Fake/startears fate (雨在新人)
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簡易設定
簡易版キャラクター設定


現在登場しているキャラクターの簡単な設定集となります

ネタバレ要素は無し

立ち絵は篠月祐様およびエターナル14歳様(セイバー陣営及び銀狐、ルーラー)によるものです。


マスターとサーヴァント達

 

セイバー陣営

ザイフリート・ヴァルトシュタイン

【挿絵表示】

主人公。ヴァルトシュタインの考えた聖杯戦争必勝法「本来のサーヴァントとは別に人工サーヴァント作って従えて人海戦術」の実験体であり、贅沢にも降霊魔術の素養を持つ人間を材料にして作られた成功例、S346。人造ジークフリート。その自我故に聖杯を求め主君に牙を向く

セイバー

【挿絵表示】

安定したスペックの高さから最優とされる剣士のサーヴァント

魔剣を持ってるからセイバー、であり、「最優」のサーヴァントの名に相応しい実力は備えていない。宝具性能のごり押しを得意とする

 

 

アーチャー陣営

【挿絵表示】

多守紫乃

行方不明になった幼馴染の手掛かりが聖杯にある、という謎の手紙を信じて聖杯戦争に巻き込まれた少女。突然変異的に魔力こそ持つものの一般人であり、感性も一般人でしかない

アーチャー

弓兵のサーヴァント

自称神霊であり上級のサーヴァントな猿顔の青年。眼に見えない矢という宝具を持ち、接近戦でも十分に強い化物サーヴァント

 

 

ランサー陣営

ファッケル・ザントシュタイン

ランサーのマスター。一般的な魔術師。ヴァルトシュタインとは因縁がある家の出

ランサー 

槍兵のサーヴァント

ザイフリートを付け狙う女性。焔と槍を操る、ジークフリートを恨む美女

 

 

ライダー陣営

ドゥンケル

ライダーのマスターである魔術師。聖杯を望んでおり、その為にライダーと契約しているが、本質的にはサーヴァントというものを心から嫌っている

ライダー

騎兵のサーヴァントであり、円卓の騎士の一人。モードレッドではない。円卓の騎士の中では悪に対して与し易く、騎士道等もそこまで重視はしていない。マーリンの事が大嫌い

 

 

キャスター陣営

マスター

ノリの軽い男。殆ど喋らないキャスターの代弁をする。キャスターに精神を支配されている

キャスター

魔術師のサーヴァント

少女の姿をした魔術師のサーヴァント。未来を見れるらしい

 

 

アサシン陣営

マスター

とあるサーヴァントと契約した者。アサシンの願いにより二重契約を行う

アサシン

【挿絵表示】

暗殺者のサーヴァント

そこに居るのに外見を理解出来ない少女の英霊。バーサーカーと因縁がある

 

 

バーサーカー陣営

シュタール・ヴァルトシュタイン

ヴァルトシュタイン当主。初代から受け継いできた星涙計画の大詰め、第七次聖杯戦争の勝利を宿命付けられた、正義の味方。但し、彼の正義はヴァルトシュタインの正義である

バーサーカー

狂戦士のサーヴァント

王のような気品を持った、人間離れした美貌の男。但し、一部人間を劣等種として見下している

 

 

ルーラー

【挿絵表示】

裁定者のサーヴァント

聖杯戦争の正しき運営の為に、異端であるザイフリートを狙う、神鳴を纏う少女

 

 

 

その他キャラクター

アルベール神父

聖堂教会第八秘蹟会所属。聖杯戦争とヴァルトシュタインの監督役……という名の御飾り。人の不幸を聞くのが楽しみ

 

ミラ

アルベール神父の元、教会で働いている少女。明るく、人なつっこく、他人思い

 

フェイ

【挿絵表示】

ヴァルトシュタインの家で働くメイドの一人。アルトリアを目指したホムンクルスであり、人工サーヴァントの一人、S045、コード:MX(マジカル・エクスカリバー)。何かとザイフリートを気にかけ、唯一彼に対してS346ではなくザイフリートとして接していた。性能はそうでもない

 

C001

【挿絵表示】

ヴァルトシュタインでフェイの元に居る人工サーヴァントの一人、銀髪狐耳。コードはGO(ザ・グレイテスト・オンミョージ)

 

C002

ヴァルトシュタインでフェイの元に居る人工サーヴァントの一人、ピンクロリ狐。コードはNF(ナインテイル・フォックス)

 

○○モドキ

ヴァルトシュタインの作った人造の英霊擬き、人工サーヴァント達。S346を除き、サーヴァントと戦えうるほどのまともな性能を持つ者は居ない。まともな人格とそこらの魔術師を越える性能を持つ者も数えるほどしか居ない

 

神巫雄輝

多守紫乃(アーチャーのマスター)の探す幼馴染。一年前に行方不明になっている

 

神巫戒人

神巫雄輝の従弟(いとこ)。ヒーロー願望を持つ、典型例から大きく外れた魔術師

 

グルナート・ヴァルトシュタイン

バーサーカーのマスターであるシュタールの祖父。聖杯の器を管理している

 

クライノート・ヴァルトシュタイン

かつて、アヴァロンの魔術師☆Mと共にヴァルトシュタインの聖杯戦争を始めた男。シュタールらの祖先

 

アヴァロンの魔術師☆M

推定マーリン。かつてヴァルトシュタインに呼ばれ、今に至る七度の聖杯戦争を産み出したという冠位の魔術師

 

聖王のランサー

夢の中で見た謎のサーヴァント。今回の聖杯戦争には未参加のはずのサーヴァント

 

 

立ち絵持ちキャラの身長差(大体)

【挿絵表示】

 



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"夢幻の光剣"前章ー始まりの物語
プロローグ


 それは、光そのものの剣閃であった

 

 常人であれば見切れるはずも無い一閃、常人に毛が生えた……と言えるかどうかも怪しい私にだって、当然見切れていた訳ではない

 その一撃を避けられたのは理屈ではない。何故、その袈裟懸けの斬撃の前に血の花を咲かせて倒れていないのか、私自身が理解出来ないのだ

 「……っ」

 だが、奇跡的にであれ生き残れたのであれば、生きるのを諦めたくなんかない。例え、二度目の奇跡は起こらずに次の一撃の前に散る運命がほぼ不可避であっても、大切な人(かーくん)から貰った命を諦める理由にはならない

 

 改めて、急襲してきた赤い死を見据える

 光輝く剣を携えた男だ。羽織ったローブで顔は良く見えないが、此方を睨み付ける赤い瞳が、(かれ)が男であることを確信させる

 あれは……人殺しの瞳だ。誰かを……私を此処で単なる肉の塊に変えてしまう事を躊躇わない狂気の瞳。感情の光の無い、殺意のみで構成された視線

 

 怖い……

 改めてそう感じる。認識することにより現実みを帯びた死は、剣閃そのものよりも明確な恐怖を催した

 

 「……どう、して」

 交渉決裂、いや不成立

 期待していた訳ではないが、恐怖を抑え絞り出した問いにやはり答えは無い。反応だって無い。交渉なんてハナっから成立する訳がない

 

 ゆらり、と死が形を変える。剣先が跳ねあがり私を捉える

 振り抜いた形のまま剣を下げた不可思議な構えから、打突の構えへ。その切っ先が示す先はこれが無くなったらどうしようも無い場所、すなわち……心臓

 

 未だ突かれてもいないのに、心臓が痛む。呼吸が出来ない。より濃くなった死の気配に、心臓が怯えている

 思わず左手で心臓を覆うが、意味なんて無いだろう。アレは私の死だ。紅い光を纏った剣なんて非現実的なもの、手に刺さったとして、それで止まるなんて思えない

 だけれども、それで少しだけ呼吸は楽になって……足は、もう動く

 

 少しずつ、恐怖させて楽しんでいるのか、なかなか仕掛けて来ない(かれ)から遠ざかりはじめる

 

 一歩、また一歩と。剣は届かない距離から、強く踏み込まないと届かないだろう距離へ

 構えたまま、(かれ)は動かない

 

 踏み込んでも届かない気がする距離へ

 (かれ)が音も無く半歩前に出る。目測で約十歩の距離。

 

 これ以上離れることが出来たのならば、もしかしたら……

 直ぐに殺しに来ない(かれ)相手に見えた僅かな希望に、後退りする足も早くなり……

 

 あっ、と思う暇も無かった。急激に重力の掛かり方が変わる。足が地面から離れる。土地勘の無い森の中、当然のように足を踏み外し、体勢が崩れる

 胸に当てた左手を浮かすが間に合うはずもない。支える方法もなく、地面に倒れゆく

 

 その頭上を、稲妻が駆け抜けていった

 

 完全に地面へと倒れきる。強かに体を打った痛みが走るがそれだけだ、追撃は無い。

 地面で強かに打ち痛みを訴える頭をもたげ、稲妻--突きを放ったであろう(かれ)の存在を確認する

 飛び退く事で再びそれなりの距離を保ち、斬り下ろした直後のように剣先を下げた謎の構えに戻っている。理由は分からないが、即座の追撃は無いようだ。恐怖に潰されそうな私が立ち上がる時間くらいはくれるのかもしれない

 

 手で体を支え、立ち上がろうとして気が付く。いや、何故今までこれに気が付かなかったのだろう

 左手の感覚が無い。いや、左手そのものが、その指が、親指を除いて存在しない。突きはしっかりと、大きなものを奪っていた

 知覚しても、痛みは無かった

 

 右手を支えに立ち上がる。(かれ)は此方を見据えたまま、動きは無い

 不気味なほどに、行動が無い。まるで……命令を受けてから動く機械のように、その動きには間がある

 

 「ならっ!」

 右手の人指し指を、(かれ)へと向ける。大切な人(かーくん)から教えて貰ったもの、私の切り札。それを今切る

 指指しの呪い……ガンド、と呼ばれるというそれ。家に伝わる我流だといって教えてくれた、自身の傷や痛みを呪いと化して相手へと撃ち込む魔弾。片手を失ったと言えるだろう今であれば、足に撃てば足を潰す事だって出来る

 次の動きまでが遅いのであれば、一アクションを潰せば逃げれるのかもしれない。それを起こす為の力を、構え、放つ

 

 死の気配が膨れ上がる。揺らめく紅い光が、ほんの一時、(かれ)の体を走る。それだけの事で、呪いはかき消された

 

 剣での迎撃はされるかもしれなかった。精一杯の魔術であっても、非常識な輝く剣の前では意味がない可能性はあった。それでもアクションさえ起こさせられれば良かった。だが……

 

 「……っあっ」

 呼吸が止まる。心臓が、破裂したように苦しくなる。麻痺していたはずの左手が、割れるような痛みを発しはじめる

 突き刺さる気配が変わる。僅かに感じていた希望も、覚悟も、意味なんて無いと確信する。体が、未来の死を認識する

 同時に、(かれ)が動かなかった理由も、どうしようもなく理解した。理解してしまった

 恐怖させて楽しんでいるなんて的外れも良いところだ。アレは……(かれ)は、私を警戒していたのだ。過剰なまでに慎重を期していた。此方に迎撃の、撃滅の手段がもしかしたらあるかもしれないと、今の今まで私と()()を行っていた。下手な追撃は隙を晒し死を招くと、此方の戦力を計っていた

 だが、私の切り札を前に、(かれ)は知ってしまった。私の全力なんて、防御の必要すら無いのだと。戦闘する必要なんかなかったのだと

 

 ならば此処から始まるのはもはや戦闘ではない。単なる狩り、私狩りだ

 抵抗出来ない獲物は私。圧倒的な狩人は(かれ)狩人()は躊躇いも警戒も何も無く、ただ全力を尽くして獲物の命を狩り尽くす。感覚も無く左手を消し去った刃の前に、盾になるものは何も無い

 詰み、だ。足掻くと決めた事に意味なんてなかった。抱いた希望は、絶望を深めるだけのものだった

 

 助けてよ……誰か……かーくん

 心の中の呟きは、何の意味も持たない

 どうして聖杯なんて与太話を信じて危険に首を突っ込んでしまったのだろう、どうして大切な人(かーくん)から貰った命を無駄にしてしまったのだろう、どうしてどうしてと心の中で後悔と左手の痛みがぐるぐるする

 これが走馬灯……というものなのだろうか。聞いていたものとは随分と違う

 

 (かれ)が動き出す。終わりの時が来た

 

 「ごめっ……かー、く」

 最期の言葉。それは命をくれた大切な人(おさななじみ)への謝罪だった

 ほんの一瞬、(かれ)が止まる。達人でも何でも無い私には意味の無い隙。そんなほんの一瞬は、死んだら彼に会えるかな、なんて恐怖を誤魔化す思考と、左手の灼熱感に浪費される

 

 下から跳ね上がる剣閃の前に、私……多守紫乃(たがみしの)という人間は無駄死にという終演()を迎え……

 

 

 『ちょちょいと待った、その絶望!』

 あるはずの無いその声に、全ては打ち砕かれた



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プロローグー英霊降臨

『ちょちょいと待った、その絶望!』

 迫り来る(けん)は、あまりにも呆気なく弾かれた

 

 「ちっ!」

 飛び退きつつ男が初めて言葉を発する。雰囲気がつい先程まで……戦闘体勢へと戻る

 

 剣閃を弾いたものは……紅い光を反射し、鈍く輝く金属の矢だ。鉄だったとしても斬るであろう剣を、地面に突き刺さったそれは、どういう訳か弾いたのだ

 

 『あいや待ったそこなお嬢』

 姿は無いが声が響く

 

 『その悲しみ嘆き、共感したからには見捨てりゃ男が廃る』

 虚空から何者かが私の横に降り立つ

 粗削りな木の弓、何も入っていない……ように見える矢筒を背負い、纏うもの……服は赤いジャケット

 『悪魔も炎も乗り越えて、三界制覇なんのその。

 サーヴァント、アーチャー。お望みとあれば幾多の苦難から嫁……いや婿奪還までお供しやしょうや』

 目の前に現れたアーチャー、と名乗った謎の青年はそう軽く言い放った

 

 「アー、チャー?」

 召し使い(サーヴァント)弓兵(アーチャー)?どういう事なのだろう。そもそも彼は何なのだろう。第一、避けられぬ死を破壊したとはいえ、彼は本当に味方なのだろうか

 考え事は尽きないが今は彼を信じるしかない

 

 「……弓兵の、サーヴァントだと」

 『あんたは……セイバーか?何か引っ掛かるけどな』

 セイバーと呼ばれた赤い瞳の男の目が揺らぐ。殺意のみに満たされていたはずの瞳に、理性の光が点る。さっきは警戒していた事に気付かなかった私ですら理解出来る程の、剥き出しの警戒心。それに対し、アーチャーと名乗った彼は、一見あまり警戒しているようには見えない

 

 「どういう、ことなの」

 思わず声に出た疑問。だが、対峙する二人に答える余裕は……

 『まずは話をするのに邪魔者を追っ払うとしますかね、マスターはちょっと待ってな』

 あった。更にアーチャーは私を主人(マスター)と呼んだ。だが主従関係なんて結んだ覚えはない

もう訳が分からない

 

 アーチャーが、矢筒から矢を取り出す……動作をする。やはり、そこには何も入っておらず、手の中にも矢は無い。剣閃を弾いた矢も、誰も触れていないままに何時しか刺さった場からから消え失せていた

 

 「不可視の矢か」

 『って事だ、セイバー』

 「……何者だ、貴様」

 『それを言っちゃあサーヴァントとして三流(おまぬけ)さ。そっちだって光の剣とかいう正体不明でおあいこってもんだろ』

 

 アーチャーが矢を弓につがえ、引き絞る。いや、矢は見えない以上、本当につがえたのかは定かではないがきっとつがえたのだろう

 それに対し、セイバーと呼ばれた男は開けた距離を詰めるように、不思議な構えを崩さぬままに半歩歩みを進める

 

 剣と弓、それなりの距離がある状況であれば勝負は見えている。が、あの男は充分あったはずの距離を無視し、体勢を崩す隙を見せた私へと打突を行う事が出来たのだ。今アーチャーとの間にある距離も、一瞬で詰められるかもしれない。そうであれば勝負は分からない

 

 見ていることしか出来ない私を余所に、先に動いたのはセイバーと呼ばれた男であった

 音を置き去りにする踏み込み。縮地(しゅくち)、という言葉を思わせるそれは、アーチャーとの距離を有り得ない早さで詰め……

 

 そして、吹き飛んだ

 「がっ!?」

 鮮血が飛沫(しぶ)

 砕けた切っ先が、光を失い、私の前に突き刺さる

 

 ……アーチャーだ。解き放たれた弦が震えている

 彼の放った不可視の矢は、過たず迫り来る敵を捉えた

 そして、咄嗟に体勢を崩す事で輝く剣を盾にした敵に激突、剣を根元から砕き、右肩を穿ち、吹き飛ばしたのだ

 訳が、分からない。ついてけないよ

 幼馴染と見た、バトルアニメの世界が、そこには広がっていた。おいてけぼりにされる非戦闘員のぼやきが、良く分かる。全てが終わってから、漸く何が起きたのかを理解できる

 

 『ん?案外脆いなその剣。本当にセイバーか?』

 「……やはり、サーヴァントか」

 噛み合わない言葉を交わしつつ、二人の対決は第二ラウンド(二射目)へと移行する

  

 キンッと軽い金属音と共に、男の頬に()が走る

 根元から折れた剣の柄から、それでも尚赤い光の刃が伸びている。恐らくだが、再度射たれた不可視の矢をそれで逸らしたのであろうって、予想はつく

 

 「……化物が!」

 セイバーと呼ばれた男が、その場で剣を振るう

 アーチャーとの距離は、縮地で詰めようとした時よりも尚離れている。届く訳がない

 

 刹那、光が視界を満たした

 届く訳がないというのは、一般的な剣の間合いの話。赤い光が構成する刃、常識を越えたそれには当てはまらない

 柄を離れた光の刃は、その姿を保ったまま、剣閃の速度で私を狙う!

 『ちっ!』

 だが、それは不可視の三射目により吹き散らされ消え

『っ、マスター!』

 アーチャーが叫ぶ

 

 どういう事だろう。私を殺さんとした一撃はアーチャーが対応してくれたはずだ

 その安堵に邪魔をされて、事態に気が付くのが一拍遅れた

 折れ突き刺さった切っ先、光を失ったはずのソレが、再び柄から形を形成しようとする男の手元の光の刃に呼応するかの様に、輝きを取り戻し始めていた

 切っ先は折れ口を私へ向けて突き刺さっている。もしも剣の形に光が形成されるのであれば、やはり此方へ向けて伸び、私を串刺しにするのだろう

 気付くのは遅すぎた。回避なんて出来ない。再生する光の刃は私を殺すべく放たれる

 

 が、その一閃は止められていた。アーチャー自身の背中によって

 

 「アーチャー!」

 誰かは知らない。何なのかも知らない。それでも、自分を守ってくれた人だ。思わず、私は叫んでいた

 『熱っつ。いや大丈夫だマスター』

 アーチャーはそう答えた。答えられるってことは死んでしまっていたりはしないのだろう。けれども、私の手の指を消し去った光だ、無傷では居られないかもしれない

 『いや、大丈夫じゃないか、お気に入りだったのになこのジャケット』

 そう言って、アーチャーが此方へと背を向ける。其処には、少しの赤さのある肌と、無惨にも灼けて大穴の空いてしまったジャケットがあった

 

 良かった、無事なんだ……

 と思った所で気付く。その一撃を放った相手を忘れている事に。自身を庇ってくれたアーチャーに注視しすぎて、根本的な原因を見逃していた。アーチャーが救ってくれたとはいえ、アレは私を殺しかねない存在であることに違いはないというのに

 「アーチャー、相手は……」

 焦って言葉を発する。もう遅いかもしれないと思いつつ

 

 だが

 『……奴さん逃げやがったぜ。このオレがマスターを庇う為に目を離すだろうって魂胆さ!まんまと乗せられた』

 アーチャーの言葉で気付く。私を殺しに来た彼が居ない事に

 「けど、」

 『大丈夫さマスター、このオレの偽物の千里眼(千里眼(偽):D)をもってしても見えない、近くにゃもう居ないぜ。』

 アーチャーが胸を張る

 「偽物の千里眼って……」

 

 節穴ってことなんじゃ

 思わず、そう口に出してしまった

 冗談のような言葉。ひょっとして、未だに緊張している私の緊張を解そうとしてくれたのだろうか

 

 『心配すんなマスター、居ないのは本当さ』

 その言葉に、詰まっていた息が溢れる

 

 あっ、っと気がついた時には、極限の緊張で保たれていた糸は切れていた

 崩れ落ちる人形のように、足が力を無くす。体勢を崩した訳ではないというのに、重力に抗えず、体は地面に吸い込まれていく

 

 『っと疲れてるのかマスター?』

 その体は左手を引っ張ったアーチャーによって、その体に抱き止められる形で中断される

 

 ……左手?そんなものは、もう私には無かったはずだ

 

 抱き止められたまま、左腕を目の前にかざす

 

 1、2、3、4、5

 そこにあるのは5本の指。あったはずの傷痕はそこに無く、無くなったはずの全てがある。傷一つない綺麗な左手が……

 

 違う。赤が手の甲に走っている。傷一つなくは、ない

 

 『あっちゃー、無茶っぽかったからなぁ。なんかあるかと思ったけど、一画潰しちまってたか』

 不思議そうに左手を眺めていた私が気になったのか、私の視線の先……左手を覗き込んだアーチャーがそう言った

 

 一画……?

 疑問を抱きながら、改めてあるはずのない自分の左手を見つめる

 其処にはーー二つの三日月が重ねられたような、赤い傷痕が刻まれていた

 

 「……これ、は?」

 刺青なんて入れたことは無い。痣だとしても、今日までそんなものは無かった。第一、痣であるにしては、余りにも赤すぎる。血のような、という言葉が似合うような色の痣は出来ないだろう

 

 意を決し、右手でもって傷痕に触れてみる

 痛みは無い。(ぬめ)りは感じない。血の色の下に、他と変わらないしっかりとした皮膚の存在を知覚する。これは、傷……という訳でも無いようだ

 

 「アーチャー、一画潰したって」

 『いや、だからそれに関してはすまねぇと』

 「この傷がどういうものか知っているの?」

 その質問に、一瞬アーチャーは虚を突かれたように呆ける

 

 『そういや、マスターはなんも知らねぇんだったな。こりゃまたうっかり』

 ばつが悪そうに頬を掻きながら、アーチャーは答えた

 『その痣は令呪(れいじゅ)って言ってなマスター、オレとの契約の証であり、オレへの命令権みたいなもんだ。とりあえずそれだけ知ってれば良い』

 「……命令権?契約?」

 非常識の中で忘れていたが、召し使い(サーヴァント)主人(マスター)とアーチャーは言っていた。それに関係するものだ、というのは分かるのだが、逆に混乱してしまう

 私には、彼と契約したつもりも何もないのだから。第一、見えない矢なんてものを持っていて魔術に対しても耐性があるらしい、私よりもよっぽど凄い魔術師であるのだろう彼が、私と契約する事に意味があるとは思えない。主人と仰ぐ理由が無い

 

 『んまあ、それはぼちぼち明日にでもだなマスター』

 言いつつ、アーチャーは抱き止めたままの私を抱えあげようと……

 

 「って何してるのアーチャー!?」

 急なその行動に体が震える。幼い頃に父さんにやってもらって以来の状況に、頭が沸騰する

 『いや、幾らなんでも敵地のど真ん中でのーんびりとお喋りするのはどうかと思うぜ?移動だ移動。夜も遅いし、美少女は寝る時間だ』

 「移動って、抱えあげる必要なんて」

 『大人しく背負われなマスター。ついさっきの今で、大丈夫立てるなんて言わせねぇからさ』

 

 抵抗は無意味だった。あっさりと背負われてしまった

 恥ずかしさで顔が赤い。筋肉質な肩が、背中が腕に当たって妙にこそばゆい。赤い髪が顔の前でゆらゆらしてくすぐったい

 だというのに、そういった事を気にしていないように、背負った私を片手で支え、アーチャーは歩き出す

 

 「ちょっ、危ないってアーチャー」

 『大丈夫大丈夫、流石にマスター背負っててもこの辺りに放されてる魔獣辺りにゃ負けないさ。弓を引けなくても手投げで十分』

 ………………何だろう、凄く、会話が噛み合っていない気がしてならない

 

 「って魔獣!?」

 一瞬遅れて、大変な事を言われた事に気が付いた

 『いや、正確に言えば魔獣じゃないな。魔術的に強化されたり改造されたりした、単なる獣だ』

 「魔獣ね」

 事も無げにそう言うアーチャーに対しそう返す。アーチャー的には何だかロクでもない基準があるのかもしれないけれども、魔術的に改造された獣は魔獣で良いだろう

 『いやいや魔獣なんて』

 アーチャーの右腕が閃く。風が頬を撫でた

 

 恐らく見えない矢を投げた……のだろう。鈍い音と共に鮮血が飛沫(しぶ)き、近くの木に一匹の獣が縫い止められる

 『こんなバレバレの気配遮断しか出来かったりするもんじゃねぇよ、英雄すら殺しかねないバケモンだ』

 

 「……えっ?」

 縫い止められたどことなくカメレオン……絵では見たことがあるそれを思わせる獣。今の今まで、そんなものが居ることに気が付かなかった。其処に何かが居るなんて思いもしなかった

 ひょっとして……彼等はこの森に私が入ってから、ずっと近くに居たのではないだろうか。だとすれば、私は……もしもセイバーと呼ばれたあの男に遭わずとも、何処かであの化物に殺されていた……のだろうか。今更ながらの恐怖が、心を縮こまらせる

 

 『心配すんなってマスター。このアーチャー、仲間内では忠誠心の高さで有名ときた。あんな獣共にマスターを傷つけられるようなヘマはしないさ。安心して休みな』

 そんな心を読んでか、アーチャーは器用に右手で背負っているはずの私の背中を軽く叩いてくれる

 

 その存在感に、暖かさに、大切な人(かーくん)とはまた違った安心感を感じ、何時しか、私は彼の肩に頭を預け、船を漕いでいた



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0日目断章 騎士の観察

時は、アーチャーの召喚まで遡る

 

 『……あの様な事になるというのか。まさか、これ程早くラン……いやアーチャーか、あれは。兎に角、新たなサーヴァントをこの目で確認する事になるとは』

 霊子を撒き散らしながら降り立つ猿顔の男(アーチャー)の姿を視界の果てに納め、私はそう呟いた

 

 「……良かったのか、ライダー」

 『……何がだ?』

 「あの少女の事だ」

 『全てのサーヴァントが出揃い、情勢を見極めるまで互いに不干渉。同盟は結ばないが、同時に敵対もしない。同盟の要請への返事はその後だ

 それがヴァルトシュタインの当主様相手に叩きつけて来た私達の結論だったはずだマスター。彼らの為にあの少女をわざわざ殺してやる義理はない』

 契約者(マスター)を見ることもなく、私はそう吐き捨てる

 ドゥンケル……を自称する、得体の知れない魔術師。第三魔法を追い求め、聖杯を望んだという私の召喚者

 どうにも、私は彼が気に入らない

 

 「そうではないライダー。貴様は騎士なのだろう。誉れあるかの……いや失敬、末席に入れたか入れなかったかも定かでは無い哀れな存在だったのだったか?とにかく騎士ならば、か弱い女性を助けに入るものではなかったのかと」

 くつくつと、野郎(マスター)の笑い声

 『……喧嘩を売るというならば、他の6騎を倒した後、聖杯の前で利子付けて全て返そう』

 「はは!それは良いなライダー!此方も、願ったり叶ったりだ!」

 『……気に入らねぇ』

 言葉が乱れる。母に言われ矯正した、最低限騎士染みた言葉使いが少しだけ壊れかける

 この身は騎士。この男は、私を召喚した魔術師。王に仕えるように、サーヴァントとして従うべきもの

 そんなことは分かっている。あのいけ好かない腐れ花咲か魔術師(マーリン)が相手であったとしても、平静さを保つ自信は……いや流石に彼相手では無理か

 兎も角、大半の魔術師と呼ばれる外道相手であれば、サーヴァントとしての礼を尽くす事は出来るだろう

 だが、このマスターはどうにも、理性の面ではなく生理的に気に入らない。総合的に見れば二番目だが、本能的なものだけであればこれほどの吐き気を感じた事はない

 

 「そうだ。此方も聖杯を手にするのにサーヴァントを従え勝ち抜く事が必須でないならば、誰が好き好んでサーヴァントなんてものと契約するか」

 ……気が乱れる

 私にも聖杯を望む理由はある。そんなだから、この地での召喚に応じた

 だが、その際に『黙れ』という契約内容を突き付けて無かったことを後悔する

 

 「それで、結局はどうなのだライダー?騎士様は少女を救う気はなかったのか?」

 『騎士道なんてものは、守れる時に守れば良い努力目標に過ぎない。騎士道精神?立派だとも……それを貫ける存在であれば

 あれ程の力は無い私にとって、騎士道を貫く事は自殺に当たる。騎士道を唱える気は無いさ』

 この地は、既に聖杯戦争の舞台だ。常識が通じない敵が少なくとも6騎、存在するのだから

 不測の事態は何時でも起こり得る。例えば、あの人形(セイバー)が少女を襲わなければ、アーチャーがあの少女に召喚される事は無かっただろう。あの少女がアーチャーを呼ぶなど、呼べるなど、誰一人想像する事なく、下手な隠れ方しか出来ない出来損ないに食べられて彼女は終わっていただろう。そんな中で、罪はないし可哀想ではあるが自業自得の存在を助けるような事を繰り返していては、いずれ不測の事態に対応しきれない

 ならば、下手な干渉は私への毒だ

 

 だから少女を助ける義理はない

 そう、結論付ける

 

 視線の先には、ヴァルトシュタインの人形(セイバー)真の英霊(アーチャー)の前に無様に逃げ去ってゆく姿が見える。滑稽だが、逃げ去る余裕があったというのは驚きだ。流石の成功例といった所だろうか

 アレを排除し、少女を助けるのであれば、私にも出来る。失敗する要素は無いだろう。気にすることは、それがヴァルトシュタインに対する不干渉宣言への背信に当たるという事だが、あの少女はあの家にとってそこまで重要でも無い存在だ。説得できなくはない。

 だが、今少女を守るあのアーチャーと対峙し、勝利を掴み取れるか、と聞かれると……

 自信はない。かの騎士王の騎士として、このヴァルトシュタイン家の森で戦ったとしても、だ

 そんな相手に対し、騎士道を守りながら正々堂々とした戦いをしろ、等と言われたら……まあ、無理だと答えて命令を無視するしかない

 「ライダー、アー」

 『断る。あのアーチャーに無策で仕掛ける気にはならない』

 何かを命じきられる前に切り捨て、私はその場を離れるため、踵を返す

 この身はサーヴァント。命じられれば……あまり、逆らうことはしたくはない

 

 背後の契約者に動きは無い。令呪使用の気配が無いということは、この場で本気でアーチャーと戦わせる気は無いようだ

 ならば既に此処に用は無い。そもそも、情報が得られるかと残っていただけで、元々この地へ来た理由は当に終わっている

 

 友に向けて、何匹か狩って帰るべきか

 此方を窺う、離し飼いにされたヴァルトシュタインの失敗作(まじゅう)共を見てそんな事を考えながら、私は森の果てを目指した



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一日目-プロローグの終わりに

朝、目が覚めるとそこにあるのは見知らぬ天井だった

 いや違う。見覚えは殆ど無いけれども、それは違う。私はこの天井を知っている。部屋を借りたその時に、一度見ている

 

 「……ここは」

 寝惚け目を擦る。何か、恐ろしい夢を見ていたような……

 『悪りぃなマスター、そういや泊まってる場所知らなかったんで、女性の荷物に手を出すとか不味いなと思いつつも、ちょいと鍵漁らせて貰ったぜ』

 ……一人のはずの部屋に響くその声に、夢であったらよかったのに、という淡い現実逃避(きぼう)は打ち砕かれた

 

 気怠い頭を枕から持ち上げる

 一泊が非常に安いが、本当に最低限しかないホテルの一室。あまりお金の無い私が借りた、ベッドからでも全てが見渡せてしまう一人用の部屋のドア前に、やはり彼は居た

 アーチャー。そう名乗り、私を主人(マスター)と呼ぶ、よく分からない男。自称は召し使い(サーヴァント)だが、魔術師としての腕は……いや、殆どの事に関しては彼の方が余程上だろう存在。顔は……何というか猿顔で、そこまで一見して見惚れるような格好よさは無いが、よく見るとかなり整った顔立ちをしている

 

 そこまで観察して、彼が男であることを改めて思い出す

 「……変態」

 『いやーすまねぇなマスター。このオレとしても、うら若き美少女の部屋に上がり込んでそのままってのは気が引けたんだが……』

 と、アーチャーは此方に背を向ける

 『マスターを背負っていればまだ誤魔化しは効いたものの、流石に真夜中にこれじゃあダメージファッションって言っても誤魔化せずに真面目な治安維持組織様(けいさつ)の御厄介になりかねねぇしな』

 

 あ、うん。確かに背中に大穴が空いていて肌を大胆に晒す服装の男なんて、冬の夜中に見かければ変質者でしかない

 変態扱いで良いじゃないというのは流石に失礼だろう。彼は昨日、無意味に殺されるはずだった私を助けてくれたのに

 

 ふと、気付く

 昨日の服のままだ。変態とさっきは言ってしまったが、アーチャーは言動を聞くにそれなりに女性を尊重してくれている。鍵を漁ったのだって流石に12月の寒空の中、私が起きるまで外に居るのも危険だったからだろうし。なので、まあ、替えの服の在処なんかも見つけてはいるのだろうけれど(というか、探さなくても分かるだろう。ベッドの横に置いたトランクケースだし)、下手に脱がすことはしなかった、のだろう

 その気遣いは有り難い。有り難いのだけれども、汗が少し気になった

 

 安宿だけあって、部屋にはシャワーは付いていない。二階にシャワー室はあるけれども有料だし、そもそもやっているのは夜だけ、今は使おうにも使えない

 

 そこまで考えて、そもそもアーチャーはどうなのだろう、と思う

 「ねぇアーチャー。アーチャーってお風呂とかどうなの?」

 『サーヴァントはそこまで気にする事はあんまりないな。基本的に霊体化すれば汚れ程度は消せるしな

 まあ、残念な事にオレはそんなの出来なかったりするんだが。まっ、無茶の代償って奴だ』

 「霊体、化……?」

 なんだろう、一晩たってもやっぱり訳が分からない。霊体、というからには透けたりするんだろうか

 『んまあ、霊体化ってのは……』

 アーチャーは目を閉じる。眉間に僅かに皺が寄る

 『見せられなきゃ説明しにくいな、パスだ。適当に姿が見えなくなるとかそんなだと思っといてくれ』

 適当だった

 適当すぎた

 昨日言っていた気がする後で解説してくれるだかなんだかとはなんだったのか

 『ん?いや、邪魔者片付けてからな、とは言ったが、良く考えるとこのおサル、割と説明下手な方だったわ』

 おどけて彼は言う

 何だったのかと口に出していたようだ

 

 『まあ、詳しいことは監督役に聞きゃ良いんだよ』

 「監督?」

 『そうそう監督役。一応これでも魔術儀式だからねぇ聖杯戦争ってのは。魔術の秘匿なんかを考えずに好き勝手に暴れられると困った事になる。ほっとけないから監督するのさ

 今回のの居場所なんて知らねぇが、どうせ教会目指せば居んだろ』

 あっけからんと彼は言った。私が分からなくて聞きたい事に関しては、割と役に立たない気がする

 『まあ、何だかんだ、シャワーくらい貸してくれたりもするんじゃねぇか?』

 私を見て、彼はそう言う

 気遣って……くれたのだろう。だが、デリカシーは無い

 「……考えなし、変態」

 『悪かったなマスター

 って事で、とりあえず今日は教会に行く。これだけは決定事項なマスター。万一嫌だと言っても連れてくんでヨロシク

 んじゃ、女の子には着替えとか色々とあるんだろうし、オレは大人しく外で待っとくとしますかね』

 言いたいことを言い切ると、アーチャーは部屋から出ていった

 

 一人になると、唐突に不安に襲われる

 居ることすら分からなかったあの獣。居るわけは無い。そんな事は分かりきっている。今までは一度も考えたことも無かった。けれども、もしかしたら今此処にアレは居て、牙を突き立ててくるのではないかという恐怖を忘れられない

 昨日自分を襲った刃は、間違いなく心に届いていた

 

 振り切るようにベッドから降り、姿見に全身を写す

 泥で汚れた跡の残った服を着た少女が鏡の中から見返してくる

 多守紫乃だ。間違いは無い

 祖母の遺伝のハシバミ色の瞳も、色素の問題か脱色して赤に近い色の髪も、自分だから贔屓目は入っているけれど割と可愛い方だと思う顔立ちも、高校生だというのに150をギリギリ越えただけの背も、あんまり無い、いやあることはきちんとあるはずノームネーじゃないこれからきっと大きくなる胸も、私のものに相違無い。顔色を除いて昨日の自分との大きな違いがあるとすれば、血色の痣……アーチャーは令呪と呼んでいたよくわからないソレだけだ

 

 客観的に自分の姿を見て、漸く納得する。夢はもう見られない。心の何処かで願っていた実はこれは全部別人になった夢だったなんて事は有り得ない。此処に居るのは、巻き込まれたのは、多守紫乃(わたし)

 アーチャーは聖杯戦争と言った。戦争という以上、まだあんなことは続くのだろう。逃げたい

 けれど、逃げられるとは思えない

 立ち向かわなければいけないのだ

 

 寝ているうちに絡まった髪を、アーチャーが外してくれていたのだろうリボンで括る

 大切な人(かーくん)から貰ったリボンに触れ、少しだけ覚悟は決まった

 もう一度会うには、聖杯に奇跡でも願うしかない

 アーチャーが"聖杯"戦争なんて言う以上、きっと私が聞いていた聖杯の噂は嘘じゃない

 怖いけれど、死にたくないけれど、痛いのなんて嫌だけど

 きっと、ただいまの一言が待ってると思えば、頑張れる

 けれどもまずは、何も知らないから卒業しないと

 私はトランクケースからタオルと着替えを鞄に詰め、扉の先を……アーチャーの元を目指した



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一日目ー聖杯戦争とは

数十分後、私とアーチャーは、郊外にある教会の前に立っていた

 森のすぐ前、教会の庭の範囲を示すであろう塀を越えてしまえば、そこはもうヴァルトシュタインの森の入り口とも言える目と鼻の先に、その教会は有った

 塀に囲まれた範囲こそそれなりに広いものの、それ自体は偉容と言えるような大きさをしていない、寧ろ伊渡間という都市の大きさと、此処にしか教会が無いことを考えれば大分小さな教会だ

 と、此方の存在を確認したのか、教会の中から一人の少女が駆けてきた

 

 『はいはーい、何かこの教会に御用かな?』

 「あの、えっと……」

 相手を見て言い淀む。明るそうな、そして人の良さそうな少女だ。多少彼女に似合うように、可愛らしいアレンジが見える服装に、外国人らしい肌と淡い金の髪が良く似合っている

 魔術師……といった感じはしない。魔術師の弟子といった感じであれば良いけれども、魔術について知っているかどうかも怪しい少女に、正直に目的を告げて良いものか分からない

 『……多守(たがみ)、とりあえず神父に会いたいんじゃなかったか?』

 アーチャーもそう思ったのだろう。何時ものマスター呼びではなく、私の名字を呼ぶ形で助け船を出してくれた

 「あの、神父様に、相談したいことがあって」

 『んーと、懺悔とかそういう事かな?』

 「似たような……感じです」

 『ん、分かった。わたしがちょっと話を通してくるから、教会に入ったら右の小部屋で待っててね』

 言うと、少女は軽い足取りで教会へと走る

 

 -----------

 

 「……君か」

 言われた通りの部屋。懺悔室……という訳ではない、教会の一室。客人を迎えるためのものであろう場所

 私の前には、一人の男が居た

 黒い司祭服に身を包んだ、若いというには老けているが、中年と言う程ではない微妙な年齢(さんじゅっさいくらい)……なんじゃないかと思う男

 神父様だというけれど柔和な感じは無い、寧ろ引き締まった手や、険しい顔立ちを見るだけで恐怖感すら湧いてくる、そんな教会には何処か似つかわしくない存在

 彼は、自身をアルベールと名乗った。この地に聖堂教会から派遣されてきた神父だと

 「はい」

 多少の萎縮を感じながらも、私はそう答える。敵意は無い分、昨日のセイバーと呼ばれた男に比べれば幾分かマシだ

 

 「……この教会に何用だ?流石に……」

 神父様はちらり、と私の横、アーチャーを見る

 「昨日の今日で聖杯戦争を脱落したくなった、というのではなかろう?」

 一瞬、固まった

 理解が、追い付かなかった

 あっさりと、聖杯戦争という言葉を神父様が出してきたのもそう。けれど、それ以上に

 「脱、落?」

 それは、此処から逃げられるというような

 「真逆(まさか)とは思うが、そうなのか?」

 「出来るんですか!?」

 それは、私にとって福音にもなりえる言葉だった

 一度参加してしまった、アーチャーに助けられてしまった。その時点で、死ぬかも知れないアーチャー曰く聖杯戦争から逃げられないものだと思っていた

 けれども、降りられるものだというなら……

 即答は流石に出来ない。もしも聖杯戦争から降りたならば、きっと私はもう大切な-あの日失ってしまった-彼に二度と会うことは出来ないのだろう。そんなのは……やっぱり嫌。そんな事、彼を諦めるなんて事、軽々しく言いたくない

 けれども、だとしても、死んでしまったらやっぱり彼には会えない。死後の世界なんて知らないし、もしかしたらそこでならば会えるのかもしれないけれども

 いや、駄目だ。もしも戦争中に死んでしまったとしたら、私が、自分が彼に会うことを許せない。貰った命をあっさり捨ててしまったのに、どんな顔して会えば良いか分からない

 諦めたくなんかない(死にたくない)

 彼にまた会いたい。話がしたい(彼がくれた命を無駄にしたくない)

 

 「……可能か、という話ならば可能だ」

 神父は、念を推すような低い声でそう答えた

 ならば……私は……

 

 『っと、取り込み中だったかな?ゴメンね雰囲気壊しちゃって』

 と、少女が部屋に入ってきた。その手にはお盆の上に乗せられた、湯気の登る3つのカップ

 「……ミラ」

 『アルベール神父、お客様だし、何か出した方が良いでしょ?

 とりあえず紅茶でも飲んでいってね』

 あんまり良い葉っぱじゃないけどね、と笑い、ミラと呼ばれた少女はそそくさと出ていった

 

 「……好い人ではあるのだがな」

 話を途切れさせられ、少し困った風に神父はそう切り出した

 「話を戻そう。聖杯戦争を脱落したい、という話だったか」

 言葉に詰まる

 降りようと、一度思った心がクールダウンする

 「……少し、待ってもらえませんか」 

 ほんの少し、時間が空いたことで冷静になる

 私は聖杯戦争について何もしらない。アーチャーと、多分セイバーというのも参加者なのだろう、聖杯を求めての戦いなのだろう、その点くらいだ。何も知らないまま安全に脱落出来るという事に飛び付くには、少し性急すぎた気がする

 「では、何用か」

 「聖杯戦争について、教えて下さい」

 相手を見据え、私はそう言った

 「……良かろう。では、この地での聖杯戦争について語ろう」

 神父様は軽く頷くと、目の前に置かれた紅茶を一口啜る

 「まず、一つ確認しよう若きマスターよ」

 「魔術の基本、魔法との差等は知っているな?」

 「一応は」

 魔術とは神秘、等価交換の術だ。魔力を使い、疑似的に奇跡を再現する。魔力、もしくは何らかの物質を代価に、一見すると奇跡にも見える現象を引き起こす

 例えば、私がかーくんから習った呪い等だ。相手に指を向けるだけで、自分の追っている傷の深さに比例した傷を相手にも与える呪い。それは一見すると奇跡にも見える力だし、そういったものが魔術だ

 一方魔法は……良く分からない。かーくんは、他の手段で再現出来ない本物の奇跡こそが魔法だと言っていた。あえていうならば、私の呪い等は、剣で相手を斬れば同じ傷を追わせる事だって出来る、つまり他の手段で代用出来るから魔術で、別の世界を作って移動するなんて事は他のどんな方法でも今現在は出来ないから魔法、ということだろうか。魔法と魔術の差は、実は割と曖昧でいて、タイムマシンがもしも完成したら時間移動の魔法は魔術に成り下がる。かつては空を飛ぶことだって神々の魔法だったけれども今は魔術って扱いなのかもしれないってのは、かーくんの言葉だっけ

 

 「ならば良い。聖杯戦争とは、簡単に言えば聖杯……万能の願望機を核として行われる、聖杯の奇跡を求めた魔術儀式だ」

 「万能の……願望機、聖杯……」

 「それが本当に、バイブル……あるいはかの騎士王の伝説に記される聖杯なのかは分からん。だが、聖杯戦争を起こせるに足る、サーヴァントを呼ぶ力をもった願望機であれば、それは聖杯と呼ばれる」

 「……サーヴァント」

 召し使い。アーチャーが言っていた謎の単語だ

 「この地での……」

 『すまねぇ神父アルベール。そもそも、このマスター、サーヴァントが何なのか多分知らねぇわ。オレが来れた以上何かあるなーって感じはするし、大ボラ吹かねぇ為にオレは何も言ってないからな』

 アーチャーの言葉に、一瞬神父様の目が揺れる

 「……成程。道理であのような自殺行為が出来る訳だ」

 「自殺……行為?」

 説明してくれると言ったのに、訳が分からないものが増えていくばかりだ。私は、何も死に繋がるようなことはしていない。その……はずだ

 紅茶を飲んで心を少し落ち着ける

 「では、それを理解させる為に、聖杯戦争で呼ばれる最高格の使い魔……サーヴァントについて語ろう」

 「若きマスターよ、サーヴァントとは何だと思う?」

 「……高位の魔術師……ですか?」

 「違う。彼等は……」

 神父様は、アーチャーの方を見る

 「かつて神話や伝説に語られた、或いはこれから先の未来、人々に語られるようになる英雄、即ち英霊だ」

 「……英、雄?」

 思わずアーチャーを見る。穴は空いているけれども現代的な衣服、私を普通にホテルまで運んでいけるなど割とこの時代に慣れた感じ、昔の人にはとても思えない

 「彼等は召喚の際に最低限の知識は与えられる。召喚された時代でも行動出来るようにな」

 まるで心を読んだかのように神父様の言葉は続いていく

 「では、何故彼等は……現代の魔術師を遥かに越える英霊は、聖杯戦争に際し自身より劣る魔術師達の召喚に応じ、君との間柄のように自身を使い魔とする契約を交わすのか」

 神父様の瞳が、私を見据える

 「決まっているとも。彼等は自身のマスターを聖杯戦争の勝者とする事で、自身も聖杯の奇跡を得る為だ。聖杯を得る為に、英雄がなし得なかった何かの奇跡を成す為に、彼等は人に従う」

 「……聖杯を、得る」

 つまり、それは……ならば、私がやろうとした事は……

 

 「聖杯戦争を降りるという事は、聖杯を求めて契約しに来たサーヴァントに向けて、自身の勝手な都合により『聖杯は諦めろ』と言うに等しい」

 「……それ、は」

 「サーヴァントにとって、何よりの裏切り。マスターを、この世界に召喚される楔を失ったサーヴァントは魔力を枯渇させ消えるだろうが……

 その前に、きっと裏切った主君を滅ぼすだろう」

 

 ……言葉が出ない

 

 「では、改めて、この地での聖杯戦争、魔術教会からはヴァルトシュタインの聖杯戦争と呼ばれる儀式について語ろう」

 そんな私を気にせず、一息を入れて、神父様は話を続ける。淡々と……いや、少しだけ悪趣味に、茫然とする私相手に、口の端をほんの少し上げながら

 「此度の聖杯戦争はヴァルトシュタインの聖杯が引き起こしたもの。第七次聖杯戦争

 形式は実にオーソドックス、7つのクラスのサーヴァントが召喚され、聖杯に選ばれた7人のマスターが、互いに相手のサーヴァントを潰し、最後に残る勝者を目指すものだ」

 と、神父様はポケットから、7つの駒を取りだす

 「サーヴァントは7種。其々に役割があり、クラスに合わせた形で、英霊の一部が召喚される

 全体的に優秀な能力を持つ事が多い、剣士の英霊(セイバー)

 剣を持った、黒い駒が置かれる

 「高い俊敏性と白兵戦に長けた能力を持つ事が多い、槍兵の英霊(ランサー)

 槍を携えた、やはり黒い駒が置かれる

 「弓等の飛び道具を携え、遠距離での戦闘に優れた、弓兵の英霊(アーチャー)。君のサーヴァントはこのクラスにあたる」

 弓を持った駒が置かれる。……これは白い駒だ

 「機動力に優れ、多くの切り札を持つ事が多い、騎兵の英霊(ライダー)

 良くわからないものを持った白い駒が置かれる。これは……手綱を模しているのだろうか

 「基本的に現代の魔術師を越える魔術の使い手、魔術師の英霊(キャスター)

 杖を持った黒い駒が置かれる。白と黒とは何が違うのだろう

 「マスターの天敵、闇に潜む死、暗殺者の英霊(アサシン)

 小さなもの、多分ナイフだろうものを持った白い駒が置かれる

 「そして、狂気の英霊、あるいはマスターによって狂気を付加された者がなる破壊者、狂戦士の英霊(バーサーカー)

 何とも言えない形の白い駒が置かれる。翼か何かだろうか、よく分からない

 「そしてエクストラクラス……基本の7種に属さぬ英霊。セイバー、ランサー、アーチャー以外の何れかのサーヴァントと入れ替わる事がある特殊事例、何が来るかは想像もつかん。そもそも、今回存在するのかも、な」

 駒は置かれない

 「以上が、聖杯戦争の基盤となるもの。サーヴァントについての基本事項だ。何か質問は、若きマスター?」

 神父様が漸く話を切り、此方に問いを投げてくる

 「……まず、白と黒の駒の差はなんなのか、教えてください」

 「白と黒の駒の差か」

 神父様は、眼前の机上に広げた駒を一ヶ所に集める

 ……気が付くと、黒かったはずの駒の一つ、杖を持った駒が、白い色へと変わっていた

 『つい先程、キャスターの駒が白く染まった。他に反応も変化もねぇのに、一つだけな

 ……ひょっとしてアレか?サーヴァントの召喚未召喚を示すのか?それにしては妙だが』

 「正解だ、アーチャー。これはヴァルトシュタインとの交渉の果てに監督役としての責務の為に手にした魔道具」

 神父様は黒い駒、セイバーに触れる

 「黒い駒は、そのクラスの英霊が未だに召喚されていない事を示す」

 逆の手で、キャスターの駒に触れる

 「白い駒は、そのクラスの英霊が召喚されている事を示す。つい先程、キャスターが呼ばれたようだな」

 そして、退場したサーヴァントの駒は砕け散る

 全ての駒を回収しながら、神父様はそう締めくくった

 

 ……可笑しい。昨日戦った光の剣を持つ男の事を、アーチャーはセイバーと呼んでいた。なのに、セイバーは召喚されていない……らしい

 ならば、昨日の彼は、一体何だったのだろう

 

 『んで、この聖杯戦争……第七次とかふざけた事言ってたが、本当なのか?』

 私の思考を乱すように、アーチャーがそう問う

 「事実だ。これはヴァルトシュタインの聖杯戦争。この地で行われる、7度目の……そして、ヴァルトシュタイン曰く最後の聖杯戦争だ」

 「7度目って」

 「事実だ、若きマスター。過去6度に渡ってヴァルトシュタインは、己の持つ聖杯、ヴァルトシュタインの聖杯をもって聖杯戦争を起こし」

 声のトーンが下がる

 「過去全ての聖杯戦争に、当時の当主は勝利してきた

 キャスター、ライダー、セイバー、ランサー、アーチャー、そしてアサシン。毎度、違うクラスのサーヴァントを従えて、な」

 つまり、それは……

 今回はバーサーカーを使い、勝利しにくる……という事なのだろうか

 「故にこれは、ヴァルトシュタインによる、ヴァルトシュタインの為の聖杯戦争

 過去、ヴァルトシュタインに勝ち、聖杯を得ようとした魔術師は居たが、誰一人として帰ってきた者は居ない

 一人残らず、ヴァルトシュタインの前に屍を晒し、あの森の養土となったという」

 

 森の養土。私が……昨日、なりかけたように、だろうか。殆ど誰にも知られること無く、見知らぬ森で死んでいく……

 怖い話だ

 嫌な話だ

 私に再び、降りかかるかもしれない話だ

 

 ……魔術師が死んだ、というのが、少し気になった

 

 「神父様、聖杯戦争の解説で『サーヴァントを潰し』と聞きました。なのに、マスターは死ぬのですか?」

 「死ぬとも。聖杯戦争を起こす理由は、聖杯が願望機として機能するには、6騎のサーヴァントの魂が必要であるから

 故に聖杯戦争は、自身のサーヴァント以外の6騎が倒れた時に勝敗が決する

 ……そして、敵のサーヴァントを倒すのに最も効率が良い方法は、相手のマスターを殺すことだ

 マスターという魔力を供給する楔を失ったサーヴァントは、魔力を枯渇させて勝手に消滅する」

 「……つまり、マスターを殺す必要は無いけれども、殺した方が楽に勝てるから……殺す?」

 ……怖かった

 そんな思考を出来る、当たり前の様に人を殺せる、そんな人が……昨日のあの男のような眼をした相手が居ることが

 

 「そうだ。初代以来、ヴァルトシュタインの家は、聖杯戦争に勝つ為に全力を尽くす。全ては7度の……ヴァルトシュタインの聖杯が引き起こす、全ての聖杯戦争を勝ちきる為だと」

 話を切るように、神父様が残された紅茶を飲む

 

 「では、細かい話に移ろう。若きマスター、手を出せ。痣のある方だ」

 言われるままに、一晩たっても赤い傷の残った左手を出す

 「……一画削れているな。兎も角、それは令呪という。サーヴァントとの契約の証であり、サーヴァントとの魔力的な繋がりであり、そしてサーヴァントに対する絶対的命令権でもある」

 ……似たようなことは、アーチャーも言っていた

 「……絶対的命令権?」

 『そうそう、例えば……令呪を使ってオレに死ねと言われたらオレは自殺するし、令呪を使ってオレに天竺に行けと言われたら天竺に行くし、令呪を使って来いと言われりゃ地球の裏側からだって一瞬で駆け付ける

 それが魔術的な絶対命令権。基本的にマスターより強いサーヴァントを抑えるための切り札な

 ……とはいえ、無理なもんは無理だし、ある程度は抵抗も出来る。絶対的ってのは誇張だな』

 「つまり?」

 『とあるサーヴァントに勝てと令呪で命じられても、そりゃ強くはなるが、使っただけで確実に勝てる訳じゃねぇ、そういう事さ

 まっ、これでも上級のサーヴァント、令呪なんて使われなくても美少女マスターの応援だけで、優勝にゃ十分だがね』

 さも当然の事のように、軽くアーチャーはそう言った

 

 「……とりあえずは、こんな所か。では若きマスター、暫く時間を与えよう。聖杯戦争に参加するか、それとも降りるか、此処で決める事だ」

 言い残し、神父様は部屋を出ていく

 

 部屋には、アーチャーと私だけが残された



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一日目ー始まりと狼煙

部屋には、私とアーチャーだけが残された

 

 「……凄いものだったんだね、アーチャー」

 『……まあ、これでも割と有名なんでな』

 アーチャーはそう笑って見せる

 

 けれども、見えない矢を使う英雄なんて聞いたことが無い。私自体、そこまで英雄譚等に詳しい……訳じゃないとはいえ、だ

 「ねぇアーチャー。アーチャーってどんな英雄なの?」

 『おっと、それを言うにはまずあの神父が多分わざとだが語らなかった宝具についてをまず言わなきゃならねぇ』

 「宝具?」

 宝という時点で、とりあえずすごいものだということは分かる。見えない矢だって宝具なのだろうか

 『そう、宝具。貴い幻想(ノーブル・ファンタズム)、人間の幻想を核に作られた英霊にとって最強の武装、生前の伝説の象徴

 まあ、かの大英雄アルジュナが炎神アグニから与えられたという炎神の咆哮(アグニ・ガーンデーヴァ)……じゃ分かりにくいか。アーサー王の約束された勝利の剣(エクスカリバー)とかそんなんだ』

 「……それと、アーチャーがどんな英雄かっていうのに、関係あるの?」

 『あるある、大有りさ。サーヴァントにとって、宝具を明かす事は大体の場合真名を明かす事。逆に真名を明かす事は宝具を明かす事だ』

 アーチャーの例えでいえば、宝具がエクスカリバーだと言ったならば、自分はアーサー王だと言っているようなもの、その逆も然り、という事なのだろう。理屈は分かる

 けれども、それが真名を勿体ぶるのに、関係は無い気がする

 

 『んで、マスターに宝具言いたくねぇしなーって話だ。オレのワガママだけどな』

 アーチャーはバツが悪そうに、そう言った

 「……どうして?」

 『宝具ってのは切り札だ。マスターにはそれを使えと言われたくないし、その為には宝具を知られたくない訳さ

 宝具がどんなものか知っていれば、使えと言っちまうかもしれないだろう?』

 「切り札……なのに?」

 『切り札だから、さ。これでもオレ、上位のサーヴァントよ?ちょっくら特殊なんで、普段の魔力消費はマスターから吸うのとは別枠なんだけどさ、宝具だけはそうもいかねぇ

 ……下手に使うと、マスターの魔力吸いきって干物にしちまうんだよ』

 干物?干物とはあのカラカラのものだろうか。搾り取るってレベルじゃない

 「……そんなに?」

 魔力を吸われてる感じ等は今はしない。私の魔力容量は、かーくん曰くそこまで多くはないということだけど、そこまで宝具というのは消費が激しいものなのだろうか

 『ん、まあ……伊渡間市が人口10万人の都市だったか?人っ子一人逃がさん……とまでは流石に言わねぇとはいえ、オレの宝具なら、瓦礫以外何も残らない焦土に変える位なら出来るぞ普通に』

 理解が、追い付かなかった

 それは、核兵器だとか、大空襲だとか、そういったレベルのものではないだろうか。英雄の……個人のレベルを越えていないだろうか

 

 とりあえず、そんなものを撃とうというならば、下手すれば魔力を吸われきる、というのは誇張でも何でもないのだろう

 

 『後は、そもそもオレって一応これでも神霊とか呼ばれる、神の血を引く英霊だし、聖杯戦争に参加する事自体ちょっとズルしてる訳よ。特殊なんで言いにくいってのもあるな』

 アーチャーは続ける

 『んで、最後の理由は……マスターがあんまり隠し事出来なさそうだったから、だな』

 「……どういうこと?」

 『例えば……オレがアキレウスだったとしよう

 アキレウスとうっかり呼んだりせず、アーチャーとだけ呼び続けられるか?』

 それに問題が、と言いかけて気がついた

 相手がアキレウスだと言われれば、敵はきっとアキレス腱を狙ってくるだろう。英霊は英雄、有名である代わりに、弱点なんかも語られていたりする

 そして、私はというと……真名を教えられていたとすれば、言ってしまわない自信は無い。ついうっかりはあり得る

 「……うん、もう聞かない」

 『それで良いマスター。何時か教えられる時だって来るさ』

 

 『んで、此方からも少し質問だマスター』

 暫くして、アーチャーがそう声を掛けてきた

 『マスターは、何故聖杯戦争に参加する?理由によっちゃ、別に降りても良いぜ?』

 「アーチャーは、もしも私が降りるって言っても良いの?」

 『ま、既に隠居したような身だしな。死にかけてる美少女一人救った、出てきた意味があったってもんだ

 そういって諦めるさ。救ったマスターを自分で殺しちゃ何の意味もねぇや』

 そう、アーチャーは笑った

 

 「私は……」

 リボンをほどく。薄い黄色のレースのリボンが手に残る

 「私は、あの日居なくなってしまった幼馴染に、もう一度会いたい」

 アーチャーは、私の言葉を黙って聞いている

 「あの日の事を謝りたい。あの日なくなってしまった全てをまたやり直したい」

 リボンを握りしめる

 「それが伊渡間の森に隠された聖杯でなら叶うと、あの日行方不明になったかーくんは待っていると、このリボンと一緒に手紙が送られてきた」

 『それで、あんな危険地帯に入ってしまった……か』

 血の付いたあの日無くなってしまったはずの店の包装紙に包まれた、黄色いリボン。私があの時そろそろリボンを変えようと思っていたのを気付いていそうなのは彼だけで、私へのクリスマスプレゼントとして買ってそうなのも彼だけで、謎のガス爆発に巻き込まれて行方不明の彼があの日持っていたであろうそのリボンだけが、彼に繋がる手掛かりだった

 行方不明になった後のかーくんか、それを知る人にしか、あのリボン付きの手紙なんて出せない

 かーくんに会えるかもしれない希望まで書かれて、行かない選択肢は少なくとも多守紫乃に選べるものではなかった

 そうして、今がある。アーチャーに救われ、手紙に書かれた聖杯への手掛かりも、命の危険と引き換えに掴んだ今が

 

 アーチャーは、私が降りるなら仕方ないと言ってくれた。サーヴァントだって、聖杯を求めるからこそ参加するらしいのに

 その優しさで、覚悟は決まった

 「……決めたよ、アーチャー。怖いけど……それでも、私は聖杯戦争に参加する」

 

 部屋を出て、その決意を神父様に伝えた

 此処で降りる事はしない、と。希望が見えるから、アーチャーが居るから……怖くても、罠でも、戦ってみせる、と

 

 神父様は、ゆっくりと頷く

 

 『ん、話は終わったかな?』

 と、教会を去ろう、という所でミラが言葉を掛けてきた。手には、黒い布を持っている

 『これ?そこの人、流石に穴空きのジャケットはどうかと思うからねー、ということで、あげちゃおうかなと』

 そう言って、ミラは持っていた布を広げてみせる

 厚手のコートだ。長身のアーチャーであっても、そこまで不自然な短さにならない男性用のコート。小柄な少女が広げてみると、すっぽりと姿が隠れてしまうほどの長さだ

 「……良いんですか?」

 『まあ、寄進品だしね。寄進は有り難いんだけど、アルベール神父、コートとか着ないからね』

 死蔵しちゃってるなら、使う人が持っていった方がコートも幸せかなって、と少女は微笑する

 

 ならば、有り難く貰ってしまおう、とアーチャーの方を見ると、何処か難しい表情をしていた

 「アーチャー?どうかしたの?」

 『いや、何を企んでるのかってな』

 失礼な話だ

 

 『なんにも?困ってる隣人に手を差し伸べるなんて、何か考えてからしなきゃいけないことなのかな?』

 『…………分かった。受け取ったからどうとか、吹っ掛けて来ないなら良いや』

 そう言って、アーチャーはコートを受け取り、羽織る

 下が赤いジャケットだから少しアンバランスとはいえ、それでもそこそこ似合うのはちょっとズルい

 

 『うんうん、似合う似合う。やっぱり死蔵品が使われて生き生きしてるのって良いね

 あっ、朝御飯食べてく?』

 少女は、そんなことまで口にした

 

 そういえば、昨日の夜から何も口にしていない。はやる気持ちを抑えながら、ホテルのチェックイン後に携帯型のゼリーを飲んだのが最後だ

 言われて、自分がかなりの空腹である事に気が付く

 「でも悪いです」

 『気にしない気にしない

 良く朝御飯(たか)りに来る人がいるんだけどね、周期的に今日来るかなと思って多めに用意したけど、今日は来ないみたいだから余っちゃって

 寧ろ折角の朝御飯を残さないために手伝って欲しいって話かな』

 割と準備が良い

 

 『……嘘じゃねぇ、か』

 ほんの少しの間を置いて、少女の顔をずっと見ていたアーチャーは、そう結論を出した

 というか、凄く善意で動いてくれていそうな少女相手に、警戒しているようなその態度は割と失礼な気がする

 『それじゃ、アルベール神父とお話してる間に、さっきの部屋に用意しておいたから』

 不躾なアーチャーを気にすることもなく、ミラはそう言った

 

 ーーーーーーーーー

 

 用意して貰った朝食ー野菜を挟んだパンとスープーを食べ、今度こそ教会を出ようとする

 そこに、一人の女性が話しかけてきた

 野菜が入りそうな篭を持った、人の良さそうなお姉さんだ

 少し回りを見ると、野菜を持ったミラが教会の奥へと向かうのが見えた。きっと、教会に野菜を持ってくる、顔馴染みの人なのだろうと予想が付く

 

 「あらまあ、可愛らしい子ね。旅の方かしら」

 「はい。緑と史跡の多い街ということで、遊びに来ました」

 「そうなの。楽しんでいってね」

 お姉さんは近づいてくる

 「綺麗な髪ね。赤くて、夕焼けみたい」

 手が伸ばされる

 髪を誉められるのは悪い気はしない。そのまま受け入れようとして

 

 ほんの一瞬、悪寒が走った……気がした

 空を裂く音と共に、視界が真っ赤に染まる

 

 アーチャーだ。何時しか弓を持っていて、力を逃がすように、僅かに前に傾いた、矢を放った後の弓は、真っ直ぐに私の真ん前を指していて

 目の前で、人が……さっきまで話をしていた、何事も、何も何もなかった筈の女性が、脳を吹き飛ばされていた

 「アーチャー!なんてことを」

 ゆっくりと、倒れていく。人が……倒れていく

 だというのに、アーチャーは無言だ。無言で私に近付き、女性から引き剥がす

 「ねぇアーチャー、どうして」

 『マスター。アレはもう、人じゃない』

 低い、声だった。あまりアーチャーの声は聞きなれていないけれども、それでも低いと分かる、明るい感じの全く無い声

 「人じゃないって、アーチャーが殺して」

 『違う』

 「殺した!アーチャーが、酷いことして」

 

 「……あら、こけてしまったのかしら。御免なさいね」

 「……えっ?」

 有り得ない声がした

 

 有り得ない声が、かつて出せた相手の方を見る

 コマ送りのように不自然に、人形のようにカクついて、鼻から上が吹き飛んだ女性が、動く筈の無い死体が、起き上がっていた

 脳が無いのに、何事もなかったかのように、その死体は喋っている

 吐き気がした

 

 『……これが、やり方か』

 「あら?」

 『これが、こんなものが、このふざけた方法が、貴様等の勝ち方か!ヴァルトシュタイン!』

 アーチャーが(はし)る。止める間もなく、その拳が死体を撃ち抜く

 脳だけでなく心臓を打ち砕かれて、死体は二度目の死を迎えた。二度目は、立ち上がる気配を見せない

 アーチャーが、その右腕をへし折り、戻ってくる

 

 見たくない。そんなもの、見たくない

 けれども、目の前から逃げることは出来なくて、アーチャーはその腕を見せてくる

 『……趣味悪い』

 手の先には穴が空いていた。其処から顔を覗かせているのは針、だろうか

 『アサシンモドキ。触れる少し前、突然魔力が変質した。マスターに何か注射する気だったんだろうさ』

 アーチャーが、腕を握り潰す

 教会の床に、血とはまた違う、赤い液体が落ちる。薬……だろうか

 「アーチャー、ヴァルトシュタインって」

 『仕掛けてくるとしたら、ヴァルトシュタインだけだ。変質後はあのセイバーモドキと同じ香りがしたしな』

 

 『どうかしたの!?』

 アーチャー!という叫びを聞き付けたのか、裏からミラが走ってきた

 

 どう説明しようか。どう説明して良いか

 それは思い付かない

 気が重くなる

 

 だが、それでも私達は、参加を決めてから初めての、他の参加者からの妨害を越えたのだった



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一日目ーサルでも分からない魔術講座 根源編

型月基本事項解説回の一つとなります

割と分かりにくいです

型月の基本を知ってれば読む必要は特に無いです

分かんない、という場合は感想で報告してください随時加筆修正します


『そういやマスター』

 聖杯戦争の参加を決め、部屋へと戻った直後。ふと、アーチャーがそう声をかけてくる

 『マスターは魔術師として基本的な事、どれくらい分かってんのかなー、って、忠実なオレとしては気になる訳よ』

 おちゃらけた感じで、赤髪の長身が呟く。私が当然ながら一人で来る気だったからホテルの部屋に一つしかないベッドに座っているからか、少し足が窮屈そうに椅子に座って

 「知らない訳じゃ、ないけど」

 『じゃあ、根源とは?魔術回路とは?』

 「根源?魔術回路?」

 聞き覚えの無い言葉に、思わず聞き返す

 

 はぁー、とアーチャーは溜め息を付いた

 『良く分かったマスター。オレが馬鹿だった

 今からちょっくら語るわ』

 

 ふいに、アーチャーは何処からか四角い何かを取り出す

 良く見ると、スケッチブックだ

 アーチャーが一枚目、真っ白い紙を引きちぎると、それは当たり前のように、一本の毛になって消えた

 「……何したの?アーチャー」

 『ん?普通に紙あった方が分かるかね、とオレの毛を変化させてスケッチブックを』

 「……いや、もう何も言わない」

 つくづく、サーヴァントっていうのは規格外だと思い知る。私には、到底出来ない

 

 『まあまず、根源って何?って話だな』

 アーチャーの手にしたスケッチブックには、良く分からない黒いものが書かれている

 『根源、或いは根源の渦。まあ、とりあえず良く分かんねぇもんなんで、オレは多数の色を混ぜて表現してみた訳だが……』

 トントンと、アーチャーが渦巻きらしいその黒を叩いて見せる

 『世界のあらゆる事象の出発点となったモノ。ゼロ、始まりの大元、全ての原因。ちょっくら語弊がある言い方をすれば、究極の知識』

 アーチャーが二枚目の絵を表に出す。そこには、根源の渦を示すらしい黒い渦と、黒い渦から無数に分裂した、黒に含まれる色の線。線全体を括って、世界と書かれている

 『そりゃ、全ての始まりなんだから、全部を内包してる。未来すらも。何で何でも知ってる……まっ、アカシックレコードみたいなもんだ

 そういや、アカシックレコードってマスター知ってるか?』

 「知ってるよ。宇宙が出来てからの全ての情報が蓄えられているもの、だよね?」

 大切な幼馴染が、そんなこと言ってた気がするというものを、そのままアーチャーに伝える

 『それで良いぜ、マスター

 

 んで、此処からは魔術師のお話だ』

 

 アーチャーの持つスケッチブックが、三枚目に移行する。黒い渦が無くなった

 『世界ってのはこういうもん。世界は根源から産まれてても、根源の渦には普通は触れられない訳よ』

 いや、良く見ると、世界として括られた地点の外に黒渦が書かれていた

 『けど、その根源、触れたいって強く思う奴等は当然ながら居るわけよ。それが一般的な魔術師。マスターの知り合いは、まあ……当の昔にそれ自体は諦めて、細々と何か魔術だけが残ってた家なんだろうな』

 魔術師って屑多いし、とアーチャーは苦笑する

 

 『じゃあ、根源に触れるにはどうすれば良いか。実は最初から根源に触れたことがある、産まれながらに魔術師達が求めて止まない根源の一部を持った人間、根源接続者なんてのも居るが、それは例外として』

 アーチャーのスケッチブックが、四ページ目に入る

 黒い根源の渦から、やっぱり無数の色線が出ている

 けれども、今回は……

 「太い線と細い線?」

 『そうそう、良く気が付いたなマスター』

 うんうん、と満足げにアーチャーが頷いた

 『基本的に根源から全ては流れ出している。ならば、その流れを逆に辿れば良いんじゃないか?そう思う訳よ、魔術師達は

 んで、魔術師達は「神秘」ってものを見つけ出した』

 「神秘……」

 『多くの人が知ってるものって、それだけ広いものなのかなーって思うだろ?

 けれども、実は違う。一般常識、多くの人の認識に近ければ近いほど、見てる人も多くて細かくなっちまうんだわ』

 アーチャーが、トントンと細かい赤線の束を叩く。細分化されたその部分は、中央にある渦からはちょっと遠い

 『多くの人が知ってちゃ、根源からは遠い

 逆に、誰も知らない太い部分、つまり知られていないが故の神秘的なものは、流れが別れる前、かなり根源に近い。だから、彼等魔術師ってのは「神秘」を求める訳だ』

 「じゃあ、魔術って?」

 『魔術?「神秘」の結果だよ。魔術が起こす奇跡こそが、他の者が知らない神秘になる訳さ

 だから魔術師ってのは全体的に閉塞的になる訳よ、陰気臭くていけねぇ』

 あーやだやだ、とアーチャーはぼやく

 

 『んで、色んな色がある訳だが……』

 アーチャーの指が、赤、青、黄色、紫、と色々な色線の太い部分を叩いていく

 『これは、魔術の系統。例えば陰陽道だとか、錬金術だとか。形は世界にどういう形で発見されたか、つまりは解釈の違いによって差はあれ、基本的には周囲の魔力か自分の中の魔力を何かに変えるって根底は変わらない』

 

 『で、魔術師だ

 魔術師ってのは、そりゃもう神秘について良く知ってる。その原理もな

 ホント、魔術ってのは面倒なモンだ。詳しく知ってなきゃ上手くいかないってのに、多くの人に知られると意味がない。まっ、マジックにも似てるな、種を知らなきゃ出来ないけど、種を皆知ってたらやる価値がない』

 アーチャーのスケッチブックが、突然変わる。人間らしきものが描かれたものに

 『で、魔術師がどうやって魔術を使うかというとだな、魔術回路ってのを使う訳だ』

 人間型に、幾らか青い線が書かれている

 『まあ、魔力を電気、魔術を電球とするならば、電気を通すケーブルがなければ始まらない。ケーブルが多けりゃそれだけ多くの電気が送れて電球は明るくなる、分かりやすいな

 基本的に、魔術回路が何本かってのは先天的なもの。まあ、魔術回路って要は神経みたいなもん、人によっては無いけれども内蔵の一部だしよ』

 「私は?」

 思わず、私はそう聞いていた

 『マスターの魔術回路は……6本。まあ、基本的に諦めろってレベルで少ない』

 「そうなんだ……」

 『まっ、心配すんな、マスター』

 一瞬の後にはアーチャーが目の前に居て

 ぽんぽん、と頭を撫でられた。少しくすぐったい

 『オレ、これでも凄いサーヴァントよ?護ってみせるさ』 

 そう、アーチャーは笑って見せた

 『んで、魔術師が聖杯戦争をやる理屈はそれはもう簡単だ。魔術師ってのは根源に触れるために魔術なんてモンにまで手を出す。それこそ根源に辿り着けるなら何でもやる人でなしの集団だ

 その魔術師達が、根源にまで一気に辿り着けるかもしれない、英霊なんてモノすら呼び出す聖杯なんてアホみたいな規模の奇跡を見逃すと思うか?だから魔術師共は命が危なかろうが争うのさ。呼び出された英霊のエネルギーと、それにより願望機として起動する聖杯そのものの「神秘」をもって、根源に辿り着く(遥かなる願いを叶える)為に』

 

 『んじゃ、今回はここまで。細かい魔術の話とか、つまんないだろ?』



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一日目断章 プロローグー剣の覚醒

血色の閃光が闇に閃く

 

 両首を断たれた双頭の獣の体が力を失い、大地に倒れ伏す

 返す刀、横に切り払った勢いを殺さず体を捻り、背後から迫る牙を断つ

 感触は無い。だが、()った

 回転斬りで崩れる体勢のまま、強引に足の力だけで地を蹴り、上顎から上を失った獅子モドキ(キメラ)の死骸を巻き込みながら飛び退()

 

 一連の対処を終え、俺は乱れた息を一瞬整える

 整えきれない。そんな時間は無い。過呼吸や呼吸不足で倒れなければそれで良い

 追っ手を一度退(しりぞ)ければ、次が来るまでは休みの時間だ。それまで持てば十分。戦闘続きで荒れ狂う心臓の鼓動はそれから対処すれば問題ない

 

 飛び退く直前まで俺が居た所に、数本の矢が突き刺さる

 後方から飛来するそれは巻き込んだ失敗作(キメラ)の死骸が盾になり防ぐ

 呼吸の合間、僅かな隙

 木々の間を縫い、真横から飛来する矢が俺を襲う

 大体の場合飛び退く事で距離を取る癖を理解した一撃。

 気配は無い。油断を誘う為にキメラを置かず、予め仕掛けられていた罠の発射なのだろう

 

 見切りを付ける、前への回避は無駄。飛び退く距離が分からない以上、矢は一定間隔を空けて数本飛んでくる、前へ動けば二本目の餌だ

 迎撃は不能、呼吸の隙間にまともな動きは出来ない

 

 血色の光が、体表を走る。光そのものの鎧が、飛来する矢を弾く

 

 俺にも未だ良く分からない切り札を切った。魔力の消費は馬鹿にならない。連続する戦闘の中でついに底が見えてくる

 

 手にした剣を振るう。無理矢理に血の光で強化した木の棒が強化に耐えきれずに折れるが問題はない

 寧ろ好都合。核を残したままの光の剣は、集中しきれずとも霧散する事なく飛翔する……!

 

 輝く刃が前方の射手の右腕(ゆみ)を引き裂く

 魔力のコアを裂かれた同類が沈黙する横を駆け抜ける。十分に追っ手は削った。次なる一手を打たれるまでの戦略的撤退へと移行する

 

 「待て、S346」

 響いた声は、俺が待ち望んだものの一つだった

 俺の勝利条件の片割れ。聖杯戦争の参加者の乱入では無い方

 即ち、この事態を引き起こす元凶の登場

 「シュタール・ヴァルトシュタイン!」

 眼に映るのは、20m先に立つ俺と同年代(こうこうせい)ぐらいの少年の姿

 気にせず、斬りかかりに行く。それを止める為に放たれる全ては血光の鎧で弾く、止まる必要はない!

 竜脈の走る森の大地を蹴る

 竜脈に乗り、言葉通り空間を飛び越える 

 縮地……異形の我流歩法。成功率はあまり高くないそれは、今この時に本領を発揮した

 一瞬の後に、少年の目の前へ踏み込む

 既に大上段に構えた剣を、彼に止める手段は無い

 「りゃぁぁっ!」

 真っ向からの兜割り

 

 だが、その一撃は、赤いマントによって阻まれていた

 何時しか、彼の後ろに一人の男が立っている

 バーサーカー。必勝を望むヴァルトシュタインが、最後の聖杯戦争まで温存した切り札。狂戦士化させてしまえば良い為、最もどのようなサーヴァントでも召喚出来るクラス。それが、そのマスターを守る形で立っている

 勝てると思っていたわけではなかった。だが、アレの制御が出来ず、連れてきていない事を期待していなかったといえば嘘になる

 

 右へと跳ぶ

 追撃は無い。此方を今殺す気は無いようだ

 

 「話をしよう、S346」

 少年が口を開く

 剣の光を収める。短刀程の長さへと変化させる

 構えは解かず、武装解除もせず、だが、問答無用という態度は改める意思表示

 「……何故、血の疑似令呪を解いた」

 投げ掛けられたのは、そんな疑問

 「この光の鎧の発現と共に勝手に解けただけだ」

 そう、真実を吐き捨てる

 「その鎧は……その力は何だ!」

 「お前が望んだものだろう?人工サーヴァント計画実験体S346(セイバー346)、コード:D(ドラゴン)D(デストロイヤー)不正規のセイバーのサーヴァント(本来のサーヴァント7騎の枠外の8騎目)、セイバー:竜殺しの大英雄(ジークフリート)

 かの竜殺しは、竜の血を浴びる事で不死身の体を得たという。ならば」

 「その血光の鎧は、その再現だとでもいうのか!」

 「だと、したら?」

 本当の所は分からない。ヴァルトシュタインの手により、ライン川の底から唯一見つかったというニーベルング族の財宝、指輪を魔道具に入れて俺の体に埋め込む事で触媒にして、確かに俺の中に呼ばれた英霊は、だがしかし欠片の力を貸し、俺の奥底で眠りに就いている。この力が本当にそうなのか、そもそも本当にジークフリートなのかは、ほぼ間違いはないとはいえ、確証は無い

 重要なのは、宝具を持たぬ偽セイバー(まがいもの)となった俺に、宝具(バルムンク)の代用か血色の光が剣となる力がある事、そして同色の光が鎧となる力も目覚めた事、それだけだ

 

 「……S346、正義に立ち返る機会をやろう。戻ってくるというならば、昨日命令を遅延した罪も、血の疑似令呪を勝手に破棄した事も赦そう」

 その後の裏切り、一日の逃亡劇について赦すとは言われなかった。当然だ

 判断力を残すという理由で自我を残しておいた人形(おれ)が、その自我故に裏切ったというのに対策しない訳がない。これは、生かされて自我の無い失敗作と同様の形で再利用されるか、此処で(ころ)されるか、その選択肢でしかない

 「そもそも、(おれ)と正義が相容れる訳がない」

 呼吸を整えながら、その契約を切り捨てる

 「惜しいのだ、その力。正義の為に使いさえすればと」

 惜しいのはサーヴァントとある程度渡り合える力だけだ。人一人の心程度、正義が惜しく思う(など)有り得ない

 未だこの身を()く憎悪が、それを何より(わか)っている。俺の為に居なくなってしまった彼の嘆きが、まだこの耳に残っている

 「(うそぶ)くな、正義の化身。俺を必要となどしていないだろう」

 だから俺に、止まる選択肢は無い

 目指すはこの場面の突破、そして生存、再起のみ

 「フェイが悲しむぞ?」

 「覚えてたら伝えろ、俺はお前を裏切ると」

 フェイ……ヴァルトシュタインの家の中で、俺に個体としての自我があることを認めて接していた唯一の存在(メイド)だ。彼女を裏切る、というのは後ろめたいが、背に腹は代えられない。戻る選択肢は元から無い

 

 「……この剣は正義の失墜」

 だから、俺に残された最後の切り札を切る

 「何?S346、貴様」

 「世界は今、光無き夜闇へと堕ちる!」

 疑似宝具、解放

 「<偽典現界(バルムンク)

 空間に光剣の軌跡が産まれる。この世界に留められた、光の斬撃

 その全てを束ね、縮地でもって、空間毎相手へと吹き飛ばす!

 「・幻想悪剣>(ユーベル)!」

 光の剣の限界を越える一撃。限界ギリギリの一撃の重ね当てとなる、勝手に作った偽宝具。俺の出来る最大火力を叩き込む

 これで倒せるならば苦労はしない。サーヴァント擬きでしかないこの身では、あのバーサーカーを倒せはしないだろう

 だが、撤退の隙を産む程度ならば、出来なくは無い!

 

 『この(わたし)に傷を付けたな、劣等種(ニンゲン)!』

 刹那、対応の隙に下がろうという足が止まった

 残りの魔力は振りきった、気力も使いきった、回避等望むべくも無い

 錐のように貫くマントに撃たれ、地に転がる

 

 死ねない。俺はまだ、死という解放は赦されていない

 立ち上がる

 立ち上がれない

 地を掻き、顔だけを持ち上げる

 バーサーカーの額から、数条の血が流れていた

 それだけだ、外傷はその程度、マントには幾らか傷はあるが、いずれ修復される

 確かに一撃は届いていた。だが、届きすぎたのだ。アレに傷を付けるべきでは無かった。アレを倒せない以上、マントで防がせる程度であるべきだった

 僅かな強さは、相手の逆鱗へ触れる愚のみを犯し、一度の撤退の機を潰したのだ

 

 マントに肩を貫かれ、持ち上げられる

 身動きが取れない。いや、この現状の打開が可能な程には動けない。手の指が動こうが、腕が動かなければ剣は振れない

 

 「バーサーカー、処刑は後だ」

 今にも殺そうというバーサーカーを、少年は抑える

 「死ぬ前に答えをもう一度聞く。S346、正義に立ち返る気は?」

 痛みは引いてきた。もう、左腕は動く

 死ぬ事は赦されない……赦さない

 俺の体は俺のものではないのだから、勝手に無くす事は出来はしない

 何とか動く左腕で、突き刺さったままのマントを掴む。血を掴む感触。血光で皮の剥けた手に、それなりに馴染む

 光剣、展開。突き刺さったマントを剣に見立て、無理矢理に光の剣に変えて引き抜く

 「無い!」

 即座の投擲。全身の魔術回路への誤認も限界が近い体は、全盛期に比べて大きく弱体化しているものの、まだ相手に届かせる力はある

 

 『劣等種(ニンゲン)が!』

 即座の反撃

 逃げ切れないだろう。短い抵抗だったかもしれない。活路は見えない

 だが、諦める事は赦されない

 

 そして、有り得ない事に、奇跡は起こる

 『私を呼んだのは、あの人なの?』

 錐として俺を襲うマントがねじ曲げられる。魔力のドームが広がってゆく

 『……違うのね、あの人に良く似ているけれど、あの人じゃない』

 その中心に、一人の女性が居る。今の今まで居なかったはずの、()()()()()女性が

 『それでも構わない。サーヴァント、セイバー。今度こそ彼女をこの手で殺すために現界したわ』

 それは、俺にとっての福音であった

 

 『貴方が、私の道具(マスター)?』

 

 降り立ったドレス姿の彼女は、そう言った

 感覚の無い右手に灼熱が走る。……確認するまでも無い。このタイミングでならば、令呪に違いない

 「ああ。多分そういう事だろう」

 崩れ落ちそうになる体を気力だけで支える

 有り得ないはずの援軍が来たとはいえ、相手のサーヴァント、バーサーカーは凶悪な存在だ。ゆっくりと倒れている暇は無い。今が夜である以上、勝てる気はしない

 故に今考えることは一つ。此方にセイバーという俺を越える戦力が加わったとして、新品のサーヴァント1騎と出涸らしレベルに魔力を使いきったサーヴァント擬き1匹で、この戦場を切り抜ける方法だ

 令呪の使用も辞さない。というか、本気で逃亡を計るならば、尽きかけの魔力を補うために使用は必須かもしれない

 

 『それで、この状況は……』

 「絶体絶命、が終わった所だ」

 手を筒状に、剣を持っていると想像する。空気を媒介に光剣はまだ産まない。光剣の作成にタイムラグを擁するとしても、斬りかかった瞬間以外に魔力を浪費する事はもう出来ない。空気を媒介にする等というちょっとした無茶をするならば尚更だ

 『そう。切り抜ければ良いのね?』

 「違う、生還すれば勝ちだ」

 『そう。そうなの。なら』

 と、セイバーは剣を構える

 不思議な構えだ。我流で斬り上げ主体の為、何時も剣先を下げている謎の構えを多用する俺が言うことでは無いが、素人臭い、或いは完全に我流の構えだ

 「……本物の、セイバーだと?」

 『そうらしいわね』

 一歩下がった少年、シュタールへと向けて、事も無げにセイバーはそう言う

 「この地で呼ばれるセイバー……まさか、貴様は!」

 『さて、どうかしら』

 「……帰るぞ、バーサーカー。アレが本当に予想通りのサーヴァントだとしたら、あまり戦いたくは無い」

 あっさりと、あまりにあっさりと、セイバーを見て、少年は戦闘を中止した

 「S346、正義に目覚める事があれば来い」

 それだけを言い残し、ヴァルトシュタインの現当主は己のサーヴァントを連れ、去っていく 

 場には、偽宝具に巻き込まれて散った、ヴァルトシュタインの合成獣と人工サーヴァントの失敗作の死骸が醸し出す死の香りと、静寂だけが残った

 

 『……あら、終わってしまったわよ、道具(マスター)

 全てが終わったことを確認して、セイバーがそう言った

 「ああ、そのようだな」

 気を少しだけ抜き、木にもたれ掛かる

 大地に倒れたら、立ち上がれない気がした

 

 『絶体絶命を終えた所なんて嘘じゃない』

 「正義の化身サマが、その正しい知識故に節穴だっただけだろう」

 恐らく、彼が想像したセイバーの真名は

 アーサー・ペンドラゴン

 いや、本当は女性だったらしいから、アーサーではなく……アルトリア・ペンドラゴンとかそういった名前だろうか。そういえばそんな名前だと読んだ気がする

 それは兎も角、アーサー王だ

 この場、ヴァルトシュタインの森で召喚される女性のセイバーといえば、きっと彼女だ。ヴァルトシュタインの森を知るが故に、彼はそう思ったに違いない

 だからこそ、退いたのだ

 

 だが、このセイバーの真名は違う。アーサー王である筈がない。そもそもかの騎士王をこの聖杯戦争で呼べるはずがない、という原則は反則もののアーチャーが呼ばれた以上此処に例外がある、で済ませられるかもしれないが、それ以上にだ。剣を握った事がないから彼は気づかれなかったのかもしれないが、セイバーの構えは騎士のような正道のものではない。騎士王等では有り得ない。正道の剣は、きっと使えない

 

 『そう』

 あまり気になっていないかのように、それでセイバーは話を切り上げた

 

 一瞬の休憩を終え、歩き出す。足は一日の酷使でボロボロだが、森を出る程度までは持つだろう

 目指すは森の外。ヴァルトシュタインの領域外であり、この一日幾度も目指そうと思い、ミラやアルベール神父に余計な迷惑をかけるわけには行かないとその足を止めた場所だ

 そして、俺の背負うべき罪(たがみしの)が居る場所でもある

 

 『何も聞かないのね』

 暫く歩くと、セイバーがそんな事を言ってきた

 「聞く?何をだ」

 『私が何者か』

 「聞く意味があるのか?」

 聞かずとも、予想は付く

 いや、予想どころではない。俺の中の何者かが、既に答えを告げている。彼女であって欲しくないと。だが、彼女に違いないと

 ならば、何処か素人な構えにも説明が付く

 ドレス姿という、セイバーとしては何処か似つかわしくない姿にも理解が行く

 間違いは無いだろう

 彼女の正体。俺のサーヴァント、セイバーの真名は……

 『……あの人に近い気配がするのだから、分かるというの?』

 「分かるさ。セイバー……いや、クリームヒルト」

 セイバーは、何も言わない

 それが答えだった

 

 クリームヒルト。ニーベルンゲンの歌に出てくるブルグント王の妹であり、同物語前半のヒロイン、後半の主人公であり、夫を奪われた復讐者であり、そして

 俺の中に眠っている英雄の妻である

 

 『……流石、あの人に近い雰囲気なだけのことはあるわね』

 「まあ、ジークフリートを目指して作られたからな」

 人工サーヴァントの成功例ではある。俺を越える性能のものは、結局俺の素を実験体にしてから一年近い時をかけても、ヴァルトシュタインには結局作れなかった。だが、ジークフリートとしては失敗作、それが俺だ

 劣化ジークフリート。多分俺の中にジークフリートが眠っているだろうに、その大英雄の1割の力も使えているか怪しい

 あの人に……ジークフリートに似てるだけと言われるのも仕方はないだろう。少し見下されている気はするが、それも当然の事だ

 彼女はジークフリートの妻で、俺はその紛い物。サーヴァントとして力は貸してくれるだろうが、従順に従ってくれという方が無茶だ

 『そう、だからなのねS346』

 「……その呼び方は止めろ、セイバー」

 それは、ヴァルトシュタインでの識別名だ。個人としての名前ではない

 『なら、神巫雄輝?』

 「俺は彼じゃない」

 『なら、何なのよ』

 問われて、ほんの少しだけ言いよどむ

 

 すぐに、答えは出た

 フェイが、ならばこういうのはと出してきた呼び方。ミラが、カッコいいねと言っていた、俺を現すには、少し誇大広告な、その呼び方

 だが、ヴァルトシュタインに挑むならば、その正義を終わらせる悪だと名乗るならば……それくらいのハッタリは寧ろあった方が良い

 

 「俺の名はザイフリート。ザイフリート・ヴァルトシュタインだ」



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"夢幻の光剣"起 悪魔の目覚め
二日目ー光剣の悪魔 (多守紫乃視点)


聖杯戦争への参加を決意した次の日、やはりというか、私達は再び教会の前に立っていた

 心を変えて脱落に来た、という訳ではない。昨日振る舞われたスープが美味しくて、また集りに来た……というのも否定したい

 昨日一日かけてアーチャーと共に伊渡間市全体を回ってみたは良いのだが、襲撃は教会での一件以来一つもなく、他のマスターらしき痕跡も見当たらず。収穫といえば、伊渡間市に残る旧跡等を見て回れた事くらい、と何も進んでいないに等しかったのだ。アーチャーも相変わらず自分が何者なのか言ってくれないし

 なので、神父様に何とかとりなしてもらった昨日の今日で悪いのだが、やはり聖杯戦争を引き起こしたヴァルトシュタインに近く、昨日の事もあるこの教会位しか行く場所がなかった

 

 聖杯戦争について、私は良く知らない。知らないからこそ、何もせず、受け身で居る訳にはいかなかった

 アーチャー以外のサーヴァント6騎、そのうちどれだけが既にこの地に居るのかもよく分からない。受け身で居ることが、相手に先手を取られることが、どうしようもなく怖いのだ

 

 『っ、マスター!』

 突如、アーチャーがそう叫ぶ

 襲撃だろうか、そう思った次の瞬間、私の目に入ったのは

 一昨日の男だった

 

 彼は、当然のようにそこに居た。教会の扉を背にして、立っていた

 一昨日のローブは羽織っていない……いや、羽織ってはいるのだが、既にフードが千切れており、灰色の髪が露出していた。少し、雰囲気が違う

 だが、あの赤い瞳は……血色の殺人鬼の瞳は、間違えようが無い

 

 「……何しに、来たの」

 怖くて、それでも声を絞り出す。震えるのは仕方がないけれども、それでもと声をかける

 「この教会に用があっただけだ」

 「どんな……用?」

 あんな化け物が教会に行く理由が思い付かない

 

 いや、三つ、ある。アーチャーは彼をセイバーモドキといった。昨日聞くに、多分彼はヴァルトシュタインの作った偽物のセイバー……私を襲ったあの女性の上位版のようなものだという

 ならば、その女性の様に私達を襲いに来た、若しくは失敗したあの女性関連の何かを処理しに来た、或いは……

 この教会を、襲撃に来た

 

 背筋が寒くなる

 アレは躊躇無く私を殺しに来れるような非人だ。そんな化け物が、教会の扉を背にして居た

 ならば

 

 「構えを解け、アーチャー。別に今お前とやりあうつもりはない」

 男は手を下げたままそう言ってくる

 『……信用ならねぇんだよ』

 アーチャーは応じない

 当然だ。一昨日見ている。彼が虚空から剣を産む所も、剣先を下にした謎の構えも

 「……話がしたい」

 男の瞳に理性の光は……ある

 でも、それでも……信じられない

 

 『はっ!?そんな血の臭いでむせかえりそうな奴が対話たぁ恐れ入ったぜ』

 血の臭い……それは、もしかして

 「……神父様達を、殺したの?」

 それは、私が恐れていた事だった

 

 一瞬、男は虚を突かれたような表情になる。一昨日よりも、まだ話は通じそうだ

 「ミラを殺して何の意味がある」

 そう、男は吐き捨てる

 意味がないと。そんな手は取らないと。そんな馬鹿な事を聞いてくるなど阿呆かと

 だが、それならば何故彼はこんなにも恐ろしいのだ

 「俺は話がしたいと言ったが?」

 「信じられない」

 「信じろと……言える立場ではないか」

 「貴方は!」

 「『一昨日、私を殺そうとした』……か?」

 嘲るように、彼は笑う

 「ああ確かに、それは事実だ。覆しようもなく真実だろう。言い訳のしようもない。その時の俺がどうであったか等お前たちになんの関係も無い。命令だった、仕方がなかった、あれでも抵抗した。口ではどうとでも言えるが、信用に足ると思われるはずがない

 だが、今この俺が、そちらに対し対話をもちかけているのも事実だ」

 『話をするならば、此方の利益も考えてほしいもんだ』

 アーチャーがそう言う

 こんなもしかしたら誰か来るかもしれない場所だ。弓は持っていない。だが、きっと、握り締められたその右手には、眼に見えないあの矢があるのだろう

 構えは解かれない。互いに、不思議ながら、本人にとっては合理性があるのだろう型を崩さない

 それは等しく、相手を信頼等していない意思表示。貴様は信用ならんという、口に出されない言葉だ

 

 「利益、か」

 男は、ほんの少し考える素振りを見せる

 「此方の対話の目的は、アーチャー陣営との一時的な同盟関係」

 あっさりと、彼は目的を明かした

 「それは、ヴァルトシュタインとしての?」

 「違うな。俺は悪だ、正義に迎合する時代には戻れない

 俺は悪として、対シュタール・ヴァルトシュタインに際し、そのアーチャーの力を求めるだけだ」

 訳が分からない。彼はヴァルトシュタインの手先で、私を殺そうとした悪魔で

 ならば、そんな言葉はきっと嘘で……

 『はっ、こっちに利益がねぇな。マスターが受けるって言うなら止める気は無いが、オレ個人としちゃあお断りしたいね』

 「確かに、そうだな」

 あっさりと男は肯定する

 彼が肯定した通り、その提案は此方に利益なんて無い。事態はよく分からないがあの悪魔が一応ヴァルトシュタインと敵対してたとして、言い出した同盟なんて私達の力を一方的に当てにしてるだけだ。彼は確かにそれなりの性能はあるのだろうが、一昨日アーチャーに手も足も出なかった程度でしかない。聖杯戦争の全面的な協力であれば(それも信じられたものではないけれども)まだ利があるものの、使われるだけの同盟なんて受けるわけがない

 

 「此方は、知る限りのサーヴァントの情報を提供しよう」

 それは、少し魅力的ではあった、だが

 『それで、俺の知るサーヴァント、アーチャーについては語ったぞ?で終わらせる気か?』

 「……バーサーカー、ライダーについて、だ」

 それは、私達にとっても有り難い話だった

 「……嘘は無し、なら」

 「同盟を持ち掛ける相手に嘘をついてどうする」

 言って、彼は手を振り、近づいてくる

 15mはあった距離を詰め、5mも無い位まで

 「受けるかは話を聞いてから、考える」

 「……此方が元々不利だ。それで良い」

 そう肯定し、男は近くに寄りきる。手を振る動作は、彼にとっては自殺行為。此方を前にして、武器を手放すに等しい。開いた手では、剣は握れない

 ならば、少しだけ彼を信じてみても良い気がした

 

 「ライダーは円卓の騎士。あの森で召喚されたらしいから間違いないだろう」

 そう、彼は語り始める

 『そう言い切れる根拠は?』

 「ヴァルトシュタインの森は魔術工房。初代が、自身のサーヴァントの敷いた陣を転用したものだ

 その魔術師(キャスター)は、かのアーサー王に縁のある者だったらしくてな。奴が残した陣の影響は強く、ヴァルトシュタイン邸を中心としたあの森は未だにブリテン領域、アーサー王の領土という異空間と化している

 その領域でサーヴァントを召喚すれば、アーサー王縁の騎士が呼ばれるのは最早必然だ」

 つまり、私はあの手紙でヴァルトシュタインに誘い込まれた、というのは確定だろう。逃がす気も無かったに違いない。相手を工房(というものはよく分からないが)という陣地に呼び込むならば、きっと

 『成程、森そのものが可笑しいと思えばそんな理由か。ならば人が入れる森だってのに魔獣モドキだ何だが居るのも当然。魔術師以外は工房の領域に入れないから露見しないってか?』

 「正解だ、アーチャー

 嘗てのキャスターのお陰でヴァルトシュタインにはアーサー王伝説に関しては色々と資料があってな。一見した限りではあのライダーは外見的にはガウェインに見えた」

 「ガウェイン……?」

 聞いたことは……ある気がする。太陽の騎士だっただろうか

 「ガウェインという保証は無い。金髪で鍛えられた体つきと資料に添えられた絵で見たガウェインに似ていたというだけだ」

 『似ている、か』

 「ガウェインの兄妹……ユーウェイン、アグラヴェイン、ガレス、ガヘリス、モードレッド等の可能性もあるな。いや、ガレスとモードレッドは資料によると女だったか」

 そうであって欲しい。あまり詳しくない私でも聞いたことがあるということは、ガウェインとはそれだけ有名で強いのだろうから

 『ユーウェイン?』

 「モルゴースはモルガーン、そういうことだ。資料にあった」

 アーチャーは、私にはよく分からない会話をしている

 多分、現代の知識とかそういうのだろう。或いは……見てしまったからにはと言っていたように、色々と見たことがあるのだろうか

 どちらにせよ、少し羨ましい。私は付いていけないから。もしも、相手の真名を知れても、大半は何も分からないから

 脳内に知識があるなら兎も角、きっと相手は文明の利器で調べるなんて悠長な事を許してくれないだろうし

 『そもそもだ、お前は何故ライダーを知っている』

 「見たからだ。そこの」

 と、男は私を見る。その瞳の色は……読み取れない。彼が何を考えているのか分からない。一昨日の殺意は無いようだが、それ以上が見えない

 これでも、顔色を伺うのは苦手ではなかったはず。そんな自負が崩れる程に、彼は得体が知れない

 「……哀れなマスターが領域に入る直前、ヴァルトシュタインに同盟を持ちかけられるライダーの姿をな」

 『理解したぜ。で、同盟は?』

 「話が纏まる前に、アレを殺してこいと言われた。以後は知らん」

 『使えねぇなおい』

 「良く言われる」

 自嘲の笑みを浮かべ、男は話を続ける

 

 「ヴァルトシュタインのサーヴァント、それはバーサーカー」

 「それで?」

 それは知っている。裏付けをとれた……のは良いが、それだけではある

 「アレは……確証は無いが、奴の真名は……」

 「真名、分かるの?」

 「あくまでも推測だ。星涙計画の要……らしいが、本当にあんなものを呼べたのか、それとも狂化の影響で思い込んでいるだけなのか、それは分からない。だが、もしも本当に望みの者を呼べたのであれば」

 『御託は良い』

 

 「バーサーカーの真名は……吸血鬼(ヴァンパイア)。或いはそれに類する何者かだ」

 そう、ゆっくりと彼は告げた

 「今、何て?」

 理解が追い付かなかった

 吸血鬼……その話は私でも聞いたことがある。夜に動き出し、人の血を啜る魔物、それが吸血鬼

 だけれども、それがどうしても聞いていたサーヴァント、とは違った。そんなもの、英雄なんかじゃない

 『死徒……だと!?』

 アーチャーが、初めて分かりやすい動揺を見せる

 「それは知らん。俺の制御用に注射されてた血は既に破壊された。アレが吸血鬼のようにされた人間なのか、幻想としての吸血鬼なのか、それとも死徒なのか、俺では判断が付かん」

 『そもそもだ、そんなものが呼ばれるのかよ』

 「呼ばれるさ。星涙計画とは、ヴァルトシュタインが居ないはずの救世主を呼び出し、世界を救う為の計画だという

 その儀式に使われている聖杯は、やはり呼べないはずの存在を纏わせ、無理矢理に呼ぶんだろうよ」

 「呼べないはずの……存在?」

 「本来、神霊やそれに近い存在は聖杯戦争では召喚されない

 聖杯の奇蹟を求めて争うというのに、その道具であるはずのサーヴァントが奇蹟をそのものを体現しうる神話の神であってみろ」

 確かにそうだ

 もしもそうならば、サーヴァントを召喚した時点で、聖杯戦争とは関係なく願いは叶ってしまう。確かに、それでは意味がない

 特定の英霊に会うことそのものが目的であるならば兎も角、聖杯に懸ける願いまでもサーヴァントに叶えられてしまうならば聖杯戦争なんて成り立たなくなる

 でも、それならば、神霊を名乗るアーチャーは、どうして召喚されているのだろう

 「だが、この聖杯戦争は、本来そういったものの極致(メシア)を召喚する為の儀式。そこのアーチャーみたいな反則サーヴァントも召喚されうる。同様に、英霊ではないはずの存在をも、な」

 「アーチャーも……」

 「不可視。風で光の屈折を誤魔化しているんだろう?さも当然の様に」

 『へぇ、分かるもんなんだな』

 アーチャーは構えを解かない。あくまでも、警戒し続ける

 「風に関連する神格。全くもって戦いたくはない相手だ。目に見えない、距離も関係無い、意識すらせず風を纏う。化け物も良い所だ」

 男は、そう吐き捨てる

 

 「俺が知るのはこの程度。何も知らないよりはマシだろう

 改めて聞こうアーチャーのマスター。ヴァルトシュタインへ挑み、打ち倒す悪行。同盟を組み、共に行ってはくれないか?」



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二日目ー悪魔の策略

「改めて聞こう、アーチャーのマスター。ヴァルトシュタインへ挑み、打ち倒す悪行。同盟を組み、共に行ってはくれないか?」

 そう、俺は手を差し出す

 

 直ぐに結論が出されるとは思っていない。目の前に居る多守紫乃という少女は、良く言えば慎重、悪く言えば優柔不断な少女だ。はいそうですか、とあっさり受け入れるはずもない。俺がこの俺でなければ反応は違っただろうが、そんなことは今考えても仕方ない

 だが逆に、慎重であるから今すぐアーチャーをけしかけて敵対しても来ない。それは有り難い事だった

 

 だが、それで良い。同盟を受けてくれればアーチャーと暫くは敵対せずにいられる為、大勝利と言えるが、そうでなくても構いはしない。敵対しなければならない状況さえ避ければ上々だ

 

 僅かな気配を探る。見つかったのは相変わらず2つの気配

 一つは偽装された魔力。恐らく、微かな違和感に気づかなければ疑問に思えなかっただろうソレは何れかのマスターの放った使い魔というやつだろう。確証は無いが、恐らくはランサー陣営のものだ

 そして、もう一つは森との境界に佇み、此方を観察している影。一昨日と同じ気配、即ちライダーのもの。騎士というだけあって、隠密行動は得意ではないのだろう

 キャスター、アサシン陣営だろう者が見ている気配はない。見ていたとして、希代の魔術師の魔術偽装を見抜く眼も、気配を遮断したアサシンを発見する第六感も無い俺には見分けられないだろう。不確定要素として置いておく

 バーサーカー……ヴァルトシュタインの干渉も無い。彼等の主力となる合成獣、ホムンクルス、共に俺が幾度となく(時には性能試験として、或いは単純な修練の相手として)対峙させられた存在。下手に手を出して来ることは無いようだ

 

 この同盟は、あくまでも俺のスタンスの明言。目的としてはあわよくば多守紫乃との同盟だが、実質としては他のマスターの出方を探るものでしかない

 ライダーが仕掛けてくるならば好都合。ヴァルトシュタインとの同盟の結末を確認しつつ、アーチャーを半ば強制的に巻き込む事が出来る

 仕掛けてこないならば微妙だが、あそこまで露骨に敵対を表明していれば、何らかのアクションは引き出せるだろう。少なくとも接触は図れる

 

 

 今のところ見ている者達に動きは無い

 アーチャー達に注意を戻す

 アーチャーは構えを解いていない。俺と同じく、此方を観察している者達を警戒しているのだろう

 『こんな所でマスターに何させようってんだ?』

 「……結論は今すぐとは言わん」

 『当たり前だろうが』

 ライダーが見てる所で、ライダーへの敵対宣言でもさせる気か、とその瞳は語っていた

 希望的観測としては正にその通りであった為に、何も言えない

 ライダーに動きが無い為、少なくとも今この時に限ってはその希望的観測は願望に過ぎなかったようだが

 「……ではな、俺は教会に用がある」

 そう言って、彼等に背を向ける。きっと彼等も教会に用があるのだろうから付いてくるだろうが、それは構わない

 万一の不意討ちに対しても、潜めていたセイバーという切り札により一度であれば逆に優位を取れるだろう

 

 「教会に何の用が」

 「だから言っただろう。ミラを殺して何の意味がある

 これでも受けた恩は忘れない、悪であってもそれだけは曲げない、それが誇りだ」

 後方から投げ掛けられた質問に止まる事なくそう返す。攻撃の気配は無い

 扉を開く

 「飯を(たか)りに行くだけだよ。早く来すぎたが、そろそろ良い時間だからな」

 

 『……あっ、今日は来たんだね。昨日は何か大変だったのかな?

 うんうん、朝御飯出来てるよ』

 教会に入ると、ミラに出迎えられた

 

 「多分後で二人ほど来るだろう。近くで会った」

 『二人……ということはあの人達かな?うん了解、来たら出せるようにお皿だけ準備しておくね。部屋は?』

 「分けてくれると有り難い。彼等も俺の顔を見ながら食事はしたくないだろう」

 『うん、りょーかい!』

 「ああ。後、食後に少しアルベール神父と話がしたい」

 何度も何度も、三日に挙げずに……実際に3日に一回は集りに来た為既に勝手知ったる教会の中を歩きつつ、言葉を交わす

 

 セイバーは居ない。教会内にまで来たのは俺一人だ

 セイバーの宝具の一つ、<喪われし財宝・身隠しの布>(ニーベルング・タルンカッペ)。被っている限り魔術的及び光学的な透明化を成し遂げる事で、派手な動きをすれば見破られるものの、霊体化中かつ非常にゆっくりとした行動或いはほぼ静止中である限り全ての存在の知覚を(あざむ)く帽子。移動の面倒さはセイバーを隠れさせた際の欠点だが、俺にだって他人に明かしていない切り札の一つや二つはなければ流石に生き残れない。最も危険な状況でセイバーという切り札を隠したまま近くに置くには、令呪を切ってセイバーを呼ぶ覚悟でセイバーを別所に待機させるか、これしかなかった

 結果教会までゆっくりと移動中のセイバーは扉の前で少し潜るか迷うだろうアーチャー一行より後にしか辿り着かないだろうが、それはリスクと割り切る

 

 部屋に入り眺める

 机上には、何時も通りのパンとスープ。いや、何時も通りというには野菜が足りていないが、そんな時もあるだろう

 そして僅かに残る血の臭いと魔力の残滓。それは俺のものにも似て……

 成程、と一人納得する。警戒される訳だ。昨日辺り、アーチャー達は此処でヴァルトシュタインのホムンクルスにでも襲われたのだろう。俺がその同類だと思われるのは寧ろ当然。何処か残滓に違和感を感じるが、考えていても答えは出ない

 

 思考を切り上げ、スープを口に含む

 一日以上の間、毒を持たせていないであろう種類の合成獣(キメラ)の血を啜り、肉を(かじ)り誤魔化してきた体に野菜の味は染み渡った

 心を落ち着かせ、一息入れる

 ふと、セイバーの食事はどうなのだろうか、とそんな事が気になった。サーヴァント自体は魔力さえあれば問題なく動ける……のだろうが、そもそも俺がサーヴァント擬きである以上普通の理屈は通用するか怪しい。例え必要ないとしても、嗜好として食事をしたいと考えている可能性も否定出来ない

 食事の事を考えると、更なる不安もある。かつては仮にもヴァルトシュタインの所有物、最低限の食事はあったし、フェイから残飯を貰う事も、外に出た際に今のように教会に集る事も出来た。だが、今やこの身は反逆者、無一文の上に家もなにも無い。最悪聖杯戦争の間は夜にまともに睡眠を取れるものではないからとホームレスするとして、無一文というのは痛い。毎食集るというのは流石に不味いし、そうなると食事方法がない。ヴァルトシュタインの森に定期的に入りキメラハントを繰り返すというのも不安が残る

 

 覚悟して、自分で聖杯を得るために、聖杯でなければ叶えられないであろう願いを果たす為に反旗を翻したのだ。今更考えても仕方ない、と思考を切り上げる。気が付くと、パンとスープは無くなっていた。無意識のうちに箸……というか手は進み、セイバーにパンを持っていくか考える前に食べきってしまっていたようだ

 『あっ、お代わり要る?って、大丈夫かな?』

 扉から、ミラが顔を覗かせていた

 何時もの事……なのだが、聖杯戦争が開始しているという思いから、突然の声に少しだけ警戒してしまったようだ。どうにも詰めが甘い

 「……すまない、悪夢を思い出してな。出来れば昼分を……というのは流石に強欲か」

 下手な言い訳をする

 『あー、そういう事あるよね』

 下手な言い訳だが、納得してくれたようだ

 『あと、お代わりはりょーかい、ちょっと包んでくるね』

 言って、ミラは立ち去っていく

 朝飯そのものは食べ終わっている。それを追うようにして、部屋を出た

 教会の中は静かで……いや、他の部屋に僅かな声がする。恐らくはアーチャーとそのマスター、多守紫乃。俺がヴァルトシュタインと同じく気にしなければならない者達だ

 

 「君か。久しいな」

 ミラは話を通しておいてくれたのだろう。黒い司祭服の男、アルベール神父はそこに居た

 「はい、アルベール神父。聖杯戦争に関して」

 「君が聞きたいのは、既に始まっているか、という事か?」

 「はい」

 「ならば語るまでも無い、ザイフリート。昨夜、ランサーが召喚され、呼応するようにセイバーの召喚も確認された。全てのサーヴァントは此処に揃った。今宵より、聖杯戦争は本格的な闘争となるだろう」

 返ってきた答えは、半ば予想通りのものであった

 俺をマスターとして選ぶ等、余程でなければ有り得ない判断だろう。それこそ、サーヴァント六騎が既に揃っていて、最後の一騎を早く召喚させたいのでもなければ

 「有り難う御座います」

 「君の不幸話は中々に愉しい。また何かあれば来ると良い

 ああ、君に荷物が届いていた。ミラが持ってくるだろう。全く、此処は宅配所でもロッカーでも無いのだがな」

 「荷物……」

 何だろうか。俺自身の知り合い等そうは居ない

 『はいはーい、ということでお届けものだよ』

 何時しかミラも戻ってきていた。手には大きめのバッグと、紙に包まれた細長いもの。後者は頼んだパンだろう

 『ヴァルトシュタインの使用人のフェイって人かららしいよ?

 色々入ってるみたいだけど何なんだろうね?』

 ミラから荷物を受け取り、開いてみる

 一番上に黒い財布らしきものが見えた。中身は……最低限生きていくには相応の額

 「これは……何時?」

 「昨日の昼だ」

 俺が俺として、反旗を翻した後の時間。フェイは……手を貸してくれるというのだろうか

 それは有り難い。何故そこまでしてくれたのか、そもそもそんなことをして問題ないのか、考える事は色々とあるが、確認出来ない今そこまで考えても仕方がない。この助けに感謝するのみだ

 

 『それじゃ、たまにはお買い物の手伝いとか宜しくね』

 「ああ。それでは、また」

 すぐさま答えは出ないだろう。今聞いても無駄だ

 その為、アーチャー陣営とは会わないよう、扉の前までたどり着いていたセイバーと合流し、俺は教会を後にした

 目指す場所は伊渡間中央公園、適当に昼間を過ごせる、昼寝していても気にならないであろう人々の憩いの場だ



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二日目断章 騎士と魔術師

ヴァルトシュタインの人形とアーチャー陣営が教会に消えてから暫くして

 

 近付いてくる二つの気配に、私は犢皮紙(ヴェラム)の束から顔を上げた。幼少より幾度となく、擦り切れてからも目を通したそれを閉じ、前を見据える

 森の入り口側から、一組の男女がやって来るのが見えた

 見覚えは無い。魔術の素養が欠片も無ければ入れぬヴァルトシュタインの森に入ってきている以上、彼等はほぼ間違いなくサーヴァントとマスターだ。ランサーか、或いはキャスター陣営といった所であろうか

 腰かけていた折れた木から立ち上がる。真正面からやって来る以上即座に敵対する気はないと思えるものの、隙を晒す趣味はない

 

 『そこの二人、真っ直ぐ向かってくるという事は私に用があるのであろう』

 彼等に先んじて、私はそう声をかけた

 近付いた事で魔力を感知しやすくなっている。サーヴァントは……少女の方だ

 「ライダー、この」

 と、マスターであろう男は傍らの少女の方へと一度視線を向ける

 「キャスターが話があるらしいんだ」

 そう、彼は告げた

 

 サーヴァントであろう少女を観察する。着ているものは白いシンプルなワンピース、現代で得た服であろうもの。真名の推測には何も役立たない

 茶髪ではあるが西洋風の顔立ちを持ち、白いワンピースから覗く手足は触れれば折れてしまいそうに細い。やはり(いず)れも真名に繋がるであろう要素では無い。私が友を呼んでいないように、明らかな特徴を持つ何かを隠しているのかもしれないが、隠されていては伺い知れない

 ただ、焦点の明らかに合っていない虚ろな瞳と、完全な無表情。英霊とはいえ相当に整った……それこそ神や王に見初められそうな顔立ちであるだけに、人形のような雰囲気を纏っているのが気になった

 

 『……マスターの代わりに話を受けよう。手短に頼む』

 マスターは、ドゥンケルは此処に居ない。サーヴァント自体が嫌いだという彼とは基本的にそれなりの距離を取り、命令はされるものの命令が無い限り単独での判断が認められている。自由にやって良い……というのは有り難いが、騎士としては仕え甲斐が無い。とはいえ、彼に仕える必要が無くて嬉しくないといえばそれも嘘になる

 「おっ、話がわかるな」

 やはり応えるのは男の方だ。一言も、キャスターは言葉を発してはいない

 「提案としては、向こう相手に手を組まないかって事だ」

 言い出したのは同盟の誘いだった

 バーサーカーとは不干渉である事を知ってのことだろうか

 『何故私に?』

 探りを入れてみる事にする

 「いや、セイバーとアーチャーが手を組むから、キャスターの目的的に協力者が欲しいんだよ」

 手を組むかどうかは彼等が……というよりも、アーチャーのマスターが今悩んでいる事だろうに、さもそれが既に確定事項であるかのように彼はそう告げた

 『同盟を組むと言い切れる根拠は?』

 「知ってるからさ、キャスターは」

 直感や啓示、或いは千里眼の類いであろうか。我が王もまた、希に未来を知っているかのような動きを見せたことがある。馬鹿の戯れ言(ざれごと)と切り捨てるのは簡単だが、今はそれは悪手であろう

 いや、そもそも、彼等はあの場面を見ていなかったようにも思える。あの人形をセイバーとしているのは気になるが、それで彼等が同盟を組むと言い出せるという事は、或いは本当に……

 「そうして、一番同盟しやすいのはアンタだった訳だよ、騎士ガウェイン」

 訂正。彼は馬鹿だ。私を自信満々にガウェインと間違える等、馬鹿にしか出来ない

 

 私は、と否定しかける自分を止める

 馬鹿だ、と切り捨ててはいけない。彼等の目的は、わざとガウェインと間違え、私から情報を引き出す事である可能性もあるのだから

 

 「えっ?違う?ガウェインじゃない?今から言うことを信じるなって最初に言った?」

 そんな私の無駄な考察を他所に何も語らぬ少女相手に、マスターの男は眼をしばたかせていた

 ……結論。マスター側は間違いなく馬鹿だ。が、サーヴァントの方はそうでも無いらしい

 「いやでも、セイバーのアレはジークフリートで、アーチャーはルドラで、ライダーはガウェインだって」

 相変わらず、男は混乱している

 隙は大きい。素人だ。私がその気ならばきっと殺せている

 

 ……恐らく、ヴァルトシュタインの聖杯が選んだ生け贄としての魔術師。ヴァルトシュタインの元にあるそれは、ヴァルトシュタインの勝利を後押しするらしいので、多分彼は倒される為に選ばれた、アーチャーのマスターの同類だ

 だが、あのアーチャーが顕現したように、その反則気味の勝利を止める為であるかのように強大なサーヴァントが呼ばれる自浄作用もかの聖杯にはある……という

 私自身はガウェインやランスロット卿、そして我が王といった本物の強き騎士を知るが故、自分がそれに当てはまる……という程自惚れられないが、このキャスターはそうである可能性がある。決して、言葉を発せず目立たぬからと彼女を侮ってはならない

 

 『私については良い。それで、此方への見返りは?』

 「あのアーチャー相手にする際に、手を貸すぜ」

 『……それだけか』

 「いやー悪いな、キャスターにも聖杯で叶えたい切なる願いってもんはあるのよ。それはもう、奇跡でも起きないとどうしようもない願いが」

 『それはそうだ。私にも叶えるべき願いがある』

 私は円卓の末席。カムランに間に合わなかった、王の最期に立ち会う事すら出来なかった、勇名に相応しくない騎士。だからこそ、私は願うのだ。王が求めた聖杯を

 剣を抜き放ち、キャスターの眼前に突き付ける

 キャスターは微動だにしない。分かっているのだろう、私が今自分を斬る気は無いと

 「それが聖剣……」

 違う。これは星の聖剣ではなく、あえて言うならば大地に属する剣。母が地竜の素材を使い星の聖剣を目指して改造するも届く事は無かった、ある人の帰還の呪い(いのり)の籠った竜殺しの剣。だが、告げる意味はない

 『この剣の力を望むなら一つ聞こう、キャスター。私の協力で、君が望むものは何だ』

 キャスターは答えない

 いや、答えたのかもしれない。それはあまりにも細い声で、しっかりとは聞き取れなかったのだが

 

 ……守って……くれる……最強の……人形(ますたー)



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二日目ー願いと使命

『……聞かせてくれるかしら、貴方の事』

 とりあえずの事として、伊渡間の街を巡りながら、セイバーは俺にそう呟いた

 

 「知りたいのか?」

 『いいえ、別に』

 横に並んで、ただ歩く。似たような髪色してるので兄妹か何かとでも思われるのだろうか、道行く人々の視線は一瞬だけセイバーを追うように動くことはあるものの、そう興味を引くものでもないとばかりに直ぐに外れていく

 良く見れば、似たような銀色に見えた髪は、単なる白髪と、生まれつきの輝かしく美しい銀髪であり完全に別物なのだと分かるのだが

 

 「なら聞くこともないだろ

 

 ……っと、この辺りにも何もないな」

 今やっていることは街の調査。伊渡間の地理に関しては一通り俺の頭の中には入っているのだが、それでは分からない事を確かめるためにこうしてビル街なんぞを通っている

 つまり……サーヴァントの気配。幾らなんでも、セイバーとアーチャー以外の全てのサーヴァントがヴァルトシュタインに取り込まれている、なんて最低のシナリオは無いだろう。そうであるならば、今やっていることは全くの徒労に終わるのだが

 既に聖杯戦争は始まった。7騎のサーヴァントは、確かにこの地に降り立ったのだ

 

 居場所が判明しているのは3騎。セイバー、アーチャー、そしてバーサーカー

 セイバーについては言うまでもないだろう。今、俺の横で悪趣味な森ね、とビル街を冷ややかに見ている。確かに現代は自然が少ない場所はとことん無く、神世に近い時代を生きたセイバーからすれば趣味悪いのかもしれないが……

 アーチャーは紫乃の元。あれはバケモノだ。一目見ただけでそれが分かる。召喚即ち勝利、一般的なマスターであれば、文句なしにそう叫んで良い。そんなものが紫乃に付いているならばとりあえずの安全は確保できているという訳だ。バーサーカー辺りの情報も適当に流したしな。組むと言う前に流すなど、バカにも程がある話ではあるが、あれの目的はとりあえずセイバーを隠しつつ情報を流して今は味方アピールすることなので構わない

 そしてバーサーカーは、正義に呼ばれ、かの森の奥、ヴァルトシュタインの根城に居る。プライド的にそう表に出てくることはないだろうか

 

 逆に、場所が掴めないのがランサー、キャスター、ライダー、アサシン

 ライダーに関しては円卓の騎士であること、までを反旗を翻す前に確認した。それだけだ。同盟を通したのか否かすら、俺は知らない

 残り3騎に関しては、本気で何も知らない

 

 けれども、確かに彼等はこの街に居るはずだ。特に、魔術工房を重視するだろうキャスターは、あの森とは別の何処かに己の陣を築いている可能性は高い。それを探し当てれば、多少はこの聖杯戦争、有利に戦えるだろう

 

 『それではいそうですかと言えるほど、私は単純じゃないの』

 「……俺とお前の関係は打算じゃないのか、セイバー

 わざわざ踏み込んでも意味はない。お前は自分の願いの為、俺は己の願いの為に聖杯を求める。そのための呉越同舟だ」

 良い関係を築いていければそれが良いのはまあ、間違いはない。深入りし過ぎれば、何時か自らのサーヴァントを切り捨てる時に不具合があるかもしれないが……

 だが、それは無視して、あくまでもその関係には踏み込まない。それはそうだと言い切る。俺達は利害の一致だと

 彼女の名はクリームヒルト、その願いの質は、俺の中の英雄が雄弁に語ってくれているのだから

 

 『ええ、そうね。そうかもしれない

 けれども、気になるのよ。そもそも貴方が、私と道を違えないか』

 「……そんなことか」

 違えるに決まっている

 俺の願いはたった一つ。それを果たしたとき、ザイフリート・ヴァルトシュタインは消える。そんな存在が居たという事実は無い世界が待っている。ならば……俺が願いを叶えたとき、俺が何を思っていようが、セイバーの手に聖杯は残らない

 

 「違える。俺の願いは、総てを還すこと。神巫雄輝のものであったはずの未来を、ザイフリート・ヴァルトシュタインから奪い返す

 その果てに、俺は残らない。ならば、お前と共に聖杯を取った事実はどうしようもなく消え去る。俺が例えどう足掻こうが、お前に聖杯は残らない

 サーヴァントとの約束など、守る要素は欠片として無い」

 ……嘘はつかない。ただ、そう宣言する

 聖杯を望むならば最後の最後に奪ってみせろと。そんな最低のシナリオを描かせる

 『そう、なら良いわ』

 だというのに、だ。セイバーである少女は、サーヴァントとしては聞き捨てならないはずのその言葉を、あっさりと流した

 『私は、あの女を今度こそ殺せればそれで良い。聖杯が必要ならあげるわ』

 「良いのかよ、サーヴァントなのに聖杯を放棄して」

 『良いのよ。あの人にまた会いたいというのも、あの人の仇を取りたいというのも、結局私のエゴでしかないわ。あの人は……ジークフリートはそんなこと、絶対に望んでいないでしょうね

 

 けれども、それがどうしたというの。優しすぎるあの人が願ってなくても、私はあの人を私から奪った者達の首を跳ねたいの。許せないもの

 

 ……貴方の召喚に応じたのは、それだけよ

 今回の聖杯戦争に参加する。そして、今度こそ彼女の首を貰う。私の願いは……寧ろ、聖杯よりも聖杯を得る過程にあるの。だから、終わったあとに残る景品に興味はないわ。どうぞ御勝手に。好きに使えば?』

 

 「……そうか。ならば、都合が良い」

 『彼女を殺すのは私よ。それだけは、譲れない』

 「過程はどうでも良い。所詮、総てを破壊する事になるんだから。気にしても、仕方の無いことだ。任せるさ、セイバー」

 とりあえず、呉越同舟は続けられるようだ。頷いて、足を進める。調査といっても、ちょっとしたもの。直ぐに終わるものだ。あまり大っぴらに動いても微妙な話、少し、公園への通り道でやっているだけの事

 

 『道具(マスター)、でもその前に一つだけ聞かせてくれるかしら』

 「何だ?」

 『貴方の願いは何かしら』

 「言ったはずだ。ザイフリート・ヴァルトシュタインの抹消。産まれてくるべきではなかった俺が使い潰した時間を、神巫雄輝に還すこと」

 『そんなことは聞いてないわ。聞きたいのは、貴方の願いよ』

 「それが、俺の使命だ。それ以外に、何もない」

 『嘘つき

 本当の事を言って欲しいわね』

 尚も意味不明な事に食い下がるセイバーに、呆れながらも口を開く

 

 「……それだけだよ。嘘でも何でもない」

 『そう

 

 聞いた私がバカだったわ。願いと、そうでないものの区別はあの人でも付いていたわよ』

 「そうでないものも何も、あれが俺の使命(願い)だ。それ以外、有っちゃいけない」

 ビル街を抜ける

 

 セイバーとの会話は、そこで途切れた



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二日目ー伊渡間中央公園

日が西の空に消えようとしていた

 時は既に12月中旬、日が落ちるのはかなり早く、肌寒さも当然ながら厳しい。土曜日だということで日中は多くの人で賑わい、犬の散歩に来ていた者も多かった伊渡間中央公園も、段々と人気が無くなって行く

 その中で、俺は設置されたベンチのひとつに腰掛け、体を休める為に微睡みながら空を眺めていた

 チラチラと、視界の端で各地に設置された街灯が点滅し始める。そろそろ夜と呼べる時間だ

 

 『全く、風情も何も無いわね』

 横で、お行儀良くベンチに腰掛けていたセイバーがそうぼやく

 宝具は発動し続ける限り魔力を消耗し続ける。セイバーは今、霊体化も宝具による隠密もせず、其処に居た

 端から見ればYシャツとはいえラフな服装の彼氏と、そんな奴には勿体無い程の気合いの入ったドレス美少女の凸凹カップル、だろうか。実情は大きく異なるが

 「今更取れるホテルなんて、ロクなものが無い

 人気(ひとけ)が多くて、昼寝していても違和感が無くて、開けていて襲撃しにくい。その上何か話してても周囲に溶け込む。これ以上無い休憩地だ」

 『レディの扱いは』

 「なってなくて結構。他の候補なんて所謂(いわゆる)ラブホテルになりかねないんだ、そうでなかった事を不幸中の幸いだと思ってくれ」

 『あの人に似てる……というのは勘違いだったのかしら、ねえ私の道具(マスター)

 「そこら辺はずっと俺の中で眠っている英霊本体に言ってくれ、俺は俺、ザイフリート・ヴァルトシュタインでしかない。ジークフリートでも、神巫雄輝でもない」

 

 言って、フェイからの荷物を改めて漁る。退職金と書かれた紙と共にそれなりの額が入った財布、最低限の着替え、かつて合成獣相手にたまに利用していたナイフが10本ほど、三本の薬、そして手袋。それが入っていた全てだった

 余計なものは一切無い。出来ればもう少し多目に薬が欲しかった所だが、そもそも本来は薬なんて無い前提で挑まなければならない状況であったのだ。寧ろ三本もあるのが幸運というしかない

 今は最低限の着替えの代わりに、右肩に大穴が空き、各所にも破れがあるかつての服をバッグには放り込んである。何れ捨てることにはなるだろうが暫定処理だ。本当は敷物がわりにでもしようかと思っていたのだが、セイバーがそんな襤褸を使わせる気か、と言ったので着替え側のコートを敷かせている。その為、正直日中は兎も角日が暮れた今は多少肌寒い。とはいえ、未だ周囲に人はゼロではない、かつて使っていた血がこびりついたローブを出す訳には流石にいかないだろう。既にこの身は身元不明の戸籍無き存在なのだ、警察のご厄介にはなりたくない

 

 『……その薬は?』

 と、薬を取り出していると、セイバーが訪ねてきた

 「単なる抗体薬……みたいなもんだ」

 言って、シャツのボタンを外す

 『変態』

 「説明するには見せるのが早い」

 ジトッとした目をするセイバーには気にせず、そのままシャツの前を開けた

 体が外気に晒される

 冷たい目で此方を見ていたセイバーの瞳が揺れた

 細い手が、胸板……いや文字通りの胸にある金属板に触れる

 触られた感触は無い。金属なのだから当然だ

 『……これ、は?』

 「俺をサーヴァント擬きたらしめている元凶、錬金術だか何だかの賜物。魔術と機械の融合、核となる聖遺物を元に、人をサーヴァント擬きに作り替える魔術機構、銀霊の心臓。その表面だ

 人一人使ってるだけあって、俺は生体部分が多いからな、霊薬で抑えてなきゃ魔術機構部品と生体部品との間に拒絶反応が出るんだよ

 まあ、血の疑似令呪による更なる制御システムが確立するまでの裏切りに対する抑止力として放置された治せる欠陥かもしれないけどな」

 気にしても仕方ない、と話を切る

 霊薬一本で抑えられるのは大体7日。そう思うと三本も必要ない気もするが、戦闘等、銀霊の心臓を酷使すればそれだけ拒絶反応も出やすくなる。一昨日の夜、襲撃前に飲んだとはいえ、その抗体薬は極力抑えた戦闘を心掛けたつもりでも既に切れかけている。もしもこの三本の薬がなければ、あと一度の戦闘すら抗体切れによるリミットを考えてやらねばならなかっただろう。だとしても反旗を翻した当初の勝利条件、何れかのマスターに拾われて難を逃れ潜伏するか、シュタールを倒すか足止めし、本邸から薬を奪取する、の二択に比べればセイバーという自前のサーヴァントが居るだけ相当マシではあるのだが

 

 『そう。壊れなければ良いわ道具(マスター)

 セイバーの反応は鈍い。俺そのものに興味はあまりないのだろう

 まあ、当然だ。きっと彼女が召喚に応じた理由も、ジークフリートにもう一度逢うためだったのだろうし、擬きに現を抜かすような事は無いだろう

 「壊れないさ。壊れる事は許されない。俺は全てを還さなければならないから、借り物を壊しては示しがつかない」

 『なら良いわ』

 

 ふと、セイバーは此方を見る

 『それにしても、小間使いのフェイ……だったかしら?妙に仲が良いのね、恋人?』

 惚れた腫れたは少女のご馳走、やはり英霊でもそこは少女なのだろうか、妙にキラキラした目でセイバーは此方を見る

 「違うさ」

 フェイの姿を脳裏に思い描き、確信をもって俺はそう答えた

 何時もメイド服を着た、俺より数年先に人工サーヴァント計画で作られたというホムンクルス、S045(セイバー045)。アーサー王……いや、かつてのキャスターが残した資料によると騎士王アルトリアを目指し作られるも、結局自我を持つ事と家事能力以外まともに機能が無かったが、逆に家事能力は高かったので破棄されなかったらしい少女。フェイというのもある程度浸透していたらしいが元々自称で、アーサー王が大嫌いな、銀髪で、何時も何処か遠くを見ていたヴァルトシュタインでの唯一の味方

 『その割に、随分と色々と貰っているじゃない。それに、唯一貴方として見てくれたんでしょ?』

 「フェイは、俺の事を何とも思ってない。いや、きっと誰も特別視していない。彼女の心を動かすのは、きっとアーサー王だけだ」

 その、僅かに焦点の合っていない青い瞳を思い出す。自分がそうあるべきとされていたアーサー王を語る時だけは、強い光を湛えていた瞳を知っている

 「フェイにとっては、本質的には当主のシュタールも俺も単なる一個体、扱いに差を付けるような存在じゃなかったんだろう」

 『それで?』

 「それでも良かった、俺という悪は救われた。理由はどうあれ、一個人として扱ってくれて、幸福だった

 これはそれだけの話だよ。あえて恋愛に繋げるなら俺の片想い、聞く分にはつまらない話だ」

 開けたままであったシャツのボタンを閉める

 

 『……不味い。昼間の方が美味しかったわ』

 気が付くと、セイバーは晩飯用にと公園へ向かう際に買っておいたサンドイッチに手を出していた

 この場を動く気は此方には無い。昼間は干渉してこなかったが、夜まで未干渉という事は無いだろう。きっとライダーは動く

 その際に、多少の起伏があって動き難く、更に開けたこの場所はそれなりに戦いやすい場所だ。下手な場所で邂逅するよりは待ち構える

 

 なので、俺も一口サンドイッチを摘まむ

 不味くはないが、ミラの用意してくれたものに比べれば一歩足りない味だ。自由になる金が無かったので一度も食べた事はなかったが、多くの人が食べているのを見て期待していたほどの物ではなかったらしい。いや、残飯とはいえヴァルトシュタインの家のものはそれなりに高級であったろうから、比べるものが可笑しいのかもしれないが

 

 空を見上げる

 郊外にある伊渡間市、それも大きな中央公園からの景色だけあってか、満天とはいかないが星空があった。何時しか日は沈みきっている

 こんな空を眺められるというのも贅沢な事だ、と思い、立ち上がる

 「セイバー、頼み事がある」

 『……何?』

 「荷物を、安全な所へ置いてきてくれないか」

 『それは、私にやらせなきゃいけないことなのかしら?』

 「そうだ」

 『……仕方がないわね。何時か返しなさい』

 言って、セイバーは荷物を受け取り、遠ざかっていく

 

 これで良い。日中は人前で戦闘を仕掛けて来れないだろうから問題ないが、夜は別だ。早めにセイバーと一度別れ、セイバーという切り札を隠す必要がある

 セイバーが置いていった、敷かれていたコートを羽織る

 

 やることは少ないが、準備は終えておく。かつて、光の剣の制御が下手で何時も自身の手を()いていた頃に用意された手袋をする。鞘に入れたまま、ベンチの下に置いておいたナイフを取り出す

 何時しか人気は無くなり、街灯の光が公園を照らしている

 

 剣は無い。だが問題はない。本当の切り札をセイバーから借りている

 使えるか……はぶっつけ本番といった所だが、まあ、使えない事は無いだろう。信じなければ始まらない

 

 人影が揺らめく

 影は一つ。恐らくはアーチャー陣営ではない。あのアーチャーがマスターから離れる事は無いだろう。それは安心出来る

 という事は、恐らくはライダー

 

 「……ライダーか、来るなら来な!」

 自分を鼓舞する意味を込めて、俺はそう叫んだ



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二日目ー邂逅戦・前

「……ライダーか、来るなら来な!」

 自分を鼓舞する意味を込めて、俺はそう叫んだ

 

 『流石に見付かる、か』

 やはり、現れたのは金髪の騎士……ライダー。交渉する気は無いのか、既に白に近い銀の鎧を身に付け、背には剣を背負っている

 「隠れるのは下手だからな。そちらとしては見るのは四度目か」

 空気を握る。握ったものを光の剣とする力……宝具の代用となる魔術を繰り始める

 昼間にセイバーから借りた切り札は今は使わない。ヴァルトシュタインと同盟しているならば俺が何なのかは知っているだろうが、この切り札の存在までは流石に知覚していないだろう。光の剣を見ているからこそ、それこそがどうにも頼りないが、不完全なサーヴァントにピッタリの俺の宝具だと誤認する

 

 『……森から見ていた際は、距離的に見つからないかと』

 「誰も見てなければ、あんな場所で同盟を切り出さないさ」

 『……それもそうか』

 ライダーの足が止まる。距離は10m程。縮地が成功すれば一瞬で詰めきれる距離、逆に言えば相手もそう不自由しないであろう距離。いや、相手がもしもガウェインであれば相手有利もありえる。<輪転する勝利の剣>(エクスカリバー・ガラティーン)、そういった聖剣の類であれば、あの距離から俺を魔力の波束(ビーム)で消し飛ばす事も可能だろう。幾ら縮地とはいえ、構えてから一瞬、距離を詰める必要がある。その一瞬の遅れがあれば先に剣を届かせるには十分だ。ビームで凪ぎ払える以上空振りを恐れる必要もないのだから

 『何がしたいんだか』

 「ヴァルトシュタインを裏切って、か?」

 『勝ち目など』

 「ゼロに近い、とゼロとは違う」

 多守紫乃とアーチャー、そしてシュタール・ヴァルトシュタインとバーサーカー。俺一人では、いや俺とセイバーでも正面からでは勝ち目の見えない相手は居る。だとしても、ヴァルトシュタインの正義に挑まねば聖杯を望む事すら出来はしない

 

 「!?」

 一瞬、走る悪寒に気圧されかけ、気を保ち直す

 ライダーが背負った剣を抜き放っていた

 

 無骨な剣。堪えられる程度ながら、その刀身と同じ外気に触れているというだけで腕の震えを抑えきれない。恐らくは、いや間違いなくライダーの宝具

 

 剣を突き付けながらも、ライダーは動く気配は無い。腕を伸ばしている以上、今すぐに斬りかかる事は出来ない格好だ

 

 中央線の入った幅広の両刃剣。鱗で装飾された牙のごとき想定で僅かに湾曲した、刀身と十字に拵えられた鍔を持ち、刀身そのものも僅かに波打っている。斬る……のではなく、叩き斬る為の武器であるだろう

 その形状から、記憶の中を辿る。目は切先から逸らさぬように心がけながら、この一年の間にヴァルトシュタインと対峙しうるからと叩き込んだ知識……初代ヴァルトシュタインが召喚したというキャスター、アヴァロンの魔術師☆Mによる資料の頁を脳内で捲る

 

 剣を見て理解した。彼はガウェインでは無い。資料にあったガラティーンとは大きく形状が違う。あえてあの資料にあった五本の剣(カリバーン、クラレント、エクスカリバー、ガラティーン、アロンダイト)の中から似ているものを挙げるならば……<燦然と輝く王剣>(クラレント)

 だが彼は女ではない。よってモードレッドでも有り得ない

 よって、彼の真名で有り得るとしたらそれら五本の持ち主以外……例えば、ペルスヴァル……パーシヴァル等だろう

 著名な騎士についてはよく読んだ。ライダーが彼等であれば今の時点で真名に想像は付くだろう。だが、特に有名な彼等でないとすると、どうしようもなく絞りきれない

 

 『……諦めることだ。私には勝てない』

 剣先を突き付けたまま、ライダーがそう言い放つ

 「どうだろうな」

 『ジークフリートであるというならば、勝ち目は無い。私の一刀の前に地に伏せるだろう』

 「ふざけた事を!」

 痛みにすら感じる程に強くなる手の震えに対抗するように、声を張り上げ……

 『投降を』

 「な、に?」

 突然の言葉に、心が揺らいだ

 

 突如として、気力が霧散する。ライダーと対峙している事すら忘れ、血管に流していた魔力が途切れ、魔力回路としての外付け機能を喪失してゆく

 頭に霞がかかり、ただ耳元に鳴り響く心地よい囁きに身を委ねようとして……

 「……がっ!」

 奥歯を噛み締め、意識を保つ。僅かに展開した光の剣で、自身の肌を斬り、血を滲ませた痛みで霞を振り払う

 

 何時しか、ライダーの後ろに一人の少女が立っていた

いや、何時しか……ではないだろう。彼女はきっと、最初から其処に居た。どこか心此処にあらずな雰囲気と、それに比例したように薄い存在感に誤魔化され、ライダーの気配に呑まれていたのだろう

 何処かフェイに似た、だが違う存在。一見してライダーのマスターのようだが、本能が、マスターとしての力がそんな油断は死を招くと叫んでいる

 

 彼女は、サーヴァントだ

 

 「……二騎目とはな!」

 叫び、霧散しかけた魔術を再起動する。手の中に光の剣を出現させる

 

 改めて、二度と見逃すまいと少女に対し目を凝らす

 この気配の感じなさはアサシン……だろうか

 だが、アサシンであればさっきの現象に対して説明がつかない

 思考に霞をかけたのは恐らく魔術。洗脳や暗示の類であろう。俺自身の対魔力なんてゴミみたいなものだが、それでも気配すら無く思考を乱すのはただ事ではない

 キャスターであれば可能だろうが、アサシンとしては似つかわしくない

 

 少女に武装は無い。いや、例えあったとしても、武装として杖を持っていたとしてもそれが暗殺用の仕込み杖でない保証はない。測れるのはランサーであるかどうか程度だ

 

 『やはりバレるものだ』

 反応はライダーだけ。二騎目のサーヴァントは何も反応しない

 「ここまでされれば、な。まさか虚を付く為に降伏を持ち掛けるとは思ってなかったが」

 『……言葉は本当だ。降伏すれば命は取らん』

 「無理な相談だ!」

 ライダーへ向けて斬り掛かる

 使うのは飛刃、光の剣がある程度融通が効くことを利用し、形成した剣を飛ばす小技。どうしても威力は下がるが、小手調べには使える

 

 『無駄だ』

 腕を伸ばしたまま、ライダーは僅かに横へと切先を動かす事で飛刃を切り裂く

 「効くとは」

 再度剣を形成しつつ、懐へと飛び込む。横へと剣先がずらされた、その空白を埋めるように

 

 「思ってない!」

 縮地で空間を飛び越えれず、数瞬で辿り着く。残念ではあるが、大きな竜脈の無いこの公園ではそう成功するものでもない

 目指すは刺突、中段からそのまま、形成されてゆく事で目測しにくい光の剣で喉を穿ちにいく

 

 『分かりやすい!』

 だが、騎士には流石に通用するものではない。引き戻された無骨な剣が光の刃を右方向へ撥ね飛ばす

 だが、それは俺の思惑から外れていない

 

 元より円卓の騎士という時点で精々一年のにわか剣技がまともに通用するとは思っていない

 真に見極めるべきは謎のサーヴァントの実力の方、逸らされた剣先は勢いを殺しきられずにライダーの右から姿を除かせていた少女を狙う

 焦点の合ってない瞳は特に此方を映す事もなく

 

 駆け抜ける。此方を見ていないように見えながら、少女はあまりにもあっさりと剣を回避してのけた

 背に軽い衝撃。赤い光が後方で瞬く

 魔力弾か何かだろう。だが向こうも小手調べであるのか威力はそう高くはない、<悪竜の血光鎧>(ブラッド・オブ・ファフニール)とジークフリートの宝具の疑似再現だろうからこうではないかと勝手に名付けた疑似防御宝具でも十分に威力を消せる程度だ

 

 剣を斜め下へと横凪ぎに振り返る。飛んできていた二発目の魔力弾を切り裂く

 爆発。拡散した魔力が降り注ぐが赤い光が全てを弾き、無力化する

 

 「それだけか!」

 再び地を蹴る。目指すは少女

 ライダーとの位置関係は駆け抜けた事で逆転した。今や少女サーヴァントとの間にライダーという壁は無い

 

 縮地

 今度は竜脈に乗ることが出来た

 自分でも驚きながらも、その一手を潰さず逆袈裟懸けに剣を……

 

 まるで縮地成功がわかっていたかのように、少女は飛び上がっていた。足先は、俺の顔の前まで

 頂点に達した少女の足が閃く。俺の縮地が失敗していれば間違いなく着地しようというその瞬間に届いたであろう光の剣は何も捉えることはなく

 「ぐがっ!」

 逆に、俺の顔に蹴りが突き刺さる

 

 視界が揺れる。衝撃で足が一歩下がる

 軽い脳震盪、だが相手は一人ではない。せめてもの追撃回避にと勢いを殺され逆に後ろ向きとなったベクトルを殺さず飛び下がる

 

 「ちっ」

 『逃げたか』

 追撃の剣を振るっていたライダーに向き直る

 歯は折れていない。魔力は篭っていたが単なる蹴り、光の鎧が軽減出来はする。致命傷には程遠い

 

 一瞬、思考をクリアにする意味も兼ねてセイバーの居場所を探る

 突然の魔力消費の増大、サーヴァントとして俺と繋がっているセイバーならば、俺が戦闘に入った事に気が付いただろう

 

 確認終了。割と近くまで戻ってきていた。再び姿を隠しているようだが、流石にサーヴァントとのパスまでは当事者には誤魔化せない

 

 これで良い。少し後にはセイバーの乱入により、事態は動かせる。相手は1vs2を前提としているだろう。それを突き崩し、流れを変える切欠にはなる

 

 ならば、俺自身にある切り札は切ってしまっても構わないだろう

 

 邪悪なる竜は失墜し

 

 「まだだ!」

 三度目の踏み込み。既に少女とライダーは並び立つ形に移行している、どちらであろうが狙いは付けられる

 

 世界は今、落陽に至る

 

 狙うはライダー……そう思わせる

 縮地の形は兜割り、構えは大上段

 

 撃ち落とす

 

 やはり空間は飛び越えられない。自身を狙っていると理解したライダーの剣が迎え撃つ

 だが構わない、本命は別。そもそも別事に集中している、空間跳躍は望む意味もない

 

 右手が灼熱する。あくまでも魔力である光の剣が、しっかりとした実体を持つ。実体化により魔力が大きく削られるが構わずこの一撃に注ぎ込む

 セイバーから借りた切り札。俺がジークフリートであるならば使えるはずの宝具。すなわち……

 <喪われし財宝(ニーベルング)

 「幻想大剣・(バル)

 全神経をかけ、顕現した剣を振り降ろす

 「天魔失墜(ムンク)>!」

 

 黄昏の剣光が、視界を埋め尽くした

 

 少しして吹き荒れた魔力が終息する。普通の存在にとって絶対的な死を意味する黄昏が消えてゆく

 

 魔力の消費に、肩で息をする。無理矢理に宝具を放った剣が、役目を果たし空気に溶けて消えてゆく

 

 「……な、に」

 消えてゆく霊子の光に思わず目を疑う

 『それなりに効いたな、流石は大英雄の剣』

 バルムンクと同じく霊子となって消えてゆくのは、ライダーではない

 突如その場に現れていた、幾本もの謎の柱であった。黄昏の剣光はそれらを蹂躙するも、あくまでも偽物にすぎない宝具ではそれが限界、柱に護られたライダー達には僅かな傷を残しただけであったようだ

 

 荒い息を吐きつつ、消えてゆく柱を観察する

 ボロボロでありよく分からないが……あえて言うならばギリシア風だろうか

 

 『天罰……覿面』

 ふと、そんな声が聞こえた

 

 「がっ!?」

 突如、俺の体から血が噴出した

 服が内側から血に染まる

 

 全身に無数の細かい傷が付き、それらの傷口が一斉に開いたのだろう

 個々の傷は深くはない。寧ろ相当に浅い。だが数が多すぎる。正に無数。血が噴出するほどの深さは一瞬であったことから、恐らくは魔術

 だが、服を傷つけることなく、身体のみをここまで傷つける等そうは出来ない

 

 「……天、罰……」

 だとすれば、天罰というのも(あなが)ち間違いではないのかもしれない。神巫の魔術、報復のガンドの強化版。あの謎の柱を傷付けた分報復する魔術。宝具というには弱い気がするが、真名解放を聞いていない。本領発揮していないならばこんなものかもしれない

 

 確信する。あの少女は……キャスターだ。恐らくは古代ギリシアの魔術師

 神代の存在だ

 

 「全く、勘弁してほしいな」

 つい一人ぼやく

 あの神なアーチャーに、神代の魔術師に、円卓の騎士。そして吸血鬼

 現状知っているだけでも十分錚錚(そうそう)たる面子だ。この調子ではヴァルトシュタインの勝利の為の生け贄として呼ばれた絶対値的にハズレサーヴァントです、なんて都合の良い事は残りのランサーとアサシンにも期待できないだろう

 不可能だ、なんて言う事は出来ないしそんな気もないが、難易度ハードは間違いなくあるだろう。正直もう少し低めの難易度にしてほしい所だ

 

 『……うん』

 再び聞こえる声

 ふと気付くそれはあの時、耳元でささやいていた心地の良い声によく似ていて……

 

 

 「お前が……お前さえ居なければ!」

 身を()く憎悪に、はっ、っと気を取り戻す

 何か、とても心地良い夢を見ていたような

 『これが最後だ、降伏を』

 ライダーがゆっくりと言葉を発する

 現実を見直す

 何時しか俺は彼等に向けて歩み寄っていて

 ライダーの剣は、しっかりと俺の首筋に当てられていた

 

 「成程」

 二度も同じ魔術に掛かるとは

 自分で自分が情けなくなる。恐らくは宝具使用後の心の隙を付かれ、再度洗脳だかに掛かっていたのだろう

 よく覚えていないが心地良かった。ずっとあのぼんやりとした霞の中で漂っていたかった程に

 だが、俺という悪にそんな逃避は許されない。それは死と同じだ

 

 『私としても個人的にあまり殺したくは無い』

 ライダーが、ほんの僅かずつ首に剣を食い込ませながら言う

 流石に逃げられはしない。体に痛みが走っていないということはあの夢心地により魔力回路代わりに酷使していた血管や神経系は本来の役目に戻っている。起動に少し時間がかかる、そんな隙を見せれば首を叩き落とされかねない

 

 『降参し、全てを放棄すれば命までは取らない』

 それでも、降参するなんて事は、この()には許されていなくて

 

 だから、叫ぶ

 「セイバー!」

 

 その瞬間、キャスターの少女は予めその場所が危険だと知っていたかのように軽やかに身をかわし

 ほんの一瞬前まで少女が居た空間が切り裂かれた

 

 『なっ』

 一時、ライダーの意識が逸れる

 それは僅かな隙。だが構わない。神経断裂程度許容して無理矢理再起動するだけならば、そのほんの少しの時間で十分!

 

 意識が逸れながらも、一拍を置いて首を落としに動き出す剣

 だが遅い。剣を前に痛みをより強く発していた右手ではなく、起動が間に合った左手で刀身を掴む

 叩き斬る剣故に圧力はあれど斬れはしない。光の鎧がしっかりと威力を弱めてくれている

 「これでぇっ!」

 そのまま、心臓の軋みを無視して光の剣を生じさせようと、全ての気力を振り絞った

 『てめっ』

 刀身を柄とし、柄を刀身とし、光の剣が顕現する

 赤い光に焼かれ、思わずライダーは一瞬剣の握る力を緩めた

 

 刀身を握りこみ、剣を奪い取り、一歩飛び下がる

 空いている右手で剣の柄を握る

 軽い痛みと、重い感触。近くで見ると異様だ。鍔の装飾に使われているのは蛇の牙、だろうか

 俺は決してこの剣の使い手ではない。まともに使うことは不可能であろう。出来ることといえば精々が光の剣の核にしてしまう事だが、威力は元より下がりかねない

 だが、それがどうした。重要なのはこの剣を持っていること、即ち、ライダーの弱体化だ

 

 何か忘れている気がする

 

 セイバーと合流する

 『道具(マスター)、問題は』

 「希望があるだけで十分!」

 さっき使った剣……バルムンクと同様の剣を構えるセイバーに合わせ、銘の分からぬライダーの剣を構える

 

 状況は2vs2、薬がいよいよ切れてきたことを示す心臓の軋みが発生している限界ギリギリが此方に一人居るが、逆に相手にも不意討ちにより宝具を奪われたライダーが一人居る。状況は十分好転したと言えるだろう

 本当に?という心の声を振り切る

 

 「悪いな、ライダー」

 『次はねぇ』

 動揺からか、少し粗野な言葉遣いでライダーは応えた

 だが、次の剣は出てこない。やはりこの剣がライダーの宝具なのだろう

 

 風が吹く

 ふっ、とセイバーの姿が消える

 俺が呼ぶまで潜む際に使っていた<身隠しの布(タルンカッペ)>だ

 分かっていたとしても、僅かな動揺は誘える

 

 その隙に踏み込む。狙うはキャスター。幾ら剣を持たないとはいえ、騎士であるライダーの相手は一人ではやはり厳しい

 よって、キャスターを二人でまずは叩く。まるで直感していたかの様に回避してのけた事など懸念はあるが、キャスターはそこまで近接戦闘は強くないだろう。予測なり直感なりで回避されても、その先をもう一人が潰せるならば手はある

 

 キャスターに迫る

 キャスターは何も行動を見せない、それは、何かを確信しているようで……

 

 突然、とてつもない悪寒が走った。俺が忘れていた、いや、希望を持つ為に考えないでいたなにかが、俺に向かって牙を剥く、そんな感覚

 咄嗟にセイバーの動きを邪魔しうる方向、左に跳ぶ

 

 一瞬、強風が吹き荒れた

 「があっ!」

 右腕の前腕部が灼熱する。

 前腕を食いちぎられて腕が麻痺し、剣を取り落とす

 

 こぼれ落ちた剣が吹き飛ばされ、正確にライダーの手に戻る

 

 ほんの一瞬の役目を終えた黄金色が消えてゆく

 

 身を貫く痛みに、漸く理解する

 これが、俺が忘れていたもの。考えようとしなかった、希望的観測を打ち砕くもの。ライダーを騎兵のサーヴァント足らしめる、剣ではない宝具

 黄金の(タテガミ)の獅子

 嫌でもライダーの真実を理解する

 

 「イヴァン、ウ・ル・シュヴァリエ・オ・リオン」

 イヴァン、あるいは獅子の騎士

 

 『友と共に改めて名乗ろう、元ヴァルトシュタインの人形』

 ライダーの横に獅子の姿が現れる

 『私はライダー、円卓の末席に籍を持つもの。名をユーウェインという』



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二日目ー邂逅戦・後

『名をユーウェインという』

 そう、ライダーは名乗った

 

 アヴァロンの魔術師☆Mによる資料を思い起こす

 騎士ユーウェイン。或いは獅子を連れた騎士

 かつてはその名を語られるも、トマス・マロリーによるアーサー王伝説の集大成、アーサー王の死においてはその名はほぼ語られることなく、結果的に円卓の騎士の中では無名に属する存在。アーサー王の姉、モルガンの息子であり、獅子を助け竜を倒した竜殺しの英雄

 

 「成程、自信がある訳だ」

 そう一人ごちる

 竜殺しの英雄。その逸話を持つ英霊は、多くの場合竜に対して特別な強さを発揮するという

 それに対しジークフリートは竜に縁深い英霊、竜の血を全身に浴び、菩提樹の葉が張り付いていた為に血を浴びなかった背中の一点を除き不死身となった存在だ。竜の血による不死、彼そのものも竜とされても可笑しくはないだろう

 ならば、紛い物とはいえジークフリートである俺に対し、ライダーが圧倒的優位というのはあながち間違いでもない

 

 「ユーウェイン卿。ああ、ついさっき知ったよ」

 そう吐き捨てる

 大きく食いちぎられた右腕は完全に感覚が無い。魔力回路の代用であった血管や神経すらも麻痺したかのようだ

 いや、実際にそうなのだろう。ユーウェイン卿は旅の中、竜と争う獅子を発見し、不利な状況に陥った獅子を助け共に竜を打ち倒したという。その助力の恩として、彼は獅子を連れた騎士となったり。ならば、共に竜を打ち倒したというライダーの友、あの獅子とて竜殺し。俺に対して特攻を持つのだろう

 特攻は確かに、俺を蝕んでゆく

 

 『……絶望したか』

 「残念ながら」

 『そうね、絶望するようならあの人じゃないもの』

 セイバーが俺の背中近くに現れる

 既に身隠しの布は無い。あの一撃を受けた際に魔力が乱れ、維持しきれずに消えたのだろう

 

 改めて活路を考える

 現状は……お世辞にも良いとは言えなくなった。セイバーが到着したとはいえ2vs3、数の上では不利。此方は切り札を大半使ったのに対し、相手は未だ真名解放まで見せた宝具は無い

 更に此方は一人が手負いで機能停止しかけ、向こうもジークフリートの宝具で傷ついてはいるもののあまり深くない

 

 だが、絶望的……という訳ではないだろう。根拠はない。理屈ではない。キャスターの真意は分からないが、少なくともそこに未来はきっとない

 ただただ、諦めが悪いタチだというだけのことだ

 だからこそ、まだだ、と言うのだ

 

 心臓の軋みが酷くなる。本格的にどうしようもない。完全な薬切れの症状だ

 宝具解放までやったのだ、寧ろ良くもったと言えるだろう

 不幸中の幸いは、この痛みは心の奥底まで貫くもの、悠長に洗脳だかに掛かってやる余裕が無くなる事だろう

 流石にこの状況から気を抜けば終わりだ。気を抜かされないだけ良い

 

 魔力回路が麻痺し人間レベルまで戻った右腕を思考から切り捨て、左手に光の剣を形成する

 その不安定さに顔をしかめたくはなるが、今の薬切れでは上出来だろう

 

 『情けないわね、道具(マスター)

 セイバーがそう呟く

 事実故に何も言えない

 

 『そんな体で何が出来る』

 ライダーが問う

 「大人しくしろ、と?」

 維持しきれず光の剣が消失し、再生成される

 「御免だ。みっともなく足掻くのをやめた時点で悪は正義に負ける」

 『ならば……』

 「足掻くとは、こういうことだ」

 モヤが掛かり始めた思考では、それに続く言葉を発しきれなかった

 だが、寧ろそれが有り難い

 

 令呪をもって命ずる

 「撃て、セイバー!」

 相変わらず感覚はない。だが確かに、一画の令呪が使用されたと確信した

 

 『仕方ないわね、あの人の真似ならば』

 その瞬間、体に既に残っていなかったはずの魔力がみなぎった

 俺も偽物とはいえセイバーの端くれ、宝具解放の為に令呪によって増大した魔力を一部流用すること位は出来る

 

 「この剣は正義の失墜……」

 『邪悪なる竜は失墜し』

 

 『ならば!』

 『……なっ』

 初めて、キャスターの口から驚愕が漏れた

 逆にライダーは驚かない。寧ろ、活路はそれしか見えないだろうという感じで、迎え打つべく魔力を繰る

 セイバーが大上段に剣を構えるのを感じながら、剣閃の残光を束ねる

 

 「世界は今、光無き夜闇へと堕ちる!」

 『世界は今落陽に至る、撃ち落とす!』

 『Limit Extra Over、限定解放!』

 

 赤い光の剣が、十数条の斬撃を敵へと吹き飛ばす

 黄昏の剣気が、刃に渦巻く

 無骨な刀身と思っていたものが展開する。中から本来の刀身が煌めき、竜の甲殻で作られた外刀身により封じ込められていた魔力が噴出する

 

 「<偽典現界・幻想悪剣(バルムンク・ユーベル)>!」

 『<喪われし財宝・幻想大剣・天魔失墜(ニーベルング・バルムンク)>!』

 『エクスカリバー……L・E・O!』

 

 此処に、三つの宝具が激突した

 

 一つは赤き血の光

 一つは黄昏の光

 一つは大地の青い光

 

 『ぐうっ』

 ライダーが呻く。ライダーの剣から噴出する魔力は、剣を離れるとビーム化することなく霧散し、魔力の塊となってゆく

 ビームとして撃てるほどに洗練出来ては居ないものの、剣の刀身を二重にし、内刀身に無理矢理魔力を押し込む事で自身の限界を越えた魔力を叩きつける、それがライダーの言うエクスカリバーL・E・Oなのだろう

 

 赤い光と青い光が激突する

 此処の威力で言えば一番低いであろう赤光が、黄昏の光と合わさり逆に青い光を押し込んでいく

 キャスターは動かない。動けないのかもしれない

 獅子も動かない。黄昏の剣気はドーム状に広がってゆき、此方への攻撃を阻む。だからといって魔力の激突に飛び込む事も出来ず、じっと主人を見つめている

 

 決着は、すぐに付いた

 『……やるじゃ、ないか』

 威力の大半を減衰するものの吹き飛ばされ、立ち上がりながらライダーが言う

 ライダーの右腕の鎧はへしゃげ、血が流れている

 

 状況は好転。だが、それはキャスターの動かなさあっての事、油断は出来ない

 だが、ライダーという脅威を一時とはいえ減衰出来たのは大きい。切り抜ける未来は見えてきた

 令呪消費は痛いが、使わなければ光明は無かったのだ、後悔はない

 

 僅かに、近づいてくる存在を知覚する

 数は二つ

 令呪を切り、迎撃により致命傷とならない可能性を理解して宝具を叩き込んだもう一つの目的、魔術師への狼煙。きちんと意味はあったようだ

 

 『友よ、行くぞ』

 ライダーが左手で剣を構え直す

 「焦ったか?」

 『何?』

 挑発行為。時間稼ぎだ

 

 「他のサーヴァントが来るぞ」

 『それで何があるというんだ』

 「はっ、朝のやり取りを見てたなら分かるだろう、同盟者さ」

 ハッタリだ。俺は答えを聞いていない。多守紫乃という少女であれば、きっととは思うが確証なんてあるわけがない

 狼煙は賭けでもあった。万が一彼女が敵対を決めていれば、どうしようもなく詰みだ

 だが、それでも賭ける価値はあった。だからこそ、大きな魔力のぶつかり合いを演出し、魔術師を呼び込もうとした

 

 『成程な。だが……』

 獅子が動く。駆け出し、俺へと飛び掛かってくる

 『追い詰めた相手を、先に倒せば終わりだ』

 

 「セイバー!」

 『まったくもう情けない!』

 俺と獅子の間にセイバーが剣を振るい割り込む

 獅子は器用にも空中で宙返りし、剣の範囲から逃れた

 

 ライダーの言葉は正解だ。限界ギリギリから宝具を放った事で心臓の軋みは限界、もはやまともに動く事すら面倒な状態。それが今の俺だ

 単なる人間……としても強くはないだろう。英霊ならば剣の素人のセイバーだろうが軽く基本スペックで捻り潰せる

 

 ライダーが迫る

 「セイバー!」

 獅子の方をセイバーに暫し任せ、俺はライダーと対峙する

 対峙といっても、これは俺が一方的に勘でライダーの剣を避けるという鬼ごっこだが

 

 右へステップ。何度も後ろへ飛ぶのを見てきたであろうライダーの剣が宙を切る

 今の俺は人間並、後ろに逃げれば避けきれなかっただろう

 

 左手でコートに仕込んだナイフを抜く

 出来れば光の剣で補強して投擲に使いたかったが、場面がそれを許さなかった以上仕方がない

 

 ライダーに走る僅かな動揺。もしかしたら自身を傷つけうるかもしれないという疑惑からか、ライダーの動きが一時止まる

 

 投擲

 ガタがきた体ではまともに飛ばないが、ライダーまでは届く

 明確に時間を取られるが、疑惑を振り切りきれず足を止めてライダーがナイフを迎撃する

 

 『了解だぜマスター、任せときな!』

 そんな声が響く

 

 間に合った、と気を抜きかける

 ふと、キャスターの瞳が揺らいだのが気になった

 

 「アーチャー、下だ!」

 どうしてそう叫んだのかはわからない。気が付くとそう叫んでいた

 『……<戦神』

 紡がれ始めたキャスターの声が途切れる

 

 炸裂、爆発音

 地面が唸りをあげる

 明らかに普通の矢を撃ったにしてはおかしな大きさのクレーターがキャスターの眼前に穿たれた

 

 『っと、うっかり従っちまったが、何だったんだ』

 そのクレーターに弓を携えた一人の男が降り立つ

 アーチャー、4騎目のサーヴァント

 

 「敵のカウンターだ」

 『なるほど、なっと!』

 空気が震える。アーチャーの二射目

 ライダーが大きく左へ逃げた

 遠くで街灯の柱が一本吹き飛び、倒れる

 『っと、やりすぎたかねぇ』

 アーチャーは軽く言い、三射目をつがえる……ふりをする

 本当にアレが矢を撃っているのかはよく分からない

 

 『……やっ、ぱり』

 よくわからない言葉を残し、ふっとキャスターの姿が消え失せる

 『……勝手に逃げて欲しくはなかったが』

 ライダーがぼやく声が耳に入った

 『んで、家のマスターはしょうがないからってこの野郎と組む事にしたらしいが、そっちはどうすんだ?』

 弓を下ろし、アーチャーが問う

 『今回の私はキャスターに乞われただけ。真正面から戦うのは御免こうむりたい』

 『って、大人しく逃がすってのも』

 獅子がライダーの前に立つ。ライダーを守るように

 『まっ、逃がすんだけどな。全サーヴァントを知らないうちに下手に欠けさせても面倒だしな

 あと、健気な動物ってのはどうにもやりにくくて叶わねえ』

 『全くだ。同盟の誘いは、出来れば貴方から受けたかったよ』

 そう言い残し、ライダーも去っていった

 

 こうして、アーチャーの介入を引き起こし、どうにか俺はライダーとキャスターの襲撃を潜り抜けたのだった



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二日目断章/幕間 正義の調査/聖杯戦争裁判

「ユー……ウェイン」

 C082(キャスター082)から送られて来た伊渡間中央公園での戦闘の様子を眺め、己はそう呟いた

 暫しの不干渉、を己相手に唱えていたライダーのサーヴァント。円卓の騎士という、初代様の呼んだマーリンであろうキャスターと同様の時代に生きた正義でありながら、真の正義を即座に理解しなかった愚か者

 

 「S045」

 即座に小間使いを呼びつける

 フェイ……と名乗っているらしいが、その自称で呼ぶ気は無い。アレは祖父が事業を己に継がせる前に作ったという、騎士王を模したホムンクルス、道具に過ぎない。S346と同じく個を持つらしいため、S346の前ではそう呼んででみたが、意味がなかったのだからわざわざ呼んでやる必要はない

 『……何ですか』

 近くに控えていたのだろう少女が現れた

 若き日のアーサー王をモチーフにしたという、道具のホムンクルスに過ぎないと思っていなければ、この己が思わず手を伸ばしてしまいそうになる銀髪の少女

 「フェイ。マーリンの資料は読んでいるな」

 『アヴァロンの魔術師☆Mの資料なら』

 「アヴァロンの魔術師といえばマーリンだろう。一々面倒な言い方をするな

 兎に角、ユーウェインについての部分を纏めろ」

 そう、言い放ち、座り直す

 

 自分で資料を見たことは無い。必要になれば部下に読ませれば良いのだ

 今までもそうしてきた。主君とは部下を使うもの。纏めさせるなどやらせておけば良い。正義に必要なのは、最後に悪を滅ぼし勝つことだ

 

 「そう言えばS045、貴様はあの日帰る前のライダーに呼ばれていたな。口説かれでもしたか?」

 気紛れに、そんな事を聞いてみる

 もしもそうならば、ライダーにくれてやるのも良いかもしれない。それで繋ぎ止め、ライダーを使い潰せるならば失敗作ひとつ惜しくもない

 『いえ、単純に王に似ていたのでつい、と』

 「何だ下らん」

 S045は気にせず聞き流している。祖父が重用しており、アーサー王伝説に関する資料はモチーフがモチーフ故か読み込んでいた為に気に入らずとも壊すのは躊躇しているが、正直言って無表情なのは気にくわない

 『ユーウェイン卿』

 「整理は済んだか、話せ」

 小間使いを促す

 『ユーウェイン卿、あるいは獅子の』

 「逸話は良い。性格と宝具、利用出来そうな部分だけ話せ」

 『獅子を連れた騎士、ユーウェイン。アルトリアの姉であるモルガンの息子であり、母からアルトリア・ペンドラゴンという実は女であった王に関して幼少より語られ、アルトリアへの憧れから騎士となった男。血縁である太陽の騎士ガウェイン卿と親しく、王の真実を知っている為か王に対して思慕を向けていた……とも思われる』

 「それで貴様か、S045」

 ならば、使えるかもしれない。このヴァルトシュタインには、己ですら知る伝説の魔術師、マーリンが遺したとされるものがあるのだ

 『宝具……エクスカリバーL・E・Oは、王への憧れから名付けただけであり、星の聖剣とは無関連

 妻であるロディーヌの怒りを買い、当てもなく放浪する前に侍女リュネットから渡された折れにくい剣を元に、その剣で倒した竜の素材を用いて母モルガンが星の聖剣を作製しようとし、失敗した。が、それを剣として振るった……という』

 

 淡々と、S045は話を進めていった




幕間 聖杯戦争裁判(三人称)

暗闇に光が灯る
 此処は、一人の少女の夢の中
 傍聴席の無い、こじんまりとした裁判所が闇のなかに浮かび上がる 
 
 『それじゃ、第三回聖杯戦争裁判を開始するね』
 発言したのは、一人の少女。この裁判の終幕を握る裁判長だ
 『検事側、大丈夫』
 原告側に立つのは、知的感を出すためか、度の入っていない眼鏡をかけた、裁判長と同一の少女
 『弁護側、問題ないよ』
 弁護席に立つのも、白い服で他二人と差別化した少女だ
 被告が立つはずの場所には、一人の少年……の、書き割りが立てられている
 此処は彼女の夢の中、彼女が、心を整理する為に産み出した架空の場。そこの登場人物も当然すべて彼女でしか有り得ない
 
 『審議を始めようか。今回の裁判は、聖杯戦争が本格的に動き出した訳だけど』
 裁判長として立っている、少女の自我が話を進める
 『原告としてわたしは、やっぱりセイバーの有罪を宣言するよ』
 遮るように、眼鏡の少女……少女の理性がそう告げた
 本来の裁判としてはどこか可笑しいが止める者は居ない
 あくまでも少女は自分の行動方針に決着を付けるために、判決という形で覚悟を決めなければならない裁判形式を取っているだけ、形式は関係ない。聖杯は、彼の死を願っている
 
 『まずは何時も被告扱いされてる彼から話を聞きたい……んだけど、無理なんだよね』
 裁判長がそう流す
 『じゃ、わたしが代わりに読み上げる事にするよ』
 弁護側に立った白服の少女が、書き割りを動かしながらそう言った
 
 『審議すら必要ないよ。この聖杯戦争を狂わせてるのは彼、動かぬ証拠もあるからね』
 眼鏡の少女は取り合わない
 『彼は……ザイフリート・ヴァルトシュタインは今やセイバーに近いナニカだよ。かつてはそうじゃなかったけれど、セイバーを召喚した今はそうなっちゃってる
 そうでなければ、「セイバーの宝具を使用する」令呪は、彼に対して効果を発揮しなかったはずだからね』
 『それに何か問題があるのかな、わたし(検事)?』
 白服の少女は問う
 『大有りだよ、わたし(弁護人)。このまま行けば、近いうちに彼は八騎目のサーヴァントになってしまうよ。そうなってからじゃ遅いんじゃないかな』
 眼鏡の少女が、特に意味の無い眼鏡をクイッと押し上げる
 『そうなってしまうと、サーヴァントが残り一騎になる必要が無くなっちゃうからね。二騎残っていても聖杯は満ちる。それじゃあ勝者は決まらない
 聖杯の奇跡を望むもの、残りの六騎を倒し、勝ち残れ。聖杯戦争ってシステムそのものが破綻しちゃうよ』
 『でも』
 『でもは聞かないよ、わたし(弁護人)。そうやって後回しにしてきた結果が、今だからね
 もしかしたら、わたしが呼ばれた理由は別かもしれない
 でも、もしも、ひょっとしたら。そうやって、ずっと殺せたはずの歪みを放置しちゃってた、その結果が今の歪みに繋がったよ
 
 八騎目になってからじゃ遅い。そうなってしまえば、もし彼らを倒しても私が介入して二騎倒しただけになっちゃう』
 『だからこの聖杯戦争裁判において検事側は、ザイフリート・ヴァルトシュタインの速やかな死刑を要求するよ、わたし(裁判長)
 『彼ばっかりだけど、ヴァルトシュタインはどうするのかな?正直、幾ら聖杯戦争が、聖杯が、彼等の勝利をこそ正道としてい』
 白衣の少女が言いかけた所で、ふと、明かりが消える
 それは、裁判で話す事ではありえないというかの如くに
 
 明かりが戻った時、白衣の少女は、つい先程の疑問がなかったかのように、別の事を問題にしていた
 『けれど、彼は既にマスター、それならばセイバーは』
 白服の少女が抗議の声を挙げるが
 『御免ね、やっぱり弁護は禁止』
 少女が手を振る
 白服の少女の姿が突如としてかき消えた
 『最初から決めてたんだ。それにさ、やっぱり全部わたしだから。私情を挟んだら、きっとどうしようも無くなっちゃう
 まったく、色々と言われてるけど、やっぱり弱いね、私ってば。どうにも感情を抑えられないや
 けど、今はそれじゃいけないから』
 光が消える。裁判長の姿だけが、スポットライトに照らされる
 『だから、御免ね、わたし(弁護人)。そして御免ね、ザイフリート。けどさ、私だって呼ばれた役目は果たさないとダメだから』
 
 『判決を言い渡すよ
 被告、ザイフリート・ヴァルトシュタインは有罪
 原告側の主張を受け入れて、死罪に処するよ』
 まるで自分に言い聞かせるかのように、少女はそう告げた
 『絶対に、彼を悪魔(サーヴァント)にさせない為に』


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三日目ー同盟締結

「……正直、今でも信じきれてない。けど、今の雰囲気は、私を襲ってきた時とは違う

 だから」

 ライダー、キャスターとの邂逅の次の日の朝

 教会の前で俺はそんなことを言われていた

 目の前に立つのはハシバミ色の瞳の小柄な少女……多守紫乃

 

 「だから私は、一度だけ信じてみる。アーチャー、それで良い?」

 『マスターが受けるって言うなら、異存はねぇや

 けどな、マスターを傷付ける素振りでも見せた時には容赦しねぇぞ』

 「俺自身の個人的な話としても、それは無い」

 『何だ、惚れたか?まっ、マスターは普通に見ても美少女ではあるか』

 「そんなんじゃない」

 茶化しにくるアーチャーを遮り、左手を差し出す

 「……これ、は?」

 「同盟締結、その握手だ」

 紫乃の瞳が揺れる。僅かな迷いが見える

 だが、結局手が差し出される

 「うん」

 

 「我が名、ザイフリート・ヴァルトシュタインに誓い」

 手を握った瞬間、俺はそんな言葉を口に出す

 自分なりの宣誓、魔術的な要素は特にはない

 「えっ?」

 「気にするな、単なる宣誓だ」

 「此処に、ヴァルトシュタインを滅ぼす同盟を多守紫乃との間に結ぶ事を宣言する」

 そんな姿を、アーチャーはじっと見ていた

 

 『……成程、ね』

 不意に、アーチャーがそんな事を言い出した

 「どうした急に」

 『いや、何だそういうことかって話さ

 ちょっくら誤解してたかもしれねぇわこりゃ』

 アーチャーが頬を掻く

 『ん、まあ、マスターの信頼を裏切らねぇ限り、オレも手を貸すとしますかね、セイバーのマスターさんよ』

 

 「えっ?アーチャー?」

 「……知らなかったのか」

 「えっと、ザイ……フリート?これはどういう事なの?」

 「単純に隠していただけだ。流石に同盟を組むためにと情報開示はしたが、全情報を明かしてれば交渉も何もない」

 一息つき、背後で自身が空気な事に不満を持っていそうな俺のサーヴァントを呼ぶ

 「セイバー」

 『……全く、一人蚊帳の外にするなんて、随分と偉いわね、道具(マスター)

 セイバーが霊体化を解く。俺の後ろに、ドレスを纏った銀髪の女性が降り立つ

 「……これが、サーヴァント」

 「うちのサーヴァント、セイバーだ」

 『貴方のものみたいに言わないで貰えるかしら?私はあの人のもの、それ以外ではないわ

 「と、言ってるけれども、何らかの目的で俺に召喚されてくれている訳だ」

 紫乃が目をしばたかせる

 「サーヴァントなのに?」

 『いやいやマスター、これでもオレ、相当マスターに忠実な方よ?世界には、令呪三角の使用で三回、それしか言葉を交わさなかったビジネスライクなサーヴァントも居るらしいしな』

 

 『と、いう事で、サーヴァント、セイバーよ。あの人以外の元なんて本当は御免だけど、今度こそ彼女を殺す為に仕方なく契約したわ』

 「……お名前は?」

 『流石に言うわけないでしょう?それとも、貴方のサーヴァントの真名も教えてくれるのかしら?』

 紫乃が固まる。やはり、元が大人しい性格。こういう事は苦手なのだろう

 『まあ、オレは案外予想付いてるから、後で教えてやるよマスター』

 「出来れば此方にもヒントの一つ無いか?そちらだけが予想が付くというのは」

 アーチャー。間違いなく神性……それも、風の層でもって武装を不可視にしている事から、風に関わる神格であろう、という所までは予想が付く

 だがそれだけだ。矢……としているアレが何なのかも分からない現状では、その先を詰めきれない

 いや、一つ仮説は立つ。だが、それはきっと有り得ない。その仮説は……神話を鵜呑みにするならば、そもそも座に居ないであろう存在を呼び出した事になる。アヴァロンの魔術師☆M……恐らくはマーリンとヴァルトシュタインでもされている初代ヴァルトシュタインのサーヴァントも似たようなものだが、相当な準備が出来たであろうヴァルトシュタインの取った方法が、魔術に関して素人な多守紫乃に出来たとは思えない

 

 『いやいや、流石にな

 んで、真名といえば、何となく襲撃者の予想はついたのか、セイバーのマスター?』

 「ライダーはな。というか、昨日の話に付いてきた時点で大体分かるだろう、アーチャー」

 『つまり、ユーウェインか。成程な、そりゃああもなっさけねぇ状態まで追い込まれる訳だわ』

 「そういう事だ、キャスターは分からん。宝具……らしきものからみて古代ギリシア関連の魔術師であろう、と思ったが、予想はつかん」

 『んで、何であの時攻撃を逸らせと?』

 「天罰だとさ。恐らくはダメージを受け止め、逆に攻撃者に跳ね返す……多守のガンドの超上位互換宝具

 直感だか何だかで先を見てたのかもしれねぇキャスターがじっと待っていたって事は、俺に向けて不完全に使ったものの完全版を、乱入してくるアーチャーに向けて撃つんじゃないか?と思ったわけだ」

 『んで、とっとと消えてった理由は?』

 「分からん。何かを確認しに来た……ようだが、想像も付かん」

 『明確に、お前を狙ってたんだろ?何か縁は?』

 「無い……はずだ。ジークフリートに惚れてただとかも多分」

 『んじゃ、今はお手上げって感じかねぇ』

 

 『それで、今日はどうするマスター?』

 アーチャーが話を切り上げ、紫乃に話を振る

 「……終わったの、お話?」

 『相変わらず失礼ね道具(マスター)

 情報交換にに入ってこなかった二人が各々反応する

 「私は……。昼間は聖杯戦争はやらないんだよね?」

 『基本はな。これでも魔術儀式、真っ昼間にやっちゃあ目撃されやすすぎて敵わねぇよ』

 「じゃあ、お昼はゆっくりしたい……かな」

 『まっ、マスターだしな。了解

 んで、セイバー陣営、お前らは?一応同盟してんだ、行動の共有くらいしとこうぜ』

 「俺は……」

 セイバーの方を見る

 ずっとこのドレスで居ろ、というのかしら?と瞳が訴えている気がした

 考えてみれば、フェイからの荷物に入っていた着替えは二着。うち一着は既に血を含みすぎてボロ雑巾だ。状況によっては着れる服すらなくなりかねない。買い出しに行くしかないだろう

 

 『あっ、フリット君、おはよー』

 言い出そうとしたその時、背後からそんな声が聞こえた

 「ザイフリートだ。揚げ物になってるぞ、ミラ」

 『けどさ、ザイフリートってかっこいいけどちょっと言いにくいしね』

 「少し前はザイフ君じゃなかったか?」

 『こっちの方が言いやすいかなって』

 話し声が聞こえたのか、ミラが教会から顔を出していた

 『えっと……一人新しい人が居るね』

 「知り合いだ」

 『フェイちゃん?』

 「……荷物を受け取った時に」

 『会ってないよ?外出中に来たみたいだからね』

 「……フェイとは別人だ」

 『朝御飯?』

 「朝御飯」

 『りょーかい。人増えてくねー、明日には五人かな』

 言って、ミラは僅かに悩むような素振りを見せ、言葉を続けた

 

 『そうそう、フリット君。今日時間あるかな?昨日言ったけど、お買い物の手伝いとか欲しいなって』



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三日目ー両手に花?

『いや、言ってはみたけど、本当に良かったのかな?』

 俺の横を歩きながら、不意にミラはそんな事を言った

 

 「今更だろう。それに、恩人の頼みを無視する程薄情にはなりたくない」

 時は真っ昼間。俺は白を基本としたブラウスと緑のスカートといった服に着替えたミラと、そして……変えるものが無いために相変わらずドレスなセイバーと共に郊外のショッピングモールへと向かっていた

 伊渡間という都市はヴァルトシュタインにより発展してきた場。元々は過去の史跡を残す閑静な土地であったが、数百年前にその地を買い上げた渡来人ヴァルトシュタインによる開発により、段々と人が増え……今では10万人の人間が暮らす都市とも言えるものになっている。裏にはヴァルトシュタインによる聖杯戦争とその勝利による恩恵や、アヴァロンの魔術師☆Mにより疑似ブリテンともされる領域が作成された事による竜脈の集中といった後天的な繁栄要素もある……ようだが、そこまで詳しいことは分からない。英霊に関して頭に叩き込む事を優先し、そこまでの資料に目を通す時間は無かった

 兎に角、今の伊渡間は、大都市から快速一本一時間、出入り自由な私有地の森まであって緑が多く開放的で、そこまで遠くない家を構えるには悪くない都市として成立している

 

 故に、ショッピングモールが建設されるのも何ら可笑しな事ではない。事ではないのだが……

 正直、苦手だ。買い物というものに慣れてはいないこともあり、多くの店が連なるモールは難易度が高い

 だからと言って行かない、近くの店で買え……というのも、鉄道による利便性から発展した住宅地の集合が元であり、根強い商店街が成立する前にはモールが建設されてしまったことからロクな店がないので言い出せない。そもそも、ミラに付き合うと言ってしまった以上……ミラの行きたい店を否定する訳にはいかない

 

 『うん。ありがと、フリット君』

 ミラが軽く頭を下げた

 『……元々は、私に対する最低限の礼儀だったはずなのだけれども。どうしてこんな事になっているのかしら?』

 「すまない、ヒルト。ただ分かってくれ。幾ら悪でも、通すべき筋、恩返しというものはある」

 セイバーとは呼ばない。流石に不自然だろうから。ミラもあのアルベール神父の元に居るのだから、最低限の事は知っているかもしれないが、俺のワガママとして、そういったものとは切り離しておきたい

 『その選択が、この両手に花?良いご身分じゃない』

 皮肉めいた顔でセイバーは続ける

 

 考えてみれば……端から見れば金髪の少女と銀髪の女性を連れた目付きの悪い男。両手に花にも見えるだろう。留学生を案内している……等にも見えなくもないだろうが、大体はそんな反応になるはずだ

 「あっ、ミラちゃん!こんちには」

 『はい、こんにちは、高森さん!』

 ふと見ると、ミラは近くを歩いていた人に声をかけられていた

 「良い天気ねぇ」

 『そうだね。だからちょっぴりお買い物手伝って貰いつつお出かけしようかなって』

 「そうなの、楽しんでね

 そうそうミラちゃん。昨日の夜に怪事件があったらしくて、公園の一部封鎖されてたわよ。モールに行くなら迂回した方が良いんじゃない?」

 『はい、情報ありがとうね!』

 ……この街の教会に来たのは一年前らしいが、何だかんだミラは俺の知らない所で活動しているらしい。可愛らしい容姿もあわせ、知ってる人は案外多い。これでは普通に両手に花にも見えるだろう

 謂れの無い事とはいえ、悪意を向けられるかもしれない。まあそれは良いが

 

 『怪事件……見に行く?』

 「いや、良い」

 ミラの提案を断る

 怪事件……まず間違いなく、アーチャーが残したクレーターや、俺の宝具で荒れた道等の傷跡の事だろう。心の問題ではあるが、あまり見たいものではない

 『んまあ、話題になってるし、時間もかかるよね

 今度一人で見に行くよ』

 「すまない、そうしてくれ」

 『それじゃ、見に行かないと決まった所で、改めて出発だね』

 

 

 

 

 一時間後

 

 「…………分かってはいた、分かってはいたんだが」

 思わずぼやきが漏れる

 「気まずい……」

 ショッピングモールの、女性ものの服屋の並ぶ前で、俺は一人立っていた

 

 状況が気に入らない訳ではない。青春物語、今服を眺めている少女達が自身に対して好感を抱いている前提があるならば、寧ろ届かぬものとして憧れた事すらある。相手にその気がないと知っているが、それでもこんな状況を楽しんで良いのだろうかと思うほどに、愉しい

 だが、それとこれとは別の話だ

 自分がこのファンシーで明るくて女の子女の子している場所にどうしても相応しく無い気がしてならない。気にしようと思わなければ気にならないし、何時も向けられていた殺意に比べれば今向けられている視線等どうといことはない

 それでも、気まずいものは気まずい。それが()にとってはあまりにも幸福で、愉しいが

 出来ることならば、このカップルの片割れであろう男2~3人以外は女性しか居ないこの場から早く去りたい

 とはいえ、ミラは兎も角セイバーの服は俺持ち。セイバーが自分で選ぶのだから此で良いだろと口出しも出来ない。待つしかないというのが現状だった

 

 『いやー御免ね待たせて。ってもうちょっとかかるんだけど』

 暫くして、ミラが店から出てくる

 「三度目だ。慣れた」

 『ヒルトさん?の分もあるから何時もよりちょっとね

 それで、今回の服はどうかな?私自身としてはそれなりに合ってると思うんだけど、やっぱり他人の感想を聞きたくて』

 くるりと、ミラはローヒールの靴でターンを決めた

 それなりに短いスカートがふわりと浮き上がる

 「短いと下着見えるぞ」

 『そこは馴れれば大丈夫

 それで、男の人から見たらどうかな?』

 ミラが首をかしげる。淡い金の髪が揺れる

 

 セイバーのドレスよりは動きやすそうだな

 一瞬そう考え、可愛さよりも戦闘時の動きやすさを先に考えてしまうその思考に自嘲する。青春不出来だ

 改めて、褒めるためにミラの姿を見る

 

 普段の教会での服では分かりにくいがそれなりにある胸に押し上げられた、冬らしくか雪の結晶の刺繍が襟にされたレース付きのブラウスに、鈴をモチーフにしたろうエンブレムの書かれた緑に近い色のブレザー。黄色と緑色のチェックの入ったスカートは短く、白いニーソックスとの間に素肌が見える

 全体的に白を基本として明るい色で揃えられており、色味としては暖かそうではないが、可愛らしい

 

 「似合ってると思うぞ。何度も言ってるが、俺は服の造形やファッションに詳しくない

 だけどまあ、俺が街で見掛けたら振り返るレベルには可愛いと思う」

 ……もとが良い、というのもあるが

 「けど、冬なのに暖かそうじゃないな」

 『大丈夫大丈夫、ブレザーって案外あったかいよ』

 「まあ、良いんだが」

 

 「それにしても」

 素朴な疑問をぶつける

 『何かな?』

 「毎回白と明るい色だよな、ミラ」

 三回目で言うことでは無いかもしれないが、俺はそんな事を言っていた

 無駄な話だ。聞く意味はあまりない。けれども、きっと四回目はなくて、だからだろうか、つい聞いていた

 『まあ、お仕事の服は黒いからね、普段は明るくしときたいかなって』

 「……その割に赤は使わないな。似合うだろうに」

 『赤は……ね』

 不意に声のトーンが落ちる

 「悪いな」

 『大丈夫、わたしの個人的な事で、あんまり着たくないなってだけだから』

 ミラは笑う

 その笑みが誤魔化すものなのか、それとも違うのか、俺には判断がつかなかった

 

 「余計な事したな」

 思わず言葉が溢れる

 聞かせる気は無かった。自分の中の失敗談として、秘めるべきだった

 それをうっかり口にしてしまったのは……まあ、自分でも情けないが、浮かれて気が緩んでいたんだろう

 『どうかしたの?』

 ミラが近くから此方の瞳を見上げる

 「関係ない。自分の馬鹿さに苛ついただけだ」

 関係なくは無い。誤魔化しだ

 『ちょっと気まずいこと?』

 僅かに言葉が止まる

 『まっ、詮索はいけないしね。それじゃ、好評だったし、試着してみたこの服買ってくるね』

 そう言って、ミラは店に戻っていった

 

 失態を取り戻す行動を取ろうとした所で、入れ替わるようにセイバーが出てきた

 『……良いドレスが置いてないわね』

 「流石に当たり前だろう」

 そんな発言に意表を突かれる

 考えてみればセイバーは王妹、基本的に着たことがあるものはドレスばかりだったのだろう。特別な時だけドレスを着て、普段はもっと簡素な洋服だったのではないかという此方の認識が間違っていた

 『なってないわ』

 「ドレス屋は無いぞ」

 『流石に分かってるわよ道具(マスター)

 あの人ならドレスを仕立ててくれるわ、なんて言っても仕方がないし、貴方達みたいな簡素な服で我慢してあげる』

 「……霊体化すればドレスも綺麗になるだろう。財宝のドレスを魔力を使って呼び出す事もたまには許す。それで我慢してくれ」

 『そう

 ……なってないわね。誉め言葉のひとつも無いのかしら?』

 セイバーに言われて気がつく。試着だろう。セイバーも、服装をドレスから変えていた

 前腕の半ばまでを覆う手袋に、そう豊かではないが女性らしさはある胸元を見せつける、前の少し開いた、レースをふんだんに使った銀髪によく映える鮮やかな赤色のワンピース。レースが使われているとはいえデザインはそこまで凝ったものではない。が、恐らく……高いだろう

 「もとが良いからな。シンプルにワンピースだけならば似合うに決まっている」

 『及第点以下。可愛いとだけ言う方がマシよ』

 「……期待されても困る」

 詩的な表現は出来ない。それは自信がある

 『けど、まあ、服だけを誉められるよりはマシだったわ。素晴らしいドレスですね、何て私自身を無視したおべっか使うなんて最低だもの』

 「……そうか」

 『あの人のようにもっと言葉を磨きなさい

 ……あの人も、昔は苦手だったからこれ以上は言わないけれど』

 「それは良かった。一度金を払うから、それからその服は着直してくれ」

 セイバーの持つ他の服を受けとる。どれも恐らくはワンピース。やはり着やすいしボトム部分が長いタイプはドレスに似ているのが気に入ったのだろうか。下着も挟まれているが見ない。変態扱いはされたくはない

 値は……やはり、かなりする。無頓着に数着買っておいた俺の服の合計を一着で越えるだろう

 

 まあ、仕方ないか

 そんなセイバーだというのは、召喚時から分かっていたことだ。大きくフェイから貰った金は減るが、必要経費として割り切る。手を貸さない、と言われるような扱いをする事が最大の悪手だ。多少は……女性にとって重要だろう服くらいは言われたままを受け入れる

 直ぐに試着していたワンピースを手にセイバーが戻ってきた。ワンピースなのと、元のドレスがセイバー自身に付随する実体化させれば一瞬で着れるものなのとを考えると当然だが、相当に早い

 

 「彼女さんにですか?」

 「そんなものです」

 店員と一瞬だけ言葉を交わし、会計を済ませる

 外に出ると、既にミラとセイバーが待っていた

 「……荷物持ちくらいはするさ」

 『うん、お願いね』

 ミラからも服が入った袋を受けとる。手持ちの袋が3つになるが、まあ問題はない。ある程度魔力は回復している。食いちぎられた右腕は未だ回復せず麻痺しているし、酷使が過ぎた細い血管や一部神経は断裂したままだが腕に魔力を通せば苦もなく持てる程度の荷物だ

 

 『……ちょっと寒いね』

 外に出た所で、ミラがそう呟いた

 気が付くと、昼間は出ていた日差しが隠れ、曇りとなっていた。このまま行けば、夜は降るかもしれない。それが雪なのか雨なのか……は気温が正確に読めないと判断付かないが

 考えてみれば12月だ。寒いのは当然。日差しがあった出掛けやモールの中は暖かかったのだからより、その思いは強いだろう

 

 一瞬、迷う。失態を取り戻せては結局いない。自身の袋に入っているアレは失敗のままでしかない

 

 自嘲する。俺が、この悪が、まるで普通の高校生か何かのように過剰な幸福を謳歌していることに

 こんな事に悩むなんて俺らしくもない。単に微妙に思われれば済むことだ。この先……短い関係なのだから。万一今までよりも微妙な関係にになってしまっても、破局の前に終わりが来るだろう。聖杯戦争の終結という終わりが

 

 「……ミラ」

 袋から、包装された包みを取り出す

 『何かな?』

 「受け取ってくれないか?」

 そしてその包みを、ミラへと向けて差し出した

 『……これは?』

 『私には何もないのかしら?』

 「ヒルトはまだ無しだ」

 セイバーの言葉は今は無視する。これは俺なりの……今までの、創られて、S346として地の利を得るために伊渡間を知れと創られた次の日にはヴァルトシュタインの外に出されて、それからの……俺という存在の起源から直ぐ後から今までの限りない幸福への、それを与えてくれた大恩人への返礼だから

 いや、それも選択を大きく失敗してしまったようだが

 「……ちょっと早いクリスマスプレゼントだよ。当日会うかも分からないし、覚えてるかも怪しいからな」

 そもそも、聖杯戦争がクリスマスまで続くのかも分からない。俺がその日まで俺である保証もない

 だから今渡すのだ

 『……開けても良いかな?』

 「選択を間違えたからな。良いもんじゃないけどな」

 『人からの心の籠ったものって、それだけで嬉しいよ?』

 ミラが包みを開ける

 中から出てくるのは()()マフラー。似合うんじゃないか、冬だが防寒具はあまり買ってないんじゃないか、そう思って選んだ、両端に雪をイメージした白い毛玉が付き、その近くにツリーの刺繍がされた、ちょっとお洒落な気がする一品。白いマフラーと悩み選んだ時は、赤いのも似合いそうだし、会心の選択だと思ったものだ

 『……マフラー?』

 「……赤嫌いって知らなくてな。似合うと思って」

 申し訳ない。悪が青春ぶってもどうにも上手くいかない

 『ううん。自分では選ばない色だけど、だからこそ嬉しいよ。ありがとうね』

 言って、ミラはマフラーを首に巻く

 

 『……うん、あったかい』

 ……金の髪に、鮮やかな赤が良く似合う

 最低限、似合わないものではなかったようだ

 「嫌いなら無理しなくて良いぞ」

 『大丈夫、嬉しいよ……本当に、嬉しい』

 その声は、何処か泣きそうな……悲しそうな色を含んでいた……気がした

 けれども、それを問う前に、ミラの雰囲気はもとに戻っていて……

 

 『それじゃ、暖かいマフラーも貰ったし、帰ろ!』

 俺達は、教会への帰途についたのだった



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三日目断章 正義の挑戦(失敗編)

『……どうしてだったんでしょうか』

 曇った空を見上げ、そう呟く

 思い出すのは、どうしようもなく曇っていたあの空を、「綺麗だ、見れて良かった」と口にした、一人の馬鹿。既にこの地を立った、ヴァルトシュタインへの反逆者の事

 気にしていない……つもりだった

 けれども、それならばどうして、ワタシは……

 

 あの時、こっそり使えそうなホムンクルスを使い、薬を届けたのだろうか

 

 アーサー王、アルトリア・ペンドラゴン。或いは……円卓の騎士であり魔術師マーリン。それ以外に心を震わせられるなんて、思っていなかった

 そのはず……なのに、何故思い出すのだろうか

 

 答えは出ない

 

 「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

 ふと耳を澄ませると声が聞こえる。シュタール・ヴァルトシュタインの声だ

 

 恐らく、再びあの事を……無駄な事を試しているのだろう

 人工サーヴァント、Ru001……。ルーラー、裁定者の英霊を呼び込もうという、不可能であろう試み

 「祖には我が正義ヴァルトシュタイン

 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 唯一の成功例であるザイフリートのように、誰だっただろうか……そう、カイト、神巫戒人という人間を礎にした計画。セイバーを呼べたのだから、もしもルーラーが呼べれば……という浅はかな、けれども成功すれば圧倒的なアドバンテージを得られる、新年から続けられてきた計画

 

 「閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

  繰り返すつどに五度

  ただ、満たされる刻を破却する」

 

 「――――――告げる(セット)

 どこまでも、儀式は続いてゆく

 

 「――――告げる

  汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に

  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 流れてくる魔力が増大する

 

 「誓いを此処に

  我は常世総ての善と成る者、

  我は常世総ての悪を消す者」

 混じるのはアレンジ。ヴァルトシュタインの存在を信じる彼故の言葉

 「そして汝はその眼を正義に輝かせ侍るべし。汝、戦争の(くびき)を越えるもの。我はその正義を手繰る者ーー」

 

  「汝三大の言霊を纏う七天、

  抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 シュタイン・ヴァルトシュタインの言葉が途切れる

 

 どこか不思議な感覚。あの日も、そうだった気がする

 だけれども、ルーラーは呼べるはずが無い

 聖杯戦争においてルーラー……裁定者とは特別な存在だ。聖杯戦争を管理する、聖杯によってマスターを持たず呼ばれる、参加者ではない八騎目のサーヴァント。聖杯戦争という枠組みが崩れないように、聖杯戦争が本来の形を逸脱しかけた際に現れる使者。そもそも、本来は人間との契約は有り得ない

 

 不思議な感覚が霧散する。あの日……ザイフリートと名乗るあの少年が創られた日は、この熱は消えることがなかった

 やはり、失敗。人間を……彼と同じ神巫の血を使ってまでも、彼に等しい人工サーヴァントは創れない

 降霊魔術の血を使っても、そうそうサーヴァントになれはしない

 

 なれるとすれば、彼のような……

 

 その思いを振り払う

 何故だろうか。それを考えてはいけない気がした

 

 「S045!」

 主人……ということになっている少年の声がする

 『……はい』

 ワタシは、地下へ向けて歩きだした



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三日目ーブレイク・ポイント

 

 聖杯戦争……俺にとっては三日目となるその夜

 

 「セイバー!右を」

 『サーヴァント使いが、荒い……わねっ!』

 動き出したヴァルトシュタインと、俺とセイバーは戦っていた

 アーチャーは別所、やはりヴァルトシュタインの襲撃があったらしい場所……史跡へと向かっている

 

 場所は、やはり中央公園。それなりの広さは、迎え撃つにはそれなりに良い

 

 「流石に、見える!」

 襲い来る獅子のような合成獣を踏み込みと共に切り捨て、崩れ落ちるその死体を、認識内の後方から飛んでくる矢の盾とする

 止まる時間は無い。僅かな申し訳なさを感じながら、光の剣を飛刃として放つ。飛ばされた刃は過たず、前方で魔術を唱えかけていたホムンクルスに突き刺さった

 

 襲撃者はヴァルトシュタイン。その人工サーヴァント部隊とキメラの混成だ。性能は確かに通常の人間などに比べれば高いのだろうが、数で押すその方式はサーヴァントにはそう通用するものではない

 せめて、俺程度の性能がなければ数の差等無意味も良いところだ。どれだけの数を集めようとも、個々が弱ければ究極の一に敵いはしない。たとえ数千来ようとも、セイバーの敵ではない

 

 『全く、しつっこい!』

 周囲のホムンクルスを切り捨て、セイバーが呟く

 「一昨日はこんなんと一日追いかけっこしてたんだが」

 不格好な翼の生えた馬のキメラ毎その上のライダー擬き……Ri幾らかを切り捨てながら返す。余裕は大分ある。右腕の傷はまだまだ直らないが……それでも問題なく戦える

 『それはご苦労様ね道具(マスター)。出来れば私を巻き込んでは欲しくなかったのだけれども』

 「何か真意はあるだろう。それなりに早く展開は変わるだろうから待っててくれ」

 そうだ。これはあくまでも前哨戦。こんなものがヴァルトシュタインの本当の狙いな訳がない

 俺一人を相手にするならば、幾らでも作れるだろうホムンクルスや魔獣で憔悴させる……というのは良い手だ。薬切れという明確なタイムリミットが俺にはある

 だが、セイバーが居る今、話は別だ

 そんな事は、正義であるヴァルトシュタインは当然理解しているはずだ

 ならば、何かあるはずなのだが……

 

 「……裏切り、者ぉ……」

 俺に斬られた男型のホムンクルスは、そう言い残して事切れた

 「人殺しぃぃ!」

 そう叫んだ女性型のホムンクルスが、とりあえず当てるように振るわれたセイバーの剣に首を跳ねられた

 「僕達を、殺すのか!」

 弓を持った男のホムンクルスを、俺は二つに切り裂いた

 「殺人者!」

 俺は……

 「悪魔!」

 「化け物!」

 俺は、俺は

 「人殺し!」

 「最低!」

 「S346!」

 ただ、切り裂く。耳鳴りの中、ひたすらに斬る

 「反逆者!」

 「殺人鬼!」

 「助……けて……」

 「どうして、どうして!」

 

 煩い。分かっている

 お前たちの言いたい事は分かっている

 だから黙れ。煩い

 黙ってくれ、お前たちは……元々は自我も、しゃべる機能も無かっただろう

 「どうしてなの」

 だから、黙ってくれ。どうして今更、そんな風に言葉を話して俺を責める。俺が一番、お前たちの言いたい事はよく知っているんだ。わざわざ言う必要なんてないだろう!

 「貴方だって、同じなのに!」

 「S346!」

 「S346!」

 「S346!」

 

 「黙れぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 極限まで伸ばした光の剣が、周囲の全てを切り裂いた

 

 「はあっ、はあっ……黙れ……」

 分かっている。俺は悪だ

 だから……俺を責めないでくれ。背負っているんだ。分かっているんだ。それを、言葉で重くしないでくれ

 自分でも、そんな事を考える俺を最悪だと思う。それは、逃げでしかない

 俺は全てを還す必要がある。俺の全てはその為にある。俺はその為に……あらゆる罪を負うと決めたはずだ

 だけれども、その為に、物言わぬ声を勝手に背負っていた気になっていたのは本当で……

 

 だから、これは俺にとって単なる自業自得だった

 

 「「「S346」」」

 声がする。重なって聞こえる

 いや、違う。発言しているのは一人だ。あくまでも一人でしかない

 重なって聞こえるのは……俺が、彼らの声を覚えているから。事切れていったその声を忘れられないから

 「「「何故殺す」」」

 「「「何故殺せる」」」

 お前だって、ヴァルトシュタインの人形だろうに

 「「「何故、同胞(おまえ)を殺す!」」」

 「だから……黙れぇっ!」

 ダメだ、こんな事はしてはいけない

 冷静ならばきっとそういって止めただろう愚行

 だが、そんな事を考えず、俺は行動していた

 「<喪われし財宝・幻想大剣・天魔失墜(ニーベルング・バルムンク)>!」

 黄昏の剣気が全てを凪ぎ払う

 俺の罪が、俺を責め立てる大半が、吹き飛ばされ、消えてゆく……死んでゆく

 

 残ったのは、無数の……200を越えるホムンクルスとキメラの残骸だけが残る静寂だった

 

 『道具(マスター)。勝手に』

 「……悪い」

 此処で切る必要はなかったはずだ。黄昏の剣を使わずとも勝てたはずだ

 だから、これは俺の心の弱さ

 本質的には自分と変わらないホムンクルス達を殺して生き抜く事を、本当の意味で背負いきれてなかった事が招いた失態だった 

 

 背負った気になっていた

 けれども、それは彼等が物言わないからであり、実際に言われたことは無い

 それを、勝手に背負ったと勘違いしていた。自惚れていた

 だからこそ、その言葉を聞き続けることに耐えきれなかった

 ……何て……醜く、弱い。自嘲するしかない。それで正義を滅ぼす悪だ等とは笑わせる。こんなままでは、正義に勝てるはずもない

 変わらなければ。この身は同胞を殺し、正義を倒し、望みを遂げる非道の悪なのだから。折れる事など赦されるわけがない

 

 『大丈夫なのかしら?あんなみっともない取り乱しようで?』

 「大丈夫だ。……勝手に魔力を使ったことは悪い」

 ふと、思う。これが策なのだろうかと

 確かに消耗はした。俺が弱かったから、心も乱れた

 だが、それだけだとは思えなくて……

 

 だから、一瞬早くソレに気付いたのは、単なる偶然ではなくて

 けれども、確かに幸運に恵まれての事だった

 

 『死ねぇぇっ!ジィク……フリートォォォォ!』

落ちるは槍。燃え上がるは焔。槍を構えた女性が、流星のように飛び込んできた

 飛び込んでくる流星を、間一髪避ける

 避けきれない。だが、直撃だけは避けられた

 纏う焔に炙られる

 熱い

 ……異様に熱い。光の鎧が、その意味もなく溶け去り、全身を焼き尽くす

 魂すらも消し去るように

 

 ふと、熱源から遠ざかる

 『世話が焼ける!』

 セイバーによって首根っこを捕まれ、引きずられたようだ

 意識がクリアになる

 焔は未だに俺を焼いているが、こんなもの、激痛程度だ。あの時の慟哭程には苦しくない

 『生き……残るなぁぁっ!』

 地に落ちた流星の中から、一人の女性が飛び出す

 「断る!」

 焔を纏った槍をギリギリで右に避け、距離を取る。残された大量の残骸は流星の……女性の落ちた衝撃で吹き飛ばされ、地面はそれなりに開けていた

 

 距離を取って、改めて襲撃者を見る

 槍を持った女性……まず間違いなくランサー

 眼を引くのは、その槍が焔を纏っていることと、服装がやはりドレスであること

 その服装は、どこかセイバーに似ていて……

 

 「セイバー、あのランサーを知っているな?」

 『ええ』

 確認終了。違和感はあるが、それでもセイバーを信じるならば確信は出来た

 ランサー……真名はブリュンヒルト。クリームヒルトの兄グンターの妻、アイスランドの女王であろう

 北欧には同一視される戦乙女ブリュンヒルデが居るが、恐らくそちらではない。そちらであるならば、俺をジークフリートとして殺しに来る気がしない

 だが、半神の女騎士(ワルキューレ)ではなく、あくまでも人間であるはずのブリュンヒルトであれば、あの焔は説明がつかない気がする。俺も自分の中の英霊のルーツだろうとしてニーベルンゲンの歌に眼を通しはしたが、ブリュンヒルトは怪力であり普通の人間を逸脱しつつも、あくまで焔等は操らない人間であったはずだ

 だが現実に、ランサーの槍は焔を纏っている

 それは魔術的なものだ。未だに消えない等、尋常の焔では有り得ない

 

 「……ランサー。何故」

 『ジークフリート……殺す!』

 交渉不成立。かつて、血の疑似令呪に縛られ似たような状況になっていた俺が言えたことではないが、話が通じない。会話にならない。向けられるのは、混じり気無しの憎悪だけ

 「セイバー!」

 抑えるために、セイバーの名を呼ぶ

 『……やっと、やっと逢えたわね、ブリュンヒルト

 漸く……この手で貴方を殺せる!』

 セイバーが切り込む

 「落ち着け、セイバー!」

 理解する。セイバーは契約時、今度こそ彼女を殺すために、と言った

 ニーベルンゲンの歌において、ブリュンヒルトの出番は少ない。故に、その死もまた描かれていない。恐らくはクリームヒルトの復讐譚において、殺されなかったから書かれなかったのだろう。ジークフリートの死の原因の一人でありながら、彼女は生き残った

 だからこそ、セイバーはジークフリートの敵討ちを……今度こそ自分の手でブリュンヒルトを殺し、復讐を完遂する為に、俺の前に現れた。ブリュンヒルトの現界を感知して

 

 だから、落ち着けと言いつつ、俺も切り込む

 一人では、きっとセイバーはランサーに勝てないから

 戦いとはほぼ無縁の王妹、恐らくはバルムンクを振るって復讐を果たしたその逸話から無理矢理にセイバーとして現界しているのだろうセイバーと、仮にも怪力を持ち武闘派のランサーとでは、近接戦闘での格が違いすぎる。それに、謎の焔も気になる

 

 ランサーは、無造作に槍でセイバーの剣を受け止めた

 妙に甘い。幾らセイバーが戦闘に向かない……とはいえ、容易く押しきられる程、英霊という存在は弱くない

 その隙に、光の剣を叩き込もうとして……

 

 『ジークフリートォ!』

 焔が膨れ上がる

 咄嗟に左に飛び、みっともなく地面を転がる

 

 立ち上がりながら見ると、セイバーも何とか難を逃れたようだ

 「問題は?」

 『痛っ!何なのよこれ』

 いや、無事では無かった。あの焔は服を焼かないようなので分からなかったが、セイバーの胸元から、チラチラと燃える焔が覗いている。避けきれなかったが、致命傷は避けたという所か

 相も変わらず俺の右手を焼いている焔は収まる気配を見せない。ずっと俺を削り続けるのだろうか

 

 「ならば!」

 反応させない。全身全霊を込めて踏み込む

 縮地……

 一瞬後、俺は剣を突き出す構えのまま、ランサーの眼前に移動して……

 もう一度縮地。ランサーの居る空間を跳躍し、駆け抜ける

 背中で三度、焔が爆発した。今度は二度に比べて小さい

 

 「成、程!」

 光の剣を振るう

 恐らくは憎悪の言葉は威力を増すだけ、あの焔はオート発動と当たりを漬け、飛刃ではどうかを試す

 ランサーが槍で飛刃を受ける。どうやら、流石に遠隔での攻撃にまでは発動しないようだ

 「セイバー」

 『焔が焼こうが関係ない!今度こそ殺す!』

 「だから落ち着けセイバー!」

 アーチャーと紫乃が此方へ向かっている気配がする。あっさりとヴァルトシュタインのホムンクルス達を片付けたのだろう

 ならば、到着を待ってから決めにいくのが常道。焔の正体が掴めない今、迂闊な行動は慎む方が良い

 『死ねぇっ!』

 セイバーが剣を振り上げる

 『<喪われし財宝(ニーベルング)……』

 「止めろ、セイバー!死ぬ気か!」

 セイバーが止まる

 『何を』

 「焔が揺らめいた。宝具に対して、特大のカウンターが来かねん!」

 『ならばどうやって殺せというの!』

 セイバーが斬り込む

 今度はランサーにあっさりと剣を逸らされ

 「流石に!」

 飛刃でもって援護する

 ランサーが対応に槍をセイバーから逸らした一瞬にセイバーが下がる

 

 「アーチャーに戦わせる」

 『最低の返答ね!』

 互いに愚痴りながら、槍を突きだし飛び込んでくるランサーを避ける

 攻撃はしない。謎の焔がそれをさせない

 だが

 

 「アーチャー、お願い!」

 『はいよっと!』

 何時も、アーチャーの登場は速い

 

 アーチャーが俺の近くに降り立つ

 『んで、何時もの事だけどよ、何だこりゃ』

 「ジークフリートの被害者様だ」

 『いや、そうは思えねぇんだけど』

 『アーチャー、邪魔をするな!ジークフリート……殺せない!』

 ランサーが乱入者へと槍を突き出す

 

 『おっと

 で、何だ、こんな程度か』

 乱入してきた際の状態……すなわち、マスターの紫乃を抱き抱えたまま、アーチャーは左手で槍を掴みとった

 だが、それはアーチャーにとって悪手。槍は焔を……

 噴き出さなかった

 『悪りぃな、熱くねぇや』

 アーチャーがランサーを蹴り飛ばす。焔は何もする事なく、あっさりとランサーは吹き飛ばされた

 

 「ならば!」

 不調か、と思い、仕掛ける

 『ジークフリートォ!』

 だが、失敗。アーチャー相手には何もしなかった焔が爆発し俺に襲い掛かる

 「ちっ!」

 「アーチャー、なんなのアレ」

 『さあな?オレ等にゃほぼ意味がない時点で、恨みの強さに比例する焔って所だろうが……』

 「酷い話だ」

 後退しながら呟く

 そうならば、残酷な話だ。恨みを持たれている限り……俺がジークフリートである限り、セイバーは勝てない。バルムンク、ジークフリートの剣、ランサーの焔が反応しない訳がないだろう

 ならば、勝てるわけがない

 だが、今は違う

 「なら、あいつは任せるわアーチャー。俺は今にもまた飛び込んでいきそうなセイバーを」

 

 『悪いが、させんよ(悪いけど、させない)

 突如として、二重になった声が響き渡った

 何時しか、ランサーの横に一人の……老人が立っている

 だが、被った声は、聞き覚えのあるもので……

 「……そんな姿は流行らないぞ」

 『分かるか(分かるんだ)』 

 「大恩人だからな」

 『全く、やりにくいなぁ』

 今度は、聞き覚えのある声だけだった

 老人の姿が溶けてゆく

 現れるのは、俺の良く知る……いや、殆ど何も知らなかった相手

 

 「…………何でなんだ、ミラ!」



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三日目ー裁く者

「何でなんだ、ミラ!」

 その叫びに、ミラは悲しそうに微笑んだ

 

 『うん、御免ね。けど、これがわたしがしなきゃいけないことだから』

 「何でだよ!」

 光の剣を突き付ける

 剣が消滅する。生き抜く為でもなければ、ミラへ剣を向けられない

 『それが、与えられたわたしの役目だから、ね』

 ミラの服装が変わってゆく。霊子を纏い、赤い光が纏われてゆく

 

 「ああ、成程

 ミラってのは」

 『本名……みたいなものかな、称号だけどね』

 言って、少女は寂しそうに笑う

 

 姿の変化が終わる。鈴が鳴る

 赤いブーツ、赤い手袋、前ボタンで胸の辺りと腹の上で止められた赤いコート、その下に着ているのは、やはり一部でイメージされる露出のそれなりにある赤い服。そして、特徴的な赤い帽子。各所には白い綿毛のような毛がついており、胸元には赤と緑で構成された、鈴の付いたリボン。金の髪に、その姿はどこまでも映える

 間違いなく、最近は良く見かけるサンタクロースの服

 だが、感じる圧力は……あまりにも、大きい

 アーチャーにすら、負けないほどに

 

 『流石に分かるだろうから言うね

 裁定者、ルーラーのサーヴァント、ミラのニコラウス……いや、聖ニコラウスって言うべきかな

 聖杯戦争の監督者として、貴方を殺しに来たよ、ザイフリート』

 マフラーを渡した時のように、何処か寂しげな声音で、少女は告げた

 

 『……ルーラー、か』

 アーチャーが呟く

 『うん。貴方と戦う気はないよ、アーチャー。大人しく下がってくれると有り難いな』

 「けどアーチャー」

 『悪りぃなマスター。流石に来ねえだろと思ってて話忘れてたが、ルーラーだけは基本敵に回しちゃいけねぇんだ。ランサーと遊んどこうぜ』

 「……助かる、アーチャー」

 ランサーに向けて挑みかかるアーチャーを横目に礼を言う

 多分決着は付かないだろう。だが、ランサーともという状況を廃してくれたのは有り難い

 

 「……ミラ」

 『……うん』

 「……俺、なのか?」

 『残念ながらね。このままじゃ、貴方はセイバーになっちゃうから。それからじゃ、聖杯戦争の崩壊は止められない』

 「マフラー、付けてくれなかったんだな」

 『こんなこと言うのって可笑しいけど、汚したく無かったからね』

 どこまでも、寂しそうにミラは笑う

 「どうしても」

 『往生際悪いなあ。やりにくいよ』

 「それが取り柄だからな。ずっとか」

 『うん、貴方が呼ばれた一年前……12/26からずっと

 私が呼ばれる程の歪みが、別の用件だったら良かったんだけどね』

 「俺しか……居ないか」

 『うん、御免ね』

 一瞬、ミラの言葉が止まる。雰囲気が更に変わる

 本気に

 『さようなら』

 悪寒が走る

 「セイバー、令呪をもって命ずる」

 咄嗟に口をついて出てきたのはそんな言葉だった

 もしも、俺が見てきたミラがそのままルーラーならば、きっとこの手だと信じて

 「これより未来に」

 『令呪により命ず』

 一瞬遅れ、ミラの言霊が耳に届く

 やはり、この一手。あのミラならばという確信をもって、言葉を続ける

 「セイバー、全ての令呪による命を破却せよ!」

 『自害を、クリームヒルト!』

 

 『……そう、きちゃうんだ』

 一拍の後、拍子抜けしたようにミラは言った

 『……道具(マスター)、なんなのよ』

 「ミラならば、きっとルーラー特権をセイバーの自害に使う。そう思った」

 『なりふり構ってないじゃないの』

 『読まれちゃったか』

 「いざという時は迷わないって、昔言ってただろ?」

 『だからって、思い出すかなぁそんなの』

 「覚えてること、多く無いんだよ。だから忘れない」

 光の剣を下げ、構える

 令呪を切った事で覚悟は出来た。生き残る覚悟

 ならば、光の剣をミラにだって向けられる

 『全く、とんだ貧乏クジね』

 呼応し、セイバーが剣を中段に構える

 

 聖ニコラウス。サンタクロースの語源ともされる聖人。本来は男性のはずだサンタクロースは髭の老人であるし。そこは気になるが今は無視する

 サンタクロースに武術の逸話は無い。宝具は未知数だが、付け入る隙はゼロではないはずだ

 「ならば!」

 先手必勝。例えルーラーだとしても、ずっとそれを隠して、何らかの理由で俺を見ていたとしても、あの時の、俺の思いだけは嘘じゃない。殺したくなんか無い

 だが、それでも、勝たなければ俺が死ぬならば、勝つ

 覚悟と共に踏み込む。縮地。一瞬後に、大恩人である少女の眼前まで踏み込み……

 

 何が?

 気が付くと、俺の体は宙を舞っていた。不思議な浮遊感

 「がっ!」

 極大の下向きのベクトルに、事態を理解する間も無く地面に叩き付けられる

 立ち上がろう……として、気付く

 目の前に居たはずのミラが、何時しか宙を舞っている事に。恐らくは俺を打ち上げ、空中から叩き付けたのだろう

 だが、それは暫く空中で無防備になることを

 『そこっ!』

 セイバーの剣が空を切る。キャスターのような運……或いは直感によるものではない。単純に、空中を蹴って後方へと着地したのだ

 『御免ね、けど、甘いよ』

 セイバーの腹に拳が捩じ込まれる

 セイバーと折り重なるようにして、俺ももう一度地面に倒れた

 

 『……何、なのよ』

 セイバーが息を吐きながら呟く

 追撃は無い。きっとミラは、此方が立つのを待っている

 『お願い、大人しくしてくれないかな?』

 「無理だって、知ってるだろ」

 諦めだけは悪いんだ、とは続けない

 光の剣を支えに立ち上がる

 

 さっきのは、宝具……ではきっとない。単なる拳だ。相手は、宝具は一切使っていない。だからこれは、単純な性能差だ

 だが可笑しい。幾らルーラーかつ最大級の知名度を持つサンタクロースとはいえ

 

 「何なんだ、その力は」

 『単純な事だよ。わたしはミラのニコラウス。サンタクロースじゃないよ。子供たちの夢っていう極大の無辜の怪物程に温厚じゃないってだけ』

 そう、恐れられる事をどこか淋しそうにミラは言った

 

 「……な、に?」

 『そのまんまだよ。わたしはサンタクロースみたいに優しくないし、温厚じゃない。分からず屋に対して拳で語って、破門されちゃった事もあるしね』

 『つまり、アンタは……』

 『うん、その通り』

 ミラが僅かに腰を落とし、拳を握り込む

 『やりたいようにやって来た。結果聖人だなんて言われたし、サンタクロースなんてものにもされたし、結果として男性だったって事にされちゃったらしいけど、わたしは、ただ、放っておけなかっただけ

 幻獣や死徒に悩まされる、何も悪くない人々を』

 つまり、それは……

 聖堂教会第八秘蹟会。或いは埋葬機関。そういった場所、或いはその前身、聖堂教会の裏側に身を置く存在

 成程、勝てない訳だ。俺も人工サーヴァントの身とはいえ、元が違う。元々生身で化け物共を狩れる、人間という化け物。それが更にサーヴァント化しただけの事。ただただ単純な話で、だからこそ、覆す手は中々見つからなかった

 けれども、止まっている暇はない

 「セイバー!」

 『えぇ、<喪われ(ニーベ)

 『遅いよ!』

 セイバーの腹に拳が叩き込まれる

 だが、そんなことは知っている。隙が出来れば

 「<偽典現界・幻想悪剣(バルムンク・ユーベル)>!」

 その隙に、ありったけの剣撃を叩き込む!

 

 詠唱無しでの宝具解放。あくまでも俺が宝具扱いしているだけの技であり、詠唱は単なるフレーバー、集中する以外の意味はないとしても、確かに威力は下がるが、気にせず放つ

 その一撃を、ミラは

 『甘い!』

 正面から左の拳で打ち砕く。更にその勢いは死なず

 「がふっ!」 

 軽く吹き飛ぶ。咄嗟にガードした光の剣を砕き、拳が撃ち込まれたのだ

 

 セイバーを見る。そこまでの外傷は無い。生きている

 だが、立つ気配は無い

 『うん、そろそろ終わりにしようか。これ以上見てるのも辛いからね』

 ミラの拳に、スパークが走る

 宝具だろうか。いや、そこまで行っていない気もする

 

 生き残る方法は……。考えて、セイバーを見る

 溢れ落ちた剣。それによる宝具解放。それしか無いだろう

 全く、また宝具か、どんな酷使だとなるが、それしか思い付かない

 

 立ち上がる

 『まだ、立てるんだ』

 「悪いが、心臓は鉄でな」

 時を測る。勝機は一瞬

 『さようなら』

 ミラの拳が迫る。

 まだだ

 避けられない

 まだだ

 もう当たる

 今!

 

 「っらぁっ!」

 ギリギリの縮地でミラの攻撃を飛び越える。失敗すれば死だが、賭けなければ始まらない

 『そんな、手を』

 「届いた!<喪われし財宝・幻想大剣・天魔失墜(ニーベルング・バルムンク)>!」

 セイバーの剣を拾った瞬間に宝具解放。振り下ろす形でないから黄昏の剣気の広がりは可笑しいだろうがやっている暇はない。迅速に、全力でやるしかない

 「これでぇっ!」

 黄昏の剣気のドームが広がってゆく。俺を中心としたドーム状の剣気にスキマは無い

 

 『チェックメイトだね』

 その声はやっぱり、何時もより沈んでいて

 「似合わ、ねぇ」

 だが、気が付くと、ミラの姿は俺の目の前にあった

 一瞬遅れて思い至る

 縮地。俺と同じく、空間を飛び越えたのだ

 

 雷がスパークする

 『……雷の如く>』

 拳が迫る。最早どうしようもない。せめてもと後ろへ跳ぶが、逃げ切れる訳もなく……

 

 その拳は、一体のホムンクルスを撃ち抜いて止まった

 

 『えっ?』

 「なっ?」

 ホムンクルスなんて、近くには居なかったはずだ。そもそも、俺を助ける義理も無い

 ならば、これは

 

 『サーヴァント、アサシン。「わたし」の想い、そしてマスターの命により、「ボク」は貴方を救う』

 最後のサーヴァント。救世主の手による救いだった



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三日目ー蠢く正義

『サーヴァント、アサシン。「わたし」の想い、そしてマスターの命により、「ボク」は貴方を救う』

 最後のサーヴァント。救世主の手による救いだった

 

 『……アサシン。今更だね』

 『「ワタシ」は闇の住人、それだけ』

 『まさか、こんな所で会うなんてね。わたしの前に全然出てこなかったのに』

 『「儂」の目的は一つ。それは今は貴女には関係なかった、はずだった』

 アサシンとミラが対峙する

 

 「行けるな、セイバー」

 ミラの注意の大半がアサシンに向いているうちに、セイバーに問う

 セイバーは僅かに手を上げた

 返事は無い。それで良い。言葉を発されても困る

 

 『けど、そうでもなくなった』

 ……何だろう、異様な違和感を感じる

 アサシンと名乗ったこのサーヴァントは、一体何だ?

 『ならば、大人しくしてて欲しかったな』

 『「ボク」は役目を果たす。その為には』

 アサシンがちらり、と此方を見る。目深に被ったフードで顔はまともに見えない

 『彼に死なれては……困る。マスターもそれは同じ』

 その声は、どうしても違和感をもって俺の耳に届いた

 言葉を発する度に、声質が異なっている気がする。まるで、今まで、誰一人として同一人物が発言していないかのようだ

 そもそも、とアサシンを見る

 目測170cm。あんなに身長があっただろうか。150あるか無いかでは無かっただろうか

 『だから、「me」は貴女を止める』

 その声は間違いなく男性のもので、だけれども、ついさっきまでは確かに女性寄りの中性的な声であって……つまり、訳がわからなかった

 

 『認識阻害か何か……かな』

 先に動くのはミラだ。僅かな溜め、それは高速の踏み込みに繋がるもので

 『っと、危ない危ない』

 カンっ、と後方で軽い音がする

 何時の間にか、アサシンの手には弩……クロスボウが握られていた

 「狩人のアサシン……」

 呟きながら、コートに仕込んだナイフを抜き放つ。光の剣の媒介。明確な形を持った媒介がある分どうしても空気を握った際より短くはなるが、無いよりはマシだ

 アサシンが本来はそれなりの距離からの弩での暗殺を得意とするならば、無謀でも何でもミラを近づけさせないようにする誰かが要る。が、セイバーは倒れているし、俺がやるしかない

 『……まったく、もう立たないで欲しいな』

 「悪いね、一応の恩人の横で、大人しく寝てるのは情けないだろう?」

 『うん、そだね』

 だが

 『……足手まといは今必要ない。「俺」は一人で良い』

 アサシンは俺を抑える

 確かに、今の俺は三発の宝具で大きく消耗してはいる。そこまで役立ちはしないだろうが

 「流石に一人で」

 弩を持ってルーラーと戦闘は無謀も良いところで

 『「ボク」なら問題ない』

 気が付くと、アサシンは弩ではなく、巻かれた何かを手にしていた

 アサシンが腕を振るう

 『……鞭まで、あるんだねっ!』

 風を切りながらしなり襲い来る鞭をギリギリで避け、ミラは突撃する

 狙いは……あくまでも、俺

 

 妥当な判断だ。手負いの目標を仕留めて終わり、実に簡単

 だが

 「いい加減起きろセイバー!」

 『仕方がない、わね!』

 一瞬、ミラが止まる

 俺はセイバーを呼んだ。だが、セイバーの姿が見えない事に動揺したのだろう 

 その隙に

 『捉えた!』

 <身隠しの布(タルンカッペ)>、だ。戦意を喪失していたセイバーに関して、ミラはそこまで注意を払っていなかった

 それを突く

 ミラの後ろから宝具を解き姿を現し、セイバーがミラを抱き締める

 

 『……ぐっど』

 動きの止まったアサシンが手にしたものを振り下ろす

 何時しか握られているのは杭付きのハンマー……だろうか

 

 『……御免ね、甘いよ』

 ミラの姿がぶれる。一瞬後、ミラの姿はハンマーの軌道の外にあった

 

 『そこっ!』

 そのまま、ミラの拳が突き出される

 流石にハンマーを空振りした直後のアサシンに、それを避ける手は

 『問題ない』

 火花が散る

 拳とアサシンが何時しか持っていたナイフが激突したのだ

 『痛ったー、やっぱり刃物相手は痛いな』

 そう言い出すミラの手に、傷は見えない。手袋にも傷はない

 痛い、でしかないようだ

 だが、それでも

 

 『まったく、突然の事じゃ面倒だっての!』

 「……アーチャー?」

 『よう、セイバーのマスター』

 突如として、再度アーチャーが降りてきた。今回はマスターを連れていない。代わりに連れて、いや持っているのは……

 『ランサーとは終わったんだ』

 『ああ、そこの……姉ちゃんなのか兄ちゃんなのか分からんサーヴァントのお陰であっさりとな』

 『それで、今度はわたしを倒しに来たんだ』

 『いいや、違うぜそれは』

 と、アーチャーは抱えていたものを地面に無造作に投げ出した。それは

 『……アーチャー!』

 ミラが語気を荒げる

 『っと!』

 咄嗟にアーチャーは弓を上げようとして

 『知っているよ!』

 ミラの拳はその弓を打ち砕いた

 だが……アーチャーは焦りを見せない。手投げでも十分だと言うのだろうか

 

 『止めて貰いたいねぇ、こっちはそこのアサシンに頼まれてブツを持ってきただけだってのに』

 『関係ない人間を殺しておいて!』

 そう。アーチャーが放り投げたものは、人間の死体だった。ホムンクルス……も人間に近い姿をしているが、ヴァルトシュタインのホムンクルス特有の金属部分は……無い。あくまでも、その死体はかつて人間だったものだった

 『……ルーラー。それは違う』

 『何を』

 

 『……近づいて』

 アサシンに言われるままに、その死体に近付く

 男の死体だ。大体20代後半。教会に集りに行った際に、ミラに懺悔を聞いてもらっていた……気がする。だが、今や頭に穴が矢で貫いたように空いている。生きているはずがない

 

 周囲を探る。ミラは、言われたからか、拳を握り締めながらも見守っている。彼女以外に、俺への害意は感じない

 一歩一歩近付いて……

 「っと!」

 思わず、ナイフを死体に向けて投げつけていた

 一瞬、死体に敵意が見えた……気がしたのだ

 当然気のせい。ナイフが喉に突き刺さっても彼は何の反応も示さない

 そのまま、目の前まで来る

 何の意味があるのだろう。ヴァルトシュタインのホムンクルスでも、死ねばそこまでだ。材料として再利用されることこそあれ、修復は出来ない。人間ならば尚更だ

 『触れる』

 アサシンの声に、頬に左手を触れようとして

 

 赤い光がスパークした

 左手を握り潰そうかとしているかのように掴まれる左手を、光の鎧が防護していた

 手を握られようが光の防御は発動しない。発動するということは、明確な害を及ぼしうる程のものであり

 つまりは、その一瞬まで確かに死体であったはずのものが、俺を殺そうとしていた。という事だった

 

 何時しか、閉じられていたはずの死体の瞳が開かれている。日本人男性であろう元・20代男性には有り得ないであろう赤い……俺と同じ瞳

 「痛い、なっ!」

 死体の右手が喉に刺さったナイフを引き抜き、そのまま俺を刺しに来る

 避けようとするが、左手を掴まれたままでは上手くいかない。避けられはしたが離れられない。近付かれると次を避けるのは厳しい

 

 『まっ、そういうこった』

 アーチャーの声と共に、死体の動きが止まる

 透明な何かに、死体は心臓部を貫かれていた

 『これが、「僕」の追う相手』

 『いけすかないヴァルトシュタインの野郎だ。一般人を多々巻き込みかねない……な』

 

 『……そっか』

 少しして、何処か安心したような声音でミラは言った

 『もうちょっとだけ、調べてみるよ。だからそれまで……戦わないなら、フリット君……ザイフリートの死刑判決は保留かな』

 言い残したかと思うと、ミラの姿は其処には無かった



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三日目幕間 英霊の纏

『……アサシンは間に合ったのですね』

 ビジョンを切り、少女はそう呟く

 

 『死なせるには……いえ、今喪うには勿体無いですし。役に立って良かったです』

 今の今まで、少女の視界には別の空間が映し出されていた。ルーラーの介入を引き起こした……中央公園での戦闘が

 『それにしても、ルーラー……しかもニコラウス、と来ましたか。実に厄介ですね』

 少女は一人呟き続ける。それが少女が良くやる思考のまとめ方。言葉に出し、ペンを走らせることで、少女はとりとめもなく溢れ出す自分の思考を纏めるのだ

 『まあ、多分居るだろうな、という事は分かっていた事ですが』

 手に持ったペンが走り出す。描くのは絵……ルーラーというあの少女のもの

 『それにしてもまさか、あんな時期から潜んでいるとは予想外でした。下手に自分で行動していたら終わりでしたね』

 

 『とはいえまあ、きっとワタシの望み通りに動いてくれるでしょう』

 そんな事をとりとめもなく流しつつ、少女は絵を描き続ける

 意味は……あまりない。少女の趣味だ。とりあえず資料を作る際に、良くイラストを表紙にする……というだけの話

 ふと、その手が止まる

 『……本当にそうでしょうか』

 少女は手を止め、考え始める

 何故ルーラーは、自分の思い描いた通りに動くだろう、等と思ったのだろうか。直接の面識は一度もない。そもそも、その姿を見た事自体、つい先程のビジョンが初めてなのだ

 なのに、何故、きっとこう動く、いや動いてくれると思ったのかと少女は暫く思考を回し……

 『まあ、気にしても仕方ありませんね』

 また、筆を取った

 『とりあえず、考えることは……アサシンの使い道……ですかね』

 と、少女はそこで机から顔を上げた

 何処かからか、少女を呼ぶ声が聞こえていた

 

 『……フェイ』

 『何ですか』

 何時しか、少女の居場所……少女に与えられていた小さな物置の一部の目の前に、何時しか一組の男女が立っていた

 金髪の騎士……ライダー、そして小柄な少女……キャスターが

 『……同盟は組んでいなかったはずですが』

 『それに関して返事をする、と言えば通れた』

 『そうですか』

 少女はあくまでも何時もの調子でそう答える

 『見ていたな?』

 『はい』

 『……あれは何だ?あの焔は』

 『…………英霊の纏』

 少女は、自分なりに纏めていた資料を取り出す

 『英霊の纏。ヴァルトシュタインの聖杯に附随する特殊スキル

 本来は召喚困難な存在をサーヴァントとして召喚する為の二重召喚技術

 それを聖杯無しで、核とする英霊を人間やホムンクルスに置き換えて行おうとしたのが、人工サーヴァント』

 『二重……召喚』

 自覚が無いのか、ライダーは噛み締めるようにそう呟く

 『ブリュンヒルト。けれども、彼女自身に縁深い英霊として、戦乙女ブリュンヒルデが居ます。本来はあくまでもそれらは別の英霊。特に戦乙女は半神、神性に近い彼女は、そうそう召喚は出来ません

 だからこそ、英霊の纏が意味を持つのです

 その縁を手繰り、核であるブリュンヒルトにブリュンヒルデを纏わせる事で、ブリュンヒルトでありながら、戦乙女ブリュンヒルデの力を発揮させる。本来サーヴァントにならないであろうものも、強引に纏わせてから召喚する事で召喚できますし』

 『……あのアーチャーが神なのも、その理由か。まだ召喚出来る何者かを核に……

 ヴァルトシュタインに返答をしなければ。失礼する』

 言って、ライダーは聞くことだけを聞くと去っていった

 

 『……使える手駒の使い道、良く考えなければなりませんね……』

 少女は、再び机に向かい、ペンを走らせ始める……



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三日目断章 ブレイク・ポイント ゼロ(セイバー/???)

今回の話には気分を害しかねない表現が存在します

そのため、気分を害しかねない……主に他人を呪う暴言に対して不快感を感じる人はこの話を飛ばし、次話へ進む事を強くオススメします
ちょっとした補完断章の為、今話は読まなくても問題ありません






気が付くと、森を歩いていた

 

 一体何なの?

 声を発したつもりが、ただ自分の中に響いただけであった

 見回そうにも首が動かない。何も出来ない

 

 ああ、そういう事ね。全く……

 心の中で、私は呟く

 つまり、これは……視覚の全てを覆う何かが、私に別世界を見せている……ようなものなのだろう。今見ているのは、私の視点ではないのだ

 そう思うと色々と気が付く。灰色の空、ぽつぽつと雨は降り、地面に落ちた葉に当たって音を出している……はずだ。だというのに、感じるものは何もない。体の感覚が、視覚しかない。昨日……ショッピングモールとかいうよくわからない城のような塊に連れていかれた時に見た、巨大な絵が動き回る……ディスプレイといっただろうか、そういうものに思える

 

 (森の薫りか……良いな)

 ふと、私の心の中にそんな思考が紛れ込んできた。聞き覚えのある……契約したその時から、何度も何度も聞いた声。なまじ惜しい為に、彼っぽくか、それとも全く似ていないか、どちらかであって欲しい、半端でイライラする声

 私であるはずはない。嗅覚は無いし、そもそもこんな落ち葉が腐りはじめた雨の冬の森の臭いなんて嫌いだ

 そう、つまり、これは……

 サーヴァントとしてのつながりから、あの道具(マスター)の記憶を見ている、という事なのだろう

 

 なんでそんなもの

 そう考えても、森を歩く視界は途切れることはない。私自身には何の権限も無いからか、眼を閉じてこの夢を終えることすら出来ない

 折角夢は……夢だけは、あの人に会えるというのに、これでは台無しだ。何が悲しくて、唯一あの人の姿が見える時間をあの人の偽物の過去なんてものに()かなければならないのだろう

 苦痛だ

 釣り合いが取れない

 

 こんなもの……拷問だ

 せめて道具(マスター)があの人の偽物でなければ、何も興味ないもの……無意味で長いおべっかのように聞き流せるのだが、半端にあの人っぽいせいでその未熟さにイライラしてしまい、流すことすら出来ない。この悪夢を1時間見たならばあの人に一ヶ月会えるというならばあの人と生きる一生分として一ヶ月くらい連続して喜んで見るが、私の唯一の安らぎの時間を奪ってまで見せているなど万死に価する。起きたらあの道具(マスター)に文句を言ってやろう

 

 見たくもない夢を他所にそんな事を考えているうちに、視界は森を抜けようとしていた

 見えてくるのは、やはり教会。何度かお世話になった場所だ

 視界はその前で立ち止まる。動かない。なにもしない。ただ

 (教会……か。森を出て直ぐに珍しいそんなものを見れるなんて幸福だな)

 という理解出来ない思いが少し流れ込んでくるだけ。本当に気分が悪い

 

 『あれっ?貴方は?』

 ふと、声が聞こえた。聴覚までこの夢に囚われてしまったのだろうか

 嫌な話だ、と思うも、道具(マスター)の体を打つ雨も、その音も聞こえない。まるであの化け物(ルーラー)の声だけを拾い上げたかのように、声だけが聞こえてくる

 教会から、黒い司祭服?を着たあの無害なふりをしていたルーラーが顔を出していた

 

 視界は動かない。固まっている。煩い。(可愛らしい人が見えるなんて何て俺は幸福だ今世界で一番幸福かもしれない)?そんなふざけた惚気なんか聞きたくない

 

 『雨、濡れるよ?傘無いの?』

 僅かに瞳に困惑を映して、ルーラーはそう言う

 「雨が感じられる。幸福だ」

 『風邪引くよ?傘無いなら此処に入って良いから』

 ルーラーは手招きする

 見たくない、破局を知っている青春なんてもの、見せつけるな気分が悪い

 

 視界が動く、大人しく言葉に従い、教会の中に入るようだ

 どうせ色々とふざけた事を考えているのだろうが聞き流す、知ったことではない

 

 

 気が付くと、世界が一変していた。一変する前に道具(マスター)とルーラーは未来も知らずに暢気(のんき)に何だかよく分からない話をしていたが聞く気が無いので全力で無視した

 

 一応どうなったか見渡す。見渡せない。相変わらず拷問時間は続くらしい

 周囲の状況は、と確認する

 視界の真ん中にでかでかとしたカレンダーが映っている。日付は……2016/1/1。その上の時計を見ると00:01。カレンダーのかけられた塔らしきものの上には人が乗っている。何かを叫んでいるらしいが、聞こえない。相変わらずこのふざけた夢はルーラーの声位しか耳に入らないらしい。新年、元旦、聖母マリアの祝日

 そして見えるのは人、人、人。多くの人。あまりにも多い、ふざけている

 

 「……これが……新年。祭りだな」

 (こんな大騒ぎに参加出来るなんて、やはり俺はとてつもなく恵まれている幸福だ)

 ……煩い。本当に煩い。道具(マスター)の、自分はどんなに幸福かなんて拷問早く終わって欲しい。私は今まさに夢ですらあの人に会えない地獄を見ているというのに

 『まあ、誕生日と違って知らない人も含めて皆で共有する、今年一年無事でよかった、来年も頑張ろうって出来る日だからね』

 ……横にルーラーも居た

 場面としては、ルーラーと共に、あの中央公園での何かを、少し離れた場所から見ていた……という事だろう

 「カウントダウン……凄かったな」

 『みんな、新年を心待ちにしてたからね』

 「悪い」

 『何がかな?』

 「よく考えたらさ、ヴァルトシュタインの新年には邪魔になるからって外出してきたけど」

 (何て情けない。聖堂教会の彼女は、日本でのこんな行事に参加する必要ないのに、来てもらうなんて)

 『問題ないよ。ミサは朝になってからだし、わたしだってお祭り気分は味わいたかったしね』

 ああ見たくない見たくない。いっそ私が介入出来たならば、あの時の決裂を言ってぶち壊してあげるのに

 『っと、そろそろ移動しよっか』

 公園の謎の塔の元から人々が動き出す

 「もう少し見ていたい……というのは」

 (恐らく、二度と見れない光景だから)

 ああ煩い不幸ぶるな道具(マスター)。何も喪ってないのに、少なくともあの人を喪った私より幸福だろうに

 私自身でも少しキツく考えすぎ……だとは思う。だとしても、私の唯一の安らぎを奪っているのだから、それくらいは許して欲しい

 『けど、此処はすぐにあそこで騒いでからすぐに初詣に行こうって人達の通り路になるよ?危ないし邪魔だしはぐれちゃう』

 「なら」

 視界がずれる。道具(マスター)が、右手でルーラーの手を取り、横に引いたのだ

 二人の体がずれる。公園の広間は少し見にくくなるが、通り路にならないであろう電柱近くの木陰へと移動する

 「移動すれば良い

 ……悪い」

 そして、すぐに手を離す

 ああ勝手にしてろ。あの人ならば私以外にそんな事しない。イライラする

 (……ミラさんに悪いな、勝手な事して。けど、ああ、幸福だ)

 ああイライラする。とっとと終われ

 

 ふと、考えた。実はもっと下世話な事も考えていないのかと。それを見るならば、少しは面白いかもしれないし、完全にあの人とは違うとして、冷めた目で見れるかもしれない。少なくともイラつくことはなくなる

 もっと何か考えてるんでしょう?イヤらしい事とか。あの人に半端に似ていても別人だもの、どうせ……

 

 (何様だ何様だ俺何だ貴様罪人罪人俺罪人何の権利があるどうしてこんな事が出来る罪人俺ふざけるな貴様ふざけるな俺ああ幸せだなんて幸せだ幸福に過ぎる楽しいだろう罪人貴様俺なぁ俺ふざけるなふざけんなふざけるなふざけるな俺どうして奪う何故貴様が楽しんでいるんだ罪人お前は無いものだろう居てはいけない居るな消えろ消えろ死ね死ね死ね死ね消えろ滅びろ楽しいか楽しいよなぁ奪った幸福過ぎた幸福はもう十分だろう死ね破壊を破壊を死ね死ね死ね消えろ破壊しろ消えろ罪人消えろ喪った時間は戻らない返せ罪人これ以上彼の幸福を奪うな返せ返せ返せ俺返せ罪人ふざけるなふざけるな破壊を死ねふざけるな何故生きている俺さえ俺さえ俺さえ貴様さえ俺さえ罪人さえ貴様さえ俺さえ俺さえ俺さえ俺さえ居なければ奪われなかった持っていられた失わなかった何故罪人それを平然と持てる罪人罪人罪人破壊罪人俺罪人罪人俺罪人簒奪者罪人破壊破壊破壊罪人彼のものだったはずだ返せ返せ罪人罪人返せそれは返せ罪人罪人それは罪人俺が持ってて良い罪人のものか違う違う返せ違う罪人ふざけるなふざけるな奪うな返せ十二分に幸福だっただろう破壊をふざけるな罪人一生分以上楽しんだだろう罪人罪人貴様さえいなければ幸福になる権利を返せ返せ返せ破壊を貴様にあるかそんなもの返せ返せ罪人貴様がいなければ罪人罪人

 返せ、返せ返せそれは神巫雄輝(かれ)の幸福だ!)

 

 

 『おえっ』

 吐きかけ、手で喉を抑える

 抑えられる。どうやら、とんでもなくイライラして、とんでもなく気持ち悪いあの夢からは帰ってこられたようだ

 

 『……気持ち悪い……』

 それにしても、あれは何だったのだろう、と一瞬考えようとし……忘れる事にする。あんな不快感抱くもの、二度と思い出したくもない

 とりあえず、分かったのは

 

 私が、あの道具(マスター)の事を好きになれなさそうだという事だった




『あれっ?貴方は?』
 さも今気が付いたかのように、わたしはそう声をかけていた
 
 と、同時に気が付く。これは夢、彼と出会った……冗談だと思っていたその始まりの時の夢だと
 目の前に見えるのは、雨に濡れた、今よりも髪に黒が残り肌も白っぽいけれども、大元が何も変わっていない少年……ザイフリート・ヴァルトシュタイン。これから、今はまだ半分以上残っている黒髪は白髪に変わっていくし、肌は血管に流した魔力が焼き付いて、浅黒くなってしまうけれど、今はまだ元になったっていう男の子っぽさを残す外見
 けれど、今では隠すようになった、心を締め付けるあの目は、逆に輝いていて。とても綺麗で見たいけれども、見たくない。
 当時のわたしはどう考えていたっけ、と思い返す。確か……
 ルーラーとして呼ばれて、聖堂教会のシスターとして人間に混じって過ごしていく為の準備を整えて……その直後に、わたしという裁定者が呼ばれた原因だと思える相手と出会った事に驚いていたはず
 当時の彼は今よりもっと弱々しくて、それでも既に、片鱗は見せていた。このまま行けば、きっと……彼の中のセイバーの影響で、英霊に引き摺られるように、彼の魂は英霊に近いものに届いてしまうだろう
 『雨、濡れるよ?傘無いの?』
 だから、その時わたしがやるべきだった事は、即座に彼を殺す事で、それは本当に正しいことで。少なくとも、行き場も無いように雨に濡れた彼を保護することでは決してなかった
 何でそんなことを言ってしまったのか、当時のわたしには分からなかった。今は分かるけど
 「雨が感じられる、幸福だ」
 嘘だ。ううん、嘘じゃないけど嘘。今でなく、当時から分かっていた
 幸福だというのは本当。それなのに、彼の赤い瞳は、喜びなんか見えなくて。ただ、使命感しか無かった。とても純粋で、自分を幸せだと言い聞かせているようにも見えた
 『風邪引くよ?傘無いなら此処に入って良いから』
 そう、昔のわたしは彼を教会のなかに呼ぶのだった
 ああ、それはきっと、わたしがやりたかった事で。つまりは、わたしにとっての初めての逃げの始まりだった
 
 「……これが……新年。祭りだな」
 場面が変わる
 視界の真ん中には、新年のカウントダウンを行うための特設ステージが見える
 新年のあの時だと、すぐに思い出せた。あれはわたしにとって、どうしようもないものだったから
 特設ステージからは既に2016年1/1を示す垂れ幕がかかっていて、カウントダウンに使っていた時計は00:01を示している。場面としては、カウントダウンが大盛り上がりで終わった直後
 『まあ、誕生日と違って知らない人も含めて皆で共有する、今年一年無事でよかった、来年も頑張ろうって出来る日だからね』
 過去のわたしはそう返す
 「カウントダウン……凄かったな」
 『みんな、新年を心待ちにしてたからね』
 凄かった、という彼の瞳には、もう使命感は見えなくて。けれども、それは彼が出会ったあの日から数日で、幸福感を顔の表に貼り付けてあの瞳を誤魔化せるようになった、というだけだった
 それでも、多くの人の騒ぎを見る彼は、きっと何かに感動していて、それは何故か嬉しかった
 「悪い」
 『何がかな?』
 「よく考えたらさ、ヴァルトシュタインの新年には邪魔になるからって外出してきたけど」
 ヴァルトシュタインはきっと、新年という多くの人の騒ぎ、魔力の増大等を狙って、何か……彼のようなものを更に産み出そうとしているのだろう。その為には、干渉しそうな彼が邪魔だった。
 その行動自体は、わたしに、裁定者に止める権利はない。一目で確信できた。彼の同類は、作れないと。彼以外に、英霊の影響で同類になりかける程の……参加者である八騎目になりうる存在はきっと産まれないと。例え人間を使ってもそうならば、ヴァルトシュタインは少しでも使いやすく人間以上になりうるホムンクルスを使う。ヴァルトシュタインの聖杯は、あくまでも聖杯戦争の勝利の為に行うこれらの行動を止める事を許していない。多くの一般人を巻き込んだり、一般人の前に魔術を晒し、神秘を喪わせる。そういった聖杯戦争の根底を揺るがす事でない限り介入は禁止、それが裁定者としてのルールだから、わたしは口を出さない……出せない
 『問題ないよ。ミサは朝になってからだし、わたしだってお祭り気分は味わいたかったしね』
 彼はきっと、聖堂教会のわたしを、聖堂教会とは関係ない、寧ろ別の宗教のものに近い……気がする行事に連れてきた事を謝ったのだろう。けれども、それは別に良い
 わたしだってどんなものか見たかったし、彼にまた会って……殺す覚悟を決めたかった
 
 『っと、そろそろ移動しよっか』
 少しして、わたしは言った
 公園の特設ステージの元から人々が動き出す
 「もう少し見ていたい……というのは」
 『けど、此処はすぐにあそこで騒いでからすぐに初詣に行こうって人達の通り路になるよ?危ないし邪魔だしはぐれちゃう』
 「なら」
 彼がわたしの手を握る
 それは、今までに無い事で……
 「移動すれば良い
 ……悪い」
 彼に引っ張られ、わたしは木陰まで連れていかれる
 もう少し、祭りを見るために
 
 けれども、わたしにとってそれはどうでもよかった
 彼を殺さなきゃいけない。それは知っている。それが正しい事も分かっている
 けれども、手を握ることで見えた彼を、見てしまったあの彼を、殺すと決める事は当時のわたしには出来なくて、結局は彼を殺さずにあの日を終えてしまった
 
 
 目を覚ます。夢にのめり込み、夢の頃の心を思い出していたわたしが、元のわたしに戻ってくる
 『出来ない、なあ』
 ぼんやりと呟く。昨日も、だ。結局わたしは、殺せたはずの彼を殺せず、しかもあの死人……恐らくはバーサーカーが手を出し、眷族とした吸血鬼……を見て、多くの一般人に手をあげる、聖杯戦争を破壊する別の行為かも知れないからと大義名分を付けて逃げてきた
 本当に、わたしらしくない。やりたいことだけやって、それを貫いて。ちょっとは強い人間だって思ってた
 けれども、やらなければならない正しい事と、絶対にやりたくない事がぶつかり合った時に、こんなにも弱いなんて……思ってもみなかった
 
 『一目惚れなんて、するんじゃなかったなぁ……。きっとわたし、裁定者に向いてないよ』
 どうしようもない心を抱え、ぼやく声は朝の空気に溶けた


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四日目幕間 鋼の軍神

それは、終末であった

 人類の、世界の、総ての終焉。有るはずが無いと思っていた、絶対的な終わり

 ヴァルトシュタインの聖杯が、幾多の未来から望む結末への道程を見つけ出す魔術が見せる、どうしようもない、究極の絶望

 

 世界を見据えるのは、紅き双眸

 陽を覆う背に宿るは、黒き両翼

 総てを食らう全身は、鋼の機神

 空に輝くは、不吉なる軍神の星

 降臨した終焉は、総てを破壊する

 その姿は、20m級の鋼の人型。背に翼を、胸に竜頭を持つその姿は、神話の悪魔(ドラゴン)を思わせる。それこそが、その機械竜こそが、シュタール・ヴァルトシュタインの見た世界の終わりであった

 

 牙の並んだような頭の口から、何かが放たれる

 ……吹き荒れる嵐、ソニックブレスだ

 地面に激突したそれは、コンクリートで覆われた地表を引き剥がし、それ自身よりも何倍か大きなクレーターを産み出す

 最早、かの地はかつて都市であった原型を留めてなどいなかった

 抉られ、融解し、徹底的に破壊された死の荒野。奇跡的に残されたであろう服の切れ端だけが、つい先程までそこが人の住む場所であった事を証明していた

 

 ……ふざ、けるな!

 その声も、響き渡ることは無い。これは聖杯が見せた終焉。この身は、未だこの手遅れな刻へ辿り着いてはいないのだから

 

 突如、空が輝く

 核ミサイルの炸裂。人類が使えるだろう最大の焔が、既に滅び去った街毎悪魔の姿を飲み込んでいく

 

 

 場面が切り替わる

 僅かな地鳴りと共に、鋼の軍神が大地に降り立った

 その足に踏み潰され、一人の男が死んだ

 「バカな……。核だぞ!」

 頭の紅く輝く瞳が、呆然と呟く男を捉える

 「無傷だと!有り得ない!」

 「…………ホロ火夜(滅びよ)

 ギギギ、と嫌な音がする

 胸の竜の頭が開き、焔が溢れ出す

 「そんなバカな事が」

 「……ハカイ(破壊)怨御御御御御!(をぉぉぉぉぉ!)

 

 その時、一つの国が、世界から蒸発した

 雨が……いや、大地と諸共に蒸発させられ、上空で冷やされた海水が、ぽつぽつと空から降り注ぎ始める

 抉り取られた海に空いた穴。それだけが、かつて其処に陸地があった事を記憶していた

 だが、それも直ぐに消えて行く。空白に注ぎ込まれる海水に塗りつぶされて行く

 数分後、其処に、かつて国があった事を思わせるものは無くなっていた

 

 

 人はかの機神に対抗する術を知らず

 総ての神秘は破壊の軍神に撃滅され

 かくして、世界は自明の如く……滅び去った

 EXTINCTION END

 

 

 「はっ!はぁーっはーっ」

 目覚める

 悪い……夢を見た

 本当に……悪い、夢だ。軍神により総てが滅び去る、御先祖様も見たという、未来(あくむ)のその一端。最近見るようになった、他の終末とは多少(おもむき)を異にする、だが、何よりも迫っている気がしてならない、最悪のエンディング

 

 例えサーヴァントであれ、或いは魔法使いですらも、あの化け物を止める事は出来ないであろう。夢で見ているだけだが、確信があった。空に軍神の星輝く時舞い降りる機神

 

 恐ろしい。ソレが、何時か世界を滅ぼすかもしれない事が

 そして、その時は、決して遠くはない事が

 見る夢は、あれだけではない。太陽を飲み込んだ黒き巨神により、焼き尽くされる世界。地上に降り立った巨大樹により、総てを呑み込まれる世界。そして、総てが水晶と化した世界。見る未来(あくむ)は幾つもある

 

 だが、特にかの機神に関しては……

 一度だけ、見てしまったのだ。初めて、自身が満たすべきヴァルトシュタインの聖杯に触れた際に

 かの化け物が始めに破壊した街は、滅び去る前の、後の死の荒野は……

 伊渡間であった。そう、今現在とそう変わらぬ、遥か未来どころか明日かもしれぬ時に訪れるであろうこの街の姿であったのだ

 

 最早、猶予などありはしない

 

 呼ばねばならぬ。勝たねばならぬ。正義に敗北は許されない。正義の敗北は、世界の滅亡を意味するのだから

 その為ならば、何を迷う必要があろうか。数千数万、安い命だ。これは未来を救う聖戦、尊い犠牲はつきものだ

 

 呼ばねばならぬ。願う未来への道筋として7度に渡る聖戦を示したという始まりの聖杯戦争で、クライノート・ヴァルトシュタインが願ったという、彼等から人類を守る救世主を

 竜の姿をしているならば、もしかしたらと思ったS346(竜殺し)はしかし、正義を拒絶したのだから。そこまでの期待は無かったが、もしやという思いは裏切られた

 ならば、ヴァルトシュタインしか、世界を救える者は居ないのだから

 

 その想いだけが、シュタール・ヴァルトシュタインを動かしていた



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四日目ー夢と現実

「……此処は」

 朝、目が覚めるとそこにあるのは見知らぬ天井だった

 

 ……誰が得するのだろうかこれは

 無駄な思考を振り切り、頭をクリアにする

 背中に感じるのは二段階に折られ、しっかりとした水平になってはいない感触。見えるのは、コードが張られた、広い天井

 僅かに身を起こす

 やはりというか、視界の端に少し古いPCが見えた

 どうやら此処は、所謂(いわゆる)ネットカフェという場所だろう。ネット上にあるジークフリートの情報について調べたくて、一度フェイに頭を下げて借りた金で入ったことがある

 収穫は…………ジークフリートは実は女性だったのか?と混乱する事になった程度と特に何も無かったのだが。予想図か僕の考えた最強に格好いいジークフリートか何なのかは知らないし、あれらのイラストの中に実際に会った人間が描いたものは無いのだろうが、何故ジークフリートで調べて出てくる画像の半分を越える程度が無駄に露出の多い女性のものだったのだろうか。理解が及ばなかった。実はジークフリートは女性が好きな女性であり、それ故にわざわざグンターに仲介を頼んだ説を考えてしまった

 だが、それは無い。そんなことはあり得ない。今の今まで見ていたのは恐らくセイバーの過去。ジークフリートの妻の記憶だ。其処に見えたジークフリートは、俺が幾ら呼び掛けても見えなかった彼は……確かに、大英雄の名に相応しい男だった。俺の見たのは変わらぬ日々であり、事件と呼べるものは無かったが、それでも分かる。セイバーがどれだけ幸せだったか。それを奪われた事が、心の全てが抜け落ちかねないほどに不幸だったかを

 ああ、それは……この世界で一番幸福だったであろう俺には、どうしても体験する事も理解する事も出来なくて。けれども、何処までも識っている心情だった

 どうしてそんな夢を見たのだろう。意味の無い疑問を浮かべ、直ぐに消し去る

 意味なんて一つしか無いだろう。俺への……あまりにも情けない俺への叱咤激励だ。あまりにも幸福で、その幸福を彩ってくれたミラに対して、未だに殺す覚悟が決められていない俺に対して、そんな事では何も成せないという警告だろう。セイバーはジークフリートの為に全てを懸けて、漸く復讐を成し遂げた。もしも迷っていたら、途中で終わっていたはずだ

 昨日俺が負けた理由は簡単だ。俺にはミラを殺す覚悟がなかった。そんなものでは、そもそも戦いにすらならない。当たり前だ。情けないにも程がある。何をやっているんだ(おれ)。俺の願いは、大切な恩人が止めに来た程度で揺らいで良いものじゃないだろう。彼女を殺してでも果たさなければならない。そうでなければ、過剰な幸福を奪ってしまった彼に、俺は何も返せないのだから。少なくとも、俺の体が俺のものであったならば殺されても良いと思っていたようでは、何時か正義に完敗するだろう

 セイバーの想いの原典を知ることは、きっとそれを教える為だ。止まるな、迷うな、俺が視るべき未来は一つだけ(第六魔法)。お前の体は、(お前)のものじゃないだろう……!

 

 これ以上は何時も身を灼く憎悪に呑み込まれる、という所で止まる。PCの横のコップを取り、温い水を飲み干す

 あまり、表には出したくない。俺の自分勝手な憎悪は、関係の無い周囲を傷付けかねない迷惑なものなのだから

 ということは、と考える

 俺がセイバーの過去を見たように、セイバーも俺の過去を見たのだろうか

 それは、俺の記憶だろうか、それとも、たまに見る草原だろうか、或いは……神巫雄輝(かれ)の記憶だろうか

 願うことならば最初以外であって欲しい。未だに不幸らしい不幸も無い他人の幸福なんて、見ていてそう面白いものでもないだろう。彼の記憶から、彼が自身に近い……と感じてくれれば良いのだが、何の夢を見るかなんて分からない、希望的観測としておいておく

 

 今本当に考えるべきことは、これからの身の振り方……だろう

 勝利条件は、薬が切れる前に聖杯戦争に勝利すること。理由は分からないが手を貸してくれたアサシン、そして同盟中のアーチャー、更には恩人のミラを殺してでも、聖杯を手にすること。努力目標としては、多守紫乃の無事があるが、それは俺の心情の問題、必須ではない。どうしても果たせないというならば、勝利を優先する条件だ。心情の問題といえば、出来ればフェイやミラは関わってほしくなかったし、戦いたくもないが、そんなただのエゴを貫いた上で勝てるほどに俺は強くない。諦めるしかないだろう

 目下考えることは、ヴァルトシュタインという正義への対応と、きっとまた俺を殺しに来るミラへの対策

 話は恐らく通じない。ヴァルトシュタインの正義は正しい。彼らが間違いなく世界を救おうとしているのは本当だ。その為に作られた俺が、一番とは言わないがその正義を信じている。ミラの言っていた俺がもしもこのままだと聖杯戦争の根底が覆るという発言も、また正しい。光の鎧……<悪竜の血光鎧>やセイバーから借りるバルムンク、俺の存在は、段々とサーヴァントに近づいていっていると言われても可笑しくない。だとすれば、更に俺の中に居るサーヴァントに近くなった時、俺が死ねばその魂が聖杯に吸収されてサーヴァント一騎の代わりになる、というのは有り得ない話ではないのだ。例え俺一人では足りなくとも、俺の中の存在までも同一存在として飲み込みかねないとすると、猶予はあまりない。全くもって正しい。正しすぎる。反論のしようもない

 だからこそ、正面からでも勝つしかない。聖杯しか俺が望みに……第六魔法という想い描いた夢に届く手はない

 

 『……目覚めた?』

 ふと、そんな声をかけられる

 気が付くと、俺の横に一人の……フードが立っていた

 

 ……アサシン。暗殺者のサーヴァント。今のところ敵対していないが、何を俺に望んで助けたのか不明の存在

 わざわざあのミラに、裁定者に敵対してまで俺を助けてくれた存在だ。今のところ信じるのに支障はない。放っておけば死んでいた俺を、わざわざ助けてから殺す意味はきっと何処にもない。もしもアサシン或いはそのマスターが、ミラが懸念していたサーヴァント化した俺の死による聖杯が満ちる迄に倒れるサーヴァント数の変更を狙っていたとして、今の俺を殺しても意味がない。今の俺を殺しても聖杯は満ちない

 他の理由も思い浮かばない。浮かばなければ無いとは言い切れないが、とりあえず今すぐの危険はない

 

 「……アサシン」

 だから、まずは探りを入れる

 「俺を助けた理由は」

 『言った通り。マスターの命。そして……「ボク」自身の目的の為』

 「バーサーカーの討伐か?」

 『それもある』

 あっさりと、アサシンは頷く

 やはりか、と納得する。俺を救うとしたら、公言したヴァルトシュタインを倒す……事に関する何か、特にその行動を好ましく思う事が理由というのは分かりやすい

 アサシンがバーサーカーを倒したいならば、俺という共闘しうる駒を残したいというのはよく分かる

 「だが、それもあると言うことは」

 『後は、しーくれっと、ひみつ』

 誤魔化された。まあ良い、同盟しうる事は分かったのだ、今は他の理由が分からなくても構わない

  

 「ところで、そのフードは取らないのか?」

 一応聞いてみる。アサシンはこのネットカフェでも尚フードを取っていない。顔が見にくくて仕方がない。表情も読めない

 『取ることに意味はない』

 無感動に、アサシンは返す。やはり何も読み取れない

 やはり、無理のようだ。まあ、そもそもが駄目元であったのだ。特に残念ではない。寧ろ一つ情報が増えたと言える。フードという姿を隠すものは暗殺者には有用なものであるし

 『それでも、見る?』

 「は?」

 あっさりと、フードを取ることをアサシンは了承した

 「待て、良いのか?」

 『何が?』

 返ってきた答えはあまりにも予想外

 「フード、脱いで良いのか?」

 『構わない。問題ない』

 アサシンがフードに手をかける

 ぱさり、とフードが背中に当たり、アサシンの素顔が……

 

 見え、なかった

 確かに其所に顔がある。それはそうだ。顔の無い人間は居ない。妖怪、悪霊の類や人工物であれば兎も角、アサシンだって恐らくは人間が英霊になったものだ

 だが、その顔に見覚えがない。いや違う

 ずっと見ているし、顔は変わっていない。少年なのか少女なのか判断が付かない中性的な顔立ちも、短く切られた青に近い髪色も、透き通った()()瞳も、ずっと変わっていないはずだ

 だというのに、常に心がざわつく。本当にそんな顔だったか?本当に?髪色は金ではなかったか?彼は老人ではなかったのか?彼女は美しい姫だったはずだろう?

 そんな疑問が抑えられない

  

 ああ、成程。彼女……いや彼?どちらにせよ、アサシンがフードを取ることに意味はないと言った理由を理解する

 そもそも、フードを取ってもまともに認識出来ない。記憶が混乱する。今は見ているから流石に問題ないとは思うが、アサシンから離れた際に、アサシンの外見を言えと言われたら……

 

 (黒鍵を持った、前を開けたシャツで豊かな胸筋を見せ付けたアッシュブロンドの筋肉)

 目を閉じてアサシンの姿を浮かべてみる

 

 やはり、だ

 目を開けてアサシンを見る。今の今まで見ていたはずなのに、外見を答えられなかった

 認識阻害。カメラ等の機械であればどうなのかは分からないが、とりあえずアサシンをアサシンと捉えることはまず出来ないだろう。アサシンの姿を見ていなければ、その外見を覚えていられない。寧ろフードがある時の方がマシだ。フードでアサシンだと分かるのだから

 だとすると、フードは恐らくアサシンの宝具に関連する何か

 

 「有り難う」

 思考を切り上げる。これ以上は今考えても仕方がない

 

 ネットカフェに当然置かれているPCの時計が、九時を示した



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四日目ー昨夜の顛末

ネットカフェに当然置かれているPCの時計が、九時を示した

 何だかんだ未だアーチャー陣営が、多守紫乃が起きていた時間。時計は持っていないし見ていなかったが、昨日の戦闘は最も遅くても午前一時を回らない位のものだと推測出来る

 と、いうことは……戦闘がそれから1時間だったとして、眠っていた時間は大体7時間程だろうか

 寝過ぎだ。寝坊だ。7時間も眠っていて良いなんて何処の幸福野郎だ。少なくとも体を鈍らせて良い訳がない俺の取って良い睡眠時間ではない

 

 「アサシン、そろそろ出なければ不味い」

 言って、ベッド……というより、限界まで倒された椅子から立ち上がる

 問題なし、立ち上がれる。足は、心は折れてなどいない。ならば問題ない。ひしゃげた銀霊の心臓の鉄板は心の歪み、折れているらしい肋骨は単なる弱さ。それだけだ、気にしなければ折れてないも同じ。痛みは無視出来るものなのだから。彼の抱いただろう苦しみには足元にも及ばない程度で、苦言など呈してはならない

 

 暫くは俺に付け、とでもマスターに命令されたのだろうか、大人しくアサシンは付いてきた

 仕切りを開け、部屋を出る

 

 『全く、良い御身分ね』

 横のスペースの扉を開き、セイバーがほぼ同時に顔を出した

 「セイバー」

 『片方が酔い潰れたカップル、みたいな扱いされたのよ。最悪の気分だったわ』 

 どうやら、セイバーがあの後情けなくも倒れたのだろう俺をネットカフェへと連れてきてくれたらしい。全くもって頭が上がらない。俺が自分で何とかしなければならなかったのに、俺のエゴに力を貸してくれている側であるセイバーに迷惑をかけたのだから。俺よりも、もっとしっかりしたマスターの方がセイバーもやり易かっただろうに

 「すまない、助かった」

 『そこはすまないじゃないわよ。全く、礼儀としては』

 「間違えたよ。有り難う、セイバー。お前が居なければ、俺はきっと……5度位は死んでるな」

 『誠意は行動で示して欲しいわね。口だけならばどうとでも言えるわ』

 「分かってる」

 『後、道具(マスター)を運んだのはそこのよ。だって貴方、無駄に重いもの』

 「まあ、一部骨も金属で補強してるしな

 君にも言わないとな。有り難う、アサシン」

 言いながら、ネットカフェを出る

 払う代金はは……金をマスターから貰ってなさそうなアサシンを含めて三人分。高いと言えば高いが、まあ……他のホテルよりはマシな額だ。シャワー代も一人分入っている。サーヴァントに必要なのかとは思うが、まあ良い。サーヴァントとはいえセイバーは女性だ、気になる事もあるのだろう

 そうなると、自分もシャワーを浴びるべきだったか、と少し考えるが……。昨日と違って傷は内出血や骨折程度のものであり、外傷は無く流血はしていないのだから、洗い流す必要性は薄い。鈍い痛みを腹から胸にかけて感じるし、痣位は出来ているかもしれないが、痛むだけで端からは見えないのだから気にする意味はない。自分に無駄金を使う程の事は無さそうだ

 

 ネットカフェを出ても、相変わらず無言のままアサシンは付いてくる

 僅かに歩くとネットカフェのある通りを外れ、通りに取り付けられている天井が無くなる

 雨が降っていた

 夜は戦闘に巻き込まれ薬が割れるといけないからととある貸しロッカーに預けてあるバッグから、折り畳みの傘を取り出す

 ショッピングモールで適当に買った赤い傘。セイバーの好みなんて知らないからとあくまでも適当、何か考えていた訳ではない

 『私の分は無いの?気が利かないのね』

 傘をセイバーに差し出す

 「霊体化すれば気にならないだろうとは思いつつも買っておいた」

 『一言余計よ』

 言いながらも、セイバーは傘を受け取った

 霊体化すれば気にならないだろうというのは本当だ。だが、究極的には必要無い食事を求めたりと、セイバーにも当時とは違う現世というものを楽しみたいという気持ちがあるのかもしれない。そう思ったから買っておいたのだ

 全くもって無駄遣い。フェイが折角くれた好意の金を浪費するにも程がある。だが、まあ……使えるときに使ったって構わないだろう。俺が後何日生きられるのか……いや違う

 俺が聖杯を手にするまで後何日のうのうと生きるのか分からない以上、きっと使えない額は出る。だから、使えるときに使う

 

 『所で、お腹が空いたのだけれども、道具(マスター)

 セイバーが、そんな事を言い出した

 

 ならば、と言いかけて気がつく

 今の俺が、どんな面をして教会に顔を出すというのだ

 ミラは間違いなく正しい。その正義を振り切って、俺は自分の醜いエゴの為に彼女と戦ったというのに。抵抗するなというのは、ミラの優しさ、もしくは迷い。俺の勝手なエゴを少しは理あるものとしてくれたのか、或いは単純に彼までも消してしまうことを躊躇ったのか。どちらにせよ、令呪による必殺を回避された際に直接手を下す覚悟を決めきれなかったから、だろうか。そして俺は……それを良いことに聖杯を手にする為に、悪を成す為に生き延びた。彼女に殺される事が世界の為には正しいと知っていながら

 ならば、既にミラを裏切った俺が、どうして彼女に朝御飯を集れるだろう。最早当たり前の事として思考に組み込まれていたのかもしれないが、そんな無理をまず考える自分に、考えられる程の時間を過ごしてきた自分に呆れ果てた

 「ジャンクで良いか?」

 『酷い選択ね。もう少しマシな答えは無かったのかしら』

 「悪いが、俺が伊渡間に関して知っているのは竜脈の流れ方と大まかな地理、後は教会の中ぐらいだよ。期待するな」

 『「ボク」はジャンクで良い』

 「アサシン。お前まさかとは思うが、集る気か」

 『「わたし」、恩人』

 『厄介事ばかり拾うわね、道具(マスター)

 呆れたようにセイバーがため息を吐いた

 「……拾いたかった訳じゃないんだが

 分かった。もしも居なければ死んでたのは確かだ、奢るよ」

 『ぐっど』

 言うと、アサシンは歩き出す。今までのように俺に付いてくるのではなく、自分の意思で

 「何処へ行くんだ?」

 『「余」のオススメ。美味しそう』

 「美味しい、じゃないのか」

 『憧れ』

 「体よく行ってみたい店のお試しに使われた訳か」

 まあ、良い

 アサシンに関しては現状良く分からないというのが本当の所だ。気にしてもどうしようも無い。寧ろ、主張は何れバーサーカーを……正義たるヴァルトシュタインを倒し、敵対した際に役立つ何かに繋がるかもしれない。有難い事だ

 

 アサシンが歩むままに歩き、辿り着いたのは……有名なチェーンであった

 早くて安い。高級思考はあまりなく、独創的なメニューも無く、完全なジャンク。だがそれが良い。そんな店

 「此処……なのか?本当に」

 『憧れ』

 アサシンが、やはり分からない。俺自身入ったことはないが、俺以外そこまで憧れるようなものだろうか。寧ろこのチェーン以外の高級思考店の方が入りにくくて憧れになるのではないだろうか

 『はあ。全く……』

 「命の恩人の願いだ。そう邪険にしないでくれセイバー」

 『呆れてるのよ。注文は任せるわ、せめて品位があるものをお願い』

 行って、セイバーはとっとと階段を登る

 まあ、セイバーだ。そんなものだろう。ジャンキーなものに目を輝かされても驚きだ

 

 一方アサシンは動かない

 「金は?」

 『貰ってない』

 「ならば、注文内容だけ言ってくれ、買ってくる」

 言いつつ、俺自身壁に貼られたメニューを眺めてみる

 

 ジャンキーだ

 実にジャンクフード。当然ながら清々しい程にメニューはそれしかない。色々と書かれてはいるが、結局の所はハンバーガーと、ポテトかチキンナゲット、そして飲み物の三種と言えるだろう

 実にジャンクで、そんなものを買う体験が楽しくて仕方がない。これもまた青春の謳歌というものだろう。無学な俺にはどれを選ぶべきなのかとか全くもって分からないが、選べるというのはそれだけで楽しい

 

 品位のあるメニュー……無いな

 一通り目を通してそう結論付ける。基本的にハンバーガー、品位とは遠いだろう。ミラが何時だったか作ってみたと用意してくれたハンバーガーは美味しかったが、あのケチャップの味は間違いなくジャンク。品位では選びようがない

 

 『LTバーガー追いトマトピクルス増量ケチャップ抜き』

 「すまない。もう一度言ってくれ」

 アサシンの注文が理解出来なかった

 『LTバーガー追いトマトピクルス増量ケチャップ抜き』

 アサシンは繰り返す

 やはり、理解が及ばない

 LTはレタストマトなのだろうが、トマト増加とケチャップ抜きの相関関係が分からない。ケチャップはトマトではないのか

 「まあ、良いか。買ってくる」

 言って、レジに向かった

 

 「御注文を」

 笑顔を向けてくる店員に

 「ハンバーガーMセット二つ、LTバーガー追いトマトピクルス増量ケチャップ抜きのセット一つ。ドリンクは……全部コーヒーで」

 「はい?ケチャップ抜きですか?」

 「知り合いのポリシーらしいです」

 「トマトは……」 

 「追加。これもポリシーらしいので」

 「あ、あの」

 「ポリシーらしいのでそのままお願いします」

 押しきった。少し疲れる

 

 注文を受け取り、店の二階に上がる

 セイバーは自分の分を受け取り、一口かじる

 微妙な顔になった

 『サンドイッチの時も思ったのだけれども、微妙ね』

 「そう言うな。これはこれで行ける」

 俺も一口かじる。広がるのはやはりケチャップの味。俺が知識で知っている、青春の味

 「料理の平均レベルが上がったんだと思っておいてくれ」

 『仕方ないわね。ランクが下ならば下なりの味だと思っておくわ』

 

 一方でアサシンは黙々と食事をしている

 「で、アサシン。旨いのかそれ?」

 『ぱーふぇくと』

 「トマト味ならケチャップでも良いだろうに」

 『ケチャップはNG。「俺」は食事まで血を想起したくない』

 「そんなもんか」

 流す。あまり意味のあるものは聞けていない

 

 「そういえばアサシン。マスターって結局誰の事なんだ?」

 落ち着いた中で、俺はそう切り出した

 

 『秘密、しーくれっと』

 返ってきたのはやはりというかそんな答え

 まあ、すぐに返ってくるとは思っていないので想定内の返答だ

 バーサーカーを倒すまで、あくまでも同盟関係は期間限定。それはそうだ。最後まで同盟していては勝者は無い。俺にも聖杯を他人に譲る気は無いし、他のマスターだってそうだろう。ならば、アサシンとも生死を賭けて戦う時は来るはずだ

 「知らないと連携は取れないと思うが」

 『マスターは秘密主義。狙われることを警戒している』

 ならば、これは本来の正解。多守紫乃以外のマスターであれば、万が一フェイがマスターな場合でも無い限り、迷わずマスターを殺した方が余程早い。マスター殺しを迷う気もない。セイバーも俺も、個々では他サーヴァントを圧倒出来やしないが、サーヴァント擬きがマスターである為、魔術師を圧倒する存在(サーヴァント)の数の差という明確な利点は活用する

 俺との敵対を見据えたならば、それは何処までも当たり前の話

 「連携取れないのは困らないか?一応アーチャー陣営とは定期的に話している訳だし」

 『問題ない。「僕」が伝える』

 「戦闘中は?」

 『貴方に従う。それはマスターの命令でもある』

 現状、食い下がっても無駄のようだ。とりあえず、アサシンが従ってくれるらしいのは有り難いが、過信は出来ない。マスターの命令は俺より優先されるだろう。何時か裏切るかもしれない、それは頭の隅に残しておく

 

 言い終わると、アサシンはセットのポテトを一つ摘まみ、小さくかじる

 『……しょっぱい』

 「塩多目の部分だったか。手を付けてない、俺のと変えよう」

 アサシンの好み等知らないので、注文は付けていない。セイバーは塩辛いとジャンクだ品位が無いだ言うと思ったので塩少な目にしてもらっていたが、それ以外のフォローを忘れていた

 一本アサシンの所から摘まむ。やはり塩の振り方の偏りか塩辛い。俺のと比較して、そこまで差は無いが、やはり変えた方がマシだろう。一番は塩少なめにしたセイバーのとだが

 「セイバー」

 『交換?嫌よ。あれ以上辛いなんて、舌が馬鹿になるわ』

 「悪かったな、ジャンクで」

 アサシンの前に置かれたポテトと、自分のを変える

 頷いて、アサシンは少しずつポテトをかじり始めた

 『反省しているならば、昼は私の望む店に行って欲しいわね。といっても、現界してから、集った時以外にまともなものを食べさせて貰った記憶が無いのだけど』

 「分かった、昼はセイバーに任せる。アサシンは」

 『「私」はそれで良い』

 『……微妙な反応ね。そこは、君に合った店に連れていく、と言う方が余程甲斐性があるもの』

 「俺は俺だ。甲斐性を求められても困る」

 『はあ、情けないわね

 御馳走様。あんまり良くは無かったわ』

 ポテトまで食べ終え、セイバーはコーヒーを手にし

 『不味っ』

 一口で顔をしかめた

 

 「砂糖なりミルクなりあるだろ。3つづつ持ってきたぞ」

 此方でも一口飲んでみる。普通のコーヒーだ。それなりに美味しい。夜に試験だ何だと伝えられた日にフェイが差し入れてくれたものよりは劣るが、あれはコーヒー好きだという現当主の祖父、グルナート・ヴァルトシュタインが道楽で買っている夜の一杯を一部貰ってきたものらしいし、劣るのは当然だ。寧ろ、そんな豆に劣るとはいえ、悪い味ではないというのはジャンクフードの店としては良いランクだろう

 『不味いものは不味いわ。薬みたいなものを良く飲めるわね道具(マスター)

 「苦手だったのか?」

 そういえば、セイバーの生きた時代、コーヒーはヨーロッパには無かった気がする。ということは、セイバーからしてみればコーヒーとは未知の苦くて少々酸味まである黒いお湯。慣れれば美味しいかもしれないが、初見ではなかなか辛いものがあるかもしれない

 そこまで思い至っていなかった自分に……いや、これは仕方ないかと腹立たしくはあまりない

 『苦い。……ミルク』

 ふと気付くと、アサシンが2つめのミルクを投入していた

 砂糖とミルクを各3つ。貰ってきたのはとりあえずそれだが、残っていたのは砂糖一つ。セイバーはとりあえずといった形で砂糖とミルクをいれ、尚も微妙な顔。アサシンはというと……

 「あと幾つ必要だ?」

 『3つ』

 「半分ミルクだなそれ」

 『あの日のコーヒー牛乳は美味しかった』

 「そうか。少し下でミルクを貰ってくる」

 言って、俺は席を立った

 どうやら、アサシンはミルク大量派らしい。半分ミルクというのは言い過ぎだが、5つも入れれば相当ミルク味になるだろう。コーヒー牛乳にするならば足りないが、まあ良い

 俺としても格好付けでなければブラックは辛いし、フォローしなければセイバーの不機嫌は直らないだろうしで、丁度良い機会だった

 

 貰うものを貰い、セイバー達の元へ戻る

 セイバーにとりあえずで買ってきた紅茶、アサシンにミルクを渡す

 『……最初からこうして欲しかったわね。けれども、何も無しよりは良いわ』

 一口紅茶を啜り、セイバーはそう言った

 「で、今日の方針を言っておこうか」

 『簡潔に頼むわ』

 一度コーヒーに口を付け、切り出す

 「日中は探索、特に何処かに居るだろうランサーのマスターを探りたい

 夜は……」

 一息入れる。セイバーやアサシンにとって、これは良い選択ではないだろうから

 「今日は休息に努める。戦わず、探らず、流石にガタガタな体を休める事にする」



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四日目ーサルでも分からないルーラークラス(多守紫乃視点)

「ねえアーチャー、昨日会ったルーラーに関してなんだけど」

 翌日の朝、扉の前に立っているアーチャーに向けて、私はそう声をかけた

 

 『ああ、居なけりゃ良いって飛ばしてたけど、やっぱり説明は要るか』

 アーチャーが、目を落としていた書物らしきものから目線を上げる。何だろう、アーチャーはそんなもの持っていただろうか

 「うん。お願い

 いきなりで、何がなんだか」

 ミラと名乗っていたあの少女は、普通の女の子に見えた。少なくとも、アーチャーと同じようには見えなかった

 『まっ、居てしまった以上は話さなけりゃ不味いレベルの事だしな』

 本を閉じ、アーチャーが此方に寄ってくる。何時もは部屋は私の領域だと扉の前に居るが、呼ばれた以上は問題ないという事だろう

 『んじゃマスター。まずは質問だ』

 椅子に座る私と目線を合わせるようにベッドに腰掛け、アーチャーは言う

 「必要なことなの、アーチャー?」

 『そりゃな。ルーラー、裁定者って存在の特異性を説明するにゃ、基本的な事項が解っていてこそだぜマスター

 んで、質問だが……。聖杯戦争の参加者は何人だ?』

 それは私にも解る。あの神父様に教えてもらった

 「7人」

 『本当にそうか?本来奇数にはならないぜ』

 「そっか……。マスター7人、サーヴァント7人で合計14人」

 『ん、正解だマスター。まあ、本来サーヴァントは騎で数えるんで、7人と7騎なんだがそりゃ些細な事だ

 んじゃあ』

 アーチャーは、僅かに考えるそぶりを見せる

 『マスター、忠臣蔵って知ってるな?』

 「うん」

 『了解。なら質問だ。もしも忠臣蔵の主要人物、主君への忠義から吉良上野介に復讐を果たした大石内蔵助が復讐者の英霊、アヴェンジャーとして聖杯戦争に呼ばれていたとしたら?参加者は何人になる?』

 一瞬悩む。15人?いや、そのマスターを入れて……

 と、いう所で思い出す

 「14人のまま、だよねアーチャー」

 『オッケー、正解だマスター。よく覚えてたな

 例えエクストラクラスがいても、参加者の数は変わらねえ。この例だと……多分アサシンが消えて代わりにアヴェンジャーって感じだろうな』

 「じゃあ、もしかしてルーラーも?」

 アーチャーは、ニヤリと笑った

 

 『だが、其処に例外が存在する……

 って訳さ、マスター』

 「……例、外?」

 『そう、その通り!

 裁定者、ルーラー。あれは八騎目のサーヴァントなのさ

 いや、あの人形野郎……ってかセイバー連れたあの人も半分セイバーみたいなもんなんで今回は8.5騎目かもしれんが、本来はそうなる』

 「つまり、ルーラーが居る場合だけ参加者が16人になるの?」

 『其処がルーラーって存在の面倒な所でなマスター

 ルーラーはマスターを持たない。聖杯戦争にも直接参加はしない……ってか、聖杯争奪には参加しねぇんだわ。参加者は14人のまま』

 「どういう……こと?」

 訳がわからない。相変わらず、聖杯戦争はよくわからない。助けてかーくん。頭がこんがらがってくるよ

 『ルーラーってのは聖杯に呼ばれ、聖杯戦争という枠組みを守る存在なんだわ。聖杯戦争って魔術儀式が根本から壊れるかもしれない場合に現れ、歪めてる原因をぶちのめして正しい聖杯戦争に戻す

 まっ多人数参加のゲームでいえば、ゲームを正しく進行する為に現れるゲームマスターのアバターみたいなもんだな』

 それならば、私にも解る気がする

 「ゲームマスターってことは……」

 『当然それに見合ったチート持ちだぜ。マスター、令呪は覚えてるな?』

 「私の手にもある、絶対命令権……だよね?」

 『そうそう。んで、基本的にルーラーってのは他の全サーヴァントに対しての令呪を2画持ってる』

 ……えっ?

 「ど、どういうことなの?」

 『つまりだマスター、あのルーラーってのは他のサーヴァントに対する命令権持ってやがるんだわ。当然、その気になれば「全サーヴァントに命ず、自害せよ」で対応が遅れた奴等全員消せたりもする。聖杯戦争を壊しかねないマスターを強制退場させるために、サーヴァントにマスター殺して自害せよを命じたルーラーってのも居るらしいしな』

 「それは……」

 確かにチートだ。アーチャーがルーラーだけは駄目だ、といったのも頷ける

 けれど、あの少女がそんなことをするとは、どうしても思えなかった

 『マスター。顔に出てるから言っておくけどな、あのルーラーは、覚悟を決めたならば止まらねぇタイプだぜ?』

 「……けど」

 『マスターも解ってるだろうけどよ、あれはニコラウス、アリウス派を拳で回心させ、無実の罪で処刑されかけた相手を拳で救いだしたってバケモンだ』

 アーチャーは、手にしていた本を振る。……備え付けの聖書だ

 『基本的には善人だし優しいだろうが、敵には容赦なんてねぇだろうな』

 そうなの、だろうか

 『まっ、そこらは直接会えば良いや』

 「会えるの?」

 『オレ等自体は敵対してる訳じゃないしな。教会へ行きゃ話は出来るだろ

 んじゃ、今日も行こうぜマスター。引きこもってても始まらねぇわ』

 アーチャーが聖書を置き、立ち上がる

 「うん、そうだね」

 私はそれを追うように、立ち上がった



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四日目断章 神巫の最期

「悪魔が!放せ!」

 俺……神巫戒人(かみなぎかいと)はそう罵る

 

 分からない。何もかも分からない。何だこれは、何なんだこれは!

 そう叫ぼうとも、何も帰っては来ない

 ジャラジャラと、手と壁を繋ぐ鎖を鳴らしても何も起きない。鎖を引きちぎれたりはしない

 

 10日前、俺は伊渡間という街の象徴、ヴァルトシュタインというドイツだか何処だかの家がかなり昔に買い上げたという森に来ていた。それは確かだ

 そうして、今俺は……何者かに捕らわれて、改造されている。まるで日曜朝のヒーロー物のような展開だ。これが物語ならば悪の組織に肉体を改造された俺は、されど正義の心までは改造では消せず逃亡、悪の組織へと挑む正義のヒーローになる所だ

 だが、現実は過酷。未だ俺の改造は成功しておらず、更には逃げ出せる感じも無い

 祖には我が正義ヴァルトシュタインだとか黒髪の悪魔が言っていた以上、俺はヴァルトシュタインに捕らわれたのだろうと、それは解るが逃げ出せない

 

 カツンカツンと階段を降りる音がする

 ああ、今日も少女がやって来る。ヒーロー物ならばきっと正義に(ほだ)されて俺を脱出させ、そして首領の策略により悲しみの中で対峙させられることになるだろうメイドの少女が

 

 『起きていますか?』

 やはり、俺を捕らえた地下室に入ってくるのは、食事を携えた銀髪の少女……フェイ。胸がちょっと足りないが、ヒロインしては申し分無い外見の少女。黒いリボンでポニーテールにした銀髪も、輝いて見える翠の瞳も、10代後半に差し掛かっただろうかというあどけなさもある顔立ちも、150無い気がする小ささも、スカートが長くない以外は古風にきっちりとしたメイド服も、まさに俺のストライク。あとはこれで胸がもっとあれば完璧。C位に見えるが、E欲しい。ロリな顔立ちで巨乳が最高。従兄の雄輝は紫乃ちゃんとイチャコラしていたが、あの子も胸が無いのだけが残念だった。いや、あの二人の中に入り込めないのは分かっていたし、寧ろ胸が無い分諦められて良かったと言えるかもしれない

 「そりゃ起きてるぜ。ヒーローは諦めないものさ」

 『そうですか。まあ、ワタシは助けませんが』

 言って、フェイは盆に盛られた食事を地下室の机に置き、食べやすいようにか鎖を片方だけ外す

 鍵を持っている。ますますヒロインっぽい

 『今日は特別にしてみました。最後ですからね』

 見ると、用意された食事は非常に豪華だ。高そうな一枚肉のステーキに、湯気の立つ琥珀色のスープ、焼きたてなのではないかというパン。更には……サラダやフルーツ

 一口。とても美味しい

 だが、夢中で食べるなか、ふと少女の一言が引っ掛かった

 「ん、最後?」

 

 『ああ……は、フェイ。彼は一体』

 気が付くと、少女以外に一人、更に何者かが現れていた

 ガタイの良い、騎士のような鎧を身に付けた金髪の男。悪の組織の幹部か何かだろう、うん

 『ユー……ライダーですか。10日前、あまりにも用意したホムンクルスが使えないからと、当主が手紙で騙して呼びつけた人間ですよ。貴方が戦った彼のように、サーヴァントを体内に召喚しやすい降霊魔術の一族だそうです』

 『成程。わざわざそれを選んだという事は』

 『ええ。神巫戒人、従弟だそうです』

 

 「待て!フェイちゃん、その男は何だ!そしてひょっとして、君は」

 『食べながら喋らないで下さい。行方不明の神巫雄輝を知らないか?という話ならば、知っています』

 「彼は」

 『ええ、貴方と同じくヴァルトシュタインに拐われて、同じく改造されて……死にましたよ、去年の12/26に』

 「けど」

 『……あの人形は、その残留思念か何か、か』

 俺の言葉を遮るように、男は呟いた

 「残留……思念って」

 それは、まるで……。一年前に行方不明になった従兄は、既に死んでいることを認めているような……

 「嘘だ!」

 『彼自身は、自分は消えてしまった彼の夢、というか悪夢みたいなものだ、と言っていましたね。まあ、魂が砕けた後に残った肉体を動かす人格……と思えば、その認識でも良いんでしょう』

 「だって、手紙には……」

 『愛しい人の為に、彼を取り戻したければヴァルトシュタインの森に来い。それが出来る奇跡が其処にある、と書いてあった……ですか?

 シュタール・ヴァルトシュタインの嘘ですよ、それは。人一人騙して正義が成せるならそれで良い人ですからね』

 「それは……」

 言葉が出ない。雄輝が居なくなって痛ましいほどに傷付いていた紫乃ちゃんが笑顔になれるならと、怪しい手紙に釣られたのは俺自身だ。魔術もある、俺は特別なヒーローだから罠でも切り抜けられる……と

 『そういえば、フェイ』

 男はフェイに訪ねる

 『あの人形、妙にアーチャーのマスターを気にかけていたが』

 

 『まあ、彼の元になったのは神巫雄輝(かみなぎかつき)、アーチャーのマスターである多守紫乃(たがみしの)の幼馴染で、拐われたその日に告白するつもりだった恋人未満(友達以上)らしいですからね。負い目とか引け目とか感じてるんでしょう』

 聞き捨てならない。雄輝が死んでいるというのもそうだが

 

 「まさか、紫乃ちゃんにまで……」

 『森に迷い混んだという事は、多分当主が呼んだのでしょう。何のためかは知りませんが』

 「……ふざけるな!」

 『まあ、彼女ならば、寧ろヴァルトシュタイン最大の敵に拾われて無事ですけどね』

 その言葉に、少し救われた

 紫乃ちゃんまでも俺や雄輝みたいにされていたら、若しくは殺されていたら……

 考えるだけでも恐ろしい。考えたくもない

 

 「本当に無事なんだな?」

 『ええ。それは嘘ではありませんとも。今更貴方に嘘を付いても仕方がありませんから』

 少女は、途中で放置された料理を見る

 『冷めない内に食べた方が良いですよ。当主は気が長い質ではないので』

 その言葉で思い出す

 ……最後、と言われていたことを

 

 「フェイちゃん。最後っていうのは」

 残された料理を食べながら問う

 味は美味しい。一度も食べたことも無い程に、家での飯とは格が違う。森を買うような家というのは伊達じゃないのだろう

 『言葉通りです。どうやら、あの当主は今までの挑戦がどう足掻いても不可能な無駄の極みだと気がついたそうで』

 だが、舌は美味しいと言っているのに、何を食べてもゴムか何かを噛んだような気がしていた

 「それが一体何だって言うんだ!」

 『ルーラーが既に居るならば、擬似的に召喚するなんて裏技、最初から使える訳無いんですよ。既に居るのに召喚しても来るわけがない。ザイフリート、S346……セイバーの疑似召喚は当時セイバーが居なかったからこそのもの

 ならば、全てのサーヴァントが揃った今、最早疑似召喚はどうしようもありません』

 『疑似召喚しないならば、わざわざ降霊魔術の血筋を用意しておく意味もない、か』

 ライダーと呼ばれた男がそう続けた

 「意味がないだと!?」

 恐ろしい。それは、俺に対する死刑宣告みたいな響きで……

 

 『なので、バーサーカーのアレにするらしいですよ?

 降霊魔術との相乗効果で、性能が上がれば万々歳といった所らしいですね』

 「どういう……」

 

 『食べ終わりましたか。見ていて心地の良いものではないので、片付けで下がれて良かったです』

 「答えてくれフェイちゃん!」

 『……何日か前、貴方が語っていた通りの事ですよ』

 僅かに迷うように、フェイは続ける

 『人間でなく、化け物になる』

 「なっ……」

 『さようなら。もう会うことはありませんね』

 食事の盆を持ち、少女は……

 「出してくれ!」

 少女は首を傾げる

 「鎖を解いて……」

 『無駄ですから、やりません』

 「行かしてくれ……生かしてくれ!」

 『すみません。ワタシには当主を止める事は出来ませんので』

 止まることなく、振り返ることなく、少女は部屋を出ていった

 

 ヒロインならば、きっとそう言って出ていってもきっと戻ってきてくれる。ライダーとかいうヒーローっぽい名前の癖に悪の幹部らしきものが居るから冷たい態度を取ってただけだ

 そう自分を奮い立たせるが、どうしても絶望は振り切れない

 

 入れ替わるように、少しして黒髪の悪魔が部屋に現れる

 シュタール・ヴァルトシュタイン。俺を拐ったという悪魔。悪の首魁

 「マザコンのユーウェイン、何故此処に居る」

 『……その名は止めろ

 言っただろう?バーサーカーと協力はしたくはないが、あの少女と同盟はする、というのが答えだと』

 「くれてやっても良いのだが」

 『流石に手に余る

 見学しても気分が良いものではあるまい。ではな』

 言って、ライダーという男の姿は……かき消える

 

 「バーサーカー」

 悪魔が呟く

 悪魔の背後に、2mを越えるかもしれない巨体が現れる

 

 怖い。怖い

 あまりにも纏うオーラが違いすぎる。その男は……王

 「ふざけるな、出せ、悪魔!」

 フェイは片手の鎖を解いたまま去っていった。片手は自由に動く

 野郎、近付いてきたら怪力の存在降霊して首を握り潰してやる!……と思うのは良いのだが、距離が遠い。見たこと無い王?にも、憎っくき悪魔にも鎖のせいで手が届かない

 

 『(わたし)に、こんな不味かろうものを献上するのか、シュタール』

 俺を一瞥し、男はそう吐き捨てる

 「バーサーカー。令呪をもって懇願した、その願いは今も生きている」

 僅かに、男が黙る

 

 ふと、気付く。片手の鎖が取れたことで、降霊魔術が使えるようになっている。鎖で繋がれていた時は使えなかったはずだ。だから降霊して握り潰してやるなんて思えなかった

 だが、使えるならば、怪力で鎖を引きちぎり、逃げることも可能だろう

 ああ、有り難うフェイちゃん。あんな事を言いつつ逃げられるようにしていたなんて、まさにヒロインに相応しい。俺に惚れてそうだし

 胸は無いけどそれは未来に期待して、手紙にあるように雄輝を連れ帰れば、紫乃ちゃんもまた笑顔になってくれるだろうか、雄輝を連れ帰るなんて偉業をやってのけた俺にちょっと靡くかもなんて思っていたけれど、それはまあ良い

 悪いな雄輝。お前が死んでるのは悲しいが、俺はここから逃げて幸せに……

 

 「降霊(アドベント)……始動(コネクション)!」

 発動

 降霊するのは怪力無双の魂。その力をもって鎖を引きちぎり……

 『触れる気も起きんわ、劣等種(ニンゲン)

 背に、何かが突き刺さった

 

 痛い……痛い痛い痛い!

 「ああぁああああ!!」

 何が……

 背を見ようとして気が付く。背中に……そして首筋に、赤い血色の何かが突き刺さっている

 首筋のは牙のよう、背のは杭のよう

 「あっ、ああああ!」

 痛い、熱い、痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!何かが、俺の中に入ってくる!

 「ひゅっ……やめっ……」

 俺が……俺の全てが、書き換えられていく

 やめろ、やめてくれ!それ以上しないでくれ

 無理だ……こんなの無理だ!正義の心までは消せない?無理だ無理だ耐えられない耐えられるわけがない

 死んでしまう。俺が消えていってしまう

 

 もう、体が動かない。声も出ない。考える心だけが……血を……血を!

 ああ、消えていく。神巫戒人が消えていく

 消さないで……助けて……誰か……食わせろ。血を!

 違う違う

 「死にた……く……ない」

 「正義の礎となるのだ。光栄に思って死んで行け。その体は正義のために、生きているよりも活躍するのだ。恐れることはない」

 ヒーロー……誰か……

 死にたくない、消えたくない。雄輝もこんな事を思って消えていったのだろうか。薄れる自我のなかで、そんなことを思う

 ふざけるな。何で俺が……

 怒りすら保てない

 

 生きた……、助け……死に……

 それが、神巫戒人の最期の祈り(おもい)だった



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四日目ー幼馴染の真実(多守紫乃視点)

『アーチャー、伝言』

 歩いていると、そんな声を掛けられた

 見ると、其処には……

 

 フードを被った、明らかに怪しい一人の少年……それとも少女?が立っていた

 『ようアサシン。何の用だ?マスター側から何か言われたか?』

 「あ、アサシン!?」

 アサシン……暗殺者の英霊。マスター側を殺しかねない危険な存在

 思わず身構え

 『ああ、気にすんなマスター。多分今は味方だ』

 アーチャーに頭をポンポンと軽く叩かれる。……子供みたいな扱い。少しだけ、むっとする

 「そうなの?」

 『いや、昨日マスター連れてくのもなって離れたろ?あの後戻ってみりゃあのセイバーのマスター護ってルーラーとぶつかってたのよこいつ』

 「それは……うん、確かに味方っぽい」

 けど、ということはもしかして

 「アーチャー。ひょっとしてあの彼、死んでなかったりするの?」

 『生きてるぜ、あの後またルーラーに襲われたなんてギャグは多分ねぇだろうし』

 「アーチャー……」

 『ん?』

 「きちんと言って?私、アーチャーがルーラーの恐ろしさばっかり話したから、あの二人死んじゃったんだって思ってたのに」

 むくれる私を前に、アーチャーは頬を掻く

 『悪りぃ、マスター。オレは普通に見てたからさ、あいつらが死んでないってのは前提で話してたわ

 んで、』

 と、アーチャーはアサシンへと向き直る

 『伝言ってのはアレか?お前のマスターからか?それともセイバー側か?』

 『「我」のマスターから。あちらは希望』

 『希望、ねぇ……』

 アーチャーは手を叩く。さぞ、面白いというように

 『随分と色々な子引っかけてるじゃねぇのあいつ。モテモテだねぇ』

 『……?』

 アサシンが首を傾げる。私にもよく分からない

 「アーチャー、モテモテって」

 『いや、あのセイバーだって、あいつの何かに惹かれたから召喚された訳だろ?あの森ならば、普通に考えりゃ円卓の騎士が来るだろうし、それを押し退けるなんてのは、強い縁がある』

 アーチャーは指を1本立てる

 『んで、あのルーラー。ちょっと見ただけだが、決して悪印象持ってるようにゃ見えない。寧ろ、甲斐甲斐しく朝御飯作ってた訳だろ?オレ達も食わせて貰ったが

 寧ろ好感持ってて、仕方なくやってる感じかねぇ。ルーラーってのも難儀なもんだ』

 アーチャーが二本目の指を立てる

 『んで、多分あいつが今まで生きてこれたって事はヴァルトシュタイン側にも味方居るわけだろ?そして希望とまで言い出すアサシン。これは理由よく分かんねぇけど』

 アーチャーが、片手の指を立てきる

 『んで、家のマスターと』

 「待ってアーチャー、私……」

 『ん?そうじゃねぇの?』

 「違うよ、私は……あんな怖い彼なんて」

 アーチャーが、少し驚いた顔をする

 直ぐに、ぽんと手を打った

 『ああ、成程。無意識だったのね、アレ。気付いたのかと思ったわ』

 「気付いた?無意識?しっかり話してアーチャー」

 訳が分からない。あのアーチャーはどうして、いきなり彼の肩を持ち始めたのだろう

 『ん、言って良いのかマスター?

 気付いてないなら、その方がマシかも知らねぇ、救いのない話だぜ?』

 救いのない話。嫌な予感がする

 けれど、でも。かーくんが居なくなって、あんな別れかたをして、そのままでは居たくなくて。かーくんは、私の為に、あんな酷いことを言ってでも私を遠ざけたのに。最後の言葉が「大嫌い!もう知らない!」だなんて嫌で

 だから、私は、もう逃げたくなくて

 「教えて、アーチャー」

 そう、言っていた

 

 『んじゃ、言うけどよ

 多分、あのセイバーのマスター、マスターの探してた想い人の成れの果てだぜ?』

 えっ?

 意識が、フリーズした

 成れの果て?

 かーくんは、あんな白髪してなくて、あんな人殺しのような、深淵のような紅い瞳なんてしてなくて、所々斑模様な濃さが様々の濃い肌なんてしてなくて、だからそんな事あり得なくてあり得ないあり得ないあり得ないあり得な……

 「いやぁぁぁぁぁぁっ!」

 けど、心の何処かで、それは正しいって、思っていた

 

 

 『ったく、落ち着けマスター!戻ってきな!』

 突然、誰かに抱き締められる。苦しい

 誰かの、声がする

 誰だったっけ。かーくんじゃ、なくて……

 『ったく!』

 口の中が苦い

 痛い痛い痛い、どうしてそんなこと

 『マスター!マスターはもうそんな弱くねぇだろ!』

 「……アー、チャー?」

 漸く、彼が誰だったのか認識した

 

 『ああ。マスターの忠実なお猿、アーチャー様だぜ』

 彼の右手が、何かを押し込むように、私の口に当てられている。口の中には、確かな苦み。これは……

 薬草か何か、だろうか。とりあえず、私の精神に効くものではあったのだろう

 ぽんぽんと、左手で頭を軽く叩かれる

 安心しろ、とでもいうかのように

 「御免、アーチャー」

 謝る。アーチャーは、しっかりと警告してくれていたのに。私は警告を無視して話を聞いて……そして、そのまま正気を喪いかけた

 『気にすんな。マスターがどれだけ、あの幼馴染が大切だったか分かっちゃいたってのに、普通に言ったオレも悪いわ』

 「本当なの?アーチャー?」

 その言葉そのものを口に出さずに聞く。言葉にしたくない。分かってはいても、私がそれを言ってしまう……認めてしまうなんて嫌だ

 『ああ、多分な。確認取った訳じゃねぇが』

 「どうして、そう思ったの?」

 言われてみれば、多分そうだと思える。けれども、私は……その結論を考えもしなかった

 だから、問う

 

 『何て言うかな、マスター。まずはだが、あいつは血で縛られてたとか言ってただろ?

 他にも血で縛られてた奴はあのアサシンモドキとか居るわけだが、それに比べて明らかにあいつだけ動きが遅かった

 更には、その縛りが無くなった後、つまり同盟を持ち掛けてきた時だが

 敵意が欠片も無かったんだわあれ。いっそ清々しい程に、危害を加える気が無え。逆に怪しまれても仕方ねぇってもんだ』

 「そう……なの?

 私で何かを釣り出すとか……」

 では、あの恐ろしさは何だったというのだろう

 『ああ。やってたぜ

 セイバーを潜ませるなんて、予防線張ってな

 本気でセイバーという切り札を隠す気ならば、セイバーをあそこに置いておく意味がねぇんだ。いざとなりゃ、令呪を躊躇うヤツでもなかろうし』

 「……うん。そうだね」

 彼が、本当にかーくんだとしたら……

 多分、追い込まれたら、きっと

 きっと、最善ではなくて苦しくて、それでも何とか解決してしまう方法で、事態を終わらせてくれる

 「だから、セイバーが居たのは……もしもライダーが誘い出されて襲ってきた際に、私を守れるように?」

 『だろうな。後は、同盟だって言ってるのに、とっとと情報を話した事。あれも本来可笑しいだろ?

 オレはこんな事知ってるぜ、とちらつかせた方が交渉としてはよっぽどマシってもんだ

 ってのに、わざわざとっととどちらも話すって事は、情報流すから死なないように警戒しろと暗に言ってるようなもんだろ?

 嘘かって疑ったが、ライダー見る限り嘘は混じってねぇしな』

 アーチャーが、震えの落ち着いた私の体を離す

 温もりが僅かに消え、思わず手を伸ばしかけるが、我慢する。そんなんでは、アーチャーに笑われてしまいそう

 『んで大体確信したのは、同盟の際だ』

 「何かあったっけ?」

 『なあマスター。マスター、一度もあいつに名乗ってないだろ?』

 ………………

 「そう、いえば」

 私は多守紫乃。それは私にとって当たり前の事で、だから何も引っ掛からなくて……

 けれども、他の人にとっても当たり前の事ではないのだ

 「あれ?でも……」

 私が伊渡間に来る原因となった手紙を思い返す

 

 匿名の手紙。確かそこにも、私の名前は……

 「無い。手紙にも、名前は無かった」

 『だろ?』

 アーチャーが、笑っていいのか、いけないのか、微妙な笑いを浮かべる

 

 『アサシン、これがオレの推理な訳だが……何か間違いあるか?』

 『半分だけ、正解』

 『半分……人体改造だ何だで性格変わったか何かかと思ったが、そうじゃねぇと?』

 『体は、確かにそう』

 「体は?どういうことなの?アサシン……ちゃん?」

 

 少しだけ、アサシンは悩む。表情とか良く読み取れないけれど、きっとそう

 『魂は……誰でもない』

 『……誰でもない、か』

 「一年の酷いことで、荒んでしまったかーくんじゃなくて?」

 どういう事なんだろうか

 『アーチャー。「ボク」からも』

 『いや、オレだけに頼むわ。マスターもう、一歩踏み出しちゃいるけどよ、流石に辛いものは辛いわ』

 アーチャーが屈む。50cm近くも差がある気がする二人なので、耳打ちにもそれなりの対応が必要らしい

 

 

 『成程ね。半分位正体言ってるようなもんだが、良かったのかよアサシン?』

 『「わたし」は構わない』

 二人の話は続く 

 ……かーくんについてでは無かったのだろうか。何でアサシンの話が出てくるのだろう

 

 しばらくして、アーチャーが立ち上がる

 『んじゃ、ある種のスペシャリストたるアサシン先生から授業された事言おうか』

 「お願い、アーチャー」

 『……先、生』

 アサシンが呟く。喜んでいる……のだろうか?本当に良く分からない

 『誰でもないってのは文字通り誰でもないって事だ。特定個人でも何でもない』

 「それはおかしいんじゃ?だって、彼はかーくんなんでしょ?」

 『魂って概念、知ってるだろ?』

 「知ってるけど……」

 『そのかーくんの魂は……改造の際に深い傷を負ったか何かでな、二度と目覚めるかも怪しい眠りについちまった

 けどよ、それだと困るものがあった訳だ』

 「改造した人達?」

 聞くだけで心が痛い。言葉を発する度に、気絶してしまいたくなる

 けど、聞かないといけない

 『いや?肉体だよ肉体。魂がなけりゃ肉体は滅ぶしかねぇだろ?魂が抜けると死体になるんだからよ』

 「……だから、別の魂を入れた?」

 『……いや、自然発生した。何でも無かったはずのナニカが、自我を持って魂の代わりを果たした

 それが、ザイフリート・ヴァルトシュタインって話らしいぜ?』

 「つまり?」

 『魂が消えてないとなると、起こせば戻って来れるんだろうな。魂の傷を癒すか、或いは物質化してしまって無理矢理治せる段階に持ってくか……

 その辺りで、何とか出来るんだろうよ』

 「アーチャー、ということは」

 『喜びな、マスター

 聖杯か魔法があれば、間違いなく、マスターはまたあの大切な幼馴染に会える。それは、このアーチャーが保証する』

 堂々と、真剣な顔でアーチャーは告げた

 

 それは、私にとって、福音とも言える言葉だった

 「本当なの?アーチャー?」

 『ああ、多分間違いねぇわ』

 「また、かーくんに……会えるの?謝れるの?」

 『ああ、会えるさ。ただ……』

 「ただ?」

 『謝るのは、向こうじゃねぇかな?』

 首を傾げる

 『いやだってよ、多分マスターを遠ざける為とはいえ、散々な事言ったんだろあの神巫雄輝っての』

 言われて、思い出す

 酷いこと言ってまで救おうとしてくれた。それが嬉しくて、けど悲しくて……

 そして、良く考えたら、かーくんと交わした言葉自体は、それはもう酷いものだった

 

 「ねぇ、アーチャー」

 そして、気付く

 「私、あの日の事、アーチャーに言ったっけ?」

 アーチャーは、少しだけ気まずいのか、頬を掻きながら答える

 『悪いなマスター。見た』

 「見た?」

 『サーヴァントとマスターにはやっぱり繋がりがあってな』

 「それは聞いたよ」

 『なんで、たまに夢として見るんだわ、相手の記憶。見ようと思えば、ほぼ確実にな

 しかも、大体思った事も分かる』

 「えっ?」

 それは、プライバシーとか色々と

 『何で、うら若い乙女の秘密を覗き見とか悪りぃなーとは思いつつも、色々と見た。当然ながら、マスターの言ってた去年の12/24もな』

 ………………

 

 「いやぁぁぁぁぁ!」

 『いや、悪かったってマスター』

 アーチャーは素直に謝ってくる

 『ってか大丈夫だマスター。流石に明日のデートと幼馴染の事を思って、寝間着のボタンを外した辺りから目を反らしたから』

 「へ、変態ぃぃぃぃぃ!」

 思わず、手が出る

 アーチャーはそれをかわすことなく、大人しく拳を受け入れた

 

 固い。寧ろ殴った私だけが痛いのではないか、そう思うほどに、アーチャーは動じない

 

 見られた……色々と見られた……

 もうやだ

 かーくんに対して思ってた事とか、前日結局あまり寝られず、ちょっと言いにくい事を……見てないと言っても、存在を知られただけでも恥ずかしい

 

 『……落ち着いたか、マスター?』

 暫くして、アーチャーが声をかけてくる

 「……変態」

 『悪かったって』

 「こうなったら……」

 アーチャーへの復讐を考える。私と同じく恥ずかしい……

 と、考え始めて、ふと思う。私も出来るのだろうかと

 「私もアーチャーの恥ずかしい記憶見てやる」

 『ん?良いぜ、恥ずかしい記憶とかねぇけどなオレ。マスターが見たいって言うなら、見ようとすれば良い』

 「ううー」

 『まあ、弓も壊れちまったし、そろそろ本気出すべきかなーとは思ってたんで、マスターがオレについて知るってのは良い事だ』

 「……真名?」

 『そうそう。あんさん辺りからは普通に名前で呼ばれてるからなーオレ。オレの記憶さえ見れれば、多分分かるぜ』

 「うん」

 頷いた所で

 『伝言、良い?』

 アサシンがそう言ってきたのだった

 

 『ああそうそう、伝言とか合ったんだったな』

 アーチャーが言う

 私も、すっかりと忘れていた

 『伝言。「ボク」はマスターの命で、正式に同盟を組む』

 『それだけか?昨日突然現れて、こういう人間を殺して持ってけと言い出した時には何事かと思ったってのによ』

 そう。アサシンは昨日の夜、ランサーを軽く追い払ったアーチャーの前に現れて、とある人を殺して、その死体をルーラーの所へ持っていけと言い出し、直ぐに消えたのだ

 

 何事かと思いつつも、殺しはしないけれどもと言われた人を探してみると、あの日教会で会ったホムンクルスと同じように、その人が襲ってきたのだ

 あれは一体なんだったのだろうか

 『あれは、不死者』

 『不死者……か。食屍鬼(グール)とは別物か?』

 『別物。食屍鬼(グール)は死徒の一種。不死者は、バーサーカーの眷族』

 『違いがわかんねぇんだが』

 「何か違うの?」

 『いえす。不死者は、「吸血鬼に噛まれたものは吸血鬼になる」という伝承、バーサーカーの宝具により産まれるもの

 生きていても、即座に眷族になる』

 『……即効性の問題か?』

 『もっと。バーサーカーの眷族は、バーサーカーに魂を食われたも同じ』

 アーチャーが、少しの間黙り混む

 『まさか……魂喰らいか』

 『そう。眷族として数を増やしつつ、自身を強化する

 何より危険なのが、バーサーカーに指定された条件を満たすまで、本人すらそれに気が付かないこと』

 「魂喰らい?凄く嫌な言葉だけど……」

 

 『マスター。最低最悪のサーヴァント強化方法だ。知らなくて良い』

 アーチャーに遮られた

 聞いてはみたけれど、私だって分からなくはない。それが、おぞましい事だけは

 

 『んで?それを狩って来いって話だったのはよく分かった

 何故オレにそれを頼んだ?同盟を組むなら答えて貰うぜ』

 『裁定者を解き放つ為』

 アサシンの言った言葉は、良く理解出来なかった



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四日目ー救世主とは

位置変更しました。変更前と内容に差はありません


『所で道具(マスター)、そもそも、貴方についてそこまで聞いてなかったわね』

 唐突に、セイバーがそんな事を言い出した

 

 時は昼過ぎ。俺達は、セイバーの望みに従って、それなりの店として、中華料理屋に入っていた

 パッと見たが、中々のお値段だ。まあ、良いとはいえ、毎回このランクの店だとフェイから貰った金は凄い勢いで減っていくだろう

 そもそも、一応Yシャツは買ってあったから良かったものの、あまり予備は無い。格式的にしっかりとした服を求められると辛い。そんな事を言えば、セイバーのワンピースもどうかと思うのだが、まあ、似合ってはいるし、そこまで問題にはならないだろうか

 『お料理、楽しみ』

 一度近くを離れ、何時しか戻ってきていたアサシンはというと……そもそも上手く認識出来ないが、とりあえず、しっかりとした服を着ている……ようには見える。というか、入れた以上気にしても仕方ない

 

 「俺について……か?」

 『ええ、そもそも、救世主を呼ぶ……だったかしら?ヴァルトシュタインの計画とやらに実感わかないのよ。襲ってきたから対応はした、私には目的があるから仕方なく協力もしてあげる。けれども、良く分からないものにずっと協力させられるのって不快なのよね。いい加減、サーヴァントへの誠意として、何故そこまで彼等を敵対視するのか、しっかり話して貰えないかしら』

 『そういえば、「我」も聞いてない』

 ため息を吐く

 「……話さなかったか?」

 『ヴァルトシュタインは正義だとは聞いたわね。それだけよ』

 ちらり、と周りを見回す。中華料理屋の個室、扉は閉められており、座ったばかりなので料理が来るまでに時間はあるだろう。静かな場所なので、話を聞こうと思えば聞こえるだろうが、まあ話すに悪い場所ではない

 

 「ヴァルトシュタインの目的、それは言った通り、救世主を呼ぶことだ」

 『救世主……ね。どうしてそんなものを呼ぶのかしら?』

 セイバーがきちんと話せとばかりに聞いてくる

 「何でも、かつてヴァルトシュタインという家系を立ち上げた初代、クライノート・ヴァルトシュタインが、かのキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの弟子だった頃の話だ。彼は、師の魔法……第二魔法の影響を受けて、遠い未来を見たという」

 『それで?』

 「その未来、人類は……異なる星から降臨した神によって滅ぼされたという」

 『だから、救世主を呼ぶ、と?』

 「ああ、彼等は……救世主、地球の守り神、そういったものを召喚し、未来に来るべき侵略者を撃退しようとしている」

 『そんな未来の事を考えるなんて、バカじゃないの?』

 セイバーがつまらなさそうに吐き捨てる

 それは確かだ。バカのやることだ。普通であれば

 「……そうでもない、らしいな」

 アサシンが首を傾げる

 「石の森、鋼の木、眠らぬ世界。あらゆる神秘の衰退。クライノートの見たという滅びの未来の世界は、そういうものだったという」

 『……立ち並ぶビル、無数の電柱、夜にも灯る明かり……』

 アサシンが、ぼんやりと呟く

 「そう。現代。20世紀以降の特徴だ

 急速に発展してゆく世界に、ヴァルトシュタインは焦りを覚えた。何時、先祖が残した記録にある滅びが来ても可笑しくはないと」

 『だから、そんなバカみたいな事を信じる、と?』

 「ああ、そうだ。バカみたいかもしれない。だが、それでも、彼等は世界を救おうとしている

 ORT……とある時代の当主が見つけ、帰らぬ人となって残した怪物の記録のような、滅びが目覚めるその前に」

 『そう』

 「だから、俺は悪だ。どんな犠牲を払ってでも、本気で未来を救おうとしている彼等を、自分のエゴで潰そうとしているのだから

 未来など知らない、滅びなど興味ない。ただ、仕方ない犠牲とされた者の無念を識っているから、そんな正義を認めない

 彼等は正義であるが、構わない」

 

 『一つ、聞きたいのだけれども』

 聞き終わり、セイバーは言った

 『それらは、本当に来るのかしら?』

 「来る」

 確信を持って、俺は返す

 何故確信しているのか、俺にも分からない。直感、啓示といったものとしか言いようがない。根拠なんてものはない。だが、それでも、『星は来る』と、俺の中の何かが……眠っている英霊が、そう告げている気がしてならない

 『信じられないわね』

 「信じてくれ、としか言いようがない」

 『それで、救世主様とやらは何なのよ。何を呼べば良いと思ってるのかしらね』

 「フェイと考えた事だが……」

 一瞬、言い淀む

 「恐らく、言葉のままだ」

 『どういう事かしら?』

 「救世主(メシア)。神の子」

 『……驚き』

 アサシンが固まる。セイバーも、言葉が出ないようだ

 それも当然。俺だって、その結論に達した時には何を考えているのかと思った

 だが、人類への愛を持ち、救世主足り得る存在と考えると、それが相応しい気もするのだ

 『この聖杯戦争は縁を持つ者を呼び寄せ、纏う……』

 呆然としながら、セイバーが呟く

 『主を、呼ぼうというの……彼等は……』



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四日目断章 騎士の迷い

「くくく、くはははははは!」

 混乱してゆく聖杯戦争の模様を、本人自身は表に出ること無く眺めながら、目の前の男……ドゥンケルは哄笑した

 「成る程、ああ成る程!何だこの喜劇は!下らないにも程がある!」

 赤い液体を飲み干し、ドゥンケルはグラスでワインサーバーを叩いた

 「ああ。それにしても、新鮮ながらも美酒とはいかんな」

 ……吐き気がする。マスターで無ければ、きっとこの場で斬り捨てていただろう。或いは……キャスターがこの場まで同行していれば、間違いなく天罰を振るったであろう

 だが、それは今は無い事だ

 

 彼の手にあるグラスは金属の混じった骨から出来たもの

 サーバーとは……頭と心臓を木に縫い止められた一体のホムンクルスと、両腕を縫い止められた一人の人間の事だ

 「ライダー、貴様も飲むか?」

 『血を啜る趣味は無い』

 そして、私を呼んだ彼の嗜好を理解する事も、理解する趣味も、また無い

 「くはははははは!生きるために、竜の血を啜り喉を潤したのだろう、獅子の騎士(シュヴァリエ・オ・リオン)?だというのに、血の美味を知る貴様は何故(なにゆえ)この甘美な果汁が分からんのだろうな、ああまったく貴様は」

 『生きるためならば、それこそ敵の肉を食らい、敵の血であれ啜ろう。騎士道等は生きていればこその言葉、強者の規範でしかない』

 一応繋がっている相手を、そうして見据える

 『裏を返せば、強者にこそ、その規範は重くのし掛かるものだ、契約者(ドゥンケル)

 「かはは!何が言いたいのだライダー!全くもって分からん!」

 ドゥンケルの手が閃く。既に助かるまい人間の少女の腕に傷が走り、血が下に持ってこられたグラスへと注がれる

 『魔術師にとって、只人は敵足り得るか?

 否や、だ。私達は、只人に対し……弱き者に対してこそ、敬意と騎士道を持って接するべきなのだ。野郎(マスター)のやっている事は、守るべき民を意味もなく虐げる、唾棄すべき愚行でしかない』

 あの時、不確定要素の存在から少女を見捨てる選択をした私自身が、王の元に駆け付けることすら無かった失格騎士である私が、言うことではないが

 

 「やはり、飲み比べてみて好く好く理解した。ああライダー!若き少女、無垢な乙女ほど、その生き血は蕩ける様に甘い!

 これぞ天上の飲物。神話のソーマすら、ここまで甘美な魅惑ではなかろうよ!」

 ホムンクルスの足の骨をくり抜き、細い金属の骨で足を付けた即席グラスから一口血を啜り、意に介せずと言った形でドゥンケルは嗤う

 『聞いているか?』

 「聞く価値も無い!

 ああライダー。すまなかった。何とも残念な事に、貴様とは主従関係であった!だというのに、褒美の一つもやらないというのは、機嫌を損ねるのも無理はあるまい

 天上の美酒、一口やろうではないか」

 骨のグラスが差し出される

 

 『下郎が』

 拒絶する前に、グラスは叩き落とされた

 

 獅子だ。誇りある獅子が、見かねたのかその頭でグラスを叩き落としていた

 赤が、大地に溢れる

 

 「ははっ!その下郎に、聖杯欲しさに応じた下郎が、良く吠えるものだ」

 『……そうだな』

 一閃

 

 振るった剣が、(あやま)たず少女の首をはねる

 同時、僅かに息のあったホムンクルスの命の灯火を、獅子の牙が刈り取った

 「ライダー……?貴様」

 ドゥンケルがその眉を潜める

 眉を潜めたいのは私の方だ。罪無き少女を、その血を飲みたいというだけで拐うなどという吸血鬼の様な行動は、やはり相容れない。この手に聖杯を手にする為、この身がサーヴァントでなければ斬り殺している

 『……悪いが、私にはこれしか出来ん。せめて、苦しまずに逝くと良い』

 

 「ああ。なんと勿体無い事か」

 『知らんな』

 そう切り捨てる

 「ああライダー。貴様はかの裁定者を見たのだろう?

 どう思った?」

 そうして、漸く物事は……野郎(マスター)からの呼び出しは主題に入る

 

 『やはり、あくまでもこの聖杯戦争の裁定者か。本来の裁定者では無いな、ある意味裁定者の介入を防ぐために早めに召喚されたものと見える』

 「ンン?」

 『野郎(マスター)。この聖杯戦争の目的は何だ?』

 「今更それを聞くかライダー!」

 ドゥンケルが、手を天に伸ばす

 その手の先に見えるのは月。夕暮れの空に既に登ったそれは、何時もより紅い

 『勝利を!ああ姫、姫、姫!

 聖杯をもって、膿を除く。それが愛の形!』

 『……違う』

 「何だと?何が言いたい」

 『この聖杯戦争の目的は……

 ()()()目的は、ヴァルトシュタインの勝利だ。7度の聖戦の勝利。それが第一次聖杯戦争で聖杯が示したという、救世の道筋

 ならば、ヴァルトシュタインの聖杯は、その勝利をこそ、正しい聖杯戦争とする』

 

 「はは、クハハ!

 つまりはライダー、貴様は……あのルーラーは、ヴァルトシュタインの為に動いていると?」

 『恐らくは無意識。サーヴァントとして、聖杯に召喚された際に植え付けられた、ヴァルトシュタインを正義とする意識が、あやつの行動を決めているのだろうよ』

 「は、はは、クハハ!

 ならばライダー。ルーラーには付け入る隙があるのだろう?

 捕らえよ。そしてその血を捧げよ

 

 ああ、楽しみだ、実に愉しみだ。無垢な少女であの悦楽。裁定者ともなれば、どのような味がするのだろうなぁ」



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四日目ー日暮の対話

『んで?昼間言ってたように、何か分かったのか?』

 夜に入ろうかという時間、ふらりと現れた男……アーチャーは、そう言った

 昼間、俺はアーチャー達とは会っていないはずだ

 ということは……恐らくはアサシン。姿が見えなかった際に接触した……という事だろうか

 

 「とりあえず、マスター側の痕跡までは消せ無いだろうと探してはみたが……」

 大人しく話す。アーチャーと敵対する気は更々無い。最期のあの時までは

 『それは、オレもやってるぜ。マスターは普通に見て回ってるだけだろうが』

 「見て回っているだけか」

 「そんなことしてたの、アーチャー?」

 当然の判断。多守紫乃という少女に、そんな警戒は似合わない

 何処かから神巫雄輝にたどり着いたのは……驚きの行動力ではあるが、更に全てを敵かと疑う……なんてのは厳しいだろう

 『役に立たないわね、貴方の』

 「セイバー、それ以上言うな」

 不機嫌そうなセイバーを止める

 昼間の中華で多少機嫌は直っただろうが、まだまだ信頼関係とは程遠いのだろう。まあ、俺を信頼するのは難しいだろうし、理解はできる。重要なのは、裏切らないこと。それだけだ。彼女とて、俺にジークフリートの代わりなど勤まらないと分かっているはずなのだから

 

 「それで、収穫は?」

 『先に話すのが筋じゃないか?』

 アーチャーに言われる。立場は向こうが上。当たり前の話

 「ライダーのマスターについては完全に不明。恐らくは森の中だ」

 『森の中は見てねぇのか?』

 「アレは魔窟だ。見るわけが無いだろう?

 正義の本拠地等、準備も無く入り込むものではない」

 『オレとしては、少なくとも地理知ってるお前が見てこいって話なんだがねぇ』

 「殺す気か」

 『そこまでかっての。お前でも勝てる魔獣モドキ程度じゃねぇかよ彼処に居るの』

 「恐ろしいのはそこじゃない

 ヴァルトシュタインの領域、彼処はブリテンであり、竜脈の集積点であり、正義の本拠地であるということ

 入れば、その時点で侵入がバレる。自身の城に入り込む悪を見落とす正義の味方が居るか?」

 『んで、ライダーが出てくると?』

 「騎士王のブリテンの地、という最大級の補正を受けた、な」

 『そんな所に行かせようというならば、付いてくるべきよね、アーチャー?』

 『成程ねぇ。そりゃ無理だわ

 で、アサシンなら行けるって線はねぇのかよ』

 アーチャーが問う。あくまでも付いてくるだけのアサシンを信じきる訳にもいかず、放置していた作戦だが……

 『無理。「俺達」の存在は、絶対にバーサーカーにバレる』

 アサシンは首を振った

 「アサシンちゃん。それはどうして?」

 『「余」とバーサーカー、……あんちのみー?』

 アサシンが首をかしげる

 ……自分でも言い切れないのだろうか

 「二律背反(アンチノミー)?」

 『そう。二律背反(にりつはいはん)

 アサシンはそう言った

 表情は……相変わらず読めない。ポーカーフェイスではない。単純に、見ているはずなのに、認識出来ない。明らかに嘘だと思える顔……いや、本当にそうだろうか?真剣な表情ではないか?と混乱してならない

 

 ただ、アサシンの言う事が本当ならば……。もしも、吸血鬼であるバーサーカーと対になるならば、アサシンの真名は……或いは

 エイブラハム・ヴァン・ヘルシング

 

 

 ……いや、無いな、と自分の考えを振り払う

 確かに彼であれば、ある種二律背反ではあるだろう。彼はドラキュラ伯爵を滅ぼす者であり、同時にドラキュラ伯爵の実在を証明する者であるのだから

 だが、このアサシンと、彼は重ならないだろう。そもそも、女なのか男なのか分からないレベルな訳がない

 というか、後世にサンタクロースの印象が強くなったろうミラ……ルーラーはまだ分かる気がするが、ヘルシング教授が女だったってどんな理屈だそれは、有り得ない

 

 「つまり、どれだけ隠れようがバーサーカーに見つかる、と?」

 だから、真名に関しては聞かず、話を続ける

 『そもそも、「ボク」に気配遮断、無い』

 「そうか、認識阻害

 其処に居ることだけは解る……か」

 考えてみればアサシンが居ることは、俺にも普通に分かる。分からないのは、それが何者か。その姿を見続けていない限り、それがアサシンだと上手く認識し続けられない

 それは確かに凶悪な効果ではある。視界から消えた瞬間に、其処に居るアサシンをアサシンとして警戒する心に隙が生じるのだから

 だが、言ってしまえば侵入者全てに対して仕掛ける気のヴァルトシュタイン相手ならば、その認識阻害は意味を為さない。突然現れた多守紫乃に対しても俺を差し向けた事からもそれは分かる

 そして……バーサーカーと対ならば何より、あっさりバレるのだろう。俺がセイバーの真名を最初から知っていたように……そしてセイバーが、見た瞬間にランサーの真名を看破出来たように

 

 『……で、オレはキャスターのマスター見てみた訳だが』

 アーチャーは話を続ける

 『全くもって手掛かりねぇわ。蒸発でもしてんのかって感じ』

 アーチャーは御手上げ、とばかりのジェスチャーをする

 「……ランサーのマスターであれば、当たりは付いた」

 だが、それでも良い。そこまで期待はしていない

 『ん?』

 そして、言うのは……とあるホテルで見かけた名前

 「ファッケル・ザントシュタイン。ヴァルトシュタインの……遠縁だったか」

 『魔術師か?』

 「自分が根源に到達する事しか考えていない、正義が解らぬ阿呆……、とヴァルトシュタインは思っていたはずだ」

 『……典型的なクズね』

 「セイバー、典型的な魔術師といってやれ」

 魔術師はほぼ総てクズだ、俺を含めて。というのは間違いではない

 ないのだが、一応魔術の素養はある紫乃も、俺の元になった神巫雄輝も、そしてヴァルトシュタインも、クズではない

 「魔術師全てが、クズな訳はない

 クズであるならば、ヴァルトシュタインは……世界を救おう等と思うわけがない」

 

 『けっ、オレは信じられねぇな』

 アーチャーが吐き捨てる

 「アーチャー!」

 『止めんなよマスター。ちょっと言わせろ』

 「……言いたい事があるなら」

 『なあお前、本当にあいつらを正義だって思ってんのか?』

 アーチャーの瞳が、俺を射抜く

 「ああ。彼らは正義だ」

 『分かるかよそんなもん

 ヴァルトシュタインは、マスターの大切なものを奪った!そうだろう、神巫雄輝!』

 それは

 俺にとって……

 「えっと、アー」

 紫乃が何かを言いかける

 だが、それより前に……

 「彼は死んだ!そうでなければ、どうしてこんな外道(おれ)が居る意味がある!」

 思わず、手が出ていた

 何も考えていない、反射的な右ストレート

 『道具(マスター)、みっともないわね』

 当然、アーチャーには軽く左手で手首を捕まれ、止められる

 「黙ってくれ、セイバー」

 不満を(こぼ)すセイバーを押し留める

 『何だってんだ?なぁ、セイバーのマスター?』

 

 「俺を神巫雄輝と呼ぶな

 そこまで、彼を愚弄するな」

 怒りを込めて、俺はそう言った

 『違うのかよ、神巫』

 「違うに決まっている。彼は、俺のような悪であるものか」

 「貴方は」

 おずおずと、紫乃が口を開く

 「……本当に、かーくんじゃ……ない、の?」

 それは……

 

 「……どうして分からない!俺が……俺なんかが彼であるものか!彼程に、価値(いみ)がある存在であるものか!

 なのに……だというのに!想いあっていた君すら、彼を分かってやらないのか!」

 

 『……道具(マスター)。これ以上みっともなく騒ぐならば、斬るわよ』

 セイバーに冷たく言われ、僅かに頭を冷やす

 ……確かに、言い過ぎた気がする

 幾ら、俺なんかと彼を同一視されたとしても、そこまで彼を侮辱されたとしても。多守紫乃だって、どうしても彼に会いたくて、こんな……本来最初からヴァルトシュタインが勝つに決まっている聖杯戦争にまで参加したのだ。希望に近いものが見えたならば、それにすがりたくなってしまっても仕方がない

 ……俺自身が、みっともなく様々なものにしがみついている弱さを持つのだから、紫乃がそうでも否定する権利はない

 

 「すまなかった」

 大人しく、頭を下げる

 『何か言いたいのかよ』

 『「ボク」が、大体の事は言った

 貴方は、誰でもないと』

 ……一瞬、考えを纏める

 「ああ、そうだな。アサシンの言う通りだ

 俺は何者でもない。神巫雄輝の魂に成り代わって、神巫雄輝の体を勝手に使っている、俺自身何なのか良く分かってない魂だとも

 だから俺は決めた。彼の為に、俺が奪ってしまった全ての為に、正義を滅ぼし聖杯を奪い悪を為す者、『ザイフリート・ヴァルトシュタイン』であろうと

 

 ……だから俺はザイフリート、ザイフリート・ヴァルトシュタインだ。それ以外の何でもない」

 「かーくんは……」

 「死んだ

 死んでいなければ、魂がバラバラになっていなければ、どうして俺なんかが、彼の体を奪える?」

 「……会え、ないの?」

 「彼の魂の欠片が、奇跡的に集まって復元されない限りな」

 「……そん、な」

 『だから、聖杯を目指すんだ、か?』

 「ああそうだ。目指す未来への道標を示すヴァルトシュタインの杯。それをもってすれば、彼へ全てを還す道は拓けるだろうよ」

 『難儀な奴だねぇ……』

 アーチャーが、腕を離して言う

 「難儀だろうが関係ない。それが、それだけが、俺が彼に何かを還してやれるたった一つの道だから」

 『例え、ルーラーを初めとした全てが立ちはだかっても、か?』

 「世界の全てがそれを許さなくても

 許す許さないを決めるのは、他人じゃ無いんだよ」

 静かに、そう俺は呟いた

 

 『んで、ルーラーはそれを止めに来てる、と』

 『そうね。それで道具(マスター)、対策はあるのかしら?まさか何もないなんて、情けない事は言わないわよね?』

 「そのまさかだ。何もない」

 『呆れた。聖杯戦争、勝つ気あるのかしら?』

 「それでも、どうにかして勝つしかない」

 『説得は?嫌われちゃ居ないだろ?』

 アーチャーが、そんな事を言う

 

 「馬鹿を言うなアーチャー。裁定者は正義だ

 悪とはまず相容れない」

 『ダメだこりゃ』

 アーチャーが首を竦める

 

 『……「わたし」は、そう思わない』

 「どうしてだ、アサシン?ルーラーが正義であるならば、ルーラーの役目はヴァルトシュタインを勝たせることだ。正義の産み出した聖杯は、それをこそ正しい有り様としているのだから」

 『ああー、忘れてたわ。そんなくそったれな仕様。最初っから特定勢力を勝たせるための聖杯戦争って何だそりゃ、ふざけてやがるっての』

 『ルーラー本来の役目はそう。聖杯は、そうであるべく呼ぶ

 けれど、「ボク」は信じる』

 『何を?』

 アサシンが此方を見据えた……気がした

 『ルーラーは、ミラのニコラウスは、きっと彼等を許しきれない、と』

 「許し……きれない?」

 そんな事が、あのヴァルトシュタインにあっただろうか

 彼等は正義。多くの為に少数を犠牲にする事は厭わないだろうが、それは正しい

 数千の犠牲を恐れ、数億の死者を出すくらいならば、数千を殺してでも全てを救う。全くもって正しい事だ

 俺は……その数千に彼が含まれた事がそれが許せないが、そんなものは自分可愛さからの勝手な悪の理屈でしかない

 「そんなバカな話は無いだろう」

 『無辜の人を、吸血鬼に変えても?』

 「それで世界を救うならば、それは正義だ。許す許さないの問題じゃない」

 『そこまで、ルーラーは割りきれない』

 『割り切るならば、そもそもこんな危険物(マスター)を生かしたりしない、か』

 俺を見て、アーチャーが手を叩く

 『成程ねぇ

 ある程度は、聖杯がこのバカみたいな認識させてたりするのかねぇ。聖杯が呼ぶんだしな』

 そういって、アーチャーは肩を叩く

 『まっ、頑張れや』

 

 『んで、そっちは今日はどうするんだ?恐らくってのが分かって、ランサーの寝床でも襲撃すんのか?』

 一息ついて、アーチャーが問うてくる

 「今日は休みだ」

 『休み、ねぇ』

 「流石に、休息無しでこれ以上は持たない」

 俺の体は、無理矢理サーヴァントレベルの力を引き出す為にほぼ常に血管や神経に魔力を流している。それは良いのだが、それで傷付く分を何とかするために常に修復の魔術も発動している為、燃費は悪い

 そして、連続した戦闘や魔力枯渇の結果、現状修復がそもそも追い付いていないという体たらくである

 ならば、休まなければ半年という改造されたこの体の寿命の前に、限界が来る

 『「ボク」に文句はない』

 『道具(マスター)。しっかりした所じゃないと許さないから』

 サーヴァント達からも異論は無い

 特に、セイバーには無理をさせてきた。当然の判断ではあろう

 『成程、じゃ、マスターは?』

 「……なら、私もゆっくり寝るよ」

 『つーことらしいね。んじゃ、またな』

 そう言って、アーチャー達は去っていった



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五日目ー均衡崩壊

 『おはよう、「ボク」の希望』

 そんな、アサシンの声で覚醒する

 

 時計を見る。午前6時半、少し寝すぎただろうか。何という幸福か。例え休息しなければならないほどに傷付いていたとしても、怠惰で居るわけにはいかない

 軽く、体を起こす。相も変わらず、神経系に魔力を流して保っている体は痛むがそんな何時もの事は気にならない。いや、寧ろ、そんな何時もの事が気になる

 つまり、特別な痛みや軋みなどは取れたということになる

 「アサシン……。部屋は別じゃなかったか……?」

 

 一応、最低限品格のある場所……つまり、何とかその日に行って部屋が取れる……微妙なランクのホテルとはいえ、昨日と違いしっかりとした個室を取っておいた。つまり、この部屋は俺一人が使っているはずなのだ。アサシンの部屋は隣。ダブルに放り込むのもセイバーが不満だろうし、わざわざダブルありで男女別(恐らく、一応、アサシンは少女側に入れるべきだろう)ではなく3つ取った

 『見てた方が、面白い』

 「……人の顔見て何が楽しいんだ」

 少し反省する。アサシンが居ることに気が付かなかった自分の不甲斐なさを

 ヴァルトシュタインに居る間、睡眠中をホムンクルスに襲われた事は10度ではきかない程ある。毎日でないのは、それでは常に警戒すれば良く性能試験にならないが故の駆け引き

 なので、殺意があれば気が付いたと思うのだが……。その上で、アサシンの存在を関知出来なかった。対策を何も考えなければ、同盟の役目が果たされた後、俺はアサシンに首を取られても仕方がない

 

 『興味深い。表情に映る、夢の相』

 「部屋使わないなら金返してくれと言いたくなるな……

 まあ、良いが」

 アサシンに言っても仕方がない。彼、或いは彼女はそういう存在だと割り切るしかない

 「セイバーにも言うが、最低限のホテルだから朝は付いていない

 近くにあるコンビニで何か買え」

 『ぐっど』

 「何でも良いのかひょっとして……」

 『?』

 アサシンが首を傾げる。フードが揺れる

 「いや、ジャンクフードでも、中華でも、セイバーが煩いから連れていった晩の肉屋でもその反応だろ?」

 『……「オレ」、色々と楽しみ』

 「何でも良くはないけれど、やりたいことと全部被ってるって話か」

 『いぐざくとりぃ』

 こくこくと、アサシンは頷く

 「っても、ここまで広いと何でも良いに近くないか?」

 最低限、羽織るべきものを羽織る。流石にセイバー程でないもののアサシンの前で着替えというのも少し気が引けるが、眠る前から万が一の襲撃の際に何とかなるように替えの服であったからか、肌を晒すことは無い

 『現代、宝の山』

 「……そんなもんか」

 サーヴァント。大半が過去に生きた英雄である彼等にとっては、何百年と受け継がれた伝統的なもの、で無い全てが楽しいのかもしれない。そんな事を思う

 

 荷物は少ないため、すぐに纏めて部屋を出る

 アサシンはそれに合わせ、後ろを付いてきた

 ……何だろうか。俺のサーヴァント、セイバーでなくアサシン感が少しある

 そんな事を一瞬考え……振り払う。それは危険な思考だ。マスターの存在を無視してアサシンを盲信する事であり、セイバーへの裏切りでもある

 

 「……セイバー、起きてるか?」

 隣をノックし、そう扉越しに問う

 暫くして、セイバーが部屋から出てきた

 ……割とリラックスした格好だ。胸元が見える

 『全く、何なのよ道具(マスター)

 「何だって……朝だ」

 『6時半、だったかしら?それは朝とは言わないわよ。まだ寝かせなさい』

 「何時まで寝る気だ?」

 『はぁ。そんな事聞くわけ?デリカシーとか足りないわね。あの人本体の爪煎じて飲ませたいわ』

 呆れたように、眠そうなセイバーはそう返し

 『8時には起きるわよ』

 ぴしゃりと扉を閉めた

 

 「……何か買っておくか……」

 『ぐっど』

 アサシンを連れ、一階まで降りる

 ホテルからコンビニまでは約1分。正にすぐだ

 

 「ん、アサシン?」

 扉を開け、ホテルから出かけて気が付く

 アサシンが、フロント近くで止まって何かを見ていた

 『……予想外』

 「どうかしたのか?」

 見に行く

 そこにあるのは、安宿にしては珍しい、というかホテル全体で見ても珍しい、フロントでの受付待ち時間に見れるTV

 今も点いており、何かのニュースを……

 

 「バカな……」

 思わず、声が漏れる

 映っていたのは、一つの緊急報道。この伊渡間で昨晩起こったという惨殺のニュース

 テロップに出された、全身の血を抜ききられていたという被害者の名は

 

 ファッケル・ザントシュタイン(推定ランサーのマスター)といった

 

 「……バカな……」

 暫く、思考が固まる

 ファッケル・ザントシュタイン。ランサーのマスターであろう、と思われる魔術師。それが……

 有り得ない。奴は魔術師だ。多守紫乃に同盟を持ち掛けた際に確認した、偽装された魔力と同質のものが、彼が泊まっているというホテルに張り巡らされていた。恐らく、かつてかのロード・エルメロイがやったというように、ホテル自体を魔術工房のように変えていたのだろう

 規格外の化け物……例えばアーチャーや、或いはホテル毎爆破するような存在が相手なのでもなければ、十分な効果を挙げるだろう戦略

 中々にしぶとくなりそうな……攻めにくい条件であったはずなのだ

 

 それが……落ちた

 

 「起きろ、セイバー」

 狭い階段を登り、セイバーの部屋の前に立つ

 『唯一の至福を邪魔しないでくれるかしら。夢でしか、彼に会えないのに』

 暫くして返ってくるのは少し寝惚けた、不満そうな声

 「……ランサーが落ちた」

 『……は?』

 空気が固まった

 『ねえ道具(マスター)。寝惚けているのかしら』

 「寝ぼけているのはそちらだ、セイバー

 ランサーが落ちた。正確には、マスターであろう彼が惨殺されているのが確認された」

 『どういうことよ!』

 「俺も知らん。だから呼びに来た

 事態が変わった以上、のんびりと寝てもられない」

 

 『……最っ低の寝覚めよ』

 5分もたたず、セイバーは部屋から出てきた

 セイバーが俺に召喚されたのは、ランサーの召喚を知ったから。ランサーへの復讐を完遂する為に、彼女は俺なんかに力を貸してくれている

 そのクリームヒルト(セイバー)にとって、ブリュンヒルト(ランサー)の退場は、決して看過できるような事ではない。召喚された意義そのものが、無くなったかもしれないと言っても過言ではない

 「諦めろ、セイバー。聖杯戦争だ、全てのサーヴァントが自分と戦わねばならない訳でもない」

 『だからと言って……』

 セイバーが、俺を見る。その瞳に浮かぶ思いは、汲み取りきれない

 『はぁ。こんなことならば、昨日引き摺ってでもランサーを殺しに行くべきだったわね』

 「そうして、返り討ちにあうのか?」

 『道具(マスター)を盾にすれば、殺す隙くらい出来るでしょう?』

 「酷い話だな」

 階段を降りる

 『本気よ、道具(マスター)。中途半端で、あの人じゃなくて、イライラするのよ

 せめて、役にはたって貰いたかったわね』

 

 「ということだ」

 階下のTVでは、今も惨殺事件についての報道が続けられていた

 現状は、コメンテーターらしき人物が、犯人及びその動機について各々の意見を合わせている段階らしい

 

 ……どれもこれも、魔術を知らない為仕方はないが的外れだ

 猟奇的殺人?否や、あれは意味があっての事だ

 外国人を狙った金目当ての反抗?そんな訳はない、彼等は金に困ってなどいない

 腕が切り落とされているのは腕に関する何かコンプレックス?違う、令呪を封じる為だろう

 犯人は忍び込めたホテルの従業員かもしれない?馬鹿か、人間にそんなことが出来るか

 

 『…………う、そ

 嘘よ』

 画面を見て、呆然とセイバーが呟く

 その体から力が抜け、セイバーは膝から崩れ落ちた

 『嘘じゃない』

 『……そんな……嘘よ……どうして……』

 「セイバー」

 『……どうして、また勝ち逃げするのよ!』

 「セイバー!」

 『ふざけないでよ!どうして、どうしてなのよ!

 あの人を奪っておいて、それからも、何年も幸福を享受しておいて!また、嘲笑って去っていくの!』

 セイバーが拳を握り締める。強く……強く

 当たり前だ。セイバーの記憶を夢に見た以上、どうしても理解出来てしまう

 最も大切なものを奪われた、その嘆きは……俺にも近く、そして俺よりも悲痛なものだったから

 「立て、セイバー。まだ、ランサーが死んだとは限らない」

 『……ふざけた弁明は要らないわ』

 『違う。マスターを喪った、野良サーヴァント化している、かも』

 『ええそうね

 それで?そんな微かな希望にすがれと、そんなふざけたことを言うのかしら、道具(マスター)?』

 セイバーが、項垂れたまま言う

 「ああそうだ。未だ可能性があるのに諦めるな

 可能性を否定した瞬間に、人は死ぬ」

 

 項垂れたセイバーに、手を差し伸べる

 それを払いのけ、それでもセイバーは立ち上がった



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五日目ー軋む、契約

『いよう、来ると思ったぜ』

 とりあえず、教会に向かうと、やはりというか、扉の前でアーチャーが待っていた

 

 「流石にな。紫乃……そっちのマスターは?」

 立っているのは、アーチャー一人。何時も護っているマスターは、其処には居ない

 『まだ夢の中さ。何て言うか、衝撃的案件だろ、あれ?』

 「それもそうだな、あまり、見せたくない、か?」

 『そういうこった。マスター殺しも有り得るって話はそりゃしたから知ってるだろうけどよ

 

 知ってると納得できるは別モンだわ』

 「……流石に、俺としても予想外の展開だな」

 『そうなのか?』

 「バーサーカー、ヴァルトシュタイン。まさか、動いてくるとはな、といった話だ」

 『どういうこった』

 「ヴァルトシュタインの森は彼等の領域。竜脈の集合点だ

 わざわざ外に出ずとも、彼等が聖杯の器を手にしており、聖杯戦争に参加する限りにおいて、どうあがこうが、最後はヴァルトシュタインとの決戦をせざるを得ない

 故に、彼等は竜脈から魔力を引き出せ、魔力切れを考える必要が無いあの地で、決戦まで出てこないもの、と思っていた。何らかの利害の一致、救世主降臨に理解を示したのだろうライダーを従えて、な」

 『んで、出てこないだろうとタカをくくっていたら、唐突にランサーを奪われたと』

 「言われると悔しいが、その通りだ。だが」

 『だが、何だ?』

 アーチャーが笑う

 「あのランサーが、大人しく死ぬか?と思うのだ

 俺を、ジークフリートを、そしてクリームヒルトを殺さぬ限り、死ぬようなタマでは無い気がしてな」

 『案外あっさり死ぬものよ、人間なんて、ね』

 セイバーが、沈んだ声音で呟く

 『……ずっと一緒だって……言ったじゃない……』

 その口から、ぽろりと泣き言が零れる

 一滴の涙が、セイバーの頬から、力なく握り締められた拳へと落ちる

 

 「『そこで消えるのも仕方ない。それでしか、争いは終わらないのだから

 望まれたから、望んだから、そこで死のう。争いを、終えるために』」

 『何よ、急に……』

 「さあな。頭に浮かんだ事を、ただ口にしただけだ」

 自分でも、良く分からない。恐らくは、俺の中でずっと眠っている、ジークフリートだろう英霊の、その意思

 いや、本当にそうだろうか。これは、死ぬべき時に消え去るべきという、俺の思考を口にしただけなのではないか?分からない。判断が付かない

 ただ

 「終われるものか、そう思っていたならば、どうにかしてマスター無しで生き残るかもしれないだろう?」

 『いや、無理なんじゃね?』

 「諦めなければ、可能性はあるとは思うがな」

 俺でさえ諦めない事は出来るし、多くの奇跡的な事があったとはいえ、そうして此処まで生き抜いてきたのだ。あそこまでの想いを持つランサーならば……

 

 「……何をしている、少年少女」

 突如として、扉が開いた

 立っているのは、ミラ……ではない。アルベール神父だ

 流石に朝とはいえ日中。此処で殺しには来ない気がするが、それでも、どんな顔して会えば良いのか分からないので、助かった

 「聖杯戦争に関して」

 『ランサーの動向を、生死を教えなさい』

 「やはりか」

 『それ以外に、聞くことなんてあるかしら?』

 「いや、その通りだセイバーよ」

 ポケットから、神父は一つの駒を取り出す

 見たことがある。それぞれのサーヴァントの召喚、未召喚を表すというもの

 だが、その駒は、槍先、そして頭の辺りが、砕けて無くなっていた

 「夜中に、こうしてピースは砕けた」

 『まどろっこしいわね』

 『つまり、召喚されたランサーが消えたから砕けたって、言いたいわけか?その割りにゃ砕けかた微妙だけどな』

 「マスターの死により、一部だけ砕けた線は?」

 だが、神父は首を振る

 「これは、あくまでもサーヴァントに関して示すもの。マスターがどうなろうとも、影響は無い」

 『つまり、これはランサーが傷付いたという事かしら?』

 「……それならば、何度も傷付いたろう君の駒はひび割れてなければ可笑しくないかね、セイバー?」

 『……そう。本当に、彼女は死んだのね』

 「この駒は、そう告げている」

 『そう』

 セイバーが一人、踵を返す

 「セイバー?」

 『……ならば、もう良いわ。ザイフリートの言う、不確かな希望なんて、そんなもの信じた私が馬鹿だったわ』

 セイバーは止まらない、ただ、去っていく

 「どうしたんだセイバー」

 『……どうしたもこうしたも無いわ

 ……もう、私が望んだ未来は無いもの。此処で降りるわ

 

 ……勝手に野垂れ死になさい、道具(マスター)

 吐き捨て、セイバーは一人、教会を立ち去ろうとする

 

 「待てよ、セイバー」

 『待たないわよ。さようなら』

 セイバーは止まらない

 「……聖杯は」

 一瞬、セイバーが止まる

 『……貴方が、それを言うのかしら?

 自分に聞いてみなさい。聖杯が取れるなんて、本当に信じているのかを』

 迷う必要はない。答えは一つだ

 「取れる取れないじゃない。聖杯を手にするしかない

 それだけだ」

 『なら、言わせて貰うわザイフリート

 貴方には無理よ。聖杯なんて取れるわけがない』

 「だから」

 『だから、此処で降りるのよ。ええ、聖杯。素晴らしいわね

 それで?あの人ならば兎も角、貴方には聖杯は手に出来ない。そんなものに付き合って無駄死にするくらいならば、貴方がルーラーなりバーサーカーなりに不様に殺されて、マスターを失った私が消えるまで、ずっとあの人を夢に見ていた方が、何十倍も有意義よ』

 「セイバー……」

 確かに、それはそうだろう。俺は弱い。そんなことは当たり前だ

 この身は魔力を全身の血管系、神経系に流すことで人間を越えた性能を発揮する……とはいえ、その程度

 電柱くらいならば力任せに光の剣で叩き斬れるだろう。100mを5秒で走破?助走を付けて速度を出してから計測で良いならば恐らく出来る。時速60kmで走ってくる車を受け止め投げ飛ばす?相手が軽車ならば、出来るかもしれない

 だが、それがどうした。そんなこと、それこそキャスターにだって軽く出来るだろう。その程度でサーヴァントに勝てる等と思い上がるな。そんな程度、ただ、サーヴァントと最低限戦闘にはなる、その前提条件でしかない。人間がサーヴァントに勝てるわけがない。それは当たり前の事。構えも、振りも、ド素人そのもののセイバーだろうと、恐らく同じく身体能力は低いだろうキャスターであろうとも、サーヴァントであるという素の性能だけで俺を圧倒するのだから

 ならばものを言うのは技量と切り札。その二点では、やはり俺はサーヴァントには遠く及ばない

 

 ……だからこそ、セイバーという俺よりも強い存在との共闘という点に、勝機を見出したのだが、セイバーはそうではなかったらしい

 理解は可能だ。ジークフリートと比べればあまりにも弱く、自分から見ても尚弱い相手と共闘した所で、何が変わるのだと思われても仕方はない。俺の実力不足だ

 だと、しても

 

 「セイバー、ならば」

 諦めるわけには、いかないのだ

 諦めることは簡単だ。どんな微かな可能性でも信じることを止め、そんなの無理だ、と言って止まれば良い。アーチャー、バーサーカー、ルーラー、ここまで自身とセイバーよりも明らかに強い相手が居るのだから、勝ち目は無いと納得はすぐに出来るはずだ。というか、俺だってそんなことは理解している

 だが、そんな救済、()に許される道理はない。ならば、叫び続けろ。まだだ、と。どんな形であれ、未来を見出だせ、と

 そんな誰にでも出来る事程度すら出来なければ、何のために俺は彼を死なせて此処に居る

 

 『……もう、うんざりなのよ』

 だが、セイバーはやはりというかなんというか、聞く耳を持たない。完全に諦めている

 俺のせい……ではあろう。無駄な期待を持たせた上での真実は、より重くのし掛かったに違いない。俺ですら出来たのだから奮起して欲しいが、無理強いは出来ない。それでもと奮起するほどの価値を見出させる事が出来なかった、それでもマスターの為に戦おうと思わせられなかった、俺の至らなさの結果だ

 

 「……令呪をもって命ずるとしても、か?」

 手を上げ、令呪を見せつけながら問う

 交渉方法は、脅迫。意味はあまり無いかもしれないが、情に訴えるよりはまだマシな手だ

 『無駄な事を

 貴方が言ったんじゃない。「これより先、全ての令呪による命を破却せよ」。貴方の言葉に従わなければならない理由なんて、もう私には無いわ』

 やはり、覚えていたようだ。そう、もはや一画残ったこの令呪には、サーヴァントとの契約の証としての意味しかない。それこそ、とっとと座に帰るためにセイバーが俺を殺しに来ても止める力は無い

 「お前の力が」

 『私には、貴方なんて要らない。見ていてイライラする半端なあの人の紛い物なんて』

 「ならば、俺は……」

 『そこのアサシンとでも宜しくやって、力及ばず死ねば良いじゃない

 もう、二度と逢うことなんてないでしょうけど、改めて

 

 さようなら、ザイフリート』

 言うや否や、セイバーの姿はかき消えた



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五日目ー誰でもない、誰か

「……アサシン、お前は離れていかないのか?」

 セイバーとの決裂から、約3時間後。俺はそんな事を、今も付いてきているアサシンに問いかけた

 

 アサシンは、首を傾げる

 「いや」

 『「ボク」から、離れる理由がない』

 「理由がない?」

 俺一人……という点を考えれば、見限ると言うのは一つの手だ

 実際、セイバーはそうしたのだし

 『「わたちたち」にとって、貴方は希望だから』

 「俺、何かしたか?」

 『何も』

 「だよ、な」

 それはその通り。俺はアサシンに対して、何もしていない。そのはずだ

 ならば、そんな俺に対して、こうまで従う理由など何処にもないはず

 『……違った』

 少しだけ申し訳なさそうに、アサシンはそう訂正する

 「違うのか」

 『……いえす、さー』

 「俺はサー、なんて立派な存在じゃない

 それで、何かやったことがあるのか?」

 少ない記憶を紐解いても、アサシン……あるいは、アサシンらしき存在に対して、俺は何もしていない

 有り得るとすれば、神巫雄輝が何かをしてあげたという線。だが、それもまた、アサシンが一年以上前から現界していたという異例でもなければ有り得ないだろう

 『やってくれた』

 「……それは、未来に、か?」

 だとすれば、考えられるのは……

 聞いたことがある。とある聖杯戦争……冬木、と呼ばれる地での五度目のそれにおいて、未来に英霊となる存在が呼ばれた……と。かの地で呼ばれたのは、未来に英雄となった、セイバーのマスターであった、と

 そうであるならば、『神巫雄輝にかつて救われた、あるいは神巫雄輝がこれより先の未来で救った誰か』がこのアサシンの真名であるならば……何かをした、というのも間違いではないのだろう

 『違う。「我」に、未来は殆ど無い。別の事

 マスターの事、背負ってくれた』

 「……は?」

 ……何を、言っている?それは……

 「記憶に無いな」

 『とうぜん。意識もしてなかったはず』

 ……分からない。その言葉の意味が

 『それでも、同じだと……一人の個だと、認めてくれていた

 それで、十分』

 「待てよ」

 言われて思い浮かぶのは、一つの仮説

 だが、それは……

 「アサシン……。お前のマスターは、お前を呼んだ誰かは、俺が斬った、殺した、全てを奪った……あの、ホムンクルス達の中に居たのか……?」

 アサシンのマスターは既に死んでいる、という事を示す。有り得ない

 

 困ったように、アサシンは微笑(わら)う。言いにくい……ように

 『違う。彼は、「I」が殺した』

 「殺した?」

 『彼が、願った。「終わらせてくれ」と』

 ……バーサーカーの血に飲み込まれ、吸血鬼となりかけ……人としての死を望んだ……という感じなのだろうか

 「なら」

 『でも、貴方は背負ってくれた

 ……誰でもない、ホムンクルス達を』

 「背負ってなどいない。俺は……俺のエゴの為に……背負った気になって酔っていただけだ!彼等を殺した罪を!」

 手を、握り締める。強く、ただ強く

 『だから』

 アサシンの小さな手が、その手を包み込む

 ……それは何処か冷たくて、ひどく、暖かかった

 『そんな、誰でもない彼等を、誰かって』

 「そんな事、当たり前だろう」

 俺だって同じだ。彼等との差があるとすれば、ザイフリート・ヴァルトシュタイン(おれ)は俺にならなければならない事情があった、ただそれだけ

 自我を保たなければ、神巫雄輝が、消えるべきでない、幸せを奪われるべきでない、そんな罪の無い誰かが消えてしまうから。俺と彼等を分けたのは、俺にはそこまでする価値がないと諦める事が許されていなかった、それだけの事

 『のっと、あたりまえ』

 アサシンの手が、俺の手の甲を撫でる

 『彼等を、誰かだと思ってくれたのは、貴方だけ』

 「違う!違う……背負ってなんか……いない……

 墓だって作ってない、そもそも、彼等の名前、いや、番号だって……俺は覚えていないんだ

 俺に……何かを背負えるはずが無い……」

 彼等を殺した罪だって、背負った気になっていただけだ。背負っていたなど、現実から目を背けていた俺の弱さが産み出した幻想だ。そんな事、昨日思い知ったというのに

 『背負わなくて、いい』

 アサシンの手が、頬に触れる

 『背負うものだって、思ってくれた

 それで……じゅうぶん』

 「……十分な訳が、あるか……

 俺は……」

 『人は、彼等をそもそも、個人として見ないから』

 それは、そうかもしれない。セイバーは昨日、ホムンクルス達を斬り捨てる事に対して何ら感傷を抱いていなかった

 とはいえ、セイバーにとっては彼等は敵。俺と違い、彼等を殺すのは普通の事でしかないだろうから

 

 『それに、貴方が、貴方だから』

 アサシンの顔が近い

 その瞳が、此方の汚れた眼を覗き込んでいる。澄んだ赤い瞳に、血色の悪魔の目が映りこんでいる

 「俺は」

 『誰でもない。けれども、ザイフリートだと自分を決めた

 

 ……だから、希望』

 「……アサシン、マスターを殺したと言ったな」

 口をついて、出てくるのは誤魔化しの言葉

 アサシンを

 直視……出来ない

 これは、悪魔の囁きだ。囚われるな。希望を持つな。それは、何時か俺を、終わるべき時にみっともなく生にしがみつかせる、全てを台無しにする言葉だ。振り払え

 

 『だから、別の魔術師に、拾われた』

 「そういうことか」

 アサシンが離れる。雰囲気が変わったからだろうか

 「それが、今のマスターか」

 『いぐざくとりぃ』

 「そのマスターについては」

 『まだ、しーくれっと』

 「そうか」

 当たりはついている……気がする。誰でもないホムンクルスが、アサシンを呼んだならば

 そこから、マスターを喪い消滅するまでの時間で契約出来る、そして、一応俺に手を貸してくれても可笑しくはない存在

 ……考え付く答えは、フェイ。S045、珍しく俺と同じく明確な自我を初めから持っていたというホムンクルスの少女だった



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五日目断章 魔術師の行動

『……どうしたものかしら』

 手を握ったりと、謎の見たくもない三流恋愛劇のようなものを見ながら、私は呟く

 遠くで恋愛劇を繰り広げている道具(マスター)、いやザイフリートの元に戻る気は無い。あんな中途半端で心を乱す相手の元になど戻ってやらない

 ジークフリートではないのに、彼には遠く及ばないのに、ふとした時に、どこか彼に近い何かを感じさせる……そんなかすかな希望なんて要らない。あの人のように見せかけて、致命的にズレた事を言う、彼は決してジークフリートではないのだから。あの人の最後の言葉が、あんな仕方ないなんて諦めな訳がないのに

 

 けれども、完全に見捨てきることは、やはりそれも出来なくて。結局私は、彼からそこまで離れていない所で、ずっと彼を眺めている

 この時間を、あの人の夢に使いたい気持ちは当然。あんな道具(マスター)そこまで見たい訳じゃないし、あの人に夢でも会えるならばそれを越えるやるべき事なんて無い

 けれどもしていない理由。一つには、見捨てきれないこと

 そしてもう一つは……そもそも夢見る為のお金が無い事

 

 ……忘れていた。お金が無ければホテルには泊まれない。ならば眠れないし、夢を見られもしない。あの道具(マスター)なら寝れるなんて幸福だとか何だとかふざけた事を言って野宿するかもしれないし、堂々と公園で昼寝してた事もあったけれども、私には似合わないしやりたくもない

 

 だから、私は此処でどうするかを考えていて……

 「おー、近くで見ると割と美少女」

 近付いてくる気配に、至近距離まで気がつかなかった

 

 いや、そうじゃない。彼らは気配を消していた。私の至らなさとか関係ないはず……

 『割と?失礼じゃないかしら?』

 そんな、動揺を隠して、私は近付いてきた男女へと返した

 片方は見覚えがある少女、キャスター。つまり、あの……失礼な事を言ったちょっとチャラそうな男はそのマスターだろう

 「いやー、悪い!キャスターが可愛すぎてさ」

 男がキャスターの頭に手を載せ……ようとして身をかわされた。情けない

 

 『それで、そんな失礼な事を言いに来たのかしら?』

 「いや、キャスターが、そろそろ仕掛ける時だって言うから来ただけさ

 マスターは?」

 くいっとキャスターに彼の袖が引かれる

 「ん?喧嘩別れ?だから交渉の余地がある?

 そっかーそういうこと」

 勝手に一人で彼が手を叩く。とりあえず、あのマスターが馬鹿っぽい事だけは良く分かった

 そして、この時点で既に道具(マスター)との決裂を理解していてやって来るキャスターの不気味さも。流石にアーチャーをそうそう誤魔化せるとは思わないが、彼を誤魔化してあの場面を見ていたならば理解は出来るが……

 そうでなければ、未来を見でもしなければ分からない事だろうに

 

 警戒を少しだけ強める。もしも本当にキャスターが未来を見るならば、そんな眼を持つならば……そんなことは有り得ないとは思うけれども、彼女は冠位の資格を持つ事になる

 

 『それで、何用かしら?』

 あくまでも平静を振る舞い、尋ねる

 「キャスターが、要らないならあのマスターくれってさ」

 ここに至っても、喋るのはマスター側。代弁しているのかそうでないのかは良く分からない

 『道具(マスター)をくれ?意味が分からないわね』

 「いやー、単純に、キャスターのものにすることを手伝ってくれれば良いぜ?

 油断させてくれりゃ、後は前みたいにキャスターがちょちょいっとして終わりだ」

 『そもそも、何であんなの欲しい何て思うのかしら?』

 分からない。アレに魅力を感じるなんて馬鹿じゃないだろうか。正直馬鹿に近付いている気もするけれど、私は馬鹿じゃないしこれ以上馬鹿になる気だって無い

 

 『……守って……くれる……最強の……人形(マスター)

 風に掻き消えそうな微かな声が聞こえた、気がした

 『はい?』

 最強のマスター?何を言っているのだろうこのキャスター

 『そもそも、貴方のマスターはそこのでしょう?』

 「強くないから変えたい、らしいぜ?まったくワガママさんなんだから」

 あっけからんと、男は答える。自分が捨てられようとしていることを、何ら不安にも疑問にも思ってないかのように

 『……確かに、マスターとしての強さは破格ね、彼。あくまでもマスターとしてならば

 それで?手にしたらあなたは捨てられるのじゃないかしら、今のマスターさん?』

 「ん?オレは美少女に捨てられるなら本望だぜ?」

 『……そう』

 理解した。彼は恐らく人形。キャスターにより自我を改変された、キャスターに都合の良いマスター

 そして、より強いマスターが欲しくて、あの道具(マスター)に眼を付けた……という感じだろうか

 

 『悪趣味ね。都合の良いお人形を作っておままごと?何にしても人を見る目が無いわ』

 けれども、それは悪手。あんな心の奥底にどんな化け物飼ってるかもしれない、あそこまで混沌・悪だと断言出来る気狂いを、マスターなんかに選ぶ奴の気がしれない。私だって、ランサーを殺すためには彼と契約しなければいけないという事実が無ければお断りしていた所だ

 

 『……言うではないか』

 キャスターの雰囲気が変わる

 『へえ、そちらが素かしら?小動物ぶりでもしていたの?』

 『我とてあまり出たくはなかったが』

 『ってことは、貴方が纏われてる何かって事かしら。随分と偉そうじゃない』

 『偉いのだからな、我は!』

 あまり無い胸をキャスターが張る

 『何様?』

 『聞いて驚け?神様じゃ!』

 『あっそう。私はあのジークフリートの妻よ。三流神なんか目じゃないわね』

 何故ならば、ジークフリートは世界で一番素敵な人だから

 『三流神じゃと?このアテ……』

 キャスターが固まる

 『話術は巧みなようじゃな』

 『墓穴じゃない。アテなんとかさん』

 

 『……そこまで』

 唐突に聞こえたのは、この場に居ないはずの声

 『……何用か、アサシン』

 キャスターが問う

 『希望から』

 アサシンから、何かが投げられる。それは……

 数枚の紙幣が入った財布

 『お金無いの、辛いって』

 『馬鹿じゃない』

 今更だ

 『伝言。「……俺は、共に戦ってくれると信じる」』

 

 『言うじゃない、道具(マスター)

 言って、キャスターに向き直る

 が、

 『……興が削がれたわ。我が出ていられる時間も長くは無いしな

 言葉は変わらぬ。あのマスターを寄越せ。隙を作れ。以上じゃ、帰るぞ』

 その言葉を残し、キャスターは人形のマスターを連れて去っていったのだった



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五日目断章 解離する正義

ヴァルトシュタイン邸の地下。聖杯が安置された、隠された部屋

 一人の男が、聖杯を眺めていた

 

 男の名は、グルナート・ヴァルトシュタイン。現ヴァルトシュタイン当主であり、最後の当主であるシュタール・ヴァルトシュタインの祖父であった

 その傍らにあって、ワタシは息を吐く

 表向き、ワタシの役目はS045……セイバーのサーヴァントを模して作られたホムンクルスというよりも、謎の方向性(家事全般)にのみ実力を発揮するメイドサーヴァント擬きとしての活動である。そうして、かのシュタールが当主となる以前に作られた初期型として、ヴァルトシュタイン内では元当主寄り、ということになっている。なので、ワタシがこの場に居ることに誰も疑問を持たない

 

 「お祖父様」

 沈黙を破り、一人の黒髪の男が、地下室に現れた。シュタール・ヴァルトシュタイン、現当主だ

 「何用だ、シュタール」

 重々しく、老ヴァルトシュタインはそう問う。聞きたがっていることなど、分かりきっているだろうに

 「お祖父様、昨晩、6人の人間の死骸が結界内に放りこまれた、と報告を受けました」

 「……聞きたいことを最初に言え」

 「お祖父様。正義たるルーラーは、召喚されれば我等正義の味方では」

 

 そう。昨日の夜の間に、6人の元人間が殺され、そうして森に分かるように並べられた

 同時に、ヴァルトシュタインの結界が一瞬存在を関知したのは今まであの結界が……一度確認したかしていないかの魔力波形。即ち、ルーラー、ミラのニコラウスのもの。ルーラーを同じく正義と信じ、だからこそ召喚出来れば絶対にあのS346として力を僅かに貸してくれていた、アルトリアを除けば最強のセイバーを宿す者(ザイフリート・ヴァルトシュタイン)を越えうる戦力となると信じていたシュタールにとっては、寝耳に水な感覚だったのでしょう

 何故ならば、それは、あの死体となった者達は、バーサーカーの眷族とすべく血を啜り、幻想の吸血鬼へと変え、未来に暴れさせるためにと本人に生前の行動を続けさせるよう暗示して、伊渡間の街に返した、ヴァルトシュタインにとって布石と言える者達であったから。その全員であったから

 

 ワタシやグルナートから見れば、流石にやりすぎるとルーラーが制御を外れるかもしれないし、見つかりやすくなるからと、数は他の人間に紛れる程に抑えさせていた。そのやり方自体、ワタシは好きじゃないし

 けれども、増やしすぎるといけないのだと、正義を為すために、自身が聖杯戦争に完全勝利する力を持つ正義ヴァルトシュタインの当主として相応しい存在だと示す為に更なる眷族を用意する計画を止められたシュタールにとっては、この現状は……まあ、納得のいくものではないでしょう

 

 「ルーラーは、正義のはずでしょう!」

 『甘いんですよ、あのルーラーは』

 「甘い?」

 『ええ、甘いんですよ』

 聖杯戦争の遂行を第一とするならば何とかなった

 けれども、子供の、そして努力しても恵まれない人達の守護者。そして、やりたいことだけを貫いて聖人と呼ばれた彼女が優先するのは……

 「例え正義の為でも、無辜の人間は死なせない。罪ある人を含む1000を救うために罪なき1を見捨てるくらいならば、その正しき正義よりも一を救ってから1000をも救う。そして1001の中の悪に回心をさせに行く、度しがたい阿呆

 それが、あのルーラーだ、シュタール」

 老ヴァルトシュタインが、ワタシの代わりにそう告げる

 「ルーラーが、正義を否定するというのか!」

 『目の前の人間を救い続けて、聖人にまでなった化け物ですよ、あれは。当然ながら、目の前の罪の無い誰かを優先しますとも

 ……聖杯が幾らヴァルトシュタインこそが正しいと言い続けても、罪の無い誰かを巻き込み過ぎたならば、あれは悪にだってなります。あそこまでではないですけれど、ある種ザイフリートに近い感覚してるんですよ、恐らく』

 

 「……」

 シュタールは、黙りこむ

 『たった一人ならば魂食いと同じようなもの、聖杯戦争によくあることだから仕方ない。そうやって誤魔化してはいたんでしょう』

 良く、彼が話していたミラという少女。あれが本当にルーラーならば、そのはず

 『けれど、誤魔化して、眼を背けてって……似合わないんですよ、彼女に

 だから、此処で限界が来たんでしょう

 だから、あれは警告です。これ以上すれば、敵対するという』

 

 ならば、彼……ザイフリートは?と少し思う

 けれども、彼は……絶対に、無辜の誰か何かではない。方向性は違う。ミラのニコラウスが、誰かの為に自分を殺さず出来ることをやり遂げ、アルトリア・ペンドラゴンが民の為に自分を殺して正しい王であろうとした者ならば、彼は……自分を、生きたいという心を殺して正しくない悪魔であろうとした

 けれども、それは……彼には……人には似合わない英雄の道

 彼自身は、俺には諦める選択肢が無いだけだ、諦めないだけで貫く力の無い凡人だって笑う。諦めた先に意味は俺自身の命以外何も無くて、足掻く先に足掻くだけの意味があるから。こんな状況ならなら誰だって諦めない位出来るってバカを言う。諦めない先にあるものに、諦めないで傷つきながら進む価値を見れないから人は諦めるだけなんだから、と

 けれども、力なくともそれを貫こうと出来るものは……守るべき、救うべき誰かでは有り得ない。激突するか、共に歩むか、不干渉するかの英雄でしか有り得ない。性能はまだサーヴァントではないけれど、その性質は既にサーヴァント。諦めてなんて……くれなかった。だからこそ、あのルーラーは……悪魔に堕ちる英雄の道を進もうという彼を止めようとしているのかもしれない

 ワタシだって、あんな彼は……まるで、かつてのアーサー王を見ているようで……

 

 ……こんなに彼に心動かされるなんて、弱くなりましたかね

 ワタシは、自嘲するように笑った



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五日目ー戦いの嚆矢(多守紫乃視点)

『本当に良いのかよ、マスター』

 アーチャーが、そんな事を聞いてくる

 

 確かに、アーチャーの言いたいことだって分かる。此処はヴァルトシュタインの森、敵地のど真ん中。かーくん……じゃないあのセイバーのマスターが、危険だと言っていたあの場所だから。けど

 「大丈夫だよ、アーチャー」

 私はそう言う。怖くない……訳がない。怖い。一人だったら逃げ出してる

 けど、大丈夫

 『まあ、そう言うならば止めやしないけどよ』

 「アーチャーを信じてるからね」

 『美少女にそう言われちゃ、全力を出すしかないかねぇ、こりゃ

 まあ、任せなマスター、このアーチャー、マスターが居りゃ遅れは取らねぇさ』

 ぽん、とアーチャーが私の肩を叩く

 ……恵まれていると、それだけで感じる。かーくんは居ないけど、それはとても辛いけど。それでも、アーチャーが居るから、私は進める……進もうと思える。逃げずに、立ち向かおうなんて、私らしくない勇気を出せる。明確な希望を持って

 

 『それで、マスター。森に入るってのは分かったが、目的は何だ?』

 アーチャーが問う

 そういえば、アーチャーは森に入るまで、そりゃマスターの意思を通すのがサーヴァントってもんさ、と何も言わず付いてきた

 「私だって、自分から何かしないと、と思ったから……ね」

 『なるほどなるほど。群がってきたホムンクルス討伐、厄介に絡まれまくりのあいつらのフォロー、確かにマスターが自分から率先してやったことって多くねぇや』

 アーチャーが手を打つ

 『んで、オレなら出来そうで、あいつらにゃちょっと厳しそうな事を買って出たって話か。健気だねぇ』

 アーチャーが、そして立ち止まる

 

 『って事で、マスターお望みのお客様って奴だ』

 森の奥から現れるのは、やはりというか……獅子を連れた騎士、ライダー

 『……随分と、早い決戦か』

 『いやいや、まだ偵察とか、そんなつもりだぜ、一応な

 っても、マスターが此処で決着付けるって言うならば』

 アーチャーが弓を何処かから取りだし、構える。予備とかあったらしい

 『オレは此処で全てを叩き潰しても構わねぇぜ』

 『私とて、負ける気は無い』

 呼応し、ライダーが無骨な剣を抜き放つ

 『んで、バーサーカーとかキャスターとか、御供は居ねぇのかよ』

 『キャスターは別件だ。バーサーカーは……正直、自分のフィールドでならば戦ってほしいものだがな』

 『苦労してんのねぇ、そっちも』

 アーチャーが軽口を叩く。緊張はない

 『致し方ない事。王の為、私はこの道を……』

 ライダーが、引き抜いた剣を中段に構える

 『往くと決めた!』

 その袈裟懸けの一撃が、今宵の戦闘の号砲だった

 

 『っと、あぶねぇあぶねぇ。マスターは……下がってろってのも無理な話か』

 アーチャーの右手が、その指が、しっかりと剣を受け止めている。圧倒的にも見える、戦力差

 だけれども、そんなものが本気……であるとは言えない

 『起動!』

 言葉と共に、剣が開く。外殻とも言える第一の刀身が割れ、中から……魔力が溢れ出す

 『白刃取りしていては、避けようも無い』

 『んじゃあ、離せば良いはな』

 『そこまで、甘くはない!』

 離す事を見越しての踏み込み。距離を離す事を許さず、魔力が爆発する

 

 『そりゃ、そうだ!』

 アーチャーもそんな事は分かっている。アーチャーの取った手は、寧ろ逆

 矢切。接近し、不可視の矢を振るう選択

 

 『ぐっ』

 見えない矢に頬を殴打され、ライダーが呻く

 『っと、こっちも無傷とは……』

 だが、アーチャーも至近距離で魔力爆発を受ける。クロスカウンター……という感じだろうか

 『マスター、右へ!』

 アーチャーの声に従い、跳ぶ

 「痛っ」

 何かに弾き飛ばされるが、直後に受け止められる

 「有り難う、アーチャー」

 弾き飛ばしたのは、当然というか、ライダーの獅子。受け止めてくれたのはアーチャーだ

 

 『1対2たあ、卑怯なこって。セイバー側が言ってた有利ってのも分かるわ』

 『それが、私の強みというもの』

 ライダーが剣を構え直す。その傍らに、獅子が侍る

 獅子を連れた騎士。その強みは、私という足手まとい(マスター)を護らなければならないアーチャーにとって、相当なものだった

 

 けれども、アーチャーは焦らない。寧ろ、不敵に笑う

 『んじゃあ、ちょっくら本領、やりますか!』

 突然、アーチャーの纏う空気が変わった……気がした

 アーチャーが、弓を構える

 ……有り得ない。私を抱き止めているはずなのに

 

 『遠からんものは音に聞け、近くば寄って眼にも見よ

 これぞ、戦の真髄、三面六臂ってな!』

 アーチャーの肩から、更に二対の腕が生えていた。合計で6本の腕。私を抱えるのに2本、弓矢を構えるのに2本、そして、何かの為に残された2本

 「アーチャー、それって……」

 『オレの戦闘形態って奴さ。本当はこれ以上あんだけどな、サーヴァントとしてならば、これが限界だろ?』

 『……変化か。全くもって厄介な』

 『化け物化け物言われるんで、本当は余り使いたくは無いんだがねぇ……』

 弓弦が震える

 『マスターを一人で護るためにゃ、しょうがねぇって話よ!』

 大地が抉れる。ついさっきまでライダーが居た場所に、大きなクレーターが出来上がる

 

 『規格外っていうのは、これだから……』

 ライダーは、咄嗟に獅子に首根っこを捕まれて待避させられていたのか、傷はない

 『ガウェインを相手にしている気分だ』

 ロウ、と獅子が吠える

 『だが、これでも円卓の端くれ、負ける気は……無い!』

 ライダーが、一歩踏み込む

 当然のような縮地、ただの一歩でアーチャーの後ろに回り込んだライダーの剣がアーチャーの首を狙って突き込まれる!

 『っと!』

 アーチャーはその剣を、背に回した2本の腕で受け止め

 『さよならだ!』

 正面から来る獅子を見えない矢で撃ち抜く。脳天から一直線に射抜かれた獅子は、衝撃に耐えきれずに破裂し……

 『甘いのは、そちらだ!』

 違う。アーチャーが射殺したのはライダーの獅子ではなく、獅子の姿の合成獣。本物の獅子は……

 『ル、ガァァァァ!』

 その合成獣を盾に魔力を貯め、突撃する……!

 

 『我が王の騎士を甘く見るな、名も知らぬ神!』

 弓を持った三対めの手で、アーチャーはギリギリで獅子を押し止める

 だが、ゆっくりと、その手は押し込まれていく。私を抱えているから、私が邪魔をして、両手で受け止められないのだ

 更に、ライダーの剣から漏れてくる魔力が、アーチャーの手を焼いていく

 『マスターを護りながらってのは、無理があったようだな』

 ライダーの圧力が、更に上がる

 ギリギリと、剣が押し込まれ……

 

 『……そっちこそ、舐めんじゃねぇ!』

 暴風が、吹き荒れた

 私とアーチャーを護るように壁として吹き上がった暴風が、迫る剣も獅子も、全てを遠ざけ……

 『それを……待っていた!』

 渾身の力と魔力を込めて、アーチャーの手から解放された剣が振り下ろされる

 

 暴風が晴れた時……

 『先ずは、一本』

 『ちっ、中々にやるじゃねぇか』

 「アーチャー、大丈夫なの?」

 アーチャーの一本の腕から、血が流れ落ちた



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五日目ー戦いの嚆矢

「……ったく!」

 投げつけられた軽自動車を受け止め、俺は悪態を吐く

 

 「人様のものだろう。返してこい」

 そのまま投げ返せば壊れてしまうから、その自動車は道路へと置き、投げてきた相手の方を向く

 ヴァルトシュタインのホムンクルス。俺の知っているシリーズよりも、一段強力なもの。だが、それはシリーズの差というよりも……

 バーサーカーに血を啜られ、眷族となったことによるブーストの有無の差だろう。一昨日俺を襲った彼等も、恐らくはそう。バーサーカーの手駒、眷族として、明確な自我を持つほどの完成度でなかった、誰でもなかったはずのホムンクルス達は、人に恐れられる吸血鬼としての何かになったのだ。その事は、アサシンが話してくれた最初のマスターの事からも分かる

 吸血鬼になりきる前にその影響で自我を得て、それが直ぐに吸血鬼としての存在に塗り潰されることを恐れ、そしてだからこそバーサーカーの仇敵……アサシンを召喚出来たのだろう

 

 「ったく、また仕掛けてくるならば、バーサーカー本人に来て欲しいものだ」

 ランサーを、そしてそのマスターを討ったのはまず間違いなくバーサーカー。血を完全に抜き取る手口もそうであるし、何よりあのニュースは何者かにより惨殺されていたというもの。戦闘の形跡があった等とは言われていない。だとすれば、信頼する使い魔辺りを逆に操れる者が油断させたと見てまず間違いはない。あのマスターは昨日見た限り使い魔を通してサーヴァントの接近を警戒していたはずなのだから

 そうしてわざわざセイバーが追っていたランサーを結界から出て倒しておいて、今日は引きこもる。戦略としては決して間違いではないだろうが、イラつく事は確かだ

 バーサーカーが出てきてくれさえすれば、何だかんだ俺を見捨てたと言いつつも、離れた場所から定期的に見ているセイバーをもう一度味方に付けることもやり易いというのに

 敵はヴァルトシュタインだけではない。当面は敵対しないだろうアサシンやアーチャーは置いておいても、ルーラーはどうしようもない。また戦うことになるだろう

 

 『……裁定者、来る』

 ホムンクルスの喉をボウガンで撃ち抜きながらアサシンが呟く。あいも変わらず、気が付くと別の武器を持っているアサシンは良く分からない

 「直ぐか?」

 『分からない』

 「警戒だけは……しておく!」

 光の飛刃でもってホムンクルスを切り裂く

 怨み言は聞かない。聞いてなどやらない。背負いきれないと分かったから、怨み言は聞かずに自己満足で背負ったつもりでやらせて貰う

 

 ミラが仕掛けてこないのは、まず有り得ない。正義の敵であり、そして更には、俺が俺の中のセイバーに近付くことを恐れていたのだから。昨日仕掛けてこなかったのは(ひとえ)に俺が回復にのみ努め、戦闘を行わなかったから。セイバーに近づきうる行動を取らなかったから

 俺自身、諦めないなんて当たり前しか無い俺がサーヴァントになる等与太話にしか思えない。だが、ミラの判断を有り得ないだろうと笑い飛ばすことも出来ない。フェイも似たような事を言っていた気がするから。俺の性質は英雄寄りだ、と

 

 果たして、10分後にそれは訪れる

 

 『……フリットくん』

 「流石に来るか、ミラ……いや、ルーラー」

 雷光と共に現れるのは、一昨日決裂した恩人の少女。ルーラー、ミラのニコラウス

 『うん。確かに許せないことは沢山あるけれど……一番限界が近いのは、フリット君だから』

 「酷い話だな」

 光の剣を構える。もう、迷いはない。生き抜く為には……ルーラーを対処しなければならない。それはルーラーの死という形である必要は必ずしも無いが、どの手を取るにしても、大人しく逃げて何とかなるものではない

 『……その判断は、正しい?』

 アサシンが首を傾げる

 『正しいよ。目覚めたら、全部終わっちゃうからね』

 悲しそうに、ミラは笑う

 此処に至っても、ミラを斬りたくはない。そんな気持ちでは寧ろ此方が死ぬ。ルーラーとはそんな化け物のような強さの存在だ

 けれども、俺の情けない甘さは割りきれなくて

 

 「なら、やるしかない……か」 

 力を貸してくれ、ジークフリート

 「降霊(アドベント)……」

 だから俺が取るべき行動はただ一つ

 

 ルーラーが恐れていた、セイバーとしての覚醒を目指すことだった

 

 「始動(コネクション)!」

 俺の声を受け、ミラは静かに、拳を構える

 

 「限界が近い、ね」

 そんな訳がない。俺の寿命はまだ持って半年もある。薬だって切れていない。限界が近い等、戯れ言に過ぎない

 それが戯れ言でないならば、その限界とは……

 ミラが言っていた、俺がサーヴァントとして扱われない限界でしか有り得ない。俺が、俺なんかが、本当に偽物とはいえ聖杯にサーヴァントとして扱われるに相応しい存在になれるか、なんて絶対に答えの出ない疑問は知ったことかと置いておく

 今やるべき事は、生き残る、ただそれだけなのだから

 

 遠くで、今も俺を見ているセイバーに、俺に賭けるだけの価値を見出ださせる。そうして、セイバーを呼び戻す。それが出来るとすれば、まずはこの状況を打破しなければならないのだから

 

 だから、力を貸してくれ……竜殺しの英雄(ジークフリート)

 

 だが、その声は……神巫雄輝が使えていた、降霊魔術の言霊は、ただ虚しく響くだけ。何も起きはしない

 

 『無駄だよ、フリットくん。もう、呼んでるからね』

 「試しただけだ。俺は負けない、諦めない、その意思表示として」

 『苦しんで、欲しくないんだけどなぁ』

 「ならば……俺が諦めるなんて夢を……」

 光の剣を中段から振り下ろす。選択は飛刃、ダメージは浅いだろうが、それでも構わない

 「諦めろ!」

 そもそも、セイバーが居ない今、〈喪われし財宝〉(ニーベルング)は使えない。光の剣では、ルーラーにまともなダメージは見込めない。どちらにしても牽制にしかならないのだから

 意味があるとすれば、束ねて放つ宝具のみ

 「アサシン!」

 だから、此方が頼るのはあくまでもルーラーにとっても未知数な、不確定要素

 

 飛刃を縮地ですり抜け、ミラが迫る

 その拳が俺を捉える直前、アサシンの射ったクロスボウを避けるために上へと飛び上がり……

 「まだっ!」

 此方も飛び上がりながらの切り上げ。魔力で強引に大地を蹴り、空中から蹴り下ろしてくるミラを迎え撃つ

 『……甘い、よっ!』

 「ぐっ!」

 背中に走る痛み。どんな手段か、一瞬のうちに空中で背後に回ったミラがそのまま蹴ったのだろう

 だが、迎撃されるなんて、そんなことはまだまだ予想の内。ルーラーならば、やって来ると思っての事

 『……そこ』

 本命は、背後に回ったミラへと振り下ろされる、アサシンの槌……!

 着地と同時に悲鳴をあげる足を無視して地を蹴りターン、槌による一撃からの追撃を目指し……

 『だから、まだまだだよっ!』

 見えた光景は、馬鹿げたもの

 スパークする拳で、アサシンの槌を押し止める、裁定者の姿

 だが、ならば

 

 「……邪悪なる竜は失墜し」

 その隙をアサシンが作ってくれたのならば、ルーラーを抑えてくれたならば、やるべき事は勝利条件への到達

 本当に出来るか否か等関係ない。ただ、やって見せなければ死ぬからやり遂げる。それだけのこと

 「世界は今、落陽に至る」

 構え、振り上げるは光の剣。決して幻想大剣でなどありはしない

 だが、真エーテルの奔流、その擬似的な再現ならば

 「打ち落とす!」

 力を貸してくれ

 「幻想大剣・(バル)……」

 反応は無い

 それでも……俺が、彼に全てを返すには……これしか無いのだから。止まりはしない

 「天魔()

 

 『……無駄だよ。応える、筈がない』

 言い終わる前に、俺の腹に雷撃を纏った拳が突き刺さった

 

 「がっ!」

 背後の壁に叩き付けられる

 いや、違う。これは……激突したのは、ミラの拳だ

 ……だが、可笑しい。俺の眼にはまだ、拳を振り切ったミラも、槌を受け止めたミラも、見えているというのに……!

 『そこっ!』

 声と共に、体が急速に重力に逆らう。その拳の力で、打ち上げられる

 恐らくは……全力のアッパーカット。その威力でもって、俺の体を打ち上げる程の

 体が浮く

 高く……高く、伊渡間の全体を、見渡せる程まで

 ふと、森に光を見た、気がした。気高き、何かの光

 だが、それから目を離し、空を見据える。その果ての空で待ち構えるのは、やはりというか当然というか、今にも拳を振り下ろそうという先程と同じく、分身した……のだろうミラの姿。そんな理不尽、いや、ルーラーにとっては道理。考えていなかった俺の不始末として、彼女は分身か、或いは高速移動か、其処に居た

 驚きは無い。ルーラー、サンタクロース、ならば空くらい飛ぶだろう。トナカイに乗らないのかとは思うが、驚いてなどいられない

 

 だが、その程度。こんなもの、その程度の危機でしかない

 さっきの一撃で、背骨は折れたかもしれない。ルーラーの独壇場、空へと打ち上げられたかもしれない。だがそれだけだ。俺は……まだ死んではないない。ならば抗え、立ち向かえ。あきらめる権利なんて、貴様()の何処にも無いだろう?

 置いていかれるものは出るだろう。威力は下がるに違いない。だが、それがどうした。立ち向かえ、最後まで

 「〈偽典現界・(バルムンク)

 唱えるのは最低限の言霊。今の俺に辿り着ける限界。せめての迎撃が間に合わなければ死ぬ。頼るのは、不確定の勝利ではなく、まだしも確率の高い敗北回避

 打ち上げられる勢いにより、刻まれた光の剣の斬撃跡。それを束ね……

 「幻想悪剣(ユーベル)〉!」

 魔力でもって強引に空を蹴り、更に加速して、勝たなければならない恩人へ向けて突撃する……!

 

 一瞬、ミラは泣きそうな眼になり……

 『けど……足りないっ!』

 真っ向から拳を振り下ろす

 真っ直ぐに撃ち落とされた雷は、迫る紅い光を打ち砕き、地面へと激突した



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五日目ー天をも制す獅子の剣(多守紫乃視点)

アーチャーの一本の腕から、血が流れ落ちた

 

 『……筋を斬れたかどうか。この剣は神殺しの剣ではないとはいえ、流石に硬い』

 下がりながら、ライダーは呟く

 「大丈夫なの、アーチャー?」

 『弓が壊れちまったくらいかねぇ』

 見ると、あの日ルーラーに砕かれたように、再びアーチャーの弓が折れていた。これでは、弓なんて撃てないだろう

 『気にすんな、マスター。オレの宝具は矢の方なんでな、弓なんぞ幾らでも替えが効く』

 

 『……そもそも、本当にそれが矢なのか、怪しいが』

 ライダーが、口を挟んできた

 『三面六臂、ああ全く、ようやっと見えてきた

 あまりに反則過ぎると元々思考から廃していたのが間違いだったようだな!確かに、貴様は神だ』

 『お褒めにあずかり光悦至極ってな。流石に、もう大体は分かるかねぇ、オレが中華の大英雄だってのは』

 アーチャーが、口の端をあげ、そう呟いた

 

 「中華の……大英雄?」

 それが、アーチャーの真名……なのだろうか

 『……やはり、阿修羅ではないのか』

 僅かに、ライダーの気が緩む。けれど、アーチャーは何もしない。会話に乗るように、仕掛けずに立っている

 

 ……阿修羅?

 そういえば、アーチャーだから仕方ない、としていたけれども……落ち着いてみると、三面六臂、なんて凄い姿だ

 「アーチャー、貴方は……」

 もしも、そうだとしたら……私でも知っているかもしれない、その名は……

 

 『マスター、このおサルに任せとけって。もうちょっとだけ、真名を言うのはお預けな』

 私の意を汲んだように、アーチャーは何度目かのおサル、という一人称で応えた。と、いうことは、私の推測を肯定してくれたのだろう

 

 ならば、私にだって流石に分かる。アーチャーの真名、纏った纏われた、どちらかは分からないが、マスターにも分かると言っていたその名、中華の大英雄の名は……

 斉天大聖、孫悟空。何で私なんかに力を貸してくれているかなんて全然分からない、大妖怪だった

 同時に、アーチャーの言っていた矢にも思い至るけれど……

 「というかアーチャー、あれって矢なの?」

 思わず聞いてしまう。彼が思った通り孫悟空ならば、矢だって言い張っていたのは、とても有名な伸びる棒なんだろう。なん、だろうけれど……アレを弓矢の矢だなんて言い張る胆力に呆れる。全然矢じゃない。というか、投げでも対応出来るとか何とか、会ったその日にアーチャーは、言っていたけれども、弓で撃つのも何も変わってなんか無いじゃん

 『矢だってことにしてくれや、マスター!あれは矢みたいなもんだって言い張って、わざわざアーチャーになったんだからよ!』

 「言い張ったって自覚はあるんだ……」

 『なあに、主君も通った道さ!』

 アーチャーは笑う。この現状でも、何も気にしていないように

 

 「本当に、大丈夫なの、アーチャー?」

 改めて問う。本当に彼ならば、きっと大丈夫な気がするけれど

 『大丈夫さ、ライダーとやりあっているうちに、バーサーカー引きずり出したかったけどな』

 『会話に乗ったのは、そんな理由か』

 『そんな理由さ、オレの目当てはバーサーカーなんで、ね』

 『舐められたものだ』

 『舐めてなんかねぇさ。あの騎士王の騎士、普通にサーヴァントとして見れば、そりゃ恐ろしい奴だろうよ

 ……ただよ、お前、本気出しちゃいねぇだろ?』

 そのアーチャーの問いに、ライダーは息を吐いた

 『これでも、割と本気だ』

 『っても、苦戦すりゃバーサーカー出てくんじゃねぇかって、そんな事思ってたのは確かだろ?』

 『それは真実だ。使われるのは、気分よくはない』

 ロウ、とライダーの横で獅子も吠える

 『まっ、そりゃそうだわな』

 「じゃあ、二人して……」

 『それは無い』

 けれど、私の疑問は却下される

 『オレはマスターに負荷掛からない範囲であいつを倒そうとしてたし、向こうだって、本気でオレを倒しに掛かるべきか見極めてたと思うぜ?

 バーサーカー引きずり出してえなってのは、あくまでも思考の偶然の一致って奴だ。示し会わせてなんかねぇよ』

 アーチャーが、私を抱え直す。咄嗟に抱き止めた形から、お姫様抱っこ、と呼べる形に

 「……アーチャー?」

 『んで、覚悟は決まったかよ、獅子の騎士?』

 アーチャーが、挑発するように問う

 

 『……バーサーカーが来ないというならば、仕方はあるまい』

 地を蹴り、ライダーが横に控える獅子に飛び乗る

 ライオンライダー。ライダーという言葉に違わない、けれども今まで見せたことの無い姿

 獅子が、その四肢で大地を踏み締める。地面から、爆発的な何か……魔力が吹き上がる

 『竜の血肉を食べて、竜にでもなったか?』

 『ああ、そうだな……』

 アーチャーが左足で小石を蹴りあげ、左手で投げる

 けれども、それは吹き上がる魔力の壁に弾かれてしまう。それだけの魔力、さっきアーチャーが見せた暴風みたいな防御を、チャージだけでやっているのだろうか

 

 ……怖い。けれども、アーチャーが其処に居る。それだけで、大丈夫って気がする

 『マスター』

 「何、アーチャー?」

 『もしかしたら、マスターに魔力、使わせちまうかもしれねぇや』

 アーチャーの口から漏れるのは、あくまでもそんな事。アーチャーはあんな魔力の奔流にだって、負けることなんか考えてない

 ……私には勿体ないくらいに、彼は……

 

 『……その剣の()帰還(リュネット)

 竜の口が開くように。三度、剣の外殻が開く。けれども、そこから溢れる魔力は、今までを明らかに越えていて……

 『地に吠え、海を裂き、空に牙剥いた

 限界の果てを語れ、其は偽物なれど友と紡ぐ……』

 獅子が、吠える。空気が、吠える

 『あの日憧れた、星の聖剣!』

 

 爆発が、起こった。私には、そうとしか思えなかった

 いや、冷静に考えたら分かる。ライダーが、その獅子が、溢れ出す魔力と共に、突撃してきたのだと。アーチャーに守られた頭では理解できる

 けれども、向かってくるその魔力光は、星の聖剣という単語も間違ってないと思える奔流は、決して大丈夫だなんて

 『〈竜を語れ(エクスカリバー)

 そんなこと、信じきれなくて……

 『獅子星剣(Limit Extra Over!)〉!』

 奔流は、大丈夫だと信じる私すらも呑み込んだ



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五日目ー神鳴

雷が落ちる

 そうとしか、表現出来なかった

 ミラの拳が、光の剣を砕き、振り下ろされる

 当然だ。そもそも、勝てると思っての宝具解放ではない。せめて攻撃を弱める為、生き残る為の解放、そうでしかない

 

 空中に、地面と水平に立ったミラが振り下ろす全力の右ストレートを、甘んじて光の鎧、そして胸で受ける

 「がぁぁぁぁっ!」

 落ちていく……自分で言うのも何だが、雷の如く落とされる

 だが、良い。鉄板は更にひしゃげたかもしれないが、致命傷だけは免れた。ならば、後は……どうにかして、速度を抑えて着地するだけ!

 だが、その手は無理矢理の魔力放出というもの位しか思い浮かばず……

 『……釣り』

 だが、雷と共に落ちていく体が、不意に横に引かれる

 物理法則を無視し、そのまま俺の体は、何者かに抱き止められた。いや、何者か、は一人しかいない。アサシンだ

 『……間一髪』

 アサシンが手に持った……鞭が、俺の右手に巻き付いている。それで引き寄せたのだろう。物理法則?知らん、よく分からないが宝具の前には無視されても仕方ない

 「……有り難う、アサシン」

 言って、立ち上がる。背骨はやっぱり折れている、上手く立てない。けれども、意識があるならば、何とか出来るはずだ。やらなければ死ぬのだから

 結局、魔力を通し、血管を硬化させて対応する。無茶だが、無いよりはマシの応急手術

 『……飛び出てる』

 背骨だろうか。いや、背骨の事に違いない。耐えろ、起きろ、彼の苦しみはこんな温くは無かったはずだろう!そう気力を振り絞れば俺なんかでも耐えられる程度の激痛が走っているのだから

 「……気にするな、まだ動ける」

 『……動けるだけだけどね。受け止めようって必要、無かったかな』

 ミラが、呆れたようにそう言った

 横に天から降りてきた、俺に雷の拳を振り下ろしたもう一人のミラが降り立ち……ブレて、一人に戻る

 「……分身、か」

 『そう。分身だよ。どれだけ早く動けても、一人じゃ皆にプレゼントを置いてる時間なんて無いからね』

 「……複数人制じゃ無いのか」

 『複数人だよ?全員わたしってだけ』

 不意に、後頭部を打たれる

 ギリギリであった体は耐えられず、前のめりに倒れ込む

 『だから、こういう事も出来るよ?』

 打ったのはやはり、二人目……分身のミラ

 『……驚き』

 『どの分身がどう動くか、一つの思考で判断しなきゃいけないし、寝てる子供の枕元にプレゼントを置くって事前に行動を全部決めてられる時は兎も角、戦闘中にはそんなに便利じゃないけどね』

 そんな、欠点にもならない事を言って、ミラは笑う

 

 立て……まだ行けるだろう。そう思うけれども、体が動かない。魔力が足りない

 情けない。これは……銀霊の心臓の機能不全だ。未来から、その未来を潰す代わりに、本来その未来に持っていたはずの魔力を現在の魔力に転換する。認識としては、未来、すなわち寿命を削る代わりに、削った寿命分の魔力を得る力。人間の身では、そもそも魔力が多くもない身では、絶対に用意できない魔力を、無理矢理未来から持ってくる、世界に一つの魔術機関

 本来の現在使える魔力など当に尽きている。まだ、一度に持ってきすぎてオーバーヒートしてはいない。ならば、魔力不足になるとしたら、未来から魔力を持ってこれなくなったのだ。何故?なんて分かっている。諦めかけた……からだ

 魔力を、自分の未来と引き換えに引き出してでも、今を切り抜けられると思えなかったからだ

 

 ……情けない。……あまりにも、情けない。そんな弱音、俺に許される訳があるか。立ち上がれ

 

 『……無理しなくて良いよ』

 「……無理というのは、全ての……希望が……」

 ああ、大丈夫だ……もう、問題ない。誰にだって出来る事、諦めない事は……取り戻した

 寝てる場合じゃない、目覚めろ……銀霊の心臓!

 「無いときにだけ言う言葉だ!」

 再起動。全身に魔力を流し、立ち上がる。倒れてなどいられない。立っても未来があるとは言い切れないが、倒れていてもその先に未来なんて有り得ない。ならばせめてもの希望にすがる

 

 『……本当に、諦め悪いよね、フリットくん』

 「誰だってそうだろう?」

 『……そんなこと、無いよ。普通の人は、そんなに強くない』

 「……強いさ。追い込まれればきっと」

 ゼロだった俺にさえ、出来たんだから

 『それは、努力したけど出来なかった全員に対する冒涜なんだけどなぁ

 貴方だから出来たことだよ、フリットくん』

 ミラが手を差し伸べる

 『またかって言われるかもしれないけれど、最後に聞くよ、フリットくん。終わる位ならば、此処で止まる気は無い?』

 それは、何度目かの誘惑

 『もしも、本当に貴方が願うなら……心の底から望んでくれるなら

 その体も未来も、わたしが全部なんとかするから』

 その声は、何処か悲しそうで……

 『だからもう、自分を殺して戦うのは止めて?』

 俺にとっては、最低最悪の悪魔の誘いでしかなかった

 「……その未来に居るのは、ザイフリート・ヴァルトシュタインだろう?」

 『……うん』

 「ならば、俺の答は変わらない。神巫雄輝が理不尽に何かを奪われて、俺なんて悪魔がのうのうと生きてる未来なんぞ、認めるわけには……いかねぇんだよ!」

 ……俺がそれを諦めたら、俺としての生を肯定してしまったら……誰が、理不尽から神巫雄輝を救うのだ

 多守紫乃?ああ、普通に考えたらそうだろう。だが、彼女はきっと……これから先の未来しか考えてない。奪われた過去を考えていない。次善策としては良いだろう。だが……

 あの嘆きを知ってしまった以上、そこで満足などしていられない。だからこそ俺は悪であるし、そうでなければいけない。全てを滅ぼしてでも、彼一人を救うために

 

 「この剣は正義の失墜」

 体が悲鳴をあげるが、無視する

 止まってなどいられない。やるしかないのだから

 けれども、その動きは、別の要因で止まる

 止まらざるをえなくなる

 ミラの手に、一画の令呪が輝いていた

 『なら、殺さなきゃ……いけないから』

 その声は、何処までも、覚悟から遠そうで……

 

『令呪をもって命ずる!

 アサシン、フリットくんを……ザイフリート・ヴァルトシュタインを殺して!』

 それは、悲鳴のような命令

 

 けれども、裁定者の持つ令呪による、絶対の指令

 サーヴァントであり、神代に近い時代の代行者でもある彼女の命令は、サーヴァントとはいえ拒否など赦されない。抵抗すら無意味、どのようなサーヴァントがどれだけ抵抗しようとも、従わざるを得ない宣告

 だから、俺がこの時やるべき行動は、即座にアサシンを脅威として斬り捨てる事で

 決して、アサシンを失うことを恐れ、俺が一昨日やったように令呪をもってそれを防ぐ事をアサシンのマスターに期待して待つ事などではなかった

 故に、即座に切り捨てる判断が出来なかった俺は、結局の所諦めない事しかないのに、その程度の覚悟しか無かった間抜けであったと証明したと言えるだろう

 

 だから、俺の死は規定事項。アサシンが抵抗しようとも、そんなものは僅かな隙にしかならない。その隙を活かせない者に未来は無く

 だが、それでも、せめてもの抵抗として全力で飛び下がり、光の剣を振るおうとし……

 

 しかし、規定事項の死は、胸から生えた剣によって阻まれた

 俺の……ではない。アサシンの胸から生えた、見覚えのある長剣……幻想大剣。心臓を背中から貫いたそれが、俺を殺すはずのアサシンの足をその場に縫い止めていた

 

 『……やっぱり、来ちゃうかぁ』

 ミラが呟く

 『全く、見てられないわね』

 俺の知る限り、他人の宝具を扱えるサーヴァントはこの聖杯戦争には一気も居ない。ならば、幻想大剣を振るえる者は一人しか居ない

 即ち、俺の前から去った……のだが、何だかんだ近くで見ていたセイバーだ

 「すまない、セイバー。助かった」

 軽く謝る。それしかする事がない。恐らく、認めてくれた……というよりは、あまりの不甲斐なさに呆れて一度助けてくれただけ、寧ろ完全に見限られる直前に一度だけ機会をくれた、といった方が正しいのだろうから

 『……気にしなくて良いわ。貴方なんてそこのルーラーに滅ぼされれば良い、その思いは変わってないもの。あまりにも無粋過ぎて止めただけよ

 どうして諦めないのか、貴方が理解出来ない。そんな化け物、死んでしまえば良いのよ。もしもあそこで諦めたならば、私も貴方なんて最低の道具(マスター)から解放されたのに』

 セイバーの声は冷たい。それはそうだ。セイバーからしてみれば、俺はロクなマスターじゃないだろう

 けれど、それでも、俺は……

 「諦められないから」

 『そう。最期くらい看取ってあげるわ。道具(マスター)とサーヴァントだった(よしみ)でね』

 

 とさっ、と軽い音と共に、アサシンが地に倒れる

 剣は刺さったままだ。人間であれば文句なしの致命傷、サーヴァントであれ、即死でも可笑しくはない。消滅していないのはサーヴァントの意地といった所なのか、それとも令呪の命令を死んでは果たせないからなのか、それは分からないが、とりあえず脅威としては弱い

 

 だから、今考えるべきは……ルーラーの対応

 

 ミラの手に、いや全身に、雷鳴が集い始める

 ……明るい。今までも全身に雷を纏ってはいたが、それがあくまでも力の差を見せつける為の……心を折るための加減であったのだろう、と思えるほどの明度。沸き上がる神鳴(かみなり)は、後光の様に……太陽の様に公園を照らしていた

 

 「……流石に、派手過ぎるんじゃないか?」

 牽制。あくまでもルーラーが聖杯戦争の運営を旨とするならば、派手な事は秘匿に関わるだろうからと揺さぶる

 ……空まで俺を打ち上げている時点で対応しているだろうに何を、と言いたくはなるが、時間は稼げる

 

 「『ーーー告げる』」

 呟くのは、最後の賭け。俺がジークフリートに助力を求めたとき、俺の中の英霊は応えなかった。何度やっても同じだろう

 ならば、取るべき手は別にある。応えないならば、応えさせるまで。英霊召喚の呪文を使い、強引にでも俺の中の英霊に力を貸させる。ジークフリートだろう彼程の大英雄がこんな悪に力を貸さないというならば、俺の中により強い繋がりで召喚し直すまで

 

 『……大丈夫だよ。良い子は寝る時間だからね』

 ミラの胸元で、ベルが鳴る

 ……体はもう限界だ。寝なければ、と一瞬思う心を振り払う

 「……催眠、か。それは」

 『……フリットくんが思ってるような事は起きないよ』

 食い付いてきた。時間は……これならば、足りるかもしれない

 

 「『……汝の身は我に、汝の剣は我が手に』」

 告げるのは言霊。フェイとの何度かの練習で、呪文詠唱を切る事無く話す術は身につけた。行けるはずだ

 「……突然の催眠で火事などは起きない、と?」

 『わたしだって嫌だからね、そんな悲劇。このベルの音はサンタクロースは眠っている時にやって来るってお話の再現だけど、あくまでも今日は疲れたし最低限の事やって早く寝なきゃって強く思わせるだけ。その場で眠ったりはしないよ』

 だから来るのにだって10分掛かったんだし、ね。とミラは小さく笑う

 

 宝具の効果ならばまず誰も目覚めないと見て良い。目撃者が生まれ得ない以上聖杯戦争の秘匿でルーラーが止まるのは有り得ない

 ならば、勝つしかない。アーチャー陣営は……紫乃は、覚悟を決めた……昔の紫乃らしからぬ強い決意の瞳で森を見てくると言っていた以上、今日の救援は期待出来やしない。セイバーはあくまでもチャンスをくれただけ、これ以上は助けてはくれまい。俺の手で、やるしかないのだ

 「『指輪の寄るべに従い、この縁この理に従うならば応えよ』」

 ……俺自身俺なんかには相応しくないと知っている、サーヴァント(セイバー)化を

 

 「『誓いを此処に』」

 『……本当の最後に、もう一度だけ聞くよ、フリットくん』

 行幸。ミラは勝手に話を続けてくれている。ならば……間に合わせる。魔力の高まりは感じない。上手く行く保証は無い。だからこその賭け

 『わたしは、今でも、君に死んでほしくなんか無いよ』

 「何故、神巫雄輝を救わない。俺よりも、余程救うべき人だろう!」

 『わたしが助けたいのは、生きてほしいのは……死んでしまった彼より、今を生きている君の方なの!』

 「ならば、相容れるわけが無いな。神巫雄輝の慟哭を知ってしまった以上、俺には彼を救う義務がある!ザイフリート・ヴァルトシュタインなんてのがのうのうと生きていて良い訳が無いんだよ!」

 ミラの言葉は切り捨てる。俺の中の死にたくないと叫ぶ情けない甘さと共に

 「『我は常世全ての善の倒す者』」

 『……此処で、死ぬとしてもなの!』

 「……諦めた時点で、死んだも同じだ」

 『……そう。ならば、本当に、此処で終わらせるよ

 何時も、つい加減しちゃってるからね』

 神鳴が、更に膨れ上がる

 

 その果てに……神を見た、気がした

 顔は分からない。只、人に似た何かとしか分からない。けれども、ミラの背後の神鳴に、聖堂教会の言う主を幻視した

 『だから、確実に終わらせる。この宝具で』

 「『我は常世全ての悪と為る者ーー』」

 ……駄目だ。紡ぐ速度が遅すぎる。魔力の胎動を感じられないが故に、強引な手段であるが故に、どこまでも想像よりゆっくりとしか言霊を繰れない。これでは間に合わない

 

 ……だが、それがどうしたというのだ。ならば、受けながら完成させれば良い

 光の剣を、左手に逆手に持つ

 ミラの宝具とて、恐らくは拳。ならば光の剣、左手、そして光の鎧でもって受け止めるまで。それで時間は稼げる。後は速度次第

 

 『〈主の慈愛は(ドーナ エイス)

 ……この声は……この詩は、グレゴリオ聖歌の一節、だっただろうか。いや、アマデウス・モーツァルト編曲版レクイエムだったろうか。カッコいいのって好きかな?と歌ってみせてくれたことがあった気がする。だが、これは宝具だ、今やそんなことはどうでも良い 

 その拳は、何処までも弱く。それでも、聖人による慈愛の裁きとしての性質を、神鳴を纏っていて

 『神鳴の如く(レクイエム)〉』

 われらに安息を与えたまえ(dona eis requiem)。その言葉の通り、ミラの纏う雷霆は、()を撃つために(はし)る……

  

 それは、文字通りの神鳴。人を越えた神の裁きともされた最大級の脅威

 だが、止まるわけにはいかない。そんな事は許されない

 「『汝、三大の言霊を覆う七天!』」

 詠唱は止めず、ミラの宝具を受け止める為、身構える

 

 ……突如、倒れていたはずのアサシンの体が跳ね上がった。構えるのはナイフ、未だ剣は刺さったまま、致命傷を追い、それでも令呪の絶対命令に従い、俺を刺し殺す為に動き出す

 ……だが、可笑しい。今更の行動もそうだが、アサシンにはボウガンがあったはず。ルーラーの宝具を手助けし、構えを崩すならばそもそもわざわざ突進してくる意味は何処にもない。それに、何より……

 アサシンの歩む、その軌道は……ミラの通り道だ。アサシンの速度は速くない、間違いなく激突するだろう

 ……アサシンが、笑った気がした

 同時に、気が付く

 わざとだ。あのアサシンは……俺を殺す令呪を死にかけだから果たせないと今の今まで抑え込み、立ち上がったのだ。俺を殺す為に動いたら、たまたまミラと激突したという体で、俺の盾になるために……!

 

 ならば、俺も応えるしかない

 「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 重くなる口を開き、強引に言霊を完成させる

 ……だが、何も起こりはしない

 当然だ、最後のあれは言霊ではない。魔力が乗らなかった。これでは、召喚は完成しない。するわけがない。やはり、強引に召喚するというのも無理があったのだろうか

 だが、これしか手は無かった。もう、こうでもしなければ、ミラは俺を逃がす訳がないだろうから

 

 そんな俺の目の前で、ミラの拳はアサシンの思惑通りか、アサシンに激突し

 ……文字どおり、消し飛んだ。刺さっていた肉体が消滅し、幻想大剣が、セイバーの呼び出した幻想のジークフリートの剣が此方へと飛んでくる

 それを、アサシンの遺した更なる一手を更なる盾とすべく左手で受け止め、前を見据える

 もうアサシンの姿は見えない。文字どおり消し飛んで消えてしまった。だが、アサシンは守ってくれた。こんな俺を

 

 ……ならば、応えろ。諦めるな。そんな事が許されると思っている弱さを切り捨てろ

 この手には幻想大剣がある。状況は変わった。前よりも可能性は高い。そして、言霊になっていなかった以上、呪文は途切れていない。何処からだ、考え……紡ぎ直せ

 その為の時間は……元より稼ぐ気だったろう!

 

 左手、そして逆手に構えた幻想大剣、及びそれを核とした光の剣で、ミラの右拳を受け止める

 いや、受け止めようとした

 

 触れた瞬間、文字どおり左手は消し飛んだ。光の剣は盾にもならなかった

 握るものを喪った幻想大剣が地に向けて落ち、都合よく左足に突き刺さる

 だが、問題はない。纏っている神鳴は兎も角、拳そのものの威力は今まででも相当に低い。アサシンが稼いだ、そして左手で稼いだ時間でもって、右手と胸で抑え込める程に……

 拳が胸にめり込む。銀霊の心臓の外郭である鉄板を歪め、千切り、捩じ込まれる。だが、そこまで。核たる指輪までは届かない。右手で手首を掴むのと合わせ、捕らえた

 

 『無駄だよ、フリットくん』

 同時に、神鳴が俺を()く。俺という存在を消し去って行く

 ……いや、違う

 同時に、理解する。ミラがどうしてこの宝具を撃ったのか。どうしてアサシンが消し飛び、俺も消えようとしているのか

 

 この神鳴は……祝福だ。神の慈愛だ

 摂理から外れた、神に背いた、そんな者達すら主は赦し、正しき道に立ち返らせる。回心の拳

 それは、普通の人の摂理から外れたサーヴァント、死徒等に、そして俺にとって、摂理に引き戻す力となる

 そう、神が作りたもうたという人間へと慈愛をもって還す、それがこの宝具

 ならば、本来あるはずの無い俺は、本来死んでいるはずのサーヴァントは、不死を得たはずの死徒は、本来の摂理(にんげん)に立ち返り、消滅する

 

 ミラだって分かっていたのだろう。あの宝具で摂理に還った際に、俺は居ない。残るのは……改造される前の神巫雄輝の死体だけ。それも、加減されたとはいえサーヴァントの拳に耐えきれず、消し飛ぶだろう

 

 消えていく。ザイフリート・ヴァルトシュタインという摂理から外れた化け物が消えていく。神の慈悲の元に、元々ゼロだった真実に還っていく

 もう、胸がない。息が出来ない

 もう、右手が無い。せめての抵抗をしたかったけれども、剣を振るえない

 もう、頭がない。言霊を紡ぐ口が無い。せめてもの嫌がらせに唇でも奪ってやろうかということも出来ない

 もう、腰がない、足が束ねる物を失って倒れていく。いや、もうその足もない

 もう何もない。ゼロだ

 

 ……本当に?

 心の中で、何かが叫んだ。……諦めるな

 もう、心が無い

 そんな訳はない。何かが叫んだ。忘れるな、彼女は……世界を……

 

 もう、沈んでいく。諦めても、諦めなくても、結果なんて変わらない。ならば……と、何かが言った

 諦めなくても変わらないとしても最後まで諦めない、それでいいじゃないか

 

 痛む。無くなったはずの左足が痛む。幻想の剣が、何かを伝えるように灼熱している

 もう居ないはずの俺に、何かを残して……

 

 心の奥底で、誰かが言った。倒すべきは、彼女じゃない

 

 化け物が吠えた。託されたんだ、終わるものか

 

 何かが応えた。救うべきは……

 

 誰かが、決意した。……だって、この想いは消されない

 

 ……そうだ

 意識が浮上する

 まだだ。まだ終わってなどいるものか。まだ届く

 何故ならば、消えるはずの無いものがある。アサシンが弱めた威力の差で拳を受けなかった……神鳴では消されない力がある

 叫べ。まだ終われない。終わるわけにはいかない。頭が残るくらいで辿り着けるどころじゃない。ずっと川底に残っていた。存在することが真実。だから神鳴により還ろうとも消えきってやしない。消えていないならば足掻けるだろう。叫べ、叫べ!叫べ!!

 俺にはまだ、指輪(たましい)が残っているだろう……!

 この身は悪、現在を破壊する悪魔。力を貸して等とは言わない。英霊が、現在の……人理の破壊(過去改変)に手を貸す訳はない

 「抑止の果てより来たれ』

 だから、俺が勝手に振るう。その為の、魂が紡ぐ言霊。ならば、これは英霊召喚等ではない

 「天秤の破壊者……!』

 力を寄越せ、俺の英雄(宿星)……!

 あえてこの力を呼ぶならば、そう

 「夢幻召喚(インストール)ッ!』



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五日目ー悪竜覚醒

挿絵(絵:篠月祐様)はイメージ図となります。左手がある?色がちょっと薄い?知らんな(発注ミス)



夢幻召喚(インストール)ッ!』

 その瞬間、もう無くなったはずの体が、悲鳴をあげた

 

 殺せ

 食らえ

 潰せ潰せ

 全て破壊を

 

 ……否。こんなもの、こんな程度の破壊衝動……あの嘆きに比べたら何でもないはずだ

 破壊を破壊を破壊を破壊を……!

 我は……称えよ、畏れるべき我が名は

 ……ファ……ル

 ……違う、俺の名は……

 「ザイフリート・ヴァルトシュタイン!」

 最も忌むべきその名を叫ぶ

 大丈夫、まだ、俺は俺だ。破壊衝動は未だに叫んでいるが、呪詛と共に心の奥底に押し込めてしまえば何ともない。俺はまだ、俺で居られる

 

 眼を開き、前を見据える

 ミラは、驚愕の表情のまま、固まっていた

 戻ってきた左足に突き刺さった幻想大剣を抜き放とうとして気が付く。左手が無い。戻ってこれたとはいえ、物理的に消し飛んだのだろう左腕までは治らなかったと見える

 だが、それがどうした。骨は残っている。それを核に光の剣を展開すればカタールを装備したのと何も変わりはしない、ならば問題は何処にもない。重要なのは聖杯戦争の勝利……否、起動した聖杯によるザイフリート・ヴァルトシュタインの生誕という間違いの抹消(改変)。その先は無いし在るべきでもないのだから、聖杯に手を伸ばせるならば俺などどうなろうと構いはしない

 

 右手で剣を抜き放つ。……動きやすい。服が変わっている。最低限のものに。これが……英霊の服なのか?背骨は折れていたはずだが、そこまで気にならない。これも、夢幻召喚の力……だろうか

 ……ハカイ……ハカイ!

 呪詛と何も変わらない破壊衝動さえ抑えれば、純粋に今までの俺が強くなった……感覚。こんなものが、本当に?この程度が、仮とはいえ本当に英霊を纏った……夢幻召喚だというのか?

 違う。だが、ハッタリでも通すしかない。再構成の際に一度魂だけになった事で結び付きが強くなったからか、それとも本領を出せていないだけか、出力が上がったことは確かだ

 

 剣を片手で真っ直ぐ突きつける

 『……フリット……くん?』

 「……言ったよな、ミラ。目覚めてからじゃ、わたしがセイバーを倒しただけになってしまう、と」

 『……言ったよ、確かに』

 「ならば……俺の勝ちだ」

 光の剣を展開する。禍々しい血を思わせる紅い光が、今までを越えた存在感と共に、其処に産まれる

 

 『……馬鹿じゃないの?そんな自殺行為、本当に間抜けね、道具(マスター)

 呆れを通り越して寧ろ感心したように、セイバーが呟いた

 『本当だよ。まさか、本当に疑似サーヴァント化しようとするなんて』

 「……諦めないならば、それしかない。勝算がゼロでないならば、やるしかない」

 『全く、敵わないなぁ。やっぱり、殺したくなんて無かったよ、フリットくん』

 だというのに、ミラの声は、変わっていなくて……

 「これで俺を殺してももう遅い」

 『うん。そうだね。もう遅い』

 ミラが、再度拳を握る

 

 『だけどフリットくん。それは……世界を殺す力だよ』

 刹那、左目の、左腕の、頬の、背の、足の、全身のありとあらゆる古傷が開き、血を吹き出した

 「……ハカイ、世世(せよ)怨!」

 吹き出した血が、紅い光となって纏われる。折れて背中から突き出した背骨を延長するように、血の光が翼を形成する。左腕の断面から光が吹き出し、悪魔の鉤爪を形成する

 客観視など出来ないが、直感で理解する。血を纏う俺の姿は、聖書の悪魔(ドラゴン)そのもので……

【挿絵表示】

 「〈悪竜の(ブラッド・オブ)血光鎧(ファフニール)〉ゥゥッ!」 

 神鳴の拳と、紅い光で構成された鉤爪が激突し、魔力の火花を散らした

 分解は……されない。纏うものが神の慈悲だとしても、抵抗は出来る。消えた端から流れ出す力が、鉤爪の消滅を許さない

 

 『……っ!』

 ミラが飛び退く

 初めての、まともな打ち合い。一方的な蹂躙ではない戦闘

 『けどっ!』

 一瞬、その姿がブレる。直後、放たれるのは後方からの蹴り上げ。分身からの一撃

 俺の体はやはり空へと打ち上げられ……

 「……舐め、るなぁっ!」

 光の翼を吹かせる

 翼の姿をしているが、これ自体が飛翔に使える形状はしていない。こんなもの、竜の似姿を形成するためのものでしかない

 だが、魔力を吹き出せば、ブースターポッド位にはなる!

 「空は、勇マエ(お前)の独壇場じゃナ遺(無い)!」

 加速、目指すは空中で俺が飛ばされてくるのを待ち受けるミラ

 ……胸が痛む。躯が軋みをあげる

 限界を遥かに越えた魔力の乱用に、全てが危機を告げている

 だが、それがどうした。そんなものがなんだというのだ

 

 理屈は知らない。何故ミラがこの状態の俺を尚も狙うのかなんて分かるわけもない。サーヴァントに近くなればというあては外れた。だが結局、抗い続けるしかないのならば、何も変わりはしない

 『雷挺よ!』

 ミラの手から雷が打ち出される

 遠距離攻撃にも使えたようだ。だが、そんなもの、俺の光の剣ですら出来ること、潰せ。驚愕には値しない

 左手の鉤爪で雷を掴み、握り潰す。左手が砕け、そして鉤爪が再生する。まだだ、まだ持つ

 ……頭痛がする。血が足りない。この姿は血を媒介にしたもの。血を撒き散らしながら戦闘しているようなもの、限界は遠くない。だが、……破壊を。まだ限界じゃないだろう!

 

 「嗚呼呼嗚呼ッ!」

 魔力は吹き出したものが溢れている。その魔力に乗って、縮地。ミラとの間の空を飛び越える

 『けどっ!』

 振るうのは翼。拳を回避しては当てられはしない。纏う光の鎧で顔面への右ストレートは甘んじて受け、剣を振るうだろうと受けに出したミラの左腕を嘲笑うように、左翼でもってその小さな体を捕らえる

 『っ!』

 捕らえられ、生まれるのは隙。初めての、作り出した切り札を打ち込む時間。無防備な一瞬

 「〈幻想大剣・(バル)

 だから、叩き込む。〈喪われし財宝(ニーベルング)〉により幻想として存在する、聖剣の力を

 右手の剣が震える。何かに反応するように。何かを恐れる……いや、そうじゃない。そんな臆病であるはずがない。これは、何か滅ぼすべきもの(竜のような俺)に反応しているのかもしれない

 「天魔失墜(ムンク)!〉」

 気にせず、翼毎ミラへと剣を振るう。溢れ出す黄昏の光(真エーテル)の暴威と腕力でもって、叩き斬る

 黄昏の光は雷を吹き散らし、紅い光は柔布を引き裂き……確かに剣は、肌に届いた

 

 『まだぁっ!』

 だが、浅い。大きな傷を残すには至らない

 それでも、初めて、まともに届いた

 雷と化し、ミラが翼の拘束を抜ける

 『そこぉっ!』

 反撃の蹴り下ろし。消え行く幻想大剣と光の剣で受けるが、勢いを殺しきれずに撃ち落とされる。翼の再構成は間に合わない。片翼では飛べはしない

 

 「終わる、夏世怨(かよぉ)ッ!」

 地に背を向けたまま、両足、そして背骨から血と共に魔力のジェット噴射、ギリギリで速度をゼロにし、反転して四つん這いの獣のように着地

 着地の衝撃で歯を噛み締める。右ストレートで数本ヒビ割れていたのか、何本か歯が砕けるが、気にしている余裕は無い

 『っ痛ったぁ、容赦ないね』

 一拍遅れて、ミラが着地する

 「っぺっ、何故、未だに俺を狙う」

 口の奥から溢れる血を折れた歯ごと吐き出し、そう問う

 一度の攻防を終えた膠着ならば、何とか問う余裕はある

 

 問いながら、霞む目でミラを見る。朱は見えてはいる、引き裂かれた服の合間から白い肌も見えている。だが、裁定者という化け物にとって大きな傷ではないだろう

 目の前で服の破け目が消える。魔力により編まれた服、宝具の一部、壊わしたとしても直ぐに元に戻るのだろう

 『フリットくんのそれは、世界を壊す力だから、だよ』

 淋しそうに、ミラは返した

 『今の道具(マスター)は、殺すべき存在よ。サーヴァントなら誰でも分かるわ』

 傍観していたセイバーも、そう憎むべきなのか迷うような声音で告げる

 「そりゃぁ、良いや……」

 世界を壊す(過去改変)。それを成し得る、世界がそう俺を見ている。危機としている

 それは、俺が聖杯を手にする可能性はまだ有り得ると世界が判断しているということに他ならないはずだ。随分と評価されたものだとは思うし、結果として進まなければならない道の障害として裁定者という大敵が……正義が増えたのだろうが、放っておいても死ぬから対応しなくても問題ないと些事(さじ)で片付けられるよりは余程良い

 『……良くないよ。だから、目覚めてほしく無かったんだけどなぁ』

 「……知って……たのか?」

 『知らないよ、けど、直感してただけ。もしもサーヴァントになってしまえば、フリットくんは世界を滅ぼす存在になるって』

 根拠なんて、無いけどね、と悲しそうにミラは笑う

 ……啓示。一部聖人が持つという、未来予知の領域にも等しいという直感。神からのお告げともされるスキル

 それが、俺を世界の危機視していた……と、いうのだろうか

 

 『……笑うなんて、悪魔みたいよ、道具(マスター)

 「……評価されすぎだな、と」

 『……自分で見て理解したよ。その力を振るい続けるならば、聖杯戦争に参加し続けるならば……』

 ミラの目が、変わる

 何だろうか、纏う雰囲気が違う。魔力の質?在り様?漠然としないが、このミラは……本当に裁定者(ルーラー)なのだろうか、という無意味な疑問がふと浮かぶ。今の彼女は、もっと……俺を滅ぼし、何かを護る存在な様な……

 そんな無駄な考えを振り払う

 『君はきっと、人理を、世界を滅ぼすよ

 だって君は……最後まで回帰(かえ)る事を、諦めてくれないたまろうから』

 ミラの手に、何かが現れる

 ……白い、背負う袋

 

 ……悪寒がする。幻想の剣が何かを訴えていた時等比較にならない。何かが、使命を……

 『だから、わたしは守るよ。世界を、みんなを』

 ……無垢の守護者。ふと、そんな言葉が思い浮かんだ

 

 ……立ち上がれ、立ち向かえ。全てが終わらせられる前に。破壊せよ

 ……あの悪寒は……一度目に打ち上げられた時に見た、森に見えた光と同質の……?いや、それとは違う……

 

 「この剣は正義の失墜……」

 四つ足は変えず、詠唱する。問題ない。翼だろうが鉤爪だろうが、紅い光……光の剣と同質の力なのは変わりがない。その軌跡だろうが束ねれば良い

 セイバーは動かない。手を貸す気は此処に至っても無いのだろう。寧ろ俺を悪と認めているならば俺を殺しに来ても可笑しくないとすると、傍観しているだけマシだ

 『……これは、無数の誰かの夢だから』

 ぱさっ、とミラの持っていた袋が地面に落ちる

 柄を天へ向け、袋の口から覗くのは……一本の剣。だが、有り得ない。地面に置かれた袋の厚みは精々5cm、刀身まで入っているとすると……地面の下まで突き刺さっている事になる

 「世界は今、光無き夜闇へと落ちる」

 まだだ、まだ限界じゃない。もっと寄越せ

 限界の来た体から、無理矢理に血と魔力を吹き出させる

 ミラが、鞘から抜き放ち、輝く剣をとる

 ……あの剣、見たこと無いだろうか。あの鞘も……

 確か、フェイの部屋に……

 「〈偽典現界・幻想悪剣(バルムンク・ユーベル)〉ッ!」

 『……これは、世界を、無垢な人々を護る、聖戦(たたかい)だからっ!』

 極光が、世界を埋め尽くした



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五日目ー顎骨を持つ者(ハヌマーン)(多守紫乃視点)

『〈竜を語れ獅子星剣(エクスカリバーL.E.O)〉!!』

 奔流は、大丈夫だと信じる私すらも呑み込んだ

 

 『っらぁぁっ!』

 アーチャーが吠える。アーチャーが、私を抱き締める力が強くなる

 ……目が、慣れてくる

 アーチャーは、その周囲を取り囲む暴風は、ギリギリの所で魔力の奔流を押し留めていた

 『舐めんじゃ、ねぇってんだ、よぉぉっ!』

 前に構えた何かを盾に、ギリギリの均衡を保っている

 

 だけど、アーチャーの守りは強くても、前に暴風でガードしたその時よりも明らかに相手の力は強くて

 『負けて、られないんだ、此方もなぁっ!』

 ライダーだって、諦めるような素振りは欠片も無くて

 小石に当たり、バランスを崩しかける

 一歩も動いてないのに?有り得ない

 ……違う。押し込まれているだけ。アーチャーが宝具を押し留めきれず、後方に押し出されているからだ

 体勢を崩されれば……均衡が崩れれば、そこで終わり。私もアーチャーも死ぬ。そして、ここは森の中、魔力の余波で倒れた木々等、バランスを崩しかねないものは沢山ある。だから

 「負けないで、アーチャー!」

 『任せろ、って事よ!』

 アーチャーが吠える

 それに対抗するかのように、獅子も吠える

 

 「ぁ痛っ」

 頬に痛みが走る。暴風の障壁を抜けて、魔力の奔流が私にまで届いたのかもしれない

 僅かに獅子の方を頭だけで振り返る

 暴風は大分弱まり、纏わせていたらしい風は吹き散らされ……アーチャーが一本の太い棒を増やした両の手で握っているのが良く見えた

 

 『今更、かよぉぉっ!』

 アーチャーが吠える。暴風が、再度膨れ上がる

 『まだ、まだぁっ!』

 ライダーも吠える

 そして……

 

 光が消え、夜の闇が戻ってきた時……

 『チェックメイトだ、アーチャー』

 三対目のアーチャーの腕には、棘だらけの赤い槍が握られていた

 「アーチャー!?」

 背中にまでは穂先は届いていない。けれども、その槍から生えた棘はしっかりとアーチャーの手に刺さっている

 『気にすんなマスター、無粋な野郎がお出ましただけだ』

 力尽きたように、アーチャーの姿が元に戻る。私を抱き締めていた両の腕も消滅し、棒を握る二本だけに戻ってしまう。同時に、握る腕が消えた槍が地に落ち……、血となって染み込んでいった

 

 『……耐える、か。化け物め

 だが……』

 『けふっ!』

 アーチャーが血を吐く

 「どうして……」

 『アーチャーのマスター。槌で殴られようとも盾で防げば無傷か?大剣の一撃も鎧で防げば無傷か?』

 「……」

 『違う。防ごうが、衝撃は通る。倒しきれずとも、内部に十分なダメージは通せたようだな』

 ライダーの持つ剣が閉じる

 彼と獅子の後ろには……数m……いやそれ以上の抉れた土地と、無数の亀裂が残っている。更には……

 もう一人、男が立っている。アーチャーの背後。2mはあろうかという大男なアーチャーと比べても決して音っていないだろう化け物が

 怖い……あれが……バーサーカー

 『トドメだけ貰いに来たってか?セコくて嫌になるぜ、バーサーカー』

 『抜かせ、(さる)(わたし)は夜の王。出てきただけでも有り難いと思え』

 『ああ、そうだな』

 『だが、その腕……すぐに今生の別れとなるが』

 バーサーカーに言われ、アーチャーの腕を見る

 大きく傷ついた腕は消えたはずなのに、あの腕は傷付いていなかったはずなのに、朱色が見える

 『ある程度リンクするってのは困りもんだな。だが……』

 突然、アーチャーが棒を振るう。柱のように巨大化した棒は大地に突き刺さり、小規模な地震すら感じさせる。その下敷きになって、透明な何かが潰れた

 

 「えっ?」

 気が付くと、私は長さ10mはあろうかという棒の上に居た

 『チェックメイトってのは戴けねぇ

 確かに連れて高速移動は負担が大きすぎるんで、マスターを守るためにゃあそこで正面から宝具を受けるしか無かったし、槍も受けたが……』

 再度、アーチャーが変貌する

 『その程度で詰みたぁ笑わせる』

 顔の一つは、館があるだろう方向を見据え、一つはバーサーカーを睨み……

 『知らざぁ言って聞かせやしょう

 悪魔も炎も乗り越えて、三界制覇なんのその

 太陽を目指し、月を食らい、不死身を得て遠き世界より人を見守るも、あんさんに似た嘆き、流石に見たからにゃ放置は出来ぬと』

 暴風が、再度吹き荒れる

 『サーヴァント、ハヌマーン

 盟友、斉天大聖孫悟空の姿を借りて、此処に弓兵を騙って現世へと帰還せりってな!』

 アーチャーは、高らかにそう歌い上げた

 

 「ハヌ、マーン……?」

 ぼんやりとした私の呟きに、私の方を向く顔が苦笑する

 『まあ、ここらじゃ流石にマイナーかねぇ』

 確かにそう。私はハヌマーンなんて聞いたことがない

 だけど、ライダーには、分かったようだ

 『……まさかとは思っていたが……』

 『お褒めにあずかり光栄ってな』

 『後は任せ帰るぞ、友よ』

 獅子が相槌を打つように吠える

 『逃がすと思って?』

 『思っているさ。全く、何がヴァルトシュタイン勝利を規定付けられた聖杯戦争なんだか』

 ライダーの姿がかき消える

 いや、普通に走り去っただけだ。音が遠ざかっていく

 アーチャーが、私を再度抱えて棒から降りる

 一瞬にして棒は鉄棒に使われるくらいのサイズに戻る

 

 『ふん、猿が粋がるではないか』

 けれども、バーサーカーは堪えない

 『ああ、悪いけど、あれしきの血でオレが落ちると思われちゃあ、ラーマのあんさんに笑われらぁ

 あれしきで落ちるわきゃねぇだろ?』

 ……言われて、思い出す。バーサーカー(吸血鬼)の血を与えられたら吸血鬼になる、という話を

 

 けれども、それはアーチャーに関しては安心らしい

 『ふん。(わたし)に従わん無価値の存在は知っているとも』

 『言っとくが、マスターへの攻撃はしっかりと防いだぜ?マスター操ろうってのも無意味だ』

 『貴様等、(わたし)に平伏す程度の力しか……』

 『……うっせぇよ』

 アーチャーの手が閃く

 何度も、姿を隠して矢だと嘯いていた、延びる棒の一撃

 けど、けれども

 『人を殺す力など、効く道理が無かろう』

 アーチャーの攻撃は、無意味にバーサーカーの腹に当たり、止まってしまう

 『なら、よっ!』

 アーチャーは棒を一回転、そのまま半径1mは軽く越えるだろう大きさにして、頭上から振り下ろす!

 『無意味人一人殺す程度で、王に傷を付けようなどと』

 けれども、バーサーカーは無傷。アーチャーの一撃は、やっぱりバーサーカーの頭に当たった瞬間に、意味を失って止まってしまう

 ……なんなんだろう、これ

 分からない

 

 『……てめぇ』

 低い声で、アーチャーが言う

 『その力……どれだけ食った』

 「どういうことなの、アーチャー?」

 『魂を食らい、溜め込んだ。何百の魂の集合。それが今のバーサーカー』

 『何百だと?馬鹿を抜かすか』

 「魂を集合させると?」

 『数百人いる内の一人を殺した程度じゃ、その集団にとっては些細な事。つまり、人間一人を殺す程度の攻撃は、バーサーカーにとってその程度のかすり傷にしかならない攻撃だと置き換えられてしまう』

 「沢山の人を殺せる攻撃しか効かないって事?」

 『正解だ、マスター。飲み込みが速いな』

 『然り。夜の王を滅ぼしたいならば……』

 『なら、死ねやぁっ!』

 一瞬、アーチャーの姿が消える

 大地が、揺れる。アーチャーが、上空から……風を纏わせ、巨大な……それこそビルくらいにまでなった如意棒を叩き付けたのだ

 『貴、様ぁっ!王を傷付けんとするか!』

 棒の下から、血色のコウモリが数匹飛び出し、バーサーカーの姿に戻……ったかと思うと、私に向けて槍を

 『遅えんだ、よぉっ!』

 神速一閃。今度こそアーチャーが雷のような速度で伸ばした棒がバーサーカーに刺さり……

 私へと伸ばされた血の槍が届く前に、半径3m程まで巨大化した棒が、突き刺していたバーサーカーの体を粉々に膨れ砕いた

 

 「アーチャー!」

 『油断すんな、マスター!』

 アーチャーが私の近くに着地する

 「違う、ちょっとやりす……」

 『……よもや、魔力を込めて、強引に(わたし)を一度殺すとはな……』

 ゆらり、とバーサーカーが立ち上がる

 『ふざけてんな。んで、数百だと、の後は何だって?』

 『知りたいか?王の元に集う魂は7659……いや、もう7658か』

 『あれか、無数の魂の集合だから大規模殺戮必須で、かつ殺しても食った別の魂一つが死ぬだけか?』

 『それが、王の特権というもの。無意味な劣等種(ニンゲン)の存在意義だ』

 当たり前のように、バーサーカーは答えた



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五日目断章 戦闘終結

「……まだ、だ……!」

 星の光が、悪魔を打ち砕く。光が空に消えた時に、道具(マスター)はただの一歩も前に進む事は無く

 「偽典……がはっ!」

 既に、全ては決していた

 

 電源が落ちたように、残された左目から光が消える。左手代わりの鉤爪も、翼も、その全ての残骸とも言える紅の光がふっと消失し、道具(マスター)は血の池に倒れ伏す。指が可笑しな方向にネジ曲がった右手が、尚も足掻くように虚空を掴もうとし……けれどもそれも無意味に終わり、完全に活動を停止する

 ……死んではいない。まだ契約はされたまま。全くもって、しぶとさだけは一級品と言えるだろう。何で死んでないのよあれで、と言いたい

 けれども、放っておけば流石に死ぬだろう。漸く、イライラする契約も終わる

 

 『本当に、手を出さなかったんだ』

 袋の中に輝く黄金色の剣をしまいこみながら、ルーラーが此方を見て呟く

 『当たり前じゃない』

 『助けに来たのに?』

 『来てないわよ。たまたま見かけた時に、あまりにも無粋な事をしようとしているのが見えたから、流石にどうかと思っただけ

 あの道具(マスター)が勝手に貴女に挑んで殺される分にはどうでも良いわ

 それに、死んだらあの人の夢を見られないじゃない』

 ルーラーに挑めば死ぬ。そんなことは当たり前だ。あれは特権が無くても化け物、復讐の意味を喪った私が挑みたくなるような存在じゃない。道具(マスター)があれじゃ、聖杯の入手なんて願えるものじゃないのだから。何よあの一念しか無い盲進型マスター。聖杯を望むならば応えよとか詐欺じゃないのかしら。手に入れた瞬間に自分の存在を……その聖杯戦争を無かった事にするならば、どう考えても絶対にサーヴァントに聖杯は渡らないじゃない。ふざけてるのもいい加減にして欲しい

 

 『うーん、そうかなぁ』

 言いながらも、ルーラーは血の池に近付く

 トドメを刺す気だろう。私だって……そうするのが正しいと言うのは分かる。アレは……万が一外せないリミッターでもかからない限り生かしておいてはいけない。復讐対象を喪った私は、マスターの死をもって脱落し、魔力切れで消滅するまであの人の夢でも見ながら過ごす。それで良い……はず。ルーラーを止める必要はない

 『本当に良いのかしら?』

 けれども、私はそう問いかけていた

 時間稼ぎ。本来はやる意味なんて無い

 『やりたくなんてないよ?けど……わたしは守り手で、裁定者だからね』

 『使命から?馬鹿らしいわね。それで、勝手にマスターを殺して脱落させておいて、サーヴァントにはどんな埋め合わせがあるのかしら?』

 『少しの間、現世に残れるようにするよ。その間に新たなマスターを見つけて欲しいかな』

 『明らかに、不利な案件ね、一発殴らせなさい』

 『……うん、そうだね』

 ルーラーの動きが止まり、私に向き直る

 『はい、どうぞ』

 『……開き直られたら……意味、薄いのよ!』

 喪われし財宝として、あの人の剣を取り出しての一撃。拳じゃないけれども、正直拳じゃすまない程にイライラが大きすぎるので許して欲しい

 『固いわね……』

 それでも、首ははねられない。傷はついたけれども、とても浅い

 『気が済んだ?なんて聞かないで欲しいわね。気がすむまでならば、一晩中殴るから』

 『それじゃあ、聞かないよ』

 ルーラーは血の池に向き直り……

 

 『凄く、すっごく嫌だったけれども、義理は果たしたわよ、キャスター

 今度、私の願いも叶えなさい』

 その背に向けて、嘲笑うように声を浴びせる

 私にルーラーの注意が向いている間に、あのボロ雑巾みたいな道具(マスター)は、キャスターが回収していった。あんな死にぞこないの半死でも欲しいのならば持っていけば良い。どうせ、流石に手遅れだろうし

 けれども、万一生き残ってしまっていたら……

 『っ!そう来るかぁ……』

 どこか嬉しそうに、そして悔しそうにルーラーが呟く

 『けど、探せないなんて思われちゃ……』

 ルーラーが再度雷を纏い……

 『っ!』

 森の方を振り返る

 竜巻が、遥か上空まで延びていた。向こうも大概な事をやっている

 『……流石に、あれは止めないとかなぁ』

 『ざまぁ無いわ』

 雷となって飛び去るルーラーに向けて、私はそう吐き捨てた




『それが、無意味な劣等種(ニンゲン)の存在意義というもの』
 バーサーカーは、そう告げた
 
 『そうかよ!』
 確信する。アレはオレが全力で殺すに値する存在だと
 サーヴァント基準?知らぬ存ぜぬ、ただオレは奴を滅ぼすべきだと信じた、それだけの事
 マスターの方を左の顔で見ると、やはりというか固まっている。流石に刺激が強いだろうし仕方がない。寧ろ、普通の美少女だろうに、よくぞここまでの理不尽な世界に耐えられた
 ああ、けど安心しなマスター。覚悟は決めた
 
 ……一撃で滅ぼす
 『……マスター』
 「何?アーチャー」
 『気だるくなるだろうけれども、今から言う事を繰り返してくれ』
 「うん」
 マスターはこくりと頷く。それで良い。サーヴァントみたいなものとして介入した身、流石に宝具の解放はマスターの意思と魔力無くしてはどうしようもない。自力で使うにしても本体からの魔力で補えるとはいえ、解放の鍵が無いようなもの
 『アーチャー、宝具の解放を』
 「……うん。分かった
 アーチャー、宝具を使って」
 言い切った瞬間、ふらりとマスターが倒れ、二対目の腕で受け止める。魔力不足の症状。やはりというか、流石に素人マスターじゃ、魔力がカツカツ過ぎる
 けれども、問題は無い。使えと言って貰ったのだから
 忠臣なこの身、全力で宝具を撃ってやろうじゃないか
 
 『無駄な話は終わりか?夜の王に勝てる訳が無かろうに』
 『……ラーマのあんさん、ちょっと技、借りるわ』
 (ヴァーユ)譲りの風の魔力を、盟友の棒に込める
 『其は、天をも揺るがす……』
 そして、棒を回転、渦を作り出し……
 『〈空砕く嵐鐵(ブラフマーストラ)〉!』
 棒を核として、嵐に変える
 半径数十mの嵐は、森の木々や大地、そしてバーサーカーを巻き込み……
 『猿め、ふざけた事を』
 空へと上がっていく。高く……高く
 『まだだ、もっと……地の軛を抜けた先まで!』
 気を失ったマスターを風で護り、空に浮かべる。宝具解放後、全てが終わる前に回収出来るように
 ……抜けた
 
 バーサーカーが、何かを喚く。恐らくは、貴様だとかそういうの
 『聞こえねぇなぁ』
 聞こえる訳がない。此処は既に宇宙(ソラ)。何度かオレが行ったことはある、空気の無い空間。神の風は兎も角、普通の声が通るわけもない
 『じゃあな』
 オレと同じ場所まで嵐によって飛ばされたバーサーカーを蹴り落とす
 地点は当然ながら、あの(結界)。本来の世界とは位相がずれた、あそこだけ別世界とも言える場所
 
 ああ、待ってろバーサーカー。すぐに何時かインドラに意趣返しとして叩き付けてやろうと修練した切り札(宝具)で、地獄に送ってやるから。地獄で威張ってな
 地震を起こして警告はした。ヴァルトシュタインに暮らす人々が巻き込まれるのは……逃げ遅れていなければ何とかなるだろう
 
 『さあ、見せてやろうか。宇宙(ソラ)を目指した人が遂には辿り着き、魔術に落ちた神の裁きの魔法って奴を』
 『天界より地獄まで、全てを貫くは如意金箍。その真実をご覧あれ』
 魔力は充分。地の理の範囲は抜けた
 ならば神として、本気を出す位は良いだろう
 どうせ、位相がずれた異世界だ。消し飛ばしても問題は無い
 『インドラよ、見せてやるよ
 これが、てめぇに何時か撃ち返す金剛杵!』
 流石に、詠唱は省略する。威力は抑える
 だが、それでも……バーサーカーを数千回殺すには足りるだろう
 肥大化した如意棒に、全力を注ぐ
 本来この宝具に使うのは神造兵器、大河鎮定神珍鐵よりは弱いもの。威力は本来よりも増す
 『〈天斉(ブラフマー)
 遥か宇宙(ソラ)より風を纏い打ち出すは大河鎮定神珍鐵
 『冥動す(ストラ)
 街を滅ぼす神の裁き。人の手により魔術に落ちた名は……神の杖(ロッズ・フロム・ゴッド)
 それを今……
 『三界(ヴァジュ)
 
 『……御免、流石にそれは禁止』
 だが、妨害不能な宇宙(ソラ)から放たれるはずのその一撃は、放たれる前に止められる
 『……ルーラーかよ。邪魔は』
 『天の理は、流石に反則過ぎないかな?無理矢理入ってきた時から分かってはいたけどさ、サーヴァントの域を越えてるよ』
 ルーラーの手が輝く
 『あんまり無駄遣いになるかもしれないことはしたくなったけどね
 令呪をもって命ずる。アーチャー、サーヴァントの域を越えた権能の行使を禁ずる』
 『仕方ねぇなぁ。解ったよ、天の理使わない範囲でやってやるよ』
 『案外自制してたし、言わなくても良いと思ってたけどね……』
 『悪かったな、裁定者。邪魔して』
 言って、オレはマスターの元へと戻った


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"夢幻の光剣"承 第七次聖杯戦争/上
六日目幕間 目覚めるは魔狩人


忘れるな。闇ある所、必ず光がある

 この世に悪意は満ちるだろう。だが、その闇は人の心の正しき光をも呼び覚ます

 希望せよ。明けない夜はない、払われぬ闇も無い。悪ある所、正義は必ずあるのだ

 それが……英雄原則

 

 ふと、暗い部屋に蠢く影

 襤褸切れのような青年に掛けられた、やはり襤褸切れそのものなフード付きマントの切れ端がわずかに輝いたかと思うと、一瞬の後に一人の少女の姿を取る

 ……サーヴァント・アサシン、魔狩人(ヴァンパイアハンター)。人が語り或いは願った、無数の夜に潜む魔を狩る者の……業績或いは物語の集合体。ルーラーにより討たれたはずのサーヴァントが、その場所に不意に現れていた

 『ん』

 確かに死んでいたはずの狩人は、されどそれを驚く事もなく、軽く息を吐く

 

 ……少女(・・)にとって、これは驚愕でもなんでも無い当たり前だから。()は、吸血鬼に類される理不尽に苦しめられる人々の、何時か奴を倒して自分達を救ってくれる都合の良い救世主という祈りを多分に背負う者。闇ある所に光があるように、夜の眷族ある所には魔狩人が現れる。故に、夜の貴族(バーサーカー)ある限り、それを狩る者も当然居るのだ

 それが英雄原則。魔王は勇者を呼び起こす。幾度死のうとも、バーサーカーある限り、アサシンは幾度であろうとも蘇り立ちはだかる。バーサーカーという魔を狩るその時まで

 

 だが、無数の伝承のうち青髪の少女の姿をしたものを代表としたアサシンは、即座にその役目を果たすことはなく、自身が再臨したその場所を眺める

 薄暗く、そこまで大きくない部屋だ。特徴としては、狭い机の上に、『花の魔術師マーリン 著/絵:アヴァロンの魔術師☆M』と書かれた分厚い……それこそ紙にして200枚はあるだろう資料が置かれていること、そして暗がりにあって尚圧倒的なまでの存在感を示す一本の剣が壁に掛けられている事くらいだろうか

 部屋の主であるメイド服の少女は、一人用のベッドを他人に明け渡し、その者の右腕を枕にしてすやすやと寝息を立てている

 壁に掛けられた小さな時計が、午前4時を軽く4度の音で告げた

 

 触れて起こさないように、それでも出来る限りの近さで、青髪の少女は、銀髪のメイド少女を眺める。何かを探るように

 その胸付近のポケットに、ちらりと金色のカードのようなものが見えた

 ベッドの枕元に置かれた赤いカードと同質らしい、不可思議なもの。流石に、それを取れはしないだろう

 諦めたように、アサシンは枕元のカードを手にする

 漆黒、そして真紅。忌まわしき力を感じさせるそのクラスカードに刻まれるは星の力。即ち……

 『びー、すと』

 何処か納得したように、少女はそう呟いた

 

 ベッドの上から降りることなく、少女はベッドに寝かされた者を見る

 ボロボロという言葉が実に相応しい、白髪(しらが)の青年……いや少年。アサシンにとっては、何よりも大切な……、そうだったという事を、一度死ぬ事で思い出した希望。あの言葉を覚えている、差し出した手を知っている。そして、あの終わりを思い出した

 『……「ボク」の希望……ザイフリート』

 だが、その少年は、当然というか魔力不足で危険な状態にあった。当然だ。アサシンが彼を庇って消えた時点で、彼は相当に無理に魔力を未来から引きずり出していた

 それからの事は知らないが、とりあえず更なる無茶を通しただろうことはアサシンにも予想が付く

 

 『大丈夫。「私」が、「ボク」が、させない』

 言って、アサシンは少年に軽く口付ける

 経口による魔力供給。マスターが居り、魔力が十分な状態で再度現界したアサシンにとっては、彼の為ならば何でもないこと。だが、それはアサシンの意識に霞をかけ

 何時しか、アサシンの少女も、満足そうに眠りについていた



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六日目ー夢幻の白

……気が付くと、そこは……

 霊子の壁に囲まれた、不思議な場所だった

 こんな場所……俺は見たことがない。いや、夢で見た……だろうか

 

 ふと、視界が狭い事に気が付く。右目で見えているはずの場所が暗い。どうしてだろうか……

 考えていても始まらない。残る左目で、右を見て……

 

 『こんにちは、史上最低のマスター君』

 そう、声を掛けられた

 『私は』

 「……腐れな気配がするな」

 そこに居たのは、一人の男であった。白くて長い髪に、白を基調としたローブのような服。間違えるわけがない。フェイと見たアヴァロンの魔術師☆Mによるマーリンの無駄に分厚い資料で見たものほぼそのままの姿。腐れ外道、アヴァロンの魔術師……マーリン

 

 『全く、非道いなぁ

 私はマーリン、人呼んで花の魔術師。気さくにマーリンさんと呼んでくれ』

 気にする事無く、彼は話を続ける

 「マー……リン?」

 ……此処は……恐らくは俺の夢。この魔術師は、夢魔として俺に干渉してきているのだろう

 ならば、ある程度の予測は付くのだが……あえて、何も知らないフリをする。彼の目的が俺の排除など、マーリンに似つかわしくない……いや、寧ろ本来(グランド)の役目であった時に、最低限の対応が出来るように

 理解していなければ無敵だが、夢の中だと理解していれば、後は出力勝負。決して侮れる相手では無いがそこまで怖れる相手では無い。資料にはそうあった。自分についてわざと嘘の弱点を書いている可能性もあるので鵜呑みには出来ないが、頭の片隅には置いておく

 

 『そう、私はマーリン、魔術師のお兄さんさ』

 「……そのマーリンが、何の用なんだ

 そもそも、此処は何処なんだ」

 俺の夢だとしても、こんな世界は俺には関係がない……はずだ

 『用かい?最低最悪のマスター君に、ちょっとだけ』

 身構えようとして気が付く。左腕が半ばから無い。どうやら、この夢の俺は痛みこそあまり無いものの現実の損傷を引き継いでいるのだろう。だとすれば、視界が狭いのは……右目が焼け焦げたとかそういう事か。とりあえず、あの光に真っ向から撃ち落とされて、左目が残っただけ良しとしよう。心眼は出来ない以上、両目が潰されればゲームセットだったのだから

 『ああ、違う違う。決して此処で君をどうこうしようって話じゃなくて』

 言われて、警戒を解く……フリをする

 マーリン相手に鵜呑みにする事の危険さは、幾らでも資料から読み取れるから

 「ならば、何をしに来た」

 『ハッピーエンドの手助けさ。私だって、世界や人間、それに女の子は大好きだからね』

 捉えようもなく、彼は笑う

 女の子大好き……。フェイが散々に貶していた気がするが、やはりそれがマーリンなのだろう。だが、だとすれば……

 『だから、君にアドバイスと忠告を』

 「俺にアドバイスしても、女の子は釣れないが

 そもそも、俺は……」

 不可解なのは、ハッピーエンドに導くならば、俺にわざわざ干渉する意味はあまり無いということ。ミラ辺りの方が上手くやるだろう。それに……

 『全く、酷いなぁ君は

 私が、何時も女の子の事ばかり考えているとでも思ったのかい?』

 「思った。マーリンといえば助平だと思い出したから

 ハッピーエンドを目指すならば、干渉するのは俺でなくても良いだろう?」

 『それは間違いさ。私は、君だけが今回ハッピーエンドを目指せると思っているよ

 まだ君は終わっていないし、ね』

 

 男は、三枚のカードを差し出す

 『人間は、悪を越えられる。人間だから、越えられる』

 「……クラス、カード……」

 それは、三種の英霊の力を封じただろうカード。一枚は金色、一枚は黒、最後の一枚は紅

 何故用意出来る。この世界では、ヴァルトシュタインが産み出そうとし、そして失敗、フェイや俺達のような、直接肉体を用意して擬似的に呼び出す方向へシフトしたはずだ

 だが、マーリンならば仕方ないとも思える

 『君の力はこのカードに封じた。全てのカードを使えば、君はあの時の君に戻るだろう』

 「逆に言えば、カードを使わなければ、俺はあの時よりも弱い、と?」

 『その通り。これは君の力を抑え込むものだ。このカードを受け取ったが最後、君はカードを媒介にしなければ、あの時の力を振るえなくなる』

 「メリットは?」

 『裁定者の子は、君があの君だから倒さなきゃいけないと信じている。二度と紅いカードを使わなければ、獣の紛い物にならなければ、あの時よりも弱くなる代わりに、彼女が君を滅ぼさなきゃいけない理由は無くなるだろうね』

 「紅い……カード……」

 男が金のカードを取る。その下にあるのは、毒々しい紅いカード

 『これは人類が倒すべき悪の片鱗。未来を否定し、幸福な過去へと回帰する、獣紛い(きみ)の力さ』

 俺は……そんなにも……

 『こんな状況で、どうして笑うんだい?』

 「世界が、俺を脅威だと見ている。俺のやって来た事は、無意味不可能なんかじゃなかった

 そりゃ、笑うさ」

 三枚のカードを奪い取るように受け取る

 一枚()は剣士、一枚()は空白、そして一枚()は……獣。それらが、自分を構成する力だと理解する

 『君が人として、悪を乗り越える事を祈るよ、史上最低のマスター君(イミテーション・ビーストⅡ)

 男は、そう笑った

 

 ……消えない。目の前の彼の姿が消えない

 どうやら夢は、まだ終わらない

 「……」

 『時間が余ったようだね。よぉし、これからは楽しい話をするぞぅ!』

 「……楽しい、話?」

 『そう。マーリンお兄さんの恋愛相談の時間さ』

 「要らん!」

 『そう言わずにさ

 君の回りにだって、可愛い子は居るじゃないか。どう思っているのか、誰が好きなのか、このマーリンお兄さんに相談してみると良いことあるぞぅ』

 「ふざけるな!何故いきなりそんな方に行く」

 『私だって、女の子と恋愛相談とハッピーエンドは大好物だし、丁度良く時間も余った事だし』

 

 ……やはり、マーリンは腐れ花咲か魔術師なのかもしれない

 心の中で、俺はそうぼやいた

 「……どうしてそうなる」

 ああ、マーリンは腐れだ。シスベシフォウと書かれていたのも、良く分かる

 

 俺を見たならば、俺にそんな権利が無い事は分かっているだろうに

 「ふざけるな、俺に……」

 『まあまあ、慌てない慌てない』

 マーリンは、そんな俺を抑えるように、俺の唇に右手の人差し指を当てる

 ……何度か、フェイにされた事がある

 

 「というか、何処まで知っている」

 深呼吸し、問う

 マーリンは現在を見通す千里眼を持つという。ならば、俺に関してある程度知っているのは当然だろう。だが、その精度は分からない。内心まで総て見抜いた上でからかっているのか、表面的な動きは知っているけれどもというレベルで本気で話を聞きたいのか、それともそもそも俺についてはあの力以外見ていないから知らないけれどもカマをかけているのか……

 

 何か手がかりは無いか、改めて周囲を見渡す。この夢は、何時もは此処までの自由は無い。マーリンという夢魔の存在が、幾度か見たこの……霊子の壁の世界という、俺や俺の中のサーヴァントが見たことすら無いだろう夢を補完している

 『ん?君の事ならば、大体の事は知っているよ、ザイフリート・ヴァルトシュタイン君

 なんたって、私はマーリン。人を導くお兄さんだぞぅ』

 「ならば、俺が何なのかは」

 『知っているとも。神巫雄輝を護るために何処かの魔力から自然発生した、本来自己なんて無かった虚無(ゼロ)、君の認識はそうなんだろう?』

 「ああ」

 そう、その通りだ。ならば知っているだろう?俺に幸福の権利は無い。それは神巫雄輝の得るべきものを奪っているに過ぎないと

 なのに……だというのに

 『そう、だから君は幸福になるべきなのさ!』

 実に楽しそうに、彼はそう言った

 『君にも聞こえるだろう?この歌声が』

 耳に手を当て、マーリンは続ける

 

 ……歌声?

 言われてみれば、ずっと聞こえていた気がする

 Ahhhhhhーという、悲しみを秘めた子守唄が。あまりにも心地好くて、耳が聞こえているという事すらも認識していなかった

 「ああ、聞こえる……」

 『嫌な歌声だと思うだろう?』

 ……そんなはずはない

 「いや、心地が良い歌声だ」

 『……やっぱり、影響されているね。ギリギリで間に合って良かった』

 「ギリギリ?何を言っている」

 

 『《システムメッセージ、ファイアウォール・ヴァイオレット、侵食安定。サードフェイズに移行します》』

 歌声にのるように、そんな音声が聞こえた気がした

 『紫、虹の最後、その防壁が壊れたんだ』 

 「壊れるとどうなる」

 『ギリギリでパスを閉ざしたから半端だけど、自分の影を見てみれば分かるんじゃないかな?』

 言われ、ふと自分の影に目を落とす。何処から光が差しているのかはよく分からないが、とりあえず床を見れば、其処に……

 四本腕の化け物(・・・・・・・)の影があった

 

 「っ!後ろか!」

 俺の左腕は既に無い。だが!

 対応しようと体を捻りながら右へ飛び……しかし化け物の影は、俺にぴったり合わせるように動く。常に背後を取られている

 ……どうなっている?まさか……

 僅かに力を込め、左腕に短い光の剣を形成する

 「……やはり、か」

 そうして、俺は諦めたように息を吐いた

 化け物の腕の一本が、光の剣の輝きを宿している。影が光るとは訳が分からないが、そうとしか言いようがない

 つまり、この化け物は……俺だ

 そんな感覚は無い。腕は千切れた左腕と、まだマシな骨が折れただけの右腕の二本しか無い。俺は四本腕でなど無いし、口が縦に付いているのではないかと言いたくなる程に細長い頭もしていない。俺は俺だ。だというのに、俺の影は、異形の化け物のものになっている

 どうなっている、どういうことだこれは……これは、まるで……

 『影は魂、という概念がある』

 「だから、人の魂を喪った吸血鬼は影を持たない、だったか?」

 『そう、じゃあ……影がラフムな君は、何なんだろうね』

 少し意地悪く、マーリンは笑った

 

 ……ラフム。神話にある、ティアマトの子

 いや違う。此処でのラフムとは……ビーストⅡ、チャタル・ヒュユクの女神……というよりもティアマト神の眷族。ビーストⅡの創世の際に産まれた人類の事だろう。だが、どうしてその名が出てくる?そもそも、俺は何故そんな事を知っている?

 

 「何だと言いたい!」

 『君の中のサーヴァントのお陰で君を保っていても、半分はもうラフムなんじゃないかな?』

 「ふざけるな!そもそも、何故ラフムだなどと」

 『君は元々ゼロだった。そして、ゼロに戻ろうとする

 たとえ人が回帰を願っても何の問題も無かった。獣染みた思考を少し持った人間なんて、沢山居るし、それが獣になるなんて事は無いから安心だった

 けれども、虚無(ゼロ)から産まれた君ならば、虚数(ゼロ)へと放逐された彼女に出会える。そうして、資質でしか無かった(あい)は、擬似的ながら人類悪の性質を得てしまえる』

 ……成程、言いたいことは理解した

 「つまり、お前は……俺の存在が通路だと」

 『その通り。君の存在が、虚数にたゆたう彼女(ティアマト)を呼ぶんだ。その影響は、君がラフムになりかかっている事が証明になる。今はギリギリカードキーで扉を閉ざしたけれども、もう一度回路を開けば、更に溢れ出して来るだろうね

 その果ては、そこの壁に刻まれているよ。少し欠けてるけどね』

 彼は、杖を壁の一部に向ける

 その言葉に、霊子の壁に目を向ける

 確かに、目を凝らすと飛び飛びながら、一つの文章が刻まれているようだ。それは

 『後悔……事で……れは未来……糧……

 ……それは戻らぬ……味が……の。……直せ……敗……後悔……

 しかし人……し、理不……った……成りそこ……が……セル……握した時、……リート・……シュタ……醒した

 ……を否……ようとも、過去……壊して……から人類を……出す。後……糧に生き……、……を……った……すれば……。我が身はそれを為……明……壊……だから。悲劇と……破……

 果ても……落……知……ただ……存在する……悲劇……破壊……人間……魂……する……

 

 その悪……、彼のクラスは昇華……。……バー……など肉体(いつわり)……星

 其は人類史の果てより来たる、最も人類が渇望し、されども越えていかねばならぬ大災害。原初の母(ティアマト)とは異なる終焉(はじまり)の使徒

 その名をビーストⅡ-if

 七つの人類悪の例外、『回帰』の理を得た獣である』

 ああ、読みにくい。だが、とりあえず、俺がセイバーというのは嘘で獣に成り果てると言いたいらしいことは分かる。ならばそれで良い。この謎世界すら俺を世界の脅威、過去を変える願いを成し得る者だと警鐘していると分かればそれで十分

 

 「ああ、ならば話を戻そう。ならば何故、貴様は俺に幸せになれなどと馬鹿を言う」

 だが、だから安全装置的に奴が現れたとして、そこが繋がらない

 『簡単な事さ!君が彼女と繋がる虚無だから彼女が来るならば、君を虚無で無くしてしまえば良い

 その心を恋で埋めてしまえば、君は虚無じゃない。ビーストⅡは虚数の海からの通路を喪い、君も単なるビーストⅡっぽい思考をしているだけの存在に成り下がり、獣の危機は去る。そしてこのマーリンお兄さんも、グランドキャスターとしての役目を果たせるって話さ』

あっけからんと、彼は言った




そもそもビーストって?ビーストⅡってことは他にも居るの?何でⅡなの?って思う貴重なfate初心者の方は、獣扱いされるような不思議で危険なエクストラクラスが在るんだ、レベルの認識で先をお読みください。アーチャー先生がそのうち解説してくれます


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六日目断章 騎士の祈り

ロウ、と友が吠える声がする

 『御疲れ、友よ』

 絵本から顔を上げ、その黄金に輝く鬣を持った姿を確認して、私はそう告げた

 

 友……獅子の背には、何処から見ても襤褸雑巾と言いたくなるような人間の残骸……いや、死にかけの人間の姿がある

 こっそり館まで運んで欲しいと頼んできたキャスター様の姿は無い。用意があるとか何とかで友と私に移送を押し付け、そそくさと戻っていった

 

 ふと、そんな襤褸、すなわち裁定者に本気で挑んだ阿呆の姿を見る

 どうしようも無い阿呆。ヴァルトシュタインの敵、見ているだけでチリチリと心がざわめいてならない

 恐らくは……これが、この死に損ないレベルであっても感じる彼は倒すべき敵だという直感が、かつて母上が言っていた力。ネガ・ジェネシス……対正史の力。正しき歴史を、それに由来するサーヴァントを否定する、彼が獣の片鱗であることの証明だろう

 だが、見て見ぬフリをする。猛り狂うバーサーカー、そしてヴァルトシュタインは見張りをしていろと言った訳であり、その役割としては彼が当主の意にそわず運び込まれるのを見逃す訳にはいかないのだが

 

 館に幾らかある小さな扉の前、友が立ち止まる

 ふと気になって、襤褸のような彼をもう少し見てみる事にした

 友の背に俯せにされた彼の顔を左手で押し上げ、覗き込む。反応は無い

 ……あまりにも、酷い怪我だ。恐らくは雷に焼き焦がされたのであろうか、右目の辺りの損傷が特に酷い。生きているということは脳にまでは届いてはいないのだろうが、眼球は魔術的に破壊されている。右目が目としての機能を保った状態にまで回復するのは不可能だろう。左腕も見てみるが、やはり同様。どうしようも無い

 更には全体的に、細かい傷が多く……そして、異様に軽い。恐らくは血が足りていないのだろう。光の剣を振るう彼と刃を交えた時に何となく感じたが、彼の力は血を使う。自身の一部である血を混ぜて、魔力を汚染している……とでも言うべきだろうか。傷つき血を流せばその分周囲の魔力すらも汚染して力に変えるが、限界を越えて使い続け、失血で倒れた……といった感じだろうか

 

 ゆっくりと、少年の体を元に戻す。殺すならば、少し乱暴に友の背から蹴落としでもすれば良い。いや、それこそ強く叩けばそれだけで分解するのではないだろうか。それほどまでに、彼が未だに生きているというのは、奇跡的な事だった

 

 『……獣の片鱗……』

 無意識的に、そう彼を見て呟く。サーヴァントとしては、今すぐに殺すべき相手。だが……

 私自身、彼は嫌いでは無い。似たような瞳を知っているから

 我が王、アーサー王、アルトリア・ペンドラゴン。私が出会った彼女は、既に民のための王であろうと旅を終えた後。その瞳は、何処か彼に似ていた気がしてならない

 

 だから、個人としては見てみたくもある。彼の果てを。もしかしたら、彼ならば……あの(ひと)を……

 

 『それにしても、厄介な(ひと)に惚れられたものだ』

 血がこびりつき、白髪と朱の斑になった彼の髪に触れながら、そう呟く

 ぽろり、とギリギリの所で繋がっていたらしい彼の右手の小指がとうとう揺れに耐えきれなくなったのか彼を離れ落ちる

 

 あの(ひと)は、非常に情が深い。そして、執念深い。彼は既に目を付けられてしまっただろう。いや、間違いなく恋をされてしまった

 彼女に自覚は恐らく無い。恐らく、恋そのものを知らない。恋自体をしたことが無いだろうから。だがしかし、まあ間違いは無いだろう。あの恋を知らない難儀な少女は、誰かの為に全てを捨てた瞳の少年に恋をしたのだ

 

 ならば、恐らく……少女は少年の為に全力を尽くすだろう。それは雑じり気無しの善意であるに違いない。そうして何処までも、あの(ひと)は彼を追い詰める。少女の善意は、彼にとっては毒となるだろう。あの裁定者(しょうじょ)が今日彼を殺しかけたように、助けたいという善意が、必ず彼に牙を剥く

 恋は人を狂わせる

 

 『「お前は俺のものだ、総て寄越せ」くらい言えないと苦労する、だろうな……』

 例え今日を生き抜こうと、彼に平穏は有り得ない。正直、此処で死んだほうが彼はまだ幸福かもしれない

 『だけれども、勝手に信じよう、ザイフリート・ヴァルトシュタイン。お前があの(ひと)を……』

 善意でのみ生きた、あの少女を

 『救う存在になる、と』

 ぎゅっと、騎士を目指し、王に恋する切欠となった大切な絵本を……母が幼少に描き読んでくれた『姫騎士アルトリアの冒険』を握り締め、私はそう呟いた



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六日目ー英雄原則

目を開く

 ……何時の日か、見た事がある気がする天井。確か、これは……この元が小さな物置故の建材剥き出しでロクな灯りの取り付けられていない天井は、そう、ヴァルトシュタインの館の一室、フェイの部屋の天井

 

 気が付くと、霊子の壁も、あのマーリンの姿も無い

 聞きたい事があったのだが、他愛もない俺の回りの女性陣に関しての語りで時間を潰されてしまった

 ……彼は、本当にマーリンだったのか?それを聞くことは出来なかった

 

 影は魂。俺は既に半分ラフムだから、影がラフムになっていると彼は言った。ならば、影にわずかな違和感、本人との差違があった気がする彼は本当にマーリンなのか?まるで、高下駄なんかで本来より小さいのを誤魔化している、何故かそう見えて……。実はあれはマーリンに近しくて、それでもそのものではない何かなのではなかろうか

 だが、奴が無駄に少女を語って逃げた腐れ魔術師である以上、その結論が出る事は恐らくは無い。向こうから夢の中にまでやってこなければ、恐らく出会う事は無いだろうから

 

 瞬きをする。夢の中からそうだったが、右の視界は無い。そして、頭に走る鈍い痛み。やはりというか、あの最後の激突の際に光の奔流を受けきれなかったのだろう

 まあ良い。寧ろそれだけで済んだというのは幸運だ。両の目が光を喪っていれば、心眼で全てを見通すという、俺では遠く及ばない達人の領域が戦闘に必要になってしまっていただろうから。左目が残っている、ならば距離感は狂うし右がほぼ確実に死角になるが、戦えないレベルじゃない。まだ、この手は聖杯へと伸ばすことが出来る

 

 霧がかかったような頭で、ふと、枕元を見る

 剣士の絵が描かれた、俺の中のサーヴァント、ジークフリートのものであろう金のカード。クラスカード、セイバー

 良く解らないが、少女にも見える絵が描かれた、紅いカード。クラスカード、ビーストⅡ

 そして、空白、何もないと手にした時に直感した、何故あるのか解らない黒いカード。俺自身という何でもない存在を象徴するのだろう、クラスカード、ブランク

 あれが夢で無かったという証明のように三枚のカードは其処にあった

 

 体が重い。とても重い。無事だろうに、右手を動かしてカードを取る気すら起きない

 だがしかし、どうしようもなくあそこで終わっていたはずの俺の現状としては最上に近い。彼女が居なければ、きっと俺は救済されて終わっていた

 あの一瞬が、あそこで終わるべき俺を、世界の敵にまで変えたのだ

 「……有り難う、アサシン」

 ふと、そんな言葉が口をついた

 恐らくあの時、俺は感謝の言葉を口にしていなかったから。生き残った者の務めとして、何でか俺の為なんかに命を捨てた者に感謝を口にして……

 『んっ』

 有り得ない、言葉を聞いた

 さも当たり前のように、アサシンが其処に居た

 

 『……おはよう』

 「……生きて、いたのか……」

 ……有り得ない。間違いなく、アサシンは消し飛んだはずだ。だというのに……

 だが、それでも分かる。彼女はアサシンだ。この聖杯戦争に呼ばれたサーヴァントだと、マスターとしての俺は見ただけで理解する

 

 ふるふると、アサシンは首を横に振る。フードを被っていないので、柔らかな青い髪が揺れる

 『死んでた』

 「は?」

 『のっと、生きてた。ばっと、生き返った』

 「……生き返る?」

 『問題ない。一度死んだ』

 「いや、何が問題ないんだ」

 『令呪』

 「……ああ」

 理解する。生き返ったとしても、ミラからの俺を殺せという令呪の効力は一度死んだ時点で切れているから警戒しなくて良い、という話か

 それよりもアサシンが消滅していない事の方が余程気になる。何でか味方をしてくれるアサシンが生きていた、とても有り難い事ではあるのだが

 ああ、だけれども……考えるのは後で良い。時間はまだある。今は頭に霧がかかったようで、体力が足りてないのかとても眠い……

 「そもそも、殺す気ならば意識が無いうちに出来たはずだ。警戒していない」

 『良かった』

 ひょい、とベッドから降り、アサシンは返す

 ……というか、今までアサシンが乗っていた訳か。軽いだろうとはいえ、そんなものが乗っていれば体が重いというのも流石に当然か

 ……アサシンの本体は恐らく少女。今俺が認識している彼女だろう。それが俺の上に乗っていた……というのは、少し引っ掛かる。そんな幸福を享受する悪魔など裁かれろ。あのマーリン?は色々と色恋語ったが、それでも尚勝てる程聖杯戦争は甘くはない。幸福は人を弱くする。ああ、恋で人は強くもなるだろう。恋する誰かの為に、今の自分を越えだろう。あまりにも弱い俺の心も、少しは強くあれるかもしれない。だが、それは……それを切り捨てる際に、更に苦しむ事に他ならない。知っているさ、俺は弱い。背負うものの重さに耐えきれないから、背負ったフリだけで逃げている。そんな俺が、今以上の幸福の重さに耐えられる訳がない。そんな尊く彼から奪われたものを、こんな弱い俺が捨てられる訳がない。幸福は、何時か俺を弱くして、彼を本当の意味で殺す

 それは彼への裏切りだ。幸福は……ゼロであったはずの俺が、彼の不幸をそのままに、彼の分まで生きる等と妄言を吐きかねない毒だ

 第一、獣の片鱗?ラフム化?上等だ、使えるものは全て使う。そうでなければ、ミラにもアーチャーにも勝てはしない。勝ち目を自ら潰して何になる。ミラが俺を救うという限り、ミラとは戦うことになるだろうし、あれなくして勝とうというのは虫が良すぎる。幸福を享受してわざわざ弱体化する理由なんて何処にもない

 ならば悪魔に幸福など不要。第一、俺は既に幸福だろう。ゼロだったはずの俺は、あまりにも恵まれている。つまりだ、下手に胸に触れるなどが無いだけマシだが、彼の幸福を奪っておいてのうのうとラッキースケベなど死にさらせ!

 頭が働かないからか、何時もより憎悪が少し抑えられない。そんな頭を無理矢理にでも切り替える

 

 「改めて、有り難うなアサシン」

 あれはあくまでもアサシンに向けたものでは無かったから。俺自身のけじめに近かったから。アサシンの目を見て、改めて礼を言う

 『死ぬほど痛かった』

 「というか、死んでたんじゃないのか?」

 『死んでた。痛かった。もうやりたくない』

 「……悪かった。俺は何を返せば良い?」

 命を張ったのだ。この言い方は……

 『あいすくりーむ』

 「それで本当に良いのか?」

 『憧れ』

 「分かった。それで良いならば」

 安かった。例え生き返る宝具を持っていたとしても、仮にもサーヴァントに死ぬほどの事をさせてアイスクリームを幾らか。代価としてはあまりにも安すぎた

 「というか、今冬だぞ?」

 少し気になって問う。ひょっとしたら、アサシンはアイスクリームが何なのか、良く知らないのかもしれないから

 『?』

 こくん、とアサシンが首を傾げる

 「いや、アイスクリームは冷たい氷菓子だ。冬に食べるのか?」

 『聞いたことがある、冬にこそあいすくりーむ』

 「いや、それは……」

 寒い冬、暖かい部屋、そして冷たいアイス。案外人気がある。ならば、アイスクリームというのも間違ってはいないのかもしれない

 「分かった」

 そう結論付けて返す。けれども……俺はアイスクリームに関して、こんなに博識だっただろうか

 まあ、良いか……

 『楽しみ』

 そう、アサシンは微笑(わら)った

 

 『……起き……まし、た?』

 ふと、右腕辺りから声がした

 ああ、そういえば……意識していなかったが、右手の重さは、アサシンが退いても変わらなかった。右目が見えず、視界が減っているためにその存在を見落としている事に気がつかなかった

 だが、そもそもだ。此処はまず間違いなくフェイの部屋。誰がどんな事をしたのかは分からないが、奇跡的にそこへと運ばれていた

 ならば、それはフェイの意思が大きく介入していたに違いはない。そこまで来て、部屋に主が居ないというのはまず有り得ない。アサシンに気を取られていたが、考えて然るべきだった。まだ頭がまともに働いていないのかもしれない

 頭を動かし、右手の辺りを見る

 俺の右手を枕にし、何時しか眠ってしまったといった感じでベッド横にひざまずくような体勢のメイド服の銀髪の少女(フェイ)が、寝惚け眼を擦りながら、此方を見返していた

 「……フェイ……」

 

 体を起こそうとして……

 起きない。まともに体を起こせない。顔だけならば何とかなるが、それ以上の事は出来ない

 

 『無理しないで下さい。まともに動けないと思うので』

 「……情けない」

 『というより、あの状態から一晩で意識を取り戻したのが驚きです。明日の朝位になるのではと思っていました』

 「今は……?」

 ミラとの激突から大体5時間、朝の六時すぎ

 『貴方の何時もの起床時間は過ぎましたね。まあ、今の貴方を起きていると表現すべきかは微妙ですけど』

 「どう、して……」

 俺を助けた。こんな、明確にヴァルトシュタインに逆らうような事を

 『ライダーが運んできた時、それはもう……全体の八割は出血したんじゃないかって位でしたから。生きていてくれて助かりましたが、生きていたのが不思議です』

 「……違う、何故、俺を」

 『助けない理由がありますか?』

 「フェイ、俺は」

 『「俺はお前を裏切る」ですか?

 ……馬鹿な事を言わないで下さい。アナタの事を一番知っているのはワタシですから』

 フェイは、少しいたずらっぽく笑う

 『あんな行動、想定の内です。裏切るというならば、想定外の行動くらいやってください』

 ……何も、返せない

 

 ……想定内?裏切ることを分かっていて、それを認めたという事か?

 ……理解出来ない。何故、何故?

 考えても、答えは出はしない

 『そもそも、手助けする気がなければ、あんな風に物資を贈ったりしません』

 「……それも、そうか」

 ああ、霧がかかる。頭がぼんやりする

 

 『という事で、暫く大人しく寝ていて下さい。只でさえどうしようもないくらいにボロボロなんですから、悪化しかねない無茶は止めて下さいね寿命削れますよ

 ワタシは、朝御飯を用意してきますので』

 そう告げて、フェイは自身の部屋を出ていった

 

 ……言われてみれば、この気だるさは貧血の症状の1種なのだろう

 全体の半分を出血すればまず死、動脈ならばそれ以下でも死にかねない、が基本だとすれば、片腕というあまりにも大きな傷口があって八割出血していて無事というのは奇跡そのものだ。大分人間を越えた……サーヴァントっぽくなってきたというところだろうか

 『大丈夫?』

 アサシンが、そう訪ねてくる

 「ああ、大丈夫」

 今はボロボロでも、治れば戦える。銀霊の心臓の力は未来からの『回帰』。未来を使い潰す代わりに、生きているならば、現在に関してはそれこそ異様なまでの性能を発揮する。流石に消し飛んだらしい左腕や右目まではそうそう治らないだろうが、背骨の骨折程度ならば半日も掛からないだろう。細かい傷は能力上支障は無い為に治癒範囲外となり、結果細かい傷がどんどんと増えていくが、大怪我に関してならば、かつての左目の傷のように1日もあれば十分に治ると確信出来る。もう少し傷が浅ければ、或いは、あの神鳴が摂理に立ち返る祝福の性質持っていなければ、治った可能性は無くもないが、今更過ぎる

 

 「アサシン」

 『?』

 フェイが居るうちに聞いても良いだろうが少し反応を見たくて、フェイが戻るまでの、何も出来ない時間を潰したくて、俺は口を開く

 「マスターとは、フェイか?」

 『しーくれっと、マスターに聞いてほしい』

 「そう、か」

 少し期待したが、返ってくるのはそんな答え

 フェイの手を良く観察していなかった事を少しだけ後悔する。戻ってきたら見えるとはいえ、何もする事がない、という事そのものに、俺は慣れていない

 だからせめて、まだ頭の回転は重いが、何かを考察していたかったのだが……

 

 アサシンを、しっかりと見る

 何だろうかというように、アサシンの赤い綺麗な瞳が、此方を見返してくる

 ……大丈夫、十分。何となく掴めた。口にすれば、しっかりとした形になるだろう

 

 「アサシン。お前の真名は……」

 『しーくれっと』

 「いや、自分でも分からないんじゃないか?」

 だから、最後のピースを嵌めるために、そう問う

 

 こくり、とアサシンは頷いた

 ビンゴ。ならば、と大体の事を理解する。恐らくはという真名に辿り着く

 

 『どうして?』

 「これからも同盟して共に戦うならば、知りたくなった

 だから、自分なりに辿り着いた。その答えが、アサシン自身にも分からない、だった」

 アサシンは、黙って頷く

 

 そう、忘れていた。マスターとサーヴァントは何らかの縁で召喚されるという、あまりにも当たり前の事を。マスターは分からない、何かを使ったのかもしれない、そんな……アサシン自身が否定していた事を念頭に入れてしまっていた。流石にそんな答えな訳はあるまい、と、そうして考えを飛躍させた

 だが、ヒントそのものは、アサシンが語った事に全てあったのだ

 ……そう。アサシンのマスターは、アサシンを呼んだマスターは、俺と同じヴァルトシュタインのサーヴァント擬き。自己を、自我を、最期のその時まで確立出来なかった、誰でもない誰か

 ……そもそも、バーサーカーの存在の時点で気が付くべきであったのだ。その天敵も、同質の存在である事に

 

 即ち、アサシンの真名は……

 口にしにくい。どう名付けるのが正解なのか、良く分からない。だが、敢えて分かりやすく名付けるならば……

 「魔狩人(ヴァンパイアハンター)

 ぴくり、とアサシンが反応する

 「魔ある所、人が必ず口にする幻想、闇を払う英雄(ヒーロー)。実在した、或いは英雄を渇望する誰かによって語られ続けた、無数の魔狩人の物語の集合体

 その中の誰かを核として顕現した、個々は確かに誰かであったはずなのに、あまりにも多く語られるうちに、誰でも無くなってしまった、英雄物語の主人公という概念

 

 ……そうだろう?アサシン」

 ならば、彼女等、そして彼等が俺を希望などと一見バカみたいな呼び方をする理由も、何となくは想像が付く

 俺を、誰でもない所から個人を取り戻した……あるいは、個人を確立したものとして見た。俺に、無数の誰かの集合体、誰でもない誰かになってしまった彼女等は、個人に戻れる希望を見た

 

 『いぐざくとりぃ』

 静かに、アサシンはそう答えた



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六日目ー享受する、幸福

『……寝てましたか?』

 フェイが戻ってくる

 その手には、シチューらしき皿と、パンが二つ

 

 「寝てたさ」

 『なら良いです。万が一、何とかなるとか言い出して抜け出してたらどうしようかと思いました』

 「流石に、それは無理だ」

 やはりというか、まともに体は動かないのだから

 『ええ、そうでしょうね』

 机の脇から椅子を引き出し、フェイは俺を横たえた……自分のもののはずのベッドの横に座る

 

 『ということで、口を開けてください』

 言われるままに、口を開ける。だが、そんな事に何の意味が……

 「熱っ!」

 突然、口に木匙を突っ込まれる

 『火傷しないよう、少し温めのはずです』

 「流石にいきなりだと驚く」

 『そうですか』

 気にすることなく、フェイが皿から二匙目を掬い上げ、そのまま……

 

 「フェイ、自分で食べる」

 『バカな事を言っている暇があれば食べてください。まともに手が動かせますか?』

 「出来……ない、か」

 言われ、右手を持ち上げようとするも、上手く行かない。どうしても力が入らない

 『神経系がズタズタで、筋肉も一部断裂してます。更には指も折れてますし、貴方にまともな食事は無理です。匙を落として汚すのがオチですよ。ただ大人しくあーんと口を開けていて下さい』

 「いや、だが……」

 『恥ずかしさが何だというんですか。大人しくしてください』

 淡々と、フェイはそう返した

 

 ……気恥ずかしい、それは本当だ。当たり前だろう。神巫雄輝すらやっていないものを、俺が享受して良い訳がないというあまりに単純明快な事実を差し引いても、そんなものは基本的にバカップルがやる事だ。流石に、神巫の記憶にある口移し……程ではないとはいえ、冷静では居られない

 ……あの自称マーリンが何かとフェイを推していた事もあり、特に

 

 フェイの顔を、改めて良く見る

 無表情、という程ではないが、表情豊かな方ではない。元々アルトリアを目指したが故に雪のように白い肌は特に上気しておらず、赤みは無い。照れているような感じは無い。だが、フェイがそうでも、俺が困る。只でさえ、アルトリアを目指しただけあって、フェイの顔立ちはアヴァロンの魔術師☆Mの資料の挿絵にあるアルトリアとかなり似ているのだから。単純な事に、そんな美少女からこういった行動をされて、相手はそこまで此方に興味が無いから出来るのだろうと思っても、それでも幸福を感じずには居られない

 ……弱まるな。折れるな。マーリンの言葉が本当に真実ならば、幸福は俺にとって何よりの毒なのだから。マーリンのアドバイスはこんなにも、俺の反面教師となっていた

 ……バカではなかろうか。獣と化そうとも、俺は彼を救う。救わねばならない。そうして、終焉を終わらせなければならない。少なくとも、何時来るかも分からないあの機械の竜神を倒すか降臨を封じねば、漸く取り戻したはずの彼の幸福は、更なる理不尽に再び蹂躙されるのだから。そんな俺に獣と縁を切る為のレクチャーをしても、俺が実践する訳がないだろうに

 ああ、ならば、あれはマーリンから話を聞いて、マーリンのフリをして伝えにきた弟子だとか、そんなんだろうか

 いや、或いは……。俺の弱さから、あえて言葉にしてからかったのかもしれない。真実により心は更に掻き乱され、結果より早くに落ちる。幸福からは逃げられない

 そうだとすれば、奴は腐れでありマーリンである。違和感は俺の未熟さによる勘違い

 

 だが、そんなフェイを止めうる存在が居る。アサシンだ

 アサシンが、フェイの肩を叩く

 『「余」もやりたい』

 ……駄目だったようだ。事態は何も変わらないどころか寧ろ少し悪化したといっても良い

 『全く。後で、ですよ』

 『んっ』

 そんな約束を交わし、アサシンがぼんやりと此方を見下ろす位置へと戻る

 ……凄く、あまりにも凄く、やりにくい

 こんな幸福を味わうべきは、俺では無い……はずなのに

 

 そんな状態で、立ち向かう方法は……ミラによって腹を蹴られたせいか胃が可笑しくて食べられないと言い切る事で

 それをせず、普通に諦めたように匙に乗せられたシチューを食べる俺は、あまりにもどうしようも無く……弱かった

 

 『ということで、あーん』

 ただ、どうしようも無くて、口を開ける

 『ノリが悪いですね。そこはあーんと返す所です』

 「……ノリでこんな気恥ずかしい事出来るか」

 口の中に、しっかりとシチューに(ひた)されたパンの欠片が放り込まれる。味は良い。当たり前だ。俺の味の基準は基本的にはフェイがくれたヴァルトシュタインの余り物と、ミラに集った朝御飯だ。基準が高いにも程がある

 『美味しいですか?』

 「当たり前だろう。フェイの作ったものだ」

 『ワタシのじゃないですよ』

 「……流石に、俺となってからずっと食べてきたものをそうそう間違えるか

 フェイのだろう?」

 自信を持って、そう返す。気がはやいことだが、ある程度調子は戻ってきた。まだ体はまともに動かないが、意識はそれなりにはっきりしている

 

 『……正解です』

 当てられた事が嬉しかったのか、ほんの少しだけ頬を緩め、フェイは匙をアサシンに渡す

 

 「……アサシン、本当にやるのか?」

 『楽しそう』

 「ああ、そうか」

 ……理解した。止めるのは無理だ

 アサシンは、シチューを一匙掬うと……

 自分の口に運んだ

 

 『……何してるんですか、アサシン』

 フェイの声も、心なしか冷たい

 『憧れ』

 「……何の憧れだそれは……」

 『誰かの、記憶。羨ましいって』

 ……アサシンの中の誰かの記憶が、強くそれを願っていたりしたのだろうか。何だろう。バカップルを少し離れた所から見ている独り身の悲哀とか、そういうものを思わせなくもない。ああ羨ましいと眺めていたから、アサシンにまで影響したのか?

 「アサシン、それは恐らく妄想だからこそ良いものだ」

 『それは恋人の間でしかやってはいけない禁忌の行為ですよアサシン

 現に、ワタシだってやらなかったではないですか』

 フェイが、アサシンの肩に手を右手を置く

 ……令呪とは判別が付かないが、剣のような、昔は無かった紋様が、フェイの手の甲にあった、気がした

 アサシンは、どこかしゅんとして……

 

 「アサシン、半分じゃ足りない

 ……食わせてくれないか?」

 アサシンを繋ぎ止められなければ、俺に恐らく未来は無い

 それに、何だかんだ救われた相手だ、フォローで何とかなるならばそうしたい

 だから、自ら幸福を享受するように、俺はそう言った

 

 その言葉を受けて、アサシンは木匙にシチューを盛った

 

 ……間接キス、か。アサシン……俺が目を離さない限り認識していられる少女の姿は、恐らくは核。ランダムなのかそれとも意味があるのか選ばれた、無数の魔狩人(ヴァンパイアハンター)の代表。つまりは、基本人格はその子のものであり、言うなればサーヴァントとはいえ女の子との……という事になる。男との間接キスならば意識しないことも楽だが、可愛らしいと思ったアサシン相手では、それも難しい

 

 ……享受してはいけない幸福。神巫雄輝が、自分が遠足に飲み物を持ってこなかった結果としてそうなった水筒のお茶で、とても緊張していた青春の一つ。だが、まあ、アサシンの機嫌を良くする為の事だ

 そう割り切って、俺はアサシンが出してくる匙に口を付け続けた



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六日目ーサルでも分からないビーストクラス(多守紫乃視点)

『ようマスター、朝だぜ』

 そんな、アーチャーの呑気な声に目を覚ます

 体が重い。疲れが全然取れていない。あれだけの事があって、ゆっくり眠れるか……なんて言われると、無理としか返せないし仕方はないけれど

 

 「アーチャー、あの後……」

 アーチャーの宝具の解禁を許可した所までしか、私の記憶はない。あの後、どうなったのだろう

 アーチャーが此処にいて、此処が私が借りたホテルの一室である以上、アーチャーが負けたなんて事は無いだろうけれども、勝てたのだろうか?周囲の被害は?それとも、逃げてきた?何も分からない

 『ああ、あれな

 流石に被害出るからって裁定者に止められたわ』

 何処か軽く、アーチャーは返した

 

 「止められた?それって、ひょっとして無駄だったの?」

 『流石に完全に無駄にゃしてねぇって、安心しなマスター』

 「安心出来ない。結局どうなったの?」

 『まあまず、バーサーカーの野郎にゃ、50回程死んでもらった……と言えば聞こえは良いように思えるが、実際の所50回しか殺せなかったって話だな。悪りぃマスター、格好付けた割にゃショボい結果に終わったわあれ』

 少しだけ申し訳なさそうに、アーチャーが頬を掻く

 

 ……50回殺した。スケールが色々と違いすぎて、言葉が出てこない。多くの人を殺せる攻撃で漸く一回死ぬって言っていたはずだし、本当に想像が追い付かない。こうして良くしていてくれても、やっぱり遠い存在なんだなって事が良く分かる

 

 『んじゃあ止めにって所でルーラーに止められてよ。結局止めは刺せず、ならば火力不足で中々あのバーサーカー殺せないだろうしって感じでマスター回収して逃げてきた訳だ』

 「そもそも、宝具撃ってたら倒せてたの?」

 少し、気になる

 『どうだろうな。案外1000近く魂残ったかもしれねぇ』

 「6000は殺せる自信あるんだ……」

 『最近海の向こうの人類が研究してるらしいけどよ、原子爆弾とかそんな辺りと比べれられる兵器扱いっぽいぜ?』

 言葉が出ない

 「アーチャー、それ、私まで死なない?」

 『そうならねぇように着弾前に回収するんだぜ?そりゃ巻き込まれりゃそれこそ伝説の理想郷の名を関する鞘(アヴァロン)とか、心に一点の曇りも無い限りにおいて(ロード・)概念的に後ろの全てを護りきる盾(キャメロット)とか、そんなレベルが無いとまず死ぬわ』

 「確かに、それならバーサーカーを倒しきれても可笑しくないけど……」

 『だろ?』

 そんな物騒な人には見えない笑みで、アーチャーは答えた

 

 『んで、マスターに対しては悲報だけどよ』

 少しして、ベッドから起き上がった私に向けて、アーチャーは言う

 『あのセイバーのマスター、生きてるか死んでるか全くもって分からねぇ。恐らく死んだんじゃねぇか?』

 「……どうしてわかるの?」

 『多分あいつ以外にゃ有り得ない気配が生まれ、そしてぱたっと消えたからさ

 少なくとも死にかけてなきゃ、あそこまで気配が消える訳もねぇ。んで、恐らくはあいつがやべー奴って事に気が付いてたからあんなに裁定者は辛そうな事やってた訳で』

 「敵は裁定者なんだから、きっと止めを刺してるはず……って事?」

 『その通りさマスター』

 「……けど」

 『殺せないんじゃないか、って顔してるなマスター

 いや、流石にアレを見逃すってのは真っ当なサーヴァントじゃ有り得ねぇよ』

 「……そんなに?」

 怖かったけれども、元々がかーくんだと思うと、そんなに悪い人には見えなかった。私とは違う方法で、かーくんを助けようともしていてくれたみたいだし……

 『そんなにさ、マスター。アレは危険過ぎる

 ってか、何がセイバーだよ、詐欺じゃねぇかって話になるしさ』

 「セイバーじゃ、ないの?」

 『違う違う。彼奴は人類全ての敵。最低最悪のエクストラクラスさ

 まさかあんなもん出てくるとは思ってなかったわ』

 頭が痛い、とばかりにアーチャーは左の手で額を押さえた

 エクストラクラス。あの子……ミラちゃんの裁定者(ルーラー)のような、本来から外れたクラス

 けど、エクストラクラスで特別なのはルーラーくらいではなかったっけ。アーチャーも言ってた気がする。ルーラーは特例だって

 

 私がベッドに腰かけると、それに合わせてアーチャーも椅子に座る

 『んじゃあ、おサルでも分かるエクストラクラス講座、ビースト編をやるとしますか』

 言って、アーチャーは自分の首筋から何本かの毛を引き抜く

 すると、あっという間にその毛は7つの駒になった。7つのクラスを示すものと変わらない外見の、けれども赤い7つの駒に

 「これが、ビースト?」

 『便宜上、区別を付けるために外見は通常クラスのものを使ったけど、本来は関係ねぇから注意だ。ただ、7種居るってだけさ

 もうちょい分かりやすくするか』

 アーチャーが駒を叩くと、姿が変わる

 Ⅰ~Ⅶの数を刻んだ駒に

 

 獣のクラス。バーサーカーに近い、理性の無いクラスだったりするのだろうか。けど、それなら最悪のクラスなんてアーチャーが口にしない気がする

 『ビーストってのは人類の天敵だ。大体の場合、放っておけば人類を滅ぼす化け物だ』

 「……そんなに、怖いの?」

 『そもそも、英霊召喚自体が元々は対人類悪(ビースト)用に作られた儀式を劣化再現して完成した魔術、といえばヤバさは分かるか?7騎居るのは、奴等を止めるのにそれだけ必要だったからってんだから驚きさ』

 「……危険過ぎるよ、それ!」

 アーチャーは強い。それは何度も見て痛感した。そんなのを7体呼んで立ち向かうのが基本の存在は、とても危険に決まっている。あの彼がそうだと言われても、ピンと来ないけど

 

 「あれ、でも」

 『どうしたマスター?』

 「分かってるならば、最初からその本当の英霊召喚何かで何とかならなかったの?」

 『それが奴の厄介な所の一つでさ。例えば、剣を扱った英雄だから剣士(セイバー)として召喚されるといった感じでさ。基本的には、霊基ってのは召喚時に決められるしクラスもそれに添う』

 ふっと、アーチャーがⅡの駒を手に取る。するとその駒は……白いセイバーの駒に変化した

 『けれども、ビーストってのは後天的なクラスだ。ビーストとして召喚されるのではなく、条件を満たす事でビーストとして覚醒する』

 白い剣士の駒が赤く染まる

 『恐らく、今の奴はこの状態。ビーストにゃなりきっていないが、ビースト化はそのうち間違いなく起こるし、第一既にその力の一部は覚醒してるだろうよ』

 ……後天的なクラス。彼がビースト認定されるのはまだ先。最初からビーストじゃないから、先手を打って召喚なんて出来ないという事だろうか。確かに厄介だけれども

 

 『んで、他のに出てこられる時点で世界終わってるんで紹介は省くが……』

 6つの駒が毛に戻る。戻らないのは、赤い剣士の……Ⅱの駒だけ

 『まあ、あのセイバーのマスターならほぼ間違いなく認定されるとしたらⅡだろ』

 「ビーストⅡ?」

 『そう、ビーストⅡ、回帰の獣。過去への回帰、未来の否定と考えりゃしっくり来る』

 「……過去改変?」

 全てを還す、ザイフリートを滅ぼす、それは確かに、かーくんが浚われて自分に改造されるという過去を無かったことにしてしまえば達成できるかもしれない

 その場合、きっとかーくんが居なくならなかった私はこの聖杯戦争に釣られたりしなかったし、大きく……とは言えないけど、きっと未来は変わる

 それは、かーくんを喪ってしまった現在の多守紫乃(いまのわたし)を、それどころじゃなくて今を生きている全員を無かったことにしてやり直す事かもしれない。それを現人口全員の虐殺だと思うなら、それを行う人は人類の敵と呼ばれても可笑しくない

 

 ……けど、おかしい

 「アーチャー。人類の天敵なんだよね?」

 『ああ、そうだぜ?』

 「なら、どうして……彼は獣なのに、全力でかーくんを救おうとしているように思えるの?」

 

 『ああ、その疑問は正しいぜ』

 にやり、とアーチャーが笑う

 『奴等は、ビーストは……本気で人類を救おうとしている事が、そもそもの条件だからな』

 「矛盾してるよ」

 『だから、奴等はビーストなのさ

 ビースト認定されかかってるって事は他にも過去であのヴァルトシュタインが言ってる化け物共を倒して人類そのものまで救おうとか考えてるのかもしれねぇけど、あのセイバーのマスターは基本的に視野が狭い。なんで目覚めきって無いんだろうが……

 

 本来のビーストⅡは、もう一度我が子たる人類の母に戻るために、世界をやり直そうとしたらしいぜ?母への裏切り、親殺しという原罪から人類を救う。そのために今の人類を滅ぼしやり直す。ビーストってのは基本そんなんだ

 全ては人類への愛故に。世界に、そして人類にすら牙を剥く獣。それが……人類悪だ

 ったく、はた迷惑なヤンデレかっての』

 「そ、そうだね……」

 頭の整理が追い付かないながらも、私はそう笑った



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六日目ー傷痕とメイド少女

『さて、と』

 片付けを終え、フェイがまた部屋へと戻ってくる

 時間は……何時だろうか、フェイの部屋は日が当たらない為、良く分からない。時計はあったはずだが、右目で見得る場所だったからか、上手く見えない。アサシンに聞くまでもない程度の事なので、気にしないことにする。どうせそのうち鳴って時間を告げるだろうし

 

 『では、今のアナタについてでも語りましょうか』

 フェイがベッドに腰掛ける

 「……今の、俺か」

 未だ、背骨はくっつききっては居ないだろう。まあ、今の状態で戦えと言われれば、まともな戦闘は不可能。ダメだと言われたあのカードに即座に手を伸ばすことになるのだろう。そもそも獣の力という予想外の切り札が出来たのだ、使うに決まっている。警告なんぞそれがどうしたという話ではあるが

 『ええ。以降一切戦わず安静にしていたとして、希望的観測で4ヶ月。現実としては3ヶ月もしたら崩壊でまともに動けなくなっても可笑しくないですね

 最後の検査ではある程度の戦闘を見越した上で余命半年だったと思うのですが、何処でそんなに削り飛ばしたんですか』

 呆れたように、フェイが呟く

 「それはバーサーカーとの連携を前提とした話だろう?俺一人……いや、俺とセイバーで戦い抜くならば、それくらいは行く」

 『どう考えても、このペースだと最後まで持ちませんね。バカじゃないですか?アナタのその魔力は未来から借りてきたもの、寿命そのものを現在の魔力に回帰しているようなものだと説明したと思いますが

 ……何故、此処まで使い潰したんですか?バカですか?』

 責めるように、フェイの瞳が俺を覗きこむ

 ……逃れられない

 いや、そもそも逃れる必要など無い

 「……言ったはずだ、フェイ。俺はお前を裏切ると

 俺は元々無かったもの。彼が本来歩むはずだった未来を、彼に返せるならばそれで良い。ザイフリート・ヴァルトシュタインに、未来など必要無い」

 『全く、そんな妄言は最後まで持たせる算段を付けてから言って下さい

 少なくとも、ルーラーに無駄に挑んで詰むなんて、無計画にリソースを浪費しただけにしか思えませんから』

 フェイの右手が、額に触れる

 普通であれば、デコピンか何かをする状況だろうか。だが、今の俺を考えて、触れるだけに抑えてくれたのだろう

 

 『それで、何か言いたいことは?』

 責めるようなフェイの瞳は、止まらない

 「痛みの無い体とは、こういうものか」

 ふと気が付いて、そんな誤魔化し

 全魔力を修復に回している現状、俺の体は何時もとは違いまともに魔力を流していない。神経系にも、血管にも、無理矢理魔力回路として使用し続けてきた全てにまともな魔力が通らず、結果として俺としては初めて、魔力により傷ついていない肉体というものを体験していた

 『薬で痛覚が麻痺してるだけです。バカを言うのは止めてください』

 「ならば……」

 何か、と考えを巡らせ、可笑しな事に気が付く

 

 左手がある

 それは可笑しい。幾ら無理矢理魔力で強引に体を治せるとしても、ここまで早く腕が生えてくる訳もない

 「左手」

 『適当な失敗作として処理されたホムンクルスから持ってきてくっ付けました』

 「なるほ」 

 『……くっつかない』

 言い終わる前に、ずっと無言であったアサシンに、左手を少し引かれる

 あっさりと、その手は抜け落ちた。やはりというか、まともにくっついていた訳では無かったのだろう。まあ、構わない。光の鉤爪……はあの姿だからこそだとしても、骨中心の光の剣で充分フォローは可能だ。ならば俺がちょっと不便なだけで何の問題もない。この体をどれだけ使い潰そうが、俺になるなんて理不尽が無かった正しいはずの歴史の神巫雄輝には関係ないのだから

 「取れるのか」

 『……神鳴受けてわかった。死ななきゃ治らない』

 実際に死んだアサシンに言われると、どうとも返せない

 ……適当にくっつけて何とかなるレベルは越えているということか

 『……ダメ元でしたが、やはりそんな結論ですか』

 フェイが、少しだけ肩をすくめる

 

 『まあ、あまり話していても生きているのが不思議な程に無理をしたバカさ加減に呆れて気が滅入るだけなので、まだマシな未来について語るとしましょうか』

 少し何かを誤魔化すように、フェイは言った

 

 「フェイ、俺はどうして此処に居る」

 暫くして、俺はそう問いかけた

 

 アサシンは、恐らくはそれを知らないだろう。死んでいたらしいのだから

 ならば、あの状況から俺を回収する誰かが居たはずなのだ。セイバーではない、誰かが。セイバーならば、今此処に居ない理由が無い。何だかんだ近くに居てくれたセイバーの事だ、あそこから連れ出すのがどれだけ大変だったか愚痴る為に出てくるだろう

 ホムンクルス?ミラから逃げ切れるとは思わない。ならば恐らくはサーヴァント

 それがバーサーカーならば、今頃は血によって完全に眷族化なりなんなりさせられて俺の意識はとっくに無いだろうから除外、フェイとの面識が無いだろうアーチャーも同様に除外。ランサーは既に脱落しているはずなので論外。ミラ?有り得ない

 ならば、有り得るのはライダー、或いはキャスター。ヴァルトシュタインと協力しつつも、俺に関して何か含みがある者の犯行とすると、キャスターだろうか

 『そのことですか。ライダーが連れてきました』

 だが、フェイから返ってきたのは、予想とは逆の答え

 ライダー?あの騎士が俺に何を思ってそんな事をするのだろうか

 「ライダーが」

 『ええ。この顔は彼の大切な大切な王、アルトリアに良く似ていますからね、思うところでもあるのでしょう』

 言われて、納得……しないでもない。ならば少なくとも、最終的に運び込むのがフェイのところというのは可笑しくないだろう

 いや、それでも可笑しい

 「それはフェイを助ける理由にはなるだろう。だが、俺を回収する理由にはならないはずだ」

 『なりますよ、アナタが死ぬとワタシが悲しむっていう理由になら』

 「……それは、」

 ……考えるな。その意味を。惑わされるな、マーリンに。貴様に幸福など勿体無い

 「そうかもしれないな」

 だから、何も考えていないように、そう応える

 『ええ、だから気にするだけ無駄です。本当に理由を聞きたいならば、いずれ出会った時にでもライダーに聞いてくださいワタシの管轄外です』

 「とはいっても、激突しそうだからな」

 『自業自得です』

 俺を撫でる手を止めず、フェイは微笑(わら)

 『戦うなら、手伝う』

 アサシンは、そんな事を呟く

 「……戦うと、決めた訳じゃないさ」

 『それが、べたー』

 『というか、この現状で挑みかかるようならば死にたいんですか?としか言い様ありませんしね』

 「そもそも、此処に運び込んだのはライダーだろう?居場所を知っているのだから、襲撃は」

 『流石に無いと思いますよ。運んできた時に、ワタシに恩着せがましい事吐いてましたし』

 「何かを聞き出せば用済み処分……でもないのか

 だが、マスター側は」

 『大変な美酒が手に入ったとかで大興奮していてそれどころじゃないらしいですよ?

 まあ、あんな悪趣味なの、近付きたくもないので良いですけど』

 嫌悪感からか、フェイの体が震える

 「悪趣味?」

 『現代の吸血鬼、快楽血飲者ですよ』

 フェイの言葉に、アサシンが少しだけ身構えた

 

 『……ちがう』

 けれども、アサシンは首を傾げた。ハンターとしての嗅覚だろうか

 「ええ、違いますね。あれは単なる人です

 単に、血が大好物なだけで」

 ……気分が悪い。俺だって、血を飲んだことはある。ヴァルトシュタインに反旗を翻したあの日の事だ。粘性があり、決して美味しいとは思えなかったが、それ以外にまともな水分が無かったのだからと言い訳をして、ホムンクルス達の血を啜った

 だが、好んで飲みたいなどとは、どうしても思えない。そんの奴の気が知れない

 「正義が、何故そんなものと組む」

 ライダーが従う理由は簡単だ。聖杯の為

 だが、ヴァルトシュタインがそんな野郎と組む意味が分からない。世界を救う正しき正義でありつつも、吸血鬼というほぼ確実な勝利をもたらすサーヴァントを最後の聖杯戦争で召喚する事を選ぶなど多少の犠牲は仕方ないと割りきっているのだろうが、それでも……そんなものと組むのが本当に正義だとはあまり思えない

 『勝って初めて正義なんですよ』

 ……確かにそうだ。勝てない正義に意味はない

 だから、俺は悪になる。正義に挑むとはそういうことだ

 「だから、確実に勝つ為には奴すらも……

 いや、そうか」

 ふと、気がつく。正義が人を救うならば当然の事に

 「正義が人類を救うならば、その中には当然、奴も含まれて然るべき……か」

 何故、こんな当たり前にすら気が付かなかったのだ。俺が、彼以外を殺す悪魔だからか?

 救うべき人類の中には奴、すなわち外道たるライダーのマスターも含まれるのだ。恐らくランサーのマスターとはどうしようもない決裂があった為、あんなことになったのだろうが

 

 「そういえば、フェイ」

 少しして、俺は問う

 『何ですか?……ああ』

 俺の視線を辿り、フェイは納得したように呟いた

 そこにかけられているのは、豪華な鞘に入れられた一本の剣

 ミラが袋から抜き放ったのとは明らかに違う。けれども、何処か似ている黄金の剣

 『これですか?ワタシを呼ぶのに使われたものです』

 「……だよな」

 <約束された勝利の剣(エクスカリバー)>、騎士王の剣、星の聖剣。此処にあるのは、アヴァロンの魔術師☆Mが置いていったというその聖剣の模造品だ。されども星の聖剣には届かずとも、使い手を選ぶ剣。抜けるならば持っていっても良いとフェイに言われたものの、選ばれる訳もない俺にはそもそも抜けなかった。フェイは抜けるのだが、そもそも重くてまともに扱えないらしい。そういうことで、ずっと壁にかけられたまま放置されてきた剣

 

 ならば、何故ミラはあの剣を抜いた?分からない

 『どうしたんですか?』

 「……ミラが振るってきたのと、少し形状が違うな、と」

 『まったく、なんでもありですねあのルーラー』

 「分かるのか?」

 『分かりませんね。ワタシだって分からないことはあります

 それで、何ですか?今度はお守りだか折れない棒代わりだかとして持っていくんですか?』

 「使えないのに持っていっても意味がないだろ?」

 『まあ、それはそうですね』

 言って、フェイはベッドの下から細長いものを取り出す

 見覚えのある、一振りの武器

 「……剣?」

 『ええ、彼が昔から光の剣の修行の際に使っていた剣です。まあ、無いよりはマシでしょう?教会に持っていくには物騒なので、今渡そうかと』

 ……最低限、腕は動くようになっている

 「ああ、有り難う、フェイ」

 『御礼はとりあえず死なない事で示してください

 それで、これからはどうするんですか?』

 ……そんなことは決まっている

 「……とりあえず、セイバーを探すさ」

 令呪はこの手に。まだ、俺は終わってなどいない。ならば、あのセイバーと話し合わなければ



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六日目ー名前

数時間後、俺は森を進んでいた

 アサシンも当たり前のように付いてきている。フェイの元に残るなんて事は無かったようだ。あくまでも、現在のマスターの命による俺への助力を続ける気らしい

 

 森の中にはやはりというか魔獣が放たれている。この森自体がヴァルトシュタインの領域、僅かに世界の位相がずれた世界であり、こういった化け物達を準備する為のものでもあるといった側面がある以上当然ではある

 が、その数は少ない。妙なまでに

 数日前、相当に暴れまわったとはいえ、精々殺したのは数百体。この森全土からすれば一部でしかない。だというのに、これだけ少ないというのは……アーチャーにでも狩られたのだろうか

 まあ、理由はどうでも良い。無駄な力を使わずに済んで助かる位だ。この手にはあの時は無かった剣があり、頼りすぎる訳にもいかないとはいえサーヴァントも()り、何より今の俺はあの時よりもサーヴァントに近い。例えあの時のように魔獣とホムンクルスに追い立てられようが正面突破して森の外を目指せるだろう。だがそれは消耗を伴う。無視される事にも意味はある 

 

 無視される理由は簡単だ。命令が無いから

 この森、ヴァルトシュタインの領域は侵入を見逃さない。アヴァロンの魔術師☆Mによって作られたこの森は、かの妖精郷(アヴァロン)のように位相がずれた異世界であるが故に、入る際に確実に波紋が生まれるからだ

 逆に言えばそれは、入った瞬間は誤魔化せず確実に発見されるものの、それさえ誤魔化してしまえば何とかなる、という話でもある

 死にかけていたからか、それとも許可を取ってライダーが連れてきたからか、フェイが見てきてくれた限り、俺に関しての警戒は無かった。侵入は見過ごされたということだ。ならば、森を進むことに何ら障害はないということである。命じられなければ魔獣は死にには来ない。魔獣を圧倒しうる力があるならば、ライダーやキャスターといったヴァルトシュタインの協力者に出会わぬ限りこの森は安全だ

 

 ライダーに話を聞く手を考える

 却下。そもそも居場所が分からない。マスターが分からない。ある程度回復したとはいえ、本調子でもないのに、マスター命令でライダーと激突する事になるかも知れない手は避けたい

 ライダーの真意等、知りたいことはあるのだが

 そもそも、あの時空から見た光はライダーの宝具ではないのか?ならば、何故ライダーが俺を回収するのに間に合った?色々と謎は多い。いずれ、聞く必要があるだろう

 

 「そういえばアサシン」

 聞きたいことは、他にもある

 アサシンが、首を傾げる。この反応は、特に問題ないのだろう

 「アサシンは、今からも俺に力を貸してくれるのか?」

 正面から聞いたことは無い、その言葉を

 

 俺は獣だと、マーリンらしき人物は言った。フェイは昔、獣とは人類に滅ぼされる悪だと言っていた。ミラは、獣を絶対に滅ぼさなければならない存在としていた

 ならば、アサシンにだってそういう思いはあるのではないか。少なくとも、俺に従う気は本当にあるのか、気になるのだ

 第一だ。俺は過去を変える。ならば、サーヴァントは例え勝ち抜こうとも、聖杯を手にすることは出来はしない。考えてみれば、セイバーには本当に非道い事をしていた訳だ、俺は。戦うだけ戦え、但し勝利した事は無かったことに過去を改変し絶対に聖杯は与えない。全く、どんな極悪マスターだという話だ。セイバーが微妙な顔をするのも当然も当然、寧ろ良く斬られなかったと言えるだろう

 

 ならば、アサシンの目的も恐らくは……

 『いえす』

 だが、アサシンは何事も無かったように頷く。迷いすら見せず、当然の事だというように

 「俺は」

 『問題ない。例え世界を変えるとしても、それは「ボク」にとって希望な事に代わりない』

 「消えると、してもか?」

 ……そんな訳はない。消えたくない。こんな俺ですらそう思うのだ。自身の罪を呪詛し続けなければやってられないのだ。消えたいなどと、そんな事軽々しく言える訳がない

 『それで、「わたし」は……「我」や「ボク」に戻るから

 集合した誰か(・・)が消えるなら、それで構わない』

 だというのに、アサシンは表情を変えずにそう告げる

 ……恐らくは、それは嘘なんかではない。何故だろうか、フードを取っている限り、前よりもしっかりとアサシンを認識出来ているからか、それは良く分かる

 自分が誰なのか、それすら定まらない、分からない。それは、そんなにも苦しい事……なのだろうか

 

 いや、苦しい。俺が俺になる直前、あの虚無は、確かに耐え難い違和感があった。だから、俺は最初に名を求めた。ザイフリート、と

 名前をもって、漸く俺は俺になれた、そんな気がする

 「アサシン、名は?」

 だから俺は、気が付くとそう問いかけていた

 『分からない』

 帰ってくるのは、当たり前の答え

 当然といえば当然。分からないから自分を求めている以上、名前なんて分かるわけがない

 「いや、俺が」

 付けようか?と続けようとして、気が付く

 深入りだ。深みに嵌まっている。マーリンの思う壺そのものじゃないか。名前を付ける?今の彼女を示す事で、ある意味俺と同じにする?なんだその深みは。完全に幸福に落ちかねない。そもそもアサシンとは呉越同舟、あくまでも同盟関係でしかないはずだ。それを忘れすぎている。何て甘い。このままでは、アサシンが何時か敵になるという聖杯戦争では当然の事実からすら目を背けかねない

 こくり、と小さくアサシンが首を傾げる

 『名前?』

 その動きに、拒絶の意思は無い

 

 ……決断しろ、ザイフリート。俺は、貴様は

 「……悪い。今のアサシンにだって、名前は有って良いと思ったんだが、どうせなら良い名にしたくて」

 何をやっている。それは深みだ。だというのに、言葉は止まらない

 「まだ、しっかりと考え付かない」

 出した言葉は先伸ばし。寧ろ、後で良いものをと期待させる、最悪一歩手前の選択肢

 『楽しみ』

 僅かにアサシンははにかむ

 そんな俺は、あまりにも……弱かった

 ああ、マーリン。正解だ。あの無駄なフェイのごり押し含めた幸福になれ論だけで、俺の心はこんなにも揺れる

 

 『……少しだけ、話』

 少しして、アサシンが呟く

 「マスターとか?」

 『いえす』

 「ああ、分かった。集合は……何だかんだ見つけるか」

 こくり、と頷いて、アサシンの姿は消える

 

 大丈夫だ。発見されずに入れないのが何よりの森の問題。入れてしまった以上、バーサーカーにでも喧嘩を売りにいかない限りそこまで問題はない。恐らくマスターだろうフェイに会いに行く位ならば何事も無いだろう

 そうして割り切って暫く歩き、ふと可笑しな事に気が付く

 不可思議な何か。立ち上る煙。左目の視界の端に、崩れた壁を認識する

 

 森の外、即ち教会。その壁が崩れていた

 「アルベール神父!」

 ミラは問題ない。彼女がどうにかなる訳もない。だが、神父は別だ。何かあったのかもしれない

 ミラとの遭遇すら考えず、まだ歩きを越える運動をすると少し痛みが走る体を無視して俺は駆け出した



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六日目ー再会(多守紫乃視点)

「……紫乃、ちゃん?」

 街を歩く中、ふと、そんな声が聞こえた

 

 それは、私にとっては良く聞いた声。けれども、彼は此処に居るはずが無い。私は彼に何も言っていない。彼が、私が伊渡間に居ると知っている訳がない。なら、彼がわざわざ伊渡間に向かう意味なんて無い……はず

 だけども

 「やっぱり紫乃ちゃんだ!」

 二度目の声に振り返る

 彼……かーくんの従弟、神巫戒人は、確かにそこに居た

 「戒人……さん?」

 「良かった、紫乃ちゃん!」

 ぱあっと表情を明るくし、戒人さんはそのまま私に向かってきて

 

 『あー悪りぃけど、ちょいとストップだ』

 アーチャーに止められる

 「何だお前!紫乃ちゃんの何なんだ!」

 戒人さんが、アーチャーの胸ぐらを掴みかねない勢いで食ってかかる

 けれども、黒いコートを身に付けた、2mはあるアーチャー相手だと寧ろ無謀に見えてしまう

 『オレかい?オレはマスターの忠実なる猿さ

 オレとしちゃあ、突然出てきてマスターに馴れ馴れしいお前の方が、何か怪しいって寸法よ。これでもある程度警戒していてね、ちょいと答えちゃくれねぇか』

 「アーチャー、彼は知り合い!かーくんの従弟の戒人さんだよ!」

 少し眉を潜めて私の前に立つアーチャーに向けて、私はそう告げた

 『まっ、そりゃそうだろうけどよ。とはいっても、あの獣擬き(バカ)みたいなもんの可能性や、ニセモンの可能性だってあんだろ?』

 「俺を疑うのか!」

 『そりゃあ当然。オレはマスターの忠実なる番猿なんで、さ。非常事態だってのにホイホイと信じちゃあ無能の烙印を押されちまうさ』

 「紫乃ちゃん、君は信じてくれるよな、な!」

 アーチャーに遮られ、体の壁の合間合間から必死に顔を出すようにして、戒人さんは問い掛けてくる

 そのぐいぐい来る感じは、確かにかーくんと居る時にも何度も味わった。かーくんと二人で居たかったのにやって来て、こんなこと考えちゃ悪いけどちょっと邪魔だなって思った事もあったっけ。出会った瞬間に抱き付いて来るのも、かーくんが居なくなってから最初に会った時にだってあった、彼なりの愛情表現の一種だって分かる

 ……だけど

 

 アーチャーが言ってくれた事で、私にもちょっとだけ、警戒する心というものが生まれている。アーチャーが居なかったら、ザイフリートを名乗る彼が元々はかーくんで、不完全でもかーくんの心を、記憶を、持っているって事を知らなかったら、きっとそのまま信じていた

 だけど、もしかしたらというものはあるから

 「……ちょっとだけ、クイズいいかな?」

 私は、そう言っていた

 「紫乃ちゃん!それで信じてくれるんだな!」

 よしっ、と戒人さんが拳を握る

 

 「じゃあ、貴方の真実の夢は?」

 まず一つ。彼自身か、よほど知ってる人でもなければ、そうそう答えられないだろう問題。将来の夢なんかで、幾つか書いているものはあるけれども、そこにあるような無難な答えじゃなくて、けど、彼ならもしかしてって思えてしまったような、その答えは……

 「正義のヒーローに決まってる。当然だろ?」

 正解。神巫戒人とは、そんな人だ。自分の中の降霊魔術の適性を最大限に肯定し、それを使ってアニメや特撮みたいなヒーローになりないと本気で願っている、子供っぽくて、だけど凄いと思う、強い人。悪の魔術師なんかを倒す魔術師ヒーロー、彼は今も本気で、そうなりたいと思っている

 「うん、正解」

 ……これが答えられるなら、彼を信じてもいいかもしれない

 けど、もう一つ

 「戒人さんが初めて呼んだのは?」

 「地縛霊のおっさん、だろ?」

 これも正解。私とかーくんと共に道に迷った時、彼は初めてまともに降霊を成功させ、その地縛霊の知識でもって知ってる道まで案内してくれた。その事は後から教えてもらった事で、当時の私はそれを知らなくて、良く覚えてるなーって思ってたことを覚えている

 

 「うん、信じるよ、戒人さん」

 アーチャーが、少し憮然としながらも、彼との間から退いてくれる

 『マスターが信じるって言うならば、まあ良いけどさ。変な事はすんなよ』

 アーチャーは、まだ疑っているようだ。どうして、そんなにも疑うのだろう

 もしかしたら、吸血鬼なんじゃないか、既に何度か見たあの人達みたいになってるんじゃないかって話だろうか

 

 ……あるかも、しれない。それは、とても怖い事

 「アーチャー、もしもの事があったら、御願いね」

 すると、アーチャーは

 『分かってるさ、マスター』

 にっ、と口の端をあげて、そう応じた

 

 「それで、戒人さんは、どうして此処に?」

 彼が本物の戒人さんだとして、気になる事を聞いてみる

 「手紙、さ。ヒーローをバカにするような、紫乃ちゃんの事を思うなら来いとかそんな感じの手紙が届いた

 その手紙を出してきた犯人はヴァルトシュタイン。ならば行ってそんなバカな敵役を倒して紫乃ちゃんを救ってやる、ヒーロー舐めるなって感じで」

 にっ、と彼は笑う。何時もの笑顔で

 「それで、行ったは良いんだけどさ

 油断して捕まっちまった

 そこをフェイってヒロインみたいな子に助けられて、更に敵と一戦交えて、漸く一息付いたら紫乃ちゃんを見かけた訳さ」

 わかった?とばかりに、昔みたいに人差し指だけを伸ばした右手を振り、彼は告げた

 

 「それじゃあ紫乃ちゃん、ちょっとこれからの俺の武勇伝は長くなるし、お店行こっか」

 戒人さんが、手を出してくる

 けれど、ぱしっとその手ははね除けられた

 『悪りぃな。忠実な番猿的に、まだまだおさわり厳禁で頼むわ』

 飄々とした感じで、手を払ったアーチャーがそう告げる

 「ん、まあ仕方ないか。雄輝にもちょっと悪いしな

 それじゃ紫乃ちゃん、付いてきてくれ」

 少しだけ肩をすくめると、戒人さんは歩き出す

 「戒人さん、お金は?」

 「大丈夫大丈夫、奴等はヒーローによって壊滅する悪の組織だけどさ、強盗団じゃなかった

 なんで、此処にちゃーんと……ちゃんと……」

 ごそごそと、ポケットを弄り……

 「逃げるときに落とした」

 しょんぼりと、そう返してきた

 

 ちょっと、笑ってしまう。肝心でない時には何処か抜けた所もある。そんな所も戒人さんで

 「……私、ある程度持ってきてるんで」

 「良いのか!?」

 「はい」

 だから、私はそう言っていた

 

 『ああ、悪いマスター、ちょいと用事が出来た

 んで、ちょいと話してくるけど、男はみんなケダモノの精神で、近づきすぎんなよ』

 アーチャーは、何かを見掛けたのか、そんな事を言って、ふらっと消える

 どうしたんだろう。アーチャーが離れるんだから、重要な何か何だろうなーって事は分かるけど。来て、と言えばきっと令呪で飛んでくるだろうし、不安は無いけれども、少し気になる

 「いやー、彼、何者だい?恋人じゃないだろうけど、怖いね」

 そんな事を言ってくる彼に

 「あはは……慕ってくれてる協力者、かな?」

 上手い答えが見付からず、誤魔化すように笑うことしか出来なかった

 

 戒人さんに連れられて入ったのは、駅前のワンドリンク制カラオケボックス。流石に、武勇伝を後悔の場ではという配慮。ドリンクもあるし、冬の寒さも防げるし、その気になればルームサービスで暖かいものだって頼める良い場所。追い付いてくるだろうアーチャーの分を入れて三人分前払いして、部屋に入ると

 『ようこそ、おサルの園へってな』

 悪い顔をした数匹の猿が、其処に待っていた

 ……先回りしてまで何やってるんだろう、アーチャー。浮いてる、すっごく浮いてるよ

 

 「な、何だ!?」

 『突然だが、死んでくれや』

 その中の猿の一匹が……

 「ちょっ、アーチャー!?」

 振りかざすのはあの棒、つまりは神造兵器だったか何だかという宝具、如意棒。人なんて軽く殺せちゃうもの

 「くっ!降霊(アドベント)始ど(コネクショ)

 『おサル仙術、破魔ってな』

 バチッと火花が散り、戒人さんが呻く

 「降霊の、無効化だと」

 『この天を斉する大聖者、仙術の一つも使えないとお思いかい?既に降りてるあいつにゃ無意味だろうけど降霊される前なら妨害可能か、術も案外出来るもんだなこりゃ』

 にやり、と悪い顔で、猿……アーチャーは笑う

 「化け物め……ならばっ!」

 けど、戒人さんも諦めない。カラオケに当然あるもの、つまりマイクを咄嗟に右手で掴むと

 「降霊(アドベント)武装(アームズ)!」

 刀匠の霊か何かを自分とは別に武器に降ろし、持った武器を強化する、戒人さんのオリジナル。かーくん以上に使いこなせる事の証明

 けど

 「ぐっ」

 それすらも、アーチャーが振るう見えない何かに吹き飛ばされて

 

 「アーチャー!もうやめて!」

 戒人さんの右手が、なくなっていた。恐らくは、アーチャーの一撃で……

 『悪いなマスター、もうちょいだ』

 なのに、アーチャーは止まらない

 どうして?どうしてなの!このままじゃ……

 「見えない武器……だと」

 『そう、不可視の矢(インビジブル・アロー)……いや、不可視の杖(インビジブル・ロッド)かねぇこりゃ』

 吹き飛んだマイクは、ご丁寧に何故か居る他の猿が受け止めていた

 何匹かの猿が、戒人さんの四肢を拘束する。もうどうしようもない

 ……令呪を切るしかないのかもしれない。絶対命令なら、乱心したアーチャーだって止まるかも。もう、それにしか賭けることなんて

 『んじゃ、名高き如意棒を脳天に受けれた事、冥界で自慢でもしてな』

 無慈悲にも、恐怖を与える為か、棒が纏った風が剥がれ、赤い棒が見えていて

 「令呪をもって命ずる」

 ……ダメ、間に合わない

 けど、やらないと戒人さんまで失っちゃうから

 無情にも、棒は振り下ろされ……

 「アーチャー!や」

 

 ぽふっ

 『冗談、単なる発泡スチロールの棒さ、これ』

 「……へっ?」

 言いかけて、固まった

 発泡スチロール?どういうこと?

 『いや、追い込んで試してみた。悪りぃな』

 「……腕が、ある」

 『そりゃ、腕に毛付けて、隻腕に変化させて無いように見せかけてただけだしよ』

 「どういう、事なんだ」

 「説明してよ、アーチャー!」

 突っかかる私達に

 『ああ良いぜ。但し、部屋入ってからな』

 ふっと沢山の猿を消し、アーチャーは答えたのだった

 

 『んで、離れた理由は簡単。何か思い詰めたような裁定者(ルーラー)が歩いてたんで、ちょいと吸血鬼って奴の見分け方聞いてきた』

 「それで?」

 私はちょっと怒りたい。どうしてあんな事したんだろう。アーチャーの事だし、何か考えはあったんだろうけど

 『魂見れりゃ一発だ。吸血鬼(バーサーカー)化した奴は、本体、つまりはバーサーカーに魂を吸われるから魂が無い

 んだけど、オレだって万能じゃねぇし、分かんない訳よ』

 アーチャーが頬を掻く

 『なんで話聞くとさ、幾つか懺悔ってか相談受けた中にあった吸血鬼案件ってのは、どれもこれも今までやった事無い何かをしようとした際に誰それが可笑しかったって奴な訳』

 「だから、試したの?」

 『そう、その通り!

 行ったことがない遊園地に、子供も大きくなったし初めて子供の誕生祝いで行く計画立ててたのに、当日朝、妻が可笑しかった。遊園地行こうと言うと少しの間フリーズして、何も無かったかのように普通の生活を始めた

 これは一番可笑しかった例らしいけどよ。魂の無い吸血鬼ってのは、生前の行動ってプログラムに添って、現状正しかろう行動を取る。なんで、生前では無かった事やらせようとするとそんな感じでバグ出るらしいぜ?』

 「だからって」

 あんなことして良い理由になんて

 「だから、追い込んで試したってことか

 全く、ヒーローにはありがちな突然のテストとはいえ、肝が冷えた」

 『バーサーカーにやられたとして、どうせあいつそこまで興味ないと瞬殺してるだろうし、多分追い込まれた事無いなって事よ

 ……魂の発露みたいなもんすら感じた。まっ、間違いなく魂入りの神巫戒人だわこりゃ。疑って悪かった』

 軽く、アーチャーが頭を下げる

 「ヒーローには誤解も付き物、か

 んじゃあ、ドリンクが来たら語ろう。俺の武勇伝と、更なる敵の事」

 苦笑して、少し重苦しく戒人さんは言った

 

 最初のワンドリンクを手に、一息つく

 私は紅茶、アーチャーは珈琲、そして戒人さんは林檎ジュース

 それを一口し、戒人さんは話し始めた

 

 

 「あれは……そう、俺が油断から悪の組織(ヴァルトシュタイン)に捕まっていた時の事だった」

 少し大げさに、戒人さんは語る

 「悪の組織に捕まったヒーローの御約束のように、俺も改造されようとしていた

 だが!それは人造ルーラーなる謎の悪の切り札へと俺を改造するものであり、その手術は難航していた。俺は、何度かの改造失敗を受けて傷つきながらも、まだ自分を保っていた」

 ……ルーラーって、そういうものだっけ?と言いたくなる。けど、同じく改造されてしまったかーくんも普通のセイバーかというと違うし、そういうものかもしれない

 『成程ねぇ、あのバカの従兄弟だかなんだかなんだっけ?

 まあ、アレは失敗というか、もっと可笑しなものを完成させちまったというか……、とりあえずある程度の成果は見込めるだろうから吸血鬼にしなかったって訳ね』

 「そんな中、俺を多少なりとも心配してくれていたのはフェイちゃん……、ああ、あのヒロインになってくれそうな少女だけだった」

 ……かーくんも語ってた気がする。唯一味方だったって

 何だろう、ちょっとだけ気になる

 「そして昨日の夜、何者かの襲撃という事で大きく監視が外れたその時!フェイちゃんによって俺を捕らえていた手錠が外され、そのまま俊足の霊を降霊、その力でもって混乱に乗じて脱出に成功した

 ああ、それは……24分の特撮作品になる程のものだった。時に魔獣と戦い、時に追っ手らしきものから隠れ、ただ森の外という希望を目指すスペクタクル……」

 更に林檎ジュースを一口。恍惚と、戒人さんは語り続ける

 ……ヒーローの事になると止まらないのも戒人さんではあるけれど、自分の事でもここまでなのは少し珍しい。ひょっとして、悪の組織に捕まったりで、遂に自分の英雄譚が始まったとか思っているのかもしれない。何も知らずに、アーチャーが居てくれなきゃ死んでいた私が言うことじゃないけれども、そうだとしたら危険だし、突っ込んで行くのは止めて欲しい

 

 「そうして、凄くヒロインっぽいフェイちゃんとの再会の希望を胸に抱きつつも、(ようや)く森を抜けたその時、俺の前には一つの教会があった」

 ……確かに森を監視する名目もあるからか、凄く近い。見つけるのは普通だ

 だけど、そこからどうして前に言っていた敵と一戦に繋がるのだろう

 「俺は思い出した。ああ、そういえば聖堂教会にも神秘に関する機関があるらしい。魔術教会寄りだろうあの悪の組織があるならば、聖堂は正義の味方なんじゃないかと

 

 だが、それは間違いだった。グルだったんだよ!あいつら!……あの外道神父!」

 ぐっと戒人さんが自身の左手の袖を捲りあげる

 其処にあったのは、幾つかの刺し傷

 「助けを求めた俺に、最初は優しくしてくれた。けど、それはあの外道が、人の不幸を楽しむ糞野郎だったからだった

 安心しきった俺に向かって、突然あいつは襲いかかってきたんだ!『助かったと思った瞬間に地獄に突き落とされる。その時、人は最も美しい絶望を抱く。それが、私の愉悦』だとか何だとか言って」

 ……神父様に会ったことは、あまりない。だけれども、そんな悪い人になんて見えなかった

 ……いや、けど待って欲しい。最初に会ったとき、私が自殺行為をやりかけたと、神父様は笑わなかっただろうか。それが、もしも戒人さんの言う不幸を好む性格が漏れたのだとしたら。ミラちゃんが居るんだし、そんな事はない。そう言いたい。けれども、結構ミラちゃんはお人好し。きっと、人の善意を信じている。だから……騙されないとは言いきれない気もする

 

 「そりゃ、俺だって必死に戦ったよ。だけど、奴は強かった。俺に負けないくらいに

 奴を少し傷付けたは良いけれども、俺も刺され……たって所で更に何か帰ってくる気配がしてさ」

 ……恐らく、ミラちゃん

 「1vs2とかよくあるシチュだけど、今は無理だって思って逃げてきた

 紫乃ちゃん、あの教会は危険だ」

 そう、彼は締めくくった



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六日目ー襲来の顛末

「アルベール神父!」

 窓は一部が割れている。庭も少し荒れているだろうか。だが、扉は特に壊れてはいない。そんな教会の現状を何処か遠くで確認しながら、扉を開く

 「……ああ、君か」

 ただ普通に、彼は何時もの整然とした並びが崩れに崩れた長椅子の中、立っていた

 

 既に意味(ひかり)を喪ったはずの右目が疼く。紅い光がほんの少しだが集約し、本来の右目の視界を埋め合わせるかのように、紅い世界を映し出す。それは、俺の影をあの化け物として映し出し……

 だがしかし、一瞬で霧散する。紅い視界はもう見えない

 

 ……充分だ。俺の影がアレだったことから、あの視界は恐らくは魂を映し出すもの。もしかしたら彼は既に、という俺の疑念に対する答えとして発動したのだろう。全く、便利な事だ。有り難くて仕方がない。ほんの一瞬しか発動しなかったのは、慣れてない事や、そもそも何ら問題がなかったことの裏返しだろう

 

 「壊れているようですが」

 「何、盗人というものは、信心も関係ないようだ」

 泥棒のせいだと言いたいのだろうか

 ……だが、見付かって窓から逃げたとすれば窓が割れている事の裏付けにはなるが、それ以外が可笑しい。幾つも倒れるほど椅子の並びが崩れるなんて、取っ組み合いでもしていなければ有り得ないだろう

 

 そんな疑問を抱き、ふと、アルベール神父が俺の右方向を見ている事が気になった

 少し、右を見てみる

 

 ……何時もであれば気が付くだろう位置に、一人の青年がいた。作業服を来た、俺の勝手な推測でいえば、恐らく窓の取り替え業者だろう人物

 成程、と苦笑する。アルベール神父は、当然ながら神秘の関係者だ。だが、それは秘匿者でもある。俺だけ相手ならばまだしも、他人が居る状態では当たり障りの無い答えをするに決まっている

 右目が潰れた事による視界の変化に付いていけていない。今まで問題なかった場所が死角になっている危機感が足りない。ああ、情けない。こんな体たらくでは、彼を救う前に敗死するに決まっている。何とかしなければ、俺は義務すら果たせない

 「後始末ですか?手伝います」

 気持ちを切り換えるように、俺は倒れた椅子に手を掛けながらそう言葉を投げる

 

 「……そう怯えるな。見てくれは怖いが、彼は今の行動を見て分かるように、教会の客だ。恐ろしいものではない」

 ああ、右手しかないと少し長椅子をしっかりと持ち上げにくい。そんな事を考えながら苦闘するなか、ふとそんな言葉が耳に入る

 ……フェイが何時も通りすぎて忘れていた。今の俺の外見。片腕が無く、片眼も潰れ、きっと見間違いだろうけれども潰れたはずの目が一瞬光っていた。少なくともまともな人間に見えるという人は居ないだろう。ヒーローものの悪の幹部の人間態か何かかこいつは。まあ、実際に正義の味方(ヴァルトシュタイン)を倒そうとする悪なのだが

 「は、はい……」

 男の声から怯えは抜けきっていない。当たり前か

 

 暫くして、少しだけ苦戦しながらも、椅子の整理が終わる。ほぼ同時、壊れた窓の寸法等を測り終わったのか、一度頭を下げ、そそくさと青年は去っていった

 「では、真実を語るとしようか、少年」

 懺悔室の扉を開き、何時かのように少年、と彼は俺を呼ぶ

 「ああ、警戒する事はない。あの方は憤慨しながら外出中だ。警告が意味をなしてない気がする、とな」

 「そうか」

 少しだけ、気を抜く。とりあえず、何も考えずに何かあったのかと突っ込んでみたが、ミラが居れば討たれていた可能性はあったのだ。それが無いだけ良しとしよう

 「ああ、この現状か?吸血鬼の襲来と言えば分かるだろう、少年」

 懺悔室の扉を閉め、アルベール神父は告げる

 「吸血鬼。顔は」

 「すまないな。目深にフードを被っていた。出来ればフードを奪い取ってやろうとしたのだが」

 フード。まあ、かつて俺も使っていたアレだろう。確かにあれは顔を隠すにはもってこいのもの。怪しさこそ満載だが、正体は隠せる

 「怪我は」

 「していれば、今君と話してなどいないだろう?ああ、聖杯戦争の運営は私にとってもやはり未知、魂無き吸血鬼では、如何とも出来ずにフリーズするとは思わんか?」

 ……確かにそうだ。第一、彼がもしもそうなっていたとして、ミラが見逃すとは思えない。襲撃が夜中だったとして、それから一度も帰ってないなんて事はないだろうから

 「その吸血鬼は?」

 懐から、いつの間にかアルベール神父が何かを取り出している

 十字架を模した武器……黒鍵。レイピアというか……ほぼ投げる矢だ。霊的なダメージへと特化したというが、逆にそのせいかあまり痛くない。実は光の剣の芯として借りようかと思ったこともあったのだが、割と脆く、これじゃあ普通のナイフの方がマシだろうと却下した程度の物理的な性能でしかない

 「二、三本ほど腕と胸に撃ち込んだら退散して行った

 やはり、最低でも心臓を抉り、首を跳ねねばならんか」

 「……だろうな」

 その点では、光の剣は優秀だ。呪いでもあるのか、それとも宝具故か、叩き斬れば終わる。恐らく吸血鬼化したホムンクルス達を意識せず凪ぎ払えたのだから

 だが、それは俺が例外というだけの事。ああ恵まれている

 「去った先は知らん。森へ帰ったのか、それとも……という話をした所で、何か啓示でもあったのか、あの方は街へと飛んでいった」

 「街へと出ていれば……厄介だな」

 「だが、この身では追えん。フードを脱がれては見分けが付かん。あの方に任せるしかなかろうよ」

 少しだけ後悔を秘めて、アルベール神父は首を横に振る

 「時間は」

 俺も、追うべきだろうか

 「一時間程前の話だ」

 ……ならば、追っても仕方がない。それだけの時間があれば、奴が街へと出たとして、恐らくミラならば既に見付けている

 

 ……ふと、アルベール神父が、右手の手袋を外しているのが気になった

 其処にあるのは……2つの令呪

 「気になるかね?これは預託令呪というものだ」

 預託令呪。一度の聖杯戦争において、存在する令呪は二十一画。即ち7騎のサーヴァント其々に三画。ルーラーが居る場合はその限りではないが、あれは例外、ルーラー専用ルールなので置いておく

 では、もしもその三画を全て使うことが無く脱落したサーヴァントが居るとする。その場合に預託令呪が生じる

 全部で二十一画、そのうち、使われる事無く余った令呪は何処へ行くのか。この聖杯戦争での答えは簡単。監督者へと移行し、管理される。その管理された浮いた令呪、それが預託令呪だ。聖杯戦争によっては、聖杯が令呪を回収してしまう為、聖杯戦争が終わって初めて管理者へと預託令呪が渡る事もあるらしいが、このヴァルトシュタインの聖杯戦争ではそうなっている

 終わらせてくれ、は恐らく令呪を使っての願いであろうから、アサシンのマスターの死亡、一時的なアサシン脱落で二画。その後、アサシンの再契約時、聖杯戦争の間に新たな令呪が生じる事は無い為、預託令呪二画が使われて契約しただろうから(マイナス)二画。令呪が勝手に増えることは無い為、恐らくはランサーのマスターも一画、令呪を使ったのだろう。そしてランサーの脱落で二画。計算上、こうなる

 「くれたりは」

 ダメ元での問い。預託令呪は、他人に譲渡する事も可能だ。幾つかそんな話があると資料を見ていたフェイから聞いた

 俺の令呪はあと一画。セイバーは決して悪いサーヴァントではないが、俺がこんなである以上、あのバーサーカー、ライダー、そしてアーチャーとルーラーといった化け物、そして未知数なキャスターに挑むには一度きりのブーストでは心許ない。どうにかして最後の方までアーチャーと同盟を続けられたとしてもせめてあと一度、可能ならば二度、何とか出来るだけの切り札が欲しい所だ

 何より、バーサーカーは契約時に一画使っていた。ライダーは分からない。紫乃の手には二画残っていた。ルーラーもあと一画くらい隠しているだろう。といったように、大体の相手は少なくとも二画の令呪を保有していると見て良い。ブースト数が相手より少ないとは、それだけで不利だ

 だが、それはあくまでも俺の事情。理由もなく令呪を渡すとなれば俺贔屓にもなる

 故にダメ元。ではあったのだが

 「良いだろう。但し、私の話を聞き、私の問いにしっかりと答えれば、の話だ」

 あっさりと、アルベール神父は頷いた



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六日目断章 恐れ視よ、猛き終焉の赤星を

『うーん、どうなのかなぁ……』

 ぼんやりと、わたしは街を歩いていた

 時は、突然やって来たアーチャーに、わたしなりの吸血鬼の見分け方を教えてから少ししたくらい

 『まあ、啓示だって、外れる事くらいあるしね』

 と、そんなことを呟く。警告したにも関わらず、まだバーサーカーの眷族……吸血鬼が新しく放たれた。そんな(啓示)がして、それが本当なら流石に聖杯が何と言おうとやりすぎだって出てきたは良いけれども、どうにもそんなの居ない気がしてならない

 一番怪しかったのは、ヴァルトシュタインに捕まっていたっていう彼……神巫戒人。あそこは妖精郷に近い結界が本当に面倒で、実際に行かないと上手く探れないし、聖杯はそれを嫌っている

 だから第一候補だったのだけれども、彼にはしっかりと魂があった。死徒みたいに歪でも、英霊みたいにクラスに合わせて特化した訳でも、フリットくん……ザイフリート・ヴァルトシュタインみたいに自分のものでない体を何らかの理由で強引に動かしている訳でもない、間違いなくあの体に合った魂。あれが神巫戒人の魂でなかったとしたら何なのだろうってレベル。魂がある以上、魂がバーサーカーに食われて既に無いっていう吸血鬼の条件からは外れる。アーチャーは『自分で見なきゃ信じられないだろ?ちょいと試してみるわ』って言ってたけど

 

 『……どうにか、しないと。変えないと……』

 焦りを抑えきれず、そんな事を呟いてしまう

 分かっている筈なのに。このままだと取り返しが付かないって。変えなきゃいけない。変わってしまった、あの啓示が、嘘だったって笑って言えるように

 

 2016年、12月24日

 クリスマスイブという祝祭の中、世界はどうしようもなく終局する

 ……今までだって、そうだった。今ではない何時か、近い未来に軍神が現れて、世界は終わる。それが、ヴァルトシュタインが見た、そして聖杯が見せた啓示。けれども、まだあれには希望があった。誰かが、救世主が、かの軍神を倒してくれるっていう、ヴァルトシュタインがすがった希望が

 ……だけど。あれは違う。あれはもう、どうしようもない

 嫌悪の中、啓示した風景を思い返す

 

 

 聖杯を手にし開いた、根源の穴から溢れ落ちる、黒い泥。それは少年とそのサーヴァントらしき存在を包み込み、そうして降臨するのだ

 巨大な翼と角を持つ魔。けれども、何処か母性を宿した怪異。即ち……ティアマト(ビーストⅡ)

 ああ、あれが、今の彼が聖杯を手にした場合の結末。獣の資質を持つ彼(ザイフリート・ヴァルトシュタイン)が、聖杯という極大の魔力炉心を手にする事で、真の意味で虚数空間を食い破りビーストⅡは完全復活する

 瞬く間にかの獣から溢れ出す黒泥(ケイオスタイド)は、クリスマスイブに浮かれた人々を、街を呑み込み……、魂を食らい、領域を拡げ、母としての性質を取り戻し……さらに爆発的に、黒泥を拡げてゆく

 ああ、日本全部を呑み込むのに、多分1時間もかかっていない。海に混じり、更に加速しただろう。泥が全てを呑み込み地球となるのに、更に2時間も必要としなかったかもしれない

 けれども、そこまでは見ていない

 

 黒泥を焼き払い、遥か宇宙(ソラ)らしき場所から、機竜が降り立つ。TYPEの銘を冠するだろう、軍神の星(マーズ)より来る最強種(アリストテレス)、ヴァルトシュタインの語る終焉が

 原初の母神(ティアマト)終焉の軍神(タイプ・マーズ)。二つの世界の終焉が対峙した所で、啓示は終わっている

 

 ……だけど、恐らくそれは完全に世界が終わってしまったから

 どちらが勝つのかは知らない。最強種といっても、あのビーストⅡを本当に滅ぼせるのかなんて知らないし知りたくもない。けれども、どちらにしてもビーストⅡが完全復活した時点で、どうしようもなく世界は詰んでいる。生命ある限り、ティアマトは滅びない。例えティアマトが倒れたとしても、その時既に他の生命は残っていない。例え軍神が先に力尽きたとして、人類にティアマトに勝つ術なんて無い

 

 だから、あの啓示だけは、絶対に阻止しなくちゃいけない。きっとそれが、わたしがルーラーとして選ばれた意味で、冠位の魔術師だろう存在が、この聖杯戦争の始まりに力を貸した理由。やりたくないなんて泣き言は、言っていられる場合じゃない。だって、このままだと、数えきれない人の涙を見ることになるから。そんなの嫌だ。認められるわけないよ

 

 だから……だから、わたしは……

 

 『……ライダー』

 ふと、近くにその気配を感じて、わたしは顔を上げた

 

 かっちりとした黒いスーツ。短い金髪、彫りの深い顔立ち。実際に西洋出身のライダーにも、やっぱりそれは映える。此処は街中だし、ライダーだって戦闘時のような鎧姿なんかでは出てこないだろう。そのくらいの良識は、ライダーにはきっとある

 

 けれども、そもそもライダーが街にまで出てきているということ自体、そもそも異常だった。何らかの理由でそもそも獅子を連れていない。森の中に居ることをヴァルトシュタインから許されている。キャスターと共に行動していた時期もあるし、出てくる必要は多分無い

 

 近くのコーヒーショップでブラックコーヒーを注文し、ライダーが店先の椅子に腰を下ろす

 話を聞くには良い機会かな、とわたしも店に入り、砂糖入りのミルクコーヒーを注文する

 わたしの存在に気が付いたのか、此方へ来い、というように、一瞬ライダーが此方を見た気がした

 

 『……何の用なんだ、ニコ』

 視線に甘えてライダーと同じテーブルにつくと、即座にライダーからそんな問いが投げ掛けられた

 『わからないかな?普通に調査だよ』

 聞きたいことは沢山ある。昨日の事や、フリットくんの事などなど

 ニコ、と少し馴れ馴れしく呼ばれたことは無視する。流石にヴァルトシュタイン。この街を裏から支配する……というより、伊渡間というのがヴァルトシュタインが聖杯戦争に勝ち続けてきたから、竜脈が集まっているからこそ発展してきた街だからか、やはりわたしに関しても色々と見ていたみたいだ。下手に敵対する訳にもいかず、敵対することになると確定する前に怪しまれたく無く、そこまで深入りはしていないけれども、敵に回すと危険な存在が居るのはほぼ間違いないだろう

 『……調査、か。悪いが、私はそこまで答える言葉を持っていない』

 『まあ、いざとなれば令呪だってあるしね

 そもそも、わたしが居るのは普通だけど、何で貴方が居るのかな?ユーくん?』

 少しだけ、ライダーの眉が動く

 『ユーくんは止めてくれ』

 『ニコだって安易な名前だしね』

 『……というよりも、私は君に名前を告げたことは無いはずだが』

 『まっ、ルーラー特権は偉いって事だね。サーヴァントならば見れば大体の事は分かるよ?』

 だから、(ザイフリート)が何処まで進行してしまっているかも良く分かる。サーヴァント化が、進行するにつれて見ただけで様々な情報を見抜けるようになっていくから

 

 そして、最後に見た彼は……。クラス、そして真名こそ塗り潰されていたけれども、それ以外の部分は全て把握出来てしまった。ステータス、スキル、宝具に至るまで。クラスや真名は、ビーストⅡとして本当に認定して良いか悩んでるから微妙にわからない感じなんだって思うと、全て開示されているに等しい

 つまり、今の彼はほぼサーヴァント。8騎目の誕生阻止という点では完全に失敗してしまった形

 更には、単独顕現の存在も、確認できてしまった。前に見たときは、???となっていた。何なのか分からないくらいには、まだ完全じゃなかった。不安定で目覚めきっていなかった。だから、本当はあの時に殺すべきだった。それが、わたしへの啓示。だけれども、それを無視する事になってでも、彼を殺したくなくて。あんな彼を、救いたくて。だから、彼が自分の意思で変わってくれる事を、わたしは願い

 結果として、彼は獣たる自分を取り戻し始めた

 どんな平行世界であろうとも、既に在る事を顕すあの力。獣としての存在を保証するアレの前には、例え摂理に還す祝福……<主の慈愛は神鳴の如く>だろうと意味はもうない。だって、彼はビーストⅡ、まだ紛い物とはいえ、それこそが正しい摂理であると、世界は塗り替えられてしまったから

 

 『……見れば分かる、か』

 少しだけ影のある声で、ライダーは嘲笑(わら)った

 『……ならば、真実、彼を護れると言うのか?ニコ』

 『彼、フリットくんの事?』

 『……妙な略し方だ。但し、その通り』

 ライダーはゆっくりと頷く

 ……訳がわからない。ライダーは一応彼と対立的な行動を取っていたし、そもそも円卓の騎士。それも最高の騎士ともされる獅子の騎士と呼ばれる存在。当然の事ながら、正しい歴史の流れに属する、人類悪とは反対にあるべきサーヴァント

 『……彼は鍵だ。この聖杯戦争における、唯一の

 それを失えば、二度と扉は開かない。真実に光が当たることは永劫無い』

 『だから、護れって?

 無理だよ。彼は、絶対に倒さなきゃいけない。だってわたしは、ルーラーだからね。聖杯戦争を護らないと』

 やっぱり、今此処に至っても、少し時間が経つだけで、殺したくなんて無いって気持ちは抑えきれなくなるけど

 それでも、ティアマト(ビーストⅡ)だけは完全復活させちゃいけない。彼がそれに繋がるなら、殺して止めなきゃいけない

 

 だって彼は、命ある限り折れてなんてくれないだろうから。自分の全てをかなぐり捨てて、神巫雄輝の為に世界すら変えようとしている彼を止めるには、それこそわたしが代わりに聖杯でも何でも用意して願いを叶えてあげるか、殺すしかない。止めて欲しいのに

 彼の行動は端から見れば何処までも英雄的で。けど、幸福を奪って産まれた自分には幸福になる権利は元々無いと自分を呪って。自分は神巫雄輝を救わなければならないって使命感に追われて。心が血反吐を吐いているのを分かっていて尚、それすら幸福を願う弱さと自分を呪う糧にして立ち上がる。あんな痛々しい心、英雄と呼びたくない。聖杯戦争に飛び込んでからは心は悲痛な叫びをあげ、尚それを必死に無視していて見てられない

 

 ……神巫雄輝は、彼に大したもの遺してくれなかった。幸福の記憶、そして最期の苦痛と怨嗟(えんさ)だけ

 けれども、彼にはそれだけで充分だった

 呪いとも言える他者の幸福の記憶。そして、単なる呪いな理不尽な死への怨嗟。たったそれだけで、彼は……

 

 『……ふっ』

 ライダーが笑う

 『何か言いたいの?』

 『やはり、彼を護るのは似たもの同士をおいて他に居ないと思った』

 ひとつ、ライダーは深呼吸する

 『そも、何故彼は人類悪たり得るのだろう』

 決まってる。過去を大きく変え、現在を滅ぼしかねないから。過去への『回帰』、それが彼が獣とされる理由

 ……けど、そこまでの変化は、近い未来に来る軍神を倒すくらいじゃないと起こらない。そもそも、軍神を何とかしかねないからビースト認定されかかっているとして、ビーストだから対抗出来るというのは……

 どこか、可笑しい気がする。ビーストだから勝ちえる。勝ちえるからビースト認定。ビーストというのが単なる称号なら兎も角、霊基の変化を伴うものと考えると違和感がある。鶏が先か卵が先かじゃないけど、その始点は何処なんだろうって思う

 ……それが、何かに繋がるなら、確かに彼は鍵と言えるかもしれない

 

 『うん、そうだね。けど、わたしが人類悪を止めなきゃいけないのは何も変わりがないよ』

 『……見れば分かる』

 それは、今の彼を知っているから言える言葉

 『成程ね、やっぱり森に運ばれてたんだ。貴方がキャスターに近付いてきたなーって位で、突然完全に探知出来なくなったから、即座に追うのは諦めたけど』

 ルーラーにはサーヴァント探知能力だってある。キャスターなんかなら誤魔化せないことも無いけど、結果どうにかしなきゃいけない彼を一度見失ったのは少し困る

 『悪いが、ほぼ死にかけを運ぶ際にちょっかいをかけられても困ったものだからな』

 『まあ、ね。ところで、何で此処に居るのか答えてもらってないけど、何でかな?』

 聖杯がヴァルトシュタインに関しては静観を強く望んでいるから、少しでも別ルートから情報が欲しい

 出来れば、キャスターからも

 

 その言葉に、ライダーは深い溜め息をついた

 『……マスターの趣味が悪すぎて、空気が不味い』



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六日目ー刻まれる鎖

「では問おう、少年……いや、ザイフリート・ヴァルトシュタイン」

 真剣な面持ちで、神父が俺の眼を見つめる

 ああ、この眼を見たことがある。何度か、ミラもこんな眼をしていた

 嘘を付くことは当然出来る。何ら魔術的な効果は無い。だけれども、嘘を付きたくない、誤魔化したくない、はぐらかせるとは思えない。そんな思いを抱いてしまうような、そんな心の奥底までも見通そうかという瞳。懺悔の際に見せる目だ

 

 「君はこの聖杯戦争を越え、聖杯でもって何を成す、万能の力に何を託す」

 「前も、言ったはずです」

 そう、神巫雄輝の救済。俺なんかになって消えてしまった理不尽の破壊

 その意思を込めて、強く見返す

 「……変わりは無いか?」

 「有って良い訳がない。俺が彼を見捨ててしまえば、誰があんな理不尽を恨んでくれる。……そういう事です」

 「あの少女が

 君が何もせずとも、恐らくはあのアーチャーが、反則そのものが、かの少年を蘇らせるだろう」

 少し皮肉げに、神父は告げる

 ……ああ、そうだ。アーチャーは化物だ。まともに闘った事なんてないが、それでも分かる。そして、多守紫乃の願いも、神巫雄輝を救わんとするもの。止まる手だって、きっとあったのだろう

 ……だが

 

 それでは、彼の悲劇はそのままだ。例え改造された体を元に戻せたとして、俺なんてものが居なくても問題ない程にまで壊れた彼の魂が修復されたとして、あの呪詛が、憎悪が、苦痛が、悲鳴が、慟哭が、喪った一年が、あるはずの無かった不幸が、無くなる訳ではないのだ。あったはずの幸福は欠落したままに、あんなものを抱いたまま、彼はその先を生きて行く事になるだろう。それは、果たして幸福なものだろうか。あんな深い傷と共に、本当にあの先生きていけると言えるだろうか

 俺には出来ない。あの怨詛を識っているというのに、運が無かった、なんて割り切って何もせず居ることなんて出来るわけがない。俺なんてものが、S346なんて人間を礎にした降霊兵器、人造サーヴァントなんてものが造られなければ、きっとそんな悲劇なんて無かったろうに。その元凶の一つがのうのうと生きることなんて赦されるものか

 俺ですら、近しく、されども記憶の欠片と一部知識と肉体を継いだだけの別人であるはずの俺ですら、そこまで苦しいのだ。幾ら俺が弱くとも、彼がそこまで弱くなくとも、それでもあの慟哭を抱いた彼が、蘇ったとしてまともに生きれるとは思わない

 ……傲慢だろうか。彼を馬鹿にしすぎだろうか。だけれども、俺はそう信じている

 

 ……だから、俺は神巫雄輝を救う義務がある。元凶の一つとして。そして、あの慟哭を唯一記憶するものとして

 だから、俺の答えは変わらない。変わるわけがない

 「悲劇そのものを破壊してはじめて、彼は救われる。俺はそう思います

 だから、俺の答えは変わりません。過去を変えてでも、神巫雄輝(かれ)から、ザイフリート・ヴァルトシュタインという理不尽を取り除く」

 「あの方に泣かれるような答えだな、少年」

 少しだけ意地悪く、神父は笑う

 「もう、散々に言われましたよ」 

 「ああ、ああそうだろう。あの方は、少年を救いたくて救いたくて堪らないのだよ」

 「俺には、そんな価値はない」

 「そう思っているのは、君だけではないか、少年

 あの方は、誰かの為に戦えもしないのに、それでも誰かの為に苦しみながら戦う、そんな君だから助けたいのだろうから、な」

 ……聞きたくない。聞いてはいけない。それは、俺を弱くする。弱い俺の逃げ道になってしまいかねない

 「そもそも、何故そんな質問を」

 だから、話を逸らす。それが逃げであろうとも

 「言っただろう、少年?私が好きなものは第一に他人の不幸話、第二に惚れた腫れたの話なのだから」

 幸い、それを知ってか知らずか、神父は話に乗ってきた

 

 「そもそも、そんな話を神父が好むというのが、少し」

 こういった職業は神を説き、俗っぽい話は嫌う……ものではなかっただろうか

 「人が人たる理由は何より愛だろう?主の愛、自己愛、恋愛、慈愛。愛と言っても一概には括れはせんが、それは構わん

 愛が人間を獣でなくヒトたらしめる。確かに淫売は唾棄すべきものだが、愛までも否定する者は居るまいよ

 君の言う私達が嫌うだろうというものは淫売だ、愛ではない」

 ゆっくりと、説法するように重い口調で告げつつ、神父は首を横に振った

 「では、第二の質問だ。少年は如何なる(えにし)か、アサシンとも行動を共にしていると聞く」

 ……待て

 「どうして知っている」

 少しだけ、警戒を強める。クラスカードはコートのポケットに入ったまま

 だが、万が一に備える必要はあるだろう。ミラから聞いたという話かもしれないが、そもそもだ、ミラはアサシンを消したと思っているかもしれない

 「まずは、セイバーから聞いた」

 事も無げに、神父は続ける

 「昨日の夜、まともなホテルに行こうとしたら手続きとか面倒過ぎたわ、とやって来たのでな、話を聞く代わりに泊めた」

 だが、それは答えになっていない

 セイバーの前で、アサシンは一度消えたのだから

 「第二に、そもそもアサシンの駒は壊れていない。ならばセイバーが何と言おうと、アサシンは消滅してはいない、何らかの方法で生き残っているだろう?」

 ……ああ、そういえばそんなものもあった。少し警戒を解く

 「君はどう思った、少年」

 「俺は……」

 これは、言って良いのだろうか、少し悩む

 いや、悩んでも仕方ない事だ

 「……少し、共感しました。こんな自分で居てはいけない。消えなければという事に。それは、考えてみれば俺とは大きく違うけれども」

 「そうか」

 神父は笑う

 「不幸なのは彼だけではない。不幸と戦っているのも、君だけではない。例えば、あのアサシンもそうだ。そんな事は知らないと言い張る事も出来るだろう。知らなければ思い至ることすらきっと無かろう

 それでも、知ってしまったのだろう、少年

 その上で、君は彼だけを救うと言い切れるか?」

 その瞳は、何処までも俺を責めるようで

 「それでも、傲慢でも、俺は彼を救います。それだけが、俺に赦された事だから」

 「では、アサシンはどうする?話を聞くに、それでもアレは君を希望と呼んだのだろう?」

 「……悪いとは思っています。アサシンとも何れ戦わなければいけないことも理解は

 それでも、もしも許されるならば、なんて心の弱さはあります。俺は、あのアサシンをどうしても嫌いになれない。今の関係性が有り難くて心地良いとすら」

 それは、偽らざる俺の本心

 「だからこそ、その想いに勝てなければ彼を救える訳がない。敵対したら……倒します」

 そして、弱さ

 あまりにも当たり前の言葉を、詰まりながら俺は呟いた

 

 「全てを、救いたくはないか、少年」

 「それは、主の御技じゃなかったんですか、アルベール神父」

 そんならしくない神父に、主を信じている訳でもないのに俺は冗談めかして言う

 「俺の手はこんなにも小さく情けなくて、人一人救う事ですら手に余る。勝手に救われてくれるというアサシンすら、本当に救えるとは言い切れない」

 無くなってしまった左手を、その証拠品だとばかりに振る

 「今の俺には、神巫雄輝一人すら救えない。人一人すら救えなくて、世界を救える訳もない」

 ……ああ、けれども、但し

 獣であれば、どうだろうか

 

 「だ、そうだ。アサシン」

 そんな言葉を受けて、神父が厳かにそう告げる

 ふと気が付くと、気配もく何時しか少しだけ開いていた部屋の扉の隙間から、アサシンの青髪が覗いていた

 「……聞いてたのか」

 自分勝手で、随分と気恥ずかしい事を言ってしまった気がする

 『「ボク」が見に来たから、神父は「儂」の事を口にした』

 「そこからか」

 ……駄目だ、あまりにも勝手で、普通の関係性ならば下手をしたら愛想を尽かされるレベルの発言をした気がする

 だが

 『……満足』

 あまり表情の出ない顔に僅かな(ほころ)びを浮かべ、どうしてかアサシンが頷く

 「満足って、あんな答えで良いのか」

 『産まれない事が「ワタシ」の救い。「我」として現界した以上、無意味に消えたくはない。それでも、「余」という状態を解除する礎なら悪くない』

 アサシンは、そこまで口数が多くはない。少し無理をしてそこまで言ったからか、少しだけ苦しそうに息を吐き、それでもアサシンは言葉を続ける

 『けれども、新しい「ボク」になるのも……』

 此方を見据える澄んだ紅い瞳を、やはりというか、直視しにくい

 アサシンへ悪感情を持っていないからこそ、勘違いをしそうになる。それは弱さに直結し、神巫雄輝を救う義務から逃げそうになるというのに

 『もーると、べね』

 「悪い、分かりにくい」

 いや、分かる。モールトベネ(molto bene)、イタリア語か何かでかなり良しだとかそういう意味だった気がする。何故俺がイタリア語と理解したかなんて俺にも良く分からないが、恐らく神巫雄輝の読んだ本にでも出てたのだろう

 だとしても、アサシンの中には当然イタリア出身の狩人もいるだろうけれども、突然では分かりにくい

 『悪く、ない』

 ……意訳はそうなるのか。やはり、少しアサシンは分かりにくい。それとも、俺の緊張を少し解そうという、アサシンなりの気遣いだったのだろうか

 少し話が逸れたからか、アサシンの眼を見れる

 「悪い、まだ名前は思い付かない」

 新しい「ボク」も悪くない。俺みたいに、明確な新規自我を求める手も、無くはないという言葉。つまりは、名前の催促

 そう考えて、俺はそう答えた

 『ん、待つ』

 アサシンが、視線を俺の左瞳から、腕に下げた瞬間

 「っ!」

 軽い痛みと共に右腕に魔力の赤光が走る

 

 「ああ、良く理解した。君との会話は中々に愉しいものだった。この一画を君に託そう、少年」

 その光が消えたとき、俺の右腕には、最初の三画とは離れた場所にされども痣の鎖で繋がるように、四画目として新たな令呪が刻まれていた



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六日目ー負ける気しないはず(多守紫乃視点)

「……教会……」

 戒人さんの言葉を受け、ぼんやりと私は呟く

 『いや、怪しいっちゃ凄く怪しいんだけどよ、本当なのかねぇ。流石にあのルーラーってバケモンがそんなに見落とすか?って言いたくもなるわ』

 アーチャーが、私の言いたいことを代弁するような事を口にしてくれる

 「帰ってきたの、ミラちゃんなんじゃない?」

 『それはそうなんだけどよ』

 「まさか、知り合いなのか!?あんな危険人物と!」

 戒人さんは、驚愕の表情を浮かべる

 「大丈夫なのか!?何か変なことされてないか?」

 焦るように、戒人さんの手が私の肩を掴む

 「さ、流石に大丈夫。何もされてないから」

 「良かった……」

 ほっ、と息を付き、戒人さんの手が引っ込む

 「紫乃ちゃんにまで何かあったらどうしようかと」

 「心配、してくれたんだ」

 「そりゃするさ。大切な子だからな。変なことになってたら雄輝に申し訳が立たないだろ」

 「うん」

 ……かーくんは、ザイフリートっていうかーくんっぽいような、そうでもないような良く分からない存在になって、今も居るんだけど

 ……けど、死んじゃったんだっけ?

 「アーチャー」

 確認のために、アーチャーに声をかける

 『ルーラー曰く、心ないキャスターによって死にかけの所をパクられたから、生き延びてるらしいぜ?あんな苦しそうなのもう見たくないって嘆いてたわ。いやー、聖人様の救いってのは怖いねぇ、此処で死んだ方がマシって話なんだから。いや、そもそも獣案件なりかけの方がヤバイってか、対処しなきゃ世界滅ぶけどよ』

 全く面倒くさいとばかりに、アーチャーは頬を掻く

 「うん」

 良かった、と続けようとして、言葉が出ない

 

 本当に?本当に良かったの?かーくんが生きてたなら、それは本当に幸福。だけど、彼はかーくんとは違うのに。少しだけ似ていて、心の平穏の為に同一視に近いことをしちゃってるけど、彼は彼。かーくんそのものとはやっぱり違う

 一番の違いは、独自に何かを……獣扱いされるくらいの大きな何かをやろうとしていること。私は、そんなのどうでも良いのに。ただ、かーくんに会いたい、謝りたい、やり直したいだけなのに。何で、何で……あんな事を言うんだろう。私とまた未来をやり直すんじゃいけないの?どうして不満なの?

 私には、ザイフリートを名乗るかーくんに近い彼の意識が分からない。これは、私がかーくんの事を分かってたと思ってるだけなの?それとも……彼が可笑しいだけなの?分からない、どうしても、答えなんて出ない

 そんな彼が世界に喧嘩売るのを、止めて欲しいって気持ちは、当然ある

 

 だから、私は口ごもった。それしか、出来なかった

 

 「ん?どうかしたのか紫乃ちゃん?」そんな私達を見て、戒人さんが首を傾げる

 「ううん、何でもない。ちょっと確認したい事があっただけ」

 少し誤魔化すように、私は答える

 「なら、良いんだ」

 話を終え、戒人さんがタッチパネル式のコントローラーを手に取る

 「さて、んじゃあ折角のルームなんだし、歌うか!」

 ……えっ?

 突然の転換に、ちょっと付いていけない

 「紫乃ちゃんも、歌って気分を変えようぜ、暗い暗い話はさ、気が滅入って仕方ないだろ?そのままじゃ、何も良いこと無いからさ」

 にっ、と戒人さんが笑う

 かーくんが居なくなって、塞ぎ混んでた頃の私にも、確か戒人さんはそう言ってくれた

 

 「うん。そうだね」

 ずっと、聖杯戦争だ何だで息が詰まっていた。少しくらい……良いよね?

 そんな思いを込めて、アーチャーの方を向くと……

 『成程成程、この曲あんのね。割と良いじゃねぇか』

 もう一つのコントローラーで、入ってる曲のチェックをしていた。器用にタッチペンを操るその姿は、外見の割に馴染んでいて……

 「ってアーチャー!?」

 『ん?マスター歌いたい曲多いのか?ならば、おサルはマスターにマイクを譲るぜ?』

 「あ、うん、ありがと……ってそうじゃなくて!」

 ぶんぶんと、手を振ってしまう

 「アーチャー、それで良いの?」

 『良いに決まってるさ。マスターにゃ休息も重要だ、マスターは一般的な感性持ってて優しいんだから、こんな本来は腐れ外道(魔術師)が跳梁跋扈する陰鬱な戦争にずっと縛られてたんじゃ持たないだろ?』

 だから、遊んでも良いじゃねぇか、とアーチャーが私の頭を一瞬撫でる

 それは、私の意識を汲んでくれたようで……

 「ってそうでもなくて!

 アーチャー、カラオケの歌なんて分かるの?」

 そう、言いたいのはそういうこと。ハヌマーン……は良く知らないけど、孫悟空はとても昔の妖怪?仏?だったはず。とてもその時代の歌なんてカラオケに入ってない。そもそも歌というより漢詩だったりするんだろうし

 『ああ気にすんなマスター。これでもオレ、流石に神の時代は終わったしあまり干渉しないようにって隠居したみたいなモンとはいえ神な訳よ

 当然現代でも人は危なっかしいねぇと思いつつ見守ってるし、特に進化したのは娯楽の多様性だなと思いつつ、人間の発展した娯楽も見てる。案外歌えるぜ?』

 ピッ、とアーチャーが一曲入れる。

 「……歌えるのか、それ」

 戒人さんが、驚いたような声をあげる

 無理もない。アーチャーが入れたのは……かーくんも、来ているときは戒人さんも、テレビにかじりつくように見ていた、7年くらい前の日曜朝のヒーローの主題歌だった。日曜日はその後かーくんと遊びに行くのが基本だったし、その後の番組は私も見たかったし、で日曜日は朝起きたらかーくんの家に行って、朝御飯をごちそうになる事が何時もの事だった

 『決まってんだろ?ドラマとかも、色々と見てたぜ?』

 「最初にあの番組を選ぶとは、センス良いじゃないか」

 対抗するように戒人さんが入れるのは、そのヒーロー番組の劇中歌

 『案外、仲良くなれそうな気もするな、こりゃ』

 あ、これ、私が居ない扱いされてしまう展開かもしれない

 そんな、何処かかーくんが居た頃を思いだしつつ、私も昔好きだった番組の主題歌を入れるのだった

 

 

 『ははっ!中々のモンじゃねぇかよ、戒人!良い歌だ』

 アーチャーが、そう言って戒人さんの肩を軽く叩く

 「そちらもさ。あの曲なんかはプロかと思った。戦うヒーローを鼓舞するに相応しい歌声で、心が震えたよ」

 もうほぼ完全に、二人は打ち解けていた

 

 あれから約2時間後、アーチャーと戒人さんは、色々と有名な曲やヒーローものの曲を歌い続けていた。というか、アーチャーがそんなに色々と知っているなんて思いもしなかった。最近のばかりでなく昔の有名曲なんかもいけるし。入れる歌の感じは少し違うけど、かーくんと居るみたいで、少し落ち着いてしまう。まるでかーくんが居た日々みたいに楽しく思う……今は、聖杯戦争という理不尽な戦いの最中なのに

 そんな自分が嫌で、でも、この空気を好ましく思う自分も居て、少し頭がこんがらがってしまって。私は少しの間歌うのを止め、アーチャーと戒人さんの歌を聞くだけの役になっていた

 

 『さらば地球(こきょう)よ 旅立つ宇宙(そら)は』

 アーチャーの力強く、低い歌声が聞こえる。これは、大分昔、私が生まれるより前のアニメの曲だったっけ。かーくんも、昔の曲だしちょっと古臭い歌詞だけど、そこ含めてカッコいいだろ?と歌うことがあったのを思い出す。本当に、馴染んでいる

 

 『で、どうだ、マスター?』

 歌い終え、そろそろ歌うか?とばかりにマイクを此方に差し出しつつ、アーチャーがそう問いかけてくる

 「ううん、少し疲れたし、アーチャーの声カッコいいし、もっと聞きたい」

 『嬉しい事言ってくれるじゃねぇかマスター。歌は良い文明だわこりゃ、と色々と自分でも歌ってみてた甲斐があるってもんだ』

 「そんな事してたんだ」

 『まっ、これでも俗世ってのに染まった神様だからなオレは。神霊の中にはそういったの嫌いなのや、認識すらしてないのも居るけどよ。オレはそんなのじゃねぇ訳。神への贄だって、血生臭い生け贄な所もあれば、歌やら舞の奉納だった場所もあるだろ?オレ後者寄りなんで、そりゃあ文化文明は肯定するし楽しむぜ?』

 「じゃあ、これ、歌える?」

 私が表示するのは、一つの歌

 かーくんと来ていた頃、何時もかーくんと歌っていたデュエット曲。私の好きな歌なんだけど、一人でも歌えなくもないんだけど、けれどもどうしても、かーくんが居ない空虚を思い出してしまって、この一年絶対に歌いきれなかった、そんな恋歌(こいうた)。かーくんがどんな気持ちで歌っていたのか知らない、カッコいい歌でもあるからノリノリだっただけな気もするんだけど、私にとっては特別な思い出の歌

 『デュエット曲、ね。歌えるけどよ、相手オレで良いのか、マスター?』

 「紫乃ちゃん、その歌、歌えなかったんじゃないのか?」

 うん、だから歌う

 戒人さん、そしてアーチャー。こんな昔を思わせる雰囲気を味わえたから。今なら歌える。この歌は、覚悟。かーくんを取り戻そうという覚悟そのもの。もう一度、かーくんと歌おう。その為に、アーチャーと共に。この恋歌は、負けられない決戦へ赴く者への恋歌なんだから

 「大丈夫だよ、アーチャー。もう、歌えなかった私じゃないから。一つのけじめとして、アーチャー、一緒に歌ってくれる?」

 『ああ、そんな思いがあるなら良いぜ、マスター。マスターに負けないように、このおサル史上最高に格好良く歌いきってやろうじゃねぇか』

 「うん、お願い」

 アーチャーが左手で差し出したもう一本のマイクを受け取って、私はそう笑った

 

 

 『いやー、歌った歌った、気分は晴れたか、マスター?』

 それから更に2時間、延長までして散々に歌い、私達は帰路に付いていた

 「うん。寧ろ、昔みたいで、聖杯戦争の事なんて忘れかけちゃったよ」

 『それで良いんだ。聖杯戦争や根源到達以外に興味が無く、日常なんて糞食らえ、そんな魔術師なんて糞野郎共の所まで落ちる必要なんて無い。そんなマスターだから、オレは見捨てられやしなかった訳だしよ』

 ぽんぽんと、アーチャーが私の頭に触れる

 

 「……そういえば、戒人さん」

 ふと、聖杯戦争に関してのアーチャーの言葉で思い出す

 「戒人さんは……」

 「聖杯戦争、だろ?聞いたことは昔あるし、ヴァルトシュタインの悪魔共に捕らわれた時にも、フェイちゃんから色々聞いたさ

 ヴァルトシュタインに歯向かう正義の味方と、裏切り者の悪が居るってのもさ」

 ……問題なかったみたいだ。考えてみれば、ずっと話してたのに、戒人さんは何も聞いてこなかった。それは、知っていたから

 「にしても驚いたよ、紫乃ちゃんがウワサされてた歯向かう正義の味方だったなんて」

 『何時気が付いた?』

 「アーチャーと呼ばれてた所と、後は俺を試したあそこさ」

 『まっ、そりゃそうだわな』

 軽くアーチャーは笑う

 

 「それで、戒人さんはどうするの?」

 私の心配事はそれ。ヴァルトシュタインが、私とアーチャーを忌々しく思ってる事は、戒人さんの言葉でも良く分かる。戒人さんが狙われる可能性もある

 アーチャーは強いから、私も戒人さんも守ってくれるかもしれないけど、不安はどうしても拭えない。かーくんだけじゃなくて、戒人さんまでなんて嫌

 「俺は、紫乃ちゃんと一緒に戦いたい。正義があんな悪に負けないと証明したい」

 それに、と戒人さんは少し笑って続ける 

 「戦場での再会と、苦難の末正義へと寝返る、ヒロインの定番だろ?」

 かーくん……ザイフリートも言ってた、フェイという助けてくれた少女。信じて良いのか、良く分からない

 『マスターと共に控えて、ちょっとしたホムンクルス共からマスターを守るってのが、一番やりやすいか』

 「出来ることなら、前線張りたいけど、流石に無理だしな。まっ、今日は紫乃ちゃんとこのホテル行って休むさ。流石にもう限界だわ」

 そう、戒人さんは話を締め括った




……タイトル調子に乗りました、申し訳ないです


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六日目ー血の象角、悪の咎

『あら、私はもう要らないのかしら?良い御身分ね、道具(マスター)

 薄い痣になっている一画が復活するのではなく、新しく刻まれるのか、と腕に刻まれた令呪を見下ろしていると、不意にそんな声がかけられた

 振り返るまでもない。声の主が誰かなんて分かりきっている

 セイバー、俺と契約したサーヴァント。教会を訪ねてきたと言っていたのだから、此処に居ても可笑しくはない。ミラと対峙する俺ではこの教会を頼るのは気が引けるが、セイバーにそんなものは関係ないのだから

 

 「そんな訳があるか。俺一人で勝ち抜けはしない、それは変わらない」

 『良い御身分というのは別の話。私というサーヴァントが居ながら、アサシンアサシンと、随分と御執心じゃないの』

 「勝つ為に、借りれる力は借りるさ」

 『そう、仮にも貴方のサーヴァントであるはずの私の意思とか関係ない訳ね。勝手も勝手ね、道具(マスター)

 悲しそうに、というよりも皮肉げに、セイバーはそんな事を呟く

 「セイバーを信じていない訳じゃない」

 振り返りながら、俺はそう返す

 当たり前だ。セイバーも、アサシンも、あのビーストの力さえも、聖杯戦争に勝つ為の力の一つ。どんなものでも使うし、そうしてでも勝たなければならない。その果てにしか……聖杯の奇跡に頼った未来でもなければ、まず俺の目指すものは無いのだから。どれも等しく必要だし、信じている。自身の力を信じずして、勝てるという希望も勝つなんて言葉も言える訳がない

 『浮気者が良く言うわね』

 教会は、決して上質な宿ではない。あまり良い枕も無いだろう。そのせいか、少し髪は癖がついており、不機嫌そうな顔を引き立てている。不機嫌さを隠す気もなく、セイバーは立っていた

 浮気者、まあ、アサシンという別のサーヴァントを頼みにするというのは、そう言えなくもない。あくまでも打算と相互利益により結ばれた契約とはいえ、セイバーとは、サーヴァントとマスターという半分命を共にする契約を交わしたのだから

 だが、それはセイバーが忠実で貞節な場合に限るだろう、あの状態では見捨てるのも仕方の無い事とはいえ、そちらから見限っておいて良く言う、等と反論は一瞬浮かぶが、それを振り払う。言っても仕方の無い事だ

 

 「何だ、浮気者と言いたくなる位には、俺を評価してくれてたのか、セイバー」

 だから、返す言葉は、歓喜に近いもの。それも、セイバーにとっては嫌かもしれないけれども、無難な答えを返しても、セイバーは俺を見捨てたままだろうから

 その返しに、セイバーはわずかに下唇を噛む。不機嫌さを助長する結果になったのだろうか、良く分からない。俺は、こんなにもセイバーを知らない。契約して繋がりのあるサーヴァント相手にこんなでは、ミラやフェイならば俺が俺になって以来見てきたのだから表情からある程度読み取れるというのも驕りな気がしてならない

 『っ、バカね。大馬鹿。自惚れも良い所じゃない』

 何時もより少し言葉は速く、セイバーはまくしたてる

 『というより、何よ、何なのよその姿、気持ち悪いわね』

 俺の顔……というよりも、頭を見て、セイバーは呟く

 「何かあるのか?」

 頭に違和感は無い。霧がかかったような感覚は既に無い。走る痛みは魔力回路と化した血管系神経系の制御負荷から来る何時ものものでしかない

 『……見れば分かるわ』

 セイバーは、そんな俺に溜め息を付く。とはいえ、俺自身には分からない事なのだが……。髪の寝癖が自分のマスターとしてあまりにも情けないだとか、そんな話だろうか

 「アサシン、分かるか?」

 自分では分からずとも、何かあるのかもしれないと、アサシンに聞くも

 『カッコいい』

 と、ロクな答えは返ってこない。まあ、俺の(もと)である神巫雄輝は外見は悪くない、寧ろ紫乃という幼馴染が居るから誰も告白してこなかっただけでそうでなければ何度も告白されていてもおかしくない位には外見内面共に良いのだから、外見がカッコいいのは当然なのだが

 『あー、はいはい。勝手な引き抜きは嫌われるわよ、アサシン』

 『「ボク」は、思ったことを言っただけ』

 「止めないか、セイバー」

 妙な所で拗れはじめたセイバーを抑えに入る。アサシンの方が止めやすい気はするのだが、それではセイバーは止まらないだろう。嫉妬という程好意的では恐らくないが、契約していないサーヴァントであるはずのアサシンを、喧嘩のなりかけを(とが)めるという負の方向とはいえ優先するのはプライド的に許せないはずだ

 

 「鏡を見れば分かるだろう、少年」

 口を挟まず見ていた神父が、そう言って手鏡を投げ渡してくる。一瞬左手を出しかけ、少しだけ焦りもあるが、危なげなく右手で手鏡をキャッチ

 ……今まで気にしていなかったが、良く見ると右手の小指が取れている。まあ、良いか、何ら戦闘に支障は無い。俺が剣を握る型では、小指は添えるだけに近いのだから

 手鏡自体を見る。割と少女趣味な、可愛らしいもの。基本色が白で上品だが、多分これはミラのものだろう。割らなくて良かった

 そんなとりとめもない事を考えつつ、改めて手鏡を覗きこむ

 

 ……何も変わらない。右目辺りの傷はもう傷痕レベルまで修復されているが、中々に酷いとは思う。だが、それだけだ。……いや、これは……血か?

 頭に、血の塊のような点が見える。すっかり色が抜けて白髪(しらが)になった俺の髪では、良く見なければ分からない程に小さくとも、見つけてしまえば中々に気になる点

 「血ぐらい拭き取れ、という話か、セイバー」

 すると、セイバーは深く溜め息を付く

 『馬鹿じゃない、道具(マスター)。それが、血だと思うの?』

 「いや、血だろう?」

 『……頭痛がするわ』

 俺の答えに、セイバーは右手で頭を抑えてしまった。それほどに、馬鹿な発言だったというのか

 ならば、本当に血でないのか確かめよう、と思うのだが、手鏡を持ったままでは、触れてみる事も出来ない

 

 「アサシン」

 セイバーはもう付いていけないとばかりに呆れている。なのでアサシンに持って貰おうとし

 『ん、頭さげて』

 その前に、そう告げられる

 どうやら、アサシン側が触れてくれるようだ

 大人しく、頭を下げる。万が一、これが首を差し出させる罠であった場合に備え、足に魔力だけは回して

 『……どう?』

 「触られてる、感覚があるな」

 血色の突起は、固まった血では無いようだ。俺の一部、つまりは

 

 角。小さく見えにくいとはいえ、二本の角が、俺の頭から生えかけていて

 『獣の象徴の一つ、角が生えかけよ、道具(マスター)。全く、自覚無かったのかしら。無粋って助けなかった方がマシだったかしら』

 呆れたように、セイバーが何度目かの溜め息を吐いた



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六日目断章 決意せよ、騎士よ

『……マスターの趣味が悪すぎて、空気が不味い』

 吐き捨てるように、私はそう告げた

 

 ああ、本当に趣味が悪い。そんなマスターだろうが契約した私が言うことではない、と返されればそれまでだが。それでも、アレは気分の良いものでは、決してない。下手に性的陵辱等の一般的な下郎染みた性癖を晒さず、ひたすらに言葉と血を啜る事のみに傾倒する、それが何より気分が悪い。性欲を持て余した強姦魔、のようにカテゴライズ出来ればまだ扱いも楽だというのに

 だが、それでも……私は聖杯を取る。取らなければならない。例え、マスターが、あの自称ジークフリートの方がマシなレベルの野郎であろうとも

 ……いや、それは無いか。自称ジークフリート以下のマスターなんてものは流石に存在しない。あんな星の終焉(ビースト)、マスターとしては大外れクジも良い所だ。この聖杯戦争を無かったことにする前提の願いにより、彼に召喚された時点で聖杯を得られない事が確定する。アレを良しと出来るのは、聖杯なんて要らないと心から言えるサーヴァントのみ、少なくとも私は願い下げだ。というより、この聖杯戦争の根底を解き明かす鍵ではあるはずだが、どうしてあんなものがマスターをやっているのか、理解が追い付かない

 だからといって、最底辺のマスターよりはマシだからとあの下郎を好しと出来るかというと、やはり無理。出来ることならば無視したい。勝手にやれ、という指示は唯一の救いか

 

 『うん、そうだね』

 マスターを知っているのか、裁定者の少女も頷く

 『けど、何でそんなマスターに従ってでも聖杯を求めるのかな、ユーくん?』

 首を傾げ、ルーラーはそう問いかけて来た

 『知らないのか、それを』

 『遺物を縁にしての召喚なら、縁で来ざるを得なかったでまだ分かるんだけどね

 ユーくんって、円卓全部っていう漠然とした縁の中から、自分で望んで来た感じだよね?』

 『確かにそうだ。下郎に呼ばれようとも、果たすべき願いがある。本当に知らないのか』

 少し意外だった。サーヴァントの真名等を見抜けるならば、その願いも当然知っていると思っていたのだが

 

 『うん、知らないよ。わたしだって、全部分かるわけじゃないしね

 大体は分かるといえば分かるんだけど……ユーくんとあのアサシンだけは分からないかな』

 『真名が分かるならば、そこから推測が付くだろう』

 『うん、そうだね。キャスターなんかは分かりやすいよ、凄く』

 うんうん、とルーラーは肯定する。一々反応が大きく、人懐っこい感じだ

 『けどさ、ユーくんって……』

 僅かに、ルーラーが言いよどむ

 それを私に向けて言って良いか、少しだけ迷うように

 『最高の騎士に近い称号、獅子の騎士(シュヴァリエ・オ・リオン)に相応しい騎士になって、妻の愛も取り戻してって、聖杯を手にしてまでも叶えたい願いって無さそうなんだよね』

 尊敬を込めた声音で、ルーラーは告げた

 バカにした感じはない。本当に、こんなに凄いのに、聖杯に託す願いがどうしてあるんだろう、と考えているのだろう

 自分自身がそれ以上のバケモノ、サンタクロースであり、聖杯への願いなんて自力で叶えてしまったから無い。そんなルーラーだからこそ、努力の果てに報われた……はずの人間が聖杯を求める理由が分からない

 ……だが、それは浅い読み

 

 『獅子の騎士……か。今の私に、その称号はあまり相応しくない』

 『そうかな?』

 ルーラーは懐に何時しか持っていた白い袋から、一冊の本を取り出す

 ……《イヴァン、あるいは獅子の騎士》。私を主役とした、少しの脚色の入った物語

 『これらの冒険を経て、遂には最高の騎士になった、これは主人公であるから贔屓目に書かれたとしても、十分なんじゃないかな?』

 ……違う

 『そんな事があるものか。私がやって来た事はほとんど、その物語に書かれた事だけだ。その物語が其処で終わっているのも、以降私が果たした役割が無いからだ。それが最高の騎士だと?』

 『そう結ばれてるよ?』

 ああ、分からない。どうしてルーラーが、あの事に思い至らないのか、理解が出来ない。こんなにも。この心には後悔が渦巻いているのに、どうして気付いてくれないのだ

 

 『これ以上語ることはない

 ああ、そうだ。その通りだ。私は……約束の日までに帰れるかも分からぬ噂に乗りロディーヌの愛がまた離れる事を恐れ、あの我が王を大切に思っていて仕方がないモードレッド卿が本当に反乱さる訳がないと噂を切り捨て、あのカムランに馳せ参じる事すら出来なかった

 私が漸く友に乗り辿り着いた時、私が見たのは我が王の遺骸の前で蒼白になるほどに唇を噛み締めた、母モルガンの姿だった』

 奥歯を噛み締める

 ああ、何故間に合わなかった。何故、もしかしたらと早めに駆け付けなかった。それで王を護れたかは定かではないが、少なくともガウェインを多少抑える事は出来ただろうに……!

 『主君最大の危機に駆け付ける事すら出来なかった。旅をして王が皆を護りたいという心を理解したはずなのに、生き残った王の騎士として、王の遺志を継いでブリテンを護る事すらも叶わなかった

 そんな私が、最高の騎士等であるものか』

 

 ルーラーは、目を閉じて何かを考えている

 『……そうかも、しれないね。私が考えなしだったよ』

 数秒後、ゆっくりと目を開き、ルーラーはそう悲しげに言った

 『けど、聖杯を使って、その過去を変えようというなら』

 『変えない。そんな事はしない。それをすれば、私はあの獣擬きと一緒だ』

 あれは私の罪。償う事は出来ても、無かったことになど出来る訳がない

 『じゃあ、どうするのかな?』

 

 『冬木の聖杯戦争』

 一息付き、コーヒーで気分を落ち着かせ、私は告げる

 『何だっけ、その聖杯戦争でユーくんの言う我が王……騎士王が呼ばれたんだっけ?』

 そう、とある筋(キャスター)から、その話を聞いた。その時点で、私のやるべき事は決まったのだ

 『ああ。それが、我が王にとって救いだという事も知った』

 『嫉妬……じゃないよね?』

 『嫉妬はある。だが、私達は結局王の心を救えなかった。感謝こそすれども、恨みなど無い』

 『だからこそだ。私は聖杯を王に捧げよう。我が騎士王、いや……アルトリア・ペンドラゴンに人の生を。王として自身を使い尽くした王へ、人としての時間を返そう

 それが私の決意。王が喪ったものを王に返して漸く、私は我が王の騎士に戻れる』



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六日目幕間 終演を告げるは

露骨な伏線というか前フリのみ回となります

読まずとも特に問題ありません


「終われる、ものか……」

 ただ、手を延ばす。理由なんて無い。終われない、その思いが、此処にある。それ以外に理由なんて要らない

 だが、その手は何処にも届かない。空を切り、虚しく地に落ちる

 

 『いや、これで終わりだ、忌まわしき異教徒(あくま)よ。主の御心のままに、聖戦は成った』

 眼前に立つのは、白いマントの聖王。十字の槍を携え、此方を何処までも冷たく見下ろしている。一切の容赦の無い、正義に満ちた瞳。自身の正義を疑わぬ、英雄の眼。赦しなど得られようはずもない

 

 ……それでも、手を延ばす。この命、終われないから

 終わるわけには、いかないから。俺が諦めたならば、彼が本当の意味で死んでしまう、そんな事は許されるはずがない。死のその瞬間まで、彼の生を諦めるな

 それが、俺の誓い。神巫雄輝を、多守紫乃と神巫戒人の元へ返す……それだけが、セイバーと、アーチャーと、アサシンと……そして大切だったはずの彼等との約束のはずだ 

 

 だというのに

 動かない。最早血の抜けきった体は、立ち上がる所か、腕すらほぼ持ち上げられない

 『無駄な足掻きを』

 十字の槍を突き付け、金髪碧眼の聖王は吠える

 「無駄なものか、諦めないだけは、俺でも出来る……」

 『その先に何がある、元マスター。貴様のサーヴァントと共に終わっていれば良かったろうに』

 「多少の希望がある」

 『抜かすな、阿呆。忌むべき夜の民と共に死ぬ、それが異教徒の最高の終演であった。それならば、功により多少は救われる可能性もあった。だが、貴様の生という原罪は、その希望を消し去ったのだ。希望は既に無い。貴様に救済は訪れない』

 「がっ……」

 為す術なく、地面を転がる。右の足で、脇腹を蹴られたのだと理解するのに、一瞬の時を要した。脳の回転も相当に鈍っている。終われないのに、終わるわけにはいかないのに、終わりは……もうすぐそこだ。踏ん張る方法もなく転がされ、何かに当たって止まる

 白を基調とした、十字軍の騎士。聖王が従えた、伝説の部隊

 『異教徒(あくま)に希望など不要だ。貴様はそれでも、諦めない等とほざけるか』

 彼等は、何かを掲げている。晒すように、侮辱するように、高らかに

 ……眼が霞んで、良く見えない。見える位置まで顔を上げることすら、既に億劫だ

 「ぐっ、が!」

 右の腕を騎士に踏まれ、そのまま再度、今度は逆方向に脇腹を蹴られる

 既にヒビだらけな骨はあっさりと砕け、されど右腕を固定されては転がる事も出来ず、仰向けになる

 だが、それで彼等の晒すものが見えた

 

 『言ったはずだ、異教徒(あくま)

 冷たく、聖王は言い放つ。裁きの言葉を

 『希望は無い、と』

 ……心の何処かで、何かが切れた

 

 理解出来ない。いや、理解しない。俺には何も見えていない。あんなもの、死にかけた俺の妄想だ

 

 ……

 …………

 ………………

 

 そう、それが本当であれば、良かったのに

 槍に掛けられ晒されているものは、二つの首

 一つは茶髪の少女。脳天を槍で串刺しにされた穴が見える

 一つは黒髪の少年。俺に似た顔をした、憤怒の形相のまま永遠に時が止まっている

 『何だったか……まあ良い。地獄へ赴く異教徒の名など、覚える価値も無い』

 ……俺は、その名を知っている。分からない等と現実から逃げようと知らない訳がない

 多守紫乃、そして神巫戒人。アーチャーと、セイバーのマスター

 

 『ああ、貴様。死人を甦らせる等という、異教徒(あくま)には過ぎた奇跡を望んだのだったか?』

 聖王の言葉は、何処までも冷たかった

 『万一貴様が、偉大なる主の御心によってのみ許されるその奇跡を簒奪したとして、生き返った生きる価値も無いその奴はどう思うだろうな』

 ……認め、ない

 認めてはならない。許してなるものか

 『貴様の大切だという取るに足らぬ異教徒(あくま)共は、全て聖伐された』

 ……ああ、そうだ。この思いを抱いたまま、例え生き返ろうとも生きてはいけないだろう。こんな思いのままに生きていけ等という理不尽が無理なのは、誰よりも彼の慟哭に突き動かされた俺が知っている

 『悪魔にももしも人の心があるならば、死を選ぶだろうよ』

 ……絶望し、死を選ぶ

 あり得ない選択肢ではない。彼は弱くないとどれだけ吠えようとも、大切な何もかもを失った時、それを叫べると言い切れる程、俺は……

 

 ……ふざけるな

 終われるものか。終わるものか

 こんな理不尽で、諦める等出来るものか!

 手を延ばす。魔力を回す

 無意味だ。アサシンはもう居ない。バーサーカーと共に消えた。この手に既に令呪は無い

 そんな事で、終われるものか

 

 破壊を

 無理だと知りつつも、世界を呪う。心は……まだあるのだから。どれだけ無意味でも、手を延ばす。僅かな傷すら付けられるか怪しかろうと、足掻き続ける

 不幸等という理不尽を、野放しになどしておけるものか……!こんな、とうしようもない心を生む、そんな世界が正しいものか!

 

 ああ、力を貸せ、貸してくれ。誰でも良い。何でも良い。悪魔だろうと構わない

 この理不尽を何とか出来るならば、こんな不幸を消し去れるならば、喜んで魂を売ろう。その果てに何が待ってようが、今よりマシだ。アサシンに貰った少しの未来、此処で終わるなんて不義理よりはまだ良い

 だから、俺の中のサーヴァントよ、少しで良いんだ。この理不尽を、不幸という悪夢を、破壊する力を……

 寄越せ!ハカイ怨!

 

 「破壊を……』

 ああ、何故だろう。体が動く

 「……ジョン!』

 『悪魔は説こうが悪魔だったか。滅びよ』

 だというのに、俺の意識は……

 胸を貫く十字槍の灼熱感と共に……

 

 闇に消えた

 

 

 ……破壊を。何時か、不幸という理不尽(ぶんめい)を……




「今のは」
 ふと、目を覚ます。教会の長椅子の上だ。訳のわからない場所ではない
 どうやら、角があると言われた後、何時しか意識が遠退き、眠っていたようだ
 『全く、彼処から眠るなんて良い度胸じゃない』
 皮肉げに、セイバーは言った
 「……アサシン?」
 ぼんやりと此方を見ているアサシンに、僅かに問い掛ける。アサシンと契約した俺、変な夢だった
 アレが何を意味するのかは分からない。何故今見たのかも

 契約、そして終演。見えたのはその二つだけ。なんの意味がある。そもそも、あの聖王のランサーは……この聖杯戦争には居ないはずだ。未来でも過去でもない、単なる妄想。無意味にも程がある
 だけれども、割り切って忘れ去るには少し抵抗があって
 『道具(マスター)?』
 「いや、何でもない。無理が祟って悪夢でも見たようだ」
 『必要なのは謝罪よ』
 「ああ、すまない、セイバー。駄目な所を見せた」
 忘れない。あの無意味な夢にも、何か意味があると信じて


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六日目ー遥かなるメイドの声

「……大事は無いか、少年」

 「はい。もう大丈夫です」

 流石に倒れた事に対して反応を示す神父に対し、そう返す

 

 問題ない。既にあの時のような、突然意識が引き込まれるような感覚はない。俺はもう、至って正常だ。胸にわずかな違和感はある。だが、魔力繰りに支障は無い。ならば良い、止まらなければ、何も問題はない。こんな俺など、最後のその時まで動けば良いのだ

 「そうか。また来ると良い、少年。君の不幸は、実に愉しい」

 「俺が不幸なのは自業自得なんで、別に良いんですけどね」

 分かっている。神父がそんな物言いなのは。だから、わざと茶化すように

 「けど、他の人にも言ってたら嫌われますよ?」

 「不幸など聞きたくもない、そんな神父の所には誰も来んよ。神父など、多かれ少なかれ不幸が好きなものだ」

 少しだけ、神父は笑みを浮かべる

 「では、またな、少年」

 「はい。それでは、アルベール神父」

 別れの際に、再会を期待する言葉は要らない。それは、未来がある人間の言葉だ。俺が使うものじゃない

 

 一礼し、教会を出る

 結局の所、教会滞在中にはミラは戻ってこなかった。何があったのかは知らないが、調査に時間でも掛かっているのだろうか。或いは、日中に本気を出すのは神秘の秘匿的に不味いとゆっくりやっているのか

 まあ、どうでも良いか、そんなこと

 森へ背を向け、市街へと歩くと、アサシンは当然として、大人しくセイバーも付いてきていた

 「少しは認めてくれたのか、セイバー?」

 『バカね、認める訳無いじゃない。私も街に用があるの、道が同じなだけよ』

 つんと澄まして、セイバーは応じる。やはりというか、現状取り付くしまもない。浮気者と称するくらいには、というのは自惚れだったのだろうか

 「そもそも、ホテルじゃなくて教会に居たのか?代金は渡したはずだろう?」

 フェイには悪いが、俺一人なら野宿だろうが何とでもなると半分以上を渡した。あの額でセイバーの言う品位のあるホテルに泊まれない、という事はないはずだ。伊渡間は大学も無く自然の多い街、あまり外部からの人間が訪れる訳ではなくホテルも選び放題とは言えないが、それでもかのファッケル・ザントシュタインが泊まっていたものを含め、それなりのものは存在する

 『……面倒臭かったのよ、身分証だ何だ

 全く、便利になったように見えてとても不便ね、現代っていうのは』

 愚痴るように、僅かに此方を責めるように、目を潜めてセイバーは告げる 

 

 ……考えてみれば、ヴァルトシュタインにより発展してきたあの街だ。一年前に作られた偽造そのものとはいえ、ヴァルトシュタインの名を持つ俺の身分証は、それなりに意味を持つ

 逆に言うと、今までそういった面倒なものは全て、フェイが贈ってくれた財布に入れられていた、20歳の青年ザイフリート・ヴァルトシュタインの身分証によって何とかしてきたという話。それが無ければ、身分も何も数日前に召喚されたサーヴァントであるセイバーにまともな行動など望むべくも無かったのだ

 ……つまり、やっぱりこれは俺の落ち度

 「ああ、そうか」

 『解ったかしら?』

 「ああ、解ったよ。シングル一部屋だと何で俺が泊まらないのか疑問を持たれる、ダブルルームで良いか?」

 『貴方と泊まるなんて、冗談でもぞっとしないわね。けど、まあ良いわ。広い分には困らないもの』

 と、セイバーは溜め息をつきながらも首を縦に振った

 

 ふと、袖を引かれる

 それは、当然ながら付いてきているもう一騎

 「どうした、アサシン?」

 『泊まらないの?』

 アサシンがクビを傾げる

 「金が勿体無い。アサシンが泊まりたいなら……と、言いたいが、あまり長期だと金が持つか」

 と、言った所で気が付く。背負った袋の震えに

 そういえば、どうせあとで良いやと、竹刀袋に入れられた剣以外はまともに中身を見ていない。新調されたコートのポケット内に薬だ何だが戦闘中割れないようにと入れておいたロッカーの鍵が移されている事は確認したし、ならば問題はないと後回しにしていた

 「少し悪い」

 震えるようなもの、と脳内を巡らせながら、袋に手を入れて……

 振動していた為、あまりにも分かりやすいソレを軽く見つけ、取り出す。それは……

 

 「生きてたのか、これ……」

 画面にヒビが入り、背が変形した、緑色の金属製の板。即ち、神巫雄輝のスマートフォン

 一応俺になった直後にこんなになってもギリギリ動作することは確認したが、そもそもヴァルトシュタインの森は異次元だけあって全域圏外、まともに電波すら通らないから何の役にも立たず、万一使えても……紫乃を、戒人を、そして神巫雄輝の両親達を巻き込む訳にはいかない、使うわけにはいかないと、そのままヴァルトシュタインの自分の部屋に置いてきたはずのものだった。当然、それから一年、とっくに解約されていて使えなくなっていると思ったのだが……どうやら、あの雄輝の両親は万一の事を考えて、使用料を払い続けていてくれたらしい。何時か彼が生きていて連絡を返してくれるという有り得ない奇跡を信じて

 そんな事は有り得ないと、俺は知っているけれども

 

 『それで?とっとと済ませてくれないかしら?』

 セイバーの声で我に返る

 そうだ、今やるべきは眺めることではない。振動の原因を確かめ、対応することだ

 各所にヒビが入り、見辛い画面を注視する。とりあえず、何者か……というか100%フェイが充電してくれていたのだろう、電池残量は99%と充分。表示されているのは……

 画面が割れていて読み取れない番号。但し、名前は出ていない。即ち電話帳には無い。それだけ分かれば十分だ

 いや、待て

 そもそも……可笑しい。見えている番号は、08 -2@  - 6# 。@や#が混じるなど、明らかに普通の番号ではない

 ならば、何だろうか

 意を決し、通話ボタンを押す

 『繋がりましたか。何とかなるものです』

 流れてきたのは、そんな……少し前に聞いた声だった

 「……フェイ?」

 『ええ。ワタシの声も忘れましたか?』

 からかい気味に、そんな声が聞こえる

 

 「いや、覚えてる。けれども」

 あの場所は電波が通じない場所だ

 というか、そもそもフェイが携帯電話に類するものを持っている事が可笑しい。意味もないものを持つ気はないだろうし

 それに、そもそもあの邸宅には固定電話すら無い。ならば、フェイからこの携帯に連絡する手段など無いはずなのだ

 「どうして」

 『これでもワタシはS045、大分古参な訳です』

 「ああ、そうだな」

 『なので、ワタシの言うことを聞くホムンクルスだって居るわけです。その中には当然というか、キャスターも幾らか含まれます』

 「ああ、そうだな」

 そもそも、フェイがあそこを離れられたとは思わない。かつて荷物を届けてくれたのも、フェイよ息の掛かったホムンクルスの誰かなんだろうから、それは可笑しくない

 だが、それとこれとは……繋がらない、事もない。キャスターの魔術で、何らかの手で電波を通す。無駄な事甚だしいし、どうしてそれでシュタール達の許可が降りるのか分からないが、それでも出来なくはないのだ

 「けれども、それは……」

 『ああ、結界管理の事ですか?彼等は現世には割と疎いですからね。テレビのニュースで不審な事として他の動向が流れたとかあるのでしょう?それを知るために、テレビ電波を受けたいのです、と言えばあっさりと通りました』

 あっけからんと、フェイは言う

 つまりは、テレビ電波通せ、という際に序でに電話まで繋げた……という事。グレーゾーンな気がしてならない

 「というか、そもそもテレビなんて必要なのか?」

 『ええ、必要です。昨日のテレビでもやっていたでしょう?血を抜き取られて死んだ魔術師のニュース』

 「ああ、そうだな」

 それは、俺も見た。そして、聖杯戦争に参加する意味を喪ったセイバーとの決裂に繋がった。忘れるわけもない

 ……ふと、そんな頃から見ていたのか?と気になる。フェイの部屋には、テレビなど無かった

 

 「フェイ、その頃からなのか?」

 『ええ。アナタが居なくなってすぐに通しました』

 「その割には、テレビが無かったが」

 画面の向こうで、溜め息を付く音がする

 『幾ら魔術的に引っ張ってきていても、場所の影響はありますよ、ザイフリート。アナタは、電波の弱い地下にわざわざテレビを置きますか?』

 「いや、それは……ないな」

 『ええ、ですから、ワタシの部屋ではなく上の階の、使われていない部屋に置いてある訳ですね』

 ……ならば、納得は出来る

 

 「けれど、どうしてわざわざ」

 『アナタがお前を裏切るとか予想の範囲内の言葉を言って出ていったからです

 こうでもしないと、話せないじゃないですか』

 ……確かにそうだ。決戦の時まで、ヴァルトシュタインの邸宅に戻る気なんて無かった。フェイと話すことも無い、話すとしてもヴァルトシュタインの正義と悪の対決、まともなものになる訳もないと思っていた

 だから、俺はフェイを裏切るとあそこで発言したのだし、あのままであれば、俺の終焉まで会話なんて無かっただろう。だが、それでも話したいというのは……

 

 考えるな、ザイフリート。それは自称マーリンの罠。またお前は、彼を本当の意味で殺しうる選択に手を染めるのか。俺と話したかった、等と……妄言を吐くな。ありもしない左手を強く握り締める心地で、奥歯を噛み締める。右手は握り締められないから。この壊れかけの携帯を握りつぶすわけにもいかない

 『言ったじゃないですか。アナタの事ならば、世界で一番知っている、と。だから、告げたじゃないですか、バーサーカーが召喚されたあの日に

 

 アナタはワタシのものだ、って』

 その声は、静かに響いた

 

 『……道具(マスター)?』

 セイバーの声は、何処までも冷たくて

 そういえば、スピーカーモードだから周囲に聞こえてるのか、なんて、そんな的はずれな事を考えていた

 「それは、からかいの一つだろう?暫くして冗談だ、と言っていたじゃないか」

 『言いましたね。アナタがあまり乗り気ではなかったようなので

 けれども、あの日からワタシの考えは変わってませんよ?アナタはワタシのもの、それが一番幸せだって』

 

 『フェイ、だったかしら?随分と勝手な事を言うものね』

 不満げに、セイバーが携帯へ向けて呟く

 『少なくとも、マスターを見捨てるサーヴァントよりは、まだしも彼の為になると思いますけどね、そこの所はどう思うんですか、……クリームヒルト?』

 その声に、セイバーは剣を構えた

 

 「止めろ、セイバー」

 その声は、俺でも驚くほどに感情が乗らない冷たいものであった

 何だかんだ、このスマホも使わないはずだったのだし壊してしまえば責められている気がしなくて楽なのに壊せなかった辺り、神巫雄輝に絡むものに関しては、俺はまだまだ割りきれていないという話だ

 『バカにされては黙ってられないわね。斬るわ』

 だが、セイバーは止まらない

 『……だめ』

 アサシンがその手をセイバーの手に添えて、セイバーが剣を振るうのを止めてくれる。少しは時間が出来た

 

 「……どうして知っている?」

 聞くのは、フェイに対して。セイバーを止めるのは厳しい……とは言わないが、煽るフェイを止めなければ何度でも再発しかねない

 『セイバーの真名ですか?言ったじゃないですか、アナタよりもアナタの事を知っている、と

 まあ、単純に真名を呼んでいる所を遠くで観察していたワタシの使えるホムンクルスが聞いていた、それだけの話です』

 「最初のあの日か」

 『ええ、ワタシの旗下だったのであの当主らには言ってませんけどね』

 セイバーの冷たい目が此方へ向く

 

 ……確かにあの日、真名は知っている、とあの森の中でその名を呟いた。奴等が去っていった後だからと、驕りがあった

 つまり、これは俺の失態の一つ。万一それを聞いたのがフェイ側でなければ、そのままセイバーがアルトリアでもモードレッドでも無い、円卓の騎士という化け物共でないと知り、踵を返して追ってきたバーサーカーにセイバー諸共討たれても仕方の無い事。あの日彼等が引いたのは、ブリテンの森という補正を受ける場所で円卓の騎士と真っ向からやりあう事を避けるため。そうでないならば、見逃す意味はない

 「すまなかった、セイバー、フェイ」

 大人しく、頭を下げる

 『……そう。なら私の真名に関しては良いわ』

 わずかにセイバーの口調が緩み

 『けど、バカにされた事は別よ』

 けれども、止まらなかった

 『セイバー』

 『何庇いだてしてるのよアサシン。マスターだからかしら?

 どうでも良いわ。バカにされた時に動かないなら、相手は調子に乗るのよ。最初に潰さないと、大切なものにまで無遠慮に手を出してくるのよ、そういう輩は!』

 セイバーが強引にアサシンを振り払い……

 「落ち着け、クリームヒルト!」

 俺の言葉に、一瞬びくっと背を震わせて止まった

 剣……セイバーが呼んだ幻想の剣は、俺の手の前、即ち携帯に触れるか触れないかの辺りで止まっている

 

 『ぞっとする赤い目ね、道具(マスター)。人を視線で殺す気?あの人の目は、もっと優しく暖かかったわよ』

 言いながら、ふっとセイバーは手にしていた剣を消す

 『言い分が分かった訳じゃない。けれども、私がまた用意された悲劇の引き金を引くのは勘弁してほしいから、此処は一度だけ引いてあげる』

 フェイから見えるはずもなくとも、スマホの画面を見据えて、セイバーは言葉を続ける

 『次はないわ。貴女の事が嫌いよ、私。会ったこともないけれども、もしものうのうと私の前に出てきたら斬るわ』

 『ワタシも、彼のサーヴァントが宝具だけの貴女(クリームヒルト)というのは、役者不足だと思っていました。アサシンというフォローが居るので、今は良いですけれど』

 「……セイバーを煽りたいだけなら切るぞ、フェイ」

 『ええ、構いませんよ?

 ワタシは単純に、前回の差し入れには間に合わなかったけれど、そのすまーとふぉんとやらをワタシとの連絡に使えるように、後は機能も残ってるのでアーチャーのマスターとの連絡等にも使えますよ、という実演で連絡してみただけなので』

 「そうか」

 フェイとは今日会ったばかりだ。また話せる感動は無い。そもそも、フェイを裏切るという言葉は、今も変わらない

 だけれども、それでも

 「じゃあな、フェイ。こんな形でも、また話せて良かった」

 『おや、素直なんですね』

 「恩人だからな。話せれば嬉しいのは当然だ」

 『……そうですか。では、また。魔力による細工が組んであるので、ワタシに届けと意思を込めて適当にキーを押せば繋がります』

 言いたいことを言って、フェイからの電話は切れた



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六日目ーおサル夜話(多守紫乃視点)

部屋の扉が叩かれたのは、微睡みの中でかーくんの夢を見ている、その時だった

 

 『ん?どうしたんだよ戒人?部屋は取れたんだろ?』

 扉の前に居るアーチャーが対応してくれる。聞こえてくる言葉によると、扉を叩いたのは戒人さんみたいだ

 けど、どうしたんだろう。わざわざこんな時間に部屋に来るなんて

 ホテルの一室に備え付けられた電子式の時計を見ると、やはりというか、時間は真夜中、12時02分。もう眠る時間を過ぎている。最近聖杯戦争でばたばたして夜更かしし過ぎてたし、眠らないと……

 『まあ、入れよ。マスターが嫌がったり、夜這いってなら忠実なおサル的には叩き出すけどさ』

 扉を開け、アーチャーが戒人さんを部屋の中に招き入れる

 その戒人さんは、着の身着のままで逃げてきたのだし無ければ流石に困るだろうとアーチャーに買ってきて貰った寝間着を身に付けていて、どうしてか手に枕を持っていた

 「どうしたの、戒人さん?」 

 思わず微睡みから覚め、私はそんな事を聞いていた

 

 「いや、実はさ……」

 バツが悪そうに、戒人さんは頬を掻く。言いにくい時の特徴

 ヒーローたろうとしている自分がこんな、情けない……と感じている時に、戒人さんはよくああいった表情をする

 「どうかしたの?」

 「いや、情けない事にさ……一人じゃ寝られないんだ」

 ホント、情けないだろ?と自嘲しながら、戒人さんはそう告げた

 

 「一人じゃ寝られない……どうして?」

 『何時も誰かが居る場所で寝てたって訳でもないんだろ?』

 「そりゃそうさ!俺だってこんなになるなんて思ってもみなかった」

 ふと、視線が下がり、その表情が曇る。あまり見たことの無い、見たくもない、戒人さんの不安げな感じ

 「けど、……けどさ。ダメなんだよ」

 『何がさ』

 「一人で暗い部屋に居る事が。もう、ダメなんだ」

 ぽつり、と小さな声で戒人さんは呟き続ける

 

 「明るいうちはまだ良いんだ。だけど、暗い部屋に一人ぼっちだと、思い出すんだ。あの悪夢を」

 「……悪夢?」

 「ヴァルトシュタイン、あの悪魔に囚われていた時の記憶(あくむ)を」

 何も、言えなかった。アーチャーも、下手に声をかけられず、続く言葉を待っている

 ……そう、彼は何日もの間、あそこに囚われていた。かーくんと同じようなものにしようという実験を続けられていた。人工的なセイバーの成功例?が神巫雄輝(かーくん)、ならば人工的なルーラーも作れないかと

 「疼くんだ、傷が」

 戒人さんが袖を捲る

 右腕に付けられた……16個の傷痕が露出する。7騎のサーヴァント、そして第二のセイバー(ザイフリート)に対して、魔術的に二画ずつ令呪足りうるものを刻み込もうとした、その痕。今も治らず、血は流れないものの赤く痛々しい傷口を見せている

 アーチャー曰く……治らない、んだそうだ。傷が塞がるのは刻まれた令呪として使用した時だけ、そしてこの傷に令呪としての機能は無い。よって治る条件と完全に矛盾した呪い、高位魔術師でないアーチャーにはどうしようもない。無くなってしまった私の手を治したのは、自身に腕を生やし三面六臂となる変化の力を、マスターとサーヴァントというパスを通して強引に私に適用した……つまりは反則技。私相手にしか使えないから無理だ、加減ミスって令呪潰したのは申し訳ないって謝ってた

 ……謝るところ、そこなんだろうか、そこはアーチャーが分からなかった

 「もう、彼処に居る訳じゃないって、頭では分かってるのにさ。どうしても、暗がりだと体が思い出して痛むんだ

 ……耐えられないんだ」

 「……うん」

 それは、私にも……近い事があったから。両親が水難事故で死んでしまって、子供で軽装で浮きやすかったからか私だけ生き残って。一人ぼっちの私は、暫く貯まった水を見るのも嫌だった。シャワーなら大丈夫、小さなコップでも問題ない。だけど、大きめの青いバケツいっぱいの水でもうダメ。お湯の貯まったお風呂なんて見るのも嫌、息苦しくなる。プールなんてもってのほか、プールサイドに立ってるだけで息苦しさと頭痛で倒れ、かーくんや先生に迷惑を掛けた事を覚えている。要するに、顔を()けきれる程の水が全部ダメだったんだって思う。今は流石にそんなことないけど

 それと同じ。戒人さんは、闇と一人ぼっち、と囚われていた時の記憶を結びつけてしまうんだろう

 

 『成程ね、分からんでもないわそりゃ』

 アーチャーが、うんうんと頷く

 『んで、固いけど人の居る部屋の床で寝ようって話か?歓迎するぜそりゃ』

 「いや、そうじゃなくて……」

 

 

 5分後

 「……暖かい……

 これなら、安心して寝られる。有り難う、紫乃ちゃん」

 ベッドの上で私の手を握って柔らかな笑みを浮かべる戒人さんと

 『あーはいはい。気持ちは分かるし、仕方ねえとは思うけどよ、マスター側から求めて無いのに手ぇ出そうとしてたらぶっ飛ばすんで、そこんところは覚えとけよ?』

 私と戒人さんの間に距離を置かせるように棒を差し込むアーチャーの姿があった

 戒人さんなら大丈夫、と思えたから。私は、戒人さんにベッドの半分を貸す事にしたのだ。押しきられたとも言う。だけど、きっと戒人さんならば、変なことはしてこないと思う

 「案外あっさりしてるんだね、アーチャー」

 『まあ、あんさんは兎も角よ、力を借りてる親友の方の御師匠様、つまりは三蔵法師ってのは色々と無防備でよ、こういった牽制も慣れた』

 「……女の人だったの?」

 法師とまで言うんだから、男の人だとばかり

 『オレ側は知らなくてもよ、マスターも西遊記くらい読んだことあるだろ?

 あんな迷惑引き付ける御師匠のお守り、御師匠が男だったら流石にやってられないっての。いや、何だかんだ愚痴りつつもやり遂げたかもしれないけどよ』

 「そうだったんだ」

 衝撃の事実……って程じゃない気がする。女の人の三蔵法師って、私が見たことがある映画でもそうだったし

 『んで、興味あるなら暫く寝物語としてこのおサルの武勇伝でも語ろうか?別に、ラーマのあんさんの話でも良いぜ?』

 アーチャーがそんな事を言ってくる

 

 「俺は、ヒーローの武勇伝が聞きたい……かな」

 わずかに微睡みつつ、戒人さんがアーチャーにリクエストする。私の手を握る、少し冷たい手が僅かに力を強める。握り返すと、その手の震えは止まった

 「私も、今聞くなら孫悟空と実は女の人だった法師様の話かな。知らないお話だと、寝られないかも」

 『んじゃあ、話しますかね。そうだな、今日は飲むだけで男でも女でも子供が出来るって河の話と、男しか居ない国の話でもするかね』

 そう言って、アーチャーは話しはじめた

 

 『西梁女人国、女しか居ない国。まあ、編纂された西遊記じゃあ流石に衆道の国って訳にゃあ行かないんでそう穏当なものにされた国がある訳だけどよ。現実にゃあ西梁男人国っていう男しか産まれない、地獄みたいな国がありました。そんな地獄の国には、当然旅人なんてそうそう近付きません、特に女は。なんで、そこの国の人々は、衆道(ホモ)に走る者と、女を求める者だらけだった訳よ

 ん?それでどうして国が存続してたかって?国の近くには子母河って言う、飲むだけで男でも子供が出来るっておっそろしい河があってよ、そこの水を飲んで、男が子を産むって寸法さ。妖怪だ何だで不思議な事は良くある道中、されども人間がそんななのは流石におったまげた』

 あまり大きくない声で、アーチャーは朗々と吟い続ける

 重低音が、何処か耳に心地良い

 「……凄い国だね、アーチャー」

 『だろう?全員女なら救いがあるのによ、ってオレも思ってんだが、本気で編纂された際に女の園にされてた位には凄い国さ

 はてさて、天竺へ向かう道中そんな男人国へと訪れた三蔵一行。それはもう熱烈歓迎雨あられ。わざわざ国王まで出てくる始末

 更に凄いのが、国王始め高官が皆してタイプの違うイケてる面してるってんだから、女性向け作品かよって話になる訳よ

 あっと言う間に三蔵一行、王城まで通されて歓迎の宴にほいほいと

 

 けれども其処で問題発生、御師匠が座らされた椅子、大体女不在で空席な王妃の椅子だったんだからさあ大変』

 「結婚?」

 『そうそう、歓迎の宴兼披露宴みたいな感じでよ、そのまま御師匠を自分の嫁にしようって話

 まっ、考えてみりゃ御師匠って顔は良い訳よ。更に声も良い。基本ポジティブなのに変な所で悲観的になるわ、変に頑固で分からず屋だわ、悪人凝らしめた孫様を大怪我させる事は無かったって叱るわ、泣き言多いわと問題も多いけど、人に優しく、折れてもきっと立ち上がるしって、決して悪い人じゃない、寧ろ孫様の扱い以外は性格も良いと三冠。おまけに旅してるから無駄な脂肪の無いおっぱいでかいねーちゃんと体まで良い。更に不味い事に……』

 「……不味いこと?」

 それ以上があるんだろうか。性格、外見以上のもの?不思議な力は無いからお供連れてるはずだし

 『大帝国、唐の皇帝サマと出発時に義兄妹の契りなんぞ結んでるワケよ、あの御師匠。皇帝の義妹って形で大帝国とのパイプにまでなる

 ここまでのモンがあって、国王がそんな優良物件逃がす訳あるかって話。実質披露宴は必然の罠だった。更には御師匠が結婚しないと天竺への通行証に判押さないとまで権力振りかざす』

 うわぁ……と、声を出したいけれども、眠い

 アーチャーの声が、ゆっくりと私の意識を眠りへと誘っていく。戒人さんは、既に目を閉じている

 

 『困るは三蔵一行。女人国なら、「多種多様な美女美少女に囲まれてハーレムじゃないか御師匠、経典はこの孫様がとっとと取ってくるんで楽しんで、ハーレムに骨を埋めるのも良いんじゃないか?」なんて茶化せるんだが、相手は女に飢えた多種多様なイケメンって狼共、そんな訳にもいきゃしない

 

 そこで孫様考え言った。「結婚、受け入れるんですよ御師匠」と。当然御師匠は否定する。そこでちょいと辺りを探り、聞き耳立ててた奴らが喜び勇んで去ってったのを確認し、孫様種明かし

 七十二変化の術で孫様が御師匠に化け結婚を受ける。当然残りの付き人はそのまま通行証に判を受けて旅立てる

 でもよ、あいつら女しか見ちゃいない、お付きなんぞ真面目に見てない訳よ。なんで悟浄が孫様に変装し、間抜け(悟能)が悟浄のフリ、腹に詰め物でもして御師匠がふとっちょ猪悟能って間抜けのフリすりゃ抜けられる。変装した御師匠が関所抜けて国を出れば後は知るまいと孫様変化解いて(たちま)ち空へって作戦よ

 

 けれども善良な御師匠、それは人を騙すことと難色を示す

 孫様が折角全員ぶちのめすって最善策を捨ててまで考えた次善の策まで否定され、果たして一行はどうなってしまうのやら

 今日はここまで』

 心地良い微睡みの中私は、時折震える少し冷たい手の感覚と、アーチャーの結ぶ声だけを感じていた



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七日目断章 語るは根源の願い

あったのはただ、闇だった

 何も見えない

 何も分からない

 どうして良いか知らない

 ただ、ただ、苦しい。痛い。暗闇の中、あるかもわからない自分の体が、どこまでも悲鳴をあげる。だのに!

 指先の一本、口の中の舌、そして瞼すらも、意のままにならない。あるとすらも、分からない

 ……そもそもだ、俺とは、何だっただろうか

 

 そんな、何時終わるとも知れない、暗闇の微睡み

 いっそ、このままこの僅かな意識も含めて虚無(ゼロ)になってしまえれば、幾らか楽になれるだろうか

 この……もやもやも、消えるのだろうか

 

 ああ、消えてしまえたならば、どんなに救われるだろう

 心の一部が、悲鳴をあげる。けれども、其が何を言っているのか、もう全くもって分からなくて。いや、そもそも……この苦しみから解放されるという救いに反対する心の動きがあることなんて信じられなくて

 

 ……突如、魂の暗闇を、より強い真紅の暗闇(ヒカリ)が塗り替えた

 

 「……漸く、届いた」

 何処か懐かしく、何処までも違和感のある声が響く

 ああ、これは……"俺"の声だ。幾度かカラオケで取って流してみた際なんかに聞いたことがある、俺の声

 だが、可笑しい。自分の声は、誰よりも自分こそが一番聞く事がないはずだ。自分の声を、じぶんは聞くことが出来ない。耳に入ったと思う自分の声は、何処までも体の中の反響を加えた為か変わって聞こえるのだから。例え夢の中でも、それは変わらない

 だというのに自分の声が聞こえるという事実が示すこと。つまりは……

 「……神巫(かみなぎ)雄輝(かつき)

 目の前に、自分でない自分が居ることの証左だった

 ああ、俺は……俺の名は……そうだった

 俺は、神巫雄輝。そうだった。どうして、こんな当たり前の事すらも思い出せなかったんだろう

 

 ふと、視界が開けた

 自分を取り戻せたから、だろうか。暗闇だった視界が、真紅の暗闇に覆われている世界で、それでも自分のからだと、声の主を認識する

 「……化け物」

 目の前に居たのは、そうとしか表現出来ない、文字通りの化け物だった

 延びる影は、四本の腕を持つらしき異形のもの。縦に裂けた口らしき部分だけは、口が顔を貫通しているのかその背後の真紅の暗闇を見せている

 だが、そんなものは単なる序の口。顔は……鏡で見た俺に似ている、はずだ

 けれども、これを俺だと認識出来るはずもない。これは夢だから、俺しか居ないはずの夢である事だけが、彼が俺であると意識させてくれる

 赤く輝く、左の瞳。文字通り赤く光輝いている、右の瞳。その周囲は醜く傷付き、白い傷痕を褐色に近くなった色合いの肌に残している

 癖毛なので跳ねた髪は白、ブレードアンテナのように斜め上に跳ね上がる感じで、途中で枝分かれした二本の赤い角が存在感を示す

 幾本か欠けたらしい歯は、牙のように尖端を尖らせ、頬にはやはり傷。背には、これでは飛べないだろうと言いたくなる、二次元のロボットにありそうな形状の翼

 そして何より、赤い暗闇(ヒカリ)の鉤爪と化した左腕と、その薬指に輝く、此処だけはとても美しいと思わせる、白銀の指輪

 

 確かに元の造形は俺かもしれない。だが、俺はこんな鋭い殺すような眼はしていない、こんなに肌も焼けていない、角なんて生えていない。何より、見ただけで破壊されると思わせるような、そんなオーラなんて持っているわけがない

 俺を元にした悪魔、恐怖の大王として、彼は其処に在った

 

 「君は……」

 絞り出せたのは、そんな声だけ

 「ザイフリート・ヴァルトシュタイン。貴方の代わりに、のうのうと生きる悪魔」

 さも忌々しそうに、目の前の悪魔はそう名前を告げた

 

 「君は、俺なのか?」

 「……体は、貴方だ」

 理解する。今の俺は、魂だけだという話なのだろう。そして、彼はそんな俺の体を乗っ取って使っている

 

 ふと、指輪が瞬いた、気がした

 唐突に、頭の中に情報が流れ込んでくる

 ……ファ……ル、それが、あの竜のような化け物の成れの果て。彼は……そう、彼は……

 「どうしてなんだ、ザイフリート!」

 世界を滅ぼす、星の終焉。そして、回帰の獣(ビーストⅡ)

 そう成りうる存在だと、理解した

 「そうでなければ、貴方が救われない」

 「そんな事はない!考え直せ!」

 「……本当に?本当に、そう言えるのか」

 ふと、彼の目が揺らぐ。行けるかもしれない

 止めなければいけない。俺の体で暴走する悪魔を。彼が、紫乃を殺す前に。例え、それで俺が消えるとしても、きっと紫乃達が何とかしてくれる。聖杯に願いあれ、だ

 

 「言えるに、決まっているだろうが!何で分からない、紫乃を、皆を巻き込むんだぞ!」

 君にだって、俺の記憶があるならば分かるだろうに

 「分からない」

 たというのに、化け物は首を横に振った

 悪魔右目のヒカリが煌めく

 「何でだよ!どうして、……どうして紫乃を殺すなんて言え」

 掴みかかるような勢いで叫んで。けれど、最後まで言い切る事は出来なかった

 俺が自我()を取り戻して以来ずっと忘れていた。いや、ずっと無かったものが戻ってきたから

 改めて自分の体を見下ろす。全身が見えない一人称の視点ですら良く分かる傷だらけ具合。胸には大きな血の華が咲き、腕は折れて飛び出した骨を抜かれて縫った跡があり、全身火傷と切り傷だらけ。体の各所に、小さな穴まで空いている

 ……寧ろ、ぼんやりと微睡みの中で俺を苛んでいた痛みが消えていたのが可笑しい事だったのだ

 

 「ぐ、がぁぁぁぁぁっ!」

 痛い、痛い痛い痛い熱い痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い!

 全身が火を吹いた様だった。全身を掻きむしりたくてしょうがない。痛みで転げ回りたい

 「な、何だよ……何なんだよ、っがぁぁっ!」

 「……思い出してくれ、この痛みを」

 再度、悪魔の右目が煌めく

 全身の痛みが、引いていく。掻きむしりたい。痛い

 けれども、耐えられない程じゃない

 「忘れるな、この嘆きを」

 「何、を」

 言ってるんだ?

 「魂は、既に欠けている」

 悪魔は、少し遠い目をした

 

 「……解ったんだよ。魂の物質化(第三魔法)では足りない。欠けたものは、もう元には戻らない。何処にもないんだ」

 「だから、こんな事をして良いと言うのか!」

 ……良いんじゃないか?

 「天の杯(ヘヴンズフィール)、かつては、俺もそれを目指した

 けれども穏便な方法で足りないならば、やるしかないだろう?」

 「そんなことは!」

 否定、しきれない。それでも、それは悪魔の囁きだと否定する

 「そもそもだ。こんな苦しみを抱えて、生きていけるのか」

 悪魔が、左手を差し出した

 思わず、それを取り……

 「……死に晒せ」

 思わず、そう呟いていた

 

 「こんな憎悪の中、貴方に生きていけと言うのか

 俺には、無理だ」

 「それ、は……」

 違う。そう言えたなら、どんなに楽だろう

 けれど、だけれども、この身を焼く憎悪は言うのだ。それでヴァルトシュタインが滅びるならば、ざまあ見やがれ、と

 ダメだ、どうしても……憎悪が抑えられない。ヴァルトシュタインが滅びるならば、なんて……

 ふと、自分の体に付着した血が目に入った

 「がっ……」

 止めろ、止めてくれ。そんなものを見せないでくれ

 俺に、あの日を思い出させないで

 

 「……分かってくれ」

 不意に、体を焼く憎悪も、全身を燻す痛みも綺麗さっぱり消え去る

 「……時間切れか。ただ、貴方と話せて良かった」

 軽く、悪魔は笑う

 その笑顔は、何処か痛々しくて、けれども、ずっと俺の代わりにあの痛みと憎悪を受け持っていたなんて信じられないほどに穏やかで。そうして、やっぱり止まる気なんて欠片もない程に、真っ直ぐだった

 「待ってくれ……それでも、俺は……」

 言い切れ、それはいけないと。獣を止めるんだ

 紫乃を、皆を……世界を、あの絶対的な終焉から守る為に

 「そんな事、望んで……」

 けれども、その言葉は僅かな迷いから紡ぎきれず

 「だから、破壊する。理不尽の全てを、俺が終わらせる」

 「待……」

 神巫雄輝の意識は、再び闇に飲まれた



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七日目ー告げられる真実

『おはよう、「ボク」の希望』

 そんな声に、目が覚める

 「……アサシン、か」

 『ん』

 昨日、一個では流石に悪いと4つ程買っておいたうちの一つ、四角いカップに入ったバニラアイスに向けて木匙を入れながら、アサシンが頷いた

 ……もう、どうせ何の理由か此方に来るのだろうし無駄だと、部屋は一つしか取っていない。アサシンにベッドを譲り、そのまま床で寝た。長期試験として3日森の中に放り込まれた時の野宿に比べれば、平坦な床は心地良かった程で、中々に悪くなかった

 「少しずつ食べてると溶けるぞ」

 『問題ない』

 幸せそうにアイスを小さく削って舐め、アサシンは頷く

 

 此処は小さなビジネスホテルの一室。本当に小さく、ベッドと後は一部が水を置くと凍りつく程の温度になっている冷蔵庫兼冷凍庫くらいしか無い。冷凍庫が有ったのは、アイスを4つも買った此方としては行幸だったが

 結局の所、万全でないのに動き回っても仕方がない。セイバーは未だに俺を認めてはくれず、もう少し高いホテルの部屋を俺が取ると、そそくさと部屋に籠ってしまったのだし。という事で、そのまま此方も昨日はなにもしない事を選択したのだ

 ……俺が俺として、神巫雄輝の持ち物(スマートフォン)を好き勝手するために、心の準備が必要だった、というのもある

 

 『顔色』

 ふと、アサシンが此方を覗き込む

 「……酷い夢を見た」

 『悪夢?』

 「いや、そうじゃない」

 寧ろ、もっと悪いものだ

 目覚めた今も思う。本当に、俺の選択は正しかったのだろうか、と。俺は、とんでもない間違いを犯してしまったのではないか、と。神巫雄輝を信じられないのは、俺自身の弱さのせいではないのか、と

 人は、神巫雄輝は……そんなに弱くは無い。あんな理不尽(ふこう)も越えていける。それを否定するのは、俺の主観でしかないのだから。俺自身があの憎悪を抱いたまま生きてなどいけないから、流石に彼も耐えられないに違いがない。そんな、……なんて傲慢

 僅かに叶った、壊れてしまった神巫雄輝の魂との対話は、俺に確信どころか、迷いを産んでいた

 

 紫乃を、皆を巻き込む?ああそうだ、その事の躊躇いはある。だが、やらなければならない。こんな苦しみ嘆き、抱えたまま欠けた魂で生きてなどいけないのだから……根底を覆さなければならない。そう思っていた

 だというのに

 

 「それでも、俺は……」

 そんな事、望んでない。その言葉が、あよ苦しみを知っても尚産まれた、真実彼の言葉なのだとしたら

 ……俺の存在に意味など無い。俺は、価値は無くとも意味はあると思っていた無意味そのものの道化。何て滑稽な話だ。滑稽すぎて笑いすら出てくる

 

 『……何を、したい?』

 アサシンが、首を傾げる。……何処か小動物のようだ

 彼の言葉を、呟いてしまっていたのだろう

 「……いや、俺自身の悩みだよ」

 『ん』

 「けれども」

 何をしたい?という言葉は、少しだけ迷いが晴れる

 そうだ、何を迷う。貴様は、今更本当にこれで良かったのか、等と悩める立場か?

 

 強く、拳を握る。皮膚を突き破るように

 「有り難う、アサシン。声を掛けてくれなければ、大切な事を思い出さずに堂々巡りだったと思う」

 忘れるな、止まるな。そんな事は許されない。お前(おれ)は、そんな事が許される範囲をとっくに越えている

 何人のホムンクルスを、貴様(おれ)は斬った?どれだけの悲劇を産み出してまで、俺は不幸の根源(かこ)を破壊しようとした?

 覚えていない。大体の数は分かる。昔は覚えていられた。だが、聖杯戦争の中、最早数えてなどいられなかった。こんなもので背負っているなど笑わせる

 だが、それでも、その幸せになるかと知れなかった、未来があった、幸せになるべきだった。そんな数多の幸福を、憎むべき不幸そのもの()で塗り潰して、今俺は此処に居る。どんな醜い俺のエゴであっても……それを無意味だったとなんて、言うわけにはいかない

 死んだ意味なんて無かった?殺したくなんて無かった?ふざけるな。ならば最初からやるな。未来のために必要だから、悪いが死んでくれというヴァルトシュタイン(正義)ですら、俺のような悪を産む。多数の幸福の為ですら、仕方なく不幸は生まれるのだ

 それを、実際には必要性もなく、意味すらなく、単に幸福を簒しただけ?そんなもの、この世界の誰もが認めない。第一、俺自身が俺を許せるわけがない。だから、もう……止まるなんて選択肢は、ハナっから無かったのだ。迷うなんて、無意味だったのだ

 

 ……笑え、嘲笑(わら)え、(わら)え!俺の願い(過去改変)の為に必要だと思ったから、或いは邪魔だったから死んで欲しかった。だから殺した。ああ、俺の為に死んでくれて有り難う、感謝してもしきれるものじゃない。貴方(あなた)方が死んでくれたお陰で俺は悠々と目的を果たせる

 そうでなければ、いけない。そうでなければ、彼等彼女等は、何のために俺に不幸を押し付けられたのだ。彼等が殺された意味を無くすなど、許される等と一瞬でも考えた事が間違いなのだ。最早、引き返せる段階はとっくに過ぎた。生きるために、試験の相手として襲い掛かってきたホムンクルスを斬った、その時点(一年前)に、最後のチェックポイントは通過してしまっていたのだ

 

 「止まるものか。何時(いつ)か、不幸という理不尽(ぶんめい)を破壊する迄」

 何時か、其所に辿り着く。だから、俺に殺された全ての者よ、天国なりあの世なりがあるならば其所で恨んでいてくれ。俺がゼロに還るその日まで。願わくば、不幸を無くした神巫雄輝には。その憎しみを向けずに

 

 『ん』

 小さなアサシンの手が、角のある俺の頭に触れる。角に、柔らかな手が当たる感覚。違和感はあるが、寧ろ今まで角が無かった方が可笑しかった、という気持ちもある

 決して、止めようとするものではない。寧ろ、これは頭を撫でるのに近い行動。肯定の意

 ……何故、アサシンはここまで俺を許すのだろう。あの言葉は、セイバーならば間違いなく唾棄すべき言葉だと言うだろうに。それが、サーヴァントとしての当たり前だろうに

 

 「アサシン」

 『……食べる?』

 アサシンが、アイスの乗った木匙を此方へ向ける

 「いや、違う。それはアサシンのものだ」

 『……朝食べて、分かった。二人の方が、ちょっぴりおいしい』

 「……ならば、後で貰う」

 少しだけ、幸福に苦笑しながら、アサシンにそう告げる

 『ぐっど。それで?』

 「何度も聞くが、どうして俺の為にそこまでするんだ?マスターの命令か?」

 何処か、壊れてしまう気がして。どうしようもなく弱くなる気がして、結局アサシンのマスターなのかどうか、フェイには尋ねていない。恐らくはという心と、僅かな違和感から、マスターという言葉をまだ使う

 『あのマスターの命令は、たったひとつ』

 アサシンの目は、どこまでも澄んでいて

 

 『全ては「私」の為に。「ボク」の心のままに、やりたいと思ったことを。それだけが、私の命令。令呪を持って命ず、自身の正しいと信じる、やりたいと思う心のままに、アサシン

 そう、マスターは言った』

 アサシンは、無意識なのか、微かに微笑む

 けれども、それどころでは無かった

 「……やりたい、事を」

 つまり、それは……

 マスターの命と言っていた全ては、心のままに動けという命令を受けての、アサシンの自由意思だという事。アサシンのマスターは俺を助けようなどと思ってなどいない、という事。本当にマスターはフェイなのか?俺を助ける意味がある相手、という前提が崩れた事で、マスターはフェイという想定が、一気に胡散臭くなる

 今までのアサシンの言葉の中で、一番最初に出てきたマスターの命令は……

 

 マスターの命により、「ボク」は貴方を救う。そう、アサシンと出会った、あの時だ

 つまり、アサシンは……。俺がアサシンと出会う以前から俺を知り、そして助けようとしていた事になる。マスター関係なしに、だ

 ……どうしてなのだろう。あの夢が、何か関係するのだろうか

 とりあえず、明確に分かったことは……マスターについてアサシンが誤魔化す理由くらいか。アサシンはアサシン個人で動いている。マスターの考えなど一切反映されていない。ならば、マスターを明かす事に百害あって一利無し。アサシンはアサシンだけで動く。マスター同士の協力の必要も何もないのだから、狙われる危険が増える以外の事は起こらない。それはもう、こんな条件でマスターに関して何か言う訳が無いということは必然だった。寧ろ、アサシンについて話を聞きに行っても、アサシンに任せてるから、しか反応が返ってこないだろうし、マスターを探ることそのものが最大級の無駄骨だったのだと、そうとしか言えない

 

 「そう、か。ありがとうな、アサシン」

 色々と、頭がフリーズする

 考えることが多すぎる。整理しなければやってやれない

 だから、俺は……そんな意味の無いありきたりな言葉しか、返せなかった



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七日目ー安らぎの朝(多守紫乃視点)

「おはよう、紫乃ちゃん」

 そんな声で、私は眼が覚める

 「戒人、さん……?」

 寝ぼけ目を(こす)り、ぼんやりと辺りを眺めて……

 「……戒人さん?」

 おかしな光景を、目にした

 

 戒人さんが、首根っこをアーチャーに掴まれて宙に吊られていた

 「助けてくれ紫乃ちゃん」

 吊られた……まるで母猫に運ばれる子猫みたいな格好で、戒人さんはそう懇願する

 アーチャーは寝る前に言っていた。手を出そうとしたらぶっ飛ばす、と

 けれども、私は変な所を触れられたりはしていない。寝間着だって、乱れてないし

 「アーチャー、どうしたの?」

 だから、状況が全然分からなくて、私はそう問い掛ける

 『いや、悪気が無いのは分かるんだが……って事でさ』

 「何かあったの?」

 『いや、無銭飲食。とりあえずおサル分身を変化させて誤魔化してる』

 「……あっ」

 そう。戒人さんは色々と気を効かせたりする事は多い。その分、お金を使うこともまた多い。何時ものノリで、私が起きた時のサプライズを……と朝御飯を買いに行ったとしたら。そして、自分の分はとっとと食べてしまおうとしたら。うっかりそれが無銭飲食になってしまうのは、有り得ない事じゃない。戒人さんと、お金がないは基本的に結び付かないから。何時も肌身離さずある程度のお金を持ち歩いていたからこそ、やりかねない失敗

 

 「……アーチャーって、本当に便利だよね」

 『そりゃ、一家に一匹欲しいレベルのおサルだぜ?愛するあの人のボディーガードから文化的な芸まで何でも御座れってんだ』

 そう怒ってる訳じゃない事を示すように、アーチャーは茶化して笑う

 『ただ、料理だけは勘弁な。あんさんからはオレが作ると微妙な味って評判なんだわ』

 「それ、評判なの?」

 不評だと思う

 『悪法も法ではあるように、悪評も評判のうち、なのさ』

 ぽいっと、アーチャーは戒人さんを離す

 『って事でマスター、ちょっくら財布から1000円程』

 「あ、うん。持っていって」

 鍵を開け、トランクから財布を取り出してアーチャーに渡す。鍵はダイヤル式で、多分戒人さんには開けられなかったんだろう

 「御免な紫乃ちゃん。起きたら執事っぽく紅茶持って立ってようとしたのに」

 「ううん。驚いて溢しちゃうかもしれないし」

 「……それもそうか。紫乃ちゃん、びっくりすることに弱いもんな。不幸中の幸いだったのかな」

 「そういえば、戒人さん。此処に居て良いの?」

 ふと、気になる

 『ああ、分身置いとくから反省しとけってオレが引き摺ってきたんだしよ

 んじゃ、行ってくるわ』

 そう言って、ふっとアーチャーは扉の向こうに消えた

 

 部屋には、痛かったとばかりに首を(さす)る戒人さんと、私だけが残される

 「いやー、ホント御免な、紫乃ちゃん」

 「ううん、大丈夫。戒人さんが居てくれて……」

 その後に続ける言葉に詰まる

 助かった?嬉しかった?

 うん。確かにそうかもしれない。だけど、今言うべきなのはそうじゃない気がして

 「感謝してる」

 「俺も、紫乃ちゃんが無事で神に感謝してるよ」

 少し大袈裟に、戒人さんが祈るジェスチャーを取る

 「けど、アーチャーも神様だよ?」

 「知ってる。だから、神に感謝するのさ」

 戒人さんは格好付けて、そのまま少し遠くを見る

 

 「それにしても、ハヌマーンか……」

 「知ってるの、戒人さん?」

 私も、少しは調べた。けれども、マイナーな神様だからか、それとも私が孫悟空ってもっと有名な方に目が行きすぎてたからか、あんまり知らないまま。そもそも、孫悟空のモデルになったと言われている、とかの情報は、孫悟空が実際に天竺まで三蔵法師を護ったという口振りのアーチャーと矛盾する。似たような妖怪が中国にも居たよって話でしかないし、やっぱり良く分からない

 きっと、かーくんならもう少し知ってると思うし、ヒーローを目指すには昔のヒーローをも知らないと、と戒人さんは神話の英雄譚を読むことを趣味にしていたはずだ

 

 「いや、あまり知らないな……。ラーマーヤナに出てきたのは覚えてるけどさ」

 思い出そうとするかのように、戒人さんは右手の指で左手の甲を叩く

 この癖が出ているときは、本当に思い出せない時。多分、これ以上の話は出てこない

 「その、ラーマーヤナって?」

 だから、私はそう尋ねる

 「インド英雄譚の一つだよ。妻を拐われたラーマ王子は、その妻シータを取り戻すために旅立つって感じの話

 けどさ、神々が普通に居る時代の話だからか、現代の俺達の感覚で読むと不思議なんだよな」

 「その中で、アーチャーは何をしてたの?」

 「英雄ラーマに付き従って、シータを取り戻すために大暴れしてた。海を飛び越えて島まで渡ったり」

 ……少し、想像してみる。向こう岸が見えない程広い川の対岸まで、軽く助走を付けてのジャンプで届くアーチャーの姿を

 うん、すっごくありそう。想像出来る

 

 「その悲しみ嘆き、見捨てりゃ男が廃る、か……」

 あの日、アーチャーが言ってくれた言葉を、改めて反芻する

 あの時アーチャーが私を助けてくれなかったら、間違いなく死んでいた。何で彼は、私なんかに呼ばれてくれたんだろうって、ずっと何処かで考えていた

 「そっか。ずっと前にも、大切な誰かを取り戻すために旅立った人を助けてたんだね、アーチャー」

 だから、私も助けてくれた。それはきっと、奇跡そのもの。たまたま私の姿がアーチャーの目に止まったっていう、とてつもない偶然。だけど、その偶然が、私を此処まで連れてきてくれた

 かーくんにまた会えるかもしれないって、希望が持てた。頑張らなきゃいけないって、勇気が出た。かーくんみたいにヴァルトシュタインって悪い人達に殺されてたかもしれない戒人さんも、アーチャーが助けてくれた。感謝してもしきれない

 

 ……ふと、携帯が鳴った

 誰だろう、と机の上に置いておいたそれを取り……

 「かー、くん……」

 表示されたその名前に、固まった

 期待なんて、もう無い。幾ら、あの人達が希望を捨てないからと電話料金を払い続けていたとしても、この電話の先にかーくんが居る訳がない。そんな事私は良く知ってる

 この電話の相手は、大体二択。元々はかーくんであったから、かーくんの携帯を持っていても可笑しくないセイバーのマスター(ザイフリート)。もう一つの可能性は……かーくんから携帯を奪えた相手。つまり、ヴァルトシュタインの誰か

 後者であって欲しくない。前者なら、戒人さんについて話したい。何であんなに追い詰められた感じなのかは分からないけれども、説得出来るかもしれない。だって、彼自身が言ってたから。かーくんの記憶の一部はあるって

 

 だから、通話のボタンに触れて……

 「悪いな、雄輝じゃなくて」

 聞こえてきたのはやっぱりというか、予想していた彼の声だった

 「ザイフリート、さん……」

 「一応の同盟相手として、連絡してみた訳だ」

 淡々と、彼は話を続けていく。かーくんの携帯を使うことによる迷いとか、全然感じられない

 「それで、そちらの方針は?」

 ……分かってる。彼がかーくんでないなんて

 

 「……ヴァルトシュタインに関して、ちょっと……ね」

 歯切れ悪く、私は答えた

 出来ることなら、今すぐ殴り込みたい気持ちは、当然ある。かーくんをこんなにして、戒人さんも同じにしかけて……

 許せないって気持ちは、当然ながら強い。けど、だけど

 「……ルーラーが向こうに付く可能性がある。出来れば、せめてセイバーが俺を許してからにしてくれないか」

 向こう側も、少し難色を示す

 

 分かってる。それに……確認しなきゃいけないこともある

 「怒りたいよ。けど、今は先に戒人さんと教会に向かうよ」

 だから、私はそう告げた

 「そうか。俺は行きにくいから助かる」

 セイバーのマスターも、それに肯定を示し……

 「今、戒人と言ったのか?」

 その声は、少しの驚きを含んで響いた

 「うん、昨日会ったんだ

 ヴァルトシュタインにかーくんみたいにサーヴァントに……ルーラーにされかけて、逃げてきたって」

 「……」

 「……それでも、まだヴァルトシュタインが正義だって、そう言うの?」

 あの夜、握った戒人さんの手は、強く震えていた 

 「……神巫、戒人。……それは」

 けれども、何も答えることはなく。ザイフリートが何処か苦しそうな、機械的な抑揚の無い声で何かを呟くと、ぷつりと電話は途切れた



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七日目ー突撃、伊渡間第一教会(多守紫乃視点)

『あっ、お早う!朝御飯食べる?』

 色々な事があって、けれどもそんな事を殆ど感じさせずに、金髪の少女は私達を出迎えてくれた

 

 「……可愛い」

 そのふわっとした笑顔を見て、ぽつりと戒人さんが呟く

 ちょっとどうかなと思うけど、恋人が居ないらしいし、戒人さんならば仕方ないのかもしれない

 「うん、お願い」

 「是非お願いする」

 『うんうん、りょーかい。ちょっと扉開いてる部屋で待っててね』

 そう告げると、少しアレンジ入った修道服の少女は、ぱたぱたと教会の奥へと飛んでいく

 その姿は、やっぱり裁定者と呼ばれるようなサーヴァントにはあまり見えない。聖人……というのは、そこまで間違ってないと思うけど

 

 「……天使……」

 『戒人、それは流石に無い』

 「いや、この対応、あれはマジ天使だろアーチャー。背中に羽根を幻視したくらいだ」

 『おいおい。そりゃあ違うってもんだぜ』

 私も、あの対応だけ見れば同じような感想を抱くだろう。というか、初対面ではそう思った

 だけど、アーチャーは否定する

 『天使ってのは、服が白くてナンボだろ?

 だから、黒基調の修道服を見たら、そこで考えるべきは清純系小悪魔だって事さ』

 そして、そんなバカな事を言い出した

 こう、軽口を叩ける相手が居るからだろうか。アーチャーの対応が、何時もより全体的に軽いノリな気がする

 「そんな、考えが……。アリだな、うん」

 『だろ?行けるだろ?』

 「いやでも、王道だろ天使も」

 バカな事を、戒人さんとアーチャーは言い合っている。私としては、良く分からないし、割とその辺りはどうでも良い

 

 「というか、アーチャー。良く付いていけるね、そんな話」

 『昔っからスケベってのは男の行動のエンジンであり大義名分でもあるっ衛モンさ。オレの仲間内にもそりゃあ居る。それに何度も話合わせてりゃ、これくらいは行けるって寸法よ

 ああ、実際にゃやらねぇから安心安全。だってオレ、半分心猿(ごくう)よ?』

 「人間より、猿?」

 『いや、色気より暴れたいって感じ。ちょっくら猿寄りなのは否定しないけどよ』

 にっ、と歯を見せてアーチャーは笑う

 『まっ、マスターは安心しな。オレ、主君やその大切なモンにゃ手は出さないしそうそう出させないからよ』

 と、言われた部屋に辿り着き、アーチャーは二つの椅子を引く

 私と戒人さんが其所に座ったのを見てから、ひょいっと空中で一回転。無駄な曲芸技で机の反対側に渡り、そちらにある別の椅子に座った

 

 『ということで、まだ慣れなくてちょっと作りすぎちゃった今日の朝御飯、目玉焼き(サニーサイドアップ)と、冬野菜(キャベツ)のニンニク炒め、後はパンと野菜のスープ。おかわりもあるから言ってね』

 と、金髪の少女……ルーラーが、お盆に三つの皿、3つのカップ、そして透明な液体の入った3つのグラスを持って来る

 「ニンニク炒め、かぁ……」

 少し嫌そうに、戒人さんはぼやく

 「戒人さん、ニンニク嫌いだっけ?」

 「いや、好きだよ?けどさ……」

 つまらないことだと、苦笑する

 「女の子の前って、口臭気になるじゃんか。カッコつけたい心理っていうか、ヒーローとしてそうありたいっていうか……」

 『吸血鬼の苦手なモンだしな』

 「それは関係ないだろ」

 『そりゃそうだ。寧ろ此処で「そうだな」って肯定で返されてたら、実は吸血鬼かよお前って言わなきゃならない所だったわ』

 「冗談は止してくれ。たとえジョークでも、俺はあんなものになりたくない。俺はヒーローなんだ、あんな悪の戦闘員なんかに堕ちるものか」

 その言葉は、強く震えていて……

 「うん。戒人さんはそうだよね」

 「いや、でも……闇である吸血鬼の力と血を植え付けられながら、それでもその(くら)い力の誘惑に正義の心で耐えて闇と戦う戦士っていうのはアリか?」

 けれども、その憎悪はすぐに離散する。何時もの戒人さんに戻っていた

 

 『で?どう思うよ、マスター』

 目玉焼きの調味料……しっかりと、あの戦争が起きないように醤油、ソース、塩の三種類がある、を置いて、あんまり聞き耳たてても天使談義みたいなもの耳に入っちゃうからね、とルーラーは下がってくれた

 なので、扉を閉めて、私達はあの事について話始めていた

 

 即ち、戒人さんの言っていた、この神父が彼等とグルなのではないか、という事

 後は、グルだとしたら、どこまでがそうなのか、という事

 ミラちゃんはそんな事ない、と言いたくはある。けれども、ライダーは色々と気になる事を言っていた。だから、疑いをゼロには出来ない

 「私としては、やっぱりミラちゃんはそんな感じじゃないなーって思うよ?けど」

 『ヴァルトシュタイン勝利を規定付けられた聖杯戦争、って言葉が引っ掛かる訳だな、そうなると』

 「奴等が勝つ事こそが正しい聖杯戦争の姿だから、ってか!ふざけてるな」

 目玉焼きにソースを掛けながら、戒人さんは呻く

 『ああ。割とヴァルトシュタインに明確に反旗翻したあのバカを目の敵にしてるしよ、有り得ない話じゃないんだわ、残念な事に

 まあ、アレについては……単に放っておけないからって線もあるのが面倒だわ』

 「うん、そうだね、確認出来れば、分かりやすいんだけど……」

 言いながら、私は塩を振り掛けた卵を一口頬張る

 うん、やっぱり美味しい。片面焼きだからか、裏に比べて火の通りが悪い表側はふわふわとした食感で、そこが良い

 「……ほう、何をかね?」

 その言葉は、残酷に、部屋に響いた

 

 『……神父、アルベール』

 アーチャーが、僅かに身構える

 外見は変わってない。けれども、ふと頬を撫でる風が吹いた。暖は建物自体の構造と、温風の出ないタイプの暖房でやっていて、風の吹くはずの無い部屋の中だというのに

 「真逆」

 人の悪い笑みを、神父様は口元に浮かべる。神父様が、何時もはしている手袋を何の理由か右だけ取っていて、けれどもそれを左手を重ねることで誤魔化す

 「あの少年のように、単純に朝御飯を好意に預かろうとした訳でも無かろう?

 ならば、何らかの用があるはずだ。何故構える?アーチャー」

 神父の目が射抜くのは、私

 「突然入ってこられたら、警戒するに決まってる」

 「だろうな、そこの少年。それは確かだ

 だが、此処は私の教会だ。私が何処に居ようが、それは私の勝手だろう?あの方は君達を此処に通したのだろうが、それは来客をもてなす場だからだ」

 神父様の声は、当たり前だが、何処か責めるようで……

 「だがまあ、それを責める気は私には無い。話を聞こうではないか、アーチャーのマスターよ」

 

 ふと、戒人さんが机の下で、私の右手を叩く

 「紫乃ちゃん」

 響くのは小声

 「どうしたの、戒人さん?」

 「まだ良い」

 それは、たった一言。だけれども、言いたいことは大体分かる

 戒人さんが言いたいのは、早まるなという事。探れという事。つまりは、直接問い正すこと無く、神父様が本当はどうなのかをまずは確認しようという事なのだろう

 

 「ヴァルトシュタインについて、もっと良く聞きたくて」

 だから、私は当たり障りの無いそんな事を告げた

 嘘じゃない。だから、神父様の射抜く目にも物怖じはしない。私だって知りたいから、この神父様が、本当は戒人さんの言っていた外道なのか……それとも、危機的状況で戒人さんが錯乱していただけなのか

 「ほう、それは何故だ?」

 『マスターの知り合いが、命からがら逃げてきたって事よ。なんで、マスターからしたらヴァルトシュタインってバカ共に対応する優先度が大分上がった訳』

 「そうだ。あの悪魔共について、何かを知っているというならば……教えてくれ」

 戒人さんが、頭を下げる。机の下で、私の手に触れたままの手が震えている

 怖いのだろうか。その気持ちは、私にも良く分かる。私だって、あの目は怖い。襲われたという戒人さんは、どれだけ俺はヒーローだからと強がっても、やっぱり恐怖は誤魔化しきれないだろう

 

 「ああ、良いだろう、かの正義に挑もうとするアーチャー、そして少女よ

 かの正義が真実何たるか、私が知る限りを語ろうではないか」

両の手を広げ、神父様が呟く

 その際の一瞬

 

 その右手に、痣のような何かが、不吉に赤く輝いていた……気がした



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七日目ー亀裂(多守紫乃視点)

「なあ、そうだろう、少年?」

 神父様の言葉は、何処までも残酷に、暖かな教会に響き渡った

 

 「ああ、そうだな」

 前からだろうか。聞こえてきたのは、何処までも冷酷で、何処か悲しげなそんな聞き覚えのある声で

 「っ!」

 『ったく、物騒な事を……』

 赤く光輝く剣が、背中から刺し貫くべく戒人さんへと向けられ、机を再度飛び越えたアーチャーに受け止められていた

 

 振り向いて、剣とその持ち主を確認する

 怖い

 怖い怖い怖い怖い怖い!

 あの剣を、より禍々しいとしか言い様がなくなった、濁ったあの血色の(まりょく)の剣を、直視出来ない

 「何をするんだ、雄輝!どうしたんだよ、いきなり!」

 戒人さんが混乱したように呟く

 無理もない。私にだって、何がなんだか分からない

 「ホザ()儺亜(なあ)ッ!』

 『お前がほざくな!言葉を交わせ!』

 尚も、突然襲い掛かった彼……ザイフリート・ヴァルトシュタインは剣を押し込もうとし、アーチャーに捌かれる

 

 ……何なんだろう、あれ

 ふと、おかしな事に気が付いた。彼の右の瞳が、不可思議な色に輝いている。何処までも赤い光、の中に、僅かに別の何かが見えた……気がした

 そう、あれは……真っ赤な、キューブだっただろうか。瞳の無い、完全に目全体が紅に染まった中で、それだけが奥行きを感じさせていて……

 何か、違う

 

 「やめてよ、かーくん!」

 けれども、思わず、私は一歩前に出ていた

 「ジャマ、()

 アーチャーに捌かれ、下段へと降りた剣が、私の命を刈り取るべく跳ね上が……らなかった

 「っ……』

 プレッシャーを感じる

 初動はあった。私へと、半分光の剣は振り上げられた。けれども、どこか苦虫を噛み潰したような表情で、かーくんは止まってくれたから

 暴走状態にも見える。けれども、大丈夫。全部忘れちゃった訳じゃない

 「どうしたの、神父様に何かされたの!?」

 『危険だ、マスター』

 アーチャーが、庇うように私の前へと出てくれる

 「俺を襲うなんて、悪魔たちに何をされたんだ、雄輝!」

 戒人さんも、どうして良いか分からず、構えきれずに彼を見る

 彼がかーくんでなければ、こんな必要なんて無かったろうに

 

 「……我が意の基に。ハカイ、世世(せよ)、ミライ()

 <偽・月■■■す■約 (プリズム・■■■)>』

 だというのに、止まらない。言葉が通らない

 そういえば、神父様の手が光っていた気がした。あれは……彼への令呪みたいなもの?彼をサーヴァント擬きにしようとしたならば、あるかもしれないもの。それで彼をこんなにしているのだろうか

 「アーチャー、彼を止めて!殺さずに!」

 『おっしゃ、了解だマスター!』

 「くっ、堕ちてしまったならば、やるしか……ないのか、雄輝!」

 私の声を受けて、アーチャーが僅かに風を纏う。戒人さんが、持ってたスープ用のスプーンを構える

 

 「ハツドウ()剣士(セイバー)夢幻召喚(インストール)!』

 声と共に、金色のカードがザイフリートの胸元から飛び出、光となってその姿を覆う

 『っと、やってやろうじゃねぇかよ』

 アーチャーが首筋の毛を抜く。それはみるみるうちに姿を変え、三秒後には、もう一人のアーチャーがそこには立っていた

 「やってやる、降霊(アドベント)……武装(アームズ)!」

 戒人さんが、自前の魔術を切る。スプーンが一瞬、緑の光を放つ

 カードの光が止んだ時、其処には……

 両の腕に赤い剣二本を携え、あの森で出会った日以来の殺意に満ちた表情を浮かべたかーくんが居た

 

 『ちっ、場所が悪い……なっと!』

 まず、動いたのはアーチャー。窓を蹴破り、即座に教会の外へ出る

 うん、教会の一室って小さいし、仕方ない事。向こうから仕掛けてきたのだし、窓を破ってしまったのも仕方ない……はず

 「紫乃ちゃん!」

 『マスター!』

 もう一人のアーチャーは器用に棒を振るい、赤い目の化け物の二刀を捌いて足止めをしてくれている

 その隙に、戒人さんに手を引かれ、私も壊れた窓枠を飛び越える。アーチャーが風で綺麗にくりぬいてくれたからか窓は楕円にしっかりと穴が空いていて、刺さる心配は殆ど無い

 

 『……魔術的な破壊の力。あの光……分かっちゃいたが面倒な』

 追って出てきた……完全に暴走した彼を見て、アーチャーは呟く 

 出てきたのは彼だけ、もう一人のアーチャー、つまり分身は、追ってくる事は無かった

 「アーチャー、分身は?」

 『一応あれ、魔術なワケよ

 強引に魔力で破壊された。竜レベルの莫大な魔力を叩き込めば、そりゃ今のレベルの分身は消し飛ばせるとは思うが……』

 「シ、()

 『あちらさんは、考察を待っちゃくれねぇってか!』

 アーチャーが、手にした如意棒で、下段から跳ね上がる彼の剣を受け止める

 『あらよっと!』

 そのまま、長さは変えずに棒を肥大化、土管程の大きさに変え剣を押し潰す

 「もっと、ロクな武器があればっ!」

 その隙を付いて、緑色の魔力の刃をスプーンから産み出し、戒人さんが斬りかかる。上段からの斬りかかり

 「シ()、神巫戒人』

 けれども、その刃は吹き散らされる。再び両の手に産まれた光で出来た剣によって

 右の剣は振るわれ、スプーンで作った魔力剣を破壊した。けれども、まだ彼には左の剣が残っている

 「戒人さん!」

 思わず、私は戒人さんを庇い、前に出ていた

 今度も止めてくれるとは限らない。寧ろ、今度は止まらずに、あるいは止められずに斬られる可能性の方が高かったと思う

 けれども、もう大切な人を失いたくなくて、帰ってきたかーくんを一緒に迎えたくて、かーくんでもある彼に、戒人さんを殺させたくなくて。気がついたら、体が動いていた

 全てが、ゆっくりに見える。死ぬときって、こんななんだろうか

 剣は止まらない。ゆっくりと、振り下ろされる剣が、私へと突き刺さるのを……

 

 彼の胸元で、赤い光が散った

 世界に、速度が戻ってくる

 『っと、ギリギリにならずに済んだか』

 私への剣の元々の軌道上に、赤い鉄棒が差し込まれる。アーチャーが、私を助けようとしてくれたのだ。そのまま地に突き刺した棒を支点に、自身も飛んでくる

 「……黒鍵?」

 動きを止めた彼を見て、戒人さんが呟く

 彼の胸から、一本のレイピアみたいなものが生えていた

 『一部の代行者、つまりはあの神父何かが使うものだぜ』

 「仲間割れ?」

 『さあ、流石にあちらさんの内部事情は知らねぇよオレも』

 「シ怨、ハカイ怨』

 黒鍵で胸を……心臓部を貫かれたのに、彼は何処までも変わらないままで……

 「何とかしてやるからな、雄輝!」

 そんな、戒人さんの言葉にも、何も返さない

 ……彼は、こんなだっただろうか

 「さっきので無理ならば……やるしかない、降霊(アドベント)始動(コネクション)!」

 彼を止めるため、戒人さんも本気を出す

 けれど

 

 「くっ、どうして……」

 雰囲気が、変わらない。降霊魔術は別人の魂を降ろすもの、降ろした魂に引かれて、雰囲気は変わるはずなのに

 「どうしたの」

 「降霊、出来な……っ」

 その隙を狙い、風が唸る。風を切り、光の飛刃が、やっぱり戒人さんを狙う……

 『っらぁ!』

 アーチャーが、それを棒でフルスイング、打ち返す

 剣を振り抜いたばかりの彼はそれを避けきれず……

 「夢幻召喚(インストール)

 されど、いつのまにか羽織った血のマントが勝手にそれを防いだ

 

 ……血の、マント?

 似たようなものを、見たことがある。そう、あの恐ろしいサーヴァントが、ずっと身に纏っていた

 つまりは、バーサーカー……吸血鬼(ヴァンパイア)の使うもの。かーくんの使う、赤い光とはまた別系統

 『まさか、てめぇ……』

 アーチャーも気が付いたみたいだ。アレに

 『キャスターなんぞに持ち去られてどうなったか、良く分からなかった

 マスターが、変な電話受けたってのも、どんな理由か、幾らかの候補から絞りきれなかった』

 血色のマント、可笑しな感じ、つまり、答えは一つしかないはず

 考えたくなかった。彼は、どんなに怖くても、どれほど悪魔に見えても、かーくんを大切に思っている事だけは信じられたから。だから何時か分かり合えるって希望が持てていたから

 だから、頭の片隅にあったその考えを、違和感を、肯定なんてしたくなかった

 けれども、あのマントは間違いが無い

 ああじゃなければ、あんなバーサーカーそのもののマントなんて、彼が使うわけも使える道理も何もかも、存在しないはずだから。だから、流石にもう、そんな事無いなんて言うことは出来ない

 「……吸血鬼に、なっちゃったの……かーくん!」

 『あんな事を言っておいて、そこまで堕ちるのか、イミテーション・ビーストⅡ(ザイフリート・ヴァルトシュタイン)!』



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七日目ーそれは、とても残酷な真実(多守紫乃視点)

『ふざけるな、巫山戯(ふざけ)るなよ、てめぇっ!』

 アーチャーの纏う風が、地面を撫ぜる。周囲の小石を、風が加速して打ち出す

 『そんなものが、ビーストだと?その程度の貴様が』

 「……ハカイ、怨』

 彼は、その叫びすらも我関せずとばかりに、言葉毎石を血のマントで受け止めた

 

 『なあ、もういいだろ、マスター』

 その反応に、アーチャーが冷たく告げた

 もう良い。つまりは、殺さずに止めてなんて私の命令、従わなくても良いだろ?というものアーチャーは、あんなになってしまった彼を殺そうというのだ

 「ちょっと待ってくれよ、アーチャー」

 戒人さんは、尚も諦めないけれども

 「うん、アーチャー。やっちゃって」

 私は、あんなものを見ていたくない

 だって、何より……顔に傷があろうとも、白髪になってしまっていても、肌が焼けていても尚、そして何よりあんなに目付きが怖くなっていても……彼の体はかーくんなのだから。意識をどうしても切り離しきれない

 だからこそ、吸血鬼として、ワケも分からない感じで暴れまわる彼を、そんな、かーくんを見ていたくない

 だから、とても……とても嫌だけど、こんな状態よりは良いと信じて

 

 『悪いな、マスター。辛い言葉を言わせて』

 静かに、アーチャーが私の頭を一度撫ぜた。偉いな、と子供を誉めるように

 

 『だからよ、死ね』

 「……ッ!?』

 戦闘にすら、ならなかった

 一瞬の後、雷光のように降り注いだ如意棒の一撃が、悪魔(きゅうけつき)の脳天を砕いていた。けれども、アーチャーは止まらない。そのまま棒を一回転。その剛力でもって、袈裟懸けに心臓部を横切るように、胴体を叩き斬った

 脳と心臓部、二つを潰され、かーくんの顔をしたものが、大地に転がる

 

 もう、手遅れだって分かってるのに、それでも悲しい。見ていたくなんて無い

 『悪いな、マスター』

 一方的な処刑を終え、アーチャーが一息つきかけ

 『……いや、待て』

 武器を構え直す

 

 「どうしたんだ、アーチャー」

 戒人さんが問い掛ける中、ふと思う

 そもそもけしかけてきたような感じになっている神父はどうしたのだろう、と。そもそも……あの声は、私の前方、神父が居た側から聞こえてきたのではなかったっけ。なのにどうして、彼は後ろから……

 

 『……紛い物の更に紛い物たぁ笑わせる。盲点だわこりゃ』

 「更に紛い物?」

 『そう、敢えて名前を付けるなら……ザイフリート擬き?って所』

 アーチャーの視線の方を見て……察する

 割れた彼の頭の中にあるのは脳味噌じゃなく、謎の魔術的な化け物の死骸。頭の中身は、おおよそ人間のものではない。恐らくは、ホムンクルスをかーくんみたいに動かすための魔獣

 それに、良く考えてみたら、黒鍵が胸から生えてくるのも可笑しかった。破れた服からちらりと見えたことがある。彼の胸は……心臓は、金属部品が埋め込まれていた

 そう、実は違う。その違和感は感じていたのだ。あまりのことに、そこまで思い至らなかっただけ

 

 「本物を手にして作った量産型……なんだろうか」

 『そうなんじゃねぇか?

 とりあえずよ、分かったことは一つ。こりゃヴァルトシュタインの作ったバケモンだ。って事はよ……』

 神父は、あの駒の存在からも分かるけれども、ヴァルトシュタインと通じている。恐らくはそう

 けれども、ならば……あの声は

 「アーチャー!」

 とてつもなく嫌な予感に、私は叫んで……

 

 『……おいおい、そりゃ無いだろうがよ……』

 ギリギリの……本当に戒人さんが叩き斬られる寸前で、アーチャーが赤い光の剣を受け止めていた

 「どうして……かーくん!」

 襲撃者は、直前に居たホムンクルスとほぼ同じ外見の少年、ザイフリート・ヴァルトシュタイン

 その差としては、左腕が無いこと、右目に酷い傷があること、そして……赤い魔力が、とても澄んでいて、そして恐ろしいこと

 

 「何度でも言う。俺は、神巫雄輝じゃない」

 返ってくるのは、そんな言葉

 うん、話は通じる。分かってくれないだけ。さっきのよりは本物っぽい

 『じゃあ聞くぜ、獣擬き(ザイフリート)

 彼の光の剣を抑え込みながら、アーチャーが呟く

 『何故、戒人を狙う?』

 「そうだ、どうしてなんだよ雄輝!紫乃ちゃんを取られたとでも思ったのか!?」

 「ちょ、戒人さん?」

 戒人さんの推測は、とても明後日の方向だった

 私を取られたかもしれないから、戒人さんを殺す?流石に……かーくんはそんなに嫉妬深くは無い、はず。というより、そんなだったら、もっと早くに告白してくれている。それが、神巫雄輝(かーくん)という、私がよく知っている大切な人(おさななじみ)、だ。そして、ザイフリートと名乗る彼も、そのかーくんの思いを尊重している。だって、彼の目的は過去を変えること。ならば、私が生きている必要は特に無い。例え死んでいても、或いは殺しても問題ないはずなのに、何処か私を護ろうとしてくれることもあった。それは、かーくんが私を大切にしていたから、きっとただそれだけの理由

 だから、無い

 

 「単なる、自分の至らなさの後始末だ」

 『それで、戒人を殺すってか?酷い話じゃねぇかよ!』

 「……違うな」

 その声は、何処までも冷たく響き渡った

 「神巫戒人は、既に死んでいる」

 

 「えっ?」

 『は?』

 「何……と?」

 意味不明の言葉。アーチャーすらも虚を付かれ……

 

 「夢幻召喚(インストール)!」

 突如彼の背中に現れた不可思議な形状の翼……槍のように伸ばされたそれが、戒人さんの腹に突き刺さっていた

 

 「……けふっ」

 戒人さんの唇の端から、一筋の朱が垂れる

 ……血

 「戒人さん!」

 『……何を、やってるんだよ!』

 アーチャーの荒れる心のままに吹き上がる暴風に煽られ、ザイフリートの体が宙に浮く

 だが、それをも良しとして、彼は空で翼から魔力を噴かし、尚も戒人さんを狙う!

 『させると、思ってか!』

 アーチャーが剣を掴み、そのまま彼の頭を蹴り降ろした

 下方向へのベクトルには為す術もなく、彼が地面に叩き付けられる

 

 『んで、頭は冷えたかよ』

 アーチャーが低空から問い掛ける

 「そちらこそ、狂気は消えたか?」

 けれども、相手は引かない。どこまでも、戒人さんを逃す気はないようだ

 

 「本当に、どうしてなの?」

 「……もう手遅れだ。意味はない

 けれども、これ以上を防ぐことは出来る」

 「だから、俺が死んでるってのも合わせてどういう意味なんだよ!分かりにくいぞ雄輝!」

 

 「じゃあ、一つ聞こうか」

 ゆっくりと、彼は立ち上がる

 傷だらけの目に、何時しか偽物と同じように光が集まっている。けれども、アレとは違う、青い何かが、その瞳の奥にはある気がした

 「……お前は、神巫戒人か?」

 

 『は?何だその質問』

 「神巫戒人に決まってるだろ、お前も雄輝なら、分かってくれるだろ?」

 静かに、彼は首を振る

 横に

 

 「分かるものか。お前が、戒人であるものか」

 あの瞳が、強く輝く。全てを見通すような、恐ろしくも鋭い眼

 「……かー、くん?」

 「貴様が神巫戒人本人だというならば、何故貴様は……

 

 ()()()()()()()()()()()()()!」

 

 「………………えっ?」

 意味が、分からなかった

 降霊?戒人さんを?どういう事?まるで意味が通らない

 そんなの、有り得る訳がない

 

 「なあ、バカな事を言うなよ雄輝。俺は何とかかんとかあそこから逃」

 「降霊(アドベント)始動(コネクション)

 

 げてきてよ、奇跡的に紫乃ちゃんと……」

 可笑しい。そんなの嘘

 だから、突然、あまりにも自然に、戒人さんとして話しているのが戒人さんからザイフリートに変わるなんて有り得ない

 

 「あれ?何で突然目の前に俺の姿が……?」

 突然、ザイフリートの体で、戒人さんらしき人が呆ける

 けれども、有り得ない有り得ない

 

 だって、降霊魔術で降ろせる魂は、死人(・・)のものだけなんだから

 降霊出来るとしたら、当に戒人さんは死んでいた事になる

 そんなの……そんなのって、無いよ

 「あれ?俺は……でも、あの時、あの場……しょ……で……」

 

 「あ、ああああああっ!!」

 突然、戒人さんが今の体で胸を掻きむしり……

 

 「……そうだ。これが、理不尽な死だ」

 ふっ、とザイフリートに戻る

 「で、何か弁明はあるか、吸血鬼」

 

 「は、はは、ははは!

 ふははははははははは!

 

 ……遅せえよ」

 その声は、戒人さんの声帯を震わせて、どこまでも残酷な真実を告げるように虚空に響いた




明日更新と言ったなアレは嘘だ

剣豪で暫くエタります。エターナる14日


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七日目ー狂乱の萌芽

その瞬間

 「アーチャー、紫乃を……!」

 神巫戒人の姿が、貫かれた腹から、あの日アルベール神父に射抜かれた腕から、そして……当の昔に、心音を誤魔化す以外の意味を喪っていた、バーサーカーによって壊されていた心臓から、噴出した血によって変貌した

 その姿は、あまり変わらない。当然だ。吸血鬼とは、人より産まれる人に近しい姿の夜の怪物なのだから

 顔は、血の気が引き瞳が完全に赤く染まった以外は完全に元の戒人のまま。髪の色すら、ストレスからか白髪になった俺と違いそのままの黒髪。大きく変わったのはただ、装束だけだ

 纏う衣が、俺の偽物と同じく、血そのもののマントを羽織ったものへと変わる

 

 「……漸く気が付いたのかよ。愚図共がよ」

 (あざけ)るように、嘲笑(あざわら)うように……神巫戒人という、どこまでも真っ直ぐで、正義の味方(ヒーロー)に憧れていた少年では、絶対に浮かべることの無い外道の表情で、吸血鬼は告げた

 

 「……嘘、だよね……?」

 ぼんやりと、現状を理解していない、いや理解したくないといった感じで、紫乃が視線を吸血鬼に向ける

 ああ、分かるとも。それはそうだろう。神巫雄輝という心の支えを喪って、更にはその従弟までもが死んでいた?その上、その従弟の遺骸と魂を侮辱して、敵が彼に成り済ましていた……

 そんな現実、紫乃の立場なら俺だって認めたくなど無い、脳が理解を拒否しても仕方がない

 

 『……これが、あなたが見せたかったものなのかな?アサシン?』

 俺の背後で、ミラがアサシンにそう問い掛けているのを、俺は何処か遠くで聞いていた

 俺が今此処に居る理由は簡単だ

 神巫戒人と行動している、ただ、その一言が、どうしようもなく引っ掛かったから、ただそれだけの理由で、俺は電話を切り、そのままその足で、紫乃達が来るであろう教会へ向かった。ミラの説得は、出来ると頷いたアサシンに任せて

 

 そうして、見付けた。俺の外道(どうるい)を。神巫戒人の魂を僅かに弄くり回して降霊し、神巫戒人のフリをした、どうしようもない外道を

 ……こんなものが、本当に世界を救うために必要なのか、揺るぎなき正義(ヴァルトシュタイン)。間違っているはずがない、あの終焉を止めなければならない、それを誰より知りつつも、それでもその心を振りきれない

 何て……弱い。自分で自分に反吐が出る。お前()は最早神巫雄輝ではないというのに、その知り合いがこうなっただけで、何を怒りに呑み込まれている

 そんな権利……紫乃達に同じ思いを味あわせた俺が、最初から持っている訳がないだろう!

 

 「……うだうだと喋るな、下郎」

 「ははっ!そんなツレナイ事を言うなよな、兄弟(はらから)よぉ」

 「黙れ。俺は確かに貴様の同類の悪魔だ。貴様と同じく、人の体を弄ぶ下郎だとも。魔術師の体故か自我を持ったらしい貴様と何も変わらない

 だが、貴様は気に入らない。よって、此処で死ね」

 それが、俺のせいで死んだ、神巫戒人の最期の願いを……少しでも叶える事だから

 …………いや、違う。そんな大義名分等嘘っぱちだ。そんなもの、紫乃みたいな無辜の誰か(個人の正義)が泣きながら掲げるか、それともその誰かを助ける者(正義の味方)かに任せておけば良い。少なくとも(あく)には相応しくない

 

 「全部、嘘……だったの?」

 「嘘じゃないさ、あの間抜けな餌は、本気で自分があそこで逃げ切れて、お前にあって救われたって……そんな阿呆な勘違いをしたままに、よーく働いてくれたとも

 全てが、死んでいる記憶を消されての、人形劇だってことにすら、気付かずによぉ!

 滑稽過ぎて、笑いを堪えるだけでもギリギリすぎるってものさぁ」

 さも愉しそうに、くつくつと吸血鬼は含み笑う

 神巫戒人の声で。神巫戒人に酷似した顔で。その想いを、苦悩を、嘆きを……踏みにじる

 『…………下郎が』

 アーチャーが棒を吸血鬼へと突き付けながら吐き捨てる

 ああ当然だ。アーチャーは紫乃(正義)の味方。あんなものを許す気はさらさら無いはずだ。それは俺に対しても……なのだろうが、紫乃がそれを望まないでいてくれる事で、何とかなっているだろう

 

 ……だが、アーチャーは行動に移さない。あくまでも突き付けるままに止まっている

 理由は簡単だ。話を聞ききっていないから。全てを聞き出し終わったその時、アーチャーは問答無用であの吸血鬼を消し飛ばすだろう

 

 「……つまり、戒人さんは……」

 「ああ、あれは間違いなく神巫戒人の意志だった。それだけは、嘘じゃない

 ……例え、全てがその後ろで嘲笑う吸血鬼によって、最も大切な事を忘れさせられた結果だとしても」

 ……そう、嘘じゃない。例えもう手遅れでも、どうしようもなくとも、それでも……

 嘘なんかじゃない

 

 だから、俺は……

 『そして、その戒人の魂は……』

 「実に、不味かったとも。下らん味だ

 やはり、啜るのは絶望に満ちた少女のものに限る」

 「もう、何処にも居ない」

 目の前で、完全に喰われた。だから俺に戻ったのだ。どうしようもない。魂の物質化(第三魔法)を手にしたとして、喰われて魂そのものが消えてしまった相手をどうするというのだろうか

 ああ、だから……止まるものか、止まれるものか

 そうだろうザイフリート・ヴァルトシュタイン。貴様は……大切だった多守紫乃も神巫戒人も既に完全に死んだ世界で、あんな慟哭を抱いて、それでも強く、毅然と!神巫雄輝に生きていけと言うのか

 ……少なくとも、俺は言えない

 

 『そう。それが、貴方達の結論なんだ、ヴァルトシュタイン』

 俺の後ろで、静かに見守っていたミラが、そう冷たく言葉を発する

 『目的は正しいかもしれない。多くのために、少数を犠牲にするのも普通かもしれない

 けれど、軽蔑するよ』

 その言葉に、満足げにアサシンが頷いた

 ……行けると言っていたのは、この事か

 僅かに納得し、意識を戻す

 

 「それにしても非道い、酷いなぁ

 ……彼が倒れるまでずっと見ていたなんて」

 嘲るように、吟うように、吸血鬼は話を続ける

 「……黙れ。出ていくタイミングを逃しただけだ」

 一目見た時点で、真実に気が付いた。既に手遅れだという事も

 だから、即座に出ていこうとし……、そして、突然の襲来に、時期を逸した。アーチャーが負けるわけもない。恐らくは神巫戒人への疑いを更に晴らすための、そして俺への疑念を植え付ける為のヴァルトシュタインの刺客、どのようなものか確認したかったのもある

 「それが、非道いなぁ……

 助けてくれても良かったじゃないか、兄弟」

 「知るか」

 

 『ああ、もう良いわ。気分が悪い』

 アーチャーが、キレ気味に如意棒を振り下ろし……

 「遅せえって言ったじゃないか

 ……殺して良いのかい?」

 血のマントを打ち砕き、されども止まる

 『……な、に?』

 「アー……チャー、」

 ふと、紫乃が左の手を伸ばす

 夢遊病者のように、ふらふら、と

 『てめえ、まさか……』

 

 「血を啜れば如何な阿呆でも気が付くだろう

 されど、不安で握った手、その爪が当たる事など誰が気にするだろう

 

 ああ、ああ、有り難う、実に有り難う。感謝してもしきれないとも

 君の下らない心が、この今を産み出した。誰だったかな……まあ、知る必要もない君よ。君のその何も知らぬが故の間抜けは、じつに助かったよ」

 『マスタァァッ!』

 「アーチャー、私……どう、なっ、て……」

 ぼんやりと、此方を見ている目は既に俺のように、或いは神巫戒人だと(うそぶ)いた吸血鬼のように、本来のハシバミ色を喪って紅く染まり……

 『ったくよぉっ!

 令呪でオレの力をマスターに適用した事にしたんだろうがよ、聖杯ぃっ!忘れてねぇぞ、あの辻褄合わせ

 ならばそれは終わっちゃいねぇ。だからよ、全部……全部、全部だ!

 マスターの背負ってるふざけたモン、まるごと全部、寄越しやがれぇぇぇぇっ!!』

 その瞬間、その左手に刻まれた令呪が、紅く光輝いた

 

 「……アーチャー!?何を」

 その声は、その言葉を発した時の目は、ハシバミ色に戻っており……

 「はは!そうだ、そうだとも

 これは、お前の為だけの陥穽。貴様だけが掛かる呪い

 忠実に過ぎる、規格外にも程がある」

 「……どう、いう」

 事態に付いていけず、紫乃の声が響く

 「だから、だから、だからこそ!貴様だけは、見捨てるべきマスターの中に渦巻く、致死量を遥かに越えた王の力(吸血鬼化)を、肩代わりする

 ……俺達の勝ち(チェックメイト)だぁ、アーチャー」

 さも嬉しそうに、吸血鬼は笑う

 

 「……何時か、俺はゼロに消えるだろう」

 「んン?何が言いたい、兄弟?」

 「きっとその時、俺は泣き叫ぶだろう。消えたくないと、もっと幸福でいたい、と

 その時、存分に地獄で俺を嘲笑え」

 ……降霊(フル)夢幻召喚(インストール)

 

 「だから、地獄で待ってろ、吸血鬼ィッ!」

 魔力を全開、フルストットル。全ての力を注ぎ込んで、翼を噴かせ……

 『止め、ろ……』

 アーチャーに、止められる

 その瞳は紅く染まり、それでも、自我を保ち、俺の……そして同じく飛び出しかけたミラの前に立ちはだかる

 『マスターを、殺す……気か』

 「……手遅れだ、発症した以上斬る」

 ……斬っていれば良かったのだ。甘すぎた俺が、手遅れ手遅れ言いつつも、万が一まだ吸血鬼の血が注がれていなければという希望にすがり、事態を悪化させただけ

 有り得ないだろうと、解っていた筈なのに

 『たく、よぉ……

 オレがこんなもので、終わると思ってるのかよ』

 「……悪いが、有り得ると思っている」

 ブースト。翼を噴かせ、上空へ。そのままアーチャーの上を駆け抜け……

 

 「酷すぎるなぁ、君の恋人だろう?」

 左手の鉤爪を止める

 何時しか、かの吸血鬼の腕の中には、紫乃が居て……

 「アーチャー、かーくん!」

 「殺さないさ。君は大切な……人質だから、ね」

 『……オレが、カタを付ける

 だから……止まってくれ、ルーラー』

 突然の夜闇に紛れ、吸血鬼の姿は、姫抱きした紫乃と共に消えた



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七日目ー失われる切り札

『……情けないよ』

 掌に僅かに血を滲ませて、ミラがそう、ぽつりと溢す

 『反省もなくあれだけの事をされて、それにすら気が付かないなんて

 降霊魔術は肉体依存の魔術、フリットくんだって今の状態で使えるんだし。その事に、もっと早くに気が付いていれば……

 啓示まであったのに、ホント、情けないなぁ』

 「そんなことはないだろう」

 だから、そんなミラの独り言に、俺はそう返す

 

 当たり前だ。分かるわけがない

 俺とて、降霊魔術を使えなければ、見分けることなんて出来なかっただろうから

 そもそも、俺という一応の成功例があった。神巫戒人が同じく切り札となるかもしれない成功例(人造サーヴァント)の素材として狙われる可能性も、確かに十二分にあった。彼も同じく、降霊魔術を扱うのだから。そして、恐らくはフェイに聞けば、さりげなく教えてくれただろう。というか、流石に直接言う事は許可されていない為、俺が携帯があれば紫乃に連絡出来る事、結果この可笑しさに気が付くことを期待して携帯を渡したのかもしれないとすら思える

 何より……俺という実例が示している。ヴァルトシュタインという正義は、多少の犠牲は良しとする事を。勝利、そして未来の救済をなす礎としてならば、これくらいやりかねないと……俺は知っていたはずなのだ。だのに!なのに、気が付かず、みすみす吸血鬼に時間を与えた

 だから、これは俺のミス。気が付けた、完全に手遅れになる前に動けたはずの……俺の失態

 

 『……フリットくん』

 ふと、ミラが顔をあげる

 『ちょっと、雰囲気変わったね』

 そして、きょとん、とした表情で呟いた

 「変わった?」

 俺は俺だ。何も変わらない。変わったねと、拳を振るいに来ないのは有り難いが

 『うん。外見はそんななのに、不思議とビーストから離れてる気がする。封印でもされない限り、殺すしか無いって思ったけど……どうしたの?』

 「ああ、それは……」

 納得する。そういえば、レベルの話でしかないから忘れていた。必要ならば纏えば良い、セーフティー的に確認こそあれども、発動に制限など掛かっていない。だから、気にも止めていなかったが、確かにあの日との差異はあった

 「解除」

 ふっ、と自分の体から力が抜ける感覚。光で補われていた右目の視界が、そして左腕が消失し、僅かな喪失感がある。だが、問題ない

 一瞬の後、俺の手には一枚の金色のカードが存在していた

 「フェイ……ああ、ヴァルトシュタインのメイドで俺に不思議と良くしてくれる人造サーヴァントの事な、と後はその下のキャスター擬き達による功績って所か」

 マーリンらしきあの腐れ魔術師の事は言わない。言っても恐らく意味がないから。それに、ミラが俺を特別に気に入ってるとかいうあの戯言を思い出したくない

 『……それは?』

 ミラが小さく首をかしげる

 それは、何処かあの……単なる教会の少女として、過剰なまでの日常の幸福を感じさせるように接していてくれたあの日々を思い出させて……

 「クラスカード。俺のサーヴァント擬きとしての力を封印制御する鍵、みたいなものだ」

 その想いを振り払うように、弱さに抗うように少しだけ声を荒げて続ける

 コートのポケットに右手を突っ込み、中指と薬指の間に、もう一枚を挟んで取り出す

 「当然ながら封印された以上、あの時よりは弱くなるだろう。解放しなければ、力を振るえないから」

 『……そう、なんだ』

 ミラは動かない

 「唯一の救いは……

 二度とこの紅のカードを……クラスカード ビーストⅡを夢幻召喚(インストール)しなければ、二度とあの日の俺に戻らなければ、ミラが俺を殺さないでいてくれるかもしれない。その希望だけだ」

 心を確かめるように、ミラを見据えて、そう静かに告げる

 

 『……うん、そうだね』

 少しして、ミラはゆっくりと頷いた

 『わたしがキミを殺さなきゃいけないのは、キミが生きている限り、ビーストⅡは必ず世界を原初に還す為に現れるから。それだけは、止めなきゃいけないから

 だから、明日の涙を流させない為に、消えて貰うしかない』

 強い声音で語り、ミラは微笑する

 『けど、フリットくんがそうならないなら……獣に成り果てられないなら……

 うん、最悪わたしが、サーヴァント8騎目が居るとか、そういった所は何とかするよ』

 「何とかなるものなのか……」

 8騎目を生めば聖杯戦争が成り立たないから、と殺しに来られた事もあった気がするのだが

 『まさかビースト案件とは思ってなかったけど、とても嫌な予感があったからね

 その悪寒が何なのか分かって、それが止められるなら……うん、何となかるよ

 だって、フリットくんが8騎目として居るから、6騎で起動する聖杯はサーヴァントが複数居る時に起動する可能性があるんだから……フリットくんを死なせなきゃ良いだけ、だからね』

 「そんな理屈か」

 『ちょっぴりズルはするけどね

 サンタさんを舐めちゃいけないのです』

 少しだけ悪戯っぽく、さも名案というように、少女はそう笑った

 『だから、渡してくれるかな?そのカード』

 一瞬、躊躇う

 躊躇う意味は、実は殆ど無い。あのカードはあくまでも鍵、触媒でしかない。最悪……全力でやれば、封印を壊せずとも、鍵を呼び寄せるだけならば、不可能ではないのだ。例えミラに渡そうとも、少し時間こそ掛かるものの……取り戻せる。後は、また敵対せざるを得なくなったとして、その隙が致命的になるかどうか

 ……だが、まあ、悩む意味も時間もほぼ無い

 「紅いカードだけだ、それで良いな」

 金のカード、セイバーすらも渡せと言われたら、流石に拒否する。それは、俺に降りろと言っているのとほぼ同義語だから。セイバー、そしてアサシン、彼女等が力を貸し続けてくれたとしても、まだ怪しい。戦力は多い方が良い。特に、マスターを容赦なく狙うだろうヴァルトシュタイン相手には

 『本当は、全部渡して、後はわたしに任せてくれないかなー、なんて思うけどね』

 少しだけ遠い目をして、ミラは頷き、左手を出す

 『けど、それで止まるフリットくんなら、あんな目はしてないしね

 紅いカード、ビーストⅡ、元凶に成り得るそれさえ渡してくれたら良いよ』

 握手のように手を交わす。指の隙間から、カードがするりと抜けていくのが分かる

 一瞬後、ミラの手に、あの紅いカードはあった

 

 『……不思議なものだね、これ』

 「……フェイの下に居るホムンクルスは、初期型らしくてな。喋らないし、意思も明確にあるかというと無いようだが……妙に有能なんだ」

 最近はあまり会わない二人のキャスターを目指したホムンクルスを思い返しながら、そう言う

 一人は、銀髪のイケメン。ホムンクルスであり、声をほぼ発せず、良く得体の知れない笑みを浮かべている。声をしっかりと発して、まともに人格があればモテモテになれそうな存在であり、召喚魔術を扱うキャスターを目指した人造サーヴァントだった

 もう一人は、ピンクい髪の少女。日本だからと呪術を扱う存在を目指した……らしい。銀髪イケメンと比べて、あまり近寄ることが無かったけれども

 『それでも、こんなこと……普通じゃないよ』

 「まあ、電波通したらしいしな……

 フェイがある程度使えるからまだマシだが」

 『注意点とか、あるのかな?』

 わたしがビーストになっちゃうとかあったら、洒落にならないしね、とミラは問い掛けてくる

 「あくまでも俺と繋がった鍵だから俺から離れすぎると、俺の所に戻る……らしい」

 『うんうん、つまり、あんまりフリットくんから離れなきゃ良いんだね?楽勝だよ』

 「……そうだな」

 何時か自分を殺すかもしれない相手が近くに居る。少し、怖い話だ

 だが、今更だな、と苦笑する。そんな事を言えば、アサシンだってそうなのだから

 

 『それで、これからフリットくんは?』

 ミラに問われ、辺りを見回す

 

 セイバーは居ない。アルベール神父は……今は口を挟まずに状況を見ている。アサシンも同じ。アーチャーは、既に行動を開始した

 「探すさ、奴を」

 『森に逃げたって線はないのかな?』

 「無い。同様に殺されてる線も無い

 奴と紫乃は、必ずこの伊渡間の何処かに居る」

 『そうだね。あの森じゃ、流石にパス切れちゃうか

 そうなれば、アーチャーを止める者は誰も居なくなっちゃうからね』

 そう、だから、有り得ない

 森に逃げれば、結界に入ればパスが切れる。契約は切れずとも、吸血鬼化を自分に転換して抑えているアーチャーとの繋がりが切れれば、間違いなく紫乃は一瞬で吸血鬼に堕ちるだろう。救いようもない

 ……そして、吸血鬼化の衝動に苛まれる状態から解放されたアーチャーが……そうなった時、ヴァルトシュタインを赦すだろうか

 答えは、言うまでもない

 

 つまりだ、チェックメイトいうのは大嘘

 奴は、アーチャーが完全に吸血鬼化するまで、この伊渡間でかくれんぼしなければならない。チェックではあるかもしれないが、詰んではいない

 

 「ああ、だから終わってなどいない」

 紫乃に、こんな苦しみを味合わせない事はもう無理だ。手遅れだった

 けれども、全部が終わってはいない

 『うん。そうだね……。よし、じゃあ』

 そう、ミラは言いかけて

 『うん、疲れると注意力も落ちるし、まずはお弁当作らないとね』

 そんな、少しだけ呑気な事を言って、教会へと戻っていった



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七日目断章 メイド少女と呪術師

『……おやおや、何を見ているのですか?』

 そう、柔らかな男性の声音で、ワタシは声を掛けられた

 『テレビ、ですよ。アナタ方が電波を通してくれた……ね

 ああ、その件に関してはお疲れ様です、C001(キャスター001)C002(キャスター002)

 ワタシは、建前として、そう礼を言う。テレビはワタシの我が儘の一つ、自分も設置には関わったのですが

 『それにしては、上の空な気もしますねぇ……』

 もう一つの気配が、少女の声でそう告げた

 

 『ええ、その通りですよ、C002』

 今さら誤魔化しても仕方がない。共に電波を通した彼等ばかりは、騙せない。なので、あっさりとワタシは肯定する

 『今は特に面白い番組なんてやってません。ニュースも飽きずに同じ話題を繰り返しているだけですしね』

 『そもそも、そのテレビ自体、無駄甚だしいですよねぇ』

 『外を知りたいだけ、であるならば

 ザイフリートを通して見れば、それで良い。その機能は、血色の光に壊されてはいない。そうでは無いですか』

 『ええ、そうです。アナタ方も見れるでしょう?あの体内の使い魔を通した遠見に接続する術、現当主達には無くとも、アナタ方にならあるはずです』

 まあ、彼自身も、そして現当主すらも、未だあの視覚共有が生きている事、ワタシが接続できること等は知らないと思うけれども

 やはり、ワタシは肯定する

 

 そう。テレビなんて……彼に携帯を返す方便。彼にそのツールの存在を思い出させるために、連絡手段を確保する為に、次いでとして用意したまでのこと

 順番が逆。テレビを繋いだから、おまけとして携帯の電波を通したのではない。携帯を繋げる際に、怪しさを誤魔化すためにテレビを繋ぐという名分を振りかざしただけ。例え彼の行動は全て見えていても、離れていては言葉を交わせないのだから

 

 『それにしても、最近は良く喋りますね。バーサーカーの影響でも受けましたか?』

 バーサーカーに血を吸われたものは吸血鬼になる。吸血鬼化は決して利点ばかりではないが、ホムンクルスの性能は当然ながら上がる。その結果として、まともな言語機能を有せなかったはずのホムンクルス達の中にも、普通に言葉を発する者たちが生まれた。あの日、彼がランサーと邂逅した日、彼を責め立てたのはそういったホムンクルス達だ。サーヴァントに近い性能を発揮する為に、人を模したものとしては壊れてしまった彼等が、吸血鬼として寧ろ元々より人に近付いたもの。此処に居る、初期型とされるキャスター達に、それが当てはまるかは兎も角として

 『ええ。受けましたとも、仮主(フェイ)

 くつくつと、男の声が笑う

 『ええ、そうですか。彼が居るときはほぼ喋らなかったのに、どんな変化かと思いました

 別に、割と失敗作に近いとされる他のホムンクルス達とは違い、言語機能が破壊されていた訳でも無いでしょう?言霊を扱う呪術師を目指したとされているのですから、言語機能が無ければ意味もないですし』

 振り向かず、ワタシは笑う

 あまり、見たくはない。腰まであろうかという長い銀髪を首の辺りで纏めた、狐の耳を頭頂に生やした、中性的なイケメン男性の姿など

 全く、誰特なんでしょう。狐の耳はアルトリアのような美少女に付いているのに限るというのに。いや、けれどと……彼は、アレをカッコいいと言っていた気がする。「日本の呪術師、だから狐の耳か。確かに狐は妖術を使うとされるし、一部呪術師は狐の血を引くともされる。間違ってはいないのか。どうせなら、俺にも竜の羽根と尾でも付けてくれれば……って、それは彼の体に失礼すぎるな」とも

 『彼の前で話せば、面倒事になりますので』

 『話せる程の自我を持つのが三人も居るとなれば、依存度は下がりますしねぇ……』

 『誰が依存度等考えると言うのですか、C002』

 思わず、ワタシは振り向く。少女の声の方に

 

 其処に居るのは、やっぱり悪戯っぽく笑う、もう一人の狐耳。ヴァルトシュタインの人工サーヴァントを目指して作られたホムンクルスシリーズ、その原点ともされるキャスターの一桁ナンバー、C002……淫乱そうなピンクい髪を二つに纏めた少女

 『勿論貴女サマですとも、仮主(フェイ)サマ』

 全く敬う気持ちの無い敬称で、少女の方は告げた

 『勝手な事を言いますね』

 少しだけ憮然とワタシは返す

 『いえいえ、気に入った殿方の全てが欲しい、なんて良くある願望。(わたくし)にも覚えがあります

 こう、邪魔者は呪術で、お腹をくいっと。これであら不思議移り気を狙う泥棒猫は厠に籠りがち』

 『下衆いですね、本当に』

 『いえいえ、これも皆を思っての事、溜め込むとか、やっぱり健康に良くないですしぃ?

 ですがさっぱりして出てきた時には後の祭り、既に寵愛は決まって……あ痛ぁっ!?』

 突然、少女が頭を抑える。銀髪の青年の方に頭を(はた)かれたのだ

 『全く、失敗した作戦を自慢気に語るものではありませんよ、002。馬鹿に見えます』

 だが、そこで止まらず、青年は少しだけ悪い笑みを浮かべて続けた

 『ああ、失礼。馬鹿ですらなく、大馬鹿でしたね、この狐は』

 『見ました!?聞きましたよね仮主(フェイ)サマ

 暫く気がつかなかった上に気が付くなり嬉々として邪魔しに来た陰険暗黒超!大馬鹿野郎が何か負け惜しみ言ってます、見苦しいですねぇ』

 耳をぴこぴこと動かしながら、桃色の少女が反撃する

 割と、この言い合いはどうでも良い。けれども、放置すれば依存だ何だと面倒な話題が流れる事になるので止めず、ワタシは見守る

 

 『おや、(オレ)が疑っている事すら気が付かず、騙せたと良い気になって手を広げて尻尾を出したのは、さて、誰だったでしょう』

 『一度勝ったからって良い気になるな、です!』

 『二勝零敗、ですよ』

 『一度逃げ帰って母の力を借りた者が良く言うですよーだ!

 ご主人様の想いがああでなければ、抵抗して尚も勝ってやったものを……』

 『勝利は最後に決められるもの

 狐鍋にしてあげましょうか?』

 『自分も狐のくせに良く言うです。狐だ、退治すべきと言われたあの日の怨み、今度こそ狐鍋に仕返して晴らしてやっても良いのですっ!』

 二人の狐耳が、互いに呪符を構える

 

 『(オレ)は護国の狐、貴女は傾国の狐、扱いには差があって当然でしょう』

 『護国護国と、そんなだからご主人様の真意を取り違えて馬鹿晒すこともあるんですよーだ!

 それで護国の狐?(わたくし)の方がまだ相応しいと思いません?思いますよね、仮主(フェイ)サマ!?』

 『それでは、主君が乱心した時は、その意を汲んで国を滅ぼす、と?とんでもない厄狐、これが護国など、人理の終焉、末法にも程がありますね』

 『主君じゃなくて夫ですぅーっ!』

 二人の狐耳がワタシに詰め寄る

 

 『どうでも良いです』

 けれども、ワタシは切り捨てる。割と本気でどうでも良い

 『それにしても、目指したとされている呪術師に完全になりきってますよ』

 その指摘に、二人ははっ、と止まる

 

 『これは失礼。完全にかの呪術師になりきって演技してしまいました』

 『ちょっと、なりきりが過ぎましたねぇ……』

 二人とも、呪術を収める。呪術には、そこらの魔術師よりは強い、程度の力しかないとされているけれども

 

 『はあ、彼が居た頃は、静かで良かったです』

 ワタシのその言葉に、少女の方の狐耳がぴくっとした

 

 『ああ、あの陰険のせいですっかり忘れていました、仮主(フェイ)サマ。依存させたいのかどうか、しっかりとした答えを聞いていませんでしたねぇ……』

 にんまりと、人の悪い……所謂恋愛話をする時の目で、淫乱ピンクい狐が近寄ってくる

 『何度も言ったはずです

 彼はワタシのもの。それが一番だと』

 その想いは、何時であろうが変わらない。あんな存在(ビースト)、手放せる訳がありません

 恐ろしいという思いはある。回帰の獣、ビーストⅡへと成り果てるあの道を、進んで欲しくない思いも、無いと言えば嘘になる

 けれども、あの瞳を……記憶にあるアルトリア・ペンドラゴンに良く似たあのある種の悲壮感を湛えた決意の眼を、美しく思ったのは確かで

 

 『いやー、恋は怖いですねぇ……

 貴女みたいな核地雷、(わたくし)ならば正直言って御免なのですが』

 『核地雷狐が、良く言うものですね』

 くつくつと、青年の方(C001)がそう含み笑う

 

 『恋?バカを言わないでください』

 そう、ワタシの記憶にあの思い出がある限り、彼を愛するなんて有り得ない

 『ワタシが愛するのは、アルトリア・ペンドラゴンだけです』

 だからきっぱりと、ワタシはそう告げる

 

 『愛と恋は違うのです、仮主(フェイ)サマ

 愛は沸き上がり貫くもの。されど恋は落ちるもの、自分で愛は制御できても、恋は抑えることなど出来ない』

 得意気に、ピンクい狐はそう語った

 『成程、それで?』

 『それはもう、貴女がかの騎士王を模したとされる程縁深い貴女として成立した時点で、愛するのはかの騎士王だけなのかもしれません

 けど、そんなのより今落ちた恋に生きた方が楽しいに決まってます』

 

 『仮主(フェイ)、貴女にも覚えがあるのではありませんか』

 やはり人の悪い笑みを浮かべて、銀髪の狐が会話に割り込んだ

 『例えば、そう

 ある程度であれば、かの裁定者の動きに予想が付くのでは?』

 『それが何か?』

 当然、裁定者なんて化け物、出会いたくない

 けれども、彼に干渉してきている以上、対策は考えなければならない

 

 その一環が、クラスカードの作成だったりする。眼前の二人にも手伝ってもらったそのカードは、実際のところはあまり意味はないのだけれども。どうせ殺さないで良い理由を探してる裁定者は引っ掛かってくれる

 『ええ、それがとても重要な事です

 (オレ)にも、そこの駄狐にも、きっと分からない。どうして、クラスカードなんて誤魔化しにすらならないもので、あの裁定者は彼を見逃すなんて確信したのでしょう』

 『……甘いじゃないですか、あの裁定者。だから、きっと気休めの鍵でしかなくても、カードを差し出せば大人しくなる、そう思っただけです』

 『まあ、恋する乙女の心情なんて、恋する乙女にしか分かりませんしぃ?恋愛に縁の無い陰険には、分かりませんよねぇ』

 『……おや。それなりに、誘いを受けてくれる人は多かったのですが』

 勝ち誇った声音で、伝説の呪術師を目指した銀髪のホムンクルスとされる男は言った

 『顔か!結局女は顔に靡くのか!』

 愕然と、ピンク髪の少女が固まる

 『こんなイケてない魂に大切な体を許すとは……およよ』

 『あの、また漫才するならば、外でやってください』

 そんなじゃれあう二人を見て、冷たく、ワタシは言い放った

 

 『誰が漫才師ですかっ!この暗黒陰険と漫才やるくらいなら、一人で芸人やってた方がマシですぅっ!』

 くわっ!と、呪術師の為の和服……という訳でもなく普通の洋服の袖を掴み、ピンクの少女がワタシに詰め寄る

 『それで、仮主(フェイ)サマ。結局無意味だ何だ言ってましたが、あのクラスカードって何なんです?』

 『おやおや、自分で製作に荷担しておいて知らないのですか?』

 『あんたも知らねーでしょうが』

 『ええ、知りませんね。ですが、当たりは付きます。そこの色ボケ狐と違って有能なので、ね』

 『いえいえ、(わたくし)だって分かります、分かりますとも

 力を封じた鍵。確かにそうですねぇアレ。あんな気休めで納得してくれる裁定者が分かりませんが。他のサーヴァントの力を封じたものなら兎も角、元々自分から切り離されたものなんて、本気で呼べば来るじゃないですか。元来自分のなんですから、掛けた鍵を開けられねー訳ねーです。そんなものでしょう?

 ……あの黒いカード以外は』

 ぼそり、とピンクの少女が付け加えた

 

 『ああ、あの黒いカードですか?

 今は意味を持ちません。彼には、自分自身のカード、即ちブランクカードだと説明しました』

 『違うんでしょう?』

 人の悪い笑みで、呪術師達が問う

 『ええ。違いますね。今は何の意味も無いブランクカードというのは本当ですが

 少し考えれば分かることです。彼は回帰の獣(ビーストⅡ)になりかけた存在である。彼がそうである事を前提として、獣を止めるためにあの裁定者(サンタクロース)なんぞが喚ばれたわけです』

 一息、置く

 『ならば、彼自身を示すカードこそが、赤いクラスカード、ビーストⅡであるはずです。決して黒いカードじゃありません』

 『つまり、ぱっと見一番ヤバイのは赤だけど、実は黒が最も危険、と?眼に見えるビーストが実質囮だなんて、酷い詐欺ですねぇ……。クーリングオフ効きます?』

 『正確には、彼に手を貸しているかの化け物、黒いカードが目覚めた場合、ですけどね

 彼女は未だ、ソラの未明、虚数領域で眠っていますから

 後、今更返品交換は受け付けてませんよ、002』

 だから、ブランク。真に目覚めてはいない、虚のカード。今使っても何の意味も無い。けれども、それが解放された時、彼は本物のビーストⅡとして収束するだろう。まっ、あのルーラーはそんな事を知らず、赤いクラスカードを手にして一安心してるでしょうが

 ワタシだって、その事を知っていなければ、赤いクラスカード(ビーストⅡ)さえなければ彼は獣に成り果てないと思うでしょうし。世界は素晴らしい。幸福は堕落する程に心地良い。彼がそう思っていることを知っているから、きっと止まってくれると楽天的に考える

 

 『……やはり、貴女は屑だ、仮主(フェイ)

 静かに、銀髪の男が告げる。けれども、其処に軽蔑の意は無い

 『何ですか、屑三人衆、通称三馬鹿にでもなりたいんですか?』

 『おや、二馬鹿では?』

 『馬鹿はそこの陰険だけですよーだ!』

 『はいはい』

 軽く二人を宥めようとした所で、携帯が鳴った

 正規に契約したものではない携帯電話。そこで同僚漫才やってる、人工サーヴァント計画の初期の初期にして其処(そこ)らの魔術師よりは強く計画の続行を決めさせた……となっている二人が調整した、回線を弄くったもの

 

 急いでいたのか、言いたいことだけ言って電話は直ぐに切れる。そのうちかけ直しましょう

 『ということで、御仕事です』

 『はい、何でしょう、仮主(フェイ)

 分かっている、用があるのはそこの淫乱ピンクでなく自分だろう?とばかりに少しだけ自慢げに、銀髪が微笑み、手を上げる。その手には、小さな紙人形が挟まれていた

 

 『ええ、そうですね。貴方の式でもって、アーチャーのマスターの捜索に手を貸してほしいそうですよ』

 『今使っている式神……そこらの犬に負ける程度の犬型ですしねぇ……

 多用途に対応出来る(わたくし)捜索にしか役に立ちませんよねぇ、やっぱり』

 『おや、実力を出せば狐退治の猟犬の式ならば喚べますが

 まあ、良いでしょう。仮主(フェイ)の願いを叶えるのが、今の(オレ)の役割ですので

 それにしても、借りるのは弱い式のみで、(オレ)達には頼まないとは、あんな精神の割に謙虚な事です』

 笑いながら、銀髪の男が軽く手に挟んだ紙を振る

 それだけで、紙人形は小型の犬の姿へと変わり、窓をすり抜けると森へと走り去っていった



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七日目ー月を喰らう獣

おまけののような断章がこの話の直前に増えています。更新されてるから来たのに最新話変わってねーじゃん、という人は直前の断章を読んでください


『……どうだった?』

 夕暮れの中、ミラが問う

 答えは、分かっているだろうに

 

 「……駄目だ。見付からない」

 そう、俺は首を振った

 不思議と何か分かるかもしれない。見付けられるかもしれない。俺は、こんなこと知っていただろうかというものを覚えていたりしたから。或いは、一瞬閃く事がある視界を奪われた右目が、やはり反応するのではないかという期待もあった

 だが、それら全てに意味はなく、紫乃の姿は何処にも見当たらなかった

 

 苦しそうにしながらも、未だに正気を保って探しているアーチャーの分身体に出会ったのが二時間前、そこまで探して見当たらないとなると、検討もつかない。アーチャーがああだという事は、遠く離れず、森にも逃げず、何処かに居る事だけは確かだというのに

 

 「アサシンは?」

 『「ボク」も、収穫ない』

 闇に潜むものならば、と思うが、帰ってきたアサシンも首を振る

 ふと、ポケットに震えが走る

 メールだ。といっても、紫乃からではない。紫乃のも戒人のも完全に電源が落ちている事は、昼間に電話すれば位置特定で分かるのでは無いかとしてかけた際に既に確認している

 ならば、これは……と、期待せずにメールを見る

 

 差出人はフェイ、文面は……ワタシの使えるキャスターに探ってもらいましたが、分かりませんね。と、それだけ

 ある意味予想通りそのものの結末。昼間頼んでいて、実際に一度、町でフェイの元で見た銀髪イケメン野郎の扱うシキガミらしき犬を見かけたが、今まで連絡が無かった時点で分かっていた

 

 『全く、私達が此処までする理由があるのかしら、道具(マスター)?結局の所、敵でしょう?勝手に探させて消耗させれば良いのよ』

 昼間、ふらりと現れたセイバーがぼやく

 その通りだ。見捨てる方が正しい。勝手に消耗してろ、これは戦争だ。そんな考えはそれはもう正しい

 ……そんな事は有り得ない

 「日が暮れる」

 茜色の空を見上げ、呟く

 『……間に合わなかった、かな、これは』

 『「わたし」の、時間』

 分かっている二人は、そう告げる

 鈴を鳴らし、ミラの服装が変わる。シスターの修道服から、何時ものサンタクロースそのものの姿に

 アサシンが、フードを被る。意識し続けなければ、今この状態でさえ、アサシンをあの姿で認識し続けられなくなる。無数の物語の、幾多の狩人の集合であるが故に、個で無くなる

 そう。吸血鬼の物語をあまり知らぬセイバー以外にとっては、自明のタイムリミット

 『何よ、いきなり』

 「バーサーカーは夜の王と言った。吸血鬼は夜の貴族等と名乗る事が多い

 幾多の物語の中には弱点を克服したデイウォーカーが居るから、真っ昼間でも動けたのだろうが……」

 『だから、きちんと言葉にしなさいよ』

 「吸血鬼とは、夜の住人。本来は日の光で滅びる存在であり、夜の方が明らかに強い」

 『ああ、そう。それで?相手が強いから何だって……』

 ふと、セイバーの整った顔に僅かに恐怖が浮かぶ

 『まさか、とは思うのだけれども』

 「そのまさかだよ。あのアーチャーが幾ら本来は神霊、化け物そのものでも……サーヴァントのレベルにまで落ちているならば、夜の吸血鬼の力は抑えられない可能性が高い」

 『何より、ルーラー特権で命令しちゃってるからね。サーヴァントとして可笑しくない範囲で戦って、って』

 命令、間違えたかなぁ……とミラが苦笑する

 だが、間違ってはいない……はずだ。あの日、薄れる意識の中で宇宙(ソラ)に感じた圧倒的な力は、どうしようもなく止めるべきものだったのだから

 「……令呪の影響で、アレを撃たれないってだけでも、まだ救いがある

 止められる可能性がある。もしも、あのソラからの一撃を撃ってくるならば、無理だ。万一暴走した際に、絶対にアーチャーは止められない」

 ふと、脳裏に閃く一つの宝具。天斉冥動す三界覇(ブラフマーストラ・ヴァジュラ)

 あんな神の杖(ロッズ・フロム・ゴッド)、暴走したアーチャーに撃たれたら終わるに決まっている。宇宙から放たれる核並の威力の棒だなんて、どう止めろというのだ

 唯一の救いは、アレが天の理に属すること。ミラが令呪でサーヴァントの域で戦えと言っているならば、使ってこないこと。……令呪の影響すら破壊して撃ってこないとは言い切れないが、恐らく二つ目の枷、紫乃の存在があれば問題ない

 

 『そう。自分達にも被害が来ると言いたいのね』

 「その通りだ」

 見える左瞳で、セイバーを見据える

 「力を貸してくれ、セイバー」

 『嫌よ』

 と、言うも、セイバーは首を横に振る

 『と、言いたいのは山々なのだけれども

 仕方ないわね。貸し4つよ。この戦い、力を貸してあげるわ。どうせ、ゆっくり寝られないのでしょうし』

 「ああ、それで構わない」

 そんなセイバーに対し、決意を込めて頷く

 貸し4つ。基準が分からない事はあまりやりたくない。とはいえ、あのアーチャーに立ち向かうならば、当然ながらそんなことを言っていられる段階な訳がない

 アサシンならもっと安いよな……なんて考えて、少しだけ気になる

 「アサシン、お前は?」

 『アーチャーとの、戦い?』

 こくん、とアサシンは首を傾げる

 『問題ない。手伝う』

 「そうか」

 『夜闇の怪物を狩る。「我」達に共通するのは、ただそれだけ』

 けれども、ふと此方を見て

 『けど、死ぬのは痛い』

 そう、アサシンは続け

 『はんばーがー』

 そんな、やっぱり安い事を言ったのだった

 

 「……日が、落ちる」

 茜色に染まっていた空が、ふと少し暗くなる

 日没、夜の始まり。吸血鬼という化け物の時間

 結局の所、紫乃は見つからなかった。つまりは、逃げ切られた

 

 ならば、これより起こるのは……

 『っ、何よ、これ……』

 セイバーが、僅かに震える

 声なき声。怒りの咆哮

 そうとしか表現出来ないなにかが、全身を貫いた……気がした

 「ミラ」

 『……有り得ないよ、こんなの……』

 『早すぎる』

 吸血鬼と因縁のありそうな二人が、そんなことを口々に呟く

 何の事だ?と問いかけかけて……

 ふと、街の明かりを視界に止めた

 

 ……明かり?

 強烈に、嫌な予感がする

 タイムリミットは夜。だが、それ以上に……

 「……そうか。夜中じゃない、街がほぼ眠る時間じゃない

 ならば、ならば!」

 少しだけ、握った右手が震える

 何故気が付かなかった。どこまで心を悪に染めた。俺はミラ程に速くはないというのに、どうして最速の行動が出来るミラと同程度の時間に動いて間に合うはずがある

 「何の罪もない一般人が、巻き込まれかねない!」

 止まる意味はない。止まる時間など、あるはずもない。待ち構える?それこそ冗談。神秘の秘匿?知らぬ存ぜぬ勝手にしてろ

 目の前で喪われる、何の罪もない命を救わない理由になど、何れもなる訳がない。傲慢だろうが、目の前で殺されそうな無辜の誰かを、助ける力があって、目的の為に死んで貰う必要もなくて、それでも見棄てるのは……やりたくない。例え聖杯の力(過去改変)をもって全てを何時かの未来に殺すとしても

 

 『<嵐獣よ』

 ……不意に、そんな声が空から響いた

 飛び出す形のまま、足を止めずに空を見上げる

 空に登る、大きな月。それに被るように、一つの影がある

 『刻を喰らえ>』

 その瞬間、全てが灰色に静止する

 

 空にあった影が月そのものを一息に喰らったのだ。それだけ、ただそれだけで、全てが静止する。街のざわめきが、全て消え去る

 車も、水も、時計も、人も、マスターとなった魔術師やサーヴァントといった魔術に対してある程度の対応が出来る者を除く、都市の全てが、刻を奪われていた

 『なっ、これは……』

 ミラが、驚愕の表情を浮かべて空を見る

 『……オレが時を止めた』

 『どういう、話?』

 構わず、アサシンが問い掛ける

 『オレ、サーヴァント、そしてオレが魔力を込めて止めなかったもの。それ以外の全ては静止した

 何者も、時の止まったモノを破壊出来ない』

 そのアーチャーの声は、何時もより荒々しく、苦しそうで……

 『……反則ってレベルじゃないよ、これ』

 ミラがぼやく。けれども、その声は何処か安心しているようで

 『けれども、有り難うアーチャー。皆を殺さないでくれて』

 

 右目が灼熱する

 <嵐獣よ、刻を喰らえ>。知らないはずの、その宝具を認識する

 ラーマ達に夜の間だけ咲く薬草を届けるため、ハヌマーンは月を喰らうことで星の進行を止め、夜を終わらせずに間に合わないはずの距離を夜のまま走破して薬草を持ち帰ったという、その事実の再現。即ち、概念的に星の進行を止め、刻を止める対界宝具。自身が動けた事などから、魔術的な耐性で静止を防ぐことは可能なので、あまり戦闘的には意味はない宝具。実際に止まった時の中では空気すら止まっているから動けない、等の現実は、全て魔術の理に歪められ、問題ないように変わる

 ……だが、刻が止まった部分に関しては、干渉出来ない。時が止まっているのだから、何をしようとも……例え剣を振り下ろそうとも何の変化も起きない。今重要なのはそれだ

 即ち、月が喰われ、刻が止まった間は……街に被害は出ない。人は死なない

 この宝具は、恐らくはアーチャー最後の慈悲。今から吸血鬼化の衝動で暴走する自分が、人を殺さぬための抵抗

 

 よって、此処から起こるのは……

 止められなかった、戦いである

 ポケットから、金のカードを取り出す

 クラスカード、セイバー。アーチャーを止める為、力を貸せ、我が英雄

 「夢幻召喚(インストール)!」

 自身を鼓舞するように、俺はそう叫んだ



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七日目ー決戦、天にも(ひと)しき大聖者 前編

空を、見上げる

 其処に居るのは、爛々と赤い瞳……火眼金睛を輝かせ、巨大な棒を構えたた一人の男。即ち……サーヴァント、アーチャー。真名をハヌマーン、力を借りた纏の名を(本来はハヌマーンが纏われた側であるため逆だが)斉天大聖(せいてんたいせい)孫悟空(そんごくう)。殆ど誰でもその天にも斉しいとされる名前を知っている、存在そのものが頭を抱えたくなるような化け物(おさる)サーヴァント

 

 その瞳が、灰色に染まった世界で、なおも色を保ち、動くもの……即ち、俺達を見据える

 『ル、ラァァァァァァッ!』

 その口から漏れるのは、最早意味の無い咆哮。全うな理性は既に無く、只、吼える獣

 救いとしては、そのマスターが吸血鬼化していないが故に、暴走していること。あのアーチャーは馬鹿ではない。狂ってくれていた方が、まだどうせ力押ししてくる故やり易い。欠点としては、力押しであろうが押しきられ兼ねない化け物という所だが、それは何とかなると信じるしかない

 

 その姿が変わって行く。咆哮に合わせ、メキメキと新たな腕が生え、後頭部に顔が浮かび上がる。変化、だ

 文句なしに、戦闘形態

 

 『それで?どうするのかしら?』

 追い付いてきたセイバーが問う

 「どうする?戦う以外の選択肢があるか?」

 僅かに、魔力を探る

 結果はやはり無意味、紫乃の魔力を探り当てられない

 概念的に時が止まっている今ならば、動くもの、魔力を関知出来るものはサーヴァント、或いはそれと令呪で繋がっているマスターくらいのもの、探れるかと思ったのだが……探れない。恐らく、意識がないのだろう。バーサーカーの血を受けたとはいえ時が止まっているのか、あの吸血鬼も探れない

 

 「……ミラ」

 ルーラーというチートならば、と問うも

 『わたしも駄目、かな。あのアーチャーが規格外でさえなければ、きっと何とかなるんだけど、ね。勝手に本体の居る世界から魔力を引きずり出して現界して、それでマスターの魔力負担を限りなく低くしてる、なんて化け物だから、令呪の縁が薄くて……辿れないよ

 というか、アレ……アーチャーが「聖杯よ、オレ、あの子のサーヴァント、良いな?」って無理矢理用意したものだし、わたしに辿れるならとっくにやってるよ』

 と、あっさりと否定された

 ……此処に来て、少しだけ、勝てるのかという気が沸いてくる

 アーチャーを止める、吸血鬼を何とかする。その一点においては、ミラは完全に味方として見て良い。ならば、何とかなると思いたいが……

 

 時が止まったならばと穏便な解決法を探る程に、分かってはいたが、奴が可笑しすぎる事が浮き彫りになる。というかだ、俺自身、この赤い光の鎧がバーサーカーの血による疑似令呪を破壊した事で、ヴァルトシュタイン相手に反旗を翻せる程に自由になれた

 逆に言うと、多少の血でさえ、紫乃を斬る等という受け入れる訳にはいかない命令すらも僅かな迷いによる遅延を産むのが精一杯だった程に、吸血鬼化による拘束は強い。それを、どんどん増加する負荷の中夜まで耐えきった?化け物にも程がある

 

 「はっ、今更、か」

 少し、自嘲する

 諦めない事は、俺にだって出来る。勝てるかどうかじゃない。勝つ

 俺が信じるべきは、それだけだ。誰が、勝てるか分からないと不安がりながら戦いに挑む相手に付いていきたいだろう。勝てないと思うならば回避する方向に動くべきだ。だから、不安がる事など許されない。許さない

 

 『それで?私に空を飛べだなんて、無理を言う気じゃないでしょうね』

 セイバーの声に、漸く其処に思い至る

 セイバーは飛べない。アーチャーは飛んでいる。つまり、これではまともな戦いにはならない

 「アサシン」

 『ボウガンならある。銃は、魔力の付与が難しい』

 そんな俺の問いに、何時の間にやら取り出した……どう見ても対人ライフルな武器を、アサシンは振った

 「ライフルならば十分なんじゃないのか?」

 『弾が、銀製しかない。魔力も籠めにくい。ボウガンの方が、まだ有効』

 ……改めて考えてみると、ライフルなんぞ神秘の欠片もない。魔術的な弾なら兎も角、対吸血鬼用の銀弾でアーチャーに挑むのは無謀か

 「となると、射程の問題があるのか」

 アサシンが、こくりと頷く

 

 「……分かった。セイバーは幻想大剣だけぶっぱ、アサシンは適宜援護射撃」

 『わたしとフリット君が……届く位置まで、叩き落とす!』

 作戦決定、即時決行。ミラが地を蹴り、雷鳴と共に空を駆け上がる

 

 反応するように、アーチャーの六本の手の一つからミサイルのように棒が放たれる

 だが、俺も背の翼から魔力を噴かせ、飛翔に移行する事で回避。赤い棒は、時の止まった地面に激突すると、カン、と軽い音と共に弾かれて、アーチャーの髪の毛に戻る。時が止まったものには干渉出来ない。それは嘘じゃないようだ

 ならば、希望はある。ルーラーという、規格外の怪物が本気を出せる

 

 『穿ガァァァァァテェッ!<空砕ク嵐鐵(ブラフマーストラ)>!』

 だが、それは向こうも同じ。狂乱した神という、人類の脅威もまた、全ての力を振るえてしまう

 アーチャーの手を離れ、一本の赤棒が回転を始める。恐らくは、アレもアーチャーが変化させた偽物。だが、威力こそ下がれど、脅威は変わらず

 回転する棒は、周囲の風を捲き込むように、嵐となって巨大化してゆく。実際には時の止まった風を捲き込める訳もないが、風神の血を引く神霊の前には関係ない。膨れ上がってゆく

 

 だが

 『……初動が遅いよ!』

 嵐として成立する前に、雷がその核となる棒を撃ち据える。本物の神器でもない棒はそれで折れ砕け、核を喪った嵐が吹き散らされる

 

 「この剣は正義の失墜……」

 その合間を抜く。出し惜しみなどしている暇は欠片もない。相手は規格外の怪物。魔力切れ狙いの長期戦で不利なのは此方だ

 「<偽典現界・幻想悪剣(バルムンク・ユーベル)>!」

 故に、切るのは俺の宝具。最早斬撃を束ねる必要もなくなった、光で形成された翼から、喪った左手を補う鉤爪から、そして右目から噴出する魔力を束ね、吹き飛ばす一撃。或いは……今からやるように、剣に纏わせてそのまま射抜く一撃!

 光の剣が紅い軌跡を残し、突貫。背の翼を全力で噴かし、その魔力の流れに乗って空間を飛び越えた一撃は、過たずアーチャーに……

 『甘イ!』

 だが、その剣は、アーチャーの左手の一本によって、胸の前で掴まれる

 「甘いのは……どちらだ!」

 縮地、放出。勢いを止めず、空間を飛び越えて自分だけアーチャーの後方へと跳躍。残された紅い魔力は、核から離れてアーチャーへと叩き込まれる

 『わたしも居るの、忘れてないかな?』

 その一撃に重ねるように、雷を纏った拳が叩き込まれる。ミラだ

 『チィッ!』

 僅かに、アーチャーの姿勢が揺らぎ……

 嵐によって、吹き飛ばされる。アーチャーが、魔力を解放したのだ

 だが、ダメージはある。アーチャーの左手に、僅かながら朱が見える。右手に、僅かな痺れが見て取れる

 更に……

 

 『ああ、もう。友よ。やってやるしかないならば……』

 響く、声。かつて聞いた……サーヴァント(ライダー)の声

 『<竜を語れ(エクスカリバー)

 遠くから響く咆哮。一つの気配が、森の中から……隔てられた次元から飛び出してくる

 『獅子聖剣(Limit Extra Over)>!』

 斜め下から、巨大な魔力を纏った獅子が、アーチャーに激突した

 吹き飛ばされるように、アーチャーが放物線を描いて下降

 『そこ』

 追い撃ちをかけるように、紅い残光を引いて、地上から撃ち出された矢がアーチャーに突き刺さる。そして

 ……

 『全くもう。しょうがないわね

 あの人の剣、その身に受けなさい。<喪われし財宝・幻想大剣・天魔失墜(ニーベルング・バルムンク)>』

 地上から膨れ上がる黄昏の剣気が、再びアーチャーを空へと弾いた

 

 『フルコンボ、か』

 ロウ、と肯定するように獅子が吠える

 「……ライダー」

 あの宝具の時点で知っていたが、俺の近くの空には、空気を踏みしめるようにして、一頭の獅子が、そして金髪の騎士が立っていた

 ライダー、ヴァルトシュタイン側のサーヴァント。だが、アーチャーへ向けたあの攻撃は……

 

 『うん、令呪の命令に従い、よく来てくれたね、ライダー。キャスターは無視を決め込むらしいけど』

 ミラが、そんな事を言う

 それで、理解する。ライダーがなぜ来たのかを

 『……アーチャーを共に止めよ。裁定者の令呪の命を受け、サーヴァント、ライダー。我が王の騎士ユーウェイン、此処に』

 そう、剣を天へと掲げ、増援(ライダー)は高らかに告げた

 

 「ライダー、空は?」

 だが、喜んでいる暇は無い、そんな時間があれば、その分攻める。だから、必要な事をまず確認する

 『ある程度ならば、駆けられる』

 『うん、なら……わたしと一緒にお願い!』 

 言葉を短く交わし、ミラが動き出す

 

 少し突撃を抑え、敵……アーチャーの方を眺めてみる

 傷は……あまり、無い。決して無傷ではない。朱は見えないこともない。だが……大きな怪我と呼べるようなものは、何処にもない

 

 「あれだけの事をやって、この程度か」

 俺のその声に、こっち、とミラが手招きする

 翼から少し多目に魔力を噴出、その招きに応じて、ミラの横へと飛翔

 

 『……フリットくん。本当は、こんな贔屓はダメなんだけどね』

 空中で静止し、ミラが右手を俺の額に翳す

 そして、小さく十字を切った

 『祝福を君に(プレゼント・フォー・ユー)、ザイフリート・ヴァルトシュタイン。貴方の進む道に、きっと幸福がありますように』

 何時もより何処か厳かな言葉と共に、ふっと俺の体が光に包まれる。それは一瞬の後には消えたが、何も変わらない訳ではない

 「……ああ、そうだな」

 ミラの行動を理解して、そう返す

 

 右目の光が閃く。何かを探るようにして、一瞬の後に答えが出る

 祝福を君に(プレゼント・フォー・ユー):A+。突如、その言葉が頭に浮かびあがった

 ミラのニコラウス。その生き様、有り様。それそのものがスキルと化した、聖人を内包した特殊スキル。正しく生きる者への祝福。立ちはだかる困難を越える事を応援する奇跡。けれども、それはあくまでも手助けの域

 ……即ち、直面した困難を越える為に役立つスキル一つを、本来そのスキルを持たない誰かに対して一時的に付与する力

 

 なんだこの規格外。あくまでも他人に対するスキルである事は救いでもあるが……。それでも、他人に対する皇帝特権のようなもの。ふざけているのにも程がある

 だが、今は心強い

 『神、殺シィッ!』

 アーチャーが俺へと吼える

 そう、今俺に付与されたスキルは神殺し:D。本来は神霊すらも殺した逸話などが昇華された、神を滅ぼす為のスキル。アーチャーを倒すという高い壁を越えるならば、これは余りにも有り難い

 

 『らあっ!』

 ライダーがアーチャーへと斬りかかる。大上段から、獅子と共に突撃しての一撃

 けれども、アーチャーはそれを……毛を変化させたのであろう赤い棒で受け止める

 『ラァァァッ!』

 そのまま、俺へと向けて、風を纏わせ、姿を隠した棒の一撃。ギリギリで翼に更なる魔力を集約、錐の様に伸ばし、光の剣と化して鍔迫り合いの要領に持ち込む

 『そこっ!』

 その、隙を見逃すミラではない。神鳴を纏っての右ストレートを振りかぶり、アーチャーの背を狙う

 

 「ちっ!」

 『グゥッ!』

 『化け物が!』

 一瞬の、膠着状態

 3vs1。数としては明らかな優位ではあるのだが、アーチャーの三対の腕が、それに合わせた数の顔が、死角を潰し、全てをあしらう

 

 ミラの拳は、風を纏った拳で神鳴を散らして受け止め。ライダーの剣と俺の光は、変化したものと本物の如意棒で……

 

 いや、違う!

 『其処ダアッ!』

 「舐め、るなぁっ!」

 空から、小さな流星が落ちた

 違う。アーチャーが、既に風を操って遥か上空に飛ばしていた毛が変化した如意棒が、俺等全員目掛けて落下してきたのだ

 『甘いよっ!』

 ミラの纏う神鳴が、一本を打ち落とす

 『まだだ』

 ライダーの剣が開き、貯められた魔力を爆発させて、ライダーがアーチャー、そして落ちてくる棒から距離を取る

 「こ、のぉっ!」

 俺も、対応は忘れない。手にした、フェイが持たせてくれた剣を中心に、限界ギリギリの魔力を解放。血色の光で、落ちてくる流星を受け流す

 「ぐうぅぅっ!」

 受け流すだけでも、割と精一杯。手に痺れが走る

 翼では無理だっただろう。咄嗟に見えない棒を追撃への対応が楽な翼で受け止めていて助かったと言える

 

 だが、対応出来たのはそこまで。セイバーとアサシンを狙う二本は、そのまま地上へと落ちて……

 炸裂、した

 豪風が、吹き荒れる

 時が止まった世界の表層を、神の杖(ロッズ・フロム・ゴッド)よりはかなり威力は低いが、重爆撃レベルはある嵐が撫ぜあげ……セイバーとアサシン、その軽い体が、容赦なく空へと吹き上げられた

 

 ふと、左翼に掛かる重圧が消失する

 アーチャー側から、競り合いを避けた形。即ち……

 『グラァァァッ!』

 風と共にアーチャーがミラとの競り合いをも抜け出し、飛ばされ、空中でどうしようもない二人を狙う!

 

 「ちっ!セイバー!」

 魔力を噴かしていた為、充満する魔力に乗って縮地

 空間を飛び越え、セイバーの元へ。何とか再度、アーチャーの振り下ろす一撃を受け止める

 「まだ、まだあっ!」

 ブースト、ブースト、更にブースト!

 翼から限界を越えた魔力を噴出、押し込まれようとする大上段からの一撃を、吹き飛ばそうとする纏われた風を、空を切り裂いてギリギリ拮抗状態へ持ち込む

 「らぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 『Uuu、Raaaaaaaa!』

 互いに咆哮して力を込め、鍔迫り合い

 束の間の静止

 

 ……ああ、既に無い心臓が痛む。未来から一度に魔力を回帰させすぎて、処理が追い付かない

 ならば、変換など適当で良い。もっと、もっと寄越せ。終われない。もとからこの戦争と共に終わるべき魂。それだけの、力を!

 

 『URyyyy!』

 最早言葉にならなくなったアーチャーの怒号と共に、アーチャーの頭に僅かな風が吹く

 それは毛を幾本か舞い上げて……

 全てを変化(へんげ)、数百本の如意棒の姿へと変え、風で加速して射出する!

 一本一本は、文句なしにさっきよりも弱い。だが、それを補うほどの圧倒的な物量。俺を、ミラを、ライダーを……そして風に吹き上げられるも、追撃を逃れたセイバー達を……四桁は無いだろうとはいえ数えるのがバカらしい程の、複製された神器の雨が狙う

 

 ミラは、自分で何とかするだろう。というか、唯一アーチャーと真っ向からやりあえると見て良い

 ライダーも、やはり何とかする……はずだ。アレは円卓の騎士、そこまで柔ではないはず

 

 セイバーが剣を構えようとし、固まる

 そう、セイバーに出来る対応といえば、夫の剣から黄昏の剣気を放ち撃ち落とすくらい。だが、今それをやれば、アサシンすらも巻き込む。庇いに入ったから距離が近付いた。俺すらも巻き込むかもしれない。だから、セイバーに対策は無い。大人しく受けるしかない。黄昏の剣気は、指向性のビームではなく、全方位をカバーする広がるドームなのだから

 

 「なら、ばぁっ!」

 ブースト、オフ。暴走スレスレの魔力は止めず、ブースターのような姿の翼を、向きをくるりと入れ換えるように、肩から前方に向けて魔力を噴かせるよう動かし……

 「バースト!」

 瞬間的に解放。3つの魔力孔から撃てる限りの魔力を爆発させて、俺を狙うものごと神器の雨を迎撃する!

 だが、それは……鍔迫り合い状態の如意棒を受け止める事を放棄することでもあって……

 

 「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 痛い。とすら思えなかった

 拮抗する斜め上へのベクトルを失った俺は、一瞬の後に、空から流星として叩き落とされていた

 幸いにも、時が止まり、干渉出来ないことで地上に激突した衝撃は弱く、首の骨は折れていないようだが……

 「()っ……たか……」

 それでも、止めきれなかった衝撃は仕方がない。右手の感覚が無い。外見上は少し膨れているくらいだが、恐らくは内部の骨がぐちゃぐちゃに折れている。フェイから貰ったあの剣も、普通に折れた。というか、鍔迫り合いには芯があることで役には立ったが……一度目で折れてない事が既に奇跡

 

 立ち上がれず、呻く俺の横に、何とか俺が少しの間棒を止めた事で射程外まで落下出来たのだろうセイバーとアサシンが自由落下してきて……

 

 『……最悪の気分よ』

 自力で上空100メートル代から着地させられたセイバーが、ドレスから出た足を擦りながら言った。流石はサーヴァント、心配はしていなかったが、落下死はしなかったらしい

 『……大丈夫?』

 時の止まった電線に鞭を巻き付け、

 無理矢理速度を殺したらしいアサシンが、軽い音を立てて降りてくる

 「幾らか逝ってはいるが……まだ、終われない」

 幸いにも、足はヒビ程度。立てるし、蹴れる。ならば良い、痛みなぞ知るか。神巫雄輝の苦し(いた)みはこんなものじゃない

 

 『……よう』

 魔力を四の足から放出、俺ほど露骨ではないがかっ飛ぶ形で、ライダーとその騎獣(獅子)が降りてくる

 「……ライダー」

 『加減、されてるな』

 空をら見上げ、ライダーがぼやく

 「……そうだな」

 『そうなの?』

 俺は肯定し、アサシンが静かに頷き、セイバーが疑問を呈する

 「アーチャーが本気なら、俺は4、5回死んでる」

 証拠とばかりに、俺も空を見上げる

 

 一瞬分身し、ミラが二方向から雷を放つ

 アーチャーはそれをさも当然のように纏う風で吹き散らし、巨大な……半径20mはあるだろう棒二本でもって、空間を凪ぎ払う

 

 そう。アーチャーの武器は如意棒。如意、即ち自在。俺が最初に鍔迫り合いに移行したとき、そのまま更に伸ばせば、俺の肩を砕けていた。二度目に受け止めた時、受け止めきれない大きさまで巨大化させていれば鍔迫り合いすらされなかった。そもそも、俺を叩き落とす際に更に伸ばせば、射程外まで落下していたセイバーやアサシンも射程に収めれた。もっと言えば、最初に空に打ち上げていた棒だって、その気になれば一人に対して一本ではなく、雨のように降らせることだって出来たはずだ

 更には……昼間見掛けたはずの分身を、戦闘だというのに使ってこない。棒に変化させるばかりでなく、自身の分身をも出せば、地上のセイバーとアサシンを倒しに行けたりするだろうに

 

 そう。殺意が無い訳ではない。けれども、何処か……ギリギリで対処出来るレベルに留めている気がする。翼からの爆発で、空からの流星は防げない、逸らすしかない。逆に言うと、一歩なら逸らせるから生き残れる。そのレベルの、甘さが見える

 

 ふっ、と視界の端に、何かが映った

 何かを探すように、時の止まった世界を駆けずり回る、小さな赤い瞳の猿

 「……アーチャー、お前は」

 端と思い浮かぶ。一つの仮説。吸血鬼の破壊衝動、嘗ての俺も感じていたアレにより空で暴れる怪物(サーヴァント)を見て、それでももしかしたら、と思える、一つの可能性

 「まだ、諦めてないのか……」

 

 そう、それは……破壊衝動を解き放つことで、意識の一部を正気に近く保ち、紫乃を探す。そんな行動を平行して取っているから、集中しきっておらず僅かに甘い、という話だった

 『やはり、その答えか。化け物かよ』

 ライダーが苦笑する

 「バケモンだよ」

 合わせるように、俺も苦笑で返した

 

 「……ならば、やるしかない」

 それは、当の昔に分かっていたことの再確認

 アサシンが視界の端で頷くのを、霞んだ視界でぼんやりと見る

 

 アーチャーが、かつて俺も囚われたあの破壊衝動を戦闘によって吹き散らし紫乃を救い出す事を今も諦めていないならば、俺が諦めるなんて、それこそお笑いだ

 

 「っと!」

 不意に感じた殺意に、背の翼を噴かせ、上空へと飛び退く

 ついさっきまで俺の頭があった場所を、音速で伸ばされた赤い棒が駆け抜けていった

 翼は噴かせた。魔力は充分。そこで止まらず、列車みたいな巨大さへと変わり跳ね上がる棒は、縮地をもってすり抜ける!

 「悠長に、話してもられない……かよ!」

 『悪いが、地竜の心臓は大地の魔力をもって稼働するもの

 暫くチャージしなければ、空など飛べない』

 ライダーが至極残念そうな声音で首を振る

 『というか、当たり前のように飛べるが可笑しいのよ。人間は空を飛べない。そんなものは魔法の領域よ。確かにあの人は翼が生やせたし飛べたけど?それは最高の英雄(ジークフリート)だから

 そうでもないのに、そんな醜い姿で空を駆けるなんて……化け物みたいよ、道具(マスター)

 「化け物(バケモノ)じゃない。なり損ないの(ケモノ)だ」

 そもそも、セイバーの時代は兎も角、今や人は鋼の翼で空を飛ぶ。俺の翼のような、ブースターをお供にして、だから、人は大空を、魔法の世界から魔術……そして科学の領域に引きずり落とした

 「セイバー」

 『……仕方ないわね』

 セイバーが虚空から取り出した剣を受け取る

 あくまでも幻想の剣。されども、かつてセイバーが所有していた事から来る、消えるまでは本物に近い幻影。それで構わない

 

 だけれども、そんな無駄を語る暇などない

 ミラのニコラウス……人類としても化け物クラスだった少女のサーヴァント。それでも、あのアーチャーとかいう規格外とはやりあえる、レベル。決着が付くとしたら、それはやはり、アーチャーの勝利で、という予測が立つ。本物の神霊というのは、そのクラスでぶっ飛んでいる。ならば、勝機を見出すには……外部要因が必須

 この力で、この手で何かが残せるなら、成せるなら。越えて見せろ、ザイフリート()

 覚悟と共に、僅かに感じるレベルまで痛みの収まった銀霊の心臓をフルスロットル。少量の血と共に魔力を噴かせ、二人の決戦域まで飛び上がる

 

 『Ruuuuu』

 『フリットくん、無理は駄目だよ』

 アーチャーの言葉は、既に意味を為さない。そのレベルまで破壊衝動を表に出さなければ、分裂した自我で、紫乃を探せないほどまで、侵食が進んでいるのだろう

 俺ならば、僅かな量の血でここまで来ていた。その圧倒的な差を思い知る。だが……

 それで諦めるには、この手には持ちすぎている

 

 「う、らぁっ!」

 翼でブーストしながら、振るうのは横凪ぎの剣。光がそれを補い、刃渡り2m程の化け物染みた大剣としてアーチャーの首を狙う

 が、それは……アーチャーの二対目の右手によって、握り止められる

 やはり、傷は無くもない。神殺しを付与された剣は、確かにアーチャーの肌を斬っている。だが、それまで。寧ろ……あの時よりも、明らかに出力は……

 『Guyyyyyyy!』

 そのまま、剣ごと捕まれ、振り回される 

 「ちっ」

 一瞬、魔力を込めて剣の束を手放して離脱、そのまま投げ付けられる別の対に持った棒は、ブーストを止め、自由落下することで避け……

 「危ねっ!」

 それでも周囲に充満する魔力をもって、空を蹴り縮地、更に突き込まれる如意棒を避け、アーチャーの前面に回る。本来であれば相手の背後という死角を突ける位置を捨てるのは下策だが、三面六臂、後方すらカバーするあの姿相手には、背後の意味など無いに等しい。どこであろうが、危険など変わらない。構わず捨てる

 

 「通れ、よぉっ!」

 すり抜けざまに翼を変型。あくまでも血色の魔力、俺の血を吸ったとはいえ不定形のもの。右翼が錐のように広がり、アーチャーの首横まで突き出され……

 空に魔力で右足を固定一気に左翼を噴かせ、独楽の要領のように、アーチャーの首を……落とす!

 アーチャーは、虚を突かれたように動きが遅く……

 『URYYYY!』

 されど、その一撃は、アーチャーの首に多少の傷を付け、そこで止まる。血は滲んでいる。それを呑み込み、血色の光は僅かに力を上げている。されど、それだけだ。アーチャーの首、その肉に止められて、振り抜くことすら出来ず、空中で止まらざるを得ない。僅かな硬直

 『MUUUUUu!DAAAAAAaaaaッ!』

 その咆哮と共に、熱い衝撃が、背から俺の右脇腹をぶち抜いた

 

 「がぁぁっ!」

 口から、どうしようもなく血反吐が零れる

 「まだ、だ……」

 ぶち抜いた如意棒に触れ、魔力を解放。腹には突き刺さったまま光の剣と化す

 アーチャーが手放した瞬間にそのまま俺の剣として、右脇を抉り裂きながら体外へと斬り、そのまま捨てる

 こうでもしなければ、さっき跳ねあげてきたように、刺さったまま電車ほどの大きさまで巨大化されて、俺の体は風船のように弾け飛ぶだろう。刺さったならば、その次の瞬間には手放させなければならない。その実践。腹の熱は意識を奪っていくが、即死よりはマシだ

 『フリットくん!』

 「まだ、行け……」

 左側頭に走る衝撃。ふっ、と意識が遠退く。翼が吹き散らされ、夢幻召喚(インストール)が解ける

 

 横凪ぎの一発。頭を殴られたのだ、と墜落しながら気が付く

 だが、遅い。対処出来たという油断が、今を産んだ。翼すら無くなった俺には、何もない。出来ることなど、魔力を爆発させて、強引に激突の威力を弱めるくらいしか無い。変化が解けているから、悪竜の血光鎧(ブラッド・オブ・ファフニール)も、そこまでの力を発揮しない

 アーチャーが、掴むことで俺から奪った剣を逆手に構えて追撃の体勢に入り……

 「『撃ち落とす!』」

 魔力をあの時込めた保険が、ここで俺を救う

 「<喪われし財宝・(ニーベルング)……」

 俺の言霊に合わせ、アーチャーの手の中で、剣に蓄えられた一回分の剣気が膨れ上がり……

 「幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)>!」

 アーチャーを巻き込み、弾けた

 威力は無い。手に持たず、無理矢理劣化覚悟で遠隔発動する宝具に、アーチャーを傷つける力など求めていない

 けれども、セイバーがかつて持っていたが失ったあの幻想達の再現は、一度力を発揮すると消え去る。アーチャーの追撃は失敗する。重要なのはそこ

 更には、僅かな足止めにもなり……

 

 『<主の慈愛は神鳴の如く(ドーナ・エイス・レクイエム)>』

 その出来た硬直に、ミラが神鳴を撃ち込むのが、薄れる意識の中で見えた

 そのまま、俺は硬い止まった世界に……いや、柔らかいものに激突した

 

 「……ミラ……」

 『大丈夫?フリットくん』

 俺の体は、いつしか分裂した、裁定者に抱き止められていた

 全くもって、情けない。ほぼ何も出来ず、少女に救われて。バカか俺は

 「……弱いな、俺は……」

 『仕方ないよ。神殺ししか、今のフリットくんには無いから』

 ちらり、とミラが小さなマントの裏ポケットから、俺を抱えたまま一枚のカードを器用に取り出す

 赤いカード、ビーストⅡ

 

 ……そうか、と理解する。俺は、あの時の力に更に神殺しを加えたならば、何とかなると思っていた。一度あの森で斬りかかったアーチャーは、ミラの纏う神鳴よりは多少硬いが、そこまでの差は無いから。というか、ミラが異様に硬い。だが、それ自体が大きな間違い。あの時に比べて、俺はあまりにも大きく弱い。ビーストⅡ、俺をミラの倒すべき……歪みとまで言わしめる力。それを、今は使用していない……いや、使用出来ない。ならば……

 「ミラ」

 『駄目だよ、フリットくん』

 俺を抱き止める力が、強くなる

 『二度と、フリットくんをあの姿にはさせない。フリットくんに、フリットくんとしての人生を全うさせる。それが、わたしのやりたいことだから』

 ふと、空が暗くなる。吹き荒れていた神鳴が、ふっと消える

 

 『分かってたけど、やっぱり無理かぁ……』

 ほぼ無傷なままのアーチャーを見て、ミラがぼやいた

 「摂理に、返すんだろう?」

 けほっ、と血を吐きつつ、そう問う

 『だって、ハヌマーンって死んでないからね

 死んでない本物の神霊に対しては、摂理に返してもあのままに生きてる。なんで、単なる物理的な雷撃にしかならないからね。足止めにしかならないよ』

 「……そうか」

 カードへ向けて、手を伸ばす。その手は、けれども止められる

 『めっ、だよ。フリットくん』

 「ちっ。ならば」

 『……うん、行ける?』

 ミラの腕の内から降りる

 右手には、解除されて手の内に戻った金のカードを。左手……というか、光の鉤爪には、黒いカードを隠すように。

 

 空から落ちながら、叫ぶ

 「複合(クロス)……夢幻召喚(インストール)!」 



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七日目断章 決戦の裏側で

ヴァルトシュタイン三馬鹿が与太話をするだけの回になります

正直なところ、本編に関係こそありますが、緊張感の欠片もないので、決戦、天にも斉しき大聖者終了後に読んでくれても構いません。読まなくても、フェイが何か手を回したんだな、と思えば本編は繋がります


『にしても、ひっどい戦いですね』

 ヴァルトシュタイン邸の窓から、大荒れの空模様を見上げて、ワタシはそんなことを呟く

 妖精郷アヴァロン。そうであるように、とされたブリテン世界。本来の世界からは、魔術的に位相がズレた、異世界。本来は常に穏やかな気候のはずのそこにすらも、強い風が窓を叩き、黒雲が渦巻く嵐の空が顕現する

 『全くもって、異次元にまで干渉してくるとか、神か何かですか』

 『そうですねぇ。神でもなければ……いや、本物の神霊だったわ、アレ』

 ワタシに合わせ、同じく空を見ていたピンクい髪を二つに纏めた狐耳の少女……C(キャスター)002が一人途中で自分の頭を自分の尻尾ではたき、ノリツッコミを決める。どうでも良いけれども、自分の尻尾をハリセンの代わりにする芸は止めて欲しい。気は散らないけれども、毛が散る。掃除が面倒で仕方がない

 

 『それにしても、ここまで来ますか……』

 ワタシの左隣、ピンク狐と逆で空を見ていた銀髪中性的イケメン狐耳ことC001が、ふと呟く

 『……時間停止までは、届きませんけどね。まあ、正直此処、時の流れは割と滅茶苦茶ですし、止まっていても動きそうですが』

 『流石にそれはねーです

 ってか見ました?見ましたよね仮主(フェイ)サマ。捜索係の猿残した上で二人に分身始めやがりましたよあのサーヴァント!流石に、サーヴァントの領域外れてるっていうか、バグじゃありません?』

 『問題ありません。最初からスペックがバグってますから、彼。抑える側のルーラーのスペックも同じくバグってるので、ルーラー基準だとまだありの範疇扱いなんですよね』

 『GM(ジーエム)ー!GM(ゲームマスター)ぷりーず!』

 『おや、呼びました?どんな理由のコールですか、コード:N(ナインテイル)F(フォックス)

 茶化すように、ワタシは言う

 何時もならばやらないこと。けれども、彼の視界を通してアーチャーとの戦いを眺める……というのは、正直心臓と頭に悪い。頭痛がする。馬鹿騒ぎも、気分転換には使える

 『そういえば、そんなこの色ボケ狐には勿体無い、立派なコードネームでしたね』

 くすくすと、銀髪が笑う

 『うるせーです、コード:G(ザ・グレイテスト)O(オンミョージ)。そんな笑える開発コードネームよりは、素直にカッコ良く可愛い此方の方が上に決まってますぅっ!』

 『ワタシよりはマシですよ

 コード:M(マジカル)X(エクスカリバー)ですからね、ワタシ

 ……魔法少女アルトリアでもやりたかったのでしょうか』

 『その点、彼はシンプルで、ネタが無くて、恵まれてますね。コード:D(ドラゴン)D(デストロイヤー)竜を討つ者(ジークフリート)

 『そういえば、笑えるものもありましたねぇ……

 A(アサシン)154 コード:LYでしたっけ?今ちょーっと気に入らない事やってるの』

 ふと、ピンクの狐がそう問いかけてきた

 『ええ。コード:L(ロード・オブ)Y(ヨーカイ)。目指した存在は、アサシン:ぬらりひょん。他人の家なりに上がりこみ、其処にさも当然のように居座れども、誰もそれを疑問に思わない、思えない。例え彼が……その家で勝手に茶を飲もうとも、勝手にご飯を食べようとも、勝手に……家宝に、手を出してすら。とらえどころが無いが故に、咎めることが出来ない。首を跳ねられるその時まで、例えドスを持って近付いてこようが、そういうものだとして意識から外される

 ……意識陥穽。全く、妖怪大将を目指した割に、セコい魔術です』

 『けれど、正気じゃ無いアーチャー相手ならば、十分に意味がある……訳ですねぇ』

 ふむふむ、とピンクい狐は頷いた

 『全く、(オレ)ならば、見つけていたろうに』

 やれやれとばかりに、銀髪狐が紙人形をデコピンで飛ばし

 『けど、案外真面目に探してましたよねぇ、あの式神』

 お返しとばかりに、ピンク狐がくすくす笑う。口に手を当てて、それはもうわざとらしく

 『いえ、笑ってはいけません、無能な同僚にも笑ってはいけませんとも。耐えろ、(わたくし)

 『おや、それに負けた哀れな負け狐が、必死になって勝者を下げて居ますね

 逆では?』

 『うるせーです!』

 ピンク狐が可愛らしく吠える

 そして、ふと気が付いたように、ワタシを向いてきた

 『それにしても仮主(フェイ)サマ?からくりを知っていたならば、どうしてあの時に言わなかったのです?』

 その問いに、呆れたようにワタシは告げた

 『おや、A154に関しては、貴殿方も十分御存知だったと思うのですが、C001、C002?

 ならば聞き返しましょうか。彼が居ることを知っていて、何故探して見つけられなかったのです?』

 

 銀髪の狐が腕を組み、その綺麗な頬に右手を当てた

 『おや、言われてみれば……確かに不思議な話だ

 (オレ)達がコードを知っていて、話せるほどにはアレの事を知っているはずだというのに』

 『いくら正直気に入らねーと思っていても、すっかり頭から抜けてましたねぇ……

 あっ、これか』

 ぽん、とピンク狐が手を打つ

 『ええ。それです。意識陥穽ぬらりひょん。その事を疑問に思えない。まあ……正気のアーチャーなら、その陥穽すらぶち壊して見つけ出してた可能性はありますが、流石に破壊衝動で意識が狭まった状態ならば、陥らせるのは簡単でしょう』

 ゆっくりと、ワタシは頷く

 今は分かる。世界は止まっている。異次元のワタシ達とは違い、止まった世界の中に居る相手の時が、確かな歪みになっているから。けれども、そうでない時は、しっかりと疑ってかからなければ、当たり前の事として見落としてしまう。明らかな犯人だというのに

 

 『それにしても、助けに行かないんですか?魔法少女マジカル☆エクスカリバー?』

 からかうように、ピンク狐が茶化す

 『誰が魔法少女ですか』

 『なら、魔法メイド?マニアックですねぇ……

 まあ、破れ鍋に綴じ蓋とも言いますし』

 『破れ鍋で狐鍋、とでも』

 『言いませんーっ!何ですか、この良妻捕まえて狐鍋とか!ハーレムかっ!ハーレムものを端から眺めるのが願望かっ!』

 突然の言葉に、ピンク狐が銀髪の狐に食って掛かる

 『おや、気に入りませんか?』

 『まあ、蓼食う虫も好き好きとも申しますし、仮主(フェイ)サマに関しては何も言いませんが……

 

 ケダモノはよくても、獣は困るというか。何て言うか、ビーストNG?』

 『あげませんよ』

 『いりません。色々と付けて差し上げます。どうぞどうぞ、そこの陰険もお付けしますので持っていってくださいまし』

 『なるほど、狐二匹をお土産ですか。お揃いのマフラーにでもしましょうか』

 くすり、とワタシは笑う

 

 『正直な話、今更此処からワタシが出ていって、何になると言うんです?』

 リンクさせた視界の端で、セイバーへの攻撃を受け止めて、アサシンが言葉通り消し飛んだ。アーチャー戦なんてそんなもの。身体能力自体はサーヴァントであるから、彼よりセイバーがギリギリ上かもしれない。幾ら無茶なブーストかけようと、元が違う。けれども、戦闘経験、対応力、それらを考えると、防戦ながら対応できるのは彼とライダー二人がかりくらい。それでも、やっぱり後ろから剣気やボウガン撃つだけの仕事のアサシンやセイバーに攻撃はたまに届く

 『足手まとい、庇うべき相手、そんなものを増やしたいというのは、自分は役に立てると思った馬鹿か愛があれば奇跡が起こるって信じている馬鹿くらいのものです』

 『それでも助けに行かないではいられない、恋心とはままならぬもの。それが、燃える想い。ぶっちゃけ、好みのイケてる魂だったら、(わたくし)、助けに入っておりますし?

 というか、魂割とイケてるような……』

 何だか、不穏な事をぶつぶつと、ピンク狐が呟き始める

 『いや待て、考え直すのです(わたくし)

 アレは獣、何時か誰かの為に可笑しなものに成り果てる。帰ってくるかも分からない存在を毎日待ち続け、帰ってきた事に安堵しながらせめて心の拠り所になろうとする不憫な……不遇な……ん?案外イケますねぇ……』

 『何がですか』

 『いえ、分からないでも……いややっぱり仮主(フェイ)サマやらあのルーラーの心はわかんねー、です』

 

 『仮主(フェイ)。エクスカリバーは撃たないのですか?』

 『……確かに、どうせなら使い潰してくれても構いませんし、使い潰せるとも思いません、と彼に渡そうとしたレプリカはありますが……』

 窓際に立て掛けた、鞘に入った黄金の剣に触れる

 『倒せると思います?』

 『無理、ですね』

 ワタシの問いに、きっぱりと銀髪の狐は首を振った 

 『ええ、無理です。だから、どうせ足手まといになるので、行きません

 大人しく眺めてますよ、此処で。彼が勝つのを』

 窓際に移動させたソファーに座り直しながら、ワタシはそう告げた

 流石に気に入らないと出ていく銀髪に『窓から外に出ないで下さい、木の葉が部屋まで舞い込みます』と帰って来たら言おう、なんて思いながら



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七日目ー決戦、天にも(ひと)しき大聖者 中編

複合(クロス)……夢幻召喚(インストール)!」

 その瞬間、さっきと変わらぬ力が、俺を満たした

 

 いや、さっきとは違う点が、一つある。俺の中に、心臓に、一つの怪しく蠢く光を知覚する。恐らくは、それが……神殺し。ミラがくれた、アーチャーという巨大に過ぎる壁を乗り越えるための力

 

 『OooooooRaaaaaa!』

 雷の速度で突き込まれる棒は、軽く空を蹴りステップ、一歩右へと翔んで回避。そのまま右へと俺を追う回転を蹴り、ブーストを全開、一気に駆け抜ける

 光を束ねて剣を作り、狙うはやはり、首筋。さっきのままだというならば、アーチャーは避けないだろう

 だが、アーチャーの取った手は、両の腕での白羽取り。つまりは、対処

 

 『Ruuuuu!』

 咆哮と共に、俺の全身が細かく切り刻まれ、無数の傷から血が噴き出した。剣を通して魔力を送り込まれ、体内で、風を暴れさせられたのだろうか

 「……何だよ、余裕じゃねぇか、アーチャー!」

 だが、即死にはいたらない。その程度。今もまだ、アーチャーは、加減が出来ている

 そして、その血を啜り……血色の魔力は、より輝く。血を媒介にする俺の魔術、限界は近くなるだろうが、傷つけばそれだけ、出力は、上がる!

 「舐めるな、アーチャァァァァァッ!

 <偽典現界・幻想悪剣(バルムンク・ユーベル)>ッ!」

 光翼、反転。最大爆破(フルバースト)

 充満した血色の魔力と、翼から、形を吹き飛ばす勢いで爆発する魔力を束ね、光剣を撃ち出す!

 「終わると、思うな!」

 どうせ脇腹から血は流れ続けている。その血をもって翼を再度形成、噴射して炸裂した光の中へ、光の剣を作り直す暇は無く、千切れた左手代わりの鉤爪を、左斜め上から袈裟懸けに振り下ろす!

 『Gaaaaaaaa!』

 直後、何度目かの暴風が吹き荒れるのを直感し、アーチャーの腰を蹴って更に飛び上がり、暴風圏から離脱

 

 『Gruuuuuuuuu!』

 唸るような咆哮

 アーチャーが、その吸血鬼色に染まった目が、そうなってから初めて俺を明確に見据える

 

 だが、次の瞬間、その頬に刺さりかけた、淡い光を放つ矢を左手が掴むと共に、その瞳はそれた

 「……アサシン?」

 それを撃てるだろう相手に、問う。だが、アサシンは飛べるだなんて一言も言っていなかったはずだ。飛べなければ、上空100mまでまともに威力の残る矢は届かない

 『ライダーさえいれば、「ボク」も……出来る』

 ふと見ると、何時しか再度空まで上がってきたライダー……というか、その獅子の背は大混雑していた。ライダー、その背にしがみつき、片手で機械弩(ボウガン)を構えたアサシン、そして……不満げにライダーの前に座らされた、セイバー

 

 『よそ見したくなるのは分かるけど、隙だらけだよ』

 視線をアーチャーから逸らした瞬間を狙った大上段からの振り下ろしは、ミラが裏拳一発、耐久を重視してない分身だったのか折り砕く

 「ああ、もう大丈夫」

 唇に付着した血を舐めとり、その不味(まず)さで少し朦朧とし始めた意識を保つ 

 『私は大丈夫じゃないのだけれど?』

 『というか、お前ら、重い』

 獅子が、応とばかりに吠えた

 『……あら、ライダー。レディ二人で重いだなんて、随分と失礼ね』

 「セイバー、漫才は」

 後だ、と言いかけて……言えなかった

 

 『『Uryyyyyyy!』』

 そこに、悪魔が待っていたから

 空から落ちる、雷撃のような一閃

 避けきれず、流星になって落ちていくもう一人のアーチャーに引き摺られ、獅子が墜落して行く

 『フリットくん!』

 「悪い、ミラ……任せた!」

 『うん、任されたよ』

 交わすのは、そんな短い言葉だけ。けれども、きっとあのルーラーは分かってくれるって信じて、視線を下へ。そのまま全力でブースト、今度は、さっき登ってきた空を駆け降りる

 

 「アァァァチャァァァァッ!」

 流星のように、ついさっきのアーチャーがやってみせたのの意趣返し。最大速度で、地上へと降りたその長身へと向けて墜ちる

 足の骨を核に、赤い光を纏わせて光の剣化、所謂ライダーキックという空からの蹴りの要領で、そのまま蹴り込む!

 『ッテェナァ!』

 アーチャーの胸に突き刺さる。けれども、大きく傷付けるには至らない

 構わない。これは意趣返し、そして布石でしかない。一度で貫けるなんて、思っていない

 

 「ライダー」

 『悪いが、友は下がらせた』

 「死んでないのかよ」

 『酷い期待だな。悪いが……そんなに脆くはない!』

 俺と最低限の確認の言葉を交わしながら、ライダーが斬り込む

 『ライ、ダー』

 返すアーチャーの言葉は、それなりに意味が通るようになっている。分身しな思考を平行することで、寧ろ正気に近くなりでもしたのだろうか。本当に、ふざけている

 

 『っ痛いわねぇ……』

暗い翠のクッションから、ふらふらとセイバーが立ち上がる

 「セイバー、行けるか?」

 『正直辛いわね。私は別に、戦で名をあげたりしてないもの。宝具で片がつかない相手なんて』

 「喋れるならば、問題ない。アサシンと後方から撃て」

 あまり話している時間はない。ライダー一人でアーチャーを抑え込めというのは、土台無理。というか、俺の知る限り、ミラ以外には無理。ならば俺が行かなければどうしようもなく全員アーチャーに狩られて終わりだ。セイバーのクッションとなってくれたのだろうアサシンは少し気になるが、最悪死んでからまた現れるだろうからと今は無視

 心の中でアサシンに向けて、アイスクリームも付けるから、と謝罪しながら、此方もアーチャーへと斬りかかる。脇腹の、そして限界稼働し続ける心臓の痛みは、必要経費と無視して

 

 

 幾度目かの、剣戟。時折アサシンが援護のようにボウガンの矢で眼を射ることで対処に隙を作らせ、定期的にセイバーの剣気が、確かにすこしづつアーチャーの体力を削って行く

 だが、それだけだ

 「ジリ貧だな、ライダー」

 振り下ろされる棒を左翼を剣のように変えて切り払いながら、俺はそう呟く

 『悪いが、まだ宝具は当てにならない』

 「分かってる」

 ギリギリで顔面へと伸びた二本目の棒を右へのブーストで回避。避けられた俺の後方で待つセイバー達を襲うが、流石にこの……体感として5分ほどを潜り抜けてきたセイバー、当たるわけもなく、横に逸れてかわす

 

 アーチャーの腕は三対。俺とライダーで、前衛は二枚、だが、俺の両の血色の翼で、何とか一人分……とはいかずとも、一対の腕からの一撃を八割方いなせる。何時しか立ち上がっていたアサシン含めて、後衛も二枚

 こうして、どちらも攻めあぐねる。アーチャーは神霊としての本領を出せず、四人でならば抑えきれる。状況は、完全に膠着していた

 「というか、いい加減に探し出せないのかよ、アーチャー!」

 そんな言葉すら、口をついてしまう

 仕掛けるには、俺もライダーも、こらならばという切り札が無い。だから、この膠着を崩さないように、魔力を切らさないように剣を合わせ続けるしかない

 ……その果てにあるのが、規格外そのもののアーチャーではなく、此方の限界だと知っていて、それでも、仕掛けられない。勝てないと知っているから、負けを引き伸ばす

 『ウル、セェッ!』

 此方の挑発を理解して、アーチャーが嵐を纏った如意棒を俺へと降らせる

 が、分かりきった攻撃。すれ違うように翼を噴かせて上昇、そのまま上から降りる威力を乗せ、中段に構えたまま、頭を掠めるように飛翔して、斬る!

 だが、防がれる。三対目の腕に持った、作り物の分身で受け止められる

 構わずブースト、体勢を崩しながらも、強引に体を押し込む。これでも今の俺の光は神殺しの剣、当たりたくはないから、肉を切らせての精神で食らうことなく、押し込まれてくれる

 その隙を突き、ライダーが剣を展開して全力の大上段からの振り下ろし。外刀身に抑えられていた魔力が爆発し、アーチャーの頬に、腕に、新たな傷が増える

 とはいえ、致命傷には程遠い

 けれども、決める手が無い以上、時間を稼ぐしかない

 

 「……ミラ……」

 上の分身を、ミラが何とかしてくれること。或いは

 『せめて、友が万全ならな……』

 ライダーが呟く

 ミラに取り上げられた俺の力、クラスカード……ビーストⅡと違い、傷が癒えればライダーの獅子は何ら憂い無く戦える。あの日俺に向けられた宝具の全力版で、この膠着を切り開けるだろう

 「あの日の力が……どうしようもない今を、破壊する力が、俺にあれば……」

 だが、今ミラからあのカードを呼び寄せ、力を振るえば、詰みだ。二度とミラはこちらを信じない。例えアーチャーに勝とうとも、そこで間違いなく俺は摂理(ゼロ)に還る 

 

 「ぐっ!」

 そんな余計な思考からか、アーチャーの振るった棒を避けきれず、左頬を強打される

 数本歯が折れ、全身が一回転。呆れたようにしながらも、せめてと真の名を解放せず剣気で追撃しようというアーチャーの動きを妨害するセイバーを見て……

 右目の光が、一瞬スパークと共に閃く

 どうして気がつかなかったという、一つの宝具が、頭に浮かび上がる

  

 「ライダー。切り開く術、あったようだ」

 ぺっ、と折れた歯毎口に貯まった血を吐き出しながら、そう呟く

 『へぇ。そんなものがあるなら、早くに使えば』

 後方で、そんな馬鹿な事をセイバーが呟く

 「馬鹿か。お前が撃つんだろうが、セイバー!」

 右手に魔力を収束、一時的に光の翼すら消し、全魔力をもって、権限を底上げする。例えセイバーがあの日の令呪を盾にしようとも、撃たざるを得なくなる程の力となるように願って

 「三画目の令呪をもって命ずる。我等が新しき契約に従い、汝が根底、セイバーたる由縁の宝具を……

 解放せよ、クリームヒルト!」

 

 その瞬間、右手の令呪が灼熱した。元々あった最後の一画の令呪が赤く煌めき、ふっと消える。灼熱は止まらない。令呪の命令が果たされるまで、止まることはない

 

 『嫌よ』

 けれども、セイバーは拒否する。当たり前だ。以降全ての令呪による命を破却せよ、そう、かつて俺は言った。未来をこの手に残すために。その命令盾にするなんて、知っていた事

 だから、撃たざるを得ない程の魔力を、ブーストとして発動させる。宝具で発散しなければ、ならないように

 最悪、代わりに俺が撃てるように隠された宝具を魔力を発させて探し出す。セイバーという誇りある少女相手に簒奪(それ)は、あまりやりたいことではないけれども

 「……撃て」

 ふと、気が付く。神父から貰った令呪が、使えないということに。いや、使えるはずだ、これは正式な令呪である。それは確か

 ……だが、どうしてか、セイバー相手に今重ねて使えない、そんな気がした。何故だろうか、だが、考えるのは後だと切り捨てる

 『……どうして、撃たなければいけないのかしら?』

 「……いいから撃て、クリームヒルト」

 静かに、そう命ずる。右目が、僅かに疼く

 『……私に、彼の誇りを侮辱しろと言うの?流石に聞き間違いよね、道具(マスター)

 「耳は悪くないだろう。悪いが、抜いて貰うぞ、その魔剣」

 苦々しく呟くセイバーに、淡々とそう返す

 『というか、令呪切ったんだろう、早く撃て!』

 俺へと向けて放たれた棒の雨を、剣を展開してライダーが凪ぎ払う。今の俺は令呪解放に全魔力を叩き込んでいる、謂わば狙ってくれと叫んでいるレベルの隙だらけ。ライダーが何とかしてくれるという甘えは正しく俺を護ったが、それも長くは続かない。今までに比べて、刀身展開時に吹き出す魔力の解放量が下がっている。ライダー一人では、そう持たない

 ライダーの叫びはもっともだ。撃たなければそのうちほぼ確実に死ぬ。生死は、ほぼアーチャーかルーラー任せの時の運に任せられる。だが、その現状を切り開けうるとして、何処に宝具をこの段になっても撃たない理由がある。そう、ライダーは思っているだろう

 ……セイバーを知らなければ、その宝具をセイバーが存在すら隠した理由を、不思議と分かっていなければ……俺もそう思うから

 

 「理由は分かる。納得もする。だが撃て」

 セイバーの抵抗にも構わず、ひたらに命令を繰り返す

 命令を破却されることは承知で、それでも事実上撃たざるを得なくなるまで

 『あんなもの撃つくらいなら、此処で死んだ方が余程マシよ』

 『自殺するのは勝手だが、セイバー

 私達まで自殺に巻き込む気か』

 『ええ。悪いわねライダー。私の心を殺さずに生き延びる術がないというならば、巻き込まれて死んでくれるかしら?』

 『ふざけてる!』

 『バカ、ガ』

 何とか聞き取れるレベルの言葉すら交わせない、アーチャーすらもが一時手を止めて唖然とする

 それでも、セイバーは決して怯まず、かつての命令を盾に令呪を完全に無視する。それが、クリームヒルトの誇り……もう居ない夫(ジークフリート)への愛、忠義だからとでもいうように

 「命令は終わってない。喪われた財宝という幻影ではなく、復讐の剣を」

 『嫌よ。……道具(マスター)、本当の話、貴方からそんな言葉を聞きたくは無かっ』

 だが、その言葉は鮮血と共に途切れた

 

 『……何を、するの』

 胸元を一閃、浅く血が滲むくらいに斬られ、セイバーが呆然と呟く

 『アサシン』

 その行動に、意味を見出だせない。どうしてそんな仲間割れをやるのか、俺にもよく分からない

 『……「ボク」の希望だから。死なせない』

 ふっ、とアサシンは俺に向けて小さく微笑み

 『一人で死んで、セイバー。「我」が介錯するから』

 『ふざけないで!』

 セイバーの怒りが、想いが、俺から逸れる

 『……行ける?「僕等」の希望』

 その声に、一拍遅れて気が付く。アサシンの目的が、何なのか。俺に何をやらせようとしているのか

 「有り難う、これで行ける」

 令呪への抵抗、魔力ブーストを抑え込んでいた意識が逸れることで、傷つけられたセイバーの胸に、光が灯る

 その事に気が付いたのか、アーチャーが嵐を纏い動き出す。だが、その一撃は……アサシンが盾となることで防がれた

 『マズ、ヒトリ……』

 少しだけ意志を感じる、どこか悲しげなアーチャーの唸り。だが、振り返らない。アーチャーは知らずとも、俺はアサシンを知っている。二度とやりたくないという死を、俺のためにやってくれたと理解している

 だから、俺がやるべきことはたった一つ。アサシンの願い通りに、今を切り開く事

 

 手が、セイバーの胸元の傷口に届く

 柔らかな感触。だが、気にしない。セイバーの目が更に軽蔑したものになっている気もするが、そんなものは知るか

 傷口の奥にある、硬い柄に手を掛ける

 「……なんだ、此処にあったのか」

 『……最低』

 「後で幾らでも言え」

 勝ってからな、と自分でも信じきれない未来への約束に苦笑しながら、それでもそう覚悟と共に吐き捨てる

 「ジークフリートそのものでは無いが、俺も貴様の担い手の一人。存分に血を啜って貰うぞ」

 『……神ト、人ヲモコロスカ、(ビースト)ォ!』

 「人を殺し、神を弑し、仏を斬り、全ての理不尽(ことわり)を、破壊してやるよ、アーチャァァァァァァッ!』

 柄をしっかりと握りこんだ瞬間に、不思議と笑みが零れる。右目の光がら幾度目かのスパークを放つ。だが、今は一瞬ではない、翼の再形成と共に、常に僅かなスパークが走ったままへと移行する。左腕は、鉤爪を出さずに消したまま。片腕でこの剣を振るうならば、殺すにはあっても無くても変わらない

 精神汚染、ふとそんな言葉が脳裏によぎるが、何の事だろう。俺はこんなにも、奴を殺したいだけだというのに。殺す気無くして、勝てるものか

 

 「……恩讐は途切れず、惨劇は終わらず』

 言霊を紡いだ瞬間に、ふっと右手の灼熱が終わる。セイバーをセイバーたらしめる宝具の解放。その命令の成就の証

 その勢いのまま、セイバーの胸から、一本の剣を引き抜いた

 ……姿は、セイバーが振るい、俺が借りていたかの剣そのもの。ジークフリートの持つ、幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)。だが、纏う魔力は別物

 

 『ルグアアアアアアッ!』

 咆哮と共に、アーチャーが地を蹴り、殴りかかる(・・・・・)。その六つの拳に、莫大な風を装甲して

 「世界は未だ、暁に至らず』

 完全に引き抜いた剣を、左腰下段に構える。全力で振り上げられるように

 

 

 曰く、聖剣と魔剣両方の属性を持つ黄昏の剣。竜殺しを為した呪いの聖剣。原典ともされる魔剣『グラム』としての性質をも併せ持ち、手にした者によって聖剣にも魔剣にも成り得る。柄に青い宝玉が埋め込まれており、ここに神代の魔力(真エーテル)が貯蔵・保管されていて、宝具発動時のブーストに使用される。(ジークフリート)が所有していたからか、対軍に特化しており、真名を解放することで大剣を中心として半円状に拡散する黄昏の剣気を放つ。それが、幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)という武器だと言う

 否や。此剣(これ)はそんな立派な剣ではない。大層な聖剣等でありはしない。ジークフリートという大英雄の存在が、その彼の偉業が、バルムンクという剣を聖剣へと彼の手にある限りにおいて変貌させただけの事。真実のバルムンクは、人から人へと、持ち主を殺し渡り歩いてきた、単なる人を殺し国を滅ぼす魔剣である

 「血飛沫(しぶ)け』

 だから、セイバーはかの剣を胸に封じた。場所が胸な理由は簡単、セイバー自身、復讐の果てにバルムンクに胸を貫かれて死んだ、故にその傷の縁をもって封じたまでの事。真実、復讐というかの魔剣の呪いに抗う正当なる戦いを除き、血塗られた殺人剣(真実の姿)で、ジークフリートと幻想大剣・天魔失墜の名誉を汚さぬ為に。最愛の夫が人殺しの剣を持つ者として貶められぬように、ジークフリートの剣の幻影だけで戦ってきた。ジークフリートの妻(クリームヒルト)の誇りに懸けて

 

 故に、代わりに俺が振るおう。幻想大剣ならざるかの剣を

 叫べ、悪ならざる人を殺す魔剣、その真名()は……

 「<悪相大剣・(バル)……』

 剣から魔力のスパークが走る。本来であればそのまま拡がって行く黄昏の剣気を、唯、確実に殺し抜く為に剣に留め収束し、殺意と共にアーチャーへと振り抜く

 「人神鏖殺(ムンク)>!』

 

 地から天へ、振り抜く魔剣が嵐と激突する

 『ルグゥゥゥゥゥゥッ!』

 「舐め、るなぁぁぁぁぁっ!』

 

 ああ、どうしてだろうか

 こんなにも、心がざわめく。人を護り、人を見守る貴様は人寄りの神。ならば近しい人と共に死ね。破壊せよ、破壊せよ、破壊せよ、破壊せよ

 目前の壁(アーチャー)を破壊し……そして、そして……

 

 紅の魔力が黄昏の剣気と混じりあい、極大のスパークと化す

 その弾ける魔力は、俺すらも巻き込んで傷付ける

 だが、気にする事は何処にもない。持ち主すら殺す魔剣、寧ろそれ位でなければ、アーチャーには届かない

 『ガァァァァァァッ!』

 「ラァァァァァァッ!』

 そのまま、アーチャーの纏う嵐すらも巻き込んで、剣を振り抜いた

 振り抜いたその瞬間に、剣に溜め込まれたすべての魔力が爆発する。それは……端から見れば、紅く、そして蒼い光の螺旋にも見えただろうか。だが、螺旋の端、吹き荒れる嵐がかする位置の俺には、確かめようも無かった

 

 一瞬にも思える数秒の後、アーチャーを呑み込んだ螺旋の嵐はふっ、と消える

 だが……

 『……テメ、エ……』

 刻の止まった世界に、吹き上げられた埃等は何もない。姿を隠す煙など望むべくもない。だから、夢など見られない

 アーチャーは健在。各所から血を流し、六本の腕のうち二本は明らかに人体では曲げようもない可笑しな方向へと曲がり、初めて、膝を付いた

 だが、その瞳は、その肉体は、未だ止まらず、立ち上がる力を残している

 

 『道具(マスター)、それは……』

 『冗談キツいな、その力』

 「まだ、終わってないだろうが……』

 だというのに、追撃をかけない残りのサーヴァント達を急かす

 振り抜いた。全魔力は注ぎ込んだ。そうでなければ、抜けるはずも無かった。それこそが、魔剣というものだったから。立つのすらやっと。最早翼は背に無く、再度形成する事すら難しい

 握力を保てず、手から悪相大剣が零れ落ちる。夢幻召喚を維持出来ず、軽いスパークと共に服が赤いベストといったものから元の黒のシャツへと戻り、二枚のカードが俺の体から弾き出される

 

 そのカードをせめて回収しようと手を伸ばす

 ああ、俺の体はこんなにもトロかっただろうか。そう思うほどに、手は遅々として進まず、黒いカードのみは届けども、金のカードを掴めない

 金のカードが、地面に落ちて、軽い音を立てた

 俺の体も、手を伸ばした事でバランスを崩し、ゆっくりと倒れていく

 

 引き伸ばされた世界で気が付く。要は、俺自身が止まった世界に呑み込まれかけている。リンクしたセイバーも本調子でなく、俺自身はやっぱりボロボロ、魔術的に止まった刻を、魔力で押し通れなくなってきたのだ

 だというのに、セイバーもライダーも動かない。折角切り開いたというのに。今のうちにアーチャーを……

 

 ふと、自分が可笑しな事を考えている事に気が付く。待て、俺は……

 アーチャーを破壊する(止める)為に、この力を振るったはずだ。目的は、アーチャーの消滅(正気維持)。殺す必要も、殺すだけの力も……ある(無い)

 そうだ、故に今、ある程度全力で破壊衝動を解放した直後のアーチャーを見守る彼らは間違っている(間違っていない)

 ああ、こんなにも思考と目的が一致しない。けれども、何故だろうか。今の状況こそが、本来の俺な気がして……少し、気持ちが悪かった

 

 だが、その思考は、空から落ちてきた赤い流れ星にによって中断される

 「うがっ』

 遅くなっていく刻の中で、成す術もなく落ちてくる柔らかいものに額を強打され、逆に仰向けに倒れかけ……

 負けるものかと心臓から僅かに湧き出る魔力を全身に。魔術回路として血管系を起動し、ギリギリで止まりかけた時間から帰還、右手でそれを受け止める

 『っ、御免ね、フリットくん』

 俺の腕に抱き締められるような形で、落ちてきた流れ星……ミラが血の付いた頬を少しだけ赤らめた

 『うん、任されたって言っておいて情けないけど、わたしは大丈夫だから』

 気恥ずかしいのか、一瞬の後には、柔らかな感触は僅かな血の粘りを残して手から消える。正直、元が人間ではあるはずなのに、万全の体勢からセイバーに<悪相大剣・人神鏖殺(バルムンク)>してもらって尚倒せるか怪しい堅さの割に、体は柔らかかったな、なんて馬鹿な事を少しだけ考え、振り払う

 

 軽い音と共に、もう一人のアーチャーが、膝を付いたアーチャーの横に降り立つ。恐らくは、ミラを地面に叩き付けかけ、追い掛けてきたのだろう

 だが、その姿は……寧ろ此方のアーチャーに手助けを求めに来たのでは?と思うくらいには傷だらけ。六本の腕のうち、まともに動くのは最早左腕二本だけ、二本は半ばから吹き飛び、一本はネジ曲がり、一本は明らかに折れている

 流石はルーラーといった所だろうか。情けないと言った割に、かなりの傷は与えている

 

 「……情けなくは、ないだろう』

 口を開くことすら億劫になりつつ、俺はそう、血に濡れた聖女を見て呟く

 『といっても、セイバーさんのあの宝具の柱に叩きつけられなければ、普通に押しきられてたかもしれないし、ね』

 少しふらつきながら、ミラは傷の付いた頬で笑った

 俺相手では何事もなかったかのように治してくるというのに、傷が残っている。やはりというか、激戦だったのだろう

 

 ふっ、とぶれていた像が一つに重なるように、二人のアーチャーが一人になる。三面六臂も解除され、傷の殆ど無い普段のアーチャーに戻る。その瞳は左は紅く、されど右は火眼金睛。半分ほど正気まで、破壊衝動を発散しきったと言えそうな姿

 「アーチャー』

 『……悪魔』

 その声はほぼ正気のアーチャーのもので。けれども、俺が知る限り、最も冷たいものだった

 「紫乃は』

 『……悪魔を、滅ぼす。それが、オレの役目

 悪いな、マスター。何でオレが来れたのか

 

 ……マスターを護るためじゃ、無かったわ』

 僅かな土埃と、風が巻き上げられる

 その次の一瞬には、アーチャーの姿は地上に無かった

 

 ……土埃?

 ふと、気が付く。刻の静止が、解けかけている。僅かにだが、灰色の世界に色が戻り始めている

 やはりというか、傷が無くなったように見えても、ダメージはしっかりと残っていたのだろう。故に、刻止めが揺らぎ始めた

 だが、今それを喜ぶ事は……出来ない。出来る訳がない

 

 遥かな宇宙(ソラ)を見る。止まった刻、灰色の空。けれども、動きかけ、僅かに色付くそこに、二つの輝く星が見えた

 ひとつはここ一月ほど明るく見える星、火星。そしてもう一つは翠の風の星。即ち、アーチャー

 

 『……流石に、冗談……と、言いたいんだが』

 溜め息と共に、ライダーがぼやく

 『アーチャー、何を見たの?』

 呆然と、右手を眺めながらミラが呟く

 そして……

 

 『天の果ての忉利より地の奥底の陳莫へ、三界総てを貫くは

 音に聞こえし如意金箍、神振り下ろす天の雷』

 朗々と、遥かな宇宙からすら響く声

 ……聞かずとも分かる。あの日、意識を失う直前に見た嵐の、その先。アーチャーの本気、宇宙(ソラ)より(きた)る宝具

 「……ミラ』

 『駄目だよ、フリットくん』

 けれども、俺の言葉に対し、ゆっくりとミラは首を振る

 『令呪は使っちゃったからね。もう、止まらない』

 「違う』

 どうしてだ。どうして分からない

 「俺に、総ての理不尽を破壊する力を』

 痛む心臓を無視し、右手を出す

 『悪いな。分が悪いんで、唯一の心当たりを当たってくる』

 ライダーが、何時もより精彩を欠く走り方の獅子に乗って去って行く。それを止めることも出来ない

 『……道具(マスター)、無理言ってること、本当に分かってる訳?』

 地面に落ちた悪相大剣を拾いながら、呆れたようにセイバーがぼやく

 「分かってる。けれども、これしかない』

 不思議と確信があった。あのカードさえあれば、きっと俺は天の裁きを越えられると。必ず、かの一撃を相殺し、この先の未来を得られる、と

 だから、手を伸ばす

 「終わったら、また取り上げてくれて構わない』

 『ルーラー。正直なところ、私もあんな苦しそうなので死にたくは無いわ。脳天一撃の即死なら後腐れも無いでしょうけど、アレはそうじゃないもの』

 「セイバー、お前は……』

 『私なりの、精一杯の援護の言葉よ。文句あるのかしら?』

 「いや、本当に有り難い』

 『人々を救うため。こんな人殺しの剣が唾棄する聖剣の業なら、やってやるわよ!』

 吐き捨てるように言って、セイバーが剣を構える。何時もの大上段に

 

 『……うん。分かった。一度だけ信じるよ。帰ってこなかったら、わたしが殺しに行くから』

 だから、帰ってきてね、と淋しそうに微笑(わら)いながら、ミラは赤いカードを取り出す

 「努力するさ』

 絶対はない。故に確約はせず、そのカード、ビーストⅡを、形成した左の鉤爪で受け取る

 「複合(クロス)夢幻召喚(インストール)

 その言葉を口にした瞬間、あの日の力が、俺の中に溢れた

 またまた限界を越えた魔力を回帰させられて銀霊の心臓が軋みをあげるが無視。どうせ一撃で終わる、終わらせる

 

 『その真実を御覧あれ

 (これ)こそは天の裁き、人が到達せし神話、神の杖(ロッズ・フロム・ゴッド)

 アーチャーの詠唱が進むなか、俺も迎撃に入る

 

 「接続(アクセス)

 空を駆け登るミラを見上げ、心のままに、そう呟く

 空間が割れ、一つのキューブが顔を出した

 心臓の痛みが、不意に止む。銀霊の心臓から一欠片、紅の光が走り、そのキューブを刹那の間に掌握する。いや、それは正しくない。このキューブは、この力は、元より俺の……いや、俺の中の英雄のもの。単に刻を越えて呼び出しただけ、セイバーの<喪われし財宝(ニーベルング)>と何ら代わりは無い

 「其は悪竜、生命の星の息吹』

 その言葉と共に、更に一段、俺の姿が変わる。ブースターそのものの翼は形はそのままに銀色のの翼として実体化。ベストやシャルワール風のパンツといった動きやすく露出の多い服は、上から竜鱗のような装甲に覆われ、頭に僅かに見えていた角が、形状は己からは見えないが、湾曲し、しっかりとしたものへ。不思議と、瞳孔が縦に裂けたのを理解し……

 「開け』

 変化を終えた己の言葉に従い、空のキューブが三層に分かれ、展開する

 第一層、一番上は中央部のみが延びて砲へ。第二層は四つに別れて展開、三層の周囲を取り囲むように。三層はそのまま

 「顕彰せよ、我が虚空の果ての宿星よ 紅に輝く箒星 虚無を渡りて畏れ見よ』

 その詠唱と共に、キューブに蒼い魔力の線が走る

 四つに分かたれ浮かぶ二層が中央を囲むように四つの魔方陣を形成。三層、一層が筒状に幾多の魔方陣を展開する。色は紅、蒼、そして翠

 「蒼星が夢を満たさんが為に 猛る怒りが己を灼けど

されど未来は遥か 我が翼に在りて悲劇(せかい)を穿つ』

 魔術とは心で振るうもの。自身が魔術を繰る、その魂を振り絞る為に、自分でも分からず、ただ口を突いて出るままに、言霊を紡ぎ続ける

 

 『インドラよ、刮目せよ

 これぞてめぇに何時か撃ち返す金剛杵!』

 「暁は遥か夢の果て、終わらぬ月夜に刻もう』

 『この理こそ三界制覇、天冥地に在りし幾多の怒りよ、天の帝の元に集いて』

 「涙を祓うは旭光の吐息 我が(けつい)のままに……地より吹き出せ』

 遥かな宇宙に、在るはずの無い嵐が見える

 大地より一条の光がキューブへと向かい、砲頭に莫大なエネルギーが収束する

 

 『星を討て <天斉冥動す三界覇(ブラフマーストラ・ヴァジュラ)>!』

 「破壊せよ <竜血収束・崩極点剣(オーバークランチ・バルムンク)>!』



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七日目ー決戦、天にも(ひと)しき大聖者 後編(多守紫乃視点)

ふと、冷たい灰色の(ゆか)で私は目を覚ます

 『おや、お目覚めですか』

 その目覚めは、最悪そのものだった

 「……アー、チャー」

 『残念ながら、彼は此処には居ない』

 くつくつと、目覚めた時には座布団を敷いて座り込み、目の前に居たその銀髪の狐は笑う

 口元に手を当てて、悪戯っぽく

 『今は誰も、貴女を助けになど来ない訳ですよ、多守紫乃(アーチャーのマスター)

 「そんなこと無い!」

 左手甲に今も残る二画の令呪、私とアーチャーを繋ぐたった一つの絆を右手で抱き締めながら、私はそう反論する

 「あなたが誰か知らないけど、アーチャーは……きっと来る

 ううん、絶対に来る。だってアーチャーは」

 『「私なんかに従ってくれるのが可笑しいほどの強い存在だから」

 ああ、全く……正しい事です』

 私の言おうとした事を僅かに言葉を変えて奪い取り、更にはそれを肯定しながらも、銀髪の狐はさも悲しそうにその金の目を瞑り、首を振る

 

 『カカ!しかしてそれは、アレがあくまでも正気である、という前提の元にのみ成立するのぅ……』

 銀髪の狐ではない。何時から其処に居たのかも分からない、机前の椅子に座った老爺が、しゃがれた声でそう続けた

 『貴方がどうして此処に居るのか、どうしてこの者達……』

 と、銀髪の狐は尻尾で器用に隣を指す

 其処には、半分くらい灰色の戒人さん……いや、その体を乗っ取った吸血鬼が、ベッドにふんぞり返り邪悪な笑みを浮かべている

 『彼等に囚われているのか、それを思い出せば解ること、なのですよ』

 

 言われて、思い返す

 いや、忘れる訳がない。あの日、今が何時なのかは分からないけど、恐らくは今日の朝過ぎに……私は、あの吸血鬼の罠に掛かった。血を注がれていたという真実と共に、吸血鬼の血を活性化させられた

 ……なのに、私が多守紫乃で居られるのは……そう、薄れた意識のなか、それでもあの言葉を覚えている。『マスターの背負ってるふざけたモン、まるごと全部、寄越しやがれぇぇぇぇっ!!』という、その叫びを知っている

 

 ……そう、今なら分かる。アーチャーはあの時、最初に出会ったあの日令呪の繋がりを通して無理矢理私に変化という肉体を変身させる力を適用して指を生やしたように、逆に吸血鬼の血による影響全てを今度は自分が抱え込む事で、自分を犠牲にしてまで私を護ったのだ。それで、自分が狂ってしまうかもしれない事も、何もかもお構いなしに

 ……ならば、逆に……

 

 ふと、ホテルの一室ーシンプルなものしか置かれていない事から、恐らくは私が使っているホテルの別の一部屋ーの窓から、外を見る

 灰色の空。まるで時間が止まったかのようなその世界に、二つの星が見える。一つは火星だろう紅い星、そしてもう一つは……

 「アー、チャー」

 『然り!然り然り!既に理性は無く、狂乱するのみ!』

 私の視線を辿り、老爺がさも楽しそうに嘲笑(わら)

 

 まるで星のような高さで魔力の光を風に纏うアーチャーの姿、それは……

 あのライダーというサーヴァントと森で戦った日、アーチャーが最後に見せたあの力、少ない私の魔力を吸いきられて気絶する直前に見たあの星の光そのもので……

 つまりは、そんな全てを吹き飛ばしてしまっても可笑しくない程のものを、今にも振り下ろそうという程に、アーチャーはもう狂っているということ

 「止めてよ、アーチャー」

 ふと、口をついてそんな言葉が零れてしまう

 「この街も、私も、全部無くなっちゃうよ、それは」

 それは、とても怖いこと。アーチャーは原子爆弾と比べられるくらいの威力はあると言っていた。ならば、私も、伊渡間という街も、それはもう、瓦礫しか残らないくらいに吹き飛ぶに決まっている

 そんなものを、異世界だからって大義名分も何もなく、撃ち放とうというアーチャーが恐ろしい。本当に狂ってしまったんだって、そう感じる

 灰色の空は気になるけど……

 

 『はてさて、自身で刻を止めておいて、気がついているのかいないのか

 刻が、半分動き出していることに』

 空の星を見上げ、狐はそう呟く

 「……時間停止?」

 『そう。この灰色の空こそ、あの顎骨を持つ者(ハヌマーン)が、かつて夜を終えぬ為に行使した時間停止。停止したものは、如何なる干渉をも受け付けない。それこそ、核すらも』

 けれどもくつくつと、狐は笑う

 『それはあくまでも刻が止まっているが故。動くもの、即ちサーヴァントとマスター等はその域に無く、半分動き出した世界にも……』

 ふっ、と一瞬だけ狐は考えるように目を閉じて……

 『まあ、かのヒロシマくらいの傷痕は残るでしょう』

 「……そん、な」

 けれども、それでも、私は……

 

 出来なかった。令呪を切って、アーチャーを止めることが。まだ、アーチャーを信じたかったから。ルーラーに止められたとも言ってたし、本当に撃つ訳が無いって。その前に、私を……

 『無理だ』

 底意地悪く、老爺は私の頬を(はた)

 『何故、かの者達はこんなに分かりやすい場に居る儂等を探しあて、貴様を救えなかったと思うておる』

 爺に浮かぶのは、どこまでも邪悪な笑み。笑う事で揺れて見えた、そのハゲた後頭部は、不自然に延びている

 『意識陥穽ぬらりひょん。あやつ等程度に、破れる道理もなかろうて』

 さも楽しそうに、灰色の机を叩きながら、老爺が呟く

 「……ぬらり、ひょん……」

 その言葉を反芻する私に

 

 『そう。儂の名はぬらりひょん。大いなる妖怪の総大将。かく在るべくして在る、最強の……』

 『とまあ、言ってはいますが

 かの彼……S346(ザイフリート)と同類のホムンクルスですよ。単に、其処にあるのにそうと認識出来ない。何をやろうが、それを当然の事として流してしまう。そんなセコい、(オレ)に祓われるのが関の山なチンピラ妖怪。ああ』

 無駄に恭しく、銀髪の狐はその謎の執事服の胸ポケットから、一枚の小さな紙を取り出す。まるで名刺だ 

 『(オレ)はC001、同じくかのホムンクルスのキャスター』

 差し出されたその紙には、C001、ザ・グレイテスト・オンミョージなんて事が大きく書かれている

 他にも何か小さく書かれているけれども、それ読む以前に本当に名刺だった、なんて私は少し呆けてしまう

 

 「ヴァルトシュタインが、私を隠してたとして……」

 ふと、気になってまだ話しやすい狐に問い掛ける

 「あなたは何を?」

 『いえ、単純に……見学は特等席で、でしょう?』

 けれども、はぐらかされたのか、本当にそうなのか……何も、分からない

 

 『星を討て <天斉冥動す三界覇(ブラフマーストラ・ヴァジュラ)>!』

 「破壊せよ <竜血収束・崩極点剣(オーバークランチ・バルムンク)>!』

 そんな内に、遂に……空の星は放たれる。それと同時、遥か地面……いや、低空に浮かぶ何かから、一条の蒼光が放たれた

 

 「アーチャー……」

 本当に、撃ってしまった。あの力を……。軽く聞いたアーチャーの本気、衛星兵器・神の杖(ロッズ・フロム・ゴッド)こと<天斉冥動す三界覇(ブラフマーストラ・ヴァジュラ)>を。それを迎撃しようというのか、墜ちてくる翠の風を纏った流星へと向かう蒼い光のブレスも……本能的な恐ろしさはあるけれども、神の杖を止められる訳がない、そう思える

 

 蒼光と翠星、その二つが遥かな空で激突し……翠星が空で止まる

 いや、止まらない。普通に、光を押し込んで大地へと近付いていく

 止まるわけがない。あのアーチャーの本気なんだから。それほどまでに、圧倒的な死の気配。見たことが無かった、対界宝具というバケモノの恐ろしさを、よーく理解する。それが、蒼光が砕けた次の刹那に、私を殺すとしても

 「……綺麗」

 そんな言葉が、無意識に零れ出る

 

 「……まだ、だぁぁぁぁっ!そんなものか、貴様等の怒りはぁっ!

 もっと、全部、全部!全部寄越しやがれぇぇぇっ!』

 低空に、紅い光が輝く。私が浚われる前に一度だけ見た、かーくんの紅い魔力の翼、そのブースターの三本の骨をを大きく展開、竜の翼のようにして……自分の体よりも倍は大きくなる程に噴かしている

 かーくんが放つらしい蒼光が、怒りをもって……膨れ上がる

 けれども、止まらない。ふと、神鳴が横殴りに翠星を吹き飛ばそうと激突しているのが見えた。真っ向から受けるのが蒼光、その均衡を崩し、斜め上へと吹き飛ばそうというのが、神鳴

 

 それでも、風を纏う翠星は、端から見ればゆっくりと、けれども、恐らくは音の速度を越えて……墜ち続ける

 『馬鹿を抜かせ、悪魔。怒りとは、てめえを討つ金剛杵(いかづち)よ!』

 より強く沸き上がる蒼光ードラゴンブレスを砕くべく、翠星も纏う嵐を膨れ上がらせる。核となる如意棒を、纏う嵐を肥大させ、文字通り……極々小さな星程にまで成長する

 憶測で言えば

 『長さは大体、50mという所ですかね』

 そう、銀髪の狐は呟いた

 長さ50m。ならば、大体…一番太い部分で半径12m程。そんなものが地上に激突したらどうなるか。そんなもの、言うまでもない。例えあれがアーチャーの宝具でなくとも、単なる隕石であろうとも、街一つ地図から消えるなんて当たり前のお話

 『星の流した無数の涙が、怒りとなりて、貴様を討つ!

 滅びろ、悪魔(ヴェルバァ)ァァァァァっ!』

 その叫びと共に、翠星は神鳴を、そして蒼光を撃ち砕き

 「紫乃までも、殺す気かぁぁっ!」

 かーくんのその叫びすらも無視して、地上へと向けて墜ちる

 

 『……この身は真の担い手ならざれど、流れる血、王たる資質に応え……』

 ふと、森から歌声が聴こえる。不思議な音に乗せて、流れてくるこの声は……ライダー?

 『束ねよ、命の息吹』

 灰色の世界で、森から朝日が昇る

 いや、違う。莫大な金色の光が、そう見せただけ

 『使命を、星の聖剣……。目覚めよ(アウェイクン)

 <約束された(エクス)

 一瞬の溜め

 『勝利の剣(カリバー)>!』

 森から放たれた、黄金の光の奔流が、翠星へと激突した

 

 「終わる、ものかぁぁぁぁぁっ!」

 『わたしだって、何も聞かずに終われないからね!』

 更には、神鳴と蒼光、一度吹き散らされたそれらすらも、翠星を止める為に復活する

 重なりあう、神鳴、金光、蒼光。それらが一つになって、爆発し、私の視界を一瞬だけ、光で塗り潰す

 

 目が戻った時、翠星は

 ……尚も健在。大分纏う嵐が弱まり、核である棒がよーく見えるけれども、止まりきらずに半分以上自由落下ながらも、地上に落ちていく。それを

 『……ああもう!やってやるわよ!<悪相大剣・人神鏖殺(バルムンク)>ッ!』

 地上から吹き上がる黄昏の剣気が、遂に吹き飛ばした

 黄昏の剣気に弾かれ、如意棒が遠く空へと飛ばされる。それを追うように、紅い翼のかーくんが、流れる血のように紅い魔力を溢しながら飛翔し、追いかける

 けれども、辿り着けない。その棒は、あれだけのものを放ち、尚も嵐を纏うサーヴァント……アーチャーの手に戻ったから

 

 『潮時ですか。後は……単なる事後処理。(オレ)は去りましょう』

 ふと、銀髪の狐が私の横で空を見上げるのをやめ、此方を見る

 『それでは多守紫乃。また、ご縁があれば』

 ふっ、と立ち上がり、銀髪の狐は扉を開けて出ていった

 

 ……扉を開けて?

 ふと、気が付く。世界の灰色が薄くなっている。世界が色付いて来ていることに

 彼らが言っていた、アーチャーによる時間停止が、解けかけている。世界が、微睡み始めている。きっと、そうなのだろう

 「はっ、面白いミセモンだったなぁ

 そうは思わないか、しーのちゃん?」

 灰色が消えかけ、動かないでいた吸血鬼も、言葉を発し出す

 「けど、流石に飽きた。刻が止まったフリで動かないってのも疲れるしよ」

 きゅっと、左手の令呪を握り締める。だけど

 「ほう。儂等の前で、それが出来ると?」

 無理だ

 日中だって、アーチャーを令呪で呼ぼうとした事はある。だけど、令呪を切る前に、流し込まれた吸血鬼の血が、流し込む牙が、多守紫乃(わたし)という存在を消し去ってしまうだろう

 だから、ただただ、首筋を撫でられながら、気持ち悪さの中で……見ているしかない。戦いにもなってない、一方的なものを

 

 「アー、チャー……お前は……」

 かーくんは、もう翼すら維持出来てない。ほぼ成すがまま、ギリギリで傷口から血と魔力を噴出、何とか致命傷だけは避けているだけ。相手にもならないし、そのギリギリ回避だって、血を撒き散らすもの。直ぐに万策尽きる

 

 こんなの、アーチャーらしくない。こんなアーチャー、見たくない。もう、やだ

 だから……だから私は

 「もう止めてよ、アーチャー!」

 かーくんを殺すために棒を構えたその時、思わず左手を握り締め、そう叫んでいた

 

 もう止めて

 その一言と共に、私の左手が焼ける。アーチャーに止まって欲しい、皆壊さないで欲しい。その思いを、令呪による命令として、聖杯が理解する

 

 その瞬間、今にも如意棒を伸ばしてかーくんの頭を砕こうというアーチャーの動きが一瞬だけブレて

 『やはり、そこかぁぁっ!』

 止まらずに、如意棒はアーチャーの意のままに伸び、振るわれる。かーくんの左耳を掠り、私の居るホテルへと

 

 『なっ!』

 逃げ遅れ、老爺が音速を越えて伸びてくる棒に激突、壁へと叩き付けられる

 『掴まれ、マスター!』

 悩む時間なんて無かった。私はそのアーチャーの叫びに従い、如意棒を掴む

 一瞬の浮遊感。音を越える速度で元の大きさまで戻る棒に運ばれて、私の体は、空のアーチャーの元へ

 

 漸く、アーチャーの顔を、姿を、良く見ることが出来る

 けれども……

 「アーチャー!」

 『全く……気にすんなって』

 戦いは、もう終わり。私を左手のみで抱えて、ポンポンとアーチャーは右手で私の頭を軽く叩く

 「けど、傷が!」

 そう、あの時……私はかーくん相手に止めを刺そうとするアーチャーを、令呪をもって止めた。その結果として、アーチャーはかーくんへの対処を令呪によって封じられ、その胸には……

 紅い光の剣が突き刺さる事になった

 

 『だから気にすんなって、マスター』

 なのに、大怪我してるのに、アーチャーは何時もみたいに笑う

 『元から、今日を越えるなんて思っちゃ居ねぇからよ。どう終わろうが、オレは夜を越えない。この血の呪いを抱えて消える

 だからよ、問題なんてねぇよ』

 笑うアーチャーのその口の端から、一筋の血が流れる

 

 「バカ、な……」

 フラフラと、血のマントで空を飛び、戒人さんの姿をした吸血鬼が、私の元まで飛んでくる

 「アーチャー、貴様は!」

 『なーに、やるべき事は確かにマスターを護る為じゃねぇし、悪魔を倒すことだ。それは……吸血鬼の衝動に呑み込まれても出来る』

 アーチャーは、尚も楽しそうに笑う

 『けどよ、お忘れだぜ、大馬鹿さん

 (ひと)を突き動かすのはもう一つ在るだろ?やるべき事の対、やりたいこと

 ……それがマスターを護る事じゃねぇなんて、オレは一度でも言ったかよ?』

 「きさ、ま」

 アーチャーの言葉に、かーくんは何も口を挟まない。アーチャーにすべてを任せるように、ただただ見守っている

 『オレがカタをつける。その言葉通り……マスターは無事、てめえは地獄行き

 どうやら、詰め(チェック)が甘すぎたな。チェックメイトだ、下郎』

 アーチャーの宣言と共に、戒人さんの体が、何本かの棒に貫かれ爆散……その体全てが、風によって吹き散らされ、跡形もなく消える

 抵抗すら不可能。私という人質が居ないとはいえ、あまりにもあっけない終わり方で、戒人さんを弄んだ吸血鬼は消滅した

 

 『話し難いわ、これ』

 アーチャーが地上に降り立つ。中央公園の……戦いの傷跡が残り、怖いもの見たさの人々すら一度見たからと近寄らなくなった部分に着陸。かーくんも倒れ込むように着地する

 

 「アーチャー!」

 軽く血を吐くアーチャーに、私は何か出来ないかって思って言葉を発する

 『だから、気にすんなってマスター。これは、オレのヘマなんだからよ

 寧ろ、何でこんな所でって怒っても良いんだぜ?』

 茶化すような言葉にも、何処かキレがない

 けれども、私の後悔も何も、アーチャーは許してくれない

 

 『なあ、ザイフリート

 今のお前に言わせてくれ』

 「……ああ」

 何とか立ち上がり、かーくんは神妙な面持ちで頷く。左耳は無くなっていて、それは痛そうだけど……そんなこと感じさせず

 『悪魔になんぞ、なるんじゃねぇよ』

 「イミテーション・ビーストⅡ。それでも、悪魔に魂売らなければ、果たせない事もある」

 『違げぇよ

 ……自覚は無いのかもしれねぇが、お前は……沸き上がる疑問を封殺する為に、ただ、何かの為に悪魔となる、ちょっとだけ好戦的で頑なな自分ってのを持ってる

 それに呑まれるな。疑問を捨てるな

 

 世界は、お前が思ってるほど、お前を拒絶しちゃいねぇよ』

 アーチャーがかーくんにデコピンする

 今のかーくんですら揺れないほどに弱く

 『だから、幸せを噛み締めろ。世界を……神巫のものと思わず、欲望をもって見てみろ』

 「こんな時に何を言っている、アーチャー」

 『今は分かんなくて良い。けれど、御神託って奴さ、言わせろよ。悪魔を倒すために

 お前を、星を滅ぼす悪魔にしないために、さ』

 『……フリットくん、アーチャー!』

 少し遅れて、ミラちゃんまでもやってくる

 「約束通り、返すよ」

 私とアーチャーを二人きりにするように、かーくんはミラちゃんへと話しかけに行く

 

 「アーチャー、何とかならないの?」

 『何ともなんねぇなぁ、流石に』

 そう笑うアーチャーの姿は、何処か透けていっていて

 『何、大丈夫さマスター。あいつもバカだが、誰かを思える良いバカだ。きっと最後にゃ悪魔にならねぇ』

 ミラちゃんと話すかーくんを見て、アーチャーは少し嬉しそうに呟く

 『だからよ、安心しなマスター。ザイフリート・ヴァルトシュタインはマスターの味方で在り続けるはずだ』

 「けど、私は!」

 アーチャーが居ないと……、という続く言葉は、けれどもアーチャーに遮られる

 『おっとマスター、オレ無しじゃ何にも出来ねぇってのはナシな

 そう卑下されちゃ、オレが居た意味が何処にもねぇ。おサル冥利に尽きねぇ話になっちまう』

 少しだけ意地悪くそうにそう言われると、私には何も言えなくなる

 

 『マスター、確かにマスターの火はちっぽけだ』

 アーチャーの大きな右の拳が、私の胸を叩く

 『けれども、確かに此処にある。勇気の火だ

 オレはそれをほんの少し大きくしただけ。もっと大きく出来りゃ、風神ヴァーユの息子って胸張って名乗れるんだが、そんなスパルタはオレにゃ合わねぇ』

 「勇気の火。そんなの……本当に私にあるの?」

 アーチャーが居たから、ここまで来れた。アーチャーが居てくれたから、私は聖杯戦争なんてものに参加出来た

 ……言っては悪いけど、もしも私があの時もしもセイバーを、かーくんに従うでも無いあのプライドの高い少女を呼んでいたとしたら、恐らくはそのまま聖杯戦争を降りていただろう

 アーチャーというあまりにも大きな庇護の元、私はぬくぬくしていただけ。他のサーヴァントや、変わり果てたかーくんの姿を見てそう思ってしまう

 

 『あるさ。どんなに怖くても、それでも希望に向けて一歩踏み出しただろう?

 あの日、森へと向かったのは、オレに出逢ったのは、紛れもなく今にも消えかけた小さな勇気の火。それを道標に、このアーチャーは来たんだぜ?』

 にっ、と消えかけの顔で、アーチャーはまた笑う。私に負い目を感じさせないように

 『火は点けるのが一番難しい。点いてしまえば、消えない限り、後は育てるだけ。そんなもん、点火に比べりゃどうとでもなる

 だからよ、マスター』

 

 『オレが居なくても、マスターは大丈夫だ

 ……ずっと見てるぜ、きっとマスターならその火を消さない。何時か希望に辿り着く。だって、オレのマスターだもんな、って安心してな』

 最後まで笑って、アーチャーは……

 こんな私の為に戦ってくれたサーヴァントは、私へ向けられた吸血鬼の血の呪いと共に消えた

 

 ああ、何かの役に立つだろ、聖杯戦争終了まで貸しとくぜ、って締まらねぇ別れだなこりゃ。先に言っとくべきだったわ、と……伝言と共に象徴の一つたる棒(如意金箍棒)を、私の手に残して

 

 「アー、チャー」

 棒を握り締め、私は呟く

 規格外だから、可笑しいから、とどこか現実と思ってなかったけれども、これで分かった。分かってしまった

 アーチャーは、もう居ない

 

 ぽろりと、涙が溢れる

 けれど、誰も何も言わない。誰も、かける言葉を持たない。かーくんも、ミラちゃんも、そして後から来たセイバーも

 だから、私は……たった一画、左手に残ったアーチャーとの繋がり(令呪)と、アーチャーが残してくれた力(如意金箍棒)を抱き締めて……少しだけ、泣いた




少しひっかかる事があるかとは思いますが、ひっかかる状態で正常です。そのままお読みください


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"夢幻の光剣"転 第七次聖杯戦争/下
七日目断章 深更(しんこう)の翼


三馬鹿駄弁り回、つまりは解説回となります

無駄な細かい設定が気になる人だけお読みください


『……終わりましたか』

 灰色であった空に夜が戻り、星が瞬き出す。もう、魔力の光は見えない。彼の血光も、竜の蒼光も、そしてアーチャーの翠風も、止まった時の中に置き去りにされて、誰も見ておらず、記憶にも無いだろう

 この日この時、一つの世界を護る戦いがあったなんて、それこそ、当事者達しか知らない。世界は、人々はこうして、何も知らないでのほほんと生きていく。未来へ

 

 『なんて、少し感傷が過ぎましたかね』

 自分の思考に苦笑しつつ、ワタシは手を出す

 『ということで、それは一応ワタシのものです、返して貰えますか、ライダー?』

 その声に、窓の外に立つライダーが振り返る

 その手にあるのは、かつてワタシが折れてくれても構わないから固い剣として使いますか?と彼……ザイフリート・ヴァルトシュタインに渡そうかと思った一本の剣。結局は、彼がそれを拒否したことで意味を持った星の聖剣。アヴァロンの魔術師☆Mが置いていったとされる模造品

 即ち……<約束された勝利の剣(エクスカリバー)>。墜ちる翠星を止める為に振るわれた剣

 『あ、ああ……』

 言われて、剣を眺め続けていたライダーは、慌てて剣をワタシに投げ返す

 少し危ないけれども、ワタシはその柄をキャッチ、立て掛けておいた鞘に納める

 

 『それにしても、突然来たときには驚きましたよ』

 『これしか手は無いと思った。騎士道?自力?そんなものは、出来る者だけが唱えて良いもの』

 開けっぱなしの窓を乗り越え、土足でライダーが屋敷に踏み入る

 西洋式の屋敷であり、外履きを脱ぐ様式では無いため別に良いけれども、せめて汚れは軽く払ってからにしてほしいものです、なんて思うけれど、口には出さない

 『私は、使えるものは何でも使う、獅子の剣では、例え止められても消滅するだろう

 だから、星の剣に任せるさ』

 そんな事を言いながらも、少しだけ自力で何とかできない事を悔しがるように奥歯を噛んで、ライダーは呟いた

 

 『まあ、止められたから良いですけど、賭けじゃありませんでした、アレ?』

 横で事態を眺めていたピンク狐がもう過ぎたことを蒸し返し

 『ええ。止まらなければ、あのまま街一つ消し飛んでたでしょうね』

 何時しか戻ってきていた銀髪の狐がそう返す

 『ひっどく大味な戦いでしたねぇ……

 正直、面白くねーですよ』

 『おやおや、怖じ気付きましたか?

 (オレ)は特等席で楽しみましたが』

 くつくつと、意地悪く銀髪の狐は笑う。敵視している……というか気心が知れているからこそじゃれている為か、容赦は無い

 『特等席だぁ?そもそも何しに行ったんです?』

 そのノリに乗るように、ピンク狐が食って掛かる 

 『ええ、戦いの特等席、かの渦中のマスターの元

 まあ、(オレ)があそこに居る必要は、必ずしも無かったようですが、ね』

 『おや、実はきにしてたんですか?式神に任せた結果、探し当てられなかった事』

 『どういう事だ?』

 ワタシの呟きに、ライダーが首を傾げる

 ニマニマしているピンク狐はやっぱり気が付いているのでしょうが、ライダーには分からなかったようだ

 まあ、当然ですが

 

 『意識陥穽ぬらりひょん。其処に居ることを、何をしていようが当たり前と認識してしまう認識の落とし穴』

 『……それは分かる。それと、この狐が……』

 ライダーが黙りこくる

 『ええ、思った通りの話です。幾ら意識を誤魔化そうが、其処に異物が居れば誤魔化し切れる訳も無し。此処が怪しいですよという道標そのものにしかなりようも無し、という話です

 ですが、それが無くとも……あのアーチャーならば、恐らくは

 

 避けられぬ死という爆風を目前にして、僅かな陥穽の傷から探し当てた、そんな気はありますよ、恐ろしいことに』

 そう、道標。アーチャー達が、アレを気にしないでいるのは可笑しいと思う切欠。そうなるべく、彼は多守紫乃……ワタシがどうしても好きになれない怨敵(ライバル)の元を訪れた……

 まあ、あの銀髪狐のことだから、どうせそうでしょう。見れてはいないし、此処からでは気配も何も分からないので、本当に彼が紫乃の元に行ったのかは実際の所不明ではあるけれども

 

 『おやおや、わざわざあんなところに行くなんて、自殺願望でも?それともぉ』

 ピンク狐が悪戯っぽく笑い、銀髪狐の肩を叩く

 『まさか、自分だけは無事生き残る、何て思ってた訳じゃ御座いません事?』

 『おや、確実に無事であればこそ、向かうに足りると思うのですが?

 どうやらそこの頭桃色は節穴のようですね、残念です』

 『ふざけないで貰えます?どうして無事だ何て……

 いや、良く考えれば安全だわ、あそこ』

 ぽん、とピンク狐が手を打つ

 

 『どういう話だ?』

 ライダーがまた首を傾げる。馬鹿ではないけれども、やはりというかワタシ達の話には付いていけない

 暇なときに色々と語りあってきた前提が、ライダーには特にないから

 

 『それはアーチャーという化け物が、どこまで化け物かを認識すれば分かりますよ、ユー……ライダー』

 少しだけ可笑しくて、一目で分かるライダーの真名を言いかける

 そんなワタシ自身、模した彼女に近い行動で……戯れている狐二匹に忠言しておいて、と笑ってしまう

 『……化け物』

 『ええ、かつてあのアーチャーはマスターが居るのにこの森であの宝具を撃ちかけた。完全な正気で

 ならば、アーチャーは……あの宝具のなかで、マスターを護る術を持っている、それは確実な話です』

 『確かにそうだな。撃たれたら終わるからと魔力で空を目指していたから、あの時はそこまで考えていなかったが』

 二日ほど前を思いだしながらか、少しだけ目線を合わせずに、ライダーが首肯する

 『そして、あのアーチャー、吸血鬼の衝動全てをやるべき事、つまり使命感に押し付けて、最後の最後にマスターを救うだけの余力を残していた

 

 ……ならば、あの宝具が激突する瞬間……マスターを護りに、最後に残った正気を振り絞ってマスターを護る、それもまた明らかです』

 くすりと、一応の敵を褒めながら笑う

 『ええ。ならば確実に、かのマスターの近くのみは安全圏。かのアーチャーの宝具が炸裂したならば、街一つを消し飛ばし、神秘の崩壊と真相不明の傷痕を世界に残し……この第七の聖杯戦争そのものを破壊して、マスターを生かして街から帰したでしょうとも

 その際に、浚った当人であれば兎も角……(オレ)は無視して逃がすことでしょうよ。道標、救おうとした側だと認識されて、ね』

 『言われてみれば、(わたくし)も見に行くべきでしたかねぇ……

 いや、考え直せ、私。血縁のごり押しエクスカリバーという同じく楽しいネタを見たはず、悔しくありませんとも、ええ。寧ろアレを見れなくて残念でしたと言いましょう』

 ちらりとワタシとライダーの方を見て、ピンク狐が呟く

 

 『……ところで、アーチャーは兎も角、向こうの……S346だったか?アレには驚かないのか?』

 ライダーが問い掛けてくる

 中々に新鮮な状態。C00と付く二馬鹿は無駄に物分かりが良いので、色々と話せない

 『何を驚く必要があります?

 彼は星を滅ぼす片鱗。この世界に終わりを呼び込むビーコンみたいなものです

 ならば……真の力の欠片くらい、撃てない道理はありません』

 『真の力ねぇ……

 変身した上に翼が完全に実体化しててまんま竜でしたけど、それが真の力とはこれ如何に。竜殺しの英雄を宿したならば、その方向可笑しくありません?

 いや、何か(わたくし)でも出来るんじゃないかなー、なんて、唐突に思ったりしましたけどあの変身。可笑しいですねぇ、明らかに不可思議変身だというのに』

 今更なピンク狐に苦笑する

 『どこも?竜の姿?当たり前ですね

 かの魔竜ファフニールとは、財宝を奪われぬ為に竜となった、とも言われていますし』

 『そもそも、彼にとって最強の力とは悪魔(ドラクル)、ならば最強の姿に近付けば近付く程に竜の特長が出るのは何も変な事ではない

 それに何より……』

 『ビーストⅡ(ティアマト)。アレは神格としては竜の姿とされることも多い訳です』

 銀髪狐の言葉を引き継ぎながら、くすりとワタシは笑う

 『ならば、寧ろ竜にならない方が、可笑しいでしょう?』

 

 本当はもうひとつ、恐らくはワタシだけが理解(わか)っている、彼の真実にも繋がるのですが。それは、そう重要な事でもないので無視して

 そう、ワタシは言葉を結んだ



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八日目ー残された力(多守紫乃視点)

ふと、私は目を覚ます

 知っている天井。何日か過ごした、ホテルの一室。私の部屋の、ベッドの上

 「アー、チャー?」

 居るわけがない。けれども、それ以外に、私を此処まで運んでくれる相手に心当たりが無い。だから、私は寝惚けた頭でそう呟いて

 

 「悪いな、俺だ」

 けれども、そんな奇跡なんて無い事を思い知る

 「かーくん」

 「俺は神巫雄輝じゃない。けれども、そう呼びたいならば……もう、勝手に呼べ」

 やっぱり、彼はそう自分を否定して、けれども……前より悩んで、そう告げる

 「結局、どうなったの?」

 「後始末か?殆ど時が止まった間の話なんで……問題はない。誤魔化しは効く範囲だよ、とミラは言っていた」

 事も無げに、かーくんでもある青年はそう告げる

 「そっか」

 「ホテルの窓は割れてたが、二階だったので酔った阿呆が空になった酒瓶を投げたで処理されたらしい。酔いは人をバカにするから、と」

 それは、何処か悲しいことでもあり、けれども、安堵することでもある。寧ろ、アーチャーが何も残してないに等しい事が悲しいなんて、そんな考えが一番駄目

 

 きゅっと、手を握り締める。その手の中に、確かにある固くて、けれどもどこか暖かい感触がある

 アーチャーの遺していったもの、即ち……宝具、<大河鎮定神珍鐵(たいがちんていしんちんてつ)>。又の名を如意金箍棒。私の手の中に収まる程の小ささにもなれるのに基本重量約128斤(8t)という、何というか、実際に手にとって見ても良くわからない不思議なもの

 物語では何時も叫ぶけれども、アーチャーは無言で使っていた。だから、私も……少しだけ

 伸びて、と心の中で念じる

 

 それだけで、私の掌サイズだったその金属の赤い棒は、私の身長程まで布団の中で伸びる。良く覚えていない夢の中でアーチャーが言っていた気がするけれども、この如意金箍棒、聖杯戦争が終わるその時まで何かあったときの為に私に貸しておく、というのは……嘘でも何でもなかったみたい

 ……うん、本当にこんなもの私に貸して良かったの?とか、そもそも私にだって十分に使えるようにしたって言ってたけど一体何したの?とか、第一私使う以前に本来の基本重量の状態で持てる気しないよ、とか、言いたいことは沢山、それはもうたっぷりあるけれども。けれど、その愚痴を笑って聞いてくれるアーチャーはもう居ない

 左手を、その中にあるアーチャーの遺産を意識して、強く握る

 

 そうだ。止まってなんて居られない。泣いても、いられない。涙は昨日流した。何時しかあの場で寝てしまうその時までずっと

 それに……アーチャーは言っていた。ずっと見ているって。それはきっと、私を鼓舞する為の言葉でしかないけれども。それでも、その言葉を言われて、止まってなんて居たくない

 

 「悪いな、アサシンに服を漁らせた」

 少しだけばつが悪そうに、僅かに左腕を上げて、かーくんは一つのキーを差し出す。神巫雄輝(かーくん)がたまにやっていた頬を掻く仕草をやりたくて、けど、左手が無いから出来ないんだって思うと……肘先から先が無くて巻かれた包帯が痛々しくて、本当は笑い事じゃないんだけど、かーくんが残ってるって思えて、少しだけ可笑しい

 508のプレートが付いた鍵、このホテルの鍵

 当たり前だ。あのアーチャーじゃないんだから、鍵がなければ部屋に入れる訳がない。そして、借りた鍵は……一人部屋なんだから、当然ながら一つしかない。アーチャーは変化でちょいとな、と勝手に私が一人で居たい時に出てくために合鍵を作っていたけれども……というか、犯罪じゃないかな、あれ

 

 ……駄目だ。アーチャーと居た時間なんて長くない。一週間程度しかない。それ、なのに……

 どうしてか、ふと思い出してしまう。それほどまでに、記憶に残っている。そんなアーチャーがもう居ないのに、無理だよ、なんて……弱音も言いたくなる

 けれども、弱音なんて吐かない。吐きたくない。昨日私はアーチャーに救われた。ザイフリート(かーくん)の苦悩も、戒人さんを討つあの時に見えた気がした

 私だけなんて、やりたくない。アーチャーに言われた勇気の火を、勘違いだったなんて……誰かに、言われたくない

 でも、怖いよ、アーチャー

 

 そんな心に、大丈夫だとでも言うように、僅かに……部屋の中に起こるはずのない微風が、私のほどかれた赤みがかった髪を撫でた

 

 「悪いな、着替えるなら出ていく」

 そう、一言呟いて、かーくんはホテルの扉に向かう

 その姿に、寝坊助してしまった日に起こしに来てくれたかーくんの姿と、快活に笑うアーチャーの姿が、重なった

 「アーチャー」

 「……今は、居ない。俺が、討った」

 その声は、かーくんがどうしようもなく怒った時の声、二回しか聞いたことの無いそれにも似た、冷えた声音で

 「恨むなら、好きにしてくれ

 ()は、それだけの事をした」

 「恨まないよ」

 そんな、自嘲の入った彼に、ベッドから起き上がりながら、私はそう声を掛ける

 「私は、恨んだりしない。だって……」

 アーチャーが居なくなったのは、確かに寂しいけれども

 「アーチャーも、かーくんも、何より私も、そんなこと望んでないから」

 かーくんは、気がついていた。あれだけの傷を負って、なのに、一目で

 アーチャーだって、何処か疑っていた

 なのに私が、戒人さんまでということを考えたくなくて、私の知ってる人だから大丈夫ってしちゃっただけ

 私が悪いって、言えるとも思う。けど、後ろ向きじゃ何にも出来ないから、アーチャーならきっとこう言うって言葉で前を向く

 騙しに来た吸血鬼が凄くて悪い、って

 そんな私に、かーくんは少しだけ驚いたように止まって

 「そうか。……思ってた答えと、少し違うな」

 ってだけ残し、ドアノブに手を掛ける

 

 「かーくん、同盟は?」

 「切らない。バーサーカー撃滅まで、その約定はまだ残っている」

 かーくんはそう告げる

 少し言葉はぶっきらぼう。けれども、要は私を護るって事。だって、幾ら宝具を残していてくれても、使ったこともない宝具を持ってるだけの私なんて、あんな風に魔力の紅い翼を生やして戦うようにまでなった、そうでなくてもアーチャーと出会った日に弱いサーヴァントと認識された、そんなかーくん達からしてみればバーサーカー相手のまともな戦力では有り得ないから

 だから、彼の中にはかーくんが居る。そう思えて

 「ありがとう」

 「……感謝されることは何ももない」

 ふと、私はそう言っていた

 「かーくんを、大切に思ってくれて」

 「当然だ。彼は、俺なんかの為に消えて良い人じゃない」

 その受け答えは、アーチャーが一昨日辺り、昼間暇な時にぼやいていたものそのままで、納得するけど少しムッとする

 

 「けど、今のかーくんも……ザイフリートも、生きてちゃいけない存在なの?」

 「当たり前だ」

 「かーくんは、自分のために誰かが死ぬなんて、嫌だと思う」

 かーくんは、そんな優しい所のある……私が大好きな人だから。大人になって、もっと頼れるようになったら、ひょっとしてアーチャーみたいに、なんてのは、贔屓目に見すぎてるかな?って思うけど

 「それでも、俺は……」

 「だから、悪いと思うなら、今日1日、私とこの街を見て回って?」

 だから、私は……尚もぼやくかーくんに、そう告げた

 かーくんは……断らなかった

 

 「……分かった、紫乃」

 溜め息を吐きながらも、首肯する

 「ああ、後、これは……恐らく神巫雄輝なら言うだろうという言葉を代弁するだけだが」

 そして、かーくんは一瞬だけ此方を振り向いて……

 「リボン、似合ってる」

 と、そう告げた

 「まだ、付けてないよ」

 「何度か見たからな」

 そう言う彼の背は、前と違って、あまり怖くない

 何だろうか、ザイフリート(今のかーくん)が、神巫雄輝(かーくん)っぽくあろうとしているような、不思議な感じ

 

 「やっぱり、かーくんからだったの?」

 ふと気になって、神巫雄輝を取り戻したいならば、という手紙に同封されていた、この黄色いリボンについて、問いかけてみる。かーくんが買っててくれたクリスマスプレゼントだって、勝手に思い込んでいたけれど

 「持ってても無駄です、処分しましょうとは、何度かフェイに言われたし、フェイの元のピンクい方から、そこはかとなくねだられた事もあったけど

 ……神巫雄輝の思い出を否定して捨てるようで、出来なかった」

 少しだけ自嘲的に、かーくんは笑う

 「結局、紫乃を生け贄として呼び込む為の餌として取り上げられたと、無くなっていることに気が付いた後、フェイから告げられた

 すまなかった」

 すまなかったとは、私を巻き込む原因に繋がってしまった事に関してだろう。私自身は、それは気にならない。それよりも、かーくんがあの日、本当に心から私に酷いこと言ったんじゃない事が、このリボンに込められた想いから伝わる気がして……。怖かったけど、アーチャーとも逢えた。だから、気にしたりしない

 だけど、私が何か言う前に、謝罪を言うだけ言って、軽く頭を下げると、かーくんはとっとと部屋を出ていった



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八日目ー一期一会の昼・前章

 

『勝手な事ね、道具(マスター)

 部屋を出た所で、左からそんな声が掛けられた

 

 ……聞こえる。その声が何の問題もなく認識出来る。その事に一瞬疑問を感じ

 いや、そもそも左耳が消し飛んだ所で、鼓膜までは届いてない。いや、あの時は確かに風で破れたが、腕とは異なり修復が十分に効くレベルでしか無かった。ならば、聴こえるのは何も可笑しくないな、と思い直す

 

 「悪いな、セイバー。そういうことだ」

 左を向きながら、そう告げる

 『まあ、良いのだけれども。あれだけの事を私にさせたのだもの。休みくらい、くれるでしょう?』

 「ああ、その通りだ」

 笑顔なく、真剣な眼差しで此方を見据えるセイバーに、頷くように返す

 「ただ……」

 『ただ、なにかしら?

 言っておくけれども、道具(マスター)。私には、貴方に従う理由なんて欠片も無い。それは分かっていて?』

 「令呪は使いきった。そんなこと、俺が一番分かっているさ」

 正確には、神父様から貰ったあと一画の令呪は、未だこの手に存在している。けれども、この令呪は、本当に預託令呪なのか?となる程には疑わしい

 令呪である事は確かだ。それだけの魔力をこの手の痣に感じる

 だが、この力をセイバーに向けて振るおうとしても、振るえない。まるで、パスが繋がっていないかのように

 ……だが、それは可笑しい。サーヴァントとは、令呪に従う事を聖杯に誓い、それをもって現界している。だからこそ、基本的にサーヴァントは令呪に逆らえない。逆らわない事を契約に含んでいるから。従うなと命じた俺の場合はまた別だが、それでも使えない何て事は有り得ない。使った上で抵抗されるならばまだしも、だ

 有り得るとするならば、この令呪は……一度ランサーの消滅で回収され、されどもアサシンのように復活したことで、ランサーへの令呪としての機能を取り戻したのか、或いは……

 だが、考えても仕方はない。流石に俺には令呪なんてバカみたいに複雑な魔術を読み解くだけの知識はない。あのキャスター擬き(C001及びC002)達に訊ければ話は別だが、流石に神巫雄輝の携帯という連絡手段があるとはいえ、本人を呼び出すのは厳しい

 

 「これはセイバーにも意味を持つ事だ

 バーサーカー、ランサーの仇、セイバーの復讐を阻んだ憎き存在。それとの決戦には参加して欲しい」

 思考を切り上げ、セイバーの今は光の濁った、あまり綺麗ではない瞳を見て、俺はそう告げた

 『ええ、そうね……。やられっぱなしは性に合わないもの。それだけならば、手を貸すわ。悪いけど、ライダーやキャスターとの戦いは御免よ、随分と懐柔したらしいアサシンと苦闘しなさい』

 くすり、とセイバーは微笑(わら)いながら答えた

 「ああ、それで良い」

 俺は大人しく頷く

 このセイバー相手に気を付けるべき事は、基本的に相手を尊重すること。セイバーを優先すること。セイバーにとっての利をもって交渉し、やって欲しいことはあくまでも提案に留めること。マスターとサーヴァントとしての関係としては何処か可笑しいが、まあ、王妹という高貴な存在相手と思うならば仕方はない。俺は、アレ以外に方法を思い付かなかったとはいえ、幾度となくセイバーの地雷を踏み抜いたのだから

 「後、セイバー

 何度も俺を助けてくれて、有り難う、助かった」

 『ええ、感謝なさい』

 くすり、ともう一度セイバーは笑って

 『けれども、それを言うならばキャスターにも感謝することね

 あの日、襤褸切れみたいになった道具をあの捕食者(ルーラー)から拐ってくれたのは彼女よ』

 言うだけ言うと、セイバーは紫乃の隣の部屋に入っていく。時間があれば何とかなるものだ、とセイバーの為に取ったホテルの一室に

 

 ふと、キャスターにも感謝をという事がひっかかる。いや、セイバーの言葉にではない。その事実にだ

 まあ、確かにあの日あの時、俺を拐えたのはキャスターかフェイの元のホムンクルス達か……ギリギリで神父くらいだろう。ライダーは恐らくはアーチャーと戦っており、バーサーカーにそんな理由はない、セイバーはあの場におり、アサシンは死んでいた

 その中で、俺は勝手にフェイの元にまで連れてきたのだからフェイの元の彼等なのではないか、と思い込んでいた。ライダーが運んできた時というフェイの言葉もアルトリアを目指したフェイを通しライダーとある程度の縁はあるものだろうとそれを裏付け、キャスターという可能性を忘れていた

 だが、キャスターだとするとふと浮かぶ疑問がある

 

 キャスターが俺を拐うことに関しては特に可笑しくはない。都合の良い使いっ走りとして俺を求めていたのは、一度の邂逅で良く分かった。都合良く手に入れられる状況ならば、拐いに行くことは当然かもしれない。何処か未来を見ているようであったあのキャスターならば、拐えるタイミングがあそこで来るというのも確信していたのかもしれないし

 だが、それならば、何故俺はフェイの元で目覚めた?

 

 そう、其所に繋がらない

 ライダーの獅子の速力でなければルーラーに追い付かれた?或いはキャスター自身には俺を治す術が無いから一時的にその術を持つフェイ達に任せた?

 仮説は幾らでも立つ。当たり前だ、事実である必要はないからこそ仮説。どうとでも言える。だが、それらの理由でライダーに一度託したとして、俺が逃げられた事と矛盾する。キャスターが本当に未来を見れるならば、俺がヴァルトシュタインを出た時点で接触してきたはずだ。未来視というキャスターの力の仮説が外れているならば可笑しくはないが、それでも使い魔辺りで監視すれば追い付けたはずだ。少なくとも、そのまま放置する理由にはなり得ない

 有り得るとすれば、死にかけた俺はやっぱり要求スペックより弱いわと興味が失せたか、より良いものを見付けたか、或いは介入出来ない(・・・・・・)状態に陥ったか。(あか)いクラスカード、ビーストⅡ。ある程度制御された回帰の獣の力に対して、恐怖を抱いたという可能性も無くはないか

 何れにしても、キャスターと対話しなければ真実は解らないことではあるが、頭の片隅にでも疑問点として置いておく。キャスターを、俺への介入が出来ない状況にしてしまった何者かがこの聖杯戦争に居るという可能性。スペックでごり押せるかもしれないバーサーカーならざる脅威がキャスターを襲ったという、あり得て欲しくはない、低いながらも無視してはいけない仮説を

 その仮説を採用するならば、昨日のアレも理解は出来るのだ。幾ら魔術に長けるキャスターといえども、令呪による命令を完全無視は厳しい。特にルーラーからのものは、マスターが弱いからと劣化していたりはしないのだから。その上での完全無視。それが、自由に動けない程まで、キャスターが何者かに傷つけられての事だとしたならば。命令を果たせないと、令呪に判断される程まで、追い込まれていたとするならば、理屈は通る

 いや、これは脳裏に置いておくだけの与太話だ。そんな化け物がキャスターを襲ったとして、何故俺が生きているという話に繋がる。キャスターが俺を放り出して、ライダーがたまたま通りがかった?或いは俺をライダーに託して立ち向かった?そこまで殊勝だろうか、あのキャスター

 俺を求めたのも、単純にサーヴァントではなく、かつサーヴァントと戦えるというスペックのみを求めての事。ザイフリート・ヴァルトシュタイン、或いは神巫雄輝としてではなく、S346としてのもの()しか求めていない。どうしてか理解は及ばないが、俺個人に執着するアサシンとはそこが異なる。まるで恋する乙女であるかのように、俺を庇うような行動は取らないだろう

 ……だとすれば、そのキャスターという存在すら危機に陥るまで気が付かない化け物が居たとするならば。そう仮定するならば、だ

 その化け物は、キャスターを傷付けて俺を奪い、わざわざ俺をライダーに託し、或いはライダーの通り道に俺を置き、フェイの元まで運ばせるという、まるで俺を生かそうとするかのような行動を取った事になる。何だそれは、ふざけているにも程がある。その化け物に、俺を生かす意思と意味があるなんて、どんな理屈だ

 それが出来るとすればミラか、あの夢に出てきた腐れ魔術師のマーリン、或いはフェイの元に居る彼等の本体、即ち本物のキャスターのサーヴァントとしてのザ・グレイテスト・オンミョージ、安倍晴明くらいだろう。いや、ファム・ファタール、つまりはビーストⅡの精神でも出来るかもしれないが、それは有り得ない。ティアマト神はそんな存在では無い

 どれも、無いと言い切れる。ミラならば、俺を生かす理由はない。あの時の俺は、クラスカードとしてビーストⅡとしての片鱗を封じていないから。マーリンは、この現実にまで出てきてはいないはずだ。かつての聖杯戦争に参加したアヴァロンの魔術師☆Mとしてだとして、どうして介入出来るというのだ。そして彼等の本物、安倍晴明や九尾の狐ならば、マーリンよりも更に有り得ない。そんな化け物サーヴァント、9騎目として何故現れるなどと言えるのだ。俺以上の成功例ならばまだしも、彼等はそこまでサーヴァントに近しい存在では無いはずだ。というか、クラスカードに力を封じた状態の、聖杯戦争開幕時より弱い俺と同レベルでしかない。普通の魔術師よりは強い程度だ

 有り得ない

 

 『どうかした?』

 だが、その声に思考は中断された

 「……アサシン」

 ふと、俺の横に現れるのは、一人の……少女。やはりというか、その姿を今は、ほぼ常に青髪の少女として認識出来る。出来てしまう

 それが、考えてみればどこか不思議だった。あの日夢で見たアサシンは……もっと、不安定だったはずだ。あの、アサシンと契約する夢が何故あの時脳裏に浮かんだのか、そもそも何であったのかなんて俺には解らない。ただ、あの時のアサシンにくらべ、今のアサシンはあまりにも安定している

 とはいえ、だ。それでも、俺以外の面々からしてみれば、あのアサシンの姿は見る時によって違うらしい。ならば、何故俺には姿が固定されて見えるのだろう

 

 『?どうしたの?』

 じっとアサシンを見て考え事をしていたからだろうか、不意に、アサシンが首を傾げる

 「いや、アサシン。どうとも無いのか?」

 何も感じさせないように、そう呟く

 『問題ない。死ぬのは、慣れてる』

 「そうか、それは良かった」

 『けど、あまり……やりたくない』

 「……そう、だな」

 その通りだ。死ぬなんて、例え蘇るとして……あまりやりたくはない事だろう。当たり前だ

 ふと、右手の令呪を見る

 元々あった三画は、既に無い。薄い痣になっている。今この手に残っているのは、神父から渡された、預託だという一画のみ。だが、それは……既に使っていた二画のうち一画が復活したのではない。新たに刻まれたものだ

 

 いや、俺は預託令呪について何も知らない。だから、これが正しいのか、それとも違うのかも分からない

 けれども、何か違うのではと思う。この令呪は……ひょっとしたら……

 

 疑問を大抵解決する手はある。今此処で、この令呪を切る事。命令はそれこそ何でも良い。この、まさかな、という予想がもしも当たっていた場合、命令の種類はどうでも良い。効果がある事さえ理解すれば其で良い

 けれども、それは……やりたくない事。令呪という切り札を、こんな真実であればどうでも良い事なんぞに使いたくはない

 

 『……雰囲気、違う?』

 俺を見て、ふとアサシンは首を傾げた

 「そんなに違うか?」

 いや、自分自身、今の俺が何処か可笑しいことは自覚している

 その原因も、大体分かっている。アーチャーの爪痕なのだ、と

 けれども、だとしても、アサシンにまで言われるとは思っていなかった

 『違う。今の「ボク」の希望、怖くない』

 「怖さの問題なのか」

 苦笑する。確かに、今の俺は可笑しい

 あってはいけないことに、迷いがある。だから、俺を……俺なんかを神巫雄輝と同一視する紫乃の言葉にも、何も言えなかった

 『………………迷ってる?』

 「……そう、だな

 何時もの、夢を見た」

 『……夢』

 「ああ、俺が殺してきた……未来を奪ってきた、多くの者達の夢だ」

 そう、幾多のホムンクルス達。そして、魔獣等。たまにその夢を見るのは、何時もの事だ。俺の罪、悪の象徴。俺を悪魔たらしめる業

 そこに、一つの存在が加わった。それは、当たり前だ。彼の胸を穿ったのは俺の光。混ざらない方が可笑しい。アーチャー、紫乃の為に戦った、特殊な……まるで自分の召喚された目的がなさそうなサーヴァント

 

 ……だというのに。何故だろう

 「だというのに、何故彼は……」

 あのアーチャーは、俺の夢の中で、俺を庇ったのだろう。分からない。どうしても、それが分からない

 あれは、俺の夢だ。ならば、夢の中の彼等はすべからく彼等の未来を奪った俺を恨んでいるはずだ。何故ならば彼等は彼等そのものでなく、俺の後悔が姿を持ったものなのだから

 であればこそ、俺を責めこそすれ、護るなんて事は有り得ない。俺自身が、本当は俺は正しいと言って貰いたかった、なんて事でもないと、だ

 そして、それもまた有り得ない。いや、俺自身の弱さが、それを望んでいた……事は情けない事に確かだ。その意思は殺しきれていなかった。夢の中では、自制心は低くなってしまうから

 

 ……だが、それでも、ならばこそ。そんな弱さが夢にも反映されるならば、あれ以前から誰か、俺を護ってくれる存在が出てきていたはずだ。例えば、フェイ。或いは、あのC001や002。俺が信頼していた彼等が

 それがないということは、あれは、あのアーチャーは、許して欲しいなんて言う俺の弱さから来るものではなかった……のだろう

 だから、分からない。あのアーチャーは……本物なのだろう。残留思念、という奴だろうか

 

 ……だから、だ。だからこそ、俺は……

 アーチャーの言葉を、信じてみることにしたのだ

 欲望をもって、世界を見ろというあの言葉を。本来の俺ならば、聞くはずの無いその言葉を……

 いや、違う。例えどれだけ揺らいでいても、紫乃の元に顔を出したのは、俺自身の償いの気持ち。アーチャーを奪った(もの)として、この聖杯戦争の終わりまで、紫乃を護る。全てを無かったことにしようという俺の目的(過去改編)からすれば、あまりにも白々しい謝罪と贖罪

 

 けれども、それに手を出した。俺の弱さゆえに

 全ての終わりは、近いのだから

 『痛む?』

 ふと、下からアサシンが、俺の眼を覗き込む

 「いや、問題ない」

 嘘だ。この心臓は、今も鈍い痛みを放っている

 フェイの言っていたように、想定以上に未来のザイフリート・ヴァルトシュタイン、いや神巫雄輝の魔力を、寿命を、存在を……未来全てを今の魔力へと回帰、添加して今の俺は成立している。俺となった時点で、肉体的に持って1年半、肉体の問題を万が一解決出来たとして、魔力消費量的に魔力を借りるべき未来が現在に追い付いて朽ち果てるまで3年あるかないか。聖杯戦争に参加した時点で、未来の魔力は、約2年で使いきる計算だったのだ

 だが、そんなもの、あの時点での、バーサーカーのサポートとして戦い抜いた所で半年以上は寿命が残る、という現実とは異なる試算でしかない。実際にはバーサーカーと敵対し、想定外に魔力を噴かせている。それは間違ってなどいない。そうでなければ、俺はとうに死んでいる。しかし、そうして生き抜いた結果として、俺に今残された時間は、間違いなく一昨日フェイに告げられた4ヶ月よりも少ない。その事は、既に肉体が持たなくなる以前に、魔力を借りて破壊する俺の未来は、現在と合致するということをも示している

 そうだ。限界はもう見えている。銀霊の心臓の軋みはそれだ。回帰するべき寿命が、俺のものである未来の魔力が、尽きかけているということ。ビーストⅡとしての資質を最初に引き出した時、それが何れだけの莫大な魔力を要求したのかは分からない。それによっては、まだ持つかもしれない。だが、アレがあまりにも大量の魔力を使ったのでもなければ、持って二戦

 間違いなく欠けただろうものはアーチャー、ランサー。その気になれば殺せるのはアサシン、セイバー。聖杯の起動には6つの魂が要る以上、キャスターとライダーとバーサーカーとルーラー、その何れか二人は殺さねばならない。キャスターがもしも仮説のように大きく傷付いているならば、多少は楽になるだろう。若しもマスターでもあるからと聖杯に取り込まれた上で起動が可能ならば、一人倒せば良くてかなり気が楽になる。超希望的観測として、キャスターは何者かに殺されており、俺が聖杯に取り込まれても起動できるならば、それこそ今此処で令呪の仮説を証明し、アサシンとセイバーを殺して死ねば、俺の中の英雄を含めた6つの魂をもってザイフリート・ヴァルトシュタインの存在否定は成る。だが、そんなものに懸けたくはない。失敗すれば今度こそ本当に、神巫雄輝(すくうべきもの)は死ぬのだから

 だからあれは、単なる女々しさ。限界が来る前に、少しだけ、享受しても良いじゃないかという、あまりにも悪魔(おれ)にとって都合の良い理論。死刑囚の最後の晩飯は多少豪華になる、と同様の理屈だ

 「っ、これは……」

 まだ持つのか、どこまで無理が聞くのか、強く思ったその時、見えない右目に稲妻が閃く。不意に、理解する

 残り……69日

 恐らくは、フェイは持って4ヶ月と言った以上、元々の寿命は110日あるかないか

 「69、か。充分すぎる」

 あと二度、戦える。終わったとき、アサシンが死んでいれば問題だが、そうでなければセイバーを斬り捨て、アサシンを滅ぼし、そしてヴァルトシュタイン邸地下に安置された聖杯に手をのばす。寿命など1時間も残れば充分

 『充分?』

 「俺の話だ、アサシン」

 

 「お待たせ、かーくん」

 そんな思索を続けていると、着替え終わったのだろう、紫乃が部屋の扉を開ける

 髪を二つくくりにする神巫雄輝の買った最後のクリスマスプレゼントのリボン。白いシャツの上に、紫の暖かい上着を重ね、下は緑のスカート。寒いからか、両手には茶色い手袋。割とよくある、カジュアルな紫乃の服

 「そうか。それなら、行くか」

 『ん、任せる』

 いや、付いてくるのか……というのは、アサシンの事を考えると寧ろ何故付いてこないと思った、となるため置いておいて

 もう、二度と無いだろう、穏やかな……紫乃との昼が始まる



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八日目ー一期一会の昼・壱

「ねぇ、かーくん」

 そんな、紫乃の声が響く

 何時かの日々。俺の中に確かに記憶としてあって、けれども、このままでは二度と来ることは無い、そんな……休みの日では、それはもう当たり前の光景となっていた日常

 「……どうした?」

 「何処に、行こうか」

 「決めてなかったのか」

 少し昔を懐かしむように、寂しさを僅かに混ぜて、俺は微笑む

 笑みなんて、マトモに浮かべたことは無い。ひきつっては居ないだろうか、おかしくないだろうかと、そんな無駄な事が、少しだけ気になった

 そもそもだ、今の俺がどんな顔を浮かべているかなど、本来どうでも良い。そんな事が気になるなんて、俺の精神が、欠片を集め一時とはいえ意識と呼べるものを復元するまでに至った神巫雄輝に引き摺られてでもいるのだろうか

 『何処でも良い』

 俺の背、後ろ三歩の場所に立つアサシンは、何も気にせず、そう告げる

 紫乃と二人きり、というまるでデートのような事をやろうというのであれば、アサシンが居るのは不都合である。が、これはそんなものではない。そんな、のんびりとしたものではない

 そう、アーチャー無きこの聖杯戦争の地における、様々なものの確認。少なくとも、俺はそう認識した

 ならば、戦力が高いことは重要だ。特に、サーヴァントの存在は。俺にも、紫乃にも、どうしようもなくなったら令呪で召喚すれば良い、なんて理屈は通じないのだから。その点ではセイバーが居ないのは、いざという時にセイバーから剣を借りることが出来ないという明確な欠点はあるが……まあ、仕方ないだろう

 「俺が決めて良いのか?」

 「……うん」

 ゆっくりと、紫乃は頷く

 「ならば」

 少し気になっていた場所を、俺は告げる。俺一人ではどうにも行きにくいが、一人でなければ、きっと問題ない場所を

 

 「……かーくん、此処なの?」

 「ああ、ここだ」

 不思議そうな顔をする紫乃に、頷く

 当たり前だ。一度共闘したとはいえ、まだどうなるか分かったものではない、出来れば敵対したくはない存在が居る場所。つまりは、教会である

 来た理由としては簡単。サーヴァントを失ったマスターの保護も、監督役の役目のひとつであるからだ。ならば、監督役とはマスターサーヴァントの関係では無いだろうとはいえ、その脱落したマスターであるはずの紫乃が居れば、敵対行動はきっとしないだろうという判断である

 「むぅ……」

 「どうかしたのか?」

 どこか不満げな紫乃に、問い掛ける。此処に来る理由は普通に分かるだろう

 「これ、ミラちゃんに会いに来たの?」

 「いや、違うな。単なる確認の為だ」

 「なら、まだ良いけど……って、良くないよ!」

 何故か、紫乃は声を荒げて、そんな事を言い出した。本当に、訳がわからない。こんなもの、当然だろうに

 「きっと、聖杯戦争に関係……あるよね、それ」

 「当然だろう?」

 「……むぅ」

 だというのに、不満げな紫乃の表情は、何も変わらない

 『……フリットくん?どうしたの?』

 俺の姿を認め、ミラは呆けた顔をした

 普段の……ちょっとだけ改造した、シスターの服。戦闘する気は、まだ無いようだ。その眼の下には、隈はない。寝不足だとかそういうことはないのだろう。だが、赤いマフラーを首に巻き、口元近くまで隠れていて、表情を読みきれない。そして、マフラーの存在から、恐らくは出掛ける気だったのだと理解する

 「アルベール神父に、会いに来た」

 どこか焦るようなミラを気にせず、その用件を告げる。寧ろそれが正しいはずだ。急いでいるならば、何も聞かずに用件だけを済ませるのが、一番早いはずだ

 ふと、気になったのだ。いや、直接出会いにいけない以上これが一番正しいこと。即ち、用件とは……アルベール神父が持っているはずの魔道具の確認。万一キャスターが落ちているならば、その駒は砕けているはずだから

 『御免。けど、それは無理かな』

 だというのに、ミラは申し訳なさそうにそう答えた

 『アルベール神父、昨日の夜……わたしが教会に戻ってきた時には既に行方不明だったからね』

 「……行方不明?」

 不吉な言葉に、思わず聞き返す

 有り得ない話ではない。何者かによって、というよりも……ヴァルトシュタインよって拐われたというような事も

 

 『うん。だから……何かを聞きにきたなら、御免ね』

 「……駒は?」

 聞きたいことは幾つもある。それは、本人に聞かなければならないこと

 けれども、駒に関してならば、聞けば……

 『置いてあったよ、これ』

 二つの駒を、ミラはポケットから取り出す

 二つの、白い駒。一つは武器が砕けた、アーチャーの駒。そして、もう一つは……完全な、キャスターのもの。つまりは、どうなっているかは兎も角として、未だキャスターは生存している事は確実になった。若しも、それが本物であるならば、だが

 右目に集中する。ミラによって潰された右目は、それ以来……不思議な事に、何かとリンクしているような気がする

 何度か閃いた光……俺の中のサーヴァント……いや、そうではないかもしれない、だが、深い関わりを持つナニカ。それを、意図してリンクさせる。それが、審議判定に役立つのかは……まあ、やってみてからしか分からないが。本来の機能が破壊された事で、眠っていたリンクが活性化したのだろうか。或いは、あの時のビースト化の際に、壊れていたからこそ、本来の機能が既に果たせないからこそ、その機構が組み込まれたのか。それは分からない。分かるはずもない。だが、まあ良い。視界など結局は相手の攻撃に対処出来れば良い。光が集まっての右目の視界は紅く、それに合わせるためかあの状態では左すらも紅に染まるが、見えれば良いのだ。色彩等、正直な所どうでも良い。戦闘状態での色彩と、通常時の右目の視界と引き換えと思えば、寧ろ安い対価の割に使えるとすら思える。自由にならないのが、欠点では……

 「っ!」

 光が閃く。理解する

 ……本物だ。本当に、それはサーヴァントの存在を確認する魔道具だ

 「かーくん?」

 『フリットくん?』

 突如閃く光に、二人が反応する。アサシンは、何もない

 「いや、悪い。確認した」

 『御免ね、フリットくん。今は……わたし、邪魔っぽいし

 後は、どうしても動かなきゃいけないから』

 それだけ言うと、ミラは駆け出す。サーヴァントとしての姿、つまりサンタクロースとしての服ではないが、それでも……(はや)い。たなびくマフラーは、尻尾のように、人間を流石に越えているだろうという速度で、ミラは駆けていった

 

 『分かる?』

 「分からないな」

 後ろから寄ってきたアサシンの問いに、そう返す

 実際に、何も分からない。ミラが急がなければならないようなもの。何かあるのだろうが……

 「かーくん。今日は私と、じゃなかったの?」

 「ああ。だから……今日の日中、何が来ようが護るさ。アーチャーの代わりに」

 「うーん、何か、違う……」

 ぼんやりと、紫乃は答えた

 「何が、違うんだ?」

 「アサシンが居るのもそうだけど、思ってたのと、違う……」

 「いや、だから何が違うんだ」

 アーチャーの代わりっぽくあろうとしている今ならば、紫乃の思いには応える必要があるだろう。なので、俺は問い……

 ふと、震える携帯に気が付いた

 

 「どうしたの、かーくん?」

 「悪い、ちょっと確認する」

 言葉と共に、画面の割れた、神巫の携帯を弄る

 わざわざ今電話を掛けてくるのは……と思ったが、メールであって拍子抜けしながら、メールを開く

 当然ながら、フェイからのもの。それ以外は、迷惑メールフォルダに叩き込まれるものしか来るわけもないから、当然とも言える

 

 内容を一目見て理解する。ミラが急いでいた理由に

 書いている中身は正直どうでも良い。ただ、添付された一枚の写真だけで理解する

 

 そう、昨日のあの戦いの時、時は止まっていた。だから、あれだけの事をやっていて、戦いの傷跡も、あれを見ていた者も、舞台であったはずの伊渡間には一人も居ない。秘匿は成っている

 だが、それはこの伊渡間の中での話。そう、有ったのだ、あの戦いを傍観できる場所

 ヴァルトシュタインの森の中。稀に魔術回路を持つ人間があの位相のズレた森に……ブリテン領域へと迷い込む事は、今までもあった。それが、あの日も起きていたならば……

 そう、アーチャーとの決戦を、見ていた一般人という者は産まれうる。そして、あれだけの事……見たならば書き込まずにはいられないだろう

 

 そう、添付された写真に載っているのは、一つのブログ。アーチャーの巻き起こした嵐の写真を載せて、オカルトとしてあの決戦を語っている、伊渡間在住のカメラマンのブログだった

 此処に、聖杯戦争の秘匿には亀裂が走る。ルーラーが、(はし)り回らなければ、止められぬほどに



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八日目断章 正義と尊い犠牲

『さて、と』

 メールを書き終え、ワタシは息を吐いた

 『へぇ。見せて貰えます?』

 送信中に、ピンクい狐が、その画面を覗き込んできた

 『えっと、何々……』

 そうして、ワタシが書き上げた文章をそのまま読み上げる。近くでこっそりと耳をピンと立てつつも、さも興味ありませんとばかりに明後日の方向を向いている陰険狐にも聞こえるように

 

 『「拝啓、ワタシのザイフリート・ヴァルトシュタイン様」』

 『……ワタシの、とは付けてませんが?』

 『心の声ですよーだ!』

 ぺしり、と近くに置いておいた柔らかいホコリ取りで、頭ピンクの頭をはたく

 『読むならば真面目にやってください』

 それに対し、ピンク狐はにやにやと笑って返した

 『ふっふっふっ、これぞ墓穴……』

 『あっ』

 言われて、気が付く

 そもそもだ、勝手にメールの中身を読むことを、ワタシは許可してなどいなかった。たから、読むのは禁止ですと言うことも出来た

 けれども、真面目に読んでくださいという言葉には、真面目にならば読む事を許しますという意味が含まれてしまっている

 『言質は取りました。今更訂正しても遅いですよーだ!』

 嬉々としてワタシからTVと共に持ち込まれた携帯を取り上げ、ピンク狐は読み上げ始める

 『「拝啓、ザイフリート・ヴァルトシュタイン様

 って、格式張ったものはアナタ相手には似合わないですね。以降は普通にします

 

 メールを送った理由?あのマスターとのデート程度、邪魔する意味も理由もありませんし、一度で済む形式を取っただけの事です

 昨日の事なのですが。夜に入る前くらいに、微弱な魔力を持った一般人が森に紛れ込みました。それはたまにありますし、このブリテンの森はアヴァロンの魔術師☆Mによって例え強く館へ向かう意思を持たない人間が紛れんでもそれとなく領域外へ向かわせるようになっていますが、時間的に止まっている世界へは帰れません

 結果的に、ひょっとしたら彼はこの森から何かを見ていたのでは……と、慣れない事ではありますが、アナタとしても知らなければ困るかと思い、ねっと検索なるものをやってみた訳です

 その結果が下です。軽く調べてみた所、無名ながら、昨日の魔術決戦に関してを、世界的に隔たれた為に全て見て、その事実の発信者となったようです。どうせ秘匿に動くでしょうが、何処まで秘匿が成り立つものか、分かったものではありません。ですので、恐らく現当主は、速攻を旨として動き出すでしょう。アレは、最早猶予は無いという考えをすると思います

 

 ですから、アナタが動くかどうかに関わらず、バーサーカーは仕掛けに来るでしょう。なので、とっととワタシのものになるか、あのアサシンとアナタの魂を縛るにっくき生き物が大切にしていたアーチャーのマスターでも連れてこの街から出ていくかして下さい。そうでなければ今日の夜に死にますので

 闘い、倒す?きっと此処まで読んで一度アナタはそう言うでしょう。なので先に返事を書いておきますが、バカ言わないで下さい。寝言は寝てから言うものです。どう考えようが、バーサーカーの食らい溜め込んだ魂を使いきらせる前にアナタの寿命が来ます。人間一人の未来の残骸と、幾千幾万の魂。確かに変換効率は違いますが、流石に物量差を考えてモノ言ってください。アナタがアナタとして挑んで気合と根性と変換効率で誤魔化せるのは精々100倍差までです。数千……いえ、アナタの寿命なんてどうせ昨日も削って二ヶ月かそこらだと思うので数万倍にどうして挑むなんて考えが浮かぶのやら。アサシン一人に任せて、存分に使い潰した方がまだマシです。だとしてもどうせ間に合いませんが

 長くなりましたので纏めますが、どうせ今日でこの第七の聖杯戦争はヴァルトシュタインの手によって終わります。正直ボロクズのようになって死ぬのは見たくないので、ワタシのモノになるか逃げるかをとっととして下さい。以上です

 追記。あの教会の神父ですが、昨日の夜森に入ってきたようですね。理由は知りませんが」

 ですかぁ。実に思いのままに書きなぐった感じですねぇ……陰険はどう思います?』

 『ええ。良く分かりました

 これが、語るに落ちるというもの。言葉の端々から、隠しきれない愛しの彼への想いが見え隠れしている、と』

 ふっ、と銀髪狐は笑う

 『誰が愛しのですか、誰が』

 『いえいえ、あなた様以外におりませんとも。そんな明白な事すら分からないなんて、そんな事は御座いませんよねぇ仮主(フェイ)サマ?』

 『……どうやら、狐は節穴だったようですね』

 反論せず、ワタシはそう話を打ち切った

 

 『所で仮主(フェイ)サマ?気になったんですけどぉ、精々100倍と言うことは、二桁倍ならば差覆して勝てるんです?』

 打ち切った所で、耳をぴこぴこさせ、興味深そうにピンク狐はそう問い掛けた

 『当然ですね。昨日の夜のアレ、数十倍を覆したからこそ、あのアーチャーに勝てた訳です』

 『スペック的に、100倍でききます?正直、わたくしも100倍……とはいかずとも81倍には縁がありますけど、どう見ても100倍じゃ足りませんよねぇ

 そこのところ、どうなんです?』

 『おやおや、そこの狐はおかしな事をおっしゃる

 彼を壱、かの大聖を……仮に500としましょうか

 ならば、ルーラーが400、ライダーが50程受け持ってくれれば、50で済むでしょう?』

 『あれ?この計算加算です?

 差がありすぎると、護って貰わなきゃどうしようもなく、戦いにすらならないと思うんですけど?

 っていうか、10が三人居ても、30に勝てるかというと、ノーなのでは?

 ってか、あの闘い……良く考えたら殆ど棚ぼた止め以外ルーラーが殆どやってません?あのぶっぱも、何か雰囲気違うっていうか、中身出てきた感じしましたし。本当にあんな計算が成り立つのか……』

 『闘いになっていたので計算上問題ありませんね』

 呆れたように、ワタシは掃除を始めながら、そう呟く

 今日はホコリ取りから掃除を始める。まずは、其処(そこ)の大きなホコリ二匹を……

 『ちょっと、ストップ、ストップぷりーず!』

 『何ですか、ホコリ取りたいんですが』

 『愛しの彼を小馬鹿にされた気になって気分を害したのかもしれませんが、わたくしをホコリ扱いするのは止めて貰えません?

 あっ、そこの銀髪の陰険ホコリは有害なので早めにお掃除ぷりーず』

 『おや。頭ピンクが何か言ってますね

 ホコリは貴女だけでは?』

 『いえ、同類なのでどちらもホコリです』

 『ひどっ!それは酷くありません?

 というか、観念したんですねぇ……』

 『どうやら違うということを理解する脳が無いようなので。否定するのもバカらしくなりました』

 ニヤニヤを止めない狐達に、ワタシはホコリ取りの手を止めず、呆れたように言った

 実際には、ここまで割と何時ものやり取りなのは感じながら

 

 『というか、本当に今日で終わります?この茶番聖杯戦争』

 ヴァルトシュタインの勝利を前提とした七つの聖杯戦争。それを茶番としながら、ピンク狐は問う

 『終わりますよ。かのシュタール・ヴァルトシュタインは此処で待てが出来るような人間ではありませんし』

 『ってことは、出番?』

 『(おれ)達に出番が回ってくるようでは、正直な所笑えますが』

 執事服で寛ぎながら、銀髪狐は返す

 

 それは確か。ワタシや彼等が出てこないといけないということは、あれだけの事を……現存する全ホムンクルスに血を注ぎ、吸血鬼化……そうして不完全なホムンクルス達の魂を食らい、自身の魂へと変える程の準備をしておいて、それだけでは足りない程まで追い詰められるという事

 幾ら恐らくは今日仕掛けた際にあの化け物(ルーラー)が無垢な人々の守護者として立ちはだかるとしても、そこまで追い込まれるのは情けなさすぎる話。この聖杯戦争は、バーサーカーの……ヴァルトシュタインの勝利で終わる事が規定された茶番であったはずなのに

 そうして、更に、彼は……現当主シュタール・ヴァルトシュタインは、ヴァルトシュタインが竜脈を弄り、束ねることで発展させてきた魔術的ヴァルトシュタインのお膝元、伊渡間を使い潰す気で、この最後の聖杯戦争の勝利条件を満たしに行くだろうに。時間の問題のはずのそれすら果たす前にバーサーカーが追い込まれるとなれば、どれだけ無能なのかと思わずにはいられない

 

 ……そう。この日伊渡間は滅びるだろう。神秘の秘匿など、ヴァルトシュタインは考えていないから。主さえタイプ・アースとしてこの世界に降臨なされるならば、それが新たなる法だ、旧法など意味を為さなくなる。ならば主に姿を現していただく際に、旧法など考える意味があるか、と彼等は本気で言うだろう。確かにその通り。ヴァルトシュタインの計画が果たされた時、世界は再び神世になる。この世界に、神が帰還する。ならば、神秘の秘匿も何もなくなる

 だから、ワタシとしては、彼に離れて欲しい。この伊渡間が終わる際に、居て欲しくない。別に、サーヴァント達を連れていっても構わない

 何故ならば、今日起こる事は現代のヴァルプルギスの夜。今日は4月30日ではなく、12月18日ではあるけれども。魔女(ヴァンパイア)達が、彼等の神々(バーサーカー)と共にお祭り騒ぎ(人類襲撃)を行う一大儀式。即ち、バーサーカーとホムンクルス等による伊渡間在住全人類の吸血鬼化、及び、その魂10万をバーサーカーを通して利用する……正直、あまり気に入らない儀式なのだから。そう、聖杯戦争の終わりなど関係ない。伊渡間人口10万の魂をもって、主を呼ぶ為の聖杯はどうあろうと満たされる。ルーラーが止めようが関係ない。バーサーカーと闘い、例え数千数万回殺せたとしても、その魂は一度バーサーカーに食われたものであるから、聖杯に貯められる

 つまりは、止める方法など、数千のバラバラに住民を襲い吸血鬼化させるホムンクルスと吸血鬼化した住民を全滅させる無謀しかないのだから。そんな事を出来る方法なんて、既に居ないアーチャーが、微弱な魔力を持った一般人を犠牲にする覚悟を決めて、魔力を持たない全ての時を止め<天斉冥動す三界覇>(ブラフマーストラ・ヴァジュラ)で街全てを吹き飛ばす位しか無い。それならば、街も大半の一般人も無事で、吸血鬼と魔力持ちの一般人だけ消し飛ばせる。伊渡間という竜脈集合の元でなければ魂を聖杯に注げない、だからあくまでもサバトは伊渡間内での事にはなるが、吸血鬼に時間停止外に逃げられ、外で吸血鬼を増やされて伊渡間に戻ってこられたら、どれだけ吸血鬼を殺しても最悪振り出しに戻されてしまう。だから、一度に吹き飛ばすしかない。今は魔術教会と聖堂教会を本気で動かさない為に伊渡間内で止めているが、どうしようもなくなればそれも構わずやるだろうから。それを止めるために、その決断をさせる暇すらなく吹き飛ばす。そんなこと、この聖杯戦争の参加者の中ではアーチャー以外には出来っこない。ルーラーはそんなに都合良く普通の人間の時間だけを止められない。この手を使うならば、街と住人毎消し飛ばすしかない。そんなこと人間が好きなサンタクロースには無理だ

 だから、この終わり(サバト)は、止まりは……しない



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八日目ー一期一会の昼・弐(多守紫乃視点)

「……どうしたの、かーくん?」

 私は、苦い顔をした彼にそう問い掛けた

 神巫雄輝では無くて、けれども彼に近くて……心を掻き乱す青年。目付きが荒み、髪はストレスからか白く変わり、肌も焼けてしまっているけれども、その顔立ちはしっかり見れば確かに変わっていなくて。強くなくても、他の人よりは特別だからと……一人でなんとかしようと考える所までそっくりで。複雑な乙女心も、何にも分からないのも、かーくんで

 だから、距離感を上手く掴めなくて。それでも、問い掛けずにはいられなかった。かーくんが苦々しい表情をしている時は、何か思い詰めている時。放っておいたら、一人で解決のために突っ走ってしまう時。戒人さんが居れば、共に行動してくれていたんだけど、それは……今は無い。戒人さんは、もう居ないから。それは悲しいことで、泣きたくなるけれども

 

 「紫乃、秘匿は分かるな?」

 素っ気なく、かーくんは返す

 「うん。神秘は隠す必要がある、だよね」

 「そうだ。基本的に、魔術とは一般人達に知られないように、というもの

 ……多くに知られることで、神秘は減衰するから」

 「それで?」

 「つまり、サーヴァントの闘いなんものは、見られないことが前提だ」

 そう言って、かーくんは手にした携帯をひっくり返し、器用に右手の親指と人差し指だけで支えて、此方に画面を見せてくる

 そこにあるのは、ひとつのブログの写真

 ピンボケしている。見にくいものではある

 けれども、その上で可笑しさは分かる。ここまで世界が灰色な事自体はそこまで可笑しくない。モノクロ写真というものはあるから。けれども、其処に一部だけ鮮やかな色付きがあるのは、合成でもなければ可笑しい

 そう、私も昨日見上げた、アーチャーの宝具の発動直前を撮ったピンボケ写真。それが、掲載されていた

 

 「これは……」

 「ヴァルトシュタインの森からの撮影らしい」

 「……これ、秘匿としてどうなのかな」

 そんな問いに、かーくんは苦笑する

 「当然ながら、大問題だ。当たり前だろう?

 説き伏せるか、どうするか。最悪殺すかどうにかしてでも口を封じるか

 手段は知らないが、実は冗談、嘘でしたという炎上狙い記事だったことにでもしなければ、そうして真実を封殺しなければ、聖杯戦争という神秘は揺らぐだろう

 ……だから、ミラは動かざるを得ない。それが、聖杯戦争の遂行が、ルーラーの役目だから、な」

 「そっか。だから……」

 「だからあれだけ急いでいた。ネットというものは、魔物だ

 一度発信してしまえば、何処まで広がるか本人にも分かったものじゃない

 幸いマイナーブログだから、即座に拡散、地方ローカルのテレビやらラジオで取り上げられて大問題……という最悪のシナリオは免れてはいるが、時間の問題だろうな」

 「じゃあ、どうするの?」

 ひょっとして、約束を終わらせるんじゃないかと思う私に、かーくんは笑いかけた

 「どうもしないさ。俺が何をしようが、何も変わらない」

 それは、何か出来るならば動いている、という自分の無力さを嘲笑するような、自嘲的な笑みで……

 思わず、私は一歩、かーくんへ向けて踏み出していた

 当然ながら距離は近付き、顔を上げなければその瞳と目を合わせられなくなる。右目が痛々しく潰れた、あまり見詰めたくはない顔から、けれども目線は離さずに、問い掛ける

 「じゃあ、何にもしないよね?

 クリスマスイブみたいに、一人で何とかしようとなんて、しないよね?

 

 今のかーくんまで、一人で居なくなったりしない……よね?」

 強いなんて嘘だよ、アーチャー。私は、違うなんて分かっているのに、それでも昔のかーくんに雰囲気が近いだけで、こんなにも心がざわついてる。不安で仕方なくなってる。アーチャーは、『それが恋ってもんだろ、恋は抑えきれないからこそ恋なのさ。理性で普通に抑えられる程度なら、それは相手に心底惚れ込んではいない訳よ。心の強さ云々じゃねぇ、寧ろ心が強ければ強いほど、珍しくどうしようもないそれに悩むもんさ、安心しな』なんて言ってくれる……気がするけど、私はそう楽天的には捉えられないよ

 違うのに、なのに、アーチャーがきっと彼は大丈夫だ、私の願いは叶うってそう言い残してくれたから、アーチャーの言う通り、昔のかーくんっぽく何処か雰囲気が変わっていたから。かーくんが戻ってきたみたいで、そんな態度になってしまう

 「……大丈夫だ。そんな事はしない」

 かーくんもそうなのかもしれなくて。何時もみたいに私の頭を軽く三度撫で、そう呟く

 けれども、理解してしまう。やっぱり、基本はかーくんなんだって

 

 その言葉は、嘘じゃない。けれども、耳障りの良い言葉だけどそう、嘘じゃないだけ。そうだと、分かってしまう

 確かに私に約束した通り、一人で突っ走っていったりしないだろう。けれど、あの雰囲気は、突撃自体をしない感じじゃない。アサシンと二人だから一人じゃない。ミラも手を貸してくれたから三人だ、問題ない。そんな感じの、"一人では"やらないってだけの方。戒人さんと二人で何とかしてみせる、昔はそうだった……後で心配させられる側の答え。何処がやらない際の答えと違うんだと問われたら、何となくかーくんだから分かるとしか言えないけど

 

 「アサシン」

 かーくんが、後ろに控えていたアサシンを呼ぶ

 視界から外れているだけで認識出来なくなる。再度視界に入ることで、そういえば……と思い出す程度の存在感

 けれども、ちょくちょく視界に入るから、気になる存在

 今は、その姿は……

 思わず、目を擦る。かーくんが、二人居るように見えて

 けれども、きっとそれは目の錯覚で。目を擦り、瞬きしたその後、アサシンの姿は普通に黒髪のイケメンに見えた

 うん、どんな姿で見えるのか分からなくて、やっぱり心臓に悪い

 『どうしたの?』

 「言っていたアイスだ。好きなだけ食べてきて良いぞ」

 言って、かーくんはポケットから財布を取り出す

 「かーくん、私が」

 左手が無いから、財布の中身を引っ張り出しにくそうで、思わず私はその財布を代わりに受け取っていた

 「紫乃、悪いな。5000渡してやってくれ」

 「あ、うん。アイスにしては多くない?」

 「足りないなんて事が無いように多目にするだけだ」

 『問題ない。迷惑はかけない』

 表情は変わらないけれど、きっとホクホクと、アサシンはそのお札を受け取る

 『お昼の後に』

 そして、不思議とあっさりと、ふっと姿を消す

 そういえば二人っきりじゃないな、なんて思ったのがバカみたいに簡単に

 

 「それで、紫乃。今日は何処へ行くんだ?」

 何時もの休みみたいに、かーくんがそう問い掛けてくる

 それに私が答えるか、戒人さんが実は此処に行きたいと思ってたと割り込むか、かーくんに任せると返すかが、昔の……一年前までは当たり前だった光景で。もう、二度と無い光景で

 「かーくんは、何もないの?」

 だから、ちょっとだけもう一度問い掛けてみる

 「いや、任せる。どうせ、最後なんだ。アーチャーの言うように、世界を見てみるさ。全てを忘れて、な」

 そう、今までで一番昔のかーくんっぽく、彼は微笑(わら)った

 「何かしたりは?」

 「無いさ。デイウォーカーの資質自体はあろうが、邪魔しに来たりは無いだろうから」

 その答えは、暗に私の推測がやっぱり当たっていた事を、一人ではないけれども、結局バーサーカーと闘いに行くんだろう事を感じさせていて。それでも、日中は私と居てくれると言ってくれたことが嬉しくて

 「うん、それじゃあ……」

 私は、一つの場所を、候補として口にした

 「……分かった。今日は紫乃の行きたいように」

 そんな言葉だけど、かーくんは頷いてくれた



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八日目ー一期一会の昼・参

「……此処は」

 珍しい場所を見上げながら、俺は呟く

 そう、それはもうあまりにも有名な場所。だが、正直言って俺が来るとは思っていなかった場所。日常を生きる者達の為の娯楽施設、俺とは縁遠い、けれども昔から神巫雄輝は紫乃と何度となく訪れた箱。伊渡間という10万人都市ならばあって然るべき巨大施設。即ち……映画館である

 「映画館だよ」

 「それは知っている。単純に、どうして訪れたんだと思っただけだ」

 「だって……」

 一瞬の沈黙。僅かな時間、紫乃が黙りこくる。だが、意を決したように俺へと一歩踏み出し、見上げてくる

 「見たい映画が、あったから」

 「……そう、か」

 考えてみれば、そうおかしな事でもない。多守紫乃という少女は映画好きだ。大画面で見るのが好きであって、ディスクレンタルで家で見たりなどは殆どしていなかったけれども

 「今日公開の映画なんて無いだろ?アーチャーと来ればよかっただろうに」

 建物横にずらりと貼り出されたポスターを一瞥、そう告げる

 「アーチャーとは、ちょっと来にくくて

 だって、知らない映画を見てもつまらないし」

 「そうでもないと思うが。まあ今さらか」

 今日、12/18スタートのものは特にない。紫乃が興味を持ちそうなものは幾つか確認出来はするが、既に前日以前に公開済ばかりだ

 

 「……」

 ふと、歩みを止める。一つのポスターが、目に入る

 「かーく、あっ」

 俺の目線を追ったのか、紫乃も無言になる

 それは、とある特撮ヒーローもののオールスター映画のポスター

 去年の作品も今年の作品も、俺は殆ど知らない。見る時間も場所も何処にも無かった。今ならば、フェイがTVを設置しただろうから見れる気がしなくもないが、例え聖杯戦争が未だ始まらず俺がヴァルトシュタインで過ごしていたとして、恐らくあのヴァルトシュタインが日曜朝に性能試験という名の殺し合い……というよりも、様々な手で襲い来るホムンクルスの惨殺をせずのんびりするなんて事を許しはしない

 だが、そんなどうでも良い事は関係ない。正直、なんだこのダサくてサイケデリックな奴だとか色々と言いたくはあるし映画本編に興味も無くはないが、見てない俺にはきっと分からないしそんな幸福を得るなんて俺が許さない

 重要なのはただ一つ。これが、特撮ヒーローの映画であるということ。つまりは、神巫戒人が好きで、神巫雄輝も良く見ていたものだということ

 ただ、それだけで思い出す。何も出来なかった俺を。既に終わっていた人生を。すべての決着をアーチャーに任せてしまった、その神巫雄輝の友人の弔いを

 「……戒人、さん」

 ぼんやりと、焦点の合わない目で、紫乃が呟く

 強く、強く手を握り締める。実際には無理でも、可能ならば指が掌を貫通する程に

 そうだ、もう神巫戒人は居ない。何処にも居ない。二度と出逢う事など無い

 奇跡など最早起きない。起きる訳がない。奇跡も魔法もあるだろうが、そんなものに意味はない。いや、第二魔法等ならばまだ可能性はあるが、聖杯で再現しやすい第三魔法では少なくとも不可能だ。魂の物質化、既にとうしようもなく汚染され変形したアレを、最早神巫戒人とは呼べない。死んでいようが何だろうが、魂があるから意味があるのだ。そう、最早魂すら無い神巫戒人は、神巫雄輝と同じく第三魔法でも救えない。いや、俺は弱いから、あんな傷を抱えて人間は生きてはいけないなんて思うとはいえ、大きく魂が傷ついた状態でならば何とか第三魔法を適用出来るかもしれない雄輝よりも尚酷い。紫乃の願ったあの穏やかな日々は、二度と戻らぬ過去の幻想へと風化した

 だからこそだ、と血の垂れ始めた手を尚も握り締める。だからこそ、世界はあの日に回帰しなければならない。ザイフリート・ヴァルトシュタインという存在を、それに連なる悲劇を、その切欠すらも破壊し、この世界(イマ)を剪定する。それが、今この時代を生きる全てを事実上殺すとしても。ザイフリートという世界の間違いを無くし、間違ってしまった世界を剪定事象として葬り去る事でしか、俺という存在に奪われた全ては救われない。いや、嘘だ。俺だって分かっている。既に居ない彼らを救う方法なんて何処にもない。どんな手で何をして、例え世界を回帰して彼等がその世界で生きていこうが、そんなもの全ては彼等という幸せに生きるべき者達を俺という理不尽によって奪われた事を償ったという、俺の自己満足以外の何物でもない。彼等はもう、何も願えないのだから。だが、それがどうした。無視出来るものか。死にたくない、雄輝の嘆きは今もこの身を焼いている。嫌だ、止めてくれ、残酷な真実を突き付けられ、降霊した俺の精神の中で苦しんで消えていった戒人の慟哭は、今も心を引き裂いている。それが全てザイフリート・ヴァルトシュタインという存在を前提としたものならば……

 それでも、償わずにはいられないのだ。この映画館を見て、紫乃と来た事を思い出す。そんな幸福な記憶も何もかも、神巫雄輝が持ち、味わうべきあまりにも俺には勿体ない幸福なのだから

 それにだ。俺が止まれば、俺に斬られたホムンクルス達は、何のために死んだのだ。だから嗤え。貴様等は俺の目的の為に邪魔だったから殺したと、そう嗤え。そうでしか、死に意味はない。今さら躊躇うならば、その死を無意味にするならば、最初からあんなもの、するべきではなかったのだから

 掌を流れる血に、見えない星に、誓いを新たに。どんな幸福を奪おうと、バーサーカーを滅し、聖杯を手に、世界を回帰する。それが、それだけが、ザイフリート・ヴァルトシュタインの存在意義なのだと

 ……俺でもわかる程度に軋む心は、弱さと切り捨てて

 アーチャーは、何やってるんだと文句たれるかもしれない。悪魔に成り下がるというかもしれない。何だかんだ、こんな幸せになる価値もない俺に良くしてくれたミラやフェイは、かけてあげた好意を無にしたとむくれるかもしれない。それでも、俺に殺されて死んでいった彼等の死を、自分から無意味にすることなんて、弱い俺には出来ないから

 

 だのに

 「……考えるな、紫乃

 悼む事は、何時でも出来る。聖杯戦争が終わってからでもな」

 そんな嘘をついてまで、紫乃と映画を見ることにしたのは……

 言うなれば、ミラやフェイに教えられた、そして神巫雄輝の記憶にあった幸福というものを、最期なんだから味わっても良いだろという弱さだった。それが、世界を回帰する際に、俺もやっぱり死にたくないとミットもない言葉を吐くだろう事に繋がると、そう知っているのに

 

 「あ、うん……」

 紫乃も、ポスターから顔を上げる

 「……見たい映画ってのは……」

 神巫雄輝の記憶を辿る。思考を読む

 不思議と、もう少し本気でやれば解るという確信はあった。僅かに潰れた右目が疼くから

 けれども、それは使わない。俺の外見は正直言ってカタギとは思えず、映画を見に来た人々が俺を見て息を呑んだり遠巻きにしたり露骨に反対を向いたり警察に連絡したりしているが、だからではない。ホムンクルスならば何人となく殺してきたが手配犯でもなし、警察が来ることなどないだろうから

 「多分これか」

 右手で指差すのは、一つの恋愛アニメ映画

 選んだ意図は非常に簡単。恋愛映画は紫乃の好みのジャンルで、特にアニメ映画好き。そして何より、この映画は先に公開されたもののサイドストーリーのような映画だからだ。第一作なんて皆初見からのスタートが前提、わからない映画を見てもなんて言わない

 ……俺も雄輝も挙げた映画の本編を見たことはないが。それでも、紫乃が公開を楽しみにしていたことも知識としてあるし、映画の原作も紫乃との話題作りに借りた事も知っている。だからだろう、紫乃も俺相手にはそう言わない

 「あ、良く分かったね」

 「そりゃあ解るさ」

 少しだけ格好つけて、そう返す

 「神巫雄輝の愛しの相手だからな。少し記憶を探れば、幾らでもヒントは出てくる」




「……もう泣き止め」
 「でも、でも……」
 「はぁ、全く……俺は神巫雄輝じゃない。これは俺がやることじゃ無いんだがな……」
 多少のぼやきと共に、フェイからの荷物にあったハンカチを胸のポケットから取り出し、紫乃に差し出す
 恋愛映画でぽろぽろ泣くし、ホラー要素があったりすると上映が終わっても暫く腕をつかんで震えてるし、ファンタジー映画で主人公側の人間が死んだりするとその日一日ちょっと暗い。割と感受性豊かなのが多守紫乃ではあるのだが……
 正直言って、やりにくくて敵わなかった
 何というか、紫乃はまず間違いなく俺と、雄輝を重ねている。神巫雄輝という人間から、魂を抜いてミキサーにかけてペースト状にして、よく分からない意思を持ち始めた魔力の溶け込んだ水と捏ねてサーヴァント(推定ジークフリート)の魂という巨大な器に包み込んで元の体に叩き込んだもの……それが俺。確かに混ざってはいるし、体の基本はそうだが、俺はザイフリート・ヴァルトシュタインでしかない
 だからこそ、対応に困る
 なので、こうして……既に電気の点いた映画館の椅子で、落ち着くのを待っているなんて事態になっていた
 「次が始まるだろ、行くぞ」
 右手の席に座っている紫乃へと左手を……差し出せない。未だに慣れない、片腕が無い感覚に。だが、これは治らない、正確には治さない。莫大な魔力さえ使えば、修復を封じている摂理に還る祝福すらもぶち破って腕の修復は不可能ではない。当然だ、あれもあくまでもミラの魔力による宝具効果なのだから。だが、そんなことをすれば寿命が何日削れるか分かったものじゃない。恐らく一月分くらいは浪費するだろう。そんなことしてまで治すくらいならば隻腕の方がまだマシという話でしかない
 なので、右手が使えれば良いや、と右手で紫乃を立ち上がらせ、上手く体勢を保てず此方に倒れこむその小さな軽い体を受け止める
 「昼、食うか。話はそこでも出来る」
 「うん」
 その提案は、断られなかった
 
 近くの喫茶店に入り、席を取る。出遅れはしたが、映画自体が短めのものであったからか、他の大作映画を見終わった人間で埋まる前に席に付くことが出来た
 注文は珈琲のみ、記憶の中にしか無い神巫雄輝時代からの伝統である。何というか、映画を見終わった後は何処か精神的に胸が一杯であまり食欲がない。それは、今の俺も変わらない。単純に、片手では色々と食べにくいというのもあるが
 考えてみれば、本気で全うな食事をしたのはフェイが口に突っ込んだスープ他の朝食、以降はクラッシュゼリーだ何だ野菜ジュースだで繋いできていた気がする
 
 運ばれてきた珈琲に、口を付ける
 「……ブラックなんだ」
 「まあな」
 そうして、紫乃の疑問へとそう何も答えずに返す。そうしなければ、顔を僅かにしかめてしまうから
 舌の上に広がる苦味に、やっぱり苦手だ、と自分の事ながら苦笑する。やはり、ミルク入れた方が飲みやすいな、とも
 砂糖もミルクも、入れなかった理由なんて簡単だ。右手でそれらを持ったとして、左手が無い今は歯で開けなければならないと気がついたから。流石にその開け方は不恰好だろうと、割と似合わぬブラックで飲んだだけ
 だが、やはりというか何というか、どうしようもなく飲みにくい。フェイの淹れるコーヒーが、豆からしてランク違うというのもあるが、ブラックは無駄に苦いということを思い知らされた。正直、ブラックでコーヒーを美味しく飲めるのが大人だというならば、一生大人になどなれない感覚すらある。まあ、大人になる程の寿命は俺には無いが
 「やっぱり、かーくんだ」
 それを見て、紫乃はくすりと笑って、自分の紅茶に口を付けた
 
 それで、思い出す。そういえば神巫雄輝も、格好付ける為にコーヒーはブラックだったな、と。特撮作品で主役がブラックを飲んでいるのに憧れて、戒人と片意地張って飲んでただけだが
 「似てたか、行動」
 苦笑して、ミルクの口を歯で咬み千切る。幸い、何本か折れてはいるが、噛み合わせる前歯は充分に残っているのだ、出来ないこともない
 「面白かったか?」
 そうして、そう訪ねる。答えは、割と分かりきってはいるのだが
 「う、うん」
 解りきっていた、歯切れの悪い肯定の言葉と共に、紫乃は頷く。括られたリボンが、かすかに揺れる
 
 元々おおまかなストーリーは知っていて、それを見たくて来たのだ、気に入らない訳がない。けれども、歯切れが悪いのは……
 「分かってた事だろ。あくまでも外伝映画なんだから」
 「でも、それでもやっぱり泣けちゃって」
 「失恋でなきゃ、矛盾するだろうが」
 はぁ、と息を吐く
 そう、失恋。見た映画は、失恋の物語。暫く前に公開されたラブストーリーのサイドストーリー。本編主人公に恋した、サブキャラに焦点を当てたもの。当然ながら、実る訳もない恋の物語
 知っていた、だから俺はそこまで心動かされる事は無かった。当たり前だ、結末を知っているのだから、演出等に心が行く。だが、紫乃はそうではなかったようだ
 だから、その主役に心を重ねるように、映画が終わった今もぽろぽろ涙の粒を溢す
 「かーくん、は?」
 言われ、少しだけ考えを纏める。ミルク珈琲を一口し、意識をはっきりと
 「そこそこだな」
 結局、口にしたのは、小さな嘘
 実際、面白くなかったと言ってしまうのが一番楽だ。この映画の本編も2016年公開、外伝だけ見せられてもな、と正論を振りかざせる。それに、映画を理解する根底にある神巫雄輝の記憶自体、紫乃の見たい映画に付き合う為に色々と見ていただけの訳で、好みの映画はヒーローアクションとか特撮とかそういう方向だ。巨大ロボット、特に自我を持つスーパーロボットものとか素晴らしい、そんな感性は俺にも割と引き継がれている
 だが、それでも、面白くなかった、なんて言えない。幸福を、良く理解できたから。今更な話だが、神巫雄輝は多守紫乃が大好きである。好きな幼馴染と恋愛映画を見る、突っ込んだ話、映画の内容なんて白けるほどつまらなくない限り映画鑑賞の事実に比べ至極どうでも良いのだ
 言い直せば、紫乃と映画を見れた時点で楽しかった。欠損の激しい魂の欠片を無理矢理に集めてみたからか、それともアーチャーの言葉通り色々と考えないようにして神巫雄輝(ふつうのひと)っぽく振る舞っていたからか、雄輝の幸福な記憶に引き摺られるようにそう思えた
 これは、何でもない日々の再現。神巫雄輝が紫乃と映画を見る、一月に一度はあるかもしれない休みの日の光景の追体験
 俺が経験してはいけない、奪った幸福
 「そっか、ごめんなさい」
 「何を謝るんだ、紫乃」
 「やっぱり、あの……スーパー何とかの方が良かったよね?」
 少しだけ申し訳なさそうに、紫乃は呟く。小さく頭まで下げて
 「いや、良いよ。今年の作品知らないし、見ても乗り切れない」
 そんな馬鹿な言葉を、何度か交わす
 無意味で、それでものんびりとした……もう二度と無い安らぎ
 フェイにあの映画見せたらどう思うんだろうな、とか、昔貰い物として貰った映画のチケットがあるよ、とシスターやってたミラが言っていたけれども、ミラ自身は映画なんか見るんだろうか、とか、色々ととりとめの無い、少し紫乃には失礼な事も考えながら
 
 そうして、夕方
 俺が紫乃を連れて足を向けたのは、ひとつの伊渡間有数の大きな建物だった
 名を、伊渡間中央駅。10万人都市の伊渡間と、巨大都市を結ぶ生命線の片割れ
 「あ、悪い紫乃、少しだけ荷物を持っててくれないか?」
 言って、フェイから貰った荷物の一部を、紫乃に預けながら俺は画面の割れた携帯を取り出す
 此処に来た理由は簡単、俺がそう望んだから
 そのまま買った入場券で改札を潜り、ホームへと上がる階段のある広場へと足を踏み入れる。そそくさと紫乃が付いてくるのを振り返って待ち、携帯をカメラモードへ
 「それにしても、かーくんって電車好きだったっけ?」
 「好きになったさ」
 少しだけ自重的に、そう微笑む
 「ヴァルトシュタインの外に出ても、自由なんて無いようなもの。あくまでもこの身はS346、全ては聖杯戦争で他のサーヴァント相手に使い潰される為に
 だからさ、僅かな時間に駅から出ていく電車を見て、思ってたんだよ
 
 あれに乗れば、俺も自由になれるんだろうか、と」
 「……御免」
 「何を謝る事があるんだ」
 申し訳なさそうな紫乃に、そう返す
 
 『……すみませんのぉ』
 その声は、紫乃の後ろから聞こえた
 一人の老爺が、切符を手に立っている。そう、見える
 「どうしたの、お爺ちゃん」
 『実は、ごちゃごちゃしていてホームがわからんでのぉ』
 老爺は、手にした切符を振る
 「かーくん、これって……」
 その切符を覗き込んだ紫乃が、此方を見て問い掛けてくる
 「8番乗り場。そもそも俺が撮りに行こうとしていた電車だな」
 見ることも無く、俺は言った
 「じゃあ……お爺ちゃん、案内を」
 『すまんのぉ、眼が悪くて』
 老爺(じょせい)は、紫乃の手を取り、その手に引かれて歩き出す
 
 「着いたよ、お爺ちゃん」
 まあ、当たり前だがそう迷うわけも無く、直ぐに紫乃たちは目的地にまで辿り着く。伊渡間中央駅8番ホーム。走り去る姿を撮りたいと嘘を言った、ひとつの列車が其処には停まっている
 深い緑を基調とした、高級そうな列車。大都市を日のあるうちに出て、夜通し走りぬけて海を越えた北の観光地へと続く、寝台特急
 その一車両の扉まで女性(アサシン)の手を引き、紫乃は……漸く気が付く
 だが、遅い
 そもそも話し掛けてくる老人以前、電車が好きだから見に行きたいといった話から全て仕込み。自由なんぞ、俺が求めていいような低俗な権利じゃない。全ては、今日考えた紫乃の安全を確保するための劇。脚本に取りかかった当日には本番の即興だが、どうせ離れるならバカンスでもしておいて下さいとフェイが特急券寝台券をしっかりと一昨日の荷物に仕込んであったから問題ない。そうして、紫乃は無駄に俺を信用し、罠に深くはまりこんだ。後はただ、号令するだけ
 「頼んだ、アサシン!」
 『任された』
 「ちょっ、かーく」
 言い切ることすら出来ない。既に腕は老人の姿を見せようと頑張っていたアサシンに捕まれている。成す術なく、紫乃の小さな体はアサシンに引き摺られて車内に消えた
 そうして扉は閉まり、遥か北の観光地を目指して、特急列車は走り出す
 最早止まらない。いや、予定された駅には当然止まるが、それは大分後の事。それから万が一戻ろうとした所で、まともに伊渡間まで戻ってくるだけの列車は既に無い。荷物を置いていかせたのが少し気掛かりだが、紫乃に暫く持っていてくれと言ったあの中にはフェイから貰った生存資金の半分叩き込んであるから生き残れるはずだ
 
 止まれない。どうせ今日、全ての決着が付くのだから無意味だとしても。せめて俺が勝てなかったとき、紫乃だけでも無事であるように
 小さくなって行く列車を見ながら、俺はそんな事を思っていた


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八日目ー吸血鬼夜話・前章

『それで?勝つ見込みはあるのかしら?』

 日が暮れる前、夕焼けが空に赤く残る頃。合流早々、セイバーはそう言葉を発した

 「勝つさ」

 答えは、答えになっていないもの。勝てるとは言わない。事実、勝てるかは微妙な話なのだから

 アーチャーが居てくれればとは思うが、無理な事を言っても仕方は無い。やるしかない、それが唯一の真実だ

 寧ろ、事此処に至って、勝率がある(・・・・・)事自体が驚嘆に値するとも言えるだろう。あの日ヴァルトシュタインに反旗を翻したその時は、マスターを殺す以外のどんな勝ち筋も無かったのだ

 「出来れば、ミラの動向を……」

 『わたしを呼んだかな、フリットくん?』

 その声は、何処か疲れた感じで、横から聞こえた  

 

 『こんばんは、フリットくん』

 「ああ、こんばんは、ミラ。お疲れ様のようだな」

 そんなやり取りに、微かに見てとれる疲れはそのまま、少し乱れたシスター服はそのまま、金髪の少女は微笑む

 『わたしはこれでもルーラーさんだからね、やらない訳にはいかないよ』

 『へぇ。出来るものだったのね、意外だわ』

 「おい待てセイバー」

 あまりにあまりな言い方に、少しセイバーを咎める

 確かに、俺の知る限り、ミラのニコラウスというサーヴァントは、直接的な戦闘では無類の強さを誇る。自分でも何故勝てたのか未だに分からないあのアーチャー相手に戦えていた事もあるし、何度か迷いから大きく手加減された状況で、それでも消えかけの光明を掴み取る事で漸く生き延びてきた俺自身が、それは良く知っている。だが

 『ううん、大丈夫。セイバーさんの言う通り、わたし、裏工作とか得意じゃ無いしね』

 アルベール神父は得意なんだけどね、とミラは苦笑する

 

 そうだ。その通り。少し話に聞いていただけでも分かる。サンタクロースは直接的にプレゼントを枕元に置く。ミラのニコラウスは、生き様そのものが聖人であり、異端に対しては直接拳で語ったという。そんな人に、裏からばれないように策略巡らせろというのが、まずおかしいのだ

 「神父は」

 『行方不明だよ、今も』

 『森に居る』

 ミラの声に被せるように、霊体化していつの間にやら戻ってきていたアサシンが抑揚の無い声で告げた

 紫乃が今更降りても帰ってこれない駅を越えたらどうせそのうち戻ってくるだろうと信じていたので、帰ってきた事自体は驚きはない

 だが、森に居ると明言した事には、少し違和感があった

 「理由は」

 『知らない。興味ない』

 けれども、とりつくしまは無い。話は続かない

 そもそも、頼んでもいないのだ、この点でアサシンには期待していない。単に確認である

 

 『それで、フリットくん。わたしに聞きたいことって何かな?』

 寒っ、と首に巻いた赤いマフラーに手を埋めながら、ミラが問い掛ける

 「……何だかんだ、使ってくれてるんだな」

 口をついて出てきたのは、そんな言葉。本来の質問とは全くもって違う無意味

 『うん、珍しくフリットくんが自分の意志でくれたプレゼントだからね』

 そう言って、ミラは柔らかく微笑む

 そのどこか弾む声音に絆されかけ……奥歯を噛み締めて表情を保つ

 騙されるな。語るに堕ちるな。貴様にこれ以上の幸福など勿体無い、昼間に散々得ただろうに

 「そうか。似合ってる」

 だというのに、そう褒める

 『ふふっ、わたしもそう思うよ。ありがとね、フリットくん』

 「ああ、喜んで貰えて良かったよ」言葉を紡ぐミラの表情は分からない。目を閉じて、そう俺は答えた

 この決戦で、心の刃が鈍らぬように。言わなくても良い弱さをさらけ出した、自業自得には目を瞑って

 

 『あー、はいはい。惚気なら他でやってくれる、道具(マスター)

 『「惚気てない」』

 つまらなさそうに肩をつつくセイバーに対し、そう言葉を被らせる

 それが、どこか……まるで平和な世界の事のようで可笑しくて

 「ミラ、現状に対する理解は?」

 話を無理矢理に、本筋に戻す

 

 『何度か、警告したんだけどなぁ……』

 返ってきたのは、そんな返事

 警告、フェイと話した時に、それに関しては聞いたことがある。街に居る人間の失踪騒動としても

 そう、吸血鬼と化した人間を、既に死んでいるという摂理に還し、その遺骸をヴァルトシュタインの森に置く事で、これ以上関係の無い人に被害を出すな、という警告をしたのだろう、と

 「また、居たのか」

 『うん、居たよ。寧ろあの時よりずっと増えてた』

 悔しそうに、ミラは手を握りしめる

 『弔ったけど……辛いね』

 「……このままでは、更に増える」

 『フリットくん?』

 少し怪訝そうなミラに、ポケットから取り出したスマートフォン。その画面を見せる

 『これが、フリットくんをあそこで支えてた子からのお手紙?』

 「重要なのは内容だ」

 『それはそうだけどね』

 「フェイ達については……考えたくない」

 味方とは限らないから。だとしても、俺が俺として生きてきた一年足らずで、温かかった記憶は、ミラとのもの、フェイ達とのもの、そしてヴァルトシュタインに反旗を翻した時からのもの。その温かさの約6割を、今から潰すことになるかもしれないのだから

 考えたくはない。考えなくて済むならそれに越したことは無い。性能だって、そこらの魔術師よりは強い、程度だ。勝てないことなんてヴァルトシュタインも分かっているだろう。だが、それは俺相手にぶつけない理由になんてならない。寧ろ、相手がそれで動揺してくれるならば万々歳、積極的に使うまである。それをフェイ自身が望む望まざるに関わらず、吸血鬼化させられれば俺と対峙する事になるだろう。俺自身、何故一月前に刻まれた吸血鬼の血で作られた疑似令呪が破壊されたのか理屈が解っていないのだ。抵抗など例えしたとしてもまず無意味だ

 だから、実際に対峙するまで、無かったこととして考えないようにする。心の平穏の為に

 ……裏切るだ何だいっておいて、情けないとは自嘲するが

 

 暫くして、ミラがメールを読み終わる。その表情は、どこまでも真剣なものだった

 『これ、本当?』

 「知るか。フェイは無意味な嘘は多分つかないだろうが、これが本当にフェイからのメールなのか、それとも既に吸血鬼に血を啜られていて、バーサーカーの思惑によりルーラーをヴァルトシュタイン本邸(決戦の地)から引き剥がして街中に留めておく為の方便の嘘をつかされたのか、そんな事は解らない。保証のしようがない」

 どうしようもなくて、首を振る

 そう、実際に昨日の事が記事にされていた、そこまでは間違いなく真実だ。俺の知る限りのシュタール・ヴァルトシュタインの性格として、速攻を仕掛けてくるのも

 だが、街が終わるというのが真実かは解らない。言葉を鵜呑みにするならば、バーサーカーは今夜街に現れるのだろうが……

 『やる。間違いなく』

 それを肯定するように、アサシンは呟く

 「アサシン、どうしてそうと分かる?」

 『「ボク」の記憶』

 「何?」

 僅かに、ヒントになっていた気がした。アサシンが、何故俺を助けてくれたのか……

 『ぼんやりしてる。けど、バーサーカーが仕掛けてくるのは、分かる』

 「要は、吸血鬼へのカウンターとしての勘か?」

 『いぐざ……いぐざくと……』

 『exactly、よアサシン。

 無駄に格好つけるなら一度で決めて欲しいわね』

 『そう、いぐざくとりぃ』

 「そう、か」

 アサシンの言葉は、まあ、信用できるかもしれない

 だが、乗る気はあまりない。決戦の地は本邸。そうでなければ、あまりにヴァルトシュタイン邸地下に安置された聖杯まで遠すぎる。手にするまでに時間が掛かりすぎてどうしようもない。あのヴァルトシュタインがキャスターやらライダーやらのマスターに聖杯に近付かせる訳はないが、それでも距離があれば、バーサーカーを倒した後、三騎の魂を叩き付けて俺が聖杯を起動するより、残りの二騎が未覚醒の聖杯を手にする方が早い

 つまり、やることは一つなのだ

 

 「セイバー、アサシン」

 横の二人を見て、語りかける

 「相手がどう思っていようが関係ない。デイウォーカーだろうに、吸血鬼の力が強まる夜まで待った事が敗因だと教えてやる」

 そう、つまり此方の作戦は更に簡単

 今日決着を付けに来るというならば、出ててこられる前に潰す。更なる速攻戦だ



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八日目ー吸血鬼夜話・始

駆ける。唯、駆け抜ける

 全ては、目的の為に

 バレる事等当の昔に解っている。森に足を踏み入れたその瞬間に、その意図は伝わっているだろう

 それこそが、この地……ブリテン領域なのだから。即ちこれは宣戦布告。来るなら来い、ぶっ潰すという意思表示

 正直付いていけないというセイバーを背負い、先行出来る出力を持つミラを追うように、ヴァルトシュタインの森を風となって駆け抜ける。とはいえ、割と遅いのは確か。幾ら足場の微妙な森の中とはいえ、精々時速で言えば40km、一瞬で本邸へ殴り込むという訳にもいかない

 

 森を駆けだしてから、僅かに5分。未だ本邸は遠いその時に、俺は歩みを止める。止めざるをえない。理由はとても簡単、全力疾走とは隙だらけ、抵抗をかなぐり捨てていては、そのまま斬られるから

 木の根を思いきり踏み砕き、そのまま宙へ。抗議のように襟を強く掴むセイバーは無視し、左足に魔力を集中。剣と化して蹴り抜く

 駆け抜ける剣とその足が激突し、火花を散らす。気にせず空中を魔力でもって蹴ってさらに空へ。足と剣の鍔迫り合いの要領から抜け出して、前方へと着地する

 「けほっ、随分な挨拶だな、ライダー!」

 状況、確認。支障なし。絞められた首も、少し痺れた左足も、まだ持つ

 『手が痺れる、やってくれるな……』

 「手刀じゃ押しきられるだろうが」

 『押しきるつもりだったが?』

 そう、襲撃者はライダー。獅子と共に疾走し、俺へ向けて剣を振り抜いたのだ

 「はっ!此方の戦力を甘く見すぎだな、それは」

 『良いのかよ、ルーラーまで連れてきて

 街に何かあった時、誰も居ない。それで良いのか』

 「だから、何かある前にバーサーカーを殺し尽くす。それだけだ」

 剣は抜かない。コートに数本のナイフは仕込んできた。背にもフェイから貰ったあの剣はある。折れていようが、光の剣の芯材としては無いよりはマシ。だが、抜かない

 理由は簡単、こんな所で止まってなどいられないから。電撃戦は即座に勝負を決めてこそ意味がある。此処でライダーと戦うのは得策でも何でもない

 

 ちらり、とアサシンの方を見る

 問題ない、と頷きが帰ってきた。ならば、良し

 「ミラ、頼めるか」

 一応の確認。バーサーカーのやりすぎを止めるという点では、利害は完全に一致しているので、恐らくは問題ないと分かってはいても、やはり確認する

 『問題ないよ、フリットくん。わたしだって、悲劇は嫌だからね』

 「なら、良かった」

 夢幻召喚、起動

 静かに胸元のポケットに仕込んだクラスカードを使用、背面にセイバーが居る為、翼は形成せず。単純に光の剣を右手に持つ為であり、身体能力を上げるため

 『抜かないのか。末席とはいえ、円卓の騎士も舐められたものだ』

 「抜けないのさ、お姫様の邪魔になるだろう」

 髪を引っ張るセイバーは無視して、軽口を返す

 『まあ、良い。やる気がないならば……』

 剣を構え、ライダーが迫る

 空気を切り裂き、その手の両手剣は俺を両断する為に振り上げられ

 「セイバー!」

 『ああ、もう!分かったわよ!』

 だが、その剣は討つべき悪魔(おれ)の姿を見失い、所在無さげに下ろされた

 

 『なっ、消えっ!?』

 一瞬の空白。俺が欲しかったのはその隙

 理屈は簡単。戦うと思わせておいて、ライダーが意識を俺のみに向けた所でセイバーが<身隠しの布(タルンカッペ)>を使用、自分毎俺の姿を隠した、ただそれだけの簡単なもの

 だがそれで良い。ライダーの最高速度は当然ながら俺を超えている。まともにやっては離脱出来ない。ミラならば何とでもなるだろうが、あくまでも中立、同盟は聖杯戦争としては違反でもなんでもないのだから、俺にとっては邪魔だからといって戦ってなどくれない

 だからこそ、隙が必要だった。俺がライダーの射程圏から抜け出すだけの時間が。隠れて斬り付け、速攻で片を付けるというのは微妙な所。ライダーとてそれならば殺気なり何なりに反応して対応してくるだろう。姿が見えない、ただそれだけで勝てるほど円卓の騎士は甘くはないはずだ

 故に、逃げる。戦わない。勝利条件には関係ないと割り切る。最悪俺含めて6騎の魂を聖杯に叩き込めば良いのだから、ライダーとキャスターは放置しても理論上勝利出来る

 

 『逃げたのか、あの野郎は』

 『勝つための行動は、逃げじゃない』

 背後で響く、剣劇の音

 アサシンは置いてきた。はっきり言って非常に勿体無いが、背に腹は変えられない。誰かが残ってライダーを止めていなければ、作った隙には何の意味もないのだから

 セイバーを置いてこれれば、バーサーカー相手にメタ張って全力で挑めるのだが、流石にセイバーに一人でライダーと戦い抜く事を要求するのはあまりに酷というもの。唯一の勝機たる悪竜の剣を振るわないと誓っている以上、幾らあのライダーが竜を殺して喰らった事で竜としての性質を持っていようが無意味。竜特攻があるとしても素のスペックが違いすぎる。クラスをセイバー足らしめている宝具無しのセイバーではライダーの獅子の前菜にしかならない

 その点、勝てば良し、負けることは無いというアサシンは時間稼ぎには非常に便利だ。今日の夕方はアイスクリームやらハンバーガーやらを1000円分食べてほくほくと帰ってきていたが、聖杯戦争が終わる今度は何も見返りは無いけれども

 

 『人使いが、荒いわねっ!』

 「アサシン使いは荒いかもしれないがなっ!本来なら、自分のサーヴァントにもあれくらい忠実にやって欲しいものだ」

 『あの人以外に忠誠をなんて、御免よっ』

 「分かってるんだよそんなこと

 ただ、まだ働いて貰うぞ、クリームヒルト!」

 身隠しの布を被りながら、軽口を叩きつつ、森を駆ける。夢幻召喚は解かない。魔力消費を抑える為に使用せずに森に入ったが、一度使ってしまえば今更過ぎる話。上がった速度で森を一気に走破し

 「っらぁぁっ!シュタァァァルゥッ!!」

 魔力を込めて地を蹴る。そのまま時速にして僅か60kmくらいだが速度は殺さず、足を今度は両方とも光の剣の芯へと変えてのドロップキック。俺はライダーではなくセイバー擬きだが、ライダーキックとでも叫びたくなるような一撃でもって本邸の玄関扉、その紅い木製の偉容を容赦なく蹴破った

 

 「……来たか、S346、この裏切り者め!」

 予想通り、待っていたのは一人の男。シュタール・ヴァルトシュタイン

 「悪いな、裏切り者で」

 「貴様を買っていた。貴様の正義をだ!

 きっと、我等が正義を果たすために大きな役目を果たしてくれるだろうと!だのに」

 「俺の力を、だろう?」

 「当たり前だ!」

 『最低の答えね』

 俺の背中から降りつつ、セイバーがぼやいた

 「力無き正義は無力だ。力を求めるのは間違いじゃない」

 「だが、ヴァルトシュタイン。貴様は多くを救うため、犠牲は仕方ないと割り切った

 悪いが俺には、そんな割り切りは出来なかった」

 「それは貴様の弱さだ!治せたはずだ!」

 「そうだろうな

 だから俺は、悪なんだよ」

 話は終わらせる。向こうからわざわざ時間をくれたのだ。やるに決まっている

 魔力散布、完了。翼を展開し、警戒を薄めるために剣は抜いていなかったので、掌に光の剣を芯無し形成。そのまま周囲に撒き散らしておいた俺の紅い魔力を束ねるように、貫く!

 「<偽典現界・幻想悪剣(バルムンク・ユーベル)>!」

 迸るのは殺意の力。紅の剣撃は、シュタールの心臓を目指して疾走(はし)る……

 「くっ、バーサーカー!」

 だが、その突撃は止められる。言葉と共にシュタール右腕の令呪が輝き、俺以上の巨体が盾のように現れたから

 偽典の剣では、人を殺すための対人宝具では、バーサーカーという壁にとっては蟻の一咬みにも等しい。不意討ちは無意味だ。だが、それで良い。終わりじゃない

 「甘いなっ!」

 背の翼を展開、槍の様に伸ばして俺の脇下を潜り抜けるように貫く。バーサーカーの体を飛び越えて、直接マスターを狙う

 バーサーカーは不死身でも、そのマスターまでも不死身では無い。殺せうる。だから、死ねと狙う。あの、反旗を翻した時のように

 だが、バーサーカー相手に何も出来なかったあの日の俺はもう居ない。今の俺がビーストだろうがそうではない人類の仇敵だろうが構わない。勝てば良いのだから

 その意志とともに、放たれた血色の翼の槍は、バーサーカーの血のマントに歪められつつも……シュタール・ヴァルトシュタインの右の腕を貫き、そして引き千切った 

 「ぐ、ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」

 「……まずは、一つ……」

 痛いほどに輝きだした右目で理解する。あの右腕にまだ一画、令呪は残っている。一撃で死に届かずとも、最後にすがる切り札をまずは潰した。どんでん返しの奇跡はもう起きない。起こさせない

 「勝つのは、俺だ」

 その意志と共に、紅の魔力が引き裂き落とした腕を、内部から粉々に破裂させた



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八日目ー吸血鬼夜話・継

「貴様ぁっ!」

 最早半分無視しても構わない……とまでは行かないが、多少脅威が減った正義の味方が吠える

 だが、その威勢は直ぐに衰え、無くなった腕を抑える

 

 「その、程度か」

 『いや、寧ろ片腕が無くなって平然としている方が可笑しいわよ道具(マスター)

 背後からあきれたようなセイバーの声。俺は出来たのだから、というのも俺はそうするしか無かったが、彼は未だそこまで追い詰められていないという差がある以上は言いにくい。確かに、セイバーの愚痴には一理ある

 

 『下郎が。(わたし)の手を煩わせるとはな』

 降り立った王は、静かにそう告げる

 その瞳は紅に……血の色に爛々と輝き、されども俺を見ていない

 その視線は、単純に令呪をもってバーサーカーをこの戦場に駆り立てた自身のマスターにのみ向けられている。仮にも敵を前にして何を悠長な、と言いたくはあるが、それもまあ仕方はないと理解できる。かのサーヴァント(バーサーカー)と出会った事はたったの三度。召喚され、血の疑似令呪を刻印された一月前。性能試験としてバーサーカーとやりあわされた……というより、一方的になぶりものにされた二週間前、そして……セイバーと出会ったあの夜。その何れも、俺はバーサーカー相手に一矢報いられる力の兆しすらも見せていないのだから。そして、今や真名を、宝具を、その根底の大半を明かしたセイバーをよもや騎士王アルトリア・ペンドラゴンと間違える訳もない。ルーラーが本気で敵対してこない限りにおいて、敵ではないと認識されているのは当たり前だろう

 だが、舐めるなと叫びたい。アーチャーが居ないならばミラが明確に此方に付かない限り敵ではないというのは驕りだと

 「俺を、見ろ」

 魔力散布、再始動。魔力を練り上げ、二度目を放つ

 「この剣は正義の失墜……」

 「哀れな、S346」

 失った腕が痛むのか苦しげに息を吐きながら、正義の味方(シュタール・ヴァルトシュタイン)はそう呟く

 「分かっているだろう、バーサーカーには効かないと!」

 そう、その認識。それは正しい

 

 だが、そんなものは理屈でしかない

 そんな事実、捩じ伏せ(破壊し)てしまえば良いのだ。それが、それこそが……俺の根底に眠る怒り。例え、その力がクラスカードに封じられていようとも、片鱗である事に代わりはない。俺の奥底に眠る伝説の巨神との繋がりよ、神々が何より恐れた女神よ、力を寄越せ!

 「<偽典現界・幻想悪剣(バルムンク・ユーベル)>!」

 詠唱後半のみを破棄。紅の光を纏い、世界を引き裂く斬撃を束ね、今一度地を蹴る

 目指すはバーサーカー、その心臓部。だが何処でも良い。輝く右目がしきりに告げている、止めには届かないと。この一撃は、精々バーサーカーを殺す程度で止まるのだと

 だが構わない。その意志と共に、翼のブースターを噴かせて加速、バーサーカーの心臓を貫く軌道で突く。バーサーカーは、避ける素振りすら見せなかった。ただ、軽くマントを羽織るのみ

 『愚者が』

 それだけで充分だと、バーサーカーはそう言ったのだ

 だが、血色の光は血の防壁を突き破り、過たずその心臓を貫いた

 「弾け飛べぇぇぇぇっ!」

 魔力を解放。更にはブースターを肩口から前へと突き出して点火。魔力爆発をもって、更に追撃を仕掛けに行く。可能ならば、それこそ後方でバーサーカーに勝てるわけがないと嘲っている正義(ヴァルトシュタイン)すらも巻き込み、消し飛ばせるように

 

 『……一度だ』

 だが、バーサーカーという化け物の体が、それを阻む。爆風はその体より先にまでは届かず、バーサーカーの体を灰へと変えるのみに留まる

 そうして、灰になったバーサーカーの言葉が、何処からともなく響く。今のお前に喋る口など無いだろうと言いたくはなるが、どうせ魔力を震わせるだとかそんな感じで何とでもなるのだろう。ミラがアーチャーのあの宝具を令呪で止めたのだって、どうせ大気圏外で会話していたのだろうし、化け物サーヴァントの理不尽は考えるだけ無駄だ

 「セイバー!」

 だから、俺自身の一撃はバーサーカーに当てるのみ。あくまでも巻き込めたらは希望的観測、マスターへの本命の一撃は追撃に任せる。俺自身は追撃はしない

 理由は簡単。魔術的になにもしないほど、この家は無能ではない。翼の形成自体は兎も角、噴き出す魔力を止める事くらいは出来なくもない。追撃に行って地下室に落ちるなどお笑いだ

 故に、フェイ、怒りそうだな、なんて無駄な事を考えながら、セイバーの方へと下がる

 『全く、詠唱無いとテンポ狂うわね

 <喪われし財宝(ニーベルング)幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)>!』

 俺に合わせたセイバーの声と共に、黄昏の剣気が拡がってゆく。ドーム状のその一撃は、俺の居る場所を、バーサーカーの灰を、血色の魔力によって抉れ地下の部屋へと直通するようになった床を、そして吹き荒れた魔力で既に調度品等々が荒れに荒れた地下室をも巻き込んで

 されども、シュタールの前で止まった

 『……三度目は無かったな。とはいえ、よもや……この(わたし)を二度も殺すとはな、大逆者共め』

 灰からさも当然のように、2mはあろうかという冷酷な偉丈夫の姿を取り戻したバーサーカーによって

 「もっと死んでくれれば、楽なのにな」

 バーサーカーの言葉は嘘ではない。右目も、確かにバーサーカーの残りの魂は7461だと告げている。現れた瞬間の魂数は7463、たった2しか減っていないというのは明確な事実だ。右目が嘘で、ということも考えはしたが……恐らくそれは無い。この右目は、この世ではない何処かへと恐らくは繋がっている。例えばそれがティアマト神の眠るという虚数空間だとして、バーサーカーに其処への干渉は恐らくは不可能。万が一、フェイが昔教えてくれたバーサーカーを使ったあの計画(プロジェクトPM)が成功していたならば怪しいが、俺が今此処に至って尚まだ死んでいないならば失敗しているのは明白なので問題ない。あの計画が成功していたならば、今頃ミラ含めて全員何も出来ずに死んでいる。成功例は、恐らくは俺ではない俺、完全にビースト化した俺ですらも鎧袖一触にしてしまうだろうから

 正直、アサシンが居ればまだ何とかなったかもしれない。だが、それでも削りきるには時間が足りないとしても、可笑しくはない。読み違いだ

 『(わたし)は滅びぬ。夜の王を滅ぼす事など、誰にも出来ぬ』

 『その割には、あのアーチャー相手には滅ぼされかかってたよね?』

 「プロジェクトPMさえ成功していたならば、あんなもの

 世界は、救われたくはないのか」

 忌々しそうに、地面……というよりも床に空いた大穴を見て、シュタールが呟く。その左手は、固く握り締められていた

 

 「心から救われたいならば、俺なんて悪は産まれないだろうよ、正義の味方」

 それに合わせるように、俺も言葉を交わす。理由はとても簡単。攻め手を見つける為だ

 日は落ちきらず、バーサーカーは吸血鬼としての本領を見せて居ない。この状態ならば、1000とはいかずとも三桁くらいは魂を削れないかと思っていたのだ。つまり、端的に言えば読みが甘かった。不死身だ何だ言ってようがバーサーカーは吸血鬼のサーヴァントに過ぎない。夜でも特効である銀の武器でならば心臓ぶっ刺せば多少の傷はつけられる程度。つまりは幾ら魂が多く人一人殺す程度では掠り傷に変換されようが、それをさせない広範囲攻撃か特効をぶつけた場合はサーヴァントとしてはまだ脆い方なのだ。少なくとも、あのアーチャーに比べれば絹豆腐。そして、俺の血色の光は、何故かは知らないが特効効果でもあるのか、セイバーに出会った日の一撃程度ですらバーサーカーに多少は通る。今ならば、全力で斬れば一度殺せる。ならば昼かつ一度倒れて霊核が壊れている所に対軍や対城宝具をぶちこめば多数殺すことも無理ではないと思っていた。ならば、殺しきる事も不可能ではないと

 だが、その皮算用は御破算。7400近い魂を、一度に一殺で殺しきる必要があるならば、時間が致命的に足りない

 

 ちらり、とミラを見る

 あわよくば、もう一度紅のクラスカードを貸してくれないか、と。昨日のあの状態ならば、まだ何とかなるかもしれないと。俺として帰ってこれるかは、微妙だとしても

 だが、それは無理。ミラは下唇を噛んで迷っている

 「時に裁定者よ。どうして正義の邪魔をする」

 バーサーカーの影から、シュタールが問い掛ける

 『正直な所ね。わたし個人としては、あんまり正義の味方っぽく見えないから、かな』

 「何だと!?」

 シュタールが驚き、マントの影から思わず顔を覗かせる

 「土竜叩きの気分だな」

 そこを狙い、光の剣を飛刃として放つ。首を刈り取るように

 当たり前だが、飛刃は血で出来ているが故に可変するマントに阻まれる。だがそれで良い。単なるあわよくばでしかない

 『だって、聖杯さんはヴァルトシュタインが正義だってずっと言ってるけどね』

 悲しげな眼で、静かにミラは正義の味方へと言葉を投げ掛ける

 『伊渡間って場所の人々を……罪の無い多くの人を犠牲にしてまで無理矢理に引き起こす歪んだ力が、本当に奇跡だなんてわたしには思えないからね』

 「正義だろう!たったこれだけの犠牲で、主は降臨なされるのだ!それが、至高の奇跡でなくて何だと言うのだ!聖人ならば分かるだろうに!

 たった数万のヒトを天秤に乗せて、世界を危機に陥れることがどれだけ愚かか!」

 ……それは、フェイの警告が真実だと告げるに等しい言葉。目に見えるほどに、ミラの顔が曇る

 

 『道具(マスター)を産んでしまった時点で、別の危機を呼び込んでると思うのだけれども?』

 「うだうだ抜かすな!正義を知りながら背く、奴は最早産まれながらの悪魔だ!」

 案外最もなセイバーのぼやきは、されどもそれ以上の正論に封殺される。此方を狙おうとするバーサーカーの血は、俺が睨んで封殺する

 『犠牲を求めるものは、奇跡なんかじゃないよ!』

 『奇跡よ、ルーラー』

 冷たく、セイバーが言ってのける。クリームヒルトにとってジークフリートの復讐は、それこそ犠牲の果てにあった奇跡でもなければ届かなかったのだろうから

 『違うよ。奇跡は、頑張って、頑張って……それでも自分達じゃとうしようもない人に対する主の愛』

 「……これが聖人扱いとは、どれだけ無能なのだ、過去の人間はぁっ!

 ヴァルトシュタインは、正義だ!絶対正義なのだ!それを分かれ!」

 シュタールが、頭を抱え唸る

 そんなことは気にせず、ミラは言葉を続ける

 『あの方だって本当に全てを救えた訳じゃない、救世主(メサイア)さえ万能じゃない。それこそわたしたちなんて、そんな救世主の言葉の解釈なんかで同胞なのに不毛に争ったりしたよ。全てを救うなんて、それこそ綺麗事だって、よく知ってる

 けど、それでも。ただユダヤの人達だけが救われる訳じゃない、皆が救われうるってあの方は説いた。それを信じるわたしたちの言葉や行動が綺麗事で何が悪いのか、わたしにはちっとも分からないよ

 誰かの犠牲を必要とするなんて、それは奇跡じゃない。単なる悪魔との契約と同じだよ』

 「節穴があっ!」

 それは違う。彼等は本当に世界を救おうとした。俺はただ、その中に後悔と無念を残して俺になって消えてしまったひとが居るというただそれだけで犠牲というものを許容しきれなかっただけだ。そう、言おうとした

 だが、言えず……ただ、口をつぐむ

 ミラが、俺を見て泣きそうな笑顔で微笑んだ

 

 『聖杯の結局が正しいことだって言うならば節穴で結構

 裁定者としてならば兎も角だけど!わたしには、自分がフリットくんと同じように悪魔と契約して、なのにそれにすら気が付かず主の代弁者で人々の先導者気取って上から目線のどす黒い悪(ヴァルトシュタイン)よりも!

 こんなにボロボロになって、人類に滅ぼされる悪(ビースト)にまで魂を売って……。自分が悪魔だって自覚しながらも、それでも誰かの為にって涙を堪えて血を吐きながら戦ってるフリットくんの方が……』

 晴れた夕焼けの空に、空模様的に絶対に轟くはずの無い神鳴が響き渡る

 『まだよっぽど、正しく見えるよっ!』

 神速一閃、雷の如く。文字通り雷が、鈴の音と共にバーサーカーを貫いた

 「ヴァルトシュタインこそが正義だ!

 正義を、聖杯を……裏切るのか!裁定者の癖に!」

 正論を、シュタールが喚く

 だが、雷鳴は止まらない

 

 『聖杯がヴァルトシュタインを正しい勝利者だって言うならば、わたしはもう、裁定者(ルーラー)じゃなくて、単なるはぐれサーヴァントで良いよ!

 例え、もしも皆を救う事なんて出来なくても、犠牲は出ちゃっても!それが実は一番皆を救える方法で、まごうことなき正義なんだとしても!

 それでも、多くを救うから仕方ないなんて言って!最初からそれで苦しむ誰かを、後悔することも顧みることもせずに、正義の礎になるんだ光栄だろうって笑って殺していく正義なんて!

 わたしには、御免だよ!』

 その手に、紅い光が輝く。神鳴の光に、令呪の輝きが混ざる

 

 『聖杯に叩き返す前に、令呪をもってバーサーカーに厳命する!

 死滅せよ、バーサーカー!』

 

 

 雷挺の轟きが消える。雷鳴が収まる

 バチバチとしたスパークは、されども未だに残り、ミラの怒りを顕している

 「……裁定者の、くせに」

 シュタールは尚も批判をしようとし、けれどもそれを果たせずに倒れ伏す

 油の乗った肉の焼け焦げる臭いが妙に鼻につくが、それでも死んでは居ない。けれども、立ち上がることはもう出来ないだろう。その両の足は、雷に焼かれ、最早炭と化していた

 

 『……私、必要だったかしら、道具(マスター)?』

 部屋の惨状を見て、ぽつりとセイバーが呟く

 確かに、それは一見して一理ある言葉だ。マスターは満身創痍で令呪のある右手を喪い、サーヴァントは雷を受けて消し飛んだ。更には、俺の魔力爆発と黄昏の剣気に、追撃の迸る雷鳴で屋敷の玄関はそれはもうボロボロ、改築ものである。セイバーが居なくても問題なかったようにも見える。ルーラーさえ俺側に付かなければそう脅威でもないというのは、逆に言うとルーラーが敵対すると脅威だという事なのだから

 だが、そんなものは間違った結果論

 「ミラ」

 『どうしたの、フリットくん。言った通り、今のわたしはフリットくんまでも倒す気は無いよ?』

 「違う。行ってくれ、ミラ

 悪でも良いというならば、正義を止めに」

 理解していなさそうなミラに、そう告げる

 『止めにって……』

 「絶対……勝利、」

 立ち上がることも出来ず穴の空いたカーペットに身を埋めながら、正義の味方はそれでも左手を未来へと伸ばし、足掻く

 「「それは、正義の力だ」」

 ヴァルトシュタインの名を持つ二人の言葉が、重なった

 僅かに赤いカーペットにこびりついた血飛沫が蠢き出す。不定形のスライムのように

 

 『まさか、バーサーカーは死んでなんていないなんて、ほざくわけ?』

 「それが事実だ、セイバー。ほら、お前の力が必要だろう?」

 顔を上げ、ミラの綺麗な瞳を見据える

 「絶対勝利、それは正義の力だ

 正義とは勝利。ヴァルトシュタインは、決して勝利を諦めない

 ならば、既に夜の帳が降りるなんと待ってられない。今すぐにでも殺戮は始まる

 

 ……だから、止めてくれ。犠牲を良しとする正義を」

 『……うん』

 軽く頷いて、心優しい裁定者の少女は文字通り神鳴と化して館の天井をぶち破り飛び去った

 

 『出来損ないの劣等種(ニンゲン)、共が』

 血スライムが乾燥し、一つの人型を取る。銀髪の偉丈夫、バーサーカーの姿を

 「やはり、先祖達の選択は間違っていなかった」

 蘇るその姿に、シュタールの顔に僅かな生気が戻る

 「命令通り、死んでてくれないか?」

 『懇願ならば、一考しよう

 奴隷めが、何故(なにゆえ)王に命令など出来ようか』

 『驕れる王は、取るに足らない者に殺されるものよ、バーサーカー。驕りの無い王は、心無い外道に討たれるけれども』

 「強がってるだけの裸の王様相手の革命なんぞ、俺とセイバーだけで充分だ」

 嘘だ。単純に、ミラがヴァルトシュタインの正義を止めてくれた方が、まだ勝ち目があるというだけ。バーサーカーは強がってはいるが、令呪は確かに命令を遂行している。右目が告げているのだ、抵抗してはいるが、ルーラーの令呪は絶対、バーサーカーは今も死に続けて居ると。ミラの撃ち込んだ神鳴により、その魂は既に死んでいるという摂理に還り続けている。言うなれば、一秒に一度ほど勝手に死んでいく状態。だが、話はとても簡単だ。死が一秒に一度程度では、食らって溜め込んだ魂を身代わりにし続けたとして7400はある魂を使いきってバーサーカー自身の魂が消えるまで二時間は掛かる。寿命実質二時間、そんなにあれば充分すぎる。それは正直な所全力全開状態の俺の残り寿命よりも長いのだから

 

 「さあ、消耗戦と行こうか、正義の味方」

 死にかけのマスターなど放置で良い。というか、殺しても無駄だ。バーサーカーの寿命を、魔力を、僅かなりとも削れるならば一考するが、彼を殺しても何の意味も無い。殺すだけ無駄だ

 ただ、素では二時間持つというならば、殺して壊して……殺し続けて寿命を削ってやれば良い。俺の終わりが来る前に

 『抜かせ、貴様に用など欠片もない』

 だが、バーサーカーは俺を見ない

 代わりに、その血色の瞳が見据えるのは俺の左後方。即ち、セイバー

 『取引をしよう、そこな王妹』

 静かに、バーサーカーはその右腕を差し出した

 『我がものとなれ』

 

 『は?』

 セイバーの発した第一声は、やはりというか理解できないとでも言いたげな疑問符

 『(わたし)は、貴様を知っている

 買っているのだよ、その魂を。その盲執を。劣等種にしておくには惜しいとな』

 どこまでも上から。今まさに死に続けているとは思えぬ尊大さで、そのイケメンはセイバーに告げる。その尊大さが俺様系としてモテに繋がりそうで頭を抱えたくなる

 『それは結構な事ね。それで、取引というならば、当然ながら私にも利があるのでしょう?』

 『ああ、当然だとも。(わたし)に聖杯など元より不要なもの』

 僅かに、バーサーカーの顔に翳りが見える。憂いが浮かぶ

 それすらも、一般的な女性が見ればステキと一目惚れに至りそうなのは、素直にズルいと思える

 『(わたし)の素、この姿の男は、余は吸血鬼等では無いのだ、等と世迷い語を吐き、それを真実とする為に低俗な奇跡などを望むやもしれんがな』

 『吸血鬼そのものな貴方は、そんな事はしない、と?』

 『然り。然り然り

 そんなもの、王でなく……』

 初めて、バーサーカーの瞳が俺を射抜く。だが、その瞳が湛えるのは、無限の蔑み。嘲る光しか読み取れない。全く、彼にそう思われていると理解すると、普通なら死にたくなるだろう

 『劣等種なれども理解が及ぶ程度の真実だろう?

 何処の世に、自身の死を望む生命が居るのだろう』

 『あの人(ジークフリート)の居ない世界なんて、生きていても仕方がないと、何度も思ったわ

 あの人はそんな事きっと望まないから、それに何より……あの人を死に至らしめた悪魔共がのうのうと生きているなんてこの世が死後よりも地獄過ぎて、死ぬことすら出来なかったけれども、ね』

 セイバーが吐き捨てる

 『そうして貴様は、死を望むのではなく……立ち向かった。ああ、それは劣等種にしては素晴らしい話ではないか。偉大なる夜の王の血族になるに相応しい

 喜べ銀の髪の女よ。貴様のその思い、(わたし)の目に止まった』

 僅かにバーサーカーは顔を崩す。それは、微笑み

 ……ああ、向けられたら、誰でも……

 

 成程、と舌を歯で傷つけて血を流し、血を舐め奥歯を噛んで思考をクリアにする。これは、バーサーカーの……というよりも吸血鬼のデフォルト魔術なのだろう

 魅了。精神に働きかける、上手く使えば最強ともなるだろう魔術の一種。バーサーカーの言葉に、姿に、存在に見惚れ、正気を失う魔術。完全に虜になった暁には、バーサーカーの言葉のままにそれこそ何だってしてしまうに違いない

 かかり始めていることにすら、暫く気が付かなかった。全くもって、俺の情けなさには笑いが込み上げる。仮にもセイバーを名乗るならば、弾いてみせるべきなのに

 「それは可笑しな事を」

 だから、反逆するように唇の端を吊り上げる。嘲返すように

 「最も一般的な吸血鬼とは、死にたがりだろう?」

 そう、そんなものだって金髪の聖女は説いていた。哀れな童話ですよ、と銀髪のメイドはくすりと笑っていた

 生きることは哀れなのだ、と苦しみながら生きて行く、それが西洋のヴァンパイア。たかだか数百年の生で悲観する、西洋的な人間の生死感によって産まれた化け物。中華の仙人なぞ、世界の全てを楽しみ、百年経って風景が変わったら見に行こう等と気の長い考えで、気ままに数千の時を悲観することも無く過ごすというのに

 『何?』

 「有り様そのものが不死者じゃ無いんだよ、死にたがりの出来損ない。完全な上位者だってなら、霞でも食ってれば良いようになれ。あのアーチャーなら、そう言うだろうよ」

 だから、煽る

 セイバーが魅了に掛かる気は……正直しない。だが、聖杯をやるというのは割と魅力的な提案だ。故に、打算からバーサーカーの手を取ることもあるだろう。だから、その芽を減らす。バーサーカー側を挑発し、決裂を引き出す。バーサーカーの底を、切り札を、早めに切らせたいというのも当然あるが

 残された寿命は大体62日と少し。軽く宝具を撃つだけでどれだけ減るか分かったもんじゃなし、例え辛くとも早めに全てを切らせた方がまだ運命を懸けた大勝負のしどころが見えるのだから

 『黙れ、なりそこないが!』

 挑発にキレたのか、声を荒げて、バーサーカーが吠えた



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八日目ー吸血鬼夜話・続

『ええい、劣等種(ニンゲン)の奴隷如きが、邪魔をするか!』

 言葉と共に、バーサーカーは右の腕を振り下ろす

 それを合図として、幾つかの影が扉を開き、現れる

 

 ……ヴァルトシュタインのホムンクルス達。幾度も俺に性能試験という名の虐殺をされてきた者達の同族。元々まともな人格を発現した者が極度に少ないが故に大半は虚な瞳は、吸血鬼に噛まれた結果か、理性の光の欠片もない紅に染まっている

 顔立ちはシリーズによって違う。何を模して作られたのかによって明確に見分けが付く。そのはずなのだが、ハイライトの無い濁った紅の瞳、そして能面のような無表情が何処か画一性を感じさせて、正直な所気持ちが悪い。差異が無い。俺に殺された彼等彼女等は、少なくともシリーズ毎に確かに微かに表情が違っていたというのに。叶わぬならば逃げるを徹底した者も居た。叶わぬとしても挑む勇気の片鱗を浮かべた者も居た。叶わぬならば皆で自爆して諸共に滅び去る事を選んだ爆弾魔シリーズだって居た。だが、最早それらは感じられない。此処に居る4種12人のホムンクルス達は、バーサーカーの手駒の人形(眷族)というただ1種12体でしかなくなっている

 

 『邪魔者は壁とでも遊んでいろ。(わたし)の話を遮るな、不敬だ』

 言葉と共に、吸血鬼達は俺のみを標的として襲い掛かる

 だが、所詮は吸血鬼とはいえ血を吸われたものの成れの果て、程度の化け物。人間よりはそれはもう強く恐怖の対象だろうが、人間基準でしかない。彼等を殺すことに躊躇いさえ無ければ、10どころか100同時に来ても軽く殺し尽くせる。サーヴァントを本気で倒す気ならば万単位ですら足りるか怪しい

 左の鉤爪を振るい、その魔力を刃に形成、腕自体が鎌になったかの如く変形させ、それをそのまま飛刃として射出。紅の刃はそのまま飛翔し、二体の首を跳ねた

 

 ……今更だ。とうにこの身は何千というホムンクルス等を斬っている。俺と……或いはフェイ達と同じく自我を確立できたかもしれない者達の未来を奪った。既に何があろうと救えぬほどに血塗られている以上今更何人か滅ぼしたところで躊躇いは無い、悪いが俺の願いの邪魔だ、死んでくれ

 「……これで俺を止めれると思うのか、バーサーカー?」

 『途切れず行け、(わたし)の為にその体を捧げよ』

 バーサーカーは応えない。ただ残りのホムンクルスを次々と突入させて行くだけ

 

 逆に此方から殺しに行くか?とも思うが、その場で迎撃するに留まる。バーサーカーの隙を見れる可能性に懸けたと、気がつかぬうちにセイバーが向こうに付いていたという可能性は減らしたいという打算で。攻めあぐねているとも言うが

 宝具で今も死に続けているバーサーカーを追い込みたい気はある。だが……

 

 横目でバーサーカーの言葉を聞いているセイバーを見る。呆れたように、俺と吸血鬼達を眺めている

 今のセイバーに向けて本来のバルムンクを貸せというのは自殺行為にも等しい。今この時にバルムンクを本来の姿である人殺しの剣と呼びジークフリートを貶めれば、セイバーは容赦無く俺を見捨てきってバーサーカーの提案に乗るだろう。彼女にとって竜殺しの大英雄(ジークフリート)とはそれだけ大切な存在なのだから

 

 だからといって竜殺しの剣として貸せというのも無茶だ。何度か振るって分かった、竜殺しとしての性質はジークフリートそのものに由来するもの、当人でない俺には使えない。竜殺しとして振るおうとしても人神鏖殺(人殺しの剣)しか放てないだろう。セイバーからしてみれば裏切りも良いところ、例え万が一バーサーカーをそれで倒せたとして、直後にセイバーによって復讐されて死ぬのは眼に見えている。そう分かってはいてもセイバーを巻き込んで始末するとなると威力が分散する以上、唯でさえ低いバーサーカーを倒せる確率が更に減るので論外

 

 俺個人の力?それで勝てる確信があれば当にやっている。一番奴を倒せそうなのは昨日放った旭光なのだが……あれは撃てない。ビーストⅡのカードが此処には無いから。呼び戻すことは不可能ではないが、折角ミラがとても嬉しくてけれども心配になる事を言ってくれたのに、わざわざまた敵対する事は下策以下。何より、俺の心の弱さだと分かってはいても、絶対正義(ヴァルトシュタイン本家)よりそれでも絶対悪(ザイフリート・ヴァルトシュタイン)を助けてくれたミラを裏切りたくない

 

 ……いや、正確にはあの旭光自体は撃てる。そう確信はしている。アレは俺自身が撃っているというより、アクセスしているだけ。俺は単純に発動指示と誘導をしただけ。そして今の俺でも発動指示は可能だ

 ……だというのに撃たない理由はとても簡単。誘導が効かない。更には、あの時の俺は浮かぶままにこう言った。"蒼星が夢を満たさんが為に 猛る怒りが俺を灼けど"と。あの宝具については俺も良く分からないが、少なくともアレは本来()を滅ぼしきる為の蒼星の涙なのだと理解出来る。人類悪を滅ぼす星の光。前回は強引に照射対象をねじ曲げてアーチャーへと撃ったようだが、今の俺にその力は無い。バーサーカーを抱き締めて放てば無理心中出来るかもしれないが、少なくともそれで俺が死なないなんて奇跡は有り得ない。代わりに神巫雄輝を救ってくれる救世主がいない以上、何処の世界に態々自らを殺す為の宝具を撃つなんて手の込んだ自殺する奴が居るというのだ。ミラが彼を救ってくれる目が無い以上選択肢にすらならない。いや、もしも救ってくれるというならば、俺に殺された彼等は完全に無意味に死んだ事になってしまうので、それはそれで懺悔すら出来ない悲劇だが。そんな悲劇、あって良い理由がない

 

 ……だが、勝機は無くもない。人神鏖殺、かの剣をセイバー自身が抜きたくなるような状況になれば良いのだ。即ち……復讐時。要はバーサーカーが無神経にもクリームヒルトの最愛をコケにしまくってくれれば良い。幸いにも交渉と言いながら、バーサーカーはセイバーを見下している。吸血鬼は人間の上位者だと認識しているから当たり前だが。つまり、適当に煽れば、かつての夫という観点からジークフリートを貶してくれうる。後はそれを取り返しのつかないレベルで引き出させるだけ

 

 ……方針を決め、セイバーを見る

 その間にも、ホムンクルスを殺して行く。便利な事に翼でバラバラにするだけでバーサーカーのように甦ってくる事無く完全に死ぬので、来る相手を槍のように伸ばした翼で凪ぎ払うだけで対処してゆく

 

 『……私にも、彼等レベルに堕ちろと?』

 『違うな。アレは劣等種に過ぎぬ。血を啜られる光栄に耐えかねて、王に近付こうとしたなりそこない、何故そんなものを作らねばならぬ?』

 『大量に作ってるじゃないの』

 『そこに転がっている』

 詰まらなさそうに、そちらを見ることもせずにバーサーカーは指差す。見てすらいないので方向はズレてはいるが、指したいもの(シュタール)は分かる

 『奴等に懇願されたのだ。頼むから作ってくだされとな。そうでなければ、不味くて飲料に達していない血なぞ啜るものか』

 バーサーカーの唇が歪む。鋭く伸びた犬歯が剥き出しとなる

 『貴様ならば……不遜にも劣等種の癖に王を名乗った者達ならば、不味い不出来なものなど口にする価値すら無いと分かるだろう?』

 『ええ、そうね。価値の低いものは、それが分相応の人間が持てば良い。当然ね』

 セイバーは、そう頷く

 

 「……言われてるぞ、絶対正義」

 倒れているシュタールへと、声をかける。翼でもって、襲い来る26体目のホムンクルスを貫き、魔力を軽く噴き出して爆散させながら

 「……使えぬ者にすら意味をやるのが、真に素晴らしき王、だろ……う……」

 苦しげに倒れたまま、それでもシュタールは信念を血と共に吐き出す。……その言葉は何処までも正しかった。ただ、その使えぬ者という裁定を、俺は許せなかっただけで。平等なんて有り得ないと、ならば格差は上に立つべき者が決めるのが正しいと分かってはいても。それがこんな悲劇を産むならば、ルールそのものを根底から壊してしまえばいいとそう思ってしまうのだ。こんな間違った世界、悲劇を破壊してやり直せと

 

 『……なるほど、私に貴方と同類になれというのね、バーサーカー?』

 『これほどまでの光栄はあるまい?』

 『でも、何故そんなことをするのかしら?』

 セイバーの当然の疑問に、バーサーカーは一瞬答えにつまり、けれども次の瞬間には僅かにあきれた声でふざけた言葉を吐き出した

 『側女となれという王命が、よもや本当に分からん貴様ではあるまい?』

 

 ……それは何より、俺が待っていた言葉だった

 「側女、か

 仮にも人のサーヴァントに、手を出そうって待遇じゃ無いだろ、それ」

 

 翼を槍のように伸ばして一閃、貫いたホムンクルス達を翼毎晒し者とするように天井に掲げ、まだ壊れずに天井に張り付いていたシャンデリアもひっかけつつハンマーがわりに別のホムンクルスへと振り下ろす。そんな風に割と適当にホムンクルスの相手をしつつ、バーサーカーの言葉に乗る

 

 分かっている、バーサーカーとしては側女というだけでも相当な事だなんて。それが分からない程のバカではない

 だが、それで良い。バカだと思ってろ。そうして、俺を通して俺の中で寝ている……という事になっているジークフリートを貶してくれ。セイバーへ向けて、如何に自分が何も見ていないかを晒せ

 

 「ふん。分かっているぞS346。貴様、仮にも妻だった者が正義に立ち返るのが怖いのだろう

 正義に立ち返れば、そんな事には……」

 「すまないな、貴方には聞いていない、正義の味方」

 まだ、気が付かないのだろうか、彼等は

 

 苦笑して、ああ、と思い至る

 俺をジークフリートだなどと、大英雄だなんて大きな見当違いを起こしているから、正義と相容れうるだなんてどうしようもない戯れ言を吐いてしまうのか、と

 

 そもそも、だ。俺の中で眠る彼が真実ジークフリートであるならば、かの剣を使うのに態々令呪など使わなくても良かった

 俺の剣を、セイバー。ただその一言さえ言えば、セイバーは嬉々として幻想の剣を貸してくれただろう。セイバーにとって、ジークフリートの偉業の再現は単純に喜ぶべき事なのだから

 ならば、それが出来ないと、そう右目が疼いた時点でだ。俺の中のサーヴァントは、ジークフリートでは有り得ない

 

 ……ああ、そうだ。ミラの神鳴を受けたとき、バカな事をやった訳だ。力を貸してくれ、ジークフリート?阿呆か俺は。アレにそう語りかけても、意味など無いだろうに

 

 『ふん。これでも(わたし)は相当な慈悲を与えているのだがな』

 つまらなさげに目線をセイバーへと向けながら、バーサーカーはそう告げる

 『人間などという劣等種にしておくのは、あまりにも勿体無い』

 「そんな程度で、ジークフリートの妻を妾扱い出来る程、吸血鬼というのは偉いのかよ」

 日は落ちかけている。まだなのか、ミラ。活性化前に叩き潰す事が厳しいならば、勝利は危うい

 『道具(マスター)、これ以上何も言わないで貰えるかしら?』

 

 ヒヤリとした感覚。首筋に、一本の剣が突き付けられている

 ……幻想大剣。クリームヒルトが使う、ジークフリートの遺産としての疑似宝具。それが、俺へと真っ直ぐに向けられていた

 喉が詰まり、息が可笑しな音を立てかける。敵対は有り得ると思っていた、だが、此処でか?と頭が上手く働かない

 

 「何のつもりだ、セイバー」

 俺を見据える眼は、何処か鏡で見る俺の眼に似ていて、決意と共に突き付けられた剣は、握った腕は震えることもせず在る

 『貴方のやりたいことは分かったわ、道具(マスター)

 けれども、そんなことで私の答えは欠片も変わらない。だから』

 微かに眼を伏せ、セイバーは続けた

 『そんな理由で、あの人を侮辱する言葉を吐かせないで、不快よ』

 

 セイバーの見惚れる程に澄んだエメラルドの瞳に、躊躇いは欠片も無くて

 唇の端がつり上がるのを抑えきれない

 

 『理解したか?

 ならば、そこの邪魔者を殺せ。それで聖杯はくれてやる』

 『ええ。そうね』

 セイバーが剣に魔力を込める。その切っ先が、魔力を感じて僅かに震え始める

 抵抗はせず、翼すら消し去り、眼を閉じてセイバーの言葉を待つ

 

 「諦めたのか、悪魔」

 「さあ、そうだとしたら?」

 あくまでも語気は静かに

 セイバーを、その愛を信じているからこそ、足掻くことはしない

 『邪悪なる竜は失墜し 世界は今落陽に至る』

 朗々と響く宝具詠唱。俺へと向けられた、宝具の鼓動

 

 ああ、信じていたさ、セイバー

 お前が切るのは、あの人の剣だと!

 『撃ち落とす!』

 「終わり、だ」

 正義の味方は、残された左腕でゆっくりと体を持ち上げながら呟き

 「そうだな」

 俺も、それに応じる

 

 『<失われし財宝(ニーベルング)幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)>』

 そうして、黄昏の剣気が放たれるその瞬間……

 「お前らが、な」

 俺はただ一歩、床を蹴る

 散々にホムンクルスを翼で凪ぎ払った事により既に存分に散布しきった自身の血の魔力をもって縮地。文字通り世界を縮めるようにして、ドームの内側へと飛び込む

 

 「なっ、が」

 そうして、広がり続ける黄昏の剣気は、腕を組んで堂々と立つバーサーカーや、その後ろでふらつくシュタールを巻き込み弾け飛んだ

 ああ、あれは死んだな、と黄昏の剣気に全身を削られて血飛沫へと代わりゆくシュタールを見て、どうしてかそんな感想しか出ない。正義が負ける。本来それはあってはならぬことだというのに、感慨も何も沸いてこない

 

 『……バカな』

 「バーカーが」

 『貴様、諦めたのでは無かったのか』

 「諦めたさ。セイバーに貴様を殺す宝具を撃たせるのを、な」

 嘲るように、見下すように。傷が逆再生のように消えてゆくバーサーカーを冷たい瞳で見上げる

 

 そもそもだ。クリームヒルトが復讐を果たす為に仕方がない場合を除いて、彼以外に靡く訳がないだろうに

 「人を十把一絡げに劣等種としか見ていないから、分かりきった事すら見落とす。王としては無能以下だな」

 単純に、俺を裏切れというならば有り得た。それが怖かった。だが、側女となれと言った時点でその線はとうに消えていたのだ

 

 『ええ。聖杯は魅力的ね

 けれども、そんな手での聖杯に意味はないわ』

 セイバーが、剣を今度こそ本当に向けるべき(バーサーカー)に突き付ける

 「過程など、どうでも良かろう」

 『良くないわよ。マスターを裏切って奪い取る程度ならどうでも良いわ。けれども』

 セイバーは寒気がするとばかりに、わざとらしく体を震わせる

 『貴方に付く?側女になる?吸血鬼化?何よそれ、生理的に無理に決まってるじゃない

 第一よ。そんな穢れきった体で、どうしてあの人に逢える訳?そんな穢れた者があの人の横に立つなんて、私が赦す訳無いじゃない。誰よりも清廉で最高の英雄に、(ドブ)川の鼠以下の存在である吸血鬼なんかに成り下がった癖にすがり付くほど、私はあの人の妻としてのプライドを捨てちゃ居ないわ

 万が一吸血鬼なんかになってしまったなら、私はもうあの人に愛される資格なんて無いって身を引くわよ。だけれども、身を引くような状況になる気なんて更々無いわ。冗談は真っ昼間に言ってくれるかしら?』

 『何?』

 『ああ、御免なさい。人間様の時間である昼間にはドブネズミな貴方はお眠だから、冗談どころか寝言しか言えなかったわね』

 

 『想像を絶する、阿呆どもが!』

 「自明の事だったろうに」

 バーサーカーの影から噴き出した血の槍と、左腕の鉤爪が激突し共に砕け散る

 

 「セイバー。やってくれるな?」

 『分かってるわよ。ここまであの人のモノをコケにされて、何もしないなんて無理だもの』

 微かな目配せ。それだけで、会話を終わらせる

 

 マスター、シュタール・ヴァルトシュタインは消えた。だが、それに意味はない

 とうに彼はバーサーカーの血を受けていた。発症していなかっただけ。言わば昨日の紫乃に近い状況だった訳だ。当然その状況においては吸血鬼化の影響はまだ無いが、死によって抵抗力を喪えばその刹那に発症する。即ち、彼の魂は消えず、自らの意思でバーサーカーに捕らわれている。正義とはそこまでしてまで勝つのかと言いたいが、シュタールの魂を持つが故にマスターでありサーヴァントとなった存在、それが今のバーサーカーだ。マスターを失ったから魔力不足で消滅する、なんて都合の良い話は無い

 

 疼き続ける右目で確認。残りの魂は約5000。ならば良し。日没まではまだ20分近くある。吸血鬼の中には日光で死なない奴等も居るし、バーサーカーが吸血鬼という伝説である以上日光で倒せないのは仕方がない。それはその眷族も同じ。だが、吸血鬼としての全力を振るうには、本当に人間を襲って吸血鬼に変えてゆくには、眷族程度では日中の弱体化した血では足りないだろう。故にリミットは日没。本領を発揮できないままに滅びてゆけ、バーサーカー

 

 セイバーと僅かに目配せし、俺は床を蹴った



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八日目ーサルでも分からない宝具講座(多守紫乃視点)

どうしよう、どうすれば良いんだろう。何もかも分からなくなって、手足を投げ出してふかふかのベットに沈む

 ベットを通して鈍く響いてくる微かな振動と鳴り続ける線路と車輪の軋みが凄く心地よくて、気が付くとついウトウトしてしまいそうにもなるけど

 それでも、悩まずにはいられなかった

 

 外を見ると、綺麗な夕焼けが水平線に沈もうとしているけれども、心は晴れない。晴れるわけ無い。例え此処が、寝台急行なんて今ではあんまり本数が無くなってしまった貴重なもので。その中でも割と良い部屋なんだとしても、悩みは解決しない

 

 お爺ちゃん……いや、お爺ちゃんのようにも見えたアサシンちゃんによって寝台急行に連れ込まれてから、二時間以上が既に経過していた

 その間に止まった駅はたった一つだけ。けれども、その駅を出発するまで、ずっとアサシンちゃんは私の手首を抑えていてとても逃げ出せるような状況じゃなかった

 そうして今、かつて国が運営していた民営会社の幾つもの線を跨いで、この電車は北の大地を目指してひた走っている。次の駅で今更降りたところで、どうやってあの街まで戻れば良いのかなんて、私に分かる訳がない。だって、次の駅がなんて路線のどういう名前の駅なのかすら分からないんだから、乗り換えアプリだって上手く使えないし。降りてからならきっと使えるけど、乗り継ぎにつぐ乗り継ぎで、もう今日中には戻れないなんて事も十分に有り得る

 

 その点、北の大地……終点札幌まで一度行ってしまえば、まだ分かりやすい。アサシンちゃんとかーくんに持たされた手荷物の中には、北の大地で過ごすために暖かい着替えを買って余裕を持って家まで帰れるだけのお金は入っていたから。寝台急行には食堂車があって、しっかりと晩御飯の券も付いていたから今夜の心配だって無い

 

 だからもう、このままで良いんじゃないか、なんて思ってしまって、枕に顔を埋めて足だけをバタバタさせる。スカートはめくれちゃうけど、見る人も居ないから抑えない

 でも、それは。アーチャーはああ言ってくれてたのに、逃げてる気がして

 

 「うう、かーくん、アーチャー……」

 なのに、話したいのに、もう居ない

 かーくんは、私に危害が及ばないようにってこうして私を隔離した。アーチャーは、私に御守りを残して消えてしまった

 

 きゅっと、手の中にアーチャーが置いていった小さな棒を握り締める。大河鎮定神珍鐵、アーチャーが振るっていた宝具。けれども今は、私の掌に乗るくらいに小さく、軽くて、頼り無い

 

 「ねぇ、アーチャー」

 掌を唇に寄せて、棒に囁く

 答えなんて、返ってくるわけがないんだけど、それでも言葉にしないともやもやは残る

 

 「私、どうすれば良いのかな?」

 正直な所、ほっとしてる

 戦えない理由を貰えたから。やっぱり痛いのは嫌だし、戦うのは怖いし、死ぬのは考えたくもない。アーチャーがあまりにも特別で、考えなくて佳かった恐怖が、私の手を止めさせる。足を萎えさせる。そして、電車に乗せられて隔離されてしまったからって逃げ出して良い大義名分は此処にある

 

 だけど

 「何にも出来ないなんて、それも……やだよ」

 その小さな引っ掛かりが、私を唸らせていて……

 

 ふと、耳に扉を叩くような音が聞こえ、眼をあげた

 「……ふえっ?」

 眼を擦る。しばたかせる

 有り得ないものを、幻影を振り払うように

 

 けれども、それは確かに其所に居た。いや、あった

 人一人が十分に余裕をもって乗れるくらいの黄金の雲が、窓の外に浮かんでいた

 ……違う。浮かんでる訳じゃない。寝台急行は今も北を目指して走っている。つまりは、浮かんでいるように見える雲は、電車と並走して(・・・・)いる

 

 「筋斗雲(きんとうん)……」

 私でも知っている、雲の乗り物。孫悟空のもの。名前だけ孫悟空な人も昔は乗ってたんだっけ?

 どうして?アーチャーが残していてくれたの?

 窓があるのに、それを忘れて手を伸ばす。冬の冷気で冷めたガラスが触れた指先を冷やす

 

 「あ、待って」

 けれど、その雲はすぐに飛び去ってしまう

 何で、と思う暇もなく、電車が寝台急行にしては大きく揺れた。減速の始まり。つまりは、次の駅が近いのだ

 

 荷物を纏めて、何かに急かされるように知らない駅のホームに降り立つ。私以外に、降りる人は居なくて、待つ人も居なくて、電車がすぐに行ってしまうと、ホームは静まり返る。その端っこ、柵を越えた場所で静かに彼は待っていた

 

 「ねぇ、どうして……」

 迷いもなく、左手を伸ばして……雲に、触れる

 その瞬間

 『良い子のマスター集まりな

 サルでも分からない魔術講座、始まるぜ』

 有り得ない、でも聞きたかった……昨日聞いたはずなのに懐かしい声が、私の耳に響いた

 

 「アーチャー!?」

 雲は消え、其所に立つのは2mほどの身長を持つ、大柄な赤髪の男

 『今回はわたくし、斉天大聖の残留魔力が代行しておおくりするぜ。悪いなマスター、これはあくまでも使用書が無いと面倒だろ?ってあらかじめ用意しておいた謂わば映像記録、マスターとのお喋りは機能外なんで注意だ』

 「あ、うん……」

 捲し立てられて、何も反応出来ない

 

 『ん?何でオレの姿をしてるんだ?って顔をたぶんしてるな、マスター。ってことで軽く言っておくと、風……つまりは空気の屈折よ。姿を隠せるなら、逆に別のものに見せ掛けられない道理なんて無いだろ?』

 「いや、回りと同化するより全くの別物に見せかけるのって相当技術力違うんじゃ……」

 『系統は同じ、オレレベルになりゃ技術力の差なんてあってないようなモンさ。ってことで納得してくれや』

 

 にっ、とアーチャー……のホログラムは快活に笑う。良く見ると、見せかけと言うだけあってアーチャーの姿は端がブレていた。まるで、テレビのノイズが走るみたいに

 

 『っと、こいつ収録時間が実は3000時間しかねぇし、あんまり他の事言っててもマスターが筋斗雲を必要とする程の理由に間に合わなくなっちまうな。そろそろ解説を始めよう』 

 寧ろ3000時間もあるんだ……って言葉は心に留めておく。それが、とてもアーチャーらしかったから

 

 『ってことで、マスターがなんとなーく速くて便利な足を求めてたんで、ちょちょいと此処に用意しましたのは筋斗雲

 まっ、有名なんで由来とかは省くわ』

 ひょいと、アーチャーのホログラムは右手を掲げ、人差し指と中指の二本指だけをつきだして、軽く曲げる。その指先に、小さな金雲……筋斗雲の模型が現れた

 

 『まっ、安心安全な乗り物なら使用書なんていらねぇんだけどよ。これが割と難儀なものでな……。ぶっちゃけ欠陥宝具なんだわこいつ』

 「欠陥宝具?」

 『正直な所、自前で空飛んだ方がよっぽど役に立つレベルよ、こんなん。なんでオレ自身は使わなかった訳』

 抗議するように、小さ雲がアーチャーの頬を叩いた

 ちょっとそれが小動物……小鳥みたいで、くすりときてしまう

 

 『ん、まあマスターが恐らく笑うように便利に見えて不便でなこいつ。筋斗雲、筋斗(とんぼ)って言葉まで歌舞伎にゃあるように、こいつはとんぼ返りを前提とした欠陥品なんだわ。宙返りでもって進む訳よ』

 アーチャーがその右手の人差し指でくるくると小さな円を描くと、それに合わせるように雲は縦に円を描く。確かにそれは、後ろ宙返りにも見えた

 

 「それで、欠陥って?」

 『こっからが欠陥だ、マスター』

 ひょい、とあまりにも軽く、それが当然であるかのように、アーチャーが地を蹴った。溜めすら無く足先の力だけでの半回転、更にそれに体の捻りを加えての横半回転。一瞬の後に、私は上下左右が逆転したアーチャーの顔の目の前に呆けた顔を晒す

 

 『よっと

 基本的に上に乗るモンなんで、これくらい出来なきゃそもそも雲から落ちるんだ、これがな

 マスターが乗れても、それはそれでスカート捲れるし下着見放題って問題があるんだが、それ以前のレベルだな』

 「それって……」

 『少なくとも凍ってない湖でフィギアスケートが出来りゃ問題ないぜ?』

 「無理だよ、そんなの」

 『更には乗れてない奴にゃ防護も何も働かないってサボり効果まで付いててな、下手にオレがマスター抱えて飛ぶと、マスターだけ衝撃波でズタズタになる、下手すりゃ死ぬな』

 それさえなきゃ無理矢理御師匠を天竺まで抱えて持ってくって手があったのによ、とアーチャーは苦笑いして誤魔化す

 

 『ということでだ、マスター

 こんな使えねぇ雲何とかしようってんで考えたのさ』

 「アーチャー、それはどんな?」

 『っと、登録完了っと』

 その唯一言と共に、アーチャーの姿がブレる。ホログラムが消えて行き、後にはただふわふわと浮く黄金の雲だけが残される

 

 『中に完全に埋もれてしまえば良いんじゃね?ってな

 ちょっくら調整に時間はかかっちまったが、これで完了。完全に雲の中なら衝撃波も何もないし、しっかりとした部屋作れば落ちることも無い

 そりゃ改造で数回の宙返りでもって唐から天竺までひとっ飛びってレベルの速度は出せなくなるが、何で思い付かなかったんだろうなこれ』

 けれども、アーチャーの自称録音した声は響き続ける

 それに合わせて、黄金の雲は少しだけ此方へ寄ってきて

 

 触れてみる。押し返されず、ふわふわとした感触のまま触れた指は手首まであっさりと雲の中へと入り込む

 

 『ってことで、筋斗雲も貸しとくぜ、マスター

 期限は聖杯戦争が終わるまで、お代は出世払いで』

 「出世払いって」

 

 意を決して、雲の中へと飛び込む

 不思議と、さっきまで転がっていたふかふかのベッドのような床が私を受け止めてくれた

 黄金の雲の中。確かに回りなんて雲の壁で見えなくて、どうなっているかは分からなくて。けれどとどこか安心感のある空間が其処にあった

 

 『支払いは人生一括、充分に充実したって人生話でも、生ききった後に語ってくれや』

 「アーチャー、私は」

 『行きたいならば伊渡間へ、生きたいならばあの電車を追うように。今からなら、次の停車駅に間に合うぜ?』

 「それで……良いの?」

 『マスターが、今日までの日々を胸に生きていくってなら、それはそれで良いさ。聖杯戦争の日々は、マスターの心にとって決して無駄じゃ無かったんだろ?』

 「でも」

 アーチャーの声は、録音したものだと言っているのに、どこまでも私に寄り添うように、優しく響いた

 

 『サーヴァントってのはマスターに聖杯をもたらす為の存在。契約のその時に、自分の願いと共にマスターの願いも背負うものさ

 マスターの心のままに』

 

 それきり、アーチャーの言葉は消える

 けれども、迷いはもう無かった

 

 「筋斗雲」

 軽く呼び掛ける。それだけで、軽く壁に震えが走る

 「お願い、連れていって。かーくん達が戦ってる場所へ

 何も出来ないなんて、嫌だから!」



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八日目断章 忠義の黄昏

遅れました、申し訳無いです

そのくせ、半分番外編となります


『うう……時間が』

 泣き言を言いながらも、神鳴を纏った拳を下から天へと突き上げる。天を撃つ拳が、翼ある魔獣に乗り悠々と偵察していた……と思っているだろうホムンクルスを魔獣ごと貫き、灰へと変える

 

 時間はもう、17時を回っている。日が暮れきるまで、15分あるか無いか。だというのに、わたしはまだ、何も出来ていなかった

 フリットくんに任せて、彼らを止めに行ったはずなのに

 

 まるで戦争かテロみたいに、森の中で息を潜めて街を睨んでいた一隊はこの神鳴でもって1分で粉砕した。罪もない人々を襲わされることになっていた造られた死人達は、人と同じだけの魂があるのか分からないけれども、主の御名の元に安らかな眠りに就いた。何度もやってきたようにわたしがそれを代行した。けれども、彼等の数はたった1000と少し。一年前のフリット君でセイバーの346番目。フリットくんによると1240番台と戦ったこともあるらしいから、少なくとも7クラスそれぞれに1300近くのホムンクルス達が作られていた。500以上はフリットくんの性能試験という名の無理矢理な戦闘でフリットくんが殺したらしいけれども、残った彼等の魂を総て食らった結果バーサーカーは7000というバカみたいな量の魂を貯蔵したのだろう

 つまり、彼等は7000近く居るのだ。ならば、1隊壊滅なんてまだ1/7しか何とかしていない事になる。泣き言も、言いたくなるよ

 

 一つ、救いがあるとすれば、わたしが何かする前に突然電池が切れたように倒れて動かなくなり、灰になってしまったのが何体か居る事

 

 多分、体からバーサーカーに奪われていた魂が消えてしまったから。つまり、バーサーカーに命じた死が、彼の魂を身代わりに死なせ、魂を完全に喪った肉体は独りでに朽ちた……んだろう

 肉体を喪った魂は大きく力を喪い、魂を喪った肉体は滅びる。だから、魂が粉々になって消えてしまったに近い神巫雄輝を保つためにフリットくんなんてものが産まれたんだし。フリットくんの使う降霊魔術とは自分の魂を媒介に自分の肉体と別の魂を仮に結び付け、肉体を喪い十全の力を出せなくなった魂にかつての力を出してもらうって魔術なんだし

 

 だから、勝手にわたしが何とかしないといけないホムンクルス達は減ってはいく。逆に、肉体を壊しても元々バーサーカーに捕らわれて力を出せなくなっている魂に変化はなくフリットくんの負担は一切変わらない

 『だから、片付けて向かわないといけないのにっ!』

 森の中に居るのは、殆ど倒した……はず

 

 だとすれば、後は街中。実際に多くの子供達にプレゼントを配るためには分身くらい要るよね?って事で分身して、その分身でもって探っている

 

 だけど、駄目

 見えない所に潜んだものは100体ほど何とかした。けれども、無理なものは無理

 17:30分上映開始の映画のチケットの半券を千切る、優しそうな30代だろうモギリのお姉さん。そういった人混みの中の誰かが吸血鬼だったりするから

 

 殺すのは簡単。だけど、誤魔化せない。謎の不審死があんまりにも多く発生してしまう

 とりあえず、見つけた彼等には此方から起動出来る雷の魔力を撃ち込んでおく。人を襲う前に雷に撃たれるように

 

 ……でも、足りない。それら総てを合わせても、数があまりにも足りてない

 焦りだけが、増えていく

 

 未来の自分から魔力を引き出す、それが彼……ザイフリート・ヴァルトシュタイン。ライン川の底から見付かったっていう財宝の指輪が、それを成している。放っておいたら、未来を使い果たして消えてしまう。そんなの、させない

 だから、早く片を付けなきゃという思いだけが募っていく

 

 『……実に、下らない』

 その声は、木々の間から聞こえた

 

 『ライダー、と……』

 歩いてくるのは、やはり白を基調とした甲冑に身を包んだ一人の騎士、ライダー。そして、その獅子。ここまではまだ分かる。けれども、他にも人が居た

 獅子の表情なんて読めないけど、多分何処と無く苦々しそうな表情で獅子が背に載せている、一人の男性

 

 マスター、ドゥンケル。ライダーのマスター

 その、小柄で皺のある顔をした男がふんぞり返っていた

 

 『……何か、用かな?』

 わたしは、そう問う

 アサシンが居ないことは気にしない。あの子は、きっといざとなれば自ら振り下ろされる刃に飛び込むように自害してでも彼を救いに行くだろうから。バーサーカーとの戦いに至るまで時間を持たせられたのだからそれで下がるなり何なりしているはず

 

 『……家のマスター様がご立腹で、な』

 歯切れが悪く、言葉は微妙に分かりにくく

 『折角美味しい血を啜れたキャスターを奪われた、とな』

 困った人だ、とうんざりとした感じでライダーは頭を振る

 

 『何だ、やっぱり貴方だったんだ、キャスターをどうこうしたの』

 『違うと言ったら?』

 『他に誰が居るのかな?』

 『さあ、ね』

 ライダーは笑う

 重いとばかりに、獅子が吠えた

 けれども、その背の男は降りる気配なんて欠片もない

 

 「ライダー、良いから捕らえろ」

 『だから何度も言っている。無理だと』

 「貴様はサーヴァントだろう。召し使いならば主君の言葉は果たせ、それでも騎士か」

 『我が王の騎士であって、騎士としての誇りまでマスターなんかに売ったつもりはない』

 「誇り?騎士道なぞ優勢の時にだけ嘯けば良いといった不良騎士が良く言う」

 『……帰って良いかな?

 フリットくん、大変だろうし。バーサーカーも危険な事してるし

 フリットくん、寿命磨り減らしきって死んじゃうかもしれないし』

 

 『問題は無い。彼は死なないさ』

 だというのに、ライダーはマスターの言葉を無視して、私にそう告げた

 『どうして?』

 『如何なる時空においても既に存在する、それが、それこそがビーストの基本条件

 未来に彼は完全なビーストⅡとなる。だからこそ、彼は今ビーストのなりかけとして存在する。ビーストには時間なんてものは関係なくなり、滅ぼすには物理的に消し去るしか無くなる』

 『つまり、フリットくんはビーストになるから、寿命なんて無意味になるって事?』

 「男の話なぞどうでも良い。例え永遠となれるとしてもな

 ライダー、永遠となる男は一人で良い。殺してこい」

 『……黙っていろ、マスター。聖杯の為でなければ斬っている』

 何かを喚くそのマスターを、ライダーは剣先を突きつけて黙らせた

 

 『それで、用は何かな?』

 分身体で何とか処理しながら、わたしはそう問い掛ける

 このままじゃ、間に合わないという焦りを持ちながらも、何も出来ない

 

 ……可笑しい。人のなかに紛れたホムンクルスが少なすぎる

 焦りと疑問だけが積もっていく

 

 『……手を貸しに』

 『えっ?ライダー、なんて?』

 『手を貸しに、だ』

 何度も言わせるな、とライダーはぼやいた

 

 『良いの?』

 思わず、呆けてわたしは問い掛ける。令呪を使ったならば兎も角、バーサーカーと一応同盟していたライダーに、今更裏切る理由なんて無いはずだ

 『……一度たりとも、バーサーカーなんぞと同盟した気は無い

 ただ、一人の少女の為に、力を貸していただけに過ぎない』

 『フェイちゃん?』

 彼がそう言うならばきっと、とその名前をあげる

 アルトリア・ペンドラゴンを模したというホムンクルスの少女。フリットくんの味方。フリットくんを試したり、救ったりは、彼女の意思だというならば、何とか想像はつく。黄金の光の剣を振るった昨日のも、彼女と縁があった上で、彼女の為に作られたというヴァルトシュタインが作ったレプリカ品を借りたというならば分かるし

 

 けれども、何かひっかかって……

 『そうだ。あの(ひと)が少し苦手で、それでも大切で

 あの女(フェイ)が正直望まないというから、共にバーサーカーを止めに来た、ルーラー』

 『うん、有り難う』

 軽く笑いかける。信じきれてないから、すこしだけぎこちなくはなったけれども 

 

 『けど、2000も居ない。何処に居るのか分かる?』

 ライダーは、よくぞ聞いてくれたとばかりに笑った

 「裏切るのか、ライダー!」

 『ずっと、我が王の騎士であり、ロディーヌの夫であり……あの(ひと)のちょっとした理解者だった

 それを違えるつもりはない』

 

 そして、ライダーは答えとなる言葉と共にかき消えた

 『ルーラー、森だ。世界を越えていない、ブリテンでもない、けれども重なった……現実の』



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八日目ー吸血鬼夜話・終

『……待て、劣等種(ニンゲン)

 その足を、バーサーカーの言葉で止める。翼を逆展開、前方へ軽く魔力を噴かせ、急静止

 

 『……劣等種はやはり劣等種か

 取るに足らぬ生で、取るに足らぬ下らぬ交友があったのだろう?』

 何時しか、バーサーカーの横には三つの影があった

 銀髪の少女。銀髪狐耳の中性的な青年。桃髪狐耳の少女。その三つの姿が

 ……けれども、その瞳は一様に(あか)く、光の濁ったその瞳で虚ろにバーサーカーを護り、俺の前の壁となる

 

 何だ、それだけか

 そう、心の中だけで嘲笑う。例え、フェイを人質に取っていたとしても、それが何だというのだ。意味なんて欠片もない

 けれども、そんな内心を隠し、剣を降ろして僅かに震える。奥歯を噛んで、悔しそうに

 

 『……情はあったか』

 ねぇよ、と返したくなるので、口を開かない

 そもそも、降霊術師としての神巫雄輝の瞳が告げている。魂が他のホムンクルスと同等に不完全だと。成功例程完全に近い魂を持つのだが、眼前のフェイ等は何時もより魂が不安定。同型ホムンクルスだろうと

 だが、例えそれがフェイ本人だったとして

 ……今更だ。今更どうして、フェイは斬れない等と言えるだろう。立ちはだからされたホムンクルス達とフェイと、何が違うというのだ

 明確な自我を持つこと?俺自身との関係性?フェイが可愛い少女の姿をしていること?それとも、俺がフェイに恋愛感情かは兎も角特別な好感を持っているという事実?

 何だそれは。何なんだその理屈は。そんな程度の事で、誰かを特別視して良い訳があるか。誰しも、誰かにとって特別だ。命そのものの価値に元より差など無い。王公貴族だろうが何だろうが、この世界を生きる命としては等価なのだ

 ……俺は、その命に差を付けた。俺は、彼の嘆きを見過ごせない、そんな悲劇を赦すものかと、あらゆるものよりも、神巫雄輝を上とした。今更大切な人が敵になった程度でそれを鈍らせる程度ならば、元から誰も斬るな。生きることの幸福ならば、勿体無い程に享受して知っているだろうに

 

 だが、そんな事はつゆ知らず、バーサーカーは嘲るように俺を見下し、吐き捨てる

 『所詮、結末等初めから決まっていた事』

 と

 

 瞳を閉じる。翼を形成する魔力を薄れさせ、微かに陽炎のように揺らいだその姿が見える程度まで出力を落とす

 それこそ、諦めたというように

 

 『……価値の無い劣等種が。手間を掛けさせる』

 バーサーカーの言葉が耳に響く

 ……全てを、右の手に降ろしながらも強く握りこんだ剣に集中する。そうして、手を放す

 剣が、魔力の導線を残したまま床に落ち、軽い金属音をたてた

 

 『ふん』

 鼻で笑う音が聞こえる。バーサーカーは勝ち誇っているのだろう

 勝手にしてろ、勝負をかける

 バーサーカーという男は、割と執念深い。ここまで虚仮にされた相手をあっさり殺す事は無い

 故に、暫くいたぶるだろう。それで良い

 

 勝負とは簡単。強引に、今の俺の魔力でもって輝く紅光の剣を導線として、バーサーカーへと旭光を誘導する。<竜血収束・崩極点剣(オーバークランチ・バルムンク)>を、獣でない現状で叩き込む

 これは単なる賭けだ。誘導を作れなければ旭光は俺を滅ぼす為に降り注ぐだろう。あれはそういうものだ。だが、人質作戦で勝ったと思い込んでいるバーサーカーは、その為の時間をくれるだろう

 

 『幕切れは呆気なかったな。結局、屑か』

 口は開かない。目も開けない。唯、落とした剣にのみ意識を向ける

 

 体に走る衝撃。足が痛み、立っていられなくなる

 ……蹴られたのだ、と遅れて理解する。気にせず、意識を戻す

 

 「『……顕彰せよ、我が虚空の果ての宿星よ』」

 バーサーカーに聞き取れぬ程に小さく、その言葉を紡ぎ始める

 詠唱無しで撃てるシロモノではあるはずだ。今の俺には、ほぼ完全詠唱でしか扱えないというだけ

 来るべき止めに向けて、今から進めておく

 『……何だ、命乞いか?聞き取れんな』

 『聞き取る必要も無いでしょう?』

 セイバーの声が響く

 恐らくは援護。全くもって諦めなど無いと知れば、バーサーカーは流石にいたぶるのを止めるだろうから

 ……セイバーとて知っているのだろう、俺が例えフェイだろうがミラだろうが紫乃だろうが、大切な人が立ちはだかろうとも止まりはしないと。こんなもの、演技だと。全く、信頼されている

 

 『……セイバー、そこの屑を救わんのか?』

 『独りでは勝てない事なんて知ってるもの

 あの人が関係ない以上、無駄な事はしないわ』

 『鞍替えすか?』

 『冗談は真っ昼間に言ってくれる?と告げたわよ

 勝てないとしても、吸血鬼なんかのレベルになるのは御免よ

 道具(マスター)が死んで、契約が切れたら自害しようかしら』

 軽く冗談めかした口調で、セイバーは告げる

 

 軽く、笑う

 つまりは、現状は死ぬまでは見捨てる気は無いという話。セイバーとの関係からすれば、有り難いことこの上ない

 「『紅に輝く箒星 虚無に光を 未明を解きて畏れ来よ』」

 ……心の赴くままに、言葉を紡ぐ

 何処かあの日とは違う気がするが、それはあの日の俺と今の俺の差だろうか

 

 「『蒼星が夢を満たさんが為に 猛る怒りが俺を灼けど』」

 全てを集束する。周囲に撒き散らしていた魔力を、剣という一点に集約する。散布した魔力は俺にとって生命線、縮地で(くう)を飛び越える前提だが構わず。どうせ、撃たなければ日没前に勝てないのだから

 

 「『されど未来は遥か 我が翼に在りて悲劇(せかい)を穿つ』」

 『ぶつぶつと!命乞いならば、堂々とせんか!』

 バーサーカーの言葉は無視

 体が串刺しになっている気もするが、そんな事はどうでも良い。痛みすら集中の餌として使い潰す。余計な思考の大半を鈍い激痛で塗り潰し、ただただ、剣に意識を向ける

 両太股?右掌?好きなだけ貫け、くれてやる。今のうちに心臓部を……今の俺の核を成している指輪を砕かないのが貴様の馬鹿さだ

 

 『……それとも、貴様……

 死ぬ前に、せめてそこの人形共とどうこうという話か?』

 『……確かに、道具(マスター)は色々と経験無いわね

 死ぬ前にせめてというのも、反応としては分からなくは無いかしら』

 ……セイバーが、少しだけ嫌そうな声音で、それでもバーサーカーの何処か下世話な話を繋いでくれる

 

 ……有り得ない、話だ

 有り得ない仮定としてフェイから求めてくれたならば兎も角、自分から?寝言は冥府で言え。自分にそんな価値があるなんて、そんな嘘を俺は信じちゃいない

 そんな無駄な思考を、新たに腹部に産まれた灼熱感でかき消す

 

 「『暁は既に神話の彼方 紅き恒月(つき)に永久に刻もう』」

 ……ふと、下半身が涼しいことに気が付いた

 さっきの下世話の続きだろうか。変化したシャルワール風のズボンが血の刃に斬られ、意味を為さなくなる。知るか、無視する

 『……涙を流して乞えば、考えてやらんことも無いぞ?

 もう少し、この人形相手に楽しませてくれると思ったが、即座に諦められては詰まらん

 ……それにしても、粗末だな』

 はっ、と馬鹿にした嘲笑

 ……知るか。勝手に言っていろ。神巫雄輝は兎も角、俺自身は使うことも無い機能だ。どうだろうと関係ない

 『セイバー、貴様も見ると良い

 良い見世物だ』

 『嫌よ

 あの人のならば良いけれども、他の汚いものなんて見たくもないわ。潰したくなる』

 セイバーは、そう切り捨てた

 『詰まらん反応だな』

 

 『……道具(マスター)、此処は素直になりなさいな』

 ……セイバーの声がする

 つまりは、バーサーカーの望みを叶えてやれという言葉

 「……言えば良いのか?」

 言葉と共に、微かに頬に柔らかなものが触れる

 ……指。柔らかく、肌触りは心地好く……確実に、フェイのものではない指

 

 ……バーサーカーの、というよりも同型ホムンクルスでの疑似人質作戦を考えただろうヴァルトシュタインの詰めの甘さに笑えてくる。やはり、正義に人質は似合わない。フェイの指は、もっと肌が荒い。幾つもの細かい傷があって滑らかではなくて、けれども少なくとも、新品ホムンクルスの滑らかな傷の無い指よりよっぽと触れていて心地好い

 

 『……何が可笑しい』

 バーサーカーの苛立ちと共に、肩に痛みが走る。肩を砕かれ、腕が動かなくなる

 ……それがどうした。今はほぼ消しているとはいえ、翼で腕の代役くらいは果たせる。ならば腕など御満悦のバーサーカーにくれてやっても全く惜しくない

 

 ……続く言葉が見付からない

 詠唱が滞る

 魔力を集約は出来たが、導線にはまだならない

 ……苛立ちが募る。情けないと、心が叫ぶ

 

 『ああ、そうか』

 得心がいったとばかりに、掌を打ち合わせる音が響いた

 『最後に、本懐を遂げられると思って笑ったか?』

 ……勝手に思っていろ、という無駄な思考が、新たな激痛に消える

 『……笑うほど喜ぶ事を、させてやる訳が無かろう』

 バーサーカーの嘲笑が、脳に響いた

 ……痛みの在処は股間。おそらくはバーサーカーが潰したのだろう

 馬鹿かあいつは。俺相手に狙わなければならないのは、銀霊の心臓(指輪)か脳、その二点だろうに。意味もない場所を攻撃してなぶり殺しだと喜んでいる 

  

 「『落涙は怒りに 

   怒りは正義に 

   正義は勝利に

 

 涙は星の果てに勝利を刻む』」

 けれども、これは一応神巫雄輝の体で。それを傷つけられた事への理不尽な怒りが、言霊を引き出す

 

 『泣き叫ぶくらいは、楽しめると思ったが

 ……泣き叫べよ』

 『道具(マスター)に、そんな殊勝な反応を求めるなんて間違ってるわね』

 『酷い話だ

 ()に忌々しくも楯突き、あまつさえここまで虚仮にするとは』

 

 「『勝利の名の基に 虚空(そら)より溢れよ星の涙』」

 ……詠唱がほぼ完結する

 体が、貫かれた数点で持ち上げられるのを感じる

 ……磔でも目指しているのだろうか

 だが、血の十字架でも作って縛ればそれで終わるというのにバーサーカーはそれをしない

 『……いい加減に、目を開けよ

 絶望せず死なれては詰まらん』

 瞼を斬られ、捲られ、強制的に左瞳が露出する。斬られた瞼の残骸が視界にかかって煩わしい

 言われずとも、直ぐに開いてやったというのに

 

 左腕はより根元で、両の足は足首と股で、右腕は掌と左腕と同じ箇所で。ご丁寧に股間と喉にも。9箇所に血の杭が打たれ、落とした剣から離れた壁に磔にされる。何処か、解体新書に乗っていた人間図の一つに似ている格好だな、とそんな事を思い付き、集中が甘いとこんな時なのに苦笑する

 痛みは、ほぼ麻痺した。傷付き過ぎて逆に痛くない

 ……本当に、バーサーカーは阿呆だ。セイバーが言葉で稼いでくれた少しの時間もあって、寸での所で魔術は完成した

 ……遊ばなければ、勝てたものを

 

 『さらばだ、忌々しき劣等種』

 バーサーカーの纏う血のマントが錐のように丸まり、俺の心臓を漸く狙う

 

 俺は……

 それを無視し、バーサーカーに空けられた脇腹の穴を通すように、同じく槍のように変形した両の翼を展開、左翼を錐と共に砕け散らせ、右翼を振るってバーサーカーへと剣を掬い上げるように撥ね飛ばす

 

 「ああ、さよならだ、冥府で待ってろバーサーカー

 破壊せよ」 

 心臓が、熱く鼓動する。指輪が、どこまでも未来を廻り、既に使い潰して存在が無いはずの十数年後の俺に辿り着き、その魔力をもって限界を越えて駆動する

 

 「<竜血収束・崩極点剣(オーバークランチ・バルムンク)>ゥゥッ!」

 その瞬間、バーサーカーのマントに突き立った剣をポインターに滅ぼすべき()を誤認し、空の果てより怒りの旭光が落涙の如く降り注いだ

 

 『なっ、きさ……貴様ぁぁぁっ!』

 

 そして、夜の王を名乗った男は……人質としてずっと横に控えさせるだけ控えさせていて結局無意味だった人質擬き達と共に、旭光の中に消えた



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"夢幻の光剣"結 ⅡvsⅣ
八日目ー吸血鬼夜話・事後処理


旭光が、ふっと消え去る

 世界に、薄暗闇が戻ってくる

 

 既に、バーサーカーの姿は無かった

 その魂の総体を、そして血の一滴をも含む肉体全体すらも星の涙の前に"勝利"され、吸血鬼そのものとなったサーヴァントは消えた

 

 『……道具(マスター)、終わったのかしら?』

 さあ、なと答えようとして、口からは微かな風切り音のみが響いた

 喉の傷からか、まともに言葉を発せない

 

 関係ない、魔力を通せば発言は出来る

 そう切り捨て、魔力を回そうとし……

 

 それすら出来ずに、口だけが動く

 何故だと思うも暫し、事実に気が付く

 ……それこそどうしようもない事を

 

 右の瞳から、微かな光が漏れ、真実を照らす

 即ち、残りの寿命。4日と3時間。充分だ、と言えるほど残ってはいる。だが、今それは4日と2時間に減り、すぐにでも4日ちょうどになるだろう

 

 土台、あくまでも人間ベースで、旭光を放つなど無理だったのだ。俺自身は発動指示しかしておらず、現実には俺でない誰かが空の彼方から放ったものだとはいえ、発動時に荒れ狂う魔力の余波だけで、ザイフリート・ヴァルトシュタインという霊基にはヒビが入った。バーサーカーに空けられた穴が空気抜きの役割を果たしていなければ、それこそ空気を入れすぎた風船のように破裂して弾け飛んでいても可笑しく無かった

 

 ……つまりだ。既に壊れてしまったから、動かなくなったというだけの事

 足が機能を保てず、体が傾ぐ。

 修復して体勢を建て直すなど不可能、そのまま荒れに荒れた床に倒れ込む

 かしゃん、と硝子が割れるような、けれどもそれよりも軽い音をたてて、肩口から左腕の残骸が砕け散った

 

 痛みすら無い。恐らく、痛覚神経は既に砕けた。魔力回路代わりにこの一年ずっと魔力を無理矢理通していたのだ、寧ろ良く持ったと言えるだろう。同じく代用回路としていた血管系が砕けなくて幸運だった

 

 『……大丈夫?』

 ……遅いぞ、アサシン

 近付いてきた影に、そう口を動かす

 言葉は出ない。僅かに残った魔力は残存時間が分かった今、最早言葉を交わす程度の事に使うわけにはいかない

 

 『……遅くなった』

 『本当に遅いわね、アサシン

 バーサーカーは吸血鬼、貴女が倒すべき相手だったでしょうに』

 嫌味を込めて、セイバーが呟く

 ああ、やだとばかりに、少しわざとらしく、戦闘で鮮やかな赤い服に付いた埃を払うように手を服に擦りながら

 アサシンがしっかりしていれば、こんなに汚れなくて済んだとでも言いたげだ

 『これで問題ない。時の果ての狩人は、「ボクの希望」だから』

 『……何よ、道具(マスター)が、バーサーカーを倒すのが正しいって言うわけ?』

 こくり、とさも当然だと言いたげにアサシンは頷いた

 『だから、「ミー」はライダーを任された』

 『へぇ。大層な話ね

 それで?ライダー相手に役目は果たせたのかしら?』

 『死ぬほど痛かった』

 『あっ、そ』

 

 アサシン相手に吐き捨てて、セイバーが靴音を立てて俺の所へと歩み寄る

 流石に中腰から更に腰を落とした……所謂DQN座りに近い形になるのはプライドが許さないのか周囲の瓦礫を軽く払い、かつてはそれなりに良いカーペットだったものの上に、足を追って座り、その細く白い右の手が、投げ出された俺の頭の顎を下から支え、持ち上げた

 セイバーの顔を見るように、上を向かされる

 それなりに責めるようなエメラルドの瞳が、真っ直ぐ俺を見た

 

 『それで、道具(マスター)

 聖杯は何処にあるのかしら?』

 ……流石に、これに答えない訳にもいかない。口に魔力を込め、魔力で空気を振るわせて音を立てる

 ランサー、アーチャー、バーサーカー。少なくとも三騎の魂が貯蔵された状態ならば、聖杯の鼓動はセイバー等にも既に感知出来るのではないか、という疑問は、まあ場所が場所だから仕方ないかと葬って

 

 「……穴の、先だ」

 『穴?道具が空けたこれかしら』

 「ああ。聖杯は竜脈の中、ヴァルトシュタインの当主しか辿り着けないようにブリテンの森から更に一つ次元を隔てた地下室に納められている」

 『呆れた。本当に他のサーヴァントに勝たせる気が欠片も無かったのね、この聖杯戦争』

 顎の下から冷たく冷えた手が抜かれ、頭がゆっくりと瓦礫の中に下ろされる

 

 『ええ。有り難う道具(マスター)

 どうせもう持たないだろうから先にお礼を言っておくわ

 有り難う、私に聖杯を取らせてくれて。ランサーに勝手に自滅する形で逃げ切られたのは許せなかったけれども、結末は悪い形ではな……』

 聖杯に願いを託すサーヴァントとしては当然のその言葉を、セイバーは続けられなかった

 『問題ない。「ボク」が連れていく』

 霊基が砕けた俺の体を、軽いもののように拾い上げ、背負ったアサシンによって

 『だから、お礼はまだ言わなくて良い』

 

 「そもそも、6騎の魂が要るんだ、セイバー

 自分の魂すら使わなければ意味がない」

 『知ってるわ。けれども構わない

 受肉した所であの人の居ない世界で生きるなんて御免よ。だから願うのよ。聖杯の力をもってあの人を甦らせ、奇跡を起こすエネルギーとしてその魂を惨たらしく使い潰す事であの女に復讐させてって

 二つも願いが叶うのだから、どうせどんな形で聖杯戦争を終えても受肉を願わない限り残れないこの私(サーヴァントの体)なんてどうでも良いわ、それで躊躇すると思っていたならば御愁傷様

 

 というか、貴方自身にも跳ね返る言葉だって……』

 ふと、セイバーは遠い眼をして、首を振った

 『流石に、分かってないはずもないわね道具(マスター)だもの』

 そして、そのままその姿は、銀光を揺らして、旭光が次元を越えてぶち空けた穴へと消えた

 

 「……アサシン、お前は?」

 『……聖杯は、どうでも良い

 「わたし」は「ボク」の願い通りに、「俺」の思うままに、助けるだけ』

 ……何処か、さっきの言葉と合わせて、アサシンどうして俺を助けてくれたのか分かった気がして。そう、あの夢は、獣でない頃の俺は、そして、彼女が夢よりもはっきりしていたのは……

 『ちょっと、急ぐ』

 けれども、その思考を中断させるように、アサシンは俺を背負ったまま、穴の中へ駆け出した

 

 その輝いていない杯は、数分もかからない場所に安置されていた

 ヴァルトシュタインの聖杯。今回の聖杯戦争を起こした力。森の中に通るという竜脈の集合点に眠る7度全ての根底にあるというヴァルトシュタインの大聖杯から削り出された七つの金属を、魔力という酒を湛える杯としてアヴァロンの魔術師☆Mが加工したという願いを叶える魔術師の悲願

 だが、されども、その杯は沈黙を保っていた

 

 『……道具(マスター)、嘘はいけないわね』

 セイバーが、理解できないと言いたげに、安置されていた黄金の杯に手を触れる

 当然ながら、何も起きない

 

 「……正義は、敗れてはならぬ故」

 ふと、後方からそんな声がした

 俺だけは、聞いたことがあるだろう声が

 「正義の前任、グルナート・ヴァルトシュタイン」

 立っていたのは、杖をついた一人の老人だった。ヴァルトシュタインの当主にしか伝えられない辿り着く方法を実践し、穴を空けて不法侵入した俺達とは異なり正面から正規の方法で、その男は其所に現れていた

 実は、その姿を見たことは無い。彼が目の前に居たとき、眼は魔術を撃ち込まれ、変貌の為に一時失明していた。だから、声を聞いただけだ。俺が俺となるその日に、神巫雄輝を砕いた、改造者の一人として

 

 仇として、剣を振るえたら楽だろう

 だが、俺にはそんな力も権利も無い

 『何の用かしら?』

 「……正義に挑む悪魔よ。その根源より『回帰』に歪められた生来の怪異よ

 去れ。聖杯は貴様等が手にして良い低俗なものではない。それは、正義(ヴァルトシュタイン)のものだ」

 『あら、貴方がた自称正義の掲げた最強のサーヴァントならば、さっき消えたわよ

 哀れなものね。勝利だけを求めてあんな下郎を呼んだ癖にああだもの』

 「……だから言ったのだ

 正義は敗れてはならぬ故。正義に敗北は無い」

 『……まあ、正義教徒は分かりにくいので、分かりやすく言いましょうか』

 その老人の後ろから、銀髪が覗いた

 

 ……フェイ。S045。部屋に籠ったグルナート・ヴァルトシュタインが、自ら呼び込む事がある唯一のホムンクルス。人造のサーヴァントとしての性能は兎も角、外見の可愛らしさとメイドとしての能力は成功そのものの、銀のアーサー王(アルトリア・ペンドラゴン)

 

 「……フェ、イ」

 『喋らないで下さい。一言2分ほど、砕けるのを待つだけな今のアナタは寿命を使います。死にたいんですか?』

 呆れたように、銀髪の少女は告げた

 『で、この正義教徒なご主人様(マスター)が言いたい事は簡単です

 正義は敗けない。負ける事は許されない

 だから、正義(ヴァルトシュタイン)は敗けないし、そのサーヴァントであるバーサーカーも滅ばない

 そういうことです。この聖杯戦争は、どこまでもヴァルトシュタイン本位なんですよ』

 

 『……へぇ、証拠は?』

 「正義の血統は此処に在る

 バーサーカーの血が、此処に残るのが証左だろう」

 引きずるほどのコートから、老人が一つの硝子のような透き通ったシリンダーを取り出す。その中には、魔力を感じさせる紅の血が注がれていた。確かに、バーサーカーがマントにしていたものと同様のもの

 

 「何故だ」

 『その瞳で分かるでしょう?無限の記録に対し、その瞳は『回帰』でハッキングをかけるものですから

 答えろと言えば答えます』

 フェイの言われるままに、バーサーカーの生死を心の中で問い

 閃く光と共に理解する

 

 バーサーカーは、生きている。被害者が新たな吸血鬼となり続く恐怖。即ち、本体移転能力

 バーサーカーはあの時、ミラの令呪でもって一秒に一度死に続けていたのではない。何秒かに一度の死に合わせ、あの姿に溜め込んだ魂を、何処かの別の吸血の犠牲者へと渡していた。だから、毎秒死んだように見えていただけ。そして、最後の光に飲み込まれながら、自身の魂すら移し終えた

 旭光は、後に残った4000だか5000だかそこらの移しきれなかった魂と、バーサーカーの旧本体を勝利の彼方に消し去っただけだったのだ。バーサーカーそのものは、数百の魂と共に抜け出していた

 ……彼処に立つバーサーカー本体の残り魂数だけを見ていたが故に、そんな簡単な事にすら、気が付いていなかった

 ……情けない。こんなで、バーサーカーが馬鹿だから勝てたと思っていた自分の馬鹿さに反吐が出る

 

 『……命令は?』

 アサシンが、問い掛ける

 行くか、残るか

 決まっている。答えは一つしか無い

 

 例え勝ち目など見えなくても、此処に居ても霊基が砕けきるのを待つのみ。諦めない事、その意志だけが、ザイフリート・ヴァルトシュタインが持っているものならば

 『……行ってくれ、アサシン

 聖杯戦争を、終わらせる為に』



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八日目断章 惨劇の結末

空が、悲鳴をあげた

 そうとしか、思えなかった

 あの日、わたしは一緒にアーチャーを止めたくて、しっかりとあの光を見ていなかった。けれども、今、理解した

 

 ……あれは、文字通り星の涙なのだ、と。間違いなく彼の宝具の一つである<竜血収束・崩極点剣(オーバークランチ・バルムンク)>とは、彼という……ビーストⅡという世界を破壊する悪魔に蹂躙された星々の嘆きと怒りなんだと

 

 空間は隔てられている。ブリテンの森でそれこそ殆ど何をしようとも、位相が違う現実世界には何も影響は無い。そのはずなのに……少なくとも、対界宝具である<天斉冥動する三界覇(ブラフマーストラ・ヴァジュラ)>ですら、恐らくは局地的な小地震で済む程には隔てられた世界のはずだというのに。って世界を隔てた場所で撃っても局地的な地震くらいは起こるあっちはあっちで、流石は天界地上冥界の三世界を貫いた力っていうか聖杯からの知識にだけはある天の理の顕現レベルにはおかしいけれども、そんな事はアーチャーが居ない今はどうでも良くて。現実では不要ゆえにこじんまりしていてあの世界でのみ豪邸なヴァルトシュタインの館を貫く降り注ぐ旭光は、現実へとライダーを追ったわたしの目にもはっきりとした光柱として、確かに其処に有った

 

 『……フリット、くん』

 止めないと。手遅れかもしれなくとも

 けれども、その光は、数瞬の、それこそ三秒にも満たない時間の照射を終え、直ぐに消える

 

 そうして、わたしは自分の周囲に気が付いた

 唐突に電池が切れたかのように崩れ落ちる人人人人人

 幾多の人形(ひとがた)。その残骸は沈みかけの木漏れ日に照らされ、灰となって消えてゆく。積もるかつて人の姿をしていた者の灰を吹き散らす程の風は吹いてはいないはずなのに、ありもしない風に煽られて、大気の中に溶けて見えなくなる

 わたし達サーヴァントや、魔術師であれば侵入は容易く、わざわざ普通の森を通る必要なんて何処にも無いからと候補から遠ざけていた現実の森に、わたしが踏み込んだその瞬間は確かに居た、それこそ大軍団とも言えそうな彼等は、わたしが旭光に眼を奪われていた5秒程で、数えるほどしか居なくなっていた

 ……この現象には、見覚えがある。というか、ここまでの規模でなければさっきも見た

 バーサーカーの中に捕らわれ構成要素となっていた魂が消滅した際に、吸血鬼と化していたその肉体に起こる反応だ。魂を喪い、吸血鬼と化した肉体が、日光の中にその実在を保てなくなる。夜であるならば、遺体は残るかもしれないけれども、少なくとも本来の状態(死人)に戻り、動かなくなるのは間違いない

 

 けれども、ぽつぽつと、人影は残る

 20、30……36。たったそれだけのホムンクルスが、其処には残っていた

 ブリテンの森に戻った際に殆ど切れかけて半自動にしていた分身とパスを繋ぎ直し、街に侵入していたホムンクルス等が何れだけ残っているかを判断

 数秒後、恐らくは42体と理解する

 

 『どうしようかな……』

 思わず、そんな言葉が漏れた

 バーサーカーは恐らくまだ生きていて、けれども旭光によってその魂の9割以上を喪った

 それは良い。良いけれども、結果として……潜入を果たしていた何人もの吸血鬼が、"目の前で人間が唐突に灰になって消える"という怪奇現象を魔術に関わらない人々に対して見せ付けたという事になる。一人、二人ならばまだ幻覚でも見たってあっさり誤魔化せるんだけど、見た人間は恐らくは三桁に軽く届く。その全てを集団妄想や幻覚として流す事は流石に厳しい。秘匿を護るために処分するなんて言語道断

 だから、難しい。此処まで来てしまった事態を終息へと向かわせる上手い言い訳が思い付かない

 

 事態はほぼ終わり

 だから、その発動を見逃した

 

 『夜の帳は今ぞ降りる』

 生き残りは居る。バーサーカーは滅んではいない

 だから、早急に止めを刺さなければいけなかったのに。日暮れまでまだ数分。その時間があるから、見落とした

 

 辺りは、闇に包まれる

 空に輝くのは、冷淡な光を湛えた蒼き月。夕焼けの中姿を見せ始めたばかりであるはずのそれが、中天にその偉容を見せつける

 ……固有結界。自らの精神世界でもって世界を塗り潰す大魔術。人間の中にも辿り着いた者は居るとは言われるけれども、本来は……"人類による歴史に対する力"。人類の刻んできた歴史(世界)を自らの法則で塗り潰す、吸血種が扱う対人理の魔法の域に手が届きかけた魔術。そう、彼が……バーサーカーが本当に吸血種の象徴としての吸血鬼ならば、持っていても可笑しくは無かった。世界を夜に塗り替える固有結界。夜に吸血種の精神世界は夜以外では有り得ない。それが世界を塗り潰した瞬間、其所は時間に関わらず夜へと堕ちる。そんな事、分かるはずなのに……!今まで使ってこなかったから、失念した。生前に対峙した中にも固有結界をまともに扱えるのは両手で数えれば余る程度だったから、警戒が薄かった

 

 けれども、と少しだけ心を落ち着ける。此処は森。例え夜になろうとも、人は居ない

 ……けれども

 

 『……正義とは勝利だ』

 一人のホムンクルスが、そうぽつりと呟く

 ……姿は、違う。かつてバーサーカーとして現れた彼のような、2m近い偉丈夫ではなく少年と言えるだろう。寧ろ、彼に……ザイフリート・ヴァルトシュタインに良く似ている。とはいっても、髪は黒いし、赤い瞳も彼よりも深い色で、見ていて気分が悪くなる血色。そして何より、肌は例え白人でもこうはならないというくらいに生気の無い白さだけれども、造形そのものは非常に似かよっている。彼自身、髪が白いのは単純に白髪だし、肌の色も魔力を全身に流し続けた結果の焼け付きだし、単純に白髪になる前の……完成直後の彼を目指したデッドコピーだろうか

 けれども、彼が今のバーサーカーなのだと、直感で理解し、わたしは軽く拳を握る。冬の森の中だというのに、空気は異様に生暖かく、ぬめっとして気持ち悪い。髪に、そして肌に絡み付く気がして、思わずパチパチと静電気レベルの雷を流して髪を洗う

 

 『つまり、負けた貴方は正義じゃないね?』

 『……そう、だなルーラー』

 けれども、バーサーカーには何ら焦りは無く、あくまでも堂々とそう返す。白い……訳ではなく普通に黒い髪が、僅かに嘲るように顔を揺らすのに合わせて揺れる。彼の顔で、彼がしないような自信満々な立ち姿なのが何処か可笑しかった

 『負けた、ならばそうだろう』

 ……やっぱり、声も彼に良く似ている

 

 良く見ると、堂々と前を開けた服の胸元に、きらりと月光を反射する銀が見えた

 目を反らしたくなる。何で、好きでも何でもない相手のはだけた胸を見なくてはと、少し思う。けれども、裁定者としての特権……聖杯に逆らう選択肢をした時点で制限の掛かった真名看破をそれでも行使し、真実を見極める

 

 ……見えない、か

 少し肩を落とし、息を吐く

 銀霊の心臓、未来より現在に向けて、その時間を生きる自分が持つ魔力(未来)を回帰するザイフリートの宝具。そのレプリカ品の真名は<偽・■王■す契■(プリズム・■■■)>。そこまでは読めても、それ以上に辿り着けない

 

 『勝利は、正義の礎にある』

 その瞬間、黒い少年の背から、紅が飛び出した

 血のマント。バーサーカーの象徴

 それと共に、魂としては吸血鬼(サーヴァント)であり、シュタール・ヴァルトシュタイン(マスター)でもあるその右手に、斬られて一度そのマスターの手から喪われたはずの紅が再び輝く。令呪、バーサーカーのマスターの証明

 にやり、と勝利の笑みの形に、顔が歪む

 気分が悪くて放った雷が、その姿を撃ち据えるけれども、灰になった中から、それはもう何事も無かったかのようそのニヤケ面は復活する

 

 『最後に教えてやろう、ルーラー』

 いつの間にか背後に造り上げた血色の王座に、少年の姿がふんぞり返る。大胆不敵に腕を組んで

 『何故、ヴァルトシュタインは勝利するのか』

 ……模した存在(ザイフリート・ヴァルトシュタイン)混ざった魂(シュタール・ヴァルトシュタイン)、それらの影響か、少しだけ誇らしげに、バーサーカーらしくなく、彼は口を開く

 

 『元より、劣等種共のチンケな街に出向く必要など無かったのだ』

 どくん、と。竜脈の中に安置された聖杯が、一瞬だけとはいえ鳴動した、気がした

 

 竜脈は伊渡間そのものに通っている。元々この地は、竜脈の通った森であった。故にヴァルトシュタインはこの地を選び、森を切り開き、集合点付近のみを森のまま残し、竜脈という巨大な力を礎に安定した隔次元、ブリテン領域に籠り世界救済に精を出した

 ……ならば、ならばだ

 竜脈を辿れば、目前にあるではないか。伊渡間という街が。人々が暮らす世界が

 ちょっと竜脈を弄くって、ブリテン領域を広げるだけで、領域は街全土を呑み込む

 

 そして、森が異次元と気が付かれぬように、一定の魔力を持たぬ普通の人間は、ブリテン領域に迷いこんだ際には"現実世界の森の対応する場所に戻される"

 

 そこまで一応調べておいた事を考えて、はたと気が付く

 そう、本当に、彼等は街になんて出向く必要は無かった。聖杯が彼等を勝者足るべきとして支援するならば、だけれども

 

 『跪く栄誉を与えよう、取るに足らぬ塵芥よ

 拝謁を赦す』

 その瞬間、ほんの一瞬、日暮れの街は、その地下に走る竜脈を通して、遥かな過去の海を隔てた遠い世界に極めて近い異次元に呑み込まれ

 其処に生きる全ての者は、そうあるべきとアヴァロンの魔術師☆Mに規定されたように、各々森の中へと放り出された

 

 止める間も、無かった

 残っていた、見えていたホムンクルス等は残らずロックオンしていた雷で吹き飛ばしたけれども、けれども足りない

 それでも数十の魂の残るバーサーカーは、そして何とかその存在を隠しきった片手で足りる数のアサシンを模したホムンクルス等は、確かにその牙を届かせた。突然の森の中に戸惑う、数万の中のたった数人にだけ。割合でいえば、ほんの小さなもの

 そして、姿を現したホムンクルス等は、何とかわたしとその分身が打ち砕く。後で纏めて祈るから、と謝って

 そして、残された吸血鬼は、バーサーカーただ一人となる

 

 だけれども、それだけで……数人を噛んだ、たったそれだけの事で、十分だった



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八日目ー始動・絶対勝利

「……ヴァルト、シュタイン

 それが、正義……なの、か……」

 アサシンに担がれ、森へと辿り着く

 

 中途、突如として辺りが暗くなり、月夜へと変貌したが、それはどうでも良い

 ねばついた血糊のような魔力が充満した固有結界が非常に気持ち悪いが、そんなことは寧ろ有り難い。ふとした時に落ちかける意識を、その異物感が繋ぎ止める

 

 そうして、辿り着いた場所は……

 玉座だった

 

 『フリットくん、御免』

 ミラが、悔しそうに唇を噛む

 何人か、バーサーカーの眷族に噛まれてしまったのだろう

 

 『任せる』

 ふと、俺を支えていた柔らかいものが消えた

 何とか体勢を、と足を出そうとし、何も出来ずに地面に転がる

 動かない。体が重い

 力を入れようとした端から、骨がまるで限界がきた硝子であるかのように砕けていく

 

 霊基そのものが(それが)限界に来ているのだろう(どうした)

 全身に、血管や真剣を回路に見立て()常に魔力を流し続けることで人間の体を()サーヴァント域にまで押し上げていた無茶()が、今此処に来て霊基と()共に砕け散ってゆくという弊害を発症した()

 立て、倒れる権利か何処にある

 そう壊れてゆく体を鞭打てども、手を動かす事すら出来ない。全身の関節が総てなくなってしまったかのように

 動かない。まるで、物言わぬ稼働軸を持たない人形になったかのような感覚

 混乱の中で、狂ったように逃げようとする誰かの足が、投げ出された俺の足にひっかかり、一人の足は硝子細工として砕け、人一人が転がる

 「ちょっ、邪魔!」

 その彼は、何とか手を前に受け身を取ると、悪態を付きながら森の何処かへ逃げ去っていった

 

 そんな、突如として何万という人間が集められ、数人が犠牲となった吸血鬼の跋扈する森。その混乱の中、何も出来ずに、ただ路傍の石のように転がる。ミラは少しだけ此方を気にするが、バーサーカーの処理を優先したようで、セイバーはただバーサーカーを眺め、アサシンに至ってはバーサーカーへと何時の間にやら取り出していたハンマーで殴りかかっている。残存寿命は既に一日ちょっと。それを燃やし尽くそうが、そんな絞りかすが何になるというのだ。翼の形成は出来なくもないだろうが、まともな機動は出来ないだろう、無駄遣い甚だしい

 それでも、瞳は世界を映し続ける

 

 「やめ、ろ……アサ……シン」

 そう、言えたら良かっただろう

 だが、口すらまともに開かない。無理矢理紡いだ言葉はひゅーひゅーとした風の音と交わって、何を言わんとしたか知っている自分ですらまともに聞き取れない

 

 バーサーカーの魂は、それこそ30にも満たない程まで削れている

 だが、だ。だけれども、駄目なのだ。俺の右目だけは、それを知っている

 

 大振りのハンマーが、何処か俺に似た姿になったバーサーカーのあたまを熟れたトマトに変える。アサシンはそのまま右手を引き、ハンマーの柄に仕込まれた銀のナイフを引き抜く

そうして、躊躇なくそれを頭が石榴になって防衛能力を持たない無防備な心臓に突き込んだ

 

 ……駄目だ。それじゃ駄目だ

 確かに、残存魂が少ないバーサーカーは脆い。十字架や銀等でならば、それこそ軽く殺せるだろう。数十人の魂しか無い今、そのうち一人を殺す武器は、普通のものですら十分に傷付けうる。吸血鬼の苦手とするもの(銀の武器)ならば、それこそ当たれば人でも殺せなくもない

 だからだ、今のバーサーカーは、殺される事を願っている

 何故ならば彼は、アサシンと同類の伝説の英雄だから

 

 『……銀の武器にサンザシの杭か』

 魂3つを使い潰し、さも何事も無かったかのように姿を取り戻したバーサーカーが、嘲るように笑う。逃げ惑う人間達に響くように、良く通る声で

 『効かんな』

 

 『ならっ!』

 神鳴が轟く

 雲こそあれども月夜に、幾条かの雷が落ち、倒れた姿から、ゆらりと立ち上がった犠牲者達と、バーサーカーを貫く

 バーサーカーは何もせず、それを受けて消し飛び、されども再び雷により灰になった体の奥から現れる

 『無駄な事を』

 

 森がざわめく

 いや違う。突然森なんかに呼び寄せられて、吸血鬼に襲われた"善良な一般市民"が騒いでいるのだ

 『王()は不死なる夜の王

 貴様等の王だ』

 声音は押し潰すように。バーサーカーは、玉座から宣言する

 気にせず、ミラとアサシンはバーサーカーを殺し続けて……

 

 ふと、止まる

 バーサーカーの残存魂数は、僅かに二。バーサーカーと正義の味方のもののみ

 躊躇った訳ではない。二人は、50回はバーサーカーを討った。けれども、魂は残ったのだ

 

 理由は、右目が教えてくれる

 簡単な事。アサシンと同じ理屈だ。伝承は、過去にのみあるものではない。座に未来に現れる英雄が刻まれ、現代に呼ばれることがあるように、伝承だって今産まれることだってある。そして、バーサーカーとは伝説の吸血鬼そのもの。吸血鬼扱いされる事もある英雄に、吸血鬼伝承そのものを被せて、吸血鬼へと変えてしまったもの

 

 だから、だ。数人襲って吸血し、そしてアサシンという狩人に殺されて魂を浪費して復活してやれば、バーサーカーはそれで良かったのだ。今森には、数万という普通の人間が居る。その全員が証人だ。全員が見たわけではなくとも、その復活を見た数十人の誰かが呟けば、混乱の中であっという間にそれは恐怖として全員に伝播する

 数万が信じれば、それは最早オカルトではなく伝承と言っても良いだろう。眼前で見せ付けられた伊渡間の人々は、バーサーカーを"弱点であるはずのもので殺されてすら蘇る、絶対不死身の吸血鬼"だと恐怖する。それが、溜め込んだ魂を浪費しての一時しのぎだと、彼等は知らないから

 バーサーカーは伝説の吸血鬼。吸血鬼という伝承総てを総括して纏った存在。ならば、伊渡間の人々が語りはじめた吸血鬼の伝承……絶対不死身すらも、その性質とする。神秘の秘匿という大前提すらもかなぐり捨て、寧ろ万単位の存在に向けて神秘を開示することで、広く信じられたものとして貶める

 最早、バーサーカーは倒せない。数万という無視できない程の数の人間が、バーサーカーの不死身を支えている。それは取り込まれた魂ではなく、バーサーカーを殺し続ければ良いというものではない。伝承を語る総てを滅ぼして、伝承そのものを闇に葬りでもしない限り、不死身は剥がれない

 

 『……ひきょう』

 『絶対勝利、それは正義の力だ

 ()こそが、正義なのだ。頭を垂れよ、赦しを請え、図々しき王への反逆者の集合よ』

 『……無理』

 『馬鹿言わないで欲しいな』

 アサシンは、にべもなくバーサーカーの言葉を拒否する。ミラも、それに続いた

 

 『……ああ、やはり劣等。馬鹿か』

 『バカはそっちよ、バーサーカー。結局、其所の人間達に貴方は死なないと噂されているけれども、それだけじゃない』

 言葉と共に、セイバーは逃げ惑ったり、勇敢にも此方を見ていたりする一般市民へ向けられて伸ばされた血の槍を無造作に切り払う。セイバーでも、一切り払う事は出来ている

 不死身は噂されていても、無敵は別に噂されてはいない。セイバーに言われて、それを理解した

 鼓膜が破れているのか、今更ながら魔力を込めた言葉しか耳に届いていないという正にどうでも良いことに気がつく。正直、そんなことに気が付く力すら惜しかった。そんなものがあるならば、その分この場をひっくり返す閃きが欲しかった

 だが。その願いに意味はなく

 

 『ならば、見せてやろう

 貴様等ごときに使うとは、思わなかったがな』

 バーサーカーの宣言と共に、その右手に刻まれた紅が輝き、そして消える

 令呪の発動

 『正義の名の元に。令呪をもって()は自身に勝利の使命を与える

 発動せよ、プロジェクトPM』

 何も出来ず、俺の体は……総ては、森を覆い尽くした水晶の中に消えた



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八日目断章 裁定者のあがき

水晶が乱立する

 

 固有結界。その亜種。侵食固有結界と呼ばれる特異なソレ。全てを水晶に閉ざす、ねぼすけさんな蜘蛛が展開する異界常識。<水晶渓谷>

 それが、森の一角を包み込んだ

 咄嗟に展開に対応出来たのはわたしだけ。アサシンちゃんとフリットくんは、そのまま水晶に呑まれた。恐らくだけど、アサシンちゃんの目的はフリットくん。侵食する水晶に自分という異物を噛ませて吸収を可能な限り遅らせようという事だと思う。フリットくんは……動いているのが不思議なくらいにボロボロで、単純に避けようが無かったんだろうけど。逆に、今捕まったってことは、フリットくんはフリットくん。まだ、あの蜘蛛と同格級の化け物なんかじゃない

 そして、セイバーさんは……避けきれずに片足を取られていた

 

 『……成程ね』

 『貴様に勝ち目等無いのだ』

 フリットくんの声で、フリットくんの姿で、そうバーサーカーはいきり立つ。同種のホムンクルスを、彼を量産しようとした失敗作を使ってるから当たり前だけど、苛立つ

 勝ち誇った下衆なにやけ顔。殴ってやりたくて仕方がない。彼はそんな顔しない。どこまでも真剣で、ふざけた笑い顔なんてする訳がない。だからあまりにも似合わなくて……

 拳から疾る雷鳴がその頭を砕く。バーサーカーの頭は柘榴のように破裂して辺りに血を撒き散らし……

 『無駄な。足掻くか』

 逆再生……という訳ではなく、顔があるはずの部分がまるで陽炎のように揺らめいたかと思うと、完全に治っていた。あいも変わらずしぶとい。わたしが生前対峙した吸血種の中にもここまで死に汚いのは居なかった。時をかけて100年後くらいに転生する、なんて方法で死に残る吸血種は居たし、あれを倒しはしたけど封印出来なかったのは痛恨の失敗だったけど。結局わたしは当時摂理の雷を扱いきれなかったからあの吸血種は本来より時間を掛けて400年後に蘇り、当時の教会の人々に大きな被害が出ちゃったらしい。100年後に蘇ると言われていたけど来なかったからわたしによってもう死んでると思われて対策の方法失伝しちゃってたらしいし

 

 『足掻くよ?

 それが、わたしの使命(スキル)だからね』

 周囲を魔力でもって探る

 とりあえず、セイバーさんに死ぬ気はないようで、戦う気もまたなさそう。咄嗟に雷撃を落として水晶の侵食を遅らせた場所の先に居た数万の人々は、各々勝手に逃げ出している

 

 一部逃げてない人だって居るけれども

 『人の守護者を(うそぶ)くか?

 貴様は全てを護れやしない』

 『前も言ったよ。人間全てを救う事は当時の救世主(メシア)にすら出来なかった

 

 でもね。それが、綺麗事を信じちゃいけない理由になんて、ならないって!』

 雷を全開、しようとして違和感に気が付く

 出ない……訳じゃない。寧ろその逆。ここまで出力が出るものだったっけ、もっと何時もは抑えられていたはずじゃ、というひっかかりがわたしに想いに任せた渾身の発現を思い留まらせた

 『ならっ、これでっ!』

 代わりに一瞬の静止を経て何時もより体が軽いならこれくらいで何時もの全力じゃないかな、という程度の加減へと頭を切り替えて左腕を振りかぶる

 

 発射、命中。腕に纏わせた神鳴は槍となって、バーサーカーの胸を撃ち抜く。わたしの神鳴には摂理に還す力が働くからか、物理攻撃に対して滅法強いバーサーカーでも、見た目通りのダメージは通る

 想定よりも少し軽い手応え。一拍の遅れが致命的になる事は無く、雷鳴と共に踏み込み、相手の手が此方に向けて動き出す前に神鳴を込めた右のストレート。握り拳でもって、心臓をぶち抜く

 そのまま縮地。脱け殻の体を飛び越え、抉りこまれた拳で体後方の地面へと血管を引き千切られながら転がった心臓を右足を軸に左でキックオフ、空中で摂理の雷を叩き込んで再度地面に落とし、軽く息を吐いて呼吸を整える

 

 『過負荷(オーバーロード)さん、かなこれは』

 『ちぃ、自身の力を過信し、爆散すれば良いものを』

 過負荷。吸血種の中でも特に死に汚い有名所の一体が扱うという固有結界。風景は変わらないまま世界を上書きし、周囲すべての魔術を増幅するらしい。わたしは直接対峙したことはないし、だから噂でしか知らないけれども。それでも、恐らくはそう。何故なら、彼等個人そのものではないバーサーカーが、紛い物とはいえその彼ら吸血種の固有結界を扱うというならば、それなりのズルが必要だろうから。逸話から強引に心象を引き出すにしても、仮にも形にするなら何らかのブーストが必要。だから過負荷モドキを展開し、強引に全てをブーストしている。そうでなければ、彼にあの蜘蛛の異界常識なんて、わたしがまだ動ける程度の侵食しか出来ないぽんこつだとしても出せる訳がない

 その空間の影響がわたしにも出ていて、本来よりも出力が上がってしまうというのが、違和感の真相。恐らくだけれども、気にせず何時もの全力を出そうとしていれば、その力は増幅されて……過剰になった力は暴走し、使ったわたしを傷つけていた。100%の力を出そうとして、意識していない200%のパワーでぼんって自爆していた。推測だけれども、それもこの固有結界の狙い。自身の力を底上げし、相手の暴走自滅率を上げて二つの道から勝利を狙う

 フリットくん相手には展開しなかったのは、きっと危険だったから。既に紅の翼を広げている際はずっと暴走しているような、けれども力の底が近い相手に対し、どうして増幅なんて出来るだろう。相手に余力をもたせるだけ。例え相手がそれも構わず100%を出して暴走してくれたとして、ビーストの暴走状態なんて絶対に相手にしたくない。相手が出力過剰で自滅する前に消し飛んだら結局敗けだし。そして彼の剣は、あの星の権能は、一度暴走したならばバーサーカーを殺しきってしまうだろう。それに、どんな死に汚い不死身も関係ない。只単純に、どんな小細工も無視して、滅ぼしてくる。きっとあれは、そういうもの。最強、無敵、勝利。それがあの竜の姿。輝く軍神の星の摂理だから

 

 ……ふと、その啓示にひっかかる。その認識に、そんなだっけ?って疑問を持つ

 わたしがそれを認識することは可笑しくない。啓示や……そもそもほぼ放り投げちゃってるけどそもそもの裁定者特典の真名看破で見抜けるから。過負荷(オーバーロード)だって、真名看破があるから見分けられたし

 けど、だからこそ、その認識は可笑しい。だってそれは、ガイアでもアラヤでもなく……あれ?何だっけ、そもそも根源とは別の源に属するものだったような……。でも、そんなもの、ビーストⅡ(ティアマト)に類すると推測したフリットくんが持ってる筈がない。だって、吸血種も、そしてビーストⅡも、わたしと違ってガイア側に立つ者のはずだから。ガイアの敵の力っていうのが、まず歯車が噛み合わない

 

 そうして、そんな事を考えていたわたしは……もう一つの違和感に、気が付いていなかった

 

 『うぐっ!』

 突如として、わたしの胸元から水晶が生える

 何で?理解が及ばない

 

 いや、理解は及ぶ

 何で……あの化け物の事を忘れてたんだろう。あの蜘蛛とは別に、他にも化け物は居るのに。そして寧ろ……吸血鬼と人狼は近しい存在だからって、あっちの方が使いやすい存在なんだろうに。何で本当に、あの存在を忘れてたのか、わたしにも分からない。使ってきてほしく無かったから、忘れたフリでもしちゃってたのかな

 

 『何故、生きている』

 『何でかな?まっ、わたしはサンタさんだからね、死んだりするものじゃないし』

 口を付いて出るのは、精一杯の強がり

 実際には、わたしだって死ぬし。だってわたしは……人類でない化け物に成り下がった気はないから。突然のアレが、わたしの予想通りなら……わたしの天敵そのもの

 

 『死を。何故、貴様は生きている事を許されている』

 もう一度、男が無造作に手を振る

 それだけで、わたしの胸元にもう一度、血の華が咲いた

 『プライミッツ・マーダー……』

 そな名前を、呟く。『比較』の獣、霊長に対する絶対殺戮者、ガイアの怪物……そんな風に呼ばれる化け物。一応はあれも、吸血種の一種である

 

 『ふん、知っているか』

 『思い出したくはなかったかな

 出来たら、アーチャーさんが居てくれたら良かったんだけどねー

 わたし一人じゃ、ちょっと辛いかな』

 殺戮権。元々の力量なんて関係ない

 プライミッツ・マーダーは、わたしみたいな一般的な人間由来のサーヴァントを含めた、人類種に対して死ねという命令を行使する

 当たる当たらないなんてそんなもの意味がない。殺す気で動けば、問答無用で殺される

 本物じゃないから弱いって言っても……それでも、ダメージは残る。当たらなくても攻撃動作に入られたらダメージは蓄積し、此方からどれだけ攻撃しても絶対に倒せない。勝ち目がないにも等しい

 

 『でもねっ!そんなもの……』

 『尚も、挑むか……』

 『そうっ!諦める理由になんて、なんないよっ!』



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八日目ー水晶の葬礼

総ては終わった

 その、はずだった

 閃く摂理の神鳴すらも、侵食する水晶の中に消えた

 かつてあった街は、水晶の森へと新生した

 だから。これで終わりだと、森の中心で人狼は宣言した

 正義は勝ったのだ、と。世界すら、そう信じた

 

 ソレが、姿を現すまでは

 

 「ちょっ、何なの、これ!」

 その声が。何があろうとも無事であるようにと手の届かぬ場所(北の大地)へと送り出した、居るはずの無い少女の声が響いた。たったそれだけの事で、総てはくるりと反転した

 

 紫、乃

 最早動かないはずの水晶の牢獄の中で。元々砕けていたが故に、凍りつかなかった神巫雄輝の魂が悲鳴をあげた

 僅かでも、動いた。ソレにとっては、それだけで充分だった

 

 「……吸血種の力すら、総てを扱おうとするか

 贅沢だな、バーサーカー』

 砕けるはずの無い水晶が砕け散る

 『何だ、貴様』

 『……駄目、だよ、フリット……くん』

 ミラの喉元を掴む巨大な二足歩行の狼が、忌まわしそうに此方を向いた

 

 「何、だろうな』

 『ふざけているのか、貴様』

 「いや。己自身、自身が何だったか、良く覚えていない』

 頭に少し、霧がかかったようだ。右目も、それは駄目だと何も応えない

 だが、自分が何なのか、そんな程度の事、何を気にする必要なんかあろうか。俺は己だ、どうでも良い

 「だが』

 視線を僅かにバーサーカーの横へ

 何これとばかりに完全に呆けた表情で、一人の少女が唖然としている

 

 「己の中にある白い少年の言葉を借りよう

 ……ファ……ル、そして……2と。己を呼び、俺となった少年に敬意を評し、断片的な記憶からこう答えよう

 サーヴァント、ビーストⅡ-if。ザイフリート・ヴァルトシュタインだ』

 心臓に魔力を通す。遥かな未来に在る己から、その存在の欠片を現実(現在)へと回帰する

 バーサーカーが人狼のような姿になっているのは、何ら驚愕に値しない。出来たのか、とは思うがそれだけだ。フェイから聞いていた、吸血種を選んだ理由の一つがそれだから。吸血鬼のなかには変身能力を持つ者も居る。変身先は蝙蝠や狼。そして、狼への変身能力を通して、あの存在を呼び込む。バーサーカーという吸血鬼をある意味最強の吸血種、ガイアの怪物へと擬似的に変貌させる。俺というビースト擬きの存在から、急遽提唱された理論に基づいた計画。それが、プロジェクトPM(プライミッツマーダー)なのだから

 『……なっちゃった、かぁ……

 御免ね、フリットくん』

 首を人狼に絞められながら、力なく少女は笑った

 「ミラ』

 『ふん。裁定者だ聖人だと言おうが、結局は人類に過ぎなかったという訳だ』

 その胸元で、血が飛沫(しぶ)

 ミラの胸に、血の槍が突き刺さる

 口元から一条の血が垂れ、軽く少女は咳き込んだ

 『流石に、人でなしになった気なんて、無いしね』

 何だ、と拍子抜けする。プロジェクトPMを令呪で完成させたのだから、もっと強いと勝手に思っていた。霧の掛かった曖昧な記憶を辿っても犬自身と対峙したことは無いはずだが、己本体とやりあった蜘蛛と軍神よりは少し弱いレベルなのだろうかと

 だが、何だこいつは。ザイフリートを名乗った俺と同じなり損ないか

 ならば、遠慮など欠片も必要ない

 

 そうして、胸元から一つの札を取り出す。クラスカード、セイバー

 だが、それはひび割れ……

 「夢幻召喚(インストール)

 言葉と共に砕け散る。剣を模したアイコンが砕け、中から七つの穴の空き右上の一つだけが赤く輝いた黒い紋様が浮かび上がる

 「望みは此処に。<■■顕す■約(ファンタズム・■■■)>』

 空に一つのキューブが現れ、それとリンクして姿を変える

 背に現れた翼はブースターの役目を果たすように銀色の翼として実体化し、左腕は竜の鱗の籠手のような形状を形成して硬化。右腕も似たような籠手に覆われ、頭に痛みが走る。血色の角は延びて、背に向けて急角度を描くブレードアンテナ染みた形状へと。自分では見えないが、瞳孔が縦に裂けたと理解する

 

 『……だが、貴様は既に終わっている

 既に終わった悪は、足掻かず死んでおくべきだ』

 水晶が延びる

 ああ、一応あれも吸血種、二十七祖とされていたか。なんて、冷静に分析する。全く、紛い物とはいえ水晶渓谷を併発するとは、厄介な認定をしてくれたものだ

 その思考の中、両の足が水晶により固定される。だがそれだけだ。翼は魔力を噴かせて飛翔を待ち、その魔力に当てられた水晶はどろどろの液体となり、更には蒸発して空気に溶け消えてゆく

 「……何処が、終わったと?』

 『終わっていないというならば』

 ああ、煩い

 

 翼を全力で噴かせる

 たったそれだけの事で、足を固定した水晶の元に足を置き去りに。足なんて安定には役立つが無くても最悪何とでもなるものを引き千切り、既に半分以上は流れていて少なくなってきた血を猛禽の鉤爪染みた形状へ形成してバーサーカーを掴む

 「言われた通り、やったぞ?』

 そのまま、猛禽が獲物を引き裂く要領で、人狼の体を二つに捻じ切った

 

 血飛沫と化したバーサーカーから手放され、金髪の少女の軽い体が地に落ちる

 咳き込む音が聞こえる。その喉には水晶が生え、傷だらけの全身は大半が水晶に覆われている。まあ、仕方がない話だ

 その胸元から一つの光が己と合体する。クラスカード、ビーストⅡ。だが、無意味だ。そもそも根本のセイバーを変換した以上、元々ビーストⅡな同一クラスのカードには、正直な所あまり意味はない、同一カードではないから、完全無意味とまでは言わないが、ビーストⅡ×ビーストⅡしようが、複合にはならない

 

 『寿命はどうした?』

 やはりというか、バーサーカーは終わらない。そんなことは知っている。引き裂いただけで終わるなんて思ってもいない

 ただ、少し邪魔なくミラ達と話す時間が欲しかっただけ

 「寿命?ああ、人であった俺には、そんなものもあったな』

 ビーストは、ただ其処に在る。それが単独顕現の真髄。如何なる時でも既に其処に在る。故に時を越えて覚醒前に滅ぼす総てを無力化する。だからこそ、この次元の俺は最初からなり損ないのビーストであった。何処かの未来で、ビーストとなったが故に。ビースト足り得た瞬間に、ビーストで無かった今までの過去を元からビーストであったと塗り潰したとも言う

 ……つまりだ、死も誕生も時間も其処に存在するという事実で無視するビーストであるならば、寿命なんて死を前提とした理屈は関係ない。だから、寿命等知らない。人間の俺の寿命は未来を使いきって既にゼロだが、そんな事は己に何の意味も関係も無い

 

 「お前がそれを言うのか』

 『……フリット、くん……』

 「悪いな、ミラ

 俺は己だ。元から、ビーストはそういうものなんだよ』

  

 「命運尽きたな、滅び去れ』

 魔力を解放

 遥かな未明から、魔力ならば幾らでも回帰する。撒き散らした俺の血(魔力)に汚染された世界も還元される

 ならば、出し惜しみはしない

 放つのは、かつて使った<偽典現界・幻想悪剣>の、魔力を潤沢に注ぎ込んだ版。又の名を技巧も何も関係ない力押しの単なる魔力放出(ドラゴンブレス)。けれども、獣と化したこの身で放てば、それだけで十全の力となる

 紅の竜の咆哮が、バーサーカー毎水晶の森を溶かした



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八日目ー仰ぎ見るや銀の流星(多守紫乃視点)

「……どう、なった……の?」

 何も分からないまま、それでもこの中では答えてくれそうな銀翼の少年に向けて、私はそう問い掛けた

 立っているのは二人。下半身が水晶に覆われて、半ば諦めたような表情をした銀髪の女性……セイバーと、そして怖くなったかーくん。いつの間にかミラちゃんがその腕に抱えられていて、けれども喉から生えた水晶が苦しそうで、彼女には聞けない

 

 かーくん。神巫雄輝。ザイフリート・ヴァルトシュタイン。そのはずなのにその姿は……いや、その纏う空気はとてつもなく恐ろしいもので

 あんな醒めきった感情の見えない瞳を、彼はしていただろうか。あんな姿を、彼は良しとしていただろうか

 血色の魔力を噴出するロケットのような銀翼。枝分かれしたブレードアンテナのような二本の角。そして何より、縦に裂けた醒めた瞳

 木々と共に乱立する無数の人間が中に封じられてしまった水晶を、容赦なく消し飛ばすような力も、覚悟も、彼ではない気がして

 

 「知らないさ、己も』

 微かに顔を崩し、微笑みを浮かべようとしながら、顔を落とし、抱えあげたミラちゃんに向けて、彼は問う。微笑みは浮かべられず、ひきつった舌なめずりみたいに歪んでいたけれども

 「ミラ、何があった?』

 

 『……フリットくん、相手が何をしたのかは、分かる?』

 「ああ。プロジェクトPM。確実に勝つ為に、痩せ衰えた駄狼(だけん)になった』

 『うん。そう、だね

 って何か例えが可笑しいけど、それは良いよ』

 抱えられて咳き込んだ金髪の少女の唇から、血の代わりとでも言うように、小さな水晶の欠片が溢れた

 

 『水晶渓谷に、何の罪も無い人々を閉じ込め始めたんだ、彼

 水晶に、自らの世界に閉じ込める。生きたまま、世界に取り込んで永遠に逃がさない。噂話を、伝承を……自らの中で完結させて、永遠にするために』

 「だから、みんなこんな事に?」

 『うん、逃がそうって、思ったんだけど……ね』

 力なく、裁定者と呼ばれた少女は首を振る

 『逃がせたのなんて、4割も居ないよ

 後はみんな、水晶(異世界)に閉じ込められた』

 悔しそうに、少女は呟き

 その体が、更なる水晶に覆われる。もう、水晶に取り込まれていないのは、片腕と顔くらい

 

 「かーくん!何とか、ならないの?」

 だから、私は……怖い彼にそう聞いた

 だって、私の目の前で、完全に水晶内に閉ざされていたはずの彼は内部から水晶を砕いたから

 

 「無理だ』

 だが、無感情に最早水晶で出来ているのか否かすら分からない森を、其処に捕らわれた人々を眺め、かーくんは首を振った

 「これが、蜘蛛の捕食行為。紛い物でも、それは変わらない

 これは、蜘蛛の巣だ。絡め捕られた獲物は、既に蜘蛛の餌なんだよ。もう救えない、手遅れだ』

 

 ああ、とふわふわ浮かぶ雲の上で、納得する

 彼は、かーくんじゃないって事を

 神巫雄輝は元より、ザイフリートと名乗っていたかーくんでも、そんな事は多分言わない

 何となく、無理に全部を一人で背負おうとしている感じはあった。かーくんは、元々溜め込む人だったから。爆発しないように、全部全部一人で何とかしようと溜め込んで苦しんで、それでも最後になんとかしてしまう、大切な幼馴染。私が気が付けるのは何時も何時も、随分と溜め込んでしまってから。彼は水難事故で両親を喪った私を救ってくれたのに、一度も私はかーくんを救えなかった

 変わってしまったかーくんの恐さが、きっと人を殺してしまった事を一人で抱え込んでたからなんだって、分かったはずなのに

 だから、あんなに恐かった。だから、あんなに頑なだった。だから、だから、だから!かーくんはかーくんであることを否定した。本来の自分(神巫雄輝)にすら、きっと人殺しを背負わせたくなかったから。アーチャーと共に行動していた日に、ミラちゃんから聞いた話と、私の知っているかーくんを総合すると、そうとしか思えなかった。割り切って殺してるようで、何も割り切れてない。一人で抱え込んで、それごと沈んでいこうって思ってるだけ

 

 だから、あれはかーくんではない。そうで、あるはずが無い

 かーくんならば、こんな風に水晶に閉じ込められちゃった人々を、あんなありふれた展示物でも見るような醒めた眼で見たりしない。絶対に、自分が引き金を引いた結果のものだからと。自分が殺したようなものだって、勝手に必要ないものまで背負い混んで、だから止まれない、止まれるものかって無理に自分を追い詰める

 

 ……だから、聞きたい。あなたは、誰なの?

 かーくんの姿で、かーくんの声で、かーくんの体で。けれども、あんなの、人間じゃない

 アーチャーが言っていた獣って、彼みたいなものなんだろうかって、そう思う

 

 『たはは

 御免ね、フリットくん。御免ね、みんな

 クリスマスにはちょっと早すぎて、幸福な結末ってプレゼント、用意出来なかったよ』

 「ああ、そうだな』

 興味無さげに、彼の体がふわりと浮き上がる

 背の翼から噴出する血色の魔力がゆっくりと強まって行き、それにあわせて高度が上がっていく

 森全体を見下ろす(みおろす)ように。そして、見下す(みくだす)ように

 その瞳には、かーくんらしさは無くて

 

 「駄目!かーくん!」

 手を伸ばすけれども、届くわけもなく

 

 「破壊を。邪魔だ、出来損ないの蜘蛛の巣。滅び去れ』

 翼が、実体を持っているのに変形する

 肩を通して前を向くように、ミサイルポッドでも背負ったロボットみたいな姿に

 そうして、その両の翼から星すら悲鳴をあげる紅の閃光が迸り……

 一条、轍跡のように抉られていた水晶の森は文字通りの荒野と化した

 木々も、木々を越える数生えていた水晶も、その中に閉じ込められていた虜囚(にんげん)も、光の中に吹き飛ばし、残ったのは炙られ抉られた傷だらけの大地だけ

 ……いや、違う。セイバーだけは、その中でも立っている。残っている

 かーくんが、その前に立ちはだかり、自分が起こした災厄を止めたから

 

 「……エ……ス……」

 彼の防御範囲に居たのか、溶け残った一人の男性が、虚ろな眼で手を伸ばす。虚空に向かって、震えながら

 「あの人の所に向か」

 ふわふわと浮かぶ雲に、私はそうお願いをしかけ

 けれども、目の前に辿り着く前に、その男はかーくんの……紅の魔力が延びた剣そのものの手刀によって、この世界から消えた

 

 「かーくん!何で……何で!」

 思わず、かーくんに詰め寄る

 「まだ生きてた!死ななきゃいけない理由なんて、あったの!ねえ、かーくん!」

 「無いな。確かに』

 悲しそうな表情は無く。無表情で、彼は答える

 ミラちゃんは抱えたし、セイバーは護った。そんな風に、関わりのある人だけは特別視して、そうでない皆は、何も考えずに消し去る。そんなの、かーくんじゃない

 

 「だが、手遅れだ、死ね

 それだけの話だ』

 「でもっ!」

 「水晶は蜘蛛の巣であり、牢獄であり、そして揺りかごだ』

 籠手に覆われた左手の親指と人差し指でもって、ミラちゃんの首筋に生えた水晶を事も無げに挟んで折り取り、手首だけ振る

 「揺りかごから出され放置された赤子が生きてはいけないように、水晶から解き放たれた人間も既に生存の道は無い』

 「だから、殺したの?」

 「既に死んでいたも同じだ

 あれは、放置すれば吸血鬼になり、近寄ったお前を襲っただろうな、紫乃』

 縦に裂けた瞳孔が、静かに私を見詰める

 多少は浮かんでいるはずの私に、目線を合わせて

 

 「だからって!

 かーくん!らしくないよ」

 『……貴方は誰なの、契約上のマスター』

 「ビーストⅡ-if、ザイフリート・ヴァルトシュタインだ

 前にも言ったぞ?』

 『……違うよ、フリットくん

 今の君は紫乃ちゃんの言う通り、らしくないよ』

 『俺は己だ。それ以外の何でもない

 そんな、誰でもなかった俺にフェイがくれた名、それがザイフリート・ヴァルトシュタインだ

 ジークフリートのように在れ、と。だから己はザイフリート・ヴァルトシュタインだ。例えビーストであっても、そうでなくとも』

 

 『名前のことを聞いているんじゃないわよ』

 「そうか、それでも答えは変わらない』

 

 「かーくん!」

 叫んでいた

 怖くて。彼が、何処か遠くに行ってしまった気がして

 「かーくんは、聖杯で……」

 「世界を回帰する。あんな悲劇(文明)など、己が破壊する

 それだけだ』

 その言葉を吐く彼の、右目は酷く輝いていて。文字通りに蒼い光を放っていて

 

 「だから、滅びろ駄犬』

 実体を持った銀翼が伸ばされ、槍となる

 その槍は、私の背後の何もないはずの空間を貫いた

 一拍遅れて、私の首筋を狙い、爪が振り下ろされる。けれども、銀翼の槍によって空中に縫い止められ、その爪は空を切った

 

 「あ……」

 けほっ、と、込み上げる嘔吐感に負けて、何かを吐き出す

 見えるのは紅

 ……血だ

 

 「なん……で」

 更なる息苦しさに耐えきれず、雲の中に倒れ込む

 『……霊長類の殺戮者(プライミッツ・マーダー)

 『……然り』

 ゆらりと、月を背に現れるのは狼男、バーサーカー。プライミッツなんとかというのは、良く分からないけど

 「黙れ、獲物を取れず痩せ衰えた老犬』

 『貴様は!』

 「人類種、霊長に対する絶対殺戮権?

 そんなものが、同族に効くとでも?

 第一』

 怒りも何もない。無表情のままに、かーくんの姿の彼は、翼を拡げた

 ブースターの向く方向を拡げ、まるで普通の銀翼のように

 「ミラを殺せない時点で、お前は権限すら持っていない

 ……雑種でない犬ならば、見ただけで殺せるぞ?俺なんぞに、防がれる事も無い』

 瞳が、静かに私を見据える

 苦しかったけれども、死ぬことなんて無く。気が付けば、息苦しさも消えていた

 

 『……何?』

 狼男の眉がつり上がる

 

 「最も浸透した無辜の怪物(サンタクロース)に抵抗された?相手が裁定者だった?

 関係あるものか、真実貴様が『比較』の獣であるならば……』

 ゆっくりと、更地になった地面にミラちゃんを置く。壊さないように、壊れないように、無表情の中に、それでも私から見れば感じられる思い(感謝)を込めて

 

 だから、これ以上はおかしな事をして欲しくなくて。見ていたくなくて

 それでも、止められる気も、止める気も起きなかったから

 「かーくん!ここで!」

 アーチャーから貸して貰った棒を、万感の思いを込めて放り投げる

 くちゃり、と狼男がマッシュされる。かーくんの眼前に、直径にして300m、長さにして40kmといった程に巨大化した如意棒が大地に突き立つ

 「……ああ、そうだな

 決着は、空で着けよう、駄犬』

 彗星のように、本来今日見える事は有り得ないのに、煌々と輝く満月と火星を背に、紅の尾を引いて、銀の流星は飛び立っていった



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八日目断章 魔女のぼやき

三馬鹿駄弁り回です

対バーサーカーの茶番感が強くなるので、読まなくても構いません


『……何ですかねぇ、あれは』

 地脈に流れる竜脈。その集合点に存在する異次元……聖杯の安置場所

 そこで、竜脈によって映された外の空を見上げ、桃色の少女は呟いた

 

 天に聳える巨大な塔。真円にも近い筒状の紅の外壁が天まで届くバベルの塔もかくやというそれは、しかし一切の窓も何もなく、ただ聳え立つだけ

 当然の事。あれは、宝具<大河鎮定神珍鐵>。世界にとってどうしようもなく傍迷惑な頂上決戦を、空の果てに隔離する為に建てられたもの。頂上が獣が暴れるに足りる程に硬くて遥か空にあればそれで良い

 

 『おや、ワタシは初めから、アレを目指していた訳ですが?』

 『いやいや、仮主(フェイ)サマ。この(わたくし)とて、ビーストになってほしいようななってほしくないような、そーんな微妙な乙女心の存在には気がついておりましたとも

 寵姫を舐めるでねーです

 

 言いたいのはですねぇ……』

 「あれは何者か」

 静かに、老爺が言葉を続けた

 

 「S045、真実正義が為ならば、と総てを許容してきた

 だが、あやつは何だ?」

 塔の先端に、紅の光が迸った

 雲を貫き、空の果て……大気圏外まで突き抜ける閃光。空に軌跡を描くそれは、彗星にも見え……けれども、彗星とは思えぬ脅威を示す

 

 『だから、彼も名乗ったじゃないですか

 ビーストⅡ-if、と』

 

 『おやおや』

 ふらり、と秘匿されるべき聖地に一人の影が現れる。銀の髪を靡かせた和装の男……C001

 『ビーストⅡ、『回帰』の獣、原初の女神(ティアマト)

 アレは海そのものであり、空とは繋がりが薄いはずでは?』

 『ええ。大元、本来のビーストⅡ、虚数空間に放逐されたとも言われるティアマト神自体であれば、そうでしょうね』

 くすり、とワタシは笑う

 その眼に映るのは銀の流星。紅の尾を引き、涙の如く虚空(ソラ)へと落ちる竜彗星。ワタシがそう在れと願い、けれども心の何処かでそうであって欲しくないと、彼は妹の次くらいに偉大な大英雄(ジークフリート)なのだと彼自身へと与えた名前(ザイフリート)をもって覚醒を縛りつけた存在。この世界には有らざる記録の衛星に、遥か近しい未来に来る脅威とされたバケモノ

 『彼がティアマト神?そんな訳はありません

 

 言っていたじゃないですか、ビーストⅡ"-if"

 LでもRでもない、そもそもⅡは対では有り得ない。けれども、それでも、既に在る(ティアマト)に惹かれるように、女神の胎動に連動して確かに其処に顕現した軍神、もう一つの(■■■■)最早誰でもなくなってしまった少年(ザイフリート・ヴァルトシュタイン)の想い描いた悲劇を破壊する最強の姿(ドラゴン)

 有り得るはずの無い、ティアマトではないビーストⅡ。もう一匹の『回帰』の獣。それはもう、彼の中身は("最強"の幻想)ですからね、空くらい飛びますよ』

 

 ふと、視界を彼とリンクする。その機能を排除する気が本人に欠片もないからか、ああなっても尚、彼の視界とのリンクは繋がる

 「……では聞こう。何故、あのような者を呼ぶ?」

 『決まってるじゃないですか』

 何故分からないのかと、正義の味方を嘲るように……それは、一応はメイドという立場のワタシが本来やって良い表情ではないけれども笑う

 

 『救世主は、何時もどうにもならないピンチにこそ現れるもの、でしょう?』

 ええ、そうですねと一人、そう在れと皆に思われた少女()を思う

 そうであると期待された、恋していた事もある男の事も。彼は最悪の形で、妹を裏切った。人ではなかったから、人に近しくなったから。だかららしくない所で後悔し、結果的に総てを裏切った

 

 『だから、ですよ』

 例えあんなワタシよりも酷いかもしれないシスベシ魔術師であろうとも救世主にならざるを得ない程に

 『救世主を呼ぶというならば、救世主が居なければならない脅威が其処になければならない。そうでしょう?』

 首を傾げる。短めの銀の髪が、首筋を撫でた

 

 「それではマッチポンプではないか!」

 『ええ。それが?』

 『悪あっての正義。とは言いますが、ねぇ』

 銀の狐が、何かを含むように嘲った

 

 『正義の反対は別の正義?違いますね』

 それは、彼にも語ってしまった本音

 それを受けてか、彼があんな似非正義に対する悪を自称し始めたのには、思わず呆れてしまったけれども

 『大多数にとっての悪があって初めて、正義は成立します

 まず脅かす悪が居なければ始まらない、そんな矛盾したものなんですよ、正義は』

 「ヴァルトシュタインを、正義を馬鹿にするのか?」

 『馬鹿にはしませんよ

 救世主を降臨させて世界を救う?世界を滅ぼす悪が居れば、確かにそれは正義ですし』

 くすり、と軽く頬を緩め、天を見上げる。彼の瞳でもって、世界を見る

 『だから、正義の為に、悪を貫く者を呼ぶんですよ』

 紅の剣が、肉を断ち、血を灼き、魔力を食らい、音すらも消し去って、水晶を纏う狼を真っ二つに叩き斬る

 ただ一閃。左腕を振り上げただけで、相対する獣は引き裂かれる

 

 けれども、何事も無かったかのように、狼は再び立ち上がる。紅の地を踏み締めて、傷すら無く

 その足元から水晶が生え出し、けれども大地は神珍鐵。侵食して定着する事が出来ずに、一拍置いて総て砕け散る

 「悪ならば、近しい未来に現れる

 何故、更なる悪魔を呼び込んだ」

 『ええ、現れますね。ジングルベルの音色と共に』

 『では』

 銀の狐が、ワタシを遮るように続けた

 『悪が現れてから正義が現れるとするならば、それまでにどれだけの犠牲が出る事でしょう』

 『でも、結局別の悪を先に用意しておいても、結果は同じですよねぇ仮主(フェイ)サマ?

 それとも、彼だけは違うなんてノロケ、あるんです?』

 柔らかな感触が、後頭部で潰れた

 からかうように、頭まで桃色狐が覆い被さってきたのだ

 

 『惚気る気なんてありません

 単なる事実ですよ。別の悪を先に用意して正義を為しておこうが、結局被害は変わらない

 

 けれども、彼は違う。彼だけは……って、他にもマーリンを召喚するとかである程度代用は聞かなくもないので唯一無二では無いですが。少なくともザイフリート・ヴァルトシュタインという悪を呼んだ場合は間違いなく結果は違います』

 『へぇ、それはどんな?

 当然、語ってくださいます?』

 『ええ

 彼は、ザイフリート・ヴァルトシュタインなんですよ』

 

 『ノロケそのものじゃないですかーっ!』

 ぺしり、と軽い音と共に、頭が揺れた。残響が脳内にエコーする

 『痛いです』

 『リア充のノロケなんて、爆発すれば良いです!』

 『流石は恋愛脳、分からないとは、ね』

 『うるせーです。てめーに分かるなら教えやがれ、です!』

 『答えは出ていますよ

 ビーストⅡ-if、"ザイフリート・ヴァルトシュタイン"

 そう。彼は彼、破壊神でも創造神でもない訳です』

 そう、彼はどこまで行っても彼のまま

 『『回帰』しても尚残る進み続ける意志の記録と、心の奥底で燃え続ける苦しみの記憶、誰でも無かった根源、そして、回帰を願うに至った過去(未来)が合わさり、奇跡的なバランスでもって力を制御してるんですよ。人類悪でありながら、ね』

 ビーストⅡという事象に成り果てながら、個を保つ

 だからこそ、彼は悲劇を無くす為に……多守紫乃を護る為に水晶の永眠(ねむり)を破り、目覚めた。世界を破壊し、ゼロに回帰する破壊神にまでなっていたならば、そんな事は有り得ない。消せたはずのルーラーを、大切に壊さないように生かすなんて無意味極まる行動もしない。恐らく、ワタシが今もしもあの戦場に出ていったとしたら、突き飛ばすようにちょっと乱暴に頂上から落とすだろう。そして、近くでニヤけ顔で観察しているはずの狐に式神で受け止めさせる

 

 『彼を一番知っているのはワタシです

 だからこそ、彼である必要があった

 

 ……制御可能な世界の危機。彼は結局、聖杯を手にしない限り世界を壊さない。被害は出ない』

 ほら、と唇を吊り上げ、言葉を続ける

 『他の悪魔なんて比較にならないくらいに、重要でしょう?』

 

 「……だが、聖杯戦争は崩れかねん

 バーサーカーは勝てるのか?」

 『勝てる訳無いでしょう』

 彼が水晶に閉ざされた時も、瞳というレンズは世界を映し続けていた。なので、ワタシ自身はあの狼の底を見ている

 だから、断言する

 

 勝てる道理なんて何処にもない

 『ケモノとケダモノ、なんであんなに違うんです?

 ルーラー相手には優位にたってた割に、なーんにも出来てませんねぇあの犬』

 『そりゃそうでしょう。あれはバーサーカーですから』

 使っているものなんて、魔術に過ぎない

 ビーストⅡとビーストⅣであれば、勝負になるだろう。どちらも一応は紛い物、勝ち残る獣がどちらかは分からない

 けれども、だ

 それは、あのバーサーカーがバーサーカーでは無くなっていた場合、という注釈が付く

 あれは、宝具でもって犬の力を再現しただけのバーサーカー。あの犬から多少劣化したものの、霊長に対して否応無く死という結果をもたらす魔術を使う。けれども、それだけだ。ビーストⅣではない、アレはそんな魂ではない。そもそも、『比較』の獣としての本領……即ち、相手より強く成長するという性質は、欠片も発揮されて居ない

 それで勝てるなんて言うのは、バーサーカー贔屓にも程がある話

 『ワタシも勝てる気はしませんが、もしも今の彼を倒そうと思うなら、冠位(グランド)でも連れてくる事です』

 リンクした彼の視界の先で、天へと高く掲げられた右鉤爪の先に生け贄のように捕らわれた憐れな囚犬へ向けて、星の脅威を滅ぼす為の怒りが降り注いだ



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八日目ー英雄原則・二律背反

「……どうした、チワワ?

 鳴いてみせろ、正義だというならば』

 右鉤爪を僅かに肥大。眼前に居る犬っころの胴体をその五指で無造作に掴みあげ、その生け贄と重ねるように空に浮かぶ星を見上げる

 紅の星、軍神の星、己を滅ぼそうという星の怒り。蒼き星の涙が呼び寄せた絶対勝利、究極の力の一つ

 さあ、撃ってこい。貴様の敵は此処に居る

 「接続(アクセス)

 

 出鱈目に振り回される犬っころの爪が頬に届き、顔に朱色の線が増える。だが、それだけだ

 霊長に対して死を押し付ける魔術。このパチものの犬っころは常にそれを放っているに過ぎない。多くの人間に噂された伝承を体現するという宝具による不死身、吸血鬼……死徒扱いされる事もあるあの犬を再現したかの魔術、死徒を食らった蜘蛛の奴の力を再現"しようとした"水晶。バーサーカーという痩せ細った愛玩犬にあるのは、たったそれだけだ

 

 「顕彰せよ、我が虚空の果ての宿星よ 紅に輝く箒星 虚無を渡りて畏れ見よ』

 息苦しそうに吼える犬っころに従い、水晶が己の全身から生えて侵食しようとする。だが、気にしない。効く訳もない。今の己ならば恐らくはあの蜘蛛相手ならば水晶への抵抗が効かなくなる方が蜘蛛撃滅よりも速いだろうが、今此処で100年寝てようが眼前の犬っころの形だけの水晶に負ける気はしない

 

 『悪食の竜がぁぁっ!

 王に、逆らうなぁぁぁっ!』

 「……王は、国は、あまりにも唐突に滅びるものだ』

 破壊せよ

 「理不尽なる侵略者によって、な

 <竜血収束・崩極点剣(オーバークランチ・バルムンク)>』

 星の旭光が、己を撃った

 

 

 「……何だ、原型が残るか』

 旭光が収まり、己は鉤爪の先に持った都合良く己を滅する為の光の大半を防ぎきれる程には硬かったが喚き動いて使いにくかった盾……だった襤褸雑巾を放り投げる

 見渡す限りの炙られて多少変形した大地に、ソレは息をしたまま転がる。皮一枚で繋がっていた首がその衝撃で取れ、コロコロと溝にそって転がって行く

 

 「……流石、海を測り、世界を貫く棒。硬いな』

 森の館に降り注いだ光は、世界の壁をぶち抜き竜脈内に隠された聖杯の部屋まで穴を空けた。それを考えると、分かってはいたものの、神珍鐵の硬さには恐れ入る

 

 『……一瞬すら吹き飛ばんぞ?

 何だ、切り札のように放っておいて、てんで弱い』

 「貴様が言った通りだ、駄犬

 己は悪食なんでな、貴様も喰らう。だから己の攻撃では貴様は消し飛ぶ

 だが、そんな概念などどうでも良い、そんなもの、貴様は幾らでも再生する。食えど喰えども限り無し、意味など無いに等しい』

 口内に唾のように涌き出た血を、転がる頭へ向けて吐き出す。血を通して全てを破壊し喰らう悪食の竜、それが今の己だから

 

 「獣を倒すには、物理的にその事象を消し飛ばすしかない。破壊し捕食する性質、貴様の魂を削るには便利だったが、この点では不便だな。概念への干渉同士では、殺せど殺せど意味はない』

 貴様は破壊された、と概念をぶつけて殺しても、何度でも甦るに決まっている王は不死身だと返されたら千日手だ。とりあえず確認の為に、そして6万以上を殺した阿呆が、それ以上を……そして何よりミラや紫乃達を更に巻き込まない為に、考えつつ引き剥がす目的で土竜ならぬ犬叩きをしていたに過ぎない。破壊して勝てるなんて甘い考えは、10度ほど殺った時点で捨てた

 

 左翼を延ばし、槍のように伸ばす

 千切れた傷痕、其処に見える骨を目安に、串撃ちの容量で己に似た顔立ちのボール()を貫き、持ち上げる

 

 「で?御自慢の不死身はどうした、犬っころ』

 『……な、に?』

 ああ、今の己をフェイが見たら、悪鬼の見本として写真が欲しいですねと言い出すだろう。それほどまでに、俺の己今の笑みは邪悪だと信じれる

 「伝承による不死身?ならば話は簡単だ』

 

 首を傾け、歯を剥き出す

 頭が揺れた拍子に、背後からゆっくりと近付いていた首なしのバーサーカーの体に、異形に伸びた角が突き刺さる

 「星が、伝承を産む根源が、貴様に死ねと言えば良い』

 そう、それ故の星の怒り。己……正確には俺が胸に埋め込まれた指輪を通して接続(アクセス)している竜の姿の悪食を滅ぼす為に、此処(ここ)でない世、現在(いま)でない時に放たれた力。それを此処に呼び出し、更には道標をもって擦り付けるのがあの宝具

 『……なん、だと……』

 「明日(せかい)の為に、星そのものが己に滅べと出したSOS。その切なる涙を受けて放たれた怒り

 ……星が、伝承を産む全てが貴様に死ねと言ったのだ』

 そう。実際には己へのものだが、俺を量産しようとしたホムンクルスなんぞに本体を移した以上、己扱いでもある。己自身へほどでなくとも、意味はある

 だからこそ、一瞬で何事もなかったかのように甦り続けたバーサーカーは、首なしの体(デュラハン)が襤褸のような手足を引きずって俺から首を取り戻しに行かねばならぬほどに不死身が弱った

 

 「命運尽きたな、滅び去れ』

 右目に走る、微かな警告

 バーサーカーは、増えている

 

 ああ、と一人ごちる

 意識陥穽。そういえば、そんなものもあったな、と

 

 森は消し飛ばしたが、街までは行っていない。街並みは残っている。其処には、逃げ延びれた人々が……車、そして停車していた電車でもってこの街そのものからも逃げようとしている残り三万と少しの人々が居る。その小さな光達が、突如現れた塔の偉容に少し惑いながらも離れてゆく

 

 恐らくは、残りの吸血鬼(バーサーカー)はあの中に紛れている。意識陥穽、どれだけ不自然でも、当然だと思ってしまい見落とす暗殺者にとって最大級の力。人の介入の無い自動迎撃システムでは無いミラでは、焦る中で紛れられたら見落とすしかない

 ……翼を変形。ブースターを肩から担ぐように前に二度目の砲撃型へ。刺していたボールは放り出し、転がるに任せる。どうせもうあの体で出来ることはまず無いのだ

 

 ……狙いを絞りにくい。離れては何処に紛れたかは分からない

 だからといって、向かっていって探すのも骨だ。広い範囲を探せず、逃がすかもしれない

 面倒だ、纏めて消すか。どうせゼロに回帰するのだ、それ以前の犠牲など、正にどうでも良いと言えばどうでも良い。人だった俺は、それでは自分も正しくとも許せなかった正義(ヴァルトシュタイン)と同じだ、とあまりやりたがらなかったが、つまらない感傷だ

 結果はどうあろうと変わらない。バーサーカーを滅し、セイバーを殺し、まだ居るかもしれないライダーが生きていれば探し出すか居るだろう辺りを吹き飛ばして破壊し、聖杯を血で満たして喰らい世界を回帰する。俺が産まれるに至った悲劇など、無ければ良い。だから、悲劇なんてものは無かった世界に回帰する。その過程で、若しもかつても欠片を寄越し立ちはだかった、裏切られても尚愛を謡った海たる創世の神(ヴァルトシュタインの呼ぶ救世主)が再び現れようと……いや、まず間違いなくあの終焉の夢が未来への警鐘ならば強引にでも顕現してくるだろうが、倒すのみ。それが己の道だ

 

 「滅びを。破壊せ……』

 だが、言葉を紡ぐことは出来なかった

 その口が、突如として柔らかいものに塞がれたから

 130を越えたくらいの小さな体躯の軽い重みが首にかかる。その体重に、どうせ不要だと引きちぎったままの足ではバランスを保てず前傾姿勢になりかける

 『あむっ』

 「……アサシ……っ、やめ』

 言葉を発する事が出来ない。何かを言おうとしても、無理矢理のキスで途切れさせられる

 面倒だ、消すか?と一瞬思うが、その柔らかな体を、唇を、血で染める気は何故か起きなくて

 首筋に抱き付き、唇を奪うアサシンをさせるがままにする

 

 『……治まった?』

 暫くして、アサシンが唇を離し、首筋に回した腕も外し、すとんと地面に降りる

 「……何とか、な」

 息苦しさのなかそう返した瞬間、出力が足りずにバランスを崩し、アサシンにもたれ掛かる

 翼は紅に戻り、左腕は消え去った

 今もまだ指輪の輝きは消えてはいない、リンクは繋がっている。だが、あの時ほどの力は既に無い。全身の痛みも戻ってきて、更には指輪を埋め込む為に切除されて既に無いはずの心臓がキリキリと痛む。息苦しい

 その右手には、金と黒の二枚のカードが何時しか戻っている

 

 抑え込まれたのだ、と一拍遅れて気が付く。何故かは知らないし愛の力だとかキスの奇跡だとか言うつもりは毛頭無いが、アサシンの口付けにより、完全に覚醒していたはずの俺は再度ビーストのなりかけに戻っていた

 

 「……アサシン」

 抗議するように声をあげる

 抗議す気は、そこまででもない。戻ってこれた事に、情けないことに安堵までしている。あのままであった方が俺の目標としては間違いなく良い、そんなことは自明どころではない真理だろうに、それでも、生きたいと思ってしまう弱い人間である不完全形態に戻れて助かった、と考えてしまう

 それが、情けなくて、歯痒くて、血が滲むように下唇を噛み締める

 「これでは、バーサーカーを滅ぼせない」

 

 けれども、これが重要な事。未だバーサーカーなあの狼男は、あの俺ならば倒せるだろう。だが、逆に言うと勝ち筋はそれだけだ。アーチャーなんて本物の神霊ならばそれこそ霊長の殺戮権限に向けて真っ向から異論叩き付けられるだろう。そのまま倒せるかもしれない

 けれどもだ。それは霊長では勝てないという事を示している。正直、不死身だった事、後は霊長相手に死をばら蒔く魔術と抵抗力を喪った奴を水晶の異世界に閉じ込める力くらいしかバーサーカーには無い。単純なスペックでは、アーチャーやミラ程には絶望的でもないのだ

 けれども、水晶に閉ざされている間にミラを追い込んでいたのは、サーヴァントだろうが基本は霊長だという前提がある。基本スペックは吸血鬼だからかそこらのサーヴァント(セイバー等)よりは上程度。器用で不死身だがミラのニコラウス等に比べれば大分マシ。それでも、霊長である限り相対すれば死という結末を押し付けてくる為まず勝てない。指輪を通してリンクし擬似的にその尖兵となる俺と、吸血鬼という概念だからとそれに含まれる獣を再現したバーサーカー。本体との近さ等に差はあれど、結局のところビーストのパチものという事には変わりがない。いや、俺のリンクしたアレは、俺の思考にひきずられてビースト扱いされただけの他のクラスだとは思うが

 

 けれども

 『問題ない』

 アサシンは、そう微笑する

 その瞳の端に微かに光が反射する

 ……心から言っている気がしない

 『それが、「ボク」のお仕事』

 「……なにを」

 『「わたし」は、魔を狩る者

 「我」こそが、魔という悪に対する正義』

 「……」

 『「ボク」の希望の言うとおり。悪あっての正義。悪がなければ、正義なんて居ない

 正義が成り立つには、悪が居ないといけない』

 魔力は繰れる。寿命はとっくにゼロで、全身に痛みはあるがそれでも死にはしない。翼は作らず、千切れた足から軽く魔力を噴出して浮かび上がる。体勢が上手くいかず、意図せずアサシンの赤い瞳と目があう高さに。都合が良い

 『二律背反。英雄は、悪を求める

 悪は、英雄を呼ぶ』

 だから、とアサシンは笑う

 『英雄は、悪の居ない平和に必要ない

 英雄は、悪と共に滅びる。それが、最後の仕事

 

 さようなら、「ボク」の希望』

 駄目だ。アサシンを行かせてはいけない

 アサシンが居なくなれば、誰が俺を止めるのだと、右目が警告した

 持ち逃げした覚醒の因子がアサシンと消えれば、あの神に勝てない程に追い込まれない限りあの俺に戻れないかもしれないと、獣としての本能が呻いた

 何も返せてないと、情けない俺が騒いだ

 

 全てが、アサシンを止めなければと叫んだ

 

 けれども、手は届かず、アサシンの姿は眼前から消えた

 

 

 

 ……これで、終わり?

 否やと、右手が灼熱した



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八日目ー終幕に咲くは

様々な(主に個人的な)理由により遅れました、申し訳ないです


「……待て、よ……」

 ふらつく体に魔力を巡らせる

 翼を形成、飛翔

 ボロボロではある。相当戻ってもいる。だが、まだ動く。まだ届く

 この手は、この俺は……終わらない。終わらせない

 

 ただ、その思いだけを胸に、力に、空へと身を踊らせる

 今の今まで気が付かなかった寒さが身を裂くが、そんなものは無視。凍えていようが、魔力は問題なく繰れるのだから。ならば翔べ、翔べるはずだ

 半分くらい凍りながら、血色の糸を引き、遥か塔の上から流星のように落ちる。飛翔というには、あまりにも弱々しくほぼ墜落とでも言うべきだが、それで良い。問題はない。何故ならば、向かうべき場所は遠くはないのだから、多少の推進でも届く

 

 「……っ、ぐぅっ!」

 墜落。大地を割り、クレーターと共に着陸

 道路を砕き、地下に通っていたのだろう上水道に亀裂が走ったのだろうか。地面から吹き出す水が噴水のように体に掛かり、張り付いた霜を拭う

 

 形成した翼を杖代わりに、クレーターを登り……

 視界が、開けた

 人は、居なかった

 ……生きた者は、という但し書きが付くが

 

 「……バー、サー、カー……」

 言葉を絞り出す

 乱立する7本の水晶の柱。その中には、何人かの人間が標本のように閉じ込められている

 侵食は乱立する、で留まっている。決して、とうしようもなく水晶が森を形成していた時期ほどに侵略はされていない。単純に、街並みの中に水晶柱が産まれた程度

 蜘蛛の子でも散らしたのか、人気は無い。薄く更にもう一本形成しようとしたのか、細かな水晶片の池が車の轍跡を残されて路面の一角に転がっている。どうやら、襲い掛かったバーサーカーは、されども文明の利器相手には力及ばず多くの人間に逃げられたらしい。ざまあない。最後の足掻きも、ロクに意味は無かったという事だ

 

 ……そして、居た

 水晶の柱の合間に見える二つの影

 バーサーカー、そしてアサシン。恐らくはそうであろう首なしの影と、取った首を掲げる小さな影

 「……終わるのか、アサシン」

 『……終わらない。けど、必要なこと』

 「……そう、か」

 

 言って、掲げられた首を眺める

 ……俺には、あまり似ていない。当然か、あの時似ていたのは俺を模したホムンクルスを使っていたから。今のバーサーカーは、見ず知らずの噛まれた誰かを支配した姿。似ている方が可笑しい

 

 『……どうかした?』

 バーサーカーの首を、文字通りの銀色に鈍く輝く槍に晒したまま、アサシンが軽く走るように此方へと寄り、俺を見上げる

 「……いや、なにか?」

 『……晒し、微妙?』

 「……やる意味がない、ならな」

 言われて、気が付く。不快感を催したかのように、顔が歪んでいた事に

 ……可笑しい。俺に晒し首への嫌悪感なんて無かったはずだ

 

 ……いや、あるか。あるには

 ふと、あの日見た夢を思い返す。そう、あれが何よりのヒントだったというのに、俺は見落としていた。アサシンが、何故俺にあそこまでしてくれたのか

 ……だから、だ。強い想いと共に、アサシンの紅の瞳を見返す。自分が分からなくてぼんやりして、だというのに強い光を持った宝石のような瞳。俺には眩しすぎると思っていたその綺麗な瞳も、考えてみれば俺と似ていたように思えて

 「……あまり、好きじゃない」

 ……アサシンを止める。その意思を僅かに滲ませて、そう言葉を紡いだ

 

 『抜くと、銀で暫く抑えている復活がすぐに終わる』

 ちらりと、興味無さげに晒された首を見上げて、アサシンは呟く

 炙られた首は断面が炭化していて、血が垂れることは無い。血から復活するから当然の処置。それが夢でのあの首を思い出して苦々しい

 

 『……無駄な事を』

 その晒された首が、言葉を発した

 「いい加減に死に損ないは終われよ、バーサーカー」

 『ならば、貴様が死ねぃ、貴様以上の死に損ないなどおるまいよ』

 「……そうだな」

 血と共に、晒された首を見ずに地面に吐き捨てる

 「だが、俺の為に消えろ、バーサーカー」

 此処で剣を突き付けられたらどんなにか楽だろうか。だが、歪んだ体は言うことを聞かず、腕は上がらないガタが来ているというのも烏滸がましいレベルのボロボロさ、出来ることなどアサシンを説得する事くらいだ

 

 『……無駄だと言ったろう劣等種』

 血煙が飛沫く。魔力を放ち、バーサーカーは自身の目を破裂させたのだ

 そして蒔かれた薄い煙の中から、バーサーカーは再び姿を取り戻す

 その体は……正直言って鍛えてない人間のもの。乗っ取った眷族の姿なのだろうが、お世辞にも格好良いとは言えない。寧ろ……

 「くはっ、はははっ!ダサいな、バーっ、サーカー!」

 血を喉に詰まらせながら高揚のままにその情けない姿を煽る

 それほどまでに、今のバーサーカーは弱い。ただ不死身である、吸血鬼は何度でも蘇る、その伝承にすがり生きているだけの滑稽な姿。このボロボロの俺と何ら変わりの無い生き汚さだけの終末形態

 

 『……貴様ァ!』

 拳を受ける。残った歯が1本折れ、為す術も無く大地に転がる

 「ははっ!殺せてないぞ、バーサーカー!」

 だが、それだけだ。死なない。バーサーカーには、俺を殺す力は既に残っていない

 『無駄に、この王を……』

 『うるさい』

 更に俺を蹴り飛ばそうとしたバーサーカーの首が裂ける。アサシンの事すら忘れた男は、アサシンの手の銀のナイフによって再び首と胴を切り離された

 『無駄無駄無駄無駄ァ!

 王は滅びぬ!』

 転がる頭が、血に伏せた俺の眼前にまで届く。首だけで、その不死身のサーヴァントはケタケタと笑った

 『獣であれば万一は有り得た。だが、貴様は王を倒すまで国を滅ぼす悪の獣であれなかったようだ劣等種

 ならば、最早この()を、支配すべき夜の主を、滅ぼせる者など』

 

 『此処に居る』

 ふわりと、尚も笑い続ける首が宙に浮いた。いや、アサシンによって髪を掴まれ、その首が持ち上げられたのだ

 『……今度は、追いかけないで欲しい』

 寂しそうに、アサシンは微笑む

 水晶の間を吹く風で纏うフードが外れ、マントが翻り、その細い体と、其所に巻き付けられた……爆発物が目に止まる

 「……アサシン」

 『……巻き込むと、面倒』

 『……貴、様。たとえ魔を狩る者だろうと、伝承を終わらせることなど……』

 『英雄が居るから、伝承は残る

 ……平和に、英雄は不要。悪魔も英雄もお伽噺に風化する。それが平和、「ボク」が、「我」が、「わたし」が、皆が求めた……その答え』

 アサシンが、飛翔する。その翼は、きらきらと綺麗な紅の光を残して空へと駆け上がる

 

 ……何だ、飛べたんじゃないか。ライダーが見たら怒るな、とそんな無駄な事を思考の端にひっかけながら、右手に意識を集中する

 ……そう。何故気が付かなかったのだろう、その簡単な話にという事だ、これは

 

 ……今残る令呪は、セイバーのものでは無い。そして、アサシンは思うままに行動していた

 そう、かつて俺がまだビーストでは無く、故に恐らくミラやアーチャーといった化け物級のサーヴァントが召喚されなかった世界……俺がビーストⅡへと覚醒した事で単独顕現によって俺はその時間軸にビーストとして既に存在するはずであると、逆説的に消されてしまった本来の世界線。俺が消えかけたアサシンと契約した時間軸。その世界で俺は……アサシンと共にバーサーカーを倒し、そして恐らくはこの世界線とは違うサーヴァントであったランサー……聖王のランサーによって殺された。アサシンは恐らく、その世界線でバーサーカーという吸血鬼(ヴァンパイア)を倒したヴァンパイアハンター、即ち"俺と契約したアサシン自身"を内包している。そんなふざけた理不尽を、誰かを核とした、けれども誰でもない概念であるアサシンは、奇跡的なバランスで成り立たせたのだろう

 だからこそ、あそこまで俺の為に戦った。あそこまで俺に尽くしてくれた。何故ならばそれが、元々誰でもなかったアサシンの中にある、誰でもなかった存在(アサシン)に与えられた指針だったから

 あの日夢見たアサシンよりも大分しっかりしていた?当然だ、最初からあのアサシンには指針があったのだから、何も無かったアサシンよりは明らかに芯があるだろう

 

 ……そう、そしてそんな事を夢で俺が理解した理由も、それで分かる。簡単な話だ

 サーヴァントとマスターの間にはパスが繋がる。パスがあるのだから、アサシンを認識出来ない訳もない。そう、あの神父が渡したものは決して回収された預托令呪なんかじゃない。さ迷っていたアサシンを拾った際に手にしたのだろうアサシンの令呪。あの時点で、俺はアサシンと契約していた。マスター権を渡されていた。元々俺の中のサーヴァント、そしてセイバーと最初から二重契約染みた状態であったから、考え付かなかったのだろうが、そう思って辿れば確かに不思議なパスがある

 

 パスが、微かに震えた。宝具発動の印

 ……知っている。アサシンの宝具の真髄。英雄譚を終わらせる力

 英雄も悪も消え、平和が訪れる。その幾つもの英雄譚の終幕を再現する、対消滅の宝具

 

 ……駄目だ、と右手を伸ばす

 止めるための力は、此処にある

 「……まだ、何も……何も返してないだろう」

 届け、今はそれだけで良い

 「だから、戻ってこい……『ニア』!」

 だから、令呪をもって、きっと似合うと思ったその名前を叫んだ

 

 空に、綺麗な紅の花火が、戦いの終わりを告げるように咲いた



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エピローグ・前編

『……捨ててかないの、道具(マスター)?』

 二度目の道を往く中、セイバーは俺へとそう問い掛けた

 

 一応なんとかなる魔力でもって左足を応急的に修復。足りない右足は放置して、アサシンが持っていた仕込み杖がその辺りに転がっていたので、それでもって代用。蹴り入れればまた千切れそうな程度ではあるが、歩けるようにはなった

 空の花火は、戦いの終わりを祝福するように空を照らし、そして消えた

 バーサーカーは、終ぞ再び現れる事は無く、その体や周囲の水晶も花火の光に照らされるように朽ち果てて消えた

 そして、アサシンは……

 

 『どうせ殺すんでしょう、道具(マスター)

 わざわざ無意味に生かしておくなんて、らしくないわね』

 呆れたように、セイバーが呟く

 確かに、令呪は力を発揮した。アサシン……ニアと俺が名をあの時付けた少女のサーヴァントは、確かに俺の元へと戻ってきた。意識無き人形として

 息はしている。生きてはいる。だが、象徴でもあったフード付きマントは既に無く、体の一部が透けた消えかけの状態。まあ、仕方はない。本来自身の霊核を吹き飛ばす宝具を使用して、令呪があったとはいえ帰ってくる方が可笑しいのだ。というよりも

 

 背負った少女の透けた心臓に、紅の輝きが宿っている。紅いカード……クラスカード、ビーストⅡ。如何なる理由か、或いは俺と契約していた存在が彼女を形成する重要な要素だからか、帰ってきたアサシンの中には、その力が取り込まれていた

 恐らくは、それがアサシンが帰ってきた理由。『回帰』の獣、俺がリンクして発揮した力を取り込み、バーサーカーと共に吹き飛んで既に存在しなくなったはずのアサシンは、俺の叫んだ令呪による命を果たすために存在する状態に『回帰』したのだ

 

 「……意味はある。そんな、気がする」

 直感で、そう返す

 あくまでも勘、どうしてかアサシンを消えさせてはいけないと思っただけ。理屈なんて無い

 「それに、アサシンは既に問題ない。その魂は既に聖杯に取り込まれた」

 『……は?』

 「今のアサシンは、俺とのリンクによって存在する、俺に付随した存在……の、ようなものだ、多分」

 そう、『回帰』の力がその姿を繋ぎ止めているだけ、ということは、その力が無ければアサシンは既に消えているということ

 ……既に、サーヴァントと呼べるかどうかも割と怪しい存在。それが今のアサシンだ

 

 『それ、意味あるのかしら?』

 「……さあ、な」

 足を踏み外しかけ、ギリギリで留まる

 「ただ、どうしてかそうしたかった、それだけだ」

 『……そう』

 少し不機嫌そうに、そして極力興味無さげに、セイバーは言った

 

 『それで、目覚めるの?』

 「……さあな」

 『いつもそれね道具(マスター)

 「分からないものは分からないさ」

 光が、道の先に見えた

 

 暗く足場の悪い道を抜け、二度目の聖杯の安置場所へと辿り着く

 ……視界が、開けた

 

 「ぐっ」

 明らかに異様な重力が、両の肩にかかる。体勢を保ちきれず、膝を付く

 異様な魔力が聖杯から溢れ、まともに動けない。完全に、聖杯は起動していた

 

 ……可笑しい。まだ、少なくとも3騎、即ちセイバー、ライダー、キャスターが残っているはずだ。そこまで、起動している事は無い……はずなのだ

 聖杯に関しては知ってそうな裁定者(ルーラー)に聞きたくはなるが、ミラは此処に居ない。紫乃と共に、どうにか出来ないかなと街に残った

 

 「……来たか、悪魔よ」

 その声は、空気と共に重苦しく、小さな部屋に響いた

 「……グルナート」

 その声の主は、先代正義の味方であった

 グルナート・ヴァルトシュタイン。既に居ない正義(シュタール・ヴァルトシュタイン)の祖父。そして、フェイのメイドとしての主人。かつて、第六の聖杯戦争を越えた当時の当主の息子

 「……止めに来たのか、悪魔を」

 「いいや」

 ゆっくりと、聖杯を安置した台座に腰かけたまま、老爺は首を振った

 「止める権限は、正義には無いとも

 聖杯が選んだ勝者なれば、ヴァルトシュタインは認めよう。強き者よ、汝は正義をも越えたのだと」

 「……そう、か。なら良い」

 それきり、老人は無視。ただ、魔力を湛える巨大な金属製の杯……アヴァロンの魔術師☆Mにより用意されたという聖杯の依代のみを見据え、足を運ぶ

 

 ……何かが、聖杯に満たされた魔力の海にたゆたっているのが見えた

 あれは……女性のようなもの、だろうか。言葉にならない叫びをあげている。だが、聞き取れない。姿も、良く分からない。ただ、恐らくは女性だろうという事だけが理解出来る

 ……駄目だ。右目とのリンクが上手く繋がらない。それが何であるか、右目を通して問い掛ける事は出来ない

 

 ……だがまあ、恐らくはあれは……

 原初の女神(ティアマト)。聖杯とは本来根源への穴を開く為のもの、故にその穴を通して、再び顕現しようとしているのだろう。だが、今はまだ姿も覚束ない

 

 ……本当にそうか?ふと、今も俺の中に欠片は残る獣としての本能が警鐘した

 馬鹿馬鹿しい。違うというならば何だというのだ

 

 ……何か、とてつもなく重要な事を忘れている気がする

 「ぐっ」

 右目に痛みが走り、右手で傷を抑え込む

 既に数日前の古傷であるはずのそれが、微かに新しい血の(ぬめ)りを掌に残した

 

 ……アヴァロンの魔術師☆M。マーリン

 ……いや、何だろうか、違う。もう一人、その名前に当てはまる魔術師が居たような……

 霞む頭で、歩みを止めずにそんな事を考える

 「セイバー、良いな?」

 『……まあ、精々残酷で残虐な事に彼女の魂を使って頂戴。今さら、貴方を止めても無駄だもの』

 「ああ」

 軽い確認

 それだけを終え、手を輝く聖杯へと伸ばし……

 

 猛烈な悪寒と共に、力が抜ける

 背負ったアサシンのとても軽い重みにすら負け、聖杯から離れるように倒れ込む

 結果的に、それが俺を救った……のだろう

 

 『……あら。勝者に手は出さないとか言ってなかったかしら?

 これは、どうなの?』

 触れようとした右手の指。その五指が綺麗さっぱり消えていた

 まるで、元から無かったかのように、聖杯に食われていた

 

 「……霊基そのものを、食ったという訳か」

 警戒を強め、魔力を解放。獣として覚醒した段階から戻ってしまった以上壊れかけの体で無理はしたくないが、仕方はない。形成できる剣は弱々しく、翼も魔力噴出による飛翔は兎も角、武装としては頼りないがまあ無視。手の甲から生えるようにして手を貫いて強引に剣を形成、翼と共に構える

 

 「当然だろう、脱落者の霊基は、回収されるべきだ」

 「は?」

 『……酷い話ね

 恨まないで頂戴、道具(マスター)。聖杯を手にするには、ちょっ傷付きが過ぎたようね

 道具(マスター)が手に出来ないならば……』

 呆れたように、セイバーが一歩前へ出る

 「馬鹿、違う!戻れセイバー!」

 『何を』

 けれども、俺の声に一瞬止まり、セイバーは振り返る。銀のサイドテールが動きに合わせて振られ、聖杯の方へと靡き……そして、食われたように消失した

 

 『……はい?』

 伸ばした髪を失い、不揃いなショートカットとなった髪に不愉快そうに触れ、セイバーが怪訝な顔をする

 「……勝者に、手は出さんよ

 だが、勝者は正義でなければならぬ」

 『そういうことだセイバー、あの聖杯は、元よりバーサーカー以外のサーヴァントが聖杯戦争の勝者であることを認めない!

 それ以外のサーヴァントが触れた場合、問答無用で脱落者扱いして吸収する、そんな理不尽裁定なんだ、あいつは!』

 「……少しは理解したか、悪魔」

 重苦しく、老人は唇の端を吊り上げる

 

 『何なのよそれ。元々例え他の6騎を倒していても私が聖杯を手にする事は無かったって話かしら?』

 「……ああ、悪いな、そうだったらしい

 バーサーカー以外の6騎は、絶対に勝者と認めない。これが聖杯の答えだ、恐らく」

 血が右目の機構を補いだしたのだろうか、ある程度魔術を読めるようになってきた。その右目が、そうだと叫んでいる

 

 『……私達は、そもそもバーサーカーに倒されて聖杯の奇跡の燃料になる、その為だけに呼ばれたというの?

 そんなふざけた話が』

 『……あるんですよ、残念な事に』

 

 ……ああ、そうだ

 分かっていた。だが、聞きたくは無かった声

 俺にとって、とても馴染み深い声

 

 「……フェイ」

 『はい』

 「……いや、こう呼ぶべきなんだろうな」

 もう、分かっている。彼女が何者なのか

 あれだけのヒントをくれていて、けれども俺自身の甘さから目を背けてきていた真実

 

 ……そも、何故フェイ達はクラスカードなんてものを用意できたのか。そういった……真実に辿り着く為のヒントは、どうしてかあんなにも出していたというのに

 

 「御早う、久し振り、初めまして

 ……アヴァロンの魔術師☆M、モーガン・ル・フェイ」

 『ふふっ

 やっと、その名前を呼んでくれましたね。もっと早くに呼んで欲しかったものです』

 メイド服の少女は、スカートのポケットから、黄金のクラスカードを取りだし、楽しそうに笑った

 『夢幻召喚(インストール)

 その言葉と共に、黄金のカードは空に溶け、纏う空気が多少変わる。服装も変わる

 トンガリ帽子に、羽織る腰までのマント、白いブラウス。何というか、似合うし可愛いが、何処か違和感のある魔女っ娘姿

 

 『……ふざけてるのかしら』

 『ふざけてはいないですね。知り合いの趣味です。服装なんて魔術にはあまり関係ありませんしね、単なるからかいですよ

 

 まあ、彼以外にとっては初対面ですしね、名乗りましょうか

 サーヴァント、グランドキャスター。モルガン・ル・フェ

 前哨戦が終わるので、聖杯戦争の黒幕として姿を見せに来ました』



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閑話 フェイの時間軸きょうしつ

補完茶番回です。時系列としてはエピローグ・前編の前ですが、あのキャラが猫フード取ってる(猫被りしていない)のでこの場所に挟んでいます

自分が分かってるから分かりにくいことしか言わないザイフリートの言ってたアサシンに関する補完なので、分かってる人は飛ばしてくれて構いません。エピローグ後編及び第二部は来週終わりまでには……


『……分かりにくい、ですか?』

 ワタシは、そうぼやくライダーの言葉に、目をしばたかせた

 『ええ。なーんか自分だけ分かってますーみたいな感じで色々と言ってますけど、あんな解説じゃ欠片も分からねーです』

 『そもそも、私は母上等と違い、あの化け物が何を言っているのか聞き取れない訳だが……』

 『いえ、あれはあくまでも独り言、他人に分かるように言ってはいないでしょう?

 まさか、本当に分からないとか?

 あとユーウェイン、化け物は止めてください』

 『そんな訳あるわけねーですよーだ

 賢く可愛いこの(わたくし)が自分の頭を回転させればすぐに答えがピン!と来ますとも、ええ

 けれど……』

 ちらり、と桃色狐はふんぞり返ってバーサーカーの勝利を……或いは敗北を待っている老人へと視線を向ける

 『ライダーや、ああ言った全部知ってる訳じゃない人には、なーんにも分かりません』

 『まあ、そうですね』

 彼を本当に理解しているのは、ワタシだけですが

 そんな言葉は口にせず、大人しく頷く

 

 『では、まあ、一応の情報整理として、語りましょうか

 そもそも、今の彼……ビーストⅡ-if、ザイフリート・ヴァルトシュタインとは何なのか、から必要ですね、理解するには』

 興味が無いのか、老人は此方を向かない。ただ、時を待っている。ライダーは、昔自作の絵本を読み聞かせた日々のように、神妙に言葉を待つ

 仕掛けは終わった。捕らえておいたキャスターは、既に真実の聖杯戦争を起こす儀式の贄として聖杯へと捧げられた。神の存在をもって、聖杯は願いの通りの役割を遂行し始める

 

 『まず、ですが。この世界は……ワタシ達が刻む時間は、所謂編纂事象からは、少し外れた世界です。本来辿るはずだった時間は、今とは流れが違います

 と、いっても……』

 『今の自分はこの世界の住人、本来の世界の事は憶測でしか語れない……ですか?』

 『ええ。その通りです

 そうですね、その本来の世界を……仮にA世界線としましょうか』

 軽く魔力を繰り、指先で空に絵を描く

 大きな紅の点と、そこから伸びる青い一本線。この程度ならば、抑えていても出来る

 

 『これがA世界線。本来進むはずだった時間です

 此処での彼は……』

 言葉を一つ区切る。本当に、この世界でも彼はそう呼ばれていたのだろうかと、ふと疑問に思って

 彼が獣足りうる資質を持っていた訳でないならば、ワタシは彼に名前をあげたでしょうか、と

 

 『ザイフリート・ヴァルトシュタインは、まあ、生まれはほぼ同じでしょう。彼が獣であろうと無かろうと、ヴァルトシュタインの計画は変わりません。元々、確実性を上げようと作ってみたら想像以上のスペックにバグって新計画が浮かんだだけですしね』

 けれども、気にしても仕方ないですねと疑問は放置して、話を進める

 『そして、彼は……今よりももっとマシな性格でしたでしょうね。少なくとも、ビーストのなりかけで、とてつもないエゴイストではきっとありませんでしたね』

 ですから、と言葉を続ける。そんな彼の事をワタシが話すのが、何処か間が抜けていて、笑いたくなる

 『恐らくですけれども、A世界線の彼には、A世界線のワタシはまず間違いなくあまり興味を持っていなかったでしょう。ええ、ワタシの計画に全く関係ありませんし、他のホムンクルス達よりは強い駒、レベルの考えで気にも止めなかったと思います』

 『それで、何が違うんだ?』

 『何もかも、ですよユーウェイン』

 色分けを分かりやすく、秤のマークを青で描く。そして、赤でバッテンを付けた

 『まず、A世界線ではルーラーは来ません』

 『酷い話だな……』

 『いえ、当然でしょう?』

 くすりと、ライダーへ向けて銀の狐は笑う

 『何故ならば、あの裁定者は、ビーストⅡを止めるために召喚されたのですから』

 『……あまりにも優遇され過ぎたバーサーカーへの聖杯の良心のカウンターではないのか?

 私には、聖杯戦争中観察していてもそうとしか見え』

 『いえ。対ビーストⅡで合っています』

 ライダーの言葉を遮るように、銀の狐を肯定する

 『バーサーカー以降に召喚されたアナタは知らなくても無理はありませんが、あの裁定者は彼が造られたその日のうちに……去年の時点で既に現界していましたから』

 

 『とはいえ、バーサーカーへのカウンターとしか思われなかった程に、最終的に寧ろ覚醒の手助けばかりだったのはこの駄狐級の人選ミスの賜物ですが、ね』

 『それでワタシ的には大助かりだったので、其処をとやかく言う気はありません。人選によっては、というよりも大半のルーラーでは初対面で何も悩まず即座に斬り捨てて終わりだったでしょうし、それをされたらあの計画は御仕舞いでしたから。いえ、世界的には、その方が幾らか平和だったかもしれませんし、まあ、世間一般的には明確な人選ミスですね

 ええ、聖杯の致命的失態万歳ですルーラーたるもの悪即斬すべきだというのに、あの裁定者は自分の命を懸けて願いを叶えようとしている悪魔に対して甘すぎました』

 『と、まあ、本来のA世界線では影も形も無い裁定者の話はもう良いです。関係ありませんし』

 

 ちらり、と横目で桃色の狐を眺める

 何だかんだ、今の彼をそう嫌っていないから、一応問い掛けてみる

 『そんなA世界線の彼、要ります?』

 『要りませんよーだ!そもそも(わたくし)、御主人様一筋ですうっ!訳あって御主人様と離れ、もう耳にピン!と来るなら誰でもいい状況まで荒んだ(わたくし)を基準にして話をしないで貰えます?』

 『ええ、ですよね

 ですから、A世界線の彼はワタシ達もルーラーも関わってこない、性能的にもあんなバグみたいな強さはありませんから、まあちょっと優秀な思考回路積んでそこそこ強いホムンクルス程度ですね。そんな状態で、彼は聖杯戦争に突入した訳です』

 

 そういえば、と話を変える

 これから、必要な事だから聞いてみる

 『C(キャスター)二人は、神巫戒人については覚えてます?』

 『ええ。そんな人間居たなー、程度なら』

 桃色狐の言葉に、銀の狐も合わせて頷く

 『彼を再現しようとして、やっぱりあんなバグそのものなんて作れずに失敗作として吸血鬼にして使い潰された、と思い出せばそれで構いません』

 

 一息吐いて、言葉を続ける

 『A世界線において、神巫戒人は重要視されません。まあ、当然の話です

 降霊魔術故の人工サーヴァント化時のバグ染みた性能……ってまあ、共鳴したのがアレなので寧ろ性能は妥当であり契約出来ているのがバグですが。それは置いておいて、人を材料にすれば強い、と彼が見せつけたからこそ、神巫戒人は標的だった訳です。それも彼というバグの尖兵限定だった訳ですが、他に例が居ないとそんな事も分かりませんしね。ならば、彼がそう強くもないA世界線では、無視される訳ですね

 

 そして、きっとその場合、うざったいあのハシバミ色の目の娘と共にやって来る事になります』

 『……それで?どうなるんです?』

 『なら、話は簡単です。彼の心臓部のライン川の底から見つかった指輪があって何とか召喚される事に成功したのがセイバーなのですから、その指輪が覚醒していない世界では、どれだけ求めても召喚される事はない。アヴェンジャーとしてならば兎も角、あの時点で埋まっていない席はエクストラクラスとの入れ替わりが発生しにくい三騎士のみ。まあ、召喚される事は無理ですね。今だって、彼というセイバーの宝具(悪相大剣・人神鏖殺)を持つからという理由でセイバーやってるんですし

 

 とまあ、それは良いです。重要なのは、神巫戒人も、あの日ハシバミ色の目の娘と共に森に居る訳です

 ならばきっと、サーヴァント召喚くらい、彼もやるでしょうね。そもそもマスター適性や魔術師としての素養自体あちらの方が高いですし』

 『つまり、他のセイバーが、あのなーんにも出来なかった人と契約するんです?』

 『……要りますか、そのセイバー?恐らくは円卓の騎士だとは思うけれどもアーチャーさえ要れば無用の長物』

 『疑問は最もな気はしますよ、C001

 けれどそもそも、ビーストが居ないんですし、その状況ではあの化け物アーチャーの眼に止まら無いはずです。見て見ぬふりはしないでしょうが、そもそも見付けない

 あのアーチャーがふと気になる少女を見付けた、そんな事、抑止力の介入を疑いたくなる奇跡そのものなんですから』

 『……奇跡』

 『ええ、奇跡です

 そして、奇跡はそれが起きなければいけないからこそ、起きるものです。この世界より平和なA世界線では、まず起きない

 だって……』

 苦笑する。言いたくはない事

 『若しもA世界線であのアーチャー(風神の息子)が召喚されていたとしたら、ワタシ達に勝ち目なんてありません。最後の最後、第七の聖杯はアーチャーに奪われて終わりです。聖杯はバーサーカー以外を勝者と認めはしませんでしょうが、「じゃあもう聖杯なんて良いわ、オレがオレの意思で神霊としてマスターの願いを何とかする」と破壊して決着、が良いところでしょう。誰も自分から現世に出てきた本物の神霊なんて化け物止められませんから、今の世界線なんて産まれません。というか、獣の片鱗、"最強"の幻想である悪竜の力を発揮した彼が居なければ、この世界線でだってあのまま負けていた可能性は高いですし

 そもそも、聖杯はあの神霊なんかではなく、もっとバーサーカーの噛ませに相応しいサーヴァント呼ぼうとしていたと思いますよ。けれども、獣のなりかけを見て噛ませを用意する事を躊躇した

 だからこそ、あのアーチャーが介入する隙を作ってしまった訳ですし、ね』

 

 『それで?』

 『彼の有無で変わるだろうサーヴァントはそれくらいです。彼が獣だろうがなかろうが、バーサーカー、ライダー、キャスター、ランサー、そしてアサシンは同一サーヴァントでしょう

 そして、セイバーと契約する事無く、更には弱かった彼は……サーヴァントを求めて消えかけたアサシンに出逢い、契約を交わす』

 『まるで恋愛譚みたいですねぇ』

 『茶化すのは止めてください、尻尾の毛を狩りますよ』

 

 こほん、と咳払い

 そのまま、話を続ける

 『そしてアサシンを得た彼はあのハシバミ色の目の娘達と合流、神巫雄輝を助け出す一つの目的の為の同盟を組んでヴァルトシュタインへと立ち向かう……といった感じでしょうね』

 『……私は?』

 『間違いなく純粋に敵です。中ボスみたいな扱いだったんじゃないですか?』

 『……酷くないか?』

 『そうですか?ワタシの為にキャスターをワタシと倒したりとしてくれた事が全て無くなりますからね、彼等の味方要素なんて欠片もありませんよA世界線では』

 『そして、此処は弱くとも3騎いれば何とかなる、と言いたい訳ですね?』

 『その通りですC001。キャスターは強くない彼には興味がないでしょうし』

 

 聖杯へと視線を向ける

 ほぼ聖杯に喰われ生け贄として溶けてしまったキャスターが、此方へと既に棒でしかない腕を伸ばし、何か言っている

 同情はしませんよ、キャスター。アナタは誰でも良かった。ただ、どこまでも自分に忠実な人形で男を近付けない強さがあれば。そうでしょう、男性不信の未来視(カッサンドラ)

 ええ、彼を選んだのは慧眼です。奇跡的に彼のまま尖兵となったような化け物ですからね。手に出来れば申し分ない。けれども、誰でも良い、自我なんて要らない、そんな程度の思いでワタシのものに手を出そうとしたのですから、自業自得です

 ……まさか、女神アテナが彼女への仕打ちに怒った、という逸話を通して女神の力の欠片を纏ったから、そして未来が見えるから聖杯戦争にも勝てる、とでも?

 このブリテンで、ワタシに勝てるとでも思っていたんですか?千里眼:EXくらいワタシにだってあります、アナタの見た未来は、ワタシが見せた嘘ですよ。結局、アナタがそうと気がつく前に勝ててしまいましたが

 

 目線を上へ外す

 『まあ、何とか勝てるでしょうね』

 空に、綺麗な光の花が咲いた。アサシンの宝具。英雄を消し去り、悪を消す対消滅の概念宝具。英雄が舞台から降りる事をもって、英雄譚を終わらせる。悪が居て、英雄が居て。そんなものはもう終わり。火種たる力ある者は消え、世界は平穏を取り戻す

 まあ、バーサーカーにこんな綺麗な花火から生還する力なんて無いでしょう

 

 『連れてきて良かったですね、保険』

 「……ふん。シュタールめ。正義に泥を塗るか、阿呆。勝てる戦いを捨ておって

 子孫の失態を補うのも、役目か」

 ワタシの声を受け、老人は手にした注射器を、ライダーが運んできた女性の首筋へと刺し、撃ち込んだ

 

 『話を戻しましょうか

 まあ、3騎居て、バーサーカーへの対応として多分勝手に呼ばれただろうアサシンも居るんです、まあバーサーカーにはアサシンを対消滅させて勝ち、彼等は聖杯に手をかけた』

 『そして、罠にひっかかった、と?』

 青い線の端に、紅くバッテンを描く。終わりの印として

 『ええ、その通り。見事に、あの東方の聖王の再臨の際に目を付けられて殺された。まあ、A世界線はそんなオチでしょう。アサシンを失った彼が、サーヴァントに勝てる訳もないですからねA世界線

 けれども、死の間際の想いというものは強いものです。死の間際、彼は遂に自分の中で眠るアレに届き、指輪の力をもって彼は獣の片鱗と成り果てた。けれども、A世界線の彼自身は其所で死んだ

 そして、彼は時を遡ったんですよ。獣としての力である単独顕現、『回帰』の性質。それらをもって、産まれた瞬間の自分に、その資質を、ね。本来は記憶も送りたかったんでしょうが、上手くいかなかった。けれども、単独顕現により、獣の資質だけは確かに届いた』

 

 大きな丸から今度は紅の線を伸ばす。少しズラし、青い線に添うように

 『そして、ビーストⅡ、ザイフリート・ヴァルトシュタインとしての世界線が始まる訳です。まあ、この世界の事ですし、後は語らなくても分かるでしょう』

 『アサシンは?』

 『あれはバーサーカーのようにコテコテの概念の象徴的な人格を持つのではなく、無数の意識の集合ですからね』

 青い線の端近くから、紅い線の端よりそれなりに前へ向けて線を描く。その横に、紫でアサシンのマークを描いた

 『そして、ならば話は簡単です。ヴァンパイアハンターの集合体ならば、彼と共にバーサーカーという吸血鬼を滅ぼしたA世界線のアサシンだって、ヴァンパイアハンターの一人でしょう?

 A世界線のアサシンの記憶が混じり合うことで、今のアサシンが出来上がった。そしてバーサーカーという障害は取り除いたはずなのに何らかの理由で聖杯を手に出来なかったマスターを、もう一度やり直すならば今度こそと思ったんでしょうね』



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エピローグ・後編

『……前哨戦?』

 その言葉に、セイバーは眉をひそめる

 

 『ええ。前哨戦です、そこのセイバー

 ……そもそも、ヴァルトシュタインは今まで六度の聖杯戦争を勝ち抜いてきた訳です。ならば何故、7度も聖杯戦争をやらねばならないのか、疑問に思ったことはありませんか?』

 「……足りないんだろう、力が」

 『ええ、その通りです

 

 人を愛する唯一無二の神(四文字の主)をタイプ・アースとして降臨願う?絶対無敵の人類の守護者を呼び、それをもって滅びの運命を、世界そのものを変える?流石に願望機といえども手に余りますよそんな馬鹿みたいな願い。出力が足りません

 ……まあ、神の子が奇跡を起こしたその時代であれば足りたかもしれませんが、ね』

 『……だから、7度もやったというの』

 『ええ、そうですが?』

 さと当然と、目の前の少女は頷いた

 悪びれもせず。瞳に、何も浮かべず

 

 『出力が足りないならば、増やしてやれば良いんです。幸いな事に、サーヴァントのエネルギーを纏める儀式は聖杯戦争として存在しますからね

 

 それぞれのクラスのサーヴァント累計7騎に聖杯戦争を勝ち抜かせ、聖杯を手にした彼等でもってもう一度聖杯戦争を起こす

 7つの聖杯、48のサーヴァントの魂、そしてそれら全てを束ねる大聖杯。万能を越えた全能の願望機。それだけあれば届きますよ、ワタシの願い、そしてヴァルトシュタインという自称正義(せいぎ)の願いにね』

 ふと、違和感があった

 

 ……アヴァロンの魔術師☆Mの目的は、本当にヴァルトシュタインの味方であろうかと

 考えるなんて馬鹿な話だ。何故ならば、これはアヴァロンの魔術師☆Mとヴァルトシュタインによる聖杯戦争。その利害は一致しているに決まっている

 だが、それでも。フェイの目的は、タイプ・アースの降臨ではないのでは無いか、そう思えた

 

 「……それで、俺を殺すか?」

 『……此処で殺しては無意味じゃないですか』

 『そう、なら遠慮無く……』

 セイバーが、手に剣を呼び斬りかかる

 突き……は難しいのだろうか、上段からの斬り下ろし

 

 ……だが、それは、立ち上がった老人の素手によって掴まれ、防がれた

 枯れ木のような右腕、老いて折れそうな指。そんなもので、抜き身の剣は捕らえられていた

 「……身体強化は、魔術師の基本。それすら(おろそ)かと思うてか?」

 そのまま、老人は右足のみを軸に足払いをかける。戦い慣れぬセイバーはあっさりとそれにかかり、剣を手放さぬまでも体勢を崩し……

 「甘いな。貴様等悪魔は、余程アサシンに頼っていたと見える」

 そのまま、手を捻った老人に、背負い投げの要領で剣毎投げ飛ばされた

 

 「っと、何をしている……セイバー」

 投げが向かうのは聖杯の方。正直な話失うのは惜しく、今の俺が過剰出力で壊れないギリギリの範囲で身体強化、穴だらけで漏れ易く100mを走っても9秒かかる程度の普通の人間と比べても誤差みたいな強化しか出来なかったが、動けるようになっただけマシだとアサシンを背負ったままセイバーを右の腕で受け止める。所謂お姫様抱っことやらは腕が片方なので不可能、引っ掛けるように、無理矢理に止めるだけ

 『……は?』

 「宝具を解放すれば、奴は恐らく殺せた

 何故殺さなかった」

 胸に走る痛みは、最早慣れたもの。無視して問い掛ける

 『……外道ね、道具(マスター)

 「外道で勝てるならば外道で十分

 正道のみで余裕な奴だけが正道を行ける」

 目線を上げる

 

 「……それで?」

 「ああ、悪魔よ。貴様を滅ぼすのは、それに相応しいサーヴァントが居る」

 「フェイか?だが、実質予選に手を出して良いのかよ」

 『出しましたよ、もう。あの裁定者相手に倒れたアナタを誰が救ったと思ってるんです?』

 『キャスターでしょう?』

 『ええ、違いますよセイバー

 あの腐れ未来視は救ってなどいません。これ幸いと精神操作して自分に都合の良い人形を作るために拐っただけ、二次誘拐ですよあんなの

 ワタシが居なければ、当に終わってましたね』

 「それで?バーサーカーは既に居ない、聖杯に捧げるサーヴァントの魂も恐らくはセイバーの分が足りない」

 半歩下がる。踏み込みに転じられるように、或いは撤退しやすいように右足を引く。繋いだとはいえ足の修復は両方とも仮段階。魔力を吹き出せば前後どちらにも跳べる

 「勝利者が必要なんだろう?

 だから、俺達に……」

 『いえ、要りませんよ?』

 

 その瞬間、異様な危機感にかられ、全力で飛び退いた

 ただ、後ろへ。着地を考えずに後方へ向かい、地面に背中からダイブ。背負ったアサシンを申し訳ないがクッションにして接地。微かな距離を滑り、段差から身が飛び出したのを良いことにセイバーを抱えてバック宙返り。何とか体勢を立て直す

 『……っ!』

 セイバーが、腕の中で震える

 ……無理もない

 俺がさっきまで居た場所に、火柱が立っていた

 いや、違う。顔がほぼ見えないほどの焔を巻き上げ、一人の女性が立っていた

 けれども、その姿には見覚えがある。いや、忘れるわけもない。セイバーは、絶対に彼女を見間違えたりしないだろう

 『ジィク、フリィィィィトォォォォォッ!』

 怒りをもって焔を噴き上げ、槍を携えた狂乱の戦乙女。その者の名を、ランサー(ブリュンヒルト)という

 

 「……ランサー」

 『いえ、バーサーカーです。バーサーカーが勝たなければいけない聖杯戦争ですからね、あの吸血鬼はランサーで、彼女こそがバーサーカー。そんなクラスの入れ替えも快く許してくれました。まあ、血は入れましたがね、それだけで済むとは、実に安い

 アナタが居なければ、彼女にとって魂を焼き尽くす狂気に身を委ねてしまうほど憎い英雄(ジークフリート)が居なければ、彼女をバーサーカーだと言い張って何とかする事は出来ませんでしたでしょう

 恋は盲目、怨もまた。ジークフリートとは関係ないアナタからしてみれば傍迷惑かとは思いますが、すみません。基本的な計画に必要な事なので諦めて勘違いで怨まれてて下さい、そのうち返り討ちにしても結構ですので』

 

 「……酷い言われようだ」

 ある程度機能を取り戻した右目で睨み付ける

 見えたものは、サーヴァント、バーサーカー。真名をブリュンヒルト/ブリュンヒルデ

 成程、フェイが此処で嘘を付く気はしなかったが、やはり嘘では無いらしい。あれは死んだと思っていたランサーであり、聖杯によってバーサーカーというクラスのサーヴァントを勝者とすべくバーサーカー扱いされている。恐らくそれは、聖杯戦争を始める為に、7つのクラスが必要だから。ランサーが勝ってはいけない

 今ならば分かる。あの聖王が何者だったのか。あれは、かつてヴァルトシュタインが呼び、そしてその度の聖杯戦争に勝利したランサーのサーヴァント。真なる聖杯戦争の参加者。敢えて言うならば、旧ランサー。あれが獣で無かった既に剪定された世界の俺の世界でのランサーかと思っていたが、良く良く考えてみれば、俺が獣かどうかは俺関係なく魔術師により呼ばれたランサーには影響が無い。世界線でランサーが変わるはずが無かったのだ。だからこそ、間違いはまず無いだろう

 ……つまりだ、聖杯戦争を行うなら、ランサーが二騎居てはいけない。そしてランサーは既に居る。だから、バーサーカーにした。吸血鬼(バーサーカー)の血と、ジークフリートへの怨みを狂気と認定して、戻れぬほどに狂化させた

 

 焔は揺らぎ、柱を形成する。光の無い瞳は、怨みだけを湛えて俺のみを見ている

 ……だが、動かない。静止している

 隙がある訳ではない。翼が実体化していた程にビースト化が進行したほぼ完全な尖兵状態でなら兎も角、今の俺では綺麗にカウンターを決められて首を跳ねられるのがオチだ。動かない事をこれ幸いと殴りかかるのは得策ではない。ならば、何故動かないのかを……

 

 『全く、せーっかく(わたくし)が抑えているというのに、睨むなんて酷くありません?酷いですよね、仮主(フェイ)サマ?』

 その声は、雰囲気を壊すように明るく響いた

 

 「……やっぱり普通に喋れたのか、二人とも」

 目の前に新たに降り立つのは、獣耳を持った二人の影。即ち、C001とC002。銀と桃の狐

 『おやおや、見抜かれてましたか』

 「俺に向けて言われているカタログスペックよりは、幾らか有能だろうという所はな」

 だが、流石に予想外

 「まさかサーヴァントそのものみたいなものだとは思わなかった」

 正直、右目を疑いたい

 なんてな、バグってらと笑い飛ばせれば、どれだけ良いだろう

 もうクラスカードを使って隠してなどいないからか、右目はしっかりとそのサーヴァントの真名を教えてくれる。隠してないピンクだけだが

 

 「……天照」

 『藻女(みずくめ)ですぅっ!そこ重要!間違えないで下さいまして!』

 「どっちでも同じだろうがタマモリリィが!

 何だよ!神霊三騎めとか、勝たせる気あんのかてめぇ!」

 『……そんなもの有るわけ無いと言ったのは誰だったかしらね』

 「煩いセイバー、黙れ。というか、冠位含めてキャスター三騎?過剰もいい加減にしろと」

 

 『まあ(わたくし)、御主人様の愛妻ですし?夫の戦場に出なくて何が妻か

 臆した者から妾落ちするのです!というか、(わたくし)が蹴落とす!ノーモアハーレム!』

 鼻息も荒く、拳を振って身振り手振りで桃色狐が興奮する

 脳裏に蘇るのは、フェイが探してくれた資料の一つ。確か、第三の聖杯戦争でヴァルトシュタインが呼んだのは、狐耳の少女を連れた帝。イチャつくとかリア充かと思ったが……

 と、目の前の狐を見る。タマモリリィ。九尾の狐だったとも言われる玉藻の前、その若き日(十代くらい)の名というだけあって、妖艶な美女というよりは美少女寄りだ。だが、重要なのはそこじゃない。このタマモリリィは、セイバーに呼ばれたものだということ

 

 「……ああ、そうか、フェイ。その手にあるように見えたのは……」

 『ええ。一時的に別所に移しましたが、取り戻して馴染ませておかないと面倒ですからね。アナタがワタシの部屋で見たものは、アナタ風に言えば旧セイバーの令呪です』

 ……肯定される

 呼んで良いのかあんなもの、と思うのは、俺も神巫雄輝(日本人)に大分毒されているからだろうか。というか、呼ぶなあんなもん、セイバー適性なんて宝具以外無いだろうに

 「サーヴァントがサーヴァントを持つのか?」

 『サーヴァントがサーヴァントと二重契約してたアナタよりはマシですよ

 まあ、もしも今からでも勝てないから諦めるというならば、ワタシのもの(サーヴァント)になるというのも認めますが』

 「……それもそうか」

 だが、諦めるとは言わない

 当たり前だ。俺に出来ることは諦めない事くらい。そうして此処まで来て、諦めたならばそこで死ぬ。息をしているだけの死体に成り下がる。完全に神巫雄輝は消える

 ……出来るわけがない。俺にあったのは、誰でも出来る諦めない事だけだったというのに……

 獣の力は沸き上がらない。光通さぬ何処かにある本体とのリンクは、アサシンが半分持っていったせいかジャミングが酷くて上手く行かない。助け?ライダーが来るわけ無く、紫乃は来たら死ぬから来て欲しくはない。頼みの綱はミラだが、反旗を翻した裁定者なのだ、聖杯に近寄りたくはないだろう。希望は……正直無い気もしてくる

 それでも、顔を上げ、フェイを見る

 

 『と、まあ、おしゃべりはこれくらいにしましょうか』

 「セイバー、ランサー(バーサーカー)、あとはライダーもか?まだサーヴァントは残りすぎているぞ」

 気が付けば、キャスターは聖杯に煮込まれていた。恐らくは聖杯戦争五日目、セイバーはキャスターが連れていったと言い、けれどもフェイがライダーが運んできたといったあの日のうちにフェイとライダーが実質撃破してしまっていたのだろう。だが、それでもまだサーヴァントは三騎も残っている。まず間違いなく、最終局面、ライダーを殺せば願いが叶うとなるギリギリまで、何だかんだフェイは……魔女モルガンは息子(ライダー)を殺せない、そんな気がするから

 

 『だから、あのバーサーカーなのですよ』

 その瞬間、勝者を選ぶように、止められたランサーの手に、聖杯の器は飛び込んだ

 『理解出来ましたか?正直気分が良い方法では無いですが、数万の魂を食らって聖杯に魂を回収させれば、サーヴァント1~2騎なら誤魔化せるという事です』

 正直名前を言いたくない、隠していても大体分かる銀の狐がそう告げる

 

 『まあ、良いです』

 「……キャスター、もう要らぬ者達を片付けよ

 今此処に、真なる聖杯戦争が幕をあけるのだ

 勝つのは、正義(ヴァルトシュタイン)以外には無いがな」

 『ということで、正直勿体無いのでバーサーカーは使わず、何とかしてください』

 『はいはい。サーヴァント使いの荒い事で』

 

 結局、解決策なんて何も無くて

 気が付くと俺達は、銀狐の展開した陣(陰陽術)の中に囚われていた

 

 ……此処に、ザイフリート・ヴァルトシュタインの参加した第七次聖杯戦争は、聖杯による強制的なバーサーカー勝利にて、幕を閉じた




第二部、fake/startears fate Harvest Star Desire(ミラのニコラウス/モーガン・ル・フェイルート)へ続きます
考えはしましたが、多守紫乃/カッサンドラルートやヴァンパイアハンター/クリームヒルトルートは文章化予定は今のところありません。なので、半分意味の無い部分割となりますがお付き合い下さい。第二部ですが、別作品としてではなく、このまま続けます
因みにですが、紫乃ルートは5日目に覚醒せずアーチャーの救援を待つことで、クリームヒルトルートは最初にアサシンに名前を求められた時点で彼女をニアと呼び、令呪を得た時点で正式に契約したことを認める事で分岐します


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第一部"夢幻の光剣"Material
Fake/Material 三騎士編


第一部完ということで本編に置いても問題ないなとなった第一部サーヴァントのマテリアルとなります。外伝に置かれているものと内容は同一です

長すぎたので分割しました。ちょくちょく更新してますが、主に史実での設定等なので読まなくても問題はありません
立ち絵 エターナル14歳様(セイバー、ルーラー、ビースト)
    篠月祐様(アーチャー、アサシン)


セイバー

【挿絵表示】

クラス:セイバー 真名:クリームヒルト

マスター:ザイフリート・ヴァルトシュタイン

性別:女性 出典:ニーベルンゲンの歌 地域:ドイツ

属性:混沌・善 身長:161cm 体重:44kg

筋力:D 耐久:E 敏捷:D

魔力:C 幸運:D 宝具:B+

 

クラススキル

対魔力:A-

殆どの現代魔術を無効化する。呪われしニーベルングの財宝の一つである結婚指輪依存の能力であり、一部呪いへの耐性は無い

騎乗:C

王妹の嗜み。訓練された騎獣であれば不自由なく乗りこなせる

復讐者:B

復讐譚の主役として、ブルグントを滅ぼしたものとして、アヴェンジャー適性を持つ

忘却補正:B

人は過去を忘れるが、彼女は復讐心を決して忘れない。彼女に残った全ては、もう居ない夫への尽きぬ愛だけ故に

英霊の纏:ー

この聖杯戦争に限り存在するクラススキル。イレギュラーな存在に呼ばれたが故に、彼女は所持していない

 

保有スキル

黄金率(呪):C-

一生においてどれだけの金銭がついて回るか

夫が与えた財宝により、基本的に不自由は無いが、呪われた財宝を持つ為に幸運が1ランク低下する

 

宝具

喪われし財宝(ニーベルング)

ランク:E-~A- 種別:対人宝具

レンジ:特殊   最大捕捉:特殊

王妹クリームヒルトが結婚の際にジークフリートから贈られたというニーベルンゲン族の財宝

彼女の元から奪われ、ライン川の底に沈められたという呪われた財宝をかつて所持していた縁から一時的に手元にあるものとして扱う、世界を欺く宝具。ジークフリートから贈られた財宝である限りどんなものであれ手元に呼び出し使用出来るものの、本来は既に彼女の手から喪われたものであるため本来より宝具ランクが1ランク低下する。また、使用時間にも制限があり、同じ宝具を使用する際は暫くのクールタイムが必要である。大体は身隠しの布(タルンカッペ)の使用の為に発動される

 

悪相大剣・人神鏖殺(バルムンク)

ランク:B+ 種別:対人宝具

レンジ:1~3 最大捕捉:五人

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)の真の姿、人殺しの魔剣

そもそも、本来のバルムンクは竜殺しの聖剣等では無い。かつての持ち主を殺して所有者を転々としてきた、血塗られた人殺しの剣である。大英雄ジークフリートはファフニールを倒した偉業により、聖剣としての側面を産み出したに過ぎない。故に、クリームヒルトが持つ際には、本来の魔剣としての性質のみを顕す

柄の青い宝石には神代の魔力(真エーテル)が蓄えられており、真名解放と共に黄昏の剣気を放つ。真エーテルは神代ならざる時代の人にとっては殺戮の毒であり、人類に対して文字通り鏖殺、即ち皆殺しにする程の特異な効果を発揮する

 

基本設定

好きなもの:あの人(ジークフリート)

嫌いなもの:ジークフリートを殺した総て

天敵:ブリュンヒルト

一人称:私 二人称:アナタ/キサマ 三人称:彼/彼女 マスターの呼び方:道具(マスター)

 

性格

素直で純情。思い込みが激しく激情家で、一途で、愛が重い。現代で言うヤンデレの一種といえる

一度好いた相手にはひたむきな愛情を注ぐが、一度嫌った相手は執念深く憎悪する。また、ジークフリートを今でも深く愛しており、彼以外に恋愛的な愛情を向けることは無い

動機・マスターへの態度

余程の事がない限りマスターを優先する事の無い彼女は、サーヴァントとしては扱いにくい範囲に入る

万が一彼女が召喚される事があるとすれば、それは彼女自身の目的を果たすためであり、彼女の目はその目的のみを見据えているだろうからだ。その目的は最愛のジークフリートに関する事であり、彼女にとってはマスターより余程優先される

だがしかし、彼女に嫌われない限り、彼女が裏切る事はないだろう

 

史実の実像・人物像

「ニーベルンゲンの歌」の登場人物。ジークフリートの妻

クリームヒルトはブルグント王グンターの妹の美少女であり、ジークフリートがブリュンヒルトとグンターとの結婚を手助けする代わりに、ジークフリートの願いにより彼の妻となる。それだけであれば、ジークフリートの英雄譚のクライマックス、ハッピーエンドであった

だがしかし、嫁取りの際のジークフリートの手助けを知らずにグンターの妻で自身の義姉となったブリュンヒルトとの夫自慢の会話の際、その認識の違いからジークフリートをグンターの部下にすぎないと侮辱され、激昂しブリュンヒルトを酷く侮辱し、その結果として彼女は最愛の夫ジークフリートを喪う事となる

そうして、10年以上夫の喪に服した彼女は、フン族の大王エッツェルと復讐の為に結婚し、夫を殺した者達すなわち兄達を含むブルグント族と、フン族が全面戦争を行うように行動する。結果として殆どの相手に対し復讐を果たすも、夫の剣で捕虜となった兄を斬殺した事を咎められ、自身も夫の剣の前に倒れた

 

因縁キャラ

ジークフリート

『大好きな人。彼さえいてくれれば良かったのに』

ブリュンヒルト

『死ね』

 

 

 

 

 

 

アーチャー

【挿絵表示】

クラス:アーチャー 真名:ハヌマーン/斉天大聖

マスター:多守紫乃(たがみしの)

性別:男 出典:ラーマーヤナ/西遊記 地域:インド/中国

属性:中立・善 身長:202cm 体重:76kg(武装含まず)

筋力:A 耐久:B 敏捷:A+

魔力:B 幸運:B 宝具:EX

 

クラススキル

対魔力:C

二小節からなる魔術を無効化する。多少の魔術では傷一つ付くことはない

神性:A+

神霊適正を持つか否か。大神ヴァーユの息子であり、自身も神に近しい事から、最高クラスの神性を持つ

単独顕現:C

マスターからの魔力供給を絶ってもしばらくは自立出来る能力。彼はそもそも正しい意味でのサーヴァントではない。気になった少女を助ける為に、隠居した世界から分霊体を自力で現界させ、聖杯に働きかけてサーヴァントを名乗っているだけである。その為、実際にはマスターの魔力など一切関係なく、完全に自力のみで存在する事が可能。なのだが、それをやってしまうとほぼ人類悪なので宝具使用等にはマスターの魔力による承認が必要等と自分から枷を嵌めている

英霊の纏:A+

縁深い神霊英霊幻霊を身に纏い、その存在ともなるスキル。彼の場合、纏った神霊ハヌマーン側が、核となった英霊孫悟空の了承を得て主人格をなしている。ランクA+は規格外、纏った側の英霊の大半を(彼の場合は逆に主人格を譲った核となった英霊の能力の大半だが)使用出来る。使えないのは一部宝具の真名解放程度である

 

保有スキル

変化(真形):B

自身の体を変化させる。ハヌマーンの五面八臂ではなく、サーヴァントレベルに合わせて三面六臂となる

千里眼(偽):D

遠くのものを見通す力。彼のそれは魔術ではなく、世界の果てを物理的に見通した、核となった英霊の逸話が形となったものである

七十二変化(へんげ)の術:A

様々なものに変化する孫悟空の術。色々なものに化けることが出来る。また、自分の体の毛を自分の分身へと変化させる等の応用も可能。Aランクであれば、1ランク下がるものの良く知っている宝具にすら変化することが出来る

 

 

宝具

嵐獣よ、刻を喰らえ

ランク:B 種別:結界宝具

レンジ:1~1000 最大捕捉:千人

月を食らい、星の運行を止める事で時を止めて夜しか咲かぬ花を夜のうちには辿り着けぬはずの場所まで運んだ逸話が昇華された宝具。月を概念的に食らうことで、周囲の時間を停止させる。時が止まっている間、止まっている対象には誰も一切干渉出来ない。本編では街の人間を戦闘から護るためにサーヴァントやそれと契約している者レベルの魔力を持つ者以外の時を停止させたが、少しの間であればサーヴァント等を含めて時を止めることも十分可能。本気で殺しに来る場合、時間停止からの宝具解放、当たる瞬間に解除という月が出ている場合ほぼ回避不能な即死コンボも存在する

だが、輝く月を概念的に食べる事で発動する為、月が見えない屋内で天井を壊されないように戦う、月を破壊する、月が夜空に輝いている時間を避ける等で発動を封じることが可能

 

大河鎮定神珍鐵(たいがちんていしんちんてつ)

種別:対城宝具 ランク:A+

レンジ:1~1万 最大捕捉:1万人

海の深さを測り、海の柱とされたという伝説の棒。最大まで伸ばした際は三界を貫く程の長さを誇るという。その真髄は、世界の壁を貫き繋げる神造兵器。星の彼方より来る外敵を滅ぼす為の星の聖剣に対して、異次元より侵攻する者を星の聖剣の前に引き摺り出す星の聖杖である

なのだが、今の彼は真実の担い手闘戦勝仏孫悟空では無い為、星の聖杖として真名解放は不可能ではないが面倒らしい

 

天斉冥動す三界覇(ブラフマーストラ・ヴァジュラ)

種別:対界宝具 ランク:EX

レンジ:1万~ 最大捕捉:10万人

 『天の果ての忉利より地の奥底の陳莫へ、三界総てを貫くは

 音に聞こえし如意金箍、神振り下ろす天の雷。その真実を御覧あれ

 インドラよ、刮目せよ、これぞてめぇに何時か撃ち返す金剛杵!

 この理こそ三界制覇、天冥地に在りし幾多の怒りよ、天の帝の元に集いて

 星を討て、<天斉冥動す三界覇(ブラフマーストラ・ヴァジュラ)>!』

天の理の神威。宇宙に辿り着いた人の手により、魔術の域へと堕ちた神がかつて振るった魔法の一つ。天界より人界を越え冥界すら征する如意棒の真髄。人が手を出すべきでは無かった禁忌の一片。人の手により堕ち、されども畏怖を込められて付けられたその魔術の名は……衛星兵器"神の杖"(ロッズ・フロム・ゴッド)

太陽を手にする為に宇宙(ソラ)へと飛んだ、そして更にはある目的の為に月を喰らった逸話により、地の理の領域を抜け、宇宙(ソラ)より放つが故に使用可能な天の理。かつて太陽を目指した自身を撃ったヴァジュラを、何時かインドラへと撃ち返す為に自力で再現したもの

具体的には、遥か宇宙から地表へ向けて風神の全力をもってある程度巨大化させた如意棒を加速させ、激突させる。風神の加護により減速をほぼせぬ神の杖は、その速度を初速のマッハ10越えより緩めぬまま、より高く、より速く、より重く、全てが人の手による神の杖を超越するものとして炸裂する。そのエネルギーは、遥か地底にある冥界までも届くという

天界(忉利天)から冥界(陳莫)まで届いた如意棒の逸話から、世界を制覇する……対界宝具としての性質を持つが、その性質なくとも全力で撃てば街を滅ぼし、国を滅ぼし、星を滅ぼす力を持つ。本来は如意棒で撃つものではないので、本来よりも更に性能が向上しているものの、元より天の理。規格外の性能は変わらない

 

 

基本設定

好きなもの:ラーマ、シータ、バナナ(ハヌマーン)/御師匠、楽しいこと(孫悟空)

嫌いなもの:インドラ(ハヌマーン)/退屈、苦痛(孫悟空)

天敵:インドラ(ハヌマーン)/釈迦(孫悟空)

一人称:オレ

 

動機・マスターへの態度

そもそも、彼を召喚する事は基本的には出来ない。ハヌマーンという神霊は座におらず、更には自身が死力を尽くせども叶わず、けれども聖杯程度で叶えられる願いなど彼には無いからである。そんな彼が召喚されるとしたら、マスターを放っておけなくて自分からサーヴァントを自称して押し掛けた場合のみと言えるだろう。その為マスターには非常に忠実であり、その神霊としての性能を軽く振るってほぼどんな無茶振りだろうがやってのける。扱いやすいどころではない圧倒的な使いやすさを持つ最強サーヴァントであり、欠点はただ一つ、そもそも召喚出来ない事のみである

 

 

 

ランサー

クラス:ランサー→バーサーカー 真名:ブリュンヒルト/ブリュンヒルデ

マスター:ファッケル・ザントシュタイン→グルナート・ヴァルトシュタイン

性別:女性 出典:ニーベルンゲンの歌/北欧神話 地域:ドイツ/北欧

属性:秩序・善 身長:170cm 体重:53kg

筋力:B+ 耐久:B 敏捷:B

魔力:C+ 幸運:D 宝具:B+

 

クラススキル

狂化:D→A

本来はバーサーカーのクラススキル。理性と引き換えに驚異的な暴力を身に宿す。彼女の場合は、愛する者を殺す戦乙女の愛憎の影響により、本来の彼女以上に攻撃的に変性しており、かつて自分を辱しめたジークフリート夫妻に対しては、義理の妹とその夫でありかつては悪くない関係であった等の和解の糸口は関係なく完全に聞く耳を持たない。後にバーサーカー化の為に聖杯により強化、全ての理性を喪い、憎悪の焔のみを宿すように変質した

神性:E

神霊適性を持つかどうか。纏った英霊が半神ではあるものの、彼女自身は人間であるため、ランクは低い

対魔力:B

三小節からなる魔術を無効化する。現代魔術で傷つけることはほぼ不可能

騎乗:C

王の嗜み。訓練された騎獣を乗りこなすことが出来る

復讐者:E→C

自身を辱しめたジークフリート、そしてそのことを自身に告げたクリームヒルトに復讐したことから、一応所持している。憎悪のみを増幅されたことによりバーサーカー時は強化される

英霊の纏:C→D

縁深い英霊を纏うスキル。彼女の場合、時に同一視されることもある北欧神話の戦乙女、ブリュンヒルデを纏っている。が、人格の基本は完全にブリュンヒルトであり、ブリュンヒルデの要素は能力以外には無い。バーサーカー化により愛憎はほぼ憎悪のみと化し、結果として乖離が進んだことで弱体化している

 

保有スキル

怪力:B→B+

一時的に筋力パラメータをランクアップさせる。本来は魔獣のみが持つスキルだが、生前から使用可能。バーサーカー化により、憎悪の焔を纏うことで更に一段階強化可能になった

 

宝具

死が分断つ悲愛の理(ブリュンヒルト・トラジェティ)

ランク:C+++ 種別:対人宝具

レンジ:1    最大捕捉:3人

戦乙女ブリュンヒルデの<死が二人を分断つまで>(ブリュンヒルデ・ロマンシア)から派生した宝具。自身が眺めた神々の黄昏の再現。自分が愛用していた槍を核に、黄昏の焔を呼び出す。深い愛憎により形成される本来の<死が二人を分断つまで>の憎悪の部分に宝具としての性質が強く移っており、愛ではなく憎悪に心を燃やせば燃やすほどに、槍から沸き上がる焔はより強く激しくなってゆく。その憎悪が強まれば強まるほど、焔の槍ではなく世界をを焼き尽くす焔としての性質は強まり、極限の憎悪の対象相手であれば、真名解放せずとも近くに居るだけで周囲を焼き払う程の性能を発揮する。逆に、自身が好意的な相手、憎悪の欠片も抱いていない相手に対しては、冬場に外から店屋の扉を開けた際に感じる暖かい風より生温い程度しか感じない



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Fake/Material 四騎編

キャスター

クラス:キャスター 真名:カッサンドラ/アテナ

マスター:久遠錬

性別:女性 出典:ギリシャ神話 地域:ギリシャ

属性:秩序・悪/秩序・善 身長:151cm 体重:39kg

筋力:E   耐久:E 敏捷:D

魔力:C++ 幸運:E 宝具:B

 

クラススキル

陣地作成:C

魔力を使い、自身に有利な状況を作り上げる。得意分野ではない

道具作成:E

魔力を込めたアイテムを作成する。苦手分野であり、まともなものは作成できない

気配散逸:C

何処か現実離れしたスタンスにより存在感を散らし、気配感知を欺くスキル。Cランクであれば、他の存在感が強い者の側にいれば埋もれてしまい感知出来なくなる程の効果を発揮する

英霊の纏:C

自身のとある神罰の逸話を通し、本来は召喚不可能な存在……神霊アテナを纏うスキル。本来のアテナの巫女ではない為、僅かな時間のみ使用出来る

 

 

保有スキル

未来視の呪い:EX

アポローンにより恋人に与えられた神霊の呪い。結ばれる代わりにという体で与えられた力だが、巫女がその力で見たものは、散々に弄ばれて捨てられる自身の姿であった。故に巫女はアポローンより逃げ、誰かに言えども信じてもらえない呪いをかけられる

自身の目を通して、望む望まざるに関わらず未来を幻視する。けれども、見た未来を告げた場合、相手が3度の幸運判定に全て成功しない限り相手はそれを信じることが出来ない。例えそれが、相手自身が啓示等で理解した事と同一であろうとも、告げた瞬間にその未来は相手の中で嘘として処理される。嘘の未来である場合その限りではない

 

 

宝具

戦神神殿・天罰執行(アテーナー・ヘイルダウン)

ランク:B 種別:天罰宝具

レンジ:特殊 最大捕捉:特殊

対象に天罰を下す宝具。カッサンドラ陵辱、およびそれに対する戦神アテナの怒りが宝具となったもの

発動する事で、小アイアスにより自身が陵辱されたアテナ神殿を建造する。自身がその中に居る限り、自身或いはアテナ神殿そのものに対して危害が加えられる度に、その危害の度合いに応じて天罰という形でダメージを跳ね返す。ダメージそのものが神霊による天罰という性質上、アテナを格下視出来る程の偉大な神霊でない限り、何者であろうとも影響下から逃れることは不可能。アテナ真体が天罰を執行している為、アテナそのものを倒さなければ例え神殿ごと跡形もなく一瞬で消し飛ばそうが、止まった時の中で破壊しようが何しようが天罰は下る。また、逸話が逸話だけにセクハラ事項を行った場合は危害の度合いを無視して即死天罰となる

 

 

 

 

ライダー

クラス:ライダー 真名:ユーウェイン

マスター:ドゥンケル

性別:男 出典:アーサー王伝説 地域:ブリテン

属性:秩序・善 身長:181cm 体重:70kg

筋力:C 耐久:C 敏捷:C

魔力:B 幸運:B 宝具:B++

 

クラススキル

対魔力:B

三小節以下の魔術を無効化する。大魔術でもなければ、傷つけることは出来ない

騎乗:C++

訓練された騎獣を乗りこなすことが出来る。幻想種には、相手が認めた場合は騎乗が可能

陣地作成:C-

魔力を使い、自身に有利なフィールドを作り上げる。彼のそれは血統によるもの、本格的な修行は行っていない為か効果は不安定

英霊の纏:ー

ヴァルトシュタインの聖杯戦争に召喚されたサーヴァントではあるが、他にモルガンに協力的な円卓の騎士が居なかった為、誰も纏わず単体で顕現している

 

保有スキル

動物会話:D

動物の言っている事がなんとなく理解出来る。また、何となく自分の意思を伝えることも出来る。だが、細かいニュアンス等は分からない

魔術:D

母モルガンの血故か最低限の魔術を行使出来る

竜殺し:D

竜を殺した逸話が形となったもの。獅子との協力での偉業故、単体でのランクは高くない

魔力放出(竜):C

食料に困り食らった竜の血肉が、剣に組み込まれた竜の甲殻と牙が、大地の魔力を増幅する

 

宝具

約条せし帰還の楔(リュネットの剣・改)

ランク:B 種別:対人宝具

レンジ:1 最大捕捉:2人

リュネットに渡された名も無き剣を、母モルガンが地竜素材でもって改良したもの。旅に出る際、必ず無事に帰ってくるように(ねが)いを込めて、自分で用意した名剣とは別に渡された、単純に堅くて折れない事に特化したなまくら剣。刃の通りは悪く、剣というよりも鈍器ではあったが、折れないようにと願いを込めて選ばれただけあり、名剣ですら歯がたたない地竜と対峙した際その堅さ故に折れずに持ち主を守り抜いたという

ユーウェインはそれに感動し、母に頼んでかの剣を……憧れた王の剣のようにビームが出るように改造して貰った。本来の刃の外に纏うように竜の甲殻から作られた外装が取り付けられており、内部の本来の刀身に魔力をチャージ、外装を展開する事で溜め込んだ魔力をビームとして放出する……というのが理想だったが、実際にはその域には達しておらず、外装を展開すると魔力を収束しきれずに爆発するように撒き散らすに留まっている

 

竜を語れ(エクスカリバー)獅子星剣(Limit Extra Over)

ランク:B+ 種別:対城宝具

レンジ:1~10 最大捕捉:30人

 

 『その剣の()帰還(リュネット)

 地に吠え、海を裂き、空に牙剥いた

 限界の果てを語れ、其は偽物なれど友と紡ぐ あの日憧れた、星の聖剣

 <竜を語れ(エクスカリバー)獅子星剣(Limit.Extra.Over)>!』

エクスカリバーL.E.O。王の星の聖剣を目指して編み出された、大地の魔力による偽物の聖剣。地竜の素材で作られた剣、地竜の心臓を食らった獅子、そういった地に属する力を完全解放、莫大な魔力を纏って獅子に騎乗したまま突進する

 

 

 

基本設定

好きなもの:獅子、泉、我等が王

嫌いなもの:約束を破ること

天敵:モルガン・ル・フェ

一人称:私 マスターの呼び方:基本はマスター

性格

冷静であろうとする騎士。けれども基本が特攻傾向である為、一瞬であれば挑発に乗りやすい。基本的に自身は騎士として失格だとしており、自分をバカにされてもそこまでキレる事は無く、騎士道は相手より強くなければ護れなくとも仕方ないと割り切っている為多少の外道行為にも寛容。けれどもそれは、大切な人等を侮辱された場合騎士らしくない汚い手を使ってでも殺しにかかるという事でもある。注意すべきは母である魔女モルガン。円卓の騎士からは基本嫌われている彼女を、肉親の情か幼少の思い出故か彼は嫌っていない。他の円卓の騎士に接するようにモルガンを貶すと彼の地雷に触れる事となる。妻ロディーヌに一目惚れした理由は自分達が汚すべきならざる王に似ていたからではあるが、王の代用品としてではなく愛している

 

史実での人物像

イヴァンあるいは獅子の騎士の主役、獅子を連れた騎士。ウリエンス王とモルガンの間の息子であり、アルトリアから見て甥、ガヴェイン等とは異父兄弟にあたる円卓の騎士

不思議な泉に現れる黒い騎士に敗れた知り合いの仇討ちをしに泉を訪れた騎士ユーウェインは、かつて助けた侍女の手を借りて騎士を倒すも、その騎士の妻に一目惚れをする。侍女リュネットの策もあり、一旦は未亡人となった騎士の妻ロディーヌと結婚する事に成功する

幸せに暮らしていたユーウェインだが異父兄弟のガウェインに誘われ、一年の約束で冒険の旅へと出掛ける。だが、ガウェインの行動や旅の高揚によりユーウェインは約束を忘れ、思い出した時には期日を僅かに過ぎていた

結果、激怒したロディーヌに絶縁されたユーウェインは発狂するも、母モルガンの薬を持った貴婦人により正気を取り戻す。リュネットと話し、ユーウェインは再び旅に出る。今度は、妻の許しを得る術を見付ける為に

旅の中、ユーウェインは獅子と竜の戦いを見掛け、獅子を助ける。獅子は恩義からユーウェインに従うようになり、以降彼は獅子の騎士と名乗る。獅子の騎士と呼ばれるようになった彼は様々な活躍をもって名前を轟かせ、遂には獅子の騎士としてロディーヌからあの不思議な泉の守護を頼まれる

ユーウェインはその時初めて正体を明かし、リュネットの取りなしもあって復縁。以降は幸せに暮らしたという

 

 

今作での人物像

獅子の騎士ユーウェイン。基本的には史実と同じだが、母モルガンから幼少にアルトリア・ペンドラゴンの冒険談等を聞いて育った為軽度のアルトリアフリーク。自身もフリークであるアルトリアを取り巻く者達の本心等も理解しており、それが災いしてカムランの戦いが起きた際、アルトリアを愛している母(モーガン・ル・フェイ)や素直でないだけのモードレット卿が本気で王を殺すような状況を望むはずがない、誤認だと断定し即座に駆けつけることはしなかった。結果としてキャメロットに駆け付けた際彼が見たのは、全てが終わった後妹の遺体を前に呆然とする母の姿であった。王の仇として斬ることも出来た。恐らく母は大人しく斬られただろう。けれども、どうしても斬ることが出来ず、ユーウェインは逆に母を庇う

そうして母が王の遺体と共に妖精郷へと向かった後、せめて王の願ったブリテンを維持しようと騎士として奔走するも王と多くの円卓の騎士という支柱の大半を失ったブリテンは最早まとまらず、失意のうちに人生を終える

そうして、彼は思うのだ。獅子の騎士だ何だと持ち上げられても、王の最大の危機に駆け付けることすら出来なかった自分が、立派な騎士などであるものか、と。王に償う為、騎士は聖杯を求める

 

動機・マスターへの態度

アルトリアに対して償う為に聖杯を求める騎士であるが故に、騎士ではあるがマスターを王のように仰ぐことは無い。あくまでも彼にとって王とはアルトリアであり、マスターは依頼主、或いは共犯者である。だがカムランで何もしなかった(出来なかった)自責の念は強く、王に償うためであればこんな至らぬ騎士に騎士道など過ぎたものだとして、外道に対して厳しい円卓の騎士の中では外道であれども手を貸す方である。マスターによって対応がドライかそうでないかの差こそあれ、基本的には性格の合う合わないに関わらず召喚に応じマスターに従う扱いやすいサーヴァントである

 

 

因縁キャラ

モルガン・ル・フェ

『……まったく、困った(ひと)だ、母上は』

アルトリア・ペンドラゴン(リリィ)

『母上が妹を溺愛する理由も分かる気がする。私は、ほぼ王としての我等が王しか見ることが出来なかったけれども』

マーリン

『マーリンはシスベシ。それは円卓の総意だ』

獅子心王

『エクスカリバーを振るう獅子で王……私もそうなれれば王の愛したブリテンを護れたのに

それはそれとしてアーサー王を目指してるのかもしれないが我等が王にはほど遠い』

 

 

 

 

アサシン

【挿絵表示】

クラス:アサシン 真名:不明/魔狩人(ヴァンパイアハンター)

マスター:アルベール→ザイフリート・ヴァルトシュタイン(二重契約)

性別:(中心となっているのは)女性 出典:吸血鬼伝説 地域:世界全土

属性:中立・中庸 身長:素は144cm 体重:素は38kgほど

筋力:E~B 耐久:E~B 敏捷:C~A

魔力:E~C 幸運:EX  宝具:A++

 

クラススキル

認識阻害:B

気配遮断に当たる専用スキル。その目から消えた場合、アサシンに関する全ての認識を狂わせ、敵意を減衰する。幸運による判定に成功した場合に限り、それなりの正しい認識を持ち続けられるも、敵意は減衰する

英霊の纏:B

縁深い英霊・幻霊・神霊を纏い、本来召喚されない、或いはされにくいその存在ともなるスキル。伊渡間の聖杯戦争におけるサーヴァントの共通スキル。彼女の場合は、彼女自身も含まれる、魔狩人という英雄物語の主人公達の集合体を纏っている。彼女等一人一人は英霊に満たず、されども魔を狩る者という概念は確かに世界に刻まれているが故に

だがしかし、自分を含む無数の主役の概念を得て現界した結果として、彼女は元々の自分という個を喪失している

 

保有スキル

無し

 

宝具

英雄原則・二律背反

ランク:EX 種別:対悪宝具

レンジ:ー 最大捕捉:自身

アサシン唯一の宝具。吸血種といった悪が居るから魔狩人が居るという、伝承の大原則そのものが宝具となったもの

人々を脅かす魔ある限り、人はそこから救ってくれる英雄を幻想する。魔が聖杯戦争の行われている範囲に存在する限り、倒され聖杯に吸収されようと何度であろうとも再召喚される。また、全ての魔狩人が使った武器を無尽蔵に召喚して使用できる

だが、英雄と悪は二律背反。悪が居る限り英雄が夢想されるように、英雄ある限り悪もまた必要とされる。その為、対象の悪の復活に関する全ての判定に際して、判定にプラス補正をかける。真名解放すると、その矛盾を是正する為、対象の悪と自身を世界から抹消する自爆宝具となる

 

 

 

バーサーカー

クラス:ヴァンパイア→ランサー 真名:ヴラド三世/タタリ

マスター:シュタール・ヴァルトシュタイン

性別:男性 出典:吸血鬼伝説 地域:世界全土

属性:秩序・悪 身長:205cm 体重:105kg(武装含む)

筋力:B+ 耐久:C++ 敏捷:C+

魔力:B+ 幸運:C   宝具:A+

 

クラススキル

吸血鬼:EX

ヴァンパイアのクラススキル。狂化互換であり、人としては狂っているがヴァンパイアとしては当然の心であるとして名前だけが変更されている。エクストラクラスではあるが、基本的な事は全てバーサーカーと同一、クラス名が違うだけである

デイウォーカー:A

日中でも活動できるスキル。これを持たないヴァンパイアは、日中に日に当たると消滅する

英霊の纏:EX

本来は召喚出来ない存在を纏い、その存在ともなるスキル。彼が纏うものは吸血鬼伝説そのもの。飲み込まれた彼は、既に武人であり王であった串刺し公としての性質を完全に喪っている

 

 

保有スキル

護国の鬼将:ー

ヴァンパイアを召喚する際に、核としてヴラド三世が使われた事を示す残骸。彼は最早串刺し公ではなく、故に失われた

 

吸血:EX

吸血故に所持

 

 

宝具

夜王伝承・永劫祝福

ランク:A+ 種別:対人類宝具

レンジ:ー 最大捕捉:自身

英雄原則・二律背反と対をなす宝具。吸血鬼伝承そのもの

吸血鬼伝承となるほどに多くの人類の脳裏に刻まれたありとあらゆる能力を得る。また、吸血種も吸血鬼に近いものとしてその能力もある程度までであれば強引にではあるが使用可能。真名解放することで人類種に対する上位種としての資質をもって、かの人類の殺戮者(プライミッツマーダー)の性質すらも引き出すことが出来る万能の力。万能にして絶対の力ではあるが、あくまでも人により成り立つ力であるため、多くの人に否定されることで力を失うという本来であれば人々の心を束ねて放つ力でもなければ突けない弱点を持つ

 その正体としては、固有結界タタリと同質の力。ワラキアの夜によらずに、聖杯によって再現されたタタリこそがこの宝具であり、引いてはバーサーカーというサーヴァントの真実である。召喚を可能にする為のヴラド三世の影響か本人すらも勘違いしていたようであるが、元より彼は過去現在未来の人々の噂話から顕現した究極の広く浅いタタリであり、最初から残機は一切関係無く例え数億回倒されようが関係無く復活する。その為、彼を倒す事は一般的な聖杯戦争においては不可能である

 だが、此処に例外が存在し、伊渡間の第七次聖杯戦争においては、3つの勝ち筋が存在する。一つは、噂の原点である過去現在未来の人間の大半を滅する事。人類の創世予測、人理の否定であるネガ・ジェネシス(ビーストⅡ)がこれに当たる。二つ目は、同質の力による相殺。アサシンの存在、魔を狩る者の概念という同種かつ天敵がこれに当たる。最後の一つは、聖杯すらも屈する暴威でもって捩じ伏せる事。世界の危機に対抗する為に真髄を発揮した星の聖杖を携えたアーチャー、或いはビーストⅡ-if(虚空より来る危機)として覚醒したザイフリートがこれに当たる。この聖杯戦争には関係無いが、本物のORTやブリュンスタッドといった最強種、紀元前に分岐した異聞帯の王や魔神王といった人理を覆す存在であれば、このバーサーカーに問題なく勝利出来るだろう。また、基本的には不可能ではあるのだが、かのタタリは広く浅く、あまりにも広大な範囲をカバーしている為、現代文化等も取り込んでしまっている。その為、どうにかして近現代から近い未来のみの噂を非常に強く表に出させることに成功した場合、かなりの確率で日光が苦手で好きになった相手の血を吸おうとするえっちなおねーちゃんやカリスマ(笑)を振りかざすロリ等の単なる萌えキャラになり下がる。その状態であれば、滅ぼすことはともかく倒すことはそう難しくはないだろう



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Fake/Material エクストラクラス編

ルーラー

【挿絵表示】

クラス:ルーラー 真名:ミラのニコラウス/サンタクロース

マスター:なし

性別:女性 出典:史実/サンタクロース伝承 地域:ローマ帝国/フィンランド

属性:中立・善 身長:152cm 体重:40kg

筋力:B+ 耐久:C  敏捷:A+

魔力:B  幸運:EX 宝具:EX

 

クラススキル

対魔力:EX

聖人故の信仰が大元になった力。あらゆる聖堂関係、精神系の魔法および魔術を完全に無力化し、それ以外の魔術に対しては対魔力:B相当の効果を発揮する

神明裁決:C

ルーラーとしての最高特権。聖杯戦争に参加している全サーヴァントに対して、一画分の令呪を行使する事が出来る。また、全サーヴァントの中から一人に対して使用出来る、対象の決まっていない令呪を一画所持する。聖杯戦争に参加しているマスターに対しての令呪の譲渡は、対応するサーヴァントに対する令呪のみ可能であり、空白の令呪一画を除き、各令呪を他のサーヴァントに対して転用する事は不可能。また、もう一人のセイバー、ザイフリート・ヴァルトシュタインへの令呪は保有していない

真名看破:C

ルーラー特権。直接遭遇した全サーヴァントの真名およびステータスが自動的に開示される。但し、隠蔽能力を持つ相手に対しては何となくしか分からない

啓示:A

直感との互換スキル。時に近い未来を見通す程の効果を発揮する。但し、他人には神の御告げとしか説明できない為、他人を上手く説得出来ない

騎乗:A+

天を駆けるトナカイという幻獣すら乗りこなす、最高峰の騎乗スキル。但し、悪魔である竜等には乗れないし、ソリが無いと本気を出せない

英霊の纏:A+

縁深い神霊英霊幻霊を纏い、その存在ともなるスキル。彼女の場合は自身から派生し、子供達の夢という極大の祈りから別の英霊として派生した自分、すなわちサンタクロースを纏っている。英霊サンタクロース自体は彼女とは違い男性だが、原典が自身であることから、その大半の能力を使用出来る。但し、自分の行動が彼の原典だけあって被っている能力が多いため、あまり意味はない

 

保有スキル

無垢の守護者:B

罪なき人を守り、闇を祓う者である事を現すスキル。聖人スキルとは別に、世界の、聖堂教会の裏側での行動がスキルとなったもの。死徒を始めとした人ならざる者を倒し、封印する、人外特攻スキル

祝福を君に(プレゼント・フォー・ユー):A+

聖ニコラウスの奇跡、努力する人々への祝福。彼等彼女等が、越えるべき壁を越えられるように

自分を除く対象単体にスキル一つを付与する。付与されるスキルは対象が直面した危機を乗り越える為に必要であろうと思えるものが自動的に選択されるが、意思である程度までは付与スキルをねじ曲げる事も可能。それだけで越えられはしないだろうが、確実に未来を切り拓く力となるだろう。効果時間は対象が目的を果たすまで、付与出来るスキルは極一部を除いた肉体的な負荷(千里眼等)すら含んだあらゆるスキルとあまりにも汎用性が高く、故に聖杯に危険視されて出禁される一因となっている

 

宝具

夢紡ぐ聖者の鈴(セイント・ニコラス・サインズ)

ランク:EX 種別:対人宝具

レンジ:ー 最大捕捉:自身

胸元のリボン付きの鈴を核として展開されるサンタ服。サンタクロースの象徴。纏う事で、煙突の無い家に入るための物質透過、怪しまれないように両親に化ける為の変身能力、家から家へと飛び回る超高速移動、同時に複数の良い子にプレゼントを配りきる為の分身能力など、サンタクロースとして相応しいだろう力を振るう事が可能となる。又、副次効果として鈴の音を聞いた者に、眠らなければという意識を沸き起こさせる効果も持つが、突如眠り込む事での火災被害等を出さない為に即座の強制力は無い。あくまでも直ぐに眠らなければという思いを産み出し、あらゆるやりかけていた事を切り上げて眠りにつかせるだけである

 

純白の夢嚢(デザイア)

ランク:EX 種別:対界宝具

レンジ:特殊 最大捕捉:特殊

サンタクロースの持つ白くて雪のようなプレゼント袋。宝具名の通り人々の祈るありとあらゆる夢が、渇望が、願いがその袋には詰まっている

自身以外の対象が強く何かを願う限り、その願いを袋内に複製して用意する。それは宝具や……例え聖杯であったとしても関係なく複製される。だが、それはあくまでも他人へのプレゼントである為か、自身は取り出しても使用不能。例外は、その願いが特定個人のものではなく幾多の人類の集合無意識からの願いであった場合のみ。その場合に限り、彼女はアラヤの代理人としてその願いの象徴を行使出来る。(例えば、本編五日目でビーストから人類を守って欲しいという伊渡間市及び周辺一帯の人々の集合無意識によりザイフリートへと振るわれた約束された勝利の剣(エクスカリバー)のように)

 

主の慈愛は神鳴の如く(ドーナ エイス レクイエム)

ランク:EX 種別:祝福宝具

レンジ:1~50 最大捕捉:100人

纏う雷、神の慈愛を象徴する、ミラのニコラウスの宝具。やりすぎて破門されたことから、真名解放後暫くは聖堂教会の秘蹟への対魔力がCまでダウンするという。正体は聖人としての生き方を象徴した、摂理に還す力。雷を受けた者は、その本来の摂理へと立ち返る。死徒であればそうなる以前に、サーヴァントであれば生前にといったように、全てはあるべき姿に戻る。即ち、主の摂理から外れた総ての者に対する特攻概念。その分、物理的な威力は雷自体よりも大分低い。だがしかし、この力はあくまでも摂理への回帰、本来死んでいる吸血鬼やサーヴァントへ向けて振るった場合、人間に戻るのではなく人間の遺骸へと回帰する等、定められた死を無視する事は出来ない

 

 

 

 

ザイフリート・ヴァルトシュタイン(覚醒状態)

【挿絵表示】

クラス:セイバー/???2 真名:ザイフリート・ヴァルトシュタイン/???

マスター:特殊

性別:男性 出典:未判明 地域:未判明

属性:混沌・悪 身長:175cm 体重:82kg(金属部品込み)

筋力:D+  耐久:D  敏捷:C+

魔力:EX  幸運:EX 宝具:B++

 

クラススキル

対魔力:ー

悪竜の血光鎧に複合されている為未所持

騎乗:ー

擬似的にセイバーとしているだけの紛い物の為未所持

二重召喚(ダブルサモン):E

二つのクラススキルを持つ事が出来る希少スキル。セイバーのものは、彼の中の英霊のもの、その他のスキルは彼自身のものである為、あくまでも便宜上のものである

単独顕現:B➡D

ビースト全体のクラススキル。単体で現世に現れるスキル。半分ほどサーヴァントな彼は、ある意味聖杯の補助を受けず、単独で現界しているようなものであるためか、ビーストになりきらずとも付加されている。とはいえ、今の彼は、剪定されて消滅しうる程度の存在でしか無く、概念攻撃への耐性は完全では無い。また、このスキルは『既にこの世界に存在する』在り様を示す為、過去改変やタイムパラドクス系の攻撃を不完全ながら無効化する。その派生として、ビーストとして存在する事を現す為にそうでない世界を剪定し塗り替える効果も持つ

ネガ・ジェネシス:E--

ビーストⅥが持つ『ネガ・メサイヤ』と同類のスキル。現在の進化論、地球創世の予測をことごとく覆す概念結界。これをおびた彼は、正しい人類史から生まれたサーヴァントたちの宝具に強い耐性を獲得する

……というのは、あくまでも本物の話。片鱗のみの彼にとってこれはあくまでも獣の片鱗を見せている証、僅かな正しい人類史のサーヴァント特攻に過ぎない

英霊の纏:D

この聖杯戦争の特例、本来召喚出来ないサーヴァントを呼ぶために、召喚可能なサーヴァントを核として別のサーヴァントを纏うスキル。ヴァルトシュタインの目指した人工サーヴァントの完成形。ザイフリート・ヴァルトシュタインというサーヴァント擬きを核に英雄ジークフリートを纏っている……と推定される。のだが、それは嘘、彼が真に纏うのは悪竜である

贖罪の呪縛:D

彼は自身が諦める事を許さない。その先に、果たすべき何かは無いから、ゼロである自分を燃やし尽くそうとも立ち上がれと呪い続ける。自身にガッツ状態を付与する

 

保有スキル

縮地:C++

幾多の武術、武芸が追い求める歩法の極致の一つ。構えを崩さず、瞬時に距離を詰める

彼のそれは天性の観が生んだ異形の我流奥義である

 

 

宝具

悪竜の血光鎧(ブラッド・オブ・ファフニール)

ランク:C 種別:対人宝具

レンジ:ー 最大限捕捉:自身

彼が纏う、血色の光の鎧。彼自身の血を触媒とし、竜の如き光の鎧を纏う。あらゆるダメージを軽減する

英雄ジークフリートが浴び、不死身になったという悪竜ファフニールの血、の代替……だと推測されたが、そうではない。これは、彼を悪竜へと変える力である

 

偽典現界・幻想悪剣(バルムンク・ユーベル)

ランク:D++ 種別:対人宝具

レンジ:1~3 最大捕捉:三人

 「この剣は正義の失墜 世界は今、光無き夜闇へと堕ちる!

 <偽典現界・幻想悪剣(バルムンク・ユーベル)>!」

ジークフリートを目指し、真のジークフリートならざる者が我流で産み出した、偽典の剣。自身が世界に刻み込んだ血色の斬撃を束ね、一つの限界を越えた斬撃として撃ち放つ我流奥義。幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)の劣化再現

 

喪われし財宝・幻想大剣・天魔失墜(ニーベルング・バルムンク)

ランク:B➡C- 種別:対軍宝具

レンジ:1~30 最大捕捉:300人

 「邪悪なる竜は失墜し、世界は今落陽に至る

 撃ち落とす 

 <喪われし財宝・幻想大剣・天魔失墜(ニーベルング・バルムンク)>!」

喪われし財宝により手元に呼び出した、ジークフリートの剣。セイバー(クリームヒルト)からの借り物宝具

一発限りであり、本来のものより劣化していはするものの、Bランクにまで達した聖剣魔剣の両側面を持つ黄昏の剣の威力は、サーヴァント擬きでは辿り着けないはずの領域にまで到達する

真名解放すると剣に蓄えられた神代の魔力(真エーテル)を使い、黄昏の剣気を放つ

が、あまりにも当たり前の真理、彼はジークフリートではない、によりその性能は劣化している

 

悪相大剣・人神鏖殺(バルムンク)

ランク:B+ 種別:対人宝具

レンジ:1~3 最大捕捉:五人

 「恩讐は途切れず、惨劇は終わらず 世界は未だ、暁に至らず

 血飛沫(しぶ)

 <悪相大剣・人神鏖殺(バルムンク)>」

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)の真の姿、人殺しの魔剣。やはり、クリームヒルトからの借り物

そもそも、本来のバルムンクは竜殺しの聖剣等では無い。かつての持ち主を殺して所有者を転々としてきた、血塗られた人殺しの剣である。大英雄ジークフリートはファフニールを倒した偉業により、聖剣としての側面を産み出したに過ぎない。故に、クリームヒルトが持つ際には、本来の魔剣としての性質のみを顕す

柄の青い宝石には神代の魔力(真エーテル)が蓄えられており、真名解放と共に黄昏の剣気を放つ。真エーテルは神代ならざる時代の人にとっては殺戮の毒であり、人類に対して文字通り鏖殺、即ち皆殺しにする程の特異な効果を発揮する

 

竜血収束・崩極点剣(オーバークランチ・バルムンク)

ランク:A++ 種別:対城宝具

レンジ:1〜99 最大補足:900人

 「顕彰せよ、我が虚空の果ての宿星よ 紅に輝く箒星 虚無を渡りて畏れ見よ

 蒼星が夢を満たさんが為に 猛る怒りが俺を灼けど されど未来は遥か 我が翼に在りて悲劇(せかい)を穿つ 

 暁は遥か夢の果て、終わらぬ月夜に刻もう

 涙を祓うは旭光の吐息 我が(けつい)のままに……

 破壊せよ <竜血収束・崩極点剣(オーバークランチ・バルムンク)>!』

夢幻召喚し、本領を発揮した彼の扱う旭光のブレス。虚空の何者かと接続し、異次元から現れたキューブを展開。その力の欠片をキューブにより展開した紅蒼翠の三色の魔方陣から照射する。地上からも一応撃てはするが、本来は成層圏から星の涙の如く降り注ぐものらしい。言霊的に、ジークフリートによって滅ぼされた竜ファフニールの怒り等を束ねてドラゴンブレスとしているようだが……。強力ではあり、更には異次元から引きずり出したエネルギーを旭光のドラゴンブレスとして叩き付けるものの為魔力の消耗は非常に少ない。だがしかし莫大なエネルギーに霊基そのものが耐えきれない為、照射は一度が限度。更には気を抜くと自身へと向けて旭光が星の涙となって降り注ぐ諸刃の剣でもある

 

バルムンクと付いていることからも分かる通り宝具としての真名は別にあるようだが、竜血収束・崩極点剣の名でも問題なく発動する



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第二部"涙の竜星"起
簡易版キャラクター設定・第二部


セイバー陣営

マスター/ザイフリート・ヴァルトシュタイン

【挿絵表示】

主人公。ヴァルトシュタインの考えた聖杯戦争必勝法「本来のサーヴァントとは別に人工サーヴァント作って従えて人海戦術」の実験体であり、贅沢にも降霊魔術の素養を持つ人間を材料にして作られた成功例、S346。だがその正体は……。ティアマト神に縁があるらしく、ビーストⅡ-ifを名乗る

セイバー/クリームヒルト

【挿絵表示】

安定したスペックの高さから最優とされる剣士のサーヴァント

魔剣を持ってるからセイバー、であり、「最優」のサーヴァントの名に相応しい実力は備えていない。宝具性能のごり押しを得意とする

 

旧セイバー

謎に包まれた剣士のサーヴァント。二匹の狐の主

 

 

アーチャー陣営

【挿絵表示】

多守紫乃

行方不明になった幼馴染の手掛かりが聖杯にある、という謎の手紙を信じて聖杯戦争に巻き込まれた少女。突然変異的に魔力こそ持つものの一般人であり、感性も一般人でしかない

アーチャー/ハヌマーン

弓兵のサーヴァント

自称神霊であり上級のサーヴァントな猿顔の青年。眼に見えない矢という宝具を持ち、接近戦でも十分に強い化物サーヴァント。退場したはずなのだが……

 

旧アーチャー

かつての聖杯戦争を勝ち残った弓兵のサーヴァント。ちょっぴりエッチな狩人。ただ一矢に懸け、本来二の矢は無い

 

 

ランサー陣営

旧ランサー

かつての聖杯戦争に勝ち残った槍兵のサーヴァント。東方の聖王

 

 

ライダー陣営

ドゥンケル

ライダーのマスターである魔術師。聖杯を望んでおり、その為にライダーと契約しているが、本質的にはサーヴァントというものを心から嫌っている

ライダー/ユーウェイン

騎兵のサーヴァントであり、一応はアーサー王の元に集った円卓の騎士の一人にしてモルガンの息子。大体は円卓として12人挙げられる中には入らない。円卓の騎士の中では悪に対して与し易く、騎士道等もそこまで重視はしていない。マーリンの事が大嫌い

 

旧ライダー

かつての聖杯戦争に勝ち残った騎兵のサーヴァント。草原に居を構える騎馬民族の王

 

 

キャスター陣営

マスター/久遠錬

ノリの軽い男。キャスターを救うため、吸血鬼化した体で戦い続ける

キャスター/カッサンドラ

魔術師のサーヴァント

少女の姿をした魔術師のサーヴァント。未来を見れるらしい。旧キャスターに破れ、怨霊と化している

 

 

旧キャスター/モルガン・ル・フェ

【挿絵表示】

ヴァルトシュタインの家で働くメイドの一人。アルトリアを目指したホムンクルスであり、人工サーヴァントの一人、と自分の力をクラスカードによって隠すことで偽造していた、第一の聖杯戦争以来ずっとヴァルトシュタインと共に7つの聖杯戦争を越え、願いを果たそうとしていたサーヴァント、モーガン・ル・フェイ。ザイフリートに何処かアルトリアっぽさを見、妙に執着している

 

C001

【挿絵表示】

ヴァルトシュタインでフェイの元に居る本来は旧セイバーに仕えるサーヴァントの一人、銀髪狐耳。コードはGO(ザ・グレイテスト・オンミョージ)

 

C002

ヴァルトシュタインでフェイの元に居る旧セイバーに仕えるサーヴァントの一人、ピンクロリ狐。コードはNF(ナインテイル・フォックス)

 

 

アサシン陣営

マスター

ザイフリート・ヴァルトシュタイン。二重契約である

アサシン/ヴァンパイアハンター

【挿絵表示】

暗殺者のサーヴァント

そこに居るのに外見を理解出来ない少女の英霊。此処は英霊でなくとも、バーサーカーに対応して呼ばれた幻霊の集合体。逸話としての英雄

何かとザイフリートを支援するのだが、その意図は……

 

旧アサシン

かつての聖杯戦争に勝ち残ったアサシン。自分が居ることを可笑しく思われない、力により警戒されずに殺人を行えるアサシンの名を関するに相応しい妖怪……ではあるのだが……

 

 

バーサーカー陣営

マスター

グルナート・ヴァルトシュタイン

隠れていたかつてのヴァルトシュタイン当主。当代当主を見捨て、ヴァルトシュタインの悲願のためにバーサーカーを得て真実の聖杯戦争に挑む

バーサーカー/ブリュンヒルト

第七の聖杯戦争においてはランサー。本来のバーサーカーの吸血鬼の血により、恨みしか残っていない狂戦士へと姿を変えさせられた

 

 

特殊

ルーラー/ミラのニコラウス

【挿絵表示】

裁定者のサーヴァント

聖杯戦争の正しき運営の為に、異端であるザイフリートを狙っていた神鳴を纏う少女。聖杯戦争そのものが散々に掻き回されたため、大義名分を振りかざして一目惚れした少年(ザイフリート)を助けようと動く



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八日目ー第二部プロローグ

昨日と同じ今日、今日と同じ明日。神秘は隠され、世界全体としては何事もなく日々は続いて行く。そう、誰しも思っていた。だがその日その時、世界は確かに終わりを告げた

 

 世界に空いた欠落。空虚な穴。一つの都市が次元の果てに消え、世界は隠していた神秘のベールを混沌により剥がされ始める

 

 「……な、何?何なの?」

 僅か瞬き一回

 その間に、世界は様変わりしていた

 元々、誰も居なくなった街。廃墟と化した世界。けれども、ほんの数十分前まで確かに人が居たんだって分かる無人の街だった

 けれども、今は違う

 

 遠くで、何かが駆ける音がする

 草原に、馬が見える

 そう、あるはずの無い、広い草原に多数の馬の姿が

 気が付くと、私が立っている場所も舗装されたアスファルトの道路なんかじゃなくて、まるで中世のような土を踏み固めた簡易な道に変わっている

 

 「ミラちゃん、何か分かる?」

 横で見てる女の子に声をかける

 裁定者という、聖杯戦争を管理するような存在であるはずの彼女は、けれども首を横に振った

 『わたしにも、これは分からないかな』

 いやー、困ったね、と少女は金の髪を揺らした。指先でくるくると、指に巻き付けるには短い髪を弄る

 「分からないの?」

 『ルーラーって、別に全能じゃないしね

 聖杯なら分かるかな、とは思うけど、あれだけ啖呵きっちゃったからね』

 

 『けど、まあ、わたしの直感で良いなら話すよ?』

 「お願いします、ルーラーさん」

 『うん、それじゃ、あくまでもわたしの勘ってことは覚えておいてね?』

 言って、裁定者の少女は何時の間にか手に持ってた小さな白い袋から黄金の杯を取り出した

 其処には、なみなみと琥珀色の液体が湛えられている

 

 「……これは?」

 『聖杯、かな。あっ、これそのものは解説に必要かなーって取り出したレプリカで、願いはちょっとしか叶わないよ、ゴメンね』

 「……謝る必要は?」

 『この聖杯があれば大切な人を取り戻せるんじゃ、って思ったらゴメンねって話かな』

 「逆に、何か願いは叶うんですか?」

 『うん、叶うよ?だってこれも一応レプリカ聖杯だしね

 といっても、水を注いで飲みたいものを強く願うと水がその飲み物に変わるってだけの嗜好品みたいな魔術が何度でも使えるってだけだけど

 でも、美味しいお酒とか飲みたいって願いを持つ人は多いからね、案外役に立つんじゃないかな

 

 あっ、今入ってるのもお酒だから、飲んじゃ駄目だよ。アルコール40度くらいだったかな、ふらふらになっちゃうしね』

 

 『とまあ、それはもう良いかな』

 ふっと話を切り上げ、少女は微笑む

 『この杯に入ってる液体は魂。7つのサーヴァントの魂で、聖杯は満杯になる。見立てだけど、まっ、今はそういう認識で』

 「けど、満杯では無い……ですよね?」

 『うん。一杯だけど満杯ではない。6騎分の魂が入ってるって想定だよ、これ』

 少女は、器用に杯を振る。中の液体が、それに合わせて揺れた

 『そこで問題です

 聖杯はこうして貯まった魔力分願いを叶えてくれるけど、もしも魔力全部使っても……』

 と、中身の琥珀色の液体を何時の間にか用意していたガラスのグラスに移しながら、裁定者は笑顔で問い掛ける

 『叶えられないくらいの願いだったら、どうすれば良いかな?』

 「……諦める?」

 『じゃ、神巫雄輝くんを甦らせるのは聖杯でもちょっと出力足りないから諦めてね』

 「ちょっ……」

 『ってわたしに言われたら、無理でしたって諦められる?』

 「……それは」

 『うん、冗談。けど、そんなの無理って分かったよね?』

 悪戯っぽく、ミラちゃんは笑った

 

 『それじゃ、どうすれば良い?』

 少しだけ考える。量が足りないなら……

 「量を増やす?サーヴァントが7騎よりもっと多ければ、その分魂は増えるよね?」

 私自身、あくまでもシミュレートだとしても酷いこと言ってるな、って思える結論

 『うん、そうだね。けど、わたしがフリットくんを狙ってた表向きの理由、覚えてるかな?』

 「……一目惚れ?」

 『それは表向きじゃない、かな

 ホントの事だしね』

 「ふぇっ!?」

 思わぬ返しに、間抜けな声をあげてしまう

 

 「あ、あう……」

 自分の事でもないのに、頬が熱くなるのを止められない

 『ってゴメンゴメン、言ってて自分で恥ずかしいや』

 少しだけ赤い頬を撫でて、少女は微笑む

 『って、その方向じゃなくて。裁定者(ルーラー)として狙ってた理由だからね』

 「ちょ、ちょっとだけひどい事言われた仕返しを、と……」

 とても見事にカウンターされてしまったけど。アーチャーか見たら笑い転げられるかもしれない

 

 「えっと、八騎めのサーヴァントだったから、でしたか?」

 一つ深呼吸。気持ちを切り換えて問い掛ける

 『うん。サーヴァント多いと聖杯戦争がそもそも成り立たなくなるからね

 一度に呼べるサーヴァントは本来7騎。まあ、わたしみたいに裁定者が来たり、或いは昔の聖杯戦争に勝って受肉して第二の人生を満喫してるサーヴァントなんかが居たりすれば増えるし、他のサーヴァントを召喚するサーヴァントだって居なくはないし……。わたしは見たこと無いけど、5騎以上だったかな、沢山のサーヴァントというかそのマスターが結託して一人を勝たせようとしたマッチポンプをやった場合にはもう一セット呼ばれるってカウンターもあるらしいし、その限りじゃ無いんだけどね』

 言ってミラちゃんは、水を杯に注ぎ込む。それはもう満杯、溢れる寸前まで

 

 『けどね、基本的に入るのは7騎分まで。聖杯だってギリギリの所までやってサーヴァントを用意してる訳だしね』

 更に、手を止めずに少女は水を注ぎ続ける

 当然ながら耐えきれずに杯から水が溢れ、外面を伝って少女の白い指を濡らした

 『だから、8騎めが例え居ても零れるだけで意味は無いかな。あっ、ならば一回変換してちょっと使ってから継ぎ足してって思うかもしれないけど、それも無し

 だって、変換始めた時点で聖杯戦争は終わり、例え継ぎ足す為にサーヴァント用意してても強制的に退去させられちゃうし、どうにかして残らせてても願いは叶えたって聖杯の機能止まっちゃうしね』

 「なら、二回やれば?」

 『良い線いってるけど、それも無理かな

 聖杯自体が時間をかけて、漸く出来るのが聖杯戦争。連続で起こせるなら何とかそれも可能だけど、普通は無理させても10年はかかるよ、次をやるの

 流石に10年掛かったら、完全に別物扱いされて喧嘩しちゃうから無意味だよ』

 「じゃあ……」

 答えが、出ない

 

 『ってゴメンゴメン、一つヒント言ってなかったよ。これじゃ分かんないね』

 言って少女は、不可思議なドリンクを作り始める

 濁った色で、何か浮いてて、そして泡立つよくわからないもの

 

 「……これは?」

 『聖杯戦争のモデル?

 そもそも、6騎の英霊の魂を用意するって事自体がこの段階、どうしようもないごちゃ混ぜなんだ』

 「……う、うん」

 『あっ、これはコーラとジンジャーエールと果肉入りイチゴミルクとオレンジソーダとコーヒーフロートとうがい薬のちゃんぽん』

 個性的でしょ?と少女は笑う

 つられて、私も笑った

 「美味しくなさそう」

 『美味しい訳ないよ?今は、ね』

 けれどもそんな良くわからないものは、一瞬のうちに澄みきった黄金に変わる

 ……違う。黄金じゃなくて透明だ。透けて杯の黄金が見えてるだけ

 

 「……ひょっとして、聖杯はそんなごちゃ混ぜを一つに出来る?」

 『うん、正解。聖杯戦争なら、ね

 それに、この杯はもっと大きいとバケツになっちゃうからってこれが最大サイズだけど、聖杯そのものは大聖杯ってもっと大きいのもあるからね』

 「じゃあ」

 『うん、ごちゃ混ぜを束ねた聖杯を7つ用意して、更に大きい聖杯に注ぎ込めば、全部一つに出来るよ』

 「……そういえばミラちゃん、7つなきゃいけないの?」

 『多分聖杯は5つあれば足りるかな出力的には。けど、聖杯戦争ってもともとある儀式の枠組み借りてやってることだから、7つ無いとそもそも始められないよ多分。自前で儀式魔術組めれば話は別だけど、5回で良い魔術組み上げるより、7回全部やっちゃう方がよっぽど簡単だね』    

 「じゃあ、今は……」

 『その通り、多分7つの聖杯が揃って、大きな聖杯戦争を始めたって事だよ』

 まっ、推測だけどね、と少女は声だけ笑った

 目は、笑っていなかった

 

 「じゃあ、かーくんは!」

 『殺すなら生かしておく理由無かったし、多分生きてるよ?』

 「ホントに?」

 何も分からなくて不安で、ついそんな気弱な事を聞く

 大丈夫だって根拠もなくても信じれれば良いのに

 『フリットくんがあのアーチャーを倒してくれると意味もなく信じきれていたなら話は別だけど、流石にね……

 って、アーチャーさんのマスターに言うことじゃないね、ゴメン』

 「けど……」

 『不安?』

 綺麗な少女の目が、私の目を覗き込む

 サーヴァントというから存在感でおっきく見えていたけど、良く考えると私と背丈は変わらない。胸は違うのが、ちょっと悔しいけど、大丈夫、私はまだおっきくなる……きっと

 「……うん」

 気圧されるように、私は頷く

 

 『それじゃ、心配を解消する為に、ちょっと見てくるね』

 それを気遣ってくれたのか、さっと裁定者の少女は離れ、駆け出していく

 

 『あっ、気をつけてね、わたしも知らないサーヴァントがもう現界してる可能性があるし、近くの……』

 少し足を止めて、少女は辺りを見回す

 すぐに一ヶ所に目を付けた

 『大きな木の下に隠れてたりするといいよ、それじゃ!』

 雷鳴一過、雷と化して裁定者の少女は全力で空を駆け、一瞬で見えなくなる

 

 「……はあ、疲れた……」

 どっと息を吐き、言われた通りに木を目指す

 「これから、どうなるんだろう……」

 さっきまで街だった木がまばらな草原をとぼとぼと歩き、木に近寄って……

 

 『……流石に、ガキっぽ過ぎるか

 もっとお姉さんの方が良いんだが、仕方ねえ』

 その声は、背後の木の上から響いた



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八日目ー第二部プロローグ・Ⅱ

振り返ると其所には、一人の男性が居た

 

 年の頃は……30行くかどうかだろうか。無精髭を生やし、長い髪は無造作に後ろで一度束ねている。髭はないけれども、髪を束ねているのは吸血鬼が暗躍した日に見た銀の狐さんと同じ。とはいえ、きっちりとした狐さんとは違い、髪は手入れされてなくてボサボサだ。両の手の親指と人指し指でボックスを作り、まるでカメラ越しに眺めているようにこちらを見ている

 

 『……胸ちっちぇえ』

 ぼそりと、男がぼやいた

 「余計なお世話です!」

 『もっとこう、出るとこ出てればなぁ……、ガキでもまあ良いやと思えるんだが』

 「って、何の話なの!?」

 『……何だろうね』

 男はそう、おどけて見せる

 

 私だって、わからない筈は流石にない。彼はサーヴァントだ。それも、ミラちゃんが言っていた、わたしも知らないサーヴァント。つまり、七つの聖杯を集めて起こした聖杯戦争の方のサーヴァント。かつての聖杯戦争の勝利者

 

 『まあ、可愛い子が居ないかの品定め?

 ダメだわ、今回のメンバーはマスター含めてガキっぽ過ぎる。せめてかのオルレアンの聖女(ジャンヌ・ダルク)よりちょいと上くらいの遊べる胸のでかいねーちゃんが居れば良かったのに』

 「酷い」

 きゅっと胸元を抑えながら、女の敵を見る。武器は特に持っていない。ということはキャスター?それとも武器は隠してるだけ?アーチャー(孫悟空)だって、空気の屈折で隠したりそもそも掌サイズに小さくしたりでぱっと見ては何も持ってなかったし、断定は出来ない。ミラちゃんなら見ただけで分かるかもしれないし、最近のかーくんもカンニングしてる(情報閲覧)感じはあるけど

 『酷いのはこっちさ。やる気出ねぇ……』

 「ええ……?」

 はあ、と溜め息を吐く謎の男に、ぽかんと口を開けて間抜けな声を返してしまう

 

 『キャスターはちみっこいし、ありゃ目的の為なら自分の体程度くれてやるって割り切ってる女だ。自分を貪りたいなら貪らせ、その代わりに自分の目的の為に動かせる毒婦だ。やってられねぇ、やっぱり清純じゃないと』

 ……注文の多い男の敵である

 今までの言葉から推測できるのは……胸の大きな女性が好きなこと。20代くらいの……もう少し惚れた腫れたに慣れて一夜の関係とかを知ってる女性の方が好みなこと。それでいて割と純情な方が好きで、多分……酷い言い方をすればビッチは嫌い

 

 「単なるエロ親父……?」

 そう、私は結論を出した

 助けてアーチャー、サーヴァントについての情報とは思えないよこれ

 ……呼んだか?とやさしい風が頬を撫でた気がした。けれども、そんな柔らかい風が吹いた気がしたのはほんの一瞬。恐らくは単なる気のせい。それでも、そんな気がした事が私の気を引き締める。大丈夫、これくらい私だけでも対応はいける。やらなきゃ、と

 『酷い言い様だ。ダンディーな叔父様と』

 「単なるエロ親父……だと思う」

 怖くない、と左手をしっかりと握り締める

 

 目敏くそれを見つけたのか、ひゅうと男は下手な口笛を吹いた

 『案外遊んでるのかねぇ

 ……アリか?いやノームネーだしなぁ』

 「だから何なの!?」

 『刺青とは染められてんのねぇって話』

 「刺青?そんなもの……」

 と、言われて気が付く。そういえば、アーチャーと数日前まで契約していた証として残る令呪のことを。知らない人が見たら手の甲に刺青してると思われても仕方ないのかもしれない

 

 『まあ良いや。奥様方の噂になるのもまた一興』

 「噂?」

 『そう、どこどこの婚約者と別の男がとうこうな世間話か……』

 ふっと、空気が変わ……らない。茶化した自然体のまま、言葉は続く

 『殺人事件か』

 

 「きゃっ!」

 咄嗟に、体が動いた

 というよりも、自分の意思が追い付くよりも速く、引っ張られるように腕が動いた

 ペンダントにして首にかけておけるようにはなっているけれども、お守りとして握っていた鮮やかな紅の棒を全長3mほどまで伸縮、飛んできた小石をその伸びる突きで打ち落とす

 そのまま棒を振るって腰後ろに構え、その動作のついでに二つ目の小石を(はた)き落とし

 「っ!」

 突然、棒が熱くなって思わず手放してしまう

 そのまま棒は巨大化、かーくんの為の天空の決戦場を作ったら時ほどではないけれども大きくなって壁になる

 ガンっと鈍い恐らくは大きめの石が壁となった棒にぶつかった音がしたけれども、流石にあのアーチャーから借りた(押し付けられた)宝具、びくともしない

 ほっと息を吐いた所で、放物線を描いてそれでも正確に私の頭目掛けて全長30mほどまで巨大化しているはずの棒を飛び越えた石が襲い掛かる

 下がって逃げようとして、慣れない地面に足を取られ……

 ぽふっと、石はふと現れた黄金の雲に飛び込んで、出てこなかった

 

 「敵なの?」

 『現状、そっちの味方だった事は一度もねぇなぁ

 んでもまあ、止めとくか、後が怖い。わざわざ火傷しに行く気は無いわ

 んでもまあ、最低限護れるのは及第点と』

 「……何?」

 『んじゃあ交渉だ。正直言って、もう少しオトナなら完璧だった金髪巨乳のねーちゃん(サーヴァント)に出てきて欲しかったが、自力で護れるなら良いや

 買う気無い?』

 「……ふぇっ?何……を?」

 『こ、の、お、れ』

 人の悪いような、好色なような……無理してるような、良くわからない顔で、男はそう告げた

 

 「とういうこと?」

 『ノームネーはマスター、あのおっぱいでかいねーちゃんはサーヴァント

 聖杯んにゃろうが言ってた、サーヴァント擬きとそのサーヴァントがまだ抵抗してるってのに当てはまる

 ……孫悟空擬きを女の姿で作るとか、自称正義も色を好んだのかねぇ。英雄色を好むと言うが、英雄が本当に英雄として在った場所では好色なんてやってる暇無いのにさ』

 「う、うん。それで?」

 否定したくなる。それはかーくんの事だし、ミラちゃんは私のサーヴァントじゃないし、私は別にかーくんみたいに無理矢理サーヴァント擬きにされてしまったりしてない。アーチャーに半分無理矢理宝具押し付けられてるけど

 

 『正直な話、嫌いな訳よあいつら。なんで、最後の最後に残ったセイバーと戦ってる最中、糞マスターを事故として射った。だってのにセイバーは自滅するわでその聖杯戦争に勝てちまった

 

 ……つまりは、マスターの居ないフリーサーヴァント

 だってのに、わざわざ解放されたはずのヴァルトシュタインに出戻る事は無いだろ?顔は悪くねーからストライクなねーちゃん程ではないけど美少女特別価格で安くしとくぜ?』

 

 『……今度は自分のマスターを殺さないって保証はあるのかな?』

 不意に、私の前からそんな声が聞こえた

 気が付くと、ミラちゃんが帰ってきていて、こけた私に手を差し出している

 『可愛い娘を射つなんて、世界の損失だろ?

 野郎だったら射つ』

 ……やっぱり酷かった

 

 『ちょうど良いや、話したかったんだ』

 『わたしは、あんまり出てきたくはなかったんだけどね

 多分石投げはわたしが護りに戻ってくる事を待ってたんだろうなって思ったけど、乗るのは癪だったしね』

 私の手を柔らかな手で握って引きながら、ミラちゃんは複雑な表情で答える

 『それで?向こうはそう言ってるけど、どうする?』

 「……ミラちゃん、良いの?」

 『何が?』

 私の問い掛けに、裁定者の少女は呆けた表情で首を横に倒した

 

 「だって、他のサーヴァントとも契約するなんて……裏切りにならないのかな?」

 『ん?特に気にしないよ?

 世界には本命のサーヴァントを隠して、もともと使い捨てる気満々で別のサーヴァントと二重契約した、なんて酷いマスターさんも居るからね、複数のサーヴァントと契約する事自体は問題ないよ』

 少しだけ、口をつぐむ。言って良いのか迷うように

 けれども、それも一瞬の事で少女は続ける

 『フリットくんだって、二重?三重?契約してたからね、今更今更。アーチャーだってなーんにも言わないと思うよ?』

 『アーチャー?』

 『うん、だってそこのサーヴァント、アーチャーでしょ?』

 

 「えっと……あ、うん、そうだよね」

 訂正しかけ、すぐにやめる

 あの男がミラちゃんを私のサーヴァントだと思ってるなら、大丈夫だって本当に信じられるまではそれを否定しない方が良いと思ったから

 本当の意味は、アーチャー(孫悟空)が何も言わないかどうかって話だと分かるけど、言わずに左手の令呪に触れた

 ミラちゃんはああ言ったけど、文句言ってても何だかんだあのアーチャー、自分が御師匠(三蔵)の弟子である事に誇りを持ってた気がする。昼間たまに聞いたもう一人(ハヌマーン)の主君……ラーマについてはもっと。だから、他のサーヴァントと契約するなんて、仕える者としての自分を捨てるようで怒らないかなと思ってしまう

 

 「うん、大丈夫。価格次第かな?」

 髪を揺らし、耳をくすぐる風が『怒んねぇって、心配すんなマスター。豚い御能みたいな弟弟子が増えるだけだろ?歓迎するさ』なんて都合の良い事を言ってくれた気がして、私はそう答えた

 『価格か……時価だしなぁ』

 わざとらしく、男はにやける

 『時価ならタダって手もあるよ?』

 『そりゃ、一夜の過ちしてくれるなら、考えてもいいかねぇ』

 『それ、タダって言わないよ』

 胸を凝視する男へ向けて、ミラちゃんは半眼で冷たく言った

 私も、思わずじとっとした眼で見てしまう

 

 『うーん、案外良いねぇそういう表情。ゾクリと来る。乱したくなる』

 「……最低です」

 『あわてんぼうの サンタクロース

 クリスマスまえに やってきた

 

 慌てん坊が一夜間違ってクリスマス前に来るだけで大問題だからね、一夜の過ちはやりたくないよ』

 『その誤りはベツモンだろ』

 『断る方便だしね、適当で良いかなと思ったのです』

 『聖女様はお堅いねぇ……』

 『まっ、わたし自身は一般的に言われてるほどには思ってないけどね

 好きあっていて、漠然とでも良いから相手と共に生きていく事を考えてるくらいなら、まっ自然な事だし良いんじゃないかな?』

 わたしにはそんな相手残念ながら居なかったけどね、と茶化してミラちゃんは話を切った

 

 「……それで、どうすれば良いの?」

 『じゃ、胸揉ませろ。無いけど』

 『……三度目は無いよ?』

 『冗談冗談、まあ、ゾクゾクくるその冷たい目を堕として乱れさせるってのも一興

 

 その為には、共に居ないとな』

 『つまり、結局タダかな?』

 『出血大サービス。おれの真名クイズ正解でどうだ?』



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八日目ー第二部プロローグ・Ⅲ

真名を当てろ。それが手を貸す条件だ

 

 そう言われ、私は考える

 ただ、考える

 きっと答えは出ないけど考える。だって私、かーくんや戒人さんみたいに英雄とかヒーローとかに目をキラキラさせたこと無いし、だから神話の英雄とか全然詳しくないし。かーくんの話に付き合っての聞き齧りの知識くらいしかない。私の話に付き合うためだけにたまに見てくれていたかーくんの恋愛ドラマに関する知識とそう変わらないくらいだろう。ドロドロしたものより大体のアニメ(ラブコメ)みたいにそこまで拗れない方が好きだと言っていて、名前は多少知ってて有名どころなら粗筋もまあ分かるくらい。細かいのなんて全くもって分からない。世界史の教科書知識とそう差は無い

 

 それでも分からないかなと男の姿からヒントが無いか探してみる

 とりあえず、あまり良い服ではない。シンプルな布の服だ。ちょっと袖がほつれていたりして、正直安物としか思えない。セイバーみたいに高いワンピースでも無く、バーサーカーみたいに王公貴族みたいなマントを羽織ってもいない。一枚の色の無い布から織り上げたもの

 「ねぇ、だいぶ昔の人かな?」

 『服装は年代のあてにならないよ?

 わたしより昔の生まれのサーヴァントの中にだって、装飾ゴテゴテの金ぴか鎧の半分人とか、凝りに凝ったドレスの王女様とか居るしね』

 「じゃあ」

 『生きてた頃の階級くらいかな、分かるのは

 セイバーさんとか、服見るだけで明らかに貴族って感じでしょ?』

 「うん、つまりここまでだと……奴隷さん?」

 なんか違うなと思いながら、そう聞いてみる

 『農業とか牧畜とかかな?汚れちゃうし着飾ってもなお仕事の人。自信のある狩人さんもこれにフードとかでやるかな。その場合は緑に染色したりだけど』

 

 もう一段、男を観察する

 いやー、悩む女の子って良いねぇとにやにやしている。腕を組んだ際に深い谷間が出来るくらいあれば良いのに、と小声で独り言を呟いていてちょっと殴りたい。同じアーチャーでも、アーチャー(孫悟空)ならそんなこと言わないのに。基準が可笑しいとおもいながらも、そう考えてしまうのを止められない

 

 『まあ、わたしみたいなのだと流石に服装だけでバレバレになっちゃうからね。真名を明かしたくないからってわざと似合った服装から変える人とか、たまに居るよ?』

 チリン、とベルの音と共に、ミラちゃんの服装が現代風の可愛らしい私服に変わる。ヒールは高くなくて動きやすく、緑寄りの色と白で揃えられた、ラフというよりはよそ行きのちょっと気取った服。私なら、かーくんに可愛いって言ってもらいたい時に……二人で映画なんかの汗を描かないだろう場所に出掛ける時に着るだろう服装。大事そうに首に巻いた赤いマフラーだけが浮いているけれども、全体でクリスマス色って言うならば合ってるかもしれない

 『くるっとターンしてくれ、下着見えそう』

 『やっても良いけど、対価とるよ?』

 けれども、可愛いけれども

 「ミラちゃん、これからミラちゃんの真名なんて分かるの?」

 『ライダー、サンタクロース。さっきの姿なら丸分かり

 プレゼントとか無いの?』

 『プレゼントは良い子と頑張ってる子にしか無いよ?スケベなプレゼントを何にも頑張らずに要求している駄目な大人には、ありません』

 そのまま、ミラちゃんは私に向けて芽を合わせる

 『ほら、こんな風にしちゃえば、服装から真名とか分からないでしょ?あっちのアーチャーさんだって、やろうと思えば服くらい用意できただろうけど、それじゃあ頭にサークレット嵌まってて一目見てわかっちゃうレベルだろうから自重してたんだろうし、ね』

 「あれ?じゃあ服装から考えるのって危険?」

 『大丈夫大丈夫

 こんなヒント出されてない状況で、数少ないヒントになり得る場所にわざわざ嘘仕込むようなクイズって、問題にミスあるからね。わたしがしばいて終わりかな?』

 『止めてくれよ、サンタさんから貰うのは、甘い一夜って決めてるんだ。拳のプレゼントは勘弁

 服装がヒントってのは間違ってねぇから』

 

 「うん、なら……」

 『まあ、どう考えてもヒント足りないけどねー

 とはいっても、農家さんとか狩人さんとか、そういった人の中でサーヴァントとして呼べるほどに名前を座に刻んだ人ってかなり割合的に少ないからね

 間違いは何回までって制限も無いし、最悪総当たりでもすぐに当たるんじゃないかな?』

 「でも、そもそも名前が……」

 と、言いかけて思い出す

 

 非日常に囚われていて忘れていた、普通の事。調べれば良いじゃんという、凄く簡単な事に

 幸い、携帯の充電はまだまだあったはず。そう思って、スカートのポケットから携帯出そうとして……

 「あれ?落としちゃったかな?」

 ポケットには、何も無くて

 

 空から、携帯は自由落下にしてはふわりと落ちてきた

 見ると、上空で金の雲がひっくり返ってる。どうやら、雲の中に落としていたらしい。見つからない場所では無くて良かったと、きゅっと遊園地で買った、かーくんとは色違いのお揃いだったマスコットのストラップを握る

 

 「けど、やっぱり圏外だよね」

 画面を点灯させて、右上の電波状況を確認。当然のように通信出来る電波は此処には無かった

 「あれ?でも繋がる」

 だというのに、何の気なしにブラウザを開くと、普通にホーム画面に移動した。通信が無い場所では、接続できませんの画面が出るのが普通なのに、検索画面には辿り着ける

 良く画面を見ると、入れた覚えの無いアプリのアイコンが左に表示されてるのが見えた。アイコンは……デフォルメの猿。タップしてみると、おサル-wi-fiという表記と共に、とりあえず電波が飛んでるのが分かる……って、またアーチャーが何か仕込んでいたんだろうか

 とりあえず使えるのかなと英雄について多少検索してみる

 検索結果は……何というか、あまり出てこないけれども最低限大手の情報サイトには繋がるみたいだった

 

 「これかな?」

 『ん、分かった?』

 ミラちゃんが此方を見て首を横に倒す。その頭の淡い金髪に、綺麗な赤色の林檎の髪止めが揺れ映えた

 「多分、だけど」

 『それじゃ、足りないヒントから突き付けてあげようかな』

 

 ひとつ深呼吸。多分あってるとは思うけど、ヒント足りてないというミラちゃんの言葉が引っ掛かる。聞けば多分教えてくれるとは思うけど、裁定者に頼るっていうのもカンニングな気がしてちょっとやりにくい

 「あなたの真名は……ダビデ?」

 それが、私の答えだった

 石、アーチャー、そしてミラちゃんの言ってた牧畜とかの人という点。それらと後はスケベな事なんかを合わせると、きっとこれじゃないかなという答え。全部に当てはまる人を、私が足りてない知識で検索しても他に見つけられなかったとも言う。その点ダビデなら私だって教科書で像の写真を見た事があるくらい有名だし、下を隠してない変態さんの像になるくらいだし……

 

 『やーい、やーい、お前の真名ダービデー!

 はあ』

 けれども、男の人はそうまるで軽蔑するように叫んだ後、肩を落として息を吐いた

 『……首吊ってくる』

 『知ってた』

 それを見て、ミラちゃんが苦笑しているのが、ちょっと悪いこと言っちゃったかな、なんて思わせる

 

 『止めてくれないか、人をダビデ扱いするのは』

 『うーん、多分こんな情報だけだと真名ダビデって返されると思ってたけど、ほんとだったね』

 「そんなに、不味かったの?」

 『うん、お前の父ちゃんダービデー並の侮辱かな、これ。自業自得だから同情はしないけどね

 手加減の為に本当の武器を隠して石なんて投げてたら、そりゃダビデにされちゃうよ』

 「……御免なさい、そうだとは知らなくて」

 大人しく、頭を下げる

 

 『それで、サンタのねーちゃんは分かってるのか?』

 『ん?言う必要あるかな?』

 『いやさぁ』

 『ん、これ

 貴方の真名は最初から分かってるよって、寧ろそこのマスターさんへのヒントとしてわたしには似合わないかもって思いながらも林檎の髪止めしてたんだけど、気が付かなかった?』

 ミラちゃんがその細くて白い指で、頭に着けた髪止めを指差した

 

 「……林檎の、髪止め?」

 そういえば、かーくんを探してくると言って離れていった時にはそんなもの付けてなかった。私服に変わって見せたときに、わざわざ付けたもの。そう言えば、ミラちゃんとは何回か会ってるけど、林檎の髪止めなんてしてたのを見たことがない

 つまり、あれは足りないからわたしがって追加してくれたヒントだったんだ

 ……でも、ちょっとそれでもわたしには分からない。かーくんなら多分分かる。今のかーくんなら、きっと全て知ってるみたいなあの蒼い瞳で一目見て真名を呟けると思うけど、私には無理

 

 『林檎、ねぇ……

 わたしを食べてって事かと』

 『じゃあもう一個。石使ったのって、二射目は本来無いから、だよね?』

 ニコニコしたミラちゃんが、ちょっと怖い

 『あなたはアーチャー。本当は普通に弓を使う。だけどあなたは凄すぎて一発目を外さない。外すわけがないと世界に思われている。だから、撃っても防げる(外せる)ように弓矢を射らなかった。射つ訳が無かった二発目は、あなたにとって特別な意味を持つから

 絶対に外すわけがない弓の使い手。伝説の英雄。平民で、権力への反逆の象徴。その真名は……』

 「真名は?」

 『それは、帽子嫌いでお辞儀も好きじゃない、実在した証拠はないけど居るに違い無いと信じられた本人の口から

 

 あなたにも混じってる方はちょっと分からないけど、基本の方は彼だよね?違うかな?』

 『いや、違わないよ

 

 惜しいねぇ、賢しい女より、ちょっとバカっぽくて素直に目をキラキラさせてくれる方が可愛いのに』

 『……はあ。そんなにスケベな人だったとは知らなかったよ』

 『可愛い子は宝だし、他に良いモンも無かったからねぇ……そりゃ、男なんて他に打ち込める娯楽が無い場合は一皮剥きゃあこんなもんよ』

 「……つまり?」

 『っても、可愛い子に名前を覚えられてるのは良いモンだ

 力は貸すぜ、可愛いけど乳臭いマスターちゃん。出来れば突然変異で胸おっきくなってくれ。呼び方は、そうだな……』

 ミラちゃんは分かっているらしい真名を結局告げず、男は真剣に額に皺を寄せて悩み、告げる

 『ヴィル兄さん、と呼んでくれ』



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九日目ー混乱と認識

ふと、目を覚ます

 寝ちゃってたんだということに、柔らかな何かに包まれている自分を認識して、はじめて気が付く

 

 『おはよ、良く寝れた?』

 近くに立つのは、可愛らしい私服に身を包んだ少女……ルーラー、ミラのニコラウス

 「……此処は」

 『残念ながら、あのヘンな世界だよ

 大きな木の下なら、隠れるにはちょうど良いからね』

 「……隠……れる」

 確かに、天井のように見えるのは木のうろだ。私は、ちょっとふかふかした敷物を敷かれた上で寝ていたみたいだった

 『うん、危険そうなのがうろうろしてたからね、そりゃあ隠れるよ。わたしだって、無駄な戦いはしたくないし』

 何処かを見ながら答える少女の目線を辿り、うろの入口にそれを見付ける

 アーチャーと出会ったその日に見た化け物、つまりは魔獣の死骸を。眉間に矢が突き刺さり、完全に事切れている

 

 「魔獣?」

 『うん、これは凄く弱いし、別にやっちゃってもちょっとした小競り合いで帰ってこなかったって事で良いかなって事で倒したけど、大物とかやりあいたくないしね』

 「そんなに強いの!?」

 『ううん、最上位でも精々地竜かな、此処に居るのは。勝とうと思えば勝てるよ?

 でもね、頭を潰せば安心ってならないからね。寧ろ警戒されちゃう。倒しても意味なんて無いのです。なら、無視の方が楽だよね?』

 「う、うん……

 って、弱いのなら倒して良いの!?」

 『うん。変な人々に狩られてるのも見たしね、一匹二匹帰ってこないのなんて多分普通のことなんじゃないかな?』

 何だろう、外見が可愛い女の子だからアーチャーよりは話しやすいかなと思ったけど、やっぱり感覚が違う。かーくんだって竜はすごいって言ってたし、それを倒しても意味無いから無視、と言えるのはちょっと。実際、勝てそうな気がするから何より困る

 

 「ところで、此処って本当に何処なの?」

 『座標で言えば、わたしたちが居た伊渡間市……で間違いないはず、なんだけどね』

 「座標とか読めたの?」

 言っちゃ悪いけど、この少女にそんな技能があった気がしない。それを言えばアーチャーもなんだけど、あのアーチャーならきっとちょっと駆け回って調べたで済む気がする

 『まっ、占星術だってスキルだしね、その気になれば他の誰かに一時的にその力をあげるくらいは訳ないのです』

 「つまり?」

 『旧の方(もう一人)のアーチャーさんに占星術スキル付加して、星の並びとかから緯度経度読んでもらったよ?

 あっ、後はちょっと空から見てみたけど、飛び上がれて大気圏より大分下まで。上空4~5kmって所かな?この世界はその外に広がってない閉鎖世界だから宇宙には行けなかった。ちょっと面倒だよね

 お陰で多分この辺りって所までは分かっても、実際に此処が本当に日本列島なのかとかは見えなかったよ』

 「面倒なんだ」

 感情のこもらない声で、ただそうとだけ返した

 もうやだこのサーヴァント。アーチャーはもう居ないからって慣れようとしてたのに、アーチャーならやりそうって事をやって来て忘れられない。そういえば、アーチャーの宝具を止めに宇宙に飛び出してた、このルーラー、なんて事も思い出してしまって

 

 「それで、本来は伊渡間市があった場所だっていうのは分かったけど……」

 『決戦場、だ、胸も背もちっこいマスター』

 答えたのはミラちゃんではなく、男の声だった

 「えっと……うーんと……

 あっ、ヴィル……さん」

 咄嗟に名前が出なくて、少しあせる

 『ヴィル兄さん、だ』

 『別に、彼の本名はヴィルヘルムとも読むってだけだし、好きに呼んで良いんじゃないかな 

 後、兄さんじゃなくておじさんだと思うよ?』

 「じゃあ、ヴィルヘルムさん」

 『おう、何だちっこく可愛いマスター?出来ればちょっくら感情込めて兄さんと付けてくれ。いや、これくらい幼いならお兄ちゃんとかお兄さまもアリだな』

 『無いよ。というか、わたしが保護すべ気マスターに、いかがわしいお店の人の呼び方強要しないで欲しいかな』

 「決戦場って?」

 話を切るように、そう問う

 

 ふと、彼は遠い目で答えた

 『なあ、ひとつ思うんだが……

 固有結界はわかるな?』

 分からない。私に魔術の知識を求めないで欲しい。かーくんが何か言ってた気がするけど、詳しくは覚えてない

 『首をかしげないでくれ……』

 『と、言うことで、今回はわたしがおサルさんには分からない魔術講座、やっちゃうよ!』

 思ってたよりテンション高く、何時の間にやら眼鏡……多分伊達を掛けたミラちゃんの宣言と共に、私の意識は一瞬途切れた

 

 そして、目が覚めた時、私は教室に居た

 少し前まで日常的に居て、だというのに懐かしくて、ぽっかりと穴が空いたようで寂しかった……かーくんが居なくなってしまってから進級した学年の教室。熱血な先生が担任だったからあった、荒々しい筆で書きなぐられた標語が黒板の横に張られている所まで再現出来ている

 「……ふぇっ?」

 『ああ、大丈夫大丈夫、これ単なる視覚聴覚ジャックする魔術だから』

 「単なるってレベル!?」

 『世界書き換えてないから単なるだよ?第七次のアーチャー(ハヌマーン)さんだったら息をするように出来る程度。ちょいと風を操って幻聴と幻影を投影するフィールド貼ったぜって感じで』

 アーチャーだってこんなこと……うん、やる。というか、筋斗雲貸してくれると言った昨日やってた気がする。本当に、もう居ないって覚悟決めようとしてたのに、調子狂う

 

 気がつけば、ミラちゃんは私の学校の制服着て、私の席の右隣に座っていた。そしてヴィルヘルムさんは、くたびれたスーツを着せられて、教卓の前に立っている。どちらも似合うのが、何処か可笑しくて

 黒板には、四時限目:固有結界基礎と書いてあった。一、二、三時限目は何だったんだろうそれ。……黒板横の時間割に書いてあった。一時限:魔術講座基礎、二時限目:サーヴァント講座基礎、三時限目:ビーストクラス基礎。無駄に凝っててもうくすりと笑うしかない。というか、良くアーチャーが私に教えてくれた事を知ってる

 

 『うーん、中々。現代には制服フェチなんてものもあると聞いてへーしてたけど、こうして実際に見てみれば……』

 『センセー、変態教師は捕まるよ?』

 『捕まるなら教え子に手を出してからだな』

 『大丈夫、疑わしい段階で捕まえちゃうからね

 始めようか』



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九日目ーサルが分かるはずない固有結界講座

『まあ、まず固有結界ってのが何に分類されるのか、から行こうか』

 何処で手に入れたのか、いつの間にか加えたタバコを加えながら、旧アーチャーは言葉を紡ぐ

 それに合わせて、勝手に黒板に文字が書かれていった。教師要らなさそう

 『センセー、授業中にタバコはいけないと思うよ?』

 『麻薬はいけないって、そっちがくれた偽物だろ?勘弁してくれよ』

 ヴィルヘルムが肩をすくめている間に、黒板の文字は書き終わっていた

 

 一つ、固有結界とは、世界に干渉する魔術である

 「世界に干渉するって、どういうこと?」

 『今わたしがやってるのは、あくまでも風景をそう見せかけているだけの事、実際に教室に居る訳じゃないよ

 そこは分かるよね?』

 「ううん?」

 机を撫でて、首を振る

 座りなれた少し堅い木の椅子の感触、前の年の人がちょっとだけ彫ったらしくて細かいでこぼこがある机の感じ、どれも本当の教室のようで

 『魔術的に言えば視覚触覚辺りのジャックって感じかな、これは。序でに周囲に静電気によるサーチ仕込んだから誰か近づいてきたらわたしにバチって来て分かるよ

 

 だけど、こういった魔術はあくまでも幻覚でしかないのです』

 「固有結界は違うの?」

 『うんうん、あれは文字通りに世界を塗り替える力だからね』

 『そう、このおれには使えねーって凄く不公平な力よ』

 『それ、センセーが裏切ったからだよね?』

 『そうなのよ、ひっでーわ。おれにも寄越せよって話だ

 

 まあ、そりゃ今は良いや、正直自分の寂しい心情世界なんぞ、可愛い娘に比べて欲しい奴いねぇし』

 

 ひょいと、男は一つの壺を教卓の下から取り出す

 それは、私だって聞いたことは何度かあって、けれども実際に見ることは無い物体

 内側と外側が区別出来ないような、不思議な物体。壺のような、でも意味がないような、とりあえず良く分からない物体としか言いようがない三次元的に存在するはずのないもの。名を、クラインの壺という

 

 「……これが?」

 どうなってるんだろうこれ、存在しようが無いよね?とじっと壺を見ながら問う。目を何度もしばたかせながら、少し口をぽかんとあけてしまっていたかもしれない

 『固有結界見取り図』

 「ふぇっ?」

 本当に、訳が分からなかった

 『いや、多分それじゃ分からないから段階を追って説明しないと』

 呆然とする私に、ミラちゃんがフォローをくれた

 

 ほっと息を吐く。私だけがバカだから分からなかった訳じゃないんだと思える

 『それじゃ、本当に基本から行こうか』

 『基本、まあしゃあねぇな』

 手を叩くと、クラインの壺は普通の壺になる。口から水が注がれた、透き通った緑の花瓶みたいな壺に

 

 『固有結界とは、文字通り固有の結界。つまりは、固有(個人)結界(世界)って言えるもの。そこに無理矢理他の人も引きずり込むってのが魔術としての固有結界かな』

 『じゃあ問題さ。この世界で誰しもが持っている個人の世界ってのは、どーこだ』

 個人世界?個人の部屋?

 考えは、すぐに纏まった

 

 「心、かな?」

 『せーかい。まあ、弄くられたりなんだりはあるが、基本的には心は個々人のもの』

 『そう、その心の中に非常に強く焼き付いた心象風景、それが固有結界の正体だよ』

 男は、壺を振ってみせる。けれども、水は揺れない。壺の中に貼り付いている

 「それと壺って関係が?」

 『あるある。壺自体が人間様、中身のスライムが心象風景、固有結界そのものを示す感じ。良い模型だろ?』

 「ああ、スライムなんだそれ」

 『突っ込みどころそこかよ!まあ良いや』

 

 「えっと、心象風景が固有結界ってことは、誰しも持ってるって事?」

 『素質は、ね』

 「?」

 私にもあるんだろうか、固有結界

 『自分の心の中に仕舞ってちゃ、何も起きないよ

 それを世界に、表に出せて初めて固有結界という大魔術になる感じだね』

 「表に出すには?」

 『才覚と修行。一応魔術だし、刻印とかで受け継げなくも無いとは思うけど、結局は心の奥底に深く深く刻まれた風景だからね、他人が使いこなせるものじゃ無いかな

 

 実際の所、バーサーカーさんだって使おうとして微妙な感じになってたし』

 言われて、思い出す

 乱立する水晶の柱。その中に閉ざされたかーくん。半分くらい水晶に捕まったセイバーさん。そして水晶の中で溶かされて服だけになっていたりした、多くの人間達

 

 「あの水晶も?」

 『うん、あれは……何て言ったかな……O……うん、蜘蛛さんの固有結界。まあ亜種だけどね、水晶渓谷って言うんだっけ

 全てを水晶に閉ざした世界っていう風景に世界を上書きするんだけど、バーサーカーさんじゃちょっと水晶生やすだけだったね』

 「世界を塗り替えるっていえば、アーチャーも」

 『残念ながら』

 『いや、そっちじゃなくて』

 何か言いかけた旧アーチャーさんをミラちゃんが静止して続ける

 『第七次の方のアーチャーさんの時間停止?あれは固有結界じゃなくて単純に魔法だね。文字通りに時を止め、その際に発生するありとあらゆる矛盾点に神世の魔術でもって帳尻を合わせる単なるチートだよ、ゲームバランスも何も無いね』

 『……魔法?』

 『うん、魔法。現代では魔術の域に落ちた天罰って魔法と時間停止っていう遥か未来に進化を止めなかった化け物なら魔術に落とせるかもしれない魔法を使う化け物だからね、あのアーチャー』

 『……良く勝ったなバーサーカーの野郎……』

 旧アーチャーが、遠い目をした

 

 『と、閑話休題』

 壺が再びクラインの壺に変わる。表裏の区別が曖昧になり、スライムが壺の表にも出てくる

 『これが固有結界。自分の心象風景を表に出した状態

 本来表にあった空気(世界)が壺の中に、スライム(心象)が空気があったはずの場所に

 世界全体ではなくとも、自身の周囲を塗り替える』

 

 「……世界を、自分の心で塗り替えるの?それって、自分の願った世界を呼び出してそこで戦うようなものだよね?」

 『うん』

 「それって、無敵っぽいんだけど」

 『そうでもないよ?心の奥底に強く刻まれたものを呼び出すだけだからね、一部精霊種の使う現実改変と違って、その時その時で変えることなんて出来ないよ。自分が自分である限り、根底の風景は変わらないから、ね』

 

 『うん、そしてそもそもなんだけどね

 あのヴァルトシュタインが居た森自体、多分固有結界だったんだよね。ブリテンの森、妹ちゃんが愛した時代のブリテンっていう大切に思っていた世界そのもの。ミスったなぁ、聖杯の力だと思ってたけど、まさか精霊種に近い存在が固有結界維持してたなんて』

 「……ミラちゃん、分かるの?」

 『流石にここまでおおっぴらに動かれたら、ね

 フリットくんがフェイって呼んでた娘こそが今回の黒幕で、フリットくんをあそこまで追い込んだ酷い人。そして、この聖杯戦争の仕掛人であり自身もキャスターとして参加したサーヴァント。モルガン・ル・フェ。なら、湖の乙女(精霊種)に近い人間さんだもの、固有結界の超長期展開くらいやっちゃうよ』

 「……長期展開は普通は出来ないの?」

 『出来たらチートなんてもんじゃねぇのよ

 基本的に、本来ある世界の一部を、自分の心象風景に入れ換えてるんだから、世界にとってそれは異物も良いところ。排除しようという力が働くから基本的にはどんな大魔術師でも固有結界を長く維持出来ない

 精霊種は自然、つまり相当世界寄りの存在だから、排除する力が弱く、長く持つ訳。まっ、サーヴァントも似たようなモンだ、固有結界を使えるほどのサーヴァントはそれなりにガイア寄り、自然側から見逃されるから魔術師より長期展開しやすいぜ』

 『うん、吸血鬼……っていうか、死徒って存在も同じ理屈

 それで、貴方はどうなのかな?』

 『おれ?完全アラヤよ多分』

 ……何だろう、やっぱり良く分からない

 分からないけれども、うん、兎に角凄いのは何処と無く分かった

 

 「それで?この世界は固有結界って事?

 その割には、あの時の森とは空気が違うけど」

 『うんうん、それで正解。此処はブリテンの森じゃないよ。固有結界ではあるけどね

 

 正しく力を出しきれるようにと、7つの聖杯が作り出した世界。伊渡間っていう街そのものを塗り潰す万色(にじ)って言うにはちょっと色偏り過ぎたごちゃ混ぜ

 そう、此処は……』

 『酷い事にこのおれを排除した残り6騎のサーヴァントの心象風景が組合わさった固有結界、決戦場さ』

 その瞬間、ミラちゃんの体に軽く雷が走り……

 刹那の後には教室は消え、ミラちゃんの姿は何時ものサンタさんに変わっている

 

 「……ミラちゃん?」

 『うん、ということで

 固有結界だから、彼ら6騎のサーヴァントの原風景が世界を塗り潰してる。その証拠さんが、やって来たみたいだよ』

 ミラちゃんが見上げた木の虚の外……広がる青空に、巨大な袋を携え、鮮やかな朱色の付け角を生やした緑色の肌の鬼(風神)が浮かんでいた



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九日目ー先を見据えて

「……何、あれ」

 ぽかーんと口を開けて、その化け物を見る

 うんもう本当に何なんだろうアレ。風神とかそういう名前なんじゃなかろうか

 『うんうん、雷神も居たよ?』

 「……はい?」

 思考放棄。脳がそれ以上を考えることを止める

 

 『あー、あれはアサシンの所のだな。やりあいたくねーわあいつら』

 「いやいや、のんびりしてる場合じゃ……」

 『うん?あんまり強くないよ、あれ』

 「そうなの?見かけ倒しなんだ」

 『うん、精々弱めのサーヴァントってくらいの力しか無いよ』

 御免、私にはそれがあんまり強くないって評価になるとは思えない。かーくんは、戒人さんは、その弱めのサーヴァントくらいの強さより更に弱いものの為にあんな酷いことをされたのに

 

 『んで?』

 『うん、放置だよ。倒す意味無いし

 わたしには、あれの体を解体して宝具作ったり出来るような道具作成スキル無いもん』

 「でも、見つかったら……」

 『その時はまあ、逃げるかな

 下手に倒して他のに群がられても困るしね』

 『逃げるならおんぶして連れてってくれよ。おれはそのお山を掴んで落ちないようにしておくから』

 『うん、自分で走って』

 『そんな殺生な。おれ、宝具特化型なんでそれ以外弱いってのに。仲間だろ』

 『一応は仲間だからこそ、サーヴァントならこれくらい切り抜けられるよね?って信頼が』

 『酷いなオイ!』

 言っている間に、鬼は空を飛んで私達の居る場所に近付き……

 

 そのまま下に気が付かずに西の空に飛び去っていった

 「……大丈夫だったの?」

 『まあ、多少関知は誤魔化したからね。見つかる訳無いよ、とまでは言えなかったけど』

 「……本物の風神なの、あれ?」

 

 私のその疑問に、ミラちゃんは複雑な表情で答えた。笑ってるような、そうでもないような悩んだ形で

 『本物……っていうのが、神霊なの?って話なら違うよ。或いはむかーし居た怪異そのものなの?って話でもね

 けれども、あれを風神として認めて良いの?って話なら良いよって答えるかな』

 「どういう話?」

 『つまり、あの風神は限りなく本物に近い偽物って事

 固有結界の話はついさっきだし覚えてるよね?聖杯さんが決戦場を作るために、このスケベさん以外の六騎のサーヴァントの心象を世界に上書きした。それによって生まれた、恐らくは旧アサシンの心象の中に居た彼の空想の風神、それがあれだよ』

 「……そんなこと、出来るの?」

 『うんうん、出来る出来る。心に刻まれている風景って凄いからね。見たことある武器全てがある世界とか、かつて部下と駆け抜けた光景を沢山の部下毎呼び出す固有結界だってあるくらいだし、ね』

 「そんなものまで!?」

 『本当は元々侵略者の力だし、使い手は多くなかったんだけどね……。その部下を呼ぶ<王の軍勢>(アイオニオン・ヘタイロイ)だって、部下自身が呼ばれてくれるからなんとか展開できてたらしいし

 けど今回は、聖杯さんが手助けして使え使えしてるから、そういった心象の中に刻まれてる他人なら召喚するタイプの固有結界が簡単に使えてるって話だと思うよ』

 『うわぁ、裏切らなきゃオレは今頃沢山のおっぱいでけーねーちゃんに囲まれて酒池肉林だったのかよ……

 ミスったかな』

 『それが、本当に貴方の心の奥底にある元風景なら、ね

 多分もっと辛い世界になってるんじゃないかな?』

 『ったく、夢くらい見させろっての。オレの根源の願いはハーレムって、聖杯なら見てくれるさ』

 否定はせず、旧アーチャーは右の手で頬を掻いた

 

 「……ところでミラちゃん」

 ふと、疑問に思う

 「ミラちゃんもヴィルヘルムさんも、あれをアサシンの軍勢って言ったよね

 分かるの?そんなこと」

 『まっ、見てきたからね。分からないなんて事はないよ』

 「……いつの間に」

 『貴方が寝てる間に、だよ。守るべきマスターさん。わたしだって、分身での偵察くらい出来るしね』

 『オレだって、えっちなイタズラくらい出来るしな』

 『大丈夫、ずっとわたし自身は監視してたけど別にやってないから安心していいよ』

 「う、うん……」

 勢いに圧され、頷くしかなかった

 『それで、これからどうする?』

 

 「……ふぇっ!?」

 突然話を振られて、すっとんきょうな声をあげる

 「これからって……」

 『うん、これから

 どんなプランで、これから行動するのかな』

 「え、えっと……」

 どうしよう、何も考えてない。答えなんて何処にもない

 私はただ、死ぬのが怖くて。だから、生きれる可能性が高いから、ヴィルヘルムさんを味方に付けた。ううん、ミラちゃんに味方に付けて貰った。ミラちゃんが居なければ、交渉なんて出来ずに死んでいた可能性が高い

 「どうしよう……」

 そんな悩みが、つい言葉になってしまう

 『どうしようって、貴女が決めることかな

 わたしも彼もサーヴァントだからね。基本的にはマスターさんの言葉を方針とするのです』

 「そんな……

 助けてよ、ミラちゃん」

 『助けないなんて言ってないよ?わたしは聖杯なんてもう関係なくあなた達の味方をするって方針決めたからね

 あなたが決めた道を、サポートするよ』

 「でもっ!」

 求めてるのは、そんな助けじゃなくて……

 

 『んじゃ、オレの嫁で。このまま最終局面まで隠れてのーんびり三人爛れたえっちな生活を送り、最後の最後でサーヴァント二騎の力で聖杯を強奪って方針』

 ニヤニヤと、旧アーチャーはイヤらしく此方を見て言う

 「そ、そんなの駄目!」

 『じゃあ、方針は?オレに任せたら、本気でああするぜ?

 まっ、オレもアンタのサーヴァントだ。流石にマスターの願いよりも優先しはしないけどさ』

 表情を変えず、旧アーチャーは返した

 半分冗談だったんだろう。アーチャーだって、こんな酷い言い方しゃなくても、同じことを言ったはずだ。『ああ、そうだぜ。オレはマスターのやりたいことを「大丈夫、出来るぜそれ」と言うために此処に居るんだ。マスターがなにもしないってなら、オレも何もしない。未来を決めるのは自分の世界からおーおーやってるやってると世界を眺めてるオレ等神霊やらじゃなくて、今を生きている人間だからな、マスター

 それで、今を未来の為に生きているマスターは……此処で何をしたい?未来にどうなって欲しい?オレはそれを現実にするさ、どんな理不尽な過去の亡霊(サーヴァント)が、それを歪めようとしても、な』って

 うん、そうアーチャーの声で再生された。びっくりな話だけど、やっぱりこれじゃ駄目だって思えてきた

 ……だから。だから……

 

 やっぱり、私がしっかりしないといけないのだろう。私よりよっぽどしっかりしているはずの彼等が、私を見守ってくれてるというのに。何もしないなんて、そんなの駄目だから

 

 ……でも、じゃあ

 私は一体、何をしたいんだろう。何をすれば良いんだろう

 かーくんは、あんな事になっていて。私の願いは、もう今となってはどう願って良いか全然分かんなくて

 聖杯戦争なんて、願って飛び込んだ訳じゃない。だから、本当にどうしたら良いのかなんて分かんない。勝てるの?参加してるの?それとももうどうやっても関係無くなっちゃったの?本当に全然分かんないよこんなの

 

 ……でも、だからこそ、言える事はあった

 「かーくんを探すよ」

 『うん、異論は無いよ。でもどうして?』

 「かーくんは、この聖杯戦争において、鍵なんじゃないかな、と思うから」

 神妙に、ミラちゃんはその言葉に頷く

 

 『うん、そうだよ。生きてるか、分からないけれどもね』

 「見付けられないの?」

 『少なくとも、わたしが簡単に見られる部分には居なかったよ。後は……居るとしたら相手サーヴァントの心の中核、本陣位かな、其処は流石に見れないしね』

 「本陣……」

 木の虚から出て、遠くをぼんやりと見る

 教会らしき、巨大な建物が木々の先に見える

 屋根の十字からして、まず聖堂教会のものだろう、荘厳な建物

 

 「……あれって、ミラちゃんの?」

 『関係?無いよ、あれはランサーさんのだから』

 「……どっちの?」

 『古い方。かつての聖杯戦争の勝利者だね。第七次のランサーさんって、どちらも教会とは関係無いし。いや、元バーサーカーさんはある意味仇敵だけどね、心情に浮かぶほどじゃないかな』

 「……つまり、ランサーは聖堂教会関連の人?

 仲間になって……」

 『うんうん、死にたいなら今から行こうか

 って話になっちゃうからね、いかない方が良いかな』

 「……どうして?」

 訳が分からないといった感じで、私はそう問い掛ける

 当たり前の話。だってミラちゃんは聖人さんで。なら、そのランサーさんだって……

 『わたしって穏健派だからねー』

 「『嘘だ!』」

 思わず、旧アーチャーとハーモニーを奏でる

 『うん?穏健派だよ?

 本当の過激派だからね、彼。わたしなんか足元にも及ばないよ、本物さんは』

 「……そうなの?」

 『うん。わたしと違って彼は他の存在なんて許さないからね

 異教徒は死ね、回心だけが生きる道だ、って感覚だよ彼』

 「……ふぇっ!?」

 『うん。後、旧アーチャーさんは普通に権威への抵抗者だよね?そんな人もアウトそのものだね、彼は伝説の王だもの』

 「……そん、な」

 呆然と、私は呟いた

 

 『だから、わたし的にはそれをやるなら……うーん、オススメ出来る場所無いなー』

 どうしようもないね、とミラちゃんは頬を掻いてぼやいた



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九日目断章 桃色狐とサノバビッチ

サノバビッチ:この野郎!等の意味を表す俗語。親しい間ではそこまでキツい意味を持たない事もあるが、基本的には罵倒語。son of a bitch、直訳すると淫売の息子。ではあるのだが、本来は相手の母親を娼婦等と馬鹿にする意味は持たない。あくまでも相手に対する罵倒である

二馬鹿駄弁り回です。別に話は進みません


『いやー、ホント、酷っどい世界ですねぇ』

 ごろんと木の床に転がりながら、服装をメイドのものから本来のラフめな和装に戻した桃色狐がそう呟いた

 

 『そうですか?』

 『そうなんですぅーっ!というか仮主(フェイ)サマ?今更メイド服着続ける必要とかあります?ありませんよね、ねぇ』

 上半身だけを起こし、ニヤついて狐が食い付く。どうでも良いけれども、今の自分は幼い姿だと言うことを忘れて着付けた頭ピンク狐の和装は胸元のガードが少し緩く、ワタシとそう変わらない大きさの胸の頂点が見えそうになる。男が見たなら兎も角、ワタシとしては見ていて面白いものでもない。それはもう、育てば誰しも振り向くぼんきゅっぼんだと言い張る本人含めて。絞ってやろうかと思うのも仕方ない事ですね

 『今更メイド服な理由ですか?

 着慣れたので割と楽なんですよこれ』

 『えぇーっ、ホントですぅ?

 (わたくし)、てっきり奉仕願望に目覚めて、あの蓼食う獣もなばけものに所有して欲しいのですっ!しているのかと』

 『わざわざ人の(モノ)になりに行ったアナタじゃあるまいし、そんな訳ありません』

 足を折り、床に置かれたクッション(座布団)に腰掛ける。足が多少痺れるのであまり良いものでもないけれど、仕方はない

 『それが何か?』

 『人なんかに縛られない力ならあるでしょうに。何故首輪を自ら付けられに行ったやら

 ワタシには到底理解の及ばない話ですね』

 

 『この、夢の無い純情系ビッチ!』

 すこーん、と。狐は頭を叩く素振りだけを見せ、腕だけで支えていた体制を崩してすっ転ぶ

 『頭の中に夢しか詰まってない色ボケ狐に言われても何も感じませんね』

 『生娘でもねーのに初めての恋に振り回される純情系やってるおかしなビッチの仮主(フェイ)サマにだけは、言われる、事じゃ、ねーですぅっ!

 なんなんですか!頭の中に夢が無い恋なんて、キラキラしてないから御免なんです!』

 

 『……話を、って何だここ』

 突如、言い言葉に買い言葉、のフリでじゃれあう空間を破り、一人の男が足を踏み入れる。この空間に似合うような似合わないようなかっちりとしたスーツを着込んだ金髪の男……ユーウェイン(ライダー)

 『今は仮主(フェイ)サマを問い詰める時間、さのばびっちは終わるまで下がれ、です!』

 『サノバビッチ?何ですかそれは』

 『son of a bitch。悪いが、母上への侮辱は……

 侮辱は……』

 はあ、とライダーは溜め息を吐いて作った拳をほどいた

 『事実か……』

 『ライダー、教育方針を間違えましたか……』

 『今の私の中の母上が間違った方針だったなんて、思いたくはない

 ただ、母上。どう考えても異父兄弟のガウェインや我等が王から絞り出した成分を使ったモードレット等が居る時点で、貴女をビッチではないと言い張る事は出来ない。端から見たら何人もの男との間に息子と娘が居て、あのシスベキ腐れ花咲か魔術師(マーリン)と上手いことやっていけているのはビッチ以外の何者でもない』

 『ビッチ?人聞きが悪いですね

 寧ろ生娘の方が、自分の武器を使わない怠慢でしょう?』

 『そんな事は、恋を知らなかったから言えるんですーっ!』

 『人によっては溺れるのは分からないでも無いですが。あんな生理的な快感にそこまで入れ込みますか?男性は、また違うそうですが』

 『今からまたその体を交渉の武器にしようとすれば、(わたくし)の言葉くらい分かります。恋した相手以外に触られるのなんて嫌になりますし?実はその域まで恋してなかったなんて節穴、この恋愛マスターが、晒すわけ、ねー!

 恋を知って純情系に転職するビッチ……ああ、やだやだ面倒くさい。そんな入れ込むくらいなら、最初からビッチなんてやらないで欲しいですねぇ』

 ぱん、と立ち上がった狐は音を鳴らして手を叩く

 

 『それで、さのばびっちさんは何の用です?

 もう今日の仮主(フェイ)サマで遊ぶ時間は終わりですし』

 『……そもそも私が残ったまま第七次が終わったのが驚きなのだが……それは良い。他にも残っているのが居るのだから、気にするだけ負けだろう、もう

 ただ、この真実の聖杯戦争に私が関われる以上、そのサーヴァント等について何らかの資料が欲しい

 アヴァロンの魔術師☆M名義の資料は、彼に見せても良いレベルのものを分別して書いたものだろう?』

 その言葉に、ワタシは頷く

 

 『まあ、カムランに来なかった裏切り者の息子に全部話すとまた裏切られた時が怖いので、全てを話すことはしませんが』

 『……私が、暗くて何も見えなかった時に勘違いされて斬られた傷をおしてカムランに駆け付けていれば、あの馬鹿(ガウェイン)はランスロットとの不毛な争いを止めていただろうか……

 いや、そもそもあれは母上がどうしようもなく暴走する前に一応の恋人としてマーリンを呼んで来て止めていればだな』

 『冗談です。アナタは信じてますよ、ワタシの息子として、しっかりワタシの想いを汲んでくれると

 けれども、アナタ自身は兎も角、あのふざけたルーラー等がアナタに変なもの付けてないとも限りませんからね。全てはまだ言いません』

 

 さて、と一息つき、ワタシは話を始める

 『そもそも、これはヴァルトシュタインの聖杯戦争。その結実だろう?何で争ってるんだ?

 ヴァルトシュタインのサーヴァントが全て勝ってきた。彼等の目的は本来一つじゃないのか?』

 『ああ、それですか?

 話は簡単です』

 当然の疑問に、ワタシは返す

 『では、その目的を持っていたマスターは?

 これが答えですよ。彼等のマスターは当の昔に寿命で死んでいます。まあ、一人ほど最終決戦で対峙したサーヴァントに殺されてたりしますが、ね。ワタシがメイドのフリをしっかり覚えたのも、それが原因です。ワタシがメイドのフリで気を引いたからマスターを殺せて、互いにマスターを喪った事によって単独行動の差でギリギリ勝利。全く、決戦だと意気揚々と対策もせず表に出てきて円卓の騎士にさっくりと殺されるとか、あの当主は使えないにも程がありましたね、彼の爪の垢でも飲んで欲しかったです』

 『……つまり?』

 『マスターを持っているのは本来は当代のマスター(シュタール・ヴァルトシュタイン)とワタシと、そして……』

 「正義だ」

 答えたのは、ライダーが開けたままの扉の先に立つ老人だった

 

 「絶対の正義が、マスターとしての権限を持つ」

 『翻訳すると、彼が持ってる訳ですよ、ワタシのマスター権限を

 令呪と共に魔術刻印として、聖杯戦争を勝利するべき当代当主の、その影たる兄弟がその遺志を受け継ぐ。それがヴァルトシュタイン。彼は第6次の時の当代の息子、グルナート・ヴァルトシュタインであり、クライノート・ヴァルトシュタインとなった者な訳です

 まあ、残念ながら第6次の当代当主は本来あとを継ぐべき彼の兄と共に聖杯戦争で死んでますからね。当代たるべき人が居なくて一時しのぎで当主やってた時代もありますが、そんな事はどうでも良いですね』

 「然り、然り

 正義は、途切れぬ、途絶えぬ」

 その姿は、扉の前から歩き去る

 

 『ということで

 ワタシの令呪は彼が、旧セイバーの令呪は当時の当主からパクったワタシが、そしてかつてランサーであったバーサーカーの令呪は押し付けておく為のホムンクルスが、其々持っている形

 ただ、逆に言うとヴァルトシュタインが持っている令呪はその3つだけな訳です。残り4騎については一切制御なんて効きません。彼等は自分の夢を果たすため、第二回戦に進んだだけです。それでも、彼等は座に還る事無く存在が連続した個体、聖杯戦争中にヴァルトシュタインに心酔してくれればそのまま此方側に来ることもあったでしょうが』

 和室から遠くを見る。遥かに見えるのは、和の山城。円卓の騎士に負けかけた前回の戦いの勝利者であるアサシンの拠点

 『だーれも賛同なんてしてないというオチです。絶対に賛同しないと知っていたアーチャーは兎も角、他も駄目なサーヴァントばかり選んでますね、当時の当主等。しっかりとヴァルトシュタインに従えと令呪を使っておくように、と言っておきはしましたが。自分に従うようにとしか言ってなかった訳ですね、この状況になるということは』

 

 『ふっふっふっ、この(わたくし)秘蔵のマップデータ』

 『……ええと、藻女だったか?

 それは良い。友と駆け抜けて地理は頭に入れた』

 『なんとーっ!』

 わざとらしく、桃色狐は仰天したように背を反らし、座布団に倒れこむ

 『中央のこの平べったい都が、セイバーの世界

 そこから北の無数の妖怪が屯する山城があの糞アサシンの世界

 西に広がる大草原と騎馬民族は恐らくはライダー

 では、それ以外は?』

 『ええ、中々正しいですね。誉めてあげましょう』

 『母上、今更ポイントを貯める気は無い

 もう、交換するものでもないだろう。私だって大人だ』

 『おや、もう要りませんか?

 昔は寂しい寂しいと、添い寝をぐずったというのに』

 『年の離れた妹みたいな外見の母に、添い寝をしてもらう

 犯罪そのものの絵面だ、流石に無い』

 

 『そうですか。因みに、アナタが当てていなかった東の教会についてはランサーの場所。南にある燃え続ける城はバーサーカーのもの、そして……

 大神殿は亡霊の住処という訳です』

 『アーチャーはやってないんです?』

 桃色狐の言葉に頷く

 『ええ、アーチャーは心象展開自体をやっていませんから

 だから燃える城の近くの神殿は、聖杯に突っ込まれた亡霊の……あの第七次のキャスターの亡霊の城な訳です』

 『キャスター過多にも程があるな……』

 

 『ええ。四騎居ますからね

 勝つのはワタシですが』

 勝てないならば、そもそもこんな戦いは仕掛けない。一番怪しいのはセイバーだが、だからこそ無理矢理マスター権限を奪い取って逆らえぬように抑えた。負ける訳なんて何処にも……獣の資質を得たあの彼(ザイフリート・ヴァルトシュタイン)がワタシの予想をおかしな行動をしない限り無い。そして、彼の事はワタシが一番良く知っているので、予想外の行動なんて取られる筈がない。今まで、彼自身は一度たりともワタシの期待を裏切った事は無いのだから

 だからワタシは、息子にそう告げた

 『信用出来ない……』 

 『欠片も信じられませんとも、仮主(フェイ)サマ』

 『怒りますよ、ユーウェイン。後、そこのピンクは狐鍋です、洗うの面倒なので自分で血抜きしてきてください』



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九日目ー遠き迷宮の十字路

「うーん、やっぱり流石に此処から突入、はバカかな」

 あまり高いとは言えない山の上。その頂上近くにも、木々は繁っている。その木に隠されるようにして、眼前の盆地を見下ろして私は呟いた

 

 ……何と言うか、見覚えがある。いや、それそのものを見たことなんて無いんだけど、憧れていただけなんだけど。航空写真で見たそれと盆地に広がる光景は中々良く似ていた

 碁盤の目状に張り巡らされた迷宮のような十字路。古都、京都である。神社仏閣みたいな塔も幾つか見え、殆どが木造の平屋なその碁盤は、あまりにもおしゃれな街だから何時か卒業旅行なんかでかーくんと二人歩いてみたいと思っていた都そのもので。寧ろコンクリートの部分なんか全く無い、現実味が寧ろ無いほどの理想の古都そのもので

 「……伊渡間市より大きくないかな……」

 『心象世界でそれを言うかよ。物理的な縮尺なんて気にしてれば展開出来ないに決まってる』

 「うん、流石にそうだよね……」

 それでも、眼前の光景にはただただ驚嘆するしかない

 正に古都。北だろう部分に日を浴びて屋根が輝く、大きな建物がある所を含めて

 

 「……内裏?」

 『多分ね。平安京なんて展開する人だから、まず間違いないよ。あれは当時の内裏の再現、サーヴァントの居城だね』

 「……つまり、平安時代の朝廷の偉い人がサーヴァントなの?」

 『そうだと思うよ?多分フリットくんが犬にあなたを探してもらってた事もあったし、陰陽師のサーヴァントかな

 でも』

 と、ミラちゃんは言葉を途切る

 

 『……だな。オンミョージって、要は魔術師の一派だろ?系統が違う、ゴーレムマスターと魔術師ほどに違う!って話はあるが』

 「ゴーレム作製って魔術じゃないの?」

 『いんや魔術。当時は魔法に片足突っ込んでたかもしれないけれど、今となっては単なる魔術でしかない』

 「……つまり?」

 『自分の術系統は凄いんだーってプライドの問題でしかない』

 「ううん、そうじゃなくて……」

 

 と、言いかけて私も漸くそこに思い至る

 そういえば、ということ。そもそもの発端、この聖杯戦争を始めたのは……

 『分かった?

 この聖杯戦争を始めたのは、実はマーリンは女の子だったとか、夢魔だからって女の子に転換したとかそういった事が無い限り、だけど。フリットくんを裏から助けていた……というより、何かしようとしていた女の子、モルガン・ル・フェ(アヴァロンの魔術師☆M)

 この戦争のキャスター枠なんて、最初から埋まってて余って何処にも無いのです。つまり、陰陽師かもしれないし、実はまだまだ黎明期の侍大将だったりするかもだけど、あそこに居るのはキャスターじゃないって事だね』

 「……知らないの、ミラちゃん?」

 『わたしだって、全部知ってる訳じゃないよ。知ってることは多くても、話せるのは知ってることだけ。直接会ったらそこそこ分かるけど、近付くのも危ないから

 ランサー、アサシン、アーチャー、そしてキャスター、最後にバーサーカー。そこらは分かるけどね。上手く情報がつかめなかったセイバーとライダーは不明かな』

 

 「……セイバー、なのかな?」

 『といっても、侍大将だろうと思ったとして、彼等って基本的に馬に乗るからね、ライダーでも可笑しくないよ?』

 「……見れば分かったりしないの?」

 『多分草原に居る騎馬民族の方がライダーだとは思うんだけどね

 ランサーさんは真名ほぼ知ってたからわたしが見咎められる訳無いしって闊歩出来たんだけど』

 「……出来たんだ」

 『うん。アサシンちゃんから……あっ、可愛い方だよ。そう、アサシンちゃんから話は聞いてたからね

 その夢の中のたった一言だけで、わたしだけなら絶対バレないって確信が出来たよ』

 「……誰なの?」

 『誰なんだ?教えてくれなければ……』

 旧アーチャーは腕を少し前にだし、怪しく手を蠢かせる

 『わたしが蹴ったら下に落ちるよ?

 蹴って欲しいの?』

 『それで下着が見えるなら良いんじゃない?どっちにしても価値はある』

 『……うん、不毛だね。見せずに蹴り落とす技術、無くはないけど

 それで、意味はないと思うけど、聞きたい?』

 こてん、とミラちゃんは軽く首を倒す

 

 ……言われてみればそう。私自身詳しくないし、名前聞いてもへー、で終わる気がしてならない。旧アーチャーの言うヴィル兄さんというのも、ヴィルヘルムという名前自体も真名のヒントなんだろうけど私には分かってないし

 「でも、味方にならないサーヴァントって、ミラちゃん言ってたよね」

 『うん、彼は非実在英雄。そうであって欲しいって、絶望の中で多くの人に願われた伝説の救世主だからね

 そりゃ、極限状態での願いの具現なんだから、頑なだよ。わたし個人だけなら兎も角、主を心から信仰していないキミを助けるという条件を加えると、絶対に非聖堂教会と相容れない彼は、絶対にマスターさんの味方にならないって感じだね』

 「……その、彼は?」

 『東方の聖王。十字軍の信じた、異教の悪魔を滅ぼし、我等と共に聖地を奪還し千年の王国を築く絶対的な英雄

 ランサー、プレスター・ジョン。それが、彼の名前

 まっ、東の方にも主の教えは届いていて、深く信じた伝説の王が敵の背後から現れ我等を救ってくれる。正直な話、それしか無い伝説だからね。それはもう、異教と相容れる精神なんて求められてないから、彼には妥協なんてないよ』

 淡々と、ミラちゃんはそう告げた

 その目は、どこか悲しげで

 

 『そりゃ、戦争だしね。気持ちは分かるよ

 ……でもやっぱり、わたしはそういうの、好きじゃないから』

 

 「なんで、アサシンちゃんが知ってたんだろう」

 『まっ、概念に関連するサーヴァントって、所謂剪定事象……要はいずれ消えるちょっと違う可能性を辿った平行世界の事も知ってたりするし、その関係かな』

 その言葉は、ミラちゃんの言葉の中では特に分かりにくくて

 

 でもまあ、そんなものなんだって思う以外に、どうしようもなかった

 「……ミラちゃん?」

 でも、言った当人の方がどうにも釈然としないなぁといった表情で首を捻っていて、そこが可笑しくて

 『ゴメンゴメン、何でもないよ。ふと、ひょっとして……って事に気が付いただけ』

 とはいっても、確かめる方法が何処にも無いけどね、と誤魔化すように笑われて。聞いても仕方ないよね、と私も誤魔化される

 

 『それで?無駄に中央にやって来たけど、どうするんだマスター?宿取ってしっぽり?』

 「し、ま、せ、ん!」

 『いやー、此処だとちょっとチクチクして痛いと思うけどさぁ、良いのかよ』

 『まずはその如何わしい方向から離れようか

 わたし、そこまで気が長くないし』

 『いやー、酷い酷い。一夏の淡い恋の思い出とか、許さないタイプ?』

 『別にそれは咎めないかな。咎めたい気はあるけど、人によっては仕方ないしね。全員が婚前はどうこうとかを護りきれる程に人間の精神って強くないからね 特に愛や恋の前では』

 そう言うミラちゃんの耳が、ちょっと赤くて

 『あはは、何言ってるんだろうねわたし

 まあ、わたしの眼が黒……く無いね。蒼いうちはそこのマスターさんが新しい恋の一冬の思い出を胸に生きていきたいんじゃなければ、手なんて出させないよ』

 『つまり、快楽で眼の色変えさせればオールオッケーと』

 『うん、そうだね』

 そうにっこりとした笑顔で頷くミラちゃんの背後で、雷が……落ちるのではなく地面から吹き上がった。うん、明らかに上下が可笑しい

 『本気で抵抗するよ?それでも行けるって言うならその通り』

 ……寧ろ笑った所が怖いって、こういうことを言うんだろうか。違う気がするけど、ちょっと背中の汗を強く認識してしまうくらいに、寒気がする

 『いやー止めとくよ

 白い閃光を放つ大切な弓矢が折られそうだ』

 御手上げ、と旧アーチャーは両手を頭の横まで上げて降参のポーズ

 何と言うか、同行をはじめてちょっとしか経ってないのに、天丼の気配がする。やってて旧アーチャーは面白いんだろうか、この話題のループ

 

 『それで、わたしとしてはやっぱりあそこも街中に入るのは危険かなって思うけど、どうする?』

 「危険なの?」

 『そりゃ、内裏まであるんだからあそこは平安の都そのものだし

 ジパングの王のお膝元、城下町のようなもの

 そんなもの、相手のテリトリーそのものとしか言いようがないんじゃないかな』

 「……バレる?」

 『多分ね

 中央だし、フリットくんはフェイちゃんに電話して式神らしい犬をマスターさんを探すために借りてきてた

 つまり、旧キャスター(黒幕)も、彼処に居るんじゃないかな。第七次のライダーとバーサーカーのようにある程度対等に同盟を組んだのか、今のバーサーカー(ブリュンヒルト)さんみたいな形で無理矢理支配してるのかは分からないけどね』

 「気が付かれない可能性ってある?」

 それでも、つい私は訪ねる

 もう足がパンパンだ。辛くて仕方ない

 元々私なんて、あんまり体力無いし。学校の遠足で遠出した時、お昼の休みに疲れすぎて寝ちゃってた事もあるくらい。私を見守ってたせいで折角のお昼の自由時間に何も出来なくて、あの時は帰ってからかーくんに何度も謝ったっけ。アーチャーとの伊渡間探索だって、ふと気が付いてアーチャーがちょいと休憩だマスター、を何度も挟んでくれたから何とかなったんだし、ちょいと急ぐぜマスターの時は抱えられてたから全力疾走なんてすることも無かったから何とも無かったけど、そうでなければ何度か疲れてベッドに沈んでたくらいの量は歩いてた

 そして、今はそれと同じ……量ではなくても、舗装されてない歩きにくさを含めれば総合値ではそれと同等以上は歩いている。ミラちゃんがちょっと工夫してくれて、それでもやっぱり私がしっかり体を休めるには地面は固くてデコボコで

 つまり、正直に言って……

 もう、お布団で休みたかった

 

 『あはは、ごめんねマスターさん。フリットくん基準だとこれくらい疲れたうちに入らないって意地張るし、わたしは生前から体力は馬鹿って言われてたしで忘れてたけど、割と一般人基準なマスターさんには辛かったよね

 バレるかバレないか、確率は半々だけど、とうする?賭けるかな』

 「……どうしよう」

 と、ミラちゃんは心配ないよって私の頭をぽんぽんとする

 そして、逆の左手を軽く上げ、ぱちりとならした

 『って、心配ないよマスターさん。貴女を護る専用ふかふかベッドなら此処にあるからね

 少し休憩にしよっか』

 と、私の体は黄金の雲(筋斗雲)に抱え上げられていて……

 ぽふっと、柔らかく眠りやすそうな雲の中に私は落ちた



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十日目ー来訪する者

心地好く、目が覚めて……

 

 『お早う、マスターさん

 一日経ったよ』

 その言葉に、ぽかんと口を空ける

 

 確か私は、雲の中でふっと意識を失って……失って……

 それから先の記憶はない。歩いたのは数時間。この世界でも太陽は登っていて、まだまだ明るかったはずだから昼間。だとすれば本当に一日寝ていたのかもしれないほどに、空は明るい

 

 「……うん、お早う」

 『とりあえず、スープはあるけど飲む?』

 そういって金髪の少女は、両の手に持った白いマグカップを差し出す

 中に見えるのは、干した肉だろうか、茶色いものが浮かんだ琥珀色のスープ

 ……ミラちゃんは?

 聞こうとして思い出す。サーヴァントに御飯とか要らないんだっけ。かーくんは兎も角、アサシンちゃんとか、街で昼間見かけた時は何時も……といっても見かけたのも2回しか無いけれども、ハンバーガーをかじっていたから忘れてた

 

 「うん、有り難う」

 受け取って、驚く

 暖かい。寧ろ今の私の手には熱すぎる程に

 『……おれにはねーの?』

 『無いよ?必要ないでしょ?』

 『……違う!それは違うぞ

 

 女の子の、手料理が、必要ない男なんぞ居ねぇっ!』

 『はいはい。御免ね、わたしの願いを叶える力、必要ないものは叶えないから』

 くわっ!と目を見開いての旧アーチャーを、さらっとミラちゃんは流す

 それがちょっと可笑しくて。けれども悪いなと思って

 「……一口、要る?」

 『マスターが飲んでからなら間接キッスがあるんで、マスターの残りを貰う』

 提案して損した

 

 むすっとちょっとだけ唇を尖らせ、スープを飲む。そんな事言うスケベな人にはあげないって意思を込めて強く

 

 「熱っ!」

 ……熱かった。火傷するかと思った

 マグカップは思わず手放してしまい、宙を舞い……

 『っと』

 旧アーチャーが、一滴も溢さずに受け止める

 「……ご免なさい」

 『マスターさんが火傷しないのが一番。はい、水』

 『悪い悪い。ちょっと言うべきじゃ無かったわこれ』

 ミラちゃんから水を受け取って口のなかは事なきを得、旧アーチャーから返してもらったスープに、今度こそ気を付けて口を付ける。返す前に一口啜られたのは、もう気にしないことにして

 スープは美味しかった。何処から用意したんだろうってくらいにしっかりとした野菜の味に、アクセントとして細かく刻んだ玉葱と塩辛い肉そしてコーンのコンソメスープ。お腹が空いていた体に染みる

 「よく用意出来たね、ミラちゃん」

 『おかわりが必要なら言ってね、用意するから』

 「……出来るの?」

 首をかしげる。本当に、何処にあるんだろう

 『そりゃ、人間さんには美味しい御飯は不可欠でしょ?だったら、わたしに用意できない訳無いよね?』

 ちらっと見せた小さな白い袋から、ひょいっとミラちゃんはパンを取り出す。表面が軽く焼かれている、所謂食パンの一切れを

 ……うん、確かにそうかもしれない。私だって御飯は美味しいと良いなって思うし。食欲って確かに強い願いかもしれない

 ……けれども、サンタさんが取り出すプレゼントとしては凄くミスマッチだった

 

 『そうかな?』

 「えっ?」

 『いや、わたしが食材出すのが不思議って目してたからね

 かの救世主だって、水を葡萄酒に変えたりしたから何も可笑しくないと思うけど

 それに、生前のわたしだって定期的に恵まれない人達への炊き出しくらいしてたよ?』

 「定期的になんだ」

 『一回の施しじゃ、救いどころか悪魔だろ

 今度も救ってくれるさ、という悪魔の囁きに負けてしまう』

 「ヴィルヘルムさん、そういう……もの?」

 聞きながら、ミラちゃんから受け取ったパンを千切り、スープに浸して口へ

 芸の無い感想だけど美味しかった

 

 『そういうものさ

 たった一度の救いは、人々を破滅へと駆り立てる悪魔の所業

 ……たった一度の奇跡は、起こしてはいけないものなのかもしれないのさ』

 そう告げる旧アーチャーは、何か何時もと違う空気で……

 『んでよマスター、おれにもパン一切れくれ。しっかり女の子が口を付けたスープに浸してな』

 けれども、そんな空気、一瞬で吹き飛んだ

 

 

 「……結局、何も見付かってないんだ」

 スープを飲んだ後。私はミラちゃん達から昨日から今日にかけての収穫を聞いていた

 ふよふよと浮かぶ筋斗雲に座っていて、体勢は楽。乗りたそうに見ている旧アーチャーは、ちょっと近寄りにくいので気がつかないフリ

 

 収穫といっても、何もない

 じゃあ、どうしよう。というところで、私の耳にも足音が聞こえた

 

 「……誰?」

 『とりあえず、サーヴァントじゃないよ。問題があれば一瞬で片付けられる』

 「ま、まずは話を」

 『分かってるよマスターさん

 といっても、話が通じない場合に備えておくのは重要だよね』

 そんな話をしているうちに、消えてない足音は私達の居る場所まで来て……

 「す、スープを……」

 思いがけない言葉に、緊張なんて出来なかった

 

 「ふう」

 訪ねてきた男の人は、私も飲んだスープを口にして息を吐く

 「有り難う、助かったよ」

 そう告げる彼に、私は見覚えが……見覚えが……

 「えっと、誰?」

 欠片も無かった

 『とりあえず、足音消せない程度の奴だろ?』

 旧アーチャーの物騒な認識は置いておいても、不思議な人だった

 顔立ちは……かーくんには負ける、くらい。つまりはかなり良い。なかなかのイケメンさん

 でも……

 「頼む!力を貸してくれ」

 その彼との間に、ずっとミラちゃんが立ち塞がっている。私と彼を引き離すように

 両の腕を組んで、通さないよって

 

 『何の用かな、吸血鬼さん。まだ生きてるんだって驚きだけど、貴方の出るべき時じゃないと思うよ?』

 「確かにオレは吸血鬼だ。バーサーカーにそうされた

 けれども、それとこれとは……」

 「吸血……鬼」

 ミラちゃんの肩越しにちらっと見えたその瞳は、やっぱり真っ赤で

 「ひっ」

 やっぱり、怖い

 あの紅が、戒人さんを思い出してしまうから

 「こ、来ないで」

 きゅっと、手を握りこむ。その手に如意に延びる棒を延ばして握り、せめてもの抵抗をと

 

 『……魅了魔術かな、これは

 まっ、わたしに精神に作用する魔術なんて一切効かないけどね、マスターさんには効くからマスターさんはわたしの後ろから離れないでね

 ……それで、もう一度聞くよ。何の用かな、吸血鬼さん』

 バチバチと、静電気が走る音がする。ミラちゃんの回りで、細かいスパークが走る

 「オレはただ、協力してもらおうと……」

 『喧嘩売ってるようにしか見えないんだが?』

 『売りに来たなら買うよ?』

 「止めてくれよ!」

 「だ、大丈夫。話なら、聞くから」

 怖いけれども。それでも

 如意棒を握っていたら、話を聞く勇気は出た。まるでかーくんに手を握ってもらってた時みたいに、あんまり怖くない。違う、怖いけど大丈夫って信頼出来る

 

 「キャスターを、助けてくれ」

 『うん、無理』

 意を決したように告げられた一言は、ばっさりと旧アーチャーに切り捨てられた

 切り捨てなければ、きっと私がそう言っていた

 「頼む!オレでは救えないんだ!」

 『誰でも救えねぇよあんなの!幾ら尽くしてくれる美少女でもあんな魔女は御免だわ』

 あれ?と違和感を覚える

 ミラちゃんが、何も言わないことに

 

 『……うん。確かに、ね

 貴方は、その為にまだ残ってるの?』

 「……キャスターを、救ってくれ」

 『やだよ

 キャスターさんをちょっとでも救えるのは、マスターの貴方だけだよ』

 ……何か、違う?

 『待てよ金髪のねーちゃん

 おれの勘違いじゃなければ、そいつ……クライノートの奴だろ?』

 「クライノート?」

 『うん、ちがうよ?

 クライノート・ヴァルトシュタインさんは、今回の仕掛人の一人。旧キャスターさんのマスターで、ヴァルトシュタインの祖

 だけど彼は別人。思い出してみて

 この聖杯戦争に、キャスターは他に居るよね?』

 言われて、思い出す

 全然会わなかったキャスターの事を

 アーチャーは面倒な相手と言っていた、ギリシアの……反英雄?だっけ

 

 「第七次の方?」

 『うんうん、モルガンじゃなくてカッサンドラさんの方

 男は裏切るから裏切らない人形にしてしまえって良い感じに精神病んじゃってたから、わたしもあんまり近付いてないけどね』

 「……そんな真名だったんだ……」

 アーチャーに抱えられて、かーくんを助けに入ったときに見かけた……かな?ってくらいで、本当に分からない

 『カッサンドラ……うん、やべぇわ

 願い下げだなそりゃ』

 「……ならば

 キャスターを、助ける為に、手を貸してくれ」

 『まっ、バーサーカーさん自体は滅んでるし、吸血鬼とはいえ制御される事はないかな

 マスターさんが良ければ、不穏な動きをしない限り手助けすることに異論はないよ』

 『可愛い子がちゅーしてくれるってなら……と言いたいけどよ

 間接的にやっちまったからオマケして従ってやるぜ?』

 サーヴァント二人は、やっぱり私に最後の選択を投げる

 正直、よく分からない。けれども、助けないって言ったらミラちゃんが神鳴消し飛ばすだろう

 ……吸血鬼なんてそうで良いじゃんって気持ちはある。吸血鬼は、戒人さんを苦しめたんだし

 

 ……でも

 「まず、話を聞かせて」

 まずは、しっかりと事情を聞かないと始まらない



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十日目ー魔術師一派の足跡

「オレは高校生魔術師久遠錬」

 ……何だろうこの人。戒人さんにちょっと似てる

 主に、話始めるとカッコつける所とか

 警戒しながら、私はそんな感想を抱いていた

 

 「願いが叶う聖杯戦争を聞き付け、そもそもサーヴァント召喚を望みとして伊渡間に遊びに来て、キャスターを呼んだ」

 ……酷い話。私はかーくんに会えるかもって必死に……

 あれ?あんまり私と変わらない?

 『願いは?』

 「魔術師の女の子に逢いたかった」

 『……酷い願いだね、それ

 キャスター狙い、聖遺物があれば召喚はかなり楽かな』

 「そりゃ、アテナ神殿にあった布切れ使ったからな。呼べるさ、ボロ布でも」

 『……こんなのばっかりかよこの聖杯戦争!嫁同伴らしいかったしよ第三次の奴は』

 「ヴィルヘルムさんもだと思うんだけど」

 『あーキャラが被るキャラが被る』

 やれやれ、と旧アーチャーは首を振った

 

 「美少女を召喚して調子にのっていたオレは、キャスターの抱える心の闇に気が付いてしまった

 オレはキャスターのかける人形化を令呪で拒否せず、目が覚めたら

 キャスターの願うままに動く都合の良い人形になっていた」

 ……無言

 無言を貫く以外に、何もなかった。どう反応して良いか、全く分からなくて

 『キャスターが裏切りを恐れるから、絶対に裏切らない証明に、自由を捨てた?

 無茶するね。そうでもしないとっていうのは、分からなくも無いけど』

 「……一目惚れ、だったから」

 『あー、うん。なら、仕方ないかな』

 ちょっと恥ずかしげに、ミラちゃんは頬を掻く

 さらっと一目惚れだったからとバカみたいな行動を語られて、私もちょっと目線そらしたい。私じゃないのに、他人ののろけ話って結構辛いんだなって思う

 

 『でもさ、キャスターはフリットくんを狙ってたよね?そこはどう思ったの?』

 「そうなの?」

 『……第七次については訳分からねぇ。おれは外出てるわ』

 話についていけてるのは、仮にもルーラーっていう特別なサーヴァントだから大体のことを知ってるミラちゃんだけ。考えてみればキャスターとまともに対峙したことも無い私達には言ってる事は分かるわけもなかった

 『うん、そうだよ。キャスターにとって人間は怖いもの、特に男性はね

 それじゃ、そんなどんな怖いものからも護ってくれる存在が欲しくなるでしょ?それでも、自由意思を持ってたらとても怖い。だから、人形にしてしまう

 

 ……その人形は、強ければ強いほど安心だよね』

 「まっ、オレよりもあのバケモンの方が強いってのは間違いない」

 「バケモン……」

 「いやバケモンだろあいつ

 何でマスター側がサーヴァントを庇いながら直接剣で対処しに行くんだよ。可笑しいだろうが対応が」

 「そうかな?……うん、そうかも」

 「サーヴァントとしては弱い、マスターとしてはあまりにも強すぎる。サーヴァントを人形にするには手がかかり過ぎるが、マスターならその点は問題ない。だからキャスターは、あのマスターを狙った」

 「……うん」

 それは、分かる。あの時のかーくんは、やっぱりかーくんで。けれども、とても歪んでいて。そして、バカみたいに強かった

 元々、私にとってかーくんは、そして戒人さんもだけど、とても強い存在だった。降霊魔術を使えば、殆ど何だって出来る、出来てしまう凄い存在だった。無敵のヒーローってほどじゃないけれど、そんな感じ。降霊魔術さえ使えば、どんなことでも一流に出来るから、何処にも無理なんて無いんだって

 聖杯戦争の中で再会した、ザイフリートを名乗るかーくんは、そんなヒーローじゃなくて、寧ろ魔王みたいに怖くて。それでも、変な所で背負い込んでの意地とか、元々かーくんなんだなって事は良く分かった。けれど、その力はもう、人間じゃなかった。血色の翼からエネルギーを噴き出して飛翔するとか、あんなの特撮の怪物だし

 

 「というかさ、あれ反則じゃないのか?」

 『そうでもないよ?』

 あっけからんと、ミラちゃんは言う

 『この世界ではその道には行かなかったけどね、ちょっと未来がズレた世界でなら、固有結界を展開してアーチャーのサーヴァントとほぼ単独でやりあったなんて、バカみたいな戦歴を持つ凄いマスターさんだって居るんだし

 他には、サーヴァントの心臓を使って一時的にサーヴァントになる人だって平行世界になら居たしね』

 うん、頭可笑しい。何なんだろう、マスターの中にそんなチートが混じるのって普通なんだろうか。かーくんもそうだけど、アーチャーが居なかったら……他のサーヴァントと契約していたら、そもそも私じゃマスター相手でも勝てる気がしない。相手のサーヴァントが居なくても殺されちゃうと思う。セイバーさんとかだと、二人まとめてばっさり斬られて終わりじゃないかな。他のマスターからしてみたら、アーチャーから宝具渡されてる私もチート側かもしれないけど、私じゃ使いこなせないし。例えばかーくんが持ってたら、それはもう凄い武器だったんだろうけど。今はちょっと外でタバコっぽいものを吸ってる旧アーチャーなんか、一人で倒しちゃうかもしれないけど

 

 「それでさ、キャスターの願いのままに動いてた訳だけどさ」

 はあ、と彼は深呼吸する

 言いにくそうに、そうしてから続けた

 「あのバケモンがアンタにボコられた日……」

 『ああ、セイバーさんが時間を稼いでいる間に、キャスターさんが取っていった……んだっけ?』

 「そんな感じだったんだ……」

 『その割には、それ以降ふっと姿を消すし、フリットくんはライダーに助けられたって戻ってくるし、クラスカードなんて持ってるしで不思議だったけど』

 「そう、奪われたんだ。あの……銀の髪の少女に」

 悔しげに手を握りしめ……そこから数滴の血すら流れる

 銀の髪の少女。私は全然見たことはないけど、多分って事は分かる

 かーくんが言っていたし、ミラちゃんがやられたってぼやいていた少女……サーヴァント、モルガン・ル・フェ。フェイと呼ばれていた存在

 「キャスターの未来視があるから、何も警戒していなかった。キャスターに焦りは無く、あいつはキャスターのものになるはずだった……だのに!」

 『キャスターは負け、貴方はバーサーカーの餌食になっちゃったと言う訳かな』

 「……ああ

 何でなんだ、ルーラー。何で!キャスターがあんな事にならなきゃいけなかったんだよ!」

 思わず、といった感じで少年はミラちゃんに掴みかかり

 その手首を難なく抑えられる

 

 『何でって……うーん』

 「キャスターには未来が見れた」

 『うん。だから油断して、あっさり捕まっちゃった』

 「はい?」

 ミラちゃんの言葉に首を傾げる

 未来が見えるから負けたって、未来が見えたのに負けたなら分かるけど……何と言うか、言葉が通らないような

 

 『まっ、本来はいないはずの相手だから仕方ないって言えば仕方ないんだけどね

 あの娘のクラスはキャスターじゃなくて、グランドキャスター。これで分からないかな?』

 「分かるわけ無いだろ!キャスターは絶対に負けないはずだったんだ!誰かが邪魔しない限り!」

 「ミラちゃん、グランドって……えーっと……」

 アーチャーの言葉を思い出す。確か、本来聖杯戦争には関係ないけどって笑いながら、だのに今回は関係するかもしれねぇってぼやいていた

 

 「ビーストを止めるための存在、だよね?」

 『うん。わたしだってグランドライダーの資質は持ってるよ。だから聖杯はわたしがフリットくんのカウンターに相応しいって思ったんだろうしね。ホントは、わたしよりジャンヌさんとかの方がまだ良かったんだろうけど』

 「……それが何だって言うんだ。キャスターは未来が見える!誰かに告げない限りブレることは無い。どんな化け物にも、負けないことは出来たはずだ」

 ……あっ、話通じてない

 

 『だから、キャスターさんは負けたんだよ

 グランドキャスターの資質は千里眼:EX』

 「アーチャーが持ってたのは千里眼(偽):Dだったけど、EXだと違うの?」

 『あはは。それはアーチャーさんの冗談かな。純粋に、物理的に世界の果て見てきただけだからね、あれは。魔術関係なく、目が凄く良いってだけ

 千里眼:EXは世界を見通す力だよ』

 「つまり?」

 『最古の王ギルガメッシュが持つそれは未来を見通すって言うよ』

 「ギルガメッシュの話はしていな」

 少年は固まる。話の趣旨を理解したから

 私にも、流石に分かる

 「ミラちゃん。対決する二人とも未来を見通す力を持ってたなら、戦いってどうなるの?」

 『相手の未来をねじ曲げられた方が勝つよ。未来視持ちって自分の見た未来が正しいって前提で動くからね、自分の存在を知られる前なら、騙すのは楽じゃないかな?相手が魔術戦を仕掛けられた事すら気が付いてないんだし』

 「そんな卑怯な奴に……!」

 キャスターさん側が言っちゃいけない気がする言葉を、少年は吐く。うん、気持ち的には仕方ないんだろうけど

 『未来視持ってるの?って話は無しね。持ってるよ、持ってなきゃ、「かつての、"そして未来の王"アーサー」なんて書けない。大嘘になっちゃうからね

 未来の世界に妹が居ることを見たから、そう書いた。なら、未来が見えないなんて話は有り得ないよね?』

 「……でも」

 なら、疑問がある

 「モルガンって人、生前はどうだったの?」

 『マーリンって同格が居たからね。マーリンの動きによって未来は変わっちゃうから特定はしにくかったと思うよ

 マーリンが居なくなって初めて、彼女はしっかりと未来視が出来た。けれども、その時にはもう遅かった

 

 って、これ以上は脱線だから、話を戻そうか』



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十日目ー正義の手

「まあ良い。とにかく、そんな卑怯ものの手でキャスターは囚われ、オレもまた捕縛された

 殺されるのは怖くなかった。ただ、キャスターがどうなるのかが、たっと一つ気掛かりだった」

 本当かどうか分からないことを、彼は呟いていく

 

 本当に?って聞きたくなる。そんなに強く、あれるものなんだろうかって思ってしまう

 私にはそんな事考える余裕なんて無いから。両親を喪ってしまった水難事故の時、私が思っていたのは死にたくないって事だけ。助けられて、一人生き残って……そんな私は最初、自分が生きてた事に対する安堵だけで。両親の死を感覚的に理解したのだって、起きて3日後くらいだった

 なのに、そんな極限状態で自分は良いなんて、本当に言えちゃうの?って

 けれども、言わない。今のかーくんだって、そうだから。ザイフリート・ヴァルトシュタインの消滅って、要は辛い中生きてきた自分を殺すって事だから。それと(なん)にもきっと変わらない

 

 『そして貴方は吸血鬼さんにされにゃったと』

 「ああ。そうして、バーサーカーの傀儡になった

 キャスターは良い。あれはキャスターに信じてもらいたい一心で、自らやった事だったから。自ら受け入れたなら、きっとそのうち信じてくれると

 

 ただ」

 唇を噛み締めて、少年は続ける

 「バーサーカーの支配。あれは……単なる地獄だった」

 「そうなの?」

 私だって支配されかかった事はあるけど、気がつけば私はそう返していた。そう、返さざるを得なかった

 私は、アーチャーが護ってくれた。その苦しみなんて、ほんの一瞬で。忘れてしまえるくらいだったから

 「頭が熱くて、思考はぐちゃぐちゃで。自分の意志で動かそうとすると体は鉄の塊になったように重い

 その中でひたすらに声が響くんだ。声とは思えない歪んだ音色で、殺し喰らえと吸血鬼の本能が叫ぶ。それを夢遊病のように体が行っていくのを、朦朧とした意識で眺めるしかない

 地獄だよ、あれは」

 『それで、バーサーカーの消滅によってその状態から解き放たれて、けど聖杯戦争は終わってしまった』

 「だが、キャスターは生きていた。感じるんだ、腕の令呪が騒いでいる。まだ、キャスターは消えてない」

 『神殿が顕現してるらしいし、まさかって思ってたけど……キャスターさんまで生きてるかー

 ホント、第七次って脱落したサーヴァント少なすぎないかな。わたしなら却下だよこんな段階での勝敗なんて』

 「他にも生きてるのか!?」

 愕然、と少年は目を見開く

 

 『分かってる限りではあるサーヴァントと、ライダー、元ランサーの三騎が少なくとも残ってるよ。あるサーヴァントは……うん、義理は果たしてるからまあもう良いかなって諦めてるんだけどね』

 ……聖杯戦争は、7騎が最後の1騎を争うのでは無かっただろうか

 『というか、起動時の聖杯にあった魂が、アーチャー、バーサーカー、キャスター、アサシンって4騎しか居ない時点で論外だよこんなの。足りない分は何にも関係ない今を生きてる人々数万人って、ふざけてる』

 「……だが、キャスターは」

 『うん。魂の欠片、怨念が亡霊みたいな形で顕現してしまったんだろうね。この聖杯戦争、概念とか、複数人を一つに纏めたものとか多いから。正しく聖杯に魂を吸収されて、それでも纏われてた力が残って復活する。そんなイレギュラーが発生しちゃったのかな』

 「じゃあ、アーチャーも」

 『それは無いよ。彼は……わたしがサーヴァントの領域で戦うことって令呪使ったから

 それを無視するようにって命令、してないでしょ?』

 「……うん」

 小さく頷く

 

 ……若しも、令呪を使っていたら。アーチャーは今も私の横に残ってくれていたんだろうかなんて、ちょっと弱気な事を思ってしまう

 頬に軽く触れる優しい風も、何処か冷たくて。『本当にオレが居なきゃ駄目なのか、マスター?マスターの心の火は、きっとそんなに弱くないぜ。まだ自分の足で歩いて行けるだろう?』って責めてるようで

 如意棒を握った手で頬に優しく触れ、大丈夫と返す

 ……かーくんの次に、此処に居て欲しいけれども。でも、大丈夫。居なくても私は……まだ、一人で大丈夫。きっと、多分、不安はあるけど、強がりだけど、それでも大丈夫。アーチャーが言ってくれた事を、嘘だって思われたくないから

 

 でも。その瞬間。構え!というアーチャーの声を聞いた気がして

 

 『っ!やってくれるね』

 私の前には、私を庇うようにいつの間にか座って話してたはずのミラちゃんが背を向けて立っていて

 思わず延ばしていた如意棒の先には、十字に輝く光が引っ掛かっていた

 ……重い。押し込まれてしまいそうに、強い圧が両の腕にかかる。何だろうこれ、良く分からないけれども、神聖なもののようで……

 『当たったら、多分死んじゃうよ』

 そのミラちゃんの声に、びくっとして緩めかけた手の力を戻す

 からんと軽い音を立てて、ミラちゃんの二本の指の間から、ぺらぺらの投げナイフみたいなものが落ちた

 『怖がらせちゃったね、ゴメン』

 ミラちゃんが手を叩くだけで、その十字の光は消失した

 「な、何?」

 混乱する私に

 『聖十字灼光、だったかな

 十字の光が、悪を撃つ。信徒には効果がなくて貫通し、非信徒の脳の回路をぐちゃぐちゃにして殺す、Cランクくらいの対悪魔(にんげん)魔術』

 淡々と、ミラちゃんは返す

 その手にはやっぱり、稲光が見えていて

 

 『つまり、わたしが危険だよって言った……聖王(ランサー)さんの襲撃!』

 その瞬間、立ち上がって外を見た私の目に映ったのは……紅だった

 森の木々は緑。だけれども、それを埋め尽くす無数の旗。それが紅に大地を染めあげている

 「……何人?」

 『万は居るかな。多分あれが全軍だし』

 「……大丈夫なの?」

 『わたしだけなら、ね』

 それは、私が居ると厳しい、という事だった

 

 「ど、どうすれば……」

 『まだ偵察かな、って思ってたし、だから警戒も兼ねて旧アーチャーさんも外に行ったんだけど

 まさか、全員転移で強引に即座に兵の展開を終わらせに来るのは予想してなかったからね、ちょっと厳しいかな、これは』

 「後ろは?」

 『間違いなく展開されてるよ?そこまでバカなら、全員展開なんてしないし』

 「空に逃げれば」

 ふと、私が座ってるのは空を飛べるすごいものだったことを思い出して、そう聞く

 『使いこなせてるならそうなんだけどね

 ……弓兵部隊が混じってる。ゆっくりしか飛べないなら、きっと撃ち落とされるよ』

 「数時間かけて寝台電車が進んだ距離なら、夕方から日没前に帰ってこれたよ」

 『……落とされる可能性はあるよ?音速を越えてても、射抜いてくる弓兵って居るしね』

 旧アーチャーさんとか、と、ミラちゃんは苦笑する

 

 そんな凄い存在だったんだ、サーヴァントだしそうなのかな?と思うけど、それはそれで怖い。つまり、相手もそうであっても可笑しくないって事だから

 「……それでも、逃げる……って言えたら良いんだけど、やっぱり怖い」

 『あー駄目だわこりゃ。展開しやがったランサーの野郎が見当たんない』

 そうぼやきながら、旧アーチャーが戻ってくる

 『んで、マスター?結論は?』

 「……ヴィルヘルムさん、陽動とかできない?」

 『はーっはっはっ、そこに気が付いたか』

 高笑いし、けれどもすぐにテンションが下がる

 『死ねってか。それは流石におっぱいでかくて可愛いねーちゃんの体をもらわなきゃ出来ない相談だ

 そもそもよ、射てるのはただ一発。絶対に外さない一撃必殺。それがこのヴィル兄さんなワケ

 陽動は苦手も苦手よ』

 「駄目じゃん!」

 『うん、駄目駄目。ランサーさんの居場所さえ分かってればそこに矢を叩き込んで、生きてたらわたしが止め刺して終わり、って手も考えたんだけどね』

 「じゃあ、逃げるとして……」

 『どこかを突破する必要があるね

 前は平安の都、敵の本拠地。多分フェイちゃんもあそこに居る

 後ろは教会の城、攻めてきてる敵の本拠地も本拠地

 右は……ちょっと遠いね、辿り着けても妖怪の山が待ってるよ

 左は、近いけどあのバーサーカー、元ランサーさんが待ち構えてるよ。一応フリットくんを恨んでるしね、その幼馴染さんとか、問答無用で殺しに来ても可笑しくはないよ。話が通じる時代なら兎も角、狂乱してるもの』

 「……何処も駄目じゃん!」



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十日目ー舞い降りる翼

「何処が良いとか、ミラちゃんの勘である?」

 とりあえずは聞いてみる

 『絶対にオススメしないのが後ろ、未知数だけど賭けに出るなら左、無難なのは……上かな』

 

 「上!?」

 『うん、上。どうにかしてこの都を飛び越えて……』

 ミラちゃんの目は、向こうの山を見る。都の西の果ての山を

 『草原地帯まで逃げる。とりあえず、話が通じないとは限らないからね。受け入れてくれるかもしれないよ?』

 「勝算は?」

 『辿り着けたとして、二割かな』

 「駄目じゃん!」

 『()に逃げて一割、燃え盛る城()でも一割、妖怪の山()聖堂(後ろ)は選ぶのがバカ。なら、二割って高くないかな?』

 「う、うん……」

 思わず頷き、はっと気が付く

 「でも、危ないことに変わりは無いんじゃ」

 『うん、そうだよ

 それで、どうするのかな?』

 

 「左は駄目だ。自由になってすぐ、燃え盛る城の近くにあるキャスターの神殿に向かった。だけど!オレの事なんて、キャスターは見てくれなかった」

 ふるふると、少年が首を振る

 「前に突っ込むのは……」

 『元凶さんの気分次第だよ、そんなの

 わたしには、流石にモルガンって魔女の考えは読めないからね。何とも言えない。フリットくんに妙に期待をかけてたし、その関係でマスターさんだって見逃してくれるかもしれない。見逃さないかもしれない

 ……フリットくんが生きて居るとしたら、一番可能性が高いのは都の中。そのもしも、まで含めても可能性は一割あるか無いか』

 『って、寄ってきてるぜ(やっこ)さん達』

 ふと、その声に近くを見ると、紅の包囲はもう大分近くて

 

 「後方って、今は空いてたりしないの?」

 そんな、気になってたことを聞いてみる

 だって、今其処に陣取ってるはずの人々は此処に居て……

 『展開されるまで、わたしが気付けなかったからね

 恐らく相手はワープ持ち。本拠地への帰還を防げる保証なんて何処にも無いかな

 だから、やるだけ無駄だとわたしは判断したんだけど、どうかな?』

 ……無駄かも、うん

 

 「……でも」

 ちょっとだけ、悩む

 けど、答えは、すぐに出る

 『うん、行こう。空へ!』

 その瞬間、私の体は体勢を崩し、大きく浮き上がる

 「ちょっ、おれは」

 『自力で追いかけてきてね。そのための力なら貸してあげるから』

 ミラちゃんが右手の指で小さく十字を切る

 『まっ、贔屓だけど良いかな。祝福を君に(プレゼント・フォー・ユー)。久遠錬、貴方の往く道で、壁を乗り越えるちょっとした助けになりますように』

 ふっと少年の姿が輝き、淡く光る

 

 

 「……これは?」

 『わたしのスキルだよ。今回は魔力放出を付与したから、自力で飛んで逃げられるよね?』

 「待て!飛んでなのかよ!」

 『うん。空を飛ぶスキルってそのものは無いからね

 魔力放出で飛んできて欲しいな』

 「酷いなオイ!」

 酷いだろうか。かーくんは血を吹き出しながら飛んでたけど……

 うん、やっぱり酷いかも

 『おれにもくれよな。ねーちゃんに掴まって良いってことなら無しでも大歓迎だけどよ』

 『はいはい、そこまで

 自分では……飛べないか、流石に

 祝福を君に(プレゼント・フォー・ユー)。ヴィルヘルム・■■、貴方にも、ちょっとした救いがあらんことを』

 

 『っと!』

 軽く地を蹴り……旧アーチャーは空に浮かぶ

 『おお、これが魔力放出か、楽だなこりゃ。空を飛ぶのが……病み付きになりそうだ!』

 そのまま空中を蹴り、何処かへと飛び去っていった

 

 「あ、あれ?」

 その背に向けて、右手を思わず伸ばす

 その方向は、決めたのとは逆で

 『囮、かな。苦しいところをやってくれた形』

 「あっ、そっか」

 言われて気が付く。確かに、固まってたら良い的も良いところだって

 『流石にどちらも離れたら良い的だからね、連発が効かない向こうがやってくれたって事』

 「それじゃあ、私達も」

 『よし、行こうか!』

 「って本当におれも魔力放出で飛ぶのかよぉっ!冗談だろオイ!マスターの魔力でやれってのか!」

 そう騒ぐ少年は、ミラちゃんが問題視してないから無視して

 私は体を黄金の雲に沈めた

 ぐいっと体が光れる感覚と共に、筋斗雲が加速する……

 

 

 「きゃっ!」

 ぐらっと揺れた雲から弾き出され、地面に……当たらない。何とかミラちゃんに背と足に手を回されて受け止められる。お姫様抱っこって言うべき格好。ミラちゃんもお姫様(女の子)だし、王子様(かーくん)じゃないけど

 「どうなったの?」

 雲の中から外は見えなくて、だから私はミラちゃんにそう問い掛ける

 ずっと居ちゃ悪いなって、自分の足で立たせてもらいながら

 『ゴメン、ちょっと油断したかな』

 そう告げるミラちゃんの眼前に……一つの雷鳴が降ってきた

 

 ……違う、一人の男性が、落ちてきた。輝かんばかりの……っていうか実際に日光を反射して鏡かと言いたいほどにギラッギラに輝いた白銀の全身鎧に身を包んだ、一人の男性が

 ふわり、と重力に逆らって逆立っていた純白のマントがその背に被さる。その腕には、先端が十字になった、やはり白銀の槍を携えていて……その先に吊り下げられかかっていた黄金の雲が、逃げるように姿を空気に溶かして消した

 顔立ちは整っていて、実際はあまり見かけない金髪碧眼。鋭く、彫りの深い顔立ちは何処までも見惚れてしまえるイケメンで

 『ストーップ、意識はっきりさせないと、魅了掛かるよ』

 その声にはっとする

 

 でも、やっぱりイケメンで

 『……何故(なにゆえ)、貴女が穢らわしい異教徒を庇う』

 その声は、夢から覚めるほどに……氷水のような冷たさを孕んでいた

 『それが、わたしがやりたいことだから、かな?』

 『堕落などするはずが無い。貴女はそんな柔な者ではないはずだ

 正しき道に返っては下さらぬのか』

 『うん。主を信じてないなら死ねって、そんなこと救世主は説いて無いでしょ?

 貴方は主の敵を滅する苛烈さを持つ。それは良いよ?全てを許すってことは、他者に多大な迷惑を掛ける人だって野放しになっちゃうからね。裁きはそりゃ当然必要だから、貴方を否定はしない』

 『ならば!』

 『東方の聖王プレスター・ジョン。貴方が悪を撃つ主の苛烈さであるように、わたしは異教徒だって信じて見守る主の愛の側の存在(代弁者)だから』

 

 静かに、金髪碧眼のイケメン……旧ランサーは目を閉じる。そして立ち上がり

 槍を天に翳した

 瞬間、視界を埋め尽くすのは銀と紅。紅の旗をはためかせた銀鎧の軍勢が周囲全てを取り囲む

 

 『主の慈愛は、愛すべからざる悪すらも蔓延る。主は赦されるが、弱き者達には、その愛は試練なれば。ならば……主に代わり、我はその悪を滅しよう。我が名にかけて

 我はプレスター・ジョン。正しき祈りを胸に散っていった使徒(十字軍)の願いし聖王、正しき怒りなり』

 轟!と。雷鳴が轟く

 ミラちゃんの放つ神鳴が、一面の銀と紅の全てを撃ち据える

 けれども、何も起こらない

 

 『やっぱ、耐性高いなぁ……』

 『主の御技は尊いものだ

 なれど、主の使徒たる聖王軍、正しき十字軍には、主の試練など下ろう筈がない。故に、神鳴など受けぬ。起こり得ぬもの以外では有り得ぬ』

 ぼやくミラちゃんに、ふん、と偉そうに腕を組み、掲げた槍を戈先を天に向けたまま突き刺して、旧ランサーは自慢する

 「ひょっとして、ピンチ?」

 『わたしは無事かな

 マスターさんは、とりあえず大ピンチ』

 キンっ、と軽い金属音をたてて、ミラちゃんを越えるよう弓なりに撃たれた矢を、無意識のうちに巨大化した棒が弾き飛ばした

 「お願い!」

 全体を囲まれているから、このままじゃ不味い

 それは分かってるから、如意棒に頼む。昔アーチャーがやってたみたいに、回転しての凪ぎ払いを。私にそんな技術とか無いし

 

 だけど、あれは風を纏っていたからなのか、そんな事出来なくて。ただ、神速で伸びて一直線に相手を打ち倒す。鎧を砕き、心臓を貫き、骨を摩擦で磨り潰し、串団子のように纏めて串刺しにしてしまう

 見える血に気分は悪くなって。けど

 しなければ死んじゃうのは私だから、見ないふりしてそのまま横に凪ぎ払う

 重い。けど、何でか無理な重さじゃない。そのまま、横凪ぎに死体の串刺し毎残りの十字軍兵を凪ぎ払っていって

 

 『……悪魔め』

 けれど、それは私の正面に来た所で止まる。十字の槍に、止められる

 しまった、と思うのも遅い。私の動きは止まって。完全に棒頼みだから、他に何の対応も出来なくて

 一歩、恐怖から後ろに下がって木の根に躓く。もう、それで動けなくて

 分身した二人のミラちゃんをすり抜けて、止まった私を狙った無数の矢のうちの一本が私の脳天目掛けて落ちてくるのを、目を見開いてただ受け止める事しか、私には出来なくて

 助けてって、アーチャーに祈る。嫌だよって、弱音を吐く。かーくんに、御免なさいって謝る。そんな時間さえ、もう無くて

 

 

 けれども、その矢は、私に届くことは無かった

 天から降り注いだ、一条の鮮やかな緑色の、紅のスパークが走った光によって

 「……ビーム、ライフル?」

 『辿り着く場所さえ分からない、でも』

 その声は、聞き覚えのある(ない)低く響くテノール(可愛らしいアルト)ボイスで

 『届くと信じて』

 私を庇うように。。花萌葱(はなもえぎ)の右翼と、織部(おりべ)の左翼を骨組みが全て見えるほどに大きく拡げて。……違う、花萌葱(強く鮮やかな緑)の右翼と、逆には織部(深く暗い緑)のフード付きのマントを羽織り、はためかせて

 一人の少女が、眼前に降り立った

 『想い、走り……未来を呼び覚ました』

 その少女に、見覚えがあった

 無いわけが、無かった。会えたら良いと、ずっと思っていた相手

 

 

 「……アサシンちゃん!」



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十日目ー三原色

「アサシンちゃん!」

 その私の叫びに、うん、とだけ頷いて、緑の閃光が走る

 

 何で、どうして?

 聞きたいことは幾らでもある。幼い少女が展開する花萌葱色の、あまりにも鮮やかな……けれども、毒々しい血色のスパークがやっぱり時折そのエネルギーの周囲に走る、私を救ったビームと同様の色の片翼。それは片方だけで、左翼が無くて

 そして、あまりにも……かーくんが展開していた紅のそれに酷似していた。大きく拡げなければ、翼と言うよりもブースターのように見えるその形状、噴き出す魔力により姿を保つその実態。何もかも、そのまんまで

 

 『……悪魔めが』

 『そうでもない』

 その手に携えるのは、携行出来る大きさとは思えない巨塊。アサシンちゃんの全長を越える、バカみたいに大きな銃。対人じゃなくて、対物ライフルって言うんじゃないだろうか、あれ

 『背を低く』

 「う、うん」

 言われるまま、私は腰を屈める

 

 そして……風が、吹き荒れた

 何の事はない。アサシンちゃんが、無造作に銃口を天へ向けた状態から下ろし、適当に相手に向けて、スコープなんて覗かずに、小脇に抱えて引き金を引いた。それだけの事

 けれども、その銃口から放たれるのは銀の弾丸でも、ましてや通常の弾丸でもなく、莫大な魔力の奔流。私を救ったビームの、その更に太い版。その反動を受け流すべく、右翼は背に回り、一基の背部ブースターであるかのように点火、その小柄な体を強引に支える。そのフレームからは……廃熱でもしているのだろうか、暖かな空気が噴出し、私の髪をぐしゃぐしゃに弄ぶ

 

 風が止む。花萌葱の暴威が消えたその時、其所には一条の道が生まれていた

 其所に居た筈の無数の銀と紅は、空気に溶けたように姿を消していて。ひび割れた地面にぽつぽつと残る粗末で頑丈な靴だけが、其所にほんの少し前まで兵士が展開していた事を物語っていた

 『……逃げる』

 『了解、色々と聞きたいことはあるんだけど、それは後で!』

 ミラちゃんが私の足と腰に手を当てる

 そのまま、受け止めてくれた時のように抱き上げる

 地を蹴って急加速。切り開かれた道を雷鳴そのものの速度で

 

 ……どれくらい、逃げたんだろう。正直分からない

 ただ。前方には山じゃなくてすでに草原が拡がっていて

 其所に、巻き上がる砂塵が見えることは確かだった

 即ち、未知数だったはずの領域。謎のサーヴァントの心象領域

 一応、囲みは抜けられたみたいで……

 けれども、ミラちゃんに安堵の表情なんて無い。見たことのあまりない険しい、眉をひそめた顔で、前方を睨んでいる。アサシンちゃんはその逆。片方だけの翼は消さず、まるで追い掛けてくる事を警戒するように後ろだけを……ぼんやりとした目で見ている

 「アサシンちゃん、かーくんは?」

 ミラちゃんの腕の中で大人しくしながら、私が問うのはやっぱりそういうこと

 『……いない』

 けれども、返ってくるのはそんな気の無い返事。アサシンちゃん自身、半分上の空でそう返しているように見えて

 「居ないって、どういうこと?」

 『居ないものは、居ない』

 「死んじゃったの?」

 その問いには、ふるふると首を振る

 けれども、その言葉には要領を得ない。元々、かーくんは何でこんなに口数少ないのにアサシンちゃんが良く分かるんだろうって思ってたけど、中々私には難しい

 「何処に居たの?」

 『どこか』

 「それじゃ分からないよ!」

 『「オレ」にだって、分かってなかった』

 「何なの!?」

 『それでも。「ボク」はキミを喪うわけにいかなかった

 

 ……だから一人、一度死んで此処に来た』

 「……」

 言葉にならない

 

 そういえば、アサシンちゃんって死んでも何度でも戻ってくるんだっけって、でもそれじゃあ倒せないから、聖杯戦争的に何か弱点はあるはずで。けれど、そもそもアサシンちゃんは敵じゃないんだからそんなこと考える必要なんて本当は無くて

 考えが、纏まらない。アーチャーがアサシンの性質を持ってて、戻ってきてくれれば全部楽なのにって考えて、関係無いしアーチャー頼みの考えじゃ駄目だって振り払う

 

 『異次元に迷いこませる陣かぁ

 そりゃ見つからない訳だよ』

 うんうん、とミラちゃんが頷いて

 砂塵はもう、先頭の馬が見えるくらいまで近付いて居る

 その一番前に居るのは、恐らくは彼がサーヴァントなんだろうって偉丈夫

 

 『問おう!我等が地を歩む旅人共よ!』

 その声は低く、良く通る

 その姿は……何だろう、変色してしまったかーくんに何処か似ている

 銀の髪、焼けた褐色の肌、白を基本としたラフな服装

 『……裁定者?』

 こてん?とアサシンが首を傾げるのに合わせて、私も彼から視線を外してミラちゃんを見る

 

 何時もはどこか不敵なのに、今だけはそんな感覚が無い。目をぱちくりさせ、そのサーヴァントの姿に対して眉を寄せている

 「ミラちゃん?」

 『えっ?このサーヴァントって……あれ?フリットくん……じゃないし、けど……あれ?』

 混乱していた

 

 「ミラちゃん、ルーラーってサーヴァントの真名分かるんじゃ無かったの?」

 『そ、そうなんだけどね……

 フリットくんの中身がジークフリートみたいに見えてたり、アサシンちゃんの真名が良く分からなかったりって、別に万能じゃないよ?

 隠そうとして、それ相応のスキルがあれば誤魔化される程度のもの』

 「……それで?」

 『うん、真名が混乱してて、良く分からないね

 フリットくんに手を貸してるだろうサーヴァントと似てる気がするんだけど、そのサーヴァントって女性だから』

 「でも、寄ってくる彼は男だよ?」

 流石に、筋骨隆々で上半身半分裸、ベストみたいなものしか着てなくて胸の筋肉が見えてる髭が、女の子なんて話はないだろうし

 

 『うん、伝承通りアーサー王が男性って世界もあるらしいし、そういった混線?

 でも、彼にはフリットくんみたいな世界の敵としての性質は無いし……』

 世界の敵、人類悪、ビースト。うん、酷い単語だ。かーくんについての言葉だなんて思えない

 「つまり?」

 『フリットくんみたいな理不尽性能は無いよ?』

 『「私」にも無い』

 「えっ?」

 でも、その背にはかーくんと同じエナジーウィングが確かに有って

 『性質が違う。違いすぎる

 「勝利」()も、「破壊」()も、「慈悲」()も、この光()には無い。変わらないのは、単純出力だけ。緑は、弱さの光

 ……「逡巡」()軍神(せんし)でも、聖者(めがみ)でもない人間(しょうじょ)の強さで、弱さ。それが、「俺」の資質だから。「ボク」は、希望程には強くない。それで、構わない』

 静かに、良く分からない事をアサシンちゃんは告げた

 

 そのうちに、男は馬に乗った軍勢を引き連れて、それなりの近さまで寄ってきて

 そうして、告げた

 『我が妻を、何処へやった』

 と

 「はい?」



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十日目ー混迷する、獣への道

「はい?」

 話についていけない

 妻?結婚してたの?それと私達と何の関係があるの?

 

 分からない。ただ、ちょっとの間混乱して……

 『……何処へもやっていないわよ

 貴方が見失っただけでしょう?』

 その声は、私の背後から聞こえた

 「セイバーさん!?」

 『ええ。遅いお着きね、道具(マスター)の恋人さん。もう少し早くに来ると思っていたわ』

 「い、いや、私はそんなんじゃなくて……」

 と、あわあわと口をもごつかせて

 「って、そんなのは関係なくて!」

 頭をぶんぶんと振って意識を戻す

 

 何時しか、綺麗な銀の髪を優しい草原の風に通しながら、一人の女性が此方を見ていた

 「セイバーさん、どうして此処に!」

 サーヴァント、セイバー。確か……名前はクリームヒルト

 

 なら、その人を妻って呼ぶのは……呼ぶのは……

 誰だっけ?

 結局私の思考はそこで詰まる。うん、当たり前だけど昔の人に関してのんて教科書レベルの知識しかないし……

 それでも、えーっと、言ってたような……

 ぱっと脳裏に浮かんだその名前を、私は呟いていた

 「ジークフリート!」

 

 『殺すわよ』

 『……侮辱するか、旅人!』

 「あ、あれ?」

 でも、クリームヒルトさんってジークフリートジークフリート言ってたような……って私は困惑する。そんな私を、ミラちゃん達は苦笑するように見ていた

 『別人』

 『ジークフリートさんは、フリットくんに力を貸してるんじゃないかーって言われていた人……なんだけど』

 益々分からない

 「でも、今のかーくんっぽさ、あるよ?」

 『だからなんだよねー』

 困ったなぁ、と右手の拳は解かず、左手でミラちゃんは頭を抑えてみせる

 

 『クリームヒルトはジークフリートの死後、再婚する

 相手はこの目の前に居る……』

 『大王、アッティラ』

 その名を聞いた瞬間、男は今にも抜こうとしていた剣の柄から手を離した

 

 『如何にも。余こそアッティラ

 その名を知るか、女と男……いや、貴様……何者だ?』

 『「俺」が何者か、「ボク」も知らない

 それでも、「わたし」はそれで良い。やりたいことは……なりたいものは、分かってる』

 アサシンちゃんの手に、ひとつの光が産まれる

 鮮やかな、緑の剣。かーくんの使う、光の剣の色違い

 

 「ミラちゃん?」

 そんな情勢を、どこか迷いながら見ている裁定者……本来は一番全てを知ってそうな少女に、私はそう声をかけた

 「どうしたの?」

 『色々とおかしいなって』

 「おかしい?」

 私には無い視点に首を捻る

 

 『わたしだってまあ、やりすぎちゃったし。後はサンタクロースって優しさの具現のお爺さん姿もあって今の時代では男の人って言われてるよね?』

 「うん」

 『同じように、実は女の子ってサーヴァント、何人か居るんだ』

 「……それで?」

 何となく、言いたいことは分かった気がした

 『だから、フン族の大王アッティラも、そのうち一人……ってわたしには啓示があったんだけどね

 何か、違うみたいだなーって』

 返ってきたのは、やっぱりという言葉

 言いたいことは分かる。ミラちゃんだって、男の人扱いされてたし。私は別にミラのニコラウスなんて良く知らなかったし、そんなものかなって受け入れて終われたけど

 当時を見てた人なら、分かるのかな?なんて考えて

 『んにゃ、普通に男だったぜ?』って、草原の澄んだ風が、アーチャーの声を運んできた……ように錯覚した

 

 錯覚……だよね?アーチャー、ほんとは聞いてるの?

 答えはない。きっと幻聴であっている

 きゅっと最後の令呪だけが繋がっていた痕跡として残った左手を右手で抱き締めて、改めて馬上の男に目を向ける

 

 ……怖い

 最初に抱いたのは、そんな月並みな感想。直視しかえされるだけで、逃げたいって恐怖が沸き上がってくる

 まるで、あの日(一昨日)の……銀の翼から血色の光を噴き出していた、とても怖い獣みたいな瞳のかーくんみたいで。ビーストⅡ-ifと名乗った、彼のようで

 

 ……いや、違うって、首を振ってそんな幻想を吹き飛ばす。あれは単純に、人を殺し慣れてる目だから

 怖いのは確か。逃げたくだってある

 けれども、かーくんと同じじゃない。眼前の……恐らくは旧ライダーと呼ばれるだろう彼の目は、人殺しの目だった。逆に言えば、人を殺しても平気な、人殺しの瞳でしか無かった。まるで人を人と認識していないような……何処までも矛盾した獣の目では……無かった

 

 だから、怖くても、それを必死に隠して立つ

 「セイバー、さん。あなたはどうして?」

 『さあね?起きたら彼処の……夫様に捕らわれていたのよ

 だから、最愛のあの人(ジークフリート)の形見、ニーベルング族の財宝(身隠しの布タルンカッペ)を使って此処まで逃げてきたという訳よ』

 返された答えに、かーくんの事は無かった

 「契約してるサーヴァントなら、マスターの……かーくんの居場所がわかったりしない?」

 アーチャーは、私がちょっとショッピングモールで見て回るうちにはぐれちゃっても、魔力辿れば一瞬よって見付けられたし

 

 『無茶言わないで欲しいわね』

 けれども、セイバーさんは草原には不釣り合いの岩に腰かけたまま。興味無さげに首を振った

 『この聖杯戦争の令呪にそんな機能無いわよ。貴方のサーヴァントが規格外れすぎてただけね

 第一……』

 セイバーさんの瞳が、私の横で旧ライダーの動きを光の剣を見せつけて留めてくれているかーくんに似た男の人……また目に映る像がぶれているアサシンちゃんに向けられる

 『ファフニールだか何だかしらないけれどもね

 道具(マスター)の中にあの人由来のものがしっかりとあれば気が付かないはずが無かったのよ。あの人みたいで、けれども違うなんてバカな事を考えていた私が愚かだったわ。アレは最愛の人(ジークフリート)とは一切関係の無いバケモノ女よ。中身メスじゃないの、何でそれで臆面も無くあの人名乗れたのかしらあの馬鹿道具(マスター)。イカれた思考と合わせて腕の良い占い師にでも看て貰えって話よ

 そんなマスターとサーヴァントの繋がり以外なんにもない私よりは、まだキスする程に彼を大切にして、自分のマスターに頼んでこっそり自分の令呪ごと契約を渡させていたアサシンの方がよっぽど縁は強いでしょうよ

 

 そのアサシンが分からないって言うのに、私に分かるなんて話が無いでしょう?』

 「アサシンちゃん!?かーくんとキス……したの?」

 『気になるの、其処なの?』

 セイバーさんが、呆れたように息をはいた



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十日目幕間 桃色狐とごく当たり前の返り討ち

『馬鹿……な……』

 眼前で喚くのは、一人の妙に後頭部の長い、ハゲかけたジジイ

 だが、知るか。その両の手に込める力を更に増し、その屑共の肉へと、指を沈めていく。他者の肉体というものを、己の血肉で蹂躙してゆく

 

 『何故、貴様は……』

 ああ、煩い。気が散る

 唯でさえ煩いというのに、これ以上雑音を混ぜるな

 『貴様は儂を攻撃出来る』

 泡を食ったその言葉に、仮面の下で苦笑する

 

 「……そんな事か、ぬらりひょん(旧アサシン)

 『そんな事かとは何だ貴様!

 何故、そこにある事が当たり前であるはずの者を、明確な殺意をもって襲える』

 ああ、元気だなお前。心臓を握り潰そうとされているというのに

 まあ、それは己も同じこと。サーヴァントの耐久力をもってすれば当然の話ではあろうが

 なんて意味もない思考を、仮面の裏を多少の血で染めながら垂れ流す。口の部分に開閉機能が無いことだけがもどかしい。吐いた血が、仮面の裏にこびりついてしまう

 

 「知れたこと

 旧アサシン、お前は……此処に居るのだろう?』

 『確かに居るとも』

 右の手が空を切る

 会話に気を取られているうちに一時蹂躙しかけた肉は離れ、長ドスを此方へ向けて構えている

 

 ならば、もう必要ないか

 思考と共に、自身の胸を抉る細い左腕を引き抜いた

 「……ならば、何も可笑しな事は無い

 例外無く、全てを殺す気になれば良い

 

 それがどれだけ当たり前で、其処にあることに疑問も、敵意も、差し込んではならぬものであろうとも

 知らぬ存ぜぬ全て破壊せよ。ただ、そう思うだけで良い』

 両の掌に残る血を、魔力に変えて

 「ならばこの肉体は、必然的にこの場の最も滅ぼすべき二匹を狙う。文句はあるか?』

 『だから、貴様は』

 「例外など設けてしまえば、貴様の存在はその例外にある事に、疑問を思えなくなる。それが、意識陥穽というもの』

 『だから貴様は、自身をも狙ったと言うのか!』

 「その通りだ』

 見て分からないのか、あの妖怪ジジイは。流石は耄碌したジジイだ

 

 『ちょっと、ちょーっと

 暫く、暫くぅ!』

 「何だ、タマモリリィ』

 『そこの仮面の人!』

 ビシィ!と音でも聞こえるような勢いで、のんびり昼寝なんぞしていた青を基調とした和服を重ねた狐耳が、此方を指差していた

 単純に腕が重いのか、その指先は震えていたが

 『それ、此処でああ、ちょっとは働きますかなーんて言って遠征しに行った仮主(フェイ)サマに留守を任されて、けれども攻めてくる馬鹿なんて居ません居ませんってお昼寝してた(わたくし)すら巻き込みますわよねぇっ!?

 手心、手心ぷりーず!』

 はあ、と仮面の下で息を吐く。並列した2つの思考の片割れが、下らない戯れ言に対応する

 「……己、そして恩人へ害を成そうという間抜けな暗殺者

 どうやらこの手は二本しか無くて、同時に対処出来るのも二匹までらしい

 その優先順位が回って来るまで待て』

 『そんな順位永遠に上に二人以上居る最下位で良いですぅっ!』

 

 「……それで?攻めてこないのか?』

 作ってやった隙を、長ドスをまるで普通の刀のように構え、摺り足でにじり寄るに済ませた翁に、そう声をかける

 「ああ、それとも……

 攻めて行くのが、怖いのか?』

 『何だと貴様!』

 「反撃された事なんぞ、無いよなぁ

 

 もしも、もう一度。きっと対応出来ないと思っていても、もしかしたら

 そう思ってしまったが最後、反撃を恐れて二度と、前に進めない。もう無い未来が恐ろしくて、それが、反撃により血の華を咲かせる未来であるかもしれないから、踏み込めなくて。足を引いて死という結末(過去)に逃げざるを得ない

 それが、結局は可能性を捨てた愚策であろうとも』

 『酷い挑発ですねぇ……』

 「勝利を

 そうでなければ、どんな意味も……悪に塗り潰されて無意味に成り下がる』

 『良く喋るなぁ貴様』

 「ああ、舌が回る

 どうやら、貴様をぺらぺらと話しても良い仲間、程度の認識をしているようだぞ?』

 『ほう?』

 翁が舌なめずりを行い

 「味方か。狐鍋の下拵えをする際に序でにつみれにしてしまえば良いか』

 そして、舌を噛んだ

 

 『ぺらぺらと!』

 「もっと舌を回して欲しいのか?』

 意識せず、味方に種明かしをするように、言葉を続ける

 「そこな狐が言っただろう。遠征と

 

 さて、何処へ向かったのだろうな』

 仮面の下で、くつくつと意地の悪い笑みを浮かべる

 自分で言うのも何だが、性格悪い

 けれども今は、それが心地よかった

 

 「帰ると良い。貴様の夢の残骸(死骸の山)

 三鬼夜行でも、其処で存分に練り歩くか?その前に改めて立ち塞がって、滅ぼすのも良い』

 『ちいっ!やってくれる、外道共』

 『この可愛くて賢くお買い得な(わたくし)を殺そうとした卑怯者に言われても、なーんにも心に響きませんねぇ』

 「常道だろう、勝たなければ、正しくとも誰も正義を謳う権利を持たぬのだから

 最善策だろうよ、通常ならば、(・・・・・)な』

 『最善策なんて、聖杯戦争にありゃ苦労はしねーです

 あんなもん例外が寄せ集まって出来たようなもんでしょうに』

 「ああ、だから最善策だったはずの定石は、最低最悪の自殺行為へと変わる』

 足を一歩前へ

 空間を足蹴にし、ねじ曲げて前へ、踵を返したはずの、老人の歩みを塞ぐ位置へ

 

 「それで?誰が……帰らせると言った?』

 『貴様ぁ!』

 心のままに振るわれる長ドスを……骨と皮ばかりの左手で受け止める

 

 「宝具ではないな

 ならば、止まる』

 使うのは二本の指だけ。親指と人指し指で、挟み止める

 そのまま中指を刃にかけ……

 ぽきりと、あまりにも脆い音を立てて、長ドスは折れた

 

 『風神、雷神!』

 一陣の風が吹き抜ける。意思を持った風は旧アサシンを巻き上げて、扉というには微妙な衝立を破って平屋を飛び出す

 『荒らさないで欲しいものですねぇ。掃除が面倒、面倒だって思いません?』

 「……知らん。それは家を護る者の領分らしいからな』

 『冷たっ!この冷麺!じゃなくて冷血人間!

 こんな酷いことを言うのは一体仮面の何フリートなんですかねぇ』

 「バルチックフリート辺りではないのか?寒いというならロシアだろう』

 『そんな事は聞いてねーです!』

 「仮面の男、デューク・フリードだ』

 『寧ろ侵略者側が宇宙の王者語るでねーです!』

 「タチの悪さ的には、精々デラーズ・フリートだろうな、実際の所は』

 『そんな0083なネタ振られても(わたくし)以外のサーヴァントじゃどうとも返せねーです。まあ、正義に準じているサムラァイであるみたいなスッゴい勘違いをして、実際はどこまでも厄介事を増やすだけってのは似てる……似てなくもない?レベルですけどねぇ

 酷い式神さんは、とっとと片をつけてきて欲しいものです、ご主人様もお待ちですし

 ぶっちゃけ、これじゃあ、拾った、価値が……ねぇ訳ですよーっ!』

 「……何だ、拾うのか』

 正直、その前の方が拾えない話題だったと思うのだが

 それでも、たまには下らない事を考えていなければ、ずっと囁き続ける分裂した思考に飲まれるだろう。ハカイセヨ、ハカイセヨ、ハカイセヨ、破壊せよ、と 

 意味を為さなくなった衝立を跨ぎ、部屋を出る

 帝都の空に浮かぶは、二匹の鬼

 一匹は緑の肌をし、袋を持つ……風神。もう一匹は黄色い肌をし、太鼓を叩く……雷神

 

 屋根に登り、右の手を掲げる。高く、ピンと肘を伸ばして天へと向けて

 『……何の真似だ』

 安全が確保できたが故か、嘲りの意思が交じりだした旧アサシンに

 「避雷針』

 と一言事実だけを告げる

 『何?』

 「燃えたら、どやされる

 

 それは、多少問題があるだろう?』

 『ぬかせ!』

 叫びと共に、幾条もの雷が、避雷針として全て集められて己へと降りかかる

 ……火力は足りてない。己の体は黒こげにならず残る。肉の焼ける音、微かにまだあったらしい油の弾ける音色、ウェルダンに焼けた人肉に近いが違う豪快な調理をされたステーキの香り。全てを感覚出来る

 意識を揺らす事すら、出来ない程度の火力。何だ、てんで弱いじゃないか。雷神を名乗るならば、裁定者の神鳴よりは火力があるだろうと警戒したというのに

 

 馬鹿らしい

 

 警戒していた己も、そんなサーヴァント未満を引き連れて、その程度で嘲ることが出来る旧アサシンも

 何もかも、馬鹿らしい

 

 何よりも馬鹿らしいのは旧アサシンだ

 ……何故、他を呼んだ。真逆、逃げられるとでも思っていたのか?他者と共に?

 ……風神雷神は妖怪だ。旧アサシンの引き連れる百鬼夜行()であり、旧アサシンではない、敵である

 

 ならば話は早い。風神雷神は離れている。狙えずとも、うっかり巻き込んでしまう事にまでは、制限はないのだから

 

 ざくざくと、全身をつむじ風が切り裂く

 血が仮面に付着し、視界が塞がれる

 だが、構わない。無数の切り傷が産まれようとも、腕はまだ動くのだから

 ……動いてしまうのだから

 

 ならば、腕を潰せぬ程度の雑魚に、手間取る意味など、最早欠片とて無い、滅び去れ

 掲げた腕を、胸の前に持ってくるように下げる

 その握り拳に、血を通して食らった雷と風が軽く渦巻く

 仮面の額に付けられた、水晶内に封じ込められたゲージが点灯する。水晶周囲を回る円に、中心の一点。それを真っ直ぐに貫く、中心を通る一本の線。それに平行する二本線。そして中心から線と円の交点……右上以外の三点へ向かう三本線と、下二つの交点を結ぶ線による三角。三本線は赤青緑の三色だが、円と三角形を描く光は赤。正直額にあると多少ダサいが、まあ、気持ちカッコよさをいれようとした、バカ狐の作ったギミックなので無視。そもそも力の高まりなど、自分が一番良く知っている。本来自分からは見えもしない仮面のゲージなど、参考にもならない

 

 『んなっ、貴様ぁ!』

 左肩に触れた右の手を、ただ、感覚に任せて空へと振るう

 弦を弾くような、不思議な音が耳に響き……

 

 「……終わったぞ』

 ただそれだけで、帝都の空にたむろしていた鬼は、姿を……いや、存在を消していた

 勝利に導かれ、因果の果てに去っていったのだ

 

 『や、や……やりすぎですぅっ!

 バカですか、バカですよねぇっ!神霊ならば当たり前だからって当然の権利のように第二?魔法を軽く振るってワンパンとかバカの極みしかやりませんよねぇっ!バカだってカミングアウトしてください!

 ぷりーず!手加減及び誤魔化しぷりーず!このままじゃ勝手な式神化が仮主(フェイ)サマにバレますぅぅぅっ!

 タマモ困っちゃって毛が』

 「勝手に抜け毛をマフラーにされてろ天照』

 『この神様の敵!星の敵!』

 「ああ、そうだが?

 そんな己が、仇敵である神々に優しくする必要が、あるのか?』

 『いーやーでーすーっ!こんな冷たい式神クーリングオフしたいですぅっ!』

 「……クーリングオフされたら、もうお前を生かしておく大義名分も無いな』

 『いけすかない銀狐さーん、今ならこの世界が己と引き換えに倒した化け物級式神と、ななななんとっ、前鬼さん後鬼さんだけでトレード出来ますよーう!凄くお買い得……ひゃうっ!』

 「……仮面と左腕で人を式神にしておいて、良く言うよ』

 怯えさせるように、その尻尾を摘まんで、そう耳元で囁いた



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十日目ー撤退と残骸

偉丈夫が、馬上で手にした剣を構える

 せめて何か出来ないかなって、効くとも思えない呪い(ガンド)を、それでも構えようとして……

 

 「な、何!?何なの!?」

 その、異変に気が付いた

 

 空が、白い

 そんなのは当たり前の事……な、訳はない。ミラちゃんと旧ランサーの居る場所から逃げ出したその時、天気は晴れだった。それは確か

 だけれども、こんな真っ白じゃなかった

 空はまるで、白いペンキで塗り潰してしまったかのように、雲もなくて、それなのに真っ白だった

 

 ……いや、違った。そんな色の無い空に、たった二つ、二つだけ色があった

 二つの星だけが、空に輝いていた

 

 「……真昼の、月……?」

 一つは、普通の空模様では見えるはずの無いもの。一切欠けていない、蒼く光を放つ満月。有り得ない、昼間に月が登るわけがない、なんて事はない。昼間に登る時期もある。けれども、それは欠けた月。その姿の幾らかを影に隠したものだけ。満月が真昼に、太陽があるはずの場所まで登るなんて有り得ない

 そしてもう一つは……空に輝く、軍神の星。紅の光を湛え、幾度となく空に見た、勝利の星

 「火星(マァズ)……」

 

 どんな時に、あの星は輝いていただろう

 その事を思い出そうとして、一瞬で辿り着く

 時の止まった灰色の空にも、あの星は色を保っていたから

 

 ……そう、あの星は……

 かーくんが、バケモノになってしまっている時に、強く輝いていた

 

 「かーくん、なの……?」

 その呟きは、空に消えて

 

 『今』

 『了解!』

 アサシンちゃんの合図と共に、ミラちゃんが私を腕にひっかけるようにしてジャンプ。そのまま、旧ライダーさんも空に気を取られている間に、その場を離れる

 「ミラちゃん!?アサシンちゃん!?」

 『ストップ、マスターさん

 彼は味方にならないよ、だから、逃げるが勝ち!』

 『「ボク」の希望のサーヴァント、クリームヒルトを溺愛する駄目亭主

 その愛妻を縛るマスターの恋人(?)、機嫌が良い訳がない』

 「でも、セイバーさんは」

 『行きなさい、そこのマスター

 貴女達が自称バーサーカーと化したランサーを勝手に討たない限り、私は何も言わないから

 あの夫を止めといてあげるわ、だから勝手にあの道具(マスター)をどうにかしてあげなさいよ。私より、貴女達の方が適任でしょう?

 私は、あんな星の危機を直接見るのも御免だから此処に残るわ』

 取り合う気もなく、セイバーさんは銀髪を揺らした

 

 『おっけー、任せておいてよ!

 って、言いたいんだけどね』

 『問題ない。「ミー」が必ず

 例え裁定者が裏切っても、「ボク」が護る、成し遂げる

 今度こそ』

 私にはやっぱりちょっとついていけないけれども、かーくんを助けることを託されたって、それだけは解った

 それだけの会話を交わし、私を抱えたミラちゃん達は、空を舞った 

 

 「それでミラちゃん、此処は?」

 辿り着いたのは、良く分からない場所だった

 燃え盛る山

 何だっけ、南の方……だったかな

 それは、山じゃなくて城だった気がしたけど、山の上の城の事?

 

 混乱する私に、ミラちゃんは苦笑する

 『アサシンさんの領域、百鬼の城

 ……の、はずなんだけどね』

 「燃えてるよ?」

 『……攻められた』

 「誰が?」

 『分からない』

 アサシンちゃんは首を振った

 

 空が、赤い。明々と燃える火で、百鬼夜行の場として常に夜になっているらしい空が、酷く明るく見えた

 けれどももう、空は白くはなかった

 『っ、と』

 背中にべったりと血の付いた少年……確か久遠錬(くどうれん)と名乗った第七次のキャスターのマスターさんを肩に担ぎ、ヴィルヘルムさん(旧アーチャー)が飛来する

 「……その人、大丈夫なの?」

 『血でコウモリの羽根生やしてたのが、途中で力尽きただけだから問題なし

 いやー、にしても囮は疲れたわー』

 『うん、お疲れ

 はい、水。お礼はこれで良いかな?』

 『もっと無いの?

 そこの新顔ちゃんを紹介してくれるとかさ!』

 『無いよ』

 『お断り』

 「ちょっと無理じゃないかな」

 『サーヴァント使いが荒い。マゾヒストでないから辛いぞこれ』

 ちゃかすようにしながら、旧アーチャーは空を見上げた

 『それで?どうなってるんだこれ』

 「誰も知らないよ」

 と、私は肩を竦めてみせる

 『寧ろ、白い空に関して、そっちなら何か見たんじゃないかな?』

 『おお、良く聴いてくれた

 お代は』

 『頭撫で撫で以上ならぼったくりとして訴えるからそのつもりで値札付け宜しくね』

 『よし、じゃあ新入りちゃんの紹介も兼ねてその子指名するわ』

 

 言いながら、少し腰を屈める

 ちょうど良くなった頭髪を、無感動にアサシンちゃんがくしゃっと混ぜた

 『サーヴァント、アサシン。今の「ボク等」の固有識別名として、ニア、という名前を貰った』

 『ニアちゃんか。本名は?』

 『忘れた』

 『ってオイ!サーヴァントが自分の真名を忘れるかよ!』

 『吸血鬼を殲滅する鬼(ヴェドゴニア)魔の狩人たる魔物(クルースニク)。何処かの村の事件に挑み破れた英雄。聖堂教会の代行者。半人半鬼の宿命の狩人(ダンピール)。現代の吸血鬼とその死を描いた執筆者。姫を殺しその者を救った殺人貴。最も新しい伝説、混沌の魔を討った名前のない人

 そういった夜の魔の狩人の誰か、「わたし」はそういうもの。誰なのか、「オレ」も知らない。きっと、「ボク」が誰なのか、定まってすらいない。混ざりあった、どんな場面でもちょうど良い、どんな吸血鬼にも対応出来るような概念の擬人化

 

 ……だから、ニア。希望に貰ったその名前だけが、今の「ボク」の真名。敢えて言うなら、そう』

 

 『なるほどねぇー』

 頭を撫でられて目を細め、旧アーチャーは笑う

 『第七次ってのも、カオスだった訳か』

 「うん、まあ」

 アーチャーとか、オレはお買い得な上級サーヴァントよ、って言っててその通りだったし。かーくんが居なくても、バーサーカーとかカオスって言っても仕方ない

 『けどよ。考えてみりゃ今回も似たようなモンか

 あのキチガイセイバーとキチガイキャスターが居るんだしよ』

 ああもういい、堪能したと満足げに頷きながら、旧アーチャーはそう続けた

 

 『見たの?』

 『ちょいとだけ、な

 仮面を被った……んまあ、恐らくはセイバーだろうサーヴァントの野郎を』

 「どんな人だったの?」

 『仮面でようわかんねえって感じだけどよ

 腕から出たビームソードで倒せるよ?ってそこのねーちゃんが笑ってた風神雷神を消し飛ばしてた』

 「はい?」

 首を捻る

 

 ビームソード?確かにセイバーっぽいけど、そんなの昔の英雄に……

 居そう。アーチャーだって自分で言ってた事によると一応インド神話の半神みたいなものらしいし、主君とか居たらしいし、同類ならきっと出来る。何ならアーチャーもやろうと思えば南国の大王様の名前の付いたビームくらい出せそうだし。アーチャーが聞いたら、やった方が良かった?なんてきっと言っていただろう

 『インドラやスーリヤならぶんまわしてるの見たことあるし、その息子達もたぶん撃てるぜ?ってか、ビームってかレーザーソードなら此処の国の太陽神辺りだって鏡使ってぶんぶん出来るぞ?神霊なら光に関係ありゃ使える基本事項、円卓辺りでも割と標準装備だからビームソードってだけならアテになんねぇよ』とか、そんな幻聴を聴いた。うん、言いそう

 『その、光って……赤?』

 『いんや、白かった』

 『じゃあ、光を使ったものかな?』

 『いや、違う。絶対に外れないはずの矢を、此方の宝具を巻き込んであっさり消し飛ばしたからな

 理由は分からないけれども手に光が集約して、理屈は知らないけど相手は斬られて、何でか理解出来ないけれども、斬られた相手は負けた事になる。物理的な破壊力じゃねぇよあんなん。因果操作だ。此方の宝具と同質で、もっとタチが悪い

 神霊かっての!』

 「因果操作?出来るの?」

 『わたしの宝具もそうだし、アサシンちゃんのも対吸血鬼に関してはそう。他には今回は召喚されてないけれども、クランの猛犬さんとか、有名所で何人か持ってるね』

 あっけからんと、ミラちゃんは言った

 

 『それにしても、良く解ったね?因果操作だって』

 『家の宝具もそうだからよ

 んで、ねーちゃんはあのインチキセイバーの真名に心当たりはあるか?』

 その言葉に、ミラちゃんは静かに目を伏せた

 『紅だったら、多分ビーストⅡなんだろうなって答えたんだけどね。白いとなると、わたしにもちょっと

 『勝利』って考えると……軍神系統かな?』

 『ひっでぇなオイ。軍神とか基本的に呼んだ時点で勝ちだろ、反則イケナイ』

 『そこの』

 と、アサシンちゃんは驚き顔の旧アーチャーに抱えられた少年を示す

 『キャスターには、軍神が降りてた』

 『既にもう一柱居たのかよオイィィッ!

 もうやだ、ねーちゃん達と引きこもりたい』

 『はいはい。兎に角、見たこと無いと何とも言えないね』

 

 ミラちゃんは、そのまま燃え盛る城を見る

 『それで、マスターさん。どうする?このまま何処かへいく?それとも、あそこの城へ行ってみる?』



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十日目ー一つの終わり、一つの始まり

「私は……」

 ちらりと、空を……というよりも、それを照らしている地上の光、つまりは燃えている焔を見る

 強い焔、焼けていく城。かつて、中世戦国時代的な偉容を誇っていたんだろうなって理解できる山城は、落城の様相を挺していた

 

 「行ってみるよ、御城」

 そう、頷く

 仮面の男だって気になる。かーくんみたいな点があって、それでもかーくんとはまた違っていて。確かめてみたいって気分なら、かなりある

 

 けれども、本能が警告した……って話でもないけれども。踏み込みたく無かった、ということもあって

 あんまり知らない旧アサシンさんに関して、それを攻めたのがどんな子なのかって事も気になって仕方なくて

 だから私は、仮面の男ではなく、襲撃者……恐らくは、かーくんがフェイと呼んでいた少女と対峙する道を選んだ。襲撃者をそう思ったのは、とても簡単な話で、他に旧アサシンさんを攻めるようなサーヴァントが居るとは思えなかったから。旧サーヴァント……私が知らない六体と、やっぱりちょっとしか見たことないからよく知らないバーサーカー。その中で、セイバーは不明。仮面の男がそうかもしれないし、可能性は低そう。ランサーは私を襲ってきて、旧アーチャーが囮なんかをやっててくれたからアサシンに仕掛けたりはきっとしない。無駄に二方面作戦したって、戦力の分散から負けやすくなるだけであんまり意味はないと思うし、ほぼ同時に攻略しないと、なんて縛りもない。旧アーチャーは味方で、旧ライダーは私と話?をしていた。そして、バーサーカー……つまり、ブリュンヒルトと呼ばれていたランサーは、反対方向。だとしたら、この城に近い場所に都を構える旧セイバーか、さもなくば何処に居るのかも分からなくて、けれども和風な存在を連れていたらしい旧キャスター(フェイ)だと思える

 

 「……フェイちゃんかな」

 『どうだろうね』

 私の問い掛けに、ミラちゃんはちょっとだけ首を傾げ、それでも頷いた

 『けど、可能性は一番高いかな』

 『ん、バーサーカーとは会ってないけどどうなんだ?』

 それに対しては、ミラちゃんはナイナイと手を振った

 『あの人はブリュンヒルト。まっ、彼女に関してはわたしも参加した第七次のサーヴァントだし、良く分かってるよ。マスターさんは……まあ、マイナーな英雄については疎いから仕方ないけど、わたしは胸を張って彼女は無いって言える』

 「それは何で?」

 『彼女は、マスターさんがちょっと前に見たあのサーヴァントと表と裏みたいなものかな』

 「クリームヒルトさん?」

 『そっ

 彼女がバーサーカーにまでなれたのは、一つの狂気があったから。それを増幅した結果、バーサーカーにクラスを変えられてしまった』

 ごくり、と唾を飲み込む

 

 『ジークフリートへの(えん)。多分それが、ランサーさんがバーサーカーになった元凶。自分を辱しめた存在への復讐、自分をバカにした夫の妹への報復。それが、ジークフリートの死を、そしてクリームヒルトの復讐を生む直接の切っ掛けになった

 ならさ』

 と、ミラちゃんは笑う。けれども、目に残る光は、決して良い色ではなかった

 『その思いを増幅されたバーサーカーさんって、ジークフリートとクリームヒルトにしか興味ないよね?』

 『それもそうか?』

 『彼はジークフリートだ、とかコントロール出来れば他の人にも暴走は向くと思うよ?』

 「なら、それをやったんじゃ」

 

 けれども、ミラちゃんは首を振った

 『それは、この聖杯戦争に、直接復讐相手が居ないときにだけ使えちゃう裏の手段かな』

 『つまり、アレか

 復讐相手本人が居るから、ニセモン相手に焚き付けてもホンモノを優先して狙うって奴』

 『そっ。優先順位が上のクリームヒルトさんが旧ライダーさん(アッティラ)の所には居てね

 ならば、ブリュンヒルトは必ず、最初に狙う仇はクリームヒルトである……はずなんだ』

 

 「あれ、でも……」

 ほえー、と色々と聞いた旧アーチャーが内容を理解しようとしている時、ふと思い出す

 「ミラちゃん、ブリュンヒルトってジークフリートを恨んでるんだよね?」

 『ジークフリート夫妻をだけど、バカにしたクリームヒルトさんの方が上かな、怨みは

 だからこそ、彼女にとって何よりも大切な人、ジークフリートを殺すって手を選んだんだろうし。下手に殺すより、生かした上で絶望をって陰湿な話』

 「じゃあ、かーくんは?かーくんは狙われないの?」

 ジークフリート。それは、確かかーくんの中に居て、力を貸してくれてる英雄だったような。だから、その縁でセイバーさんも呼ばれた

 ……だとしたら、狙われても可笑しくないのだ

 

 『ん、まぁ、どこまで深く理解してるかによるね……』

 返ってくるミラちゃんの答えは、歯切れが悪い

 「?どういうこと」

 『……「ボク」の希望の名は、ザイフリート・ヴァルトシュタイン

 ヴァルトシュタインのジークフリートという意味』

 「うん、アサシンちゃん

 だから狙われるって話で……」

 『その名前の本当の意味は、拘束具』

 「?」

 首を捻る

 

 『貴方はジークフリートだ、伝説の大英雄なのだ、という枷

 本当の彼は、キラキラと輝くお星様みたいな竜。それを、外見がジークフリートに似てるから、とジークフリートだということにした

 そうして、ジークフリートから力を借りる意識を持たせ、力を抑え込んだ』

 「それ……だけで?」

 『言葉は、力』

 『言霊とも言うしね

 ジークフリートから力を借りるって思ってて、けれども本当は違ったなら、向こうから貸してくれる力はちょっとになる。別人に助けを求めてたら、良い気分とかしないでしょ?』

 「……そっか。つまり」

 『フリット君に力を貸してるのは、ジークフリートじゃないよ

 あれは、そんな普通の英雄じゃない。もっと危険で、英雄の敵みたいなもの』

 「その、真名は?」

 『……さあ?』

 

 『兎に角、彼がジークフリートじゃないって事を気が付いてたら、ブリュンヒルトさんはクリームヒルト優先だと思うよ?

 気が付いてなかったら付け狙うかもしれないけど、場所わかんないしね』

 たはは、と困ったようにミラちゃんは笑った

 

 『んでよ、色々と話を聞いてて理解及んでない所があるんだけどよ』

 旧アーチャーが、話に割って入る

 『そのザイフリートって、何よ?恋敵?』

 『「ボク」の希望』

 「この聖杯戦争を始めたヴァルトシュタインに浚われてサーヴァント擬きに改造されてしまった私の幼馴染」

 『わたしが助けたかった世界の危機』

 口々に言う答えは、ばらばらで

 ちょっとおかしくて、くすりと笑った

 

 

 『なーるほどねぇ

 やべー奴か』

 うんうん、と私達から話を聞いた旧アーチャーが頷く

 『んで、御到着っと』

 多くが燃えてしまっていて、瓦礫さえも細かくボロボロで。思ったよりも大分楽に、私達は道を辿って山城にまで辿り着いていた

 其処に有ったのは、いや、会ったのは

 『……貴様、等……』

 半身をズタズタにされ、半身が何処にもない、縦に真っ二つになった老人の姿だった

 吐きそうになって口を抑え、ふと、彼から血が流れてない事に気が付く。アーチャーだって一応流れてんのよ?してた血が、全く無い。流れ出しきってしまった出涸らしと言うわけでも、周囲に一滴の血もないので違う

 

 『……風神雷神でしたか?アナタの御自慢の二人は何処へ行ったのやら

 返り討ちにでも、逢いましたか?』

 そんなボロ雑巾のような老人の眼前、多分天守の屋根に飾られてたんだろうなーって鯱の上で足を組み座るのは、一人の少女。黒と白のドレス姿……というか、メイド服だ。メイド好きだったりするんだろうか

 

 『あのような、化け物を……』

 『あの狐は後でお仕置きするので御心配なく。気が利くようで全く利かない駄目な狐ですからね

 一応のマスターの手前、処分しない訳にもいかない。けれども、ワタシは殺す気なんてありませんし、逃がさない限り逃げられない陣に閉じ込めて、逃げられないから殺したと言いつつ邪魔者は消して彼だけを取り出す。ええ、気が利きますね。それを着服さえしなければ』

 『……グランドキャスター、モーガン・ル・フェイ』

 その言葉に、ふとその少女は顔をボロ雑巾から上げた

 その頭で、括った銀髪が揺れる

 

 『ああ、グランドライダー……は、まだやらないんでしたか?

 お噂はかねがね。ちょっと気に入らないなと思いつつ彼から聞いていましたよ、慌てん坊のサンタクロース、と邪魔数名』

 くすり、と少女は微笑む

 それを、可愛いって思い……恐怖した

 その笑顔は、壊れていた。少なくとも、私はそう思った

 

 『それにしても、アナタがそこのお邪魔虫に付きますか。割と高い可能性だと思ってはいましたが、やはりというか、実際に見るとムカつきますね』

 『そりゃ、外見だけ可愛いけれども胸の無い魔女よりも、可愛い子とおっぱいデカイねーちゃんに付くのが基本だろ?』

 『ええ知ってます。其処の虫と共に殺しましょうか』

 そんな事を眉ひとつ……は動かして不満げに眉だけひそめ、少女は呟く

 その背後に、影が掛かる

 

 巨大な……横たわる上半身の骸骨。がしゃどくろ、と言うのだっただろうか。それが、崩れた城から生えていた。大きさとしては……崩れた天守の残骸が、人間に対しての犬小屋に見えるくらい。見上げなければ、全身像を捉えられないし、どくろの歯一本一本が、私よりも大きいかもしれない

 『全く、百鬼夜行と呼ばれた頃には居ないだろう後輩ですか

 暇ですね、選択が』

 けれども、少女は動じない

 がしゃどくろは、その巨大な骸骨の腕を天へ振り上げ……

 そして、固まる

 

 「どうして?」

 疑問をもった、その瞬間

 軽く、そして盛大な音をたてて、骨ではなく石になったその拳が、流星のように、明らかに自由落下の速度を越えて、腕の骨を粉にしながら、がしゃどくろの脳天に突き刺さった

 そのまま、巨大な頭蓋骨は衝撃に耐えきれずに砕け散り、残された骨はばらばらと結合を失って天守だった瓦礫に混ざり、残骸になる

 『それで?もう少しくらい、マシな夢を出してくださいよ。ワタシを殺すんじゃ無かったんですか?

 これじゃあ、彼の宣言と違ってワクワクも出来ませんよ

 ってまあ、ワタシ以外なら相手になったとは思いますよ?未来を見て、予め時限発動仕込んでおけば、実際に対峙した現在ではアナタの存在や行動を疑問に思えなくても、過去に仕込んでおいたものにまでは意識の陥穽は及ばない。単純な相性負けですからね』

 ミラちゃんから、ちょっとだけ目配せ

 首を振る、横に

 

 助けには入らない。私を浚った彼を、ちょっと酷い話だけど、危機だとしても助けたくない

 『でも、ワタシからすれば詰まらないのは事実ですので、さようなら。最も与しやすいと思っていましたよ、ぬらりひょん』

 そして、半分こ妖怪となっていた老人は、転がってきた拳石の下に埋もれ、消えた




すまない旧アサシン。君は所詮このルートでは噛ませ以下でしかないのだ……(別ルートを書く予定があるとは言ってない)
まあ、元々この聖杯戦争そのものが7回ヴァルトシュタインが勝ち、その勝者7騎で戦ってフェイが圧勝して49騎のサーヴァントの魂を込めた限界を越えた聖杯を作り出す、という計画の産物だから惨敗が正規ルートなんだが、こんな扱いですまない


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十日目ー拍子抜けの返還

『さて、話をしましょうか』

 人一人……いや、サーヴァント一騎を殺し、それを気にも止めずに少女はそう告げた

 ……多分なんだけど、拳を石に変えたのは少女の魔術

 

 『悪いけど、わたしは石にならないよ』

 『ええ、知ってます。元々こんなもの、石に化けて隠れる為の消極的な魔術ですから。妖怪だなんだと言いながら、割と真面目に魔術への耐性低すぎたので使ったまでですよ。近現代の生き物なので考えてみれば仕方はありませんが』

 ミラちゃんが、手を握りこむ。その手に、バチバチとした雷が走る

 

 『さて、出番ですよ』

 それに動じず、少女は指を軽く弾く

 軽いパチッという音が響く

 ……何も来ない

 軽くずっこけかけ……目が、あった

 

 その、仮面の男の奥に輝く、強い光、と

 「……あ、ああ……」

 まともに、声にならない

 

 その光に、見覚えがある。あの時のかーくんの目だって思う

 仮面の男が、其処に立っていた。ただ、静かに

 「かー、くん?」

 その横を、雷光が駆け抜けた

 

 「ミラちゃん!?」

 驚く。そんなことするなんて、私は思ってなくて

 「……どうかしたか』

 その突き出した手は、がっちりと異形の……細すぎる左腕に受け止められていた

 『全く酷いですね。折角アナタ方が、喜んでくれるだろうと、対話の為に呼んだというのに』

 「……フェイ。己は一応あの狐の式、という扱いになっているはずなのだが』

 『ええ。ですから更なる上位者であるワタシの権限で呼び寄せました。これで狐鍋はチャラにしますから別に良いでしょう』

 ミラちゃんの雷を受け……ているはずなのに、彼は何処までも自由で

 気にも止めず、というほどではなくても、口は軽く動いていた

 

 「かーくんっ!」

 けれども。仮面なんて付けてても

 その声を聞き違えたりしない。一年間、一度も聞いてなかった時ですら、その大好きな声音を、幻聴でも思い出さない日は無かったから

 だから私はそう叫び……

 けれども、仮面の男は、それに対して何ら特別な反応を返すことはなかった

 『キミは、誰?』

 「知っているだろう、ミラ

 ビーストⅡ-if、『回帰』の獣、世界を喰らう悪竜、駄狐の式神、ザイフリート・ヴァルトシュタインだ』

 その声に、抑揚はない。何処までも淡々とした淡白な答え

 感情が表に出やすくて、込めた思いが分かりやすいかーくんにしては、おかしなしゃべり方。だから、その真意が全然分からない。この名前を名乗った状態のかーくんと出会ったばかりのように言葉と感情はふんわり分かっても理解が出来ないって訳じゃないんだけど、そもそも読み取れない

 『違うよ』

 その違和感を感じたのか、ミラちゃんが首を振る。雷を込めた拳は、引かずに

 『キミはフリットくんじゃない』

 

 『酷い話ですね。仮面をつけたくらいで、その真実を見失うようですよ、あの慌てん坊のサンタクロースは』

 意地悪く、メイド服の少女が嘲る

 「……信じないか。ならばそれで良い』

 その背に翼は無い

 かーくんの……獣を自称する存在の背に象徴のように存在するはずの血色の光による、ブースターそのものの翼は、姿を見せていない

 本気ではないのだろうか。やっぱり私達と戦うのを、仮面を付けてても躊躇してる?操られてるのかな

 なんて、私はぼんやりと思考を巡らせて……

 『そこっ!』

 眼前で、仮面のかーくんが吹き飛んだ

 掌底一発、その腹に右の手は止められたまま、更に踏み込んでミラちゃんが叩き込んだのだ

 

 ゆらり、とかーくんはそれでも立ち上がる。ダメージは無さげで、仮面の奥底の目は……表情なんて読み取れない。今までのかーくんは、何て言うか、自分を追い込もうって悲壮感が見えて、だから化け物なんかじゃないよっ!って言えたんだけど。たまに見せる、狂った笑顔なのか、それとも無理してる何時もの顔なのか、見分けがつかない

 

 剣すら抜かないのは、私達を攻撃したくないからか、それとも……

 『ワタシは話をしましょう、と言って、会いたいだろう人を連れてきてあげた訳ですが

 それへの返答がこれですか?なってませんね、本当に』

 「……己は、あまり話すことも無いのだが』

 『わたしも無いよ

 貴女達を倒す。滅ぼす

 それが、わたしの使命だから』

 「酷いな。ザイフリート・ヴァルトシュタインを助けてくれる、んじゃなかったのか?』

 『助けたいよ?』

 『おや。ならば何故、アナタは今そんな馬鹿をやらかすんですか?』

 『煩いよっ!』

 ミラちゃんが気迫で打ち出す雷は、銀髪の少女の眼前で、薄い魔法陣に阻まれて掻き消える

 

 『摂理の雷。正直な話、飛んでくる分に関しては、適当な壁で受ければ摂理に還しても何も変わらないからと消える欠陥品も良いところですね』

 嘲るように、涼しげに少女は呟き

 『乗せられるんじゃねぇよ、ねーちゃん』

 その少女に向けられた、えーっと、クロスボウにミラちゃんは冷静さを取り戻す

 

 『そうだね。勝手に言ってるといいよ

 事実だしね。逆に言えば、手でそれを打ち砕いて本人に当てれば効くんでしょ?』

 『当たれば、ですね。残念なことにワタシは彼ほどの因果改変耐性なんてありませんし』

 『うん。だから後で良いかな

 アサシンちゃん、ヴィルヘルムさん。暫く宜しく』

 『あいよっ!後で胸揉ませて』

 『勝手に彼女倒して揉んでて』

 軽く、旧アーチャーは少女……フェイへと向く。任せる、と頷いて、アサシンちゃんもそれに続いた

 

 「……話は、終わったか?』

 そうして、ミラちゃんが対峙するのは、仮面のかーくん。向こうから情報を集めるなり時間を稼ぐなり以外で、会話を待ってくれるのはちょっと珍しい。かーくんは、まず勝利を得られるようにって、割と言葉を遮ったりお約束を無視したりするけど、仮面の男はそんなことせずに律儀に待っててくれた

 『待っててくれるなんて、優しいね』

 「……助けたいよ、の続きを

 聞いてみたかった。終わらせる前に』

 『あっ。そういうこと

 簡単な話だよ』

 

 そして、ミラちゃんは……初めて、完全に笑みを、顔から消した

 『君が、フリットくんじゃないから』

 「えっ?ミラちゃん?

 声、かーくんだよ?」

 「これは、可笑しな事を』

 くつくつと、仮面の下で男が含み笑う

 「己の名は、ザイフリート・ヴァルトシュタイン。『回帰』の獣。それ以上でも、以下でもない』

 『うん知ってる

 けどさ。わたしが助けたかったのは、ザイフリート・ヴァルトシュタインって人間じゃないから』

 「ならば、何だと?』

 

 『大切な事なんて全部知ってて、それでもたったひとつの胸の奥底の呪い(いのり)で、自分はこんなキラキラしたものを持ってちゃいけない。返さなきゃって、ずっと自分を呪ってた

 そんな、幸せにならなきゃいけない人。どれだけ凄んでも、世界なんて壊せない、優しい人

 

 ……獣に堕ちた、同姓同名で昔の記憶が同じだけの、畜生じゃない』

 

 「畜生、か』

 仮面の男が、手を振り上げる

 『そういう、事だよ!』

 神鳴と共に、ミラちゃんは踏み込む。相手の間合いへ

 それを、きっと仮面の奥底で、彼は見もしなかった

 

 ただ、無造作に。腕を、振り下ろし……

 弦が飛ぶ。白い光が、世界を斬り裂く。それは、眼前の少女をも……

 

 切り裂かなかった

 代わりに散るのは、一つの血の華。盾のように展開して翳した翼毎両断され、その残骸を緑の炎で燃え尽きさせていくのは……一人の少女、アサシン

 『……駄目』

 庇ったんだ、と気が付くのに、何秒か掛かった。その間に、その姿は消えていた

 「かーくんっ!」

 何を、言いたかったんだろう。ぐちゃぐちゃで、分からない

 けれども、何か言わなきゃって、伝えなきゃってただ声を張り上げて

 僅かに、その動きが止まる。その隙を逃さず、ミラちゃんは……

 その体を、抱き締めた

 「……意味など』

 『離さないよ。返して貰うまで、ね!』

 その体から、スパークが迸る

 それは二人の全身を焼く

 

 けれども、一切仮面の男は声もあげず、動きもせず……ただ、仮面だけが不気味な光を放ち出す

 白い輝き。それこそ、頭から生える天使の羽根のように、光は広がって行き……

 ダンっと言う着弾音と共に、その仮面の右目辺りが砕ける

 クロスボウから放たれた矢だ。光は消え、その下のかーくんの顔は……目を閉じていた。眠っているように

 

 『……どうかな』

 動きを止め、意識を失ったろう少年を抱え、ミラちゃんは眼前の成り行きを見守った少女に問う

 

 『返してもらうから。人間の、フリットくんを』

 『ええどうぞ?

 そもそも、意識を魔術で弄くるなんて事、ワタシの性に合いませんし。お貸ししますよ、泥棒猫の所へ』

 「どういう」

 『どうせ彼は、最後には自分の意思でワタシの所に来るという訳ですよ。ワタシはそれを、待つだけで良い。無駄な努力は、本当に徒労です』

 『ふざけないで!』

 『ふざけてなんていませんよ

 それに、彼を使ってというのは飽きるんですよ。正しく使えば負けようが無いですから。勝負にならないものなんて、政治の中だけで沢山です』

 「だから、返すの?」

 『貸すんです

 もう少し苦戦させることも考えましたが、嫌われますからね

 素直に犠牲もなく終わらせる事にしたわけです』

 それだけ言い残し……たかと思うと、少女の姿はかき消える

 

 ちょっと離れた地を疾走する、四足歩行の獣の足音が、聞こえた気がした



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"涙の竜星"承 灼光は誰が為に
十一日目ー危機の帰還


「……此処は」

 ふと、目が覚める。二度と、覚めぬかもしれないと思いながら、それでもきっと覚めるはずだと祈りながらついたはずの、眠りから

 

 記憶は曖昧だ。俺は、何をしていただろう

 ああ、そうだ。俺は……封鎖された陣の中で、無意味に近く足掻いていたのだったか。一面に広がる石柱の乱立する砂漠。夜の訪れる事はなく、されども歩みと共に太陽の方角が歪む、そんな不可思議な魔術の渦中。わざわざヒントをくれた。あの桃色狐が、自分が一度抜け出せたのだと、答えをくれた

 だから、ひたすらに歩みを止めなかった。身を焼く太陽に、意識と水分とを持っていかれかけながら、ただ、太陽の方角へと向かった。抜け出す道は、きっとあの狐の象徴(太陽)の先にあるのだと信じて

 ……それは、結局、成就したのだろうか。覚えがない。とりあえず、体力の無いセイバーは早々に倒れたので背負って歩いたことは、何となく記憶にある。そのせいで、ボロボロの俺ではセイバーの重さをいなし切れずに何度か鉄板かと思う暑さの砂に体勢を崩して突っ込んだ事も何となくあった気がする

 

 だが、それから……どうなったのだろうか。記憶に無い

 ただ覚えているのは、アサシンに何かを頼んだこと。そして、ずっと、夢を見ていたような気がすること

 あの夢の中で見たのは、一体何だったのだろう。夢の内容自体も、あまり覚えてはない。ただ、不快感があったということは、しっかりと脳裏に刻まれている

 

 ああ、そうだ。今更軟弱な言葉を口走る、俺の姿をした阿呆に、閉じ込められる夢だった。それは、世界全部を破壊する事なんだぞ、と

 ……知っている。俺に正義がない事など、一年前から知っているとも。俺はそこまで馬鹿ではない。だというのに、自分だけは消えたくないなんて浅ましさもある、悪鬼外道とは俺の事を言うのだろう。ああ、理解っているさ軟弱者

 それでも、止まる道は、当の昔に無い。正義に討たれるならばまだしも、自分から止まるなど、許されるはずもないだろう。俺の前に道はない。俺の後ろで、それでもと己の願いの為に殺してきた無数の人々の遺骸を、流された血が結んで道になる。今更止めたと言うならば、彼等の死は何だったのだ

 

 ……いや、死に意味など無いか。死は、死だ。彼等にとって、死んだことに意味はない。死の意味など、残された人々が勝手にせめてなにか理由が欲しくてでっち上げるだけのもの。だからこそ、胸を突き刺して言えるだろう、やっぱり駄目なことだからやめたというのは、せめてでっち上げた彼等の死の意味を、ゴミ山に遺棄する事なのだと

 計画の邪魔で、死んで欲しいから殺した。そうでなければならない。ザイフリート・ヴァルトシュタインは悪魔以外であってはならない。殺したくないけれども殺した?仕方なかった?そんな妄言を吐くくらいならばそもそも殺すなという話だ。そんな偽善など、人殺しに説かれなければならない理由は、どんな世界にだってありはしない

 人の命に、未来に差など無い。価値は等価だ。それでも、俺は……なんな嘆きを残して消えた彼の未来を、他の者の未来より上だと勝手に定め、だから邪魔なお前らは死ね、としてきたのだから。言うべき言葉は、俺の為に死んでくれて有り難う、しかない。徹しきれないならば、そもそも最初から他人を殺しての願いなど、語るべきではないのだから。だから、そんな軟弱な(当たり前の)意識は、削り取る。不要だ、忘れろ、考えるな。俺にそんな権利はない

 

 ひとつ、深呼吸をする

 ああ、問題ない、大丈夫だ。俺は、ザイフリート・ヴァルトシュタイン(獣の名を借りる悪鬼)。真人間みたいな、良心だか何だかの軟弱な声は、もう、聞こえない。聞こえた事自体が、俺の軟弱さを示しているが

 

 閑話休題。意味もない夢漁りはそこそこに、自分の体を眺めてみる

 ……和服だ。真っ白の布で、実に和服だ。恐らくは、あの銀の狐が着ていたものの再利用……なのだろうが、かなり生地は良い。おいこら恐らくはこれを着せたのだろう桃色狐、しっかり許可取ったんだろうなこの服。無許可で借りてきて良い額のものじゃないぞまず間違いなく。一張羅とかそんなレベルだと思うのだが

 まあ良い、他にあるのは、右目辺りが砕けた白い仮面

 

 ……見覚え無い仮面だ。一体何なのだろうか、これは

 左手で掴み、しげしげと眺める

 そう、左手。それが存在することに、違和感を覚え……

 けれども、異様に細い、それこそ文字通り骨と皮だけかもしれない腕は、ぽろりと肘先から取れた

 ……使えねーなおい。恐らくはどこぞの狐が俺が夢を見ている間に隻腕とか可哀想ですねぇ、付けてあげましょうしたのだろうが、不格好な上に取れるとか意味あるのかこれ。仮面の力でくっついてたんですーっ!何も知らずに批判は止めて貰えます?とか何とか抗議される気はしてるが、仮面を付けていない俺には関係の無いことだ。無視

 

 力は、安定している。発現状態に比べて出力が抑えられている……という話でもあるが、案外リンクは繋がっている。アサシンに半分持っていかれたのは確かだったはずなのだが……案外出力は変わらない。これを倍にすればあの時を越えるんじゃなかろうかというほど。何らかの理由で、かの竜星から流れ込んでくる力の総量がかなり上昇でもしたのだろうか

 増加した理由に心当たりは……微妙な所。何となく、一つの方角に意識が向く。何故かは分からないが、気になる。気になる、でしかないのだが。アサシンがあの方向に……

 

 いや、違うなと首を振る。アサシン相手の令呪は既に切った。一画は神父が持ったままだったから、その一画を使ってしまった以上令呪はもう無い。とはいえ契約は切れてないのだから、何となく場所くらいは分かる

 ……俺の頭の後ろ

 

 って何やってるんだろうなこのアサシン

 飛び起きて見ると、アサシンは元々小柄な体を丸め、俺の枕になって眠っていた。無駄に柔らかな枕だと思っていたけれども、お前の脇腹かよあれ、本当に何やってるんだ。そもそも眠る必要あるのかよお前

 ……と、潰れた右目に意識を集中。問題なく青い光による解析は機能する。アサシンが眠っているのは……霊基そのものがボロボロで、眠って魔力消費を抑え、少しでも回復に努めなければ動けないから。つまりは、機械で言うスリープモード。普通のサーヴァントは聖杯からの魔力というバッテリーが大容量かつ常時充電なのでそう眠る意味はないが、このアサシンは勝手に放電される量が多すぎて、少し稼働してるだけで、充電を放電が上回る……という話。サーヴァントと電池に関係はないので、分かりにくい例えではあるが、俺が分かれば良いのだ。誰に説明するでも無し

 

 ……まあ、良いやとアサシンにもたれ掛かりながら、話を整理

 つまり、アサシンが此処に居る現状、あれは別の何者かということになる。それの正体は分からない。ひょっとして、俺の中身……だったりするのだろうか。ジークフリートは呼ばれてないとはフェイの談だが、そもそも彼、或いは彼女(俺の中のサーヴァント)は、ジークフリートではないのだから。フェイは嘘はまずつかない、そのフェイがジークフリートは来てないと言いつつも、俺の中身に関しては何も言わないということは、もしかしたら……とは思う

 お前なのか、……ファ……ル?それとも、この謎の惹かれる反応、お前は……アルテラなのか?

 

 いや、違うな。アルテラである訳はない。と、一人ごちる

 アサシンは居るとして、セイバーは何処だと魔力を手繰り、見付けた。ライダーのサーヴァントと共に居るその姿を

 ……そのライダーについてならば、瞳が答えてくれる。サーヴァント、アッティラと。つまりは、エッツェルでありアルテラ。クリームヒルトの、名目上の後夫。つまり、アルテラは彼処に居る男性である訳だ

 強い、のは確かだろう。何とか外に逃がした気がするセイバーが、俺や紫乃よりも、彼の方がよっぽど夫の仇討ちに役立つとして向こうに行ったのだろうし。本当に勝手だなあのサーヴァント。ジークフリート以外に従う義理もないだろうから仕方はないし咎める気もしないが。咎める前に、俺がまともなマスターをやれという話だ。だが、彼は俺の中身ではない。どこか女性的な印象を受ける……というのもそうだが、彼は星の敵ではない。俺の中身は星の敵、悪竜。つまりは、彼では有り得ない。彼は寧ろ、俺に立ち向かう側、真っ当な英雄だろう

 ……まあ良い、どうせ会いに行けば分かることだ

 

 ……ふと、気が付く。足を引きちぎったままだということに。またぞろ走るより魔力噴き出した方が速いし血で武器形作って光の剣に出来る分上位互換と射出でもしたのだろう。別に飛べば移動できるし構わないが、益々万一世界を回帰出来ず今更彼に体を返しても途方にくれさせるだけ感が強まったな。改造された自分の遺骸を殺人鬼の獣が好き勝手使った上に、右腕以外半ばから千切れた状態で体を返してきたとして……俺だったら発狂する

 

 『……起きた?』

 俺の頭の下で、柔らかく、けれども暖かな体温を感じない、低体温症の枕が、寝起きのぼんやりした声で、そう言った



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十一日目断章 誇りを取り戻すために

『悪いわね、此処で良いわ』

 私はそう告げ、馬から降りる

 『そんな顔しないで欲しいわね。貴方は、一応とはいえ王の妻の命令に従っただけ。あの男ならばきっと分かってくれるわ

 そもそも、私がこんなだって事は、生前のあの男がなにより身に染みて分かってるはずだもの』

 『クリームヒルト様』

 不安そうな、馬の持ち主にはそう言葉を投げて

 だから責められたりしないはずだとして

 

 私は、燃え盛る城の前に立った

 『北欧の真似事かしら。随分と悪趣味な事』

 シグルドは、こんな館に入り、その主と恋仲になったのだったか。シグルドとあの人は違うのだから、本当にどうでも良い

 あの道具(マスター)に力を貸している化け物が実はそう、というならば少し興味は湧くけれども、きっとそれもないのだから。流石に、シグルドとはいえ世界を滅ぼそうなんてものに手は貸さないでしょう?そこまで馬鹿でもあるまいし。自分なら最後に殺せるし、きっと行動そのものを止めて見せるからとひたすらに言い訳を作って見逃し続けたドアホ裁定者(ミラのニコラウス)でもあるまいし。なら、彼に手を貸しているあの星の脅威は、明確な意志をもって、世界を破壊する彼の呪い(祈り)を肯定している。現在を破壊しやり直す、それが出来るしやってやろう、だから手を貸してやる。存分に世界を破壊せよ。そんなもの、真っ当な英霊に居るわけがない。バーサーカーやアヴェンジャーですらもう少しまともだろう。いや、アヴェンジャーなら世界を壊すことには同意する者も居るかもしれないけれども、だとしてもあれはない。あんなド無能のヘタレの威勢だけは良い口だけ凡人に、後戻り出来ないだけの力だけ与えて基本放置なんて有り得ない。自分の手でなく、見てるだけなんてそんなつまらないこと、出来るわけがない。自分の手が絡まない復讐なんて、空虚にも程があるもの。時折見せる正気が、あの馬鹿(マスター)を乗っ取ったものだとしたら。ずっとあの凡人(マスター)の体を介して顕現した状態でなければ反英霊としてすらおかしいのだ。顕現出来るならば、力だけ貸すなんて可笑しい話。マスターに手を貸すことそのものが(アサシン)願い()なんて酔狂な存在(アーチャー)でもないなら、自分の願いの為にあんな凡人一人塗り潰してしまえば良い。寧ろ、そうでなければ自由に自分の願いの為に動けない。アサシンやアーチャーでも無いのだから、彼が彼でいる事自体が狂気の事実。私なら、絶対に塗り潰し………………いや、あんな使いにくそうな体は嫌かもしれない。そもそも手なんて貸さないから仮定に過ぎないけれども

 つまり、私にとってシグルドは本当に何も知らなくても良い程度の存在でしかない。知ったとして、あの人と比べて扱き下ろすくらいしか反応しようもないし、本当にどうでも良いわねそれ

 

 そうして、私はあの人の剣を手に、一歩足を進める

 あの道具(マスター)の手で勝手に幾度となく振るわれた、人殺しの剣。その、本来の役目を果たすために。私の復讐を完遂する為に

 勝手に死んで勝ち逃げした義姉(ブリュンヒルト)を、今度こそこの手で地獄に送る為に。その為に私はあの道具(マスター)の召喚に応え、彼女はバーサーカーなんかになって、もう一度姿を現したのだから。そう、私に首を跳ねられて殺されるために蘇ってくれたのだから、この手で殺すしかないじゃない

 

 『……』

 『あら、悪趣味な家の主様は、義妹を出迎えてすらくれないのかしら?』

 答えは無い。揺らめく炎に包まれた館は、ぴたりと門を閉ざしたまま

 出会うには、炎を越えなければならない。それは、北欧神話での話。割と真面目に、纏っているブリュンヒルトにとっては意味があるのかもしれなくとも、私にとっては何の価値もない

 

 『<喪われし財宝(ニーベルング)>』

 だから、唱えるのは一言

 呼び出すのは、一つの財宝。姿を隠す布でも、劣化したあの人の剣でもない、ちょっとした空を飛べる靴。歩く速度より遅く、あの人の羽ばたきになんてついていけなくて、空が飛びたいならばあの人に抱えてもらえば良いのだから何の役にも立たないものでしかないって、誰かにあげてしまった財宝の一つ。けれども、塀を越えるなら役には立つ。神の血を引くとはいえ馬で飛び越えられる程度の高さなのだから

 

 靴を履き替え、ついでにドレスも変える。道具(マスター)に買わせた何時ものドレスは、砂埃にまみれて使い物にならなくて。けれども、始まりであった彼女への復讐は、着るものが無かったから着ただけのフン族の服ではなく、しっかりとしたドレスで、あの人の妻でブリュンヒルトの義妹たるブルグンドの王妹としてやりたくて

 だから、財宝の中のドレスから、良さげなものを選ぶ。魔力供給的に、道具(マスター)の寿命を食い潰すからと長期使用は止めていたけれども、もう期にする必要もない。寧ろ魔力吸われて野垂れ死んでくれるような生易しい存在なら、頭はこんなにも痛くない。容赦なく魔力は道具(マスター)から湯水のように、いっそ枯れ果ててしまえとばかりに使う

 

 選んだドレスは、あまりセンスの良いものではなかった。けれども、全体的に血のような朱色で、動きやすさはある

 『……邪魔するわよ。礼儀知らずの義姉さん』

 そう一言残して、靴を起動

 私の体はふわりと浮き上がった




読んでいる人が居たら、気が向いたらで良いので某主人公に力を貸している者の真名やらアサシンのもう一つの真名等について誰だと思っているか等を感想として送って下さい。両方の正解者の中から先着一名様にFGO3周年を祝う権利(福袋代)を……特に差し上げません。金で人を釣ってはいけない


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十一日目断章 顕現、蒼炎の女神

そして、その女は城の内部で待っていた

 

 『そちらから来ると思ったのだけれどもね、義姉さん』

 神経を逆撫でるように。わざわざ、呼びたくもない昔の呼び方で語りかける

 『クリーム、ヒルト……』

 『随分と醜く趣味が悪くなったのね。嫌だわ、貴女なんかと家族だなんて、虫酸が走る』

 そう、女。一応だけれども、その認識は出来る

 胸はあるし、髪も長いし、全体的に華奢だから、生物学的にはそれはもう女だろう。そう言うしかない

 逆に言えばそれは、生物学的には女だろう、なんて言葉になるくらいに、可愛らしさや美しさといったものをかなぐり捨てた姿だった

 

 道具のように魔力を常に噴き出している訳でもないだろうに、逆立った青みがかった銀の髪。ウェーブしてボサボサにしか見えない。自慢していた髪の成れの果てが野生馬の鬣レベルだなんて、ざまあない

 水晶体どころか、白目含めて全体が青い光に塗り潰された瞳。時折血色のスパークが走るのが、何と言うか凄く暴走形態。見たくもないのに見せられたあの道具(マスター)の……いや、残骸(カミナギ)の記憶にあった映画で例えれば、伝説の超ブロッコリーだとか何だとか。白目を剥いているという認識できっと間違ってない。淑女としては失格も良いところ。瞳は乙女にとって顔の中で重要な役目を持つ大切な武器。白目なんてもっての他

 全体としては華奢なのに、その腕は無駄に筋肉がついたもの。馬鹿にしていた胸は、かなりの大きさになっていて……けれども、胸板にしか見えない。あんな胸を見たとして、幾ら私より大きくとも硬そうな胸板ではがっかりとしかしないはず。要らないにも程がある。力の為になら女を捨てるなんてお馬鹿さんでもあんな胸は嫌だと考えそうなほど、肥大化している

 

 だというのに、それ以外の場所は特に変わらないアンバランス。あの腕と胸板に合わせるならば全身筋肉ダルマであの人(ジークフリート)を頭二つ分ほど越える巨体でなければならないでしょうに、身長は変わらない。足はそれだけ見れば男が見惚れる白くてすらりとした引き締まった細いもの。太股より腕の方が太いんじゃないかしら

 そして、その腕に握られるのは……ちょっと細くておもちゃのような槍。ひび割れたハートのような穂先で全体が金属製の、怪力でなければ振るえない欠陥品の槍。生前の彼女には似合っていたけれども、腕と胸だけ筋肉ダルマではお笑いでしかない。せめて、腹も割れた逆三角ボディなら下半身が疎かねで済んだだろうに。お腹のライン辺りまではすらりとしているのが、実に浮いている

 

 美女の胸から上をロンゲ筋肉ダルマにすげ替えて、美女に合わせた姿と長さの槍をそのまま調節なしに持たせたような化け物。それで、服装は私が好むのと似たようなドレスなんだからどうしようもない。青いそれの背中と胸元はぱっくりと開いていて、けれどもそこから見えるのはただ、筋肉の隆起。簡単に言えば、今のランサー(バーサーカー)はそんな間抜けなものだった

 

 『現代に来て初めて知ったわ

 ……炎の館。それ、案外弱いものだったのね。炎の色が赤いだなんて』

 そう。赤い炎に包まれた館。当時の私は、赤い炎や青い炎がなんの差なのか知らなかったけれども、聖杯から与えられた知識に答えはあった。温度の差

 つまり、赤い炎を噴き出している彼女の火は、あまり強くはないということ

 

 とはいえ、私を焼き払うには足りるはず。仮にも自分を負かしたら妻になると公言しつつあの人(ジークフリート)が来るまで誰にも負けなかった女王と、復讐の際に剣をとった事が一度な私では実力差はどうしようもない。道具(マスター)が居れば壁には使えるという話はあるけれども、あの男はあの人の名前を名乗ってる癖にどこまでも勝手で。勝手に殺してしまったりしそうで使えない。そもそも何処に居るのか知らない。生きててくれなければ、復讐を果たす前に消えてしまうので死んでいて欲しいとは言わないけれど

 

 だからこそ、狙うべきはたった一つ。カウンター。相手が突っ込んできた所を、一撃で仕留める。それだけの事。それだけの事が出来る切り札(宝具)は、この手の中にある。無いはずはない。あの日、初めてランサーと対峙したその時、中に居るのはあの人かもしれないとちょっとでも考え、あの剣を振るう姿を見られたくないと、あの人に対する裏切りをしたくないと、解放しなかった事を、今は後悔している。妻だというのに、あの時点で彼は最高の大英雄(ジークフリート)とは無関係だって断じきって、その魂を使い潰すつもりで全魔力を持っていってあの宝具を叩き込まなかった当時の節穴に頭が痛い。翼生やすようになって以降の道具(マスター)……いやもうあれがマスターなら私なんてマスター以下かしらとなるからマスターっぽいサーヴァントと化した以降の道具では、本気であの宝具を撃っても魔力枯渇なんてしないだろうけど。いっそ枯渇して死んでくれれば世界的に大助かりでしょうに。ビースト名乗りはじめている状態で連発しても死ぬとは思えない。寧ろ死んでほしい、あの人の名前を名乗り、あの人の名誉をこれ以上汚す前に。というか、詳しくは知らないけれども、どうせ中身に居るのって翼生やす外見的にあの人の敵たる悪竜(ファフニール)虚数空間に眠る竜神(ティアマト)でしょう?何であの人と間違えたりしたのか。やっぱり名前と外見の色のせいかしら

 ……でも、あの人と同じように自分というものを顧みない姿は、どこかあの人っぽくて。非情になりきるのも悪い気がしてしまう

 

 

 侮辱を受け、かつて義姉だったものが突っ込んでくる。炎を纏い、火だるまになりながら、真っ直ぐに私の心臓を狙うように、槍を突きだして

 『<喪われし財宝(ニーベルング)>』

 それに対し、私の対応は冷静。何時もの身隠しの布(タルンカッペ)を被り、姿を隠すだけ。そして、同時に靴でふわりと浮き上がる

 私の足下を、バーサーカーと化したランサーが駆け抜けて行った。中庭が燃える。どうでも良いけれども、上昇気流は少しだけ鬱陶しい。布が捲れてしまうから。ミニスカートな裁定者辺りなら下着が見えるかもしれないし。まあ、私には関係ない事ではある。足を出すなんて、そんなはしたない事やるわけ無いじゃない、あの人以外にも見られかねないのに

 そのまま、私を見失った彼女が魔力を探り此方を捕捉する前に、勝負を決める

 『<喪われし財宝(ニーベルング)>』

 呼び出すのは、金縛りを起こす呪いの宝石。綺麗な石ではあったけれども、使えないからと宝物庫に泥棒避けとして置いておくしか能の無かった使えない宝物。結局、金縛りにしきれない人数によるあの人の遺産の押収の際には何の役目も果たさず、私の復讐を怖れた(クズ)達によって持ち去られた、忌々しい財宝

 けれども、それで良い

 一時的に動きを止めてしまう、それだけで構わない。その一時だけで、本当に充分なのだから。半端に強いから、道具(マスター)が居る時には使いたくはなかった財宝を活用してでも、勝てば良いのだ。それで私の目的は半分果たせる。聖杯は最悪取れなくても、彼女への復讐を果たせたなら本望

 

 『!?』

 宝石に当てられ、バーサーカーの動きが止まる

 『ええ。今の貴女はバーサーカーだもの。対魔力は低いわよね

 だから、動けないまま死になさい』

 宝石を当てた辺りで、爆発が起きる。役目を終えた身隠しの布が、その爆風の余波で私の肩から外れ、空気に溶け消える。役目は終えたので問題ない

 ランサー時代からある北欧の戦乙女を纏ってるが故の憎しみの炎は健在。それでも構わない。宝具に対しては特大のカウンターが来るから勝てないとか何とか、獣としての本領を出せばそんなもの無視して殺せただろう道具(マスター)が嘯いていたわね。まあ、カウンターされても相討ちすれば良いのよ最悪。殺せれば復讐を完遂出来るのだから、その後の私は生きてても死んでても良い、寧ろ傷付きながらも死に損なって痛みを引きずるくらいなら潔く死にたいくらい

 

 『邪悪なる者は失墜し、世界は今落陽に至る』

 道具とはまた違う詠唱を、一歩一歩、燃える草の庭を歩みながら唱える。寧ろ彼の詠唱が間違ってるだけ、人殺しの剣としてしか見てない外道にしか、あんな詠唱は考えられないはず。あの人に合わせるべきなのに 

 『消えなさい』

 そのまま、数歩の距離で、剣を振り上げる。大上段、真っ直ぐに振り下ろせば、その先にバーサーカーが居るというくらいの間隔で

 『<悪相大剣・人神鏖殺(バルムンク)>』

 そしてそのまま、私に出来る渾身の力を込めて振り下ろす

 束ねられた指向性の黄昏の剣気は、バーサーカーを確実に殺すために放たれた。例え炎を吹き出そうと、それが私を殺そうと、いまさら止まる訳もない。金縛りにあったバーサーカーに、避けようはない。チェックメイトよ

 

 だが、そのバーサーカーの左腕に、不思議なものが見えた

 あれは……金属製の心臓?悪趣味ね。けれど、そんなもの持ってても……

 と、いう所で、気がついた。良く似たものを、見たことがあるということに。触れたことすら、あるということに

 そう、銀霊の心臓。あの道具(マスター)の胸に埋め込まれている、彼の力の根元として活用が出来るのだからあらゆる意味で彼の(たましい)だろうと言えるもの。あの中身(バケモノ)との交信を可能にしている、未来の自分の魔力を現在に持ち込む回帰すらも引き起こす、馬鹿みたいな力

 『<偽・月王顕す契約(プリズム・レガリア)>』

 その瞬間、青い炎が噴き上がる

 有り得ない、蒼炎の翼が、ブースターとして更なる炎を放ち、動けないはずの体を、強引に空へと打ち上げる。その力は、まるで彼と同じで……

 渾身で、必殺だったはずの一撃は、有り得ない飛行によってスカされた。チェックメイトは、盤外戦術によって覆された

 

 そして、城には……

 肩で息をする私と、三本の骨組みを基本とした、青い炎の両翼を翻すバーサーカーだけが残った

 『……嘘でしょ……流石に冗談キツいわよ……』

 何故彼の力が、血色のバケモノ翼が、青い炎の翼とマイナーチェンジされて彼女の力になっているのかなんて知らない。彼を見ている時ほどに、不安な気持ちにもならないから、翼自体の性能は彼以下かもしれない。けれども、素がちがう。ビーストの力、翼と剣……同質の血色の破壊の力のみに頼りきった道具(マスター)と、バーサーカー(サーヴァント)では、他に出来る事に差が有りすぎる

 あの道具(マスター)にすら、私で勝てるか怪しいというのに、アレと戦わなければ、復讐は果たせないと言うの?

 どうしろってのよ!酷い置き土産も大概にしなさいよ!

 そう叫びたくても意味なんて無く。ただただ、絶望的な現実だけが、私の眼前には残った

 『女神の「慈悲」を。死という、安寧を

 クリィィィム、ヒルトォォォォッ!』




Material解放
月王顕す契約(ファンタズム・レガリア)/偽・月王顕す契約(プリズム・レガリア)/月王顕す影約(ファントム・レガリア)
ランク:EX/B+/A+ 種別:対界宝具
レンジ:特殊    最大捕捉:特殊
それぞれ、『破壊』()/『慈悲』()/『逡巡』()のもの。指輪を核とした人造の機械心臓。全てを重ねた『勝利』()に関しても、本来この三色は赤が強いことから<月王顕す契約>(ファンタズム・レガリア)であれば使用可能……ではあるのだが、その為には3つの素質を同時に持つものでなければならなという。共鳴段階および使用している核によってランクは変動しているが、機能的には同一と言える
ビーストⅡ-ifと呼ばれる、とある星の危機と接続し、尖兵としてその力の片鱗を振るう宝具。本体は赤のもの、銀霊の心臓であり、残り二つはそれを模して作られた紛い物なのだが、使い手が起動した場合は問題なく作動する
赤に合わせてか、起動するとブースターのような翼が生え、『回帰』の特徴故かあらゆる宝具や特性を半分ほど無視してダメージを通せるようになるという


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十一日目断章 降り立つは双獣

何はともあれ、福袋から出てくるマーリンはシスベシフォウ次第である。お前の一応の嫁をヒロインの片割れに据えてるからって抗議の為に出てこなくても良いぞマーリン。既に重なってるのに
ガチャから出てこないマーリンはシスベシフォウ。出てきたマーリンはカロウシスベシフォウ。すなわち、マーリンこれすなわちシスベシフォウなのである(カト・フォウソリウス〔大フォウ〕の言葉より抜粋)


『……良いから、殺されなさいよ!』

 空へ向けて、更に一発

 

 『<喪われし財宝・幻想大剣・天魔失墜(ニーベルング・バルムンク)>っ!』

 放つのは、黄昏の剣気。飛翔する彼女にピンポイントに鏖殺の剣を叩き込むなんて、私の腕では無理だからドーム状に放つあの人の剣の方。私も飛べればその限りではなかったけれども、残念ながらニーベルング族の財宝に、真っ当な速度で空を飛ぶ事が出来るようになる宝物は一つしかない。<黄金鱗火(アンドヴァンリ)>、持つものを財宝を守る竜に変える黄金。あれは、使いたくはない。バカにした彼女のような醜い化け物に成り下がるから。あの人は、その影響すら格好良く昇華していたけれども。私は竜殺しの英雄ではないから、無理。少なくとも、ファフニールや道具(マスター)のような邪竜に成り果ててまで空を飛ぶのは却下したい

 幻想大剣は人を殺すための剣ではないし、再現であり本物の剣でもないから火力は大きく下がる、一撃では恐らくは殺せない。だとしても、ならば死ぬまで撃ち続ければ殺せると考えれば良いだけ。流石に、私が勝手に見た悪夢の中で、能ある猿は棒を隠すってな!と幾千幾万幾億の如意棒レプリカを宇宙空間から地表に絨毯爆撃していたアーチャー程の連発は出来ないだろうけれども、一発の宝具で足りないなら十発の宝具を撃てば良い

 けれども、

 

 『<偽・月王顕す契約(プリズム・レガリア)>ァァッ!』

 黄昏の剣気すらも、その叫びと共に吹き上がる炎に掻き消されて空しく空に散るだけ

 届かない。何処までも、届くことはなく。絶対的な壁として、彼女は其所にただ飛翔する

 

 嘲笑う。悪魔が嗤う

 この私を、どうしようもないバカだと、世界が嗤う

 勝てるはずもない。どうやって、勝てというのだ。眼前で、蒼炎の翼をくゆらせる化け物は、あの化け物(ザイフリート)の同類だろうに

 『それ、でもよっ!』

 手に痛いほどに握り込んだ剣の柄を振り上げる

 『<悪相大剣(バル)……』

 『無駄ぁっ!』

 けれども、振り下ろす前に、上空から炎の槍を振るわれ、剣を手から弾き飛ばされる

 剣は宙を舞い、城壁に深く突き刺さって止まった

 だからといって、回収に行くような手は、私にはない

 

 『ここまで、来て!』

 あの人の剣を呼び出す。私の覚えている財宝を呼び出し続け、負荷で頭が割れるように痛い。けれども、眼前に居る仇を、この手で殺せない心の痛みに比べたら、こんなもの何でもない!はずだった

 『無駄無駄無駄ぁっ!』

 『きゃっ!』

 なのに

 そのはず、なのに

 体が動かない。周囲に撒き散らされる炎に、びくっとして縮こまる。立たなければ、あの人の仇を討てないのに

 眼前のバーサーカーの唇がつり上がる。威勢だけであった私を、見下して

 それでも、もう何も出来ず

 

 『さようなら』

 『<喪われし財宝(ニーベルング)>』

 それでも、せめて

 と、あの人の剣を手に、振り下ろされる焔を纏った槍に立ち向かおうとして……

 

 「<悪相大剣・人神鏖殺(バルムンク)>」

 されど、その軌跡は、横殴りに放たれた剣気によって歪められた。私を、貫くはずだった軌道から

 捻じ曲がる。死の運命が

 それは、あの日。私が召喚に応じた際の再現のようで。けれども、違う。私は護られる側で

 

 ……ならば、だ。立場が逆だというならば、来るのは彼しか居ない

 「俺を呼んだのはお前か?クリームヒルト」

 『呼んでないわよ、貴方なんて。自意識過剰は大概にしてもらえるかしら

 最期の時、私が呼ぶのはあの人の名前だけよ』

 「最期じゃないなら、呼んでくれても良いだろうに」

 一人の男が、其所に立っている。吹き飛ばされ城壁に飾られたオブジェになっていた大剣を、両手用だというのにその右手に軽く携えた男性が

 

 『ジィク、フリィィィィトォォォッ!』

 歓喜の咆哮が、城壁を震わせた

 「ザイフリート・ヴァルトシュタインだ」

 『ジークフリート、殺す!』

 「って、聞いてないか」

 『それで道具(マスター)、何故来たの?』

 当然の疑問

 それに対して少年は、どこか呆けた顔で答えた

 「呼ばれてる、気がしたから」

 『頭でもイカれたのかしら?』

 「とっくの昔(一年前)に、イカれてるよ

 そうでなければ、こんな俺(ザイフリート)なんてやるものか。イカれだからこそ、俺は消えず、今此処に居る」

 

 「で、何故あいつが俺みたいな翼を生やしてるんだ?」

 『さあ?私が聞きたいわ』

 吐き捨てるように、私は返す

 その間、バーサーカーは自身の周囲に焔を集めていた。直ぐには、襲ってこないで、力を貯める。何かを、待つように

 

 『何を待ってるのかしら、お馬鹿さん』

 『悪魔……ドラゴン……ジークフリート……』

 「まあ、良いか」

 潰れた右目に、蒼炎とはまた感じの異なる蒼光を湛え、少年はその胸の前に、一枚の黒いカードを呼び寄せ浮かべる

 「夢幻召喚(インストール)

 少年の姿が変わる。眼前の化け物と同じ、翼を広げた姿に

 

 『道具(マスター)、翼はどうしたのかしら?』

 「……出せるのが、片翼になっていた」

 そう。けれども、その変貌は半端であった。本来のバーサーカーとの決戦の日に見せた銀翼ではない。何時もちょっかいをかけてきたうざったいルーラーとあの道具(マスター)が殴りあった日の、血色の両翼でもない。右だけが肥大化した、不気味な血で出来た角。背に背負うバックパック状に展開した、左翼。けれども、変化はそれだけ。その半端さが、逆に不気味と言えなくもないけれども

 

 『<偽・月王顕す契約(プリズム・レガリア)>……』

 化け物が纏う炎が、槍を中核に大きく膨れ上がる。噴き上げるような蒼炎、揺らめく双翼、流星の如く

 『<死が分断つ悲愛の理(ブリュンヒルト・トラジェティ)>!』

 だが、潰れた片眼で笑う少年は、それをただ、静かに見据える

 数秒の後、落ちてくる焔が、自身を、そして私も焼き払うだろうに。ただ静かに、残った左目で、空を見据える

 「何だ。やっぱり、同類か。ならば、星の怒りに灼かれて死ね」

 宙に、もう一枚の黒いカードが、突如として現れる

 「限定展開(インクルード)

 カードが変質し、現れるのは一つのキューブ

 限定展開、という言葉からして、夢幻召喚の下位、クラスカードだか何だかの武器を呼び出すようなものかしら。恐らくは、私の<喪われし財宝>と似たようなもの

 けれども、それで呼び出されたのは、武器とは思えないキューブ。とはいえ、それには見覚えがある。アーチャーとの決戦日、あそこから銀翼を翻した星の敵(マスター)は蒼光を放ち、神の杖なんてインチキ宝具を何とか止めたのだ

 「暁は遥か夢の果て 涙を祓うは旭光の吐息

 破壊せよ、<竜血収束・崩極点剣(オーバークランチ・バルムンク)>」

 吹き上がる旭光が、私の視界を焼いた



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十一日目断章 星の敵、私の敵

視界が晴れない。旭光が、目をしばたかせても尚視界を埋めている

 

 『貴方の状態でも撃てたのね、それ』

 「その気になれば、ミラとやりあった時からずっと撃てたよ。単純に、俺から別の相手に向けての誘導が効く状態でなければ単なる自殺にしかならないから撃たないだけだ。あれは俺を殺す為の星の怒りだからな

 少なくとも、ミラ相手にはどうあがいても俺からターゲットをずらせなかった」

 事も無げに、少年は語る

 『なら、彼女へ向けては出来たの?』

 「銀の状態の俺は、強引に他へ向けてぶっぱなせる。今の俺でも、自身の魔力の大半を集約させてビーコンにすれば何とか撃てる

 けれども、あのランサー(バーサーカー)にたいしては、そんなもの必要ない」

 『同じ力が原泉だから、かしら?』

 「ああ

 何もせずとも、勝手にあちらを滅ぼすべき星の敵認識してターゲットしてくれた。だからこそ、あれは俺と同質の存在だと確信した。そして、遠慮なく撃たせて貰ったという訳だ」

 

 『殺してないわよね、道具(マスター)

 「さあな」

 『折角、なくなったと思った復讐の機会が帰ってきたのよ。今度は貴方が奪うなんて、許さない』

 「俺は殺す気で撃った。俺と同類ならば、生きていてもおかしくはない。寧ろ、生きている方が普通だな。死んでいて欲しいが

 それだけだ」

 とりつくしまもなく、少年は吐き捨て……そして、手にした剣を構える

 「……まあ、こんな程度で殺せていれば、何の苦労もない、か」

 『ジークフリートォォッ!』

 光を打ち消すように、蒼炎が吹き上がる

 「さて、と

 逃げるか、セイバー」

 それを見て、少年は踵を返した

 

 『ちょっ、道具(マスター)?』

 訳が分からなくて、つい声が上擦る

 「俺は、呼び声が何なのか確かめに来ただけだ

 それがお前なのか、それとも違うのか

 同種の力を何故か持っているバカ、という事を確認した以上、居る意味はない」

 『逃げるというの!』

 「ブリュンヒルトに、勝つんじゃなかったのか。クリームヒルト」

 『死ねぇぇっ!』

 手にした人殺しの剣(バルムンク)と、背の紅の左翼で、振り下ろされる蒼翼と槍を、少年はクロスするように受け止める

 

 爆発。連鎖。更に爆裂。炸裂

 止まらず、炎の華が受け止めた少年の周囲に咲き続ける

 ……まだランサーだったころに見た、憎悪の炎の爆発だ。あんなにも、つよいものだったなんて、まともに剣を合わせなかったから知らなかった

 「撃ち落とせ、幻想大剣・失墜擬き(バルムンク?)!」

 ドーム状に黄昏の剣気が拡がる。それが、槍や翼を押し戻してゆく

 

 「勝ち目の無い戦を仕掛けての犬死にがお好みか!

 自分一人では遺産すら奪われ何も出来ない。だから、勝てる時まで、別に愛しているわけでもないアルテラと結婚してでも、復讐を果たすために、待ったんじゃなかったのか!」

 私へ向けて、少年は叫ぶ

 周囲に、血色の光が見えた。そういえば、鎧にも使えたわねあの光

 

 ……だが、そもそもバーサーカーの翼は、彼と違い片翼ではない

 受け止められなかった、三本目の剣、左翼が……断頭台のように、その背から振り下ろされる。過たず、その剣は剣気展開の為に突き出された手首を狙い、そして、跳ねた

 更に追撃の爆発。支えを失った剣が、それに煽られて宙を舞う

 ……だが、それで止まるような、少年ではなかった

 斬り飛ばされた右手首に、紅の光が宿る。あのバカの力は、血に由来する。だからこそ、追い込まれて血まみれの状態で、ルーラーやアーチャーそして吸血鬼のバーサーカーとまで、やりあってきた。そう、斬り飛ばされた。それだけだ。新たな断面から、手に残った血が吹き出し、彼の魔力(ちから)となる……

 「セイバー、大切なものだろ、無くすなよ!」

 靴に石を詰めて無くした足代わりにしたものは、既に炎に焼かれて意味をなさなくなっている。ぼろきれのようになった靴で、宙を舞う私の剣を私へ向けて蹴り飛ばし、手だけを回収

 そのまま少年は翼を噴かせ、天へと右手を掲げる

 

 その手首が、螺旋の風を放つ。無駄に回転しているのだ。その先にある手は、バカみたいな紅の光を放ち、更にはかつて完全に化け物になった際のように、銀鱗に覆われていて

 「剛腕爆砕、破弾、発動(ブロウクン・マグナム)!」

 その回転はそのままに、振り上げた拳を引き、ロケットパンチだかの要領で、右手を撃ち放った

 ……何だろう。あの人の夢を見るとホテルに引きこもっても寝られず、何となく付けたテレビとやらで、胸にライオンが付いてる謎の黒い動物合体ロボットが似たような事やってたような

 

 バーサーカーは、避けない。避ける必要が、まず無いのだろう

 何故ならば、当たれば反撃する、当てれば追撃する。彼女が、道具(マスター)をあの人だなんてあの人に失礼すぎる勘違いを正しいものと心の奥底から信じている限り、憎悪の炎は極限の力を発揮し続ける。本来は攻撃専門のはずの炎が、リアクティブアーマーだか何だかとしてすら働くのだから、多少の攻撃は意味がない。そして、結局のところ、道具(マスター)の行動は腕を撃ってるだけ。本来ならば幾ら魔力でブーストしても、人間の手はロケットパンチ出来るようになっていないのだから苦し紛れに撃っただけの付け焼き刃のそれの火力(性能)なんてたかが知れている。私がやってもまあ、対処に走らせられれば御の字、当たってもマスターになら兎も角サーヴァント相手にダメージなんて無いとは思う

 ……だけれども、そんなもの、普通の場合の話。剣を持ったことすら数えるほどの反英霊(サーヴァント)よりも数段は凶悪な性能を誇るビーストⅡ(マスター)に関しては例外で無いはずがない

 

 紅の光を纏った拳は、螺旋の風を軌跡に残しながら女だと一応認識できる化け物に激突。火花を散らし……

 その腕に残された令呪の痕に、血が走る。今尚手に残る令呪という強力な魔術を導線に、魔力爆発を起こす

 

 『……良くやるわね道具(マスター)

 「令呪の宿る手さえあれば、令呪を移植してマスター権限を奪えるかもしれない。だが、逆に言えば手が斬られただけではマスター権限はそのまま、リンクも繋がる。そう、神父様は言っていた。要は、他人が令呪を奪い取る事でしかマスター権限は委譲されない

 

 ならば!三画とも使いきっている今、令呪のある手そのもの自体なんぞ令呪痕という使い捨て魔力爆弾が搭載された便利なパーツに過ぎない

 斬られたなら捨てても良い、それだけだ」

 いや、その理屈は可笑しい

 というか、何で平然としてるのよこのバカは。自分の手を斬られたのよ?そもそも、あの面倒臭いルーラーに左腕を消し飛ばされ、両の足は水晶に閉ざされた時に正気の自分(銀翼)が自分から引きちぎっていた。右手が無くなったら両手両足が無くなるのよ?少しは動揺しなさいよ、あの人にくらべて狂気(けもの)に陥らなければ何も出来ないような狂気の凡人の癖に。あの人なら、そもそも背中の一点以外は傷付くわけがないから無くなるわけ無いし、良いのだけれども

 「下がるぞ、セイバー、良いな?」

 低い声で、少年は言った

 私は、流石にそれに頷き、剣を収納して、飛び去ろうとする少年の右腕に捕まるしか無かった

 

 『此処で良いわ』

 「此処は旧ライダーの領域だろう」

 『だから、此処で良いのよ。馬鹿かしら』

 「……命の恩人相手だろう、少しは静かにしろ」

 『……貴方への貸し、いくつあったかしら?』

 私の言葉に、少しだけ少年は迷い、飛翔の高度を下げてゆく

 私は、充分下がったところで、少年の手を離す。既に両の手を喪っている道具(マスター)では、その私の手を掴んで連れ戻すことなんて出来ない。光の鉤爪辺りであればまだ出せるかもしれないけれども、あれは恐らくは触れたものを傷付ける。当たり前だ、光の翼と同一の魔力で組み上げたものであるらしいのだから、武器である。誰が抜き身の剣の刀身のような物騒なもので、一応は味方だと思っている人間の手を掴もうか。掴むわけがない、狂ってる癖に、変なところで彼は常識的だ。恐怖なり、あの人かもと思っていた頃であれば情なりで、その気になれば無理矢理に私を従えることは不可能でもなかったろうに、律儀に相手を尊重している。勝つためだ、という割にはおかしな話。ビースト化したり、更には銀翼というそれを越えた可笑しな変身をしたりと、自分個人に関しては、それはもう気軽に狂気に魂を売っているのに

 

 財宝の靴で、落下速度を落として着地。宙に浮かべるから、ブースターを噴かせて先に近くの地面に着地した少年相手にも足は見せない。そんなスカートをめくるような着地なんて無様は晒さない。私の足は他人への見世物ではないのだから。他人でないならば兎も角。というか、サンタクロースの服装だと足が見えるルーラーや、あのブリュンヒルト等は良くもまあ晒せるものだと思う。恥ずかしくないのだろうか

 

 『じゃあね、見送りなんて要らなかったわよ、道具(マスター)

 「……行くのか、結局」

 『ええ。貴方の言う通り、私は復讐を今度こそ果たすために、あの名目上の夫の所に帰るわ』

 「夫だろうに、ひどい扱いだな」

 『向こうが嫁に来いと言ったのよ。それに私は乗っただけ。私の心はあの人のもの、その意思表示として喪に服しつづけていたというのに、わざわざ向こうから騙されに来たのだもの、文句なんて言わせないわ』

 くすり、と笑う

 「そう、か

 

 ……俺の目的は、あのバーサーカーが消え去った果てにしか無い。お前の目的は、あのバーサーカーを倒す……いや、殺すこと。俺は、別に自分の手で倒す必要はない」

 『何が言いたいのかしら、道具(マスター)

 「戦うとき、俺を呼べ

 どうせ、マスターとサーヴァントだ。魔力を込めて叫べば分かる」

 『ええ。考えておくわ』

 

 その言葉に安堵したのか、ふぅ、と息を吐いて、少年は夢幻召喚(インストール)を解く。最早弾き出されるカードを取る手は無くて。だから漆黒のカードをくわえて、にっと少年はその自由になる左目だけを細めて笑……おうとして

 

 「<偽・月王顕す契約(プリズム・レガリア)>……

 いや、違うな。あれが、俺の二匹目のドジョウを目指して作られたシリーズの心臓なのだとしたら……。偽、ではない、あの日正気(銀翼)の己が呟いた、銀霊の心臓の真実は……」

 『道具(マスター)?』

 少年は、何事か言葉をぶつぶつと口のなかで転がす

 その無いはずの空虚な右瞳には、やはりというか蒼炎とは間違いなく感じの違う蒼い光が集まり……

 「顕象せよ、我が虚空の果ての宿星よ 刻を渡りて、遊び()

 (尖兵)が意に応え、未明より解き放て、<月王顕す契約(ファンタズム・レガリア)>!

 力を貸せ、我が英雄(英霊アルテラ)

 瞬時、少年は獣と化す。銀の片翼が、私の視界を埋めるように翻る。喪ったはずの右手は、既に籠手に覆われていて

 

 「複合(クロス)破界(オーバー)夢幻召喚(インストール)!』

 銀の流れ星が私の真横から駆け上がり、落ちてきた蒼い流星と激突した




知らなかったのか?星の敵からは逃げられない

まあ、逃がす意味がない限り、傷付いてサーヴァントから逃げたとして追ってきますよねという話。聖杯戦争なんて殺し合いなんで。寧ろ今まで追わない理由がある(フェイの為に殺すまではいけないライダー、出来れば見逃したいルーラー)相手ばかりから逃げてたのが異例の幸運という


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十一日目断章 銀にして黒

FGOで更新を放棄するマスターの屑にして二次書きのゴミの図


そうして、流れ星はそのまま私の横、数十mほどの場所に墜落する

 大地が軽く揺れ、僅かに体勢を崩しかける。けれども、何事もなく復帰

 

 単純な出力負けの形。落ちてくる彼女を止めようとして、速度が足りずに自分毎落とされた

 正直な話、少し珍しい。獣……ビーストⅡを名乗る銀翼の状態の道具(マスター)は、端的に言って私よりも強い。性能に関しては、アレの元々が人間であることを考慮すると有り得ないにも程がある。最強の大英雄(ジークフリート)とすら防戦でならやりあえそうな程。勝利?ふざけないであの人が敵に負ける訳がないもの。敵は絶対にあの人を殺せない、彼があの人と敵対するならば、負けることは有り得ない。例え相手が神であっても、本体だろうティアマト神が出て来たとしても。ええ、そうよ、竜扱いされることもあるのでしょう?ならばあの人がビーストⅡだろうが何だろうが、本体ごと倒せないなんて信じられない

 

 「<偽典現界……幻想悪剣(バルムンク……ユーベル!)>!』

 『ジィィィクフリィィトォォッ!』

 二人の眼中に、私はない。銀の片翼を翻す悪魔と、蒼い焔の翼を携えた戦乙女は、二人きりの世界に浸っている

 乙女は、憎き者を殺すために。悪魔は、ただ単純に、眼前に居る敵が邪魔だから。どこまでも噛み合わず、そもそも乙女が狙うべき私の夫(ジークフリート)はこの聖杯戦争に姿を見せてなどおらず、それでも狂った歯車を強引に噛み合わせ、私を無視して殴り合う

 悪魔が、籠手に覆われた手の平から、紅の光を噴出させ、手刀として心臓へ向けて真っ直ぐに突き出す。けれども、バーサーカーがドレスのように纏った蒼い炎がそれを赦さず、胸元で剣は止められ、無数の爆風が銀と紅の悪魔を襲う

 あの焔の類似を見たことはある。常時鎧のように纏っていた訳ではないけれども、銀翼……いや、紅の翼を拡げた状態の道具(マスター)が、攻撃を受ける瞬間だけ顕在化させていた防護。名前は……悪竜の血光鎧とか自称していたかしら。ドレスな形状の理由?女性にとってドレスは勝負服、戦場に挑む格好でしょう?

 銀翼、反転。それを意に介さず、爆風の中、悪魔の翼が肩越しに逆方向へ展開。ブースターを噴射口へ、そこから溢れ出すのは紅の……爆光

 空中に、更に大きな花火のような光が爆ぜた。けれども、それは毒々しい紅、血色の光

 かつて、幾多の攻撃から彼の致命傷を防いでいた光鎧の類似品であろうが耐えきれなかったのだろう、蒼い星が今度は打ち落とされ、地面に軽く凹みを作る

 

 『私を、無視、しないで!』

 剣を振り上げ、叫ぶ

 届かないなんて、知っているけれど。サーヴァントでも、あの二人の間に入れば死ぬだろうなんて、分かってはいるけれども

 それでも、見てるだけなんて自分が許せない

 『<喪われし財宝(ニーベルング)幻想大剣(バル)……』

 選択するのは、あの人の剣。悪魔(ドラゴン)の翼を何でか拡げる二人には、人殺しよりも竜殺しの方が多分都合が良いから、そちらの宝具を選ぶ。宝具が剣だからセイバー、と主張して強引にブリュンヒルトを今度こそ殺すためだけにサーヴァント枠に潜り込んだ私には、宝具以外での対抗策など無く、だから宝具を振るう。その為の魔力は、第七の聖杯戦争が終わった瞬間に聖杯からの供給が途切れ、それでも潤沢にパスから引き出せる。それはもう、無尽蔵かもしれない。それほどまでに、魔力の限界というものを感じなかった

 気分がハイになる。何だってできる、そういった万能感すらも感じる。実際にはそんな訳はないと知っているけれども、この尽きぬ魔力を使えば或いはなんて思えてしまう。それが、あの道具(マスター)とのパス故だとしたら

 

 全く、笑える話ね、と苦笑するしかない。サーヴァントを越え、聖杯に匹敵する魔力量。いつの頃からか……いや、分かってる。バーサーカー戦で、一度水晶に呑み込まれた後だ。それ以降、ずっとこの状態。それ以前も銀翼に変わった際は魔力の限界を感じなかったけれども、今はもう、魔力に際限があった頃の感覚が思い出せ無い。サーヴァントとマスター、どちらも最低限の戦力になるのは数敵有利を取れるけれども魔力消費が激しいからと、消費を抑え目にやっていたライダーとの戦い辺りがもう茶番劇にしか思えない

 

 そして、剣を振り下ろそうとして……

 焔に燃える復讐相手の双眼が、私を捉えていることに気がついた

 焔が、血飛沫く

 吹き上がる血すらも、その場で燃えて火の粉になり、空中に溶け消える

 

 けれども、私に衝撃は無い。割り込んだのだ、銀翼と、ぼろっぼろの黒焦げコートを翻す少年が

 けれども、攻撃を防げた訳ではない。割れたハートを模したろう槍は、しっかりとその右の胸を貫いている。穂先は完全に貫通し、女性が立てると自分の頭より上に穂先が来るほどに長い柄の半ばまでがその胸に抉りこまれている

 『死ねぇっ!ジークフリート、死ねぇっ!』

 「けふっ』

 ドス黒い血が、草原を汚す

 『バカね、道具(マスター)

 黒い血を傷口から垂らすその体が、復讐の蒼い焔に包まれ……

 

 ……黒い、血?それは、本当に血?

 ふと気が付く違和感。道具(マスター)とはいえ一応人間……のはず。その血は赤いはずだ。紅の血を通して魔力をどうこう、という吸血鬼みたいな事をやっていたからそのはず。ならば、黒い血は……血なんかではなく……

 その瞬間、大地から間欠泉の如くに沸き上がった黒い泥が、一瞬でバーサーカーを呑み込んだ

 

 『ギァァァァァ!』

 言葉にならぬ悲鳴。槍を捨て、蒼炎だけを頼りに、黒泥の間欠泉からバーサーカーが飛び立つ

 けれども、そのドレスの各所には今もべったりと泥が張り付き、焔の勢いを弱める

 『ジークフリート!ジークフリートォ!』

 『道、具(マス、ター)……?』

 そんな異常現象に動じず、少年は無造作に右の手で胸元の槍を折り取る。少量の黒泥と共に体内に残された穂先側は吐き出され、黒泥にまみれた()は……紅の光を纏い、剣となる

 「近付くなよ、セイバー。食われるぞ』

 『食われる?』

 「ケイオスタイド。触れれば呑まれる、黒き神の血。海水たる神、或いはそれそのもの』

 『何でそんなもの使えるのよ』

 「……己は、ビーストⅡだぞ?

 血をケイオスタイドに変換しようとしたら、今なら出来ることに気が付いた

 どちらにしても侵食する性質ならば、多少の往く先の差はどうでも良いらしい』

 『いや可笑しいわよそれ』

 

 初めて、バーサーカーが止まる

 どこまでもひたすらに、狂化のままにジークフリートだと思い込んだ男を殺しに来ていたその恨みだけの塊が、漸くその狂化の先で戸惑っている

 『ジーク……フリート……?』

 「己はザイフリート・ヴァルトシュタイン

 元より、ヴァルトシュタインのジークフリートたれと呼ばれた、ジークフリートであって欲しかったものでしかない

 

 ならば、お前が望むならば、貴様にとっての己はジークフリートであれば良い。好きに来い、破壊する

 

 それとも……』

 少年の体が、ぽっかり空いた胸の穴から吹き出した泥に覆われる

 「8i/.@jia0.@;lkr/i.?(この姿の方がお気に召すのか?)

 『……はい?』

 突然、言葉が理解出来なくなった。何と言ったのか、一応発音としては理解できていた、今までは。けれども、これは違う。これは、人間の理解できる言葉では、きっとない

 細長い頭、その全体を占める、縦に裂けた歯が剥き出しの口。異様に長い両の腕、そして翼のような二本の腕。けれども、その先は一本は先がなく、一本は半ばから消え、翼腕片方は根本から斬られている。全体としてはほそ長く、絵の初心者が黒絵の具だけで適当に筆で書きなぐった人体のような姿

 『何よ、これ……』

 生理的な吐き気を、口を押さえることで防ぎ、呟く

 「hwp(ラフム)2==yqvm3i1.@^^j(ティアマト神の願った)m3m@3t=j@(新人類だ)

 やはり。言葉は理解不能

 

 「dv:g8icu]3z[=i0^4(この身は元より尖兵の器)

 u.=]:(破壊せよ)u.=]:(破壊せよ)u.=]:(破壊せよ)u.=]:(破壊せよ)

vluf2、0@\\tu@yyyyyy(ヴェルバァァァ)!』

 意味の理解不能な言葉が、空気を震わせる

 だが、その瞬間……

 

 急に踵を返し、バーサーカーは飛び去っていった

 

 『……?どうかしたのかしら』

 「……マスターに呼ばれたんだろう。戻ってこいと。一応、二代目マスターは令呪を持って生きてるんだからな』

 化け物の姿を、人間っぽい化け物の姿(銀翼)に戻し、少年は当たり前だろとでも言いたげにそう言葉を紡いだ

 『……戻れたのね、それ』

 「ちょっと姿を変えてみただけだからな。銀翼状態なら気分でああなれる、それだけの話さ』

 微妙に焦点の合わない眼で此方を見ながら、少年は続ける

 

 『何なの、あれは?』

 「ラフム、ティアマト神の願った新人類だ

 ……少し前にも言ったぞ?』

 『聞こえなかったわね』

 「そうか。どうでも良い、今改めて言った』

 ぱしゅっと、軽い音と共に銀の翼が解ける。黒いカードは、形を現すと同時に空気に消えていく

 

 ふと見回すと、大分草原は酷い有り様だった。大半は、蒼い焔のせいで焼けた焼け野原。一部は黒い水溜まり。クレーターも3つくらい

 「帰るんだろう、セイバー?」

 『ええ、そうね。でも……

 貴方に捕まった事にしてくれるからしら?』

 「……この惨状に関わってないという保身か?まあ良い、勝手にしろ。実際、己のやった事だからな」

 そう、少年は微笑する

 視界の先に、馬の駆ける姿が見えた




今回使用されている謎言語ですが、基本はラフム語です。とあるものを二つ折りにして変換した後、それをラフム語にしたものとなります
小文字が変換出来ずに大文字二つ重ねで強引に表現していますが、解読する奇特な人が居るならば文脈判断をお願いします


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十一日目ー毒を食らわば

そして己は、暫く後、紫乃らと合流し、新たに共に行動している相手と面と向かっていた

 「……何なんだ、お前は」

 「知ってるはずだ、其処の……」

 一瞬、己に向けて剣呑な視線を向けてくる青年の正体を計りかねて、すぐに掴む

 

 「第七次のキャスター(カッサンドラ)のマスター。己とお前は、一度出会っているはずだろう

 神霊の力を借りていた割には、慢心からあっさり負けたようだがな」

 「久遠錬。見ての通りのバーサーカーの被害者だ」

 「そのようだな。敵にならなければどうでも良い」

 右目は、彼が吸血鬼だと告げている。敵ではない、とも

 幾ら吸血鬼にされ、性能が人間を越えているとはいえ、逆に言えばあくまでも人間を越えただけなのだ。サーヴァント並の性能だ、なんて言えない。ホムンクルス等と似たようなもの。ならば、敵ではない。危険があると思えば何時でも殺せる。ミラに比べて、なんと御しやすい事か。殺せるのだから何も怖くない

 

 「己はザイフリート、ザイフリート・ヴァルトシュタイン

 セイバーのマスターであり、ヴァルトシュタインがジークフリートであれ、という願いの元、ジークフリートに縁があるであろうライン川の奥底に沈んでいた指輪を触媒にとある存在を呼び出して降霊魔術で作った偽造サーヴァントさ」

 自嘲するように、唇を歪める

 ああ、自分は阿呆だ。そんな、気が付いてみれば馬鹿らしい口先だけの策にまんまと乗っかり、助けてくれジークフリートと、此処に居もしない相手に助けを求め、その果てにあるはずの己の根源、力の大元から眼を背け続けていた。力を求めながらも、自ら絶対に辿り着かない道をひた走っていた。何と間抜けな話だろう。仕組んだフェイは、内心笑っていたに違いない。だから、あんなにも俺と語り合った。話せば話すほどに、自分の策略に見事に引っ掛かっている事が確認できるのだ。策を掛けた側としては、こんなに面白い見世物はあまりないだろう

 『……?』

 己の言葉を受け、視界で何かが揺れた

 一拍置いて気が付く。アサシンの首の角度がブレている事に。恐らくは首を傾げたのだ

 「……ああ、アサシンとも一応契約しているか。二重契約という奴だ

 

 ……そういえばアサシン、神父はどうした?」

 ふと気になって問う。アルベール神父、あの監督役はどうしたのだろうかと。まさか吸血鬼になった……なんてことは、あまり考えられないが

 

 『……来てない。この世界には

 あの騎士のマスターと、元々の世界に残った』

 「……あのマスターもか」

 こくり、とアサシンが頷く

 何故分かるんだとは言いたくもなるが、己に令呪一画と共に譲渡したとはいえ、契約していた時期があるのだからそんなものかもしれないので流す

 

 「それで、そのセイバーは?」

 「あいつは自由だ。己には、あの王女を縛り付けるだけの魅力も、権力もない」

 『それで良いのかよ』

 「良いんだよ、ウィリアム」

 此方を観察している男……旧アーチャーにそう返す。見ただけで、真名は分かる。凄く分かりやすい。知らずに対峙していれば危険だったかもしれないが、知っていれば怖くはない。絶対に矢を外さない。外すわけがない、けれども、若しも外したとしたら……。そんな、放たれざる王討ちの二の矢の使い手

 己から離れているのも、己の存在を危険視しての事だろう。結構な事だ。それで良い。薄々気が付いているが、アサシンは絶対にザイフリート・ヴァルトシュタインを裏切らない。裏切るわけがない。アサシンだけは、絶対に。アサシンにとって己は裏切るだとかその対象ではない。だからこそ、アサシンは己の側に居る

 けれども、だ。それ以外の者が、不用意に近付くなど馬鹿も良いところ。まあ、つまりは馬鹿とは久遠錬を名乗るマスターの事なのだが。だからこそ、久遠錬は敵足り得ないと言えてしまう。だが、あの王討ちの射手は警戒に値する。敵で有り得る。そう、若しも彼が己に向けた矢を外したとしたら、きっと今の己を殺しうる敵だ、あれは

 『ヴィルヘルムだ』

 「ウィリアムだろう」

 『止めてくれよ、可愛い女の子以外から名前呼ばれても、寒気しかしないだろうが』

 ああやだやだ、と首を竦める男に、そんなものか、と返す

 「じゃあ、旧時代のアーチャーで良いか、有り得べからざる王討ち」

 『旧アーチャーで良いだろ、悪意あんのか旧時代って。時代遅れのロートル扱いかよ』

 「本名で呼ぶな、と言われれば悪意があるものだと解釈しても良いだろう?

 ならば、同等の悪意で返すだけだ」

 『気に入らねぇ……女の子ならツンも可愛いモンかもしれないが、男とか誰が得すんだ』

 「そんな事を言えば、折角の味方サーヴァントが男で得するのかと己も返せるが」

 冗談めかしてそう告げる。売り言葉に買い言葉。正直な話敵になるかもしれないサーヴァントの性別などどうでも良い、何が変わるわけでもない。女は斬れない等の誓約(ゲッシュ)があれば関係するだろうが、生憎己にそんなものはない。例え老人だろうがイケメンだろうが世界一の美女だろうが、破壊してしまえばかつて己の前に立ちはだかった(正義)の残骸、でしかない。其処に差異など認められない。元々それがミラであろうが、フェイだろうが、ウィリアム・テルであろうが、ザイフリート・ヴァルトシュタインであろうが、それこそ多守紫乃であろうが、だ。心の奥底で弱さが何か言っているが、邪魔だ黙れ俺の出る幕ではない。己でなければ、最早存在すら出来ない奴がほざくな

 自身のサーヴァントであれば、交流を黙するならば相性によって同性の方が有利になったり、異性の方が深く信頼(えにし)を結べたりがあるのだろうが、生憎と旧アーチャーと縁を結ぶことは無いだろう。もう一つの真名、力を貸しているだろう纏われた英雄の名が、欠片も浮かんでこない。己の右眼(演算)を警戒しているのだろうが、霊基の奥底、底の底に静かに沈んでいる。だとすれば逆に、それこそが己の敵足り得る何かを持つ証明。だからこそ、対策を考えさせないために姿を隠す。よもや星の聖剣使いでは無いだろうが、それに類する射撃兵装の英雄の可能性はある。単に、ブラフの可能性もゼロではないのだが

 というか、万一対峙することが無ければ、この思考は無意味なのだが。警戒を片隅に置いておくことに意味がある。それならば、何時どのタイミングだろうが、一拍余裕が増える。それが、外れないはずの一の矢に当たれるかどうかを左右するかもしれないのだ。奴の本領は外さなかったが故に放たれなかった二の矢。外す気で撃たれた矢に当たれば二の矢の条件は満たさない。奴の本領は封殺出来る

 

 「かーくん、仲良く出来そう?」

 「さあ、どうだろう。良く知らないから何とも言えない」

 そう問い掛けてくる紫乃には、そう返す

 ……ああ、仲良く出来そうだ。あの旧アーチャーとは

 「酷いなオイ」

 「当たり前だろう

 ……それで、久遠、お前の目的はキャスターをどうにかする事だったな」

 「ああ」

 「あい分かった。キャスターは己が破壊する

 完膚無き迄に、どんな不幸も遺さない」

 「や!め!ろ!」

 「……冗談だ。今の己にそんな力はない」

 とりあえず、今の不完全な赤だけでは恐らくは勝てない。端末にならば勝てるだろうが、アテナ神の本体には負けるだろう。あの機神を滅ぼす力は今の己には無い。食らうにも、自身の大きさが足りない。それでは意味がない。一度殺しているが、だからこそ、今の己の弱さでは無理だと分かる。全くもって、弱く厄介な体だ。それでも、これでやるしかないのだ。『回帰』を

 

 『はい、スープ出来たよ。皆空気は、和やかに。ピリピリしてると美味しくないよ?』

 空気を破り、ミラが手に皆の分の皿を持ってくる

 各々の前に、それは置かれた。クリーム色のスープ

 『じゃがいもの温かいポタージュ』

 ……けれども、己の前には置かれない

 「……ミラ、己の分はないのか?」

 『あるよ?でも、あなた両の手無くなってるでしょ?だからわたしが持って食べさせてあげようかなって』

 「……要らん」

 左腕で銀匙を抑え込み、その柄へ向けて、力を込めて右腕を突き込む。肉を裂き、柄が埋まる。匙を肉で挟み込む

 「これで食える。一人で充分だ」

 「ご、強引だねかーくん……」

 そうして、己の前にも皿が置かれる。同じくクリーム色の何かが

 「ミラちゃん?」

 『普通のスープだよ?特別視なんて、ここではしないから』

 「う、うん……そうだよね」

 首を傾げる紫乃は無視し、とりあえず固定した匙でもって液体を掬う

 

 『それで、味はどうかな?』

 「うん、温かくて美味しい」

 一口付けた所で、ミラがそう問いかけてきた

 『いいお嫁さんになれる。というか、嫁に来ない?』

 『行きません。あなたはどうかな?』

 「右に同じ」

 面倒なので、紫乃に合わせる

 

 「……かーくん?」

 それに、何でか紫乃が首を傾げた

 『……本当に?』

 不安そうにミラに問われ、もう一匙、口を付ける

 体温より暖かな感覚

 「嘘を付く意味が、何処かにあるのか?」

 『……やっぱり

 あなた、誰?』

 「だから何度となく名乗っただろう。己は、ザイフリート・ヴァルトシュタインだ」

 『嘘。幾ら最初はあんなまっずい丸薬を美味しいって言ってたフリットくんでも、そのスープが暖かくて美味しい訳無いよ』

 「何でだ?」

 確かに暖かいはずだ。己の体温より大分上なのだから

 『だってあなたに渡したそれ、ぬるい水に絵の具と毒を溶かしただけだよ?』

 「そうか。どうでも良い」

 気にせず、匙を進める。毒だろうが多少の魔力の足しにはなる。血を通してしか侵食が出来ないのだ。少しでもそれを増やすのは、今の己には必要な事

 それには、何かの経口接種が楽だ。だから、匙を進める

 「ちょっと、かーくん!」

 声を珍しく荒げ、己から匙を奪おうとしてか、紫乃が手を伸ばし……

 「冷たっ!」

 己の腕に触れるや、その手を引っ込める

 

 『何だ、幾ら低体温でも……って冷たぁっ!外気と変わんねぇだろこの温度!』

 興味半分か、触れに来た旧アーチャーが大袈裟に飛び退く

 「それがどうかしたか?」

 体温が低い、それに意味など見出せない

 どうでも良いにも程がある

 

 『今の気温って4度あるかだよね』

 「そうらしいな」

 右目は、3.6℃を教えてくれる

 『体温4℃って、おかしくない?』

 「動くからどうでも良い」

 『外気と同じって、死体の温度だよっ!分かってるの!』

 「当に寿命はつきてるんだ。そんなこともあるだろう

 この体はまだ動く。願いはまだ、果たすことが出来る。その果てにこの肉体など残るわけがないのだからそれまで持てば良い

 多少焦点が合わなくなってきたが、戦闘に支障はない」

 銀翼状態ならば幾らでもブーストが効く。この身が既に死体?何を馬鹿な事を

 元々俺自体、神巫雄輝の死体を動かしていたようなものだろうに。魂の砕けた死骸と、魂が残った肉体の残骸にどれほどの差があるというのだ。空っぽの器も、中身が見えてる壊れた器も、結局目的さえ最後に果たせる状態ならば良い。魔力を通せば死骸は動く。時を『回帰』すれば魂は砕ける前に戻る。己のやることは『回帰』、霊核(たましい)宝具(にくたい)(パス)、それらが残っているならば、何も気にする事はない。そんな権利はないと言いつつ、幸せを噛み締めていた弱さ……俺は、肉体の死を大半の幸せを味わえなくなる大事と思うかもしれないが、結局元々味わうべきではないものだったのだ。あってはいけないボーナスタイムが終わっただけだと割り切るだろう

 「この体が死んでいるかどうかなど、どうでも良い。死んでいる、それだけだ、どうと言うこともない。何か特別語ることも無いだろう

 話は済んだか?食事に戻る

 

 ……ああ、ミラ。食事を有り難う。他のサーヴァントの夢に広がったこの辺りの大地は食おうにも消化に悪くて困るところだった。助かった」

 己は、更に一匙、毒と絵の具のスープを掬った

 呆然と固まる二人の少女は、まあ良いかと無視をして




今までもありましたが、一人称己と俺が混在しているのは仕様です
本来のザイフリート・ヴァルトシュタインの人格が己、フェイらによってお前はジークフリートであるへきだと歪められたちょっと無理してる人間っぽい弱い人格が俺、という区別となります。記憶を完全共有した別存在なので、同一人物ですが己と俺と区別しています


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十一日目断章 フェイのザイフリートきょうしつ

リアル関連でエタってました。これからも暫く遅くなります



完全ネタバレ三馬鹿雑談です。既に実質言っているようなものだし隠す意味も無いなという事で今のタイミングですが、話は特に進まないので無視しても構いません。今話を読んでなくてもこの先支障は生じません


『……それで、言い訳を聞きましょうか』

 生意気な狐を逆さに吊るし、ワタシはそう言葉を続けた

 

 その手には、ぱっと見襤褸と見分けがつかないような、黒こげの手を持って

 あの狐さえ余計なことをしなければ、こんな形で手にすることなんて無かったでしょうに。その点は、やはりあれは駄狐だと確信させる

 

 『ああ、ホント。にまついて、気持ち悪いですねぇ、仮主(フェイ)サマ。手のコレクションでも始める気ですか?

 関わった人を不幸にせずにはいられないなんてサガを抱えながら、幸福に生きてみたりでもするんです?』

 『しませんよそんな殺人鬼みたいな主張』

 『えぇ~、ホントですぅ?』

 『嘘なんて吐いて何になるんです?』

 

 『何かになるんじゃないです?まあ、(わたくし)にはなーんにも分かりませんけど』

 割と余裕な狐の下に、ちょっと水の貯めてある大鍋を用意する

 『すとーっぷ!ストップぷりーず!』

 『フリーズ?凍らせて欲しいんですか?冷凍狐肉の調理は少し……』

 『そんなこと言ってねーですぅっ!』

 じたばたと暴れる桃色の駄狐を尻目に、銀の狐はくつくつと笑っていた

 

 『……それでは、言い訳を聞きましょう、仮主(フェイ)

 『おや、ワタシがやらなければならない言い訳など、ありましたか?』

 『ええ、在りますとも。何故、バーサーカーをあのタイミングで呼び戻したのやら

 見逃す腹積もりであった、とでも言う気ですか?』

 『逃がす気満々だったのはそちらでしょうに』

 静かに穏やかに睨み付ける銀狐に、意に返さずといった態度を見せるように、ワタシは返す

 『仮面(ペルソナ)では意味がありません。何度か使って話は聞きましたが、あれを使ってしまってはいけないから未完成のまま放置した訳ですし。だからといって、アナタ方を無為に邪魔し、仮面を剥がせばそれはそれで文句を言われるのはワタシですからね

 ああしてワタシの意図を、善意かつまるで正しい事であるかのように、計画に一件支障はない形で邪魔をしてしまえば良い。後は勝手にあの姿を嫌ったワタシの方があの裁定者(初恋脳)に仮面を破壊させ、解放する。それで実質ワタシ公認で逃がすことに成功する……。あの仮面の意図はそんな所ですか?』

 『さあ、どうやら。それはそもそも、彼を逃がす事に、(オレ)達が意味を見出していなければ、前提が成り立たない想定では

 折角戻ってきたのです。そこの駄狐のあたふたする姿を見るにも、仮主(フェイ)のにやつきと精神安定の為にも、手元に捕らえておく意味はあまりにも大きい。それを捨ててまで、逃がす理由など(オレ)にはとても

 

 独断専行、駄狐を締め上げて理由でも聞けば良いかと』

 

 『というか母上、バーサーカーを帰らせた理由は答えてないのでは?』

 拠点としている平安の都(旧セイバー本体の心象の都)は構造上横に広く、吹き抜けている。その為内裏に入れば居場所に当たりをつけて駆け抜けるのは割と容易い

 ライダーがその高低差のあまり無い屋根け抜け、狐鍋祭の会場に現れていた

 『バーサーカーの回収と再配置は終わりましたか、ユーウェイン』

 『二度目はやりたくない話ながら

 ……バーサーカーよりも、横の怨念の塊のような神殿が、どうにも苦手で。勇気ある獅子すらも身震いさせる怨霊、一人バーサーカーを城に戻すために向かわせるなど、非道い話とは』

 『アナタなら出来るでしょう?だからやってもらう訳です』

 『……はあ』

 溜め息を吐く息子(ライダー)は無視。溜め息を吐くならば、問題はない。やりたくない、と溜め息を吐く段階ならば、あの子は最後にはやってくれる。やるものか!と剣を投げ出さない限り、気にしなくて良いはず。後で何か美味しいものでも用意させましょう

 『バーサーカーを帰らせた理由ですか?

 そんなもの、アナタ方だってわかっている事でしょう?』

 『母上、買い被りすぎだ』

 『分かりたくねーです』

 『理解を拒否したい』

 ライダーは分からなくても仕方がないので気にせず、残りの分かってるだろうに惚ける二匹には呆れながら

 『ワタシの仮面を完成させておいて、分からないなんて言わせませんよ

 戦いを続ければ、いずれバーサーカーは最低最悪の形で敗北する。だからまだ優勢を取れてなくもない段階で切り上げさせたのです』

 『いやいや仮主(フェイ)サマ、そもそもそこがわからねーです』

 吊るした縄をライダーに切って貰いながら、桃色狐が首を傾げた

 まあ、良いです。憂さ晴らしですし、とそれは咎めず、言葉を続ける

 

 『ユーウェイン以外、彼の力の根底、分からないとは言わせませんよ。それさえ分かれば、何も疑問なんて沸かないはずです』

 『タマモ尻尾ぶるっちゃいますぅっ!なものな気はするんですけどねぇ

 ……あれ、完全に滅びた筈で御座いましょう?生きてる、筈が、ねぇっ!座にも記録なんてされる訳もねー訳ですし、あまりにも有り得ねー』

 『その矛盾が解決出来ないのだから、貴女の言葉は通らないという話です、仮主(フェイ)

 仮説としてあり得るとすれば未来干渉ですが、それならばそもそも、あの時に勝てたという前提が間違っている事に』

 『……付いていけない訳だが』

 『ああ、解説するので待っていて下さい。纏めてからやります

 

 ……それで、その正体は?今の考えで構いませんよ』

 『『星の外からやって来た、星を滅ぼした化け物』』

 『……ええ、正解です

 彼に力を貸しているのは、ジークフリート等ではなく彼……いや、彼女というべきですかね』

 静かに、ワタシは頷く

 『それは仮面を付けさせた瞬間に分かった訳ですけど、有り得ねーにも程があるです』

 『……そもそも、ワタシ達は何の目的で、聖杯戦争に召喚されたのでしたか?』

 『仮主(フェイ)の野望のせい』

 『違います。そもそもワタシが始めた訳ではありません。ヴァルトシュタインが偶然ワタシを呼び、そうして成り立つ筈の無い机上の空論を奇跡の力で実現しようとした、それがこの聖杯戦争です。ワタシはプランを形にするアドバイザーに過ぎません。では、この聖杯戦争の本当の目的は』

 『近い未来に来る破滅を回避する為、でしょう?』

 『ええ。極めて近く、されども限りなく遠い未来に地上に降り立つ星の最強種(アリストテレス)、それを止めるために、地球人類の救世主(タイプ・アース)を造り出す。語られし主を、地球の、そして人類の救世主として現実に招来する』

 『……では、黙りましょうか』

 『……分かりましたか、生徒グレイテスト・オンミョージ』

 『先生にしては失格級ですね』

 肩を竦める銀狐に、眉をひそめる

 『煩いですね。彼はワタシの授業で分かりやすいと言っていましたが』

 

 『……繋がらねーです。アレは滅びているはずですしぃ?そもそも滅びてなければ、世界が自らと引き換えに倒した意味が欠片も、ねぇっ!死にかけたって笑いながら何とかしたあのアーチャー(ハヌマーン)等神々の最終戦争は何だったんです?』

 『ええ、だから、あそこでアレは滅びましたとも。完全に、ね

 ……その残骸を戦乙女に組み込んでご満悦していたのがオーディンらしいですが、そんなものは関係ありません。アレが滅びたこともまた』

 『滅びたことが関係ねーとはどういう話です?』

 『……駄狐、まだ気が付きませんか?』

 『分かった風の口を聞くな!です!』

 『そもそも、救世主を、タイプ・アースを呼ばねばならない理由は?』

 『寿命が尽きた星の延命、新生……

 ま、さ、か?』

 びくり!と桃色狐の耳が震え、ピンと天を向いて立つ

 『ええ、そもそも完全に滅ぼすことには成功したものの世界は満身創痍、星の寿命も1万5000年程度の絞りカスしか残っていない。だからこそ、魔力はどんどんと尽きて行き、このまま行けば後1000年もせず星の寿命すらも尽き、それでも生きようとする生命を滅ぼすために星の最強種が降臨する。こんなワタシ達の世界、何時剪定されても可笑しくありません。少なくとも、編纂事象の本流近くでは有り得ない

 ならば』

 『……編纂事象近くでは、あの化け物が滅びてない世界も、有り得るんです?』

 『ええ。異次元には存在するらしい月の聖杯に機能停止した瞬間のアレを閉じ込める事で精一杯だった次元、あるらしいですね

 ……つまり、分かりますね?アレの正体は?』

 『『捕食、遊星……ヴェルバー!』です!』

 『正確には、ヴェルバー02、らしいですよ?少なくとも01と03、あと二星、居るらしいですよ?本人から聞きました、03は苦手だ、と』

 『……あと、にたい?』

 桃色狐が一瞬固まった

 『この世の終わりですぅっ!他に居たとか勝てる訳ねーです勝てる訳がねーですぅっ!』

 

 『……それで、全く付いていけないんだが

 あれは……ザイフリート・ヴァルトシュタインとは結局、何なんだ』

 『もう少し簡潔に、です!』

 数分後、何とかまあ、地球に来るわけでもありませんしという一言で正気を取り戻した桃色狐が、ライダーの問い掛けにビシッと指を立てた

 

 『あれは誰だ』

 『誰か』

 『誰です?』

 笑いで誤魔化してしまおうと言うノリに、ワタシも苦笑しながら乗る

 『あれは、ハーヴェスター

 ヴェルバーマン』

 『ヴェルバーマン!?』

 『星の仇敵の名を受けて、すべてを捨てて闘う阿呆です』

 『ヴェルバーアローは?』

 『壊光線です』

 『ヴェルバーイヤーは?』

 『ありません』

 『ヴェルバーウィングは』

 『空を割ります』

 『ヴェルバービームは?』

 『星を灼きます

 遊星の力、身に受けた、災厄のラスボス……ってもう良いでしょう

 サーヴァント、アンチセル(ヴェルバー02)。滅びきっておらず、代わりに星の寿命も尽きていない編纂事象の本流において、月に封印されていた本体と、何でか交信に成功してしまい、この世界での尖兵(アンチセル)となる代わりに遊星の力を得た阿呆、それがザイフリート・ヴァルトシュタインです

 バーサーカーが勝てないのも当たり前ですね。ザイフリートという肉体と、ブリュンヒルトという人間。どちらも間接的に遊星の力を振るっている以上、本体の尖兵に残骸からの再現が勝てる道理なんて欠片もありません。最後には吸収されて完全な遊星の復活に近づきます。そもそも、蒼炎の翼という、彼の認識した力の発現方法に則って力を振るっている以上、バーサーカーが発現方法を決めている上位権限持ちに勝てる訳もないのは、本体だ何だを無視しても当然の帰結ですが。最悪、己に返せ、その力の一言で終わりますよ。彼本人が自分が遊星の尖兵だと気が付いていないからやりませんが』

 『気が付いてないのかよ』

 『完全復活されるとワタシも困ります。というか、世界は確実に滅びます。星が幾億もの寿命を擲って破壊した禍星を、今の世界が倒せる訳がありません。だからこそ、ワタシは「アナタはジークフリート(英雄)、正義の味方」と完全覚醒に歯止めをかける方向に人格が向かってほしいと(ねが)った訳ですし

 不完全状態、制御出来る星の危機、そうあって欲しい。その為には、バーサーカーを倒して吸収されると困るのですよ』

 

 その言葉に首を傾げ、ライダーは一言だけ告げた

 『そもそもだ、母上。捕食遊星(ハーヴェスター)、ヴェルバー02とは、何なんだ?』

 その言葉に、桃色狐がずっこける音だけが、部屋に響き渡った




真名解放

アンチセル
クラス:アンチセル(ヴェルバー02)/ビーストⅡ-if 真名:ザイフリート・ヴァルトシュタイン/巨神アルテラ


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十一日目ー神殿語り

食事の後

 ミラは、もう何も言葉を紡がず、黙々と匙を動かしていた。紫乃もまた。たまにちらりと己を見ることこそあれ、何も言わない

 

 それで良い。特に語ることも無い。所詮は目的を果たせば消える身、語るに足る言葉など、如何にして聖杯をこの手に納めるか、それだけだ。その他のどんな言葉も、俺の遊びに過ぎない。言葉遊びにかまけて、本来のやるべき事に支障をきたす、実に笑えない話だ。それがまるで自分が生きているかのように思わせ、何時か光を鈍らせる。そんなこと、俺でも分かっていただろうに。無為に、無意味に、幸福なんぞ享受し続けた

 ……だから、己が何とかしなければならないという場所まで来てしまった。実に情けないオチである。最早真っ当な手で、己の力を借りることなく神巫雄輝の存在を保てない。だが、まあ良い。迷うこと、緑の光。今の己に無いかの光の紛い物としての意味くらいは、その無意味にも存在する。無意味だとしても、その甘さ()をわざわざ切り捨てる事はない

 

 「……なあ」

 そうして、少女達が用事があると少し離れた木陰へ消えた頃。一人の少年が声をかけてきた

 話しかけにくる方は分かりきっている

 「何か用か、吸血鬼」

 キャスターのマスター、久遠錬。フェイによって聖杯にぶちこまれ、この世界を作るのに使われながらも、亡霊として死に残っているサーヴァントとの縁故か、彼を殺したバーサーカーはすでにランサー扱いされて己に滅ぼされたはずなのに、主君に義理立てすることなく死に残っている動く死体。己のある種同族

 「その呼び方は止めてくれ」

 「ならば、久遠」

 正直な話、名前を呼ぶほど親しくなる間柄でも無いだろうが、と俺みたいな事を無為に思いながら、そう名を呼ぶ

 目は、ずっと遠く。けれどもその気にならずとも、其処だけ常に暗い南の空を眺めつつ。振り返りはしない、その必要を感じない

 

 「……キャスターと、会ったのか?」

 そうして、切り出されたのはそんな言葉

 「いや、会ってはいない。神殿には近付いたけれどもな」

 「キャスターを、救えるだろうか」

 「無理を言うな。足掻くならば勝手にしろ

 己に出来るとすれば、全てを陵辱する事だけだ。今一度トロイアを。所詮自分一人未来が見えようが、何ら変えることは出来ぬと思い知らせるくらいならば、出来ないことも無い」

 大嘘である。人間不信の未来視ならまだしも、アレに憑いている軍神はそんなもので落ちるタマではない

 「止めてくれ」

 「分かっている

 そもそも、神殿に攻めいる手段が無いに等しい。出てくる事も無かろうし、放置しか手が無いというのが現状だ」

 「そんなに、神殿は堅いのか?」

 「常時宝具状態だ、あの神殿は

 あのキャスターの宝具に関しては、お前の方が詳しいだろう」

 「あ、ああ……

 そうか、天罰か……」

 そう、天罰。結局の所、真面目に使われた所を一度として見ることなく気が付けばキャスターは倒されていたのだが、一応今の右目が教えてくれる

 <戦神神殿・天罰執行(アテーナー・ヘイルダウン)>。それがかの宝具の名。トロイア戦争の後、アテーナー神殿で陵辱された事に戦神がキレて双方に天罰を下し死に追いやったという、カッサンドラの死に様が昇華された天罰宝具。アテーナー神殿を呼び出してそれに籠り、神殿および自身に加えられたダメージに応じてアテーナーの天罰が下るというもの。それは物理的な傷のみならず、精神的、性的なものまで含む。まあ、強姦されれば強い心の傷も残るであろうし、精神的なダメージを転嫁してくるのも可笑しくはないだろう。己の存在故か、アテナ自身が纏われる形で欠片とはいえ顕現しているからこそ発動する、神の権能そのものである宝具である。同格の神霊クラスでなければ、天罰に耐える手はほぼ無い。人間の体を使っている以上、今の己にも十分通る。実際に其所に居る神の裁きは止められない。極度に強い神秘耐性がもしもあろうとも、だ。眼前に神が居るのだから、神の否定などしようがないという話。殺せば、神は死んだ、神秘は終わったと言えるのだが

 

 「ああ。天罰だ

 あれが物理的な話ならばまだ良い。精神的なものを含むのだからやってられん」

 「そうなのか?」

 「当たり前だろう。フェイなど、近付くだけで天罰死するだろうな」

 ブリテン内に限り過去未来を見通す千里眼と、誰も信じず自力でしか未来を変えられぬ未来視。本来、神から与えられた未来視は絶対。アーチャーの攻撃する地点すら読みきれた程に。だが、ブリテン内では千里眼の方が格上。あれはブリテンの王の力。だからこそフェイは未来視を誤魔化して勝てたのだろう。基本的に絶対の未来視だからこそ、未来視に何も起こらないと見えることはキャスターの油断を招く。逆に言えば、キャスターにとってその際の敗北は陵辱にも等しい。その心の傷は深いだろう。姿を見れば、トラウマは再発するだろう。それにすら反応するのだ、あの天罰は

 それは己も同じ。近づけば恐れられる。心が恐怖でずたずたになる。神でない方のキャスターの心は、それほど脆い。勝手に傷付き、理不尽な天罰が己に降り注ぐ

 己に近い何かの正体を探りにバーサーカーの城近くを探索した際、それを理解したから、キャスターの対処は諦めて放置することにした。その気になれば倒せなくもないだろうが、器を殺されて若しも戦神本体が降臨すれば今の己では詰む。降臨出来ずに消えれば問題はないが、アーチャーなんてものが居るのだ。神霊に関しては警戒し過ぎるなんて概念はない。何をやってこようが可笑しくないのだ

 

 「……強っよ。キャスターはそんなに凄かったのか」

 「……知らなかったのか、お前」

 「いや、外見が可愛いことしか知らなかった」

 はあ、と息を吐く

 「よくもそれでマスターやれたな」

 「無条件に信じる。そうでなければマスターなんてやれなかった」

 「それもそうか。だからこそ、お前を得て、俺を求めた」

 『男を、求めるサーヴァントだと

 ミスったな。第七次行けば良かった』

 「何の用だ、旧アーチャー」

 突然、後ろからからかうような声がした。まあ、何も言ってこないが居ることは知っていたのでそのまま返す

 『可愛い女の子に求められるとか、第三次に比べて天国か、と』

 「自由意思は求められていないがな

 人間である限り、神の定めた信じてはならない、という呪いをまず打ち破れない。どれだけ願おうが、彼女の言葉を聞けば、心はねじ曲げられる。信じぬ、と

 だからこそ、絶対服従。疑問を挟むことも、勝手に動くことも許されず、機械人形のように求められた事を語り、求められた動きのみを行う。サーヴァントとマスターとしては破綻した形の主従にしかなれない

 

 それで良いのか、旧アーチャー?」

 『おさわりは?』

 「何時かさせて貰えると、聖杯を得た暁にはイケると思ってた。いや、今も信じてる」

 そう、傀儡であった少年は続けた

 『oh……ダメじゃないか』

 

 「それで、もう一度聞く。何の用だ」

 『少し気に入らないってのはあるがよ

 誘いに来たぜ』

 「何に」

 『どれだけ尽くしても触らせてもくれない冷たい女の子より、良いコト』

 「良いコト?」

 久遠が、すっとんきょうな声をあげる

 

 理解した

 『ねーちゃん達が、水浴びしてんのよ。割と隠れられる場所でさ』

 「覗きか」

 『んまぁ、それくらいの役得は、貰わねぇとねぇ。可愛い女の子のサーヴァントなんてやってられないっての

 

 んでよ。一緒にやる気、あるか?』



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十一日目断章 秘境を目指す旅人・惨敗編

『やるか?』
 「勝手にやってろ。己は知らん」
 にべもなく切り捨てる。誰が乗るんだそんなもの。俺なら乗るとでも思うのか。己の中でもっともそういった事をやるかもしれない神巫雄輝であれば……いや、だとしてもやらないだろう。操を立てる、ではないが、紫乃に嫌われるからと寧ろ止める側に回るか。高校で女子更衣室覗こうぜ、という計画を止めに入ってお前は可愛い幼馴染の裸を何時でも見られるもんな、とやっかみを込めて言われ、見れないって!と躍起になって否定していた記憶が無くもない。実に平和で下らなくて、俺が手に入れてはならない光。強くも激しくもなく、一見して何ら意味の無い、けれども何も無かった俺が、己を呼び起こす程に焦がれ、そして必死に捨てようとした淡光
 ……俺に影響されたか?まあ、構わん話か。一瞬だけ、目を閉じる。その光に焦がれる弱さに、今や意味があると信じて
 
 「というか、一応契約の上では紫乃のサーヴァントだろう。マスター相手に発情染みた事して良いのかよ?」
 『おいおい。サーヴァントとマスターなんて、ふと出会った一夜の関係みたいなモンだろ?
 そこに愛だ恋だ情欲だ、混ぜちゃいけねぇとは酷くないか?』
 「……そうだ」
 旧アーチャーの言葉に、久遠も乗る。俺自身だって、ある意味愛だ恋だの青春の為に血の河を死体の船で渡っているようなもの
 ……言い過ぎた感じはあるかもしれない
 『ん?お前も来るか、よー分からんマスター?』
 「い、いや、良い
 キャスターに顔向け出来ない」
 『一途だねぇ。青春ってやつ
 もうちょい大人になると、色々良いモンよ』
 あっちゃあ、誘う相手がノリ悪くていけねぇ、と旧アーチャーは頬を掻く
 
 『でもよ。興味ない?』
 「俺にそんなもの、見る資格もない」
 「キャスターを救う。なのにキャスター以外に目を向けたら、一生救えない気がする」
 『資格の問題かよ、堅っ苦しい』
 「お前が軽いだけだろ、旧アーチャー」
 『まっ、違げぇねぇな、そりゃ
 けれども、可愛い女の子を前にしちゃ、男なんて皆ビーストってモンだろ
 無理に抑えても良い事はねぇよ
 
 それとも、アレかよ。自分の女だから見せたくねぇってか?それで、足止めの言葉遊びでも?』
 「……いや?」
 誰が自分の女だ
 足があれば、腹いせに近くの石でも蹴飛ばしていただろう。そんなんじゃない。そうであるはずもない
 
 「単純に、お前の真意が知りたくなっただけだ、変態旧アーチャー」
 『真意、つってもねぇ……』
 ひょい、と木から飛び降り、青年は木陰へと向かいだす
 『眼福したいだけよ?』


変わった、とその時おれは……旧アーチャーと呼ばれたヴィルヘルム兄さんは認識した

 それと同時に、沸き上がるのはひとつの疑問

 そもそも、だ。ノームネーのマスターとおっぱいでけーねーちゃんが、話に聞いていたまだ抵抗してる第七次の残骸じゃなかったってのか?という事。なーんでか知らんが女の子なんて使ってあのいけすかねぇ森石野郎が作ったパチもん孫悟空がノームネーの方で、そんな悲劇の少女を助けてあげようと召喚されたライダーがサンタのねーちゃん

 出会ったとき、おれはそう思った。ねーちゃんも否定しなかった。それにあのマスターにゃ確かに孫悟空の魂っぽいモンが憑いていて、宝具だなんだを人間の身で使えるように調整していた。だからこそ、彼女等二人がそうなのだ、と疑いもしなかった

 寧ろ、女孫悟空たぁ良い趣味してんな、と思っていたのだ。もっと胸がある元気娘じゃねぇのかとは思いつつも

 

 ……けれども、だ。ならばこの眼前のバケモンは何者だ?

 笑う仮面()の下、手足の何れもが途中で切り落とされている青年の姿を観察する

 両の足は足首辺りから引きちぎられ、左腕は二の腕から無く、右手すらも手首から切られている。それを気にせず話が出来る時点でまっとうな生きモンじゃねぇ。それで平然としていて、有り得ねぇバケモンを体内に魔術的に飼っている。そんなもの、話に聞いてた残党じゃねぇのか?それとも、実はこいつはサーヴァントであることを誤魔化しきれるサーヴァントなのか?

 けれども、だ。探りを入れるのも難しい。その理由は、今も淡い光を放ち、おれを睨み付けている蒼い右の瞳

 まるで、全てを記録し、演算によって見透かしてくるような、不可思議な焦りがある

 

 ならば、である。より観察しやすい対象を観察してこの疑問に答えを出すってのが正しいんじゃねぇのか?という結論

 決して、単に女の子の肌が見たいだけの選択肢ではない。一石二鳥なだけ。黄色人種の子の肌ってどんななのか、健康的な肌色って良いモンなのか、そんな事にしか興味がない訳じゃねぇから安心

 

 『んでよ、止めるのか?』

 「……勝手にしろと、俺は言ったぞ?」

 そう言いながらも、青年はおれの後ろを付いてくる

 これが分からねぇ。こんな奴の何が良いのやら。当の昔に破滅へ向けてアクセル踏み切っている奴なんぞ、女の子に惚れられる価値がねぇにも程がある。何で未来を見ねぇのよ

 それにしても、突然何かおぞましさが消えたなコイツ、と木陰に入る前に振り向く

 外見は変わらない、けれども、纏う空気が別物。いや、違うな。基本は同じ空気の癖して混ざりものが多すぎる。自分を俺と呼び出してから、あまりにも違う

 ……覚悟が決まってない?というか、バケモン度合いがかなり低い。それでもひでー奴にはちげぇねえが

 

 『ん、どれどれ……』

 そうして、少女たちが水浴びしている木陰に乗り込む

 そうして、その眼前に広がってきた光景は……

 『おえっぷ、なんだありゃ……』

 思わず、食ったスープが腹から逆流する

 

 眼前に広がるのは、地獄絵図であった。肌色なんて何処にも無い。いや、ある。あるのだが……あれを肌色成分と呼びたくない

 ……行けると、思ったのだ

 妙にあの野郎になついてるし、そもそも好みというには幼すぎるけれども、割と顔立ちは整っているあのアサシン。何時の間にやら合流していたその少女が、一番此方で今まで片時も外さなかったフードを取って、その肢体をさらけ出している、はずだったのだ

 

 だが、其所にあったのは単なる地獄

 別に、何者かによって惨劇が巻き起こり、死体が転がっていた、という猟奇方面ではない

 浅黒い肌、彫りの異様に深い顔、しわくちゃの衰えたろう体。其所に居たのは、見たくもない裸身を見せ付けたクソジジイであった

 『……騙したのか……』

 ジジイの水浴びのビジュアルに当てられ、吐きかけた

 かちゃり、という軽い金属音と共に、おれのこめかみになにかが当てられる

 ……ボウガン。クロスボウというアレである

 『ヘンタイ、逮捕

 「オレ」、は「ボク」

 ……だから、放置しても問題ないと思った。どの「私」を見たのかは知らないけど

 ……魔狩人は、男の人の方が多い』

 「……やめてやれよ、アサシン」

 『どういう、事だ……』

 「アサシンは本来誰でもない。けれども、目は何か認識しなければならない

 だからこそ、単独では英霊となるほどではなくとも、アサシンになった幾多居るその地の英雄の誰か、であるように錯覚する」

 『……意識したら、「ボク」の希望に合わせた、あの姿を見せ続けられる、だけ

 ほんの少し疲れる。だから』

 「要は、アサシンの姿は本来見るたびに変わるはずなんだよ。俺の近くだと何時も青い髪の少女なんだけどな。それも、意識して固定してるだけ。ほんの少しずつだけれども、魔力すら使っている

 何を見たかは知らないが、男の裸を見る可能性も高かった」

 『一石二鳥のHENTAI対策、ぐっど』

 『知ってたなら教えてくれよ……』

 イヤなモンを見た。忘れたいものを見た

 「……何で覗きのアドバイスをしなければならないんだ?」

 『……やっぱりお前非道ぇ奴だわ』



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十一日目断章 フェイと不穏な気配

『……動きますか、彼等が』

 遠く、北の空を見上げながら、ワタシはそう呟いた

 別に、天井があるので実際に空を見上げられている訳ではありませんが、気分というものです

 実際に、ワタシの目ではなく、彼の瞳……正確には彼の体に埋め込んだ使い魔がジャックした彼の左瞳の視界が、それをワタシに見せてくれる

 彼の居場所にすらも届く剣呑な気配……すなわち、戦の空気を

 

 実はそれで彼の居場所に関しては常に把握出来ますし、捕捉しようと思えば造作もないです。けれども、今はやりません。あの初恋こじらせた裁定者とやりあうのは面倒臭いですし。勝手に足掻いて、勝手に彼に枷を掛けて、その果てに横死して彼の周囲にワタシしか居なくなってからでも遅くはありません。とっくに気が付いているでしょう体内に仕込んだ使い魔を潰しにかかる処か、死体に入ってるが故に魔力を上手く少し戴くことすら出来なくなりそうな使い魔に多少の魔力を流して逆に飼っている事からも分かりますね。見ることに関して許している、と

 大体予想もつきますが、ならばあの狐共が何を目的に彼を逃がそうとしたのかも、確かめさせて貰いましょう

 

『動きますねぇ、彼等が。予想より早い、早くありません?』 

 『彼等にとって、地の大きさはそのまま強さ、ですからね。(オレ)はこうなるだろうと、予測を終えていましたとも

 この速度は寧ろ遅いもの。私等と、そして銀の流星を警戒し、即時の行動を慎んだものかと』

 『……違うのか』

 そんな狐の会話に、ライダーが首を捻っていた

 『動くというから、またあの男相手に何やらさせられるのかと』

 『させられたいんですか?』

 『面倒な奴過ぎるだろう、彼は

 正直な話、面倒は御免だ』

 やれやれ、とライダーは肩を落とす。あまりにもわざとらしくて憎くなります

 『大丈夫です。動くのは彼等ではありません

 いえ、一応彼等も動くでしょうが、彼等はあそこに割って入る程の狂者では無いでしょう。メリットがありません』

 『つまりぃ、(わたくし)達が、アサシンを倒したのは覚えてるです?』

 その桃色狐の言葉に、青年は静かに首肯する

 まあ、当たり前ですね。式神の乗り心地が微妙だったので、彼の獅子に乗って移動しましたから、忘れたというならば健忘症でしょう

 『ならば、アサシンが居たはずの土地が不在の土地となる、というのは理解が及ぶ事でしょう

 そうしてこの地は、サーヴァント達の心象の混ぜ込ぜ。欠けた穴は、誰かが所有権を主張出来れば、そのまま宣言者の心象に上書きされます。実に楽な征服ですね』

 『つまり、土地が欲しいと』

 『騎馬民族なんて、土地の広さ=力、なんて蛮族ですし?野蛮過ぎて尻尾ぶるっと来ます。力付くで奪うは恋だけで十分ですぅっ!』

 『そしてまた、ランサー側にも理由はありますね

 征服者であり聖王、そうあれと彼は望まれたのですから。望まれた伝説の再現を為せば、それはもう救世主感は増します。それは、伝承から産まれたサーヴァントにとっては、強烈な補正となるでしょうね』

 『……だから、ライダー(アッティラ)ランサー(プレスター・ジョン)があの地を目指す、と?』

 『いえっさー!』

 『それは……また

 

 ……それで、此方に何の関係が?』

 そうして、ライダーは首を捻った

 その瞳が、周囲を見渡す

 その瞳に照り返るのは、4つの姿。彼の盟友たる獅子、彼の母でありこの聖杯戦争を形にした魔女であるワタシ、そしておまけの狐が二匹。ワタシが令呪で縛った狐の主は、此処には居ませんが。まあ、表だって動く者でもないので当たり前と言えば当たり前ですね。後ろにでんと控え出てこないからこその存在、けれどもその宝具は、剣はこの世界を覆しかねない対界の神剣(草薙剣)。だからこの戦争が終わるまで、ずっとこの内裏深奥で微睡んでいて下さい、部下二人はワタシが有効活用しますので

 まあ、そんなこんなで、実質3騎のサーヴァントが、此処には居る訳ですから、ライダーの疑問も分からなくもない話。心象が形になる世界、故に心象を放棄した旧アーチャーとこの世界の土台を用意したワタシを除く全サーヴァントが己の心象に残る配下の夢を従える。つまりは全員が常時あの征服王の<王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)>のパチモノを際限無く使えるようなチート状態ではありますが、だからといって、相手自体は1騎のサーヴァントに過ぎない訳です

 『各個撃破出来るでしょうし、潰しあってくれる分には構わない、ですか?』

 『……言い方は悪いが。その通りだと思う、母上

 旧ライダーに旧ランサー、双方強大なサーヴァントである事は間違いない。とはいえ、勝てない道理もない

 そこまで気にする理由は、何なのかと』

 『気にしてるように見えます?』

 『……桃色の狐氏。耳がずっとピンと立っていて、気にならないは無いかと』

 『あれま!そんなに耳ピンしてました?タマモショック!』

 『……駄狐は隠し事が下手なもので』

 『うっせーです腹黒陰険男!ご主人様に隠し事をしない綺麗なタマモちゃんになろうとした結果ですーっ!』

 『とまあ、それはさておきまして』

 と、何時ものじゃれあいを始めた狐を無視して、ワタシが言葉を続ける

 

 『彼等が殴り合うのはそれはもうどうでもいいです。どちらが勝とうが、それも関係ありません。勝つのはワタシです。まあ、その過程でヴァルトシュタインの言う救世主の降臨だって成るでしょう。というか、降臨してくれないと計画が進まなくて困ります。今なら彼で代用も可能ですけど、それは彼という予想外が居てくれたからですしね。元々勝てる算段が無ければやりません』

 『んまぁ、そもそも仮主(フェイ)サマが今気になることと言えば、ずばり?って話ですしぃ?』

 『……恋煩い?』

 『そこの狐と共に鍋にしますよユーウェイン』

 『それは困る。雌狐の臭いをぷんぷんさせては、流石に家に帰れない』

 『混浴しろって言ってる訳ねーですよぅっ!』

 『知っている。私に向けて母上が本当にそうするつもりも無いだろう』

 

 『まあ、恋だ愛だは放っておきまして。そこな狐の言葉は間違ってはいないですね

 気になるのは一つ。結局の所彼等が居るのは、そのうち戦場となるであろう場所なのですから、どう動くか、分かったものではありませんね』

 『寧ろ、居場所は把握してるものなのか……』

 何で仕掛けないのやら、と息子が嘆息しているのが目に入る

 

 『してないとでも?あの裁定者だって把握してますし、ワタシが出来ないと思っていたなんて心外ですね』

 何故そんな当たり前の事を?と首を傾げるワタシの前で、どうしてかライダーは頭を抱えていた

 

 『それで、さて、どうしますか?』

 手の内で彼の右手を弄びながら、ワタシはそう問い掛ける

 無視、というのが一番楽な選択肢ではあります。実に楽、丸投げするだけ。それでも、彼等ならまあ、切り抜けられそうな気はします。あまっちょろい初恋拗らせた裁定者が、何としても護ってくれるでしょう。序でに彼なりあの女なりを庇って死んでくれても構いません、寧ろ死んでください、ワタシの計画の最終段階まではどうでも良くても最後の最後に邪魔過ぎます

 けれども、まあ、ちょっかいかけても良いかな、程度の思いはありますし

 そうして、問いかけておいて、ワタシは答えを待った



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十一日目ーおいでよ、きつねの都

「かーくん」

 『……まだ、その状態に戻れたんだ』

 「どうでも良い。俺だろうが、己であろうが、何であろうが

 結局のところ、俺はザイフリート・ヴァルトシュタインでさえあれば良い

 

 それさえ一つならば、今の自分がどんな存在であろうが、果たさなければならない使命は間違えない」

 そう言葉を交わしながら、ただ歩く

 

 目指すはそのまま南。理由はとても簡単だ。不穏な気配がしたから

 俺達が居たのはこの世界の北寄りの区画。世界全土が……恐らくは内陸の街を元にしたせいか、高い山で囲まれている。ミラがその山を越えようとして、その先には何もない事を確認して帰ってきた

 そう、何もない。己である時代、魔力を噴出すれば索敵に引っ掛かるであろうから、範囲外の宇宙(ソラ)を目指そうとした時に気が付いてはいた。この世界は、精々上空4~5km、地下数百mまでしかない、歪んだ円筒状の世界なのだと

 世界を閉ざす山の先に見えたのは、深淵。何もない、が其処にあった。恐らくは妖精郷のように何次元か隔てた場所に存在する小さな世界を、固有結界で丸ごと上書きしたのだろう

 

 その気になれば壊せなくもない……はずだ。アーチャーならば4~5kmまでしかないという閉鎖世界を、自身の持つ認識でもって宇宙まで上書き(オーバーライド)して、そのままあの宝具を落とせば粉々に破壊できるだろう。宇宙空間までいかなければ本気を出せないが、天界から地獄まで34の世界をぶち抜いた星の杖を触媒にした対界宝具の使い手、世界の壁くらい固有結界で塗り替えてこないとも限らない

 まあ、それは破壊したとしても元の世界に帰れないから妄言として置いておいてだ。この世界はフェイ……モーガン・ル・フェイの所有するブリテンを土台に、5騎のサーヴァントが自身の心象を固有結界のように描いて成立していた

 その一角が、邪魔だからとフェイ等に崩された。その事は桃色の狐と共に仮面を付けて留守番を任されていたから知っている……というか、仮面付けて瓦礫と化した場所に出向いたのだから、知らないはずもない。いや、元は制限かぼんやりとしか知らなかったが、今は己の記憶もはっきりしている

 

 一角が崩れて所有者不在になった以上、残りが取りに来るのは自明の理。落ちたのは北だから、直接繋がる(旧ランサー)西(旧ライダー)。だから離れるのだ

 三つ巴は得策ではない。かつて、単なるパチモンサーヴァントであった……獣でなかった俺をなぶり殺した旧ランサーは間違いなく俺の味方にはならない。寧ろ相当に俺を嫌う敵だろう

 そしてそれは旧ライダーもまた。セイバー|(クリームヒルト)を今もまだ妻として扱っているのだ。そのマスターである俺に対して良い印象を持つだろうか

 持つわけがない。自分の妻をサーヴァントとして従わせている自分と同姓のマスターなど、可能ならば殺したいに決まっている。本来二度と会えないはずの妻に再会させてくれた……といった要素があればまだ良いが、生憎とそんな愛情深い感動秘話はセイバーの態度を見るに絶対にない。アーチャーの主君(ラーマ)とその妻辺りであれば、マスター側が無理矢理にそれこそ令呪をもって関係を許容でもしていない限り感動秘話に繋がり寧ろ味方をしてくれるかもしれないがそれは有り得ない仮定に過ぎない。そもそも、令呪を使ってまでサーヴァントと関係を持つようなバカが居るかは置いておいて。抵抗されても強引に押し通そうとすれば令呪二角を使うだろう。勝ちを放棄するにも等しい

 

 ということで、目指すは単純に南

 つまりは、フェイ……というよりも、心象としてはフェイに従っている狐二匹の主の場。即ち、多少心象故に認知により歪んだ平安の都である

 

 「かーくん、何処行くの?」

 『アサシンの残骸漁りに来たハイエナ共に背を向ける』

 『逃げんのかよ』

 「戦略的撤退と言え、旧アーチャー

 留まり発見されればついでとばかりに殺しに来られるだろうに、わざわざ残る価値が何処にある」

 『漁夫の利』

 「やりたいなら一人で残れ」

 歩みは止めず、緩めず

 『一人で?弓使いのアーチャーには一対多は荷が重すぎるって話

 前線をやってくれるってなら、後ろから敵毎ぶち抜いてやるよ』

 「それは止めろ、アーチャー

 俺の体で止められて本気で貴重な矢の無駄撃ちになる。やるならしっかり王将の脳天を狙え」

 『まあ、そもそもお前に従う気なんぞないけどな』

 「あはは、かーくん、仲良くなれそうなんじゃなかったっけ?」

 「何を言ってるんだ紫乃。暇だから実りの無い会話を出来る、敵ならそんなことは不可能だ」

 

 『でもフリットくん、探知されたりしないの?

 あの都も凄く危険な気がするけど』

 「一人なら問題ない」

 黒コートを脱ぎ捨てる。そもそも、趣味で残していただけで、もう必要の無い襤褸布となっていたので未練はない

 その下にあるのは、仮面を付けて式をやっていた一瞬の間に着せられていた白い和装

 「俺に関してなら、あいつ等が勝手に誤魔化す為の服をくれた訳だ」

 『そんな機能あったんだ……』

 「割と長く、使う気あったらしいからな式神状態」

 『あはは

 うん、わたし一人なら誤魔化せるよ?』

 

 「……ダメじゃないか」

 半分予想はしていた答えに、溜め息を吐く

 『ダメって?』

 「そもそも、誤魔化せるのはこの服が味方として扱われるから、だ

 魔力ぽんこつ魔術師な紫乃は探知で反応するレベルに達していない可能性が高いとして、残りはバレる」

 「マスターでもバレるのか?」

 「吸血鬼がバレないザル探知なら、今頃ランサーの部下(十字軍)辺りが大挙して潜入しているだろう?」

 「くっ」

 当たり前の話を聞いてくるバカは無視して、言葉を続ける

 「だから、何もなく入れるのは俺くらい」

 「私は?」

 「探知にはかからなくとも、目立ちに目立つだろう。洋服なんてフェイ位しか居ないぞあの街

 だから、俺が何とかする……気だった」

 『それだと……そっか、わたしひとりが付いていっちゃうと、マスターさん達が不安かな』

 「そういう話だ

 アサシンも、居ることだけは認識出来るからこの場合は何の役にもたたない」

 

 『おや、そんな面倒な理屈は必要ありませんが』

 

 聞こえた声に、足を止める

 止めざるを得ない。和装に誤魔化す機能があるなんてのは大嘘だ。そんなものはない。単純に、俺一人であれば恐らくは狐達から見てみぬフリをされる。俺に、何かをさせるために、あの狐は式として自分達側に引きずり込もうとした。だから俺一人なら行ける訳だ

 そうして、聞こえてきたのは……見逃すだろうと思っていた片割れの声

 

 「……ザ・グレイテスト・オンミョージ……」

 その声の主の名を呼ぶ

 『(オレ)は、その名を好まぬのですが』

 しかし、声はすれど姿は見えない

 ……いや、見えていた。単純に認識出来なかっただけ

 宙に浮かぶ折り鶴、掌に収まるようなそれから、銀狐の声が響いていた

 『出向いて来ないんだ

 礼儀がなってないね』

 『当たり前の無礼、お許しを

 眼前に狐鍋を狙う賤しい狩人と貴女が居る状態で、自殺をする気にはなれぬもので』

 『扱い酷くないかな。そんな事言われると、言われた通りにしたくなるかも』

 「って待て、晴明。何か言いに来たんだろう

 それだけ言って帰れ。長引けば桃色の方に伝言もまともに言えないと笑われるだろう」

 このまま会話のドッジボールを続けようとしても意味はない。呆れるように息を吐き、そう話を切る

 

 『おや、それではそうしましょうか

 仮主(フェイ)に見つからぬ式では、あまり多くの事は出来ないもので』

 それだけ告げると、鶴の姿はほどけて消える

 後に残るのは、未舗装の道に落ちた、折り目のついたさっきまでは鶴であった紙だけ

 

 「……紫乃」

 「何、かーくん」

 「手が取れていて困る、拾ってくれるか?」

 「困る、って軽い話じゃないと思うんだけど……」

 ほらな、と手首を振る俺に対して目線を下げながら、少女は紙を取った

 「えっと……忘年祭のお知らせ?」

 その間抜けな文面に、思わず手首の断面を頭に当てた

 

 『そんなもの無いと思うんだけど』

 「あるんだよ、ミラ

 あの都は帝のおわす所で暮らした高貴な者(サーヴァント)の心象の世界だ

 自分基準で、話に聞く彼等の生活はこうだろうという都なんだから、現実よりも大分生活水準と活気が上がってる。だから、祭の余裕もあるんだろうよ」

 アサシンが紫乃から受け取った紙を、しっかり俺に見せるように広げる

 それは、祭やるからしっかり遊んで欲しいという旨が書かれた手紙で……数枚の玉藻通宝なる紙幣が同封されていた

 おいこら桃色狐、貴金属以外を使った信用貨幣が存在する貨幣経済の登場は平安じゃないだろ調子乗んな



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十一日目ーきつねの都とハッピーフェスタデザイナー

そうして、辿り着く

 かつて倭と呼ばれた國、その繁栄の象徴……

 即ち、平安の都に

 

 いや、敢えて言うならば、平安の都だったもの、に。それは、旧アサシン的な意味ではない。別に(つわもの)共が夢の跡的に瓦礫と化している訳ではない。寧ろ逆だ

 当時ほぼ複数階建ての建物は存在しなかったが故の平屋の集合、それを縦横に貫く幾つもの大路小路。それらは確かに平安の都の特徴なのだろう。北からではあるが、其所にある内裏を突っ切れば流石にフェイにちょっかいをかけられるだろうから多少大回りして、西の方から右京に入る。遭遇した際にまだしもどうにかしようがあるのが、旧ライダー側であるからの選択だ。因にだが、当たり前ではあるが西から左京ではなく右京に入るのは間違いではない。北におられる帝から都を見た時、右とは西の方角にあるのだから

 まあ、そんなことはどうでも良い。細かい名称など知らないし興味もない

 重要なのは、それらの装い。一言で言い現すならば祭

 現代でも様々な祭は全国に存在する。ある程度右目(ムーンセル)の力を使って足りない部分に入るべき欠片の形を推察し無理矢理に埋めて修復していっている神巫雄輝の魂の記憶を紐解けば、故郷の小学校のグラウンドで毎年のようにやっている小さな祭のビジョンが引っ掛かる。それほどまでに、祭というのは現代人にとって身近なもの。基本的に思い浮かべる姿は、細かい違いこそあれ大まかには同じだろう。キラキラしい飾り付け、流れる音楽、様々な出し物、雑然と並ぶ雑多に過ぎる屋台、そしてごったがえす人の波。ものによっては、パレードがメインであったりするだろうが、それでもこれらが無い祭はほとんど無いと言って良い

 だがそれは、形式が確立した現代での話。平安の都があった時代、祭の形式は恐らくは現在と大きく異なったはずなのだ。少なくとも、キラキラしい飾りつけの存在など有り得なかったはずだ。そんなバカみたいな量の光を灯して無駄遣いしても問題ない程に、灯りというものは大安売りされていない時代であったはず。油を使った灯りは、貴重なものであった……はずなのだ

 だというのに、これはどうだ。門を抜けた先に広がるのは、無数の屋台に行き交う人々、そして日中だというのに灯される灯り。実に当時らしくなく、バカらしい

 というか、この時代に遊戯の屋台なんぞ恐らくは無いだろ何当然のように広げてるんだフォォォックス!

 

 「へ、平安の都って凄いんだね……」

 『いやいや、これは可笑しくない?』

 「見栄張りすぎだろうがフォォォックス!」

 思わず叫ぶ

 

 「見栄でそうなるの?」

 「なるさ」

 横で首を傾げる紫乃に頷く

 「この都は旧セイバーの心象の投影。つまりは、旧セイバーがそうであろうと思い描いていた世界だ

 彼は基本的に平安貴族の世界を見てきたはず。ならば、一般的な生活の基準は高い。都民の中に降りてしかと見たことは無く、けれども己の産み出した繁栄を信じ、その心象が思い描いた都は、現実の当時の都よりもある程度は栄えたものになる……はずだ」

 「つまり?」

 『貴族でお金持ちの人が思い描く庶民の世界って、現実よりもみんなお金持ちじゃない?

 例えば、自分の家は車を何台も持ってる。庶民でも1台は持ってるはず、みたいな感じで』

 「そうかな?……そうかも」

 『つまり、この都に生きる人々は、旧セイバーサマのこれくらいは裕福なはずって心象に歪められて裕福になったってコトかよ

 旧セイバーサマサマじゃん。ああ、羨ましい、寄越してくれよなそれ』

 愚痴る旧アーチャーには苦笑して

 

 「で、だ。旧セイバーにはとりあえず彼自身のスキルで呼んだのだろう二匹のサーヴァントが控えている

 その二匹があること無いこと吹き込んで、それが正しいと思えば、心象に過ぎないこの都は幾らでも発展する」

 「未来都市くらいにもか?」

 「あんまりに現実、生前に見た光景とかけ離れ過ぎたら信じられないだろうな」

 『けど、自分達が遊びの行事を大々的に行った際にやったくらいのお祭り感は出せるって所……だよね、フリットくん』

 「そういう話だろう。ボロ布と木で作った屋台擬き、自分達は割と潤沢に使えた油による灯り、そして我を忘れての大騒ぎ。それくらいはやろうと思えば恐らくは投影出来る

 それをやらせたのが……」

 『朝宮陽光良賢妻(仮)』

 「そうだ。読みはタマモちゃんリリィでもそのまま朝宮陽光良賢妻(ちょうぐうようこうりょうけんさい)(仮)(なんちゃって)でも恐らくはどちらでも良……」

 言いかけて、気が付く

 そもそも、この場でそのスキル名を口に出来るのが、仮面を付けてた頃に見た俺を除けば、とりあえず三人しか居ないだろう事に

 

 「紫乃、隠れろ。ミラの後ろくらいで良い」

 祭を邪魔すればそれはそれで面倒だろう。故に、軽く構えるのみ

 眼前に立つ、祭の喧騒の中でも見失いようが無いくらいには目立つ、はだけた和服の少女と、面と向かって静止する

 『みこーん、巫女で狐で更には良妻、これだけあってお得な美少女。これは最早、寵愛しか、ねぇ!

 そんな正に世紀のお買得、それが、ご主人様に呼ばれたオマケサーヴァント、朝宮陽光良賢妻(仮)(タマモちゃんリリィ)なのですっ!

 こーんな豪華過ぎるおまけ、食玩かっ!いやでも、幾らタマモちゃんでも、ご主人様ほど偉大では無いですしぃ?それは何か違うかもなので』

 『外見だけかよ』

 話を遮り、旧アーチャーが吐き捨てる

 言いたい事は分かる、だが止めろ旧アーチャー。そう言いたいが、言ったところで止まらないだろう。彼は俺を信用などしていない

 『ちょっとそこのぼっちアーチャーさぁん?

 タマモちゃんはご主人様の良妻なので、浮気NG。幾ら願っても絶対に届かないからってすっぱい葡萄は止めて貰えます?』

 『例え届かなかったとしても、こっちのおっぱいデケーライダーのねーちゃんの方がマシだっての』

 少し思っていたのだが、やはりというか、旧アーチャーはひとつ勘違いをしているようだ。ミラがライダー枠で、紫乃のサーヴァントだと。いや、現状その勘違いは好都合かもしれず、だからミラも紫乃も誤解を解かなかったのだろうが。というか、本来の紫乃のサーヴァントであるアーチャーについてとか語るだけ面倒だ。サーヴァントとして負けたから脱落するわと消えていった癖に、例外的にサーヴァント名乗ってたからか脱落時の処理が正常に働かず令呪だけ手に残っているなど例外に過ぎる。語りにくくて仕方がない。久遠は……まあ、あのキャスターの言いなり状態では、キャスターが興味ないだろうアーチャーと紫乃などまともに見ていないか

 『わたし?わたしは一夜の過ちとかは、ちょっとだけ軽蔑するかな』

 『ふげらっ!』

 『愛があるなら別に良いと思うよ?でも、これでも一部からは聖人扱いされてるしね、道徳的な事もたまには言わないと、なのです』

 「それらは置いといて、だ

 何をしに来た、C002。お前の主君は、銀狐を通して俺達の来訪を認めた

 というか、お前自身玉藻通宝なんて冗談染みた金を送って焚き付けたろうに」

 『いえいえだから、別にこのタマモちゃん、止める気なんてありゃしません。どうぞご勝手に、ご自由に、心ゆくまでこのタマモーランドをお楽しみ下さい?その為に年末の忘年祭なんてやった訳ですしぃ?』

 「色々と準備したろうC001の式神が嘆くぞその名前(タマモーランド)

 『どうぞご勝手に、いや寧ろ嘆け腹黒。多少の意趣返しくらい可愛いイタズラと見逃すです!

 でも、何で乗ったんです?(わたくし)、わざわざ来る理由がこーんと思い付かず、聞きに来てしまったと。好奇心猫を殺す、猫より可愛い狐が標的にならないはずがあろうか。冒険家と笑って下さいまし』

 「……新しい盟約を、果たしに来た」

 一瞬だけ迷い、俺はそう言葉を紡いだ

 

 『……えっ?』

 「えっって何だ駄狐ェッ!お前が言い出したものだろうが」

 『あの約束、有効手形だったんです?(わたくし)、てーっきり仮主(フェイ)サマによって式を辞めた時点で反故にしたものかと』

 「……反故にした方が、良かったか?」

 

 「ねぇかーくん」

 袖を引かれ、少しだけ意識を離す

 「新しい盟約?って何?」

 「仮面を付けて式をやっていた己が居るな?

 あの時期にあの桃色狐から突き付けられた不平等条約だ。不平等は不平等。是正も考えたが、履行してやる事に異論はない」

 『どんな?』

 「それを言うのは盟約違反だ」

 当たり前である。潰す気もなく、来るなら来い寧ろ仕掛けてこられたら己の心の弱さを殺しその首を跳ねられると放置しているフェイの使い魔は、今もこの死体の中で聞き耳を立てている。わざわざ式神として言葉無く刷り込んだ盟約を、此方が口にしては桃色狐がフェイに隠した意味がない

 

 「……でも、果たそうとするくらいの約束なんだよね?」

 「果たした暁にはその神核(からだ)を寄越せと言った。果たす理由などそれだけだ」

 「か、肉体(からだ)!?」

 『不潔っ!浮気者っ!』

 『下衆いなオイ!』

 「……は?」

 刹那、言い方が悪い事に思い至る。だが、それで良い

 「恋愛だ何だを介さず、欲望を果たすだけだ。後腐れもない」

 寧ろ、勘違いを煽る。当たり前だろあの狐が……この世の幸せを謳歌していた藻女時代のこの頭まで桃色が、誰かにその体を差し出す訳がない。そんな浮気、裏切られたと思ってちょーっと荒んでた妖怪玉藻前時代でもなければやらかさない。寧ろあの時代ならイケてる魂だと思われれば此方に付くまで有り得たが、そんな都合の良い話はない

 だけれども、聞いた限りではそういった艶事にも聞こえるだろう。寧ろそうした。なあ、聞いてるだろうフェイ。そういうことだ。軽蔑しろ

 

 『まっ、出来るとも思いませんしぃ?では、仮主(フェイ)サマの敵サーヴァントの排除、宜しくお願いしますね?

 と、まるで勇者を送り出すお姫様のような言葉と共に、タマモちゃんは去るのでしたとさ』

 意味ありげにミラを見て、桃色狐の姿は消えた。単純に視覚を誤魔化しただけで、そそくさと逃げる姿が右目に映っていたが無視する

 

 『……フリットくん。此処に殺しに来たのは……わたし?』

 「違うと言って信じるか?

 安心させた所を後ろからばっさり、それが一番楽だろうに」

 『信じるよ、信じたい』

 「……違う」

 良い淀みながら、そう答える

 嘘だから、という訳ではない。こんな俺を……信じたい、という言葉に、気圧された

 『保障する』

 「いや、別人が保障してもだろアサシン」



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十一日目ー祭の前に

「……それで、どうするんだ?」

 振り返り、所在無さげに立っている紫乃にそう問い掛ける

 まあ、当たり前と言えば当たり前の対応である。多守紫乃は普通の女の子だ。魔術の素養は……無くはないという程度。まともな魔術は使えず、鍛えても意味はない。本来、聖杯戦争なんてものに参加するような性格ではなく、マスターに選ばれうる資質も無い。アーチャーとかいう意味不明チート野郎が自分が介入して生かすために無理矢理に自分のマスターという事にして巻き込んだだけで、本質的には単なるちょっと魔力が……魔術回路が数本ある程度の一般人。殺す殺されるの魔術戦争の世界に付いてこれる訳がないのだ

 さっきの言葉ー新しい盟約とは、言ってしまえば一騎のサーヴァントを己が破壊するから、その代価としてお前の魂寄越せ、にも等しい。命を対価に別の命を奪う盟約。血生臭過ぎて自分はどうしていいか分からないだろう。それで良い。付いてこなくて良い。神巫雄輝も多守紫乃も、本来はこんなものに巻き込まれずもっと真っ当に幸せになるべき存在だ。他の命より価値は上だと、それが世界的には真実ではなくとも俺が真実にする。世界を『破壊』し『回帰』してでも成し遂げる

 そうでなければ、意味がない。今まで俺に殺された者達を、殺した意味がない。ザイフリート・ヴァルトシュタインというバケモノなど、生かしておく訳にはいかないのだ。『回帰』しなければ、『破壊』しなければ。そんなこと、分かっているはずなのに

 

 ……だから、置いていかれるくらいで理想的

 故にこの問いは、残りのサーヴァントとおまけに対するもの

 『パス。可愛い娘をナンパとか、出来ないんだろ?』

 「不貞だ何だが問題視される宮廷のドロドロさを知っている者の心象だ、娼館なんかは無いだろうな」

 『んだからパスよ』

 「そうか」

 ひらひらと手を振る旧アーチャーはまあこんなものだろうと無視し、次

 

 「キャスターとじゃなければ楽しめない」

 「……支配は解けたよな?」

 「元々心奪われてたから関係ない」

 「……まあ良い。勝手にすれば良いだろう」

 「ああ、もう一度、キャスターに会いに行ってみる」

 『んじゃ、こいつがこーんなになるキャスターちゃんでも、見学しに行くかねぇ……

 大丈夫大丈夫、マスターの嬢ちゃんとの約束は忘れてないから、夜には帰るさきっと』

 「俺の預かり知らぬ所だ。そういうことはミラに言え」

 『って事で、行ってくるさライダーのねーちゃん

 寂しくはないよな?寂しいなら……』

 『うん大丈夫。心配もしてないよ』

 『ふぎゅんっ!

 って、信頼かこれ。反応して損した

 んじゃ、行くか』

 言うだけ言って、男二人は連れ立って門を出ていった。ミラが用意したらしいタバコの煙が少しして上がり、ゆっくりと遠ざかる

 

 「……それで?」

 『付いて、行く』

 「知ってる」

 アサシンはほぼ無視。最初からそんな事知っている。向こうに付いていくとも、別行動とも言わないだろう。俺の推測が正しければ、俺人格に戻ったのも、その方が都合が良いからというのもあるが、アサシンが近くに居るからという理由があるのだろう。人間らしい弱さを持った俺では、何時か必ず壁に当たる。最後の最後、弱さが仇となる。それは分かっていて、己の方がやらなければならないら唯一の事を果たすには余程良いと知ってはいても、それでも此方になる。どちらとて、神巫雄輝の死体に巣食う寄生虫には変わり無いというのに

 『わたしが離れるのも、ちょっと不安かな』

 「……かーくん、なんだよね?

 なら、一緒に居る」

 「俺であっても、己であっても。自分がザイフリート・ヴァルトシュタインと呼称された個体である事には変わり無い」

 「うん。変な言い回し」

 笑いながら、ハシバミ色の目の少女は、俺の手を取ろうとし……

 すかっと手があるべき場所を自身の手が通り抜けるや、目を微かに伏せる

 「気にするな、紫乃

 神巫雄輝は、五体満足、精神健全の状態でお前に返す」

 『いやいや、そういう話じゃないと思うよ?』

 「……忘れるな、紫乃

 俺はザイフリート・ヴァルトシュタイン。神巫雄輝の死の上に成り立つ滅びるべき悪で、お前の大切な幼馴染の仇の一人だ。本質としては、神巫戒人の死を愚弄した腐れ吸血鬼と何ら変わり無い。あいつの言った兄弟(はらから)とは、言い得て妙だった。心を許すな、懐柔されるな」

 本来は20cm近く身長差があるが、足を引きちぎった故に少し目線が合うようになった少女に、そう告げる

 『なんでもっと気楽に生きられないかなー』

 「生きたさ。あるべきでは無い俺にとって、一年の生は、あまりにも眩しすぎた。そうして今も、どうせ時間まで間があるならと、更に遊び呆けようとしている」

 『そっ、か』

 肩を叩かれ振り向くと、金髪の少女は、久し振りに見たーそして、聖杯戦争が始まる前の日々は何度も見たようなー柔らかな笑みを浮かべていて

 『昔の日の呟き、叶っちゃったね』

 と、白くしなやかな手を差し出した

 「祭り、行けたら良いのにってアレか」

 確か、あれは……約1月半ちょっと前。ハロウィンパレードの時だったか。自分の本分も忘れて、神巫雄輝から奪った幸福を享受した上に、そんな叶うとも思わず、叶えてもいけなかったはずの妄言を吐いたのだった

 

 ああ、叶うはずもなかった。伊渡間での次の祭は12/24。神巫雄輝の命日であり、クリスマスイブ。理論上俺の寿命は持つが、あの日から一年もの間ヴァルトシュタインが待つとは思っていなかったから。きっとその日は来ない。想定としては、12/24が来る前に聖杯戦争は起こり……俺は、世界をザイフリート・ヴァルトシュタインの居ないあるべき場所に『回帰』していたはずなのだから

 ……まあ、実際に今、聖杯戦争は起こったのだし。想定外の事があるとすれば……どうせ世界の回帰で殺すようなものだとはいえ、出来れば巻き込みたくはなかった二人が……そして巻き込まれるはずもないと思っていた神巫雄輝の幼馴染が、サーヴァントやマスターという殺し合いのただ中にいること。そして……いや、寿命が持たないのは当たり前か。獣でない俺……その消滅の間際に俺の中のサーヴァントを通してかの光無き世界に閉ざされた禍星に手を伸ばした俺は……サーヴァント頼み故に寿命がギリギリ持ったのだろうか。少なくとも、尖兵であるから人間の寿命を無視している今の俺なら兎も角、あの俺には寿命が尽きても動く事は不可能のはずだ

 

 まあ、考えても仕方はないので、思考を切り替える

 『うんうん、それそれ。わたしも、このままじゃきっと無理だろうなって思ってたんだけど』

 「……フェイも一緒に、は叶わなかったけれどもな」

 『だって、あの娘は敵だもん。流石に叶うわけないよ』

 「それはそう……かもしれないが」

 『ふふっ

 おかしいね。もうこんな風には話せないかもってあの時は思ってたのに』

 「ああ、大分と、俺も甘い」

 『甘くて良いよ。わたしは少なくとも、非情になりきれないそんなフリットくんを助けたくて、こうしてるんだし』

 

 と、ミラは不意にいつの間にか手に持っていた白いプレゼント袋から、幾つかの大きな塊を取り出して投げる

 『ということで、わたしからのプレゼント

 今から見て未来の義手と義足。魔術的なシステム組み込んでるから、自分で付けないと意味無いんだよねこれ。だから、落ち着いたら渡そうと思ってたけど』

 「……無くても戦える」

 『まあまあ、そう言わずに』

 言われるまま、地面に落ち……た訳ではなく普通にアサシンがキャッチしていた塊のひとつ、右手用の義手を嵌めてみる。しっくりくる

 死体にしっくりくるとはこれ如何に、ではあるのだが、しっくりくるとしか言いようがない。魔術回路を通して……ではないが、俺がやっているように血管系を擬似的に魔術回路と化し、ひとつに引っ付けている。今やこの肉体は死骸である為意味がないが、生きていれば細胞を活性化させて完全に融合させたりしたのだろうか

 気にしても最早しょうがないことだ。残りもとりあえず付ける

 

 違和感は残るが、どうせ死体を動かしている時点でそれは当たり前の事だ。とりあえず、問題なく足は固定されているし、手は動く

 「端から見てどうだ?」

 『問題ない』

 「紫乃、どうだ?」

 『う、うーん。ちょっとだけマシになったかな

 前の状態、眼を背けたいくらいにボロボロだったし……あれで祭は、仮装祭以外無理かも』

 「そうか」

 ふと、祭の格好と言われて思い出す

 

 『ミラ。助かりはするがこんなものを出している暇があれば、紫乃達の分の服を出してくれないか?

 招待されたとはいえ目立つ』

 『うんうん、そう言うと思ってたよ。了解りょうかい』

 それだけ言うと、金髪の少女は別に要らないとぼやくアサシンを引きずるようにして、紫乃と共に門の裏に消えた



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十一日目断章 フェイのヴェルバーきょうしつ

『母上、いい加減に話してはくれないだろうか』

 私は、眼前で僅かに顔を綻ばせる私よりも大分年下の外見をした(モルガン)に、そう訪ねた

 

 『おやまあ、行かないのですか、仮主(フェイ)?』

 くつくつと、意地悪げに隣で寛ぐ銀狐が嘲った

 『行きませんよ、何を言っているのですかC001。どうして、バカをやらかすアナタ方と同じようなわざわざ敵の眼前に出ていくような醜態を、ワタシまで演じる必要が?』

 『いえいえ、仮主。貴女様も聞いたはず

 「……フェイも一緒に、は叶わなかったけれどもな」と

 

 その腐った本性を隠したメイドの状態では、ヴァルトシュタインから出る事も出来なかった。けれども、今は違う。サーヴァントとマスター、令呪による命令を除けば偉いのは基本的にサーヴァント。今や縛りなど無いと出掛けるものかと』

 『どうして、ワタシがあんな初恋拗らせて殺さなくて良い理由を探し回ってる裁定者なんぞと同席しなければならないのですか?

 

 彼一人が来てそう呟いたのでもなければ、一考の余地はありません』

 寧ろ彼一人なら一考するのか、という言葉は飲み込む。言っても仕方無いことであるから

 

 『それで、ああ、彼の事ですか?』

 『母上。私には分からない。アレが何なのか

 母上が何故、あそこまで彼を追い込むのか』

 ……いや、私としても後者は割と分かってしまうのだが

 

 彼はーザイフリート・ヴァルトシュタインは、我等が王に似ているのだ。高潔さも、養子も、その願いの偉大さも、何もかも違うけれども。それでも、自分でない誰かの為に、自分の願いを踏みにじって突き進む、どこか孤独な背中だけは同じ。だから、そんな王が大嫌いだった母上は、何かとちょっかいをかけたくなるのだろう

 

 『言いましたよ、捕食遊星、と

 遥かなる昔、といっても星の歴史からしてみれば極々最近、この星に一つの流れ星が飛来しました。それが、彼の正体です

 いえ、正確には……彼に手を貸している英霊の正体ですが』

 『……はあ』

 突拍子もない。信じろと言う方が無理だ

 

 『当然、当時はまだ地上に君臨していた神々は、ある程度の徒党を組んで挑みました。当たり前ですね、天より飛来した収穫星(ハーヴェスター)に負ければ待っているのは滅びだけですから』

 『その辺りの事は、あの頭ピンク狐や、アーチャーに聞けば詳しく話してくれる事でしょう。仮にもその戦いを生き延びた者、ですのでね』

 『寧ろ、何故その時代の事を普通に語れるのか分からないんだが、母上?』

 『それですか?ワタシの千里眼はブリテンに限れば過去現在未来の全てを見通します。ブリテンでの決戦の過去ならば、見れない道理はありません』

 返されるのは、バカですか、と割と見慣れた呆れ顔

 

 『そうして、神々は負けた。当時のアレは何も考えていない力押し、それでも、神々は勝てなかった

 事態を重く見た地球(ホシ)は、宇宙(ソラ)にSOSを出しました。この星に降り立ったアレを殺してくれ、とね

 それにいち早く応え、即座に降り立ったのが軍神の星……つまりは火星(マァズ)です。アリストレテス……或いはアルティミット・ワンについては前に語ったと思いますがその一体ですね』

 『じゃあ、空に軍神の星が輝くのは……』

 

 空を見上げる。此処は平屋の廊下である為、見上げれば空はしっかりと見える。今は、その空におかしな星は無い

 だが時折、煌々と輝く星が見える。何かを、告げるように。雲の果てに、軍神が映る、とでも言えば良いだろうか。不吉に輝くのだ、惑星であるはずの……それそのものが輝いている訳ではないはずの火星が

 

 『あの化け物をどうにかしようと降り立とう……としている訳ではありませんよ、寧ろ逆です』

 『……母上。母上が私に見せた未来のビジョンには、ティアマト神に呼応して降り立つ軍神の姿があったと思うのだが。ならばあの軍神は一体……』

 『あれですか?アレはザイフリートですよ?

 お馬鹿さん達は、彼こそがティアマト神を呼び出したと未来を勘違いしたようですが、そんな訳はないなんて、アナタだってしっかり知っているはずでしょう?』

 

 『あ、ああ……』

 年下の母に詰め寄られ、身を引き気味に頷く。それしか出来ることが無い

 『かつての、そして未来の王アーサー計画。その必須事項、世界の敵……

 その敵として相応しいとして、母上がティアマトに目を付けていたのは知っている

 星の聖剣を携えた、未来の王アーサーが降り立たざるを得ない危機。確かに、あれくらいのどうしようもない絶望は必要なのかもしれない』

 『ええ、そうですね

 あんな剣持ってるから不幸になるんです。だから鞘の方が重要だって捨てさせようと思ったのに……

 と、まあそれは過ぎたことですね。今はあの忌々しい星剣も活用してやる時期です』

 

 『ともあれ、ティアマトが彼の呼んだものでないならば、軍神こそが彼、という帰結は当然の事。疑う余地はありませんね?』

 『……彼は、軍神とは別なのではなかったのか』

 『ええ、その時は

 ですがワタシは彼の根底に眠る脅威をこう言ったのです。捕食遊星、収穫星(ハーヴェスター)と』

 『(ハー)……穫星(ヴェスター)

 収穫者の星……』

 『ええ。アレは文明を破壊し、収穫し、捕食する

 言ってしまえば簡単な事です。概念的な死を持たずとも、かの最強種(タイプ・マァズ)は物理的に破壊され、そしてあの星に喰われた

 そうして、遊星(ヴェルバー)は……軍神の星(マァズ)という文明を捕食した訳です』

 『……食べたら相手の力を得るのか?』

 『そうでなければ、捕食遊星なんて呼ばれませんね。星に降り立ち、文明を破壊する。それだけだと、やってる事は破壊遊星じゃないですか

 アレにとっての食事行為が、対象を破壊することだったというだけの事なんでしょうね』

 

 はあ、と溜め息を吐き、床に横になる

 『……どう見ても原初の女神(ティアマト)なんて目じゃない危険物だ、母上』

 『そうですね。けれども、今のアレはザイフリート・ヴァルトシュタインという意識体を使っている。だから、制御出来てしまうという便利な存在な訳ですね』

 母上、人、それを恋は盲目と言う

 なんて、返しをしたいけれども子供っぽい反撃を受けかねないので置いておく

 

 『少しは、分かりましたか?』

 『……はい、母上』

 『ああ、実は絵本を作りまして』

 そう言って、少女の姿の魔術師が魔術で呼び寄せたのは……私の宝物(姫騎士アルトリアの冒険)と似た装丁の一冊の絵本。作者が同一なのでそれはもう似るだろう

 『わからなければそれでも読んでください

 それでは、食事にしましょうか』

 振り返ると、器用に頭の上に皿を乗せて駆け寄る獅子の姿が見えた



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十一日目日常 祭りの華は少女の恥じらう浴衣姿にあるという、ともすれば単なる煩悩

日常と付く辺りは、日常のような緩いデート編となります
バトルなんてものは無く話も進みません。単にアサシンやらミラとイチャつくだけです。読まずともシナリオ進行には問題ありません

日常描写苦手なんだよ!(作者の愚痴)


死体でもくっ付くって凄いなと義手を動かしている間に、消えていた二人が戻ってくる。アサシンには逃げられたらしい

 

 『ふふん、わたしのセンスじゃないし、気に入るかは分からないんだけど……どうかな?』

 眼前でそこはかとなく誇らしげにそれなりにある胸を張る裁定者の姿を認め、俺は言葉を喪った

 

 『?どしたの?』

 「ちょっと恥ずかしいよ、かーくん……」

 うん、和服……ではある。ある意味巫女服であるとも言える……かもしれない

 よし良くやったふざけんな煮込むぞフォックス。(お前)悪魔()マグマ出汁寄せ鍋(地獄煮込み)だ覚悟しておけ

 

 そう、"ではある"だ。真っ当な和服ではない。上は胸元までしかなく、当然ぱっくりと胸は開いている。下は当たり前のようにスカート状で膝上まで。当然ながらそんな丈で肩に布なんてものはなく、腕部分のゆったりした手首から肘辺りまでを覆う袖は良く見ると細い紐で脇と繋げられている。和服っていうか和モチーフのアイドル衣装だとか言った方が正しいんじゃないのかこれ。因みに、紫乃も色は違うものの大まかな形状は同じ。胸がないからか、胸元がもう少しかっちりしてはいるが、それだけといえばそれだけである

 

 ……おい、見たことあるぞフォックス。てめえのせいだろ、何自分の服装させてんだ

 「……どうしてそうなった」

 『あはは、何でだろね』

 困ったように、用意したはずの裁定者の少女は頬を掻いた。その手首にかかる袖に付けられた鈴が微かに音を鳴らす

 「本当に、どうしてなの?」

 『此処のせい』

 不意に、そんな声と共にひょっこりとアサシンが姿を現した。……俺の背後から

 何時からいたんだお前。というのは無視する。ぶっちゃけた話、今のアサシンはそんなものだ。あの日、強引に消えるはずだったアサシンを令呪と己の力で……俺の壊れかけた霊基と紐付けて繋ぎ止めた時から、俺とアサシンは運命共同体みたいなものである。その事は、アサシンが鮮紅……ではなく何故か花萌葱の右翼を拡げられるらしいことからも分かる。サーヴァントとマスターって元々そんなものだろうというのは置いておくが。今、俺が俺やってるのもそのせいだ。アサシンが近くに居る限り、どうしてかまだ俺は己でなく俺で居る事が出来る。己としても、俺である事に異論はないからかこのまま。朝のアレは……アサシンと離れていたせいである

 

 「……やはりか」

 『……「ボク」、も、やるべき?』

 そうやって首を傾げるアサシンは、割と普通の格好だった。髪に合わせたら寧ろ地味に思えてしまう……とでも思ったのだろうか、蒼い髪色と似合割と似合う鮮やかな暖色の浴衣。白地に咲いた色とりどりの花火が、中々に美しい。本人が綺麗な赤い瞳を持っていることもあり、立っているだけで割と絵になる

 見ようと思わなければ周囲からの認識状態が見えないくらいまで、俺の視界ではこの姿で統一されている。外見のモチーフは、その可愛らしさから吸血鬼に噛まれた成り損ないのハンターのもの、らしい。なので良いのだが……

 ずっとこの姿で認識していられないとちょっと辛いだろう。ああいう浴衣は美少女だから似合うのであって、例えば俺が着てても地獄絵図だろう。そして、アサシンは他人にはそんな姿で認識されることも有り得る……訳だ。ああ、嫌だイヤだ。そんなあまっちょろい事を考える俺の心の甘さを含めて、ヘドが出る。この状況で、まだ祭りだからと楽しむ気になるのか

 

 ……まあ、良いか。所詮、必要となれば己になれば良い。ちょっと本来あるべき姿(銀翼)に戻るだけでこの甘さは消せるはずだから、まだ持ってても良い状況では持っておく。それ自体が切り捨てるべき甘さだと、分かってはいるのに

 

 「いや、アサシンはそれで良い。シンプルに似合ってる」

 『……ぐっど』

 俺の声を受けて、少女は満足そうに頷いた

 「ねぇ、アサシンちゃん……

 私の分、無いの?」

 胸元を両の手で隠しながら、紫乃がそう問いかけている。あの桃色狐式だけあって可愛い服ではあるのだが……あまり派手な服装をしたがらない紫乃には辛いのだろう

 『……無い』

 「酷いよ、何で……」

 『倭の国にも、血を啜る鬼の伝説はある。この姿は、服装は……その鬼に拐われ、自らの体を贄に村の衆に神出鬼没の鬼の根城の位置を伝えた名も覚えられてない小さな昔話の英雄のもの』

 アサシンは、表情ひとつ動かさずそんな血生臭い事を返した

 まあ、恐らくはワイン積んで漂着した外国人を当時の村の人々が吸血鬼と勘違いして……。話が通じないせいでそんな彼等の住居を見付けて虐殺したとかの、鎖国時代にありそうな話なのだろう。アサシンという幻霊の集合体みたいなものだから出来る反則で、魔術で作ってる衣みたいなものだから他人になんて貸せるわけもない。原理としては俺の翼と似たようなものなのだろう。いや、寧ろ本当に願われてる必要なものなら取り出せるよ?って和服取り出して貸してるミラの方が数段可笑しいのだ。チートに毒されてないか紫乃

 

 「そもそも、本来サーヴァントの持ち物なんてほいほい他人に渡せるものでもない。当人の魔力で形作られたある意味その一部の事も多いからな」

 『うん、無茶言っちゃいけないよマスターさん』

 「じゃあ、もっと大人しいアサシンちゃんみたいな浴衣出してよ……こんなに肩出して、ミラちゃんと胸元比べられる服で……こんなんじゃ、外歩けない……」

 『それが……ね、ごめん』

 ぺこり、と金髪の少女は頭を下げる

 

 『強い願いなら、出せるって感じだからね……

 多くの人がこっちの服願ってるから、これしかプレゼントとして出せないんだよね』

 あはは、だからわたしもこんな服なんだ、可愛い?と器用にミラは一回転してみせる。ふわりと、スカート状の布が少し浮きあがった

 

 「可愛いと思うぞ、二人とも

 神巫雄輝なら、他人に見せるのが勿体無いと返したはずだ」

 果たして、そう返しただろうか。自信はないがまあ良い

 

 「う、うん……」

 顔を真っ赤にして、紫乃は頷き、胸元から手を離した

 「そ、それなら……ちょっとだけ、この服で……

 って、見せたくないって返しならやっぱり恥ずかしいよ!」

 尚も叫ぶ少女の頭に……ぽふり、と赤い布が落ちてきた。いや、黄金の雲が落とした

 「ん、これなら……」

 と、少女はその布地を拡げ……

 「ってチャイナ服じゃん!これも恥ずかしいよ!」

 くしゃっと丸めた

 おいこらお前一応退場してんだろ宝具にどれだけのもの仕込んで紫乃に渡してるんだ遊ぶなアーチャー

 

 冗談冗談とばかりに、黄金の雲が降りてくる。其処には、今度こそ真っ当な淡い緑の浴衣が畳まれていた。用意良すぎるだろ怪しまれるぞお前



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十一日目日常 非日常に慣れすぎるのも考えものという、お化け屋敷の本末転倒

そうして、多少興味の目で道行く人々に眺められながらー流石に、この時代となるとミラの綺麗な金の髪は非常に珍しくて目立つのである。あの狐共が和装してる癖に当たり前のように桃色だったり銀髪だったりするし、おれ自身も白髪のせいで銀髪扱いされたりしていたので日本人は大抵黒髪だという当たり前がすっかり頭から抜け落ちていた、おのれフォックス共ー辿り着いたのは……

 お化け屋敷であった

 

 そう、お化け屋敷であった

 フォォォォォォォォックス!調子乗んなフォォォォォォォォックス!この時代(平安)の、何処にっ!そんな娯楽施設を、用意する、考えが、あるんだぁぁっ!

 見るからにお化け屋敷である。荒れ果てた幽霊屋敷、という訳ではない。文字通り、それはもう朧気ながら修復している神巫雄輝の記憶の中に遊園地に二人で遊びに行った際のものがあるが、そこに映ってるアトラクションの一種に酷似している。というか、デフォルメされたシーツお化けのイラストが看板に掲げられているのはお化け屋敷以外に言い様は無いだろう。いやせめて平安ナイズしろC002(タマモリリィ)。お前の普段の服装ーミラが今着てる胸元空きすぎのアレーも大分平安じゃないから言ってもアホらしいが

 恐らくは市場全体を黒い布でもって囲い、その中に衝立なりなんなりを立てて順序を作り、お化け役を配置したのだろう。急造にしては本格的だ。時おりキャーキャー騒ぐ音が外に漏れている辺り、野外に急造したが故の防音の乏しさが見てとれるが、それはまあ逆に客を呼び込む事にも繋がるのだろう。キャーキャー言う客は入っているのだし、入り口らしい場所にも列が出来ている

 男性は兎も角、女性客のうち若い女の大半が着ているものが色こそあまりついていないとはいえこちらの女性陣ーアサシンは自前で逃げたがーの服装と似通った和装なのが印象的だ。大抵白いのは染めたり色刺繍したり何なりは金がかかるから……という平民故のアピールなのだろうが、ならばあの狐服なんて凝ったもの着るなという話である。ズレ過ぎてて笑いが出る

 

 「寧ろ、アサシンが一番浮いてるな。柄で少し浮くかと思ったが、それ以前の問題だ」

 『……着て、ほしい?』

 「いや、良い。目に毒だ」

 『そこ、保養じゃ無いんだ』

 少しだけ不満げな少女に

 「毒だよ。取りすぎれば、救うべき神巫雄輝(もの)を殺す、致命の毒だ」

 と、視線を向けずにそう返す

 そう、可愛い。可愛いのだ。シスターやってる時はしっかりした服装であるし、サンタクロースとしての服装でも本人の趣味からか単純にロングだと蹴りにくいからか割とスカートは短いがそれでもまともな露出は太股くらい。胸元から肩まで出た状態は、見た限りでは一番の露出といって良い。だから、毒だ。見るな、眺めて問題ないほど、俺なんぞ精神強くはないだろう。本来の俺の存在理由を忘れすぎだ。いっそ、己に変わるか?

 

 『うん、それは良かった』

 「良くない」

 『けど、もうちょっと素直な言葉の方が、女の子って嬉しく思うものだよ?』

 可愛いって言って欲しいものなのです、と続けるミラに向けて、わざとらしく溜め息を吐く

 「今更だろ。催促してから言われて嬉しいか?」

 『それもそうだね。上手く返されちゃった。それじゃあ、この話は御仕舞い』

 

 なんて、話していると列が掃ける。というか、割れる

 「お待ちしておりました」

 「……何だ、差し金か?」

 「いえ、これこれこういう風体の一行は、ぶい、あい、ぴー?待遇をしろと言付かっておりまして」

 「桃色狐の手回しか。準備の良いことだ」

 恐らく、自分に似た胸元ぱっくりの改造和服を配ったのも奴だろう。そう、願われたものを取り出すというミラニコラウスの宝具、純白の夢嚢(デザイア)は宝具すら取り出せるらしい意味不明宝具である。それは俺に向けて聖剣ぶっぱなしてきた事まであるからほぼ間違いはない。そして取り出せるものは集合無意識の影響を受ける。狐が手回しして、祭りに参加する若い女性は(わたくし)とおんなじこーんな服で参加すること、なんてあの服を配れば、当然祭りに混じるための服をプレゼント袋から取り出してもあの恥ずかしい服しか出ない訳だ。仕組みやがったなフォォォォォォォォックス!という訳である

 

 「お化け屋敷……行くの?」

 無駄に広いおれの袖を軽く掴み、紫乃が訪ねる。そういえば怖いもの苦手だったか。いや、待て。神巫雄輝の記憶手繰っても紫乃がお化け屋敷に入るのに躊躇した覚えはないな

 「怖いのか?昔は怖がっていなかった割に」

 「かーくんが居れば、守ってくれるって思えたから」

 「ああ、そうだな。神巫雄輝となら、怖くないか」

 「こわかったけど、安心出来た」

 そうだ。だから、……今、此処に居るべきはそんな少年を殺した悪魔(ザイフリート・ヴァルトシュタイン)等ではなく……

 神巫雄輝でなければならない。返さなければならない。彼が本来持っているはずだった未来を。幸福を。俺はその為に……無数の願いを踏みにじってきたのだから

 

 「それで、アサシンは来るのか?」

 だが、それでも。極めて近い何時の日か、世界を覆う悲劇を『破壊』する為に。事態の進展を待たなければならない。フェイの脅威となるとあるサーヴァントを倒すという新しい盟約にしても、条件が整うことを待つしかない

 だから、まあ、今くらいは休息も良いだろう。なんて、名分で弱さを塗り固めて誤魔化して。今は身に過ぎた幸福を、卑怯にも味わう

 『んっ』

 こくりと、少女は頷く

 『背中、まもる』

 「いや、そんな危険無いだろお化け屋敷だぞ」

 『?お化け、居るのに?』

 こてん、とアサシンは首を傾げた

 

 「いや別に旧アサシンの残党のアジトじゃないからな此処」

 『でも、居る』

 ひょう、と空を裂く音。何処かから取り出したボウガンでもって、アサシンが屋根ー正確にはその上の空間を射ったのだ

 隠れきれず、透明化していた何者かが落ちてくる。それはヴァルトシュタインの魔獣。異様に小さく細い手足をもった小鬼の妖怪餓鬼、それに周囲に身を隠すカメレオンを合体させたキメラ妖怪である

 「ヴァルトシュタインのだから旧アサシン残党じゃないだろ。仕掛けては来ないよ

 わざわざ来る必要はない」

 俺の右目にはずっと映っていたのだし

 

 『なら……行く』

 「結局行くのか。名分か今のは」

 『いぐざくとりぃ』

 「いや、格好付ける必要ないだろ今」

 苦笑しながら、金髪の少女に向き直る

 「ミラは、来るか?」

 『ううん、わたしは止めておくよ』

 けれども、返ってきたのは割と予想外の答え

 

 「別に、お化けが怖いなんて話は無いだろ?」

 『うん、無いよ

 お化けなら専門……ってほどじゃないね、何度か生前に退治した事はあるけど』

 ……これである。ミラのニコラウス、聖堂教会がまだしっかりと成立していなかったかもしれない頃に、今で言う執行者とかそのレベルで暴れまわっていたらしい聖人。無垢の守護者

 そんなものが、偽物のお化けを(おそ)れる訳もない。来ると思ったのだが

 

 『うん、怖くはないんだけどね

 別のことが怖いかな』

 「別のこと?」

 『うん、ほらわたしって分からず屋さんには拳で語ってきた訳だよね?

 そのなかには不意討ちしてくる吸血種さんとか沢山居たんだ』

 「ああ、そういうことか」

 『うんうん。不意に(おど)かされたりつい、手が出るんだよね

 気をつけてれば問題ないんだけど、流石にそれじゃあ楽しくはないかなって

 だから、わたしは外で待ってるね、フリットくん』

 そういって、少女は笑った

 

 ……いや待て、俺も一年とはいえヴァルトシュタインのホムンクルス相手に殺すか死ぬかの不意討ちやらの訓練させられた訳で……。大丈夫か、俺?ミラの懸念と同じことやらかしたりしないか?

 本当に大丈夫か?



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十一日目日常 不意討ち対処は裏目に出るという、戦闘狂の弊害

「うーらーめーしぃぃやぁぁぁぁぁ!?」

 語尾が調子っ外れに上がる、情けない半分悲鳴染みた声が、仕切られたお化け屋敷の一角に響き渡った

 

 「何だよ、人を幽霊でもみたように」

 俺は敢えて言うならば幽霊っていうよりもゾンビだってのに。いや、化け物って意味では欠片も変わらないか

 考えてみれば、神巫雄輝の遺体を血管やら神経を魔力回路に偽造して動かしている俺に関しては、寧ろお化け役の方が向いているのかもしれない。心臓も動いてない……ってか銀霊の心臓に置き換えられてるしな

 

 「おいおい、お前だってお化けだろう、もう少し頑張れ」

 「お、お、お、お化けぇぇぇっ!?」

 ダメだこれは。プロ根性ってものが足りない。精々片目潰れて顔に傷があるってだけの、ぱっと見生きてるのと変わらないゾンビを見てお化けは無いだろうお化けは。義足義手で欠損は隠れてるんだし。脅かす側なんだからそんなもの慣れてなければ、お化けメイクした同僚と会う度にぴゃーぴゃー鳴く事になるだろうに

 「かーくん。とりあえず、抜刀姿勢止めよ?私だってちょっと怖いよ」

 「……悪い」

 言われ、つい腰に手を当て、抜刀術っぽい体勢を取っていた事に漸く気が付く。まあ、フェイ産の剣は折れたし今や芯なんて無くても紅の光は扱えるので帯剣なんてしておらず、抜刀術も形だけなのだが。というか、カッコつけてるだけで、抜刀術なんて知らないのだが、まあそれは置いておこう

 

 「アサシン、ひょっとして殺気放ってたか?」

 俺の言葉に、こくりとアサシンは頷いた

 「……すまない、お化け役の人……」

 ぴゃーぴゃー叫びながら逃げてしまった職員の少女に、聞こえないだろうが頭を下げる

 不意討ちに対して、殺気というものは中々に有用なのだ。貴様の存在は見えているぞ、という意思表示。それは、相手の手を鈍らせる事もある。不意討ちなんて気が付かれる前に殺せば良いという考えなのだから、殺気を受ければ気が付かれたと迎撃を警戒して逃げ出して潜みなおす者だって居るだろう

 まあ、だが。反撃なんて警戒していないお化け役が、自分を殺しかねない殺気を隻眼ゾンビから受けたら……それはもう逃げるわ、仕方ない。下手をしたら返り討ちと称して俺が真っ二つにしていたかもしれないので、誰も責められないだろう。でも次の人が入ってくる頃には戻ってこいよ

 

 懸念が見事に的中した事にため息をつきながら、順路を先に進む。入ったばかりなので、止まっていても仕方がない

 通路を曲がると、青白い火が見えた

 ……おいこらフォックス、その火は良く見ると魔術じゃねぇか何やってんだおい

 そうして、何処かから何かを数える声が聞こえてくる。一枚、二枚と

 

 ………………フォックス?これ皿屋敷じゃないのか?今は江戸か?

 と、言葉にしたくなるのを抑え、先へと進む

 成程考えてみれば良い手かもしれない。卑劣にも人の生を奪い現代(A.D.2016/12/21)を生きる俺なんかにはおいこらと思える話ではあるが、成立は江戸、原型は……確か室町か何処かである皿屋敷など、平安からしてみれば後世に成立する怪談をお化け屋敷に盛り込めば、新鮮な恐怖を味わわせることだって出来る訳だ。実は欠片もオリジナリティは無いが、当時の人々にとってはオリジナリティ溢れるエンターテイメント。良いじゃないか

 

 ゆらゆらと青い火が道順を指し示す中、歩みを進めると井戸らしきものが見えてくる。こんな本来は市の真ん中にある以上実際の井戸では無いだろうが、中々に本格的なぱっと見石造りのものである

 きゅっと、袖を握られる

 「……紫乃?」

 『のー』

 「ってお前かよニア」

 口をついて出るのは、誰でもない……というか誰かでしかないはずのアサシンに与えた識別名。あまり呼ぶことはないが、ついそう呼んでいた

 『ぐっど』

 「いや、何がだよ」

 『ぐれーと』

 「グレードアップするな、何がだ」

 『その名前で呼んでくれた』

 「……たまには呼ぶさ」

 『ずっとでも、構わない』

 「こっぱずかしいだろ。行くぞ」

 そうやって言葉を打ち切り、袖を掴まれたまま歩みを進める

 紫乃ではなくアサシンということは、多分雰囲気作りだろう。あのアサシンが、今更お化け程度にそう驚くのかという話である。血みどろの化け物との対峙なんて、記憶を漁ればそれはもう売るほどあるだろうに

 それでも、怖がってしがみついたりというのが、男女でのお化け屋敷のお約束……というものでもあるのだろう。だから、その一環として袖を握った。随分と楽しんでいるものである

 「紫乃、お前は大丈夫か?」

 「うん。ちょっと怖いけど、これって皿屋敷だって、心構えは出来るから」

 少しだけいつもより血色の悪い青ざめた顔で、少女は答えた

 「心構えしてたらお化け屋敷としてはダメな気がするんだけどな」

 「でも、怖いよ。大丈夫大丈夫って言ってないと」

 「アーチャーが聞いたら笑うぞ」

 いや、笑わないか。あのバケモンは

 軽くからかうように笑うかもしれないが、嘲るような笑いは決してしないだろう

 『怖いなら、貸す』

 「いや俺の腕だからな。お前のじゃないだろニア」

 持ち上げられる袖を振って、心なしか緩んだ顔のサーヴァントに釘を刺す

 『令呪があるから、実質「ボク」のもの』

 「おいこら、それならセイバーのものって事にもなるだろうが」

 『……こまった』

 「令呪どうこうの考えを止めれば良いんだよ」

 

 そんな話をしている間に、数えを何でか9ではなく5でループしている井戸の前を通りがかり……

 「四枚、五枚……」

 一拍の間

 「一枚、足りない……」

 いや5枚足りてないぞ、皿屋敷の皿は10枚ワンセットだろ、と言いかけて……

 「三途の川、渡れない……」

 っておい

 「六文銭、置いてけぇぇぇっ!」

 どばぁん、と井戸の蓋が吹き飛び、中から針……というか磨いた簪を構えた血みどろの女の幽霊が飛び出した!

 

 「えっ?ひゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

 六文銭は想定していなかったのだろう。悲鳴と共に、暖かなものが俺の右半身を覆う

 「か、かーくん……」

 「魂消(たまげ)れば、銭は要らんぞ」

 左袖はアサシンに掴まれ、右腕は抱きつく紫乃によって固められ。流石に魔力も何もない簪なんぞ、宝具ではないので例え毒が塗られていようが紅翼を展開する程ではなくて。ただ血色の光を微かに鎧のように纏わせて睨み返す

 「……ひっ」

 やってから、しまったと思う。またお化け屋敷だというのに、お化け役に何時もの感じで反応してしまった。随分と物騒な思考になったものである

 「我は貴様を封じに来た陰陽師、悪霊、退散!」

 なので、実はお化け役がいると聞いてそういう陰陽師ゴッコやりに来たんだぞーっと、苦しい感じで誤魔化して、適当に札を投げ……られないじゃないかこれじゃあ

 仕方がないので歯で唇を軽く切って血から適当に札っぽい形状のものを生成、口でくわえて横を向き、頭を振った勢いでぶん投げる

 「ぎゃー、実は人間なんです調伏しないでぇぇっ!」

 脳天に血札を貼り付けられ、お化け役の女性が呻く

 「いや、こちらもゴッコだから」

 ……札の本領を発揮すれば、その限りではないが。捕食くらいならば出来るだろう。絶対にやらないが。やったらミラに殺されるだろうし、それは嫌だ

 「あ、何だそうなんですか」

 けろっとして、女性は脳天に貼られた札を右手で剥がした

 

 「か、かーくん……」

 「大丈夫だ紫乃、怖くない怖くない」

 寧ろ多分一番怖いのは俺だろう。銀翼の己ではなく、紅翼の俺ですらなく、鋼の軍神竜とは程遠くとも、この中で一番の危険とは俺だ

 

 「あのー、やり直します?きちんと今度は陰陽師だなんて、うわー、やーらーれーたーしますから?」

 そんな風に今もまだ抱きついてきている紫乃をあやしていると、女性が少しだけ申し訳なさそうにそう聞いてきた

 「いや、良いよ。こっちが突然振ったのが悪い」

 咄嗟にネタに変えられなければ、そしてアサシンが袖を握って止めていなければ……下手したら簪くらいはぶった斬っていたかもしれないので、落ち度は此方にしかない

 

 そうして、先に進む

 俺の歩く速度に合わせ(大分遅くしている)て、まだしがみついている紫乃の体は暖かく、柔らかくて

 命の危機なんて無いこんな日々も、悪くなくて

 故に。だからこそ。何よりもはっきりと解るのだ

 

 俺にこんな幸福な人生を謳歌する権利など無いのだと。還さなければならないのだと。噛み締めれば噛み締めるほどに痛感する

 こんな幸福、俺なんぞが、神巫雄輝から奪ってはならないのだ。幸福は、地獄にはあってはならぬ眩しすぎる光。『回帰』を。血塗られた俺がそれを果たさなければ、何のためにそれだけの血は流れたのだ

 あらゆる不幸を『破壊』し、幸福への『回帰』を。やらなければならない。還さなければならない。幸福はこんなに甘美なものなのだから。捨てるなんて、やりたくはないが。そんな甘さをも、『破壊』して



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十一日目ー今一度、振り返る

デート回という名の日常はまだ続きます
すまんな、此処くらいしか主人公にルーラーとのんびりさせる場所がないんだ


何でか出ている屋台で良くわからないが売っているタコヤキを手に、広場の端に用意された襤褸の上で一休み

 既に、お化け屋敷はほぼお化け屋敷の体をなさずー主に俺のせいである。お化けよりも客の方がよっぽど怖いとは、お化けにビビって逆走しかけた客の言だ。その客は俺の姿を見るなり気絶してしまったので担いで出たーその後の休憩時間に入っている

 

 タコヤキになんぞ入ってるわけも

 って入ってんじゃねぇかこの時代に蛸が取れる訳も京まで運ばれる訳もねぇだろうがフォォォォォックス!ご主人様に愛妻料理食べてほしいですしぃ?そこら辺は御都合って事でなにぞととか言ってそうだがもうちょっと当時に似せる努力はないのかフォォォォォックス!そもそもタコヤキなんぞ焼ける時点で可笑しいがなフォォォォォックス!

 もう良いや。言うだけ無駄だ。寧ろ意味不明過ぎてこれそのものが大きなひとつのアトラクションとまで言えるかもしれない。他のアトラクションはお化け屋敷やら観覧車やらくらいだが

 ……って、何で式神観覧車なんてものがあるんだよ、遊園地か此処は。というか、街を見て回るゴンドラを運ぶ役に式神使役させられて良くスルーしてんな陰陽師達……

 と、言っている俺の目が、簡易な木と布のゴンドラ(動力は式神なので当然と言えば当然である。電力を通す必要はないので人がしっかり乗れれば十分)を運ぶ数体の式を捉えた。凄く見たことがある。というか、戦ったこともある。そう、まともに話したことはあまり無いが、俺としての人生のほとんどに絡んできたフェイの配下C001……として俺に干渉してきたあのザ・グレイテスト・オンミョージの式神である

 じゃあ仕方ないな。あの銀狐すらやらされてるんだから、他の陰陽師がそうそう逆らう訳もないか

 ……というか、あの狐の式神が複数で持ってるあのちょっと他より布が多くて豪華っぽそうなゴンドラの中って恐らくは旧セイバーだろう。何をなさってるんだあの方。桃色狐と二人で空の旅か何かか。残念ながら人力……ではないが式神力観覧車なので二人きりでも何でもなく、一般的観覧車のように甘い空気を出せば運んでる式神とその術者にバッチリ見られるという悲しいものだが

 紫乃と見た映画のように観覧車内でキスなんぞした日には降りた瞬間からねちっこく陰陽師にからかわれる事必至である。使えないにも程がある。二人っきりの狭い場所で甘い空気になる事が厳しいなら観覧車に何の意味があるのだろう。高い場所からの景色ならちょっと紅翼で飛ぶくらいでも見れるだろうに

 

 (……人は、空を飛べないよ)

 いや飛べるだろう。かつては魔法の領域、神の特権に近かったとはいえ、鉄の翼は人が空を飛ぶために産み出した力だ。今やそんなもの魔術に過ぎない。現に銀翼ではなく俺状態の血翼(魔術)でも割と自在に飛べるのだから。というか今正に式神の魔術で実質空を飛んでるだろあいつら

 と、いう所で、それが己でも勿論俺でもない何者かの言葉であったと気が付く

 

 ……神巫雄輝、これはお前か?

 返事はない。当たり前だ。適当にハッキングした月のリソースを砕けて消えた神巫雄輝の魂の欠片の穴埋めに回しているー月の正当な抵抗の発動を、己とは関係の薄い所にリソース回させる事で対己事項から外してある程度抑え込む策の一環として己も奨励している立派な公認作戦であるーとはいえ、まだまだ補完完了には程遠い。奇跡的に一瞬夢で会えた事はあるが、それ以上はまだ無い

 まあ良いか。どうせ、そうだとして何だというのだ。あれだけの苦痛を、慟哭を、残したままに彼にこの当に死んでいるはずのかつて彼であった骸を返した所で、そんなもの発狂して終わりだ。少なくとも、俺が彼なら慟哭に呑まれて終わる。あれだけの正当な恨みと共に死んだ人間、若しも普通に生き返らせられたとして、やった所で死ななければ呑まれていた恨みに呑まれ絶対に元の彼になど戻れない。残るのは、俺が正義(ヴァルトシュタイン)を殺してしまう以上、それこそセイバーみたいにサーヴァントして互いに召喚されることを待つか聖杯で殺すために相手を無理矢理生き返らせるくらいでしか果たせない空虚な怒りと恨みを抱えた心の壊れた廃人だけだ

 俺なんぞより心が強いだろう彼ならば実は耐えられるかもしれないが、そんな不確定要素に任せてどうするというのだ。失敗した時、彼を確実に救えると言えるのは、それこそミラしか居ない。だというのに、ミラは彼よりも俺を救いたいなんて、今居るだけの悪魔を救うべき人間よりも優先する妄言を吐いて彼を救ってくれない。そこだけは、相容れる事なんて出来はしない。紫乃と二人、支えあって立ち直れればパーフェクトだが、その保障はないのだから、確実な道を往く

 

 俺の願いを、自らの利でもあるとして、己は此処にあるのだから。止まる道など、実は最初から何処にもない。あってはならないのだ

 『回帰』を果たすこと。俺が産まれたその際に閲覧し許せなかったあらゆる不幸を『破壊』する。その成就を確約させる事と引き換えに、かの星は己を尖兵として認めたというのに。尖兵である事を捨てた俺に、何が出来るというのだ。神巫戒人が死なず、敵対したら面倒なミラのニコラウス(ルーラー)が召喚されず、当然ながらセイバーは俺という縁が無い為円卓の誰かが戒人をマスターとして呼ばれたらしい世界。あのバケモンではないアーチャー、円卓の騎士なセイバー、そして俺が拾ったらしいアサシンの三騎で同盟を組めただろう本来の世界線で、バーサーカーをアサシンの相討ちで抹消したとはいえ普通に旧ランサーに全員殺された程度でしかないというのに。その死に際の呪いに、あの星は応えてくれた。故に俺は、俺として成立した瞬間から尖兵であると本来の未来を剪定し、今此処に居ることが出来るというのに

 

 いや、でもまあ、そんな真面目な話は、後で良いか。フェイ最大の敵ー一応言っておくと、当たり前ながらフェイ本人でもミラでも勿論アーチャーでも無い。正直な話その三騎の方が余程だが、此処はフェイの警戒から、目下"彼"を最大の敵ということにしているーを倒しに行く頃には、嫌でも考える必要があるだろうし

 と、弱さに流されながらタコヤキを頬張る。別に味や熱さが分かるわけではもう無いーそんな無駄な機能に回す魔力があるならば、その分をいずれ戦わなければならないかもしれないオリンポスの機神……アテナ神を撃破するための貯蔵に回すべきだーが、気分というものである。平安気分なんてものは無いが、祭りの浮かれ騒ぎ気分は、何となく味わえる



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十一日目日常 味の好みは人により分かれるという、当たり前の昼飯

「……旨いか、それ?」

 ふと、無心に横でタコヤキを頬張るアサシンに、そう問い掛ける

 

 『ぐっど』

 「そうか。あまり食う気しないが、俺の分も要るか?」

 綻ばせた顔に、ついそう自分の分まで差し出す

 味など知らないが、それでも魔力に変換は出来るため、食べるのが無意味という事はない。なのだが、だ。無意味だなと思いつつも、その微笑を見られるのならば、まああげても良いか、と。そんな阿呆な事を思い、タコヤキを串に刺したまま、一個差し出す

 

 『あいすくりーむ』

 「いや売ってないだろ、冷凍庫なんて無いんだぞ」

 だが、返ってきたのはそんな答え

 ……考えてみれば、タコヤキで熱せられた口内には良いのかもしれない。冷たいものだって欲しくはなるだろう

 

 「って売ってんじゃねぇよフォォォォックス!」

 最早天丼と化した言葉と共に俺の瞳が捉えたのは一人の男の開く屋台。其処には、あいすきゃんで~とあった

 ちょっと右目で探知してみると、見事に魔術で産み出した氷でもって冷やしている。氷式冷凍庫という古式な奴だろう。この時代からそう考えると氷って既に魔術だったのか……。いや、元々自然が作り出せるものだから魔術の域かあれは

 「かーくん、私も……良いかな?お水無くて……」

 と、申し訳なさそうな紫乃の声

 アツアツだからお水貰ってくるとちょっと離れていたのだが、無かったらしい。まあ、井戸水や川の水でどうこうの時代なので、持ち運べる水なんてそんな現代なものはそうは手に入らないのだろう。タコヤキやらを作るのにもかなりの水が要るだろうというのはあるが、そこは知らんどうせダキニだとか陰陽だとか天照パワーチートだとかで誤魔化してるんだろう、狐に聞いてくれ。右目で検索かければ分かるとは思うが時間と魔力の無駄だ

 

 「……好きな味を取っていけ」

 「うん、三種類も味あったんだね……」

 『ぱーふぇくと。感謝』

 何でか5つも味があった中から適当に3種をチョイス、手紙同封の玉藻通宝でもって買ってきて、それぞれの棒を別々の指の間に挟み、差し出す

 味としてはバニラ、グレープ、アップル

 とりあえず、アサシンは兎も角紫乃用は買ってある。最近修復した神巫雄輝の記憶を覗き見る限り、両親を水難事故で失う前の多守家には、何時もリンゴ味のアイスキャンディが常備されていた。そして良く減っていた。一本しか無い日に、これにする!と選んだら、ちょっと泣きそうな顔をしていた事を見て知っている

 俺からすれば他愛ない、割とどうでも良いそんな記憶の破片も、きっと彼にとっては大事なもので。そんなもの、俺が手にしていて良い話はない。還すべきなのだ

 

 でもまあ、別に良いだろうとそれはそれとして記憶は活用する。実にダブルスタンダード、やはり悪魔か、と適当に自分を呪っておく。そうでもないと、弱さに呑まれる気がして。己が居てくれる以上、本来そんな心配など必要ないはずなのだが

 

 想定通り、紫乃はアップルを取る。アサシンがどちら?と首を傾げたので好きな方と答えると、グレープを持っていった

 自分だけ残してても意味無いかと残りのタコヤキを口の中に放り込みー熱さも感じないので特に問題はないー残されたアイスキャンディに手を伸ばす

 

 ……やっぱり、味はしない。そこら辺は、微妙な所だ。とはいえ、味覚なんぞを復活させる理由はあまり無い。この体を返すわけでも無し。返したところでこの体は既に死体、意味はないしな

 けれども、ペロペロと舌を出してキャンティを舐めているアサシンの顔は何だか幸せそうだ。紫乃の方は……そこまで割り切れないのかキョロキョロしとそこまで味わってはいないが

 「……次に、何処か行くのか?」

 そうして、聞いてみる

 ……別に、どこでも良い。これはある種時間を潰しているようなものだ。魔力を使ってどうこうというのも意味の無い時間である為、こうして本来俺が味わうには過ぎた一般的な幸福というものを謳歌している。それは有りがたいことではあるのだが……

 まだか、まだ動かないのか、お前は。と、思ってしまうこともある。こうしてゆったりとしたものを過ごすのは楽しいと言えばかなり楽しいのだが

 

 『じぇっとこーすたー』

 「……あるのかよ。いや、式神ゴンドラによる観覧車がある以上、あっても可笑しくはないんだろうけれども」

 とはいえ、空にはそんなレールらしきものは見えない

 けれども、無言でアサシンは下を指差した。つまりは地面の下、地下。一部の遊園地では、外ではなく屋内コースターというものも実際にあるのだったか。紫乃が行きたがっていた……ということは無いのだが、どうせならと戒人の中学卒業旅行で関西圏の巨大遊園地に一緒に遊びにいった時に乗ったという記憶はちょっと前に修繕した。どうでも良いかと無視していたが、そんな記録はある訳だ

 「……地下か……」

 成程地下ならばスペースはとれなくもないし、見かけなかったのも良く分かる

 「ちょっと怖いね」

 「紫乃は怖いか」

 「う、うん……やっぱり苦手かな

 コーヒーカップとかあるなら、良いんだけど」

 「流石に遊園地じゃないんだ。あるとは……

 あるかもしれないな」

 実に遠慮というものを知らない狐である

 「……どうする、紫乃?」

 『もしも一人って言うなら、わたしが代わりに見てるよ

 一人っきりじゃ寂しいもんね』

 と、気が付けばミラが戻ってきていた

 

 「戻ったのか」

 『うん、そりゃね?

 でも、ちょっと酷くないかなーって、そんな事を思ってしまったりするのです』

 イタズラっぽく、昔シスターとして俺と関わってた時にも見せたように……ちょっとだけ笑ってみせる。別に怒っているという事は無さげだ。だが、何が酷いと……まあ、普通に分かるのだが

 

 「一本要るか、ミラ?」

 半分ほどかじり取ったアイスキャンディの棒を振り、そう聞いてみる

 『ううん、わたしは別に良いかな。今更だしね

 けど、その分あとのお休みで何か欲しいかな』

 「ああ、分かったよ

 それで、紫乃はどうするんだ?」

 改めて、聞いてみる

 

 「やっぱり、怖いから私は止めておくよ」

 『それじゃあ、わたしとだね』

 『……行こう、「ボク」の希望』

 こうして、俺達は二手に別れた

 別れる意味などあまりない、日常的な話ではあるけれど



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十一日目ー狐の狐による狐のための再三の確認

暫く京の街を歩き回り、地下への入り口を見付ける

 この時代、上下水道の整備だとかまともに出来ていなかったような気はするし、だとすれば地下にしっかりとした空間が用意出来ているというのも明らかにおかしいのだが、そこらはもはや突っつくだけ無駄というものだろう。気にしたら負けだ

 ……この気にしたら負けというのも何度目だろうか。タマモーランド(平安京)、それそのものがアトラクションというおれの認識も割と当たっていたという所だろう

 

 待ち時間は……特に無い。人気はあまりないらしい。普通に考えれば、遊園地の人気アトラクションといえばジェットコースターというほどに重視されるものだとは思うのだが。やはり、地下コースター故に何か物足りないのだろうか。ならば空中に……と言いたいが、それぞれのゴンドラを運べば良い式神式観覧車とは異なり、それなり以上のスピードで、乗客が上空に放り出されないように固定して運ばなければならないジェットコースターというものは式神にやらせるにしても面倒が多いのだろう。遊園地における事故の大半もジェットコースターがらみだというしな。だから、まだレールを引きやすい地下に作った。結果……あまり平安の人間には受けなかったというのだろうか

 

 『そこなんですよねぇ』

 「そもそも、何で地下に掘った。上下水道でも使ったか?」

 『不潔ですぅっ!そんな事しませんよーぅだ!

 これはタマモちゃんが神様パワーで掘った由緒正しい地下迷宮ですっ!』

 「つまり、岩戸に引きこもったニート神の力か

 ご利益も何もあったものじゃ無さそうだな。それはもう、忌み嫌われるだろう」

 『引きこもりニート神じゃありませんっ!太陽、太陽神ですぅっ!』

 「良いじゃないか、ニートの女神

 案外信仰を集めるかもしれないだろう?」

 ……一応言っておくと、天照が引きこもったとされる天岩戸は別に忌み嫌われるなんて事も無く神ゆかりの地として扱われている。本気でこの狐が掘った地下迷宮が平安の都に存在したら神地として扱われ、ついでに日本にやって来た魔術師が研究対象として、神地故にとそれを阻む神道のお偉いさんと火花を散らしていたりするのだろう。あくまでも、嫌味という奴だ

 

 「それで、何の用だ桃色狐」

 『「ボク」と「我」の希望の時間

 邪魔』

 『まあまあ、そう怒らずに

 そもそもタマモちゃん、見掛けたから声をかけただけですしぃ?』

 「出会うには、それなりの理由があるものだろう、C002

 ついさっきまで、お前の言うご主人様と共に、籠に乗っていたんじゃないのか?」

 『いえいえ、あれはご主人様お一人で。この良妻が、あんな陰険野郎の式神に、大切な大切なご主人様の乗る籠を、任せる訳がねぇ!という話で御座いまして

 同乗するならば、式神代わりはこの良妻がご用意した専用のものに決まっておりましょう?』

 憤慨して尻尾を逆立てる桃色狐に、それもそうかと聞き流しつつ声を返して

 「それで、ならば何をしていた」

 『……問題ない。終わらせる』

 「……いやニア。お前……俺が言ってるこの都でやるべき事、本当に分かってるのか?」

 ふと疑問に思い、問い掛ける

 たぶん分かっているとは思う。俺の仮説が若しも本当に正しいならば、きっと。だからこそ、アサシンは俺を風じれた。故にこそ、アサシンは封じた力の欠片で、片翼を出せる。だが、それはどうにも受け入れにくい仮定で……

 

 『あっちで、待ってる』

 その白く細い指先で、アサシンはしっかりと、真北を指した

 「……なら、良い」

 真北で待っているサーヴァント。ああ、正解だ。内裏を越えた先、かつて旧アサシン(ぬらりひょん)が支配していた地に今二騎のサーヴァントが集い、かの地の新たなる支配権を巡って今正に殺しあっているのだろう。北に待つというのも、今の時間ならばそうだと言える

 『……あってる?』

 こてん、とアサシンは首を傾げる

 「不安か?合っているさ

 だからアサシン、それはしっかりと忘れるんだぞ」

 『忘れずに、忘れる?』

 「ああ、そうだ」

 『あのー、矛盾してません?』

 「何の矛盾も無いさ

 フェイの最大の敵……という事になっている彼を倒す為に。盟約を果たすために。俺以外が、その事を覚えていてはいけないんだ。特にニアは、な」

 『それはまたどうしてなんです?』

 「当たり前だろ」

 軽く嘆息する

 「俺……というか、己以外にフェイの未来視を覆せるかよ」

 『それもそうですねぇ……』

 『「わたし」……邪魔?』

 「悪い。あのサーヴァントを倒す事。それだけに関しては、己以外全員邪魔だ。俺すらも

 完全な尖兵に近い姿でなければ、あのサーヴァントは倒せない。フェイもまだ仕掛ける時ではないとしている意表をつけない」

 フェイの意表をつく。未来視を曲げる。それがある意味目的である以上、魔女モルガンの千里眼に捕捉される者の行動は論外だ。あの眼は、心の中までも見通す事は無くとも、行動は見通す。未来に己以外が行動を起こしたならば、既にバレているだろう。それではいけない。フェイは昔全部知ってますからと言っていたが、それは間違いでも何でもない。実際に見て知っていたのだろうから。千里眼:EX、俺の右目が今の形になってから相対した時に、その存在は確認している

 ……だが、此処に一つ例外が存在する。己の存在だ。フェイは意図して己を出させないようにしてきていた。元から俺の真実を明かしていれば、等々あるはずなのに、俺にお前はジークフリートですと枷をかけてきた。その事実に、アルトリア・ペンドラゴンを死なせてしまった事実を掛け合わせると一つの答えが浮かび上がる。同格以上の存在は、その未来を読みきれない。そうしてカムランの日、彼女は抜け出せる程度の幽閉から抜け出したマーリンが解決してくれるという可能性の高い未来視を信じ、そうして妹を喪った

 ならばそう。同じく読みきれないはずの己だけは、フェイの意表をつける……!

 まあ、だとしても、あのフェイを倒せるかというと……微妙な話はある。未来視そのものは一度たりとも外れていなかったキャスター(カッサンドラ)と違い、旧キャスター(モルガン・ル・フェ)は未来視を覆しうる事を知っている。その差で、未来視を盲信したキャスターは俺の預かり知らぬうちにフェイに聖杯の中に放り込まれていたのだろうし。ならば、不意討ちが出来ても警戒されて致命傷には遠いだろう。その先、本気で敵対したあの魔女に勝てるかというと……いくら己でも、片翼の現状では厳しいだろう。第一段階のなりそこない、程度なのだから今は

 ならば、アサシンを殺してアサシンに奪われた片翼を……力を取り戻すか?否や。戦略としてはアリなのだろうが、俺の中の何かがそれはいけないと叫んでいる

 

 『んまあ、ちょーっとジェットコースターの調整をやっただけですしぃ?本当に本当に、たまたまですぅっ!』

 「そうか。乗って来る

 面白くなかったら狐鍋な」

 『仮主(フェイ)サマみたいな言葉はやめて欲しいのですぅっ!』

 そんな俺の言葉に、そそくさと狐は逃げ去っていった



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十一日目日常 自分の事は自分が一番知っているなんて、大嘘の証明

地下へと、降りる

 その道は木製の板が敷かれた階段になっている……って準備良いなフォックス。小気味良い木を叩く足音が二つ、狭い空間に響き渡った

 

 そうして、辿り着く。ジェットコースターの乗り場は、何というか、地下鉄であった。地下鉄の駅が、こんな感じだったなとなる

 レールはない、更に一段掘り下げられたコースターの通路。そして乗り降りするためだろう一段高いホーム。松明でもって明かりは確保され、乗り場駅という木製看板が壁に打ち付けられている。コースター通路幅は2m無いだろう。いや当たり前か。動力源が見当たらないのが、ちよっと気になった。ジェットコースターのレールは単純にルートを示している訳ではない。その他には動力源も兼ねている。それがないということは……また式神式か?

 

 とりあえず、待つ。立っているのはアサシンと二人のみ。他に人は見当たらない。人でないものは見当たるのだが、アレは放置で良いだろう。残留思念みたいなもの、つまりは幽霊だ。半分壁に埋まっている。放っておいても消えるし襲ってくることも無いだろう。多分殺されて埋められて証拠隠滅された誰かだろう、無視。成仏したいならミラにでも頼んでくれ。俺なら、天国でも地獄でも無い場所(遊星の記録)に送るか無に還すかしか無い。命は壊さない、その文明を破壊するとか格好つけたくはなるが、そもそも文明の根底にあるのは命だ、それを破壊しなくて何になるというのだろう、うん

 

 まあ、良いか

 「……楽しいか、ニア?」

 とりあえず、横で静かに待つ少女に語りかける

 『すごく。ぐれーと』

 「そう、か」

 『「我」の希望は、楽しく、ない?』

 上目つかいに見上げられ、逆に問われる

 ……何というか、この姿だと効くな、かなり

 「割と、楽しいかな」

 寧ろ楽しむことが駄目だと分かってはいるのだが。それでもまあ、と流される。いざとなれば、きっと目的のために全てを捨てられる己が何とかしてくれるさ、と半分自暴自棄に呟いて

 生きたいなんて思う必要はない。寧ろ邪魔だ。彼に全てを還さなければ、それだけで、何度だって立ち上がれる、そうでなければならない、はずなのに

 

 『……たいせつな、人?』

 ふと、やっぱり上目づかいで瞳を覗いてくるアサシンの姿に気が付く

 ……表情でも読んだのか。読んだんだろう、アサシンなら多分分かるのだろう。伊達に本来の世界線での俺のサーヴァントなんてやってなかったという話か。いや、本来の世界線の俺と今の俺なんて同じ神巫雄輝から作られた別人じゃないのか?とは思うのだが、何でか良く分かられる

 「さあ、な」

 ふと考えてみると、彼は、神巫雄輝は俺にとって何なのか。それは、言葉にしにくい。何ていったら良いのだろう

 救うべき相手?全てを還さなければならない相手?……本当に、それは大切な者だと言い切れるだろうか。いや、言い切らなければならない。当たり前ではないか

 

 だから、さあなという答えは、絶対に出してはいけない、おかしな答え

 「いや、大切な人だよ。そうに決まってる」

 『……そう』

 「ニアには居るのかよ」

 『同じような人は、居ない』

 「居ないのか。俺は違うのか?」

 軽く、そう尋ね

 『違う』

 そうして

 『……もっと、大切』

 思いきり地雷を踏み抜く

 落ち着け俺、思いきり夢の中でマーリンのフリして自分をごり押してきたフェイの策略にかかってるぞ。聞き流せ

 

 「……そう、か

 ならば、俺のために死んでくれるよな?」

 『大丈夫。「ボク」が、死なせない』

 「いや、死なないのか……

 いや、自分が守るって事か?」

 『今度こそ』

 「前は無理だったのかよ」

 無理だったのだ。アサシンと……ニアと契約したその時に見たビジョン、あれは本来の世界線の俺の死だろう。アサシンは当時すでにバーサーカーと相討ちして消えており、成す術無く旧ランサーに殺された本来の運命の

 だから、今の世界では俺を守ると。守ると言うならば、自力で守れるように尖兵の力の半分返せと言いたくはなるが。まあ良いか、預けておこう。必要になれば返してくれるだろう

 

 「……で、そうしてるつもりなのか?」

 アサシンに、袖を握られている。いや、別に良いのだ

 そこはかと無く恋人気取りっぽい事をされても、まあアサシンだしと流せる。流せないと不味い。いやだって正体アレだぞ。だから気兼ね無くとも言えるのかもしれないが

 それが、楽しくないと言えば嘘になる。だからこそ、毅然としろという話なのだが

 「楽しいか?」

 『凄く、暖かい』

 ジェットコースターが着く3分くらいの間、ずっとアサシンにそうされていた



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十一日目ー降り立つ魔術師

今回はとても短いです

秦来ただけで何やってんだこいつ


「……ニア?」

 ジェットコースターを降りた所で、ふとアサシンが居ないことに気が付く

 いや、消えることは問題ないのだ。どこかに隠れたり、一応クラスはアサシンなのだしやるだろう

 問題は、一言も無いこと。降りたその瞬間には消えていた。何かあるのだろうか

 

 そうして、何かあるのかと思いながら、地上へと歩み出て

 『奇遇ですね、アナタと此処で出会うなんて』

 輝く銀の髪を風に揺らす、妖精と出会った

 「何やってんだフェイ」

 浮世離れした……というか、実際問題思いきり周囲の光景から浮いたメイド服。気に入りでもしたのか、そんな外見は変えることなく、ただ、その少女は眼前に立っていた

 『……分かりませんか?』

 「俺に会いに来た、とでも言うのか?」

 『おや、しっかり分かってるじゃ無いですか。どうしました?感動で混乱でもしましたか』

 「いや、想像より早いな、というだけだ」

 ……とりあえず、右目でスキャン。偽物であれば、騙されたならばお笑い草だろう。なので、確認しておく。そんな偽物を仕掛けてくるのも、また大体はフェイか狐二匹くらいだろうが。残りのサーヴァントは恐らく全騎搦め手なんてものは苦手なのだし

 結果は普通にモルガン。なので警戒はとりあえず解く

 

 「それで、遠くで隠れてるフリのアレは何だ?」

 視界の端に時折映る尻尾に、ちょっと聞いてみる

 隠れきれてないぞそこのライオン。頭隠して尻尾チラチラ。威嚇のつもりなのか、本当に隠れているつもりなのか、どちらにしても何とも言えない。まあ、悪ぶっていても円卓の騎士。気配くらいはある程度消せても、こそ泥の真似事は苦手か

 『バカ息子です』

 「……フェイ、お前の息子と娘に、あれ以上のバカって多く居ないのか?」

 思わず、半眼になって突っ込んでしまった

 『まあ、モードレッドよりはマシですね。それで、それが何か評価に繋がりますか?』

 「繋がらないな」

 『でしょう。だから、彼は結局はバカ息子なんですよ』

 「グレるぞ、息子」

 『バカな魔女の息子が、バカ息子でないなんて、その方が違和感があるとは思いませんか?

 

 まあ、彼はワタシが気になっているだけでしょうから、無視で構いません』

 人の視線が無視出来ないようなコトを、アナタがやりたいというならば、話はまた別ですけどね、と、この聖杯戦争の黒幕である少女はからかうように笑った

 

 「……今、やりあう気にはなれないがな、フェイ。そんな時じゃない」

 『おや、ワタシを倒しに来たりはしないんですか?』

 「狐に頼まれて、フェイの敵を倒しに来た。それは、フェイであると思うか?」

 『流石に思いませんね。けれども、人目が気になるというコトから、ちょっとくらいは面白い反応を見せてくれても良いかと思いますよ?

 そんな戦闘マシーンみたいな言葉をはかず、もっと少年っぽく』

 「……からかっているだけだろう?

 乗ってみる必要もない」

 『それはそうなんですけれども、ね』

 「というか、敵だろう、旧キャスター、モルガン・ル・フェ

 本当に、何の用だ」

 『久し振りに、アナタに会いに来ただけですよ

 アナタで遊びたくなった、それが理由ではいけませんか?』

 と、瞳を揺らし、少女はそんなふざけた言葉を続けたのだった



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十一日目日常? 女の修羅場は遊星も食わないという、謎の新事実

「アナタと、じゃないのか?」

 アナタで遊びに来た、と茶化すフェイに、そう聞き返す

 

 『何をバカな事を言ってるんですか?

 アナタで遊ぶならば兎も角、アナタと遊ぶではデートではないですか。ワタシは別に、デートなんてしに来た訳ではありませんから』

 なんて、そんなやりとりは、もうあるはずのない俺が俺でしか無かった頃の、他愛の無いやりとりのリピート

 「分かったよ。俺で遊びに来た、それで良い

 それで、どう遊ぶ気なんだ?」

 『どう、とはこれはまた無粋な事を聞きますね。少しは自分で考えてみたらどうですか?』

 「……つまり、丸投げか」

 『そうとも言います

 折角、アナタを遊ばせる為に祭なんてものを狐が開催した訳です。幾らでも、ワタシと過ごす選択肢はあるでしょう?』

 それはデートじゃないのか、なんて言ってしまえば多少不機嫌になるだろうから、言葉にはせず。わざわざフェイの心に波風をたてることは無い。新たなる盟約を果たす時に、フェイの警戒は枷となるから

 こんなことを考えて良いのか、という疑問は無い。モルガン・ル・フェは千里眼を持ち、ブリテンという限られた自身の領域に限り過去現在未来を見通す。だからこそ、聞いた限りでは戯言としか思えないヴァルトシュタインの計画を、タイプ・アースの誕生を正義と認めた。だが、見通すのはあくまでも行動。ブリテン内で未来に誰がどう動くかは基本分かるかもしれないが、あくまでも行動が分かるだけでその理由は分からない。『探偵としては伝説の迷探偵にして世紀最大の名探偵です。犯人も手口も何もかも分かりますが動機の推察だけはどうにも苦手で』、と昔他愛ない話の中で茶化して話していた通りだ。あの時は、助手が居ないだろ、俺に頼られても動機推察なんて無理だぞと答えたのだったか。だから、何を考えてようがそんなものは関係ない。バレることもない

 まあ、己の行動は分からないとは思うが、逆にそこから推察はされるので過信はしない。同格以上の存在の行動はしっかりと見通せない、つまりは、しっかり見通せない未来があれば、其処で見通せない何者かが何かをやらかすとバレバレな訳だ。時間は絞られる。俺が仕掛けるのは良いタイミング、俺は何時仕掛けるのか未来を知らないが、フェイは何かを仕掛けてくるタイミングは知っている

 

 なので、何を気にしても一切無意味

 適当に遊ぶことにする

 「それで、何で今なんだ?」

 ふと、横で伸びをする少女に問う

 アサシンが消えたのは、恐らくはフェイに会うことを警戒したのだろうと分かる。俺に任せろと言ったから、空気を読んでなにもしないために隠れたのだと。ならば呼べば出てくるだろう、気にしなくて良い

 『何故?簡単な話ですね

 適当にあの娘と遊び、あの暗殺者と過ごし、ならば順番的には』

 「そろそろミラという事にはなるな」

 『ええ。ワタシが来なければ、あの裁定者と何処かで過ごしたはずです』

 「それで?」

 『それが既に答えですが?』

 「フェイ、ミラと俺が会わないようにって」

 『言ってます

 あの裁定者にざまぁないと言いたいから、今なんです。当たり前でしょう?』

 「酷い話だ」

 『ワタシのものを泥棒猫しようとする手癖の悪い初恋拗らせた阿呆、その存在自体が中々に酷いものだと思いますが?』

 こてん、と首を倒すフェイ

 外見は可愛らしい。だが、紡がれる言葉はどこまでも物騒なもの

 

 「まあ、そうかもな

 俺は別にフェイのものじゃないが」

 『……何を言ってるんですか?』

 不意に、頬をつままれる

 そのまま小柄な少女の顔を見下ろすと、魔術で浮かびでもしたのか、ぐっと顔を近づけられた

 『アナタはワタシのものです。ザイフリート・ヴァルトシュタイン

 アナタの全ては、いえ、違いますね。アナタ自身が俺と呼んでいるアナタは、ワタシがそうであって欲しいと願い、そうであるように誘導した偽物の理想英雄(ジークフリート)。ちょっと想定内のズレはありましたが、アナタは最初から、ワタシの思い描いた最後の切り札(AでJOKER)。そうでしょう、捕食遊星(ヴェルバー02)?』

 そのまま、唇を押し当てられる

 逃げようと思えば、幾らでも逃げられたろう。その右手に光を集め、腹を抉ろうと思えば、抉れた気もする。その心臓を喰らおうと思えれば、胸を開き、心臓を無造作にその小さな体から引き剥がし、そして捕食する事だって、出来ないはずがあろうか

 それらの想いが狂おしいほど駆け巡りながら、結局はなにも出来なくて。ただ、既に体温の無い屍の唇に触れる、あまりにも熱いヒトの体温を貪るに留まる。首筋に腕を回され、体重の全てを預けられながら、ただ、霧がかかった頭でぼんやりと熱を味わう

 

 『と、そういうことですよ

 あまりにも後手後手な、慌てん坊にもなれなかったサンタクロース』

 不意に、フェイは唇を離し

 そのまま、首筋に腕を通したまま、そうあまりにも優しい笑みを浮かべる

 嘲りはない。憐れみも混じらない。ただ、嬉しそうに笑う

 戻ってきた、狐の和服を身に纏う、金髪の少女に向けて

 『旧キャスター!』

 『真名で呼ばないんですか?

 ああ、フェイは止めてください、アナタごときに呼ばれたら不快ですから』

 『何をしに来たの、フェイちゃん!』

 『ふざけてるんですか?』

 『ちょっと怒ってるからね。嫌だって言うなら、その名前で呼ばせて貰うよ』

 バチバチと、スパークが走る。なーんかラブロマンスしてますねぇとフェイと俺を眺めていた人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていて、もう辺りに人通りは無くなった

 

 『……もう一度聞くよ

 フリットくんに、何してるの?』

 『アナタに聞かれる筋合いなんてありませんが?』

 『フリットくんはっ!』

 『ワタシのものですよ、ザイフリート・ヴァルトシュタインは

 言ったじゃないですか。これ以上は嫌われるから貸します、と。あの時は、放置してるとまあ、アナタ方を全員抹殺することになりかねなかったので名残惜しいものの、一時的に貸したんです。流石にアナタ方を殺したならば、ちょっとは精神的に辛いでしょうし。そこから立ち直る際に、恨まれないとも限りません。そんなのは嫌ですからね』

 『そんなこと、聞いてるんじゃないよっ!』

 落雷が落ちる

 『嫌ですね、脳味噌まで初恋に溶けたバカはこれだから困ります』

 『わたしの前に、ノコノコと出てくるフェイちゃん側も、人の事言えないと思うけど、そこはどうなのかな?』

 謎の争いから、気配を消す

 全ては、一撃の為に。確実にあのサーヴァントを倒すために、時を待つ

 変にあの二人は目線をぶつけ合っている。フェイに抱き付かれたままだというのに、俺自身をどちらも見ていない

 ふと、フェイが腕を離し、地面に降りる。完全に蚊帳の外

 だからこそ、時を待つように、何も言わず、空気に溶け込む

 

 『おや、裁定者(ルーラー)程度が、ワタシに勝てるとでも?』

 『妖精の血を持つけど、あくまでも人間寄りの魔術師でしょ?わたしが勝てない道理って無いと思うけど、どうかな?』

 『そもそも、何で邪魔をするんです?彼はワタシのもの。人のモノを取ったら泥棒。お偉い裁定者サマが、泥棒に手を染めるなんて、神が聞いたら嘆きますよ?』

 『それで嘆くなら、中世は主の涙で止まない雨が降ってたと思うよ?

 わたしは、フリットくんを救うって決めたから。だから、貴女達を倒すよ、ヴァルトシュタイン

 そして、貴女を止めるよ、フリットくんを悪魔になんてさせないから』

 雷光一閃

 ミラが突如話を遮るように踏み込み

 

 『<全て遠き理想郷(アヴァロン)>』

 けれども、何処とも知れぬ次元の境目で、その神鳴は止められていた

 『摂理に還す神の慈悲、ですか。確かに恐ろしい力です

 ですが、幾つの世界を越えて、それが轟くというのです?神の威光は、この次元にのみ燦然と輝くものです

 

 次元を8つ……とは言いませんが、せめて3つくらいは飛び越えて出直してきて下さい』

 『なっ、これ、は……』

 ミラの目が驚愕に見開かれる

 『そもそも、あの子をアーサー王なんて最低最悪の地位から取り戻す為に、鞘を奪ったのはワタシです

 まさか、使えないとでも思いましたか?』

 『違うっ!妖精郷じゃなくて……』

 ミラの顔が歪む。いや、違う。姿そのものが、水に映った像に向けて、石を投げ込んだときのように揺れ、形を失って行く

 『ええ、<悠久なる果ての理想郷(ロンゴミニアド)>

 妖精郷(アヴァロン)そのものが最果ての柱。其処に至らんとする全ては、かの槍により世界の表層より剥がれ落ちる

 

 ってまあ、あの腐れ裁定者のことですから、どんなチートそのうちか帰還するとは思いますが。せいぜい暫く邪魔しないで下さい、殺意が湧きますので』

 そんな、淡々としたフェイの言葉が響くなか、金髪の裁定者の姿は、次元の狭間に消えた



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十一日目ー妖精少女(モルガン)の誘惑

『さあ、悪辣非道な金髪強盗も消えた事ですし、これで邪魔は入りませんね。あのアーチャーのますたぁというタチの悪すぎるのがひっかからなければ、ですが』

 ふわりと自身の腕を俺の腕に絡めながら、裁定者を放逐した少女は朗らかに笑う

 

 俺は、そんな心からの笑顔を、あまり見たことはない。そんな、可憐な花が咲き誇るかのような笑顔で

 何故、今そう笑える、という言葉は飲み込む。言っても仕方がないどころか、呆れられるだけだろう。敵を撃退して嬉しくない等と言う者が居るだろうか。それが、厄介で嫌いな存在であれば尚更だ。己だって、バーサーカー(ヴァンパイア)を滅ぼしたその時、きっと嘲笑(わら)っていただろう。こんなものか、己と同じく、蜘蛛と犬という超常を呼び寄せておいてこんな程度か、あまりにも弱すぎる。と最大限の憐憫と比較を込めて見下していたに違いない

 だのに、フェイには何故かと問うなど、自分すら分かっていないと白状するようなものだ。分かっていながら弱きに流れるのは、自分自身ながら少し分からない所があるのだが、それは置いておくとして

 

 「それで、用事は済んだのか?」

 『済んだと思いますか?』

 少女はこてん、と首を倒す。ホワイトプリムに彩られた鮮やかな銀の髪が揺れ、俺の腕を擦る。感覚があればくすぐったかっただろう。死骸は死骸と割り切って魔術回路としてのみ神経は残しているので、特に何も感じないが

 「ミラをどうにかして排除しに来たんじゃないのか?

 この世界の時点で何時でも放逐出来たんじゃないかと思うんだがな。それこそ、起動の時に弾く等でも行けたろう?」

 『ええ、行けましたね』

 あっさりと、少女は頷いた

 絡めた腕を引き、道を軽やかに歩み出す

 『けれども、それでは困ります。ワタシの千里眼で見れるのは、あくまでもワタシの地であるブリテンのみですから。ブリテン外にあんなものを放置しておくなんて、それこそ不用心にも程があるとは思いませんか?』

 「そうだな

 どうせ邪魔をされるならば、まだ監視が効く場所に置いておく方がマシなのか、フェイとしては」

 『そういう事です

 

 ああ、そこの屋台。ワタシの分と横の彼の分で二つ』

 歩きながら、エプロンドレスのポケットから二枚の硬貨を取り出し、少女は器用に投げ付ける

 『ワタシの奢りですから、お代は結構です。こんな時にもしっかり割勘というのは集る気が無くて性格としてはまあ好ましい話ではありますが、好意を無にされて不快でもありますから。そんな事、言いませんよね?』

 「……流石に言わないさ」

 義腕と化した左腕は絡め取られて動かせないので、同じく義手な右手で屋台の親父から差し出された串を受け取る。良く焼け、脂が陽射しを受けて輝く肉の串だ。割と大振りで、屋台品としては一級品だろう

 「こんな時でも手を繋ぐのかい?」

 『繋がないんですか?ああ、ワタシのものは少しだけ塩を多目で』

 「お熱いねぇ」

 『こんな時でもなければ、彼を捕まえておけませんからね。その気になれば違いますが、ワタシは自由を尊重する方なので』

 「本当か?」

 『ワタシが何時嘘を言いました?』

 「無意味な大嘘は、ついてないか」

 思い返し、そう結論を付ける。意味のある嘘であれば何度も聞いたが、自由を尊重するだなんだが意味のある嘘でもあるまい。ならば本当なのだろうとそこで思考を放置する

 

 視線は切り替え、肉の串へ

 ……右目による鑑定完了。生後8ヶ月ほどの羊肉、そのロインの炙り串、味は臭みをある程度誤魔化すためのハーブ塩

 「……フェイ、この時代にこんなもの無いだろ」

 『ええ、無いですね』

 言いながら、絡めた腕はより強くかため、少女は串先の肉一つを歯で挟み、串から引き抜いた

 『でも、ワタシはこの味がそれなりに気に入っていますから

 懐かしい味です。臭み取りに使っていたものは違いますが』

 「そんなものか

 って答えになってないだろうそれは」

 言いつつ、一口かじる

 やはりというか、当たり前だが味覚なんて後回しでoffなので味はしない。まあ、あったとしても、元々の味覚が神巫雄輝な以上、羊肉をしっかりと美味と思ったかどうかは分からないが

 『答えですよ

 忠実に再現しても、現代人ベースのアナタにも、ワタシにも、あまり面白くない娯楽にしかならないでしょう?

 ならば、整合性なんてものは無視しても良いんですよ

 

 ココは、ワタシの世界(アヴァロン)なんですから』

 「そうだな、バカな事を聞いた」

 『構いませんよ

 その瞳は月の聖杯をハッキングしたもの。それで全部わかるなんてされたら、そちらの方が余程……くりぬきたくなります

 抜いても意味なんてありませんけどね。その瞳は、見えない目は本来見えないものを見るという形、霊視の応用で無理矢理に発現させているのでしょうし』

 「良く知ってるな」

 『仮にも、あのマーリンと並ぶ魔術師として扱われる事もありますからね、それくらいは分かります』

 「マーリンか。……そういえば、夢のなかでマーリンを名乗る者に出会ったな」

 『おや、あの腐れ花咲魔術師に?』

 さも驚いたというように目をぱちくりさせ、少女は惚ける

 「……あれはフェイ、お前だろう?」

 なので、気になっていた事を、これ幸いと問い掛けてみた

 『おや、気が付いていましたか。暫くは仮にも肉体的な意味での恋仲だった事もあるというのに、ワタシの理解が足りなかったようですね。こうもあっさり見抜かれるとは

 ユーウェインは引っ掛かってくれたんですけどね』

 「なんの為に」

 『アナタを煽るためですよ、当たり前では?』

 「それは知っている。何故、あそこで恋愛だ何だを煽ったんだ?」

 『そこですか?

 愛は鎖です。心を其処に繋ぎ止めて離さない。半端にアナタに繋がれたから、ああもあの裁定者は面倒に拗らせた

 それと同じことを狙っただけですよ。アナタはワタシのもの。それをしっかり繋ぐには、恋情が手っ取り早かったというだけです』

 「そうか」

 『今からでも、もう少し強く繋がれてみますか?』

 その声は、耳元から聞こえた

 息を吹き掛けるような距離

 

 「それは、自分の全部を差し出すとでも言いたいのか?」

 『……体ならどうぞ、欲しいならばあげますよ?』

 「フェイ、お前なぁ……」

 『ああ、処女信仰でもありましたか?それならば失礼、今さらどうこうという訳にもいきませんが、今の霊基はまともな経験がないので、その点は安心を』

 「ってそうじゃないだろ!」

 少しだけ力を込めて、腕を振りほどく

 「フェイがそれで良いのかって話だよ!」

 『だから、構いませんと言っているはずです

 それで、ワタシの目的に近付くならばこの体なんて好きに遊んでくれて構いません。そうして貪らせるだけで、それなりに望んだ結果が得られるんですから、ものは使いようです』

 ……そういう価値観。まあ、あるのは知っていた

 だが、それでも。エゴであっても。この俺という自我(尖兵ザイフリート・ヴァルトシュタイン)にとって、誰かと過ごしてきた時間の大半は彼女とのもので

 だから、言ってしまえば一方的かつ捨てるべき醜い恋情で、物語のヒロインのような処女性でも望んでいたのだろう。故に、目的のために使えるならばという形での行動に、無意味な拒否感を示す

 ……それが、マーリンに扮したフェイの言っていた事に、見事に嵌まることだとは知りつつも

 

 『では、思慕の情でも口にすれば良いですか?

 抵抗したところで、アナタはワタシのものである事には変わりありません。ならば、楽しめるだけ楽しむのも、一つ良い手だとワタシは思いますけどね』

 挑発するように、敵であるはずの少女は再び俺の首に手を回し

 「かーくん!ミラちゃんが戻ってこないけ……ど……」

 だから、これからの事は、あの時の焼き直し

 脇道の先に、一人の少女が……多守紫乃が立っていた

 

 『返して貰いに来ました』

 「フェイ……ちゃん?」

 『貴女のような自覚の無い危険因子の元に、置いておくと危険ですから』

 「紫乃……」

 「かーくん!どうしてこんな……」

 『貴女達を裏切った、といえば分かりやすいですか?まあ、彼は元々ワタシのものなので、元鞘でしかありませんが

 面倒なんですよ、あの旧アーチャーまで居ると。だから、貴女達と引き剥がすために、戻ったフ……んぐっ』

 眼前に唇がある。ならば都合が良いとばかりに、左手の甲でそれを塞ぐ

 「流石に、それは大嘘だろう?どうかと思うぞ、フェイ」

 「え、ええっと……」

 混乱する紫乃を他所に、フェイは首を横に倒して手を避け、俺の頬に口付ける。完全に、煽るための行動

 

 「良く分からないけど、フェイちゃんは敵。そのはず!」

 不意に、風を感じた。紫乃の掌に、何かを感じ……

 「止めろ、紫乃!」

 その正体は一つしかない。だからこそ……

 縮地。フェイの拘束を抜け、紫乃とフェイの間に

 今更な俺の言葉では止まらず、ソレは放たれる

 

 その紅の閃光を、胸の前で掴んで受け止めた

 「……止めろ、フェイに手を出すな」

 大河鎮定神珍鐵(如意金箍棒)アーチャー(孫悟空)から貸し出されたという扱いらしいその宝具を

 「かーくん。ホントに、裏切ったの……?」

 「違う!」

 叫ぶが、意味がない事なんて知っている

 行動の方が、余程雄弁にものを語る。それが嘘であろうとも。少なくとも、今の行動はさっきミラ相手に見せた攻撃反応罠染みた宝具を知らなければフェイ側としか見えないだろう

 

 「……ごめん、かーくん

 伸びて!」

 咄嗟に、血色の光を胸に纏う

 だが、そんなものは意味などなく。所有者の望むままに天界から冥府までを貫く棒は俺の右胸を抉り飛ばして伸び、首を傾けてかわしたフェイの頬を掠め、血の僅かに滲む切り傷を残した

 「ニア!」

 そんな中、魔力を込めて辺りに隠れているだろうサーヴァントに叫ぶ。紫乃を守れと

 だが、それは無理、ボクの希望の側を離れない。と同じく魔力に乗せた返事に拒否され

 『……ええ、これですよ』

 滲んだ血を右手に塗り、メイド服の少女は血塗られた手で俺を貫き、恐らくは大路の門まで届いている紅の棒を掴む

 『無自覚な貴女のその力の方が、余程厄介。裁定者は、ある程度は読めますからね』

 「フェイ!紫乃を……」

 『ええ、だから……そんな規格外に護られた自分が、どれだけ世界を狂わせるかの自覚もない……』

 少女の瞳が、俺を通り抜けてその先の紫乃を射抜いた、そんな気がした

 『無自覚の脅威が、邪魔過ぎるんですよ!

 神巫雄輝(アーキタイプ)の恋人というだけで、特別枠に置かれて!』

 「な、何を言っているのか……

 戻って!」

 『無自覚だから、遅いですね

 <悠久なる果ての(ロンゴ)……理想郷(ミニアド)>!』

 瞬間、黄金の雲が元の掌大に戻ろうとする棒と共にリボンで髪をくくった少女を守るかのように風と共に飛び込み

 けれども、間に合わず、諸共に剥がれるように時空の狭間に、落ちて消えた




紫乃の攻撃でダメージが通っている理由ですが、彼女に貸し出されている如意金箍棒は、天界から冥府までの36の次元をぶち抜いたと言われる宝具です。物理的な火力面は兎も角、次元を隔てたという概念的な防御であれば、適当に借りてるだけの彼女が使ったとしても抜けない道理はない、という話ですね。まあ、真名解放どころか持ち主から借りてるだけの一般人なので、宝具の格の力だけで5次元ほどぶち抜いてるだけですが


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"涙の竜星"転 輝きの遊星
十一日目ーメイド少女と、帝都決戦 前章


守るべきであった少女の姿は、やらかし過ぎていて原住民が遠巻きにのみ見守る空気に溶け

 

 ……今か?

 ふと思い、けれどもその思いを振り払う。無駄だろう、今動いても、きっと彼は倒せない。それでは、わざわざ出向いた意味がない

 そもそも、何を動揺している、ザイフリート・ヴァルトシュタイン。元より俺は全てを回帰する筈だろう。その過程で誰がどうなろうが、そんなものは些末な問題どころかどうでも良い事である、はずなのだ。忘れるな、俺のやるべき事を。それは、紫乃が死んだ程度の枝葉末節で変わるようなものではない。だからこんな所で無駄に焦るな、己の力を、世界を回帰する為の借り物の血光を、こんなところで無駄撃ちするんじゃない

 奥歯を噛み砕き、その破片を舐めながら沸き上がる力を押さえ付ける

 ……キレて斬りかかるのは良い。だが、だ。未来視相手にそんなものは無意味だ。己は見えないから無問題?そんな訳があるものか、未来が基本見えているならばこそ、未来が特に不安定になったその瞬間こそが己が出てきた時だと逆に分かるのだ。ならばその瞬間に合わせて逃亡を計れば大抵は対策が突き刺さる。ならば、今の行動に意味はない。やるならば、己状態に……銀翼を翻す星の尖兵になる訳が正当に存在しフェイが納得する理由をもってあの姿を取った後、その対処の最中に巻き込む形であるべきだ

 ……そう。だから俺は、それを待っていた

 

 「……見えているぞ」

 限定展開(インクルード)、セイバー:アルテラ。俺の中の英雄よ、力を貸せ

 形式的に、胸元のポケットから金に輝くクラスカードを取りだし、軽く振る

 右手の小指を紙でたまにあるように軽くカードで切り、その血を垂らしながら振り抜くと、そのカードは血を……いや、血そのもののような鈍く暗い輝きの光で出来た剣と化す。更には、それでは留まらず、青い光と緑の光が絡み付き、そして一本の……斬るよりは突く事に特化したドリル状の刀身のレイピアとでも呼ぶべき剣となる

 「展開完了、……<軍神の剣>(フォトン・レイ)

 そうして、かつての自分がバルムンクのパチモノだと誤認していた血色の光の剣の本来の形を形成して構え……

 されども、迎え撃つ気だったソレは、銀の流れ星と化して、つい数瞬前まで紫乃が立っていた場所へと突き刺さった。……銀の槍。十字の槍

 ……旧ランサー(プレスター・ジョン)の槍

 

 何時槍を投げた当人が降ってくるのか

 空を見上げたその俺の瞳は、日光を反射しながら放物線を描いて落ちてくる、無数の……右目によると78553本の槍の輝きを捉えていた

 「ちょっと待て、一撃じゃないのか!?」

 『そうみたいですね』

 「絨毯爆撃かよ」

 『下手な一撃なので、資源を浪費してでも当てるしか無いのでしょうね。残酷な話です

 ……効くわけが無いんですけど、ね』

 第一陣、着弾

 それはたった数発の投槍。それらは、幾つかの悲鳴と血飛沫の花を、都に咲かせた

 「……」

 狙われたのは、恐らくは陰陽師。術者が居なくなったからだろうか、観覧車擬きをやっていた式が突如かき消え、籠が中身の人ごと地面に墜落する。何もしなければ助からないだろう。正義感が俺にあれば……俺が神巫雄輝なら、或いは神巫戒人でも、きっと助けに行っただろう。むざむざと、喪われる命を見捨てられなくて

 「……東方の聖王」

 『気にしなくて良いですよ。何もせずとも、ワタシの横に居れば妖精郷まで槍は届きません。対処の時間と力が無駄でしょう?』

 「回りは」

 『消えるでしょうね

 所詮全ては影法師。栄華の皇の、自らのきっと治世の民はこうであったというだけの夢の影法師

 消えたから何だと言うんです?そんなものを守るために、大切なアナタの命を使うなんて、無駄以外の何でも無いと思いますが?』

 まさか、やりませんよね?とばかりに、メイド服の少女は軽やかに笑った。そんな人ではないでしょう?と

 ……然り。その通りだ。正義の人ならば、それでもと言っただろう。影法師でも、一人でも多く救うんだと。絶対正義ならば、きっとそうではない。全てを救うんだから影法師だ何だなんて、気にすることかな?と返したろう

 俺はそんな英雄じゃない。立派な存在であるなんて言えない。だから……

 『ちょっとちょっとちょっとぉぉっ!

 なんですかあれぇぇっ!ご主人様とのゆったりとした午後が台無しですぅぅっ!』

 「何とかするんじゃないのかフォォォックス!護国の狐だろ!」

 『ならば、式時代の約束を果たそうとする壊れ式神ぷりーず!』

 「……借りは、返せよ?

 約束を違えるな、それだけで良い

 

 ……夢幻召喚(インストール)!」

 ああ、何と屑だろう、と口のなかで自嘲する

 結局の所、俺が最後には破壊する。そうでなければならない。だからこそ、こんなものは偽善も良いところ。救ってからより最低な地獄に叩き落とす悪魔の所行。そんなことは分かっている。これが、フェイに疑われず己の力を使う為の方便という以外、無意味な阿呆行動という事も。それでも、だ。都合良く出てきた桃色狐を絡めて偽善を誤魔化しながら下手な大義を振りかざし、紅の片翼を拡げて

 「……こんなものか!」

 虹剣一閃。光で出来た剣を全長数kmまで伸ばし、横凪ぎに凪ぎ払う。力が吹き荒れ、周囲の槍を含めて消し飛ばした

 

 『見よ、我が主の聖戦士達よ!あれが悪魔、あれこそが、千年王国を食らわんとする悪竜(ファフニール)!』

 ファフニールとその主は関係ないんじゃないかという言葉は飲み込み、響き渡る朗々とした割と高い声の方……すなわち、内裏から見て左、東にある左京の大門の先を見据え

 銀の海を見た

 沸き上がる銀光と共に、銀と鮮やかな明るい赤の海が草原に拡大してゆく

 全軍展開、なのだろう。成程、仕掛けてきた訳か、ならば……勝利者は

 

 と、思ったその瞬間、本能の警告のままに、跳ぶ。空を蹴って縮地、即座に地上へ

 さっきまで俺が居た空を貫いて、西から剛弓が放たれていた。即ち……

 『然り!然り!然り!

 あれこそがファフニール、我らが土地を滅ぼさんとする竜、そして我が妻を縛る鎖よ!』

 右京の門へと振り返る。其所に、栗毛の草原を見た。無数の馬と、その上に座す者達

 

 「旧ランサーと、旧ライダー

 勝手に殺し合うと、思っていたんだがな……」

 『ほざくな、悪魔よ!

 彼等は主の教えを知らぬ異教の民。だがしかし、その血は正しきものを知れば立ち返れるだろう。それに反し、貴様等は!正しき教えを伝えられながら、それを廃し、迫害し、あまつさえそれでも正しき道を進もうとした僅かな良心ある者達を虐殺した悪魔の末裔

 全ては、貴様等を滅ぼす為よ。主の正しき事に逆らうは、人の姿をした魔の者、正しき者を堕とさんとするサタンの似姿。サタンの眷族でありながらそのような事すらも分からぬか、異教徒(あくま)

 ……ダメだ、僅かな夢で分かっては居たのだが、話が確実に通じないタイプだ。ミラならば言葉は聞いてくれるから、それ以上だ

 

 「おい、セイバー!」

 紅の翼を噴かせ、西へ。栗色の草原の中、目立つ銀髪へと呼び掛け……

 無視された

 「クリームヒルト!」

 『何かしら、道具(マスター)?』

 返ってくるのは、不快そうな返事

 「どうなっている」

 『どうなっているも何も、呉越同舟よ。より倒すべきものの為に、手を組んだの』

 「俺か?」

 『自惚れないで。あの人じゃない貴方なんて、そんな価値無いわ

 けれども、ランサーに乗ったのは……あの最低女を引きずり出す為よ。自分が本気で危機に陥ったら、自称正義だって呼び出すでしょう?彼女の領域()という有利な場を捨てさせて』

 ねぇ、そうでしょう?と銀髪の乙女が唇を吊り上げて……

 

 『ジークフリート、ジィィクフリィトォォォォ!』

 蒼炎の柱が、内裏の中から吹き上がった



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十一日目ーメイド少女と、帝都決戦 作戦

『ジィクフリィィトォォォッ!』

 吹き上がる蒼炎

 同時、俺の脳裏にノイズが走る

 

 「来たか、ブリュンヒルト」

 『ええ。だから、この道を選んだのよ。分かるでしょう道具(マスター)

 焔の柱を見上げ、馬上で綺麗な白い歯を見せ女性は笑う

 『ええ。終わらない。終わるわけがないわ、一人で勝てないというならば、彼等の力を借りるまで

 彼女を地獄に叩き落とすまで、絶対に赦さない』

 「「「ウォォォォォッ!」」」

 その宣言に追随するかのように、各々手にした武器ーそれは青銅の槍であったり、剣であったり、矢であったり、或いは鉄の煌めきを放つものであったりと区々だーを振りかざし、馬に乗った男衆が吠える。その中には、纏め役なのだろうか、魔剣や魔槍と言える類いのものを持つ者達が幾人か混じっており

 『眼前の悪魔を、討て!』

 「「「シャァァァッ!」」」

 後方に控える大将首の一言と共に、一気に此方へとそれらのギラつく刃を向ける

 

 「俺じゃなく、そちらと組むか?」

 『ええ。貴方は正直な所苦手なのよ』

 「……分かった」

 「「逃がすかぁっ!」」

 射かけられる20本ほどの矢を掻い潜り、2本は面倒なので血色の鎧で弾き空へ

 そのまま、まあ良いかと戦線離脱。アッティラーフン族の大王、俺に力を貸しているサーヴァントとは別次元の同一の役割を持った者。そもそも、自分の本体を自覚した、己の銀霊の心臓の核が何であるか理解した時点で力を貸している英霊の真名(アルテラ)は分かったが、何故彼女なのかは俺も良く知らない。確かめてみたくはあるが、それは後で良いだろう。わざわざこの都を攻めれば城からブリュンヒルトを引きずり出せると、バーサーカーと戦いに来たあいつと今対峙することはない。後に対峙する前に倒れれば、それはそれで知る必要が無かったというだけだ

 

 ……だが

 『逃がすと、思うか?』

 その声は、背後から響く

 「制空権取られて、良く言うな……って」

 と、言いかけて

 『飛べぬと思うてか!』

 空を駆ける蹄の音に、思わず振り返った

 

 馬が、空を駆けていた。別に天馬でも何でもない、栗毛の馬が、さもそれが当然であるかのように、宙を走っていた

 『馬は我等の友、これくらいは出来んと思うか?』

 「いや、それはUMA(ウマ)じゃなくてUMA(ユウマ)だろ」

 というか、真面目に当時くらいの馬が空を駆けられたならば、大陸から日本列島へと攻め込んできて倭國なんぞ漢委奴国王の時代には当の昔に中華に蹂躙されていても可笑しくないと思うのだが。それこそ、周の時代には……って、馬が飛べずともあの時代には仙人やら宝貝(パオペイ)やらの何時しか狭間に消えていったブツが満載の神世だから、同じく神世の亡霊なあの桃色狐辺りが防いでいたのかもしれないが

 『ふふっ、くだらない言葉遊びですね』

 その声は、メイドの少女のもの

 見ると、空駆ける獅子を駆る年上にしか見えない息子騎士に抱えられ、この空へとやって来ていた

 

 「……忘れかけていた。獅子が飛ぶならば、馬も飛んでも可笑しくはないか」

 『ええ。そもそも、妹も自力で空くらい飛びますよ?お腹が減るそうですが』

 言いながら、ひょいと獅子の背に右手を付き、軽やかに少女はその背から飛び降り空中に着地した

 『適当な魔力を放出出来れば、それこそ言ってしまえば鼠程度でも空は飛べます』

 「昔は空を飛ぶのも恐らくは魔法だったと高説を垂れたことがあるが、間違いだったか」

 『神秘でしか出来ないことではあるので、間違いではないかもしれませんね。一般教養レベルの単純な魔術以下のものですが』

 「……何をやっている、キャスター」

 『はいはい。一旦戻りましょうか、良い年した正義の味方様がお怒りですから』

 『逃がすと』

 『ユーウェイン』

 『やっぱり、私か』

 獅子の背に引っ掛けた鞘から、騎士が己の剣を抜き放つ

 

 『時間を稼ぐだけで良いでしょう、母上』

 『そこは、倒してしまっても構わんのだろう?と言ってください』

 『それは勘弁。退場する気はまだ、ないものでね!』

 爆音、咆哮

 獅子の圧力を伴ったバインドボイスと共に、騎士は空を舞う馬へ向けて駆け出した

 

 「……漸く来たか。あまりにも遅い」

 そうして、仮面を着けていた頃ぶりーといっても一日経ったかどうかなのだがーに、内裏の中へと足を踏み入れる

 一人の男と一匹の狐耳が、その場には待っていた

 否や。もう一人居る。いや、二騎居る

 『ジィクフリィィトォォォッ!』

 「黙れ。セイバーの希望だ、俺は手を出さない。貴様も手を出すな、正当防衛まで、しない気は無い」

 『黙レェェッ!』

 「ここで決着を付けるか、女神ぃっ!」

 飛び掛かってくる、完全に青一色の瞳の異形の女性。腕だけが正にゴリラで、上半身に比べて肉付きはそれなりとはいえ一般女性な下半身があまりにも貧弱。背には蒼炎の両翼がある以上、まあ下半身なんぞ男性を悦ばせる意図でしか使えないのだろうしならばそれで良いのだろうが

 それを手刀で受け止め、身を焼く炎に顔をしかめながら、それでも下手に反撃してしまわないように、抑えて留める

 『ジィクフリィィトォォォッ!死ね、死ね、死ネェェェェェッ!』

 「……フェイ、何とかならないのか、これ」

 とりあえず、炎は現状は光の鎧で熱以外は抑えられている。元々は俺を灼く怒りの炎だったが、かの戦乙女の力を強く発揮した以上は同類である俺に対する火力は寧ろ下がったといえるだろう。力の根源が同じであるが故、互いに本体に近付けば近づくほどに本気が出なくなってゆく

 

 『ワタシがやると、次元の狭間に放逐しますがそれでも良いですか?』

 「止めい、キャスター」

 『と、お偉いマスター様が言っているので、止めときましょうか』

 『って、内裏燃えますぅっ!すとーっぷ!』

 ぺしりと背後から、桃色狐が何処からか取り出した扇子に似たブツでもって炎を噴き上げる蒼銀の乙女の頭を(はた)いた。ってか、どこから取り出したんだそのハリセン

 

 『(ボケ)は去りました』

 「……大丈夫なのか?」

 ゴリラ化は解け、背の高いモデル体型のーというには胸が足りないが、それはどうでも良いー女性となって、槍の乙女は床に崩れ落ちる

 『これはツッコミ用武器なのですっ!暫くしたら起きますしぃ?面倒くさいし話聞かないので、寝てても問題ないというか適当に戦線に放り込む以外の事には邪魔というか』

 「何でもう呼んでるんだそんなもの」

 『何ででしょうね』

 「貴様等サーヴァントがしっかりと正義を果たしておれば、居るだけのお飾りで済ませたものを」

 『と、正義様は言っていますがどうでも良いでしょう。単なる命惜しさに全戦力を呼び寄せ防備を固めようとしたという白状です』

 「……酷い話だな」

 と、言いつつも分からなくもない

 正義は勝たなければならないのだ。だからこそ、何事にも全力を尽くすのだろう。特に、俺という悪を野放しにするどころか手助けまでたまにするような制御の効かない冠位(グランド)が自身のサーヴァントであれば特に、言うことを素直に聞くだろう人形のような手駒を重用したくもなるだろう

 俺にもその心は良く分かる。俺はクリームヒルト(セイバー)の考えを多少は尊重するし、無意味だろうと思いつつもランサーを殺す復讐をやりたいというならばそれはそれで良いかとは思うが、何よりも正義を成すことのみを考えるならば、それ以外の行動を取ろうとするサーヴァントは忌々しくて仕方ないだろう。俺がアサシンに色々と頼むのと似たようなものだ

 

 そのアサシンは、今は姿を隠したままなのだが。今じゃない、やらなきゃいけないことがある、の一転張りだ。彼が何をやったとしても、それが俺の害となることは有り得ない、それだけは既に分かっている。ヴェドゴニアから取ってニア。魔狩人(ヴァンパイアハンター)でありニアという俺に与えられた名を良しとするあのサーヴァントは、そうであるが故に誰でもなく、だが同時にあの安定しない中にある主な人格の真名はひとつに確定する。その真名を持つアサシンだけは、絶対に俺を裏切らない。裏切るわけがない。理論上そんな事は有り得ないと自信をもって言える

 だから、アサシンについては必要な時には出てくるだろうと放置。セイバーはやりたいことだけやらせないと恐らくは反旗を翻すので同じく放置だ。マスターとしては最低の選択である

 

 「……今の俺は、ここの桃色狐や銀狐との約束を果たすために居る

 ならば、俺はこいつの式のようなもの。撃退に協力はしよう

 

 フォックス、それで銀の方は何処へ行った」

 『あの陰険ならば、式神と共に防衛へ

 タマモちゃんは大切な大切なご主人様を守る最後の砦、陰険は最前線、どちらが格上かは分かろうというもの』

 「銀狐だな」

 『信頼すればこそ、彼なら勝てると最前線で早期決着を狙うわけですね。同意です』

 『うるせーですよーうっ!

 ご主人様は、大切なタマモちゃんが万一傷付く事を恐れてるだけですよーうっ!』

 ぴくぴくと耳を動かしながら、桃色狐が食ってかかる

 御簾の裏に座す旧セイバーは、ただすべてを眺めている

 

 『まあ、良いでしょう

 それで、今はタマモちゃんの式って本当です?』

 「……それしかないだろう。ミラは消えた、紫乃は殺された。アサシンは去った」

 ひとつ嘘を交え、だから一人よりはまだ縁ある狐に手を貸す方が良いだろうと話を持っていく

 『いえ、たぶん死んでませんよあの腐れ外道(マスター)

 って、睨まないで下さいよ。本当に腐れ外道じゃないですか、彼女

 

 自分の力を自覚して、傷付きながら振るう事を決めたアナタに比べて、何ですかあの無自覚。あれだけ与えられておいて』

 「……怒るぞ、フェイ」

 『とりあえず、ワタシは殺すことに失敗しているので、多守紫乃殺害容疑は止めて欲しいものです』

 「式か。ならば今此処で正義の為に死ね、悪魔よ」

 「命までやった覚えはない」

 『まあまあ、(わたくし)の式だというならば、ご主人様の前での狼藉NG』

 「……まあ、良い」

 紅の翼を拡げて威嚇はしつつ、とりあえず構えは解く

 

 『ワタシと共に、あの旧ランサーでも叩きますか

 どうせ、そこで寝てる阿呆を放り込んだ方向まで、戦況を無視して旧ライダー、というかセイバーは来るのでしょう?ならば戦況を戦線二つに分けるならば、その分け方が無難かと』

 『とか言ってぇ、彼の前で良いカッコしたいだけなのでは?』

 『勝手に言って下さい』

 「……良いだろう、ランサー側か」

 『さて、正義様が何を言おうが知りませんし、行きますか』

 

 酷い話だな。サーヴァントの割にマスターの扱いがぞんざいに過ぎる、なんて事を考えつつ

 何かをほざいている正義(ヴァルトシュタイン)は無視し、俺は翼を噴かせた



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十一日目ーメイド少女と、帝都決戦 開戦

『悪魔がぁぁぁぁぁぁっ!』

 

 その叫びを無視しながら、飛翔

 銀と紅の海、鉄兜と旗を掲げる十字軍の人の海の上を飛び越えて、門の上に着地。辺りを確認

 既に一度内裏なんぞに戻った間に進攻は進んでいる。紅の色は、旗の色ばかりではないだろう。崩れた家屋の色、其処に飛び散った鮮血の色、バラバラになった式神の色、そういったものも多少は混じっている

 扉は十字にくり貫かれ……と言いたいが、これでは逆T字である。大地に一直線に幅1mちょっとの抉り取られた帯が残っている事から、地下まで考えればしっかりと十文字型にぶち抜かれているのだろうが……。というか、十字型のビームでも放つのかあのランサーは。ファンタジーの存在か何かか

 

 何て、自分に突き刺さる言葉を脳内でこねくりまわしながら、周囲確認。生存者無し。この場に居るのは、俺と己と旧ランサー、そしてその夢である十字軍のみ

 ならば、遠慮など要るまい。どうせ存在はバレているのだ、先手あるのみ

 「<偽典現界・幻想悪剣(バルムンク・ユーベル)>!」

 飛び越える際に吹き出しておいた魔力を束ね、空間跳躍。右足で大門を踏み切った瞬間には地上に俺の体は在り、一拍遅れておいてけぼりにされた魔力が前方へと吹き飛んだ

 

 「あ、悪魔……」

 「怯むな!悪魔なぞ恐るるに足りず!」

 「我らの槍を受けるが良い!」

 響いてくるのは口々に唱える幾つもの言葉。鼓膜なんてもう破れていて、幾つか耳障りの良い言葉だけを魔力で拾って脳内翻訳しているだけ。本来はもっと口汚い罵りや罵倒も混じっていて、幾つかはスラングなのかその方面に意識を向けていない為意味不明の文言として処理されているが、まあ問題ない

 「……お前らに、用は、無い!」

 血色の翼を限界まで展開。引き延ばしに延ばして槍状にしたそれを、爪のように指先だけ血色の光の剣と化した右腕と共に左足だけを軸に大振り回転して振り回す

 感触はない。あくまでも彼等は人間に毛が生えたレベル。ただ単純に正義に目覚めて十字軍に参加しただけの人間の夢である。サーヴァント相手に個々では太刀打ち出来ようはずもない。バターでも切るかのように、光の爪で、翼で、呆気なく引き裂かれて血の水溜まりを残す

 

 だが、それに意味はない。あれはあくまでも夢だ。旧ランサーの固有結界でしかない。そんなもの、幾ら殺そうが一時しのぎにすらなるか怪しい。彼等は総体でもって宝具、<十字軍>。あくまでも東方から来る存在として現界しているからか獅子心王だとかの大物が混じっていないことは救いな、旧ランサーの宝具に過ぎない。例え総員殺し尽くそうが、再度宝具を展開されればついさっき殺したはずの者達は再び俺の前に立ち塞がるだろう。あくまでも彼等は全て一人のサーヴァントの心象風景の具現化なのだから。根底のその風景を、心そのものを折り砕き焼き尽くさない限り、奴等は何度でも蘇る

 それはまた、この都もそうなのだが。気がつけば、門は修復されている。街並みも元に戻っている。道行く人は恐らくは屋内に籠っているのだろうが、確かに居る。そしてまた、血の海に沈めたはずの志願者達の遺骸も消えている

 

 『雑魚に構っていても意味ありませんよ

 無限に出てきますから。いえ、そうでもないですね。相手の心が折れるまで殺し続ければ、そのうち相手の心象が配下が殺し尽くされた血染めのものに塗り変わって止まります。けれども、あの旧アサシンと違って頑固者ですからね、オススメはしませんよ』

 ひょい、とずっと其処に隠れてましたよとでも言いたげに、建物の影から銀髪のメイドが顔を覗かせた

 「あれは弱すぎるだろう」

 『ええ、だから崩しました。邪魔ですので』

 くすり、と少女は無邪気に笑う

 俺と同じ目だ。人の命を、存在を、奪うことを何とも思ってない。存在を等価値としていない。だからこそ邪気の無い目

 

 「よくもまあ、こうも敵に塩を送ったものだ」

 唇の端を吊り上げて、笑う

 『そうですか?』

 「そうだろう?この力は、固有結界は、お前がばら蒔いたものじゃないか」

 『ん、まあ、そうですね

 例えアナタが居なくても勝てる、だからやったんですよ』

 「本当にそうか?」

 からかうように、問い掛ける。適度に翼を振るい、またまたやって来る銀と赤の軍勢を血の海に還して、片っ端から消えてく人間の残骸を絶やさぬように。最早どんぶり勘定、正確に何人殺したかなんて覚えてられない。二度三度と殺した者だってきっと居るだろう。右目を全力にすれば見分けだってついたのかもしれないが、そんなことに力を割くのは止めておいて

 

 だから、こんなもの、偽善以下で

 

 『勝ちますよ、アナタが居なくても。だというのに今やアナタが居る以上、負ける道理なんてあるはずも無いですね

 だから、こんなもの塩でも何でもありません。聖杯を正しく満たす為の通過儀礼みたいなものです』

 「酷い話だ」

 銀の軍勢に向き直る

 幾体かのバケモノが、その軍勢に襲い掛かっていた。式神、この都の陰陽師である。さっき殺されたはずだが、それはそれだ。この都も旧セイバーの固有結界、旧セイバーはまともな戦に立ったことも無いだろう平穏な時期の君主、そのお膝元たる平安の都は彼の夢である以上荒れてなどいる訳もない。都の守護者達も旧セイバー本体を叩かぬ限り何度でも舞い戻る

 つまりは、今やっている事は無意味な殺戮でしかなくて

 

 「その割には、あの旧アサシンは風神雷神を呼び直したりしなかったな」

 ふと気になり、問い掛ける

 俺と己、同一人物ではあるのだが、俺ではちょっと分かりにくい事もあり、聞いてみる

 『それはもう、アナタが居た訳ですからね。正確にはあれは銀の翼に勝利を乗せて、破壊の銀を灯した星の尖兵ですが

 今のセーブ状態ならいざ知らず、本気のアナタが居れば負ける道理なんて無い、訳ですよ。人の夢も零に回帰しますからね、銀の光は』

 「そういうものか

 銀翼でぶった切れば夢は破壊出来ると?」

 『ええ。だからあの時、旧アサシンは既に壊れた夢を抱えていた訳ですね

 あとはまあ、摂理の神鳴でも同じことは起きますが』

 何度かそれでも飛んでくる槍は気にせず、少女は俺に腕を絡める。緊張感というものが欠片もない

 だがまあそれも仕方はなく、式達は此方を狙うことはなく、飛んできた槍は空中で静止、即座に投げた当人ごと空気に溶けて消えて行く。それしか無い

 俺が出る幕すらない。ただ眺めているだけで、フェイの前に俺を除いて敵は居ない

 

 『さあ、どうします?選択肢は大体4つです』

 腕は絡めたまま、少女は微笑んで告げる

 『一つは、このまま心が折れるまで殺し続ける道

 けれども、アナタの心にはそぐわない下策ではありますね。二つ目は……』

 「銀の翼と化して全て吹き飛ばす」

 『ええ、そうです。簡単ですね

 3つめは更に簡単です。そもそも戦わない。別に構いませんよ、ワタシ一人でも十分ですし

 そして……』

 『今此処で死ぬ、それが唯一の道だ、悪魔よ』

 『とまあ、出向いてきた親玉を倒す、それが4つめです』



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十一日目ーメイド少女と、帝都決戦 苦戦

「東方の聖王、人々の夢見た伝説の王」

 『然り。そして、悪魔を滅ぼす十字軍の盟主。東より来るもの』

 「知ったことか、此処で散れ

 俺の『回帰』を果たすために」

 複合夢幻召喚(クロスインストール)

 

 紅のカードを翳し、変化

 片方だけの銀翼を広げ、微かに緑の混じった紅の光剣を携えて

 『撃てい!』

 「効くものかよ!」

 縮地

 投げられる槍の雨はどうせ後方に居るのは当たるとも思えないフェイのみなので完全に無視して潜り抜け、首を狙って虹剣一閃、首の高さで横凪ぎ

 『効かんな、悪魔よ

 異教徒(あくま)の一撃なぞ、通る道理はありはしない。貴様の運命は、死のみよ』

 十字の槍を縦に、その光剣は受け止められる。銀翼ならば、切り裂けると思ったのだが……

 まあ、良い

 「それだけとは、思うな!」

 あくまでも縮地、翼はフリー

 銀翼を槍に、肩越しに前方、眼前の旧ランサーの頭を射抜く!

 『無駄だ、悪魔よ!』

 だが、それは文字通り盾となった数人の十字軍により、肉を引き裂いて走るも額の数cm先で止められる

 

 ……可笑しい。こんなにも銀の翼とは弱かっただろうか

 俺銀翼なのも違和感があるがまあそれは良い。そもそも俺と己の差は割と曖昧だ。弱さの無い俺、理想の自分、ただ回帰を果たす獣の姿、それが己人格。ではあるのだが、その状態と俺と、どちらもザイフリート・ヴァルトシュタインというフェイに与えられた名前の個我である。故にまあこんなこともあるのだろう。俺でも特に問題なく戦える、変な弱さは見せないという判断だろうか

 「貰ったぞ、悪魔!」

 「そんな、訳が、あるか!」

 銀槍が脇腹を貫く。それは気にせず、柄まで抉りこんでくる兵士へと、肥大化した角で頭突きで返す

 角は折れ、されども兜を被った頭はかち割れ、潰れたトマトのように脳を噴き出して体が倒れる

 どうにも思考と行動が噛み合わない

 翼を拡げて肉盾を振り払いながら後方に飛……ぼうとして、上手く踏み切れずによろける

 『さらばだ、悪魔よ』

 其処に、男が胸の前で切った十字から放たれた閃光が襲いかかり……

 「舐めるなぁぁっ!」

 揺らぐ紅剣でもってその光を叩き斬る

 左下へと切り下ろした剣は、そのまま空気へと溶け消えた

 

 ……何だろうか、このまるで聖杯戦争に飛び込んだその日、セイバーを召喚したその時とほぼ変わらない出力は。単独でサーヴァントとやりあうには、あまりにも頼りない血色の光

 『……それだけか、悪魔よ

 やはり運命は変わらぬ。異教徒は此処で滅びるが定めなのだ

 

 ……当に滅んだものが、二人居るようだがな』

 見下すように。腰を低く構える俺を微妙に見下ろして

 その男は、静かに告げる

 

 「……な、に?」

 フラッシュバックする、一つの光景。『いや、これで終わりだ、忌まわしき異教徒(あくま)よ。主の御心のままに、聖戦は成った』

 ……そんな、あの時、アサシンと契約していたのだろう瞬間、何故か見た光景。恐らくは俺が俺となった原因。獣は目覚めず、遊星は光届かぬ深淵に眠ったまま。銀霊の心臓ー<月王顕す盟約(ファンタズム・レガリア)>、ライン河の底から見つかったという、ニーベルングの財宝の一つだろうと思われていた、クリームヒルト死後沈められたからこそその一つだけが発見された、大王アッティラが彼女に贈った指輪ーそれがサーヴァントの降霊なんて起こさず眠ったままであった、本来そうあるべき俺の時間軸における、一つの夢の終わり

 

 「応えろ、<月王顕す盟約(ファンタズム・レガリア)>ァァァッ!」

 答えは無く。心臓は鼓動せず

 銀の翼も、砕けた片角も、空気に溶けて消えて行く。右目の視界が完全に消え、単に潰されただけの眼へと戻る

 残されたのは、最初のあの力すらも無い、単なる人間に毛が生えただけの失敗作。S346、コード:DD、ザイフリート・ヴァルトシュタインという名前だけは与えられた、ひとりぼっちの人造サーヴァント。本来は俺もそうであったはずの、十把一絡げの消耗品。何百何千と殺してきた者達と、神巫雄輝という巣くうべき人間が原材料であることしか変わらない、特別ではない誰か

 

 『主は仰せられた

 悪魔を滅ぼせと。千年王国はその先に待つのだ、と』

 「言って、ないだろう!」

 光の剣を生成……不能。振った腕は空を切る

 『それは異教徒(あくま)の戯れ言よ。主を信じぬ者故に、そのような妄言を吐けるのだ』

 「聖人だってもう少し理解はあるぞ」

 突きこまれる槍の柄を掴み、へし折って流用。何とかその穂先を投げて十字軍の兵士を一人殺す。けれども、それに意味はなく。凪ぎ払うほどの力の無い今の俺にとっては、一対多などもっての他

 『あの方はあまりにも人を赦しすぎる

 それは確かに、主の慈悲を信じるならば正しいのやも知れん。だが、我が名はそれとは相容れぬ。我は十字軍、我こそ異教徒より聖地を取り戻す願われし聖王。悪魔を滅ぼす、主の怒りである』

 銀の十字槍を、大袈裟に男は振り上げ

 『滅びよ、悪魔、あの日の運命のままに!』

 振り下ろされるその一撃に、対処する術は何故か今の俺には何もなくて。対する言葉はたった一つで

 「来い、ニアぁぁっ!」

 『らじゃー』

 瞬間、俺の体は襟を掴まれて真横へと引っ張られた

 

 「……何で今まで居なかったんだ、ニア」

 『やることが、ひとつだけ』

 そうして、緑のフードを被った少女は、何時ものように俺の前に少しぼんやりした表情で立っていた

 『……さて、茶番はそろそろ終わりますか』

 その横でのんびりと事態を眺めるメイドの少女には苦笑して

 『4つめは、向こうから来てくれたアレを倒す道です』

 「何が起こっている」

 そう、問い掛ける

 

 『あれは、ボクと同じ』

 一言だけ告げるや、青い髪の少女は倒していたフードを深く被る。顔が見えないほどに

 『そう、あれはあのアサシンとある意味同類、時空を越えたサーヴァント』

 「なんだそれ」

 『文字通りの意味ですよ

 剪定され消えていったであろう本来の時間軸。んまあ、色々と面倒な分岐等はありますし、焼却だ何だはとりあえず忘れまして』

 『彼も、その世界を知る者

 ……止めてくる』

 言うだけ言うや、アサシンの少女の姿は再びかき消えた。恐らくは、止めてくるの言葉どおり、旧ランサーの所へ行ったのだろう。勝つとは思っていないようだが、ならば無理もするまい

 

 『簡単な話ですよ。実在しない英雄。かの聖典に語られし主の使徒、かの者を呼ぶための道標

 伝承上の存在でしかないからこそ、アレはそれに相応しい力を持つ訳です』

 「それとこれと……」

 言いかけて、口をつぐむ

 大体の事が漸く理解できたから

 

 『分かりましたか?ええ、物分かりの良い子です』

 メイドの少女が浮かべるのは、邪気の無い笑み

 それが相変わらずどこか不気味で

 「ああ、あれか

 アサシンが最後のヴァンパイアハンターを集合しているように、あいつは……」

 『ええ、その通り。主を降臨させようという聖戦においてザイフリート・ヴァルトシュタインという名の悪魔を打ち砕いた十字軍の救世主。本来の時間軸で獣でも何でもないアナタを倒した者という点もしっかりと引き継いだ訳です』

 「だからあいつは、ザイフリート・ヴァルトシュタインを殺すものとしての特攻を持つと」

 ……

 「ふざけてるのか」

 『大真面目です。対アナタとしての決戦兵器。世界が用意したのかもしれないアナタという脅威から世界を護るヒーロー

 それが彼です。アナタが今何者であろうとも、伝承のままに人間に毛が生えた失敗作として挑み殺されたザイフリート・ヴァルトシュタインとしてアナタを討つ者。それが旧ランサーという存在、な訳ですね

 

 最後に負けるとは思いませんが、アナタを万一喪うと気分が悪いので、わざわざ出向いた訳です。少しはワタシに感謝してください』



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十一日目ーメイド少女と、帝都決戦 再戦

『それで、どうします?』

 上目遣い

 狙っているのだろう角度で、銀の髪のメイド少女はそう問い掛けてくる。僅かに上気した頬も、見上げてくる角度も、ワタシなら何とか出来ますよとでも言いたげに唇を綻ばせる所も

 

 ……どうでも良い、流されるな

 強くそう思って奥歯を噛む。やりすぎて割れたその空を切る感触に意識を取り戻す

 「どうします?もなにも

 

 俺の、己の、神巫雄輝の……そんなことはどうでも良い」

 『どうでも良いんですか』

 「……当たり前だ。そのうち何だろうがあいつを、旧ランサーを滅ぼした先にしか未来はない」

 アサシンの去った空間を見詰め、そうだろう?と虚空に問い掛ける。当然答えはない

 『本当にそうですか?

 ワタシに頼む、という手もありますが』

 「頼めばやってくれるのか?」

 『ワタシのものだと自覚して、セイバーとアサシンとの契約を破棄してくれればそれはもう喜んで』

 「そりゃ無理だ

 俺は俺を裏切らない。自分を裏切って、それで何が残るんだ?

 今更そんな手を使ってまで、フェイに助けてとは言わないさ」

 そう告げて立ち上がる

 幾らなんでもだ。立てないほど弱くはなっていない。あくまでも、伝説の再現として俺の性能が本来の世界、編纂事象の俺と同等程度まで制限されている、というだけだ。星は瞬かず、力は無く。それでも手足は其所に在る

 

 『……全く。人を使うのが苦手な人ですね』

 「上手い気は、しないさ」

 そんな俺の背に(翼を展開した時点で服の背は大体ボロボロだ。傷つけないような形の細かな指定なんて少しでも力を振り絞る必要があったあの時に出来たはずもない)、冷たい手が触れる。手袋越しの、スベスベとした感覚

 『ええ、知ってます

 あの子も、そうでしたから』

 「……そうか」

 あの子とは誰か、なんて聞かない

 俺はそれを知っている。誰かが円卓の騎士を呼ぶ可能性は高いとして、マーリンのフリをしていた昔のフェイの書いた資料なら幾らでも読んだ

 

 『俺は騎士王と違って強くはないけど、さ』

 『あの子も、強くはありませんよ

 

 それでも、選ばれた以上は自分がやらなきゃ誰がやるって、思ってただけです。アナタのように、ね

 ……だから嫌いです。反吐が出ます』

 

 そうして、背中に感じる重み

 フェイがぶら下がってきたのか、と思うがそれにしてはあまりにも軽い

 「……これは?」

 そうして、引き抜いて気が付く。一本の抜き身の剣だ

 その装飾にも見覚えがある。レプリカです、と言ってフェイが昔見せてきた鞘に入った剣……<約束された勝利の剣(エクスカリバー)>

 

 『ええ、言ったでしょう?そんな言葉は嫌いです、と

 なら、アナタの言うことなんて聞きませんよ、当たり前です』

 「……だから、押し付けたと?」

 単純にプレゼントのようにしか思われないのだが

 『その通りです』

 「何故こんなものが此処に」

 『……あの子の鞘を奪って保管していたの、誰だと思ってるんですか?

 ワタシが持っていない訳は無いでしょう?』

 「いや、鞘は分かるが」

 『……何のために鞘を奪ったと思ってるんですか?

 鞘と剣は一体、鞘を無くしたからと王を、剣の所有者としての指名を、潰そうと思っただけです。潰せませんでしたけどね』

 おのれマーリン、と少女は冗談めかして吐き捨て

 『ならば、鞘が在るならば当然其所に星の剣は在る。その程度、出来ないと思いますか?』

 「……分かった。パクらせて貰おう」

 『ええ、御勝手に』

 

 「異教徒(あくま)だ!」

 「邪魔だ!」

 「おお、神よ!」

 「祈りに応える者など、居ない!」

 「悪魔が!」

 「奪い取れ、勝ち取れ、対価を払え

 無償の救済など、何処にもない!」

 黄金の装飾がされた豪奢な鈍器を振り回して、兵の只中へ

 呼び出されている旧ランサーの夢(十字軍)も、今の俺も、拳聖やら剣神やらと呼ばれるには数段足りない存在。一般人に毛が生えたようなもの。ならばその勝敗は、武器と覚悟と、時の運でしかない

 そして、奴等は軍だ。万が一味方に当たれば、密集しているが故に、たった一人の俺に対して圧倒的に有利なはずの彼等の覚悟は鈍る。そうして、俺の得物は星の鈍器。俺を認めるはずの無い、本来俺にとっては不倶戴天の敵とでも言うべき星の聖剣。その剣を振るうことなど、本来俺は出来る筈がない。何処の世界に、破壊の星の尖兵に手を貸す蒼い星の剣があるというのだ

 だが、使い手と真逆な俺でも、だ。寧ろ俺の中に滅ぼすべき敵を関知して鈍く光りだしているかの剣を、使えなくとも振り回すには問題ない。斬れはしないしビームも出ない、そしてアーチャーの如意棒を奪って投げ返そうとした時を思い出すほど異様に重いが、とりあえず其所に在る以上振り回せる。そうして、異様に頑丈な鈍器というだけでも、武器としては上等だ。折れる心配はとりあえずない。というか、打ち負ける心配も変質する心配も無い武器って、当初の光の剣より余程強い。意地張らず、光の剣の芯にすれば同じとか言わずに最初から借りておくべきだったかもしれない。神巫雄輝だって重いものは魔術で身体能力上げて持ち上げる事くらいしていたのだし、使えなくもなかったろう

 

 閑話休題

 そんな訳で覚悟も武器も劣る相手を凪ぎ払うには特に不安はなく。人のそれなりに集まる場所を抜けるようにしていけば弓を構えた部隊は弓弦を引いたまま震えていて

 どうせ全ては旧ランサーの夢なのだから、構わず仲間ごと撃てば楽だろうに、と自分でも同じ立場なら出来ないかもしれない事を躊躇う弓隊を馬鹿にしつつ

 

 「成敗!」

 剣が重すぎて縮地は出来ず、魔術でもって強引に筋力を上げて振り回しつつ、戦場に辿り着くやその背から斬りかかる。恐らく今のボイコット中の星の聖剣では豆腐すら斬れない(けれども結果的に質量で崩れはするだろうから問題ない)為、斬るというのは正確ではないが気分だ

 『……ふん』

 だがそれは人の盾に防がれる

 王を体を張ってでも護るのは当然の事。だからだろうか、当たる直前に転移してきたとしか思えないタイミングで、近くに居なかったはずの兵士が間に入った

 

 「……来たぞ、ニア」

 『誇りの、為に?』

 「未来の、為に」

 『ぐれーと』

 背後から、数名の十字軍兵士が槍を手に襲い掛かる。それに対し、なにもしない。それを選ぶ

 その槍は届かず、正確に俺を避けて放たれたボウガンの矢に胸を射抜かれて虚しくその体は地面に転がる

 『……死にに来たか、悪魔』

 「違うさ、東方の聖王

 

 ……未来を紡ぐために、貴様を殺しに来た」

 『出来ると、思うか!』

 「貴様の伝承に!俺を殺す編纂事象に!ニアは既に居なかったはずだ」

 『そんな、差

 覆せなくて、何が主の(つわもの)か!』

 「…どうでもいい」

 『「オレ」は此処に居る。綻びはある』

 「ならば、後は……その首、貰うだけだ!プレスター・ジョン!」

 何時もなら直後に夢幻召喚!と叫んだろう。今はその力は無い

 

 それでも気迫だけは込め、重い剣を胸へと翳して、そう叫んだ



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十一日目ーメイド少女と、帝都決戦 終戦

リアル問題でエタ気味で、真に申し訳無い
また超不定期です


『……悪魔よ、去れ』

 ただ振り下ろされる一撃を、横転して回避。何時もならば縮地と洒落るがそんな力はない

 だが構わず一歩、そして

 

 『そこ』

 彼の得物は長槍。それは確かに強いだろう。当たり前だ、射程は俺の手の剣とは比較にならない。威力もまあ、俺の手にこの剣がある限りにおいて向こうの方が上だろう。ザイフリート・ヴァルトシュタインは星の聖剣の敵でこそあれ、使い手では決してない

 だがそれでもだ。得物を振るえば隙となる。俺は一人ではない。背中を預ける……には何とも奇妙な存在だが、アサシンが其処に居る。サーヴァント擬きにすらも届かない人間に毛が生えた失敗作(ザイフリート・ヴァルトシュタイン)と、本来はこれ以前に相討ちで消えているはずの死に損ない(ヴァンパイアハンター)。一には足りえぬ馬鹿二人、それでも星の剣まで足し合わせれば一に届くだろう

 振り下ろされるのはハンマーの一撃。かの聖王の体、何時ものボウガンでは相性が悪いという事だろうか。確かに対吸血鬼武器と吸血鬼が嫌いそうなものの塊な十字軍、何となく効き目が薄そうな感じはあるが…

 『無駄、無意味、無価値!』

 その一撃が届く前に、相手は体勢を立て直し迎撃する。地に着いた槍の穂先が跳ね上がって落ちてくる槌の柄を狙い……

 『ばぁん』

 突如ニアがその手に持つものが変化。何時ものボウガンへと変わる。護りも解け、槍はさっきまであった槌を相手するために半端な虚空に留まり止めるものは無い

 ブレは縦に。横にはブレぬが故にまあ当たる。アサシンの手に力が掛けられ、ボウガンから銀の矢が放たれる……

 

 『それが、限界か!』

 「その、通り!」

 突如銀の前に飛び出す銀の影。つまりは何時もの十字軍兵士

 その最後の盾を予測、出してきた瞬間に魔力ブーストを込めて、横凪ぎに星の剣を振り抜く!

 一時、銀の聖王への道は開き、其処を矢が駆け抜ける

 だが、それは……

 『……くれてやる。悪魔よ、その名誉をもって地獄へ行け』

 胸に当たる寸での所で左腕によって受け止められていた

 

 『……ふん!』

 そのまま両手持ちの横凪ぎ。槍によるそれをかわす為、アサシンと共に後ろへのステップ

 「……その腕、貰ってないが?」

 『血をくれてやると言ったのだ、悪魔よ』

 「固いことだ」

 軽口を……叩いている場合ではない

 そんなことは知っていても尚呟く。それしかやれることがないから。状況はまあ、贔屓目に見て1vs1。それは十字軍を無視しているから。フェイの気紛れか、殴りあい始めてからは十字軍兵士は一切仕掛けてこなくなった。……というのも、多分だがフェイの仕業だ。常時フェイを護る次元結界、この世界そのものを作り上げる宝具……<全て遠き理想郷(アヴァロン)>。三次元ほど飛び越えて初めて届くというその守りの一部を、俺たちと旧ランサーのみを世界から隔てる事に使ったのだろう。自分だけは例外として他の何者も手出し出来ぬよう。その証拠か、何時しか音は消えている。単に鼓膜が破れた……というのは当の昔に破れているから置いておいて、魔力でも知覚が不可能な程に静か。俺と、ニアと、そして旧ランサー、その3つの音しか世界には無い。後ろを振り返る隙はないが、もしも振り返ることが出来たならば、俺の後ろには蜃気楼のように揺らいだ景色が映っているのだろう

 では、何故盟主を庇いに兵士が来たかと言うと……呼べば召喚出来るだろう全ての兵士は奴の夢だ。あの鞘は人の夢を否定する宝具では無いのだし、夢の具象化はフェイがかの鞘を使って他のサーヴァントに付加したものなのだから世界を一つ隔てようがそれは止められない。逆に言えばそれでも隔てた先の世界に改めて召喚し直さなければ来ない。大量展開をさせなければ邪魔は入らない

 

 「……やってやる!」

 その意思をもって、星の剣を手に斬りかかる……

 

 そうして、数分

 決着は付かず、そもそも戦いの天秤は揺れず

 何とか戦えているという状態のまま、事態は何も動いてはいなかった

 ……ふと、フェイに頼むか?という弱気な思考が頭を過る。正直な話助けてくれフェイと一言言えば助けてはくれるだろう。だがそれをしてはいけないと直感が呟く。それでは全てが終わると

 

 「ならば!」

 大きく距離を取り、一つ呼吸

 そもそも何故思い出さなかった、というもう一つの戦い方を

 「降霊、始動(アドベント・コネクション)!」

 そう、降霊魔術。神巫雄輝が神巫雄輝で在り続ける事を許されなかった原因。俺を産み出そうとした元凶たる魔術。ある意味その極致に夢幻召喚(インストール)があり、今の俺はそんなもの使えない存在に墜ちている。だが、それは……神巫雄輝に毛が生えた失敗作として殺された本来の星と一切関わりの無い俺という限界に英雄伝説の再現として押し込められているから。ならば、神巫雄輝が使えたソレを、使えぬ道理などありはしない!

 力を貸せ、星の……

 「っ!」

 そこで、切れる

 ……願いは届かず、魔術は輝かず、星は沈黙する

 

 「くそっ!」

 行けると思った。あくまでもかの星とのリンクは向こうから切られた訳でも俺から切った訳でもない。不純なものによって強引に妨害されているだけ。今もアレと俺はこの胸の指輪によって微かに繋がっている。それは本来それ以上進むことはなく進んではならなかったものかもしれない。それでも、確かにリンクしているのだ

 ならば手を伸ばせば届くと思った

 だが、届かなかった

 『……悪魔がぁぁぁっ!』

 炸裂する十字の光。それをギリギリで星の剣の腹でもって受け止める

 にしても十字型の閃光ってゲームの魔法か何かかよと、そもそも妄想の産物故古代の人も英雄には光魔法かと謎の場違いな親近感も覚えながら

 星の聖剣は折れることはない。ヒビすら入るはずもない。けれども、その剣は俺の手から吹き飛び、次元を貫いてフェイのいる世界側に落ちる。多分怨敵の手から逃げたのだろう、健気な事だ

 

 『……迷った?』

 「……迷った?」

 聞き返す

 『終末の銀彗星になれば良い。それを止めた』

 「……そう、だな」

 そう、届かなかったのは俺の手だ。ふとした何かが、あそこで言葉を止めた。だから届くはずもない。そんなことは心の奥底では分かっている

 それでは勝てないことも識っている

 だから銀の星に手を伸ばせ。捕食の星を取り戻せ。『回帰』せよ。そんなこと、分かっている、はずなのに

 

 『諦めたか』

 槍が迫る。迷いが足を止め、致命的な隙となる

 どうしようもなく、迫る一撃。それは避けようもなく……

 小さな体を貫く

 

 何度目だろうか、彼女に護られるのは。何度目だろうか、彼に呆れられるのは

 何度目だろうか、自己に情けなさを去らすのは。俺は星の尖兵、終われない想いから遊星と契約し、俺としての自我が確立したその時から星の尖兵たる銀光を<月王顕す盟約(ファンタズム・レガリア)>に元々湛えた獣。そうであるはずだし、そうでなければならない

 だというのに、此処で立ち止まり、護られる

 「……ニア!」

 『……迷ってて、良い』

 「……そんな、事は!」

 『……これで、いい』

 「……良くない!」

 『……ぱーふぇくとじゃ、ない』

 「ならば!」

 『でも、ぐっど』

 『煩いぞ、悪魔共!』

 根元までその胸を貫いた槍が輝く

 

 『……「ボク」の、「俺」の、「私」の役目はこれで終わり』

 「……こんなんで、良いのかよ!」

 『……大丈夫、信じてる

 その迷いが、「ボク」の希望(ザイフリート・ヴァルトシュタイン)だと』

 その一言だけを残し、蒼い髪の少女は槍の放つ十字の光に消えた

 同時、腕に残る痣も消える。本来消えるはずだった時を越えた令呪は役目を終え、今度こそかのサーヴァントは何でもなかったものに戻り消える

 地面に落ちる一枚のクラスカードだけが、かつて其処に居た誰かの証であった

 

 「……ああ、さようなら(またな)、アサシン:ヴェドゴニア」

 だが、それで光は留まらず

 動かない俺の体をも、光の中に焼き払った



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十一日目ーさよなら、きつねの都

『……終わったな

 庇った意味も無かったか』

 詰まらなさそうに、銀と紅の聖王は呟く

 

 それを俺は見ていた

 肉体は無い。だがそんなものは関係ない

 

 「……意味はあったさ』

 『……何?』

 初めて、冷徹であった男の顔が歪む

 「……ああ、さようなら、アサシン。有り難う、強く在れない俺(ザイフリート・ヴァルトシュタイン)を信じてくれた強く在った俺(ザイフリート・ヴァルトシュタイン)

 『何が、聞こえている!』

 「とっくに御存知なんだろう、プレスター・ジョン』

 『悪魔は、死んだ!そのはずだ!』

 「……死んださ』

 一息置いて、告げる

 「……最後の魔狩人、ニアが同じくニアとして顕現していたコアの記憶。お前の存在を知っていた事の原因……

 全て、たった一つの理由だ』

 『悪魔の戯れ言など!』

 槍を振り回し、聖王は十字の光を放つ

 だが、何も意味はない

 「現代の吸血鬼(バーサーカー)現代の魔狩人(アサシン)と共に討ち果たした最後のヴァンパイアハンター』

 ああ、そうだ。俺の力を、星の緑光を半分持っていけたのも当たり前だ

 「サーヴァント、アサシン。ザイフリート・ヴァルトシュタイン(ヴェドゴニア)。それが、彼女(かれ)の真名。あの日お前の前まで自分が立てなかった事を知り、誰でもなかった彼女として、俺を助けようとしてくれた俺

 貴様が殺したサーヴァントは、そういうサーヴァントだ』

 怒りはない。それを半ば気がついていて最後までサーヴァントとして使ったのは俺だ。最低なのは俺だろう

 

 だから静かに、全てを終わらせる前に事実を告げる

 『何を……悪魔め、貴様』

 「ああ、英雄伝説は此処に完結した。十字軍の盟主、東方の聖王は確かに悪魔(ザイフリート・ヴァルトシュタイン)を討ち滅ぼした』

 そう、彼は確かに俺を殺し、英雄伝説を再現し終えた(・・・)のだ

 『ならば、貴様は!』

 「俺はザイフリート・ヴァルトシュタイン

 星と盟約を紡ぐ、遊星の尖兵(アンチセル)

 

 同時、もういいかと俺本体……体が燃え尽きて地面に落ちた<月王顕す盟約(ファンタズム・レガリア)>に魔力を通す

 「複合夢幻召喚(クロスインストール)

 遂に戻ってきた、ずっとアサシンが持っていた片翼、彼女の祈りか赤の中に緑の炎を巻き上げるそれを秘めたカードをも巻き込んで、詠唱。銀の翼を翻す何時もの姿を魔力でもって一から編み上げる

 

 『……何故、だ。悪魔よ……』

 「何故も何も、ザイフリート・ヴァルトシュタインはさっき貴様が殺しただろう?それで貴様の英雄伝説は終りだ、ブレスター・ジョン』

 実に久し振りだ、全部構成する際に無いのも面倒だからと右目等神巫雄輝の肉体からは喪われたものも構成した為に得た五体満足の体は

 『星を喰らう、悪魔がぁぁぁっ!』

 

 槍の一撃

 ……かわす気にもならない

 突き出される槍ごと、その右目を左銀翼を伸ばして貫く。残された穂先が上に乗って面倒なので左に凪いで落とす

 『……成程。やっぱりそうなりましたか』

 求めていた声に振り向く。やはりというか、翼振りで壊れるのを恐れたのか世界を元に戻した銀髪のメイドの姿が其処にある

 

 「……知っていたか』

 『ええ。だからワタシは最後に負ける筈がないと言ったでしょう?

 でもまあ、アナタがどうしてもあのアサシンを手元に置いておきたいならば、ワタシの手を取らなければならなかった

 だから聞いたんですよ、ワタシがやりましょうか?と』

 「余計な心配だったよ、フェイ』

 『ええ、そうだったようです。元々、アレ』

 と、フェイの視線は後ろで固まる男をちらりと見て興味無さげに此方に戻る

 『をどうにかする為に、令呪にしがみついて存在を維持していたようですからね。残る気は無かったんでしょう』

 「ああ、そうだろうな』

 そう笑い、手を差し出す

 『おや、握手ですか、ハイタッチですか?』

 「たまには良いだろう?』

 『まあ、勝利条件を満たすまでだけは強敵っていう、人をイライラさせる存在でしたからね』

 最早止めを刺していないことなど気にも止めず、俺の出した左手にフェイは右の手を合わせ……

 

 その甲を、引っ掻いた

 『……おや、ワタシの皮膚でも欲しく……』

 紅の光が弾ける

 令呪が砕ける

 

 ……そう。俺の狙いは……此処に来た目的は最初からこうだ

 フェイの手にある旧セイバーの令呪の破壊。フェイにとって令呪でもって縛り付けなければならないほどの大敵(旧セイバー)を、令呪を破壊し寄る辺を無くすことにより退場させる。フェイからの支配の解放、そしてこのヴァルトシュタインが勝つと決められた下らない聖杯戦争からの退場。それがあの桃色狐とかわした新しき盟約の内容だ

 フェイの敵の排除。一切嘘は言っていない。必要以上にフェイを傷付ける気も無い。あくまでも令呪は後付け、フェイを傷付ける事にはならない。ならば幾ら未来を見てようと、警戒してようと、破壊できないほどに俺を近付けない事は流石に無い

 「……約束は果たしたぞ色ボケ狐』

 約束を護れという気はさらさら無い。そもそもあの狐二匹は仮面を付けていた頃聞いたことによると旧セイバーによって召喚されている御付きのサーヴァントが現世でも動けるようにホムンクルスの肉体を使って受肉したもの……らしい。旧セイバー本体が消えれば共に消える。神核寄越せなどと行っても約束果たす前にすたこらさっさと座に消えれば渡す材料は何も残らない

 

 ただ、フェイにのせられたままが癪で。この夢の世界でやりあうのがどうにも苦手で

 だからその果たされる訳もない不平等盟約に乗った

 

 『なるほどなるほど

 まあ、やりたかった構いませんが……ワタシに言ってくれればすぐにでもあのサーヴァント消しましたよ?

 真の聖杯戦争、7つの魂集めたサーヴァント同士の戦いが始まった後、正直な話居なくても勝てる旧セイバー生かしておく意味なんて、倒すとあの狐まで消えるから寂しくなるって事だけですし』

 

 瞬間、世界が斬れた

 旧セイバーを旧セイバー足らしめる唯一の剣。生前刀剣類など持ったことがあるかすら怪しい繁栄した古代日本の帝。されどもかの血は天孫の尊き血統、なればこそ、その血を引く彼と天照大神……つまりあのピンク狐(玉藻前)が揃った時、天孫降臨の際に託された神話の再現として、神世の一太刀をこの世に現出させる。それこそが神器、天叢雲剣。草薙剣とも同一視される、草を薙ぎ炎を押し返す剣。ただ一太刀に限り、神世の剣そのものを振るう宝具

 これ則ち、(世界)を薙ぎ、(呪い)を返す対界宝具。今貼られたアヴァロンを凪ぐそれこそが……<神器・真形天叢雲(じんぎ・しんぎょうあめのむらくも)>

 消え行く間際放たれたかの宝具に斬られた妖精郷は砕け、世界は本来の有り様(伊渡間)に還って行く……

 

 『悪魔がぁぁぁっ!』

 と、もうどうでも良い奴の声がした、気がした




真名解放
アサシン:???/ヴァンパイアハンター➡ザイフリート・ヴァルトシュタイン/ヴァンパイアハンター


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十一日目ー世界への回帰

そうして

 剣を受けた世界は元に戻り

 

 「よっ。と」

 ふらりと体勢を崩し倒れこむフェイの体を、銀翼を解きゆっくりと右腕で受け止め、抱え込む

 左腕は再び無くなった

 無くなった……というのは他でもない。消し飛ばされた神巫雄輝の体がそうであったように、左腕が肘先から消し飛んでいる状態に戻ったという訳だ。戦闘中ならばそれこそ外殻を纏えば良いのだから無視で良い。だがまあ、コアたる今の俺の姿は未だに摂理に還す神鳴の影響を受けているという事なのだろう。同じく右目も光を失い、元の見えないが故に別のモノを見る目に戻っている。まあこれは、両目の視界が残っている事よりもよほど俺の本体(封印された遊星)がハッキングしたかの月の聖杯からの情報を重ね見る目の方が有用なのでもしも両目が健在であれば自分で抉り取っただろうが

 だが逆に言えば残った傷は摂理の神鳴が消し飛ばしたその二つ、そして某アーチャーの宝具が掠め取った耳だけ。引きちぎった足も何もかも、再びこの体を形成する時に存在する状態に戻った

 

 『……おや、そこまで戻るんですね

 ついでに全部修復したものかと』

 抱き込まれたまま、少女は首だけ曲げて此方を見る

 「銀翼とは外殻。コアがどんな姿でも問題はないだろう」

 『ええまあ、気に入ってるならばそれはそれで良いと……』

 言葉は途切れ、紅の花が咲く

 

 別に何処からか射られた……とかそんなではない。ただ単純に、吐血したというだけだ

 世界は揺らぎ、狐の都は既に街にプロジェクターで投影した陽炎であるかのように朧気。変わりにかなりしっかりした影として、伊渡間の街並が戻ってきている。未だ人は居らず、けれども人が居れば唐突にその細い喉をどうやって通ってきたと言いたいレベルの血塊を吐いた少女に多くの目が集まるだろう

 『……かはっ』

 二度目。今度は俺の方を向き、わざとだろう、胸元……というにはちょっと低い場所に向けて吐血

 『……成程

 やはりというか、効きますね……』

 いやー困りましたとばかりの嫌味。正直そこまでのダメージは無いだろうと言いたくはなる

 

 「ああ、そう……だっ!」

 唐突な吐き気。体内の血総てが針におきかわってしまったかのような痛み。全身の血管に細かな穴が無数に空いたように迸る感覚に、一瞬だけ平衡感覚が狂う

 恐らくは口の端から血が垂れただろう

 ……フェイの吐血も理解した。これはまあ、衝撃を血として逃がしたくもなるだろう

 かの宝具は呪い返しの対界宝具。塗り潰した世界をそのまま跳ね返す草薙剣。遊星の尖兵としての特性的に多少周囲の世界を侵食していた俺も、その跳ね返しを見事に食らったという訳だ。世界そのものを展開していたフェイには到底及ばない反動ではあるが

 ……となると、よくもまあ気絶しないものだ、なんて思って、ちょうどよい高さにある銀の光を湛えた頭に触れ、少しだけくしゃっと

 

 『……なんですか、いきなり頭を撫でて

 ワタシは子供ではありませんよ』

 「いや」

 言いかけて、何でこんなことやったのか自分でも分からなくなる

 「多分、紫乃の事を重ねたんだろう」

 そう、もう居ない少女の事を。砕けた魂の欠片を繋ぎ合わせる中で見た彼の記憶のなかには確かに割と良く頑張ったなと紫乃の頭を撫でていた場面があったはずだ

 

 『……廃棄物の事を口に出されると割と不快ですね』

 なんて言いながらも、ホワイトプリムのついた頭は特に逃げる様子はない。咎める言葉も紫乃の名前を出したこと

 ……未来はまだ見えているはずだ。あの世界はなくなったが、それでも此処は伊渡間市。ヴァルトシュタインがモーガン・ル・フェイと共に何時か七度の聖杯戦争を越えて救世主を光臨させようとした地。かの地の龍脈は伊渡間の森なんて位相のズレた世界を用意出来るほどには歪められており、未来が見えてもおかしくはない

 だというのに逃げるどころか頭を預けたままというのは…

 

 分かっているのだろう、と奥歯を噛む。微かに撫でる手に力を込める

 この手に力を込めれば。今の瞬間に銀の翼を翻せば、この少女の銀髪の可愛らしい顔を消し飛ばすのも難なく出来るだろう。逃げる余裕など与えない一撃で終わらせる

 紫乃の(かたき)討ち、なんて嘯いて魔がさせば、それで殺せてしまう。そんな状態で、そんな未来が見えていても大人しく命を人質に取られたままでいられるだろうか。少なくとも俺には無理だ。座して死を待つなんて俺には出来ない。神巫雄輝の死を、あの最期を、理不尽な悲劇を認められなくて、俺は星の尖兵にまでなったのだから。更なる理不尽な死を撒き散らして

 

 だから、分かっているのだろう。結局俺にはフェイを"まだ"殺せない。大切なモノを、神巫雄輝の為に守りきらなければならなかったはずのものを……

 いや待て。『回帰』すれば良いだろう何を考えている、俺。気でも狂ったか?

 

 なんて、何時しか狂っていた歯車に愕然とし、舌を噛んで気を確かに持つ

 閑話休題。神巫雄輝の幼馴染の仇であろうと、大丈夫だと確信している

 そうして、気を散らせた瞬間

 

 背後から迸る雷鳴に、漸く気がついた

 『もう少しこのままで構いません』

 体の強張りに対して暢気?或いは煽りかそんなことを言うフェイの頭から手を離して首筋を掴み、そのまま縮地。魔力を踏んで空間を飛び越え、後方へと飛び退く

 

 『はぁぁぁぁぁっ!』

 そんな俺が一瞬前まで居た場所に、煌めく神鳴が降り注いだ

 「……ミラ」

 『全く、一時しのぎなのは知っていましたが本当に空気が読めませんねこの腐れ裁定者は。もう少し大人しくしていて下さい邪魔です』



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十一日目ー星の剣と

「来たれ、虚空からの収穫星

 夢幻召喚(インストール) <涙の星、軍神の竜>(ハーヴェスター・デザイア)

 『かの袋の銘は夢。明日を望む、無辜の祈りっ!

 <純白の夢嚢(デザイア)>っ!』

 『はあ、仕方ありませんね

 其処は我が夢跡。未来への墓標

 <遥か遠き理想郷(アヴァロン)>』

 とるのは全員構え

 自身の切り札の前提たる宝具の解放

 

 そう、前提である。これ等の宝具そのものに勝負を決める力なんてものはない。銀の翼を翻そうが、人々の夢を集めたサンタクロースのプレゼント袋を呼び出そうが、何度か見た金装飾の鞘を自身の前に浮かせようが、それそのものには特に意味はない。重要なのは次の一手

 

 『これは、星を……皆を守る戦いだからっ!

 十三拘束(シールサーティーン)代理決議開始(ディシジョンスタート)!』

 これは、白き巨人との生存競争であるー代行承認、ミラのニコラウス

 『目覚めを、星の剣(アウェイクン)

 妹ではありませんが、仕事の時間です』

 鮮やかなサンタクロース服の少女が選ぶのは、やはりというか一度見たあの黄金の剣。フェイが使いますか?とちらちらと見せてきたものとはまた形状が違う星の聖剣。恐らくは……違う世界における星の聖剣なのだろう。推測するならば今のこの世界ではなく、俺を俺たらしめている星が封印されている平行世界における星の聖剣。この星の剣がフェイの手に、意に沿わない相手の手に在るが故に人々のネガイニ呼ばれたという形だろうか

 対するフェイは、無造作に鞘からそれと良く似た豪奢な剣を抜き放つ。鞘だけであり、何処にも無かった……というのは無粋だろう。少し前に解説されたはずだ。剣と鞘は一体、鞘の方が重要である……という事になっている。ならば鞘が此処にあるならば剣が無いはずがないという話だろう

 

 そして俺は……特に何もしない。アサシンが消えて彼女(かれ)の持っていた光は俺の中に戻った。銀の翼は更に本来の姿を……遊星としての真の力を取り戻している。完全ではないが、それでも構わない

 本来銀翼を形成するのは3つの光。俺が元々振り回していた冷たい血色(戦士)の光。未だ無い慈愛の蒼き(女神)光。ニアという少女人格を仮に主体として作ったアサシンの心にあった迷いの(少女)の光。全てを束ねた勝利の銀光(破壊)。神に届かず、少女に非ず、優しさの無い俺という個体では取り戻しようが無かったはずの本来の尖兵(セファール)が持つ光のうちひとつが、今の俺の中に燃えている

 ならばこの2/3銀光でも二人の少女の戦場(いくさば)に割り込むことは可能だろう。今までほぼ紅、戦士としての唯一俺でも在る光のみで銀光を強引に使っていて何とか切り抜けられたのだから。お陰で変に俺に戻ったりしたのだがそれは過ぎたことだ

 

 それでも、ならばどうするという未来を思い描けないので銀翼を翻したまま止まる。銀翼でなければ死ぬだろう。俺という存在を分かってない相手であればこそ、首を跳ねるだ心臓を貫くだの無意味な事をやってきてくれていた。ミラもフェイも、そうではない。俺を消すならば胸に埋められた銀霊の心臓……そのコアたる指輪を破壊すればいいという事はわかっている筈だ。だからこその、後ろ向きな護身である

 

 『全く、価値が下がるので偽物は御遠慮ください』

 気軽に黄金の剣を軽く素振りしながら、銀の少女はあっけからんと言う

 全く気負いしていない。あの世界ではなくなったとはいえ此処もヴァルトシュタインの地には違いない。自分が負けるはずはないと未来でも見えているのだろうか。それとも、勝つ未来が見えてるから余裕だと思わせ気圧されてくれればとわざとやっているだけか。其処は千里眼:EXならざる俺には分からない

 『偽物じゃないよ

 人々の願い。それでも明日を生きたいっていう、ちっぽけで大切な、みんなの祈り

 本当はそこの剣の役目なんだけどね、それを思いきりサボってるみたいだから、代わりに来てくれたんだよ』

 是は、己より強大な者との戦いであるー非承認、ベディヴィエール

 

 と、ふと段々と光を増してゆく剣が語る決議が気になった

 ……解放されたのは8つ。最後のひとつは振るうその瞬間だろうから置いておいて、だ。4つの非承認が耳に残った。残り3つとは即ち

 是は、誉れ高き戦いであるー聞き逃したが確かパーシヴァル

 是は、精霊との戦いではないーランスロット

 是は、私欲無き戦いであるーギャラハッド

 である。つまりは、これはミラより弱い精霊相手の誉れのあまりない私欲混じりの戦いであるという事になる

 ならば、これは……

 

 是は、世界を救う戦いであるー承認、アーサー

 『代行解放

 <約束された(エクスっ)!』

 『妹の剣でしょう。少しは本気を出して下さい

 <約束された勝利の剣(エクスカリバー)>』

 一瞬の迷い

 それを振り切り、翼を噴かせ

 『勝利の剣(カリバァァァッ)>!』

 

 見下ろした足元を、視界を、ビル数個を飲み込むほどの意味不明の幅を持った光が貫いた

 『……全く

 こういうときはしっかりともう少しロマンチックな抱き上げかたをするものです』

 なんて、ギリギリ首根っこ……という訳ではないが軽く剣を振り下ろしたその左腕をひっつかんで持ち上げた為に俺に吊るされるような形になった少女がぼやく

 「……半径100mはあるぞ何だあの範囲

 承認9だろいい加減にしろよ」

 と、こちらもぼやく

 

 そう、分かりやすく言えば、あの瞬間。銀翼から紅の光を全開にし、俺はフェイをひっつかんで空へと逃げたというわけだ

 理由はあまりにも簡単。精霊を相手にしているとあの剣が承認で教えてくれたから。当然ながら俺は精霊とは本来は仇敵であり、フェイは精霊に近い存在である。ならば、あの承認結果はあくまでもミラはフェイ目掛けて一撃を撃ってくるという証左。一瞬の迷いーここで無視すればミラがフェイを倒してくれるのではないかーを振り切り、ついその体をつかんで翔んでいたという訳だ

 『……あそこでワタシが居なくなっていた方が良かったですか?』

 「……いや、そうしたらきっとミラは、その後俺を殺しに来たよ

 ……そこまで来たらもう、止まれないから」

 言いつつ、まあ良いかとフェイを抱えようとして……

 「お願い、如意棒っ!」

 その背の翼を、紅の棒が星の輝く夜の空に縫い止めた



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十一日目ー選ぶ道は

リアルとか、別作品とか、リアルとか、別作品とかのせいで半エターってました
これからも超不定期です


「ぐっ!」

 体が空に縫い止められる

 こんなもの、と抜け出そうと翼をブースト

 びくともしない。壁に釘で打ち付けられでもしたかのように、虚空に縫い止められ微動だにしなくなっている

 後ろにまで首を180度回せば確認出来るだろうが、そもそもそんな必要はない。首の骨外せば回せるしやっても良いのだが時間の無駄だ

 

 「星の、聖杖……」

 ぼんやりと、そんな言葉を呟く。俺ではなく己の中に、虚空の遊星の記憶に残る忌まわしい名を

 「<大河鎮定神珍鐵>、貴様か、アーチャー!」

 『いや違うでしょう』

 と、冷静なフェイの突っ込み

 知ってた、流石に出てこないだろうあのアーチャー

 「かーくん、なんでなの!」

 響くのはそんな声

 

 まあ、当たり前ではあるが、紫乃の声。死んでいなかったらしい

 いやまあ、良く良く考えればあのフェイのカウンターは異次元に放逐するだけの宝具らしいし、ミラも直前に放逐していた訳だし、普通にミラと二人協力して生きて戻ってきても可笑しくはないのだ。次元をぶち抜く宝具だってアーチャーから借りている訳なのだし。だからそもそもの話、フェイが紫乃を殺したかのように思っていた前提からして間違っていた。言ってしまえばそれだけの事

 「……紫乃」

 果たして、ハシバミ色の少女は黄金の雲に乗せられ(立ってはいない。膝を折って座っているし完全に雲側が配慮して落とさないようにしている)、空に居た

 

 「世界を貫き、星を繋ぎ留めるは星の聖杖

 再び邪魔をするか、猿!』

 俺の中の己が猛り狂っている。それに身を任せれば、完全な銀の翼に戻れるだろうか。分からない。そもそもその果てに何があるのか、それすらも不明瞭になってくる

 俺は本当に、この先『回帰』出来るのだろうか。銀の翼を翻し、星の尖兵として世界を破壊したその果てに、本当に?

 今までロクに疑問にも思ったことがない、当たり前だとしていた事が揺らぎ始めている。これで、こんな俺に、本当に未来を託して良かったのかよ、ニア

 そんな事を思ってしまい、奥歯を噛んで振り切る。己の猛りごと、銀の翼を溶かして振り払う

 

 そうして、紅の翼を広げ直した

 「……紫乃」

 『彼はワタシを選んだ訳ですから、負け犬はとっととお帰りを』

 「選んでないぞフェイ」

 『と、口だけは素直ではないですが

 成程、これが現代で言うつんでれというものなのでしょう』

 「かー、くん……」

 『危ないよ、わたしの後ろに下がって!』

 雷鳴と共に、金と赤の少女が空を駆け上がる。ミラだ

 当たり前と言うか、ダメージも何も無いんだから追ってくるわなという話

 

 『……迷ってるよね、フリットくん』

 投げ掛けられるのは、そんな声

 「迷い、か」

 『だからね、戻ってこれるよ』

 優しく響く、聖女の声。全てを許すような、甘い声

 『そんな訳無いでしょう。もう戻れませんし、戻ることに意味もありません。アナタはもう選んだんです、今更止まっても半端に終わるだけ

 大人しくワタシと来るべきです』

 それを否定する冷たく、けれども心地良い声

 

 「俺は」

 「かーくん!どんなに変わっちゃっても、かーくんはかーくんだから」

 ……紫乃

 

 俺は、己は、俺は……

 「俺は、神巫雄輝じゃ、無い!」

 俺は、俺の信じた道を行く!神巫雄輝を救いたいと思った心は、多くの命を屍に変え築き上げた祈り(のろい)は、決して間違いなんかじゃ無い

 「俺は……」

 「ザイフリート・ヴァルトシュタインだ!」

 「かーくん!」

 選ぶ道は、第三

 

 フェイの元から去り、ミラと決別し

 ただ、空を駆ける。この聖杯戦争に決着を着けるために

 本当に?と、紅の光に混じる、少女が遺した緑炎が揺れた、気がした



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十一日目ー醜い女の争い(多守紫乃視点)

「……良いの?ミラちゃん」

 飛び去っていく赤い光に、私はそうそれを何もせずに眺める少女に問い掛ける

 

 『うん、これで良いんだよ』

 「……何で?」

 説得は失敗した。紅の翼を広げ直したかーくんは飛び去ってしまった。なのに

 『すぐに折れるなんて思ってないよ

 

 でもね、フリットくんは気が付いてないかもしれないけれども、そこで紅の翼を翻す事そのものが、フリットくんが迷ってるって何よりの証だよ

 って感じかな。俺はザイフリート・ヴァルトシュタインだ。その言葉を、わたしはずっと聞きたかったから』

 「?どういうこと?」

 全く分からない、説明が欲しい

 

 『うん、紫乃ちゃんにも分かりやすく言うとね。彼にとっての根底にあるのは銀の翼、星の尖兵としての存在なんだ。神巫雄輝じゃない。彼の為に戦った誰でもない人格(ザイフリート・ヴァルトシュタイン)でもない、契約の果てに彼の存在を捕食した星の尖兵(アンチセル)。でもさっきの彼は銀の翼を解いて不完全な紅にわざわざ戻ってから飛び去ったでしょ?

 本来に近い状態からわざわざ不完全になる必要なんて何処にも無いよ。あるとすれば、完全でありたくなかったって時だけ。アンチセルじゃなく、アンチセルになった原型を尊重した場合は、わざわざ原型っぽくなるよね?ならば彼は今、星の尖兵と尖兵に力を求めた人間に近い人格の間で揺れてるって事だよね

 わたしは星じゃなく、星に願ってでも足掻いた彼を助けたくて、だから彼に戻りかかってるあれで良いんだよ』

 ふわりと、金の少女は笑う

 『漸く、君に手が届くよ、フリットくん』

 『……届かせません』

 其所に、ずっと見ていた少女が黄金の剣で斬りかかった

 

 『ううん。届かせてみせるよ、貴女が何をしようとも

 自分を呪って、それでも頑張ろうって思ってたザイフリート・ヴァルトシュタインを助けたくて、わたしはこうしてずっと聖杯戦争に関わってるんだからね

 全く、ルーラー業務はもう終わってるしそもそもわたしから願い下げなヴァルトシュタインを勝利させろって話だったから、本来もう居る義理なんて無いんだからね』

 その剣は届かず。手袋の甲で受け止めて、ミラちゃんは笑みを消す

 『ならばとっとと座に帰って下さいワタシと彼の邪魔です』

 『そっちこそ、そんなだからフリットくんがこんなに星であらなきゃって追い込まれてるんだよ?』

 『ええ。彼にはどこまでも星の危機、捕食遊星(ヴェルバー02)であって貰わなければなりませんから』

 『それが、可笑しいって言ってるの!』

 雷鳴一閃。ミラちゃんの拳は、銀髪の少女の頬を確かに撃ち抜いた

 

 『……やはり今の状態で防ぐのは無理がありましたか』

 けれども、別に何にも堪えていないように、銀の少女はのんびりと語る。その頬にはちょっと朱が残り、決して無傷ではないのに

 『というか、そもそも此処でアナタと遊ぶことに意味はありませんし、とっとと消えて貰えます?』

 『ううん、わたしにとってはとっても有意義な時間かな

 わたしだって、怒るときは怒るからね!』

 『そんなこと知ってますよ。キレてやりすぎて破門された事もあった馬鹿の事ですから』

 軽く光の玉でもって攻撃するくらいで、銀の少女はのらりくらりと雷撃をかわす

 それに構わずミラちゃんはその素の手で殴りかかる……けれども、何時もより遅い。殺す気というよりは、殺さないけど一発殴らせろって感じ

 

 それを見てるだけの私はどうしようって迷って

 でも、この手の中にはアーチャーが残してくれた武器があって

 「お願い!」

 その手に握った如意棒に、私はそう願っていた

 

 景色の揺らぎを貫いて、空を紅が走る。如意棒が私には反動がないんだけどとてつもない勢いで延び、一瞬だけ銀の少女の眼前の空間の歪みに突っ掛かるも止まらずに歪みを粉々に砕いてその脇腹を掠めた

 

 すっと、少女が目を細める

 ずっとミラちゃんと半分本気ってくらいでやりあっていた少女が、私を見る

 それは、底冷えのするくらいの冷たい目で。これが、明確な殺意なんだろうか、なんて事だけは頭が働くんだけど

 蛇に睨まれた蛙のように、私の体は動かなかった

 『恵まれ過ぎた、邪魔者が』

 魔法の……じゃなくて魔術の光玉が迫る。ノーモーションで少女から放たれたそれを、呆然と私は眺め

 「うわっ!」

 突然金の雲が私を振り落とし、私の体は自由落下に飲まれる

 その私の頭の上を、光が通りすぎていった

 

 『マスターさんを殺す気かな?』

 『ええ。当たり前でしょう?

 アナタを殺す意味は正直ありません。アレは殺さなければ気が済みません

 あまりにも恵まれていて、それが基本自分の努力と何ら関係なくて

 

 ……反吐が出ますね本当に』

 ミラちゃんと軽く戦っている時は見えなかった感情。かーくんと居た時とは違う剥き出しの心。それが、また筋斗雲に拾われた私に向けられていて

 怯える私の心を汲んでくれたのか、雲はミラちゃんの後ろに私を隠す

 

 『……フリットくんを追い込んだ貴女が言うかな、それ』

 『本当にどうするのが一番良いかを考えなかったアナタに言われたくはないですね

 せめてとっとと聖杯戦争から排除しておくべきだったんですよ。あまりにも邪魔です』

 『……うん、ちょっとだけね』

 「ミラちゃん!?」

 思いがけない言葉に、思わず目をしばたかせ

 

 『うん、フリットくんはまだ自覚あったけどさ、あのアーチャーさん反則過ぎだよマスターさん一人で戦えるだけのものを残しておくなんて。サーヴァントじゃなくて、それでもサーヴァントにその気になれば普通に勝てる力。マスターさんは気が付いて無かったみたいだけど、星の聖杖を貸し出されてからのキミは、わたしたちサーヴァントからしたらちょっと怖かったんだ

 でもね、わたしはフリットくんを助けるって、助けたいって思ったから。マスターさんを殺させる訳にはいかないんだ!』

 『いい加減、ここで死ぬ未来に確定して欲しいものですから、ね!』

 チリン、とミラちゃんの胸元の鈴が鳴る

 『<夢紡ぐ聖者の鈴(セイント・ニコラス・サインズ)>』

 ミラちゃんの服が変わる。同じサンタ服なんだけど、纏う空気が違い、各所に金の装飾が増える。そして、バチバチとスパークが舞う

 そして……

 

 『あいよ、ストーップ』

 そんな声に、ピリピリした空気は引き裂かれた

 「この声……旧アーチャーさん?」

 『ヴィルヘルム兄さん、な』

 「……此方に進みますか」

 ふわり、と

 銀の少女は高度を下げて地上を目指す

 それを追い、そして追い越すように雷鳴が走り抜けた



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十二日目ー女神同盟

そうして、戻ってきた街をあてもなくさ迷う

 ……何故、あの時飛び去ったのだろう。何でだったのだろうか

 そんな事すら、分からなくて

 

 自分の事すら、今の俺は分からない。何が本当で、何を信じれば良いのだろう

 銀の翼、星の尖兵。それが俺だ。ザイフリート・ヴァルトシュタイン。幾つもの偶然から産まれ、星の輩として存在を繋いだ何者でも無かったはずの霊子の塵。神巫雄輝を救うためにだけ存在するシステム

 そうであるべきだし、実際問題そうである。そのはずだ。分かっている。そんなことは正しいのだと

 

 だが、だ。思い浮かぶのは柔らかく笑う銀の少女の顔。朗らかに笑う金の少女の顔

 切り捨ててきたはずなのに、何時かゼロになるものだとしてきたはずなのに。少しくらい持ってても良いだろうしてきた想い出の残骸は、何時しか背の翼をもってしても運びきれないほどに重く大きくなっていて。捨てなければ

 そうすれば、俺は本来あるべき銀の翼に戻ることが出来る。捕食遊星の端末、指輪を通して顕現した異次元より蘇るアンチセルへと

 ……本当に?

 あってはならない疑問が胸を過る

 

 そもそも、この思考そのものが、いや、今の俺そのものが……

 遊星の意思によって歪められていたのかもしれない、なんてバカな考えが泡のように浮かんで弾けた

 

 「あ、おい!君!」

 ……戻ってきたのだろう。警察の人だ

 ……どうでも良い。ただ、あてもなく歩みを進める

 「……っ!その紅の目は!」

 どうしたのだろう。紅の目?ああ、確かにそんな眼の色してるが

 「応援要請!応援要請!食人一派を三丁目東通りで発見!形態は男性型、大型の角を携えた異形上位個体と思われる!至急応援を!」

 ……と、警察らしき人は通信を始める

 人食いの一派?ああ、そういえばバーサーカーの奴が大いにやらかしてたな。その関係か

 大々的に人を襲っていたからな。人を食う血色の眼をした集団。まあ、ミラが何とかしていたっぽいが実際に襲われた人々が何人も居るだろう以上完全に誤魔化しは効かないか

 

 にしても、仮にも人間に銃を……と、言いかけて。前から生えてた血色の角が角であると明確にわかるほどに延びたままであるということに気が付く

 忘れてた。翼は流石に仕舞っていたのだが角はそう気になるものでもなかったしな

 発砲。飛んでくる銃弾は、そのまま顔面で受ける

 「んなっ!」

 無傷。サーヴァントであれば同じことがほぼ誰であれ出来るだろう。吸血鬼でも似たようなものじゃないのか?

 ……いや、と落ちた銃弾を見て否定。弾の中に何か仕込まれている。物理火力をあげた代わりに魔術的な性能の下がった黒鍵って感じの弾丸だなこれは。聖堂教会辺りが事態を早くに集束させる為にでも贈ったのか?また変なものを。だが、まああのバーサーカー残党くらいには効くだろう。バーサーカー本体なんかには全く通らないだろうがあれはサーヴァント化した吸血鬼の伝説だからな、普通の人間の使うものが魔法以外で通る方が可笑しい

 

 「くそっ!化け物共め!」

 二発、三発

 乾いた銃声が冬の寒空に響き渡る

 「失せろ』

 その声は、自分の思ったものより大分低かった

 紅の翼を拡げて、そのまま槍のようなその血翼で首を……

 って、何してるんだろうな、俺。ナチュラルに魔力を……と相手を喰らいかけた。駄目だと分かっているはずなのに

 

 「う、うわぁぁぁぁぁっ!」

 銃すらも放り出し、警察の人は逃げ去って行った

 「……武器は魂を懸けるものだろう。捨ててくなよ」

 なんて呟く俺の背に

 『いいえ、命乞いだもの棄てていくわよ

 自分はもう戦えません逆らいませんだから許してーって』

 なんて言葉が投げられる

 

 「……セイバー」

 『ええ、久し振りね道具(マスター)。いえ、久し振りというほどでも無いかしら』

 そのサーヴァントは、悪びれることなく微笑した

 そしてその横に見える騎乗していないのがどこか不思議にも思える人物は……

 ライダーだ。ライダーのサーヴァントとセイバーが共に居るのは別に可笑しくはない。旧ライダーに昔仮面夫婦だったよしみで押し掛けてたからなセイバー

 だが、旧、とつかない方だ。つまりは、第七次の生き残りであるライダー、ユーウェイン。獅子の騎士

 

 「何の用だ、ユーウェイン」

 『良い知らせと、悪い知らせがある』

 『悪い知らせと、とても悪い知らせがあるわ道具(マスター)

 「……仲良しか?」

 『いえ。今は違うわね』

 「まあ良い

 良い悪いは個人の感想であり同件か?それとも別件か?」

 『同件……のはず』

 「じゃあどちらかでも良い

 いや、悪い知らせから話せ、ユーウェイン」

 その言葉に、はあとその騎士は溜め息を付いて

 

 『女神同盟なるものが発足した』

 と、変なことを言ったのだった

 

 「女神同盟?

 この時現界しているサーヴァントで女神と呼べるのは……」

 軽く思い出してみる

 「かつてランサーと呼ばれたブリュンヒルト。それだけだろう?

 ミラは神の使途だが女神ではない。フェイは妖精だが女神と言えはしない。紫乃はサーヴァントではないし女神なのは神巫雄輝にとってだけだ

 そもそも、ブリュンヒルトも戦乙女ブリュンヒルデの力だけを使っている反則スレスレであり女神と呼べるかどうか」

 『もう一人、居るでしょう道具(マスター)?』

 「あれは最早残骸だ

 あ、オレ負けたことで良いからちょいとこの体を構成してる霊子を霊基の核ごと聖杯に入れとくぜ?なバケモノじゃあない。素直に未来が見えるか何かでたかを括っていたらフェイに不意を撃たれて聖杯に叩き込まれた女神モドキだろう?それがどうした」

 『復活した』

 「……正気かよ」

 と、思わず呟く

 

 もう一人の女神、ギリシアの女神アテナ。正確には、彼女の力を借りたカッサンドラ。ほんの少しの間だけ同行した久遠某のサーヴァントだった者だ。7つの聖杯戦争を越えた後の聖杯戦争を始めるために当時は参戦サーヴァント枠外のフェイによって当の昔に俺の知らない所で潰されていた第七次のキャスター

 その彼女を救いたい一心で、あの吸血鬼は死に残っていたらしいが……

 

 『そして、これが良い知らせに繋がる』

 「どう繋がる?」

 『女神同盟の切っ掛けですが

 私のマスターが、残骸の神殿に侵入し、同じく死に残っていた彼女のマスターを私に殺害させた事です

 

 首を跳ねられた少年が消滅の間際に最後に残された力を振り絞り

 そして、それは奇跡のように、聖杯に埋め込まれた女神に届いた』

 「で?お前のマスターは奇跡が起こって復活した女神に消し飛ばされたと?」

 『その通り』

 「何処が良い知らせだ

 フェイに頼んでマスターを適当に見繕って貰え」

 『その結果、母上の事も考えた場合最終的に貴方しか居ない。私と友はそう結論付けた』

 「……はあ」

 要約するとこうだ。フェイに負けて聖杯に取り込まれてたキャスターが何でか復活して自分のマスターが殺された。このままではマスター不在で消えるからお前がマスターをやれ

 

 「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 『……我が王の騎士足らんとするユーウェイン、その言葉を受けましょう』

 「じゃあ令呪をもって命ずる、自害しろ」

 『お断りします。令呪が本当に使われていれば逆らえませんが』



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十二日目ー真の敵

……何ヵ月ぶりですかね更新
オリュンポスが来たことで主人公やギリシャの神々の公式設定割と知れたので漸くラスとまで突っ走れます(これからも超不定期しないとは限りませんが)。出来れば最後までお付き合い下さい


「……結局、あの女神が復活した、というのが案件だった訳か」

 

 夜。ホテル……なんてものは今ややっているわけもなく。公園に寝転びながら、そう語る

 今日1日回ってみて良く分かった

 この場は、封鎖された場所と化している。フェイにより決戦場アヴァロンに飛ばされてからの4日ほど。隕石が落ち、未知のウィルスが伊渡間市周囲に蔓延した……という扱いになったらしい。なんだそりゃと言いたくなるが、確かにあの場はそうとでも言わなければならない惨状であったのだろう。吸血鬼のバーサーカー、ランサーにされて消えた彼の血による住民の大量吸血鬼化、それに抗うための俺の遊星化の進行。神秘の秘匿など何一つ考えず、相手をぶちのめす為にぶつかりあったあの戦いは……。秘匿が可能なヴァルトシュタインの森を抜け、市にまでダメージを引き起こしていた。それに、住民の多くが吸血鬼化させられ、あの場で死んでいる。アーチャーは時を止めるという訳の分からない超絶手段で秘匿と被害の軽減を成し遂げていたが、それをやっていないあの決戦では数万人が突如灰になって謎の死を遂げている訳だ。そんなの、未知のウィルスとでも言わなきゃ説明がつかない。いや、それで説明されても絶対に日本全土がパニックに陥るのだが。突然ある日人が紅の目をして虚ろな事を言い始め、そして灰になって死ぬ。こんな宇宙から降ってきた隕石由来の奇病がーとか、もうダメだろこの国案件だ

 

 未だこの市には吸血鬼残党が居り、完全に封鎖されている。そして……聖堂教会が出張ってきて、警察に協力する事でそれに対処しているという事らしい

 何か魔術的な銃弾だなと思ったが、本当に魔術的なものだったとは。いや、俺には全く効かなかったんだがな。随分と遠いところまで来たな俺。2週間前なら一応銃弾斬れたけど失敗したら下手したら死んでたぞ

 

 『……それで?どうするのかしら?』

 『……私は手を』

 「貸さなくて良い。もともと、俺に従う気なんて欠片もないだろライダー」

 『それはそうだが。そんなこと、マスターの側から言って良いのか』

 「構わない。セイバー、お前は結局、何処まで行ってもランサー、じゃなくてバーサーカーと決着を付けたいだけなんだろう?ならば、一人で戦いに行け」

 『ええ、時が来たらそうさせて貰うわ。何度か世話になったわね』

 『良いのかそれで……』

 と、ぼやくライダー

 

 「そもそもだセイバー。お前……あいつに何をしてでも勝ちたいんじゃないだろう?

 自分の出来る全力を尽くしたい。全身全霊、自身の全てを、ジークフリートの妻としての誇りを懸けて、ぶつかりたい。その結果復讐を果たせれば良し

 だが……実はお前、負けても良いだろ。あいつを殺したいんじゃない。勝手に勝ち逃げされて、何も出来なかったのが嫌なんだ。最悪負けて死んでも、敵討ちの為に全てを懸けて戦えたという満足があれば良い。だって……お前が復讐をするその前に、あいつは命を絶っている。お前が何一つしないままに、復讐は終わっていたんだからな。最初っから、勝っている

 ならば、勝手にしろ、セイバー。気のすむまでやって来い」

 『正気でそれで良いのか……』

 何だろう。呆れられてる気がする

 

 「何だよライダー。変なことを」

 『ええ、そうよライダー。私はただその為だけに召喚に応じたのだもの。死力を尽くすだけよ』

 『……マスターと、サーヴァントだよな、そこの二人……?』

 「俺はただ、全てを捕食し、『回帰』する遊星だ。サーヴァントの動きにケチをつけられる存在じゃない

 俺は俺で、奴を落とす。機神アテナ、もう一度終わらせてやるよ、お前を」

 遠くに見える神殿。突如現れたそれに対して、警察が厳戒体制を敷こうとして止められているのを、遠くから見た。あそこに居るのだろう、女神アテナが。カッサンドラではない。キャスターのそちら側はもう居ないだろう。聖杯に取り込まれ、消えた

 だが、感じるのだ。俺を睨み付ける何者かの視線を。それは、ある種俺がぶっぱなす宝具で感じるものに近い。即ち……かつて遊星に撃滅され、遊星によって良いように弄ばれているオリュンポスの神の波動。機神の駆動音

 弱々しく、それを感じる。ならば、やることはひとつだ。この世界に戻った時にはそれを感じなかった。今は微かに感じる。放置すれば、何時しかかの神の真体はこの世界に降り立つ。神話に語られる女神アテナはその本来の姿である機神アテナとして、俺を殺しに来る。その前に、アレがまだ女神アテナという人間に近い姿をしているうちに撃滅する

 

 『撃滅……それが出来れば、って言いたいけれどもなぁ……』

 と、ぼやくライダー

 『出来てしまう。だから、はぁ……』

 「何だよ、ため息なんぞ吐いて」

 『……何で、こんな聖杯戦争に首を突っ込んでしまったのか、と自重だ』

 「お前にも聖杯に懸ける願いがあっただけだろう、ライダー?」

 セイバーはもう居ない。自分一人なら泊まれるわと教会へと行った。俺は……行く気になれない。もうこの俺は、睡眠の機能がないから

 『そしてそれは、ある意味母上と同じ夢であった、と

 やはり血は争えない。母上ほどに全てを捨ててそれをやれるわけではありませんが、同類だと分かって、少しだけ凹みましたね』

 「そうか」

 ……ある程度分かっていたことなので、聞き流す。あれだ。フェイが……モーガン・ル・フェイが居るのが分かっていて、しかもそいつが黒幕で、その味方側のサーヴァントとして召喚に応じるとか普通の円卓の騎士には不可能だから

 『だから。私はもう聖杯を望みはしない

 我らが王のために聖杯を、と思ったあの日は間違いだった。そうは言わないまでも、今この聖杯戦争を勝ち抜き、聖杯をあの人にもたらすのは間違っている

 だから、私はあの聖杯を望まない。ただ、母上の計画を終わりまで見届ける為に、貴方と契約した』

 「分かってる。俺も、お前に戦えと言う気は無い

 神は、俺の敵だ」

 空に不吉に輝く火星を見上げ、俺はそう呟いた

 

 そうだ。遊星たる俺の敵だ。アテナも、そして……ティアマト神も

 そこでふと、違和感に気が付いた

 未来視で見たと言うティアマト神は俺が呼んだものではない。俺がティアマト神を呼ぶはずがない。俺は……一時は己をかの神の欠片を取り込んだとか勘違いしていたが、その真実は遊星の端末となった者。その俺が、わざわざ間違いなく俺を最優先で排除しにくるだろう虚数の世界に落とされたかの神を招来するなど有り得ない。ならば、何故?何故(なにゆえ)にこの地にティアマト神は降り立つのだろう

 フェイの嘘……な、筈はない。ミラの啓示も、かの獣がこの地に降り立つ未来を告げたと言っていた。このままだとティアマトが降臨するというのは間違いがない

 その未来では、何者かによって聖杯から召喚されたティアマトと、降り立つアリストテレスータイプ・マァズが激突する事で世界が終わりを告げたと言っていた。前は、それは俺が聖杯を手にした場合……だと思っていた。だが、違う。逆だ

 タイプ・マァズは俺に、いやこの星に1万と4000年前に降り立った遊星によって倒され、捕食されている。ならば、あの未来で軍神の星を背に降り立ったという機神の方が俺。正確には、銀の翼として完全に遊星の尖兵としての機能を取り戻しきった俺が纏った外殻、それがミラの、そしてヴァルトシュタインの見た終焉の軍神(タイプ・マァズ)の正体だ。真実、あれは世界を終わらせに来たアリストテレス等ではなく。俺から顕現した捕食の星

 ……ならば。ならば

 ティアマト神を呼び起こす何者かとは俺ではない。だとすれば、だ

 

 立ち上がる。やるべき事を。先手を打って……いや、本来は何よりも優先して潰さなければならなかったはずのものに思い至ったから

 

 「……ライダー

 お前は、フェイそのものにはまだ興味があるかもしれない」

 『急に何を』

 「他のヴァルトシュタインに義理立てする気は」

 『全く』

 「……ならば、良い

 手伝えるなら手伝え」

 『いったい何を?』

 一呼吸だけ置いて、俺は告げた

 「フェイのマスターを、ヴァルトシュタインを、今から殲滅する」

 ……漸く、フェイが彼らにずっと手を貸してきた理由を理解した。俺みたいなものを作れたのはイレギュラーだろうが、世界の危機を呼び込もうとしていたのは間違いない。その理由は良く分からないのだが……。とりあえず、世界の危機を起こそうとしていたフェイが世界を救いたいヴァルトシュタインのサーヴァントなんてやって聖杯戦争をセッティングした理由は、よーく分かった

 ヴァルトシュタインが降臨を願った、地球のアルテミット・ワンの真実。救世主の正体は……原初の母、全ての生命の母神(ティアマト)だ。フェイは、聖堂教会の唱える主と嘯いて、彼等にタイプ・アースとしてティアマトを召喚させようとしたのだ

 『何故、とだけ聞きましょう』

 「フェイの目的が分かった。だから、それを止める為に、ぶっ殺す。それだけだ

 俺ではない獣、本物のビーストⅡ。そんなもの、呼ばれてたまるかという、単純な話さ」



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十二日目ー機神降臨

駆ける、駆ける、駆ける

 ただひたすらに、最早防護などほぼ無い森を駆け抜ける

 ライダーを拾ってきて良かったな、と苦笑して

 「ライダー!次はどちらの方向だ!」

 ただひたすらに、ブリテンの森を駆ける。フェイの貼っていた全ては今や停止している。自己防衛の為に<悠久なる果ての理想郷>(ロンゴミニアド)を貼っていた事からも推測出来るが、最早フェイにも余裕はないのだろう。というか、結局真名すら聞けず、一言たりとも会話を交わすことは無かったあのサーヴァント……旧セイバー、即ちあの狐が、藻女が愛した日本のかつての天皇の放った神剣の一閃により全ての土地に対する魔術を跳ね返された後だ。また敷き直す時間などあるはずもない。何故ならば、あの魔術は一朝一夕に掛けられたものではないもののはずなのだから。7度の聖杯戦争の中、数百年の歴史をもって組み上げた決戦の魔術式、最後の真の聖杯戦争を完遂する為の、神秘を完全に秘匿しあらゆる妨害を異次元で行うことで遮断する為のものであったはずだ。二度目はない

 とはいえ、数百年の間に森は変なことになっており、古典的な方向を狂わせる魔術等もあって素直に直線に駆け抜けるだけでは辿り着けない

 よって、

 『次の大木の横を抜けて右』

 と、そこを知るライダーに聞くわけだ。元々の森は俺の方が一年性能の向上だとか何だとかで散々かけずり回されていたのだが、あれは結界の中だったからな。大分変わっているのであてにならない

 『此処は母上の森。私なら確かに道は分かるが……』

 並走しながら、ライダーがぼやく

 『その星の力の前に、本当に必要なのか?』

 「……星の力だからだよ、ライダー

 奇襲をかけて、マスターを殺す。それだけのことをしに行くというのに、わざわざ罠を踏み砕いて突撃してどうする?」

 『いや。そうかもしれないが……

 母上の森だ。既に侵入は知られているはず』

 「正面から来る分には、フェイは何一つ言わないよ」

 『母上……』

 目頭を抑えるライダー

 『貴方に対する防犯意識が、足りなさすぎる……』

 「妹とか子供達とかフリーパス立ったと聞いたぞ」

 『それは確かにそうでしたが……変わってなさすぎる……反省が、反省が無さすぎる……』

 それを無視し、獅子と駆ける

 フェイが俺に、いや俺の中の遊星に御執心なのは知っている。だからこそ、真っ向から喧嘩を売らなければ見逃される。だからこそ、翼は展開せずに走り続け、日付が変わる頃に遂にはその森を抜けきって……

 「……は?」

 『……な、に?』

 其所にあったものに絶句する

 何故だ。何故?何故こんなものが此処に在る!

 これは、ヴァルトシュタインの館などではない。これは、これは……

 写真で見た者は沢山居るが実際に現実に建っているのを見た者は日本では数少ないであろう建造物。白き石の建造物

 「都市神……アテナ神殿!」

 『……いや、一応マスター、私もこんなものがあるとは聞いていない』

 「あっても困る!」

 何故だ?何でも突如として本来在るべきものの代わりにこんなものが

 

 「……いや、都市神。都市の守護神

 その力を振るえば、これくらいの……次元を繋げることくらいは出来る、か

 なぁ?そうだろう……カッサンドラ、いや、神霊アテナ!」

 『……悪魔めが』

 同時、神殿から躍り出る人影。数日前の記憶だが、ほんの少しだけ見たことがあるカッサンドラ……いや、違う。奴はあんな殺気に満ちた目をしていなかった。こんな強い意思を感じさせなかった。ライダーやマスターの横に居て、何時も未来に脅えていた。だが、眼前の同じ顔、同じ体の少女にはそれが無い。代わりにあるのは絶対的な自信のみ。その体から溢れる力も、比べるとすればあの旧とつかない方のアーチャーとなる程に高い。つまり、俺の知る中でも1、2を争う。逆に、何なんだろうなあのアーチャーとはなるが、何処までも本気ではなかったアーチャーとは異なり、こいつは……俺を、全身全霊で殺しに来る!

 

 「ちっ!まだ事を構える気は無かったんだが……」

 『事を構える気が無いとしても、悪魔を滅せねばならぬ』

 響く声は機械的

 ……俺の中の記憶が。いや違うな。俺に流れ込んでくる遊星の記憶が、アレに対して危険信号を告げている。真体が……女神アテナの本体、デメテルと同型の対となる機神、盾の機神アテナが降臨する前兆を感じている。このままこの女神を、神霊を放置していれば……来る。知恵の果実(林檎)のような殻で真なる機神の左腕を覆ったあの機神が!

 ……少しだけ睨み、星へと戻る

 ミラと出会った際に、この姿では困るから。この姿では、森に穏便に入れないから。だからこそ残していた人を消し去り、銀の翼を翻す

 ああ、来るはずなど無い。結局、俺……己の知る限り対峙する事は無かったあの機神。現れる前にポセイドンをコアを二つとも破壊し虚無の海へと撃沈(しず)める事で降臨を防いだあの全能神と俺が出会うことはない。来るとして、知恵と盾の左腕(アテナ)だけだ。だとしても、だとしてもだ。来させない

 そう、俺は定めた。その弱き人の思考に、己は賛同した。その前に、眼前の神霊を撃滅、捕食する!人をコアとするが故に不完全な己も、それである程度元に戻るだろう

 

 『……あー、マスター?

 下がっていいか?』

 「何を言っている、ライダー」

 『私は竜や妖精くらいならばまだなんとかなるが、神と戦えるようなサーヴァントではない。だから』

 「そもそも、己の中の俺の意思がお前に求めていることはたった一つだ

 消えられたらフェイが憮然とした顔をする」

 『……ならば、遠慮なく』

 去っていくライダーの気配

 それでいい。当たり前だが己はそれ以上を求めては居ない。ここまでの案内、十分だとも。結果的には無意味だったが

 

 『星喰らう星よ。それを呼び込む悪魔よ

 戦神の槍を……受けるが良い!』

 振りかざす手には輝く槍。最早完全にランサーだな

 まあ良い、終わらせる

 「……守護神アテナ、今一度、破壊する!』

 

 そうして決着は、割とあっさりとついた

 眼前に倒れ伏すのはアポロンにより未来視を与えられた少女の体に降り立った神霊。その両の腕は消し飛び、足は機能を喪っている

 当然の結末。神霊とはいえ、体はカッサンドラのもの。己と同じく、一応は人の体を使っているならば、後は力比べ。撃破出来ないことは無い

 

 だが

 「間に合わなかった、か』

 頭上を見上げ、呟く

 森が、一応は出ている月明かりが翳る。巨大な何かによって、完全に光が遮断される。それは……

 「来たか、機神アテナ』

 そう呟く己の目の前で、捕食し損ねた少女神の体は光の粒子となって消えていった

 「久し振りだな。てめぇを、己が破壊して以来だから一万四千年ぶりか?といっても、己の知識はこの世界の遊星のものではないがな』

 沈黙。機神は応えない。ただ悠然と浮かぶのみ

 

 「なら、よ!』

 銀翼一閃。だが

 「硬てぇ!?いや、違うか』

 林檎の表面に傷一つ付かず、理解する

 「流石に元が唯人。今のこの体では出力が足りない、か』

 だが一つ、遊星となっている己にならば手はある。当然だ

 

 「……来い!マルス!』

 撃破、捕食した紅の招来。一部であれば幾度も呼んだ。今でも己への殺意はそのままに。されど捕食された身は遊星の思うがままに

 真紅の機神アレス、いや、己が使う場合はこう呼ぶべきだろう。嘗て軍神の星より降ってきた人型の機神。遊星の襲来を知った地球の断末魔の結末。今ではヨーロッパと呼ばれる地に降り立ち神代の地球の命を、人々を救わんとした火星の最強種(アリストテレス)。真紅の軍神マァズが、次元を裂いて大地に降り立つ

 「さぁ、第二ラウンドと行こうぜ、機神アテナ!』




ミラのニコラウス『あのー、えーっと
神秘の秘匿とか、ご存じ無いかな?流石に巨大な空に浮かぶ盾のような城壁のようなパーツの付いた林檎とそれと対峙する真紅の機神って神秘の秘匿度合い終わっちゃってるんだけどどうしろと?わたしの宝具で皆に眠ってもらっても範囲外からでも写真とれる大きさなんだけど!?隠す気ある!?無いよね!?』


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十三日目ー我、星を護る勝利(ⅰ)

『アレス、否、マルス!』

 眼前の城壁のような、盾のようなパーツのくっついた巨大な林檎の機神が吠える

 

 「……軍神は己の手に

 万が一貴様が他の神々の残骸の道標となろうが、真の星船は降臨する事はない。星渡る船の最終型の核は……この手に在る!』

 コクピットに飛び込み、制御系を起動

 各所に負った己ーいや、正確に言えばこの世界では最終的に星の断末魔により放たれた最期の星の聖剣の一撃により完全撃破されたらしいこの世界の遊星により付けられたのだろう傷はそのままに、桜色の光を瞳の部分に湛え、機神の全身が駆動音を立てる

 

 「吠え猛れ!怒り狂え!未だ終わらぬ星を滅する軍神の宿星。機神(タイプ・)マァズよ!』

 ブースター展開。己がこの真紅の機神を見たのは現在以外にはたった一度。嘗ての戦い、己が俺ではなく純粋な遊星であった決戦の時に捕食したその一度のみ。だがしかし、あの時に放った力は、捕食遊星の支配は機神アレスの中に渦巻き、己に全てを伝えている。扱えない事はない!

 ブースターの炎で森を焼き、飛翔する。星より来る軍神。元よりその機体(からだ)は地上で殴りあう為のものではなく、宇宙(ソラ)で振るわれる為のもの。空中戦、もっと言えば宙間戦こそが真髄。猛る機神は、必ず此方のフィールドに乗ってくる……

 

 『マルス!星船の原型よ!』

 林檎の巨体が浮かび上がる

 その全身から放たれる魔力光。恐らくはビーム兵器の予兆だろう

 この真紅の機神なれば、真っ向から……いや、違う!

 「当たると、思ってんのかよぉぉっ!』

 最初の一撃を降下しながら回避。万が一への布石を組み込みつつ、雲を蒸発させるその神威の一撃を掻い潜り、アテナの眼前、というよりも林檎の前へと飛来

 「はぁぁぁぁぁっ!』

 名付けるとすれば、軍神の(けん)。破壊の力を込め、紅に輝く拳でもって殴り飛ばす

 大きく機体が揺れ、アテナの体は距離を離す。だが……

 「ちっ、硬いな流石に』

 コクピットで毒づく。林檎の外郭に大きな外傷はなく。せいぜいが少し拳の形に凹んだ程度。流石は船団の防衛機械と言うべきだろう。その分、一射を見て理解したが火力はそうでもない。硬いが此方に対して有効打点は無い、と結論付けるのは早計だろう。この世界においての己は記録媒体が破壊されていてリンク不能、完全破壊出来ず月に封印されているこの己の本体の記録では、機神アテナは巨神体の性能がこの真紅の機神の全力全開を上回るスペックまで進化を遂げた後に撃破している。即ち、現在の戦力と記録に差が有りすぎて参照しても何一つ参考にはならない。この機神の全力ならばまあ破壊は出来るだろうが、それは逆に問題がある

 そう、機神マァズの全力とは軍神の剣の本領。あれはこいつが放っている。そこに、一つ問題がある

 俺である時に散々放ったし、たまに軍神の剣コアキューブのみ招来して照射等もやったが、基本的にはあれは己に向けて放たれる力。遊星に支配されて尚抗う機神の魂、地球生命を護るために生命無き火の星より降り立ち何れ命を故郷に届かせんとした最強種の意地とでも言うべきだろうか。ならば、この機神を招来している今そんなものぶっぱなそうとしたら、結局狙われるのは機神アテナではなく己だ。だから撃てない、撃つわけにはいかない

 

 『……機神マルス!そのような力で、都市の守護を撃ち破れると』

 「思って無い!』

 『……今こそ、一万四千年の前に倒れた父ゼウスの代わりに悪魔を撃滅する時』

 「大きな口を、叩くものだな!神様!』

 ならば答えは一つ。コアを砕くまで殴り続けるのみ!凹む以上、ダメージは通るのだからな!同じ場所に攻撃し続ければ……砕ける!

 

 一撃!二撃!三撃!

 真紅の装甲は防衛用のビームを弾き、ひたすら殴り続ける

 本来、機神アテナは足止めの為の機体。アテナが攻め込む敵を抑えている間に、アルテミス等が撃破するというのが機神の在り様。アテナ単機であるならば……敵ではない!

 

 ……妙だ

 神秘の秘匿など欠片もない。時折飛んでくるアメリカ軍だか自衛隊だかの戦闘機から飛んでくるミサイルを無視し、機体を喰らいながらそう思う

 パイロットは緊急脱出しているので無視。ミサイルはアテナのビーム以下、傷一つ付かないどころか衝撃すら伝わらない体たらくなので放置だ。この真紅の機神は外殻のような形であり、本体である人を使ったコアに捕食したエネルギーを用意して何かに備えておく事は出来た。数機の戦闘機程度だが、そこそこの量の文明ではある

 だが、そんな余所事をしているのにも関わらずだ。アテナの抵抗は少ない

 そもそも、銀の翼の己と戦った女神形態からして弱かった

 何故だ?もうちょっと強くなかったか?

 そんな弱気な疑問が浮かび上がる。これは、己となった俺の疑問。かの神が、機神がこんなに弱いはずがない。一方的に殴られ奴は何かを待っている、このまま真紅の機神で破壊するのは待つべきかもしれない、と

 

 その人間の想いを、己は……

 無視した。放棄した

 眼前には己に対してロクな抵抗も出来ぬ機神。コレを破壊すれば、真紅の機神の出番も終わる。後はティアマトが出てくる前にヴァルトシュタインを落とし、聖杯を得るのみ。それをもって、己は完全に遊星に還る。俺が願ったように、全ての理不尽を破壊しよう

 

 真紅の機神の拳は、そのまま遂に林檎の殻を打ち砕き……そのまま、その奥の巨拳を、アテナ・コアをぶち砕く!

 ……だがその寸前、拳は停止する

 

 機神アレスが、動きを止める

 「……何!?』

 弾け飛んでいく林檎の殻。崩れて行く拳を覆うフィールド。砂のように、壊れていくソレが……

 「っ!」

 紅の翼へと変化。銀翼を消し、人に戻って即座に縮地。俺の中で己が疑問を呈するがコクピットから飛び出して……

 「<偽典現界・幻想悪剣(バルムンク・ユーベル)>!」

 今撃てる最大出力をもって、拳を晒すアテナへと突貫。あわよくば、これで撃破出来れば……なんて、甘いことは無いか!

 真紅の機神(マルス)ならば兎も角、ザイフリート・ヴァルトシュタインである俺の肉体では、アテナの放つ神威のビームに耐えきれない。紅翼の突進は、拳表面に微かな傷を追わせることすら出来ずに軌道を変えて離脱へと移行せざるを得ない

 

 ……だが、何故?何故俺は突然の違和感に襲われて逃げ出した?

 分からない。眼前の機神は防護の林檎を剥がされ、後は真紅の機神に打ち砕かれるのみで……

 『あ、ああ、ああああああああっ!』

 と、叫んでいるではないか。何で俺は、そんなアテナが遊星である銀翼の俺が逃げるべき何かと判断したの……

 バキン!と、脳内で何かが割れたような音がした

 「っ!」

 飛翔。すんでの所で、次元を切り裂かんとする横凪ぎの一閃を飛び越える。これは……

 この、力は!

 「マァズぅぅぅぅ!」

 放棄してきた真紅の機神の手には、俺は顕現させなかった剣。軍神の剣(フォトン・レイ)がしっかりと握られていて。その瞳は煌々と輝いている

 

 『否!』

 「なっ!」

 『戦神アテナよ、休むがいい』

 ……可笑しい。そんな雄弁な存在では、今やあの機神は無い筈だ。遊星に捕食され支配された哀れな傀儡。その、はずだ。だからこそ、己はアレを招来した

 だが、眼前のこいつは、まるで……

 「……ちっ、クリロノミア」

 右目がその答えを教えてくれる

 『その通り!』

 まるで騎士のように機神アテナを守るが如くポーズを取り、俺の数十倍はある真紅の機神が吠え猛る

 『遠き世界より舞い戻りし遊星よ!

 アテナ・クリロノミアが眠れるアレス・クリロノミアを目覚めさせた!』

 ……そう。それが、俺が感じた違和感

 クリロノミア。機神の多くの部分を構成する液体金属のようなナノマシン。当然ながら、アテナの林檎のような殻もそれで出来ている。そして、オリュンポス十二神のクリロノミア同士にはそれなりの干渉の性質がある。自分を破壊される事で、アテナを構成するアテナ・クリロノミアが周囲へと撒き散らされる。当然ながら、あの時の俺は遊星の銀翼。それを文明として吸収する。結果的に、その際には外殻として使っている真紅の機神アレスにクリロノミアの大半は蓄積されるという事態が起こる。それこそが、機神アテナの策。恐らく、機神アレスを己が呼んだその瞬間、アテナは捨て身の戦法に賭けたのだろう。己が自身を破壊して得たクリロノミアを、未だ遊星の力によって支配されたアレスに注ぎ込むと信じて……

 

 「アテナぁぁぁぁっ!マァズぅぅぅっ!」

 『否!我は既に遊星の傀儡に非ず!人に愛され、愛を知り、人を愛する神として何時か人と火星(マァズ)へ至る

 我!軍神アレスが此処に在り!』

 輝く真紅の機神ー今こそ本来の役目に立ち返った軍神に向けて、吠える

 「アレスぅっ!てめぇぇぇぇぇぇぇぇっ!

 限定展開(インクルード)っ!」

 咄嗟に、己が取り込んでいたアレス・クリロノミア、アテナ・クリロノミア、そして魔力に還元し捕食しておいた数機の戦闘機の素材から、機械の悪魔を組み上げる。俺の脳内の最強の姿。人にして龍である機械龍人を組み上げる

 『この地に我が在る限り、貴様に勝利はない!』

 けれども、それはあまりにもちっぽけで。全長にして10m無いその姿は眼前の真紅の機神とは比べ物にならないほどに小型

 「だとしても!終われ!無いんだよ!

 だから!俺に!応えろ!ヴェルバァァァァァァァッ!」



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十三日目幕間 ブリテン・Ⅰ

解釈違いとか機神関連の分からなさとか諸々から止まってましたが、何とか大筋は修正できたので……

まあ、フェイにとってのブリテンとか、色々本家を見ての軌道修正点等をフェイが語る感じの話です


『……ザイフリート』

 ワタシのブリテンの成れの果てから、ワタシは空を見上げる

 

 『何の用ですか、裁定者』

 そして、ワタシはいつの間にかこの世界に戻ってきていた少女に語りかけた

 

 『一つ、疑問があったんだよね

 それを、解消しに来たんだ』

 と、黄金と赤の裁定者は、ワタシを見据えて告げる

 『ええ、既にもう止められない。話くらい幾らでもしてあげましょう

 それで、何を聞きたいんですか?』

 くすりと笑って、ワタシは問い掛ける

 

 『ブリテン

 君はモルガン。ブリテンの王。なのに、案外ブリテンに対して執着がない。わたしの知ってる……ううん、ルーラー特権で見させてもらった座に刻まれているモルガンって、もっとブリテンに固執するものだからね。そこが分からないんだよね

 君の目的も、彼への執着も、ブリテンには関係ないのに』

 

 『……そうですね。汎人類史のモルガンであれば、そうでしょう

 ワタシだってブリテンは護りたかったですよ。でも、遅かった。それだけの話です

 過去にでも戻れれば……いえ、戻れますが……。言い直しましょう

 星に行動を変えさせる術があれば話は違いました。けれど、ワタシはブリテンの魔女。ブリテンの全てを見通すグランドキャスター

 

 だからこそ、生まれた瞬間に知ってしまったんですよ。愛すべきブリテンは、ワタシのブリテンは、とっくの昔に……1万2000年は前に、既に世界もろとも滅んでいる、と』

 『……今のフリット君が、招来している星によって』

 『いえ、違います。あれは、異なる世界から呼び出したもの

 ……そう、かの遊星が、異なる可能性から召喚される事こそが、この世界の剪定。何よりの間違い』

 ワタシは、遠くで今も戦う銀の星を……彼の成れの果てを見つめて、呟いた

 

 何時しか現れた3つめの機械神……都市ひとつに影を落とす巨神ポセイドン、街ごと押し潰さんと襲いかかるそれを押し返そうとする銀の龍人機に、機神アレスの紅の剣が突き立つ

 

 『星が己と引き換えに、かの収穫星を、捕食遊星ヴェルバー02そのものを撃滅した剪定事象。それがこの世界です

 ワタシは、愛すべきブリテンの過去を見て、それを知った

 座のサーヴァントならば、その誤差に気が付くでしょう?この世界にアルビオンは居ない。星の内海への道は無い

 ……いえ、星の内海自体が、既に無い』

 もう、ブリテンは救えなかった。終わるしかなかった

 何をやっても、1万5000年かけて死んでいく、いえ、もう死んでいて機能が終わっていく地球の中の何かなんて、拾い上げられる筈もなかった

 

 死後に産まれたアヴァロン・ル・フェ。死したブリテンに降り立ったモーガン・ル・フェイ

 

 『だからですよ、ミラのニコラウス

 ワタシの、モルガンの護りたいブリテンは、ワタシが産まれた時には既に死んでいたんです

 死に行くブリテンならば護りましょう。死にたいと言っても許しません。けれど、けれども

 もう死んだブリテンは、破壊の収穫星(ハーヴェスター)と共に終末した地球は、どうしようもありません』

 

 『だから、アルトリア?』

 『ええ。ワタシの光は、もう終わったブリテンのために、誰かのために、光り輝こうとしたあの子

 自分を捨ててでも、終わることが分かっていても。ワタシの代わりに、ブリテンの終わりを看取った、そうあって欲しくはなかった理想の王。それが、ブリテン無きブリテン王(ワタシ)に残されたもの』

 『……だから、今回の聖杯戦争を起こしたんだ』

 『ええ。そうです

 ヴァルトシュタインに語った、タイプアースの降臨なんて嘘っぱち。死んだ星に、最強種なんて産まれようがありませんし』

 

 全く、酷い嘘つきですねとワタシは笑う

 

 『うん、そうだね

 それでも、人は光を目指すんだよ』

 『ワタシはワタシで、光を目指したんですよ、裁定者』

 『ところでさ、フェイちゃん』

 『アナタに言われると不快です』

 

 金の裁定者は、遠い空を見上げる

 降り注いだイチジクのような巨体……機神デメテルの一撃と機神ポセイドンの突撃に挟まれ、銀の龍星の翼が砕け散った

 

 『あれさ、神秘の秘匿とか、やる気あるのかな?』

 『あるわけないと見て分かりますが?』

 ワタシは通した電波を通して、スマホの画面を開く

 そこには、突如空に現れた巨大な機械神についての様々な憶測が写真と共に踊り狂う狂騒を呈していた

 

 『全く、ちょっとは自重が欲しいなぁ……』

 『彼等からすれば、アレは……地球が、自分達を受け入れた星が、命と引き換えに滅ぼした筈の1万4000年前の亡霊

 あの時に無くなった筈の真体機神の姿で、人理の範囲を離れ見守る事すら忘れて現れるくらいの仇敵』

 

 だから、今回の聖杯戦争は困りものです、とワタシは呆れたように呟く

 『まさか、本気でオリュンポス12神が真体で降り立つとは思ってませんでしたが、ヴェルバーに対抗すべく、馬鹿げたサーヴァントが複数呼ばれるとは、真面目にやる気あったんですかね』

 『主催からして、そんな気無かったよね?』

 『ま、そうですけど……』

 

 空を横切る、巨大な翼のような機械神

 機神アフロディーテ

 

 『アフロディーテが来た辺り、洗脳で事態を収めるんでしょうね

 誰も、疑問に思わなくして』

 『ホント、横暴だね』

 少しだけイライラしたように、ルーラーの少女は石を蹴り飛ばした

 

 『流石に、そんなに要るのかな』

 『要りますよ。あの日、彼等オリュンポスの神々は大半の真体機神を喪った。今の彼はあの段階にまで辿り着いてはいないでしょうが……』 

 千里眼で見た過去のブリテンを、境界の竜をものともせず撃ち落としながら大地を焼き払う白い巨人の姿を思い浮かべながら、ワタシ言った

 『その性質は間違いなくあの日と同じ捕食遊星。今度こそ勝とうと言うならば……全員で来るでしょうね』

 『もう神代じゃないんだけどなぁ……』

 『何を言ってるんですか、神の時代ですよ、今は

 だから、ワタシは彼を求めた。最初は虚数の海に眠るティアマト神にやって貰う気でしたが、それはサブプランに変えて、大目標にするのは止めました

 

 あの子に未来を、そしてワタシにブリテンを。星に……あの日死んだ地球に命を

 それを果たすなら、やはり……遊星の事は遊星に。意図せず産まれた制御できる収穫星(ハーヴェスター)にやって貰うのが一番です』

 

 雷轟と共に、巨大な顔が森であった場所の空に姿を現す

 『来ましたか、ゼウス

 早いですね、まだ8機ですが……』

 

 『良いの、フェイちゃん?』

 不意に、裁定者がそんな事を尋ね、ワタシは首を捻った

 『どうしました?』

 『あの星、あのまま負けるんじゃない?

 良いのかな、助けなくて』

 させないとばかりに拳を握って、サンタ少女はワタシを静かに睨み付ける 

 

 『助ける必要もないでしょう。アレは彼、ザイフリートです

 ええ、ええ。本当に機神が揃ったとして……セファールであれば敗れるでしょう

 ですが、あれはセファールではない。彼という存在の差が、勝敗を必ず覆します。助ける意味なんてありませんよ

 勝ちますから』

 『信じてるんだ』

 

 『当然でしょう。彼はワタシのものですから

 ですが……』

 一つくらい手を打ちましょうか、とワタシは今にも飛び立たんとする力に声をかける

 

 『これはワタシでないワタシの縁

 けれど、翼はアナタの願いのままに

 構いません。元々、アナタを撃滅し、その文明を模している彼への恨みがあるのでしょう?ワタシに義理立てなど必要ありませんよ

 どう動いても、アナタの存在が……あの紅の銀星に、ちっぽけで取るに足りない筈の、ザイフリート・ヴァルトシュタインという思考のノイズを維持させる。最終的にはワタシの為です

 

 飛びなさい、最後の竜(ALBION)……いいえ、妖精騎士メリュジーヌ!』

 『っ!やっぱり!』

 摂理の雷が轟く

 

 けれど、そんなもの……最速の機体には届かない

 白き境界の竜アルビオン。ワタシではない別の世界のモルガンの縁により顕現した竜の残骸は、その機体を軋ませながら雷を振り切る速度で天を駆け、銀龍と機神が睨み合う地へと飛翔した



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十三日目ー我、星を護る勝利(ⅱ)

『誰ぞ』

 轟く声に、その銀龍は咆哮で応えた。

 

 同時、人の願った龍人機……ちっぽけな文明(いのり)が産んだ巨神体の中で、君臨した遊星のコアは静かに顔を歪めた。

 生来、此は全てを喰らい尽くす破壊兵器である。罷り間違っても人等ではない。精神など持ち得ない。

 よって当然、撃破されエジプトの砂漠に残骸を晒していた筈の機神アフロディーテの権能など、何の意味も為さない。

 

 だが……

 「アフロディーテェェッ!ゼェェウスゥゥゥッ!』

 自身を己と呼び顕す異様な行動を取る遊星の翼は、飛翔するために噴出する魔力を止めて忌々しげに叫んだ。

 

 己の中にあるほんのちっぽけなナニカ。

 「不快、不快、破壊、不快、破壊

 総ての不快を、ハカイ、スル……』

 そんな取るに足らない筈の……破壊し捕食して己の一部へ刻み込んだ覚えの無いデータの残骸が、効く筈の無いアフロディーテの放つ歌を銀の巨神に不協和音として響かせていた。

 

 「目標、アルテ……ミ……ス』

 既に空には己を除いても9つの機械巨影。

 遊星は完全に破壊されたこの世界の自分ではなく、呼び起こす切欠となった青い月の世界での交戦記録から自己分析する。

 

 敵、オリュンポスの機械神十二機。

 各個撃破、可能。

 Gオリュンポスの捕食……不可能

 

 優先目標、機神単騎の破壊。

 エラー、障害名■■フリー■・■■■■シュ■■ン。

 

 破壊への障害を見出だし、感慨もなく機械的に、遊星のコアはアフロディーテの影響を受けるちっぽけなエラーを完全破壊しようとして……

 

 不意に回路に過るのは見たこともない筈のナニカ。

 1万と2000年前にこの世界の遊星に捕食され、そこから(かれ)の願いにより再構成された銀の龍人機……顕現した遊星が駆動させる巨神体の素材となった境界の竜。

 どんな世界にあっても汎人類史の存在として扱われる……即ち、どんな世界でいかなる姿に成り果てても同一の……汎人類史のアルビオンとして存在する境界の性質が、光を越えて飛来するもう一機の銀竜に走る壊れ行く記録を遊星に共鳴させる。

 

 轟音、そして爆発。

 飛来した銀竜の熱線が、紅の魔力を走らせる銀翼の遊星を貫いた。

 

 「今一度喰われに現れたか、ALBIONッ!』

 遊星は叫び……優先度を変える。

 

 目標、飛来した銀竜の撃滅と捕食。

 興味深いと反応したエラーへの対象……優先度低。

 

 だってそうだろう?既に壊れていく異界のアルビオン。今喰わなければ損だ。龍の熱線はフォトンに近い性質を持つ。文明ではないがゆえに、喰らい尽くして即座に修復することは出来ないが、眼前に良い素材がある。

 そんな思考からか、エラーの処理を後回しに遊星は今の体のオリジナルたる銀の竜を迎え撃つ。

 本当の優先度を、小さな齟齬を気にも止めずに。

 

 ……そう、ブリテンの妖精が呼び出した最後の竜が活動できる時間なんてほんの刹那。

 だが……睨み合うことを忘れた刹那こそが、顕現した神々にとっては、そして……紅の銀星にとっても何よりも必要だった時間。

 

 軍神アレスを取り戻され未だ肥大化していない遊星に対して、捕食されうる結合基を晒すその一瞬。

 それをカバーするようにアルビオンが遊星に噛みついた瞬間、オリュンポス船団があの日為し得なかった最大最後の複合権能が起動する。

 

 『融合権能、破星轟令(グランドオーダー)!制限、解除!』

 かつて眼前の収穫者に破れた軍神の残した剣を掲げ、一番因縁の深い真紅の機神が吠える。

 

 『人よ 我等を受け入れ、我等が終焉を看取る愛し子よ。

 叫べ』

 大神ゼウスの宣言と共に、ゼウスの眼前に二人の人の姿が現れる。

 それは、本物ではなく、大神の認めた……今とは異なる時空の盟友の姿。機神ゼウスが相応しいと思った宣言者の影。

 一つは黄金の揺れる長髪を讃えた白き魔術師。一つは、焔と共に鎚を振るう日本の刀匠。

 

 ゼウス

 ポセイドン

 ハデス

 ヘラ

 アテナ

 アルテミス

 アポロン

 ヘファイストス

 ヘスティア

 アフロディーテ

 デメテル

 そして……アレス

 全承認。

 

 総ての機神が、遊星の呪縛を解き放ったアレスからの連鎖召喚により、モルガンの作り出した偽りのブリテンの空に、喪った筈の真体(アリスィア)で君臨する。

 

 『『『『『『『「破星轟令(グランドオーダー)!」』』』』』』』

 七柱と共に、杖を翳す一人が高らかに謡い、

 『『『『『『『「超雷霆(ギガント)……」』』』』』』』

 腕に輝く雷の令呪を胸元に掲げ、一人と七神の勅命が世界に轟く。

 『合神(ゴォォォォォォッ)ッ!』

 そして、総ての機神の声は重なり合い、一つの奇跡に変わる。

 

 「……ッ!』

 飛来した銀竜の翼をその牙で噛み千切った遊星が、優先度を間違えたというエラーの警告の意味を理解したその時、既に総ては完了していた。

 

 真紅の機神アレスの背後に、十二機神最大の偉容を誇るポセイドンが立ち上がる。

 そのメインコア付近、機神のコクピットが開き、コアであるアレスを呑み込んだ。

 ……刹那、機体が接続された事で、大きく伸びた尾びれのような後方が畳まれる。其所に飛来するのは機神アルテミス。本体をポセイドン背部に接続させコードを伸ばして機首がアレスの格納された前面ハッチを覆い飾る胸飾りとなるや、主翼がポセイドンの前ヒレを覆って肩飾りへと変貌。

 肩となった前ヒレのコアに向けて飛び込むのは、建造物のような姿をした2柱の機神、ヘファイストスとヘスティア。

 武具を鍛える焔神は撃滅の右腕へ、竈を……家庭を護る焔神は守護の左腕へとそれぞれ己を展開してポセイドンと合体。

 それに呼応して、さらに二柱が飛来する。機神アテナ、そして機神デメテル。

 

 既に遅い。合体が開始してからでは間に合わない。

 遊星の中に眠る、今正に降臨しようとしているモノによって倒された世界での記録が警告を放つ。

 それを無視して、捕食したアルビオンの力を振るい龍人機は熱線を放つが……全てを喰らい概念的に永遠に閉ざす虫すらも撃ち抜く筈のそれは、クリロノミアとして剥がれていくイチジクとリンゴのような二機の外殻のバリアによって防がれた

 

 外殻の中から現れるのは巨大な拳。盾を携えた左拳、翼と靴のようなパーツが巨大なビームブレードの発振機と化した右拳。

 本当の姿を見せた二機が、対応する機神が変形した腕に合一する。

 

 下半身、畳まれた尾びれに飛来するのは何処か翼を思わせる機神アフロディーテ。アルテミスのように背後に合体するやその翼のようなパーツでヒレを覆って腰のアーマーを形成し、音波を発する二つの発振機を更に下のヒレにくっ付けた。

 同時、ポセイドンのヒレは割れ、両の腿へと姿を変える。

 大地を割り立ち上がるのは、機神ハデス。慈悲と愛故に冥府を護るオリュンポス最後の砦。ケルベロスを模した……いや、ケルベロスの原型となった三頭の星船の中央の頭が外れ、残された胴と双頭が左右に分かたれた。

 そして、頭を膝に、二つに別れた機体は両の足となってアフロディーテ及びポセイドンと合体する。

 

 太陽の具象のような巨大な頭を持つデフォルメされた生き物にも見える機神アポロン。

 背部アルテミスと小型の胴部が接続されると太陽のような頭が開き、燃え盛る翼として空を焼く。

 

 そして……黄金の顔を持つ機神ゼウス。全てを待っていた司令塔たる万能神、兜の機神ヘラが覆う。

 

 そして、精悍な姿の兜ヘラに覆われたゼウスが、機体を司る頭部として、ポセイドンの先端に接合、同時外れていたハデスの最後の顔が、アルテミスの胸飾りに合体した。

 マスクの奥で、絶対神の目が輝き、ヘラの兜の一角から、煌めくクリロノミアの髪が展開される。

 

 『G(ゴッド)!』 

 大神ゼウスの声が轟く。

 『G(ギガント)!』  

 海神ポセイドンの声が重なり、

 『G(ガーディアン)!』

 冥神ハデスの宣言が響く。

 

 「『破星大神(ギガント・ケラウノス)!』」

 太陽の翼、破星の雷剣。希望の星船

 かつて、遥かなる星の知的生命体が、捕食遊星に滅ぼされんとしたその時に、滅亡の危機に立ち向かうために作り上げた最後の希望。

 創造種は03によって滅び、遂ぞ発動する事の無かった祈りの機神達は、遥かなる時を経て、遂に地球上でその本来の役目を果たさんとする。

 その名は……

 

 「『G(グランド)・オリュンポス!』」

 対遊星融合機神、破星大神G・オリュンポス。単純戦闘力で言えば機神達の母船カオスすらも越える最強の機械神が、人理という世界のテクスチャをただ其所に存在するという事実だけで剥がしながら、此処に産声を上げた。

 

 『遊星の使徒よ。

 搦め手を持たぬ02故、一度は脅威の速度を量り間違えた』 

 太陽の翼を持つ、地球最大の山よりも高い神の声が、銀の翼の龍星を打ち据える。

 『天空に二度は無い。

 さらば』




注意:ゼウス等が対ヴェルバー用というのはオリジナルです。
滅亡の危機に瀕した創造主等を救うために作られたけど創造主が滅んだので載せずに旅立った、までが公式です。


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十三日目ー我、星を護る勝利(ⅲ)

『さらば』

 言葉と共に、機神デメテルより発した巨大なエネルギーの剣が振り下ろされた

 

 それは、過たず回避行動を取らぬ銀の龍を二つに引き裂き、その背後の人理というテクスチャすらも両断して世界を貫くフォトンの剣

 かつて機神アレスが善戦するも敗北したあの時に蓄積された対遊星のノウハウ……星の聖剣エクスカリバーと同様の機構を携えた輝く剣は、確実に降り立った遊星の尖兵を殲滅した

 

 「……撃滅、完了!」

 光の柱の中に消滅して行く銀龍の姿を確認し、既に死に行くガイアに呼ばれ遂に遊星を討ち果たしたギリシャの神々が天に向けて咆哮する

 

 ……けれど、けれども

 彼等は気付かない。最強であり全能であるが故に、神であるが故に、そのちっぽけな違和感に至ることはない

 理念も違う、思想も違う、されど知的生命体に作られた己よりも次元の違う強さを持った星船という一点だけは、彼等も捕食遊星も同じこと

 

 だからこそ……彼等は、弱者の戦い方を知らない

 

 「ごほっ!」

 完全消滅を免れた俺は、情けなく大地に激突する

 そう……巨神体は消滅した。捕食遊星ヴェルバー02の尖兵は確かに破星大神G・オリュンポスに倒された

 けれど……俺という破片だけは、消えきらなかった

 その理由は単純だ。合体の寸前、危機感にかられた……俺という人に近い思考回路のノイズを受けた己を越えた遊星としての回路が、俺を切り離したから

 それがどういう意図での行動だったかは分からない。俺は……まだザイフリート・ヴァルトシュタインであって、アンチセルそのものではないのだから

 単純に要らないとして捨てたのか、俺の警告を受けたのか……どちらにしても、俺は切り離され、そして生存した

 

 「ごはっ!」

 いや、生存したと言えるのだろうか?

 コアたるレガリアは半ばから砕けてかつて指輪であった3つの残骸と化し、下半身と翼は完全消滅。残されたのは右腕、頭、右胸辺りのみ

 もうそろそろ、俺も消えていくかもしれない。いや、既に消えかかっている

 

 それでも、諦められるか

 もう既に、俺の中に彼の要素なんて何処にもない。この体は既に、彼であった死体(モノ)を利用した疑似降霊なんて使っていない

 消し飛んだ肉体を、消え去った彼の痕跡を、俺が勝手に遊星のデータから作り直しているだけだ

 もう、俺が戦う意味も、最初の願いも何もかも、意味を為さなくなった

 

 奇跡にも手は届かない。この手に聖杯は得られない

 

 なのに?

 何故?

 どうして俺は、なおも手を伸ばす?

 

 その理由は、誰よりも俺が知っていて。何よりも俺が、眼を逸らし続けていたものだった

 

 『……道具(マスター)

 今にも消えかけそうな声がする

 映らない瞳で、上がらない頭で、その消え行く声の主を見上げる

 

 『ボロボロね』

 「お前もな、セイバー」

 『そうね。でも、いい気分

 貴方のお陰。言いたくはないけれど、貴方以外のマスターならば、私は復讐を果たすことなんて出来なかった

 最後も、貴方との……遊星との同期に呑まれて動きが止まった隙を貫いたのだし、ね』

 「いや、俺じゃなければ、彼女はあんなに化け物な強さとして君臨しなかった」

 『全くよ。殺せる算段がなければ、普通復讐なんて流石に考えないわ

 

 でもね、相対したブリュンヒルトが化け物だったのは事実。貴方が道具(マスター)だったから勝てたのも事実』

 光となって、片腕しかない女性の姿は消えていく

 その白いジークフリートの横で共に生えて目立つような紅のドレスは血で少しだけ黒くなり、綺麗というよりは可愛いが少し強い顔は、最早焼けただれて原型を残さない

 そうして、俺の戦いの最中に漸く夢を果たした俺のサーヴァントは、小さく、初めて俺に向けて無邪気な笑みだったろう顔を向けた

 

 『……だから、ね

 負けてんじゃないわよ、アッティラ・ザ・フン。異なる世界で私の復讐心を掬い上げてくれた英雄

 諦める素振りなんて見せないで、妖精騎士ジークフリート。あのモルガンがそう呼んだ、例え偽物でもあの人を目指した誰か

 

 私の夢は、貴方と叶えた。なら、本当に癪だけど、これはあの人の宝だけど……

 貸してあげる。私のもの、あの人のくれた光……ラインの黄金』

 セイバーの手から、左手の薬指から、指ごと黄金色の指輪が転がり落ちる

 

 『サーヴァントとしてふざけていた私の復讐を終わらせたマスターが、自分に嘘ついたままなんて……あの人になんて顔向けすれば良いの?

 

 戦いなさい、飛びなさい、その為の力なら……』

 指先が、黄金の指輪に触れる

 

 竜と化すラインの財宝。龍を目指した遊星へ至る思考回路

 

 それらが……砕けたレガリアにより消え行くパスを繋ぎ直す

 『大丈夫。私にあの人が居たように、貴方にも大事なものくらいあるでしょう?

 さようなら、貴方のサーヴァント、悪くなかったわよ……ザイフリート』

 

 同時、ひとつのパスが切れ、同期して使っていたが完全には取り込んでいなかった最後の力……(軍神)(女神)(少女)、その最後の一つが、ランサーの死と共に俺に流れ込む

 

 「そうだ、セイバー!

 終わらない、終われない!例え相手が何だろうと、神だろうと!全能だろうがっ!

 俺は、俺はぁっ!終われる、ものかぁぁぁぁぁっ!」

 

 ラインの財宝の呪いが、黄金龍へと己を変えていく。再度俺の中に灯る遊星の力が、それを喰らい、そして……

 "俺"という人であることを止められなかったノイズ故に、今度はそのノイズを自己として受け入れて新生する

 「《涙の星・軍神の龍(ハーヴェスト・スター・デザイア)

 俺に応えろ!■■■・N■A!」

 

 『……ぬぅ!?』

 光の柱を見ていたゼウス神が、最初にその違和感に気が付いた

 が、動くことはない。かの大神を護るは65535層からなる対粛清防御障壁。巨神体最終段階でもなければ、圧倒的質量と出力を誇る収穫星(ハーヴェスター)であれども貫くことは出来ない絶対の護り

 それが、消えていなかったとはいえ消えかけの遊星の残骸ごときに揺らがされる等有り得ない

  

 有り得ない、筈だった

 『ぬぐぅっ!?』

 されど、それは常日頃の話

 有り得ない衝撃に、希望の星船はその理解を越えた事象を確認する

 

 『汝、は』

 「……(オレ)は』

 『やむを得ん

 クロノス・クリロノミア、展開』

 されど、言葉を紡ぐようになった遊星の再燃を受けても全能の神の復旧は早い

 即座に、時を支配するクリロノミアを展開、相手が此方を喰らいに来る前に、その時を停止させ……

 

 『不快、さらば』

 再度、輝ける光が銀龍を両断する

 

 しかし

 「……効かないな、オリュンポスの最強神話』

 断ち切られ消えたと思われた銀の龍は、即座に再び姿を現す

 

 『虚数潜航。汝、それは……』

 「(オレ)もよく分からんが

 この体が、ちっぽけな光が吼えるままにしたまで』

 『貴様!』

 一つとなったオリュンポスの神は、眼前の不可思議な遊星に向けて吼える

 

 『何者か』

 「……(オレ)は収穫星となった端末。捕食遊星ヴェルバー02の尖兵、セファール……は、別機体か

 弱さを喰らい、故に如何なる時も諦めず強者に立ち向かう術を知ったモノ』

 銀龍の4つの眼が全て輝き、背の翼が3色の光を解き放つ

 

 「我は罪を越えし星船。(オレ)は終わる筈の文明を未来に繋ぐ希望。終焉の荒波を越えて再臨せし収穫星(ハーヴェスター)

 アンチセル、個体名を……アーク・ノア』



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Fake/material ARK・NOA

アーク・ノア

クラス:アンチセル(ヴェルバー02)/ビーストⅡ-if 真名:アーク・ノア

性別:外見的には男性 出典:fake/startears fate 地域:外宇宙/並行世界

属性:秩序/破壊 身長:3cm~ 体重:21g~

 

捕食遊星の尖兵。巨神アルテラと接続したザイフリート・ヴァルトシュタインを通して本体が完全に破壊された筈の世界『異聞帯:紅の銀星』に再度降り立った、新たなるセファール。既に滅びが確定し剪定される筈の世界が異聞帯として存在する原因。

その個体名を、アーク・ノア。

 

クラススキル

軍星の紋章(遊):EX

タイプ・マーズを破壊した事で変性した遊星の紋章の派生。タイプ・マーズ、即ち火星の最強種、アリストテレスである事を現すスキル。一万と四千年の昔、ソラより来る収穫星は他の天体より降り立った軍神マァズすらも破壊し収穫、新たなる火星の最強種となった。このスキルを解放する事により、ヴェルバー02の外殻は軍神、最強の力の象徴として、ザイフリート・ヴァルトシュタインの思い描いた最強のイメージ、人であり龍である者、悪魔(ドラゴン)のごとき姿となる。

単独顕現:B

ビースト全体のクラススキル。単体で現世に現れるスキル。このスキルは『既にこの世界に存在する』在り様を示す為、過去改変やタイムパラドクス系の攻撃を不完全ながら無効化する。又、このスキルを持つものは既にビーストとして存在する、逆説的に産まれたその時からビーストであることこそが正しいものとして、ビースト覚醒前の世界線を剪定する効果をも持つ。だが、それは誕生と同時に消滅した有り得ない状況が生んだバグのような効果である

ネガ・ジェネシス:D

ビーストⅥが持つ『ネガ・メサイヤ』と同類のスキル。現在の進化論、地球創世の予測をことごとく覆す概念結界。これをおびた彼は、正しい人類史から生まれたサーヴァントたちの宝具に強い耐性を獲得する ……というのは、本当は嘘。このスキルの本質は地球の創世予測には無い、捕食遊星の理。純粋な魔力を除く全てを文明と定義し、自身の血を媒介として吸収する。巨神アルテラの魔力吸収の劣化再現である

ネガ・ラグナロク:E+

本来のビーストⅡが持つネガ・ジェネシスの反転した力。ビーストⅡ-if、ザイフリート・ヴァルトシュタイン〔オルタナティブ〕の固有スキル。世界の終末予測を覆す遊星の理が捕食した人類のエゴの象徴。最期に人類が越えなければならない、最後の人類愛

死にたくないという想いの化身、運命も何もかもを打ち砕きありとあらゆる滅びを乗り越える理の破壊

が、このスキルを持ち、希望の星船(ノアの方舟)を名乗るということは即ち……

 

保有スキル

人理の防人:E---

悪竜の卑王甲(ブラッド・オブ・ヴォーティガーン):D+

ブリテン領域で過ごしたザイフリート・ヴァルトシュタインとしての記憶、フェイとの思い出が産み出した文明の捕食再現。聖剣の光を食らったブリテンの終末、白き竜ヴォーティガーンのように、ブリテンを含む世界の終末たるアーク・ノアは聖剣による攻撃……フォトン攻撃を無効化する。

 

宝具

月王顕す契約(ファンタズム・レガリア)

ランク:EX 種別:対界宝具

レンジ:特殊 最大捕捉:特殊

彼の心臓部に埋め込まれた、ライン川の底から見つかった、ニーベルング族の財宝だと思われていた指輪。

その正体は、2030年、英霊アルテラを救うために岸波白野が時間を遡った際、介入したBBにより、何時か地上にセンパイが復活するようにと、記憶を刻み込まれてムーンセル無き平行世界に落とされ、この世界のアッティラによって拾われ結婚指輪とされた、レガリアの欠片である。

レガリアとしての性質は喪われておらず、別次元に存在するムーンセルからの情報の引き出し、ムーンセルに封じられたヴェルバー02との同期などを、世界を越えて可能とする。

竜血収束・崩極点剣(オーバークランチ・バルムンク)

ランク:A++ 種別:対城宝具

レンジ:1~99 最大捕捉:900人

旭光を放つ宝具。本来の宝具としての真名は、《涙の星、軍神の剣(ティアードロップ・フォトンレイ)》。この世界で起動する為にレガリアの機能を通している為キューブから放っているが、その性能はヴェルバー02の尖兵である彼自身を本来狙って照射されている事すらも含めて軍神の剣と同等。但し、世界を渡る際に威力は幾らか減衰している

涙の星、軍神の竜(Harvest Star Desire)

ランク:EX 種別:対星宝具

レンジ:ー 対象:自身

完全なる尖兵の力。巨神体の便宜上の宝具名 終末の夢に現れた鋼の軍神とは、マルスを、そしてタイプ・マァズを喰らい、その力をザイフリート・ヴァルトシュタインという新たな尖兵により形作られた新たなる星船の姿。

 

真名

アーク・ノア。ノアの方舟を名乗る新たなるセファール。

ザイフリート・ヴァルトシュタインを核とし、その存在を前提としながらも決して彼ではない完全なる遊星。

けれども、ちっぽけな彼のデータを取り込んでいるが故に、その行動は本来の遊星の圧倒、破壊、吸収とは異なり、弱者の如く戦闘行動を行うように変化している。自身が捕食遊星という絶対的強者でありながら、明らかに弱者が強者に向けて一矢報いる為に取るような小賢しい行動を基本とする。

また、死ななければ安いの精神はアーク・ノアにも引き継がれており、小賢しさと合わせて回収した文明リソースを当然の権利のようにその場で使うようにもなっている。霊基段階が進化した後でも進化前に戻る程度にリソースを吐き出して盾にする、自分と生け贄とを同等のリソース注ぎ込んで二つに分け、本体は虚数潜航して生け贄に避けきれない攻撃を防がせる、といった本来のセファールであればとらないような行動が基本思考に組み込まれているのである

その為、基本スペックで言えばセファールよりも2回りほど弱体化しているが、純粋無垢で愚直なセファールよりも総合的に見れば強大かもしれない銀龍の星船。故に、その名はセファールではなく、アーク・ノア。



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十三日目幕間 剥がれ落ちる世界と裁定者

『アーク・ノア。方舟を名乗るか、遊星』

 心底忌々しげな轟きが響き渡る

 

 『全てを破壊し喰らう星が、希望を語るか』

 「違うなゼウス。(オレ)こそが希望だ。全ての文明は、捕食され記録として未来へと遺されるべきものだ』

 にぃっと、銀龍が(わら)う。牙を剥き出しに、心の底から愉しそうに高笑う

 それは余裕の現れ。本来の……紛い物たるアーク・ノアではなく白い巨神セファールそのものですら倒せないだろう地球の法則外より飛来した最強の機械神相手に、胸を張って嘲笑う

 

 「お前とてそうだろう、ユピテル。人類が存在した痕跡と共に旅立とうとした事がある筈だ

 貴様と(オレ)は似たような……』

 

 『不快!』

 雷鳴が迸り、銀の龍の翼を打ち砕く

 それでも、欠片の揺らぎもない。銀の龍……アーク・ノア巨神体は瞬時に余りあるリソースから再生する

 

 そんな姿を、わたしはずっと見上げていた

 『フリットくん……』

 どうして、何で。そんな言葉と……後悔ばかりがぐるぐると脳裏を駆け巡る

 どうしてわたしは彼を助けてあげられなかったんだろう。どうしてわたしは……

 ああなる前に、彼を殺さなかったんだろう。放置すればああなるのなんて分かりきっていて、恋心なんて忘れなきゃ駄目だって知っていて

 

 『悔しいなぁ……』

 強く合わせた唇の端から、つうと垂れる血

 でも、良い

 

 最悪だけど、まだ最悪でしかない

 気持ちを切り替えて、わたしはせめて助けられる人々を探す

 

 だって、彼は勝てないから

 弱さを見せない感じはフリットくんっぽいけど、例え遊星でもアレは倒せない。破星大神G・オリュンポスは、最強無敵の存在だから

 例え再臨しても、対抗しても……きっとそのまま雷鳴が星を撃ち落とす。だから、世界は終わらない

 わたしの見た夢は、夢のまま

 

 そんなわたしの目が捉えるのは、優雅に豪奢な玉座で事態を眺める銀の髪の女の子

 何処までも底が良く分からない、モルガン・ル・フェ

 

 『っ、マスターさん!』

 それより、剥離する世界に取り残されそうな人達の方が先!

 わたしは雷の速さで何とか見つけたハシバミ色の瞳の女の子に駆け寄り、意識がなく狭間に飲み込まれて消えかねない彼女をこの腕の中におさめて護る

 

 『ったく、どうなってるのかわっかんねぇなぁ……』

 『とりあえず、アルマゲドンが起きかけてる感じかな?』

 そんな中、飄々と立つ男のサーヴァント、旧アーチャー

 彼は……うん、本当なら必要だと思うんだけど、今回は必要なくなっちゃったのかな?

 

 『マスターさんをお願いして良いかな?』

 『んー?ヴィルヘルム兄さんの手は要らないかい?マスターちゃんを護ってたら、正直宝具撃てないんだけどさ』

 その言葉にわたしは良いよ、と微笑む

 

 『それ、ヴィルヘルム・テルの宝具のこと?それとも……隠してる、纏われた未来の英雄の宝具かな?』

 『後者だぜ可愛こちゃん』

 と、茶化すような彼の笑顔に苦笑する

 

 『じゃ、マスターさんをお願いするよ

 切り札は……別の人が用意してくれたから、ね』

 見上げた空のテクスチャが剥がれた何とも言えない魔力の渦巻く空間で、最強の雷神の剣が幾度めか、銀龍を縦に両断した

 

 「それで終わりか、ゼェウスゥゥッ!』

 ボコボコと膨れ上がる金属片。両断された二つの残骸からプラナリアのように二体の銀龍が再生して、同時に機械神へと胸の龍頭から炎を放つ

 

 「「《最早無く、切なる鼓動(ホロウハート・ヴォーティガーン)!》』』

 されど、そんな龍炎を受けても鋼の星神は微塵も揺らぐことはない。その全てを覆う65535層の対粛清防御を貫く力などアンチセルにも無い

 

 『不愉快』

 更なる雷鳴が轟く。巨神の瞳が光輝いたと思うや、銀の龍人機の翼が土くれとなって朽ち果てた

 

 『ハデス・クリロノミア展開』

 崩壊の力を持つナノマシンによって翼をもがれた銀の龍星が墜落してゆく

 

 「……そんなものか、破星大神(ギガント・ケラウノス)

 されど、煽り倒す言葉は潰えない

 

 『貴様』

 大神の声が響く。二頭の龍が墜落した先に、ザイフリート・ヴァルトシュタインの顔をした……わたしが赦せない星の尖兵が当然のように立っている

 その胸には、溶けた黄金によって修繕された指輪……レガリアの姿

 

 斬られた時点で、本体はとっくに落ちる先に逃げ出してたんだって理解する

 二頭の銀龍……巨神体は遠隔操作で攻撃させていた。そう、それは……

 

 「発現せよ、ハデス・クリロノミア』

 『貴様ァ!』

 「文明ならば、喰らうのみ

 (オレ)はアーク・ノア。文明の星船。よもや忘れられていたとはな』

 自分の巨神体という囮に向けて攻撃を誘発させ、捕食する為

 銀龍は翼を崩壊させたナノマシンごと魔力に溶けて吸収され、完全に元に戻ったアンチセルが飛翔する

 

 「どうした、究極の機械神。(オレ)を、アーク・ノアを、ヴェルバー02を倒すのでは無かったのか?

 

 知っているだろう。貴様等……いや、マァズがこの星に教えた筈だ』

 

 『本当に、それで構わないのか?』

 真正面からならば、既に撃破できている

 なのに、降臨した機械神を翻弄するような破滅の星船の存在に、眉を潜めてクロスボウを持ち出し、旧アーチャー……ウィリアム・テルでありそうではない存在は遠い目をした

 

 『……ウィリアム・テル

 でも、きっと貴方に望まれてるのは、わたしにも良く分からない旧き神としての貴方。纏われた……召喚なんて絶対に出来る筈もない未来の存在の方

 それはきっとね、唯一と言って良い最強の対抗手段だったんだと思う。でも……別の方法で勝てるなら、自分も吹き飛ばすやり方なんてやらない方が良いかなって』

 

 でも、不安はあって

 わたしが見る限り、アンチセル側が圧倒的に不利。そして、それなのに……彼は煽っている。存在そのものを賭けて、変な行動をしている

 

 わたし自身、聖剣を人々の夢の象徴として抜いたから分かるんだけど……フォトン攻撃、純粋な魔力の奔流に近いほど、あの捕食の星は文明として吸収しにくい筈

 

 なのに、それを呼び込もうとしてるのは明らかに可笑しい。寧ろ勝てるようにフォトン攻撃だけはさせないように動くべきなのに

 

 『だから、もしも摂理が効くなら……

 わたしはっ!』

 その瞬間、わたしの前に槍状の青緑の光が降り注いだ

 

 『行かせませんよ、色ボケ裁定者(ルーラー)



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十三日目ー我、星を護る勝利(Ⅳ)

『な ら ば』

 来る、と星は嘲笑う

 

 何処までも、破星大神は完全だ。無欠にして無敵の存在だろう

 それは異なる世界の演算装置(ムーンセル)を掌握し勝ち目を探せば探す程に突き付けられる現実

 

 遊星アーク・ノアは、破星大神Gオリュンポスに対して傷一つとして付けることは不可能である。これは、自身がかつてオリュンポスの機神を下したセファールの姿でも……否、その時より強かろうと関係ない。そう結論を下すしかない

 

 だというのに、欠片だけ残った人間の理性が、その絶対的な結論を馬鹿らしいと一蹴するのだ

 そんな自信は馬鹿馬鹿しいと自嘲する。だが……そもそも自嘲する事自体が、きっと本来の捕食遊星の尖兵からしてみれば有り得ない、ヒトに近いことだった

 だからこそ、そのヒトの弱さに希望を託し、ヒトの姿で銀龍は吠える。たった一つの……ある筈もない勝ち筋を掴み取るために

 

 『さ ら ば』

 莫大な魔力が収束していく。総ての文明をエネルギーと情報へと変換して捕食し集積するヴェルバー02にとって、逆に情報の無い純粋な力の塊、純然たる魔力だけは相性が悪い。吸収が上手くいかずに傷を負うのだ。その傷をもって相手を汚染してからならば吸収できるが……

 

 「さぁ、来いよ神様』

 何処か無邪気な子供のように、銀龍は叫び……

 『《我、星を裂く雷霆》』

 無際限の雷光が、総てを貫いた

 

 砕けていく。これはこの体が幾度と無く使ってきた軍神の剣にも近しい滅びの権能。止めることなど能わず、纏う銀龍の巨神体が虚空へと溶けていく

 

 だが!

 

 「《悪竜の卑王甲(ブラッド・オブ・ヴォーティガーン)》』

 静かに、星は告げる。かつてこの世界の遊星は、この星の内海そのものを変換した最期の聖剣により打ち倒された。跡形もなく消滅した

 だがしかし、そうして力を使い果たした星の聖剣の残骸……エクスカリバーの光を喰らうブリテンの滅びの化身の逸話を、この体はモルガンより聞いた

 かの文明の再現、星の聖剣の光を喰らう悪竜の装甲が、本来であれば刹那の中に己を焼却するだろう雷霆に対して多少の耐性をもたらす

 

 『愚劣』

 嘲るような天空神の声

 『そのような小細工で、止まりはせぬ』

 「……だろうな』

 ぱしゃっと、巨神体が完全に弾け飛ぶ。泥となったそれは、振り下ろされる雷剣の根本から腕にかけて降り注いだ

 

 『無 駄 だ』

 「……そうかな?

 砕けた泥であっても、己が体だ。汚染は通る』

 にぃ、と素の体にまで戻された状況で唇の端を吊り上げる遊星

 

 『効 か ぬ』

 しかし、どこまでも冷静。天空神は砕けてゆく遊星を見下ろした

 これで終わりだ。攻撃を通す手だては無く、二度降臨したヴェルバー02は今度こそ、あの日果たせなかった最強合体の前に敗れ去る。この星は滅茶苦茶になってしまうが……

 

 天を仰ぐ。この地球の痕跡を集積し、再び星の海へ。愛したもの達の居た証と共に

 

 そう、ゼウス神が決めた、その時であった

 

 「『クリロノミア汚染確認

 機神ポセイドン等に命ず、再合体により浄化せよ』』

 響くのは轟く声

 されど、ゼウス神はそんな命令など出す気は更々なかった

 

 即ち……

 『ポセイドン、了解』

 『ハデス、了解』

 それは、死に行く遊星の最期の足掻き

 

 『小 癪』

 されど良いだろう。所詮足掻きに過ぎない、と分離しながら神は考えた

 最早巨神体すら維持できないほどに弱りきった人間のような遊星。何が出来よう筈もない

 

 その刹那、傷だらけの銀翼が分離した瞬間の機神アテナを貫く

 

 だが、それだけだ

 

 『無 意 味』

 幾ら機神にダメージを与えようと、最早崩壊を待つだけの遊星には機神を捕食するだけの力はない。そして、倒しきるだけの力も

 ならば、合体の際に完全復活するまでだ

 

 『破星大神 G・オリュンポス!』

 再び空に機械神の姿が君臨する。ほんの一瞬の分離の隙に汚染をしきろうとしたのだろう、無駄なことだ

 そうして、眼前の万策尽き果てた遊星を破壊する。その為にゼウスは拳を振り上げて……

 

 星は静かに、銀の翼を振るって背を向けた

 『諦めたか』

 「終わりだよ、ゼウス。さらばだ』

 『さ ら ば』

 最期は潔く……ではない

 

 『何 故 だ』

 困惑する轟く声

 「ああ、さらばだよゼウス。お前は完璧なゼウス過ぎた

 だから……完全な自分達の想定で動きすぎた』

 背中を反らし、顔だけ向けて星は嘲る

  「確かにそうだろう。汚染など効かない。分離しようが再合体で無意味に終わる。傷つけても治る

 それはそうだろう。だが……それを理解して行動する完璧なゼウス神だからこそ、お前の敗けだ、ゼウス

 

 今のお前は、カッサンドラ(キャスター)に引っ付いて現れたアテナ神の呼び起こした存在だ。マスター無くしてサーヴァントは存在できない。カッサンドラも、アテナ神も消えれば連鎖的にそれに呼ばれて過去から復活したお前も消える』

 『よ も や』

 「最初から、(オレ)はお前に勝てやしなかった。でもな、お前に勝たなくても、勝手にお前が負けてくれる術ならあったんだよ』

 光の粒子になって、巨神が消えて行く

 

 同時、地上だった場所から飛んでくる矢を切り払い、星は静かに勝ち誇った

 

 「有り難う、完全なゼウスで居てくれて。助かったよ、最強無敵という事実を信じてくれて

 だから、本来のゼウスならば存在しない弱点を見通してくれた

 

 さようなら、破星大神。さらばだ、ゼウス神。その文明、(オレ)が戴く』

 その光を銀の翼が呼吸するように吸い取って行く。アテナ神の中に居たカッサンドラとそのマスターを一瞬で食い殺した痕である血を、翼の先に微かに残るそれを舐め取って、星はどこまでも愉悦に浸った

 

 そして……

 「破星号令、超雷霆合神!

 破星大神 G・オリュンポス!』

 虚空に神々の消えた空に、再び機械神が姿を現した

 だが、それはゼウス達の再臨を示すものではなく……

 

 遊星が、ギリシアの機神という文明を喰らい尽くした証明であった



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