイズよりも力が劣っているとみなされる。それでモンモランシーのプライドが傷つくからさ」

 

「貴族のプライドってわからないけれど、理由はあるんだね」

 

「ああ。それでやる気はどうだい?」

 

「まあ、暇だからいいかな」

 

「それでは、今度の虚無の曜日の翌日のこの時間帯に『ヴィストリの広場』で」

 

 

 

そして、約束当日の時間に『ヴィストリの広場』へサイトが来た。

 

「じゃあ、始めるとして俺の二つ名は『流水』だ。他に何かきいておきたいことはあるかな?」

 

「そうねぇ。なんでこんなところに、二人がいるのか聞きたいわね!」

 

声の聞こえてきた方を見るとルイズがいた。

あっ、あれ?

 



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第6話 1つの終わりと2つの始まりと

夜の『ヴィストリの広場』で

 

「そうねぇ。なんでこんなところに、二人がいるのか聞きたいわね!」

 

って、なんでルイズがいるんだよ。俺がサイトの方を見直すと、サイトは首を横に振って、俺知らないってアピールしている。これは、サイトが剣をもって部屋を出たところを見られたんだな。

 

「ふぅ。いや、なに。ギーシュに勝ったり、フーケを捕まえたサイトの剣の腕前をみせてもらいたくて、手合せをお願いしていたんだよ」

 

「決闘は禁止よ。ギーシュとサイトの決闘から、魔法学院内ではメイジ同士だけでなく、メイジと平民の決闘も禁止よ!」

 

「だから、決闘ではなくて、手合せで……」

 

「決闘と手合せってどこが違うのよ!」

 

「今回だと、サイトの剣と俺の軍杖で戦いあっている最中に、魔法を詠唱して……」

 

「だから、お互いに戦うのでしょ! そんなの決闘と一緒でしょ! 禁止よ!」

 

こりゃ、だめだな。ただでさえプライドの高いトリステイン女性貴族だが、その中でもルイズはその体現者みたいなものだと、教室で他の生徒と言い争いになっているのを見ることもあり感じている。彼女が、こう言い放ったら、説得するだけでも、時間がかかるだろう。ここであきらめると、サイトの剣の腕前を見ることもなかろうが、ヴァリエール家の三女に逆らってまで見たいものでもない。

 

「サイト、無理を言ったようで悪かったな」

 

「いや、そんなことは……」

 

「サイト!!」

 

「はい、なんでもありません。ルイズ」

 

「それでは、今後はこのようなことは無いように肝に銘じておきますよ。ルイズ」

 

「あたりまえよ!」

 

俺は、それを聞いてから軽くあいさつをしてその場を立ち去り、部屋に戻った。うーん、今後の魔法学院での楽しみで、実験だけっていうのもなあ。思案のしどころであった。

 

 

 

翌朝、モンモランシーに、前の晩のサイトとルイズの件は、ルイズから何か言われるかもしれないので伝えておいた。詳しくは授業後ということで。

特にルイズから、モンモランシーに対して言ってくることはなかったので、ひと安心だ。

 

授業後のモンモランシーには、あらためて昨晩にいたった経緯を話したところ、

 

「なんで、そこでやめたのよ!」

 

「これでも、元魔法衛士隊の騎士見習いだぜ。サイトに勝てる自信はある。そして回復力に問題がなければ、俺に確実に勝てると自信をもって戦える魔法衛士隊隊員は、片手の指に満たないしな。つまり魔法衛士隊の中では二番手グループぐらいの実力だったってところだ。精神力が最大の時にはね」

 

「えっ? あなたそんなに強かったの?」

 

「おーい。使い魔として召喚された最初のころ話したのに、何を聞いていたんだよ」

 

「本当だって思わなくて……けど、そういえば、貴方の戦いでの実力を見たことは無かったわよね?」

 

「とはいっても、この魔法学院で相手になるったら、どれだけいるのやら。フーケから宝である杖を、先生がついていかなかった時点で、いくらスクウェアであろうと、実際の戦闘では役に立つ自信が、ここの教師にはないのだろう。噂では3年生のベリッソンというのが、一番強いらしいけど、見てみないことにはわからないしなぁ。2年生ではトライアングルであり、なおかつ身体の動きに隙がほとんど見当たらない、風がつかえるタバサかな。1年生は、はっきりいって噂話が聞こえてこないので目立つ奴はいないのだろう」

 

「あら、キュルケは?」

 

「お互いに精神力切れをおこしやすいのはキュルケだし、万が一同じタイミングで精神力が切れたとしても、杖が短いので長期戦に持ち込んだら、普通の杖と軍杖の差で確実に勝てるよ。それよりも、俺にとって脅威になるのかもしれないのは、ルイズだな」

 

「えっ! あの『ゼロ』のルイズが」

 

「その『ゼロ』の二つ名は、意図した魔法がほとんど成功しないことからきたものだろう?」

 

「そうね」

 

「俺がみかげた範囲の限りだが、魔法の詠唱で爆発をおこす確率は10割だ。あれを攻撃として使われるとやっかいだな。下手をすると一発で気絶させられる」

 

「嘘でしょう……」

 

「あくまで偶然程度の確率だよ。あの爆発の位置が厳密によみとれないので、身体のさばきでは、防ぎようがないんだよ。だから、短いルーンですむようなもので攻撃された時に、動いたところで偶然爆発にまきこまれるかもしれない。人を殺すような爆発ではないみたいだが、気絶させられたらおしまいだからな」

 

「……ふーん、貴方のルイズの評価って高いのね」

 

「いや、普通に詠唱しようとしているのに一生懸命みたいだから、誰かがそんな知恵でもつけない限りは、ルイズも魔法の効果として発現する爆発を、そんな風に使おうとは思わないだろうから、言わなければ良いだけだろう」

 

「それにしても、しゃくにさわるわね」

 

「実際問題として、魔法学院の生徒たちと戦うこともないだろうから、あくまで仮定だよ。それよりも、あの水中に生えていた薬草って、どんなのに使えそうか、わかりそうとか言ってなかったかい?」

 

「そうそう、あの薬草。けっこう掘り出し物よ」

 

「どんな風に?」

 

「主に水系統のメイジにとって、魔法の力を強くする魔法薬になりそうなのよ」

 

「おや。さすが、水の名門のモンモランシ家だな。どんな風に調合するんだい」

 

「調合はそんなに難しくはないけれど、問題は使い方よね」

 

「使い方?」

 

「そう。自分の周辺にふりまく必要があるのよ」

 

「おやおや。戦闘では移動することが多いから使いづらいな。おもに拠点防御とか、戦闘以外だと、治療とかかな」

 

「魔法薬を作るときに、精神力の節約だったり、今よりも精神力が必要な魔法薬を作れるわよ」

 

そして、その日は夕食前まで、この新しくわかった魔法薬のことについて、話し合ったり、実験の準備をしていた。

 

 

 

部屋にもどって、朝おいておいたテーブルの上の小瓶がなくなったことに気が付いた。

 

「1人目が、まずは使うことにきめたか」

 

俺はテーブルの上においておいた、紙に日付と署名が入っているのを確認した。

 

「何人集まるかだな」

 

そう一人つぶやいていた。

 

 

 

学生寮の各部屋には、学年毎に決まったメイドが出はいりする。

これは、各生徒の性格などにあわせて、部屋のベッドメイクや掃除などをする必要があるからだ。たとえば、水系統の生徒においても自室に実験用具を置く者もいるし、置かない者もいる。その実験用具をさわって、掃除を自由にさせるものと、触ることを許さない者もいるからだ。

俺は、自室に作ったガラスの実験部屋の中は、普段は掃除をしないようにと指示をだしている。掃除をして良いときは、実験部屋のガラスドアが開いていてなおかつ、ガラスのコップなどで蓋が閉じてある場合のみだが、実験部屋の掃除は、多分、夏休み前になるだろう。

 

ちなみに俺がテーブルの上に用意してあった小瓶は、便秘薬だ。この魔法学院のメイドが、いくら働く量が普通の貴族のところのメイドより多いからといっても、便秘の者はやはりそれなりに多くいたようだ。

ただし、便秘薬を持っていくための条件を書いてあったから、もう少し悩むかと思ったのだが、便秘解消の魅力にはかなわなかったかな。

 

 

 

それから、1週間後。夕食後に俺は自室にもどって準備がしてあるのを見届けた。

珍しい体質の娘が混ざっていたなと思いつつ、実際には待っているのも暇なので、実験部屋の中で臭いが発生しないタイプの実験をしていた。

 

そのうちに、ドアからノックされた音がしたので

 

「鍵は開いているよ」

 

そう声をかけながら実験部屋からでると、3人の女性というよりは少女が私服姿で入ってきた。

 

「いや、よく来てくれたね。歓迎するよ」

 

「えーと、本当にこんなにしてもらってよいのですか?」

 

「きちんと条件は書いてあっただろう。その通りだから。まずはテーブルの椅子に腰かけてくれないかな」

 

俺もテーブルの椅子につきながら、珍しい体質だと思ったことを聞いた。

 

「ジュースが1本まざっているけれど、誰かワインに弱い娘でもいるのかな?」

 

「はい。私です」

 

「えーと、名前は?」

 

「クララです」

 

答えたのは、髪色は金髪で、長さは肩までにしている少女だ。俺はあらかじめ用意しておいたノートにペンで書いていく。まあ、カルテのかわりだなぁ。

 

「こんなことまで、ノートに書くのですか?」

 

「ああ、各人の特徴によって、便秘薬の利き方が違うからね。水代わりにワインを飲む量が少ない人の方なんだけど、普通は便秘薬の効き目が弱いので、便秘薬を飲む量を増やしてもらうとか、したりする場合もあるんだよ」

 

「そうなんですか」

 

「残りの二人は、フラヴィと、ローラだろうけど、どっちらがフラヴィかな?」

 

「私がフラヴィです」

 

同じく金髪だが、後ろで髪を結っているポニーテールだな。

 

「そうしたら、残りの貴女はローラだね」

 

「はい」

 

灰色の髪の毛か。

 

「じゃあ、明日早番の娘はいるかな?」

 

そうすると「はい」と答えたのはフラヴィだ。

 

「まあ、まずは、カンパイでもしよう」

 

「本当にですか?」

 

「せっかく持ってきたのだからもったいないだろう。それに、こういう普段から飲んでいるワインよりも高級なワインは、便秘薬との相性が良いから、明日はさらにすっきりできると思うよ」

 

まあ、高級なワインほどアルコールの量が多くなるから、その効果なんだけどな。

 

「それなら、遠慮なく」

 

ワインが飲める二人をちょっとうらやましげにして見ているのは、ジュースを飲むクララだが、それぞれコルクを抜いてグラスにワインやジュースをついでいる。それが終わったところで、

 

「じゃあ、皆の今後のために乾杯」

 

と俺があいさつをして、最初の一口を皆がつけた。

さて、このあと3人が部屋から出るまで条件として書いておいたのは、残り1時間弱だな、っと時計をみる俺だった。

 



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第7話 集団検診ごっこかなぁ

ワインも一口つけた後には、さっそくだが今日メイドである彼女らに、集まってもらったことに対する内容を実行にうつそうか。

 

「一応、念のためだけど、自分が飲めるワインの限界量は把握しているかな? 今日のは普段飲んでいるワインより酔いやすいから、少々控えめにしておくことだけ、注意してほしい」

 

俺はワインを飲んでいる二人の少女をみて、納得しているかのように

 

「わかりました」

 

との返事に満足して、

 

「それでは、俺のところの便秘薬を飲みだしてから、魔法学院の下剤を飲んだ人はいるかな?」

 

3人ともノーだ。いい傾向だ。

魔法学院でも下剤はだすが、メイドにだすのは、腹痛がおこりかかるか、おなかのハリが強くなってから出すから、俺が条件をつけながらも提供することにした毎日飲む便秘薬に、手をだす一因になっているのだろう。

 

「それと、便秘薬を飲む前と飲んだ後で状態が同じか悪くなったという人はいるかな?」

 

これも3人ともノーだ。つまり、改善しているという自覚症状はあるわけだ。まあ、それでなければ、今晩、これから行われることがある程度はわかっているはずだから、便秘の症状に改善か、同じ程度でなければ、最低限くることは無いだろう。ワインが少々高級なのが飲める程度では、まずこないと思う。

 

「残りの2人は明日のメイドの仕事は普通通りにおこなうんだよね?」

 

クララとローラの2人が互いに顔を見合わせてから、

 

「ええ」

 

「ならば順番としては早番だというフラヴィ、次はワインの影響が少ないうちにローラで、最後にワインをこの部屋では飲んでないクララの順番で診ていくけど、異存は無いね?」

 

「はい」

 

「それでは、フラヴィは横にあるベッドで横になって、おなかをまずは診せてくれるかな?」

 

そう、彼女らのおなかの調子を診る必要があるから触診、つまり腹部に直接手をあてて、身体の水の流れを正確に読み取ることを、あらかじめ条件にしてあったのだ。臀部、つま

りおしりの方もさわるが、こっちはスカート生地の上からということで、なるべく薄手のスカートをはいて来てもらうようにしている。スカート生地の上からというのは、多少の正確さにかける。しかし、直接さわるとなれば、おなかとちがって、さすがに躊躇するだろうってところだ。

 

俺は、テーブルからベッドの奥側へ移動し、他のメイドからも手が見える位置にもってくる。俺自身が水のメイジではあっても、医師ではないからどんなことをするのか、みせることによって、変なことはしないよとアピールのためだ。まあ、変なことをするのなら、テーブルの上にあったワインやジュースに魔法薬をいれておけばいいだけなのだが、少女の感性は別物であろう。

 

「へそより2サントぐらい上まで、上着をあげてくれるかな。それから、疑問があったら、質問はかまわないからね」

 

とは言うものの、今回は嫌だと感じても口にはださないで、そのまま診させて、次回からこの集団検診もどきにこなくなるだけだろう。だからこそ、今日は特に注意が必要だ。

 

最初のフラヴィが言う通りにしてくれたので、両手のひらを腹部にあてて、手から伝わる普通の人間としての感触と、水の流れなどを感じていく。やはり平民の少女の腹部はしまりがあっていいな……って、今回はそっちを気にしちゃいけないんだよ、俺は。

 

手を動かすとともに、

 

「少し押すことがあるから、もし痛かったら言ってほしい。水の感覚で痛みを感じそうなところもある程度はわかるが、どれくらい押したら、痛いって感じるかは個人差があるから、素直につたえてほしい」

 

これは、本当だ。水の流れは血液が主体で、あとは細胞に含まれる水分のかたまりの違いから、普通の細胞と神経の細胞を見分けているが、神経細胞ははっきりとはつかみきれない。神経細胞でも細いのは、俺の水のメイジとしての感覚ではとらえきれないものだ。こういう感覚に優秀なのは、細部まで本当にわかるらしいが、そう多くはいないらしい。

 

大腸の上部から、下部に向けて少しずつなんらかの塊を動かそうとしている、大腸の動きは、大腸そのものの動きと、大腸の中にある物質の水分から、ある程度わかる。下部に行くほど、中身の水分量は減っていき、直腸のあたりでは、かなり少なくなっているのが、経験的にわかっている。だから、大腸の中身の流れと、それが動かなくなる部分が、大便としてでていく部分になるが、そこの水分量が少なければ、便秘の兆候だ。

 

素肌からスカートの付近をさわったところで、俺の手の動きをとめて手を離した。

 

「えーと、フラヴィ」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「このスカートより薄手の生地のスカートは持っていないのかな?」

 

「これが、一番薄い生地のスカートなんですけど……」

 

って、しかたがないよな。予測はついていたのだが、平民のスカートは長い年月の間、着ることを前提にしているので、生地は厚いものが多い。

 

「そうか、平民だったものな。悪いけど、他の二人のスカート生地の感触を確認させてくれるかい? あー、スソのあたりでかまわないからね」

 

いきなり話を振られた、ローラとクララは目をぱちくりさせていた。なのでもう一度言う。

 

「ローラとクララ、二人のスカート生地の厚さを確認させてくれなか? もちろん、スソの身体の横のラインのところでかまわない」

 

って、まん前からなら、普通平民はパンティをはいていないから、下手をすれば、股間が丸見えになってしまうかもしれない。特に今回は薄手のスカートで、その下ははいてこないか、はいてくるにしても、おなかの触診をしたり、臀部をさわるからスカート生地は薄いものだ。スカートの上から触れるので、スカートの下の物は脱いでもらうこととしてもある。

どういう想像を彼女らがしたのかだが、おなかを直接さわるからということで、下着であるコルセットとか、シミーズなんかも、きていないようだ。スカートの下もドロワーズあたりもはいていないだろう。はいてきて脱ぐのだったら、その間ぐらいは、反対側を向いているつもりだったのだが、彼女らに貴族へそういうお願いをするという、発想そのものがなかったのだろう。

 

2人の承諾を得て、スカート生地の厚さを確認したが、

 

「うーん。やはり3人とも生地が厚いな。変わりになるものを出すからちょっとまってくれ」

 

なので、俺が事前に用意してあったのは、貴族のパーティドレスとしても使える上に、その下は透けて見えない黒系の生地である。

 

「この生地だけど、スカートのかわりに腰に巻いてほしい。それから、二重になるところは、横になるようにしてほしい。スカートをはきかえる間は、部屋の外にいる。だから、3人ともスカートからその生地に代え終わったら、部屋の中からドアをノックしてくれないかな?」

 

今度は、本人たちの様子も見ずに、俺は部屋の外にでて、部屋の中からノックがあるのを待っていた。感じようと思ったら、水の感覚に集中すればよいだけだが、だまってどうころぶのか待っているのも、また暇つぶしにはよい。そう思っていたら、俺の部屋の内側からノック音がした。さて、退出者がでるかな?

 

そう思って、ドアを開けると、3人とも黒い生地を巻きスカート風にまいていた。

 

「それでは、フラヴィを診るのを続けようか」

 

そしてあらためて黒地のスカートの上から、触診を開始して下腹部の途中で手を放す。本来なら、もう少し下部までいきたいところだが、あまりに股間に近くなりすぎるだろう。

 

「今度は反対にまわっておなかを下側にしてくれるかな」

 

ベッドの上のフラヴィはこのあと臀部をさわられることを気にかけていたのか、ちょっとばかり時間がかけたが、おなかを下にして、背中を上にした。

 

「じゃあ、続けて診るからね」

 

臀部よりちょっと上部あたりから、触診を再開する。臀部の中央部付近までさぐったところで、やめておく。これ以上は、割れている部分の中にスカートの生地ごとそわせていかないといけないから、嫌がる可能性がより高くなる。

 

「フラヴィ。もうこれで終わりだよ。詳しくは後で話すから、ワインでも飲んでこっちの様子でもみていてくれないかな。次は、ローラだったね。こっちのベッドにきて、へそより上2セントまでおなかを出して横になってほしい」

 

フラヴィとローラだが、入れ替わる際に、巻きスカートを手で押さえている。ずり落ちそうな感じでもあるんだろう。俺は、その間にノートにフラヴィの簡単な所見を記入しておいた。

 

ローラが横になっておなかを出しているので、

 

「おなかを診ていくけどいいかな?」

 

「大丈夫です」

 

えーと、大丈夫って、心配なのかな。どちらにしても、フラヴィと同じ手順だ。ローラにはフラヴィとかわってもらっている最中に、フラヴィの診察内容をノートにメモをしていく。

 

最後のクララも触診をしていくが、生地のあたりに入ったところで、水の感覚に違和感を覚えた。いったんその違和感は保留として、背後から診るときにもう少しくわしく診てみよう。フラヴィと同じく、おなかを下にしてもらってから、さっきの違和感を覚えたあたりのところから、診ていくが、やはりそうだ。いったん手を放して、ノートにメモをとると、クララから、

 

「えーと、何か悪いところでも見つかったんですか?」

 

「いや、悪いわけじゃなくて、どちらかというと良い方面かな。ワインに弱いと、このノートに記録が残っているんだけど、多少ワインを飲んだ量が多くても二日酔いとかしないんじゃないかな?」

 

そう、肝臓の調子がすこぶる良いように見受けられるのだ。二日酔いに関係するのは、あとは血液の中の酵素が関係しているはずだが、これは水の感覚だけでははっきりしない。アルコールをつけたわたでも皮膚に10分ほどつけて、反応がでるかどうかをみてみるのが簡単だろう。それでかえってきた反応は、

 

「クララは、ワインに弱いんじゃないんですよ。かなり飲めますよ」

 

って、テーブルの方から少し酔い加減になりかかっている、ローラが言ってきた。

 

「おやおや、それだったら、ジュースでなくてワインでも頼めばよかったのに」

 

「それはやめておいた方がいいですよ。なんたって酒ぐせが悪いですから」

 

「そうなのかい?」

 

クララは少しばかり頬を赤くそめて、

 

「ワインの1杯ぐらいはなんともないんですけど、その日の調子によって、2~4杯ぐらいで、覚えていないことがあるんです。だから、そのあとのことは自分でも酒ぐせが悪いって言われているので、控えているんです」

 

「そういうことなら、この件は良いから、続きを診させてもらうね」

 

最後のローラも見終わり、ノートに書き終えたところで、いったんテーブルの席についた。

 

「じゃあ、皆結果を聞きたいよね?」

 

3人とも肯定の意をしめしたので、

 

「簡単にいうと、3人とも便秘気味だ。今回は3人とも初めて診るので、次回1週間後に再度診たところで、今日の結果と比較して、今の魔法薬で良いのか、異なる魔法薬にするのか相談しながらきめていきたいと思っているのだけど」

 

「えー、そうなんですか?」

 

「疑問はもっともだが、水のメイジであっても、水の秘薬がなければ骨折をすぐに直せないように限界はあるんだ。今回の場合は、ある程度は誰にでもきくけれど、きちんと効果が発揮されるのは10日間飲み続けて安定するタイプの便秘薬だから、3人ともまだ改善方向に行くはずなんだよ」

 

「そうだったんですか」

 

「それでも、便秘薬を飲み初めてから魔法学院の下剤は飲まないですんでいるんだろう。次回の時は今より、悪い状態にはなっていないと思うよ」

 

「そうですね」

 

「それで、改めてだけど、俺はジャック・ド・アミアン。アミアン男爵家の次男で、今はミス・モンモランシの使い魔を行っている。このあたりはだいたい知っているよね?」

 

「はい」

 

「それでは、アミアン領って知っているかい?」

 

こんな風に俺が生まれた領地の話をしたら、その後には各メイドの出身地をきいたりと、かわるがわる話をしていって、各自の特徴を覚えようと思ったのだが、時間の制限ということで、

 

「さて最初にテーブルの上にあった紙の条件として書いてあった時間になった。今日はおしまいにするとして、便秘薬を渡そう」

 

3人のメイドは、ともにこの部屋のベッドメイクや掃除に選択などをしてくれているメイドたちだ。その娘たちにあてて条件を書いていたのだから当然なんだけどね。書いていった順番に魔法薬の量が多い小瓶を渡していく。

 

「それと、次回から、今はいている黒い生地をはいていてもらいたい。スカートとかに改造してもよいけれど、生地自体が平民の普段着よりも、破れやすいから扱いに注意してくれないかな」

 

「そうなんですか」

 

って、残念そうにしているのはフラヴィだったから、次回もくるだろう。あと、普段使いのスカートとかにするんだったら、それに見合う上半身の服装も生地代は高くつくのが、頭から抜けているのだろう。少々酔っているようだから。

 

「それで、そのまま帰るかな? それとも、スカートを履き替えるかな?」

 

先ほどので知恵がついたのだろう。

そういうことで、俺は自分の部屋の外の廊下で立っていた。

 



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第8話 物事っていうのはやっぱりねぇ

ベッドで目を覚ますと、朝日が入ってきている。ふと、テーブルの方をみると、昨晩メイドたちと一緒に飲んだ後のテーブルの上の物は中央に寄せられてる。個人的には週に2,3回ワインを飲んでいるが、そのままにしておいたら、この部屋にはいってくるメイドは昨晩の彼女らだけなので、その誰かのひとりがかたずけてくれるだろう。

 

そう思ったが、よくよく見ると、メイドが飲んでいたワインの残りがほとんどない。貴族用のワインといっても、中級品程度だから平民が普段飲む水変わりのワインよりも、アルコールが4倍ということもなかろう。

 

ただ、ちょっとローラが酔っ払いぎみだったのは確かだから、念のために、二日酔いどめの魔法薬でも用意してテーブルにでもおいておくか。必要がなければ、それはそれでよし。俺は二日酔い止めの魔法薬を小瓶に分けて、変質防止用にかけておいた固定化の魔法を解いた。あとは簡単に、フラヴィとローラが二日酔いだったら、この魔法薬を飲めば治るとだけ書いておいた。

それから、ちょっと考えて、口止めの文章も追加をしておいた。一応、表向きは禁制品にあたるから、一般で売ることはできない魔法薬だ。

とはいっても、水系統のメイジの間では、当たり前のようにつかわれているのも事実だが、闇ルートでは売値が張るので、一般には手が入らない。材料もほどほどに集めやすいし、作るのには水のラインぐらいでも作れるので、そこまで高度な魔法を必要とする魔法薬ではない。

どちらかというとアルコール中毒防止のために、二日酔いになっても魔法薬ではなおさずに、そのまま放置しておいて、必要以上にアルコールが入っている物を、飲むのを防止することが目的として禁制品扱いにされているらしい。国での禁制品扱いだが、魔法学院内でみつかる程度なら、せいぜい小言を言われておしまいだろう。

 

 

 

朝食はいつもの通りだったが、昨晩はジュースを飲んでいたクララをみつけたので、トイレに行くふりをして黙って席から離れた。

そしてクララの近くによったところで

 

「やあ、クララ」

 

「何かご注文でも?」

 

「もし、フラヴィか、ローラが二日酔いだったら、部屋のテーブルに薬があるから、知らせるか、渡してあげてくれ」

 

俺はそう言って、とりあえず用事はないトイレに向かった。お芝居も、ある程度はしないとな。

 

 

 

授業も特にたいしたことはなく、せいぜいまたルイズが爆発魔法を披露して、ののしりあいが始まったぐらいだが、最近では、いつものイベントとなりつつあきてきた。実習のある授業では、ルイズにはさせず、放課後でも使えばとでも思うのだが、俺は生徒でもないからなぁ。

 

授業後はこれまたいつものごとく、モンモランシーの部屋で魔法薬の実験を行ったり、補佐をしている。しかし、俺の使い魔であるエヴァが見つけてきた水草と、モンモランシー家に残っていた魔法薬の作り方から、実験を繰り返しているが、思ったほど簡単ではないことがわかってきた。

魔法薬で魔法を使って作る時によくあることだが、魔法の威力の増大か、魔法の効果を発揮するのに精神力の消耗を少なくできるはずなのが、これが不安定なことだ。魔法を使う人間が安定的かとか、水草や薬草から成分の抽出量を安定させることができるかとか、周辺にまく魔法薬の量が一定しているのかというところも考えられるのだが、安定させる方法が現在のところが不明だ。

まあ、なんでも良いから魔法力を増大させるだけなら、これでもよいのかもしれないが、どうも、作ったメイジの水魔法の能力は増大とか精神力の消費はできるようなのだが、作ったメイジ以外では、効果が恐ろしく低いことだ。これも魔法薬を作る際にたまにある現象だ。程度の差はあれ、こういうことは魔法を使って魔法薬を作る時には発生することも多いのだが、今回ほど極端なのも珍しい部類に入るだろう。これだと、まず売り物にならない。だから、モンモランシ家に作り方は残っていても、世間では噂としてもこの魔法薬の存在が残っていなかったのも不思議ではない。

ただし、問題はもう一つ。

 

「モンモランシーの作った魔法薬ではできなかったけれど、昨日渡しておいた俺の魔法薬も同じような現象だったかい?」

 

「ええ、そうなのよ。錬金を試してみたのだけど、普段できる簡単な錬金も本当にイメージしているだけの量がつくれなかったわね」

 

「って、ことはやっぱり?」

 

「そうねぇ、水の系統は魔法力の増加、もしくは精神力の必要性を下げるけれど、他の系統の魔法は魔法力の低下か、精神力より多くするってことよね」

 

「だよな。俺の方はモンモランシーの魔法薬で錬金も、サイレントも、ファイア・ボールも威力や大きさが小さくなっていたからなぁ」

 

「自分で作った魔法薬ではそんなことないのに、ジャックの魔法薬では同じようなことってことは、自分で作った魔法薬で水系統の魔法の能力関係だはあげられるけれど、他の系統は上がらない。そして他のメイジが作った魔法薬では、水系統の魔法力の増加の傾向は弱くて、さらに他の系統は減少させてしまう」

 

「って、これって、完全に禁制品扱いだよな」

 

「そうねぇ」

 

魔法薬で魔法の威力の増大などの研究は、禁じられたり、そうでなかったりと時代によってかわっているが、魔法の威力を減少させる研究は禁じられている。なぜならメイジの権威の源は魔法によるものだから、魔法が封じられたら、メイジと平民の差の縮小、もしくは完全に差がなくなり、現在のメイジが貴族としていられる根拠が薄れるからだ。

魔法の力による平民の支配が、本当はいつから始まったのかは不明だが、始祖ブリミルが降臨してきたころからでも不思議ではない。まあ、6000年以上も前のことなんか、はっきりしないから、本当はここ2000~3000年ぐらいで確立したものだとしても、そのころに権力をにぎったものによって歴史が書き換えられたなんてことも考えられるが、こんな考えは異端だから表にはださないけどな。

 

「基本的には、個人的に隠れて使う分には、いいだろうけど、基本的には使わない方が安全だね」

 

「単純な罰金刑ですみそうにないわね」

 

「同感。けれど、あの水草は他の魔法薬の原料にも使えるんだろう?」

 

「そうね。香水の原料にもつかえるけれど、好みがあるから、調合はどうしようかしら」

 

「他に、傷をふさぐ作用を増強させる効果もあったよね」

 

「ええ、そうね。少しずつ効果を確認してみるしかなさそうね」

 

っということで、使い魔のエヴァがとってくる水草を、魔法薬に役立てる研究は続きそうだ。

まあ、きまりきった手順をやるよりも、試行錯誤しながら新しいことを試しているのは、それなりに楽しいかな。

 

それで、部屋に帰るとテーブルからは小瓶が2本中1本に減っていた。手紙がおいてあったのでみると、フラヴィが二日酔いになっていたらしい。感謝の言葉も書かれている。フラヴィは、今度の触診の日には確実に来てくれそうだな。あとはまだよくわからないなぁ。

 

そう思った翌日の夕食後には、ローラは触診を辞退するということで、簡単な手紙と魔法薬の小瓶とスカート生地がテーブルに置いてあった。えーと、これで、クララも辞退するなら、フラヴィの同室の娘にでも最低限、見学だけでよいので、いてもらうという形をとらないといけないのだが、虚無の曜日の前日になっても、ローラ以外の辞退者はでていない。ローラの辞退の理由が、触診のせいなのか、それとも、お通じの話を他のメンバーと一緒にすることなのか、もしくは、二日酔い止めの魔法薬が禁制品だからさけたのか。もっと他のことなのかは、よくわからないが、当日になって、こないというよりはよっぽどいいことだ。ローラあてに、気にしないでメイドの仕事をしっかりしておいてほしい旨を手紙としておいてあったのに、読んだことがわかるようにサインが書かれていたぐらいだ。

 

 

 

そして、虚無の曜日に、モンモランシーが作成している香水をトリスタニアの化粧品屋で購入してもらい、昼食をとった後に、酒屋で蒸留酒を買わせてもらった。こちらは、当然のことながら、自分の小遣いからだ。魔法学院の自室で用意しているワインもこずかいからだぞ。モンモランシ家の約束事は、一日3食の分だから、日曜の昼食はモンモランシーが払っているが、その分は実家から学費とは別に預かっているのだろう。しかし、今回の酒屋によるという行動でばったり出会ってしまった。使い魔になったあと、連絡しようと思っていて連絡をとっていなかった相手にだ。

 

「ジャック。ずいぶんと久しぶりね。その女性はどなたかしら?」

 

普通、トリステイン魔法学院の生徒だと服装を見ればだいたいわかるだろう。そうしたら家の格からいって、紹介する順番が逆だ。やっぱり、少々怒っているのだろう。俺は、少々頭痛がしてきそうだが、モンモランシーに紹介する形で、

 

「彼女はミス・ティファンヌ・ベレッタ。俺のもっとも親しい女友達ですよ」

 

一応、彼女ではないからな。

 

「彼女はミス・モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。俺が現在している護衛兼研究助手をしている人だよ」

 

使い魔の仕事のひとつに護衛があるから、嘘はついていないよな。けれども、

 

「ミス・モンモランシ。ジャックがお世話になっているようですね。けれど、忠告いたしますけど、もしおつきあいも考えていらっしゃるのなら、浮気にはご注意あそばせ」

 

ティファンヌは俺が複数のご婦人と、夜のおつきあいもしているのを知っているからな。しかも、俺と夜のおつきあいもしているし。それで、モンモランシーからは何かプレッシャーが、かかってきてる雰囲気がするから、俺はちょっと考えてから、

 

「えーと、ティファンヌ。少々、事情がこみ入っててね。今度の虚無の曜日の前日に、どこかの男爵家で晩餐会でもひらいていないかな。あるなら、そこであって話でもさせてもらえないかい?」

 

「あら、昼間話せないようなことなの。今日じゃなくてもかまわないから」

 

「それなら、夏休みまではやめておくよ」

 

「って、そんなにこみ入った内容なの?」

 

「まあねぇ」

 

俺が、どうのこうのと話しても、単純に納得する娘じゃないからな。

 

「たしか、今度の虚無の曜日の前夜にいつもの男爵家のパーティがあったはずよ。ミス・モンモランシの護衛とかやっているっていうのなら、あらかじめその日のことを聞いておいた方がよいんじゃないの?」

 

その通りだ。まあ、この場ではなくて、帰りがてらにでも理由を話すつもりだったのだが、

 

「ミス・モンモランシ。俺がトリステイン魔法学院にいるにいたった状況はわかっていますよね。そのあたりのことから、今度会うまでにあったことを、ミス・ベレッタには詳しく話したいんですよ。手紙とかではなくて……それに、俺が魔法衛士隊隊員になったら、結婚を考えても良いかなと思っていた相手ですので、来週の虚無の曜日前後はお休みをいただけませんか」

 

「……お好きにしなさい」

 

モンモランシーからのプレッシャーが、ほぼなくなった。完全じゃないのは、なんか事情がありそうだけど、今は考えないでおこう。 ティファンヌも俺の言葉に少々驚いているようだが、すぐにもとの様子にもどっている。

 

「っということで、ティファンヌ。今度の虚無の曜日の前夜から、詳しく話すことにするから、その日まで待っていてくれないかい?」

 

「そうね。すっぽかさないでね」

 

「多分ね」

 

「また、そんな風な返事をする」

 

「いつも言っているだろう。いつ何時何がおこるかわからないってって、今はそうでもないか」

 

「まあ、聞く耳は持っているつもりだから、話は聞いてあげるわよ」

 

さいですか。

 

「じゃ、また今度ね」

 

「それでは、失礼させていただきます。ミス・モンモランシ。またね、ジャック」

 

ティファンヌの機嫌は改善されているようだ。話を素直に聞いてくれるかな。

 

 

 

それで、魔法学院への帰り道に薬草も取れるコースで帰っていく。

途中でモンモランシーと話したが、

 

「貴方、最初にミス・ベレッタのことを一番親しい女友達って言ってたのに、魔法衛士隊隊員になったら、結婚を考えても良いかなと思っていた相手って言ってたわよね?」

 

「そうですね」

 

この話題からきたか。

 



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第9話 二つの顔と微妙な関係

魔法学院への帰り道に薬草も取れるコースの途中で、モンモランシーからきた話は

 

「貴方、最初にミス・ベレッタのことを一番親しい女友達って言ってたのに、魔法衛士隊隊員になったら、結婚を考えても良いかなと思っていた相手って言ってたわよね?」

 

「そうですね」

 

「普通、彼女とかとして紹介しないかしら?」

 

「もし、っというか、現状がまさしくそうなのですが、俺は魔法衛士隊隊員じゃないですよね?」

 

「……それは『サモン・サーヴァント』に、あなたが召喚されたから、しかたがじゃないでしょう!」

 

「そうじゃなくても、魔法衛士隊隊員としておこなっていくのには、俺は精神力の回復が遅いので、精神力の回復が魔法衛士隊の隊員としてなる基準を満たさなければ、やはり魔法衛士隊隊員になれなかったでしょう。幸い、回復力は今年になってクリアしたので、あとは現役の隊員が引退とか、他の理由でいなくなれば、補充されるメンバーの候補として1,2位にいたようですので、多分、今年中には隊員になれたでしょう」

 

「それじゃ、彼女として紹介してくれなかった理由になっていないわよ!」

 

「魔法衛士隊はたとえ騎士見習いなどでも、部分的な国境間の紛争へでかけることもあります。その時に、もし俺が死んだ場合に、彼女となっていた場合、どういう扱いになるかわかりますか?」

 

「……知らないわね」

 

「正式な隊員の場合には、彼女として公言していたら、婚約者だったのと、ほぼ同義の扱いになるんですよ。なので、男女間の関係にあったとしても、次の結婚相手を探して、そうだったことをだまって結婚しても、それだけで離婚とするのは男性側からでもできないんですよね。だけど、騎士見習いの場合には、下手に彼女と公言したりすると、魔法学院での彼氏、彼女と同じようにしか世間ではみません。つまり、俺が死んだりした場合には、彼女の次の結婚相手が見つかりづらいってことなんですよ」

 

「結婚を考えても良いかなと思っていた相手なら、婚約でもしたらどう?」

 

「今のような、魔法衛士隊のような系統の仕事につこうと思ったら、モンモランシーが、魔法学院を卒業して、実際にだれと結婚するかによって、そこの家と敵対する可能性の無い貴族の家で衛兵として入り込むっていうのが、一番てっとり早いんですけどね」

 

「貴方の中には、戦う関連の仕事しかないのかしら?」

 

「魔法衛士隊隊員をめざしてきましたからねぇ。それ以外だと、ある程度自信があるのは、水メイジとしての趣味でおこなっている分野ぐらいですから魔法薬売りとか、あるいは医師に魔法学院の教師も可能かもしれませんが、職業としてつくのは見習いとか助手からでしょうね。しかも、より若い相手と競いながら……っということで、モンモランシーが魔法学院を退学して、エギヨン侯爵あたりと結婚でもしてくれるならば、魔法衛士隊隊員を再度目指せるかもしれないだけどね」

 

「あの、ろくでなしのエギヨン侯爵ですって!」

 

「冗談ですよ。さすがにエギヨン侯爵の妻になるのは、嫌ですよねぇ。それに子どもが生まれたあとは、どうなるかわかりませんし。まあ、卒業後でもそれほど危なくないのは、どこかの領主の代官をねらってみるというのも、悪くはなさそうですけどねぇ」

 

「なんなら、貴方のご実家の代官になられたら?」

 

「それこそ、最後の手段ですね」

 

「なぜかしら?」

 

「今の代官には、代官見習いがついています。彼の息子でね。その地位を奪うことになるから、代官見習いに変わる職をさがさなきゃいけないけれど、あいにくと俺より年上だから、他所の領主のところへ代官にいってもらうってところでしょう。しかし、自分がその他のところにいけないのだから、紹介先なんてあるわけないんですよ。そうしたら、代官ごと出ていってもらうことになるかもしれないし、そうなると今までいた、執事やメイドもそんな俺に嫌気をさして、城そのものの運営さえうまくいかなくなるかもしれない……なんて可能性もあるんですよ」

 

「貴方、平民をそこまで、かっているの?」

 

「っというよりは、平民は我々貴族がいなくても最終的に生活はしていけますが、現在の貴族は平民がいないと食料や飲み物などは、今のレベルで維持することは不可能なんですよ」

 

「今のレベルの維持?」

 

「そう。貴族が農業など、自分で行なうってことですよ。そうした場合、今の生活レベルを維持していくことが不可能なのは、当たり前なんですよ」

 

「けど、そうしたら平民も生活のレベルの維持は難しいでしょう?」

 

「そうですね。けれども、レベルの下がり方はそんなに下がらないか、逆にあがるかもしれませんよ」

 

「えっ? なんで?」

 

「平民の中にもメイジがいるってことですよ。彼らが、純粋な兵力や、土の改良業務や、医者などに従事するのなら、貴族への納税は必要なくなる。まあこれは平民にとっての理想論であって、実際には何らかの国家が誕生するでしょうから、その納税額次第ってところですかね」

 

「貴方、何か考え方がゲルマニアに近くない?」

 

「ゲルマニアの正確な情報を知らないので、なんともいえませんが……家の領では翼竜人と共存しているから、そんな考えが思いつくのかもしれませんね」

 

「翼竜人と共存?」

 

「ええ、まあ。昔は本格的な戦いになりかかったこともあるらしいのですが、一緒に協力するならば、より互いの条件がよくなるってことでしてね。あまり詳しくは聞いていないですけど、今は貨幣の代わりとして塩がこちらから送られて、翼竜人が森の中のものをわけてくれたりしていますよ」

 

「まあ、その話は難しくなりそうだし、別に良いわ。ところで、なんで平日じゃなくて、今度の虚無の曜日の前日に会うことにしたの?」

 

「それなら、彼女はアルゲニア魔法学院の生徒ですから」

 

「アルゲニア魔法学院って、法衣貴族の子達が入る魔法学院のこと?」

 

「そうです。だから、授業が終わってから話しあうっていっても、深夜までかかっても話は終わらないかもしれません。そうすると、翌日は魔法学院がありますから、休ませるわけにもいきませんから。そうしたら、俺のほうが何日トリスタニアに泊まることやら」

 

「貴方が何を話そうとして、そんなに長くなるのかよくはわからないけれど、本当に聞きたいことじゃないから……ところで、彼女が言っていた浮気って?」

 

こっちが本題のつもりだったかな。

 

「ノーコメントじゃいけないですかね?」

 

「なら、2週に1往復の護衛以外は、貴方が暇になるだけよ」

 

その2週に1往復の護衛も、こんな風に話すこともなくなるんだろうな。学園内で使い魔だということで、格下にみるのも多いから、これは白旗をあげるしかなかろう。

 

「詳しくは話せませんが、彼女と知り合った時には、彼女が荒れていた時期でしてね。その時に俺も複数のご婦人とおつきあいがあったのを、彼女は知っているんですよ」

 

「複数のご婦人?」

 

言葉を選び間違えた。複数の女性とつきあっていたとでもしておけばよかったかな。

 

「どういうことよ!」

 

「モンモランシーは聞かされていないかもしれませんが、晩餐会とかパーティとかには二つの顔がありましてね。表の顔は魔法学院でならっていることどおりなんですが、裏の顔もあるんですよ」

 

「裏の顔?」

 

「いつかは知るかもしれませんが、特段知らなくても良いことですよ?」

 

「まずは聞かせて」

 

「本当にですか? 多分、モンモランシーにとって、あまり気分の良い話じゃないと思いますよ」

 

「いいから!」

 

「社交界の裏の顔っているのは、基本的には夫婦、もしくはどちらか片方が、社交界のダンスをしているときに浮気相手を探すんですよ」

 

モンモランシーがだまって、聞いているので、そのまま話を続けることにした。

 

「そんな時に彼女からダンスのお誘いがあって、ダンスの最中に合図があったから、てっきり早く結婚して、旦那に不満をもっている若いご婦人かと思ったのですよ。それが、俺に残っている最初の彼女の記憶です。しかし彼女の方は、俺がそういう合図の受け答えをしているのを何回か観ていたそうで、誘ったそうですよ。だから、最初のころはお互いに複数の相手がいましてね」

 

「……そんな破廉恥な! もう聞きたくない!」

 

その後は、薬草もとらずに、魔法学院に帰ることになった。モンモランシーの不機嫌そうなのは、予想とおりだったが、ストレートに話すぎたかなぁ。

 

 

 

モンモランシーはモンモランシーでおつきあいもしていない相手に対して、なんで怒っているのか、怒っていること自体気が付いていなかったのだが、多少は気を許し始めていたジャックに浮気癖があるのということを気に入らなかっただけ、ということに気が付いていなかった。

 

 

 

そうして魔法学院の馬を返して、モンモランシーについていって女子寮に向かおうとしたら、

 

「今日は、少し一人で居たいわ。だから、夕食の時になったら呼びに来て」

 

「わかりました」

 

モンモランシーとは特になんともないが、浮気という話を思いだすのがいやなんだろうな。それでも、普段の体面を保たせようと周辺の人間へみせたいのだろう。プライドが高いというのもあるが、体面を気にかけるタイプなのかな。

 

夕食までは、俺も部屋からでない方がよかろうと、部屋で実験をしていたが、夕食時になって、モンモランシーの部屋でノックをしたら

 

「どなたかしら?」

 

「ジャックです」

 

「今、でるから待っていて」

 

とそれだけの会話で、部屋を離れることになって、夕食も席は隣だが、モンモランシーと俺が直接話すのは、今日のトリスタニアの話題で同意をもとめるときぐらいだった。まわりからみたら、普段より俺への会話をふるのが少ないぐらいにしか、見えないぐらいであろう。もともと俺もモンモランシーの友人関係には積極的にかかわっていなかったしなぁ。夕食後は、いつものように食堂でわかれたが、明日からしばらくは、こんな感じなんだろうか。

 

 

 

その頃、ジャックとモンモランシーの二人の使い魔と主人という、微妙なバランスの上になりたっていた関係をくずしかけてたティファンヌ・ベレッタは、自宅の自室で今日の話を悩んでいた。

なんせ、初めて他人がいる前で「結婚を考えても良いかなと思っていた相手」と言ってくれたのである。今までも二人だけの時には、魔法衛士隊の隊員になったら、きちんと彼女として公言してもよいし、婚約の話にもっていっても良いとか言われていたけれど、自分を引き止める話術のひとつかもと、疑っていたところもあるからだ。

しかし、逆に「思っていた」と過去形だったのもあり、別れ話を切り出されるのかとも不安だったりしていた。

 



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第10話 新たなる日常

翌朝、食堂の前でモンモランシーをまっていたが、普段の「おはよう」の挨拶もなく、通りすぎていた。それでも、こちらの方に視線はむけたので、まるっきりの無視というわけでもなさそうだ。

食堂の席が隣なのはいつもと同じだが、モンモランシーと俺が直接話す機会は、教室に入ってもしばらくは無かった。教室では、モンモランシーの周辺に集まる女子生徒から話がふられたとき以外には、声をかけられるということはなかったが、そこまで、普段から積極的に話かけられてもいないので、微妙だなーって感じだなぁ。結局授業が終わるまでは昼食も含めて、普段より会話が少ない程度というところだったが、いつものように授業後に行っているモンモランシーの部屋に入ったところで、

 

「今からしばらくは、食事の時と授業の時以外は、そばにいなくていいわよ」

 

多分、自分の感情と体面のバランスを考えて出した決断なのだろう。

 

「……そうですか。それならば、夕食前は昨日のように迎えにくればよろしいですか?」

 

「それでいいわよ。それと、必要なら、魔法薬のレシピは貸してあげるから、必要な分だけ持って行って、返すのは今日でなくても良いから、夕食の迎えの時にでもしてね」

 

「はい」

 

そうして、俺はモンモランシーがレシピとしてまとめていたノートを3冊ばかり借りて、部屋に戻ることにした。

 

夕食後は、いつものように食堂でわかれたが、昨晩の予感はあたったって感じだな。二股かけられていたのに、身近にいるのが浮気男って、俺が使い魔じゃなかったら、とっととそばからたたきだしていただろう。こんなのが卒業まで続くのも、なんだかなぁ。

 

 

 

翌日は、授業の合間の休み時間に男子生徒へ声をかける。

 

「やあ、マリコルヌ」

 

「おお、使い魔のジャックじゃないか」

 

使い魔といわれると俺は、

 

「あいかわらず、まん丸だな」

 

と答えてやっている。そうすると

 

「それをやめてくれ! ジャック」

 

「そうだよな。そっちが余計なことをいわなきゃ俺も言わないって、何回目だ?」

 

「さあ?」

 

まあ、だいたいは、モンモランシーがトイレ休憩とかのときだと、マリコルヌに話かけることが多い。今回もまずはマリコルヌに声をかけるが、皆も声をかけやすいのか交友関係は広いように見える。ただし男ばかりだが。

そんな時にポールが話かけてきた。

 

「よう、マリコルヌ。ジャックも一緒か。モンモランシーも教室にいるのに、二人で話しているとは珍しいな」

 

「ポールか。モンモランシーも、使い魔のお披露目は飽きたらしい。とはいっても、俺も暇だから皆の授業に参加してるんさ」

 

「けど、実習にでれないだろう?」

 

「ああ。それは残念だけど、命の心配をしない魔法を見るのも楽しくてね」

 

「モンモランシーの使い魔になる前は、魔法衛士隊の騎士見習いだったんだっけ?」

 

「まあね」

 

「ここの実習が命の心配しなくてすむほど、楽だとでもいうのか、君は」

 

俺は、少しばかりまわりをみまわしてから、声をひそめて

 

「いや、飛んでいれば落下する危険はあったりするけれど、お互いに魔法をむけあったり、軍杖で戦いの訓練みたいなのはしないだろ?」

 

「たしかにな」

 

肩をすくめるポールだが、余計なことにマリコルヌが、

 

「けど、ルイズの魔法はいつも失敗してばかりで、危険だぜ!」

 

ルイズが教室にいたのを見たから、その話題はさけたのだがなぁ。マリコルヌも自信が持てるのはルイズに対してだけなのか、よくつっかかるみたいだ。俺とポールはその場から離れて、ルイズとマリコルヌの口論、もとい口げんかを避けるが

 

「なぁ、ポール。マリコルヌも、よくルイズにつっかかるような発言をするよな」

 

「性分なんだろう」

 

「そんなもんかねぇ」

 

「自分から『風上』なんて言っているが、どちらかというと他人の『風下』にいるようなもんだからな」

 

なるほどね。ほとんどの相手に風上へたてないから、風上にたてそうなルイズへちょっかいをかけているわけだ。

 

「って、そろそろ次の授業の時間だよな」

 

「ああ」

 

とりあえずは、モンモランシーの隣の席へと移動していくが、モンモランシーのそばにいる時間を減らして、男子生徒との会話も増えている。それまではモンモランシーのまわりに集まる女子生徒との話す時間ばかりが、多かったからな。

 

昼食などもモンモランシーとは会話も互いに主体的なものはなく、自由という名のつく時間は、モンモランシーから離れて一日をすごした。

 

 

 

そして翌日も似たような日をおくり、夕食時間帯よりしばらくたってから、俺の部屋には二人のメイドがいた。クララとフラヴィだが、今晩は、先週渡した黒いスカート生地を自分で縫ったのか、スカートとしてはいてきている。

 

テーブルの席には俺も含めて3人で座るわけだが、

 

「クララはジュースで良いだろうけれど、フラヴィには先週二日酔いとさせてしまったようで、すまなかった」

 

「いえ、大丈夫だと思って飲んだ、私がちょっとばかり飲みすぎてしまったので」

 

「っというか、フラヴィって、ワインが飲める量をわかっていたんだろ?」

 

「そのつもりだったんですが……」

 

俺はテーブルに用意してある瓶から1本を選んで、

 

「このワインが、ここで働いている平民がだいたい飲んでいる代表的なワインだと聞いてもってきてもらっているのだけど、これなら何本まで二日酔いもせずに飲めるのかな?」

 

「えーと、2本と半分くらいです」

 

「そうか。先週頼んだ貴族用のワインってのは1本で、だいたいそのワインの3~4本ぐらい飲んだぐらい酔いやすいって知らなかったのか?」

 

「そうだったんですか……って、すみません。知りませんでした」

 

「普段、かたづけとかで残った貴族用ワインを飲む機会があるかもしれないが、味見する程度だろうからな」

 

「えーと、私たちメイドがそういうことをするのを、知っているのですか?」

 

「まあねぇ。家にいるメイドたちはお客様が帰れば、厨房で味見をしているのは見かけたからねぇ」

 

「貴族様って、そんなところまで見るのですか?」

 

「いや、そういうのは少ないほうじゃないかな。だいたい親が自領の城にもどってきた時に、自領にいる貴族なら下級貴族とか、場合によっては町長や村長あたりもあつめているくらいだから、街中でおこなっている貴族の晩餐会やパーティよりは、砕けていると思うね。それに教育係には厨房にはいるんじゃないといわれていたけれど、よくやぶっていたからさぁ」

 

「くすくす。そんな風な一面もあるんですね」

 

「貴族の中でも爵位や、宮廷や軍人の階級などにもよるし、家の中にお客様を招いた時と普段の時とでは、それぞれ雰囲気が異なるみたいだからねぇ……それは良いとして、二日酔いしないのが平民用ワイン2本半っていうのなら、ちょっとブレンドしてみようか」

 

「ブレンド?」

 

「ああ。ふつうは、ワインを瓶詰する前にブレンドして、店頭にだすのだけど、今、即席でつくってみせるから」

 

「そういえば、シエスタが言ってたような気がするわねぇ」

 

「シエスタって?」

 

「メイドなんですけど、出身がワインで有名なタルブ村なんだそうです」

 

「タルブ産の高級ワインはたしかにいいねぇ。俺の小遣いじゃ、なかなかしょっちゅうは飲めないぐらいだ……って話はずれたけど、今、ブレンドしてみせるから」

 

そう言ってから、ガラス張りである研究部屋にある目盛をつけたビーカーを3つばかり棚からとりだしてきて、テーブルの上に並んでいる平民用ワインと貴族用ワインと青りんごジュースに、トリスタニアで買ってきた蒸留酒を、量を計って平民用ワインの瓶に戻した。そこで、俺が軍杖を出すと、メイドたちがギョッとした感じをしていたので、

 

「ああ、ブレンドするのは遅くても瓶詰めする前が普通なんだ。そこから味をなじませるんだけど、料理をつくるときもそういうことがあるだろう? だから魔法で同じことをこれからするんだよ」

 

「へぇ。たしかに料理だとありますね」

 

「蒸留酒をベースにするなら、魔法をかけなくても良い組み合わせもあるけれど、酔いやすいから飲める量は少なすぎるからね。だから魔法でも水系統の魔法は、料理に通じるものがあるんだよ」

 

「だから、勉強のために厨房に入っていってたのですか?」

 

「そうだね。ちょっと変則的だけど」

 

単純に暇だったから、邪魔にならない範囲で見ていたかっただけなんだけどねぇ。

そこからは『熟成』の魔法をかけるが、多分1週間ほど寝かせたのと同じ程度だろう。多少味にまろやかさがでる程度だが、そのまま飲むよりはよくなっているのは経験済みだ。自然におくよりも発酵とかがすすまないから、魔法薬の一種とでもいえるかな。

 

フラヴィ用にブレンドしたワインをグラスにつぐと、彼女らはあわてたように

 

「貴族様についでいただくなんて……あとは私たちがおこないます」

 

「じゃあ、それは頼むよ。あと、味見をしてみて、感想をきかせてほしいなぁ」

 

あとは3人で簡単に乾杯をしてからフラヴィからの感想はというと

 

「先週飲んだ貴族様用のワインと変わらないぐらい美味しいです」

 

「それは、よかった」

 

変わらないぐらい美味しいというのは、お世辞だろうが、少し甘めにブレンドしてあるから彼女の味覚にはあっているのかもしれないかもな。

 

そのあとは、二人に簡単な問診したところ、やはり便秘薬を飲み始めてから10日過ぎから、便もほぼ2日に1回はだせるまでは改善できているようだ。一応、これでも効果は確かなのだが、フラヴィとクララの順番で触診による水の感覚を確認していく。2人とも2度目となったからなのか、触診している最中の緊張感は先週より減っているが、まだ、警戒をしているってところだろう。

 

それで、カルテ代わりにしているノートをみて、触診した結果を伝えることにする。

 

「順番からいうと、まずはフラヴィからだけど、便秘気味から通常の範囲との境ぐらい。気にかかるのは、おなかの周辺からその下ぐらいしかわからないから、確実とはいえないけれど、身体の水分が先週より少ない感じだね。先週から、今日までで少し働きすぎということは無いかな?」

 

「いえ、普段とかわらないはずですけど」

 

「今日と先週の日ではどうだろうか?」

 

「今日は先週と同じ内容の仕事ですから、かわりはないはずです」

 

「そうすると、あとはワインを飲む量っていうのはどうかな?」

 

「……えーと、先週の話を聞いて、ワインを少し多く飲んだほうが便秘にいいのかなと。ちょっと増やしています」

 

「うーん。説明をもっとくわしくしないといけなかったかな。酔いやすいっていうのは、便秘薬と一緒に飲むと、下剤の効果に近づくんだ。けれど、今回の便秘薬の場合には、水分も飲んだワインの量より多く身体の外にだしてしまうから、増やしたワインの量より多く水分を含んだ物をとる必要があるんだ。だからワインは以前の量にもどすことをお勧めするけど、どうかな?」

 

「ワインの量をもとにもどします」

 

「それが良いと思うよ。それじゃクララだけど、今日は先週と比べてみると、完全に便秘気味を脱している。だから、便秘薬はこのままで来週また身体の状態をみて、改善しているのなら、そのままでいくし、安定していたら、さらにもう1回みて、便秘薬を減らせる方向にしてみたいのだけど」

 

「えっ? 便秘薬って減らせるんですか?」

 

「いつまでも、俺も魔法学院にいるわけじゃないし、たとえ、俺がここに残って教師か専属の医師になったとしても、君たちもいつかはここから去るだろう? だから、魔法薬にたよらなくても、便秘にならないことが目標だよ」

 

「そんなこと、できるんですか?」

 

「だって、メイドの中でも全員が便秘ってわけでもないだろう?」

 

「言われてみれば」

 

「体質もあるけれど、便秘薬にたよらずに、便秘になりにくくする方法はあるから、まずは便秘からの解消に重点をおこうと思っているんだけど」

 

「はい」

 

「あと、今回の診察で聞いておきたいこととかあるかな?」

 

「いえ、特に」

 

「そうしたら、先週の診断の後の話の続きになるけれど」

 

そう話は、続いて先週話すことのできなかった話ことはできた。まあ、翼竜人と共存しているところで驚いていたり、彼らにも魔法薬を渡すこともあるというところでは

 

「彼らに、魔法薬が必要になるんですか?」

 

「ああ。元々、身体の治癒力が高いのと、先住の魔法がつかえるから、薬草を補助に使うことはあっても、薬草を複数あわせたり、たとえ知っていても、それらをさらに先住の魔法でどうにかして使おうとはしないんだ。だから、医師が見にいくこともあるよ。それで、ついていってその診察の様子を観させてもらったこともあるよ」

 

逆に二人のメイドの出身地で、生活の習慣が細かいところでは違ったりとか、けっこう教えてもらえるところは楽しめたが、楽しめる時間は長くはないものだ。

 

帰りには、便秘薬を渡すのと、念のためとしてフラヴィには二日酔い止めの魔法薬も渡しておいた。使う必要がなかったら、戻してくれるようにということで。

 

週末にあうティファンヌとはどうするか、まだ自分の中では解決していなくて、悩みどころだ。

 



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第11話 魔法衛士隊到来するが

メイドの触診をした翌朝の教室に入って、席についているとトイレに行ってたはずのモンモランシーの声がした。

 

「ねえ、ルイズ。あなた何を引きずっているの?」

 

「使い魔よ」

 

そういう声の主はルイズであった。モンモランシーがいくつか質問して、ルイズが答えているのを聞くと、サイトがルイズのベッドに入り込んだようだ。

その中でモンモランシーからは、

 

「はしたない! けがわらしい! 破廉恥ね! 不潔よ!」

 

って、引きずられているサイトというよりも、俺に向かって言っているような気がしてくるな。

ルイズはそのあと、キュルケと言い合ったり、サイトを鞭うっていたりしているが、モンモランシーは、そっちはもうおかまいなしという感じで、いつものように隣の席についている。やっぱり、さっきの言葉は俺へのあてつけか?

 

 

 

モンモランシーは、ジャックのことも多少は気にはかけていたが、ルイズとその使い魔であるサイトがフーケを捕まえて、自分より目立っているのが気にいらなかっただけであった。しかし、ジャックは浮気を知られている負い目から、そんな感じがした。

 

 

 

ジャックがあてつけか? と思っているうちに、教師である『疾風』のギトーが入ってきた。教室はしずまりかえった。それはギトーが、生徒から人気が無いのが原因らしい。そのギトーがキュルケを指名して質疑を行っている。何やら『虚無』とか『火』とか言っていたが、キュルケが『火』が最強の系統だといっているのに、そうではないとギトーは言うのは良い。このあたりは、最強がどの系統だなんて、過去の偉人達同士で争わさないとわからないだろう。それにしても、個人の資質や戦い方が最強なだけで、どの系統が最強の証明とはいえないんだけどな。

とは、いっても水が戦いにおいて最強とはいえないのも確かだろう。

 

「試しに、この私にきみの得意な『火』の魔法をぶつけてきたまえ」

 

この言葉にはちょっとイラついた。もともと週末にあう予定のティファンヌとの今後をどうしようか迷っていることや、先ほどのモンモランシーが俺の浮気癖があることにたいするあてつけのようなのと、今回のギトーの言葉だ。俺は、普段ならおこなわなかっただろうが、

 

「ミスタ・ギトーとキュルケ。お話にわりこんですみませんが、よろしいですか?」

 

「きみは?」

 

「単なる使い魔ですよ」

 

なんか、自虐気味だなぁ、と思いつつギトーが戸惑っているようなので、俺はそのまま

 

「キュルケ。落ち着いた方がいいよ。トライアングルである貴女の『火』を確実にさばける自信を持っているんだよ。ミスタ・ギトーはね。そうすると風の授業にでてくる、教師の強さはどんなものだろうか?」

 

「……多分、スクウェアね」

 

そう言う前に、キュルケはとある方向を見てた。その先はタバサだが、今は本に眼を落している。彼女らが友人ということであるから、何か伝達でもあったのか?

それはよいとして

 

「ミスタ・ギトー。『火』が最強ではないとするならば、この授業は『風』ですから、『風』が最強とでも言いたいのですか?」

 

このあとに『なぜ、『土くれ』のフーケの討伐についていかなかったのかと』つけくわえたかったが、そこは、言わずにすますことができた。

 

「……使い魔君の系統は?」

 

「『水』ですけど、『水』が最強とは思っていませんよ。『風』が最強と言われても『烈風カリン』がここ数十年で当代最強といわれていましたからね。しかしながら『火』と『土』にもそれぞれ当代最強と言われたメイジがいますので、どの系統が最強かはわかりませんね」

 

『烈風カリン』の名前をだしたあたりから、教室の中でもがやがやしだしてきたが、キュルケは完全に冷静となったのか、席についている。

 

「授業を中断したことは申し訳ありませんが、個人の実力と系統の差をもちこまずに、授業を進めていただければと愚考します」

 

「……ふん。烈風カリンか。まあよかろう。風が最強というのは、彼女も使ったといわれる魔法で……」

 

ギトーが唱えだしたのは、風の『偏在』か。俺も席についたが、魔法衛士隊グリフォン隊隊長の練習相手にさせられていたからわかる。俺が精神力最大の時でも4体ださせるまでいった、それまで苦労していた3体に比べてあっさり勝ったら、そのあとは3体しか風の『偏在』をださないで、本人も混ざってきたよな。いうなれば、風の『偏在』っていうのは魔法を完了した時点での精神力しか残っていない。その場合は、本人以外の4人のトライアングルを相手にするのか、本人を含めた4人のスクウェアを相手にするかの違いともいえる。

 

だが、ここで、教室のドアが開いて、格調高い正式な式典にでもでるような恰好でミスタ・コルベールが、アンリエッタ姫殿下が帝政ゲルマニアからの帰りの途中にこの魔法学院に立ち寄るってことだ。歓迎式典をするって、何時について、何時から式典をおこなって、いつ終わるのやら、よくわからないな。

 

 

 

結局、姫殿下たちが魔法学院に到着するのは、午後2時頃ということだったので、メイドたちは大忙しで、女子生徒たちもめかしこんでいるだろうが、昼食後のわかれ際に、俺はモンモランシーへ

 

「今日は、式典ということでパーティもないようだから、あまり魔法衛士隊は見たくないので、次は夕食前に迎えにいくのでかまわないかな?」

 

「あっ、そう。好きにしなさい」

 

「わかりました」

 

そっけなく、了承を得られた。今の段階では魔法衛士隊の姿をあまりみたくない俺と、モンモランシーが、俺をそこまで必要とするような場面でないことも、簡単な受け答えですんだのだろう。

 

部屋では窓を開けながら、ぼんやりと外の風がはいってくるのを感じとるのと、あとで姫殿下とそれに付随してくる魔法衛士隊の音が聞こえてくるようにして、ベッドで横になって数分後に、ドアがノックされた。

誰だろうと思い

 

「誰かな?」

 

「メイドです。遅くなりましたが、部屋の掃除にまいりました」

 

そうか。今日は急きょ歓迎式典になったから、メイドの通常の仕事が遅れているんだなと思い、一瞬考えたのちに、

 

「合鍵はもっているんだろ。入ってかまわないよ」

 

アンロックの魔法をかけてあるのに、部屋が掃除できるってことは、専用の魔法具があるわけだろう。ドアをあけて入ってきたのは、声から推測はついていたが、フラヴィだった。

ドアをしめて振り向いたところで、

 

「部屋の掃除は別にいいけど、二日酔いにならなかったかい?」

 

「おかげさまで」

 

「魔法薬は?」

 

「すみません。ちょっと忘れてきまして」

 

「次の掃除の時にでも、持ってきてテーブルの上にでもおいといてくれればいいよ」

 

「はい」

 

「それじゃぁ、テーブルの上だけ、今日は片づけてもらえるかい。昨晩のまんまだから」

 

「あとはよろしいんですか?」

 

「ああ、虚無の曜日とかは部屋の掃除にまわってこないだろう?」

 

「そうですね」

 

「っということさ。忙しいのなら、普通に掃除した時間ぐらいは、そこのテーブルで休憩しててもいいよ」

 

「はい?」

 

「身体はひとつなんだから、バカ正直に魔法学院のメイドの仕事をやってたら、つかれちまうだろう。少し要領よくすればいいだけさ」

 

「それでは、テーブルの上をかたずけまじたら4分ほど休憩時間をいただけますか?」

 

「だいたいの掃除時間がそれぐらいだったらね」

 

「いえ、本当はもう少し長いのですけど、明日掃除に入るメイドにはある程度手抜きしたのはわかっちゃいますから」

 

「いや、かまわないよ。あまり長い時間いてほしくなかったらしい、とでもつけくわえておけばいいのさ」

 

「はい。それでは、テーブルの片づけをさせてもらいますね」

 

俺は、ベッドで目をあけたまま上を向いていたが、フラヴィはテーブルの上を片付けて、その上を雑巾で拭いたところで、席に座ったようだ。1分ちょっとの沈黙のあと、

 

「何か変な感じですね」

 

「何がかな?」

 

「いえ、ミスタ・ アミアンが私たちメイドをそのベッドの上で、検査しているのを見ますけど、逆にミスタ・ アミアンがベッドの上で横になっているのを見るのは初めてですから」

 

俺はフラヴィの方へ顔をむけ

 

「なるほどね。けど、今はもう少し小声の方がいいと思うよ。窓をあけているから」

 

そうすると小声で、

 

「すみませんでした」

 

「いや、なに。掃除のかわりにそこで休憩を命じたのは俺の方だから」

 

「命じられたちうわけではないと思いますけど」

 

「こういう場合は、それでいいんだよ。ここの寮で、こんなことを言い出すのは、きっと俺くらいだろうから」

 

「そうですね。他の部屋では、全部掃除をしてきましたからね」

 

「だから、あとは時計とにらめっこでもしていてくれ。って時計の見方は知っているよな?」

 

「はい。それも習っていますので」

 

「そうだよな。そうでなきゃ、さっきみたいに4分とか言えないもんな」

 

「はい」

 

そのあと、俺はまた、上をむいて天井をみつめていたら、フラヴィは

 

「それでは、失礼します」

 

そう言って、部屋から出ていった。

 

そのあと、俺は週末にあうティファンヌとはどうするか、自問自答を繰り返し続けていたら、アンリエッタ姫殿下の到着の知らせが聞こえてきた。あとは、歓声もだ。

窓から外を見れば、きっと、魔法衛士隊が魔法学院のまわりでも取り囲んでテントでも設営するところも見れるだろうが、今は見る気になれない。

 

また、ティファンヌのことを考えているが、答えは一つにいつもたどりつく。いろいろな方向から考えてみているが、俺一人だとここらの答えが限界かな。あとはどうティファンヌと話し合うかだろう。そこで出た結果次第だな。

そう決まったら、あとは夕食前にモンモランシーをむかえに行きますか。

 

 

 

翌朝も、朝食は普通通りだったが、その後はアンリエッタ姫殿下がお帰りになるところにまたあいさつするというので、昼食後の授業開始まではモンモランシーに、自由行動とさせてもらった。とはいっても昼食時に会うだろうが。

 

授業でおかしいといえば、ルイズとサイトにキュルケ、タバサが見当たらないところだが何があったのやら。翌日になってわかったのはギーシュもいないことだ。学校さぼって、どこにむかったのかねぇ。メンバー構成から考えてもわかりはしねぇ。まあ、考えるのは無駄だろう。

 

 

 

そして虚無の曜日の前日になり、昼食後にはトリスタニアに向かうことにした。モンモランシーには、虚無の曜日の翌日の夕食前に部屋へ迎えに行くとして了承はとれているっていうか、返事はそっけないものだ。

 

 

 

そして、ティファンヌとは約束通りに、とある安宿に見える2階の部屋で待っていた。『どこかの男爵家で晩餐会でもひらいていないかな』の問いに『いつもの男爵家のパーティがあったはず』というのは、『一晩泊まれないかな』と聞いているのに『いつもの宿』という意味を二人で決め合っている暗語だ。正式に彼女と紹介できないから、つきあっているのは秘密のために、いつ誰がいても使って良いようにしているつもりだ。

 

先に部屋で待っていると、ドアがノックされたので

 

「どなたですか?」

 

「私よ。ティファンヌよ」

 

「今、ドアを開けるから……」

 

って、開けて入ってくるし。

 

「今更、ここでそんな作法は良いわよ。それでだけど、なんで、魔法衛士隊からいなくなって、ミス・モンモランシの護衛兼研究助手なんてしているのよ!」

 

封建貴族のプライドの塊というのにくらべればぬるいが、やっぱり法衣貴族の娘でも奪われたって感じなのかな。

 

「事情が複雑だって言っただろう。それよりもこうやって、ここで会うのも1カ月以上ぶりなんだから、ゆっくり食事でもどうだい」

 

「……食事の後はきっちり話してもらえるんでしょうねぇ」

 

「話す気がなければ、ここにこないで、別れの手紙でも送っているよ。だから、まずは食事でもどうかな」

 

「ふう……いいわ、まずその言葉は信じてあげる」

 

それで、夕食を開始するために呼び鈴を押したが、長い夜になるかはまだ定かじゃない。

 



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第12話 首都トリスタニアにて

ティファンヌとの久しぶりの夕食は、魔法学院での最近の夕食と異なり楽しめた。話した内容は、トリステイン魔法学院の中で暮らしてみたことが中心で、ティファンヌが通っているアルゲニア魔法学院との違いに驚いているようだ。

アルゲニア魔法学院はトリスタニアにあって、主に法衣貴族の子が通っている。まあ、トリステイン魔法学院にも、法衣貴族では年金を多くもらっている役職についている子もいるが、基本は封建貴族の子が中心だ。

トリステイン魔法学院とアルゲニア魔法学院での大きな違いは学生寮と食堂かな。

 

アルゲニア魔法学院は町中にあって、法衣貴族の子を中心としているので、自宅から通える子が多い。そうでない子は、たいてい魔法学院近くのアパルトメンを借りている。

 

アルゲニア魔法学院では、食堂として周辺には飲食店が使われるが、近くのレストランが主体で、舞踏会やパーティなどもそこでおこなわれる。

アルゲニア魔法学院の予約が入っていない場合は、法衣貴族のパーティなどもおこなわれる。法衣貴族の社交場みたいな雰囲気を醸し出すので、俺も昼と夜にそれぞれ、一度行ってみたことがあり、なんとなく雰囲気はわかる。

 

アルゲニア魔法学院にも使用人はいるが、その数は普段の生徒の授業に必要な人数しかいないので、そこまでは人数は多くないらしい。

 

とりあえずは、無難な話で夕食の会話は濁していたが、食事もおわったので、呼び鈴を押して、食事をさげてもらい、ワインをかたむけながら、本格的に話をすることになる。

 

「ジャック。食後にきちんと話してくれるって言ってくれたわよね?」

 

「まあ、そうだね」

 

言いたいことのニュアンスは伝わっていたから、そのまま肯定して

 

「一番早いのは、俺の左の上腕部をみてもらうことかなぁ」

 

「えっ? 怪我でもして、魔法衛士隊にいられなくなったの? そんな風にはみえないけれど」

 

俺は上半身を脱ぎかけると、

 

「今日は、そんな気分じゃないわよ!」

 

「こっちも、そんなつもりじゃないよ」

 

「じゃあ、なんで上を脱ごうとしているのよ!」

 

「いや、だから、左の上腕部なので、腕をまくっても見せられないからだよ!」

 

「そっ、そうよね」

 

俺は左上半身だけ脱いで、左上腕部をしっかりと彼女にみせた。

 

「それって、ルーンでしょう? まさか、貴方、嘘でしょう……人間が使い魔になるなんて」

 

「そう。これは使い魔のルーンだよ。ミス・モンモランシの使い魔になってしまったんだ」

 

「なんでよ。ゲートをくぐらなければ良いだけじゃないの?」

 

「考え事しながら走っている最中の目の前に、突然現れたのでよけきれなかったんだ。まあ、ゲートを出てから、使い魔召喚のゲートだって気がついたんだけどね。はっきりとした形は、覚えていない」

 

「それで、どうなったわけ?」

 

「すぐには、承諾はしないで、宗教庁まで問い合わせをしてもらったけれど、春の使い魔召喚の儀式を続けることになって、このルーンさ」

 

「って、使い魔になったってことは、この会話とかも、そのミス・モンモランシに聞かれるわけじゃない!」

 

「いや、それは大丈夫みたいだよ。俺の目と耳は共有できないとのことだって」

 

「それって、本当?」

 

「最初の使い魔と一緒にいる時間で話しながら確認したみたいだけど、そういう方向では嘘は言わないだろうね。まあ、彼女が使い魔の目から見えない、耳から聞こえないなんて、自分からまわりには言わないけどね」

 

あとは、俺から食事の間には話さなかったことを話していった。モンモランシーが魔法学院を卒業するまで、俺は少なくとも使い魔として魔法学院にいることから、この前、ティファンヌとあって、浮気の話から、近くにいる時間が減ったことなんかも話した。

 

「私だって、貴方が浮気相手を探していたご夫人と一緒にいるのを、好んでいるわけじゃないのよ。私より少しばかり長いつきあいだから、見逃しているだけなんだから。新しい人は絶対だめよ」

 

「その辺は、わかっているよ」

 

だいぶ譲歩していてくれているのはわかっていたつもりだが、やっぱりきちんと話してみないとわからないものだ。

 

「……それで、今後のことだけど」

 

「ここまで話したってことは別れ話じゃないわよね?」

 

「そう。改めて、魔法学院の生徒ぐらいの付き合いをしたいんだ。ティファンヌ」

 

「魔法学院の生徒ぐらいの付き合いって、何考えているのよ。そんなこと言ったって、私は貴方が初めてじゃなかった、って知っているでしょう?」

 

「俺は知っているし、君の最初の相手も知っているだろう。けれど、それ以外って、確認していないだろう?」

 

「そうだけど、もとにはもどらないのよ」

 

「もとに戻せるとしたら?」

 

「えっ?」

 

「そういう魔法薬があるんだよ。世の中には知られていないんだけどね」

 

って、俺が作った魔法薬だし、使った人数も限られているのと、使用された相手は、他人にはまず言えないから、噂は広まっていないはずだ。

 

「えーと、そんな魔法薬があるのに、なぜ、今、そんな魔法薬をつかいたいの?」

 

「アルビオンで王党派と貴族派の内戦になっているのは知っているだろう?」

 

ティファンヌにとっては、なぜ、そこに話がとぶのがわからないが、

 

「ええ。それくらいなら」

 

「けど、実際には、貴族派っていうのは、レコン・キスタという組織を作っているらしくて、ハルケギニアを統一して、エルフを倒して、聖地を奪還するっていうのが目的らしいんだ」

 

「行なおうというのは聖戦なの?」

 

「なら、ロマリアを巻き込めばよいだけの話だろ?」

 

「そうねぇ」

 

「どちらにしても、アルビオンの貴族派は、少なくともこのトリステインの一部の貴族と連絡をとっているらしいんだ。親父の情報によるとね」

 

「それはいいんだけど、その話と、魔法薬の話とどうつながるの?」

 

「もうちょっと、話しをつづけさせてくれ。可能性は何種類かあるらしいけれど、比較的高い可能性は2種類。アルビオンの貴族派が王党派に勝った余勢で、トリステインをせめてくること。その時にトリステインの貴族がアルビオンの貴族派につくことが1つ目。もう一つはもう少し可能性は低いらしいけれどトリステイン王国で内戦の勃発も考えられるって話だ」

 

「えーと、なんかますます混乱してきたんだけど」

 

「うん。それで、俺の立場なんだけど、使い魔だっていうのはわかるよね?」

 

「そうね」

 

「けれど、魔法衛士隊の騎士見習いの資格停止なだけで、軍に属しているんだ。だから、何かあった場合、国軍のどこかの部隊に所属することになるだろう。そうした場合、モンモランシーの使い魔だということで、君がうたがったようにモンモランシーへと国に関する情報が入るような地位につくことは、まず不可能だ。つまり、法衣貴族の地位となりえる下士官になることは、まず不可能。そうしたならば、下級貴族として国軍にいるだろうけれど……そうなった場合は、トリステイン王国はまず滅亡だろうから、はっきりしたことがわからなくなる。まだ、可能性の問題だけどね」

 

「っということは、もし、今のままで軍に入ったら、私と別れるつもりなの?」

 

「軍に入るというより国軍で働くようになったらだけど、そのまま、最前線ということもありえるから、そうすると、生きていたとしても何年ももどってこれないかもしれない。それならば、まだいいけれど……」

 

「って、貴方はそういう性格じゃないでしょう」

 

「まあ、脱走するだろうね。なので、今のうちに女性として最初の身体へ、もどしておいてあげたいんだ」

 

「ありがたくて、涙が流れそう……それで、本音は?」

 

「ご夫人をお相手したあとのお小遣いがなくて、あっ!」

 

うかつながら、またもやってしまった。なんで、こんな単純な話にもらしてしまうんだろう。俺って。

 

「まったく。貴方って人は……けれど、ご夫人方とは会っていないわけね?」

 

「そのとおりで」

 

「とりあえず、その魔法薬の治療というのかしら? それはうけるわ」

 

「じゃあ、そこのベッドで……」

 

その夜は睡眠薬にあと2種類の魔法薬を使って終わることにした。

折角、精力のつく魔法薬をもってきたけれど、やっぱり出番は無いのね。

 

 

 

翌朝、ベッドの中で起きたら、ティファンヌの横顔が見える。

まあ、同じベッドで一緒に寝るぐらいは許してもらおう。断っていなかったけれど、事前に聞かれてもいないからいつもどおりだ。

 

ティファンヌは目をあけたが、半分ねぼけているのだろう。いつもの朝のようにキスをしてきたが、

 

「なんで、パンツをはいているわけ?」

 

「あのな~ 昨晩は、愛し合ったわけじゃないぞ」

 

「そうだったわねぇ。ところで本当に元にもどったの?」

 

「ああ、そこの手鏡を使ってでも自分で確認してみたらいいよ」

 

俺は、ベッドから離れて、彼女をみないで、服をきることにする。見てたら朝から欲情するに違いないからな。

 

「あっ、あるー」

 

そりゃ、そうだ。

着替えている最中なので、ふりむかないが、機嫌がよいのか、鼻歌まじりで着替えをはじめたようだ。

俺は着替えはおわったので、部屋のテーブルの席について、窓側をみているが、隣の宿の壁が見えるだけ。まあ、朝日が入ってはきているが。

そんな席へ、着替えが終わったティファンヌは来た。

 

「ジャック。そういえば、昨晩伝えていなかったことがあるわ」

 

「なんだい」

 

「つきあってあげてもよいわよ」

 

「本当かい?」

 

「こんなことで、嘘はつかないわよ」

 

嘘がなんなのかを追求するのも、野暮であろう。

 

「よかった。ふられるかと思っていたよ」

 

「けどね、条件が2つばかりあるの」

 

「条件? 2つ?」

 

「そう」

 

「どんなのだい」

 

「私が19歳になるまで、貴方の納得する仕事についてね」

 

「19歳って、やっぱり、そのあたりが限界かなぁ」

 

「私だって、行き遅れなんて言われたくないもの」

 

「モンモランシーの結婚次第になると思うけど、善処する」

 

「うん。それから、もう一つは、浮気をしないこと」

 

「おやおや、君の2番目に良いところがなくなるよ」

 

「何よ、その2番目って」

 

「1番目はそれ以外の君の部分全部だからさ」

 

「口ばっかりじゃないわよね?」

 

「当然!」

 

娼館へ行ったり、平民と遊ぶのは浮気じゃない、って思っているこの男……貴族とはそういうもんだと学習しているため、平然と答える。

 

「ところで、明日以降って、夏休みまで会えないのかしら」

 

「まあ、そういうことにはなっているねぇ」

 

「けれど、魔法薬の実験助手もおこなっていないんでしょ?」

 

「実質ね」

 

「そうしたら、平日にこっちにくることができるんじゃないのかしら」

 

「あー、今のモンモランシーなら、可能かもしれない。それに水の授業は、特に聞く必要もなさそうだし、実技の多い授業も見学しているだけだから、そういう日なんかは特にいいかもしれないな」

 

「だけど、今日はアルゲニア魔法学院が休みだから、してみたいことがあるの」

 

「なんだい?」

 

「ラ・ロシェールの森へ行きたいの」

 

なるほど。郊外へ行くデートコースとしては定番中の定番だ。

 

「行くとしようか。朝食をとってからね」

 

そして、その日は楽しくデートをしてから別れて、翌日はトリステイン魔法学院へ向かう途中で、

 

「さて? どうモンモランシーに話すのがよいのだろうか?」

 

実際にどう話すかイメージをしてみたが、中々良いイメージが生まれない。なぜかワインを頭からかけられるイメージがわいてくるのは、ギーシュのせいだと思うのだが、こっちだけ、幸福そうにしてたらなんかうまくいきそうにないなぁ。

 



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第13話 教室でのひと騒動

トリステイン魔法学院へ向かう途中で、モンモランシーに平日トリスタニアへ行かせてもらうことを、どう話したらよいのかに悩んでいたが、途中で珍しいコンビを目にしたので、声をかけてみる。

 

「よう、お二人さん。魔法学院からこんなに離れた場所で何をしているんだい?」

 

「ああ、ジャックじゃないか。良いところにきた」

 

「ちょっと、途中で落とされたんだ」

 

落とされた? ギーシュとサイトをみて、馬からでも振り落されたのであろうか。

 

「二人とも馬から振り落とされたのか?」

 

「いや、シルフィードから」

 

「シルフィードって、タバサの使い魔の風竜かい?」

 

「ああ、その通りだよ」

 

「ふーん。このままだと、歩くなら1時間半ってところかな?」

 

「まだ、そんなにあるのかー」

 

「乗せていってくれないかね」

 

「1人は乗せられるが、2人は無理だね」

 

「じゃあ僕が」

 

そう言って、ギーシュがこちらに近づいてきたが、

 

「あと、1人は『念力』で浮かせて、つれていってもよいけれど」

 

ギーシュは一瞬考えていたが、

 

「いや、僕は馬にのさせていただこう」

 

「サイトはどうする?」

 

「その『念力』って、どんな魔法?」

 

「ああ。『念力』はまだ知らないんだっけ。単純に物を動かすだけだけど、今回は、俺からある一定のところに、浮かんでもらって、そのまま魔法学院まで運んでいくのかな」

 

「それじゃあ、それでお願い」

 

俺は、ギーシュが俺の後ろにのるのを待つと、サイトに『念力』をかけて浮かばせた。馬は片手で操作しないといけないが、30分もしないでつくだろうから、精神力もそれほど消耗もしないだろう。

 

「ところで、今の様子から見ると、先週末から休んでいたみたいだけど、どこかへ行ってたのかい?」

 

「ああ、アルビオンにさ」

 

「ギーシュ、それ内緒だろ!」

 

まあ、学生やたぶん俺の前世と同じ世界からきたと思われるサイトは、レコン・キスタと関係ないだろう。前世といってもすでに関係ないしなぁ。

 

「……内緒ごとか。まあ、聞かなかったことにしてやる」

 

「ああ。ありがとう。友よ!」

 

友人になったつもりはないが、モンモランシーを二股にかけた元カレっていうのはあるから、少々聞きたいことがある。

 

「気にするな。ところで、モンモランシーにちょっとお願いごとをしたいんだが、何か良い方法でもないかな?」

 

「なに! お前、モンモランシーに気でもあるのか?」

 

「いや、俺って使い魔だろう。だけど、護衛を行うのは魔法学院の外へ出る時が、基本だから平日はトリスタニアに行ける日を持ちたくて、どう話したらよいか考えているんだ」

 

「それなら、簡単さ」

 

「へー、どんなんだい?」

 

「彼女の美貌をほめて、それで頼めばいいのさ」

 

「わかった。参考になったよ」

 

却下だな。俺がやったら、浮気相手を増やす気だとか思われそうだ。

 

 

 

無事にトリスレイン魔法学院について、夕食より少し早い時間にモンモランシーの部屋の前に行った。ここまでくれば、男は度胸だ。ドアをノックしたところで、

 

「どなたかしら?」

 

「ジャックです」

 

「……少し夕食には早いと思うのだけど」

 

「夕食までの時間で少し話をさせていただければと思いまして」

 

「……いいわよ。入りなさい」

 

「それでは、ドアを開けていただけますか」

 

部屋の中からアンロックの詠唱が聞こえた。

 

「鍵は開けたわよ」

 

「わかりました」

 

俺は、部屋の中に入ったところ、普段と部屋の雰囲気はかわっていないように感じるが、モンモランシーからは何の用って雰囲気を感じる。こりゃあ、簡単にすませるのがよさそうだな。

 

「この週末に、ミス・ベレッタと会っていたのは、知っていますよね?」

 

「それが」

 

不機嫌さが声にでてら。

 

「それで、ミス・ベレッタがこっちで浮気相手を探しているんじゃないかと、疑っていまして。はい」

 

「……私が彼女に何かしてほしいということ?」

 

ちょっと、声にとげがでてきてるかなぁ。

 

「できれば、週の平日に1泊ぐらい彼女にあえれば、トリステイン魔法学院でも、俺に彼女がいるとはっきりわかって、浮気相手がでてこないんじゃないかと、彼女が言ってまして。はい」

 

「ふーん。それで、平日に休みがほしいと言うのね」

 

「はい」

 

「それなら、あなたの口から、彼女がいるって、まわりにきちんと言うことね。そうすればいいわよ」

 

「本当ですね?」

 

「疑っているの?」

 

「いえ、滅相もありません」

 

おー、部屋に入ったときよりプレッシャーがだいぶ減っているぞ。

 

「夕食に行くまでまだ、少し時間があるわねぇ」

 

「そうですね」

 

「ここのテーブルにでもついてなさい」

 

「はい」

 

俺がテーブルに向かうと、モンモランシーはテーブルから離れたが、不機嫌そうな様子は見当たらない。だからといって、完全に雰囲気が良くなったかというとそれほどでもないが、このあたりは、これでよしとしよう。

 

しばらくはモンモランシーが、俺が作った実験部屋で何やら実験っぽいことをしていたが、夕食の時刻が近づいてきたので、

 

「そろそろでかけたら、一番に入れますよ!」

 

「別に少し遅れるぐらいなら良いでしょう」

 

「はい」

 

って、先週の長居をさせたくない感じが、減ったようだ。使い魔と主人という関係がくずせない以上、ある程度は妥協してもらわないとなぁ。

もうひと押しで、ティファンヌと浮気はしないと約束したっていうのを伝えるのも手だが、やりすぎは逆効果かもしれないから、そのうちに伝えるとでもしようっと。

 

夕食時は、いつもの席だが、モンモランシーから休みをもらったので、モンモランシーのまわりに集まる女子生徒達に、ちょっとばかり話しておいた。トリスタニアで彼女と会ってきたってね。

 

「あら、今まで話さなかったのはなぜ?」

 

「使い魔になったって、彼女に伝えづらくて、その後どうなるかわからなかったからね」

 

「彼女って、どんな子?」

 

って、今夜は、俺の正式な彼女となったティファンヌのことばかりで、質問責めだ。話しやすいことはそのまま話して、話しづらいこと適当にはぐらかせながら、答えているうちに夕食も済んだので、モンモランシーよりも席を早くたたせてもらうことにした。

まあ、3日もすれば、この手の話も落ち着くだろう。

 

 

 

翌朝の教室に入ると、キュルケとタバサとギーシュのまわりに、生徒があつまっていた。ギーシュは話したげに、適当に注目を集めているが、昨日言っていた、アルビオンのことなんだろう。今時、アルビオンに行くって、何を考えているのかわからないが、そういえば、魔法衛士隊隊長とでかけたって、噂がながれていたっけ。あまりふれたくはなかったから、あえて耳をかたむけるのはさけていたけれど、今度のティファンヌとの話で、俺の中で整理がついたらしい。そういう話を聞いても、自分の気持ちにでていたモヤモヤ感はでてこない。

 

俺はそのまま、いつもの席につこうとしたが、モンモランシーは生徒たちの間に行くので、ギーシュの件もあるし、念のためにとモンモランシーのそばに行くことにした。

 

キュルケとタバサも様子に変化はないが、ギーシュだけは、反応が少しかわった。より一層目立とうとはしているが、肝心なことはわからねぇ。

 

そうするとモンモランシーは、教室の出入り口に向き直った。その先にはルイズとサイトがいて、こちらに向かってきていると、モンモランシーは腕を組んで、

 

「ねえルイズ、あなたたち、授業を休んでいったいどこに行っていたの?」

 

そんなモンモランシーを無視して、ルイズはギーシュをの頬をひっぱたいていた。ルイズがアンリエッタ姫殿下の名前をだしたので、ルイズを中心にちょとしたやりとりはあったが、関係者一同は、のらりくらりだ。皆はそんな様子に負け惜しみを言いながら自分たちがいつもついている席に戻っていったが、

 

「ゼロのルイズだもんね。魔法のできないあの子に何か大きな手柄が立てられるなんて思えないわ!」

 

っというのは、俺が使い魔としての主人でもあるモンモランシーが、イヤミったらしく言うが、俺の中では、アルビオン、魔法衛士隊隊長、アンリエッタ姫殿下と、ルイズの魔法でおこる不思議な爆発に、サイトが何らかの武器の訓練を受けていた可能性から、何かアルビオンで功績があった可能性は消し去れないとは思うが、まあ、可能性の問題だ。わからんなぁ。

イヤミを言い終わったモンモランシーが、いつもの席に向かおうとしたので、後ろをついていくと、モンモランシーが前へつんのめったように倒れかけたので、反射的に左手でモンモランシーの腰をささえつつ、モンモランシーの足元をみた。

そうすると、足もとには別な足先でひっかけられていた様子があったので、一瞬思考が働いたが、そのまま右手で軍杖をもち、モンモランシーに触れないようにしつつ、足をひっかけた本人の首元に軍杖をつきつけていた。その首元の上にあるのはサイトだ。

 

サイトが微妙にひきつった顔をしているが、俺もこんな事態を想定していなかったので、いつもの訓練のように条件反射でうごけたわけでなく、一瞬思考にまわったのであろう。たぶん、0.1か0.2秒ぐらい反応速度が遅かったはずだ。この差が生き死にの分かれ目にあるのだから、俺もまだまだと思うが、まさか、何もなかった足元に、足をそっと出すなんているとも思わなかった。せこいが、嫌がらせとしては効果的だな。成功すればだが。

 

モンモランシーはというと、俺の手から離れてサイトに向かい、

 

「何をするのよ! 平民のくせに貴族を転ばせようなんて!」

 

多少は、怒っているが、文句を言いたかっただけだろう。まあ、平民がそんなことすることはないし、俺も、まさか、魔法学院の中で起こるようなことだとは思ってもいなかったからなぁ。俺は、そんな中で軍杖は腰にもどしていた。

 

モンモランシーの文句にサイトが答える前、ルイズが

 

「あんたがよそ見をしてるのが悪いんでしょ」

 

これが、モンモランシーの怒りに油をそそいだのだろう。

 

「何よ平民の肩を持つわけ? ルイズ! ゼロのルイズ!」

 

「サイトは平民かもしれないけど、わたしの使い魔よ。洪水のモンモランシー。彼を侮辱するのは、わたしを侮辱することと同じことよ。文句があるならわたしに言いなさい」

 

「ふんっ!」

 

そう言って、その場を立ち去ろうとしたモンモランシーだ。しかし、俺は

 

「今のは、侮辱とは言い難いかな?」

 

「なによ。言いたいことがあるのなら、はっきり言いなさい!」

 

「ルイズ。ここは階段状の場所だ。こんなところで、俺の手助けがなく、万が一、目にあったらどうする。しかも深くだ」

 

ルイズは気がついたらしいな。顔色が悪くなっている。後ろを振り返るとモンモランシーもだ。水系統のメイジなら知っているものな。目の奥の光を感じる神経、網膜は治癒や、水の秘薬では治せない場所のひとつだ。眼球の移植手術ぐらいは手としてあるが、今回の場合、ルイズに文句を言えと言ったことは、眼球の提供は使い魔ではなく、ルイズ自身からの眼球提供になるだろう。

 

「言いたいことが理解できたら、結構です。なので、下をみないで、歩いているからといって、この階段状の教室ですっころぶ貴族はいないことを、そこのサイトに教育してやってくれませんか」

 

俺は、あとは知らない、ってところで、ちょっと固まっているモンモランシーを席へと誘導したが、これで、今週は少しモンモランシーとルイズの様子をみないといけないだろうから、ティファンヌと会うのは来週になりそうだなと、口をはさんだことにちょっとばかり後悔をしていた。

 



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第14話 モンモランシーの不調

俺は、隣の席についているモンモランシーが、目のことで固まっていたので若干気にかかったが、今は平静さをよそおっているようだ。

 

授業は火の授業ということで、教師はコルベールだが、なにやらおかしなものを持ち込んでいる。火の魔法を使って、ヘビのおもちゃをださせる、初歩的なピストン装置のようだ。コルベールがその発展として、自動車の原理っぽい話や、海の上にある船の横に水車をつけて走らせるというアイデアを披露したところ、サイトがそれを見聞きして『エンジン』とかさけんでいたが、さっきのモンモランシーへの影響について、ルイズがきちんと話ができていないか、サイトの頭がついていっていないのか、それとも両方か。

 

コルベールは、それが実現しているとサイトが言う言葉に魅せられたのか、サイトの出身をきこうとして、かわりにルイズが『東方』と答えている。まあ、それだけでサイトが『東方』の出身者じゃないって、言っているような気もするがな。

 

しかし、コルベールも独力でこれをつくったとしたら、たいしたものだ。下地となる基礎があってこそ、こういう応用研究になっていくはずなのに、ここまでだけで、どれくらいの時間がかかっているのだろうか。それとも他の異端な研究者とのつながりで、過去に開発された類似の機械を、改良したのだろうか。まあ、俺が同じものをつくれと言われても、覚えていないから作れないだろうし、作る気もそれほどおこらない。魔法装置を改良すれば類似のことはできるから、最終的にどっちがより高馬力をだせるかは不明だなぁ。

 

サイトやルイズとコルベールの問答のあとは、誰かやってみないかということだが、誰も気乗りなしだ。俺はやってもいいかなと思うが、生徒じゃないから、やめておくことにする。風の授業の時には、なんとなく余計な口をはさんだような気がするからなぁ。

 

コルベールの熱弁むなしく、誰も手をあげないので、他の生徒におこなわせていたが、生徒たちはおもしろくなさそうだ。自動化までされたら、おもちゃとしては売れるかもしれないが、まだ、その程度だろう。

 

他の授業も無事に終えたが、今日のモンモランシーは昼食をとる量も少なかったし、その時の口数が少ないのも気にかかる。授業の終わりの部屋へ送るのはいつもの通りに部屋の中まで入ったので、

 

「モンモランシー。もしかして、今朝の目の話のことが気にかかっているのかい?」

 

「……」

 

だまっているってことは、そうだろう。俺が使い魔になってから、プライドが高いところで、色々なことに対処していた精神的な負荷が、対処しきれなくなったのだろう。いわゆる気疲れだが、数日あまり続くようなら、精神的に危ないな。

 

「とりあえず、明日も気にかかるようなら、言ってくれるかな。精神の疲れをとる魔法薬なら、そういうのも気にならなくなるし、先生に診てほしくないのなら、俺でもすぐ作るから」

 

それでも返事は、無いので、俺はいったんあきらめて、

 

「夕食前にまた迎えにきますので」

 

そう言って、立ち去った。

 

 

 

夕食時は、まだ、ティファンヌの件で俺への質問は続いているから、モンモランシーの口数が少ないのは目立たない。しかし、話の主導権をにぎりたがるモンモランシーとは明らかに違う。

 

その翌朝の朝食や授業に昼食もあまり変わらない。そろそろ、まわりも気がつき出してきている。昼食後にモンモランシーから離れたときに、モンモランシーのまわりにいつもいる女子生徒から

 

「モンモランシーって、ちょっと元気ないんじゃないかしら?」

 

「やっぱり、そう思いますか? 俺って、まだ、1カ月ちょっとばかりなので、彼女の性格をつかめきれていなくて」

 

「貴方、彼女の使い魔なんでしょ。少しは主人をねぎらいなさい」

 

「まあ、朝食から夕食までは、そのようにしますが、夕食後はどなたか見れる人はいませんかね?」

 

「貴方でいいんじゃないの?」

 

「いえ、モンモランシーが俺を彼氏と噂されるのは、嫌がっているみたいでして」

 

「そうね。言われてみれば、私たちのグループからなら、そういう風には見ないけれど、他のグループからなら、そう見えるかもしれないわね」

 

って、やっぱり、派閥みたいなのがあるのか。

 

「なるべく、そばにいられる算段はしますが、それを実行できるのは明日からになると思います」

 

「それは、なぜかしら?」

 

「そこは、使い魔と主人の秘密ということで」

 

「ふーん。私たちは、モンモランシーに呼ばれたら部屋にいくけれど、普段はあまり行かないしね。もう少し続くようだったら、何か考えてみるわね」

 

「ええ。お願いします」

 

しかし、モンモランシーに呼ばれないと、まわりの女子生徒を部屋に入らないのか。思っていたよりも、難儀な性格をしているな。確かに女子生徒同士の夜の交流は少ないってきいているけど、モンモランシーみたいなのは珍しいじゃないかな。兄貴の話を、もう少し覚えておけばよかったけれど、あの兄貴って、魔法学院時代のことの、こんなこと覚えているかな。

まともな返事は期待できないが、まずは、兄貴宛に伝書ふくろうでも送ってみるか。昼休みは、兄貴宛に手紙を書いて、伝書ふくろうに自宅へ運ばせたが、返事はいつもどってくるのやら。

 

授業の最中も、平然としているっぽいが、状態を確認するために、水の感覚を感じとってみることにする。人が多いところでは、他の人間の身体の状態まで感じとるので、苦手としているのだが、まわりも気がついているということは、そんなに余裕をもって対処できそうにないかもしれないな。それで、モンモランシーから感じるのは、水の流れ、血液の流れが他の人間より、脈打つ回数が多いことだ。あと、肺の動きも活発っぽい。緊張系の一種だな。

 

 

 

まずは、夕食まで待つことにして、夕食前の迎えにいったら、一応は部屋から出てきたので、注意深く観察したが、どうも階段のところで、一瞬だが遅くなっている。水の感覚を感じとるようにすると、平坦なところでは、水の脈がゆるやかになり、階段や、わずかにでも段差があると、水の脈があがるようだ。どうも、段差系に何かのヒントがあるらしい。

 

夕食後だが、普段なら食堂で別れるのだが、今日は後ろからついていく。モンモランシーは気が付いていないようだが、食堂に向かうより、足元が少しおろそかになりだしている。本当にちょっとした段差でもつまずくのではないかと、俺はいつでも支えられるように、かなり近くまでよったが、部屋へ戻ることに一生懸命なのか、俺にきがつかねぇ。

 

部屋のドアを開けたところで、

 

「モンモランシー。ちょっと話があるのだけど、いいかな?」

 

「えっ?」

 

ゆっくり、振り返ったモンモランシーは、完全に顔がつかれきっているという感じだ。そのまま、押し込むようにして、部屋に入ったが、なされるままだ。普通なら怒りだすところだろうが、やっぱりおかしい。

 

「モンモランシー。とりあえず、席につかないかい?それともベッドでよこになりながら聞いているかい?」

 

「テーブルで」

 

そういいながら、席についたので、俺も正面に向かって座るようにした。

 

「調子が悪いんじゃないのかい」

 

「そんなことないわよ」

 

とはいいつつも、声の力がない。昨日と違って答えるだけ、まだよいのかもしれないが、判断がつかないな。

 

「まわりの女子生徒たちの中にも、モンモランシーの元気がたりなさそうだって、俺に言ってきているのがいたぞ!」

 

「そう……なら、そうなのかもしれない」

 

「とりあえず、今日はこの精神を安定させる魔法薬を飲んで、早めに寝るといいと思う」

 

夕食前に用意しておいた標準的な魔法薬を見せたが、

 

「……たぶん」

 

「多分?」

 

「効かないわ」

 

「なんだったら、効きそうなのかな?」

 

「わかんない」

 

「何か、元気がでないことにたいして心当たりがあるのかい?」

 

「ええ」

 

「今、はなせそうかい」

 

「明日にしてくれる」

 

「わかったよ。朝食の時間になったら、迎えにくるから、そこまで様子見でいいかな?」

 

「そうして」

 

「それでは、おやすみなさい。朝食の時にくるからね」

 

だまって、うなずいただけのモンモランシーをみて、寝れば多少は良くなるようだから、明日は授業を休んでもらって、医師にみてもらうのがよいかなって感じかもな。

 

 

 

自室の方では、今日はフラヴィとクララの診察だ。モンモランシーのことが気にかからないといえばウソになるが、まずは、明日までまつしかないし。メイドの2人には手で素肌の感触を楽しむっていうのもあるのだが、そのあとの魔法薬風ブレンドワインを飲みながら、彼女らと話すという行為が好きだっていう単純な理由だ。まあ、俺が城にいた時は、メイドと一緒にいることが一番多かったから、その影響もあるのだろう。

 

触診の結果だが、フラヴィは先週の結果ワインを増やしたのを減らしたので、身体の水分はよくなったが、便秘気味になりつつあるので、便秘薬を5割増しで飲んでもらうことにした。クララは、先週よりもちょっといい感じなので、来週もほぼ安定していることが期待できるだろう。彼女らに言ってはいないが、直接素肌を触られる時の緊張感が減ってきている。慣れてきているのもあるだろうが、変な警戒感もなくなってきているのだろう。なんせ、メイドの部屋長が、遅い時間帯は、メイドの出はいりを管理しているみたいだから、なんか悪さしようにもこの時間帯は無理だからな。ちょっぴり期待はしているが、貴族と平民のメイドとしては、多少は親しいぐらいというところに落ち着くのかな。

 

 

 

それで、翌朝モンモランシーの部屋へ迎えに行って、結局は部屋に入らせてもらった。

 

「部屋に入らせてもらったということは、昨日の朝より良いという感じはしないんだね?」

 

「そう。今は何とかしていられるけれど……」

 

「悪いとは思ったのだけど、昨日は少し観察させてもらっていた。何らかの段差に反応しているみたいだね?」

 

「あたっているわ」

 

「朝食は持ってきてもらって、医師でも呼んでもらうかい?」

 

「医師はだめ!」

 

「うーん。とはいっても、昨日の朝と同じくらいなら、今日1日休んで、明朝はよくなりそうかい?」

 

「よくなるでしょうけど、多分、自分ではわからないぐらい」

 

「だったら、医師に診てもらった方が良いと思うのだけど」

 

「これでも、昔、私専用に調合してもらった魔法薬を飲んだものよ」

 

ノートの1ページを開きながら渡されたので、レシピだが……

 

「恐怖系に対しての精神安定の魔法薬かな?」

 

「そのとおりよ。そのあたりの医師じゃ、無理よ」

 

たしかにそうかもしれない。レシピには、わからない薬草が何種類かまざっている。しかも、調合の割合や、時間の感覚指定までかなり綿密にかかれている。

 

「元の原因か、きっかけなんかはどうなのかな?」

 

「それを、今の私に聞くのかしら?」

 

「だけどねぇ。レシピの薬草をみてると、あまり長期間つかっていると、それを増量していかないといけない物がまざっているから、昔は効いていたかもしれないけれど、今はその効果は薄れているかもしれないし、そうなれば必然的に飲む量を増やすと、今度は量をとりすぎると毒になりそうな薬草もまざっているしねぇ……休学でもするかい?」

 

「そんなことできる訳ないでしょ!」

 

「復学後の、今の同級生や下級生たちと関係の問題かい?」

 

「理解しているのなら、そんな話はやめてよ」

 

って、まあ、来年2年生として復学したら、まわりのメンバーは今の下級生と同じとみなすだろから、モンモランシーのプライドが許さないんだろうなぁ。だから、復学できないって、考えなんだろう。

それは、俺もそうされると、モンモランシーが卒業するまえに、ティファンヌが、19歳になるから、その時点で、ティファンヌとの関係もあきらめるしかないだろうしな。

 

「っということで、元の原因か、きっかけを話してくれれば対処できるかもしれないよ」

 

まあ、対処方法はともかく原材料を知っている俺としては、あまり飲みたくはないけどな。

 



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第15話 モンモランシーへの治療

話すのをしぶっていたモンモランシーだが、ポツリポツリと話し出した。

 

昔、自城から遠方の貴族の城で階段から落ちた拍子に、目に大けがをしたことがある。その時は、すぐに治療ができなくて数時間ばかり、片目のままでいたらしい。どうも、ここらあたりが原因らしい。トラウマみたいなものか。

 

「それが原因? とすると、今回のは、俺にも責任の一端があるわけか」

 

「あの話ぐらいで、こんなふうになるなんて思っていなかったは……」

 

「だとすると、家の領地に伝わっている魔法薬が効くかもしれない」

 

「家でなくて領地?」

 

「まあ、風土病と思ってくれればいいよ。その魔法薬は水の流れを正常にする魔法薬の一種なんだけど、かなり強力なんだ。だけど、原材料が原材料なので、他のところにはだしていない魔法薬だよ」

 

「原材料って」

 

「いや、原材料は聞かないほうがよいと思うよ。なんせ魔法薬には変わった原材料もあるのは知っているだろう?」

 

「そうだけど」

 

「段差が怖くなくなって安定してから、それでも教えてほしいなら、教えるけれど」

 

「それで、その魔法薬って、どれくらいで手に入りそうなの?」

 

「原材料は、トリスタニアの家にあるから、俺が直接とりにいけば、多分、調合は、夕食前には終わるけど、副作用として、飲んだ直後の2,3日は眠気が強くでるから、魔法薬に慣れるまでは、就寝前か、それとも授業を休むのかな」

 

「それでも、効くのなら、今よりマシね」

 

「効くと思うけど、まずは今日の授業を休んで、食事は部屋で取れるようにメイドに言っておくから、部屋で横になっているといいよ。遅くても、夕食前には一度くるから」

 

「期待しているわよ」

 

「期待をしてもいいと思うよ」

 

原材料は、自領にいる翼竜人からの小水をベースにした魔法薬だ。一番よいとされる赤ん坊の小水を固定化で保存してあるから、それをまずは1週間分までもってくるつもりだ。翼竜人は薬草をよく食べているから、その小水は天然の魔法薬製造種族って感じだな。

ただし、亜人の小水を飲むなんて趣味は俺には無いから、原材料の99%が小水ってモンモランシーが知ったら、どう反応するだろうかねぇ。

 

モンモランシーも本気で寝込まなきゃいけないほど、悪いわけじゃないから、1カ月使うことは無いだろうが、さて何日で治るかな?

 

 

 

俺は食堂でメイドをつかまえて、モンモランシーの分の食事を部屋に届けてもらうのと、教師に授業を休む旨を伝えるようにしてもらい、朝食ぐらいはとらせてもらう。するといつもの女子生徒たちから

 

「あら、今日、モンモランシーは?」

 

「部屋まで行ったけれど、調子が悪いんで寝ているそうだ」

 

「そういえば、昨日は、なんか元気なかったものねー」

 

「なんとなく、俺もかんじていたけど、やっぱりまわりからも、そう見えていたんだ」

 

「ええ。けど、本人は言われるのは嫌でしょうから、聞かなかったけれど」

 

なるほど。それで、昨日の女子生徒は俺に言ってきたのか。

 

「まあ、静かに寝かせておいた方が良いと思うから、見舞いにはいかない方が良いかな。あっ、それに俺は、ちょっと首都に買い出しにいってくるから、授業には出ないから」

 

「あら、そして噂の恋人のミス・ベレッタと会ってくるのかしら?」

 

「いや、残念ながら、授業が終わるかどうかぐらいには、こちらに戻ってくる予定だから、さびしけど会えないねぇ」

 

「それって、のろけかしら」

 

「好きにとってくれ」

 

って、食事より、話すのに時間がかかるなぁ。

 

 

 

朝食後は、トリスタニアにむかって、家においてある原材料をとってくるだけだ。魔法衛士隊として前線にでていれば、精神が病むかもしれないと思って用意はしてあったが、まさか魔法学院で使うとは思っていなかったので、自室で保管しておいたものだ。

ティファンヌ宛の手紙を家のメイドに預けて、送ってもらうことにする。以前は、こんなこともできなかったから、多少は彼女も喜んでくれるんじゃないかな。内容は、残念ながら平日に会えるのは来週になりそうということだけど、平日に会えることもできるのだからな。

 

魔法学院にもどったのは比較的早かったが、モンモランシーが睡眠の魔法薬を飲んでいるとしたら、水のメイジとして感覚的に90分単位で睡眠のリズムをきざんでいるのは知っているはずだから、4時間半ぐらいで調整しているだろう。だから昼食をとって薬を飲んだとしたなら、5時半ぐらいに行った方が良いだろう。

 

 

 

そして6時を目途に、モンモランシーの部屋に行って部屋に入らせてもらった。

 

「やあ、気分はどうだい?」

 

「多分、部屋の中は動けるけど、階段はどうかしらってところ」

 

「魔法薬の調合する前に、身体の毒を消す部分と、頭のところを探らせてほしいだけど、いいかな?」

 

「肝臓でわかるわよ。予想はしていたけど、それってどうしても必要かしら」

 

「自分でわかるのなら、しなくても良いよ」

 

「ふん。残念ながら私ではわからないわよ」

 

「今日、明日、明後日と3回は確認させてほしい。あとは、飲み続けることになるなら1週間毎におこなうけど、長くても1カ月はかからないと思うよ」

 

「水の秘薬より強力って、信じがたいけど、確かに精神的なものに関しては、水の秘薬って量を使うから、信じてみるわ」

 

「じゃあ、肝臓はキャミソールの上からでかまわないよ。細かくみるわけじゃないからね。それから頭の方は全体的に触らせてもらうから、それは勘弁してほしい」

 

「わかっているわよ。けど、肝臓のだいたいの位置は手で指さすから、毛布の中に手をいれてみてね」

 

「わかりました」

 

そうして触診を開始していったが、肝臓は強力な魔法薬を飲んでいるにもかかわらず、元気に動いている。頭の方は髪が少々邪魔だったが、だいたいの感触はつかんだので、それをノートに書き写す。その間のモンモランシーは、文句ひとついわずに、こっちの言う通りに動いてくれた。おかげではかどった。

 

「これから、自室で魔法薬の最終的な調整をしてくるけれど、これなら今の調合でもかまわないかもしれないな」

 

「そのあたりは、そっちが専門なんでしょ。原材料を教えるのも治ってから教えるって、こっちでわかるわけないじゃない」

 

「そうだね。それじゃ部屋で調合して、夕食の合間になじませておくから、また、あとで来るよ」

 

 

 

夕食後、寝る前に飲むようにとモンモランシーへ小瓶で魔法薬を渡して、翌朝彼女の部屋の前へ行って行くと、朝食へ行く気にはなっていた。

 

「朝食はやっぱり、食堂でとるんですか?」

 

「ええ、昨日より調子もいいし、階段を実際に降りてみたいの」

 

「本人にやる気があるんだったら、いいんですけど、無理だと思ったら、言ってください。まわりから目立たないように『念力』で身体を支えますので」

 

「貴方のその軍杖で、目立たないようにってどうされるのかしら?」

 

「やっぱり、無理ですかね」

 

「だと思うわよ」

 

「なら『レビテーション』で浮かせますよ」

 

「大丈夫だから。行くわよ」

 

俺は、食堂までいつでもサポートできるようにと、水の感覚を感じ取りながら行くが、特に問題はなくついたので、人が多い食堂では水の感覚を閉じて、いつもの席まで行った。

席では、他の女子生徒たちから

 

「大丈夫だった?」

 

「どう調子は?」

 

と尋ねられていたが、

 

「昨日はちょっと調子が、悪かっただけだから。今日は授業にでるわよ。もしも、調子が悪くなったら、途中で退室させていただきますけど」

 

「そうならないと、いいわね」

 

「そうね」

 

そういう風に朝食もすみ、授業や、昼食も終わり、授業後はモンモランシーの部屋に入って、

 

「体調はどうですか?」

 

「昨日とか一昨日が、嘘みたいに調子がいいわ」

 

「まずは魔法薬の調合はよさそうですね。それで夕食は、食堂でとられますか?」

 

「ええ、もちろん」

 

「それでは、いつものように夕食前にきますが、その時に今晩飲む分の魔法薬をもってきますので」

 

「それは、いいのだけど、昨日の触診ってやらなきゃ、やっぱりだめ?」

 

「うーん。本人が体調が良いと感じていても、しておかないと、変化だけは確認しておかないといけないんですけどね」

 

「なら、お風呂に入りたいから、そのあとの時間にしてくれない?」

 

「えっと、大丈夫ならいいですけど、誰かと一緒にいかれた方が安心ですよ」

 

「それなら、友人と一緒に行くから大丈夫よ」

 

うむ。今日はほとんど一緒にいたはずなんだが、どこで話したのやら。トイレかな?

まあ、頭をさわると髪の毛が、乱れるから、お風呂に入りたいのなら、そっちになってしまうだろう。

 

「お風呂って、だいたい、どれくらい入っているつもりですか?」

 

「今日は短くするから、1時間くらいのつもり」

 

短くして1時間か。俺が長くて1時間ってところだから、普段はどれくらいはいるんだろうかって、一瞬ぼけたことを考えたが、

 

「時間できめますか? それとも、お風呂からの帰りに、男女間の寮の間でまっていましょうか?」

 

「時間で……9時半からね」

 

「おおせのままに」

 

その日は、夕食後は、念のため部屋までついていって、部屋の前でUターンとなって、軽く運動をしてから、約束の時間にモンモランシーの部屋で触診をした。

 

 

 

そんな風にして、触診は3日にわたりおこなったが、体調に変化はなかったので、魔法薬を減薬していく。早く薬をやめたいとのことなので、減薬量は2割として、3日間に一度ずつ触診をしていくことにした。触診といっても、肝臓の方は6日間に1回といったところだけど。

 

それで、虚無の曜日は、俺が1人で化粧品店に行くことになった。

あそこって、男性客は入らないから、めだつんだよな。とほほ。

 



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第16話 復調と平和な日々

虚無の曜日はトリスタニアの化粧品店で、俺が香水をもっていく。まだ、モンモランシーが完調していないので、1人でだ。普通の店ならよいが、男性って、今俺しかいないぞ。

 

「それで、売れているので、数を増やしてほしいのですが」

 

「それは、ミス・モンモランシに聞いてみますので」

 

多分、売る数量を増やす予定はないだろう。作れない数ではないというか、固定化である程度のストックはある。手に入りにくいからこそ、人気があるというのが、モンモランシーの持論らしい。なので、無難に断りをいれるのが、毎回、ここの女店主に頼まれているそうだ。

たまに、別の種類の香水をつくって試し売りをすることはあるらしいが、今もってきているのが、一番の売れ筋らしいので、新しい方の評判が良かったら、主力をそっちにきりかえて、ストックは全部だすんじゃないかな。

 

 

 

普通ならここから昼食でもとるのだろうが、今日は街の噴水のところにきた。少し待っているとティファンヌがきて

 

「ごめんなさい。遅れちゃった」

 

「いや、俺こそ、昨晩になってからいきなり伝書ふくろうで手紙だして、会えなくても仕方がないかなって思ってたから」

 

「そうね。どっかの平日にしか会えないかと思っていたからなおさらね」

 

「まあ、モンモランシーが復調したら、あえる日も安定すると思うから」

 

「仕方がないわね。今日も3時までしか、こちらにいられないんでしょ?」

 

「ああ。それで、昼食はとってきていないよね?」

 

「うん。だけど、今までみたいなお友達同士で行くところじゃなくて、恋人同士が入るようなお店がいいわ」

 

だよな。いままでは、恋人同士ってまわりにみせられなかったから、まあまあ、親しい友達というぐらいの店だったからな。

 

「いいけれど、正直に言って、アルゲニア魔法学院の生徒たちぐらいが、恋人同士として行く店をしらないんだ」

 

「あら? そうなの」

 

「うん、俺が恋人同士で行くって聞いているのだと……」

 

魔法衛士隊での騎士見習いの時代にきいた店とか、トリステイン魔法学院の恋人同士の店あたりを何店かあげてみたが

 

「そこって、高級店ばかりじゃない!」

 

「そうだろう。なので、お店はまかせるよ」

 

なんせ、おれのまわりって封建貴族が中心で見栄を張る連中が多いからなぁ。

 

「デートのお誘いをするなら、場所ぐらいきめておいてよ」

 

「悪い。そうしたら、さっき言ってた店のどこかにでもしようか?」

 

「……いえ、今日の恰好だと、ちょっと入るのに勇気がいるわよ。仕方がないから私の知っているお店にいきましょう」

 

「そうだね」

 

食事にいくと、カップルが多い。ちらっと、こっちを見るのもいるが、その時ちょっとばかり驚いているのか、少し見ている時間が長いような気がする。

食事の注文をしたあとに

 

「もしかして、ここって、アルゲニア魔法学院のカップルが多い店?」

 

「どうしてそう思うのかしら?」

 

「いや、俺の見知らない人間がこちらを少しばかり長くみているから、ティファンヌの知り合いが多いのかな、ってことからね」

 

「そうね。アルゲニア魔法学院の公認カップルが多いわね。けど、見られているのを気がついたのね?」

 

「仕事がら、今は護衛をやっているから、自分への視線には、ちょっと敏感になっているんだろうね」

 

「護衛相手への視線でなくて?」

 

「ああ。護衛をしている相手への視線は見てしかわからないけど、自分へくることも割合多いんだ。だから、その視線に悪意とか善意とか感じ取る訓練なんかも受けている」

 

まあ、サイトが俺に対して視線をむけなかったから、モンモランシーへの足をひっかけるのは、気がつけなかったってのもあるんだが。

 

昼食後は、単純に街の中を歩き回っていただけだが、それはいままででも何回かは行ったことはある。ただ違うのは、今回は手をつないでだ。こうすると、ティファンヌもそれを嬉しがっているし、俺もそんな彼女を見るのが好ましい。

楽しい時間が過ぎるのは早いもので、時間が近づいてきたので、街の出口までついてきてくれたところで、

 

「今日は短い時間だったけれど、楽しかったよ」

 

「私もよ」

 

「それでね」

 

俺は持っていて袋から、小瓶を一つ取り出した。

 

「プレゼント」

 

「あら、貴女からプレゼントって、久しぶりね」

 

「友達からプレゼントなんて、誕生日とか新年の降臨祭ぐらいだろう?」

 

「そうよね。けどうれしいわ。ところで中は何の魔法薬なの?」

 

「香水だよ」

 

「貴方が香水を作るなんて、一度も聞いたことなかったわよ」

 

「作って人に渡すのは、今回が初めてだからね。けど、香りは有名なものと似ているはずだよ」

 

「今、香りを楽しんでもいいかしら」

 

「うん」

 

ティファンヌが香水の香りを確認していると、驚いたように

 

「これって、あの有名化粧品店の香水と同じ香りじゃないの」

 

「そう言ってもらうとうれしいな。ちょっと違うんだけどね」

 

「そういわれてみると、少し香りは弱いかしら」

 

「そう。ベースは同じ香りだけど、少し香りを抑えめにして、長時間香りが持つようにしてあるんだ」

 

「ベースが同じって、どうやってあの香水の成分がわかるの?」

 

「あの香水って、モンモランシーが作っていて、そのレシピをもとに作ったから」

 

「へぇ。あの人がね……けど、私が、最初だなんて嬉しいわ。大事に使わせてもらうわね」

 

「うん。香りは飛びにくいけれど、長く持つというものでもないからね」

 

「そうね。固定化系の魔法は、私、不得意だから」

 

「実際、使ってみて、気にいったらまた作るよ。香りも多少なら変化させることもできるしね」

 

そう言ってその日のトリスタニアにいるのは終わった。

トリステイン魔法学院に戻ってからは、モンモランシーに化粧品店で預かったお金を渡して、今日は食事以外には部屋からでていないのと、体調は好調であることを聞いた。

部屋に帰って、その日の分量、昨日までより2割減らした量の魔法薬を調合して、なじませておき、夕食前に迎えにいくついでに、魔法薬を飲む分だけ預けて、夕食後は念のため部屋の前まで送っていくが、特にモンモランシーに以上はなかった。

 

夕食後から風呂に入るまでの間で、3日に1度ぐらいおこなっている軍杖を使った訓練をしようと、いつものヴェストリの広場に行くと、サイトが大釜を設置して、水をその大釜へ入れている最中だった。

 

「やあ、サイト」

 

「ジャックか。この前は悪いことしたみたいで」

 

「そのこと自体は、もうモンモランシーは気にしていないからいいけど、下手なことをしたら、お前の首がヴァリエール領でさらされることになったかもしれないぞ」

 

「気を付けます……」

 

「って、今日はそんなことじゃなくて、ここで何をしているのか聞きたかったんだけど」

 

「ああ、風呂を作っているんですよ」

 

いわれてみれば、ドラム缶風呂の要領か。

 

「なるほどね。まあ、がんばれや」

 

「うん」

 

俺も軍杖をつかって、訓練をしながら、サイトのおこなっている水汲みやまき運びなどをチラチラみていたが、火をつけたころには、いい時間なので、風呂に入って寝ることにした。

 

それから数日間は、午前中の授業の時間帯は、一人で薬草をとって、昼食から授業の終わりまでは、モンモランシーと一緒にいて体調を観察とする時間をかねている。そのあとは、モンモランシーの治療用魔法薬を調合してから、モンモランシーがまとめてあるレシピを試してみて、夕食をモンモランシーを迎えに行って、3日に一度診察ということにしただしたが、途中の日から教室にはルイズがいないことに気がついた。いなければ、いないで結構静かだ。なんとなく、あの爆発音が聞こえないって、俺もここの環境に慣れ始めたな。

 

 

 

フラヴィとクララの診察だが、フラヴィは前の週よりよくなって、クララは安定している。二人には魔法薬の量は前の週と同じにするが、クララには

 

「朝は我慢しないで、したくなったらする」

 

「はい?」

 

「まだ、きちんという医師も少数派のはずなんだけど、大便をがまんをしていると、その状態になれてしまって、身体がだしたがっているのを、感じなくなるって言われているんだ」

 

「へぇ」

 

「クララだけじゃなくて、フラヴィも便秘気味の状態から通常になって、魔法薬も安定したら、そうできるようにね」

 

うーん。ワインやジュースを飲みながらする話でもないが、仕方がないだろう。

 

 

 

そのうち、また夕食と風呂に入る間の訓練の日に、なにやらテントらしき物がある。何かと思って覗いてみると、サイトが酒瓶をころがして寝入っているところだ。

 

俺とモンモランシーの間も微妙だが、ルイズとサイトの間もなにかがあるのだろう。今一つわからないけどな。

 

そして、そのうちにキュルケとタバサが教室からいなくなり、ギーシュもいないとと聞き及んで、まさかねと思いながらヴェストリの広場へ向かうとテントがなくなっていた。

 

ルイズは自室にいるという噂だし、何がおこっているのやら。

 



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第17話 伝説なんて知らないぞ

虚無の曜日だが、モンモランシーには魔法学院からの遠出は控えてもらって、薬草とりぐらいだろう。そこで俺は一緒に薬草をとるよりも観察が中心だ。魔法薬も最初の4割までに減っているが、来週も完全0になってから3日間は遠出をさけることになるだろうから、また1人でトリスタニアの化粧品店に行くことになろう。

 

教室もゲルマニアとトリステインが同盟を結ぶことと、アンリエッタ姫殿下が結婚する以外の話では、比較的静かで平和な週かなと思っていたら、昼食中に女子生徒の話から何やら『ひこうき』という珍しいものがあると聞いたので、たまたま名前が俺の前世で知っているものか、それとも名前だけが同じものか確かめたかったが、まだモンモランシーのそばを離れるタイミングではないので、あとにすることにした。

 

授業後にアウストリの広場へきたが、あったのはレシプロ機?

日の丸がついているってことは、第二次世界大戦以前の古い機体か?

 

そのレシプロ機のそばに何人かの生徒はいたが、レシプロ機に乗っているのはサイトだ。何か操縦席で確認をしているらしい。俺はサイトが降りてくるのを待っていたが、ルイズがきてサイトをおろさせて、何やら問答を初めていた。仕方がないのでサイトには後日に聞くことにして部屋へ戻る途中、とある人物たちがモップやぞうきんを持ってあるいてくるのを見て、

 

「やあ、さぼりの罰で窓ふきってところかい?」

 

「そうよ。残念ながらね」

 

「けれど、そんな格好をしていたら、窓ふきの時に、下着が見えるかもしれないぞ」

 

「いいのよ。見せられるものだから」

 

キュルケらしい言い草だ。

 

「あっ、そっ」

 

「ちょっと、用事があるから」

 

そういって、レシプロ機の方にむかっていたが、窓ふきなら反対方向なんだが、ルイズとサイトのことでも見にいったのかもしれんな。ちょっと興味はあるが、あそこの主従関係はよくわからないから、みてても仕方がなかろうと思い部屋へ戻ることにした。

 

 

 

翌日の授業後も再度レシプロ機のところに行ったら生徒もいなくて、サイトが操縦席で確認作業をしているみたいだ。そこで、俺は声をかけてみた。

 

「やあ、サイト。その『ひこうき』という物の中で調べているようだけど、わかるのかい?」

 

「まだ、全部というわけにはいかないけれど、調べられる範囲ならね」

 

「まだってことは時間とかをかければ、調べられるのか?」

 

「ああ、コルベール先生が、このひこうき用の油を作ってくれるから、それを入れてくれれば、飛べるかどうかはわかるよ」

 

「飛べる? そのひこうきって飛べるのかい?」

 

「そうだよ」

 

「うーん。俺たちの常識なら、空を飛ぶ竜に乗るのにも訓練が必要だ。サイトはそういう訓練を受けているのかい?」

 

 

 

サイトは考え込んだ。手のルーンのことを、話してもいいのかどうかというところだ。ジャックという相手自身に話すのは良いのだろうが、彼の主人であるモンモランシーとルイズとの間には、けんか友達なのか、気にかけるようにサイトへ忠告したりと、よくわからないところがある。そこでサイトとしては珍しく無難に

 

「ハワイってところで習った」

 

 

 

俺ははっきりしたフレーズは思いだせないが、どっかの『身体は子ども、頭脳は大人』ってやつか? お前はって。もしかして、単発でトライアングルの土ゴーレムをこわせる武器も、ハワイで習ったって言うんじゃないだろうな。おれも実践的なことはこっちで生まれてから習ったから、前世では、よくはわからないが、サイトは何らかの戦技訓練を受けているような気もする。

 

 

 

その後は、にぎやかといってもよい休み時間がもどってきた。クララとフラヴィの診察は

夏休みも近いので、クララはこのまま安定させて、フラヴィは安定するかの確認だ。モンモランシーも薬を減らしていき、ついに魔法薬を飲まなくて済むようになり、あとは数日間の様子見となった。

 

虚無の曜日の前日である今日は、ゲルマニア皇帝とアンリエッタ姫殿下の結婚式まで、2日後とせまった授業の開始時に、

 

「昨日アルビオンが、わがトリステイン王国に対して宣戦布告をしてきた。今日の授業は中止とする。魔法学院の外に出るのは禁止として、自分の部屋からも必要な時以外は出ないようにすること」

 

いわゆる禁足令、外出禁止だろうから、伝書ふくろうなども禁止されるだろう。この時期にトリステインにアルビオンが来たということは……過去のアルビオンからの戦争はいつもラ・ロシェールあたりだから、そこは無理として、ゲルマニアからトリスタニアまで早いのはともかく、本軍がくるまで最低5日ぐらいはかかるだろう。それまで持つかが勝負だろう。ただし、戦力の逐次投入は愚の骨頂だろうから、ゲルマニアがどう動くかだな。キュルケにでも聞いてみるか。っと、その前に

 

「モンモランシーは1人で部屋にいるかい? それとも話し相手ぐらいとしてならいけると思うけど」

 

「いいわよ。1人で」

 

「それでは」

 

みなゆっくりと教室からでていく中に、キュルケをみつけたので、

 

「ちょっと教室で話していけないかな?」

 

「あら何かしら」

 

「人が少なくなってからでどうだい?」

 

「教室ってことは、恋人とかっていう話じゃなさそうね」

 

「そう。だけど、あまり大勢には聞かれたくはない」

 

「まあ、暇になりそうだからいいわよ。それぐらいの時間」

 

人が減っていくなか、俺は教室の隅でキュルケと2人で、サイレントの魔法で周りとの音を遮断した。

 

「それで聞きたいことは、アルビオンとの戦争のことかしら」

 

「その通り。ゲルマニアとトリステインは軍事同盟を結んでいるが、ゲルマニアが普通にくると思うかい?」

 

「そりゃあ、くるでしょうね」

 

「本当かい? 俺の考えだと、通例通りにラ・ロシェールから進行してくるんだと思うが、不可侵条約をやぶっての奇襲をかけられたとみるから、ラ・ロシェール付近の空海軍の船は壊滅で、地上軍がどこかはわからないが、やぶられるのは明日いっぱい。遅くても明後日には首都トリスタニアでの空船との攻防が始まると思う。そこで、ゲルマニアの斥候隊が参戦するだろうか?」

 

「アルブレヒト3世次第だと思うけど、ゲルマニアは本軍が整うまで斥候隊は偵察だけで、斥候隊が参戦をするのは、本軍がきてからだと思うわね」

 

「話をきかせてもらってすまなかった」

 

「どういたしまして。暇つぶしぐらいにはなったわよ」

 

 

うーん。問題はどこで戦っているかだな。ラ・ロシェールの手前か向こう側かで時間が1日は違う。ラ・ロシェールよりこちら側は、わりと船から人や馬を下ろせる場所は少ないので、ラ・ロシェールの向こう側に降ろすだろう。あとはラ・ロシェールがアルビオン空軍に制空権を握られたら、こっちはおしまいなんだよな。そうすると、首都で防衛線という手はあるが、不可侵条約を破ってくるようなアルビオンなら、首都に火薬詰めの樽を落としてくるとかするかもしれないってのは、ありそうだ。俺が思いつくんだから、国軍か魔法衛士隊の誰かが気がつくだろう。

 

どちらにしても判断材料が少ないから、望遠鏡でも作って首都の上空でも見れるようにするぐらいかな。部屋で望遠鏡つくりをしていたが、なかなか焦点をあわせることができなくて時間がかかっていた。

 

昼食や夕食時には食堂に集まるが、比較的陽気なのと、そうでもない場所がごく一部だがある。俺も聞かれるが

 

「俺って騎士見習いだったから、戦術上のことはそれなりにわかるけれど、戦略や政略上のことは、わかんないんだよなー。まあ、トリステインは他国よりメイジの割合が多いから勝つんじゃないかな」

 

っと、適当なことでお茶をにごしていた。しかし、夕食後にモンモランシーを部屋まで送っていったら、部屋の中へということで、テーブルの席についたところで聞かれた。

 

「貴方、食事のときの話って、本当のことを言ってるの?」

 

「そういえば、モンモランシ家って護衛隊をもっていたんだっけ?」

 

「私はあまりそっちはわからないけれど、ゲルマニアとの軍事同盟でアンリエッタ姫殿下が政略結婚なさられる直前で、アルビオンが不可侵条約を破って戦争をしてくるなんて、前代未聞のことぐらいわかるわよ。それくらいのことをしてくるのなら、ほぼ全力をもってくるんじゃないかしらって思うの」

 

「いや、全力ってことは無いから、それは安心していいよ」

 

「なぜ?」

 

「それはゲルマニアがいるから。彼らがトリステインとの軍事同盟として、アルビオンに直接でむいて、退路を断つという方法があるからね」

 

「それって、トリステインを護ったことにならないじゃないの?」

 

「直接的な戦闘ではないけれど、補給路を断つというのは基本的な方法だから、ここを最低限まもれなくてはいけないんだよ。なんせ、トリステインは占領できたけれど、かえる場所がありませんでしたっていうのは、避けたいはずだからね」

 

「そうしたら、本当に勝てるの?」

 

「何をもって勝ち、というかによりけりだね」

 

「えっ?」

 

「先ほど前代未聞のことって言ってたよね?」

 

「そうだけど」

 

「少なくとも短期的には、今回のことは問題視されるだろうが、トリステイン王国が無くなれば、それも帳消しになるという考え方もありえる」

 

「まさか」

 

「だから、こちらとしては、国が残れば、アルビオンは卑怯な国として名を汚して、こちらはそれをもってして、勝ちという以外には無いだろうな。そうすれば、他国と連合を組んで、アルビオンに支配されたところを取り返して、アルビオンにたいしては経済封鎖をして、アルビオンが根をあげたところで、何らかの条件を引き出す、ってところじゃないかと思うんだけどね」

 

「そうすると首都トリスタニアはどうなるのかしら?」

 

「そこがよくわからないところなんだ。アルビオン軍は単に包囲して、白旗をあげるのを待つのか、攻撃をしかけるのか、それともアルビオン軍に包囲される前、こちらはゲルマニア近郊に名前だけでも遷都をするのかね」

 

「そんな、屈辱的な……」

 

「まだ、問題があるんだよ」

 

「これよりもまだ、屈辱的なことがあるのかしら」

 

「うーん。今は国王が定まっていないというのが一番の問題であって、遷都をしたとしても、誰が国王として、残った領地で戦いを続けていけるかなんだけどね。国王が定まっていない現状では、ヴァリエール公爵あたりが国王になってもらうのが、一番だと思うのだけど、それでも求心力がどこまであるのやら」

 

「……なんてことかしら」

 

「それでも、今日、アルビオンの空軍が首都の付近にいないので、なんとか、今日は侵攻される心配は無いけれど、明日はどうなんだろうねって、ところで、どう行動するのかは、トリスタニアの上空に、アルビオン空軍が見えてからでも遅くはないだろうってところかな」

 

って、俺の場合、家族とか、ティファンヌも気にかかるところだが、手の出しようが無いだろう。自領にもどっても、兵力はほとんどないし、遷都が本当にされたら、どさくさにまぎれて国軍の下士官ぐらいにはなれるかもしれないが、勝てる見込みは薄そうだしなと思っていたら、ドアがノックされたので、俺はモンモランシーのほうを見た。

 

「どなたかしら」

 

「メイドです。ドア越しですみません。アルビオンとの交戦は勝利したとのことです。次の部屋に知らせてきますので、ここで失礼させていただきます」

 

その話を聞いて、俺はぽかんとしてたのだろう。モンモランシーに

 

「どうしたのぼんやりとして」

 

「いや、まさか、緒戦で勝つとは思えなくて、事前に情報でもあったのか? それともどんなイカサマをしたんだ、わがトリステイン王国は!」

 

予測の斜め上を行っていたのは、ルイズの虚無魔法によるエクスプロージョンだったのだが、ジャックはそれを知るよしもなかった。

 



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第18話 水の秘法薬

アルビオンとの交戦に勝利したと聞いた翌日の朝食では、学院長のオスマンからはタルブでの王軍が勝利したことと、それに対する祝う辞が出たぐらいで、特別な話はでなかった。

 

朝食後はモンモランシーの部屋に行って、

 

「じゃあ、化粧品店に行ってくるけど、品数は今のままと伝えておけばいいんだね?」

 

「ええ。けど、本当にトリスタニアにまだ行ったらダメかしら」

 

体調はたしかによさそうだし、魔法学院にこもっている必要もそれほどないか。それに理由として一番大きいのは、ティファンヌが母親の誕生日の買い物に付き合わされるというので、前世でもそうだが、この世界でも女性が買い物にかける時間は長い。っということで、ティファンヌと会うのはモンモランシーの機嫌が良い時に改めて話すってところだ。

 

「希望ならとりあえず、魔法薬は飲まないで行ってみるのもありだけどね。今までの様子をみてると、たぶん、再発しないと思うし、万が一再発しても魔法薬は最初の4割ぐらいから開始できると思うから」

 

「それなら、うれしいわ」

 

「ところで、トリスタニアへ行きたいってことは、どこかに用事があるんだね? どこだろうか?」

 

「魔法屋よ」

 

「ふーん」

 

まあ、材料を自分の眼で確認したいのだろう。原材料っていっても微妙に異なるからな。

 

「俺もちょっと用事があるから、後でも先でもいいから、家によってみたいんだ」

 

「……なら、先にそっちの家でいいわよ。私は荷物をあまり長く持ちたくないから」

 

そんなわけで、首都のトリスタニアに来たが、なにやら気が早いのがいるのか、戦勝パレードの準備をすすめているようだ。昨日のうちに勝ったとしても、帰りの移動は捕虜とかもいるから、ゆっくりだろう。パレードは早くて明日か明後日あたりになるのだろう。

 

化粧品店によって、モンモランシーが店主に品数は今まで通りと伝えてから、香水と代金をひきかえて、まずは昼食をとったあとに、トリスタニアの家にたちよってみた。いないかもと思っていた親父がいたので、モンモランシーは軽く挨拶をして、応接室に行ってもらった。

 

「ところで、親父! 今回のアルビオンの戦争で変わったことはあったのかい?」

 

「ああ。どうも戦場では、フェニックスが飛んできて、太陽のような光の玉を吐き出して、アルビオンの空船を落としたとかいう話が流れておる。しかも空船の落下による死人はでていないそうだ」

 

「どこまでが、本当かわからない話だね……そんな魔法装置の開発とかの噂は、流れていなかったの?」

 

「いや、初耳だ。そんなものがあったら、そもそも、ゲルマニアとの軍事同盟も必要なかろう」

 

「だね。そうすると、あとは成功するかどうか不明な、実験段階の兵器だった、ってところかな」

 

「かもしれないが、運んだ方法が不明だ。もし、その手の研究をおこなっているとしたら、アカデミーであろうが、あそこから運びだせば、噂ぐらいは飛び込んでこよう」

 

親父は表向きはともかく、本当の仕事は諜報委員だから、そういうのは話がとどいていて不思議でなかったんだけどなぁ。わからないのは仕方がない。俺が裏の社交界で遊んでいたのも、ベッドの中での寝物語の一部を親父に売っていたというのもある。あとは親父も独身でそういうのは好きなので、精力のつく魔法薬を親父に合わせてつくっているのも小遣いのもとなんだが。

 

「ふーん。あとは何か変わったことでもあったのかな?」

 

「お前にとってはいささか驚くことが一つだな」

 

「へー、何?」

 

「アンリエッタ姫殿下が結婚の前だったので、公にされていなかったが、ワルド子爵が裏切ってアルビオンにいるそうだ」

 

たしかに、驚かされる話だが、なんとなくそういう雰囲気もあったような気はする。まあ、いまさらだが。

 

「……それっていつの話?」

 

「3週間ほど前だったかの」

 

「って、アンリエッタ姫殿下が、ゲルマニアからもどってきたころかな?」

 

ワルド子爵も爵位が高いとはいいきれないのに、元帥に匹敵する魔法衛士隊隊長に若い年齢でなったから、まわりから結構うとまれていたみたいだからな。あのあたりになると政治にも敏感にならざるをえないから、トリステインの現状を見限ったってところなんだろうけど、今回のトリステインの勝利をどうみているのかな。

 

「たしか、それぐらいだったはずじゃ。それと今回の戦勝で、アンリエッタ姫殿下は女王となられることになりそうだ」

 

「なんだよ、それ」

 

「率先して、戦場に出向いて、それで勝利したからだろう」

 

「そのあたりの情報が、トリステイン魔法学院にいると、さっぱり入ってこないんだよなぁ」

 

「仕方がなかろう。それで、今日はどうするつもりだ?」

 

「彼女の家に寄ってみようかなと思っていたけど、母親の誕生日の買い物だっていうし、モンモランシーが魔法屋へ行くっていっているから、そっちのつきそいだね」

 

「彼女? 聞いていないぞ」

 

「そういえば、言ってなかったっけ。ティファンヌ・ベレッタっていう、アルゲニア魔法学院に通っている子だよ」

 

「その子には、もう手をつけているのか?」

 

「なんつーことを聞く親父だよ……まだだよ」

 

俺は、さらっと、嘘をついたが、医師に診せようがわからんだろうから、それほど気にすることもない。

 

「お前が、まさかのー」

 

「どんな目でみてるんだよ。親父は」

 

「いやいや。今度、都合がよい時につれてきなさい」

 

「まあ、夏休みあたりにでも、顔ぐらいは拝ませてやるよ」

 

「ほほー、楽しみだな。それから、ミス・モンモランシの体調はどうなんだ」

 

「さっきのように見てのとおりで、順調に回復しているよ。今は例の魔法薬を飲まなくなって2日目だから、明日いっぱい様子をみて、それで大丈夫だと思うって、感じかな」

 

「それじゃと、軽い感じだな」

 

「ああ、そんなものだよ。まだ原材料は教えていないけどね」

 

「まあ、そのあたりはお前の好きにすればよかろう。飲まされた方は、他人に飲んだとは言わないだろう」

 

「こっちとしてはそんな程度だけど、太陽のような光の玉の話は、なんとなく気にかかるから、細かいことで教えられる範囲なら教えてほしいのだけど」

 

「気にかかるのか?」

 

「うん。釈然としないところもあるし、もし、そんなものが魔法装置として大量にできるのなら、将来の仕事について、考え直さないといけないからね」

 

「たしかに、噂通りのものなら、戦い方もかわるかもしれないの。わかったぞ。わかる限りは伝えてやろう」

 

「助かる。親父」

 

「それで、すまないが、あの魔法薬をまた作ってくれないか」

 

「魅了の魔法薬ね。それなら、水の秘薬が必要だけど、俺の小遣いじゃ買えないぞ」

 

騎士見習い同士で『魅惑の妖精』亭に行ったときに、危うく『魅惑の妖精のビスチェ』にかかっている魅了の魔法で、小遣いを全部チップとして巻き上げられるところだったからな。あとで、あまりにおかしすぎると、まわりの連中にきいてみたら、毎月1日になぜかチップを巻き上げられるというところで、もう1度1日に行ってわかった。あれは、水石をつかった一種の魔法装置となっていて、古文書にのっていた魅了の魔法薬の空白の部分がようやっとわかった。それがもとで、現在の魅了の魔法薬ができたものだ。

 

「それで600エキューでかまわないか?」

 

「最近、水の秘薬が品不足らしくて値上がりしてるから、念のため700エキューをお願いしたいんだけど」

 

「ああ。よかろう」

 

それで、俺はモンモランシーに水の秘薬が必要なことを告げて、家から彼女の行きつけだという魔法屋に一緒に入ってみた。

 

「へぇ、結構特殊な用途の材料がそろっているねぇ」

 

「それは、私が選んぶ店なんだから」

 

俺はピエモンの秘薬屋をよく使っていたが、こっちの方が、専門店て感じだな。

 

「それで、水の秘薬がほしいんだけど」

 

「どれくらいの量ですかな」

 

「ほんの3滴ばかり」

 

「それでは、600エキューでよろしいです」

 

うーん。値上がりしているはずだけど、ここの方がピエモンの店より安いのかな。俺はモンモランシーの方をみると、

 

「もうちょっと安くならないのかしらね。この後、わたしも買うのよ」

 

「お嬢さんにはかなわないね。それじゃ、500エキューでどうですか」

 

「いいんじゃない」

 

「それなら、それで」

 

かなりラッキーだ。2カ月前のピエモンの店よりも安くかえる。今度、モンモランシーに一緒にいてもらおうと思いつつ、金をはらって持参した小瓶にわけてもらった。モンモランシーは

 

「一人で交渉したいから、店の外にでていてくれるかしら」

 

「それじゃ、出口でまってるよ」

 

モンモランシーは試作品のレシピを見せてくれないから、そういう方面の物か。まあ、あとで、何を買ったかはわかるのだが、この時の俺は気がついていなかった。

 

 

 

魔法学院に戻ってから思い出したのだが、兄貴から手紙がきていない件を聞くってことを忘れていたが、まあ、よくあることだ。それに、もうよくなったことだしな。

翌日は、モンモランシーの不調もなく、授業にでていけたので、今日が最後の触診でほぼきまりだろうというところだが、授業になってサイトはともかく、ルイズがいないことに気がついたが、ルイズに関してあれこれ、考えるのはやめておくことにした。なんせ、情報は学内の噂話だけで、ルイズを馬鹿にしている噂が非常に多い。まあ、いまだに魔法があの爆発が中心で、成功例は、サイトの召喚と契約のみで、他の魔法は全部爆発だからな。

 

翌日からは、モンモランシーは以前の通り、特に授業と食事以外は特にそばにいなくて良いというのと、平日に恋人と会ってきたらって、言ってくれるので、虚無の曜日から5日後から6日後に街にいくようにするつもりということにした。 ティファンヌとも相談はしないといけないので、若干はずれるかもしれないが、モンモランシーが魔法屋で買った品物で、実験をしたがっていたのを気が付いていなかった。

 

ルイズはいたが、授業にでていれば1日に1回ぐらいはきこえていた爆発音が聞こえてこない。って、その翌日は休んでいるし。たしか、実技はどうしようもないが、学業は優秀だってきいていたんだけど、それもデマか? あの魔法が爆発するというのは気にかかるので、なんとなく彼女を気にしてしまうのだろう。

 

翌日はまたルイズが来ているというのに、あの爆発音が聞こえてこない。魔法を使っていないというのもあるのだが、なんとなく教室は静かだな。まあ、サイトもおとなしいし、モンモランシーにちょっかいをかけることもなかろう。良い傾向だ。

 

そして、今日はティファンヌとは、アルゲニア魔法学院後の夕方デートだ。モンモランシーには、昼食後に

 

「それじゃ、トリスタニアに行ってくるから、魔法薬を飲まなくてもよくなったからって、無理は禁物だから」

 

「それくらいわかっているわよ。とっとと、彼女のところにでもいってらっしゃい」

 

「へーい」

 

とりあえず、モンモランシーも不機嫌そうではないし、俺としてはこの時点ではよかったのだが、モンモランシーが、まさかあんな魔法薬を作っていたとはなぁ。

 



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第19話 やっぱり、惚れ薬です

今日のティファンヌとのデートは、アルゲニア魔法学院前で待つことになっていた。

杖が軍杖なので、目の前を通る生徒たちには、奇妙な視線を向けられたが、生徒の通学時刻のピークだろうと思われるころに、ティファンヌが来て、

 

「待たせちゃったわね」

 

「まあ、ちょっとばかりね」

 

あれだけ、アルゲニア魔法学院の生徒が見て行ったし、今も見られているというか、ティファンヌが見せびらかせたいのだろう。手をつないで、街の中心方向に向かうが、

 

「あら。その人、ティファンヌの彼氏?」

 

「そうよ」

 

俺は目礼だけしてその場をやりすごすが、俺は金髪の碧眼だから比較的多いし、目立つとしたら、少々ばかり同年代より身長が高い程度かな。顔は好みもあるだろうが、普通ぐらいだと思っている。

ティファンヌも美人というよりは、今日はあいらしいという感じだから、意識して化粧の仕方を変えているのだろう。

 

街中では、いまだに戦勝パレードの露店がならんでいて、2人で見ながら歩いていた。すでに、売れ残り品のバーゲンセールみたいな感じで投売り状態だが、掘り出し物もみつからないので、時間つぶしといったところだろう。

 

夕食も、今までの個室とは違い、広いスペースのレストランにて食事をするが、家族連れも多いのか、アルゲニア魔法学院の制服姿連れの家族も多く見受けられた。

 

「こうやって見ると、アルゲニア魔法学院の生徒って、制服に手をあまりいれていない子が多いね」

 

「あら、トリステイン魔法学院の生徒って、そんなに制服を改造しているの?」

 

「まあね。あれも見栄をはるうちにはるんだろうな」

 

「たとえばどんなの?」

 

「金の刺繍をいれていたり、スカートのすそをひざ上まであげていたりとか」

 

「スカートをひざ上まで?」

 

「そう」

 

キュルケだけどなぁ。

そんなたわいのない話をして、家まで送っていく。以前だと、家の近くまでだったが、今日ははっきりとまわりに見られてもよい、ティファンヌが住んでいるアパルトメンの前までこれている。

 

「ちょっと、家によっていかない?」

 

「いや、さすがにこの時間だと、家の人が良い顔をしないだろう?」

 

今までに比べると、家に帰る時間は早いけど、別れたくないという気持ちもあるが、親のイメージも大切だからなぁ。

 

「そうだけど……」

 

「夏休みになったら、昼間にこれるだろうから、それまで我慢してくれないかな」

 

「……もう、約束だからね!」

 

「俺も楽しみにしているから」

 

そうして、別れのキスをしたが、窓辺付近から視線を感じる。この感じだと、父親かな。もう少し見えづらいところで、別れのキスでもすればよかったかなと思うが、ここらあたりが別れ際にキスするのが普通っぽいんだよな。だから、親もわかるんだろうけど。あまり好意的な視線ではなかったが、見知らぬ男と娘がキスをしていたら良い感じはしないだろうなと思うしな。さて、夏休みに家の中へ入った時にはどういう対応をされるだろうか。そんな考えとは別に家の前で別れた。

 

 

 

翌日は、昼食まで家にいて、トリステイン魔法学院につくのは夕刻だ。家には、魅了の魔法薬はおいてきてあるし、ティファンヌからリクエストのあった、香水の調合の準備でもするか。

 

夕食はモンモランシーを迎えにいってから、いつもの席についたが、話としてはモンモランシーがアルビオン軍の水兵服をきて、それがとても似合っていたという話だった。アルビオン軍の水兵服っていったら、前世のセーラー服とほぼ一緒か。出どころはサイトのアイデアだろう。出どころがサイトだと言ったら、ルイズとの関係からモンモランシーの機嫌が悪くなりそうなので、

 

「似合っていたのなら、いいんじゃないのかな」

 

「あら、興味ないのかしら」

 

「服装の趣味は人それぞれですしね」

 

セーラー服って、俺が高校生だった時の女子生徒の制服だったから、そんなに見てみたいとも思わない。あとは、ティファンヌとのデートのこともきかれたが、特に隠すようなこともなかったので、質問されるがままに答えていた。

 

 

 

翌日の教室は、タバサとキュルケがいない。そういえば、タバサは時々いない日があるけれど、キュルケも一緒にいないというのははじめてか?

 

ルイズも休んでいるとのことだが、体調を崩して休みのようだ。

 

昼食後には、食堂からモンモランシーとギーシュが並んで歩いているが、仲がよさそうだ。俺は二人の後ろを歩いていて外へでたところで、モンモランシーの腕が突然つかまれている。油断した。そう思いつつも、軍杖を引き抜いて、出口にでてみたところ、モンモランシーの腕をつかんでいたのは、サイトだった。

 

サイトには、モンモランシーに余計なちょっかいをかけないように、忠告したつもりだったのだが、あれじゃ、足りなかったか。そう思ったが、モンモランシーの様子がおかしい。普段の調子なら、サイトに腕なんかひっぱられたら、さわぎまくるだろうに、また精神の様子がおかしいのか?

 

「サイト、ちょっと手をひけ! モンモランシー、精神的な調子が悪いのかい?」

 

「いや、そういうわけじゃないけれど……」

 

俺に言われて、いったん手をひいていたサイトが、モンモランシーのその言葉を聞いて腕を再びつかもうとしたので、軍杖を間に突き出して

 

「事情はよくわからないが、ここは食堂の出入り口だ。目立つので場所をかえないかな?」

 

「だったら早く場所をきめてくれー」

 

「モンモランシー、場所をかえてもいいかな?」

 

モンモランシーの顔色はまだ青いが、こくりとうなずくので、一瞬、俺の部屋とも考えたが、男子生徒の部屋に女子生徒を連れて入るのは、ここの寮ではないようなので、

 

「それでは、モンモランシーの部屋でもどうだろうか?」

 

「いいわよ」

 

ギーシュとサイトにも了承がとれたので、モンモランシーの部屋に入ったところで

 

「じゃあ、サイトはモンモランシーに何をききたいのかな?」

 

「俺がモンモンに聞きたいのは、ルイズに何を飲ませたかだ」

 

モンモンと呼ばれても、モンモランシーは文句をいうどころか、気まずそうにサイトや俺から目をそらしている。ギーシュが話したりサイトが問いただしたりしてモンモランシーが大声で叫んだ。

 

「あの子が勝手に飲んだのよ!」

 

モンモランシー逆切れをしたてるし、その上ギーシュの鼻に指を押し付けて

 

「だいたいねえ! あんたが悪いのよ! あんたがいっつも浮気するから、しょーがないでしょー!」

 

「お前、! ワインに何を入れた!」

 

「……惚れ薬よ」

 

これを聞いた瞬間、俺は頭が痛くなってきた。禁制品の中でも、なんとなくタチが悪そうだ。それをメイジが集まる魔法学院、つまりばれやすい場所で使うって、別な意味で精神的なストレスがあったんだなぁ。

 

サイトが

 

「いいから、早くルイズをなんとかしろ!」

 

「そのうち治るわよ!」

 

「そのうちっていつだよ!」

 

「個人差があるから、そうね。1カ月後か。それとも1年後か……」

 

刑務所入り確定の強さの魔法薬だなぁ。

 

話を聞いていると、昨晩、ギーシュがもってきたワインを注いだグラスに、ほれ薬を入れたところで、なんだかサイトがモンモランシーの部屋逃げ込んできたところで、ルイズがその惚れ薬入りのワインを飲み干して、最初に見たのがサイトだったとのことだ。

 

結局は、モンモランシーが解除薬を調合することになった。モンモランシーに飲ませていた魔法薬の話にもなったが、魔法薬で精神状態が変わった相手に試したことがないので、いきなり試すのは無理だと伝えた。

 

それで、水の秘薬の入手で金銭の話になり、サイトに対してモンモランシーのモンモランシ家もギーシュのグラモン家も、お金に縁のない貴族だということを白状した。

 

ちなみに俺の家の話となったが、

 

「まあ、アミアン家はほどほどにお金と縁のある家だが、今回の件を素直に親父へ伝えるのは問題だな。親から金を借りるには、何らかの理由を作らないといけないだろうな」

 

「なんで?」

 

サイトがそう聞くので、

 

「まあ、俺の親父にそのまま言ったら、モンモランシ家へ金を貸すのと同時に、金銭以外の交渉を持ちかけるはずだ。しかもモンモランシ家が、譲歩せざるを得ない形でな。しかし、なるべく少ない時間にはするだろうが、それでも手紙ではなくて直接の交渉となるだろうから、モンモランシ家から首都まできてもらって、交渉終了まで2,3日はかかるだろう」

 

「2,3日って、長い! 何らかの理由っていうのは無いのか?」

 

「思いつかん。それよりも、サイト。自分の首がすっとぶかもしれないことを心配しろよ」

 

「えっ! なんで?」

 

「ルイズが惚れ薬を飲んだ異常な状態で、すでに一晩すごしたのだろう? それをまわりに知られたら、どんな噂が魔法学院内にとびかうやら。多分、娘に手をだした平民として、父親に首をさらされるぞ」

 

「そんな、馬鹿な」

 

「それが、ここでの常識だ」

 

とは言ってみたものの、ルイズの状態をこのまま放置しておいたら、モンモランシーも本当に刑務所に入ることになりかねない。モンモランシ家もそれを見過ごすことはなかろう。

 

「まずは、ルイズに即効性の睡眠薬でも飲ませて、なるべく寝かせておくことだな。それくらいなら、この部屋でも作れるよな?」

 

「ええ、まあ」

 

「そうすると問題は、水の秘薬の購入代金をどうするかだ」

 

って、俺としては、モンモランシ家に貸しを作る状態にしてもよいのだけどなぁ、と考えていると、サイトがなにやら服のポケットをごそごそとしているかと思ったら、テーブルの上に金貨がテーブルへ山盛りのように出してきた。500エキューはあるだろう。

 

ギーシュが

 

「うおっ! なんでこんなに金をもっているんだね! きみは!」

 

「出所は聞くな。いいか、これで高価な秘薬とやらを買って、明日中になんとかしろ」

 

まあ、出所がルイズの懐からなら、惚れ薬が効いている間の記憶も残るのが普通だから、そっちから言及されるだろう。

 

とりあえずは、ルイズを眠らせておくのに睡眠薬を作って、ルイズの部屋へ睡眠薬をもっていくと、ルイズはすでに眠りについていた。サイトはなんだか疲労しているようだが、使い方だけは説明しておいた。

 

翌日は虚無の曜日なので、モンモランシーやギーシュとともに、首都トリスタニアへ向かって、この前安く水の秘薬を購入できた魔法屋やピエモンの秘薬屋に行ってはみたが、水の秘薬が売り切れているとのことで、入手がいつになるかわからないとのことだった。

 

トリステイン魔法学院にもどったが、さて、どうしようかとモンモランシーの部屋で話していると、サイトがきたので

 

「解除薬を作るための、水の秘薬は手に入らなかったわ」

 

「解除薬が作れないだと?」

 

俺が、モンモランシーのかわりに

 

「しかも、作るための水の秘薬は入手の時期は不明とのことだ」

 

「なんだよそれ」

 

「水の秘薬っていうのは、ラグドリアン湖に住んでいる水の精霊の涙なんだが、その水の精霊と、最近連絡がとれなくなったとのことだ」

 

「じゃあルイズはどーすんだよ!」

 

学校にまだ在庫はあるかもしれないが、現状がもれると犯罪者としてつきだされることはないにしても、モンモランシーは退学で、ルイズの件でヴァリエール公爵家とモンモランシ伯爵家との間で、何かがおこなわれるだろう。そっちは、よしとして、モンモランシーが退学となると、結婚相手を探すのに苦労するだろうな。行き遅れになる可能性は大きいからな。

 

サイトが、

 

「じゃしょうがね。惚れ薬のことを姫さまに、いや女王さまだっけ? どっちでもいいや、とにかく相談していい案を出してもらう」

 

「おいおい、こんなことでサイトが、アンリエッタ女王に会えるわけがないだろうよ」

 

「いや、その、ルイズと一緒にいけば会える!」

 

「いや、ルイズだって、簡単に会えないだろう」

 

「いや、ルイズなら会えるかもしれないぞ」

 

ギーシュが言ったので、

 

「公爵家の長女ならともかく、三女はきびしいんじゃないのか?」

 

「いや、ルイズは、アンリエッタ王女のご学友だったそうだから」

 

俺もそれは情報としてもっていなかったなと思いつつ、どちらにしろ、ルイズをこのままにできなさそうだと思い、

 

「そういえば、モンモランシ家ってラグドリアン湖に住む、水の精霊との交渉役を行っていたことがあったよな」

 

「そうだけど……」

 

「行くしかないと思うんだが」

 

「わかったわよ! 行けばいいんでしょ!」

 

とりあえず今いるモンモランシー、ギーシュ、サイトに俺と、ルイズを連れてラグドリアン湖へ明朝向かうことになった。

 



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第20話 ラグドリアン湖でのできごと

早朝に魔法学院をでて、ラグドリアン湖についたのは午後2時くらいだ。

ここまでは、サイトがのっている馬に惚れ薬で、でれているルイズがのっているので、そこを中心にして、先頭が俺で、後方にモンモランシーとギーシュがつづいている。本来なら、俺が使い魔としてモンモランシーの護衛にいるべきなのだろうが、今回はルイズの状態から、こういう配置になった。

 

ラグドリアン湖が見渡せる丘についたところで、まるで旅行気分でいるギーシュは、そのまま丘を駆け下りて湖のそばに行こうとしたが、湖の手前で馬が急停止して、ギーシュが転げ落ちて、湖でおぼれている。横ではモンモランシーが

 

「やっぱりつきあいを考えたほうがいいかしら」

 

「そうしたほうがいいな」

 

サイトが追い打ちをかけているが、俺としては本当におぼれてもらってからの方が助けやすいので、そのままにしておいた。モンモランシーがギーシュと付き合ってもらって、結婚までいってくれた方がいいなとも思ってはいたが、このギーシュの姿を見ていると、なんとなくモンモランシーやサイトに同調したくなる気分だ。

 

ギーシュは湖から文句を言いながら上がってきたところで、モンモランシーが

 

「水位があがっている」

 

と言って、湖に近寄って水に指を入れて、感覚を研ぎ澄ましているようだ。

そして困ったような顔をして

 

「水の精霊がどうやら怒っているようね」

 

俺はそれを聞いて、湖から1歩離れた。怒っている水の精霊に万が一触れてしまったら、精神がどうなることやらわからないからだ。水のメイジには有名な話だ。

 

サイトが水の精霊のことをモンモランシーに聞いているうちに、近くの農民が声をかけてきたので、モンモランシーが簡単な受け答えをしていた。情報としては2年ぐらい前から湖の水面があがってきたことと、ここの領主はこの状態を放置状態にしているとのことだ。

 

ハルケギニア随一の名勝と言われているのに、放置というのはこの状態をここの領主が対応できずに、しかも王宮にも届けていないのだろう。こういうのは、先延ばしにすると問題が大きくなるということを、ここの領主は理解していないらしい。ワルド元子爵が、トリステインを見捨てたのもわかるような気はする。

 

農民が愚痴をこぼして去って行った後に、モンモランシーから

 

「昨日の話の通り、ジャックの使い魔を貸しなさい」

 

「エヴァ、おいで」

 

おれはここまで連れてきて、そのあたりで遊ばしておいたカワウソの使い魔を呼んだ。

 

「エヴァ。モンモランシーはわかるよな。彼女がこれから、エヴァたちの古いともだちと話をしたいとのことだから、彼女の言う通りにするんだよ」

 

そう言うとわかったとばかりに、頭としっぽで返事をしてモンモランシーのところに行った。モンモランシーは

 

「エヴァにお願いしたいことがあるの。あなたたちの古いお友達と、連絡がとりたいの」

 

すでに用意してあった針を、指先に刺したところで、赤い血の玉ができたところで、その一滴の血の玉をエヴァにたらした。そして、治癒の魔法で指先の傷を治したところで、

 

「これで相手はわたしのことがわかるわ。覚えていればの話だけど。じゃあエヴァお願いね。偉い精霊、旧き水の精霊をみつけて、盟約の持ち主の一人が話をしたいと告げてちょうだい。わかったかしら?」

 

エヴァは頭としっぽで返事でわかったと合図をして、湖面の水の中にむかっていったが、少しくらいこちらを見ないのかと、少々ばかり、精神がおちこみかける。自分で使い魔にお願いしておきながら、まったく身勝手な話だが、嫉妬なのだろう。そこまで、自分が独占欲が強くはなかったはずだが、使い魔に関しては異なるらしい。使い魔と主人の間に特別な感情が独占するという説もあるのは知っているが、それは、主人によって影響度が異なるので、モンモランシーは、どう思っているのだろうかと、ふと思ったが、ギーシュとつきあおうか、そうでないかと言っていたところから、俺に対して嫉妬に相当する感情は多分ないのだろう。

 

そんなことをぼんやり考えているところで、モンモランシーがギーシュやサイトに水の精霊の涙のことを説明していたが、得意分野だからなのか、饒舌だ。その最中に水の精霊が現れたので、モンモランシーの横に移動して、念のための護衛としての位置をとる。怒ってる水の精霊に、スクウェアとはいえ水のメイジはかなわないから、水以外の系統でまもらないといけないことになる。最悪でも、モンモランシーを逃すことはできるだろう。

そこにエヴァが俺のところにもどってきた。モンモランシーのところにいかないところにほっとするが、そういう場面ではないだろうと

 

「エヴァよくやったな」

 

とほめてやる。

そのあとは、モンモランシーが水の精霊に水の精霊の涙と呼ばれている、水の精霊の一部をわけてもらおうとしたが、断られた。そこでサイトの熱弁で最近、水の精霊を襲撃する者の退治をすることになった。細かい情報などももらって水の精霊が姿を消したので、俺は水辺で戦闘を行う際のいつもの儀式を開始する。

 

「水辺にやどりし精霊の力よ。われは、汝の守護者となりて、杖となるゆえ、水の力をかしたまえ」

 

そういって、湖面にふれた。

 

「ジャック。何やっているの?」

 

質問はモンモランシーからだった。

 

「水辺での水メイジの負担が少ないのは、知られているだろう?」

 

「ええ、まあ」

 

「この儀式を行うことによって、俺自身が水の魔法を発揮するのに、水辺の力を借りているということを、はっきりと自覚できるんだよ」

 

「そうなの?」

 

「これは、自領での古文書にのっていたものだし、水メイジでも自覚できる者と自覚できない者がいるから、不安定な儀式だけど、自衛のためだけでもいいから、モンモランシーも試しにおこなってみたら?」

 

ケンカが嫌いだと言っていたモンモランシーなので、自衛という単語をつかってみた。

 

「そうね、ものは試しだけど、さっきの詠唱をもう一度教えてもらえるかしら」

 

「ああ、いいよ」

 

俺が先に言ったあとに、モンモランシーが続けて言う形でおこなってみると、モンモランシーが驚いたように

 

「なに、この感覚。直接触れていないなのに、まるでまわりの水が感じられるみたい」

 

「それが、トライアングル以上で感じられる水の感覚だと思うよ。水の感覚遮断はできるかな?」

 

「やりかたがわからないわよ」

 

「触診などに使うときに、触診を閉じるときと同じ要領なんだけど、どうかな?」

 

しばらく、集中していたモンモランシーだが「ふぅ」と息を漏らしたようなので、

 

「うまく、水の感覚遮断ができたみたいだね」

 

「そうね。これが、あなたたちの感じている世界なの?」

 

「多分ね。だけど、いつもその水の感覚にさらされていると、俺自身がまいってしまうから、俺の場合には、必要と思ったときにしか、水の感覚を感じようとしてはいないよ」

 

「あれがねぇ」

 

「まあ、モンモランシーの場合、慣れが必要そうだから、今日はもう水の感覚を開けない方がいいかもしれないね」

 

「そうさせてもらうわ」

 

モンモランシーは、水の感覚に優れているタイプなんだろうな。俺は、さっき水面をふれてみたが、水に触れただけでは、水の精霊が怒っているという感じがつかめなかったからな。水の感覚に鋭敏すぎるから、目の負傷が、自身の水の感覚の狂いになり、それがトラウマとして、精神的に病む原因となったのかもしれないな。まあ、今は直接関係はなかろうと、襲撃は夜中だというのとだいたいの方向はわかっているので、その近くで野営することにする。

 

夕食をとったあとに、ルイズをサイトに寝かせてもらってから、今晩の襲撃対策の話をする。

 

「水中に入ってくるのは、モンモランシーの言った通りに、風のメイジと火のメイジのコンビが、最低1組はいるだろうというところだ。それができるレベルのメイジが複数いるというのは考えづらいから、多くても2組だと思う。地上では、それに対して無駄な力を使わないように、幻獣などからの護衛として1人か2人ぐらいついてくるかもしれないから、多く見て、風のメイジが2人に、火のメイジが2人に、系統不明のメイジが2人の最大6人といったところだろう」

 

「メイジが6人って、どうするのよ」

 

「ラインが6人なら、どうってことはないよ」

 

「なに。その自信」

 

「戦闘時のラインとスクウェアには、それ以上の差があるってことさ。だけど、トライアングルが3人となると、相手の戦闘技術次第だけど、くるしいかもしれない」

 

「あくまで苦しいなのね」

 

「まあ、水辺だし、今日は水辺の儀式がきちんとできているからね」

 

そこで少しばかり考えて、

 

「サイトの戦闘能力が知りたいかな。他のメンバーはだいたい推測がつくから」

 

「えーと、戦闘能力って?」

 

「実践経験というのがいいかな」

 

「それなら、ギーシュが最初で、次にフーケまでは勝ったけれど、物取りの弓には身を隠す場所がなくて、タバサとキュルケに助けてもらった。そのあとはワルドに手合せで負けたのと、傭兵たちの襲撃では、身を隠すのに手いっぱいだったかな。そのあとワルドの風の偏在の『ライトニング・クラウド』で負けて……」

 

「ちょっと、まてぇー! 『ライトニング・クラウド』を受けて生きているのか?」

 

ライトニング・クラウドは、トライアングル・スペルでも上位にあるものだ。メイジならともかく、単なるメイジ殺しである平民では、ほぼ死んで当然っといってよい魔法だ。

 

サイトが、大剣を引き出しながら

 

「このデルフが、魔法を吸ってくれたから、腕のやけどだけですんだ」

 

「ようやっと、俺の出番が……」

 

「こいつ口が悪いから、しまっておくな」

 

「出番はこれだけかよ」

 

「インテリジェンス・ソードか。噂には聞いていたが初めてみるな。しかも魔法を吸うとはメイジの天敵だな」

 

「だろう。けど、今のようにしっかりしたのは、さっきの話の次なんだけど」

 

「悪かった。続きを話してくれ」

 

「ワルドとその風の偏在に、とある理由で対決することになったのだけど、そこでデルフがサビた状態から今のようにピカピカになって、魔法がきちんとすえるようになったんだ」

 

「続きを」

 

「最初は5対1だったんだけど、ルイズが1人を倒してくれたのと、俺が壁際で3人を相手にしていたから、なんとかなっていたんだけど、このままじゃ無理だと思ってかけにでたら、3人をたおせたんだけど、ワルド本人には逃げられた。それからは……」

 

ワルドというのは一緒にアルビオンにむかったワルド元隊長のことだろう。微妙にニュアンスをかえているみたいだが、ルイズの魔法の威力というのは、風の偏在を消し去れるのか。ルイズが惚れ薬でおかしくなければ、戦力に加えたいところだ。

 

ワルド隊長が風の偏在を4人だしたということは、本来なら、トライアングルまではさがっているが、3人の風の偏在しか対決させていないということは、サイトをなめていたのだろう。そうでなければ、1人に相手をさせて、トライアングル・スペルを3人で交互にだしていけば、通常なら、勝てるだろう。ここでそれを言って、サイトの士気をさげることはないと判断した。

そのあとの、話は亜人退治が中心だから、今回の水の精霊の襲撃者退治には、あまり関係なかろう。

 

「サイトにもう少し確認したいのだが、メイジとの夜間戦闘はあるか?」

 

「ああ。『ライトニング・クラウド』をくらった時ぐらいかな。今ならデルフがうけきってくれると思う」

 

サイトの考えは少々甘いようだが、剣士なら、相手の魔法がはっきりみえる方がよいだろう。

 

「サイトは、火のメイジを相手にしてくれ。しかも1人ずつ確実にな。それ以外は俺が受け持つ」

 

さて、まわりには話していなかったが、こちらはガリア方面だから、噂に聞く北花壇騎士団が相手の可能性もある。今日だけで戦闘が済むと良いのだがと、少々考えすぎかもしれないかな。

 



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第21話 ラグドリアン湖での戦い

ラグドリアン湖畔での待ち伏せだが、相手は同じルートを通っているようなので、そこで待ち伏せをする。水の精霊を襲撃している者と相手をするのは俺とサイトだ。他の3人は、こちらが負けたときには、撤退をするようにしてもらっている。ギーシュはこちらに来たがっていたようだが、水の中で水の精霊をやれるのは、多分トライアングル以上だと、自分の考えを伝えたら、急きょ撤退組にまわった。グラモン家の家訓は「命を惜しむな名を惜しめ」であったはずだが、ケンカに加わりたくはないモンモランシーの護衛という名目もある。ルイズが寝ているので、実際には、フライあたりで運ぶことになろう。

 

北花壇騎士団のことをふと思うが、知っているのは番号で呼ばれているということと、例外として知られているのは、元素の4兄弟というのがいることぐらいだ。名前をさらしているということは、こういう地味な仕事にはこないと思うのだが、他のメンバーが来ても、いわゆる普通の騎士の魔法とは使い方を変えてくるだろうとは思う。暗殺者の魔法の使い方といわれるものだが、その対応も習ってはいる。しかし、実際に相手をするにはどこまで通用するのか。様子見をおこなってから、戦うか退くかの選択もしないといけないだろう。

 

 

 

そして闇夜の中で待っていると、水の感覚で二人分の少々離れた場所から新たに感じたので、まだ、呪文が聞こえないことを祈りつつ『暗視』の呪文を唱えた。暗闇の中でも見えて持続性のある水系統の魔法だ。

 

続けて、サイレントの呪文を唱える。『暗視』の魔法では二人の人影がの魔法をつかっても、漆黒のロープの上に深くフードをかぶっているので、顔はわからないが、少なくとも1人は女性らしい水の流れを感じる。しかし、もう一人の背の小さい方がわからない。

 

小さい方の影は大きい木の杖をもっているのだが、戦闘用として使うにしては、最近では珍しい杖だと思いつつ、似ているとすればタバサだろうか。まあ、似ているだけだろうと思い、なるべく湖畔の近くにきてくれと思っていると、サイトから漏れていた気配に気がついたのか、小さい方の影が呪文をとなえだしたので、俺はサイレンとをかけた後に詠唱してそれまでためていた『水流』の魔法を、杖をふることにより放った。

 

この杖をふった瞬間にサイレントの魔法は消えるのだが、湖畔の水が相手に流れ出す。俺はそばを通った水に、魔法薬が入った瓶を蓋をあけた状態で投げ入れ、相手のそばに水流が押し寄せる間に、次の魔法を唱えていた。

 

相手のうち、小さい方がフライの魔法に切り替えた。大きい方もフライの魔法を唱えているが、大きい方が詠唱速度が早い。詠唱速度から考えると、これは多分軍人の家系に育った者だろう。

 

サイトには、火の相手をしてもらうようにしているので、その場で待機しているのだが、立ち上がって、こちらにいつでもこれる体勢を整えているようだ。

 

俺は、フライで飛び上がった2人の間に『トレーシング・ウォーター・ボール』を放った。火のフレイム・ボールと同じく狙った相手を自動追尾する水の玉だが、俺の場合、同時に5個までだせるのと、魔法そのものは顔に命中すれば、相手の詠唱をとめた上に、口や鼻の中から体内に入り込んで、窒息あるいは水死させる魔法だ。これで、一人ずつに向けるのと、相手の対応方法で、風と火の系統を簡単に見分けることができる。

 

俺は相手の対応を見る前に、次の魔法を詠唱している。この魔法を途切れ時間が極端に短く、魔法を放てるのが、俺の二つ名の『流水』だ。まあ水系統のメイジであることもひっかけているのであろうが。

 

相手の対応は小さい方が

 

「木に乗らない」

 

フライにしてもまだ高くはないので、横方向にフライをきりかえててから、フライをやめて、慣性を利用しながら離れつつ、それぞれの攻撃用の魔法の詠唱に入っている。

 

と、こちらの作戦をみやぶりやがったか。セオリーなら木の枝にのって、そこから魔法を放つもの。けれど、水のトライアングル以上メイジにとっては、『枝葉操作』による、木の枝や、蔦などをつかって、相手を拘束できる魔法がある。下に生えている草では、拘束できないと知っているのだろう。

 

俺は心の内で、「チッ!」と舌打ちさせながら次の魔法詠唱に入った。

途中まで唱えていた魔法を切り替えたが、相手が詠唱に入る方がはやかったので、大きい方が『ファイヤー・ボール』を水の玉へ放って、水の玉と同時に消え去った。小さい方は『エア・ハンマー』で、一度に2つの水の玉を消しあっている。

 

風のメイジと火のメイジがわかったところで、新たに詠唱しなおした魔法『ウォーター・ドール』を放つ。湖水の水を『水流』の魔法でもってきたので、精神力の負荷が少なくてすむし、このあとの戦いも水分の補給の役にたつ。

 

この魔法は水系統のゴーレムともいわれるが、本来の自分の動きよりも落ちるので、使うメイジも少ないが、5体のうち2体に『ブレード』に似た剣状の物、3体には『ウィーター・ウィップ』のような水のムチ状の物をもたせて、短距離と中距離の攻撃をしかける。とはいっても1体は、俺の目の前の防御用につかっているのだが。

 

ここまで見てきたところ、火のメイジは軍人の家系だが、判断速度から実践経験が多くはないのだろう。たいして風のメイジは詠唱速度は速くはないが、知識と判断速度とこちらの魔法の対処から、実践経験は多そうだ。

 

俺はなるべく風のメイジに集中して、火のメイジとの分断を継続し、火のメイジとサイトが戦い出しているので、ここまで先手をとる作戦は成功している。湖水の儀式と『水流』の魔法が使える場所であることに、相手が想定した中で一番人数が少なかったのも要因だろう。これがこの水の精霊がいるラグドリアン湖水でなければ、どこまでうまくいったのか。水の威力があがっているから、意図して精神力の消費を抑えることができる。

 

『ウォーター・ドール』には風のメイジへを4体をつっこませて、相手を取り込んだ。そのうち2体をふっとばされたのは、さすがというところだが、先ほど水流に投げ込んだ魔法薬は、皮膚から浸透する神経性のしびれの効果をもっていて、それがすぐに発揮して、動けなくなったのを確認した。

 

魔法と魔法薬を併用して戦うのは、魔法衛士隊としては、いわゆる汚い戦い方で、最後の手段としてとってあった方法なのだが、今の俺は単なる軍属なので気にせずにつかえた。

 

『ウォーター・ドール』の数が減った分を補充をして5体にもどしつつ、サイトが相手をして、うまく足止めができていた火のメイジをとりかこませる。俺は、相手が軍人ではなくとも、軍人の家系なら通じるだろうと思い、

 

「貴兄に告ぐ。こちらはトリステイン王国 軍属 ジャック・ド・アミアン。投降するならば、貴兄たちの安全は保証する」

 

これでこちらが、トリステイン王国の軍人だが、軍属というだけで、部隊としては正規任務で動いてはいるわけではない、ところまでは伝わるだろう。ようは、現場の一存で勝手に動いているから、話し合いに応じるというものだ。

 

相手からしてみれば、襲っておいて、投降しろと言われるのもしゃくだろうが、ロープで身をつつんで戦っていたのは、身元をはっきりさせたくはなかったからだろう。だから、ここで、力の差を見せつけて、話し合いにできるとふんでいたのだが、返ってきた返答は

 

「ジャック・ド・アミアンって、トリステイン魔法学院にいる、あのジャック?」

 

「……その声は、キュルケか? こっちは、そのジャックだよ」

 

相手がなんでキュルケなんだ? とおどろかされた。

 

「そう、キュルケよ。もう一人はタバサだけど、傷をつけたりしていないわよね!」

 

「ああ、大丈夫だ。単に、しびれ薬で、身体が動かないとか口が回らない程度だ」

 

俺は答えつつ『ウォーター・ドール』の魔法をといた。まあ、普段から持ち歩いているのがしびれ薬なのは、相手をつかまえて、尋問をするための準備なのだが、そのあたりはだまっておく。

 

「なんだよ! お前らだったのかよ!」

 

サイトはキュルケとの戦で疲れたのか、地面に膝をついた。

 

 

 

相手がタバサとキュルケだとわかると、今晩泊まる予定だった場所で、焚き火をおこなった。タバサのしびれ薬がきれるのは約30分程度、焚き火で肉を焼いている間にルイズが起きだしてきた。ちょうどキュルケが

 

「ダーリンって強いのね。足止めをされるなんて思わなかったわ」

 

と言っていた。そんなキュルケにサイトが

 

「まさか、キュルケに剣を向けることになるなんて思わなかったよ」

 

と言うと、ルイズは

 

「キュルケがいいの?」

 

と始まっていた。

ルイズもサイトにあやされて睡眠薬を飲んで寝たのは良いが、ラグドリアン湖周辺にある薬草から間に合わせで作った即効性の睡眠薬と、6時間程度の眠りが続く睡眠薬を混ぜ合わせたものだ。今日は、精神力をだいぶんつかったから、一晩寝て魔法を放てる量が半分に戻るかわからんな、っとぼやきたくなる。キュルケは他のメンバーから聞いて、水の精霊を退治するのか、違うのにするのか困っている。タバサはしびれ薬の効果が持続しているのか、まだ横のままになっている。

 

「どうして退治しなきゃならないんだ?」

 

サイトに尋ねられて、少し迷っていたようだ。しかし結局話すことにしたようだ。

 

「そ、その、タバサのご実家に頼まれたのよ。ほら、水の精霊のせいで、水かさがあがっているじゃない? おかげでタバサの実家の領地が被害にあっているらしいの。それであたしたちが退治を頼まれたってわけ」

 

ガリア側の隣の領地って、記憶によればガリア王家の直轄領地のはずだ。ならば、そのままガリアの騎士が動くというのが普通のはずだ。しかし、キュルケは一部をごまかして言っているのだろう。なぜかと考えていくと、ガリアとタバサの青い髪というところで、気がついた。

ラグドリアン湖のガリア側は、旧オルレオン公家が接していたことを。

 

そうすれば、タバサという明らかな偽名でトリステイン魔法学院にきているのかは、ガリアの魔法学院では顔を知っているものがいるから、避けたのであろうというのは、推測はつく。

 

普段から本を読んでいることから、知識量があるのもなんとなくわかるが、判断力は、あれは実践をつまないといけないのだが、オルレオン公家の娘だったとして、そんな訓練をつむとは思えないというのが、俺の感覚だ。

 

キュルケとモンモランシーとサイトに、ほとんど話の役にたっていなかったギーシュのところでまとまったのは、

 

「結局は、水浸しになった土地が、元に戻ればいいわけなんでしょ?」

 

キュルケがタバサが横になりながらも頷いた。

 

「よし決まり! じゃ、明日になったら交渉してみましょ!」

 

そこで、火の番をする。順番はサイト、俺、キュルケ、タバサの順番になった。ギーシュは酔っぱらっているから問題外との判断だが、特に火の晩の間は、特に獣がよってくる様子もなく、時間になったので、キュルケを起こしてかわりに寝ようとすると、

 

「ちょっと、話があるのだけど、よろしいかしら」

 

「……その様子なら、明日というわけにいかない話なんだろうなぁ。サイレントをかけてくれないかな。もちろん外部の音は聞こえる魔法でな」

 

「ええ、ちょっとまって」

 

サイレントをかけおわったキュルケは

 

「ジャック。あなたは退治の理由を信じていなかったでしょう?」

 

「……なぜ、そう思う?」

 

何か癖がでていたかなと考えるために、質問に質問で返しての時間かせぎだ。

 

「それは、わたしの話を聞いて考え込んでいたからよ」

 

「なるほどねぇ……たしかに、タバサの実家の領地が被害にっていうのは、信じていない。元領地っていうのなら、そうかもとは思うけどなぁ」

 

「って、あなた、もしかしてタバサのことを知っているの?」

 

「いや、推測だよ。それでよければ話そうか?」

 

「ええ」

 

「ここのガリア側の領地は、現在ガリアの直轄地だと聞いている。けど、その前は、オルレオン公家の領地だ。だからそこの娘だろうとまでは推測できる。なぜならタバサは、青い髪をしている。ガリア王家の青い髪というのは有名だからね」

 

「それで」

 

「ガリアの魔法学院では顔を知られている可能性があるから、トリステイン魔法学院に偽名で入ったのと、戦闘がしづらいフードをかぶって顔を隠していたのは、領民だったものに顔をみられたくなかったのだろう」

 

「ふーん。フードの方はそうなのねぇ」

 

「聞いていなかったのか?」

 

「そこまでは」

 

「ただ、わからないのは、タバサの戦闘技能がかなり実戦をつんだものだというのが、どうしたらあそこまで経験がつめたのかはわからない。これが俺の推測だよ。あくまで推測であって、こっちから探る気はないよ」

 

「まあ、いいわ」

 

「今度こそ、お休み」

 

俺は、そういって横になったが、親父に調べてもらうにしても、ガリアの王家近辺の情報は探れないだろうなというぐらいを考えているうちに、眠りについた。

 



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第22話 夏休みを前にして

昨晩のタバサとキュルケとの対戦は、俺にとって場所がよかったから、勝てたのだが、違う場所ならどうだろうと考えた。しかし、やはりわからないなぁ。すでにある程度は能力も見せたし、こちらは、半分奇襲だったからなぁ。

 

そんなところで、今はモンモランシーに貸した俺の使い魔であるカワウソのエヴァが、水の秘薬こと、水の精霊の涙を無事に手に入れる手伝いに成功していた。

 

問題はここからだった。敵襲がなくなったのは良いことだが、水を増やす理由を聞いたのはサイトだ。今いるメンバーで、水の精霊の怖さを理解していないのは、サイトとギーシュぐらいだろう。

 

代わりに『アンドバリ』の指輪という名の秘宝。偽りの生命の命を与えるマジックアイテムを取り戻すことになった。そして盗んでいった中の一人に『クロムウェル』という名があり、キュルケがこの名に反応した。

 

「聞き間違いでなければ、アルビオンの新皇帝の名前ね」

 

「人違いという可能性をもあるんじゃねえのか。同じ名前のやつなんかいっぱいいるんだろう。で、偽りの命とやらを与えられたら、どうなっちまうんだい」

 

「指輪を使った者に従うようになる。個々に意志ががあるというのは、不便なものだな」

 

「とんでもない指輪ね。死者を動かすなんて、趣味が悪いわね」

 

そして、サイトが指輪を取り戻すということで、水の精霊は水を増やさないと約束をした上で、期限は俺達の寿命が尽きるまでって、気が長いというか、時間への感性が異なるのだろう。

 

そこで、俺は水の精霊に声をかけた。

 

「なんだ単なるものよ」

 

「探すにしても『アンドバリ』の指輪って、どんなものだかわからないから、教えてもらえないだろうか」

 

「それでは、湖水に手をつければればよかろう。それでわかるようにする」

 

っということは、一時的に精神をのっとられるのか。約束は守る気があるので、こわごわとだが、湖面に手をつけたところ、『アンドバリ』の指輪の具体的なイメージが伝わってきた。そのあとになんらかのイメージが送られてきたが、そちらは理解できない。

 

俺がイメージをもらっていたのは、後できくと1分ぐらいだったらしい。そして、水の精霊から伝えられたのは

 

「旧き水の妖精のしるしをつけた単なる者よ」

 

「旧き水の妖精のしるしって、俺の左上腕に付けられたルーンのことかな?」

 

俺は左の上腕を右腕で指刺しながら言ったところ

 

「その通り。旧き水の妖精のしるしをつけた単なる者には、水の通り道を使って、『アンドバリ』の指輪の場所がわかるであろう」

 

「……わかりました。ありがとうございます」

 

って、俺は斥候兵のかわりかよ。さきほどのイメージって、今の言葉を聞くと、ルーンの使い方だな。『クロムウェル』というとやはり、アルビオンに多い名前だから、アルビオンへはそのうちいくことにするか。

 

そのあとは、全員が『アンドバリ』のイメージを受け取るために湖面へと手をつけたが、他者は10秒ぐらいだったので、俺のルーンに反応してイメージを送り込んできた分、長くなったのだろう。

 

そのあとは、タバサが水の精霊にたいして『契約』の精霊と呼ばれている理由を聞いて、何かを祈ったり、モンモランシーがギーシュにたいして、なんとかモンモランシーだけを愛することを誓わせたが、どうみてもまもれる自信がなさそうなギーシュだ。そして、ほれ薬の影響下にあるルイズがサイトにたいして、愛をちかわせようとしてたが、今のルイズの状態の前では、祈らなかったりとしたなかで、キュルケが俺に

 

「あら、貴方は祈らないの?」

 

「ああ、結婚する相手が決まったら、くるかもな」

 

「噂に聞く彼女とは結婚するんじゃないの?」

 

「希望はそうだけどね……こっちにも事情はあるんだよ」

 

それ以上、キュルケも興味がないのか、聞いてはこなかったが、モンモランシーの結婚次第ってところがあるからな。とっととギーシュと、くっついてくれても良いと思うのだが、なんともしようがないよなぁ。

 

これらが終わって、魔法学院に帰ることにした。

 

その帰り道、タバサになんで昨晩の待ち伏せを気がついたかを聞いたら「サイトの気配」って、そっけないがきちんと聞きたいことは聞けたからよしとしよう。

 

 

 

モンモランシーの一室で、ほれ薬の解除薬をなぜか俺が作るはめにおちいっていた。

 

「これも使い魔の仕事よ」

 

って、魔法をかけるところはさすがにモンモランシーにおこなってもらったが、他の部分は俺だ。うーん。使い魔というより魔法薬調合助手って感じなんだが。まあ、一応そういう名目もあったなぁ、と思い出した。

 

できあがった、ほれ薬の解除薬をルイズに飲ませるのはサイトの役だが、ルイズにキスをせがまれていたのを

 

「飲み終わってから」

 

となんとかして飲ませていたが、モンモランシーがサイトをつついて

 

「とりあえず逃げたほうがいいんじゃないの?」

 

「どうして?」

 

「だって、ほれ薬を飲んでメロメロになってた時間の記憶は、なくなるわけじゃないのよ。全部覚えているのよ。あのルイズがあんたにしたことを、されたこと、全部覚えているのよ」

 

それを聞いたサイトが、しのび足で部屋の外へ向かおうとしたところで、正気にもどったルイズが

 

「待ちなさい」

 

「いや、ハトにエサを……」

 

「あんた、ハトなんか飼ってないでしょうがぁあああああああッ!」

 

俺はそういえば、サイトにルイズの記憶が残っていることを、教えてなかったなと思い出したが、サイトが逃げていったところにルイズがおいかけていく。そこからさらに、キュルケがタバサをつれて、興味津々という感じで出ていった。

 

残った俺は、モンモランシーに

 

「そういえば、サイトから預かった金貨は俺から返すのでいいんだよな?」

 

「そうねぇ。お願いするわ」

 

上級貴族が、そうそうに金の貸し借りを表立ってはおこなわないものだから、この場合は、俺が動くのが、彼女のプライドに傷をつけないというものだ。

 

 

 

翌日の授業は、キュルケが眠たげにしているのは最近にしては珍しいことだが、ルイズとサイトも何やら、元気はなさそうだ。ほれ薬を飲んでいた期間に何かあったのかもしれないなぁ、と思いつつもサイトには、授業後に俺の部屋まできてもらうことにした。単純に金貨を返すだけだが、俺がルイズの部屋に行くわけにもいかないだろうし、外だと目立つから、俺としても願い下げだ。

 

 

 

その日の晩は、夏休み前としては最後となるメイドの触診の日だ。

 

「そういえば、やっぱり、村へ帰ったなら、食事は野菜が多めになるんだろう?」

 

「ええ、そうですけど」

 

「うん。そうしたら、2人とも、村にもどったら、便秘薬は1目盛り分減らして10日間すごしてみて、体調に異常がなかったら、そのままでいてみてほしいんだ」

 

「なんでですか?」

 

「野菜というのは、身体の中を掃除してくれる役目を持つ食材なんだよ。だから、魔法学院の食事でも野菜を多めにとれば、必然的に便秘になりにくくなるはずなんだが、食事に関しては、味覚が必然的にリセットできるこの時期が、最適だと思ってね」

 

「そういうことは、夏休みが終わったら、こちらでも野菜を多くとるようにするってことですか?」

 

「そうだよ。よくわかったね。できれば、はしばみ草のサラダを多くとるといいよ」

 

「はしばみ草のサラダですか」

 

やっぱり、2人とも嫌そうな顔をしているな。

 

「この魔法学院では、生野菜としてだしているけれど、お湯で煮てから、ドレッシングか、スープにいれて食べるという方法もあるよ。その分、栄養バランスの問題で、別な野菜をとらないといけないんだけどね」

 

「そうはいっても」

 

「俺も食事はプロじゃないから、コックあたりにでも聞いてみたらどうかな?」

 

「そうですね」

 

あとは、ワインとジュースを飲んで時間をすごしてから、あらかじめ用意しておいた便秘薬を渡して夏休み明けの再会を約束して、彼女らは部屋から出ていった。

 

 

 

そして数日後は、ティファンヌとのデートだがあったそうそうに、あまりうかない顔をしている。

 

「調子が悪いのかい?」

 

「うーん、そうじゃないの」

 

「何かあったのかい?」

 

「何かあったというより、これからなんだけど」

 

「これからというと夏休みに何かあるのかな?」

 

「そうなの。実は父親が長期休暇がとれることになったから、でかけるってはりきっているのよ。しかも今度の虚無の曜日から」

 

俺は夏休みをティファンヌと毎日のようにあえるつもりでいたので絶句した。

 



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第23話 夏休みは前半だが

俺の予定では、夏休みをティファンヌと毎日のようにあえるようにしていたのだが、今はというと家での夕食後に、とある目的でチクトンネ街を歩いていた。

当面の1カ月はティファンヌとあえないことが確定している。

ティファンヌの両親の実家めぐりと、その間の旅行を計画しているとのことで、夏休みの出ばなをくじかれたものだ。

それでも、手紙はいまのところ、出せる日は出してくれているようで、母親の実家にいる今は、出せないようで、家に手紙は届いていない。

親父に手紙のことでからかわれるが、名前だけは覚えたようだ。兄貴は、夏休みに入った初日に会っただけで、「以前だした手紙のことはもういいよ」というと「忘れてた」だった。

兄貴らしいといえば、兄貴らしい。

 

ティファンヌに会えない俺としては、トリスタニアですごしているが、魔法学院での交友関係で、トリスタニアにいるのは女生徒が一人だけど、さすがに2人きりで会うのはティファンヌが気にするだろうと、会わないでいる。

 

モンモランシーにたいしては、2週間に1回の香水の納品の護衛として魔法学院に泊りがけでいっている。

今回は、雨が降った場合には、翌週の虚無の曜日ではなく、雨が降りやんだ日ということにしている。

一昨日、一緒に香水の納品に行ったが、ギーシュも一緒なのだから、俺はいらないだろうと思いながらも、暇つぶしのつもりでいた。

ギーシュはモンモランシーと、魔法薬でもポーション系のものを一緒につくるとはりきっているようだが、金もないし、水の秘薬も無いから、ルイズの時みたいなほれ薬レベルの禁制品はつくらないだろう。

 

 

 

そんな風に歩いていると、決闘っぽい雰囲気がただよっているので見てみると、タバサと王軍の士官らしき3人が対峙していた。その3人の中の1人が、

 

「お嬢さん、先に杖を抜きなさい」

 

見た目でタバサの実力というか、メイジの実力は測れないってことさえ知らないレベルの者が、タバサの相手か。

タバサは『エア・ハンマー』一発で、3人を吹き飛ばしていた。しかし、俺と眼があってしまった。そらされない視線から仕方がないので、俺から近づいて

 

「やあ、雪風。お見事だったね。ところで1人かい?」

 

「いえ。あそこ」

 

雪風はタバサの2つ名だが、タバサと言うと明らかな偽名とわかるから、この場に似合わないだろうと思ってだしたものだ。

たいして、タバサが「あそこ」と指さしたのは『魅惑の妖精』亭。今日の目的地ではないが、タバサに声をかけた以上は、儀礼上聞いてみる。

 

「ご同伴させていただいてもよろしいですか」

 

「いえ」

 

すげなく断られたが、さっき視線をそらさなかったのは、ここに入らせたくない、なんらかの事情があるのだろう。

 

 

 

タバサとしては、友人であるキュルケがルイズにたいして「給仕をやっていることを知らせない」ということを意識していただけであって、そこまでたいしたことのつもりではなかった。

 

 

 

俺は、その日は目的の店に行って、翌日は早い時間から、『魅惑の妖精』亭に入った。入るとオカマといってもさしつかえないだろう店長のスカロンから

 

「いらっしゃいませ~~~! あら! 久方ぶりじゃありませんの。どこか戦地にでもいってらっしゃたのですかしら」

 

「いつも戦場だよ。それよりも新人は入っているかな?」

 

「ピンクブロンドの可愛い娘が入っていますわよ」

 

「じゃあ、その娘を」

 

これは、この店であるチップレース以外の時に入るときのやりとりのようなものだ。使い魔になる前は、3週に1回ぐらいはきていた。早い時間なら空いている奥の2人用テーブルでメニューがくるのをまっていると、来たのはルイズだった。

 

「あんた。キュルケに聞いてきたの? それともモンモランシーかしら」

 

「えーと、もともと、俺はここの常連だけど、その2人が何か関係するのか?」

 

そうすると、ルイズがアタフタしはじめて、

 

「注文はいかがなさいますか?」

 

ここにきてルイズがいること自体に興味はわくが、チップを払ってまで、わざわざ話すのもばからしいので、

 

「チェンジって、他の女の子に伝えて」

 

「はい。チェンジですね」

 

あいさつなどはなかなか、様にはなっているが、ルイズが行く方向をみるとサイトが厨房でこちらをみて、手をふっていやがった。

この2人で何をしているのやら。キュルケとモンモランシーってことは、タバサが昨日きてたから、その時か。

あと一緒にいそうなのはギーシュあたりだろうから、本当だとしたら、一緒にラグドリアン湖で戦った仲だろうにと思いつつも、ルイズのことを知らせまいとしたのだろうか?

考えすぎかもしれないが、タバサ本人に聞いても答えてはくれまいと、忘れることにした。

 

この席にきた娘は、5月からということだが、もう新人らしさが抜けかかっている。

まあ、それでもいいかと思って、こまめに食事や飲み物を頼んだり、つがせたりしながら、話をそてチップを少しずつ渡していく。

疑似恋愛ゲームみたいなものだから、ルイズを相手にはしたくないわな。

 

そして帰り際、ふと思いつきルイズを呼んでもらった。

 

「なによ。ジャック」

 

「いや、いつまで、ここにいるつもりなのか知りたくてさ」

 

「そんなこと、なんで教えなきゃいけないのよ」

 

「できることなら、ルイズがいなくなってから、こようと思ってね」

 

「夏休み中よ」

 

「わかった」

 

一番最悪の答えだった。

ティファンヌが帰ってきたからといって、毎日あえるとは限らないから、この店を抑えておきたかったのだが、別な手段でも考えておこう。

ちょっと、気分は落ち込み気味だったが、家に帰ることにした。

 

 

 

ティファンヌが帰ってくるまでの夏休みは、魔法学院から持って帰ってきた一部の用具で、魔法薬の実験をしてたり、街のなかをぶらぶらしたり、魔法衛士隊の騎士見習い時代の仲間に会って、飲んでみたりとかなり適当にすごしていた。

さらにいちどモンモランシーの化粧品店までの往復の護衛と一緒についてくるギーシュはいたりもするというか、俺が二人の前を先導していたというのはあったが、暇つぶしにはなる。

あとは、親父にたのんでいたタルブ戦の詳細の報告書をよんでみたり、タバサのことは言えないと判断したんで、ガリア自体と可能なら王家まわりのことを調べてある報告書を入手してもらったのを読んでいたりもしていた。

アルビオンの関係は変化がはやすぎるので、俺は考えるのは保留にしている。

考えても俺自体の立場が、使い魔ということで、どうなるのやらわからないから、出頭命令がきてから考えるぐらいしかないだろうとの、親父の忠告に耳をかしたからだ。

 

それにしても、とうとう、ティファンヌと会える日がきた。

旅行からかえってきた翌日の昼食前に、噴水の前での待ち合わせだ。やってきたティファンヌは夏着へと少々薄手の恰好になっている。

 

「やあ、ティファンヌ。しばらくみないうちに、ますます魅力が増してきたね」

 

「いやだー。それじゃあ、前の私は、魅力が乏しかったみたいじゃないのよ」

 

「そういうつもりじゃなかったんだけど」

 

「冗談よ。じょ・う・だ・ん」

 

とりあえずは、昼食に情報屋で仕入れた、アルゲニア魔法学院の学生がデートとして使用している店からピックアップした店にいってみた。

情報屋でその手の情報を仕入れるのは、なさけないと思ったが、すぐに紙ででてくるのは、それだけ需要が多いのだろう。

 

そういうことで、デートの店としては、はずれはなかったが、アルゲニア魔法学院の学生らしき2人組がやたらと多い。制服姿じゃないから、年齢とマントの有無で判断しているだけだが。

 

食事は彼女の旅行の話だが、話していることは、手紙に書いてあったことをふくらませた内容が多かった。

聞いてイメージがつかめなかったところだけ、確認してみながら食事は進んでいく。

食後のデザートのところで、

 

「ところで、夏休みのこれからだけど……」

 

「なにかしら?」

 

「昼食は、時々、俺の家でとるのはどうだい。俺の親父にあえるとしたら、2週後の虚無の曜日になると思うけど」

 

「あら、私も似たようなことを考えていたのよ。なんなら、今日は家に来て、お茶でもいかがかしら」

 

「そうだね。旅行の話も聞きたいから、少し歩いてから、ティファンヌの家へ向かわせてもらいたいのだけど」

 

「そうしてもらえるとうれしいわ」

 

食後に外を一緒に歩いていたが、話す量が減ってきたので、旅行疲れがとれていないのだろうと、水の流れとのかねあいから判断して、

 

「少し早いけど、ティファンヌの家に行ってみたいなぁ」

 

「そんなに、来たかったの?」

 

「そうだよ」

 

「じゃあ。いらっしゃい」

 

ティファンヌの住んでいるアパルトメンに入っていったところ、思ったよりも広いつくりで、ティファンヌの母親にあいさつすることになってしまった。

 

戦闘より面倒な、ティファンヌの彼氏として認めてもらうための第一関門だ。

 



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第24話 彼女の家で待ち受けていたのは

応接間に通されて、テーブルででは、ティファンヌの母親の前にすわることになった。

ティファンヌは俺の横に座っているので、気分的には心強いが、顔をみるのは横をみなければいけないところが難点だ。

自分の水の流れに注意をして、水の感覚にも注意をしながら、ティファンヌの母親にあいさつをあらためておこなった。

 

「はじめまして。おまねきいただきありがとうございます。ジャック・ド・アミアンと申します」

 

「よく来ていただけました、ミスタ・アミアン。わたくしはティファンヌの母親で、ニネットと申します。」

 

この反応だと、思ったよりは、簡単に済むかと思ったら、

 

「ティファンヌとは、どのようなおつきあいをなされているのかしら?」

 

「娘さんとは真面目な交際を、させてもらっています」

 

直球勝負で質問がきたなぁ、と思ったが、無難にすませただろうか。こ

こまではティファンヌも、その母親も特に水の流れに変化はしょうじていない。

 

「ところで、娘とはいつ、知りあったのかしら?」

 

「昨年の春で、恒例となっている男爵家合同パーティの時だったと、記憶しています。その時には、若いご夫人が一人でいらっしゃっているのかと思い、ダンスに誘ったはずですので、間違いはないと思います」

 

封建貴族の男爵家が、こういう合同形式でおこなうのは少数派だから、他の封建貴族があまり良いイメージをもっていないというのはあるが、法衣貴族では、こっちの方法が主流派なので、この場合はパーティの形式を素直に言ってしまってよかろう。

踊りについては、誘われたのは俺の方なんだが、ティファンヌが一瞬どきりとしているな。

相手が水メイジで、水の感覚に鋭敏だったらすぐにばれるが、ティファンヌの母親は、土メイジのドットだという話だから大丈夫だろう。

まあ、ティファンヌへの視線は、そんなことしていたのという感じで視線を向けていたが。

 

「そうすると、その日はどうなさったか覚えてますか?」

 

「ええ。確か、最後の踊りを一緒に踊って、そのあと、お帰りになられたと思いますので、ちょっと遅めだったかなと思いますが、迎えの方がいらしているとばかり思いまして、一人で帰らせてしまったようです。その節は誠にもうしわけございませんでした」

 

って、途中で抜け出して、かりそめの愛の営みをおこなっていたんだけど、時間的にはあっているよな。

 

「いえいえ。ティファンヌがそのようなところに、行っていたとはつゆ知らず、こちらこそご迷惑でしたでしょう」

 

「男爵家主催のパーティには、自分も父の代理として何回かでていますが、たまには、独身女性の方もおひとりで参加されていますので、気にされる必要はないと思いますよ」

 

って、ティファンヌ以外では、まだ1人しかみかけたことがないけどな。

しかも、比較的早い時間に帰って行ったはずだし……少なくとも最後まではいなかったよな。

 

「その後は、どのようにして付き合うことになされたのですか?」

 

「別な男爵家のパーティに出かけたときに、また、お会いいたしまして、そのときに、ご夫人ではなくて、ベレッタ男爵家の代理できている娘さんとおうかがいいたしました。それから、友人として何回か食事にさそわせていただいていました。このアパルトメンのあたりは、トリステインでも治安の良いところなので、遅くは無い時間でしたので、その場で別れておりました」

 

ティファンヌが、この嘘に心臓の動きが早くなっている。

俺が騎士見習い時代は友人ということになっているのだから、しかたがないだろうに、そう思っていると、

 

「ティファンヌ!」

 

「は、はい。お母様」

 

「ミスタ・アミアンとは、そういうご関係でしたのね?」

 

「お付き合いする前は、その通りですわ」

 

心臓に対して、声は正常のようだ。

だが、これでわかったのは、ティファンヌの過去におこなっていたことと、俺の言っていることを比較しているのだから、付き合いの長さと深さを疑われているのか。

思ったより慎重に言葉を選ばないといけないなと思いつつ。

 

「途中で娘と話し込んでしまって、すみませんでしたね」

 

「普通の母親と娘さんのご関係は、こういう感じじゃないのですか。もっとも自分の家は、男所帯だったので、よくは知らないのですが」

 

「男所帯? 気分を害されなければ、お聞かせ願ってもよろしいかしら」

 

普通は、こういうのはスルーするはずだが、こっちの事情を知りたいのか、知っている事と同じかをさぐっているのか。

隠す内容ではないので、素直に

 

「父に兄と自分の3人です。母親は小さい頃に、亡くなりましたので、面倒をみてくれましたメイドの方が、母のような感じとして育ちました」

 

そのメイドには子どももいなかったし、俺が水のラインだった時に病気で死亡したのと、城の中に子どもがいなかったからなぁ。

メイドの名前はエヴァだったから、その記憶を元に、使い魔の名前にエヴァとしてしまったっという記憶が連鎖的に思い出されてきた。

 

「それは、それは、大変だったでしょうね」

 

「家族としては、そのような感じでしたので、母親とその娘さんが話しているというのが珍しいぐらいでして。はい」

 

「そうでしたか……ところで、ティファンヌとは、いつからお付き合いを始められたのかしら?」

 

このままなし崩しに話をずらそうかと思ったけど、元にもどったよ。参ったねぇ。そう思いながらも、

 

「2ヶ月ちょっと前ぐらいです」

 

「お付き合いをしようと、思ったのはなぜかしら」

 

「ええ、その少し前にトリステイン魔法学院で学んでいる、モンモランシ伯爵家のご令嬢の護衛兼研究助手としてやとわれまして、一旦、期間をおいてから会った時に、ミス・ティファンヌのことを大事に思っている自分に、気がついたからです」

 

使い魔として召喚されたこと以外は事実だが、

 

「護衛ですか? たしかトリステイン魔法学院では、公爵家以上でかつかなりの金額の寄付金を納めないと、護衛とか使用人は一緒につけなかったはずですが」

 

この夫人、本人か少なくとも近親者に、トリステイン魔法学院へ使用人を一緒につれていかそうとしたのがいそうだ。

下手なごまかしは、印象を悪くする。

かなり悪い手札だが、開くしかないか。

 

「そうですね。実はモンモランシ伯爵家のご令嬢に、使い魔として召喚されてしまいました」

 

「あら、そうでしたの」

 

「……えーと、自分が言うのもなんですが、人間が使い魔になるって驚かないんですか?」

 

「公爵家の三女の使い魔が平民だったというのは、有名な話ですから」

 

「そうでしたか」

 

とは言うものの、使い魔であるというのは、定職につく上でやはり不利だし、法衣貴族の女性と付き合う上で定職をもっていなければ、やはり親は反対するのが常であろう。

 

「ところで、主人であるモンモランシ家のご令嬢は、ミスタ・アミアンの目と耳と共有できるのですか?」

 

「いえ、目も耳もできません」

 

「それなら、きちんとした職についていただけるのでしたら、娘とお付き合いするのは問題ありませんね」

 

「えっ?」

 

主人が使い魔に対して、目も耳も共有できないって信じるのかよ。

 

「不思議そうな顔をしていますね。実はわたしも使い魔だったねずみとは、耳が共有できなかったのですよ」

 

「はい? 本当ですか?」

 

「このようなことに対して、嘘をつくようなことは必要ありませんわよ」

 

「確かにそうですね」

 

「私も困惑を覚えて、王立図書館で資料を閲覧させていただきまして、『使い魔との目と耳の共有に関する研究』という学術書で、そのような事例が数年に1度の割合で発生しているという研究結果がでているのを存じていますの」

 

「そんな研究結果があるのですか?」

 

「だから、使い魔の能力として『目となり耳となる』能力が重要視されない、となったのではないかと、私は考えていますわ」

 

「経験者の言葉には、重みを感じます。また、将来にも展望が開けました。自分のほうこそ、今回ベレッタ夫人にお会いできて、光栄に存じ上げます」

 

「そんなことはありませんわ。それよりも、ティファンヌが夜遊びをしていたというのは、ご存知かしら」

 

「はい。お付き合いを申し出たときに、聞きました。同時に、清いということも聞いていますので」

 

「貴方は、それを信じますの?」

 

「はい。信じます。そもそも、最初に夜遊びしていたことを言った上で、そのようなことを言うなら、最初から、夜遊びをしていたとは告げなければ良いだけです。もし、自分の父が信じなかった場合には、ミス・ティファンヌには恥ずかしい思いをさせるかもしれませんが、自分の家がかかっている医師に診断していただければ、済む話ですし」

 

そもそも、俺の父も気にしないだろうし、今の医師の常識では、治せないということになっているからな。

 

「ティファンヌ。ミスタ・アミアンは、信用なさっているようだけど、彼の家がかかっている医師の診断まで受けても大丈夫なのかしら?」

 

「もちろんです。お母様」

 

「それならいいのだけど」

 

「何か、心配事がお有りなんですか?」

 

「夫が、貴方の素行調査の依頼をしていて、何回か、まかれたことを気にかけているのよ」

 

いきなり、ティファンヌからプレッシャーがかかってきた。過去のご夫人との浮気を疑っているのだろうけど、あまり女性には公にできない店に出入りしに行く時に、『遠見』の魔法を使ったと思われる視線を感じたから、それにともなった視線の回避をおこなったからな。

 

「もしかしたらご存知かもしれませんが、今の使い魔になる前は、魔法衛士隊の騎士見習いをおこなっていまして、護衛とかで怪しげな視線を感じた時には、それから避けるようにと習っていまして、それを実行していただけなんですが」

 

「素行調査のことは、気になさらないの?」

 

「父親が、娘の彼氏が悪いタイプか、そうでないかを気にかけるのは普通でしょうしねぇ」

 

それをおこなうなら、娘が夜遊びをしているときに調べろよなぁ。

 

「まだ、それならよいかもしれないのでしょうけど、夫がいくら言っても夜遊びをやめなかったティファンヌが、彼氏ができたと思われる時期から、夜遊びをしなくなったのを気に入らないみたいなのよね」

 

ああ、父親が、娘を彼氏に奪われたと思う嫉妬かぁ。これは、また、時間がかかりそうな問題だなぁ。

 

「遅くなりましたが、お茶でもいかがかしら」

 

俺はティファンヌのほうをみて、ティファンヌの反応を待った。

 

「わたしの部屋で2人っきりで飲みたいのだけど。お・か・あ・さ・ま」

 

「2人きりになるのは、いいけれど、婚約するまでは、羽目をはずさないようにね」

 

「わかっています」

 

そうして、ティファンヌの部屋に入った俺は、お茶がメイドによって持ってこられたあとに、サイレントをかけて、

 

「いきなり、母親に質問攻めにされるとは思わなかったよ」

 

「ごめんなさいね。今日は自室までは素通しで、少し部屋で話してからお母様と話すことになるかなと思っていたから、ちょっと失敗しちゃったみたい」

 

そのフレーズ、ルイズみたいだ。ティファンヌは知らないだろうけど。

 

「とりあえず、ティファンヌの母が言っていた、主人が使い魔の目や耳と共有できないのが数年に1度の割合でも発生しているというのを、トリステイン魔法学院や、魔法衛士隊に確認して、ミス・モンモランシに公式に認めてもらえれば、少なくとも、彼女が魔法学院卒業後に、騎士見習いとして復帰できそうで、よかったよ」

 

「そうね。わたしも一安心といいたいけれど、素行調査されている中、まいたって、どういうことよ」

 

「それなら浮気じゃないよ。ぶっちゃけ言うと、昼食を家でどうってさそったのは、デート代が、足りなくてさ」

 

「それって、ぶっちゃけすぎよ。けど、貴方がご夫人の浮気相手になっていないのは、それでわかるわ」

 

ご夫人から、お小遣いをもらっていたのは知られているし、こっちは知られていないが、その最中の話の内容によっては、親父に買ってもらっていたからな。

 

「その話はおしまいにして、もうひとつ話しがしたいことがあるの」

 

「なんだい?」

 

「えーと、夏休みの宿題があるんだけど、ジャックの得意な分野だけでいいから、教えてもらえないかしら?」

 

うーん。トリステイン魔法学院では夏休みの宿題なんてなかったはずだから、アルゲニア魔法学院の独特のものか。

同じ学校なら、宿題を一緒におこなうのは、もう恋人同士の定番イベントなんだろうが、もしかすると、苦痛イベントにかわるかも。とほほ。

 



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第25話 夏休み後半は

ティファンヌから(俺の得意な分野だけでもいいから)夏休みの宿題を教えてほしい。

そういう意味にとった俺は、彼女に

 

「まずは、不得意な科目の宿題と教科書とノートを、見せてもらえないかな?」

 

魔法の方は教科書が無いので、ノートを見て判断するしかない。

ティファンヌの専門課程は、風の系統だ。使い魔はツバメで、今は巣箱に入っておとなしくしている。

風の実力はドットだから、ライン以上の魔法はスペルの暗記ができているかの確認だけになるだろう。

コモンや他の系統魔法は基本となる魔法とみなされるので、1年生の時に終わっていて、こちらはいまさらだ。

 

ティファンヌが選り分けてだした、宿題と教科書は、数学、理科、社会、古ルーンの4種類に対して、ノートは2冊だった。

ノートの表紙をみて

 

「えーと、なんでノートは、教科ごとにわかれていないのかな?」

 

「うん? 学校では、多くの子がこういう風に、同じノートで1日を過ごしているよ」

 

「それは学校では、そうかもしれないけれど、予習とか、復習とかしていないのかな?」

 

「やってないわ」

 

悪びれずに言うティファンヌの言葉で、頭痛がしてきた。

授業でこういうノートの取り方は、予習か、復習をしっかりするのが前提なんだが、こういうところは、魔法学院内で教え合っていないのだろう。

 

「そうか。それで宿題の方には、魔法は無いみたいから、魔法は大丈夫だね?」

 

「大丈夫。まかせておいてよ」

 

予習も復習もなくて他の教科がないのは幸いというか、ティファンヌには魔法学院の授業についていけるだけの能力があるといえるのだろう。

 

「得意とはいえないけど、覚え方ならわかる教科もあるから、これはこのままとして、夏休みの予定を、まずはきめていかないかい?」

 

「宿題と何か関係するの?」

 

「えーと、言いずらいのだけど、言わないといけないだろうなー」

 

「なに?」

 

「不得意な教科の中でも数学については、ノートを書き写すんだよ。それも1年生の分から行うこと」

 

「えー」

 

「数学は、過去につまづきがあると、後に響くものだから、仕方がないんだ。分からないところは素直に聞いてね。あと、夏休み明けからの授業は、家に帰ってきたらノートの書き写しを、各教科毎にノートをわけてすることをおすすめするよ」

 

「なんで、そんな面倒なことを」

 

「各教科単位で授業毎にノートをとる方法もあるけれど、可能なら予習と復習の両方……だけど、それが無理なら復習するだけでもおすすめだけどね」

 

「一緒なのね」

 

「そう。記憶の問題で、同じことを繰り返すほど、記憶は定着するというのが定説だから、この方法がおすすめ。まあ、ついていけている教科は行わなくて、ついていけない教科だけ、復習するというのはありだと思うけどね」

 

「ちょっと、どっちがいいのよー」

 

「こればっかりはやってみないとわからないなぁ。けど、苦手な教科の復習は、最低限必要だと思うよ」

 

「宿題を教えてもらおうと思っただけなのにー」

 

「宿題の根本は、習った内容を理解しているかの確認だからね。トリステイン魔法学院と同じなら、今度は今年の最後の月に試験があるんだろう? そこで、悪い点数をとらないためとしかいえないよ」

 

「うー。それじゃ、残りの理科と社会と古ルーンは?」

 

「理科と社会は、さすがに教科書やノートと比べながら、問題は解いてみないとどうしたらいいかわからない。だから、教えれるかはわからないけれど、宿題の片づけ方は、今言った方法だね。古ルーンはルーンと基本的に文法が一緒だから、苦手なのは、単語を覚えていないのが原因だと思う。だから、古ルーンはわからない単語とその意味を10回書くのかな」

 

「なんで、古ルーンをそんなにしないといけないの?」

 

「ルーンと古ルーンの関係は、トリステイン語にたいしてのアルビオン語やロマリア語と同じようなものだから、宿題のやり方はおなじようなもの。ティファンヌに得意な方法があるのなら、それでもかまわないと思うよ」

 

「ああーん。わかったわよ」

 

「そういうことで、時間がそれなりにかかりそうだから、夏休み終わりまでの計画をたてて、それに合わせて宿題や、過去の勉強を入れるのに必要なんだ」

 

ティファンヌはしぶしぶながら、この案を受け入れた。そうして、実際にうめていくと、

 

「しかし、こうやって見てみると、聞いた時よりは少ない時間でできそうだけど、最初の方って勉強ばかりね」

 

「かわりといえるかどうか、なんともいえないけど、きちんと予備日もとってあるだろう? 勉強がきちんとすすんでいたら、デートでも他に魔法学院の友人と遊ぶのにでも、転用できるからさ」

 

実際のところは、最初の方の予備日は、虚無の曜日以外は実質的に勉強をすることになるだろうと思っているが、そこはごまかすことにした。

精神的に暗黒面へと落ちてほしくないからな。

 

「けど、平日の午前中って、勉強がほとんどね。どうにかなんないの?」

 

「夜にするっていうのもあるけれどね。復習の時間として身体をならすために」

 

「いじわるー」

 

「まあまあ。明日来た時には、集中力を持続させる魔法薬をもってくるから、それでなんとかしてくれないかな」

 

「そこは勉強ができるようになる魔法薬とかってないのー」

 

「残念ながら、直接的には無いね。集中力がアップすれば、学習した内容も頭に入りやすくなるから、勉強ができるようになる魔法薬とまではいえなくても、補助する魔法薬ってなるよ」

 

「ジャックが無いっていうのなら、無いのでしょうね」

 

「知っていたら、つくって売っているよ」

 

集中力を持続させる魔法薬というのは、栄養ドリンクのようなものだ。

本来なら医師や薬剤師のつくるものだが、その内容から変更しているのは、お茶からカフェインだと思われる興奮物質を取り出したものを、これは錬金で作り出す。

そして、一応、ノンアルコール仕様だ。

他にも、アレンジしているので、依存症をおこさないようにしてあるつもりだ。

 

 

 

ティファンヌとは、ほとんど毎日一緒にいれることになって、うれしさ半分、悲しさ半分。

今さら、また勉強かよと思いもあったりする。

トリステイン魔法学院にいかなかったのは、文官になる気がなかったからなんだからなぁ。

 

勉強の日は、ティファンヌの家で、昼食をごちそうになってから、ベレッタ夫人をまじえて少しおしゃべりをすることになったが、このあたりは、魔法学院での話すスタイルと一緒で自分から、多くは語らないで、聞き役により多くとしている。

アルゲニア魔法学院での授業終了の時間にあわせて、お茶を飲んでから、デートをする日と、勉強をする日に、しばらくはわけている。

 

デートの日は俺の家で、昼食を開始するか、2週に1回ぐらいは馬で遠出をする。

その時のお弁当は、ティファンヌがつくってくれている。

馬代は俺がもっているけどな。法衣貴族で馬を持っているのは、かなりな高位の官職についているものだからだ。

昼食後は、たまには俺の部屋で、香水をつくるところを見せて、好みの香りを楽しんでもらったりもしている。

普段より、小ぶりの小瓶にして、多目の種類を試してもらっている。

モンモランシーの関係もあるから、売り物にできないから、ティファンヌ専用の香水の調合屋みたいなものだ。

 

最初の虚無の曜日は、まことに残念ながらモンモランシーの護衛だ。

ギーシュがいるのだから、それでよかろうが、契約は契約だから、おこなうしかない。

昼食はちゃっかりとティファンヌも一緒にと、一見するとありがたい言葉はあったが、ティファンヌの食事代は俺持ちだ。

 

どこまで貧乏貴族なんだよ。

 

まあ、俺が素知らぬ顔をしていれば、美談になるし、俺にとっても、モンモランシーとギーシュの恋人同士なのか、そうでないのか微妙な雰囲気を気にしなくて良い時間がもてた。

 

翌週の虚無の曜日で俺の家で、親父と一緒に昼食をとった時には、あたりさわりのない話だったが、あとで親父から、

 

「お前って、あんな若い娘が好みだったのか?」

 

「おい、親父! 俺の年齢を何歳だと思っているんだ!」

 

単純に、俺が前世と今の年齢を足して、妥協できる範囲までの年齢の女性までを、お相手していただけで、恋人とか、結婚相手にするのなら、近い年齢をやっぱり選ぶぞ。

世間体を気にしないのなら、前世の年齢で見合う相手でも、そこまでは気にならないが。

 

ティファンヌの宿題の方は、思ったよりも進み、予備日は、2回しか使わなかった。

苦手な数学も、1年生の問題でつかえていたところを教えると、2年生の部分、ほとんど教えなくてもすむぐらいだ。

幾何学はともかく、簿記が苦手というのは、家計簿をつけるのが苦手ということにつながるのだが、そこは将来の話だから、そこまで気にすることはないだろう。

 

 

 

元高等法院長のリッシュモンが、アルビオンの間諜だったという噂が、街ではきこえてきた。

家では、案の定、親父が苦い顔をしていたが、あれだけの大物が、間諜だったとしても、証拠集めで気がつかれるだろう。

まあ、これで、終わりではなくて、他の調査中の間諜の証拠を見つけ出すのがむずかしくなったから、現在わかっている間諜を取り締まるのがせいぜいだろう。

 

夏休みも終わりに近づいて、ティファンヌの夏休みの宿題も無事に終わり、夕食にも招かれることも多くなっている。

ティファンヌの兄たちとは、ほどほどに話もすることはあったが、父親とはまだあったことも無い。

これは定職につけるまで、あきらめるしかなかろう。

 

一方俺も、自分の兄貴とは、朝食時の2回しかあっていない。

 

「兄貴。早く結婚したらどうだー」

 

「気が向いたらな」

 

「そんなんだと、後ろから杖をふられるぞ」

 

「その時はその時までの人生だったのさ」

 

どこまで本気なのやら。

親父からは、相談があるということで

 

「まずこれを見てくれないか?」

 

そんなに厚くはない書類を見てみるうちに

 

「これ、本気で考えているの?」

 

「そうらしい」

 

見ていたのは『国軍編成諸侯導入案』という名の書類だった。

 



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第26話 侵攻計画

親父から見せられた『国軍編成諸侯導入案』という名の書類から読み取るのに、10月中には諸侯軍は戦争準備の開始を始め、年内に終戦させて、遅くとも翌年の1月には引き上げる、という風に読み取れる内容だ。

 

「親父。これを宮廷が本気で考えているのなら、タルブ戦での太陽のような光を放ったというのが、兵器として完成したんだろうねぇ」

 

「そうだと思いたいのだが、極秘で進んでいるのか、どうやってもそこにたどりつけなくてな」

 

「諸侯の編成以外の全体像ってわかる?」

 

「財務省の試算では、トリステイン・ゲルマニア連合で6万前後で、アルビオンは5万前後になりそうだとのことだ」

 

「普通に考えたら、机上の空論って、言いたいところだけど、そうなるとやはり、タルブのあれは、兵器だったんだろうなぁ」

 

攻める方は2倍から3倍であたるというのが、この世界での常識だ。

個人的には5倍から6倍といいたいところだが、兵力を運用するのに、連絡網が機能しないと、単なる烏合の衆となってしまうから、3倍が限度なんだろう。

 

「それで、要請がきたとして、アミアン家としては受けるの?」

 

「受けざるをえない」

 

「そうすると兵力は、この編成案からみるとアミアン家では200名を、どうひねり出すかだねぇ」

 

「人数だけなら、なんとかなるが……」

 

「そうだね。宮廷からも武装費がでるんだから、この際、最新式のマスケット銃を購入させてもらったらどう?」

 

「マスケット銃だと!?」

 

「ああ。騎士見習いとしてだけど、なんだかんだと行って、平民の武器でやりづらい相手はマスケット銃の集団。弓矢もたしかにやりづらいところもあるけれど、短期間で育つものじゃないから、狩猟をおこなっている者にやってもらうしかないだろうねぇ。他の貴族より早めにマスケット銃を入手した方が、安く買っておけるかもしれないよ」

 

「考慮しておこう。それで、200名集めたとして、お前ならそれを、どのように戦列を組むか聞いておきたい」

 

「俺ならかい? 一番前に、盾専門。次の3列がマスケット銃、次の1列にマスケット銃の弾込めだね。さらにその後ろに長槍で、次に弓専門、次にメイジに、最後に治療とか指令本部ってところかな」

 

「マスケット銃を3列に、弾込めを分けるというのと、長槍に、指令本部。どうしてそのような戦列を組むのだ?」

 

「マスケット銃を3列にするのは、その部分からの見かけ上の連射速度をあげるため。弾込めをわけるのは、短期間で慣れさすのがひとつだけど、まずはそこかな。マスケット銃は撃ち尽くしたら、弓、メイジという順番で入替えていくってところ。長槍なのは、どうせ素人が、短期間でやっても練熟度はかわらないのだから、少しでも長くして適当にふりまわすと、その中に入れさせないってのを狙っている。あと、指令本部は……諸侯軍には兄貴がでるんだろう? 戦闘指揮なんかしたことはないから、最後方にいてもらって、実戦指揮官は前にでてもらうのがいいんじゃないかな。実戦指揮官なら、城の衛兵の誰かができるだろうし」

 

マスケット銃が3列とか、長槍というのは、前世での戦国武将がおこなった方法のはずだ。それをちょっとアレンジしている。

 

「ふむ。しかし、幅が狭くなりすぎないか?」

 

「200名の部隊では、戦略的に意味のあるところにはいかないはずだから、マスケット銃か、弓を使い果たしたら、下がるのを狙っているんだよ」

 

「下がる? いいのか?」

 

「横の部隊との連携が必要になるけれど、下がったとみて、攻め込んできたら、左右からの攻撃の的になってもらう。正規軍はプライドが邪魔しておこなわないけど、傭兵あたりがおこなう戦術だよ。アミアン家は軍の家系じゃないから、別にいいだろう?」

 

「プライドでは勝てないから、いいだろう。ところで、さっき慣れさすのがひとつと言っておったの」

 

こういうところは、親父もめざといな。

 

「それは、どうせ短期で終わるのなら、戦争の戦術全体なんて領民に覚えさせない方が、統治する上では、いざという時に楽だしね」

 

「いざという時か?」

 

「そう、領内で反乱がおこった時にね。この戦争で、宮廷に納める税金が上がるように見えるから、領民にもしわ寄せがおこる。だから、万が一ってやつだよ」

 

「ふむ」

 

「けど、相手がそこまでおこなうかどうかわからないけれど、長期化する可能性もありそうなんだ」

 

「なんだと!?」

 

今、頭に浮かんでいるのは、前世で覚えている、金髪の小僧とやゆされていたキャラが、のっていた小説でとられた方法だ。

 

「今回のアルビオン遠征の目的というのは、アルビオンに王家を復興させるのが目的だよね?」

 

「そのように聞いておる」

 

「ならば、その復興する王家のために、平民を護る義務がこちらにしょうじるのだけど、そこをついて、侵攻する途中の街などから食料を、全てうばいとって、後退していくという作戦をとられたら、そういう街には食料をこちらから提供しなければならない。そんな手があるよ」

 

「馬鹿な。そんなことをするわけがなかろう」

 

「過去に例が無いのは、タルブ戦のようにだまし打ちがあるよ。国土が戦争で疲弊しているはずなのに、あの時期に戦争をしかけてくるんだから、平民のことをどこまで考えているのやら」

 

「……」

 

「それで、こちらの食料補給に負荷をかけて、奥へ侵攻するほど、急速に補給の負荷はあがるし、そこの補給路の護衛にも戦力をまわさないといけなくなるから、最前線の人員が必然的に減ってしまう。補給を一回たたれたら、戦う前に餓えて、戦意なんて失う。戦意を失った軍に勝ち目なんてなくなるってのだけど……アルビオンにとって、一時的ながら、その地の平民を敵にまわすことになるから、それをどう挽回するかが、ポイントになってくるから、そこが確立されないと、この作戦をとる可能性は低いかな。だけど、どこか宮廷の知り合いにでも、可能性だけはということで、言っておいた方が良いと思うよ」

 

この作戦が実行できるのは、その地の平民を、最悪、敵にまわしたままでも良いときだけ行なえる作戦だ。

なんせ、情報が少ないから、どのようなデマが広まるかは、予想がつかないし、相手が勝って、食料を奪った街を領地とした場合、統治する平民を、潜在的な敵にしてしまうというところが難点だ。

だが、アルビオンを捨てるということを考えてみると、レコン・キスタは聖地奪還が目的のひとつだ。

アルビオンではなくて、トリステインかゲルマニアに侵攻して、そこへ遷都してしまえば、平民の乱は、そこまで脅威ではなくなる。

どちらにしても、仮定の上に仮定をかさねた話だ。忘れてよいだろう。

 

「ところで、タルブ戦での太陽のような光って、あれによる直接的な人的損害は無かったの?」

 

「ああ。報告書にあった通り、船に火がついたのと、風石が消失していたというのが、あの時の現象だったようだ」

 

「そのことはアルビオンも知っていると思う?」

 

「リッシュモンのような大物も絡んでいたとなると、その情報は漏れていると思った方がよいだろう。何か気にかかるのか?」

 

「親父、とぼけるのもよせよ。わかっているんだろう?」

 

「なにがかな?」

 

「アルビオンが、わざと上陸させて、そこで空船で攻撃をしかけてくれば、落下するのはアルビオンの上。つまりそのまま、地上におりた空船のりは、逃げ出す算段をとっていれば、それほど、アルビオン軍全体の人数は減らないってことだよ」

 

人数イコール戦力とはかぎらないが、やはり数は暴力だ。

 

「たしかに、そうだが、軍の士気が下がるだろう」

 

「上陸前に叩かれるよりは、俺ならそっちを選ぶけど、レコン・キスタはどっちの考えをとるかな?」

 

「それは、さすがにわからん」

 

だよなと思いなおして、その話はそこまでとなった。

 

 

 

夏休みの最終日の午前中はティファンヌとデートをして、次に会う日の約束をしてから、トリステイン魔法学院に向かった。

モンモランシーとは2週間に1度はあっていたが、簡単に『アンドバリ』の指輪はいまだ発見できないことと、地図に対して最新の水の流れを書いたものを見せた。

 

「意外に地下水脈が多いのね」

 

「トリスタニアには合計5本の水脈があるといわれていたのに、2本多くみつかったしなぁ」

 

使ったのは水の精霊からイメージとして伝えられたルーンの使い方だが、直接『アンドバリ』の指輪を見つけるためだけではなく、水の分布もわかるという能力があるというのがわかった。

これって先住の魔法だから、使用しているところを見つかると、異端審問にひっかかる可能性があるんだよな。

まあ、「水の精霊から授かった」と水の精霊の前で話せれば、それですむ話だが、そこまで行くのに、ひと悶着おこりそうだから、やっぱり秘密にしておくのがよかろうと、モンモランシーとは話がついた。

同じ部屋で話していたのに、ギーシュは頭の上に「?」マークを浮かばせているが、そういうのは無視だ。

 

モンモランシーにはもうひとつ『使い魔との目と耳の共有に関する研究』という学術書の話をして、使い魔の目や耳が共有できないのは、数年に一度ぐらいの割合で発生していると伝えると、魔法学院側で認めるのなら、そのことを魔法学院の公文書に署名することの約束はとれて、実際、魔法学院でも手続きがおこなわれた。

 

こういう多少のことはあったが2学期の生活は、夏休み直前のおだやかな日々をすごしていたが、10月(ユルの月)に入ってすぐに、学院長室に呼ばれた。まっていたのは、オスマン氏と、魔法衛士隊の顔見知りの衛士だった。

その衛士から、

 

「ジャック・ド・アミアン。貴殿に召集がかかったので、国軍へ参加する準備をされたし」

 

予想より早かったが、可能性としてはあると思っていた。

ただ、なぜ魔法衛士隊の知り合いが直接伝えにきたのかは、この時点ではわかっていなかった。

しかしオスマン氏の顔には、ヤレヤレと書いてあった。

 



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第27話 従軍の前に

モンモランシーの部屋で、ギーシュとともに俺はいて、モンモランシーは俺から渡した書類を読んでいる。

 

学院長室で、軍への参加準備の話をしたあとに、モンモランシーの部屋へ来たら、夏休み中からよくみかけるギーシュもいた。

学院長室内で話した内容をそのまま話すわけにもいかないので、モンモランシーに

 

「まずはこの書類を読んでいただいて、ギーシュと一緒に話を聞くか決めてほしいのですが」

 

最近にしては、下手にでているなぁ、と自分でも思うが、渡した書類が『召集準備状』という異例なものだし、話す内容もそこに関連することなので、まずはその書類を読んでもらうことにした。

モンモランシーからは

 

「これって、ジャックに選択肢が3つあるってことじゃないの?」

 

「そうとも読めますが、優先順位から言って、使い魔の契約が優先事項になります。だから、今のままだと、モンモランシーの使い魔として、モンモランシ家の諸侯軍に配属となって、国軍に間接的に入ることになりますが……」

 

「私が使い魔のままに、していた場合の話ってわけね?」

 

「そうです。しかし、使い魔のままで、戦争にいかない手もありますが」

 

「それって、どんな方法?」

 

「モンモランシ家が、参戦しないということです」

 

「参戦しないってできるの?」

 

「国へそれなりの金額を納めれば、参戦しなくても良いようですよ」

 

「そんなお金が家にあるわけないでしょう」

 

モンモランシーが金額でも想像したのか、目の前のテーブルに倒れこんだ。

諸侯軍編成に関しての通達はまだでていないが、その内容もかたまっていることは知っている。

それに、王軍の方は直接かかわる人材について、すでに召集がかかっていて、俺の場合は、軍属なのに使い魔であるということで、遅かったぐらいかもしれない。

目の前でテーブルに倒れこんでいるモンモランシーを、まっているのも良いのだが、方針だけは早めにきめたいので、

 

「この話の続きを、ギーシュがいるままでおこないますか?」

 

「……ギーシュ。席をはずしてもらってもよろしいかしら」

 

「ああ、わかったよ。ぼくのモンモランシー」

 

さすがに、お互いとも実家が借金をしているのを知っていても、それを生では話したくない、聞かせたくないというのは、ギーシュでも理解できているんだろう。

ギーシュが出ていったところで、

 

「それでだけど、俺はモンモランシ家の方から、参戦するのかな?」

 

「ジャックは魔法衛士隊からでたいんでしょ? なら、そっちでいいんじゃないの!?」

 

「残念ながら、その書類にある魔法衛士隊の騎士見習い再審査は、騎士見習いにはならないことが決定しています」

 

「どういうこと? 王軍の士官でも従軍したいのでしょう? 士官ならいいんじゃないの?」

 

「普通なら、そうなんですけどね」

 

「普通じゃないってこと?」

 

魔法衛士隊の知り合いが来たのは、魔法衛士隊の騎士見習いになれないことを、教えにきてくれたというのがある。

これは、書類にかけないことだからだ。

さらにこの先の士官としてついた時に、傭兵を指揮するための立場であって、貴族の爵位とは関係ないらしい。

あまり信じていないが年内中に戦争が終わるようなら、また、トリステイン魔法学院にもどってくることになるし、年内に終わらなかった場合には、参戦した貴族の人数や、死亡した人数次第というのもあるが、国家の予算から考えると、爵位がある貴族として残れるかどうかわからないという話だ。

それだけ、ド・ゼッサール全魔法衛士隊隊長が、今の魔法衛士隊の人員構成に、不安があるということなのだろう。

過去の3隊ではたりず、騎士見習いまで集めて、今の魔法衛士隊としているのが現状だから、戦場経験者が足りないのと、タルブ戦や、アンリエッタ女王が夏休み前に行方不明になった時などをあわせて、トライアングル以上のメイジも少なくなっているらしいからな。

 

「……その通りです」

 

「理由は教えてもらえるのかしら」

 

その質問にはちょっと考えてから、表向きだけの理由でよいだろうと判断して、

 

「宮廷内での計画通りに、年内で戦争が終結したら、また、ここにモンモランシーの使い魔として、戻ってくることになります。それと、傭兵の指揮をすることになるので、通常の常備軍としての経験には、ほとんど役にたちません」

 

「そうなの?」

 

「はい。なので、自分の実家であるアミアン家で、諸侯軍として参戦することを希望します」

 

「あなたが、そういうのならそういうふうにするのもいいけれど、モンモランシ家で参戦しない理由ってなんでかしら?」

 

「基本的に俺がモンモランシ家で参戦しても、モンモランシ家にメリットがほとんど無いからです」

 

「私の実家にメリットがほとんど無いの?」

 

「はい。あくまで俺は、モンモランシーの使い魔なので、モンモランシーの護衛として死亡した場合は、あくまで使い魔の純粋な役割ですが、モンモランシ家で参戦して死亡した場合には、それにたいする補償をモンモランシ家が、アミアン家におこなわなくてはならないでしょう。だから、俺が前線に出向くことはなく、せいぜい水のメイジとして治療を行う程度だと思います。これはモンモランシーの実家に確認してもらえば、わかると思いますよ」

 

「どちらにしろ、ジャックが参戦するしか無いというのなら、参戦準備終了から終戦して戻ってくるまでの間の、使い魔としての役割の契約を解くというのでいいのね?」

 

「ええ、そうです。これはオールド・オスマンにも確認してありますので、問題ありません」

 

こうして、モンモランシーとの使い魔の契約は、ここを離れるまでの間というか、護衛として必要とされる、トリステイン魔法学院の外部にでる虚無の曜日の前には、学院内の準備は全て済ます予定だ。

モンモランシーも単純に、内容を確認したかっただけのようだった。

 

 

 

翌日の晩には、ここのメイドであるクララとフラヴィに来てもらっていた。

 

「急遽来てもらうことにして、悪かったね」

 

「いいえ。そこは問題ありません。学生の皆様と同じように、従軍されるのですか?」

 

今日学校内で生徒への王軍への登用についての公布があったので、すでにメイドたちにも周知の事実だが、俺の場合は王軍ではなくて、実家の方から参戦することを伝えた。

 

「それで、早くても始祖の降臨祭以降にしか、魔法学院にはもどってはこれないので、それまでの分は便秘薬を用意しておいたよ」

 

「ありがとうございます」

 

「俺がいない間の使い方を説明するけれど……」

 

そう言って、用意してある6本の大瓶から、小瓶へのとりわけ方を説明していく。ただそうすると、気がついたのか

 

「あのー、それだと、ちょっと量が多すぎるんじゃありませんか?」

 

「そうだね。2人あわせて半年分だからね。今の量から減らないとした場合だけど」

 

「年内いっぱいで、戦争はおわるんじゃないんですか?」

 

彼女らを無駄に怖がらせるよりはと

 

「それは無いだろうけど、俺自身が戦死するという可能性は低いながら残っているから、それぐらいは大丈夫なように、準備はしておいたよ」

 

「えっ?」

 

「あー、戦死といっても本当の意味での最前線にでるわけでなくて、補給物資を運んだり、まもったりする部隊になるはずだからね。戦争っていうのはそこを狙われることもあるから、多少は考慮して行なう必要があってね」

 

「なんといっていいのか……」

 

「いや、無事に帰ってくる可能性の方が、はるかに高いから大丈夫。それよりも、今までの通りとは違って、自分で便通が出ない期間とかを、きちんと確認していかないといけないから、それを気をつけるんだよ」

 

「はい」

 

「あとは、この便秘薬だけど、1年間までしか使用できないから、それぞれの大瓶に使用期限が書いてある。使用期限はって、2種類しかないけどね。あと細かいところは紙に書きだして封書に入れておくから、それを掃除で入った時に読んでくれないかな?」

 

「封書って必要ですか?」

 

「ああ、たしかローラっていう娘が、ここの掃除もしていただろう? 別な意味で変な誤解を生じさせたくないからね」

 

「そうですか」

 

クララとフラヴィには、それぞれに便秘薬の減らし方の目安と、便秘薬の譲渡書に、便秘薬を作成しておいた

。書類書きばっかりで面倒だ。とりあえず、これで明日には、トリスタニアに行くことができるだろう。

 

 

 

トリスタニアでのティファンヌとの食事は、久々に個室をとって食事をした。

世間話でもと明るくすごそうとしたが、やはり気にかかるのは、お互いの周りで起こっていることで、

 

「やっぱり、アルゲニア魔法学院でも生徒の王軍への登用があったんだね」

 

「ええ。男の子の中でも軍人希望の子たちは、出世のチャンスだとばかりにでている子たちが多いけど、トリステイン魔法学院では?」

 

「きちんとはみていないけど、半分は賛成、4割は仕方がなく、1割はいやいやながらって感じかな」

 

「なんか、感じが違うわね」

 

「仕方がないとか、いやいやながらってのは、嫡男がほとんどじゃないかな?」

 

「封建貴族だもんね」

 

「まあ、そういう違いもでているんだろうね」

 

「ところで、ジャックはどうするの?」

 

食事をしながら、話をするのもどうだろうかと思ったが、結局は話すことにする。

 

「特例でアミアン家から参加する」

 

「特例?」

 

「使い魔というのもあるけれど、実家が軍に関係していないから、こういう時に領民への対処に不慣れなんだよ。戦争に参加する領民に、顔見せをしつづけておく必要があるのは当然として、不安がらせないようにしないといけないからね」

 

「それじゃ、危険なところに行くんじゃないの?」

 

「最前線じゃなくて、物資補給か、倉庫の警備だよ。しかも他のところと組まないとアミアン家だけじゃ人数が少なすぎるからなぁ」

 

「とりあえず、安心なのね」

 

「まあ、魔法衛士隊で働くよりは、直接の戦闘という面では心配はいらないと思うよ」

 

「そういう言い方をするってことは、何か心配なことがあるんでしょう?」

 

「ティファンヌにはかなわないな。一番の気がかりっていうのは、年内に戦争が終結するか、どうかというところ。年内終戦で計画がされているから、それを超えると資金の調達がまわらなくなる。そうすると、必然的に借金をするか、撤退をするかってところが、まるっきり、わからないところだよ」

 

「それって、悲観的すぎない?」

 

「かもしれないけれど、一度見せた武器っていうのは、対応する手段が考えられるからね」

 

「武器って、タルブでの太陽のような大きな光のこと?」

 

「そう。あれはトリステイン王国の武器だと思う。そうでなければ、6万対5万と1万人だけ、2割多いといった方がいいかな。それだけの差で、確実に勝てるとはいえないよ」

 

「けど、空を制することができるんでしょう?」

 

「以外とそうでもないんだよ。わざと上陸させてから、夜間に空戦を各方位からしかけられると、あのタルブでの太陽のような大きな光が、1発では対処できない。何発あるのか。それとも連射できるのか。あるいは大きさを調整できるのかなどもあるから、昼の進軍はわざとさせられて、夜襲なんてのも考えられる。他にもいろいろ対応方法はあるから、相手がどの方法を実用的と考えるか、反撃される方も初めてだから、対処を、どこまで宮廷や将軍たちが考えているのかだね」

 

「どうなるのかしら」

 

「わからないけれど、なるべく多めに手紙は出すようにするよ」

 

「手紙をあまり書かない貴方にできるのかしら?」

 

クスリと笑いながら聞いているティファンヌを見て冗談だとはわかったので、

 

「きみの手紙が、俺の尻をひっぱたいてくれたら、きっと書くよ」

 

「まぁ、ひどい」

 

そして、彼女の家に送って、家の前でおやすみのキスをして別れたが、アパルトメンの中から、これがきっと嫉妬の視線なんだろうという、ティファンヌの父親らしき視線を背中に受けて離れることにした。

 



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第28話 始祖の降臨祭始まり

12月(ウィンの月)。

ついに、遠征軍としてアルビオンでの最初の戦端は開かれたが、その結果は予想外のものとなった。

 

太陽のような光は発生しないで、幻の艦隊を上陸予定地とは別な場所に発生させたという。

いうなれば立体映像のような艦隊であろうが、空船同士の戦いは、序盤にアルビオン大陸より離れた場所で発生していたから、そこでアルビオンの空戦を落とせば、落ちてきた船の船員は、トリステインに残っている国軍のみでも、対処が可能だったはずだ。

 

確かにアルビオンに足場を作る、という最低限の目的は達しているが、アルビオンの空船はそれなりに残っているようだし、兵力は互いに微減といったところだろうから、0点とはいわないが、もう少しなんとかならなかっただろうかと思う。

今回の総指揮官はド・ポワチエ将軍だし、仕方がないとあきらめるの気分と、情報が全部は伝わってこないというのも、戦況の正確性を判断できないものだ。味方には良い情報しか流していないのではないかと、疑心暗鬼にとらわれそうだ。

しかし、最前線にいるわけでないし、俺のところは補給部隊でも、第2次補給予定の部隊だったから、当日の俺は何かあったら起こしてくれ、というぐらいだらけきってたしな。

 

 

 

アルビオン遠征の戦端が開かれた日の早朝に、女子生徒ばかり残っていたトリステイン魔法学院が襲われた、というのを親父からの手紙でみて、どうやってそこまで入り込んだんだか? という疑問は残ったが、幸い生徒に怪我はなかったということで、一安心だ。

裏を読めば、生徒以外で負傷者、最悪は死者がでたということだが、トリステイン魔法学院まで、その時いたラ・ロシェールからだと馬で1頭だと片道で1日はかかるし、全ては終わってから知ったのだから仕方がない。

だからこそ、それぐらいの情報は俺に手紙を送ってきたのだろうが。

 

 

 

ただし、ジャックが起きていた場合、モンモランシーの眼と共有していたかは定かでないが、共有していたとしたら、何か今後の展開は、またかわっていたかもしれないが、それはあくまで仮定の話である。

 

 

 

12月も中旬になりようやっと、軍部の重い腰があがった様子がはっきりした。アルビオンで最初の拠点地としたロサイスと、敵首都となるロンディニウムの間にあるシティオブサウスゴータへの侵攻とのことだった。

 

気がかりと言えば、11月の初旬から、ティファンヌの手紙が届かないのであった。

10月(ケンの月)中は、自領で農民の訓練をしていた時には、手紙は届いていたのに、ぷつりと手紙がこなくなった。

病気であろうかと、心配にはなったが、こういうので親父に調べてもらうというのも、ちょっと違うなと、毎日とはさすがにいえないが、こちらから手紙だけは出していた。

 

 

 

予定外といえば、アミアン家は補給部隊でも、実際に物を運ぶ方を担当して、その護衛にはモンモランシ家だったということだ。

あの親父め、何をたくらんでいるのやら。おかげで鉄砲隊の構想はなくなって、基本的には長槍隊が1つに、長槍と、弓矢と、盾とメイジの混成部隊が1つという、中途半端な2つの中隊規模の部隊が出来上がった。

 

確かに最前線ではなく、長槍隊もモンモランシ家の鉄砲隊の補助部隊的な要素はあるが、モンモランシ家には短槍隊を編成しているので、こちらの長槍隊をやくたたずとみて、後方だし、混成部隊は人数がばらばらなので、こちらもあてにされず後方だ。こっちとしては、突破された場合は、補給物資をもって逃げるだけというのが実態になるだろう。

 

 

 

俺はというと、『アンドバリ』の指輪を探していたら、いつのまにやら水脈調査をしているという噂がたっている。

 

他には、モンモランシ家の領主へおべっか使いをさせられている。

まあ、週に2回だから、よしとしよう。

適当にモンモランシーのことをほめたたえておけば、それで角が立たないのだから。

とはいってもモンモランシ家領主とは水脈調査の話題になり

 

「モンモランシー嬢がラグドリアン湖の水の精霊と、『アンドバリ』の指輪を探す契約をなされまして、そのお手伝いをわたくしめが、させてもらっております」

 

水の精霊に『アンドバリ』の指輪を返すのは、モンモランシ家で「しっかり行なう」って、また水の精霊を怒らせるんじゃないかと、少々心配だが、モンモランシ家がまたラグドリアン湖の領主になれば、交渉できないということはないだろう。

 

そしていよいよシティオブサウスゴータを侵攻する日が近づいてきたが、それには移動しなきゃならない。補給部隊だから、ロサイスにいてもよかったんだが、モンモランシ伯爵が参戦するというので、必然的に巻き込まれた形だ。どうせ、いっても最前線ではないから、どこまで役にたつのやら。

 

シティオブサウスゴータの攻略戦の開始には、まだ最後方で補給物資をまもりながら移動しているだけで、適当に交代しながら物資を運搬させている。とりあえずは、シティオブサウスゴータを攻略してくれないと、補給物資の搬入もままならない。

 

シティオブサウスゴータの攻略戦は1週間で実質完了した。空になっている倉庫に、準備物資をいれたり、面倒なこった。

 

 

 

始祖の降臨祭という名目で休戦になり、シティオブサウスゴータでは、徴収した農兵用のテントを用意することにした。

俺の方は一応領主代理ということでもあり、宿舎を借りられた。

ただし借りられたのは3人部屋なので、それぞれの中隊をまかせている2人の副官と一緒だ。

両者とも自城の衛兵であったから、下手な他の貴族と一緒より気楽だが、自由に動かせてもらえなさそうなのは目に見えているが、

 

「ちょっと、自由行動にするから、好きに動きな」

 

「ジャック坊ちゃんは?」

 

「だから、坊ちゃんはやめろよー!」

 

「はっはっはっ。失礼いたしました。ジャック様はどうなされるんですか」

 

「面白そうな店を探してブラブラしてるつもりだが」

 

「ご一緒させてください」

 

「お供いたします」

 

えーい。2人してくっついてくるな。

 

「俺が行くのは娼館だぞ!」

 

「いやっ、そのっ」

 

「ついていくというわけには、いきませんな」

 

あー、よかった。しばらく禁欲生活が続いていたからな。

最後は、ティファンヌと会った日の前日だったか。

夏休み最初は、収入が前年並みと計算してつかっていたから、ティファンヌとのデート代がたりなくなったんだよな。

『遠見』の魔法と思われる変な視線も、トリスタニアの娼館に行く時にまいたしな。

 

ティファンヌと連絡がとれないのは、あいかわらずだが、本国と自由に情報がやりとりできないのは、戦争ではよくあることだ。しかし11月後半ぐらいからならともかく、11月の初旬だからな。戦争が終わってから直接聞くというのが良いのだろうが、この戦争もいつ終わるのやら。

なんか、このまま、ずるずると消耗戦をしかけられたら、トリステイン王国が借金まみれで、借金でつぶれるぞ。

 

まあ、それはともかく、このシティオブサウスゴータは観光名所だ。

そういうところには必ず娼館が存在する。

最上級とはいかないまでも上級と評判の店をあたると、日の光が高いおかげか、すんなりと交渉はまとまった。

 

娼館からの帰り道『慰問隊』が到着したことを知った。

ちょこちょこっと探ってみたが、店が開かれるのは天幕という話であり、普通に考えたら娼婦はいないだろうとの結論にいたった。

若い女王だから、戦場の兵士にそこまで規律を、もたらしているのだろう。

まあ、こういうのは、ひそかに楽しむのも一興と思い直して、宿舎にもどった。

 

その後はしばらく、農民兵たちには1日1回はテントにもどって、帰ってきたことを誰かに確認させて、それを中隊長が確認するということにしている。

 

俺は昼間は例によって、『アンドバリ』の指輪を探すのに、各地の井戸を中心に水脈の調査をかねている。

そんな俺についてくるのは、2人の中隊長がかわるがわるについてきた。

夜はというと、年が明けた1月(ヤラの月)の最初の日、花火が夜空を彩った。

 

そんな中で、見つけた天幕の店は、『魅惑の妖精』亭。1人の中隊長と一緒に入ると店長のスカロンがいて、

 

「いらっしゃいませ~~~! あら! 戦地にいってらっしゃたのですね~」

 

「戦地で会うのは初めてだね。今日の妖精さんたちに、チップは?」

 

「ここにいる間は、そのようなことはありませんは。その代わり、手短になってしまいますけど」

 

「ああ、了解」

 

見回してみると、ギーシュの姿をみつけたので、

 

「あそこに知り合いがいるから、席があいていたらそこで、あいて無かったら適当なところに席を取らせてもらうよ」

 

「そうしていただけますと助かりますわー」

 

ギーシュに軽くあいさつをして、席につかせてもらうと、サイトもいた。戦争とは関係なさそうなサイトがいることから、夏休みのことをちらっと思い出し、

 

「サイト。もしかして皿洗いのアルバイトでここまできたのか?」

 

そんな質問が俺の口からでていた。

 



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第29話 後悔先に立たず

俺からの質問である。

 

「サイト。もしかして皿洗いのアルバイトでここまできたのか?」

 

「ルイズについてきたんだ。ルイズならあそこにいるよ」

 

そう指を刺された方向を見ると、確かにルイズとトリステイン魔法学院で見覚えがある黒髪のメイドがいた。

今は私服だが、黒髪は珍しいから見間違いないだろう。

 

「なんで、ルイズが戦地なんかに来ているんだ?」

 

「女王直属の女官なんで、その命令だそうで」

 

「ルイズが女王直属の女官ね。そんなものにいつなったんだ?」

 

「確か、俺がこちらにきて1か月ちょっとした頃」

 

忘れていた記憶をたどってみると、そういえば、サイトとギーシュを拾った覚えがあるなぁ。

その時漏らしたアルビオンのことやら、ルイズの惚れ薬騒動では、サイトが女王に会えるという言葉を思い出した。

そうなると、戦地に赴く女官とは何をさすのやらと考えると謎なんだが、考えるだけ無駄とこの関係の話はやめることにした。

 

この場にギーシュがいることから、自分の勲章の自慢話や相手陣地から脱走だから、こちらの戦勝ムードだのと話がでてきている。

しかし、俺としては、少々懐疑的だ。

シティオブサウスゴータの食糧がなくなっていたことから、こちらの補給に負荷をかけてきていることは確かだ。

籠城戦とみせかけて、今は無いアルビオン王家のように、拠点を移し替えることも考えられる。

そうすると、戦争が長引くのは必至だ。

長期戦にもちこまれたらトリステインに、それだけの資金力が残っているかは、かなり難しい。

昨年内に戦争が終結していないことから、多分借金をどこかからし始めているはずだ。それが雪だるま式に増えていく。

そうすれば、国の財政の問題で、戦争が続けられなくなるのが見えてくる。

あまり悪い予想なので、言葉はひかえているが、そんなものだ。

 

そうして考えながらギーシュを中心とした話に、サイトが突然割り込んだ。

 

「まったく! お前ら、ばっかじゃねえの!」

 

「な! 誰がバカなんだね! どうしてバカなんだね!」

 

ギーシュが問い返すのもわかるが、サイトは何を言いたいんだ?

 

「いーかげんにしろって言ってんだよ! なーにが、戦で手柄を立てて、モンモランシーに認めてもらうんだよ。アホか! 死んだらどーすんだよ。モンモンにしてみりゃ、そっちのほうが問題だろ」

 

「ぼ、ぼくの行ないを、ぶ、侮辱するかぁ!」

 

「サイト。モンモランシーの使い魔として、言わせてもらう」

 

まわりが一瞬シーンとしている中で発言したものだから、人間の使い魔が? っていう雰囲気と、サイト以外にもいたのか? という視線をむけてくる者も多かった。

 

「ギーシュが戦死すれば、モンモランシーは一時的に悲しむかもしれないが、彼氏でもないギーシュにはそれぐらいで、そうなれば別な貴族と結婚するだけだ」

 

「おい、まて! ジャック」

 

「ああ、悪い。ギーシュ。だがモンモランシーがギーシュのことを、彼氏とは認めていないだろう?」

 

「それはそうだが、話が違わないか?」

 

「その通りだ。サイトがだしてきたのは、論点をずらしたものだ。サイトはそういう意味では、戦争をするなということを言いたいのであろうが、それを行うのなら、最終的にはアンリエッタ女王の命を敵に与えることによって、王国は滅亡、アルビオンに併合されるという形になるだろう。そうした場合、何がおこるかの具体例として、このシティオブサウスゴータでおこったように、亜人による食糧の強奪がおこなわれるという将来像だ。サイトはこういう国に、すみたいのか?」

 

具体的に事実をつきつければ、その事実は否定できない。

ただし、事実だからといって、それが1つである限り、他でもおこなわれるかは別問題だ。

ようは詭弁をもちいているのだが、貴族の方は女王の命を与えるなんて認めないだろうし、貴族以外ならば、議論の仕方の勉強などしていないのと、もし気がついてもわざわざこういう場で、反論しようとはしない。

 

「なんで、アンリエッタ女王の命を敵に与えることになるんだよ。アルビオンを封鎖すればいいだけなんだろう?」

 

「確かにそういうふうに言う者はいるのも知っているが、それは自国とせいぜい同盟を組んだゲルマニアまでしか考慮をいれていない者の発言だ。ガリアが中立である以上、ガリアの商人がアルビオンと交易をおこなう。アルビオンは物を高く買わされて、ガリアの商人が儲ける。そういう話で、アルビオンからの戦争開始を1,2年遅らせる程度の効果しかないだろう」

 

サイトがだまってしまったので

 

「なので、ギーシュは、女王の命を守るために、戦争に参加したことによるものだ。それによって手柄を立てたのなら、女王の名のもとにおいて、武勲をたてた名誉を屈辱するのは、女王を屈辱するのと一緒だ。もし、反論があるのであれば、女王直属の女官の使い魔である君だ。女王に直接会って言ってみればいいだろう」

 

サイトは、俺の言葉に反論しないで立ち去って行った。

黒髪のメイドもおいかけていったようだが、俺の前世ならこういう話の仕方はしないで、サイトの考え方に近かっただろう。

今も封建貴族として生まれて特権をもっていなければ、今のような話はしていなかったかもしれないしなぁ。

しかし、サイトは戦闘技術としては特殊な訓練を受けているかもしれないが、思想においては俺の前世とそう大きく変わっていない。そんな気がした。

 

 

 

『魅惑の妖精』亭の天幕から、ほどほどに酔って、酔い覚ましにぶらぶらと回り道をしながら、自分の宿舎へ戻ろうとすると、見知らぬ井戸があったのでそばによると、水の精霊から授けられた『アンドバリ』の指輪を検知する感覚に反応した。

一機に酔いがさめて方向などを感じると、山岳の方だ。いわゆる水源地といわれる泉か何かのそばでテントでも張って寝ているのだろう。

体内のアルコールはどれくらいかを考えて、宿舎で酔い覚ましの魔法薬を、しびれ薬から調合しなおして、それを飲んで1時間後には、風竜をだまって借りて山岳地に飛んでいった。

こういう隠密行動系の時は1人の方がいい。風竜には、

 

「古き水の精霊との契約により、その精霊が護っていた秘宝を取り戻す役割をになっている。ルーンが共通の言語に訳してくれているのは知っているが、俺にはそちらの話す言葉は判らない。背中に乗せてくれるなら、首を縦に振ってくれないか?」

 

こうして、何匹かの風竜が首を縦に振ってくれたので、その中で一番大きな風竜にのせてもらうことにした。

 

向かう先は、山岳地の泉。

自分で書いた水脈図をもとに、あたりをつけて『暗視』の魔法で闇夜の中のテントを、上空の風竜の上から見つけた。

針葉樹がかろうじてある山の雪の上だが、シティオブサウスゴータからは山の頂より反対側となるために火をたいていても見えることはない。

テントより少し離れた場所に舞い降りてもらい、足音が伝わらないようにサイレントの魔法をかけつつ、気配を消しながらテントに近寄っていく。

水の感覚をたよりに中にいるのを確認すると、見張りらしき女が1人と他に男1人に女1人か。

男は隻腕なのは水の感覚でわかるが、テントの端で横になっている。

水の流れから寝ているのだろう。

その男と反対側にいる女が『アンドバリ』の指輪をもっているのは、ルーンを介して『アンドバリ』の指輪の位置がわかるのと、そっちが女のようで、もう1人の女は起きているようだ。

 

さて、想定外だったが、幸い雪がまわりにある。

雪は水系統の魔法とも相性がいいので、使えるはずだと、念力で雪をテントの中へ入れて、浮かばせて一機に3人へと落とす。

その瞬間に1度きりの先住魔法で、水の精霊と同じ相手の精神を支配する……とまではいかず、虚ろにする魔法だ。

正確には1度きりというよりは、『アンドバリ』の指輪を取り返す時に使えるという制限をかけられているのと、どっかに奪われる予定もないので、実質1回きりであろうという俺の願望だ。

 

テントの中に入ってみて驚いて、

 

「ワルド隊長!」

 

ワルド隊長が隻腕になったなんてきいていないぞと、少々混乱気味になったが、なっているものは事実としてうけとめ、まずは女性から『アンドバリ』の指輪を取り戻した。

イメージでもらっている物より、水石が半分以上小さくなっているのだが、これはどうしようもないだろう。

水の精霊に渡すのは他人にまかせるとして、ラグドリアン湖の水脈に近づくのはさけることにしようと誓った。

水の精霊以外の何かにむかって。

 

目的は、あくまで『アンドバリ』の指輪なので、始祖の降臨祭でもあることだし、裏切り者のワルド元隊長を見逃すのも手だが、気にかかったので、禁術ではあるが『ギアス』の魔法をかけて、何をしていたのか聞いてみることにした。

凍死されるとこまるので、かけた雪はどけてだが。

 

「ワルド元隊長。おひさしぶりです」

 

「ああ。ジャック君だったね」

 

「ここで何をしていたのですか?」

 

「シェフィールド……そちらの女性の護衛だ」

 

「ちなみに真ん中で横になっている女性は?」

 

「マチルダ・オブ・サウスゴータ。同じく護衛だ」

 

サウスゴータの領主か? 護衛とはおかしいが、そこは気にかけるべきところじゃない。

 

「それで、 シェフィールドはここで何をしているのか、知っているのか?」

 

「街を1つ操るとのことだ」

 

そんなことが可能なのかと思ったが、水の精霊が秘宝としているだけあって、それぐらいの能力を占めていても不思議ではない。細かいところは、 シェフィールドに聞くとして

 

「どうして、トリステイン王国を裏切って、レコン・キスタについたのですか?」

 

ワルド元隊長に聞いてみたかったのは、このことだ。そうして戻ってきた返答は長かった。

 

気が狂っていたとはいえ、自分の母親を階段から突き落として殺してしまったことで、魔法や剣に一生懸命打ち込んで、魔法衛士隊に入ったのち、20歳の時に、母親の部屋を整理して出てきた日記帳に「『聖地』へ行って」という言葉が書かれているのを、せめてもの罪滅ぼしとして実現しようとしたが、魔法衛士隊を長期にわたって休暇が取れる身分ではなくなったこと。

『聖戦』もしばらくはおこりそうにないし、レコン・キスタの『聖地』を取り戻す、という言葉にのってみたということだ。

余計なことに、俺との手合せが多かったのは、俺も母親を小さいころになくなっていたので、それで周りにはいじめにしか見えない、手合せをしていた。

余計なお世話だといいたいが、現在の俺の技量が高まったのは、ワルド元隊長が相手をしてくれた、というのも事実だからなぁ。

俺の中では、ワルド元隊長のことは、始祖の降臨祭ということもあり、見逃すことにした。

 

たいして、街を1つ操るということをやりそうな、 シェフィールドという女性にむかって『ギアス』をかける。

 

「シェフィールドと言ったな。本名か?」

 

「本名だ」

 

「所属を教えろ」

 

「ガリア王国 ジョゼフ王の使い魔 ミュズニトニルン」

 

レコン・キスタと関係しているのが、ガリア王国だと……俺は、聞かなければよかったと後悔した。

 



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第30話 敗戦か

新年2日目の朝の気分は最低だった。

 

昨晩の『アンドバリ』の指輪を取り戻すという、水の精霊との約束は、はたせるかもしれないが、その相手は悪すぎる。

ガリア王国のジョゼフ王の使い魔が、レコン・キスタに指示を出していたとは。

まあ、役割としては、ジョゼフ王からの指示をそのまま伝えているのと、『始祖のオルゴール』を探しているということ。

それに、今回はサウスゴータの街にいる人間を操るということだが、始祖の降臨祭の最終日にレコン・キスタも襲ってくるということだ。

一応、レコン・キスタには始祖の降臨祭の最終日に「ガリアからも挟撃する」との話を伝えろとの指示もでているらしい。

そんな日に実際に軍行動をおこなえば、ガリア王国での内乱も考えられる内容だ。

ここの水場のあとは、首都であるロンディニウムに戻って指令を待つだけということなので、ジョゼフ王の考えがわからないなぁ。

 

シェフィールドを捕獲してきても、はたしてこちらの軍部が動いてくれるのか自信はないし、ガリア王国を直接敵にまわしたら、トリステインどころか他の国全部とも相手をできるだけの両用艦隊を有している。

トリステインはサウスゴータの侵攻時に、魔法兵器と思われるものも、使われた形跡はないし、すでに新兵器は尽きていると考えるのが筋だろう。

ようは、手を出そうが出すまいが、ジョゼフ王の手の上にいるということだけを認識しておいて、あとは、自分の命を大切にすることにした。

今の俺の場合、アンリエッタ女王にそこまでの忠誠心も無いからなぁ。

 

結局おこなったのはマチルダ・オブ・サウスゴータが、土のトライアングルとのことで『アンドバリ』の指輪に水石が無い贋作を作らせて、途中で見つからないところに放りだしてもらうのと、ワルド元隊長と一緒に逃げ出してもらうことだった。

まあ『ギアス』の魔法をかけられたこと自体2人とも記憶に無いはずだが、保険のためにどこかでつかまって、今回のことを追求されたら自殺するように強制もしておいた。

 

とりあえずシェフィールドには、ワルド元隊長とマチルダ・オブ・サウスゴータが『アンドバリ』の指輪を持ち出して逃げたという状態のように見せて、テントの中でそのまま眠っていてもらうことにした。

 

 

 

俺の方はこれから目立たずに、始祖の降臨祭の最終日にアルビオンが襲ってくるのと、山地の水源地にディテクト・マジックではわからない、アルビオン側の命令を聞く毒が仕込まれたという情報を1日あたり何人かずつへとギアスの魔法で刷り込んで、まわりに広まるようにした。

 

これを聞いて始祖の降臨祭の最終日の前日に、俺は最終日の対応を念のためにおこなっておくという姿勢を、見せるということにしている。

 

ここの駐留司令部が、どこまで対処するかだが、始祖の降臨祭の最終日の前日になっても連絡がこない。

これは、あくまでデマだと考えているのだろう。

全体で組織だっての行動は、まず不可能と考えて、自領の領民と、組んでいるモンモランシ家の領主に話をして、同じ対応をすることになった。

水の精霊を怒らせるような人物ではあるが、過去に似たような前例があったというのを知っている、というのはさすが水の名門だ。

それでも軍部への影響力が低下しているので、モンモランシ家と比較的親しい貴族が、王軍とは別に諸侯軍としてこちらと同じことをするだけになったのだが。

 

そして、降臨祭の最終日。

『アンドバリ』の指輪によってつくられた毒に、通じていると思われる水を飲んだ可能性があるものは、すべてしばりあげておいた。

 

そしておこったのは、朝の内の断続的な爆音だった。

さも、噂が真実だったのかっと驚いた風にして、街中の司令部に副官を行かせたら、

 

「諸侯軍はロサイスまで移動せよ、との指示がでるそうです」

 

との報告を受けた。

意外だったが、噂だけでも流しておいてよかった。

補給物資を少しでも多くもって移動して、トリステインへ戻るというのが、俺のたてた作戦だったが、一緒に行動するモンモランシ家では慰問隊の一部も助けるというのだった。

司令部はモンモランシ家と同じような考えだが、割り当てられたのは慰問隊の1軒を護衛しながらロサイスまで移動、実質の退却だが、まだ明示的にトリステイン王国への移動までは結論をだせないらしい。

 

少なくとも噂が流れていただけ全面的壊走という事態はまぬがれているような雰囲気だが、一体いつまでもつかわからないというところが真相だろう。

そう思いながら、サウスゴータの街を離れることになった。

 

こちらは補給物資を積んだのと慰問隊も待っていたので、食料をもってこなかった相手には、食料を配給しながら撤退していくと、当初予想していたより時間がかかっている。

それでも、食料が減り重量が軽くなっていくと、ロサイスの直前ではかなり早く移動できるようになった。

 

 

 

ロサイスにつけば、まずは慰問隊をトリステインへ返すこと。

ここまではド・ポワチエ将軍、いや、元帥としての最後の命令だった。

そのあとにこのロサイスでの連絡ががりをしている副官から

 

「ド・ポワチエ元帥がシティオブサウスゴータで、戦死されたとのことです」

 

「それでは、シティオブサウスゴータは再度、敵軍にわたったんだな?」

 

「はい。詳しい状況は、まだはっきりしませんが、首都ロンディニウムから、アルビオン軍が出撃したそうで、兵力はこちらの連合軍が約3万5千に、アルビオン軍が6万5千になりそうとの情報も入手してまいりました」

 

「普通に考えたら、我々、諸侯軍が先に空船でトリステインで、残った王軍が空船に乗り込むまで時間稼ぎといった作戦になるだろう」

 

「そうだと思います。領主代理」

 

「どちらにしても、あの魔法兵器がつきたのと、シティオブサウスゴータへの進軍が遅かったのが、敗因だろうなぁ。少なくともシティオブサウスゴータへの進軍が早ければ、首都ロンディニウムへ攻撃はしかけることはできただろう」

 

「負け戦というのは、こういうものですよ」

 

「負け戦に参戦したのは、初めてでね。それにしても、王軍が脱出するには、半日から1日ぐらいはたりなさそうだな」

 

「そこは、王軍におこなってもらうべき内容でしょう」

 

「確かになぁ。あとは敗戦後、トリステインがどうなるかと自領がどうなるかってのは、親父が頭を悩ますところだろうなぁ」

 

副官は自城の衛兵だけあって、このことに関しては答えなかった。

 

 

 

トリステインへの帰国は満員の空船だったが、トリステインに降りてからは、まずはこれだけの船を一度におろすには、海となる。

それで王軍の司令部との連絡がつかなくなり、海辺で自領への引きあげ準備をさせていたら、司令部からは意外な通達がきた。

 

「なに、アルビオン軍が降伏したって?」

 

「はい。ガリアの参戦で、100隻あまりの艦隊からの一斉砲撃で、首都ロンディニウムを制圧したそうです」

 

「100隻か?」

 

「そう、通達がきております」

 

「わかった。そうしたら、俺たちの役割は終わりだ。領へ帰れるぞ。皆に伝令してくれ」

 

「わかりました」

 

通達をうけとっていた副官が、農民兵たちに帰ることを伝えている。

そこは、それであとは副官だけで、領地に戻らせて問題ないだろう。

そのあとの戦争への参加の褒美とかは、親父とか代官の役割だ。

 

こうして、アルビオンでの作戦は『アンドバリ』の指輪をどうやって、水の精霊に返すかだけを残して終わった。

これからは、連絡のとれていないティファンヌのことだ。

 

どっちにしろ、首都トリスタニアの家によって、親父にあうのが最初だろうな。

兄貴とは会うかどうか、あいかわらずわからないが。

 

 

 

農民兵たちと途中までは一緒に行動をともにしていたが、アミアン領とトリスタニアへの分かれ道でみなとわかれることにした。

まあ、衛兵はともかく、あの農民兵たちと会うことは無いだろう。そうではあるが、所詮はあととりではない息子と、戦争までは交流がなかった農民とは、すでにあいさつを出発時にしてあるので、別れは簡単だった。

 

トリスタニアの家にもどったところ、メイドが一瞬驚いたようだが、すぐ表情をとりつくろって

 

「お戻りなさいませ。ご無事で何よりです」

 

「そんなに危険なところにいなかったからね。それよりも親父か、兄貴でもいるかい?」

 

「本日は平日ですので、いつもの通りに、宮廷で仕事をしています」

 

「そうしたら、ティファンヌ・ベレッタのことを知っているかい?」

 

「旦那様なら知っておられるかと思いますが」

 

なんか、話したがらなさそうなので、気にはかかるとしても、それ以上の無理強いは、あとあと面倒になる。

 

「わかった。親父にあとで聞くから、俺の部屋は入れるよね?」

 

「大丈夫です」

 

そうして、自室に入って夕食まで待つことにした。

夕食前に、親父がもどってきたので、

 

「やあ、親父。久しぶり」

 

「よく生きて帰ったな」

 

「そんな、死ぬようなところについていないからさ」

 

「そうか。まずは、お前の無事を祝って、軽く飲むか?」

 

「ああ」

 

こういう、夕食前に飲むということは、何か話があるってことだ。諜報委員にかかわることだろうか?

 

応接室で飲むことになって、親父からの言葉は、

 

「お前にとって、かなり悪い情報がある」

 

「そう。覚悟してきいておくよ」

 

「実はだな……」

 

次の言葉は、予想していた事とはまるで違っていたことなので、驚くしかなかった。

 



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第31話 漏れるものなのね

親父からでた言葉は

 

「悪い知らせは2つある」

 

「2つ?」

 

「1つ目は、ロマリアの神官からの招待状だ」

 

「って、まさか、異端審問かい?」

 

「そうではなかろう。始祖の降臨祭の初日に風竜にのったとかで、興味をもったらしい」

 

あらら。まさかあの成竜は、使い魔だったのか?

使い魔となった幻獣は話すことがある。けれど、話してこなかったよな。うーん。

 

「そんな日に、お前は何をしていたんだ?」

 

「『アンドバリ』の指輪探し」

 

詳しくは、その場で話したところ

 

「そうか。ワルド元子爵を逃したのが、宮廷にそのまま漏れるとお前の立場はまずいぞ。しかし、ガリア王国がからんでいたのか」

 

「今となっては証拠も無いから、話さなければ大丈夫だと思うけど? それともワルド元隊長だけでもつかまえて、ガリア王の使い魔の護衛を減らしてくればよかったと思うかい?」

 

「ガリア王次第だが、無能なのは魔法だけだからのぉ」

 

「それなら話はもどるけど、ロマリアの神官の招待状は?」

 

「これだ、これ」

 

今、懐から3通とりだして、1通か。

 

「今、あけてもいいかい?」

 

「よかろう」

 

招待状をあけてみると、場所は宮殿で王軍管轄の部署だ。なんで、そんなところに神官がいるんだとも思うが、

 

「神官の名前がジュリオ・チェザーレって、昔のロマリアの有名人と同じなんだけど、本名?」

 

「残念ながらわからん。ただし、お前と同じくらいの年齢で月目だから、見ただけですぐにわかるだろう」

 

「月目は不吉だって、地方では言われることもあるのに、神官ねぇ」

 

「まあ、お前が使い魔である、というところに興味をもったとは言っているので、少々悪いといっても、異端審問ということはないと思うぞ」

 

「はぁ。わかったよ」

 

「それで、2つ目の悪い知らせだが……ティファンヌ・ベレッタは結婚した」

 

「へっ?」

 

「間の抜けた顔面になりおって」

 

「いや、冗談じゃないの?」

 

「11月下旬に結婚した。アルビオンへ戦争をしかけるところだったので、まだ、パーティはおこなわれていないがの」

 

「誰とぉ」

 

「相手はアドリアン・ド・ケルシー男爵。ジュール・ド・モット伯爵の4男だ」

 

名前にドが入っているのは、領地から名前をもらっているということか。

 

「4男なのに、分領してもらえるだけの領地があったんだ」

 

「気にするのは、そっちか?」

 

「まあ、ティファンヌにはふられたってことだろう。最後に手紙の1通ぐらい送っておいてくれればよかったのにとは思うけどさぁ」

 

「実は、預かっておる」

 

そう言って、親父はバツが悪そうにしながら2通の手紙をだしてきた。1通はティファンヌからだったが、もう1通はベレッタ家男爵として家紋の蝋封をした手紙だ。

 

「へー、ティファンヌの父親が正式に手紙を出してくるって、結構な堅物だったんだねぇ」

 

「一面では、そうかもしれないが、結果の責任としては私にあるかもしれないからなぁ」

 

「親父が? なんで?」

 

「実は、ティファンヌ嬢は10月中旬の頃に、血が白くなっていく種類の病にかかったことが判明してな」

 

前世でいう白血病か。正式名称は忘れたが、そんなに早くわかるものかと思い

 

「たしか、最後にティファンヌにあったのが10月初旬だから、よくそんな早くにわかったね」

 

「まあ、そう言うな。お前とティファンヌ嬢の間に夜の営みがなかったか、医師に診てもらった時に、そっちは問題なかったが、血の方になにか問題があるということで発覚したそうだ」

 

「それで?」

 

「何か所かあたったらしいが、つてがなくて私をたよってきてな」

 

「何のつて?」

 

「水の秘薬を入手するつてだ」

 

「そういえば、わずかに入手できている分は、すべて国が買い上げていたみたいだけど、もしかしてそれで水系統の関係ということでモット伯爵との仲介をしたとか?」

 

「結果としてはそうだの。モンモランシ伯爵家とモット伯爵家への紹介状を用意した。結果として普段王宮にいるモット伯爵を頼っていったようだが、ベレッタ男爵がティファンヌ嬢を一緒につれて、水の秘薬を分けてもらえるように頼みに行った時に、そこにたまたまそこの4男がいて、一目ぼれしたとかで、それで水の秘薬を渡すのは結婚を条件とされてしまったそうだ」

 

ティファンヌに一目ぼれね。そこまで美人とか、ものすごく可愛いとかまではいかないと思うんだけど、『蓼食う虫も好き好き』という前世で聞いた言葉を思い出していた。

 

「その手紙は、夕食の後でも読むよ」

 

「お前がそれでよかったらな」

 

「血が白くなっていく種類の病って言ったら、生死がかかっているんだから、仕方がないと俺も思うよ。それよりも普段の夕食の時刻を過ぎているよ。夕食にしない?」

 

そう言って、夕食は親父と戦争中のことをお互いに話しながら過ごしてから、ワインを1本部屋に持ち込んで、まずはティファンヌの方の手紙を見た。書いてあったのはほんのわずか。

 

『ジャックへ

  この手紙を読んでいるころにはケルシー夫人となっていると思います。

  だから、もう会わないようにします。

  さようなら。

    ティファンヌ・ベレッタより』

 

この短い中の文書で『さようなら』か。ティファンヌの性格だから、パーティで会ったとしても、夫を介しての交流までしかもたない気でいるのだろう。

 

それとベレッタ男爵からの手紙では、謝るにしても美辞麗句をならべているのは面倒だとして、手紙をティファンヌがやめたのは、俺が戦地で動揺しないようにとの配慮だということが実質的な情報だった。ティファンヌならそうしそうだから、その通りなのだろう。

 

そういえば、この世界に生まれて付き合うような相手から、ふられたのは実質初めてだったよな。ティファンヌのことを思い出しながら、それをワインのつまみにして、ワインが無くなったところで寝ることにした……

 

 

 

翌朝は、面倒なことはとっとと片づけるということで、ジュリオ・チェザーレとかふざけた名前をつけた神官のところへ行くことにした。実際に会う前に、神官の評判を聞いて歩いたけれど、美男子だが、性格に難があるとか、女性をほめるのがうまいとかいう、ほめられてうれしがっている女性とかもいたりと、人物像はしぼりこめないが、やっかいそうな相手だとわかったことだけでも良しとして、面会に訪れ会うことができた。

 

「ご招待いただきありがとうございます。ジャック・ド・アミアンでございます」

 

「こんなに書類がたまっているところにきてもらって悪いね。僕がジュリオ・チェザーレ

だ。ロマリアの神官だよ」

 

「それは、ロマリアの神官に対してお話すればよろしいといいことですか?」

 

「正確には今は、ロマリアの神官の職は一時的に解かれているが、この場で見聞きしたことはロマリアの神官として、対処することを始祖ブリミルに誓おう」

 

「ならば、ここで、周りの音を遮断する魔法を使わせてもらってもよろしいですか?」

 

「その方が都合がいいかもしれないね。使ってくれるかな」

 

サイレントの魔法をかけながら、これはまた厄介な相手かもしれないと頭が痛くなるだけですめばいいなと思った。

 



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