頭の悪い大学生がナーヴギアを作るとこうなる (二毛猫桜)
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SAO
アインクラッド74層・不正規兵世界観を語る


 僕の名前は内緒ですが、僕のPNは二毛猫桜です。読み方はにけねこざくらと言いまして、一応二毛猫の部分が苗字です。現在大学三年生で、東京の工学系の大学に通っています。こんな一人称していますが女の子です。昔家族総出で『俺若しくは僕と言ったら500円払う』と言う試みをしましたが断念しました。天然のボクっ娘だよ愛でて。

 丁度20歳。独身。学生推奨外の六畳アパートに一人暮らし。バイトを二つ掛け持ちして月収数万。そのうち半分程がゲーム漫画小説諸々で吹っ飛びます。実家から送られてくるレトルトと米とたまに降ってくる同級生の施しで慎ましやかに生きています。

 自慢じゃないですが手先が器用な方です。今履修している電気電子工学関連の授業はめっちゃ楽しく学ばせてもらっています。テストは嫌いじゃないけれどテスト期間になると誰もかまってくれないのが嫌いです。最近卒業研究が尻尾を見せています。卒業研究面倒だから卒業したくない。

 とか言ってられない今日この頃。仕方がないので作りかけのハード片手に、今日も今日とて組み立てかけのプログラミングとにらめっこ

 している筈でした。

 

「花芽抓、スイッチ!」

「おうさ!」

 

 僕の名前は花芽抓です。ここではアルファベット表記なので正しくはkagazumeですが、面倒なことこの上ないので漢字を当てて読んでもらっています。苗字みたいな名前ですが一応名前です。最近僕が考える名前がありきたりなものが多くなってきている気がするし、挑戦してみようかという経緯でこの名前になりました。

 多分今22歳。独身の筈。61層にある綺麗な城塞都市、セルムブルグという市街にたっかいお金を払って相棒と家を買って友人含め三人暮らし。遊びで上げた裁縫、調合と相棒の商人スキルのおかげで貯蓄はたんまり。収入に見合った豪遊を体験してみたりして愉快な生き方をしています。メイン武器は大太刀です。

 特に組織に所属はしていないので、自由気ままにレベリングしたりスキルの習熟度あげてみたりな毎日。ノルマなにそれおいしいの? そんなもの無くたって、命かかってるんだから自己管理くらいやるし。相方が。いや、正直そういうの考えるより直感で技能値ふる人間なので。失敗して学んでいくタイプ。

 とか言いつつも今日まで案外生き残ってきている僕です。現在愛刀の大太刀を両手に、狩り仲間の真っ黒剣士と前線交代してトカゲ野郎とにらめっこ

 というわけでして。

 

「……何やってんだっけ、俺」

 

 そろそろ猫を被った一人語りを終わらせよう。俺の振るった二メートル強の大太刀がトカゲ野郎、レベル82モンスター《リザードマンロード》の構える盾を右上段へクリティカル判定で砕き、剣筋を翻す二撃目が相手モンスターのHPバーを九割削る。最後に左下段へ切り払ったままの白刃を抱き込むように一瞬溜めて大回転斬りを行う大太刀ソードスキル三連撃《表の二刀・月草》。最後のオーバーキルにより問答無用でHPを失ったトカゲ野郎は、仰け反った後ぱしゃんっと音を立ててポリゴン片と果てた。

 跡形も無く消え去る『この世界での死』を見送って愛刀を納刀すると、同じく武器を鞘にしまった狩り仲間と目があった。

 

「モンスターをオーバーキルしておいて、『何やってんだっけ』はないだろ」

「オーバーキルするつもりは無かったんだけどさ。だって仕方ないだろ? 大太刀技ってスキルツリーの一歩目と二歩目の威力の差が激しいんだ」

 

 俺の扱う大太刀のソードスキルは四つの分類があり、それぞれ習得する順に表の一刀、二刀、三刀と続いていた。それ以上の分岐は無かったので感覚人間である俺は面倒なことを考える必要も無くスキルを上げていったのだが、これらは一刀と二刀の威力の差が馬鹿みたいに大きい。今回相手をしたトカゲ野郎の一つ下の階級のモンスターくらいなら一刀程度で片がつくのだが、一撃で雑魚を倒すのが趣味な俺の信条の都合によりトカゲ野郎は汚い花火になっていただいたのである。三刀なんてボス戦用だ。

 大袈裟気味に肩を竦めてみせると、真っ黒剣士はわかりやすく溜息を吐いてもういいよと手を振る。こんにゃろうめ、俺の方が確実に年上なのだが如何せん見た目が幼いために未だに信じられていなかった。こんにゃろうめ。

 その辺走って二、三匹ほどモンスター捕まえてきてトレインでもしてやろうかと考えるが、ちょっと失敗すればこいつどころか俺の命まで危ないのでやめておく。仕方ないので愛刀の石突きでごすっとHPの1ドットを削っておいて、恨み言を言われる前に片手をしゅたっとかかげた。

 

「じゃ、安達に怒られても怖いので僕はもう帰る。お疲れ様」

「あ、おい花芽抓! この索敵範囲補助アイテム……」

「今日は貸しといてやるよ! じゃな、キリト!」

 

 それ以上の問答は無用とばかりに真っ黒剣士キリトをおいてさっさと迷宮区を脱出。圧迫感のある迷宮区の外は晴天と深緑に包まれていて、それらは幾らかの違和感を引っ掛けて俺の五感を刺激する。ここはアインクラッド74層迷宮区入り口の森の奥──ここは、VRMMORPGという名のデスゲームの名を冠した監獄、ソードアート・オンライン。

 メッセージの送受信が可能になった途端受信した相棒からの五通の昼飯メッセージは開けないでおいた。

 昼飯食う約束忘れてた。



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アインクラッド61層・単身帰宅する

 湖が面積の大半を占める、絶景が人気の城塞都市61層セルムブルグ。そんじょそこらの階層とは違い、寧ろ運営は此処で本気を出してしまったのではと疑うくらいの心洗われる風景の中の桟橋を上機嫌で駆け抜けた。多層とを繋ぐ転移門から少々長めの桟橋を渡らないと街には入れないのだが、景色が綺麗な事もあって俺はその手間を少なからず気に入っていた。

 のだが。

 

「……あのさ。邪魔なんだけど」

 

 そんなささやかな楽しみを邪魔している不届き者を見据えて、俺は溜息を吐いた。

 目の前にいるのは、それほど広くない桟橋を通せんぼするように等間隔に並び立つ四人の男性プレイヤーである。それぞれ「ああ、こんな顔の人きっと大学内に四人はいた」位のぱっとしない野郎共で、申し訳ないが少々上から目線で言わせて貰うと所謂モブ顏の奴らである。この綺麗な風景に馴染まない彼等は相応の歪んだ笑顔でそこに立っていた。

 

「そう言うこというなよ美人さんよぉ。オレたちちょいとオハナシがあるだけだ」

「俺は無いね。通してくれるか? 相方を怒らせたくねーんだよ」

「そうはいかないぜ! オハナシがあるって言っただろ?」

「……俺は兄の方だ。あんたらが用があるのは俺じゃ無いだろ」

「お前が兄貴のほうなのは知ってるぜ……その耳を見りゃあな」

 

 四人のうちどいつが発言したかは気を配っていなかったが、至極不愉快に笑う四人ともに不快感を感じて顔を歪める。こいつらが『何を』嗤っているのかわかりきっていたので、俺はもう一度溜息を吐いた。

 突然だが此処で俺のアバターの話をしよう。冴えない女子学生だと思った? 違うんだな、これが。

 自分で言うのもなんだが顔面偏差値はクソ高い。と言っても主人公や主要面子らは総じて顔がいいので『ちょっと整ってる』くらいなのだが、少なくとも目の前にいる四人よりは断然いい。幼く整った中性的な顔立ちに悪戯っぽい印象のつり目。肌も髪も透き通るように白く、右頬に施された揺らぐ炎のペイントはある種のミステリアス感を抱かせる。ついでに言うと中性的でとーっても可愛いくぎみーボイス。自分で描写してるから気持ち悪いかもしれないけど本当だから。具体的に言うと『右頬にペイント加えたノー ゲームノー ライフの登場人物・テト』である。ピンと来ない人はググりましょう。ノゲ テトで検索したら大概出てくる。そんな感じです。

 なんでそんな恵まれた感じになってるのか。それは俺たちが『そう設定した』からに他ならないのだが、それについては一先ず置いておくとしよう。

 四人のプレイヤーが分かりやすいくらい下卑た笑いを浮かべている理由。それは俺の頭に生えた狐耳があるからに他ならない。

 この世界ではプレイヤーは原則人間である。そこに特殊な種族の選択肢はなく、魔法といった技術もなく、己の腕と剣だけで土を踏んでいく世界である。原則、ケモミミ属性の中性美人など存在しないのだ。

 迂遠に言ったけど要は俺は結構一般プレイヤーからは大分浮いているわけです。ちゃんと理由はあるんだけどね。

 

「じゃあ全部踏まえて俺に話しがあるってわけ? 学習しないよな、あんたらも。妹にデュエルで負けたから今度は俺を使う気かよ? 言っとくけどあの人俺なんかあんまり気にしないからね」

「半分正解だが半分不正解だぜビーター野郎。オレたちはお前経由であの女を引きこもうってんじゃない……悪いがお前には、復讐する為の餌になってもらうぜ」

「……餌?」

「お前を囮にあの女を圏外に連れ出す。大人しくしろよ? 麻痺毒にだって限りがあるんだからな!」

 

 歪んだ笑顔で攻撃力の低そうなナイフをひらひらとチラつかせるプレイヤー。基本的に勘やノリで行動する俺だが、その意図するところがわからないわけではなかった。

 市街地などの指定された安全区域、所謂圏内では、どれだけ凶暴的な武器を振り回そうとプレイヤーのHPを削ることは出来ない。この世界がただのゲームでない最大の要因、自分のアバターのHPがそのまま現実世界での生殺与奪に直結する事を考えれば、圏内に浸り続ける事は一番頭のいい生存方法であった。だが、所詮はシステムルール上はと言うだけであって、圏内のルールを掻い潜ったPKの方法は無いわけではない。その中でこの四人がやろうとしている事は、圏内から圏外への移動を利用した《ポートPK》というものだった。

 大方俺を圏外に連れて行って無力化した上で《あの女》たる相方を呼び出し、四人で袋叩きにするつもりなのだろう。が、

 

「アホなの、おっさんたち」

「ああ?!」

 

 俺でも呆れる。四人は似た様な形相で俺を睨んでいた。

 

「俺さっき言ったよね、僕がどうこうしたってあの人あんまり気にしないって。まずその時点でいっこアホ」

「ふざけんな! てめぇら兄妹だろうが!」

「尻のぬぐい合いは兄妹愛に含まれてねぇんだよ。で、そもそも俺を連行しようってところからもういっこアホ。ここ圏内。そうじゃなくてもあんたら四人で何が出来んの? 装備もヘッポコ、頭もヘッポコ。あ、因みに俺じゃなくてこーちゃんの方狙っても一緒だからね」

「て、てめぇ……! いや、そう言っていられるのも今のうちだ! 桟橋の上は圏内だが、水に落ちちまえば圏外だ!」

「ま、吠えるだけならタダだからいーけどな。次にさ、奇跡が起こって彼女を呼び出せたとするよ? もう一回言うけどあんたら四人で何が出来んの? 圏外だからこそ何が出来んの? まさかとは思うけど勝てると思ってる? あの人クソ硬いよ? 最近ボス戦でフルポーション使ってないんだよ?」

「んなっ、──!」

 

 大層驚いたらしい四人が一様に驚いてくれたので肩を竦めておく。全く相棒め、昼飯すっぽかしたくらいで面倒な仕返しを差し向けてくれたものだ。大の大人が四人とも、わなわな震えて武器に手を伸ばすのはいいが面倒は今日限りにして頂きたい。俺だって暇ではないのだ。相方に言い訳をしなければならないのだ。

 ──だが、相手もすごすごと諦めるわけではないらしい。四人のうち二人の男が先だったが、攻撃にならないのを承知でか剣を抜いて躍り掛かってきた。少し遅れて他の二人も同様に。

 圏内で武器を用いてもHPは減らない。ただ攻撃を阻害する大きな衝撃音と相応のノックバックが発生するのだが、痛いとは言わないまでもぼーっと受け止めるのも憚れるものである。なので俺は後ろ髪をかいて反撃の意思を拾うと、ステータス補助で剣筋をひらりと避け攻撃だと判断されない程度にその背中を四つ押した。

 ソードスキルも使わずに力んだだけの四人は勢いを殺しきれず、四様によろけてついには派手な音を立て水面へと落下する。やがてHPが削れる前にと必死で顔を出したその顔を上から眺めて、顔面偏差値に物言わせて綺麗に微笑んでやった。

 

「水に落ちちまえば、なんだったか?」

「──ひ、」

 

 それ以上の音が出る前に袖内に装備していた投剣用ピックをドローし、投剣スキル《シングルシュート》で放つ。AGIとDEXの極振りとも言っていい俺のステータスによりクリティカルヒットしたそれは、男のうち一人の掌と近くに顔を出していた木の杭をしっかりと縫い付けていた。

 SAOに痛覚はない。だがレベル差とクリティカル判定によりいきなりHPバーの一割を削ったピックは、貫通ダメージとして男のHPバーを着実に減らしていった。

 

「う、ひぃっ!」

 

 当然ピックを抜こうと空いている手が伸ばされるわけだが、ここで思う様にやらせてはお説教モードが終わってしまう。もう一本をドローして同様に投げると、やはりクリティカルヒットしたそれはもう一方の手も木の杭に打ち付けた。HPバーは当然もう一割減っている。

 

「貫通二倍だな。どうした? 仲間が死んじまうぜ?」

「ひ、人殺し! オレンジプレイヤーになってもいいのか!?」

「いいよ、どうせ三日で戻るし。このくらいの私怨でたかがストーカー殺したって知ったら怒るだろう友人はいるけど、俺は気にしないからね。だってさ、ほら、可愛い妹が殺されるって聞いたら、妹思いのお兄ちゃんは勢い余って不届きものを殺しちゃうかもしれないだろ? 妹を守るためだもんね? ああ、そりゃあ仕方ねぇわ」

 

 いつでも投げられる様にピックをドローしておいて、僕一人桟橋の上でラスボスの様に笑っている。性格変わったと思う? よく見て、最初からこんなんだよ。

 

「あんたらみてぇな下層プレイヤーじゃあどう頑張ったって相棒は好きにできないしさ、いつか諦めるならいいやって放置してたけどよ。いい加減うるせぇし聞き飽きたとはいえ馬鹿なこと言ってるし道塞ぐし……今後こんな迷惑が起こらないって考えたら、今ここであんたたちを始末してもいいんじゃねぇかなって」

 

 思って。

 

 視界のはずれでもぞもぞ動いていた男をこれまた近くの杭に打ち付ける。索敵スキルを使った訳ではない。俺がオートで発動する《獣の洞察力》で情報を仕入れた結果だ。

 

「なあ、本当にあの人をどうにかできると思った? 俺さ、戦闘能力じゃあ全然勝ってるのにアクションゲー苦手なあの人に勝ち越したことないんだよ? 俺に四人して負けておいて勝てるわけなくね? 色んな意味で尊敬するわ。見習えないけどな」

 

 によによと笑ってさらに一本ピックをドローする。流石にもう動こうとする馬鹿はいないが、持ってるだけでいいのだ。

 

「馬鹿も休み休みにしたほうがいいぜ。俺は黒の剣士や閃光見たく優しい人じゃない。いい子なんだけどな。よくあるだろ? ゲームしてると性格歪む厨二現象。あれだよ。俺多分さ、箍外したら馬鹿みたいにプレイヤーを殺せると思うんだ」

 

 わかるだろ、と首を傾げてみせる。細かく息を飲む音が聞こえたが、それが四人のうち誰のものかは気を配っていなかったのでわからなかった。

 

「……ま、怒られんのも嫌だし、おっさん達のせいで夕飯食えないとかくだらなすぎて笑っちまうから今日はやめておくよ。次こんなことがあったら──」

 

 だがしかしオレンジなんて今はやっていられないのでお説教モード終了のお知らせ。それを感じ取って露骨に空気を緩ませた男共は、水面から出している間抜けな顔を安堵に染めていたので腹が立った。

 

「次は、ちゃんと準備しておくから」

 

 じゃね、と投げなかったピックを仕舞ってういしょっと立ち上がる。ちらりと見えた男の顔が蒼白だったのでよしとして、慌てた様な水音を背に俺は漸く帰路に着いた。

 

 

 

 帰宅した僕は勿論土下座である。

 

「弁明は?」

「……迂遠なのとちょっと迂遠なのは、どっちがいい?」

「後者かな」

「そこのあんちゃんちょっと顔貸せや」

「どうせそれだけじゃないんでしょ」

「74層狩りに行こうって言い出したのは僕じゃないぞ。キリトだぞ」

「で?」

「ごめんなさいでした」

 

 平身低頭反省狐耳。不機嫌モードの彼女は勘弁。

 腕を組んで仁王立ちしているのは、顔の造形から華奢な身体つき、髪型に至るまで俺と瓜二つな……つまりこちらもノゲ テトでぐぐー先生に教えてもらってくださいな見た目の少女である。俺と違うのはほっぺのペイントがない事と、代わりにチョーカーの様なペイントがある事、ケモミミ美少女じゃない所、そしてこれは彼女の背後に回らないとわからない事だが、その背中に本来ならばありえない小さな羽が生えている事だった。

 僕と同じ顔をしているが、ふざけて顔面偏差値をふいにしている俺と違って彼女は素材を大事にしている。いや、彼女の中身もちゃんと魅力的なのだが、そういう意味ではなく純粋な褒め言葉として。元から可愛いというより美人さんな雰囲気の彼女がくぎみーボイスの美少女アバターになってみろ。あのストーカー共の気もわからんでもない。

 彼女の名前は言えませんが、彼女のPNは連翹です。よみかたはれんぎょうと言って、正しく変換されない事が悩みの種だとか。ちなみに植物の名前です。俺とは大学の同級生で二毛さん連さんの仲だったんだけど、今は安達と花芽抓の仲です。追々。

 僕と違って結構優等生。特待受かってるし、身長は俺よりあったし、可愛いってか美人さんな感じだったし、リア充だったし、八畳だったし、真面目だし。同じ研究室になって、元から仲よかったけど授業とかほぼ一緒になって、趣味も合うもんだからまるで同郷くらいの親密さでした。実際は出身違うんだけど。県境一個分違ったんだけど。

 まあそんな彼女ですが、現在お名前は安達です。ここではアルファベット表記なので正しくはadachiですが、なんか変なので漢字変換して安達です。名付けのノリは僕と同じです。

 多分僕と同じ22歳。ゴールインはしてなかったので独身。こっちでも独身。俺と一緒にセルムブルグに住んでて、メイン武器は曲刀二本の双剣。僕と一緒に適当に商売してて……一人称統一なにそれ美味しいの? 今更だろ。

 とにかくそんな彼女。僕こと花芽抓とは一卵性でありながら異性の双子で、父親は蒸発していて母親は薬中DVの真っ黒ペアレント。花芽抓と安達はそれ故心に深い傷を負っているがそれを秘密にしており、更に絶対人には言えない様な秘密を抱えているが心を開いた人物にだけその過去を打ち明ける──という、『設定』。

 

「まあまあ連さん。二毛さんが全部忘れて迷宮区に籠らなかっただけいいんじゃない?」

「さっすがゴリラはいいこと言うね」

「連さん、二毛さんはしばらく監禁でいいと思う」

「こーちゃんごめん」

 

 流れるようなやり取りに吹いて笑い出した、短髪メガネの頼りなさそうな雰囲気の男性アバター。例にもよって名前は言えませんがPNがあるわけではなく、代わりにあだ名はこーちゃんでした。ここでの表記はkochanで読み方はそのままこーちゃん。カタカナで読んでも大して弊害のない実に使いやすい名前です。僕らが二毛さん連さんであった頃から変わらずこーちゃんです。

 多分今23歳。僕らと同じ大学で同じ学年にいましたが、年齢が一つ上なのは生まれ月の関係ではなく『一年休んだ』ことによるズレです。ゴールインしていなかったので独身。こっちでも独身。聞いて驚け此奴が連さんのお相手です。ゲームでくらいくっつけよお前ら。メイン武器は盾なしの片手剣。僕と安達の家に居候している形の同居人。常に眼鏡がきらーんしているので誰もその目を見たものはいないとかいないとか。残念ながら彼のこれ以上の『設定』はないので、彼の説明はここまでとします。

 先に紹介した女子大学生のプロフィールは偽りではない。ここで語る彼女と彼の説明文も謀ったものではない。だが現状を語った俺の一人称視点の物語も虚構ではない。

 順を追って説明するには少々時間がかかる。

 僕らはただあそんでいただけだった。

 それら全ての奇妙な違和は、二年前の仮想世界へと直結する。



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アインクラッド1層・チュートリアルをはじめる

 夢小説というものに理解があることを前提に置く。俺も安達……連翹も、そういうものに興味を持つ人間だった。

 否、少々語弊があることを認める。二毛猫桜と連翹は、そういうものを生み出す事を楽しむ側の人間だった。

 

 主観が入ることをお許しください。通常夢小説というものは全体のうち女の子が夢主人公のものが多く、少数派が男夢主である。人それぞれ好みがあり、連翹が主に追うのは全体の大多数の女夢主、そのうちの少数の友情王道夢。二毛猫桜が好きなのは更に主観が入るが全体の少数派の男夢主、そのうちの一割未満に分類される友情夢だった。……あまり誇張はしていないと思う。だって全然無いし。

 お互いマイナーにはまっている上それまで同士もおらず、更には追いかけるだけでなく作り出す側ということもあって意気投合は早かった。ついでに原作の趣味も合うし果てにはお互いの夢主人公が世界観を超えて仲良くなるクロスオーバーの話までした。勢いって怖い。

 で、そんな話も煮詰まってきた頃に、煮詰まっただけで一文字も書いていないと言うのに、飽き性の僕がまた馬鹿を言い出した。

 

「僕らでさ、双子作らない? 一人ずつ」

 

 お判り頂けただろうか。誰であろう花芽抓と安達である。

 お察し頂けただろうか。僕が作ったのが花芽抓で連翹が作ったのが安達である。

 ご理解頂けただろうか。あるあるな暗い過去は俺得要素詰め込みすぎた結果である。

 そんなこんなで生み出された不幸な双子、花芽抓と安達。実はこれが名前である。前述した通り自分が作り出す名前に非凡な者がいないと悟った俺氏、苗字の様な名前に挑戦したくてこうなった。意外と気に入っているのだが何故か花芽抓の名前だけが当初ぱっと出て来なくて首を捻った覚えがある。作ったのは俺なのに、「えっとさ、安達と……」という始末である。ごめんね。

 この双子、実は件のノー ゲームなんたらに登場させるつもりで作られた。既に原作に登場する人物にそっくりな理由とか、どうやってどの立場でどう原作を変えていくか。それはもう楽しく楽しく相談させてもらいました。

 矢鱈とキャラクターに不幸を背負わせたいのは僕の性なのだが、今回はそれが顕著に現れなくてよかったと思っている。実はこの双子一度DV母親に殺されていて、花芽抓は焼死だからほっぺに炎のペイントがあって、安達はそれを見送った後に絞殺されたから首にペイントがあるんだよーなんて随分優しい。君達の先輩夢主なんか何度死んだかわかんないからね。謝る。

 そんなこんなで人生の夏休みたる大学生生活を楽しんでいた僕達ですが、連さんはともかく、意外なことに僕はきちんと学生らしく学業に励んでいました。

 その時の研究のきっかけになった会話を抜粋します。

 

「連さん知ってた? 僕らさ、SAOの茅場さんと同い年なんだぜ」

「へーそうなの。知らなかったわ。どうでもいいから卒研のテーマいい加減決めなさい」

「でさぁ、茅場さんって学生時代は東京の電気電子工学科にいたわけじゃん?」

「ふーん。もしかしたら隣の研究所にいるかもね。はいこの話終わり。卒業研究何にするかレポート作ろうか」

「僕さぁ、もしSAOがデスゲーム確定だとしても、そこにナーヴギアがあるなら被りたいわけだよ」

「で、始まりの街で待ってるわけ? レポートの提出日明日だってわかってる?」

「そうだね。で、二層が解放されたら武器を買いに行って漸く一層で狩り始める」

「攻略組にはなれなさそう」

「攻略組にはならなくていいからさ、指揃えてメニューウインド開きたい」

「ほとほと着眼点おかしいよね」

「そりゃあもう。魔法使えるなら何使いたい? って聞かれてルーモスって即答するくらいですから」

「光るだけかよ」

「……」

「……」

「……ナーヴギア作ってみねぇ?」

「嘘だろ二毛さん」

 

 研究題名、仮想世界の可能性。

 ナーヴギアは二人で自作して、わずか16畳程の草原仮想世界に青いイノシシらしきものが消滅してから30分後に無限にリポップするだけの、おっそろしく完成度の低い仮想世界を作り上げた。オタ仲間のSAO好きな連さんの彼氏には大層褒められたが、あの野郎は欠片も制作に携わっていないので触らせず、代わりに僕らは実験と称して毎日の様にフルダイブ(笑)しては曲刀(笑)と短剣(笑)を振り続けていた。

 変化があったのは原作でSAOの正式サービスの開始日。勿論何年か後の話だけど。休日だったが研究のためと登校し、ニ人でクスクス笑っていつもの様に自作のハードを被った。

 その日はやけに起動に時間がかかって、更にダイブする時にまるで原作を再現したかの様な稼働チェックシーンまで入っていて、俺は原作のサービス開始日に合わせて連さんが頑張ってプログラムを改善している光景を思い浮かべて、頑張ったなぁあの人と感心していた。次いで目の前に飛び込んできた風景は広い部屋程度の空間ではなく冗談みたいに壮大な草原で、近くにいるのは容量の問題で一匹しか出現させられなかったはずの青いイノシシ。しかもそいつがまるできちんとした生き物みたいにリアルで、ああこいつが原作で出てきた下級モンスター《フレンジーボア》なんだなーなんて感動までしていた。

 五感も随分リアルに再現されていて、やべぇあの人本気出したらこんななんだとか思っていた。

 で、それを少し離れた場所に同時にログインしていた連さんも思っていたらしい。間抜け顔が二つ揃って四十五度傾いた。

 

「え、コレ連さんがやったんじゃねーの?」

「出来るわけないでしょ馬鹿なの? 私、二毛さんがやったのかと思ったけど」

「天地がひっくり返るぞ馬鹿なの? ……おう?」

「おう?」

「おう?」

 

 わけがわからないのだぜ。アイデアロールはファンブル続きだぜ。というか成功しても何も気付かないオチが見えるぜ。

 兎も角当然の流れだか一度ログアウトしてみようという話になる。任せろ俺はメニューウインドを出したいが為だけにナーヴギア作ったんだ。

 ──ないよね、ログアウトボタン。

 

「……僕はぁー……確かにぃー……メニューをぉー……操作してみたいとかぁー……言ったけどぉー……言いましたけどぉー……こういう展開はぁー……想定していなかった訳でぇー……れんさぁーんはい」

「……電力馬鹿みたいに消費するし、いつもみたいに事務員さんが怒りに来るでしょ。ナーヴギア外してくれるだろうし、それまで待機かな」

「さーいえっさー」

 

 それしかないであろう現状を正しく理解して、うだった体勢で敬礼をする。呆れられたかどうだかは顔を見ていないのでわからないが、巫山戯た態度ではあっても少なくともうきうきわくわくはしてないけないなと思った。

 ……そして次の瞬間思いがけないことが起こる。

 突如大きく響いた鐘の音が俺たちの鼓膜を揺らし、その存在を五感と思考に刻みつける。僕らのプログラムに鐘なんか構築していないし、そもそもこんなにクリアに音を伝える機能は本物のナーヴギアでないあのジャンクには備わっていない。

 そう、あれは本物のナーヴギアではない。その筈だった。

 僕らは夢小説というものが好きで、そういうものを生み出す側でさえあった。そしてそういうものは、得てして唐突であり不可避であり気まぐれであるという事も、当然の様に知っていた。

 僕らは、今自分が置かれている状況を脳の奥底でチラリと理解してしまっていた。

 そうして僕らが予想した通りに白い光に包まれ、目を開けた次の瞬間には石畳の大広場に一万人のプレイヤーと押し込められている。程なくして空中には赤いローブのラスボスが現れ、この世界の《本当の》チュートリアルを終わらせて去っていく。僕たちはまだ見ていないが、持ち物欄にいつの間にか入っていたアイテム《手鏡》によって顔の造形が変わった人々が未だ硬直している。

 だがその均衡は破られた。

 一万人の……否、既に人数の減ったプレイヤー達が狂気に陥り、どこへ行くともわからず怒鳴り散らす様を呆然と見ていた。

 黒髪の少年が赤っぽい髪の青年を引っ張って細い路地に入るのを見ていたがそれどころじゃない。こんなものは想定していない。現実を生きる人間の人生設計には組み込まれていない。

 だがいつの間にか手の中には手鏡が握られている。ということは僕はもう冴えない女子学生な訳なので、早いとこ同じ混乱の最中にいるであろうあいつを見つけなければならない。あちらも手鏡を使っているなら、その顔は見慣れた美人さんである筈なのだ。

 が、そこでもう一つ予想外のことが起こる。無論これまでの何一つ予想できた事態ではないが、更に俺の、僕らの思考を掻き乱す様な事態が起きた。

 

「二毛さ……え、かが、づめ……?」

「…………安達?」

 

 僕の近くまで寄ってきてくぎみーボイスで喋る彼女は、ノゲ テトでさがせばやふ知恵袋先生も教えてくれる中性的な美少女。その首元にはチョーカーを模したおされなペイントがあり、整った顔は困惑の表情で俺を見ていた。

 まて。お前は今なんて言った?

 ばっと自分の持つ手鏡を見る。

 そこに写っていたのは、

 ──おそらくくぎみーボイスであろう本棚漁れば数秒で本物を確認できるだろう……中性的な美少年。右頬に揺れる炎を模したペイントを持つ、冗談だろという表情で固まる花芽抓の顔。

 僕が花芽抓なら目の前にいる安達は安達である筈がない。さっきの呼び掛けからしてもどう考えたって中身は連翹。

 掌から手鏡はするりと抜け落ち、ぱしゃんっと音を立てて耐久値を散らした。

 

「──僕だけ性転換かよっ!!」

 

 

 頭の悪い大学生がナーヴギア作るとこうなる。



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アインクラッド61層・お手軽料理S級食材をとかす

「……なるほど。ま、今日のお使いはちゃんとしたみたいだし、大目に見てあげるよ」

「もー連さん大好き!」

「はいはい私も大好きですよー」

「連さん、二毛さん。俺はー?」

 

 床に正座してかくかくしかじかを終えて寛大な判決を賜った僕は、よし終わったとばかりに立ち上がって伸びをした。結局昼飯の時間は大幅に遅れてそろそろ夕飯じゃないかってくらいになってしまったが、元々三人ともきちんとした時間にきちんとした量を食べる人種ではないので何も気にならない。夕飯作るかと今日のお使い内容たるA級食材の数々をむむと眺めて、そそくさキッチンに入って食材を並べ始めた。因みに料理スキルを持っているのは三人のうちでは僕だけで、熟練度はようやっと950超えたあたりである。馬鹿な話だが料理スキルはかなり初期から持っていたので、完全マスターも夢ではない数字にまで育っていた。

 ま、綺麗なお隣さんなんかもうコンプリートしちゃったんだけどね。

 

「おを?」

「あ」

 

 さて、食材にメスを入れんとしたその時、俺の耳がぴこっと動いてそのお隣さんの方から楽しげな声をキャッチした。因みにこの建物の壁が薄いわけではなく、寧ろシステム上壁はいくら薄かろうが厚かろうが隔ててしまえばノックしないと中の音はわからない様になっている。僕が何故お隣さんの声が聞こえたってそりゃあ《聞き耳》スキル無駄に高いからに決まってるよな。

 無論普段から聞き見立てて生活しているわけではない。常時発動スキルではないから発動しようと思わなければ発動しないわけだし、今は俺は発動しようとして使ったわけでもない。

 狐耳や羽があってわかるとおり、俺と安達は所謂ユニークスキル……否、俺と安達が使い手だから正しくはエクストラスキルであるのだが、それの使い手だ。耳と羽はその証であり、僕らは通常ではありえないスキルを持っている。そのエクストラスキルの効果の一つ、俺のスキル《第六感》が発動して聞き耳が勝手に引き出され、俺が反応した事に反応した安達は自己判断で聞き耳をした、ということである。後はDEX上がったりAGI上がったりDEF下がったり色々。

 因みに安達にもそのエクストラスキルの恩恵があるのだがそれはここでは発揮しないので説明を省く。チートとだけ言っておこう。

 そんなわけでお隣さんの会話を盗み聞きさせてもらった俺たち。何々S級食材のラグーラビットが持ち込まれたって? なんつー裏山けしからんってかそれ原作じゃないっすか?

 俺と安達の行動は早かった。速攻で手分けして出されていた食材たちをアイテムストレージに放り込んで、直接的な意思疎通もなしに扉を開けて部屋を飛び出す。ずざっとブレーキかけてすぐの場所にある次の扉に狙いを定めて、俺たちと遅れてこーちゃんが合流するまで約2秒。脇にあるおされなインターホンを長押しすること約5秒。

 慌てた様子で扉を開けたのは、お隣さんこと連さんより美人さんな細剣使いの少女、閃光のアスナ。五月蝿かったよね。悪かった悪かった。

 

「花芽抓、安達!? どうし、」

「美味しいものの気配を察知!」

「物見を放て、花芽抓!」

「主、ラグーラビット発見したぜ!」

「発見じゃなくてどうせ聞いてたんでしょ! 運を常に80%に上昇させる《第六感》は反則よ!」

「ピリオドワインとアグリチーズとオーシャンマッシュを献上するから僕らも入れて!」

「入れて!」

「うっ、A級食材ばっかり……うぅ、」

「……アスナ、俺は別に構わないよ。ラグーラビットは二匹捕まえたんだし、量は充分あるだろ?」

「……キリトくんがいいなら……言っとくけど、貴方達は一匹を等分だからね? あと花芽抓は手伝いなさいよ」

「ほいほーい! あ、キリトは羅針盤返せ」

 

 元気よく手を上げて返事をし、序でにとキリトに貸していた索敵補助アイテムを投げ渡される。更に目があった安達とこーちゃんとしたり顔でハイタッチして、俺たちは無事にアスナ宅に侵入を果たした。

 それぞれの趣味のみを買い漁った統率感のない僕らの部屋と違って、アスナの部屋は同じ規格の部屋とは思えないくらい高そうで整ってて綺麗だった。

 俺たちは三人組だから三人部屋の規格を買ったはずだが、下手に物を置いている俺たちの部屋より広く見える。統一感のある上品な家具調度品はどれも最高級のプレイヤーメイドを思わせるもので、それぞれがそれなりに高いものを買ってきているはずの俺たちの部屋とは大違いの高級感がある。だが、それらは決して煩く自己主張はしない。それぞれが分相応の輝きを湛えているかのようなその空間は、そのままこの部屋の持ち主の心の中を現しているようで──

 

「二毛さんもこれくらいとは言わないけど片付けたほうがいいと思うよ」

「君らは総じて彼処を汚い汚いと言うがな。部屋なんてものは所詮、家主が『どこに何があるか』さえ把握していればどれだけ乱雑に物が置かれていようと何も問題は」

「あるってば」

「片付けなさい」

「ういっす」

 

 本当はもう少し並べたい文句はあったが、他の二人に言外に黙せと命じられたため敬礼一つ見せてキッチンで待つアスナの元へと合流する。リビング側では安達とキリトが会話をしているのが見えて、俺はなんとなく気分を良くして袖をまくって襷をかけた。

 突然だがここで装備の話。この部屋には今五人がたむろしている状態だが、このうち四人は装備に対した重きを置いていない。

 黒の剣士たるキリトは1層の頃から似たような黒いロングコートを装備しており、金属装備らしい金属装備はあまりしない。片手剣士なのに空いた手に盾を持たないのは考える所があるからだろうが、何も知らないものからしたら酔狂な死にたがりに見えるだろう。ただ、印象に残るこの黒っぽい格好を最初に始めるに至った事件は、ここにいる五人が良く知るところだった。

 彼と同じく片手剣使いであり、彼と同じく盾を持たないこーちゃん。こちらは単に防ぐより殴るという脳筋思考が大きいと思われる。焦げ茶のレザーロングコートに、俺があげた72層フロアボスLAボーナスの跳躍補正付き《シルフブーツ》、裁縫スキルメイドの赤い手袋。大して防御性のない防具だが、彼の元々持つ様々な廃知識を元にしたシステム外スキルを多用する戦闘スタイルは、確かにこいつに盾は要らないのだと思わせるに足るものだった。

 俺の相棒の安達は、半袖ハーフパンツに俊敏性補正の紐っぽいブーツ、ベルトの多用されたデザインにくすんだ灰色のポンチョと、どことなくRPGのシーフ的印象を持たせる装備である。こちらも防御力の心許ない装備選択であるが、その理由は僕やこーちゃんほど馬鹿な考えなしではない。彼女の選択武器《双剣》は総合装備重量が重ければ重いほど俊敏性と筋力値を損なうものである。バケモノな筋力値は兎も角敏捷性をこれ以上下げられない彼女は、斯くして装備を薄くせざるを得ないのだった。まだベルトで稼いでいる分防御はしているらしい。

 まあとあるエクストラスキルを有しているおかげで、俺は彼女の防御性を大して危惧してはいない。自分で言うのもなんだが、装備面で一番馬鹿なのは俺である。

 俺の選択武器《大太刀》は、特に俊敏性に重きを置いているわけではない。強いて言えばDEXが心許ないとまともに発動しないソードスキルが三分の一であるということだけで、他に偏ったステータスを要求するような武器ではない。その上で言うが俺のステータスはAGIとDEXの極振りで、装備は防御をする気のない袿と袴姿。安達の装備は心許ないと表現したが、俺の防御は紙である。一応足元はボーナスもののブーツだがそれもAGI補正がメインで、全体的に見れば忍も斯くやという防御を捨てた身軽さであった。

 周りがこんなものなので、最前線に陣取る攻略組と呼ばれる面子の中では比較的軽装備なアスナがいると、まだこのお嬢さんの方が装備的に堅い気がする。といっても彼女も取っているスキルは《軽金属装備》なのでその範囲内なのだが。

 現在《圏内》且つ女子の一人暮らしの部屋の中ということもあって、各々武器もコートもベルトもプレートも外して軽いスタイルでいる。迷宮区から帰って部屋によっていないままのキリトは兎も角、安達、こーちゃん、アスナの面々は私服にさえ着替えているが、残念ながら俺は忍スタイルのままだった。

 警戒しているという訳ではない。俺はこいつらが装備が薄すぎてもう私服だと思っているのだ。さすがに大太刀は仕舞ったが。

 

「汚れちゃうよ、花芽抓」

「汚れないよ? SAOの料理はシステムだからね」

「あ、そっか……でも私は、システム化されすぎてて嫌だな。簡単すぎてつまんないよ」

「そうかな。俺は面倒くさがりだから、偶にはこう言うのも楽でいいと思うけど……まあ、流石に二年間も続くと『偶』とは言えないけどな」

 

 エプロンもつけない様子の俺に声をかけてくれたアスナだが、申し訳ないがお気遣いは無用である。『食材を切る』過程ですら包丁でワンタッチで済むここでの料理は、衣服が汚れる暇などないのだ。因みに衛生観念が云々とかそういう話は、ままの食材をアイテムストレージの《麻痺毒 レベル5》と《酷く錆びた鉄剣》の間に放り込んでいる時点で100層の彼方である。取り返したければこのゲームをクリアする事だ。

 

「花芽抓は、向こうでも料理とかしてた?」

「それなりにはね。……珍しいね、アスナが向こうの話をするとは」

「あ、うん……」

 

 カットし終わった食材がポットの中に詰め込まれ、そのままオーブンの様な釜に入れられた。後は適切な時間と調理法をセットするだけで数十分後にS級の料理が出来るのである。こちらもカットし終わった俺が疑問を口にすると、彼女は一瞬手を止めて難しそうな顔をした。

 俺が地雷を踏んだか彼女がセルフで傷を抉ったかどちらとは判らないが、どちらにせよ居心地の悪さを感じた自称コミュ障な僕が言葉を探していると、アスナはぱっと前言を撤回する。

 

「あ、ちがうの! えっとね、確かにきみに会った頃は、向こうの事を考え過ぎて馬鹿なことをしてたと思うけど……」

「ホントだよね。 店売りの細剣五本抱えてモンスターの縄張りに停泊してたっけ? 正気じゃないねいやまったく」

「ポーション類だけ大量に仕入れて外泊とか言って迷宮区に籠るきみに言われたくないわ」

「いやまったく──いやいや、キチガイ度で言ったら安達だよ。あいつアイテムストレージに回復道具ないからね?」

「なんで貴方たち普通の行動ができないの?」

 

 真面目な顔をしてそういう事言わないでください。美人さんにそれを言われると心理的にぐさっとくるものがあるんだよ。いいの? 哲学はいるよ? 普通とはなんなりや。

 

「……悲観するだけじゃ前を向けないなって思ってね」

「何を?」

「花芽抓!」

「判ってる判ってる。冗談言ったのは謝るからそれは調理するためのものであって僕に向けるためのものではありませーん」

 

 ソードスキルが発動する前兆たるライトエフェクトをも帯びそうないきおいで構えられた包丁は、アンチクリミナルコードに阻まれる前にすっと下げられた。

 

「現状を前向きに見たって話だろ? 以前は無茶なレベリングとか馬鹿な作戦立案してたりしたけど、最近丸くなったもんな。いやぁ、狂戦士アスナも大人になったなぁ」

「狂戦士なんて言われた事ないわ」

「言ってたよ、僕らはね」

 

 そういって指を三本立てると、それだけで俺と安達とこーちゃんという三人の面子を思い描いたらしい。アスナは筆舌に尽くしがたい悲しい表情を作ったが、この三人以上に広がっていないならと妥協したらしく包丁をキッチンに置いた。

 

「だから、私はね……もういいわ」

「えー。話してよ」

「嫌。花芽抓と喋ってると話題が変なとこ行っちゃう」

「心外だな。僕が話題をそらす事しかできないみたいじゃないか」

「違うの?」

「違う。ふざけていい話題を選んで掘り下げているだけであって、それだけが僕の能力だと思って貰っては困るのだよ」

「OK。この話題はもうやめましょう」

 

 原作キャラは総じて遊ぶと楽しいんだけどな、と俺は蓋つき鍋の残り時間を覗き込んで思った。というか原作で登場するキャラクターと実際に喋れるという事実が、ここに閉じ込められて二年立ったいまでも嬉しくて仕方がない。

 世の夢女子さんたちがどうだかは知らないが、僕は基本的に漫画とかを読んで思う事は『このキャラクターと恋愛がしたい』ではなく『このキャラクターと対話がしたい』である。ハードル的には大分低いのだ。どちらにせよ次元は超えないといけないのだが、実際に超えてしまった俺に最早その障壁はなくなっている。画面の向こうにしかいなかった筈の存在と会話ができるって素晴らしい。てかコミュニケーション取れるって素晴らしい。

 

「アスナ、そっちの方はあと何分?」

「30分ね。あ、チーズはベイクドチーズケーキにしちゃったけど大丈夫?」

「大丈夫だろ。キリトの好みはよくわかんないけど……ま、文句言ったら僕が貰うよ。こっちはあと35分くらい。しばらく暇だけどどうする?」

 

 暫く、というか30分と残り5分の間だ。俺とアスナはちょっと顔を見合わせたあと、どちらともなくリビングの方を見た。

 ダイニングテーブルに備え付けられた椅子にキリトが座り、少しスペースを置いて設置されているローテーブルの脇にクッションを置いて安達とこーちゃんが座る。ダイニングテーブルの空いた席にはアスナが、そして空いたクッションにはきっと花芽抓が座るのだろう。すっと覗いたリビングでは、安達がぼけたりこーちゃんが突っ込んだりキリトが突っ込んだりと楽しそうなやり取りが咲いていた。

 

「……楽しそうだね」

「そうだね。ちょっとキリトくんが大変そうだけど」

 

 アスナはそうして苦笑するが俺はスルーしてメニュー画面を呼び出した。

 アイテムストレージを操作して真ん中変に入れてあった《特大クッションSS・こんこ》と《特大クッションSS・にゃんこ》を選ぶ。ぽんぽんと音を立ててオブジェクト化されたそれは、ひと抱え以上もある某人をダメにするクッションのアニマルデフォバージョンだった。

 

「かっ、花芽抓それっ!」

「向こうさんは楽しそうにしてるし、僕らはここで雑談でもしていようか。因みにこちらは特大クッションSSシリーズのこんことにゃんこですけど」

「両方買います!」

「まいどあり」

 

 カンスト裁縫スキルぱない。料理完了を告げるアラームの音と共に様子を見に来た面々が見たのは、クッションに沈んでキッチンでくつろぐアスナと花芽抓の姿だった。



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アインクラッド61層・友人団欒うまうまし

 結論から言おう。めちゃんこ美味かった。

 

「はー……あわー……うわー……」

「二毛さん、日本語喋ってくれる?」

「大変美味しゅうございました」

「同感」

「右に同じく」

 

 皿を綺麗に片付けて、特大クッションSSシリーズに深々と沈み込む。まるで我が家にいるかのようなだらしのなさにちょっとした叱責が飛ぶが、その程度で俺を立ち上がらせられると思うてか。

 

「ワイン開けましょうか」

「よし、チーズケーキも食べよう!」

 

 残念だったな特大クッションSSシリーズめ。貴様に僕を縛り付けておくことなどできない。

 ワイングラスに注がれたのはスカイブルーの透き通った飲み物。それと同じくA++級食材であったチーズは金と狐色のベイクドチーズケーキとなり、ワンホールを四等分してシルバーと一緒に並べられていた。で、こいつも大変美味しゅうござるのだ。

 

「うあーうまー」

「二毛さんが作るより美味いかも」

「あ、そう言われれば」

「そりゃあ、僕が作るより可愛い女の子が作ったほうが美味いに決まってんだろ」

 

 野郎の振りをした冴えない女子大学生より、純ヒロインな美少女高校生の手料理の方がいいだろう。普通そうだし俺だってそうだ。たとえそれが超システム的なポリゴン結晶だとしてもそれは覆らないのである。ついでに言うなればSAOキャラとワインを飲むという現状が俺的にはさらに嬉しい。世界って優しかった。

 

「ああ……今まで頑張って生き残っててよかった」

「アルコールな気分はしないなぁ、コレ」

「ノンアルワイン」

「それワインの看板下ろした方がいいぞ」

 

 幸せに浸る俺たちに水を差すように感想を言ったこーちゃんに、安達がぴっと名称をつけ足してキリトが突っ込んだ。たしかにこのワイン、アルコールの匂いはするがアルコールを摂取している気分にはならない。と言うか酔った気分にならない。

 一応このゲームは適応年齢制限が成されていたはずだが、成人以上というほどハードだった記憶は無いし、年齢制限をまるっとゴミ箱に捨ててしまった小学生くらいの子供は始まりの街に若干名存在する。運営も年齢制限を破られることなど承知の上らしく、この世界にあるワインやらビールやらと言ったアルコールを連想させる飲み物でも酔った気分にはならなかった。或いは酩酊状態と言うものをナーヴギアでは再現できなかった可能性も微レ存。

 雰囲気もへったくれも無いその問答に、俺とアスナでぷくっとむくれてワイングラスを傾ける。いいし。僕はアルコールを飲んでいるのではなく美味しいものを飲んでいるのだ。……精神的に。

 そんな馬鹿馬鹿しいやり取りがふっと途切れて沈黙が降りる。それを破ったのは、ぽつりとつぶやいたアスナだった。

 

「不思議ね……。なんだか、この世界で生まれて今までずっと暮らしてきたみたいな、そんな気がする」

「……俺も最近、あっちの世界のことをまるで思い出さない日がある。俺だけじゃないな……この頃は、クリアだ脱出だって血眼になるやつが少なくなった」

「攻略のペース自体落ちてるわ。今最前線で戦ってるプレイヤーなんて、五百人いないでしょう。危険度のせいだけじゃない……みんな、馴染んできてる。この世界に……」

 

 部屋を照らす橙色のランプの光の近くで、物思いに耽るアスナとキリトをローテーブルに肘をついて見ていた。

 キリト達『SAOの登場人物』からすれば、あっちの世界といえば桐ヶ谷和人や結城明日奈が住む世界の事だろうが、俺と安達とこーちゃん的には少々頷き難いものがある。俺たちにとって『ソードアート・オンラインにやってくる前の世界』とは『SAOがライトノベルとして人気だった世界』だ。SAOに慣れただとか、向こうの事を思い出すとか以前の問題だ。そもそもキリト達の場合は政府の手配のおかげで肉体の生命維持をしているのだろうが、俺たちは紛う事なく『現実』からフルダイブしているので、開始早々三日で色んな世界から強制退場させられる可能性だってあった。……まあ、一週間を過ぎたあたりで希望を見たけれど。

 そんな風に着眼点をずらしているからか、他二人はどうだか知らないが俺は特に必死になって帰りたいとは思っていなかった。今が幸せすぎて、クリアしたら大学の見慣れた研究室のパイプ椅子の上でしたとか嫌すぎる。あとダイブから帰ったら安達とこーちゃんは何も覚えていなくて、実はこれは俺の見ていたただの夢でしたとか更に嫌すぎる。

 それでも、悲しいかなそんな馬鹿を考えるのは僕だけである。

 

「でも、わたしは帰りたい。だって、あっちでやり残した事、いっぱいあるから」

「そうだな。俺たちが頑張らなきゃ、サポートしてくれてる職人クラスの連中に申し訳が立たないもんな……」

 

 神妙に頷いたキリトは、彼なりの考えを以ってグラスを傾けた。アスナははっきりと意思を口に出して微笑んだ。安達は澄ました顔でチーズケーキを口に含んだ。こーちゃんは不審者面を柔らかく微笑ませて頬杖をついた。で、俺は一人腑に落ちない顔で腕を組んで特大クッションSS・こんこに背中から沈み込んだ。

 ままならない。だってこのままでいくと、明日には74層のフロアボス《グリームアイズ》を倒して75層への道を開いてしまうのだ。僕は原作を知っているし、ここの辺りの内容はSAOシリーズ栄えある第一巻だったから割と鮮明に覚えている。俺の記憶が正しければ、アスナが誘ってキリトとパーティを組む筈。そして翌日に74層の迷宮区に狩りに出て、そこで半分以上成り行きにだが前述した通りになる。俺達三人が関与する事で事態がどう転ぶかは気を張らなければならないが、どうせ原作クラッシュなど余程の夢主を使って余程の作者の意図がない限りは大して成就しないのが常である。できて精々が死者の数を左右する事くらいか。

 終わっちゃうなぁ、ソードアート・オンライン。どうせそんな事で黄昏てんのは俺だけでしょうけれども。俺達ALOとかGGO出来んのかなぁ。GGOやりたかったなぁ。

 そんな事を考えていた僕は、友達がいない事を指摘されたキリトを揶揄うのを忘れていたらしい。ふっと意識を戻すとダイニングテーブルではキリトとアスナがパーティを組む話をしていて、ついでにその流れがローテーブルにも届く所だった。

 

「ね、安達たちも一緒に行かない?」

「わたしは構わないけれど。こーちゃんは?」

「俺もいいよ。花芽抓は?」

「うん? うん」

「聞いてなかったでしょ」

「一割聞いてたよ」

「何処を?」

「『聞いてなかったでしょ』」

 

 そんなに全力で怒んなよ。応えただろ。

 

「明日迷宮区狩りだよ。この面子で九時集合」

「さんきゅーキリト。よし把握したぜ、異論はない」

 

 偉そうに大仰に頷いてみせる俺に、相棒とその恋人の呆れた視線がぶすぶすと突き刺さる。それらから逃げるように、耳を伏せてクッションにしがみついた。同郷達が塩対応。

 その後は残ったワインを俺がもらったり、《特大クッションSS・わんこ》をキリトに売ったりなんなりと過ごすうちに時間が経った。そのままキリトを階下まで送り、再度明日の約束をしてアスナと部屋を別れる。俺は明日8時に起きる誓いを立ててその日は眠った。

 

 

 8時に起きると決めたら9時に起きる俺だが、アスナと狩りに出るのが久しぶりだった為か7時に起きた。同室の二人からは大変驚かれて大変珍しがられ、遠足当日の小学生かと突っ込まれた。うっさいやい。大学生になる前は平均起床時間5時だったんぞ。てかこーちゃんは知らんが安達だって同じくらいだろうが。

 俺達は時間にまだまだ余裕がある為ゆったりと過ごしていた。暇だろうから外のポストから新聞を取ってきてくれとこーちゃんに頼まれ、安達に頼めよと言ったらコーヒー淹れてるからと断られる。家族か。てか夫婦か。

 仕方がないので僕が取りに行く事にする。現在8時ちょい過ぎだが、階層巻の移動なんか一瞬なのでまだまだ余裕。キャスケット帽子を引っ掛けるようにかぶったものの就寝用の甚平アンド足防御ゼロのまま、ぷくっと膨れて階段をトントンと降りた。ポストは建物の外に各部屋分備え付けてあるので、一度外に出る必要があるのだが、裸足とかそういうのは気にしない。僕は砂利の上を裸足で歩ける。ついでにSAOに痛覚はあんまり無い。

 俺はいつもの様に落ち着いた洒落っ気のある扉を押し開け、少しひんやりとした感触のある踏み石を踏んで、痛覚は落ちているのに握手の感覚もあるし冷たさを感じるのはどういう事だろかと関係の無い事を考え、……建物と道路を隔てる塀の向こうに白と赤の特徴的な制服の男が立っているのを見てすっと思考を始めた。──そういやこいつ、家の前で張ってたんだっけ。

 俺は特にそいつに話しかける事はせず、ポストに近付いて新聞を回収する。新聞を書いているのも印刷するのも配達するのもNPCではなくプレイヤーなのだが、朝ポストを確認すると必ず定時には仕事をするあの人たちはすごいと思う。

 回収しがてら男を不審げにちらりと見る。相手は俺の存在に気づいているのだが、特に向こうからコンタクトはなかった。そのまま怪訝に耳を動かし、建物内へと引き上げて、

 ダッシュで階段を上がってアスナの部屋のインターホンを押した。

 

「? おはよう花芽抓。どうしたの? 時間はまだあると思うけど……」

「いきなり悪い。アスナ、準備はできてる?」

 

 そういうこちらは準備のじの字もない格好だが、アスナの方はもう出発できそうな装いだった。アスナの性格的に集合時間の五分前には到着していると言ういい子だろう。原作で待ち合わせに遅れていたのはあのストーカー野郎とゴタゴタしていたからか。

 アスナは花芽抓に訝し気に眉を顰めたが、素直に答えた。

 

「もう少しよ。準備が出来次第出発しようと思ってたけど」

「あっぶねぇ。じゃあ準備が出来たら僕らの部屋に来て。外に出たら駄目だぞ。僕らも準備するから……あ、鍵開けとくから」

「ちょ、花芽抓どういう事?」

 

 必要な事だけ告げて行動しようとした俺をアスナが止める。俺は何も説明していなかった事に遅れて気づいて、なるだけ不審がらせない様に言葉を選んだ。

 

「外にKoBの男が立ってた。こんな時間に来るからアスナに急用かと思ったけど、微動だにしなかったしおかしいと思って。いたろ、君が最近付きまとってくるって言ってた護衛。特徴は聞いてなかったけど多分そうだ」

 

 確実性のない喋り方だが、アスナは大体を察したらしい。顔を険しくして頷くと、後でねと言い置いて扉を閉めた。

 俺は部屋の鍵を所有者ウインドを以って開ける。鍵のロックをイエスorノーで問われたが、そのウインドウを視認するまでもなく後手でノーと答えた。ちなみに放置して10秒経つと自動的に閉まる。

 

「あーだちー。コーヒー飲んだー?」

「待ってる間に飲んじゃったよ」

「こーちゃん新聞すげぇ読みたい?」

「いや、別にそこまでじゃないけど」

「ちなみにお二人さん、そんな装備で大丈夫か?」

「大丈夫だ」

「問題ない」

「よし、僕は一番いいのを装備してくる」

 

 テンポよく答えてくれた二人を置いて、俺はひょいひょいと雑貨を避けて自室へと向かう。右手で扉を閉めつつ左手でメニューウインドを呼び出し、装備一覧をタップして設定装備を選んだ。

 普通の装備の変更だったら、下着を選んで中着を選んで上着を選んで鎧を選んで武器を選ぶ。だがそれら一式をカーソルに合わせて保存しておくと、それをワンタッチで総入れ替えできると言う楽ちんな設定。斯くして一瞬装備をゼロにひん剥かれた俺は、然して時間をかけないままいつもの大太刀忍者へと早変わりしていた。

 装備の変更を済ませてリビングへと戻ると、既にアスナは合流していた。序でにこーちゃんが不審者顔をもう少し険しくして窓から外を見ていたので、あのストーカー野郎はまだそこにいるらしい。俺からの説明は一切していなかったがやりたい事は察していたらしく、安達もこーちゃんも顔が引き締まっていた。

 俺は仕舞っていなかったメニューウインドをもう少し操作してアイテム欄を開き、そこから転移結晶を選択する。序でに残りが三個になっていたので、早いうちにまた入荷しないとなと呑気に考えた。

 

「……ごめんね、使わせちゃって」

「Kein problem。行こうか。なんだかんだ言って丁度いい感じだな」

 

 申し訳なさそうに謝る彼女にひらりと手を振って気にするなと言う。透き通った多角柱のそれを掲げて、全員が近くにいる事を確認して転移先を宣言した。




この部分ってなんか書いたほうがいいんでしょうかとか今更呟く。


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アインクラッド74層・転移門野次馬が蔓延る

 47層転移門前の細やかな広場。同時に四人が転移した為混雑は大丈夫かと思ったが、着地時に安達が足元不安定で少々よろけただけで済んだ。

 安達を左手で支え、ぐるっと広場を見渡して黒の剣士を探す。誤魔化しも兼ねて先ほど丁度いい時間と言ったが、そうは言っても集合時間の30分前。流石にあの野郎はまだ来ていなかった。

 その代わりにいたのは、待っていましたとばかりにアスナに近づいてくる赤と白を基調とした十字架マーク入りの鎧重装備プレイヤー。恐らく戦闘ではモンスターの攻撃を防いで隙を作るタンクという役回りの男である。彼を視界に入れた瞬間アスナは顔を思いっきり歪ませた。アスナだけでなく俺たちも顔に出さないまでもやっちまったとテロップ式に考える。自宅前での待ち伏せという原作に加えて、転移門前での待ち伏せという補正がかかっていた。

 

「これはこれはアスナ様。74層になにか御用ですか?」

「そ、それは私の質問だわ! 護衛役のあなたがここにいる必要は無いはずよ!」

「ええ。しかし昨日の黒の剣士とのやりとりを聞いて、今日あのプレイヤーとここへ狩りにくると推理しました。お待ちしていましたよ」

 

 どんなやり取りしたんだよ。

 

「本部へ戻りましょう、アスナ様。副団長の74層単独潜入は作戦のうちには無いはずですよ」

「作戦の一環じゃ無いわ。わたしはレベリングに来ているの」

「レベリングでしたら、団内で小隊を組んで行うのが常でしょう。そんな寄せ集めのような三流プレイヤーに、アスナ様のパーティメンバーは務まりません」

「あ、あなたねっ!」

「アスナ、ストップ」

 

 冷静に言葉を運んでいたが、俺たちを馬鹿にされてカチンときたらしい。大事に考えてくれるのは友達冥利だが、こういうの相手に逆上すると主導権を持って行かれる。前に踏み出そうとする彼女をどうどうと抑えて、余裕を持ってKoBタンクを振り向いた。様付けして呼んでる副団長様が見知らぬ野郎に密着されている(疚しいことは決して無い)現状がかなり気に食わないのか、かろうじて金属に覆われていない首から上が不愉快一色に歪む。ざまあ。

 

「悪いがお引取り願う。アスナは今日一日俺達と狩りに行く約束なんでね。護衛の仕事は無いぜ、さあ帰った帰った。あ、如何しても着いて来たいって言うんなら、特別にパーティメンバーに加えてやってもいいけど?」

「その必要は無い。アスナ様は本部に帰るのだ。貴様のような下賎な輩と付き合う暇など無い!」

「そいつはおかしいぜおっさん。逆だ。あんたのような低レベルなプレイヤーはアスナや俺達と最前線に潜る技量が無いって言うんだ」

「私を愚弄するな! 貴様のその大層な剣、このヴィクトリーがへし折ってくれようか!」

「話が早くて助かる。さすが栄光ある血盟騎士団の団員様だよ」

 

 おろ、意外と沸点低かった。

 始終冷静に喋るものだから長期戦を予想していたが、迂遠に攻めるより本人を直で貶した方が楽だったらしい。これなら実力行使であのストーカー野郎がくる前に終わらせることができるかもしれない。これが終わったらキリトが到着し次第あいつの首根っこ掴んでさっさと迷宮区に篭ろう。

 俺が一撃決着モードで決闘を申し込むと、タンクは余裕の動作でそれに応じた。というかアタッカーでは無いタンクが名前を勝利と名乗るとは。文句はねぇけどさ、いやぁ俺それは恥ずかしくて名乗れねぇわ。

 

「か、花芽抓!」

「……相手タンクだよ? 時間かかると思うけど」

「間違って殺さないようにね」

 

 純粋に心配してくれるらしいアスナと、僕の同じ作戦を考えている安達と、ちょっとずれた場所を心配しているこーちゃん。いい子はアスナだけかよ。

 

「Keine sorge。そこで待ってな。ちょーっと夢主して来るわ」

 

 APP高い人は決めゼリフ言ってもいいんです。ご存知でしょうけど。

 決闘内容は初撃決着モード。それは最初の一撃が入った方の勝ちではなく、先に有効な一撃を入れた方が勝ちと言うもので、実際には先にHPが半分減った方の勝ちである。何を隠そう俺が一番苦手なやつ。それは俺の戦術的な問題もあったし、戦闘スタイル的な問題もあったが、一番の問題は俺のステータスだった。

 何度も言うが俺のステータスはAGIとDEXの極振りである。それはレベルアップ時の基本ステータス上昇値に加えて与えられるボーナスポイントをその二つに振っているというもので、流石にそれらの他の数値は初期値というわけでは無い。まあ、真面目にステ振りしている人から見れば十分低いが。それにより俺のDEFもVITも悲しい状態になっているのだが、そんな俺が苦手なのは対モンスター戦より対人戦だった。

 俺はとある特殊スキルのおかげで一般プレイヤーにはあり得ないスキル《ヒール》を発動することができる。これは現在俺以外ではテイミングされたサポートモンスターにしか確認されていないスキルで、体力の減りやすい俺はこのスキルを完全マスターするくらい多用していた。で、決闘ではこのヒールが使えない。攻撃は当たらなければ意味が無いと豪語する俺はもちろんあまり被弾しないのだが、モンスターの攻撃を一発かすれば緑色がちょいーんと七割削れるので割とヒール頼りなところがある。まして今回の相手は防御重視だが一撃が重いタンク。レベルが上から目線で笑えるとはいえ、相性的には水vs草位には悪かった。

 待機時間が30秒を切ったあたりで、転移門前で決闘という話が瞬く間に広まり、大太刀を背中から降ろして構える頃には相撲の土俵のように人垣でサークルが出来ていた。呑気な野郎どもだと心の中で溜息をつくが、そこで更に野次が飛んできて実際に溜息をつく。

 

「キリトがくる前には終わらせねーとな」

「出来るかなぁ。二毛さん技の選択とか部隊編成とか大真面目に間違えるし」

「はいあと十秒ー。きこえませーん」

 

 聞こえてますけど。キリトが決闘するときに集中し過ぎて周囲の音が聞こえなくなる描写あったけど、俺はそこまで集中できないんでばっちり聞こえてますけど。

 大太刀の柄を両手でしっかり握って、左下段に切っ先を置いて姿勢を低くして構える。生憎大太刀に突進系のスキルは無いが、割と早い段階から大太刀を使い始めたにもかかわらず一般にはこのソードスキルの全貌は不明瞭だった。カタナを馬鹿みたいに振り回していたら発生したスキルなのでユニークスキルというわけでは無いようだが、まだ俺の他に大太刀をこじ開けた人はいないらしい。だからこそ、両者が離れている状態でいかにも此処から突っ込みますという格好をしていれば、予想通り相手は突進系のソードスキルだと思ったらしく馬鹿にするように口端を歪めた。普通に考えて、技を受け止めることに慣れたタンク相手にキャンセルのきかない突進系のスキルは馬鹿である。

 失望が色濃い野次に色々言ってやりたいのを堪えて正面を見る。タンクを真っ直ぐと見つめる俺の視界の中で、カウントがついにゼロを示した。

 タンクが受け身に構える通りに俺は突進するように前に出る。だがソードスキルが発動しない為ライトエフェクトもシステムのアシストもそこには存在しない。その違和にタンクが気付く前に俺は僕の出せる最高速の前進を盾の直前で切り替え、右足を軸にくるりと回って男の背後を取り分厚い鎧に狙いを定めた。

 

「なにっ!?」

 

 男が振り向く前に一歩分のバックステップを踏んで大太刀を掲げる。真正面から不意打った俺の大太刀は、そこで初めてソードスキル発動の前兆、ライトエフェクトを纏った。

 右上段から左下段に斬り下ろし、地面をえぐるように手首を返して右下段から左上段に斬り上げる。ちょうど剣筋が垂直になった後斬り上げと同時に軽く上に飛んで、対象の頭の上から渾身の縦斬りの三連撃。大太刀ソードスキル《表の二刀・花衣》。74層迷宮区のモンスターをオーバーキルしたスキルと同クラスの技だが、一歩引いてから発動したおかげでプレイヤーには擦りもしていない。その代わりに『critical!』のロゴを三回見せた鎧の方はお察しである。雪マークみたいな大太刀の残像を残していた青銅色の重そうな鎧は、誠に情けないながら呆気なくポリゴン片と果てた。

 重量級の盾と立派な槍を構える皮装備未満のタンク志望というのも滑稽な姿である。俺は堪えきれなかった失笑をかははと吐き捨てて言った。

 

「出せよ。鎧」

 

 観衆が待ってるぜと心にも無いことを笑う。先程までの余裕ぶりとは打って変わって顔を青くした栄えあるKoBのタンク兵は、震える手でたどたどしくメニューウインドを操作した後少しの間固まってその手を下ろした。これ以上の鎧を無為に減らすことはしないらしい。気分的に白けた俺は鼻を一つ鳴らしてウィナー表示を待った。

 

「り……リザイン……」

 

 ぱんぱかぱーんとBGMを伴って表示されたウィナーの祝福を、大太刀を握っていない左手でさっさと下ろす。腰抜けめと言ってやろうかと思ったのだが、何を察したのか視線をきつくした同僚二人の物言わぬ静止に従って口を閉じた。代わりに大太刀を背中に仕舞いがてらドンマイと星付きで言ったらぎちっと睨まれる。

 

「はっはっは! さて、お姫様は貰っていくぜぅっ!」

「何やってんだ馬鹿」

「……おハローキリト」

 

 圏内干渉により障壁に守られたのだが、僕の後頭部からシステム必中の石ころが投げられる。勝利の余韻に邪魔を立てたのは、ようやっと合流した呆れ顔のキリトだった。

 

「集合場所に着いたと思ったらなんか人だかりできてるし、訳を聞いたら『九尾とKoBが決闘する』なんて言われるし、賭けするって聞いたから乗ったのに九尾側が多くて思ったより稼げないし」

「最後の僕のせいじゃなくね?」

「って言うか最後の鎧出せってなんだよ。KoBのロゴが入ってるんだからあれがメイン防具だったに決まってるだろ」

「あんなカス耐久値で大太刀に喧嘩売る奴が悪い。てか決闘なんだから持てる実力は出し切るべきだろ……っと、そんくらいにしとこうぜ。面倒なのが到着する前に此処から移動しねぇと……」

「花芽抓、それは多分遅いと思う」

「ほっ?」

 

 返すよこの野郎と石ころを丁寧に拾い上げてシステムスキル外で放り投げてやる。それをぱっと受け取ったキリトが俺の物言いに疑問を持つ前に、安達が残念でしたと口を挟んだ。

 不審者顏のこーちゃんが後指で指した先では、転移門が淡く光ってその場に新しくプレイヤーを招いた事を知らせている。まだそこにいるプレイヤーの顔は見ていないのだが、俺は間に合わなかった事を察して天を仰いだ。

 

「俺超急いだのに……」

「大丈夫だよ。次はきっとキリトがやってくれるよ。ね?」

「双子は俺に説明してくれてもいいと思う」




よっしゃ貼ったと思ったら前書きでした


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アインクラッド74層・決闘これにて終了

 ゲートから出てきたのは、未だにへたり込んでいるタンクと同じくKoBの紋章を携えた長身痩躯の長髪プレイヤー。装飾過多な鎧に両手剣を持つその男は、間違いなく俺が今朝目撃したストーカー野郎だった。

 気付かれないように態々転移結晶を使ったのだが、どうやら出し抜いて移動したことがどうにかしてばれたらしい。それが俺の失態なのかどうかは一先ず置いておくとして、俺とキリトという野郎二人を盾にして隠れたアスナがうう、と唸った。

 

「ア……アスナ様、勝手な事をされては困ります……! さあ、ギルド本部まで戻りましょう!」

「嫌よ、今日は活動日じゃないわよ! ……大体、あんたなんで朝から家の前に張り込んでるのよ!? 花芽抓が気づいていなかったら私、……」

「クソ狐が……ふふ、どうせこんなこともあろうかと思いまして、私一ヶ月前からずっとセルムブルグで早朝より監視の任務についておりました」

「うわぁ花芽抓さん傷付いたぁ。てか」

「なんで私達気付かなかったし」

 

 自慢げな顔で鷹揚に語るそいつに、俺と安達で露骨に嫌な顔をする。この流れで安達は更に何か言うかと思ったが、彼女は強かに舌打ちしただけに踏み止まっていた。連さんは基本的に女の子の味方であるのだが、なんだ今日は大人しいな。

 

「そ……それ、団長の指示じゃないわよね……?」

「私の任務はアスナ様の護衛です! それには当然ご自宅の監視も」

「ふ、含まれてないわよバカ!」

 

 さっきのタンクはそうでも無かったが、この剣士は比べるまでも無いくらい嫌悪の対象であるらしい。ストーカー野郎が顔色を増して苛立っていても御構い無しで俺たちにしがみついていた。

 正直この『頼られてる感』とってもありがとうございましたなのだが、この一連のアスナの所作でストーカー野郎の怒りメーター毎秒上昇幅に拍車がかかったのは間違いないだろう。KoB騎士はつかつかと歩み寄って僕を乱暴に退かし、キリトに体当たりしてアスナの腕を掴んだ。

 

「聞き分けの無い事をおっしゃらないでください……さあ、本部に戻りますよ」

 

 その何かを内包したような物言いに彼女は一瞬ひるんだらしい。退かされた態の僕と、ついでにキリトも何かを反応しようとしたが、壁の役にも立たなかった野郎どもより先にそれまで静かだった安達が口を開いた。

 

「アスナ、ハラスメントコード」

「「──!?」」

「くぅっ!」

 

 泣きそうだったアスナが一瞬にして『強い女の子』の目に変わる。彼女にしか見えていないであろうパネルに指が触れるギリギリ前に、ストーカー野郎は必死で攻撃を避ける様に無様に退いた。いや、確かにスッキリしましたけども。

 

「あーだちぃ。お前突然怖い事言うのやめてくれません?」

「私システムの名前言っただけだし。っていうかこの単語に二人揃って反応するとか、あんたたちどんだけラッキー助平に祝福されてるのよ」

 

 いやぁ、転生トリップとかやると補正がなぁ。特にさぁ、男主じゃん? そりゃあ希少なはずの女性プレイヤーとの遭遇率ぱないし、お約束だってゴロゴロ転がってんですよ。俺元は女だけど二次元に関しちゃあロリ大好きだったし、女子力投げ捨てて猟銃の免許取っちゃう位だったんで全然問題ねぇってか割と御馳走様でしたってか。

 よし、僕らは帰ったら土下座かな。

 

「邪魔をするな、クソ狐!」

「俺じゃないっす。妹っすよ」

「違うわ兄貴よ」

「あーだちさーん。土下座は後でやるから余計なことは言うな」

「正しくは?」

「後で誠心誠意謝らせて頂きますので少々口を慎んで頂きたい」

「二毛さん、こういう時のために小説書いてたの?」

「謝罪の語彙を増やすためだけにあの文字数を費やしたとは考えたくねぇな」

 

 腕を組んだ姿勢の安達から発せられる背中に刺さる視線から逃れ、自分の袖にしがみついて啜り泣く。確かに小説活動は趣味の範囲だったけどそんな虚しいの嫌だ。ぼ、僕だって一時期電○大賞とかメフィ○ト大賞とか夢見て真面目に書いてた時期くらいあったぞ!

 …………あ、あったぞ!

 

「全く、何やってるんだお前は」

「うるせいやい」

 

 尻もちをついていたキリトが呆れ千万と言う風に、やれやれと声に出して緩慢と起き上がる。それまで俺たちの馬鹿馬鹿しいやり取りをぽかんと見ていたアスナが、はっとしたようにキリトの背後に再度隠れた。

 最初は吃驚して反応できていなかった彼も、二度目ともなれば困り顔で頬を引っ掻くくらいの余裕は出来たらしい。ぎろりと睨むストーカー野郎相手に長々と溜息を吐いて、相手の反感をさらに買うという男前を見せた。

 

「あんたのトコの副団長をかけた決闘は、そこの人がウチの切り込み隊長と終わらせてもう決着がついてるけど……」

 

 ちらりとキリトは観衆に溶け込むくらい静かになっている元タンク装備の男を見やる。座り込んで俯いて何も言わないところを見ると、紙装備でガキンチョな僕に軽くしてやられたのが相当効いたらしい。大いに満足な俺だが、空気を読める俺でもあるので唇に不可視のチャックを縫い付けた。

 

「それで納得してくれるわけじゃなさそうだな」

「あ……当たり前だ!! 貴様の様な雑魚プレイヤーにアスナ様の護衛が務まるかぁ!! わ……我々は、栄光ある血盟騎士団の……」

「あんたよりはマトモに務まるよ」

 

 その一言は余計ってもんだぜキリト君。

 

「ガキィ……そ、そこまででかい口を叩くからには、それを証明する覚悟があるんだろうな……」

 

 怒色通り越して蒼白になったストーカー野郎が、震える手で虚空を操作する。それが先程行われた決闘の二番煎じであることは、当事者である俺たちは勿論さっきのドタバタから解散しなかった観衆プレイヤーにもわかった。正直見世物としてはつまらないだろうが、そう思うのはキリトの実力を理解している僕ら身内の者だけである。観衆はKoBVSソロと言う本日二つ目の余興に乗じて賭けをし始めた。

 さっき賭けてもらったらしいので、俺はソロ側に硬貨を弾く。金額の偏りはソロ優勢の七分三分と言ったところか。碌に稼げないと言った数刻前の黒の剣士に今同意した。

 デュエル通知が届いたのか、キリトがそれに返事をしようとして片腕を上げて少し迷う。

 

「……いいのか? ギルドで問題にならないか?」

「大丈夫。団長にはわたしから報告する……それに、もう花芽抓がやっちゃった後だし……」

「さーせんしたー」

「「ったくこのノリ狐」」

 

 世間が冷たい。安達とキリトが冷たい。頑張ったのに嘘だろ。

 

「あ、あの、えっと、……わ、わたしは嬉しかったよ! か、カッコ良かったし!」

「アスナぁ!」

 

 いい子だ! と抱きついて頭を撫でて、はーあの野郎共後で覚えてろよと独りごちてぐたっと体重をかけて……、おっとやべぇと今の性別を思い出してぱっと離れた。いつものノリでスキンシップを始めては世間がもっと冷たくなるし話が前に進まない。それにあのまま顔を埋めてグリグリし始めたらハラスメント防止コード発動待ったなしだろう。TS怖いわぁー。でも握り拳ぷるぷるさせてるストーカー野郎はあんまし怖くないわぁー。

 

「ふざ、……ふざけるなよクソ狐ぇっ!!」

「おい。お前のせいで憎悪が二割り増しだぞ」

「ファイトキリト。大丈夫。お前俺と違って対人戦そんなに苦手かないだろ」

「……ホント、不思議な訛りだよな、それ」

 

 キリトは愛剣を鞘から抜いて下段に構えて緩く立っている。豪奢な両手剣を担ぎ気味に構えるストーカー野郎に集中する為か、俺の妙な台詞に文句を言ったきり此方に意識を割くことは無かった。

 観衆にも見える様に可視モードで表示されたカウントが一つずつ減っていく。それを安達は腕を組んで、こーちゃんはポケットに手を突っ込んで、アスナは若干不安げな顔で、俺は頭の後ろで手を組んで見ていた。

 イタリック体の格好つけたゼロが表示されデュエルの文字が弾けた瞬間、両者が堰き止められていたように動き出す。

 ストーカー野郎は両手剣にライトエフェクトを帯びてまっすぐキリトに突進する。シンプルだが強力な突進力を有する両手剣単発ソードスキル《アバランシュ》。対するキリトはストーカー野郎の技と交錯する角度で、技の威力では簡単に劣る片手剣単発技《ソニックリープ》を発動した。

 多種のソードスキルに精通するものならこれで決着がついたと思うだろう。技同士が同点ベクトルで接触した場合、押し勝つのは気合いではなく威力の高い方だ。だがキリトはその甘い見通しを斬り伏せる。

 武器破壊。両手剣と片手剣が接触したその瞬間、ストーカー野郎の持つ華美な大剣が腹程からばっきりと折れた。

 鎧を削る音とは違い耳を劈くような金属音が鳴り響いて、一瞬宙に放り出された剣先がやがてポリゴンに吸収される。いいもん見せてもらったなと苦笑する俺の隣で、アスナは口を開けて驚いていた。

 広場は一瞬静まり返るが、キリトが剣左右に振り払うと歓声が起こる。剣を失ってタンクの二の舞になったストーカー野郎は、うずくまって震えていた。

 

「武器を替えて仕切り直すなら付き合うけど……もう良いんじゃないかな」

 

 今度は言われるままにアイテムストレージを操作することはなく、潔く苦々しいリザインが唱えられる。ウィナー表示が出て、観衆がもう一度湧いた。あまり儲からなかった。

 

「見世物じゃねぇぞ! 散れ! 散れ!」

 

 そんな事を申されましても、二度ある事は三度あるとか諺でもあるし。と思ったが余興決闘は一日二回で腹が膨れるらしく、観衆は俺とキリトに労いの言葉をかけて三々五々に散っていった。おうよ、こんどは真面目に決闘しようぜと、守るかどうか、そもそも再開するかどうか怪しい口約束がいくつか飛び交った。

 やがて落ち着いた広場で、やっと隠れるのをやめたアスナが気丈に言葉を発する。

 

「クラディール、ヴィクトリー、血盟騎士団副団長として命じます。本日を以って護衛役を解任。別名あるまでギルド本部にて待機。以上」

 

 氷点下を軽く潜る勢いの冷たさで二人分の執着が引き離される。クラディールと呼ばれたストーカー野郎は、ぶつぶつと呪詛を吐きながらくるりと転移門の方を向いた。

 

「そこのタンクも連れてけよ。栄光ある騎士団員が、仲間を見捨てるわきゃねーよな?」

「……チッ」

 

 向いた後近場でへたり込んでいた団員を無理矢理立たせて二人仲良く転移門をくぐって行った。

 

「ひと段落終了ーっかな。お疲れキリト」

「面倒なのがくる前にってこういう事かよ。……てか花芽抓が遊ばなかったらもっと楽に終わったんじゃないか?」

「遊んでませーん。……っと、アスナ大丈夫か?」

「おいでアスナ。野郎共はデリカシーがなってないわ」

 

 くたっとしてしまったアスナだが、それまで動かなかった割に素直に安達の腕の中へと寄っていく。野郎共、と一括りにされた三人は行き場がなくてむっとした。こーちゃんはとばっちりかな。

 

「……ごめんなさい。嫌なことに巻き込んじゃって」

「いや、えっと……」

「気にすんなよ。俺もキリトもやりたくてやったんだからよ」

 

 申し訳なさそうな顔をするアスナの頭を、かつてニ毛さんでしかなかった頃に下のきょうだいにしたように軽く撫でる。向こうではお姉ちゃんだったが、こっちではお兄ちゃんかと場にそぐわない事をへらりと考えていたら、その間抜け顏を女子二人に笑われた。

 

「深く考えなくていいよ。花芽抓が別の事考えて馬鹿顔を晒すくらいだし」

「そうだよ。今回は俺は矢面に立てなかったけど、ニ毛さんでよかったらまた盾に使ってやって」

「どういうことだってばよ」

 

 むすっとした僕を今度は安達が肩ポンする。悲しくなるから無言で慰めるのはやめてください。



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アインクラッド74層・行軍草道を行く

「お前さぁー。俺の決闘にダメ出ししといて、お前も似たようなこと言ったじゃねぇかよ」

「? どれのことだよ」

「しらばっくれんな。武器もう一個出せって言っただろ」

「ああ、あれか……いや、随分ニュアンスが違うと思うけどな?」

 

 不満を全面に出す俺に対して真顔で罪状を否定するキリト。なにおうと同意を求めて振り返ると、こーちゃんはキリトに賛成して頷いてるし女子陣は聞いてすらいなかった。

 先程までの弱いものイジメっぽい雰囲気とは打って変わり、ほのぼのとした森の小道を五人で歩いている。前衛を俺とキリトが張り、その後ろにスイッチのつなぎ中衛でこーちゃん、更に後ろに止め役の安達とアスナ。正直最前線とはいえオーバーキル状態のこの五人組は、トランプの五の配置を崩すような問題もなく雑談を交えて迷宮区へと進んでいた。

 パーティスタイルとしては、敵影を見つけたら俺とキリトでターゲッター取りを早い者勝ちで決め、あぶれた方がしっかりダメージの通るソードスキルを追撃。ソードスキル冷却時間を解いたターゲッターが後ろから追い打ちをかける。Mob側からしたらブーイングもののオーバーキルだが、そこはまあ僕らの目の前に現れたのが運の尽きという事で。なにが恐ろしいって、男子の後ろに剣を抜いてすらいない最終兵器が二人も控えているって言うね。

 敵モンスターとの戦闘開始は、こっぴどい不意打ちがない限りプレイヤー側からの第一撃で始まる。その第一撃を決めるとそのプレイヤーにターゲッターと言うアイコンが付いて、相手のモンスターに集中的に狙われるという仕組み。だからこそ大々的な戦闘ともなると、ターゲッターには多大なハンデが付きまとうというわけだが、その分戦闘終了後は他パーティメンバーより多くの経験値を獲得できる。俺は積極的にタゲを取る事が多いため、先程のキリトが言った通り部隊の切り込み隊長的な位置に立っていた。

 まあ、防御が紙なのでタゲだけ取って潔く下がりますけど。んで確実な隙だけ美味しく頂きますけど。

 

「もーらい!」

「おお、勝ち越し8戦」

「くそ!」

 

 そんなわけでタゲ争いは俺の連続勝利中。どっちが始めたわけでもないのにお互いマジになっているこの下らない争いは、少し後ろに控えていた安達が逐一チェックしてくれていた。

 大振り上段からソードスキルなしで人型ドラゴンぽい肩口を浅く切りつけた後、そいつの目の前で飛んで頭上を飛び越え背後から横薙ぎの大回転斬り。大太刀単発スキル《表の一刀・月白》。クリティカル判定を輝かせてちゃちな防具を剥がした後、キリトのV字の二連撃《バーチカルアーク》が発動。俺と同じく敵を挟んだ味方との反対方向まで飛んできたキリトが着地するのと同時に、最後に残り幾らかのHPとなったそいつを僕が背後から一突きした。

 

「楽しい?」

「わりかし」

 

 最早腕組み姿勢で傍観中の安達に呆れ半分にそう聞かれて、左手でVサインを送る。一瞬遅れて亜人は砕け、刺さったままだった大太刀は自重でごとっと地面に落ちた。

 

「あーあ。キリトくん完敗ね……」

「か、花芽抓のAGIに勝てるやつなんてアルゴくらいだろ! 無理だって!」

「まーけーおーしーみーかーなー?」

「うざい!」

 

 ばっと武器をしまったキリトに殴られるより先に回避する。

 

「はっはっは。鈍間め──ぎにゃっ!?」

「見切ったわ馬鹿め」

 

 回避はしたが、いつの間にか待機していた安達に制裁という名の拳骨を落とされた。

 割と冗談じゃない衝撃に思わず脳天に手を当て、視界の端に映るHPバーを確認する。おいおい安達さん。いくらもやし相手だってゲンコ一発でHP減少はありえなくね?

 

「ゴリラめ……」

「全く、仕方がないわね」

「待って。なにが」

 

 仕方がないとか言いながら曲刀に手をかけるのやめようぜ。なにが『仕方ない』の。なにが。

 俄か笑顔なのがもっと悪い。うぇいと情けない奇声を発した俺は、先程からかって殴られそうになったばかりのキリトの背後にぱっと隠れる。潔い態度の裏返し様に心底まで呆れたらしいキリトの溜息が聞こえるが、そんな薄っぺらいプライドなど今はトイレットペーパーにも劣るのだ。考えてもみろ。ここは圏外。ゲンコ一発でHP削る様なゴリラにメイン武器で攻撃なんかされたらロスト待った無しだろ。

 そんな僕の考えを見透かしてか、ガチで抜刀しにかかる安達をキリトが宥める。今の所は真面目にキリトに感謝して安達を伺っていると、俺の《第六感》が反応してぺたっていた耳が強制的に上を向いた。今回発動したのは聞き耳ではなく、周囲の状況を把握する《索敵》スキルである。

 

「ぅおっと──キリト、安達、索敵張って。こーちゃんこっちおいで」

「アスナ、私の見せてあげる」

「敵? そんなに強いのか?」

 

 索敵スキルを持っているキリトと安達に一声かけて、近場にいたこーちゃんを呼びつつウインドを可視モードにする。もう一人索敵スキルを持たないアスナは、近くにいた安達のウインドを見ている様だった。

 俺たち三人は少数行動が多いため索敵スキルをかなり上げていて、最低でも後少しでマスターするところまで行っている。馬鹿をやっている僕は勿論完全マスター済みであり、その捜索範囲は広い。その範囲内ギリギリに、プレイヤーカーソルを集団で見つけたのだった。

 僕と安達とこーちゃんは、『ああ、来たか』と思った。この流れは原作でも経過した物なので、俺たち三人は比較的冷静にその点滅カーソルを眺めた。数は十二。迷宮区散策には多い人数。しかも一糸乱さぬ二列隊。

 

「多い……」

「ああ、しかもこの並び方は……」

 

 原作を知っている俺たち以外にこの編隊は意味不明だろう。渋面で考え込むキリトとアスナは、やがてちらりと俺たちを見た。

 

「確認してぇんだろ? 判ってるよ。はい、隠蔽持ちだーあれ」

「いぃーち」

「にぃーい」

「さ、さぁーん?」

「よぉーん」

 

 乗ってくれてありがとうキリト。

 

「つっても四人でぞろぞろ見に行くわけにもいかねぇ。アスナものけものはやだろ? 僕らでぐっぱして、コイントスして見に行こうぜ」

 

 ぐっぱと言いながらぐーとぱーを作ってみせると、四人とも頷いてくれたのでにぱっと笑っておく。あっさりと決まったチーム分けと役決めの後、足音を押し殺したキリトと安達が偵察に行った。

 

 

「どーよ」

「どーもこーも無いわよ。原作通りね。コーバッツも面子の中にいたし、大して変異点はなさそう」

「りょーかい。じゃあ、マップカツアゲされた後は隠蔽マックスでストーカーな」

「二毛さん言い方」

「まあ、間違ってはいないけどね」

「だろう? あ、安達の『竜人』なんだけどさ、此処で身バレにしちゃおう」

「あれ、最終戦までとっとくんじゃなかったの?」

「あの大混乱にこれ以上いらんこと吹き込まん方がいいかと思って。キリトくんのドサクサに紛れ込ませようかなーって」

「ふーん。ま、いいけどね」

「って言うかコイントスでイカサマするくらいなら、最初から二毛さんが指示すればよかったのに」

「やだ。方向性の提案ならまだしも指示飛ばすとか俺のキャラじゃない」

「ワケワカメ」

 

 

 《軍》。

 アインクラッド基部フロアを根城にする超巨大ギルド。人数、機動範囲、影響力共にこのソードアート・オンライン最大と言ってもいい集団で、主に下層で治安維持に務めるギルド。それだけ聞くと善良な集団だが、彼らの行動は往々にして行きすぎる所がある。PKをした事があることを示すオレンジカーソルをもつ所謂オレンジプレイヤーは悪即斬な勢いで人数で囲って袋叩きにしてくるし、降参したらしたで身ぐるみ剥がされて黒鉄宮という《軍》の根城の監獄エリアにぽいされる。投降せずに逃げ遅れた奴は殺しでもしてるんじゃ無いかってくらいの苛烈さで、しかも狩場の差し押さえなんかよくあることなので人気はすこぶる悪かった。

 俺自身一時期オレンジプレイヤーだった頃に、うっかり下層に降りて行った時に《軍》の連中に取り囲まれた事があった。その時は情けない話全力で逃げたのだが、後日一件を聞きつけた友人知人からこっぴどく叱られている。もう二度とレアドロクエストにオレンジカーソルのまま行ったりしない。

 で、その下層専門ジャ◯アンみたいな《軍》が、精鋭揃えて最前線まで来ているとは何事か。

 

「……あの噂、本当だったんだ」

「噂?」

「うん。ギルドの例会で聞いたんだけど、《軍》が方針変更して上層エリアに出てくるらしいって。もともとはあそこもクリアを目指す集団だったのよね。でも25層攻略の時大きな被害が出てから、クリアよりも組織強化って感じになって、前線に来なくなったじゃない。それで、最近内部に不満が出てるらしいの。──で、前みたいに大人数で迷宮に入って混乱するよりも、少数精鋭部隊を送って、その戦果でクリアの意思を示すって方針になったみたい。その第一陣がそろそろ現れるだろうって報告だった」

「実質プロパガンダなのか。でも、だからっていきなり未踏破層に来て大丈夫なのか……? レベルはそこそこありそうだったけど……」

「ひょっとしたら、ボスモンスター攻略を狙ってるのかも……」

 

 考え込んだアスナを横目に、俺は腕を組んで地面の草を模したオブジェクト群を見つめた。

 昨日俺とキリトが狩りをしていたそのさらに奥に、固く閉ざされた扉を見つけている。その情報を共有しているのは安達とこーちゃんだけで、キリトにもまだマップ情報は見せていない。その理由が、俺たち三人だけの秘密の予行練習である。

 今日この日、この迷宮区で死人が出る。無論迷宮区でプレイヤーが死ぬのはよくあることである。だが、少々俺たちには看過できない予定未来として死んでいるのだ。この原作は全力で妨害することが前々から決まっていた。

 だからこその予行練習。それが結実するかどうかはタイミング次第ではあるけれども。

 

「それであの人数か……。でもいくらなんでも無茶だ。74層のボスはまだ誰も見たことがないんだぜ。なあ、花芽抓」

「うえ? ああ、うん」

「……そうね?」

「なんで安達まで目をそらすの?」

 

 アスナ、美少女に穴が開くほど見つめられたって情報は吐かないぞ。

 

「……双子はほっとくとして、普通は偵察に偵察を重ねたうえでボスの戦力と傾向を確認して、巨大パーティーを募って攻略するもんだろ」

「ボス攻略だけはギルド間で協力するもんね。あの人達もそうする気かな……」

「どうかな……。まあ、連中もぶっつけでボスに挑むほど無謀じゃないだろ。俺たちも急ごうぜ。中でかち合わなきゃいいけど」

「はい、ここにフラグ立てておきますねー」

「遊ぶな」

 

 落ちていた枯れ木をぴょこんと立たせたら、キリトに手刀を落とされる。いやいや、君今セルフで二本くらい立てたよね?

 

「この根本セメントで固めておきますねー」

「わーこれは回収できませんわ。ぜってー回収できねぇし折れねぇわ」

「二毛さん、フラグ増やすのやめない?」

「コンクリしたの安達だぞ」

 

 安達のセメント発言に安易に乗ると、こーちゃんが呆れ苦笑で静止をかける。残念ながら平成っ子のネタにノリ的についてこれなかった現代っ子たちは、またこいつらなんかやってる的な顔で溜息を吐いていた。



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アインクラッド74層・昼食うまうまし

 疑似太陽の昼間の光の届かない回廊の奥深く、硬質な鉱石らしき青い石柱に囲まれた荘厳な回廊がずっと続いている。索敵スキルやスキル補助アイテムがあっても一定の緊張感を持たざるをえないこの場所は、アインクラッドの現時点での最前線74層の迷宮区である。疑似太陽光でない不思議な青い光の中、僕らは五人揃って横並びに立ち止まっていた。

 不気味な怪物のレリーフが刻まれた重く大きな二枚扉。どんな想定も予想も不要な一つの確定現実。ここは、74層から75層へ至る凱旋階段を妨げるフロアボスのいる間である。その大きな事実の伴う扉を見上げて、アスナがキリトの裾をつかんで言った。

 

「これってやっぱり……」

「多分そうだろうな……ボスの間だ」

「どうする? ……覗くだけ覗いてみる?」

「……ボスモンスターはその守護する部屋からは絶対に出ない。ドアを開けるだけなら多分……だ、大丈夫……じゃないかな」

 

 悲しいかな主人公くん、自信がなくて語尾が消え気味である。アスナはとほほという顔で縋り付く裾を安達に変更し、俺は無沙汰になったキリトの肩をぽんと叩いておいた。

 

「……双子はどうだ?」

「どうだって言われてもなぁ。ま、初見だしチラ見偵察くらいさせて貰っても罰は当たらねぇだろ。と、僕は思うぜ」

「そうね。どうせ後でアスナはマップを団長さんに報告するでしょ? 外見だけでも予備知識があったほうが、後発の偵察部隊は困らないわ」

「俺も賛成だよ。それに、ここまで来たらボスの顔くらい拝んでおきたいしね」

 

 俺、安達、こーちゃんと続く満場一致である。所詮ゲーマーの頭の中身なぞこんなもの。俺はまだしも安達とこーちゃんからもゴーサインをもらったキリトとアスナは、よしと一つ覚悟を決めたように深呼吸をした。

 

「一応転移アイテムを用意しておいてくれ」

「うん」

「ほいほーいっと。あ、また俺買いにいかねぇとだわ」

「いざとなったら私が使うよ。さっき連れてきてもらったしね」

「お言葉に甘えます」

 

 転移結晶買わないとと思ったことを忘れていた。事を今思い出した事を相棒組にバレた。事をざっくり察したキリトに溜息をつかれた。

 

「いいな……開けるぞ……」

 

 神妙な顔をしたキリトが俺たちの顔を一巡見回して扉に手をかける。黒の剣士の倍はあろうかという鉄扉は、予想に反して滑らかな動きで奥へと開いていった。一旦動き出した扉は待ったを聞かない滑り具合で開ききって大きな音を立てる。静まり返った回廊に響いた重苦しい音に、安達の袖を握っていたアスナがぱっとそれを話して改めてしがみついた。因みに当の安達さんはどこ吹く風のへっちゃら無表情。可愛げがない。

 それなりに広いように見えるその部屋の、入り口付近の足元で青白い炎が音を立てて燃え上がる。そこを皮切りに奥までボボボボボッと点火されていくその光景だけは、何度見ても綺麗だと思えた。

 そしてその火柱の最奥。この広い部屋の奥で、この部屋の主がのそりと立ち上がった。

 見上げる体躯は筋骨隆々。肌は炎をおして深い青。頭部はヒトではなく悍ましさを滲ませる山羊のそれ。太く捻れた凶暴な双角に、開かれた両目は炎のように輝く青白い光を持つ。

 モンスター名《The Gleameyes》、輝く目。その見た目は正に、

 

「あ、悪魔……」

 

 グリームアイズが入り口付近で未だに動かない俺たちを視界に収める。一拍して轟いた咆哮はビリビリとデータ気流の空気を揺らし、炎の柱を歪めて威嚇を放った。

 で、その瞬間、それまでうんともすんとも言わなかったキリトとアスナが180度向きを変えて仲良く手をつないで雄叫びをあげて逃げていった。

 

「うわあああああああ!」

「きゃあああああああ!」

 

 ボスモンスターは指定区域……つまりボス部屋からは一歩も出ない。それは先程キリトも自分の口で言っていた。それでも同じように悲鳴をあげ、ステータスパラメータ補正最大速でスタートダッシュを決めた二人は、長いはずだった回廊をものの数十秒で突っ切ってしまうのだろう。その場に残された俺と安達とこーちゃんは、ついでに出落ち要因に仕立て上げられたグリームアイズは、一瞬その光景に目を丸くして硬直した。

 挑戦者なしと受け取ったシステムが、大きく開ききっていた扉を間抜けに閉めていく。

 それが閉じきってから一様に吹き出した俺たちは爆笑しながら、見事な敵前逃亡を決めてくれた攻略組の若きプレイヤーを追いかけて走った。

 

 

「っはーいいもん見たぁ」

「……い、言っとくけどアスナも逃げたんだからな」

「心配しなさんな。アスナと仲良くおててつないで奇声を発しながら全力疾走する黒の剣士の動画しか写ってねぇから」

「! その結晶をよこせ!」

「え、なに、この写真結晶が欲しいの? キリトくんそんなにコレが大事?」

「超大事だ! いいか、ここにDEXがプラス25される腕輪がある。落ち着いてそれとこれをトレードしよう」

「えー、でもなぁ。俺写真結晶はこの一個しか持ってねぇんだよなぁ。もったいねーなー」

「──お前が前欲しがってた雷狼竜の短剣でどうだ!」

「……ほう。ま、それならいいかな。はいじゃあトレード成立ってことで」

「よ、よかった。……アルゴに情報が渡る前でホントに──ってコレ空じゃないか!」

「ぶはっ!」

 

 絶対にフェアではないトレードを済ませた後、救われ顏で写真結晶の中身を確認したキリトがくわっと立ち上がる。怒鳴られたトレード相手の俺は包み隠さず吹き出し、観客席は嘆息したり呆れたり苦笑したりと三様の反応を見せた。

 腹を抱えて笑っている俺に顔を赤くしてつかみ掛かるキリトに、あのねと安達がネタばらしする。

 

「キリトがホントにすぐ逃げたから、映像結晶を構える暇なんかちょっとも無かったんだよ」

「う、ぐ……」

「って言うか本当に気付いてないの? 二毛さん動画って言ったくせにずっと映像結晶じゃなくて写真結晶って言ってたんだけど」

「な、ん……」

「そもそも写真術スキル持ってないのにあそこまで高速で動く被写体なんかまともに撮れないってば」

「…………花芽抓ぇ」

「わぁかってるっての。冗談冗談。ほら、返すから機嫌直せよ。な?」

 

 胸倉つかんで安全エリアの壁に押し付けられた俺は、片手で降参のポーズをとりつつ、片手で先程のアンフェアトレードの品物を二つ指に挟んでキリトにチラチラさせた。あっさりと忍衣装を掴んでいた手を離してそれをぶん獲り、代わりにデータの入っていない空のままの写真結晶を正拳突きと共に返される。安全エリアの為妨害コードに阻まれてダメージは通らないが、それに相応しい大仰なノックバックが俺にもキリトにも作用反作用で発生した。

 ちなみに俺は未だに爆笑中である。楽しい世界をありがとう、キリト。ほっぺたつまんでギリギリしたって痛くないんだぜ。

 大逃走を果たした二人に追いつくのに大した時間は取らなかった。安全エリアにいた二人は俺たちが合流するまでのタイムラグでなにやら話していたようだが、キリトの謎スキル疑惑の言及を諦めてさっさと話題を終わらせていた。ちなみにその時の離れ際のアスナのセリフが「……貴方たちの方が隠してること多そうだわ」だった事は聞かなかったことにする。しゃーないじゃん? 俺らが包み隠さずネタバレこいたら原作崩壊待った無しじゃん?

 と、いうわけでそこからもう少しからかって現在に至る。お疲れ様でした。

 

「わ、もう三時だ。遅くなっちゃったけど、お昼にしましょうか」

「なにっ」

 

 時計を確認したらしいアスナが、ぽんと合掌して提起する。その途端に色めき立って反応したキリトは、俺の頬をぱっと離してぐいっとそちらを向いた。

 

「て、手作りですか」

「アスナ、私も!」

「俺も!」

「君たち君たち。否お前ら。正規の餌係は此方ですよぉー」

「「二毛さんちょっと黙ってて」」

 

 嘘だろ。嘘だろ。

 苦笑したアスナがメニューウインドを操作して、大きめのバスケットを一つ出現させる。それに感嘆して顔を輝かせるお前らは流石に俺に対して酷くないっすか。

 バスケットから取り出される紙包みを一つずつ手にして幸せそうに笑う友人たちをぽつんと見る。はっはっは。雨でもないのに水が出るよ。

 と思ったら、キリトと安達が寄ってきてん、と手を前に出した。アスナの手にはアスナの分と、もう一つ分の紙包みもある。俺は訛りを気にせずむくれたままそれを見た。

 

「……なんしゃー?」

「作ってきたんだろ、人数分。もう怒ってないから食べよう」

「アスナもそれを見越して半サイズにしてくれてるんだから、コレで作ってきてないとは言わせないよ」

「なんだお前らいい子すぎか!」

「はい、花芽抓の分」

「ありがとう世界!」

 

 アスナに渡された紙包みを両手で受け取ってうがあッと掲げる。大袈裟だよとのほほんと笑うアスナだが、俺はぼっち飯にならなかった感動でオーバーリアクション中だ。あれだ。ナーヴギアは確か感情が余剰に表に出るようになってた。筈。

 わははわははとへらへら笑いながらアイテム欄を操作して、無駄に和風チックな竹籠をぽんと出す。その中に入っていたのは、安達やアスナの見通し通り半人前ずつのお米バージョンサンドイッチ通称おにぎらずと、竹籠に似合わないクラムチャウダーのボトル。アスナのお昼がハンバーガーっぽいサンドイッチだった事を覚えていた俺が、決定的に欠如した料理センスを絞って『和洋折衷とか言っときゃ誤魔化せっかな』とか考えついた結果である。クラムチャウダーは僕が食いたかっただけだが。

 竹籠囲んで紙包みを手に、クラムチャウダーもカップによそって。おお、なんかピクニックみたいですごく楽しい。サンドイッチも上手いし、これもうクリアとかいいわ。

 言ってられませんけどもね。

 夢中というようにサンドイッチとおにぎらずを頬張っていたキリトが、クラムチャウダーを少し煽って一息をついた。

 

「う……うまい……二人とも、この味どうやって……」

「一年の修行と研鑽の成果よ。もっとも、花芽抓は目的の味だけ再現してすぐに飽きちゃったんだけどね」

「欲しいものだけ得たからいいんですぅー。てか貧乏舌に微妙な味の違いを求めるなっての」

 

 俺が三ヶ月早々で研究を放り出したのを未だに忘れていないのか、肩をすくめるアスナがやれやれという風なので逃げ道を敷く。元々二人で始めたものを途中で飽きるのは全面的に俺が悪いが、俺の飽き性を理解したアスナはサボり始めた一週間後で既に諦めていた。攻略の鬼とも言われるアスナをそういう意味で屈服させるのは、恐らく俺が一番上手いのだと思う。

 アスナの言う修行と俺の言う貧乏舌の関係が気になっているのか、下手な言葉を挟まずにキリトが話の続きを待っている。コミュ障が原因でない大人しさにくすっと笑って、アスナは得意げに話し始めた。

 

「アインクラッドで手に入る約百種類の調味料が、味覚エンジンに与えるパラメータをぜーんぶ解析して、これを作ったの。こっちがグログワの種とシュブルの葉とカリム水」

 

 言いながらアスナは、バスケットに置いてあった小瓶を取り出してひと掬いを指に乗せる。何とも美味しくなさそうな紫色の半液状のそれを、間抜けな顔で口を開けているキリトの方へぴっと弾いた。

 

「……マヨネーズだ!」

「で、こっちがアビルパ豆とサグの葉とウーラフィッシュの骨」

 

 今度は透明感のある赤いサラサラとした液体の小瓶。同じように弾こうとしたアスナの指を、感激のあまりぱくっとくわえたキリトは安達にごすっと殴られていた。

 

「醤油だ!」

「さっきのサンドイッチのソースはこれで作ったのよ」

「……すごい。完璧だ。おまえこれ売り出したらすっごく儲かるぞ」

「そ、そうかな……」

 

 照れたような様子のアスナが、やったねと俺に笑いかけていた。

 この世界の食べ物は大体が食べ物の形をしているが、味付けだけはどれもこれも微妙な違和感を持っていた。見た目が豪華なステーキでも、食べてみたら薄い練りゴマもののドレッシングの味がしたことだってあったくらいである。醤油の味のしない醤油ラーメンなんかまだ許せる方で、つまりこの世界の料理は、料理スキルもそうだが、きちんとした味を引き当てるリアルラックに頼っている部分もあった。

 だが、俺とアスナはその限りではない。アスナは既に再現できるだけの調味料を作ってしまっているし、総量では遠く及ばないが俺も最低限の味は再現し終わっている。これを始めようと言い出したのはアスナだが、それに誘ってもらって本当に良かったと感謝の気持ちでいっぱいだ。

 

「……いや、やっぱりだめだ。俺の分がなくなったら困る」

「意地汚いなあもう! 気が向いたら、また作ってあげるわよ」

 

 近いよリア充。君たちの物理的な距離感近いよ。いや、此処は仮想世界だから精神的な距離感か? どちらにせよはよくっつけやリア充。

 などと馬鹿なことをしていたら、安全地帯の入り口方面から鎧の音が聞こえて耳が上を向いた。特に聞き耳スキルが必要な現象でもなかったのでキリト達もその音を聞いたらしい。近くに座っていたキリトとアスナはぴゃっと離れ、俺と安達とこーちゃんは入り口側をついと見た。



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アインクラッド74層・先遣隊抜刀する

 現れたパーティは六人規模の一団。その先頭に立つ独特の趣味のバンダナを巻いた野武士面の男性プレイヤーは、キリトと僕らに気づいて手を挙げた。

 

「おお、キリトに安達に花芽抓! しばらくだな」

「よっすクライン! どうだ、俺がやった閃太刀(ヒラメキダチ)の調子は?」

「最高だぜ、おかげさまでな! ま、要求DEXギリギリアウトだから、お前のようにクリティカル連発とはいかねぇけどな」

「クリ判定にあれだけ命かけてんの花芽抓くらいだよ。久しぶり、クライン」

「生きていたみたいで何より」

 

 カタナ使いのプレイヤー、クライン。

 俺が大太刀スキルを手に入れる前、クラインがカタナスキルを獲得するかなり以前からカタナスキルを使っていたこともあって、スキルについて色々教えたしそれまで使っていた武器を譲渡したこともあった。俺経由で安達やこーちゃんとも会ったことがあるし、彼の率いるギルドと一緒に狩りをした事もある。

 クラインはつい先月僕が譲ったばかりの大きめのカタナ《閃太刀》を掲げて、改めて礼を言ってきた。

 

「まだ生きてたか、クライン」

「相変わらず愛想のねぇ野郎だ。どうした。珍しく大所帯じゃねー……か……」

 

 澄ました返事のキリトに軽く手を挙げるクラインだが、その語尾は徐々にフェイドアウトしていった。僕はクリティカルの重要度を安達に説明せねばと思ったのでその面白そうな顔は拝見していない。段々と声を落としていく野武士が両目を見開いて見ていたのは、ソロ組サー一番の華たるアスナである。あれ、君たち会ったことなかったんだっけ?

 そういえばSAOは、後発のエピソードと第一巻の内容で幾らかの齟齬があった気がする。──まあ僕らが原作に関わっている時点でその程度は誤差だろう。原作準拠だろうがアニメ沿いだろうが、結局御都合主義に当てはめて仕舞えばその辺の問題はレポート用紙三枚分に要点をまとめて丸めてポイだ。

 

「おおっ、なんだアスナもいたのかよ! キリトの影に隠れてて見えなかったぜ」

「ええ、お久しぶりです」

「で、ソロ厨が二人揃ってどういう風の吹き回しだ? 花芽抓、お前やっと観念して『外泊』辞めたのかよ」

「べ、別に俺ソロ厨って訳じゃねーし。安達とこーちゃんと狩り行きますけど?」

「そうよ。『適度に寂しいと死んじゃう病』の花芽抓が、ソロ厨なんかやってられないわよ」

「新種の病気の第一号にするの辞めてくれません? 二週間はもつし」

「二週間かよ」

 

 僕の恥ずかし大学生活を暴露してくれた安達に半論したらキリトに呆れられた。ににに二週間持った……よな? 確か夏休み中知り合い軒並み実家に帰りやがって、バイト民の俺氏ぶつくさ言いながら金稼いでいた……よ? 多分?

 

「私しばらくこの人とパーティ組むことになったの」

「アスナ、キリトが今日だけのつもりだったって顔だけど」

「今決めたから」

 

 さらっと言いよった女子怖い。何も口を開けなくてお口ミッ◯ィーしたキリトが、錆びついたブリキの人形よろしくぎぎぎっとこっちを見たのでサムズアップ見せといた。これ花芽抓流ドンマイのポーズだから。

 アスナの発言に羨ましい混じりの唸りがキリトに向けて集中砲火される。ラノベの主人公のこういう所強く行きてと毎度思う。花芽抓の……と言うか二毛猫桜宅の夢主はそう言うもの横から見ているのが主流なので、俺やこーちゃんが僻みの対象になることはあまりないのだけれど。

 さて、そんな馬鹿なことをしていると、またもこの安全エリアに来客が訪れた。

 

「──キリト君、『軍』よ!」

 

 多少の疲れはあるとはいえわりかし和気藹々と入ってきた彼ら風林火山とは違い、彼らは重そうな装備の音を響かせて物々しく侵入してきた。それぞれ重装備の隙間からオレンジ疲労どころか赤疲労マークを覗かせる勢いである。クラインは自分のギルドのメンバーを壁際に下がらせ、僕とキリトと一緒に少し前に出た。

 彼らは安全エリアの俺たちとは向かいの端で、騒々しい音を立てて倒れるように座り込んだ。最初に整然と更新していたとは思えない……或いは、最初から気を張っていたからこそ疲労が早く現れたのか。兎に角もうあんたら帰って風呂入って寝たらいいんじゃないかとうくらいお疲れ様な御様子。しかしリーダーらしき人物はそのままこちらへつかつかとやって来た。おやおやお兄さん、後ろの一兵とはまた違った良さそうな装備ですね。

 

「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」

 

 中佐ときた。階級制度整ってるのか。そうだっけ。忘れてた。

 

「キリト。ソロだ」

「風林火山リーダー、クラインだ」

「花芽抓」

 

 腕組んで胡散臭そうに名乗っただけなのに名前聞いて耳確認しただけで舌打ちってどうっすかね。いいっすけどね。アンタ、俺の中の『嫌われたくない人リスト』に入ってませんからね。

 中佐殿は俺を視界に入れないようにしてあくまでキリトとクラインに話しかける。

 

「君らはもうこの先も攻略しているのか?」

「……ああ、ボスの部屋の手前まではマッピングしてある」

「うむ。ではそのマップデータを提供してもらいたい。……ああ、九尾は結構。偽の情報を渡されても困るんでね」

 

 当然と言わんばかりのその態度に、キリトもクラインも、と言うか僕達三人以外の全員が驚いたらしい。

 

「な……て……提供しろだと!? 手前ェ、マッピングする苦労がわかって言ってんのか!?」

「我々は君ら一般プレイヤーの解放の為に戦っている! 諸君が協力するのは当然の義務である!」

「攻略会議で見なくなって久しいけどね」

「蓮さんしぃっ」

 

 ゴーイングマイウェイな発言にアスナやクラインが文句を言おうとするが、それより先に安達がボソッと言ったセリフが思いの外響いて勢い削がれる。駄目だろそう言うホントのこと言っちゃあ。

 

「貴様等のようなとち狂ったプレイヤーには言っていない。会話に余計な口を挟むな」

「おおっと聞き捨てならないぜぇ。最近HPとバトルヒーリングと鉄防御が便利すぎてうっかり回復アイテム忘れたままボス戦挑んじまう安達の何処がとち狂ってんだよ」

「あら聞き捨てならないわね。ボスの取り巻きの攻撃かすっただけでHP四割削れる貧弱のくせにAGI回避に物言わせて毎度毎度タゲ取りたがる花芽抓の何処がとち狂ってるのよ」

「ちょっとまって聞き捨てならないなぁ俺誰の悪口言えばいいの?」

 

 流れに乗ろうとしたけど乗れなかったこーちゃんが困っている。あと俺たちの悪ふざけ(嘘は言ってない)を聞いた軍の面子がまじかって顔で俺たちを見ている。褒めるなよ。

 

「ふ、ふん。いつ裏切るかわからない輩なんぞ、パーティに入れているその精神が狂っている」

「ちょっと! 黙って聞いてればさっきから、花芽抓を悪く言うのやめなさいよ!」

 

 アスナちゃんアスナちゃん。俺が名指しで貶されたの最初だけなんだよ知ってる?

 

「そうだそうだ! 確かにこいつは何しでかすかわかんねぇ事あるけどな、ダチを裏切るようなヤツじゃねーんだよ!」

 

 クラインくんクラインくん。ばしばしするのやめれ背中むず痒い。

 険悪なムードは誰かさんのせいでシリアルに変換されたらしい。ちょっとどうしたらいいかわからないキリトくんだったが、やがてマップデータを選択してコーバッツ殿に送っていた。いっけめーん。

 

「まあ、マップデータで商売する気はないし……どうせ町に戻ったら公開しようと思っていたから構わないさ。でも、ボスにちょっかい出す気ならやめといたほうがいいぜ」

「……それは私が判断する。協力感謝する」

 

 感謝する気がなさそうな感謝である。アスナとクラインと、それからこーちゃんもちょっとイラっとしたらしい。まあ俺も安達やこーちゃんを馬鹿にされていい気はしていないけどな。

 

「さっきちょっとボス部屋覗いてきたけど、生半可な人数でどうこうなる相手じゃないぜ。仲間も消耗してるみたいじゃないか」

「……私の部下はこの程度で根を上げるような軟弱者ではない! 貴様等さっさと立て!」

 

 嫌だねぇ、ああいう上司。俺こういう職場には就きたくねぇわ。出来れば怒られることにびくびくしない所がいい。……ねぇな。

 疲労を足にぶら下げたような無理のある進軍で彼らは安全エリアを去っていく。それを呆れて見おくりつつ、僕らは詰まっていた息を吐いた。

 

「大丈夫なのかよ、あの連中……」

「いくらなんでもぶっつけ本番でボスに挑んだりしないと思うけど……」

「ああいうのは頭の中身退化してるから、キリトのそのフラグは成立しても不思議はないけど」

「何。安達苛々してんの?」

「するに決まってるでしょ」

 

 口には出さないがアスナもやや心配そう……いや、なんか不服そう。

 

「……一応様子だけでも見に行くか?」

「そうだね。僕と安達で隠れながら尾けようか。キリト達はちょっと離れて付いてきなよ。またなんか言い合いになると面倒だし」

「応酬をめんどくしたのお前だろ」

「心外だ。僕は煽りに乗っただけだぞ」

「二毛さん煽りを踏みつけて三段ジャンプしなかった?」

「安達を連れてね」

 

 やはりシリアル。僕はギャグ要員というレッテルから目を背けて、安達と一緒に安全エリアを抜けた。

 

 

 馬鹿正直に隊列なんぞ組んでいるから当たり前なのだが、あれだけ偉そうに御託を並べた《軍》隊はエンカウントする敵モンスターを片っ端から相手取っていた。こいつ等ボス戦に挑むなら挑むで効率くらい考えたらいいのに、mobモンスターを回避するとかやり過ごすと言った選択肢はないらしい。25層戦の一件で壊滅寸前という憂き目にあって、腰が引けてそこから先に脳内更新してないといえばらしいのだが、それにしても効率が悪すぎる。

 そりゃあ迷宮区内でもないあんな手前の安全エリアの時点で疲労困憊にもなりますわな。

 

「……なんかそこはかとなく苛々してきた」

「やめて花芽抓。わたしも一緒だから」

 

 俺は軍隊のすぐ後ろを《隠蔽》、隠蔽しながら行動できるスキル《隠密》、ついでに念押しで《軽業》を並行に発動して尾行中。隣には同じく《隠蔽》と隠密補正のボーナスのついた黒被衣を被った安達が並走していた。

 どうでもいいけど洋服の上から和服被るのとても好き。あの大正とかの書生スタイルがドストライク。あと一目惚れしたガチドレスのお姫様な安達を被衣被せて掻っ攫う旅の流れの忍な花芽抓になりたい。どうでもいいっすか? そうっすか。

 キリトから搾取したマップデータは大いに役に立っているらしい。一応トラップもあるだろうが所謂《宝箱》のある部屋も一通り回った筈だが、コーバッツを先頭とする彼等兵隊は一直線にボス部屋を目指していた。……足止め喰らいまくりながら。

 

「……こんなにトロい進軍だけど、原作ではキリト達はギリギリまで追い付かなかったよね」

「あれでしょ。確か、追いかけようとしたら敵mobに引っかかったとか書いてなかった?」

「こーちゃん生きてっかなー」

 

 見つからないようにと正道でなく獣道をひょいひょいと走りつつ、部隊の監視を安達に任せて片手間にキリトへとメッセージを送る。ややあって返信は来たが、どうやら想像したより多目の集団戦にかち合っているらしい。あと何故だか知らんが僕が疑われているらしい。

 

「《花芽抓威嚇かなんか使ってトカゲ集めて固めといただろ! 後で覚えてろよ!》だってさ。酷くね? 俺ちげーし」

「日頃の行いはなんとやらってやつでしょ? ──っと、ボス部屋だ。花芽抓、準備はいい?」

 

 パソコンキーを右手で操作し《冤罪だ馬鹿野郎。てめぇこそ後で覚えてろよ》と打ち込む。薄ら笑いつつの作業を終えて決定エンターを押したところで、漸くボス部屋目前まで到達した。俺は背中に背負っていた大太刀の鍔留めのボタンを片手で外しつつメッセージを送信し、回復アイテムを補填し直して前を向いた。

 重苦しく扉が開くのを見るのは今日で二回目だが、一回目のようなわくわく感はないし『初めて』のような緊張感もない。今更キリトの忠告を飲み込んだと見える小隊の隊長殿は一瞬怖気付いた様だが、救いようのない無謀な正義を片手に結局扉を開けて勇んで中へと入っていってしまった。

 

「さてボス戦だ。準備はいいぜ」

「タゲ欲しい?」

「今回ばっかりはくれてやるさ。──誰かがダメージ食らったら乱入しよう。作戦名、」

「「ヒーローは遅れてやってくる」」

 

 作戦名とか決めてなかったんだけどこの双子の奇跡ぱないわ。俺たちは目があって同時に吹き出した。

 ボス部屋に響き渡る悪魔の咆哮をBGMに、両手を掲げてハイタッチ。実際に命をかけているとは、その上で無理ゲーに飛び込む五秒前とは思えない無邪気さで僕らは笑った。

 空気を押しのける音が響いて、ついでに数人の叫び声が聞こえて、何かが吹き飛ぶ音が聞こえて、扉の奥の布陣が崩れるのが見えて。

 僕らは同時に飛び出した。

 

「──さあ、ゲームを始めよう」

「──さあ、剣を振るいましょう」

 

 

 巨大な直剣を振るう74層ボスモンスター、グリームアイズ。ソードスキルのカテゴリは両手剣。あれ、大剣とかそういうやつ。ソードスキルの他にブレス地味たデバフ付きの青白い火焔を吐く。これが面倒いんですよ。近場で大太刀ぶんぶんしてると大剣タメ技始めるじゃん? やべぇと思って離れるとタイミング間違えると口の端っこから火が漏れてるんですよ。あれがうざい。なんで知ってるかってまあ安達と一緒に内緒で『予行練習』したからっすよね。倒すところまではいかなかったんですけど、大体HP五割削ったあたりでこっちがやべぇってなって帰るんですが。

 取り敢えずその場でぼさっとしている軍の隊員を蹴り飛ばして出入り口近くまで吹っ飛ばした。お邪魔です。

 大上段から渾身の一撃が降りてくるのが見えるので大太刀を引いて構えて刃筋に掌を合わせる。上半身ひねりつつ衝撃に耐える態勢を作って、がんっと音に殴られてからは体が勝手に動いた。目は見開いてないとタイミング逃すので。

 衝撃っつってもどうせ刃物を振り回している斬撃だ。その刃筋にこちらの大太刀を揃えて大直剣を捉えた瞬間、全力でその斬撃を横に押した。無論STR 紙っぺらの俺がこのクソデカ羊頭のモンスターに対抗できるわけではない。俺は衝撃を横に押しながら地面から足を離し、悪魔野郎の刃筋に対して体軸を並行に揃えて身体を捻った。

 

「ってーいやっ」

 

 一瞬身体が宙に浮いた僕だが、着地の体勢をとった時にはそのどデカイ剣の峰の部分に立っていた。

 

「安達ぃ。取り敢えずキリト達が合流するまでは耐えるぞ」

「分かってる。でも、あれでしょ? ──別に倒してしまっても構わんのだろう?」

「草生えるんでそーゆーの後でね」

 

 軽口を軽口で返すと、ふっと笑った美人さんは流し目一つ投げて双剣を構えた。




戦闘中は歌を歌うのが好きな双子です
ノリのいいのをエンドレスで


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アインクラッド74層・精鋭ボス戦に挑む

 アインクラッド各層における最大のイベント戦、フロアボス攻略戦。その層で言わずもがな最大難易度を掲げるその一戦には、余程の事がない限り俺や安達やこーちゃんも参加していた。これでも一応攻略戦主力の一つである。そして74層ともなると、フロアボス攻略戦のメンツは暗黙の了解として大凡の役割が大体固定されてきていた。

 1層暫くの頃は志願、慣れてボス戦の常連として数えられ始めてからは確定。

 即ちすばしっこさに自信がある花芽抓の役目はタゲ取り。HPが多くて堅い安達は《攻撃するタンク》として万能型フォロー。僕ら双子はボスの学習エンジンを撹乱させ、且つダメージを減らす一つの手札である。使い勝手のいい僕らは調子よく利用されつつ、ボス戦においては必要不可欠とまで認識させる一勢力として攻略組の中に生き残っていた。すごく楽しい。

 だが、今回は勝手が違う。

 誠に遺憾ながら、今回のボス戦はこの野郎どもが勝手に始めてくれたおかげで花芽抓がタゲを取る事が出来なかった。攻撃を避けまくって出来た隙にちまちま攻撃する花芽抓の逃げ腰根性はあまり発揮されない。更に、いつもは花芽抓が逃げる間に大技を連発する安達も思うように攻撃できなくなっている。花芽抓(おとり)攻撃され(つかえ)ないから。

 大雑把な右薙の大刀剣の攻撃を前に足がすくんだ兵士の目の前に踊り出る。無理を承知で左下段から跳ね上げた鋒は、凶刃の斬撃をずらしたものの完璧に逸らすまでは行かず僕のHPを半分強減らした。──余裕がなさそうな安達と目が合い、口を開こうとするのを掌をかざして止める。

 

「《ヒール》! 【kagazume】!」

 

 エクストラスキル内スキル、《ヒール》。これ頼りで迷宮区に飛び込んでいる僕は、習熟度MAXのヒールで全体HPの50%を一気に回復させて冷や汗を止めた。

 

「きっ、貴様、邪魔をするな!」

「テメェ自身が邪魔にならなくなってから言え! 戦わないなら下がれ! 戦うなら突っ立ってんじゃねぇ!」

 

 背後で喚く兵士殿に怒鳴り返して、後ろ蹴り一発入れて黙らせる。少し後ろによろめいた彼は、先程攻撃を邪魔したからかこちらを向いた敵と目があったらしく、俺に向けられた敵意を浴びて情けない悲鳴をあげて一目散に出入り口の方へ走った。

 

「安達、タゲ塗り替えるまでもうちょっと時間かかる!」

「ええ!? こら花芽抓、楽しくなってるんじゃないよね!」

「なってません! お前無能のこと花芽抓って言うのやめて差し上げろ!」

 

 悪魔の口の端で青白い炎がチロチロしたのを確認。一瞬身構えたがモーションの方向は安達である。非常にまずい。攻撃対象が操作出来ない。安達だけなら弾くなり耐え切るなり出来るだろうが、今の彼女はおそらくお荷物を抱えている──わお。安達の後ろに兵隊さんが三人もいらっしゃる。

 ああ、大分まずい。

 安達の方もやばいという顔で双剣を構えるが、僕は大きく息を吸って大太刀で近場の岩を思いっきり殴った。

 

「こっち向けえええええっ!!」

 

 大声と鈍い金属音が不快感を煽りながら響き、グリームアイズはブレスを中断してこちらを向いた。モンスターのヘイトを集めるスキル《威嚇》の上位スキル《覇気》。対象のレベルが自分よりも低いと確率で三秒のスタンがかかるのだが、昨日一つ上がって現在レベル96ぽっきりの僕には無理か……訂正、かかった。あいつ95だったのか。

 今のうちにと安達が退避命令(物理)かましているのをチラッと見て、スタンしたそいつの顔に全速力で迫って大太刀を強く握った。

 やたらとでかいそいつの顔面めがけて白刃を振るう。《表の二刀・月草》。大回転斬りの後全力で悪魔を蹴ってグリームアイズと距離を取ると、グリームアイズを挟んで向こう側でソードスキルを発動させる光が見えた。

 デカブツが僕に向かって獲物を振りかざす背後で、安達が跳躍して不意打ちを取る。双剣を揃えて右、左、上、下と縦横無尽且つ怒涛の攻撃がヒット。最後に切り上げた後二刀を突きのようにまっすぐ切りつけて左右に斬り払った。本来ならば対象は宙に浮き、攻撃が始まってからの回避や抜け出しが不可能となる、双剣カテゴリの最上位十連撃ソードスキル《デッドリィダンス》。

 最上位ソードスキル発動のため大分長めのスキル冷却時間を強いられている安達にグリームアイズが振り返るが、とっくに準備を終えていた僕が再度覇気を発動させながら、御立派な雄羊の角に投擲した小太刀をクリティカルヒットさせていた。

 少し離れた位置にいる僕に対する攻撃パターンは大きく分けて二つ。その場からブレスするか近付いて獲物を振り回すか。──グリームアイズは敵モンスターらしく醜い咆哮を上げてこちらへ大きく踏み出した。

 来た。

 その場で腰を落として低い姿勢になり、大太刀を下げ気味に構えていつでも飛び出せるように体制を整える。あちらも薙ぎ払い攻撃を準備しながら猛攻突撃を仕掛けてくる。お互い数秒後の光景を鮮明にイメージして、──僕は、愉悦を隠し切れず口の端を上げた。

 

「──────!」

 

 姑息な僕が最前線でサバイバルして生き残る術の一つ、カンスト済みスキル《罠師》。グリームアイズがある一点を踏み抜いた瞬間、薄暗かったボス部屋が眩い光に包まれた。悪いが其処は地雷地帯だ。

 

「はっはっはっ! 空間使用数限界(十連)で地雷使うの久しぶりだなぁ! ったく巻き添え気にして毎度毎度半端な数しか使えねぇの如何にかなんないかなぁ!!」

「────────!!」

 

 大変お怒りらしいが、哀しいかな俺らはあれの言語を解さない。地雷十個分のダメージを受けて大いに怯んだ羊頭に僕が、安達が、同時に斬りかかる。

 その懐に入って右足をぐっと踏ん張り、両手の双剣を逆手に握って縦横無尽に振り回す。大凡一秒に五回切っている計算で、それを三回叩き込む十五連撃。先程のデッドリィダンスと並ぶ、最上位双剣ソードスキル《カプリオウル》。

 左からの水平斬り、右下段から左上段、軽く飛んで上段から縦斬り、突き、右回転斬り、左回転斬り、下段から担ぐように斬り上げて右斜めに大回転斬り。大太刀最上位ソードスキル七連撃、《表の三刀・月影》。

 グリームアイズの足元でソードスキルを終わらせて、最上位ソードスキルに見合った長めのスキル冷却時間の終了を待つ。月影によりグリームアイズ自身にも五秒のスタンが生じるわけだが、動けるようになってその場を離れるにはギリギリのタイムラグだった。

 全力で壁際にバックして顔を上げる。グリームアイズの残りHPは──五割弱。

 おお、成長したな、僕ら。

 

「最大地雷ぶっ放して奥義二発でこちらの結果ですが、手持ちの地雷は使い切ったしお互い回復薬飲み切ったし武器の耐久度そろそろ気になりますねぇ安達さん?」

「馬鹿なこと言ってないで構えて。武器はローテで研ぐ。花芽抓は四倍時間を稼ぐ。問題ないでしょ?」

「あー全くねぇわ。完璧すぎて涙が出るわ」

 

 武器研ぎにDEX補正のかかる俺と安達では、単純に二倍の時間差ができる。加えて安達が使うのは双剣──二本の剣。頑張ります。

 グリームアイズが振り返る。悪魔の口元には炎が見えるのでビーム攻撃だろう。小狡い事にこちらを向くまでの間に火力を装填していたらしく、あの野郎はもういつでも打ちだせる状態になっている。僕と安達は左右に飛びのいてビームを避けた。

 その瞬間、軍の人間が退避して固まっていた出入り口の扉が勢いよく開いた。

 目を向いて不安定ながら半身を捻ってそちらを向く。その扉は外側からしか開かない。僕と安達の頭の中には、想定外の原作補正という嫌な単語がでかでかと踊った。が、そこにいる人影を認識して確かに安堵した。このゲームは流石に其処まで鬼畜仕様ではなかったらしい。

 

「安達、花芽抓! 大丈夫か!?」

「……おお、剣士殿」

「っぷはーきつかった」

 

 扉を開けて部屋の中に入ってきたのは、風林火山含む先程まで一緒にいた面子だ。其々各々の武器を片手に、最悪の場合は腹をくくる覚悟で来ている模様。安達は一段落肩の力を抜いて、俺は天井を仰いで息を吐いた。大分必死にここまで来た様だが……こーちゃんが何か言ったかな? 

 扉が開いた隙に我先にと外へ飛び出していく軍の人間を通しつつ、彼らは当たり前のように内側からは脱出不可能なボス部屋に足を踏み入れた。

 ──タゲの塗り替えにヘイト稼ぎ過ぎて、僕らが後に引けないのわかってやがる。

 

「花芽抓、キツそうだな。手を貸そうか?」

「しゃあねぇ、一食奢りで手ェ打ってやるよ」

「お前助けられる側なのに態度がでかいな!?」

「安達、大丈夫? 助けに来たよ!」

「アスナ……全く、危ないことしないでね?」

「それ私のセリフだよ!?」

 

 自然に集まった僕らに、キリトとアスナが笑顔で話しかけてくれる。それだけで大分荷物が軽くなった気がして、それぞれ親友に軽口を叩いた。

 そして僕らに、こーちゃんの視線がぎろっと向けられる。思ったより重めだったのでちょっとびびったが、それに対して何かを言う前に俯いていた彼は軈て顔を上げて息を吐いた。

 

「っはー。……緊張した」

「──死んじゃうと思った?」

「僕らが負けると思った?」

「思ったよ。俺の居ないところで、勝手に退場するんじゃないかって緊張した」

「「……おおう」」

 

 目が座ってる。この人、怒ると怖いんですよね。怒るとというか、機嫌が悪いと?

 ああでも、これは僕らが全面的に悪かったかな。

 

「ああ、今度はきちんと君も巻き込むさ」

「75層戦はフライング無しでみんなでやろう」

 

 僕と安達は悪かったよと頭の上の掌に言う。こーちゃんはむすっとして居たが、二、三度舌打ちして僕らの寿命を縮めて満足したようだ。態々仕舞っていた武器を取り出して、確りと握った。

 

「終わったらみんなに土下座だからね」

「「うっす」」

 

 今から説教始めるわけにもいじけるわけにもいかない。だがまあ、終わったら続きやるんでしょうなぁ。甘んじて受け入れますが。ねえ安達、これは反省しないと暫くお部屋でゆっくりしていられないなぁ。

 兎も角と僕らも武器を構える。

 スタン終了、火力装填済み。ちょこっと端っこにあったデバフは綺麗に払拭されている。そんなものあったっけ状態。

 

「結晶無効空間。攻撃パターンはたいして多くないけどパリィし難いしビーム吐く。地雷は使い切ったんでよろしく。落とし穴は三秒しか持たなかった」

「成程、二人が手こずるわけだ」

「げっ、結晶使えねぇのかよ! おい、結晶仕舞って回復薬の方ポーチに入れとけ!」

「あいつくっそ硬いから、隙を作って一斉に仕掛けたほうがいいかも。タンクの人、声張ってもらっていい?」

「任せろ!」

「おう!」

「HP50パー切ったら言ってくれ。余裕あったらヒールする」

「あてにしてるぞ、九尾」

「あてにされるさ、任せてくれ」

 

 風林火山六名、KoB一名、ソロ三名、総勢十一名。

 ソードアート・オンライン史上最少数ボス攻略戦。

 

 これより佳境。



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アインクラッド74層・精霊暗がりに灯る

ちょっと長いです


「──軍の人間はどうやら全員離脱したみたいだな」

「おん? そーなん? 俺見てなかったんだけど」

「離脱したんだよ。さっき。ちゃんと。コーバッツも含め。全員な」

「安達さん、キリトが怒るんですが」

「ホント二毛さん身内にしか興味ないよね」

「そそそそそそんなことねえしししししし」

 

 棒。おっとこれは動揺する演技が効果なかった模様。俺は冷たい目でこっちを見るキリトと安達から顔を背けてべっと舌を出した。

 僕はAGIに物を言わせて全力でグリームアイズを中心に左側へ駆ける。安達とこーちゃんがこちらへ走り、同時にキリトたちが逆側へ行った。多数が正面に残る形だが悪魔は迷いなく僕を警戒対象に選ぶ。グリームアイズを挟んだ直線距離にアスナたちが到着した瞬間再度《覇気》を放ち、モンスターをさらに煽った。こーちゃんがアイテムストレージからアイテムを呼び出す。

 残念ながらスタンは確率を外したらしい。怒りのままに大きく踏み出して凶器を振るうそれを三者三様勝手に避けて、僕は相棒と同時にその腕を斬りつけた。

 

「いっただっきまーすっ!」

「ふざけないの、もうっ!」

 

 マジで腕一本頂くつもりだったのだが、無駄に硬いこいつの腕にちこっと切り込みを入れた程度で終わる。安達さんの回転三連撃も似たようなもので、不快な手応えで筋肉質なデータ繊維に血管を作った。

 僕らだけでわりかし手一杯なボスモンスターの背後から、正しく光の速さで閃光と剣士が躍り掛かる。鋭く重い二人分の全力攻撃が決まった後、一拍遅れて追尾した風林火山の攻撃部隊が攻撃。満足に動けないながら後ろ手に薙いだグリームアイズの攻撃を、風林火山のタンクが前に出て防ぎ切った。

 これで二パーくらい減ったかな。

 

「お前らよく五割も削ったよなこの人外双子!」

「「どういたしまして! もっと褒めろ!!」」

 

 クラインが全力で叫んでくれたんで、俺達も頑張って叫んでみました。

 そろそろか、と安達を見る。ちらっとした目配せだがこちらの意図を余さず拾った相棒は、グリームアイズの突きを避けるついでのようにキリト達のところまでショートカットして行った。僕は視認できない向こう側の親友に不敵に声をかける。

 

「よぉキリト! 効率悪いよなぁこれは!」

「あ、ああ!」

 

 振り下ろしを紙一重で避ける。

 

「因みに出入り口、外側からじゃねーと開かないんだけどさぁ!」

「は?! っああ、それでお前ら……」

 

 縦に飛んで横薙ぎを避ける。

 

「出し惜しみしてる暇ないぜ! そうだろう?!」

「──!」

 

 ブレスが放たれる直前に小太刀を投擲。クリティカルヒットした羊の頭は見当違いにも真上を向いた。

 

「僕らも秘密にしてた手札を切らないといけない! 言ってる意味わかるよなぁ!」

「く、そ──花芽抓! 責任持って十秒作れよ!」

 

 キリトは吠えながら少し引いた。その隣で安達が外套に手をかけた。

 アスナやクライン達が前に出た。僕とこーちゃんは笑って腕を翳した。

 

「「遅れるなよ!」」

 

 十秒なんかお釣りがくるぜ。緊張した面持ちのキリトと余裕の安達が頷いたのをみて、僕はグリームアイズの目の前に踊り出した。

 大直剣が素早く持ち上がってライトエフェクトを帯びる。生意気にもソードスキルを発動する気満々のあれは、名前は忘れたが確か両手剣用の四連撃ソードスキルだった筈。僕はそいつを看破した上でその場で剣先を下げつつ、腰を落として柄を右肩に担いだ。現在残りHPは|諸事情御座いまして《ノリノリのくせに防ぎきれるはずがなかったので》六割程。襲いくるあれをまともに防ぎ切ろうとすると多分一撃目で六分の五くらい消える。視界の奥の方でアスナが飛び出そうとするのをクラインが止めた。

 

「スタン七秒! 後は任せる!」

 

 先ずはグリームアイズの大上段からの振り下ろし。直撃すれば真面目に命はないが、僕は死神に魂を撫でられる感覚を味わいつつ大太刀を立てる仕草で斬撃を逸らした。

 不協和音でも不快音でもなく、ガラスをつま弾いたようなキンという音が一瞬鳴る。今から本番とでも言うように、大太刀は刀身にライトエフェクトを帯びた。

 僕らのこの命、てめぇにくれてやるつもりはねぇ。

 流されるままに地面を殴った相手の懐に潜り、地面を抉るように真下から切り上げ一閃。立て続けに右回し、左回しと二回の大回転斬りの後、舞い上がった火花と硝子の音を切り裂くように斬り下ろし。対象のサイズに合わせて最終打を飛び上がって撃つようになっているらしい。

 最後の斬り下ろしで最初に相手が攻撃を流された時と酷似した体勢でスキルを冷却するのは、システムなりの皮肉が効いていると僕は勝手に思っている。

 大太刀系最上位ソードスキルの一つ、四連撃《表の三刀・心長閑(こころのどか)》。突進系刀技《月》、中距離斬撃系刀技《花》ときて応じ技系刀技《心》。

 それぞれ似たような特徴を持ちつつ三刀までの発展を見せる中、心系のソードスキルは一貫して【発動効率90%以上である場合には攻撃対象に七秒のスタン、発動者に三秒の無敵状態を付与する。但し直線距離一定以内にいる攻撃対象が発動者に対してソードスキルを発動させてから一秒間の間にだけ発動可能。要求DEX後述】という面倒臭い説明書きが付く。

 要は【後出し必須。早過ぎても遅過ぎても駄目。クリるとなお良し。最低限こんだけDEXないとアウトなんで~】である。正直めんどい。

 が、良い子である。

 発動したのでタイミング良好。クリティカルは4回オールクリア。DEX? お釣りが来ますわ。

 グリームアイズが硬直を始めたが、いくつかの追撃を受けてこちら側によろけるのを見た。こーちゃんや向こう側にいる風林火山のメンツの攻撃だろうが、正直余裕がなかったので何も見ていない。まあ風林火山は最近前線に復活したとはいえ迷宮区に降りてくるくらいの実力はあるのだろうし、普段不利な条件で迷宮区に潜る僕らについてくるこーちゃんがいるのだ。心配はたいしてしていないが、その実力や如何。

 グリームアイズのHPが僕の分と合わせてちょいーんと全体の二割削れる。

 これだから団体戦好きなんだよ……。

 グリームアイズの硬直が溶けようとしている。ついでに僕の無敵状態はもう少し前に終わってしまったのだが、実は僕のスキル冷却時間がタッチの差でまだ残っている。

 だが其処へ更にタッチの差で一瞬早く、安達が飛来し僕はダッシュしたアスナによって火中を脱した。

 

「……綺麗」

「だろぉ? なんたって僕の妹だからね」

 

 その水色のエフェクトを纏う羽毛系の羽を目の当たりにして、一瞬ここがボス部屋だということを忘れたアスナだったようだ。

 

 

 モンスターテイマー取得可能エクストラスキル《精霊の灯火》。

 テイムしたモンスターが戦闘中にテイマーを庇ってHPを全損した場合、確率でドロップするモンスターの《心》アイテム。三日すると《形見》アイテムへと変化するが、更にそれをテイマーが『飲んだ』場合にのみ発生。

 プレイヤーはアバターや能力値がテイムモンスターに沿って、若干或いは大幅な変更が課される。同時にテイムモンスターに関する幾つかのスキルのうち、最大十一個までその場で選択して習得できる。残念ながらそれまで上げていた能力値やスキル習熟度の引き継ぎはされないのだが、積み上げてきた時間が一部パーになってもそれが笑えるくらいメリットが大きい。

 未だ絶対数の少ないチート級スキル《ユニークスキル》と比べても性能に遜色ないそれが、僕らの武器だった。

 エクストラスキル《精霊の灯火・九尾》。全ての層で超低確率ランダム出現するレアモンスター《ココノオノキツネ》の残火。DEF、STR が大幅に下がりDEX、AGIが同じくらい大幅に増幅。覇気、第六感を筆頭に十八個のスキルの中から、俺は語感とかっこよさに惹かれて即決で十一個を選択した。元々攻撃食らわずにちまちまやるタイプで防御や筋力そっちのけで小手先と素早さを上げていたが、精霊の灯火【九尾】を得て防御値の代わりに更に姑息になったので「此れもうやるっきゃないよな」とか言ってせめて用意されていた防御値上昇スキルを捨ててAGI上昇を取った。後悔も反省もしていない。嘘。ちょっとやばいことしたなって何度か思う。

 髪の色に合わせた白い狐耳が常備だが、そこに更に一尾、三尾、九尾、完全な獣化と四段階の変化がある。それぞれ段階毎にAGI、DEX、STRに補正が入ると言う『さぁて、この姿になるのは久しぶりだなぁ……どうした? 楽しませてくれるんだろう?』待った無しの厨二仕様。此処に忍装束と罠師、調合、軽業カンストもはいって、九尾とか忍とか言うとだいたいこいつって扱いである。

 本題。

 僕はアスナ共々碌な受け身を取らずに、グリームアイズから吹っ飛ぶように距離をとるまま床にスライディングしていった。

 エクストラスキル《精霊の灯火・竜人》。46層の地下深層のクエストエリアにのみ生息するレアモンスター《レヴィアニズ》の残火。DEXが大幅に下がる代わりにDEFが大増幅。元々STRとDEXを上げてすばしっこく物理で殴る系だったが、変更を余儀なくされたため攻撃は最大の防御を謳歌することになった。俺に比べて彼女の《精霊の灯火》の取得時期が遅かったため、まだ秘匿することが『間に合った』それは広くアインクラッドには知られていない。だが薄々感づいている人はいたと思う。そうでなければフロアボスの攻撃一閃を殴って逸らすとかゴリラのこーちゃんでも無理だから。

 俺とこーちゃんと安達だけの秘密だったそれが、外套の一枚が払われて衆目に晒されるのがなんとなく悔しい。システムの話になるが、僕らのこれは基本装備は貫通してもその上から被せられる負荷装備には隠せられるらしい。僕の場合は帽子をかぶっているので、その上に更に何か羽織ると狐じゃなくなると言う寸法である。さーません、今はどうでもいいね。

 身の丈二倍ほどの大きさに広げられた蒼い羽は、蝙蝠よりも鳥のようなので一般に言われる【竜】よりは柔らかい印象を持たせる。惜しむらしくは此処が薄暗くじめじめした地下ダンジョンでさえなければ、きっとそれは正規の意味での芸術的な賞賛を集めただろう。発光する両翼は力強く羽ばたいて、本来のソードアート・オンラインで想定されていなかった《空中戦》へと彼女を押し上げた。贔屓目と思うなかれ。ガチで綺麗。

 開放状態三段階目。あのサイズが安達の《羽》のフルである。なにがやばいって最小サイズの状態でフロアボスの攻撃生身で弾いた事だけど、それが完全開放一歩手前ってマジでボスキャラだから。ホント語彙力が来い。

 

「語彙力が来い」

「黙ってお願いだから」

 

 閃光が冷たいので黙ります。

 繰り出される技は先ほど見たばかりの双剣奥義の一つ、《デッドリィダンス》。ライトエフェクトからスキルクールダウンまで見慣れた通りなのだが、その破壊力は当然ながら段違いの結果を生み出す。彼女のその技一発でグリームアイズは残りHPを半分強散らして大袈裟に仰け反ってみせた。

 

「キリト、スイッチ!」

「おう!」

 

 追随するのは僕らが稼いだ時間のうちで武器とスキルのコンバートを済ませた黒の剣士。右手に見慣れた黒い直剣、そして左手に薄青色の剣を握った真新しいスタイルで、安達と切り替え戦闘に入る。ここでグリームアイズは継続微スタンとデバフが完全に抜けて、小癪な下等種族に対して漸く忿怒の雄叫びを上げた。

 上段からのグリームアイズの斬りおろしが此処へきて初めてまともにプレイヤーを捉える。僕の傍らでアスナが息を飲むが、キリトが剣二本を構えて攻撃をやり過ごしたのを見て安堵と驚愕を漏らした。

 右の剣で中断斬り。間髪を入れず左、右、左と続けざまの連撃が十六撃派手に決まった。ぐんとグリームアイズのHPバーが減るのだが、それと同じくらい……否、上回る勢いでキリトのHPが減っているのにはさすがに目を剥く。

 

「「《ヒール》【kirito】!」」

 

 同じ声が二つ響いて、六割くらい派手に減っていたキリトのHPが一瞬でマックスになる。それでも遠慮なしに減るのは、きっと俺たちの手を『此処に至るまで』煩わせた原作補正的な邪魔者のせいだろう。HP回復の手段があるからって無茶しやがって、心配で心を削る僕らの身にもなれってんだ。

 絶叫が響く洞窟の中で、互いのスキルが終了して一瞬の静けさが響きわたる。僕らがヒールを使った分の冷却時間があるのが歯がゆいのだが、彼のHPはレッドゾーンで危うく停止していた。

 一瞬視界を染めるポリゴンの破壊エフェクトを魅せて、悪魔の顔をした門番が砕け散る。

 それと同時に久しぶりに精霊を解放した安達とキリトの体勢が大きく揺れるのだが──誠に遺憾ながら安達をクラインが受け止め、キリトを僕が支えた。距離がな。全力で移動して安達さん支えても良かったんだけどそれするとさすがにキリトくんが可愛そすぎるからな。

 

「……《ヒール》、【adachi】【kirito】【asuna】」

「その恨みがましい顔やめろよ」

 

 連続使用は無理だが、ヒールは習熟度の度合いで同時に複数人に効果を及ぼすことができる。マックスにして三人までだが、今はそれで充分だろう。安達が起きていればもうちょい良かったのだろうが……そんな顔してないけど。

 してないから。



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アインクラッド50層・剣聖画策する

「地下迷宮に顕現せし碧き双翼の竜人! 鋼鉄の鱗は悪魔の一撃を弾き、剛腕の双剣は怒涛の五十連撃を放った!」

「やめてってば花芽抓! いい加減にしないと怒るよ!」

「あっはっはっはっは!」

 

 アインクラッド61層の片隅の住宅街に、新聞紙片手に腹を抱えるくぎみーボイスの大爆笑が響く。それを叱咤する同じくくぎみーボイスは怒ると予告しつつ既に怒っているのだが、怒られている方には大したダメージになっていないようだった。

 74層のフロアボスがたった10人のプレイヤーに破られた。固く閉ざされていた扉が開いた──75層が解放された。

 フロアボス討伐後は大抵お祭り騒ぎだが、今回は少数特攻という無謀、しばらくご無沙汰だった軍の関与、そして悪条件が多く揃ったにもかかわらず死者ゼロと言う冗談みたいな戦火を残したのだ。火がついたと言うよりは爆発したと言った方が正しいようなプレイヤーの騒ぎっぷりは、階層昼夜派閥問わず城内を湧かせた。いつもは静かな61層の落ち着いた街並みも、毎度の《街開き》祭りに負けない盛況ぶりを見せていた。

 ──特に、僕らの家の前は。

 

「やばいなぁあの野次馬。さっすが安達ぃ、人気者!」

「嬉しくない!」

「他人事だと思ってお前!」

「僕記事書かれてないし。な、嫌なことは先に終わらせとくといいぜ」

 

 ひっきりなしに荒くノックされる扉を間違っても開かれないようにと全力で抑える安達とこーちゃんに、優雅に新聞をデスクに放り出した僕のムカつくセリフが投げ渡される。そんなに踏ん張らなくてもシステムに支配された扉は開かないのだから放っておけばいいのだが、ノックの音が重なりすぎて最早騒音と化した野次馬の剣幕は大きくこちらに歪んだ扉を幻視させる。ぎゃあぎゃあ言う扉の向こうに並々ならぬ荒々しさで叫び返す安達とこーちゃんを見て、僕は苦笑を漏らした。

 大きく報じられた内容は二つ。一つは言わずもがな74層攻略速報。二つ目は、今回陽の目を見ることになったキリトと安達の隠し玉だった。

 キリトの持つエクストラスキル……或いはもうユニークスキルと言っても過言ではない《二刀流》。

 出現条件が不明で且つスキル保有者がキリトのみとなればその話題性は抜群だが、更に新聞に踊る文字が《軍の大部隊を一撃で退けた悪魔を撃破した、二刀流使いの五十連撃》となればもう御愁傷様である。何度か遊びに言ったことのあるあいつの現拠点が此処より悲惨な事になっているのはほぼ間違い無いだろう。彼は潔く転移結晶を使ったらしい。

 で、こっちの話。

 安達が持つエクストラスキルは二つあるわけだが、僕らはうち一つ──《精霊の灯火・竜人》の方を、アインクラッド攻略の前線が46層だった頃に取得してからひた隠しにしてきた。

 その理由は敵を騙すにはまず味方から的な心理的戦略……もとい来たる最終決戦において突然《竜人》を見せつけて、ボスキャラは勿論攻略組も唖然にさせてやろうぜと言う愉快な提案によるもの。別にめちゃくちゃ内緒というわけでも無いから予定を変更して今回使用したわけだが、竜人使ってギリ勝利Aということは多分使うべきだったんだろうなと勝手に考えていた。よかったな、死人出なくて。花芽抓氏の密かな英断を誰か褒めて。

 ドヤ顔で頬杖をつく花芽抓がいたらムカつくのはわかるけど、全力で一抱え以上もある特大クッションSSシリーズのひよこを投げつけるのは如何なものかと思う。そして冗談じゃない音を立てて椅子ごと後ろにひっくり返った僕は、情けない体勢から上体を起こすのに必死なのだが、そんな狐にチロリンっとメッセージが届けられた。

 

「おん?」

「あれ、アスナだ」

 

 送信者はキリト。件のボス戦の分け前分配を知り合いの商人プレイヤーの店でやる旨は数十分前に聞いたが、果たしてそれ以外に何かあっただろうか──そして同時に安達にはアスナからのメッセージが届いたらしい。親友から同時にメッセージが届くとは、一体こいつらは何をやらかしたのか……。

 メッセージを開けた僕らは、一瞬で表情を無にした後転移結晶を使って知り合いの商人プレイヤー、アルゲードのエギルの店まで秒で向かった。

 こーちゃんを連れてくるのを忘れた。

 

「キリト──!」

「アスナ──!」

「「現状を15字以内で簡潔に述べよ!!」」

「……KoBの団長と一戦交えるので、」

「……決闘に双子も参加してください」

「「却下!!」」

 

 

「──で、どういう状況?」

「いや、俺にも何が何だかさっぱり……」

 

 愉快なメッセージを送りつけて来た親友に不機嫌を隠そうとは思わない。頬杖をついてじとっと問うと、キリトは頬をかいて居心地悪そうに目を逸らした。

 

「その……昨日、さ。アスナがギルドを休むって言ってたの聞いてたか?」

「うちの妹の地獄耳怖いよ?」

「知ってるよ。それで団長にギルドの一時脱退を求めたら、認める代わりに俺と立ち会いたいって言ったらしい」

「訳がわからん。で?」

「双子も参加するなら決闘の勝敗に関わらず一時脱退を認めるらしい」

「何故呼ぶ!」

「す、すまん!」

「いいよ!」

 

 光の速さで許した僕にキリトが一瞬きょとんとした顔になるが、たった三文字をややあって飲み下してふっと笑った。目を三角にしてうがぁっと唸る僕ら双子だが、この場の雰囲気は居心地の悪さを小巫山戯たものに塗り替えることには成功したらしい。

 表情を緩めた親友二人に苦笑した僕等は、さてと一言置いて腕を組んだ。

 

「事情は把握した。したけど僕等は参加しないぜ、アスナ。悪いけど他のPLなら兎も角、あの放任主義が突然PLのゲームプレイに口出ししたとか気色悪……怪し過ぎて無理」

「同感。大体デュエルはシステム上は問題無くても常識的に一対一でやるもんでしょ。それをおしてまで私達を引っ張り出そうって魂胆が最高に胡散臭……怪し過ぎて無理」

「どうして二人ともギリギリまで悪態吐いた癖に言い切らないの? そこまで言っておいて言い直すと、寧ろ一回分余計に団長を罵ったように聞こえるんだけど」

「狙った」

「ドヤァ」

 

 確かにどやったのは僕だけど僕だけ叩いたキリトは男女差別だと思います。コーヒー出せや客だぞ。

 

「……ま、相手は75層のボスって訳でもないんだから、キリト一人でぜってー倒せないなんて事はねぇだろ。本番はお前に賭けてやるから一人で頑張ってこい」

「……そうね、私も賭けてあげるよ。大丈夫大丈夫、最悪の場合でもヒールの準備はするから死にはしないし、寧ろアスナを賭けた決闘ってことでしょ? キリトが頑張ってこそじゃない?」

「わ、わたしそう言うつもりじゃっ」

「う……そ、そうかも……」

「キリトくん!?」

 

 突然の(しかも僕じゃ無くて安達さんからの)ナイト様扱いに、キリトがちょっと照れながら考える様子を見せる。わたわたとアスナが訂正しようと手を振るが、にやにやする安達に視線で命じられた僕がアスナの両手をキャッチして笑顔で挙動を封じた。照れてる閃光も可愛いなぁ。

 ふとキリトが安達に小さく耳打ちしたらしい。僕が会話の内容を聞き取れていなかったのでアスナもその通りだと思うが、こーちゃんは怪訝な顔をして顔を上げた。態度的にこいつは聞き取れたのかなこーちゃんのくせに。

 こーちゃんは小首を傾げた後、彼を見た安達とキリトに応じるように応えた。

 

「? 俺は花芽抓と安達に賛成だよ?」

「ほら、こーちゃんも私達に賛成だって。これで三対二だよ?」

「う、ん……わかったよ、頑張るよ。……花芽抓、お前ヒースクリフに賭けたりしたらタダじゃおかないからな」

「安心しろよ、どっちにしろワンコインだからそもそも儲ける気がない」

「そ、そう言う意味じゃないよ!?」

「あっはっは」

 

 快活に笑いながら手を離すと、アスナがぷんすこ怒って僕の頬を左右に抓る。だが常に麻酔が切れかけたようなこの世界では見た目程痛くはないので心しか痛くない。序でに言うと戦犯が美少女なのでどっちかと言うと心も痛くはない。

 方針は主役が折れる形で纏まった。

 キリトはこれからアスナと共に、諸悪の根源ヒースクリフが待ち構える55層グランザムまで話をつけに行くらしい。本命はデュエル回避だと諦め悪く言っているが、あのヒースクリフがこんなモヤシくん相手に折れるとは思えない。多分今日の夕方くらいには残念でしたの報告が上がるだろう。

 僕と安達とこーちゃんはこのまましばらくここで寛いで、自宅のほとぼりが冷めた頃に帰ろうと思っている。なんせ出てくるまで扉の前に野次馬が馬鹿みたいに群がっていたのだ。寧ろ転移結晶持ってないこーちゃんはよくあそこから出てきた。

 僕等はエギルの営業妨害にならない程度に店の中でまったりした後、ゆっくりと帰路に着いた。

 

 

「安達ぃ、キリトに何言われたんだよ?」

「ああ、あれ? 別に、こーちゃんの意見はどうかって聞かれたんだよ。ね、こーちゃん?」

「ああ、そうだよ」

「へぇ……なんで耳打ちしたんだろ」

「さあ? そういや変に真剣な顔だったね」

 



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アインクラッド50層・黒の剣士白くなる

 簡単に言うと、キリトは負けた。

 ちょっと意地悪く言うと、ちょっとカッコ悪く負けた。

 ちょっとフォローしておくと、善戦はしたがまあ相手が悪かった。

 アインクラッドに本来現実を生きるべき一万人の人間が擬似幽閉を果たされて以来、どうにか前を向いて歩き始めた勇気あるものたちは多くはいないが少なくもいない。その所謂“攻略組”のうち、この二年間のSAO史のなかで、正しく最強と呼ばれた男など彼くらいのものだろう。

 剣聖ヒースクリフ。アスナが所属するギルド血盟騎士団の団長を務める男性で、生ける伝説とすら呼ばれる凄腕プレイヤーである。攻略組のうちアインクラッド走破に一番近い前線組──その中でも特に勢力を持つ血盟騎士団の、しかもトップだ。おまけにきちんと実力もある。まともにやり合うのは勿論、どんな姑息な手を使おうとも俺たち二人しても勝てないであろうトンデモ野郎なのだ。

 まー相手が悪いよね。だからいいとこまで追い詰めたのに結局最後には反則並の速さで押し切られて、お祭り騒ぎもいいところな大衆の目の前で両手両膝をつかされる結果になったのは自明の理っていうか。そんで君にはぜってー似合わないであろう白と赤のカラーリングの団服を着せられることになっても文句は言えないっていうか。

 大分笑わせて抱きましたっていうか腹一杯っていうか。

 

「そこの真っ白狐。お前は絶対に一生許さないからな」

「なんでー! ちゃんとお前に賭けたじゃーん! 負けたのはお前のせいじゃーん? 思うよねーアスナぁ?」

「その後の抱腹絶倒っぷりに文句があるんだよ! いっそ清々しいほど笑い倒していいなんて一言も言ってないからな! しかも──サチまで呼びつける必要なかっただろ!」

 

 襟やら背中やらに大層な紅い十字架を背負った元黒の剣士は、そう言って、最早キリトの仮宿と化しているエギルの店の二階の端で戸惑っていた少女──サチと言う槍使いの少女を指差した。

 黒髪を肩まで清楚に垂らした、青っぽい装備の大人しめの彼女は、テンションの高い男どもの会話に突然入れられて困惑しているようだった。そもそも此処より少し下層のダンジョンでギルドメンバーとレベリングをしているはずの彼女は、今朝突然僕から入った一方を聞きつけて此処へ足を運んだ形になっている。

 なにもかも突然の彼女をビシッと示したキリトの人差し指を、安達がやんわりと平手で下げさせた。

 言うほどやんわりじゃなかったわ。結構いい音したわ。

 

「指ささない。呼びつけたっていうのはちょっと言い方が乱暴じゃないかなー血盟騎士団の新入りくん?」

「そーそー。友人の新たな門出を祝おうっていう俺たちのささやかなサプライズじゃねーか」

「花芽抓のは悪意が入ってるだろ! ……こんな下らないことに呼びつけて悪いな、サチ。次からは花芽抓からのメールは着信拒否で構わないよ。迷惑だっただろ?」

「そ、そんなことないよ!」

 

 サチは良い子だ。キリトくんは人の好意()を素直に受け入れられない悪い子だ。サンタに言いつける事とする。

 僕自慢の白い狐耳をむんずと掴んで頭を下げさせようとするキリトを止めたサチは、セリフに忠実に申し訳なさそうな顔の血盟騎士団員の頭を上げさせる。戸惑ってはいたものの迷惑がっていたわけではない彼女は、寧ろと可愛く微笑んでくれた。

 

「全然迷惑じゃないよ。……ううん、寧ろ嬉しかった。キリト、私たちのことがあって……そのせいでずっとソロなんじゃないかって、みんな思ってたから」

「サチ……」

 

 少女の可愛くもはかない笑顔のその理由は、多くを語らない態度でありながら、事情を知るこの場の全員の心に静かに沁みていた。

 だいぶ前の話になるが、彼女とその友人四名で結成された一つのギルドが、ダンジョンのトラップに引っかかってあわや壊滅かといういたましい出来事があった。

 『無論』此処に彼女が立っていて、且つ彼女がいう“私たち”が生存していると言う現在は、そのギルド壊滅という最悪の状況を『ルート回避』していることになる。今更隠す必要もないので隠しもしないが、僕と安達はその一大イベントに乱入を果たし、多少の危険を圧して彼女たちの『生存ルート』を勝ち取っているのだった。

 その一件に関わったのは渦中のキリトを除けば俺と安達の二人だが、その一件は仲間内では広く知られていることであり、アスナやこーちゃんは当然事のあらましを把握している。『終わり良ければすべて良し』の『すべて』の部分に誤魔化された諸々の事情を察して、僕らは静かにサチの言葉を待っていた。

 

「ずっとね。……あの日の原因の一つは、確かにキリトが関わっているのも事実だよ。でも、私たちは私たちで決めて、武器を持ってダンジョンに挑んだの。『誰もかけることがなかった』が結果論だって、そう言ってキリトが自分を責め続けているのは、──間違ってるって私たちは教えてあげられなかったね」

「サチが……月夜の黒猫団が悪いんじゃないんだ。あの日、みんなに本当のことを言う勇気がなかったのは、」

「私たちみんなだよ。本当のレベルを言えなかったキリトも、ダンジョンに行きたくないって言えなかった私も、ぜんぶ含めたみんなだよ」

 

 ね、と、確認するような笑顔に、僕も安達も笑顔を返した。

 

「キリトは不本意みたいだけど、どんな形であれギルドに入れたことを、私は嬉しく思ってるよ。私だけじゃなく、月夜の黒猫団みんなから──ギルド加入おめでとう、キリト」

 

 自他共に認める似合わない白い団服で、柄にもなく真正面から祝福されて、珍しく剣士殿は照れてしまったらしい。

 おやおやまあまあ。

 僕はむず痒い展開に落ち着かなくて、動揺を隠すのも目的の一つにして見慣れない紅白の背中を蹴った。

 

「さぁてナイト殿ぉ? いつまでいじいじして女の子に迷惑かけてるのさ」

「う、ナイト殿って……ま、まあ、いいきっかけだよ。ソロ攻略にも限界がきてるところだったし……」

「そう言ってくれると、血盟騎士団副団長としても嬉しいよ。キリトくんが心配することなんかないの。私は……私も、サチも、花芽抓や安達も死なないよ」

「っていうか死んでも死に切れないしね。私、SAOクリアしたらアスナと女子会する約束あるからね」

「なにそれ聞いてないよ安達さん! ねえ、僕も行っていい?」

「違和感ないけど混ざるな花芽抓」

 

 ついいつもの調子で挙手したら感発入れずにキリトに下げられた。イケると思った。イケナカッタ。

 作り物の夕暮れの三歩手前、わざとらしいオレンジの夕日は哀愁よりも団欒と温もりを匂わせた。

 

 これは本来の紙上に描かれたインク刷りの筋書きとは違う未来であることを僕らは重々承知している。

 本来ならば今笑顔を囲んでいる六人は二人のはずで、淡い青の槍使いは残念ながら残酷な運命に飲み込まれてしまった空想上の人物だし、僕ら三人に至っては紙上空想上の人物ですらない。

 だが、そんな空想にすらならない妄想も捨てたものではないと豪語するのだ。

 君たちまだ高校生とかでしょ。

 そんな、重苦しい未来を一人で背負うことないんだから、と。




センスが欲しい


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