IS -インフィニット・ストラトス- if (人食いムンゴ)
しおりを挟む

クラスメイトは全員女
4月3日 朝


──朝──IS学園前───

 

桜が咲きほこるこの出会いと別れの季節にとある学園の前で佇む一人の青年。

 

「ここか───。」

 

織斑一夏、15歳。今年からIS学園に入学することになった高校一年生。

彼は訳あってISと呼ばれる女性しか動かせない代物を起動させたことにより、唯一の男子としてこの学園に通うことになったのだった。

 

(女子校の中に男子が一人だけとかハーレム過ぎる───。

あんなことやーこんなこともームフ、ムフフフフフ…)

 

どんな妄想しているかは割愛。

 

胸を踊らせながら学園に足を踏み入れ、自分がこれから通うことになる教室 1-1に向かう

 

教室に向かう道中、学園唯一の男子とあってか好奇な目で見られている。

また、教室について周りを見ても女子、女子、女子。

 

(予想以上にすごい光景だ…。)

 

席につき、ふとの外の方を見ると、身覚えのある幼なじみがそこにいた。

 

「箒!」

長い黒髪でポニーテールをしている彼女は篠ノ之箒。

久々に再開した彼女に思わず、名前を口に出してしまう一夏。

 

その声と言葉に反応し、彼女は一夏の方に目を向ける。

 

「……。」

 

黙って彼を見た直後に、すぐに彼女は目をそらした。

 

篠ノ之箒───昔一夏が通っていた剣術道場の子。髪型は今も昔も変わらずポニーテール。肩下まである黒い髪を結ったリボンが緑色をしており、大和撫子といった雰囲気を漂わせる。

 

思わず、立ち上がり箒の前に行く。

 

「久しぶりだな箒ー。元気だったか?」

 

「……。」

 

黙ったままで目も合わせてくれず、教室では一夏のことでざわついている。

 

「……あのー」

 

「……。」

 

「……もしかして、俺が誰か忘れた?」

 

「そんなこと!……ナイ」

バン!っと勢いよく立ち上がる箒。最後の語尾の方はゴニョゴニョとしてはっきりとは聞こえなかったが、おそらく自分のことは覚えてくれているようだった。

 

「よかった。やっと話してくれた。一瞬心配したぜ。」

 

「あ、いや……。」

ばつが悪そうにして黙りこんでしまう箒。

 

「箒と合うのは何年ぶりだ。9歳のときに転校したから…えぇーと」

 

「……クネン」

 

「?」

 

「六年ぶりだ!」

 

「そうだったな。しかし、六年ぶりか早いもんだよなぁー。」

 

一夏は思わず成長した幼なじみの体を眺めた。

身長は平均的な女子のそれだが、長年剣道で培った体はどこか長身を思わせる。

そして、胸がデカイ。

よくそこまで育ったものだと感心できる。

 

「───どこを見ている。」

生まれつきの不機嫌そうに見える目がより一層、鋭さを増して一夏を睨みつける。

 

「あ、いや、これは───。」

胸を見ていたなんて、言えるわけがない。

 

────と、突然。

スパァン!と後ろから勢いよく、頭をはたかれる。

 

「いつまで話している馬鹿者。今はSHRの時間だ。早く座らんか。」

 

はたかれた後ろを見ると狼を思わさせる目付きでこちらを見る一人の女性がいた。

黒のスーツにタイトスカート、すらりとした長身、よく鍛えられているがけして過肉厚ではないボディライン。

一夏がよく知っている人物だ。

 

「ち、千冬姉!」

 

スパァン!とまた勢いよく、頭をはたかれる。

 

「学園では織斑先生と呼べ。」

 

「……はい、織斑先生」

 

――と、このやりとりで姉弟なのが教室中にバレたため、クラスの騒がしさが増す。

 

「え……? 織斑くんって、あの千冬様の弟……?」

 

「それじゃあ、世界で唯一男で『IS』を使えるっていうのも、それが関係して……」

 

「ああっ、いいなぁっ。代わってほしいなぁっ」

 

騒がしくなった教室に千冬は渇を入れる。

 

「静かにしろ!」

その一声で静まりかえる教室。凄まじい覇気が目に見えて伝わってくる。

 

「また、後でな箒。」

小さい声で声をかけて、自分の席についた。

 

 

「諸君、私が担任の織斑千冬だ。

君たち新人を1年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。

出来ない者には出来るまで指導してやる。

私の仕事は弱冠15歳を16歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

千冬の自己紹介が終わったその直後黄色声援がまた、クラスに飛び交う。

 

千冬は呆れる形で、キャッキャッ騒ぐ女子達を見ていた。

 

(やっぱ…すごい人気だな…。)

 

そんな熱気に包まれた教室の雰囲気に圧倒されていると、教室の端で待機していた先生らしき人がうろたえながら自己紹介を始める。

 

「あ、あのーはじめまして皆さん副担任の山田真耶です。よろしくお願いいたします。」

 

身長はやや低めで、生徒のそれとほとんど変わらない。

かけている黒縁眼鏡もやや大きめなのか、若干ずれている。

しかも服はサイズが合っていないのか全体的にだぼっとしていて、ますます本人が小さくみえる。

そのわりに、胸部の主張だけが凄まじい。もはや、圧巻というべきか。

 

(これが……ロリ巨乳……ゴクリ)

 

思わず山田先生のスタイル(主に胸)に鼻の下が伸びていると全身で悪寒を感じた。

殺気を感じる左を恐る恐る顔を向けて見ると、どす黒いオーラを纏いこちらを睨み付ける幼なじみがいた。

 

 

(ま、まずい……。)

 

 

 

────────────────────

 

(終わった──────。)

一限目の授業が終了した。

全く授業がわからないまま、進んでおり頭はパンク寸前だった。

 

(全然わからん……。)

一夏自身はそう頭は悪くない、よく言えば平均的だがなんせ超エリートな学校でISに関しての専門用語も一限目の授業からバンバン出てくる。

周りはスラスラとノートに書き留めていた。明らかに初っぱなから遅れを感じる。

 

(大丈夫なのか……。俺)

思わずぐったりして机に突っ伏していると目の前に感じる人の気配。

 

「あ…。」

顔を上げるとそこにいるのは仁王立ちした幼なじみ。

 

「こ、これはどうも…。」

今度は一夏がバツが悪そうに黙りこんでしまう。

 

「なんだ、あのSHR時の腑抜けた顔は!」

バン!と怒気が混じりながら一夏の机を叩く箒。

あまりの勢いで叩いているため、机が壊れてしまいそうだ。

 

「いや、まぁ、その」

山田先生を見ていたときのことを言っているのであろう。しょーがない男なんだから、気になるものは気になる。

 

「なんだ!?はっきり言え」

 

「いや、はっきり言ったら箒、怒るだろ」

 

もう、既に怒っているが…。あえて言わないでおく。

 

「ふん。」

 

すっかり機嫌を損ねてしまった箒。こうなってはなかなか機嫌を取り戻すのは難しい。

なので、一夏は別の話題をふってみる。

 

「そう言えば、箒。剣道全国大会優勝したんだっけ。すごいよな。」

 

「な、なぜそれを知っている。どこで見た!」

 

「新聞で見たんだよ。」

 

「なんで、新聞なんか見るんだ!」

 

いや、それはむちゃくちゃだろ──。と心の中で突っ込む。たまに箒はこういうところがあるから面白いと思う。

 

「それにあの頃と髪型が一緒なんだな。リボンも緑で一緒だ。懐かしいなぁ───。」

 

そう言ってちょんちょんと一夏は自分の頭を指さすと、そっぽを向いていながらも箒は急に長いポニーテールを弄りだした。

 

「よ、よく覚えているものだな……」

 

「まぁな。伊達に幼なじみ長くやってないぜ。」

 

「…………」

 

そう言った瞬間、妙に顔が赤くなる。

なんだか照れているのが、伺えた。

 

するとクラスメイトの一人がそんな二人の関係が気になったのか、思わず声をかける。

 

「あのー織斑君と篠ノ之さんってもしかして付き合ってるの?」

 

 

「「へっ!?」」

思わず素っ頓狂な声を出す箒と一夏

 

「こいつとつ、つ、つ、付き合ってなどいない!た、ただの幼なじみだ!」

 

顔を赤くして慌てる箒。

その様子は否定していても、端から見れば嘘のようにしか見えない。

 

「って言ってるけど、そうなの織斑君?」

 

 

「箒の言うとおりだぜ。」

一夏が否定することで周りも納得し、安心するが、箒のその慌てっぷりで誰もが箒が一夏のことをどう思っているかすぐに察した。

 

 

「よかったー。てっきり出来てるのかと思った。」

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

チャイムが鳴り、慌ただしかった休憩時間も終わる。

そして、箒は逃げるように自分の席へと戻っていったのであった。

 

───────────────────

 

 

時間が少し経って三限目の授業中に思い出したかのように千冬が言う。

 

「ああ、そうだ。授業中すまない。今度行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席などと千冬が説明を行っていく。

 

「まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点でたいした差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりで」

 

ざわざわと教室が色めき立つ。自分は面倒なことはごめんなので、頬杖をつき決まるのを待つためボーッとしていた。

 

「はいっ。織斑くんを推薦します!」

 

「私もそれが良いと思いますー」

 

「お、俺!?」

ついびっくりした顔で立ち上がる一夏

 

「では候補者は織斑一夏……他にはいないか?自薦他薦は問わないぞ」

 

普通、入ってきたばかりの経験浅い男子に押し付けるような仕事じゃないと思うんだけど?

しかも、初日からアホ丸だして到底、クラス代表なんて勤まるわけがない。

現に二時間目の授業も全くわからず、山田先生に全部わかりませんと発言して大恥をかいた。

 

「ちょっと、待った俺は…」

 

振り向くと『彼ならきっとなんとかしてくれる』という無責任かつ勝手な期待を込めた眼差しが一斉射撃している。

 

うわぁ……最悪じゃん。

 

「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか?いないならこいつで決まりだぞ」

 

自分の意思はいったいどこへやら…

 

「だから、ちょっ、ちょっと待った!俺はそんなのやらな──────」

 

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 

「い、いやでも──」

 

すると、とある人物が怒りを露にする。

 

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 

バンっと机を叩いて立ち上がったのは、地毛の金髪が鮮やかな女子だった。白人特有の透き通ったブルーの瞳が、ややつり上がった状態で俺を見ている。 わずかにロールがかった髪はいかにも高貴なオーラを出していた。

 

 

(うわー。すっげぇ美人。)

 

 

「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!イギリス代表候補生ともあろうこのわたくし、セシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

そして、矛先は一夏へと変わる。

 

「大体、あなた。ISについて何も知らないくせに、よくノコノコとこの学園に入れましたわね。唯一男でISを操縦できると聞いていましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、とんだ期待はずれですわね」

 

実際、入試のテストも形式的に受けたが成績的には言うまでもなくぶっちぎりの最下位。点数にすると0点。ISの勉強をしてこなかったため当然といえば当然の結果なのだが…。

 

 

「俺に何か期待されても困るんだが……。」

 

 

「そのような方にクラス代表を勤めさせるなど言語道断ですわ。実力、そして、入試首席の優秀さから行けばこのわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

 

ワーワーと興奮冷めやらぬ─────というか、ますますエンジンが暖まってきたセシリアは怒涛の剣幕で言葉を荒げる。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で──

 

セシリアは止まらない。止まらなかった。止まる気配すら感じられなかった。

最終的にはもはや愚痴のようにしか聞こえない。

 

こいつを誰か止めてやってくれ───。

 

クラスメイトの大半がそう思っている中で一夏が動き出した。

 

「おい!いい加減しろよ!聞いてりゃ散々好き勝手言いやがって──。代表だが、なんだが知らないけど、それがそんなにもえらいのかよ。」

 

「おい、一夏やめておけ」

荒げる一夏を止めようとする箒。だが、一夏の怒りは収まることがなかった。

 

「箒。俺だけならまだしも箒や他の関係ないやつのことまでバカにしてるんだぜ。もう、黙ってられるかよ。」

 

そう、一夏はそういうやつだ。バカっぽいところもあるがこういうところは男っぽいというか正義感のある熱い人間。

箒自身も自分が男女などと言われ男子に集団でからかわれていたときに一夏が助けてくれたことを思い出した。

 

 

「このわたくしに刃向かうというのですね。いいでしょう。なら、わたくしはあなたに決闘を申し込みます。」

 

 

「おう。いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い──いえ、奴隷にしますわよ」

 

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」

 

「そう?何にせよちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね!」

 

イギリス代表候補生の部分を強く主調し、一夏を指差すセシリア。

 

「さて、話はまとまったな。それでは勝負は一週間後の月曜日。放課後、第三アリーナで行う。織斑とオルコットはそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」

 

ぱんっと手を打って千冬が話を締める。

 

(もう、ここまで言ったからにはさすがに引けない。)

 

やるからには全力でやると心に決める一夏。

最も、この決闘はクラス代表を決めると戦いなのだが、そのことに関してはすっかり忘れている様子であった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月3日 昼

─昼─教室────────────────

 

やっと昼かぁー。

手を組んで伸びを行い、体を伸ばす一夏。

 

今日は弁当は持ってきてなかったため、学園の食堂で食べる予定だ。

 

箒は一人で座っていた。弁当等は持ってきていないようだった。

早速、一夏は箒の方に駆け寄りお昼を誘う。

 

「箒。昼行こうぜ」

 

「私はいい。遠慮しておく。」

 

「そう言うなって。折角久しぶりに会ったんだ。積もる話もあるだろ?」

 

「私は…。」

一向に席を立とうとしない箒に一夏は強引に手を握り、箒を教室から連れ出す。

 

「な、なにをする!こら!離せ!」

繋いだ手を無理やり離そうとする箒に一夏は引っ張り続ける。

 

「黙ってついてこいって。」

そんな力強い声にこれ以上は抵抗せず黙ってついていく箒。

少し、ドキッとしたのは秘密だ。

 

────────────────────

 

食堂

 

「なぁ箒はどれにする?」

 

「私はこれにする。」

箒が選んだのは鯖の塩焼き定食だった。

品数はかなり多いが箒の鯖の塩焼き定食が美味しそうだったので、一夏も同じものを注文する。

 

「だいたい私は…おまえにお節介を頼んだ覚えはない!」

 

「いや、俺は箒にお願いしたいことがあって」

 

「な、なんだそれは……」

 

「まぁそれは座ってから話そうぜ」

 

「…………」

 

箒はむすっとした顔で視線だけ天井に逃がしながら、食事をおばちゃんから受けとる。

 

「箒、テーブルどっか空いてないか?」

 

「…………」

 

とりあえず箒を追って、空いていたテーブルにつく。

 

「……それで、用件はなんだ」

 

味噌汁に口を付けながら返事する箒。対する一夏も程よく焼けた鯖の身をほぐしながら続ける。

 

「頼む!ISのこと教えてくれないか?授業すらなんもわかんねぇのに、このままじゃ来週の勝負で何も出来ずに負けそうだ」

 

「止めたのにくだらない挑発に乗るからだ、馬鹿め」

 

「そこをなんとか、頼れるのは箒だけなんだ。頼むっ」

 

箸を持ったまま、手を合わせて拝む一夏。

 

「………………」

 

少し一夏のお願いから間が空いてから

 

「……わかった。」

 

「お、教えてくれるのか?」

 

「そう言っている」

 

(初めからそう言ってくれればいいのに。なんだったんだ今の緊張感は…。)

 

「今日の放課後」

 

「ん?」

 

「剣道場に来い。一度、腕がなまってないか見てやる」

 

「いや、俺はISのことを──────」

 

「見てやる」

 

「……わかったよ」

反論を言わさんとばかりの目付きで言われてしまってはなにもいい返すことが出来ない。

ここは大人しく従うしかない様子だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月3日 放課後

──夕方──剣道場─────

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

仰向けの大の字になって倒れる一夏。もう、全身がびくとも動かない。

 

「……ここまでとはな」

日頃の練習もあって余裕綽々の箒は一夏の弱さに呆れていた。

 

手合わせを開始してから三十分程度。結果は見事に一夏の一本負け。その後何度も何度もやっても変わらない結末。

面具を外した箒の目尻はつり上がっている。

 

「どうしてここまで弱くなっている!?」

 

「三年間ずっと帰宅部だったからな。バイトしてそんな時間無かったからな。」

 

一応、三年連続皆勤賞だった。卒業式のときにその賞状をもらったことは自分の中でもちょっとした自慢だ。

 

「鍛え直す! IS以前の問題だ! これから毎日、放課後三時間、私が稽古を付けてやる!」

 

「いや、それはそれで嬉しいけど――ていうかISのことをだな」

 

「だから、それ以前の問題だと言っている!」

激しい怒りのオーラを身に纏う箒。この状態の箒はなにを言っても聞かない状態だと幼なじみの経験が知らせていた。

 

「情けない。ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど……悔しくはないのか、一夏!」

 

「そりゃ、まあ……格好悪いとは思うけど」

 

先程、セシリアに喧嘩を吹っ掛けた威勢のいい一夏はどこへやら。

圧倒的に箒の剣幕に押されていた。

 

「格好? 格好を気にすることができる立場か! それとも、なんだ。やはりこうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」

 

「そりゃあ、た…じゃなくて、なんでそんな結論になるんだよ」

 

「……ふん、軟弱者め」

やっとこさ構えをとくと、箒は軽蔑の眼差しで一瞥して更衣室に行ってしまった。

 

 

「……おう、ならとことんやってやるよ!」

 

一夏は剣道をやっていた頃の、覇気の満ちた顔付きで弱った体に鞭を入れて練習を再開した。

 

─────────────────────

 

(言い過ぎただろうか……)

 

剣道場の更衣室で着替えをしながら、箒はさっきからずっと同じことを考えていた。

 

六年ぶりに再会した幼なじみ。その変わってない子供の部分と変わった大人の部分、その両方をかいま見て、いつしか胸は早鐘を打っていた。

 

(い、いや、あれくらいでいいのだ。大体、たるんでいる。明らかに一年近くは剣を握っていない。)

 

でなければ、あんなボロボロにやられることはない。連戦連敗。昔の強かった一夏の面影は完全に記憶だけの物と化している。

 

 

(それにしても――)

 

頭に巻いた手ぬぐいをほどき、髪に触れる。

 

長く伸びたそれは、後ろでくくってもまだ腰近くまで届くほどだ。

 

(よく私だとわかったものだ……)

 

六年。それも九歳からの六年である。

顔は当然、体も全く別物に成長しているというのに、かつての幼なじみは自分から話し掛ける前にこちらから出向いてくれた。

 

「ふふっ」

 

それが、妙に嬉しい。 箒が一夏だとわかったのは、単純に一夏の名前がニュースで流れたときに写真を見たからだった。そうでなければ、わからないほどかつての幼なじみは男らしい顔立ちになっていた。

 

――正直に言えば、『格好いい』とさえ思った。名前を見て、手にした湯飲みを落としかけたほどである。

 

昨年の剣道全国大会優勝のことも話してくれたが、おそらく写真もない端っぱの記事だろう。

それなのに、一夏は『すごいな』と言ってくれた。褒めてくれた。嬉しかった。

 

 

(髪型を変えなかった甲斐があったというものだ)

 

些細な偶然にすがるような、あるいは願掛けに期待をするような、そんな甘い考えが多少なりともあった。

 

箒も十五歳の春を迎えた少女である。恋に懸想をするのはなんら不自然ではない。

そして、今、一夏は自分を頼りにしてくれている。

気持ちは舞い上がるばかりだ。

 

「……………はっ!?」

 

ふと、姿見に映った自分の顔を見て我に返る。

 

「ほぅっ……」

 

と恋のため息をつく、乙女そのものの顔に、軽く引く。

 

「…………」

 

恥ずかしさをごまかすため、箒は鏡を睨み平静さを取り戻す。

 

先刻までの吊り上がった目尻に戻る。

 

(と、とにかく、明日から放課後は特訓だ。せめて人並み程度に使えるようになってもらわなくては困る)

 

箒は腕組みをして自分で納得するようにうんうんと頷いた。

 

(それに――)

 

それに、放課後に一夏と二人きりになる口実が出来た。

 

「いや! そ、そのようなことは考えてはいないぞ!」

そう、そうだとも。何も不埒なことはない。

下心などあるはずもない。

私は純粋に、同門の不出来を嘆いているだけだ。

そして同門ゆえに面倒を見てやる。

何もおかしなところはない!

 

「故に正当だ!」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月3日 夜

─夜─放課後────────────────

 

「そろそろ帰るか…」

 

ひとまず練習を終える。

辺りはすっかり真っ暗だった。

 

一夏は学園を出ようとした時、

 

「織斑く~~~~ん」

 

後ろから大声で俺の名前を呼んでいる。

聞き覚えのある声だった。

 

後ろを振り向くと上下に豊満な胸を揺らしながら、こちらに駆け寄ってくる山田先生。

 

 

(これはエロい―――。)

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

やっとこさで一夏の前に辿りつく。

息が上がり、前かがみで両ひざに手をあてて呼吸を整えている。

 

 

(息遣いまでエロい―――。)

 

 

「あ、あの…はぁ…はぁ…。」

顔だけ上げる山田先生、顔を上げたことによって一夏の目に飛び込んでくるのは、山田先生の胸の谷間。

 

 

(こ、これは…ヤバい…。)

 

 

思わず釘付けだ。健全な男子であればこれに反応しないわけがない。

 

 

「あ、あの…はぁ…はぁ…寮の部屋が決まりました。」

 

IS学園は全寮制なのだ。生徒はすべて寮で生活を送ることが義務づけられている。これは将来有望なIS操縦者たちを保護するという目的もあるらしいが、一夏は1週間ほど自宅から通うようにと連絡を受けていた。

 

「事情が事情なので、一時的な処置として部屋割りを無理やり変更したそうです。

1ヶ月もすれば個室を用意出来ますから、しばらくは相部屋で我慢してください。

こちらが鍵と部屋の番号です。無くさないようにしてくださいね。」

 

しかし、通えと言われたため荷物は家にある。

取りに帰るためにも、一度家に帰る必要があった。

 

「あのーなら、荷物を取りに自宅に」

 

「その心配もありません。織斑先生が荷物の手配をしたそうなので」

 

「な、なるほど…」

 

用意周到だ。流石と言うべきか。

 

「それじゃあ、よろしくお願いしますね。」

 

一礼して山田先生は、去っていった。

 

 

(……眼福だったな。)

 

 

─夜─放課後────────────

 

1025号室前

 

(ここだな…)

部屋の番号を確認して、ノックをする。

部屋からの反応はない。

 

(いないのか?)

 

一夏は山田先生からもらった鍵をドアノブにさし、回してみるが鍵はかかっていないようだった。

 

「よし、入るか…」

 

ドアを開けてみると、部屋に入ると目に入ったのは、並んだ大きなベッド。

高級感溢れるベッドはそんじょそこらのホテルより断然よい品質が伺えた。

 

 

早速、一夏はベッドに飛び込む。飛び込みたくなったのだ。

 

(すごい……ベッドに吸い込まれていきそうだ。)

 

そう思っていた矢先に、奥の方から声が聞こえてきた。

 

「誰かいるのか?」

 

聞き覚えのある声がした。今回はすごく、嫌な予感がする。

だが、疲れた身体がベッドから動いてくれない。

ベッドが離してくれないのだ。

 

「同室になったものか。こんな格好ですまない。シャワーを使っていた。

私は篠ノ之──────」

 

「……。」

目の前にはバスタオル一枚のまま、現れた幼なじみ。

お互い、黙ったまま時間が流れていく。

 

そして、幾ばくか時間が流れたとき

 

「み、み、みるな!」

顔を真っ赤にする箒。慌ててシャワー室へと戻っていく。

 

「わ、悪い!」

慌てて顔をそらした。

だが、ちらっと見えたその視界では、箒の谷間と横乳が露になっていた。

一夏の心臓をひときわ強く脈打たせる。

 

(ほ、箒の胸が…)

 

 

「な、な、なぜ、お前が、ここに、いる……?」

 

シャワー室からひどく狼狽した声が聞こえてくる。

 

「あ、いや、俺もこの部屋なんだけど――」

 

 

シャワー室からなにやら、ごそごそと音がしている。

現れた幼なじみは剣胴着の姿をしていた。

濡れたままの髪を手早くまとめ、ポニーテールにまとめあげる。

 

「お、お前が私の同居人だというのか?」

 

「ど、どうやらそうらしい。」

 

風呂上りのためか、箒からシャンプーの香りが漂ってくる。

 

 

(いい…匂いだ―――。)

 

 

「どういうつもりだ」

 

「へ?」

 

「どういうつもりだと聞いているっ! 男女七歳にして同衾せず! 常識だ!」

 

しかし、等の一夏は匂いに夢中で全然話が入ってきていない。

 

「あ、いや…なんて…?」

 

「お、お、お前から希望したのか?私と一緒の部屋にしろと……。」

 

「そうだ。」

 

「なに!?」

慌てて木刀を手に取る箒に、慌てて弁解をする。

 

「わ、悪い!冗談だ!冗談。でも箒が一緒の部屋で助かったよ。」

木刀の剣先が目と鼻の先に来ている。一夏は両手を顔の横に上げて降伏の意を示す。

一瞬で冷や汗が噴き出してくる。

 

「どういう意味だ。」

 

さっきまでの照れた箒はいない。鋭い眼光で俺を見ている。

変なことは言えない。

 

「ほ、ほら、同室が見ず知らずの女子より、一番俺をよく知ってる箒のほうがいいよ。」

 

目の前にあった木刀の先の位置がだんだんと下がっていく。

 

「ふん。そのような冗談を軽々しく言うようになったものだな一夏。

この学園に来て浮わついているのではないか?」

 

怒っているようにも見えるがなんとなーく、嬉しそうにも見える。

 

「よ、よし!ならこの部屋の決まりというか……その、なんだ。暮らす上の線引きを決めるぞ。」

 

なにやら、張り切っている様子。

機嫌を取り戻せたようでなによりだ。

俺も死なずに済んだ。

 

それから、箒と話し合いシャワーの時間やら、これからの1週間のことについて話を行った。

 

「まぁ、だいたいこんなもんか。」

 

「そうだな。」

 

「あ、そういえば」

一夏は何か思い出したかのように話し始め、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 

「箒の連絡先教えてくれよ」

 

 

「なっ!?」

 

 

「いや、お互いこれから知ってないと何か連絡取りたいときに不便だろ?」

 

「ま、まぁそうだな。」

 

少しあたふたしながら箒はスマートフォンを取り出し、連絡先を交換した。

 

画面の電話帳に『織斑一夏』と表示される。

 

(……一夏の連絡先だ。)

 

いつかは聞こうと思っていたが、なかなか聞くタイミングと勇気が持てなかった。一夏から言ってきてくれたのは箒にとってラッキーであった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月3日 深夜

─深夜──1025号室─────────────

 

ベッドは奥が箒、手前が一夏という並びになった。

幼なじみとはいえ女子がすぐ隣で寝ている。

 

(落ち着かねぇよ──。)

 

ベッドとベッドの間には間仕切りをして意識しないようにしているはずなのだが、なかなか落ち着かず寝る体制を何度も変えていた。

 

 

「……眠れないのか?」

 

隣から小さい声だが聞こえてきた。

 

 

「あぁ、なんか寝れなくて…。」

 

 

今日の出来事(主に山田先生の胸の件や箒の風呂上り姿の件)があってか、モンモンとしてどうも眠れない。

 

 

 

「実は……私もだ……。」

 

 

 

「箒もか」

 

 

さすがに箒はモンモンとして寝れないわけではないだろう――。

 

 

「……そうだ。」

 

 

 

しばらく沈黙が続く。

 

 

 

「……一夏。今日のイギリス代表候補生のこと覚えているか?」

 

「あぁ。もちろん。あのセシリアってやつだろ。」

 

美人なイギリス人。そして、むかつくやつ。

 

 

「あ…ありがとう。」

 

「なんだよ。急にどうしたお礼なんか。」

 

「れ、礼が言えてなかったからな。」

 

私のために怒ってくれて…とは言えてなかった。恥ずかしくて。

だが、一夏は何か察した。

 

 

 

「気にすんなよ。箒は俺が守るって決めてたしな──。」

 

 

 

箒は俺が守る───。

 

箒はその言葉を思い出す。

 

 

 

それは私が小学校の頃だった。

 

私は当時苛められていた。

 

何故私が苛められなければならない。

 

声には出さなかったが、何度もそう思ったことがある。

 

「おーい、男女~。今日は木刀持ってないのかよ~」

 

「……竹刀だ」

 

「へっへ、お前みたいな男女には武器がお似合いだよな~」

 

「……………」

 

「しゃべり方も変だもんな~」

 

三人の男子が取り囲んで私をからかっていた。

私は無視していたが、そうはいかなかった。

 

「あーこいつ男女のくせに可愛くリボンしてやがんのー。 似合わねー。」

 

私のリボンを見てケタケタと笑う三人に、後ろから握り拳を作り、現れた一夏。

 

その気配に男子三人も気付く。今度は一夏が標的となっていた。

 

「なんだよ織斑。お前こいつの味方かよ」

 

「へっへっ、この男女が好きなのか?」

 

「俺知ってるー。こいつら、夫婦なんだよ。お前ら朝からイチャイチャしてるんだろー。んでんで、織斑がこの男女にリボン着けてあげてるんだろー。」

 

「ほんと、笑っちま――ぶごっ!?」

 

殴られ、よろめく一人の男子。

突然の出来事に驚いていた。

 

「どこがおもしろかったって? あいつがリボンしてるだけでおかしいかよ。すげえ似合ってるだろうが。ああ?なんとか言えよボケナス」

 

一夏は倒れた相手を片腕で立たせ、締め上げていた。

 

「お、お前先に殴ったな!せ、先生にいってやるからな!」

 

「こういうときだけ先生に頼んのかよ。勝手に言いたきゃ言えくそ野郎。」

 

それから一夏は三人相手に大立周りをした。

騒ぎを聞き付けた先生に取り押さえられて、喧嘩は終わった。

 

その後、一夏は先に手を出したことで他の三人よりも酷く先生に怒られていた。

私はその様子を見ていた。

手を出す前に話し合いで解決しなきゃダメだ。とか綺麗事を言っていたのはよく覚えている。

そんなこと言う先生だが、私の苛めのことなど見てみぬフリをしていた。

 

男三人の親は所謂モンスターペアレントで先生達も手に終えないものになっていた。

実際、そのせいで担任の先生は何度か変わっていた。

 

次第に誰も私を守る人がいなくなっていった。

苛めっ子の男子三人に逆らえない同級生達。

モンスターペアレント問題に頭を悩める大人達。

苛めっ子三人と苛められている私に関わればろくなことにならない。と

 

そんな状況を見ていたから一夏は先生に言ったのだと思う。

 

「箒は俺が守るって決めたんです───。」と。

 

 

そこからだった気がした。私が一夏を意識するようになったのは。

私自身も一夏だけに負担を掛けたくないと思い、剣道をさらに打ち込んだ。

一夏と共に切磋琢磨してお互いを高めていたあの時は楽しかった。

そんな日常が続くと思っていた。

 

でも、姉さんが―――。

 

 

「なぁ…箒。」

 

 

自分の回想を一夏が止めた。

 

 

「なんだ?」

 

 

「明日からISのことや稽古よろしく頼むぜ。」

 

 

「わかっている。お前が言うから仕方なく付き合ってあげるんだからな。」

 

 

口では嫌々言っているようだが、内心は一夏と過ごす日常が戻ってくると思うと箒は嬉しかった。

 

 

「…そうだな。感謝してるよ箒。」

 

 

それから箒から返事は帰ってこなかった。一夏自身も少し箒と話して気持ちが落ち着いたのか徐々に眠りへと落ちていった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月4日 朝

─朝─教室───────

 

キーンコーンカーンコーン。

 

「あっ。えっと、次の時間では空中におけるIS基本制動をやりますからね」

 

昨日の様子見は終わりを告げたのか、山田先生と千冬姉が教室を出るなり女子の半数がスタートダッシュ、俺の席に詰めかける。

 

「ねえねえ、織斑くんさあ!」

 

「はいはーい、質問しつもーん!」

 

「今日のお昼ヒマ? 放課後ヒマ? 夜ヒマ?」

 

一夏の周りはあっという間に囲まれた。四方八方から言葉が飛んで来る。

 

「いやー、一度に訊かれてもなぁ――」

 

困る。聖徳太子じゃないので、一度に何人も聞き取れるわけじゃない。

でも、女子に囲まれているのは困らない。むしろウェルカム。

 

 

ピローン♪

 

 

突然、机に置いてあった一夏のスマホから着信音が聞こえてきた。

表示された画面には、

 

 

箒:人気者だな。

 

 

その一言だけ送られてきていた。送り主はもちろん一夏を囲む集団から少し離れた位置で見ていた人物。

幼なじみこと箒だ。怒っているように見え、機嫌が悪そうだ。

 

 

仕方ないだろ。ここは女子高。必然的に女子とは話すことになるんだ。

 

 

と返信しようかと思っていると、一夏のスマホを見て女子達は次々にスマホを取り出した。

 

「あーー!?織斑君。篠ノ之さんと連絡取り合ってるの!?」

 

「篠ノ之さんだけずるい!私も連絡先教えてよ!」

 

「私も!私も!」

 

「私のIDこれだから――。」

 

 

ワーワーワー

 

完全に収集がつかなくなっている。我先に連絡先を交換しようと押し合い圧し合い。

もちろん、その押し合いには一夏も巻き込まれ、脱出不可能な板挟みの状況。

 

 

(む、胸が…やわらけぇー)

 

 

制服越しだが、柔らかい感触が一夏を襲う。

そんな夢のような時間もあっという間で。

 

「いつまで騒いでいる馬鹿者!休み時間は終わりだ。散れ。」

 

千冬が馬鹿騒ぎを止める。慌てて蜘蛛の子を散らすように回りから女子はいなくなり、自分の席へと戻っていった。

 

 

「ところで織斑、お前にひとつ言っておく。私のプライベートについてなにか言ってみろ。なにか言ったら殺すからな」

 

全身に悪寒を感じさせる眼光で睨みつける千冬。もはや、目で殺しに掛かっていると言っても過言ではない。

 

 

「……はい」

 

某少年漫画の主人公が海の魔物に襲われていたところ、やって来た赤髪の海賊が魔物を睨んだだけで追い返すシーンを思い出した。

 

あの魔物の気持ちが少しわかった気がする──。

 

だが、この忠告は一夏だけでなくクラスメイトにも言っているのであろう。

 

私のことは聞くなと。

 

その気迫にクラスメイト全員が察するのであった。

 

 

「それから、お前のISだが準備まで時間がかかる」

 

「へ?」

 

「予備機はない。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

 

「はぁ…?」

 

一夏はちんぷんかんぷんでいると、教室中ざわめきだす。

 

「せ、専用機!?一年の、しかもこの時期に!?」

 

「つまりそれって政府からの支援が出るってことだよね……」

 

「いいなぁ……。私も早くほしいなぁ」

 

全く意味がわからないという顔をしていると、見るに堪えかねたという感じで千冬がため息混じりに呟く。

 

「はぁ……。つまり、本来ならIS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられないのだ。だが、状況が状況だ。

データ収集を目的として専用機が用意されることになった。わかるか?」

 

「なんとなくだけど……」

 

「そのうえ製作者である篠ノ之束はIS467機を作って以来行方をくらました。その中の一つがお前に与えられるのだ」

 

……え、マジかよ。

 

当然といえば当然。世界でただ一人ISを動かせる男性なのであるから。

 

「あの、先生」

 

女子の一人が千冬に挙手をする。

 

「なんだ?」

 

「篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……?」

 

挙手をした女子はおずおずと千冬に質問する。

 

まあ、普通同じ名字の人がいたら気になるし、そうそう聞かない名字である。

 

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

 

いずれバレるにせよ、個人のプライバシーは守るべきじゃ…。

 

そのせいで教室は授業中にも関わらず大騒ぎ。

 

 

「ええええーっ!す、すごい!このクラスに有名人が二人もいるなんて!」

 

「篠ノ之さんも天才なのかな?そうだったらすごいよね!」

 

「あたしISの操縦について教えても~らおう!」

 

しかし、箒は何かに耐えているようだったがついに限界に達する。

 

「あの人は関係ない!」

 

突然の大声。一夏は目見開きながら箒を見る。と同じく箒のことを話していた女子たちも目を見開いていた。

 

「……大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」

 

そう言って箒は窓の外に顔を向けてしまう。女子は盛り上がったところに冷水を浴びせられた気分のようで、それぞれ困惑や不快をした顔にして席に戻った。

 

(あれ?箒って束さんのこと嫌いだったか……?)

 

記憶をたどってみるがそんなことはなかったと思う。そもそも箒と束さんが一緒にいたところをあんまり見たことがないかもしれない。

 

「さて、授業を始めるぞ。山田先生」

 

「は、はいっ」

 

山田先生は箒の様子を確認してから授業を始める。

 

(………でも、あの様子じゃなにがあったかは、いいたくないだろうな。)

 

そうして、一夏は教科書を開くのであった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月4日 昼

──昼─────────────────

 

 

授業が終わり、お昼の時間になった。

 

「一夏行くぞ!」

なにやら、急いでいる様子の箒。

 

「へ?」

 

「えぇーーい。早くしろ!」

呆気に取られ動かない一夏に対し、今度は箒が、一夏の手ではないが腕を引っ張り慌てて教室を出た。

 

 

「あーーーずるい!」

 

「やられた…。」

 

「追えーーー!」

 

遅れを取った女子達も慌てて教室を出て、食堂に向かうが食堂には二人の姿はなかった。

 

 

「え!?どこ行ったの!?」

 

「逃げ足が早い…。」

 

 

――昼――1025号室―――――――――――

 

寮の自室に戻った二人。箒は周りに誰もいないか確認して入って来ないように扉に鍵をかける。

 

 

(これ以上、邪魔されてたまるか―――。)

 

 

今日は連絡先の交換の件で休み時間には一夏の周りに常に人がおり、近づくに近づけない状況が続いていた。

 

一夏のやつ、女子に囲まれてデレデレして…

またあの腑抜けた表情だ。

 

思い出すだけで何故か腹が立ってくる。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…。」

 

教室から寮まで全力で走り一夏は息が上がっていた。

箒は少しも息が乱れていない。

 

「…………ちょっと走っただけでその様か。体力がなさすぎるぞ。そんな状態では勝てないぞ!」

 

嫉妬で生まれた苛立ちをぶつける。こうしなければ、自分の気持ちが押さえきれない。

 

「わ、悪い。」

 

「……全く」

 

何故、私がイライラしなければならないのだ。

全部どれも、これも一夏のせいだ。

 

「…んで、なんで寮に戻って来たんだよ。昼はどうするんだ」

 

「…あ、あぁそれはだな…。」

 

いや、と、とりあえず落ち着け、私───。

このために準備したのだ。このままイライラしていたら雰囲気が台無しになる。

 

箒は慌てながら、風呂敷に包まれた弁当らしきものを出してきた。

 

「お、箒が作ったのか!」

 

一夏は箒から受け取り、ハンカチを広げる。

中から出てきたのはおにぎりであった。

 

「美味そうだ」

 

「………。」

 

早速、おにぎりを手に取り頬張る。

箒は緊張した面持ちで一夏の食べる様子を見つめる。

 

「うん、うまい。」

 

具はなにも入ってはいないが、絶妙な塩加減で米の美味しさを引き立てる。

箒はほっと安堵のため息を漏らす。

 

「箒も食べようぜ。」

おにぎりを差し出す。

 

「ああ、そうだな。一夏、お茶もあるぞ」

 

「お、サンキュな────にしても、箒から誘うなんてな。昼飯も作ってくれてたし」

もらったお茶を飲みながら、ちょっとからかう。

 

「な!?きょ、今日はたまたまお昼を多く作り過ぎてしまっただけだ」

 

分かりやすい態度──箒のそういうところが───。

 

「そういうことね」

納得した素振りをみせる一夏

いくつもおかしな点はあるが、せっかく箒が好意でお昼を作ってくれた(本人は違うと言っているが)のでこれ以上は詮索しなかった。

 

しばらくして一夏は箒の多く作り過ぎたおにぎりを完食した。

 

「はぁー食べた食べた。」

 

一夏の様子に満足げな表情を浮かべる箒。

 

「なぁ箒。今度また多く作り過ぎたら言ってくれよ。箒の昼御飯上手かったから」

 

「!!!」

 

「どうした?」

 

「い、いや、なんでもない。そうか、そうか。また食べてくれるのだな。うんうん」

 

一夏もこう言ってくれたことだ。今日の件に関しては多めにみてやろう───ふふ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月4日 放課後

―夕方―放課後――――――――――――――

 

剣道場

 

「うぉおおおおおおおお!」

 

威勢のいい声が道場に響く。ギャラリーは満員で、一夏と箒の稽古の様子を見つめていた。

 

だが、威勢がいいのは声だけで見事に惨敗の記録を重ねていく。

 

「織斑くんてさぁ」

 

「結構弱い?」

 

「ISほんとに動かせるのかなぁー」

 

ひそひそと聞こえるギャラリーの落胆した声。

負けを重ねるたびに徐々にギャラリーの数も減っている。それは一夏も感じていた。

 

だが、気にしてはいない。

ひたすら、目の前の相手に集中して打ち込んだ。

 

稽古を初めてから1時間半の折り返しで、箒は面具を外す。

それを見て一夏も面具を外す。

 

「ふぅ──。」

 

もう、周りを囲んでいたギャラリーはすっかり誰もいなくなり静かな剣道場になっている。

 

「一夏…少し休憩しよう。」

 

「ああ、の、喉がカラカラだ。」

道場の端に持たれるように移動し、座り込む一夏

 

「ほら、スポーツドリンクだ」

 

箒から渡されたスポーツドリンクを一気に飲み干す。

気がつけばすっかり日は傾きかけており、壁の少し高い位置にある小さい窓から夕日の光が差し込んでいた。

 

「やっぱ、箒は強いな――。」

 

「お前が弱くなっただけだ。」

 

箒は正座をして休息をとっている。

夕日の光が微かに箒を照らしているその姿はすごく絵になる。

何か打ち込む姿は男女問わず格好いいと一夏は思う。

 

───まだまだ箒には当分勝てないな。

今の俺じゃ誰かを守ることなんて───。

いや、こんなところで────。

 

 

「……時間はある。」

 

「そうだな。よっと」

 

一夏は立ち上がり、面具を着け準備する。

 

「さぁ、稽古再開だ。」

 

竹刀を構える箒。準備は万端だ。

 

「ああ」

 

───へこたれるわけにはいかないんだ。

 

気持ちを高めて稽古を再開させる。

それから、稽古はみっちりと行った。

 

――夜――1025号室―――――――――――

 

 

「今日も疲れたー」

 

一夏はくたくたで、またベッドに飛び込んでいた。

その子供っぽいところに箒は思わず笑みを浮かべた。

 

「いい稽古になったな。」

 

初日ながらも稽古終盤の方では一夏自身も動きが変わってきていた。

これなら、本番までにはましになるかもしれない。

 

「なぁ箒、ISのこと────。」

 

ピローン♪

 

話を遮るように枕元近くに置いてあった一夏のスマホから通知音で新着メッセージを知らせる。

見るとメッセージの未読が100件以上と、とんでもない数のメッセージがきていた。

 

「げっ……。」

 

絶句して固まっている状況に箒がどうしたと覗いてきた。

 

「さすが人気者だな」

 

わざと嫌味っぽく言っているのだろう。

 

「くっ、他人事だと思って……。」

 

元はと言えば箒が───。いや、箒のせいにしてはいけない。男、織斑一夏。ここは頑張ってメッセージを見て返信しなければならない。

これは宿題だ。義務だ。

 

「頑張れよ一夏。」

そうして、着替えを持って風呂場へと消えていく。

 

「…………。」

 

とりあえず、メッセージを見てみる。

ほとんどのメッセージが自己紹介の内容のようだ。

ご丁寧に自分の一番盛れたであろう自撮り写真を、貼ってくれている人もいる。確かに可愛い。

 

全部、覚えなきゃいけないのか───。

 

それから一夏が睡眠にありつけたのは夜中の2時頃だったと言う。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クラス代表決定戦
4月9日 夜


───1025号室──────

 

ピロン♪

 

一夏のスマホに一件の新着メッセージが届く。送り主はというと

 

「お、弾じゃん!」

 

五反田弾。中学時代によく遊んでいた友達の一人。

実家は五反田食堂という食堂屋をやっており、よくお世話になった。

 

さっそく、メッセージの内容を確認してみる。

 

弾:一夏!元気か?

 

弾:スタンプ

チャオッ!!

     ∧∧ ∩

     (`・ω・)/

   ⊂  ノ

    (つノ

     (ノ

 

一夏:元気だよ。そっちは?

 

弾:ま、ぼちぼちってとこかな。

 

一夏:なんだよそれ

 

弾:別に学校なんて、普通のとこだし一夏のような特別な学校じゃねぇからな

 

一夏:確かに普通ではないなー

 

弾:だろ?で、どうなんだよ女子ばっかの学園ライフは?

 

一夏:思ったより大変。そりゃ入学するときは女子ばっかだからいろんなこと考えてテンション高かったけど現実は結構、厳しい

 

弾:なにが厳しいんだよ

 

一夏:まず授業についていけない。

 

弾:なるほど。

 

一夏:次に千冬姉が担任の先生で、めっちゃ厳しい

 

弾:千冬さんはIS学園に勤めてたのか

 

一夏:俺もびっくりしたよ

 

弾:お前、自分の姉の仕事わからなかったのかよ

 

一夏:ほとんど家に帰って来ないからなー。それはいいとして、千冬姉は担任だけじゃなくて俺が今住んでる寮長も兼任してんだよ

 

弾:なるほど。察しが着いた。変なことは出来ないってことだな。

 

弾:スタンプ

    ∧ _ ∧

   ( ´Д`) < はぁー…

   /    \

 

一夏:よくわかったな

 

弾:お前との仲だ。それぐらいわかるよ

 

一夏:だから、バレたらどうなることやら…

 

弾:自分の部屋でイヤらしいもの見て慰めてろw

 

弾:スタンプ

 

┏┓

┃┣━┓

┛┣━┃

 ┣━┃

┓┣━┃

┗┻━┛

 

一夏:見れねぇよw

 

弾:なんでだよ

 

一夏:言ったら弾怒るから言わねぇ

 

弾:まさか!お前!女の子と同室なのか!?

 

一夏:なんでわかるんだよ…さすがというか

 

弾:スタンプ

 

マ ジ デ !? (;゚◇゚)z

 

弾:お前だけ美味しい思いしてんじゃねぇか!

 

一夏:いやまぁ確かに美味しいけどさ

 

弾:だろ?そんな美味しい思いしてんなら慰めれないくらい我慢しろ!

というか同室の女の子に慰めてもらえw

 

一夏:無理だろw同室のやつは不埒な行為をしようとするとすぐ木刀持って殴りかかってくるから

 

弾:お前、試したのか?

 

一夏:いや、そうじゃないけど。幼なじみだからさ

いろいろと性格知ってるんだよ

その幼なじみ胸大きいから触ってはみたいけど

 

弾:同室が巨乳の幼なじみなのか?お前、マジでエロゲ世界の人間だわ

 

一夏:エロゲ世界の人間だったら木刀で殴られることはしねぇだろw多分触ったら半殺しだわ

 

弾:でもそういった殴る蹴るで愛情表現するやつもいるぜ

 

一夏:その幼なじみはそれに近い気がする。木刀で殴られたりしてるけど、多く作り過ぎたとかみえみえな理由で実際昼飯とか作ってくれるし。

 

弾:ほんと。つくづくお前がうらやましいよ。

 

一夏:悪い気はしないなw

 

一夏:ごめん。俺、明日大事な試合だからそろそろ寝るわ

 

弾:お、了解。頑張れよ。また連絡するわな

 

弾:スタンプ

_,,..,,,,_

/ ,' 3  `ヽーっ おやすみ

l   ⊃ ⌒_つ

`'ー---‐'''''"

 

 

「いよいよ。明日はセシリアとの対決か…」

 

弾との連絡の取り合いで不思議と緊張感が薄れていった。

 

不安要素はあるけど───やるしかないよな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月10日 朝

───────────────────

 

セシリアとの対決の日、この一週間箒には着ききっきりで稽古してもらったが、結局ISのことに関してはまるっきり教えてもらっていなかった。

 

まずそれが不安要素 その1だ。

 

 

実戦的練習はなかったし、知識に関しては多少なりとも教えてもらったが未だに謎な部分が多すぎる。

体力に関しては多少ついたとは思う。

 

そして、不安要素 その2

 

千冬姉が言ってた、専用機『白式』がギリギリで届いた。

初めて触る機体に不安は募る。

 

そんな不安要素を抱えながらいざ、出陣。

箒や千冬姉、山田先生にも激励を貰ってやる気は上がった。

 

おぼつかない操作で、フラフラと安定しないまま待っているセシリアの元へ向かった。

 

「あら、逃げずに来ましたのね」

 

相変わらずな感じ。

戦闘を開始したら向こうは遠距離武器をメインとする戦術で苦戦を強いられた。

俺の武器は刀だ。近づかななきゃ、攻撃は当てられない。完全に分が悪い、不安要素は的中した感じだ。

それに、代表候補生の動きはすごい。自分で『ブルーティアーズと奏でる円舞曲(ワルツ)で』というだけある。

 

一方的にやられていたずらにシールドエネルギーが消費していったが、『白式』が一次移行(ファースト・シフト)とやらに移行してから運動性能が飛躍的に上昇した。

なんか自分の体に馴染んだ感じ。

刀も『雪片弐型』と言われる千冬姉が使ってた雪片と同じ名前を持った武器に変わり、がむしゃらで立ち向かった。

 

ブルーティアーズのビットを全て破壊した辺りで、セシリアに隙が出始めていた。

 

チャンスは今しかないと思い、刀を振り上げてセシリアに向かった。

その瞬間に、セシリアは酷く怯えていた。

顔は強ばり、体は震えているようにも見えた。

 

いくら決闘とは言え、怖がっている女子に俺は刀を振り下ろすことが出来なかった。

 

だから、俺は振り上げた刀を止めて勝負を放棄した。

まぁ放棄したと同時にエネルギー切れになっちまったわけだが…

 

 

『試合終了 勝者セシリア・オルコット』

 

 

負けたのは仕方ない。

 

だけど、アリーナ内で流れきたブザー音と放送を無視するかのようにセシリアは俺に向かって銃を打ち続けてきた。

ふざけてる様子でもない。

 

 

「わ、わたくしは…ま、負けるわけには!!」

 

 

ダメだ。全然聞いてないのか───。

 

 

「わたくしは!わたくしはーーー!」

 

 

怖さを殺すために興奮状態というか混乱状態というか全然周りが見えてない状況。

 

なら、助けるしかないよな。

今、この状況でセシリアを助けれるのは俺しかいない。

 

もちろんセシリアを助けに向かったときに戻れ!という声も聞こえた。

そりゃそうだ。エネルギー切れの状態で攻撃を受ければシールドエネルギーはないので体へダメージが入る。

 

わかったのは承知の上で突っ込んだ。

セシリアは叫びながら撃ってきている。

攻撃の正確性は、落ちない。代表候補生恐るべし。

 

なんとかセシリアに近づいて、咄嗟の判断で抱きついた。

向こうも驚いてたし、俺自身も驚いた。

なんでこんな行動に出たのやら、とりあえず必死に説得した。

抱きついてるだけじゃ理由にならないからな。

 

セシリアも我に帰るような感じで、落ち着きを取り戻し一件落着。

 

ちょっと接近する際に左腕と右足に被弾したが、まぁ痛いのは慣れっこだ。

 

セシリアは俺に謝って、去っていった。

普段、高圧的かつ蔑視した態度をとっていた姿とは違い、彼女のおどおどとした意外な一面を見れたから許した。

可愛いは正義だな。

 

抱きついたことに関しては、箒からこっぴどく言われてたけど、許してもらえたとは思う。多分。

 

 

 

にしても、抱きついて説得してるときは必死だったからあまり考えてなかったけど俺、あんな美少女を抱きしめたんだよなぁ───。

 

セシリアのことを思いだし、

 

……セシリアの体つきも良いなぁ

箒程じゃないけど充分実った胸!

スレンダーな腰つき!

柔らかそうなお尻!

はぁー…。

 

余韻に浸っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月10日 放課後

試合は終わり天国の夢心地から一転して現在、千冬姉から大馬鹿者と言われお叱りの言葉を受ける。

 

「武器の特性を考えずに使うからああなるのだ。身をもってわかっただろう。明日からは訓練に励め。暇があればISを起動しろ。いいな」

 

「……はい」

 

頷く。頷くしかない。

勝てたかもしれない状況だったが、結局負けは負け。

しかも、クラスの中で大見得きった状態だったので、そう言われるのは間違いなかった。

 

「えっと、ISは今待機状態になってますけど、織斑くんが呼び出せばすぐに展開できます。ただし、規則があるのでちゃんと読んでおいてくださいね。はい、これ」

 

山田先生からは分厚い電話帳(IS起動におけるルールブックとは書いてある)を渡された。

これには愕然とする。

 

「なんにしても、今日はおしまいだ。帰って休め」

 

千冬に言われて一夏は重い腰を上げて、寮への道のりを歩いた。

 

 

―放課後―寮へと続く道――――――――――

 

「………一夏」

 

「ん、なんだ。」

 

箒と並んで歩いている一夏。黙って歩いていたが、先に話しかけてきたのは、箒からだった。

 

「その、なんだ…負けてくやしいか?」

 

「そりゃ、まぁ。悔しいさ」

頭の後ろに手を組んで歩き、空を眺めながら話す一夏。

 

「何故、あのとき勝負に躊躇した。相手は怯んでいた。勝機を見過ごすなど甘いぞ!」

 

一夏の進行方向を遮るように箒は前に出て強く叱る。

 

「まぁ、そうは言われてもぁ。怯えてる相手に武器振れないだろ。

俺、いじめるの趣味じゃないし」

 

「………それで負けていては意味がないではないか。ISに乗っているのはほぼ全員女だぞ!」

 

「ごもっともですけど…。」

返す言葉が見つからないとはこのことだ。

 

「私はお前の抱きついた行動に関しては納得していないからな!」

 

箒は見逃すわけがなかった。あんなムカつくやつとか言っていたのにも関わらず、ましてや戦っている最中だというのに抱きついているのだ。

一瞬、なにが起こったかわからなかった。

 

「いやまぁそれは……。でも、セシリアも正気を取り戻したからよかったじゃん。」

 

「全くお前というやつは!……もう、なんでもない」

 

しかし、箒の中では内心、一夏の助けた行動に関しては男らしいと賞賛していた。

あの状況の中で冷静に対処して、相手を見極めた技術。

圧倒的不利で無茶とも言える状況で助けようとする強い意志。

また、一夏のカッコ良さを再確認させられた───。

 

「なに、顔赤くしてんだよ」

 

「と、とにかく。あ、明日からはあれだな。ISの訓練も入れないといけないな」

 

「おお!ありがとな箒―――頼りにしてるぜ」

その言葉がよほど、嬉しいのか。しきりに髪をいじっている。長いポニーテールを絡めてはほどくを繰り返している。

 

「ふふ。一夏はほんとに私がいないとダメだな。」

 

───ほんとにズルいやつだ。と思いながら、満面の笑みを浮かべる箒であった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月10日 夜

――浴室―――――――――――

 

 

サァアアアアア

 

浴室に流れる水の音が響いている。

シャワーを浴びながら、セシリアは物思いに耽っていた。

 

(今日の試合――――。あの最後の攻撃、あれはまさしく『零落白夜』。おそらく彼は単一能力を発動させたのですわ。)

 

初代ブリュンヒルデと名高い最強のIS使い織斑千冬も使っていたとさせる単一能力───。

 

エネルギー性質のものであればそれが何であれ無効化・消滅させる最強の威力を持つと言われる。

それはまさしくISの絶対防御を超える攻撃。

 

数日前、絶対防御についての授業で解説していた。

 

絶対防御──全てのISに搭載されている、あらゆる攻撃を受け止めるシールド。シールドエネルギーを極端に消耗することから、操縦者の命に関わる緊急時、救命措置を必要とする場合以外発動しない。そして、その判断はIS側が行う、操縦者側ではカットできないシステム根幹。

だが、その絶対防御も完璧ではない。シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを貫通させる───。

 

そのシールドエネルギーを貫通させる一例として見せてもらったのが、織斑千冬が武器、雪片と単一能力の零落白夜を駆使して戦っていたモンド・グロッソの映像だった。

自身のシールドエネルギーを攻撃力へと転換し、雪片に光の結集が纏う。その光で相手を一網打尽していた。

 

そして、その攻撃が自分自身の目の前で放たれようとしていたことに思わず怯えたのだ。

 

あのときのわたくしはその凄まじさに怖じけましたわ───。

 

彼が躊躇なく振り切っていたら、確実にわたくしの負けでしたわ───。

 

いえ、攻撃を止めていなければわたくしの身体は───。

 

考えただけでゾッとする。どうなっていたかわからない。

 

でも、彼の頭にあったのはわたくしの身を案じるやさしさ───。

 

エネルギー切れにも関わらず、命懸けでわたくしのために助けてくださった───。

 

いつだって勝利への確信と向上への欲求を抱き続けていたセシリア。

しかし、このときは違った。

ただ勝利を求めるあまりに、焦りと恐怖で混乱して、自分を見失い彼を傷つけた。

終わったとき、ただ状況を理解することだけで精一杯だった。

 

わたくしが出来る、せめてものお詫びを───。

 

織斑───一夏───。

 

その人物を考えると不思議と、胸が熱くなるのが自分でもわかった。

 

どうしようもなくドキドキとして、セシリアはそっと濡れた身体を自身の腕で抱きしめてみる。

 

思い出すだけで、望んでいたかのように不思議な興奮を生み出した。

 

出来れば、もう一度────。

 

あの腕に、あの胸に包まれたい────。

 

あのときの光景を思い出す。

 

『セシリア!落ち着け!!もう終わったんだ!大丈夫だ!』

 

『わたくしが…勝ったの?』

 

『ああそうだ!──俺のエネルギー切れでセシリアの勝ちだ』

 

「………。」

 

他の男は違う───。

 

あの、強い意志の宿った瞳を。

戦うときに見せていた他者に媚びることのない眼差し。

それは、不意にセシリアの父親を逆連想させた。

 

父は、母の顔色ばかりうかがう人だった……。

 

そんな様子を幼少のことから見ていたセシリアは『将来は情けない男とは結婚しない』という思いを幼いながらに抱かずにはいられなかった。

だが、もう、両親はいない。三年前に事故でなくなった。

 

一度は陰謀説がささやかれたが、事故の状況はとてもあっさりとそれを否定した。

 

越境鉄道の横転事故で、死傷者は百人を超える大規模な事故だった。

 

それからはあっという間に時間が過ぎた。

 

手元には莫大な遺産が残った。

それを金の亡者から守るためにあらゆる勉強をした。

その一環で受けたIS適性テストでA+が出た。

政府から国籍保持のために様々な好条件が出された。

両親の遺産を守るため、即断した。

第三世代装備ブルー・ティアーズの第一次運用試験者に選抜された。

稼働データと戦闘経験値を得るため日本にやってきた。

 

 

そして――出会ってしまった。織斑一夏と。

理想の、強い瞳をした男。

そして、他者を思いやる優しい瞳をした男に。

 

「……………。」

 

熱いのに甘く、切ないのに嬉しい。

 

――なんだろう、この気持ちは。

 

意識をすると途端に胸をいっぱいにする、この感情の奔流は。

 

――知りたい。 その正体を。

 

その向こう側にあるものを。

 

――知りたい。一夏の、ことを。

 

 

サァアアアアア…

その後も浴室には流れる水の音が響き渡っていた。

 

 

 

 

一方そのころ…。

 

──1025号室──────────────────

 

「………。」

 

一夏は唖然としていた。

部屋に帰ってからスマホを見てみると、いろんな人から大量に送られて来ている画像。

どれもこれも同じ写真だ。

 

もちろんその写真の内容はと言うと……。

 

一夏がセシリアを抱き締めている写真だった。

 

セシリアは背中を向ける形で顔は写っていないがこんなブロンドの美女が学園に多くいるわけもなくすぐ誰が抱き締められているか特定され、一夏に関してはセシリアの左肩から顔を出し正面から写真に写っていた。

幸いなことに、はっきりと顔まで写ってはいない。

某写真週間誌のスクープ写真のようなちょっと荒いといえば荒い写真だ。

 

だが、この写真についての問い合わせの連絡が殺到してスマホの通知音が止まらない。

 

それから、この写真についての釈明をするため、また一夏の睡眠時間は取られていったのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月11日 朝

翌日、寝不足のまま迎える朝のSHR。

あり得ないことが起きていた。

 

寝不足で幻覚が見えているのか。

そう思ったが、このクラスの盛り上がりは違うと気付かせてくれる。

 

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

山田先生は嬉々として喋っている。

そしてクラスの女子も大いに盛り上がっている。

一方で暗い顔をしている一夏。寝不足も、あってか余計に暗く見える。

 

「先生、質問です」

 

「はい、織斑くん」

相変わらず爆乳な山田先生。

 

その胸のカップは───じゃなくて

 

「…俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」

 

「それは――」

 

「それはわたくしが辞退したからですわ!」

 

山田先生が言う前に、がたんと立ち上がり、早速腰に手を当てるポーズを見せるセシリア。

 

え、 なんで…?

なんで辞退してんだ?

しかも、なんか妙にテンション高いというか明らかに態度が違う。

 

なんだこの違和感は…。

 

「まあ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。それは仕方のないことですわ」

 

あのとき斬ればよかったか…?

 

 

「それで、まあ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省と怪我をさせたことにお詫びにと思い」

 

めっちゃありがた迷惑すぎる…。

出来ればそのお詫びは別の形でして欲しかった。

 

「“一夏さん”にクラス代表を譲ることにしましたわ。やはりIS操縦には実戦が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いには事欠きませんもの」

 

 

ん? んんん!? 今俺のこと名前で呼んだ?

 

 

「いやあ、セシリアわかってるね!」

 

「そうだよねー。せっかく世界で唯一の男子がいるんだから、同じクラスになった以上持ち上げないとねー」

 

 

次々とセシリアの心変わりに賛同するクラスメイト

 

「私たちは貴重な経験を積める。他のクラスの子に情報が売れる。写真も売れる。

一粒で三度おいしいね、織斑くんは」

 

 

おい。もしや昨日の原因は…。

 

 

「そ、それでですわね」

 

コホンと咳払いをして、あごに手を当てるセシリア。

 

「わたくしのように優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間がIS操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみるうちに成長を遂げ――」

 

バン! 机を叩く音が響く。

勢いよく立ち上がったのは箒だった。

 

お、胸が揺れた。

 

「あいにくだが、一夏の教官は足りている。私が、直接頼まれたからな」

 

『私が』を特別強調した箒は、異様に殺気立っている瞳でセシリアを睨んだ。

けれどセシリアは正面から受け止めて、視線を返している。それどころかちょっと誇らしげに。

 

「あら、あなたはISランクCの篠ノ之さん。Aのわたくしに何かご用かしら?」

 

「ら、ランクは関係ない! 頼まれたのは私だ。い、一夏がどうしてもと懇願するからだ」

 

いや、懇願してお願いしたけど…。それは昨日までの話のつもりやったんやけど

 

とも言えるような雰囲気でもなく、なにやら、張り合っている。これが、女同士の戦いというやつか…。

違和感を一番感じるのはセシリアの雰囲気。

この前とは違い、敵意を見せている感じではない。(箒以外)

 

 

「座れ、馬鹿ども」

 

すたすたと歩いていってセシリア、箒の頭をばしんと叩いた千冬姉が低い声で告げる。

 

「お前たちのランクなどゴミだ。私からしたらどれも平等にひよっこだ。まだ殻も破れていない段階で優劣を付けようとするな」

 

流石、モンド・グロッソ覇者の発言と言える。

さすがのセシリアも千冬姉に言われては反論の余地がないらしい。何か言いたそうな顔をしていたが、結局言葉を飲み込んだ。

 

「代表候補生でも一から勉強してもらうと前に言っただろう。くだらん揉め事は十代の特権だが、あいにく今は私の管轄時間だ。自重しろ」

いやはや、こちらも相変わらずな感じで…。家の様子からじゃ考えられ────。

 

「織斑、今、余計なことを考えなかったか?」

 

「いえ!」

 

「ならいい───クラス代表は織斑一夏。異存はないな」

 

はーいとクラス女子全員が返事をした。

 

まいったなー。結局、強制なんだな。

 

ガクッと肩を落として頭をポリポリとかいていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月11日 昼

「一夏さーん」

 

チャイムと同時に駆け寄って来たセシリア。

 

「お昼はどうされますの?」

 

にこやかな顔でこちらの様子を伺う。

もう、昨日までのセシリアはいないと言っても過言ではない。

その変化に驚くばかりだが、何にしてもこんな美少女からご飯を誘われてるのは悪くない。

 

「とりあえず、学食に───。」

 

バン!

一夏の机を叩いてセシリアを睨むのはご存知この方。

 

「一夏は”私と”一緒に食べるのだ。邪魔しないでいただきたい」

 

相変わらず、“私と”の部分を大きく強調する箒。だが、セシリアはそれで黙っていない。

 

「あら、篠ノ之さん。それを決めるのはあなたではありませんわ。一夏さんに決めていただく権利がありますわ」

 

この発言でクラスメイトが盛り上がりを見せた。

皆、セシリアの意見に同情しているようだ。

 

「い、一夏!また弁当を作り過ぎたのだ!この弁当を一緒に…」

 

「お待ちなさい。抜け駆けのようなことは認められませんわ」

 

「そーだ。そーだ。」

 

「織斑一夏は我々1-1の共有財産である。」

 

「篠ノ之さん。ここ最近、毎日一緒じゃん」

 

クラスメイトの不満が爆発して、ブーイングの嵐が飛ぶ。

実際そうなのだ。お昼のときは箒と逃げ出すかのように、寮の自室に籠ってご飯を食べていた。毎日、作り過ぎたという理由で作ってくれるのは嬉しいが、クラスメイトからあまりの反感をもらうのは箒自身の学園生活にも影響が出かねない。

 

「箒。ここは大人しくしておいたほうが身のためだぞ───。」

 

こっそり耳打ちする。

 

「い、一夏までそういうのか?」

 

「クラスメイトを全員敵に回してるんだぞ」

 

「私はそんなの気にしない。慣れているか───」

 

「嘘つくなって」

 

「う、嘘など」

 

「そうやって、クラスメイトとの壁作ってどうするんだよ──。」

 

「………。」

図星をつかれて箒は黙りこんだ。

箒自身も感じてはいた。幼いころから自分の性格もあってか他者があまり寄り付かない。中学も転々としていたため女子での友達と呼べる友達もいない。

中学のときもクラスメイトが話している様子を見て楽しそうだと何度も思った。

そう思ったことは事実なので、確かに嘘はついている。

これ以上一夏に返す言葉がなかったため大人しく言うとおりにした。

 

「とりあえず、今日は学食で食べるよ」

 

「本当ですか一夏さん。では、さっそく行きましょう。」

その他のクラスメイトが数名付いてきて、ぞろぞろと食堂に移動した。

 

今日の日替わりは鯖の塩焼きだった。こんがりとついた焼き目が食欲をそそらせる。

空いているテーブルについて、さっそく皆で昼飯を食べる。

 

「ねぇーねぇー!近いうちにさぁ織斑君のクラス代表決定記念パーティーやらない?」

 

「あーやりたいそれ!」

 

「いいねぇ!」

 

「賛成賛成ー!」

盛り上がる女子たち。意見は一致したようで、一斉に一夏の方へ目を向ける。

 

「「「いいよね織斑君!?」」」

 

「おお、いいんじゃないか」

 

「やったー!」

「そうと決まれば…」

 

ワーワーワー

 

いやークラスで盛り上がるためとは言え、こんな企画まで考えてくれるとは感激だな。うんうん。にしても……。

 

盛り上がる女子をよそに俺の隣に座っているセシリアと箒。両隣から感じる異様な雰囲気。とてもじゃないが、仲良くと言った雰囲気ではない。

二人の様子を横目に伺いながら鯖の塩焼きを頬張っていたところセシリアが話し掛けてきた。

 

「あ、あの一夏さんのその…し、塩焼き美味しそうですわね」

 

欲しいと言わんばかりに訴えかける瞳。

 

うは、可愛い…。

 

「セ、セシリア欲しいのか?」

 

「は、はい!わたくしあまり日本料理は食べたことなくて…それに箸を使うのはどうも苦手でして、出来れば…」

 

頬をほのかに赤くしながらもじもじしている。これは食べさせろと言うことだよな。そういうことだよな。

 

一夏が箸を持とうとしたとき

 

「私が食べさせてやろう!」

 

ズイっと箒が一夏の前に割り込み、勝手に塩焼きを取っていった。

しかもご丁寧に一夏が箸をつけていない反対側を切って取っていった。間接キスなどさせまいという行為なのだろう。

 

「し、篠ノ之さん!わたくしは…」

 

「さぁ遠慮することはないぞ。」

 

箒はセシリアの口元へ塩焼きを運ぶ。

欲しいと言ってしまったので、渋々口につけるセシリア。

 

「美味しい…ですわね…。」

 

食べることは出来たが、本来の目的は果たせなかったので不満な様子。

 

(篠ノ之さん!やってくれますわねー)

 

目に見えるわけではないがメラメラとセシリアの背後が燃えているような気がする。

 

おいおい…。

 

「オルコットだけに食べさすのは悪いな!ということで一夏!作り過ぎた弁当を私が食べさせてやろう!」

 

どんな理由だよ……。

 

思わず、心の中でつっこんだ。

 

そして、箒は素早く作った弁当の中にある卵焼きを取り、一夏の口元へと運んだ。

運んだというより食べ物が口に接触しているため、押し付けている状況。

 

無理やりだ…。

 

押し付けられている以上食べなくては進まないため、一夏は箒の卵焼きを食べる。

 

「どうだ一夏!美味しいか?」

 

「あ、あぁ美味しいよ」

 

「そうか」

 

ニコニコ笑顔の箒。と同時に勝ち誇った表情もしている気がする。

 

「一夏さん!」

大声を張り上げるセシリア

 

「は、はい!」

 

「わたくしのこのサンドイッチを食べさせてあげますわ!」

 

いやそれ、セシリアが作ったわけじゃないだろ。とまた心の中で突っ込んでいると

 

「なにかご不満でも?」

 

箒ばりの鋭い睨みを効かせてくるセシリア。

 

もう、無茶苦茶だー。

 

そうして、一夏はセシリアと箒の昼御飯を無理やり、あーん。をしながら腹一杯食べさせられていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月11日 夜

1025室にて

 

「一夏!どういうことだ!!なんだ!あのオルコットの態度は!」

 

1025号室では怒号が飛んでいる。箒は今日のことで落ち着いていられなかった。

朝には急変するセシリアの態度に驚いたが、負けじと張り合い。昼は昼で邪魔され、放課後には二人でISの訓練をしていたところにセシリアがやってきて教える(邪魔が入る)という事態が発生していた。

 

「そうは言ってもだな。前より刺々しさはなくなったからいいと思うけどな…。」

 

箒とは違う、淑女を感じさせるあの雰囲気。

セシリアにあって、箒にはないのでとても魅力的に感じる。

 

「なっ!!?お前はあのオルコットの肩を持つのか!?」

 

「えぇ……。」

 

「だいたい私が教えているというのに、教えかたがなってないだとか文句を言って…ブツブツ」

 

「……はぁ」

 

箒に聞こえない程度でこっそりため息をつく一夏。

教えると言っても結局、箒とセシリアが言い合いをするだけでまともな訓練にはならなかった。

 

「一夏!明日からはオルコットに私が教えているから必要ないと言え!」

 

「う、うーん」

 

それは出来れば避けたい。

箒の説明を受けたが酷かったのだ。

ここをズンっとする感じだ。ドンという感じだ。などとなにをどうしていいのか全くわからない。

寧ろ、途中から参加したセシリアも理論的な説明で分かりにくい部分もあるが、機体の持っているだけあってどう操作すればどういう動きをするか分かりやすかった。

百聞は一見にしかず。

 

「いや、ちょっと口頭だけだと分かりにくい部分があってさ…。」

 

流石に全くわからないとストレートに本人に言うと逆撫でしてしまいそうなのでオブラートに包むが…。

 

「私の説明では不服だと言うのか!」

 

「あ、いやそういうわけじゃなくて…」

 

この状態はなにを言い返しても箒の機嫌はますます悪くなる状態だと察した。

 

少し沈黙の後。

 

「なら、ISがあればいいのだな?」

 

「ま、まぁそうだな…。」

 

「なら、私は少し用があるから部屋を空ける」

 

「へ?どこに行くんだよ」

 

「職員室だ」

 

「はぁ…?」

 

そう言って部屋を後にしていった。

一人になったことで少し気持ちも落ち着く。

ベッドに横になると枕元に置いてあったスマホがピカピカと光っている。

女子からの連絡かと思っていたが、送り主の名前を見ると

 

「お、弾からか」

 

早速、文の内容を確認してみる。

 

弾:元気でヤってるか?

 

一夏:なんだよその意味深な文章

 

弾:スタンプ

 

n ∧_∧

(ヨ(´∀` )

 Y    つ

 

弾:試合はどうだったんだ?

 

一夏:その試合は負けたんだけど、勝った権利を譲られた。

 

弾:譲られた?どういうこと?

 

一夏はその試合に至るまでの経緯を送った。クラス代表になる際に言い争いになり、決闘をすることになったこと。

決闘をしたときにセシリアを助けたこと。

それからコロッと態度が変わったこと。

今、幼なじみの箒とセシリアがぶつかりあってることを説明した。

流石にセシリアに抱きつく行為はまた弾からとやかく言われるのをわかっていたので言わなかったが…。

 

弾:なるほどな。んで、そのセシリアって女の子は一夏にすっかり懐柔されたわけだ。

お前は魔性の男だな…。

 

一夏:まぁなw

 

弾:褒めてねぇよ!w

 

一夏:わかってるよ。

 

弾:んで、幼なじみの巨乳とイギリスのブロンド美女がお前を取り合うためにやっきになっててお前はそれをやめさせたいと

、言うなら二人は仲良くしてほしいと

 

一夏:まぁそんなとこ

 

弾:アホか。んなもん、無理に決まってるだろ

聞いてる感じだと完全にライバル同士じゃん

お前が首を突っ込んで仲良くできる問題じゃないだろ

 

一夏:じゃあ、どうすれば

 

弾:お前がどっちかを選べばそれで解決だろ

 

一夏:それは…難しいな

 

弾:お前ほんと大事な場面で優柔不断になるよな

 

一夏:否定出来ないな。

 

弾:強いて一つアドバイスするなら息抜きついでにどっか行くのもありなんじゃないか?

 

確かに入学前からバイトや受験勉強で忙しく、入学後もISの勉強やらトレーニングやらでまともな休日を過ごしていないことを思い出した。

 

一夏:考えておくよ

 

弾:ま、頑張って上手くヤれよ!ニヤニヤ

 

こいつ……と思いながら、返ってきた返信を見ていたところに箒が部屋に帰ってきた。

 

「おかえり」

 

「……フン」

 

一夏の方を向かずに、着替えを持って風呂に入っていた箒。

 

(こりゃあ、口聞いてはもらえないな…。弾から言われたことを参考にして、なんか考えないとなぁ…。)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月11日 夜 その2

――1025号室 浴室―――――――――

 

湯船に体育座りの形で浸かり、物思いに耽る箒。

 

(一夏のやつ…。)

 

一夏のことを考えると思い出すとセシリアのことまで出てくる。

休み時間に一夏と談笑しているシーン。昼御飯のあーんをしているシーン。専用機で一夏に指導しているシーン。思い出したくもない、抱きついているシーンまで浮かび上がってくる。

 

箒は頭を大きく振り、必死に勝手に浮かび上がってくるシーンを追い出そうする。

 

なにより、一番気にいらないのは、セシリアの相手している一夏が満更でもない感じが、余計に気にいらなかった。寧ろ、喜んでいるようにも見えた。

 

あれだけお互いが敵対していたのにも関わらず、今日で二人の仲は急速に縮まっていた。箒が築いた10年以上の仲の関係性に、一瞬で追い付かれた気がした。

正直、焦りを感じる。

 

(一夏が好きなのは…ああいうタイプなのか?)

 

容姿端麗、成績も優秀でISランクも箒より上をいき、代表候補生で専用機も持っている。

 

自分が勝っていると思う要素は、幼なじみという肩書きと同室で過ごしているということだけ。

完全に分が悪い。

 

性格もおしとやかになったことで、好感度が高くなったのだろうか?

 

それともあの整った容姿が好みなのだろうか?

 

今一度、湯船に浸かっている自分の体を見てみる。

やはり大きく違うのは水面に浮かんでいる大きな胸だ。

 

肩は凝りやすく、すぐに合わなくなる下着。剣道をするときもサラシを巻いてしないと胴着が収まらない。

胸のせいもあってか制服も少し太く見えてしまう。

良いことなんてひとつもない。寧ろ邪魔な存在だ。

 

(……この胸が。)

 

邪魔な存在だから、いらないものだから、一夏もきっとこの胸が好きではないと勝手な脳内変換で考える箒。

 

 

(私はどうすればいいのだ……。)

 

 

気持ちが沈むと同時に箒自身もブクブクと湯船に沈んでいった。

 

────────────────────

 

箒が風呂に入ってしばらくしてから、一夏は着替えの準備をしようとベッドから立ち上がった。

 

「さてーと……はっ!!?」

 

目に飛び込んで来たのは、浴室に入る引戸の前に落ちている大きなお碗の形をしたものにヒモが付随している白い物体とT字状の白い物体。

 

「こ、これは!?」

 

テレレレレーーン♪(脳内SE)

 

コマンド

▼見る←

▼調べる

▼取る

 

コマンド

▼床←

▼引戸

▼戻る

 

コマンド

▼白い物体←

▼戻る

 

一夏は床に落ちている二つの白い物体を注意深く見つめた。

 

(ゴクリ…。)

 

コマンド

▼見る

▼調べる←

▼取る

 

コマンド

▼床←

▼引戸

▼戻る

 

コマンド

▼白い物体←

▼戻る

 

一夏は床に落ちている二つの白い物体を調べる。

まずはT字状の物体から調べた。

形状はローライズ状で表側の生地の真ん中には小さいリボンがついている。間違いない。パンティだ。

続いて、お碗の形をしてヒモがついた物体を調べる。

二つのお碗はかなり大きい。相当大きなサイズが伺える。フリルがつき可愛さが感じられる。間違いない。ブラジャーだ。

 

コマンド

▼見る

▼調べる

▼取る←

 

コマンド

▼自分の服

▼落ちている下着←

 

(か、体が勝手に!!)

 

一夏は下着を手に取った。

 

コマンド

▼見る

▼調べる

▼取る

▼においをかぐ←

 

コマンド

▼自分の下着

▼取った下着←

 

(こ、ここまで来たら…。よ、よし嗅いでみよう)

 

一夏は下着に顔を近づけた。いいにおいが一夏の鼻を通った。

なにかが満たされていく気がした。

 

(ふぅ。)

 

「い、一夏すま…」

 

突如、開いた引戸。鉢合わせする恥ずかしげにバスローブを着ている箒と下着で顔を(うず)めている一夏。

 

「あ」

 

お互いが数秒間固まって見つめあった後。

 

「い、い、い、いち、いち、一夏ーーーー!!」

 

「ち、違うんだ!箒!これは体がか、か、勝手に!」

 

 

 

このあと滅茶苦茶ボコられた……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月11日 夜 その3

──同時刻 脱衣場 箒サイド

───────────────

 

箒は、風呂から上がり体を丁寧に拭きあげる。

 

(……。)

 

風呂から上がっても気持ちはスッキリとはしない。

 

(……。)

 

それは、セシリアとISに関してのことで、セシリアにますますリードを許してしまう可能性があるということが浮上してきたのだ。

クラス代表は、クラス対抗戦と呼ばれるクラス代表者同士で戦う模擬試合が行われる。

その試合があるので必然的に放課後はISの特訓をする時間が増える。

一夏自身も自分のISを早くものにしたい気持ちが伝わってくるので、特訓をしないという選択肢はない。

ということは今日のような状態が続くということだ。

 

ISのことに関しては、先程、一夏に言われたのもあって職員室にいた山田先生に声を掛けて訓練機の使用許可の申請を行った。

だが、山田先生から言われたのは訓練機の使用許可はすぐに降りない可能性があると言われたのが、非常に歯痒い。

 

(私も同じ土俵に立たなければ…。)

 

思考がぐるぐると頭を回る中で、着替えを置いた篭の中に入っている下着を探す。

 

(…あれ?)

 

肝心の下着が見当たらない。着替えの衣服を広げてみても、床を見てもどこにも見当たらない。

 

(確かに風呂場に行く際に持ったはず…。)

 

その記憶は間違いない。

だとすると、部屋に落としてしまった可能性が高い。

 

着替えの寝間着用の浴衣を着て、下着を取りに行こうと考えたが、ノーブラノーパンで部屋をウロウロと移動し下着を探す行動が箒にとっては、とても不埒な行動をしているようで抵抗があった。

 

だが、このままでは脱衣場から出られない。

 

(いったいどうすれば…。)

 

目に付いたのは壁に掛かっているバスローブ。

 

(せめて、これだけでも羽織っておいて…。)

 

バスローブを羽織り紐を縛る。

 

(こ、ここは不本意だが、一夏に声をかけて部屋に下着がないか探してもらおう。

あれば、脱衣場近くまで持ってきてもらえば……いや、待て待て!

それもそれで一夏に不埒なことをやらせているではないか!?)

 

脳内に過る。最悪なシーン。

 

『箒がそんなやつだったとは思わなかったよ…。俺はセシリアと仲良くするから。さよなら』

 

(い、嫌だ!そんなの絶対嫌だ!なんとしでも、それだけは避けたい!

だが、どうすればいい!落ち着け篠ノ之…ここは冷静に状況を判断だ。)

 

思い付いたプランはこうだ。

 

その1、箒自身もノーブラノーパンのバスローブの状態で鉢合わせるのは厳しいので、引戸を少し開けて一夏にはこちらに来ないで欲しいことを伝え、ベッドの布団に潜ってもらい周りが見えない状況を作ってもらう。

 

その2、一夏がいないかの周囲の確認を行い、下着が脱衣場前付近に落ちていないか確認する。

 

その3、あれば拾い着替えを行ってから一夏に大丈夫だと伝える。

 

その2で、もし、下着が周りになければ…。ここはやむを得ない。部屋を探すしかない。その際は一夏に釘を刺しておき、布団の中での継続を依頼する。

 

(そのプランしかない。やるしかない篠ノ之。)

 

いざ、引戸を目の前にすると酷く緊張した。

 

(落ち着け篠ノ之。大丈夫。)

 

自分自身に気合いを入れて引戸に手をかける。

 

(よ、よし!空けるぞ!)

 

ガラッ

 

「い、一夏すま…」

 

"ない"をいう前に、言葉が止まる。

脱衣場の引戸を開けた先にいたのは、下着で顔を埋めている一夏。

 

思考が停止する。

 

お互いが数秒間見つめあった後、箒の中から込み上げくる様々な感情。

 

 

「い、い、い、いち、いち、一夏ーーーー!!」

 

 

このあと、滅茶苦茶ボコった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転校生はセカンド幼なじみ
4月14日 朝


──グラウンド────────

 

外に出ての授業。

IS装着スーツを全員が着用して、列を組み織斑先生の指示を待っていた。

 

今さらながらに思うが、この学園指定の女性が着用するISスーツはエロい。

スーツはピッチリとしたものなので、女性のボディラインがはっきりと出る。

タイプとしては昔のスクール水着に近い感じ(見たことはないが、よくあるグラビアアイドルとかの雑誌、あとはネットで…)

一番決定的に、スクール水着と違うのは股関節部分がひし形状に切り取られて素肌が見えていること。

大事な部分は見えてないが、より一層局部のvラインを強調させている。

 

意味があって、そういったデザインなのであろうが、このデザインは思春期の男子には刺激が強い。

なにしろ、クラスメイトの女子全員がこの状態なのだ。

そんな光景にはいまだに慣れず、見る場所に困る。

 

いや、決してそのデザインを否定しているわけではない。

寧ろ、見えそうで見えない感じが非常にいいと俺は思う。うん。

 

ただ、俺の下腹部の白式が発動しないことを祈るばかりで…。

 

「───斑」

 

「───織斑!」

 

「は、はい!」

 

「聞いていたか?」

 

やっちまったー。と思った次の瞬間には意識が半分くらい飛んでいた。箒にボコられたときもなかなかだったが、千冬姉のは一撃の重さが違う。

「全く。────では改めて今から、ISの基本的な飛行操縦をしてもらう。織斑、オルコット。試しに飛んでみせろ」

 

ここは名誉挽回のためにも頑張らねば。

 

この後、急上昇・急降下を皆の前で行ったが、急降下に関しては地面に激突。

 

グラウンドには大きな穴を開けてしまい、クラスメイトのくすくす笑いが漏れる。

 

我ながらこんなまともに操縦出来ないやつがクラス代表で大丈夫なのかと疑問に思う。

 

(恥ずかしいし、すっげぇ情けねぇ…。)

 

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」

 

千冬が一喝する。

 

「……すみません」

 

「情けないぞ、一夏。私が教えてやっただろう」

 

腕を組み、目尻をつり上げている箒が待っていた。

 

追い討ちをかけるな追い討ちを…。

ただでさえ、恥ずかしい思いをしてメンタルやられてるのに。

 

だいたい箒もあれから教えて?くれてはいるが、本当にISを動かせるのか気になるところだ。

とてもじゃないが、今までの指導から動かせるとは思えない。

 

「大体だな一夏、お前というやつは昔から――」

 

箒の小言が始まったかと思ったら、それを遮るように俺の前に影が現れた。

 

「大丈夫ですか一夏さん?お怪我はなくて?」

 

そっと手を差しのべてくれるセシリア。

天使だ。

 

「あ、ああ。大丈夫だ。ありがとうセシリア」

 

セシリアの手を借りて、起き上がる。

 

「どういたしまして。」

 

うふふと、楽しそうに微笑むセシリア。

セシリアは俺と違って急上昇・急降下を完璧にやってみせた。こんな操縦は朝飯前なのだろう。

 

「……ISを装備していて怪我などするわけがないだろう……」

 

「あら、篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然のこと。それがISを装備していても、ですわ。常識でしてよ?」

 

「お前が言うか。この猫かぶりめ」

 

「鬼の皮をかぶっているよりマシですわ」

 

バチバチッとふたりの視線がぶつかって火花を散らしている。

この二人、日増しに仲が悪くなっているような気がする。

 

「いつまでもそんなことをしている。授業の邪魔なんだがな──。」

 

二人の間に立つ千冬に気づき、箒とセシリアはしまったといった顔をしているが時既に遅し。

 

(あーあ。知ーらねっと。)

 

 

授業が終わった後は、自分で空けた穴を閉じるはめに。

自業自得なので、仕方ないといえば仕方ない。

 

ほんと、まともに操縦出来る日はくるのだろうか。

先は長い気がする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月14日 放課後

――食堂―――――――――

 

「というわけでっ! 織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

 

「おめでと~!」

 

ぱん、ぱんぱーん。

 

次々とクラッカーが乱射される。

飛び交う紙テープ、というより何発か俺に向かって発射されているので、目の前が紙テープのカーテンで覆われ視界が遮られる。

 

(み、見えねぇ。)

 

場所は寮の食堂、一組のメンバーは全員揃っていた。

各自飲み物を手にワイワイと盛り上がっている。

 

ちらりと壁を見ると、そこにはデカデカと『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と書いた紙がかけてある。

いろいろとデコレーションも施してあり華やかだ。女子高生らしい。

 

しかし、すごい人数だ。

ゆうにクラスメイトの人数は明らかに超えている。

 

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるねえ」

 

「ほんとほんと」

 

「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて」

 

「ほんとほんと」

 

この『ほんとほんと』と言って相槌を打っている女子生徒は二組の生徒だ。

そんな感じで、1組以外のクラスメイトもこのパーティに参加している。

 

(あれだけ、広い食堂もこれだけの人数がいると狭く感じるな…。)

 

「織斑くーん楽しんでる?」

 

クラスの女子から声をかけられる。

 

「流石にまだ始まったばっかりだから何とも言えないけど、楽しむ気ではいるよ」

 

「そうそう。主賓が盛り上がってくれないとねー

いろいろ催しもあるから楽しんでー♪」

 

「あぁありがとう」

 

そう主賓は俺だ。俺が楽しまなくては、せっかく開いてくれた主催者のメンバーに申し訳ない。

 

「人気者だな、一夏」

 

「そんな不機嫌な顔すんなって」

 

「ふん」

箒は鼻を鳴らしてお茶を飲む。

 

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君に特別インタビューをしに来ました~!」

 

オーと一同盛り上がる。

 

「あ、私は二年の黛薫子。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」

 

美しい黒髪ロングにぱっちりとした大きな黒目の持ち主で眼鏡と声が特徴的。

渡された名刺を見ると、どうやら二年生で整備科に所属しているようだ。

 

「ではではずばり織斑君!クラス代表になった感想を、どうぞ!」

 

ボイスレコーダーをずずいっと俺に向け、無邪気な子供のように瞳を輝かせている。

 

「えーと……」

 

いきなり言われてもなぁ。うーん。

 

「まあ、なんというか、がんばります」

 

「えー。もっといいコメントちょうだいよ~。俺に触るとヤケドするぜ、とか。」

 

「そんな恥ずかしいコメント言えませんよ」

 

「そう?───たまに大胆なことしてるじゃん。ならまあ、適当にねつ造しておくからいいとして」

 

おそらく、セシリアに抱きついた件であろう。それに関しては否定は出来ない。でも、仮にもメディアを扱ってる人間なんだから嘘はダメだろ…。

 

「ああ、セシリアちゃんもコメントちょうだい」

 

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ないですわね」

 

とか言いながら満更でもないご様子。

心なしかいつもより髪のセットに気合いが入っているよつな気もするし、セシリアから漂ってくる香りもいつもと違う。

 

「コホン。ではまず、どうしてわたくしがクラス代表を辞退したかというと、それはつまり――」

 

「ああ、長そうだからいいや。写真だけちょうだい」

 

「さ、最後まで聞きなさい!」

 

コントみたいだな。

そのやり取りに思わず口元を緩める。

 

「いいよ、適当にねつ造しておくから。よし、織斑君に惚れたからってことにしよう」

 

「なっ、な、ななっ……!?」

 

ボッと赤くなるセシリア。

激しく動揺している。

 

可愛い。

 

「おや、そのご様子だと」

 

ニヤっとした表情を浮かべながら、セシリアとの距離を近づけた。

 

「そ、それは…。」

ちょっと困った様子のセシリアを助太刀するつもりで、黛さんに話を進めるように促す。

 

「ま、まぁまぁ黛さん。それより写真撮るんじゃないんですか?」

 

「あ、そうね。はいはい、とりあえずふたり並んでね。写真撮るから」

 

「「えっ?」」

 

ハモる俺の声とセシリアの声。

俺はてっきりセシリアだけ撮るのかと思って驚いたが、セシリアの方は喜色を露にした表情をしていた。

 

「注目の専用機持ちだからねー。並んでツーショットもらうよー。」

 

モジモジとし始めたセシリアは、ちらちらと俺を見てくる。

 

「あの、撮った写真は当然いただけますわよね?」

 

「そりゃもちろん」

 

「でしたら今すぐ着替えて――」

 

「時間かかるからダメ。はい、さっさと並ぶ」

 

戻ろうとするセシリアを強引に連れ戻して、俺と肩を並べる。俺の目から見てセシリアは左の位置にいる。

その距離は身体1つ分もない距離。距離の近さからかセシリアの方から上品な香りが漂ってくる。

ちょっと軽く鼻で深呼吸をして、香りを楽しむ。

 

(……いい匂い。)

 

すると突然、セシリアが俺の左腕に腕を絡めてきた 。

セシリア自身が俺に寄りかかってきたため、より密着度合いが増す。

その密着に伴って布越しから伝わってくる柔らかい感触。

 

(む、胸…)

 

突然のことで少し戸惑ったが、このまま流れに身を任せて俺はこの感触に浸ろう。

しかし、そんな俺達の様子を見て周りがざわつき始めた。

 

「な、なにをしている!」

 

(怒るな。箒。この時間を楽しませてくれ…。)

 

「おお!いい感じに決まってるから撮るよー。35×51÷24は~?」

 

「え? えっと……2?」

 

「ぶー、74・375でしたー」

(なんじゃそりゃ…)

 

パシャッとカメラのシャッターが切られる瞬間に、一組の全メンバーが撮影の瞬間に俺とセシリアの周りに集結していた。あ、ちゃっかり箒もいる。

 

「あ、あなたたちねえっ!」

 

二人きりの感じが邪魔されて怒ってるんだろうな。

 

「まーまーまー」

 

「セシリアだけ抜け駆けはないでしょー」

 

「クラスの思い出になっていいじゃん」

 

「ねー」

 

「十分いい思いしてるじゃーん」

 

口々にセシリアを丸め込むようなことを言っている。

 

「う、ぐ……」

 

苦虫をかみつぶしたような顔をしているセシリアを、クラスメイトはにやにやとした顔で眺めていた。

 

ははは…。

 

ともあれ、この『織斑一夏クラス代表就任パーティー』は10時過ぎまで続いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月14日 夜

──1025号室──────────

 

いやー楽しかった楽しかった♪

 

一夏は部屋へと帰還してベッドに寝転がっている。

 

「今日は楽しかっただろう。よかったな」

 

とげとげしい口調で箒が嫌味を言ってくる。

 

「箒は楽しくなかったか?」

 

「ああ、そうだな。全然!楽しくなかったな」

 

『全然』の部分をひどく強調された。今日のパーティー事態もいろんな女子と交流をしていたので、ほとんど箒と話すことが少なかった。

 

仕方ないと言えば仕方ない。

主催者の人達にもいろいろとお礼言わなきゃいけないし、箒だけ話していてもせっかく集まってくれた人にも申し訳ない。箒とは比較的にいつも一緒にいるし、たまにはこういった交流もよかった。

 

黛さんが撮った後は女子との写真大会みたいな感じでずっと女子と写真撮ったり、ビンゴ大会があったりとなかなか盛り上がっていた。

 

と、感慨に耽っていると突然枕が飛んできた。

 

「ぶべっ。――何しやがる!?」

 

「そ、それはこちらの台詞だ! 今から寝間着に着替えるのだから、むこうを向いていろ!」

 

あの下着事件以来、箒はわざとらしく俺がいる部屋で寝間着に着替えをするようになった。

 

「言っておくがな一夏――こっちを見たら許さんからな」

 

ギロッ。

これが毎度毎度の決まり文句。よくあるリアクション芸で『押すなよ押すなよ絶対押すなよ』という感じなのだろうか?

見ろよっ!と言っているようにも聞こえなくはないが、自ら地雷を踏みに行くようなことはしたくない。

ここは大人しく従っておくべきだ。

 

「わかったわかった。むこうを向けばいいんだろ」

 

とりあえず俺は体の向きをごろりと変える。

だけど、見たいのは見たい。

すごく。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

衣擦れの音が聞こえてくる。

 

続いて、ぱさっとシャツを置く音が響く。

 

この、間仕切りの向こうで今、巨乳の女子が着替えている。

 

出来れば、あの下着に収まっている姿を拝みたいものだ。

 

だが、見えなくても以前目撃したシャワー上がりの姿やISスーツを着用していたときに浮き出る体のライン、落としていた下着。それらの情報を元に容易に箒の下着姿のことが想像できる。

 

恐るべき思春期パワー。

 

「い、いいぞ」

 

いつもの寝間着浴衣の姿だ。普段の髪を結んだ姿とは違う髪をおろした姿。

可愛いと言うより美しいのほうが表現として合っているだろう。

あれ?

 

「な、なにをジロジロと見ている。」

 

「帯変えた?」

 

腰に巻いている帯が昨日までのとは違うやつだったので、俺は何の気無しに指摘した。

 

「よ、よく見ているな」

 

「いや、色も模様も違うから、そりゃ気づくだろ。箒を毎日見てるからな」

 

「そ、そうか。私を毎日見ている……か。そうかそうか」

 

上機嫌で何度も頷いている。よほど嬉しかったようだ。

 

 

───────────────

 

「あ、そうだ。箒」

 

一夏はベッドから起き上がり、部屋の机に置いてあった長方形の紙を箒に渡した。

 

「これ、明日行かないか?」

 

箒は渡された紙を見ると『フラワーパーク 花祭り開催中』と書いてあるチケットだった。

ここは花をテーマにした施設で、この時期はチューリップや桜が見頃だとテレビで放送していたのを見たことがある。

 

「さっきのビンゴ大会で当たったんだ。」

 

「こ、これを私にくれるのか!?」

 

「あぁそうだよ。どうだ?」

 

「あぁ!行くぞ」

 

「よかった───なら、明日は8時半に出発しようぜ」

 

「な、なら早く寝ないと行けないな」

 

舞い上がる気持ちを抑え箒は自分の布団に入っていった。それに続いて一夏も布団に入って消灯。部屋は静寂に包まれた。

 

 

「一夏」

 

「ん?」

 

「さ、さっきは、その……なんだ。すまなかったな」

 

枕をぶつけたことに関してはだろうか。とりあえず、気にしていなかったので、気にしていないと一夏は答える

 

「そ、そうか。それなら、いい。……で、ではなっ」

 

「おう。おやすみ」

 

 

 

 

一夏とデート。

ふふ。楽しみだ。

 

箒は気分よく眠りについていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月15日 朝

──学園校門前─────────

 

今日の篠ノ之箒は気分が絶好調だった。

 

一夏とデート♪ふふふ。

 

髪はいつものように緑のリボンを着けているが、白のレーストップスにネイビーのフレアスカートのコーディネートで大人っぽい雰囲気を醸し出す。

手にはフラワーパークのチケットを握りしめ、軽やかな足取りで校門前へと向かう。

 

一夏はというと少々行く準備に手間取っているため、校門前に先に行ってほしいと言われた。

言われた通りに行ってみると

 

「!?」

 

見覚えのある人物が、校門前に立っていた。

箒の表情からスゥーっと笑顔が消え、慌ててその人物の前まで行って確認する。

 

「オルコット!?」

 

「篠ノ之さん!?」

 

そこには同じくバッチリよそ行きの格好であろうワンピーススタイルのショートドレスを着たセシリアがいた。

向かい合う二人、沈黙が続く。

 

 

「奇遇だな。」

 

 

 

「えぇ全くですわ。」

 

 

 

また沈黙が続く。

 

 

 

「今日、私は一夏とデートなのだ。」

 

自信に満ち溢れた出で立ちと表情でアピールをしてそっぽを向く箒。

 

「生憎、わたくしも一夏さんとデートですわ。」

 

同じく自信に満ち溢れ…(以下同文)

 

 

 

「「!?」」

 

 

「今、なんと言った!?」

「今、なんとおっしゃいました!?」

 

そんな二人の険悪なムードをよそに気の抜けた雰囲気でやってくる一夏。

 

「おーい、お待たせ。いやー流石に三人分の飯を作るのはた……。」

 

「一夏!どういうことだ!」

 

「説明を求めますわ!」

 

怒り心頭の二人。

きっと言いたいことはわかる。どうして二人きりじゃないのかって、一夏的には二人の親睦を深めてもらうために誘ったのだ。

先に二人きりじゃないと言えば相手を断れなんだの言われるのは目に見えていたので、あえていることは言わなかった。

 

「二人にはいろいろ世話になってるし、今日は俺からの感謝の気持ちってことで

ほら、せっかく天気も晴れていいのに、二人の可愛い顔が台無しだぞ」

 

一夏の笑顔と合わせて二人を褒める。

 

「………なっ…ふん!」

「もう、一夏さんったら…」

 

箒はそっぽを向いて照れ隠しをして、セシリアは両手を頬に当てて恥ずかしがっていた。

 

 

(ふぅ。なんとかなったか…。)

 

 

─◯◯駅フラワーパーク前──────────

 

電車に揺られること30分程、フラワーパークのある最寄りの駅に到着して、フラワーパークまで歩いて目指す。

 

俺の左隣には箒。右隣にはセシリアといった並びで歩いていた。

積極的に話してくれるセシリア。俺のことについていろいろと聞いてくる形で話をして移動中の場を持たせてくれていた。

 

「一夏さんは休日はどのように過ごされてますの?」

 

「そうだなー。去年は受験やバイトとかで忙しかったから…。でも、暇なときは漫画読んだり、ゲームしたり、友達と映画観に行ったり、カラオケ、ボウリングとかしたりして遊んでたな」

 

「ビリヤードはしませんの?」

 

「ビリヤードか…そういえばしたことないな。でも興味はあるよ」

 

「なら、今度一緒にどうですか?」

 

「セシリア、得意なのか?」

 

「はい!」

 

「へぇー見てみたいな」

 

「セシリア・オルコットの華麗なテクニックを御見せ致しますわ」

 

手の甲を頬に添えてオホホホと言っている辺りが、絵に書いたようなお嬢様だ。

 

「箒は剣道以外なんかしてなかったのか?」

 

「私は…多少茶の心得については勉強していたな」

 

「へぇーお茶か。いいな。機会があれば飲ましてくれよ」

 

「ああ、いいぞ。特別に入れてやろう」

 

ふふっと笑みをこぼす箒。

 

可愛い。

 

「一夏さん、わたくしも紅茶なら嗜んでおりますのでよかったら是非」

 

セシリアも可愛い。

 

大事なことなので、もう一度言うが二人とも可愛い。

 

歩いている道中、周りから二人を目で追っている人が結構いる。

 

「うわー。あの二人ヤバくね?」

 

「足たまんねぇしブロンド美人。セレブ感が半端ないw」

 

「胸でけぇ…グラビアアイドルか?」

 

「俺、声かけよっかな?」

 

「バカ。真ん中に男がいるだろ」

 

そんな声があちこちから聞こえてくる。

これは男性の声だが、女性からの声も同様に聞こえてくる。

 

「スタイルすごい…。」

 

「読モとかしてるのかなー?」

 

「真ん中いる男子も格好よくない?」

 

「うんうん」

 

「美女と美男子…絵になるわー」

 

「隣にいるのはやっぱ彼氏かなぁ?」

 

その言葉に反応して俺の両隣にいる二人は、突然俺の手や腕を握ってきた。

 

その光景を見てか何処と無く感じる、嫉妬の視線。

そんな視線を感じるが、俺は優越感に浸って目的地へと歩いていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月15日 昼

──フラワーパーク──────

 

入場してから目に入ったのは視界全体に広がるチューリップ畑、赤、白、黄色、ピンクの色彩鮮やかな色を咲かせて俺達を迎えてくれた。

 

「キレイだな。」

 

立ち止まってその光景をゆっくり楽しむ。周りにいる人達もこのチューリップ畑を写真を撮って楽しんでいる様子だった。

 

「ああ、そうだな」

 

「えぇ、お屋敷にいたころに咲いていたチューリップのことを思い出しますわ」

 

「なんか規模が凄そうだな」

 

「そうでもありませんわ。ここの半分くらいの敷地でチューリップは庭で咲いていたくらいですから。

他にもいろいろな花も咲かせていましてよ」

 

お、おぉ、半分でも十分だと思うが…。やっぱり、専用の庭師とかいるんだろう。でないとそれだけ大きい規模を手入れ出きるわけがない。

セシリアのお嬢様っぷりにはいつも驚くばかりだ。

 

「す、すごいな」

 

「私のところも盆栽くらいはあるぞ」

 

盆栽を悪く言うつもりはないが、セシリアのインパクトのある話を聞いた後だと、どうしてもこじんまりとした話に聞こえてしまう。

 

「ぼ、盆栽もいいよな…ははは」

 

思わず愛想笑いで返すことしか出来なかった。

 

────────────────

お昼時、一夏達はシートを広げて満開の桜の木の下で昼食の準備をしていた。

 

ちょうど桜の木が満開という時期もあってか、あちこちでシートを広げ花見を楽しんでいる客も大勢いる。

 

さて、全員にコップに飲み物をついだところで、俺が乾杯の音頭を取る。

まぁ言い出しっぺなのは俺だからな。

 

「え〜、本日はお日柄も良く、お集まりいただきありがとうございます。ここで、乾杯の音頭を……」

「あ〜もう!一夏!なんだか堅苦しいぞ」

 

俺の挨拶が堅すぎるとさっそく箒からツッコミが入る。

堅苦しいってお前が言うのか…。

 

「ビシッと決まるようなセリフをお願い致しますわ」

 

セシリアからも注文が。

そう言われてもな。俺だってこういうのは慣れてない。

 

そんなとき、黛さんに言われたときのことを思い出す。

『俺に触るとヤケドするぜ。』みたいなキザなセリフを言えってことなのか? なら。

 

「オホン」

 

咳払いして、気持ちと喉を整える。そして、

 

 

 

「この美しい桜と君の瞳に乾杯……」

 

 

「!!」

 

「はぅ!」

 

 

乾杯?といったものの誰も飲み物を飲もうとはしない。

 

「………。」

 

(少し格好つけて言ってみたが、正直言った後から恥ずかしくなってきた。)

 

と一夏は赤面して黙り混み。

 

「………。」

 

(な、なんだ今のは…。まるで心臓に矢が突き刺さったかのような感覚だったぞ)

 

と箒も赤面して黙り混み。

 

「………。」

 

(このセシリア・オルコット。胸の高ぶりとドキドキが止まりませんわ)

 

とセシリアも赤面して黙り混んで、異様な雰囲気の中、花見が始まるのだった。

 

 

「ほ、ほら飯食べようぜ!なっ!」

 

「そ、そうだな」

 

「そ、そうですわね。」

 

そしてセシリアと箒は俺が用意した弁当をさっそく開ける。セシリアに関しては何やら驚いてる様子だ。

 

「これは一夏さんが作ったのですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

「素晴らしいですわ」

 

目が輝いている。人ってこんなに目が輝やくもんなんだな。

これくらいの料理ならほとんど毎日作っていたようなもんだから造作もなかった。

 

箸を手に取り口に頬張る。

 

うん。我ながら美味いと思う。

 

それから、ちょっとした桜に纏わる過去について一夏が話していく。

 

「桜っていうと道場の近くにあった桜の木も思い出すよな」

 

「あぁあそこの桜の木も綺麗だったな」

 

「んで、俺が桜の木に登ってたりしてたら毛虫にやられて全身が酷いことに」

 

「あれほど私はやめておけと言ったのに、お前は勝手に登っていったんだろ」

 

「桜の花を渡しかったんだよ──箒も渡したとき喜んでたじゃん」

 

そう、箒にいつもリボンだから俺がたまには違うの付けてみようぜとか言って取った桜の花を髪に刺した記憶がある。

 

「ふん。そんな昔のこと覚えていないな」

 

しらばっくれる箒。どうみてもその顔は覚えているけど恥ずかしいから知らないふりをしておこうという感じ。

 

「それになんか箒って桜のイメージするし」

 

「ど、どういう意味だ。」

 

「い、いやなんというかこう艶やかな美しさ、清楚な雰囲気という感じ。」

 

「そ、そうか。一夏は私をそういう風にみているのだな」

 

上機嫌で何度も頷いている。よほど嬉しかったようだ。

 

「わ、わたくしはどういったイメージですか?」

 

セシリアも聞いてくる。

 

「そうだなー。セシリアは菫だな。特に紫の菫」

 

「す、菫ですか。」

 

「そうだなー。こう、可憐で華やかさがある感じかなー」

 

「もう、一夏さんったら冗談が上手いんですから」

 

こちらも上機嫌の様子。

 

(でも、今のイメージって完全に某シミュレーションゲームに出てくる二人のイメージなんだよなー。)

 

何かとぶつかり合う二人でも、なんだかんだ信頼関係が構築してるような気がする。

 

喧嘩するほど仲がいいとも言うしな。

 

そんな風に思っているとヒラヒラと落ちてきた桜の花びら。思わず上を見上げる俺。

 

満開の桜がそこにある。

 

何かと忙しく毎日を過ごしている俺達。

でも、桜の季節だけは、誰もが足を止めて、今この瞬間しか味わえない花の美しさを心に焼きつける。

 

桜は一瞬しか咲かない。

儚いからこそ美しい、一瞬で消えてしまうからこそ、人は「今この瞬間の美しさ」を心に深く刻みたいと思うのかもしれない。

 

「なにをぼーっとしている」

 

「そうですわ。一夏さん」

 

「悪い悪い」

 

それから三人は、ジュースを飲みながら話を進め親睦を深めていった。

そこには、普段のしがらみを忘れた三人の姿があった。

 




◼️ifルートが解放されました。
IS -インフィニット・ストラトス- if√もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月17日 朝

──教室────────

 

 

「織斑くん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

 

朝。席に着くなりクラスメイトに話しかけられた。

 

「転校生?いやー聞いてないな」

 

「なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

 

「へぇー」

 

「私も聞いたそれー」

 

と話していくうちにどんどん俺の周りには女子が集まってきた。

 

女子はこういう情報は敏感だよな。流行にも敏感だし。

 

そして今度は中国か。

ほんとこの学園は国際色豊かだと改めて感心する。

ちなみにうちの代表候補生といえば。

 

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

 

一組のイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。

相変わらず、腰に手を当てたポーズが似合う。

 

「セシリア。このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどのことでもあるまい」

 

こちらの篠ノ之箒は腕を組み堂々した仁王立ちのポーズがよく似合う。

 

「まぁそうですわね」

 

頬に手を添えて、オホホホと言っている。

 

にしても、なんだかんだ二人が名前で読んでいることに感心した。仲が深まっているのは間違いないのだろう。

 

とりあえず、そのことはさておき、今は中国代表候補生の話だ。

 

「中国代表候補生か。どんなやつなんだろうな。一目は見たいよなー」

 

モワモワと頭の中に浮かび上がってくる一夏の想像の候補生。

と言ってもスリット深めのチャイナドレスを身に包んだ女子で、片手に銀色のお盆を持ってお盆の上には肉まんを持っているイメージ図。

 

俺的にはこのスリット深めというのがポイントだ。

チャイナドレスの魅力の一つといっても過言ではない。

 

「む……気になるのか?」

 

「ん?そりゃあ、どんな女子か気になるじゃん」

 

「………お前というやつは」

「一夏さ~ん!」

 

聞かれたことに素直に答えたら、箒とセシリアの機嫌が悪くなった。むすっという擬音がよく似合う表情をしている。

 

こちらは仮にも男子ですからな。

 

「今のお前に女子を気にしている余裕があるのか? 来月にはクラス対抗戦があるというのに」

 

「そう! そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦に向けて、より実戦的な訓練をしましょ。

あ、相手ならこのわたくし、セシリア・オルコットが務めさせていただきますわ。なにせ、専用機を持っているのはまだクラスでわたくしと一夏さんだけなのですから」

 

『だけ』という部分を強調された。

なんだか箒にも似てきているような気がする。

 

再度クラス対抗戦について詳しく説明すると読んでそのまま、クラス代表同士によるリーグマッチのこと。

 

本格的なIS学習が始まる前の、スタート時点での実力指標を作るために行い、また、クラス単位での交流およびクラスの団結のためのイベントだそうだ。

 

「まあ、やれるだけやってみるか」

 

「やれるだけでは困りますわ! 一夏さんには勝っていただきませんと!」

 

「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」

 

「織斑くんが勝つとクラスみんなが幸せだよー」

 

セシリア、箒、クラスメイトと口々に好きなことを言ってくれる。

 

俺のクラスは十分団結力はあると思う。

こんな感じだし。

 

さらに言うと、やる気を出させるために、1位のクラスには優勝賞品として学食デザートの半年フリーパスが配られる。

この学食デザートはただのデザートではなくて、有名な一流パティシエ監修のものらしく、IS学園のために特別に作られたものらしい。

 

そりゃ、女子が燃えるのも頷ける。

 

まぁ、とやかく言われても、ここ最近はISの基本操縦でつまずいていて、とてもじゃないが自信に満ちた返事は出来ない。

 

セシリアの説明も高度な説明になってきてるのもあり、見て覚えるのにも限界に近づいている感じがする。

 

「織斑くん、がんばってねー」

 

「フリーパスのためにもね!」

 

やいのやいのと楽しそうな女子一同の気概をそぐわけにもいかないので、俺は「おう」とだけ返事をする。

 

 

「――その情報、古いよ」

 

 

ん? 教室の入り口からふと声が聞こえた。

 

なんか、すげえ聞いたことのあるような声……。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

腕を組み、片膝を立ててドアにもたれているその女子は

 

「中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

俺のセカンド幼なじみだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月17日 朝 その2

「久しぶりだな!鈴!」

 

「久しぶりね。一夏。」

 

鈴はふっと小さく笑みを漏らすと、トレードマークのツインテールが軽く左右に揺れた。

 

感動の再開!というわけにもいかず、鈴の背後から近づく大きな影。

一夏は姿を見て鈴の方へ向かうのをやめた。

 

「おい」

 

「なによ!?」

 

バシンッ!

 

聞き返した鈴に痛烈な出席簿アタックが入った。

察しの通り鬼教官登場である。

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん……」

 

「織斑先生と呼べ馬鹿物。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

 

「す、すみません……」

 

ドアから離れ、千冬姉とは距離を取る。

完全にビビってるな。あれ。

 

「またあとで来るからね! 逃げないでよ、一夏!」

 

なんで俺が逃げるんだよ。

 

「さっさと戻れ」

 

「は、はいっ!」

 

2組へ向かって猛ダッシュ。なんか悪役がやられたときの『覚えてろよー!』みたいな感じだな。

しかし、鈴は変わらなかった。

それがなんか安心した気持ちになった。

 

「っていうか鈴、IS操縦者だったのか…。」

 

ここ一年全くといっていいほど連絡がなかったので、鈴の状況がわからなかった。

 

初めて知ったわ。こっちに来るなら連絡くらい来れればよかったのに。……サプライズのつもりか?

 

「……一夏、今のは誰だ? 知り合いか? えらく親しそうだったな?」

 

「い、一夏さん!? あの子とはどういう関係で――」

 

「席に着け、馬鹿ども」

 

千冬姉の出席簿が火を噴いた。次々と繰り出される出席簿アタックの乱舞。見事の早業で千冬姉が馬鹿と言った人物を全員沈める。

 

お見事。

 

しかしなんでまたこう知り合いとばっかり再会するんだろうな。しかも今度は鈴。

これでファースト、セカンドの幼なじみが揃った。サードはいないけど。

 

これは賑やかさが増しそうだな。

いい意味でも悪い意味でも。

 

そんな風に一夏は思いながら、今日も1日ISの授業と訓練が始まるのだった。

 

───授業中────────────

 

 

(さっきの女子は何なのだ……一夏とずいぶん親しそうに見えたが……)

 

朝の一件が気になって、箒はなかなか授業に集中できないでいた。

 

(それに、一夏はまるで――)

 

まるで、幼なじみと再会したかのような反応だった。

――ムカッ。

 

(幼なじみは私だろう……!)

 

こみ上げてくる怒りをどうにか抑えている。

 

(しかし、まあ、冷静に考えてみればたいしたことではない。 何せ、自分は一夏と同じ部屋。一昨日の夜もそうだったように、ふたりきりの時間はいつでも作れるのだから。)

 

そう思うと次第に落ち着きを取り戻してきた。

 

(しょうがないやつだ。またISのことを教えてやるか)

 

ふふんと上機嫌で腕を組む。自分に自信がすっかりなくなっていたが一夏が下着を取っていたことやらなんやらで、自分に対して興味があるということがわかったことや、一昨日一緒に出掛けたことで自分に自信を取り戻していた。

 

(今日の放課後はまた特訓だな)

 

うんうんとひとり頷く箒。その表情はどこか楽しげでさえあった。

 

そんな浮かれた箒をよそに黒いオーラを放っている人物が一人。

このとき箒はその存在に気づいていなかったのだった。

そして、もう一人も同じく…。

 

──同時刻──────────────

 

(なんなんですの、さっきの方は!)

 

いやに一夏と親しげな様子だった女子にセシリアは気になって気になってしょうがなかった。ただでさえ、現時点で箒という最大のライバルがいるのに、これ以上競争相手が増えたら気が気ではない。

 

しかも、人間関係――一夏との距離においてはさっきの女子の方がリードしている。

 

(それはズルですわ! 正々堂々と勝負なさい!)

 

普段なら何ごとに負けない自信はあるのだが、なにせ男子を取り合いするなど初めてのことで、思うように状況が進まない。その事実にセシリアがじれているのだった。

 

(それにしても、あの方も代表候補生――)

 

確かに、ここIS学園には代表候補生が20数名在籍している。

けれど、一年では4人しかいなかったはずだった。しかも、専用機持ちは一夏を抜かせば2人。かなり大きなリードポイントのはずだった。セシリアのアドバンテージでもあったはずなのに……

 

(しかも専用機持ちって言っていましたわね……)

 

最悪である。そのアドバンテージもなくなってしまった。

 

(い、インチキですわ!)

 

しかし、今更そんなことを言ってもしょうがない。

 

(なんとかイニシアチブを取らなくては───)

 

しかも箒や鈴を大きく突き放すほどのものがないと意味がない。

 

(ISの模擬戦だけでは足りませんわ。もっとなにか、こう決定打になるような――)

 

 

そんな頭がお留守になっている二人に鬼教官が声をかける。

 

「篠ノ之、オルコット。そんなに私の授業が退屈か?」

 

 

ビクッ!

 

ガクガク…。

 

バシーン!

 

またも繰り出される出席簿アタック。何度繰り出されても頑丈で痛むことはなさそうだ。

 

(一夏!お前のせいだぞ)

 

(一夏さんも一夏さんですわ!人の気持ちを弄んで)

 

二人とも叩かれた頭を抑えながら一夏を睨みつける。

 

((この女たらし!))

 

 

(うぅー。な、なんだ今のは…)

一瞬、寒気が全身を覆う一夏だった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月17日 昼

──教室─────────

「お前のせいだぞ!」

 

「あなたのせいですわ!」

 

昼休み、開口一番に箒とセシリアが文句を言ってきた。

二人は午前中の授業に注意や何度も怒られていた。

俺のせいにして、完全に八つ当たりだな。

 

「ま、まあ、話ならメシ食いながら聞くから。とりあえず学食行こうぜ」

 

「む……。ま、まあお前がそう言うのなら、いいだろう」

 

「そ、そうですわね。行って差し上げないこともなくってよ」

 

さっきまでの息巻く様子から、一変して態度が180度コロッと変わった。

俺自身も二人の扱いになかなか慣れてきた気がする。

 

 

──食堂──────────

 

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

どーんと俺たちの前に立ちふさがったのは噂の転入生、凰鈴音だった。

 

髪型も昔から一貫してツインテール。

恐らく、俺がそれ似合うよなーとか言ってからずっとしてる気がする。

 

(それより、鈴のやつ食券機の前に立ってるから食券が出せないだろ。)

 

「とりあえずそこどいてくれよ。食券が出せないだろ」

 

「う、うるさいわね。そんなことわかってるわよ! 大体、アンタを待ってたんでしょうが! なんで早く来ないのよ!」

 

「それだったら、俺のいるクラスに声かけりゃよかったじゃん──今朝みたいに」

 

「なんでアタシから言わなきゃいけないのよ。」

 

「いやいやいや、鈴。言ってることなかなか無茶苦茶だぞ」

 

ワーワーと揉めあう前二人と、蚊帳の外の後ろの女子二人。前の二人には聞こえない小さい声で話す。

 

「気にいりませんわね」

「全くだな」

 

とりあえず四人はそれぞれの食事を持って席についた。

 

「それにしても久しぶりだな。ちょうど丸一年ぶりになるのか。元気にしてたか?」

 

「げ、元気にしてたわよ。アンタこそ、たまには怪我とか病気しなさいよ」

 

「どういう希望だよ、そりゃ……なら、怪我とか病気したら鈴に頼もうかな」

 

「「「え!?」」」

 

軽い冗談で言ったつもりが、びっくり顔で三人は固まっている。

 

「あ、いや、セシリアや箒にもお願いしようかなー。

三人に介護してもらったら俺速攻で元気になるだろうし」

 

出来れば下半身の白式もセットで介護をお願いしたいものだ。

 

だが、自分一人だけ指名されたと思いきや、ぬか喜びだった鈴はご不満の様子だった。

 

「な、なによ一夏!アタシだけじゃ不満なの!?」

 

「そうは言ってないだろ───三人寄ればなんとやらって言うだろ」

 

「それは『三人寄れば文殊の知恵』でしょ!今、アタシが言ってることと関係ないでしょうが!」

 

さすがは代表候補生。頭の回転が早い。

 

「いやいや、病気や怪我が早く治るいい案が浮かぶかもしれないだろ」

 

そう言うと、蚊帳の外だった二人を鈴は見る。

 

「どーだか?」

 

 

────ムカッ!

 

 

その発言で蚊帳の外の二人に怒りマークが何個も浮かび上がるのが見えた気がする一夏。

 

ふふんといった調子の鈴。相変わらずだな、こいつ。妙に確信じみてるし。

 

「一夏!そろそろどういう関係か説明してほしいのだが」

 

「そうですわ!一夏さん!」

 

鈴の態度に苛立ちを感じてか、箒とセシリアが怒気を交えて訊いてくる。

 

「お、落ち着けって二人とも───鈴とは幼なじみなんだよ」

 

「幼なじみ……?」

 

怪訝そうな声で聞き返してきたのは箒だった。

 

「あー、えっとだな。箒が引っ越していったのが小四の終わりだっただろ? 鈴が転校してきたのは小五の頭だよ。で、中二の終わりに国に帰ったから、会うのは一年ちょっとぶりだな」

 

ちょうど入れ違いな形で箒と鈴は引っ越してきたのだ。

だから、二人は面識がない。

 

「で、こっちが篠ノ之箒。ほら、前に話したろ? 小学校からの幼なじみで、俺の通ってた剣術道場の娘」

 

「ふうん、そうなんだ」

 

鈴はじろじろと箒を見る。箒は箒で負けじと鈴を見返していた。

 

「初めまして。これからよろしくね」

 

「ああ。こちらこそ」

 

そう言って挨拶を交わすふたりの間で、火花が散ったように見えた。

 

おいおい、またかよ…。

 

「それでこっちがセシリア──イ」

 

ギリスと言い切る前にセシリアが俺の会話に割り込んで入ってきた。

 

「そう。このわたくしこそ、かの有名なイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ。」

 

そこまでして、自分のことを大々的に紹介したかったのだろう。だが、当の鈴はというと……。

 

「……誰?」

 

「なっ!?まさかご存じないの?」

 

「うん。アタシ他の国とか興味ないし」

 

「な、な、なっ……!?」

 

言葉に詰まりながらも怒りで顔を赤くしていくセシリア。

この件に関しては俺も鈴には何も言える立場じゃない。

 

俺もセシリアのこと知らなかったからな…。

 

「い、い、言っておきますけど、わたくしあなたのような方には負けませんわ!」

 

「そ。でも戦ったらアタシが勝つよ。悪いけど強いもん」

 

余裕を見せる鈴。

 

「い、言ってくれますわね……」

 

箒は無言で箸を止める。セシリアはわなわなと震えながら拳を握りしめた。 それに対して、鈴は何食わぬ顔でラーメンをすする。

 

「一夏──アンタ、クラス代表なんだって?」

 

「まぁな。成り行きでな」

 

「ふーん……」

 

鈴はどんぶりを持ってごくごくとスープを飲む。

 

「あ、あのさぁ。ISの操縦、見てあげてもいいけど?」

 

顔は俺から逸らして、視線だけをこっちに向けてくる。言葉にしても、歯切れの悪いものだった。

 

その瞬間、箒とセシリアがバンっ!とテーブルを叩いて勢いよく立ち上がる。

 

「一夏に教えるのは私の役目だ。頼まれたのは、私だ」

 

「あなたは二組でしょう!?敵の施しは受けませんわ」

 

「アタシは一夏に言ってんの。関係ない人は引っ込んでてよ」

 

鈴もまたそんな相手を逆撫でる言い方して…。

これがまた、素で言っているから恐ろしいものだ。

 

「か、関係ならあるぞ。私が一夏にどうしてもと頼まれているのだ」

 

どうしてもとまでは言ってないが……って、こんな会話前にもあったな。デジャヴ感がすごい。

 

「一組の代表ですから、一組の人間が教えるのは当然ですわ。あなたこそ、後から出てきて何を図々しいことを――」

 

「後からじゃないけどね。アタシの方が付き合いは長いんだし」

 

「そ、それを言うなら私の方が早いぞ! それに、一夏は何度もうちで食事をしている間柄だ。付き合いはそれなりに深い」

 

「うちで食事? それならアタシもそうだけど?」

 

「いっ、一夏っ!どういうことだ!?聞いていないぞ私は!」

 

「わたくしもですわ!一夏さん、納得のいく説明を要求します!」

 

鈴、余計なこと言って…絶対、勘違いしてるだろ。

 

「いや、鈴の実家の中華料理屋なんだよ。それで、よく世話になってるとかで飯ごちそうしてもらってたんだよ」

 

俺が嘘偽りなくそう言うと、さっきまで余裕の表情を見せていた鈴が途端にむすっとふてくされる。 対照的に、箒とセシリアはほっとしたような顔をした。

 

「な、何?店なのか?」

 

「あら、そうでしたの。お店なら別に不自然なことは何一つありませんわね」

 

「親父さん、元気にしてるか?まあ、あの人こそ病気と無縁だよな」

 

「あ……。うん、元気――だと思う」

 

うん? 急に鈴の表情に陰りが差して、俺は妙な違和感を覚えた。

 

「そ、それよりさ、今日の放課後って時間ある? あるよね。久しぶりだし、どこか行こうよ。ほら、駅前のファミレスとかさ。積もる話もあるでしょ?」

 

「──生憎だが、一夏は私とISの特訓をするのだ。放課後は埋まっている」

 

「そうですわ。クラス対抗戦に向けて、特訓が必要ですもの。特にわたくしは専用機持ちですから? ええ、一夏さんの訓練には欠かせない存在なのです」

 

さっきまでの勢いの劣りはどこへやら、一転攻勢に転じたふたりはここぞとばかりに俺の特訓を持ち出す。

 

いや、助かるけどさ。

 

「じゃあそれが終わったら行くから。空けといてね。じゃあね、一夏!」

 

ごくんとラーメンのスープを飲み干して、そのまま学食を出て行った。

 

行っちまった。

まぁ、これから話せる時間はいくらでもあるわけだしな。

 

うんうんと自分で納得していると二人が俺の前に立つ。

 

「一夏、当然特訓が優先だぞ」

 

「一夏さん、わたくしたちの有意義な時間も使っているという事実をお忘れなく」

 

そう言って二人も食堂を去っていった。

 

三人がいなくなったことで嵐が去ったかのように一気に静けさを取り戻す食堂だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月17日 放課後

──教室──────

 

「今日の授業はここまでです。ちゃんと復習をしてくださいね♪」

 

そう言ってこの授業を担当していた山田先生は胸をプルンプルンと弾ませながら教室を出ていった。

 

それをしっかりと目に焼き付けて、今日の授業は一段落する。

背伸びをして、固まった体をほぐす。

 

「んーっ」

 

すると、一夏が背伸びをしている間に片付けを終えたのか箒は山田先生の後を追うかのすぐに教室を出ていった。

なにやら少し慌ただしささえ感じる。

 

なんか授業のことでわからないことでもあったのか?

 

そんな風に考えながら、ぼっーとしていると

 

 

「さぁ、一夏さん!早速第三アリーナにいきましょう!」

 

目の前に現れたセシリア。

どうやら、練習から逃げることは出来ないらしい。

 

「へいへい」

 

重い腰を上げて立ち上がると、早く行きましょうと言わんばかりにセシリアが一夏の背中を無理やり押しながら教室を出ていく。

 

──第三アリーナ───────

 

スーツに着替え終わり、更衣室を出てアリーナに出る。視線の先に見えたISの姿。

 

(先客か?)

 

とりあえずそのISに近づいてみると、ISに乗っている人物もこちらに気づいたようで、振り替える。

 

「!!」

 

思わず一夏は立ち止まる。

その一夏後ろからセシリアもやってきた。

 

「それでは一夏さん…練習を始めって───箒さん!?」

 

 

驚いた様子セシリアに対し、箒はやる気を見せている。

 

「待たせたな一夏───訓練機の使用許可が下りたからな。」

 

IS『打鉄』───打鉄は純国産ISとして定評のある第二世代の量産型。安定した性能を誇るガード型で、初心者にも扱いやすい。そのことから多くの企業並びに国家、当IS学園においても訓練機として一般的に使われている。

 

「今までの練習では、近接格闘戦の訓練が足りていないだろう。ここで私の出番だな」

 

箒の武装は刀型近接ブレードを装備している。

それがまた箒にはものすごい似合っている。

 

(これで桃色の霊子甲冑を装備すれば───いや、それはいいとして)

 

 

(くっ……。まさかこんなにあっさりと訓練機の使用許可が下りるだなんて……誤算でしたわ)

 

しかめっ面で悔しそうにするセシリア。

 

 

「では一夏、はじめるとしよう。刀を抜け」

 

「おうっ」

 

気合い十分の箒。すらりと抜かれた刀越しに見える風格はまさに侍。凛としたその表情からは集中力が高まっているのを感じる。

 

「では──参るっ!」

 

──と、そこにつんざく声。

 

「お待ちなさい!一夏さんのお相手をするのはこのわたくし、セシリア・オルコットでしてよ!?」

 

言うが早いか一夏の前に割って入ったセシリアは、箒と真っ向から対峙する。

 

「ええい、邪魔な!ならば斬る!」

 

「訓練機ごときに後れを取るほど、優しくはなくってよ!」

 

箒の袈裟斬り。それをあらかじめ展開しておいたショートブレードの《インターセプター》で受け流すセシリア。剣撃の勢いを利用して間合いを取り、素早く片手でトリガー。

 

あれよあれよと言う間に二人は地上から離れ、空中戦を繰り広げる

 

──結局、こうなるのかよ。

 

少し呆れつつ二人の様子を見守る。

それと同時に箒のことで感心していた。

 

あんな雑な説明で本当に動かせるのかどうか怪しんでいたが、訓練機ながらも代表候補生であるセシリアに対して遅れをとっていない。

 

正直言って、専用機持ちの俺より乗りこなしている気がする。はぁ。

 

そんな落ち込んでいる一夏の後ろから声をかけられる。

 

「やっと見つけた」

 

その声で一夏は振り替えると、そこにいたのはセカンド幼なじみこと鈴だった。

 

「鈴じゃねぇか──どうした?」

 

「どうしたじゃないわよ全く───さぁ行くわよ」

 

「行くってどこへだよ?」

 

「アンタ久しぶりに会ったこのアタシをどこも連れていかない気なの?」

 

「いやいや、今訓練中だし」

 

「ぼっーと突っ立ってることが訓練なの?」

 

(辛辣だな…。)

 

「ほ、ほら、行くわよ!」

 

半ば強引に鈴さ一夏の手を引く。

 

「ちょ、鈴、痛ぇ痛ぇ」

 

強引に引っ張る手はなかなか力強い。

 

(鈴って…こんなに力あったっけ?)

 

そして、二人は第三アリーナから消えていった。

 

 

一方その頃、空中戦を繰り広げている二人は、お互いに睨み合い、地上にいる一夏に声をかける。

 

「一夏!何故、私を助けない!?」

「一夏さん!どうして見ているだけですの!?」

 

 

【返事がない。ただの無駄骨のようだ。】

 

 

もちろん、返事が返ってこないことに異変を感じ、二人は地上を見たが一夏が見当たらなくなっていた。

 

「い、一夏がいない!?」

 

「ど、どこに行かれましたの!?」

 

焦る二人、しかし何かを悟り、同時にお互いを睨みつける。

 

「セシリア!お前のせいだぞ!」

「いいえ!これは箒さんのせいですわ!」

 

ムムムムムムッ!

 

 

【そして、戦闘が始まった……! 】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月17日 放課後 その2

一夏と鈴は学園を出て、やってきたのは駅前のファミレス。

よく弾と鈴で集まり目的もなく、このファミレスで喋ってばっかいたときのことを思い出す。

 

もちろん、セシリアと箒のことも気になるが、もうここまで来てしまったのだ。怒られるのは、覚悟の上だ。

 

「ご、ご注文を伺います。」

 

この店員さんもいつもの人だ。いつも緊張した感じでなんかこっちも緊張してくる。

なんというかほっとけない感じ。それに可愛いし。

 

「あ、このシャキシャキサラダ一つください。ドレッシングはなしでお願いします。あとドリンクバー────」

 

「────以上ですね。か、かしこまりました。」

 

お決まりのメニューを店員に伝え、注文を終えると一目散に俺達の前から去っていった。

俺はドリンクバーに飲み物を取りに行くため立ち上がる。

 

「鈴はメロンソーダでよかったよな?」

 

「え、あ、うん」

 

「なら、持って来るから待ってろよ」

 

ドリンクバーで飲み物を注いで席に戻る。

 

「ほいよ」

 

「ありがと」

 

鈴は言っていた通りにメロンソーダ。俺は緑茶だ。

普段からドリンクバーだからと言ってジュースを飲むことが少ない。

 

「一夏。アンタ、女の子が前にいるのにあの店員さん見て鼻の下伸びてたでしょ?」

 

「い、いやそんなことないぞ!」

 

「どーだか」

 

凄い観察力だ。冷や汗が出て来る。

 

「でも、変わってないね、一夏。若いくせに体のことばっかり気にしてるとこ。頼むメニューも一緒だし。」

 

「あのなあ、若いうちから不摂生してたらいかんのだぞ。クセになるからな。」

 

「ジジくさいよ」

 

「う、うっせーな……」

 

テーブルに頬杖をついてなんだかにやにやとしている鈴は見透かすような目で俺を見てくる。

その視線がなんだか落ち着かなかった。俺のことをわかってるような眼差しは、妙に落ち着かない。

 

(こんなに可愛かったっけ……?)

 

最後に見たのが中二の冬。それから一年ちょっとしか経っていないのに、なんだかやかましいだけの印象だったが、今は『女の子らしさ』がそれとなく態度から感じられる。

女友達としてしか認識している部分が大きかったため、この変化は俺の心の男部分を揺さぶった。

 

「一夏さぁ、やっぱアタシがいないと寂しかった?」

 

唐突にメロンソーダに刺さっているストローをくるくるとかき混ぜながら上目遣いで俺を見つめる。

 

「そ、そうだな。やっぱ、久しぶりに会えたから一年ちょっとだったけど懐かしいよ」

 

見つめられる恥ずかしさから気を紛らわすため、飲みかけのお茶のグラスを飲んで鈴を視界から消す。

 

「懐かしいとか言っちゃう時点でジジくさい」

 

「お前なぁ…」

 

にやにやと笑みを浮かべて一夏をからかう鈴は、いつになく上機嫌で話を続ける。

 

「……ほらもっとないの?久しぶりに会った幼なじみなんだから、色々と言うことがあるでしょうが」

 

 

「急にそんなこと言われてもな。」

 

 

ムチャぶりにも程がある。

 

 

「例えばさぁ。中国代表候補生とか鈴、すごいな!とか。もっと言ってくれてもいいんじゃない?」

 

確かに言われてみればそうだ。いままで普通に幼なじみがいきなり、代表候補生として帰ってきたのだ。

久しぶりにあった友達がオリンピックの選手になっていたくらいすごい印象はあってもおかしくない。いや、それ以上かもしれない。

 

ISは今尚注目されているし、そして国の代表の一人として選ばれている時点でその実力はお墨付きと言っても過言ではないわけだし、並大抵ならぬ努力を重ねてきたに違いない。

 

 

「そうだなー。確かにすごいと思うわ」

 

「なによ。その取って付けたような言い方」

 

「いやいや、ほんとだって」

 

「ふん――ならパフェ奢ってくれるならその態度水に流す」

 

「ったく」

 

少々渋々気味ながらも指定されたパフェを注文する。

 

それから話した他愛もない会話。

なんだかあの頃の日常が戻ってきた気がした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月17日 夕方

ファミレスを後にして、二人は学園へと戻る。

すっかり日は傾き橙色の日が二人を照らす。

 

「ところで約束覚えてる?」

 

突然、鈴から話しかけられる。

 

「約束?いつのだ?」

 

「ほら、中学のときに別れるの時にした大事なやつ……覚えてるよね?」

 

急に顔を伏せて、ちらちらと上目遣いで俺を見る。心なしか恥ずかしそうにしている。

 

「そ、そんなのあったか…?」

 

「あったわよ!」

 

「いきなり言われてもなー。なんで、今するんだよ」

 

「そ、それは、大事なことだから!ちゃんと覚えてるか確認したいじゃん」

 

「うーん」

 

脳内の記憶を辿る。

大事なこと。大事なこと。大事なこと。

別れ際に…。

はっ!?

 

「ま、まさか!?」

 

その一言で鈴は俺の顔を見て期待の眼差しで見つめてくる。

 

 

 

「毎日アタシの豚になってくれる?だっけ?」

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

「いやーあのときは全く意味わからなかったけどまさか鈴にそんな趣味があるとは」

 

そういうセリフはセシリアが似合いそうだが、鈴も気が強い性格なので似合わないことはないだろう。

 

蝶の仮面、ちょっと胸が余り気味なボンテージを着用して手には鞭を持っている。

俺は土下座する形で鈴の前に座り、ヒールで背中をグリグリと踏まれる。

 

痛いと言うと無理やり猿ぐつわを口に押し込まれ何も話せなくなり、鈴には為すがまま。

 

うーん。悪くないシチュエーションだ。

 

世の中は、女尊男卑だしそういったプレイも珍しくはないだろう。

 

うんうん。と自分で納得するように頷いていると、

 

 

パァン!

 

「……へ?」

 

いきなり頬をひっぱたかれ、妄想から現実に引き戻されるが、いきなりのことで何が何だかよくわからない。

 

「…………。」

 

 

肩を小刻みに震わせ、期待の眼差しから敵意を向けるような怒りに充ち満ちた眼差しで俺を睨んでいる。しかも、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて、唇はそれがこぼれないようにきゅっと結ばれていた。

 

「あ、あの鈴。人にはいろんな趣味嗜好があるから俺は悪くないと思うぞ。俺も人生経験で一度は───」

 

その姿を見てすかさず、フォローしたつもりが、

 

「最っっっ低! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて!」

 

そこから鈴の行動は素早かった。

一夏から逃げるように目の前から消えていった。

 

 

 

「お、おい!鈴!────行っちまったか…。」

 

 

───泣いてた……よなあ。あれ、絶対。

 

 

「……約束。違ったんだろうな…」

 

俺的には一ミリもふざけてないつもりだし、大真面目に答えたつもりだったが、結果的に女の子を怒らせ、泣かせる結果になってしまった。

 

 

突然、一人になったことで孤独感にさいなまれる。

 

 

 

遠くではカラスのカァカァという声が聞こえて、余計に虚しさが増す一方。

 

 

「……帰るか…。」

こうして重い足取りのまま寮へと戻っていった。

 

もちろんこの後、箒とセシリアの二人からこっぴどく叱られ叩かれ、ある意味妄想のお仕置きが現実となるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。