岸波白野の転生物語【まじこい編】【完結】 (雷鳥)
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【プロローグ】


幼少期編のスタートです。



 自分の最初の記憶は病室の天井だった。

 

 大声で泣く自身の声とは裏腹に、冷静に思考を巡らせる自分がいた。

 

 自分は自身の知識から、自分が所謂『転生者』なのだと悟った。

 

 数分後。看護士に抱かれて、自分は分娩室から新生児室に移された。

 その間、自分は生前の自分について考えていた。

 

 しかし思い出せたのは自身が生前得ていたであろう知識のみで、個人的な記憶などは一切思い出せなかった。

 

 簡潔に説明するなら『本の内容は知っている』が『その本を何時、何処で、誰と読んだのか』を思い出せない。と言った感じだ。 

 

 しかも願いを叶える月だの。電子世界に精神だけダイブさせるなどという変な知識まである。

 

 自分はあまりにもSFな前世に、小一時間ほど生前の自分を問い詰めたい衝動に駆られた。

 

 結局、暖かな布に包まれている内に眠くなってきたので、『まあいいか』と思い。眠りに着いた。

 

 

 

 

 生まれてからしばらくは新生児室で過ごした。

 

 その間、硝子越しに何名かの夫婦を見かけたが、誰が親かも分からない自分は、早くここから出たいと思っていた。

 

 そんな日々を送る中、看護士さん同士の会話で明日には母親の元に移される事が分かった。

 

 その日は二度目の人生と、親との対面に、興奮と期待を抱きながら眠りに付いた。

 

 

 

 

「っ!?」

 

 意識が突然感じた寒気に驚いて覚醒する。

 

 目覚めると何故か外にいた。それも雨の中だ。

 

 確かに昨日は病院で眠っていたはずなのに。

 

 訳が分からなかった。

 

 一応身体は布に包まれているが、今は濡れているせいで逆に不快に感じた。

 

 その時、視界の隅にフード付きの雨合羽を来た誰かを捉えた。

 フードを目深に被っているのと、雨で視界がボヤけているせいで顔は良く見えない。

 しかし、その人物の言葉だけは雨音が強く響く最中、何故かはっきりと聞き取れた。

 

『悪いけど、あんたを育てる余裕なんてないの』

 

 その言葉を耳にした瞬間、理解した。

 

 ああ……自分は捨てられたんだ。

 

 雨合羽の人物が車に乗って遠ざかって行く。

 

 吼えた。ただただ声を張り上げて吼えた。

 

 別にあの雨合羽の人物を呼び戻したかったからじゃない。怒りに吼えたのだ。

 そしてその怒りも自分を捨てた人物にではなく、生まれてすぐに迎えた危機に何も出来ない己の弱さが悔しかったからだ。

 

 自分は何のために転生したというのか!

 例え神の気紛れであったとしても、こんな結末は許せない!

 

 故に吼える。

 

 自分は死にたくない!

 否。自分という存在は、まだ始まってすらいない!!

 

 故に吼える。

 

 雨が口や目に入ろうとも吼え続けた。他にできる事が無いから。

 赤子の身では、この残酷な運命に対して行える、唯一の抵抗だったから。

 

 ついに布の内側まで完全にびしょ濡れになった頃に、自分は死を覚悟した。

 

 それでも吼え続けた。

 

 せめてこの声が枯れるまでは、最後までこの運命に逆らい続けようと思った。

 自分がそう覚悟したその時、何故か雨が止んだ。 

 いや違う、傘だ。誰かが自分に傘を差してくれたのだ。

 

「声が聞こえると思えば、やれやれ随分と酷い事をする」

 

「大変! すぐにお湯の用意をしますね」

 

 誰かが自分を布から取り出して、顔を拭いてくれた。

 はっきりした視界で視線を移すと、不憫そうにこちらを見詰める男性と目が合った。

 

「よしよし。今すぐ暖めてやるからな」

 

 男性がそう言うと、自分を抱く彼の両手から、温かい何かが身体に入って来るのを感じた。

 

 ……とても気持ちが良い。

 

 自分の体内に心地良い熱が広がり、先程までの怒りや悲しみも薄らいで行くようだった。

 

「貴方。お湯の用意ができましたよ」

 

「うむ。気で活力を与えておいたから大丈夫だとは思うが、しばらくは様子を見るとしよう」

 

 自分は夫婦に連れられて彼らの家へと迎え入れられた。

 

 

 

 

 それから数日後。

 自分は鉄優季(くろがねゆうき)と言う名を与えられ、夫婦の子として正式に迎え入れられる事となった。

 




ははは、まさかまじこい要素よりも先につよきす要素が出てくるとはお釈迦様でも気付くめぇ。
プロットの段階では九鬼家に拾われる予定だったんだよ~。



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【百代との出会い】

タイトルで話の内容が分かる。いい時代だ。 
今回少し痛ましい描写(控えめ表現)があります。
 


 夫婦に拾われてから数年の月日が経ち、あれから自分は鉄家の子として過ごす事になった。

 

 二人は血の繋がらない自分の事を心から愛してくれた。

 だから自分も躊躇う事もなく、二人の事を『父さん』『母さん』と呼ぶことができた。

 

 二人が付けてくれた名前は優季。

 優しく勇気ある男に育って欲しいという願いを込めて付けられた名前だ。

 二人から貰った名のとおり、優しく勇気ある男になれるように努力すると決めた。

 それがきっと、二人に送れる最高の親孝行だと思ったから。

 

 手始めに父さんから鉄家に伝わる拳法を習う事にした。

 庭で稽古しているのをよく見かけていたので、思い切ってお願いしてみた。

 

「……そうだな。お前も鉄家の男児だ。身体くらいは鍛えておかないとな。まあ仕事であまり鍛えてはやれないかも知れないが」

 

 父さんは今はボディーガードの仕事で生計を立てている。

 その為あまり家にいない人だったが、家に居る時はよく遊んでくれた。

 

 因みに父さん達は自分に、自分達が本当の親子ではない事を伝えていない。

 少し間があったのは、その辺が関係しているのかもしれない。 

 

 次の日から、拳法の稽古が始まった。父さんのいない日は、母さんの家事の手伝いと共に、自己鍛錬に明け暮れた。

 

 ある日、父さんは稽古中に人としての心構えを説いてくれた。

 

『周囲の言動に惑わされずに、等身大の相手を見据え、理解しようと勤めること。そして相手に理解して貰おうと勤めること。人と人の絆はそこから始まる』

 

 父さんは正にこの教えの体現者だった。

 だから俺にとって男としての目標は、いつだって父さんだった。

 

 

 

 

 そんな父さんを目標に修行に明け暮れて一年が過ぎた。

 以前は町内を周るだけだったランニングコースも拡大されて、今は川神市の多摩川まで距離を伸ばした。

 

 ある日、いつものように多摩川の土手を走っていると、妙なモノを見掛けた。

 

 えっ、何あれ?

 

 驚きのあまり思考が追いつかず、一瞬呆ける。そして改めて状況を確認する。

 

 女の子が、中学生くらいの男子生徒を、ぶっ飛ばしている。状況終了。

 

「いやいやダメだろう!」

 

 訳は分からないが、とりあえず女の子を助けるために駆け寄る。

 

「おいお前達! 複数で女の子に乱暴するなんて、男として恥かしくないのか!」

 

「なんだお前? 危ないから離れてろ」

 

 第一声を放ったのは男子学生達ではなく、女の子の方だった。

 

 強気を表すような釣り上がった目が特徴的たっだ。

 正直髪の長さやスカートを履いていなければ、女の子とは思わなかったかもしれない。

 

 自分達くらいの年だと男と女の外見なんて曖昧だからなぁ。

 

「たく。また餓鬼かよ!」

 

 男子学生の一人がこちらにやって来る。

 そして懐から取り出したのは……小さい折り畳み式のナイフだった。

 

 コワ! 最近のキレやすい若者コワ! 

 

 しかし驚きはあっても、何故かあまり怖くはなかった。

 頭の中で自分じゃない自分が『もっと怖い体験をしているから大丈夫』と囁いているようだった。

 

 その囁きに突き動かされるように、身体が自然とナイフを持つ男子生徒に向かう。

 

 男子生徒越しに女の子を見ると、興味無さ気に一度だけこちらを一瞥しただけで、すぐにそっぽを向いてしまう。

 

 うわぁ、酷いくらいにこちらに興味無しだ。まあ、勝手に首を突っ込んだんだから別にいいんだけど。

 

「へへ、俺はやれば出来る奴なんだよ!」

 

 この状況でその台詞はいかがなものか。親御さんも泣くと思うぞ。

 なんて事を考えながら、振り下ろされるナイフを見詰め、頃合を見計らって一歩後ろに下がった。

 

 途端、顔に激痛が走って一瞬眉を顰める。

 

 くっそ。見えているのに避けられないとか、マジ自分の身体能力低過ぎ。つうか痛ってぇ!

 

 今回の様に優秀すぎる目に、自分の反射神経の方がそれに追いつけず、身体を動かすタイミングがズレて、怪我をすることは多々あった。

 

 だが、ここまでの怪我は初めてだ。

 

「へへっどうだがっぐあ!?」

 

 興奮で目が血走った男子生徒を顎下から頭突きをかましてやる。

 

 だって隙だらけだったし。ケンカ中に警戒を怠るとかダメだろ。

 まあでも、普通はナイフで切られたら怯むか。

 

 どうも自分は痛みや恐怖というモノに耐性があるらしく、痛い事は痛いし、怖い事は怖いのだが我慢して行動できてしまうようだ。

 

 なんてアンバランスな肉体だ。

 あれか? 自分が転生者だから身体もこんなチグハグな感じなのか?

 

「っっ!?」

 

 怪我をしながらそんな事を考えていると、男子学生が地面を転がり回って悶絶していた。

 口から血が出ているから、多分舌でも噛んだのかもしれない。そこに……。

 

「ふん!」

 

「びゃう!?」

 

 女の子の綺麗で強烈な踵落としが顔面に決まり、男子学生は気絶した。

 辺りを見渡せば、立っているのは自分と女の子だけだった。

 

「おい。傷を見せろ」

 

「ん?」

 

 女の子が少しだけ慌てた様子で俺の顔を覗き覗き込む。

 

「酷い怪我だな。だが私は礼は言わないぞ。お前が勝手に乱入して来たんだからな」

 

「いや別にお礼を言って欲しくて助けた訳じゃないし」

 

 感覚的にそこそこ血が出ている気はするが、深いわけでも無さそうだ。

 確かポケットにハンカチがあったな。それでとりあえず押さえておこう。

 

「それにしても、なんで勝手に割り込んで来たんだ? いい迷惑だ」

 

「仕方ないだろ。女の子が男に襲われていたら、助けに入るのが男として当然の行動だろ?」

 

 痛いのを我慢して強めに傷を押さえつつ、女の子に反論する。

 

「そのせいでお前は怪我して、私は少しだが心配して物凄く不機嫌だ」

 

 あっ。少しは心配してくれていたのか。意外に優しい子なのかもしれない。

 

「確かにそうだな。その点はすまなかった。自分の身体能力を過信した。でも次も同じ事があったら同じ事をすると思うので、我慢してくれ」

 

「そうか。お前、馬鹿なんだな」

 

 女の子が可哀想な物を見るような目をする。

 失敬な。これでも学校の成績は上位なんだぞ。って、この場合はそういう意味での馬鹿じゃないか。

 

「馬鹿で結構。万が一自分が飛び出さなくて女の子が怪我するくらいなら、いくらだって身体を張ってやる」

 

「の割りには女の子一人守れない弱っちい男だけどな」

 

 自分の言葉の何かが気に入ったのか、女の子の表情が少しだけ柔らかくなり、悪戯っぽい笑顔で俺を見詰めた。

 

「そうなんだよなぁ。さっきの攻撃も見えていたのに避けられなかった。まあそれはいいとして……」

 

 夕日が沈む川辺を眺めつつ、そろそろ気になっていた事を尋ねた。

 

「なんで君は、あいつらと喧嘩なんてしていたんだ?」

 

「……あれだ」

 

 女の子は胸の内の怒りを隠そうともせず、怒りの表情と声色で土手の脇の草むらを指差した。

 

 雑草でよく見えなかったので近付いた時、女の子が怒っていた理由を理解した。

 

 そこにあったのは子猫の死体だった。

 体中に殴られた痕や切り傷が刻まれていた。

 特にお腹の切り傷は酷かった……。

 

 無意識に、拳を強く握り締めていた。

 身体が強張ったせいか、額の傷が更に痛んだが、気にしている余裕は無かった。

 

「やっぱり骨の二、三本折って、自分がした事を思い知らせた方がいい」

 

「ほっとけ。そんなクズども」

 

 傷付いた子猫の体に手を触れる。

 

 ……くそ。

 

 傷の具合から分かっていた事だが、子猫は既に息を引き取っていた。

 

 子猫を片手で強く抱き抱えて立ち上がる。子猫の血や色んな物が俺の服や腕に大量に付着するが、気にはならなかった。

 

「おい。どうするんだ?」

 

「こんな所に放置したり埋めたりしたら、野良の鳥や猫に掘り返される。でも人のテリトリーには殆ど入ってこないから、ウチの庭に埋める。もうこいつの身体を傷つけさせたりしない」

 

 この子猫は一体どんな思いで死んだのだろう。

 この世の理不尽に怒りの声を上げながら死んだのだろうか?

 それとも戸惑いの内に何も考えられずに死んでしまったのか……。

 

 死んだ子猫が捨てられた頃の自分と重なる。

 やり切れない気持ちのまま、歩き始めた。すると女の子が後からついて来た。

 

「どうした?」

 

「私も一緒に埋める。最初にそいつを見付けたのは私だからな。それとお前の家ってどこだ?」

 

 先程喧嘩していた時とは違って、落ち着いた雰囲気を纏った女の子に、少しだけ戸惑いながら、自分の家の住所を女の子に伝えた。

 

「私の家の方が近いから、ウチに埋めるといい」

 

 真剣な、そして力強い瞳が自分を射抜いた。

 胸の内に温かいモノが広がって、自然と顔が綻び、気付けばお礼を口にしていた。

 

「ありがとう」

 

「なんでお前がお礼を言ってるんだよ」

 

「分からないけど、嬉しかったから。自分は鉄優季。君は?」

 

「私は川神百代(かわかみももよ)だ」

 

 その日、俺はとても強くて、そしてとても優しい女の子と出会った。

 因みに顔の傷は百代の祖父である川神鉄心(かわかみてっしん)さんに気というもので治して貰った。

 




と言う訳でメインヒロインの一人百代です。
幼少期ではもう一人メインヒロインがいます。
というかこの二人と接点を持つためだけの幼少期編と言ってもいいでしょう。



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【百代との勝負】

とりあえずしばらくは原作に沿って進みます。



 百代と出会ってから一年の月日が経ち、休みの日は百代と過ごす事が当たり前となっていた。

 お互いに年も近く、武に関わる者ということで自然と惹かれあったのかもしれない。

 

「優季はホント、頑丈なだけで弱いな」

 

 そして今日もまた、自分は地面に伏し、そんな自分を百代が呆れた表情で見下ろす。

 

「ほっとけ。自分が一番痛感してるっつうの。というか、百代がありえないくらい強過ぎる」

 

 百代と遊ぶ時は必ず組手での稽古をつけて貰っている。

 

 お互いに武の稽古をしているというのも理由だが、自分としては少しでも強くなって喧嘩っ早い百代を守ってやりたいという思いもある。

 

 しかし現実は非常である。

 

 こちらの攻撃が百代にヒットした事など一度もない。

 あの小さな身体のどこにあれだけの力があるというのか。

 

「おっ、参ったか? ギブアップか? なら今後は私の事をちゃんと『モモ先輩』って呼べ。そして私の舎弟になれ」

 

「絶対ギブアップなんてしない。百代こそ条件忘れてないだろうな? 自分が参ったって言わない限り対等にお互いを呼び捨てにする。そして自分が勝ったらなんでも言うことを聞くって条件」

 

「もちろん。もっとも、私が負ける訳が無いけどな」

 

「くそぉ。言い返せないのが悔しい」

 

 組手稽古を始める事になった当初、俺達はお互いに勝利条件と勝った場合の報酬を話し合った。

 

 何故そんな勝負が始まったのか?

 事の発端は、百代が年上だということが判明したのが切っ掛けだった。

 

『私の方が年上なんだからちゃんと先輩と呼べ』

 

『嫌だよ今更。百代は百代だろ。あと、なんか一度でもそう呼んだら対等で居られなくなる気がする』

 

『なんだ優季、お前弱いくせに私と対等だと思っていたのか?』

 

『百代だって強いくせに参ったもギブアップも言わせられて無いじゃん』

 

『じゃあ勝負するか? もし今後組手で私がお前に参ったを言わせられたら、お前は私の事をモモ先輩って呼べ。そして一生私の舎弟な!』

 

『じゃあ自分が百代を倒せたら、百代は自分に何してくれるんだ?』

 

『万が一にもありえないが、もし私に勝ったらなんでも言う事を聞いてやる。あ、私の叶えられる範囲でだからな。あとお金や物を寄越せ的な願いも無し』

 

 なんてやり取りがあってから今日まで、結局お互いに決着がつかないままだ。

 

 因みに百代を気絶させたら自分の勝ちだが、自分が百代に気絶させられても、百代の勝ちにはならない。

 

 それくらい自分と百代の強さには大きな差があるし、一度先程のように痛みと疲れで動けない自分に対して、百代が『参ったと言わないと顔面を潰す』と脅迫した事があった。

 

 もちろん拒否した。

 結果、見事に顔面を潰された。だが俺は結局参ったとは言わなかった。

 それから百代は自分に追撃して来なくなった。

 次の日にあったらボロボロになっていたから、多分家で折檻されたんだと思う。

 

 よし、そろそろ起きれそうだ。

 

 体力が回復したのでなんとか起き上がる。

 百代は絶対にこちらが起き上がる時に手を貸さない。自分としては対等の証しみたいで気に入っている。

 

「とりあえず今日の稽古は終了するか。さて、今日は何して遊ぶ?」

 

「そうだなぁ」

 

 百代と二人で腕組して悩む。だって二人しかいないのだ。遊べる遊びも限られてくる。

 

「あの!」

 

「ん?」

 

 二人でうんうん悩んでいると、こちらを呼ぶような大きな声が聞こえたので、声のした方に振り返ると、そこには見た事の無い男の子がこちらに向かってやって来る所だった。

 

 男の子は目の前まで来ると、百代の方に視線を向けた。

 

「川神百代先輩ですよね?」

 

「ああそうだが。お前は?」

 

「同じ学校の四年生の直江大和(なおえやまと)と申します」

 

 なんか随分と大人びた喋り方をする子供だ。いや、人の事は言えないか。

 

 どうやら直江という少年は百代に用があったみたいなので、少しだけ距離を取って聞き耳を立てる事にした。

 

 しばらく二人の会話を聞きつつ、頭の中で内容を纏める。

 

 直江には仲良しグループがいて、特別な遊び場をその仲良しグループで独占しているらしい。

 

 ま、子供にはよくあるよな。所謂自分達だけの特別な縄張りというやつか。

 

 しかし最近六年生グループに負けたため、縄張りを奪われてしまい、その縄張りを取り戻す為の助っ人を、百代に頼みに来たみたいだ。

 

 普段の百代なら『そんな軟弱な考えの奴に力なんて貸さん!』と、説教しそうなものだが、今回は違った。

 

 年上なのに多人数で襲撃したり、戦えない女の子を人質にしたり、挙句に負けた相手に追い討ちでコンパスで耳に穴を空けたりと、どれもこれも百代が嫌いそうな行動を六年生達はしていたのだ。

 

 百代の顔が見る見るうちに物騒な笑みへと変わって行くのが分かった。

 

「ふむ、そうだなぁ……」

 

 何故か百代はそう言ってこちらに振り返った。

 なんだその悪戯っ子な顔は、可愛いじゃないか。

 そんなちょっと邪悪な笑みを浮かべたまま、百代は直江の方に振り返った。

 

「話は分かった。面白そうだし力を貸してやる。だが、条件がある」

 

「条件ですか?」

 

「お前が欲しい。具体的にはコキ使える舎弟が欲しいのだ」

 

「あの人は違うのですか?」

 

 直江がこちらに視線を送ってきたので『違うぞ』という意味を込めて首と手を横に振る。

 

「あれはダメだ。使えない舎弟候補だ」

 

「おいこら」

 

 残念な奴を見るような目で見られたので流石にツッコむ。

 

「とまあそういう訳だ。条件を飲むなら力を貸してやる」

 

 直江が少し考えるような間をおくと、すぐに先程のような社交的な笑顔で百代を見詰めた。

 

「分かりました姉御」

 

「んー姉御も悪くないが他の呼び方がいいなー」

 

「はあ。じゃあ姉さんでいいんじゃないか? お前、妹とか弟を欲しがってたし」

 

 溜息を吐きつつ無難な呼び名を提案する。

 下手したらお姉様とか呼ばせそうだしな。

 

「おおそれだ! これからは私の事を姉さんと呼べ」

 

「はい姉さん。これはお近付きの印に……」

 

 そう言って直江はポケットから百代が最近集めているカード、それも結構レアと聞いていたカードを取り出して百代に謙譲した。

 

 ……この子の親は一体どういう教育をしているんだ。

 

 大人顔負けの交渉術に呆れている横で、百代は嬉しそうだった。

 

 さて、自分はどうするかな。

 

 自分は百代とは違う学校に通っている。俺が百代と平日あまり会えない理由の一つだ。

 そして助っ人を頼まれたのは百代だ。自分じゃない。

 

 でもここで知らない振りして見過ごすのも、らしくないか。

 

「で直江、いつ仕返しするんだ?」

 

「えっと……」

 

 こちらに対してどういう態度を取ればいいか迷っている感じで、直江が少し戸惑う。

 

「同い年だ。タメ口でいい。自分は百代みたいに強くないしな」

 

「ならそうする。一応むこうに探りを入れて人数が少ない時を狙うつもりだ」

 

「まあケンカの常套手段だけど、明日は連中来るのか?」

 

「ああ。明日は休みだし。俺達を警戒してか、遊ぶ時は結構人数を連れて来るんだ」

 

「ん、了解。じゃあ明日そいつらをシめちゃおう」

 

「え?」

 

 直江が年相応な表情で呆然とする。

 そんな顔も出来るのか。うん、こっちの方が素直そうで好感が持てる。

 

「明日なら休みだから自分も百代に加勢出来るしな」

 

「いや、お前居ても迷惑だから」

 

「はいはい聞きません。そういう百代はどうなんだ?」

 

「もちろんお前の提案に賛成だ。いっこ上の連中を懲らしめるのなんて何人居ても同じだ」

 

 不適に笑うその笑顔が頼もしい。

 

「だそうだ。と言う訳で明日土手に集合な」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。お前、えっと」

 

 困惑した表情の直江がこちらを指差す。

 

「ああそうか、自己紹介がまだだったな。鉄優季だ」

 

「じゃあ鉄。お前は喧嘩弱いんだろ?」

 

「ああ弱いな。百代に惨敗だ」

 

「じゃあ居るだけ無意味じゃないか!」

 

 馬鹿かコイツ。と言いたげな表情でこちらを睨む直江に、どう説明しようか迷っていると、百代が一歩前に出る。

 

「安心しろ弟」

 

「え?」

 

「こいつは弱いが役には立つ」

 

 百代が自信満々の笑みを浮かべて力強く頷く。

 

「……姉さんがそう言うのなら」

 

 直江的にはまだ納得できていないらしいが、ここで否定して百代の機嫌を損ねて引き込めないと困ると判断したのか、渋々了承した。

 

「じゃ、明日の戦いの前に舎弟の契約だ」

 

 百代が物凄い笑顔で小指を出した。

 

 あれは絶対に碌でもない事を考えているな……でもまぁ、いいか。

 直江は直江でなんか自分や百代をなめている節がある。

 良い機会だ、現実の厳しさを知るといい。

 

「けーいやーく、やぶったーら、うでーのなーかでなぶーりこーろす」

 

「……え?」

 

「長い付き合いだから言うが、マジでやるから気をつけろよ」

 

 青い顔で茫然自失している彼に、今後の為に追い討ちという名の忠告をしてあげた。

 強く生きろ少年。

 




結局舎弟は大和君に納まりましたとさ。
そして書き終えてから気付く、中学生ぶっ飛ばせる百代と組手できてる時点で主人公も十分凄い事に。……おかしいなぁ幼少期は普通の男の子止まりのつもりだったのに。
正直主人公が舎弟でも良かったんだけど『モモ先輩』と呼ぶ大和が想像できなかったのでこの形に納まりました。


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【風間ファミリーとの出会い】


ようやく原作の中心人物達と合流。
それにしても過去の時系列を纏めるのが大変です。



 翌日。土手で直江の仲間らと合流した自分と百代は、彼らと一緒に六年生が来るのを待ていた。

 

 本来は遊び場で襲撃するはずだったのに、百代が果たし状なんて物を作って直江経由で六年生グループに渡した結果、ここで戦うことになってしまった。

 

 それにしても、直江の仲間は個性的なメンバーだな。

 

 改めて背後にいる彼らに視線を向けて見渡す。

 

 グループのリーダーで耳に穴を空けられたっていうのに、それを気にした様子の無い元気で破天荒な男の子、風間翔一(かざましょういち)

 

 グループの軍師を気取っているちょっと中二が入った直江大和。

 

 グループで一番体格があって力が強そうな島津岳人(しまづがくと)

 

 グループの紅一点で小柄で可愛い女の子岡本一子(おかもとかずこ)

 

 グループで一番ひ弱そうな男の子の師岡卓也(もろおかたくや)

 

「助けないからな」

 

 横に居た百代が急にそんな事を言い出す。

 そんな百代を見据えながら、溜息を吐いて肩を竦める。

 

「いつもどおりだろ。というか、複数人と喧嘩する時、毎回こっちの実力見たさに手加減してこっちに敵を寄越している時点で、百代もある意味敵だよね?」

 

「おいおい、折角お前にも見せ場をやっている優しい乙女に向かってなんてことを言うんだ」

 

「そうだな。ありがとう。嬉しくて泣けてくる」

 

 などと軽口を言っていると、六年生らしき連中が自転車に乗ってやって来た。

 なんか中には痛々しいカスタマイズをした自転車に乗ってる奴もいる。

 

 数は11人か。百代の奴、多分半分は俺にまわすな。

 それはそうとやっぱり喧嘩とはいえ、果し合いなわけだし、何かしら前口上でも述べるのかなぁ。

 

 なんて考えていたら、六年生グループが思いっきり駆け出して来た。

 

「うわ、いきなりか」

 

「じゃ、頑張れよ」

 

「はいはい、頑張りましょう」

 

 百代はさっさと駆け出してすでに一人倒してしまう。まさに秒殺。

 そんな百代を見て唖然としてる奴の顎を殴り飛ばして脳震盪を起こして意識が朦朧としている間に、もう一撃入れて完全に気絶させる。

 

「う、うわああ!」

 

 傍にいた別の男の子が慌てて俺に跳びかかるが、それを膝蹴りで顎を跳ね飛ばす。

 流石になんの心得も無い奴に負けてるほど、自分も弱くは無い。

 

 伊達に百代相手に組手をしていないっての!

 

「あ、あいつの方を全員でやっちまえ!!」

 

 リーダーっぽい男の子が百代には適わないと悟ってこっちの方に来る。ま、当然だよね。

 

「うら!」

 

「っこの!」

 

 捌き切れずに顔を殴られたが、痛みを無視して拳を相手の鼻下の人中目掛けて振り下ろす。

 戦う術を学んでいる以上、急所を含め人体については色々と学んでいる。

 戦いはブレインだよ兄さん。と、誰かが言っていたような気がする。

 

「あぐう!?」

 

「こいつ!」

 

 痛みで蹲った相手に追撃を掛けようとしたら両手を掴まれたので、掴んでいる奴の一人に頭突きをかます。

 

「あぐ!」

 

 怯んだところで思いっきり身体を振るって拘束を解き、蹲っている二人に蹴りを入れる。

 

 これならまあ数回殴られる程度で済み……あれ?

 

 気付けば既に周りにいた連中を全員倒していて、他の連中も百代に倒されていた。

 うん。どうやら自分でも思っていた以上に、百代との組手で鍛えられていたらしい。

 

「人質取ってお前の耳に風穴開けたのはどいつだ?」

 

 もう喧嘩は終了とばかりに、百代が拳を解いて風間に問いかけた。

 

「こいつだけど……」

 

「ひぃっ!」

 

 風間が指差したのは先程からリーダーらしき振る舞いをしていた男の子だった。

 

「こいつにはさらなる痛みを植えつけて、二度と同じ事ができなくしてやる」

 

「や、やめろ!お、俺は釜中の三宅君の知り合いなんだぞ!」

 

「誰だそれ?」

 

「さあ?」

 

 百代に尋ねたら興味なさ気に肩を竦めた。

 男の子の顔が焦りだす。何者か知らないが、一部では三宅君は有名らしい。ご近所番長とかそういう類だろうか?

 

「お、俺は怒ると怖い本物のワルだぞ! こ、この前だって子猫を平気でイジメ殺してやったんだ! お、お前も殺すぞ!」

 

 あ、こいつ終わった。

 

「そうかぁワルかぁ~カッコイイなあ先輩。ちょっとデートしてくれ」

 

「は?」

 

「あそこまで……付き合ってくれ」

 

 物凄い良い笑顔で、百代は六年生の首根っこを掴んで引き摺って行った。

 

 やれやれ、ついて行くしかないか。

 溜息を吐きつつ百代の後について行くと、他のみんなもゾロゾロとついて来た。

 

 百代が入って行ったのは、二階建ての廃屋だった。

 ずんずん突き進み、ついには屋上に到着する。高さで言えばウチの小学校の三階くらいはありそうだ。

 

「こ、こんな所に来て、どうするつもりだよ?」

 

 もはや六年生に最初の勢いは無く。これから何が起こるのか分からない恐怖に、全身を震わせていた。

 

「喜べ。これからお前は空を飛べるぞ。一瞬だけ」

 

「へ?」

 

 意味が分からない。そんな呆気に取られた顔で呆けていた男の子を、百代は平然と屋上から落とした。

 

 下の方で凄い音と共に悲鳴が上がる。

 

 まあ足からちゃんと落としていたし、高さ的にも死にはしないだろう……骨折は免れないだろうが。

 

「な、何もそこまでしなくても」

 

 まったくである。平然と屋上から人を落すとか、もはや鬼畜以外の何者でもないな。

 みんなで確認しに行くと、男の子は痛い痛いと泣いていた。可哀想に。

 

「おいおい大丈夫か? こんな廃屋の屋上で遊ぶから、足を滑らせて落ちるんだぞ。私達が近くに居て良かったな。すぐに助けを呼んでやろう」

 

 なんて言いながら、百代は良い笑顔で男の子に詰め寄る。

 

「ひいいいい!」

 

 男の子はそれだけでビビって漏らしてしまった。まあ軽くマジギレしてるから確かに怖い。

自分でもチビるかもしれない。

 

「あと、猫イジメとかそんなふざけた話をまた聞いたら、今度はもっとキツイお仕置きをしてやる」

 

 笑顔の後の真顔。そして素人目にも分かるほどの殺気と怒気を放ちながら、百代が最終警告を告げる。あれは間違いなくトラウマになる。

 

「は、はい! もうしません。僕は自分で足を滑らせたんです! ごめんなさいごめんなさい!」

 

 なんというか、百代の将来が心配である。

 

「な、なあ鉄。流石にあそこまでする必要はないだろ。お前なら姉さんを止められたんじゃないか?」

 

 直江が恐る恐る尋ねてきたので、笑顔で答えてやった。

 

「えっ。なんで?」

 

 何故かみんな固まった。

 

「おい弟、そいつ軽くキレてるから気をつけろ。私が落さなかったらコイツもっと酷い事になってたと思うぞ。というか普段の温厚なそいつならこうなる前に止めてる」

 

「心外だな。ただどんなやり方でイジメたか問いただして同じ目に遭わせてやるだけだ」

 

 弱い者イジメ、特にか弱く意思の疎通が取り難い動物や子供をイジメる奴は同じ目に遭うといい。つうか倍返しでもいいと思うんだ。

 

「普段温厚な奴ほど怖いって言うだろ」

 

 百代の物言いに何故か全員納得したように頷いて答えた。とても心外である。

 

 その後男の子は無事病院に搬送。自分達は偶々通りかかって、男の子を助けた扱いになった。

 

 そんな災難な男の子を他所に、俺達は取り戻した遊び場で一緒になって遊んだ。

 

「中々居心地がいい連中だ。これからは私も一緒に遊んでやる!」

 

「モモ先輩なら大歓迎だぜ!」

 

 といった感じでなし崩し的に百代は直江のグループ、風間ファミリーの仲間入りを果たした。

 

「おい。何自分は関係ありませんみたいな顔してんだ。お前も入るんだよ!」

 

「マジで? 自分だけ物理的にやけに場所が遠いんだけど。まあ楽しそうだからいいけどさ」

 

 そして百代の勧めもあって、自分も仲間入りした。

 それからは出来る限り川神に来て、みんなと遊ぶようになった。

 




次回ようやくもう一人のメインヒロインが登場します。
まあ原作やっている人ならもう想像できているでしょうが。



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【小雪との出会い】


ようやくメインヒロインの二人目登場。
そして後数話で幼少期編も終了です。



 風間ファミリーに出会ってから一ヶ月が経った。 

 

「タッチ!」

 

「あ」

 

「わーい! 次はユウが鬼だよー!」

 

 一子が嬉しそうに逃げる。やれやれぼーっとしていたようだ。

 

 因みにユウというのはファミリー内での自分のあだ名だ。

 優季だからユウ。うん。シンプルでいいあだ名だ。

 他のメンバーのあだ名は風間はキャップ、師岡はモロ、一子はワン子、百代はモモ先輩。

 直江と島津は名前で呼ばれている。

 

「さて、それじゃあガクトにロックオン!」

 

「俺かよ!」

 

 宣言どおりにガクトに猛ダッシュで迫る。

 もちろんガクトもマジ逃げではあるが、スピードはこちらの方が上なので、なんなくタッチする。

 

「くっそ~なんでユウはモロとかワン子を狙わないんだよ!」

 

「いや狙う事は狙うぞ。俺は均等に鬼になるように狙ってる」

 

 そうじゃなきゃみんなで楽しめないからな。

 

「キャップとモモ先輩はまだ鬼やってないじゃん!」

 

 ガクトが不公平だと喚いて余裕顔でこちらを眺めている二人を指差す。

 

「あいつら速すぎて捕まえられないんだよ。マジつまらない」

 

「ほう。誰に対しての物言いだ」

 

 百代が指を鳴らしながら少しだけこちらに近寄る。しかし決してこちらの射程範囲内に入って来ない辺りが、なんともいやらしい。

 

「お前ら二人だよ。遊びなんだから手加減しろ。逃げてるだけで楽しいか?」

 

 ダメ元で挑発する。

 

「「もちろん!」」

 

 しかし二人とも良い笑顔で断言するだけだった。ちくしょう。

 

「これだよ」

 

 呆れて溜息を吐く。

 

「スキあり!」

 

「あ」

 

 その隙にガクトにタッチされてしまい、ガクトはさっさと逃げる。

 

「へへーん。鬼ごっこで考え事するなんて馬鹿な奴!」

 

 流石にちょっとムカっと来た。

 とりあえずルールなのでその場で10秒数えてから、標的の方に振り返る。

 

「……さて、次は大和かな」

 

「お、俺かよ」

 

 心情的にガクトを狙うと思ったのだろう。射程内で笑っていた大和に詰め寄る。

 まあ正直ガクトを狙いたかったが、それはそれ、これはこれである。

 大和も何気に鬼の回数が少ないから狙える時には狙う。

 

「ほいタッチ」

 

「くっそ。ユウだって十分速いじゃないか」

 

「そして今度は逃げる!」

 

 そんな感じでみんなで遊んだ後は、それぞれ思い思いに行動する。

 

 ガクトは最近百代に力自慢的なポジションを奪われたため、たまに勝負を挑んでは負けて人間椅子にされている。

 そして座っている百代はご満悦な表情でお菓子を食べている。ドSですか貴女は?

 

 ワン子と大和は花の茎で引っ張り合いの遊びをしているし、キャップはなんか新しい勝利のポーズと言って、色々なポーズをとり、それにモロが合いの手を入れて笑っている。

 

 余った自分といえば、それを少し遠くから眺めながら日向ぼっこ中。

 

 平和だなぁ。

 

 寄り掛かっていた木に更に体重を預けながらそんな事を考えていると、不意に視線を感じてそちらへと振り返った。そこには木の陰からこちらを覗いている女の子がいた。

 

 誰だろう?

 

 そう思って立ち上がって近付くと、女の子もこちらに気付いたのか、逃げるような素振りを一瞬見せたが、女の子は何故か急に立ち止まった。

 

「大丈夫?」

 

 具合でも悪いのかと思って女の子に優しく声を掛ける。

 すると女の子は一度身体をビクっと震わせた後、おずおずと振り返った。

 

「な、なんで僕が見てるって分かったの? 今迄誰も気付かなかったのに……」

 

 女の子は服は薄汚れていて、髪もボサボサだった。可愛いのに勿体無い。

 

「ん~勘かな? それより今迄って事は、あいつらを見ていたのは今日が初めてじゃないんだな?」

 

「……うん」

 

 こちらの言葉に彼女は頷き、ゆっくりと近付いてきた。

 よくよく見れば女の子は少し痩せていて、それに身体も震えていた。

 

 もしかしてこの子、イジメか虐待でも受けているのか?

 彼女の格好と反応からそう予測した。しかしその予測を口にせずに、続きを尋ねた。

 

「じゃあ何か、あいつらに用があるんじゃないのか?」

 

 彼女が怯えないように、出来る限り優しく尋ねる。

 彼女はしばらく視線を彷徨わせた後、顔を上げた。

 

「ぼ、僕も一緒に遊びたい!」

 

 震える唇と手、そして縋る様な瞳が、自分の心を締め付ける。 

 きっと、精一杯勇気を振り絞って言ったに違いない。

 

「うん。いいよ」

 

「え?」

 

 微笑みながら、彼女の手を優しく握る。

 

「自分の名前は優季、君は?」

 

「ぼ、僕の名前は小雪!」

 

「小雪か。それじゃあ仲間に入れて貰えるように、一緒にお願いしてあげるよ」

 

「いいの!」

 

 小雪は初めて嬉しそうな笑顔を浮かべた。その笑顔は、とても可愛かった。

 

「ああ。ダメだなんて絶対に言わせないから安心しろ!」

 

「うん!」

 

 小雪に力強く頷いて約束し、お互いに手を繋いで一緒にみんなの所に向かった。

 

「おーいみんな!」

 

「ん……誰だその子?」

 

 大声でみんなを呼ぶと、最初にこちらに振り返った大和が、眉を顰めてそう尋ねて来た。

 う~んかなり警戒してるな。

 

「自分の友達の小雪だ。一緒に遊びたいみたいだから連れて来た」

 

「へぇー。優季、友達なんていたんだな」

 

 ガクトが意外そうに呟く。その点については放って置いて欲しい。

 

「小雪ちゃんっていうの? 私一子! よろしくね!」

 

 相手が女の子だと分かると、一子は嬉しそうに駆け寄って来た。

 

「おいおいリーダーに内緒でここに連れて来るとはどういう了見だ!」

 

 内緒にしていたという点を強調してキャップが面白く無さそうな顔をする。

 

「サプライズだ。次からは気を付ける。同い年の女の子が一人じゃ一子も可哀想だしな。嬉しいよな一子?」

 

「うん!」

 

 少々卑怯だが一子を早々に味方につける。

 実はこのファミリー、自分も含め一子にはなんだかんだ言って甘いのだ。

 利用してしまった一子には、今度お菓子でも奢ってあげよう。

 

「仕方ないなぁ。次からはちゃんと一声掛けろよ」

 

 と言っていつもの笑顔に戻るキャップ。終わった事は気にしない性格なのもキャップの長所の一つだ。

 

「おう。それじゃあ何して遊ぼうか? 小雪が決めていいぞ」

 

「いいの?」

 

「初めてみんなと遊ぶんだ。小雪の遊びたい遊びで構わない」

 

 百代がやって来てフォローしてくれた。もしかしたら何か感づいているのかもしれない。

 

「それじゃあダルマさんが転んだ!」

 

「じゃあ自分がダルマさんが転んだ言うから、みんな並べ~」

 

 率先して木に向かう。とりあえず彼女とみんなの仲を取り持つ事を優先する。

 

「行こう小雪ちゃん!」

 

「うん!」

 

 どうやら妹分が出来て一子が張り切っているようだ。これなら安心だろう。

 最近百代に弟子入りとかしてお姉さんってポジションに憧れているようだったからな。

 

「それじゃあ行くぞ~の前に、百代、キャップ、手加減しろよ」

 

「分かってるよ」

 

「おう!」

 

 二人に確認を取ってから、ゲームはスタートした。

 その後は影踏みにゴッコ遊び、花で冠を作って遊んだりした。

 そんな感じで楽しい時間を過ごしていると、あっという間に夕暮れだった。

 

「あ、僕そろそろ帰らないと」

 

「自分もだな。流石に夜道を走って帰るのは勘弁」

 

 小雪が名残惜しそうに原っぱを見詰めていた。

 

「なあキャップ、確かお前らって平日も集まれる時は集まってるんだろ?」

 

「おう。基本的に来たい奴は来て勝手に遊んだり昼寝したりしてるな」

 

「最近は姉さんとユウの噂が広まって、他のグループもちょっかい出さないから平和そのものだ」

 

 一体どんな噂が流れているんだろう。今後の学園生活に不安を覚えたが、まあいいかと考え直して、傍に立つ小雪の肩に優しく手を置いた。

 

「じゃあ小雪、自分は無理だけど、お前は平日も来れるなら来いよ」

 

「いいの?」

 

「もちろんだよ。私達もう友達なんだから」

 

「おう学校違うからユウと同じでゲスト枠だが、今日からお前もファミリーの一員だ!」

 

 このゲストと正規メンバーの違いが分からないが、まあ同じ学校や地区的な理由があるのだろう。子供の時はそういうのに拘るものだと父さんも母さんも言っていた。

 

「うん! 絶対遊びに来るね!」

 

 小雪は嬉そうな笑顔でみんなにそう言った後、こちらに振り返った。

 

「ユーキ本当にありがとう!」

 

「小雪が勇気を出したからだよ」

 

 少し涙目になった顔で、それでも嬉しそうに笑う小雪の頭を優しく撫でて彼女を褒める。

 

「帰り道、気をつけてな」

 

「うん!」

 

 元気に手を振って去っていく小雪に手を振り返し、自分も帰ろうと歩き出すと、何故か百代がついてきた。

 

「私も今日は修行があるからもう帰る」

 

 それだけ言うと、隣にいた自分の手を掴んで走り出した。

 

「お、おいおい、なんで走る必要があるんだよ!」

 

 抗議の声を上げるも、百代はそれを無視し、他のメンバーから大分遠ざかった所で手を放した。

 

「さて、どういうことか説明してくれるか?」

 

「ん? 何がだ?」

 

「お前、あの子と知り合ったの今日が初めてだろ?」

 

 流石百代、鋭い。

 

「百代は小雪を見てどう思った?」

 

「可愛いと思った。そしてイジメを受けているんじゃないかと思った」

 

「流石。自分もそう思ったから連れて来た。気付かなければ無視していたかもしれないが、気付いた以上は放っておけない」

 

 自分がゆっくりと歩き出すと、百代も横に並んだ。

 

「あの子には友達が必要だ。最悪みんなが拒否したら、自分がグループを抜けてたな」

 

「あいつらはそんな器の小さい奴らじゃない」

 

「ところがキャップは口を挟んで来たし、ガクトと大和は小雪の身形を見て、面白く無さそうな顔をした。モロはなんか自分に近いもの感じたのか多少は好意的だったが、結局主張はしなかった。特別な場所っていうのは思い入れも強い。いきなり他人が入って来たら拒絶するのも仕方が無い」

 

 だからもし拒絶されたら味方の居ない小雪の味方をしてやりたかった。

 

「……よく見てるんだな」

 

「友達の事だからな。何かあった時にすぐに察してやれるように気を配っているつもりだ」

 

「お前は私達の親かなんかか」

 

「手の掛かる子供が多いですわ」

 

 茶化して返したら軽く頭を小突かれた。

 

「まあいい。小雪も話していて楽しかったしな」

 

「んじゃ、自分がいない時はよろしくな。遊んでいる時はあまり目立たなかったけど、時々手が震えていたり、過剰にビクついたりしてたから、きっとまだまだ不安なんだ」

 

「ん。頼まれてやろう」

 

「……ありがとう百代」

 

 頼もしくて優しい幼馴染に感謝を述べながら、新しい妹分を支えて行く事を密かに心に誓った。

 




と言う訳で小雪ちゃんでした。
原作、特に無印だとかなり不憫な子です。
原作では京の対的な存在として書かれていますが、この作品では『百代』の対的存在として書いています。
理由は幼少期編が終わった後の『幼少期編の解説回』にでも書こうかと思います。



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【嵐の夜】

幼少期編のメインイベントです。



 あの日から、小雪は空き地によく、というかほぼ毎日来るようになったらしい。

 自分が来る休みの日なんかは、必ず自分の隣にいるのが当たり前となっていた。

 なんか妹が出来たみたいで嬉しかった。

 

 小雪は隠そうとしていたが怪我をして来たりする時もあったので、こっそり彼女の怪我の治療をしてあげたり、何かあった時に助けてあげられるように、家の近くまで送ってあげたりもするようになった。

 

 そんな風に付き合っていたら……。

 

「ユーキ大好き!」

 

 なんて感じで今迄以上にべったりになってしまった。

 そして小雪のべったりに比例して、この頃から百代の稽古の厳しさが増した上に、よく小突かれるようになった。何故だ?

 

 そんな日々が続き、今日も小雪と手を繋いで一緒に夕暮れの街を歩いて彼女の家へと向かう。

 

「リュウゼツラン楽しみだね!」

 

「ああそうだな。二日後には咲くって話しだし、楽しみだ」

 

 ここしばらくファミリーの話題は空き地に生えた竜舌蘭(りゅうぜつらん)の事でもちきりだった。

 

 竜舌蘭は五十年に一度しか咲かない稀有な花らしい。

 なんか最近ニヒルな中二を患った大和が色々詳しく語ってくれたが、覚えていない。 

 その後も二人で色々と話し合い、小雪の家の近所で彼女と別れ、改めて家に帰った。

 

 

 

 

「優季もそろそろ『気』について勉強してみるか?」

 

「あのなんでも出来る『気』ですか?」

 

 竜舌蘭の開花を翌日に控えたその日の稽古で父さんがそう口にした。

 

 気と言うものの存在は随分前から知っていて興味はあった。

 

 以前顔の怪我を治す時に、鉄心さんに少しだけ話も聞いたし、上機嫌な鉄心さんが気を使って神様を模して具現させたり、火を出したり、符を人の様に動かしたりしてみせてくれた。まさに魔法と言ってもいい万能エネルギーである。

 

「はは、何でも出来るようになるのは一部の才能の有る者だけさ。普通はよくて自分自身の身体に纏って身体の強度を上げたり、それを応用して自分の武器にも気を纏わせたりくらいが限界さ。父さんも自分の肉体保護と掌から気の衝撃波を放つのが限界だ」

 

 そう言って父さんは掌を一枚の木の板に触れる。

 

「ハッ!」

 

 次の瞬間木の板が砕ける。

 

 す、すげー!?

 

 なんか本当に漫画みたいな能力なんだな、気って。

 ……あれ? もしかして前世の記憶のあれと使い方的には一緒なんじゃないか?

 

「ふう。気の操作は天性の才に左右される。始めは自分の体に流れる気を感じ取って――」

 

「…………あ、できた」

 

「なんとおぉ?!」

 

 自分の掌に出来た光る球体を眺める。

 

 うん。やっぱり『霊子(りょうし)』と同じ様な使い方で使える。

 

 無機物・有機物問わず、あらゆる存在には魂がある。

 その魂をデータとして形にした情報体の事を、生前いた世界では霊子と呼んでいた。

 

 そんな霊子を利用して電子虚構世界や霊子虚構世界に魂を霊子化してダイブし、ハッキングを行う者達を、自分のいた世界では『魔術師(ウィザード)』と呼んでいた。

 

 彼らは先天的に持って生まれた『魔術回路(サーキット)』を使う事で虚構世界に自身の魂ごと介入することができる。

 そしてその世界の情報を思いのままに書き換えたり、その世界から欲しい情報を盗んだりしていた。

 

 勿論魂ごとダイブしているのだからデータでしかない電子虚構世界なら兎も角、魂のデータで造られた霊子虚構世界で死ねば、現実に死ぬ事も普通にある。

 俺が前世で魔術師として戦っていた世界はそんな霊子虚構世界だった。

 

 知識として覚えている。

 

 データを気というエネルギーに置き換えてイメージする。

 自分の体の中から気を引き出して、掌にそれを集めて、球体として出現させるイメージ。

 イメージを繰り返していると、いつの間にか掌が温かくなり、気付けば光る球体が浮んでいた。

 

「優季は気の操作の才能があるのかもしれん。しかし私は気の操作は苦手な方だしな……仕方ない。とりあえず私が知る気に関する事を教えつつ、その間にお前の才能を伸ばせる方法を模索するとしよう」

 

「はい。よろしくお願いします!」

 

 良かった。自分にもまだ、お前を追いかけられる可能性は残っていたみたいだぞ、百代。

 最近めっきり戦いに関する地力と技術で百代に置いていかれていた自分にとっては、嬉しい発見だった。

 

 翌日、天気予報で超大型の台風が明日にも直撃すると流れていた。

 しかし午前中は空は晴れていて雲の流れが速い程度だったので普通に学校の授業は行われた。

 

 天気が本格的に崩れて来たのは夕方過ぎくらいからだった。

 雨よりも風が強く。色々な物が吹き飛ばされていた。

 

「危ないから今日は外に出ちゃダメよ」

 

 母さんの忠告に頷き、俺は部屋で気の操作の修行をしていた。

 竜舌蘭の事が気になっていまいち集中できなかった。

 そんな時、キャップから電話があった。

 

「リュウゼツランを守りに行くからユウも来てくれ!」

 

「来てくれって、おい! 今外はマジで危険なんだぞ!」

 

「けどこのままだとあの花が吹き飛ばされちまうよ!」

 

 キャップの声色から、こちらが何を言っても一人で行ってしまいそうだと判断し、なんとか冷静にと自分を落ち着けつつ、キャップに質問した。

 

「……他に誰に連絡したんだ?」

 

「大和に連絡したら、とりあえず先ずはモモ先輩とお前に連絡しろって言われたからまだ誰も誘ってないぜ。ガクトとモロは自分達からウチに着たけど」

 

 という事は小雪と一子は平気か……いや、ガクトとモロが勝手に動いたんだから、まずは二人が家に居るか確認するのが先か。

 

「分かった。大和に一子が家にいて、竜舌蘭を心配していたらもう手は打っておいたって言って安心させて家から出ないように注意してあげてくれ。小雪の方は俺が確認しに行く。その後で空き地で合流しよう」

 

「分かった! ありがとうなユウ!」

 

 キャップの電話を切って母さんに正直に友達がこの嵐の中外に出ているらしい事を告げて、外出の許可を許して欲しいと頼み込む。。

 

「お願いします母さん。友達が危ないかもしれないんです」

 

「……はぁ、分かったわ。けど、必ず無事に帰ってくるのよ」

 

「はい!」

 

 困った笑顔を浮かべた母さんに、しっかりと頷いて答え、動きやすい服で家を飛び出した。

 

 こ、これはキビシイ!

 

 外に出た途端に感じた強風に、思わず顔を顰める。

 

 しかし行くしかない!

 

 雨は既に止んでいたが暴風が凄まじく、道に出ると彼方此方から物が飛んで来た。

 それら全てを気を纏う事で強度を増した身体を使って、辛うじて弾き飛ばしたり、防いだりして進んで行く。

 

 くっそ。見えているのに体がついていかない!

 動体視力の良さに体が追いつかない苛立ちを覚えながら、俺は小雪の家目指して突き進む。

 

 

 

 いつもの倍近い時間をかけて小雪の家の近くまで来たその時、電柱に捕まって蹲っている誰かを視界に捕らえた。

 

「え?」

 

 心配になってよく目を凝らして見てみれば、その人物は自分のよく知る少女だった。

 

「っ、小雪! どうした小雪!」

 

「うう、ユーキ……」

 

 蹲っていたのはやはり小雪だった。

 小雪の身体に触れると、彼女の身体は完全に冷え切っていた。しかも彼女は裸足だった。

 

 竜舌蘭を見に行こうとしたんじゃないのか!?

 

 まるで着の身着のまま何かから急いで逃げて来たみたいな彼女の格好に戸惑いつつも、このままではまずいと思って彼女を背負う。

 

 急いで病院に連れて行かないと。確か近くに大きな病院があった。あそこに連れて行こう。

 

 自分の記憶を頼りに彼女を背負って嵐の中を進む。

 

 民家に助けを求めようかとも思ったが、もしも小雪の家の人が来て、小雪に酷い事をしたらと思うと、助けを求められなかった。

 

 小雪が家で何かあったのは間違いないし、虐待されているのは知っていたからな。

 知っていながら何もしなかった。何も出来なかった自分に腹が立った。

 

「あっつぅっ!?」

 

 飛んできたガラス片で額を切った。

 手は小雪を背負っていて使えない。脚も踏ん張る力を緩めたらすぐに仰向けに倒れてしまうため使えない。

 そのため飛んでくる物は容赦なく無防備に晒された顔を、身体を傷つけて行く。

 

 小さな木板が頭や身体を強打し、ガラス片が肌を切り裂き、時には大人の拳位はありそうな石すら飛んで来た。

 

 いくら気を纏えると言っても、習ってまだ一日だ。父さんの様にしっかりと安定して纏う事は出来ない。

 

 しかし、それでも自分はただ前に向かって進んだ。障害物を避けようと無理な動きをすれば、小雪に負担がかかる可能性があったからだ。

 

 そして自分は今の状況に感謝していた。

 

 自分に対して向かい風で良かった。少なくとも、背中の小雪が怪我をすることはない。

 確かに痛くて辛い。でも、大切な人が傷付くよりは何倍もましだった。

 

「ユーキ?」

 

「ん、目が覚めたのか? すぐに病院に連れて行ってやるからな」

 

「ユーキ、え? あ、そうか僕……」

 

 そこで小雪は言葉を飲み込んでしまい、首元から前に出していた手に力を込めてより強く自分に抱きついてきた。

 

「……小雪、別に何があったのかは聞かない。でも大丈夫。自分はお前の味方だから。もう大丈夫」

 

「うん……うん」

 

 小雪は涙ぐんだ声色で何度も頷いた。その後も、小雪は小さく喉を鳴らしていた。

 そんな彼女を安心させるために、何度も何度も大丈夫だと語りかけ続けた。

 

 

 

 

「おっ。ようやく見えたぞ」

 

 小雪が目覚めてしばらくして、目的の病院を見つける。 

 

 片目の視界が血のせいで赤く見え、身体の方は先程まで痛みを感じていたのに、今は感覚が殆どない感じだった。

 

 しかしようやく辿り着いた。もう一踏ん張りだ。

 

 入口にはガードマンのおじさんが合羽を着て手に誘導棒を持っているのが見えたのでそちらに向かうと、逆におじさんの方が血相を変えてこちらに走り寄ってきた。

 

「君達こんな日に一体何を、いやそれより酷い怪我じゃないか!!」

 

「すいません。この子をお願いします。お願いです。この子をお願いします」

 

 小雪を背負ったまま、首だけを動かして頭を下げる。

 

「子供がそんな事をしなくていい! 急いで病院内に入りなさい!!」

 

 おじさんはまだ力の入らない小雪を抱き抱えて病院の入口の鍵を開ける。

 

「すいません急患です!!」

 

 大声でおじさんが叫ぶと、看護士さんと医者、それとスーツを来た人がやって来た。

 

「酷い怪我! 急いで処置しないと!」

 

「自分より先にその子を……」

 

「確かにこの子の衰弱具合も酷いな。私がこの子を診る。君達はこの子の手当てと別の先生を呼んでくれ!」

 

「分かりました。さ、行きましょう」

 

「ユーキ……」

 

「大丈夫。この人達は良い人だから。安心しろ」

 

「……うん」

 

 安心させるために小雪の頭を数回撫でると、小雪は笑ったままゆっくりと目を閉じた。

 

「お願いします」

 

「ああ。君も早く治療するんだ!」

 

 小雪は医者に連れられて行き、自分は看護士さんに連れられて別々の病室に移された。

 医者が来るまでの間にベッドに横になって応急処置を施される。

 

 なんか安心したら頭が痛くなってきたな。

 

 ぼうっとする意識の中、入口で見かけたスーツの女性がやってきた。

 榊原さんと名乗った女性は『苦しい時にごめんなさい』と前置きしてから家の連絡先を教えて欲しいとお願いされた。

 

 なんとか頭痛に堪えて自分の家の連絡先を教え、小雪の事情も一緒に説明した。

 

「分かったわ。君の家には連絡を入れておくから安心して。女の子の方は様子を見ましょう。あなたも頑張って」

 

 スーツの女性は俺の頭を優しく撫でた後、退室して言った。

 俺はその女性の優しくも凛々しい微笑みに安堵した瞬間……意識を失った。

 




と言う訳で幼少期編のラストイベントです。
小雪がなんで出歩いていたのかは原作をやっていれば分かると思います。
本編でもちゃんと語るつもりなので、原作を知らない人も安心してください。



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【終わりと始まり (前編)】

幼少期編ラスト。
どっちを前編にするか迷ったのですが、やっぱりこっちと言う事で主人公視点の方を前編にしました。
後編は客観的にこの時主人公に何があったのかのお話しです。
ですのでセットで見て下さると嬉しいです。



 ああ、なんか物凄く懐かしい感じがする。

 

 水中にいる様な感覚が身体に走る。

 辺りは真っ暗でどこまでも身体が沈んで行く。

 

 しかし不安は無い。何故なら自分はこの感覚を知っているから。

 

 自分は今、『死』に向かっている。

 前世の知識が、覚えていない記憶の欠片が、そう告げている。

 

 このままでは死ぬ。だからなんとかしないと。

 

 どうやって?

 

 何時だって自分の死の間際に助けてくれたのは『英雄達』だった。

 しかし彼らはここにはいない。

 

 だから諦めるしかない。

 そもそも意識しか存在しないのだから足掻き様が無い。

 

 待て。ならなんで、自分はここが暗いと認識できる?

 

 だって目蓋を閉じているから。

 

 なら目はあるんだな?

 

 ……ある……『目』は、在る。

 いや、そもそも自分は……『水中にいる様な感覚が身体に走る』と言っていたじゃないか。

 

 自分の肉体が存在していると自覚した瞬間、目蓋が開く。

 

 暗かった視界が一気に広がり、見覚えのある『虚数の海』が辺り一面に広がっていた。

 

 海面目指して必死に腕を、足を動かす。

 

 ここで死ぬ訳には行かない。

 だって、もしここで死んだら、家族を、小雪を、百代を、ファミリーの仲間を傷つけてしまうじゃないか!!

 

 思い出せないが、かつて自分は一人の女の子に助けられた。

 しかし女の子はそのせいで……消えてしまった。

 

 思い出せないが、かつて自分は二人の戦友に助けて貰っていた。

 けれど、その戦友との約束を、自分は叶える事が出来なかった。

 

 思い出せないが、かつて自分はライバルであり、同時に友であった者達によって支えられていた。

 けれど、その友人達は自分を活かすために死んでいった。

 

 辛かった。悲しかった。何より弱くて何も出来ない自分自身が許せなかった。

 

 あんな思いを、みんなにさせるのか?

 

 それだけは許さない!!

 

 故に足掻く。しかし、そんな自分の意思と行動に反して、海面はどんどん遠ざかる。

 

 身体から熱が奪われていく。

 しかし、右手だけは……とても温かい熱に包まれていた。

 熱が足りない。熱を起こせ。その方法を考えろ。

 

 瞬間、脳裏に過ぎったのは父さんに聞かされた『気』による属性変化。

 身体を動かすのを止めて自身の内側に集中する。

 

 ある。気はまだ感じ取れる!

 しかしそれをどのようにすれば属性変化させられるのかを、自分はまだ知らない……だが。

 

 自力で起こす手段が思いつかないなら……借りろ!!

 

 心の奥底、意識の底の底、生死の際、そんな極地にてようやく、自分、鉄優季はかつての自分、岸波白野の記憶の欠片を拾い上げる事に成功する。

 

 その記憶は本来ならムーンセルによって消えるはずだったもの。

 しかし想いの強さによって無意識に、岸波白野が施した霊子魔術によって永遠に消えることのないよう刻み困れた『岸波白野の絆』。

 

 その欠片を完全に掌握した時、今まで感覚としてしか思い出せなかった『記憶』が鮮明に呼び起こされる。

 

 パートナーであった四人の英雄の名を。

 

 自分を支えてくれた二人の名を。

 

 自分が殺め、そして自分を守ってくれた友人達の名を。

 

 そして、自分に恋してくれた儚い少女達の名を。

 

 ここに至り、ようやく岸波白野という魂は完全な覚醒を果たした。

 

 熱と言えば彼女以外ありえない!!

 

 それは誰よりも民に情愛を注いだ焔の様に生きた赤い皇帝の具現。

 出来るはずだ。だって、誰よりも自分は……彼女を見続けて来たんだから!!

 

 生きたいという渇望、生き残るという切望、そして確かに感じる自分を支える右手の熱を触媒にして、自分の左手に気を集中させる。

 

 具現しろ。それは元々、燃え上がらせる道具が原点!

 

 原初の火(アェストゥス・エウトゥス)!

 

 途端、燃える様な艶やかな紅い刀身の大剣が、炎を迸らせて左手の前に現れる。

 

 大剣の柄をその手でしっかりと握り締める。瞬間、文字通り身体が燃える。

 肉体が焼けて激痛が走る。熱で血管が沸騰して内側で破裂しそうだった。

 しかし気にしている暇も考えている暇も無い。

 

 重さの感じない剣を振り被って海面を睨む。

 

 それは彼女が自分の情熱を表すために作った技。

 前世の記憶では気恥ずかしくもあり嬉しくもあったあの技を、借りるよ……セイバー!

 

 星馳せる終幕の薔薇(ファクス・カエレスティス)……!!

 

 今の自分の『想い』を『焔』に変えて剣を振るう。

 焔はそのまま剣線をなぞる様に走り、水を燃やしつくし……辺りから虚数の海を打ち払った。

 

 身体が宙に放り出される。途端その身を焼いていた炎は消え、身体の痛みと熱が引いて行く。しかし、身体にはまだ確かに熱が宿っている先程まで感じていた冷たさは感じない。

 

 一度目蓋を閉じる。そしてゆっくりと目蓋を開いて尚も温かい右手へと視線を向ける。

 

 その先に、二人の少女がいた。

 

 そうか。自分を必至に引き止めていてくれたのは……二人だったんだな。

 笑みを浮かべる。二人は安心したように笑うと、ゆくりとその手を放して消える。

 そして自分の身体もまた、光の粒子となって消えていく。しかし消える身体の行方に不安を感じる事無く、ゆっくりと目蓋を閉じた。

 

 

 

 

 ゆっくりと目蓋を開けると、白い天井が視界に入り込んだ。

 

「…………生きているのか?」

 

 声に出して自分自身に問いかけつつ、その手を心臓に持っていく。

 

 うん。生きてる。

 

 心臓の鼓動に安堵の溜息を吐きつつ、ゆっくりと身体を起こす。

 

 病室か?

 

 清潔感のある無駄の無い装飾の部屋を見回してそう判断した。

 体には機器から伸びるコードが取り付けられ、腕には点滴が付いていた。

 

 あれ?

 

 その時、少しだけ違和感を覚えた。

 

 自分の腕って、こんなだっけ?

 

 痩せ細った青白い腕を見る。

 なんだか身体が凄くだるい。一体どれくらい眠っていたんだ?

 とりあえず誰かを呼ぼうとナースコールを探していると、扉が開いた。

 

「「っ!!」」

 

「あ、母さんに父さん……」

 

 扉の前にいたのは愛する両親だった。

 記憶の中にいる二人よりも髪の長さや顔の皺に違いがある気がした。

 

 二人はしばらくその場で息を飲んだように硬直していたが、母さんは次第に目に涙を浮かべ、父さんは嬉しそうに笑った。

 

「ああ優季! 目が覚めたのね!」

 

「先生を呼んでくる!」

 

 母さんが駆け寄って来て俺を抱きしめる。

 父さんは医者を呼びに言ったのか慌てて部屋から出て行ってしまった。

 

「母さん、あれから何日くらい経ったの? 身体が凄くだるいんだけど……」

 

 もしかしたら一週間近く眠っていたのだろうか?

 そう考えれば腕の件や身体のだるさも多少は納得できるんだが。

 

「……いい優季、落ち着いて聞いて」

 

 母さんは涙を拭いながら真剣な眼差しで自分を見詰めた。

 

「あなたはあの嵐の日から……一年以上も眠っていたのよ」

 

「……え?」

 

「あなたは今年の年が明けたら、中学生になるのよ」

 

「……それは流石に予想外でした」

 

 今の自分の心境を表す言葉があるとすれば、一言だけだ。

 

 まぁじでぇ?

 




はい。と言うわけで次回から中学編……ではなくてゲームの本編である川神学園からとなります。
まさか八話も使うなんて思わなかった。京編まで入れていたら過去編だけで大変な事になっていた。
本編前に質問がありましたら感想なりメッセージなりで送って下さい。
基本ネタバレとか無い作品なんで本編で語ること以外は答えます。



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【終わりと始まり (後編)】

幼少期編のラストです。
と言う訳で後編です。前編はこの時の主人公の視点となっています。
一応どちらから読んでも内容は理解できるようには書いたつもりです。



 優季の病室には重苦しい空気が流れていた。

 

「なんとかならないのかよじじい!」

 

 百代が祖父である鉄心に睨みながら怒鳴る。

 

「流石のわしにも死に向かう者を呼び戻す技は知らぬでな」

 

 それでもと自身の気力を送って肉体の自然治癒を高めてみたりしたが、効果はいまひとつであり、優季の血圧はどんどん下がって行くばかりだ。

 

 あの嵐の日、優季の身体は重傷でもかなり重い部類の怪我を負っていた。

 服の下には浅黒く染まった内出血の後が複数在り、雨のせいだと思われていた体の冷たさは、本人の出血と体温低下によるものだった。

 頭の傷も思いの他深く、雨のせいで外に出ていた血が流れていただけで、血自体は止め処なく流れ続けていた。

 

 すぐに手術が行われ、肉体的な治療は施された。

 しかし翌日、優季は意識の無いまま高熱を発症し、苦しそうに荒い呼吸を繰り返し続けた。

 

 その為優季は入院してからは家族以外は面会謝絶の状態になった。

 

 そして手術から三日目、今では血圧は下がり、呼吸は無呼吸症状を起こし始めた。

 もはや誰が見ても危険な状態だった。

 

 最後の頼みの綱と、優季の両親は鉄心を呼んで気孔による治療術を施して貰ったが、結果はごらんの有様だった。

 

 最後の時になるかもしれない。だからこそ、鉄心は百代を連れてきたし、榊原も別の病室で治療を受けている小雪を連れて来た。

 

 そして誰もが悲痛な思いを抱く中、あの嵐の日を知る榊原だけは優季に対して悲しみと同時に尊敬の念を、そして自分自身への無力感を抱いていた。

 

 普通ならあの日の段階でまともに動く事すら出来ない程の怪我だった。

 それを人一人抱え続け、あそこまで意識をはっきりと保てていただけでも奇跡だ。

 

 榊原は優季の傍にすがり付くこの病院のもう一人の患者に視線を移す。

 

「ユーキ! ユーキ!」

 

 小雪が泣きながら動かぬ優季に縋りつく。

 

 優季君。君はこの子の事をそんなになるまで守っていたんだな。

 

 榊原は二人が入院する葵紋病院の経理及び管理関係の全てを任されていた。

 そんな彼女は直接患者を治療できない代わりに、患者の為の病院作りを心掛けていた。

 故に悔しかった。川神一の病院という評判に恥じぬ機材、人材がいても、子供一人助けられないと言う事実が。

 

「なんとか、ならないのでしょうか?」

 

 そんな彼女の傍に佇む医者に、優季の両親は詰め寄る。

 

「血圧も上がらず。心拍も弱くなっています。医学的にも施せる処置は施しました。後は彼自身の気力に任せるしか……」

 

「そんな……」

 

 できる事なら目の前の医者に掴みかかりたかったが、そんな事をしても意味はないと優季の父である鉄信城(くろがねしんじょう)は己を自制し、ベッドで横になる息子に声を掛ける。

 

「優季諦めるな! お前はあの雨の中でも諦めなかった。だから諦めるな!!」

 

 降りしきる雨の中でも生きようとしていた赤ん坊の息子の姿を思い浮かべて、信城は冷え切った優季の頬に触れる。

 

「僕のせいだ。僕が……」

 

 涙を浮かべて小雪が縋るように優季の手を握る。

 

「ユキのせいなもんか! 優季起きろ! お前、私との約束を破るのか!」

 

 百代も小雪の手の上から掴む。

 

 その時、初めて優季が目蓋を開いた。

 

「……ここ……死ぬ訳に……」

 

「ユーキ!?」

 

「優季!?」

 

「意識が戻ったのか優季!?」

 

 喋り始めた優季に、全員が顔を除きこむ。

 

 いや、違う。

 

 そう判断したのは武道に身を置いていた鉄心と信城だった。

 

 優季の目は虚ろだ。私達が見えているとは思えない。

 

 それでも、優季は口を動かす。

 

「ここで死んだら……みんなを……傷付け……」

 

「っ!!」

 

 優季の両親は息子の思いに息を飲む。

 

 優季、お前は自身の死の間際でさへ、他人のことを思っているのか……。

 

「どうして、どうしてこんな優しい子が……」

 

 今にも崩れ落ちそうな妻を支えて信城が息子を見る。

 

 今、息子は俺達の為に懸命に生きようとしている。なら……。

 

「小雪ちゃん、百代ちゃん、頼む。息子に声を掛け続けてくれ」

 

「う、うん!」

 

「頑張れ優季! 私が付いてる!」

 

 二人は懸命に優季に呼びかけ続けた。

 

「熱が……足りない……熱を……起こせ……」

 

「熱、おいじじい、熱を起こすにはどうすればいい!!」

 

「うむ。もう一度わしが気を送って体温を上げてみるか」

 

 鉄心が優季の身体に近付こうとした瞬間、優季が虚空に向かって左手を伸ばす。

 

「出来る……だって……見続けて……来た……」

 

 次の瞬間、誰もが言葉を飲んだ。

 

「アェストゥス・エウトゥス……」

 

 優季の左手に力が収束して……紅蓮の大剣が出現する。

 

「なっ!?」

 

「なんじゃこれは」

 

 信城と鉄心は艶やかな紅い刀身から熱を感じた。 

 そして鉄心がその物体の正体に気付く。

 

「これは気じゃ。あの剣は優季が自身の気によって生み出した物じゃ」

 

「気の具現化なんて、優季、お前にはそこまでの才が……だが、どうしてあんな物をこの状況で?」

 

 困惑している周りを他所に、優季はその剣を掴む。

 すると艶やかな紅い刀身の光が優季の身体に吸収され、優季の身体の血色が一気に良くなる。

 

「あっつ!?」

 

「熱い!」

 

 手を握っていた二人がその手から感じる高熱に顔を歪ませるが、二人は決して手は放さなかった。

 

 次に優季に取り付けられた計器の数値が一気に上昇する。更に優季の皮膚もまたどんどん赤みを増して行った。

 

「せ、先生、まずいです! 血圧や心拍は上がっていますがこのままだと逆に熱で血管や脳に異常をきたします!」

 

「かと言ってわしが無理矢理止めれば先程の状態に戻ってしまうかもしれん」

 

 一難去ってまた一難と言いたげに訪れた優季の命の危機。しかし、それを解決したのは他ならぬ本人だった。

 

「……ファクス・カエレスティス……」

 

 剣から激しい『炎』が迸った。まるで優季が取り込んだ余分な熱を放出するように。

 

 咄嗟の事に全員の行動が遅れ、全員がその炎に包まれた。

 

「ぬ?」

 

 しかし誰もその炎に焼かれる事は無かった。

 

「身体が、熱い」

 

「うん。ポカポカする」

 

 百代と小雪がお互いの顔を見合うと、その手に強い力を感じて慌てて優季の方へと振り返る。

 

「ユーキ!?」

 

「優季!?」

 

 優季は見えているのか見えていないのか分からない瞳で、一度だけ二人に笑い掛けると、そのまま気絶してしまった。

 

「先生、息子の容態を!!」

 

「え、ええ!」

 

 信城に促されて医者が慌てて優季の身体に触れる。

 脈を測り、心音を調べ、呼吸のリズムを確認する。

 機器を確認していた看護士も数値が下がって行き、数値が安定したのを確認してから、医師に頷いて見せた。

 

「……熱は高いですが、脈拍も心音も力強い。呼吸も安定している。ちゃんと調べてみないとなんとも言えませんが、少なくとも峠は越えたとみていいでしょう」

 

 全員が安堵の溜息を漏らした。

 

 その後、百代と小雪は安心したのか眠ってしまった為、病院側の好意で優季の母親が百代を連れて空いている仮眠室に、榊原も小雪を背負って彼女の病室へと移動する。

 

 病室に残った信城と鉄心は、先程の優季の力について考えていた。

 

「先程の力、どう見ますか鉄心殿」

 

「うむ。あの剣が気による具現なのは間違いない。あの炎も気の属性変化なのは間違いないが……対象を燃やさずに気力のみを燃え上がらせるとは、まさしく『焔』。いやはやこの年になって初めてのことに出くわすとは、長生きはするもんじゃのう」

 

 鉄心は楽しそうに笑うが、信城は不安を覚えていた。

 

 今回はこの力が息子を助けたが、もしあの焔が人を焼く『炎』だったなら、我々は間違いなく大怪我を負っていた。もしその姿を助かった息子が見たら……。

 

 信城はこの時、ある決意を決めた。

 

 あの力を正しく使うためにも、優季は『気』の扱いに長けた者が多い世界で生きた方が良い。幸い先方は自分の事を気に入ってくれている。多少なら条件を飲んでくれるはずだ。

 

 そして優季が助かった翌日、信城はある大財閥に連絡を入れた。

 




幼少期編も終わったのでようやくゲーム本編と同じ『川神学園』編に取り掛かれます。
……登場キャラが凄い増えるから、今から不安です。しかもS基準なんだこの作品。死ねるね!



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【解説回1】

解説や設定の説明って、こういう感じで良いんですかね?
まあ、おまけ回みたいな物なので読まなくても本編への影響は無いです。



 幼少期編の解説です。

 幼少期編キャラの解説とその後の影響……みたいなものです。

 

【鉄優季】

 

 幼年期では力が色々足りないけど頑張っている男の子という感じです。

 自分の前世の性別が曖昧なせいで、男である事に拘っていた時期でもあります。

 百代と訓練していたので同年代よりは少し上のレベルの強さでした。

 基本彼の介入で後々に影響があったのは百代と小雪くらいです。

 

 今後の本編では明確に記憶が覚醒した為に、性別に関して執着する事はなくなり、純粋に生きる事を楽しんでいくことになります。

 

 主な戦術は気による身体強化を基本に『拳法』『武器の具現』『符術』の三つを使います。

 符術は利便性が高いので、本編での使用は多くなるかな~と、思います。

 キャス狐が居たら『ワシが育てた!』と、嬉々としたでしょう。

 

【川神百代】

 

 原作では親しい仲で最初に男と認めた相手はキャップでしたが、この作品では主人公となっています。しかも自分に怯えずに例え弱くても挑み続けた友人なので、かなり好印象でした。

 その為本編での大和に対する想いは完全に『弟』に寄っています。

 それ以外は基本原作どおりとなっています。

 

【榊原小雪】

 

 Sでは事件が起きる前に救済されましたが、この作品では事件は起きています。

 けれど主人公の介入で助かっているため、Sの小雪ルートの小雪となっています。

 ただし、強さのレベルはある理由から原作よりも上の設定になっていますし、若干主人公に依存しています。

 

【榊原さん】

 

 本編で小雪を引き取る方です。

 個人的に榊原さんはある人物の『表の右腕』という解釈をしています。

 その為人格的にとても良く出来た人物としてこの作品では登場しています。

 

【風間ファミリーの面々】

 

 変わりありません。

 京加入前に小雪がファミリーからいなくなっているくらいです。

 

【鉄夫妻】

 

 実は当初の予定では父親は仕事先で死ぬ予定でした。

 しかし、オリキャラなうえ、まじこいの作品の雰囲気的にも死人は出したくないので、変更して今の形に落ち着きました。そしてキャラの多い本編では完全に登場の機会は失われたと言って良いでしょう。

 

 

 それでは次は幾つか疑問になっていそうな箇所の回答をしていきます。

 

 Q:そもそもなんで幼少期から?

 

 A:まあ言ってしまえば百代と小雪のフラグ回収と、主人公が本編で使用する能力の切っ掛けの回です。

 

 Q:なんで拾われた先が鉄家?

 

 A:当初立てていたストーリー的には乙女さん(つよきすキャラ)のいる家に預けられる予定だったので、その名残です。

 

 Q:主人公がいるのに百代はなんで大和を舎弟にしたの?

 

 A:主人公へのあてつけと、大和が自分をなめていそうな空気を感じ取ったため。と言うのが建前で、ぶっちゃけ私が『モモ先輩』と呼ぶ大和を想像できなかっただけです。

 

 Q:京の話までやらなかった理由は? 京はどうなったの?

 

 A:彼女は大和一筋だからこそ活きるキャラだと思ったので、原作どおり大和に救って貰いました。

 

 Q:小雪が嵐の中出歩いていた理由は?

 

 A:本編で語りますが、原作をやっている方はある程度想像できると思います。

 

 Q:一年も鍛錬せずに寝たきり、もしかして主人公弱体化ですか?

 

 A:はい。動体視力以外の身体能力が弱体化しました。

   しかし代わりに気の扱いを学ぶ環境を得ました。

   本編では『気』を使って戦うのが主体となります。

 

 Q:次回は中学編ですか?

 

 A:次回からはゲーム本編の時系列になります。予定としては『まじこいS』のスタート少し前です。

 

 Q:サーヴァント出ないの?

 

 A:この作品は『岸波白野が別作品の世界に転生して介入したらどうなるのか』がメインテーマですので、登場や見せ場に関しては転生した先の作品キャラを優遇、優先します。

   その為サーヴァント達の登場優先度は低いです。と、言うか最近気付いたのですが、あのメンツが全員出てきたら色々話しが終わる事に気が付きました。(キャラの濃さ的な意味で)

   男主人公だったら間違いなく去勢された後に血を抜かれて灰にされるに違いない!!

 

      

 最後にこの作品での『気の能力』の解説を大まかにですが載せておきます。

 見なくても問題ないと思いますが、一応ね。

『だいたいこんなもん』程度に理解していただければ幸いです。

 

 

【気の能力紹介】(※あくまで本編を考察して独自に解釈したものです)

 

【強化系】

 

 自身の肉体又は武具を気で覆う事で、その武具の強度や肉体の身体能力を底上げします。

 自然治癒の強化も可能です。しかしちゃんと怪我の具合にあった気の操作を行わないと、消費も膨大になります。

 上級者なら肉体の限界を超えての強化も可能です。勿論、それ相応の代償を払います。

 

【変化系】

 

 気を熱気、冷気、空気、電気等の属性に変化させて使用する能力です。

(例:熱気で火を、冷気で吹雪を、空気で暴風を、電気で雷撃を起こしたりできます)

 武器に付加させる事も可能です。

 上級者なら複合使用・複数同時使用、精神への作用も可能。

 

【具現化系】

 

 使用者の思念を気に込めて実体として具現させる能力です。

 武器だったり巨大な神仏だったりと色々あります。

 上級者なら具現した物に属性を付加させることも可能。

 

【放出系】

 

 気を体から放出する技です。

 手から打ち出したり、気配探知に使うのが基本です。

 人によっては星を打ち抜けたりします(公式です。怖いです)

 上級者は具現と合わせる事で『結界術』や『式の使役』として使用する事も出来ます。

 

 ぶっちゃけハンターハンターの念と気孔を合わせたような感じですね。

 多分一番近い設定は印を結ばないナルトのチャクラかもしれない。

 




はい如何でしたでしょうか?
次回からがようやく本番です。頑張って行きます。



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【新しい友人と成長した力】

ようやくゲーム本編の流れに合流です。
とは言ってもその少し前ですが、そして驚くがいい、主人公の建築技術に!!



干将(かんしょう)莫耶(ばくや)!」

 

 その手に気によって白と黒の双剣を具現する。

 流石に相手を斬る訳にも行かないので、再現する武器は基本的には刃の無いタイプだ。 まあ人以外ならちゃんと刃のあるタイプで具現させて斬るけどね。

 

「行くぞお兄ちゃん!」

 

 高速の剣戟が迫る。

 

「ちょっ、はや、速いって!」

 

 目では追えても身体は付いて行かないんだよ!

 

 気で身体を強化して辛うじて剣で弾く。その度に手から剣が弾かれ、剣は空中で四散する。

 足裏から気を放って相手から大きく飛び退きつつ、空中で新しい武器を具現する。

 

「監獄城チェイテ!」

 

「っ!?」

 

 突っ込む姿勢だった相手が、武器の名前を聞いて身構える体勢に変更する。

 流石に長年稽古しているからこちらの武器も把握されているな。

 

 着地と同時に、自分の右手に自身の身の丈近い長さの黒い槍を生み出して構える。

 これを振り回していたんだから、ランサーもやっぱり凄かったんだな。

 

 懐かしさから自然と口が綻び、改め両手でしっかりと槍を持ち、ランサーの技を発動する。

 

絶頂無情の夜間飛行(エステート・レピュレース)!」

  

 石突きから空気属性の気を放出して一気に急加速し、相手に向けて文字通り飛ぶ。

 身体に感じる圧に負けないように姿勢を低くして飛行する。

 空気抵抗が凄いんだよなぁこの技。ランサーはよく座っていられたもんだ。

 

「くっ!」

 

 相手が回避するが、それは既に織り込み済みだ。

 放出する気を止めて、そのまま身体を反転して腰のバックパックから二枚の札を取り出す。

 

炎天(えんてん)!」

 

 気の込められた札の気を熱気属性に変化させて相手に向けて放つ。 

 札は炎へと姿を変えて相手に襲い掛かる。 

 

「なんの!」

 

 相手は刀に気を込めて大きく振って炎を全て切り裂く。

 

 相変わらず凄いな。

 見惚れながら、しかしその隙を突かせて貰う。

 

「っ!?」

 

 相手が自身の失策に気付いて驚愕の表情を浮かべる。

 炎の風のすぐ後ろに、柄の伸びた槍が迫っていた。

 

不可避不可視の兎狩り(ラートハタトラン)

 

 笑みを浮かべてその技の名を名乗る。そして同時に、柄の伸びた槍の矛先が、相手の手から刀を弾き飛ばした。

 

「あっ!」

 

「はいそれまで~。義経(よしつね)の負けだねぇ」

 

 審判役として見守っていた弁慶(べんけい)が手を叩いて終了を告げる。

 その時、彼女のワカメの様なクセ毛と大きな胸が揺れた。うむ。見事だ。

 

 今回の勝負は義経は武器を落したら負け、自分は義経の斬撃が身体に当たったら負けというルールで戦っていた。

 

「流石兄貴、『魔術師(ウィザード)』の二つ名は伊達じゃないな」

 

「ふふ。与一(よいち)君の言うとおり、ユウ君の戦いは色々飛び出すから確かに魔法みたいで観ている方も楽しいよね」

 

 片手に小説を持った清楚(せいそ)姉さんが、いつもの優しい笑顔を浮かべて笑い、その横の与一はクールな笑みを浮かべていた。

 

「んぐんぐ、ぷはぁ。確かにあれだけ多彩な属性を操れるのはユウ兄だけだからね。いや~川神水も進む進む」

 

「こ、こら弁慶、飲み過ぎは良くない! 今日は大事な話があるとマープル達も言っていただろう!」

 

 義経が弁慶に詰め寄って弁慶が手に持つ瓢箪を奪おうとする。

 それを弁慶が持ち前の高身長を生かして瓢箪を上に持ち上げ、のらりくらりと逃げ周る。

 

 そんな二人を眺めながら傍の木に腰掛けて、改めてこれまでの事を思い出す。

 

 あれからもう数年経つのか……。

 

 病室で目覚めた後、両親に東京都の小笠原諸島にいる事を教えられた。

 

 自分では覚えていないが、なんでも自分が死に瀕した際に見せた出来事が切っ掛けで、父さんは自分に気を操る才があると判断したらしい。

 

 父さんは治療と目覚めた後の鍛錬の為にと、予てから誘われていた『九鬼(くき)財閥』の長期依頼を受けた。

 

 依頼内容は機密保持の為の施設の警備及び要人の警護。

 

 要人とは今自分の目の前にいる彼らのことだ。彼らは普通の出自ではない。

 なんと、かつて存在していた偉人のクローンなんだそうだ。

 

 先程まで自分と戦っていた小柄で黒髪をポニーテールにし、腰に刀を差している女の子が源義経(みなもとよしつね)

 

 そんな彼女から逃げている長身でワカメみたいにウェーブの掛かった髪の女の子が武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)

 

 俺を魔術師と呼んだイケメンで鷹の様に鋭い目をした男の子が那須与一(なすのよいち)

 

 最後やってきたヒナゲシの花の髪留めをつけた長髪で温和な表情の女の子は、クローンの中で唯一年上の葉桜清楚(はざくらせいそ)姉さんだ。

 

 葉桜清楚などと言う英雄はいないそうだ。

 25歳になるまでは本人にも秘密で、勉学に励むように指示されているらしい。その為清楚姉さんだけは戦闘訓練は無しで軽い運動だけをしている。

 そしてヒナゲシの花の髪留めは自分が送った物だ。

 

 しかし、今でもいまいちピンとこないんだよなぁ。

 

 クローンとは言っても、彼らは別に生前の自分の行いを覚えている訳じゃない。

 精々影響があるとすれば遺伝子的な趣向や行動、トラウマが無意識に僅かにある程度だ。

 その為、彼らへの自分の態度は英雄に対するそれではなく『英雄と同じ名前を持つ超人』という認識で、これまで接してきた。

 

 義経達は時期が来るまではこの小笠原諸島で暮らす事になっているそうだ。

 彼らの立場上、一般の目に極力触れさせる事は出来ないし、他に身の回りにいるのは大人ばかりと、周りの自然豊かで開放的な光景に反して、彼らの環境は随分と閉鎖的だった。

 

 偶に九鬼家の子供達がやって来る事もあるが、少し話すだけですぐに帰ってしまう事が殆どだった。まぁ、彼らは彼らで勉強や訓練があるから仕方ないと言えば仕方がない。

 自分も何度か挨拶してその時に仕事や自己鍛錬なんかの話も聞いたが、いつ寝ているんだと言いたくなるくらいの過密スケジュールだった事は今でも鮮明に覚えている。

 

 そんな環境に、無関係の一般人である俺がやって来た。しかも一緒に暮らすと知った時の四人の顔は、今でも覚えている。

 

 はは、今思い出しても笑えるな。

 最初に出会った頃の四人四様の様子を思い出して、つい笑みが零れる。

 

 ゆっくりと時間を掛けて彼らと仲良くなり、いつの間にか義経グループからはお兄ちゃん。

 清楚姉さんからは弟のように『ユウ君』なんて呼ばれるような間柄になってしまった。

 自分も姉妹や兄弟が出来たみたいで凄く嬉しかった。なんせ生前は『家族』なんてものはいなかったから。

 

「どうした兄貴、黄昏て?」

 

「ん? マープルさんは何を言うのかなって思ってさ。前にほら、みんなは今の若者を導く存在となって欲しいって言っていたからさ、それ関係なのかなって思ったら少しな」

 

 生き方を縛られているようだ。と言いかけて口を閉じる。

 いくらなんでもそれは言いすぎだよな。まだ自分達は子供なんだから、ある程度は縛られていて当然だ。

 

「俺達は、何時だって誰かの敷いたレールの上に乗せられて生きている。今回の話もどうせ断れないものだろうさ」

 

「そうだなぁ。せめて乗るレールくらいは自分で選びたいよなぁ」

 

「まったくだ」

 

 ニヒルにポーズを決める与一に困った笑顔を向ける。

 与一は中二病を患っている。そして今もまだ、完治していない。

 

 義経は与一は恥かしいからそういう言動をしているんだと思っている。

 

 弁慶は完全に中二と判断して肉体言語で語る事が増えた。そのせいで心は兎も角、身体と魂は既に恐怖によって彼女に完全に屈してしまっていた。不憫すぎる。

 

 清楚姉さんは多感な時期だからと割り切っている。

 

 そんな与一に、自分は積極的に話しかけた。

 唯一の男友達であったし、大和で慣れていたというのもあった。

 与一の言葉を肯定していたり、与一が納得しそうな言い回しで説得している内に、普通に自分の言う事はそこそこ聞いてくれるようになった。

 

「ユウ兄助けてぇ。義経がイジメる~」

 

 そう言って弁慶がやって来て、自分の膝を枕に寝転ぶ。

 しょうがないな。と言った感じに苦笑しつつ、弁慶の頭を優しく撫でる。

 

「はあ~癒される」

 

 面倒くさがりな弁慶だが、実は結構な甘えん坊なうえに構いたがりだ。

 因みに甘える対象は自分、構う対象は義経だ。

 

 そんな弁慶は頭を撫でられるのが好きなようで、よく自分の脚を枕にして顔をこちらに向けて、頭を撫でるように催促してくる。まるで猫のような女の子だ。犬系な一子とは微妙に相性が悪いかもしれない。

 

「こ、こら弁慶! お兄ちゃんを盾にするのはずるい!」

 

 義経が目の前でオロオロする。いや、別に盾にされてはいないぞ義経?

 

 その動きを見て弁慶がニヤニヤと嬉しそうな顔をする。いじめっ子だなぁ。まあこういう態度を取っても義経なら許してくれるという信用からの行動なので、特に咎めはしない。

 

「まあまあ。マープルさんもまだ来ないし、義経も木陰で休むといいよ。春風がちょうど良い感じに温かくて心地いいよ?」

 

「お、お兄ちゃんがそう言うのなら」

 

 義経は俺の隣に座ると、こちらをチラチラと伺うので、寄り掛かってもいいよ。と言うと嬉しそうな顔をして肩、というか身長差的に腕にだが、寄り掛かる。

 

 義経も、もう少し他人に素直に甘えてもいいのに。昔の義経なんて気にせずに『今の義経』として生きて欲しいな。

 

 義経は前世の英雄としての自分への拘りが、他の三人よりも強い。その為みんなの模範になれるようにと、少し真面目すぎる所がある。

 

 まあ、あの有名な源義経の生まれ変わりなんて聞かされれば、気負うのも当然か。

 故に自分は義経を甘やかす。せめて自分くらいには、肩の力を抜いて我侭を言って欲しいから。

 

「ふっ。俺も少し休むとしよう。昨日は死闘だったからな」

 

 そうか、与一は昨日夜更かししたのか。きっとお気に入りの掲示板巡りでもしていたのだろう。

 

 与一は義経の隣に座って木の幹に寄り掛かる。

 

 何かと自分に構う義経を邪険にする与一だが、なんだかんだ言って一番義経を心配しているのは彼だ。自分を闇と言い、彼女を光と呼んでいる辺りからもその気持は読み取れる。

 というか与一の中二発言を普通に脳内変換できるようになっちゃったな……。

 

「あらあら、じゃあ私も休憩しちゃお」

 

 清楚姉さんが自分おの隣に座って同じ様に木に寄り掛かる。

 お互いに一度だけ顔を見合わせて笑い合った後、一緒に視線を空へと向ける。

 

 自分も一眠りするか。

 春の暖かな日差しに誘われて、ゆっくりと目蓋を閉じた。

 




はい。と言うわけで新章一話目からクローン組みが既に攻略済み!(友人・家族的な意味でですが)
ふふ、流石のラニのフラグブレイカーもたじたじってものです。
今回はキャラ紹介的な意味合いが強いです。
次回以降にもう少し主人公がクローンと関わる許可が下りた理由とかも、書くつもりです。

【技・武器解説(簡略版)】(Fate/EXTRAを知らない人用です)

『干将・莫耶』
アーチャー(エミヤ)のメイン武器の双剣。原作ではお互いに引き寄せ合う性質がある。

『監獄城チェイテ』
ランサー(エリザ)のメイン武器の槍。デカくてゴツい。

『絶頂無情の夜間飛行』
原作ではランサーが槍に腰掛けて猛スピードで突っ込んでくる技です。
そして槍を抜く時の仕草と台詞が可愛い。

『不可避不可視の兎狩り』
端的に言えば意図的に作った相手の『死角』から槍を伸ばして攻撃する技です。
原作では尻尾攻撃すると見せかけてから攻撃します。

『炎天』
原作では魔力で作り上げた符を相手に投げつけて火柱を起こす魔力依存の技です。
属性はありませんがあったら間違いなく火でしょう。


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【武士道プラン始動】

前回がキャラ紹介回なら今回は現状説明回です。



「あんたらには六月から川神学園に入学して貰うよ」

 

 施設にやって来たマープルさんがみんなを一室に集めると、いつものように小難しい表情で淡々とそう告げた。

 

 九鬼家の従者部隊序列2位のミス・マープル。

 星の図書館と呼ばれる程の知識を持ったお婆ちゃんだ。

 お年の割りに精力的で今でも九鬼の前線で仕事しているんだから凄い。

 

「質問がありますマープルさん!」

 

 元気良く挙手する。

 

「なんだい優季ボーイ?」

 

「なんで態々二年のこの時期に? もし入学するなら去年か、もしくは二年の始業式からの方が良かったのでは?」

 

 既に四月も半分を過ぎて五月になろうとしていた。

 他のみんなも、うんうん。と首を縦に振る。

 

「優季ボーイ、お前さんが何故この施設で義経達と一緒に鍛錬を積む事が許可されたかは覚えているかい?」

 

「はい。義経達に一般人の自分と接させる事で、武士道プランの申し子である事の自覚をより強く持たせると共に、一般人である自分が英雄である義経達と過ごす事でどれだけ成績を伸ばせるのかを試す。ですよね?」

 

 お陰で大分強くなれたと思う。両親には本当に感謝してもしたりない。

 

「ああそうさ。そしてここ数年の経過による五人の実力調査で、これなら本格的に表舞台で始動しても問題ないだろうと、帝様及びあたしとヒュームとクラウディオが太鼓判を押した。それが一年前だ」

 

「マープル。それなら一年前に川神に行っても良かったんじゃない?」

 

 清楚姉さんが全員の感じた疑問をそのまま口にする。

 

「そこは大人の事情って奴さ。飛び級扱いで紋様も同時に編入される事になった。いいかい、武士道プランは偉人と共に切磋琢磨することで人々の競争意識を刺激し、より優秀な人材として鍛えて行くという理念で発足されたプランだ。お前達はその代表である事を、今後はより一層自覚して過ごすんだよ」

 

「それはもう何度も聞いたよマープル」

 

 弁慶が少しだけうんざりしたような顔で溜息を吐く。

 与一なんかは物凄く不機嫌な顔をしている。

 まあ生まれた時から『他人の為に生きろ』的なこと言われても簡単には受け入れられないよな。

 

「義経と清楚は兎も角、二人はいまいち身が入っていないからね。注意する時にするのがあたしの主義さ。で、優季ボーイも一緒に川神に編入して貰う。だが、編入テストで川神学園のエリートクラスであるSクラスに入れないようなら、そいつは島に置いて行くからね。特に優季ボーイはしくじれば両親と一緒に海外の方に行って貰うよ」

 

「あ、やっぱり」

 

 なんか父さんと母さんが『頑張りなさい』って、言っていたから何かあると思えば、なるほどこういうことか。

 

「その様子だと話は聞いていたみたいだね」

 

「いえ。両親からはただ『頑張れ』とだけ言われました。なので精一杯頑張らせて貰います」

 

「私もユウ兄が一緒だと嬉しいね」

 

「義経もお兄ちゃんが一緒なら緊張しなくて済む」

 

「ふっ。闇を背負った奴は一箇所にいた方がいい」

 

「うん。みんな一緒が一番だよね」

 

「ああもちろん。自分だってみんなと居たいし、何より川神は故郷だからな。絶対に合格してみせるさ!」

 

 何故か全員で円陣を組んで『おー!』と腕を突き出す。

 与一もテンションに流されたのか『ふっ』なんて言いながら手を上げている。

 

「……随分とやる気じゃないか優季ボーイ」

 

「だってここで悪い成績出したら義経達にも義経達に期待しているマープルさん達にも悪いからね。結果が出るまでは頑張り続ける。そして決して諦めないって、決めているんだ」

 

 そう言ってマープルさんに力強く笑って、だから大丈夫。と伝える。

 

「……あんたみたいな若者が、もっと多ければねぇ」

 

「何か言った?」

 

「いいやなんにも。さ、そうと分かったら一週間後に試験だ。それまでしっかり勉強しな。特に与一と優季ボーイ、この面子じゃ一番成績悪いんだからしっかり勉強するんだよ!」

 

 一瞬何かに憂うような表情をしたマープルさんだったが、すぐにいつもの強気な表情に戻って自分と与一を指差して忠告する。

 

「うぐっ」

 

「くっ。これが格差社会の壁という奴か!」

 

 実際に成績が悪いので反論も出来ず、与一と一緒になって顔を青くする。

 

「だ、大丈夫だ二人共、義経が教えてあげるから」

 

「私も教えてあげるわ」

 

「じゃあ私はそんなみんなを眺めつつ川神水でも飲んでいるよ」

 

「そうだ。言い忘れていたが弁慶、あんた学校じゃあ川神水没収だからね」

 

「なん……だと……」

 

 弁慶が今迄見たことが無いくらいの絶望の表情でマープルを見詰める。

 

 弁慶は軽く川神水依存症だからなぁ。暫く飲まないと禁断症状を出す。

 因みに川神水とはノンアルコールで作られた特別な水で、場酔いするのにもって来いな飲み物だ。決してお酒ではないので間違えないように。

 

 未成年の飲酒ダメ絶対!

 

「嫌ならそうだねぇ……期末テストでは学年3位までには入って貰おうじゃないか。今の川神二年生の成績とお前さんの成績を比較したところ、その辺りなら確実に狙えるはずさ。お前さんが怠けさへしなければね」

 

「ちょ、確か英雄(ひでお)と英雄の友達の冬馬(とうま)君って子が一年の頃からずっとワンツー独占なんだろ? それじゃあ義経だってテストで無意識に遠慮しちゃいそうだし、とりあえず最低ラインベスト5で、3位なら今迄どおり自由、4、5位の場合は次の期末まで川神水を一日一升とか本数制限を科すとかでどうかな?」

 

 流石にベスト3は厳しすぎると思ってマープルさんに提案する。

 

「……確かに義経の事を考えると一理あるねぇ。じゃあ優季ボーイの案を採用しようじゃないか。ただし3位以外の場合は川神水は一日三杯までで、学校での飲酒は禁じるよ」

 

「くっ。それじゃあ余計に飲みたくなってしょうがない。分かった。何がなんでも3位を取らせて貰うよ」

 

 弁慶が神妙な顔で頷く。まあこれで弁慶のモチベーションも保てるだろう。

 

 話はそれだけだよ。と締めて、マープルさんは帰ってしまった。

 いや、時計を気にしていたから正確には次の仕事に向かったが正しいか。

 

「さて、じゃあ自由時間だし、みんなで遊ぶ?」

 

「ええ!? お兄ちゃん勉強するんじゃないの!」

 

「いや、勉強はするが別に無理に勉強時間を取る必要も無いだろ? 一日のサイクルに勉強の時間はちゃんと割り振られているんだから。後は予習復習してれば大丈夫さ」

 

 というか普通に義経達に施されている勉強のレベルは高い。

 高過ぎて一般人な自分は正直頑張って付いて行くのがやっとだ。

 そういう意味ではやる気がなくて成績が悪い与一と違って、リアルに崖っぷちだったりする。

 

「いやでも……」

 

「そんな緊張していると、また回答を一個ずらしで書いちゃったりするよ義経」

 

「べ、弁慶! それは言わない約束だって言っただろう!」

 

 弁慶の暴露に恥かしそうに顔を紅くする義経。

 そんな義経を見て可愛いな~と顔を綻ばせる弁慶。

 二人とも微笑ましくて可愛いな。

 

「前から言っているけど、この施設の勉強のレベルは高い。川神のエリートクラスのレベルがどんなもんか分からないが、一般人の立場から言わせて貰えばれば、どんなエリート学校だって楽勝レベルさ」

 

「そ、そうなの?」

 

「ああ。驕らず今迄どおりに勉強すれば楽勝さ」

 

 義経を安心させるように頭を優しく撫でる。

 

「そうそう。義経は心配し過ぎだよ。リラックスリラックス~」

 

「弁慶はリラックスし過ぎな気がするが、分かった。義経も今迄どおりに頑張る!」

 

「それじゃあ今日は何しましょうか?」

 

「大貧民でもやるか?」

 

 なんて感じでいつものように自由時間はみんなで遊んだ。

 

 

 

 

「さて、やるか」

 

 夜、教科書などを取り出して日課の予習復習を終えた後、以前勉強した過去問をもう一度やり直す。

 

 部屋は狭い一人部屋だ。両親は二人で別の大きな部屋を使っている。

 九鬼は英雄でも我侭や贅沢はさせない方針なようで、クローンのみんなも同じ様な一人部屋だ。

 

 事情を聞き終えた両親に、もし自分が川神に戻った場合はどうするのかを尋ねた。

 すると二人は一緒に川神には来ないで海外の方に行くらしい。

 

『お前には川神に戻りたい理由があるだろう? だから私達に気にせずに全力で挑みなさい』

 

 それが二人の答えだった。

 

 本当に、自分は両親に恵まれた。

 二人の想いに答えるためにも、可能な限り安全圏まで自分の学力を上げておきたい。

 

「それに、もしかしたらようやく会えるかもしれないからな」

 

 今でも手紙で連絡を取り合っている二人の幼馴染を思い出す。

 

 写真の付属はダメだが、手紙を出す事自体は許されている。

 もちろん内容に義経達の事を書くのも論外だし、中身を従者部隊の人に検められてしまうので他人に読まれる恥かしさもあるが、どうしても『二人の少女』とだけは連絡を取りたかった。

 

「百代と小雪、他のみんなも元気かなぁ」

 

 うん。それを確認するためにも、試験を頑張らないとな。

 他のみんなは本当に無理に勉強時間を作る必要はないが、こっちは油断するとすぐに置いていかれるからな。

 

 その日から夜寝る前に行っている勉強時間を増やして、試験当日まで過ごした。

 




と言う訳で主人公の現状説明回と武士道プランの説明でした。
若干マープルが原作よりも丸いのは主人公の影響って事で。
因みに主人公も義経達のお陰で、無理に勉強しなくてもSクラスを維持出来る程度の学力はあります。でも周りがそれ以上に優秀なので本人は気付いていないといった状況です。



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【それぞれの五月 (前編)】

五月の間どうしよか悩んだ結果の回。
今回から五月の間は九鬼家以外のメインキャラの説明回のような話しが続きます。



「全員合格だよ」

 

 四月の末に、マープルさんが編入テストの結果を持ってやってきた。

 後ろには従者部隊0番のヒュームさんと3番のクラウディオさんも一緒だ。

 因みに何故か自分だけ胴着を着ろと言われて、ヒュームさんに手渡された胴着を着用して結果を聞いていた。

 

「おめでとうございます皆さん」

 

 メガネをかけた老紳士のクラウディオさんが、自分の事の様に微笑む。

 

「ふん。このくらいは出来て当然だ」

 

 クラウディオさんとは対照的に、厳つい表情で鋭い眼光のヒュームさんが、ふん。と鼻を鳴らして小さく笑う。相変わらずの恥かしがりやである。

 

 因みにマープルさんを合わせた三人は、年も近く昔から九鬼に仕えてる重鎮だ。

 

 ヒュームさんに至っては年老いても『最強』の看板を背負っているくらい強い。

 執事としての仕事もそつなくこなせる。

 

 クラウディオさんは紳士学校を首席で卒業し、執事としての仕事の手際はヒュームさん以上だ。ヒュームさん以下とはいえ、武力も高い。

 

 二人とも今は九鬼家の末娘である紋白(もんしろ)こと紋様の護衛の任務を最優先に他の仕事もこなしている。まあそれは他の従者部隊の人達もらしいが……どんだけ仕事のできる人間が集まっているんだよって話である。

 

「五月には本格的に大扇島の九鬼財閥極東本部のビルに住んで貰うよ」

 

 大扇島は川神にある人工島だ。そこに九鬼のビルがあることは知っていたが、まさか極東本部だったとは。

 

「フハハハ、九鬼揚羽(くきあげは)降臨である!」

 

 良く通る声と共に、銀髪の長髪で額にバツ印の傷跡をつけた九鬼家の長女である揚羽さんが、リュックを持って部屋にやってきた。

 

 揚羽さんは九鬼家の子供中では一番武道に精通している人で、ヒュームさんから直々に手解きを受けている。そのうえ既に世に出て仕事を行っていて、九鬼家の軍事関連を取り仕切っている。武道派らしく明朗快活で話していて気持ちの良い人だ。

 

「失礼します!」

 

 揚羽さんの後に続いて、彼女の専属従者である序列999番で、赤いバンダナを額に巻きつけた武田小十郎(たけだこじゅうろう)さんが入って来る。

 

 元気に跳ねた髪を表す様に、本人の性格も暑苦しいくらいの熱血漢で純情な優しい人だ。

 揚羽さんに絶対の忠誠を誓っていて、どれだけ揚羽さんに殴られても傍に使える従者の鏡だ。まあ殴られる理由の殆どが本人のポカとか、空気の読めない発言のせいなので自業自得とも言える訳だが。

 

「失礼します」

 

 そして小十郎さんの後に、青い髪で大きく強気な瞳が特徴的な、胴着を着た見知った女性が入ってくる。

 

「揚羽さんと、乙女(おとめ)姉さん?」

 

「久しぶりだな優季。元気にしていたか」

 

「はい。乙女姉さんも学業お疲れ様です。先生を目指しているんですよね、確か?」

 

「ああ。私は人に物を教えるのが好きだからな」

 

 乙女姉さんはこちらに近付くと、手を伸ばして自分の頭を撫でる。

 正直気恥ずかしいが、昔から良くしてくれているし、何より姉さんが出来たみたいで嬉しいので、そのまま撫でられるままにする。

 

 鉄乙女さん。俺の従姉で、子供の頃に実家に帰省した時は、よく乙女姉さんの弟の琢磨君や従兄のレオさんと一緒に面倒を見て貰った……よく馬役や子分役をやらされたなー。

 

 乙女姉さんは日本でも武に抜きん出た四人を表す『四天王』と呼ばれる称号を得た武人の一人だ。因みにもう一人は揚羽さんで、更にもう一人は百代だったりする。

 

 そんな二人が一緒に居る……何故だろう。嫌な予感がする。特に乙女姉さんが自分と同じ胴着姿なのが気になってしょうがない。

 

「四天王が二人も揃ってどうしたんですか?」

 

 弁慶が訝しげな表情で揚羽さんに尋ねる。

 

「ああ、用があるのは優季の方なのだ」

 

「自分ですか?」

 

 自分を指差すと二人が頷く。

 

「うむ。優季、我はお前を評価している」

 

 自信たっぷりな視線と共にまずそう告げられた。

 

「最初は衰えた肉体で義経達の訓練に付いて行けるか心配で観察していたが、お前はそんな現状に嘆かずに柔術や合気道、八極拳といった筋力が少なくても戦える技術を習うことで自身のハンデを克服した」

 

 自分が格闘訓練の最初の指導でお願いしたのが所謂カウンターや見切りを中心とした戦術の訓練だった。なんせもう筋力なんて殆ど無い状態だ。故に相手の攻撃を利用する格闘技を中心に学んだ。

 

「学業も聞く恥を厭わず周りの者に助言を求めて学力を向上させた」

 

 いやそれは普通のことだと思いますよ揚羽さん。分からないままじゃどうすることも出来ないですし。

 

「更にここ数年で自分の武器である気を鍛え上げ、今では八極拳と柔術を基礎とした体術と、気の能力を駆使した技で義経達とも渡り合えるようになった。そんな努力家なお前の成長を見るのが、いつしか我の楽しみとなっていた」

 

 そう言えばまだ学生だった頃の揚羽さんとは、よく一緒にヒュームさんと鍛錬していた気がする。しかしそこまで評価してくれているとは思わなかった。なんかこそばゆい。

 

「あ、いえ、そんな」

 

 あまり武術の面で褒められた事がないため、照れる。

 

「故にだ。そろそろ『本格的』に身体を鍛えても良いと我は思うのだ。乙女と同じ鉄の遺伝子を受け継ぐお前だ。きっと強くなれる。乙女も可愛い弟分の為ならと、快く承諾してくれた」

 

「……え゛」

 

 背中に冷たい汗が流れた。

 

「差し当たって六月の頭まで付きっ切りで見て貰えるらしい。良い姉を持ったな優季」

 

「私も今後は先生になるための準備で時間を取られてしまうからな。鍛えられる時に集中的に鍛えるつもりだ。なに、琢磨は寮に入ったし、レオも一人立ちしたから気兼ねする事はない。お姉ちゃんがしっかり鍛えてやるからな」

 

 乙女姉さんに物凄い力強い笑顔と共に、肩を捕まれた。

 

 いやあああああああ!?

 

 心の中で絶叫する。

 だって鉄家の修行って滅茶苦茶なモノのが多いんだもん!

 というか自分は鉄の生まれじゃないです揚羽さん!

 

 乙女さんが知らないのは仕方が無い。自分以外で血の繋がりがない事を知っているのは両親と乙女さんのお祖父さんだけだからだ。しかし九鬼家がその辺りを調べていない事が意外だった。

 

 それだけ父さんが信頼されていたって事かな?

 そう考えると少しだけ誇らしかった。 

 って、思考を他所に向けている場合じゃない。

 

「で、でも乙女姉さん。大学を一ヶ月も休むのはまずいんじゃ?」

 

「私は課題提出も出席日数も問題ない」

 

 ですよねー。真面目で優秀な優等生だもんね乙女姉さん。

 

「では五月中は優季は私と一緒に世界に48箇所ある龍穴巡りに向かうぞ。必要最低限の物は揚羽が用意してくれた」

 

 あのリュックはそのためか! そう言えば乙女姉さんも同じ様なの背負ってるよ!

 

「乙女姉さん、移動は?」

 

 なんとなく答えは分かるが一縷の望みをかけて尋ねる。

 

「基本己の肉体のみだ!」

 

 ……死ぬんじゃね?

 

「勿論常に移動する訳じゃない。休憩も挟むし組手稽古の時間も取るから安心していいぞ」

 

 死んだね。間違いなく。

 もはや笑うしかな。

 

「では行くとしようか優季」

 

「……ウッス」

 

 どこか悟ったような微笑を浮かべながら、従順に揚羽さんからリュックを受け取る。

 逆らう? この場で死ねと?

 

「我の期待に見事応えて見せよ優季!」

 

「はい。頑張ります」

 

 頑張ろう。頑張るしかない。死なない為に。

 

「頑張ってくださいね優季」

 

 良い笑顔ですねクラウディオさん。その笑顔が今はツライ。

 

「ふっ。少しはましな赤子になって戻ってくるんだな」

 

「相変わらずツンデレですねヒューって、イタイ!」

 

 最後かもしれないので思った事を言ったら電撃込みで背中を平手打ちされた。

 ヒュームさんなりの激励だと思おう。でないと悲しい。

 

「ま、がんばんな優季ボーイ。今の内から語学を勉強しておくに越した事はないよ」

 

 こんな時も勉強ですかマープルさん。言ってる事がもっとも過ぎて泣ける。

 

「あ、揚羽さま、いきなりでは優季君も戸惑うのでは?」

 

「お、お兄ちゃん大丈夫か?」

 

「ユウ兄、顔から汗が凄いんだが」

 

「兄貴、あんたもまた恐怖を抱く者だったのか」

 

「え、えっと、無理に旅に出る必要は無いんじゃ」

 

 義経達と小十郎さんだけはやんわりと今回の件に否定的な態度を示して抗議してくれる。

 や、やっぱりみんなええ子やぁ。

 

「私の従弟(おとうと)はそんな軟弱者ではないから安心するといい」

 

「うむ。義経達も我と共に信じて待つと良い。この男はやれば出来る男だ」

 

 ……ダメだ。お姉様方二人は既に武人モードだ。

 

 ええい腹を括れ!

 

「ま、任せろみんな! お前達の兄貴分であり弟分は強くなって帰ってくるとも!」

 

「よく言った。それでこそ鉄の一族だ。まずは日本の龍穴だ!」

 

「了解です!」

 

 やけくそとばかりに笑顔を浮かべて頷き、そのままの笑顔でみんなと別れて乙女姉さんの後に続いて部屋を出る。さて、まずは本土に向けて遠泳かな。

 




と言う訳で乙女さんの登場でした。
折角ですからつよきすでの修行も追加(色々変更してます)。


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【それぞれの五月 (中編)】

成長した風間ファミリーの回。
もっと説明文追加するか悩みましたが、まあ後で個別でちょっとずつ説明する事にしました。



「ふふふ♪ ふ~ふふ~♪」

 

 大きな胸と長い黒髪を揺らしながら、川神百代(かわかみももよ)は楽しげに鼻歌を歌う。

 

「姉さん随分とご機嫌だね」

 

 童顔が特徴的な百代の弟分の直江大和(なおえやまと)が、今日も今日とて人脈拡大の為に携帯でメールを打ちながら、姉貴分である百代に問う。

 

「ああ。いい事あってお姉ちゃんちょっとハイなんだ」

 

 物騒な笑みを浮かべて答える百代。

 

「ユウから手紙が届いてね。もしかしたらこっちに帰って来れるかもしれないんだって」

 

 かつてはごっこだったが、現在は名実共に百代の妹となった小柄な体格の川神一子(かわかみかずこ)が、犬の尻尾のようにポニーテールを揺らしながら答える。

 

「おおユウか。モモ先輩は手紙越しだけどお互いの近況を報告し合ってるんだっけか?」

 

 長身で体格のいい島津岳人(しまづがくと)がネットで買った『モテる男テクニック』なる本を読みながら、懐かしむように声を上げる。

 

「懐かしいね。また一緒に遊べるといいよね」

 

 色白で男子としては小柄な師岡卓也(もろおかたくや)も、読んでいたジャソプから視線を上げて懐かしむ。

 

「しかしまあ随分と中途半端な時期に戻ってくるな。これは一波乱ありそうだな!」

 

 何かが起こりそうな予感に、ファミリーのリーダーである風間翔一(かざましょういち)が待ちきれないとばかりに頭に巻きつけた赤いバンダナの様に、その瞳を燃え上がらせる。

 

(みやこ)さん。ユウさんとは、どのような方なのですか?」

 

「ずばっと教えてくれていいんだぜ?」

 

 ファミリーで唯一の一年である黛由紀江(まゆずみゆきえ)が、手に握った刀をマイクのように、そしてもう片方の手には馬の人形がついた携帯ストラップである松風(まつかぜ)を乗せて京の口元に近づける。

 因みに松風の台詞は腹話術であり、人形とブツブツ喋る子扱いで、由紀江はクラスで浮いている。

 

「知らない。私が知っているのは私がファミリーに入る前に小雪と同じゲスト枠で参加してた男の子で、モモ先輩と小雪の文通相手って事くらい。あ、小雪って言うのは二年S組みの女の子の事ね」

 

 古参メンバーで唯一優季を知らない椎名京(しいなみやこ)は、いつものクールな表情で興味無さ気に説明する。

 

「そうなのか。それじゃあまた仲間が増えるのか?」

 

 今年の五月にドイツからやって来た留学生の|クリスティアーネ・フリードリヒが、綺麗な金髪を揺らしながら大和に尋ねる。

 

「どうかな。姉さんが俺達のことも手紙で教えていたとは言え、基本的に文通していたのは姉さんだし、もう何年も会っていないからなぁ」

 

 大和がそう言って首を捻り、それにモロとガクトが続く。

 

「向うは向うで生活もあるだろうしね」

 

「ま、あいつはグループとかそういう枠組みに縛られるの、あまり好きじゃなさそうだったしな」

 

 否定的というよりも向うが入る気がないんじゃないか。と思うような言い分に、京は内心でほっとする。

 

 正直モモ先輩には悪いけど、今月いっきに二人もファミリーに入れたんだから、勘弁して欲しいなぁ。

 

 京は子供の頃の事情で風間ファミリーという居場所に依存していた。

 そして自分を救ってくれた大和に惚れて、数年間ずっと告白&誘惑を続けている。

 そのため京はファミリーという居場所に誰かが介入するのを嫌う傾向にある。

 更に今年の春に新しく加入した由紀江とクリスティアーネと、加入時に一悶着あったせいで、京はファミリーの新メンバー加入に関しての警戒心が、いつもよりも強まっていた。 

 

「まあユキが葵ファミリーだしな。今回は保留で」

 

「キャップにしては珍しいね。姉さんは入って欲しいんじゃない?」

 

 キャップの返答を聞いて、大和が一番優季に興味を示している百代に尋ねる。

 

「どっちでもいいかな。私とアイツの関係は変わらないだろうし」

 

 そう言って百代は懐かしむような眼差しで多摩川の河川敷に視線を向けて小さく笑った。

 

「お姉様って、ユウの事を話す時はちょっと嬉しそうよね」

 

「そうか?」

 

 一子の言葉に百代が首を傾げる。

 

「もも、もしかして、お二人はそういうご関係で!!」

 

 由紀江が興味心身に顔を赤くして尋ねる。

 

「いや違うぞ」

 

「あ、そうですか」

 

「ど、ドライや」

 

 真顔で否定されて由紀江が肩を落として松風でツッコむ。

 

 そんな仕草を見て、まゆっちは以外に色恋沙汰に対しての興味がオープンだなぁと、ファミリーのツッコミ陣営は思った。

 

「ただまあ、私が初めて男と認めた奴で、今も努力を続けているみたいだからな。私が知っている男衆の中では、一番気に入っているのは否定しない」

 

「ちきしょ~文通だけでモモ先輩のフラグ立てるとか、そいつ絶対どっかのゲームの主人公だろ。と言う訳でモモ先輩、どうすればモモ先輩のフラグは立ちますか!」

 

「よく本人に聞けるねガクト」

 

 岳人の行動に呆れながらも、その行動力が少し羨ましいと思う卓也であった。

 

「少なくとも一年間毎日私と組手して明確な一撃を入れられるようになったら、まあフラグを立てる土台の土の選別を始めるくらいはしてやろう」

 

「ほとんど脈無しじゃないっすか!」

 

 岳人が涙目で項垂れる。しかし女性陣と大和は驚愕していて岳人に構っている余裕は無かった。

 

「えっ。ユウって姉さんに一撃入れたことがあるのか!?」

 

「ああ、一度だけな。まあ私が油断したんだが、気絶間際の一撃でな」

 

 百代が懐かしむように目を細めて空を仰ぐ。

 

「あいつは勝つための試行錯誤を忘れない。だから戦っていて楽しくてな。何より気絶間際になっても意志力の消えない強い瞳と、私の好戦的な所も受け入れて付き合ってくれていた寛容さが、何より好ましかった」

 

 そして当時の事を嬉しそうに語る百代を見て、クリスティアーネ、翔一、一子以外の全員が同じ事を考えた。

 

 もうフラグ立ってるんじゃね?

 

「いや~楽しみだな。最近歯応えの無い奴ばかりで欲求不満だったし」

 

 百代は十代にして既に各方面から『武神』と呼ばれる程の強さの頂にまで上り詰めていた。

 あらゆる武の才に愛され、戦う事、強くなる事が好きな百代だからこその偉業である。

 

 しかしその結果、百代と対等に戦える者が世界でも数名いるかといった状態になってしまい、やって来る挑戦者の殆どの者が、百代の一撃で地に伏すというのが、彼女の現状だった。

 

 その為、昨今の百代の心は強者との戦いを求めて渇いていた。

 その渇きをファミリーや妹の一子と過ごしたり、可愛い女の子と過ごしたりして気持を落ち着かせていたが、それでも不満は日々蓄積されていた。

 

「というか、既に歯応えのある相手と決め付けて話しているけど、相手が期待ハズレだったらどうするんだモモ先輩?」

 

「その時はその時に決めるさ。何か別の事に努力しているなら友人として今迄通りに付き合う」

 

「もし手紙の内容が嘘で、努力してない怠け者になっていたら?」

 

「……とりあえずぶっ飛ばして絶交を言い渡す」

 

 狂気をはらんだ笑顔のまま百代が闘気を漲らせて拳を握る。

 

 その姿を見て、キャップを除く男衆は、ビクつきながら小声で囁き合う。

 

「期待値が高い分、落差も高いってことだな……」

 

「うわー、主人公の初期行動次第でフラグ消滅とかどんなムズゲー」

 

「なんか急に羨ましくなくなった」

 

 男衆は遠い地にいる優季に同情の念を送った。

 

 

 

 

「ハックシュ!」

 

「ん? 寒いのか優季? 確かに北にだいぶ近付いて来たしな。よし今日はお姉ちゃんと一緒に寝よう」

 

「えっちょ!?」

 

 同情されている本人は美少女と二人、久しぶりのベッドで一緒に眠るというイベントを起こしていた。

 




次回で五月はラスト。
あと少し、あと少しで川神学園についてします(バトルどうしようか……)



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【それぞれの五月 (後編)】

今回は葵ファミリーの紹介。そして五月ラストです。



「ふふふ~ふふふ~♪」

 

 五月も後半。小雪はここ最近毎日が楽しくて仕方がなかった。

 

「おやおやご機嫌ですね小雪」

 

「愛しの王子様がもうすぐ帰ってくるかもしれないんだ、当然だろ若」

 

 鼻歌を歌う小雪を眺めながら褐色の肌にメガネを掛けた美男子の葵冬馬(あおいとうま)と、その脇に控えるスキンヘッドで体格のいい井上準(いのうえじゅん)が、楽しそうに前を歩く幼馴染を茶化す。

 

「それもそうですね」

 

「もう! トーマも準も茶化さないでよ!」

 

 楽しげに鼻歌を歌っていた小雪が、二人の茶化しに頬を膨らませながら振り返る。

 

「ふふ、すいません小雪」

 

「お前があまりにも嬉しそうだったからな」

 

「ユーキだけじゃなくて二人がまた前みたいに遊んでくれるようになったのも理由だもん。けど二人とも、お父さん達が怪我したってお母さんから聞いたけど、大丈夫なの?」

 

 小雪はあの嵐の日より、病院で自分に良くしてくれていた榊原さんの養子として一緒に暮らしていた。虐待の事実が発覚して小雪の母が親権を失った為である。

 

「ええ。むしろ物事が良い方に向かっています」

 

「そうだな。ま、二人とも働き過ぎだ。病院の運営は小雪のお袋さんがいれば問題ないし。二人には暫く休んで貰って、色々見詰め直して欲しいね。特に今までの生活」

 

 冬馬と準の父親は冬馬の実家である葵紋病院の院長と副院長を務めていたが、数日前に事故で大怪我を負った為、今は別の病院で療養している。

 

 というのが世間の建前で、実は二人は裏で違法な行いをしていた。

 そのとばっちりは息子の二人にも及んでいて、もう少しで二人も親同様の後戻りできない立場になりかけていた。

 

 そんな折、父親達が武士道プランの為に川神市のクリーン化を行っていた九鬼家の網に引っ掛かり、粛清された。二人にとってはまさに幸運だった。

 

 しかし葵紋病院は川神市でも地元の信頼がもっとも厚い有名な大病院なため、入院患者等の事もあるので、表向きには交通事故という扱いとなり、病院関係者及び患者達は真実を知らない。今も彼らは院長らがいつ戻っても平気なように誠実に仕事を行っている。

 

 そして小雪もまた二人が悪事に手を染めていたことを知らない。

 二人が意図的に隠し通していたからだ。

 二人にとって小雪は妹のように大切な家族だった。

 故に関わらせたくなかった為に、ここ最近は付き合いが悪くなっていた。

 

「けどさユキ、今度はお前が付き合い悪くなると思うぞ。なんせ意中の男が帰ってくるんだ。アタックするんだろ?」

 

「ええ!? そ、そりゃ僕もユーキとそういう仲になれたらいいなーとは思うけど、二人のことも大事だよ!」

 

「ふふ分かっていますよユキ。けれど私達に気を使わなくていいですよ。私達二人はユキの恋を応援すると決めていますから」

 

「ありがとう二人とも……うん、僕頑張る!」

 

 ユーキは僕を助けてくれた。優しくしてくれた。だから、今度は僕がユーキを助けてあげて、優しくしてあげるんだ!

 

 小雪は空を仰いでこれまでの事を思い出す。

 

 あの嵐の日、小雪の母親の小雪への虐待は度を越えていて、最悪死んでしまいかねないものだった。

 

 殺される。そう考えた時に小雪の頭に過ぎったのは、自分に手を差し伸べてくれた優季だった。

 

 優季に会えなくなる。その恐怖が、小雪に母の元から『逃げる』という選択肢を選ばせた。

 

 結果、今小雪は幸せな日常を送っている。

 そして今度は、自分が大切な人を守れるようになりたいと願うようになり、テコンドーで身体を鍛え、幼馴染の二人と一緒に勉強会を開いたりして学力も鍛え続けている。

 気づけは色白な肌や白髪の印象を裏切る健康優良児となっていた。

 

 そんな風にいつものように三人で登校していると、後ろから車輪の音と共に、聞き慣れた大きな笑い声が響いた。

 

「フハーハハハ! ヒーローの御出ましである! 止めよあずみ!」

 

「はい! 英雄(ひでお)様!」

 

 三人の傍で人力車が止まる。人力車を引いていたのはメイド姿をした髪の短い女性。

 

 彼女の名は忍足(おしたり)あずみ。九鬼家従者部隊1位で英雄専属従者だ。

 本来は序列10位だが、九鬼での若手育成方針の為に1位に繰り上げとなり、現在は従者部隊の総轄を執り行ってもいる。

 

「おはよう諸君。今日も息災のようで何よりだ、我が友冬馬よ」

 

「ええおはよう御座います。英雄も元気そうで何よりです」

 

 二人は小学校からの友達同士であり、英雄が唯一親友と呼ぶ間柄でもある。

 

「うむ。近々我にとっても嬉しい事があるのでな、テンション高めである!」

 

 揚羽同様額にバツ印の傷跡を持った長身で派手な金のスーツを着た英雄は、良く通る声で高らかに笑う。

 

「相変わらず朝からテンションた――」

 

「何かご意見が☆?」

 

「いえ、朝から元気って素晴らしいですよね!」

 

 あずみに笑顔で喉元に小太刀を突きつけられた準は慌てて言い訳した。

 

「それより英雄、何かあったのですか? 朝にこのルートは通らないはずですが?」

 

「うむ。お前の友人にしてクラスメイトである榊原小雪に、近況の報告をと思ってな」

 

「もしかしてユーキのこと!」

 

 優季が九鬼で世話になっている事は手紙で知っていた小雪は、英雄の用件が優季の件に違いないと期待する。

 

「うむ。あ奴は今修行に出ている為、我自らあ奴の川神学園の編入試験の結果を伝えに訪れたというわけだ」

 

 自信に満ちた表情で腕を組んで小雪を見詰める英雄。小雪の方も結果が気になっていたので興奮気味に英雄を見詰める。

 

「編入試験の結果は……合格だ! 良かったな榊原よ!」

 

「っ~~!!」

 

 小雪はその場に蹲る。

 

「やったー! ユーキに会えるー!!」

 

 そして勢いよく飛び跳ねて、これ以上ないといった感じに身体全体を使った喜びを表現する。

 

 その様子に英雄は満足そうに笑い。あずみと準は苦笑し。冬馬は子供を見守るような微笑を浮かべて、小雪を見詰めた。

 

「それであずみさん、実際優季君とはどのような方なのですか? ユキが言うようにカッコ良くて優しい方でしょうか?」

 

「あ? あ~まあルックスは普通じゃねえか? 優しいってのは、まあ合ってるかもな。注意とか諭したりってのは見たことあるけど、怒ったトコは見たことねえし」

 

 準は急に砕けた喋り方になったあずみを見ながら『相変わらず凄い変わり身だなあ』と思った。

 

 あずみは英雄に全幅の信頼と同時に恋心を抱いていた。

 そのため英雄の前では地を隠している。冬馬達への対応が、本来の彼女の性格だ。

 

「旅に出てるって、何しに行ってるんだ?」

 

「揚羽様が気に入っちまってな。今は一ヶ月掛けて世界中にある龍穴巡りとか言う修行をさせられてる」

 

「へ~世界巡りとは贅沢だねぇ。羨ましい」

 

「因みに交通手段は基本己の肉体のみな。今からでも参加するか、ハゲ?」

 

「何そのアメフト漫画のデスマーチの数倍近い拷問!?」

 

 準が驚愕の表情でツッコミを入れる。

 

「おやおや、どうやら大変なようですね。無事に川神学園に来れるのでしょうか?」

 

 冬馬も珍しく驚いた表情を浮かべる。

 

「だいじょーぶ! 優季は強くてカッコイイから!」

 

 どこから聞いていたのか、根拠もなく小雪が断言する。

 

「やれやれ優季も可哀想に、ハードルアゲアゲだぞ」

 

「そうですね。期待され過ぎるのもプレッシャーになりますからね」

 

 二人は妹分の理想像が高すぎる事に心配しつつ、比較される現実の優季に対して同情した。

 

 

 

 

『どうかお気をつけてエミルさん』

 

『ああ。お前のお陰でドイツに帰って部隊と合流する事が出来る。ありがとう優季……その、また会えるといいな』

 

『ええ。縁があればまた』

 

 優季はヘリで運ばれる女性兵士を見送る。

 そして彼女の仲間からお礼にと渡された食料を持って乙女の下に戻る。

 

「食料ゲットです!」

 

「うむ。それにしても優季はここ半月で英語は完璧に覚えたな。お陰で食料調達や無用な争いが少なくて済む。お姉ちゃんがご褒美になでなでしてやるぞ」

 

 死活問題だからね!!

 

 乙女に頭を撫でられながら、今日も優季は生きるために日々鍛え続けるのであった。

 




これで主なメンツ紹介は終了です。
あとは本編で登場する度に紹介していきます。



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【やって来たよ川神】


今回でゲーム開始前の話が終了。
次回からゲーム時間軸での話しになります。



「お、お兄ちゃん大丈夫?」

 

「心身共にボロボロって感じだね」

 

「兄貴、一体どれ程の冥府魔道の旅を……」

 

「あ、挨拶なら別に明日でもいいんじゃない?」

 

「あ、まだ大丈夫だから、むしろ寝たら暫く起きれそうにないから、先に挨拶とか済ませないと」

 

 龍穴巡りのゴールである川神の大扇島にある九鬼家のビルに乙女姉さんと一緒に辿り着いた自分を待って居たのは、出迎えたヒュームさんによる強制連行だった。

 

 連行先はシャワー室で、達成感に感動する暇もなく、ただ唖然としながらヒュームさんに状況を尋ねると、どうやら(もん)さまも今日こちらに来たらしく、挨拶しろとの事だった。

 

 なけなしの気力で旅の泥を洗い流し、川神学園の制服に袖を通し、そして今に至る。

 

「うむ。よくやり遂げたな優季、お姉ちゃんは嬉しいぞ」

 

「あ、乙女姉さっうお!?」

 

 九鬼家のみんなが待っている部屋の傍で待機していた乙女姉さんが、こちらにやって来て、自分を抱きしめて褒めるように優しく頭を撫でる。

 

「褒めてやるぞ。よしよし」

 

「あはは、乙女姉さんの指導のお陰です」

 

 流石にみんなの前では恥かしかったが、乙女姉さんとも暫く会えないし、まあいいか。と、そのままされるがままにする。何故か一瞬、背後から殺気を感じたが、気のせいか?

 

「さて、それじゃあ私も実家に戻る。揚羽に頼んで携帯電話に番号を入れておいて貰ったから。困った事があったら連絡しろ」

 

「了解です」

 

 それはそうと、乙女姉さん、ちゃんとメール打てるようになったんだろうか?

 

 乙女姉さんは重度の機械音痴で、携帯も以前人伝に聞いた時は電話としての機能しか使っていなかったはず。まあ自分もメールと電話でしか使っていないから、殆ど大差ないか。

 

 お世話になった乙女姉さんに頭を下げ、義経達と一緒に改めて入室する。

 その時視界に入った清楚姉さんの笑顔がちょっと怖かったのは、きっと気のせいだろう。だって怒られる様な事してないし。

 

 デカッ!! 

 

 入って最初に感じた感想がそれだった。

 高級そうな装飾品が並ぶ室内に大きなテーブル、そして幾つも並ぶ豪華そうなイス。

 それら全てが余裕で収められる広さのある部屋だ。驚いても仕方ないだろ?

 

 ……多分偉い人とかを呼んで食事会とかする部屋なんだろうなぁ。でも一人二人で食べるとなると広く感じそうだ。

 

 そんな部屋で先に来ていた数名の人達が自分達を出迎える。

 九鬼の三人の兄弟と揚羽さんの専属従者の武田小十郎さんと忍足あずみさんだ。

 

「見事やり遂げたな優季。金平糖をやろう」

 

「あ、ありがとうございます揚羽さん」

 

 最初に労いの言葉と共に揚羽さんが金平糖の入った小さな、しかし豪華そうな刺繍と生地を使っていそうな巾着を手渡してくれる。

 

 揚羽さんは相手を褒める時に一緒に金平糖をくれる時がある。量は出来次第。巾着で渡されたのは初めてだ。揚羽さんがくれる金平糖は美味いんだよなぁ。

 

「戻ったか優季、小雪の言うとおりだったな」

 

「小雪が?」

 

「お前が川神学園に通うことになった事を伝えておいたのだ」

 

「そっか。ありがとうな英雄」

 

 一応同い年で武士道プラン関係者という事で、義経達だけではなく自分も英雄の呼び捨てを許されている。そこそこ信頼関係はあると思うが、誰に対しても英雄は態度を変えないので正直分からない。 

 

「うむ。お前が気にしていたようだからな。民の憂いを払うのもまた、指導者の勤めよ」

 

 こういうことをサラッと言えて実行できる辺りは、流石は英雄だと思う。

 喋り方や生き様が若干ギルガメッシュに似ているが、彼よりは融通も利くし性格も丸いと思う。

 

「フハハー! 最後は我である。優季、しゃがむがいい!」

 

「はい。紋さま」

 

 その場に片膝を付いて紋さまと目線を合わせる。

 

 最後にやってきたのは小学生と見紛う程の小柄な九鬼紋白(くきもんしろ)さまだ。

 額に他の兄弟と同じ様にバツ印の傷跡があり、他の二人とは違って和服を着ている。  

 本当は『紋ちゃん』と呼びたいのだが、そう言うとヒュームさんがやって来て電撃ツッコミをいれてくるので、ボロが出ないよう心の中でも紋さま呼びをしている。

 

 一応本人から普段どおりに喋っていいとは言われているので、口調だけは普段どおりにしている。

 

「良くぞ姉上の期待に応えてくれたな。なでなでしてやろう!」

 

 紋さまがやって来て、頭をなでる。その際に撫でやすいように更に頭を下げておく。

 

「ありがとう。紋さま」

 

 頭を撫で終えられてから、顔を上げて笑顔でお礼を言うと、紋さまも満足そうに頷いて自分から離れる。

 

「うむ。やはり優季は惜しい人材だな。九鬼に就職せぬか?」

 

「う~ん本格的な九鬼への就職は、まだ検討させてくれるかな。でも育ててくれた恩は返すから、恩を返し終えるまでは九鬼の仕事を手伝うよ」

 

「そうか。惜しいな」

 

 紋さまの趣味は人材スカウトだ。

 趣味といっても同時に仕事でもある。

 九鬼家の三人の子供はそれぞれ別の分野で活動して行く事が既に決まっている。

 

 揚羽さんが軍事関連、英雄が商業関連、紋さまが政界に進出し政治関連を統べるらしい。

 それらを活かすのはやはり人材であり、その人材の発掘に一番長けているのが紋さまと言う訳だ。

 

 まあ確かに三人には人を惹き付け、従いたくなるオーラみたいな物がある。

 前世で出会ったレオと同じ様な人達だよな。生まれながらの王者の気質という奴だろう。

 

 ただ唯一、紋さまの欠点を上げるなら我侭を言わないところだろうか。

 九鬼の兄弟仲は凄く良い。だが、どこか紋さまが遠慮している部分がある。

 そして他の二人もそういう控えめな部分に思う事はあるみたいだが、自分からは踏み込もうとしない。理由は分からないし、それを教えて貰えるほど、今の自分は紋さまとも親しくない。

 

 うん。九鬼への恩返しのためにも、義経達同様、出来る範囲で彼女を支えてあげよう。

 

「さて、とりあえず挨拶は済ませたな。次にお前達の入学だが、六月の頭には既に入学扱いとなっている」

 

「ん? という事はもう私達は川神学園の生徒なのか?」

 

 弁慶が川神水を飲みながらヒュームさんに尋ねる。

 

「書類の手続き上はな。だがお前達が表舞台に立つ以上、周囲への情報開示は必須だ。それに川神学園でも六月に催しがあるのでな。お前達の入学はその後になる」

 

「催し?」

 

「うむ。東西交流戦だ」

 

 英雄が腕組みしながら頷き、ヒュームさんの説明を引き継ぐ。

 

 英雄の話を纏めると、今週末に西の天神館(てんじんかん)という学園が、修学旅行でこっちにやってくるらしい。そして『ついでだからどっちが強いかはっきりさせようぜ』と喧嘩を吹っかけられ、川神学園の学長である百代の祖父の鉄心さんが承諾。結果、学校ぐるみの決闘が行われる事になった。という事らしい。

 

 一日目が一年の試合。

 二日目が三年の試合。

 三日目が二年の試合となっている。

 

 武器はレプリカか峰撃ち、鏃は潰してクッションがついた矢、火薬系は量を減らす。

 大将が倒された時点で負け。

 それ以外はルール無用の何でも有りなんだから、どっちの学園も物騒極まりない。

 

「状況次第では東西交流戦への乱入も考えている。と言う訳で東西交流戦がある間は九鬼のビルで待機していろ」

 

 最後にヒュームさんがそう締めて、この日の説明会は終わり。その後は自分の帰還祝いというこで高級そうな料理をみんなで食べた。そして部屋に付いてベッドに倒れるとすぐに睡魔に襲われたため、そのまま眠りについた。

 




次回は東西交流戦なんですが……西方十勇士とは関わらないです。
正直あの戦いに主人公は介入させにくいので。
燕先輩といい、私の作品は西勢が不遇な立ち居地にありますね。



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【東西交流戦】


東西交流戦。そして一切名前が語られない西方十勇士……ごめんよ。



 東西交流戦の場所は川神の工業地帯の一角で行われていた。

 

 一日目と二日目は九鬼のビルでテレビ越しに観戦していた。というか、たかが学校同士の闘争にテレビ局が出動している事に驚きである。

 

 初戦の一年生は残念ながら川神が負けてしまった。どうやら大将が突っ走り過ぎたせいらしい。

 

 あのテレビの前を一瞬で通り過ぎて行った、刀を持った剣士の女の子を主軸に作戦を立てれば勝てただろうに。

 

 次の三年生の試合で、テレビ越しに懐かしい女の子を見つけた。

 

 あっ、この子……百代だ。

 

 黒く長い髪をなびかせ腕を組む少女。色々成長して変わってしまったが、強気で自信に満ちた目だけは、あの頃の百代のままだった。

 

 百代は手から気のレーザービームを打ち出して、組み体操みたいに生徒が一人一人合体して作り上げられた天神館の巨人を、一発で薙ぎ払ってしまった。

 結果、ものの十数分で決着が着いた。勿論百代のいる東の川神学園の勝利だ。

 

 なんというか、才能が憎い。こちらが一歩進んでいる内に、向うは十歩、いや百歩くらい進んでいる気がした。

 

 ま、愚痴ってもしょうがないか。無いモノは仕方ない。有るモノでやれるだけやるだけだ。

 

 そして一勝一敗で訪れた今日の二年生の対決によって、どちらの学園が優秀かが決まる。

 英雄も凄く張り切っていた。今も本陣で大将として指揮を執っている。

 

 そんな二年生の試合を、自分は上空の九鬼家専用ヘリから見下ろして眺めていた。

 良く見えるようにとドア全開で入口付近の取っ手に掴まって見ている状態で。

 

「おい優季、あんまり乗り出すと危ないぞ」

 

「あ、すいません。つい見入っちゃって」

 

「まあ確かに見応えのある戦いですからね」

 

 自分と同じヘリに同行してくれた九鬼家従者部隊のステイシー・コナーさんと李静初(リー・ジンチュー)さんに注意されながら、一緒に眼下の戦いを観戦する。

 

 ステイシーさんは金髪の長いブローがかかった髪を左右で結ったツインテールの髪型で、メイド服の上からでも分かる程のグラマーな西洋美人。

 表情がコロコロ変わる表情豊かな人で、思った事を口にするタイプのようだ。

 口癖はロックとファック。良い意味がロック、悪い意味がファックのようだ。

 

 逆に李さんは黒髪のショートヘアーで体型はスレンダーなアジア系美人。

 感情があまり表情に出ないクールビューティーな感じだが、結構ずばずばツッコミを入れてくる辺り、お茶目で面白い人なのかもしれない。

 

 義経が乗っている方のヘリには桐山鯉(きりやまこい)という従者部隊の執事が乗っている。

 営業スマイルが完璧な、ちょっと胡散臭そうな人だったが、物腰は柔らかく、あのワザとらしいスマイルさへ直せば、クラウディオさん並みの完璧な執事になる気がする。

 因みに桐山さんは大のマザコンのようで、本人にそれを言うとむしろ喜ぶらしい。

 

 以上の三人が武士道プランに関わる残りの従者らしい。後は彼女達の部下的な扱いで、随時人員が変わるからと、紹介されなかった。

 

「おっ。あそこはロックにやってるじゃねえか!」

 

「あれは……」

 

 ひときは大きな爆発の起こっている地点を見詰める。

 そこには大筒を抱えた少女とポニーテールの髪型で薙刀を持った少女がいた。

 

 あれ……もしかして一子か?

 

 良く観察すると、やはり幼い頃に遊んだ一子だった。

 子供の頃の面影を強く残して成長した彼女を見て『ああ、帰ってきたんだな』と、そんな懐かしい思いが自然と溢れた。

 百代の時もそんな感じは得かけたが、その後のレーザービームで吹き飛んだ。

 

 一子はどうもあの砲撃に苦戦しているらしい。

 というか、あれだけの火力を使ってもいいなんて、どっちの学校もどんだけ戦うのが好きなんだよ。

 

 暫くすると赤毛で眼帯つけて、トンファーを装備した軍服を着た女性が、一子を助けに来てくれた。というかなんで軍服?

 

「んん? ありゃもしかして猟犬じゃねえか?」

 

「確かドイツ軍に所属している軍人でしたか?」

 

 あ、マジな軍人さんだったんだ。てことはヒュームさんと同じで誰かの護衛で学校にいるのかな?

 

 というかドイツ軍てことはエイミーさんと同じ軍の出身か。彼女は元気にしているかなぁ。

 

「ああ。あいつの部隊の横槍のせいでアーノルドが……あ、ダメだ落ちる」

 

「えっ。落ちる?」

 

 さっきまで陽気だったステイシーさんが急にその場で落ち込んでしまう。

 

「ステイシーは元傭兵で、仲間の死を沢山見過ぎたせいか、戦場のフラッシュバックを起こすと気分が落ち込んで鬱になってしまうんです」

 

「それは……辛いですね」

 

 今の自分はかつての友人達の死も、その時の思いも、克明に思い出せる。

 気付けばステイシーさんを抱きしめていた。

 

「大丈夫です。ステイシーさんが彼らのことを覚えているなら、きっと彼らは笑ってくれていますよ。だから大丈夫」

 

「……なんでそんな事、お前に分かるんだ……」

 

「自分も友達を亡くした事がありますから。その内の一人が言っていたんです。『覚えてくれているだけでいい。それだけで良かったんだ』って。もちろん最後を看取れた自分の方がステイシーさんの何倍も恵まれているのは分かっています。でも、少しはステイシーさんの気持は分かるつもりですから、悲しい気持になったらいつでもこうしてあげます。だから元気を出してください」

 

 かつて気落ちした自分にサーヴァント達がしてくれたように、ステイシーさんを抱きしめ、頭を優しく撫でる。

 

「あ、あ~うん。もう大丈夫! 大丈夫だから放してくれ」

 

 ステイシーさんが顔を少し赤くして、慌てたようにこちらの腕を解いて離れる。

 そんなステイシーさんを見て、李さんが苦笑しながら呟いた。

 

「……そんな恥かしがらなくても」

 

「ファック、うっせー! 絶対ヒュームのおっさんやあずみには言うなよ!」

 

「言いませんよ。傍から見ていた私も、ちょっとキュンとなりました。これが所謂天然ジゴロ、という奴でしょうか?」

 

「私に聞くな」

 

 何故か李さんは僅かに頬が赤く、ステイシーさんは耳まで真っ赤にしてそれぞれ別方向に顔を向けて戦いを見守る。

 

 なんかまずいことしたかな? ただステイシーさんに元気になって欲しかっただけなんだが。

 

「それよりほら、あずみが戦ってるぞ」

 

 ステイシーさんが何かを誤魔化すように慌てて指を指すので、そちらに視線を移す。

 そこではあずみさんと忍者が戦っていた。というか、あんな一目で『忍者です』て、丸分かりな格好の人も居るんだな。

 

「ホントですねって、爆発した!?」

 

 あずみさんが拘束されて宙に上がると、その途中で二人が爆発した。

 

「相手の拘束を解くためにあずみが自爆したのでしょう。そしてあずみの方は既に変わり身で背後を取っていますね」

 

 あずみさんは水着姿になると、相手を逆さにして拘束し、まるで流星のように落下して相手を地面に叩き付けた。

 

 ……あれくらって生きてる方も生きてる方だな。

 土煙が晴れてピクピクと震える相手を見て、この世界の人間の頑丈さに呆れる。

 ホント、この世界は人間のレベルが異常な気がする。『凄いね人体』を地で行く世界である。怖いです。

 

 ここ本当に現実だよね? 虚構世界で実はみんなデータとかじゃないよね?

 自分の頬を抓って現実を再確認する。

 

「何やってんだ優季?」

 

「いや、なんか凄い戦いばかりで現実なのかと一瞬不安になったので、自分の頬を抓ってみました」

 

「ヒュームのおっさんの攻撃に耐えられるお前も大概だと私は思うぞ」

 

 何故かステイシーさんに呆れられてしまった。

 

「おや? 軍師陣の方で何か動きがあったみたいですよ」

 

 今度は李さんが指を指す。

 そちらを見ると海から筋骨隆々のモヒカン男が上がってきて、川神学園の軍師陣の部隊の背後をついていた。

 そして対峙するなり持っていた壷を頭の上で逆さにして、中の液体を自分にかぶせた。

 

「なんですかあれ? なんか壷の中の液体を被りましたけどって、燃やされた!?」

 

 見た目ハーフっぽいメガネをかけた優しそうな男子が、外見に似合わず平然と相手に火をつけた。

 

 火は凄い勢いで燃え上がり、一瞬にしてモヒカン男は火達磨になった。

 

「あ~あれ油だったんだな。というか躊躇無く火をつける辺り、見た目よりもロックな奴だな」

 

「あ、白い髪の女の子が現れましたよ」

 

「っ!!」

 

 燃やされても尚突っ込むある意味二重の意味で燃え滾っているモヒカン男を、眼鏡の男子生徒の背後から現れた白髪で長髪の女の子が、モヒカン男を思いっきり上空に蹴り上げた。

 

 だがそんな事よりも、自分はその行為を成し遂げた相手に驚愕していた。

 

 あれは小雪だ!

 

 見た目は大分変わっているが、所々に子供の頃の面影が残っているためすぐに分かった。

 

 そうか、あの頼りなかった小雪が、今では大の男を一撃で空中に蹴り上げ、自分もどんだけ飛ぶんだというくらい跳躍して、これまた相手を凄い勢いで海に向かって蹴り落として沈めるまでに成長したのか。

 

 ゆっくりと顔を上げて、夜空の星々を笑顔で見詰めながら心の中で呟いた。

 

 小雪、自称お兄ちゃんは貴女の成長を喜んで良いのかドン引きしていいのか複雑です……なんでそんなに強くなっちゃってるの!?

 

 叶うなら後半は声に出して叫びたかった。

 百代といい小雪といい、やっぱ川神っておかしな街なんだな。

 きっと二人も強くならねば川神で生きて行けなかったのだろう。

 そう、全ては川神が悪い。そう思うことにしよう。そして自分は考えるのを止めた。

 

「ん~出撃してる西方十勇士は今ので全員終わりか?」

 

「おや? 先程までいた西の大将が居ませんね」

 

「え? あ、ホントですね。さっきまでこれでもかってくらい目立つ屋上に居たのに」

 

 大将とその補佐らしきゴツイ顔の学生と優男風の学生の二人が立っていた場所には、すでに誰もいなかった。

 

 ちょっと探ってみるか。

 

 一気に気を放出して索敵する。

 

「うお? もしかして優季、気を放ってるか?」

 

「はい。ちょっと探ってみます……見つけました。あそこですね」

 

「随分索敵範囲が広いんですね。それに気配も薄いです。これは感知し難いですね」

 

 二人が指差した方を向く。そこは工業地帯の一画で、空からも死角になっている場所だった。

 

「おーい地図持って来てくれ」

 

 ステイシーさんが部下の従者部隊のメイドさんから地図を受け取る。

 

「えっと……ああ確かにここに僅かですがエアポケットになる場所がありますね。結構聡い大将のようです」

 

「でもよー大将がこそこそ隠れてる時点でってファック! なんだよ話し中に!」

 

 ステイシーさんが耳につけた無線機からの連絡に応答する。

 

「義経を投入する? おいマジかよ誰の指示だ? マープル様か、了解、好きにしろ」

 

 ステイシーさんが無線機を切って苛立たしげな表情をする。

 

「どうしたんですか?」

 

「義経を乱入させるそうだ。まあ確かにこれ以上ないくらいの宣伝にはなるだろうが、ファック、現場の私達にはもっと早く伝達しろってんだ」

 

「……そっか、テレビが来てるから」

 

「きっと義経を大々的に発表して、同時にクローン技術についての発表も行うのでしょう。人道的には今尚線引きの難しい技術ですから」

 

 まあそうだよな。偉人だからって勝手にクローンとして蘇らせていいのかって問題だもんな。

 

 しかも九鬼なんて大財閥じゃ生まれた後に求められるレベルも高い。

 それは自分自身が身を持って体験したから分かる。

 生まれた瞬間にある程度生き方が決められるのは、少し辛いよなぁ。

 与一と義経を見ると特にそう思ってしまう。

 

「本当に今後の義経達次第って感じなんですね、武士道プランは」

 

「おや他人事ですか? あなたはその武士道プランと切磋琢磨している最初の一般人なんですよ? 九鬼の人間もみんな注目しています」

 

「……そうだった」

 

 忘れていた。自分も結構重要な位置にいるらしい、世の中複雑だ。

 

「ま、お前は今のロックなままでいいと思うぜ、私は」

 

「むしろ今のままの方がステイシー的には嬉しいのでしょう?」

 

「ファック。李、なんならここでおっぱじめるか?」

 

 どこから取り出したのか、ステイシーさんが重火器を取り出して李さんに向ける。というか間にいる自分に向けている。

 

「久しぶりにやりますか?」

 

 李さんもどこから取り出したのか、その手に大きな針を数本、指の間に挟んで構える。勿論間に自分がいるんだから、自分に向かって構えている。

 

 そして二人とも殺気を放っちお互いに睨み合う。正確には自分越しに睨んでいる。

 

「……勘弁してください」

 

 ヘリ内部に移動して土下座する。人の命がかかっているんだ、土下座くらいしますとも。

 周りのメイドや執事も頷いている。特に操縦しているメイドさんは物凄い勢いで頷いている。しかも若干半泣きである。気持ちは痛いほど分かります。

 

「はは、冗談だ冗談!」

 

「ええ。任務中ですし、こんな不安定な場所ではやり合いませんよ」

 

 ……できれば今度は冗談と分かる空気でやってもらいたい。 

 

 二人の傍に戻ると、ステイシーさんがまた無線でやり取りをする。

 

「あいよ了解。撤収だ。義経は後で地上部隊が回収する」

 

「回収? 怪我ですか?」

 

「違う。あいつ地図も持たずに飛び下りやがった。だから迎えを寄越したんだよ」

 

「義経ェ」

 

 やはり義経は義経だった。

 




長かった。ようやく本編だ!(ゲームの時間軸的な意味で!)
そしてちゃっかりステイシーさん達も攻略開始だ!



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【初めまして川神学園】


ようやく川神学園だ。そしてここからが本当の地獄だ(作者のラブコメ描写的な意味で)



 翌日。何故かボロボロになりながら川神学園の校舎の中で義経達と共に待機していた。

 

「だ、大丈夫かお兄ちゃん?」

 

「ああ大丈夫だ。身形はほぼ無理矢理整えさせられたから、綺麗なはずだ」

 

「ふっ。あの程度の稽古で疲れた等と、まだまだ赤子だな」

 

 ヒュームさんが呆れたように呟く。

 

「いや、帰って早々数時間ぶっとうしで稽古つけるって、鬼畜過ぎるでしょ!」

 

 昨日の交流戦の後、九鬼のビルに到着するなり何故かテンションが上がっているヒュームさんに捕まった。

 

 クラウディオさん曰く、東西交流戦の熱に中てられたとか。

 

 子供か! と、心底ツッコミたかった。

 

 そして気付けば睡眠時間三時間である。

 まあ朝食も摂れたし、気を集中させて身体を治癒させているから、徐々に回復はしているけど、まだ痛いし、何よりだるい。

 

「……だが最後まで根を上げなかったのは褒めてやる」

 

 相変わらず凄い上から目線である。まあそういう言動や態度が許されるくらい凄い人だし別に気にはならない。もっと理不尽で傲慢な奴を知っているし。

 

「あの、与一君と紋ちゃんはどうしたんですか?」

 

 清楚姉さんが辺りを見回しながら周りに尋ねる。そう言えば確かにいないな。

 

「紋さまは後で登場なされます。先に三年生である清楚さま、続いて二年生の義経さま方と優季、最後に一年生である紋さまとヒュームが壇上に上がる段取りとなっております」

 

 クラウディオさんがにこやかに微笑みながらスラスラと告げる。流石だ。

 

「なんだろう。絶対一年の紹介の時にツッコミのオンパレードになる気がする」

 

「ほう、その心は?」

 

「ヒュームさんが一年っいっつあぁぁ!!」

 

 ヒュームさんに電撃込みで両側のこめかみをグーでグリグリされる。声が漏れないくらい超痛い。

 

「さて、いつもの二人の戯れは無視して、紋白は分かったとして与一はどうした?」

 

 開放されて蹲る自分を無視して、弁慶が不機嫌そうな表情で辺りを見回す。

 

「校舎に入った際に別行動に移ったようですね」

 

「あいつはホント、どうやらここに来る前におこなった制裁じゃあ足りなかったらしい」

 

 弁慶が指をポキポキ鳴らす。あ、目がちょっとマジモードだ。

 

「じゃあ探してくるよ。というか、何処にいるのか目星ついてるし」

 

「流石お兄ちゃんだ! 義経には皆目見当もつかないのに」

 

 義経、それはお兄ちゃん流石にどうかと思うよ。与一の兄貴分として。

 

「与一が好きな場所を考えればすぐ分かるよ」

 

 そう言って、人差し指で天上を指差す。

 

「……ああなるほど」

 

 弁慶も分かったようだ。

 

「確かに最初で挨拶抜きは色々と問題ありそうだからな。ただ今回は与一も本気で緊張してるんだと思う。だから弁慶、与一が来たら怒るのは勘弁してやってくれ」

 

 実際昨日は晩くまで起きていたらしい。

 与一が徘徊している掲示板の書き込みのログを確認したから間違いない。

 

「はあ。まあユウ兄がそう言うのなら今回だけは目を瞑るよ。でも、ちゃんとHRにも出るように言っておいてよ」

 

「ああもちろん。ありがとうな弁慶」

 

 そう言って弁慶の髪を軽く梳かした後に頭を優しく撫でる。

 

「は~なんかもう与一に対して怒るのも面倒くさいね」

 

 弁慶の表情がとろんとして、いつもの脱力感漂う表情に戻る。

 

「はは、らしくなったじゃないか。そうそう、のんびり楽しく行こう!」

 

 幸せそうな顔でだらける弁慶を見て彼女の緊張も解れただろうと判断して、屋上に向けて駆け出した。

 

 それにしても、やっぱみんな緊張してるんだな。

 義経はガチガチだったし、弁慶も少しいつもよりピリピリしていた。

 与一はまあ知らない人間に物珍しく見られるのが嫌なのだろう。

 与一は義経とは逆の意味で一番英雄のクローンって事を気にしているからなぁ。

 

 最後の階段を上り切って屋上に続く扉を開ける。

 

「……やっぱりここか。どうだ川神の風は?」

 

「ああ兄貴か。そうだな、ここの風は少し、物悲しいかな」

 

 つまり少しホームシックだと。小笠原諸島は自然豊かだったもんな。

 

 屋上の校庭側とは逆のフェンスに座って寄り掛かる与一に話掛けつつ、隣に立って俺もフェンスに寄り掛かる。

 

「で、朝礼での挨拶をサボる気満々か?」

 

 笑いながら与一を見下ろすと、与一は不機嫌そうな笑みを浮かべて答えた。

 

「兄貴こそ一緒にサボろうぜ。所詮こいつらとは卒業までの短い付き合いだ。態々全校生徒に挨拶する理由が見当たらないぜ」

 

「まあ確かにな」

 

 校庭では既に朝礼が行われている。声を聞く限り、清楚姉さんの紹介がそろそろ始まる感じだ。

 

「でも今日の朝礼とクラスの挨拶で、二年で一番目立つのは多分自分だから、今の内に挨拶を済ませた方が、色々お得だと思うぞ?」

 

「ん? なんで兄貴が一番目立つんだ?」

 

「紹介されるのは英雄や強者、大富豪、その中に一般人」

 

 笑って一般人の所で自分を指差す。

 

 そうだよなぁ。自分、一般人なんだよな……なんで毎回死ぬような思いをしなけりゃならんのだ。

 

 心の中で名も知らぬ神に愚痴った。

 

「それに一年はあのヒュームさんと紋さまだ。あの二人のインパクトで前の人の挨拶なんて、殆ど無かった事になる。つまり名前と二言三言喋れば済むって訳だ。後になってちゃんと紹介するなんて言って、義経や弁慶に連れ廻されるよりは、よっぽど楽だと思うぞ。しかも弁慶、結構怒ってたぞ」

 

「ま、マジか兄貴!?」

 

 弁慶が怒っていると言った瞬間、汗を噴出して震えだす与一……なんだろう涙出てきた。

 

「落ち着かせておいたから今は大丈夫だけど、多分来なかったら後が怖いと思う」

 

「うっ。確かに懐いている兄貴を無下にしたって事で怒りが倍増しそうだ。仕方ない、一時この身を組織の連中にも晒してやるとしよう」

 

 与一がいつもの無駄にクールな笑みを浮かべて立ち上がる。どうやら納得してくれたらしい。

 

 やっぱり環境が変わるとみんな大変だな。

 クールに笑いながら階段を下りて行く与一の後を追いながら、出来る限り三人をサポートしてあげようと心に誓った。

 

 

 

 

 階段を下りて一階に到着すると、丁度義経達が出て行くところだった。

 

「良かった。間に合ったんだな与一、流石お兄ちゃんだ!」

 

「流石ユウ兄、約束は守るね。命拾いしたね与一」

 

「ふっ。兄貴がどうしてもと言うから来ただけだ。べ、別に姉御の恐怖心に負けたわけじゃない!」

 

 いや与一君。震えながらそんな事を言っても説得力がない。

 

「まあいいよ。じゃ、行こうか。少し時間が押したから全員で出て来いってさ」

 

 弁慶に促されて全員で校庭に出て壇上に向かう。

 校庭のざわめきが一気に増えた。

 壇上に上がると清楚姉さんが後ろに下がってスペースを作ってくれた。

 

『ではまずはお待ちかねの女性陣からの紹介じゃ』

 

 はは、鉄心おじさんは相変わらず女好きなのね。

 男子ではなく女子から紹介させる辺りが鉄心おじさんらしい。

 

 この学校がブルマなのも学長である鉄心おじさんの趣味だって噂だしな。

 それにしても、学長の他にも川神院の総代の仕事もしているんだから凄いアグレッシブなおじいちゃんだ。というか子供の頃に会った時と姿が全然変わっていないってどういうこと?

 

「こんにちは、一応、弁慶らしいです。よろしく」

 

「死に様を知った時から好きでしたー!!」

 

「結婚してくれー!!」

 

 鉄心おじさんの容姿の謎について考えていると、急に男性陣から大地を震わさんばかりの歓声が響き渡った。ちょっと怖い。

 

「みんな姉御の正体を知らないから」

 

「まあまあ」

 

 小声で震えながら呟く与一の肩を軽く叩いて落ち着かせる。

 その間に弁慶がマイクを義経に渡す。

 

「き、緊張する」

 

「しっかり義経」

 

「頑張れ義経」

 

「う、うん……よし!」

 

 弁慶と自分に励まされた義経は、深呼吸を一度してから意を決して生徒達の方へと振り返る。ただの挨拶でここまで意気込むんだから、義経は本当に真面目だ。

 

「源義経だ。性別は気にしないでくれ。武士道プランに関わる者として、恥じない振る舞いをして行こうと思う。みんなよろしく!」

 

 義経は最後にお辞儀をして顔を上げる。

 しばしの沈黙の後、またも男性陣から歓喜の声が響き渡った。微妙に女性も混じっているようだ。流石は義経、みんなを魅了するオーラを持って生まれたらしい。

 

「やったぞ弁慶、与一、お兄ちゃん!」

 

「お兄ちゃん?」

 

 誰かの呟きと共に会場に一瞬の静寂が訪れる。

 

 ……しまった。その辺りのことを注意しておくの忘れていた。

 

 義経は何が失言だったのか分かっていないようだったが、自分が何かしでかしたことは理解できたようでオロオロしている。

 

 はあ仕方ない。とりあえず自分が挨拶しない事には先に進まないだろう。

 

「義経マイク」

 

「あ、うん」

 

 マイクを受け取る時に義経の頭を優しく叩いて『大丈夫だ』と伝えて口を開く。

 

「初めまして。自分の名前は鉄優季です。で、隣が那須与一です。自分は皆さんより先に武士道プランが本当に有益かを示すために選ばれた一般人です。まあテストケースって奴ですね」

 

 笑顔でまずは自分の説明を終わらせ、ちゃっかり与一のことも紹介しておく。

 

「え~先程義経がお兄ちゃん発言しましたが、別に血縁関係はありません。自分が無駄に年寄りくさいせいか、いつの間にかそう呼ばれるようになっただけです。あれです、クラスに一人はいる年上タイプって奴です。別名苦労性とも言いますね。委員長とか部長になっちゃう人はなんとなく分かってくれると思います」

 

 オレが苦笑混じりに答えると、数名の生徒が笑いながら首を振ってくれた。

 よし、ある程度は掴みはオッケーかな。

 

「ほら、与一」

 

 そう言って改めて与一に自己紹介させるためにマイクを向ける。

 

「……ふん。那須与一だ」

 

 与一は名前だけ言ってそっぽを向いてしまう。うん、想定内だよ。

 

「はい、と言うわけで男子は苦労性とクールボーイの二名でーす! 良かったらよろしくしてあげてくださいね!」

 

 最後に札を空中に十数枚放つ。

 札は途中で光る小鳥となって宙を舞い、最後に弾けて光の粒子、正確には気の残りかすを撒き散らし、その光は生徒達に降り注いだ。

 

 しばしの沈黙の後で歓声が起こる。良かった、お兄ちゃん発言の印象は消す事に成功したみたいだ。

 

 更にその後、ヒュームさんと紋さまの登場で発言の印象は完全に薄れてくれたようだ。

 まあ間違いなく一番インパクトのある組み合わせだもんなぁ。

 




次回からようやく本格的に九鬼関連以外のキャラが登場。
そして次回は初戦闘回(ちょっとだけ)……頑張ろう。



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【川神での初勝負】


やっぱSで最初に戦うとしたらあの人しか居ないですよね。



 朝礼が更に進む中、鉄優季の紹介で一部の者達が思い思いの感情を抱いていた。

 

 先程のは気による具現ですね。あそこまで精密にコントロールできるなんて。

 

 由紀江は先程の鳥が優季が気を使って生み出した物と気付いていた。

 

 優季さんはまるで木の様な御人ですね。

 

 高い身長と、本人は気にしていないようだが見えている腕や首には大きな傷跡があり、顔にも小さな傷跡が幾つか見受けられた。

 

 しかしそんな傷よりも、感情豊かな表情と大きく澄んだ瞳が印象的だった。

 傷だらけの幹よりも青々とそよぐ葉に目が行くのと同じ原理だ。故に木のような容姿だと、由紀江は表現する。

 

 慌てていた義経さんや素っ気無さそうな与一さんを気遣っていた所からみて、きっと穏やかで優しい性格の方なのかもしれません。と、友達になれないでしょうか?

 

 由紀江は新たな友達候補を見つけてどうやって声をかけようか悩むのだった。

 

 

 

 

 そんな由紀江とは対照的な興味を燃やしているのが、2年S組のマルギッテ・エーベルバッハだった。

 

 当初は弁慶狙いでしたが……鉄優季、あいつは面白そうだ。

 

 マルギッテもまた優季に興味を抱いていた。

 特に気を自在に操るその姿と、傷だらけの身体に興味を抱いた。

 

 あれだけの傷を負うほどの研鑽をしたというのなら期待できる。

 

 マルギッテは知りたかった。その傷を負う代わりに得たであろう対価を。

 

 英雄と切磋琢磨した一般人。この私自ら、どの程度のものかを試してやりましょう。

 

 獰猛な笑みを浮かべて早く朝礼が終わらないかと、マルギッテは心の内でそわそわしていた。

 

 そしてマルギッテと同じ二年の中では驚きで視線を交し合う者達がいた。風間ファミリーである。

 

 彼らはかつて自分達のファミリーにいた優季が外見的な印象が大きく変わりながら、しかし内面がそれ程変わっていない事に僅かながらに喜びを感じていた。

 唯一、優季を知らない京とクリスだけは、視線を巡らしあうメンバーに怪訝な表情をさせていた。

 

 そんな彼らの気持すら凌駕し、もはや言葉すら出ないで立ちすくんでいた女の子が二人いた。百代と小雪だ。感情の差異はあれ、二人は待ち焦がれたとばかりに同時に笑った。

 

 百代は自身の退屈を紛らわせてくれると信じて。

 小雪は自身の成長を見届けて欲しくて。

 二人はじれったいと言いたげな表情で朝礼を聞き続けた。

 

 

 

 

「と言う訳で今日からお仲間になる四人だ。みんな仲良くしろよ」

 

 やる気の無さそうな担任の宇佐美巨人(うさみきょじん)先生が、教室の前に自分達を並べてそれぞれ紹介させる。

 

 まあ朝礼で物凄い恥かしい思いをしたので、思いのほかすんなりと挨拶を終えられた。

 

 何故か一部から微妙に敵意や侮蔑の表情があるが、気にしない気にしない。

 というか個人的には物凄い笑顔をこちらに向けてくれている小雪と早く挨拶したい。まったく可愛く育っちゃって。

 

 全員の挨拶も終わり、質問タイムに入りかけた瞬間、目の前に眼帯をした軍人さんがやって来た。

 

「鉄優季、私の名前はマルギッテ・エーベルバッハといいます。早速ですがあなたに決闘を申し込みます」

 

「……え!? この面子で最初の決闘相手が自分!?」

 

 流石にいきなりの事に驚く。

 

「最初は弁慶に挑戦しようかとも思いましたが、朝礼での技に興味を抱きました。それにあなたが期待外れなら、英雄達と切磋琢磨してもその程度、という事でもあります。まずはその辺りを知っておくべきでしょう」

 

 そ、そう来たか、いやむしろ当然か。

 

「おいおいマルギッテ、この後すぐ授業だって分かってる?」

 

「いいよ。わしが許す」

 

 急に教室に現れた鉄心おじさんがにこやかに宣言した。さ、最悪だこの人!!

 

「学長……」

 

「まあこういうのは勢いじゃし、最初の決闘くらいはのう。しかし本当にこの者で良いのか? 次からはちゃんと手続き取ってもらうぞい?」

 

「構いません」

 

 マルギッテさんは何処からともなくトンファーを出して構えて嬉々として頷く。

 

 はあ、どうするか。いや、どうにもできないか。

 

「分かりました。ただし条件を決めさせて貰います。流石に転入初日に目立ち過ぎてもあれだから廊下で一対一でやりましょう。時間もありませんから先にダウンした方の負け、どうですか?」

 

「いいでしょう。では廊下に」

 

 廊下に出る間際に小雪と義経達が心配そうに見詰めていたので、彼らに手を振ってから出る。

 

「随分と余裕だな。なめていると怪我をすると、理解させる必要がありそうだ」

 

 どうやら手を振ったのを見られたらしく、マルギッテさんが咎めるようにこちらを睨む。

 

「なめてないですよ。決闘である以上は……全力です」

 

 気持を切り替えて、バックパックから札を抜き取り片手に三枚一組の札を三組。もう片方には五枚一組の札を一組手に持つ。

 

「札、確か日本では符術という気の技もあると耳にしましたが、その類でしょうか? それが鉄優季の武器で?」

 

「まあ、武器の一つです」

 

 自分が使っている符術は、キャスターが使っていた呪術を模倣して作り上げた術だ。

 

 それにしてもこの人、今は油断しているみたいだけど、強いよなぁ 

 元々強そうだと思ってはいたが、集中して相手を見据えて改めてその強さに気付く。

 でも、油断してくれているなら、そこを突くべきだよな。

 

「それでは、行きます!」

 

 マルギッテさんが飛び出してくる。

 こちらは手に持った三枚一組の符に空気属性を付加させて三組全て放つ。

 

密天(みつてん)!」

 

 緑色に輝く札三組が共鳴し合う様に光ると、ドリルの様に渦巻く『衝撃波』へと姿を変えた。その衝撃波の大きさは廊下をほぼ全て埋め尽くすほどだった。

 

 衝撃波の規模から回避よりも防御を選んだのか、マルギッテさんが迫る衝撃波から身体を守ろうと腕を交差させてガードする。

 

 しかし衝撃波の威力の方が勝ったのか、マルギッテさんは後方へと軽く吹き飛ばされた。

 

「ぐっ!」

 

 マルギッテさんは吹き飛ばされながらも、空中で体勢を立て直そうとする。だが、真剣勝負である以上、その隙を見逃すわけには行かない。

 

氷天(ひょうてん)!」

 

 宙に放り出されたマルギッテさんに走り寄りながら、もう片方の札に冷気属性を付加させて放る。

 

 札は猛吹雪となって空中で体勢を崩しているマルギッテさんの『下半身』を狙い、吹雪が触れた箇所から瞬時に凍結して行き、マルギッテさんの下半身が凍結する。

 

「しまっ!?」

 

 氷結化したまま着地したマルギッテさんが滑って仰向けに倒れる。つまりダウンだ。

 

「それまで! 勝者、鉄優季!」

 

「はあ。なんとか勝てた」

 

 溜息を吐いて肩の力を抜く。次の瞬間、S組及び騒ぎを聞きつけて教室から顔を出して覗いていた生徒達が騒ぎ出す。

 

「おお! なんだよ今の!」

 

「すっげー。まるでゲームの魔法みたいだな」

 

 マルギッテさんも周りも自分の技に驚いていたが、自分としては別の事に驚きを感じていた。

 

 マルギッテさんは自分の予測では義経達と同じ強者の部類だし、防御されたから密天の威力が半減したのは仕方が無い。

 それでも密天三枚で身体が軽く吹き飛ぶだけに留まった事が、思いのほか自分に衝撃を与えた。

 

 密天一枚でその辺の不良ならそこそこ吹き飛ぶ威力は在ると自負していたんだけどなぁ。武器に皹すらいれられなかったか。

 

 自分の符術は残念ながらキャスターのように相手の足元から火や冷気が出て相手を火炙りにしたりとか、氷付けにしたりとかは出来ない。そして威力の方もかなり弱い。

 

 その代わりに札には予め気を繰り込んであり、状況に応じて瞬時に使えるようにしてある。

 更に枚数を重ね合わせる事で威力を、使用枚数で効果範囲を調整できるようにしてある。

 

 まあ簡単に説明するなら、二枚一組で二倍単発攻撃、二枚一組二組使用で二倍範囲攻撃って感じだ。

 

 ただし範囲拡大には同じ枚数の組み同士でないと安定しない。

 そのかわりゲームみたいに威力は拡散しない純粋に二倍の強さの範囲攻撃になる。

 

「なるほど、一度目の衝撃波は範囲を広く放っていたが、二度目は当てる場所を限定させる事で氷結の威力と持続時間を上げたということか。氷結を早く解くにはこちらも気を練る必要があるのか」

 

 マルギッテさんが足の氷結化を解いて立ち上がる。

 氷結五枚をあんな短時間で解かれるとか、ちょっと、いやかなりショックなんですが。

 

「今回は慢心が過ぎました。鉄優季、次は初めから全力で行かせていただきます。心しておきなさい」

 

 そう言って、マルギッテさんは不適に笑った。自分はこの笑顔を知っている。

 

 この人、百代やヒュームさんと同じでバトルマニアだ!!

 厄介な人に目を付けられたと、心の中で悲鳴をあげた。

 




流石マルさんだぜ! かませポジもこなせるナイス乙女!
因みにマルさんはまじこいでは二番目に大好きなキャラです。
チョロい所も、かませな所も好きです。

【技・武器解説(簡略版)】(Fate/EXTRAを知らない人用です)

『密天』
原作では魔力で作り上げた符を相手に投げつけて空気圧縮で相手を攻撃する技です。

『氷天』
原作では魔力で作り上げた符を相手に投げつけて氷付けにした後砕く攻撃技です。



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【再会】


ようやくかつての友人達との再会。



「ユーーキーー!!」

 

「おぶふ!?」

 

 一限目が終了した途端、小雪が豪快なダイブと共に抱きついてきた。

 なんとか抱き止めて踏ん張ることに成功する。

 

「本物だよね! 偽者じゃないよね!」

 

「あはは、一応本物のつもりだ。それにしても小雪も美人になったな」

 

 そう言って小雪の頭を撫でる。

 

「えへへ、懐かしいなあ」

 

 人懐っこい笑顔で腕の中で照れる小雪、可愛い。

 

「ああ昔はよくこうしたもんな」

 

 なんて感じで二人で昔を懐かしんでいると、肩を叩かれたので振り返る。

 

「おうっ!?」

 

 後ろには義経となんか微妙に不機嫌な顔の弁慶がいた。

 

「ユウ兄、その人は?」

 

「あ、ああ。前に話した幼馴染で文通していた一人の小雪だ。まあお互い、というか自分が病気で引っ越したから、本当に久しぶり過ぎて他に自己紹介のしようがないんだが」

 

「おやおや、さっそく賑やかですね」

 

 昨日小雪と一緒に居た眼鏡の男子生徒が、スキンヘッドの陽気そうな男子生徒と共にやってくる。

 

 特徴から見て、小雪の手紙に良く書かれていた幼馴染の二人かな?

 確かこっちのイケメンが葵冬馬で、こっちの色んな意味で明るそうなのが井上準、だったか?

 

「まあ無理もないだろ。なんせユキの『初めての人』だからな」

 

 井上がとんでもない爆弾を落としていきやがった。

 

「ほほう、それは興味深い。ぜひ聞いてみたいなぁ~」

 

「弁慶さん何故錫杖を私めに向けているのでしょうか? 先端が微妙に刺さって痛いのですが」

 

 なんか更に怖い顔になった弁慶が錫杖の先で頬をツンツンしてくる。いや、マジ痛いです止めてください。

 

「もう! わざと紛らわしい言い方しないでよ準! この頭部不毛地帯!」

 

「ヒドイわ!!」

 

 小雪が怒って井上の綺麗に輝く頭を何度も叩く。

 

 ……そっか、小雪にもあんなことができる友達ができたんだな。

 

 手紙で仲が良いのは知っていたが実際に目の当たりにすると、時間の流れというのは凄いと感心する。そして微妙に不機嫌な弁慶を宥める方法を模索する、そんな午前だった。

 

 

 

 

「もぐん。つまりお兄ちゃんは榊原さんの命の恩人って事か」

 

「うん。ちゃんと自分の口でお礼を言いたかったんだ。あと僕の事は小雪でいいよ」

 

 昼休みに教室で小雪の仲良しグループと一緒に教室で食事を取る。

 因みに両隣が小雪と弁慶で、何故かお互いにチラチラ相手を意識している。

 何かあったのだろうか?

 

 それとあまりに義経達を見ようとする生徒が多いため、放課後になるまで休み時間の度に2-Sの通路にマルギッテさんが立って生徒達の通行を禁止している。後でお茶を振舞っておこう。

 

 特に義経達への決闘の申し込みが多く、今はクラウディオさんが何かしらの対策を講じているらしい。 

 

「それにしても優季君がウチの病院に入院していたとは、いやはや世間は狭いですね」

 

「そうだな葵、というか手で太股撫でるの止めてくれるか」

 

「冬馬でいいですよ優季君」

 

 それとなく小雪の隣から手を伸ばして太股を撫でる冬馬に注意する。

 小雪曰く、冬馬は男も女もイケる人らしい。セイバーと同じ人種だ。

 

 冬馬は自分が子供の頃に入院した葵紋病院の院長の息子さんで、そのうえ英雄の言うとおり一年の頃からずっと学年一位を死守しているらしい。ファンクラブもあると聞いて納得してしまった。

 

 性格も良くて勉強も出来てルックスも抜群だもんなぁ。そりゃファンクラブも出来るわ。

 

「そういえば井上は何処に行ったんだ?」

 

 昼休みになった瞬間、井上は教室を勢い良く飛び出していた。

 彼は自分でお弁当を作っていると言う事だが、持って来るのを忘れたのだろうか?

 

「ただいま。いやぁ~やっぱ紋さまはすっばらしいな~♪」

 

 なんか物凄い笑顔で帰って来た!?

 

「何しに行ってたの準?」

 

「紋さまに忠誠を誓ってきた。その時に頭を踏んで貰ったぜ!」

 

 え、何がそんなに嬉しいのか理解できない。

 

「準はロリコンなんですよ」

 

「……ああ、なるほど」

 

 冬馬の助言で理解する。そしてなんと言っていいか分からない顔で満面の笑みを浮かべる井上を見詰めた。

 

「なあ弁慶、ろりこんって、なんだ?」

 

 意味が分からなかったのか、義経が弁慶に尋ねていた。

 

「与一の中二病と同じ精神の病気だよ。しかも中二よりも性質が悪い。下手したら周りに被害がでる」

 

 弁慶が呆れたような溜息を吐いて冷めた視線を井上に送る。

 

「失敬な。俺はただ、穢れ無き幼子達の笑顔で心の疲れを癒したいだけだ」

 

「男の子でも?」

 

「俺はショタコンじゃないからパス」

 

「最悪だな」

 

 あの与一にツッコまれるとは相当だな。

 因みに与一は無理矢理残らせた。その為にお弁当を人数分作ってきたのだ……自分がな!

 何故かは分からないが、自分のお弁当は身内では好評なのだ……普通の庶民派弁当なんだがな。

 

「それにしても、お前も自分で弁当を作っているとは、仲間ができたみたいで嬉しいぜ。あ、俺の事は準でいいぜ。俺も優季って呼ばせてもらうからな」

 

「分かった。それと自分が弁当を作るのは節約の為さ。武士道プラン関係者だからって甘やかされてないからね。他のみんなもちゃんと自炊してるんだぞ」

 

 まともに料理ができるのは自分と弁慶と清楚姉さんだけだが……。

 

「おや、それは意外ですね」

 

 本当に以外だったのか、冬馬の言葉に小雪と準も頷く。

 

「質素倹約。英雄である以上、みんなのお見本であれって事らしいからね」

 

 弁慶が補足説明してくれる。

 

「小遣いの額もその年齢が貰ってる平均額だしね。態々調べてるんだから無駄に凄いというか」

 

「自分も親から貰っているのは必要最低限だけだな。ただ九鬼は門限自体は緩いから夜のバイトもOKなんだよ。まあバイトするにも色々大変だが」

 

「兄貴はバイトするつもりなのか?」

 

「兄貴? そう言えば朝礼でそんな話題が挙がっていたような気が?」

 

 与一の言葉に小雪が首を傾げる。

 

「ふっ。兄貴はこの俺と同じ闇の脅威を知る者だ。同い年だがその落ち着いた雰囲気は兄貴と呼ぶに相応しい。故に兄貴だ」

 

 与一が箸を置いて手を顔の前に持って行って『ふっ』と、顔を右斜め45度に傾ける

 

「ああ、兄貴分って意味か。確かに優季は同年代よりも落ち着いているから兄って感じだよな」

 

「同い年なのに年上の魅力も併せ持つ、魅力的で素敵ですね優季君は」

 

「む~、いくらトーマでもユーキはダメだよ!」

 

 そう言って横に陣取っていた小雪が抱きついて自分の所有物だと主張する。微笑ましい。

 

「ええ分かっていますよ。ユキに嫌われたくないですから」

 

 つまり冬馬は小雪が好きなのか?

 と思ったがその表情を見て違う部類の好きだと判断する。

 あれは家族を見るような笑顔だな。自分が義経達や小雪に対するのと同じか。

 

 一人で納得してうんうんと首を縦に振る。

 

「まあ前途多難というか、色々大変だろうが、俺達はお前を応援しているから、頑張れよユキ」

 

 準が自分の弁当を持って冬馬の隣の席に座ると、苦笑交じりに小雪に告げた。

 小雪も何かやっているのだろうか? 

 

「けどユウ兄、バイトするって具体的にどうするんだ?」

 

 何故か自分のお弁当箱からおかずを強奪しながら、弁慶が話を戻す。なんの罰ゲームだ。

 

「まあ朝の訓練の参加とSクラスの維持の条件さへ守れば、必要最低限の衣食住の面倒は九鬼が見てくれると言っていたから、急いでいる訳じゃないんだけどな。今までの小遣いも結構残っているしね」

 

「お兄ちゃんは昔からあまり物を欲しがらないよね?」

 

「映画なら弁慶が借りてくるから一緒に観ているし、本関係は与一と清楚姉さんが貸してくれる。みんなで遊ぶ系のボードゲームなんかは義経が率先して買うしね。みんなの誕生日プレゼントとか、減った分の日用品の補充くらいにしか使い道が無いんだよ」

 

 義経の問いに答えつつ、持って来た水筒から紙コップにお茶のおかわりを注いで一息入れる。因みに他のみんなにもお茶を振舞ってある。

 

「ホント同年代かってくらい落ち着いてるな」

 

「自分としては普通のつもりなんだけどね」

 

 井上に答えつつ窓から差し込む暖かな日差しを感じていると、急にS組の扉が開いた。

 

「お、いたいた。おーいユウ!」

 

 頭に赤いバンダナを身に着けた男子生徒を筆頭に、数名の生徒がこちらにやってくる。

 その内の何人かは子供の頃の面影が残っていた。

 

「もしかして、キャップか!」

 

「おう! 覚えていてくれたか!」

 

「てことはデカイのがガクトで、そっちのひょろっとしたのがモロで、生意気そうなのが大和だな!」

 

「おうイケメンに成長しただろ!」

 

「はは、久しぶりだねユウ」

 

「俺、生意気そうな顔してるか?」

 

「たまにね」

 

 大和が自分の顔を指差して隣の一子に尋ねると、一子が素直に頷いた。

 

「一子は東西交流戦で見かけていたから気付いたけど、思った程みんな子供の頃と変わってないな」

 

「いや、お前が変わりすぎだろ」

 

 ガクトに笑いながらツッコまれる

 

「ははは、違いない。死にそうな目にも何度も遭ったからな。死にそうな目に何度も遭ったからな!」

 

「二回言うくらい酷かったんだ」

 

 モロが苦笑しながらツッコむ。うん流石はファミリーのメインツッコミ。

 

「あ、あのお兄ちゃん、その人達は?」

 

 振り返ると風間ファミリーのノリに取り残された義経達がいた。

 

「ああすまん。彼らは自分の子供の頃の友達だ。丁度いいからお互いに自己紹介しようか。自分の知らない仲間も増えているし」

 

 と言うわけでお互いに自己紹介をして親睦を深める。

 

 その過程でどうしてみんなだけがクラスに来れたのか分かった。

 マルギッテさんはどうやら風間ファミリーに新しく入った今年川神に留学しに来たクリスティアーネさんの護衛で、彼女とは子供の頃からの知り合いで姉妹のような仲らしい。

 

 ……マルギッテさんは身内に甘いって事は分かった。

 因みに本人がいいと言うので、今後はクリスと呼ぶことになった。

 

 そして残った椎名さんは、こちらと必要以上に仲良くするつもりは無いらしい。

 挨拶が物凄く事務的だった。まあ初対面だしな、仕方ない。

 

「やっほーユウ! 久しぶり!」

 

「おう一子、東西交流戦見たぞ。随分と強くなっちゃって、まあそれは小雪にも言える事なんだけどさ」

 

 一子の頭を撫でながら小雪に視線を送ると、何故か嬉しそうに『そんな~』と言って照れていた。いや小雪さん、そこで強さを認められると、兄貴分としては将来が少し心配です。

 

 義経達もそれぞれ紹介しあった。

 義経と一子は初対面とは思えないくらい、お互いに親しそうに喋り、何故か椎名は弁慶を警戒し、与一にいたってはその中二病の前に大和が悶え死んだ。

 

「やれやれ、一気に賑やかになったな」

 

 なんて言いながら軽く溜息を吐くと、また扉が開いた。

 

「よっしつっねちゃーん、戦おうぜー。あとついでに優季も」

 

「ついでかい!」

 

 現れたのは傍若無人の女王、川神百代だった。

 

「はは冗談だ。与一は遠距離だから別にいいが、義経と弁慶とお前、全員と()りたい」

 

「何故だろう。モモ先輩が言うと色んな意味で如何わしく聞こえる」

 

 ガクトが少し腰を下げて照れた様な変な笑みを浮かべた。

 そうか? 自分には物騒な意味にしか聞こえないんだが。特にあんな爛々とした目で見られたら。

 

「えっと、確か川神百代先輩ですよね? 義経達は他にも決闘の申し込みを受けているからすぐには戦えない」

 

「ははは……それで私が諦めるとでも?」

 

 途端、百代から一気に闘気が溢れ、義経を庇うように弁慶と与一が前に出て、冬馬を庇うように小雪と準が前に出る。

 

 ……あれ? 風間ファミリーの奴ら止めないのかよ!

 

 風間ファミリーはいつもの事と呆れていると者、そもそも止められないと諦めている者の反応に分かれて傍観していた。

 

「こりゃ、転校生をイジメんな!」

 

「あいたっ!」

 

 仕方ないので残った自分が百代の後頭部をチョップする。

 

「ふ、ふふ。いい度胸だな優季、まずはお前からか? というか元々お前から戦おうと思っていたところだ」

 

 百代の狂気を孕んだ様な瞳が俺を射抜いた。

 その目は、相手をぶちのめす事しか考えていないような目だった。

 

「……百代、お前大丈夫か?」

 

「何がだ?」

 

 自分が今、どんな目をしているのか分かっていないのか?

 

「お待ちください川神百代様」

 

 緊迫したこの場に相応しくない落ち着いた声と共に、クラウディオさんが現れる。

 

「確かクラウディオさんでしたっけ?」

 

 百代がクラウディオさんに視線を向けると、クラウディオさんはいつもの穏やかな笑顔で一度お辞儀した後に喋り始めた。流石クラウディオさん、どんな時も礼節を忘れないパーフェクト執事!

 

「はい。先程ようやく義経様達への決闘の申し込みの整理を終えたところです。つきましては武神と謳われる川神百代様にお願いがあって参りました」

 

 クラウディオさんがいつもよりも矢継ぎ早に説明する。

 なんでも学校内の生徒だけでなく外部からの決闘の申し込みも多く、その相手を百代にお願いしたいらしい。そして百代が戦って見込みがあると思った者は後日改めて義経達と戦わせる。という流れだ。

 

「なるほど構いません。むしろ大歓迎です」

 

「では……」

 

「条件として今日、優季と戦わせてもらいます。それと私が卒業する前に義経達と戦わせて貰う。この二つが条件です」

 

「それは……」

 

 クラウディオさんがこちらに視線を送ってきたので頷いて答える。

 できれば百代とはこちらの手の内が色々露見する前に一度決闘するつもりでいた為、こちらとしてもありがたい申し出だった。

 

「結構です。ですが先にこちらの依頼を片付けていただきますが、よろしいですかな?」

 

「ええ。場所は?」

 

「多摩大橋の傍の河川敷でいかがでしょうか?」

 

「構いませんよ。と言うわけだ優季、放課後多摩川に集合だ」

 

「やれやれ了解だ。久しぶりの決闘だな」

 

「ああ、楽しみにしている」

 

 百代は笑みを浮かべて去って行った。

 その後姿を見据えながら、テレビ越しでは気付かなかった百代の変化に気付いて眉をひそめた。

 

「百代、お前今、戦うのが楽しくないのか?」

 




なんだろう。百代が原作よりもあぶない人になってしまった気がする。



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【特殊な学園】

今回は川神学園の若干異常な部分の説明回。



「んじゃ。今日のHR終わるぞー」

 

 宇佐美先生のやる気のない終礼と共に今日の授業が終わる。

 

「疲れた……」

 

 試験やった時も思ったけど、レベルが高い。いやホントなめてたね。

 しかも授業中は個性的なメンツ外はみんなピリピリしているし、やっぱ環境って大事だね。

 ただまあ聖杯戦争時の空気に比べればそれ程って感じなので少し戸惑う程度で済んだけど。

 

「ねえねえユーキ、良かったら学校内を案内してあげようか?」 

 

「いいのか? 助かるよ小雪」

 

 百代の決闘が終わるまで何しようか悩んでいると、小雪がやって来て学校案内を提案してくれた。元々校舎を見て回ろうと思っていたので、喜んでその提案を受け入れた。

 

「うん、任せてよ!」

 

 小雪が嬉しそうに胸を張る。そして揺れる……発育良すぎじゃないですかね?

 

「じゃあ義経達にも声を掛けるよ。小雪は準達には声をかけたのか?」

 

 胸に行った目線を逸らしつつ、どうせならみんなでと思って提案する。

 すると小雪は僅かに視線を逸らしながら口を開いた。

 

「あ、えっと、二人は用事があるって」

 

「そっか。じゃあ義経達だけ誘うか」

 

 しどろもどろに説明する小雪に首を傾げつつ、席を立って義経達に尋ねるも、こちらが近寄った瞬間に弁慶と与一には断られてしまった。

 

『悪いユウ兄。私、約束があるから』

 

『悪いな兄貴、俺は偵察に行かねばならない』

 

 そう言って二人はさっさと去り、荷物を仕舞っていた義経が顔を上げて戸惑った表情で辺りを見回して、

 

「あ、あれ? 弁慶と与一は? 決闘の申し込みがあるから一緒に校庭に行こうと思ったのに!?」

 

 と言って少し涙目になった。

 

 ……逃げたな、あの二人。

 こんな時だけは息の合う二人だった。

 

 だが自分も今日は校舎の案内に加えて百代の相手もしなきゃならないので勘弁願いたい。

 

「義経、今日は無理だが明日以降は一緒に決闘に付き合ってやる。それで許してくれ」

 

「お兄ちゃんはあの武神と戦うから仕方ない。義経は我慢する」

 

 結局決闘の申し込みの生徒は義経に任せて小雪と校舎を周る事にした。

 

 最初に案内されたのは教室を出てすぐだった。

 

「この廊下に設置された掲示板に色々な依頼や勝負、学校の知らせが張られているんだよ。因みに報酬は基本的に食券」

 

「へ~、部員との囲碁対決、ヒロイン談義、ゆるキャラ演説会……色々あるんだな」

 

 二年の教室前に設置された掲示板の掲示物に目を通す。

 

 基本的には勝負の張り出しが多いな。

 

 陸上部でハンデ有りで100メートル走で勝ったら食券10枚とか、手品で種を見破れたら食券5枚等々がある。

 他には部活の催しに参加してくれた人には食券1枚プレゼントみたいなものまであった。

 

「参加したいなら明記された時間までに指定された場所に行くといいよ」

 

「了解」

 

 ちょっと頬が赤い小雪の説明を聞きながら更に校舎を見て回る。

 

 

 

 

 次に案内されたのはどことなく淀んだ空気を放つ使われていない教室の並ぶ階だった。

 

「ここは?」

 

「入れば分かるよ~」

 

 小雪が愉快そうに笑って教室の扉を開ける。すると中に居た生徒達が一斉に、いや一部の物以外は振り返えらずにカードゲームやボードゲームに勤しんでいた。

 

「……ここはって、大和に冬馬?」

 

「おや優季君、奇遇ですね」

 

「よ。小雪に校舎の案内をして貰っているんだって?」

 

 教室に見知った二人がいたのでそちらに近寄る。

 

「ここはみんなで遊ぶ為の教室か?」

 

「違う違う。あれ見ててみ」

 

 大和に指差されてトランプで遊んでいる生徒を見ていると、負けた生徒が勝った生徒に現金を渡していた。

 

「あ~なるほど、賭場って事か」

 

「そのとおり。因みに学校側は知っていて黙認しているので問題ありません」

 

「……自己責任って事か。まあ確かにこういう所で色々学ぶ事は多いだろうが……」

 

 ホント、色々な意味で凄いなこの学園は。

 

「そう言えばユウ、姉さんと戦うんだろ? 相変わらず命知らずだな」

 

「そうか? 友達が一番楽しむ事を一緒にやるのは、友達として普通だと思うが? あ、悪い事は別だからな」

 

 自分の言葉に大和と冬馬が驚いたように目を見開き、小雪は何故か嬉しそうに微笑んでいた。

 

「……そっか、そうだな。姉さんが一番楽しいのは戦っている時だもんな」

 

「なるほど。こういう所にユキやモモ先輩は惹かれている訳ですね。いやはや天性の人誑しですね優季君は」

 

「どういうことだよ!?」

 

 なんか知力ブースト組の二人が頷きあっているが、こっちは意味が分からず困惑する。

 

「ユーキは今のままでいいって事だよ……でもフラグ建築能力だけはなんとかしたいかも」

 

「ん? 最後なんて言ったんだ小雪?」

 

 最後の方だけ物凄い小声だった為に聞き逃したので尋ねる。

 

「な、なんでもないよ~。ささ、次行こう!」

 

 顔を赤くした小雪に腕を引っ張られてそのまま賭場を後にした。

 

 

 

 

 一通り校舎を回った後、部活棟に移動して、空いている和室を紹介される。

 

「ここはね。学校側からの依頼を競り落とす競りに使われる部屋だよ。ここが空いていない時は別の空き教室を使うの」

 

「依頼に競り?」

 

「うん。生徒が学校側に依頼を頼むの。その場合生徒は依頼料として現金戻し可能の食券を学校に渡して、学校側は渡された食券を競りに掛けて、一番少ない枚数の生徒に依頼を任せるって感じだね」

 

「因みに受け取らなかった残りの食券は?」

 

「胴元の学校の物になるよ」

 

 ……ここ本当に学校か?

 

「参加資格は事件を解決できる実力があるかどうかだね。だから基本的には運動部の部長とかが多いよ。僕と準は代表で冬馬に出て貰っているんだけど、いっつもキャップが市場の最低ライン無視して持って行っちゃうんだよねぇ」

 

「あ~キャップらしいな。報酬よりも事件そのものに首を突っ込みたいって訳か。しかも仲間は風間ファミリー、依頼も完璧にこなすから学校側や周りも何も言えないと?」

 

「そう! さっすがユーキだね、良く分かってる」

 

「ま、少しの間だがファミリーの一員だったしな」

 

 そう言って昔を懐かしむように目を細めて天井を見詰めた。

 その時、ポケットに入れておいた携帯が鳴った。

 画面にはヒュームという文字が出ていた。

 

 ……いつの間に番号を、一度誰のアドレスが入っているのかチェックをすべきかもしれない。

 

「もしもし?」

 

『優季か? もうすぐ百代の試合も終わる。すぐに来い』

 

「了解です」

 

 こちらが返事をすると、ヒュームさんは『それだけだ』と言って切ってしまった。

 うーむ見事なまでに簡潔な伝達だ。ちょっと寂しい。

 

「どうしたのユーキ?」

 

「ん? そろそろ百代との決闘だから来いってさ」

 

「そっか。ねえねえ私も見に行っていい?」

 

「いいんじゃないか? まあダメだったら現場でヒュームさんあたりが注意してくれるさ」

 

 そう言って不安げな眼差しでこちらを見上げていた小雪の頭を優しく撫でる。

 

「じゃあ行くか。あ、ついでに連絡先の交換もしておくか?」

 

「う、うん!」

 

 嬉しそうに携帯を取り出した小雪と連絡先を交換した後、二人で百代の待つ多摩川へと向かった。

 




多分これで殆どの説明回は消化した気がします。
そして次回がこの作品の二度目の山場だ!



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【百代との決闘】

色々書いた結果このような形となりました。
良ければ楽しんでください。



「いやー楽しかった!!」

 

 百代は満足だと言わんばかりの笑顔で叫んだ。が、その笑顔は現れた人物のせいで長くは続かなかった。

 

「ふっ。随分とお粗末な戦い方だったな」

 

「……ヒュームさん」

 

 百代が新たな獲物を見付けたとばかりに口の端を吊り上げる。

 百代のその様子に、呆れたような笑みと共にヒュームは溜息を吐いた。

 

 やれやれ、少し助言してやるか。

 

「俺の一族が何故不死身の怪物を殺したと言われているか、その理由は知っているか?」

 

「いいえ」

 

「不死身の化け物の正体は瞬間回復を使う武芸者だったからだ。ここまで言えば貴様も理解できよう」

 

「……で、自分なら瞬間回復を使える私を倒せると? 試してみますか?」

 

 百代が闘気を漲らせて不適に笑う。

 百代は先程の決闘では瞬間回復を使っていない。つまり相手はその程度の相手ばかりだったと言う事だ。

 

「ふっ。本来ならもう少し言葉を交わしてやってもいいが、ヒントを与え過ぎてはつまらないからな。そして俺の答えだが……赤子相手に本気を出すつもりはない」

 

 ヒュームが眼光を鋭くして百代を睨む。

 

「むっ」

 

「断言する。お前は近々負ける」

 

「……優季ですか?」

 

 百代の言葉にヒュームは、ふっ。と小さく笑う。

 

「俺はそう考えている。が、九鬼家でお前の敵を用意もしている。ま、そいつよりは優季の方が可能性としては高いだろうが……あいつはお前との戦いでは変な拘りを見せるところがあるからな、その拘りを捨てられなければ、お前が勝つだろう」

 

 それだけ言うとヒュームが土手の方へと振り返った。

 

「さあ、お待ちかねの相手が着たぞ。ギャラリーも桐山達に帰らせた。この決闘を見守るのは……俺とあの娘だけだ」

 

 百代もヒュームの言葉に視線を土手の方に移す。

 そこには小雪を連れ立って、楽しそうに笑いながら手を振る幼馴染がいた。

 

 あいつには緊張感とかないのか?

 

 いつもどおりの優季を見て、思わず百代は苦笑した。

 

「遅いぞ優季!」

 

「いや、これでも連絡貰ってから急いで来たんだぞ……歩きで」

 

「おいこら」

 

「ははは! まあいいじゃないか。久しぶりの川神をゆっくり見たかったんだよ」

 

 そう言って屈託の無い笑顔を浮かべながら、優季はいつもの軽口を叩き、上着を脱いで鞄と共に地面に置く。

 

「さてっと……」

 

 軽く柔軟した優季が百代の対面に立ち、一呼吸して肉体を強化する。

 

()るか?」

 

 優季の顔から笑顔が消えて真剣な表情に変わって百代だけを見据える。

 その豹変に、小雪と百代が息を飲み、百代はすぐに笑みを浮かべる。

 

「ああ、()ろう!」

 

 百代は拳を、優季は掌を構える。

 

「合図は俺がしてやろう。おい娘、もう少し下がれ」

 

「う、うん」

 

 ヒュームに促されて小雪が土手の方に下がる。

 

「では……始め!!」

 

「川神流無双正拳突き!」

 

 百代の技の宣言と共に気を大量に纏って強化された正拳が、優季目掛けて放たれる……が、

 

「ぐっ!?」

 

「えっ!?」

 

 攻撃をその身に受けたのは百代の方だった。あまりの出来事に小雪も驚き目を見開き、攻撃を受けた百代は軽く後ろに後退しながら、右手を突き出した優季の姿を捉える。

 

 優季は更に左手の掌底を叩き込むために左手を突き出すが、百代は瞬間回復で瞬時に肉体を回復させつつ、優季の掌底を右足を軸に身体を回転させて回避する。

 そして身体を回転させながら、百代は手刀を水平に走らせて通り過ぎざまに優季の延髄を打ちに行くが、優季はそれを上体を下げて回避し、姿勢を低くしたまま身体を反転させる。

 結果、お互いに立ち位置を交換したような状態で最初の間合いに戻り、睨み合う。

 

「えっと、最初にユーキが何をしたのか分かる?」

 

 小雪は最初の優季の動きだけ見落としたので、傍にいたヒュームに尋ねる。

 

「……優季が百代の無双正拳突きを前に踏み込みつつ首を僅かに逸らして回避し、逆に百代の腹部に掌底を叩き込んだのだ。型としては八極拳の基本の中段突きだ。まあ身体強化しているからこその速度だがな」

 

 ヒュームは戦う二人に注視しながらも、ちゃんと小雪に説明する。

 

「身体強化?」

 

「気によって肉体を強化をして身体能力、運動能力を上げる方法だ。今の優季なら限界まで強化すれば、元々の数値の約三倍の強さで10分は戦える。まあ代償を払えば更に強くなれるがな」

 

 そもそも気による身体強化には段階がある。

 

 強化後、自然治癒で肉体の回復が見込めるまでの強化を第一段階と言い、基本的に強化といえばこの段階の事をいう。

 簡単に言うなら自身の動きで肉体が壊れないギリギリの強化段階だ。

 

 

 その第一段階以上の強化、つまり強化自体に肉体の強度が追いつかない段階を第二段階という。

 第二段階は強化中に肉体の細胞の再生を行い続ける事で、自分自身の肉体を治しながら戦う。その為使用し続けている間は肉体寿命が減る。つまり寿命を削って強化するということだ。

 

 そして再生も間に合わない程の強化で、自分を傷つけながら戦うのが第三段階という。

 

 第一段階の強化は肉体の強度、身体能力に比例して強化の最高値が変動し、強化の割合が大きいほど、気の消費も多くなる。しかし同時に自分である程度強化の割合を調整できる段階でもある。

 

 例えば優季は現段階では自身の元々の数値の三倍までが強化の限界だが、今後の修行次第では四倍も可能になるだろうし、優季自身が意図的に強化の割合を下げて肉体の負担や効果時間を延ばすことも可能だ。事実、優季は二倍強化なら30分は戦っていられる。

 

 そしてヒュームが強化について小雪に解説している間、百代と優季はお互いに笑みを浮かべていた。

 

「やるな優季、さっきの一撃は(はや)かった」

 

 なるほど、優季が掌底な理由が分かった。

 

 優季の攻撃を受けた百代が理解する。

 掌の攻撃は内部破壊、打ち込まれた衝撃波は全身を内側から傷つけて行く。

 しかも優季は気も同時に打ち込んで衝撃の威力を上げていた。

 結果、ただの踏み込んでからの掌底が、百代も回復しなければならない程の威力となっていた。

 

「そっちこそ。なんださっきの膨大な気の治癒。相変わらず無茶苦茶で驚いたぞ」

 

 なるほど、余裕な訳だ。

 

 優季が気の扱いに長けているからこそ、百代の瞬間回復に冷汗を流す。

 

 全身のダメージや疲労を瞬時に治癒し、全快する。

 それはもはや再生の域であり、並大抵の気力では一度が限界だろうし、一度使えばまともには戦えないだろう。だが、百代にその様子はない。

 

 それだけ百代の気の総量が桁違いって事か……だが!

 

 優季は改めて集中する。

 

 想定していなかったわけじゃない!

 

 あくまでも優季が驚いたのは回復量と速度にだけたった。故に優季は動く。そして百代もまた攻める。元々百代は待つのは好きではない性質である。そして認める。優季を強者と。

 

 百代が拳を放てば優季にいなさ、蹴りを放てば弾かれる。

 優季が掌底を放てば、その腕を百代が掴もうとする。しかし腕の軌道を変えられて避けられる。

 百代が強引に踏み込んで拳を当てれば、同時に気を纏った掌底を優季が容赦無く叩き込む。

 

「はは、ははは! 楽しいぞ優季! 昔は数度打ち合っただけで終わっていたのに!」

 

「こっちも成長してるってね!」

 

 拳飛び交う中で二人は会話を繰り返す。優季は辛うじて、百代は余裕を持って。

 その様子をヒュームが見詰める。

 

「楽しそうに戦う。そうは思わんか鉄心、そして子犬」

 

「ほほほ、そうじゃのう」

 

「羨ましい。私も最初から真剣に行くべきでした。それと私は子犬ではありません」

 

「うわっ!?」

 

 いつの間にかヒュームの横に立っていた鉄心と、眼帯を取ったマルギッテに驚いて、小雪がその場から飛び退く。

 

「何故符術を使わんのかのう?」

 

「ふっ。以前アイツに聞いたが、どうやら百代と改めて戦う時が来たら、最初は体術で攻めたいと言っていた。後の事はその時考えるとも言っていたが、どうやら最後まで体術で行く気のようだ」

 

 ヒュームの言葉に鉄心はうむ。と唸る。

 

「では百代の勝ちかのう」

 

「ああ。百代の奴は尻上がりだ。つけ込む隙は多いが、瞬間回復がある限りは百代に分がある。何せ強引で威力が落ちた一撃とはいえ、優季にはダメージが蓄積して行く」

 

 ヒュームの言葉どおりに百代の拳速はどんどん速くなっていった。

 優季はそれを辛うじて捌き続け、決定打を打ち込める際にのみ、超高速の中段突きの一足一倒(いっそくいっとう)を打ち込む。

 

 百代自身、優季の一足一倒は『一歩踏み込み、一撃打ち込む』という単純な中段突きだと見抜いている。しかし速過ぎるために対処といえば打ち込まれる箇所に気を纏う事でダメージを軽減させる事のみ。

 

 だがそれは優季も同じで、百代の強引な一撃を打ち込まれる箇所に気を纏わせる事でダメージを軽くして辛うじて凌いでいた。

 

 気を纏う事は、言い換えれば纏った部分に重さの無い鎧や盾を纏うようなものだ。

 そのため肉体の強さはそのままだが纏った部分の強度が上がる。強度が上がるということは防御力と攻撃力が上がるということだ。格下相手ならばむしろ強化よりもメリットのある戦術だ。

 

 つまり百代は今、優季をその程度で倒せると考えている。

 しかしそれも無理もないこと。何故なら百代は今迄無敗でありそもそも強化を覚えていない。更に言えば強化しなくても優季の基本の動きは全て捉えている。

 

 それでも百代が優季の攻撃を受けるのは、偏に優季が死地にて自分の身体を囮として百代の攻撃を誘い、死に物狂いでカウンターを打ち込んでいるからであり、体術しか使わない優季に釣られて百代も近距離系の技しか使わないせいである。

 

 厄介! だが、だからこそ面白い!!

 

 百代が笑みを浮かべ、もはや音速の域に届きそうな速度で拳を放つ。

 しかしそれさえも優季はさばく。

 大量の汗を流しながら、しかしその表情はどこまでも冷静に、百代だけを捉え続ける。

 

 そしてここに来てようやく、ヒュームと鉄心、マルギッテが認識の違いを自覚する。

 

「予想以上に……巧い」

 

「うむ」

 

 力なら比べるべくも無く百代に軍配上がる。だが、それ以上に優季の防御技術は二人の壁を越えた超越者の目蓋を見開かせるほどの域に届いていた。

 

「あの動きを見切っている。対象の視線、筋肉、気の動きに加え、自身の直感を総動員しているに違いない」

 

 なんという集中力!

 

 マルギッテが興奮で身震いする。

 そして自分自身を抱きしめる。そうする事で二人の間に飛び込んでしまいたい衝動を我慢する。

 

 そんな中で小雪だけは純粋に二人を、特に優季の心配をしていた。

 

 そもそも小雪が優季の動きで見切れないのは、一足一倒と、細かい体捌きのみ。

 これらを小雪が正確に視認できないのは、他の動きに比べて錬度が高く、動きが素早く『最初の動作』を視認できないためだ。

 

 対して百代の攻撃は全て正確に捉える事すら出来ない領域に踏み込んでいた。

 そんな攻撃が一撃でもまともに優季に当たったら、そう考えると小雪は怖くて仕方がなかった。

 

 そして小雪が目蓋を閉じかけたその時、それは起きた。

 

「え?」

 

 お互いの間合いがまたも最初の状態に戻ろうとした瞬間、優季の姿が、気配が、完全に消えた。 

 

「なっ!?」

 

 その光景を見ていた対戦相手の百代を含めた全員が驚きで動きを止めた一瞬の後に、強烈なエネルギーの気配と共に、既に踏み込みを終えた苦悶の表情の優季が、百代の懐に突如として現れる。

 

 現れた優季の右腕は金色に光っていた。

 

 回避できない!

 

 超高速の踏み込みが既に終わっている、次に来るのは同じく超高速の一撃。

 

 刹那の判断で百代が辛うじてできたのは、攻撃に備えて自身が纏う気の量を上げて防御力を上げることのみ。

 

无二打(うーあるだ)!!」

 

 百代の水月目掛けて優季渾身の掌底が放たれる。

 次の瞬間、百代の身体を金色の光が飲み込む。

 

「っっ――!?」

 

 百代は全身に走る声に出せぬ程の痛みで、ようやく先程の光の正体が電気属性の電撃を纏った一撃だと理解する。

 

「あっあっっ!?」

 

 鋭く重い電撃は百代の全身を駆け巡り、外へと勢い良く弾け飛ぶ。

 

 まずい、回復、迅やく!!

 

 百代は僅かに残った意識を総動員して瞬間回復を行おうとするが、できない。

 

 回復が使えない!?

 

 百代は混乱していて気付かないが、そもそもまともに気を練れる状態ではなかった。

 肉体も神経も、あらゆるものが深く傷付き、感電しているのだ。 

 文字どおり、百代は今『全身麻痺』に陥っていた。

 そしてそんな百代を他所に、優季は全身汗だくになりながら、足を一歩引いて一足一倒の構えに移る。

 

 その構えを見た百代の瞳が驚愕の色を浮かべる。

 もしも身体がまともな状態であったなら、見えているのに回避できないこの状況に、目蓋を見開き、冷汗の一つもかいていただろう。

 

「一足、一倒!!」

 

 回避できぬ超高速ではない、ただの高速の拳が迫るのを見て、百代に勝機が過ぎる。

 

 いや耐えられる! 優季も強化を維持できていない! ただの打撃なら!

 

 迫る掌を彼女が水月に受けた瞬間……強化時の時と変わらない容赦の無い強い衝撃波が、百代の全身を打ち抜いた。

 

「がはっ!?」

 

 百代は吐血しながら心の中で驚く。

 

 確かに優季の強化は解けていた。だが強化が解けたからといって『威力まで落ちる』と考えたのは百代の早計であった。

 

 現実は決められたシステムのゲームとは違う。やりよう等いくらでもあるのだ。

 例えば今優季がしたように『強化に回していた残りの気』を、全て打ち込む事で攻撃の威力を上げたように。

 

 油断によって緩んだ精神と、まともに動かない肉体、それらが攻撃に耐えられるはずも無く、百代の意識は特に粘る事も無く、消えてしまった。

 何故なら彼女には、際の際で意識を繋ぎ止めるモノが……何も無いのだから。

 

 地面に倒れ伏した百代と、呼吸は荒く、疲れたような表情でそれを見下ろす優季、そして想像とは違った結果に驚く四人。

 

 気付けば静寂だけが辺りを包んでいたが、その静寂を破ったのは優季だった。

 優季はそのまま仰向けに倒れて気を失った。

 

「ユーキ! モモ先輩!」

 

 小雪はようやく呆然としていた意識がハッキリして、慌てて二人に駆け寄った。

 マルギッテは静かにその場を去り、ヒュームと鉄心は何かを含んだような表情で静かに笑った。

 




と言うわけ百代敗北です。モモ先輩ファンの方すいません。
解説回はもう少し先で、次回と次々回は周りの反応と百代のフォロー回になると思います。
ぶっちゃけ凄い難産だった。百代が弱すぎてもダメ、主人公が強すぎてもダメなため結構気を使う構成に……とりあえずこれが精一杯です。

【技・武器解説(簡略版)】(Fate/EXTRAを知らない人用です)

『无二打』
本来の意味は『二の打ち要らず』という意味で、李書文は次の攻撃への動作や牽制で放った一撃目で相手を倒してしまう事から付けられた武器や技名と言うよりも異名のようなもの。
原作ではアサシン先生こと李書文の宝具技。本来ならその意味どおり、一撃で相手を仕留めるのだろうが、ゲームの都合かムーンセルの都合か、弱体化して現在のHPの9割を奪うと言う仕様になっている。元々ただの打撃な為、他のサーヴァントの宝具と違って打ちまくれるが、必ず生き残れる上に次は通常攻撃ターンなので対処しやすかったりする。所謂漫画やゲームによくある『強すぎて不遇なキャラ』である。

『一足一倒』
 優季が使っていた超高速の中段突きの元ネタ。
 時には聖杯戦争の運営管理人、時には購買の店員、時には隠しボスのマスター、そんな彼が使うマジカル八極拳の技の一つ。
 多分モーションの元ネタはゼロで使った金剛八式の衝捶という技、中段突きだったし。
 因みに无二打も中段突きのようなモーションなので、優季はこの二つの技を同じモーションで放っています。ぶっちゃけ威力が違うだけです。
 
『園境』
 優季が姿を消した時に使った技の元ネタ。
 本来は事前に瞑想して気を巡らせ、周囲の状況を察知し、完全に自身の気配を天地と合一させて対象に自らの姿を知覚せない体術による気配遮断の極意の一つ。
 ゲームのアサシン先生はこれによって透明化も果たし、常時透明人間状態で参加者を暗殺しまくっていた。データ的には攻撃時には僅かに効果が下がるらしいです(ゲームじゃ全然そんな事なかったけどな!)


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【百代との決着】


百代との戦いのその後です。
今回は周囲の反応です。百代フォロー回は次回辺りになると思います。



「二の打ち要らず?」

 

「そうだ。優季が放った最後の技は八極拳の基本の中段突き。まあ優季は掌底だったが、多分八極門の祖である李書文と呼ばれる八極拳最強の使い手に肖った技だと推察できる」

 

 九鬼のビルに戻った義経達は、優季が百代と戦った後に気絶した事を知ると、詳細を知るためにヒュームに詰め寄って説明を求めた。

 

「結局どういう技なんだ?」

 

「ただの打撃だ。事実、一足一倒という技と同じ構えだったしな」

 

「え?」

 

「李書文は全力ではない初撃でも相手を打ち砕いたとされている。つまり技ではなく打撃そのものが『必殺』というわけだ。事実、多少強い程度の者ではくらった瞬間に死んでもおかしくない技だ。お前らは真似するなよ」

 

 ヒュームが睨みつつ忠告する。あれは相手を殺す技だと。

 正直に言えば義経達は未だにそんな危険な技を優季が他人に対して振るった事に納得できなかった。

 

「……で、その前に使ったって言う一瞬消える技は?」

 

 弁慶が話題を変えるように別の話題を振る。

 

「あれは強烈な気の気配を放ち続けていたところを、一瞬にして気を完全に閉ざした結果、相手に一瞬だけ消えたように錯覚させた。といったところだろう。達人同士であればある程、気配の読み合いは鋭敏になる。その隙を突いた良く練られた技だ。もっとも、言うほど簡単にはできんがな」

 

 ヒュームは楽しげに笑うが、義経達はそれどころではない。

 ヒュームの説明は車で言えばトップスピードで駆けていた所を急停止するようなものだ。その上優季はその後すぐにまたトップスピードに戻した。肉体への負担は相当なものだろうと、戦う術を学んでいる義経達はすぐに理解した。

 

「それでユウ君は大丈夫なんですか?」

 

 今にも部屋に向かいたいといった表情で、清楚がヒュームに尋ねる。

 

「ああ。最初に精根尽きて気絶しただけと言っただろう。体力と気力がある程度回復すれば目覚める。まあしばらくは酷い筋肉痛で身体を動かすのもキツイだろうがな」

 

 ヒュームのその言葉に義経達が安堵する。

 

「それにしても、兄貴はなんでいつもの魔術師スタイルで戦わなかったんだ?」

 

「ふっ。言ってしまえば男の意地の様なものだ」

 

 事情を知っているヒュームは小さく笑って答えた。

 

「それにしても今日は驚きの連続で疲れた」

 

 義経が溜息を吐いて肩から力を抜く。

 

「だね。後でユウ兄には何か奢って貰わないと」

 

「武神に勝った兄貴にたかるとか流石は姉御きちってええええ!!」

 

 呆れ顔で呟いていた与一に、弁慶は容赦なく源氏式コブラツイストをかける。

 

「なんか言ったか与一?」

 

「な、何も言ってないです!」

 

「ふふ。ユウ君が起きたらみんなでまた遊びましょうね」

 

「それじゃあみんなでお兄ちゃんの様子を見に行こう!」

 

 楽しげに話しながら義経達は優季の部屋へと向かった。

 

 

 

 

「優季大丈夫かな……」

 

「まあ学長が大丈夫って言ったのなら大丈夫だろ」

 

「英雄からも休めば問題ないと、先程連絡を貰いました。きっと大丈夫でしょう」

 

 小雪は冬馬達を自宅に招いて今日あった事を話し、溜息を吐いた。

 

「はあ~。折角放課後一緒に遊べると思ったのに~」

 

「まあ、あの武神を相手にしたのですから仕方ありませんよ」

 

「むしろ俺は勝っちまった事に驚きだ。それより小雪、その場には一般人はお前しかいなかったんだよな?」

 

「え、うん。マルギッテも居たけど気付いたら居なくなってた」

 

 小雪が首を傾げると、準が携帯で掲示板の書き込みを小雪に見せる。

 

『武神が負けたってよ!』

 

『マジ? 相手誰!?』

 

『武士道ブランの鉄だってさ』

 

「ええ!! なんで!?」

 

 小雪が準の携帯を掴んで叫ぶ。

 

「マルギッテ……は流石に無いか。偶々見ていた奴がいたって事か?」

 

「まあ河川敷ですからね、ありえなくは無いでしょう。ですが確か人払いがされていたような……これは一悶着ありそうですね」

 

 

 

 

 鉄優季、まさかあれ程の力を隠していたとは、何よりもあの勝利への飢えが素晴らしい。

 

 マルギッテは上官であり、クリスの父でもあるフランク・フリードリヒ中将にクローン達の報告書を纏めている所だった。

 

 あれ程の精神力を持った男に、私は未だかつて会った事がない。

 

 マルギッテは今迄自分に挑んできた男達を思い浮かべる。

 自分が女だからと戦いの最中に下種な考えを持つ者。負けた際に性別を言い訳にする者。そもそも勝つことに拘らぬ軟弱者。マルギッテが接して来た多くの男がそんな存在だった。

 

 しかし優季は戦いの最中、自分と相手以外は眼中に無かった。ただ相手の全てを認め戦っているように見えた。

 

「私が異性で認めたのは中将以来だな」

 

 マルギッテは昔から自分を知る父親のような存在である中将を心の底から信頼していた。だがそれは幼い頃から積み上げた信頼である。そういう意味では他人で始めて異性に興味を抱いたのは優季が初めてだった。

 

 ああ自分も、もう一度彼と戦いたい。武神と同じ様に真剣に……。

 

 全力をぶつけて戦う優季の姿が、マルギッテの脳裏に焼きついて離れなかった。

 まるで恋したように優季の事で頭が一杯だったマルギッテ、そして彼女は気付かない。

 報告書の内容の八割が優季に関する内容となってしまっていたことに。

 

 

 

 

「お姉様が……負けた?」

 

「うむ」

 

 一子は信じられないとばかりに己の耳を疑った。

 帰宅した一子は実家である川神院の院内がいつもより騒がしい事に気付いて祖父である鉄心に事情を尋ねていた。

 

「事実じゃ。わしがこの目で確認したからのう」

 

「誰に負けたんですか!」

 

 驚きの中に一子の心に僅かな憤りの火が灯る。

 しかしそれは親しい相手を傷つけられた結果のものであり、一子自身は真剣勝負と聞いているので、その気持ちで相手をどうこうするつもりは微塵も無かった。

 

「鉄優季じゃよ」

 

「ユウが!?」

 

 かつては百代に負けてばかりいた優季が、最強と言ってもいい姉を打ち負かした。

 それは先程まで一子に灯っていた、敬愛する姉を倒した相手への僅かな憤りの火を吹き飛ばすのに、十分な理由だった。

 

「ど、どうやって!!」

 

「うむ。まあ一子ならよいか」

 

 鉄心が戦いの詳細を告げると、一子は一語一句聞き逃さないように集中して聞く。

 

 優季の話を聞く内に一子の感情は驚きから興味へ、そして歓喜へと変わる。

 優季の結果は日々努力する一子が思い描く理想の結果であり、ここ最近負け続けている自分の心に宿った『努力しようと勝つ事は出来ない』という弱音の根底を否定してくれたように感じたからだ。

 

「あれだけの技術、才能云々以前に並大抵の努力では得られぬ。限られた時間を濃密に努力したのじゃろうて」

 

「やっぱり努力すれば、頑張れば、報われるんだね!!」

 

 一子は本当に久しぶりに、心の底から嬉しそうに自身の信条を言葉にする。

 以前なら鉄心は曖昧な気持で頷いていたが、今は素直に頷く。

 

「そうじゃのう、奴は努力するのが巧かった。一子、お主一度優季に教えを請うて来るがいい」

 

「ユウに?」

 

「うむ。あやつがどのように努力して来たのかを知るのはお主の今後に必ずプラスになるじゃろう」

 

「分かったわ。でも、お姉様は大丈夫かしら?」

 

「大丈夫じゃろう。あやつも武道家、負けを受け止める強さくらいは持ち合わせておるはずじゃ」

 

 鉄心は心配する一子の頭を撫でながら、二人は百代の部屋のある方を見詰めた。

 

 

 

 

「え? 武神負けちゃったんですか!?」

 

『うむ。それでお主の意思を聞こうと思って連絡したのだ。もちろん平蜘蛛の開発費用は出すが、こちらに転入する理由は無くなった。それでも川神に来るか?』

 

「そうですねぇ。まあ西じゃあこれ以上家名の名を上げられそうに無いですし、そういう意味では東進も有りかな」

 

『では……』

 

「ええ。予定どおり、松永燕(まつながつばめ)! 川神学園に転入します!」

 




と言う訳で燕先輩も転校してきますが……基本メインで絡むのは当分無いと思います。
なんかホント西勢の出番が殆どなくなっていく……。



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【もう一度強くなる為に】

百代が何故負けたかのフォロー回のようなもの。



「……ん?」

 

 百代が目を覚ます。

 

「お、目が覚めたか?」

 

「うおあ!?」

 

 目覚めた瞬間、にこやかに笑った優季の顔が飛び込んできて、百代は驚きの声を上げて飛び起きる。

 

「流石百代、もうそんな事ができるくらいにまで回復したのか、こっち全身筋肉痛で死にそうだっていうのに」

 

 呆れたように呟く優季を他所に、百代の頭は混乱していた。

 

 なんでここに優季が!? どうやって!? いや、そもそも私は今どんな格好だ!?

 

 百代はパニック状態のまま自分の身形だけはちゃんと確認する。そしていつも自分が寝巻きに着ている服装だと知ると、若干落ち着きを取り戻して数回深呼吸した後……優季を取り合えず力いっぱい小突いた。

 

 

 

 

「……理不尽すぎませんか?」

 

「乙女の部屋に勝手に入っておいて何を言うか!」

 

 あまりの痛さにしばらく蹲っていた優季は、頭の痛みと筋肉痛の痛みに耐えながら、上半身を起こして百代を批難する。しかし百代は優季の方に非があると言って睨む。

 

「いや、百代がもうすぐ目覚めるだろうからって、鉄心さんが案内してくれたんだが?」

 

 あのクソじじい!!

 

 百代の頭の中に愉快に笑う祖父の顔が浮かび、忌々しげな表情で指を鳴らす。

 

「まあとりあえず落ち着け、そして座れ、な?」

 

「……分かったよ。あのじじいは後でシメる」

 

 取り合えず優季の言葉に従って百代はベッドに座り、優季も改めて床に座り直す。

 

「……あれからどれくらい経った?」

 

「一日半って所か。お互い丸一日寝てたみたいだな。自分が目が覚めたのはお昼過ぎ、今はもう夕方だな」

 

 そう言って優季が窓の先を指差すので百代が視線を向けると、確かに窓から差し込む光は茜色に染まっていた。

 

 そっか。私は……負けたのか。

 

 完全に落ち着きを取り戻すと同時に、百代は自分が気絶した理由を思い出す。

 

「……強くなったな優季」

 

 それは紛れも無い百代の本心からの呟きだった。

 しかし優季は嬉しそうな表情一つせずに、真剣な表情のまま百代を見詰めて言い放った。

 

「……お前が強くなっていなかっただけだろ」

 

「……何?」

 

 聞き捨てならないとばかりに百代が眉を吊り上げる。

 

「……百代、自分はな、『お前が最強』。そう思って今日まで鍛え続けて来た。最初は体術でお前との力量を計って、勝てなさそうなら符術や気による具現武器の使用。それこそ体術の切り札以外にそういった技の切り札も幾つも用意して……お前に挑んだ。そもそも体術のあれは発動したらもう戦えないから、切り札としてはかなり使えない部類だった」

 

 真剣な表情で語る優季に、百代も、表情を戻して優季の対面に座って話を聞く。

 

「自分とお前では武、特に身体能力や格闘センスなんかに関してあまりにも差があった。極端に例えるが、こっちが一歩進んでる間に、お前は百歩進んでいるようなものだ。だから……効率良く努力する必要があった」

 

 鉄の技の習得はぜずに攻撃技は一撃必殺であり、カウンターもなせる一足一倒の動きだけを毎日決まった時間行い続けた。

 

 それ以外は基礎的な特訓と八極拳や合気道の動きのトレーニングを行い、義経達やヒュームとの組手で試行錯誤して、痛みと共に学び、見切りとカウンターの研鑽を続けた。

 

 他にも気の能力の向上、義経達との関係向上、学力の向上、その限られた時間の中で体術を鍛え続けた。

 

「その程度しか鍛錬していない以上、お前が真剣に努力していたら……体術格闘縛りで、勝てるはずが無いんだよ」

 

 優季は百代に、遠回しに『お前は努力を怠った』と告げる。

 百代はその言葉を、唇を噛み締めて受け止める。

 

「……私は確かに、努力を怠った」

 

 百代は川神院の修行には必ず参加していたし、鉄心達から与えられるノルマもこなした。

 だが、それは百代からすれば『こなせる範囲』でしかなく、日々淡々とこなし続けるだけだった。それでも強くなってしまうのが百代の才のなせる業だが、それでも強くなる歩みは遅くなる。

 

 その結果がこの現状。自分が何度も倒した相手に負けるという現実。

 

 私は……自分で自分の信念を裏切っていた。

 

 百代の信念は『誠』。

 嘘を嫌い。自身の発言に責任を持ち。真剣に生きて行くこと。

 それが百代の信念だった。

 

「……で? なんでそんな風になったんだ?」

 

「……別に」

 

「なら約束の願いを聞くっていうのを使おう。約束は守るよな、百代?」

 

「うっ……」

 

 百代は初めて幼い頃の自分の行いを後悔した。

 

「……ああもう! 分かったよ」

 

 聞くまで許さないと睨む優季に、根負けして百代が自身の胸の内を語り始めた。

 

「お前と居た頃、というか釈迦堂(しゃかどう)さんが居た頃辺りまでは本当にただ強くなる事だけしか考えていなかった。別に相手を叩きのめすのが好きだったんじゃない。全力でぶつかり合うのが……好きだったんだ」

 

 だが、と百代が天井を見上げる。

 

「いつの頃からか負ける事が無くなって、どんな相手も一撃で倒せてしまえる様になって、倒した相手もたった一度負けただけなのに、私に挑まなくなった。それからは……意図的に最初から全力を出さなくなった」

 

 強くなればなるほど、戦う相手が減って孤独になって行く。

 

「多分、あれは生まれながらの強者にしか分からない感覚だろうな」

 

「……ああ、そうだな。それは……自分には分からない」

 

 優季が神妙な顔で一度頷く。

 

「そして多分、私は強くなる事の楽しみを捨てる代わりに、戦う事の楽しみだけを追求するようになった。今迄感じていた孤独を紛らわせるために。そして多分、私は……」

 

 自傷気味な笑みを浮かべて、百代が続きを口にする。

 

「心のどこかで、負けたかったのかもしれない」

 

 百代の一番の不運は環境だな。

 

 もしも百代の前に彼女の力を受け止める相手がいたなら、彼女はこうはならなかったと優季は考える。

 

 だが唯一百代とまともに戦えるであろう鉄心もルーも責任ある立場であり、百代のように好き勝手に全力を出す訳には行かなかったのだろうという、川神院側の事情も理解していた。

 

「……ああくそ、でもやっぱり、負けるのは悔しいなぁ」

 

「……背中くらいはいつでも貸すぞ」

 

 百代が呟き俯いた瞬間、優季はそう言って、百代に背を向けた。

 

「……おせっかいめ」

 

「ま、悔し涙流す気持ちは理解できるからな」

 

 百代は身体を寄せて優季の背中に自分の背中をくっつけ、小さく呟きながら……悔し涙を流した。優季がそっぽを向いていたため、その姿を知るのは百代自身だけとなった。

 

 

 

 

「くそぉ。一生の不覚」

 

 百代は涙を流した後、後悔の念に捕らわれた。何故なら久しぶりに泣いたせいで目が赤くなってしまったのだ。

 

「なんのことだか」

 

 しかし優季は気にしないとばかりに笑って百代の横に座り、顔を赤くして俯く百代とは対照的に天井を見詰める。

 

「だけどまあ、感謝するよ優季。お陰で私はまた、強くなれる」

 

 百代は自分の目の前にあった手の平を握り締め、視線を上げて前を見据える。

 

 やれやれ、もう目が完全に武人のそれとは、やっぱり百代は強くなるのに貪欲だな。

 

 しかしそのどこまでも上を目指そうとするまっすぐな視線が、優季は子供の頃から好きだった。

 

「とりあえずもう一度基礎からやり直しだな。瞬間回復も余程の事が無い限りは使用を止めるべきか」

 

「その方がいいな。実際、回復技があるせいか大振りな攻撃が多かったし」

 

「ぐっ。すぐに技術面でも追いついてやるからな!」

 

「安心しろ、その時はこっちも符術とか色々使わせてもらう」

 

「おい、ずるいだろ」

 

 百代が子供のようにむくれて優季を睨むが、優季は自信満々の笑みで答えた。

 

「お前が真剣に強くなろうとするなら、事実強くなる。だから今度は持てる全てで挑まなきゃ負けると思っている。勝とうが負けようが関係ない。いつだって、自分はお前が最強だと信じて疑わない」

 

 『だから自分はいつだって全力だ』

 

 そう言って優季は笑う。

 その笑顔に百代はしばらく呆けたように見詰めた後、表情を崩して笑った。 

 

「……お前は凄いな」

 

 私なんかよりずっと真剣に日々を生きている。

 

 やらなければならない事の多い九鬼で、それをこなしながら時間を作って鍛え続ける。

 それがどれだけ難しくて大変なこなのかは、少し考えれば分かる事だった。

 

「自分より凄い奴なんて沢山いるよ。凄い人だらけで毎日ついて行こうとするだけで大変だ」

 

 だというのに優季はそれをおくびにも出さずに他人を褒め称える。まるで自分のしている事など当たり前の事だと言いたげに。

 

 いや、事実お前はそう思っているんだろうな。

 

「……そんなお前だから、強いんだろうな」

 

 百代は一度大きく頷くと、身体を起こして携帯を手に取る。

 

「とりあえず小雪には伝えておくか」

 

「ん、何をだ?」

 

「気にするな」

 

 気にはなったが流石に他人のメールの内容を何度も尋ねるのはマナー違反だと思い、優季はそれ以上追求しなかった。

 

「それじゃあ百代も大丈夫そうだし、もう帰るよ。百代に勝った事で少し周りが煩くてさ。まあ非公式だったから世間的にはそれほど騒がれていないけど、川神市ではそうはいかないらしい」

 

 面倒くさそうに呟く優季に百代も同調する。

 

「あ~てことは私の方にも来るかな」

 

 非公式とはいえ、武神の敗北。そんなネタを世間、特に川神市が放って置く訳がなく、優季はこの後記者達に色々話を聞かせないといけない事になってしまった。

 

「ただ幼馴染と楽しく決闘しただけなのにな」

 

「ああ楽しかった。またやろう」

 

「ま、しばらくは組手で本気は無しな。これでもお前と一緒の学校で学園生活を送るの、楽しみにしていたんだからな」

 

 優季が笑って本心を伝えると、百代は僅かに頬を染めて忌々しげに優季を睨んだ。

 

「そう言うことを平然と、この誑しめ」

 

「何故!?」

 

 

 

 

 その頃小雪は百代から送られたメールを見て蹲っていた。

 

『件名:宣戦布告

 優季はイイ男なので私のモノにする事にした!

 これからはお前がライバルだな!』

 

「どんだけぇ!?」

 

 小雪は優季のフラグ建築及び回収能力の凄まじさに戦慄した。

 




実は百代フォロー回という名の百代フラグ回収回だったんだよ!!
ちょっと乙女チックですが、原作の百代さんらしくサッパリした感じに纏められたかなと思っています。
直球告白させるか迷いましたが、なんかイメージとして百代は誰かに惚れたら『自分に惚れさせようとするタイプ』な気がしたのでこっちの演出にしました。
そして小雪の苦難は続く(一番最初に惚れたのにね)



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【解説回2】


百代フラグ回収までの解説ですが、読まなくても問題ないです。
興味がある方だけどうぞ。



 百代打倒編までの解説です。(タイトルは勝手に今考えましたので気にしないで下さい)

 今回は主人公の現状のステータスと作中の疑問になっていそうな部分の回答がメインです。

 

 

【鉄優季のステータス&術】

 

 通常時の身体能力(総合)=一子より少し劣るレベル。

 強化時(三倍強化)の身体能力(総合)=本気のマルさんレベル。

 学力=Sに在籍できる程度のレベル。

 生活力=あらゆる家事をそつなくこなせるレベル。

 器用さ=作り方を教えてもらえばある程度の物は作れるレベル。

 

 

『性格』

 

 完全に記憶を取り戻したので以前よりも大人びています。

 しかし基本は変わらず、他人思いのお人好しで、今を生きる事に一生懸命です。

 前世の経験上『死は誰にでも容易く降りかかる』という事を理解しているので、可能な限り理不尽な出来事から自分や大切な人達を守れるようにと、努力をしています。

 真剣勝負などは『次も戦えるとは限らない』という考えがあるため、勝つ為に全力で挑みます。 

 

 

『習得能力解説』(現在作中で出たもののみ)

 

【心眼(真)】

 

 詳しくは作品説明の方で。

 この目があるお陰で、主人公は戦闘時は殆ど相手の動きの上を行く動きをします。

 ただし、いくら目がよくても身体がついて行かなければ意味が無いので、強化時でも体術以外での戦闘では精度が下がります。また集中の度合いでも精度に差が出ます。

 

【サーヴァントの技再現】

 

 そのまんまではなく、気を使って可能な限り再現した模倣技。

 无二打と園境はまんまアサシン先生の模倣、超高速の打撃技は言峰の一足一倒の模倣。

 符術はキャス狐の呪術の模倣。

 

【武装具現】

 

 サーバントの武器を気によって再現する技。

 こちらのみ再現できるのは味方だったサーヴァントの武器のみ。これは主人公のイメージ力の問題。

 

 

 

『疑問回答』

 

 Q:義経達と主人公の関係は?

 

 A:優季にとっては義経組は妹や弟、清楚は同い年くらいの姉的な認識です。

   義経、与一は優季を頼れる兄として認識しています。

   弁慶、清楚は若干異性としても意識していますが、現段階では家族よりな感情が勝っています。

 

 Q:主人公クローン組に甘くね?

 

 A:優季は自分とクローン組の関係が、かつての自分とサーヴァントの関係に似ている為、可能な限り彼らを支え、手助けしてあげようと思っています。

 

 Q:揚羽さんが既に主人公を認めている?

 

 A:彼の今までの努力を見ていた揚羽、ヒューム、クラウディオ、マープルは、優季を認め、評価しています。特に揚羽さんは男としても頼もしいと思っていますが、恋愛的な好意までには発展していません。

 

 Q:乙女さん再登場はあるの?

 

 A:現段階では検討中と言った感じです……出せるとしたら夏休みでしょうが、イベントが思いつかない……。

 

 Q:東西交流戦イベント短くね?

 

 A:基本原作イベントは説明やオリジナル展開部分以外はある程度纏めた表現をします。

   これは原作をやって欲しいという理由と、正直どこまで原作の台詞を書いていいか私自身が悩んでいるためです。

 

 Q:マルさんチョロい!!

 

 A:そこが可愛い。あとマルさんはギルと同じで相手を見定めてから本気を出すタイプな為、慢心する癖があります。そのため原作でも大抵初戦は負けています(そのせいで悲しいかな、一子同様かませキャラと呼ばれている)

 

 Q:百代が弱すぎない?

 

 A:この時点での百代は弱いと言うより戦いに対しての姿勢が不真面目なため隙が多いです

   その上回復があるため攻撃の動きが大雑把なので、心眼を持つ優季に動きを見切られています。

   更にあっさり気絶したのは、今までそこまで追い詰められた事がなかった事と、際の際で自分を支えるものが無いためです。事実原作の燕ルートで百代はあっさり気絶して負けています。

 

 Q:主人公の身体能力が低いと言う割には高い気が?

 

 A:身体能力は決して高くはないです。

   あくまで「目」と「気の扱い」がずば抜けて高いだけです。

   その為主人公はそれらを生かすために常に戦闘では強化を使用します。もちろん第二段階の強化も。

 

 Q:もしかして一子強化フラグ?

 

 A:はい、一子は強化します。

   私は一子のルートだけは物凄く納得が行かない部分が多々ありました。

   その為私の作品では一子は優遇して強化する予定です。

   

 Q:主人公が誰かを好きになる事はあるの?

 

 A:基本スタンスとして、私の作品の主人公が特定の誰かに恋する事は無いです。(あくまで基本的にはです)

   これは原作の白野が、基本恋という一方的な想いよりも、お互いに想い合う愛情を優先してしまう性質なのが理由です。(所謂みんな大切の精神!)

   基本的には大和と同じ考えで『付き合うなら一生幸せにする』『既成事実には誠意を持つべき』という考えです。そのため口へのキスや肉体関係は避けています。

 

 Q:主人公に性欲は無いのか!!

 

 A:有ります(断言)

   というかどちらかと言えばオープンスケベです。(原作で女性キャラにオヤジ認定されるレベル)

   ただ前世でえらい目にあった経験プラス、ザビ子の時の自分の記憶もあるので、空気読んで黙っているだけです。

 

 

 

『主人公の模倣技の解説(元になった技の解説は登場話でしています)』

 

【園境】

 

 自分の気の気配を相手に強く印象付けた上で瞬時に自分が発する気を完全に消す事で一瞬だけ姿を消したように錯覚させる技です。

 達人であればあるほど気の気配に敏感なため、引っ掛かりやすいです。

 

【无二打】

 

 数分分の身体強化維持以外の気を全て右手に込めて放ち、相手を行動不能にする電撃の掌底です。

 その後残りの強化に回していた気を全て拳に込めて相手にトドメを刺します。

 優季は未熟なため、使用後疲労で気絶します。

 

【一足一倒】

 

 購買の店員がまさかの肉弾戦。そのマジカル八極拳の印象が強かったために、主人公が拳法ならこの型からと、つい模倣してしまった動き。

 毎日続けた結果、強化後なら超高速で打ち出せるにまで研ぎ澄まされた。

 通常は唯の掌底を叩きつけるだけだが、強者相手には同時に気も打ち込んで衝撃による内部破壊の威力を上げている。

 

【密天・炎天・氷天・空裂】

 

 それぞれ属性を付加させた符術。使用方法は本編で説明したとおり。

 

【不可避不可視の兎狩り】

 

 槍の柄を自在に伸縮させる技。

 

 




という訳で解説回ですが、未だにこのやり方で合っているのか疑問と不安でいっぱいです。
まあ今回でステータス紹介も完全に終わってしまったので、次回からは本当に疑問回答だけになると思います。まあ第三回は当分無いと思いますが。



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【変化した日常】


という訳で本編です。
あの人がついに自分のポジション死守に本気になる。



「え? いつの間にあんな技を習得したのかって?」

 

「うん。お兄ちゃんがあんな物騒な技を使えた事が義経は驚きだ」

 

 朝の稽古に参加すると、その最中に義経達に技を開発した理由を尋ねられた。まあ開発したんじゃなくて、アサシンの技を可能な限り再現しただけな訳だが。

 

「一応対百代用にね。危ないから他の人には絶対に使わないよ。それに会得できたのは龍穴巡りで本場の八極拳と戦う機会があったのと、龍穴って大地の龍脈を感じやすいから、圏境や気の扱いを会得する為の環境としても恵まれていたのが大きかったかな。まあ最大の理由は……習得しないと死ぬから」

 

「どんだけ酷い旅だよ龍穴巡り……」

 

 与一が有り得ないと言った表情で呟く。

 うん。死に物狂いで修行して良かったと思う。というかそう思わないとやってられない。

 

「おい優季」

 

「あ、ヒュームさん」

 

 室内訓練場にヒュームさんが瞬間移動でやってくる。

 毎度思う。超高速で移動していると本人は言うが……なんでドアの開け閉めまで超高速になるのだろう? 

 同じ超高速と言っても、一足一倒とは桁違いの速度に違いない。

 

「学校に行く前に話しがある」

 

「はい、なんですか?」

 

 ヒュームさんが真剣な表情をしていたので、汗を拭くのを止めて姿勢を正す。

 

「お前と百代の戦いだが、公式試合では無いのと、昨日のお前のインタビューのお陰で多少だが報道規制を敷くことができた。他県や各国的にはそれ程大きな問題にはならんだろう」

 

「そうですか良かった。ほぼ不眠で働いた甲斐がありますね」

 

 苦笑を浮かべて答えた。

 

 百代と別れてすぐに、自分は記者のインタビューに答えながら、お忍びでどこかの国のお偉いさんの側近や、声の渋い現日本の総理大臣と話し合ったりと大忙しだった。お陰で寝不足である。

 

「だが……流石に川神に住む、特に川神学園の学生達は騒ぐ可能性はあるから十分に注意しろ」

 

「……ですよね~」

 

 地味に引き攣った笑みを浮かべて項垂れる。

 なんせ自分の勝利が世間に露見した結果、外部の挑戦者は勿論だが、特に川神の学生の申し込みがかなり増えたらしく、どう対応するかで九鬼内で少し揉めたくらいだ。

 

 一応外部の挑戦者に関しては、百代自ら『挑戦者は今までどおり自分が受け持ってもいい』と提案してきた事で、今後も外部挑戦者はまず百代と戦う事になった。

 

 百代には後で何かお礼をしないとな。それにしても、ただ百代と戦っただけなのにこの騒ぎとは、世の中色々複雑だと、改めて思い知らされた。

 

 

 

 

「と言う感じの日々だった」

 

「武神に勝ってその反応は冷め過ぎだろ」

 

 朝、多馬大橋で葵ファミリーと合流して自分の現状を説明した。

 

 登校時間は自由なのだが、結局義経達と自分、そして清楚姉さんは全員一緒に登校することになった。そして昨晩小雪からメールが来て、一緒に登校しようという誘いがあったので受ける事にした。

 

 大所帯で橋を渡りながら、周りからの視線に心の中で溜息を吐く。

 

 やはり百代との事が広まっているせいか、生徒達がこちらを伺うように遠巻きにチラ見してくる。幸いここまで誰かに話しかけられる事は無かったが、ちょっと、いや結構、居心地が悪い。

 

「義経さん達は毎回この時間に登校するんですか?」

 

 冬馬が話題を変えるようにこちらに話を振る。

 気遣いも出来るとか、やはりパーフェクトイケメン! 憧れるね!

 

「できれば義経はもう少し早く登校したいんだが、二人があまり早いと一緒に行ってくれないんだ」

 

「いや、自分も嫌だよ義経」

 

 なんかさらっと自分は一緒に登校するような言い方だったので、流石にツッコんでおく。

 

「そんなお兄ちゃんまで!?」

 

 義経が落ち込んでしまったので頭を撫でて慰める。しかし貴重な休息時間を削られるのは勘弁なので意見を変えるつもりは無い。

 

「葉桜先輩は自転車持ちなんスね」

 

「うん。帰りはスイスイ号に乗って帰るの」

 

『お任せ下さい清楚』

 

 突然喋り始めた自転車に、三人が目を見開いて驚く。

 

「しゃ、喋ったよ!」

 

『初めまして皆さん。私スイスイ号と申します。以後お見知りおきを』

 

「流石九鬼だな。まさか喋る自転車とは」

 

「やっぱりビックリするよなぁ」

 

 三人に共感するように頷く。

 

『皆さんのお話の邪魔はしませんからご安心を』

 

「紳士的なのですね」

 

「でも男が乗ろうとすると怖くなる」

 

「エロ自転車じゃねえか!」

 

『ハハハ、優季様は冗談がお上手だ』

 

 楽しくお喋りしながら橋を半分渡り終えたその時、一瞬頭上を影が通り過ぎたので、顔を上げて確認する。

 

「天から美少女登場!!」

 

 なんか聞き慣れた叫びと共に見知った少女が目の前に着地する。うむ、黒か。百代はアダルトな下着が似合うよなぁ。ナイスパンチラ!

 

「よう優季、登校するなら連絡くらいくれてもいいだろ」

 

「……百代、お前はあれか? なんか叫ばないと出てこれないキャラなのか?」

 

 ラッキースケベに感謝しつつ、朝からテンション高い百代の奇行を注意していると、百代はまあまあと言って当然の用に自分の横に並んだ。

 

「「むっ」」

 

 弁慶と小雪が面白く無さそうな顔でこちらを睨む。な、何故?

 

「私の方にも記者が来たぞ。いや~あいつらウザイくらい質問してきたな」

 

「なんだ百代の方もか」

 

 百代が歩きながらそんな感じで話題を振ってきたので、自分も歩きながら話す。

 必然的に他のみんなと少し離れてしまったが、まあみんなすぐに追いつくだろう。

 

 

 

 

「おいユキ、何してんだ追うぞ!」

 

「はっ! 僕としたことが!」

 

「追うよ義経!」

 

「あ、うん」

 

 百代が意図的に優季を連れて行ったと気付いた小雪と弁慶が、二人を追いかけようとしたその時、百代が小雪と弁慶の方をチラ見し、そして……勝ち誇ったように笑った。所謂ドヤ顔である。

 

「「……」」

 

 二人の中で何かがキレた。

 

「上等だよ先輩……本来その位置は『私と義経』の位置なんだよ」

 

「あははそうだ~今度は物凄く強いけど一日でズタボロになった英雄の絵本を書こ~」

 

 弁慶と小雪の二人から黒い波動を伴って闘気が溢れ出る。

 

「ひ、久しぶりにダークユキが降臨した!」

 

「ここまで怒っているユキは確かに久しぶりですね」

 

「べ、弁慶?」

 

「ガクブルガクブル……」

 

「よ、与一君が蹲って声でガクブル言いながら青褪めてる!!」

 

 朝から多馬大橋こと変態橋はカオスな空気に包まれた。

 

 

 

 

「にしても、モモ先輩が恋とはねぇ」

 

 翔一は『おもしれー!』と笑いながら呟いた。

 

「ちくしょうなんだよユウの奴! しっかりフラグ回収しやがって。フラグは折れるもんじゃねぇのかよ!!」

 

 岳人は心の底から叫んだ。

 

 数分前、みんなの前に現れた百代は、自信に満ちた表情で告げた。

 

『しばらくは自分を鍛え直すためと、優季を落すために時間を割くから、付き合いが悪くなるかも知れない。まあ金曜集会には出るから安心してくれ』

 

 そう言って百代は清々しい笑顔で去って行った。

 

「なんていうか、モモ先輩の発言の衝撃が強過ぎて、負けた事の印象が薄らいじゃったね」

 

 卓也が苦笑を浮かべながら百代が去った方を見詰める。

 

「でもね。お姉様、朝の修行とか凄く真剣に取り組んでいるのよ。納得行かないと回数にカウントしなかったり、技の動きを確認するように何度も繰り返したり。それになんていうか、落ち着いたって言うのかな?」

 

「分かります。あれだけ荒かった闘気も落ち着いているようですね」

 

「鉄先輩マジでパネェぜ」

 

 一子の言葉に由紀江が頷く。

 

「まあまあ、私達はモモ先輩の恋を応援しよう」

 

「京がそんなことを言うなんて珍しいな」

 

(一番のライバルがいなくなったからな!!)

 

 クリスの言葉に京は心の中で答えながら、大和の背中を怪しい瞳で見詰める。そして大和は寒気を感じで肩をビクつかせた。

 

 

 

 

「にょほほ、おはようなのじゃ」

 

「えっと不死川さんだっけ、おはよう」

 

 教室に入ると既に数名の生徒がノートを広げて勉強していた。凄いなみんな。

 

 そんな中、興味深げな目で話しかけてきたのは着物姿で頭の左右に丸く髪を結ってツインテールのように伸ばした不死川心(ふしかわこころ)さんだった。

 

「それにしてもお主、転入早々凄い事をするのう。あの武神を倒すとはのう」

 

 相変わらず独特な喋り方だ。そう言えば日本史の、正直苦手な白塗りの先生も似たような喋り方をするけど、親戚なのだろうか?

 

「やっぱもう話題になっているのか」

 

 というかヒュームさんの話じゃ元々は川神学園の掲示板から情報が漏洩したんだったか?

 

「……ふっ、武力が凄くてもね」

 

「「むっ」」

 

 勉強していた生徒の言葉に、小雪と弁慶が面白くない顔をするが、彼の言い分はもっともだ。武力だけでは世の中渡っていけないのが現実だ。

 

「そうだね。学生の本分は勉強だしね」

 

「ふん」

 

 こちらが笑顔で答えると、男子生徒はつまらなそうな顔をしてまた勉強に戻った。無理に話す必要は無いので、不死川さんに別れを告げて自分の席に座る。

 

「なんというか、優季君は大らかですね」

 

「そう? 普通だと思うんだが?」

 

 首を捻って冬馬に応えると、何故か小雪達が苦笑しつつ肩を竦めた。何故だ?

 

 

 

 

 放課後になると俺はしばし席に突っ伏して一時の安らぎを堪能していた。

 なんせ廊下を歩けば生徒に押しかけられて質問攻めだ。

 

 まあ自分がたいして勝った事をひけらかしていないお陰か、一度質問した生徒はさっさと去ってくれるから助かったが、ガクトに血涙を流さんばかりの勢いで『どうしたらフラグ建築士になれるんだ!』と訳の分からない事を言われたのだけは物凄く印象に残っている。

 

 最近、というか前世でも良く言われたが……フラグ建築って、なんぞや?

 

 そんな事を考えていると、傍で物音がしたので前を見ると、義経が忙しなく動き出した。

 因みに自分の横が弁慶で、前が義経、そして弁慶の前が与一で隣が義経と、四人一纏めの席順になっている。

 

「どうした義経?」

 

「ああお兄ちゃん、これから校庭で決闘なんだ」

 

 あっ。そういえばそんな話が来てたっけ。ここしばらく忙しくて忘れていた。

 

「他の皆様にも申し込みがあります。特に優季には多数、いかが致しますか?」

 

「「うお!?」」

 

 急に現れたクラウディオさんに、自分と、自分の席でラノベを読んでいた与一が驚いて肩をビクつかせる。

 

「って、弁慶は?」

 

「弁慶さまは早々に退室いたしました」

 

「流石姉御、逃げ足が速い」

 

 本人がいない時は強気だよね与一、まあ同意だけど。

 

「そもそも自分達への決闘の申し込みって、何人くらいなんですか?」

 

「皆さま全員分を合わせれば、在校生の半分以上ですね」

 

「……流石にそれ全員は厳しくないですか?」

 

 あまりの人数に唖然として、クラウディオさんに尋ねる。

 

「ですので皆様の体力面を考慮して、クローン及び優季との決闘可能人数は一日最大10人までとしました。在校生の中には強者もおりますので。勿論それ以上相手して頂いても構いません」

 

「義経はとりあえず体力に余裕のある間は戦うことにしている。二人も義経と一緒に行こう!」

 

 来て欲しそうな顔でこちらを見詰める義経、可愛いなぁもう。

 

「パス。ただでさえ朝稽古があるのに面倒だ。放課後くらいは好きに過ごさせてもらうぜ」

 

 あ、与一がマジで拒絶してる。そう言えば楽しみにしていたラノベの続きを買ったと喜んでいた。多分今読んでいるのがそれだろうな。なんせ教室で読み始めるくらいだ、相当楽しみだったに違いない。

 

「そうだな。与一の言い分ももっともだ。今日は自分と義経が相手すると伝えてください」

 

「かしこまりました」

 

 クラウディオさんが一度お辞儀して消える。

 

「悪いな兄貴」

 

「気にするな兄弟。男には一人の時間が必要だ。特に心の安らぎを得ている時には」

 

 与一にサムズアップしていい笑顔をする。

 

「ふっ。流石兄貴は分かっているな。それじゃあ俺はしばらくここで英知の声無き声を楽しんでいるとしよう」

 

 与一もサムズアップして微笑と共に自分の席に戻った。

 そんな与一と別れて義経と一緒に教室を出て校庭に向かう。

 その途中で義経は困惑した表情でこちらに尋ねてきた。

 

「お、お兄ちゃん、与一は何をしているんだ?」

 

「ただの読書だ」

 

「そ、そうなのか。義経は偶に与一の言っている事が分からない」

 

「分からなくていいよ」

 

 義経の頭を優しく撫でながら二人で校庭に向かう。

 

 ただ、何か対策は考えておかないとな。二人の立場もあるし、義経や自分が全部相手にする訳にも行かないし。

 

 色々考えながら心の中で小さく溜息を吐いた。

 




タイトルと前書きのわりに中身は普通の日常回。
しばらくは日常回が続くと思います。



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【百人抜き】


今回は原作のハクノンの観測眼がいかに優れていたかと具現武器での戦闘がメインの回。



 グラウンドに出ると既に結構な数の生徒が集まっていた。

 そばに立つクラウディオさんに話しかける。

 

「最悪10人しか相手しないかもしれないのに、よく集まりましたね」

 

「その辺りは事前に説明して皆さん納得済みです。それにその場にいなければ順番を繰り下げられてしまいますから」

 

「なるほど納得」

 

 苦笑いを浮かべていると歴史担当の女教師の小島梅子(こじまうめこ)先生とルー師範がやって来た。

 

 梅子先生はヒュームさん達同様、個人的に尊敬している人の一人だ。

 

 授業は理解しやすいし、生徒思いの優しい先生だからだ。

 廊下で何度か腰に下げた鞭で素行の悪い生徒を叩いているのを見掛けたが、梅子先生は生徒一人一人に合わせて強さをちゃんと加減して叩いている。

 言動は厳しいが、真面目で優しい先生なのは間違いないと思う。

 

「鉄に源、今日は生徒の要望に答えてくれてありがとう。今日は私とルー先生が審判を勤める」

 

「私が義経を小島先生が優季を担当するネー」

 

「了解しました。あの、これは稽古ですか? それとも決闘?」

 

 梅子先生に尋ねると先生は少し考えてから口を開く。

 

「決闘だ。だから全力で挑んでいいぞ」

 

「分かりました」

 

 その後グラウンドを義経と半分ずつ使うように言われ、ルールの説明を受ける。

 

 制限時間は一人10分。

 レプリカ武器の使用は有り。本物でも峰打ちなら自分の武器の使用も許される。

 それ以外は特にルール無しで審判の采配に任せるとのことらしい。

 どうやら好きな戦い方で戦っていいみたいだ。

 

「梅子先生、気の使用は有りですか?」

 

「一応学園長からお前の能力の詳細は聞いているし許可は出ているが、できれば符術は使わないでくれると助かる」

 

「了解です。武器の具現と強化は有りですか? もちろん刃は潰してあるタイプで具現します」

 

「それならば構わない。全力で挑めと言っておきながら、すまんな」

 

「いえ。威力の調整が出来るとはいえ、符術は危険ですから。梅子先生の配慮は間違っていません」

 

 申し訳ないといった表情をする梅子先生に問題ないと笑って答える。

 

 とりあえず相手に合わせて武器を出す事にするか。

 

「それじゃあ早速頼めるか」

 

「はい!」

 

 前に出ると薙刀を持った一人の男子生徒も前に出る。

 

「始め!」

 

 

 

 

「監獄城チェイテ!」

 

 優季が黒い槍を生み出して構える。

 

「せい!」

 

「はっ!」

 

 薙刀の生徒の振り下ろしを、優季は柄で巧くいなし、近付いて石突側の柄を横に振るって薙刀の生徒の頭を殴り飛ばす。

 

「干将・莫耶!」

 

「ぐあっ!」

 

「それまで!」

 

 体勢が崩れた生徒に追い討ちとばかりに瞬時に武器を双剣に変えて強く腹を打ち、相手を倒す。

 

 噂では体術であの川神百代を降したと言うが、体術以外も使えるのか。

 

 梅子は関心したように優季を眺めながら終了の合図を送って次の生徒を呼ぶ。

 

「よろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

 竹刀を持った一年生が一度頭を下げて竹刀を正眼に構えると、優季も頭を下げ、双剣を握ったまま自然体で立つ。

 

「はじめ!」

 

「せええええい!」

 

 一年生が勢いよく飛び出して竹刀を勢いよく振り被ると、優季は双剣の内の一本を投げつけ、一年生の振り上げられた腕に当たる。

 

「あっつう!」

 

「せい!」

 

 余ったもう一本の方で一年生の腹部を打ち抜いて倒す。

 

「それまで!」

 

 気で出来た武器だからこその発想だな。武器を捨てても補充が利く利点を上手く活かしている。

 

「次!」

 

「せ、先生! あんなホイホイ武器変えたり出したり、武器放ったりはズルくないですか!!」

 

 一人の生徒が優季の戦い方に抗議する。

 

「ズルくは無い。むしろ優季は符術を使わないハンデまで受け入れている。いいか、確かに鉄は自分で武器を生み出せるが、そもそもそれを習得するには並大抵の努力では不可能だ。鉄はそれだけの努力をしてこの『武器』を手に入れたと言う訳だ。それに気力も無限ではない、生み出す度に消費する。それとこれは決闘であることを忘れるな」

 

「自分は優季が素手だから勝負したいと思った訳で……」

 

 一部の生徒が呼応するように頷く。

 

「ええいこの――」

 

「分かりました。では素手での勝負を望む方とだけは、こちらも素手で応じます」

 

 梅子が軟弱者と続ける前に、優季が苦笑いを浮かべて提案する。

 

「いや、だがなあ優季」

 

「構いません。流石に武器縛りは無理ですが拳法は鍛えているので問題ないです。自身の体術の訓練にもなりますから」

 

 だから大丈夫ですよと、優季が梅子に向かって笑って頷く。

 

 なんというか、鉄の笑顔には相手を納得させてしまう安心感があるな。

 

「……分かった。お前がいいならそうしよう。では次の者前に出ろ!」

 

 やって来たのは先程最初に抗議した三年の生徒だった。

 

「助かったよ優季、俺はボクシングをやっているからな。素手の勝負なら簡単には負けないぜ」

 

 不敵な笑みを浮かべて独特のステップを刻む三年生の言葉が聞こえていた梅子は不快な顔をする。

 

 年下相手に譲歩して貰って何を言っておるか!

 

 と、鞭を振ってしまいたい衝動を我慢して開始の合図を行う。

 

 三年生は素早く踏み込み、上体を屈めてボディを打ち抜こうと更に踏み込もうとした瞬間、

 

「へ?」

 

 三年生は天地逆さまの状態で空中に放り出されてそのまま頭から地面に落ちて気絶した。

 

「足元がお留守です先輩」

 

 にっこり笑って忠告する優季。

 

 巧い。足が前に踏み込こもうとした瞬間に軸足を払い、腕を掴んで前に放ったのか。

 

 梅子がそのあまりに自然な動きに感嘆する。

 

「い、今何したんだ?」

 

 一部の生徒には気付けば既に優季の立ち位置が変わっている様に見えた。

 別段優季は高速で動いた訳ではない。

 ただ相手の身体の動きや力を利用したカウンターを何年も続けている内に『自然と動きが最適化』され、素早く動いたように見えただけだ。

 

「次!」

 

「よろしく頼む」

 

「こちらこそ」

 

 今度現れたのは二年生。先程の三年と同じ格闘系だが三年と違って集中していた。

 優季もまた相手に無礼が無いようにと無駄口を叩かず真剣な表情で相手を見据える。

 

 なるほど。さっき笑っていたのは相手が真面目ではないからか。

 

 相手の技量に関係なく真剣な相手には自分も真剣に答える。

 そんな誠実な姿勢に、梅子は戦う者として正しい姿勢だと満足げに頷いた。

 

「始め!」

 

 その後も武器を持つ物には変幻自在の具現武器で変則的に戦い。

 また格闘戦ではその類稀な動体視力と経験で培った直感で動きを読んで相手の攻撃を逆手に打ち倒す。

 

 そもそも地力が違う。

 

 試合が進むに連れ、梅子は優季と学生達との圧倒的な地力の違いに気付く。

 

 気を纏う事で筋力のハンデを覆す攻撃力と防御力。

 相手の攻撃を見据え続けられる冷静さ。

 勝機を掴むために死地に踏み込める胆力。

 

 普通の、少なくとも部活動レベルの生徒では勝つことは不可能だろう。望みがあるとすればスタミナ切れと武器の扱いがまだまだ未熟な点くらいだろうか。

 

 気付けば10人など疾うに過ぎ、優季は気付けば100人目を倒していた。

 

「ふう……今日はこのくらいで」

 

 優季が汗を拭きながら梅子に頷くと、梅子も頷いて答えた。

 

「では、今日の決闘は終了だ。速やかに解散するように!」

 

 梅子の号令の下、生徒は隣でまだ試合をしている義経の方に集まる。

 

 その様子を屋上から、そしてギャラリーの中から見詰めていた三人の少女が頃合と見て優季の傍に向かう。

 

 

 

 

「はあ、しんどい」

 

 その場にへたり込んで溜息を吐く。

 

 流石に100人抜きはしんどかった。

 しかも結構強い人が多かったし、武器縛りだったら負けていたかも。気力も全快じゃなかったからかなり際どかったし。

 

「頑張ったな優季、良くやった」

 

「ありがとうございます梅子先生」

 

 手を差し出してくれた梅子先生の手を握って立ち上がる。

 

「ふん。あれくらい出来てもらわねば困る」

 

「ああ、私に勝ったんだからな」

 

「カッコよかったよユーキ!」

 

 百代と小雪とマルギッテが現れた。

 

 なんかゲームの敵みたいな表現をしてしまった。

 まあこの三人が同時に現れたら『逃げる』一択なわけだが……いや、そもそも『逃げられない』で強制敗北か。

 

「それにしても、私の時は具現能力を使わなかったのにコノコノ」

 

 傍に寄ってきた百代が、笑いながら自分の脇を肘で突つく。

 

「武器を作り出せるからといって、武器の扱いが巧い訳じゃない。必ず隙になる。ならまだ戦える体術で挑むのは当然だろ?」

 

「確かに。観察していましたが、武器の扱いは精々基本動作が少しはこなせると言ったところでしたね。大振りな場面が幾つかありました」

 

「自分の具現武器は特殊能力使って始めて生かせるような部分もありますからね」

 

「前に見た病院で出した剣みたいに?」

 

 小雪に尋ねられて一瞬なんの事か分からなかったが、両親から聞かされた話を思い出す。

 

「ああ原初の火(アェストゥス・エウトゥス)か。勿論あるぞ」

 

 そう言ってその手に真紅の大剣を生み出す。

 

「そうそうこれ!」

 

「懐かしいな。触っても大丈夫か?」

 

「うん。少し暖かいけどね」

 

 小雪と百代が刀身部分に触れる。

 

「あ、本当だ暖かい」

 

 刀身に触れた小雪が不思議そうに何度も触る。

 

「ふむ。剣に熱気属性が宿っているということか」

 

 マルギッテさんと梅子先生もやってきて剣に触る。

 セイバーが使っていた大剣は、場合によって炎を出す燃える剣だったので、そこは剣に熱気属性を付加させることで再現した。

 

「まあ火は出ます。それ以外は企業秘密ってことで」

 

 笑いながら武器を消す。

 

「面白そうですね。今度の決闘が楽しみだ」

 

「お手柔らかに」

 

 獰猛な笑みを浮かべるマルギッテさんにそう言って苦笑した。

 そうか、もうこの人の中では再戦が決まってるんだな。怖いわぁ。

 

 その時、隣から一際大きな歓声が上がった。 

 

「おっ。どうやら一子が戦っているみたいだな」

 

 百代が立ち上がって隣の決闘を見詰める。

 

「一子か、どれ」

 

 自称妹分である二人の戦いを良く観るために近場の木に飛び移って太い枝に座って観戦する。

 

 一子はあの義経相手にいい勝負をしていた。ただ義経の動きが少し悪い、多分連戦による疲れだろう。

 

「……というか、一子の戦い方が意外だ」

 

 一子はなんか余力を残している感じだ。個人的に初手から全力で行くタイプかと思った。

 

「……なんだろう、なんか……ちぐはぐな感じだ」

 

 一子が考える戦闘スタイルと一子の肉体が上手く噛み合っていない気がする。

 

「って、なんでそこで攻撃止めて振り下ろし!?」

 

 一子は動き回って薙刀を振り回し、前後左右上下から義経を手数で封じていた。そのまま例え小さくても小刻みにダメージを与えて倒すか、義経が痺れを切らしたところをカウンターで倒せばいい。

 

 しかし一子が取った行動はわざわざ自分から離れてからの大振りの一発狙い。

 結果、一子の攻撃に耐えつつ勝機を狙っていた義経のカウンターで一子は敗れた。

 

「よっと」

 

 木の下でこちらの様子を伺っていた四人の元に戻る。

 

「どうだったウチの妹は?」

 

「いや、なんていうか……川神院ってちゃんと武道を教えているのかって思った」

 

「どういう意味だ鉄?」

 

 梅子先生が怪訝な表情で尋ね、同調するようにマルギッテさんも小さく頷いた。

 

「百代の場合はまあ本気で戦えないから戦い方を厳しく注意できなかったとは思うんですが、一子は肉質や気性を見る限り、絶対『直感型の長期戦タイプ』です。しかし今の一子の戦い方は間逆だ。それを注意しないなんて武道を教える者として間違っている」

 

「えっとつまり?」

 

 小雪が意味が分からないと言った感じの顔をする。

 

「動きから観た感じ、一子は感覚能力が優れていると思う。義経の身体の動きに瞬時に身体が反応している場面が幾つもあった。感覚が鋭いなら頭で戦術を練るよりも感覚を鍛えて直感で動く事を鍛えた方がいい」

 

「長期戦と判断した理由は?」

 

 今度はマルギッテさんが質問してくる。

 

「一子はパワーが足りない代わりに、スタミナと初速のスピードはかなり優秀だと思う。実際今も平然としている。あれなら一定の力、それこそ全力で動いても一定ペースを保てると思う。粘り強く攻撃を繰り返して倒す戦法の方が良い」

 

 そもそも強者同士が近距離で戦えば、戦闘時間は長くて10分から20分が良い所だ。

 その間を力を損なわずに全力で戦えるなら立派な武器と言えるはずだ。

 

「しかし当の一子自身がその持ち味とは逆の動きをする。そもそも一子の性格からして最初から全力で行かないのもおかしい、まるで……」

 

 百代みたいな戦い方だと考えた瞬間、百代の方へと顔を上げた。

 

「な、なんだ優季? そんなに私の事を熱く見詰めて」

 

 なんか知らないが百代が頬を少し赤らめて満更でもないと言うような、はにかんだ笑顔を浮かべる。というかそんな熱がこもるほどの熱視線ではなかったと思うんだが?

 

 首を傾げながらとりあえず思ったことを口にする。

 

「あいつもしかして、百代を模倣しているんじゃないか? しかも無意識に」

 

「私を?」

 

「お前は『計算型の短期タイプ』まあ感情度合いで全力の上限に差はあるが、間違いなくどんな状況も一発の力で逆転できちゃうから、そもそも長期戦になりようがない」

 

 本来は良い意味で『オールラウンダー』なのだが、百代の現状の性格的には間違っていないはずだ。

 

「そう? 僕はモモ先輩も直感型だと思っていたんだけど」

 

「いや、戦闘時の言動は兎も角、百代は常にこっちの動きを観測し、予測して動いている。初見で技を見切られるのはそのせいだ。だから百代に使う技は『見切られても問題ない技』が一番効率がいい。自分の一足一倒が良い例だな」

 

 そう考えると具現武器の特殊能力有りでも、なれない武器での戦闘は百代相手には分が悪かったかもしれないな。

 

 そんなことを考えていると四人が黙ってしまったのでそちらに振り返る。

 すると小雪と百代は驚いたような表情を、マルギッテさんと梅子先生は感心したような表情でこちらを見ていた。

 

「え? どうしたのみんな?」

 

「いや、お前が人間観察が大好きな変態だと言う事が分かってドン引きしているんだ」

 

「なんで!?」

 

 個人的な分析をしただけなのにひどい事を言われた。何故だ!?

 




と言うわけで優季(というかハクノン)の観察眼が優秀だと言う事を説明する回でした。
そして一子の戦闘に関する設定は原作見て私が感じたオリジナル設定なので原作とは微妙に違います。というか犬笛聞こえる時点で五感は間違いなく優秀だと思う。
ただ一子を強化するのはいいが、それを活かせるイベントが思いつかない……やっぱクリと戦わせるべきか?


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【だらけ部】


個人的に原作でも凄い好きなあの部活動がついに登場!



「はてさて、弁慶はどこかねぇ」

 

 放課後の決闘も今日で二日目。通算二百人を相手にした。

 運良くというか実力のある相手とはまだ戦っていない。

 

 いや、生徒会長は強かったか。あの溜め技の隙を突かなかったら危なかった。

 

 因みに義経はオレの倍の人数をこなしている。その間残りの二人は一度も戦っていない。

 正直そろそろ弁慶と与一にも色々やって貰わなければ義経の体力がもたない。

 

 義経の事もあるが、ヒュームさんやマープルも、この現状が続くようなら二人には強制参加を申し付けるしかないと言っていたので、自分が二人を説得をするからそれまでは待って欲しい事を伝えた。

 

 そして今は学校に残っている弁慶を探してる。与一は早々に帰ったため、後で電話連絡するつもりだ。

 

 義経の方は清楚姉さんに協力して貰って、二人で放課後一緒に過ごす約束をさせて、決闘を早めに切り上げさせた。

 

「さて、気で探った感じだと、この部屋だが」

 

 弁慶の気配を辿って訪れた部屋の扉の上には、第二茶道室と書かれていた。

 室内から感じる気配は見知った三人、というかあの二人と一緒とは意外だな。

 

「失礼しまーす」

 

「その声はユウ兄?」

 

 部屋に入ると弁慶と大和と宇佐美先生が寝転がって中央の竹輪をつまんでいた。

 

「……何してるんだ?」

 

 正直よく分からない状況なので、とりあえず部屋のドアを閉めて三人に近寄って尋ねる。

 

「何もしてないよ。なんせここは『だらけ部』の部室だからね」

 

「だらけ部? 良くそんな部活の申請が通ったね」

 

 三人の傍に腰を下ろしながら、本当に何でも有りだなこの学校と呆れる。

 

「いやユウ、そんな部活無いから、非公式だから」

 

「なんだ」

 

 大和が寝転がったままは失礼と思ったのか、座り直してここについて説明してくれた。

 

 元々は大和と宇佐美先生の二人であまり使われないこの部屋を休憩室みたいに使っていたらしい。そこに弁慶が加わって自称だらけ部の誕生、と言う訳だ。

 

「うん、まあ休憩できる場所は必要だよね」

 

「おっ。意外に話せるなぁ鉄。先生、お前は努力家タイプっぽいから、むしろ注意してくるかと思ったぜ」

 

「いや、自分は結構自由人ですよ。好きな事しつつ苦手な事をちょっとやってる感じです」

 

 こちらの言葉に宇佐美先生が、なるほど。と頷いて笑った。

 

「で、どうしてユウ兄がここに?」

 

 弁慶も他の二人が身体を起こしたためか、伏せていた体勢から起き上がる。

 

「そうそう。なあ弁慶、そろそろ生徒の相手をしてやってくれないか? 誰でもいいって連中は自分と義経で片付けておくから。お前とどうしても戦いたいって連中だけでも頼む」

 

「う~ん気分が乗ったらで」

 

 弁慶がだるそうに呟く。

 なんかいつも以上にだらけているな。余程ここの居心地がいいのだろう。

 

「はあ……ならお前の申し込みの相手も頼み込んでなんとかこっちに回して貰うが、構わないか?」

 

「私としては楽できるからいいけど、ユウ兄はいいの?」

 

「良い悪いじゃなくて、仕方ないんだよ。義経がオーバーワーク気味だ。これ以上は体調を悪くする。自分が相手するしかない」

 

 自分に負けた奴が義経に、義経に負けた奴が自分に挑んでと言いうループ状態の現状のせいで、放課後は常に決闘している状態だ。

 

 自分はある程度の人数で止めるが、義経は真面目な性格のせいでいつも体力ギリギリまで戦ってしまう。そのせいで義経が休む暇が無い。そのため昨日、クラウディオさんにある条件の追加をお願いした。

 

『クローン組への挑戦は一人一月に一回まで』

 

 と言うのがこちらが頼んだ追加条件だ。

 

 そもそも連日挑んでくる奴もいたが、一日二日で強くなれる訳が無い。可能なら勝つために鍛えてから挑んで欲しい。というもっともらしい理由を掲げて周りの大人を納得させた。

 

 本音は放課後くらい好きに遊びたいし、義経達も遊ばせてあげたいからだ。

 できればこの機会に義経達には深い付き合いの友人の一人でも作って欲しい。その為には自由な時間が必要だ。

 

 本音の部分を省いて、新しい条件と義経の現状を弁慶に伝えると、弁慶は少し申し訳無さそうな顔をした。

 

「……そっか。それじゃあ行かないわけにはいかないね」

 

 弁慶が呟く。

 

「お、武蔵坊さんチの弁慶ちゃんにしては珍しい」

 

 宇佐美先生がからかうように呟くと、弁慶は溜息を吐きつつ答えた。

 

「主に負担をかけ過ぎるわけにはいかないからね。それにユウ兄が一月に一回って条件を提示してくれたから、働くのは月数回で済む」

 

「ま、別にここの出入りを規制する訳じゃないんだ。やることやって、全力でだらけるといいさ」

 

 憂鬱そうな表情の弁慶の頭を撫でて元気付ける。

 

「そうだね。んじゃ明日は決闘に応じるって伝えておいて」

 

「ん、了解。あっ。それとな弁慶、こっちを向け」

 

「ん?」

 

 弁慶の頭から手を放し、彼女の口の端についたお弁当を摘んで自分の口に運ぶ。

 

「寝転がって食べるな。とは言わないけど、口元には注意な。まあそういう少し抜けている所も、弁慶の魅力だけどさ」

 

 そう言って、いつものように弁慶の頭を軽く撫でてから立ち上がり、部室を出て行った。

 

 

 

 

「……くぅ、不意打ちとは卑怯な」

 

 弁慶は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 

「……あいつ夜の商売にでも就いた方がいいんじゃないか?」

 

「流石一級フラグ建築士。モテモテで羨ましい」

 

「いや、直江も人の事言えないだろ。お前らのそのフェロモン、おじさんにも分けて欲しいぜ」

 

 呆れたような感心したような表情で、大和と巨人は優季の去ったドアと、恥かしさのあまり悶えている弁慶とを交互に見詰めた。

 

「まったく。ああやって不意を突くから、あちこちでフラグ建築するんだ」

 

 弁慶は竹輪を口に運んで川神水の入った杯を呷る。

 

「なんならおじさん、弁慶の恋を応援してやろうか? もちろんコレを弾むならいくらでもセッティングするぜ?」

 

 巨人は手の平を上にして親指と人差し指で輪を作って弁慶に見せる。所謂『金』の要求であるである。

 

「ノーサンキュウ、地道に行くよ。どちらにしろユウ兄自身が誰かに惚れるってことは無いだろうし」

 

「そう? 結構姉さんやユキには積極的な気がするけど」

 

「ユウ兄の態度を見るに、私達と同じ『大切な家族や友人レベル』だろうから大丈夫じゃないかな?」

 

 なるほど。と大和も納得して頷く。

 

「そんな悠長で大丈夫かねぇ? ああいうタイプは仲の良い子に告白されたらそのまま流されてゴールって事が多いぜ。なあ直江?」

 

「なんでそこで俺に話題を振るのさヒゲ先生」

 

 お前も同じタイプだからだよ。と、視線で答えて巨人は肩を竦める。

 

「と、ところで! 優季って、島では弁慶達とどんな感じで過ごしていたんだ?」

 

 矛先が自分に向きかけた大和は、恋愛話そのものから話を遠ざける。

 

「ん? 私達と過ごしていた時のユウ兄?」

 

「そもそもお前ら揃って兄貴呼びなのも先生気になってたんだよねぇ。その辺り詳しく」

 

「ん~まあ今と変わらないよ。気付いたらいつも私達の傍にいて、今回みたいに自分から損な役回りしていて、怒る時に怒ってくれて、褒めて欲しい時に褒めてくれて、まあそんな風に過ごしている内に私達の兄ってポジションに落ち着いた感じかな」

 

 弁慶は懐かしむように少し遠くを見詰めて川神水を一口飲んだ後、大和へと問いかける。

 

「私としてはこっちにいた頃のユウ兄が気になるね。実際どうだったのさ?」

 

「う~ん、弁慶の内容と一緒だよ。なんだかんだで頼りになって、みんなで楽しむことを第一に考えていたかな。多分こっちに残ったままならファミリーのサブリーダーや相談役ってポジションに就いていたと思う」

 

 弁慶に分けて貰った川神水を飲みながら、大和が当時の事を思い出して笑う。

 

「やっぱ鉄は年の割りにどこか達観してんなぁ。こりゃ落とすの大変かもな弁慶」

 

 巨人も川神水を飲みつつ苦笑する。

 

「はぁ~。今度ちょっとアダルティな映画でも借りて来て、また一緒に観るかな」

 

 弁慶がなんとはなしに呟いた言葉に、大和と巨人が怪訝な表情をする。

 

「えっ、またって何? 二人って一緒に映画とか見る仲なの?」

 

「あ、義経達も一緒か?」

 

「いや、私の部屋で二人でよく観るよ。ユウ兄が作ったツマミを食しつつ川神水を飲み、ユウ兄の膝枕で頭を撫でられつつ観賞するのが私のジャスティス」

 

 更に爆弾発言を事も無げに晒す弁慶に、大和と巨人はなんとも言えない顔をして腕を組んだ。

 

「……そんな男として辛抱たまらないシチュで手を出さないとか」

 

「……いっそ今日は普通に観よう。とか意外性で攻めるのは?」

 

「無理! 大和はヤドカリが目の前にいるのに観賞を我慢できるのか! ヒゲ先生は目の前に水着の小島先生がいるのに口説くのを我慢できるのか!」

 

「「ははは無理!」」

 

 自分が欲望に忠実な人間である事を再確認した三人は、いい笑顔で川神水を同時に呷った。

 




と言うわけで弁慶と優季の日常が軽く暴露された回でした。
あと原作でもだらけ部の三人の仲の良さが好きだったので、可能な限り再現してみましたが、如何でしょうか?
この作品ではそれぞれ想い人が違うので、多分ずっとこんな感じでだらけて行くと思います。
基本弁慶の相談相手はこの二人になります。



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【二人はメイド!】


……すまない。いいタイトルが浮ばなかったんだ。



「さて、次は与一か」

 

 弁慶は了承を得たので今度は与一だ。電話を取り出して与一にかける。

 

『兄貴か? どうした?』

 

「ああ、実はな……」

 

 与一に弁慶にしたのと同じ説明を行う。

 

「……と言う訳でそろそろヒュームさんが動いちまいそうだから、とりあえず与一もお前と戦いたいって奴と戦ってくれ。弁慶は説得に応じてくれたから後はお前だけだ。明日だけで終わるか分からないが、少なくともそれさえこなせば放課後はフリーだぞ?」

 

 これは魅力的なはずだ。自由に出来る時間が増えるのだから。

 

『ヒュームのおっさん相手は分が悪いか、分かった。俺だけノルマをこなしてなくてペナルティを受けるのはごめんだからな。俺も明日は決闘(デュエル)に応じてやるよ』

 

「分かった。じゃあ自分から伝えておく。あまり帰り遅くなるなよ」

 

『分かってるよ兄貴』

 

 電話を切って溜息を吐く。思ったよりも素直に応じてくれた。

 

「……なんだかんだ言っても、二人とも義経が大切だからな」

 

 義経の説明をした時に僅かに与一が息を飲んでいた。義経が倒れるところでも想像したのかもしれない。

 

 そんな二人の想いを利用している自分に対して嫌悪感を抱くが、割り切る。義経が本当に倒れてからでは遅いから。

 

「さて、紋さまに報せに行くか」

 

 気を学園中に広げて紋さまとヒュームさんの気配を探ると、一年S組に留まっている様なのですぐに向かう。

 

 というか、こっちが察知した瞬間にヒュームさんの気が一瞬だけ高まったがすぐに収まった。多分気を察知して警戒したが、自分の気だと分かって警戒を緩めたんだろうけど、気の接触だけで他者を特定しちゃう辺り、相変わらず凄い人だな。

 

 

 

 

 一年のクラスのあるC棟を歩いていると、あちこちから視線を向けられた。

 なんというか妬みや嫉妬や、やっかみな視線が多かった……全部一緒じゃねえか。

 

 心の中で一人ツッコミしつつその視線に耐えて廊下を歩いていると、紋さまとヒュームさん、そして最近よく見かける紋さまと一緒にいる髪の短い一年の女生徒が、まるで自分を待っていたかのように一年の教室前に立っていた。

 

「ふむ。やはり先程の気配はお前の気だったか」

 

 やっぱりか。

 

「待っておったぞ優季。それにしてもお主を一年校舎で見るのは初めてだな」

 

「そうですね。一年の知り合いはお二人しかいませんから」

 

 そう言って笑って答えたあとに、用件を伝える。

 

「与一と弁慶、明日は決闘に応じてくれるそうです」

 

「ほう。やはりお前の言うとおり、条件を見直したのは大きいか」

 

 ヒュームさんが目を閉じてクールに微笑む。

 

「それにしても弁慶は兎も角、よく与一を説得できたな」

 

 紋さまは良くやったと言ってこちらの頭を撫でようとする素振りを見せたので、片膝を着いて撫でやすいように屈む。

 

「言動で誤解されがちですが、与一は優しい奴ですよ。まあ人見知りな所も確かに有りますが」

 

 頭を撫でる紋さまに伝える。

 

「いやどう考えても重度の中二病ですよね」

 

 傍に控えていた子のツッコミに苦笑する。

 

「うん、そうなんだけど、ほら、そこはまあ『個性』ということで割り切れるし」

 

 個性は大事だよ。若干知り合いが個性的過ぎる連中ばかりな気がするのは、きっと気のせいさ。

 

「っと、自己紹介も無しについ、二年の鉄優季、君は?」

 

「一年S組の武蔵小杉(むさしこすぎ)です」

 

「ムサコッスは我が来るまでS組を纏めていたのだ」

 

「ムサコッス?」

 

「そこの赤子のあだ名だ」

 

 ヒュームさんが愉快そうに笑いながら説明してくれた。

 武蔵小杉ちゃんが若干顔を引き攣らせたところを見ると、そのあだ名を好ましくは思っていないらしい。

 

「けれど安心しました。紋さまも学園生活を満喫しているようで。では自分はこれで。なんか視線も厳しいですし」

 

「ああ、それはモモ先輩の件でしょうね。一年でもモモ先輩のファンは多いですから」

 

「なるほど。納得した」

 

 武蔵小杉ちゃんの説明にやれやれと軽く首を振る。なら男子も同じ理由かな。

 

「紋さまそろそろ……」

 

「うむ。ではな優季、あやつらの事、よろしく頼む」

 

 紋さまの言葉に頷いて見せて一緒に門まで行こうと思ったが、思った以上に時間が押しているとの事なので、二人はすぐにその場を去ってしまった。武蔵小杉ちゃんもその後に続き、一人取り残された。

 

「はあ。やっぱ紋さまも凄いな」

 

 あの年でもう将来を見据えて努力している。頭が下がるな。

 自分なんてやりたいことが分からないまま、努力してるだけだもんなぁ。

 

 いつまでも一年校舎にいても仕方ないので自分も紋さま達同様に帰宅する為に下駄箱に向かう。

 

 

 

 

「あれ?」

 

 多馬大橋を視界に捉えると、橋の上で見慣れたメイド服の人達がいたので駆け寄って声を掛けた。

 

「ステイシーさん、李さん、パトロールか何かですか?」

 

「ん? おお優季か、外で会うのは初めてだな。まあ九鬼のビルではちょくちょく会うが」

 

「こんにちは優季、私達はまあ、人払い兼監視です」

 

「人払い?」

 

「あれだあれ」

 

 指差された方を見ると河川敷で義経と一子が一緒に走りこみをしていて、清楚姉さんは土手に座って本を読んでいた。

 

 おうふ、ちゃんと休んで欲しかったのに。でもまあ勝負よりは精神的に疲れないからいいか。

 

「あいつら二人は強いからいいけど、清楚は違うからな。だから一応監視してんだ」

 

「そうだったんですか……あの、いつもありがとうございます」

 

 丁度良い機会だったので、二人にいつものお礼を述べる事にした。

 

「どうしたのですか急に?」

 

 李さんがいつものクールな表情で僅かに首を傾げる。

 

「いえ、折角の機会だからいつも守ってくれているお礼をと思って」

 

「仕事だから気にすんな」

 

「それはお礼を言わない理由になりませんよ。どんな理由でも守ってもらっているのは事実です。だからお礼を言うのは当然でしょ?」

 

 笑いながらステイシーさんの言葉を否定する。

 

「なら今度なんかおごってくれ」

 

「年下にたかってどうするんですか」

 

「いいですよ。なんなら夜食だって作りますから連絡してください。熟睡してたらごめんなさい」

 

 そう言って携帯を取り出して二人に渡す。

 

「マジか、やっぱ優季はいい奴だな。ほい覚えた」

 

「まったく。あ、私も覚えましたのでお返ししますね」

 

「はい」

 

 さ、流石従者部隊だ、あの一瞬で電話番号とメールアドレスを覚えてしまうなんて。

 

「それで優季はこの後どうするのですか?」

 

「そうですね、とりあえず……義経達の所に行って来ます」

 

 オレはそう言って二人と別れて河川敷に向かった。

 




個人的にはもう少し与一の場面を追加したり、一年校舎なのでまゆっちとか出したりしたかったんですけど、ちょっと上手く纏まりませんでした。
そしてようやく一子強化イベント、こっちは上手く纏めねば……。



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【一子強化イベント (前編)】

一子強化イベント開始。
一応予定としては今回と次回は説得と改善編みたいな内容です。
強化後誰かと闘わせたいけど……その辺は未定。



「よ、三人とも!」

 

 練習中の三人に近寄って声を掛ける。

 

「あ、ユウ!」

 

「お兄ちゃん!」

 

「あらユウ君、用事はもういいの?」

 

「うん、ありがとう清楚姉さん」

 

 清楚姉さんにお礼を言いながら彼女の隣にやって来ると、まるで子犬のように一子と義経も寄ってきた。何この可愛い生き物、癒される。

 

「ねえねえユウ、ユウは努力してお姉様を倒せるくらいにまで強くなったんだよね?」

 

「う、うん。まあ努力はしているから間違ってはいないか」

 

 なんか微妙に変な言い回しだったような気がしないでもないが、とりあえず頷いておいた。

 

「どんな事をしてたの!」

 

「ちょっ。待て待て一子、何故そんなに食い気味に訊いて来るんだ? 何かあったのか?」

 

 困った表情を浮かべて一子に落ち着くように頼むと、一子はごめんと謝るも、すぐに真剣な目でこちらを見据えた。

 

「でも私、もっと強くなりたいの。川神院の師範代になるために!」

 

「……あそこの師範代って、お前それがどれだけ大変か分かっているのか?」

 

 武の総本山の一つである川神院。そこの師範代といえば総代の次に偉い地位である。

 

 師範代は総代の補佐と門下の武道家達の面倒も見る必要がある。

 身体能力、格闘技術、精神的な強さと、求められるものが多い役職だ。

 その為その職に就けるのは一握りの存在のみと言われている。

 

 まあ全部以前ヒュームさんから聞いた情報なんだけどね。

 

「大変なのは分かっているわ。でも、私はお姉様のように眩しくてカッコイイ強い人になるって決めたの。それにお姉様が総代になるなら、できれば妹の私が補佐をしたい」

 

 一子の強い意志の宿った瞳を見て、自分も彼女が本気だと悟る。

 ……本気なんだな。なら、自分も出来る限り答えよう。

 

「……分かった。ならまずは一子の事を教えてくれ。疑問に思ったことはその都度聞いていくから答えてくれ。それを踏まえた上で、アドバイスする。義経と清楚姉さんも聞いてあげてくれ。アドバイスをあげられる人間は多い方がいい」

 

「うん、もちろんだ」

 

「私はあまりそっち方面は得意じゃないけど、それで良ければ」

 

「あ、ありがとうみんな!」

 

 四人で芝生に座ってまずは一子の話を聞く。

 

 

 

 

 問答を終え、出した結論は一つ。

 

「今のままなら絶対無理」

 

「き、きっぱり言われた!」

 

 真顔で一子に伝えると、彼女はへこんで俯いてしまう。

 

「当たり前だ。真剣な悩みならこっちも真剣に答える。で、それを踏まえた上で言うが、一子はもう回数をこなす努力はしなくていい。むしろそのせいで身体が常に疲れているような状態だ。それじゃあ弱くて当然だ」

 

「で、でも回数をこなさないと強くはなれないよ」

 

 一子はこちらの言葉をちゃんと理解しようとせずに反論する。

 う~んどうしようか、言葉で言っても納得してくれないだろうし……仕方ない。

 

「一子、自分と戦え。そうすれば少しはさっきの言葉の意味も理解できるだろう」

 

 立ち上がって構える。

 

「望むところよ!」

 

 一子が嬉々として自分の前に立つ。やれやれ完全に武士娘になっちゃって。

 

「一子、全力で来い。こちらは最初からは強化はしない」

 

「え? なんで?」

 

「こい」

 

 有無を言わさずに一子を睨み付けて構える。

 

「っ!?」

 

 殺気を受けた一子が、それ以上は何も言わずに真剣な表情で構える。ただし一子が得意な薙刀が無いためお互いに素手だ。

 

 こっちは既に集中を終えている。一子は荒い呼吸を落ち着かせ集中を終えると、すぐにこちらに向かってきた。

 

 集中に時間が掛かり過ぎているな。

 

「川神流蠍打ち!」

 

 一子の拳が人体の急所に向かって飛んでくるが、それを身体を横にそらして避け、すれ違い様に一子の前に出た足を払って一子を倒す。

 

「くっ!?」

 

 前のめりに倒れかけた一子は勢いを利用して地面に手を着き、腕の動きだけで大きく頭上に飛び上がり、落下の勢いを乗せて踵落としを放つ。

 

「ふっ!」

 

 その踵落としを避けながら踏み込み、落下中の一子の脇腹に掌底を叩き込む。

 ただし今回は気を纏っただけのただの打撃だ。衝撃はあるだろうが気を一緒に叩き込んでいるわけではないから威力は落ちている。

 

「あぐっ!?」

 

 なんとか着地した一子が、僅かによろめく。そんな一子を追撃せずに自分の間合いで彼女の様子を伺う。

 

 耐久は見た目どおりか。

 

「ゲホ、まだまだこれから!」

 

 起き上がっり叫ぶ一子に向かって、まず通常状態で一足一倒を放つ。

 

「はやっ!」

 

 一子はそれを辛うじて横に飛んで回避する。

 

 やっぱり、通常時の身体能力では一子が上か。そして『見てから避けれる』辺り、一子はやっぱり動き出しの動作が迅い。

 

 これまでの情報を元に一子の力量と情報をあらかた集め終えた。

 

 終わりにする。

 

 一瞬で肉体を二倍強化して、右足を軸にして左足を滑らせて一子の正面を向き……一足一倒を放つ。

 

「っ――!?」

 

 気による衝撃波無しとはいえ、先程より速い高速の一撃を受けた一子は、吹き飛ばされて地面を数回バウンドする。

 

 本来なら衝撃波を体内全てに伝わらせるからあそこまで吹き飛ばないんだが、今回は一子に分からせるためだから手加減して衝撃を抑えた。

 

「あっぐうう」

 

「はい、終了」

 

 強化を解いて手を打ち鳴らし、一子に戦いの終了を告げて近寄る。

 

「ま、まだ私は戦えるわ」

 

 一子は苦しげな表情で起き上がっている途中で、こちらを見上げた。

 

「全力だったら初手で終わっている。その事実は、最後の一撃を受けたお前が一番良く分かっているはずだろ?」

 

「っ!?」

 

 一子が悔しそうに顔を歪める。

 

「……うっし。じゃあ物理的に強さを解かって貰ったところで……次は精神的に分からせてやろう」

 

「へ?」

 

 一子は意味が分からないといった顔で再度俯かせていた顔を上げる。

 

「今のはこちらの実力を分からせて、話を聞きやすくさせるための戦いでもあったのさ。安心しろ一子、時間をかけてお前が負けた理由を話してやる。幸い義経もいるしな」

 

「な、なんでそこで義経の名前が!?」

 

「義経も前に似たような事があったろ? 実際の体験話って、ためになるよね」

 

 朗らかに笑いなら義経を見詰めると、義経は顔を赤くして『止めて!』と擦り寄ってきた。可愛い。

 

「あ、お姉ちゃんもちょっと興味ある」

 

「そんな清楚さんまで!?」

 

「よし、じゃあみんな土手に座って話し合うとしよう」

 

「か、一子さんの話をしていたはずなのに、義経が巻き込まれている!?」

 

「あはは……」

 

 リアクション豊かな義経を見て、一子が苦笑する。うん、やっぱりこの二人は似ている。

 

「まあ笑っていられるのも今の内だ一子、お前の努力に対する考え、とりあえず一回バギッと折ってやる」

 

 自分お言葉に一子は引き攣った笑みのまま顔を青褪めた。

 




Q:川神院の人が話をちゃんと聞いてくれません。どうすればいいでしょうか?

A:肉体言語でまず実力を示しましょう。

と言うわけでまずは一子に負けてもらいました。

あと一子と義経は原作でも良いコンビなので、今後もコンビとして活躍させたい。あと二人とも可愛い。(妹キャラ的意味で)


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【一子強化イベント (後編)】

と言うわけで強化イベント後編です。
今後はちょいちょい一子がどのくらい強くなって行くのかは描写して行く予定です。



「はい、では一子君。今の勝負何故一子君は負けたのでしょうか?」

 

「はい先生、ユウの方が強かったからです!」

 

「うん。ノリが良くて先生満足だけど、その答えは0点です!」

 

「がーん!」

 

 一子はノリ良く答えたが答えは言葉どおり赤点ですらない。

 

 勝負を終えた後、最初に話し合ったように四人で座って話し合う。

 

「一子が勝てない理由の最もな原因は、技の錬度と自分の持ち味を活かせていない事だ」

 

「技の錬度と持ち味?」

 

 一子が顔を上げて聞き返す。

 

「持ち味と言うのは自分自身の主軸となる武器だな。自分の場合はこの優れた『目』の動体視力だが、普段の身体能力だと、自分はこの目をフルに活かせない」

 

「そうなの?」

 

 清楚姉さんの言葉に頷いて答える。

 

「身体の方が目に追いついてくれないんだよ」

 

「えっ。でもユウは私の攻撃をかわしたよ?」

 

「それは自分がこの目を活かすために『目で見て』から動いたんじゃなくて『目で感じた』瞬間に身体を動かせるように昔から今日まで、ずっと訓練をしているからだよ。それでも強化後に比べれば身体の動きの精度は七割程度にまで落ちるね」

 

 三人は、そうだったんだ。と、驚いた表情でそれぞれ呟く。

 

「だから基本、自分の戦術はカウンター。相手の攻撃をじっと待つ、もしくは相手の攻撃を誘発させる。そうしてできた相手の隙を突いて攻撃を当てる。因みに自分が一子に追撃とかしなかったのは、もし腕や足なんかを一子に掴まれて間接技を決められたら、その時点で自分が負けるから」

 

「あ、だからユウは常に一定の距離を保っていたんだ!」

 

 一子が問題が解けた子供のような笑顔で声をあげる。どうやら追撃しなかった事に疑問を持っていたようだ。

 

「そ。あと気を扱う才能もあったお陰でパワー不足は補えたが、自分の気の総量自体はまだまだ少ない。強化中に相手を倒せるかが勝負の分かれ目だな」

 

「義経もパワーが無いから手数やカウンターで戦う事を念頭において訓練している。一子さんが一番信頼するモノを考えるんだ」

 

 自分の後に義経が続く。やはり義経自身も一子には思うところがあるのかもしれない。

 

「私が一番信頼できる……」

 

 義経の言葉に一子の視線が自然と自身の足へと向かう。

 

「私が一番信頼しているのは、一緒に走り続けたこの足よ!」

 

 一子は自信満々に顔を上げて拳を顔の前で握る。

 

「そうだな。義経との戦いを観る限り、間違いなく一子はスタミナとスピードはかなりのものだと思う。そこから戦術を練るんだ。スピードとスタミナ両方を活かすにはどういう戦い方がいいか、逆に自分の弱点は、伸ばすべき技術はと、色々考える事は多いが、こればっかりは周りの助言や自身で戦いを思い返したり見直したりして、常に試行錯誤して行くしかない」

 

「分かったわ」

 

 笑顔で元気良く頷く一子につられて、こちらも笑顔になる。

 一子には間違いなく他人を元気にする力がある。

 人を教え導く職種に必要な要素を、一子は最初から持っている。

 個人的にはこっちの才能をもっと伸ばして欲しいとも思うが、今は黙っておくか。

 

「それじゃあ次は技の錬度の説明だが、とは言っても特別な物じゃない。腕の運びや足の運びと言った基本動作で、一子は錬度が低いんだ」

 

「わ、私ちゃんと鍛えているわよ?」

 

 困った表情で首を傾げる一子。その目は止めてくれ、寂しげな表情をする子犬のようで心が痛いです。

 

「一子、肉体の鍛錬には三つの種類に分かれる。精神鍛錬、技術鍛錬、肉体鍛錬の所謂『心・技・体』の心得だ」

 

「あ、それなら私も分かるわ」

 

「じゃあそれぞれどうやって鍛えるか分かるか?」

 

「肉体鍛錬は良く食べ、良く寝て、良く動く!」

 

「ま、間違ってはいないよねユウ君?」

 

 自信満々に答える一子とは逆に、清楚姉さんが少し不安げに尋ねる。それ程までに当たり前な答えだった。

 

「うん正解。身体は運動すれば栄養と休息を求める。だから一子の考えは間違いじゃない。そして一番簡単に鍛えられるのが、鍛錬の回数を増やすやり方だ。だが」

 

 ここからが大事なので改めて一子がしっかりと聞いているか確認してから口を開く。

 

「一子、この鍛錬方法には限界があるんだ」

 

「え!?」

 

「はい。義経答えてみて」

 

 一子が驚いた表情で義経の方を見る。

 

「一子さん、肉体の成長には限界があるんだ」

 

 義経が険しい表情で、それでもしっかりと一子に伝える。

 

「義経も前に一子さんと同じ様に鍛錬の回数やお時間を増やせば強くなれると思っていた時期があった。でも毎日の鍛錬に比べて強くはなれず、そんな時にお兄ちゃんに色々教えて貰ったんだ」

 

 あの頃の義経は無理していたものな。

 

「肉体の成長って、私の身体能力はもう限界ってこと?」

 

 一子が少し恐々とした表情で尋ねる。

 

「現状の肉体ではって事だ。一子の身体はこれからも成長して行くが、今の身体はもう完全に成長の余地が無いくらい成長を遂げている。今後は無理せずにゆっくり伸ばして行くといい。代わりに空いた時間を技術鍛錬や精神鍛錬に費やせばいい。無理をすればそれこそ体を壊して二度と武術に関われないなんて事にもなりかねない」

 

「成長の限界か……そう言えばルー師範にも勝手に回数を増やしたりして注意されたっけ」

 

 まだ完全には納得していないようだが、思い当たる節もあるのか、一子は難しい顔で何度か頷いた。

 

「じゃあ次に技術鍛錬だが……見せた方が早いな」

 

 立ち上がり、みんなが見ているのを確認してから軽く一足一倒の動きを行う。

 軽い風を切る音を立てて掌底の中段突きが放たれる。

 

「一子、さっきの戦いの時と今、どっちの方が速かった?」

 

「戦っていた時の方がもっと速くてブレていたと思う」

 

 一子の言葉に満足げに頷く。うん、ちゃんと相手を見えているな。

 

「今のが集中せずに振った技。そしてこれが……集中して放った中段突きだ」

 

 再度構えを取り、足運びから手の平まで意識して、全力で振る。

 

 先程よりも鋭くて早い空気を切り裂く音が響く。

 

「一回一回集中して全力で振るうということは、それだけ精神的にも肉体的にも疲れる。だが常に肉体の動作を意識して行うことで、動きは自然と最適化されてより速くなり、一撃の威力は増す」

 

 一度軽く深呼吸して構えを解き、改めて座って続きを喋る。

 

「技術鍛錬は集中力の持続も鍛えられる。多分ルー師範が指定している回数は、一子が真剣に全力を出して取り組んでも、身体が壊れない回数なんじゃないか?」

 

 普段の温厚な態度と苦労気質で目立たないが、ルー師範は百代と鉄心さんに『注意できる』存在なのだ。つまり二人はルー師範の強さを認めてる。

 

 そして現在川神院にいる修行僧を補佐付きとはいえ、全員の面倒を見ている状態だ。教え下手である筈が無い。

 

「う、確かにそうかも」

 

 一子が頷くのを見てから話を再開する。

 

「一子は元々集中力と感覚の精度は高いと思う、才能と言ってもいい。組手などで実際に戦闘の経験を増やして直感を鍛えた方が良いと思う」

 

 実際話を聞くと犬笛が聞こえるということが分かった。間違いなく空気の流れを感知する感覚が鋭い。

 

「とりあえず今日話した内容をルー師範にも話しておくといい。きっと適切に指導してくれるはずだ。それと一子の適性なら気もすぐに扱えるだろうから、そっちに関しても相談するといいよ。気なら自分も多少は教えてやれるから、もし特訓に付き合って欲しい時とかあれば連絡してくれ」

 

「義経も手伝うから遠慮なく言ってくれ一子さん!」

 

「いや義経、お前もちゃんと休息取るんだ。疲れが動きに出ているから、みんな心配してる」

 

 ついでとばかりに義経に注意しておく。

 

 まあ『みんな』と言ったが、気付いているのは義経の戦いを観ていた自分とヒュームさん達従者部隊の人達だけだろうけど、こう言った方が義経には効果がある。

 

「そ、そうなのか? 分かった」

 

 そして最後に、しゅんとしてしまった義経に苦笑を浮かべる一子に向けて、一番伝えるべき事を伝える。

 

「最後に一子、一番精神鍛錬に向いた修行方法を教えてやる。これを続ければもっと迅速に自分を集中状態にできるし、その集中を持続させられる」

 

「どんな修行!?」

 

 一子興味心身な視線を向けるので、こちらも笑顔で答える。

 

「やるべき事をちゃんとやる。だ」

 

「やるべき事?」

 

「一子、お前授業中に寝ているそうだな?」

 

「うっ」

 

「まあ確かに今迄眠ってしまっていたのはオーバーワークのせいだろうが、今後はちゃんと夜に十分な睡眠をとってどんな授業もちゃんと起きて集中すること。これだけでも大分集中力に差が出る」

 

「そうなの?」

 

 一子が落ち込みながら、半信半疑と言った感じでこちらを見上げる。

 

「ああ。授業中は集中、終わり次第解いて休憩、次の授業が始まり次第また集中と集中力の切り替え訓練になるし、どんな嫌な授業でも集中して聞く事で集中力の持続と忍耐も鍛えられる。他にも色々あるが、まあこんなところか」

 

 こちらの言葉に多少は納得してくれたのか、一子が小さく頷く。

 

「まあ一子の場合修行うんぬんの前に、人に物を教える立場になるんだから授業はちゃんと起きて受けないとな。特に優秀な先生の授業の対応なんかは覚えておいて損はないよ」

 

 例として梅子先生と宇佐美先生をあげる。

 

 梅子先生は教える相手の事を考えて授業構成を立ってる知識と計画性がある。

 

 宇佐美先生は生徒の質問には即対応しつつも伝えるべき事はちゃんと伝える経験と柔軟性がある。

 

「先生達も、色々考えて授業しているのね」

 

 目から鱗とばかりに驚きの表情を浮かべる一子に苦笑する。

 

「そうだよ。目標がハッキリしているからこそ、ちゃんと学んでおきなさい。なんせルー師範や鉄心さんを見る限り、師範代の役職は教員免許必須っぽいからね」

 

「はっ確かに!!」

 

 今日一番の絶望的な表情をして義経と共に落ち込む一子。そんな自分達のやり取りを見て清楚姉さんが笑う。

 その声に触発されて自分が笑うと、義経と一子はお互いに見詰め合い、一緒に声を出して笑った。

 

「あはは! うん、ありがとうユウ、義経、葉桜先輩。あと、義経は私の事はできれば一子って呼んで欲しいな。改めて、これからよろしくね」

 

「あ、ああ! こちらこそよろしく、一子」

 

 二人が握手した後、自分と義経、清楚姉さんは一子と連絡先を交換し、一子と義経は少し二人で話して行くと言うので、清楚姉さんと二人で九鬼のビルへの帰路に着くことにした。

 




一子は原作で技術と精神面の鍛錬不足、そして実戦経験の少なさやオーバーワークが明確に指摘されていたので、このような流れにしてみました。

実際本編の一子ルートで、精神的に強くなった彼女は、僅か十数日で『顎(アギト)』と呼ばれる振り上げ振り下ろしによる『高速同時攻撃』を取得しています。
欠点全部直せば間違いなく強者になれる才があるはず!

そして今後一子のパートナーは義経になると思います。
本編でも結構好きなコンビでしたので、これからはダブルワンコで頑張って貰います。


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【清楚の悩み】


という訳で清楚・項羽ルート開始!
水上体育祭の後にするか結構ギリギリまで悩んだんですが、とりあえずクローン組(義経除く)は六月中にフラグ回収する事にしました。
本当は義経と一子の会話回にするつもりだったんですが、ちょっと思うことがあったので保留しました。



「ふふ。あの二人、すごく相性が良いわよね」

 

「そうだね。性格も似ているし、目指す場所が一緒なのも大きいのかも」

 

 二人とも差異はあるが、目指す未来の自分象は『人を惹きつけ支えられる人物』と言う事になる。

 

「目指す場所……かぁ」

 

 清楚姉さんは茜色に染まる空を眺めながら呟いた。

 その呟きと表情は、どこか寂しげだった。

 

「何かあった?」

 

 心配になって清楚姉さんに尋ねると、困ったような笑顔で『なんでもない』と言われてしまった。

 

 その仕草に盛大に溜息を吐き、清楚姉さんの頭を軽く小突いた。本当に軽くだ。

 

「いたっ。もう、女の子に暴力振るうなんて男の子として最低だよ」

 

 清楚姉さんが頬を膨らませて抗議してくる。

 

「あんな『凄い困ってます』なんて顔されたら心配に決まっているだろ。そうは思わないかスイ?」

 

『はい、優季様に同意します。だがテメェーが清楚を殴った事は覚えとくからなガキ』

 

 ……相変わらず男には厳しい自転車だ。

 因みにスイスイ号、清楚に関することや男が乗ろうとすると、このように物騒な言動になる事がある。声に迫力があるから普通に怖い。

 

「ユウ君、スイスイ号……」

 

「他人に話す事で見えてくるものもあるよ。もちろんそれは愚痴だったり弱音だったりも含まれる。まあ男の自分じゃ言い難い事もあるだろうから、そういう問題ならあずみさんに相談してみたらどうかな? あの人面倒見もいいし」

 

 清楚姉さんは少し考え込むと、そうだね。と言って顔を上げた。

 

「むしろ今の悩みを相談するならユウ君が一番適任なのかもしれない」

 

「なら遠慮しないで言ってくれ。できる限り力になる」

 

「ふふ、ありがとう。それじゃぁちょっと愚痴になっちゃうんだけどね……」

 

 そして清楚姉さんの口から悩みを聞かされる。

 

 正体を知らない為に義経達のように武士道プランに積極的に携われない不安。

 年下の義経達が頑張っているのに、年上の自分は手助けすらできないもどかしさ。

 川神学園でみんな夢の為に頑張っているのに、自分だけ漠然と勉強や本を読んでいるだけでいいのかと言う疑問。

 

「やっぱり私、心のどこかで自分が何者か知らない事を不安に思っていたんだと思う。でも、今までは九鬼という限られた世界にいたから気にならなかった。けど……」

 

「夢の為に頑張る人達を見て、その不安が大きくなった?」

 

 自分の言葉に、うん。と清楚姉さんが答えた。

 

「S組は優秀な人達ばかりだけど、それでも自分の得意分野を伸ばすために努力しているし、義経ちゃんだって今の内から勉強に特訓にと頑張ってる。なら私も勉強だけじゃなくて、自分が誰のクローンなのかちゃんと知って、何か得意な分野があるならそれを今の内に伸ばしたいと思うの……」

 

 清楚姉さんが『どう思う?』と言った視線をこちらに向ける。

 

「……清楚姉さんは清楚姉さんだから、無理に誰のクローンなのかなんて、気にしないでいいと思う……」

 

 彼女の問いにそう答えると、清楚姉さんは少し残念そうに俯く。しかし、自分の答えはまだ終わっていない。

 

「なんて、そんなのはそうなった事が無いから言えることだ」

 

「え?」

 

 答えの次の言葉を聞いて、清楚姉さんは顔を上げた。

 

「自分の事なのに分からない。そんなの不安に思って当然なんだ。知りたいと願って当然なんだ。だから……」

 

 ハンドルに添えられていた清楚姉さんの手を握りながら、しっかりと彼女を見据えて、最後の答えを伝える。

 

「清楚姉さんの知りたいと思う気持ちは、間違っていない」

 

「ユウ君……」

 

「丁度明後日からは土日で休みだ。自分なりに清楚姉さんの正体を色々調べてみる。だから、清楚姉さんも約束して欲しい」

 

 清楚姉さんの手に添えていた自分の手に、少しだけ力を込めてしっかりと彼女の手を握る。

 

「例え正体が誰でも、自分自身を見失わないで欲しい。正体を知って、その事実を一人じゃ受け止めきれないときは、自分や他のみんなを頼って欲しい。な、スイスイ号」

 

『はい。私は清楚のパートナーですから』

 

 かつて自分は、自分の記憶を追い求め、その結果に……自分を見失いそうになった。

 そんな時に支えてくれたのがパートナーと戦友だった。

 彼らのお陰で、自分は真実を受け止め、自分を信じて前に進む事ができた。

 だから清楚姉さんにも知っておいて欲しかった。頼ってもいいということを。

 

 清楚姉さんとしばらく見詰め合っていると、彼女は次第にいつもの優しい微笑を浮かべて、ハンドルから手を放して、添えていた自分の手を握り返した。

 

「うん、約束するね」

 

「じゃあ清楚姉さんのしばらくの目標は『自分探し』って事で」

 

「あはは、そう言われるとなんか恥かしいな。でも、頼りにしてるね、ユウ君」

 

「ああ。全力を尽くす」

 

「それじゃあ今日は子供の頃みたいに手を繋いで帰ろうか?」

 

「いいよ。なんか懐かしいな」

 

 少し気恥ずかしかったが、清楚姉さんが嬉しそうだから、まあいいか。

 お互いに手を繋いだまま、スイスイ号を交えつつ昔話に花を咲かせた。

 

 

◇ 

 

 

 いつからだろう。ユウ君を頼もしいと思うようになったのは。

 

 傷付いた逞しい手を握りながら、子供のように朗らかに笑う弟のように思っていた男の子を見詰める。

 

 初めて島に来たときは、あんなにガリガリだったのにね。

 

 ユウ君は島の施設及び私達を護衛する任を任された鉄さんの連れ子で、最初はこれから一緒に暮らす子として紹介された。

 

 大人達がどんな取引をしたのかは分からないが、私は純粋に彼の存在が嬉しかった。

 当時の私は義経ちゃん達とは距離を取らされていたから。

 

 今考えると、多分義経ちゃん達の仲間意識を強化させるためだったのかもしれないわね。

 

 そんな環境の為か、私とユウ君はよく二人でいることが増えた。

 ううん。きっと私が傍にいたかったんだと思う。

 

 身体の弱ったユウ君はリハビリの基礎体力訓練にもついていけずに、吐いたり倒れたりが当たり前だった。私はそんな彼を傍で応援し続けた。

 

 勉強では一年もブランクがあった為、私が先生の代わりになって教えてあげた。

 通常授業の後の二人での勉強会は楽しかった。

 

 以前は自由時間になると他のみんなの元に向かっていたが、ユウ君が来てからは二人で本を読んだり、ユウ君のリハビリを手伝って過ごした。

 

 それから一、二年くらいして義経ちゃん、弁慶ちゃん、与一君とも仲良くなって、四人で過ごす事が増えた。

 

 その中心には間違いなくユウ君がいた。

 

 あらら? もしかして最初から頼もしい男の子だった?

 

 過去を掘り下げても出てくるのはいつも笑っているユウ君の顔と、大人びた微笑で自分に手を差し出すユウ君の姿。

 

 む~お姉ちゃんとしてはちょっと複雑だわ。

 

 年上として、姉として支えてきたつもりが、実は支えられ続けていた事実を確認することになった現実に、意識しなければ気付かれないような小さな溜息を吐く。

 

「どうしたの清楚姉さん?」

 

 けれど、ユウ君はそんな溜息に気付いて心配そうな顔でこちらを伺う。

 

 もうホント、他人の好意には鈍感なくせに、他人の不安には敏感なんだから。

 

「なんでもないわ。ユウ君も逞しくなったな~って、思っただけ」

 

「清楚姉さんが十分に甘えさせてくれたからね。特に島での最初の一年は凄く辛かった。清楚姉さんが優しく接してくれていたから、励ましてくれたから、あの一番ツライ時期を耐えられたんだと思う。ありがとう、清楚姉さん」

 

「ふふ、お姉ちゃんだからね」

 

 そう言って優しく笑ってお礼を言葉にするユウ君を見た瞬間、顔が熱くなるのを感じて、視線を逸らした。

 

 まったく、聞いているこっちが恥かしくなっちゃったじゃない。

 

 元々素質っぽいところはあったが、このままだとユウ君は所謂プレイボーイになってしまうかもしれない。

 

 なんせ頼り甲斐もあって優しく、子供のように素直で実直な子なのだ。長く共に暮らした身内から見てもモテると思う。

 

 お姉ちゃんがしっかり監督しないと!

 

 私は頬や身体の熱は使命感から来るものだと思い、今の私と同じ様に燃えるような赤い空を見上げて、繋いだ手に力を込めた。

 

「あ、あの、清楚姉さん? い、痛いんですが?」

 

 そうと決まったら頑張るためにも、やっぱり自分の正体は知るべきね。

 

「いやホント、お姉様? 指、指がメリ込んで、うおあぁ!?」

 

 なんかメキって音がした気がしたけど、きっと気のせいね。

 

「ユウ君、お姉ちゃん頑張るね!」

 

「あ、う、うん……」

 

「あれ?」

 

 ユウ君の方に振り返るとユウ君が青褪めた顔で何かを我慢するような表情で笑っていた。どうしたのだろうか?

 

『青春ですね』

 

 スイスイ号がそう言って笑うが、結局九鬼のビルに戻っても理由は分からなかった。

 

 ユウ君の手を放した後、私の後ろで二人が、

 

『男気見せて貰ったぜ、ボウズ』

 

『これ、明日までに治るかねぇ?』

 

 などと会話していた。もしかしてお腹でも痛かったのかしら?

 




と言うわけでフラグ建ちました。後は回収するだけです。清楚で建てて項羽で回収する。原作どおりですね。
実は当初のプロットでは清楚・項羽は最後のヒロインキャラ、クローン組も後半でのヒロイン予定でした(むしろ本編最後のイベントの締め担当だった)
しかしまじこいAでクローン組の出番や情報が増えたので九鬼サイドがメインになりました。
多分Aが出ていなかったら本編で軽く書きましたが、風間ファミリーに残留して風間ファミリーがメインになっていたと思います。



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【清楚調査隊結成】

 
と言うわけでどっちのファミリーと絡ませるか悩みましたが、結局こうなりました。




「ははは! 面白い戦い方だな燕!」

 

「ったく。本当に負けたばかりなのモモちゃん! 動きキレ過ぎ!」

 

 清楚姉さんの悩みを聞いた翌日の金曜日。三年に松永燕(まつながつばめ)先輩が転校して来た。

 

 今は歓迎と言う名の決闘が校庭で繰り広げられている。相手は百代だ。

 二人は決闘と言うよりも稽古のような感じでお互いに手加減して戦っていた。

 

 松永先輩は器用に多種多様の武器を使っていたが、最後まで自分の手を見せず、百代も川神の技は使わずに戦っていた。結局勝負は時間切れで引き分けで終わったが、観戦していたみんなは盛大に盛り上がっていた。

 

 そこまでならただの武士娘転校生で終わったのだが、松永先輩は決闘が終わるなり納豆の宣伝を始めた。この納豆は元々彼女と彼女のお父さんが作った自家製の物らしい。

 

 冬馬に訊いたところ、彼女は西では納豆小町という呼び名で有名なんだそうだ。

 戦歴も家の仕来り故に応じる決闘の回数は少ないが、それら全て全戦全勝らしい。

 

 なんというか、色々と凄い人が転校してきたな。

 

 金曜の朝はそんな感じで始まった。

 

 そして昼休み。

 今日は義経達と食べる約束をしていたので、葵ファミリーと一緒に屋上で弁当を広げる。

 

「今日は弁慶と与一も放課後一緒だから、義経は嬉しい!」

 

 いつになく高いテンションで義経が嬉しそうにお弁当を食べる。

 

「まあノルマはこなさないとね」

 

 対照的に二人はめんどくさそうな表情だった。

 

「ユーキは放課後どうするの?」

 

「義経と一緒に残りの生徒分を終わらすつもり。土日は用事で潰すつもりだから」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 何故か小雪が物凄く落ち込んでしまった。

 

「土日潰してまで何するんだ?」

 

「調べ物。多分自分が一番適任だと思うから、こっちからお願いした」

 

 清楚姉さんの正体を調べるためだ。できれば休日をフルに使いたかった。

 

「……では邪魔するわけには行きませんね」

 

 準と冬馬も、仕方ないといった表情でそれ以上は聞いてこなかった。

 

「義経も手伝おうか?」

 

「義経は休みなさい。それにもしかしたら誰かに遊びに誘われるかも知れないだろ?」

 

「……ユウ兄は自分が休みの日に誰かに誘われたりしたらどうするんだ?」

 

 弁慶が珍しく真剣な目で尋ねてきた。落ち込んでいた小雪も興味津々に顔を輝かせてる。

 

「余程の用事でもない限りは自分の事は後回しにして友達と過ごすさ。まあ先に約束した相手優先だけど。ただ、どうしても自分にしか頼めない用なら相手に謝ってそっちに行くかな。後は一緒に遊ぶとか」

 

「じゃ、じゃあお休み一緒に遊ばない? もしくは調べ物手伝うよ? トーマは頭良いし、準は雑用得意だよ!」

 

「俺は家政婦か!!」

 

 小雪の提案に、それもいいかもしれない。と考える。

 清楚姉さんを大切に思っているのは自分だけじゃないし、一人で調べられるとも限らないか……。

 

「……少し待ってくれ」

 

 屋上から一定範囲に気を送って九鬼の関係者が誰も居ないか確認する。

 近くには特に誰も居ないか……一年の教室にいるであろうヒュームさんなら、この距離でも聞かれてしまいそうで怖いが……その時はその時か。

 

「他言無用で頼む。実は……」

 

 みんなを出来るだけ傍に寄せて小声で清楚姉さんの悩みを相談した。

 

「清楚さんが……全然気付かなかった」

 

「そんな素振り見せなかったし、仕方ないよ義経」

 

 姉の様に慕っている清楚姉さんの変化に気付けなかった事に落ち込む義経を、弁慶が頭を撫でて慰める。

 

「ああ。むしろこっちに来るまでは気にしなかったんだと思う。義経達との関係は良好だったし、比較する対象も居なかったわけだからな。けど……」

 

「川神に来て今の自分と周りとを比較するようになって、言われるがままの自分に不安を抱いたと。私は少し、葉桜先輩の気持ちが分かりますね」

 

 冬馬はどこか寂しげに微笑んで頷いた。

 

「けどよお、調べるって言ってもどうやって調べる? 現実問題九鬼ビルでそんな事したら一発でバレるだろ?」

 

 あ、珍しく与一も文句言わないで参加してくれてる。

 なんだかんだ言っても、与一は清楚姉さんの言う事は聞いていたし、慕っているのかもしれない。

 

「……実は一度だけ、ある偉人の名前を告げた事があった。その時は本人に笑い飛ばされたけどね」

 

「お、そいつは興味深いな。誰だ?」

 

「項羽」

 

 清楚姉さんからもっともイメージの遠い偉人を上げた。

 

「「ないわ」」

 

「ハモって否定された!?」

 

 冬馬以外の全員に否定されてその場で蹲って落ち込む。

 

「まあまあ皆さん、最初から否定せずにまずはどうしてそう思ったのかを聞きましょう」

 

 うう、流石はパーフェクトイケメンの冬馬だ。自分が性別女性だったらファンクラブに入っていたに違いない。

 

「でっ。なんでユウ兄はそう思ったのさ?」

 

「清楚姉さんの名前って、マープルさんがつけたらしいんだよ。じゃあ名前も意味あるだろうと思って、紙に書いて色々読み方を変えていた時に、最初に浮かんだのが項羽」

 

「ん? どういうことだ?」

 

 準が首を捻る。

 

「葉桜清楚。これを葉桜と清楚に分ける。で、次に葉桜を覇王に変換。同じく清楚を西楚に変換。で、この二つを逆にすると西楚覇王で『西楚の覇王』になる」

 

 説明を聞いた全員が押し黙る。

 

「なるほど、そう言われると説得力がありますね」

 

「名前の読み方の変換や並び替えも、マープルらしいと言えばらしい」

 

「あともう一つの決め手は以前誕生日に髪飾りを選んで貰ったんだけど、ヒナゲシの髪飾りを選んだんだ。理由を尋ねたら何故か好きなんだって言っていた。それで関係があるのかなと思ってさ」

 

「んん? そんなのが理由になるのか?」

 

「準の意見ももっともなんだが、義経達は何故か無意識に以前の英雄の影響を受けている部分がある。弁慶の収集癖や義経の立ち往生という単語の過剰反応、与一の弓使いとしての特性等、色々な。だから清楚姉さんも無意識な部分でそういうのがあるんじゃないかと思ってさ」

 

 そういう部分は本人が意識していない分、信憑性は高いと睨んでいる。

 

「ふむ、なるほど。ヒナゲシは別名虞美人草(ぐびじんそう)。項羽が奥さんに送った花ですね。そう考えると、確かに項羽説は有力ですね」

 

 冬馬が項羽説を支持し始める。

 

「でも義経は清楚さんはそんなに強いと思えないんだが?」

 

「というかそういう方面はむしろ苦手だよな」

 

 義経の言葉に与一が頷く。

 

「因みにこの手の怪我は清楚姉さんがやった」

 

「えっ!? だってお兄ちゃん、それは転んで捻ったって……」

 

「流石に本人に『握りつぶされた』なんて言えないだろ。昨日から急ピッチで治癒してなんとか軽く動かせるようになった」

 

 折れてはいなかったが罅は入っていた。それを知った時は冷汗を流しながら固まった。

 

「もちろん項羽は可能性の一つとして他の可能性も調べていこうと思う。清楚姉さんの誕生日や好みの小説、好きな料理の種類、色々纏めて教えるから、小雪達はそっち方面で調べて欲しい」

 

「うん。任せて!」

 

 小雪が力強く頷いた。

 

「で、自分達義経組は過去の状況から洗い出す」

 

「過去?」

 

「九鬼は清楚姉さんに正体を知られたくなかったはずだ。だったら意図的に避けさせた勉強内容や偉人の書物があると思う」

 

「なるほど。それを清楚先輩から聞くと」

 

「ああ。いつものように四人で遊ぶ体で話し合いを設けようと思う。それにみんなが手伝ってくれている事も清楚姉さんに伝えたいしな」

 

「よし、義経も頑張るぞ。な、与一!」

 

「まぁマープルに一泡吹かせられそうだしな。仕方ねぇ協力してやるよ」

 

 うん、やっぱり話して良かった。

 頼もしい家族と友人達に心から感謝し、彼らと共に在れる自分自身を嬉しく思った。

 




やっぱりS組中心と言う事で葵ファミリーと調査する事に。
そしてちょい役の燕先輩、ファンの方ごめんなさい。



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【二人はメイド!ハートキャッチ編】


すまない。また上手いタイトルが浮ばなかったんだ。(というかタイトル候補が多すぎた)



 清楚姉さんの正体探しは週末をフルに使った。

 

 金曜の夜に清楚姉さんに事情を話した時は驚いていたが、義経達が『自分達も頼って欲しい』と言うと、困ったような笑顔を浮かべて『そうだね』と言って義経達の参加も認めてくれた。

 

 金曜日に清楚姉さんにマープルさんから避けるように言われた国や人物の歴史や史実の小説などは無いかを色々尋ねてノートに書き纏め、土曜に内容を確認しながら該当しそうな偉人を市の図書館で探す。

 

 そして日曜の今日、お昼に小雪達も含めて清楚姉さん以外の全員に、自分の部屋に集まってもらった。

 

「…………」

 

「んっ。どうした? 何か珍しいものでもあったか?」

 

 無言のまま辺りを見回す葵ファミリーに声を掛ける。

 因みに周りには勉強会と言ってある。こういう時に同じクラスだと色々融通が利いて助かる。

 

「いや、むしろ……」

 

「何もないと言うか……」

 

「質素過ぎるだろお前の部屋」

 

 準の言葉に葵ファミリーの全員が頷いた。そうだろうか?

 改めて自分の部屋を見渡す。

 

 九鬼のビルは一室で普通に一人暮らしできる広さと最低限の設備が揃っている。

 脱衣所のある風呂。洋式トイレ。小型だが最新式の洗濯機。同じく小型だが最新式の冷蔵庫。

 テレビやネットが出来るように配線も繋がっているので、自分の小遣いで買った小型のテレビ、それと勉強用の机にはノートPCが置かれている。クローゼットと布団一式を仕舞える納戸もある。

 

 ふむ。そう考えると部屋にある私物は『本棚と本』『テレビ』『ノートPC』『勉強机』『色々創作物やその材料を入れている収納箱』『義経達が収集し過ぎて置けなくなった色々な私物を仕舞う収納箱と棚』あ、これは棚と箱だけ私物だな。

 

「……何か変か?」

 

 特にこれと言って生活に支障は無いと思うのだが?

 

「優季君は無趣味なのでしょうか?」

 

「う~ん、強いて趣味として挙げるなら料理とか裁縫、小物作りか? そこの青色の収納箱に色々小物が、クローゼットの赤い箱に自作の服が入っているから、好きに見ていいよ。その間にお菓子とお茶を取ってくる」

 

「へぇ、ユウ兄服も作れたんだ。それは私も知らなかった」

 

 部屋の隅に置かれた自作の物が入った箱を指差して退室して、お茶を用意する為に九鬼ビルのキッチンへと向かった。

 

 

 

 

「では了解も得ましたし、見てみましょうか」

 

「意外にノリノリだな若」

 

 冬馬が箱を開けると、そこには小さな毛糸で編まれた掌に収まるくらいのぬいぐるみや、あみぐるみが入っていた。

 

「何これ可愛い!!」

 

 小雪が目を輝かせて我先にと、狙っていた親子で寄り添う可愛らしい兎のぬいぐるみを手に取る。

 

「よ、義経はこれが!!」

 

 その隣で義経は子犬のあみぐるみを手にとって見とれる。

 

「まったく二人とも子供だね。あ、この猫いいな」

 

 しょうがないな~と言いたげな表情で二人を見ていた弁慶だったが、丸くなって寝ている格好の三毛猫のぬいぐるみを見つけると、それを手にとって眺める。

 

「スゲーな。こんな特技があったのか優季の奴」

 

「ん? なんだ知らなかったのか。兄貴の裁縫技術は世界一だぞ。俺が着てるのも兄貴の手作りだしな」

 

「「え?」」

 

 そう言って与一は自分の服を指差した。

 今日着ている与一の私服は大好きなラノベのキャラの服で、白地に灰色の山型の線が横に入ったものだ。

 

「確かに服も作れるとは言っていましたが……」

 

「そういや与一あんた、漫画やラノベキャラと同じ様な服着てる事多いけど……まさか」

 

「ああ、兄貴に作って貰ってる。材料と資料さえあれば作れるって言うか――うごあ!?」

 

 会話の途中で目にもとまらぬ速さで、弁慶が与一に源氏式アイアンクローを放つ。

 

「な・ん・で・お・し・え・な・かっ・た!!」

 

「し、知ってると思ってたんだってばああああああ!?」

 

「べ、弁慶落ち着け! そのままでは与一の外れちゃいけない繋ぎ目が外れる!!」

 

 義経の仲裁を受けて、弁慶は渋々ミシミシ言う与一の頭をようやく解放した。

 

「ふむ、強度も凄いですね。普通に売り物にしてもいいできだと思いますよ」

 

「おっ。なあなあ義経達、これお前らじゃないか?」

 

「どれどれ」

 

 準が持ち出したのは川神学園の制服を着た義経達四人の人形だった。

 小さくデフォルメされたそれは本人達の特徴を良く掴んでいた。

 

「おお、義経達がいるぞ。ミニ義経は笑っている!」

 

「私こんな眠そうな表情してるか?」

 

「俺はなんでこんな恥かしそうにそっぽ向いた表情なんだ?」

 

 いや、十分特徴を掴んでいます。

 

 葵ファミリーは声に出さなかったが同じ思いで無言で頷いた。

 

 

 

 

「よし!」

 

 予め作っておいたタネを型で取って焼けたクッキーを大き目のバスケットに並べ、そのバスケットをお茶の入ったポットを乗せたトレーに乗せる。

 因みに全て自腹で買った専用の物だ。九鬼のは高級過ぎて怖くて使えない。

 

「おっ。いい匂いがすると思ったら優季じゃないかって、エプロンドレス?」

 

「こんにちは優季って、なんですかその格好は?」

 

「あっ。ステイシーさんに李さん」

 

 九鬼ビルの学校の教室二つ三つ分くらいはありそうな広さのキッチンの入口で、ステイシーさんと李さんが興味深げにこちらを覗いていた。

 

「……そんなに変ですか?」

 

 料理に毛が入っても嫌だし、油や汁の跳ねが服についても嫌なので、料理中は割烹着に三角巾を身に付けている。

 

 これはキッチンの隣の料理用の衣装が置かれている衣裳部屋に常備されている物を借りている。他にもコックが着る様な専用の衣装もあるしエプロンもある。

 使った衣装は衣装部屋の洗濯籠に入れておけば従者部隊の人が回収してくれる。

 

「いや、なんか似合い過ぎて怖いな」

 

「確かに」

 

 二人は褒めているのか呆れているのか分からない、なんとも微妙な表情でこちらを見詰める。

 

 ま、まあ気にしてもしょうがない。男が身に付けていたらこういう反応も仕方ないだろう。

 気にするのを止めて、用意しておいたもう一つのバスケットを二人の前に置いた。

 

「クッキーを焼いたんです。良ければどうぞ」

 

 クッキーを焼くと決めたときに、以前日頃のお礼をすると言ったステイシーさんや李さんの分もと思って、今回は多めに焼いたのだ。

 

「ロック! マジか!」

 

 ステイシーさんが嬉しそうに笑ってバスケットにかけてあった布を捲る。

 

「お二人で食べ切れないようなら他の従者部隊の皆さんにも分けてあげてください」

 

「ありがとうございます。では一ついただきます」

 

「ロックにいただくぜ!」

 

 二人とも同時にクッキーを口に運ぶ。義経達には好評だが、二人はどうだろう……。

 

「おお。普通に上手い」

 

「ええ。普通に美味しいですね」

 

「良かった」

 

 普通に美味しければ問題ない。趣味の範囲なのだし、不味くなければいいのだ。

 

「なんかこう、家庭的な味っぽい」

 

「あ、分かりますね。素朴な味といいますか」

 

 お~なんか好評だ。というか弁当の時もよく言われる感想だな。『懐かしい味』とか『優しい味』とか。

 

 三角巾と割烹着を脱ぎながらよく言われる感想を思い出して、自分の味付けについて考える。

 

「家庭的な味……そういやぁジールの奴はこの戦いが終わったら嫁さんの手料理を食べるんだ。とか言っていたっけ。結局食えずじまいだったが」

 

「……毎回思いますが、なんで貴女の友人はそう戦場で不吉なフラグを立てるのですか?」

 

 クッキー片手に鬱り始めたステイシーさん。なんか、最近鬱る回数が多い気がする。大丈夫だろうか?

 

「大丈夫ですかステイシーさん?」

 

 いつものように彼女を抱きしめて頭を撫でる。

 

「……も、もう大丈夫だ、うん。いつもありがとうな優季」

 

 いつも通り赤い顔でステイシーさんが照れたように笑う。

 

「いいえ、気にしないで下さい」

 

 まあ人前であの行為は恥かしいよね。

 

「最近優季の前でよく鬱りますよねステイシーは」

 

「な、そんな事ない!」

 

 意地悪そうに笑う李さんに、ステイシーさんが顔を真っ赤にして怒る。

 しまったな。李さんとは仲がいいみたいだから気にしなかった……なら。

 

「よいしょ」

 

「きゃっ!?」

 

 李さんを後ろから抱きしめて頭を撫でる。

 

「李さんはステイシーさんのコンビのようですし、恥かしい思いは共有すべきですね。と言う訳で李さんも撫で撫でして上げます」

 

 そう言って微笑みながら李さんの頭を優しく撫でる。

 

 ふふふ、キャストオフAUOやセクハラ発言正義馬鹿の相棒という理由で恥かしい目に遭った自分としては、パートナー同士は恥かしい思いを共有すべきだと思うんだよね!

 

「ちょっ、待ってください優季!」

 

「待ちません。いいこいいこ」

 

 李さんの言葉を無視して頭を撫でる。

 すると何故か李さんは顔を真っ赤にして大人しくなってしまった。

 うむ。これで少しはステイシーさんの気持ちを理解してもらえただろう。

 

 どうですステイシーさん。やりましたよ!

 

 そんなどこかやり遂げた気持ちでステイシーさんの方に振り返ると……何故か銃口が視界を遮っていた。

 

「……ステイシーさん、何故に銃口を私めに向けているのでしょうか?」

 

「ハハハ、何故だろうな? 私の銃が火を吹く前に、お前はさっさとみんなの所に戻りやがれ!」

 

「い、イエス・マム!」

 

 李さんを放し、言われたとおりにトレーを持ってキッチンを退室した。

 

 

 

 

「……随分とイラついていますねステイシー」

 

「うるせぇ。お前こそ顔が真っ赤じゃねぇか」

 

「うっ」

 

 立ち上がりつつ恥かしさを紛らわすためにステイシーの態度をつつこうとした李だったが、逆にカウンターをくらって言葉に詰まる。

 

「で、なんで抜け出さなかった? お前なら優季の拘束から逃げられただろ?」

 

 李は元々暗殺を生業とする組織の人間だった。故に小柄でスレンダーなその身に沢山の暗器を隠し持ち、身軽なその身のこなしで諜報等もこなせる。

 

 九鬼家の者の暗殺を請け負った際にクラウディオに敗れ、その時に九鬼家に誘われそのまま就職した。

 因みにステイシーは元同僚のあずみをからかいに来た時にヒュームと一悶着あって敗れ、そのまま済し崩し的に九鬼への就職が決まった。

 

「いえその、すぐに抜け出そうとは思ったのですが……優しく頭を撫でられたのはいつ以来だったかと考えてしまって」

 

「あ~……なら仕方ねぇか」

 

 素直に話す李に、ステイシーも素直に返事を返して頭を掻く。

 それはステイシー自身も、優季に初めて抱きしめられた時に最初に思った感想だからだ。

 

 二人は職は違えど結局は『命の奪い合う世界』で生きてきた。

 九鬼に来てその頻度は減ったとはいえ、今度は実力競争の世界と、厳しい世界に変わりはない。

 

 もちろん彼女らの友人にして上司のあずみも、師の様な立場のヒュームやクラウディオも、彼女達を褒める事はあるし、時には優しさを表して接する事もある。

 しかし彼女達が表す優しさは『大人のさり気無い』優しさなのだ。

 

 逆に優季の行為は分かりやすい『直接的な優しさ』だった。

 相手の頭を気遣うようにそっと優しく撫でる。

 相手の手を気遣うように優しく、けれどしっかりと気持ちが伝わるように握る。

 相手の目をちゃんと見て、相手の言葉をちゃんと聞いて、理解しようと真摯に接する。

 

 それは二人にとって昔に置いてきた。けれど忘れる事の出来ない『優しさ』だった。

 

「少しだけ、ステイシーの気持ちが分かりました。優季はなんというか、甘えたくなります」

 

「……やっぱり?」

 

 李が先程言った事は事実で、ステイシーは普段のフラッシュバックが減った代わりに、優季の前だとちょっとした切っ掛けでフラッシュバックする事が多々あった。

 それはまさに『甘えている』と言ってもいい態度だった。

 

「今思ったんだが、優しくて家庭的で勉強できて運動も出来るフリーの男って、どう思う?」

 

「……超が付くほどの優良物件だと思います。まあ惜しむらくは鈍感という欠陥でしょうか」

 

「でもさあ、それって付き合っちゃえばどうでもいい欠陥だよな」

 

「まあそうですね……」

 

 二人は優季の去った扉を見詰める。

 

「私達はコンビだよな?」

 

「ええもちろん。それが強みでしょう」

 

 二人は無言のまま頷き合うと、力強く手を握り合った。

 

 

 

 

「はっ!?」

 

「どうしたのお姉様?」

 

 川神院で一子と稽古していた百代は、突然走った嫌な予感に、難しい顔で空を見上げた。

 

「あの馬鹿がどっかでフラグを建てたか回収したような気がする!」

 

「あの馬鹿って誰の事?」

 

「一子は気にしなくていい」

 

 対象が妹ではない事に安堵しつつ、百代はいい加減、新必殺技『フラグ・ブレイカー』をあみ出すべきか、真剣に悩むのだった。

 




ハートキャッチされる側だったのは実はメイドさんの方だったんだよ!
という訳でメイド二人のフラグ回収完了です。
主人公の趣味が家庭的な物なのは『形の残る物や他人に喜んでもらえる物』を作れる自分が嬉しいからという、前世からの無意識の欲求の結果です。
原作では結局自分で作りたいと思っても技術力(魔術師としての)不足でダメでしたからね。



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【嵐の前の日常】


意味深だけど実はタイトルが浮ばなかっただけです。まぁある意味次回からしばらく日常回はお休みになるから間違ってはいない筈!



 部屋に戻ると、小雪達が自分が作った小さいぬいぐるみを色々取り出して物色していた。

 

 とりあえず準に頼んで部屋の中央に折り畳み式の机を広げて貰い、その上に持って来たおやつを置いて人形を見詰めていた三人に声を掛けた。

 

「欲しいのがあるなら持って行っていいぞ」

 

「いいの!」

 

「ああ。まあ出来はそれ程良くないかも知れないが」

 

「……これで良くないとか言ったら裁縫の一般レベルが跳ね上がるだろって、ウマっ!」

 

 準がツッコミつつクッキーを一つ口に放り込むと、ツッコミを途中で止めて反射的に言葉を放った。

 

「確かに普通に美味しいですね。お茶にも合います。茶葉も厳選しているので?」

 

「流石に茶葉の選別とかは分からないよ。大抵市販の紅茶、緑茶、烏龍茶、麦茶で、一番合いそうな物を選んでるだけ」

 

 因みに今回は紅茶だ。

 

「料理も出来て裁縫も出来るとか、ユーキの家事スキルは高いなぁ」

 

 何故か少し気落ちしている小雪を見て首を捻る。

 

「小雪の料理も美味しかったぞ。家事、というか料理と裁縫はお金をあまり使わないようにっていうのが最初の理由で、今は形として誰かに贈れる物を作るのが好きになったから続けているだけだよ」

 

 元の世界では結局自分で何かを作って他人に贈った事が無い。そのへんの反動もあるのかもしれないな。

 

「なんというか、ユウ兄らしい理由だな」

 

 弁慶の言葉に全員が頷く。何その一体感?

 

「ま、いいか。それよりまずはそれぞれ調べた内容を話し合おうか」

 

「あ~そう言えばそういう集まりだったな。お前の部屋のインパクトが強過ぎて素で忘れてたぜ」

 

 準が頭を擦りながら座ると、他のみんなも机を囲うように座る。

 みんなにお茶を振舞った後に、それじゃあ。と言って自分から話し始めた。

 

 

 

 

 それからしばらくしてクッキーが無くなった頃に、全員の結論が出た。

 

「うん。やっぱり統合的に見て、あの偉人しかないと思う」

 

「だよな。でもなんで今迄気付かなかったんだ? 葉桜先輩なら気付いてもいい気がするんだが?」

 

「意図的、て程でもないか。清楚さん普通にその年代も勉強してるし」

 

「ああ。でもならなんで……隠したか」

 

 正体の結論は出たが今度は何故それを隠したかで軽い議論が行われる。

 

「やっぱ強過ぎるから?」

 

「試しに腕相撲したら、私以外の全員が負けたしね」

 

 小雪の問いに弁慶が答え、その言葉に自分を含めたクローン組みが苦笑いを浮かべる。

 因みに与一は手を抜いてやったせいで手首を軽く捻挫した。

 

「でも基礎運動だけで他の特訓はしてないんだよね? それで大人になってから鍛えても、心構えの方で問題が出て来るんじゃないかな?」

 

 小雪が当然の疑問を投げ掛ける。

 確かに清楚姉さんは荒事を避けていたために、戦うどころか力を振るうための心構えすら出来ていない。それは九鬼にとっても遅れれば遅れるほど良くない事態になりかねないはずだ。

 

「力が強過ぎて封印せざるを得なかった。そして戦闘訓練をして封印が解けても困るからしなかった。というのが、一番有力か」

 

「でしょうね。それならある程度説明が付きます」

 

 自分の仮説に冬馬が頷く。

 

「あれ? それじゃあ正体を伝えるのって、まずいんじゃないか?」

 

「でも、必ず突き止めると清楚さんと約束した」

 

 与一が僅かに眉を顰めながら問うと、義経が力強い目でそう返した。

 

「義経の言うとおりだ。とりあえず伝えるだけ伝えよう。清楚姉さんがもし不安がって力を暴走させるようなら、みんなで支えてあげればいい」

 

「……そうだね」

 

「うん。義経もそう思う」

 

「まあ俺達にとっては姉みたいなものだしな」

 

 義経達が力強く頷く。やっぱりみんな良い子だなぁ。なんか心が温かくなった。

 

「そういや葉桜先輩今日はどうしたんだ?」

 

「部屋で読書しているはずだ」

 

 予定を聞いた時は部屋で読書していると言っていたから、ビルに残っている筈だ。

 

「どうする? 伝えに行くか?」

 

「いや、月曜日に学校で伝えた方が良い。ここだと耳の良い人が多いから邪魔が入る可能性がある」

 

「それもそうだね。学校ならヒュームも紋白や英雄がいるから、そっちを注視してるだろうし」

 

 自分の言葉に弁慶が頷いて賛同してくれた。

 

「では私はもう一度資料を纏めておきましょう」

 

「人が少ない時間が良いなら昼の屋上がいいだろうな。弁当を持ってけばみんなで昼食しているように見えるんじゃないか?」

 

「じゃあ明日はお昼に屋上に集合だね!」

 

「分かった。清楚姉さんには自分が伝えておくよ」

 

 みんなで頷き合い明日の予定を決める。しかし不安もある。もしも力が暴走したら。そんな風に不安に思っていると、箱の中の清楚姉さんの人形に目が留まる。

 

 ……そうだな。もしかしたらこういう日のために、自分はこれを作ったのかもしれないな。

 

「義経、弁慶、与一、明日はこれを一緒に学校に持って行ってくれ」

 

 義経達に自分が作った手の平サイズの人形を手渡す。

 

「清楚姉さんの分は明日直接渡す。こういうのでも、精神的な支えになってくれるかもしれないからな」

 

「お揃いの人形ですか、確かに効果は高そうですね」

 

 冬馬が感心したように頷く。

 

「じゃあ難しい話はこれで終わりだ。清楚姉さんを遊びに誘ってくるよ」

 

「あ! なら義経はみんなで遊ぶためにボードゲームを取って来る!」

 

「義経さんの部屋ですか興味ありますね。運ぶのを手伝いますよ」

 

「なら私はキッチンにお茶のお代わりでも拝借しに行ってくるか。与一も義経を手伝ってあげて」

 

「なんで俺って、分かったよ姉御! 分かったからアイアンクローの構えは止めてくれ!!」

 

 渋った与一だったが、弁慶が手を広げて迫っただけで折れた。可哀想に。

 

「んじゃ、俺達は弁慶の手伝いに行くか小雪」

 

「うん!」

 

 それぞれ役割分担を決めて全員で部屋を出る。

 自分達武士道プランの子供達は部屋が隣接しているので、清楚姉さん部屋にはすぐに到着した。

 

「清楚姉さん、優季だけど今いいかな?」

 

 声を掛けながらノックする。

 ドア越しに清楚姉さんの声が聞こえて、しばらくしてドアが開けられた。

 

「どうしたのユウ君? 今日は友達と勉強会するんでしょ?」

 

「うん。それも終わったから、これからみんなで遊ぶつもり。良かったら清楚姉さんも一緒に遊ばない?」

 

「もちろんいいよ。ふふ、榊原さん達と遊ぶのは初めてだから楽しみだな」

 

「それじゃあ先に部屋で待っていようか」

 

「うん」

 

 清楚姉さんを連れて部屋へと戻る。しばらくしてボードゲームを持った義経達が戻ってきて、弁慶達もお茶と茶菓子を持って戻って来た。

 

 それから夕方までみんなで楽しく遊んだ。

 傍で笑う清楚姉さんを見詰めながら、明日、どんな事が起きても全力で清楚姉さんを支えようと、強く心に誓った。

 




と言うわけで次回への繋ぎ回でした。
さて、次回以降からまた戦闘が入ります……頑張ろう。



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【清楚覚醒】


ようやくもう一人の清楚、項羽が登場!
そして二枚目の切り札もお披露目!!




 六月の第三週の月曜日、HRで体育祭は水上体育祭を行うと報告があり、男子達が色めき立っていた。

 

 それはSも変わらないようで、いつもの勉強風景だが、一部の男子は体育祭の内容が決まった瞬間に女性陣をチラ見していた。

 

 そんな中、自分は今日の事で頭が一杯で、HRや授業中も気もそぞろで集中できなかった。

 

 登校中、学校の屋上でみんなとお昼を食べようと清楚姉さんを誘った。その時に頼まれていた件の結果も伝えると約束した。

 

 あの時の嬉しそうな清楚姉さんの顔を、できれば壊したくは無いが、伝えなければならない。

 

 

 

 

 お昼になって関わった全員が屋上に集まる。

 

「うう、義経はドキドキしてきた」

 

 傍に居た義経が緊張のあまり顔を青くする。

 

「いや、なんでお前がそこまで緊張するんだよ」

 

 与一がいつもどおりにツッコむが、与一も午前中ずっとそわそわしていたのを自分は知っている。

 

「まぁ、ここまで来たら腹を括るしかないだろうね」

 

 弁慶が川神水を飲みながらフェンスに寄り掛かる。

 

「一応資料も纏め直しておきましたよ」

 

「ありがとう、冬馬」

 

 資料を受け取ると同時に屋上の扉が開かれる。

 やって来たのは待ち人の清楚姉さんで、いつもと違って少し興奮気味だった。

 

「遅くなってごめんねみんな」

 

「いや、自分達も今着たところだよ。それでどうする? 先にご飯にするか、それとも……」

 

「あの、みんなが良かったら先に教えて貰えないかな? 私が誰のクローンなのか」

 

 だよね。

 

 周りのみんなを見回した後、頷いて料理の入ったバスケットを小雪に渡し、もう一つの鞄から人形を取り出してそれを持って清楚姉さんに渡した。

 

「これは?」

 

「自分が作った人形だよ。義経達の分もある」

 

 そう言って振り返ると、三人が後ろ手に持っていた人形を取り出して清楚姉さんに見せる。

 

「うわー上手だね! ユウ君にこんな特技があったなんて知らなかったわ」

 

「特技というか料理と同じで趣味の範囲だけどね。で、それを渡すついでに伝えておきたい事があるんだ」

 

 出来る限り真剣な表情でまっすぐ清楚姉さんを見詰め、一度深呼吸してから思いを伝えた。

 

「自分達は清楚姉さんが誰のクローンでも気にしない。自分達が好きな清楚姉さんは、今目の前にいる清楚姉さんだ。それだけは、絶対に忘れないで欲しいんだ」

 

「えっ。う、うん。もちろんだよ」

 

 少し戸惑ったよな表情で清楚姉さんは笑った。

 ちゃんと伝わったかは分からない。でも言うべき事は言った。

 

「それじゃあ言うね。清楚姉さんは項羽のクローンだ」

 

「……こうう? そんな文学者いたかしら?」

 

 清楚姉さんが首を捻る。

 

「いや。覇王で有名な項羽だよ、清楚姉さん」

 

「そ、そんな。だって項羽は武将でしょ? 私とはイメージが」

 

「本人の性格は関係ないよ。それは義経達を見れば分かるでしょ? それに状況証拠はいくつもある」

 

 名前の件、好きな花の件、スイスイ号の件、そしてマープルさんが薦める読み物に何故か中国の歴史系の物があまりに少ない件。

 

 義経達と小雪達が調べた情報を全て伝えた上で、冬馬が纏めた資料を手渡す。

 

「これは項羽に関する資料なんだけど、良かったら見てくれないかな? もし本当に項羽なら、きっと無意識にでも引っ掛かる物があると思うんだ」

 

「ユウ君は……私が項羽だと思っているんだね」

 

 資料を受け取りながら、どこか落ち込んだように清楚姉さんはつぶやいた。それは多分、自分の思い描いていた偉人と違うからだろう。だが……。

 

「いいや思っていない」

 

 そもそもそんなことは関係ない。

 

「え?」

 

 自分の言葉に清楚姉さんと周りが疑問の声を呟く。

 

「やっぱり。さっき言った事の意味をちゃんと理解してくれていなかったのか。もう一度言うよ。清楚姉さんは清楚姉さんだろ? 本を読むのが好きで、それ以上に実はみんなと遊ぶ事が大好きで、花を育てるのが好きで、争いごとは嫌いだけど、他人が困っていたら声を掛けずには居られない。そんな優しくて、世話焼きな、自分達の大好きな姉さんだ」

 

 最後の言葉と共に後ろで控えていたみんなに視線を向けると、全員が清楚姉さんに向かって笑顔で頷いて見せた。

 

「みんな……そっか。私は、私だもんね」

 

 清楚姉さんは改めて人形を見詰め、胸元に寄せて愛しそうにしっかりと握り締める。

 

「きっと自分達以外にもそう言ってくれた人達は、そういう意味で清楚姉さんは清楚姉さんだって、言ってくれていたんだと思うよ」

 

「うん、そうだね。ふふ、さっきまでは中を見るのが怖かったけど、今はむしろ知りたいと思う。昔の私、項羽の事を」

 

 いつもの朗らかな優しい笑顔に戻った清楚姉さんが、資料を開いて一つ一つ目を通していく。

 

「あっ」

 

 すると、途中で資料を捲る手が止まった。

 

「どうしました清楚さん!」

 

 義経が心配になって清楚姉さんの傍に寄る。

 

「私、この(うた)を知ってる」

 

「うた? ということは垓下(がいか)の歌でしょうか?」

 

 冬馬も近付いて資料を覗く。

 

「力山を抜き……気世を蓋う……」

 

 ゾクリと背筋に悪寒が走った。

 

「ねえ準、垓下の歌ってどういう意味?」

 

「項羽が虞美人に贈った詩だ。項羽のエピソードじゃ有名だな」

 

 小雪や準も近付く。

 

「時利あらずして……騅逝かず……」

 

 なんだ!? なんでさっきから嫌な予感が止まらない!!

 無意識に、肉体の強化を行う。

 

「騅の逝かざる……奈何すべき……」

 

 ついに清楚姉さんが頭を抑えだした。

 それと同時に周りの空気も重くなっていく。

 

「お、おい清楚先輩大丈夫か?」

 

「そ、そうだぜ先輩、無理してパンドラの箱を開けることはねぇさ」

 

 異変を感じ、清楚姉さんを心配した弁慶と与一もやってくる。その瞬間、叫んだ。

 

「全員下がれ!!」

 

「「!?」」

 

 自分の咄嗟の叫びに、全員が後ろに下がる。

 清楚姉さんから膨れ上がった気を見て、更に『もう一段上』の準備を行い、自分は清楚姉さんに向かって駆け出した。

 

「ユーキ!?」

 

「虞や虞や……若を奈何せん」

 

 くそ! 間に合うか!?

 

 詩が終わったその瞬間、学園を膨大な気の嵐が駆け抜けた。

 

 

 

 

 その日、世界を激震させる程の気の爆発が起きた。

 

「っ!? なんじゃ今の気の爆発は!?」

 

「屋上の方ですネ! それにしてもなんと言う闘気!?」

 

 体育館に居た鉄心とルーがその闘気に驚き目を見開く。

 

 

 

 

 そして同時刻、ヒュームも僅かに目を見開いて傍に居た紋白を抱き抱えた。

 

「ご無礼」

 

 その一言と同時にヒュームはその場から超高速の瞬間移動で瞬時に学園から遠退く。

 

「ど、どうしたのだヒューム!」

 

「申し訳ありません、何はともあれ九鬼のビルまでお連れ致します」

 

 ヒュームの言葉に紋白が瞬時に答えを導き出す。

 

 あの冷静なヒュームが事情説明するよりも自分の身の安全を優先している。つまりそれ程の事件が起きたということか。

 

 そしてその場所の特定も、聡明な紋白は瞬時に理解し、焦る。

 

「ヒューム、学園にいる兄上は大丈夫なのか?」

 

 事件がおきているであろう場所は川神学園と気付いた紋白は、敬愛する兄の心配をする。

 

「英雄様にはあずみがついております。奴とて序列1位、必ずや英雄様をお守りすることでしょう」

 

 自分の身より兄の心配をする紋白を、心の中で微笑ましく思いながら、ヒュームは三回目の瞬間移動で九鬼のビルの李の元へと辿り着く。

 

「李、紋さまを護衛しろ。相当まずい事が起きた」

 

 李が返事をする前にヒュームはもう一度瞬間移動して、彼女達の責任者に会いに行く。

 

「おい、理由は知らんが項羽の封印が解けたぞ」

 

「なんだって? 最近様子が変だとは思ったが。いや、今はそんな事どうだっていいね。すぐに項羽と話す必要がある。鯉のボーイを連れてきておくれ」

 

 ヒュームの言葉にマープルは一度だけ驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの冷静な表情に戻って迅速に行動を開始する。

 

 

 

 

「気の爆発!?」

 

「なんだこの闘気は!?」

 

「屋上の方です!!」

 

 偶々食堂で一緒だった風間ファミリーの面々の中で、いち早く屋上からの闘気を察したのは、百代と由紀江、そしてマルギッテだった。

 

 その後に続いて武士娘が、次に物理的な衝撃と音に周りの生徒たちが驚愕と共に立ち上がった。

 

 そして屋上と言う単語に百代から血の気が引いた。

 

 確か優季が今日は大事な用事があるからと、屋上に葵ファミリーと一緒に居たはずだ。

 

「優季!」

 

 百代はすぐに気を放って優季の気配を探る。

 

 いた、校庭か!

 

 百代は優季を見つけると、ヒュームと同じ様に超高速の瞬間移動で優季の元へと向かった。

 

「なんかよく分からねぇが、とりあえず屋上の見える校庭に行ってみようぜ!」

 

 翔一の提案にマルギッテを含めた全員が頷いて校庭へと駆け出した。

 

 

 

 

「うっつ。なんだったんだ今のは」

 

「流石にあせりましたね」

 

 気の爆発の衝撃で膝を付いた準が、冬馬と一緒に立ち上がりながら辺りを見回す。

 

「衝撃と光が強過ぎて何も見えなかった」

 

「流石に今のは焦ったね。ところでユウ兄は?」

 

 義経と弁慶も立ち上がって歪んだフェンスを見詰める。

 

「……一瞬だが、兄貴が清楚姉さんと瞬間移動したのが見えた」

 

 一番目の良い与一がそう呟く。

 

「えっ。じゃあユーキは?」

 

 与一の言葉に小雪が尋ねたその時、校庭に向けて何かが落下して行った。

 

 

 

 

 それは轟音と共に校庭に着地する。

 

「はは、ははは、ハーハハハ! ようやく開放されたぞ!」

 

 抉れた地面の上で、土煙を気の放出で吹き飛ばしながら大声で笑って現れたのは、葉桜清楚だった。

 しかしその表情と笑い声は普段の彼女からは想像も出来ない程獰猛であり、清楚の瞳は黄金色から朱色に変わっていた。

 

「そして素晴らしい! これが覇王の力か!!」

 

 自身から溢れる力に、清楚は拳を握りしめて更に気を放出しようとしたその時、校庭にもう一つの影が落下してきた。

 

「むっ?」

 

 清楚はその音に振り返る。

 

「やれやれ、間に合って良かった。咄嗟に校庭の上空に瞬間移動できたのは僥倖」

 

 土煙が晴れて声の主が現れる。

 

「さて、とりあえず……貴女は誰だ?」

 

 そこには金髪碧眼で、赤を基調とした礼服と黄金装飾と手甲と具足を身に着け、紅い大剣を肩に担いで清楚を見据える、優季と同じ顔の青年が立っていた。

 




ハクノン「クラスカード・インストオオォォル!!」
イリヤ「パクられた!?」
マジカルルビー「この人がウチの作品に来たら大変でしょうね♪」

と言うわけで今回の主人公の使用技の原理はこの会話だけで分かる人はなんとなく分かると思います。(最近アニメ化しましたしね)
もちろん次回でちゃんと詳しく説明しますのでご安心を。(あくまで効果が似ているだけですので)



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【礼装・モードセイバー】


という訳で二つ目の切り札初披露の回。
あと今回、原作で不明瞭な点を個人的解釈で幾つか書いています。



「むしろ何者かはこちらの台詞だ無礼者。俺は覇王だぞ。まずは貴様が名乗るのが礼儀であろう」

 

 怪訝な表情で警戒と殺気の念をぶつけてこちらを睨む清楚姉さんらしき人物を見据えながら答える。

 

「自分の名前は鉄優季だ」

 

「優季だと? はっ。つくならもっとマシな嘘をつけ。確かに顔は同じだが、優季は日本人だ!」

 

 どうだこの名推理。とばかりにドヤ顔でこちらを指を指す清楚姉さんらしき人。ちょっと可愛いと思ってしまった。

 

 しかし自分を知っているって事は……まさかそういうことなのか?

 

「この姿は切り札の一つ『礼装(れいそう)』を使用しているからだ。使用中はイメージ力の強化の為に『纏った相手になりきる』必要があるから、外見も可能な限り似てしまうんだよ」

 

 切り札の一つ礼装。

 

 かつての世界では身につける事で様々な効果を発揮した装備品の事をそう呼んでいたため、それに肖り『英霊を纏う』技と言うことで、その名を付けた。

 

 内容としては単純だ。自分の肉体と魂を使って『可能な限り模した英霊の強さに近付く』というものだ。

 

 ヒュームさんがいつだったか訓練の時に川神流にも似た技として『生命入魂』という神話の神獣や神仏等に変化する技があると言っていたので、参考にしてずっと修行していた技だ。

 

 勿論強力な技にはリスクもある。

 

 肉体は英雄の動きや力を可能な限り再現するために常に強化の第二段階を維持する必要があるし、気力の消費も激しい。戦闘になったら、維持できるのは精々10分がいいところだ。

 しかし、そのリスク分の強さは間違いなく有していると自負している。

 

 それにこの姿なら、その英霊が持っていた武器を十全に使いこなせる。

 

「外見は多少変わったけど、間違いなく優季だよ。さぁ、今度はそっちの番だ。貴女は何者だ?」

 

「俺は項羽。全てを統べる覇王である!」

 

 項羽から闘気が溢れる。それを笑みを浮かべて受け止める。

 

「やっぱりそう言う事か。項羽、清楚姉さんはどうした?」

 

「清楚は俺だ。そして項羽は清楚だ。まあ早い話し、お互いに混ざり合ったという訳だ」

 

 ……いや、とてもそうは見えない。

 

 目の前の清楚姉さんはあまりにも『項羽』としての割合が大き過ぎる。

 もし本当に混ざり合ったのなら、もう少し性格に清楚姉さんの色が出ていてもいいはずだ。

 

「……とりあえず項羽姉さんと呼ぶとするよ。で、項羽姉さんはこれからどうするんだ?」

 

 そもそも目覚めたばかりで目的なんてあるのだろうか?

 

「もちろん覇王の名の下にこの世界を統治してやるのよ!」

 

 高らかに笑って己の目的を謳う項羽姉さんに、自分の顔が引き攣った。え? マジで?

 

「こ、志が大きいのは良い事だけど、具体的には?」

 

「まずは日本を我が物とする。とりあえず……挙兵して国会議事堂を落とし、総理大臣を倒す。いや、挙兵だからまずは兵の確保が先か?」

 

「いや、それ以前の問題だから!」

 

 堪らずツッコむ。そして確信する。この人と清楚姉さんは記憶は共有していても、一つになんてなっていない。

 

「むっ? ああそうか、先に将と軍師だな。よし優季、お前には清楚の頃に世話になったし、俺の封印を解いた功績もある。喜べ! 今日からお前は俺の軍師だ!」

 

「断る」

 

 満面の笑みで告げる項羽姉さんに、真剣な表情で告げる。

 

「なっ!? この俺の誘いを断るのか!?」

 

 断られるとは微塵も思っていなかったのか、項羽姉さんは物凄く驚いた顔をでこちらを見詰める。

 

 凄い自信家だな。セイバーに似ている。だがそれ故に、彼女を認めるわけには、王と呼ぶわけにはいかない。

 

「項羽姉さん、貴女はさっきから覇王覇王と己を呼ぶが、貴女のどこが王です? 貴女の収める国はどこです? 貴女が導く民はどこです? 貴女の為に尽力する家臣は? 貴女と共に笑う戦友は?」

 

「そ、それはこれから手に入れて行けばいいだけのことだ!」

 

 真剣な表情で問う自分に、項羽姉さんはうろたえ、慌てて答える。

 その答えは……子供の言い訳と同じ様なものだった。

 

 分かった。この人は子供なのだ。本当に何も知らない幼い子。

 だが同時に、この子は『どんな王様にもなれる可能性』を秘めている。

 

 なら自分がやるべき事は、覇王に拘る彼女にその可能性を示す事。

 そして王とは、『何かを愛せる者』だと言う事を、教えてやるべきだ。

 

「なら貴女は『王を夢見るただの項羽』でしかない。王を名乗るなら、まずはその立場になってからにすべきだ」

 

「こ、この俺がただの夢見るお馬鹿な乙女だと!?」

 

 いや、そこまで言ってない!!

 

 項羽姉さんが顔を真っ赤にして声を張り上げる。そして今にもこちらに襲い掛からんとしたその時、見慣れた人物が校庭に一瞬にして現れた。

 

「優季大丈夫かって、え?」

 

「百代か、相変わらず騒ぎを聞き付けるのが早いな」

 

 こちらお振り返るなり唖然とした彼女に笑いながら答える。

 

「ゆ、優季でいいんだよな? 気の気配は間違いないが……」

 

「ああ。優季で合っている。まあちょっと、姿が少し変わってはいるけどね」

 

「そ、そうか。川神流の生命入魂みたいなもんか? それにしても、ちょっと派手、というか露出の多い格好だな」

 

 百代は頬を少し赤らめながらこちらに近寄って来る。

 

 ……そんなに派手で露出多いかな?

 

 最初はまんまセイバーの神話礼装だった。あれは墓場まで持って行くほどの黒歴史だ。

 流石にあの姿じゃ泣きたくなるくらい恥かしくて戦えないので、一生懸命服の図鑑などを見ながらデザインを描いてイメージを固めた……思えば裁縫に興味を持ったのはその頃か。

 

 今の自分の姿は黒無地で上下一体となった半袖膝丈のスポーツウェアに、セイバーが身に着けていた赤色の舞踏衣と同じ柄と色の燕尾服を腹の辺りでボタンで留め、腰周りと手足は、彼女の神話礼装で纏っていた装飾と手甲と具足を身に着けている。

 

 一応ウェアというより水着に近いからそこまで身体のラインが浮き出るわけじゃないが、それでもウェア越しとはいえ、胸元は普通に全開だし……ウェアに包まれた太股部分も多少露出している。動いたら腰周りも色々ヤバイ気がする。

 

 改めて自分の格好を見ると少し恥かしくなった。

 何故もっとちゃんとした服でイメージ固めなかった過去の自分よ!!

 

「ええい! 俺を無視するな!!」

 

 百代と話していると空気化していた項羽姉さんがこちらに跳びかかって来る。

 

 まずい! 百代が項羽姉さんに興味を持って戦いだしたらマジで校舎が吹っ飛ぶ!!

 

「一旦回避!」

 

「え!?」

 

 軽く呆けていた百代を所謂お姫様抱っこして、項羽姉さんの攻撃を回避しつつその場を飛び退く。

 地面を砕く轟音を聞きながら校舎を背後に着地すると、後ろから声が上がった。

 

「うわ!?」

 

「なんだ!?」

 

 振り返るとキャップと大和が驚いていた。

 

「誰この人!?」

 

「お姉様が抱っこされてる!?」

 

 椎名さんが自分を見て驚き、一子はお姫様抱っこされている百代に驚く。

 

「イケメン増えても嬉しくねえよ!!」

 

「いやその感想はどうなのガクト?」

 

 ガクトが悲壮な雄叫びを上げ、それにモロがツッコんでいた。

 

「あれ? もしかしてユーキ?」

 

 風間ファミリーの後ろから屋上にいたみんながやって来ると、小雪がおずおずと前に出てこちらに尋ねる。

 

「ああ。小雪、みんなは無事か?」

 

「う、うん。大丈夫だけど……いつまでその体勢?」

 

「ん?」

 

 小雪がジト目で自分と百代を睨む。そこで百代の事を思い出した。

 

「っと。悪かったな百代、今降ろすな」

 

「ん? 私は別に気にしないが?」

 

 そう言って悪戯っ子の様に笑った百代は、逆に俺の首に腕を回してより密着する。胸元のウェア越しに、百代の柔らかさが伝わる。ぬぅ柔ら――っ!?

 

 身体に感じた柔らかさに一瞬気が緩みかけた刹那、全身を悪寒が襲い、よくよく感じれば空気までもが凍っているような気がした。

 

 ……あれ、なんか死の予感。

 

「百代降りろって、なんか嫌な予感がするから危ないって!」

 

「ははは! 力尽くで降ろしてみろ!」

 

 こちらの必至の懇願を無視するように百代は楽しげに笑って更に密着する。

 

「「じゃあそうする」」

 

「へ?」

 

 百代の言葉に目が笑っていない小雪と弁慶がずかずかと周りを押し退けてやって来て、二人は無防備な百代の制服を掴んだ。しかも力をかなり込めて。

 

「……待とうか二人とも。悪ノリした私が悪かった。だから制服から手を放してくれ」

 

 百代が引き攣った笑みを浮かべて自分の首に回していた手を解いて降参とばかりに手を上げる。

 百代には二人が何をしようとしているのか察しがついているようだ。自分もなんとなくは察している。

 

「……二人とも止めてあげてくれ。流石に全裸公開は死ねる」

 

 二人は舌打ちして服から手を放す。やっぱりそういうつもりだったか。

 アレだけ強く掴んで引っ張れば、瞬間移動で逃げようが間違いなく服は破れていただろう。

 

 百代をゆっくりとその場に下ろす。

 

「ゆうきいいい!!」

 

 その瞬間、上空から項羽姉さんの声が響いたと思ったら、目の前に豪快な音と共に着地した。

 

 何故自分の知り合いは上空から現れるのが好きなんだ。

 

「俺を無視した罪は重いぞ!!」

 

 別に無視したわけじゃないんだが。

 

『聞こえるかい項羽?』

 

「む、この声はマープルか?」

 

 対応に困っていると、突然学校中のスピーカーから、マープルさんの声が響き、全員がスピーカーに注目する。

 

『なんで目覚めちまったのかはこの際どうでもいい、とっととビルに戻ってきな』

 

「断る。俺は目覚めたばかりで力が有り余っている。というか、どうやって会話が成立しているんだ?」

 

『あんたの言葉は遠巻きに監視している従者部隊の映像の口の動きを見れば分かるさ』

 

 学校設備の掌握だけじゃなくて読唇術まで使えるのか。流石は九鬼従者部隊のナンバー2。

 

 いや、今はそれより清楚姉さんのことだ。

 

 多分清楚姉さんの力は項羽の人格と共に封印されていた筈だ。今はその留まっていた力が一気に溢れた状態だ。止めるのは難しいだろう。

 

「会話を遮って申し訳ない。マープルさん、貴女に尋ねたい事があります」

 

『今度は優季ボーイかい?』

 

「はい。マープルさん、項羽姉さんは清楚姉さんと一つに混じり合ったと言っていましたが、その様には見えません。特にその、メンタル面とか色々と……」

 

「……ん、なんだ優季? 言いたい事があるなら言え」

 

 横の項羽姉さんを窺いながら言葉を選ぶ。 

 言えない。清楚姉さんにしてはちょっとお馬鹿さんに、なんて。

 

「えっと、それより清楚さん、なんか雰囲気が……」

 

 対応に困っていると義経がゆっくりとやって来て、項羽姉さんに話しかける。お陰で項羽姉さんの視線から開放される。ナイスだ義経。

 

「ああ、言われてみれば確かに」

 

「もはや別人レベルの豹変なのに、兄貴の登場で完全に忘れてたな」

 

「というか……いい加減会話のキャッチボールしようぜ!!」

 

 準のツッコミに誰もが頷いた。

 

「仕方ないな。面倒だが、この俺自ら説明してやろう! 説明役が出来る俺が馬鹿である訳が無い!」

 

 何故か誇らしげな笑顔で項羽姉さんがこれまでの出来事を主観マシマシで皆に説明し始めたので、その間にみんなから少し距離を取り、込み入った話なので改めて携帯でマープルさんと話し合う。因みに変身前に持っていた物は全て燕尾服の内ポケットに仕舞ってある。

 

「それでさっきの質問の答えは?」

 

『完全に一つにならなかったのは、項羽の精神が未熟なせいで、清楚の精神を受け止められなかったせいだろうね。まあ予想よりも精神の成長が遅いようだから25歳でも怪しかったね』

 

 マープルさんの呆れた溜息に、それは九鬼のせいだろうにと、心の中で憤る。

 ……落ち着け、今大事なのは清楚姉さんの安否だ。

 

「清楚姉さんの意識はまだ残っていると思いますか?」

 

『それは間違いないだろうね。まあ一度封印が解けちまった以上、再封印は無理だね』

 

 マープルさんの言葉に安堵する。

 良かった。つまり今の状態なら『彼女ら』が消える事はないのか。

 

『優季、説得は出来そうかい?』

 

「そもそも自分は説得するつもりはありません。項羽姉さんの境遇を自身に置き換えて考えてみて下さい。身動きの取れない檻に押し込められた状態で広い草原を眺め続け、ようやく檻が無くなり広い草原を自らの足で走れるようになった。テンションが上がるのも仕方ないですよ」

 

 むしろそんな仕打ちをした九鬼に対して負の感情を抱いてもおかしくなかった。

 子供のような心だからこそ、彼女は過去よりも目の前の喜びや楽しみを選べたのかもしれない。

 

 そう考えると、今日ここで彼女が目覚めたのは結果的に良かったのかもしれない。

 

『その無茶で学校が無くなるかもしれないんだよ?』

 

「マープルさんが尻拭いしてあげてください。偶には親らしい事をしてあげてもいいのでは? なんだかんだ言っても、あの子達は貴女を親のように思っているのですから。特に項羽姉さんはまだ善悪の基準が曖昧な子供。責任を問うのは酷という物ですよ。ミス・マープル」

 

 できるだけ落ち着いた声でマープルさんに答える。

 彼女はすぐには答えずに沈黙する。多分今、彼女は何が最善で有益なのかを考えているに違いない。

 

『はぁ~。あたしが親ねぇ』

 

 マープルさんは盛大に溜息を吐いて呟いた。

 

『……項羽が大人しく帰るなら、多少の無茶は許してやるよ』

 

 そして彼女は呆れたような声色でそう答えた。

 

「ありがとうマープルさん」

 

 携帯を切って後ろを振り返る。

 そこにはいつの間にか巨大なバイクを横に控えさせ、胸を張ってみんなの質問に答える項羽姉さんの姿があった。

 

「うん。やっぱり、項羽姉さんも清楚姉さんと同じだ」

 

 みんなと笑い合っている時が一番嬉しそうだ。

 

 自分の手に握られた原初の火を見詰めながら状態を確認する。

 全力を出したら残りは精々7、8分くらいか。

 

 服の内ポケットに仕舞っておいた、衝撃で少し解れてしまった人形を取り出して、みんなの元へと向かった。

 




という訳で次回はバトル~。
衣装に関しては一応色々頑張ったけど、表現はあれが精一杯でした。
こんな事なら普通に赤い舞踏服にすれば良かった(その場合セイバーモードでも股間全開で褌丸見えルック)


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【項羽との決闘】


項羽との戦闘回。



「待たせたね項羽姉さん。マープルさんから多少の無茶くらいなら許すって、了承を貰ったよ」

 

 笑顔で項羽姉さんに話し合いの結果を伝える。すると項羽姉さんは驚いた表情を浮かべたるが、すぐに嬉しそうに笑って自分を称賛してくれた。

 

「おお、凄いぞ優季! あのマープルを押さえ込むとは。うむ、やはり俺の軍師はお前だ!」

 

 光栄に思えとばかりに胸を張る項羽姉さん……さっき断ったのを忘れているのだろうか?

 それに、その立場には既に適任者が存在する。

 

「その立場は既に予約済みだから、自分の入り込む隙間は無いよ」

 

「な、何? 既に俺の軍師は決まっているのか?」

 

「うん。項羽姉さんの一番の相談役は……この人以外ありえない」

 

 そう言って手に持っていた清楚姉さんの人形を項羽姉さんに手渡す。

 

「ん? 人形っぐ!?」

 

 項羽姉さんは人形を見た瞬間、片手で頭を抑えると、瞳の色が黄金色に戻った。

 

「ユウ、君……」

 

 苦しげな表情でこちらを見上げる清楚姉さんに、安心させるように微笑む。

 

「清楚姉さん、無事で何より……戻れそう?」

 

「無理かな……項羽の、外で力を使いたいという欲求が強過ぎて……」

 

 まぁ当然か。

 

「なら後はこっちに任せて。大丈夫、遊んで疲れれば項羽姉さんも満足するさ。だから清楚姉さんはもう一人の自分、項羽と会話する事だけを考えてくれればいい」

 

「うん……ごめんね。項羽の事、お願い」

 

 記憶を共有しているから清楚姉さんもきっと気付いたのだろう。彼女がまだ色々幼いということに。

 

「もちろん。任せてくれ!」

 

 この姿に肖って、かつてのセイバーがしたように自信に満ちた表情で笑い、両手を広げて答える。

 

 それを見た清楚姉さんは安心したように瞳を閉じると、改めて項羽姉さんが現れる。

 

「この人形はなんだ?」

 

「自分の趣味。項羽姉さんの分も帰ったら作るから安心してくれ」

 

「べ、別に欲しいなんて思っていないぞ。だ、だがお前がどうしてもというなら、貰ってやらんでもない」

 

 そう言って項羽姉さんは人形を傍のバイクに収納する。というか、今自動で動かなかったか、そのバイク?

 

 そんな事を考えていると、人形をなんとも言えぬ緩んだ顔で仕舞っていた項羽姉さんは、不意に何かに気づいたような驚きの表情を浮かべた後、眉を吊り上げてこちらに振り返った。

 

「って、話を逸らされたがこの俺、覇王の誘いを二度も断るとは、許さんぞ優季!」

 

「……自分が心から尊敬し愛した皇帝はこの模した相手ただ一人。だから、認めさせてみればいい……自分がそれ以上に、仕えるに値すると!」

 

 項羽姉さんから距離を取り、セイバーがそうしたように、片手で大剣を持って頭上で回転させた後、改めて両手で構える。

 

「少なくとも、もっとも可能性のある武で自分を降せないなら、王の道など夢のまた夢」

 

「はっ。いいだろう、その言葉を後悔させてやる! スイ!」

 

『はい。方天画戟でよろしいですか?』

 

「おう!」

 

 ええ!? あれスイスイ号なの!?

 

 格好つけた後なので頑張って表情に出さないようにしながら、内心で驚愕した。

 一体どうしたら自転車から大型化け物バイクに変身できるんだ?

 

 こちらが驚愕している間にバイク型スイスイ号の側面が開き、そこから独特な装飾と刃紋が施された戟が飛び出す。

 

 あれが方天画戟か。

 

 三国志最強の武将、呂布(りょふ)が使っていたとされる武器。

 ……まさか弓矢に変形したりしないだろうな?

 生前サーヴァントとして立ち塞がった呂布の方天画戟を思い出して嫌な想像が頭を過ぎった。

 

 項羽姉さんは戟の柄を掴むと、感触を確かめるように軽く振り回した。

 それを見た瞬間、額から嫌な汗が出た。

 

 おいおい。清楚姉さんは武器を扱ったことなんて無いんだぞ。

 

 武器と言うのは扱えるようになるには時間が掛かる。

 特に得物が長ければ長い程、独特であれば独特であるほど、扱いが難しい。

 

 例えば梅子先生の鞭だ。素人はまず武器として扱えない。まともに振れないし、振っても自分に絡まったり自分を叩く羽目になる。

 

 戟や槍も突くだけなら問題ないだろう。

 だがこれを『振り回す』となれば掴む柄の位置、刀身や石突の柄の軌道、身体の動きと、考慮しなければならない事が多い。

 

 だというのに、項羽姉さんは平然と振り回し、方天画戟をほぼ使いこなしていた。

 弁慶を基準にした目測では、六割くらいは自由自在に扱っているように見える。

 

「うむ、初めてにしてはこんなものか。待たせたな、では行くぞ!!」

 

 一瞬臆しかけた気持ちを改めて奮い立たせて、闘気を放つ項羽姉さんに、闘気をぶつけ返しながら笑って答える。

 

「ああ! 我が情熱、受け止められるものなら受け止めてみろ!!」

 

 方天画戟を勢いよく振り上げたままオレに迫る項羽姉さん。

 それに答えるために自分もまた、原初の火を下段に構えて項羽姉さんに迫る。

 

 そして小手調べとばかりに、お互いにそのまま力任せに武器を振るった。

 気を纏った武器同士が激しくぶつかり合い、空気や大地を震わせながら、自分達を中心に外に向かって巨大な衝撃波が放たれた。

 

 

 

 

「まず!」

 

 百代、義経、弁慶、マルギッテ、小雪、由紀江が前に出て、自身の武器や手足でその衝撃波を打ち消して後ろの仲間を守る。

 

「なんて衝撃波だ」

 

 トンファーで受け止めたマルギッテが未だに衝撃で震えるトンファーを見詰めて冷汗を流す。

 

 これが、優季の二つ目の切り札か。

 

 マルギッテが眼帯を外して二人の動きを見逃すまいと目を凝らす。

 

 力任せに自身の格闘センスに任せて振るわれる項羽の暴力的な攻撃を、優季もまた力強い剣撃で相殺して行く。

 

 あれだけお粗末だった武器の扱いが見違えるように洗礼されている事実に、マルギッテは目を見開く。

 

「川神百代、貴女は優季の使っている技の内容を知っているのですか?」

 

 マルギッテが先に優季と接触していた百代に説明を求めるも、百代は首を横に振った。

 

「いや。見た感じ『限りなく本人に近い状態になりきっている』と言ったものだろうが……それにしても」

 

 本当に別人のようじゃないか。

 

 百代もまた驚いていた。

 

 姿だけを変える技なら川神院の技にもある。しかし百代と戦った時の体術の動きとは違う完全な『剣士』の動きをする優季を見て、似て非なる技と百代は判断した。

 

「私よりそっちの義経ちゃんとかの方が詳しいんじゃないか? というか同じ剣使いとしてどうだまゆまゆ、義経ちゃん?」

 

「スピードなら義経さんの方が速いでしょう」

 

 由紀江が真剣な表情で項羽と優季の戦いを見詰める。

 

「だがパワーはお兄ちゃんが上だ。でもそれだけじゃない。お兄ちゃんはわざと清楚、いや、今は項羽さんか。項羽さんの戦い方に合わせている」

 

「はい。鉄先輩の視線の動きや手の運びから見て、完全に葉桜先輩の動きを見切っています。もっと上手く戦えるはずですが……何故?」

 

 由紀江は疑問を口にして首をかしげるが、百代と小雪は呆れたような笑顔で苦笑した。

 

「そりゃまあ、アイツが相手の戦い方に合わせるって事は」

 

「結果よりも内容を選んだって事だろうね。そして激写! 金髪碧眼のユーキとかレアだよレア! しかも露出高いヒャッホー!!」

 

「あ、私も撮っとこう」

 

「あ、じゃあ私も」

 

「では私も」

 

「凄いね君達!?」

 

「この状況で!?」

 

「ブレない人達だ」

 

 準、卓也、京のツッコミ陣のツッコミもむなしく。彼に好意や興味を寄せている上に、戦闘を目視できる娘達は携帯を構えて激写しまくった。

 

「ふむ。個人的にだが珍しく優季が『強者』らしく戦っているように見えるな。まるで項羽を『指導』しているかのようだ」

 

 主に優季の全身を激写するマルギッテが、以前の百代との戦いへの姿勢の違いを口にする。

 

「指導か、確かにそういう風にも見えるな。優季が模したあの相手は、元々そういう立場の人だったのかもな」

 

 主に優季の顔と、きわどい腰や胸のラインを狙って激写する百代が相槌を打つ。

 そんな百代の返答に、なるほど。とマルギッテが頷く。

 

「止まった!」

 

「チャンス!」

 

 そして主に優季の顔のアップや顔を含む上半身を狙って撮りまくる弁慶と小雪。

 

「頑張れーユウ!」

 

「根性見せろ!」

 

「うーん私はどちらを応援すべきか」

 

 一子と風間が仲のいい優季を応援し、クリスはどちらを応援すべきか悩む。

 

「おい大和見えるか?」

 

「少しは」

 

「僕はもう気付くと火花がピカピカと」

 

 岳人、大和、卓也は、もはや次元の違う戦いを唖然として見詰める。

 

「美人は何をしても綺麗ですね」

 

「そうな。一人男だけど」

 

「もはやビックリ人間ショーだよね」

 

 冬馬はいつもの穏やかな笑顔で戦う二人を見詰め、もはやツッコミを諦めた準と京は呆れたように戦う二人を含めた回りの光景に溜息を付く。

 

 気付けばギャラリーも増えて先生陣は校庭に、生徒も校舎の窓や校庭に現れて二人の戦いを見詰める。

 

「はーはは! 見事だ優季! この俺とここまでまともに打ち合えるとは思わなかったぞ」

 

「寿命を削っているんだから、その位のリターンはあるさ。でも、そろそろ限界だから……今度はこちらから攻める!」

 

 項羽の方天画戟を弾いて距離を取った優季は、前傾姿勢をとって原初の火を肩にかける。

 

花散る天幕(ロサ・イクトゥス)!」

 

 優季が足の裏から気を放出させ大きく踏み込む。超高速の弾丸となった優季は、項羽に迫って原初の火を振り下ろす。

 

「ぐあっ!?」

 

 項羽はなんとかその勢いの乗った攻撃を方天画戟で防ぐが、威力を殺しきれずに吹き飛ぶ。

 

「まだまだ!」

 

 吹き飛ばした項羽に更に追撃するために優季が迫る。

 

「調子にっ乗るなあぁ!!」

 

 項羽が勢いに後退する足を踏ん張り、足が止まった瞬間に方天画戟を片手に持ち替え、迫る優季に向かって突きの連撃を放つ。

 

 しかし優季はその連撃の動きを優れた動体視力で読み切る。

 

喝采は剣戟の如く(グラディサヌス・ブラウセルン)!」

 

 一撃目の振り下ろしで迫る方天画戟の勢いを殺し、二撃目の振り上げで方天画戟を大きく上に弾く事で項羽の体勢を崩し、三撃目の袈裟切りで肩を打ち、四撃目の斜め下からの振り上げ攻撃を項羽の腹部に打ちつける。

 

 まるで舞うような自然な動きによって放たれた四連撃に、流石の項羽も痛みで顔を歪める。

 

「ぐっせい!」

 

 それでも項羽は痛みを堪えて回し蹴りを放って優季を牽制し、優季は蹴りを避けつつ一度距離を取る。

 

「ふう。今のは少し効いたぞ優季」

 

 僅かに痛みを感じる肩と腹部を気にしながらも、項羽は心の底から楽しそうに笑った。

 

「はは、楽しそうで良かった。さあ残り僅か、どんどん行くぞ!」

 

 攻防が逆転して今度は優季が攻め、項羽がその攻撃を弾く形となる。

 その様子を観ていたマルギッテと百代は写真を撮るのを止めて見入っていた。

 

「攻守が入れ替わった途端に項羽が劣勢になったな」

 

 百代が腕組しながら視線だけを動かして戦いを見守る。

 しかし組んでいる手の指は忙しなく上下に動いていた。

 

「項羽は技術面、精神面で未熟ですね。まあそれを補って余りある格闘センスと身体能力がある。まるで誰かさんと同じ様だ」

 

 マルギッテもまた視線だけを動かして二人の戦いを見詰めていた。

 しかし爪先は今にも飛び出さんばかりに忙しなく上下に動いていた。

 

 そしてマルギッテの物言いに百代が獰猛な笑みを浮かべてマルギッテを睨む。

 

「それはドイツでも有名なお犬様の事かな?」

 

「ははは、私が言った人物は堕ちた龍と理解しなさい」

 

 二人の間に生まれた殺気によって、一瞬にして二人の周囲が陽炎のように歪む。

 

「ちょっ勘弁してよ姉さん!」

 

「そ、そうだぞマルさん、これ以上戦闘範囲を広げたら校舎にも被害が及ぶ!」

 

 弟、妹分が慌てて自分達の姉貴分を止めに入るが、殺気は一向に治まらない。

 

「はあ、しょうがないな~」

 

 京は二人の傍に近寄ってボゾッと呟く。

 

「校舎壊したりしたら校長に優季に会うことを制限されるかも?」

 

 ピクっと、百代の肩が僅かに震えた。

 

「派手に暴れたら危険人物って事で護衛役を別の人に替えられて、優季と戦えなくなるかも?」

 

 ピクっと、マルギッテの肩が僅かに震えた。

 

 二人の周りの景色が元に戻り、先程までの殺気が嘘のように晴れた。

 

「横槍は良くないよな!」

 

「まったくです!」

 

 物凄い不満気な笑顔を浮かべる二人を他所に、京はそのまま大和達の元に帰って来るとVサインで勝利の笑みを浮かべた。

 

「相変わらず人の嫌な所を突くのが上手い」

 

「夫に鍛えられてますから」

 

「鍛えた覚えもないし夫でもないから」

 

 頬を染めて京が爆弾発言をするも、大和が慣れた手付きで瞬時にその爆弾を処理する。

 

 周りが騒いでいたその間に、項羽が優季の大振りの一撃を防ぐも、勢いによって後退し、また二人の距離が離れる。

 

「ふん。効かん! それに段々目も慣れてきたぞ」

 

 項羽の自信に満ちた笑みを見て、優季は軽く息を吐く。

 

 頃合かな。これ以上はこっちがもたないし。

 

「……次の攻撃で最後だ」

 

 優季の顔から笑みが消える。

 

 来る。

 

 項羽もまた、優季から放たれる鋭い闘気を瞬時に感じ取り、笑みを消して肉体に気を纏わせて優季の動きに集中する。

 

「……星馳せる終幕の薔薇(ファクス・カエレスティス)

 

 紅蓮の刀身がより鮮やかな朱色に染まり、優季の周囲が歪む。

 

「あれは!」

 

「前に病院で見た技だな」

 

 小雪と百代が見知った技に声を上げる。

 

「周囲が歪むほどの熱だと」

 

 剣に宿っているのが熱属性だと知るマルギッテが戦慄して冷汗を流す。

 

 優季はその剣を上段に構え、花散る天幕の時と同じ様に突進の態勢を取る。

 

「この剣に宿るは我が情熱の焔、受け止めきれるか?」

 

 その言葉と共に、優季は彗星の様に地を駆けた。

 

「見えている!」

 

 超高速の突撃を項羽は見切り、カウンターを合わせる。

 しかしそのカウンターの刃を、優季は更に見切り、上体を更に屈めることで頬を僅かに切り裂くに留める。

 

 優季は項羽の攻撃後の隙を突いて、紅く燃える刀身で『初めて』項羽を切り裂きながら、項羽の脇を駆け抜けた。

 

 優季は原初の火を地面に突き立てると同時に元の学生服の姿に戻り、全身から大量の汗を流して片膝を着いた。

 

「あれ? 剣の色が……」

 

 誰もが元に戻った優季を見詰めている中、小雪が原初の火の刀身の色が元に戻っている事に気付いて声を漏らした次の瞬間、項羽が叫び声を上げた。

 

「ぐっああぁぁああーー!?」

 

 項羽の身体から焔が放出され、それは項羽を飲み込みながら巨大な焔の渦の柱となって天に向かって迸る。

 

「流石は覇王項羽、これ程の気力を有していたか」

 

 荒い呼吸で原初の火を支えにし、なんとか意識を失うのを堪えている優季が苦笑を漏らす。

 

 そして焔の放出が止まると、そこには優季に斬られた傷も、火柱による火傷も負っていない無傷の項羽が立っていた。

 

 その事実に周りが驚いていると、項羽はそのままゆっくりと仰向けに倒れた。

 

 そしてそれを見届けると、優季もまた笑みを浮かべて倒れた。

 

「あとは……二人次第だよ」

 

 小さくそう呟いて、優季はギリギリで繋ぎとめていた意識を手放し、気絶した。

 




相変わらず戦闘は難しいです。


【技・武器解説(簡略版)】(Fate/EXTRAを知らない人用です)

花散る天幕(ロサ・イクトゥス)
原作では初期攻撃スキル。相手に突っ込み切り裂くというシンプルな技。

喝采は剣戟の如く(グラディサヌス・ブラウセルン)
原作では二つ目の攻撃スキル。四連撃を叩き込む技。

星馳せる終幕の薔薇(ファクス・カエレスティス)
原作では最終攻撃スキル。切り裂いた相手を業火が襲い、しかも状態異常を与える。
因みにこの技の別名は告白剣。理由はこの技を放つ時にセイバーが主人公への想いを盛大に告白しながら放つため。
(本編では本当はそっちの台詞を採用したかったが、流石に今後の展開に影響しそうなので自粛した)



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【二人の葉桜】


清楚・項羽編ラスト。実は後半のやり取りは、原作やりながら前々からやりたかった回。




(俺は何をされた)

 

 意識が目覚めて目を開けると、海中の様な場所で漂っていた。

 俺は最後にその身に起きた事を思い出そうと記憶を掘り下げる。

 

(ああ、そうだ。俺は優季の技をくらって)

 

 焔の様に艶やかな紅い刀身に身体が切り裂かれた瞬間、自分の身体の中心から、熱い何かが込み上げて来るのが解かった。

 

 身体が火照り、心が高揚し、力が無尽蔵に溢れた。

 そんな熱に浮かれた俺の頭に、不意に優季の言葉が浮んだ。

 

『我が情熱を受け止めきれるか』

 

 情熱。こんなにも熱く滾るモノが情熱だと、だとしたら情熱とは!!

 

『周りだけではなく、己が身さへ焦すモノ』

 

 怖かった。

 

 ただその熱に身を任せる自分を想像したら怖かった。だから……捨てた。

 

 早く、速く、迅く!

 

 後先考えずにこの滾る熱を捨てなければ、自分はその身に焼かれて死んでしまうと思った。

 咄嗟に身体から熱を放出する。そして次第に引いて行く熱と共に意識も薄れて行ってそして……。

 

(そうか、俺は……負けたのか)

 

(うん。負けちゃったね)

 

(っ!?)

 

 不意に頭の中に響いた声に首を巡らせると、俺の隣にもう一人の俺、清楚が手を伸ばせば届く距離を一緒に漂っていた。

 

(清楚……結局一つにはならなかったようだな)

 

(そうだね。でも私は良かったと思う。それにユウ君のお陰でこんなに早く貴女とお話しできるようになった)

 

(優季のお陰?)

 

(項羽が技を受けた時、同じ肉体だから私も影響を受けたの)

 

 清楚は語る。

 

 自分となんとか話したいと、意識を繋ぎとめ続けた事。

 そして優季の技を受けた時に『もっと、もっと項羽と話したい』そんな強い意志と熱を感じたと。

 そして自分でも驚く位に叫び、もがき、そして無意識にお互いを分けていた意識の壁を越えて、ここに居ると。

 

 何故俺と清楚で『情熱』の効果が違う。

 

 俺は情熱に恐怖して手放した結果敗北し、清楚は情熱を糧にして自身が欲した結果を手にした。

 

(それはきっと、想いの違いだと思う)

 

(想いの違いだと?)

 

 清楚の言葉に俺は眉を潜める。

 

(私は『なんとしても』項羽と話したかった。でも項羽はどう? 項羽は『なんとしても』力を振るいたかった?)

 

 清楚の言葉に俺は視線を海面に戻す。

 

(俺は、俺は怖かった。だって、あれは、あんなのは!)

 

 想像した。あの熱と共に湧き上がった力、あれを振るえばきっとヒュームにだって勝てると思った。

 だが、同時に想像した。その力を振るった結果、『優季を殺す』自分を。

 

 そこからは負の連鎖だ。

 

 義経を殺し、弁慶を殺し、与一を殺し、校舎を破壊し、名も知らぬ者を殺し、大地を砕く。

 そんな負の連鎖の想像が脳裏を過ぎった。

 

(それじゃあ以前の俺と同じになる!)

 

 孤独が嫌いだった。それこそ意味も知らぬ頃から、その文字を嫌悪した。しかし生前の自分を知れば、当然だったと納得した。

 

(だって俺は、最後まで孤独だったから)

 

(ええ。きっと生前の覇王と同じになっていたと思う。でも、ならなかったわ)

 

 俺に向かって清楚が優しく微笑む。

 

(だって項羽は沸き上がる力よりも、その結果に起こる悲劇を嘆き『自ら力を放棄』した。それは生前の覇王では選択肢にすらならなかった思想でしょ? 項羽、貴女は『力』よりも『仲間』を選んだのよ)

 

(俺が……自分よりも他者の事を考えたと?) 

 

 だが覇王とは力で統べる者の事の筈だ。そんな俺が力を放棄したら、俺は覇王ではなくなってしまう。

 

(もう。せっかくユウ君が教えてくれたのにもう忘れたの? 項羽はまだ王じゃない。つまり『どんな王様にもなれる可能性』を秘めているんだよ。ねえ項羽、あなたはどんな王様になりたいの?)

 

 清楚が微笑みながらこちらに手を伸ばす。

 俺は清楚の顔と手を交互に見詰めながら、ゆっくりと清楚の手に向かって手を伸ばした。

 

(俺は、皆に頼られる王に、皆に愛される王になりたい。孤独な王には、なりたくない)

 

(うん。私も孤独は嫌い。でも、もう私達は孤独じゃない。だって私には項羽がいる。そして)

 

(俺には、清楚がいる。そして)

 

 清楚の手を握り、お互いに水面を見詰めて同時に口にする。

 

((自分達には、家族がいる))

 

 清楚の手から熱が伝わり、その熱は俺の全身を包んだ。だが、怖くはなかった。身を焦す暴力的な熱ではなく、温かい包み込むような熱だったから。

 

(ああ、そうか、これが……情熱のもう一つの姿)

 

 過ぎれば身を焦すが、適量ならばこんなにも力強い、それが情熱の焔。

 

(さあ起きよう。みんなが待ってる)

 

(ああそうだな。改めて名乗る必要もあるし、それに今は、早く優季に逢いたい)

 

 自分を変える切っ掛けをくれた存在に。

 

(うん、逢いたい)

 

 清楚の手にも力が籠もる。

 

 次の瞬間、身体が水面に引っ張られる。

 さあ目覚めよう。新しい『葉桜』として。

 

 

 ◆

 

 

「あ、清楚さん!」

 

「ん? その声は義経か」

 

「まだ項羽のようだね」

 

 項羽が身体を起こすと、自分を心配そうに見つめる義経達がいた。

 

「……優季は?」

 

「兄貴ならそこだ」

 

 項羽が尋ねると与一が隣のベッドに視線を送る。そこには疲れ果てたように静かに眠る優季の姿があった。

 

 その姿を見て、項羽と清楚は同時に安堵の溜息を吐いた。

 

「ところで項羽先輩、これからどうするんです?」

 

 弁慶が尋ねると項羽は不適に笑った。

 

「無論王を目指すさ。俺達二人でな」

 

 そう言って項羽が一度目蓋を閉じると、今度は清楚が表に出る。

 

「みんな今日はありがとう。それともう一人の私が迷惑をかけてごめんなさい」

 

「清楚さん!」

 

「人格の切り替えができるのか?」

 

 義経は嬉しそうに清楚に抱きつき、与一は驚きで目を見開く。

 

「うん。私と項羽はもうお互いに認め合ったからね。これからは一緒に生きて行くつもり」

 

「でも一つの身体に二つの人格って、大変そうだね」

 

「そこはまあお互いに話し合っていくわ」

 

 弁慶の言葉に清楚は苦笑しながら答える。

 

「失礼するよ」

 

 クローン組みがお互いに話し合っていると、ノックの音と共にマープルがやって来た。

 

「ふむ。思ったよりも元気そうだね。今は清楚の方か?」

 

「はい。項羽に話しがあるなら代わりますが?」

 

「……もう人格の切り替えが出来るのか、頼めるかい」

 

 清楚が一度目蓋を閉じると瞳が赤い項羽に切り替わる。

 

「待たせたな。説教を聴く覚悟はできている。好きにしろ」

 

「随分と殊勝じゃないか」

 

「だが、うるさくして優季が起きたら大変だ。故にあまり大声を出すなよ」

 

 そう言って項羽は優季を気遣うように視線をそちらに送った。

 

「……なんか随分と落ち着いてるね」

 

「俺は何も変わっていないが?」

 

 いや、さっき会話した項羽とは別人と言っていい。

 

 マープルはしばらく探るように項羽を見詰めた後、溜息を吐いた。

 

「ま、落ち着いているなら説教は明日の朝でいいだろう。今後の学習カリキュラムを組む必要もある」

 

「うむ。清楚も、二人で王を目指す以上は話し合いが必要だと言っていたしな」

 

「二人でねぇ」

 

 マープルは自身のプラントは違うが、それはそれで面白そうだと笑みを浮かべた。

 

「それと、今日から俺の事は『葉桜項羽(はざくらこうう)』と呼べ」

 

 部屋を出て行こうとしたマープルの背に向かって項羽が告げる。

 

「おやなんでだい?」

 

「決まっている。俺達二人で『葉桜』という存在だからだ」

 

 不適に笑って告げる項羽に、マープルもいつものクールな笑みで答える。

 

「ふっ。分かった。今後はそう呼ぶとするよ」

 

「それじゃあ私達も今日は部屋に戻ります」

 

「ああ、明日からよろしくな三人とも」

 

 項羽の言葉に三人は頷いてマープルと共に退室する。

 

「ふう。さて」

 

 項羽は清楚に変わる。

 清楚は身体を起こして隣で寝息をたてる優季の頬にそっと手を添える。

 

「まったく。無茶するんだから」

 

(まったくだな。俺達二人を支えるのは優季しかいない。こんなところで倒れられては困る)

 

「やったのは項羽だけどね」

 

(うっ。し、仕方ないだろ。あんなに楽しい思いをしたのは初めてだったし、そもそも俺が優季に執着するのは清楚の想いが強いからでもあるんだぞ! お前が大切だと想う者は俺にとっても大切なんだからな。だからそのドス黒い敵意を俺に向けるな)

 

「うっ。そう言われちゃうと私達ってお互いに色々筒抜けなんだよね。でも確かに、私達二人纏めて受け止められるのなんて、ユウ君くらいよね」

 

 でも今はまだ、それを強く追求しないでおこう。

 

「おやすみ、ユウ君」

 

 そう言って清楚は優季のおでこにキスをして自分の布団にもぐりこんだ。

 

(ななな!? いくらなんでも大胆すぎるだろ!?)

 

(そこはほら、お姉ちゃんがリードしないと)

 

 慌てふためく項羽をなだめながら、清楚は悪戯っ子の様に笑った。

 




『俺とお前でダブル葉桜だな!』
はい。元ネタは日曜特撮のあれです。

まあネタは置いといて、個人的に項羽は、どうしても同じ暴君であるセイバーの技で倒したかったので、このような話の流れになりました。
両原作やると分かりますが、項羽もセイバーも根底は愛情を求める寂しがりやな女の子ですからね。

さて、清楚・項羽編はやりたい事を詰め込んだため、楽しんだ回でしたが……次回からどうしようか(苦笑)


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【新しい家族】

項羽編の締めの回です。



 項羽暴走事件の翌日。全身の疲労と微熱を感じながら、おきまりの義経達への技の解説を行う。

 

「昨日項羽姉さんに使ったのは『礼装』と呼んでいる気の具現技の切り札だね」

 

 簡単に技の内容とリスクを説明する。

 

「リスクとして第二強化で必要最低限とは言え肉体寿命を削っているのと、使える武器が固定化されるところかな」

 

 第一強化が自分の動きに肉体がついて行いける範囲内の強化だとするなら、第二強化は自分の動きで肉体に大きなダメージが行く程の強化となる。自分の場合、現状では三倍以上の常時強化は再生必須だ。

 

 そのため、肉体の細胞の再生能力も強化することで、自身の動きで生じる肉体ダメージを常に修復する必要がある。

 

 もちろんその度に肉体の細胞を必要最低限とは言え消費するから肉体寿命は幾らか減ってしまう。しかし未熟な今の自分では、英雄達の動きをたとえ最低限とは言え、再現するにはそれだけの代償を必要とするのも事実だ。故に文字通りの切り札だ。滅多なことでは使用しない。

 

 本物のセイバーはもっと速くて強かった。もっと精進しないと。

 

「寿命削る様な技は私は反対」

 

 弁慶がこちらを心配した表情で見詰める。

 

「うん、分かってる。あの時は瞬間移動しないと気の爆発にみんなが巻き込まれていたから使ったけど、本来は余程の事が無い限りは使わない技だよ」

 

 だから心配するな。と言って、弁慶の頭を撫でて安心させる。

 

「なあ兄貴、純粋な興味で聞くが、他にも変身できるのか?」

 

 弁慶の発言の後のせいか、与一が控えめに尋ねる。しかし眼差しには期待が籠もっているのは、同じ男として分からなくもない。

 

 男の子は変身とか好きなんです。そういう生き物なんです。

 

「自分が変身できるのは四人だけだよ。その内一人はさらに準備がいるね」

 

「ヒュームさんとかは無理なの?」

 

 義経も興味深げに尋ねてくる。

 

「模すための情報が少なすぎるからね」

 

 そもそも劣化とは言え英霊化できるのは、彼らの『魂の根源』に自分が触れて彼らの情報を読み取っていた事と、彼らをずっと見続けて来たからこそ、できた技だ。

 

 そのことに気付いた時、凄く嬉しかった。

 彼らとの絆は、今でも自分の魂にちゃんと根付いていてくれているんだと、知る事が出来たから。

 

 ただギルガメッシュだけは再現に準備が要る。自分が具体的にイメージできてしまうために通常状態では再現不可能なイメージになってしまったからだ。故に実質礼装として模倣できるのは三人のみだ。

 

「あの最後の火柱は?」

 

 弁慶が頭を撫でられながらそう呟く。なんか随分幸せそうな顔をしているし、もういいかな。

 頭から手を放しつつ説明する。凄い残念そうな顔された。

 

「あれは言霊という技の応用だよ。熱気属性を極限まで高めて剣に宿し、それを相手の体内に打ち込んで相手の気力を強制的に燃え上がらせるんだ」

 

 元々『気』と言うものに形は無い。

 物理的に焼く攻撃的な炎という形にするのも、精神的に作用させる補助的な焔とするのも、本人のイメージ力と気の操作次第だ。もっとも攻撃的な能力に比べ、意外に補助や回復を行う操作は難しい。

 

 こちらの説明に、なるほどな~と言った感じに頷く三人を眺めながら、訓練所の時計へと視線を向ける。

 

「それはそうと、清楚姉さんと項羽姉さんの話し合いはどうなったのかな?」

 

 マープルさん達と今後の話し合いをしている二人の姉を心配する。

 

「義経達の訓練が終わる頃には話し合いは終わるって言っていたけど」

 

 などと噂していると、訓練所の扉が開いて清楚姉さんがやってくる。

 

「お待たせみんな」

 

「あ、清楚先輩」

 

「おはよう清楚姉さん、項羽姉さん。昨日は大丈夫だった?」

 

「おはようユウ君。うん、ユウ君のお陰で項羽とも話せるようになったし、さっき今後についての話し合いも終わったわ」

 

 そして清楚姉さんが話し合いの内容を伝える。

 

 まず清楚姉さんと項羽姉さんは一日交代で過ごすこと。

 授業はちゃんとその日の人格が受けること。

 項羽は朝の訓練に参加すること。

 学校行事はお互いに臨機応変に人格を変えて参加すること。

 以上の四つが義務化されたらしい。

 

「俺は武力を、清楚は知力を担当するから授業は清楚が受ければいいと言ったら、清楚とマープルに怒られた」

 

 あ、雰囲気が変わったから今は項羽姉さんか。瞳の色も赤いし。

 

「そりゃまあ怒られるでしょ。授業はちゃんと受けなきゃダメだよ項羽姉さん。変わりに清楚姉さんも運動は自分で参加するんでしょ?」

 

「ぬう。優季までそう言うのなら仕方ない」

 

 あれ? 随分あっさり認めてくれたな。項羽姉さんの性格的にもう少し反論されると思ったんだが。

 

「さて、とりあえず優季」

 

「ん? どうしたの項羽姉さん?」

 

「俺は在学中にお前に俺を王として認めさせて、お前を俺の物にするからな。覚悟しておけ」

 

 ……あれ? 今もしかして告白された?

 

「おっと手が滑った!」

 

「冷たいっ!?」

 

 いきなり弁慶に後ろからスポーツ飲料をかけられた。

 

「な、なんぞぉお!?」

 

 振り返って弁慶を見ると、彼女は苦笑しながら頭を軽く下げた。

 

「いやぁごめんねユウ兄。手が滑っちゃって」

 

「いや、別にいいけどさ。それじゃあシャワー浴びて着替えに行って来るよ」

 

「あ、なら俺も付き合うぞ兄貴」

 

「義経達も時間だしシャワーを浴びて着替えよう」

 

「だね。ついでだし項羽先輩も一緒にどう?」

 

 弁慶がシャワーのヘッドを持つような仕草で項羽姉さんをシャワーに誘う。

 

「ああいいぞ。今日は俺の日だし、清楚も構わないと言っている」

 

 結局全員で更衣室に向かうことになった。

 

 

 

 

「で、この状況な訳か」

 

 いつもの橋でいつもの仲間に事情を説明すると、百代がなんとも言えない表情で呟く。

 

 小雪達には協力して貰った為、百代には同じ学年と言う事で清楚姉さんと項羽姉さんの事情を説明しておく。

 

 それにしても、百代と一緒に登校するのが当たり前になってきたな。

 

 因みに義経達にした礼装の説明をしたら、百代は難しい顔で『むう。どうしよう』と呟いて腕を組み、小雪は物凄い怖い笑顔で『本当に、余程の場合以外は使っちゃダメだよ。もし破ったらこの写真を……』そう言って携帯をこちらに見せた。

 

 その瞬間、力強く頷いて承諾した。何故なら写って居たのがセイバーモードの自分の姿だったから。しかも地面に着地して衣が捲りあがった瞬間の写真だ。

 

 あんな写真をばら撒かれたら、色々な意味で終わる!

 礼装の衣装について今一度熟考するべきだと強く思った。やっぱ露出は控えるべきだったんだ。

 

 そしてこちらの落ち込み具合を無視して会話は進む。

 

「ふん。お前達には世話になったし、よろしくしてやろう。だが百代、お前は駄目だ!」

 

「おいおいどうしてだ?」

 

 百代が納得できないと言った表情で項羽姉さんを見詰める。

 

「お前が清楚の時に俺にベタベタとセクハラしたからだ!」

 

 項羽が僅かに頬を赤くして百代を威嚇する。そういうのを気にしない方だと思ったので、かなり意外だ。そして項羽のセクハラ宣言に、女性陣が百代から僅かに距離を取る。

 

「……女の子が女の子にセクハラして何が悪い!」

 

「ひ、開き直ったぞこの武神!」

 

 なんか色々開き直った百代が両手を広げて叫び、準がすかさずツッコむ。

 

「未遂なら犯罪じゃないから許される!」

 

「さ、更にキワドイ発言をカミングアウトしちゃったよモモ先輩!?」

 

 小雪が困惑気味に続いてツッコむ。 

 

「まあ、あれだ、欲求不満故の暴走だ」

 

「……ちょっと気持ちが分かってしまった自分が悲しい」

 

 弁慶が微妙な表情で眉を顰めつつ川神水を飲む。弁慶は欲求不満が溜まると自分と義経限定で過剰に接する時があるからな。

 

「しかし学校の方は大丈夫なのか? 戦闘で穴だらけだったはずだが?」

 

 最後にグラウンドを見たときは、かなり悲惨な状況だったはずだ。

 

「九鬼の方で修繕したから大丈夫だって、じじいが言っていたぞ」

 

 さすが九鬼、なんでも出来るな。

 

「ところで優季君の方は大丈夫なのですか? あれだけの戦いの翌日なのに出歩いて?」

 

 冬馬がこちらを気遣うように尋ねる。

 

「う~ん身体は八割、気力の方は一割に満たない回復かな。まあ身体に異常は無いから大丈夫。放課後の決闘も金曜で終わらせたし」

 

 第二強化の利点の一つが全力を出しても、肉体のダメージを再生効果がほぼゼロにしてくれる点だ。その為疲労と微熱程度で済む。

 

 逆に第一強化で全力を出すと、疲労と熱に加えて戦闘ダメージも上乗せされるから、酷い場合は治癒の為に二、三日は寝込むし、一週間近くは筋肉痛が続く。

 百代との戦闘では彼女が全力じゃなかったため、少ないダメージで済んだので一日寝込んだだけで済んだが、全身の筋肉痛は実は五日も続いた。

 

 まあ痛みには慣れているから、その程度なら問題なく行動できるんだけどね。

 

 そしてどちらにも言えるが、気力は一度枯渇すると回復に時間が掛かる。正直項羽姉さんとの戦闘で気力が満タンだったのは運が良かった。

 

 百代との戦いで一度枯渇してるからなぁ。というか、一月の間に二度も枯渇……やっぱりこの町は呪われている気がしてならない。

 

「安心しろ優季、先輩である俺が守ってやる」

 

 そう言って項羽姉さんが自分の右隣に並び、任せろと言わんばかりに胸を張る。

 

「おっと、なら私も頼ってくれていいよ。同じクラスな訳だし」

 

 そう言って弁慶も空いている左隣に並ぶ。

 

「義経も!」

 

「まあ兄貴には世話になってるしな」

 

 義経と与一も傍にやって来て笑顔を浮かべる。

 

「ああ、頼りにしてる。それより姉さん達はどういう王様を目指すのかは決めたの?」

 

 ずっと気になっていた質問を項羽姉さんに尋ねる。

 

「ふっ。もちろん覇王だ。だがただの覇王じゃない。『愛される覇王』を、俺達二人で目指す!」

 

 迷いの無い瞳で項羽姉さんは視線を空へと向けながら、拳を空へ突き出した。

 

「……そっか。うん、それは凄い……魅力的だ」

 

 改めて頑張って良かったと思う。

 新しい家族を迎えた義経達の笑顔に、自然と顔が綻んでこちらも笑顔になる。

 

「……さ、さり気無く隣を取られた!?」

 

「むう。あの空気をぶち壊すのは流石の私も爪の先くらい躊躇するな」

 

「いやモモ先輩、そこは空気読んで見守ろうぜ」

 

 後ろで準が百代にツッコミを入れているのを聞きながら、今日も一日良い日になると良いなと思いながら、どこまでも青い空を見上げた。

 




次回からまた日常回。
その後は水上体育祭になりますね……ようやく六月が終わる……長かったなぁ。



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【お見合い大作戦 (前編)】

改めての日常回。



 さて、放課後は暇なわけだがどうするか。

 

 弁慶はだらけ部に、与一は本屋へ、義経は一子と一緒に修行に行ってしまった。

 

「百代と項羽姉さんは松永先輩と一緒に川神院に行っちゃったしな」

 

 なんだかんだで百代も項羽姉さんもお互いに興味はあったらしい。二人で好戦的な笑みを浮かべて嬉々として帰っていった。

 そして彼女達と一緒に向かった松永先輩は『これは好機!』みたいな怪しい笑みを浮かべて二人についていった。多分同じ武道家として二人の武を間近で見たいのだろう。

 

 小雪は今日は習い事があるとかで帰ってしまった。

 

「それでは私はいつもの場所に寄ってきます」

 

「俺も今日は用事があるから」

 

 冬馬はいつもと言っていたので賭場だろう。準は分からないが……なんか凄い嫌な気配を放っている。

 

 そう言えば今日はやけに一部の男子の気が乱れていたな。

 どうせ暇だし、ちょっと探って見るか。

 

 机から席を少し離し、立ち上がっても音が鳴らないようにして、席に着いたまま精神を集中し、ゆっくりと自分の気配を消して行く。

 

 ……よし、隠形(おんぎょう)成功。

 立ち上がってゆっくりと立ち上がって普通に歩き出す。

 

 隠形とは姿を隠す術の事だ。とは言っても今の自分は気配を完全に殺しているだけなので、実際に姿が消えた訳じゃない。言うなれば道端の石ころのような感じで、見えているのに見えていないようなものだ。意識して見ればちゃんと見える。

 

 ふむ。一部の男子が同じ方向に向かっているな。

 その流れに自分もついて行くと、着いた場所は体育館だった。ここで何してんだ?

 

 暗幕の下ろされた体育館に潜入すると、入口でなんか三角帽子のような覆面を手渡していたので、一つ拝借して被る。覆面の額に51というナンバープレートがついていた。

 

 ……うわぁ。

 

 改めて見回して……心の中でそう呟いた。

 なんせ自分と同じ様な格好の連中が沢山居るし、閉めきった体育館に沢山の男子が集まれば蒸す。正直覆面をさっさと脱いでしまいたい。

 

 それにしてもなんだこの催し?

 とりあえず目立たないようにしていると、壇上にスポットライトが当てられた。

 

「「童☆帝! 童☆帝!」」

 

 なんだなんだ?

 

 周りの男子達のテンションが上がっていく。

 壇上を見ると小柄で水着と覆面のみを装備した男子生徒が現れた。凄いなあいつ。

 

「諸君。臨時の魍魎の宴に集まってくれたこと、誠に感謝する」

 

 魍魎の宴、男子が偶に呟いてた宴だな。

 

「さて、今回臨時に開いたのは他でもない。今週末に行われる水上体育祭、その祭りの為の作戦会議を開きたいと思う」

 

「童帝、いつものやり方ではダメなのですか!」

 

「無論だ。今回は九鬼の従者部隊もやってくる。水中カメラ及び、砂地の隠しカメラは全て見つかると考えて良い」

 

「そ、そんな!?」

 

「俺達の楽しみが!!」

 

 ……なるほど。そういう宴なわけね。

 

 男として気持ちは分からないでもない。

 

「だが写真自体の撮影は許可されている。よって、今回は人海戦術で行こうと思う」

 

「ほうほう」

 

「童帝及び写真部が、可能な限り検分されないギリギリや、通常のアップや全体写真を狙う。後で検分される可能性が高いラインを、諸君らに頼みたい。機材は全て我々が用意した。見事検分を免れ、写真提供してくれた者には、体育祭後の宴で好きな写真を一枚贈呈しよう。なお、悪用防止及び周囲の了解が得られやすいように機材はポラロイドカメラを使う」

 

「おお! 流石は童帝、太っ腹だ」

 

 ……なるほど。写真を売っているのか。いや、多分状況的に見て競りだな。

 

「以上だ。皆、次の魍魎の宴で会おう」

 

 童帝の締めの言葉と共に、宴は終わった。

 

 ……ちょっと屋上の空気を吸って来よう。

 

 覆面を脱いで去ろうとした時……体育館の方からやってくるガクト、モロ、準を見つけた。お前ら参加してたのかよ。

 

 話を聞こうかとも思ったが止めた。

 写真くらいは別に良いだろう。それにあの宴で売られた写真が脅しに使われたら、きっとあの宴に参加している連中が黙っていないから、ある意味安心できる。

 

 戦いは数だよ。と、昔の偉い人は言っていたような気がする。

 

 

 

 

 屋上に出ると、あの騒ぎが嘘の様に綺麗に元通りになっていた。

 

 一体どんな建築技術を用いれば一日でここまで直せるのだろうか?

 理論派のラニが見たらきっと、ありない。と頭を抱えるに違いない。いやどちらかと言えば現実的な凛の方が驚くか?

 

 そんなどうでもいい事を考えていると、屋上の扉が開いて誰かがやって来た。

 

「むっ、鉄か?」

 

「あっ、梅子先生」

 

 やって来たのは梅子先生だった。ただ、ドアを開けた瞬間に見た表情はどこか気落ちしているようだったが、自分を見つけるといつもの様にクールな引き締まった表情に戻った。

 

「どうしたこんな所で?」

 

「いえ、昨日の件で屋上がどうなったのかが気になって」

 

「そう言えばお前も巻き込まれていたな。毎度毎度えらい奴に目をつけられるな」

 

「ははは」

 

 梅子先生の言葉に苦笑で答える。本当に、自分はそういう星の元にでも生まれたのだろうか。

 

「ああそれと、川神一子について礼を言っておこうと思ったんだ。ありがとうな、鉄」

 

「ん? 一子についてですか?」

 

 そう言えば梅子先生は一子の担任だったっけ。

 

「ああ。ここ最近川神の授業中の居眠りが無くなったから理由を尋ねたら、お前に『人に物事を教える立場になるなら授業をちゃんと受けろ』と言われたと言っていたからな」

 

 そうか。一子はちゃんと授業を受けているのか。

 一子が目標に向かってちゃんと頑張っている事に喜びを感じ、自然と顔が綻ぶ。

 

「自分は何も。一子がちゃんと目標に向かって頑張っているだけです」

 

「それでも切っ掛けはお前の言葉だ」

 

「だったら嬉しいです。ところで、先生はどうしてここに? それにここに来た時に落ち込んでいるようでしたが?」

 

 こちらの言葉に梅子先生は眉を寄せてしばし沈黙する。

 

「……うむ。あの川神姉妹を変えた鉄になら、別にいいか」

 

 梅子先生は恥かしげに視線を下げた後、意を決したように口を開いた。

 

「実はな、両親からお見合いの話が来ていてな。まあ今までも断っていたんだが、今回はやたらしつこくてな。どうしたものかと」

 

 お見合い、というかこれも恋愛相談になるのか?

 

 梅子先生に個人的な悩みを相談して貰えるほど信頼されている事に嬉しさを覚える反面、恋愛事に疎い自分に、果たしてちゃんとした答えが出せるか不安が過ぎる。

 

「えっと、梅子先生はお見合いする気は無いんですよね?」

 

「ああ。だがな、両親にもいい年して彼氏の一人もいないのはどうだと言われてはなぁ」

 

 ああ、両親に言われたら結構キツイかも。 

 自分が両親にお見合いを勧められたら果たして断れるだろうか……ちょっと自信が無いな。

 

「お見合いって、別にすぐに付き合ったりする必要はないんですよね? 始めは友達からじゃ、ダメなんでしょうか?」

 

「まあお見合い自体はいいんだが、したが最後、両親に色々急かされそうでな。そっちの方が憂鬱なんだ」

 

 言葉どおり、憂鬱な表情で溜息を吐く梅子先生……きっと大人には色々あるのだろう。そう言えば大事な事を聞いていなかった。

 

「因みに相手って梅子先生より年上なんですか?」

 

「いや、年下らしい……なあ鉄、年下と言う事でお前に尋ねるが、年の離れた年上と言うのは、恋人相手としてはどうなんだ?」

 

 少し切羽詰ったような表情で、真剣な声色で梅子先生がこちらに振り返る。少し考えた後、自分の思っている恋愛観を、そのまま伝える事にした。

 

「……自分は、恋をした事が有りません。ですがもし、相手の内面が好きなら、年や外見は気にしないと思います。そりゃ年の差故に色々な事で喧嘩だってあるでしょうけど、それでも傍にいたいと思える。それがお互いを想い合える『恋愛』という感情だと思っています。逆にそうじゃないのは『片思い』という恋の感情だと思います」

 

 梅子先生は意外なものを見るような目でこちらを見詰めた後、その表情のまま口を開いた。

 

「鉄は恋をした事が無いと言う割には、随分と具体的な恋愛観を持っているんだな」

 

「あはは」

 

 そんな梅子先生に苦笑して言葉を濁す。

 

 確かに自分は恋を知らない。でも恋と言う感情に衝き動かされた者達を知っている。

 

 ただ相手に愛されたいと願った少女を。

 

 ただ相手を愛したいと願った少女を。

 

 ただ相手を守りたいと願った少女を。

 

 ただ相手の幸せを、願った相手が死した後も、生涯を通して願い続けた男を。

 

 恋と言う感情は唯一愛に勝る感情だ。男はそう言っていた。

 そのとおりだと思う。相手の為なら全てを捧げ、相手の為なら自分から身を引く。

 そんな一方的な感情に、相互理解など無いのだ。

 

 だが自己満足と断ずるには、その感情はあまりにも重く、純粋だ。

 

 果たして自分は、岸波白野は、そこまで『彼女達』を愛していたのだろうか?

 

 いや愛してはいた。そして恋愛と言っても良い感情も得た。

 だがやはり、自分にとって最初に来るのは『恋』ではなく『愛』なのだ。

 

 自分は、誰かに恋する日など来るのだろうか?

 狂おしいほど特定の誰かだけを想い焦がれる日が来るのだろうか?

 

 っと、自分の事はいいな。今は梅子先生の問題だ。

 

 思考がずれ始めたので慌てて切り替える。

 う~ん、なんとかお見合いを断る良い方法……そう言えば以前準に見せて貰ったジャソプに、偽者の恋人同士の話が合ったな。

 

 正直、偽者の恋人作戦には良い思い出が無いが、一応提案してみるか。

 

「梅子先生、偽者の恋人作戦なんてどうですか?」

 

「偽者?」

 

 怪訝な表情で梅子先生が呟く。

 

「ええ。恋人がいるからお見合いはしばらくしないって感じで」

 

「しかしその偽の恋人を誰に頼む?」

 

「巨人先生……は、ダメですね」

 

「ああ。ダメだな」

 

 あの人は全力で自分を売り込んで本物の恋人になろうとする気がする。

 梅子先生も巨人先生の名前を出しただけで真顔で否定した。可哀想過ぎる。

 

「……提案したのは自分ですから、自分で良ければ手伝いますよ?」

 

「鉄が恋人役をって事か?」

 

「ええ。身長ありますから制服脱げば多少は大人に見えると思います」

 

 実際学生には見えないと思う……身体に傷があるせいで警戒されたりもするし。なんか自分で考えて少し悲しくなた。

 

 落ち込んでいる間に、梅子先生が顎に手を当てながら、全身を観察するようにこちらを見詰める。

 

「ふむ。確かに見えなくないな……しかし、いいのか?」

 

「ええもちろん。梅子先生にはいつも授業でお世話になっていますし、歴史に対しての個人的な質問にも答えて貰っていますから、そのお礼です」

 

 生前英雄と関わったからか、自分は歴史の勉強が好きだ。

 もちろん接した彼らとは違うかもしれない。

 それでもその時代、その場所で、彼らがどう思って過ごし、物事を決断して行ったのか、そんな事を考えることが楽しかった。

 

「そうか。なら、お願いするとしよう。丁度明日は私用で夜は両親と七浜で会う事になっているから、七浜駅前で待ち合わせしよう時間は大体……」

 

 それから梅子先生と軽く打ち合わせして、明日の予定を組み立てる。

 

「では、梅子先生が先にご両親と会って『彼氏を紹介する』と言って、外で待つ自分を呼びに行くという流れでいいですね?」

 

「ああ、すまんな鉄。お前は年の割りにしっかりしているから、きっと学生とは思われないだろう」

 

 それはそれで老け顔と言われている様で少し複雑です先生。

 一応髪型は学生気分をと考えて、生前の頃に近い髪型にしているんだが……顔ばっかりはどうにもならないからなぁ。

 

 まあ、梅子先生の問題が解決するなら別にいいか。

 苦笑しながら梅子先生と携帯のアドレスを交換し合い、別れた。

 

 そう言えば、大人っぽい私服なんて持ってたかな?

 そんな根本的な事を考えながら、自室に着くなりクローゼットを漁った。

 




と言う事で今度は梅子先生。
まあ原作だと梅子先生、別にお見合い自体は問題無い発言しているので、ちょっと流れが違います。日数はぶっちゃけ作者の都合。
あと前半のあれは書きたかったから勢いでやっちゃたんだぜ!



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【お見合い大作戦 (後編)】


多分今迄で一番長いです。
ちょっと原作より梅子先生が乙女してます。あと主人公もはっちゃけてます。
さあみんな、砂糖を吐くんだ!



 翌日。約束どおり川神市の隣である七浜市のチャイナタウンの関羽象の前で、梅子先生の連絡を待った。

 

 格好としては正直どういった物がいいのか分からなかったので、薄い空色のワイシャツを着て上に明るめの黒のジャケットにスウェット、そして六月の終わりでも夜は冷えるので、茶色の薄手のコートも持ってきた。

 

 一応この格好で問題ないか梅子先生に写メを送って確認をして貰うと、『問題ない』というメールの返事が来たので、多分大丈夫だろう。

 

 正直、一番の難関は今日の事を義経達や小雪達にばれないように出掛ける事だった。

 

 流石に恋人の振りをしてくる。とは言い難かったので、朝一でヒュームさんとクラウディオさん、そしてあずみさんに連絡を取って梅子先生の名前は伝えずに、事情を説明して協力を頼み込んだ。

 

 ヒュームさんとクラウディオさんを選んだのは、口が堅く、女性関係の問題は厳粛に対応してくれるから。

 

 あずみさんにも連絡を取ったのは、ステイシーさんと李さんの事があるからだ。

 

 最近二人に誘われてバーに飲みに行く事が増えたので、二人に今日は無理だとそれとなく伝えておいて欲しいと頼んだ。まぁ、自分だけお酒じゃなくてジュースなんだけどね。

 

 ヒュームさん、クラウディオさん、そして意外な事にあずみさんもすぐに了承してくれた。理由を聞こうかとも思ったが、それで協力が反故されても困るので黙っておいた。

 

 強力なメンバーを仲間に引き込めたので、安心していつもどおりに登校した。

 

 放課後は一子と義経と一緒に河川敷で修行する約束をして、他の約束を断った。心苦しかったが仕方ない。

 

 特に小雪と百代は物凄いがっかりしていたからなぁ。明日はおやつを作って持って行こう。

 

 一子はだいぶ強くなっていた。義経が積極的に協力している事もあるのか、だいぶ見切りや集中力の切り替えが上手くなってきている。

 

 気に関してはまだ身体に纏って留める事は出来ていないが、気その物は感じているみたいだから時間の問題だろう。

 

 そして夜になって今の服に着替え終えた自分を、ヒュームさんが瞬間移動で川神駅まで一瞬で連れて行ってくれた。そして別れ際にいつもの厳しい表情でこちらを見据え、

 

『女性に恥をかかせるような真似はするなよ』

 

 そう言ってこちらを激励するように肩を一度叩いて去って行った。

 

 自分もあんな大人になりたいなぁ。

 父を含め、自分の周りにいる出来る大人の男達を思い出しながら、それに近づけるように頑張ろうと拳を握る。

 

「それにしても、遅いな……」

 

 駅前で待つことかれこれ一時間。もう約束の時間は疾うに過ぎている。

 

 まぁ、家族と一緒なんだから話が弾んでいるのだろう。

 そんな事を考えながら屋台で二個目の肉まんを買い、時間潰しの為に持って来たライトノベルを読む。もちろん与一から借りているものだ。

 

 

 

 

『状況は?』

 

『ターゲットは未だ動かず』

 

「……何してるんですか二人して?」

 

 無線から聞こえる大の大人のおふざけに、優季の監視の為に近場のチャイナ喫茶に待機していた私服のあずみが、呆れ顔でツッコんだ。

 

『ノリが悪いなあずみ。それでも序列1位か』

 

『そうですよ。こういうのは楽しみながらやるのがコツです』

 

「……色々言いたいですが、一つだけ……なんでコイツらに情報漏らしたんですか!」

 

「やっべーよ李、優季ロック過ぎる」

 

「ええ。普段バーに行く時から思っていましたが、ああいう大人っぽい格好だと本当に違和感無く大人に見えますね」

 

 あずみは私服の優季に興奮している同席している同僚兼友人の二人を指差して、この状況を作り出した元凶であるヒュームとクラウディオに声を荒げながら説明を求めた。

 

『ほほ、まあ私の場合は親心のようなものですよ。二人が優季に好意を抱いているのは明白でしたからね。お見合い破談の為とはいえ、人を騙したことに多少の引け目は感じるでしょうから、そこを優しくすればポイントは高いと思います』

 

「ファック、ばれてたのか。そして流石はクラウディオ様、ロックな作戦だぜ!」

 

「流石です」

 

「いや、バレバレだから。なんであたいの周りにはこういう連中しかいないんだよ」

 

 あずみは目頭を押さえて唸った。

 

「それでヒュームさんは?」

 

『ふっ、俺は純粋な興味だ。あの恋愛に疎い優季が、ちゃんと恋人の振りが出来るのかどうかというな。まぁついでにお前らが優季を落せば、あいつが九鬼に就職する可能性も高くなる』

 

『やれやれ、あなたはさっさと優季を弟子にしてしまえばいいのに』

 

『黙れ。あいつにはまだ足りない物が多すぎる』

 

 ツンデレ乙。と、あずみは心の中で呟きながら優季に同情の視線を送った。

 

「それにしても、相手が年上の女性とは聞いていたけど、一体誰なんですかね?」

 

『そういう意味では逆に優季に何かある可能性もある。あいつも武士道プランの関係者だからな。いくら恋愛に鈍感とは言え、ハニートラップにかからないとも限らない』

 

「ないな」

 

「ないない」

 

「ないでしょう」

 

『ないでしょうね』

 

『……まぁ、言った俺もそう思う』

 

 そんな甲斐性があるなら好意を寄せる相手の何人かに手を出しているはずだと、全員が思った。

 

「つうか優季の奴って妙に恋愛に関して堅物な所あるよな」

 

「ですね。一歩引いている気がします」

 

「ふむ……」

 

 実際に優季に恋し、そういう目で見ている二人が言うのなら、そうなのか?

 

 あずみ自身、別に二人の恋を応援していない訳じゃない。むしろ最近は三人でお互いに意中の相手をどう落とせばいいのかと、以前よりも友人として距離が縮まり、飲む回数も増えたので、優季には少なからず感謝していた。だからこそ今回の件を引き受けたのだ。

 

「まあとりあえず見守りましょうか」

 

 あずみがそう纏めて改めて全員が監視に戻った。

 

 

 

 

 更に一時間が経った。

 

 流石に何かあったのではないかと思い始め、携帯に連絡を入れようとしたとき、

 

「お~い鉄!」

 

 そう言って大声で名前を呼ばれたのでそちらに振り返ると……なんか顔を赤くし、普段では考えられないくらい緩い笑顔な上機嫌の梅子先生が、こちらに向かって歩いていた。

 

 ……もしかしなくても、酒飲んでる?

 

「長い時間律儀に待っていたのか~う~ん偉い! 偉いぞ鉄~」

 

 あっ、飲んでるの確定だ。しかもなんか悪い酔い方してる気がする。

 

「あ、あの梅子さん、ご両親と何かあったんですか? お見合いの話は?」

 

「あ~そのことなんだが……断られた」

 

「……へ?」

 

 笑顔のまま梅子先生が吐き出すように呟いた。

 

「相手の男が私の年齢を聞いて、『28? ありえね~』とか言って写真も見ずに断ったらしい。ははは、私は何時の間にか選ぶ側ではなく、選ばれる側だったんだよ」

 

 投げやりな感じで笑いながら事情を説明する梅子先生、その後はと聞けば、両親には彼氏の事を伝えたので『じゃあ彼氏と帰りなさい』という流れになってしまったらしい。

 

 そしてあまりにも悔しくてつい自棄酒をってことかな。

 

「はあぁ。どう断るかで悩んでみれば……うぅ情けない……」

 

「そんなことないですよ。そもそも年齢聞いただけで断るとか失礼です!」

 

 相手がどういった人かも分からないのに断るとか失礼だろ! その程度の気持ちなら軽々しくお見合いすんな馬鹿!!

 

 心の中で憤りながら、梅子先生をなんとか励まそうとするが、先生は更に溜息を吐いて俯いてしまう。

 

「28年間、真面目に生きて来た結果がこれだ。確かに恋愛経験なんて無い。でもな、私だって女だ。そういう事を考えたことが無い訳じゃない……だが、私はもう、女として終わっていたらしい。はあぁ。私はこれから枯れて朽ちていくだけなのか……」

 

 ……何故だろうか。一瞬マープルさんが二人並んだ姿が浮んだ。

 

 い、いかん! いかんですよ! 

 

 今の梅子先生は自棄になっている。このままではいけない。

 

「……梅子先生は素敵な人です。その男に見る目が無かったんですよ」

 

「世辞はいい。お前は優しいからな」

 

 どこか物憂げに笑う梅子先生。ダメだな。言葉だけではきっと信じてくれない。というかお酒のせいか浮き沈みが激しい。 

 

 いや、だったら……それを利用しよう。激しく沈むのであれば、激しく浮く事も可能なはず!

 

「分かりました。ではデートしましょう」

 

「……は?」

 

 自分の言葉に、梅子先生が呆けた表情で振り返る。

 

「今日の自分は『梅子さん』の恋人です。ですから、デートしましょう。そして証明して見せます。梅子先生が女性として魅力的だって事を」

 

 そう言って多少強引に梅子先生の手を取り、彼女の指の間に自分の指を絡め、お互いの腕を交わらせる。所謂恋人繋ぎと言う手の繋ぎ方だ。同時に腕も組んでいるから更に恋人っぽい感じになっているはずだ。

 

 正直かなり恥かしい。恥かしいが、尊敬している人が落ち込んでいるなら、助けてあげたい。

 

「鉄……」

 

「優季です」

 

「……ははは、恋人にするとここまで強引なのか優季は?」

 

「そうだよ。普段は流され体質でも、自分を曝け出す相手には遠慮しない」

 

 苦笑気味に笑った梅子先生に、笑顔で微笑み返す。

 

「それじゃあまずは七浜公園にでも行きましょう。夜景が綺麗らしいですから」

 

 手を繋いだまま、彼女の歩幅に合わせて歩く。

 梅子先生に絶対に女性としての自信を取り戻して貰う!

 

 

 

 

『まずいな』

 

『まずいですね』

 

「どういうことですか? こっちからは普通に恋人らしく歩き始めただけにしか見えませんが? 恋人の振りが始まったんじゃないんですか? というか、どっちか一人来てください。切実に」

 

 危ない目で優季と梅子を見詰める二人の友人の殺気に、あずみはやばいと判断して救援を求める。

 

『……そうだな。クラウディオ、事情説明のついでに二人が暴走しないように見張れ』

 

「そうなると思って既におりますよ」

 

「「うお?!」」

 

 にこやかな笑顔で現れたクラウディオに驚いて三人が立ち上がる。

 

「では移動しながら説明します。あ、お支払いは済ませておきましたよ」

 

 クラウディオに促されて喫茶店から出た三人は、遠巻きに優季を監視しながら、クラウディオが読唇術で得た現在の二人の状況を説明される。

 

「……つまり、小島先生が年齢で見合いを断られて自暴自棄になってしまい、優季が女性としての自信を取り戻させるためにデートを始めた。と?」

 

『……ああそうだ。辛い現実だな』

 

「そうですね。人は老いるものだというのに」

 

「やべー、ちょっと同情する」

 

「そうですね。特に我々は……」

 

 全員が一呼吸置いてから、あずみを見た。

 

『「自分を強く持て」』

 

「お前ら覚えておけよ」

 

 マジギレ寸前のあずみであったが、しかし否定もできなかった。明日は我が身かもしれないのだから。

 

 はぁ、あたいも英雄様に慰めて貰いてぇよ。

 

「で、何がまずいんです? そんな理由ならデートくらい許してあげてもいいんじゃないですか?」

 

『分かってないな。酔った女、夜の街、良い雰囲気、とくれば』

 

「っホテルか!!」

 

 ヒュームの言葉にステイシーが驚愕の表情を浮かべる。

 

『そうだ。いいか、優季は身持ちが硬い。そんな男が女性と関係を持ったら、辿り着く結果は一つ』

 

「っ結婚!!」

 

 今度は李が戦慄の表情を浮かべて愕然とする。

 

「まず間違いないでしょう。よって、これからの任務内容は『二人がホテルに行くのを阻止する』です」

 

「「了解!」」

 

 帰りてぇ。

 

 あずみは心の底からそう思った。しかし元々面倒見の良い性格なうえ、梅子の気持ちを一番理解できてしまっているため、溜息を吐きながらも、周りが暴走しないようにしぶしぶついて行った。

 

 

 

 

「はい。梅子さん、あ~ん」

 

「あ~ん」

 

 私は公園のベンチに座ってこちらに肉まんの欠片を摘んで寄越す優季を見詰めながら、その欠片を口に含む。その時、彼の指が少しだけ唇に触れ、酒で熱くなった体温が更に上がった気がした。

 

「うむ。では今度は私がしてやろう。あ~ん」

 

「あ~ん」

 

 私はお返しとばかりに自分が食べている餡まんをちぎって優季の口に運ぶ。彼が口を閉じたときに自分の指先が彼の唇に触れてまた身体熱くなる。

 

 ……な、なんだこれは? これではまるで本当に、こ、こ、恋人のようではないか!!

 

 しかし驚きながらも嬉々として『恋人らしい』行動を取る自分もいる。

 

 元々お酒が進むと良い意味でも悪い意味でも感情に素直なタイプなのは自覚していたが、今回ばかりは自分でも素直すぎる気がした。

 

 ダメだ。酒のせいでイマイチ思考と心が一致しない。

 頭では恥かしいと思いながらも、心がこの幸福感を求めて仕方が無い。

 

「なあ優季、喉が渇いた」

 

「ん。はい」

 

 彼はそう言って肉まんを膝の上に置いてストローが一本差されたお茶のペットボトルを私の前に差し出す。私はストローを口に咥えてお茶を飲み下す。このお茶は先程彼が飲んでいたものだ。

 

「ん~。っはぁ。ありがとう」

 

 間接キス。その事実に気付いている。気付いているが、止められない。

 

 しかし冷たい飲み物を飲む度に徐々に酒の勢いが薄れて行くのも事実で、私は恥かしさと同時に不安を感じていた。

 

 いい年してこんな、世間的に言うならバカップルのような周りを気にしない行動をしていて、果たして周りはどんな目でこちらを見ているのだろうか。

 

 私は周りに視線を巡らし、気付く。

 

 周りは自分達と同じ男女連ればかりであり、こちらを微笑ましく眺める者もいれば、私達の行動に中てられたのか、同じ様な事をしている者もいる。

 

 そして通り過ぎる一人身の男性の幾人かは、小さな声で『羨ましい』と呟く。

 

 私を恋人にした優季を羨ましいと言う。それはつまり、優季の言うとおり私が女性として魅力的ということ。そして周りから嘲笑も軽蔑の視線も無いと言う事は、私達はちゃんと『恋人同士』に見えているということだ。

 

 年甲斐も無くその事実が嬉しく、そして誇らしくて心臓が高鳴り、その事実を証明してくれた優季の方へと振り返り……その横顔に見惚れてしまった。

 

 教師と言う立場で見ていた時は、年の割には落ち着いているが、顔立ちはまだ幼いと思っていた。

 

 だがどうだ。今横にいる男は、本当に自分の知る優季か?

 

 こちらを気遣い、ずっと握ってくれている力強く大きな手。

 優しく落ち着いた眼差し。

 寄り掛かればしっかりと受け止めてくれる逞しい鍛えられた体。

 

 少なくとも学生には纏えない『一人前の男の頼もしさ』が、確かに彼から感じられる。

 今、そんな男を自分が独り占めしている事実に、身体が熱くなった。

 

 ああ、これが、優越感か。

 今なら分かる。これは夢中になる。歴史上の人物達が恋愛で失敗したのも頷ける。

 

「どうかした?」

 

 私がずっと見詰めている事に気付くと、優季は首を傾げながら微笑んでみせる。

 

「いや。なあ優季、私はいい女か?」

 

「ええもちろん。厳しいけど生徒想いで、自分の事に関しては少し不器用だけど、人の悩みは真摯に向き合ってくれる。そんな梅子さんが俺は大好きですよ」

 

「そうか。誑しのお前が言うのなら、少しは自信を持ってもいいか」

 

 私の言葉に、酷いな。と苦笑しながら優季は否定したが、多分人誑しというのは間違いないだろう。

なんせ経った一日で人一人をここまで誑しこんだのだから。

 

 彼の言葉と行動に感謝し、晴れやかな気持ちで顔を上げる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ。自信もな。ありがとう、優季」

 

 優季の問いに力強く頷いてみせる。

 

「それじゃあ帰ろうか梅子さん」

 

「ああ。っくしゅ」

 

 酔いが冷めて少し身体が冷えたのか、急に身体に寒気が走る。

 

 しまったな。上着を持ってくるべきだった。

 そんな風に考えていると、優季が手に持っていたコートを私に手渡してくれた。

 

「持ってきて良かったです。どうぞ使ってください」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

 受け取ったコートを羽織りながら一緒に立ち上がって駅前へと向かう。

 

 酔いも醒めて思考と気持ちが一致するようになった。もう恋人の振りは必要ない。だが、私は今日一日だけの恋人の感触を忘れないように、駅前に着くまで彼に寄り添って、ゆっくりと歩いた。

 

 今日だけは私のものだから構わないだろう。

 

 

◆ 

 

 

「……なあ李、中国の暗殺術に『嫉妬で相手を殺す術』とかないのかよ?」

 

「私は知りませんが……今度調べておきます」

 

「どう始末をつけるおつもりですか、御二人とも?」

 

 優季達が去った後、ベンチでちょっとヤバイ目で黄昏ながら物騒なことを呟くステイシーと李を、あずみは青筋立てながら親指で指差し、珍しく焦りによって汗をかくヒュームとクラウディオを問い詰める。

 

「う、うむ。これは少し予想外だったな」

 

「そうですね。優季の紳士力を見誤りました」

 

 二人は若い優季なら『据え膳食わねば状態』になったらホテルに行くと考えていた。

 何故なら異性としての自信を取り戻す一番効率のいい手段は『異性として求めること』だからだ。

 もしくは梅子の方が誘うという可能性もあった。彼女はそれくらい自棄になっていたのは間違いなかったから。

 

 後はホテルに行く直前で止めて、梅子を含めみんなで傷の舐め合いでもしつつ、頃合で優季とステイシーと李を三人きりにして返す予定だった。

 

「……はぁ、思えばお二人も恋愛成就、していませんでしたね」

 

「「…………」」

 

 恋愛下手な人間が積極的に協力した結果がこれだよ!

 というこの状況に、三人は無言のまま溜息を吐いた。

 

「飲みに行きますか」

 

「ああ。俺は優季を送ってから合流する。俺とクラウディオが奢ってやるから、好きなだけ飲み食いしろ」

 

「そうですね。偶には皆で騒ぐと致しましょう」

 

 ヒュームが瞬間移動で姿を消した後、あずみとクラウディオは不吉な笑みを浮かべる二人を連れたって、居酒屋へと向かった

 

 

 

 

 何故か疲れた顔で現れたヒュームさんにさっさと自室に送られ、お礼を伝える間もなくヒュームさんはすぐに消えてしまった。

 

 仕方なくベッドに横になりそして、顔を手で覆い隠した。

 

 や、やっちゃったああ~~!!

 

 自分がした行動の恥かしさに悶絶する。

 

 だってしょうがないじゃない! デートなんて桜と過ごしたあの日々や、セイバーやキャスターがしたいと言っていた内容くらいしか参考に出来ないんだから!!

 

 自分自身に言い訳して多少落ち着きを取り戻し、顔の熱もある程度下がったところで、溜息を吐いて今回分かった事を考えながら呟く。

 

「はあ。結局、自分は自分って、ことなのかな」

 

 結局恋人の振りをしても、梅子先生に抱いたのは『愛情』という想いだけだった。

 

 それはつまり、自分が特定の誰かと恋人になっても、相手への接し方は変わらないし、他の人達への接し方も変わらないと言う事だ。

 

 そんな男に付いて行く女性は間違いなく不幸だろう。何故なら恋人以外の女性に対しても『愛している』と『大切だ』と叫ぶのだから。

 

 なら結局、自分が出来る事は『進む』か『引く』か、それか『奪われる』かの三つ。

 

「……もう少し、我侭になってもいいのかな……桜、みんな……」

 

 ゆっくりと目蓋を閉じて、かつて愛した人達との思い出に浸りながら、その日は眠りについた。

 




ふっ、書いている最中ブラックコーヒーが甘いのなんのって……書いててマジ恥かしかった。
という訳で、主人公が恋愛に悩み始めましたとさ。
まあ当初から主人公が恋と愛について悩むという流れには持っていくつもりでした。
さて、次回は未定です。挟めそうなイベントが無ければ水上体育祭のイベントに行くと思います。



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【マルギッテの憂鬱】


水上体育祭+マルギッテ編開始です。



「最近タロットに嵌ってさ~」

 

 水上体育祭を翌日に控えた朝のHRで、何故か宇佐美先生がそんな前置きをしてタロットカードを取り出した。

 

「いやいやどういうことじゃ?」

 

 不死川さんがすかさずツッコむ。不死川さんも何気にツッコミスキル高いよね。あまり話したことないけど。

 

「いやさ。一昨日辺りから小島先生の魅力が更にアップしてるから、そろそろ本腰入れようと思って小島先生が以前趣味でやっていたって言うタロットカードを、話題確保の為に先生もできるようになってみた訳よ。と言うわけで、会話の切っ掛けの為にお前らの大アルカナを調べます」

 

「ついに言い訳しなくなったな」

 

 ついに話題確保の言い訳をやめた宇佐美先生に準がツッコむ。

 でも確かに梅子先生、以前よりも輝いているよう見えるな。

 因みにコートはそのままプレゼントした。自分で作ったものだから構わないと言って。

 

「ですがちょっと興味はありますね」

 

「お、じゃあ葵から引くか?」

 

 宇佐美先生が冬馬の前にやって来てカードを適当に切り、取りやすいように広げて差し出す。

 

「では……おや、法王です」

 

 冬馬が引いたカードを見て意外そうに呟く。もっと別のカードでも予想していたのだろうか?

 

「ははは、流石は我が親友冬馬、皇帝であった我を支えるに相応しいカードだ!」

 

 冬馬の次にカードを引いた英雄が、皇帝のカードを見せながら冬馬の肩を抱いた。

 

「そうですね。皇帝を支えるのも法王の仕事ですし、あながち間違っていませんね」

 

 そう言って冬馬は優しく微笑んだ。正に博愛精神の塊であるパーフェクトイケメン!

 

「オレは、隠者か」

 

「私は魔術師ですね」

 

「私は戦車か……」

 

 準が隠者を引き、あずみさんが魔術師を、マルギッテさんが戦車を引いた。

 なんというか当たり過ぎてて怖い。この世界占いも結構当たるしなぁ。

 

「僕も引くよ。えい、あっ星だ!」

 

「確か星って、希望、純粋、好奇心、だっけ?」

 

 小雪の横からカードを見ながらアルカナの内容を思い出す。

 

「へ~なんか良い意味のカードなんだね!」

 

 確かに小雪は純粋だし好奇心の強い子だから合ってるな。

 

「次は義経が……義経は戦車だ!」

 

「私は女帝だね」

 

「俺は愚者だ。ふっ始まりだな」

 

 へ~義経は太陽だと思ったんだが、弁慶の女帝は合っているような気もするな。与一はこういう占いだと大抵愚者だな。まあ自由と言う意味では合っているか。

 

「ユウ兄も引いてみたら」

 

「うんうん。僕も気になる!」

 

「そうだな」

 

 弁慶と小雪に勧められてカードに手を掛ける。

 

「お、力だったよ」

 

「力のアルカナは強固な意志、思いやりと言う意味もありますから、優季君には合っていますね」

 

 お互いに引いたアルカナの話題に盛り上がりながら、HRは過ぎていった。

 因みに不死川さんは月、宇佐美先生は運命だった。

 

 

 

 

「と言うような事がありました」

 

「お父様、自分は正義でした!」

 

「そうか。戦乙女も膝を付く美と勇を併せ持つクリスに相応しいな」

 

 川神商店街にあるレストランで、クリス、マルギッテ、フランクの三人は、久しぶりに三人揃って食事を取っていた。

 

「学校の方はどうだねクリス? 何か不自由している事はないか?」

 

「大丈夫です。良き友人達に恵まれましたから」

 

 クリスは屈託の無い笑顔でフランクの質問に答え、フランクは満足そうに頷く。

 

 フランク、彼は親馬鹿だった。それこそ娘の為なら領域侵犯とか平然とやってしまうくらいの。

 これで本人が無能なら、軍をクビにでもなっているのだろうが、彼は優秀だった。それこそ国が我侭を許すくらい優秀であり、彼自身も名門貴族の出だった。故にある程度の我侭が許されてしまう。

 

 そうした過保護教育の結果、クリスは箱入りお嬢様と言っても過言ではない、純粋で優しいが、同時に世間知らずで我の強い少女に育った。

 

 クリスは五月にその自分の世間の知らなさや我の強さのせいで風間ファミリーとの間で問題を起こした。その問題を、クリスは今でも重く受け止めて、自分が悪かった部分を少しずつではあるが、改善して行こうと心に誓って日々を過ごしている。

 

 そんな頑張るクリスを他所に、フランクが今一番心配しているのは、遠い異国に留学している娘に変な虫が付かないか、という父親なら一度は体験する悩みであった。

 

 フランクはまずクリスとよく一緒に行動する風間ファミリーの中から、同じ寮住まいで一番空気の読めそうな大和に、娘の動向を報告するように頼んだ。

 

 なぜ女性陣に頼まなかったのか?

 理由は一つ。残り二人があまりにも不振だったからだ。

 かたや人形片手にキョドる由紀江、かたや冷めた目で挨拶すら適当な京、この二人に頼むと言う方がどうかしている人選だった。

 

 はっきり言ってフランクの人選は正しいと言っていい。

 大和自身は現状クリスを友人としか思っていないし、本人はフランクとのパイプを強固にしたいので、自分から不快な印象を得るような真似はしない。結果、二人はお互いに持ちつ持たれつの良い関係で続いている。と、大和は思っている。

 

 結論から言えばクリスは順風満帆に過ごしていると思える。しかし、懸念材料が無いわけではない!

 

 しかしそんな大和の考えとは裏腹に、フランク、彼は娘の事になると考えすぎる悪い癖があった。

 

 武士道プラン。マルギッテの報告によれば、その内の一人はあの武神を倒し、更に覇王の生まれ変わりまで征したという。確か名前は鉄優季、と言ったか。

 

 フランクは注文したチョコパフェを口に運びながら思案する。

 

 クリスと同じく娘の様に思っている彼女が、態々他のクローンの報告を小さく纏めた上で膨大な量を報告してくるくらいだ。しかもその内容の殆どが、その少年を褒める内容。しかもあの武道の名門鉄の名を持つ一族の血を引く者。優秀なのは間違いないだろう。ここは一度、マルギッテ本人から鉄優季について訊いておくべきか。

 

「マルギッテ、クローンの動向はどうだね? 特に、鉄優季という少年は?」

 

「はっ。報告でもお伝えしましたが、鉄優季は戦闘、学業、両面で優秀です。そしてクローン達の心の支えは彼と見て間違いないでしょう。それと、結果を優先すべき戦いと、過程を優先すべき戦いをよく見極めて戦っている事から、戦いの考え方は武道家というよりは、我々軍人に近いと思われます」

 

「うむ。それが本当だとすれば、中々決断力のある冷静な青年のようだね」

 

「ええ。そうです、彼の新情報ですが、どうやら料理だけでなく裁縫も得意だとか。料理は一度食べましたが、栄養バランスも考えられた良い出来でした」

 

 その後もフランクが特に何も聞いていないのに、マルギッテは嬉々として優季に関することを報告する。

 

「……なるほど、分かったぞ!」

 

 フランクと同じチョコパフェを食べながら、じっと報告を続けるマルギッテを見ていたクリスが、理解したとばかりに声を上げた。

 

「何が分かったんだいクリス?」

 

「ふふん。お父様は鈍いですね。ずばり、マルさんは優季に恋しているのです!」

 

「……え?」

 

「ほう……」

 

 クリスの自信満々な答えに、マルギッテは思考を停止させ、フランクは納得した顔で頷いた。

 

 なるほど。流石は私の娘だ。思えばマルギッテの行動は恋する者のそれに近しい。いや、もはや決定的だろう。なんせ同じ女性で聡明な娘が言っているのだから!

 

「そうか。うむ、思えば私も、男をここまで褒めるマルギッテを見たのは初めてだ。しかしクリスの答えで全て納得した。もしかしたら将来自分の恋人になるかも知れぬ者の事を良く報告したい。そんな乙女心からの報告なら、鉄優季君の報告の量が多く、そして詳細なのも納得と言うものだ」

 

「ちょ、ちょっとお待ち下さい御二人とも! 確かに私は優季に興味を抱いておりますが、それは武人としてですね。別に恋人になど! そ、それに報告の量が多いのはクローン達の重要人物だからで……」

 

 恋人、優季が恋人か……。

 

 マルギッテは慌てて否定しながらも、つい想像してしまう。優季が自分のパートナーとなった姿を。

 

 戦場で背中を預け合う姿を。

 一緒に料理を囲う姿を。

 二人で手を繋いで街を歩く姿を。

 

「……っは!?」

 

 慌てて頭を振って今しがたした妄想を振り払う。

 その様子を見て、ますますフリードリヒ親子は自分達の考えに自信を持つ。

 

「マルギッテ、別に恥かしい事ではない。無自覚に恋すると言うのは良くあることだ。特に初恋はな。私も初恋の時はそうだった」

 

「マルさん! 自分はマルさんの初めての恋を応援するぞ!」

 

「ちがっ!? 御二人ともどうか冷静に、私の話を聞いて下さい!」

 

 親しい相手には強く否定できない性格のマルギッテは、普段の威圧感など消えうせ、それでもなんとか落ち着かせようと二人の説得を再度試みる。

 

「じゃあマルさんは優季が嫌いなのか?」

 

「き、嫌いではないですが、異性としてはなんとも思っていません」

 

 そう。あくまでも人として、武人として認めているだけだ。

 

「だいたい優季は誰に対しても優し過ぎるくせに、好意に対して鈍感です」

 

 そう。優季は鈍感過ぎる。榊原小雪や弁慶のあからさまな行動を見れば、異性として好かれているなど明白だというのに。

 

「だいたい本人は隠しているようですが、榊原小雪や弁慶の胸が当たっていると鼻の下が少し伸びていますし、川神百代や葉桜項羽の下着が見えそうになると視線を向ける始末。女の好意に誠意を見せない時点で、男としては終わっています」

 

 そうだ。男としては最低な部類だろう。だいたい私のスタイルだって先程上げた連中と遜色無いスタイルのはずだ。だというのに、優季は私に対しては友人の様に接する。そう言えば、最近はあのメイド二人とも良く一緒に居ますね。

 

 マルギッテは優季の女性関係を思い出して顔を歪めてグラスを強く握り締める。その時グラスにヒビが入る。

 

「マルギッテ、それは嫉妬ではないかね?」

 

「っ!?」

 

「流石お父様。マルさんは嫉妬をするくらい優季が好きだったのだな!」

 

 フランクの言葉にマルギッテが動揺する。

 

 嫉妬、私が優季を取り巻く女性達に嫉妬している?

 

「い、いやちがっ!?」

 

「いやいやマルギッテ。別に恋は悪い事ではないよ。クリスと違って君はもう成人だ。日本にいる間は十分に青春を謳歌するといい。うむ、となると君にしかい頼めない任務以外は極力他に回すとしよう。その分君がクリスの傍にいてくれるわけだから、私としても安心だ」

 

 マルギッテの恋の応援も出来て、娘の安全も確保できる。確か日本ではこういう場合を一石二鳥と言うのだったか。

 

 フランクは満足げに頷き、決定事項の様に話を進めて行く。

 

「自分もマルさんが一緒に居てくれる方が嬉しいです」

 

「……了解しました」

 

 笑顔で微笑み合う二人を見て、これ以上何を言っても無駄だと悟ったマルギッテは、自分の心の整理も付かないまま、項垂れた。

 




 正直優季のアルカナは無難に『世界』か『愚者』でも良かったかなとも思ったのですが、とりあえず一番当てはまりそうな『力』のアルカナにしました。
 因みに原作と違うアルカナなのは冬馬と準です。Sでは原作の悲劇を回避しているので、当てはまりそうな物を選びました。弁慶は優季と同じで一番当てはまりそうな物を選びました。
 さて、次回から水上体育祭ですが……久しぶりに難産です。



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【水着の乙女達】

水上体育祭開始。



「はぁ。それにしても、やっぱ川神の生徒って多いよな」

 

 水上体育祭当日。砂浜に大量の生徒が水着で並んでいるという光景に唖然としながら、周りを眺める。

 

「ユーキ!」

 

「おうぅ?」

 

 背後から小雪に抱きつかれる。その瞬間、裸の背中に柔らかい感触がいつも以上に伝わる。

 これはヤバイ。ヤバ過ぎる。

 

「はいはい。なんだい小雪?」

 

 内心の男心を抑えながら、彼女をゆっくりと背中から放して振り返る……天使ですか?

 

 白い髪に白い肌、そこに紺のスクール水着が良く映えている……これはイカン。

 

「ユーキどうしたの?」

 

 小雪が首を傾げる。

 

「ん? あ~っと、気にしないでくれ」

 

 そう言って彼女に苦笑して答える。

 

「ふむ。鍛えられたいい身体だな」

 

「その声は百代……」

 

 振り返ったら……そこに女神がいた。

 

 男を惑わすような肉体に自分の色香に絶対の自信を持った表情。しかしそんな彼女の裸体を包むのはスクール水着と言う規則によって生まれた衣服。なんという背徳感か!!

 

「おっ。なんだ、私の身体に見惚れたか?」

 

 百代がそう言って更に見せ付けるように身体を動かす。

 

「……ああ、見惚れた」

 

「「え?」」

 

「さっき小雪にも見惚れたばかりでな……。そっか、二人ももう子供じゃないもんな。はあ、ちょっと接し方を変えるべきかなぁ」

 

「「っ!?」」

 

 

 

 

 どうする、今迄の接し方で構わないと言うか?!

 

 どうしよう。どうすればいいの?!

 

 二人は優季が自分に見惚れてくれた事の嬉しさと同時に、突然の『接し方を変える』発言に大きく戸惑い混乱する。

 

 異性として見るというならいい、だが!!

 

 身体が成長したからスキンシップ控えましょう。という意味なら絶対反対!!

 

 優季がどっちの意味で発言したのか、そこが二人にとっては大事だった。

 

 くっ、直接尋ねるべきか?

 

 でもでも、それで脈無しな発言されたら、それはそれでショック大きいよ~。

 

 二人はその場で頭を抱えてお互いにうんうん唸るのだった。

 

 

 

 

 二人が急に唸りだした。なんか物凄く悩んでいるけど、どうしたんだ?

 

「おーいユウ兄」

 

「お兄ちゃん!」

 

「ユウ君」

 

「お、三人とも着替え終わったのか?」

 

 次にやって来たのは弁慶、義経、清楚姉さんだった。

 

 うん。弁慶も百代に劣らず魅力的だ。特に身体は大人なのに仕草が可愛いというアンバランスさが素晴らしい。

 

 清楚姉さんも健康的な魅力があるな。特に足が良いね。鍛えられているが瑞々しいその曲線美が好し!

 

 義経は可愛い系だな。ある意味スクール水着を着こなしていると言える。見守ってあげたくなる可愛さだな。

 

「どうしたユウ兄、一人で頷いて?」

 

「いや、改めて三人とも成長したんだな~って。見慣れているとは思っていたんだが、はは」

 

 ついテンションが上がって露骨に三人の身体を見てしまったことが恥かしくなって、頬を掻きながら視線を逸らす。

 

 

 

 

 あ、あのユウ兄がマジ照れだと!?

 

 これはチャンスよ!

 

「お兄ちゃんに褒められた!」

 

 他の二人を他所に、義経は声を上げて喜び、優季と談笑に移る。その間、二人はどうしたものか思案する。

 

 チャンスなんじゃないか? ここで女として意識させれば。いやでもその結果、私のジャスティス空間を失うという可能性も!? 

 

 チャンスとはどういう意味だ清楚?

 いい? ここでユウ君に私達も女の子だよって思わせれば、彼も私達を異性として意識してくれるわ。

 待て。まさか優季を色香で惑わすというのか?!

 そう。女の子だって積極的に行くべき時はあるのよ!

 だ、ダメだダメだそんな恥かしい! そそ、そういうのは手順を踏むもんだと習わなかったのか?!

 もう。項羽はこういう時に奥手なんだから。

 

 百代と小雪の唸る横で、更に弁慶と清楚、項羽も唸り始めた。

 

 

 

 

「今日はみんな一緒に頑張ろう!」

 

「そうだな」

 

 元気一杯な義経の頭を撫でながら、真面目な顔で俯く弁慶と、難しい顔で目蓋を閉じる清楚姉さんに視線を向ける。

 

 なんだ? 二人に何が起きたんだ?

 

 心配になって声を掛けようとした時、背後を誰かに叩かれた。

 

「よっ。優季!」

 

「ステイシー、そんなに勢い良く動くと脱げますよ」

 

「ステイシーさんに李さん?」

 

 聞きなれた声に振り返ると……凄かった。

 

 ステイシ-さんはアメリカの国旗柄のビキニで、大胆にも結び目が紐のビキニだった。

 うん。明るい彼女らしい水着のチョイスだ。そして健康的で色々大きい魅惑的な裸体を惜しげもなく晒すその潔さに惚れる。素晴らしい。

 

 隣りでステイシーさんを注意する李さんは、機能美に特化した競泳水着だった。こちらも李さんらしいチョイスだと思ったし、義経達同様、美しい足の曲線美に加え、色白で美しいうなじのなんと魅力的なことか!

 

 ……いかん。こんなんだから前世でオッサン認定されるのだ。

 

 女性の記憶でもそうだったが、どうも自分は基本的にエロイ。

 別にエロイ事を隠している訳ではないけど、だからと言ってオープンスケベを公言して周るのもそれはそれでイタイ奴だしなぁ。

 

「ステイシーさんと李さんは、どうして水着でここに?」

 

 自分の桃色な考えをとりあえず脇に追いやり、水着姿の二人に疑問を投げ掛ける。

 

 紋さまも居るという事で九鬼から何人か警備に当たっているのは知っていたが、彼らは水着ではなくいつものメイド服や燕服だ。

 

「おっと、今日の私達は非番だ。だから折角だし、お前の応援をと思ってな」

 

「優季には偶に食事を作って貰っていましたからね。私も同じく応援に来ました」

 

「あれ? でも関係者以外って、入っちゃ駄目なんじゃ?」

 

「九鬼関係者で水着の女性だから良しって、学長が言ってたぜ?」

 

 流石は鉄心先生。お見事な采配です。でもそっか、二人とも休日返上で自分の応援に来てくれたのか。だとしたら、嬉しいな。

 

 個人的に応援されるくらいにまで、二人と絆を育めたのがとても嬉しくて、自然と笑みが浮ぶ。

 

「ありがとうございます。とても嬉しいです」

 

「そ、そうか?」

 

「で、でしたら良かったです」

 

 

 

 

 優季は心から嬉しそうに笑って二人にお礼を述べる。その子供の様な笑顔に、普段とのギャップに驚きと同時に見惚れた二人は、頬を赤くしながら苦笑し、そして同時に同じ事を考えた。

 

 やばい。可愛い。

 

「ちょっ。これは反則だろ!」

 

「これがギャップ萌えという奴ですか。優季、恐ろしい子」

 

 二人は顔を近付けてひそひそと会話しながら先日の埋め合わせと言って今回手を回してくれた上司三人に感謝した。

 

 

 

 

 何故か急に二人してひそひそ話しを始めてしまった。みんな熱にでもやられたのか?

 

「ただいま兄貴」

 

「……おい、なんだこのカオスは?」

 

「おや、少し散歩している間に凄い事になっていますね」

 

「いや、よく分からない。というか与一は兎も角、二人とも何処に行ってたんだ?」

 

 最初は男性陣四人で浜辺に来たのだが、弁慶に無理矢理連れて来られた与一が一人で黄昏に行ってしまうと、二人も行き先を告げずに何故かに行ってしまっていた。

 

「いやちょっとな」

 

「折角のチャンスですから、二つの意味で」

 

 バツが悪そうに苦笑しながら視線を逸らす準と、いつものように笑顔で答える冬馬。ふむ、まあ二人の趣向を考えれば散策するのは分かるが、もう一つのチャンスとはどういう意味だったのだろうか?

 

「どうした、なんの騒ぎだ?」

 

「あ、梅子せんせ……」

 

 声のした方に振り返り、またしても声を失う。

 

 お、お宝発見や!

 

 梅子先生は紫のビキニだ。普段の露出が少ない分、露出の多さが際立つ。これが、ギャップの威力か!!

 

「ゆ、優季、どうだ?」

 

 そう言って梅子先生が控えめに水着を晒す。

 

「凄い似合っていますよ梅子先生」

 

「そ、そうか」

 

 なぜか安心したような表情で頷く梅子先生。まだ、自信が無いのだろうか?

 

「つうか兄貴、もしかして傷の数が増えたか?」

 

「うん。前に見たときよりも多い」

 

 普段からシャワーで見慣れている与一と、純粋に興味で尋ねた義経が傍にやって来る。

 

「ん? まぁ龍穴巡りで結構ヤバイ場面も多かったしね。銃弾飛び交う地帯とか、ジャングルとか、あと技の開発で失敗したのとか、龍穴の気脈に中てられて気力が暴走したりとか」

 

「よく生きてられたな」

 

「運が良かったのと、乙女さんが気孔医術も使えたからね。痛めつけられては回復の連続だったよフフフ」

 

 自虐に沈んだ顔で笑うと、準が『どんだけ厳しかったんだ龍穴巡り』と言って同情の視線をこちらに送って来た。

 

 そんな他愛なく会話する中、ルー先生が拡声器で生徒達にクラスに戻るように声を掛け始めた。

 

「むっ。そろそろ始まるぞ。お前達もいい加減戻ってこい!」

 

 梅子先生の鞭によって物思いに耽っていた全員が現実に戻され、慌てて自分のクラスに戻っていった。ステイシーさんと李さんは生徒の輪から離れた。

 

 さて、ようやく水上体育祭だ、頑張るぞ!

 




という訳で今回は女性陣の水着回。
本当は優季の身体の傷の話も考えたんですが、ちょっと上手く絡ませられなかった。



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【水上体育祭開催】


優季久々に暗躍!



「では水上体育祭の開始じゃ!」

 

 そんな鉄心おじさんの宣言と共に体育祭は始まった……のだが。

 

「やる気ないな……」

 

「うん……」

 

 S組のあまりのだらけっぷりに、義経と一緒にげんなりした表情でその光景を見詰める。

 英雄や不死川さんに至ってはビーチパラソルにプールなんかで見かける長い椅子まで持ち出して寛いでいる。

 

「なあ冬馬、なんでみんなこんなやる気が無いんだ?」

 

 困ったときは一番物知りの冬馬に尋ねる。

 

「水上体育祭は成績の評価に含まれないんですよ」

 

「ついでに言うと、優勝したクラスに送られる水に関係する賞品も、金で買える奴らが殆どだからなぁ」

 

 冬馬の説明を引き継いで準が肩を竦めながら教えてくれた。 

 なるほど。良くも悪くも成績第一な訳か。

 ちらりと視線だけで弁慶と与一を見ると二人もあまりやる気は無さそうだ。

 

 ……さて、どうするか。

 

 個人的にはS組みんなで協力して一番になりたい。自分が楽しみたいと言うのもあるし、折角だから義経達にも楽しんで貰いたい。

 それに清楚姉さんと項羽姉さんは三年だ。クローン組が揃って参加できる体育祭は、今年だけだ。

 

 とりあえず主要メンバーから懐柔していくか。

 

「弁慶、与一」

 

「ん?」

 

「なんだ兄貴?」

 

「できればやる気出して体育祭に参加して欲しいんだが、武士道プラン全員揃っては今年だけなんだし……」

 

「そ、そうだぞ二人とも! 折角の体育祭だ。義経と一緒に頑張ろう!」

 

「いや、私は構わないけど」

 

「周りがこれじゃあなぁ」

 

 弁慶と与一が周りの生徒に視線を送る。 

 

「葵ファミリーも難しいか?」

 

「僕は別に良いよー!」

 

「俺は若とユキがやる気なら」

 

「私はやる気のある人材が増えるなら、本気でやってもいいですよ。大和君とは一度こういう場で知略を競い合いたかったので」

 

 ふむ。葵ファミリーは問題ないな。

 

 次は英雄だな。

 

「分かった。それじゃあちょっと焚き付けに行ってくる」

 

 あずみさんにマッサージされながら寛ぐ英雄の元に向かう。

 

「英雄、ちょっといいか?」

 

「む? どうした優季、お前達も寛ぐと良い」

 

「英雄は体育祭、全力で取り組まないのか?」

 

「無論だ。本来の体育祭ならまだしも、水上体育祭は競い合いよりも、その名のとおり祭り重視の趣向だ。我が本気を出すなど、些か大人気ないというものだ」

 

「王者の余裕。流石です英雄様!」

 

 あずみさんが目をキラキラさせながら、しかし後ろ手で『さっさとここから去れ』と合図する。

 

 ぬ~正論だ……まあでも、実は英雄は問題ない。

 

「紋さまは大差で勝つと言っていましたよ『兄上に負けないように』と」

 

「……なに?」

 

 英雄が露骨に反応する。内心でガッツポーズを決める。

 

「いや、すまない。ただ紋さまは嬉そうに『兄上なら我と同じ様に大差で勝つ!』と語っていたので」

 

 因みに後半の台詞は捏造だが、前半の台詞は紋さまが朝の移動の時に言っていたので全て嘘というわけではない。

 

「何故それを早く言わぬ! あずみ、この水上体育祭なんとしても大差で勝つぞ!!」

 

「は、はい。英雄様!」

 

 燃え上がった英雄に内心で満足すると同時に、殺気を放つあずみさんに後で怒られるかな~なんて心配をしながら、次のターゲットへと向かう。

 

 というか、あの人が距離と取るなんて珍しいな。何かあったのかな?

 

 

 

 

 くっ。お嬢様達のせいで妙に意識してしまう。

 

 九鬼英雄達と会話する優季を目で追いながら、パラソルの下で座って過ごす。

 

 それにしても、随分と鍛えられた身体だ。

 改めて優季の肉体を見詰め、その引き締まった身体に感心する。

 

 それにあの全身の傷、あれだけの傷跡を残すほどの修行をしたと言うなら、あの実力も頷ける。

 普段の学生服では見られない上半身の無数の傷跡に、改めて心が躍ると同時に、純粋に美しいと思った。

 

 なぜならあの傷こそが、優季が懸命に生きた証の様に見えたから。

 

 はっ! こんな事を考えているから誤解されるのだ。

 

「……マルギッテさん」

 

「っ!?」

 

 思考を切り替えようと思った瞬間、心配そうな表情をした優季に声を掛けられた。

 

「な、なんだ優季?」

 

「何かあったんですか? 今日は何故か自分の事を遠巻きに眺めていましたけど?」

 

 き、気付いていたのか。

 

「いえ。随分としっかりした身体だと思っただけです。よく鍛錬している。これからも怠けずに鍛えると良いでしょう」

 

「あ、ありがとうございます。マルギッテさんも水着、とても似合っていて綺麗ですよ」

 

「っっ!?」

 

 た、ただ綺麗と言われて何故動揺する?!

 

「そ、それで用件はそれだけか? なら私は休息に戻らせて貰う」

 

「あっ、その事なんですが。良ければ体育祭、一緒にやる気出して頑張りませんか?」

 

「……断る。そもそも二年相手にやる気を出すほどの者達が他クラスに居ると思えない」

 

 私の言葉に優季はやっぱり、といった表情で落ち込み、そして思案するように腕を組んだ。また何か企んでいるのか?

 

「それじゃ、もし自分に協力してくれて大差でS組が優勝したら、マルギッテさんと本気で戦います」

 

 優季の提案に、その言葉に、心が高鳴った。

 

「……本気、ですか?」

 

「はい。以前は自分がルールを決めました。ですから次はマルギッテさんが決めたルールで、マルギッテさんが望む形で、全力で戦います」

 

 身体が、心が興奮で高揚する。私の中の獣が、歓喜の雄叫びを上げた気がした。

 

「では、ルールはなんでも有り。ただし他者の介入は不許可。勝敗も相手が敗北を認めるか気絶するかのみ。そして私が求めるのは『勝利と言う結果の為に全力を出す』です。私と最初に戦ったあの時の様に」

 

 私は敗北してからこれまで優季を見続けた。間違いなく、優季は武術家というよりも『戦術家』だ。だからこそ、あらゆる手段を全力で振るう彼に勝ちたい。彼を倒したい! 

 

「……わかりました。自分の全てを出します」

 

 優季の目が、私の瞳を射抜く。

 

 そうだ。私だけを見ろ!

 

 ゾクゾクと熱と共に心地良い高揚感が走る。

 

「では、交渉成立です。日取りは後で決めましょう。お互いベストな状態が望ましい」

 

 それではメインディッシュの為にも……まずは兎どもを狩るとしましょうか。

 私は立ち上がり、口の端を吊り上げながらいつもの言葉を呟いた。

 

Hasen Jagd(ハーゼン  ヤークト)(野ウサギ達め、狩ってやる)」

 

 

 

 

 ……ふっ。

 

 その場に蹲って頭を抱える。

 

 やってしまったあああ!!

 仕方ないとはいえ、とんでもない約束をしてしまった!

 しかもマルギッテさん、物凄いマジな顔で歩いて行ったぞ。け、怪我人が出なければ良いが。

 

「だ、だがこれで、マルギッテさんも引き込めた」

 

 英雄がこちらに付いた時点で冬馬もこっちに引き込めるかもしれない。

 

 一度葵ファミリーの元に戻る。

 

「冬馬、どうだ?」

 

 それだけ言うと、意味が伝わったのか、冬馬が苦笑しながら頷いた。

 

「先程英雄からも頼まれました。私も頑張るとしましょう。しかし、残りはどうしますか?」

 

「S組の女子にも冬馬のファンは居るよな? 彼女達の説得を頼む」

 

「分かりました。ですが男子の方はどうするのですか?」

 

「準! 宇佐美先生!」

 

 F組の小柄な委員長を眺めていた準と、同じくF組の梅子先生を眺めていた二人を呼ぶ。

 

「どうした? 俺は今、桃源を眺めるのに忙しいんだが」

 

「おじさんもだよ。折角小島先生が水着なんだからさぁ」

 

「男子の説得を頼む」

 

「いや、説得ってどうやってよ?」

 

「魍魎の宴……」

 

 その単語に二人の顔が強張った。

 

「お前、どこでそれを」

 

「そんな事はいい……この情報、もし流出したら、分かるよね二人とも?」

 

「おらあああ男子ども! やる気出せやあああ!!」

 

「今日のおじさんマジだぜ。やる気出さない奴、超内申に響かせるからな!」

 

 二人の男が大声を上げながら男子どもに向かっていく。

 

 ……凄い効果だな魍魎の宴。つか宇佐美先生も関係していたのかよ。準を煽るために呼んだだけだったんだが。

 

 しばらくして男性陣の一部の者達が拳を空に突き出して声を上げ始めた。

 

「おやおや、男子の方は問題無さそうですね。それでは行ってきます」

 

 冬馬が頼もしい笑顔で女子の輪に入っていく。

 

「ねえユウ兄、どうしてそんなにやる気なんだ?」

 

 弁慶が困惑したような表情で尋ねる。その問いに、笑顔で答えた。

 

「勉強や鍛錬なんて一人でもできる。でも楽しむ事は一人じゃ出来ない。だからこそ、楽しむ事に手は抜かない」

 

 それは生前叶わなかった願いの一つ。

 

『友人達と一緒に楽しく過ごす』

 

 だから楽しむ事だけは全力で楽しむ。

 

「ふふ、ユーキらしいね。子供の頃もそうだったよね~」

 

 小雪が嬉しそうに笑って抱きついてくる。子供の頃の話をしたせいか、今は懐かしさが勝ったお陰で自然と彼女の頭をなでられた。

 

「確かに。兄貴はそういうところあるよな」

 

「仕方ない。ちょっとだけ頑張ろうかな」

 

 与一と弁慶が呆れたように笑いながら、それでも先程よりもやる気の籠もった表情をしていた。

 

 少し離れた所で女子の黄色い悲鳴が上がる。多分冬馬が上手くやったのだろう。残りの生徒は周りのやる気に釣られて自分もと思うはずだ。なんせプライドが高いからな。

 

 さてそれじゃあ……勝ちに行くぜ!

 




折角なので原作ではやる気の無かったS組をやる気にさせてみた。
そしてマルさんのイベントの準備が着々と進んで行く。



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【水上体育祭 (前編)】

色々やりたいことはあったけど、フラグ回収したキャラとのイチャラブ路線にしました。
今回は小雪・弁慶、百代・項羽の話になります。



「次の競技ってなんだ?」

 

「三人四脚だそうだ」

 

 普通に二人三脚じゃないあたりが、川神学園らしい。

 

 次の競技について話し合うクラスメイトの話を聞きながら、改めて学園、いや学長の鉄心おじさんの奇抜さに苦笑する。

 

「ねえねえユーキ、僕と準と組もう!」

 

「ユウ兄、私と義経と組もう」

 

「え?」

 

 小雪と弁慶の二人から同時に誘われた。

 

「む~弁慶は運動できる二人が揃ってるじゃん!」

 

「私と義経とユウ兄のペアならより確実に一位を取れるよ」

 

 二人が火花を散らしながら自分の左右の腕を掴んで離さない。

 

「……じゃあこのまま行こう」

 

「「え?」」

 

「弁慶、自分、小雪の並びでいいだろう。義経、与一、準というのもバランス的には問題無いはずだしな。どうかな冬馬?」

 

「問題ないでしょう。行ってらっしゃい」

 

 軍師役の冬馬が頷いたので二人の手を引いてスタートラインに向かう。

 

「な、なんかユーキが積極的?」

 

「ちょ、ちょっと意外だね。どうしたのユウ兄?」

 

「ん? まぁあのままだと喧嘩になりそうだったのもあるけど、二人が折角誘ってくれたんだ。一緒に組むのは当然だろ? 」

 

 そう言って手を放して二人の妹分の頭を撫でる。

 

「……んまぁ、他の誰かと組まれるよりは」

 

「……ましか」

 

 二人は少し頬を赤くしながら頷くと、腕にしがみ付き苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

「よし、結び終えたぞ」

 

 優季が自分の両足を弁慶の右足と小雪の左足に結び付ける。

 

「えっと、僕達が左足を出した時は、ユーキだけが右足を出すんだよね?」

 

「そう。真ん中だけ逆の足を出す必要があるんだ」

 

「確かに真ん中の人が重要になってくるね」

 

「ちょっとその場で足踏みしてみるか?」

 

 他の選手も似たような事をやって感触を確認しているので、提案してみる。

 

「うん!」

 

「いいよ」

 

「それじゃあ」

 

 二人の肩に手を置き、二人はこちらの脇から背中の方に手を回して三人で密着する。

 

 うわ。ユーキの身体凄い堅い!

 

 あ~ユウ兄の体温感じてると、無性に眠くなるなぁ。

 

 小雪が興味津々に優季の身体をペタペタ触り、弁慶はより体温を感じるように密着する。

 

「ちょ、小雪くすぐったい。弁慶これから勝負なんだから寝ようとしない」

 

 二人に苦笑して注意するが二人は無視して自分の興味を優先する。

 

 そしてそんな三人のやり取りを聞いた周りの男子は全員が思った。『リア充爆破しろ』っと。

 

 しかし誰も口には出さない。優季が実力者なのは知っているし、何より優季の身体の無数の傷の迫力に圧倒されてしまっていたから。

 

「お、始まったぞ」

 

 スタートの合図と共に選手が走り出す。第一走者が全員ゴールし終わり、優季達第二走者の番が来る。

 

「それじゃ、いち、に、で行くぞ」

 

「おー!」

 

「了解」

 

 スタートの合図と共に、三人が駆け出す。決めていた掛け声と共に三人は一気に加速して行き、後続を置き去りにしてゴールする。

 

「ふう。意外に走れるもんだな」

 

「まぁ普段から稽古していれば」

 

「ある程度合わせられるよね~」

 

 武道を嗜む者同士、呼吸とタイミングさえ合えば、動きを合わせることは容易い。

 

「それじゃあ紐を外して――」

 

「え~もうちょっとくっついてようよ~」

 

 そう言って小雪が更に身体を寄せて大胆に寄り掛かる。

 

 折角ユーキが異性として意識し始めたんだから、大胆に行くよ!

 

 元々ユーキ以外の男の視線に興味の無い小雪は、ここぞとばかりにアタックを掛ける。

 

 くっ。与一を連れてきたのは間違いだった。アイツの前ではあまりだらしない姿は見せたくないんだよなぁ。

 

 与一の前であまりだらしなくすると、与一がそれを理由に言い訳して逃げるので、弁慶はある程度周りに視線があるときは、義経へのからかいや優季への甘え、そして自身のだらしなさをセーブしていた。その分だらけ部や九鬼ビルで義経や優季と二人きりの時はセーブしない。

 

 弁慶は小雪を羨ましそうに見詰めながら、せめてもの抵抗と、優季の腕を抱き寄せて自分の身体に密着させて引っ張る。

 

「ほら行くよユウ兄!」

 

「ちょっ待って! 歩調を合わせて! 裂ける! 裂けるって!!」

 

 紐に結ばれたまま自由に動き出した二人に、優季は涙ながらに訴えるのだった。

 

 

 

 

 嬉しい思いと同時に酷い目に遭った。

 

 変な風に動かしたせいか、突っ張ったような感じのする股に一度視線を向けた後、次の競技を見守る。

 

 次は三年の競技だっけ。

 

 砂浜に座って競技を眺める。三年生達が用意された机の上から封筒を取って中身を確認している。

 

 借り物競争かなんかかな?

 

 なんて感じで見守っていると、紙を見た数名の三年生が数人こちらにやって来て、冬馬に詰め寄った。

 

「「葵君一緒に来て!!」」

 

「おやおや、私は一人しかいないのですが……」

 

「私が先に来たのよ!」

 

「私の方が先に声を掛けたわ!」

 

 なんか凄いことになってる。

 

「な、なあ準。三年生はなんの競技をしているんだ?」

 

 近くにいた準に声を掛ける。

 

「えっと、確か『探し人競争』だったと思うぞ」

 

「あ~もしかして物じゃなくて人の特徴が書いてあって、その人物を連れて来るって奴か?」

 

「まぁ様子を見る限りそうだろうな」

 

 冬馬の状況を見ながら、大変だなぁ。と同情しながら邪魔にならないように少し距離を取る。

 結局その場でジャンケンが行われ、勝った人が冬馬を連れて行った。

 

 それにしても特徴が書いてあるならそんなに被らないと思うんだけどなぁ。

 

「まあ関係ないかな」

 

 自分が誘われることなんて無いだろうと思って次の競技に向けて休息していると、物凄い地響きが響いた。

 

 ……嫌な予感がする。

 

 立ち上がって音のする方へと振り返る……武神と覇王が物凄い勢いでこちらに駆けていた。

 

 あ、死んだ。

 

「みんな逃げろおおぉぉおお!!」

 

 そんな誰かの叫びが聞こえた気がした。

 

 

◆ 

 

 

 悟ったような目の優季の右手を百代が、左手を項羽が同時に掴んで、そのままの勢いでゴールに向かう。

 

「おい放せ項羽」

 

「お前こそ放せ百代! 俺の探し人は優季だ」

 

「私だってそうだ。優季以外ありえない。だから譲れ。ピーチジュース奢ってやるから」

 

「ふん。どうせ年下とかだろう? お前にはお前の弟がいるではないか。そっちに行け、というか貴様、その金は昨日優季に借りた金だろ!」

 

「いや~私に気軽に金貸してくれるのなんてもう優季くらいしかいなくてさ~。まあそれは置いといて、そっちこそ身内とかじゃないのか?」

 

 二人は優季を連れたまま火花を散らしつつ、会話を繰り広げる。

 因みに優季は引っ張られるままタオルの様に宙に舞っている為、それどころではなかった。

 

「なら同時に確認するか?」

 

「いいとも!」

 

 二人は立ち止まると、優季を空高く放り投げた。

 

「イエエエェェェェァアアアア!?」

 

 悲鳴を上げながら空高く放り投げられた優季を一度確認した後、二人は手に持った紙をお互いに見せ合った。

 

『大切な人。身内・友人・恋人いずれも可』

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人が同じ内容に固まる。そして同時に叫ぶ。

 

「義経達でも連れて行けばいいだろ!」

 

「川神一子を連れて行けばいいだろ!」

 

 紙を突きつけた状態でにらみ合う。

 

「こうなったら」

 

「勝負しかあるまい」

 

 二人が睨み合う中、優季が落ちて来たので二人でキャッチする。

 

「さ、流石に死ぬかとおも――」

 

「悪い優季」

 

「もう一回飛んでくれ」

 

「だと思ったよちくしょおおおぉぉぉ……」

 

 二人は優季を空に放り投げると同時に構える。

 

「ジャン!」

 

「ケン!」

 

「「ポン!!」」

 

 同時にグーを相手に向かって放ち合い、その拳を二人共首を横に反らして紙一重で回避する。

 

「あい!」

 

「こで!」

 

「「しょっ!!」」

 

 お互いに手の平を合わせて力比べに移行する。

 

「ぬぬ」

 

「くぬぬ」

 

 二人を中心に闘気が渦巻く。

 

「やめんか!!」

 

「ぐは!」

 

「ぐわ!」

 

「ごふ!」

 

 鉄心が気で武神を顕現して、二人を海に向かって吹き飛ばす。ついでにタイミング悪く落下してきた優季も、とばっちりで吹き飛ばされ、三人揃って海に落ちていった。

 

 

 

 

 水面に顔を出す。

 

「ぷはぁ。死ぬかと思った」

 

「くそ。じじいの奴、手加減しろって」

 

「ぬう川神鉄心、いずれこの借りは返す」

 

 二人は遠くの鉄心先生を睨む。

 流石に今回はやり過ぎなので、二人に一言物申そうと傍に寄ろうとしたその時、目の前に二枚の紙が流れてきた。

 

『大切な人』

 

 ……むぅ。こんなの見たら怒れないじゃないか。

 

 溜息を吐いて二人の肩を叩く。すると二人共肩をビクつかせて物凄い気まずそうな顔をした。

 

「あ、いやな優季、これはな」

 

「そ、そのだな、なんというか」

 

「はいはい怒ってないから早く戻ろう……できれば今度はゆっくり引いてくれると嬉しいな」

 

 そう言って二人の手を取る。

 

「あ、ああそうだな。もう勝負じゃないしな」

 

「そ、そうだな。清楚もゆっくり戻ろうと言っている」

 

 二人も今度は掴んだ手をゆっくりと引っ張り、三人で泳いで砂浜に戻る。

 それにしても手を繋いで泳ぐなんて子供の頃以来か。

 正面の二人を見詰める。二人は何やら顔を赤くしながら何かを小声で言い合っている。 

 

『大切な人』

 

 二人にそう思われているのが嬉しくてつい顔が綻んでしまう。

 

「どうした優季?」

 

「ああ、急に笑ったりして?」

 

「いや。自分も……二人の事が大好きだよ」

 

 言ってちょっと恥かしかったので照れた笑顔を浮かべると、二人は暫く真顔で固まると、一気に顔を赤くしてそして、

 

「「は、恥かしいこと言うな!!」」

 

 自分を放り投げた。

 

 照れ隠しにしてはひどくないかなぁ。

 

 眼前に迫る砂浜を見詰めながら、勢いにまかせて思った事を口に出してしまった事を後悔した。

 




次回も今回と似たような路線になると思います。
本当はちゃんと一人一人やりたかったけど、流石に競技を考えるのが大変だったのでボツりました。



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【水上体育祭 (中篇)】

水上体育祭大人編。とは言ってもステイシーと李のみです。
本当は梅子先生も絡ませたかったけど、ちょっと前回二人が可哀想だったので今回は二人をメインにしました。



「次の競技は浜辺のマドンナを射止めよじゃ」

 

 どんな競技だよ。

 

 競技の名前に心の中でツッコミを入れつつ鉄心おじさんの競技の説明を聞く。

 

「この封筒の中の紙に連れてくる女性の数と条件が書かれておる。いち早く全員を連れてきた者の勝ちじゃ。しかし相手を連れてくるには連れてくる時に誘い文句を言って、相手がOKした場合に限る。参加資格は各クラスから二人。封筒は早いもん勝ちじゃ。では、開始!」

 

 そう言って鉄心先生は適当に封筒十数枚を放り投げた。

 

 マジかあの人?!

 

 全員まだ思考がついて行けずにその場で落ちる封筒を見詰める。

 そんな中、S組でいち早く動いたのは冬馬だった。

 

「優季君、私を運んで貰えますか」

 

「お、おう!」

 

 冬馬を抱き抱えてダッシュする。

 その瞬間、背後から物凄い黄色い悲鳴が上がり、ビックリして視線だけ後ろに向ける。

 

「……まさかお姫様抱っことは意外です」

 

 腕の中の冬馬の声に視線を戻す。

 

「この方が運びやすいんだが?」

 

 身長があると、この運び方が一番安定するし楽なのだ。

 背負うと何かの拍子に倒しそうだし、肩に担ぐのは気が引ける。

 それにこの体勢なら、何かあった時に自分の身を盾に出来るしね。

 

「なるほど。流石は天然誑しスキルですっと、流石に早いですね」

 

 封筒の場所に辿り着いたので冬馬降ろすと、冬馬が二枚の封筒を取って一枚をこちらに向ける。

 

「え?」

 

「もう一人の代表は優季君にお願いします」

 

「自分よりもてる奴がいると思うが。それにナンパなんてしたこと無いから誘い文句なんて思い浮かばないぞ?」

 

 そう。この競技の内容はぶっちゃけナンパである。

 ナンパなんて経験が無いのでそう答えると、冬馬に何を言ってるんだこの人みたいな顔をされた。どういうこと?

 

「私と優季君以上に適任者はいませんよ」

 

「そ、そうか」

 

 まあ軍師の冬馬が言うのだから従うけど。

 納得行かないまま渡された封筒を受け取り中を確認する。

 

『年上の女性2人。ただし同じクラスの生徒、教師は不可』

 

 ……三年には行きたくないぁ。

 

 先程の二人に吹き飛ばされた記憶が蘇って砂浜に打ち付けた部分がまた痛みをぶり返した様な気がした。

 

 いや待てよ。年上なら誰でもいいのか?

 

「鉄心先生。ちょっと!」

 

「なんじゃ?」

 

 鉄心先生の元まで向かって紙の内容と考えている事を伝える。

 

「これ学生じゃなくてもいいんですか?」

 

「良いよ」

 

 了承されたので二人の元に向かう。

 折角来てくれたんだから、一緒に競技に参加して貰おう。

 

 しかしどうするか。そもそもナンパってどう声を掛ければいいのか……くそぉアーチャーみたいな歯の浮くような誑しスキルがあれば!

 

 頭なの中で誘い文句を考えながら、それでも時間が惜しいので目的の場所へと向かう。

 

 

 

 

「おお、なんか男子が殺気立って駆け出したな」

 

「果たしてあの中の何人が実際にもてる相手なのでしょうね」

 

 砂浜にパラソルを差し、座ってカキ氷を食べながら優雅に観戦するステイシーと李は、思春期の男子達の行動を笑いながら眺めていた。

 

「あっ。優季が葵冬馬をお姫様抱っこして運んでる」

 

「なんというか、優季らしいですね」

 

 異性ならもう少し反応もあったが、同性という事で気にせずにその光景を眺めている二人は、次の瞬間目を見張る。

 

「お、おい。優季が封筒を受け取ったぞ」

 

「むう。ということはまた優季が誰かとイチャつくのを見ることになるのですか」

 

 小雪と弁慶のやり取り、そして項羽と百代のやり取りをただ見ているしかなかった二人にすれば面白くない事この上なかった。

 

「あ~あ。優季の裸を見れたのは確かに良かったけど、こりゃ軽く拷問だな」

 

「まあ私達は一般観戦ですから、手を出すわけにも行きません」

 

 二人で溜息を吐いていると、李が最初にある事に気付いた。

 

「なんか優季がこちらに向かっていませんか?」

 

「ん? ああ本当だな。どうしたんだ?」

 

 二人が怪訝な表情で話していると、顔を少し赤くした優季が、二人の前で立ち止まる。

 

「ステイシーさん、李さん」

 

「お、おう?」

 

「ど、どうしました?」

 

 優季が意を決したような表情で顔を引き締め、その場に片膝を着いて手を二人に向けた。

 

「じ、自分と一緒に遊びませんか?」

 

「「……」」

 

 顔を真っ赤にしてそう言って恥かしそうに笑う優季を見て……二人は同時に顔を赤くした。

 

 あ~来て良かった。なんつーか年相応の優季が見れたし、照れてる顔を何度も見れたし。

 

 なんというか、普段から大胆な行動を取っているので勘違いしていましたが、優季は意外に純情なのかもしれませんね。

 

 優季の新たな一面を色々と見れた事が嬉しくて、二人は小さく微笑み、優季の手を取ろうとした。

 

 その瞬間、ステイシーに電流が走った。

 

「待て李!」

 

「え?」

 

 手を取ろうとした李を止めてステイシーが頬を赤らめながら意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「優季、勿論エスコートの要望は受け付けてくれるよな?」

 

「もちろん。ナンパは良く分からないけど、折角来てくれた二人に楽しんでもらいたいから、一緒に来てくれるなら二人の要望は可能な限り叶えますよ?」

 

「ロック! それじゃあ……」

 

 ステイシーは優季に耳打ちして要望を伝えると、優季は少し躊躇するも、頷いてその要望を飲んだ。

 

 

 

 

「どういうことだよチクショー!」

 

 岳人は紙を握り締めたまま、同じ選手の大和の首を絞めた。

 

「ちょっ。俺に当たるなガクト!」

 

「当たりたくもなるわ! 見ろ!」

 

 そう言って岳人が指差した先にはステイシーをお姫様抱っこで運ぶ優季の姿があった。しかもステイシーは大胆にも優季の首に腕を回して密着していた。

 

「なんでユウばかり!」

 

「つーかお前は早く後輩をナンパしに行け!」

 

「年下口説いてどーすんだよ! 俺様は年上好きなの!」

 

 岳人の紙には年下を二人と書いてあった。年上好きの岳人としては致命的だった。

 

「そういう大和こそ、早く相手を連れて来いよ!」

 

「今根回し中だよ」

 

 大和は同年代の女子三人なため、声を掛けるだけでOKして貰える様に相手に根回ししていた。

 

 それにしても、ユウも怖い者知らずだな。まぁ十中八九、葵冬馬が参加させたんだろうけど。

 

 大和自身、自分のクラスに優季がいたら間違いなく選手にしていたので、友人としては気の毒に思うが、冬馬の策を否定はしなかった。

 

 キャップはナンパって理解した瞬間に興味無くしちゃったし。(げん)さんは話しかけるなオーラ出しちゃうしなぁ。

 

 エレガンテ・クワットロの異名を持つ川神学園の美形四天王の内、二人も同じクラスにいるというのに、その二人がこういう事に興味を抱かないという不幸に、大和は溜息を吐いた。

 

「ああーー!!」

 

「はいはい。今度はなんだよ」

 

 岳人の叫びに視線を上げると、優季が李をお姫様抱っこで。

 

「……俺様、ユウに弟子入りしようかな」

 

「いや、なんでだよ」

 

「身長は大柄で、タロットカードの結果も聞いた話じゃ俺様と同じ『力』なんだろ? つまりだ。あとはユウが身に付けている技能や話術を、俺様が身に付ければ、俺様も一級フラグ建築士にジョブチェンジできるって訳だ」

 

「ガクト……」

 

 大和は自信満々に話す岳人の肩を叩き、寂しそうに笑って首を振った。

 

「お前、あれだけ女の子に積極的に迫られて、下心ゼロで笑えるか」

 

 その一言に岳人が崩れ落ちた。

 

 俺も京のアタックに耐えてるから耐性高いけど、ユウは女性の色仕掛けへの耐性能力が異常に高すぎるだろ。

 

 大和は彼に好意を寄せる女性に少しだけ同情した。

 

 

 

 優季が李を運ぶのを見て、百代と清楚が納得行かない顔をする。

 

「何故こっちに来ない」

 

「そうだよね。あの二人を連れて行ったって事は、年上だよね」

 

「いや、なんでって」

 

「さっきの二人の所業を思い出すで候」

 

 燕と弓子のツッコミに、二人はその場で蹲った。

 

「しまった……」

 

「項羽の馬鹿……」

 

 三年の二人が項垂れている頃、二年S組でも騒ぎが起きていた。

 

「うわ~ん準放してよ~!」

 

「放したらその棘棘しい貝殻投げるからダメです。つーかどっから拾ってきた」

 

「くそう。なんで私の必殺技は心のダメージを攻撃力に変えられないんだ!」

 

「もし姉御がその技習得したら俺は引き篭もる」

 

「与一、震えながら遠い目する前に弁慶を抑えるのを手伝ってくれ」

 

 小雪と弁慶の暴走を、保護者の二人が懸命に押さえ込んでいた。

 

 その甲斐あってか、冬馬と優季が1位と2位で競技を制した。

 そして優季はS組に戻った途端、小雪と弁慶に正座させられ、二人に次の競技まで膝枕で団扇を扇ぐ刑を言い渡された。

 

 ステイシーと李はパラソルの下に戻ると、競技が始まった時とは打って変わって幸せそうな笑顔で、優季と小雪達のやり取りを微笑みを浮かべて見守った。

 




優季が性への色香の耐性が高い理由。
Fate/EXTRAシリーズをやってないと詳細は分からないと思うので、まぁ半分ネタという事で。

1:前世で半裸の敵(女性)に追いかけられる(しかも二人)
2:ノーパンでアリーナを散策させられた(男女両方共記憶あり)
3:サーヴァントの服装(主に水着)や行動が過激(実はCCCでは露出に関してはキャス狐が一番まともという事実)
4:ラスボスの最低最悪の宝具(卑猥な意味で)を真正面から直視(多分ドン引きするよね。あれ)

前世でこれだけの事に遭遇すれば、そりゃ耐性も高くなるというものです。


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【水上体育祭 (後編)】

色々再プレイして、ちょっとイベントで使えそうなアイテムがあったので、このような形で締めました。



「水上体育祭の最後はいつも遠泳と決まっておったが、今回は特別に全校参加型の特別カリキュラム、その名も怪物退治で締めようと思う」

 

 鉄心おじさんが水上体育祭終了を継げた後に、全校生徒の前でそんな事を宣言する。

 

「怪物の着ぐるみが今から一匹出現する。その怪物の頭についとる川神水晶を採取した者が、このカリキュラムの優勝じゃ。優勝者には名誉と、マリンスポーツグッズを大量にプレゼントしちゃうぞい」

 

 優勝者への褒美に全員の目の色が変わる。なんせ今回優勝したクラスは三学年全てS組であり、優勝商品を殆ど持っていかれてしまっていたからだ。

 

 逆にSクラスはもう優勝は決まったので先程までのやる気は無い。確かに他クラスからしたらチャンスだろうと思う。

 

「その怪物とは、あれじゃあ!」

 

 鉄心おじさんの宣言と共に、巨大な影が海から現れ、海面を弧を描くように跳ねた。

 

「……はあああ?!」

 

 そこには怪獣と言ってもいい巨大なクジラのような怪物がいた。

 

「うわでか~い」

 

「あれはどういう構造で動いているのでしょうね」

 

「俺、あんな感じのヤツをゲームで見たことある」

 

 小雪は怪物を純粋に面白そうに眺め、冬馬は中身に興味があるのか、観察するような目をして見詰め、準は呆れたような顔で呟いた。

 

「あの沖で悠々と泳いでいる怪物が標的じゃ。額についている川神水晶をゲットした者が勝者じゃ!」

 

 水晶って、あのソフトボールより少し大きめの綺麗なヤツか?

 確かに怪物の額には綺麗な未加工の水晶がついていた。

 

「因みにあの怪物の中身は川神院の修行僧じゃよ。天神館の天神合体を見て血が騒いでのう。川神院の皆で会得したんじゃ、フォフォフォ!」

 

「つまり組体操で泳いでるってこと?」

 

「凄い出来栄えだ!」

 

「つうか何やってんだよ武の総本山」

 

 弁慶があっけに取られたように呟き、義経は動きの出来栄えに感心し、与一が残念な人を見るような顔で怪物を見詰める。

 

 一体川神院の皆さんはどんな思いであの布をチクチク縫っていたんだろうか。あ、ちょっと涙が。

 

「では始めい!」

 

 鉄心おじさんの開始の合図と共に、生徒達が大量に用意されたゴムボートに殺到し、怪物に向けて漕ぎ出す。

 

「ま、我らは優雅に観戦するとしよう」

 

「はい英雄様!」

 

「目的は達した。私も休ませて貰う」

 

「にょほほ。S組優勝で此方達の優秀さは十分に知らしめられたからのう」

 

 興味無い組が砂浜で優雅に休憩する。

 義経は興味があったのか弁慶と小雪を連れて行ってしまた。

 与一や準達は不参加なようで座って観戦している。

 

「鉄心先生、あの額の水晶も貰えるんですか?」

 

 川神水晶という物に興味があったので、浜辺で笑っている鉄心先生に尋ねる。

 

「勿論じゃよ。中々純度の良い水晶じゃから、色々役に立つし売れば結構な値になるぞい」

 

 ふむ。ならちょっと本気で狙うか。

 

 周りを見回すと興味無い組の他に様子見の人が数名、大和なんかは間違いなく後者だろう。

 百代と項羽姉さんが行かないのは、多分空気を読んだのだろう。松永先輩が動かない理由は分からないが。

 

「うわああああああ!!」

 

 辺りを伺っていると、背後から悲鳴が上がり慌てて振り返る。

 振り返った先には赤く発光した怪物と、その周囲に渦巻く大きな渦潮、そしてそれに巻き込まれる多くの生徒という、下手したら地獄絵図な光景が目に飛び込んできた。

 

「川神流、渦潮乱舞じゃ!」

 

「いや、自分の学校の生徒を渦潮に落すって!?」

 

「心配いらん。海に落ちた生徒はすぐに川神院の修行僧が助けておる」

 

 こちらのツッコミに優雅に笑いながら答える鉄心おじさん。相変わらずやる事がえげつない。

 

 それでも渦潮を越える兵も数名いた。義経達や一子達だ。

 

「おお背中に飛び乗った!」

 

「甘い! 川神流、濁流槍じゃ!」

 

 怪物の背中の穴から勢い良く水が噴射され、ガードの体勢を取ってしまった背中の者達が、濁流の勢いに巻き込まれて海に落とされてしまう。

 

 相手を吹き飛ばす勢い重視の技って感じだからダメージは少ないだろうが、あれは厄介だ。

 

 あの広範囲の潮と渦を一人では対処不可能だな。よし、メンバーを集めるか。

 

 S組はやる気が無いので、やる気があり、かつ実力のある人はいないかと辺りを見回すと、一年生の方でオロオロしている生徒を見つける。

 

 あの子、よく大和達と一緒にいる子だよな。

 

 黒い髪を背中で一つに結い纏めている子で、手には馬のストラップを持っている。確かまゆっちと呼ばれている後輩の子だったはずだ。

 

 隠しているみたいだけど、絶対強いよね、あの子。

 

 身体から放たれる気配は微弱だが、自分の直感が彼女は強いと言っている。

 それに東西交流戦で見た動きも、大分余力を残していた感じだし、彼女を誘ってみるか。

 そうと決まればと、彼女の元に向かう。

 

「すまない君! あの怪物から水晶を奪うのに協力して貰えないか?」

 

「は、はい?!」

 

「向こうからのお誘いキタコレー!」

 

 女の子は挙動不審な態度を取りつつも、こちらにストラップの馬を向けて器用に腹話術を行う。随分と個性的な子のようだ。改めて自己紹介してから誘った方がいいかな?

 

「えっと、大和達とよく一緒にいる子だよね。もしかしたら知っているかもしれないけど、二年S組の鉄優季だ。良かったら協力して欲しいんだけど?」

 

「あ、はい。一年D組の黛由紀江と申します。今年の四月に風間ファミリーの仲間入りをさせて頂きました」

 

「オイラは松風。こう見えて九十九神の一柱だから、敬っていいぜぇユウ先輩」

 

 凄いナチュラルにあだ名呼びされた訳だが……まあいいか。

 それにしても、本当に生きているみたいに腹話術するな……ちょっと、ありす達を思い出すな。

 

 前世で出会った小さな少女ありすと、そのサーヴァントにして、ありすとまったく同じ姿のキャスターのサーヴァント、アリス。

 

 アリスの正体は子供達の夢が集まった形を持たぬ概念英雄の一人。『永遠の誰かの為の物語(ナーサリー・ライム)』。

 

 ありすは孤独を嫌い、ナーサリー・ライムに同じ姿のもう一人の自分を望んだ。

 ナーサリー・ライムに根底の人格はあれど、姿や表層の性格は無い。マスターとなった子供の願いを、望みを、夢を汲み取り最適な姿と性格を成す。

 

 同じようで違う。違うようで同じ。そんな不思議な二人の少女の姿が、目の前の少女と馬の人形に重なる。

 

 こっちは大分極端だけどね。

 方や恥かしがり屋で小心。方や遠慮無しで大胆。

 だが多分、どちらもが彼女なのだろう。

 

「よろしく黛さん。松風はオス?」

 

「おう。バリバリの現役だぜ」

 

 そうか現役か……意味分かって使っているなら、見た目よりも意外に耳年増な子らしい。

 

「じゃあ松風は松風で。それでどうかな、協力してくれるか?」

 

「は、はい、私で良ければ。それと私は後輩ですから呼び捨てで構いませんよ」

 

 嬉しそうに微笑む黛、というかそんなに喜ばれるような事をしたかな?

 

「よし。それじゃあ作戦を立てよう。優勝商品に関しては後でいいかな?」

 

「はい。捕らぬ狸の皮算用とも言いますから」

 

「でも~とりあえず立場としてはフィフティ・フィフティだよねー」

 

「別にいいよ。自分が欲しいのは川神水晶だしね」

 

 抜け目無い松風の要求に答えつつ作戦を立てる。

 

「とりあえずボートで怪物の正面まで可能な限り近付いて、黛がジャンプして取り付くって言うのはどうだろうか?」

 

「何その人間蜘蛛的な発想?!」

 

 作戦を伝えると驚愕の表情を浮かべた黛さんに代わって、松風が叫ぶ。

 

「ダメか? 一番成功率が高いと思ったんだが?」

 

「えっと、できればなぜそう思ったのかを教えていただけると」

 

「背中に乗るとあの水柱でやられるからね。見たところ正面には攻撃用の穴は無いし、口にさえ気を付ければいい。渦潮手前でゴムボートからまず自分がジャンプ、その後黛が自分の身体を足場にジャンプして水晶をキャッチ。という流れで行こうかと」

 

「た、確かにそれなら届きそうですけど」

 

「でも一発勝負だよね」

 

「ま、物事なんてそんなもんだよ。気楽に楽しみならが行こう!」

 

「ユウ先輩すげーポジティブ。そのポジティブ成分をまゆっちにも別けてあげて欲しいぜ」

 

 不安げな黛が松風を荷物に仕舞うのを見届けた後、ゴムボードで海原に漕ぎ出す。

 まずは怪物の正面に向かう。正直生前にも似たような敵と戦った事があるから恐怖心は殆ど無い。

 

「そう言えば鉄先輩は気で武器を出せるんじゃ?」

 

「流石にそれは卑怯だろ。身体強化は使うけど」

 

 流石に普段の運動能力では人一人抱えて飛べないので強化する。

 ゆっくり舵取りしながら進むと、タイミング良く正面を向いたので一気に漕ぐ。

 こちらを向いたまま怪物の体が赤く光、渦潮が発生する。

 

「よし。肩車だ、黛!」

 

「はい! ……はい?」

 

 黛が声に反応して肩車した瞬間に彼女の太股を抱えてゴムボートから跳び上がる。

 

「ちょっ鉄先輩これは?!」

 

 恥かしそうに喚く黛に叫ぶ。

 

「目的の為なら恥すら捨てる! 自分は目的の為に仲間にパンツを脱がされた事もある!」

 

「ええ~!?」

 

「ヤベー。ユウ先輩、マジ苦労性」

 

 黛が顔を赤くしながら松風がいないのに松風口調で同情めいた声色で呟く。

 

 チラリと怪物を見ると口が開くのが見えた。

 嫌な予感がするが、まだだ。口が完全に開ききるのを待つ。

 口が完全に開き、空気が吸い込まれる感じがした瞬間に叫んだ。 

 

「黛跳べ! 遠慮は捨てろ。まかせたぞ!!」

 

「っはい! 失礼します!!」

 

 信頼を込めて叫ぶと、黛は今迄で一番力強くしっかりした声を上げ、軽やかに肩に足をかけたて、思いっきり踏み込んで水晶目掛けて跳び上がる。

 

 逆に踏み台にされた自分は一気に海面に落下して行くが、それは彼女が思いっきり踏み込んだ証しでもあるので問題ない。

 

 問題は、来た!

 

 落下中に突然横合いからの強い突風が吹き、身体大きく飛ばされる。

 

 嫌な予感はこれか。まぁ予想はしてたけどさ。

 

 どうやら口から空気砲を放ったらしい。

 鉄心おじさんの性格から口にも何かしら細工されていると用心しておいて良かった。

 

 黛が射程から外れているのは見えたから後は運任せだ。

 

 それにしても……今日は楽しかった。

 

 海に盛大に叩きつけられるが、その痛みよりも充実感の方が勝って自然と笑みが浮んだ。

 

「それまで! 黛、鉄両名が優勝じゃ!」

 

 暫くその充実感に浸って海面を漂っていると、鉄心おじさんの声が聞こえた。

 

「鉄先輩、やりました!」

 

 黛が手に水晶を持ってこちらにやってくる。

 

「ああ。頑張ったな黛、ありがとうな」

 

 彼女から川神水晶を受け取る。うん、透明で綺麗だな。さて、何に使おうかなぁ。

 

「それじゃあ戻るか」

 

 とりあえず水晶の使い道は後にして砂浜に戻るために泳ぐ。

 

「はい。あ、あの鉄先輩……えっと」

 

 隣を並走して泳ぎ始めた黛が、急に言いよどむと百面相を始める。

 

「ぷ。あはは」

 

 その様子がなんとも子供ぽっくてつい笑ってしまった。

 

「きゅ、急に笑われましたよ松風ってああ松風がいない!!」

 

 盛大に焦り始めた黛が、松風に助けを求めようとしたが手元にいないことに気付いて更に焦り始める。

 

 なんというか、思ったよりも子供っぽい子だったんだな。

 

「はいはい落ち着いて。とりあえず口に出してみなさい」

 

「は、はい。その、よ、良ければ長いお付き合いを前提に友達になって貰えませんか?!」

 

 うん。やっぱり松風と同じ人物だ。何気にずうずうしい発言が挟み込まれている。というか重いだろそんな友達になってください発言。

 

 ただ勇気を出して口にしたということだけは、彼女の切羽詰った表情ですぐに理解できた。

 

「いいよ。出来るだけ長い付き合いになれるようにお互いに努力していこう。と言うわけで、まずは名前で呼び合う?」

 

「い、いきなり名前呼び!?」

 

「ハードルアゲアゲやな!」

 

 だから松風はいないんだけど。

 

「いや、普通に由紀江ちゃん、優季さんとか優季先輩って意味だったんだが」

 

「あっ。そ、そうですよね」

 

 ようやく現実に戻って来た由紀江ちゃんが顔を真っ赤にして恥かしそうに顔を半分海に沈める。

 

 やれやれ、面白い子と友達になったな。

 

 新しい出会いにこれからまた色々巻き込まれるのかなぁと思いながら、由紀江ちゃんと同じくらい個性的な友人達の元へと向かうのだった。

 




まゆっちと友人になりましたが、フラグはまだ建っていません。(土台が出来た感じ)
もしかしたら次回はこの回から翌日辺りのまゆっち視点をいれるかもです(あくまで予定で)



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【まゆっちの水上体育祭】


前回のまゆっち視点プラスまゆっちのその後の話しです。



「ここで活躍すればきっとクラスの人が話しかけてくれるはず……ですが……」

 

「一緒のボートに乗せてって言うのレベル高けぇ」

 

 目の前でクラスメイト達がゴムボートに向かう中で、私は観戦するでもなく、かといって一人でボートで怪物に向かうこともせずに、オロオロと辺りを行ったり来たりしていました。

 

「すまない君! あの怪物から水晶を奪うのに協力して貰えないか?」

 

 すると背後から急に誰かに声を掛けられ、チャンスとばかりに振り返りました。声を掛けてくれたのはお友達なりたい候補の内の一人、鉄先輩でした。

 

「えっと、大和達とよく一緒にいる子だよね。もしかしたら知っているかもしれないけど、二年S組の鉄優季だ。良かったら協力して欲しいんだけど?」

 

「あ、はい。一年D組の黛由紀江と申します。今年の四月に風間ファミリーの仲間入りをさせて頂きました」

 

「オイラは松風。こう見えて九十九神の一柱だから、敬っていいぜぇユウ先輩」

 

 いつものように松風も一緒に紹介します。すると鉄先輩は一度驚いたような顔をした後、まるで懐かしい知人にでも会ったかのような優しい表情を浮かべて会話を続けました。

 

「よろしく黛さん。松風はオス?」

 

「おう。バリバリの現役だぜ」

 

「じゃあ松風は松風で。それでどうかな、協力してくれるか?」

 

「は、はい、私で良ければ。それと私は後輩ですから呼び捨てで構いませんよ」

 

 まるで本当に松風がそこにいるように会話してくれた事が嬉しくて、私は喜んでその申し出を受けました。そしてボートに乗るまでの間の会話は本当に楽しかった。

 私とは違う前進思考のポジティブさが羨ましくもあり、頼もしいと思いました。

 

 松風を荷物に仕舞って海原に出ると、運良く怪物が正面を向いてくれた為、作戦を開始すると言って鉄先輩がボートを漕ぐ速度を上げました。そして怪物の体が赤く光、渦潮が発生した瞬間に鉄先輩が叫びました。

 

「よし。肩車だ、黛!」

 

「はい! ……はい?」

 

 声に反応してつい従って肩車してしまってから、内容の違和感に気づいた時には、鉄先輩に足を抱えられて空に飛び上がっていました。

 

「ちょっ鉄先輩これは?!」

 

 あまりの恥かしさに慌てて鉄先輩に声を掛けましたが、鉄先輩は私の意図を汲んだのか、線を怪物に移したまま答えました。

 

「目的の為なら恥すら捨てる! 自分は目的の為に仲間にパンツを脱がされた事もある!」

 

「ええ~!?」

 

「ヤベー。ユウ先輩、マジ苦労性」

 

 しかしその答えは作戦変更ではなく続行の意思表明でした。しかも同時に発せられた驚愕の内容に、鉄先輩に僅かに同情してしまいました。一体九鬼財閥でどんな訓練をさせられたのか、いつか聞いてみたいと思います。

 

 私がそんな事を考えていると、怪物の口が開くのが見え、同時に怪物から殺気に近い気配を感じました。

 

「黛跳べ! 遠慮は捨てろ。まかせたぞ!!」

 

 私が危険だと感じたのと同じタイミングで、下の鉄先輩が叫びました。視線を下に移すと、鉄先輩がこちらを真剣な眼差しで見上げていました。その真剣な視線が『信じている』そう言っているように感じました。

 

「っはい! 失礼します!!」

 

 だから私は本当に遠慮を捨てて全力で鉄先輩を踏み台にして水晶目掛けて跳びました。直後、自分の下を強烈な風の波が通り過ぎて行くのを感じましたが、私は振り返らずに水晶に手を伸ばします。

 

 今、私がすべきなのは先輩の心配じゃなくて、託された信頼に答えること!

 

 額の水晶に手が届いた瞬間、それを掴んで思いっきり怪物の頭を蹴り飛ばして剥ぎ取ります。

 

 やった! 取りましたよ鉄先輩!

 

 目的を達成できた喜びを噛み締めながら私は海面に落下しました。少しだけ痛かったですが充実感が身体と心を満たしているので気になりませんでした。

 

 海面に上がり鉄先輩を探すと、先輩も同じ様な満足そうな顔で浮いていました。多分学長の宣言が聞こえたのでしょう。

 

「鉄先輩、やりました!」

 

 私が手に水晶を持って向かうと、鉄先輩は最初に私や松風に向けたような優しい表情でお礼を言って水晶を受け取りました。

 

「それじゃあ戻るか」

 

 鉄先輩のその言葉が、私を興奮から醒ましました。

 このまま砂浜に戻ればまた『知人』に戻ってしまう。そう思った私は慌てて鉄先輩の横に並び声を掛けましたが、興奮が醒めたせいか、いつもの調子に戻ってしまい、思った事を上手く言葉にできないでいると、急に鉄先輩が笑い出しました。

 

「ぷっ。あはは」

 

「きゅ、急に笑われましたよ松風ってああ松風がいない!!」

 

 焦りから松風に援護を頼もうとしましたが、松風が居ない事に気付いて更に慌てると、鉄先輩は幼い子供にするような優しい目と声で私を落ち着かせ、続きを促してくれました。

 そのことに少しだけ情けなくも思いましたが、せっかく鉄先輩が間を作ってくれたので、その間に気持ちを落ち着かせ、はっきりと告げました。

 

「は、はい。その、よ、良ければ長いお付き合いを前提に友達になって貰えませんか?!」

 

 顔の強張りを感じながら、友達になってくださいと告げると、鉄先輩は一瞬唖然とした後、先程と同じ表情に戻り、

 

「いいよ。出来るだけ長い付き合いになれるようにお互いに努力していこう。と言うわけで、まずは名前で呼び合う?」

 

 そう言って受け入れてくれました。そのあと名前の呼び捨てで勘違いしてしまい恥かしい思いをしましたが、水上体育祭の後にしっかりとお互いに番号を交換し合いました。

 報酬のマリンスポーツグッズはリストを見ながらお互いに欲しい者を選び合った後は、残りを半々に分けました。因みに水上体育祭の優勝商品は、全て後から獲得した方の自宅に配送されるということです。確かに量が多い上にかさ張る物もあるので納得です。

 

 私が始めて自分一人で作ったお友達。それがとても嬉しくて、寮に帰るまで顔がにやけていないか心配でしょうがありませんでした。

 

 よし。この調子で同年代の友達も作ります!

 もうその相手も決めている。今の私ならきっと大丈夫。待っていてくださいね。伊予(いよ)ちゃん!

 

 

 

 

「という訳でお友達をゲットしました!」

 

 新たな決意を胸に、私は夕食後に今まで相談に乗ってくれた寮の皆さんに今回の事を報告しました。

 

「褒めて~勇気出したまゆっちを褒め殺してあげて~」

 

「おお、おめでとうまゆっち!」

 

 クリスさんが自分の事のように喜んでくれました。いい人です。

 

「おめー」

 

 京さんもいつものようなクールな微笑で相手を評価する時に時々出している『10』と書かれた札を上げて祝ってくれました。いい人です。

 

「やったなまゆっち!」

 

 キャップさんもこちらが元気なる様な笑顔で祝福してくれました。いい人です。

 

「ま、お前にしたら上出来だな」

 

 そう言って一つ上の少々強面の先輩で、大和さんとキャップさんの同じクラスの源忠勝(みなもとただかつ)先輩は、そう興味なさげに呟きましたが、小さく微笑み私にお茶を入れてくれました。いい人です。

 

「相手って、前から言ってた同じクラスの子?」

 

「あ、いえ、違います」

 

 悪気ゼロの大和さんの言葉に、次の目標の相手にして、ずっと射止められていない伊予ちゃんのことを思い出し、上げていた手を下ろす。

 

「大和さ~普段空気読めるのに偶に読めないよね~」

 

「ええ!? だって普段の流れ的にそう思うだろ!」

 

 た、確かに。

 

 つい松風に愚痴って貰いましたが、最近はファミリーや寮の皆さんの前ではお友達になりたい第一候補である同じクラスの大和田伊予(おおわだいよ)ちゃんの話題が殆どでした。

 

 確かに勘違いしてしまうのも仕方ありませんね。

 

「なんだ俺もてっきりその子だと思ったぞ。じゃあ誰なんだ?」

 

「はい。鉄優季さんです」

 

「超近場な相手じゃねーか!」

 

「そ、それでもまゆっちからフレ登録申し込んだ勇気を、オラは褒めて欲しいね。優季だけに!!」

 

 場が凍りつきました。

 

「誰が最初に言うのかと思っていたら、まさかの松風だった件について」

 

「駄洒落ネタはもう別の人が持ちネタにしてるから、芸風被りはダメだよ松風」

 

「オラそんな悪いことした!?」

 

 京さんと大和さんの意外な口撃に、私と松風は更に項垂れる。

 

「まぁなんにせよ。まゆっちが自分から友達を作ったことには変わりない。その調子で今度こそ、その同級生と友達になれば良いだけのことだ」

 

「流石クリ吉、ええこと言う」

 

 クリスさんの優しさに感涙していると、メールの着信があり、開くと鉄先輩からでした。

 

『件名:今後ともよろしく

 今日はありがとう。お陰で楽しく水上体育祭を締めくくれたよ。

 何かあったら力になるから、遠慮無く言ってくれ。それじゃあまた』

 

「ええ人や」

 

 まさか初日にメールを頂けるとは思わず、嬉しさのあまりまた涙を流していると、大和さんが若干引き攣った笑顔で私の肩を叩きました。

 

「ま、まゆっち。感動しているところ悪いが、返事送った方が良いぞ。もう夜だし向うがいつ寝るか分からない」

 

「はっ。そ、そうですね!」

 

 私は急いでメールを打ち始めました。ふふ、可能な限り早く打てるように自主トレは完璧です。

 

「……あ、文字数制限に引っ掛かったので一度送信、と」

 

「「長いよ!!」」

 

「はう?!」

 

 私がメールを送るとその場の全員、あのクールな源先輩ですら物凄い驚いた顔をしていました。

 

「いや、制限に引っ掛かる文字数って、どんだけの文章送ってんだよ」

 

「まゆっち、流石にそれは友情が重いよ」

 

「え、そ、そうですかってあれ? もう返信が?」

 

「確かに。一緒に見てもいいかなまゆっち?」

 

「え、ええ」

 

 やけに早く返って来た返信メールに不安を感じたので、大和さんの申し出を受け入れ、皆さんの前でメールを開く。

 

『件名:長い

 いや、流石にこれは長いよ。

 とりあえず質問関係は現実での話題作りの切っ掛けにもなるから、いっぺんに質問しないようにしなさい。

 あと松風との漫談は会話なら面白いけど、文だと読み辛いので、極力避けた方が良いと思う。

 メールに関しては大和が詳しいし器用だから、教えて貰った方が今後のお友達作りの役に立つと思うよ。

 因みに自分の趣味は裁縫と料理。

 好きな言葉は『親愛』『努力』。

 由紀江ちゃんとは友達になれて嬉しいよ。

 蕎麦派かうどん派でいうと、美味しければどっちも好き派。

 とりあえず松風に、もぐぞコノヤロウ。と伝えておいてくれ』

 

「注意しつつもちゃんと質問にも答えている辺りに、相手への気遣いが見えるな」

 

 源先輩が感心するように頷きました。

 思えば私は嬉しさのあまりメールを打つ時に自分の事しか考えていなかった気がします。

 

「とりあえずユウのメールの通りに大和に教えて貰えよまゆっち」

 

「そうですね。お願いできますか大和さん?」

 

「ああ。それじゃあここにいるメンツで練習するか。源さんも協力してくれる?」

 

「まぁなんかあった時にあんな長いメールじゃ困るだろうから、仕方なく付き合ってやるよ」

 

 大和さんの提案で、その日は皆さんにメールの書き方の練習をさせて頂けました。お陰で大分ましになったと思います。そしてその流れで源先輩の連絡先も交換させて貰いました。

 新しく追加されたアドレスを眺めながら、その日は久しぶりに明日が来るのを楽しみにしながら眠る事が出来ました。

 




まゆっちとは今のところ友情止まり。ちょっとしばらくはヒロイン昇格は一子達と同じ様に保留扱いですね。
さて、マルさんのイベントを纏める作業に入ろう……毎回戦闘に悩むなちくしょう。



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【既にテストムード】

という訳で久々の日常回。



 さて、この水晶をどうするか。机の上の水晶の原石を睨みながら考える。

 

 今日は休日という事で昨日の体育祭で得た水晶の加工をしようと思い立った。

 他の獲得した商品は今朝届けられたので、義経や清楚姉さん達の分も含め、使わない物は全てその手に詳しそうな大和に頼んでネットオークションに出品して貰った。因みに依頼料は手に入れた魚介類専門ペットショップの割引券だ。

 

 一応賞品を売っていいのか鉄心おじさんに確認したところ、問題ないらしい。

 食べ物関係は九鬼の調理場の冷蔵庫に保存して貰った。食事時にでもみんなで美味しく頂こうと思っている。

 

 それはそれとして今は水晶だ。確か前の世界ではサーヴァントの幸運値を上げるネックレスの『開運の鍵』という礼装があったな。形状としてはアンティーク調で紐が通された頭部の裏表に『開』と『運』と言う文字が彫られ、ブレード部分には英文で『幸運』と彫られていた。

 

 でも現実だとちょっとかさ張るな。あと思いつくのは敵の攻撃を被弾しまくった時にキャスターから貰った礼装、『妖狐の尾』か。いやでもあれはキャスターの毛だから意味があったのか?

 

 あれこれ色々と考えた結果、とりあえず持ち運びやすいストラップで試してみる事にした。

 

 さてと、それじゃあまずは水晶を削ろう。

 

 机に傷がつかないようにテーブルクロスとゴム版を轢き、彫刻刀セットときめ細かい紙鑢の束、おうとつの少ない艶のあるクリーニングクロスを準備する。

 

 気で物体を強化すれば水晶も彫れるし削れるから便利だよね~。

 まぁこの世界は剣で鉄とか切ったりする人も居るし、今更このくらいじゃ驚かないけどね。

 

 水晶を通常のビー玉のサイズより一回り程大きいサイズになるように彫刻刀で丁寧にカットし、角を削る。

 

 大きな角を削った後は、鑢で表面を研き更におうとつの無い球体の形になるようにする。

 表面が綺麗に研き終わったら、一度表面をクロスで拭いて出来を確認する。

 

 まあ素人がやったにしては綺麗か。

 きめ細かい鑢やクロスを使っているとは言え、専門道具じゃないから細かい傷や大きさが歪なのは仕方ない。

 

 お店への依頼料の費用も分からないし、加工にもきっと時間が掛かるだろうからな。

 

 とりあえず可能な限り水晶玉を黙々と制作して行く。

 

 

 

 

「ふう。終了っと」

 

 とりあえず自作の巾着袋に30個程詰められた大きさが微妙に違う水晶を眺める。

 

 まあそれでもまだ元の水晶自体は三分の二近く残ってるんだけどね。

 

 思ったよりも残った水晶の原石を眺めながら、さて次はと言ってスケッチブックにストラップのデッサンを書いていく。

 

 水晶玉は先端、真ん中に帯で、その先に紐輪を作って、そこに小さめのフックでいいかな。

 とりあえず試作とばかりに太目の糸を取り出して編み物を開始する。

 水晶が落ちないように網目状にして……帯びに名前を入れるから色違いでこう編んで……携帯に付けれるように紐輪作って、引っ掛ける場合に備えて紐輪にフックを通して……。

 

 一時間かけて取り合えず試作を一つ作り、強度を確認したり水晶やフックが零れ落ちないか確認したりして問題点を見つけては改善を繰り返す。

 

 うん。とりあえずこれでいいな。

 

 ストラップの構成が纏まり、ようやく制作の本番に取りかかる。

 

 まずは水晶玉に気力を込める。札に気を込めることで慣れているので問題は無い。

 ゆっくりと時間をかけて川神水晶に気力を送って馴染ませ定着させる。焦ると割れてしまうし、上手く封じ込められなくて後から気力が抜けてしまうからだ。

 

 ゆっくりと気力を送り、水晶玉の許容量に達したので送るのを止めてちゃんと封じ込められたか確認する。

 

 ……ん、問題なし。

 

 糸を縫う時も糸その物に気を通してゆっくりと編みこんで糸を切れ難くする。

 

 ちまちまと縫い物を繰り返すこと数分、最後にストラップの帯びの名前がずれていないか確認する。

 

 よし、自作厄除けストラップ完成!

 

 川神水晶を見たときにこれだと思った。

 基本、水晶に限らず天然の宝石類には微弱ではあるが、不思議な力を宿している物が多い。そして水晶は魔除けや災厄を退ける力があると古来から伝えられている。

 

 乙女さんと旅している時に水晶に自分の気力を込める事で、水晶の持つ効果を強化するという方法があると教えられたので、いつか試してみたいと思ったのだ。

 まあ効果がどの程度上がるのかは分からないが、少なくともお守りくらいにはなるだろう。

 

 ストラップの帯びの所には、漢字で『葉桜清楚』と書いてある。ローマ字と迷ったけど、それだと帯が長くなり過ぎるから止めた。幅は一センチちょっとだから問題ないだろう。

 

 それにしても、一人分作るのに結構時間が掛かったな。

 思った以上に川神水晶に気が込められる為、丁寧に作るとしたら精々一日にニ、三個が限界だった。

 

 マルギッテさんとも戦わないといけないから気力は常にマックスを維持したい。それに気力がある内に、最近サボっていた使用した分の札の補充もしないといけないしな。

 

 結局その日はほぼ一日中部屋で作業をしていた。

 夜にはみんなに海産料理を作って義経達に振る舞い、ブイヤベースは温めればまだ食べられるので、従者の人達にも夜食としてどうぞと伝えておいた。

  

 

 

 

 翌日の六月最後の週の月曜日。

 いつものメンツと一緒に登校して席に着くと、マルギッテさんがやって来た。

 

「優季、決闘の日取りだがテスト開けの土曜日。場所は川神山で行おうと思う。何か質問はあるか?」

 

「こちらとしてはテスト明けで嬉しいですけど、場所が川神山なのは?」

 

「もちろんお互いに全力で戦うためだ」

 

「了解。それで川神山の何処で?」

 

「説明する。地図を見ろ」

 

 マルギッテさんが胸ポケットから折り畳まれた地図を取り出して机に広げる。

 

「ここが川神山の登山ルートの入口の一つだ。ここから入り、このルートを通ったこの場所は、木の無い平坦な開けた場所になっている。ここで勝負だ」

 

 そう言ってテキパキとそこに行くための道順と危険な箇所の説明、注意すべき野生動物の説明に入る。

 

 そのあまりにも詳しく具体的な説明から、彼女が事前に自分の目で現地調査しているのは明白だった。

 

 なんというか、流石軍人と言っていいのか、マルギッテさんには生前戦ったダンさんのような独特な頼もしさと格好良さがあるよな。

 

 地図から視線をずらしてマルギッテさんを見る。彼女の顔は真剣そのものだった。その真面目な顔が、生前戦った一人の老齢の騎士を思い出させる。

 彼もまた軍人であり、誇り高い騎士であり、迷う自分に道を説いてくれた先達であった。

 

 おっと、見惚れてないでちゃんと説明を聴こう。

 

 凛々しいマルギッテさんの横顔から視線を外し、改めて視線を地図へと戻し当日の打ち合わせをする。

 

「という訳です。理解しましたか?」

 

「大丈夫です。それじゃあ決闘はテスト明けの七月の十八日の土曜ですね」

 

「一応連絡先を教えておく。こちらで不都合があれば伝える」

 

「あ、では自分も。色々巻き込まれ体質なので」

 

 自分の言葉にマルギッテさんは否定せずに、確かにな。と呆れたような笑みを浮かべた。ちょっと酷い。いやまぁ自覚あるけどね。

 

 この生前からの巻き込まれ体質はなんとかならんかなぁ。

 そんなことを考えながらマルギッテさんと連絡先を交換し合った。

 

「ユーキまた戦う約束したの?」

 

「体育祭で協力して貰う代わりにね」

 

「相変わらず身体張るなぁ優季は」

 

 傍で成り行きを見ていた小雪と準の言葉に苦笑して答える。

 

「しかしマルギッテにしては珍しいですね。テスト明けまで待つとは」

 

 確かに。と、冬馬の疑問に頷く。

 自分も、こちらがベストの体調なら彼女はすぐにでも仕掛けてくると考えていた。

 

「本来ならすぐにでも戦いたいところだが、今迄と違い、今の私はお嬢様の護衛任務を最優先にと言われている。故にお嬢様に負担のなるような行動は避けるように自粛していると理解しなさい」

 

「なるほど軍人の鏡ですね」

 

 マルギッテさんがいつもの表情で答えると、冬馬が納得したと頷き、自分も心の中で頷く。

 公私共に彼女とって一番の優先はクリスなのだろう。

 態度や言動で怖い印象を受けるけど、やっぱりマルギッテさんは優しい人だ。

 

「しかしテストか、確か50位以下だとS落ちなんだっけ?」

 

 テストの話題になると、弁慶がめんどくさそうな顔で呟く。

 

 S落ちと言うのはS組の生徒がテストで50位以下になり、他クラスに替えられてしまう事の通称だ。

 

 自分の場合はS組から落ちた段階で九鬼ビルから放り出されるので、死活問題だ。

 

「そう言えばテストを休んだ場合はどうなるんだ? 川神学園は期末考査しかないんだろ?」

 

「我が教えてやろう。自分の不注意による病気や事故、他人の妨害工作に嵌った場合は、ほぼ問答無用でS落ちだ。自己管理は出来る人間の基本だからな。それ以外の場合は登校可能になった時に実力テストを行う形になる」

 

 与一の問いに先程まで冬馬と話していた英雄が答える。

 

「義経さん達の編入で、良くも悪くも学園自体が活気付いていますから、きっとテストの成績が上がる者が増えると思います」

 

「S落ちも十分にありえるって事か」

 

 あずみさんの言葉に改めて気を引き締める。

 一応普段の勉強にはついて行けているし、夜の復習もしているから大丈夫だと思うが、やはり今も教室で勉強している生徒を見ると少しだけ不安になる。 

 

 それにしてもシビアな世界だ。なんで自分のような凡人がそんなエリート達の競争世界に居るんだか、場違いにも程があるだろう。

 

 水上体育祭の熱なんて疾うに冷め、すっかり勉強ムードとなった自分のクラスを眺めながら、小さく溜息を吐いた。

 




という訳で日常回でした。そしてマルさんとのバトルはテスト後になります。
つまり夏休み直前ですね。次も日常回になると思います。
七夕はもう少し後ですね。



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【優季、あなた憑かれているのよ】

どうしてこうなった。(書いといてなんだけど)



 七月が始まり、テストもあると言う事で月一の決闘はしばらくお休みと言う学校の通達によって、今迄通りに放課後を過ごせる事を、弁慶や与一と喜んだ。

 

 お昼をみんなで楽しく食べ、授業を真面目に受け、放課後は暇だからと興味があった賭場に行って持ち前の動体視力でもってイカサマを摘発して小遣いを稼ぎ、見破られた連中の不意打ちを撃退して逆に説教して追い払う。賭場を後にし、一子達の訓練の具合でも覗いてみようと多馬川に行ったが、今日はやっていなかった。

 

 そしてふと、昔を思い出した。

 

 そう言えば川を何処まで遡れるかって、百代と散歩したっけ。

 

 懐かしくなってそのまま多馬川を眺めながら歩いていると……ありえないモノを見た。

 目を凝らして何度も見た。そして錯覚じゃないと気付いた。

 

 女性が仰向けのまま川を下っていた。

 

「うええぇぇ?!」

 

 慌てて制服のまま川に入って流れてくる女性を受け止める。幸い浅瀬だったので、足は付いたので、そのままなんとか支える。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 レモン色で胸に星のマークのロングノースリーブのジャケットと、下は黄色と黒のジャージの格好の銀髪に赤と黒の髪留めで後ろ髪を纏めた女性に、声を掛ける。

 

「うっ……」

 

 女性は小さく呻きながらゆっくりと目蓋を開いていく。

 良かった生きてた。

 女性が無事な事に安堵して溜息を吐こうとしたその時、

 

「お腹……減った……」

 

 彼女の一言で身体が固まった。

 ……ヤバイ。なんか厄介事を抱え込んだ気がする。

 

 

 

 

「ふう。ごちそうさま」

 

「お粗末さまです」

 

 九鬼のビルに運び込んで調理場で食事を取らせると、拾った女性、橘天衣(たちばなたかえ)さんはこれ以上ない幸せな顔で満腹感を露わにする。まさか残った海産を全て使い切ることになるとは、どんだけ空腹だったのだろう。

 

 橘さんは今は自分が渡した服を見ている。少し大きいが仕方ない。濡れた服のままにするわけにはいかない。因みに着替えは手の空いていたメイドさんに任せた。

 

「しかし、まさか九鬼に出戻りする羽目になるとは」

 

「それはこっちの台詞だ天衣」

 

 橘さんから大分離れた場所に座ってお茶を飲む揚羽さんが盛大に溜息を吐く。

 

「あの、お二人はお知り合いで?」

 

 料理の後片付けをクラウディオさんが引き受けてくれたので、事情を聞こうと橘さんの正面に座る――前に、橘さんに真剣な表情で止められた。

 

「いけない。私の傍にはあまり寄らない方が良い」

 

「え?」

 

 中腰の体勢で止まり、怪訝な表情で彼女を見返す。

 

「はぁ。優季、天衣はな……不幸体質なのだ」

 

「……詳しく教えてください」

 

 とりあえず離れて欲しいと言われたので、二人の真ん中の席に移動して尋ねる。

 そして彼女のとんでもない経歴と、不幸経験を語られた。

 

 橘天衣。

 元四天王であり、その頃は四天王随一のスピードの持ち主と謳われた彼女は、川神百代に負け、更に黛由紀江に負けて四天王の名を剥奪される。

 その上軍に在籍していた時に、とある政治問題に巻き込まれて両手足と部下を失う。

 

 彼女を良く知る揚羽さんは、彼女は失うには惜しい人材という事で、九鬼で軍事開発していた気を用いて動かす新義手と義足を彼女に与えた。しかし、それがいけなかった。

 

 最新技術の詰まった新たな手足を得てた彼女は、自分の部下を、自分の手足を奪った者を恨み、更にはそれを隠した今の日本の政府に不の感情を抱き、今年の春先に結構大きな問題を起こしたらしい。

 

 その問題は色々政治的解決をしたらしい。その後彼女は九鬼の観察処分扱いとなったが、一応普通の生活を許された……筈だった。

 

 さて、シリアスはここまでだ。ここからは語るも涙の不幸な一人の女の話。

 

 女はとりあえず新たな住居と仕事を探すように契約主に言われた。

 

 纏まったお金を頂いた女はその足で不動産に向かって、溝に嵌った。

 その際に財布を落としてしまう。

 

 女は慌ててそれを拾おうとしたが、財布はありえないくらい跳ね、偶々下水の点検の為に空いていたマンホールの穴へとホールインワンする。

 

 女は慌てた。当然だ。自分のほぼ全ての財産がその財布に入っているのだ。

 

 女は走った。そして自分もマンホールの穴に飛び込んだ。しかし、そこに財布は無かった。

 

 女は意を決して下水に入って財布を捜した。しかし見つからなかった。

 

 意気消沈しながら女がマンホールを出ようと梯子に手を掛けたその時、無常にもマンホールの穴が塞がれた。

 

 女は慌てて梯子を上がり、蓋を開けようとしたが、車や自転車の音にその手を止めた。

 今空けたら事故になるかもしれない。

 女は項垂れて別の出口を探した。

 

 その間、女は何度も下水に落ちてドロドロになりながら、物音がしないマンホールの蓋を開けて脱出。

 

 出た先は幸い川の近くであったため、身体と服を洗おうと川に入って身を整えた。

 運良く誰にも見られることも無く、しかも汚いがまだ着れそうな服を見つけた女はそれに着替えた。代わりに、着替えている間に今まで着ていた服を川に流してしまった。

 

 そして女はホームレスとなった。

 

 ホームレス二日目で、女はヤバイ状態に陥った。食べ物が無いのだ。

 一日目は野草で凌いでいたが、そろそろタンパク質が恋しくなった女は手掴みで魚を取ろうと川に入った。それがいけなかった。女は足を滑らせた頭を強かに打ちつけ、意識を失った。

 

 そして次に女が目覚めた時に目に入ったのは、自分の出発した筈の九鬼ビルの見慣れた部屋の天井だった。

 

「……まるで双六で最悪の目を全部踏んだ挙句に、振り出しに戻されたみたいな感じですね」

 

「はは、もう慣れたよ」

 

「達観してしまっているな」

 

 乾いた笑顔で遠くを見る橘さんに、揚羽さんと二人で同情の視線を送る。

 

「とりあえず今日は泊まって行け」

 

「いや、そういう訳には行かない。忘れたのか、以前私が泊まったせいで、テロ騒ぎになったのを」

 

 本当ですか? という視線を揚羽さんに向けると、彼女は頷いた。

 

「停電が起きたと同時に襲撃があってな。しかもその時は二日後に控えた重要案件の書類のデータ整理もしていた。まぁ幸い襲撃者は全員撃退できたし、停電は襲撃者の工作ではなく一時的な偶然で建物の被害も殆ど無い。唯一の被害はその突然の停電のせいで重要案件の資料のデータの半分が消えて、一部の者が悲鳴を上げて不眠不休でデータ修復や資料の作り直しをする羽目になったことくらいだ」

 

 揚羽さんのその言葉につい『うわー』と声が出てしまう。

 

「という訳で、私は九鬼ビルの前の海岸公園で野宿するよ」

 

「いや、連絡手段が無い以上、消息不明から発見できる可能性は極めて低い。見失うわけには行かない」

 

 あ、そっか。監視対象だもんね。たった一日であれだけの不幸だ。知らぬ間に海外に行ってしまうなんて事になったら大変だ。

 

「あれ、でも今は別に不幸な事は起きていないですよね?」

 

「それは多分、ここに気質の強い人間が多くいるからでございましょう」

 

 そう答えたのは洗い物を終えて戻って来たクラウディオさんだった。

 

「今現在九鬼ビルには良くも悪くも強い気の持ち主が多いため、彼女の悲運をある程度押さえ込めているいるのかもしれません」

 

「あ、完全じゃないんですね」

 

「はい。なにせ先程洗い物の最中に優季の食器をニ、三駄目にいたしました。後で弁償いたします」

 

 え、あの完璧執事のクラウディオさんが!?

 

 今日一番の驚きだった。そして結構気に入っていた愛用の食器が壊れたと聞いて少し泣きそうになった。

 

「とりあえずそれなら泊まる分には問題ないだろう。問題はその不幸体質か。部下がいるときや事件のときはそうでもなかっただろ?」

 

 揚羽さんが尋ねると橘さんは懐かしい昔を思い出すような顔で答えた。

 

「部下がいたときは可能な限り気を張って回避に専念していた。事件のときはもうどうにでもなれと開き直っていたんだ」

 

「ということは悲運の強さも、橘さんの気持ちに左右されるって事ですか?」

 

「いやそれはない。なんせただ友達の家に行っただけでその家に小さな隕石が降って来るんだ」

 

 それは、もうなんかアカンやつだ。

 

「ふむ。優季、何か良い案はないか?」

 

「え、ここで自分ですか?」

 

 流石に意表を突かれてつい揚羽さんに聞き返してしまった。 

 

「クラウディオやヒュームにも以前尋ねたが、ダメだった」

 

「持って生まれた運気や気質となると、流石に対処の方法は限られますし、その対処法も確実とは言えませんから」

 

 因みに対処法は運気の高い場所に永住するという案と、運気を上げる物を身につけるという案だが、前者はそこから離れたら意味が無いし、後者はそれなりの物を用意するのにお金と時間が掛かるらしい。

 

「…厄払いのアクセなら、作れるかもです」

 

「何? 本当か!」

 

 橘さんが身を乗り出す。その際に足を滑らせて転ぶ。本当に不幸体質なんだなぁ。

 

「ええ。水晶を手に入れたので、ちょっと待っていて下さい」

 

 そう言って自分の部屋に一度戻って気を込めた水晶玉を持って戻る。

 

「どうぞ」

 

「水晶玉か。私も以前試したよ。まぁ殆ど効果なかったけど」

 

 橘さんに手渡すと、彼女は水晶玉を懐かしそうに眺めて手の中で転がす。

 

「確かに天然物の水晶には災厄から身を守ってくれるという言い伝えがあります」

 

「ふむ。水晶から微弱だが力強い気を感じる。気を込めたのか?」

 

 揚羽さんの問いに頷いて答える。

 

「ええ。本当はお二人にもプレゼントするつもりだったので内緒にしたかったのですが、厄除けとして知り合いに配ろうと思って今お守りを自作しているんです」

 

 そう言って橘さんの手の中の水晶を見ていると、水晶に変化が生じた。

 なんと水晶に小さな亀裂が入ったのだ。

 

「え?」

 

「ほう。案外優季にはこういう物を作る才能があるのかもしれません」

 

 その様子見てクラウディオさんが呟いた。

 

「どういうことだクラウディオ?」

 

「不思議な力の宿るお守りは役割を果たすと切れたり砕けます。まぁ今回の場合ですと橘様の悲運に負けて耐え切れずに亀裂が入ったというのが妥当な推測かと。多分その内砕けるでしょう」

 

 そう言っている間に水晶の亀裂は大きくなる。

 

「ふむ。となるとちゃんとした物で作れば、完全は無理でもある程度は抑えられる可能性はあるということだな」

 

 揚羽さんが不敵な笑みを浮かべる。あ、嫌な予感がする。

 

「実はな優季、以前からある人物がお前に会いたがっていた。そして今回の件、きっと運命と言うやつだろう。という訳で……少し話そうか」

 

「……はい」

 

 店子の自分に、大家に意見する勇気は無かった。

 

「その、なんだ、なんかすまん。それと今後私の事は天衣でいい、私も優季と呼ぼう」

 

 橘さんが自分の肩に手を置きつつ謝るが、自分は気付いている。同情の表情をしているが、言葉の後半とその視線が、『仲間発見』と喜んでいるのを。どうしてこうなった。

 




はい。という訳でここに来て新しい登場人物を出すという暴挙です。しかもアニメキャラです。一応Sでも出ているし性格はアニメではなくS基準です。
ただ事件の時系列はアニメ基準じゃなくて本編の大体4、5月頃という曖昧設定にしていますので、その辺りは御容赦下さい。

さて、ここからは言い訳タイムだ!
当初の予定では七夕までは既存キャラとキャッキャうふふ、する筈だったんだ。
だがそれじゃあ寂しいからと、メインで別の話も絡ませようかな~なんて考えていた時に、揚羽さんも最近出してないから彼女と絡ませられるキャラにしようと考えて作ったのが……この話。
なんで天衣さん出したかは今も分からない。
そして彼女がヒロインに昇格するかも分からない。
いや好きですけどね、天衣さん。(Sは。アニメ? さぁ知らんな)



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【新顔ラッシュ】


また新キャラだよ(名前は無印の頃から出てますが)



「鉄優季殿、橘天衣殿、今回はこちらの願いを聞き届けていただき、感謝する」

 

「いえ。あ、改めまして、鉄優季と申します」

 

「えっと、橘天衣です」

 

「うむ。私の名は綾小路大麻呂(あやのこうじだいまろ)。よろしく、の」

 

 前略大切な友人達へ。今私は立派なお屋敷の豪華絢爛な一室で、これまた高そうな和服に烏帽子を被ったダンディズムな声の陰陽師と対話しています。

 

 どうしてこうなったんだと言いたげに、数時間前の出来事を思い浮かべる。

 

 

 

 

「綾小路大麻呂さんですか?」

 

「うむ。日本三大御三家の一角にして陰陽術を扱う名家だ。まぁ息子は跡継ぎとしても陰陽師としてもダメそうだがな」

 

 ヒュームさんが苦笑交じりに綾小路大麻呂さんについて説明してくれた。

 

「優季は符術を扱うだろ? それを知った綾小路殿に時間がある時にでも一度お会いしたいと頼まれていてな。川神学園への編入に武士道プランの方針と、今まで先延ばしにしていたが、ついでに天衣の運気についても見て貰う条件で受けようと思ったのだ。勿論優季が断るなら断ってくれて良い。天衣については普通に依頼すれば良いことだしな」

 

 その言い方はずるいです揚羽さん。

 溜息を吐きつつ、まあ会うだけならいいか。と思って了承の返事を出した。 

 

 

 

 

 そして今、自分は綾小路の本家にいる。まさか返事を出したその日の夜に会わされるとは思わなかった。

 

「さて、色々訊きたい事もあるが、まずは君の運気を調べるとするか、の」

 

「あ、お願いします」

 

 天衣さんも正直どう対応して良いのか分からないのか、落ち着かない様子だ。

 

「まあ、ある程度は既に把握しているが……」

 

 綾小路さんは難しい顔で、陰陽道で良く使われる八卦の図形の紙や鏡に札と、色々取り出して天衣さんをあれこれ調べる。正直本格的な陰陽道に触れたのは初めてなので、少しだけ興奮した。

 よく見ると天衣さんも興奮した表情をしていたた。そう言えば占い好きとか移動中に本人が言っていたっけ。

 

「うむ。やはりか」

 

 綾小路さんが、険しい表情で道具を片付けて重く呟く。

 

「あの、やはりとは?」

 

「うむ。橘殿が来てから屋敷の運気を司る結界に影響が出たからもしやと思ったが、近年稀に見る悲運の持ち主よ」

 

 あ、訊かなきゃ良かった。と、自分の軽率な発言を悔やみつつ、天衣さんに視線を送ると、彼女は落胆の表情をしながら固まっていた。

 

「率直にお伝えして、橘殿の運気は先天的に悪いものだ。それも極端に、の。本来悪い運気の者でも精々悲運が七割。しかし橘殿は悲運の割合が九割に届きそうな勢いだ、の」

 

 綾小路さんの説明に天衣さんが今にも泣きそうな顔をする。そりゃ本職の人に『あなたの幸運は一割だよ』なんて言われたらキツイなんてもんじゃない。

 

「まあその分残り一割で起こる幸運の見返りはでかい筈だ。悲運な者ほど得る幸運は大きい」

 

「確かに。一命は取り留めてるけど、それにしても……」

 

 天衣さんが項垂れて呟く。

 

「幸運を呼ぶ呪具や運気の強い土地に居れば緩和はされようが、先天的な運気はほぼ改善は無理と思った方がよい。それに運気を上げる呪具も可能な限り強力な物でないと、効果を発揮する以前に壊れてしまうだろう」

 

 なんというか、もうやめたげてー! と叫びたい。だって天衣さん、もう真っ白だよ。燃え尽きちゃってるよ。

 

「さて、次に鉄殿、良ければ自作したお守りと符を見せて貰っても?」

 

「はい。こちらです」

 

 ようやく話がこちらに逸れたので、持ってきたストラップつきの水晶玉と、普段符術に使っている札を見せる。

 

「……ふむ、糸に気を練りこみ強度を上げ、水晶に気を封じ込めて水晶の効果を底上げするか」

 

 手に取った瞬間に綾小路さんがお守りの構造を瞬時に把握する。さ、流石は陰陽師にして名家の当主だ。失礼だけど息子の綾小路先生とは大違いだ。

 

「こちらは札に気を溜める構造は水晶と同じか、描かれている文字は五芒星か。ふむ、普段はどのように使用している」

 

「えっと、こう札を持って、属性や形状とかの設定を行って使用します。あと一応札が無くても技自体は使えます」

 

 そう言って実際に一枚密天を天井に放ち、もう一枚には形状変化でひよこにして地面を歩かせる。

 もっとも、内封する気が少量なのですぐに消えてしまうが。

 

「うむ。鉄殿は呪術を何所かで習ったのか、の?」

 

「肖った相手はいますが、我流で考えた後に、ヒュームさんに色々アドバイスして貰って、今の形になりました」

 

 こちらの言葉に、なるほど、の。と言って、綾小路さんは暫く考え込む。

 

「鉄殿。お主さえ良ければ、本格的に陰陽道を学んで見るつもりは無いか?」

 

「えっと、本格的な修行、ですか?」

 

「うむ。鉄殿は陰陽道を扱うその前準備の基礎をほぼ独学で納めている。故に、五行の理をより良く知れば、呪術に呪具の生成にも役立つであろう。如何か?」

 

 綾小路さんの目は本気の目だった。正直軽々しくは頷けない。ただでさえ九鬼で色々やる事が多い上にテストも控えている。

 

 だが、興味もある。キャスターが学んだ呪術を自分も学べる機会でもある。

 

「その、修行を行う場合はどういったやり方になりますか。自分は今、幾つか多くの事をやらなければならないので、手の空く時間が限られるのですが」

 

「では、鉄殿には基礎を認めた書を渡そう。それと連絡用の式紙も渡しておく。解からなければ連絡をしてくれれば良い。使い形は式に気を送って念じるだけだ。鉄殿のように勤勉な者なら、それで基礎を得られるであろう。今で言う通信教育というやつだ、の」

 

 なんというか、どう見ても昔の豪族ぽい格好の人に通信教育いわれると違和感が凄い。

 因みに式紙と式神は呼び名は同じでもまったくの別物らしい。まぁ姿がまるで違うしね。紙の方はまんま紙だ。

 

「いいんですか? 普通そういうのは門外不出じゃ?」

 

「構わん。気を扱えぬ素人や多少扱える程度の者では扱えん。逆に陰陽師なら誰もが知る基礎中の基礎である。知られても問題は無い。何より、読めるかである」

 

 読めるか?

 

 気になって首を傾げると、綾小路さんは懐から一冊の書を取り出して目の前に置く。

 

 綾小路さんに開いていいのか確認する視線を送ると、頷いてくれたので、書を手に取って開く。

 

 ……古文も真っ青な漢文の列が目に飛び込んできた。

 

「なるほど。これならやる気の無い人は投げ出しますね」

 

 良かった。歴史の勉強のついでに言語の勉強もしておいて。多少だが読めるから、後は辞書と閃きと根気の勝負だな。

 

「うむ。その表情からするに挑み甲斐ありといったところか、の」

 

 どうやら知らず知らずの内に笑っていたらしい。

 嬉しそうな顔をして笑う綾小路さんに釣られて、自分も笑う。

 

「……なるほど。鉄はこうやって苦労を背負い込んで行くんだな」

 

 しかし天衣さんの言葉で笑い声が消える。

 ぎこちない動作で天衣さんの方に振り返ると、彼女はやはり同族を見るような同情する目で自分を見詰めていた。美人に見詰められるのは嬉しいが、なんか嫌だ。

 

「鉄殿の運気は完全に中立であり、陰と陽の気の振れ幅も殆ど無い整った気質であった。そういう者は人に好かれやすい。縁は良くも悪くも苦労を伴う。鉄殿の苦労性と巻き込まれ体質はそれ故であろう、の」

 

 いつの間に人の事を占ったんだろうと思いながら、これからも色々苦労するのかと、少し泣きたくなった。

 

「して鉄殿、もし良ければ返答を聞かせて貰えるか、の?」

 

「あ、はい。それじゃあえっと、折角なのでお受けします。それと、今幾つか質問してもよろしいでしょうか?」

 

「もちろんだ。して、何を知りたいのか、の?」

 

「天衣さんに運気を上げる呪具をプレゼントしたいんです。それで、本格的な物は後で作るとして、間に合わせで一応考えているのがあって」

 

 生前の開運の鍵を作ろうと思い、本職に注意点を訊いてより良いものにする。

 

「ならばあら塩に漬け置くと良いだろうだな。できれば純度の高いものが好ましい。それと文字にもやり方次第で気力を込めて効果を上げられる。使い捨てならば墨でも問題ないが、一番なのは血文字であろう。掘った文字に主の血で改めてなぞり書くと良い。あとは――」

 

 色々と参考になりそうな話を聞かせて貰い、その全てをメモして行く。

 そして聞く事を全て聞き終えたので、最後に綾小路さんから古い書数冊を受け取り、お互いに握手して別れた。

 

「な、なあ優季。本当に良いのか?」

 

 帰りの九鬼の車の中で、天衣さんが申し訳無さそうにそう切り出した。

 

「何がですか?」

 

「知り合ったばかりの私に貴重な水晶を使ったり、色々してくれたり、正直今の私にはその恩を返せるような物が何も無いんだが?」

 

「あ~気にしないで下さい。慣れっこですから。それに上手く行くとも限りませんから、恩とかそういう話は成功してからです」

 

「そうか……ありがとう優季」

 

「いえ。同じ不幸体質のよしみです」

 

 そう言って笑うと、天衣さんも愉快そうに笑った。うん、とりあえず笑おう。笑う角には福が来るって言うしね。

 

 そんな事を考えていた矢先に、タイヤは勿論、サイドミラーに車のエンブレムにまで防刃、防弾の処置が施された九鬼の車のタイヤが、盛大にパンクした……本当に大丈夫か?

 




という訳でSで追加された綾小路家の陰陽師設定を使わせて貰いました。
さて、次辺りからは天衣さんの話を進行しつつ、既存のキャラとの日常回になります。



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【七月の放課後 川神姉妹編】

七夕まで既存ヒロインとの日常回を書いていきます。
天衣さんはどっちかと言えばオマケ……。



 九鬼に帰り今後の天衣さんの処遇について話し合いが行われた。結果から言えば彼女は当分九鬼ビルで過ごす事になった。というか九鬼ビル近くの観光名所のひとつ潮風公園より先への出歩きを禁じられた。まあ無理も無い。

 

 もちろん仕事は割り振られた。

 朝は武士道プラン組みの組手の相手。昼から夕方は九鬼ビルの外回りの清掃及び警備。夜は従者部隊の訓練に参加。以上が彼女の主なスケジュールになる。

 

 揚羽さんに別れ際に天衣をよろしく頼むと言われ、とりあえず自室に戻ってすぐに綾小路さんから借りた陰陽術の本を読みながら、陰陽術の勉強を始める。

 

 書は昔の漢文で記されていたが、一応歴史好きだから古文もそこそこ得意なので、読めなくはなかった。

 

 遅めの夕食を摂り、学校の勉強をしてその日は就寝。

 翌朝いつもの気の操作と瞑想を行い、朝食とお弁当の下準備を済ませて訓練へと向かう。

 

 

 

 

 トレーニングルームでみんなで柔軟していると、ヒュームさんが橘さんと共に現れ、昨日自分にした説明をみんなに伝える。

 

「今日から居候させてもらう橘天衣だ。よろしく頼む」

 

 訓練開始の前に橘さんがあいさつをする。

 橘さんは昨日と違い、従者部隊に支給されているトレーニングウェアに身を包んでいた。

 

「ああこの人が噂の不幸な人か」

 

「ちょっ弁慶! 言っていい事と悪い事があるぞ。すいません橘さん」

 

 弁慶のストレートな物言いに、義経が慌てて頭を下げて謝る。

 

「いや、いいさ。本当のことだから。今日も何故か頂いたばかりの目覚ましが、止まっていて危うく遅刻するところだったんだ」

 

「不幸過ぎるだろ。どこの幻想殺し(イマジンブレイカー)だよ」

 

 与一が呆れながら言い放つ。幻想殺しとは与一の好きなラノベのキャラだ。正直その主人公とは他人の気がしないので自分も好きだ。

 

「ふん。それでも元四天王と言うからには強いのだろう?」

 

「無論だ。しかも九鬼が開発した身体に流れる気を動力に動く義手と義足を持っている。流石に火器は外したが、それでも攻撃力と防御力は生身の時より数段上がっているはずだ」

 

 項羽姉さんの好戦的な発言に、ヒュームさんが同じく挑発的に答える。

 

「それは楽しみだ。天衣、さっそく俺と勝負しろ!」

 

「分かった。君は強そうだし、本気で行かせて貰う!」

 

 二人が早速戦い始めたその時、ふと思った。

 

 あれ、天衣さんて百代に負けたんだよね? じゃあ同等な力量の項羽姉さんが相手したら……。

 

「うわらば!?」

 

 そんな可愛くない悲鳴と共に天衣さんが吹き飛ばされた。

 

「なるほど。スピードは中々、義足の気力噴射のお陰で空中移動と急加速急停止が可能っと。面白いぞ天衣、さあ続けるぞ!」

 

「ふ、ふふ。ぶっ飛ばされて蹲る私にまだ戦えと……ああ、不幸だ」

 

 どこか達観した表情のまま、しかしこれも彼女の仕事の内なので、誰も止めない。頑張れ天衣さん。きっとその内いい事あるから……多分。

 

 

 

 

「というような事があった」 

 

「そうか、橘さんにそんな特異体質があったのは知らなかった。まぁ確かに私に負けた後すぐにまゆまゆに決闘挑んじゃうあたり、ツイてないな」

 

 放課後に百代に稽古するぞと誘われ、一緒に帰る間に天衣さんの事を百代に伝えると、彼女は同情したような表情で溜息を吐いた。

 

 因みに清楚姉さんは図書館で勉強だ。今後の為にも大学の推薦を得るために、可能な限り期末考査で上位に入りたいらしい。松永先輩は雑誌の取材があるそうだ。やっぱり有名人は忙しいらしい。

 

「せい!」

 

「はっ!」

 

 川神院の門を潜って本殿の脇の庭を通り抜けると、すぐに広い訓練場に出る。

 そこでは先に来ていたのか、一子と義経が訓練場の一角で既に模造の薙刀と刀で打ち合っていた。

 

「やってるな」

 

 そんな一子の様子を、百代は優しげな表情で見詰める。

 二人は最近、組手稽古の時は川原ではなく川神院で行っている。川原では色々注目が集まるし、義経の善意なのだが、一子を贔屓して鍛えているようにも見えることから、ヒュームさんと鉄心おじさんが話し合い、そういう取り決めにしたらしい。

 

「それじゃあ私も着替えてくる。お前の分の胴着も持ってくるから待っていてくれ」

 

「分かった」

 

 百代が来るまで近場の木に寄り掛かって一子と義経の稽古を眺める。

 

 一子は気の(まとい)はほぼこなせているようだ。メールでも出来るようになったと言っていたので気にはなっていたが、あれだけ激しく動いて維持できるなら問題ないだろう。

 それに以前よりも動きのキレがいい。身体の疲労はちゃんと取っているようだ。

 

 義経が攻めて前進するのを一子は薙刀のリーチを活かして突きで牽制する。それでも懐に入り込まれると、一子は柄の持つ場所を変え、下からの振り上げをいなして身体を捻り、以前なら大きく振り下ろしていそうな場面で、柄を少し短く持って小さく素早く振り下ろして義経を牽制し、義経が離れた瞬間に、今度は一子が攻勢に出る。

 

 やっぱり身体能力では義経の方が上か。だが動き出しの初速は一子の方が早い。それはつまり肉体の能力は義経が上で、感覚の能力は一子が上を意味する。

 

 義経が切っ先を僅かに上げる。その瞬間、一子は咄嗟に薙刀を僅かに上に反らす。その一瞬の隙を突いて義経が剣を反して下から切り上げて一子の薙刀を上に弾く。

 

 一子は焦ったような表情をしながら、しかし想定はしていたのか、薙刀が弾かれた瞬間には、既に後ろに下がって間合いを広げて防御体勢を取る準備をしていた。

 

 相手をちゃんと想定して動けているな。

 経験の面では義経が今は圧倒的に優位だが、ここ最近は二人で訓練していると言っていただけあって、一子の戦術の幅も広がっている。

 

 一子も義経も、良くも悪くも練習が実力に繋がるタイプだから、対人戦は一番いい練習方法だろう。もっとも、同じ相手とやり過ぎると癖が染み付く場合もあるから注意が必要だが。

 

「待たせたな。ほら、胴着だ」

 

 背後から声を掛けられて振り返ると、胴着に着替えた百代が川神院の修行僧の人達が着ている胴着を持って戻ってきていた。

 

「ありがとう。それじゃあ何所で着替えればいい?」

 

「なんならここでもいいぞ」

 

 嫌らしい笑みを浮かべる百代にデコピンしようとしたが軽くかわされてしまう。むぅ、動きに無駄が無い。

 

「はは、冗談だ。すぐそこの建物が一応更衣室だ。まぁ修行僧はみんな自室で着替えるから、殆ど来客用だな」

 

「じゃあちょと着替えてくる」

 

 指示された小屋の様な建物に入る。

 銭湯の脱衣所のような服を仕舞う鍵付きの木の棚が備え付けられていた。

 鞄と制服を仕舞い、胴着に着替えて庭へと戻る。

 

 訓練所に戻ると、こちらに気付いた百代が、一子達から視線を外す。

 

「さて、それじゃあやるか」

 

 身体を伸ばし、屈伸運動をしてやる気満々の百代に苦笑しつつ、同じ様に準備運動して身体を解してから、強化して構える。

 

「おう。いつでもいいぞ」

 

「じゃあ……シッ!」

 

 百代が小手調べとばかりに拳を作らず、手を軽く前に払うようにこちらに放つ。

 その手を軽く払おうとしたが、百代は肘を引いて手の動きを一瞬止めて、こちらの動きの間を外してから、再度振る。

 

 その動きを捉えていたので、なんとか弾く。

 お返しとばかりに手刀の形で百代の顎を狙って横に払うが、百代はそれを軽く上体を引くだけで紙一重で回避して、今度は百代がまた攻撃を仕掛ける。

 

 攻撃される。攻撃する。それを交互に続けてお互いに相手の攻撃を回避か弾いて対処する。

 その最中、自分は百代の戦い方の変化に気付いて、内心で苦笑いを浮かべた。

 

 おいおい、まだたったひと月だぞ。

 

 百代の動きに無駄がなくなっていた。

 以前の百代も回避はしていたが、回復があるためどちらかと言えば防御主体だった。

 しかし今は回避優先。そしてその攻撃に『触れていいか』を見極めてから弾く。

 攻撃に至ってはフェイントまで織り交ぜてきて、捌き難いったらない。

 

 何より一番変わったのは百代の表情だ。

 彼女は笑ってた。楽しそうに。嬉しそうに。しかし目だけは油断無く、こちら動きを余す事無く観察していた。まるで相手の全てを推し量るように。

 

 ヒュームさんと同じ様に相手の力を見極めて、自ら力を調整している、か。

 

 たった一度の敗北で、たったひと月の鍛錬で、百代は強くなっていた。勿論同等の強さを持つ項羽姉さん。そして技術に抜きん出た燕先輩という存在の出会いも影響しているのかもしれないが、それでも異常な成長速度だ。

 

 まったく。勝てる気が全然しないのに、勝つ気で挑まないといけないなんて、昔みたいだな。

 驚きもあるし恐怖もある。だがなんてことはない、立ち位置が本来の形に戻っただけだ。

 

「まったく。それじゃあ鍛えさせて貰うぞ百代」

 

「何がまったくなのかは分からないが、お前の技術、見させて貰うぞ」

 

 二人して笑って拳を突き出し合う。

 百代の攻撃の速度が上がり、こちらも強化に加えて気を纏わせる。

 そして大方の予想通り……最後は自分が地面に倒れて空を見上げていた。

 

「はぁ。勝てる気がしないな」

 

「努力しているからな」

 

 いつもの強気な笑顔で自分を見下ろす百代のその姿が、子供の頃と重なって見えた。

 やれやれ、また追いかける日々の始まりか。だがそれも悪くないと思えた。

 

「お姉様凄かったわ!」

 

「お兄ちゃんも!」

 

 百代に手を引いて起こして貰っているところに、一子と義経がやってくる。どうやら手を止めて自分達の組手を見ていたらしい。

 

「二人は休憩か?」

 

「うん。これから気の練習」

 

「一子は気の習得が早い。義経は羨ましい」

 

 義経の言葉に、一子はそんなことないよ。と謙遜するが、ひと月で纏をある程度維持できるならたいしたものだろう。

 

「まぁ気に関しては相性があるからな。こればっかりは仕方ない」

 

「お前が言うと説得力あるな。確か初日で気を纏えたんだっけ?」

 

「ああ。でも維持や必要箇所にのみ纏わせたり、物体に纏わせるのは少し時間が掛かった」

 

 持って来たタオルで汗を拭きながら百代の質問に答える。当時の父さんの驚いた顔を思い出してつい笑ってしまう。

 

「ねえユウ、ユウが良かったらなんだけど、強化を教えて貰えないかな?」

 

「強化を?」

 

 一子が汗を拭きながら、少しだけ申し訳無さそうな表情をする。

 

「うん。前にユウ、自分は弱いから強い人とは強化して戦うって言っていたでしょ。義経ともっとちゃんと戦うには、あたしにも強化は必要だって思ったの」

 

 確かに義経の方が力量としては上だ。組手では手を抜いているが、真剣勝負では義経が勝つ。多分、神速と言ってもいい一太刀目の居合いを、今の一子では防げない。よしんばその攻撃に耐えたとしても、以降は満足に戦えないだろう。というか今まで義経の全力の居合いを完璧に見切って回避できたのなんて、ヒュームさんくらいしか見たことが無い。

 因みに自分と弁慶は視覚と直感をフル稼働で回避する。それでも回避できるかは見栄を張っても五割に届けばいい方だ。与一は……そもそも接近させないのが仕事だから。

 

「う~ん。とりあえずやってみるか」

 

 タオルを義経に預けて一子と一緒に庭の中央に移動する。

 

「そもそも一子、纏の原理は理解しているか?」

 

 この前と同じ様にまず一子に質問する。というか、纏の基本を理解していないと強化は扱えない。

 

「えっと、気は元々人が生み出せるエネルギーで、余分な分を身体から放出する性質がある。纏はその漏れ出る現象を意思で押さえ込み、身体の周りに留める状況を作ることで、身体を覆うように気を纏わせられるようになる。だっけ?」

 

「その通り。慣れれば漏れ出る気の量を常に最小に出来るし、必要箇所にのみに纏わせる事もできる」

 

 ここまでは復習と確認だ。一子が気を溜める基礎を理解していると分かったので、次のステップに移る。

 

「それじゃあ今度は全ての気を体の中心に集める感じで、気を溜める。いいか、留めるではなく溜めるだ。できるか?」

 

「やってみる」

 

 一子が目を閉じて深く深呼吸する。

 

 正直強化を実戦で使用できるレベルにするには、意識せずに自然と気を身体に溜め、漏れる気を最小にする。更に戦闘になった瞬間に瞬時に溜めた気で肉体を満たし、細胞を活性化させ、更に外に漏れ出る気を纏と同じ様に留めなければならない。

 

 慣れない内は意識的にやるしかないのが辛いところだな。そして意識してできないと何もできない。

 気を放出して、一子の気の流れを注意深く観察する。

 

 ん、気の放出が引っ込んで行くな。

 

 それはつまり、一子が気の収束に成功したことを意味する。

 やっぱり一子は感覚が鋭いな。

 一子の気が内側で膨れ上がっていくのを感じながら、次の指示を出す。

 

「一子、次はその気を一気に全身を満たすように開放し、留めろ。こればっかりは自分で感覚を掴むしかない」

 

 一子は無言で頷き、一度深呼吸してから、力んだ様に勢い良く目を開き、下げていた腕を軽く曲げて拳を作る。次の瞬間、一子の身体に気が充満し、そして身体から強い闘気が放出される。

 

「ぐうっっ?!」

 

 一般人でも視覚できる程の気の放出に、すぐに一子が苦しそうに小さく呻いた瞬間、留めようとしていた気が四散する。

 

「はぁ、はぁ、こんなにしんどいの!?」

 

「まぁ体内を含めた文字どおり全身を気で満たした状態で留めるからな。纏を完璧にこなさないと難しい。慣れれば気の放出も抑えられるぞ」

 

 そもそも一子の様に強い気が溢れている状態は所謂『無駄な浪費』だ。あれでは成功しても長続きしない。

 

「こいつ今さらっと言ったけど、優季の様に強化に細かい段階をつけて行なったり、強化を維持しつつ気を操るのも、結構な高等技術だからな」

 

 自分の説明に百代が呆れた声で修正する。

 

「お兄ちゃんはもう少し気の扱いは難しいものだって事を、義経は理解すべきだと思う」

 

「そ、そうか?」

 

 確かに言われて見れば、生前習得した霊子魔術と、データという特異な身体のお陰で、全身に力が流れる感覚を完璧に把握していたから、当初から気の扱いに慣れていた気がする。

 

 う~ん。少しずるいとも言えるか。

 

「まぁゆっくり練習するしかない。気を纏えるだけでも一段上の強さに上がったのは間違いないし。とりあえず無駄に気を消費しないように、毎日気を感じる修行をする事」

 

「そうね。うん、頑張るわ!」

 

「一子、少し休憩しよう」

 

 一子は疲れを見せながらも、力強く頷き、義経と一緒に水分を補給しに行く。

 そんな二人の後姿を見詰めていると、百代が隣にやって来て困ったような顔で小さく溜息を吐いた。

 

「やれやれ、ウチの妹は頑張り屋さんだな」

 

「ウチもさ」

 

 百代と二人で苦笑し合う。

 

「それじゃあ姉の私も頑張るかな」

 

「かっこ悪いのはいいけど、情けない姿は、あまり見せたくないよな」

 

 お互いに笑みを浮かべて再度対峙する。上の兄弟にも、意地というものがあるのだ。

 それにしても、百代は妹の事になると可愛いな。

 百代の新しい一面が見れたことに喜びながら、百代と稽古をして過ごした。百代が終始嬉しそうだったのが印象的だった。

 




もうちょい百代とラブラブさせたかったけど。そこは殴り愛でカバーという事で。
まぁ一子の修行で大分文字数持っていかれたのも原因ですが。



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【七月の放課後 小雪編】

という訳で久々の小雪回です。文量自体は前話とそう変わりませんが。



 さて、今日も呪術の勉強だ。今日は結界の練習をする。

 

 とは言っても相手の攻撃を遮断する結界なら、模倣な上に劣化版だが、黒天洞や熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)とかも張れる。ただ今回は気の流れを調整する特殊な結界なので、書を見ながら始める。

 

 勉強机にテーブルクロスを敷き、その上に五芒星の書いた大きな紙を置く。そして木・火・土・金・水の気を込めた札を、星の五角に一枚ずつ貼る。勿論札には気を込めた墨で文字と図を描いて、札の効果の補強も行っている。

 

 五行の要素は普段自分が使用してる属性でいいと式紙通信で大麻呂さんに教えられた。因みに土要素は通常の気を札に固定させて代用している。『形作る。形が定まる』も土要素に入るらしいから、多分大丈夫だと信じたい。

 

 札を貼り終えた後はあら塩に満たされた水晶と水晶玉を入れた小さいタライを置く。水晶玉は既に気で満たしているが水晶の方はまだいじっていない。

 

「最後に……急急如律令」

 

 印を結んで発動させる。するといつもの防御用の結界とは違う、小さいながらも不思議なドーム状の結界が机の上に展開される。

 

 よし成功。書によればこれで邪気を近寄らせないようにできる筈だが。まぁ失敗しても害は無いし。問題ないだろう。

 

 とりあえず今日すべき事は終わったので、弁当と今日の放課後の為にお菓子の準備をしにキッチンへと向かった。

 

 

 

 

 優季達が学校に云っている頃、朝の稽古を終えた天衣は、従者部隊の制服であるメイド服を着て、ステイシーと李にビルの外の清掃と外回りの警備の仕事を教わっていた。

 元々軍人であった天衣は、仕事時は一番の新参という事で誰に対しても敬語を使っている。

 そして仕事モードの時は自分の不運の被害が周りに行かないように気を張っているため、いつもの天然で表情豊かな女性の面影は薄れ、厳しい目つきで隙の無い動きをしていた。

 

「にしても、見た目完全に生身なのに、義手なんだよな?」

 

 そんな天衣に、ステイシーが興味深げに呟きながら彼女の腕を見る。

 

「はい。可能な限り人肌を再現したと教えられました。一応某ナンバー4のサイボーグみたいに外れるんですよ」

 

 そう言って天衣の指先が収納されて銃口の様になる。

 

「ここから小さい気弾が機関銃の様に発射されます」

 

「こわっ!」

 

「その内研究班にリアルロケットパンチとか付けられそうですね。立場ない現状を利用されて、橘だけに」

 

 李がドヤ顔で天衣とステイシーを見るが、ステイシーは呆れ顔をし、天衣は理解できなかったのか首を傾げる。

 

 そんな二人の様子に、李は眉を潜めて俯く。

 

「不発しました」

 

「李先輩はどうしたのでしょう? 確かにロケットパンチは付けられる可能性はあると思いますが?」

 

「そうか。お前はギャグをギャグと理解できないタイプかっと」

 

 ステイシーと天衣が、会話の途中で咄嗟にその場を同時に一歩分相手から離れる。すると先程まで二人が立っていた場所に鳥の糞が落下してくる。

 

「……それにしても、不幸もこんだけショボイのが連続されるとイラっとくるな。こりゃ確かになんとかしたくなる訳だ」

 

 ステイシーが同情したように呟いて、押していた清掃用具の籠から清掃道具を出して鳥の糞を片付ける。

 

 因みに鳥の糞による攻撃は本日既に四回目である。そして時たま吹く突風によって飛んでくる空き缶や小石を撃ち落す事三回。どれもこれも被害としては小さい、しかしやられ続けるとストレスが溜まる事ばかりだった。

 

「申し訳ありません」

 

「いや、こうなるのは揚羽さまやクラウディオさまから聞いていたから大丈夫だ」

 

「そうですよ。むしろ外の清掃と警備しかさせられない事を申し訳ないと言っていました」

 

 沈痛な表情で謝罪する天衣に、ステイシーと李が笑って慰める。

 そもそも天衣の監督にこの二人が選ばれたのも天衣の不幸によって起きるハプニングのフォローをするためだ。

 

「ま、優季に期待しろ。あいつはやる男だ」

 

「ええ。優季は約束したことには全力で取り組んでくれる少年です」

 

「もちろん信じてはいますが、例え失敗しても、私は彼を責めません。私の不幸体質にここまで真剣に取り組んでくれたのは、彼が初めてですから……それに」

 

 そこで言葉を切って頬を少し赤らめた顔で下を向いた天衣に、ステイシーと李が『まさかまたライバルが?』と言った感情から、訝しんだ表情で天衣の言葉の続きを待つ。

 

「彼からは他人のような気がしない。同士のような気がしてならない!」

 

 そんな二人の感情を裏切るように、顔を上げた天衣は良い表情で拳を握って力強く言い放った。

 

 彼女の発言は優季も不幸体質だと断言しているようなもので、優季からすれば失礼極まりない発言である。しかし二人は否定しない。なぜなら天衣程ではないにしろ、優季もまたトラブル体質だと理解しているからである。そして天衣の言葉に二人は表情を崩し、同時に同じ様なことを考えた。

 

 似た境遇の仲間が居て嬉しいんだな。

 

 とりあえず天衣に恋愛感情が無いと分かった二人はいつもの表情に戻り、天衣に仕事を教えて周った。 

 

 

 

 

「ほらほらユーキ! 遠慮しないで上がって」

 

「ああ、お邪魔します」

 

 小雪が嬉しそうに自宅の玄関を開けて自分を招く。

 以前から小雪に家に遊びに来て欲しいと誘われていたので、試験勉強のついでにその約束を果たす事にした。

 

 流石にみんなの前で言うのは恥かしかったのでメールで放課後大丈夫か尋ねたら、送って一分も経たずに了承の返事が返ってきた。因みに冬馬や準も誘おうとしたが、二人とも用事があるからと断られた。

 

 そして今、実際に小雪の家に来たが、彼女家は清潔感のある外観によく手入れされた小さな庭と少し広めのガレージがある、一般的な一軒家だった。

 

 やばい。川神の自宅を思い出してちょっと泣きそう。

 

 自分が意識不明で九鬼に厄介になるときに、両親は自宅の管理を川神院に任せたらしい。目が覚めてからは母さんや父さんが時折掃除しに戻って来ていたと、鉄心おじさんに教えて貰った。

 

 確か今回の海外での仕事が終わったら、二人共家に戻ってくるって言ってたな。自分も早くあの家に戻りたいな。

 

「ユーキ、どうしたの?」

 

 懐かしさが込み上げてつい考え込んでしまっていたらしく、小雪がこちらにやってきて心配した表情で自分を見上げていた。

 

「いや、自宅を思い出していただけだよ。思えばもう川神にいるんだから、これからは自宅の掃除をしにちょくちょく行こうかなって」

 

 合鍵は持っているから問題ないし、子供の頃のままの部屋とかどうなっているのか気になる。

 

「そっか。ならその時は僕も手伝うよ」

 

「ああ、ありがとう。それじゃあ改めて、お邪魔します」

 

 小雪が先に上がり、自分もそれに続く。玄関には框が無く玄関周りにマットが敷かれていて、靴箱や扉なんかは殆どが引き戸だった。多分だけどバリアフリーを取り入れた設計なのかもしれない。

 

 小雪の手紙から感じた榊原さんの人柄を考えると、そういう細かい部分に気を使っていそうな気がするもんなぁ。病院の経営にも関わっているし。

 

 玄関で靴を脱いでスリッパに履き替え、リビングに向かう途中で突然小雪が嬉しそうに小さく笑った。

 

「えへへ、子供の頃の夢が一つ叶っちゃった」

 

「夢?」

 

「うん。僕ね、いつかユーキを自分の家に招くのが夢だったんだぁ。ほら、子供の頃は家に呼ぶことすら出来ない状態だったから、いつも家で遊ぶって言ったら、ユーキの家だったでしょ?」

 

 確かに。それにしても、小雪はずっとそんな事を気にしていたのか。

 

 自分としては小雪と遊べるなら場所など何処でも良いと思っていただけに意外だった。

 なんと返すべき悩んでいると、先に小雪が口を開いた。

 

「それでね。家にユーキを招いたら伝えたかった事があるんだ」

 

 小雪はそこで言葉を一度切り、自分の目をしっかりと見据えてから、口を開いた。

 

「いらっしゃいユーキ、ここが、僕の家だよ」

 

 そして小雪は照れたように、微笑んで見せた。

 

 たった一言。

 普通ならなんて事の無いその一言を伝えるために、小雪は一体どれだけ頑張ってきたのだろうか。

 

 彼女の過去を知るが故に、その一言の重さが理解できる。きっと想像を絶するほどの苦悩との戦いだったはずだ。

 

 慣れない環境。

 愛していた両親との別れ。

 見知らぬ者達との交流。

 そんな色々な障害に耐え、乗り越えた末の一言だったに違いない。

 

 もう小雪は子供じゃない。立派な、尊敬できる相手だ。いつもの癖で頭を撫でそうになった手を引いて、微笑み返すだけに留めた。

 

 相手を慰めたり安心させたり、触れ合いたいと思った時は幾らでも撫でるが、今ここで撫でれば、それは『子ども扱い』になるような気がした。それは、これまで頑張った小雪に対して失礼だ。

 

 大きく、そして強くなったんだな……小雪。

 

 あの日妹の様に思い、手を引いてあげていた女の子は、もう自分が手を握らなくても、しっかりと一人で立って笑えるようになっていた。

 

「……小雪の家は、奇麗で住みやすそうな家だね。また、誘ってくれるか?」

 

 尊敬の念と共に、彼女の言葉に答える。

 

「っ、うん!」

 

 自分の返答を聞いた小雪は、少し気恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに満面の笑顔を向けて頷いてくれた。

 

「さて、勉強しようか。お菓子も作ってきたし」

 

「わーい!」

 

 鞄からお菓子を取り出すと、先程のちょっと大人びた笑顔から、子供のような無邪気な笑顔になる。

 

 そういうところは変わらないんだな。まぁ、そこが小雪の魅力か。

 

 小雪の成長と、昔から変わらない魅力を嬉しく思いながら、その日は二人で楽しく勉強した。帰り際に少しだけ私室も見せて貰った。絵本や可愛らしい物が多い、まさに女の子な部屋だった。もっとも、自分としては私室以上に、部屋を見られて恥ずかしそうにしている小雪の姿が可愛くて印象的だった。

 




小雪のヒロイン属性は極めて高いと思う今日この頃。
実は本編読むと分かるが、彼女が一番優季と二人っきりになっている。
幼馴染二人が空気読んでくれているのがでかい。あと一子同様作者の贔屓である。



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【七月の放課後 クローン編】


という訳でクローン組の話となります。さて、もうすぐ七夕だぁ(展開どうしよう)



「式紙!」

 

 朝の訓練の最後に、昨日術式を覚えた式紙を作り出す修行を行う。

 

 一枚の札に気を込めて空中に放つ。

 札は空中で留まり、その札を中心に他の札が集まり人型となる。

 外見は生前自分が始めて操ったドールと同じ外見だ。何故同じ形にしたのかといえば一番イメージし易かったからだ。

 

「おお初めて成功した。よし、それじゃあ行け!」

 

 式紙を対戦相手をお願いした天衣さんに向かわせる。

 

「なんか札塗れのマネキンが動いてるみたいで、軽くホラーだね」

 

 壁に寄りかかってこちらを見守っていた弁慶のツッコミに、自分もそう思う。と苦笑しながら答える。

 

「それにしても初めてまともに成功したなぁ。よし、彼の名はフランシスコ・ザ――」

 

「せいや!」

 

 天衣さんの自称マッハパンチと言う気を噴出させて義手を加速させて殴るというシンプルな技によって、核となっていた札が粉砕された式紙は、一瞬にしてその命を散らした。

 

「ザ、ザビイイイイイ!!」

 

 目の前で飛び散る千切れたザビの胴体の札が舞い散り、身体が崩れ落ちてただの札に戻る。

 

「うぅぅ……」

 

 思った以上の喪失感に襲われ、その場で蹲る。というかまた最後まであの偉人の名前を言えなかった。

 

「わ、私がいけないのか?」

 

「いや、むしろ真正面から嗾けたお兄ちゃんが悪いと思う」

 

「名前など付けるからそうなる」

 

 天衣さんがオロオロとし、義経とヒュームさんが呆れた声で溜息を吐いた。

 うん。もう二度と式紙には名前をつけない。つけるなら式神だ。そして今度は一発で砕けない頑丈なやつを作る。

 

「くっ。今度はもっと強いのを生み出してみせる。お前の死は無駄ではない。いずれ第二第三のフランシスコ――」

 

「はいはい、良いからお掃除しようねユウ君」

 

「……はい」

 

 いつの間にか掃除道具を持った清楚姉さんの笑顔の迫力に負けて返事を返しつつ散らかった札の残骸の後始末をする。

 

 くっ。いつか、いつかこのザビキャンの呪いを解いてみせる!

 

「それにしても、式紙も一体だけとはいえ、扱えるようになったのは大きいな」

 

 最後にヒュームさんに、これからも精進しろ。と激励されて、その日の訓練は終了した。

 

 

 

 

 放課後。今日は夜の訓練がないので、義経達と清楚姉さん達を交えて義経の部屋で勉強会を開く。

 

 今回のテストに目標のある弁慶と清楚姉さんは黙々と勉強し、二人の邪魔にならないように三人で分からない所を教え合いながら過ごす。

 

 二時間ほど経った頃に休憩ということで、買っておいたお茶菓子を広げて島にいた頃の様にみんなでお喋りをして過ごす。

 

「そう言えば、清楚さん達は大学に行くの?」

 

「ええ。項羽はモモちゃんと一緒に修行の旅にって主張したけど、日本の総理大臣は大学を出ておかないとなれないわよ。って言たら納得してくれたわ」

 

 流石は清楚姉さん。既に項羽姉さんの操作術をマスターしている。

 

「どこの大学に行くんです?」

 

龍王(りゅうおう)大に行くつもり。多くの政治家を輩出しているみたいだから」

 

「そういや、紋白の奴も政界に行くんだろ? 色々問題になるんじゃねぇか?」

 

 与一の意見を聞いて自分も頷く。確かに清楚姉さんは九鬼のバックアップを受けている。しかしいずれは紋さまも似たような形で政界に行く事になるはずだ。

 

「紋白ちゃんはあくまで政界に関わるだけで、本人が政治家になるとは限らないみたい。むしろ私がそういう立場を目指しているなら、紋白ちゃんが全面的にバックアップしてくれるって」

 

 なるほど。悪い言い方だが、九鬼はあくまで経済を牛耳るのが目的だ。例えば揚羽さんの軍部なら、兵器の売買の取り締まりや、護衛の派遣等が上げられる。

 

 逆に清楚姉さん達の目的は表立ってこの日本を変えることだ。それこそ、経済面を九鬼に支援してもらい、可能な限り彼らの要望を取り入れながら、理想の国を作って行けば良い。いつの世も、商人と為政者は切っても切れない関係という事だ。

 

 それに清楚姉さん達と紋白には個人で既にお互いに強い信頼という名のパイプが存在している。その辺りも有利な点と言える。

 

「そう言えば、お前達は将来どうするのだ?」

 

 項羽姉さんがなんとはなしに義経達にそう呟きながら、お茶菓子の一口サイズの饅頭を口に放る。もう瞳を閉じたりなんてしなくても一瞬で意識の切り替えができるみたいだ。瞳の色も一瞬で赤くなった。その内左右で瞳の違うオッドアイになるんじゃないかと心配している。

 

「どうなんだろう? 義経は特にマープルに指示はされて無い。でも、普通は進学するものなんじゃないのか?」

 

 義経が周りに尋ねると、弁慶が川神水を注いだ杯を一気に煽って息を吐く。

 

「……はあ。そもそも私達は自由に職を選べるのかねぇ? 私は清楚先輩の王を目指すって言うのも、武士道プランから逸脱していないから許されたと考えているんだけど?」

 

 弁慶が視線を清楚姉さんに送ると、清楚姉さんは困った表情で頷いた。

 

「うん、多分ね。マープルもそんなことを言っていたから。これでお花屋さんにでもなりたいなんて言ったら、猛反対されてたかも」

 

「はっ。結局俺達は九鬼に拘束された人生を送るしかないのさ。将来のことなんて考えても無駄だろ」

 

 清楚姉さんの言葉に与一が投げやりに言い放つ。ちょっと不貞腐れているみたいだ。

 

「ん~じゃあ仮定として、義経達が将来清楚姉さん達の部下になるとしたら、二人は義経達をどういうポジションにするの?」

 

 与一には悪いが少しだけ清楚姉さん達が目指す国に興味があったので、話を更に広げる。

 

「義経達には軍関係を任せるつもりだ。これは俺と清楚二人の意見だ」

 

 答えたのは項羽姉さんだった。

 

「そりゃまたなんで?」

 

「義経は優秀な指揮官だ。軍部のトップになったとしても驕らず、そして得た武力の使い所を間違えることもないと思っている。与一は諜報担当だな。なんだかんだで抜け目ないし、疑い深い性格も、義経の苦手な計略の看破には持って来いだ。弁慶は要領の良さとその実力で二人のサポートをして貰いたいと考えている」

 

 こ、項羽姉さんの知力が上がっているだと!?

 

 義経意外の二人も、今の自分と同じ様に意外だと言わんばかりの顔をしている。いや、失礼なのは分かっているけど、それだけ驚いているのだ。

 

「と、清楚が言っていた」

 

 しかし次の瞬間に放たれた台詞に、三人揃ってギャグ漫画の様に体勢が崩れる。

 

「俺には難しい事は分からんが、俺はお前達を信頼している。三人になら、俺が手に入れた武力を任せられる。生前の俺の様に間違った使い方はしないはずだ」

 

 恥かしげも無く胸を張って笑う項羽姉さん。その姿が、凄く眩しくてカッコイイと思った。

 

 もしかしたら自分達の中で一番成長したのは項羽姉さんかもな。

 

 彼女はどこまでも真っ直ぐだ。だからこそ、その言葉は胸に響く。

 項羽姉さんも義経同様人を惹きつけ、導く才を持っている。そんな彼女を支え導くパートナーである清楚姉さんもいる。案外、彼女達がこの国のトップに立つ日は、そう遠くないのかもしれない。

 

「で、兄貴のポジションは?」

 

「俺達の秘書だ!」

 

「いきなり職権乱用?!」

 

 自信満々に宣言した項羽姉さんに、弁慶が身を乗り出してツッコむ。というか、秘書なんて管理職、自分に勤まるのだろうか?

 

「ほら、私って寂しがりやだし」

 

「清楚さんまでストッパー止めちゃダメでしょ!」

 

 テヘペロ。なんて擬音が聞こえそうな表情でウィンクする清楚姉さんに、弁慶は眉を吊り上げて非難する。

 

「兄貴の性格や能力考えるなら国内の悪を調査する部門に就かせるべきだろう。宵闇を舞い悪を捌く、まさに魔術師(ウィザード)の名に相応しい」

 

「義経は外交関係が良いと思う!」

 

 清楚姉さんと弁慶が個人的な内容で言い合いを繰り広げ、与一と義経はそれを無視して話を進める。

 そんな四人のやり取りを微笑ましく思いながら、改めて自分にとって彼らが家族同然の大切な存在なのだと思い知る。

 

 故に、もし彼らにどうしてもやりたい事、目指したいものがあるなら、自分は九鬼の敵になってでも彼らの味方をするつもりだ。もっとも、九鬼もそこまで非道じゃないとは思っている。聡明な人や優しい人も多いし、誠心誠意説得すれば分かってくれるはずだ。

 

「さて、それじゃあ休憩は終わりにして勉強の続きだ」

 

 休憩時間の終了を知らせる携帯のアラームが鳴り響き、アラームを止めつつ手を鳴らして全員に聞こえるように少し大き目の声を上げる。

 

「よし、頑張るぞ。与一、弁慶!」

 

「はぁ、しかたねぇか」

 

「あ~あ、なんで私だけ3位かなぁ」

 

「こら項羽、身体動かしてないからって眠ったらダメ!」

 

「し、しかし清楚、俺にはもはや何が何やら分からない。ペースが速いペースが!」

 

 口で色々言いつつも全員すぐに勉強の姿勢になるのは流石だ。

 

 さて、自分も頑張るとしよう。

 

 長年誓い続けている思いを改めて確認しながら、万が一そんな日が来た時の為に、今日も自分を磨いていく。

 




という訳で将来について悩むクローン達の話でした。
実際原作であの事件が起きなかったら、彼らはどうなるんでしょうね?まぁ個別エンド後の葵ファミリー同様、一緒に居ることは確定でしょうけど。



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【七月の放課後 マルギッテ編】


忘れた頃にやってくる赤毛の乙女!



 今日から本格的に御守りの制作に取り掛かる。ストラップの方は暇を見つけて縫っていたので全員分用意してある。あとは水晶を縫い付けるだけだ。

 

「あれ?」

 

 結界内の巾着から水晶玉を一つ手に取った瞬間、違和感を感じた。

 集中して水晶玉を観察すると、今までは内封された気が水晶玉の表面を軽く覆う程度の輝きだったが、今は火の様な力強い気が、水晶玉を覆っていた。現実に見たら火の玉に見えなくもない。

 

 だが水晶玉よりも自分を不安にさせるのが、隣の水晶の原石だ。

 

 原石の方は、昨日の夜に気を込めたが、ほぼ自身の持つ全ての気を込めた。気の量が量なので、しっかりと内封するように札まで貼ってなんとか気を安定させた。

 

 結果から言えば成功なのだろうが……。

 

 視線を水晶の方に向ける。そこでは、なんか生まれるんじゃねってくらい光り輝いて奇麗な青い炎を迸らせている水晶の原石が鎮座していた。

 

 だ、大丈夫かこれ?

 

 悪い感じはしない、だが、薬も行き過ぎれば毒となる。

 ……心苦しいけど、彼女に試して貰おう。

 

 

 

 

「水晶玉の効果の実験?」

 

「はい。一応改良を重ねて効果を上げてみたのですが、その、ちょっとちゃんと使えるか自信が無いので」

 

 朝の稽古が終わった後に、ヒュームさんと天衣さんに例の件で話があると伝えて、その後会議室のような広い部屋に移動して、揚羽さん、クラウディオさんも呼んだ五人で話し合うことになった。

 

「ふむ。優季、とりあえず見せてくれるか?」

 

「はい」

 

 そう言って、持っていた水晶玉の一つを机の上に置くと、全員が眉を顰めた。

 

「む。強い気を感じるな」

 

「ああ、不思議な感じはするな」

 

「ほう。集中して見なくてもここまでの気配を発するか」

 

「なるほど。この強い力が正しく機能するか不安、と言ったところでしょうか?」

 

「その通りです」

 

 揚羽さんと天衣さんは不思議そうに、ヒュームさんは興味深げに眺め、クラウディオさんはいつもの笑顔でこちらの考えを言い当てる。

 

「よし、天衣。今日一日これを所持して仕事に当たれ。それで不幸が減れば効果有りと言う事だろう」

 

「分かった」

 

「まぁ大丈夫だろう。悪い感じはせんから、悪化する事は無い」

 

「だといいんですけど」

 

 補助効果で悲運が強くなったとかした目も当てられない。

 とりあえず今日の結果を待つ事にして、その日は学校に向かう事にした。

 

 

 

 

 放課後は特に用事が入っていないので、マルギッテさんとの決闘場所である川神山に下見に向かう。

 登山ルートは整地されて歩き易くなっているが、少し外れると獣道だ。

 マルギッテさんから貰った地図に記されたルートを通りながら周りの地形を確認して、道順を頭に叩き込んで迷わないようにする。

 

 木々の合間を抜けると、木や茂みが殆ど無い、平地の空間だ現れる。

 平地なのは円形でだいたい直径五、六メートル。その空間で戦うなら問題ないだろうが、一歩でもそこから出れば、木々や斜度のせいで視界や動きが制限されるのは間違いない。

 

 少し周りを確認しておくか。

 

 平地を起点に、その周囲を見回る。

 

 木の少ない場所、多い場所。斜度の急な場所、緩やかな場所。地盤のしっかりした場所、ぬかるんだ場所。当日にならなければ正確な情報は分からないが、それでも当日に事前に調べた情報とどれだけの差があるのかを把握する為にも、時間を掛けてゆっくり見回る。戦いやすいポイント、気をつけるべきポイントなどがあった場合は、その場に座ってマルギッテさんから貰った地図に文字や印を書き込んでいく。

 

「よし。それじゃあ――っ!?」

 

 地図への書き込みを終えて立ち上がったその時、不意に頭上から僅かに気配を感じで咄嗟にその場を飛び退く。

 

 大きな音を立てながら地面に『襲撃者』が落下する。

 何故襲撃者と分かったのか?

 理由は単純だ。落下して来た人物を避ける際に辛うじて目で捉えた相手の眼光が、鋭かったからだ。 少なくとも不意な事故で落下して来た者は、あんな鋭い目つきはしていない。何よりその相手というのが……。

 

「ふっ、流石は優季。気配を完全に消したと思ったのですが」

 

 マルギッテさんなのだから、襲撃と勘違いしても仕方ないだろ?

 

「どういうつもりですか?」

 

 まさかの襲撃に内心驚きながらも、約束を破ったのかという思いもあって、少し不機嫌そうな声が自分の口から零れた。

 

「自分の具合の確認と、決闘までの間、貴様が腑抜けないように釘を刺したまで。どうも私との決闘以外にも、色々とやっているようだからな」

 

 今度はマルギッテさんが不機嫌そうな声でそう呟いた。

 

「た、確かに色々やる事が多いですが、決闘の事を忘れた訳じゃありません。むしろ、その為に色々習っているところです」

 

 これは嘘ではない。元々天衣さんを切っ掛けにしなくても、符術の技術の向上は考えていた。

 

 個人的にだが、慢心を捨てた本気のマルギッテさんの実力は百代達同様の最強の域にあると考えている。特に技術では間違いなく百代や項羽姉さんを上回る。となるとセイバーモードではこちらが先に体力を削られる可能性があった。

 

 それに礼装はあくまで自分自身の身体能力を上げてイメージ通りに無理矢理身体を動かす力技だ。自分自身の技術の錬度は元のままなため、同レベルになると経験差が如実に現れる。多分剣術勝負ではセイバーモードでも義経には叶わない。

 

 故に、非力な今の自分が本気で勝利を考えるなら、キャスターの呪術による多面的な戦術は必要不可欠な要素となる。

 

 しかしこちらの答えを聞いても、マルギッテさんはまだ疑いの眼差しを変えない。

 

「……では、何か賭けますか?」

 

「賭け?」

 

「優季を信じない訳ではありませんが、憂いは払っておくに越した事はない」

 

「まあ、それでマルギッテさんが納得するなら」

 

「では私が勝ったら優季、私の部隊に配属しなさい」

 

「……それは賭けにしても重くないですか?」

 

 いきなり将来の道が決定してしまいそうになってそう口にする。

 

「無自覚なようだが、お前の能力を高く買っている組織や人間は多い。私もその一人と理解しなさい。お前を将来我が隊に入れたいと常々思っていた。これは良い機会です」

 

 満足そうな笑顔で答えるマルギッテさんに、目を閉じて眉を潜めるが、将来なりたいものが決まっていない自分には反論するための武器が無い。

 

「はぁ、分かりました。なら自分が勝った時は?」

 

「私が叶えられる範囲でなんでも。こちらは貴方の人生を頂く訳ですから、それくらいのリスクはこちらも負いましょう」

 

 なんというか、強者はみんな『自分が負けない』って思っているから条件が似るなぁ。

 百代と同じ様な状況に、つい苦笑する。

 

「ではそれで。それと話は変わりますが、今度の七夕に風間ファミリー、葵ファミリー、武士道プランのみんなでお祭りに行くんですが、マルギッテさんはどうするんですか?」

 

 今日の朝、冬馬と百代に七夕祭りがあるから義経達も一緒にどうかと誘われて、渋る与一を説得して全員参加することになった。もっとも、かなりの大所帯だが、まぁ祭りなんだから人数が多い方が楽しいだろうと、気にしないことにした。もしかしたら現地でグループ分けするかもしれないしな。

 

「お嬢様にどうしてもと誘われていますから、もちろん行きます」

 

 やっぱり身内に甘いなぁマルギッテさん。

 

「あはは、やっぱりマルギッテさんはクリスに甘いですね」

 

「その言葉、そっくり反させて貰う。優季は義経達に甘過ぎる」

 

 そ、そうかな? 個人的に甘やかしている気は無いんだが?

 

「いや、義経達だけでなく大体貴様は誰に対しても隙が多過ぎると理解しなさい。いいですか――」

 

 何故かその後、マルギッテさんに説教される羽目になった。なんで?

 

 

 

 

 マルギッテさんのお説教が終わり、これ以上一緒に居ると戦闘衝動が抑えられなくなりそうだと彼女に言われたのでその場で別れた。

 

 九鬼のビルに戻ると、入口で待っていた天衣さんが物凄い勢いで駆け出してきた。

 

「優季やったぞおおぉぉ!」

 

「ぐっぬぅう?!」

 

 物凄い勢いで抱きつかれ、なんとか倒れそうになるのを堪える。

 

「お前の御守りのお陰で、今日一日身に降りかかる不幸の質が落ちた!」

 

「そ、それは良かったです」

 

 とりあえず天衣さんを落ち着かせて離れて貰う。余程嬉しかったのだろう。

 

「ただ、やはり一日が限界だな。水晶球もこの通りだ」

 

 差し出された水晶玉は既に罅割れが酷い。だが朝感じた強い力強さはまだまだ健在で、確かに今日一日くらいなら持ちそうだ。

 

「それで、質が落ちたというのは?」

 

 今後の為にも話を訊いて参考にしたい。

 

「今までは石とか缶が降ってきたりもしたんだが、そいういう『怪我』する不幸が無くなった。鳥の糞や、服を引っ掛けて破いたり、昼食で支給されたお弁当を落したり等の不幸はあったが、今までに比べれば全然ましと言える結果だ!」

 

 ……個人的には後半のその不幸でも自分だったら泣くと思うが、確かに危険が減ったというなら災厄の御守りとしては機能していると言うことになる。

 

 今日明日頑張れば、七夕までには全員分の御守りと、天衣さんへの開運アクセサリーを完成させられるかな。

 

 ヒュームさんに朝と夜の訓練をお休みさせて貰う許可を得る事を考えながら、天衣さんと一緒に今度こそ九鬼ビルへと帰宅した。

 




という訳で久々のマルさんでした。それと日常回は今回で終わりです。次回からは七夕イベントに入ります。さて、七夕イベントはどうしようか……。



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【天衣の想いと七夕前夜】


前回七夕と言いましたが、ちょと分けました。という訳で天衣編最終話です。



 

 ガリガリ。

 ガリガリガリ。

 ガリガリガリガリガリ。

 

「……ヤバイ。傍から見たら危ない人に見える気がする」

 

 水晶玉の効果が確認されたその日の夜。卓上ランプの小さな明かりの中で水晶の一部を切り取って鍵の形に形成して行く作業に寂しさを覚え始め、つい独り言を口に出して呟いてしまう。

 

 全員分の御守りは縫い付け作業だけなのですぐに完成させる事が出来たが、開運アクセサリーは形や大きさもそうだが、効果も違うため、専用の術式も組まないといけないので、常に陰陽術の書と睨めっこしなければならない。

 

 えっと、確か生前持っていた礼装の鍵の形はこうだった筈。

 

 水晶が割れないように珍重に削っては術式の文字を全て彫れるか慎重に全体の長さや大きさを確認する。

 

 その作業を繰り返し続ける。正直球体を作って気力を込めてるだけで済んだ厄払いの御守りの時の労力とは雲泥の差だ。

 

 特に納期なども決まっていないのだが、自分の中で七夕にみんなに贈り物をすると決めていたので、可能ならば間に合わせたい。

 

「はぁ。今日は徹夜だな。まぁ三徹くらいなら余裕だけど、それは眠れない環境だからな訳で、自室で眠れないって言うのは……結構精神的に来るなぁ」

 

 それと勉強の方は学校の休み時間や昼休みを利用しよう。

 

「聖杯戦争時に比べれば楽な方だ。うんうん」

 

 そうやって自分を激励しながら作業に没頭した。

 

 

 

 

 翌日も、学校に行く以外は部屋に食料を買い込んで作業に没頭する。

 昨日の晩に徹夜で鍵の作ったので、ここからより細かい整形と術式を彫り、『開運』の文字を彫る。英文は術式の文字的に無理そうなので断念した。

 

 そしてガリガリと部屋に水晶を削る音が響く事約十時間……ようやく最後の念を込めて切れ難くした肌触りの良い紐を結って完成させる。

 

「できた……もう二度と……こんな凝った物は作らない」

 

 生前見た『開運の鍵』に似た形状のアクセサリーを見ながら、精魂尽き果てて机に突っ伏したいのを我慢し、携帯に手を伸ばして天衣さんに連絡を入れる。正直他の人に連絡を入れている余裕は無かった。

 

「優季、本当に出来たのか!?」

 

「ええ。あ、どうぞ中に」

 

 興奮しながら凄い勢いで入って来た天衣さんに苦笑しながら卓上テーブルの前に座るように彼女を促す。そして天衣さんが座るのを確認してから、テーブルの上に開運の鍵モドキを乗せて彼女の前に差し出す。

 

「以前自分が見かけた開運アクセサリーを再現した形にしてみました。その名も開運の鍵です」

 

「ま、まんまだな」

 

 ごもっとも。しかし名は体を表す。とも言うし、ここは生前の礼装に肖らせてもらう。

 それにこの開運の鍵は今までの使い捨ての災厄守りではない。

 

「この開運の鍵は今までの御守りと違って『天衣さんの不幸気質を幸運気質に近づける』という、所謂性質変化系の力を働かせます」

 

 元々の幸運の鍵で使用できるコードキャストが『サーヴァントの幸運値上昇』だった為、それを再現してみた。まぁコードキャストは自分がサーヴァントに対して使用するスキルだけど、別に良いよな。

 

「な、何か違うのか?」

 

 首を傾げる天衣さんに、いつもより思考の巡りの悪い頭を何とか回転させて説明する。

 

「えっとですね。今までの水晶玉は効果としては病気とか事故とかの身体的な厄を祓う効果な訳です、なんせ御守りですから。その為に身体的に被害の低い鳥の糞とか服が破れたりの不幸が抑えられなかった。しかしこの開運の鍵は不幸な出来事を起こす体質そのモノを変えるため、それらの他愛ない不幸も防げるはずです……理論上では」

 

 一度口を閉じて天衣さんが理解できたか確認する。こちらの視線に気付いた彼女が頷いたので、続きを語る。 

 

「そのため開運の鍵は内封する気力を消費して、常に天衣さんに効果を及ぼし続ける仕様にしました。これは水晶自体への負担を減らすためでもあります。それと補充の術式も込めましたから、天衣さんが開運の鍵に気力を込め続ければ、半永続的に使用し続けられる作りにしてあります」

 

 天衣さんは義手を気力で動かしているので、アクセサリーに気力を注ぎ込むのも可能だろうと思い、陰陽術の書にあった術式を大麻呂さんの助言を貰いながらなんとか組み上げることに成功した。

 そのせいで鍵には術式の文が多く彫られて、ちょっとしたオカルトアクセサリーみたいになっているが、これくらいは我慢して貰おう。

 

「一応紐の長さを調整する事でネックレス、ブレスレット、あと天衣さんが腰につけているアクセにも巻きつけられると思います。とりあえず元々がネックレスだったので、それを基準に作りました。身に着けてみてください」

 

 そう言って天衣さんに開運の鍵を身に着けるよう促すが、彼女はテーブルの鍵を見詰めたまま、真剣な表情で答えた。

 

「……すまない優季、できれば君がつけてくれないか」

 

「自分がですか?」

 

 首を傾げながら聞き返すと、彼女はなんとも恥かしげに顔を赤らめて、しばらく視線を彷徨わせると泣きそうな顔で呟いた。

 

「持った瞬間壊したら困る。今日貰った水晶玉はもう壊れてしまったし」

 

 なるほど。確かにそれは自分も嫌だ。というかあまりのショックに卒倒する、間違いなく。

 

「それじゃあ失礼します」

 

 開運の鍵を持って天衣さんの背後に周り、紐の先端のフックを外して広げて鍵を首の前に回し、後ろでもう一度フックで止める。

 

「長さの調整は必要ですか?」

 

「いや、問題ない。丁度胸元辺りだ」

 

「なら良かったです」

 

 立ち上がって改めて天衣さんの前に座って気を放ち、集中して彼女を調べる。すると胸元の開運の鍵から淡く優しい光が、天衣さんを包み込んでいた。

 

「どうですか? 何か違和感とかありますか?」

 

「こう、なんとなく護られているという感じはするが、それ以外は特に」

 

 立ち上がった天衣さんが身体を少し動かして状態を確認しながら答える。

 

「とりあえず、様子を……見ましょ……う」

 

 あっ。安心したら睡魔が。

 

 

 

 

「優季!」

 

 急に前のめりに倒れた優季の身体を手で支える。

 

「どうしたんだ?!」

 

 慌てながらも優季の状態が分からないため、ゆっくりと床に仰向けに寝かせる。これでも元軍人だ。ある程度の応急処置は施せるし、対象の状態の確認も出来る。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 しかし私の焦りはただの杞憂だった。

 仰向けにされた優季は幸せそうな顔と穏やかな寝息を発てていた。

 

 良かった。特に病気になったとか、そういう訳では無さそうだ。

 

 安堵の溜息を吐き、ベッドの上掛ける布団をどかし、大柄な優季を抱きかかえてベッドに運び、布団を掛ける。この時ばかりは義手と義足で良かったと思う。リミッターが掛けられているとは言え、人一人くらいなら難無く運べるのだから。

 

 優季をベッドに寝かせたあと、彼の目元に隈が出来ている事に気付く。

 

 ……こんなに疲れるまで頑張ってくれたんだな。

 

 私はいとおしい気持ちでその隈を指でなぞり、その頬に触れる。彼に触れる度に胸が高鳴り、いとおしい気持ちが溢れる。

 

 そして気付く。自分が女として、戦士として、友として、彼を愛していることに……。

 

 もしも自分に幸運が働いたというのなら、彼に出会えたことだろう。

 

「優季、もし我侭を許してくれるなら、私はお前の歩む道を傍で見ていたい」

 

 彼の頬に触れていた手を放して部屋から退室し、そして私は『町へと向かう』。

 

 恐れは無い。だって彼があれだけ丹精込めて作ってくれたのだ。私の役目は唯一つ、彼に朗報を届ける事だ!

 

 自分でも分かるくらいの不敵な笑みを浮かべ、私は夜の町へと繰り出した。目指すはステイシー達がいるバーだ!! 

 

 

 

 

「それにしても、最近は優季が忙しくて付き合い悪いぜ」

 

「まぁ、テスト前ですし天衣の件もありますからね」

 

「ま。そこは大人の余裕で我慢するしかねぇだろ。なんせ優季の場合、S落ちすれば九鬼ビルから出て行かなきゃいけないしな」

 

「分ってるよ。でも寂しいんだよ~」

 

 ステイシー、李、あずみの三人はいつもの行きつけのバーでいつものように他愛ない会話や恋愛話に花を咲かせていた。

 

 ステイシーがお酒の入ったグラスを呷り、李やあずみもそれに続いて飲み干し、お代わりを注文しながら、つまみとして注文した果物を口に運んでいく。

 

「そういや、テスト後はあの狂犬と()り合うらしいな。あいつ優季にご執心だし、優季が勝ったらまたライバルが増えるな」

 

 あずみが思い出したように呟き、ステイシーと李が暗い顔をする。

 それを見てあずみは頭を掻きつつ前々から思っていたことを二人に尋ねた。

 

「なぁ。告白できてないあたしが言うのもあれだが、なんで二人は告白しないんだ? 優季は別に英雄様みたいに九鬼にずっと居るわけでも、特別な立場でもないだろ?」

 

 あずみの答えに二人は同時になんとも難しい顔をした。

 

「……多分、誰か一人でもあいつに告白したら、全員告白する事になる。そんな予感がする」

 

「同じく」

 

 なるほど。と、あずみは思った。

 

 確かに恋する女性陣に告白の事が知られれば、堰を切ったように他の奴も告白するのは目に見えてるな。個人的にはそれはそれで鉄がどんな決断を下すのか見てみたくもあるがな。

 

「ゴール!」

 

 あずみがそんな事を考えていると聞き覚えのある声がバーの入り口から聞こえたため振り返る。

 そこには感無量と言いたげな顔で拳を握り『やったぞ優季』と涙を流しながら呟く、テンションが高い天衣が立っていた。

 

「橘お前、何勝手にビルから出てんだよ!」

 

 最初に我に返ったあずみが天衣の元に向かって腕を掴んでとりあえず自分達の席に連れて行く。

 

「ああ、すまない。しかし優季の為にも早く効果があるか試したかったんだ」

 

 仕事場ではないということで天衣も素の表情と口調であずみに受け答えしながら事情を説明した。

 その説明を聞かされ、あずみ達も優季に同情しつつ、気になった事を尋ねてみた。

 

「で、肝心の不幸は抑えられたのか?」

 

「ああ。今までは棒が二本付いているアイスを買うと少し食べてすぐに両方とも落ちていたが、今回は一本で済んだし、自販機でジュース買う場合、大抵財布ごと落としていたが、それが小銭、しかも一回で済んだ。不良や酔っ払いも睨みつければすぐに引く大人しい奴らばかりだった。ああこれが、運の在る世界なんだな!」

 

 いや、あんたはまだどちらかと言えば運の無い世界の側だよ。

 

 三人は同時に同じ事を考えたが、確かに今までの天衣の悲運のレベルを考えれば格段に改善されたのは確かなため、口には出さなかった。

 

「さて、なら飲んでくか? お祝いってことで奢ってやるよ。一応橘もあたい達の同僚な訳だし」

 

「ならありがたく一杯だけ軽いのを頂く。今日は帰ってすぐに揚羽達にも伝えないといけないし、今後の身の振り方もある」

 

 あずみの申し出に天衣は暫く思案したあと、好意を無碍にするのも良くないと判断し、一杯だけと申し出を受け入れた。

 

「そう言えばそうですね。不幸体質だったからビル周辺で生活していた訳ですし、今後の話し合いが必要でしょう」

 

 李が天衣の言葉に頷きながら、バーのマスターに天衣の分のお酒とそれに合う甘味系のツマミを注文する。

 

「ツマミはあたしと李からだ。なあ天衣、良かったらそのまま従者部隊に入れよ。あたし達と一緒にロックに仕事しようぜ」

 

 ステイシーが天衣に提案するが、天衣は首を横に振る。

 

「悪いステイシー、まだ返事は出来ない。だがしばらく、少なくとも一年半は九鬼に居させて貰えないか頼むつもりだ。勿論今まで以上に仕事はさせて貰うつもりだ」

 

「なんで期限決めてまで残るんだ?」

 

「ああ、優季が居る間は私も九鬼に厄介になる。あとは優季の卒業後次第だな」

 

 天衣はそう言って、目の前に置かれた酒とチーズケーキを口に運ぶ。

 

「……なんでそこで優季が出てくるんです?」

 

 李が訝しんだ表情で尋ねると、不幸体質ゆえに早食いを身に着けた天衣は、すでに酒とケーキを食べ終えていたのか、手を合わせてご馳走様と言っている最中だった。

 

「えっ。ああ理由か? 理由は単純だよ。私は彼の傍で、彼の将来を、彼の歩む道を見てみたいんだ。恥かしい話……その、心底惚れてしまったんだ。女としても、人としても」

 

 天衣のその言葉に、三人は唖然としてしばらく呆然としていたが、やはり逸早く我に返ったあずみが尋ねた。

 

「えっと。それはつまり、優季と結婚を前提にお付き合いしたいと?」

 

「も、勿論そうなれば言う事無しだが、例え優季が誰かと付き合ったり結婚しても、私は可能な限り彼の傍で彼を手助けしていくつもりだ。言っただろ、人として惚れ込んでるって」

 

 なるほど、小十郎と同じタイプか。あいつも揚羽様を異性として好いているがそれ以上に人として敬愛してる感じだし。まぁ、あたいも似た様なもんだが、流石にまだ二人みたいに割り切れねぇわ。

 

 あずみは天衣の答えに、同じ境遇の同僚を思い浮かべながら腕を組んで溜息を吐く。

 

「こ、告白はすぐに?」

 

 フリーズから立ち直った李が、なんとも落ち着きの無い表情で尋ねると、天衣は首を横に振った。

 

「いや、優季のテストの邪魔はしたくない。だから夏休みに入ったときにでも伝えよう思う。まぁ揚羽達には伝えるつもりだ。それじゃあ三人とも、今度は一緒に飲もう」

 

 天衣はそう言って席を立ち、晴れやかな顔でバーを去って行った。

 

「……なぁあずみ、これはライバルが増えたのか?」

 

 ステイシーの問いかけにあずみは手の中のグラスに注がれた酒を見詰めながら呟いた。

 

「さあな。だがまぁ、何処かの誰かの言葉を借りるなら『猶予期間(モラトリアム)がもうすぐ終わる』って事だろうな。お前らも腹決めとけよ」

 




という訳で、天衣さんが猶予期間の終了を告げる起爆剤でした!
そして猶予期間の終わりとはつまり……戦争が始まる!(恋する乙女限定の)
まぁ、まだマルさんもあるし、その最後の大舞台までの話もあるしで、全然猶予期間終わらないんですけどね(苦笑)



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【七夕祭りの始まり】

ようやく七月最初のメインイベントの七夕です。正直ここまで悩むとは思わなかったよ。(軽いイベントのつもりだったのに)



「優季はまだ起きないか?」

 

「はい。大分お疲れのご様子でしたし、もう少し寝かせて上げた方がよろしいかと」

 

「そうか。一応祭りの時間が近くなったら一度起こしてやってくれ」

 

「かしこまりました」

 

 揚羽は机の企画書を読みながら傍に立つクラウディオに指示を与える。

 

 それにしても、天衣がそこまで惚れ込むか。

 

 昨晩九鬼ビルに帰宅すると同時に天衣に連絡を貰った揚羽は、彼女から優季が不幸を抑えるアクセサリーを完成させたと報告され、同時に彼に惚れ込み傍にいたいからと、優季が九鬼に居る間働かせて欲しいと嘆願された。

 

 まぁ、十数年自分を苦しめていた問題を取り除いてくれた相手に惚れるなと言う方が無茶か。

 

 揚羽は小さく笑いながら今後の事について考える。

 

 やはり優季は九鬼に欲しい人材だな。

 

 そもそも優季に非凡な才能は無いと揚羽は考えている。

 

 確かに類稀な目と気の操作能力はあれど、それを凌駕する者を多く知る揚羽にとって、現状の優季の武の強さは『無茶をしてようやく壁越えに至れる』レベルだ。

 

 気の操作能力で精密に調整しているお陰で誤魔化しているが、そもそも優季の気の総量は多くなく、肉体の回復能力も並みである。そのため一度でも無茶をすれば、肉体に掛かる負担はあまりにでかい。今までは相手が奢っていたり油断していたりと、運が良かっただけなのだ。

 

 知力も物覚えが良いだけで精々並みであり、義経達についていけるのは常日頃の予習復習の賜物である。

 

 しかしそれでも我、いや我だけではなくヒュームも、マープルも、クラウディオも優季という才持たぬ者に何故か目を向けてしまう。

 

 揚羽はその答えをずっと探していたが、今もまだ分からずにいた。しかし目が放せないという想いだけはずっと抱いていた。

 

 天衣の気持ちもなんとなく分かる。出来る事なら我もあやつの成長を見届けたい……確か告白は夏休み直前にすると言っていたな。

 

 企画書の一枚に目を通す。

 

 ふむ。どれにするか悩んでいたが、この企画にするか。これならば百代や他の連中も参加できる。

 

「クラウディオ、ヒュームを呼んでくれるか」

 

「かしこまりました」

 

 クラウディオに指示を与え、揚羽は企画書を手に小さく笑った。

 

「さてこの企画、当初よりも荒れるかも知れんな」

 

 だがそれが面白い!

 

 揚羽は不適な笑みを浮かべ、企画書の内容をより面白い物にすべく、幾つかの内容の変更をを行う事にした。

 

 

 

 

 気付けば日が傾き祭りの時間が迫っていた。クラウディオさんが起こしてくれなったら危なかった。

 急いで着替えて作った御守りを鞄に詰めていると、控えめにドアがノックされたので返事を返す。

 

「お兄ちゃん体は大丈夫か?」

 

 ドアが開くと私服の義経達が心配そうな顔で立っていた。

 

「ああ。ぐっすり寝たから体調は問題ないよ」

 

 義経達に笑って答える。実際徹夜の影響で寝不足だったのが原因だから睡眠を取った今は問題ない。

 

 まぁ終始作業で気を消費したから残量がほぼゼロに近いが、明日からテストで訓練も休みだし、マルギッテさんとの決闘までには回復できるだろう……多分。

 

「ならいいけど。もし何かあったらすぐに言うこと」

 

 心配そうな声色で、眉を少しだけ吊り上げた清楚姉さんに叱られてしまった。心配させてしまったのは自分なので素直に頷いて辛くなったら言うよと伝えた。

 

「それじゃあユウ兄も起きたし行こうか。確か川神院前に集合だっけ?」

 

「ああ。それじゃあすぐに準備するから少し部屋の外で待っていてくれ……ところで何故与一は絶賛気絶中なんだ?」

 

 弁慶も心配そうにこちらを窺うが、その手に気絶した与一の首根っこを掴んでいた。正直怖いです。

 

「与一の奴、土壇場でやっぱ行かないとかぬかしたから、ちょっと灸を据えただけだよ」

 

 まぁ元々与一は無理矢理参加させたようなものだからなぁ。可哀想な弟分に心の中で合掌しつつ、ドアを閉めて改めて外出準備を行い、最後に御守りの入れ忘れが無いかチェックして義経達と一緒に川神院へと向かった。

 

 

 

 

 川神院前には結構な人だかりが出来ていた。

 

「なんというか、この街は祭り好きだよね」

 

 大きな敷地を持つ川神院には出店が大量に並び、商店街の方も店の殆どが七夕仕様になっていた。

 

「一年に一回のイベントだからね」

 

「そんな思考だから日本人は販売企業にいいように搾取されるのさ。月に一回何かしらのイベントがある国とかイベント好きにも程がある」

 

 清楚姉さんの言葉に少々機嫌の悪い与一が皮肉たっぷりに答える。気持ちはちょっと分かるが、みんなで盛り上がれる日と思えば悪くない。

 

「さて、他のみんなは……あ、いたな」

 

 川神院の入口付近でファミリーの長身組が見えたので自分が先頭に立って人込みをゆっくり進む。

 こういう時は身体が大きくて良かったと思う。はぐれてもすぐに見つけて貰えそうだし、こちらも周りを見渡せるから相手を見つけやすい。

 

「お待たせ」

 

「もう遅いよユーキ!」

 

「まあまあ。まだ始まったばかりですから」

 

「そうそう。楽しく行こうぜ」

 

 頬を膨らませる小雪を冬馬と準が笑顔で宥めてくれる。本当にこの二人はよく気の利く保護者である。

 

「それにしても、あの義経達が来ているのにあんまり騒がれないわね?」

 

 一子が不思議そうに辺りを見回す。

 確かに通行人の何名かは一瞬立ち止まってこちらを眺めたりするが、すぐに歩みを再開させて去って行く。

 

「まぁ今日は祭りだしね。家族連れは勿論、若い人もデートで忙しいんじゃないか? 川神学園の生徒は逆に見慣れてるから今更だろうし」

 

 大和の理由説明に全員が納得したように頷いた。それに義経や清楚姉さんと項羽姉さんはよく街に遊びに行っているから、街の人も見慣れたのかもしれない。良くも悪くも順応力の高い町民である。

 

「それじゃあこの後はどうする? 全員で周るのか?」

 

 近くにいたキャップに声を掛けると、キャップは笑顔を浮かべて首を振った。

 

「流石にこれだけ多いと他の人に迷惑だからな。全員で18人だから六人一組で三グループ作る。と言うわけで籤引きの時間だぜ!」

 

 そう言ってキャップは背負っていた鞄から割り箸の入った筒を二つ取り出した。本当にこういうイベントでは活き活きするなキャップは、まぁ自分もだけど。

 キャップの笑顔につられて自分も笑顔になる。やはり仲間と遊ぶ時は楽しくてテンションが上がる。

 

「そんじゃあこっちが女性陣な」

 

 キャップはピンクの紙で奇麗にラッピングされた筒を女性陣に手渡して、もう片方の青い筒を持ってこちらに向き直った。

 

「さて、じゃあ恨みっこなしな」

 

 キャップが男衆を集めて円陣を組ませ、全員が引き易いように中央に籤を差し出す。ご丁寧に上からも中が見えない作りになっている。毎度思うが小道具の出来のレベルが職人レベルだ。

 

「それじゃあ、籤を選ぶ順番は……早い者勝ちだ!」

 

「俺様はこれだ!」

 

「あ、じゃあこれ!」

 

 早い者勝ちと言われてガクトに釣られて自分も慌てて籤を掴む。

 掴んだのはモロの手前にあった籤だ。しかし他のみんなは自分やガクトと違ってまだ手すら伸ばしていない。

 

 あれおかしいな、こういう場合普通テンション上がって奪い合いになると思ったんだけど?

 

 むしろ何故か与一以外の男性陣の表情が険しくなった気がした。特に大和と冬馬が。

 

「ど、どうした?」

 

「あ、いやなんでもない」

 

「ええ。では……我々も選びましょう」

 

 気になって大和と冬馬に尋ねると、二人は青い顔で苦笑し、他のみんなと一緒に適当に籤に手を伸ばす。

 

「大和君、分かっていますね」

 

「ああ。責任は取る。破産しないことを祈るばかりだよ」

 

 何故か大和と冬馬の目から光が消えていた。

 

「若、御武運を」

 

「まあ仕方ないよね」

 

 準が片手を合掌の様な形で軽く上げ、モロも同じ様にして苦笑する。

 

「ま、俺様の目的は変わらないから問題ないぜ。来てくれ清楚先輩、弁慶、そして優季は来るな!」

 

「なんでだよ!?」

 

 ガクトの必至な叫びのにツッコミを入れる。そんなにガクトに嫌われるようなことをしたかな?

 

「はぁ、なんで俺まで」

 

「まあまあ。少なくとも半分はいつものメンツだろ」

 

 憂鬱そうにする与一を元気付ける。

 

「それじゃいっせーの、せで引くぞ。いっせーの、せっ!」

 

 全員が筒から割り箸を引く。自分の籤の色は赤色だ。

 見回すと準と与一が赤色、キャップとガクトとモロが青色、大和と冬馬が黄色だ。

 

 女性陣はどうなったかな?

 

 振り返って視線を向けると、そこには黄色の籤を持ってなんとも言えない表情で固まっている百代、小雪、弁慶、清楚姉さんの四人が立っていた。そして赤色のくじを持っているのは由紀江ちゃん、一子、クリスの三人だ。残りの椎名さん、義経、マルギッテさんは青色の籤を持っている。

 

 うん。まぁ良い感じにバラけたんじゃないかな。さて、お祭りを楽しもうか!

 




と言うわけでグループ分けは意外な結果で終わって次回に続く!



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【それぞれの七夕祭り】


本当はもう少し長かったけど区切りました。
あとちょっとしたお遊びも入れてみた。



 何故こうなった。

 

 大和は祭りを歩きながら溜息を吐いた。

 

 今回のイベントが決まった時に、冬馬と大和はお互いの妹分姉貴分の為に手を組み、籤引きに細工を施す事に決めた。もっとも、籤に施された細工は黄色の籤の位置が予め決められていると言う簡単なもので、重要なのは籤を引く相手を抱き込むことだった。

 

 大和は百代以外のファミリーの説得だが、これはすんなり上手く行った。ただし代償として大和は途中でグループを抜けて京と二人で祭りを周る約束をさせられた。

 冬馬の方は準の説得だけな為、特に問題はなかった。

 つまり本来なら黄色のくじは大和と優季が引くはずだったのだ。

 

 二人の誤算は優季の性格の読み間違いである。

 

 確かに優季は普段は落ち着いている方で、どちらかと言えばツッコミで仲裁役である。しかし優季個人としては別にテンションに身を任せるのは嫌いではないし、ボケるのも好きなのだ。

 今回もみんなでお祭りというイベントにテンションが上がっていたため、岳人の行動に倣って自分も早々に籤を選んでしまった。普段の彼ならば他の者同様に手前の籤、つまり『黄色』の籤を選んでいたに違いない。

 

「まだ落ち込んでいるのですか?」

 

 冬馬が音も無く寄り添おうとしたので、大和は慌ててその場から飛び退きながら答えた。

 

「そりゃ落ち込むよ。だって」

 

「大和、次はこのたこ焼きだ。奢ってくれるんだろ!」

 

「僕はわたあめー!」

 

「じゃあ私はこのお好み焼きね」

 

「なぁ清楚、この金星アイドルのパスタという食べ物は美味いのか?」

 

 大和が視線を前に向ければ、そこには自棄になって食い遊ぶ乙女達の姿があった。大和と冬馬の奢りで。

 

 因みに奢りを申し出たのは大和と冬馬からだ。特に誰からも責められていないが、これが二人なりの今回の策を弄したことに対するけじめであった。

 

「ある意味もしもの保険としてモモ先輩と小雪に策の事を伝えなかったのが幸いしました」

 

「ああ。普通に一緒になれなくて少しイラっとしてるだけで、祭り自体は楽しんでくれているみたいだしな。まぁ奢りだから遠慮が無いが」

 

 だがそれでもマシだと二人は思った。

 

 もしも姉さんに話していればどうなっていたか。怖い怖い。

 

 ユキに伝えていれば祭りすら楽しめなかった可能性がありましたね。その最悪を避けられただけ、良しとしましょう。

 

 大和は凄惨な自分の未来を想像して青褪め、冬馬は楽しげに笑う小雪を見て小さく安堵の溜息を吐いた。

 

「今頃優季達はどうしてるかな?」

 

「普通に楽しんでいるのでは? なんだかんだでやはりバランス良く分かれましたからね」

 

 だな。と、冬馬に返事を返した大和は自分自身の気持ちも切り替える。

 

「それじゃあ折角の祭りな訳だし、俺も楽しむか!」

 

「ええ。折角大和君と周れる訳ですから、僕も楽しむとしましょう」

 

「ホントにメンタルタフだな?!」

 

 ただでは折れないといった冬馬に、大和は身震いする自分を抱きしめながら、百代達の下へ走って非難した。

 

 

 

 

「大和と周れなくなった」

 

 京は失意のどん底といった表情で自前のタバスコをかけたカキ氷を力無く口に運ぶ。

 

「ふん。下らぬ小細工をするからそうなる」

 

 マルギッテはいつものクールな表情で風間ファミリーに向かってそう言い放つ。手にレモン味のカキ氷を持って。

 

「んぐ。お、マルギッテは細工に気付いてたのか?」

 

 翔一がコーラ味のカキ氷を食べながらそう尋ね反すと、マルギッテは静かに頷いた。

 

「当然だ。黛由紀江の挙動があまりにもおかしかった」

 

 マルギッテの答えに義経以外の全員が『あ~』と声を揃えて乾いた笑いを浮かべた。

 

「黛さんがどうかしたのか?」

 

「義経は純粋だね。ワン子と仲がいいのも分かるな」

 

「まぁ同時に心配にもなるな。弁慶や与一の気持ちが少し分かるぜ」

 

 宇治金時のカキ氷を食べていた義経が顔を上げて首を傾げる姿を見て、メロン味のカキ氷を食べていた卓也と、ブルーハワイ味のカキ氷を食べていた岳人が癒された表情を浮かべる。

 

「ほら椎名京、姿勢が悪いから零している。これで拭きなさい。そして姿勢を正しなさい」

 

 やっぱ天然で世話好きなんじゃないかな、この人……でもまぁ、確かにいつまでも落ち込んでるのはキャップ達に悪いか。

 

 ティッシュを差し出すマルギッテにお礼を述べながら受け取った京は、とりあえず気分を変えるために残ったタバスコカキ氷を一気食いする。

 

「……前々から思っていたんだが、椎名さんはあれだけタバスコを食して大丈夫なのか?」

 

 義経が心配そうに傍に居た岳人に尋ねると、岳人は呆れ顔で答えた。

 

「大丈夫だ。あいつの胃はもはや鋼で出来ている」

 

「ん。こんなの辛い内に入らない。それより寄りたい店がある。いい?」

 

 カキ氷が入っていたカップをゴミ箱に捨てた京が提案する。

 

「へ~京にしては珍しいね。どんな出店?」

 

 本当に珍しかったので卓也が少し驚いた顔で尋ねると、京が嫌らしい笑みを浮かべて答えた。

 

「格別な麻婆丼を出しているお店があるらしい」

 

 

 

 

「それじゃあ一子、案内任せた」

 

「うん任せて! 食べ物のお店ならアタリのお店を教えて上げられるわ!」

 

 こういう出店は地域密着のため、アタリやハズレがある。地元民が一子しか居ないので、彼女に案内して貰う事になった。

 

 まぁ、そういうハズレの店に出会っても許せちゃうのが祭りの魔力だよな。食い物とか倍近い値段だし、普段だったら絶対に買わない。

 

 そんな事を考えながらみんなで出店を回る。

 

「お、射的がある。与一やって見せてくれ!」

 

 一子の隣を歩いていたクリスが射的屋を指差しながら与一に声を掛ける。与一はあからさまに嫌そうな顔で理由を尋ね返した。

 

「はぁ? なんで俺が?」

 

「弓が使えるから銃も使えるだろ?」

 

「なんだその超単純理論。俺は銃は使わなねぇ。銃は、人の心を冷たくする」

 

 クリスの言葉に答えながら、与一はどこか物悲し気に空を仰いだ。しかし与一よ、お前は一度でも銃を使ったことなんてあったか?

 

「すげー、ツッコミつつ中二入れてきたよこの『無限の妄想者(アンリミテッドイマジネーター)』」

 

「ほう『無限の創造主(アンリミテッドイマジネーター)』。悪くない響だ。流石は人形使い、と言うことか」

 

「親近感を持たれた?!」

 

 松風の皮肉を含んだツッコミに、満更でもない顔で頷き返す与一。そして与一の返答に同類と思われた由紀江ちゃんが戦慄の表情を浮かべる。なんだかんだでこの二人、実は波長が近いんじゃ……。

 

「で、結局射的はやるのか?」

 

「とりあえずみんなで一回やる?」

 

「そうだな」

 

 そして周りが騒ぐと逆に纏め役になる準の言葉に一子共々頷き、結局全員で射的をやることになった。その結果、準が小さな女の子が喜びそうな魔女っ子の人形が入った箱をゲットした。タイトルは『ありす・イン・魔女っ子ランド』どことなく生前出会った少女、ありすに似ている気がした。まぁそれはそれとして。

 

「何故それを狙ったし」

 

 自分の言葉に全員が頷いて準をじと目で見詰める。何故か準は終始そればかり狙っていた。

 

「ちょ、待て待て! 俺はロリコニアの名誉村長だぞ。興味があるのは生身の少女だ! これはだな、小さい女の子にプレゼントしたら喜ぶんじゃないかと思って取ったんだ」

 

「こいつ警察に突き出した方がいいんじゃないか?」

 

 真顔で携帯に手を伸ばすクリスに、準は不敵な笑みで反論する。

 

「残念だったなクリス。日本の警察は証拠が無きゃ動かない!」

 

「そんな、正義が負けるというのか!」

 

 驚愕の表情でよろめくクリスに、どこぞの波紋使いよろしく奇抜なポーズで勝ち誇る準。というかノリ良いな二人共。

 

「それじゃあ次に行くか。由紀江ちゃんと与一は興味のある出店はある?」

 

「い、いえ。私はこうやって皆さんと周れるだけで感無量です」

 

「これがパーティープレイなんやね!」

 

 涙を流して喜ぶ由紀江ちゃん。そ、そんなに感激することだろうか?

 

「俺は別に行きたいトコはねぇ。強いて言うなら影の中、か。人込みじゃあ死角が多すぎて組織の連中を見つけられないからな」

 

「だからお前は何と戦ってるんだよ」

 

 結局また当ても無くみんなでぶらつき、一子が勧めてくれる出店で料理を食べながらお喋りし、クリスが興味をもった店のゲームを遊んで過ごしながら、みんなで楽しく祭りを見て周った。

 




という訳で次回に続きます。



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【七夕祭りで占い】

今回は占い回。正直まじこい世界の占いは馬鹿にできない。外れる可能性の方が低い気がする。



「ん? なあ犬、あれはなんだ?」

 

「何よクリ……手相?」

 

 あれから更に出店を回っていると、クリスが手相占いと書かれた小さな看板が下げられた占いのお店を見つけた。店と言っても紫のテーブルクロスが引かれた机と椅子が置かれただけの物だが、そこそこ繁盛しているようで軽い列が出来ている。

 

「手相からその人の人柄を当てたり、今後注意する事は何かを教えてくれるんだよ」

 

「ほお。凄い人がいるんだな。ぜひ見て貰おう!」

 

「そうですね。私も少し興味があります」

 

「ふふ、オラきっと将来ビッグになるって言われるぜ」

 

「松風に手相ってあるの?」

 

 女性陣が楽しそうに喋りながら並んでしまったので、その後ろについて行く。

 

「女子は好きだよねぇ。あの手の占い」

 

「はっ。俺の運命を覗けるのは神の目を持つ者だけだ」

 

「じゃあ待ち合わせ時間的にこれが最後の店かな。全員占って貰ったら入口に戻って他のグループと合流しよう」

 

 準は苦笑し、与一は意外にノリ気だ。

 しばらく待って自分達の番が来た。最初はクリスだ。

 

「ふむ。綺麗過ぎる相だね。心のしっかりしている反面、経験不足なせいで精神的な視野が狭いね。最近そのせいで大きな失敗をしたんじゃないかい?」

 

「おお、当たりだ。手相とはそんなことまで分かるのか」

 

「ふふ。手相にはその人の人生が詰まっているからねぇ」

 

 純粋に驚くクリスに、占い師の女性は皺が刻まれた顔に笑みを浮かべる。

 

「その失敗を切っ掛けに随分マシな相にはなったが、もう少し一人で色々出来るようにならないと将来苦労するよ。とりあえず身内に甘えるのは程々にしとくのが吉だよ」

 

「い、いや自分は甘えてないぞ。マルさん達が率先して――」

 

「拒まない時点でダメダメだよお嬢ちゃん」

 

「うっ」

 

 言い訳中に一刀両断され、クリスががっくりと項垂れる。

 

「そんなお譲ちゃんを神や英雄に例えるなら、スクルドだね」

 

「誰だそれ?」

 

「おいドイツ娘?!」

 

 占い師の言葉にきょとんとした顔で首を傾げるクリスに堪らずツッコむ。ドイツ出身で北欧神話を知らないのか。いやまぁ、神話や英雄譚なんて興味ない人は知らないかもしれないが、それでもスクルドは結構有名だと思うのだが。

 

 結局人を率いるのが上手い運命の女神であり戦女神と説明したら納得してくれた。

 

 次は由紀江ちゃんの番だ。

 

「お、お願いします!」

 

 ガチガチに緊張した由紀江ちゃんが手を差し出す……何故か松風を逆さに乗せて。

 

「ついに初公開しつまうのか、オラの美脚の裏側が」

 

 相変わらずブレない子である。

 

「手垢で汚れてるんじゃないか?」

 

 周りが唖然としている中で、クリスだけいつもの表情で口を開く。まぁ確かにいつも握り締めているイメージはある。 

 

「毎日まゆっちにキレイキレイされているオラに対してなんという言い草!」

 

 怒りを露わにするように松風を立たせてこちらに向けられる。

 

「あ~黛、漫談は後にして早く占って貰え。他の人も待ってるし」

 

「すす、すいません!」

 

「うん。オラもちょっと反省しておとなしくしてる」

 

 準の忠告を受けて由紀江ちゃんが慌てて松風を脇に逸らして手相を見てもらう。

 

「まぁ、分っていたけど。お嬢ちゃんは物事の触れ幅が激しいね。行く時は相手が引くくらい一気に行くが、行かない時は全然いけない。それと役割を与えられると集中出来て冷静になる。もっと今の自分に自信を持つことだね。そうすりゃ友達も増えるだろう」

 

「自信ですか……」

 

「ああ。それとお嬢ちゃんが言いたい事までそのお友達を通して伝えるのは極力減らす事だね。なるべく自分の口で伝えるのが吉だよ」

 

 占い師が真剣な表情で最後にそう付け加える。その言葉を聞いて由紀江ちゃんも真剣に頷いた。

 

「神や英雄で例えるなら、上杉謙信だね」

 

 おお大物だ。

 

「実はオラ、毘沙門天とマブの関係なんだぜ」

 

「九十九神って設定はどこいったんだろう?」

 

 自信に満ちた松風の発言に一子が苦笑しながら席に付く。

 

「ふむ。お嬢ちゃんは最近転機を越えて長年抱えていた悩みの一つを解決しているね。相が良い感じに変わっている。これからも色々あるだろうが、意固地にならずに他人に相談し、よく考えて進んで行くと吉だね」

 

「本当に凄いのね手相って。あたしが悩んでいたことまで中てちゃったわ」

 

 一子が尊敬の眼差しで占い師を見なと占い師が愉快そうに笑う。

 

「ほほほ。この道も長いからね。さて、お嬢ちゃんを神や英雄に例えるなら、巴御前かね」

 

「ほう。俺達と縁深い者だな」

 

「そうなの?」

 

 与一が興味深げに呟き、それを聞いた一子は巴御前を知らないのか首を傾げる。

 

「巴御前。佐々木小次郎同様に正確にその存在を明確化されていない為、資料次第で出生や結末の設定が少し違う。場合によっては登場すらしない。源平物語では有名な女傑の一人だな。勇猛果敢で気立てが良く、忠義心の厚い強い女性だったらしい。よく源義仲の妻と間違われる。木曾四天王に含まれ、さらに――」

 

「クリス?!」

 

 なんでそんな日本人でもビックリなくらい日本の英雄に詳しい。生まれ変わりの与一すら驚いているぞ!

 

「ふ~ん。とにかく凄くカッコイイ女の人って事は解かったわ!」

 

 クリスの詳しい解説も一言で纏めた一子が嬉しそうな顔で席を立つ。

 

「次は誰が行く?」

 

「じゃあ俺から行くわ」

 

 準が席について手を差し出す。

 

「ふむ。あなたも既に転機を迎えて良い相になっているわ。空気も読めるし、縁の下の力持ちという言葉がしっくりくる人柄ね。ただその歪んだ性癖はなんとかするのね。そうすればすぐにでも恋愛運は向上して恋人も出来るわ」

 

「折角の助言だが……俺はロリコニアを去るつもりは無い!」

 

 キリッとした真面目な顔で占い師を見詰め返して宣誓する準に対して、誰もがなんと言っていいか分からない表情をした。心なしかクリスと由紀江ちゃんが一子を庇うように前に出ている。うん気持は分かる。

 

「そうかい。それもまた人生さね。さて、そんなあなたを神や英雄に例えるなら、ガウェインだね」

 

 ……何故かすんなり納得してしまった。

 

『若ければ若いほどいい』

 

 爽やかスマイルで平然とそんなロリコン宣言と年上嫌いを暴露した爽やかイケメン白騎士が、準と握手してロリコニアについて熱く語っている姿が脳裏に浮んだ。

 

「えっと、確かアーサー王の甥で円卓騎士としてアーサー王に奉公した奴だっけ? 確かに立場も近いな」

 

 準は少し嬉しそうに頷きながら席を立つ。まぁ有名どころの英雄に近いと言われたら嬉しいよな。

 

「次は俺だが、気をつけるんだな。俺の本質を見る事は、闇を覗く事と同義だ」

 

「……まぁ確かに、あなたは色々黒い歴史を抱えてそうね」

 

 占い師も苦笑させる与一の黒歴史。いつか向き合う時が来るのだろうか。そして向き合った時に果たして与一は生きていられるのだろうか。

 

 自分がそんな未来を想像している間に与一の手相の結果が出たようだ。

 

「そうねぇ。あなたは感受性豊かで卑屈。けれど身内は大切にする。今のまま生きるなら現状でも良し。けれど現状を抜けて新たな道を進むなら、視野を広げてもっと人と接する事ね。もう少し生きる事に情熱を持つと良いわ」

 

 えっと、つまり義経達と一緒に生きて行く分には今の中二な性格でもいいけど、一人で生きて行くなら性格直せって事か? まぁ確かに誰のフォローも無いままじゃ、中二病で生きて行くのは無理だろ。

 

「ふっ情熱か。そんなもの、忘れちまったよ」

 

 与一が黄昏た様な表情で卑屈に笑う。

 個人的には与一も目標でも見つかれば中二も収まるんじゃないかと思う……多分。

 

「そんなあなたを神や英雄に例えるなら、那須与一ってところね」

 

「おお。まんまだったな」

 

 まぁ、与一に関してはテレビやなんかでクローンだと知っていた可能性はあるか。

 

「さて最後は自分だな」

 

 与一に続いて席に座って手を差し出す。傷だらけなので少々恥かしい。

 

「ふむ……これは……」

 

 何故か占い師は難しい顔でしばらく考え込む。

 

「あなたは愛情深く前向きな性格ね。ただ、随分と精神の成熟が早い……いいえ、むしろ完成している。本来この手の手相は一角の生を全うした人間の相なんだけど……」

 

 実際に一回死んでいるので、占い師の言に間違いはない。というかそんな事まで分かるんだな、手相って。

 

「あと人との出会いの運勢が強いわね。そのせいで今まで見たこと無いくらいの女難の相が出てるわね。解決方法は無いから、あまり一人で行動しない事ね」

 

 占い師の言葉に準と由紀江ちゃん、与一が『やっぱり』と小声で呟いた。やっぱりってなんだやっぱりって! 失礼だろう!

 

「それと最近将来や人間関係について少し悩んでいるようだけど、私が言える事は一言だけよ。迷うだけ無駄」

 

「っ!?」

 

『迷うだけ無駄』

 

 たったその一言が、自分の心を大きく揺さぶる。

 

「あなたは既に自身の生き方、思想に関して答えを得ている。そしてそれを違えるつもりが無い。ならばあなたはあなたらしく進みなさい」

 

「……分かりました……ありがとうございます」

 

 占い師の女性に心からお礼を述べて立ち上がる。

 

 確かに占い師の言うとおりだ。そもそも鉄優季は、一度たりとも自分の為に頑張った事など一度も無い。

 

 武術を習ったのはもっと父と触れ合いたかったからだ。

 

 百代と稽古を続けたのも百代の嬉しそうな顔が好きだったからだ。

 

 九鬼で勉強や特訓を頑張っていたのは清楚姉さんや義経達ともっと一緒にいたいと思ったからだ。

 

 周りの期待に応えるのも、期待に応えることで笑ってくれる人達がいたからだ。

 

 呆れてしまう。

 

 肉体を得て十数年。精神的には既に三十に達してもおかしくないというのに、自分は生前の頃からこれっぽちも進歩していない。変化していない。

 

 でも仕方ない。

 そんな矮小で欲深い馬鹿な自分の生き方を、好きだと言ってくれた仲間達が居てくれたのだ。

 そんな馬鹿な男の幸せを願って、全て捧げてくれた女の子がいたのだ。

 そんな自分のあり方を、どうして変えられようか。どうして諦められようか。

 

 いつか誰かと恋人になっても、それは変わらない。

 いつか何処かに属しても、それは変わらない。

 

「はは、結局。いつも通りって事か」

 

「どうした兄貴?」

 

 声を出して笑うと与一がこちらに振り返る。

 

「いや。自分に関する悩みが解決してスッキリしただけだ」

 

「へ~ユウの将来か。そう言えばユウは将来どうするの? やっぱり九鬼くんの所で働くの?」

 

 一子が興味津々と言った顔でこちらを覗き込む。

 

「さあ。分からない。でも、どんな職業に就いていても、きっと……笑っていると思うよ。みんなと一緒に」

 

 そんな一子に、笑いながらそう答えた。

 

『温かいものを信じていたい』

 

『温かいものを守っていたい』

 

 そう願い続け、今まさにそれが目の前にある。

 なら守っていこう。それが、自分自身の進む道であり、生涯の夢なのだから。

 

 自分の答えに一子を含めみんなが首を傾げる中、自分だけは晴れやかな顔で他のグループとの合流場所へと向かうのだった。

 




という訳で主人公が開き直りました。そして進む道を再認識して突っ走ります。
さあ、七夕イベントも次で終わりだ。(ようやくマルさんと決闘だぁ)



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【七夕祭りの終わり】


ちょっとオチに悩みましたがこのような感じで纏めました。



 集合場所に戻ると、なんか一部の者達が酷い有様になっていた。

 例えばキャップ達だが、男性陣が物凄い青い顔で蹲り、モロなんかはガクトに力無く寄り掛かって気絶しているんじゃないかって感じの焦燥感漂う表情でぐったりとしている。

 

 更に視線を逆側に移せば、大和と冬馬がそれぞれ座り込み、『あれは地球の食べ物じゃない』と言って青い顔をしていた。

 

「一体何があったんだ?」

 

 準が全員の気持ちを代弁したかのように発する。いやホント、この数時間に一体何があった?

 

「マルギッテ、椎名さん、何があったの?」

 

「ユキ、何があったんだ?」

 

 とりあえず自分はキャップ達の事情を、準は大和達の事情を聞くためにそれぞれ無事な人達に事情を尋ねる。

 

「椎名京が麻婆丼を出す出店に行き、そこで出された麻婆丼を食べてこうなった。好奇心は猫をも殺す。優季も覚えておくと良いでしょう」

 

「こんなに美味しいのに」

 

 椎名さんは使い捨ての白い丼に盛られた麻婆を食べながら幸せそうな表情で呟く。確か椎名さんは超が付くほどの激辛好きと言っていたから、きっと相当辛いのだろう。

 

「僕達の方はヤマトとトーマが項羽先輩が興味本位で買った金星たこ焼を食べたらこうなったの」

 

「凄かったぞ。二人共錐揉みしながら宙を舞ったからな」

 

 あの遠めに人垣の向こうで何か影がチラチラと空に跳ぶのが見えていたけど、あれ全部人間だったのか。

 それにして金星料理に錐揉みって、生前食べたエリザの料理を思い出すなぁ。もっとも、センチメンタルな感情よりも満腹感と恐怖が襲ってくるあたり、彼女の料理はいまだに自分の心に大きな衝撃を残しているようだ。

 

 さて、少々渡し辛い状況だが、渡すなら今だよな。

 

「はーい、全員注目。今からプレゼントを配ります」

 

 背負っていたリュックを地面に降ろして全員に聞こえるように声を掛ける。

 

「何々食べ物?」

 

「あれだけ食べてまだ食べるのか犬?」

 

 一子の言葉にクリスが呆れたように呟く。

 

「残念ながら違うよ。それじゃあ百代から順番に配るな……はい」

 

 リュックから百代と書かれたストラップ型の厄除けの御守りを取り出して手渡す。

 

「ふむ。不思議な力を感じるな。温かくて心地いい」

 

「水上体育祭で手に入れた水晶に、自分の気を込めて作った厄除けの御守りだ。百代は来年には旅に出るって言うし、良かったら身に着けてくれ。効果は保障するからさ」

 

「そうか……ありがとう優季。使わせて貰うよ」

 

 頬を赤くしながら百代は手渡した御守りを嬉しそうに受け取って握り締める。

 

「次はキャップ……」

 

 百代の次に一子達風間ファミリーに御守りを手渡して行く。

 

「おう。サンキュー、ユウ」

 

「ああ。ありがとうユウ」

 

「モロはまだダウン中だから俺様が預かっとくぜ。サンキューなユウ」

 

「ありがとうユウ!」

 

「感謝する」

 

「あ、あ、ありがとうございます!」

 

「ついにオラは神力と霊力を手に居れた!」

 

「ん。貰っておく」

 

 ファミリーのみんなの笑顔に満足しながら次に葵ファミリーの方へ振り返る。

 

「次は小雪な」

 

「わーい! ありがとうユーキ!」

 

 小雪に御守りを手渡すと、物凄い笑顔で抱きしめられた。嬉しいけど人目があるので少し恥かしい。あと何故か一部の者達から殺気を感じた。な、なぜ?

 

「えっと小雪、嬉しいのは分ったから放して」

 

「ちぇ~」

 

 残念そうに呟きながらそれでもちゃんと離れてくれた小雪に苦笑と共にお礼を述べて、冬馬と準の分を取り出して手渡す。

 

「二人共いつもありがとうな」

 

「いいえ。優季君と出会えて僕は楽しいですよ」

 

「これからもよろしくな。いつか礼は返すぜ」

 

 いつもの感謝を述べると二人共少し照れくさそうに笑いながら受け取ってくれた。

 次に義経、弁慶、与一、清楚姉さん、項羽姉さんの分を取り出す。因みに清楚姉さんと項羽姉さんの物は一つのストラップの裏表に二つの名前を入れてあり、水晶を二つ取り付けている。

 

「ありがとうお兄ちゃん! 義経はこれを家宝にする!」

 

「いや使ってくれ。御守りなのに後生大事に仕舞われたら意味が無い」

 

「私もありがたく貰うよ。ありがとうユウ兄」

 

「この小さな浄化の光が、俺の道を僅かに照らす。感謝するぜ兄貴」

 

「ふふ。ありがとうユウ君。私達だけ特別仕様ね」

 

「流石は優季だ。感謝するぞ!」

 

 身内には概ね好評なようで何よりだ。さて、最後は……。

 

「えっと、マルギッテさんの分もあるんだけど……」

 

「受け取ると思いますか?」

 

 ですよねー。これから戦うって相手からの贈り物なんて普通貰わないよなぁ。

 

「じゃあ決闘が終わったら結果に関係なく受け取って下さい。マルギッテさんも友達には違いないんですから」

 

「……ええ。それならば」

 

 マルギッテさんは少し照れたように顔を赤らめながら、複雑そうな顔をして頷いた。

 

 ただ、決闘の後に渡せる元気があればいいけど。

 

 間違いなく死闘となるであろう彼女との決闘に、心の中で溜息を吐きつつ途中までみんなと一緒に帰る。

 

「そう言えば今年は晴れたから織姫と彦星は会えるわね」

 

 不意に清楚姉さんが夜空に輝く天の川を眺めながらそんな事を呟いた。

 

「確か二人共働き者だったけど、夫婦になって毎日イチャラブして働かなくなったせいで引き離されたんだったか?」

 

 百代がその呟きを拾う。いや間違っていないがイチャラブって……。

 

「器の小さい神様だよなぁ」

 

「だが仕事をしないのはよくないよ島津君」

 

「というより、『公私』共にしっかりしましょう。って教訓のような逸話だし、仕方ないだろう」

 

 ガクトがモロを背負いながら、やれやれといった感じに首を振り、ガクトの言葉に義経と大和がそれぞれの考えを伝える。

 

「でも現実だったら私ならやってられないな。一年に一回しか逢えないのにその間仕事しろとか」

 

「僕も~」

 

「その辺は人によって考え方が違って面白いな」

 

 弁慶も天の川を眺めながら答え。その答えに小雪が賛同し、そんな二人を面白そうに準が眺める。

 

「因みに彦星と織姫はお互い相手に一目惚れし、お見合い後すぐに結婚している訳ですが、優季君は一目惚れ等をしたことはありますか?」

 

「おお、ユウの好みか、恋愛は興味ないが、それは俺も興味あるな!」

 

 おお? 何で急に話題がこっちに?

 

 冬馬の突然の話題振りに軽く首を傾げるが、別に渋るような内容でもないのでキャップ同様興味津々の顔をするみんなに答える。

 

「う~ん。一目惚れって外見を一目見て好きになるってことだよな? それはないかな。個人的に外見は清潔感のある相手なら特にそれ以外では拘りは無いし」

 

「まぁ兄貴は外見より内面重視だよな。ラノベの好きなキャラも、毎回外見が著しく違うし」

 

「じゃあどんな相手が好みなんだい? オラに素直にゲロっちまいな」

 

 自分の答えに与一が納得したように頷き。松風、というか由紀江ちゃんが物凄い興味津々といった顔で尋ねてくる。やっぱり女の子はこういう恋ばなが好きなのだろうか?

 

「う~ん。頑張っている子か、自分をしっかり持っている子なんかは好みかな」

 

 生前好きになった相手や、自分がすぐに好意を持つ異性のタイプを冷静に分析するとこのタイプになると思う。

 

 例えば前者ならラニ、凛、桜。後者ならセイバー、キャスター、女性の頃だとアーチャーもこっちに含まれるな。

 

 ギルガメッシュは男女共に記憶を辿っても恋愛って感じじゃないんだよなぁ。多分しっくりくるのは後腐れの無い気心知れた旅仲間、だろうか。彼となら苦労は多いだろうが飽きない旅が出来そうな気がする。苦労は多いだろうが!! 大事だから二回言っておく。

 

「あとは他人を思い遣れる人は尊敬するかな」

 

「なるほど。それが優季のタイプか……なら、私も可能性あるか……」

 

 百代が真剣な表情で呟く。可能性ってなんだ? まさかAUOよろしく、その理不尽なパワーで夏休み中に修行の旅に連れて行く、なんて可能性は勘弁して欲しいぞ。

 

「そう言えば、みんな休み明けテストだけど、どんな感じだ?」

 

 とりあえず話題を逸らす。このまま続けると話題の標的にされそうな気がするし。

 

「す~す~」

 

「お姉様が判り易いくらいの狸寝入りを発揮している!」

 

「つうかテストの話題は禁句だろ。空気読んでくれよユウ」

 

「いや、少しは勉強しろ二人共。百代にいたっては三年だろ」

 

 狸寝入りする百代と悲痛な表情をするガクトに注意する。

 

「確かに今年は義経達の転入でみんなやる気だからな、いつもよりも成績優秀者が出るから平均点も上がると思う」

 

「そういう優季はどうなんだ?」

 

「忙しいけどちゃんと毎日決めた時間は勉強しているよ。『凡俗であるのなら数をこなせ。才能が無いのなら自信をつけよ』って、教えられたからね」

 

 なんだかんだでギルガメッシュのこの教えは的を射ている。才能が無い人間が強くなる為には欠かせない教えだ。

 

「おお、つまり努力を怠るなってことね!」

 

「教え自体はまぁいいが、なんかすんげー上から目線だな」

 

 一子が感銘を受けた顔をし、準は納得しながらも渋い表情になる。まぁ準の気持も分かるが、実際に偉い人からの教えなのでこちらからはなんとも言えない。

 

「まあ実際天才の友人が言った言葉だからね。とりあえずS落ちだけは避けられるように努力してる」

 

「優季は相変わらずウチの妹に負けず劣らずの努力馬鹿だなぁ」

 

「ありがとう。褒め言葉だ」

 

 百代の呆れを含んだ言葉に満面のドヤ顔を反す。が、すぐに百代のいい笑顔でのアイアンクローで頭を締め付けられて顔を歪ませる。

 

「ぐあああ超痛い!!」

 

「なんかお前のドヤ顔はムカつく! 痛みで記憶した内容を忘れてしまえ!」

 

 百代の理不尽な苛立ちを受け止めながら、七夕祭りの最後は自分の悲鳴と共に幕を閉じた。

 




という訳で七夕イベント終了です。色々考えていたのですが、ちょとモチベーションが上がらなかったので、あっさり目に終わらせました。
次回以降はマルさんイベント、つまり決闘に入ります。テスト期間のイベントも考えていたのですが、モチベーションを優先してスルーします!



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【マルギッテの初恋】

マルさんとの決闘前夜回。
今回は前回の七夕から一気にテスト終了日まで飛んでいます。



 カリカリカリとペンの走る音だけが響き渡る。

 七夕祭りの翌日からスタートしたテストも、早いもので今日で最後だ。

 

 それにしても、やっぱりエリートクラスは凄かったな。

 

 普通テスト中とは言え、大抵一人二人は小さな呟きが聞こえるものだが、今日まで誰もそんな声を漏らす者はいなかった。

 他にも一つのテストが終わり、次のテストまでの短い休憩時間に、次のテストの勉強を慌ててやるなんて者もいなかった。

 

 そして一日が終了すると一部を除いてすぐにクラスから人がいなくなる。

 まぁその一部と言うのが、自分を含めた回りの友人達な訳だが。

 普通に放課後は小雪達とお喋りしながらその日あったテストの答え合わせをしていた。

 まあ焦っても今更学力が急上昇する訳じゃないので、自分らしいと言えば自分らしい日常だったと思う。

 

 それと厄除けの御守りは昨日で全て配り終えた。

 

 梅子先生やルー師範、鉄心おじさんは凄く喜んでくれた。

 ただ鉄心おじさんが川神院で特許を取って独占販売したいと、真顔で提案してきた時は少し対応に困った。

 

 宇佐美先生にも日頃弁慶がお世話になっているのでプレゼントした。男にプレゼントされても嬉しくない。なんて苦笑していたが、普通に受け取ってはくれた。

 

 ヒュームさんやクラウディさん達従者部隊の人達にも勿論渡した。

 ステイシーさんと李さんが凄い嬉しそうにしてくれた。二人共元々戦場出身だから縁起物を貰うと嬉しいのかもしれない。それと天衣さんがメイド服を着ていたのに驚いた。彼女曰くしばらく九鬼ビルにご厄介になるので、従者部隊に臨時配属されているらしい。因みにあずみさんの部下という扱いなのでステイシーさんと李さんと行動する事が多いらしい。

 

『今後ともよろしく頼む』

 

 と、笑顔で言われたのでこちらも『よろしく』と答えたが、天衣さん以外の周りの人達は微妙な表情だった。何故だろう?

 

 紋さまと英雄も喜んでくれた。だが揚羽さんは残念ながら仕事で海外に居るので直接手渡す事はできなかったが、彼女と小十郎さんの分はヒュームさんに渡して貰った。なんでも夏休みに大きなイベントをやる為に色々動いているらしい。流石は九鬼、川神に負けず劣らずイベント好きな企業である。

 

 父さんと母さん。乙女姉さんとその家族には宅配で送ってお礼の電話やメールを貰った。

 

 さて、泣いても笑っても明日が決闘の日か。

 

 テスト明けの休日の正午。それが正式な決闘の日時だ。

 テスト期間中、勉強以外の時間は可能な限りマルギッテさんとの決闘の為の準備に費やした。

 自分の気力の全快。

 札の補充と残った水晶玉の戦闘での新しい活用法の模索。

 マルギッテ・エーデルバッハについての情報収集。

 手に入れた情報を基にした戦術の組み立て。

 最悪の状況での切り札の使用。

 

 自分を鍛えながら相手への対策を考えるという生前と似たような日々に、今更ながら懐かしさで自然と笑みがこぼれる。

 

 テストの見直しが終わったので横目でマルギッテさんの方へと視線を軽く送る。彼女もテストを終えたのか、静かに目を閉じて座っていた。

 

 ……普段は荒々しいくらいの闘気が、今は逆にまったく感じられない。まるで嵐の前の静けさのようだ。相手は軍人。ダンさんやユリウスと同じと考えると強敵に違いない。

 

 視線を前に戻して目蓋を閉じて瞑想しながら改めて彼女の情報を纏める。

 

 マルギッテ・エーベルバッハ。現在21歳。

 軍人の家系に生まれ、名家であるフリードリヒ家に修行に出されその後軍に所属し今日に至る。

 軍での階級は少尉。『猟犬』の異名を持つ程のバトル好き。しかし部下や目下の者への教育や指導にも力を入れているらしく、部下に慕われている。

 彼女の左目の眼帯は自らの強さに対するハンデとして付けているもので、眼帯を外す事でストッパーが外れて本気となる。

 

 ここまではクリスから得た情報だ。

 

『そうかそうか、優季もマルさんが気になるか』

 

 なんて言って何故か嬉しそうに自分からマルギッテさんの情報を教えてくれた。

 他にも狂犬と呼ばれているのに犬が苦手だったり、女の子っぽい服を着せると恥かしがったりと、何故か戦術には役立ちそうな物ではい普通の個人情報を教えられた。というかこれを話した瞬間、彼女に間違いなく決闘とか関係なくぶっ飛ばされるので、口には出来ない。

 

 戦闘スタイルはトンファーによる接近戦。

 本気のマルギッテさんは銃弾くらい平然とかわせるらしく、飛び道具なんて殆ど役に立たない。

 

 この情報を提供してくれたのはあずみさんだった。

 

『戦闘技術はあたいの目から見れば優季と同等だと思う。だがそうなると火力と耐久力で優季は負けている。つまり接近戦に持ち込まれたらその時点で負けに近付くと思え』

 

 あずみさんは最後にそうアドバイスしてくれた。やはり面倒見のいい姉御肌な人だと改めて実感する。

 

「そこまで。テストを回収するぞ」

 

 チャイムの音と共に監督の先生の声が響いて全員手を止める。

 

 ……やれることはやったし。あとはいつもどおり戦うだけだ。

 

 

 マルギッテは学園から宿泊しているホテルに帰り着くと、すぐにシャワーを浴びてベッドに座り、両手の指を合わせ、その上に顎を乗せて目蓋を閉じる。

 

 ようやく。ようやく明日、鉄優季と戦える。

 

 いつものマルギッテならばここで笑みの一つでも浮かべるものだが、今のマルギッテに『その余裕』は無い。

 

 奴は強い。間違いなく。私が戦ってきた誰よりも。

 

 マルギッテは才女であり名実共にエリートである。故に彼女は他者を見下す。

 それ故に武人として戦う時の彼女は足元を掬われて負けることが多々あった。

 百代と同じ、本気になるのが遅いタイプだった。百代と違う点を上げるなら、それは彼女が意図的にそうしていると言う事だろう。

 

 マルギッテのその姿勢は軍人としては間違っているが、最強を自負する者としては間違ってはいない。何故なら最強とは常に余裕を持つ者であり、そして常に試す側である。故に例え油断を突かれたとしても、負けた場合は相手を褒める。良くぞやったと。そういう意味では百代や項羽は実力は兎も角、精神的な面で未だ最強とは言えない。 

 

 しかし今のマルギッテにその最強を自負する心は無い。

 

 油断も慢心も出来ない。すれば優季は、あの死地に平然と踏む込む男は、間違いなくその綻びから私を喰らいに来る。

 

 マルギッテが優季という存在の最も恐れている部分がそこであった。

 

 川神百代との戦闘、勝てたから良かったものの、後半の彼女の一撃を貰っていれば、最悪再起不能になっていた可能性があった。

 項羽との戦闘に至っては、あの槍に突かれて死んでいた可能性もあった。あの時の未熟な項羽に『刺す直前で手加減』等と言う技術を行使するのは不可能だったに違いない。

 

 だが優季はその死への恐怖を物ともしないで、平然と踏み込んでくる。その在り方はマルギッテから見れば『勝利しなければ死ぬ。弱ければ死ぬ』そんな戦場の理を体現しているかのようであった。

 

 何故優季がそんな行動を取れるのかはこの際問題ではない。問題はその行動に私がどう対処するかだ。

 

 マルギッテは目蓋を開いて溜息を吐くと、顔を顰めて賭けをした自分自身を呪った。

 

 優季という存在は有益である。だがそれは彼が五体満足の正常な状態ならばだ。特に軍でも荒事の対処の多い自分の部隊に配属するなら戦闘能力の高さは必須である。

 

 マルギッテは理解していた。自分までもが死地の領域で戦えば、間違いなく互いに深刻なダメージが残ると言う事を。場合によっては身体の一部を失うこともありえた。

 

 なんで私はあんな約束を。優季の性格を考えれば賭けの約束など無くても全力を出すだろうに。何故あの時の私は……。

 

 マルギッテが理解できない自分自身への苛立に顔を歪めたその時、ベッドの上の携帯が鳴った。

 

「……お嬢様からメール?」

 

 相手がクリスだと知ったマルギッテは、何か急な用事かと思い、すぐにメールを開く。

 

『マルさんのプロポーズが成功することを祈っている!』

 

 プロポーズ? 何を言っているんだお嬢様は? 私は……んん?

 

 瞬間、マルギッテの脳裏には優季と約束した時の光景が甦る。

 

『こちらは貴方の人生を頂く訳ですから』

 

「う、うわあああ!!」

 

 マルギッテは赤面して蹲った。

 

 た、確かに聞こえようによっては『私の物になれ』と言っているようなもの。いや、確かにあの時は優季が私の決闘よりも他の女の事を優先しているようでイラっと来て思ったまま口にしていたが――。

 

『それは嫉妬ではないか?』

 

 以前フランクに言われた言葉が脳裏を過ぎる。

 

「いや違う。この私が恋なんて」

 

『じゃあマルさんは優季が嫌いなのか?』

 

 以前クリスに問われた問いがマルギッテの頭の中で響き、約一時間。蹲った姿勢で押し黙っていたマルギッテは蹲った姿勢のまま呟いた。

 

「………………好きだ」

 

 マルギッテは呟きながら立ち上がり、そして何かを振り払うように叫んだ。

 

「私は鉄優季が好きだ!!」

 

 露わになったマルギッテは顔を真っ赤にしながら、しかし難解な問題の答えを得た時のような晴れやかな表情をしていた。

 

 私は惚れたのだ。あの夕日の河川で、ただ一人、最強の女に挑み、そして勝利した、たった一人の凡夫な男の姿に。だから、傍にいたい。傍にいて欲しいと思ったのだ。

 

 私は嫉妬したのだ。何のしがらみも無い故に純粋に好意をぶつけられる彼女達に。だからあんな賭けをした。自分を見て欲しいと思ったから。

 

 マルギッテは受け入れた。自分は今、生まれて初めて『恋』をしたのだという事実を。結果、彼女は先程まで悩んでいた問いに答えを得る。

 

「この私、『マルギッテ・エーデルバッハが惚れた』それだけで優季は価値ある男だ」

 

 例え決闘の結果、彼がどんな姿になろうとも、自分は彼を愛せる自信がある。逆に自分がどんな姿になろうとも、彼が傍で笑ってくれるなら、全てを乗り越えられる自信がある。

 

 マルギッテが抱く新たな決意。それは恋するものなら誰もが抱く純粋にして苛烈な欲望。

 

 欲しい。ただ欲しい。あの強い男が。あの優しい男が。その為なら!

 

「私は死地にすら踏み込もう。ただ一人の男を求める女として!」

 

 新たな覚悟と決意を胸に、彼女の初めての女としての戦いが始まろうとしていた。

 




マルさんがエリザベート化しました。恋する乙女的な意味で!
いや冗談ですが、この二人は根本が似ている気がするんですよねぇ。
普段はドSだけど実は好きな人には甘えまくりの従いまくりなMというのが。あと好きな相手への強い執着と独占欲とか。
マルさんはSまでのヒロインの中で唯一本編(アフターは除いて)で、大和の女性との交友関係で嫉妬して喧嘩するくらい実は嫉妬深いですからね(他の女性陣は余裕があったり理解があったりで喧嘩まで行かなかったはず)



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【マルギッテとの決闘 (前編)】

ついに咬ませマルさんではなく真マルさんとの戦いが始まる!!



 山道を進む度に全身を緊張感が包み込む。

 別に直接殺気を感じた訳ではないし、特に気負っている訳ではない。

 ただ予感がするのだ。生前の死闘による感と、これまで培った戦いの経験から、百代、項羽姉さんと戦った時以上の死闘が待ち受けているという予感を。

 

玉藻鎮石(たまもしずいし)

 

 持って来た全ての札を合わせ、キャスターが使っていた外枠に武器としての装飾が施された円形の鏡を具現する。具現された鏡はまるで意思を持つように自分の周りを浮遊して付いてくる。

 

 よし、成功。

 

 元々キャスターは玉藻静鎮石を遠隔操作して使用していたが、今迄の自分ではそこまで出来る技術は無かった。

 しかし式紙の術式を覚えてから、札を触媒とすることで式紙を操る要領と同じ方法で術者と意識をリンクさせる事で遠隔操作が可能となった。

 

「次は……礼装・キャスター」

 

 目的の場所に辿り着く直前に、その身に礼装を纏う。

 

 上はキャスターが纏っていた神話礼装の衣装をそのまま自分に合うようにサイズの微調整を行い、下はキャスターはパンツと一体型だったが、流石に恥かしいので腰部分だけはアレンジして通常の道着と同じ形状にし、腰にキャスターが着ていた着物の黒帯を腰に巻いて留める。

 装飾は金だが衣装の色は白ではなくキャスターの着物と同じ青紫。そして今の自分の髪の色はキャスターと同じパールピンクである。

 

 何故キャスターなのか? 勿論理由がある。

 キャスターの礼装でも強化は第二段階を使用する。だが、その作用は主に身体よりも肉体の内側である感覚面に作用される。

 感覚をより鋭利にする事で気をより敏感に感じ、精密に操作する事が出来る。

 あらゆる感覚を強化する以上マイナス面もある。痛覚は倍になるし神経や内蔵への負担も大きい。しかしキャスターの姿でなければ出来ない事は多く、自分の最後にして取って置きの切り札はこの姿でなければ使用できない。

 

 戦う前から切り札を切る準備の前段階を済ませそして――――決戦の地に足を踏み入れる。

 

「…………来ましたか」

 

 そこにはいつもの軍服を着て、既にトンファーを装備し、眼帯を外して静かに佇むマルギッテさんの姿があった。

 

 鋭く、しかし落ち着いた闘気だ。それに昨日とは違うあの決意の眼差し。

 マルギッテさんの表情を見た瞬間に、自分の選択は正しかったと確信する。もしいつもの姿で現れていたら、礼装を纏う間も無く狩られていたに違いない。

 

 たった一日で何が彼女をそこまでの強さに押し上げたのかは分からない。だが一つだけハッキリしている。

 

 全てを尽くさなければ……目の前の相手には勝てない!

 

 軽く足を開き、両手を合わせて臨戦態勢を取る。

 

 こちらの動きを見て、マルギッテさんもトンファーを構える。

 

 お互いに会話は無い。理解しているのだ。既に戦いが始まっていると言う事に。

 

「…………」

 

「…………」

 

 互いに相手を見詰めながら動かない。もっとも、こちらは既に礼装を使っている。その為長くは闘えない。故に……こちらから攻める。

 

「炎天!!」

 

 瞬間、マルギッテさんが立っていた足元に魔法陣が浮び火柱が上がる。

 

「ふっ!」

 

 マルギッテさんはその場を獣の様に俊敏に横に跳んで回避するが、自分は更に追撃を掛ける。

 

「空裂! 密天!」

 

 今度は彼女が逃げた先の正面に魔方陣が展開し、そこからビームの様な稲妻の砲撃が放たれる。

 マルギッテさんは空裂を深く腰を落として屈んで回避するが、その瞬間足元に密天の魔方陣が展開する。魔方陣は息を吸うように一定の空間を吸引する。

 

「吸い寄せっ――!?」

 

 ただでさえ腰を落として屈んでいた彼女は吸引に耐えられずに膝をついたその時、一気に魔方陣から鋭く大きな衝撃波が放たれる。

 

「ぐあぁ!!」

 

 マルギッテさんは身体を切り刻まれながら宙へと吹き飛ばされる。だが油断は出来ない。

 

 吸引が止んだ一瞬の間に自分から跳んで僅かにダメージを減らされた。

 

 マルギッテさんの戦闘技術に驚きと尊敬の念を抱きながら、油断無く次の攻撃を行う。

 

 炎天で飲み込み、更に距離を稼ぐ!

 

 宙にいる彼女に向かって炎天を放つ。

 

「トンファーカッター!!」

 

 炎天を発動すると、彼女は空中で器用に体勢を立て直し、両手のトンファーの端を掴んでサイドスローの形で投げつける。二本のトンファーは高速回転して炎天を切り裂き消滅させる。

 

 気で纏い、更にその纏わせた気を鋭利に尖らせて固定し、擬似的な鋭利な楕円形の刃物にしたのか。

 

 こちらが炎天の消滅と共に砕け散るトンファーを見据えながら先程の技の解析を行っている内に、マルギッテさんが地面に着地する。

 

「疾っ!」

 

 着地と同時にマルギッテさんが、新たなトンファーを取り出してこちらに向かって疾走する。

 

「氷天!」

 

 迫る彼女の正面に魔方陣を展開するが、彼女はそれをまるで幅跳びの様にこちらに勢い良く跳んで回避する。先程まで彼女が居た空間に氷塊が生まれ、少しして砕け散る。

 

「せいやあああ!!」

 

 マルギッテさんは跳躍した勢いを乗せて跳び蹴りを放つ。それを見て彼女と自分との間に玉藻鎮石を動かす。

 

「黒天洞!」

 

 玉藻鎮石を中心に紫色の波紋の様に動く円形の気で作られたシールドが展開され、マルギッテさんの強力な蹴りがシールドに当たった瞬間、シールドが振るえ玉藻鎮石から十数枚の光る札が放出されて空中で四散する。しかし玉藻鎮石は吹き飛ばされずに悠然と浮遊し続ける。

 

「くっ!!」

 

 彼女は黒天洞のシールドを蹴って軽く後ろに跳んで着地する。

 

「炎天二符!!」

 

 マルギッテさんが立っている場所の正面と地面に同時に炎天を展開して十字の火柱を奔らせる。

 気で作られた炎は触れる物を焼く事はあっても、燃え広がる事も燃え続ける事も無いため山火事を心配せずに放てるのがいい。

 

「チィ!!」

 

 マルギッテさんは大きく飛び退きこちらの攻撃を回避するが、距離が離された事に苛立ちの表情を浮かべて舌打ちする。正直舌打ちしたいのはこっちである。

 使用する技はこちらが声に出しているから判別できるとは言え、縦横無尽に放たれるそれらを回避された上に、玉藻鎮石を形成してる札をたった一撃で十枚以上も消費させられた。

 

 そもそも何故技名を言うのかと言えば、重要な意味がある。

 気というのはイメージが大事だ。気を練り、形を与え、発動させる。これら全てを如何に早く、正確に行えるかで、同じ技でも威力や消費する気の量、身体への負担が大幅に変わってくる。それが体外への関渉なら尚更だ。キャスターでなら、体外に放出した気を一定の箇所に集め、留め、形を与える事が出来るからこそ、魔術の様に発動できる。しかし未熟な自分では代わりに全神経をそちらに集中させているから身動きが殆ど取れない。決闘ではまさに相手を倒すか、倒されるかの博打のモードだ。

 

「……その浮遊している武器は衝撃を逃がすのか。そして符術の時と技名は同じ様ですが仕様も威力も大違いだな。炎天、空裂は直線系の技。密天、氷天は範囲系の技と言ったところでしょうか?」

 

 正解だよちくしょう。たった一回で見切るか。

 

「しかし何も無い空間から突然攻撃が放たれる。随分と出鱈目だ。以前那須与一が言っていた魔術師と言う二つ名は伊達ではなかったと言う事か」

 

 マルギッテさんが不適に笑って再度こちらに突撃してくる。

 

 相変わらず早い!

 

「氷天!」

 

 マルギッテさんの予想進行ルートに氷天の魔方陣を展開する。

 

「ふっ!」

 

 魔方陣から一定範囲に氷塊が生まれるが、マルギッテさんはそれを更に急加速で回避する。

 

 無茶する。今のは足の筋力を無理矢理動かした。筋繊維が切れてもおかしくなかったぞ!

 

 驚愕している間にまた接近を許してしまうが、彼女がこちらを攻撃する前に玉藻鎮石が間に入り込み彼女の攻撃を受ける。

 

「空裂三符!!」

 

 先程と同じ状況になり今度は時間差で空裂を三連続放つ。瞬間、酷使した頭に痛みが走る。

 

「くっ――つあ!?」

 

 マルギッテさんは一発目を横に側転して回避し、二発をその場で身体を捻って回避するが、三発目が彼女の右肩を貫き苦悶の表情を浮かべる。貫くと言っても肉を抉るわけではない。肉体を貫通し、通った箇所から強力な電流を身体中に流すのだ。

 

 動きを止めた彼女にすぐに密天を使用し、再度距離を取ろうとした瞬間――。

 

「っ――おおおぉぉ!!」

 

 マルギッテさんは未だに空裂の攻撃を受けながら、雄叫びを上げてこちらに深く踏み込み左のトンファーを握った拳をこちらに放った。

 

 防御が間に合わない!

 

 迫るトンファーと拳の反対側へと首を動かして回避した瞬間、冷汗が出た。マルギッテさんがトンファーを支点に拳を半回転させ、拳の位置を反転させたのだ。

 

 やられた!

 

 彼女の狙いにまんまと嵌ってしまう。トンファー分こちらはどうしても先に動く。結果、彼女は拳のみ後出しが可能なのだ。

 

 一瞬浮んだ、もっと大きく避けるべきだったという後悔の念をすぐに捨て、右目に迫る拳を見詰めるながら、この状況で出来る最善を尽くすために密天ではない別の術を発動する。

 

「ぐっ!?」

 

「ぐあっ!?」

 

 拳を右目に受けながら軽く吹き飛ばされる。

 いつもの倍近い激痛が右目から走るが、その痛みを無理矢理押さえ込んで残った左目でマルギッテさんを見据える。

 彼女は立っていたが左足を庇うように重心を右足に寄せていた。

 どうやら術の発動は間に合ったらしい。彼女が近距離に居てくれた事が幸いした。

 

「くっ。咄嗟に氷天で私の左足を攻撃するとは、やはり簡単には倒せませんか」

 

「攻撃を受ける事が避けられないなら、それを逆手に反撃するのは当然でしょう?」

 

「くく、確かに……」

 

 愉快そうに笑ったマルギッテさんは突然先程までの闘気を霧散させた。

 

「やはり私が認めた男です。故に見せましょう。優季、これが……私の全力です」

 

 次の瞬間、マルギッテさんの身体に気が充満し、そして身体から力強い気が放出される。

 

「まさか強化!?」

 

 彼女が行ったのは強化だった。あの強者としてのプライドの高いマルギッテさんが、自分程度に強化を行ったのだ。その事実に驚くと同時に、彼女のこの決闘にかける決意と覚悟が並大抵の物ではない事を強く実感させられた。

 

 強化を終えた彼女は改めてこちらを鋭い視線で見据えながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「この姿を見た事を誇りに思いなさい。では……行くぞ」

 

 彼女の姿がブレた次の瞬間――――大きな衝撃音が山中に響き渡った。

 




個人的に慢心捨てたマルさんはこの位強くていいと思う。

そして早速二度目の礼装発動。ぶっちゃけ今回の格好はシンプルです。色くらいでしょう弄ったのは(下半身は流石に変えましたが)つまり臍だしルックです。イメージ優先の為なら傷だらけの身体を惜しげもなく晒す優季、流石です。

そして久々に原作技と武具が出たので下で解説してます。


【技・武器解説(簡略版)】(Fate/EXTRAを知らない人用です)

玉藻鎮石(たまもしずいし)
正式には『水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)』。
武器自体が彼女の宝具その物な為、本来はこちらの名である。
本編では武具と能力を使い分ける為敢えて玉藻鎮石と表記している。(原作では確か使い分けていなかったはず)
本編で語っている通り遠隔操作を可能とし、護って良し、攻撃して良しの出来る子。しかし所有者からは使えない子扱いされる可哀想な子。因みにキャスター事態が英霊扱いの為に弱体化しているせいでもある。本来なら死者すら蘇生可能なチート宝具の凄い子である。
原作では後の八咫鏡の原点として扱われている。


『空裂』
ビームである。(いやホントに)
威力は高く、発動モーションもカッコイイと、プレイヤー全てが認める呪相系最強の技である。
但し使えるのは『敵として登場する過去キャスター』である!!
使用できないと知って泣いたプレイヤーは多いに違いない。(私もその一人です)




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【マルギッテとの決闘 (中篇)】


今回はマルさん視点となります。



 まさかここまで追い詰められるとは。

 内心で苦笑しながら、攻撃を受けた左足を見詰め、私は先程までの攻防を思い返す。

 

 自分が優季に恋していると受け入れた翌日。私は自分でも驚くほど心穏やかに、その日を迎えた。

 体中に力が漲る。まさにベストな状態で私は決戦の地へと赴き、トンファーを取り出していつでも戦えるように準備を済ませる。予感のようなものがあったのだ。この戦いで油断は命取りだと言う予感が。

 

 そしてそれは的中した。やって来た優季の姿は異様だった。例の礼装と言う技だろうが、先日とは違う姿と違う防具だった。

 

 だがそんな事を気にする余裕は無かった。優季の真剣な表情と気迫から、彼もまた自分と同じ予感を感じたことは明白だった。

 

 お互いに特に何も語らず、戦闘体勢に入りそして……私にとって驚愕を覚える戦いが始まった。

 

 符術と同じ名でありながらまったく違う威力と仕様の技。それはら何も無い空間に突如西洋のそれとは違う漢字と対極図で作られた和風な魔方陣が展開され、放たれる。

 

 正直初見の炎天を始め、直感をフル稼働してようやく避けれていると言った状況だった。お陰で攻撃にまで思考を割く暇が無い。

 

 出鱈目もいいところだ。

 

 以前那須与一が言っていた『魔術師』という単語が頭を過ぎり納得してしまう。

 

 実際魔術師のような攻撃に加え、優季はその場から動かずに遠距離からの攻撃を繰り返していた。動けぬ理由があると判断した私は多少のダメージを覚悟して接近戦を試み、そして彼の右目に一撃入れる事が出来た。

 

 もっとも、代償として私は左足に深刻なダメージを受けたがな。

 

 罅が入ったのは間違いない。下手すれば折れるだろう。

 

 右目を腫らしながら、立ち上がった優季に、私は純粋な賞賛を送った。

 

「咄嗟に氷天で私の左足を攻撃するとは、やはり簡単には倒せませんか」

 

「攻撃を受ける事が避けられないなら、それを逆手に反撃するのは当然でしょう?」

 

 優季は真剣な表情で、しかし口元に笑みを浮かべながらそう答えた。

 

 私はその答えに可笑しくなってしまい、つい気を緩めて笑ってしまった。

 

「くく、確かに」

 

 ああ、またお前の新しい一面を知ってしまった。お前は相当に負けず嫌いなのだな。

 

 普通、予想外の攻撃を受ける時は、反撃に思考が回るよりも早く、大抵の場合は反射的に肉体が防御の姿勢を取るものだ。

 

 だと言うのに、優季は平然と反撃して来た。あの拳が届くか届かないかと言う僅かな時間でだ。

 その上彼にとっては攻防の起点となる目を潰されたと言うのに、未だその瞳には一切の衰えも、怯えも無く、闘志に満ち溢れている。

 

 ああ優季、お前は何度私をときめかせれば気が済むのだ。

 

 強い眼差しに射抜かれ痛みとはまた別の熱が肉体を包む。

 

 だがやはり、お前を手に入れるためにはこちらも覚悟を決めねばならないみたいだな。

 

「やはり私が認めた男です。故に見せましょう。優季、これが……私の全力です」

 

 その言葉と共に、私は強者としてのプライドを捨てた。

 全身に気を漲らせると、肉体が熱を持ち、活性化して行くのが分かる。

 

「まさか強化!?」

 

 優季はありえないとばかりに目を見開き、今迄で一番の驚きを見せた。

 人を驚かせるような技ばかり使う優季を逆に驚かせたことに愉悦を感じ、同時に嬉しくもあった。

 何故なら彼は私が強化を使わないと思っていたからこそ驚いた。それはつまり、私を強者と思っていてくれたということだ。

 

 悪いな優季。今の私は矜持に生きる武人でもなければ誇りに順ずる軍人でもない。

 今の私は、形振り構わない一人の男に恋する……乙女だ!!

 

 全身の強化を終えて優季へと視線を移す。彼は既に臨戦態勢に入っていた。切り替えの早さは流石と言える。

 

「この姿を見た事を誇りに思いなさい。では……行くぞ」

 

 宣言を終え、私は一気に駆けた。優季の死角である右側に。そして拳を放つ。

 

 大きな衝撃音が山中に響き渡った。

 

「ッ!」

 

 拳に衝撃を感じながら目の前の黒天洞と呼ばれたシールドを見詰める。

 

 優季は視線どころか身体すら反応を示さなかった。その事からこちらの動きを完璧には捉えていなかったはずなのだが、実際は完璧に防御された。

 

 直感や危機察知によって咄嗟に動かした? 確かめるか。

 

 強化した身体能力に任せてすぐにその場を移動し、黒天洞の範囲外へと回り込んで拳を放つ。そして拳を放ちながら視線だけは黒天道だけを見詰める。

 すると優季の身体や視線が動くよりも早く、黒天洞の中心である鏡のような武具が横にスライドするように移動し、シールドが、こちらの攻撃を受け止められる位置まで移動してくる。そしてシールドの端に拳が当たると、今までと同じ様に衝撃を吸収されてしまう。

 

 私はこれまでの観察から、黒天洞というシールドは、攻撃した時の衝撃を札に流して外へと逃がしていると仮説を立てる。

 

 仮説を信じるなら黒天洞に触れるのはまずい。そして優季自身の、少なくとも肉体は反応できていないように思える……ならば!

 

 私は先程と同じ様にシールドに守られていない位置へと瞬時に移動してトンファーを棍棒の様に持って振り被る。

 予想通り黒天洞がこちらに移動した瞬間に、持っていたトンファーを投げつけ、自身は更に早く動くべく足を無理矢理動かす。

 

 ―――っ!

 

 左足に激痛が走り何かが軋む音が体内に響くがそれを無視する。

 

 黒天洞にトンファーが触れた瞬間、黒天洞の動きが僅かに止まる。衝撃を吸収する瞬間、僅かにだが黒天洞は動きが止まる。

 

 私は一瞬にして優季の左側は回り込み、無防備な脇腹目掛けて拳を放つ。

 

「はっ!!」

 

「がっ――!!」

 

 懇親の一撃を優季に叩き込む。彼は顔を苦痛に歪めて吐血しながら吹き飛んで行く。

 

 手応えはあった。確実に骨を折った手応えはあった。だが、私の顔に笑みは無い。

 

 あの状況で自分から攻撃を受けに来るだと!?

 

 先程、優季は一歩分身体をこちらに寄せた。そのせいで距離が僅かに縮まり、こちらの威力を完全には乗せ切れなかった。

 

 しかも拳の感触が確かなら、優季の身体に力みが殆ど無かった。身体の力みを解き、衝撃に逆らわないことで僅かにだが衝撃は外に逃げる。

 優季はあの状況で被害を最小限に抑える為に行動したのだ。

 

 できるかそんなこと!? 喰らえば致命傷の一撃を前に、力を抜いてその身を晒すなんて判断、それもあの一瞬で!?

 

 初めて……心の底から恐怖した。私が相手しているのは……本当に人間か? 

 

 優季への恋心や戦いの高揚感を飲み込むように、私の全身を恐怖が侵食して行く。

 

「――此処は我が国、神の国、水は潤い、実り豊かな中津国――」

 

 小さく呟かれたその言葉に、意識が現実に引き戻され、吹き飛ばされた優季の方へと視線を向ける。

 

「――国が空に水注ぎ、高天巡り、黄泉巡り、巡り巡りて水天日光――」

 

 優季は叩きつけられたであろう木の幹に背を預けながら、呼吸は荒く、しかししっかりと言葉を紡いで行く。そして彼の言葉が紡がれる度に、彼の頭上で回転する鏡のような武具の力がどんどん膨れ上がって行く。

 

「――我が照らす、豊葦原瑞穂国(とよあしはらみずほのくに)。八尋の輪に輪をかけて、これぞ九重、天照――」

 

 まずい! よく分からないがあれは止めなければならないと、私の直感が言っている!

 

 今の私なら一秒以内に詰められる距離だった。しかし走り出そうと構えた私の目の前の空中に、一瞬にして七枚のピンク色の花弁の巨大な花の何かが出現する。それがなんなのか解からずつい足を止めてしまい、その一瞬の判断ミスが、彼に続きを紡ぐ時間を与えてしまった。

 

「――水天日光天照八野鎮石――」

 

 優季の武具が弾けると同時に直下型地震のような衝撃が私を、いや、山全体を襲い、それと同時に優季の肉体から在り得ない程の気力が溢れ、溢れた力が螺旋状になって天へと奔る。

 

 く、震動で上手く動けん。それになんだこの重く気持ち悪い感覚は!?

 

 まるで酸素や二酸化炭素の濃度が高い場所に行った時のような気持ちの悪さと、空気の圧のような重さが私の周囲を覆い尽くす。そのせいで上手く身体が動かない。

 

「ごほ、はあ、はぁ――舞い散るが華、斬り裂くは星、これぞ至高の美。万雷の喝采を聞け。インペリウムの誉れをここに、しかして讃えよ。ドムス・アウレアと――」 

 

 私が戸惑っている間にも、優季は苦しそうな表情を浮かべながら言葉を紡いでいく。

 

舞い詩う黄金劇場の道化者(アエストゥスドムスアウレアジェクラトル)演目(アクト)童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)

 

 そして私は目にする。幼き日に忘れ去った奇跡……『魔法』を。

 




 さあ舞台の門は開いた! 次回は道化者(優樹)の踊りを堪能するといい!!(短いけどね!!)


【技・武器解説(簡略版)】(Fate/EXTRAを知らない人用です)


水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)
キャスターの宝具。ゲーム的効果は1ターンの間MP消費しないというEXTRAでは微妙だったが、CCCでは結構優秀なチート宝具(去勢拳が強いから)
本来の効果は結界術であり、結界内ではキャスターは呪術コスト0で呪術使いたい放題というとんでも能力である。前回でも軽く説明したが、本来ならキャスターは死者すら蘇生できる呪術すら行使できる程の神であり、本来なら結界も国一つ覆える為、サポートとしてこの能力を行使されたら相手はほぼ勝てないと思う。(国その物と戦うようなものである)

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)
 由来はギリシャの英雄アイアスの盾。
 アーチャーが唯一得意とする防御用武具。本来は投擲武器や、使い手から離れた武器に対して無敵という概念を持つ概念武装で、光で出来た七枚の花弁が展開し、一枚一枚が城壁と同等の防御力を持つ。攻撃を防いでいる間、一定ダメージを超えると、花弁が一枚ずつ砕かれて行く。というのがステイナイト時の設定なのだが、EXTRAシリーズではバッドステータス付与すら無視して相手の攻撃を完全に相殺するという、無敵故に鉄壁!な盾になっている。ステイナイトをやった者からすれば、何があったアイアス!?状態である。



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【マルギッテとの決闘 (後編)】

これにてマルさんとの決闘は終了です。




 マルギッテさん強過ぎる。

 多分時間にしても精々二、三分の攻防だった。

 

 強化を使用したマルギッテさんは、もはや自分の目を持ってしても、その姿はブレてしまって完全には捕らえ切れなくなっていた。

 それでも玉藻静石による黒天洞が間に合っていたのはキャスターによる感覚強化のお陰だ。

 

 ほぼ直感に従い彼女が行動を起こすと同時に玉藻静石を動かしていたが、それが仇となった。

 彼女はトンファーを囮に、玉藻静石の動きを止めたのだ。その事実に気付いて驚きのあまり逆側に身体が無意識に動いたところを狙われ、拳が脇腹にめり込んだ。

 

 反応できなかった。そのせいで踏ん張る事もできずに、力に流されるまま吹き飛ばされた。

 背中を木の幹に叩きつけられ崩れ落ちそうになるのを、木に寄り掛かる事でなんとか倒れずに踏ん張る。

 

 脇腹が折れて肉体のダメージも深刻だな。唯一の救いは内臓が無事な事だが、いつ壊されてもおかしくない。

 

 自身の状態を確認し、もはや最後の切り札を切るしかないと、余った川神水晶で自作し両手に填めた数珠の左腕の方に気を送り、いつでも発動できるようにした状態で詠唱を開始する。

 

「ここは我が国、神の国、水は潤い、実り豊かな中津国。国が空に水注ぎ、高天巡り、黄泉巡り、巡り巡りて水天日光。我が照らす。豊葦原瑞穂国、八尋の輪に輪をかけて、これぞ九重、天照――」

 

 詠唱の途中でマルギッテさんが動こうとしたので数珠を起動させて即席の『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』を展開する。

 

 マルギッテさんは熾天覆う七つの円環を見た途端に動きを止めてくれた。

 熾天覆う七つの円環は黒天洞と違って移動できないただの大きな気の盾だ。精々一、二秒の時間稼ぎ程度の効果しか期待していなかったが、警戒して足を止めてくれたのは嬉しい誤算だ。

 

「水天日光天照八野鎮石」

 

 詠唱を終え、力を蓄えた玉藻静石が砕けると、キャスターがかつて使用した宝具に肖って作り上げた結界術が発動する。その効果は『龍脈を流れる大地の気を自身と繋げる』というものだ。

 

 術の発動は成功し、山の下を流れる龍脈から一気に自分の身体に向かって大地の気が送られてくる。

 

「――っごふぅっ!!」

 

 と同時に身体の中で膨れ上がり暴れる大地の気のせいで身体中に激痛が奔り、堪らず吐血する。

 そもそも大地の気を自分に馴染ませずに体内に無理矢理流すという行為自体が自殺行為であり、下手すれば肉体が文字どおり崩壊してもおかしくない。

 キャスターで感覚を強化しなければ、体外へ排出しながら必要な分を集めるなんて芸当は不可能と言ってもいい。

 

 元々のダメージと術の発動の痛みで眩暈を起こしながら、その痛みから開放される為、すぐに次に移る。まだ切り札の完成には至らない。むしろようやく準備を終えた段階だ。

 

 歯を食い縛って更に詠唱する。

 

「舞い散るが華、斬り裂くは星、これぞ至高の美。万雷の喝采を聞け。インペリウムの誉れをここに、しかして讃えよ。ドムス・アウレアと――」 

 

 最後の一文を前にマルギッテさんの動向を確認する。何故か彼女はその場から動いていなかったが、こちらとしては好都合だった。それでも気を緩める訳には行かないので、彼女を警戒しながら唱える。

 

舞い詩う黄金劇場の道化者(アエストゥスドムスアウレアジェクラトル)演目(アクト)童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)

 

 集めた大地の気を触媒として、自分の周囲に新たな結界術を形成する。

 

 そして世界はその姿を変え、かつてセイバーが戦っていた黄金の劇場がその姿を現した。

 

「……優季、私は今、あなたが実は魔法使いだと口にしても信じる自信があります」

 

 バラの花弁が天から降り注ぐ豪華絢爛な黄金の舞台の上で、マルギッテさんはもはや呆れたように笑いながら呟いた。

 

「魔法使いなんておこがましい。自分はただの……人間です」

 

 マルギッテさんに返答しながら自分の状態を確認する。

 

 大地の気が身体から無くなった事と、黄金劇場の効果によって肉体の治癒力が少しだけ上がったお陰で、なんとか両足で立つまでには体力は回復した。

 

『招き蕩う黄金劇場』

 

 かつてセイバー使った自身の知る領域を自分に都合の良い効果を与えて世界の上に建築するという魔術。

 

 その魔術を何年も掛けて構想を組み、実験し、ようやく完成させたのが大幅に効果の下がった劣化版招き蕩う黄金劇場である、舞い詩う黄金劇場の道化者だ。

 

 劣化版とはいえ、使用には大幅な準備を必要とし、制約もある。 

 

 まず自身の気力では発動させるには気力が不足している為、キャスターの水天日光天照八野鎮石で大地の気を集めてそれを用いる必要があった。

 

 そしてセイバーは招き蕩う黄金劇場という一小節のみで、あらゆる領域を世界の上に直接建築できたが、そもそも自分には世界の上に領域を建築出来るほどの才も無ければ、作り手としての経験も圧倒的に不足している。故に自分が作れる領域はセイバーが見せてくれた『黄金劇場』のみであり、劇場である為に明確に『演目』を宣言しなければ『効果』を得られない。演目を宣言しないとただの黄金の劇場が広がるだけだ。

 

 そして今回の演目は『童女謳う華の帝政』。

 その効果はセイバーの宝具と同じ主人公役はあらゆる事に上昇効果が働き、敵役は逆にあらゆる事に下降を受けるという効果。

 

 何度か拳を握って状態を確認する。

 

 さっきよりも力は入る……いけるか?

 

 正面のマルギッテさんに視線を移すと、彼女は訝しそうな表情で自分の身体を一瞥した。その様子からマルギッテさんにも効果はちゃんと出ているようだ。

 

 自分の感覚だと童女謳う華の帝政の効果は現状の自身の能力を約三割上昇させる。逆算すると相手は三割減少と考えるのが妥当だ。そして純粋に考えるならこの時点で互いの戦力は六割の差が出る。だがそれは力が同程度ならばの話であり、上昇はともかく減少の値は予測でしかない。

 

 なんせ対人で使うのは初めてだからな。

 

 強化を使用したマルギッテさんはかなり強い。まともに対応するにはせめて身体が反応できるくらいには差が縮まっている必要がある。

 

 結界の維持は五分が限界だ。呪術では避けられる可能性がある。迷っている暇は……ない!

 

「ふぅ……ふっ!!」

 

 呼吸を整え干将・莫耶と残った右腕の数珠を消費して玉藻静石を具現して一気にマルギッテさんとの距離を詰める。

 

「っ――はっ!」

 

 マルギッテさんがこちらの行動に気付くと不敵な笑みを浮かべて同じ様に駆け出す。

 劇場の舞台の中心でお互いに剣とトンファーを突き出し合う。

 

「「――!?」」

 

 お互いに頭を狙った攻撃を首を横にずらして回避する。彼女の動きはなんとか視認できるレベルにまで落ちていた。

 

 これなら!

 

 双剣を縦に横に斜めにと可能な限り勢いを殺さないように繰り出し続け、マルギッテさんはその攻撃を時には避け、時には防ぐ。リーチの優位は自分に有るが、双剣の扱いが未熟過ぎてこちらの攻撃が当たらない。

 

 だが今はそれでいい。この技はゆっくりと気を練らなければならない。その時間を稼げれば十分だ。

 

 攻防が続くとマルギッテさんもこちらの動きに慣れたのか、カウンターを合わせ始めた。そのカウンターを回避しつつ攻撃を繰り出す。

 

 攻防の間彼女の瞳を見続ける。諦めない強い意志の宿った者の瞳。そして何かを探るような目。

 

 読まれている?

 

 マルギッテさんは間違いなく警戒している。『何かを狙っているんじゃないか?』と。

 

 もしかして彼女が深く踏み込んで来ないのは警戒していると同時に、こちらの最後の一手にカウンターを合わせる為か?

 

 そこまで推察するが、自分はそれでも攻防を繰り返し、マルギッテさんも応じる。

 自分は次の一手で彼女を倒す為に。マルギッテさんはその一手を逆手に自分を倒す為に。

 

 体感にして一、二分の攻防の末に、準備が整う。

 

 マルギッテさんのトンファーの突きを双剣で上に弾き、同時に双剣の柄から手を放す。

 マルギッテさんが一瞬驚きの表情を浮かべる。その隙に右手に今迄溜めた力を込め、近距離最速の技である一足一打を放つ。

 

 掌底が後数センチで彼女の鳩尾に叩き込めるという距離まで迫る……が、その掌底は空を切る。

 

「――ふっ」

 

 マルギッテさんに右斜め後方にステップされて回避された。

 その動きは先程までと違って素早く、かろうじてマルギッテさんが死角に入る間際に、腕を引く動作だけは捉えられた。きっと拳を放つ準備に違いない。

 

 こちらは腕を伸ばしきり、勢い良く踏み込んだ為、もはや自分自身では方向転換している暇が無い。

 

 故に玉藻静石で攻撃する。自分自身を。

 

「おおお!!」

 

「何っ!?」

 

 玉藻静石に左斜め後方から勢い良く平面で体当たりしてもらい、彼女の逃げた方へと無理矢理身体を吹き飛ばす。

 

 脇腹が痛い。だが方向は修正され、マルギッテさんとの距離も縮まる。

 伸ばした腕を僅かに曲げ、右手に溜めた力で、一振りの剣を具現させる。

 

 童女謳う華の帝政の上昇効果とキャスターの礼装効果によってようやく具現に至れる光り輝く聖剣。

 

「『永久に遥か(エクスカリバー)――」

 

 それを彼女を倒す為に――

 

 

「――黄金の剣(イマージュ)』!」

 

 ――振り下ろした。

 

 

 

 

 黄金の劇場は硝子細工が砕けたような音と共に砕け散る。その音を聞きながらマルギッテは光の濁流に飲み込まれる。しかしその表情は清々しい物だった。

 

 魔法、黄金の劇場、極めつけは聖剣ときた。本当に、お前は何者だ優季。

 

 意識が飲み込まれる最中、マルギッテは小さく笑った。

 

 どうでもいいか。大事なのはそれらを受けた『初めての相手』が私だという事だ。

 

 自分達の決闘を監視していた者達に、マルギッテは気付いていた。もっとも、すぐに彼らに対しては意識を向けるのを止めた。何故なら手は出してこないと知っていたからだ。

 

 悔しいだろう強者ども。特に武神、史上最強。もうお前達はこれらを知った。知ってしまった。『自分を驚愕させる』という強者にとってこれ以上無い喜びを、私が全て味合わせて貰った!!

 

 マルギッテはもはや意識を保てないと理解している。

 女としては悔しい思いもある。だが、優季の性格上まだ挽回は可能だと開き直った。そして開き直った以上、意識を失う最後の瞬間まで、この強者としての、武人としての歓喜を堪能し尽くす事にした。

 

「ああ、本当に……最高の決闘だった」

 

 マルギッテは幸福感に包まれながら、光の濁流から受ける衝撃に身を任せそして……意識を失った。

 




物凄い詰め込んだ回でしたが、やりたいこと全部やったので満足。

今回やったキャスター→セイバー→アーチャーと自サーバント三人の技をコンボみたいに繋げると言うのは実は当初から一度やりたかったんですよねぇ。
ギルとエリザは技が絡ませ難かったので仕方ないね。

とりあえず一段落です。で、次回から何話か書いた後は、本編最終イベントに入る予定だけど、その前にまじこいSで、もう一回情報収集しないと……ああ記憶力が欲しい(しばらく経つと細かい部分を忘れちゃうんですよねぇ)


【技・武器解説(簡略版)】(Fate/EXTRAを知らない人用です)

『招き蕩う黄金劇場』
セイバーの宝具の魔法に近い魔術。
由来は彼女が建てた劇場であるドムス・アウレア。
ゲームでは発動中は筋力貫通ダメージと敵の弱体化の効果を得るというシンプルな効果だが、本編でも語ったとおり、彼女はこの魔術で好きに色々な領域を作れるので結構なチートである。しかも固有結界よりも燃費が良く長持ちする。
彼女の私設工房から料理のキッチンスタジアム。果てには主人公と結婚する為だけに教会まで造ってしまうと言う、まさに皇帝の名に相応しいやりたい放題の技である

因みに主人公に同じ技名として使わせなかった理由は、劣化の意味も勿論あるが、作者的な理由を述べるなら『主人公は相手を楽しませる側である』というのを強調したかったから。ただそれだけである。

『永久に遥か黄金の剣』
由来は原作stay nightに登場するアーサー王の所持していた聖剣エクスカリバー。
アーチャーの宝具である無限の剣製の中でのみ使用できる約束された勝利の剣(エクスカリバー)の贋作である。
劣化版聖剣と言えば分かりやすいだろう。
しかし劣化とは言え聖剣である為その威力は彼の持つ技の中では一番威力が高い。と同時に消費MPも高い(流石は高燃費サーヴァントの宝具。道具もまた高燃費である)
実は彼が作る贋作の中では唯一元の武具とは名前が大きく違う。きっと彼にとっては譲れない大事な理由があるのだろう。
……と、イイハナシダナー的に書いたが、多分理由は劣化と言う意味を伝えたかっただけなんだと思う。なんせスタッフ陣が勝手にモーション作っちゃって慌てて追加した技らしいので(参考=設定資料)



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【目が覚めたらもう夏休み】

初めて読む方、唐突な流れになりますが、さくっと進んでいきます。
詳しくは活動報告の『重要まじこいについて』を見てください。



「……う~ん。いいのかな、こんな所でのんびりしちゃって」

 

 荷物の入った鞄を肩にかけながら、砂浜に立って目の前の海を眺める。

 

 青い海。白い砂浜。周りには誰も居らずそれどころかゴミ一つない。

 

 ここは九鬼のプライベートビーチの一つ。少し先の丘には木々に囲まれるように大きな一階建ての和風の旅館が建っていて、浜辺近くの小高い丘にホテルが建っている。

 

 ホテルの方は九鬼を狙う連中に対する所謂めくらましとして立てられた物ではあるが、同時に従者部隊の人達の宿泊施設兼仕事場であり、この島の全ての監視、管理をあのホテルで行っているらしい。

 

 屋上にはヘリポートがあり、地下には緊急用の脱出口もある。

 そして殆どの設備は地下一階と一階から三階で、それより上は誰も居ない無人となっている……金の使い方が相変わらず凄い。

 

 自分達が泊まっているのは旅館だが、こっちも豪華だった。

 部屋全てが防音で大部屋で広い作りになっている。お風呂、トイレ、洗面所まであるし、ルームサービスまである。

 

 ……十数日前まで病院のベッドで眠っていたとは思えない状況だ。

 

「ユーキ、もうみんな荷物運んでるよー!」

 

「ん、ああすぐに行くよ小雪!」

 

 白いワンピースを靡かせながら笑顔で手を振る小雪に、自分も笑って答えて歩みを再開させながら、今日までの事を思い出す。

 

 

 

 

 最初に優季が目が覚めた事に気付いたのは彼の世話を任されていた天衣であった。

 

 天衣はすぐにナースコールを鳴らし、次に九鬼へと連絡を入れた。

 

「橘さん……自分はどれくらい寝ていたんでしょうか?」

 

「約一ヶ月だな。医者の話では退院できるのは夏休みの終わり頃だそうだ」

 

 優季の言葉に天衣が答えると、優季は『そうですか。ありがとうございます』と答えて大きく安堵したような溜息を吐いた。

 

「どうした?」

 

 気になった天衣が尋ねると、優季は苦笑交じりに答えた。

 

「正直、いくつか機能しない器官が出てもおかしくない事をしたので、五体満足であることに安心しただけです。特に目とか」

 

 そう答えた優季に、天衣はなんと答えていいか分からず曖昧に返事を返すしかなかった。

 

 しばらくして医者が看護師を連れてやってくると優季はそのまま検査を受けることになり、それが終わる頃には彼を心配していた人達が病室に集まっていた。

 

 因みに九鬼の計らいで彼とマルギッテは個室である。そしてもちろん彼の病室にはマルギッテもやって来ていた。

 

「優季、身体は大丈夫ですか?」

 

「ええ。マルギッテさんは……酷そうですね」

 

 マルギッテは左足をギブスで固められ、松葉杖をついていた。

 もっとも、そう尋ねた優季自身も当初はアバラと左腕の骨折、全身の筋損傷、一部内臓への可負担と、怪我の度合いで見れば彼の方が重体であった。

 

「気にするな。互いに全力を出した結果だ」

 

「そうですね……だから小雪も弁慶も、出来ればそんなに睨まないで欲しいな」

 

 優季の両脇で彼を睨む小雪と弁慶に向かって優季は苦笑を浮かべてそうお願いするが、二人は険しい表情を戻すことは無かった。

 

「あのねユウ兄。前から言いたかったけど、もう少し自分の事を考えてよね」

 

「そうだよユーキ。ユーキがボク達を大切に思うように、ボク達だってユーキが大切なんだかね」

 

 二人は彼が傷だらけで病院に運ばれたと知った時には脇目も振らずに駆けつけ、彼が目覚めないと涙を流すほどに心の底から心配していた。

 

 それを知っているからこそ、周りの者は誰も彼女達を止めようとは思わなかった。

 そんな二人の視線と言葉を受けた優季は顔を僅かに伏せて目蓋を閉じ、一度だけ頷いたあとに顔を上げた。

 

「そうだね。ごめんな二人とも心配させて」

 

 とても穏やかな笑みを浮かべてそう謝罪する優季に、少しだけ困惑した二人だったが、とりあえず納得し、最後に『今後は気をつけてよね』と釘を刺して話題を終わらせる。

 

「さて、話は一段落したな。優季に我から話がある」

 

 揚羽が数回手を叩き、みんなが注目するのを待ってから口を開く。

 

「現在我は優季の休息の為に九鬼のプライベートビーチに二泊三日の旅行を計画しているのだが……」

 

 みんなが『なんで今そんな話を?』といった表情をさせる中、揚羽は口元に笑みを浮かべながら説明を続ける。

 

「この中で参加したい者がいるなら一緒に連れて行ってやってもよいぞ?」

 

「はい! ボク参加する!」

 

「同じく!」

 

「もちろん私は行くぞ」

 

「じゃあ私も行こうかな」

 

「揚羽様、護衛でもいいんで連れて行ってください!」

 

「私も」

 

「優季の護衛なら私も当然行かせてください」

 

「引率として私も同行させていただけますか?」

 

「小島先生が大丈夫なら、私も共に行って敗者として勝者の優季を労いたいと思います」

 

 揚羽が提案するやいなや、小雪、弁慶、百代、清楚と項羽、ステイシーに李に天衣、さらには梅子にマルギッテまでが凄い勢いで手を上げたり頷いたりして参加を主張する。

 

「うむ、許可しよう。お前達はどうする?」

 

 一部の反応に唖然としている他の面々に揚羽が尋ねると、ようやく我を取り戻した周りがそれぞれ話し合いを始める。

 

「そうですね。なら僕達も参加しましょうか準」

 

「おう」

 

「もちろん風間ファミリーは全員行くぜ! 九鬼のリゾートなんて滅多に行けないだろうからな。今から楽しみだぜ」

 

「キャップ、一応ユウの快気祝いだからな。まぁ俺も興味あるけど」

 

「義経もお兄ちゃんの快気祝いはしたい。与一も行くだろ?」

 

「治ったばかりの兄貴が組織に狙われる可能性もある、か。仕方ない、俺も付いて行ってやる」

 

 結局いつもの風間ファミリー、冬馬ファミリー、クローン組が全員参加する事になった。

 

 旅行先についてワイワイと談笑を始める面々を眺めながら揚羽は計画が上手くいって満足気に頷く。

 

(うむ。上手く行ったな。これで誰かが優季のハートを射止めればよし。上手く行かなければまた考えればよい)

 

 揚羽もここ最近の優季の命を削る戦いには思う所があった為、今回の計画、つまり『優季に恋人を作らせて無茶を減らさせよう作戦』を実行に移すことにしたと言う訳だ。

 

(優季は将来有望だ。そんな存在には出来るだけ長く生きて欲しいというのは、奴を見続けた者として当然の思いだろう。さて、向こうに付いたら色々融通を利かせ易いようにしておくとするか)

 

 騒ぐ学生達を眺めながら揚羽は悪戯っ子のような笑みを浮かべながら病室をあとにした。

 



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【海だ。しかし水着回ではない(無慈悲)】

許してくれ。今後の為にもったいなくて(女性陣の水着の設定)使いたくなかったんだ。


「と言う訳で一階左通路の部屋が女子。右の通路の先の部屋が男子って感じに分ける事になった。部屋割りはまぁ各自で話し合うということで」

 

 コテージの前でみんなで話し合い、女性陣と分かれて男子だけで旅館の右の通路を進み、一番ロビーに近い部屋を空ける。

 

「おお、立派過ぎる」

 

「さすがは九鬼ですね。手入れも万全のようです」

 

 外観や内装に合う様に誂えられた調度品や家具を眺めながらとりあえず部屋割りについて話し合う。

 

「部屋割りはどうする? と言っても大部屋だから二間合わせたら結構な人数が余裕で寝れるけど」

 

 入口のドアから入ってすぐの部屋は寛ぐ為の部屋のようで、座卓に座椅子、テレビ等がある。

 隣の部屋は就寝や子供が遊びまわる為か余計な家具は無く、浴衣の仕舞われた大き目のクローゼットだけが配置されていて、奥の押入れには布団が仕舞われてあった。

 

 互いの部屋は真ん中を襖で分けられるようになっていて、クローゼットのある部屋だけでも大人六人くらいは楽々に寝られる広さがある。机や椅子を脇に退かせばもっと沢山寝られるだろう。

 

「ん~じゃあ風間ファミリー、俺と若と与一と優季で二部屋使うか?」

 

「そうですね。そうしましょうか」

 

 と言った感じですんなり部屋割りは決まった。因みに自分達がこの部屋を使い、風間ファミリーは向かいの部屋を使うことになった。

 

 とりあえず全員荷物を部屋の端に置いてから改めてロビーに集合する。

 

 しばらくして女性陣もやってくる。

 

「この後どうする?」

 

「決まってんだろ優季。海だ!」

 

「海だな」

 

「海だよね」

 

 ガクトの言葉に大和、モロが力強く頷いて賛同する。

 

「おうおう男達の下心が見え見えだねぇ」

 

「仕方ないだろう。因みに私も海には賛成だ。主に男衆と同じ理由で!」

 

「あう、お姉さまが久々にオヤジ化してる」

 

「まぁ森の方は殆ど見る物は無いでしょうから、今日は海でいいのではないか?」

 

 多数が海で遊ぼうと主張した為、全員で海に行くことになった。

 

「分かった。じゃあ水着に着替えて海に行くか。確か旅館の人に言えば色々貸してくれるって揚羽さんが言っていたよな」

 

 全員異議なしと言うことで各自一度水着に着替える為に部屋に戻り、ロビーの受付で待機している九鬼の従者の方に伺うと、旅館脇に倉庫があって、そこに釣竿やパラソルなんかが仕舞われているので、自由に持ち出していいと教えて貰った。

 

 倉庫の鍵を受け取って色々持ち出し、鍵を返却して女性陣への伝言を頼み男子だけで砂浜へと向かう。

 

「よっしゃ一番乗りは俺様がいただくぜ!」

 

「あっキャップずりー!」

 

 砂浜につくなり荷物を放り出してキャップとガクトが駆け出して海へとダイブする。

 

「おーい二人ともー! しっかり準備運動しないと危ないぞー!」

 

「「すでに終わらせてるぜ!!」」

 

 流石は遊びでは手を抜かない風間ファミリー、準備がいいな。

 

「とりあえずここでいいか?」

 

「そうですね。ではさっさと準備をしましょう」

 

 大和の言葉に冬馬が頷き、二人の指示に従ってみんなでパラソルやビニールシートを敷き、バーベキュー用の小型のコンロを設置する。

 

 食材は氷と一緒にクーラーボックスに入っているからしばらくは腐ることは無いだろう。

 

「とりあえず一通り遊んでから飯か?」

 

「だね。ガクトとキャップは泳いでるけど他のみんなはどうする?」

 

「俺は釣りに行かせて貰うぜ」

 

「お、いいねぇ。じゃあ俺も与一と一緒に釣りにでも行くか」

 

「僕はここで本でも読みながらやって来る女性陣を待ちますよ。僕としては眺めているだけでも十分に楽しめる光景ですからね」

 

「俺はせっかくだからちょっとその辺を散策してくる。珍しい貝を住家にするヤドカリに出会えるかもしれにからな」

 

「あ~僕もしばらくここで休んでるよ。正直体力的について行けなさそうだし」

 

 ふむ。準と与一が釣り、冬馬とモロがここで待機、大和が散歩か。自分はどうするか……。

 

「じゃあ自分も少しその辺を散歩してくるかな。一緒に行くか大和?」

 

「ああ。んじゃ姉さん達が来るまでぐるっと見て回るか」

 

 大和と二人でみんなに離れる事を告げて浜辺を歩く。

 

 砂浜をのんびりと歩きながら綺麗な海を眺めていて、ふと気付く。

 

「思えばこんなにのんびり海を眺めたのって、初めてな気がするなぁ」

 

「そうなのか? でも優季って小笠原諸島に居たんだから海は見慣れてるんじゃないか?」

 

「ああ見慣れてるね。毎回吐くとしたら海だったし、遭難しかけたのも海が多いかな……」

 

 小笠原諸島についてからは身体を鍛えることに必死で、義経達と海で遊ぶようになったはせいぜい一年前。それ以外での海の思い出なんて乙女姉さんとの超が付く遠泳くらいか……何度波に流されて死に掛けただろうか。

 

 あれ、なんか涙が……。

 

「いや、海を見て泣くとか、どんだけ辛い思い出があるんだよ」

 

 目頭を押さえる自分に、大和が呆れた視線を向けてくる。

 

 よし、とりあえず切り替えよう。今日は何も考えずに楽しい思い出を作ろう。

 

 気持ちを切り替えて顔を上げてまたしばらく歩く。すると不意に大和が口を開いた。

 

「そう言えば優季は将来はどうするんだ? このまま九鬼に就職するのか?」

 

「ん、また唐突にどうした?」

 

「いや夏休み前に学園で軽い進路相談があってさ。優季はどうするのかなって思って」

 

「ん~そうだぁ……」

 

 正直に言うとやりたい事もなりたいものも無い。

 

 なんと言うか、生前もそうだが今日まで自分は鍛えることに夢中でそう言った将来の目標とかを考えたことが無い。

 

 ……ふむ。そう考えるとなんか漠然とただただ闇雲に人生を進んでいるようにしか見えないな。

 

 手近の目標を立ててその道を進むが、本来見据えるべきその道の先に何も無い事に気付く。

 

「……う~ん。このままだと自分はもしかして将来は無職かフリーター、ニートになってしまうのか?」

 

「ええ!? 今の数分で何があったんだよ。少なくともその三つはどう考えてもお前とは無縁だよ」

 

「そ、そうか? だってなりたい職もやりたい事も無いんだぞ?」

 

「いやなりたい職業が無くても周りがお前を放って置かないからどっかには就職するだろう。九鬼に川神院、それにマルギッテからも軍に誘われているんだから」

 

 むぅ。そう考えると就職先には事欠かないか。それでもなあなあで働いていいものだろうか。

 

 自分がまだ頭を捻りながら悩んでいると大和が溜息を吐いた。

 

「あ~じゃあユウの好きな事って何だ? そこから探してみたらどうだ」

 

 好きな事、か。そうだなぁ。

 

「みんなの笑顔を見ているのが好きだな。うん。せめて自分の周りの人達には……笑っていて欲しい。ああそうだ。自分はそれだけでたぶん、幸せだし、満足だ」

 

「……はぁ。たく、ユウはホント変わらないというか……でもきっと、みんなユウのそういう所が好きなんだろうな」

 

 大和が苦笑しながらも肩を竦める。何かおかしな事を言っただろうか?

 

「……そう言えば大和の夢は確か総理大臣だったか?」

 

 子供の頃に大和が確かそんな事を口走っていたのを思い出して尋ねる。

 

「いや、俺は――」

 

「きっと大和が総理大臣になれば良い国になるな」

 

「……そうかな」

 

 何故か申し訳なさそうに不安げな表情で顔を伏せる大和。ふむ、何か知らんが自信が無いのかな?

 

「ああ。昔は中二病でちょっと心配したけど学園での大和を見た限り、人を使うのが上手いし人と仲良くなるのも上手い。世渡り上手って言うのかな。それに頭の回転も速いし冷静、けれど心はちゃんと熱くて感情を蔑ろにもしていない。出来無い奴の劣等感も出来る奴の強迫観念も理解を示せる。だから大丈夫。何より――」

 

 一度言葉を切って目線を水平線のむこうに向ける。

 

「その夢は、一人で叶えるもんじゃないだろ? あれだ、航海と一緒さ。先の見えないあの水平線に、直江大和っていう船長が乗る船に同乗する乗組員はきっと沢山居る。互いに励ましあえばどんな嵐だって超えられるさ。それでも辛くて折れそうなら川神に戻ってくれば良い。みんながいる、故郷の港にさ」

 

 元気付ける為に笑って励ます。

 すると、なぜか大和は唖然としたまましばらく硬直すると、何故か急に笑い出し。

 

「あはははははは!」

 

「ど、どうした急に!?」

 

「はは、いや何でもない。ただなんというか、敵わないなぁてさ。気を使って励ますつもりが逆になっちゃってるし、諦めている自分がアホらしく感じたり。ああ、うん。とりあえずサンキューなユウ。色々吹っ切れたわ」

 

 ひと笑いし終えた大和が目尻の涙を拭うと先ほどの不安の表情は消え、晴れやかな表情をさせていた。

 

「うん。まあ理由は分からないけど助けになったのなら良かったよ」

 

 まあ結局自分の将来については未定のままだが、まあそのうち決まるだろう。

 

「おーい! 女子が来たぞーー!」

 

 遠くからガクトの大声が響く。

 

「さて戻るか。水着のチェックだ!」

 

「男だからね。テンション上がるのはしかたないね!」

 

 健全な男子の欲望に逆らう事無く。俺と大和はさっきのシリアスなんて放り投げて揃って浜辺を駆け出すのであった。

 

 因みにこのあと特定の女性陣のオイル塗るのを頼まれたり、同じく特定の女性陣にあっちこっちに遊びに呼ばれたりで精神的に疲れた。というか……みんな凄い育ってなぁ。どこがとは言わないけど。

 



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【そして到るハーレムエンド】

「ははは! 九鬼揚羽降臨である!」

 

「夜なのにテンション高いですね。揚羽さん」

 

 午後まで遊び通し、夕食を終えた後、夜になってやってきた揚羽によって一部の女性陣、ぶっちゃけて言えば優季に好意を寄せている女子が大部屋の一室に集められていた。因みに夕食も終わり温泉に入った後なので全員もれなく浴衣である。

 

「さて、お主らだけを集めたのは他でもない。お主等全員優季の事が好きであろう?」

 

「なっ!? そ、そんな訳ある……あれ?」

 

 一人だけ過剰に反応して立ち上がった梅子であったが、自身を除き全員が真顔で沈黙したまま座るその様子に困惑する。

 

「ふむ。と言うことは小島先生は我の間違いか。では、退室して頂けますかな?」

 

「いや、待て、その……ぐぬぅぅぅうううう」

 

 梅子は物凄くそれこそ頭を抱えて唸りながら悩み……最終的に座った。

 

「まぁ彼女は立場がありますからね」

 

「それでも恋を選ぶその度胸、ロックだぜティーチャー」

 

「分かりますよ小島女史」

 

 同僚と年齢が近い梅子のその行動に勝算を送る李とステイシー。そして自分も似たような感じで悩んだマルギッテが力強く頷く。

 

「さて、では今度こそ話を始めるとしよう。まあ単純な話だが、九鬼としても優季にはあまり無茶をして欲しくは無い。そこで、恋人でも出来れば落ち着くだろうという事で、我自らが今回お前達の恋のサポートをする事にした」

 

「サポート、ですか。具体的には?」

 

 清楚が挙手しながら尋ねると揚羽は頷き隣の襖を開ける。

 

「ここに大量の川神水がある。そして優季は下戸。あとは分かるな?」

 

「襲えって事ですね揚羽さん!」

 

「馬鹿もん! まずは優季の本音を聞けということだ」

 

 目を輝かせながら立ち上がり、握り拳を作る百代に揚羽がすかさず注意する。

 

「ふむ。確かに優季が今我々についてどう思っているのかは気になりますね」

 

 マルギッテの呟きにステイシーと李も頷く。

 

「ついでに今一番異性で好きな人もロックにゲロってもらおうぜ」

 

「そうですね。この際気になる事はとことん聞いて見ましょう」

 

『お、おい清楚、これは本当にやっていい事なのか?』

 

 変なところで常識で億手な項羽が清楚に尋ねる。そんな項羽の問いに、清楚は真剣な表情で答えた。

 

「項羽、世の中には流れに身を任せるべき時もあるのよ」

 

『そ、そうなのか』

 

 そして流される項羽ちゃんなのであった。

 

「でもでも、ユーキが他のみんなを誘っちゃったりしないかな?」

 

 手を上げて心配そうな表情で揚羽に尋ねる小雪に対して、揚羽は自信に満ちた表情を浮かべて答えた。

 

「その点は問題ない。我が先手を打って他の連中には伝えてある。全員協力すると頷いてくれたぞ」

 

 ほとんどは親しい者のためだが一部は『いい加減アイツのラブコメを見るのはイヤだ! さっさと誰かとくっつけ!』という私怨も混じっていたりするわけだが。それが誰かは語る必要は無いだろう。

 

「そんな訳で、そろそろ呼び出した優季がこの部屋に来る頃――と、来たな。では各自の奮闘に期待する!」

 

 揚羽が優季の気配を察知し、早口に全員へ励ましの言葉を送ると窓から高笑いと共に跳んで行った。

 

 その直後、部屋の扉がノックされる。

 

「……と、とりあえずボクが出ようか?」

 

「そ、そうだね。私と小雪でユウ兄の対応するからその内にみんなはプランを考えてよ」

 

 小雪と弁慶が立ち上がって出入り口へと向かい他のみんなは円陣を組むように相談を始める。

 

「とりあえずもう飲み始めていた体で行くのはどうだろ? これなら優季にも飲ませやすくなると思う」

 

「では私はあの川神水の傍にあるグラスとお皿を机に並べましょう」

 

「手伝います」

 

 マルギッテと李がすぐさま行動を開始して川神水の瓶の蓋を開けてテーブルに並べたグラスに川神水を不規則に

入れて行き、大きな皿に川神水と一緒に置いてあったツマミを適当に入れる。

 

「……少し肌蹴ておくのは有りか?」

 

「いや。アイツ意外とそういうのは気にする。帰られても困るからここはあえて普通にした方がいいだろう」

 

「うん。ユウ君的には男一人の状態だからね。帰れる口実を見つけたら帰る可能性が高いと思う」

 

 ステイシーの提案に優季を良く知る百代と清楚が却下を下し、その理由にステイシーも納得して元々肌蹴ていた部分を少し正す。

 

「おーいユウ兄を連れてきたよ」

 

 程なくして優季を連れた小雪達が戻ってくる。

 

「えっと、なんか揚羽さんに呼ばれたんだけど……どういうこと?」

 

 現れたのは浴衣姿の優季。浴衣から覗く胸元や四肢といった肌に彼女達は心の中でまるで思春期の男子高校生の如く『ナイス浴衣』と叫ぶのであった。

 

「と、とりあえずユーキはここに座って座って」

 

 そんな女性陣の胸の内など解る筈もなく。優季は首をかしげながら小雪に促されて座り、川神水の入ったグラスを渡される。

 

「……え? いきなり飲むの? というか誰か説明して!?」

 

「説明と言ってもただの飲み会みたいなもんだ。と言うわけでまずは駆けつけ一杯!」

 

 百代が適当な説明をしながら自身も川神水を飲んで優季に進める。

 

「……まあいいけど」

 

 何か怪しいものを感じながらも、川神水はお酒ではないので優季もとりあえず一杯飲み干す。川神水はお酒ではないので未成年でも安心!

 

「それじゃあ飲み会を再開しましょうか」

 

 天衣の言葉と共に全員が賛成の声を上げ、本当の意味での飲み会が始まった。

 

 

 

 

「……うう~ん」

 

 飲み会が始まって一時間とちょっと。

 他愛無い会話や最近の出来事、身内のグチ等を繰り広げながら優季にそれとなく飲ませ続けた結果……見事に優季は場酔いした。大事な事なので二度言う。場酔いしたのだ。

 

「良い感じに酔ったんじゃないか?」

 

「うむ。優季、大丈夫か?」

 

「うんん? 私は大丈夫ですよ梅子先生~」

 

((私?))

 

「本当に大丈夫か?」

 

「だから~俺は大丈夫だってステイシーさん」

 

((俺?))

 

「ね、ねぇ。これ本当に大丈夫? ユーキの一人称がぐちゃぐちゃだよ?」

 

「なんか喋り方も安定してませんし……飲ませ過ぎたのでは?」

 

 色々と言動が不安定になっている優季に対して若干不安を感じる面々、しかし優季が酔っている事も事実なので聞きたいことをさっさと訊いて寝かせてあげようという結論に到った。

 

「な、なあ優季、お前はこの場に居る私達の事をどう思ってる?」

 

「んん? 百代達ですか? 大好きですよ」

 

 にっこり楽し気に笑って答えた優季の大好きの一言に全員が胸きゅんする。恋する乙女はちょろいのである。

 

「じゃ、じゃあこの中で一番好きなのは?」

 

「うう~ん……小雪と百代は同じくらい好きかな」

 

 全員に視線を向けた後、しばらく考えてから優季は小雪と百代へと視線を向けた。

 

「ええボク!?」

 

「わたしか」

 

「ああ。小雪と百代、二人は俺にとって始めての友達で、離れてもずっと俺に手紙をくれて励ましてくれた。好きと言うなら、俺はこの二人を上げる」

 

 優季の答えに照れて顔を赤くする二人。それにたいして他の面々は若干落ち込みつつ……何かに気付いた清楚が顔を上げて尋ねた。

 

「それじゃあユウ君にっとて一番『大切な人』は誰!」

 

「え~と……清楚姉さんと項羽姉さん、それと弁慶ですね。私にとっては父さんと母さんと同じように家族の様なものですから、これからも見守ってあげたいと思っています」

 

「なるほど。条件が変わると相手も変わるのか」

 

「これでは参考になりませんが……一応色々と訊いて見ましょうか」

 

 李の言葉に全員が頷いて条件を変えて色々尋ねてみることにした。なんだかんだでみんなも酔っていてテンションが上がっているのである。

 

 尊敬しているのは誰という質問には『李』『ステイシー』『梅子』の三人が上げられた。理由は周りを気遣える優しい人だから。

 

 幸せになって欲しいのは誰という質問には『天衣』と『マルギッテ』が上げられた。理由は色々と心配だからだそうだ。

 

 妹にしたいには『小雪』と『弁慶』と『項羽』。理由はもう既に妹分だから。項羽が若干不満の声を上げた。

 姉にしたいのは『清楚』と『ステイシー』と『李』と『梅子』。理由は甘えさせてくれそうだから。

 親友にしたいのは『百代』と『マルギッテ』と『天衣』。理由は対等に付き合えて楽しそうだから。

 

「じゃ、じゃあ次の質問。お嫁さんにしたいのは!」

 

「大本命の質問がついに出たぞ!」

 

 質問している間もみんな川神水を飲んでいた為、全員酔いが回って更にテンションが上がり、優季は限界なのか目蓋を落としながらそれでも尋ねられた質問に答えていく。

 

「う~~ん! よし、選べないからみんな結婚しましょう!」

 

「ハハハハ! そりゃあいい。みんでロックな結婚式を挙げようぜ!」

 

「うむ。仲良きことは美しきかなという奴だな」

 

「式はいつにしましょうかぁ?」

 

「その前に子作りだ!」

 

「ええ~百代ちゃんだいた~んでもいいかも」

 

「そうにゃ! 優季をこれいちょうほきゃのおんにゃにとらりぇるまえに!」

 

「き・せ・い! き・せ・い!」

 

「お布団に行きましょうそうしましょう!」

 

 既に寝息を立てて突っ伏している優季を、女性陣達がまるで生贄を祭壇に連れて行くかのように担いで隣の部屋に運んでいった。

 

 

 

 

 その様子を盗聴していたヒュームとクラウディオは梅子とのデート以来の嫌な汗をかいていた。

 

「……どうしますかヒューム?」

 

「……あれに突入するのは……流石に嫌だな」

 

 揚羽に言われて監視していた二人の耳からギシギリアンアンな音が響いて『あ、これもうアカンやつだ』と悟ってインカムを外した。

 

「……とりあえず明日の朝の優季の対応次第だ。運が良ければ、というか優季は間違いなく覚えていないだろうが……」

 

「……いやはや。やはり酔いとは恐いものですね」

 

 二人はなんとなく夜空の星に向かって悟ったような表情で敬礼してからホテルの方のバーへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしもし優季か? こんな朝早くなんだ?』

 

「……あずみさん朝早くすいません。つかぬ事をお尋ねしますが……」 

 

『ああ、なんだ?』

 

「……九鬼の給金って『女性九人』を養うくらいには稼げますか……」

 

『……お前なにやらかした』

 

 その日、鉄優季は初めて全裸に正座と言う姿で他人に電話をかけるのであった。

 




エンド題名『女だって狼なのよ気をつけなさい』


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【エピローグ】

色々な思いはあとがきで。


「「それじゃあお父さん行ってきます!」」

 

「はい行ってらっしゃい。車に気をつけるんだよ」

 

 元気よく出かけて行く我が子達を見送って家事を行う。

 

 ……あ、どうも『主夫』の鉄優季です。今年で結婚10年目です。そして今日は結婚記念日。そう、自分が『喰われ』たあの日です。

 

 ……思えば無茶無茶だよなぁ。

 

 十年前のあの日、自分は目が覚めたら全裸だった。

 そして周りの親しい女性も。更にはなんか色々アレな匂いや赤い色のティッシュにタオルが周りに放置され、それを見た瞬間に『あ、自分これやっちまったな』と生涯で一番の冷や汗を流しながら、それでも責任は取らないと、と思い立って個人的に一番頼りになる大人認定をしていたあずみさんに電話して九鬼への就職をお願いした。

 

 その後目が覚めた全員の前で土下座して全員ちゃんと幸せにしますと宣言した訳だ。

 

「……思えばあのとき一部の人が物凄く申し訳なさそうな顔してたけど……事情を知っている今となっては納得だよなぁ」

 

 自分があの日の真実を知ったのは全員と正式に『付き合う』事になってから一年後だった。揚羽さんが教えてくれたのだが、もっと早く教えてくれても良かったんじゃないと言うと『これでお前も落ち着けるだろ?』なんて笑われてしまった。

 

「まぁ結局九鬼には就職しなかった訳だけど」

 

 その点だけは揚羽さんも誤算だったらしく苦笑まじりに残念がっていた。

 当初は自分が全員を養うお金を稼ごうと思ったが『いや、不可能だろう。むしろ優季が主夫になるべきだ』とマルギッテの冷静な言葉に全員が同意し、結局自分は川神学園を卒業後、こうして主夫として子供達の面倒を見続けた……生まれた子が悉く娘でしかもファザコンなのはきっとそのせいに違いない。

 

 因みに娘達は全員鉄の性を名乗っている。

 というのも日本は重婚を認めていないので指輪は全員に送ったが結婚届は出していない。

 まあ法的な手続きは全部済ませたので、自分と娘達は法的にも血縁的にもちゃんとした親子である。子供達に問題が無いのならば親が被った色々は些細な事である。

 

『次のニュースです。川神市長が新しく――』

 

「おっと、今日も出てるな大和」

 

 あの海での語らいで何か思うところがあったのか、大和は夏休み明けから勉強し、クラス替えテストでSクラスにやってきた。

 

『もう一度目指してみる事にしたよ』

 

 と一言呟いた彼の笑顔は今でも思い出せる。そして現在は川神氏の市長、ではなくその補佐として現市長と共に一緒に川神をより良くしようと頑張っている。彼ならきっとすぐに市長となり、いずれは夢を叶えるだろう。

 

 家事を終えて日課の運動をしながら他の面々についても思い出す。

 

 風間は夢であった冒険家としてあちこち父親と一緒に飛び回っては偶に川神に帰ってくる。

 一子は夢が叶って川神院の師範代として百代のサポートを行っている。というか百代が一子の言う事しか聞かないので彼女が常に傍にいるというのが正しいか。

 ガクトは営業のサラリーマンとしてそこそこ実績を上げているらしい。年下の子から告白される事も増えたが、やはり年上が好きなので未だに独身なんだそうだ。

 モロは意外な事に演劇の道を進み、この前は全国区のドラマのエキストラとしてテレビに出ていた。

 クリスは本国に戻って父親とおなじ軍人になり、マルギッテさんの上官として働いている。都合が合うとよく家に来るので昔よりも仲良くなれた気がする。

 椎名さんは大和の秘書だそうだ。まだ諦めていないらしく大和が愚痴っていた。

 由紀江ちゃんも実家に戻って家を継いだらしい。地元の友達も何人か増えたと、この前メールが着ていた。

 冬馬と準も実家の病院で医者として精力的に働いている。クリスと同じくよく家に来て談笑する。

 義経、弁慶、与一、清楚姉さんは紋様と一緒に政治の道へと進み、色々と頑張っているそうだ。そのうち大和ともぶつかる日が来るのか、それとも協力するのか今から楽しみだ。

 

「さて、そろそろ夕食の下準備でもしようか。みんな仕事がバラバラだけど、今日は集まれるって言っていたし」

 

 日課の運動や趣味の裁縫等をしている内に空が茜色に染まったのを見て夕食の準備に取り掛かりながら、結婚してそれぞれの夢に向かって頑張る奥さんたちの事を考える。

 

 小雪は小児科の医者として働いている。あの明るい笑顔が子供達に人気で来院する家族が多いらしい。

 百代は川神院の総代を引き継ぎ現在は一子と共に世界のあちこちを飛び回って見識を広めている。学園は鉄心さんが学園長として管理しルー師範も教員と師範代を兼任して働いている。

 弁慶と清楚姉さん項羽姉さんは義経と一緒に政治の世界に足を踏み入れて何かと大変だと電話で言っていた。そのせいか帰ってくると物凄く甘えてくる。

 マルギッテは帰国後はクリスの後方部隊に配属となり戦地にはあまり行かなくなったらしい。そのお陰でよほどの用事でも無い限りは日本で仕事をしている。たぶん、クリスや彼女の父親が色々根回ししたのだろう。

 静初とステイシー、天衣は九鬼のあずみさんの直属の従者部隊として今も働いている。日本に居る時は家で過ごしているが、たまに長期で海外に行ったりと中々多忙な生活を送っている。そのせいか帰って来るとスキンシップが激しい。

 梅子はそのまま川神学園の教師を続けている。周り曰く厳しいのは変わらないが子供が出来てから良い意味でトゲが無くなって丸くなったとの事だ。あと、宇佐美先生は酒を飲む量が増えたらしい。

 

 親しかった友人たちはそれぞれの道に進み、そして自分は結局この街に留まっている。

 

 だがまぁ幸せだからいいか。

 

 子供達の世話も好きだし、疲れて帰ってくる妻達を労うのも好きだ。

 当初は色々と大変だったが今ではご近所さん達とも楽しく接して貰っている。

 

 もしかしたら違う未来があったかもしれない。だがきっとそれはまたどこかの誰かのお話なのだろう。

 

 そんな事を考えながら下準備を終え、結婚記念10年目のプレゼントを用意する。

 

 そして玄関から聞こえた複数の『ただいま』という声に、自分は笑顔を浮かべて出迎える。

 

 ――おかえりなさい。

 




……まず、ここまで読んでくれた方、ありがとう。そしてこんな終わり方で申し訳ない。
ハイスクールは元々アニメまでの所で打ち切りエンドさせるつもりだったから良かったけど、こっちはちゃんと終わらせる予定だった為に色々と反省しています。
活動報告でも言いましたが、いつかリメイクでリベンジするつもりです。

水着と各ヒロインの子供に関しては設定自体はちゃんとあるのですが、もったいなくて出せませんでした。リメイクの方で使えたら使う予定です。

それではもう一度。最後まで読んでくれてありがとうございました!


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