この素晴らしい世界に本物を! (気分屋トモ)
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比企谷八幡は、悲劇にも死んでしまったらしい

はい、どうも気分屋トモと申します。
今回の作品が私の処女作品ですので至らない点、駄文、つまらない等あるとは思いますが、どうか暖かい目で見てやって下さい。
それでは、とりあえずどうぞ。

~追記~
何度目か分からない修正が入ってます。



 ――暗い。しかし、明るいとも感じる。そんな、矛盾が入り交じった空間に俺は居た。

 

 遥か果てまで続くような闇の空が上には広がり、白と黒のモノトーンな床からは神性な何かを感じる光の小さな球がふわふわと湧いては浮上していた。

 

 そんな光景は、どう見ても俺のいた世界とは似ても似つかない、非現実感で満ちている。

 

 ふと、自分の目の前に、やけに綺麗な女性が居ることに気づく。

 

 眩しい程に綺麗な白銀の髪。青い修道服のような服を身にまとったその女性は、とてもこの世の人間とは思えないオーラと共にあった。

 

 まるで、女神がそこに居るような、そんな感覚を俺は感じた。

 

「……ようこそ死後の世界へ。私の名はエリス。貴方に新たな道を導く者、いわゆる女神と呼ばれる存在です」

 

 そして彼女は、そんな自分が女神であると……え?

 

「比企谷八幡さん。貴方の人生は先程終わってしまいました……ごめんなさい」

 

「……え?」

 

 そうして、自分は既に死んでいるのだと、彼女は俺に、悲しそうに告げた。

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 ――――――

 

 俺の最後の記憶が流れてくる。

 

 それは、無事クリスマス会を乗り切ったということで行われた、一日遅れのクリスマスパーティの帰りだった。

 

「比企谷くん」

 

「ん?」

 

 俺の贈った、ピンクのシュシュが艶やかな黒髪に輝く。

 

 少し逡巡した後、彼女はその口を開いて言った。

 

「……メリークリスマス」

 

「……お、おう」

 

 突然投げ掛けられた言葉に、俺はそんな生返事を返すことしか出来なかった。気づけば、彼女は点滅しだした信号に気づいて、不思議そうに見ていた由比ヶ浜の下に戻ろうとしていた。

 

 俺は、この時密かに思っていた。

 

 今感じる思いを、俺は守りたかったのかもしれなかったと。彼女達と共に在れる、あの空間を、俺は大切にしたいから、悩んでいたのだと。

 

 そしてそれこそが、俺が絶えず求めていた”本物”なのかもしれないと。

 

 そんな時だった。そんな俺の、守りたかった、大切にしたかったものが、壊れそうになったのは。

 

 風が吹く。十二月の、肌に刺さるような風だ。思わず、その風が来た方向を見やる。

 

 雪ノ下が今渡る横断歩道の信号は、未だ青の光を点滅させている。

 

 ならそこを横切る車道の信号は? 当然、まだ赤のはずだ。事実、手前に見えた車は未だに止まっている。

 

 にも関わらず、そんな雪ノ下に向かうように、トラックはその横断歩道を横切ろうとしている。その先には、まだ雪ノ下がいるにも関わらず。

 

「雪ノ下ッ!!」

 

 初めて、大声上げて彼女を呼んだ。向こうに見える由比ヶ浜も、トラックに気づいたのか、雪ノ下を呼ぶ声が聞こえる。

 

 しかし、雪ノ下はその所為で、その場に立ち止まってしまった。どちらにも大声で示唆され、更にはトラックが迫ってくるという恐怖が、彼女の脚をその場に縫い付けてしまったかもしれない。

 

「くっ、間に合えッ!!」

 

 周りの速度が遅く見える。それくらいの速度で彼女の下に駆け付けた俺は、精一杯の力で飛び込んで突き飛ばした。抱えて向こうに行く余裕がないと、判断したからだ。

 

「キャッ!?」

 

 雪ノ下は勢いよく由比ヶ浜の方へ飛んでいく。その光景が、次第に、ゆっくり、そして鮮明に見えていく。表示の変わった信号が、迫り来るトラックが、彼女達の顔が、全て。

 

 あぁ、そうか、俺はここで死ぬのか。

 

 悟った瞬間も、俺は彼女達の顔を見ていた。

 

 由比ヶ浜が泣きそうな顔でこちらに手を伸ばそうとしていた。もし、届く程の位置にあっても、俺はきっとあの手を取ることは出来ない。彼女を巻き込むかもしれないからだ。

 

 思えば、由比ヶ浜が居てくれたお陰で、由比ヶ浜が見せる笑顔のお陰で、俺達はあの場所に戻れたんだったな。

 

 でも、俺はその度に泣かせてばっかりだな……悪かったな。約束も、守ってやれそうにない……。

 

 雪ノ下は、飛ばした俺を驚愕の表情で見ている。そして、彼女もまた、俺に手を伸ばしてくれている。けれどその手は、次第に飛ばされた勢いで離れていく。

 

 思えば、彼女との言葉のやり取りは楽しかったものが多い。罵倒から入ってしまう会話は、他の人間とは出来ない、特別なものでもあった。雪ノ下も、そう思ってくれていたのだろうか。

 

 お前は、あの陽だまりで見せる笑顔が、何よりも似合ってると俺は思っているんだ。初めて見た時は、見惚れて声も出ない程にだ。

 

 だから、そんな泣きそうな顔をしないでくれ……。俺が傷つくのは、いつものことだろ?

 

 トラックがもうそこまで来ている。俺達に気づいたのか、少しだけ進行方向が変わったように見える。良かった、少なくとも、彼女達を巻き込むことはなさそうだ。俺は逃れられそうにないけれど。

 

 そうだ。あれが迫って来る前に、これだけは。これだけは彼女達に伝えなければ。俺は死んでも死にきれない。

 

 言わずに後悔は、もうしたくないから。

 

「ありがとうな、二人共――」

 

 伝わっていればと、思う。けれど、その先の光景はない。

 

 きっと、そこが俺の最期の記憶なのだろう。

 

 俺が痛みを感じることはなかったのは、唯一の救いかもしれない。

 

 ――――――

 

 ――――

 

 ――

 

 

 

 

「……」

 

「……っぐ、ちく、しょう……!」

 

 俺は涙が止まらなかった。

 

 求めて止まなかった本物は、きっと守れた。

 

 でも、守れた彼女達の側に、俺はいない。俺という存在は、その死を以て消えてなくなるはずだ。

 

 けれど、彼女達は生きている。これからも、生き続ける。

 

 そしてきっと、彼女達の心に、俺の存在は傷として残り続ける。傲慢でないのなら、俺は彼女達が求めたものの中に含まれているからだ。

 

 それが、目の前で失われた。俺も、二度と彼女達に会うことは出来ない。

 

 その事実が、堪らなく悲しい。悔しい。

 

 時間はあった。機会もあった。けれど紡げた本音は、伝えられた本心は、一体どれだけあっただろう。

 

 後悔先に立たず。言葉だけ知っていて、それを見ない振りしてこの様だ。

 

 だから、こうして俺は、無様に泣いている。

 

「……比企谷さん」

 

「何だッ!」

 

 反射的に怒鳴る。気が立って仕方がない。理性なんてものはない。あるのは、止まらない後悔と、溢れてくる悲しさだけだ。

 

「ッ! ……すみません。配慮が至りませんでした」

 

 そこでハッと我に返る。彼女に当たっても、意味はない。それをした所で、俺の死は変わらない。

 

 そう気づいた時には、涙が止まっていた。

 

「あっ……その、すんません……」

 

「いえ。死んだ方は大抵そうなりますので、お気になさらず……」

 

 無様な姿を見られたのは、恥ずかしい。けれど、この感情も、今の記憶もなかったことになるのなら。そう考えたら、不思議とそれも許容出来た。

 

 思わず怒鳴ったことに対し、俺は彼女に謝る。彼女に非はない。なのに怒鳴り散らすのは筋違いだろう。死後であろうと、それは変わらない。

 

「いや、例えそうだとしても、貴女には無縁のことでしょう」

 

「ッ! それは、そう、ですね……」

 

 何より吹っ切れた。そう、俺は死んでしまったのだ。愛する小町。愛する戸塚。そして、"本物"の関係を共に望んだ彼女達とは、もう会えない。平塚先生や一色、陽乃さんや葉山一行に川崎、材木座ともだ。

 

 だから、多分これは、自暴自棄の思考に近い。

 

「死んだら終わりなんです。生き返ることはない。なら、積み上げてきたものも、意味がなくなる」

 

 彼女に続けてそう言葉を放つ。そして、その言葉が虚無的であることが、自分でも分かる。

 

 こんなにも、俺は女々しい奴だったのかと、救いようのない奴だったのかと、今になって知る。それが再び、こみ上げてくる後悔を増長させようとする。

 

「……俺はどうなるんでしょうか。やっぱり、綺麗さっぱり、居なくなるんですか?」

 

 それは多分、最後の足掻きだった。もしかしたら都合良く、どうにかする方法が何かあるのかもしれない。そんな、浅ましい願いが、都合の良い期待が、言葉になった。

 

 俺みたいな奴に、そんなことがある訳がないのに。

 

「……もし、どうにかなる方法があると言えば? 貴方はどうしますか?」

 

 しかし、返って来た言葉は違った。

 

 それは、初めて望みが、期待が裏切られなかった瞬間だった。

 

 そして、その質問の答は既に決まっている。

 

「絶対に、その方法を選びます。あの場所に帰れるのなら。彼女達に再び会う為なら」

 

 幼い頃から望んでいた。ずっとそれだけを願っていた。独りになっても、理解されずに除け者にされても、あるはずがないと断じられても、それだけは捨てきれなかった。

 

 そして、やっと見つけたのだ。易々と捨てて堪るものか。

 

「……貴方なら、そう言ってくれると思っていました」

 

 俺の答に、ボソッと何かを呟いて、彼女は微笑んだ。何と呟いたのかは、よく聞き取れなかった。

 

「それでは、一応順を追って説明します。貴方は、現在三つの選択肢が残されています」

 

「は、はぁ、そんなにあるんですか……」

 

 ぶっちゃけ、死後って生前の行いで勝手に決められるものばかりと思っていた。それが、選択制な上に三つもあるとは。

 

「一つ目は生まれ変わりです。同じ世界に記憶を消して新しい人間として生まれ変わることが出来ます」

 

「却下です」

 

 そんなものに今は興味がない。生まれ変わったら、ソイツはもう俺ではない別の人間だ。だから、却下だ。

 

「二つ目ですが、これは天国に行くことです。天国と言っても娯楽も何もない平和な場所で魂だけの存在となって静かに暮らすだけですが」

 

「……却下です」

 

「何でちょっと間があったんですか……?」

 

 いや、何もしなくても良いというのは大変魅力的な案でして……。正直少し揺れた。

 

 でも、それは結局生まれ変わりとさして変わりがない。よって、これも却下だ。

 

「お気になさらず……三つ目は?」

 

「はい、これが貴方が求めるものを得る為の手段なんですが……」

 

 こほん、とわざとらしく咳き込むと彼女は告げた。

 

「記憶を保持したまま異世界へ行き、魔王を倒すこと。これを成せば報酬として、神の権限により一つだけ"何でも"願いを叶えられます」

 

「っ――!?」

 

 死んでしまった俺が、もう一度あの場所へ行く為の試練を。

 

 魔王というと、ゲームに出てくるようなあの魔王だろう。主人公達が、数多の冒険と戦いを乗り越えてようやく勝てる、あの魔王だ。その言葉を聞いただけで、俺には勝てそうにない存在のように思える。

 

 けれど、それを乗り越えられれば、あの二人に会える。もう一度、あの場所で過ごすことが出来る。

 

 なら、俺の答は変わらない。

 

「女神様」

 

「はい」

 

「俺は、三つ目の選択肢を選びます」

 

「よろしいですか?」

 

 彼女は、最後の確認に、俺にそう問いかける。

 

 きっと、苦労するだろう。未知しかない世界のはずだ。ゲームの知識だけで、どうこう出来るのなら、他の人間が成功させていることだしな。

 

 それでも俺は、その道を行こう。後悔しない為の選択を、今するのだ。

 

「――はい」

 

 俺の返答に満足したのか、目の前の女神様はフフッと微笑む。

 

「……貴方が強い人で、本当に良かった」

 

「……?」

 

 何故か彼女はそう言って、俺を見る。俺のどこが強いのだろうか。見るからに雑魚キャラAみたいな風貌をしていると思うだが。

 

 そんな疑問を他所に、彼女は腕を上げると空間を撫でるように振り下ろす。すると、目の前に大量の紙束を召喚された。

 

「こ、これは……?」

 

「異世界に送る時に、その人が望む能力や武具を差し上げるのです。送ってすぐに死なれては元も子もないですから」

 

「ちゃんと考えられてるんですね」

 

 確かに、異世界に行ったからといって新たな能力が発現する訳はないだろう。肉体をそのまま転生するのであれば、能力はもちろんそのまま引き継がれる。そうであるならば俺は確実に死ぬ自信がある。ケンカとか出来る力なんざこれっぽちもないと自負出来る。それはそれでどうかとは思うが事実なので仕方ない。

 

「これらに書かれているのは神器です。伝説上の武具、神話上の武具。その他にも様々な物、いわゆるチートアイテムを転生者に与えることで、より魔王を倒しやすくなるようにするのです」

 

「攻撃力常時増加、みたいな能力も可能なんですか?」

 

「はい、勿論可能です。大抵は今の説明で武具を選んで転生されてしまう方が多いのですが……」

 

「いえ、武具とか奪われたらそれこそ元も子もないじゃないですか」

 

 何故武具が自分の下から離れないと思っているのか。鎧とかならともかく、単純に剣とか槍であったなら、敵に奪われた時が最も厄介だというのに。

 

「そうなんです……。途中で死なれてしまった方の神具は直接現世に降りなければ回収出来ないので、たまに魔王軍の者に渡ってしまうんですよね……」

 

「何て迷惑な……」

 

 でもよく居るんだよな。公共の席とかに座って飯食って後片付けせずに去っていく奴とか。後の人間のことを考えないというか、自分本意過ぎるというか。そういう奴には取りあえず俺はいつも全力でガン飛ばしてた。

 

「では比企谷さん。貴方には世界を崩壊させる危険性さえなければ、そのリストにある武器や武具など、望むものを()()、転生特典としてお渡しします」

 

「え、二つですか?」

 

 俺は彼女の言葉に驚く。この手のものは大抵一つだけのはずなのだが、彼女は二つ選べと言う。貰える物で使える物なら喜んで貰うのだが……何か釈然しない。

 

「……貴方の行動を見ていました。最後まで、他者のことを考えて行動する人間は、私は報われるべきだと考えます」

 

 言いながら彼女は俺の方へ近寄り、耳元でそっと囁く。

 

「なので、一つは私からの餞別です。……このことは内緒ですよ?」

 

 甘く囁くその声に、俺は思わずドキッとする。ボッチで気弱な俺にそういうのは効くので出来ればやめて頂きたい。可愛いくて優しい、更に俺なんかのことを心配してくれる完璧な女神なんかにやられた日にはうっかりでなくとも惚れそうになる。

 

「へっ!? か、かわ……」

 

「え? どうしました?」

 

 急に顔を赤くして離れる彼女に思わずショックを受ける。女神でもやはり俺に近づくのは嫌ですかそうですか。別に泣いてなんかないぞ。いや、本当に。

 

「い、いえ、お気になさらず……」

 

 彼女の態度の変化の理由が分からなかったが、元々他人の感情が読み取れない俺にはきっと理解出来ない。そう思って俺は手渡された特典候補が書かれた紙束を手に取る。

 

 が、厚い。凄く分厚い。何これ、チート能力ってこんなあんの?

 

 結局、特典を決めるまではかなりの時間を要することとなった。

 

その間に、話をする相手が欲しかったという彼女の願いに応える形で、少しだけ彼女と会話をすることになる。

 

俺みたいな人間と話をして楽しいとは、随分と人の好い人、いや女神だと思う。

 

途中表情が曇ったりしたのは、きっと何とも言えない俺の話に反応しかねたからかもしれない。それは、少しだけ申し訳なく感じた。

 

 

 

 

 

「決めました、エリス様」

 

 手に入れる能力を決めた俺は、彼女に異常に分厚い紙束を渡してそう告げる。

 

「はい、それでは特典はどんなものにしますか?」

 

 正直、かなり迷った。中二病時代の黒歴史を思い出すくらいには有名な武具や能力。どれも心惹かれるものだった。

 

 だが、誘惑に負けるなかれ。今までも俺と同じように、神具を選んで転生した者は大勢いると言う。そして、魔王討伐は今も為されていないとも言う。

 

 それはきっと、彼らの頼りの綱である神具に頼り過ぎるという状態が原因なのだろう。ゲームのように、強い武具を持っていれば、自分が強くなったと勘違いしてしまうからだろう。でもそれは、それを失った時にどうにも出来なくなるという危険性も孕んでいるのだ。

 

 ならば、頼っても問題ない、失ったり切れることのない能力的なものを選ぶ方が吉だろう。だから、俺はこれらを選ぶことにした。

 

「特典は、答えを出す者(アンサー・トーカー)無尽蔵の魔力(エンドレス・マジック)の二つでお願いします」

 

 瞬時に答を導き出す答えを出す者(アンサー・トーカー)。まさかあるとは思わなかったが、あるなら活用しない手はない。条件に制限はあるが、これほど頼りになる能力もないだろう。

 

 無尽蔵の魔力(エンドレス・マジック)は単純だな。魔法しか聞かない相手も多いらしい世界で、魔力がないとあっては困るし、答えを出す者(アンサー・トーカー)で自分を鍛え上げれば物理的な面は何とかなるだろう。なら、そっち方面を強くさせるべきだと思ったのだ。

 

 ……後はまぁ、魔法を使い放題というのに憧れる、男の性というのも若干入っていないでもない。

 

「承りました」

 

 エリスはそう言って頭を下げた後、指パッチンをした。

 

 すると、俺を中心として壮大な光の魔法陣が現れる。

 

 神々しい光が上下から照らし、それによって少しずつ俺の体が浮かんでいく。それはまさに人智を越えたものと言えるだろう。

 

「異世界での言語などは基本、この(ゲート)から送る際に自動的に読み書き出来るように設定されています。冒険者になるための、少しばかりの餞別もお渡しします」

 

「ありがとうございます、何から何まで」

 

「いえ、良いんですよ……本当に」

 

 本来なら得られない二つの能力を与えてくれた上に、未知の世界でも生きられるように配慮した行動をしてくれる。感謝する他ないだろう。

 

 しかし、そう言った俺の言葉に、彼女は少しだけ曇ったのが見えた。

 

その理由を、俺はきっと分からない。

 

「さぁ、勇者よ! 願わくば、これから現れるであろう数多の勇者候補たちの中から、貴方が魔王を打ち倒さんことを」

 

 その表情を引っ込めて、彼女は声高に叫ぶ。彼女の言葉に反応するかのように、魔法陣の光がより強くなる。

 

「必ず……戻るからな」

 

 その言葉と共に、俺はその場所から消え去った。

 

 ”本物”を取り戻す為の旅が、始まるのだ。

 

 

 

 

「……頑張って下さい、比企谷さん」

 

 その旅を案じる声は、誰もいなくなった虚空に消える。




はい、どうでしたでしょうか?
面白くない? 辛いなぁ……。
でも、どう面白くないかを教えてくだされば改善する(かもしれません)。
二話を少しの時間差で投稿しますので、よろしければそちらも見た後での感想、ご意見、不備の指摘など、待ってます。
ただの誹謗中傷は私の執筆進行にダイレクトに響く可能性がありますのでボタンアメ程度にオブラートを包んで頂ければショックは和らぐかもしれません。
答えを出す者(アンサー・トーカー)は金色のガッシュ!!から
無尽蔵の魔力(エンドレス・マジック)は作者がMP無限をカッコよく言おうとした結果です。我ながらセンスゼロですね。


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比企谷八幡は、意外にも異世界では好印象らしい

はい、どうも気分屋トモです。好きなものはラーメンです。(関係ない)
好印象(当社比)です、はい。
ここで言ってはネタバレになってしまいますのでとにかく見て頂きましょう。というか見て下さい。お願いします。
それではどうぞ。

~追記~
加筆修正しました


 転生を行ったことによって生じた、浮遊感とは少し違う何とも言えない感覚を味わっていると、急に地面が姿を現す。それに伴い、本来の平行感覚が復帰する。

 

「おっ、っと、っと」

 

 ふらつきながらも、何とか転ぶことなく俺はその場に降り立った。我が足着く感覚がここまで落ち着くのはこれっきりにしたいものだ。

 

 周囲の光景に目をやる前に、俺はすぐさま体のあちこちに手で触れる。

 

 手足がある。体はどこも痛くない。トラックに轢かれたはずの体には、どこにも支障がない。ご丁寧に、死ぬ直前に着ていた総武高校の制服がそのまま身に纏われていた。荷物はないが、あちらの物を持ち込む訳にはいかないのだろう。そう思うと自然と納得がいく。

 

 目が動く。鼻が利く。耳が聴こえる。腕や脚は思い通りに動いてくれる。頬を抓れば痛みを感じる。五感も万全だ。

 

 そこまで確認して、俺は改めて目の前の光景に目をやった。

 

 赤い屋根が特徴の石造りの家が立ち並び、道行く人はシーツのような布を縫い合わせたような服――恐らくローブと言われる服――を着ている。所々に剣や槍、杖を持っている人間が見られるが、きっとあれがこの世界における冒険者なのだろう。

 

 少し歩けば、馬車を見た。木造の四輪馬車は大きめの幌の屋根で覆われ、数人が乗るには申し分のない程度の大きさだ。

 

 また、綺麗に作られた石造りの道を道なりに進むと澄んだ川を跨ぐ橋も見られた。透明度が高く、あれを飲み水として差し出されても違和感なく飲むことが出来そうだ。生水は怖いらしいので遠慮すると思うが。

 

 こんな光景は絶対に日本では見られない。文字通り、世界が違う。価値観等も、恐らく噛み合わない程に違うだろう。

 

「……夢、じゃないんだよなぁ」

 

 夢ではなく、俺は現実としてこの世界に転生してきた。それを、改めて実感させられた。

 

 それは同時に、俺は本当に一度死んでいることを自覚させた。

 

 異世界転生。空想の類としてしか見ていなかったものを、俺はこの身で経験することになったのだ。

 

「……意外と、寂しいもんだな」

 

 小町はいない。戸塚もいない。雪ノ下や由比ヶ浜、一色に平塚先生もいない。憎らしい葉山も、その一行も、普段は鬱陶しく感じてきた材木座すらこの世界にはいない。

 

 思いの外、俺はその事実に喪失感を感じているようだ。それに気づき、思わず笑ってしまう。独りを望んでいたのは、どうやら口だけのようだったらしい。

 

 彼女達に言えば、一体何と言うのだろうか。

 

 話したかったこと、聞いて欲しいことが、今ではたくさんある。また、彼女達のことも話して欲しいと、聞きたいと、そう思っている。

 

 今はまだ、それは出来ない。どれだけ待たせるかは分からないが、それを叶える為に、俺はここに来たのだ。

 

 彼女達にもう一度会えるかもしれない。その機会があるだけ、俺は恵まれている。

 

 賽は投げられた。後は運任せだ。やるだけやるしかない。

 

 今まで色んなものを取りこぼした分、手に入れられるものは多いはずだ。しっかりと、その分拾っていくとしよう。

 

「そうと決まればまずは情報収集を……」

 

 自身を取りあえず納得させ、俺は今後の方針を考える。思えば、能力を与えられたが、詳細を聞くのを失念していたし、何から始めれば良いのかも聞いていない。だから、自力でどうにかするしかないだろう。

 

「おい、そこの変な服装の兄ちゃん」

 

「は、はい!?」

 

 そこに突然、低く野太い声が俺を呼ぶ男がきた。変な服装というのは多分制服のことだろう。合成繊維なんてものは、ここではオーバーテクノロジーにあたるものだろうし、旅人に見える格好でもないだろう。

 

 その呼び声に、何の準備もせずに振り向いたことに、俺は心底後悔した。

 

「見ねぇツラと服装だが、他所から来たのか」

 

「は、はい、そうでしゅ……」

 

 一目見て竦み上がりそうな程に(いか)つい顔と、それに似合ったモヒカンとスキンヘッドを合わせた髪型をしている。カーキ色のサスペンダーと、世紀末でも生きられそうな屈強な体に黒の肩パッドを装備しており、その威圧感は怒った平塚先生と同じくらいだ。あれ、そう考えると大したことないように感じるな……。

 

 男は俺の体を上から下まで見まわし、何かを考えた様子で顎に手をやる。もしかすると、カツアゲ出来そうかどうか考えているのだろうか。俺、あんま金持ってないはずだぞ?

 

「やっぱりな。冒険者志望だろ? この先にウチの街のギルドがある。これ持って冒険者登録してきな、新たな勇者よ」

 

 しかし、彼の行動は俺の予想とはかけ離れたものだった。

 

 彼はギルドのある方向へ指差しながら説明してくれると、何かが入った袋をこちらへ投げてくる。慌てて受け取ると、それが金銭の類であることが分かった。

 

「え……何で、俺に?」

 

「何、神託があったのさ。今日、世界を救う勇者が現れる。その門出を祝うべし、ってな。きっと、お前さんのことだろうと思ってな。金は冒険者登録料と、数日分の生活費くらいは入っている。何かしらの形で返してくれれば、それで良い」

 

 武運を祈ると、それだけ言うと彼は笑いながら去っていく。その後ろ姿を、俺はただ見ることしか出来なかった。

 

 神託と、彼はそう言った。これが、多分エリス様の言っていた餞別のことだろう。

 

 だとしても、俺みたいな見ず知らずの人間に無償で金を渡すというのは、まず出来ない。それを笑って出来る彼は、紛うことなき善人だ。

 

 そんな行為を受けたのは初めてだ。無償の善意が、これほどまでに嬉しかったことはない。思わず、泣きそうになる。

 

 しかし、そこはグッと堪えて、俺は彼から貰ったお金の袋をポケットに仕舞う。この金は、出来るだけ無駄遣いせず、大切に扱おう。そして、倍くらいして彼に返そう。名前は知らないが、この街に居ればきっとまた会える筈だ。

 

 そう決心し、俺は先程教えてもらったギルドがある方向へ歩き出す。

 

 そこにも良い人が居るのだろうか。気づけば俺は、密かにそんな期待を胸に抱いていた。

 

 

 

 

「し、失礼しまーす……」

 

 ギルドと思しき所に着いた俺は、そこにあるやけに大きい扉を押して中へと入る。

 

「あ?」

 

 そんな俺に、ガラの悪そうな人間、人の好さそうな人間、遠くからでも伝わる程に負のオーラをまき散らした人間。老若男女問わず、一斉にこちらへと視線を向ける。

 

 この瞬間、即座に帰りたくなったが、帰る場所もなければそもそも頼るあてがない。先程金をくれた人に頼るのも申し訳ないから、実質手詰まりだ。だから、その衝動を抑えて行くしかない。

 

 一心に浴びる視線を出来るだけ見ないようにしながら、俺は空いていた受付らしき所へ行く。

 

「すみません、冒険者登録をしたいのですが……」

 

「はい、冒険者登録をご希望ですね」

 

 俺はそこで気づく。その受付に居た人が、綺麗な女性だったのだ。それに気づいていた時には、主に男性陣からの視線がより鋭くなっていた頃だった。多分、ここで人気の人なんだろう。より居心地が悪くなった俺は、早急に終わらせるべく話を進める。

 

「登録料は千エリスになります」

 

「登録料ってこれで足りますか?」

 

「はい、金貨二枚で大丈夫ですよ」

 

 俺は先程の男性から貰った袋からエリスと呼ばれる硬貨を取り出した。どうやら、この世界の通貨単位は、あの女神様の名前らしい。ということは、宗教としても割と一般的ななのかもしれない。

 

「はい、確かに千エリス頂きました。それでは、こちらの紙に必要事項を記入して下さい」

 

 受付の女性は料金を確認すると手慣れた様子で進めてくれる。名前、年齢、性別、etc……。意外と記入事項は多かったが異世界から来たことがバレるようなものはなかった。

 

 ただ、自身の特徴も書くというのはどうなんだろうか。目が腐ってるとか書けばいいのか? ん? どうなんだ? 言ってて悲しくなるわ。

 

「はい、書き終わりました」

 

 結局俺は特徴に目の腐り、ついでに一子相伝のアホ毛も書いておいた。これで文句はないよな?

 

「はい、ヒキガヤハチマンさんですね。それでは、こちらのカードをご覧下さい」

 

 彼女はそう言うと何かのカードを取り出してきた。

 

「これは?」

 

「冒険者となる貴方へお渡しする冒険者カードです。自身の職業やステータスなども書かれていますので他の街へ行かれても身分証明などにも利用出来ます」

 

 ほう、意外と便利なもんなんだな。流石異世界。しかし職業はまだしもステータス?

 

「冒険者カードには選んだ職業やモンスターを倒すことによって得られる経験値などで上がるレベルなどに応じた様々な能力を数値化して表示します」

 

 どうやら、この世界ではステータスが数値化されるのが当たり前らしい。ゲームのようだとは思うが、それに何か言ったところで変な人扱いされるのがオチだろう。大人しくスルーしておこう。

 

「それではヒキガヤさん、こちらの機械に十秒程触れて下さい。このカードに、貴方のステータスを記述します」

 

 すると今度は、綺麗な青色をした機械を持ち出してきた。ステータスを読み取って反映する投影機のようなものらしい。初めて見る異世界感満載の機械に、内心心が躍るが、それは表に出さないように平静を装う。

 

「こうですか?」

 

 俺は言われた通りその機械に触れてみる。すると、直ぐに読み取りが始まったのか、機械は淡い光を出して動き出す。

 

「おお……!」

 

 その非現実的な光景に俺は驚きを隠せない。思わず感嘆の声が漏れる。

 

 そして、十秒程経つと機械は光を失って最初の状態に戻る。どうやらこれで終わりのようだ。

 

「はい、もう離しても大丈夫です。今のでこちらに……って、ええええ!?」

 

 俺にカードを見せようとしたところで、彼女は突然、声を上げる。その声で、再び俺に視線が集まってしまう。何もしてないんで取り合えず威嚇するの止めて頂けませんかねそこの冒険者さん。

 

「何ですかこのステータス!? どの数値も上級職レベルじゃないですか!? しかも、知力と魔力に関しては文字通り桁外れですよ!?」

 

 俺が周囲に気にしているのに気づくことなく、彼女は何故か俺のステータスを大声で読み上げていく。ちょっと? 目立つんで止めてくれない? というか、何人のステータス勝手にバラシてくれてんの? お陰で別の意味で注目され始めたじゃねぇか。

 

「あの……」

 

「あ、あぁ! 失礼致しました。その、あまりに異常なステータスでしたのでつい……」

 

 流石にどうにかしなければと思って声をかけると、彼女は我に返った。どうやら、気が動転してしまう程のステータスらしい。チートを授かっているから、当然っちゃ当然だが、イマイチ実感がないので何とも言えない。

 

「コホン。それでは、何の職業を選びますか? ヒキガヤさんのステータスであればクルセイダー、ルーンナイト、魔法剣士など、大抵の上級職にも就けます。オススメはやはり魔力量が高いので後方支援のアークプリーストか、攻撃重視のアークウィザードですね」

 

 調子を戻す為に軽く咳をして、彼女は話を戻して進める。その内容は、冒険者内での職業とやらだった。

 

 どうやら、一口に冒険者と言っても、それにはいくつか種類があるらしい。先程並べたものは全て上級職と言われる高ステータスの人間しか就けないもので、それ以外にも職業はあるらしく、どれでも自由に選べるらしい。

 

 ただ、現状どれが一番良いのか、というのは判断しかねるものだった。選択肢が増える分、選ぶのも難しいのだ。

 

 こういった時の為の能力があるんだが、生憎使い方が分からない。俺の記憶が正しければ、疑問と”思う”ことで答が出るはずなのだが……。

 

「……答えを出す者(アンサー・トーカー)

 

 試しに、呟いてみる。すると、直接脳内に答が浮かんできた。

 

 慣れるまではしばらくこの方法で使うとしよう。他の方法も思いつかないしな。

 

「アークウィザードでお願いします」

 

「はい、アークウィザードですね!」

 

 ”どの職業が俺に最適であるか”という疑問に、答はアークウィザードと出てきた。だが、それと同時にその”理由”も理解した。

 

 ステータスの内、高い知性と魔力量を要求されるのは先に勧められた二つだ。そして、俺は特典として貰った能力により、両方のステータスがぶっ飛んでいる。だから、選択するなら確かにこの二つの内のどちらかだろう。

 

 アークウィザードは支援魔法を習得できない。職業によって習得できるスキルに制限が設けられている為だ。だが、その分魔法での攻撃手として申し分のない威力を発揮するだろう。

 

 しかし、アークプリーストは基本的に支援が目的である為俺以外の誰か、つまり()()()()()()()でその真価を発揮するのだ。

 

 だが、俺にはその仲間を作れるだけの能力がないと出た。自分で言うのも何だが、事実なのでどうしようもない。

 

 加えて、俺は特典によって能力を得た()()()であるということを、この世界の人間に知られてはならないのだ。俺の他にも転生者は居るとは言っていたが、正直手を組める人間性があるとは思えないし、そもそもどこに居るのか分からない。俺のように前世(あっち)の服装をしているなら見つけられるかもしれないが、そんなのを探すより自分で実力をつけていった方が余程効率的だ。

 

 よって、仲間を作らなくても俺の能力を最大限活かせるのはアークウィザードという訳だ。我ながららしい理由だ。

 

「それでは、冒険者ギルドへようこそ、ヒキガヤさん! スタッフ一同、今後の活躍に期待しています!」

 

「おおおおおおおおおお!!」

 

 受付を終え、彼女の祝詞が俺に投げかけられたと共にギルド内の人間が大声を上げる。その様子に、思わず目を疑う。

 

 見れば、最初の余所者に対する警戒の目はもうない。あるのは、魔王を倒すかもしれないという存在に対する期待と喜びだ。その対象が俺であるというのは、何ともむず痒い。

 

 だが、これが新たな門出を祝うものであるのなら、それは素直に受け取るべきだろう。俺の冒険者人生は、確かにこの瞬間から始まるのだから、間違ってはいない。

 

 第二の人生は、世界を救うチート持ち勇者。一度目の人生より、随分と俺に優しい設定じゃないか。

 

 だから、サクッと終わらせて帰ろう。小町の待つ家へ。彼女達が居るあの場所へ。

 

 何だかんだで、大切に想う人間の居る、あの世界へ。

 

「あ、そういえば宿についてですが、馬小屋であれば無料でご利用出来ますのでどうぞお使い下さい」

 

 ……そのための、俺の馬小屋生活が、今始まる。




どうでしたでしょうか?
八幡、頑張ってもいいこと少ないからこの世界(作者の妄想の世界)では良いことあってもいいと思うんだ。
あと、これは完全に作者の落ち度なんですが、私はガッシュ、俺ガイルはアニメ、原作共に所有しているのですが、このすばだけはアニメで得た知識以外は基本他の投稿者様達を参考にさせて頂いていますので、「これ違う!」みたいな指摘がありましたらどうぞ忌憚なく送って下さい。
また、投稿ペースは亀の進行速度より遅い可能性が非常に高いです。期待はせず、たまに見たら「あ、コイツ投稿してる」くらいの感覚で見て頂けると幸いです。


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かくて比企谷八幡は、残念パーティと邂逅を果たす

はい、どうも気分屋トモです。この前ヴァイスのリゼロ2パック買ったらレムのサインが出てご機嫌です(だから関係ない)
もう三話目で大丈夫か?って思う人もいるでしょう。他の投稿者様と比べて大分早いペースですしね。大丈夫、今にグンと投稿ペースが落ちますので(何も大丈夫ではない)
今回はタイトル通り彼らと会う話です。面白くなるよう努力はしたつもりです。
また、これからの話は文字数がかなり増えます。下らない会話増やしてるからだけど後悔はしてない。
それでは、どうぞ。

~追記~
加筆修正しました


 転生から一夜明けての早朝。馬糞の匂いで目覚めてしまい目覚めは最悪だが、これも一種の経験として割り切ろう。そんな朝を迎えた馬小屋生活一日目。

 

 昨日は肉体的に、というよりは精神的に疲れていた為、すぐに何かをすることなく、そのまま案内された馬小屋で寝ることにした。

 

 言葉にすれば簡単だ。俺は死に、転生し、ここに居る。

 

 けれど、それを心で納得するだけの余裕は、どうも俺にはなかったらしい。だから、俺はその辺りの整理をする為に、休息を取ることにした。

 

 そして、目覚めた時には不思議と納得している自分がいた。今では割り切って、前を見れる。

 

 希望があるのとないのでは、どうやら気持ちの持ちようが違うらしい。こちらに来てから、随分と学ぶことが多い気がする。

 

「さて、と」

 

 俺は馬小屋から出て軽くストレッチをする。時計がないから分からんが少し日が出ているからきっと六時くらいだろう。涼しげで新鮮な朝の空気は今まで生きてきた中で一番美味かった。やはり、人工物だらけの都会とは大違いだ。

 

「とりあえずギルドに行ってみるか……」

 

 未だ右も左も分からぬ異世界。能力に頼って最短ルートを行くのもいいが、やはり最初くらいは地道にやろう。金もあまり使いたくはないしな。

 

 ストレッチを手早く済ませて、俺はギルドへ向かうことにした。

 

 

 

 

 普段の俺であれば絶対に起きないし起きたくない時間帯だというのに、ギルドは既にいくらか人が集まっていた。冒険者というのは皆早起きなのだろうか?

 

「ん?」

 

 そんな人の中で一人、異常な違和感を醸し出す人間がいた。

 

 ソイツは肩パッドやプレート、大剣や杖といったファンタジー感溢れる世界の中で、一人だけ緑色の()()()()を着ており、何故か負のオーラを身にまとって机に突っ伏していた。

 

「アイツ、もしかして転生者か?」

 

 この世界の技術は見た感じ中世のヨーロッパとそんなに変わらない。機織りで作られたような手作り感溢れる服が一般的で、俺やアイツのような合成繊維の塊のような服は存在しないはずだ。それこそ、転生でもしない限りは。

 

 ならば、答は是である。彼は間違いなく転生者であり、関わると絶対に面倒なことになるタイプの人間だ。俺と似て非なる負のオーラ出せるとか絶対ロクな奴じゃない。俺の八万あるスキルの内の直感がそう告げている。この世界だと割と習得出来そうで困るな……。

 

 俺は彼の視線に入らぬようにそそくさと受付へ向かう。一応、前の世界で培ったステルスヒッキーも意識して。

 

「あの……」

 

「あ、ヒキガヤさん! 今日はどのようなご用件で?」

 

 しかし、それを意識し過ぎたが故に、俺は昨日の受付嬢が居る受付の前に行ってしまったことに遅れて気づいてしまった。というかこの綺麗な人、こんな早くから受付やってんのか。

 

「え!? そ、その、ありがとうございます……」

 

「え、何がです?」

 

 今更受付場所を変えるのも気が引けるとか思っていると、何故か受付嬢は嬉しそうに頬を赤らめて俺にお礼を言いだした。特に何かした覚えはないのだが、一体何に関してのものだったのだろうか。思考とか感情は答えを出す者(アンサー・トーカー)でも理解出来ないから困るんだよな。

 

「い、いえ! 何でもありません! それで、ご用件は……?」

 

「あ、そうでした」

 

 色んなことに気をとられて本来の目的を忘れてたわ。危ない危ない。

 

「何か駆け出し冒険者向けの、簡単な仕事ってありますか?」

 

「はい、駆け出し冒険者向けですね。でしたら、こちらの依頼はどうでしょうか?」

 

 すっかり元の調子に戻った彼女はそう言って、引き出しから取り出した羊皮紙か何かで書かれた紙を見せてくれる。

 

「ジャイアントトード三匹の討伐というのはどうでしょう。報酬はジャイアントトード一匹につき一万エリス、買い取りで五千エリスとなりますので四万五千エリスになりますが、それ以上狩ったとしてもそれだけ報酬は加算されるだけですので討伐数までという制限はありません」

 

 ほう、意外と高いんだな、このモンスター。名前から察するにデカい蛙っぽいが。

 

「討伐数は冒険者カードに自動で記載されます。そして、モンスターを倒したりして得た経験値でレベルが上がり、レベルが上がると獲得出来るスキルを得るためのポイントが増えますので頑張っていっぱい倒しましょう!」

 

 そう言って彼女はグッと胸の前で拳を作る。彼女のたわわなモノもそれに合わせて揺れるので大変眼福……ゴホンゴホン。

 

「じゃあ、とりあえずその依頼? を受けます。そのモンスターってどの辺りにいますか?」

 

「承りました。ジャイアントトードは街を出ると結構色んな所にいますので探す必要はあまりないかと。最近、頭のおかしい爆裂娘とやらが爆裂魔法を撃つ所為で目覚めたジャイアントトードも多いそうですし」

 

「頭のおかしい爆裂娘?」

 

 何その物騒な名前。絶対危ない奴じゃねぇか。人がゴミのようだとか口走っちゃうの? それはどっかの大佐でしたね。

 

「一日一回、爆裂魔法と呼ばれる高威力広範囲の魔法を放っては騒音被害や生態系の破壊などを引き起こしている女の子のことです」

 

 おい、本当に駄目なやつじゃん。ある意味モンスターより性質(たち)悪いんじゃねぇのそれ?

 

「ま、まぁ駆け出しの街、アクセルですから、仕方ないこともありますよ」

 

 そう言ってフォローする彼女だが、顔が若干引きつってる。きっとかなりの問題児(トラブルメーカー)なんだろうなぁ。

 

 会わなければいいなぁ。そんな不安と共に、俺は街を出ていくことになった。

 

 

 

 

「エクスプロージョンッ!!」

 

 そして、その不安はすぐさま的中したのだった。

 

 どこから聞こえたその声と共に、辺り一面が爆炎に包まれた。

 

 その方を見やれば、典型的な魔法服を来た少女が決めポーズを決め、倒れていた。

 

 爆発によって、辺りに居たであろうモンスターは跡形も無く消えていた。何なら一部の地面が諸共消えているので、あの爆発を起こした魔法こそが爆裂魔法というものであり、その使い手が件の頭のおかしい爆裂娘、ということになる。

 

 そういえば、この世界では十四歳から成人と認めれるらしい。だから、一見子供にしか見えない彼女も、もしかしたらこの世界では成人の部類に入るのかもしれない。だがそれは、個人的に何か納得出来ない。

 

 そんなことを考えながら、俺は改めて目の前のモンスターを見やる。

 

「ゲロゲロ」

 

 ジャイアントトードというこのモンスター。想像してはいたが……うん、デカい。ウシガエルとか比じゃないレベルでデカい。軽自動車くらいあんじゃねぇか?

 

 受け入れがたい現実の光景に少し戸惑っていると、ジャイアントトードと目が合った。

 

「あ」

 

 ヤバイ、捕食される。そう思った俺は不格好な構えで相対する。

 

「か、かかってこいやぁ……」

 

 我ながら情けない声が出た。あぁ、これ絶対食われるわ。目の端に先程の少女が食われているのも見えるわ。え、ちょっと大丈夫? 食われても大丈夫なの?

 

「ゲコ?」

 

 しかし、ジャイアントトードは俺を見ても何故か襲って来ない。というか、むしろ俺にすり寄ってきた。え、何で? あと何か生臭い!

 

答えを出す者(アンサー・トーカー)

 

 俺は一応能力を使って聞いてみることにした。相手に伝わるように、言語は彼らと同じものだ。

 

『どうして俺を捕食しないんだ?』

 

『何か仲間みたいな雰囲気がするんだー』

 

 悲報、俺はどうやら蛙から見ても蛙っぽいらしい。存外、俺がヒキガエルって呼ばれてたのは的を射ていたらしい。非情過ぎる現実に号泣しそう。あ、ちょっと涙出てきたわ。

 

『最近は冬眠から目覚めてもすぐキミみたいなヒト達に殺されちゃうんだー』

 

『まぁ、モンスターだしそんなもんだよな……』

 

 なんか、モンスターも大変なんだなぁとは思う。普通に生きてるだけなのに殺されちまうとか、迷惑もいいとこだろうに。

 

 まぁ襲わなかった礼だ。このまま逃がしてやろう。

 

『とりあえずここいらの平原はやめとけ。他の冒険者に殺されちまうからな』

 

『分かったー』

 

 俺の言葉を素直に聞くとジャイアントトードは意外にも軽やかにピョンピョン飛んでいった。何かあれだな、喋った所為で殺しにくいなぁ……。

 

「ゴッドブロォーッ!!」

 

 ふと、そんな感じで逃げていく後姿に、光をまとった拳で物申す奴が現れた。

 

 水色の神は水のように流れてその美貌を際立たせる。何かの技なのか、拳は神聖さが感じられるものをまとっている為、まるで女神のようだと少しだけ思った。

 

「ゲコ? ゲコ」

 

 だが、無情にもそんな彼女は見事に捕食された。どうやら拳はあまり効かないらしい。一つ良いことを知った。

 

「だから食われてんじゃねぇーッ!!」

 

「ん? ゲッ……」

 

 そう叫んで走ってきたのは、今朝ギルドで負のオーラを拡散してたジャージの男だった。今は負のオーラではなく、捕食された彼女に対する安否と、何勝手に食われてんだという怒りが感じられた。

 

 駆け付けてきた彼はその勢いのまま、ジャイアントトードに斬りかかる。捕食中だからか、切られいても全然動かない。いや、純粋に攻撃力がないのか?

 

 ここで、彼女より先に捕食されていた爆裂娘のことを思い出した。さっきの方を見れば、どうやらまだ捕食されているようだった。

 

 ただ、徐々にその捕食が進行していき、ジャイアント・トードの口から見える彼女の体は次第にその口に飲まれていく。出られないのか固まったままだ。

 

「おい、そこのアンタ!」

 

 そんな感じで呑気に見ているとジャージ男から声をかけられる。

 

「何だ?」

 

「悪いが、そこの捕食されかけてる奴を助けてやってくれないか!? 他の蛙も来てるから下手したら俺達も食われちまう! アンタ見たとこ転生者だし、何か能力持ってんだろ!?」

 

 そう叫ぶジャージ男の周りには、確かに蛙達が捕食せんと近寄って来ている。普通ならアイツらは無差別に人やら何やら、エサと思えば食うっぽいからな。その考えは頷ける。だが、それで俺が手伝う理由にはならない。

 

「確かに転生者だが、それこそお前も転生者なんだろ? チート持ってねぇの?」

 

 彼が転生者という言葉を発した以上、彼もまた転生者であると言える。そうであれば、どれだけ楽観的な奴であっても、何かしらの対抗手段を持って――。

 

「持ってねぇ! 最悪なことに、目の前で捕食されているコイツが俺の特典だ!」

 

「……冗談だろ?」

 

 一体彼は何を特典としたのか。思わず生じた疑問に、俺は迷わず能力を使うことにした。

 

答えを出す者(アンサー・トーカー)

 

 そして、その答を見て、愕然とした。

 

「……お前、そこの()()を”特典”として選んだのか。それは流石に思いつかなかったぞ」

 

「なっ!? 何でそれが!?」

 

 あの場で貰える特典は、転生者が望む()()であり、その()()の詳細は世界を滅ぼすようなものでない限り何でも良い。確かにそう言っていた。

 

 しかし、まさか転生させる女神本人をそれに選ぶとは……。選べることにも、選んだ彼にも驚きだ。

 

 だが、彼自身もその特典が()()だとまでは思わなかったのだろう。女神が蛙に捕食されるとか、まず思いつかないし、想像したくない。

 

 ……彼と話してみるだけの価値はあるな。

 

「悪いが、攻撃を止めてくれ。ちょっと話す」

 

「は、話す!?」

 

 俺の言葉に驚く彼を無視して、現在女神を捕食している蛙に近づき、話しかける。勿論、伝わるように。

 

『なぁ、出来ればソイツを食うのはやめてやってくれないか?』

 

『えー、せっかくのエサなのにー。美味しいよー?』

 

『いや知らんけども。多分ソイツ、食ったら体壊すから、オススメはしないぞ?』

 

『そっかー。じゃあやめとこうかなー』

 

 ペッ、とジャイアントトードは素直に捕食中の女神を吐き出してくれた。体中が、蛙の粘液塗れで。

 

「す、すげぇ……」

 

『ありがとな。北側の方が冒険者が少ないみたいだから、そっちに逃げな』

 

『わかったー』

 

 とりあえず、素直なコイツの頭を撫でてやる。何か愛着湧いてきたわ。育てる気ないけど。

 

 手を放すと蛙はまた軽やかにピョンピョン飛んでいった。やはり圧巻されるな、あの絵面。飛ぶ度に振動が伝わってくるし。

 

 その後、俺は他のジャイアントトード達も帰らせた。被害を出さなければあれも可愛いもんだろう。

 

 

 

 

 その結果、ジャイアントトードを狩れなかった俺は、粘液塗れになった少女達を連れたジャージ男、佐藤和真と共に街へ戻ってきていた。

 

 いくらか話したところ、佐藤はどうやら一月程前にこの世界に転生してきたとのことだった。年は俺より二つ下らしいが、変な敬語を使われるのも面倒なのでタメ口にしてもらっている。

 

 そんな佐藤だが、聞くと死んだのは四月の半ばだったらしく、ここではまだ半年も過ごしていないという。十二月の末に死んだ俺と微妙に時差があるようだが、その辺りは異世界だからで片づけるしかなさそうだった。

 

「しかし比企谷、あの蛙と喋ってたの何の能力なんなんだ?」

 

「あぁ、あれか。まぁ、何だ。理解する、という能力を応用しただけだ」

 

「理解する能力?」

 

「有体に言えば”答”が分かる能力だ。制限があるが、大抵のもんなら分かるし見抜ける。お前の死因も勿論把握した」

 

 そう、実はさっきこっそり能力使って調べてみたのだ。嘘言ってる可能性が捨て切れんかったからだが、死因は割と残念なもんだったし、敵対意思はないと思われる。尤も、単純な人間性は疑わしいままだが。

 

「おぉい待ってくれ! それは言わないでくれよ、頼むから……」

 

 そう言って顔を俯かせる佐藤の表情は暗い。まぁ、可哀想だし深くは触れてやるまい。

 

 それに、今は少し疲れている。初めて長時間使用したからか、どうやら脳が悲鳴を上げているらしい。まだ能力が体に馴染んでいないのだろう。少し前から頭痛がする。

 

 今後は使用していくことで慣れるだろうが、あまり多発はしないようにしよう。その辺りも、明日頭痛が引いたら考えるとするか。

 

「でも良いなぁ、特典。俺もちゃんと選べば良かったよ……。こんな奴じゃなく」

 

「ちゃんと選んではなかったのか……」

 

「うっ……グスッ……グスッ……」

 

 そう言って佐藤が指し示したのは、ご存知残念美少女の女神さんだ。水の女神である彼女は名前もそれに因んだ、いや、むしろ語源的なアクアというもので、出来れば威厳をもっていて欲しかったのだが、蛙に吐き出されて以降ずっとあの調子で泣いている。

 

「……まぁ、一応女神なんだ。いつか使える時がくるんじゃないか? 知らんけど」

 

「そうだな。曲がりなりにも女神だもんな。そうだよな……」

 

「一応とか曲がりなりにもとかって何よ! 私(れっき)とした女神なんですけど! そこそこエリートな女神様なんですけど!」

 

 佐藤の物言いに憤慨するアクア。ちょっと、粘液飛び散るんでやめてくれません?

 

 ここで、ふと疑問が湧く。シンプルなものだが、場合によっては割と大事になること。

 

「というか、大丈夫なのか? 女神が居なくなったら誰が死者を導くんだ?」

 

「あぁ、何かコイツより女神らしいのが出てきて送ってくれたよ。天界にも階級制度があるらしいし、多分いくらでも代わりは居るんじゃないか?」

 

「公務員みたいな扱いだな……」

 

 しかし、もしそうなら俺が送ったあの女神は何だったのか。アクアは自分を日本担当だと言っていたから、恐らく市役所の窓口ように管轄が違うはずだ。だが、彼女の名前から察するに、彼女はこの世界に関する神のはずだ。

 

 でも、アクアの宗教もこちらにあるというし、その女神の宗教がある世界は、女神ごとに違うのかもしれん。いずれにせよ、その辺りは()()()()分からなかったから、憶測の域を出まい。適当に納得しておこう。

 

「何ですか? 特典とか、女神とか。カズマは時々、よく分からないことを言いますよね」

 

 ふと、会話に入ってきたのは頭のおかしい爆裂娘だった。未だに動けるようになっていない彼女は、現在佐藤に背負われている。

 

「お前も人のこと言えないけどな」

 

「おい、私の言動に文句があるなら聞こうじゃないか」

 

「一日一発爆裂魔法撃たなきゃ落ち着かないとか言ったあげくこうして背負われている奴をどう理解しろって言うんだ」

 

 割と本当に意味不明なんだが。相手が強いのならまだしも、スライムレベルらしいあのモンスターに何故あれをぶっ放したりしたのか。しかも、その後は魔力切れで動けなくなってるし。せめて何かしらの配慮はしろよ。

 

「仕方ないじゃないですか! 私の心は既に、爆裂魔法に惹かれてしまっているのですからッ! 愛するものの為なら、尽くすのが当然じゃないですかッ! 代償など、気にしてはなりません!!」

 

 グッと拳を握って力説する爆裂娘。なるほど、言っていること自体は一応筋は通っていると言える。が、粘液まみれのその姿で言われても説得力ないんだよなぁ……。

 

「ところで、そこの目の腐った貴方は冒険者なんですか? 見たところ武器も何も持っていないようですし、カズマみたいに変な服装ですし」

 

 そう言って、爆裂娘は俺の体を見回す。言い返そうとして、自分が未だに制服姿であったことに気づく。そういえば、こちらの服とか武具とか一切買ってないんだよな。依頼も達成出来なかったしどうしよう。

 

 俺は今、自分が割と危機的状況に陥っていることに気づき、段々気分が沈んでいく。やはり異世界だろうと、現実はそんなに甘くないようだ。はぁ、マッカンが恋しい……。

 

「おい、大丈夫か。目が更に腐っていってるぞ」

 

「ほっとけ、仕様だ。あと、一応俺も冒険者だぞ、頭のおかしい爆裂娘」

 

「おい、私のどこが頭がおかしいのか是非聞こうじゃないか」

 

「何か最近の騒音の苦情の原因がお前の魔法らしいが?」

 

 俺が受付嬢に聞いた話をしてやると黙って目を逸らしていった。あぁ、コイツ、嘘とか苦手なタイプだな……。顔を見れば丸分かりだ。

 

「つか、今日が初めてだったんだろ? 比企谷も最近まで土木作業の仕事してきたのか?」

 

「え、してないけど?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 突然、俺達の間に沈黙が生じ、足が止まる。何故ここで土木作業が出てくる?

 

「だってお前、ここに来る時は無一文のはずだろ? なら、登録料分は稼がないとそもそも依頼も受けれないはずだが……」

 

「あぁ、来た時は確かに無一文だったが……」

 

 俺は彼女の計らいでモヒカンのおっさんから金をいくらか貰っている。あまり無駄遣いしないように考えてはいるが、依頼で金を貰うまでは金を使わないようにしたいと思っている。

 

「マジで!? いいなぁ、俺もそんな優しい人に会いたかったなぁ……」

 

「お前は貰えなかったのか?」

 

「あぁ、お陰で数日土木作業を淡々とさせられたさ」

 

 何だろう、この格差。俺が同じ状況だったら確実に泣くぞ。哀れ過ぎる。

 

「ま、まぁ、そのうち良いことあるんじゃないか?」

 

「その慰めが今一番心にくるよ……」

 

 そう言って佐藤の顔がどんどん暗くなる。あぁ、何だろうこの不毛な空間。誰もが気分を沈めていく……。

 

「……なぁ、もし金とかで困ってるならウチのパーティに入らないか?」

 

 不意に、佐藤がそんな提案を持ちかける。正直、この場合においてなら是非ともあやかりたいが……。

 

「悪いが、養ってはもらっても施しは受けない主義なんでな」

 

「どう違うんだよ……」

 

 こればっかりは前世から譲れぬ信条だ。他人に借りを作るような真似はあまりしたくない。

 

「でもお前、パーティメンバーいないだろ? いくら駄目な奴とはいえ、他にメンバーがいないともしもの時に危ないぞ?」

 

 確かに、知らぬ土地での単独行動は死に直結するというのは否定しない。事実、後ろの二人の少女のように食われたりしたら成す術がない、なんてことになりかねないからな。

 

「何より、うちのダメパーティにチート持ちが入ってくれれば心強いからな」

 

「佐藤、それが一番の理由だろ? 」

 

 さっきからの話を聞くところ、どうも佐藤のパーティはバランス、というよりはメンバーの能力が偏っているようだ。ここにはいないが、ドMのクルセイダーもいるらしいし、佐藤の周りには変人しか集まらないのだろうか。

 

「お願いだぁぁ!! このままじゃ一向に金が貯まらないんだよぉぉ!! いい加減落ち着いて寝れる場所が欲しいんだよぉぉ!!」

 

「ちょ、落ち着け佐藤。揺らすな、頭がグワングワンする。頭痛がしてるから止めてくれ」

 

「カ、カズマ、落ちます、落ちてしまいます」

 

「頼むよ比企谷ぁぁ! ここに来て頼れる人間がお前くらいしかいないんだよぉぉ!」

 

 俺が制止をかけるも、佐藤は全く聞きはしない。癇癪を起こした子供のように泣き喚くだけだった。

 

「分かった、分かったからとりあえず揺らすのをやめてくれ、吐く……」

 

「ッ! それじゃあ!」

 

 ようやく手を離してくれた佐藤は顔を輝かせる。反対に、こっちは揺らされまくったから吐きそうだ。

 

「あぁ……俺でいいんなら、入れてくれ」

 

「ちょっと待ちなさい! 貴方、職業は何なのよ! 上級職以外はお断りよ!」

 

 突然、先程まで泣いていた女神(笑)が割り込んできた。何だろう、ひょっとしてこの子空気が読めない子かしらん?

 

「おいアクア、なんでお前が決めるんだよ! 第一、転生者の比企谷が俺みたいなただの冒険者な訳ないだろ!」

 

 自虐の入った佐藤からのフォローが入る。気にしていなかったが、和真は特典にコイツを選んだ所為で、ステータスが前世のままなんだよな。成長概念があるから、多少は何とかなるだろうが、成長幅が俺らとは違うから、多分凄く弱い。ジャイアント・トードにあまりダメージを与えられなかったのも、考えてみれば当然か。

 

「あ、あぁ。一応、アークウィザードになったが……」

 

「よし、採用!」

 

「ちょっと待って下さい! 私がいるのにアークウィザードをパーティに入れる気ですか! 私は認めませんよ!」

 

 今度は今度で、爆裂娘が異議を唱える。何なの? 君達人の話を邪魔しないと落ち着かないの?

 

「めぐみんも何言ってんだ! お前がアークウィザードなのに爆裂魔法しか使えないから、遠距離攻撃がままならないんだろうが! 何ならお前を見捨ててでも俺は比企谷を入れるぞ!」

 

「おい、流石に見捨ててはやるなよ。仮にもパーティメンバーだろ?」

 

「カズマカズマ、この人はカズマよりも優しいですよ! いっそ私が彼のパーティに入った方が良さそうな気がしてきました!」

 

「やめてくれ。その考えでいくと最終的に俺だけ余るから。最弱職の俺だけ余っちゃうから」

 

 さっきまでの威勢はどこへやら。自身が劣性と見るや見事な掌返しを行う佐藤。その潔さ、嫌いじゃないぞ。だが、その前に一つ聞きたい。

 

「なぁ佐藤。めぐみんって渾名か?」

 

「いや、本名だ。紅魔族っていう魔力が生まれつき高い、基本的なセンスが中二病な種族らしい」

 

「へぇ……」

 

 何か由比ヶ浜みたいな渾名だと思ったが、このめぐみんとやらはどうやらそれと同じセンスの持ち主らしい。しかも種族全員が。もう何でもありだな、異世界。

 

「おい、私の名前に文句があるなら聞こうじゃないか」

 

「いや、文句はないが、なぁ?」

 

 やはり自分のいた世界の基準で見てしまうと、その違和感は拭えない。だってどう聞いても渾名じゃん?

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして爆裂魔法を操りし者! 頭のおかしい爆裂娘などと不名誉な呼び名をされる筋合いがどこにあろうか!」

 

「そういう言動なんじゃねぇの?」

 

 はっきり言って材木座のラノベとタメを張れるくらいの中二病さだ。眼帯も聞いたらオシャレらしいし、からかっているようにしか聞こえん。決して俺の黒歴史を彷彿とさせるとか、そんな理由じゃないからな? ハチマン、ウソ、ツカナイ。

 

「しかし比企谷、お前アークウィザードならもしかして上級魔法とか使えるのか?」

 

「ん? 多分使えると思うが、どうかしたか?」

 

「よし採用。めぐみん、降りろ」

 

「待って下さい! 私を見捨てないで下さい! 荷物持ちでも何でもしますから! この前みたくヌルヌルのプレ……」

 

「よぉーし分かったからとりあえず黙ってくれ。ただでさえこの前ので俺の評判がだだ下がりなんだよ」

 

「何やったんだよ」

 

「今とほぼ同じ状況になっただけだ」

 

 それだけで俺は納得した。めぐみんが何か言って、佐藤のパーティに残ると言ったのだろう。その目論見通り、それは成功し、今でも彼の脅迫材料になっている。狡賢いというか、何と言うか。

 

「ねぇカズマさーん! 早くギルド行きませーん? 私早く風呂に入りたいんですけどー」

 

「だぁもう! うるせぇなぁ! とっと行ってこい、この駄女神が!!」

 

 そして、女神の方はどうやら空気の読めないアホの子らしい。由比ヶ浜に似た部分を感じるのは、多分彼女がその程度の知性しか持っていないからだろう。和真曰く、知性と運はかなり低いらしいし。

 

 こうして、俺はそんな騒がしい佐藤のパーティに入ることが決まった。ほとんどなし崩しではあったが、まぁ悪い提案でもないのは事実だ。能力を使ったデメリットがどれだけのものか分からない今、聞ける人間がいるのは頼もしいからな。

 

 ただ、聞くところによるとパーティにはもう一人いるらしい。まだ見ぬソイツも含めて軽く紹介してもらったが。

 

 最弱職の幸運だけが取り柄な不運な少年、佐藤和真。

 

 パーティ随一の駄目人間にして駄女神、アクア。

 

 中二病感満載なロリッ娘魔法使い、めぐみん。

 

 どうしようもないレベルの変態クルセイダー、ダクネス。

 

 どう見ても問題しかない。最後、変態な上級職とかマジで大丈夫なのかこの世界とか思ってしまう。まぁ、入ると言った手前、今更断るのも難しい。しばらくはこのパーティに世話になるとしよう。

 

「比企谷ー! 早くギルドに行こうぜー! 飯奢るぞー!」

 

 気がつくと、俺はどうやら立ち止まっていた。先に進んでいた佐藤が俺のことを呼んでいる。

 

「……あぁ、今行く」

 

 俺はそれに応えて少し小走りで追いかける。前の世界とは違う、新たな仲間となる奴だ。少しくらいは頼るとしよう。

 

 これからは、騒がしくなりそうだ。

 

「カズマさーん、私も奢って欲しいんですけどー」

 

「お前はまず風呂に行ってこい! 話はそれからだ!」

 

「私も出来れば奢って欲しいのです。さもなくば……」

 

「いいからお前も行ってこい! 蛙臭いんだよ!」

 

 ……騒がしくなりそうだ。

 

 一抹の不安を覚えながら、俺は彼らと共にギルドへと向かう。

 

 夕暮れの色に染まる彼らが眩しく見えたのは、俺がまだこの場所に慣れていないからだろうと、そう思いながら。




どうでしたでしょうか?
個人的に俺ガイルの蛙っぽかった一期の作画、嫌いじゃなかった。
カズマは相変わらずですね、書いててなんですけど。自分の保身の為ならグレーなとこから完全ブラックまで手を染めそうです。
四話はストックが二つ増えてから投稿しますのでどうぞ気長にお待ち下さい。
感想、意見、指摘等お待ちしております。

~追記~
ピョン吉の出番はこの回だけに変更しました


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比企谷八幡は、基本的に義理堅い

はい、どうも気分屋トモです。
ストック溜まったら投稿すると言ったな、あれは嘘だ。(騙してすんません)
先程明日何があったけとカレンダーを見れば5月9日。
今日は戸塚の誕生日じゃないか!
おめでとう!戸塚! とつかわいい!
そんな訳で何か書こうと思ったけど、この作品俺ガイルからは基本八幡しか出ないんだった……ごめんよ八幡。戸塚のマイナスイオンは与えられそうにないよ……。
そんなこんなで戸塚の誕生日を祝いつつ、四話です。
それでは、どうぞ。

~追記~
加筆修正しました


 粘液塗れになっている少女二人を風呂へと向かわせ、俺は佐藤と共に再びギルドへと訪れていた。

 

「あ、ヒキガヤさん!」

 

「あ、受付嬢さん」

 

 俺達と同じく依頼を終えて帰ってきた冒険者達でギルド内がごった返している中で、入ってすぐの俺を目敏く発見して寄ってきた人がいた。

 

 それは昨日今日と世話になった受付嬢の女性だった。動く度に視線が顔から少し下がってしまうのを堪え、彼女の呼び声に応じる。

 

「お疲れ様です。初めての討伐依頼は如何でしたか?」

 

「いや、それが……」

 

 彼女の労うような言葉に何と応えたものかと考える。今日俺が行ったことといえば、討伐依頼対象と仲良くなり、討伐されないように一斉誘導していただけだ。何やってんだろうね、俺。

 

「……二人は知り合いなのか?」

 

 隣では彼女からの対応を受けられるのが気に食わないのか、妬ましいといった様子で俺を睥睨(へいげい)する佐藤がそんな質問をする。何もしていないからそういう態度を取られるのは心外なんだが……。

 

「昨日から受付してもらってただけだ。他意はない。あと、名前は今初めて聞いた」

 

「あら、そういえば名乗っていませんでしたね」

 

 失念していたと口に手を当てて反応するルナさん。

 

 そう、俺は二度それなりに言葉を彼女と交わしていたが、名乗られることもなければ何か私的な内容の話をされた訳でもない。はっきり言って、赤の他人なのだ。それを、先入観のみで推測されても困るというものだ。

 

「では改めまして、ここのギルドの受付嬢をしておりますルナと申します。朝から夕方の時間帯は普段から居ますので、御用があればどうぞご贔屓に」

 

「では俺も。遠国から来ました比企谷八幡と言います。何分こちらの事には疎い身ですので、しばらくはお世話になるかと思います。その間、どうぞよろしくお願い致します」

 

 お互いに改めて自己紹介をして礼を交わす。社交辞令とか、しときゃ何とかなるタイプの礼儀を覚えておいて良かった。堅苦しいのは得意じゃないんだよ。

 

「と、まぁ感じだ。お前が思うようなのなんて、今後一切ないと思え。ボッチ舐めんな」

 

「スラッと挨拶出来る奴のどこがボッチなんだよ。あと、俺のパーティに入ったからボッチじゃねぇぞ」

 

「し、しまった……そうだった……抜けよっかな」

 

 ボッチを名乗った数秒後にまさか論破されるとは。かつてボッチの風上にも置けないと雪ノ下に言えた俺のボッチ力はどこに行ってしまったんだ……。

 

「いや本当マジでやめてくれよ!? お前が抜けたらあのロクデナシ共を抑えられる気がしねぇ!」

 

「え、ヒキガヤさんもうパーティに入ったんですか? それも、カズマさんのところに?」

 

「えぇ、まぁ……なし崩しではありましたが……」

 

 公衆の面前で泣きながら縋られたら逃げられないだろう。計算してやったのなら、コイツは将来一色クラスの面倒な奴になる。陽乃さんは魔王だから別な。アレに勝てる人間はそういないから。

 

「そうでしたか……悩みがあったら聞きますので、その時は是非頼って下さい。お食事くらいならお付き合い致しますよ」

 

「は、はぁ……そこまで心配しなくても大丈夫ですよ? 嫌なら抜けるんで」

 

 何故かガチの顔で心配された。何、このパーティそんな評判悪いの? 何したの一体。まだこっち来て半年も経ってないって言ってたよね?

 

「何故ですか!? 俺の誘いは全然受けてくれないのに!」

 

「は、はは。それはその……」

 

 一方、俺が彼女と食事をしても良いと言われたのが納得いかなかったのか、佐藤が抗議の声を上げる。そんなに誘ってたの? お前。

 

 ルナさんはそんな佐藤に何とも困った様子で対応している。どうやら、誰それとやっている訳ではなさそうだが、何故俺なのだろうか。少なくとも言えるのは一つ。

 

「佐藤、お前どうせ下心丸出しで誘ってるんだろ」

 

「そりゃ、なぁ!?」

 

 否定しないのかよ……。これにはルナさんも苦笑いだ。潔いというよりは開き直ってるな、コイツ。

 

 しかし言い辛いなぁ……。初級モンスター倒せないとか、◯ラクエで言ったらスライム倒せないのと同義なんだよなぁ……。

 

「それで依頼の方なんですが……追い返しただけで、倒してないんですよ」

 

 まぁ、誤魔化しても仕方ないし、ここは素直に語るとしよう。多分微妙な反応されるけど。

 

「追い返した、んですか? モンスターをですか? 一体どうやって……?」

 

「コイツ、モンスターともある程度意志疎通が取れるそうなんですよ。で、さっきそれに助けてもらいました」

 

「ぶっちゃけ自業自得だから、助ける気はあんまなかったんだけどな」

 

 まぁ、コイツに話聞きたかったから、助けることにはなったが。今頃件の二人は蛙の粘液を洗い落としていることだろう。想像しても何ら興奮しない辺り、恐らく俺はあの二人を異性として見れないのかもしれない。

 

 俺達の会話に心底不思議そうにルナさんは首を傾げている。ほら、やっぱり微妙な反応されたよ。

 

 少し考えて、何か納得がいったのか、ルナさんはポンと手を叩く。

 

「もしかしてヒキガヤさん、テイマーの素質もあるのかもしれませんね」

 

「テイマー?」

 

 聞き慣れない単語に俺と佐藤の声が被る。テイマーってあれか、SA◯の◯リカみたいなあれか?

 

「テイマーというのはモンスターを使役させる人のことです。動物に好かれやすい、みたいな感じでモンスターにも好かれやすく、意思疎通もある程度出来るみたいです。過去にドラゴンを使役させた人もいたという記述もありました」

 

 へぇ、ドラゴンをねぇ。それ多分過去の転生者が特典とかで手懐けたやつなんじゃねぇの? 知らんけど。

 

「ルナさん、そのテイマーっていうのはスキルとか職業になるんですか?」

 

「いえ、テイマーは本人の実力や人柄などが主な要因となるらしく、スキル等でモンスターを使役することが出来る訳ではないそうです。前例があまりないため断言はしかねますが……」

 

 ルナさんは佐藤の質問に申し訳なさそうに答える。どうやら、テイマーは天性のものらしい。俺、前世(あっち)じゃあんまりカマクラに懐かれてなかったけどなぁ……。

 

「くそっ、俺にもチャンスがあると思ったのに……!」

 

「お前、多分そういうの向いてないと思うぞ?」

 

 ただし、変人を扱うことにおいては誰にも負けないだろうがな。ロデオかな?

 

「まぁ考えても仕方ない。とりあえず、依頼は失敗という形になるんでしょうが、何か別の依頼受けれたりしませんか?」

 

 俺は朝依頼を受諾した時に渡された羊皮紙をルナさんに返しながら他の依頼について尋ねる。この際、聞いた方が早いだろう。

 

「ええと、そうですね。確かゴブリンの討伐以外はどれも上級の依頼ばかりでしたので、オススメ出来るのはゴブリン討伐だけかと……」

 

「ならそれを受けさせて下さい。と言っても、行くのは明日になると思いますが……」

 

 ここに来る時には既に日が傾いていた。ゲームのように死んでもいい訳ではない世界でわざわざ危険度を上げるのは愚行だろう。頭も休めないといけないしな。

 

「分かりました。私は今日はもう当番を終えてしまいましたので、明日手続きでもよろしいですか?」

 

「はい、良いですよ」

 

 明日こそ、ちゃんとモンスターを倒そう。どの作品でも下衆なゴブリンなら心置き無く倒せるはずだ。

 

「それではヒキガヤさん、サトウさん。また明日、ギルドでお待ちしています」

 

「はい」

 

「あぁ、ルナさん。良かったら今から食事でも……」

 

「フフッ、ごめんなさい。今日は予定がありますのでこれにて」

 

 蠱惑的な笑顔でそう言うと、ルナさんは去っていった。佐藤は再び誘い損ねて落ち込んでいる。

 

「そう落ち込むな。お前のパーティだって見てくれだけなら粒揃いだろ?」

 

「いや、お前もそのパーティの一員だからな? 他人事みたいに言うなよ?」

 

「えー……」

 

「そう嫌そうな顔しないでくれないか!? いや、気持ちは痛い程分かるけどさぁ!?」

 

 どうやら、俺は相当嫌そうな顔をしていたらしい。そうだな、少しこのままからかってみるか。

 

「どうしようかなー。アークウィザードだから募集したら多分引く手数多なんだよなー」

 

「おぉい!? マジで行かないでくれよ!? 頼むから、何か奢るから行かないでくれぇ!」

 

「あぁ分かった分かった。じゃあとりあえず何か奢ってくれ。その金額を返すまでは一緒にいてやるから」

 

「それ割とすぐ稼げるんですけど!? さっきの蛙一体倒すだけでここのもの大抵買えるんですけど!?」

 

「蛙だけにか?」

 

「やかましいわ! あぁ、話が進まねぇ!」

 

 コイツ面白いな。雪ノ下も普段こんな感じで俺をおちょくっていたのだろうか。そう思うと何か雪ノ下のことを一概に否定出来ない……訳ではないな。やっぱ自分がされるのは別だわ。

 

「あぁ、そういやあれだ。俺がここに来たのはもう一個理由があったんだ」

 

 そう言って佐藤は受付の方に行って何やら話し込んでいる。何だろう、依頼の達成報告か?

 

 しばらくすると佐藤は少し大きめの袋を貰って笑顔になって帰って来た。なんか気持ち悪いなぁ、あの笑顔。俺の笑顔もあんなんなのか? だったら引くなぁ……。

 

「何の袋だ? 見た感じ依頼報酬っぽいが」

 

「フフフ……。そう、コイツはお前が来る少し前にあった依頼の報酬だ。アクア達が来る前に中身を見せてやるよ」

 

 そう言うと佐藤は着いて来いというジェスチャーをしながら奥の方の机へと向かう。あんまり周りに見られたくないものなのだろうか。

 

「俺が今回の依頼で得た報酬額、何と百万ちょいに上ったのさ!」

 

「な、何っ!?」

 

 その袋から出てきたのはいくらかの金貨と大量の札束だった。百万と言っていたから恐らくあの札一枚が一万なのだろう。

 

 これほどの報酬を貰えるとは、さぞかし強いモンスターを倒したのだろう。

 

「一体、何を倒したんだ?」

 

「キャベツ」

 

「……は?」

 

 おかしいな、聞き間違いか? 今俺キャベツって聞こえたんだけど。

 

「キャベツだ。この報酬は、キャベツの収穫報酬だ」

 

 聞き間違いじゃなかった。

 

「……いやいや、おかしいだろ」

 

 何でキャベツ倒しただけでこんなに金が貰えるんだよ。あれか? もしかしてキュウリとか倒したら更に貰えたりすんのか? この世界の物価基準が分からなくなったわ。

 

「分かるぞ、その気持ち。普通キャベツ倒したくらいでこんなに金が貰える訳がない。そう思うよな」

 

「あぁ、俺の知ってる物価基準が破壊されそうになるくらいにはな」

 

「そうだろう。しかし、それは異世界だからという理由でとりあえず納得して欲しい。早くしないと問題児達が来る」

 

「……まぁ、分かった」

 

 納得はいかないが、それで納得するしかあるまい。佐藤もそれ以外に何か言いたいようだしな。

 

「話が早くて助かるよ。それでだ。アクアの明言の下、この金は全て手元に入ってくるんだが……そこで相談がある」

 

「……聞こう」

 

 急に真面目なオーラを出すと、耳打つ時みたいなボソッとした声で語り出した。

 

「俺は早く家が欲しい。家でなくとも、それなりに自由の効く個人的な部屋がとにかく欲しい。下世話な話、見てくれの良い人間ばかり見てる所為でムラムラする訳だが、それを発散する場所も今はないんだ。俺、今アクアと同部屋だし」

 

「……まぁ、それは辛いな」

 

 そういった点では、馬小屋は割と不便だったりするのかもしれない。俺は来て間もないから言えないが、俺よりもかなり前から居る佐藤が言うのならそうなのだろう。

 

「そこでだ。比企谷の特典は"答"が分かる能力だって言ってたよな? あらゆるものの答が分かるとか、そんな能力じゃないか?」

 

「……まぁ、間違っちゃいない」

 

 厳密には疑問に対しての答しか分からない。それでも、一応そこまで推測出来る辺り、やはり頭は回る方のようだ。

 

 まぁ、コイツにバレたところで支障はなさそうだ。教えても、特に問題はないかもな。

 

「俺の能力は答えを出す者(アンサー・トーカー)っていうもんだ。◯ッシュの原作は読んでたか?」

 

「いや、残念ながら見てない……意外と量が多くてな」

 

「そうか……今度模写出来たらマンガ写してやるから是非読んでくれ。で、能力についてだが、簡単に説明するとこれは知らない言語や問題であろうとも、瞬時にその"答"が出る能力だ。根本として、多少の基礎能力はいるが、特典として貰ったこの能力は基礎能力を必要しない。つまり、どんなものでも"疑問に思えば答えられる"。それが俺の特典、答えを出す者(アンサー・トーカー)だ」

 

 俺はそう言って能力を発動させる。"佐藤は、一体何が目的なのか?"

 

「……まぁ、ありがちだな。俺を連れて賭博場で一儲けする気か」

 

「ッ!?」

 

「何故分かるのか、だろ? それが答えを出す者(アンサー・トーカー)だからだ」

 

 はっきり言って、この能力は正しくチートだ。どの作品においても、頭脳系なら文句無しで最強と言えるレベルだと俺は思っている。

 

「悪いが、俺はそういうことに能力は使わないと決めている。そういうことに使う為に貰った能力じゃないからな。それに、今はこれのリスクがまだ分かってないしな」

 

「……そうか」

 

 そう言って佐藤は落ち込む。まぁ、実際男としては助けてやりたいところだが、それでは本人の為になるまい。悪いが今は我慢してくれ。

 

「あぁ。それと、あと一分もしないうちにアクア達が来る。それはしまっとけよ」

 

「ッ! あぁ、そうしておくよ」

 

 これはせめてもの気遣いだ。ついでに、これも言っておこう。後々聞かれても面倒だ。

 

「佐藤。これは出来れば内密にして欲しいんだが……俺の特典はもう一つある」

 

「な、何故だ!? 普通は一つしか貰えないはずじゃ……?」

 

 俺の発言に、佐藤は目を見開きながら驚く。当然だろう、普通は一つのところを、何故か二つ貰っているのだから。

 

「そこは良く分からん。何でか知らんが、俺を送ってくれた女神様は俺のことを気に入っていたらしい」

 

 前の俺なんて、見る価値もない男だろうに。今思えば、物好きな女神様だと思う。感謝はしているがな。

 

「それについてはまあ今度話そう。ほら、お出でなすった」

 

 俺はそう言って後ろを振り向く。すると、俺達を探していたであろうアクアとめぐみん、それにダクネスとおぼしき人も見える。

 

「いたいたカズマ。何でこんな奥に座ってんのよ?」

 

「そうですよ。お陰で少し手間がかかったじゃないですか」

 

 不満を口にするアクアとめぐみん。まぁ、お前達に見つかりたくなかったからここにいるんだけどな。

 

「悪いな、俺がこっちの方が落ち着くって言ったんだ。あと、そっちがダクネスでいいか?」

 

 さりげなく誤魔化しながら俺は話を逸らす。普段は雪ノ下とかに看破される所為で使えないが、コイツらなら問題ないだろう。

 

「あぁ、合っている。さっきアクア達から話は聞いた。新しいパーティメンバーだそうだな。私はクルセイダーのダクネスだ」

 

 そう言ってアクアの後ろから出てきたのは金髪のポニーテール美女。カズマの言う通り、見てくれは別嬪揃いのようだが、実はコイツ、アクアの次に面倒な変態らしい。

 

「今日は一昨日壊れた鎧の代わりを取ってきたから居なかったが、明日からは一緒だ。これからよろしくな」

 

「どうもご丁寧に。アークウィザードの比企谷八幡だ」

 

 ダクネスはどうやら一昨日鎧を壊されたらしい。もしかしてキャベツか? まさかそんなことはないと思うが……深く聞くまい。

 

 あと、何故少し頬を赤らめているのか。興奮してるのか? 早ぇよ、まだ会ってすぐだろうが。何に興奮してんだコイツ。

 

「……中々そそられる目をしているな」

 

 コイツ、俺の目に興奮してやがる!? あれか、腐った目で何か想像してんのか? 筋金入りの変態じゃねぇか!?

 

 まぁいい……俺も俺で対策は練ってあるんだ。

 

「ま、よろしく頼むわ。ダスティネス・フォード・ララティーナお嬢様」

 

「ッ!? 貴様、何故その名をッ!?」

 

「え、ダクネスってそんな名前だったのですか?」

 

「私も初めて聞いたわ。あんた何で知ってたの?」

 

「ちょっとな」

 

 俺がただ単に変態対策として、能力を使って知ったなんて、言える訳がない。

 

「可愛い名前だよな? ララティーナ」

 

「そうですね、ララティーナ」

 

「確かにそうね、ララティーナ」

 

「お前にも可愛い所があるじゃないか、ララティーナ」

 

「うぅ~! こういう辱しめは好きじゃないんだ! だから言ってなかったのに……!」

 

 効果は絶大。皆してララティーナと呼ぶとダクネスは顔を真っ赤にして悶える。ダクネスはドMのようだが、本名を呼ばれるのは苦手らしい。弄るなら存分にこの部分を弄ってやろう。

 

「まぁとりあえず飯にしようぜ。何か臨時収入が入ったんだろ? お前ら」

 

「くっ! 辱しめておいてすぐさま放置! カズマに負けず劣らずの鬼畜さだな!」

 

 ちょっと何言ってるのこの人? 今ので立ち直って興奮するとか完全に俺の思考の埒外なんですが。ほら、皆変な目で見てくるから止めてくれない?

 

「ふふん、そうよ! この私が大量に倒したんですもの。絶対に高収入が入ってくるに決まってるわ! 報酬は各自のものだけど、美しく気高き私は慈悲と慈愛を持ってハチマンの分も奢ってあげるわ!」

 

「おお、そりゃありがたい。しかし受け取ってもいないものを過信して大丈夫なのか?」

 

「大丈夫よ! 何せ、愛に愛されたようなこの女神様ですもの。ここで宴を開いたって痛くも痒くもない金が入ってくるわよ!」

 

 一体その自信はどこから湧いてくるのだろうか。さっきカズマ以外の収入も、答えを出す者(アンサー・トーカー)を使って答を知った身としては止めてやりたいが、コイツを止める術がないという答も出ている為どうしようもない。後で因縁付けられぬように丁重にお断りさせてもらおう。

 

「そりゃ羨ましいことで。だが、俺は既に佐藤に奢って貰うことになってるから、そっちはそっちで好きな物頼んでていいぞ?」

 

「あらそう? なら皆ー! 今日は派手に宴をやるわよー! 花鳥風月!」

 

「おおおおおおおお!!」

 

 そう言ってアクアはゴツい男共の輪に入って芸をし始めた。何あれすげえ!? 一体どこから水を出しているのだろうか。

 

 さて、後々破産する借金神は放っておいて、こちらで飯を頂くしよう。

 

「こちら、ロールキャベツになります」

 

 運ばれて来たのはキャベツ料理。多分、この一件で捕らえられたキャベツなのだろう。実に美味しそうに調理されている。昨日から何も食べていないのもあって、非常にそそられる。

 

「比企谷、このキャベツは食うだけで経験値を貰えるらしいから遠慮なく食ってくれ。そしてじゃんじゃん働いてくれ」

 

「お前、割と図太いよな……一応、助けた礼ってことで貰うけど、後で色々と対価を要求してくんなよ? 全力で逃げるぞ」

 

「しねぇよ流石に……多分。でも、働き手が欲しいのはマジだ」

 

「多分なのか……。まぁ、そっちは問題ない。まだ魔法の使い方は知らんが、使い方もさっきので分かるだろうしな。使えればそれなりに役立つだろうよ」

 

「おう、期待してるからな!」

 

 そう言って佐藤は俺とは違うキャベツ料理――多分野菜炒めだろう――を食べ始める。俺も冷めないうちに食べるとしよう。

 

「頂きます」

 

 俺は久しぶりの飯に思わず涎が垂れそうになる。いかんいかん、はしたないな。

 

 俺は一口サイズにロールキャベツを割くとそれを食べる。すると、何か体に変化が起こったような感じがした。

 

 俺は冒険者カードを出してステータスを確認する。すると、どうやら俺のレベルが一つ上がっていた。それにより、ステータスにも若干の変化が見られる。なんか、本当にゲームみたいだな。

 

 その後も俺はキャベツを食べ続ける。蒸しキャベツ、焼きキャベツ。様々な調理方法のキャベツを俺は計六品分食べまくった。

 

 結論から言おう。めちゃめちゃ美味い。

 

 本当にこれはキャベツなのだろうか。食感、香り、味と、何から何までキャベツなのに、どうして前世(あっち)のものとはこうも違うのか。しかもこんだけ食べて飽きない不思議。

 

 そして、この食事によって俺のレベルは割と上がって、俺はレベル一からレベル四まで上がっていた。どうやら、俺の食ったキャベツは当たりだったらしく、普通は上がっても一か二だそうだ。こっちに来てから、運が良くなった気がするが、あの女神様が何かしたのだろうか?

 

「お前、意外とよく食うな……」

 

「まぁ、昨日の昼から何も食ってねぇからな」

 

「そうですね、それならばそれだけ食べれるのも納得です」

 

 そう言って、アスパラらしきものをリスみたいな食べ方をしているめぐみんが話に入ってくる。その食べ方って首疲れないのかしらん?

 

「そう言えば、めぐみんやダクネスも結構報酬貰えたのか?」

 

「勿論です! しかし、爆裂魔法を愛する者としては、やはりより威力を上げる杖を新調しなければなりません。ですから、いくら羽振りが良いと言ってもハチマンの分は奢りませんよ?」

 

「私もそれなりに入ったな。まぁ、その際に防具がかなり壊れてしまったから、私はそっちに回すかな。一品くらいなら奢っても良いぞ?」

 

「お気遣いどうも。だが、ここは佐藤が払ってくれるらしいからな。お前らは自分達の為に使っとけ」

 

「そうします。そう言えば、カズマはどれくらい貰ったのですか? 私は爆裂魔法を使った後は動けなかったので三十万程度ですが」

 

「私はあんまり回収出来なかったからかな……二十万くらいしかなかったぞ。レタスも混じってたし」

 

「え、レタス?」

 

 え、何? この世界キャベツだけでなくレタスも空飛ぶの? もう訳分かんねぇなこの世界。

 

「あぁ、レタスはキャベツに比べて換金率が何故かかなり低いんだ。どういう基準かはよく分からんがな」

 

 本当によく分かんねぇわ。俺、普通にレタスも好きだけどなぁ……。

 

「で、俺か? 俺は百万ちょい」

 

「ひゃっ!?」

 

「百万ッ!?」

 

 あ、バカ。アイツに聞かれたらどうすんだ。絶対集りに来るぞ。

 

 しかし、それは俺の杞憂のようで、向こうで何やらデストロイヤーの物真似とやらをやっていた。デストロイヤーって何だろう?

 

「確かにカズマのキャベツ狩りはお見事でしたからね。その結果も頷けます」

 

「そうだな、窃盗(スティール)で羽を奪い、機動力を失ったキャベツをウィンドブレスで効率良く回収してたからな。あれは確かに見事だったぞ」

 

「まぁ、多分商人向きな俺の幸運も働いてくれたんだろうな。でなきゃ、あんなに質の良いキャベツばっかり集まりはしなかったろうさ」

 

「そうですね。カズマは運だけは良いですから」

 

「運だけじゃねぇ! ……よな?」

 

「俺に聞くな……」

 

 こうして、彼らと談笑をしながらの食事はもう少しだけ続いた。

 

 そんな彼らを見ていて、一つ気づいたことがある。それは、彼らの表情についてだ。

 

 冒険者というのは、死と隣り合わせだ。ちょっとしたミスで、死んでしまうということもあるだろう。

 

 けれど、彼らにはそういった死に対する恐怖は感じられない。他もそうだ。

 

 彼らは皆、笑顔なのだ。今日を生きれたと笑う者。明日はどうしようかと考えながら笑う者。いつか叶える夢を見ながら笑う者。それは様々だ。

 

 それは、かつて見た、あのステージを思い出させた。

 

 前を見る者に宿る、生きる輝きだ。彼らには、それが満ち足りている。

 

 それを見るというのは、思いの外悪くない。そう思いながら、俺は少しだけその光景をただ眺めることにした。

 

 

 

 

 その後も夜は更けていき、気づけば夜の帳が降りきった、星々が綺麗に輝くような時間となっていた。

 

 俺達はそれぞれの宿に向かうためギルドの前で別れた。アクアはまだ飲み足りないとか言っていたので置いていくことにした。アイツ本当に女神なのか? 宴会の神様みたいになってるんだが……。

 

 佐藤と二人、街灯があまりない薄暗い道を俺達は無言で歩く。そういえば、お礼を言ってなかったな。

 

「佐藤、今日はその、助かった」

 

「ん? 何が?」

 

 突然のお礼に佐藤は心当たりがないといった感じで首を傾げる。確かに、今のでは何を指しているかは分からんかったな。何と言おうか……。

 

「その、あれだ。飯奢って貰ったり、パーティに誘ってくれたり」

 

「あぁ、それか。気にしなくていいぜ、そんなの」

 

 そう言って、本当に気にしてなさそうに佐藤は笑う。

 

「それよりも、いい加減名前で呼んでくれないか?」

 

「名前で、か?」

 

「あぁ、せっかくパーティになったんだ。よそよそしいのは無しにしようぜ?」

 

 よそよそしい、か。それを簡単に言えるのは今までは葉山くらいしか見たことなかったな。

 

 前の世界では、小町や陽乃さんを除いて誰一人呼ぶことのなかった知り合いの名前。俺がそれを呼ぶには、やはり少し抵抗が生じる。

 

「……実は俺、前世は引きこもりだったんだ。兄弟も友達も、一人もいなかった」

 

「……」

 

 突然、佐藤は語り出した。俺達しか共感出来ない、前世(あっち)での話。

 

「性根が曲がってるし、本音をすぐ言っちまうから、そういうの中々出来なかったんだ」

 

「そうか」

 

 俺も似たようなもんだよ、佐藤。俺の場合、ほとんど本音は言えなかったけどな。

 

「欲しかったんです。何というか、何でも笑って話せる人とか、そういうの」

 

「……そうだな」

 

 幻想は誰でも抱く。形は違えど、求める原理は等しく存在する。

 

「でも基本クズだから。女のパンツ盗って喜ぶような奴だから、どうしてもそういうの出来なかったんだ」

 

「……それは前世(あっち)か? それとも現世(こっち)か?」

 

 前者だったらかなりヤバイ。俺でも流石にそれは引くレベル。

 

「流石に現世(こっち)……いや、どっちでも駄目なのは分かってるけど……。でも、今日比企谷と会って思ったんだ。アンタなら、もしかしてそういう関係を築けるんじゃねぇかなって」

 

「……何故だ? 会ってまだ、間もないだろ」

 

「さぁ、分からねぇ」

 

 そこまで言うと、先程まで前を向いて歩いていた佐藤はこちらへ向き直る。つられて、俺もその場に立ち止まる。

 

「でも、取りあえずは同じ境遇者同士、仲良くやっていかないか? 八幡。そしたらきっと、いつか分かると思うんだ。確証とかはないけどな」

 

 佐藤はそこまで言うと、右手をこちらへ差し出す。それは親和の為の握手なのだろう。

 

 しかし、俺はその手を取ることが出来ない。

 

「俺は……」

 

 理性の化物は。自意識の化物が、その手を取るなと囁くのだ。

 

 裏切る可能性は? 信用に足る要素は? 佐藤の言葉に嘘はないか?

 

 臆病な俺の心は、その手を取ることを恐れている。

 

「……俺も、前世(あっち)じゃ友達なんて、ほとんどいなかったよ」

 

 でも、それでは駄目なのだ。

 

「うん」

 

「……勝手に期待して、勝手に失望して。そんなことをしている自分が今でも嫌いだ」

 

「うん……」

 

 それではまた、同じことの繰り返しだ。あの時の繰り返しだ。

 

「……お前みたく、今日会ってすぐの人間を信用できる程、俺は出来た人間じゃない」

 

「……うん」

 

 けど、あの時とは、もう違う。

 

「……お前は、俺と友達以上の信頼関係を築けるかもしれないと言ったが、それはお前の願望に過ぎない。傲慢で、酷く独善的な思いだ」

 

「……そう、か」

 

 だから、踏み出せ。比企谷八幡。

 

「でも……」

 

「でも?」

 

 お前は、変わると決めたんだろう。

 

「……飯一つ、助言一つで借二つ。返すまでは、一緒にいてやる」

 

 今はもう、自分で選べるだろう?

 

「それじゃあ……!」

 

「だから……まぁ、なんだ。よろしく頼む……和真」

 

 まぁ、恥ずかしいから。目を逸らすことくらいは勘弁してくれよ。パーティメンバー。

 

「おう! よろしく頼む!」

 

 俺の返答に満足したのか、和真はそれ以降あまり口を開かなかった。空気を読んで察してくれる辺りは、どこかアイツに似ているな。

 

 俺は空を見上げる。澄んだ、それでいて眩い星空は、前世(あっち)の空とはもう違う。濁っていなければ見えにくくもない。幻想的なまでに綺麗な空だ。

 

 出来るものなら、アイツらにも見せてやりたいものだ。

 

 俺はそんなことを思いながら馬小屋へと向かう。

 

 今夜はよく寝れるだろうか。




いかがでしたでしょうか?
面倒な八幡はきっとこれでも優しく接しているはずです。捻デレですね。
同じ境遇の者としては和真はやはり仲良くはしたいと思ってるでしょう。チート持ちという点に目が眩んでないとは言えませんが……(笑)
次回はストックがもう一つ増えましたら、投稿しようと思います。
なお、投稿に関してですが長くても一週間以内には次話を投稿するようにしようと思ってます。感想とか貰うとやはり書くのが楽しくなりまして、執筆はそこそこ早く進んでおります。
感想、意見、指摘等お待ちしております。

――追記――
ダクネスの名前がダグネスになっているとのご指摘を頂きましたので三、四話共に変更させて頂きました。
素でダグネスだと思ってました、ごめんなさい。


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かくして、比企谷八幡とその一行は依頼へと赴く

どうも、気分屋トモです。
UAがいつの間にか7000超えててビックリしました。お気に入りも300超えて嬉しいです。皆さん、ありがとうございます。
さて、そんな皆さんの期待に応えるべく、(個人的には)面白くなるよう添削してたら最終的にストック時からほとんど変わってしまった第五話です。
この辺りから原作にない動きが多発します。つまり、より作者の願望が反映されています、いるはずです。(自信ない)
長々と書きましたが、それではどうぞ。

~追記~
加筆修正しました


 よく寝た代わりに目覚めは最悪。そんな異世界馬小屋生活二日目。今日ももれなく馬糞で目覚める朝が来た。

 

 馬糞ってマジで臭いよな……。無料とはいえど、せめて目覚めくらいはまともなものにさせて欲しい。これも冒険者の務めなのだろうか。

 

 いつもより目を腐らせているであろう俺は、馬小屋から出て軽く朝のストレッチを行う。その途中、見知ったとんがり帽子がこちらへと向かってくるのが見えた。

 

 ソイツはこの世界では珍しい黒髪と、いかにも魔法使いなマントを朝の清涼な風と共に揺らしている。彼女の種族が皆一様に持つ紅眼を、彼女は十字架の描かれた眼帯で片方を隠しているが、和真曰くそれはお洒落目的で決して意味はないそうだ。いわゆる中二病的なものだろう。そんな恰好をしているのを、俺は一人しか知らない。

 

「よう、めぐみん。どうしたんだ、こんな時間から」

 

 そう、向かってきていたのは我がパーティきっての爆裂娘、めぐみんだった。子供だから朝は遅いと思っていたが、どうやらそうではないらしい。どこかの俺とは大違いだ。

 

「おはようです、ハチマン。魔力が回復したので早く爆裂魔法が撃つ為に、こうしてカズマ達を起こしに来たのですが、ハチマンは朝が早いようですね」

 

 一方で、俺がこの時間に起きていることが意外なのか、めぐみんは何やら一人で感心している。まぁ、早起きそうには見えないだろうしな。

 

「そうでもないぞ。俺が起きてるのはただ単に馬糞の所為で目が覚めただけで、ちゃんとした寝床なら俺は昼まで寝る自信がある。というか寝かせて欲しい」

 

「そんなのはカズマとアクアだけで充分です」

 

 まぁ、俺も慣れてくればそのうち昼まで寝るようになるんだろうけどな。

 

「それで、アイツらを起こすのか? カズマならまだしもアクアは多分起きんぞ?」

 

 カズマは俺と帰ったのは一緒だからある程度寝ているはず。が、アクアは多分遅くまで飲んでいたのだろう、さっき見に行ったら美少女にあるまじきイビキをかきながら爆睡していた。なんか俺の女神像がアイツの所為でどんどん壊れていってるんだが……。

 

「そうですか。ならカズマだけ起こしましょう。言ってしまっては何ですが、アクアはいてもジャイアントトードに食べられてしまうだけですので、いなくてもあまり問題ないかと」

 

「それ、本人に言ってやるなよ? 泣くぞ、アイツ」

 

 めぐみんにまでこの扱いされたら俺なら立ち直れない。まぁ、あの駄女神っぷりを見れば否定は出来んがな。

 

「分かってますよ。それでは私はカズマを起こしに行くとします。ダクネスも多分ギルドにいますので早めに済ませましょう」

 

「そうなのか。なら、俺も荷物を取ってくるか」

 

 ストレッチを終えた俺はめぐみんと共に馬小屋へ戻る。自分の寝床に戻ると、ハンガーがないため干し草の上に畳んで置いていたブレザーを手に取り、軽くはたいて羽織ろうとする。

 

「ん?」

 

 その時、ブレザーから何かが零れ落ちた。ポケットには特に何も入れてなかったはずだが……。

 

「これは……!」

 

 俺はそれを拾って見て驚愕した。

 

 それは、クリスマスイベントの視察と称し、ディスティニーランドへ行っていた時に由比ヶ浜が不意打ちで撮った奉仕部三人の写真だったのだ。

 

「何でこれがここに?」

 

 あれは由比ヶ浜がカメラで撮ったものだ。日にちも経ってないし、時間もあまりなかったからまだ現像していなかったはずだが……。

 

 俺が写真の存在に困惑していると、ふと裏にくっついている付箋のようなものに目がいった。

 

 "お兄ちゃんへ

  結衣さんがお兄ちゃんにって渡してくれたから

  ポケットに入れとくよ!

  大事にしないと小町的にポイント低いよ?"

 

「……大事にしない訳ないだろ、全く」

 

 俺は思わず苦笑する。どうやら、気の利いた妹からの贈り物らしい。本当、いい妹に育ったもんだ。

 

 由比ヶ浜、ありがとう。大事にする。

 

 俺はそれをブレザーの内ポケットに入れたのを確認して羽織った後馬小屋から出る。そこには既にカズマとめぐみんの姿があった。どうやら俺が最後らしい。

 

「悪い、待たせたか」

 

「いや、そうでもないさ。あと、アクアは起きなかったから置いていくぞ」

 

「凄いですよね。あれを見ると私も酒を飲んでみたいという好奇心が薄れてしまいます」

 

「あれは典型的な駄目なタイプだからな。めぐみんは良い子だから、ああはなってくれるなよ?」

 

「大丈夫ですよ。私は良い娘ですから」

 

 めぐみんはそう言って誇らしげに胸を張る。いや、それ自分で言っちゃうのはどうだろうか。何か字が違う気もするし。まぁ別にいいか。

 

「それじゃあ行こうぜ。ダクネスも待ってるんだろ?」

 

「そうですね。それでは、ギルドへ向かうとしましょう」

 

「あぁ」

 

 こうして、俺達は仲良く並んでギルドへと向かい出す。

 

 今日こそは魔法を撃てるだろうか。そんな期待を胸に、俺は涼やかな朝の道を歩いていく。

 

 

 

 

「おーい、こっちだ」

 

 俺達がギルドへと入るとこちらへ向けて手を振る人影が見える。

 

 質の良さそうな鎧を身にまとい、綺麗な金髪をポニーテールでまとめた彼女こそ、我がパーティきってのドMクルセイダー、ダクネスその人だ。

 

 俺より一つ年上ではあるのだが、どうもそういった情緒や清楚さは欠片も見えないこの変態。クルセイダーなのに攻撃が当たらないという欠陥持ちで和真も頭を悩ませていると語っていた。欠陥というかそれもう元から存在しないレベルじゃね?

 

 そんな変態騎士のダクネスが揃ったところで、俺達は掲示板の前でこれからのことを話し出す。

 

「それで、今日はどんな依頼を受けようか」

 

「この一撃熊の討伐依頼なんてどうだろうか!? あぁ、一体どれほどの威力なのか……。想像するだけで堪らんッ!」

 

「却下、名前からして俺達にはまだ早い」

 

「クッ、即切り捨てッ! これも悪くないな!」

 

 ねぇ、本当何なのこの人? 何言ってもドMに受け止めて興奮するんですけど? 何でも興奮出来るとかある意味凄いわ。

 

「私は白狼共の討伐依頼に行きたいです! 我が爆裂魔法、その威力でどれだけの数を葬れるだろうか! 今に見せてくれよう!」

 

「却下、白狼一体一体が強過ぎる」

 

「あぅ……」

 

 めぐみんの案も和真にバッサリ切り捨てられる。落ち込む姿なんか可愛いな。俺はロリコンではなかったはずだが……。

 

「というか、そろそろ言っていいか?」

 

「どうした八幡?」

 

 俺は昨日、ルナさんにとある依頼を受けると言ってある。よって、俺は少なくともそっちに行ってこなければならないのだ。

 

「昨日ルナさんに薦められた依頼を受けるともう言ってあるんだ。だから、俺はそれに行く予定なんだが……」

 

「あぁ、ゴブリン退治か。それなら俺達でも行けそうだな。どうする?」

 

「はい、別に構いませんよ」

 

「私もそれで構わない」

 

 満場一致で可決。お前らさっきの提案は何だったんだよ……。

 

「まぁいいか。じゃあちょっと依頼受けてくる」

 

「おう、頼むわ」

 

 俺は一人掲示板を離れて受付へと向かう。朝とはいえ数人が受付におり、ルナさんの所も今は人がいる。

 

 仕方ない、あの人でなくとも多分依頼は受けられるだろう。そう思い俺は他の受付へと行こうとするが……。

 

「……」

 

 何故かこっちをジッと見てる。ほら、目の前の冒険者の方も困ってますよ! 早く対応してあげて!

 

 そんな俺の思いが通じたのかルナさんは冒険者の方に意識を戻す。良かった、何か分からんけどホッとしたわ。

 

「あの……よろしいのですか?」

 

 不意に、目の前の受付の人にそう言われた。え、何が?

 

「その、ルナさんの方へ行かれた方が……」

 

「え、でも今人いますし……」

 

「それは、そうなんですが……」

 

 受付の人は何か困った様子で腕を組んでいる。一体どうしたのだろうか。まぁ、きっと俺には関係ないだろう。

 

「それより、依頼についてなんですが……」

 

「あぁ、はい。ゴブリンの討伐依頼ですよね? 少々お待ち下さい」

 

 受付の人はそう言って引っ込むとどこからかゴブリン討伐依頼と書かれた羊皮紙を取り出してきた。え、何で知ってるのん?

 

「ゴブリンは平原から少し離れた山の中に住んでいます。最低討伐数は十体で、価格は討伐一体につき二万エリス、買い取りは二千エリスとなります。何か質問はありますか?」

 

 受付の人は何事もないように話を続けていく。何だろう、気になるが聞かない方がいいのかな……。

 

 しかし、(ジャイアントトード)よりも安いゴブリンって……。まぁ、ここじゃ唐揚げとかにもなってるみたいだし、アレはアレでそこそこ需要があるみたいだから当然か。

 

「いえ、特にないです」

 

「分かりました。それではこちらをお渡しします。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

 そう言って俺に羊皮紙を渡してお辞儀する受付の人に、俺はそれを受けとって軽くお辞儀を返してから和真達の下へ戻る。

 

「依頼受けてきたぞ」

 

「おし、じゃあ行くとするか」

 

「そうだな、早く行った方が帰りも早くなるしな」

 

「そうですね、早く爆裂魔法も撃ちたいですし」

 

「お前はそればっかじゃないか……」

 

 俺が戻ると和真達は既に出発する準備が済んでおり、呼びかけに応えると皆一様に立ち上がる。

 

 さぁて、一狩り行くか。

 

 某狩猟ゲームの謳い文句を心で呟きながら、俺はギルドを後にした。

 

 なお、街を出る間際で泣きじゃくったアクアが来たことで、俺達はようやく全員が揃うこととなった。

 

 喚いてるけど、お前が起きなかったのが原因だからな?

 

 

 

 

 ゴブリン討伐に向けて、街付近にあると言われた山に向かう俺達一行。傍から見れば上級職の美女冒険者三人に、ひ弱そうな男二人。とてもこれからモンスターと戦うとは思えぬメンツではある。

 

 しかし、実際には彼女達は上級職ではあるもののポンコツもポンコツ、欠陥だらけの名ばかりな人間である。

 

 故に、彼女達が俺達の言うことを聞いてくれる訳もなく。

 

「出たわね!? 忌まわしき蛙なんて今度こそ私の攻撃魔法で殺してやるわ!」

 

「おいバカ、また食われる未来しか見えんぞ」

 

「食らいなさい! これは女神の愛と悲しみの鎮魂歌! 食らった相手は死ぬッ!」

 

「おいアクア! 戻って来い!」

 

「ゴッドレクイエムッ!」

 

「ゲロ?」

 

「……やっぱり、蛙ってそこはかとなくかばっ!?」

 

「だから食われてんじゃねぇーッ!」

 

 行く道に現れたジャイアントトードに問答無用で戦いを挑んだり。

 

「あぁ!? ズルいぞアクア! 私にも食らわせて……いやむしろ食ってくれ!」

 

「やめろ! お前まで食われたら俺がコイツらを殺せなくなる!」

 

「大丈夫だカズマ。コイツらは食事中は死ぬまで基本何をしても動かない。だから私も心ぉっ!?」

 

「ダクネスーッ!?」

 

「あぁ、ヌルヌルする……! この感触が何とも!」

 

 自らソレに食われに行って悦んだり。

 

「さぁ、ハチマン見ておくのです! これが人類最大威力の攻撃手段、これこそが究極にして最強の攻撃魔法!」

 

「おい待て、めぐみん! それだと俺も巻き込まれ……!」

 

「エクスプロージョンッ!」

 

 戦いに赴く前だと言うのに、一日一回の魔法を仲間に向けて放ったりする。そして、その本人は嬉しそうにその場に倒れ込む。

 

 曰く、これがこのパーティの"普通"らしい。どう考えても普通じゃないんだよなぁ……。

 

「フフフ……。どうですハチマン。これが爆裂魔法です。使いたくなってきませんか?」

 

「全然、むしろ使いたくなくなったが?」

 

 こんな高火力の魔法ポンポン使ってたらここいら一帯焼け野原になるわ。俺は焼畑農家でも頭のおかしい爆裂野郎でもないんだよ。

 

「というかアイツら大丈夫か? 確実に巻き込まれてると思うんだが……」

 

 俺の目の前には現在、蛙がいたであろう場所に隕石でも落ちたのかと思う程のクレーターが出来上がっており、そこからは爆炎の影響か黒々とした煙と砂埃が入り交じって空へと向かっている。

 

「あぁ、それなら大丈夫ですよ。カズマ達は異常にしぶといのであれくらいなら余裕です」

 

 そんな光景を気にもせず、何なら仲間の安否も気にしないといった風に、めぐみんは俺の呟きにそう答える。

 

「いやお前仲間に向かってしぶといって何だよ……。まぁ、否定出来そうにはないけどよ」

 

 和真をはじめ、アイツらのしぶとさは確かにゴキブリレベルな気がする。特にダクネス。物理攻撃なら無敵な気がしてならん。ある意味最強の盾なんじゃないか?

 

「ダァァァァめぐみんはどこだぁぁぁぁ!!」

 

「ほら、生きてます」

 

「本当だ、タフだなアイツ」

 

 怒りと恨みで満ちた咆哮を上げながら煙の中から出てきたのは緑のジャージを煤だらけに汚した和真だった。

 

「今日という今日はもう許さん! パンツ剥ぎ取って公然に晒してやるッ!」

 

「待って下さい。いや、確かに私が悪いですがカズマは流石にそんな酷いことしませんよね? しませんよね!?」

 

 何かめぐみんが焦ってきてる。当然か、なんせ今の和真の目には怒りの炎が燃えている。下手をしなくとも犯罪紛いのことはやるやもしれん。

 

「真の男女平等を掲げる俺にそんな慈悲は存在しない。必要とあらばドロップキックだって容赦しない」

 

「お、お願いですカズマ! 私今動けないのですよ!? 身動きとれない幼気(いたいけ)な美少女のパンツ剥ぎ取ってカズマは良心が痛まないのですか!?」

 

「百歩譲って美少女だとして、幼気な美少女は仲間に爆裂魔法を撃ち込んだりしないぞこのロリッ子め。更に言えば、両親の心は痛んでも俺の良心なぞ傷一つつきはしない」

 

「ロ、ロリ……!?」

 

「そこは痛ませてやるなよ……」

 

親御さん泣かせてんじゃねぇか……。ただでさえニートして迷惑かけてたらしいってのに……。

 

「さぁて、どうやって脱がそうか? 窃盗(スティール)でも良いが、動けないし直に脱がすのも悪くない……」

 

 そう言うや否や、和真はめぐみんの方にジリジリと寄っていく。めぐみんは逃げようとするが、爆裂魔法の所為で動けない。そんなめぐみんの下半身に向けて次第に滑らかで気持ち悪い動きをさせた手を出している。

 

「ちょっ!? カズマ、手の動きが何やらいやらしいのですが!? 何する気ですかセクハラですか! 訴えますよ!?」

 

「訴えれるものなら訴えてみろ。ただしその頃にはお前のパンツは公然に晒されているがな」

 

「ハ、ハチマン! お願いします、助けて下さい! このままではカズマにパンツを奪われてしまいます!」

 

「いや、知らんけど……」

 

 正直、このままでも問題がなかった俺はめぐみんを助けるか迷った。だってコイツ自業自得だし、俺だってパンツは獲らないにしても何らかの報復は与えるはずだ。

 

「お願いします! 今度何か魔法具の良いお店でも紹介しますから! 何なら、爆裂魔法も伝授しますよ!?」

 

 ふむ、アレの伝授か。それなら助け船を出すのも吝かではないな。しょうがない、助けてやるか。

 

「そこまでだ、和真。流石にパンツは犯罪だぞ?」

 

「グッ……そりゃそうだけど。俺も俺でやられっぱなしじゃ気が済まないんだよ!」

 

 確かに、何もしていない和真に非は一つもない。だから、仕返しがしたいのも分かる。

 

 そうだな、後で能力でも使うとしよう。

 

「そうか、残念だな。俺は行かないがお前にオススメしたい良い店があるみたいでな――」

 

「分かった、止めよう。後でこっそり教えてくれ」

 

 早い。早いです和真さん。俺まだ教えるとか言ってないんだけど? まぁ、止めてくれるならそれでいいけど。

 

「めぐみんも、いくらタフだからって攻撃して良い訳じゃないんだぞ?」

 

「すみません……今度からはダクネスだけにしておきます」

 

 いやそれ解決してるの? あの変態でもあの魔法には流石に……。

 

「凄いなめぐみん! 体に芯から伝わるあの威力、中々味わえぬ快感だったぞ!」

 

 え、嘘、この人何でピンピンしてるの? 何で嬉しげに語ってんの?

 

「ダクネスはキャベツ収穫の時に一度巻き込んでしまったのですが、本人を見る限り大丈夫みたいなので心配ないですよ」

 

「むしろ俺はアレ食らってどうもない体が本当に同じ人間なのか心配になってくるわ」

 

 アレ食らって問題ないとかタフってレベルじゃない。ついでにマゾってレベルでもないと思う。人間って凄いんだな……。

 

「あれ、そういやアクアは?」

 

 ふと、パーティの一人が見当たらないことに気づく。

 

「分からん、多分その辺に……あ、いたいた」

 

 和真がそう言って指を指す方を見ると、そこには体の半分が土に埋もれたアクアがいた。

 

「……ちょっと休憩してから行くか」

 

「……そうだな」

 

 哀れ、女神。蛙に食われ、魔法に巻き込まれ、土に埋もれたまま放置とは。見てられんな。

 

 結局、俺達は山の手前の草原でアクアが目覚めるまで休憩をとることとなった。

 

「はぁ……」

 

 そう溜め息を吐いたのは果たして俺か、それとも和真か。

 

 少なくとも言えるのは、どちらとも頭に手をあてて俯いていたということくらいか。

 

 

 

 

 休憩のため、俺達は近くの木の下で凭れかかっている。陽の光が葉の隙間から降り注いでくるが、直接浴びるよりかはいくらかマシだろう。

 

 それは和真達も同じようで、アクアを除いて意識のある者は皆気持ち良さそうに寝転んでいた。

 

 その中で和真は何やら虚空を見つめてはボーッとしていた。

 

「あぁ……楽して稼ぎたい」

 

「それ、ニートまっしぐらの発言だぞ」

 

 何を呟くかと思えば、欲丸出しの願望だった。

 

 いや、分かるけどさ。働かずに生きたいなんて誰もが思う願望であることは分かるんだけどさ。異世界くらい夢持たねぇ?

 

「八幡、この世界の先輩として一つ教えよう」

 

「何だ」

 

「夢は夢だ。現実じゃない」

 

「身も蓋もないな……」

 

 所詮現実だからか。嫌だなぁ……。

 

「ふと思ったのですが、二人は同じ出身地なんですよね?」

 

 俺達が非情な現実を嘆いていると、仰向けで微動だにしないめぐみんがそんなことを聞いてきた。まだ動けねぇのか?

 

「そうだが、それがどうした?」

 

「いえ、二人は同じ出身なのにこうも違う人間になる所がどんな所か気になりまして」

 

「私も気になるな、二人はどんな所に住んでいたんだ? どうやったらこんな鬼畜な人間が生まれるんだ?」

 

「ナチュラルに俺をディスるのやめてくれない?」

 

 めぐみんの率直な疑問にダクネスも興味があるのか会話に入ってきた。別に教えるほど良い所じゃないんだけどな。

 

「大した所じゃない。魔王やモンスターこそ出ないが俺や和真より凶悪な人間がいっぱいいる所だ」

 

「魔王がいないのですか? それはさぞ平和な気がしますが……」

 

「カズマより凶悪な人間……一体どんな人間なんだろうか! 是非見てみたいな!」

 

 めぐみんはモンスターがいないことに、ダクネスはカズマより凶悪な人間がいることにそれぞれ驚いていた。ダクネスはそれ以上興奮されると話進まないから黙っててくれよ?

 

「平和は平和だな。この世界に比べれば法律も、規則も、統治も行き渡っているからな。だが、人間同士の争いは絶えんな」

 

「何故ですか? 折角平和なのに」

 

 あぁ、この世界では魔王がいなければ平和になると思ってるのか。まぁ、戦争がなくなれば皆平和になると思ってる奴もいたし、当然か。

 

「だからだよ。共通の敵がいないからこそ、些細なことで争うんだ。自分より優れているのが気に入らないとか、自分の思うようにいかないのが腹立たしいとか、そんな下らない理由でな。しかも、能力や容姿の良し悪しでそんな横暴な理由もまかり通ることもある」

 

 本当、よく今まで耐えてきたと思う。誹謗中傷にはもう慣れてしまったが、実害に出ることもあるからああいうのは厄介なんだ。

 

「なんだか大変そうな所ですね。私とは合いそうにもありません」

 

「俺も嫌いだったぞ。というか、大抵の奴は嫌いだぞ、なぁ?」

 

「あぁ、あんな所なんて外人みたく旅行程度に寄るくらいじゃないと息が詰まって死んじまう」

 

 俺と和真はそう言ってお互いに見合うとうんうんと頷き合う。まぁ、悪くない場所もあるにはあるしな。文化自体はそれほど悪いものでもない。ただ、人間が腐ってるだけだから。

 

「そんなにか! あのカズマをもってしてここまで言わせるとは……是非一度言ってみたいな!」

 

「……なぁ和真。コイツならあっちでもやっていけそうだよな」

 

「奇遇だな。俺も同じことを思ったわ」

 

 そう考えるとドMというのは最早最強なんじゃないかと思う。ないか。ないな。

 

「そういや八幡、スキルはもう覚えたのか?」

 

 ふと、和真が何か思い出したように話題を変える。

 

「スキル?」

 

 ゲームとかでよく見る技とかのことだろうか。一体それがどうしたんだ?

 

「この世界じゃスキルを取ってないと技が発動しないんだ。だから、一応確認しとこうかと思ってな」

 

 そうだったのか。何か答えを出す者(アンサー・トーカー)あるし、適当でもいけるかと思ってたわ。やはりそこもRPGみたく覚えるまでレベル上げとかあんのか?

 

「じゃあ軽く説明するぞ。八幡、冒険者カードを出してくれ」

 

「おう」

 

 俺は和真に言われた通り冒険者カードを取り出して見る。ふむ、相変わらず馬鹿げた数値ばかりだな。なんだ、魔力無限って。ただの特典でしたわ。

 

「ちょっと見せてもらうぞ……」

 

「あ、私も見たいです」

 

「私にも見せてくれないか? 仲間のステータスだから把握しておきたいしな」

 

 俺は見られて困るようなものはないと思って軽く見せる。が、よくよく考えたら魔力無限とかバレたらヤバいんじゃね?

 

 しかし、時既に遅し、全ては後の祭りで、三人は俺に興味津々なのか食い入るように俺の冒険者カードを覗いている。

 

「凄いな……私よりレベルが低いのにほとんど私よりステータスが上だぞ?」

 

「何ですかこれ! 私より魔力値が異常に高いじゃないですか!」

 

「クッ、流石チート勢。見事なまでに数値が馬鹿げてんな」

 

 俺の数値を見るなり和真達は三者三様の反応をする。しかし、どうやら俺以外の人間には俺のステータスは異常に高い程度の認識になっているようで、誰も魔力が無限なことに気づいていない。下手に騒がれたら面倒だからありがたいな。

 

「まぁそれはいいや。んで、そのステータスの真ん中に何か色々書いてるよな? そこに取れるスキルの名前が書いてるはずだ」

 

 和真の言う通りに見てみるとそこには確かにこちらの世界の文字で”ティンダー”と書かれているのがあった。きっとこれがスキルなんだろう。

 

「ティンダーとかそういうのか?」

 

「そうそう」

 

 他にも何かめちゃくちゃあるが、どうもイメージが湧かないものもちらほら見られる。

 

「何かカッコいいの多いな。カースドって書いてあるのがちらほらあるが、これはどんな魔法に当たるんだ? このカースド・クリスタルプリズンとか、見た感じ氷系の魔法だとは思うが……」

 

「カースドは基本的に上級魔法に付く連体詞です。非常に強力でスキルポイントも三十程消費するはずです」

 

「おぉ、本当だ」

 

 めぐみんの言う通り、その魔法の横には確かに三十と書かれている。これが必要なスキルポイントなんだろう。しかし、それを知ってるめぐみんって、もしかして意外と賢い?

 

「ぐっ、羨ましい……! そ、それで、スキルを取る為にはその必要スキルポイントっていうのを消費しなけりゃいけないんだが……。八幡、今ポイントいくつあるんだ?」

 

「四百。やけにあるよな、これ」

 

 不思議がる俺の言葉に、俺以外の全員が言葉を失う。あれ、これおかしいのかな? 色々おかしいから感覚が麻痺してるんだよな、俺。

 

「和真は最初いくらあったんだ? 基準が分からん」

 

「ハチマン! それ以上はオーバーキルです! カズマが死んでしまいます!」

 

「そうだぞハチマン! カズマは冒険者の適性が低くて初期スキルポイントは()()だったんだ! あまり言ってやるな!」

 

「畜生ォォォォ! 羨ましい! 羨ましいぞ畜生めッ! このチート野郎! この天然タラシ野郎がぁぁぁぁ!!」

 

「おい、今最後なんつった。誰が天然タラシだ」

 

 俺のどこをどう見てあんな別人種と勘違いしてやがる。どっからどう見ても、俺はただのボッチ……ではないか。

 

「アァァァ! ……まぁ良いや。それより取得方法だが、取りたいスキルを左からなぞってみてくれ」

 

「こうか?」

 

 俺は言われた通り一番上のティンダーをなぞってみた。すると、文字が光り、体の中から何かが変わったような感覚がした。

 

「おぉ……!」

 

「それでスキルは習得完了だ。後はその余りあるスキルポイントで精一杯俺達のために活用出来るスキルを習得してくれ」

 

 なるほど、やはり異世界、俺の心を躍らせてくれる。今ならブレイクダンスも出来そうだ。久しくやってないから出来ないだろうけど。

 

「魔法を使うのに詠唱とかは要らないのか?」

 

「初級魔法に関してはその魔法の名称だけで良いらしい。上級になれるにつれて必要になるって聞いたけど、俺は習得してないし、めぐみんも持ってないから分からん」

 

「爆裂魔法ともなると長い詠唱が必要です。しかし、その分威力も絶大です。よろしければ、私と共に爆裂魔法の道を歩みませんか? 今なら取ってもかなりの余裕が出来ますよ?」

 

 めぐみんはそう言うと俺の方に這って近寄って来る。いや、別にそんな無理してまで寄って来なくても良いんでないの?

 

「いや、とりあえずここにある魔法を取らせてくれ。余ったら考えてみるから……」

 

「やりましたよカズマ! これで私と共に爆裂道を歩んでくれる人が増えましたよ!」

 

 俺の言葉に満足したのか、めぐみんは手足をバタバタさせて喜んでいる。いや、まだ別に良いとは言ってないんだが……。

 

「おい、本当に良いのか? 爆裂魔法はぶっちゃけ諸刃の剣と同義だぞ?」

 

 和真は心配そうに俺にそう聞いてくる。まぁ、使ったら大体目の前のコイツみたく倒れるみたいだしな。普通はオススメしないよな

 

 だが、すまないな。不運なお前には悪いが、俺にはもう一つ特典がある。

 

「あぁ、問題ない。言ってなかったが俺には第二の特典、無尽蔵の魔力(エンドレス・マジック)がある。魔力切れは恐らくないはずだ」

 

「クソォォォォ! 何で俺は駄女神を選んじまったんだァァァァ!!」

 

 それを聞いた和真は、ついに理性が壊れたのか、体を仰け反らせて悔しがって叫んでいる。その様子は阿鼻叫喚の亡者が苦痛に耐えるような姿のようで、見ていて少し心が痛む。

 

 何か、ごめんな……。

 

「ハァ……ハァ……。そろそろ行くか……」

 

 しばらくやって落ち着いた――と言うよりは何かを悟ったように、突然立ち上がった和真はアクアをペチペチ叩いて起こすとそのまま山へと向かって歩き出す。俺達もそれに続いて歩き出す。めぐみんは歩けないため俺が背負うことになった。

 

「……今度何か奢るわ」

 

「……ありがとう」

 

 その後ろ姿は、狩りに出かける冒険者の姿とはとてもかけ離れた、哀愁漂うものだった。

 

 世界って、残酷だよな……。

 

 俺はそんなことを思いながら和真達と共に木陰を後にする。報酬を受け取ったら飯でも奢ろう。じゃないと不憫だ。

 

 その後事態が把握出来たアクアが起き上がるや否や、和真に文句を言っているのを見て、今度からもっとカズマには優しく接してやろうと思ったのは別の話。

 

 魔法、何覚えようかな……。




いかがでしたでしょうか?
進まないね。更に遅くなることも考えると亀進行宣言してて心底良かった。(おい作者)
八幡は恵まれてるね。それに比べて……ごめんな和真。とりあえずサキュバスの店に行ってくると良いと思うよ。うん。
そんなこんなで次回、六話。ついに八幡が魔法を使う回です。はっきり言ってやらかしてしまう気しかしない。タグから何をしでかしそうか予測してみるのもいいかもね。
投稿は木、金辺りで出せたらいいなとは思ってます。最大期間は一週間の予定だから気長にね! 本当すんません。
感想、意見、指摘等お待ちしてます。


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瞬く星空に彼は彼女達を思う

やぁ。
簡素だけど、今回から挨拶はこれです。ポーションは決して作りません。
UAがとうとう1000突破です。ありがとうございます。ランキングも結構前だけどルーキー日間辺りで三位になって気がする。今はどこにいったんだろう?
オリジナル云々のタグはここで真価を発揮するよ! ダサイとかそういう感想は絶対受け付けないよ。センスはどうにもならないからね。あと、前からかもしれないけど今回特にカズマさんがクズマさんしてない気がするので一応タグ追加します。
長くなったけど、それではどうぞ。

~追記~
加筆修正しました


 俺達は現在、ゴブリンがいると言われた山まで来ていた。

 

 鬱蒼と生い茂る木々に整備されていない山道。自由奔放に生えまくった行く手を阻む草々に俺は少し苦戦していた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「ハチマン、大丈夫ですか?」

 

 俺に背負われためぐみんは息の上がった俺を見てか心配そうな表情でこちらを見る。ちょっと? 何とは言わないけど慎ましやかで柔らかいものが密着してるんですが、気づいてます? こっちは気づいてから心臓バクバクいってるんですが。

 

「あぁ、大丈夫だ。ちょっと歩き難いだけだからな……」

 

 実際、俺は凄く歩き辛かった。学校帰りに死んだとはいえ、それでそのままローファーで山歩きなど無謀もいいところだ。加えてめぐみんを背負っていることを考えれば下手をしなくても靴擦れするに決まってる。というかしてる。今度金を貯めたら装備一式買おう、そうしよう。

 

 将来の収入の使い道を早くも決めた俺は、現在の状況を和真に尋ねる。

 

「それで和真。近くにゴブリンはいるのか?」

 

「いや、今のところいないっぽいぞ」

 

 俺の質問に和真は周りを窺いながら答える。何故、和真にそんなことが分かるのか。それは、和真が現在発動している能力が関係している。

 

 敵関知スキル。何の捻りもない、文字通りのスキルなのだが、これが意外と使い勝手がいい。

 

 何せ敵の数だけでなく、その位置まで把握出来るのだ。恐らく、レベルを上げれば敵の情報も得られるはずだ。今度出来たら教えてもらうとしよう。

 

「おっ、敵反応有りだ。けどなんだが……」

 

「どうしたのだ?」

 

 何やら和真が訝しげな表情をして頭を捻っている。何かあったのだろうか?

 

「いや、反応が一つしかねぇなぁって」

 

「一つだけ? ゴブリンは群れで動くんだろ?」

 

 俺の知識が正しければゴブリンは基本群れで行動するはずだ。ゲームの際、エンカウントした時のウザさでいえばアイツらはナンバーワンだろう。それほどまでに彼らは基本群れで動く。

 

「一匹なら恐らくゴブリンじゃないかもしれん。様子見で窺うか?」

 

「だな。下手に動くよりここは待機だな」

 

 臆病かつビビりで有名な俺達は早くも意見が合致し、その辺の草むらへ隠れようとする。

 

「ちょっとカズマさんカズマさん。私することないんですけど。ここ最近扱いがより雑になってるんですけど」

 

 だが、そんな俺達の会話に横槍を入れるように不機嫌そうなアクアが割って入ってくる。朝置いて行かれそうになったのもあるのだろう。起きなかった本人が悪いだけだが。

 

「お前はもう少し慎みを持て。何でもかんでも華やかに事が進むと思ったら大間違いだ。それこそ、また蛙に食われるぞ」

 

「嫌よ! もう蛙に食われるのなんて二度とごめんよ!」

 

「おい、声が大きい」

 

 和真がアクアをぞんざいに扱った所為で、アクアが抗議の声を大きく上げてしまった。これじゃ隠れる意味がなくなるだろうが。

 

「さぁ! どんな相手でもかかって来るがいい! 願わくば、ガツンと来るような一撃を見舞ってくれるようなモンスターが望ましい……!」

 

「敵にどんな要望突き付けてんだよ」

 

「さぁ! 出てくるのなら来いなのです! ハチマンが成敗してくれますよ!」

 

「さらっと挑発してしれっと俺を巻き込むのやめてくんない?」

 

 ダクネスもめぐみんもアクア(アホ)に感化されていつもの調子で構えている。というかめぐみん、背負われる身であんまり調子乗ると置いていくからな?

 

「すみません……」

 

分かればよろしい。

 

 ガサガサ。

 

 ふと、俺達の騒ぎように応えたのか、草むらから何やら揺れる音がする。その音に反応して皆がそちらを見やる。

 

「きゅ?」

 

 しかし、警戒の度合いに反してその草むらから出てきたのは、何の変哲もない小柄のリスだった。こっちの世界にもリスがいるのか。

 

「なんだリスじゃないですか。心配して損しましたよ」

 

「期待外れだな……まぁ可愛いから良しとするか」

 

「もしかしてカズマさんの言ってた反応ってこのリスなの? プ~クスクス! とんだゴミ性能じゃない!」

 

 めぐみんとダグネスはそう言って肩を撫で下ろし、アクアはリスに寄って行きながら和真をからかう。和真を見れば眉間に皺が寄り、今にも切れそうな顔をしていた。

 

「おい、アイツ置いて帰ってもいいかな、八幡?」

 

 その和真は苛立ちからかそんなことを口にする。まぁ、気持ちは分からんでもないけどさ……。

 

「多分もっと面倒なこと起こすからやめとけ」

 

 答えを出す者(アンサー・トーカー)を使ってはいないが、何故かそんな気がしてやまない。

 

 そしてその予感は時を待たずして当たったようだった。

 

 ガサガサ。

 

 再び、リスが出てきた方の草むらが揺れる音がする。だが、先程とは何か様子が違う気がする。

 

 何というか、肌にまとわりつく嫌な予感というか……ひょっとしたらヤバいかもしれん。

 

「おいアクア、そこから離れろ。何か嫌な予感がする」

 

 俺はリスと戯れているアクアにそう警告する。しかし、さっきの和真の予感が外れたことで気が抜けているのか、はたまた単純に危機察知能力が乏しいだけなのか、アクアは笑いながら答える。

 

「え~何よハチマンまで。もしかしてハチマンもビビってるの? プ~クスクス! 情けないわね!」

 

 やっべぇコイツ殴りてぇ!

 

「なぁ、和真。俺もアイツ置いていって良い気がしてきたわ」

 

「ハチマン、さっきと言っていることが逆ですよ」

 

 そう言うなめぐみん。今、アイツを見ていると無性に腹が……。

 

「おい……アクア」

 

「ん? どうしたのよハチマン。リスなら自分で寄せ付けなさいよ」

 

「いや、お前の後ろの奴……何だ?」

 

 俺の言葉にアクアはそちらを振り向く。

 

 草むらから出てきたソイツは、リスなんて可愛らしい影はどこにもない。それは、言うなれば猫科の猛獣だった。

 

 虎やライオンなんて小さく見える、それほどまでに成長し、黒い体毛に覆われた体躯は俺達冒険者を欲さんと語っている。

 

 サーベルタイガーよりも大きな二本の牙を持つ口から常に涎が垂れているのは、きっとしばらく何も食べていないからなのかもしれない。

 

「……こんにちは~」

 

「ガァァァァッ!!」

 

「いやぁぁぁぁ!?」

 

 耳に劈くような咆哮を上げたモンスターはアクアに襲い掛かった。アクアは泣きながらそのモンスターの攻撃から逃れようとしている。

 

「おいっ! 何だあのモンスターは!?」

 

「知らねぇよ! あんなモンスター初めて見たぞ!?」

 

 俺と和真はその突然の事態に困惑する。ジャイアントトードとは違い、気が緩めば”死”が待っているのだと、そう感じさせるような感覚を、俺はこの時初めて感じた。

 

「あれは初心者殺しだッ! 名前の通りゴブリンの群れに付いて行ってゴブリン目当ての駆け出し冒険者達を襲う危険なモンスターだッ!」

 

 ダクネスはそう叫びながら剣を構える。どうやら、あのモンスターは初心者殺しと言うらしい。聞く限り、知性があるのだろうか、これはかなりヤバいかもしれん。

 

「アクアから離れろッ!」

 

 ダクネスは剣を振りながら襲われているアクアを初心者殺しから庇うように剣を構えた。

 

 しかし、ダクネスの攻撃は一度たりとも当たりはしない。だが、初心者殺しは剣を恐れたかダクネスの前から一歩後退(ずさ)ると威嚇するように吠える。

 

「ガァァァァッ!!」

 

 そして、熊よりデカい手をダクネスの剣に向けて振り下ろす。その威力は想像よりも高く、蜘蛛の糸を断ち切るように、ダクネスの剣を簡単に折ってしまった。

 

「そんな!? コイツ、私の剣を折ってしまったぞ!?」

 

 ダグネスは刃の途中から綺麗に折られた剣を見て珍しく慌てだす。流石に自分の剣が折られるとは思っていなかったようだった。

 

「あぁ、どうしよう!? 今すぐコイツに突っ込んで一撃食らってみたいが、クルセイダーとしてアクアを守らねばいけない!」

 

 いや、違いましたわ。平常通り興奮してましたわ。この状況下で興奮出来るとか最早逸材だわコイツ。

 

「ちょっとカズマ! ハチマン! 早く助けなさいよ! 私死んじゃうじゃない!」

 

 ふと、ほぼ存在をほぼ忘れかけていたアクアがこちらに助けを求める。そもそもの原因はお前だろうがッ!

 

「うるせぇ駄女神! お前が招いた災厄だろうがッ! 自分で何とかしろよッ! 何なら置いてでも逃げるぞッ!」

 

「ワァアァァァ!! カズマが言っちゃいけないこと言った! 私女神なのに! 水の女神なのに!!」

 

「どこがだこの駄女神めッ! お前回復魔法なけりゃただの宴会芸人みたいなもんじゃねぇか!」

 

「また言ったぁぁぁぁ! カズマがまた駄女神って言ったぁぁぁぁ!!」

 

「あぁもうめんどくさいなお前ら!!」

 

 収拾のつかない言い争いに俺は流石にキレる。何で死にそうな状況でお前らそんなことが出来るんだよ!

 

「グォォォォ!!」

 

 そんなことをしていると、痺れを切らした初心者殺しはダグネスに向かって襲いかかる。不味い、このままでは最悪ダグネスが致命傷を負ってしまう。

 

答えを出す者(アンサー・トーカー)!」

 

 俺は能力を使いこの場での最善の"答"を導き出す。仲間を助け、初心者殺しを倒す方法を。ついでにアクアに痛い目見せられるようなものがあればなお良いな!

 

そんな願いも交えて出した答を、俺は即座に実行した。

 

「闇を祓いし氷雪よ、光すら封印()ざす氷晶よ! 極寒にして凛冽(りんれつ)なりし絶対零度の氷結魔法! 我が呼び声に応え、我が許にて顕現せよ! 仇為す全てを凍て尽くす、六花の加護をここにッ!」

 

 右手を前に差し出し、慣れない詠唱を口にしながら俺は魔力を高める。その最中、空気中の水分が凍っていくような感覚と共に、自身の魔力が手に集まって高まるのを感じた。

 

「カースド・クリスタルプリズンッ!!」

 

 詠唱が終わり、魔法が発現する。高まった魔力を押し出すようにすると、初心者殺しに向かって氷の道が出来上がる。

 

そして、初心者殺しに氷が触れた瞬間、氷はそれを逃がすまいとゆっくりとその動きを止めていく。暴れようにも、体が次第に凍っていくため逃れられない。

 

やがて完全にその動きを止めた時には、そこには透き通った六角水晶が形成されていた。中には、事態を飲み込めぬまま息絶えた初心者殺しがおり、それを見て、俺は思わず驚嘆の声を上げる。

 

「おぉ……すげぇ……」

 

 なんと美しい光景だろうか。場違いにも俺はそんなことを考えていた。

 

「こ、これは凄いな……」

 

「す、すげぇ……これが本物のアークウィザードか……」

 

「おい、まるで私が偽物みたいな言い方じゃないか。文句があるなら言ってみるがいい」

 

 和真達も若干一名を除き俺と同じ感想を呟いている。めぐみんも気持ちは分かるがそれは他の魔法も使ってから言おうな。

 

「あれ、あの駄女神はどこ行った?」

 

 そこで和真がアクアがいないことに気づく。あれ、さっきまでダクネスの後ろにいなかったか?

 

「あ……」

 

 ふと、めぐみんが何かに気づいたように声を漏らす。

 

 そして、そちらを見ると氷晶の中に異物が――否、アクアが初心者殺しと共に凍っていたのだ。 

 

「あぁ……」

 

 俺はどうやらアクアを巻き込んで魔法を発動させたらしい。腹いせの解消が本当に”答”に考慮されていたらしい。

 

だからだろう。俺は今、清々しい気分で満ち溢れている。しかし死んでないよな、あれ……。

 

「ハチマン、これは流石に……」

 

 それに気づいたダクネスも少し気の毒そうに呟く。

 

「分かってるよ。暖めるか……」

 

 俺は凍ってしまったアクアを元に戻すべく、再び詠唱を始める。

 

「燃え盛るは炎、焼き尽くすは(ほむら)。我が手から放出せよ。ファイアボール」

 

 ボッボッ、と配管工事のおっさんよろしく、掌から炎の塊を出してアクアが凍っている氷に当てる。すると、意外な程にすぐ溶けた氷の中からアクアが飛び出してきた。

 

「ちょっと、何するのよ!? 死ぬかと思ったじゃない!」

 

 そう言うや否や、アクアは俺の胸倉を掴んで前後に揺らす。ちょ、めぐみんもいるから出来ればやめてくれ、ぐわんぐわん揺れる。

 

「私凍らされたんですけど!? 女神なのに氷漬けにされたんですけど!?」

 

「アクア、揺れます、落ちます、ずり落ちます。揺らすのやめて下さい」

 

「いや、元々はお前が煽ってきたのが原因……ちょ、マジで吐く……」

 

「謝りなさいよ! 女神を凍り漬けにしたこと、謝りなさいよ!」

 

抗議の声を上げるも、俺の言葉を聞かずにアクアはなおも俺の胸倉を掴んだまま揺らしてくる。このままでは昨日のキャベツをリリースする羽目になる。それは避けたい。

 

「分かったよ、だからとりあえず落ち着いてくれ。帰ったら何か奢るから」

 

「言ったわね!? 最低でもシュワシュワ三杯は奢りなさいよ!?」

 

 チョロイ。女神なのに酒に釣られるとかチョロすぎて女神界の今後が心配になってくる。

 

「しかし凄いですね。手練れの冒険者でもこの威力の魔法を扱えるのは中々いませんよ?」

 

 アクアを宥めていると背負い直しためぐみんは俺が作った氷晶を見ながら悔しそうに呟く。

 

「そ、そうなのか……。俺はただの冒険者だぞ?」

 

「ただの冒険者というのはカズマみたくステータスが低く取柄のないような人のことを言うのです。間違ってもハチマンはそんな部類ではありません」

 

「ねぇ、めぐみんは俺をディスらないと気が済まないのか? そろそろ泣きたくなってくるぞ?」

 

「ま、まぁ、カズマはカズマで何か良いところあるんじゃないか? そんな言ってやるなよ」

 

「ねぇ、俺泣いて良い? ハチマンにすらその言い様されるとか辛すぎる」

 

「これで少しは私の気持ちが分かったかしらカズマ! これからはもうちょっと私に優しくしなさい!」

 

「はぁ? やだよ、何言ってんだ?」

 

「なぁんでよぉぉぉぉ!?」

 

 結局、死にそうになったことも忘れた俺達は、しばらくそんなやり取りを繰り返すことになった。緊張感なさすぎなんだよなぁ……。

 

 

 

 

 その後、ようやく平常――と言ってもさっきとあまり変わらないのだが――に戻った俺達は目的のゴブリンの群れを難なく退治。依頼討伐目的数の倍ほどいたが、俺の魔法の実験台として利用させてもらった。加減を間違えて何匹か燃やし尽くしたり塵にしてしまったがな。

 

 そして、今はその帰り。モンスターの配達サービスを利用してゴブリンの回収をしてもらった俺達は、既にアクセルの街へと戻ってきていた。

 

 ゴブリンの討伐依頼達成と初心者殺しの出没、討伐についてはギルドで報告を済ませたのだが、如何せん、その対応をしてくれたルナさんが忘れられない。

 

『ヒキガヤさーん、こちらこの度の報酬となります』

 

『あ、はい……あの、何か機嫌悪い――』

 

『ヒキガヤさん、お疲れ様でした』

 

 怖ッ!? 目が全然笑ってないんですけど!? 俺なんかしました!?

 

 まぁ、そんな彼女の可愛らしい黒い笑顔は予想外ではあったものの、俺は人生で初めて給料と呼べるものを貰うことになった。

 

 ゴブリン討伐数二十二匹、買い取り十五匹、初心者殺し討伐、買い取り共に一匹。締めて六十万強の報酬を俺達はこの日だけで稼ぐことが出来た。報酬は勿論割勘、一人当たり十二、三万程の収入となる。

 

「おぉ……! やっぱチート持ちがいると違うなッ!」

 

 普段の収入がどれほどかは知らないが、和真の反応を見る限り駆け出し冒険者にとっては中々良い金額のようだ。周りの冒険者達には初心者殺しを倒したことを随分と持て囃されたが、能力頼りの勝利だったためかあまり嬉しくはなかった。

 

 その後、俺はアクアを凍り漬けにしたお詫びも含めて和真達とギルドで軽く飲むことになった。手持ちが良いからか、和真は今日は飲みまくってやると言って最初からシュワシュワを大量に頼んでいた。

 

「プハーーッ!! やっぱりクエスト終わりにはキンキンに冷えたシュワシュワよね!」

 

「ワハハ! お前今回何もしてねぇじゃねぇか!」

 

「いいのよそのくらい! さぁ、まだまだ飲むわよ! すいませーーん! シュワシュワもう一杯追加でーー!!」

 

「おいアクア、俺は三杯までしか奢らんからな?」

 

 ほどなくして、彼らは見事に出来上がっていた。呑兵衛のアクアなら分かるのだが、和真や他の冒険者達も酔いの回りが早いのは多分和真が音頭をとっているからだろう。昨日の以上に、彼らは騒ぎ盛り上がっていた。

 

「イヨッ! 花鳥風月!」

 

「オォォォォッ!?」

 

 アクアは花鳥風月などの宴会芸スキルを使うと何やら小銭を冒険者達から投げられていた。多分、膨らんでいく借金の返済にでも充てるのだろう。そんな姿を見ると、ますますコイツが女神に見えん。和真がぼやいていた通り本当に宴会芸の神なんじゃないかと思う。

 

「あ、そうだ和真。ほれ」

 

「ん? どうした八幡?」

 

 既にいくらか酔っ払っている和真に、俺は先程の報酬からいくらか金を取り出して手渡す。何の金か分からないのか、和真は首を傾げている。

 

「昨日の飯代だ」

 

「あぁ、別に気にしなくても良かったのに」

 

 納得した和真はそう言って笑いながらそれを懐に仕舞う。

 

「いや、気にする。俺は基本こういうのは嫌いだからな」

 

 人に迷惑をかけない、干渉しない程のガンジーもビックリな博愛主義者なボッチにとって、他者との明確な従属関係が生じることは極力避けたいものだ。例えそれがパーティメンバーであろうとも、その辺りはきっちりせねばなるまい。

 

「ハッ!? まさか、パーティを抜けるとか言わないよな!?」

 

 しかし、何を勘違いしているのか、和真は俺の言葉を聞くなり詰め寄って問い質してくる。近い、離れろ、鬱陶しい。

 

「今は特に考えてない。だが、俺は出来れば基本ソロで動きたい。だから、必要な時に呼ぶような形にして欲しいんだが」

 

「何故だ? というか、それパーティっていうのか?」

 

 すまんな、仲間とかいた経験ないから定義が分からん。呼んで手伝ってくれたらパーティなんじゃねぇの?

 

「パーティかどうかで言えば知らんが、ソロで動くのはそっちの方が効率良いからだ。今日みたいな動きじゃ俺はこの先確実にチート能力を持て余すだろうからな」

 

 言うことを聞かない仲間を宥めて、突っ走る仲間を庇って、強いモンスターと戦う。そんなの縛りプレイと変わらんし、何のために都合の良いチート能力取ったか分からん。

 

「それに、誰かに頼る戦いをするよりかは自分だけでしっかり戦える方がいざという時に困らないだろ? お前、絶対俺を頼ってサボるだろ。俺はそれを絶対に許さない」

 

「そ、そんなことはないぞ……?」

 

 俺はそうやって睨むが、和真はそれに合わせて目を逸らす。つまり、サボる気満々だったのな、お前。その気持ちは分からんではないけどな。

 

「まぁそういうことだ。各々が効率的に成長する為にも俺はソロで動きたい。勿論、呼びかけには基本応じるぞ」

 

「それなら……まぁ……」

 

 和真は納得はしなかったようだが渋々了解してくれた。良かった、これで心置きなく自由に動ける。ボッチ万歳。

 

「しかしなぁ……出来れば八幡にはもっと全力で無双して欲しかったんだけどな。俺が楽出来るし、金は増えるしで一石二鳥」

 

「お前なぁ……」

 

 コイツ、本当自分のことしか考えてねぇな。そりゃ無双するのは男としちゃ夢見るもんだが、手放したのはコイツ自身だしな。自業自得だ。

 

「八幡、俺は強くなれると思うか?」

 

 和真は心配なのか、酒を煽りながらそんなことを聞いてくる。見れば、少しだけ顔が暗い。

 

 強くなれるか、か。んなもん誰にも分からんさ。

 

「さぁな」

 

 だから、俺はただそう返すだけ。そのついでに俺は酒を頼む。こっちじゃ自己責任だし、飲んでも構わんだろう。少し、飲んでみたいしな。

 

「だよな……」

 

「人に聞いて分かるもんなんて、たかが知れてるからな。そんなもんだ」

 

 さっきの明るさはどこへやら。和真は軽くなったジョッキを覗きながらただ黙っている。

 

「……ただまぁ、何だ。和真」

 

 俺は和真を呼んではみたが、どうやら何も考えていなかったらしい。その後に続く言葉は一つとして頭に浮かんでこない。

 

「その……あれだ。お前は、強くなりたいと思ってるのか?」

 

 ここで俺がコイツを手伝ってやるのは容易い。答えを出す者(アンサー・トーカー)を使えば指導だって朝飯前でちょちょいのちょいだ。短期間で大幅レベルアップも出来るだろう。

 

「そりゃあ、なりたいさ。強くなって、モテまくって、チヤホヤされたい」

 

「そ、そうか……」

 

 しかし、それではきっと、本当に救いたいものは救えない。

 

 今になって思う。平塚先生はこういうことを言っていたんだな。

 

 自分で決めた理由を、自分の意思で動く覚悟を、持っていなければ駄目なのだと。

 

 全く、失ってから気づくものは多いというが、俺の場合与えられてもないのに失ってばかりな気がするな。

 

「でも……」

 

「でも?」

 

「八幡みたいな、本物のカッコよさってのは、それじゃ得られないんだろうな」

 

「はぁ?」

 

 何だそりゃ。俺はそんなカッコいい人間じゃなかろうに。

 

「今日見て思ったよ。初心者殺しを報告した時、俺ならきっとアイツらに自慢してたけど、八幡はしなかっただろ?」

 

 まぁ、ああいうのは慣れてなかったし、する気もないしな。

 

「他人が優れているのは羨ましいし妬ましい。正直、ソイツが他にも恵まれてたら陰湿な嫌がらせをするくらいにはな」

 

 そんなにか、と思ったが、やはりそう思う時点で俺は恵まれているのだろう。もしくは、既に諦めているかのどちらかだな。

 

 和真はそこで再びジョッキを煽る。中々の飲みっぷりで残っていた酒は全て飲み干してしまった。

 

「ハァ……でも、八幡は不思議と羨ましさとか、妬ましさとか、そういうのが湧かないんだ。八幡なら、持っててもおかしくない、みたいな?」

 

「なんじゃそら」

 

 つくづく要領を得ない説明だ。だが、何が言いたいのかだけは何となく分かる。

 

「あぁ、何だろうな。でも、何て言うんだろうな……こういうの」

 

 和真、それはきっと"憧れ"と呼ぶんだ。俺がかつて雪ノ下に見た、理想とは違う、在りたかった自分の姿なんだ。

 

 尤も、俺にそんなものがあるなんて思っても見なかったけどな。

 

「要するにあれだ。八幡みたいでなくとも、仲間くらいはカッコよく守れるくらいに強くはありたいな」

 

 そう言って和真はニカッと笑う。それは、気持ち悪さを含まない純粋な笑顔だった。

 

 俺は、仮にも奉仕部の人間だ。そんな俺が困った仲間を見捨てたら、アイツらにどんな折檻を食らうか分かったもんじゃない。

 

 持つ者は持たざる者に慈悲を。恵まれぬ者には救いを。飢えた者に魚を与えるのではなく魚の取り方を教える我が奉仕部の理念に則って、俺はお前を手伝おう。

 

「承ろう、その依頼。俺が、お前を強くしてやるよ。絶対な」

 

 でねぇと、帰ったらアイツらに怒られそうだからな。

 

「は、八幡……!」

 

 和真は俺の言葉に泣きそうになっている。やめろ、気持ち悪い。男が泣くな。近づくな。

 

「お待たせしました」

 

 そこで、俺が頼んだ酒はウエイトレスによって()()運ばれてきた。樽みたいなジョッキに白い泡を発散させたこれがシュワシュワと呼ばれる酒らしい。炭酸飲料みたいだな。

 

「ほらよ」

 

 俺はその内の片方を和真の前に置く。

 

「え?」

 

「明日から鍛えるからな。しばらくは飲めんと思って、黙って飲んでな」

 

 俺はそう言ってジョッキを前に出す。目線はやっぱり逸らしたままで。

 

「……おうッ!」

 

 ガシャン、と。二つのジョッキが重なり合う。それに合わせて俺達は酒を煽る。

 

「……思ったより苦いな」

 

「そのうち飲んでりゃ慣れるぜ、八幡師匠!」

 

「師匠はやめろ。これ持ってあっち行け。昼のあれな」

 

 恥ずかしくなった俺は和真に一枚の紙を渡して追いやる。その紙にはこの街の秘密の店の情報が書いてあるが、それに関してはあまり触れまい。

 

「お、和真が戻ってきたぞ!」

 

「お、仲間とはもう良いのか?」

 

「あぁ、問題ない。さぁ、飲むぞお前らーーッ!」

 

「オオオオッ!!」

 

 和真が音頭を取り始めると、ギルドはまた一段と騒がしくなる。めぐみんやダクネスもその様子を見て笑っている。静かにと言ったろうが……。

 

「全く、カズマは騒がしいですね」

 

「まぁ、カズマらしくて良いじゃないか」

 

 和真らしい、か。きっと、俺の知らないことも彼女達は知っているのだろう。でなければ、その言葉は出てこない。

 

 そういえば、俺はアイツらのことを知っていたのだろうか。本物を望んだ、彼女達のことを、俺はどれだけ知っていたのだろうか。

 

 ……いや、止そう。考えても無駄だろうからな。

 

「……やっぱ、集団には慣れんな」

 

 俺はそう言いながら和真達のいる方を見る。酒を飲み、冒険者と肩を組み、歌を歌いながらよく分からない踊りを踊っている。

 

 そして、そんな彼らには皆、笑顔が浮かんでいる。

 

「ハチマンは混ざらないのですか?」

 

 ふと、いつの間にか隣に来ていためぐみんがそんなことを俺に問う。ダクネスはトイレにでも行ったのか、この場にはいなかった。

 

「あぁ、苦手だからな。ああいうのは」

 

 いつだって見てるだけで、皆にいなくて良いのは、俺だからな。もう慣れた。今更混ざりたいとも思わんしな。

 

「……見てるだけで良いんだよ。ああいうのは」

 

 いつだったか。眩しく、光輝いていたステージにいた彼女達のことを俺は再び思い出す。

 

 誰からも喝采を浴び、万雷の拍手を送られ、熱狂の只中にいた彼女達の顔には、思いは違えど、目を逸らせぬ程の綺麗な笑顔があった。

 

 一番後ろで眺めていただけだけど、俺はそれを忘れはしない。例え、アイツらが俺を忘れても。俺だけは決して忘れない。

 

「ハチマンは、何故このパーティに入ったのですか?」

 

 ふと、めぐみんは何を思ったのか、俺にそんなことを問うてくる。

 

「……別に、気まぐれだ」

 

 案外、人との付き合いなんてものは、本人次第で変わるもんだ。だから、これも俺の気まぐれによるものだろう。

 

「……そうですか」

 

 俺の答えに、めぐみんは静かに返す。その表情は、何故か少し嬉しそうだった。

 

「それでは、私はそろそろ帰ります。ダクネスが戻ってきたらそう伝えておいて下さい」

 

「あぁ、分かった」

 

「それと……」

 

「それと?」

 

「今日は、私を庇ってくれてありがとうございます」

 

 めぐみんはそう言うとニコッと笑って、去っていった。

 

「……気にすんな」

 

 俺は窓の外を見る。既に陽は落ち、夜闇が広がる空には、色とりどりの星が瞬いている。

 

 もしも、彼女達があの星であるならば、俺は一体何なのだろうか。

 

 そんなことを耽りながら、俺は一人酒を煽る。

 

 かつて憧れた大人の味はほろ苦い。それはきっと、俺がまだ子供だからなのかもしれないな。




いかがでしたでしょうか?
書いた本人が言うのはあれだけど、和真が誰おま状態。特に後半。どうしてこうなった。
詠唱に関してはそのうち言わなくなるとは思いますが、希望があれば黒歴史になるであろう詠唱は考えます。多分ないだろうけど。センスの無さに脱帽まであるね。
感想、意見、指摘等お待ちしております。


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一人のボッチは、こうして彼らと出会う

やぁ。皆は元気? 私は元気じゃないよ。それでも出すよ、第七話。
今回は完全オリジナルですね。つまり、私の妄想はここから本領発揮だね。オリキャラも出るよ。オリジナル詠唱も唱えちゃう。センスがホスィ……。
それでは、どうぞ。

~追記~
加筆修正しました


 二日酔いに苦しむことはなく、初めて馬糞の臭いで目覚めなかった馬小屋生活三日目。気持ちの良い目覚めと共に今日も一日が始まる。

 

 馬小屋の前で日課になりつつあるストレッチを済ませ、俺はギルドへと向かう。これで明日やらなければ三日坊主ではあるが、それもこの調子ではなさそうだ。

 

 俺は歩きながら遠くに見えるギルドを見て、改めて思う。このギルド、遠くからでもそこがギルドだと知っていれば気づくくらいには大きい。

 

 そして外装。赤レンガの瓦に白塗りの壁というヨーロッパ周辺の街造りを彷彿とさせる雰囲気をまとっており、その瀟洒(しょうしゃ)な建物には大抵人の出入りが多く、今日も朝早くから多くの人が行き交っていた。

 

 中へ入ってみてもそれは同じで、そこにはプレートやマントといったファンタジー特有の服装をした者達で溢れている。

 

 しかし、今日は少し様子がおかしかった。いつもなら多少の人だかりができているのが常な掲示板の前に、今日は誰も立っていないのである。

 

 不思議に思い、掲示板を覗いてみる。そういえば、昨日一昨日と受付で依頼を受けていたが、本来はここにある依頼を取って受付に持って行くことで依頼の受理が出来るらしい。知らんかった……。

 

 しかし、覗いた先には驚きの光景が待っていた。

 

 なんとそこには昨日受けたような依頼は一切なく、全て高難易度の依頼しかなかったのだ。グリフォンや一撃熊、デストロイヤーなど物騒なモンスターの名前しかそこには並んでいなかった。

 

「どういうことだ?」

 

 昨日までは問題なかったはずだ。なのに今日、突然依頼が途切れるなんてことがあるのだろうか。

 

 そんな疑問に答える声が隣から聞こえた。

 

「申し訳ございません。ただいま魔王軍幹部が襲来中との情報を受け、調べてみると近隣のモンスターが皆隠れてしまったらしいんです。二週間程で王都からの騎士団が来られますので、その間まではこの調子かと……」

 

「あ、ルナさん。おはようございます」

 

 今日は依頼を受ける者がいない所為か、受付からひょっこり現れたルナさんが俺にそう説明してくれる。

 

「……フフフ」

 

 俺が名前を呼んで振り向くと、少し呆けた様子で固まったルナさんは突然笑った。え、何、俺に対してじゃなかったとか? うわぁ、やっちまったよ、恥ずかしい……。

 

「いえ、初めて私を名前で呼んでくれたなぁと思いまして」

 

 もっと恥ずかしいことしてたわ。俺が女子の下の名前で呼ぶのなんて小町くらいしかいなかったのに。あ、戸塚は性別が戸塚だから別な?

 

「あ、その、嫌でしたか……?」

 

「いえいえ、別に嫌ではありませんよ。何なら呼び捨てでも構いませんし」

 

「いえ、流石にそれはちょっと抵抗あるというか、なんというか……」

 

 ハードルが高いなんてレベルじゃない。断崖絶壁を登れとかそんくらいのハードさだわ。それも命綱なしでやるくらい。

 

「そうですか……。では慣れてからでもいいのでどうぞ気軽にお呼び下さい」

 

「ルナさーん、ちょっと良いですかー?」

 

「はーい! それでは、私はこれで」

 

 そう言ってルナさんは受付の方に戻る。どうやら他の職員から呼ばれたらしい。そこそこ上の人なのかな?

 

 しかしどうしたものかと、俺は頭を悩ませる。

 

 俺は別に問題ない。昨日の依頼で魔法を扱う感覚も分かったし、能力があるから油断こそしなければある程度の依頼はこなせるだろう。

 

 しかし、和真達は別だ。アイツらは俺みたいなぶっ飛びステータスは持っていない。いや、ある意味ではぶっ飛んでいるが、レベルもパーティとしての連携力も低いからな。連れて行くのは危ないだろう。

 

 そうこう考えていると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「おーす、八幡。今日も早いな」

 

 振り向くとそこにはアクア達を引き連れてこっちに来る和真がいた。

 

「おぉ和真、丁度良い。少しいいか?」

 

「何だ? パーティ脱退ならお断りだぞ?」

 

「ちげぇよ、依頼のことだよ。必死過ぎだろ、何、俺のこと好きなの?」

 

「それこそちげぇよ。で、依頼? 昨日みたくゴブリン退治でいいんじゃないか?」

 

「それがだな――」

 

 俺はそこで他のメンバーも含めて事のあらましを説明してやる。

 

「――という訳だ。俺は能力があるから平気だがお前らは危ないからしばらく依頼に出ない方が良いんじゃないか?」

 

「そうですね。そんな危ない奴がいるんだ、休んでても罰は当たらんだろ」

 

 和真は俺の説明を聞いてうんうんと納得したように頷く。まぁ、和真の自己保身の精神は俺以上っぽいしな。了承するとは思っていたが……。

 

「ちょっと待ちなさいよ! それじゃ私借金返せないじゃない!」

 

 やはりと言うべきか、借金神のアクアが異議を申し立てる。だが、そんなん知らん。

 

「お前が勝手に作った借金のことなんて知らんし面倒を見る義理もない。適当に働いてろ」

 

「お前はせっせとアルバイトでもして働いてろ」

 

「なんでよぉぉぉぉ!?」

 

 俺と和真がそう言うとアクアはまた泣きじゃくって和真を揺さぶる。毎度毎度大変だよなぁと、俺は和真を見ながらしみじみ思う。

 

「まぁ、しばらくは依頼に出ないという意見には同意です。下手に出ても死ぬだけでしょう」

 

「私も賛成かな。剣が折れたから新調したいし、この前買った鎧もそろそろ出来上がってるだろうから一度実家に戻るとするよ」

 

 そして、どっちに転ぶか分からなかっためぐみんとダグネスが賛成派に傾いた。これによって、俺以外のメンバーは依頼を受けない方針に決まった。

 

 その後俺達は各々自由に動いて良いということになりその場で解散。泣きじゃくるアクアを和真に押し付けて俺は再び掲示板を見る。

 

 改めて見て思ったが本当に上級の依頼ばっかだな。割の良いのがどれか見ただけじゃ分からんな。

 

答えを出す者(アンサー・トーカー)

 

 俺は能力を使って一番割が良い仕事を探す。すると一つ依頼に目が留まる。

 

 ”デビル・オブ・ディザスターの撃退依頼

  報酬二百万エリス 難易度二十五”

 

 デストロイヤーに並んで難易度が異常に高いこの依頼。デストロイヤーは国から最高金額の懸賞金をかけられている為納得出来るのだが、この依頼の相手はどうやら強くてデカい猫らしい。何だろう、火車かな?

 

 ”湖の近くに現在縄張りを置いており、

  近隣の村人が襲われる被害が多発中。

  撃退でも良いのでどこかへ追いやって欲しい”

 

 なるほどな。こりゃまた難儀なこって。

 

 どんな猫かも気になるし、答えを出す者(アンサー・トーカー)でも大丈夫って出たし、行ってみるか。

 

 俺はその依頼の紙を剥ぎ取って受付に持って行く。

 

 受付に大分止められたがルナさんが通してくれたお陰で何とか依頼を受けることが出来た。今度何かお礼しないとな。

 

 さて、いっちょ稼いできますかね。

 

 

 

 

「ニャーーン」

 

「……」

 

 俺は今、かなり困惑している。

 

 何故なら、目が覚めるとデビル・オブ・ディザスター、直訳して”災厄の悪魔”と呼ばれるモンスターに、俺は今、顔を舐められていたからだ。

 

『あ、起きたー』

 

 どうしてこうなった?

 

 ――――――

 

 ――――

 

 ――

 

 依頼を受けた俺は目的の湖まで歩くつもりで出かけた。

 

 しかし、思ったよりこの場所が遠く、一時間ほど歩いても全然目的地に着く気配がなかったのだ。

 

 そこで俺は、少し楽をする為に魔法を使うことにした。

 

「アクセル。クイック・アイズ」

 

 敏捷強化魔法のアクセル、視覚強化魔法のクイック・アイズをそれぞれ使用。これにより、今の俺は大抵の動きを把握し、その速度に合った動きをすることが出来る。

 

 しっかりと行く方向を見据え、俺は思い切り地面を蹴った。

 

「おおぉっ!?」

 

 それは想像以上の速さで、俺は少し転けそうになるものの、体は転けないように自然と動いてくれる。恐らく答えを出す者(アンサー・トーカー)が無意識下でも発動しているのだろう。普段の俺なら、この光景を見ただけで思考が確実に停止するだろうしな。

 

 草が、地面が、木が、空までが、俺が足を蹴り出す毎に、めくるめく変わっていく。過ぎ去っていく。そして、驚く程軽い体はその速度を肌で感じ、置き去りにしていく。それは、今までの俺では見ることは到底出来なかった光景。夢に描いた非現実的な風景だった。

 

「ハハッ……!」

 

 柄にもなく高揚しているのが分かる。普段は大人ぶっていても、こういう時はやはり子供なんだろう。俺は思わず笑みをこぼす。

 

 そして、あっという間に目的地の湖に着いた俺は強化魔法を解いて、その場を見る。

 

 そこは随分綺麗な湖だった。湖を囲むように生えた木々の濃い緑が、深そうな水底も透き通って見える程澄んだ水に太陽の光と共に反射し、とても幻想的な景色を作り出している。

 

 目を奪われる程の光景に俺は感嘆の声を上げざるを得なかった。

 

「おぉ……」

 

 かつてこのような景色を見たことがあるだろうか。いや、ない。そう思う程に、その景色は美しかった。

 

『ここで何をしている?』

 

 だからこそ、ソイツが来たことに気づかなかったことに、俺は戦慄する。

 

「なっ……誰だ!?」

 

 声のする方に急いで振り向くと、そこには目を疑うような生物がいた。

 

 尾は二つに分かれていたが、基本的な見た目は確かに猫だった。大きめの猫だと分かっていたが、そのサイズがあまりにも予想外で、俺はその姿に思わず一歩後退る。

 

 俺の身長よりもデカい顔、そしてそれよりも更に大きい純白の体毛に覆われた胴体は昨日の初心者殺しを優に超える。目元にはかつて誰かに付けられたであろう痛々しい傷跡が刻まれており、それでもなお放たれる威厳は生物として格段に上であることが瞬時に分かってしまう。

 

『答えな、小僧。お前はここで何をしている?』

 

 返答次第では容赦しないと、言外にそう言っているように聞こえる問に俺は生唾を飲み込む。

 

 俺は今答えを出す者(アンサー・トーカー)を使っていない。なのにこうして相手の考えが聞こえるということはこのモンスターが直接送っているということになる。そして、大抵この手のモンスターは化物クラスであることが多い。

 

 選択は間違えてはならない。そう思い、俺は答えを出す者(アンサー・トーカー)を使おうとするが――。

 

『わー! 何これー?』

 

 ――後ろから来たもう一匹のモンスターに吹っ飛ばされた為、使うことが出来なかった。

 

「グハッ!?」

 

『あっ、こらアンタ』

 

『ん? 何か踏んだ?』

 

 そして、そこで俺の意識は途絶えた。

 

 ――

 

 ――――

 

 ――――――

 

 ……あぁ、思い出した。俺、今俺の顔をめっちゃ舐めてきているこの猫に蹴飛ばされて踏まれたんだった。

 

 情けないなぁ……何が大丈夫だろうだよ。余裕で気絶させられてんじゃねぇか。しかもコイツ、多分子供だろうに。

 

『あ、起きたー』

 

 俺が起きたことに気が付いたのかソイツは舐めるのをやめて俺から離れる。俺の顔ベタベタなんだけど。

 

 俺は重い体を起こして立ち上がる。そして、湖の水で顔を洗ってから改めてソイツと向かい合う。それくらいはどうやら待ってくれるらしい。

 

 先程見た程の大きさではないものの、余裕で俺より大きな体躯をしたソイツはこっちを見ながら尻尾を立てている。猫が尻尾立てる時って構って欲しいんだったっけ?

 

『お兄さん、何しにここに来たの?』

 

 その猫は俺にそう問うてくる。雰囲気的に純粋に疑問に思ってるようだ。

 

「お前らが近隣住民を襲うからこの辺りから追いやってくれとの依頼があってな。お前ら本当に人襲ってんの?」

 

 俺は正直、見た感じこの猫が人を襲うとは思えん。どっちかというと、さっきみたく無邪気に踏みつぶしそうだが……。

 

『あぁ、やっぱりそうなってたのか』

 

「やっぱり?」

 

 俺の質問にまた俺の後ろに佇んでいた親猫が答える。なんだよ、お前人の後ろに立たないと気が済まないのか。◯ルゴが相手なら死んでたぞお前。

 

『この子が人間を見つける度にじゃれつくから普通の人間は死んじゃってねぇ。色々逃げて来たんだけど、この子言うこと聞かないんもんでねぇ』

 

 そう言って親猫は子猫を見やる。続いて見れば、子猫は俺から離れ、今では蝶々を追いかけていた。

 

『アハハ! 待てー!』

 

 その様子は普通なら微笑ましいものだったのだろう。しかし、如何せん威力がヤバい。具体的には手を思い切り振りかぶったら地面が抉れる。やめて! 無意味に地面を削らないであげて! そこら辺クレーターだらけになってる!

 

「なるほど、あれじゃ普通死ぬわな」

 

 遊び半分で引っかかれようものなら確実に肉体がぱっくり裂けるだろうな。向こうにとってはただのじゃれつきだったとしても、その威力はじゃれあいなんてレベルじゃない。

 

『しかしアンタ、よく死ななかったねぇ。有名な冒険者かい?』

 

 だからこそ、だろう。親猫は俺が死ななかったことに随分驚いている様子だった。

 

「いや全く、最近こっちに来たばっかの新米冒険者だ」

 

 まぁ、普通の冒険者かと問われれば返答に困るがな。本当、頑丈で良かった……。

 

『ニャハハハッ! 面白いこと言うねぇ。仮にもアタシらデビル・オブ・ディザスターって名前付けられてんだ、そんじょそこらの冒険者なら腐る程狩ってるよ』

 

 親猫は豪快に笑うとこちらを見据える。やはり親猫の方は子猫と違い威厳がある。並大抵の冒険者ならきっと卒倒するかもしれない。そう感じるくらいには物凄いプレッシャーだった。

 

『どうすんだい? アタシらを倒そうって言うんなら、本気出すよ? もちろん、ここから動く気はないしねぇ』

 

 つまり、どうにかしたければ倒せと、そういうことですか。

 

 正直、ここに来るまではどんな相手だろうと倒す気でいたんだが……気が変わった。

 

「いや、お前らを倒す気はない」

 

『ほう? じゃあどうするんだい?』

 

「まぁ、ちょっと見てな」

 

 俺はそう言って親猫に背を向ける。そして子猫に呼びかける。

 

「おーい! お前、俺の所で飼われないかー?」

 

『……何?』

 

 親猫は俺の言葉が予想外だったのか、あり得ないものを見るようにキョトンとしている。

 

『えー僕ー?』

 

「そうそう、どうだ? 体小さく出来んだろ?」

 

 答えを出す者(アンサー・トーカー)で調べてみたが、コイツらの種族はどうやら体の大きさをある程度自由に変形出来るらしい。それなら、普通サイズの猫になってくれればコイツらは普通の猫と変わらないはずだ。

 

『毎日遊んでくれる?』

 

「体小さくしてくれればな。飯もちゃんと出すぞ」

 

 流石に体が小さければ威力もそんなにないだろう。猫は好きだし、それくらいなら構ってやれる。飯は……猫缶あるかなぁ……。まぁ、何とかなるだろう。

 

『じゃあ行くー!』

 

 そう言うや否や、子猫は本当に子猫サイズになってこっちに寄って来る。おぉ、本当に小さくなれるとはな。中々便利な能力だな。

 

 俺はカマクラに構ってやるのと同じ要領で子猫を撫でまわす。気持ちいいのか子猫はもっともっととすり寄ってくる。可愛いなコイツ。

 

『……なるほど、手懐けようとするとは思わなかったね』

 

 親猫は心底意外と言った様子で呟く。まぁ、確かに普通はそんなこと考えないよな。だが、生憎俺は普通じゃないんでな。その辺、一緒にしてもらっては困る。

 

「そりゃ、お前らが普通に猫してるからな。大きさが違うだけで、普通の猫と大して変わらんだろ」

 

 むしろウチの猫より猫してるまである。アイツ、猫じゃらしで滅多に遊ばんしな。遊んでも戯れてやるか感が凄い。お前本当に飼われてるんだよな?

 

『へぇ、やっぱ変わってるねぇ、アンタ。けど、それをアタシが許すとでも?」

 

「お前も来てくれたら、丸く収まるんだが……」

 

『ないね。強くもない奴に懐柔される気はないよ』

 

 瞬間、辺りの空気が変わる。

 

 親猫の周りには先程感じた殺気に加え、異常な魔力が収束していっているのが感じられる。

 

『かかってきな、小僧。懐柔させたいなら、アタシに本気出させるくらいはやってみな。でないと、噛み殺すよ?』

 

 駄目かー。戦わずに終わらせようと思ったのにどうして突っかかってくるかなー。

 

 仕方ない。存分に能力を使って、お前を認めさせてやろう。

 

「分かったよ。ま、お前らの種族が何だろうが、俺には勝つ自信があるからな」

 

 俺はそう言いながら答えを出す者(アンサー・トーカー)を発動させ魔力を高める。コイツに勝つ方法を常に頭に浮かばせなければ、恐らく死ぬ。恐怖を知る、という点でも、これは良い機会だ。

 

「お前は下がってな、死にはしないだろうが巻き込まれたらただじゃすまんぞ」

 

『うん、分かったー』

 

 子猫は俺の言葉に従ってその場から離れてくれる。さぁ、これで準備は整った。

 

『アンタ、名は?』

 

「比企谷八幡。これからお前のご主人になる冒険者の名前だ、デビル・オブ・ディザスター」

 

『そうかい。じゃあ、いきなり本気でも構わないね!』

 

「勿論、だっ!」

 

 その言葉を合図に、俺は思いっきり振りかぶって親猫を殴る。こっそり強化魔法をしていたが、別にルールなんてないしな、文句を言われる筋合いはない。

 

『ふーん、中々良い攻撃じゃないか』

 

「なっ!?」

 

 しかし、俺の奇襲は失敗に終わった。何故なら、奴は慌てた様子もなく俺の攻撃を肉球で受け止めていたからだ。割と良い案だと思ったんだがな。

 

『魔力の流れを見れば分かるよ。アンタ、何か支援系の魔法をかけてるだろ? すぐ来ると思ったよ』

 

「他人の魔力見るなんて、趣味の悪い猫だなおい!」

 

 そんな能力もあんのかよ。他にも何か持ってそうだし、しっかり"答"を弾き出さないといけないな。

 

『奇襲仕掛けた奴が抜かすんじゃないよ。そらっ、お返しだよっ!』

 

「やべ……ッ!」

 

 デカい体躯を捻らせて、奴は二本ある長い尾を思い切り俺に叩きつけにくる。フワフワそうに見えるが、当たったらヤバそうだ。

 

 俺はギリギリで躱し、奴から距離をとる。俺が居たところを見れば、そこは既に奴の尻尾で抉られた後で、食らってみればそこそこのダメージを受けるのは確実だろう。

 

「んー……サクッと行くか。時間かけるのは悪手っぽいし」

 

 俺は後ろに飛んで逃げると走りながら詠唱を始める。

 

「光の妃、怪異の王。穢れを焼べ、障りを穿つは迅雷なり」

 

『ほう、上級魔法かい。撃たせないよッ!』

 

「オッ……!?」

 

 危険と察知した奴は俺に飛びかかって来るが、それも考慮していた俺には少し届かない。というか、予測してこの反応速度はちょっとシャレにならん。早く終わらせねば。

 

『チィッ! トルネードッ! 吹っ飛びなッ!』

 

「あ!? 無詠唱だと!? 聞いてねぇぞんなもん!」

 

 アークウィザードでもそこそこレベルを上げなければ取得できない無詠唱スキル。それを難なく扱い、奴は地面から上へ引っ掻くようにして、上級の風魔法を起こす。

 

 風が吹き荒れ、地面はめくりあがる。大規模な渦巻きは周囲をも巻き込み、俺も少しだけその攻撃を食らう。いや、それよりも。

 

「クソッ! やり直しかよッ!」

 

 詠唱が長い魔法は強力な分発動に時間がかかる。無詠唱が相手だと、発動させる前に邪魔が入る。もっと能力に慣れてから来るべきだったな……。

 

『さぁ、まだまだいけるだろ? アタシをもっと楽しませてみな!』

 

 豪快に笑いながらこちらを見やる。けれど、その目には油断は見えない。キチンと危ない敵として認識している証拠だ。

 

「じゃあ、お望み通り。チート勢の本気を見せてやる……!」

 

 俺は神経を研ぎ澄ませて脳にありったけの意識を持っていく。集中とは少し違う、無駄を削ぎ落とすための行為。

 

 今はまだ慣れていない為、負担が大きい。こと、魔力も消費しながらだと尚更だ。だから、本当に短時間で終わらせるつもりの時しか使うつもりはなかったんだが……。

 

「後悔するなよ? お前の攻撃、全て避けきってやる」

 

『ほぉ……本当か、試してやるよ! アースシェイカーッ!』

 

 親猫は呪文を唱えながら地面を思い切り殴りつける。どうやら、地震を起こす威力を上げる為直接地面に魔力を送っているようだ。

 

 悪いな。こっからはただの()()だ。

 

「光の妃、怪異の王。穢れを焼べ、障りを穿つは迅雷なり」

 

 俺は詠唱をしながら走り出す。もちろん、支援魔法はかけている状態だが、その速さは来る時よりも上げている。体への負担は、一旦無視だ。

 

 地面が割れ、隆起と陥没を繰り返す。地震なんてものではないが、今の俺にはどう避けるか、どう攻めるか。全てが見える。動きが速い分、避けるのも楽だ。

 

『むっ、動きが変わったね。これでも食らいな! インフェルノ!』

 

 そう言って奴は口からとてつもなく大きな炎の塊を吐く。爆裂魔法ではないにしろ、その温度は軽く皮膚を焼き、体ごと燃やし尽くすだろう。

 

 だが、その弱点も見えている。

 

 俺はその魔法の核の部分に防御魔法を張っておいた足で蹴って起動を逸らせる。

 

『ぐっ……!』

 

 思ったより熱かったが、詠唱には支障ない。無視して俺は奴へと近づく。

 

『なっ……!?』

 

「白き瞬きは悪魔を滅し、黒き輝きは神をも降す。極光ここに至り、その輝きを以て、全ての闇を打ち払わん」

 

 詠唱が終わった俺は奴に向けて手を向ける。狙いは腹部、動きを鈍くさせればこちらも楽になる。

 

「カースド・ライトニングッ!」

 

 刹那、俺の手からは高密度の雷が放たれる。視界を強化してもなお追いつくことが叶わぬその速度を以て、雷は親猫を貫く。

 

「ぐおっ!?」

 

 しかし、威力を込めすぎた所為か、俺自身が反動で吹き飛ぶ。ちょっと張り切り過ぎたな。

 

『グッ!?』

 

 流石に堪えるのか、直撃を食らった奴は苦しそうに声を上げる。子猫には悪いがもう少しやらなければなさなそうだ。

 

『……痛いじゃないか、小僧』

 

 笑みを浮かべて相対する。その眼には、先程の軽い雰囲気など欠片も残っていない。歯向かってきた獲物に対する怒りのみだ。

 

「小僧だかんな。()()()くらい、多目に見てくれよ?」

 

『舐めた口を……!』

 

 親猫を挑発するように俺も不敵に笑う。きっと、さぞ気持ち悪い笑顔を浮かべていることだろう。想像出来てしまう辺りが悲しい。

 

「少し痛むが、我慢しろ」

 

 俺は再び詠唱を始める。それと同時に、俺の周囲の温度は低下し、足元の草も凍り始める。魔力も、昨日とは比べ物にならないほど底上げしている。頭痛がするが、まだ耐えられる。

 

「闇を祓いし氷雪よ、光すら封印()ざす氷晶よ。極寒にして凛冽(りんれつ)なりし絶対零度の氷結魔法。我が呼び声に応え、我が許にて顕現せよ。仇為す全てを凍て尽くす、六花の加護をここに」

 

「凍結魔法……! しかも、この魔力量……ちっと分が悪いね!」

 

 親猫はそう言うと上空へと飛ぶ。しかし、少し遅かったな。

 

「カースド・クリスタルプリズンッ!」

 

 詠唱が完了し、奴に向けて手を向ける。それに伴い、自分の目の前に氷の道――否、氷の棘が立ち並ぶ。

 

「フンッ!」

 

 そして、上に届かせる為に手のひらが上になるようにして腕を振り上げる。空気ごと持ち上げるような感覚だ。

 

 魔法は地を凍らすだけでなく、そのものすらも凍らすように重なりか、上へ上へと昇る。そして、捉えた獲物を逃さない。

 

『グアッ!?』

 

 脚を捕らえた氷は、瞬く間に広がり、その動きを封じる。

 

 やがて氷塊程の大きさの氷に閉じ込められた奴の顔には驚きの表情が浮かんでいる。

 

「まだやるか? デビル・オブ・ディザスター」

 

 俺は動けなくなった奴の前に行き、そう問う。答は、聞かなくても分かるがな。

 

『……こりゃ、勝てそうにないね』

 

 奴はそう呟く。それが決着の合図となり、奴に子猫が近づいていく。

 

『お母さん、大丈夫!?』

 

『あぁ、大丈夫だよ。安心しな』

 

 子供を安心させるように親猫はそう言っているが、本人は氷から出てこない。それが子猫の不安を煽るようで、その表情は明るくない。

 

「意外と元気そうだな?」

 

『そりゃあね、こんなの一つで倒れてたらそもそも恐れられてないよ。ただ、これ以上は死にそうだから遠慮しとくよ。アタシはまだ死ぬ気はないからね』

 

「賢明だな」

 

 自分より強ければ懐柔される。そう言った親猫が命を張ってまで戦う理由はない。見極めも良い。俺としては、楽に済んで助かった。

 

『アンタ本当に駆け出しなのかい? こんな魔力量、今まで見たことないよ』

 

 信じられないといった様子で親猫は俺に問う。まぁ、俺でも普通はそう思うよ。駆け出しの冒険者が危険モンスター相手に圧倒することも、上級魔法を連発してピンピンしてるのもな。

 

「あぁ、何せ諸事情あって、この世界に来たのが四日前だ。駆け出しも駆け出しさ。間違ってないだろ?」

 

 尤も、能力だけは上級どころか英雄レベルかもしれんがな。

 

『ニャーハハハッ! いいねぇアンタ、気に入った! アタシも着いて行かせてもらおうかね!』

 

 親猫はそう言うと、俺の作った氷をいとも簡単に砕いて何食わぬ顔で出てくる。更に、貫いたはずの部分の傷が少しづつ修復されていく。どうやら自然治癒能力があるようだ。

 

「えぇ……マジで?」

 

 どうやら、親猫はまだ余裕で動けるらしい。ヤバい、恥ずかしい。何がまだやるか? だよ。めっちゃ手抜かれてんじゃねぇか。

 

『見たところアンタ、魔力が尋常じゃないからね。恐らくアタシより上かもしれないし、そんな相手とやるのは面倒なんだよ』

 

 そう言いながら、親猫は子猫と同じように小さくなると、俺の肩にひょいと乗ってくる。

 

『それに、アタシがアンタに着いていけばアンタも依頼が片付くんだろ? それで飯でも奢りな』

 

「それは別に構わんが……良いのか? お前、ここ縄張りにしてたんだろ?」

 

『良いんだよ。どうせいずれは動かなきゃいけないしね。この子だけ行かせるのも心配だしねぇ』

 

 親猫が顎で示唆する方向を見ると、子猫が足元にすり寄ってよじ登ろうとしていた。多分、親猫と同じように肩に乗りたいのだろう。俺は腋辺りを持って肩に置いてやる。

 

『この子と私、アンタの所で世話んなるってことで良いかい?』

 

「あぁ、いいぞ。二匹くらい、俺が賄ってやるよ」

 

 猫を育てると思えばどうという事はない。飯代がどれくらい要るのかは知らないが、必要なら今回のような依頼に出向けば良いだけだ。

 

『決まりだね。じゃあよろしく頼むよ、ヒキガヤ』

 

 そう言って親猫は俺の額にすり寄ると、自分の頭をくっつけてくる。すると、体の中で何かが変化したような感覚に見舞われる。

 

「おぉ?」

 

『安心しな、アンタを認めた印として少し能力を分けただけさ。体に支障はないよ』

 

 どうやら、俺を認めてくれたことで何かを付与してくれたらしい。

 

 俺は冒険者カードを取り出して見る。しかし、ステータスやスキル、特にこれといって変わった様子はなかった。

 

「何を分けてくれたんだ?」

 

『飛行能力』

 

「分け与えれんのかよ!?」

 

 何それ超便利。しかも夢にまで見た空を飛ぶことが遂に叶うとは……。異世界様様だな。

 

『まぁね。見てな』

 

 そう言うと親猫は俺の肩を蹴って跳ぶ。否、飛んだ。

 

「おぉ……本当に飛べんだな」

 

 何かシュール。猫が翼もなしに飛ぶ姿とはこんなにもシュールなものなのか。残念ながら、俺の語彙力をもってしてもそれくらいの感想しか出てこなかった。

 

『アンタもほら、真似してみな』

 

「普通出来ねぇよ……」

 

 俺を万能な人間とでも思ってるのか? まぁ、今なら大抵のことは出来るけど、頭痛が酷くなるからやりたくないんだよ。

 

『ほら早く案内してくれよ、アンタの家に。アタシ腹減ったよ』

 

『僕も減ったー』

 

「お前ら、結構図々しいのな……先に依頼済ませてからな」

 

 その後、俺は湖の後処理や近隣住民への報告を済ませて、俺は二匹を肩に乗せてギルドへと帰った。

 

 途中、結局使用した答えを出す者(アンサー・トーカー)が突然切れて、降り方が分からなくなった俺が盛大に地面に激突したのだが、恥ずかしいので割愛させてもらう。

 

 ”デビル・オブ・ディザスターの撃退依頼 成功

  依頼報酬 二百万エリス"

 

 冒険者生活四日目にして、俺はどうやら小金持ちになったらしい。

 

 今夜は少し、豪勢にするとしよう。新たな飼い猫と出会えたことに、細やかな祝福を。




どうでしたでしょうか?
オリキャラ(二匹)、出ましたね。可愛いぬこ達です。名前は次回出るよ。
報酬とかは割と、というかかなり適当です。ぬこ達のモンスター名は何か危険だけど可愛いキャラが作りたかったという思いの具現化です。犬派には申し訳ないが私は猫派だ。異論はもちろん認める。ハシビロコウが最近人気出てるけどその前から好きだった私の感性って何なんだろう。
しばらく立て込んでいる部活とか勉強とかの間に書くんで誤字が誤字と判断できないくらい誤字が出るかもしれません。すんません。
CREAさんはいつも誤字報告感謝してます。ありがとうございます。


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比企谷八幡にだって、たまの休みは必要である

やぁ。日曜に投稿を始めたのに最終投稿が何故か木曜になってることに気づいた作者です。
来週はビックリするくらい予定が混んでるので投稿は少しずらして土曜日の夜くらいにすると思います。待ってる方、本当すいません。この八話で許して下さい。少し前に気分で描いた八幡の能力使用時の見た目の絵も張りますから!(ただしクオリティはさほど高くない)
そんな訳で、それではどうぞ。

~追記~
加筆修正しました


 二匹の危険モンスターを手懐けてから二週間、こっそり和真を鍛える指導をしつつ俺は相変わらず高難易度依頼しか貼られない掲示板の依頼を着々とこなしていた。

 

「ハチマンさん、これが今日の報酬になります」

 

「ども」

 

 今日も依頼を終え、いつの間にか名前呼びされているルナさんから報酬金を貰うと俺はそそくさとギルドを後にする。可愛らしく小さく手を振ってくれてはいるのだが、生憎と俺はそれを上手く返すやり方を知らないため、ルナさんには悪いがお辞儀で勘弁して欲しい。

 

 しかし、今日は思ったより早めに依頼が終わってしまった。時刻はまだ昼過ぎ、馬小屋に帰って寝るには些か早い時間帯だ。

 

 以前の俺ならばダラダラするために色々と試行錯誤していたというのに、こっちに来てからはあまりそういったことがない。働いてる俺とか本当アイデンティティクライシスも良いところである。

 

 まぁ結局、別段することが思いつかなかった俺は寝床である馬小屋に戻りに行く。ぶっちゃけ金銭面ではかなり潤ってきているので宿に泊まっても何ら支障はないのだが、()()()()がいるしな。今はまだ良いだろうと思っている。

 

「帰ったぞー」

 

 俺は馬小屋に戻ると、いつも通りのだらけた声を発する。その言葉に、以前は返す者などいなかったのだが――

 

『あ、おかえりハチマン』

 

 俺が飼い慣らした猫、デビル・オブ・ディザスターの子猫は俺に気づくと言葉を返してタタッとこちらへ駆け寄って来る。カマクラと違って甲斐甲斐しいそいつを俺はしゃがんで軽く撫で回してやる。

 

「ただいま。お迎えご苦労さん。ほれほれ」

 

『ニャフー』

 

 モンスターと言えど、やはり元が猫だからか撫でてやると気持ち良さそうな声を出す。それがまた普通の猫のように愛らしいため、俺はよりソイツを優しく撫で回してやる。

 

『おや、帰ってたのかい』

 

「おう、今帰ったぞ」

 

 そんな子猫の声で目覚めたのか、干し草の奥の方から親猫がアクビをしながらのそのそと寄ってくる。オカンのような口調で喋っているのは、今俺が撫で回している子猫の親だからだろう。単純に図太い性格の表れかもれしんがな。

 

 先日手懐けた二匹の猫。俺はコイツらにセツとユキという名前をつけることにした。

 

 どちらとも雪みたいな白さの見た目から適当に取ったもので、他に思いついたものが雪見大福くらいしかなかったことを考えればまぁまぁの着地点だと思って欲しい。

 

『ハチマン、餌がもうないんだ。今から買ってきておくれ』

 

「お前本当に俺に飼われてるんだよな?」

 

 主に餌寄越せとか言う態度ってどうなの。何か、カマクラに似てんな……。ふてぶてしい顔とかマジそっくり。

 

『飼われてる飼われてる。ほら、早く行っとくれ。アタシらは普通の猫より食べるから多目に買っとくんだよ』

 

「お前なぁ……」

 

 実際、コイツらの食事の量は普通の猫の五倍くらいはある。そんなに食って太らないのかと心配になるが、本人達曰くこれくらいは普通と言うので一応納得している。

 

「まぁいいや。ユキは着いてくるか?」

 

『いいの?』

 

 ユキはそう俺に聞きはするものの、尻尾の立ち具合とかを見る限り俺に着いて行きたい気持ちを隠せてない。目も俺と違ってキラキラしてるし。

 

「あぁ、俺の言うこと聞くなら良いぞ」

 

『じゃあ行く! ニャッ!』

 

 ユキは俺の許可が出ると肩にピョンと乗ってきた。ムフーと鼻息を吐く満足げな顔はやはり子供らしい可愛らしさがある。

 

「じゃあ行くか。留守番頼むぞ、セツ」

 

『あいよ』

 

 かくして、俺はユキを肩に乗せてアクセルの街を徘徊することにした。餌のついでに、武器やら防具やらも買っとこうかな。そろそろこの格好も危なくなってきたしな。

 

 そんな感じで俺は脳内でリストを挙げつつ、街の中心へと歩き始めた。

 

 

 

 

 街へ出て気がついたが、この街は意外と活気がある。

 

 駆け出しの街と呼ばれるだけあって、露天商や屋台、八百屋や武器屋など、店自体は充実しているものの、その品質はやはり駆け出しレベル。派手な装飾が少ない辺りは俺好みだが、出来れば長く使えるものが良いだろう。

 

 どんな店が良いか能力で探しても良いのだが、たまには脳を休ませないといけんしな。この前、えっちらオットセイの代わりにパンさんの着ぐるみ着た俺の知り合いが出てきた時は能力を失うのかとヒヤヒヤしたしな。

 

 そういえば、この前に能力が突然切れた時に分かったが、どうやら答えを出す者(アンサー・トーカー)には時間制限があるらしい。この前転ける前に切れたのもその制限時間が来たからのようだった。転けたのは自分の責任だけどな。

 

 何故分かったか? 夢でパンさんのヌイグルミを着た雪ノ下が教えてくれました。それを写真を撮りたかったなんて……思いました、はい、可愛かったです。代わりに脳内に焼きつけたけど、日本(あっち)に戻ったらやってもらおうかな? 俺が殺されるか。

 

『その……これからは気をつけてね?』

 

 こんな感じで心配して言ってくれる雪ノ下の姿を写真に出来なかったのが心底悔やまれる。

 

 因みにその後、葉山がライオンのパンツ一丁になった状態で俺に向かって走ってきた。笑顔で。これが一番俺の脳がどれだけ疲れているのかがよく分かった。怖すぎて逆に眠れんわ。

 

 しかし、どうしたものか。取りあえず、装備は揃えなければならない。以前靴擦れした時に足が大変なことになったのだが、あれからまだ靴も変えていない。

 

 どうしたものかと思いながら街を回っていると、街の中心から少し外れた所に”ウィズ魔道具店”というのを発見した。

 

「魔道具店か……」

 

 杖とか置いてあんのかな。よく考えたら回復薬の一つも持ってない俺はマジでアホだと思いました。攻撃まず当たらないし、当たってもある程度なら自分で処置出来るから良いかなって。

 

 しかし何だろう。この店からは妙に俺を惹き寄せる何かを感じる。見た目も割と普通だが、何故だろう?

 

『ここに入るのー? ご飯はー?』

 

 ふと、ご飯を買いに行くだけと思ってたユキが俺の頬を肉球で叩きながら問うてくる。ちょっと? 肉球は柔らかくて良いんだけど爪が長いのを考慮してくれないと俺の頬が抉れちゃう。俺の頬に消えない傷跡が刻まれちゃう。

 

「ご飯は帰りに買うからもうちょっと待ってくれ」

 

『分かったー』

 

 俺はユキを撫でながらそう宥める。ユキはアクア達と違って従順だから扱いが楽だな。

 

 ユキを撫で終わったところで俺は結局店に入ることにした。別に買わなければどうということはないだろうし、妙に惹かれる理由も気になる。そう思った俺はドアノブに手をかける。

 

「ど、どうも……」

 

 ドアを押すとカランカランとドアベルが鳴る。中を見回してみると薬品っぽい物の棚やどこか怪しげなアイテムが並んだ棚など、数自体はそれなりに多い品々が見られる。

 

「はいはーい!」

 

 奥の方では誰かが来たことに気づいたのか、パタパタと音を立てながら誰かがやって来る。

 

「いらっしゃいませ! 初めてのご来店ですか?」

 

 カウンターに出てきたのは白皙の美人だった。

 

 薄紫色のセーターのような服に、小悪魔っぽい紫色のパーカーっぽい服。綺麗な長い茶髪と由比ヶ浜以上の果実を揺らしている姿は中々目のやりどころに困る。

 

「ひゃ、はい! 初めてです!」

 

 そんな相手に俺が動じずに対応出来る訳もなく、俺は素っ頓狂な声を上げて彼女の質問に答える。

 

「フフッ、大丈夫ですよ。そんな畏まらなくても。私、この店を営んでおりますウィズと申します」

 

「ひ、比企谷八幡です……」

 

 ウィズさんはそんな俺をキモがらずに応対してくれる。あぁ、なんだろう。この癒しの予感。

 

「何が癒しなんですか?」

 

「あ、なんでもないです。気にしないで下さい」

 

 危ない、声に出てたか。たまに無意識に口に出す癖があるらしいからな、気を付けねば。

 

『ねぇハチマン。この人変な匂いがするー』

 

「変な匂い?」

 

 突然、ユキがそんなことを言い出すので俺はついそのまま返事を返してしまう。部屋を嗅いでみても、別に変な匂いはしないが……。

 

『なんというかねー、アンデッドみたいな匂い』

 

「アンデッド? 何でまたそんな匂いが」

 

 アンデッドといえば、人の道理から外れ死んでもなお生への執着を捨てきれぬ、とかなんとかいったゾンビ系のモンスターだ。間違ってもこのような人がなるようなものじゃないと思うが……?

 

 ふと、ウィズさんの方を見てみると何故か冷やせをダラダラ掻いていた。おかしい、何かあったのだろうか。

 

「あ、あの~」

 

「は、ハイッ!? 何でしょうか!? 私、アンデッドでもリッチーでもないですよ!?」

 

「いや、別に貴女がアンデッドとは言ってないんですが……リッチー?」

 

「ハッ!?」

 

 ウィズさんは聞いてもいないことを言うと一人で勝手に混乱している。あぁ……この人リッチーっていうんだ。で、リッチーって何?

 

 今日は使う気がなかったのだが、俺は答えを出す者(アンサー・トーカー)を使って彼女が何者なのか問う。すると、彼女の正体が分かった。

 

不死王(ノーライフキング)、アンデッドの王か……しかも魔王軍幹部。何でこんな所に?」

 

 かなりの大物のようだが、如何せん敵のようには見えないこの人。第一、何で店をやってるんだ?

 

「な、何でそれを知ってるんですかッ!?」

 

 まさか正体がバレるとは思っていなかったのか、次々と自爆発言をしていくウィズさん。なるほど、この滲み出るポンコツ臭がこの人がリッチーとかそういうのに見えなくさせているのか。しかも天然っぽいから演技でもなさそうだし。

 

「それはちょっと言えませんが、大丈夫ですよ。別に危害を加える気はありません」

 

「ほ、本当ですかぁ……?」

 

 涙目で怯えた様子でそう問うてくるウィズさん。何だこれ、可愛い過ぎない?

 

「え、えぇ、はい」

 

「良かったぁ、てっきり私が魔王軍幹部だとバレてここに襲撃しに来たのかと思いましたよ~」

 

 俺が襲う気がないと分かるや否や、ウィズさんは先程ののほほんオーラに戻る。きっと、これが彼女の素の姿なのだろう。

 

「しかし、何故こんな所で店を? 仮にも魔王軍幹部なんでしょう?」

 

 そこが解せぬ。こんな所で商売してるようなのが魔王軍幹部とか、魔王軍は実は大したことないのだろうかと思ってしまう。肩書き的には強いんだろうけどな。

 

「私は魔王城の結界の手伝いだけをしてるなんちゃって幹部ですので、基本的に魔王軍にも協力してません。店も魔王に許可取ってますから問題ないんですよ」

 

 おい、大丈夫か魔王軍。適当過ぎんだろ。ゲームならクソゲーもいいとこだぞ?

 

「それで、本日はどうされましたか? 私のこと黙っててくれるそうですし、少しくらいならサービスしますよ?」

 

 そしてウィズさんのこの変わりよう。信頼し過ぎだろ。もう何かどうでも良くなってきたわ……。

 

『大丈夫?』

 

「あぁ、大丈夫だぞ、ありがとな」

 

 俺の様子を心配してか、ユキは俺の顔を舐めて聞いてくる。あぁ、やっぱ動物って癒しだなぁ……。

 

「あら? そちらの猫、ひょっとしてデビル・オブ・ディザスターですか? どうしてこんな所に?」

 

「え、分かるんですか?」

 

 どうやら、ウィズさんにはこのモンスターのことが分かるらしい。ユキはまだ二つ尾になってないから見た目はただの猫なのに、やっぱ分かる理由でもあんのかな?

 

「猫なのに魔力の流れが見えまして、ひょっとしたらと思ったのですが……ハチマンさんに懐いてるんですか?」

 

 そう言ってウィズさんはユキに触ろうと近づくが、ユキはヒョイっと逃げて俺の頭の上に来た。

 

「シャーーッ!」

 

「ひ、酷いっ!?」

 

 ユキは触られるのが嫌なのかウィズさんを威嚇している。避けられたのがショックだったのか悲しそうな顔をしているウィズさん。何か可哀想だなこの人……。

 

「ユキ、別にこの人は怖くないぞー。襲いもせんし」

 

『本当?』

 

「本当だ。ですよね、ウィズさん」

 

「え、あ、はい。可愛いので触ろうと思ったのですが、逃げられてしまいました……」

 

「だとよ。ほら、ちょっとくらい相手してやれ」

 

『うーん……分かったー』

 

 俺がユキを宥めるとユキはウィズさんの許へと近寄っていく。どうやらただの人見知りだったようだ。

 

「わぁ……フカフカしてますね~」

 

「ニャフッ」

 

 ウィズさんはユキを抱きかかえて笑顔で撫で始める。ユキも気持ち良いのか満更でもない様子だ。ユキを抱き寄せて形を変えるものに目がいったのはきっと気のせいだろう。柔らかそうとか決して思ってない。

 

 その後ウィズさんはユキを抱きながら俺の質問に答えてくれた。魔王軍の手伝いをしているのは誘われたから、店をやっているのは昔の仲間との約束だから、そしていつか来てくれる日まで待っているのだそうだ。

 

 こんな健気な人を待たせているとは一体どんな野郎なのか気になれば、どうやら既に亡くなっている人のようだった。つまり、この人は来るはずのない人をリッチーになっても待ち続けているのだ。

 

 なんか、聞けば聞く程悪い人には見えないんだよなぁ。普通こういうキャラって自分の欲望とか、そういうのに実直な性格なのに、ウィズさんには欠片も見られない。リッチーになったのも仲間を助ける為だったらしいし、仲間想いな人なんだろうな。

 

「それで、今日はここにどのようなご用件で?」

 

「あぁ、そうでした」

 

 すっかり忘れていたが俺は装備品を探していたんだ。その途中、何故かこの店に惹かれたからこの店に入ったんだった。

 

「装備品探してるんですよ。この恰好じゃ戦闘には少し不向きでして。杖とかありますか?」

 

 そう言って俺はブレザーを見せるように軽く引っ張る。ウィズさんは初めて見るものだからだろうか、こちらに近寄ってジッとブレザーを見つめている。ちょ、近いです。何とは言わないけどユキと一緒に柔らかいものが当たってるんで離れて頂けません?

 

「不思議な素材ですね……どこの衣服なんですか?」

 

「俺の故郷のモンです。今はもう行けないんで俺が着ているものしかありませんけど」

 

「そうですか……失礼ですが職業は何をされていますか?」

 

 やばい、まさかの職質。前世(あっち)でも数回しかされたことのない究極的に困る質問。あれって何言っても先入観で物言うから怪しまれるんだよなぁ……。

 

「しょ、職業ですか……一応、アークウィザードやってますが――」

 

「凄い! アークウィザードなんですか!?」

 

 アークウィザードと答えた途端ウィズが嬉しそうにピョンピョン跳ねている。ちょ、めちゃくちゃ揺れてますよ! 目のやり場に困るんで抑えて下さい!

 

『ハ、ハチマーン』

 

 ユキもいい加減圧迫されるのが嫌になったのかウィズさんから逃げて俺の方へ駆け寄って元の定位置に戻る。

 

「あぁ残念……しかし凄いですね、お若いのに! 私も元々アークウィザードだったんですよ! 久しぶりにアークウィザードの方にお会いしましたよ!」

 

「え、そうなんですか?」

 

 意外や意外。この店主はどうやら俺みたく転生特典でなったような偽物ではなく、自身の才能による純正アークウィザードらしい。滲み出るポンコツ臭からか、全然そんな感じには見えないが……。

 

「そうなんですよ! あ、少し待って頂けますか?」

 

 ウィズさんはそう言うと店の奥の方へ引っ込んでいった。何か持ってきてくれるのだろうか。

 

 少ししてウィズさんが持ってきたのは黒の魔道着のようなものとかなり大きめの杖だった。少し使い古されたような感じがするが一体これが何なのだろうか?

 

「こちら私が昔使っていたローブと杖です。お古ではありますがローブは魔法の威力が少し上がる効果がありますし、杖はそれなりに良いものなのでよろしければ差し上げます」

 

「え、良いんですか?」

 

 ローブを広げながらウィズさんはそう説明してくれる。正直、ただで貰えるのは嬉しいし見た目も好みだから素直に貰いたい。

 

 だが、ここで一つ問題がある。

 

 それは、ローブがウィズさんが着ていたお古だというところである。

 

 杖は良い、まだ物だからな。でもローブは無理。だってこの人が着てたんだろ? 仮にも美人のなんだから俺みたいな初心な男にそういう意識してしまうような物を気軽に渡さないでほしい。

 

「美人なんてそんな、大げさですよ~」

 

 照れたようにウィズさんは俺にそう言ってくる。

 

 しまった、声が漏れ出ていた。うわぁ恥ずかしい。

 

「いやそんな、悪いですし……」

 

「大丈夫ですよ~。杖はもう使いませんし、私これきつくてもう着られませんし、ちゃんと洗濯してますから~」

 

 そうじゃねぇよ! しかもこの人めっちゃ近づいてくるし。天然かよっ!?

 

「ほらほら~、取りあえず着てみて下さいよ~」

 

「わ、分かりました! 分かりましたんで一旦離れて下さい!」

 

 じゃないと俺の心臓が持たないんで、割と真面目に。

 

 結局、俺はウィズさんの押しに負けその服を着させてもらうこととなった。

 

「おぉ……!」

 

『わー!』

 

「わぁ~!」

 

 カッターシャツの上から着たローブは思ったより風通しがよく、中々どうして、厚いのに涼しいのか。良い匂いがするのは、出来るだけ意識しないようにしている。

 

『良いんじゃない? 似合ってるよ』

 

「そ、そうか?」

 

「凄いです、腐った目を見た時から思いましたがやっぱり黒が似合いますね!」

 

「ちょっと? ナチュラルに罵倒すんやめてくれません?」

 

『仕方ないよ、ハチマン本当に目腐ってるもん』

 

「え、マジで? そんなに?」

 

 悲報、猫にまで目が腐ってると言われる始末。そんなに酷くないと思うんだけどなぁ……。酷いか、うん。

 

 俺が非常な現実に涙しそうになっているとウィズさんが不思議そうに聞いてくる。

 

「あの……さっきから誰と話しているんですか?」

 

「え、コイツですけど?」

 

 俺はそう言って顔に顔をスリスリしてくるユキを指差す。

 

「え、喋れるんですか? でも、私には何も聞こえないのですが……」

 

『これで聞こえるかな? ウィズ』

 

「ッ!? この声は!?」

 

『シッシッシッ!』

 

 ユキは悪戯が成功したとでも言わんばかりに笑う。なるほど、今までは俺にしか聞こえないように喋っていたのか。

 

「凄いですね、人と話せるモンスターはあまり聞かないのですが……」

 

「そうなんですか?」

 

 何分、どの生物とも喋ることが可能な俺にはよく分からんもんだからな。

 

「はい。基本的に意思疎通を行う前に襲われますのでそれを試みる方自体少ないので」

 

 それもそうか。俺自身コイツらと能力無しで喋れるとは思ってなかったしな。使用制限があるっぽい答えを出す者(アンサー・トーカー)を使う手間が省けるしな。

 

「それで、どうでしょうか? よろしければ差し上げますけど」

 

 ウィズさんは俺が着ているウィズさんのローブとそれを着ている俺を見ながら聞く。

 

「本当に良いんですか? いくらか払いますよ?」

 

 正直、見た目も着心地も良い感じなので貰いたいが、タダで貰うのは気が引ける。女性の服を、しかもお古を買うという行為自体にはこの際目を瞑ってだが。

 

「良いんですよ~。今はもうそれきつくて着られませんし」

 

 どこがきついんでしょうねぇ。深くは聞くまい。というか考えまい。

 

『素直に貰ったら~?』

 

「いや……でも」

 

「でしたら、いくつかこの店のアイテムを買って行って頂けますか? 恥ずかしながら中々売れなくて」

 

 そう言ってウィズさんは恥ずかしそうに頭をかく。どうやら、売り上げは芳しくないようだ。それなら服を貰うお礼にはなるだろう。

 

「それでしたら……まぁ」

 

「フフフ……ありがとうござます。それでは、どんなアイテムが良いですか?」

 

 ウィズさんもそれで承諾してくれたため交渉成立。俺はローブを貰う代わりにアイテムを何か買うことになった。

 

「これなんてどうですか? 最高級のマナタイト。爆裂魔法も肩代わり出来る一級品ですよ!」

 

 ウィズさんはそう言うと棚に飾ってあった丸い水晶みたいなものを見せてくれる。しかし、これがどういったものか分からない。

 

「マナタイトって何ですか?」

 

 聞き慣れない単語に俺は思わず首を傾げる。魔道具店にあるから魔力の回復系アイテムだろうか。それ何てエーテル?

 

「マナタイトは魔法使用時に使用魔力を肩代わり出来るアイテムです。使い捨てではありますが、魔力量が少ない方や多く魔力を使う人は大抵これを使って魔法を使用します。魔力の使い過ぎで倒れてしまっては再悪死んでしまいますからね」

 

 なるほど、そうやってアイテムを使うことで本来は魔力切れにならないように気をつけるのか。めぐみんみたく、ダンジョンなどで倒れてしまえば元も子もないからな。非常用アイテムとしては役立つかもしれんな。

 

 まぁ、俺にとっては最も要らないアイテムだけど。

 

「すみません。俺基本魔力切れ起きないんでそういうのは良いです。他に何かありますか?」

 

「そんな!? 良いアイテムですよ!? 確かに値段は百万程しますけど、爆裂魔法ですら肩代わり出来るんですよ!?」

 

 ウィズさんは信じられないといった様子で手に持っているマナタイトについて捲し立てる。そんなこと言ってもなぁ……ん? 今、何て言った?

 

「ウィズさん、今その商品の値段いくらって言いました?」

 

「え、百万エリスですけど?」

 

 キョトンとした顔でウィズさんはそう返す。いや、高くね?

 

「高くないですか? 普通誰も買わないでしょう、そんなの」

 

「酷い!? 確かに値段は高いですけど、その分質は良いんですよ!?」

 

 いや、質が高くても使い捨てでその値段はなぁ……。金をドブに捨てるのと同義だろう。貢ぐって言った方がまだマシかもしれん。

 

『そんなに高いの?』

 

「あぁ、具体的にはお前に普段あげている餌が数百個はザラに買える」

 

『そんなにかにゃッ!?』

 

 あれ大体千エリスとかそんなんだしなぁ。今度たまには高めのも買ってやるかな。

 

「もしかして、ここにあるアイテム全部そんな感じのアイテムなんですか?」

 

 俺は棚にあるアイテムに向けてそれぞれの効能を問う。すると、それは皆酷いものだった。

 

「空気に触れれば爆発するポーションに、黒歴史暴露水晶、願いが叶うまで外れない首輪……ガラクタだらけじゃねぇか!?」

 

 ビックリするくらいロクな商品がない。何だ、売れないアイテムを集める蒐集癖でもあんのかこの人。

 

「そんな!? 確かにあまり売れてはいませんが、きっとそのアイテムを必要としてくれる方がどこかに――」

 

「いや、いないから売れてないんですよ!?」

 

 自覚ないのか、この人。天然どころかポンコツじゃねぇか。あれか、この世界の美人はポンコツじゃないといけないのか? よく考えたら俺の知り合い皆ポンコツでしたわ。

 

「ハァ……じゃあ、その爆発ポーション下さい。一番火力強めので」

 

 幸い、まだ使い道があるアイテムがあって良かった。他はほとんど地雷臭しかせんから手をつけたくないしな。

 

「はい。二十万エリスになります」

 

 高ッ!? もはやぼったくりのレベルじゃねぇか!

 

 まぁ、買うと言った手前撤回出来る訳もなく、俺はその用途不明のポーションを買うこととなった。この前の報酬の五分の一が吹っ飛んだぞ……。

 

 しかし、このローブと杖を買ったと思えば悪くない。アイテムはガラクタばっかだけどな。

 

「フフフ……ありがとうございます」

 

 ウィズさんは俺がポーションを買うとそう言って笑顔でアイテムを渡してくれる。

 

 ……たまになら、来ても良いかな。

 

 その綺麗な笑顔を見て、そんなことを思ったのは、出来れば内緒にしておきたい。

 

 

 

 

「それじゃ、今日はこれで」

 

『またねー』

 

「はい、またのご来店をお待ちしております」

 

 俺はその後、お喋りがしたいと言うウィズに付き合ってしばらく話を聞いていた後店を出た。良い人なんだが、商才はなぁ……。

 

 ただ、良い店の情報やアイテムも良し悪しの見分け方も教えてもらったのは非常に嬉しい。少し陽が傾き始めているがまだ店は開いているだろうか。

 

 そんなことを考えながら歩いてると見覚えのある姿が見えた。

 

 濃い目の茶色のとんがり帽を被り、オシャレの眼帯をしている我がパーティきっての痛い子、めぐみんだ。

 

 めぐみんはこちらに気づくとちょこちょこ近づいて来る。なんか可愛いなその動き。

 

「どうもこんにちは、ハチマン。ハチマンも買い物ですか?」

 

 そう質問するめぐみんの手には昨日見た杖とは違う杖が握られていた。多分、先日の報酬で新調したのだろう。もう少し来るのが早ければ俺も稼げてただろうに。……いや、それは流石に不謹慎だな。

 

「あぁ、めぐみんも買い物か?」

 

「そうですよ! 見て下さいこの杖! 爆裂魔法の威力を上げる為より良い杖を新調したのです。あぁ、早く爆裂魔法が撃ちたいです……!」

 

 めぐみんは杖に抱き着き捩りながらそう語る。ちょっと、何でこんな変なとこで興奮するのん? 変態はダグネスだけで間に合ってるよ?

 

「そ、そうか……。じゃあ、俺はまだ寄る所があるから。じゃあな」

 

 俺はそうやってナチュラルにその場を後にしようとするが、俺のナチュラルが普通ではない所為か、俺は引き留められてしまう。

 

「あ、ハチマン、私も着いて行っても良いですか? 私この後暇なんですよ」

 

「いや知らんけど……ねだっても奢ってやらんぞ?」

 

 暇だから着いて来るとか何考えてるのかしらこの子。もしかして痛い子? はい、痛い子でしたね。それも現在進行形のかなり痛いやつ。

 

「私を何だと思ってるんですか……。アクアではないのですからそんなことしませんよ」

 

「そ、そうか……」

 

 アクアだとするとは思ってるんですね。まぁ駄女神だし仕方ないか。

 

「……じゃあ好きにしろ」

 

「はい、好きにします」

 

『ハチマン、誰なのこの子?』

 

「うひゃあっ!?」

 

 ユキは俺のローブの中からひょっこり現れるとめぐみんに話しかける。突然現れた喋る猫にめぐみんは思わず素っ頓狂な声を上げ、悪戯が成功したのが嬉しいのかユキの顔は満足げである。

 

「こらユキ。めぐみんにもさっきの悪戯したのか。あまり迷惑をかけるなら今日サンマ買ってやらんぞ」

 

『ごめんにゃさい』

 

 あら何それ可愛い。もっと流行らせようぜ。

 

「あの、その猫は何ですか? この前はいませんでしたよね?」

 

 めぐみんはユキを物珍しそうに見ながら俺に問う。まぁ、喋る猫なんて普通いないだろうしな。気持ちは分かる。

 

「この前一人で受けたクエストで手懐けた。名前はユキだ」

 

『よろしくねー』

 

「よろしくです。ユキ」

 

 めぐみんが挨拶を返すとユキは俺の肩から降りてめぐみんにすり寄る。めぐみんはそれを気持ち良さそうにナデナデしている。あぁ、癒されるなぁ、この光景。

 

「では、このまま行きますか」

 

『行こ行こー』

 

 こうして、ユキを抱き上げためぐみんと共に俺は目的の店へ向けて歩き出す。何故か、俺の隣をもう少し近づけば肩が当たるくらいの近さでだ。

 

「ちょっとめぐみん? 近くない?」

 

「そうですか? 一緒に行くのですからこのくらいは普通かと」

 

「そんなもん?」

 

「そんなもんです」

 

『そんなもんー』

 

 じゃあいいか、と。俺は特に突っ込まないことにした。少し小さい小町みたいなもんだしな。大人しくしてれば常識人だし、気にするでもないか。

 

 俺とめぐみんはそのまま少し入り組んだ道へと入っていく。ウィズの話ではこの辺りのはずだが……。

 

「お、あれか?」

 

 いくつか店が並んでいる所の間に、ウィズに聞いた通りの見た目をした店があった。

 

「あの店ですか?」

 

「あぁ、多分この店だ」

 

 俺とめぐみんはそそくさと中に入って、確かめる。見てみると、色とりどりの服や靴などの衣料品がそこには並べられていた。しかし、店員が一人も見られない。

 

「す、すみませーん……」

 

「おや、お客さんかの?」

 

 呼びかけに応じて出てきたのは中々のご老人。立派な白い髭は胸元辺りまで伸びており、手入れが行き届いたものであることが分かる。それを撫でながら老人はこちらを見やる。

 

「ウィズさんに勧められてここに来たんですが、何か良い靴ありますか?」

 

「ほう、ウィズさんから! ホッホッホッ、ちょっと待っていなさい。軽く見繕ってあげよう」

 

「お願いします」

 

 そう言って店主らしき老人は靴売り場に置いてある商品を漁って何かを探している。

 

 そんな老人を見ていると不意にローブを引っ張られる。まぁ、この場で俺の服を引っ張る人間などめぐみんしかいないのだが。

 

「どした、めぐみん」

 

「ウィズとは誰ですか?」

 

 あぁ、めぐみんはウィズさんのことは知らないのか。となると、あの店自体あんまり知られていないのか?

 

「ウィズってのは街からちょっと外れた所で魔道具店営んでる人のことだ。このローブもさっきその人に貰った」

 

「ほぉ……」

 

 俺が持っていたローブを見せながら説明していると、何故かそんな俺を睥睨するめぐみん。え、何? 近いよ、めぐみん?

 

「な、なんだよ……」

 

「いえ、特には。ただ、また女性を弄んだのかなぁと思いまして」

 

「お前は俺を何だと思ってるんだ……」

 

 俺にそんな技術があるなら伊達にボッチやってねぇよ。この世界じゃボッチの時間の方が今んとこ少ないけどな。ユキとかもいるし。

 

「それに、何か女性の匂いがします。この服ですかね……?」

 

 そう言ってめぐみんはローブの匂いを嗅いでくる。おいなんだ、その勘の良さは。なんで雪ノ下といいお前といい女は皆勘が良いんだ。俗に言う女の勘ってやつか?

 

「き、気のせいじゃないか?」

 

「そうですか……?」

 

 ヤバい、何この状況。浮気疑惑の夫婦みたくなってるんですが。俺何も悪くないはずなのに。

 

「まぁいいでしょう。ハチマンがどこで誰と会おうが、ハチマンの勝手ですからね」

 

「なら何で追及し始めたんだよ……」

 

「気分です」

 

 このロリ、遊びで年上をからかうとは……。和真と今度計画して仕返ししてやろう。

 

「はいよ、お兄さん。これなんかどうじゃ?」

 

 そんなやり取りを交わしてる内に、老人は探し物を見つけたのか、こちらにその靴を見せてくれる。

 

「これは耐久性重視で作られた靴でな、お兄さんみたいな冒険職の人でも重宝すると思うぞ」

 

 見た目はいわゆるエンジニアブーツと呼ばれるものに近く、黒く分厚い皮と(くるぶし)の上まで覆う形が特徴だ。履いてみて分かったが、中々に履き心地が良く靴擦れもこれなら起こさなさそうだ。

 

「これにします。いくらになりますか?」

 

「毎度、五千エリスじゃよ」

 

 俺はその後その靴を包んでもらってから店を出る。ついでだからと言って靴磨きのブラシもその老人は渡してくる。金を払うと言ったのだが、

 

「良いんじゃよ。お前さんみたいな若いモンは、素直にありがたく受け取っとくもんじゃぞ」

 

 こう言われてしまっては何も言えない。俺はお礼を言ってめぐみんと共にその店を後にした。今後も、何か買う時はあの店で買うとしよう。

 

 その後、めぐみんと別れた俺はセツとユキの餌を買って帰った。

 

「帰ったぞーセツ」

 

『おや、やっと帰ってきたかい。待ちくたびれたよ』

 

「悪かったな。ほれ、今日はサンマだ。外で食うが焼くか?」

 

『熱いからそのままおくれ』

 

「さいで」

 

 やっぱり猫舌とかあるのだろうか。俺自身猫舌だから熱いのが苦手なのは分かるが。

 

 俺はそんなことを考えながら馬小屋から少し離れたところで焚き火を作る。

 

「ティンダー」

 

 ボッと小さい火が指先に点くので、俺はそれを馬小屋から軽く取った干し草に移してから薪に放り投げて燃え上がらせる。

 

 自分の分を串に刺してセッティングすると俺はセツ達にもサンマをやる。

 

『あ、塩はあるかい?』

 

「あるぞ。ほれ、こんくらいか?」

 

『僕も塩かけてー』

 

「へいへい」

 

 そんな感じで、美味しそうにサンマを食べるセツとユキ。そんな微笑ましい二匹の姿を見ながら、俺は一人火を見る。

 

「……俺も塩かけるかな」

 

 その後俺もサンマに塩を振って食べてみる。その時に、サンマから磯の香りでなく、土の香りが仄かにしたのはきっと気のせいだろう。

 

 たまには、こんな休日があっても、良いかもしれないな。




どうでしたでしょうか?
細やかな休日も、たまには良いものです。
リアルで可愛い猫がホスィ……。

――追記――

【挿絵表示】

少しばかり変な後書きの修正とようやくアップロードが出来た挿絵を貼ることが出来ました。体とか服装雑だけどこんな感じのを想像して下さい。


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比企谷八幡は、怒り狂った騎士を相手する

やぁ。見事に(勝手に決めた)締め切りを破った作者です。すんません。
昨日投稿しようと考えていたのですが、部活の引退試合も相まってどうも寝落ちしたみたいでして、朝には充電がヤバイ携帯が横たわっていました。酷い言い訳だなこれ。
という訳で、遅れましたが、第九話をお届けします。
それでは、どうぞ。


 ギルドの掲示板に高難易度依頼しか貼られなくなってから早くも一か月が経とうとしていた。

 

 俺はちょくちょく依頼に出て行っているためそれなりに懐も暖まってきた。なので、そろそろ馬小屋から出ようかと猫二匹と思案しながら寝ていたのだが、突如けたたましい警報が街中に鳴り響いてきた。

 

「緊急クエスト発令! 冒険者の皆さんは今すぐ街の門の所まで来てください! なお、サトウカズマさんのパーティーは必ず来てください!」

 

「緊急クエスト?」

 

 その慌ただしい様子からして只事ではなそうだが……何故和真のパーティが呼ばれるんだ?

 

「行かなくて良いのかい? 仲間が呼ばれてるんだろ?」

 

「いや、確かにそうなんだけどさ……」

 

 どうしよっかなぁ……。確実に面倒事なんだよなぁ……。最近一緒にいないし、行かなくてもバレない――。

 

「ハチマン! 一緒に来て下さい!」

 

 うん、駄目だ。逃げられないわこれ。

 

 俺の理想も空しく、めぐみんが馬小屋までご丁寧に呼び出しに来たことで俺は完全に退路を断たれてしまった。

 

「カズマが多分連れて来なきゃ来ないと言っていましたので一応来ましたが、そうなんですか?」

 

 あの野郎、自分の時は一目散に逃げる癖になんて仕打ちだ。今度死なない程度に凍らせてやろうか。

 

『おや、お仲間だね。ということは行くのかい?』

 

「あぁ、向かえに来られちゃ行くしかねぇよ」

 

 俺はそう言ってウィズさんから貰ったローブを羽織り、同じくウィズさんから貰った杖を手にする。

 

「行くか、めぐみん」

 

「はい、行きましょう」

 

『僕も行っていいー?』

 

『アタシも行こうかねぇ』

 

 どうやら猫二匹も来てくれるらしい。これなら大抵のものなら討伐出来そうだが、一体何が相手何だろうな?

 

 俺はわざわざ出かける羽目になった元凶に何の魔法をぶっ放してやろうかと考えながら馬小屋を出る。あわよくば、この事態が終わったら大金でも入らないかと、そんなことを夢見ながら。

 

 

 

 

「あ、ハチマンが来たぞ」

 

「本当か!?」

 

 俺が門に着いた頃には既に俺以外の冒険者は集まっていた。これほどの人数を集めて、一体何と対峙するんだ?

 

「何があったんだ? 和真、簡潔に説明してくれ」

 

「あぁ、何かがヤバそうなのが来てな。あれだよ」

 

 和真はそう言って指を差すのでそちらを見やると、そこには確かにヤバそうなのがいた。

 

 ドス黒いオーラをまとい、黒馬に跨るその騎士は頭を手に持ち佇んでいる。頭部がない、正確には首がなく頭を自身で持つあの姿は、恐らくゲームでも有名だったあのキャラだろう。

 

「首無し騎士、デュラハンか……? また何でそんなのがここにいる」

 

「分からん……ただ、何か怒っているのだけは分かる」

 

 和真はそう言って再びデュラハンを見る。確かに、あのドス黒いオーラの見るからに怒ってますよ感は半端ない。この街で誰かがアイツを怒らせたのだろうか。何て傍迷惑な野郎なんだ、ソイツは。

 

 俺がそんなことを思っているとデュラハンは静かに喋り出す。

 

「俺はつい先週、この近くの城に越してきた魔王の幹部の者だが……」

 

 そして、デュラハンは叫ぶ。

 

「……毎日毎日毎日毎日! お、俺の城に毎日欠かさず爆裂魔法打ち込んでくる、ああ、頭のおかしい大馬鹿は誰だぁぁぁぁっ!?」

 

 最近、彼の身の周りで起きているらしい迷惑行為に対する怒りを。

 

「……は?」

 

「俺を魔王軍幹部のデュラハンだと知ってなら堂々と城に来いよ! そうでなければ黙って部屋の隅で怯えてろよ! ねぇ何で? 何でそんな陰湿なことするの? 修繕費だって馬鹿になんないんだぞ!?」

 

 どうやら、彼が住まう城に毎日欠かさず爆裂魔法を撃ち込んでいく奴がいるらしい。何それ、めっちゃ迷惑。俺だったら泣く。そんな陰湿な行為前世(あっち)でもなかったわ。というか、爆裂魔法って……。

 

 めぐみんの方を見ると見るからに動揺していた。恐らく、というか、ほぼ確実にコイツが犯人だろう。何してくれちゃってんの?

 

「おい、めぐみん。何でそんなことやったんだ。怒らないから言ってみなさい」

 

「うっ……それは……」

 

「八幡、それ教師が使うどのみち怒る時に使う手口じゃないか。やめてやれよ」

 

 おいバラすなよ。本当に怒れなくなるじゃないか。

 

 ……というか、何故お前が庇う? いつもなら面倒事が起こる度に真っ先にアクアとかに吐け吐け言ってるはずだが……。

 

「和真、ひょっとしてこの件、お前も関わってんじゃないのか?」

 

「……」

 

 和真は俺の質問に黙って他所の方向を向く。図星か、この休みの間に何をやってたんだコイツら?

 

 俺は能力を使って問う。コイツが休みの間にどうして爆裂魔法を撃ち込んでいたのか。

 

 ……なるほど、ただの廃城だと思ってポンポン撃ち込んでたのか。そりゃ遠慮がない訳だ。

 

 しかしどうしたものか。謝っても許してもらえるとは考えにくい。アンデッドだから普通の攻撃も効きにくいし……。

 

「……仕方ありません。元は私が撒いた種、素直に出ていきます」

 

 俺が一人どうしたものかと考えていると、めぐみんは一人、覚悟を決めたように顔を上げる。その手が震えていることから、めぐみんが内心怖がっているのがよく分かる。

 

 ……そうだ、本来なら出来ないあれをやってみるか。相手もきっと困惑するだろう。何より、一溜まりもないだろうしな。腹いせには丁度良い。

 

「おい、待てめぐみん。ちょっと俺が出てくるわ」

 

「え、ハ、ハチマン!? どうしたのですか!? ついに頭おかしくなったんですか!?」

 

「おい、いつから俺は頭がおかしい奴になってんだ。俺は別に勝てそうだから行ってこようと思っただけだ」

 

 俺の提案に群衆から出ようとしていためぐみんが止まり、俺の方へ来ると腕を持ってグワングワン揺らしてくる。多分、和真なら肩に届いていたのだろうが俺には届かない。だからアクアのように揺られはしない。

 

「任せとけ。俺にはあるんだよ、アイツを倒す方法がな……」

 

 そう言って俺は不敵に笑ってやる。和真達はそれを見てドン引きしているが、そんな酷いのか、この顔? あくどい顔をしている自覚はあるけどさ。

 

『悪人みたいな顔してるよー』

 

『アタシでも滅多に見ない極悪人みたいな顔だねぇ』

 

 ……もう良いよ、俺暴れるもん。好き放題暴れてやるもん。

 

「で、ですが、これは元々私の問題です。ハチマンに頼る訳には……」

 

 そう言ってめぐみんは俺が出ていくのを拒否する。ふむ、めぐみんは自分なりに責任を感じているらしい。まぁ、自分が原因だし感じるもんか。

 

「アホ抜かせ。一発爆裂魔法撃ったらお前倒れるだろうが。どうやって戦うんだよ」

 

「うっ……それはそうですが……」

 

 どうやら納得出来ないめぐみん。仕方ない、小町ではないが、やってやるか。

 

「良いから。お前はそこで見てな。後は俺に任せとけ」

 

 俺はそう言うとめぐみんの頭の帽子を取って頭を撫でてやる。

 

「え、ちょ!?」

 

「良いから、落ち着け。別に死に行く訳じゃないんだ」

 

 俺が死ぬ時は多分能力が切れるか、能力があってもどうしようもない敵が相手の時くらいだ。そうは簡単に死にはしねぇよ。

 

「……分かりました」

 

「よろしい」

 

 俺はめぐみんが納得してから頭を撫でるのをやめて帽子を戻してやる。めぐみんが名残惜しそうに見ているように見えたのはきっと気のせいだろう。

 

 俺は冒険者カードを取り出してとあるスキルを取得する。もしものことを考えてスキルポイントを残しておいて良かった。

 

 準備が済んだ俺は集団よりいくらか前に出て立ち止まる。それに気づいたデュラハンはより怒りの声を上げる。

 

「き、貴様かッ!? 俺の城に毎日欠かさず爆裂魔法を撃ち込んでくる大馬鹿はぁぁぁぁッ!? どうせ雑魚しかいない街だと放置しておれば、調子に乗って毎日毎日ポンポンポンポンポンポンポンポン撃ち込みに来おってッ! 頭おかしいんじゃないのか貴様!?」

 

 いやその節に関しては本当申し訳ない。具体的には◯レンで城作る度に鬼が城壊しに来るレベルのウザさだと思う。え、分からない? あれ結構名作だと思うんだけどなぁ……。

 

 まぁそれはいい。今は目の前のコイツを倒すことを考えろ。

 

「残念ながら俺はソイツじゃない。だが、俺はそのパーティのメンバーだ」

 

「ほう? だとしたら何故、パーティメンバーのお前がソイツの代わりにこの俺の前に出てきたんだ?」

 

「何、ちょっと質問したくてな。お前、魔王軍幹部なんだろ?」

 

「俺か……俺は魔王軍幹部が一人、首無し騎士のデュラハンだ! それがどうした!」

 

「いや、確認だ。俺は冒険者、アークウィザードをやっている者だ」

 

「ふん、アークウィザードか……。こんな街に二人も居るとはな。それで、貴様はどうするのだ?」

 

「冒険者が魔王軍幹部に名乗る。なら、何が言いたいか分かるよな?」

 

 俺はそう言って杖を片手で構える。答えを出す者(アンサー・トーカー)は既に発動済みだ。何をしてきても対応出来るようにな。

 

「お前らも援護頼むぞ、セツ、ユキ」

 

『あいよ、ハチマン』

 

『分かったー!』

 

 俺が二人に呼びかけると二人は最初に会った時の大きさに戻った。この姿が一番力が出しやすいらしい。

 

「ほう? デビル・オブ・ディザスターか。それを従えているとは貴様、どうやらかなりの手練れのようだな」

 

 デュラハンはセツ達を見ると先程の怒りを沈めてこちらを見る。ウィズさんもそうだが、どうやら彼らは皆コイツらのことが分かるようだ。

 

「フフフ、面白い。良かろう、俺は仮にも元騎士だ。受けた挑戦には誠心誠意をもって相手しよう」

 

 デュラハンはそう言うと、デュラハンと同じく首の無い馬、コシュタ・ダワーだったかが竿立ちする。

 

「我が名はベルディアッ! 生前の騎士の誇りにかけて、貴様との決闘を受けよう!」

 

「俺の名は比企谷八幡ッ! セツとユキと共に、仲間に代わって貴様を倒させてもらうッ!」

 

「行くぞッ!」

 

 両者が名乗り、戦いは始まった。

 

「セツ、ユキ! 詠唱準備の間アイツの相手を頼む!」

 

『あいよ、帰ったら美味しい魚を頼むよ』

 

『僕の分もね!』

 

「良いのを気前よく買ってやるから楽しみにしとけ!」

 

 俺はセツとユキに指示すると飛び上がって杖を両手で構えて詠唱を始める。

 

『アースシェイカーッ!』

 

 セツは無詠唱でそう言うと地面を思いきり殴る。上級魔法であるが、セツ達は詠唱を必要としないらしい。冒険者もレベルが上がれば無詠唱で唱えられるらしいから俺も会得したいものだ。

 

 アースシェイカーによって周辺の地盤が隆起し始める。一度これに巻き込まれたことがあるが平衡感覚が確実にもっていかれる。対策として俺はセツから貰った飛行能力で逃げることにした。

 

「ウオッ!?」

 

 ベルディアにも地震は効いたようで、必死で馬にしがみつくが片手では難しかったようで落馬した。

 

『ほらほらいくよー!』

 

 そんなベルディアにユキは容赦なく魔法を唱える。

 

『ハリケーンミキサー!』

 

 風上級魔法のそれは竜巻と鎌鼬を同時に発生させ、相手を切り刻む。同じく風上級魔法のトルネードより魔力の消費が大きいが、その分威力は期待出来るだろう。

 

「えっ、ちょ、待ってァァァァ!?」

 

 ベルディアは為す術なく宙へ飛んでいく。頭を持ったままでいるのはきっとあれが急所だからなのだろうか、意外としぶとく持っている。

 

「黒より黒く、闇より暗き漆黒に、我が深紅の金光を望み給う。覚醒の時来たれり、無謬の境界に落ちし理、無業の歪みとなりて現出せよ!」

 

 そんなベルディアに、俺は詠唱を終えた魔法を放つ。彼が、今最も食らいたくない魔法をな。

 

『逃げるよッ!』

 

『うん!』

 

「エクスプロージョンッ!」

 

 セツ達は俺が魔法を放つのを察知した後、その場から離れていく。頭が良い子は嫌いじゃないぞ。

 

「ギャァァァァッ!?」

 

 杖の前、自身の足下、ベルディアの真下。その他にも多くの魔方陣を展開し、禍々しくも幻想的な魔力の渦が、ベルディアに放たれ爆発する。直撃を食らったベルディアは悲鳴を上げて燃えていった。

 

「お、おぉ……結構魔力もってかれるな」

 

 魔力無限の恩恵があるとはいえ、俺だって魔力を使えば使う程疲れはする。上級魔法五発分は軽くあるであろう爆裂魔法の異常な消費具合に俺は少しよろめきそうになりながら驚く。

 

『相変わらず馬鹿げた魔力量だねぇ。本当どうなってんだい?』

 

『もうやっつけたのー?』

 

「どうなってんのかは知らん。あと、アイツはまだ生きてるぞ。これで終わるようなら、そもそもお前らを連れて来てないしな」

 

 しかし、それよりも驚くのはやはり爆裂魔法を食らっても普通に生きているベルディアだろう。タフだなおい。

 

「ハァ……ハァ……貴様、何故それが使えるッ!?」

 

「ん? スキル一覧にあったからな。覚えただけだ」

 

「な!? 本来それは何十年と研鑽と修行を重ね、大賢者と呼ばれる領域に達した者だけが取得出来るネタ魔法だぞ!? それを、しかもあったから取るとか、この街のアークウィザードは頭がおかしい奴しかいないのか!?」

 

 ぬ、何を言うか。俺はチートがあるから取っただけで普通ならこんな魔力消費の激しい魔法なんざ取らねぇよ。あ、その時点で頭おかしいのか? どちらにせよ許さん。

 

「頭がおかしいとは失礼だな。どうやらまだ食らい足りんらしいな」

 

 そう言って俺は再び杖を構えて魔力を溜める。そう、もう一度撃つ為にな。

 

「え!? ちょ、普通使ったら倒れるもんだろッ!? 何故倒れんッ!?」

 

 ベルディアはかなり焦っていた。当然か。仮にも爆裂魔法、威力だけなら魔法随一を誇るしな。一発だけでも一溜まりもないだろうな。

 

 だが、そんなん知らん。

 

「お前曰く頭がおかしいらしいからな。魔力量もおかしいんだろうよ」

 

 俺の周りに魔法陣が展開されていく。さぁ、戦いは始まったばかりだぜ?

 

「エクスプロージョンッ!」

 

「ギャァァァァ!?」

 

燃え盛る業火に焼かれるベルディアを見ながら、俺は宣言する。とびっきりに自己中な本音を。

 

「俺の睡眠時間を奪ったんだ。たっぷり腹いせさせてもらうぞ」

 

『わー悪い笑顔だー』

 

『アンタはああなっちゃ駄目よ?』

 

『はーい』

 

 コイツら……好き放題言いやがって。後で撫で回してやる。

 

「エクスプロージョンッ!」

 

「え、ちょま――」

 

「エクスプロージョンッ!」

 

「だからちょっとま――」

 

「エクスプロージョンッ!」

 

『トルネード!』

 

「うぉ、だから、待てと――」

 

『ハリケーンミキサー!』

 

『インフェルノ!』

 

「エクスプロージョンッ!」

 

「待てって言ってるだろうがぁぁぁぁッ!!」

 

 おぉ、凄いなコイツ。これだけ撃ち込んでも死にやしねぇ。もっと一発の威力上げようかな?

 

「どうした、普通戦いってこういうの待たないんじゃないのか」

 

「ハァ……確かに……ハァ……そうだが……限度ってもんがないのかッ!?」

 

「敵相手に何言ってんの?」

 

『本当だよねー』

 

「こんな爆裂魔法撃ち込んで平気でいる奴に言われたくないわッ! 何だお前!? 魔力が無限にでもあんのかクソッタレッ!」

 

「まぁ、間違いじゃないんだよな……」

 

 無尽蔵の魔力(エンドレス・マジック)があるからな、魔力が底を尽くことなんてことは今のところ一度もない。多分本当に無限なんだろう。

 

『あら、そうなのかい? だからあんなに魔法使っても平気なんだねぇ』

 

『ねぇねぇ、何でそんなに魔力があるの?』

 

「ちょっと色々あってな。まぁあんまし気にすんな」

 

 俺は興味津々なユキの顎を撫でてやって話題を逸らす。ユキのことだから多分これで誤魔化せるはず。

 

「もう許さんッ! 貴様にはこれを使ってくれようッ!」

 

 若干忘れられそうになっていたベルディアは怒りの声をあげると、鎧とかが熱で溶け始めた体を起こし、こちらに向けて指を差す。その手と周りには先程とは比べ物にならない邪悪なオーラがまとわれていた。

 

 何だ、あれを使うのか。

 

「汝に、死の宣告を!」

 

『マズイッ! 逃げなハチマンッ!』

 

「いや、大丈夫だセツ。この呪いは何とかなるからな」

 

「抜かせ……貴様は、一週間後に死ぬだろう!」

 

「ぐっ……」

 

 ベルディアの死の宣告は、俺の体に当たると何かをまとわせる。多分、発動までの期限的なものなのだろう。少し変な感じはしたがそれ以外で支障は特に見られない。

 

「ハチマンッ!」

 

「大丈夫か八幡!?」

 

「あぁ、特に問題ない」

 

 俺が死の宣告を食らったのを見て後ろにいたはずのめぐみん達が駆け寄ってくる。セツとユキも心配そうにこちらを見つめている。

 

「フフフ……貴様らがコイツの仲間か。どうだ、仲間が自分達の所為で死に直面しているというのは」

 

「あぁ……ハチマン」

 

 ベルディアの言葉にめぐみんは顔を青くしていた。多分、この中で一番自責の念が強いのは原因になったからだろう。

 

「これに懲りたら、お前らはもう爆裂魔法を使うな。それと、その呪いを解呪して欲しくばそこのアークウィザード一人で俺の城に――」

 

「なぁ、何勝手に話進めてんの? まだ終わってないだろ?」

 

 勝手に話を進めるベルディアに被せて俺はベルディアを威圧する。会話に置いていかれるのには慣れてるが、それで勝手に決められるのは些か癪に障る。

 

「ほぉ……死の宣告を受けてなお立ち向かおうとするか」

 

「言ったろ? 腹いせにするってな」

 

 俺はそう返すと後ろを向く。まぁ、とりあえずはコイツラを安心させないとな。

 

「めぐみん、そう気負うな。これはお前の所為じゃない」

 

「で、ですが、ハチマンは死の宣告を……」

 

「その辺も大丈夫だ。まぁ見てろ」

 

 俺はめぐみんにそう言って帽子をとって頭を撫でて落ち着かせてやる。小町にも昔やってやったことがあるが、意外とこれは効くらしいからな。小町じゃないが、特別だ。

 

「おいアクア! 後で何か奢ってやるからこの呪い解いてくれ!」

 

 俺はめぐみんを撫で終わった後、一人だけ群衆に隠れていたアクアに声をかける。多分、このまま関わりなく終わりたかったのだろうがそうはさせない。

 

「えー? 私そんなに安くないんですけどー? 明確にどれくらい奢ってくれるか言ってからにしなさいよー」

 

「これが終わった後の食事代は全部俺が持ってやる!」

 

「本当!? よーし、任せてなさい!」

 

 流石チョロイン、安い。見事に乗ってくれるな。後でシュワシュワも少しサービスしてやるか。

 

「アークプリーストか。ふっ、無駄だ。いくらアークプリーストといえど、俺の呪いを解くことなど――」

 

「セイクリッド・ブレイクスペルッ!」

 

「は?」

 

 アクアは俺に近づくなり高位の呪文を当たり前のように唱える。本来であればこの呪いは誰にも解けない仕様になっているようだが、残念だったな。仮にも女神、ステータスは既にカンスト済みのアクアの手にかかれば解けない呪いや結界などそうはない。ベルディアにとっては思いも寄らぬ状況だろうがな。

 

 頭に浮かんでいたドクロ的なものはアクアの魔法で空へと連れて行かれていった。心なしか、そのドクロが泣いているように見えたのは気のせいだろうか。

 

「え、いや、嘘だろ? 死の宣告だぞ!? 熟練のアークプリーストにも解けない呪いだぞ!?」

 

 見れば、ベルディアは予想通り混乱している。まぁ、これで数多のチート持ちを屠ったらしいし、そりゃ疑いたくもなるわな。

 

「な、大丈夫だろ」

 

「……何か心配して損した気分です」

 

 めぐみんはそう言って溜め息を吐く。えぇ何その反応。割と傷ついちゃう。俺のガラスのハートがブレイクしちゃう。

 

「お前ら本当に駆け出しかッ!? 駆け出しの冒険者しかいない街で、何でこんな――」

 

「うるさいわねアンデッド風情がッ! セイクリッド・ターンアンデッドッ!」

 

「ギャァァァァ!?」

 

 アクアはアンデッド死すべしとでも言うように、抗議を挙げるベルディアに浄化魔法を容赦なくぶち込む。おぉ、俺より攻撃が効いてんな。流石は元女神、その浄化力は伊達じゃないな。ベルディアもかなり苦しんでる。

 

『凄いねぇあのアークプリースト。死の宣告を解くなんて』

 

「まぁ、色々あるからな。ウチのパーティは妙に能力だけはあるぞ?」

 

 駄女神しかり、爆裂娘しかり、変態騎士しかり。ウチの上級職陣は特技だけは異常にずば抜けてるからな。それ以外は欠陥だらけだけどな。

 

「クソォッ! 本当何なんだよお前らッ!? 十分俺の城に来れる力があるじゃないか!? 何で普通に攻めて来ないんだよッ!?」

 

「ねぇカズマさんハチマンさん。おかしいんですけど。私の魔法効いてないっぽいんですけど」

 

「いや、ギャァァァァって言ってたし結構効いてると思うんだが」

 

「どう見ても効いてるよな」

 

 ベルディア今転げ回ってるけどあれ絶対効いてるよね? ギャァァァァとか言ってたし。

 

「そう? じゃあもう一回セイクリッド・ターンアンデッド!」

 

「え、嘘だろってヒョォォォォ!?」

 

「ねぇ、やっぱり効いてないッぽいんですけど!」

 

「いや、今ヒョォォォォ!?とか言ってたぞ? 凄く効いてると思うんだが」

 

「あと三回くらい食らわせれば浄化するっぽいぞ」

 

 あまりのタフさに思わず能力を使ってみたが、どうやらあと二回も耐えれるらしい。俺の爆裂魔法も食らってこれとかマジで強過ぎない? そりゃ普通倒せないわ。

 

『アタシらはどうしようかねぇ』

 

『暇ー』

 

「そうだなぁ……」

 

 ぶっちゃけコイツらだけでももう倒せそうだしなぁ。帰っても良いかな?

 

「駄目だ。今お前が帰るとまず間違いなく俺らが殺される。絶対に帰るな」

 

「いっそ清々しいほどに弱者宣言するな、お前は……

 

 俺はこっそり帰ろうと試みると和真に止められた。何だよ、何でバレたんだよ。俺のステルスヒッキーはどこいったんだよ。前世(あっち)じゃめちゃくちゃ使ってたのに全然機能してないじぇねぇか。つか帰るまで遠足みたいな理論はこっちにもあるのか。

 

「ハァ……じゃあさっさと片づけよう。アクア、街を壊さない程度で大量の水は出せるか?」

 

「私を誰だと思ってるの! 私はアクシズ教徒に崇められし水の女神、アクア様よ! そんなのお茶の子さいさいよ!」

 

「お茶の子さいさいとか今日日聞かんけどな……じゃあ用意してくれ。アイツの弱点は水だ。セツとユキも頼めるか?」

 

『分かったよ、ハチマン』

 

『いいよー』

 

「よし……」

 

 アクア達に指示すると俺はすぐに詠唱を始める。無詠唱スキルがないのはこういう時に煩わしいな。

 

「生に背きし屍よ、泉下(せんか)を拒みし背徳者よ。鼓腹撃壌の世に混乱を招きし災厄に、我は天魔覆滅の鉄槌を下さん。女神の涙たる聖水を以て、蔓延る悪を浄化せん」

 

 俺が詠唱している間に、アクア達は特攻して攻撃をしかけようとする。

 

「セイクリッド~」

 

『ホーリー・アクアレイン!』

 

『アクアウォーター!』

 

「させんッ! ぬぅんッ!」

 

 ベルディアは俺達の魔法を危険と判断したのか突然弱点の頭を空中へ(ほう)る。せめて頭だけもってか……?

 

 いや、何か来るッ!

 

死眼(デス・アイズ)ッ!」

 

 瞬間、ベルディアの動きが変わった。遅延魔法か、敏捷強化魔法の類だろう。ベルディアは先程とは比べられない程の速さで俺に向かって来る。セツとユキの魔法は先程ベルディアがいた場所へと無常にも放たれる。

 

「悪く思うなよ?」

 

「そっちこそな」

 

 俺は脳に意識を集中させ、感覚を研ぎ澄ませる。答えを出す者(アンサー・トーカー)を、より効果的に発揮するために。

 

「ゼアァァァァ!!」

 

 ベルディアは両手剣を扱っているとは思えない速度で剣を振るう。流石は元騎士、洗練された太刀筋だ。この能力がなければ八つ裂きになっていた自信があるぞ。

 

 俺は動きを全て能力で見切る。いくらか掠ってしまったが、これくらいなら許容範囲だ。

 

「くっ、流石だな……」

 

「馬鹿な!? 今の俺の剣を捌くだとッ!?」

 

 驚愕するベルディアを見て俺はニタリと笑い両手を前に構える。

 

「ホーリー・アクアレイン!」

 

「グガッ!?」

 

 俺の手から放たれたのはダムから排出されるような大量の水だった。そんな水を至近距離で浴びたベルディアは堪らず後ろへ流されていく。

 

 が、これだけでは終わらなかった。

 

「クリエイトウォーターッ!!」

 

 加減を知らない駄女神が、物凄い量の水を召還しやがった。

 

「え、嘘何これァァァァ!?」

 

 ベルディアには確かに効果があったようだが、今はそれどころではない。

 

 なんせ、その水がこちらへとやって来ているのだから。

 

「バッカ野郎ッ! 加減しろって言っただろうがッ!」

 

「だ、だってだって! 私最近コイツの所為でロクなクエスト受けられてないのよ!? 腹も立つじゃない!」

 

「クソッタレがッ! お前らッ、俺の後ろに逃げろッ!」

 

 ポンコツアクアに悪態を吐きながら俺は咄嗟に呪文を唱える。このままでは俺達がこの水に流された挙句後ろの壁が崩壊しちまう。そういう答が出た俺は魔力を最大限に高めながら詠唱を始める。

 

「闇を祓いし氷雪よ、光すら封印()ざす氷晶よ。極寒にして凛冽(りんれつ)なりし絶対零度の氷結魔法。我が呼び声に応え、我が許にて顕現せよ。仇為す全てを凍て尽くす、六花の加護をここに! カースド・クリスタルプリズン!」

 

「ガハッ……!?」

 

 体に負担をかけながらも咄嗟に放った氷結魔法。それは、今まで放ったものとは全くの別物だった。

 

 天高くまで出来上がったそれは、氷山と言われても信じられる程の大きさにまでなっていた。草木も何も見境なく辺り一面を全て凍り尽くして氷の海となり、ベルディアはその中へ完全に閉じ込められている。

 

「何だ、こりゃ……」

 

 誰かが呟く。俺も思う。予想外なんてもんじゃない。完全にマンガでしかの見ないような状況じゃねぇか。

 

「アイツ、もう死んだんじゃないのか?」

 

 普通ならまず死んでいる。というか、いくらタフなコイツでも死んでいる気がする。

 

「凄いわね……私、前こんなのに凍らされたんだ」

 

 その中でアクアだけは平常通り物珍しそうにその惨状を見ている。いや、元はと言えばお前が原因だからな? 何他人面してんのお前。

 

「おいアクア、一応浄化しとけ。流石にこのままは不憫過ぎる」

 

「それもそうね。セイクリッド・ターンアンデッド!」

 

 アクアが唱えたその呪文を最後に、ベルディアの姿は完全に消滅した。これで、街の危機は去っただろう。

 

「オォォォォ!!」

 

 その事実を皆が理解した瞬間、冒険者達は喜びの声を上げる。

 

「すげぇぞアイツ! ほぼ一人でデュラハンを倒しやがった!」

 

「何者だアイツ!?」

 

「これで安心して過ごせるぞ!」

 

「……何か、目立っちまったな」

 

「仕方ないですよ。なんせ魔王軍の幹部を倒したのですから」

 

 何だか戦ってる時より気が重い。俺はもうちょっとひっそりと暮らしたいんだけどな。

 

『お疲れさん』

 

『おつかれ!』

 

「おう、お前ら」

 

 いつの間にか小さくなって近くに来ていたセツ達は俺の肩に乗って俺を労ってくれる。何か、コイツらに頼らなくても良かった気がするな。

 

「じゃあ帰るかお前ら。飯買いに行くぞー」

 

『わーいご飯だー』

 

『アタシ今日はマグロの気分だよ』

 

「あぁ、分かった、マグロな。今日は手伝ってもらったからちゃんと奮発してやるよ」

 

 俺はそう言ってセツとユキを撫でてやる。帰ったら更に撫でまわしてやろう。

 

「和真達もありがとうな。多分初めて全力出せたわ」

 

「今まで全力出してなかったのかよ……いや、それよりもお礼を言うのはこっちだよ。俺らの代わりに戦ってくれてありがとうな」

 

「私からも、ありがとうなハチマン」

 

「あれ、お前今日居たっけ?」

 

ふと、今日あまり見た覚えがなかったダクネスを見てそんなことを思う。というか普通に声に出していた。

 

「い、居たは居たんだぞ!? ただ、出番がなくてな……」

 

 そう言ってダクネスは恥ずかしそうに俯いている。そういえば、コイツ攻撃出来ないしアイツも大した攻撃やってこなかったからコイツ出る幕なかったのか。

 

「ハチマン! 後でギルドでお酒を奢ってもらうわよ!」

 

「一回指示聞かなかったから二杯までな」

 

「なぁんでよぉぉぉぉ!?」

 

「いやお前の所為で今からあれ片付けなきゃなんないんだけど?」

 

 俺は胸ぐらを掴んでくるアクアを離しながら先程出来た氷山を指差す。一気に溶かしたらとんでもない爆発とか起きそうだからな、ゆっくり溶かしていくしかないのだ。

 

「あれを何とかしてくれるんなら何だって奢ってやる」

 

「……すみませんでした」

 

 まぁ無理だよな。そんな手間をかける奴に奮発する金はない。というか、むしろ俺に多大な迷惑をかけたのに奢ってもらえるだけありがたいと思って欲しい。

 

「あの、ハチマン」

 

「ん? どしためぐみん」

 

 声がした方を見てみれば、何やら浮かない顔をしためぐみんが立っていた。この空気の中で何故一人だけ浮かない顔をしているのだろうか。

 

「その……私の代わりに行ってくれてありがとうございます」

 

「あぁ、それね……」

 

 思えば、こちらの世界の人間から見れば俺の行動は褒められるものではないんだよな。

 

 どうも、俺はどこでも、誰かを心配させなきゃいけないみたいだな。

 

「別に、俺が腹いせしたかっただけだ。気にすんな」

 

「いえ、今回は完全に私の所為ですし……何かお礼をしたいのですが」

 

「いや、本当に気にしてないから」

 

「それでは私が納得出来ません!」

 

 そう言って詰め寄って来るめぐみん。全然そんなつもりなかったんだがなぁ。

 

「さぁ、何かないんですか? 一つだけ何でも言うこと聞くとかでも良いですよ」

 

「なんでお礼をする方がそんなに偉そうなの?」

 

 どうしよう、特に何もないんだけど……。あ、そうだ。

 

「じゃあめぐみん、一つ頼まれてくれないか?」

 

「何でしょうか? 何でもと言った後で何ですが、エッチぃのは無しですよ」

 

「俺を何だと思ってるんだよ……俺の頼みは――」

 

「ふむふむ……マジですか?」

 

 めぐみんは俺の要望を聞いて少し引いている。やっぱ駄目かな。駄目だろうな。俺でも引くわ。

 

「別に嫌なら別のを考えるが、多分セツ達の相手頼むくらいだぞ?」

 

「……分かりました。その頼み、聞き入れましょう」

 

 おぉ、マジか。駄目元でも言ってみるもんだな。こりゃ明日が楽しみだ。

 

「じゃあ、めぐみんの気もすんだことだし、ギルド行くぞ。折角だ。和真達も奢ってやる」

 

「え、良いのか!?」

 

「嫌なら良い。俺の気が変わらん内に早くしな」

 

「おうっ! おいお前ら、さっさと行くぞ!」

 

「良いのかハチマン? 私今日は本当に何もしてないんだが……」

 

「一人だけボッチで何も食べないで良いならどうぞご自由に」

 

「クゥ……悪くない! どうしよう、カズマ!」

 

「いや知らねぇよ……」

 

 こうして、俺達はその後ギルドへ向かい宴を開いた。魔王軍幹部を倒したとあって、今日はギルドで奢ってくれるらしく、俺の気遣いは無用となってしまったが。

 

「ほらよ」

 

『おぉ、こりゃ美味そうだね』

 

『これ食べて良いの?」

 

「あぁ、好きなだけ食べな」

 

 まぁ、コイツらの食費が浮いたのは、嬉しい誤算かもな。

 

『ちょっとハチマン、いい加減離しとくれ』

 

 嫌がるセツ達を撫で回しながら俺はそんなことを思う。

 

 ”緊急クエスト ベルディア討伐 成功”

 

 ”特別報酬 参加冒険者への臨時報酬”

 

 そういえば、どうやら俺にだけ何故か別の報酬が渡されるらしい。

 

『いい加減にしな!』

 

「いってぇ!?」

 

 コイツらが自由に食べれるくらいには、報酬が入って欲しいものだと、撫ですぎて噛まれた手をさすりながら、俺はそんなことを思う。

 

 ”比企谷八幡 ベルディア討伐の懸賞金 三億エリスの贈呈”




いかがでしたでしょうか?
個人的に八幡の喋り口調が変わってしまっている気がしてなりません。多分そのうち納得がいくものに修正するかもしれません。
あと、今回でストックが切れたのでもしかしたら一週間以内の投稿はキツイと思われます。待ってる方、本当にすいません。多分月一くらいしないと作者が倒れます。
出来るだけ早く、誤りのないように次話を作りますので、待っていて下さい。
感想等、お待ちしてます。


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比企谷八幡は、再び彼女と出会う

やぁ、加筆修正で話数が変更されたから前書きの内容も前と変わりました。新規の人は何のこっちゃですね。番外編に今回の話に入るまでの内容があるので暇な方はどうぞそちらの方も見てやって下さい。
それでは第十話、どうぞご覧あれ。


 ベルディアが倒されてからもう一週間くらいだろうか。人々の喜びも落ち着きを取り戻し、いつも通りの静けさに生きる街並みがそこにはあった。

 

 大人は街で物を売ったり買ったりしていれば、子供はその辺りを元気よくウロチョロしている。冒険者は朝からクエスト掲示板を見ては自身の実力に見合った物を探しているし、飲んだくれは朝早くから酒を飲んではスタッフの女性に絡んでいたりする。

 

 そんな街の風景には、つい先日魔王軍が襲来したという雰囲気は微塵も感じられない。俺がこの世界にやってきた時と同じ、諍いや揉め事の少ない平和な日常だ。

 

 俺自身、新居を構えてからの生活も今のところ落ち着いたものとなっている。誰にも見つかってないし、ユキとセツは普段は寝てばっかだから基本静かだしな。本を読んだり一日中寝て過ごすにはもってこいだ。

 

 ただ、寝床を買ってやったのにちょくちょく俺の腹の上に乗って寝るのは何でですかね、セツさん達や……。小さくなってるからまだ良いんだけどさ、君達布団あるでしょ、モッフモフのやつ。顔とかに乗っかられるとマジ寝苦しくて仕方ないんだけど。どことなく行動がカマクラに似てきた気がする。俺の躾の問題だろうか。躾と称して今度逆にデカくなったユキかセツと寝てみようかな。毛並みもサラサラだからすげぇ気持ち良いんだよねアレ。

 

 時刻は五時頃。朝陽が顔を出すか迷っているような時間に顔を洗いながらそんなことを考えつつ、軽く身支度を整えた俺は以前ウィズさんから貰ったローブを羽織る。

 

 何だかんだで俺の所有物となってしまったが、意外と性能が良いので手放せずにいるこの逸品。実はゲームで言うと割と後半で手に入れられるような代物だったりするのだ。よく俺なんかにくれたとは思う。今度、あの店で何か買ってみよう。大金も入ったし、お礼の意味合いも込めて。基本ガラクタだけど。

 

「じゃあセツ、ユキ、今日も留守番頼むな」

 

『あいよ』

 

『いってらっしゃい!』

 

「おう」

 

 セツとユキに一言言って俺はテレポートである場所へ移動する。この魔法の為に、ここ一週間の間で街の色んな所にポイント設置したから大分移動が楽になったもので、本当、魔法様々である。そういえばこの世界では自転車を見たことがないが、こちらの世界では普及していないのだろうか。馬車的な乗り物は見たんだが。

 

「おう、待たせたな」

 

「お、ようやく来たか八幡!」

 

 俺がテレポートした先に居たのは、初期装備らしき剣を振っている和真だ。ようやくと言う割には汗はかいていないし、呼吸も特に乱れていない。

 

「ようやくって、お前ここに来たの数分くらい前だろ。嘘吐くな嘘」

 

「お前なぁ……そんなのこっちだって見破られるの分かってんだからノッてくれよ」

 

 どうやら冗談のつもりらしかった。いやまぁ、流石に和真が未だに俺の能力を把握してないとは思ってはいないが……。

 

「生憎内輪ノリだの何だのは苦手でな……。ただし内輪揉めは好きだぞ。基本俺はその内輪に入ってないからな」

 

「何て野郎だ……お前絶対友達いないだろ」

 

「それ、ブーメランだからな?」

 

 何自分はまともぶってんだお前は。性根のクズさでいえばあの童貞風見鶏こと大岡と同レベルで中々ステキ……って感じなんだぞ。因みに一番の屑はコイツの飲み仲間のダストだ。パーティメンバーの女性を襲おうとしたり、女湯を物凄い目で覗いていたりしていたりなど、問答無用で豚箱行きさせるべき人物である。まぁ、襲った女性にアソコ切られそうになったり、しばらく本当に豚箱に入っていたらしいので因果応報とはああいうことを言うのだなと感慨深く思ったりもしたけどな。

 

 類は友を呼ぶと言う。それは、似通った感性を持っているから波長が合ったり、自然と同じような境遇を生きていたりするからこそ備わった、同類を見つける能力の一端だと俺は思うのだが、何故今そんなことを言うのかと言うと――。

 

「じゃあ、そろそろ始め――」

 

「バインドォォ!!」

 

 ――どうやら俺もそのクズさ全開の人間の同類らしく、その同類たる和真のクズさを見ても何も思わないのである。

 

「話は最後まで聞け。ウインドカーテン」

 

 俺は瞬時に中級魔法のウインドカーテンを発動させると、和真が飛ばしてきた縄を綺麗に切り裂いていく。うむ、今日も満点の仕上がり、流石は答えを出す者(アンサー・トーカー)だな。もう一日中使っても頭痛も悪夢(?)も見なくなったし、脳が慣れたんだろうな。雪ノ下のパンさんパジャマが見れなくなったのは残念だが、それは無事元の世界に戻ってから頼むとしよう。絶対やってくれないだろうけどな。

 

「中級魔法をあっさり無詠唱とかマジチートだなチクショウがッ!!」

 

「神からの許可貰ってんだ、それを貰わなかったお前が悪い。鎌鼬(カマイタチ)

 

 ごちる和真に問答無用で俺はカマイタチを発生させて飛ばしていく。とは言っても中級魔法。駆け出しを卒業した和真だし、これくらいはやってもらわなければ困る。

 

「アクセルッ!」

 

「お」

 

 和真は強化魔法をかけると俺の攻撃を器用に躱していく。俺が驚いたのは、和真が使った魔法だ。

 

「それ、結局取ったのか」

 

「攻撃力がない俺みたいな奴はこうやって動きで相手をどうにかするしかないんでな。逃げるのにも便利だし、ポイントも少なかったからな」

 

「さいで」

 

 以前、和真に合ったスキルを打診した時にアクセルを勧めていたのだが、クイックアイズも取らなければ恐らくそこら辺に追突する可能性があるからと取っていなかったのだ。まぁ、俺の場合で考えたらむしろ出来ないことの方が少ないし、その辺りの細かい考えはあまり気にしていなかったのであまり言ってはいなかったのだが。

 

「この前も憲兵に捕まりそうになった時はマジ助かったからな。潜伏とタメ張れるんじゃねぇの?」

 

「おい、お前何やった」

 

「あ、やべ……」

 

 能力を使って問うてみると、どうやら先日ダストと共に女湯を覗きに行っていたらしい。んで、その際にアクセルを使ってダストだけ置いて行ったらしい。またアイツは覗きに行ったのかよ……もうどうしようもない辺りダクネスそっくり! 学習の無さはアクアそっくり! 後先考えない辺りはめぐみんそっくり! アイツ俺達のパーティの駄目な部分全部備えてねぇか? 驚きを通り越して軽蔑するぞ。

 

 まぁそれは置いておこう。今は、そんな奴の共犯に一体どんな罰を与えるべきかということが問題だ。

 

「……とりあえず、今日は上級魔法まで解禁な」

 

「ちょっ!? 待ってくれ、流石にそれは俺が死ぬ!」

 

「大丈夫、死なないレベルかどうかは俺がキチンと判断できる。何なら医者よりまともな治療が出来るぞ」

 

「クソ! チーターだ! 比企谷だからヒーターだ!」

 

「人を暖房器具みたいに言うんじゃねぇよ……ほれ、いくぞ」

 

 俺は喋りながらどの魔法を使うか適当に考えていると、今まであまり使ったことのない魔法を思い出したのでそれを使うことにした。

 

「アースシェイカー」

 

 俺は片手を振り上げると、それを思いっきりすぐさま振り下ろした。すると、地震の震源にいるかのように大きく揺れると同時に亀裂が入る。そして、すぐさま辺り一帯が激しく隆起する。

 

「うおっ!? 体が……た、立てねぇ!?」

 

 土魔法に分類されるこの魔法、直接的な攻撃ではない為あまり使う機会がなかったのだ。ほら、基本凍らしたり爆発したら事が収まるじゃん? 魔力消費による疲労とか普段はないのもあって基本楽な方を選んじゃうんだよな。

 

「体幹鍛えると思って踏ん張れよ。そんな訳でファイヤーボール」

 

「どんな訳だよこの人でなしがッ! 今なら無慈悲に倒されていく○リボー達の気持ちが分かるわ!」

 

 そう文句を言いつつ、和真はさっきからまだ効果が続いているアクセルを駆使しながら俺のファイヤを見事に避けていく。掠ったりもしているが咄嗟の動きにしては上出来だ。

 

 が、避けるだけの訓練でない事を忘れないで頂きたい。

 

「避けるだけじゃ、敵は倒せねぇぞ」

 

「ガハッ!?」

 

 俺は自分の身体能力のみで和真が避けた先に先回りすると腹に思いっきりパンチを放った。生々しい感触が離れると共に、和真は比較的平らな地面に飛んでいく。

 

 ゴロゴロと転がりながら吹っ飛んでいくのを見てちょっとやり過ぎたかと思ったが、容態を見ればすぐ分かるので特に心配するでもなく立ち上がって来るのを待つ。

 

「いってぇな……本当に素の能力だけかよ……」

 

「まぁ、この世界RPGと一緒で育てればそれだけステータスが上がるタイプだし、気持ちは分かる」

 

 和真が俺に悪態を吐きながら立ち上がるのを見ながら、俺自身複雑な気持ちになっている原因について考える。冒険者登録する時に思ってはいたが、この世界マジでゲームみたいな部分が多いしな。ステータスだのレベルだの、普通にそれらをゲームでしか見なかった俺達からすれば奇妙を通り越して不気味ですらある。

 

 ただまぁ、頑張った分だけ能力として反映されるのは良いことだと思う。頑張ったらそれだけ報われる実感は、前の人生ではなかったことだ。何やっても褒められないとか日本マジブラック過ぎない? 俺とか報われなさ過ぎて普通の人間だったら自殺するところだぞ?

 

「あと、チート能力を持ってるのを見ると割と真面目に殺意が湧いてくる」

 

「そこはお前の行動によるもんだろうが……」

 

 死因を馬鹿にされたとはいえ、普通女神を所有物として持って行こうとは思わない。というかそんな女神を持って行きたくない。俺ならたとえついて来ると頑なに言い寄って来てもアイツなら丁重にお断りした後巻き込まれる感じでこの世界に来ると思う。結局連れて来ちゃうのかよ……。

 

「黙らっしゃいこの天然タラシのチーター野郎がッ! これでも食らいやがれッ! ウインドブレスッ!」

 

 俺が頭痛を抑えるように頭を押さえていると、いつの間にか手のひらに発生させていた砂を風を起こしてこちらへ飛ばしてくる。子供騙し的な行動に俺は反射的に顔を防ぐ。

 

「また古典的な……」

 

「勝てば良いんだよ勝てばァァ!!」

 

 どこぞの究極生命体のようなセリフを吐きながら和真は近づいて来ると、腰元に装備していた剣を引き抜く。アクセルの効果はまだ続いているようで、速さは俺より少し速いくらいだ。

 

「……まぁ、無しでやってみるか」

 

 俺は答えを出す者(アンサー・トーカー)を意識的に引っ込めると、自身にクイックアイズをかける。チートばかりに頼っていてはもし何らかの要因で能力が使えなくなった時に対処出来なくなるからな。そんなことがあるのかは分からないが、ないとも言えないのがこの世界。割と何でもありだしな、本当。

 

「そりゃ! せい! やぁ! とぉ!」

 

 剣を振り上げ、様々な方向からを俺を斬りつけんとやってくる。上、下、左、右……。時には突きも交えながら俺に当てようとするその眼差しには、何故か俺に対する嫉妬的な何かも混じっている気がするが、まぁ気にしないでおこう。

 

「ん、よ、ほ、とっ」

 

 魔法で動きを目で追えるようにになった状態で俺は和真の攻撃を避けていく。スピードは若干あっちが上であるからギリギリの時はあるが、危なげなく避けながら俺は次の手を考える。

 

「んー……フリーズ」

 

「うおっ!? 冷てっ!?」

 

 俺は和真が突きを放って近寄って来た時を狙って軽い冷気を首辺りに吹き込む。思わぬ攻撃だったからか、和真は思わず冷気を当てられた部分に意識が向く。

 

「よっ、と!」

 

「え?」

 

「あ」

 

 そして、そのタイミングを狙って俺はしゃがみ、思いっきり腹を横から蹴る。もう一度言う。思いっきりだ。

 

 ここで俺と和真のステータスを簡単に紹介しよう。

 

 まずは和真、冒険職というのもあってかレベルは上がりにくいのかレベルは五。攻撃力、体力、敏捷その他諸々も数値が大体二十程度といったところだ。

 

 大して俺、アークウィザードは魔法上位職だが、意外とステータスも高い。ソースはめぐみん。筋力値は和真よりも上で、和真はその事実を知った時結構ガチでしょげていた。

 

 それで俺の能力値だが……確か運を除いたステータスが八十を超えていたはずだ。レベルは三十二、ここいらのアークウィザードの平均レベルが十五であることを考慮すると普通におかしい。魔力と知力はチートの影響でカンストしてしまっているが、それ以外も思いの外高くて驚いたのは、実はこの前ルナさんにカードを確認された時だったりする。だって自分に興味がないんだもの……。運は二十七くらいだったかな?

 

 で、だ。そんな俺が思いっきり人を蹴ったらどうなるか。それについては考えるまでもない。

 

 ボキッ、という鈍い音と共に、和真の体が物理法則を無視したかのように飛んだ。それは決して比喩ではなく、冗談抜きでそれなりに飛んだ。具体的には二十メートルくらいだ。その間に、和真が持っていた剣は持ち主の手を離れて地面に刺さる。

 

「ガハッ!?」

 

 その後、突然重力が自分の仕事を思い出したかのように働き、ベシャァッというデカい音を立てながら和真の体は地面に叩きつけられる。しかも顔面から。

 

「……あぁ」

 

 やっちまった……。俺が車に撥ねられた時より酷かった気がする。死んでないよな? 死んでたら俺はあの駄女神に頼み込んで和真を生き返らせてもらわなければならない。だが、今会うと何を言われるか分からないので出来れば会いたくはない。家もバレてしまうかもしれないし。

 

 俺はすぐさま和真に近寄って容態を能力で診る。素人目に見ても確実に気絶してるが、首とか折れてはないよな?

 

 その答えはまぁすぐに出た。どうやら吹っ飛んだ時に出来た擦り傷はないらしい。見た目よりも軽傷で良かった。蹴った所が腹だったのもあって骨も折れてないし。ちょっと内臓傷ついてるけど、薬草を口に突っ込んどけば問題もないだろう。一応買っておいて正解だったな。買ってから一か月一度も使ってないけどな。

 

 その後考えた結果、今日はもう特訓を終わらすことにした。特訓する本人、気失っちゃたし。俺の所為だけど。

 

 俺は和真を背負って馬小屋が一番近いポイントまでテレポートする。本当は近づきたくないが、自分が原因なので何とも言えない。一応フードを被っているが、これに隠蔽機能はあるのだろうか。

 

「あれ、カズマ?」

 

 ふと、後ろから和真を呼ぶ声がかかる。その声は女性である為、パーティメンバー以外が和真を呼ぶわけがないと不思議に思って俺は思わず振り返る。

 

 そこにいたのは綺麗な銀髪を揺らす、少し露出の激しい服を着た可愛らしい女性だった。装備品などを見る限り盗賊のようだが、彼女の雰囲気から何かを奪おうという意思は感じられない。となると義賊とかただのファッションだろうかと頭を捻っていると、少し不思議そうな顔をしてこちらへ問いかけてくる。

 

「あの……それカズマだよね? どうしたの?」

 

「あ、あぁ……ちょっとな」

 

 俺がぶっ飛ばしたというのもあれだし、特訓は本人が聞かれたくないというのも知っている身としては少し反応に困る質問だ。こういう時に最適な答が出てきてくれない辺りは答えを出す者(アンサー・トーカー)がある程度の人間味を残してくれているようにも思うが、今は割と本気で困っているのでどうにかしてほしい。

 

 仕方がないので俺の四十八の奥義の一つのそれっぽい対応を取るを使うとしよう。因みに大体は小町や戸塚が絡まないと使えない上に大体似たような行動しかないのでぶっちゃけ七不思議とかより少ないと思う。まぁ、それは別に気にしないでいこう。

 

「何か散歩してたら酔っぱらって寝た状態の和真を発見してな。それで今運んでる」

 

 咄嗟に出た言葉だが思ったよりも悪くない。実際和真はよく酒を飲むし、酒癖も悪い方だからかなり飲めばそんな感じにもなるだろう。知らんけど。

 

 けれど少なくとも、俺は彼女はそれで納得すると思っていた。どう考えても関わり薄そうだし、多分あっても飲み仲間くらいしか見られてないだろうし。

 

 しかし、俺の予想は彼女がサラッと言い放った言葉で覆されることとなった。

 

「あれ? 昨日私一緒に飲んだけど、普通に帰ってたよ?」

 

「え、マジで?」

 

 思わず口にして、すぐに口を抑えたくなった。和真を背負っているため実際には出来なかったが、そこでふと気づく。

 

 何者だ、と思った瞬間に、彼女についての情報が頭に浮かばなかったのだ。

 

 俺の能力は知らない情報を知るのではなく、知っている情報を瞬時に洗い出して答えを導くものだ。いわゆる芋づる式というやつで、その精度がチートなだけだ。

 

 なのに俺は今、彼女について何も分からないのだ。まるでフィルターをかけられたように、彼女の情報は閲覧することが出来ない。そして、大抵のことが分かる能力を得てから初めて、知らないことが怖いと思うのは同時だった。

 

「……その、和真とどういう関係で?」

 

 少し警戒しながら彼女の方を見る。久し振りに思考が読めない人間に会っただけでこうなるとは、慣れとは随分恐ろしい。

 

「私? そうだね~、師弟関係かな?」

 

「師弟関係? 何のです?」

 

「盗賊。私、義賊やっててさ。和真に盗賊スキル教えたの、私なんだ」

 

「え、じゃあ貴方がクリスさん?」

 

「あれ? 私のこと知ってるんだ」

 

「えぇ……まぁ」

 

 以前、和真に誰にその盗賊スキルを教えてもらったのかと聞いた時に聞いたのが"クリス"という人だとは聞いていた。シュワシュワを奢って教えてもらったと言っていたから酒飲みの厄介者みたいなイメージを勝手につけていたが、まさかこの人だとは……。

 

「で、結局和真はどうしたの? 見たとこさっきの説明通りじゃないようだけど」

 

 クリスさんは俺が自分のことを知っていることに興味がないのか、元の話題へと戻してきた。そういえば、適当に言ったのは嘘だってもうバレてんだよな。どうしよう。ゲロっちゃおう。

 

「その……コイツの特訓に付き合って相手してたら加減間違えて気絶させて……本人曰く誰にもバレて欲しくないそうなので、出来れば他言無用で」

 

「へぇ、あの和真が特訓……。ってことは君、強いの?」

 

「まぁ、それなりには……」

 

 実際は本気出したらほとんど勝てる奴いないんじゃないかなってくらいだけど、そこは別に言う必要もあるまい。

 

 しかし、彼女はどうやら俺が気になるようでこちらの顔を窺おうとしてくる。しかし、何故か近づいてから覗き込もうとしている。

 

「……あの、何してんですか?」

 

 俺の疑問の声に彼女は上目遣いの状態でこちらを見る。可愛いくて惚れそうになるんで不思議そうに首傾げないでくれません? ある種兵器よ? 可愛い子の可愛い仕草は。

 

「……そのフード、取ってくれない? 顔が見えないんだけど」

 

「え、そんなに深く被ってないんですけど……」

 

 どうやら俺の顔が見えなかったらしい。そんな奴とよく喋ってたなこの人。というか、見えないの?

 

「うん、でも何か靄がかかったみたいに上手く認識出来ないんだ。どことなく滅したい気分になってくる雰囲気もするし……どこで手に入れたの?」

 

「知り合いの店長から譲り受けた物ですけど……滅したい気分って、貴方義賊ですよね?」

 

「え? あぁ、うん、そうだよ。うん、義賊義賊!」

 

 ボソッと呟いたらしい言葉に、どうも違和感を覚えた俺はそこについて指摘すると彼女の反応が一気に怪しくなった。何隠してんだろ、この人。滅したいとか物騒過ぎる上にアホの女神がアンデッドと遭遇した時のこと思い出すから出来ればそういう表現は控えてもらいたいものだ。

 

「というか、何でそんな食いついてくるんです?」

 

「え?」

 

 俺の質問の意味が分からなかったのか、クリスさんは俺を見ながらキョトンとしている。

 

「いや、もうそろそろコイツ降ろしたいんでいい加減降ろしに行きたいんですけど……」

 

 ステータス的には一応楽っちゃ楽なんだが、何で長い時間男を背負ってなきゃいけないんだとも思うわけで。でも別に女なら良いって訳でもないし、何なら男より精神的に負担が大きいから結論として誰も背負いたくはないということになるな。流石俺、安定の面倒臭がり思考である。

 

「あ、ごめんごめん、忘れてた。引き留めて悪かったね」

 

「いえ、じゃあ、それでは」

 

 さっぱりした態度で話を終えてもらった俺は、そのまま元々向かう方向だった道を向いて歩こうとする。

 

「あ、ちょっと待って!」

 

「え、まだ何かある――」

 

 しかし何かを思い出したのか、クリスさんは俺を呼び止めてくる。面倒なことを言い出さなければ良いが思っていると、俺の頭のフードが彼女に掴まれる。

 

「よっと!」

 

「あ」

 

 俺に近づいてきた彼女は、余程俺の顔が見たかったらしく、俺のフードを掴むと勢いよく剥いだ。別に見られて困るような顔でもなし、見せることに大した躊躇いはないが、何故そこまで気になっているのかが不思議でならない。

 

 が、それよりも不思議で、驚くことが、彼女にはどうやらあったのだと、すぐ近くに見える彼女の顔から、俺はようやく彼女の思考を読むことが出来た。

 

「……ひ、()()()、さん?」

 

 そして、彼女から零れ出た微かな言葉は、俺を最も警戒させるに足る内容だった。

 

「ッ!? 俺の名前を……!?」

 

 思わず仰け反って距離を取ろうとする。この世界特有の、前の世界とは違う発音をした。俺の世界の、日本に住んでいた人間しか出来ない発音で、彼女は俺の名前を言った。

 

 そこで再び、彼女の顔を見る。すると、どこかで見覚えがある顔であったことに気づく。

 

 銀髪で、端正な顔。この二つの特徴を持った人間、いや、人物は、漫画でもない限りそう会わない。加えて、俺が出会った人物の中で銀髪の髪を持つ人は一人しかいない。

 

「……エリス、様?」

 

「ッ!?」

 

 その名前を口にした瞬間、すぐに彼女に口を抑えられた。混乱する俺に彼女は口元で人差し指を立てながらシーィッと、黙るように促してくる。

 

「……その名はここでは控えて下さい。誰かに聞かれれば騒ぎになりかねないので」

 

「は、はぁ……」

 

 俺は頷くことで了承したことを示すと、彼女は手を放してくれた。どうやら、女神として彼女がここに居ることは色々と不都合があるようだ。

 

「……比企谷さん。大切なお話があります。この後、どうか付き合っては頂けませんか?」

 

「え、いや……はい」

 

 別に彼女に付き合うことは吝かではない。しかし、彼女の表情から、その話の内容が何か良からぬことだということがヒシヒシと伝わってきて、どうも即答することが出来なかった。

 

「では和真さんをひとまず置いて行きましょう。誰かに聞かれるのは困りますので」

 

「は、はい。分かりました……」

 

 しかし、彼女のただならぬ雰囲気に何も言えず。結局俺は彼女に着いて行くことが決定してしまった。

 

 何故だろう。能力が発動していないのに、彼女の話は聞くべきではないと、そう思う自分がどこかに居る。他方で、聞いてはならないという本能に近い警告の鐘は脳内で鳴りやまぬのに、聞かなければならないと自分も居る。

 

 こんなことになるのなら、初めから能力に頼らなければ良かったと、今更ながらに思いながら、俺は先を行く彼女を追う。

 

 通った道は、どこも不思議と暗かった。

 

 

 

 

 俺は和真を馬小屋に置いた後、エリス様の住居があるという場所の近くまで彼女を連れてテレポートをした。

 

「便利ですね、その能力」

 

「えぇ、まぁ、それなりに重宝してますよ」

 

 そんな他愛のないことを、この世界に来る直前にもしていたはずなのに、その時とは打って変わって気まずく重い。彼女が務めて明るく振るまおうと積極的に俺に話しかけてくれてはいるが、その顔はどこか無理をしているように感じられて、ふと、あの凍てついた部室のことを思い出す。

 

 そう、まるで何もかもが終わる前の、あの痛々しい沈黙に近い。

 

 そして、多分今回は、本当に何かが終わるような、そんな予感がしてならない。今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られるが、きっと、逃げ出してはいけない。

 

 どんな事実を語られるのだとしても、俺はそれを受け入れなければならない。でなければ、前に進めないのだと思う。

 

「ここだよ、さぁ入って」

 

 案内されたのは女性冒険者が多く生活している寮の一つだった。

 

 女性だからか、基本的に馬小屋で生活する男とは違ってほとんどの女性はここで生活している。多少の生活用品が揃えられている為タダではないが、少しの料金で住むことが出来ると、以前めぐみんに質問した時に聞いたことがある。

 

 そんな一角に連れて来られた俺は、普段ならきっと女性の目を気にして挙動不審になっていたところだろう。いや、普通に今も挙動不審でしたわ。だって女子寮だよ? 妙に良い匂いするし連れて来た女性が可愛らしいのも相まって居心地の悪さが半端ない。可愛らしい女性はもっと自分の行動が相手にどんな誤解を招くか理解してから行動してほしいと思います。

 

「ま、また可愛いって……」

 

「ん、何か言いました?」

 

「い、いえ、何も……」

 

 何か呟いていたようだが、小さすぎてよく聞き取れなかった。能力もこの人には効かないから本当、どうしたら良いのか分からん。

 

 彼女に促され、リビングにある椅子に腰かけると、その対面に座ってこちらを向く彼女。正面から見るのがいつもの癖で憚られ、つい目線を横に逸らすとある物が目に入る。

 

「……あれは何ですか?」

 

 そこには、女性の部屋には似つかわしくないような、大の大男が装備してそうな武器から、どこかのゲームで見たような盾、その他装飾品などが多数置かれていた。

 

「あぁ、あれは盗品。一般人には渡せられないような物ばっかりだよ」

 

「……事情ですか」

 

 神様が物を盗め理由って何だろうか。この人、聞いたところじゃ幸運の神様らしい、何もしなくても手元に集めるくらい造作もなさそうだが……。

 

「……この世界に来て、死んだ人間の神器、とかですか?」

 

「正解。こればっかりは直々に回収しなくちゃいけなくてね。でも、大抵が金持ちの家とかに保管されちゃうことになるから、それで仕方なくね」

 

「大変ですね、神様も」

 

 まぁ、よくよく考えたら神様もそんなもんなのかもしれない。腹いせに神殿にウ◯コしていく神もいれば、女神孕ませといて責任逃れしようとする奴もいるし。そう考えるとどこにいようがブラックは存在するってことだな。嫌だもう世も末じゃん!

 

「……うん、大変。時にはね、誰かに嫌われたり、恨まれたりするようなことも、やらなくちゃいけなかったりするからね」

 

 彼女は俯きながらそう呟くと、次第に光始めていく。

 

「え、何これ、変身? プリプリでキュアキュアなやつ?」

 

 その光景を見ながら俺はトンチンカンなことを口走ったような気がするが、彼女はどうやら聞いていない様子で、次第に俺の見覚えのある姿に変わると、光は徐々に薄れていった。

 

「……見ての通り、私は貴方をこの世界に送った女神です」

 

 紺を基調とした修道服だろうか。それは、以前あまり注視せずにいた彼女の本来の服装で、溢れ出る品性が彼女が本物の女神であることを直に感じさせられる。

 

「しかし、私は本来”この世界の死人”しか導けません。神界でも、日本でいう市役所のように管轄が分けられているからです」

 

「え? それじゃあ、何で……」

 

 彼女の言葉が本当なら、俺は本来、彼女にここに導かれることはなかったはずだ。多分、和真がアクアを連れて行くと言った際に現れた女神とやらが俺を導くこととなる。

 

 けれど、そうならなかった。

 

「……これから貴方に話すのは、貴方がこの世界に来た原因についてです」

 

「原因、ですか?」

 

 彼女の口から出た言葉は、俺が予想していたものとは少し方向性が異なっていたので、少し驚く。俺はてっきり、彼女が俺に対して何らかの手違いを発生させたのかと思っていたが……。

 

「はい……本当はもっと早めに言うべきだったのですが、私の心が弱かったために、ここまで長引いてしまいました。そのことについて、まずは謝罪させて下さい」

 

 彼女はそう言って、俺に頭を下げる。女神である彼女が頭を下げる。その行為に、一体どんな意味合いが込められているのか、何をして、彼女はそのような行動を取ることになったのか。それらは決して分からない。

 

「ちょ、顔を上げて下さい、エリス様! どうしたんですか!?」

 

 ただ単純に居心地が悪くて、俺はすぐに頭を上げてもらうように頼んだ。顔を上げた彼女の顔は、罪悪感に押し潰されそうな、辛さが滲み出たような表情をしていた。

 

「……恨んでもらっても構いません。私は、貴方にそれだけのことをしています。贖罪の為なら、貴方にこの身を捧げても構いません」

 

 贖罪。その言葉を聞いて、俺の思考が徐々に停止し出す。言葉から読み取れるのは、彼女が俺に対して、何らかの罪を犯したということだけだ。しかし、それが何なのかは見当もつかない。

 

 いや、本当は気づいている。ただ、その可能性を、俺自身が否定しようとしているから、俺はそれを認めることが出来ない。

 

「比企谷さん……。貴方は本来、あの場所で、死ぬ予定はありませんでした」

 

 けれど、そんな思考を遮るように続けていく。

 

 あの場所。その単語で思い出されるのは、俺がトラックで轢かれた場所。由比ヶ浜と、雪ノ下に、プレゼントを渡してすぐの、少しだけ感じられた幸福を、壊した場所。

 

 けれど、彼女は言った。俺は、あの時死ぬはずではなかったのだと。では、何故俺は死んで、ここに居る?

 

「……あの場で、比企谷八幡を殺したのは……私なんです」

 

 世界が、止まったような気がした。それは、俺が今まで、何よりも恐れてきた、”裏切られたような”痛みだった。

 

「……私が、貴方を殺したんです」

 

 そして、彼女は訥々と語り出す。

 

「……ごめんなさい」

 

 事の真実と、彼女が犯した罪を。




いかがでしたでしょうか?
気持ちシリアスなのを書くのは初めてですが、上手く書けていたら幸いです。
今回の話はいわば前編、次話が後編となっております。分けた理由は、個人的に大体ssの読みやすい字数って一万前後だと思うんですよね。番外編は字数ガン無視で書いてるけど。
意見・感想・誤字報告等お待ちしております。


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彼女の(とい)に、比企谷八幡は(こたえ)を告げる

やぁ、今回の前書きも前話同様変更してるよ。加筆修正どころの騒ぎじゃないけど気にせずいこう。新規の方は気にしなくても大丈夫なんで軽くスルーしてやって下さい。
それでは第十一話、どうぞご覧あれ。


「……俺を、殺した? ……貴方が?」

 

 様々な気持ちが俺の中を駆け巡る。かつて投げかけられたどの言葉よりも、その言葉は重く、俺の思考を停止させるようなインパクトがあった。まるで、頭を鈍器で殴られた気分だ。

 

「……はい。私が、貴方を、意図的に殺しました」

 

 感情も思考も整理出来ないままの俺に、飲み込めぬ事実を彼女は再びぶつけてきた。

 

 殺した、と。その言葉を、よもや神の口から聞くことがあるとは、露にも思わなかった。

 

「そんな、ことって……!」

 

 思わず、思ったこと全てを、意味のない見当違いの罵倒を、彼女に投げかけそうになる。らしくもなく、形振り構わずに、彼女に感情をぶつけたくなる。

 

 ――待て。早まるな。比企谷八幡。

 

 唐突に、溢れ出る感情は、自身の奥底に眠る”理性の化物”が現れたことによって、止められる。

 

 死神の鎌を、目の前に見せられ、凍えるような声音が耳朶(じだ)を震わせる。そんな錯覚によって、俺の感情は瞬く間に鎮められた。

 

 ――思考せよ。比企谷八幡。

 

 そして自然と、俺はその言葉に従って思考をする。

 

 目の前の人間……ではないか。目の前の神に殺されたのだとしよう。

 

 では何故、殺された俺は今もなお、自身が生まれ持った体で、生きてきた中で築き上げた思考で、新しい世界で人生を過ごしている?

 

 何故、殺された神にやり直す機会を与えられている?

 

「……ふぅ」

 

 ゆっくりと、息を吐く。そして、それに合わせて体の力を抜く。瞑目し、思考にだけ集中する。

 

 答は出ない。だから、能力に頼らず思考するのだ。疑問に対する”答”を、探す為に。

 

 俺が死んだのは何故だ? ――雪ノ下を庇う為だ。そこにたとえ神だろうと、俺の意思に介入する余地はないはずだ。あるなら、そういう状況を作る為だ。

 俺を追い込んだのは何故だ? ――俺をここに呼ぶ為だと彼女は言った。

 俺を呼ぼうとするのは何故だ? ――人口減っているから、魔王が怖くて転生を拒む冒険者が増加しているからだ。チートまで渡して。

 チートを与えるのなら、俺でなくとも良かったのではないか? ――実際、和真みたいな人間も、先程見た神具を残して死んだ、今まで送られてきた人間達もいるのだ。

 しかしだ。それでは今更一人、平凡な人間が増えたところで改善は望めない。

 何故改善したいか? ――この現状をだ。

 現状とは? ――魔王を恐れ、生まれ変わりを拒む者が増える実情だ。俺を呼んでまで、倒したい程に。

 何故神は魔王を直接倒そうとしない? ——恐らく神は世界に過干渉出来ないからだ。

 何故だ? ——恐らくルールがある。あの自分本意なアクアでさえ、この世界ではある程度の制限がかかっている。神を自称しても無視され、能力もそれに準じて低くだ。神であるにも関わらず。

 魔王を倒さなければどうなる? ——きっと、世界が滅ぶのだろう。

 そうなった時の神側のデメリットは? ——分からない。ここは、俺の知り得ない領域だ。

 だが、もし無視出来ないデメリットであったならば? ——どんな手でも使うだろう。俺なら必ずそうする。

 それは、彼女にも言えることか?  ——言える。何故なら、神もまた、一人の人間と同じく、感情を持っているからだ。

 

 俺は顔を上げて、彼女の顔を見る。その表情は、意図的に人を殺すような、悪人のような顔にはとても見えない。

 

 何故か?  ——彼女の顔と体が、避けられない罰を受ける前の子供のように、強張っているからだ。

 

 彼女は何故、こんな顔を俺に向けている? ——後ろめたいからだろう。

 何が後ろめたい? ——俺を殺したことをだ。

 何故? ——そこに罪悪感があるからだ。

 何故? ——死ぬ予定ではない俺を、彼女が意図的に殺したから。少なくとも、彼女は俺が死ぬ予定にはなかったと言った。だから、多分思う所があるならそこだ。

 彼女は俺を意図的に殺す必要がどこにある?  ——彼女にとって、そうしないといけない不都合があったから。

 それは何か? ——先程出てきた、無視出来ない程のデメリットの解決策ではなかろうか?

 何故俺だったか? ——彼女が、問題を解決する為に俺が必要だと考えたから?

 

「……はぁ」

 

 どれくらい考えていたのかは分からない。だが、そこまで考えたところで、思わず大きな溜め息が出る。その行動に、彼女はビクッとなりながら反応する。しかし、生憎そんな彼女に構う余裕はない。

 

 つまり、今のをまとめると俺は、彼女のデメリットの解決策に必要であると、判断されていることになる。

 

 今までなら、そんなことは有り得ないと、この思考を放棄して次の考えに思考を巡らすことだろう。

 

 だが、今回はその可能性を十分に否定出来る材料がない。むしろ、()()()()()()()()()()()()()

 

 俺みたいな人間が、チートまで渡されて、こんな所まで来させる為の理由。それを説明出来るだけの根拠が、今俺がここに居ることで成り立っているからだ。

 

 だってそうだろう? 俺でなければ、死ぬ必要がないのに、殺す必要がない。彼女が嘘を吐いているのだとしても、それならすぐに能力で分かる。彼女に対してはまるでモザイクがかかったように答が出ない時があるが、少なくとも嘘かどうかくらいは顔を見れば分かる。

 

 ……我ながらどうかしてんな。殺されたなんて言われて、考えてるのが自分が殺された理由だ。普通に考えたらイカレてる。

 

 きっと、俺は信じられないのだ。目の前の彼女が、私欲を満たす為だけに俺を殺したのではないかという可能性を。

 

 だから、俺は賭けたいのだ。彼女が、本当に俺が理想とする神であることを。

 

 たとえその結果、”裏切られた”と感じるのだとしても。

 

「エリス様」

 

「……何でしょう。比企谷さんに、そう呼ばれる資格は、私には無いのですが」

 

 彼女は俺が話しかけると、俯きがちに反応する。そんな反応をされては、俺としても喋りにくいことこの上ないのだが、生憎喋ってもらわないとこちらが困る。

 

「貴方が、俺を殺した経緯について、詳しく教えて下さい」

 

 俺は暗に、嘘は許さないと彼女に凄む。しかし、返ってきた反応は予想とは少し違ったものだった。

 

「……怒らない、のですか?」

 

 彼女はこちらを向きながら、少し目を見開いてそう呟く。どうやら、俺の態度は随分と意外だったようだ。まぁ、普通はそんなこと言われたら問答無用でキレるだろう。

 

 それに、気を抜けば溢れてしまいそうな感情はある。俺も人間だ。恨みも、怒りも、当然ある。憎しみなんて、掃いて捨てても湧いてくる程にだ。

 

 だが、それを彼女にぶつけたところで、意味はない。過去は変えられないからだ。

 

 ならば、せめて自分が納得する為の話をした方がよほど生産的だろう。俺にとっても、彼女にとっても。

 

「……内容次第です。理由も、経緯も。何も知らないで怒るのは、筋が違う。そうしたくないだけです」

 

 まぁ、これで理由や経緯が意味不明なものだったら確実にキレる。本当に、今までにないくらいキレるだろう。

 

 でも、もし違ったら。俺は不用意に、彼女を傷つけたことになる。そうなった場合、俺が耐えられない。

 

 だから事の顛末を、全貌を、キチンと聞く必要が、俺にはある。

 

「……分かりました。では、最初からご説明させて頂きます」

 

 少しだけ考えるように沈黙した後、彼女はそう言って説明を始めてくれる。

 

 

 

 

「……貴方を知ったのは、本当にたまたまです。丁度、私の先輩が下界に降りる際に留守を頼まれた時に、先輩が整理していた”死期が近い人の”資料に、突然変更が発生したんですが、その原因が比企谷さんだったんです」

 

 そして、その話はの最初から、衝撃的だった。

 

「……は?」

 

 一瞬、本当に全ての思考が止まった気がした。死期が近い人間の資料? それに変更? しかも、原因が俺? 疑問が多過ぎる。

 

「詳細には語れませんが、死期が近い人というのは、()()()()()()免れることのない死の運命にある人のことを指します。それも、バタフライ効果のように、小さい事象が原因に起こるのではなく、それなりに大きな要因が関係するので、まず変更はありません」

 

 俺の疑問に答えるように、彼女は説明をしてくれる。理解出来そうにない内容だが、要は死んでしまう人を神は知っているということだろう。しかし、それが分かっても、俺の疑問は潰えない。

 

「え、っと……そこで、何故俺が?」

 

 俺はそんな、運命を変えるようなことをした覚えはない。そんなことをするのはそれこそ、漫画に出てくるような主人公気質の人間であるはずだ。そして、俺は確実にそこに分類されない存在のはずだ。

 

「比企谷さんが干渉した行為は”轢かれそうな犬を飼い主が庇う前に庇ったこと”です。本来は、あのまま轢かれる直前に飼い主――由比ヶ浜結衣さんが犬を庇いに飛び出して、あの場で命を落とす運命にありました」

 

「ッ!?」

 

 けれど、彼女が指し示した行為に、俺は身に覚えがあった。

 

 それは、俺が入学式の日に、由比ヶ浜の犬を庇った時のことだ。

 

 そしてそれは、雪ノ下と、由比ヶ浜と、後に奉仕部として活動するきっかけでもあった。

 

「貴方のお陰で由比ヶ浜結衣さんとサブレちゃんは助かりました。それは、後に彼女と、その時に居合わせていた雪ノ下雪乃さんとの邂逅という形で、運命が変わったんです。……比企谷さんには、覚えがあるでしょう?」

 

 先程から、衝撃しか受けていない。そろそろ、木っ端微塵になりそうなくらいだ。

 

 その中でもこれは、何よりも衝撃的で、他のことが気にならなくなるくらい、非現実的だった。

 

「私はその時、随分驚きました。一人の運命ですら変えることはそう容易くありません。なのに比企谷さんは、一つの勇気ある行動で、二人の運命を大きく変えました。それにより、比企谷さんの運命もまた、大きく変わりました」

 

「…………」

 

 俺は何か反論しようとして、それが意味がのないことだと悟り、口を(つぐ)む。

 

 そんな大それたことはしたつもりはなかった。

 

 ただ、勝手に体が動いて、俺の体を代償に小さい命が救われた。そのくらいの感覚だった。

 

 だが、彼女に。女神にそう断言されては、今までのように自己満足だと断じることは出来なくなる。出来なくなってしまった。

 

 そして俺は、自己満足とかつて宣った行為によって、彼女達の運命を変えてしまったことになる。

 

 ……そんなことを突然言われても、受け止めれる訳がない。……今、これについて深く考えるのは止めよう。今は、あくまで経緯の説明で必要だっただけだ。考えるべきは、少なくとも今じゃない。

 

 俺が思考を整理するまで、どうやら彼女は待っていてくれていたようで、改めて彼女を見たところで、彼女は話を続けた。

 

「私はその後も定期的に貴方を見続けていました。奉仕部の皆さんの行動もほとんど知っています」

 

「……出来れば知って欲しくはなかったですね。色々と恥ずかしいんで」

 

 つか、何しれっと観察してました宣言してるんだろうかこの神は。それストーカーよりもある意味質悪いんだけど?

 

「……いつまでも見ていたいような光景でした。珍しく、壊れて欲しくないと強く思った関係でした。ですが、そんな時に問題が発生しました」

 

「問題、ですか……?」

 

 恐らく、この問題が俺が彼女に殺された原因に関係するのだろう。そんな雰囲気が、彼女からは感じられた。

 

「……由比ヶ浜さんと、今度は雪ノ下さんが、死期の近い人となったんです」

 

「……え?」

 

 しかし、その内容は俺の予想を遥かに上回るものだった。

 

「由比ヶ浜さんは、正直予想はしていました。人が死ぬ運命というのは、そうそう変わるものではありませんから。……ですが、雪ノ下さんは完全に予想外です。彼女は、貴方と同じく、長生きする予定でしたので」

 

 彼女が語った内容を、俺は即座に否定したかった。彼女達が、何故死ななければならないのかと。

 

 だが、次の一言で、俺は黙らざるを得なくなった。

 

「運命を変えた時、その結果起こるはずだった事象は、その後一番望まぬ結果でやってくるんです。……残念ながら」

 

「……ッ!?」

 

 出かけた言葉は、すぐに引っ込んだ。それと同時に、その事象の原因が俺であると、言外に言われたような気がした。流石にこればかりは自分が悪い訳ではないと、どう考えても分かるのに。思考は悪い方へと進んでいきそうになる。

 

「……比企谷さんは悪くありません。比企谷さんのお陰で、彼女達は貴方と共にあの空間を築くことが出来たんですから」

 

 彼女はそんな俺を見かねてか、そう慰めてくれる。その一言を言われるだけで、少しだけ報われた気がするが、結局は俺の行動が原因だという事実が、頭から離れてはくれない。これからしばらくは、これに悩まされることだろう。

 

「私は、死は免れないものだと知っています。それこそ、運命を変える程の行為をしなければ、どうにも出来ないことだと。だから私は、せめて最後までその光景を見届けたいと、そう思っていました……」

 

「思っていた、ですか……」

 

 それは暗に、そうではなかったということを言っている。そしてそれは、恐らく俺の死に直結していることなのだろうと、彼女の顔を見て分かった。

 

「……彼女達が死ぬ瞬間が近づいてきた時に、思いついたんです。彼女達が死なず、あの光景をまた見られるかもしれない方法を」

 

「それが……」

 

「……はい。貴方が彼女達の身代わりになることです」

 

 俺が彼女に、殺されるに至った経緯なのだと、彼女はそう言った。

 

「ここで重要なことが一つあります。それは私の世界に送られる人の条件として”偶然にも命を落としてしまった人”である必要がありました」

 

「偶然に、ですか?」

 

 何故そうある必要があるのか、と俺は理解出来ずに首を傾げる。それならば、雪ノ下達も事故死に――あぁ、そういうことか。

 

「そうです。死ぬ運命にある人の死は()()()()()()()()です。なので、私の世界に来ることも出来ません。待っているのは生まれ変わりくらいです」

 

 合点のいった俺を見て、彼女は俺の考えを補足するように説明をしてくれる。

 

 そして、それによって俺が死ぬに至った経緯の全貌を、理解した。

 

 

 

 

 長い話を語り終え、彼女は俺を改めて見据えると真っ直ぐと俺の目を見て言う。

 

「……以上が、私が貴方を、比企谷八幡という人間を殺した理由です。私の私情で、私のワガママで、あの場に干渉し、貴方を殺したことには変わりありません」

 

「……そうですか」

 

 思えば、違和感はあった。雪ノ下が、咄嗟とはいえ全く動けなかったこと。由比ヶ浜も、それを見ているしか出来なかったこと。

 

 そして何より、雪ノ下を突き飛ばした直後に、体感速度が長くなったことだ。

 

 普通なら、走馬灯のように助かる為の手段を模索する際に思考が早く動くのだろうが、あの時は走馬灯も浮かんでいなかった。多分あれが、彼女が行った干渉なのだろう。加えて、雪ノ下達にトラックの向きを多少変えれば完璧だ。

 

「……だから私は、貴方の言うことを、何でも受け入れます。死ねと言われれば、今ここで死ぬことも可能です」

 

 そう言って彼女は立ち上がると、腰に身に着けたホルスターからダガーを取り出して、自らの喉に突き立てるような真似をする。その眼には、本当にそうなっても良いという意思が見て取れた。

 

「……比企谷さん、私にどうか、贖罪の機会を与えて下さい」

 

 そう言って、俺に答を求めてくる彼女。その姿は、とても最初に会った時のような神聖なオーラも、溢れんばかりの厳かさもない。自責の念に押し潰されそうな、どっかの誰かに似たような、哀れな少女の姿だった。

 

「……二つ、聞きたいことがあります」

 

「……何でしょう」

 

 俺がどんな判断を、どんな判決を下すかを、彼女はジッと待っている。その手は、本当に僅かだが、震えている。

 

 ……怖いなら、言わなければ良いとは言えない。彼女は、その恐怖を押し込んで、俺にその先を選べと言ったのだから。その覚悟を、侮辱するような行為はしたくない。

 

「俺が殺された後、俺と少しだけ喋りましたよね。あの時に、何故俺にそれを言わなかったんですか?」

 

 この事実を言うのは、はっきり言って今でなくとも良かったはずだ。彼女が故意的に俺をあの空間に呼んだのであれば、俺を引き留めて説明することも可能だったはずだ。けれど、彼女はそうしなかった。

 

「……本当は、あの時に言うべきだと思っていました。……ですが、私の世界へ行くと答えた貴方の目を見た時に、言うのが怖くなったんです。真剣で、純粋に理想を求めていた、貴方の目を見て……弾劾されるかもしれないことを言うのが、怖かったんです」

 

「そう、ですか……」

 

 俺は、彼女の思いもよらない答を聞いて、面食らう。まさか、そんな理由で言えなかったとは思っていなかったからだ。

 

 どんどんと、俺の理想は崩れていく。期待は、別の意味で裏切られていく。

 

 やはり、本当の意味での神はいないのだと改めて実感させられた。

 

「……ではもう一つ。俺に能力を二つ与えたこと、過干渉だったんじゃないんですか?」

 

 これは当初から思っていた疑問だ。俺にだけ二個も能力が与えられるなんて、そんなことがある訳がない。俺にだけ何もないということこそあれど、人より与えられるなんてことは、俺の経験上有り得ないのだ。だから、ずっと疑問だった。

 

「……やはり、そこには気づきますか」

 

 溜め息と共に、吐き出されたその声には、隠すことが出来ないことを理解したことによる諦念が感じられた。きっと、悟ったのだろう。

 

「あの時、言ったでしょう? ()()()()()()()()と。……バレた後、上から事が済むまで帰って来るなと言われました。今は、アクア先輩と扱いが同じです」

 

「……そうなんですか」

 

 彼女が乾いた笑いを浮かべながらそう答える。

 

 内心、穏やかではなかった。どうしてそこまでしてくれて、彼女は俺に贖罪をさせろと求めるのか。今の話を聞く限り、礼を言うのは俺の方だというのに。

 

「……エリス様」

 

「はい」

 

 けれど、彼女はきっと俺が何も要求しないことに納得はしてくれないだろう。それは、彼女の話を聞く中で感じた彼女なりの誠実さなのだろう。

 

 では、俺はそれにどう応えるべきか。彼女の誠実さに、俺は何と返すべきか。

 

 これにはきっと、答はない。そして、能力に頼ることは、絶対に許されない。

 

 俺が、俺の考えをもって、彼女に答える。それが、彼女の誠実さに対する、せめてもの答だろう。

 

 彼女は、黙ったままの俺の答を待っている。きっと、本当にどんな要望も聞く気でいるのだろう。

 

 だから俺は、彼女にこう命令する。

 

「……いや()()()。俺が向こうに、あの世界に帰る為に、俺のパーティメンバーとして()()な立場で接してくれ。それが、俺の要望だ」

 

 神に対等であれという命令なぞ、本来ならば処罰ものだろう。だが、今の彼女は罰を求めている。これならば、彼女も罰として納得するはず――。

 

「……何も、しないんですか?」

 

「……はぁ?」

 

 俺の答に、帰って来たのは、意味が分からないといった様子の彼女の疑問の声だった。思わず、変な声が出る。

 

「えっと、その、普通は殺した相手なんて、殺したくなるくらい恨んだりするんじゃ……? だから、もっと凄惨なことをするのかと……」

 

「あぁ、そういう……」

 

 彼女が慌ててそう言うのを聞いて、彼女の態度に合点がいった。本当、()()の神様じゃねぇかこの女神は。悪人と疑った自分が恥ずかしくなってくるわ。

 

「そりゃ、何殺してくれてんだとか、そもそも神に殺されたって事実は割と凹むくらいショックだが……それをどうにかする機会を与えてくれるだけマシだ」

 

「……え?」

 

 俺の返答に、彼女は未だに理解出来ないといった風な顔をしている。何だろう、この意見が伝わらない感じ。アイツらに罵倒される日々が……あんまり思い出したくないな。泣けてくる。

 

「だから、エリスは殺された俺に元に戻ることが出来る機会をくれただろ? しかも、チートあり。前世(あっち)の仕打ちとかに比べたら随分好待遇だぞ? むしろ感謝だ」

 

「え……えぇ?」

 

 彼女は混乱しているのか、俺の言い直した発言を聞いてなお、頭を抱えている。え、何、聞こえてないの? それとも純粋に俺の言っていることが理解出来ないとか? 純粋に凹むわ……。

 

「それに……」

 

「あっ……」

 

 俺は彼女の頭に手を置き、小町にやってやるように、つい最近で言えばめぐみんにやってあげたように、優しく撫でてやる。俺の行動の意味が理解出来ずに困惑しているようだから、俺らしく、言ってやった。

 

「罰を求めてるってんなら、俺と対等ってことは底辺と同義だ。だから当然、罰になり得る。違うか?」

 

 俺なりの理論を振りかざして、相手に同等であれと求める。これをエゴと言わずに何と言うのか。

 

 けれど彼女はそれを求めているのだ。曲がりなりにも女神である彼女が、罰を求めると。

 

 だから下ってもらうのだ。俺と同等の、ただの人間であれと。それに従うことは、どんな罰よりも酷だろう。少なくとも俺は、そう思う。

 

「……分かりました。その罰、承ります」

 

 俺の言葉を聞いて、彼女はようやく、笑顔を咲かせる。その笑顔に一瞬、意識を持っていかれそうになるのを堪えて、彼女の態度を指摘する。

 

「固い。やり直し」

 

「んがっ!?」

 

 折角出来上がった彼女の笑顔を、俺は彼女の両頬を引っ張ることで崩す。何か聞いてはならないような声を聞いたような気がするが、きっと気のせいだろう。

 

「女神をぞんざいに扱うのはアクアで慣れてんだ。今更どうこう思わんぞ」

 

「いだだだ!? わ、わかったゃから! わかったゃからはなして!」

 

「ほい」

 

「べっ!?」

 

 恐らく限界だろうとおぼしき長さまで引っ張ったところで、俺は手を放す。勢いよく戻った所為で再び女神が出すべきではない声が出ていたが、気にするまい。

 

「いてて……えっと、何て呼べば良いのかな? 比企谷さん……は駄目だし。ヒッキー? ハチマン? それとも通り名の黒氷とか?」

 

「黒氷もそこそこ嫌だがヒッキーはやめてくれ……。頼む、マジ頼む、切実に」

 

「そんなに嫌なのにあの娘には言わせてるんだ!?」

 

 だってアイツ言っても聞かないし……本人にも悪気ないみたいだからイマイチ強く言えないんだよなぁ……。

 

「な、何か目が腐っていってるんだけど……」

 

「え、マジで? 俺のアイデンティティ復活した?」

 

「アイデンティティだったのあれ!? というか、腐ったのも少しだから多分すぐ戻るよ?」

 

「そう、なのか……」

 

「何でそんなに悲しそうなのかな……」

 

 いやだって、数年来の付き合いだったんだぞ? むしろ腐ってないと言われた時の衝撃半端なかったからな?

 

「……まぁ何でも良いや。じゃあハチマン!」

 

「ん」

 

 エリスは俺を元気良く呼ぶと、改めて俺を見て、向き合う。俺もそれに合わせて、向き直る。

 

「ありがとう。私に罰を与えてくれて。言ったらあれだけど、お陰で少しだけ、心が軽くなった」

 

 彼女は綺麗にお辞儀をすると、そうやって礼を述べる。

 

「気にすんな。俺の為にやったことだからな。他意もない」

 

 けれどそれは、俺にとってはあまり望ましくないものだ。彼女に対等であることを強いるのも、彼女に明確な罰を与えないのも、言ってしまえば全ては俺の為であり、そこに彼女の気持ちは考慮されていない。

 

 だから、そうしてまで気にすることじゃない。

 

「それでも、だよ。ありがとう、ハチマン」

 

「……おう」

 

 だが、彼女自身もそんな俺の気持ちは気にしないようで、重ねて礼を言っては、見惚れそうな笑顔を向けてくる。

 

 こうして素直に感謝されては、俺も答えざるを得ない。けれど、ヘタレな俺には真っ直ぐ見る度胸はない。だから、目を逸らしながら、俺は彼女にそう返す。

 

 俺が殺された事実も、彼女が俺を殺したという事実も、決して消えはしない。

 

 けれど、それがあって、今がある。その事実も、決して覆らない。だから、簡単に許すことも、見ない振りをすることも、してはいけない。

 

 だから俺達は、今を見据えながら、向かい合う。

 

「……よろしくな。エリス」

 

「うん! よろしくね!」

 

 斯くして、堕ちた女神と、底辺の化物の、奇妙な関係が出来上がった。

 

 

 

 

「今日はありがとう。じゃ、また明日」

 

「……おう、またな」

 

 後日改めて詳細を聞くと言って、俺は彼女の家を後にした。テレポートは……不思議と使う気分になれなかった。

 

 誰もいない閑散とした路地を通りながら、思考に耽る。

 

「……貴方を殺しました、か」

 

 彼女が、冒頭に放った言葉。そこに嘘はなく、だからこそ、俺の心を激しく揺さぶった。

 

 神が人を殺す。聖書を見ればそんなこと、いくらでも書いているのに。現実としてそうされた身としては、やはり納得しきれない部分があるのは確かだ。

 

 それでも、俺は彼女に対し、贖罪をしろとか、何かを償えといったような、そんな感情はあまり湧かない。

 

 それは偏に、俺が俺でいるからだろう。

 

 人も、場所も、世界も違う。かつてのような呪縛も、抑圧も、ここにはない。けれど、俺は俺なのだ。

 

 体も、記憶も、俺のままでいさせてくれた彼女に、何故文句が言えるのだと、素直にそう思うのだ。

 

 だから、どうすべきだったのか、よく分からない。

 

「……答がない問題ってのは、案外多いのな」

 

 そんな俺の呟きは、響くでもなく、誰に届くこともなく、暗くなってきた道の向こうへと消えていく。

 

「俺は……ここに来て良かったと思っているのか?」

 

 だから、そんな自問に答える声も、そこにはなかった。




いかがでしたでしょうか?
当初から予定していた和真達以外のパーティ入りです。ああだこうだと理由をつけて、何だかんだで非道になれない八幡が私は好きです(真顔)。異論は勿論認める。
次話は番外編の修正が終わってからだと思います。原作の流れに戻りたいけど、多分もう一話分くらいオリジナルかもしれない。
意見・感想・誤字報告等、お待ちしております。


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彼を想う人々は
番外編 受付嬢との一幕


やぁ、久し振りだね。今回は変更したことが色々あるからちゃっちゃと説明していくよ。
この話は以前"比企谷八幡もやはり人の子である"として投稿したものです。何故番外編になったかというと、メインヒロインが決まらない中で、メインで誰もくっつけなければ色んなカップリングを好きに書けるじゃないか、という結論に至った為です。
なので今回はベルディア討伐直後のお話、メインヒロインはルナさんでお送りします。以前読んだことがある人も、楽しめる内容になっているはずです。字数が予定の倍くらい増えたけど、気にしたら駄目だ。
それでは番外編、どうぞご覧あれ。


 昨日、魔王軍の幹部の一人、首無し騎士ベルディアが討伐されたことでアクセルに住む人々の心には安寧がもたらされた。

 

 一つとはいえ、彼らの平和を脅かす存在が消えたことは大きいようで、街にはいつも以上の明るさと賑やかさで溢れていた。普段は穏やかな露店街も、今日ばかりはと朝早くから活気づいている。少しだけ覗いてみたが、中々の盛り上がりようだった。日本で言えばパレードに近いが、立役者が凱旋する必要はないのでこちらの方が面倒が少なくて良い。

 

 街を挙げての祭り、とまではいかないが、気前良く商品を売買する人々の顔には心からの笑顔が見て取れる。こういった笑顔を作った一人としては、大変嬉しい光景だ

 

 尤も、自ずからそんな場所へと赴きはしない。何せ俺は俺で、人込みというものに一種のアレルギーを持っているからな。戦いに参加した冒険者と知られては、何をされるか分かったもんじゃない。それに、今は()()()()があって、それどころではないしな。

 

 というのも、俺が居るのは喧騒に浮く街の中心部から離れた、人の気の感じられないひっそりとした場所だ。木々に囲まれ閑散とした大地にはポツンと大きな家が建っており、そこで俺は二匹のペットと共にある作業を行っている。

 

『これはここで良いかい?』

 

「あぁ、そこに置いてくれ」

 

『これは~?』

 

「それはあっちだな。置いとくだけで良いぞー」

 

『は~い』

 

 木造の小豪邸とも言えなくもないそこへ、俺は手で、セツとユキは口に(くわ)えて、様々な荷物を朝早くから運んでいた。この時点で大体の人はお察しだろうが、理由はまでは流石に分からないだろう。誰に、という訳ではないが、その答えを教えるとしよう。

 

 俺達は現在、この二匹と共に新居への引っ越し作業を行っているのだ。それも、前世で言えば朝五時くらいに、だ。多分、小町に見たら驚いて言葉も出ないかもしれない。そう予想出来てしまう辺り俺の普段の体たらくさが浮き彫りになってしまうんだが、気にしたら負けだろう。

 

 何故、わざわざ疲れた日の翌日の、それも朝っぱらからこんな重労働をしているのか。それには少し記憶を遡った方が良い。こうまでして朝から引っ越そうと思ったのは、昨日の一件の後の事が原因でもあるからだ。

 

 ――――――

 

 ――――

 

 ――

 

 昨日深夜、彼の騎士ベルディアを討ち取ったとのことで、冒険者はその喜びを歌い、高らかに勝利を謳う。生きている今に感謝をしながら、そんな宴で夜を更かしていた。

 

 宴の費用はギルドが持つとのことで、皆無遠慮に飲めや食えやで次々に酒や料理を頼んでいく。随分な盛り上がりようだなと思いながらも、俺もたまに注文しては食べていたものだ。貰えるものは貰う主義だからな。普段は不平不満しか貰えないけど。言ってて悲しくなるな……。

 

 しかし、ベルディア戦に参加した冒険者達の報酬が、この宴の費用の全面持ちという、些か割に合わない物なのはどうなのだろうか。まぁ、彼らも喜んでいるし野暮なことは言うまいか。

 

 そんな感じで延々と続く宴にもいつの間にか終わりが来たようで、各々は勝利と宴の余韻に浸りながら、すっかり暗くなった闇夜の帰路を歩いて帰ってゆく。

 

 それらを一通り見送った後、俺も帰ろうかと眠っていたセツとユキを抱えようとしたところで、不意に後ろから声がかかった。

 

「ハチマンさん、少しよろしいですか?」

 

「ルナさん? どうかしましたか?」

 

 振り向けば、ならず者が集うギルドの受付嬢であり、ギルド内では一番人気が高いと評判なルナさんが居た。

 

 立ち上がって向き直り、改めて声をかけてきた理由を問う。その表情は、先程見ていたような笑顔とは違い、少し困ったようなものだった。少なくとも朗報ではないらしい。

 

「その、今日皆さんが……と言ってもほとんど一人でハチマンさんが倒して下さったデュラハンについてなんですが。実は明日、王都からハチマンさんに特別報酬が与えられるそうなんです」

 

「特別報酬? 何でまたそんなのが?」

 

 王都というのは、この国における首都のような所だ。そこからの特別報酬とはまた大層なもんだが、そこまでのことをした感覚は正直ない。精々、小町の機嫌取りに付き合うくらいのものだろう。下手をすれば、そっちの方が大変だと思うくらいだ。

 

「ハチマンさんは知らないかもしれませんが、デュラハンを含め人々の脅威をなる存在には総じて国から高額な懸賞金がかけられているんです。因みに、そこの猫ちゃん達にも懸賞金がかけられてるんですよ? 確か一千万かそのくらい」

 

「え、コイツらそんな危険だったんですか?」

 

 言われて俺は両腕に抱えたセツとユキを見る。二匹ともたらふく飯を食った所為かぐっすりと寝ている。結構重いんだけど、コイツらこんな重かったっけ?

 

「まぁ、ハチマンさんが手懐けたのでその子達は大丈夫だと思いますよ。それで、デュラハンの懸賞金なんですが……額がかなりのものでして。アクアさん達には内密にした方が良いですよね?」

 

 そう言ってルナさんは苦笑するが、俺はそこでルナさんが困ったような様子でいた理由が分かった。なるほど、確かにアイツらなら大金を、それも手に余る程の額を手に入れたとあらば、きっと面倒事になるに違いない。主にアクアを筆頭に、だ。

 

「あぁ……奢れだの何だの言われるのはあんまり好きじゃないんで、出来ればここだけの話で」

 

 最悪借金製造機のアクアにバレなければ問題はない。だが、アイツは妙なところで勘が鋭かったりするから用心しなければならない。この前も、和真がアクアの報酬を幾らかくすねようとしたら見事にバレてたしな。やっぱ腐っても女神なんだろうか?

 

「そうですよね。分かりました」

 

「気を遣わせてしまってすみません……それで、いくらくらいなんですか? その報酬とやらは」

 

 セツ達の一千万が軽く流されるくらいだ、もっと上だと見積もっても良いだろうが、この国の財政がどれほどのものか知らんから何とも言えんな。まぁ、精々三千万から五千万ってところか?

 

「三億エリスです」

 

「……はい?」

 

 聞き間違えだろうかと俺は思う。何せ高く見積もった予想額の桁と合っていないのだから、そりゃあ困惑もするだろう。

 

「え、今何て……」

 

「今回のデュラハン討伐による、国からの特別報酬として、ハチマンさんには三億エリスが与えられます」

 

 混乱する俺に、ルナさんはもう一度丁寧に繰り返してくれる。しかし、言葉が理解出来ても意味が分からない。

 

「……どっからそんな金出るんですか? 」

 

「さぁ、それは分かりませんが……。でも、明日には国から役人の方が数名いらっしゃるそうですよ?」

 

 何だろう、この釈然としない感じ。確かにベルディアの所行く前に金にならねぇかなとか思ってたけどさ。こんな来る? 予想外過ぎてビビるわ。三億とか何だよ、◯鉄かよ。夏の給料でもそんなに貰えねぇだろ。俺が一か月真面目に働いて稼いだ金は何だったんだよ。十分の一あるかもあやしいぞ。

 

「そうですか……わざわざ報告ありがとうございました」

 

「いえいえ、これも仕事の内ですから。それでは、私はまだ仕事が残ってますのでこれで」

 

 ルナさんはそう言って、お辞儀をすると裏方の方へと去っていく。人の少なくなったギルドではその足音がやけに大きく聞こえた。

 

「仕事ねぇ……」

 

 外を見れば先程と同じように非常に暗い。夜の帳はとうに降り、不規則に散らばって見える星々はその中で遺憾なく輝きを発している。街灯もないこの街では、きっと帰路を照らすのはあの星々と、その中で一際大きく目立っている少し太った三日月くらいだろうか。

 

 ギルドの中へ視線を戻すと、彼女と他数名の職員が冒険者達が食した料理の後片付けに追われていた。恐らくこの街のほぼ全ての冒険者が集っていたことを考えれば、その量もかなりのものになるだろう。しかし、残っている人はほとんど女性だ。

 

 俺は少し考えて、セツとユキを邪魔にならない所に置いてから俺も皿を片付け始める。

 

 まぁ、金の使い道でも考えてたら終わるだろう。

 

 そう思いながら、俺はどうやったら効率良くこれらが片付くかを能力を使って問うていた。

 

 ――

 

 ――――

 

 ――――――

 

 この辺りでひとまずは回想を切るとしよう。丁度俺が運んでいる荷物で作業が終わるからな。

 

「よいっしょっと……ふぅ、やっと終わった」

 

 朝早くから行っていた作業もこれでようやく終わった。その事実を認識した俺はゆっくりと家の床に倒れ込む。

 

『これで終わりかい?』

 

「あぁ、これが最後だ。手伝ってくれてありがとうな」

 

『別に良いよ、新しい寝床も買ってくれたしねぇ。アンタ程疲れもしないし』

 

「そりゃそうか」

 

 よくよく考えたら、セツ達は俺と違って大きいから馬力も違う。だからきっと、疲労度はかなり違うだろう。箪笥を(くわ)えて歩く姿を見た時はちょっとビビった。あんな世にも奇妙な光景があって良いのだろうか。

 

『もう遊んでも良いの?』

 

「おう、もう好きなだけ遊んできて良いぞ。外に出て大きくなってももう怒られん。そこ、全部ウチの庭だから」

 

『わーい!』

 

 言うが早いか、ユキはユキで俺のゴーサインを聞くと外へ飛び出していった。今までは外に連れて行かなきゃ欲求不満でたまに俺に猫パンチ――なお威力は致命傷レベル――を放ってきていたからな。これでもうその心配はなくなるだろう。多分、掃除の回数は増えるがな。

 

『しかし、昨日の今日でよくこんな重労働やろうと思ったね、アンタ』

 

 セツはそう言いながら俺が新しくセツ用に買ってやった寝床に見事にフィットした状態でそんなことを言う。何か正月の鏡餅みたいになってんな。柔らかいクッションがあったからつい買ってしまったが、そこまで似合うとは思わなんだ。

 

「いやまぁ、色々あってな……今日の朝じゃないと面倒事が起きるんでな……」

 

『そうなのかい? ま、アタシはダラダラ出来りゃ何でも良いけどね。新しい寝床は結構気持ち良いしねぇ』

 

 セツはそう言って欠伸をしながら、グガーとイビキをかいて寝始める。アイツ、俺が飼い始めてから段々怠けてきてるような……。俺の躾が悪いのかもしれんが、もうちょっと威厳とかねぇの? 仮にも危険視されてるモンスターだよな?

 

 まぁ良い。ペット二匹をゆっくりさせたところで再び話に戻るとしよう。さっきセツに説明しなかった、面倒事についても踏まえながらな。

 

 ――

 

 ――――

 

 ――――――

 

 皿を運び終えた後、ルナさん達職員と共に皿洗いをすることにした。功労者を働かせる訳にはいかないと最初は断られたが、自分の食った物の片付けの延長みたいなもんだと言って勝手にやり始めた。人手が足りていないのは感じていたようで、最終的には納得してもらった。

 

 水魔法を使って上手いこと出来ないかと能力を使った結果、クリエイトウォーターを出しながら渦巻き状で維持させることで簡易的な食洗器システムを編み出した。

 

 ただ油断すると石鹸をしたことで発生した泡が四方に飛び散るので安心は出来ない。よって汚れの酷い物だけこの方法で洗浄し、後は普通に手で行うことにした。これによって大方片付いた分、そんなに苦ではなかったな。

 

 そんな感じで、俺も彼女達職員と混じりながら皿洗いをしていた。そして、それがある程度落ち着いたところで、俺は先の報酬金の使い道をどうしようかと改めて思案することにしたのだ。

 

 俺も人間、金を持ったらやはり多少は使いたくなったりはする。しかし、元々大した物欲は俺にはない。加えて、日本ではない為手に入れられる物も限られてくる。衣食住さえちゃんとしていれば、存分にだらけられるしな。

 

 そうして考えた結果、俺は寝床を変える、つまり家を買うという結論に至った。

 

 そろそろ買い時かとは思っていた家を買うことにはあまり抵抗はない。温かいベッドや落ち着いて過ごせる場所は欲しいし、馬糞で目覚めたくもない。金は使うが、元々その為に約一ヶ月適当に依頼をこなしていたし、今回の報酬を使えばかなり良い物でも余裕で買えるだろう。

 

 だが、かといって明確な場所や日時は決めている訳ではない。取りあえず一人と二匹でひっそり自由に暮らせる場所、くらいにしかイメージもない。まさかこの歳で家を買うとは思わなかったからな。そこは仕方ないと諦めるしかない。手続きとかもよく分からんが、能力があるから何とかなるだろう。そういえば、この世界の家具はどんなものがあるのだろうか?

 

 そうやって次々と自問自答を繰り返していく中で、その思考を遮る答が一つ、俺の頭に浮かんだ。

 

 問は"いつに買うべきか"。これは問題ない。だが、出てきたのは"明日の明朝"という答だったのだ。つまり、明日の朝から買えと言っているのだ。

 

 俺はどんな問にも答を出す答えを出す者(アンサー・トーカー)には全幅の信頼を寄せている。それ故、基本的にはそれに従う形になるのだが、答によっては従わず別の答を求めたりする。疲れた日の翌日は、ゆっくり休みたいし、その日しかない、ということもまずないからだ。

 

 だが、今回の答はそうはいかない。何せ、"明日の朝にはアクアが俺の所に金を集りに来る"という、非常に面倒な事が待っているからこその答だったからだ。善は急げどころの話じゃない。

 

 頭を抱える他ない答だった。駄女神(バカ)でも女神、異世界召喚なんて大層なことやらなければならないくらいには切羽詰まってるこの世界だ。多少の事情くらいはアイツでも知ってるだろう。こと、その原因ともなれば尚更だ。だから、アイツがベルディアの懸賞金について知っていても不思議ではない。

 

 しかし、しかしなぁ……。アイツは本当に他人に迷惑をかけなければ気が済まないのだろうか。女神なんだからその辺は自重して欲しいのだが、まぁ無理か。

 

 俺はそんな諦めの念を溜息と共に吐き出す。出来れば疲れや面倒事も、目の前の水のように流されたら良いのにと思いながら。

 

「ハチマンさん、ほとんど片付きましたのでもうお帰りになられても大丈夫ですよ。疲れた後なのに、手伝って下さってありがとうございます」

 

 ふと、そんな俺にまた声がかかる。先程とは違い、少しばかり聞き慣れたその声には、俺と同じく疲れが感じられる。

 

 あ、そうだ。少し聞いてみるとしよう。

 

「別に俺が勝手にやってるだけなんでそんな畏まらなくても良いですよ、ルナさん。それより、一つ良いですか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

 俺はお礼を軽く流しつつルナさんに向き直って訊ねることにした。

 

「その……さっきの報酬の件と関係してるんですが……明日の早朝から家を買える所ってありますかね? あと、家具屋も」

 

「家と家具屋、ですか? 馬小屋から移転したいのは分かるんですが、何故明日の早朝に?」

 

 まぁ、わざわざ朝早くから家を買いに行こうとする奴なんてそういないだろう。普通、それほど急くことでもないしな。分からないのも当然だ。

 

「明日の早朝でないと少々面倒事になりそうなんですよ。主にアクアが関係してなんですが……」

 

「あぁ、アクアさんが……それは困りましたね」

 

 だが、どうやらアクアが関係していると分かった途端合点がいったらしい。今度から困ったらアクアが関わってるって言おうかな。何事も上手くいきそう。

 

「そうですね……急ぎでしたら問い合わせ致しますが、開いているのが良い店かどうかは保証しかねますよ? それに、どの店が良いのかもイマイチ分からないのでどこから聞いたものか……」

 

「あ、それに関しては俺の言う店から問い合わせて頂けますか? 以前評判の良い所を聞いたので」

 

 俺は少し嘘を吐いて店について説明する。能力を使って知った店だ。偶然を装わなければ変に思われかねん。

 

「分かりました。では、その店名を教えて戴けますか?」

 

「不動産は◯◯って店で、家具は△△って店なんですが――」

 

 ――――――

 

 ――――

 

 ――

 

 その後、ルナさんを通したことで俺は何とか早朝から店へお邪魔させてもらうことが出来、それからこうして引っ越しの作業を行っていたのである。お陰であんまり寝れていない。それもこれも、全てアクアの所為である。

 

 反面、ルナさんには何かと世話になってばかりだ。本人にはあまり気にしないでくれと言われてしまったが、今度、何かプレゼントでもしよう。柄じゃないが、それくらいはしても罰は当たらんだろう。善意には善意で返さないと、俺自身が納得も出来ないしな。

 

 それに比べてアクアの所業の何たることや。アイツが原因で何故俺が迷惑を被らねばならん。今度アイツの酒でも掻っ払って飲んでやろう。和真と二人で。

 

「ア、アァ……」

 

 声にならぬ声を出しながら、俺はその場に寝転がる。前世(あっち)とは違う綺麗な木のフローリングはひんやりして気持ちが良い。

 

「……しまったな」

 

 思った以上にその感覚が気持ち良く、またあまり寝ていないのもあってか、ゆっくりと眠気が襲ってきた。

 

 立ち上がるのも面倒だ。いっそ、この身を委ねてしまおうか。

 

『ハチマン、眠いの?』

 

 ふと、気づけばユキが俺の近くへと寄って来ていた。遊び疲れたのか、単純に飽きたのかは知らないが、サイズは大きいままだ。そういえば、扉はどうやって開けたのだろうか。入口を作っていない気がしたのだが、如何せん眠気が思考の邪魔をする。

 

「あぁ、ちょっと疲れてな……」

 

『じゃあ一緒に寝よー』

 

 ユキはそう言うと寝転がった俺の隣に丸まり、寝る体勢へと入った。折角買った寝床は、コイツには不要だったかもしれないな。

 

「……あぁ、一緒に寝るか」

 

 俺は少しだけ起き上がってユキの腹部に凭れかかる。フワフワな毛と、猫特有の高めの体温が心地よく、先程よりも眠気が増してきた。おぉ、これは良いな。

 

「……おやすみ、ユキ」

 

『おやすみ、ハチマン』

 

 たまには、こうして寝るのも良いかもな。

 

 そんなことを思いながら、俺は静かに眠りについた。

 

 

 

 

「フフフ……もふもふ……」

 

『うーん……』

 

「…………」

 

 ふと、ユキ以外の感触がして目を覚ます。

 

 眠たい眼を擦って辺りを見渡せば、何故かいるはずのない人が隣で眠っていた。

 

「……あの、ルナさん。何してるんすか……」

 

 そう、それは以前からよくお世話になっている私服姿のルナさんだった。

 

 いつもの激しい露出がある服ではなく、キチンと首元まで隠された亜麻色の服を着ており、主張の激しい彼女の体が逆に強調されていた。というか、足はいつも通りなんだけど、なんでこの世界の女性って足を隠そうとしないんだ? 目のやりどころが、って、そうではなく。

 

『あぁ、起きたのかい』

 

「セツ、何でこの人がここに?」

 

 いつの間にか起きていたセツが声をかけてきたので、俺はどうして彼女がここに居るのかを問う。寝起きで頭が働いていない所為か、能力を使おうという気が起きない。

 

『さぁね。ただ、ユキと眠るアンタを見てソワソワしてたんで、私が隣で寝ても良いって言ってあげただけだよ』

 

「まぁ、珍しい光景ではあるからな……」

 

 自分よりもデカい猫と出会う機会自体普通ないからな。そりゃ、猫嫌いでない限りはソワソワするだろう。ただ、隣で寝るとは思わなかったな。

 

 改めてルナさんを見る。いつもと違う服装な上に、自分の家に居るというのを感じてしまい、少しドキドキしてしまう。

 

 手を伸ばせば触れられる。体を動かせば彼女の体に触れることも出来るだろう。まぁ、別にそんなことをする気は微塵もないのだが。

 

「……ちょっと出掛けてくる」

 

『何だい、起こさないのかい?』

 

「まぁ、無理に起こすのも悪いしな」

 

 というより、これ以上隣に居るのは心臓に悪い。何かしてしまわない内に、この場から離れようと思った。

 

 外を見れば昼過ぎ頃だろうか。キッチンはあるのに、引っ越したばかりで食材も買ってないし、いくらか買ってくるとしよう。ルナさんはしばらく起きないようだし、大丈夫だろう。

 

「セツ、ルナさんを見ててくれ。食材を買ってくる」

 

『あいよ。今日は鮃の気分だから、昼はそれで頼むよ』

 

「了解。鮃な」

 

 いつも思うのだが、魚ばかりで飽きはしないのだろうか。いやまぁ、人食うとか言われるよりマシなんだけどさ。

 

 俺はルナさんに毛布をかけてからローブを羽織ると家から出る。こちらの気候は日本に居た時と似ていると思っていたが、基本的に涼しい気候なので油断をすると風邪をひきかねないからな。新品だし、特に嫌がられないことを祈ろう。

 

「さて、何から買いに行くか……」

 

 新居に引っ越したことでわざわざギルドまで行って食事をしなくても済むことになる。つまり、念願のニート生活が実現するのだ。その為に食材を買ったり、料理をするだけで良いのなら、喜んでやる。というかやる。

 

 そんな訳で街に出るのだが、朝見た限りではそのままの姿で出るのはあまり良くないことが既に分かっている。アクアのこともある為、誰かに見つかった瞬間アウトだと考えた方が良いだろう。

 

 という訳で、あの魔法の登場だ。

 

「ライト・オブ・リフレクション」

 

 その魔法を自分にかけたことによって、俺から見た限りでは変わりはない。しかし、他者からは違う。何せこの魔法は対象の周囲の光の屈折率を変える魔法であり、いわば認識阻害の魔法なのだ。

 

 なので、他者から俺の姿は見えないというのが、今魔法をかけた俺の状態だ。ステルスヒッキーでただでさえ見えない俺の姿をより見えなくしているので、今の俺の存在は希薄どころか皆無に等しい。何それ超悲しい。

 

 だが、実際に俺の姿は他人には見えていないので、あながち間違いでもないのは事実。現に目の前に居ても見えていないので、普段の数割増しで避けにくい。文字通り”居ない”人間を避けながら歩く奴なんてそれこそ中二病拗らせた奴くらいだ。授業中にテロリストが来るかもしれないと思ってイメトレしてる奴もこれにあたるので、該当する奴は俺も挙げるから黙って手を挙げような。

 

 しかし本当に便利だ。それこそ前世で欲しかった能力ランキングの上位に入るくらい。因みに一位は既に持っていたりするので人生何が起こるか分からない。一回終わったけど。

 

 そんな適当なことを考えている内にいつも寄っている魚屋が目に入る所まで来ていた。周囲にバレないよう魔法を解きつつ、俺はその店に立ち寄ることにした。

 

 だが、俺はここで油断していたらしい。面倒な相手というのが、アクア達以外にも居たということを。

 

「すいません、あの、良い鮃ってありますか?」

 

「ヘイラッシャイッ! ……っと、”黒氷(こくひょう)”じゃんけ! ちょっと待っとってくれんか?」

 

「え、こく……? 取りあえず大声抑えてくれません?」

 

 暖簾を押して最初に入った魚屋の店主は、俺の方を見るなり大声でそんな呼び方をしてきた。しかし、その呼び名はどうも聞き慣れない、というか初めて呼ばれるもので、俺は混乱せざるを得なかった。幸い他に客はいなかったが、周囲にバレたくないので大声は止めさせた。

 

「悪い悪い、(あん)ちゃんが有名人になったってんで、こっちも嬉しゅうてなぁ。で、鮃はあるが、何匹欲しいん?」

 

「あ、じゃあそれ四十ほど……で、さっきの呼び名って何です?」

 

 一応話を聞いてくれる人のようで安心したが、違う意味で安心出来ないかもしれない事実が浮上した。もしかして、俺変な二つ名付けられてるのか?

 

(あん)ちゃん、昨日魔王軍の幹部を倒してくれた冒険者なんじゃろ? 髪から靴まで真っ黒な容姿が特徴で、バカデカい氷で相手を仕留めたってんで”黒氷”って二つ名が付いたって聞いたんじゃが。因みに、"無限爆裂"ってのも候補にあったけんど、たまたま居た変な嬢ちゃんがそれを(かたく)なに否定するってんで、そっちの方が主流の呼び方になったって聞いたで」

 

「誰も頼んでないんだが……」

 

 何でこう本人のいないところで話が進んでしまうのか。俺の意思とかが皆無な辺りマジいつも通りで泣きそう。つか、爆裂否定する変な嬢ちゃんって、めぐみんくらいしか思い当たらないんだけど、何してんのあの子? 二つ名が付くのを止めてくれよ。

 

「悪評が広がるよりえぇんじゃなーんか?」

 

「まぁ、悪い気はしませんよ。ただ、あまり期待はされたくないので」

 

 好事門を出でず、悪事千里を行くという言葉がある。何か一つでも悪い印象が生まれれば、今までの苦労が水の泡となることは珍しくないし、良い印象があれば期待されてしまう。そんなのは俺ではなく、葉山のような主人公気質の人間にこそ相応しいのだ。俺には少々、荷が重い。

 

 まぁ、魔王を倒すって言ってる奴が何を言っているんだって話でもあるが。

 

「やねこい性格してんなぁ、兄ちゃん。ほれ、採れたての鮃、四十匹な! あと、ちょっと待ってくれんか?」

 

「え、構いませんが……」

 

「ええもん持って来たるけん、期待しときぃ!」

 

 そう言って店主は、一言断ってから店の奥へと消えていく。良い物とは何だろうか。大体こういう時に良い物を貰った試しがないので、凄く不安である。良い人なのは知ってるが、何でか広島弁だから凄い怖いし……。

 

 しばらくして、何やら大きな箱を抱えて戻って来た店主は、もの凄い良い笑顔でそれを俺に渡してきた。え、何、何これ?

 

「その箱ん中、全部蟹が入っとるけぇ。俺からのサービスじゃけ、持ってってくれ!」

 

「い、良いんですか? こんなに?」

 

 蟹といえば、こちらの世界でも高級食材にあたる物だと以前耳にしたことがある物だ。それを、魚を少々買う程度で貰って良いものなのだろうか。

 

「元々よーけ買うてくれるけぇな! 何も出来ん俺達からの些細なお礼じゃ思うときゃええけん! 遠慮せんで持ってきぃ!」

 

「……じゃあ、ありがたく頂きます。また、来ますんで」

 

「ありがとさん! また来んさいよ!」

 

 気前の良い人だ。そう思いながら俺は店主にお礼を言って代金を払い、片腕でその箱を担いでその場を後にした。多分、行きつけの店だったから、良くしてくれたんだろう。

 

 そう思ってた時期が、俺にもありました。

 

「あの、野菜で何かオススメって……」

 

「あら、黒氷様じゃないか! 今日は枝豆と胡瓜(きゅうり)、あとトマトとかも入ってるよ! 良かったら持っていきな!」

 

「え、いや、トマトはちょっと……」

 

「良いから良いから!」

 

 八百屋では旬の野菜をいくらか貰い。

 

「あの、肉を買いに来たんですが……」

 

「おぉ!? 黒氷じゃねぇか! 昨日解体(バラ)したジャイアントトードの肉があるんだ、五kgくらい持ってって良いぞ!」

 

「いや、流石にそんなに……」

 

「良いんだよ! アンタ、ペットがいるんだろ? エサ代も馬鹿になんねぇだろうし、構わねぇさ!」

 

 精肉店では大量の蛙肉を貰い。

 

「あの、米ってあります――」

 

「黒氷様!? あぁ、お会いしたかった! 米なんていくらでも差し上げますから、サインを書いて頂けませんか!?」

 

「おい! お前いきなり失礼――」

 

「父さんは黙ってて」

 

「はい……」

 

「え、いや、普通に買いますし、サインはちょっと書いたことないんで……」

 

「そんな!? 後生です! 名前だけでも構いませんし、何なら私にキスするだけでも構いませんので!」

 

「さらりと要求上がってるんだが……あぁもう、サイン書きますからちょっと泣かんで下さいよ……」

 

 米屋では泣きながら強請(せが)まれたサインを書いた代わりに米俵を一俵貰った。

 

 その他にも色々と寄ってみたが、結果的にタダで色んな物を貰うこととなってしまった。というか、米屋に関してはマジで理解が追いつかない。何で俺のサインなんか欲しがってんの娘さん。親父さんももうちょっと抵抗してくれよ……米が貰えたから良いんだけどさ。

 

「……重い」

 

 ただ、前世なら質量で潰れていたであろう量を抱えることになってしまった。予定ではこの半分くらいしか買う気はなかったのに、ほとんど押しつけられる形で貰えたのは、嬉しい反面どこかむず痒い。悪意には慣れているが、好意を受けたことが少ないのが大きい要因だろう。

 

 言い換えれば、もて囃されるのが恥ずかしかった。早く帰りたい。

 

「普段ならここで帰るところなんだが……」

 

 一つだけ、寄っていない所がある。別に寄らなくても本来は問題ないのだが、今日寄らないと多分二度と寄らないと、俺の感が告げている。

 

「面倒だが、行くしかないな……」

 

 そうして俺は、気は進まないながらも目的の品を売っている店に寄ってから帰ることにした。何を買ったかは、恥ずかしいから内緒な。

 

 

 

 

「たでーまー」

 

『おう、帰ったかい。荷物の割には随分と早いね?』

 

 とある魔法を使ってショートカットして帰って来た俺を出迎えたのは、出会った時と同じサイズのセツだった。丸まった状態のセツはデカくなってもフカフカそうで、やはり頭から雪見大福が離れない。

 

「まぁ、魔法使ったからな。それより、見張りご苦労さん。鮃買ってきたぞ」

 

 俺は担いだ荷物を下ろし、その中から貰ったばかりの鮃をセツの前に出す。

 

『ほう、珍しく多く買ってきたじゃないか。何か良いことでもあったかい?』

 

「良いことは確かにあったが、それは別に関係ない」

 

 俺がいつもより多目に買っていたことが不思議なようで、セツは結構失礼なことを言ってくる。俺、別に良いことがないからって量抑えてる訳じゃないからね?

 

「わざわざ料理の出来る家を買ったんだ。能力もあるし、自分好みの料理を作る為の環境も整ってるから、多少買い溜めしても問題ないんだよ」

 

『買い溜めかい? けど、肉や魚はすぐに腐っちまうよ?』

 

 あぁ、セツは冷蔵庫とかを見たことがないから、その考えが当然なのか。一応、似たような物が売っていたが、作った方が便利が良さそうだから買ってないし。

 

「安心しろ。保存する為の物を飯食ったら作るから。それと、食ってても良いが鮃はユキの分もあるから全部食うなよ?」

 

『へぇ、アンタ案外器用なんだね。あと、流石にアタシはそこまで食い意地張ってないよ』

 

「さいで」

 

 そんな掛け合いを終えた俺は、下ろした一部の荷物を台所へと持っていき、昼飯の準備を始めることにした。

 

 現段階では調理器具もいくつか足りないものがあるため、簡易的な物しか作れない。調味料は以外にも多くあったが、タレやポン酢などの類いはない。醤油があったのは大きいが、個人的に刺身はポン酢派なのでいつか作ろうと思う。

 

 そんなこんなで考えた結果。俺は蛙丼を作ることにした。

 

 ……いや、言いたいことは分かるよ? 何でこの頭で考えた結果がそんな適当なもんなのかとか、蛙丼って聞くと一気に食欲なくなりそうとか。現に俺も思ってる。

 

 しかし、さっきふと思い出したのだが、以前小町発案の謎企画こと"嫁度対決"にて平塚先生が作っていた漢飯。あれが無性に食べたくなってきたのだ。要は簡単で美味しい物が食べたくなっただけですね、はい。

 

 そんな訳で、まずは下準備から。

 

 米俵から適当なカップを使って米を掬い、虫が紛れていないかの確認をする。野菜でもそうだが、管理している人間の目が行き届かない所にこういうのは居たりするのだ。精米したものだとしても見ずにそのまま洗ったり炊いたりしないように気をつけよう。

 

 虫を取り除いたら、答えを出す者(アンサー・トーカー)を使いながら洗米の開始だ。ここで面倒なのが発覚したのだが、この世界には日本で使っていたザル、ないしそれの代替品が存在しないとのことだ。何、ザルって実は近代品だったの?

 

 だが、文句を言ったところで無いものは仕方ない。後で作るとして、今はボウルで我慢しよう。因みに、ここでの大抵の調理道具は基本的に鉄製である為、非常に重い。米と水が入るので尚更だ。

 

 それでも俺は食べたい物を食べる為、白米水を流しながら洗っていく。なお、水は水道のではなくクリエイト・ウォーターで出したものだ。水道もちゃんと通っているが、和真曰く綺麗なので普通に飲めるし、浄水云々を気にしなくて済むからオススメらしい。他人のなら忌避感があるが、自分のだし、本当に綺麗で美味いから良しとした。

 

 出来るだけ溢れぬように洗い終えた米を炊飯器――なんて代物がある訳ないので、普通にそこら辺で買った土鍋に投入する。これを炊けばようやく米の完成となる。尤も、ほどほどに時間をかけないと変に焦げたりするのでそこは気をつけねばならないが。

 

 白米を入れた鍋に火を点けたところで、次の準備に入れる。俺一人であればこの後適当に肉を盛りつけたらそれで終わりなのだが、今は向こうにルナさんが居る。

 

 多分報酬とか、その他にももしかしたら用事があって来たのかもしれないので、そうなった時に何も出さないというのは流石に申し訳ない。

 

 なので、丼は確定だが、それ以外にも何かしら付けた方が良いと思って、俺は野菜を取り出す。トマトは……渡そうかな。俺食べないし。というか食べる気ないし。貰ったから罪悪感あるけど、嫌々食べられるより良いと思うんだ。

 

 俺の好き嫌いはさておいて、半ば押しつけられたに等しい野菜達を再びクリエイト・ウォーターを出しながら洗う。と言っても、軽く汚れとか払うだけだが。

 

 それを適当な皿に盛りつけていく。これにドレッシングをかければ出来上がりだ。ルナさんは……ドレッシングでも問題ないみたいだし、面倒だから先にかけておくか。

 

 野菜を作り終えたら、最後に大量に貰ったジャイアントトードの肉、通称蛙肉を取り出す。これを塩コショウで味付けしたのをご飯に乗せれば今日の昼飯が出来上がりだ。

 

「ハチマンさん? 一体何を……?」

 

 不意に、俺を呼ぶ声がしてそちらを振り返る。見れば、先程寝ていたルナさんだった。流石にもう起きたか。

 

「飯作ってます。良かったら食べていって下さい。大したもんは出せませんが」

 

「え、良いんですか? 勝手にお邪魔した上に食事まで……」

 

「一人増えたくらいじゃ変わりませんし、気にしなくて良いですよ。それに、用があって来たんでしょう?」

 

「それは、そうですが……」

 

 多分報酬の件で何かあったのだろう。ユキとしばらく眠るくらい疲れていたんだろうし、面倒事が起こってなければ良いのだが。

 

 ぐぅ~。

 

 ふと、何か可愛らしい音が聞こえてきた。チラッと横目に見れば、ルナさんが顔を赤くしてお腹を抑えている。となると、恐らく昼を食べる前に来ていたことになる。

 

 というか、ここで一人で食うのは流石に気が引ける。俺自身早く食べたくて堪らないので、ここは大人しく従ってもらおう。

 

「俺、腹減ってるんで早く食いたいんですよ。野菜、あっちに運んでくれますか?」

 

「……はい、分かりました」

 

「さっきの部屋で待っていて下さい。運んで行きますので」

 

「……ありがとうございます、ハチマンさん」

 

 そう言ってその場を後にしたルナさんを見送ったところで、俺は調理を再開する。米は炊けるまであと少しなので、先に肉の方を済ませてしまおうか。

 

 ジャイアントトードの肉をまず食べる分だけ切る。残りはフリーズで凍らしておいて、後で作る予定の冷蔵庫ないし冷凍庫にぶち込んでおこう。いや、ユキ達が生で食うかもしれんし、一部別で取っておくべきか……?

 

「っと、危ない危ない」

 

 俺が凍らすかどうか迷っていると、待望の白米が炊ける時間がきた。火を消して、自分用と壊れた時の予備として買っておいた茶碗を取り出して、それに盛る。

 

「……やっぱ、これが米だよなぁ」

 

 ホッカホカの白米には、所々お焦げがある。このお焦げがまた何とも言えない程に美味いというのを、かつて行った林間学校で初めて知ったが、食べるのを想像すると思わず涎が垂れそうになる。いかんいかん、はしたないはしたない。

 

 一旦ご飯を盛った茶碗を置いておいて、切った肉は油を引いたフライパンで焼く。焼き肉のタレを使えば平塚先生が以前作った漢飯が出来上がるが、ここにはないので塩胡椒で味付けだ。シンプルな味付けが、案外一番美味しかったりするのだ。

 

 そして、焼き上がったところで、その肉を油と共にご飯へと程よくかける。ルナさんの分はあまり油が入らないように注意して盛りつけなければな。

 

 乗せられなかった残りは別皿に盛り、全部移し終えたところでフライパンを適当に水を出して冷やしておく。

 

 ここでふと気づく。それは、飲み物についてだ。

 

 ここまでの過程において、使用した水は全て俺が魔法で生成した水だ。悪く言い換えれば、俺が出した水だ。字面的にとんでもないことになっているが、実際そうなのだ。

 

「……水道水は飲めるか?」

 

 俺は今日初めて水道水を出してみる。一応、透明な水だったので、試しに飲んでみた。

 

 ……自分が出した水の方が美味しいんだが、このもどかしさは何と言ったら良いのだろう。あれか、魔法で作ってるから美味いだろうか?

 

 まぁ良い。取りあえず、本人に聞けば済む話だ。どうせコップとか箸とかも持ってこないといけないし。最悪煮沸消毒したのを冷やして出せば良い。

 

 出来上がった料理とも呼べそうにないそれを二つとも持って先の部屋へと戻ると、そこには、ユキと戯れているルナさんがいた。

 

「あぁ……やっぱりモフモフして気持ちいい……」

 

『ねぇ、まだ撫でるの……?』

 

「……ルナさん」

 

「はっ!?」

 

 声をかけられたことで我に返ったルナさんは姿勢を正してこちらに向き直る。いや、急に正座されても困るんだが……。

 

「すみません、つい可愛くて……」

 

「いや、それに関してはあんまりしつこくなければユキも嫌がらないんで良いんですが……その、こっちの水事情を知らないんでお聞きしたいんですが、水道水は普通に飲むもんなんですか?」

 

「水道水ですか? いえ、一般家庭の水は胃に良くないので食器を洗ったりする為に使うのが主流です。ギルドは浄水設備が整っている水道を使っているので、皆さんにもお出ししておりますが……」

 

「そうですか……」

 

 どうやら飲むことを前提にはしていなかったようだ。浄水設備は整っていると思っていたが、まだ飲む程には設備が普及していないらしい。大人しくヤカンに水入れてくるか。

 

「あ、あとクリエイトウォーターは魔力が高い人が作った物程綺麗で美味しいので、私もたまに飲ませてもらいますよ」

 

「え、マジで?」

 

 魔力が高い人程、というのは知らなかった。……とすると、アレか? 俺の水ってひょっとしてかなり美味いものなのか? 今度和真に飲み比べてもらってみるか。

 

「じゃあ、飲み物は魔法で作った水で良いですか?」

 

「はい、それでお願いします」

 

 案外気にしないものなのだなと思いながら、俺は他の食器を取りに戻る。そういや、ルナさんって箸は……一応使えるって感じか。聞いておくか。

 

「ルナさん、箸は使えますか? 丼物なんで、もし食いにくければ別皿に分けたり、レンゲとか出しますが」

 

「その、ドンモノ? が何かは分かりませんが、箸でも大丈夫だと思いますよ。お気遣いありがとうございます」

 

「いえいえ、じゃあ、ちょっと取って来ますね」

 

 その後、机にそれぞれ食器を並べたところで、お互いに席に着く。四人席の机を買っておいて良かった。これで一人用しかなかったら流石に笑えない。

 

「これが、ドンモノ、ですか……」

 

「はい、俺の故郷じゃ、早い、安い、上手いの三拍子が揃った食べ物で有名です」

 

「そうなんですか……では、その、頂きます」

 

「どうぞ、召し上がって下さい」

 

 ルナさんはちゃんと食事の挨拶をしてから食べ始める。こちらにもちゃんとその概念があって安心するな。多分日本人が広めたんだろうけど。

 

「……! 凄い、美味しいですね。肉も米も、食べたことのあるものとは随分違います」

 

「それなら良かったです。あ、おかわりはあるんで遠慮せずに食べて大丈夫ですよ」

 

「そ、それは流石に気が引けるというか、何というか……あ、野菜も美味しい」

 

 何かルナさんが恍惚の笑みを浮かべているが、そこまで言う程だろうか。ぶっちゃけ、米以外はギルドで食べる料理とそんなに変わらないと思うだが……。

 

『ねーねー、それそんなに美味しいの~?』

 

 ふと、そんなルナさんの反応が気になったのか、鮃を食べていたはずのユキが近づいてきた。お前、まだ食うのか。

 

「まぁ、食いたいならあげるけど」

 

『食べる食べる!』

 

 ペットに甘い俺でした。こんなに優しいのに、何故カマクラには懐かれなかったのだろうか。単純に下に見られてただけですね。通常通りの俺でしたわ。

 

 その後、恥ずかしながらもおかわりを求めたルナさんが可愛かったこと以外は特に何事もなく食事が進んだ。やっぱ米が上手いと食が進むよね。俺も二杯食べたし、それが普通だと思うよ、うん。

 

 

 

 

 片付け終えて一服した後、俺は改めてルナさんに質問することにした。

 

「それで、ここに来たのってやっぱり報酬の件ですか?」

 

「はい。今朝、王都からの使者がやってきて、これを渡してこられました」

 

 ルナさんはそう言うと、ポケットから一枚の紙を取り出してこちらに渡してきた。見れば小切手のようで、真ん中辺りには走り書きで三億エリスと書かれていた。

 

「これが、今回貴方に支払われる特別報酬だそうです。あと、伝言を預かっています」

 

「伝言、ですか? 王都に来い、とかだったら行きませんよ、面倒ですし」

 

 この手の伝言は大抵自分の配下に置く為に招いて何かしらの方法で拘束、ってのが定石だ。俺はそもそも名誉とか要らないし、そもそも必要以上に働きたくないのでそういった厄介事は御免被りたい。

 

「えぇ!? 行かないんですか!? 勲章を授かれるんですよ!? 冒険者にとっては凄い名誉なことなのに!?」

 

 案の定、伝言は王都へ来いとの伝言だったそうで、凄い驚いている。しかし、そんなに驚くことなのだろうか。俺は別に騎士でもなければ、信念ある人間でもないというのに

 

「そんなの渡すくらいなら、他の魔王軍の幹部の情報をくれって言っといて下さい。こればっかりは、俺にも分からないんで」

 

 そう、実は魔王軍の幹部の情報は俺にはない。何故なら、俺の能力を使っても()()()()()のだ。ベルディアと相対した時も、姿を確認するまでは魔王軍の幹部とは分からなかったくらいだ。

 

 因みにこれは、アクアにも当てはまる。アイツの場合本人の性格が単調なこともあってある程度予測でも動けるが、詳しいことはやはり本人を見ないと分からない。

 

 恐らくだが、この能力はアクアのような女神や、魔王の加護を受けた魔王軍幹部には情報を見られないようにするフィルターみたいなものがあるのだと思う。

 

 そのため、大抵のことなら分かる俺が後手に回っているのが現状だ。打開策が見つからない以上、自力で何とかするしかない。全く、困ったものだ。

 

「……分かりました。王都の使者にはそう伝えておきます」

 

「お願いします。色々と迷惑かけてすみません」

 

「いえ、向こうも基本的に相手の意思を尊重すると仰っていたので、そう気にしなくても大丈夫ですよ」

 

「なら、良いですが」

 

 ただ、単独で魔王軍の幹部を倒せる存在を野放しに出来るだろうか。俺なら出来ない。だから多分、何らかの形で呼ばれるかもしれない。今度その時の為の準備でもしておくかな。

 

 その後は、何でもないような、他愛ない話をルナさんが俺にするという形で時間が過ぎていった。ほとんど聞くだけだったのであまり苦労がなかったが、俺なんかに話して楽しいのだろうか? そこだけは、よく分からなかった。

 

 ふと、どちらともなく壁に立てかけた時計を見れば、陽が傾く頃合となっていた。この後は本来仕事がないらしいが、一度ギルドに寄って俺の事を報告するそうだ。何か、仕事増やしてすんません……。

 

「それでは、そろそろお暇します。ご飯、とても美味しかったです。ありがとうございました」

 

「いえいえ、俺も色々と世話になりっぱなしだったんで、良い機会でした。……あと、お帰りになるならこれを」

 

 俺はそう言いながら、トマトが多めに入った野菜の袋と、ジャイアント・トードの肉が入った袋をそれぞれルナさんに手渡す。

 

「え、そんな!? 流石にこんなに貰うのは悪いですよ!」

 

「いえ、むしろ貰い過ぎたんで貰ってくれる助かるんで、持っていって下さい。……あと、これを」

 

 俺はそう言って、ポケットからある物を取り出して、彼女に手渡す。

 

「これは……?」

 

「日頃のお礼だと思って下さい。要らなければ捨てても構いません」

 

「いえそんなことは! ……ありがたく受け取らせて頂きます」

 

「そ、そうですか……」

 

 やけに強く言われたが、気に入ってくれたのなら選んだ甲斐があるというものだ。

 

「その、よろしければ、また話を聞いて頂けますか?」

 

 去り際、そんなことを問うてくるルナさん。

 

「俺でよければ、構いませんよ。ただ、急に来られると困るんで、これを渡しときます

 」

 

 俺はそう言って、こちらの言語で書いた俺の家の電話番号書いたメモを彼女に渡す。ここを斡旋してくれたし、緊急時の連絡もなるだろうからな。誰かに教えたりもしなさそうだから、問題もないだろう。

 

「今日はわざわざありがとうございました。今後も、よろしくお願いします」

 

「はい、こちらこそ、よろしくお願いしますね、ハチマンさん」

 

 お互いに別れの挨拶をしたところで、ルナさんはギルドへと帰っていった。

 

『おや、あの娘は帰ったのかい』

 

 不意に、後ろから声がかかる。誰、と疑問に思うことなく、セツのものだと分かったので、俺は振り向かずのその問いに答える。

 

「あぁ、ちょっと仕事をするからってな」

 

『へぇ、人間ってのは大変なんだね』

 

「どちらかと言うと、自ら大変な事にしてるんだけどな」

 

 そう思うと、人間って本質的に皆Mなんじゃないだろうかと思えてくる。何て救いの無い世界何だろう……。

 

『あと、()()は渡したのかい? 何か買ってたようだけど』

 

「……何で知ってるんですかね?」

 

 俺別にセツに見せた覚えないんだけど。俺とうとう猫にも思考が読まれ始めたの? 安寧の場所がなくて絶望するわ。

 

『お礼どうのとか呟いてたのが聞こえたからね。何だったんだい?』

 

「……秘密だ」

 

『そう。まぁ、別に良いけどね。それより、アタシャ腹が減ったよ』

 

「分かったよ。蟹は……食えないか。何食いたい?」

 

『鮭……と言いたいけど、無いだろうから何でも良いよ。疲れてるだろうしね』

 

「……助かる」

 

 本当、出来た猫だ。俺の親よりよく俺を見ているかもしれない。

 

「じゃあ、ジャイアント・トードで何か作るわ」

 

『美味しいのを頼むよ』

 

「はいはい、お任せあれ」

 

 その後、かなりの量あったジャイアント・トードをほとんど食べ尽くすのだが、それはまた別のお話。

 

 こうして俺は、馬小屋生活から脱し、新たな家で二匹の猫と共に過ごすこととなった。

 

 少しくらいは、平穏な生活が送れることを、期待したいものだ。

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

「フンフフンフンフーンフーン♩」

 

 楽しかった。多分、初めて彼と長い時間を過ごしたけれど、人生で一番楽しかったと言っても過言じゃないかもしれない。

 

 不思議な人だ。年下なのに、頼れる大人と喋っているようにも感じられるし、かと思えば、時々年相応の可愛らしい反応をする。何があったのかは分からないけれど、初めて会った時に見た瞳の濁りも今はない。ハッキリ言って、ただのイケメンだ。反則ではなかろうか。

 

「ルナさん、機嫌良いですね。何か良いことでもあったんですか?」

 

「ん? ちょっとね」

 

「ヒキガヤさんの所行かれてたんですよね。良いなぁ、私も行きたかったなぁ」

 

「ねー。昨日も優しかったし、見た目もカッコ良いし、おまけに凄く強いんでしょ? 付き合うならああいう人が良いなー」

 

「私もー」

 

 そんな同僚の発言に少し自分がムッとしてしまっているのが分かる。確かに、冒険者をするような人で、あそこまで私達に優しい人は少ない。たまに居ても、それは下心ありきのものであることが多い。だから、彼女達の発言も分からないではない。

 

「私らは接点ないんだし、押しかけちゃ駄目でしょ。それよりルナさん、その腕にあるのは、ひょっとして彼からの物だったりするのかな? 私、凄く気になるんだけど」

 

 そう言って、ニヤニヤしながら私の腕を見るのは、同僚の中で最も付きあいが長い子だった。基本良い子なのだが、こと恋愛絡みの話になるとかなり性格が悪くなる。

 

「えぇ!? そうなんですか!?」

 

「どんなの貰ったんですか、ルナさん!」

 

 でもまぁ、今の私は気分が良い。話に乗ってあげるのも、吝かではないわ。

 

「これです。ハチマンさんから、日頃のお礼にって貰ったのは」

 

 そう、何よりも嬉しいのは、彼からプレゼントを貰えたことだ。何の石かは分からないけれど、凄く綺麗な石が並べられたブレスレッドだった。特に一番大きな石は、透き通る琥珀色が魅力的だ。

 

「……ちょっと待って。これ、身代わりの石じゃない? 凄く高いので有名なやつ」

 

「え?」

 

 身代わりの石。それは、高い魔力を長い時間かけることによって出来る石だ。その効果は文字通り、所有者の身を一度だけ守るという、シンプルなものだが、並みの冒険者では手が出ない程に高価なことでも有名なものだ。

 

 それが分かった瞬間、頬が熱くなったのが、嫌でも分かった。

 

 ……恨みますよ、ハチマンさん。

 

「……これ、脈ありなんじゃないんですか、ルナさん」

 

「普通、こんな高価な物、お礼にって渡しますか?」

 

「これ、もう好きですって言ってるも同然じゃない?」

 

 そんな私を見て、彼女達は好き放題言ってくる。勿論、そうであったなら、どれだけ嬉しいか。

 

「……どうでしょう。ただ――」

 

 一つだけ、彼について断言出来ることがある。

 

「ただ?」

 

 彼女達は思わないのだろうか。普通に考えれば、極自然に辿り着く答なのに。

 

「――彼が普通かと聞かれたら、返答に少し困ります……」

 

「……あぁ」

 

 結局、このプレゼントは”彼にとって”普通のプレゼントということになった。好意による物であることは分かるのだが、そこに秘められた感情は分かりそうになかったのだ。

 

 もし次に何か貰えるのなら、彼は一体どんなものをくれるのだろうか。

 

 そんなことを考えながら、私は一足先に夕暮れの帰路についた。

 

 途中鏡に映った私の顔が赤かったのは、夕陽の所為だけではないはずだ。




いかがでしたでしょうか?
私自身あまり見ない、ルナさんとの掛け合いがメインとなっておりますが、たまにはあの人にも焦点が当てられても良いと思うんだ。いい人そうだし。若干料理教室みたいなの混じったけど。因みに私は基本的にソース類が苦手なので野菜も塩をかけて食べます(どうでもいい)
あと、身代わりの石はオリジナルアイテムです。ブレスレッドに嵌める程度の大きさだけど、ウィズの店で売ってるマナタイト並みに高いって設定にしてます。八幡ってこういうアイテムあったら親しい人全員にあげそうな気がするのは、果たして私だけだろうか。
今回の話は前書きで書いた"比企谷八幡もやはり人の子である"を編集し、一部中身を新規で追加したものとなっています。めぐみんの方もちゃんとやるけど、もうちょっと待って下さい。
意見・感想・誤字報告等、お待ちしております。


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番外編 めぐみんとの一日

やぁ。結局他県の大学に行くことになって引っ越しの準備で手間取って加筆修正が中々出来なかった作者です。忘れられてないかな?
いや本当、まだ引っ越してないけど、準備だけでも大変ですね。葛飾北斎は何を思ってこんな重労働を頻繁に繰り返していたのだろうか。私には到底理解出来そうにないですね。
そんな作者の事情はともかくとして、今回は”比企谷八幡もやはり人の子である”の後半と、”そうして彼は、静かに夢を見る”を再編集して作っためぐみん回です。ルナさんも結構時間かかったけど、こっちのがダントツだったね。計画立てても遂行出来た試しがないってんで基本無計画ですが、今回ばかりは計画立てた方が良かったと思いました。皆さんは気をつけましょう。
長く語ってもあれなので、前書きはこの辺で。
それではどうぞ、ご覧あれ。


「セツ、ちょっと夕方まで出かけてくるから、留守番頼むわ」

 

 ベルディアを倒してから数日経ったある日、俺は普段着ている黒のローブではなく、白の上着と茶色のズボン、更に眼鏡をかけた変装状態で家を出ようとしていた。

 

『おや、珍しいね。アンタが私服で朝から出かけるなんて。何か厄介事かい?』

 

 我が家の飼い猫であるセツは、そんな俺の姿を見てかなり驚いている様子だ。いやまぁ、確かに出不精の自覚あるけどさ。何で厄介事前提なんですかね?

 

『だってアンタ、朝から私服で家を出たことなんてなかったじゃないか』

 

「……確かにそうだな」

 

 思えば、この世界に来てから早起きこそするようになったものの、それは依頼とかで移動に時間がかかることが多いからだし、その時は大抵ウィズさんから貰ったローブを着ている。私服で家を出るのは、読む本がなくなった時か、コイツらの食料を買いにちょっと出かける時くらいだ。それも、大体昼か夕方にだ。

 

 そう考えると、朝から出かける俺の姿はかなり珍しいのではないか? いや、どんだけ出不精なんだよ俺。納得しちゃったじゃん。実際その通りだけれども。

 

「……でも、今回はちょっとした野暮用みたいなもんだ。気にしなくても大丈夫だぞ」

 

 ただ、厄介事か、と言われると少し違う。いや、相手からしたら厄介事かもしれんが、それは俺の知るところではない。

 

 何せ今回は、相手に俺が頼むという珍しい状況なのだから。

 

『ふーん、まぁいいや。アタシは寝るよ。夕飯は鰹で頼むよ』

 

「鰹な、了解」

 

 セツはそんな俺の心境を察してか、はたまた純粋に眠いだけか。そう言って夕飯のリクエストを言うと寝床へと戻っていった。あの寝床、随分気に入ってんのな。

 

『ん~? 出かけるの~?』

 

 そう思いながら外へ出ようとした時、ユキから声がかかる。寝起きなのか、まだ寝ぼけた様子で近寄って来る。

 

「あぁ、ちょっとな。夕方には戻るから、家で留守番しててくれるか?」

 

『え~、僕も着いて行っちゃ駄目なの?』

 

 家で留守場してもらいたい意思を伝えるが、ユキは俺に着いて来たいようで少し残念そうだ。飼い主的には嬉しいものだが、今日はちと都合が悪いからな。大人しくてしていてもらわねばならない。

 

「あー……今日はちょっと駄目だな。帰りに何か美味しいモンでも買って帰るから、今日は大人しくしててくれないか?」

 

『えー……じゃああれ! この前見た何か肉を棒に巻いてるやつが欲しい!』

 

「え、何それ、ケバブ?」

 

『分かんない!』

 

 聞く限りでは恐らくケバブなのだが……。そうだよな、よくよく考えたらここ結構日本人来てるらしいし、不思議でもないか。そういや、露店街で見たことあるような……後で探そう。我慢してもらう代わりだ。

 

「じゃあその肉買ってきてやるから、今日はお留守番頼むな」

 

『分かったー。お母さんとゴロゴロしとくー』

 

「そうしとけ。じゃ、行って来る」

 

 俺は軽くユキの顎を撫でてやってから家を出る。

 

「ライト・オブ・リフレクション」

 

 俺は認識阻害魔法を忘れず自分に付与してから、昨日待ち合わせをした場所へとゆっくり歩を進める。確か、露店街の近くだったな。

 

 ……自分から頼んどいてアレだが、不安だなぁ……。

 

 

 

 

 約束、といっても実際にはただの頼み事なのだが、待ち合わせをしている以上相手を待たせるのは忍びない。それは、俺でなくとも思うだろう。だから、もし俺が遅刻をしているのならば、それはきっと俺に怒っても良い正当な理由となるだろう。

 

 だが、と俺は空を見る。雲の少ない晴天には、普段より輝きを増しているかのような太陽が光を放っている。場所はおおよそ北東。待ち合わせ時間には些か早い。

 

 けれど、目の前の彼女はそうは思っていないらしく、俺を睨みつけては頬を膨らましている。

 

「遅いですよ、ハチマン。一体何をしていたのですか」

 

「いや、遅いって言ってもな……俺、別に遅刻してはないんだけど……」

 

「私より遅ければそれは遅刻になるのです。女性を待たせるとは、男としてどうなんですか? そんな男はカズマだけで十分です」

 

「いやお前、女性って言う程大人か?」

 

 そう言いながら、俺は待ち合わせの相手である、めぐみんの体を見る。

 

 この世界では成人と見なされる基準が前世より低い。モンスターや悪魔が居る世界だから、寿命が短いのも要因の一つかもしれないが、それにしてもコイツの場合マジで子供にしか見えない。どこがとは言わないが。

 

「おい、私の見た目に文句があるなら聞こうじゃないか。何なら爆裂魔法でもぶちかましてやりましょうか?」

 

「それ以上の報復が恐らく待っているが、それでもやるか?」

 

「……遠慮しておきます」

 

「素直でよろしい」

 

 さて、多分問題に出さなくとも相手が誰だということくらいは分かるとは思うが、もし分からない人の為に一応正解を言っておくと、先日俺が爆裂魔法を会得してしまった所為で我がパーティきっての爆裂娘ではなくなっためぐみんだ。いや、娘だから別に良いのか? まぁどっちでもいいか。

 

「……というか、最初は本当に誰かと思いましたよ。何ですか、その恰好」

 

「まぁ、そう見えるように選んだ服だしな、コレ」

 

 めぐみんは俺の珍しい服装をジト目で見ている。何、俺がこういう服着ちゃいけないのん?

 

「おまけに眼鏡も……何か無駄に恰好良く見えるので腹が立ちますね」

 

「何でそんなこと言われにゃならんのだ……」

 

 いや本当、理不尽極まりない。俺じゃなかったら泣いてるぞ。

 

「まぁお前より遅れたのは悪かったよ。何か奢ってやるから勘弁してくれ、めぐみん」

 

「しょうがないですね……。では行きましょうでは行きましょう()()()()()

 

 めぐみんは俺をそう呼ぶと手を繋いでくる。女の子だけあって例に漏れず、めぐみんの手は柔らかかった。

 

 そう、この呼び方。この行動こそが俺が彼女に頼んだ内容。

 

 一日だけ俺を兄のように慕ってくれ、という傍から見れば変態の烙印を押したくなるような"頼み事"だ。

 

「あの……結構これ恥ずかしいんですが……」

 

「……俺もだ」

 

「……」

 

「……離すか」

 

「……いえ、大丈夫です」

 

 まぁ、両者共に挙動不審だから、変態というよりは変人に見られそうだがな。

 

 

 

 

 めぐみんと手を繋いだり離したりと、傍から見ても俺達から見ても意味不明な行動をしている間に、ここまでの経緯を話すとしよう。

 

 先日、めぐみんが原因でお怒りだったベルディアを代わって俺が倒したところ、お礼に何かさせてくれとマンガでよく見るテンプレの状態が発生した。まぁ。俺自身絵に描いたようなチート野郎だから盛大なブーメランになるので、それは置いておこう。

 

 内容が酷いのには理由がある。それはもう、どうしようもないくらいに切羽詰まった理由が。

 

 そう、俺の行動力の言動、妹である小町との触れ合いが足りないのだ。

 

 ……うん、自分でも大分ヤバい状態になってるとは自覚してる。

 

 ただ、これは別に小町に限った話ではないのだ。あの部屋も、紅茶の香りも、かけがえのない二人も、会いたくて仕方がないのだ。

 

 ここに来てもう約一か月。ケンカして口を利かない日があったとしても家じゃ普通に会うし、奉仕部が瓦解しそうになった時だって会いはしていた。だから問題がなかったのだ。

 

 だが、今回は勝手が違う。本当に、彼女達と会えないのだ。どれだけ願おうと、現時点ではどうやっても彼女達に会えない。

 

 その現実が堪らなく俺を悩ませる。気がついたらあの三人の写真を眺めていたりもする。全く、孤高でクールな俺はどこに行ったのやら。

 

 ただ、それで雪ノ下達は何とかなっている。だが、小町は違うのだ。

 

 小町の写真を、俺は今持ち合わせていない。流石に小町の写真を普段から持ち歩くことなかったし、その代わりにと写真を保存していた携帯も今はない。つまり、小町の姿を見ることすら出来ないのだ。

 

 いや、本当、冗談抜きで辛い。それなりにシスコンだと思っていたが、まさかここまでとは思いもしなかった。

 

 けれど、今はどうにも出来ない以上、何とかしなければならなかった。そこでめぐみんの登場だ。

 

 パーティ内ではそこそこの常識人のめぐみんだ。爆裂魔法の話か中二っぽい話をしなければ大抵は普通にいてくれる。だから、彼女には今回年下というのも考慮して少しだけ俺の”妹”として接してくれと頼んだのだ。

 

 ……のだが。

 

「……すまん。頼んどいて何だが、やっぱ普通に接してくれ」

 

「……その方がこちらとしても嬉しいです。お礼をしようと頼むんじゃなかったと、少し思っています」

 

 かなりの羞恥心と圧倒的これじゃない感が凄くてお兄ちゃん呼びはやめて頂いた。やっぱ俺の妹は小町だけなんだな! 会えない現実が辛すぎる。

 

「でも……なら私は何をすれば良いのでしょうか?」

 

 そんな気まずさを嫌ってか、めぐみんはこれからのことを俺に問う。だが、その問に対する答が、今は用意出来ていない。

 

「……正直、こういうのに慣れてないから、どうしていいか分からん」

 

 苦し紛れに吐いた言葉は、どうもばつが悪い。どうやら本当に俺は参っているらしい。

 

 そんな俺の返答にめぐみんは溜息を吐く。何かごめんな、こんなので。

 

「……しょうがないですね。良いでしょう、元はお礼の為です。ハチマンの為に、一肌脱ぐとしましょう」

 

「え、何かしてくれんの?」

 

 てっきり呆れて帰るのかと思ったが、どうもそうではないらしい。自分で言うのも何だが、俺だったら帰る自信があるぞ、俺みたいな奴。

 

「当たり前です。助けられたお礼なんですから、今度は私が助ける番ですよ」

 

 しかしめぐみんは、何の気なしにそんな言葉をかけてくれる。その言葉が、不思議と俺の心にスッと入ってきたような気がした。

 

「まぁ、どうなるかは分かりませんが」

 

「……そこはカッコつけないんだな」

 

「ハッ!? 私としたことが……」

 

 俺の指摘にめぐみんは自分がカッコつけていないことに気づいたらしい。まぁ、それだけ真剣に考えてくれていたのかもしれんがな。

 

「……ありがとよ」

 

「? 何か言いましたか?」

 

 聞こえない程度に、俺はお礼を言う。めぐみんは俺の呟きが聞き取れなくて聞き返すが、それを言う気はさらさらない。

 

「いや、何でもない。ほれ、行くぞ。何か買ってやる」

 

「良いのですか? 私がお礼をする方なのに……」

 

「良いんだよ。今はただ……そうだな、普通に接してくれ」

 

 そう言って、俺はめぐみんの頭を撫でてやる。小町にやってやるように、優しく、痛くならないように。

 

「……そこまで言うのであれば、お言葉に甘えるとしましょう。高くついても知りませんよ?」

 

 フフンと、得意げに笑みを浮かべながら、めぐみんはそう言った。

 

「安心しろ。生憎と俺は金の使いどころがなくてここ一か月の収入がかなり貯まってるんだ。この街で買ってやれん物は、多分そうないぞ?」

 

「言いましたね? では、遠慮なくねだりますよ」

 

「おう、ドンと来い」

 

 俺は胸を張ってそう答えて、笑う。久しぶりに、笑顔になった気がするな。

 

 さて、久しぶりにお兄ちゃんスキルでも発動させますかね。

 

 そう思った俺の心は、少しだけ軽くなった気がする。

 

 

 

 

 露店街の活気はそれなりに賑やかなものだった。

 

 めぐみんと共にここに来た俺は辺りを見渡しながらその様子を見て思う。財布の紐の緩み時なのか、客は少々高い値段の商品でも惜しげもなく買っていくため、店側はさぞ儲けていることだろう。客に対する笑顔も普段の三割増しくらいな気がする。

 

「魔王軍幹部の討伐成功を祝うだけあって、やはり凄い賑わっていますね。まぁ、無理もありませんが」

 

「そうなのか?」

 

 めぐみんは彼らを見てそう呟くが、俺にはその辺りは少し共感しかねる。確かに初心者殺しな相手ではあったが、対策を立てれば倒せた相手のような気もする。けらどそれは俺がチート持ちだから言えるのかもしれないので強くは言えない。

 

「今まで数々の名を立てた勇者も、皆奴にやられた所為で国も中々討伐を試みることが出来なかったそうです。実際、この街に住んでいた有名な魔法使いも、奴に殺されたと聞いています」

 

「ほう、そんな強かったのかアイツ」

 

 戦った感じ精々タフだなーくらいにしか思ってなかったが、この世界の認識とはどうも異なるなるらしい。まぁ、そこはもう慣れていくしかないな。

 

「それで、何か欲しいもんでもあるか? あと、何か棒に肉巻いて焼いてあるやつあったら教えてくれ。ユキへのお土産に買わねばならん」

 

「あぁ、もしかしてケバブのことですか? 確か、昔どこからか来た冒険者がそれを作ってたのを販売してから広まった食べ物ですよね。あれって美味しいんですか?」

 

「いや、分からんけど……」

 

 しかし、名前やっぱケバブなんだ……。まぁ、その方が混乱せずに済むし気にしないことにしよう。一度食ってみたかったしな。

 

「そうですね……とりあえずあれが欲しいです、ハチマン」

 

 めぐみんがそう言って指差すのは、香ばしい香りを周囲に漂わせて道行く人を誘惑していたジャンクフードの店のようだ。店先には数人の客と、イカっぽいものを焼いたものを売っている。

 

「お、良いなあれ」

 

「一緒に並びましょうか」

 

 という訳で俺達はその最後尾にならんでその美味しそうな物を眺める。店の上には”採れたて新鮮な焼きイカ”と書かれている。え、何その山菜みたいな書き込み。釣りたてじゃないの?

 

 しかし、よく考えればキャベツが飛んでいる時点でお察しな訳で、俺の基準で考えるべきことではないのだろう。まぁ気になるから聞いてみよう。

 

「なぁめぐみん。イカってどこで採れるんだ?」

 

「イカですか? そうですね、栄養豊富な土地であれば栽培は出来ますから結構色んな所で採れますよ」

 

「え、イカって畑で採れんの?」

 

 何そのシュール過ぎる状態。あれか、形状的に土からエンペラでも覗いてんのか? となるとゲソが根っこ代わりか……。何か一気に食いたくなくなったな。

 

「ほら、それより次ですよ、ハチマン」

 

「あ、あぁ」

 

 俺がカルチャーショックを受けている間にどうやら順番が来たらしい。意識を前に向けると、つるっ禿の頭にねじりハチマキを巻いた髭の濃いオッサンがせっせとイカを串にさして焼いているのが目に入る。香りといい見た目といい、あっちと何ら変わりないように見えるが……味はどうなんだろうか。

 

「ヘイラッシャイッ! ……っと? アンタ、もしかして”黒氷”かい?」

 

「そうですよ」

 

「え、何バレらしてんの?」

 

 イカに怪訝な目を向けていると、店主は俺の方を向いて声をかけてくる。しかも、恥ずかしい二つ名で。それに、何故かめぐみんが答えたことで、会話が成立してしまった。

 

「やっぱりか! 黒の服じゃないから違うかと思ったが、その頭のテッペンにある変な癖ッ毛を見たらそうじゃないかと思ってな。お忍びでデートかい?」

 

「違う。というか変装の意味なかったんだけど……」

 

 折角変装したのに、バレたらこれただのファッションじゃん。伊達眼鏡とか超ハズいじゃん。何か由比ヶ浜みたいな口調になりつつあるな。気をつけよう。

 

 しかし誰だよ広めたの。後で探して絶対問い詰めてやる。

 

「まぁ良いじゃねぇか! ホレ、アンタにゃサービスだ! お嬢ちゃんの分と合わせて二本、熱いうちに食べてくれ!」

 

 ガッハッハッと豪快に笑いながら店主は焼きたてのイカを二本俺に差し出してきた。

 

「いえ、ちゃんと払いますよ。いくらですか?」

 

 正直なところ、何かしてくれたから何かする、というような行為は些か納得し難い。行いが良ければ人が良い、なんてことが必ずしもあるとは限らない。だから、その人間に善行を働くべしとも思わない。何より、対価は払うべきもんだ。

 

「遠慮すんなって! 英雄さんが一言"ここの店のモンは美味い"って言ってくれるだけで充分儲けられるんだから! それに、俺も感謝してるんだぜ?」

 

「それ俺がここに居るのバレるんですが……分かりましたよ」

 

 能力で余程強く断らない限り無理だと分かった俺は、それを受け取ることにした。

 

「……ありがとうございます、店主さん」

 

「ありがとうございます」

 

 俺は店主にお礼を言って一本めぐみんに渡してイカをかじる。四、五回咀嚼して飲み込むと体の中に旨味が伝わっていくような錯覚を覚えた。

 

「……美味い」

 

 醤油のような濃く香る味と、俺の知っているイカ特有の歯応えが、まさしくこれが焼きイカだと思わせる。昼飯を食っていないのも相まって、更に更にと俺はイカをかじらずにはいられない。

 

 その後数分と経たずに焼きイカを食い終わった俺は、お礼に彼が最も求めているであろう言葉を投げかける。

 

「……今まで食った焼きイカで、一番美味かったです」

 

「おう、あんがとさん! また来てくれよな!」

 

 俺の言葉に、店主はグッと笑顔でサムズアップしてくれる。俺はそれに礼をして応えてその場を後にする。後ろから聞こえてくる呼び込みの言葉には"黒氷も絶賛"という言葉がつけ加えられていた。

 

「ふぉのふょうひょうなりゃほひゃのみへぇでもふぁーびすしへぇくりぇふぉーでふぅね」

 

「食べるか喋るかどっちかにしなさい」

 

 隣で焼きイカを頬張りながら喋ろうとしためぐみんだが、生憎あれには何一つ内容が伝わってこない。能力を使えば聞き取れるが、こんなことに能力を使うのも馬鹿らしい。

 

 んぐっと飲み込むと、彼女は先ほど言いたかったことを再び繰り返す。

 

「この状況なら他の店でもサービスしてくれそうですね」

 

「あぁ、そう言ってたのな……。まぁ、確かにしてくれそうだが、別にそれに(あやか)ろうとは思ってないぞ?」

 

 さっきは勢いで渡されてしまったが、基本的に俺は養われたいが施しは受けない主義なのだ。他人を養えるレベルの金を今朝貰ったばかりだけどな。

 

「少々なら大丈夫ですよ。さぁ、次はあちらへ行きましょう」

 

「はいよ」

 

 めぐみんは次なる目標を見つけるとテトテトと小鳥のように歩き出す。そんな後ろ姿を見ながら俺もついていく。

 

 さて、次は何をねだるのやら。

 

 

 

 

「これ下さい」

 

「あいよ! サービスしといたよ、黒氷さん!」

 

「それ下さい」

 

「あら、黒氷様じゃないですか! どうぞどうぞ、たんまり持っていって下さいな!」

 

「それを……」

 

「黒氷かい? ほれ、うちからもサービスだ! 持っていきな!」

 

 イカ焼き店から別の店を転々と移動してから数分。俺とめぐみんの手元には各店舗からのサービスで貰った食べ物が溢れんばかりに持たされていた。

 

「めぐみん」

 

「はい、何でしょうか? 今、目の前が綿菓子で塞がれてよく見えないのですが」

 

 チラリと横にいるめぐみんを見れば前世で見た物と何ら変わらぬ見た目をした細い棒に巻かれたやけにデカい綿菓子を食べながら歩いている。腕にはジャイアントトードを使った肉まんやら何やらが入った手持ち袋をひっかけているが、痛くはないのだろうか。生憎こちらも両手が塞がってるからどうしようもないが。

 

「……何で皆俺が"黒氷"とやらと分かるんだ? 変装もしてるのに」

 

 そう、そもそもほとんど喋ったこともないような人々に、魔王軍幹部を倒した英雄と認識されているからこそ、こんなことが起こっているのだ。普段なら「え、いたの?」くらいの扱いなのに、今日に限ってはそれが全くない。

 

「そりゃあ、まず黒眼黒髪が珍しいからですよ。あと、アホ毛もありますし、普段の姿を見れば一発でハチマンだと分かりますよ?」

 

「あらやだびっくり。ブラッキー先生じゃないよ俺?」

 

 確かに服装は好み的な問題で真っ黒だけれども。別に二年間も電子世界にリンクしてないし、ましてや数多の女の子を(たぶら)かしたりもしてない。

 

「ブラッキー先生とやらが誰かは知りませんが、ハチマンは割と特定しやすい格好をしてますよ? カズマみたく一般人っぽい顔でもありませんし」

 

「ナチュラルに和真を弄るのはやめてあげなさい……」

 

 ほんと、俺が居たたまれなくなるじゃないか。確かにアイツ、分類的には大山みたいだしな。特徴がないのが特徴みたいな。俺にはもはやアイデンティティーとも言える腐り眼が……ん?

 

「そういえばお前もだが、最近俺のこと眼が腐ってるとか言わなくなったよな」

 

 思えばこの世界に来て、お前の眼はヤバイだの腐ってるだの言われた覚えが結構少ない。何故だろう。

 

「眼、ですか? 確かに、最初会った時はどこの暗殺者(アサシン)かと思いましたが、今はかなり落ち着いたというか、むしろカッコイイ眼になってますよ。輪がいっぱいありますし」

 

「輪がいっぱい……あぁ、なるほど」

 

 そこで俺はようやく思い至る。そうだ、俺は今答えを出す者(アンサー・トーカー)の所持者だ。つまり、俺の眼は清麿やデュフォーのように輪廻眼っぽくなっているのだろう。

 

 え、じゃあ何。俺は腐り眼を、アイデンティティーがクライシスした状態になっていたのか。普段鏡見ないから気づかなかったな……。ちょっとショックだな。

 

「しかしあれですね。正直こんなことになるとは全く予想してませんでした」

 

「あぁ、それは同感だ」

 

 手元の荷物を見ながら確かに、と俺は思う。迫害や拒絶をされることはあっても、親切や恩恵を受けたことはなかったからな。何と言ったら良いか分からんが、非常にむず痒い気分だ。

 

 ……アイツらがいれば、さぞ驚いただろうな。

 

「……どうしたのですか?」

 

 ふと、気づけばめぐみんが首を傾げながらこちらを覗いていた。そのあどけなさが、どこか小町に似ているような気がしたのは、多分疲れているんだろう。

 

「……いや、何でもない。それよりどうする、どこかで休憩するか?」

 

 首を横に振りながら先程の考えを振り払う。今こんなことを考えても仕方ないからな。

 

「そうですね。どこかこの大荷物を置ける場所でもあれば良いのですが……」

 

「……まぁ、ないよな」

 

 今、俺達の周りには多くの人々が溢れている。もう昼を過ぎて幾許(いくばく)か経ってはいるが、その熱気と喧騒が止むのはもう少し先だろう。そう思うくらい、露店街は人々でひしめきあっている。

 

「困りましたね……これでは買い物が出来ません」

 

 本当に、今日は色々と面倒事が重なる。これも全部アクアの所為なら、流石の俺でもキレるぞ。氷が効かないから多分爆裂魔法かその辺りをぶちかますだろうな。

 

 ふと、魔法という単語で一つ閃く。そういえば最近、新しく取得した便利な魔法があったのだ。街中で使うのは気が引けるものだが、人目のない所に行けば問題なかろう。

 

「……めぐみん、少し人のいない場所に行くぞ」

 

「え、何故ですか?」

 

「荷物を置く為にちょっとな」

 

 俺は人波を縫うようにスイスイと抜けて裏路地へと歩いていく。めぐみんも重たい荷物に動きを制限されてはいるが、遅れながらもきちんと着いて来る。

 

 雑踏が聞こえないくらいの閑散とした場所で立ち止まり、俺は魔法を使う為の準備をその場に施す。

 

「ハチマン、何をするんですか?」

 

「ん? あぁ、テレポートだ。お前も知ってるだろ?」

 

「知ってますが……使えましたっけ?」

 

「一応な」

 

 そう、俺が思い出したのはファンタジーお馴染みの移動魔法、テレポートだ。この世界でも勿論存在し、何ならテレポート屋とやらでテレポートを使えない人間も都市移動が出来るくらいには利用されている。

 

 しかしこの魔法、実は少しだけ使い勝手が悪い。というのも、テレポートは移動条件として視界に入っているか、自身がテレポート先と設定した場所でないと使えない。俺は普段街を歩かんから、街には家以外に設定場所がない。そのため、帰りは楽だが行きは割と面倒なのだ。

 

 という訳で、俺が先程施したのはテレポート用のマーカーだ。これで、荷物を俺の家に置いて帰ってくるという算段だ。マジ魔法って便利。

 

「……何故でしょう。ハチマンがどんどん人間離れしているような気がします」

 

「頭おかしくないだけマシだ。じゃ、ちょっと置いてくる」

 

「ちょっ……!?」

 

 それだけ言うと俺はテレポート発動させる。多分めぐみんは何か言いたかっただろうが、逃げるが勝ち、三十六計逃げるにしかずだ。

 

 家の前に瞬時にテレポートした俺は少し前に出た新居へ再び入る。何か、新居って響き良いな。勝ち組感が凄い。しかし、夢は叶わず。専業主夫への道はきっとまだ長い。

 

『おや、早いね。もう用は済んだのかい?』

 

「おう、セツか」

 

 入ってまず目に入ったのはデカくなって寛いでるセツ。一応デカくても家の中で過ごせるような家にしたが、どうやらそれが良かったらしい。普段より三割増しでだらけてやがる。

 

「いや、ちょっとかさばった荷物を置きに来ただけだ。あ、お前らこれ食っても良いぞ。魚は無いが」

 

『なんだい、魚は無いのかい。まぁ、美味そうな匂いするから食べるけどね』

 

「食べるは食べんのな……ユキにも食べて良いって言っといてくれ。今何か居ないみたいだし」

 

『あいよ。ユキなら多分今寝てんじゃないのかね?』

 

 俺は食べやすいように袋から出すとセツ達の飯皿に入れながら聞く。寝る子は育つというがコイツらの場合成長するとマジでデカくなるんだよな。因みに皿は新調したペット皿、しかも俺の体よりもデカいビックサイズだ。これから毎日これならエンゲル係数上昇待ったなしだな。笑えねぇなおい。

 

「さて、戻るか、っと」

 

「ぬぉぉぉぉ!? な、何奴ゥ!?」

 

 一人呟いて俺は元の場所に戻る。急に目の前に現れたからか、めぐみんは俺の姿を見て超ビックリしてる。状況が状況だからあれだけど、普段だったら流石に傷つくよ? あと女の子が出すべきじゃない声出てるよ?

 

「あ、ハチマンでしたか。驚かさないで下さいよ。危うく爆裂魔法撃つところだったじゃないですか」

 

「驚かしたのは謝るが、その場合多分お前が犯罪者として完全にマークされるが?」

 

「大丈夫です。その場合黒幕はハチマンだと言い続けますから」

 

「何も大丈夫じゃないんだよなぁ……」

 

 それただの道連れだしね。俺太宰とかじゃないし、心中とかしたくないよ?

 

「まぁいい。それよりほれ」

 

「……?」

 

 呆れて返しつつ、俺はめぐみんに片手を差し出す。手、顔を順に繰り返し見るが、めぐみんは意図が分からなかったのか首を傾げている。え、分かんない?

 

「荷物持つから貸せ。そのままじゃ動きにくいんだろ?」

 

「……あぁ、なるほど」

 

 少し間をおいてめぐみんはようやく俺に荷物を渡す。うん、自分で貸せって言っておいて何だけど、普通全部渡す? 振り出しに戻ったんだけど。俺の感性が違うだけ? そこどうなのか誰か教えて欲しいです。

 

「これがタラシの能力ですか……」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「いえ、特に何も。では行きましょうか」

 

 めぐみんは何かしら呟いたようだが、手元の袋が擦れる音でイマイチ聞き取れなかった。まぁ、本人は気にしてないし、別に良いか。

 

「へいへい……。あ、これ食って量減らして良いか?」

 

「良いかも何も、元々はハチマンに対する店側からのお礼の物です。自由に食べて構いませんよ」

 

「じゃ、そうするわ」

 

 許可を貰ってから俺は歩きつつ一番食べやすい位置にあった肉まんらしきものを頬張る。うむ、美味い。タダ飯マジ最高だわ。

 

「……行儀が悪いんじゃなかったんですか」

 

「俺は元々教育が悪かったからな。お前は発育が悪いようだが」

 

「何ですか私の体に文句があるなら聞こうじゃないか!」

 

「冗談だ」

 

 その後も俺は肉まんやら何やらをリスよろしく頬張りつつ、モソモソ食べながら歩き、めぐみんは俺にからかわれながら目的のある店まで案内をすることとなった。

 

 しかしなんだ。親切ってのは、案外美味いもんなんだな。

 

 そう思いながら、俺はまた一つと袋から肉まんを取り出す。

 

 

 

 

「それで、お前は結局何が欲しいんだ?」

 

 めぐみんに案内されながら、俺は段々と人気の感じられない場所を歩いていた。めぐみんも俺の前をひょこひょこ歩いている。

 

 荷物となっていた食べ物は大体俺が食ったので、今は紙袋四つ分くらいには量が減っている。しばらくは油物は遠慮したいところだ。

 

「実は以前杖を新調した店にあったローブかあるのですが、中々どうして、我ら紅魔族の感性を惹くようなものがあるのですよ」

 

「紅魔族の感性、か……」

 

 こう言えば聞こえはいいのだが、実際ただの中二病と変わらんからな、コイツらの種族。めぐみんが普段付けている眼帯だって、本人曰くオシャレらしいし、自己紹介も前世(あっち)じゃ痛い人扱いされるような口上付きだし。まぁ、嫌いじゃないけどよ。

 

「ただその、少々値が張りまして。杖もローブもという訳にはいかなかったので、お金が貯まったらいつかまた来ようと思っていたのです」

 

「それで、奢ってくれる今日にしようとした訳か」

 

「といっても、本当に高いので半分程で良いので援助して頂ければ、と思ってます。いずれ返しますので」

 

 めぐみんは本当に遠慮気味にこちらへ頼んでくる。普段ならその図々しさをもって頼むだろうに、今回はやけに控えめだ。

 

「何、そんな高いの?」

 

「少なくとも駆け出し冒険者向けではないように思います」

 

 そう言われてはたと思い出す。よく考えれば、俺はまだ駆け出し冒険者の部類に入るんだったな。ここ、まだ来て一ヶ月と少しだし。そう考えると、普通はあんまり金を持ってないんだよな。

 

 まぁ、そこは少しだけズルをさせて貰ってるんだ。少しは還元しても構わないだろう。金は天下の回りもの、らしいしな。

 

「まぁ値段によるが、多分普通に買っても問題ないぞ? 俺、こう見えて和真より稼いでる方だし」

 

 何なら億万長者になったばかりだし。

 

「こう見えてというか、普通に見ても稼いでるのではないですか? ハチマン、私達が依頼を受けてない時も依頼を、それもそこそこの高難度のものをこなしていたそうですし」

 

「え、嘘、何で知ってんの?」

 

「ルナさんから少しだけ聞きました」

 

 ルナさん、そこは言って欲しくなかったです。だって恥ずかしいじゃん? 俺が真面目に働いてるとか、多分前世(あっち)で俺の知り合いが聞いたらめちゃくちゃ心配するだろうし。信頼性の欠片もないな。

 

「……同時に、あまり無茶はしないで欲しいとも言っていました」

 

「……無茶?」

 

 あの人、特にそう言ってきたような覚えはないのだが。それに、無茶をしている覚えもない。

 

「あの猫達は元々依頼の対象だったらしいですね。かなりの懸賞金がかかった、とても危険なモンスターですので、普通は駆け出し冒険者に受注させることはないそうです」

 

「あぁ、そうらしいな」

 

 実際、受付に行った時、酷く反対されたものだ。死にに行くようなものだと。

 

「ルナさんはステータスを見て、貴方が無茶をするような人ではないと判断した為受注を許可したらしいですが、内心は気が気じゃなかったそうです」

 

「……まぁ、普通はそうだな」

 

 俺だって、わざわざ新人を見殺しにするような行為はしないだろう。そう考えると、ルナさんがあそこで受注を許可してくれたのが不思議に思えてくる。

 

「帰ってきた時に怪我だらけだったそうですね? あれ、かなりショックを受けたらしいですよ。下手したら死んでたんじゃないかって」

 

「いや、本当すみません……」

 

 やべぇ、無性にルナさんに謝りたくなってきた。あの怪我、ただ街の手前でずっ転けただけなのに。そりゃ、酷く転けたから、見た目は酷いけど、恥ずかしいから原因は言ってないんだよな。

 

「その後はそういうことが減ったらしいですが、死の宣告を喰らったことなんて聞いたら、多分激しく怒りますよ。それはもう、荒れ狂う火山の如く」

 

「え、待って、何、そんな怖いの?」

 

「それはもう。下手をすれば、彼女の地位と権力を持って消されるんじゃないですか?」

 

「怖いなんてレベルじゃないな……」

 

 それどこの最凶のシスコン姉ですか? あの人の場合力があっても勝てなさそうなのが何より怖いけどな。

 

「まぁ消されるとまでは言いませんが、心配をかけるのは良くないですよ」

 

「……今度ちゃんと謝るわ。消されたくないからな」

 

「そうして下さい。あ、着きましたよ」

 

 話している間に、どうやら目的の店に着いたようだ。走って中に入っていくめぐみんを見ながら、俺はその店の看板を見ると、そこにはこう書いてあった。

 

 来たれ勇者よ、我が店に宝具在りなん ~Rüstung~

 

「……」

 

 その店を見て、一言で言うならこうだろう。

 

 胡散臭ぇ!

 

「え、ちょっ、めぐみん!? これ中二病でもかなり重症な奴なんだけど!? ここで合ってんのか!?」

 

 しかも店名ドイツ語な上に意味は武具じゃねぇか! 宝具じゃねぇのかよ! 仮に宝具でもそれFateじゃねぇか!

 

「ハチマン、早く入るのです! 心踊る品が盛り沢山ですよ!」

 

 既に中に入っているめぐみんは、どうやらかなりご機嫌らしい。はしゃぐ声が子供がオモチャ売り場に来た時のそれだ。外まで響く。

 

「……分かったよ」

 

 腹を括って、俺は中へと入る。入り口から既に"ようこそ冥界の門へ"とか書かれた意味不明な暖簾がある。絶対ろくでもねぇなこの店。

 

 中へ入ると、それはそれは酷いものだった。

 

 乱雑、という訳ではないのだが、異色なものが多い為か、スペースの取り方が不規則で、例えるなら図工の作品展示みたいなもんだ。個性豊かな商品が、そこかしこにズラリと並んでいる。

 

 その中でめぐみんは一々見映えを重視したようなローブばかり陳列したエリアにいた。その中でも、とびきり目立つローブに彼女は惹かれていた。

 

「見て下さいこのローブ! 無駄に長いようで実ははためかす為だけに設計された長さの丈! 暗すぎず、かといってアークウィザードである私達が選びやすい絶妙なラインの濃さの色! そして極めつけがこのローブの効果! 装着者は魔法の威力を一・五倍にする代わりに代償としてモンスターを惹きつけるとあるのです! あぁ、魔法の威力が一・五倍も上がるなんてローブはここくらいにしかありません……」

 

 やけに饒舌にローブについて懇切丁寧に説明してくれためぐみんは、ローブを見てはウヘヘ言っている。さっきも思ったが、女の子としての恥じらいとかないのだろうかこの子は。

 

「というか一・五倍ってそんな珍しいのか?」

 

「珍しいですよ! 使用魔力の減少や詠唱短縮などは多くありますが、威力の増加、それも倍数で上げるものは中々お目にかかれません! これは思わぬ掘り出し物を見つけてしまいました……」

 

 そうやって愕然とするめぐみん。しかし、俺にはそれが良いものには見えない。というか思えない。何せ、魔力の底上げは俺のローブもあるし、何なら杖もだ。しかし、それを言えばきっとめぐみんに寄越せとか言われるんだよなぁ……。

 

 俺は店内を見回して何か別に良いものがないかと探す。こういう時に答えを出す者(アンサー・トーカー)は便利だな。お、あったあった。

 

「ハチマン、何を探しているのですか?」

 

「お前にも良さそうなモン。ほれ」

 

 荷物を置いて俺はローブが飾られている所の下にある引き出しから一枚のローブを取り出した。商品ではあるようだがその割には随分年季が入ったように、黒のローブはくすんでいた。

 

「威力を二倍、魔力を三割カット、代償は女性は胸の成長、男性は……言うべきじゃないな。どうだこれ?」

 

「に、二倍ですか!?」

 

 俺が引っ張り出したローブにめぐみんは先程のローブの前から一瞬でこちらへと来た。この動きを戦闘にも生かしてほしいものだ。

 

「代わりにお前の胸が絶対に育たなくなるけどな」

 

「クッ、何て代償なんですか……! しかし、私の爆裂魔法の威力を上げる為には……!」

 

 何か凄い悩んでる。まぁ、女性には大事な問題なんだろうな。雪ノ下も少し悩んでたみたいだし。俺はあんまり気にしないけどな、胸の大きさ。

 

「……定価、四十五万エリス……。そっちのはいくらだったんだ?」

 

「四十万エリスです……クッ、私はどうすれば!」

 

 何だろう、今言ったら絶対怒られるから言わないけど、めぐみん将来的に成長はあまり見込めないって答出ちゃったんだけど。どうしよう。

 

「誰だ、そこに現れた邪悪なる影はァ?」

 

 ふと、奥から声が聞こえてきた。そちらを向いてみればどうやら誰かがいるようで、コツコツと音を立てながらこちらへと向かってきていた。

 

「我は(うぬ)らに問う、汝らは何ぞや! (ファブンデター)か? 冷やかし(ファインド)か? 答えろ!」

 

 出てきたのは某神父のような出で立ちをしたオッサンだった。銀の剣は持っていないが、代わりに掃除用のハタキを二つ持ってクロスしていた。小学生の決めポーズみたいに見えるのは俺だけだろうか。

 

「いや、俺別に十三課(イスカリオテ)でもヘルシングでもない。ただの客だ」

 

「ほう? 汝は私の言葉が分かるのか? ならば再び問おう。汝らはどうする! 買う(イエス)買わない(ノー)か!」

 

「いや、まだ迷ってるんだけど……というか、何で唐突にドイツ語から英語に変わってんだよ……」

 

 まぁ、ドイツ語の意味はあんま分からんかったから助かるけど。あれか、中二病でよくあるカッコイイからを理由に単語を造り出してしまうあれか。黒歴史が甦るから考えるのはよそう。

 

「で、どうすんの? お前が決めないと俺このキャラの濃すぎる店員と延々と会話しなきゃならんのだが」

 

 そのうちエイメンとか叫んで吸血鬼とか殺しそうだな。人間の中でもアイツ最強クラスだし、本物なら即逃げるけど。

 

「待って下さい! 今悩んでいるのです……矜持か、使命か……」

 

「ぶっちゃけて言うとお前の胸成長の見込みほとんどゼロみたいだけど、どうする?」

 

「将来ボインボインになる予定の私の胸が成長しないとはどういうことか聞こうじゃないか! というか、何でハチマンがそんなことを知ってるんですか!」

 

 ボインボインになるのが夢なんだ……。まぁ、何だ。諦めろ……。

 

「能力の応用みたいなもんだ。9割越えの確率で当たる」

 

「クッ……畜生ぉぉぉぉ!」

 

 結局、めぐみんは威力アップ、魔力軽減のローブを選んだ。泣きそうになりながら選ぶ姿が辛すぎて結局全部払っちゃったけど、まぁ大丈夫か。

 

「毎度ありぃぃぃぃ!! また来るなら、サービスしてやるぅぅぅぅ!!」

 

 あと、接客は普通な店員でした。誰か向こうの知識を吹聴した結果なのだろうか、それとも彼の個性だったのか、よく分からん。

 

 ただ言えるのは、俺は二度とあの店には行かないだろうということだ。

 

 

 

 

 夕暮れの帰路で一つの影が揺らめく。

 

「……満足したか?」

 

「……多少、ではありますが」

 

 あのローブを苦渋の決断で購入した後、俺達は、正確にはめぐみんの腹いせの為に俺は街の外へと駆り出された。

 

 威力が二倍ということで俺はめぐみんを担いで空を飛び、件の魔王城があると言われた所まで運んだが、めぐみんはその間終始無言だった。

 

「理想の為に、希望を捨てた我が元に顕現せよ! 乙女の憎しみと悲しみに満ちたこの私の為に、塵と化せぇ!!」

 

 半ば八つ当たりな詠唱という名のめぐみんの愚痴と共に、魔王城にはそれはそれは大きな爆裂魔法が放たれた。その威力は俺の爆裂魔法とは比べ物にならない程のもので、魔王城の一部が決壊していた。主を失ってなお爆裂魔法の被害に遭うとか、彼らも散々だな。

 

 そして、例の如く力を使い果たしためぐみんは現在俺に背負われて帰路へついた、という訳である。

 

「……ハチマン、私の胸を大きくする方法とやらをハチマンは知りませんか?」

 

 どんだけ未練たらたらなんだよ。やっぱ女にとって、胸って尊厳そのものなのか。だが、すまないなめぐみん。

 

「残念だが、”自然に成長させる術”はないらしい」

 

「うぅ……そうですか……」

 

 今まで見た中で一番露骨に落ち込むめぐみん。割と優良物件だったと思ったんだがな、そのローブ。俺はこの黒のローブあるから良いけど。

 

「……ま、女の魅力は胸だけじゃないんだ。そう落ち込むな」

 

「落ち込みますよ! この前だってカズマにロリッ娘と言われたばかりなのですよ!?」

 

 おい和真、お前が遠因で俺がキレられてんだけど。今度アクアの隣でアレやってたのバラすぞこの野郎。

 

「それに、ゆんゆん……私の知り合いは、私より年下なのに胸が大きいのです。それはもう、本当に……」

 

 そう言って拳を握り、悔しそうに歯噛みするめぐみん。めぐみん、お前確か十四だったよな? お前より年下で胸が大きいとか雪ノ下泣くぞ。割とマジで。

 

「……ハチマンも、やはり胸の大きい女の子の方が良いのですか?」

 

 突然、めぐみんは俺に突拍子もないことを聞いてくる。この流れでその質問は基本死亡フラグなんですが……。どうしよう。

 

「俺は別に胸でお前らを品定めしていない。第一、見てくれだけの奴なんて高が知れてる」

 

 これは本心だ。綺麗な女が俺を好きになる訳はないし、ましてや言い寄ってくることはない。それは、大抵美人局か何かだ。ソースは親父。

 

「見た目も確かに大事だが、それで決めつける奴なんか気にするな。許容せずに強要する方がおかしいんだ。大抵そういう奴は、お前のことをちゃんと見ていない」

 

 決めつけるのは見る気がないから。押しつけるのはそうあって欲しいから。けどそれは、押しつけよりもおぞましい、もっと醜い何かだ。唾棄すべき傲慢だ。

 

「だから気にすんな。んで、お前を見てくれる奴とちゃんと向き合えれば、それで良い」

 

 何度も失敗した先人からのアドバイスだ。あの人程カッコイイことは言えんが、俺にも言えることくらいある。

 

「……ハチマン」

 

「ほら、着いたぞ」

 

 気づけばそこはめぐみんの家の前だった。やはり男とは違ってきちんとした宿があるらしい。だとすればアクアは何故あの馬小屋で生活しているのだろうか……。

 

「立てるか?」

 

「はい、魔力削減効果のお陰か、回復が早いようです」

 

「なら良い。んじゃこれな。今日はありがとよ」

 

 俺はそう言って荷物を渡して帰り出す。ユキへの土産のケバブも買ってないし、またあの露店街へ行かねばならんからな。行きたくねぇなぁ……。

 

「ハチマン」

 

「ん?」

 

 歩き出した俺に、めぐみんは突然声をかける。まだ何かあったろうか。

 

「……ハチマンへのお礼なのに、迷惑をかけてしまってすみません」

 

「あぁ、別に良い。俺が頼んだことだしな」

 

 そう、元々は自分で解決すべき問題だったんだ。いずれまた恋しくなるやもしれんが、その時はまたその時だ。今は考えても仕方ない。

 

「……今日はありがとうございました。今までで一番、楽しかったです」

 

「……そうか」

 

 楽しんでもらえたのなら、それで良い。そう思い今度こそ歩き出して――。

 

「ただ……」

 

「ん?」

 

 一歩踏み出したところで、再び呼び止めてくるめぐみんを俺は反射的に見る。そして何故か、めぐみんからは少し不穏なオーラが湧き出ている。あれ、何か嫌な予感が……。

 

「先程の問には、まだ答えてもらっていませんが、結局ハチマンはどう思っているのですか?」

 

「あぁ……」

 

 ヤバイ、濁したのがバレた。普段なら為す術なく捕まるのだが……今の俺には術がある。

 

「……じゃあな!」

 

 必殺、テレポートの術!

 

「あっ! ――——!」

 

 めぐみんが何かを言う前に俺は先程荷物を置く際につけたポイントの所へ移動する。もう、追っては来れまい。

 

「……そのままで良いと思うがな」

 

 一人呟き、俺は人混みに紛れる。

 

 ケバブをそれなりに買った後、俺は家へと帰った。

 

『あ、お帰り~。肉のやつあった~?』

 

「おう、ケバブな。あったぞ、ほれ」

 

『わーい!』

 

 扉を開けると出迎えてくれたユキに俺は袋からケバブを取り出してやる。流石に棒ごとは買えなかったが、それなりに大きく切ってもらったものだ。

 

『棒がないね? 何で?』

 

「流石に商業用の棒は貰えんからな……美味いか?」

 

『美味しいよ~』

 

 そう言って口に頬張りながら食べるユキを軽く撫でて、俺は自室へと戻る。

 

「疲れた……」

 

 俺は吐き出すようにそう呟いてベッドに倒れ込む。やはり外に出ると疲れるな。

 

 そう思っていると、次第に意識が遠くなる。最近、こういう眠り方をすることが増えたような気がするな。

 

「……まぁ、良いか」

 

 今日は、もう疲れた。

 

 だが、不思議と心地好くもある。今は、それに身を任せたい。

 

 瞼を閉じる前、首を動かした時に制服が目に入る。俺があの世界にいたという、この世界での唯一の証拠。それを見て思わず口に出してしまう。

 

「……会いてぇなぁ」

 

 本当、弱くなったものだ。昔の俺が見たら、きっと笑うだろう。そんな自信がある。

 

 けど、今は笑えない。純粋に、彼女達に会いたい。

 

 そんなことを考えているうちに、俺は静かに意識を手放していた。

 

 その時に見ていた夢が何だったのか、俺には分からない。

 

 けれど確かに、紅茶の香る心地好い空間にいた。目覚めた時には、そんな気がした。




いかがでしたでしょうか?
八幡も人の子、いくら理性の化物と評されるような人間だとしても、漠然とした寂寥感には勝てないでしょう。何だかんだで寂しがりやなんだと私は勝手に思ってます。
一方でめぐみんは歳の割には達観してると言いますか、この世界の人間だからと言いますか。ともあれ、物事の本質を見抜く能力と、人を慮る優しさを持つ女の子だと思うんですよね。頭おかしいけど、それも含めて可愛い。本当可愛い(大事なので二回言いました)。
あと、これの加筆修正が終わったので、ようやく次話作成に移ることが可能です。一応いくらかは書いたんですが、まだ人様の時間を奪っても良いかなと自分で納得する内容になっていないので、もう少し時間がかかるやもしれません。引っ越しもあるしね。ちょっとバタバタするかもしれない。
そんな私の作品でも見て頂けるという人が居るのでしたら、作者としてとても嬉しく思います。新しくこれ見た人には何のこっちゃでしょうが、気にしなくても大丈夫です。この作品の作者は、名前の通り気分屋ですので。
意見・感想・誤字報告等、お待ちしております。


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