この世界では考えられない錬金術を使って何が悪い (ネオアームストロング少尉)
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一話

青春時代に鋼の錬金術師を見ていた自分にとって、こう言った作品を書きたくなってしまうのは必然であったかもしれない。



 『魔術』とは一体何か? 

 

 この世界では魔術を当たり前のように使い、当たり前として存在している。皆、一度は考えたハズだ。上記のような疑問を。だが、それも“当たり前だから”と言う言葉で簡単に解決してしまう。

 在って当然なんだ、と生を受けた時から受け入れている。

 

 しかし、自分は違う。

 

 なぜなら、そんな当たり前が()()()()世界を知っているからだ。

 

 どうやら、自分はよく聞く『転生』と言うものをしたらしい。いや、もしかしたら『前世の記憶』と言うヤツかも知れない。とにかく、自分はこの世界の事を知っている。正確に言えば十五の時に思い出したのだが、あの時はとても驚いた。でも、なんとなくその現実に受け入れる事が出来た。

 だが、今の自分は昔の自分なのか? それとも、この世界で全くの違う自分なのか? 

 

 自分は自分で在って、自分では無い。

 

 そんな訳の分からない事で悩むぐらいなら受け入れた方がマシだし、この手の物はよく読んだり恥ずかしながらも想像した物だ。人と言うのは未知の世界を見たり読んだりすると、どうも旅心を募らせるものだ。それに、折角の第二の人生を楽しまなくてどうする。何分こっちの世界では憧れた事が再現できる可能性があるのだからやらなければ損と言うのだろう。

 

 しかし、やっていい事とわるい事があることぐらいは考えるべきだったと思う。

 

 何故、そんな事になったのか? どう言ったリスクがあるのか? 

 

 自分は知っていたと言うのに、なぜ過ちを犯してしまったのだろうか? 

 

 ジワリ、と血がカーペットに染み広がっていく。痛みで声を上げたくなるのを我慢して前を見れば、形容し難い何かがあった。失敗したのだろう。

 分かっていたのに……知っていたハズなのに実行してしまったんだろうか。

 

 …………いや、知っているからこそ過ちを犯してしまう事もあるのだろう。

 

 現にこうして()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 『アルザーノ帝国魔術学院』。創立およそ400年を誇る国営魔術師育成専門学校で、ここアルザーノ帝国の中でも最高峰の魔術を学べることで有名な学校である。そんな場所に自分は通っている。自分としてはそこらの町工場で働いて機械いじりをしていたかったのだが、実家が貴族な上に長男だった。しかし、それだけには留まらず、親が高級官僚と言う事もあり......まぁ、仕方ないと言えば仕方ない。この時代の当たり前だ。

 

 ともあれ、こう嫌々通っている訳でもあるがここ最近はとても楽しく通っている。ニコニコしながら行く自分を見て一歳違いの妹に気持ちワルがられ、母親にはガールフレンドが出来たのだと勘違いされる始末。お陰で父親に呼び出されるわで、面倒な事極まりない。

 少し脱線したが、楽しみになった理由は最近になってこの世界の事を思い出したのだ。

 

 読んでいたライトノベルの世界だと分かった時はとても興奮したし、今となっては転生できた事に嬉しく思う。だが、分かったのはいいが内容、話の筋書きなんかが殆ど思い出せない。

 確かに一回一通り読んだだけだが、こうも思い出せないのはおかしい。他の記憶は簡単に引っ張り出せると言うのに何故だろうか?

 .......考えられるとすれば、その記憶も持って行かれたかも知れない。

 

 まあ、先を知っていたら面白味が無いだろう。それに、今日から臨時講師が来るらしく、あのセリカ=アルフォネ教授が『優秀なヤツ』だと評価しているぐらいだ。妹が気に入っていたヒューイ先生と同じぐらいか上を行く人なのだろう。講師泣かせなんて呼ばれている妹のお眼鏡に適う人だと祈っておこう。

 

 ......。

 

 自習、と、でかでかと黒板に書かれた文字を見て、クラスの皆が唖然とする。流石に妹も何やら戸惑っているようで、その単語から別の意味を読み取ろうとしている。「え? じしゅ......え? じしゅ......う? え? ......え?」だが、自習は自習だ。それ以外に意味など無い。そんな中、講師のグレン先生はこう言った。

 

「えー、本日の一限目の授業は自習にしまーす」

 

 そして、その後に更に爆弾発言をした。

 

「......眠いから」

 

 と、ぼそりと呟いたのだった。その後に残るのは静寂である。沈黙とも言えるソレはこの空間を支配した。しかし、自分は笑いを堪えるのに必死だったが。そんな中、いびきをし出したグレン先生に妹が突進する様を見て我慢が出来なかった。

 

 

 

 

 実際、その授業は最悪の一言であったが日頃から余り真面目に受けていない自分にとってはとても嬉しい事であった。聞いても何も得られないもので時間の無駄なら他の事をすればいい。

 

 ようは、自分にとって好きな事が出来ると言う事で、絶賛ランランとした気分でノートに錬成陣を書いて行く。今自分はある錬成陣を研究していて、ちょうど、後もう少しで上手く行きそうなのだ。これが、出来れば誰しもが憧れ、そして、一度は真似したあの『指パッチン』が出来るかも知れない。

 

 そう思うと楽しみで堪らない。

 

 と、意気揚々とノートに考えを纏めていたら射殺すばかりの視線が前から突き刺さるのを感じて、顔を上げて見たら妹──システィーナが睨み付けていた。横を見ればルミアが苦笑いをしているのが見え、ふと、周りを見ればみんな唖然としていた。

 

 簡単に言えば『自習』をしていたのは自分だけだったようで、それをシスティーナは怒っているようだ。コレは、後から死ぬほど罵声を言って来るだろう。ただでさえ、日ごろから事あるごとに罵声を言ってくると言うのに.......。

 

 ならば、といっその事開き直って作業を続けた。勿論、火に油を注いだことになったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、もうっ!! 何なのアイツ!?」

 

「あはは.......まぁまぁ」

 

 ルミアが曖昧に笑いながらシスティーナを宥めるが、怒りが収まる気配が無い。

 

「やる気なさすぎでしょう!? なんであんなヤツが非常勤とは言え、この学院の講師なんてやってるのよ!? しかも、フォル(・・・)に限っては素直に自習するし、ああ、もう!!」

 

 思い出すのは、あの自習と言われすぐさま行動に移った愚兄だ。何の疑問も待たず当然のようにやり始めた事に理解できない。そもそも、小さい頃から理解出来なかった。自分の兄は『変人』だ。少なからず大貴族としてのプライドぐらいは持って欲しい、そのせいで親や自分がバカにされるなど迷惑極まりない。

 それに、ルミアもいるのだから少しは自覚のある行動をして欲しいものだ。

 

「そうやって勉強するから、いつも一位取るんじゃないかな?」

 

「何であんな......魔術を何とも思ってないヤツに負けるんだろう」

 

 ルミアが言ったことは正しいと言えば正しいが、システィーナは認めたくは無かった。変人で、訳の分からない研究みたいな事をして、魔術の事だってちゃんと考えていない。あの講師と似たようなヤツなんて──

 

「──本当に大っ嫌い」

 

「システィ......」

 

 表情を暗くしているシスティーナを見てルミアは居た堪れない気持ちになる。どうして、彼女がここまでして兄を嫌うかを理解した上でどう声を掛けていいか分からなかった。だが、システィーナは直ぐに気を取り直して、ほくそ笑んだ。

 

「これは、癒しが必要ね」

 

「システィ?」

 

 戸惑うルミアなんて気にせず背後に周り身体中をまさぐった。

 

「きゃっ!?」

 

「あー。やっぱりルミアの身体は気持ちがいいなー、肌は白くて綺麗で、きめ細やかで」

 

「ちょ、システィッ!? だ、だめだよッ!!」 

 

 と、それが起爆剤になったのか、女子更衣室ではあちらこちらで姦しく楽しく騒ぎ始めた。その後、グレンが更衣室の扉を開け、ひと悶着あったとの事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、と言うもの、とにかくグレン先生はやる気が無いようで黒魔術や白魔術、錬金術に召喚術から神話学、魔道学やら、色々な授業を担当したが、その殆どがいい加減で投げやりな授業であった。まあ、そのおかげで指パッチンの錬成陣は完成させることが出来た。

 

 理論上はこれで出来るハズだが、後は発火材となる、あの手袋を作らなければいけない。その材料を今考えているがこれがなかなか難しい。手に入るもので、尚且つ、簡単に加工できる物が無いか、と市場を探すがコレと言っていい物が無い。

 

 そんな事をしていたからか、日に日に妹の機嫌が悪くなる一方で、グレン先生に小言をぶつけては、自分にも八つ当たり気味に小言を言って来る。ルミアがいなければ一体、いつまで言われていただろう。お礼に何か甘い物でも買っておこう、そうしよう。

 

「いい加減にしてくださいッ!!」

 

 机を叩いて立ち上がるシスティーナ。とうとう、我慢の限界が来たのだろう。づかづかと近づき文句を言っている。だが、それを屁理屈だったり、挑発させるような言葉を言ったりしている。しかし、システィーナは文句を言うのを辞めない。寧ろ、ヒートアップしだした。

 

「私はこの学院にそれなりの影響力を持つ魔術の名門フィーベル家の娘です。私がお父様に進言すれば、あなたの進退を決することもできるでしょう」

 

「え?......マジで?」

 

 と、家まで出して授業に対する姿勢を改めるよう進言するシスティーナ。確かにお父様に言えばそれも可能だろうが、さすがに長男である自分は黙ってもいられない。

 

 もし、グレン先生が辞めてしまったら、まだ、錬成陣しか出来ていない通称『指パッチン』の錬金術への研究時間が大幅に減ってしまう。

 せめて、あと一週間ぐらいまで持ち越さなければ。

 

「システィ、ちょっとまっ──」

 

「──アンタは黙ってて!!」

 

 ......ふぅ、こうなると後が面倒なのでここまでにしよう。しかし、昔は………あれ? 昔は何だっけ? 記憶が薄れてる。

 

「痛ぇ!?」

 

 昔の事を思い出そうとしていると、どうやら、システィーナが手袋をグレン先生に投げつけたようだ。心臓に近い左手を覆う手袋を相手に投げつける行為は、魔術師による決闘を申し込む意思表示で、その手袋を相手が拾う事で決闘が成立する。自分もここまでするとは予想外だった。

 

「システィ! ダメ! 早くグレン先生に謝って、手袋を拾って!!」

 

 だが、システィーナは烈火の如くグレン先生を睨みつけている。そんな中、ルミアはこちらに振り返る。

 

「フォル義兄さんも何か言って下さい!!」

 

 いや、自分にすがられても困るんだが。それに、こうなったシスティーナはてこを使っても動かないだろう。自分は首を横に振る。自分には何も出来ないと言う意味だ。そのフォルティスの反応にルミアは青ざめた。そんな中、話はどんどん進んでいく。

 

「それでも、私は魔術の名門フィーベル家の次期当主(・・・・)として、貴方のような魔術をおとしめるような輩を看破することはできません!」

 

「あ、熱い......熱過ぎるよ、お前......だめだ......溶ける」

 

 クラスの何人かがこちらを見たが気にしないことにする。別に間違ったことをシスティーナは言っていない。自分は次期当主では無い、それは事実だ。それから結局、グレン先生は決闘を受けた。

 その決闘を見るためにみんなぞろぞろと中庭に向かっていく。そんな中、声を掛けられた。かけて来たのはカッシュと呼ばれる男子生徒だ。

 

「おい、フォルティス.......お前、行かないのか?」

 

 そう、誰もが席を立ったのに自分は座ったままだ。

 

「ああ......どうも、システィは俺のこと毛嫌いしててな。見てたら後々、言われそうだし」

 

 そう言って肩をすくめて見せる。

 

「おいおい、負けるかもしれないってのに......兄妹だろ?」

 

「大丈夫だって、アイツは天才だ。きっと勝つさ」

 

「はぁ? なんだその自信? って、みんなはやっ!?」

 

 そして、カッシュは慌てて後を追いかけていく。カッシュは自信と言ったが確信と言った方が正しいだろう。少なからず、精神年齢的に言えばここにいる誰よりも年長者だ。見る目は養えているつもりだし、何より、アレを見てから色々と知ってしまったのだから。

 

「それにしても、手袋の材料どうすっかなぁ......」

 

 

 




一応、アニメで進んだ所まで書くつもりですので、そこまで長くならないかと。


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二話

まさか、一話で評価や感想が付くとは思いませんでした。もしかしたら、感想等には個別で返す事が出来ないかも知れません。何分、仕事が忙しいので。
それと、ヒロインについてですが未定です。これ自体、アニメが進む所までしか書く気はありません。ご要望があれば分かりませんが、一応、その予定です。イチャコラを期待している人には申し訳ありません。



 事の顛末を語れば、やはりと言うか、自分が思っていた通りシスティーナが圧勝したようだ。何でも、グレン先生は一文節詠唱が出来ない様で、システィーナのように一節詠唱を使いこなせる者が勝てない訳もなく、文字通り圧勝だったそうだ。

 しかし、グレン先生は約束を反故にした挙句、三流の悪役のような捨て台詞を残して去って行ったらしい。それにより、システィーナは完全にキレたと言ってもいいだろう。お陰で、家に帰った時にまた罵声を浴びせられるかもしれないな。

 

「ただいまー」

 

 自分は錬金術を試すために遅く帰ることが多い。少々被った土を払いながら玄関に上がると、私服のシスティーナがこちらを睨みつけていた。奥ではルミアがこっそりと見ている。

 

「……アンタ、なんでいなかったのよ」

 

「いなかった?……ああ、決闘の時か」

 

 理由は特に無いのだが、何かしら言わなければ色々と面倒だろう。そうだな…―強いて言うのなら──

 

「──見る必要が無かったから、かな?」

 

「ッ!!」

 

 見なくとも結果は大体予想した通りだったし、結果が分かっているのなら別にみる必要も無いだろう。さて、何と言われるのだろうか。だが、システィーナの反応は自分が思っているのとは違った。俯き、握りこぶしを作って肩を震わせていた。

 

「……『見る必要が無い』か。そうよね、私じゃあ分かりもしないもの」

 

「は? 聞こえる声で言ってくれないか?」

 

 しかし、返事は無く、システィーナはただ立ち去っていくだけだった。最近、システィーナの事がよく分からない。いや、このぐらいの年頃ならよくある事なのか? 首を傾げていると、奥から見ていたルミアが目の前に来ていた。その表情は怒っているようで、悲しんでいるようでもあった。

 

「何であんなこと言ったんですか?」

 

「あんな事って……別に大した理由は無いよ」

 

「そんな事を聞いてるんじゃありません!! システィはッ!!」

 

 が、その先は何も言わず、ルミアは一言謝り自室に戻っていった。

 

「一体、何なんだよ……」

 

 まあ、触らない方がいいだろう。二人とも年頃なんだし。

 

 

 

 

 

 

『──見る必要が無かったから、かな?』

 

 その言葉に私は泣きそうなる。少なくともあの決闘を見れば、兄も少しぐらい認めてくれると思っていた。私と話してくれると思っていた。

 昔から兄の背中を追いかけて、お爺様のような魔術師に憧れて。

 

 だけど、兄は私を裏切った(置いて行った)

 

 一人で何かをして、一人で傷ついて。あの日の事は忘れられない。今思えばあの日から私は兄が嫌いになったのだろう。片足を無くして虚ろな瞳で私を見たあの日から……。

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

「魔術ってのは何が偉大で何が崇高なんだ?」

 

 グレン先生のその言葉は、システィーナにとって触れてはならない部分に触れる言葉だったのかもしれない。だが、システィーナは気をとり直し、自信を持って言った。

 

「魔術はこの世界の真理を追究する学問よ」

 

 そのシスティーナの言葉に自分は思う。

 

 魔術とはこの世界の真理を追究する学問。

 

 しかし、どうだろうか? 

 

 あの錬金術の真理を見て、自分は恐ろしいと思ったのだ。それが魔術となると、一体どれほどの物なのか想像も付かない。しかし、ただ一つ分かる事がある。それは、真理を見て待っているのは絶望だという事だ。

 魔術だろうが、錬金術だろうが、根本的な物を分かっていないのに真理などと言う単語を使う。それがどんなに恐ろしい事か理解していない。

 

 自分もその一人だった。

 

 そのおかげで得られた物もあるが、もしあの事を忘れられると言うのなら、こんな力など捨てるだろう。後悔して、後悔して、後悔してもし足りない。真理を知ると言うのはそういう事だ。

 

 彼も……グレン先生もまたその怖さを知ってるのかもしれない。

 

「魔術は人を殺すことで進化、発展してきたロクでもない技術だからだ!」

 

 その言葉は全く持って極論だが、実際にそうして発展した国は多数存在する。自分が知っている世界だって、元は人をより効率的に殺すために作られた物が、進化して身近な物へとなっている。それは、この世界の魔術と何ら変わりはないだろう。

 

 しかし、システィーナにとって、魔術とは死んだお爺様の形見に近い物だ。自分もそう思っている。つまり、グレン先生が言った言葉は遠回しに自分たちの祖父をバカにしたのと同義である。自分としても身内をバカにされるのは良い気はしない。

 何となく予想はしていたが、案の定乾いた音が響いた。システィーナがグレン先生を叩いたのだ。システィーナはそのまま涙を浮かべて乱暴に教室から出て行った。

 

 まあ、システィーナがあれほどやったから、軽く言うだけでいいだろう。

 

「先生、余り妹をイジメないで下さいよ」

 

 自分がそう言えばグレン先生は頭をガシガシと掻き「あー、やる気でねーから、本日は自習にするわ」と言って出て行った。自分もグレン先生が出て行くのを確認して席を立つ。流石に放っとくのも気が引けるのだ。

 

「ルミア、ちょっと探しに行って来る」

 

「う、うん」

 

 自分も行こうかどうか迷っているルミアを尻目に、自分も教室を出た。

 

 ……まあ、結論から言うと見つからなかった。この広い学院を一人で探すのは流石に無理があった。

 

 

 

 

 

 

 放課後、グレンはまだ校舎に残っていたルミアと帰るハメになり、嫌々ながらも会話をしながら帰路に着いていた。そんな中、グレンはルミアに一つ聞きたいことがあったのを思い出した。

 

「そう言えば、あの銀髪の男ってアイツの兄なんだよな?」

 

「はい、そうですけど? 何か?」

 

「……いや、兄妹でああも違うのかなってな」

 

 自分を叩いたあの少女の兄は、何か他の者とは異なる達観した物を感じた。あの歳にしては少し、目が据わっている。一体、何を見たらあんな眼をすることが出来るのだろうか。

 

「そうですか? よく見ると意外と似てる所がありますよ?」

 

 と、ルミアは笑みをこぼす。グレンもそれを聞いて、自分の見間違いだったかも知れないと思い始めるのだった。

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 ダメ講師グレン、覚醒。

 

 ある日を境にグレン先生は真面目に授業をするようになった。しかも、その授業の質の高さは舌を巻くほどのもので、違うクラスからも生徒が見に来るほどだ。自分としてはもう少しサボっていて欲しかったのだが、現実はそう上手く行かない。しかし、もう手袋はほぼ出来たに等しい。後は編むだけである。

 

 家で編んでいる所をルミアに見られてから、何故か、ルミアも横で編み物をし始めて、システィーナに変態扱いされたのは記憶に新しい。男が編み物をしてるのが、それほど、おかしいだろうか?

 

「......時間だな、今日はこれまで。あー疲れた」

 

 授業が終わって緩慢した空気が蔓延し始める。グレン先生が黒板消しを持って、おもむろに解説や式を消し始めた。

 

「あ、先生待って! まだ消さないで下さい。私まだ板書取ってないんです!」

 

 システィーナが手を上げる。それを見てニヤリと意地悪い笑顔をし、腕の残像が見えるぐらいの速さで消し始めた。

 

「ふはははははッ! もう半分も消えたぞッ! ザマミロ!?」

 

「子供ですかっ!! アナタは!?」

 

 そんな二人のやり取り見ながら自然と笑みが零れる。何だか、最近になってはシスティーナも機嫌がいいみたいで、自分が遅く帰って来ても小言を言わなくなった。いや、寧ろ、自分は無視されているような気がする。ルミアはともかく、システィーナは前より距離を感じるようになった。 

 まあ、いつもの事だ。最近に限った話じゃない。

 

 さて、今日は新しく出来た、と言うより、やっと理解できた錬成陣を試す予定だ。まあ、基礎的なものは錬成陣無しでも出来るが、基礎から違うものはやはり錬成陣を必要とする。学院から離れた森の中で、木の棒で地面に錬成陣を書いていく。

 

 そして、マンホールぐらいの大きさで書いた錬成陣に向かって両手を付ける。バリバリッ!! と、稲妻が走り、錬成陣の中心が爆発した。

 

「げほっ……ちょっと書き損じたかな?」

 

 書いた錬成陣を見ながら、試案する。これが、上手く行かないと次のステップへと進めないのだ。火の錬金術は理解した。しかし、これが爆発となると、また違ってくる。

 

「焔が出来たから紅蓮も行けると思ったんだが......また最初っから組み直すかな」

 

 理屈は理解できる。だが、手のひらぐらいの小さい錬成陣であの威力の爆発を起こすとなると.......いや、まずこの世界の爆発物について研究してからだな。何が、爆発を引き起こす物質なのか理解しなければ、変質させる時に意味が無いか。

 

「お前、何をしている?」

 

 その声に振り返れば、そこには第七階梯に至った大陸最高峰の魔術師──セリカ=アルフォネアがいた。まさか、こんな場所で見つかるとは思いもしなかった。やるところは毎日変えているのだが……偶然か?

 取り敢えず、動揺を見せないように誤魔化す。

 

「どうも、アルフォネア教授。私、法陣(・・)が余り得意じゃ無くて。恥ずかしいのでこんな所で練習してたんです、が……まあ、見ての通り失敗してしまいました」

 

 と、言いつつ足で錬成陣を消した。そんな行動にセリカは眉を顰めるが、特に確かめるようなことはしなかった。それから、少し世間話をして、自分は早々に立ち去ることにした。ちょっとばかし、大人しくしていたほうがいいかも知れない。

 

 

 

 ……。

 

 

 フォルティスが去ったのを見て、セリカは先ほど起きた理解しがたい現象に思考をめぐらす。地面を見るが、殆どかすれていて法陣が見えない。しかし、分かることを纏めると、あり得ないことばかりだ。

 

「爆発、だと?」

 

 確かに失敗した時、爆発したような感じで法陣が乱れる時はある。しかし、この法陣は触媒無しで、ただ描いただけだ。それが発動し、そして彼曰く失敗して爆発を(・・・・・・・)引き起こした。

 

「そもそも、こんな魔法陣見たこと無いぞ……」

 

 まだ微かに分かるところを見ても全く理解出来ない。最初はただ自分なりに魔法陣を作っているのかと思っていた。頭のお堅いヤツらが良くやることだ、とほぼ気にしていなかったが──

 

 ──ある日、私は偶然にもその魔法陣を見た。

 

 私は最初は落書きか複写だろうと思っていた。しかし、見たことの無い法陣だったので暇つぶしに調べることにした。が、いくら探しても似たものすら無かった。古代の書物から最新の物まで、全部調べた。

 しかし、結局何も分からなかった。

 

 落書きだと、言うには少々出来が良すぎる。現に彼はこうして何かしらの現象を起こして見せた。

 

 

「……もしや『異能者』か?」

 

 少し、不気味な感覚を覚えたセリカだった。

 

 

 

 

 




全然、進んでないですね。


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三話

 生徒達がすっかりと帰宅した放課後。グレンは一人学院の屋上で、閑散とした風景を見ていた。ふと、ここに非常勤講師としてやって来てからの日々を思い出す。

 何故か妙になついてくる、子犬みたいなルミア。逆に、妙につっかかってくる、生意気な子猫みたいなシスティーナ。

 

 未だに若く、そして幼い彼女たちは何をやっているのか、どう成長していくのか。少なくとも手助けしてやりたいと思っている自分がいる。

 相変わらず、魔術は嫌いだ。こんなもの早くこの世から無くなるべきだ。この考えもこれから変わらないだろう。だが、こんなにも穏やかな日々なら――

 

「悪くない……か」

 

 気がつかないうちにグレンは笑みを浮かべていた。

 

「おー、おー、夕日に向かって黄昏れちゃってまぁ、青春しているね」

 

「……いつからいたんだよ? セリカ」

 

 そこには、淑女然としたすまし顔のセリカがたたずんでいた。

 

「さ、いつからだろうな? 先生からデキの悪い生徒に問題だ。当ててみな」

 

「アホか。魔力の波動もなければ、世界法則の変動もなかった。だったら、忍び足で来たに決まってる」

 

「おお、正解。あはは、こんな馬鹿馬鹿しいオチが皆、意外とわかんないんだな。特に世の中の神秘は全部魔術で説明できると信じきっちゃってるヤツに限ってね」

 

 グレンの即答に、セリカは満足そうに微笑み、真面目な表情をする。

 

「グレン、お前のクラスに『フォルティス=フィーベル』と言う生徒はいるか?」

 

 その名前で思い出すのは一人の生徒しかいない。あの生意気な子猫の兄で、明らかに他の生徒とは違う雰囲気を持っている生徒。成績、実技、共に優秀で、特に錬金術に関しては天才と見ていいだろう。だが、それだけだ。他に見張る物はない。

 

「ああ、確かにいるが……ソイツがどうした?」

 

「……いやなに、中々優秀なヤツだと思ってな」

 

「お、おお、セリカが人を褒めるとか……明日、槍でも降ってくるんじゃないか?」

 

「お前の血を降らせてやろうか?」

 

 握り拳を作るセリカにグレンは平謝りする。だが、グレン自体、本当に珍しいと思っていた。しかし、ただ優秀なだけで褒めるだろうか? それなら、白猫の事だって褒めてもおかしくない。

 と、なれば他にも何かあるのかもしれない。

 

 そう考えている間も、セリカの話は続いていく。学会のこと、明日授業があること。そして何より、前任のヒューイが失踪したこと。

 

「ま、近頃はこの近辺も何かと物騒だ。お前に心配はいらんと思うが、まあ私の留守中、気をつけてくれ」

 

「……ああ」

 

 グレンはなんとなく心に棘が刺さったような不安を抱いた。

 

「あ、やっぱりここにいた! 先生!」

 

 屋上の出入り口の扉が開かれ、もうすっかり見慣れてしまった、いつもの二人組が姿を見せた。片や笑顔で、片や仏頂面で。

 

「あれ、アルフォネア教授? ひょっとして、私達お邪魔しましたか?」

 

「いいや。私はもう上がるところだ。どうした? グレンに用か?」

 

 笑顔のルミアがグレンの前に歩み寄って、それにシスティーナが渋々続く。

 

「今日の授業で復習していたんですけど、どうしても先生に聞きたいことかあるって……システィが」

 

「ちょ、ちょっと!? それは言わないって約束でしょ!? 裏切り者ッ!」

 

 やんややんやと騒ぎ立てる三人を、セリカはしばらくの間微笑ましく見守って、安堵したようにそっと屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

 グレンに頭を下げて教えを請うという屈辱の一時をなんとか耐えきったシスティーナは、その苛立ちと不機嫌さを隠そうともせず、ルミアを伴って帰路についた。

 そんなシスティーナの心境とは裏腹に、フェジテの町はいつも通り平和そのものだ。

 

 そんな帰り道。何故か昔の話をルミアが掘り返し、少々気恥ずかしい事や、悲しい事、楽しい事を思いだした。黄昏の夕日が燃えるフェジテの町並みを歩く二人の目に、見知った顔が映った。

 

「システィ……あれってフォル義兄さん?」

 

「え?」

 

 二人の視界に映ったのは、制服を少し砂ぼこりで汚しただらしない格好で歩いているフォルティスだった。その格好を注意しようとするシスティーナが、ルミアに止められる。

 

「ルミア?」

 

「私……フォル義兄さんのこと、余り知らないなって思って」

 

「……別に、アイツの事なんて知らなくていい」

 

「そんなの嫌だよ。私たちは家族なんでしょう?」

 

 うっ、と痛いところを突かれたとシスティーナは唸り、渋々といった様子で、ルミアの手を引きフォルティスの後を着けていく。システィーナはフォルティスが何処に行くのか大体予想がついていた。

 

「アイツが義足なのはもう言わなくてもいいよね?」

 

「うん。でも、最初会ったときは全然分からなかったよ。義足とは思えないぐらい普通に歩いてたから」

 

 普通は何かしら歩き方に違和感を感じたり、もしくは、無意識に庇うような歩き方をしたりするが、フォルティスの場合は、周りの人と遜色ない歩き方だった。

 そして、初めて義足を見たとき……見た……と、き。

 

「……ルミア、顔赤いけど大丈夫?」

 

 フシュー、と湯気があがってもおかしくないぐらい、ルミアは顔を真っ赤にしていた。ルミアは頭の中の煩悩を取り払うために、頭を激しく左右に振る。

 

「そ、それで?」

 

「? まあ、付いていけば分かるし……って、あんな格好で入るつもりっ!?」

 

 見れば砂ぼこりすら払おうともせずに、店の中に入ろうとしているフォルティスがいた。飛び出して行ったシスティーナがギリギリの所で止めて、口うるさくいってる。

 

「ホント、兄さ……アンタは礼儀ってのを知らないの? 少しはこっちの身にもなりなさい」

 

「悪かったって」

 

 態度や言葉では嫌いだと言っているが、よく会話の最中でフォルティスの話題が出てくるし、なんやかんやで気にかけているような行動をしている。

 数日前も、ルミアとフォルティスが編み物をしている時にお茶を出してくれた。ルミアのついでだと謂ってはいたが。

 

「あれ、こんな手袋してたっけ?」

 

 システィーナがフォルティスの右手を指差しながら言った。制服には汚れが付いていたのに、その手袋だけは雪のような白さを保っていた。少し変だと思うところがあるなら、ば甲の側に赤い法陣のような物が編み込まれている事ぐらいだろう。

 

「あ、出来たんですね」

 

「ん、まあな」

 

「出来たって……これ、アンタが作ったの?」

 

「おうとも」

 

 確かに、編み物をしていたの知っていたが、どうみても既製品のようで、手作りとは思えない。優しい肌触りに、重さを感じさせない程の軽さ。だが、物を持っても滑るような事も無い。もし編み物をしているところを見ていなかったら信じていないだろう。

 

「でも、ダサい」

 

「ダ、ダサいってお前……」

 

「何この変な法陣。訳のわからないデザインね」

 

「ま、まぁ、お前には分からないだろうな。この良さが」

 

「ルミア、分かる?」

 

「正直、私もあんまり……」

 

「……そうか」

 

 落ち込むフォルティス。価値観が合わないのは仕方がないだろう。男と女。それに、フォルティス自身、記憶は殆ど無いがこの世界とは違う物を見てきている。この世界の価値観とズレていてもおかしくない。それか、単にフォルティスのセンスが無いだけか。

 

「取り敢えず、さっさと終わらせないとな」

 

 服の汚れを叩き、背にしていた店に振り返る。小さな店で、周り家や大きな店の中にポツンとあるような、何処か孤立した印象を抱いた。看板を見ればそこは──

 

「──人形屋さん?」

 

 首を傾げながらルミアは口にした。二人は何の疑問も無しにドアを押す。カランカラン、と客を知らせる鐘がなる。

 ルミアは周りの棚に並べれている人形に圧倒された。色とりどりなドレスで着飾った人形から、帝国の軍服を着た人形まで。多種多様な人形が見渡す限り並んでいた。

 

「スゴイよね、ここの人形。私も小さい頃に一つ買って貰った事があったなぁ……」

 

 懐かしい記憶を刺激されたシスティーナが、近くにあった人形を触ったりしている。ルミアも一つ近くにあった人形を手に取って見れば、その人形のデキの良さに舌を巻いた。

 衣装は勿論のことだが、何より人形がスゴイ。人に近すぎず、けれども、離れ過ぎず……その絶妙な間を保っていた。どれか一つ欲しい、と心の奥底から思うほど。

 

「おっと、悪いねぇ。手が離せなかったんだ」

 

「いえ、気にしてませんよ」

 

 店の奥から出てきたのは、ボサボサの金髪に眼鏡を掛けた女性だった。軽くフォルティスと話して、私達の方を向く。

 

「おや? もしかしてシスティーナちゃんかい? 大きくなったねぇ」

 

「はい、お久しぶりです」

 

 システィーナは頭を下げる。

 

「して、そっちの子は……?」

 

「あ、はい。私はルミア=ティンジェルです」

 

「そうかい、可愛らしいじゃないか……まあ、好きに見てっておくれ」

 

 そう言うと、彼女は長い髪を後ろで結んで、フォルティスを椅子の上に座るよう促した。フォルティスも素直にそれに従い、椅子に座ると右足のズボンを捲り上げる。

 一瞬、本当の足だと思ってしまうぐらい見事に出来た義足だった。間接部分に隙間が空いていなかったら、分からなかっただろう。

 

「……成る程ね、ゴミが隙間から入り込んでる。これじゃあ、信号が遅くなるのも当たり前だ。少し洗うから外すよ」

 

 フォルティスが返事をする前に、女性は太ももの根元にスパナを当てていた。素人が見ても複雑な繋ぎ目をしている部分を簡単に外していく。そうして数分とかからずに義足を外して奥の部屋まで行ってしまった。それを見届けてシスティーナはここまで着いてきた本題に入った。

 

「……ねぇ、その足の事ルミアにも説明してよ」

 

「ん? ああ、別にいいけど」

 

 返って来た返事は軽々しい物だった。自分の足を無くした事を何とも思っていないような、そんな印象を抱く返事だった。

 

「アッチの義足の中に魔道具が入っててな。俺もそっち系は専門外なんだけど、何でも魔力を流して──」

 

「──いや、そっちじゃない」

 

 確かに足の事ではあるが、誰が義足の原理を説明すると思うだろうか。気になるは気になるが、そっちではない。

 

「……何回も言ったと思うが覚えてない(・・・・・)。自分でもどうしてああなったのか分からないんだ。ほら、大きくなると小さい頃が思い出せない事があるだろう? それと同じだ」

 

 システィーナも呆れていた。いや、元々それしか返って来ないと分かっていたようにも見える。ルミアもそれ以上聞くことも無かった。

 

「行こう、ルミア。本人に聞いてもこうなんだから」

 

「……うん」

 

 自分から聞いておいてあれだが、どうも違和感を感じた。フォルティスは嘘を言っていないだろう。しかし、それと同時にまだ言っていない事もあるような気がしたのだ。

 

 その時、システィーナはふと兄を見た。そして、どうしてあんな顔になるのか、理解出来なかった。

 

 ()()()だった。

 

 何も感じてない、何も思っていない。

 

 その人形ような義足も相まって、まるで人形のようだと思った。

 

 

 そんな事を思ってしまう自分に嫌気がさした。

 

 

 

 




感想、評価、誠にありがとうございます。その他にもメッセージも頂けて感謝の極みです。ただ、感想を頂いても個別で返せない事を悔しく思います。出来る限り、皆さんの期待に添えるよう頑張ります。


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四話

感想、評価、ありがとうございます。仕事の合間に見てビックリしました。逆に、少々何だか申し訳なく思ってたりします。訳が分からないですね、はい。今回は少し、少ないです。


 私の兄は何時から変わってしまったのだろうか? 

 

 ……変わった事なんて、とっくの昔に理解したハズだ。理解して、悔しくて悲しくて、ルミアが来るまで一人で泣いていた。あの時の私に何が出来たのだろうか? もし戻れるのなら、なんだってする。

 あの時の私はただ逃げることしか出来なかった。片足を無くした兄を見て、その流れる涙を見て。

 

 その日以来、兄は変わってしまった。いや、変わったと思うのはずっと近くで見ていた私ぐらいだろう。ほんの些細な変化だ。しかし、その些細な変化が私は大きく感じていた。

 

 いつも優しい笑顔で迎えてくれる兄のその笑顔は、あの日から何かを無くした笑顔になった。

 

 それが、成長するにつれて怖くなり、私は離れていった。それでも、兄は歩みを止めない。何処へ行っているのか私には分からない。片足を無くしたとしても止まらない。私がただ、願うのは──

 

 

 

 

 朝日が眩しい。じっとりと汗を吸いとって貼り付く寝巻が気持ち悪い。何とも嫌な目覚めだ。システィーナはゆっくりと起き上がりベットから出る。近くのテーブルに置いていた水を一気に飲み干す。嫌な熱が内側から冷めていく。

 一息ついて時間を見た。いつも起きる時間より少し早い。

 

「……着替えよ」

 

 普通なら今日、学校は学会があるため休みなのだが、ヒューイ先生が来なくなって滞っていた授業の遅れを取り戻すため、自分たちのクラスだけ学校がある。

 幸い、非常勤の講師は最初こそ最悪であったが、今では見違えるほど質の高い授業を行っている。ヒューイ先生にも引けを取らないぐらいだ。若干楽しみにしつつ髪を解かし終え、何時ものように身だしなみを整えた。最後に姿見でおかしな所が無いかチェックし、無事確認して階段を下りる。

 

 そこまでは、いつもの日常だった。

 

 朝食をとるためリビングに行くと──

 

「──ん、おはよう」

 

 母のエプロンを着た兄がいた。朝食を作って。

 

「......え?」

 

「二人ならもう出て行ったぞ。何でも今度有休を取りたいからとか」

 

「あ、うん……いやいや、そうじゃなくて」

 

 二人の事は分かった。だけど、この状況は一体なんなのか? なぜ、兄がエプロンを着て料理をしているのか? 

 

「何、気にするな。味はお母様が保証してくれた」

 

「……もういっか」

 

 兄の変な行動は今に始まった事ではない。昔からよく訳の分からない行動をしていただろう。うん、そうだ。ただ、これは初めての事だったから驚いているだけだ。

 

「あれ? システィ、早いね」

 

 後ろからルミアが顔を出す。ルミアもまたエプロンをしていた。

 

「まさか、と思うけど……二人で?」

 

「そうだよ、フォル義兄さんが料理上手だったのは驚きだったけどね」

 

 そして、頭の中で考えられるのは、二人してキャッキャウフフ……もとい、仲良く台所に並んで料理したと言う事か。

 そういう事なのか。

 

「このっ!!──」

 

 右手を突き出して。

 

「──《バカ・アホ・変態》!!」

 

 三節で唱えられた【ショック・ボルト】がフォルティスに炸裂したのだった。

 

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 

「……遅い!」

 

 システィーナは懐中時計を握りしめて唸っていた。今まで調子が良かったグレン先生が三十分ほど遅刻しているのだ。まあ、今日がもともと休校日と言う事もあって、もしかしたら休みと勘違いしているかも知れない。

 そんな中、無造作に扉が開かれ、人が入ってくる気配がする。しかし、それはグレンでは無く、見たことの無い二人組であった。

 

「ちょっと貴方達、一体何者なんです?」

 

 正義感の強いシスティーナは臆せず二人に言い放つ。だが、それは少々無用心だった。そもそも、コイツ等はどうやって入って来たんだ?(・・・・・・・・・・・・・)

 

 このアルザーノ帝国魔術学院は無粋な侵入者が入って来れないように、高度な結界が張られているハズだ。守衛が許可したのなら分からなくも無いが、こんな怪しい奴等を通すだろうか? 

 守衛が簡単にやられるとは思えない。仮に守衛が洗脳等をされたとしたら十分危険な存在だろう。しかし、もしやられていたとしたら──

 

「──《ズドン》」

 

 チンピラ風の男がふざけた呪文を唱える。立て続けに三回。それは、指した相手を一閃の電光で刺し穿つ、軍用攻性スペル【ライトニング・ピアス】。自分たちが使う【ショック・ボルト】とは、桁違いの物だ。貫通力、射程距離、弾速、威力、すべてが上位互換と言える。

 システィーナは余りの恐怖にその場に座り込んでしまう。いや、クラスの全員が唖然としていた。

 

 ……一人を除いて(・・・・・・)

 

 机の下で自分の手袋を触る。手の甲の錬金術を行う為に書かれた赤い錬成陣。やはり正解だった。あの速さの詠唱で、しかも、連続起動(ラビットファイア)まで行えるとなると、確実に手合わせ錬成でも追いつけはしないだろう。

 

 しかし、もう導火線(・・・)は出来ている。

 

 そして、チンピラ風の男がシスティーナの頭に照準を合わせる。自分もグッ、と指に力を入れようとした時、ルミアが立ち上がった。

 

「私がルミアです」

 

「へぇ」

 

 ……指の力を抜く。今やっても近くにいる二人を捲き込んでしまいそうだ。こんなことなら少しぐらい試しておくべきだった、と後悔する。自分は本番に弱い質なのだ。それに、どうも男は元々分かっていたようで、いつ名乗り出てくるか遊んでいたようだ。

 

「ジン、その辺にしとけ」

 

 それまで、黙っていたダークコートの男が口を開いた。

 

「私はその娘をあの男の元にへ送り届ける。お前は第二段階へ移れ。この教室の連中は任せた」

 

「あーもう、面倒くさいなぁ。なぁ、レイクの兄貴ぃ、やっぱりこいつ等に【スペル・シール】かけていくの? 別にいいでしょ、こんな雑魚共。束になって暴れだした所でオレの敵じゃねえし? そもそも、もうすっかり牙抜かれちまってるじゃん?」

 

 ジンと呼ばれたチンピラ風に男が教室全体を睥睨する。誰も目を合わせないように逸らした。

 

「それが当初の計画だ。手筈通りやれ」

 

「へいへーい」

 

 レイクと呼ばれる男が一瞬、自分と目が合った気がした。だが、直ぐにルミアの方を向いて連れて行った。システィーナと話している中、どうも、ルミアが触られる事が気に食わなかったように見える。

 微かに残った記憶では確か……いや、思い出している場合じゃない。今は、残ったジンと言う輩をどうにかする事が優先だ。

 

「んじゃあ、下手に抵抗すんなよぉ~」

 

 やるなら今だな。自分は立ち上がり机を蹴って教卓と最前列の間辺りに移動した。ジンと呼ばれている男は面倒くさそうにこちらを見て、指をこっちに向ける。

 

「おいおい、言ったばっかりだろ? この学院に言葉の意味も理解出来ないバカとか、笑えねえ」

 

「な、なにやってるのよ」

 

 システィーナは震える声でそう言った。確かに、この状況で言えばおかしな行動だろう。しかし、ここなら()()()()()上に、ヤツの後ろには空いた窓がある。

 指に力を込めて真っ直ぐと相手に向ける。その行動にジンは腹を抱えて笑いだした。

 

「ギャハハハ!! 何すんの!? 面白れぇ!!」

 

「錬金術」

 

「は? なに──」

 

 

 次に聞いたのは指の鳴らす音と爆音だった。そして、テロリストを中心に燃え上がる爆炎が窓を割り外へ逃げていく。それと、一緒に手前で発生させた衝撃波でジンと呼ばれた男も教室の外へと放り出される。

 

「……なに、今の」

 

 システィーナは――否、そのクラスにいた全員が、皆目の前で起きている状況を理解出来ていない。もし理解したとしても、それを実行するなんて考えられないだろう。それは正しく、グレン先生が言った『人殺し』の魔術だ。

 だと、言うのに自分は何も感じないし、何も思っていない。ただ、あるのは成功したと言う事実と達成感。

 

 ……自分はこんなにも薄情な人間だったのだろうか。例え、ヤツが罪を犯し裁かれる人間だったとしても、人を殺して何も感じない、何も思わない、そんな事があっていいのだろうか。

 人を殺したのは初めてだ。どうして――

 

 

 

 ──『通行料だ』

 

 

 

 

「ああ、そうか。俺も同じだった、ってことか」

 

 周りを見て見れば、自分に対する恐怖を宿した目、目、目。決して、誰も『助けてくれて、ありがとう』なんて言葉を口にしない。したとしても、何だ、アレは? と言った意味合いのものだろう。

 なら、最早こんな所にいる必要はない。ルミアを助けなければいけない。ルミアは何かしら事情を抱えていそうだ。出入口に向かおうとした時、一瞬立ちくらみのような物を感じた。

 

 何となく、『マナ欠乏症』と近い感覚だ。どうやら、思った以上に魔力を消耗するらしい。後、撃てたとしても三回か四回が限界と言ったところか。落ち着いたら『錬丹術』も考えた方がいいかも知れない。

 ふらつきはしたものの、何ともないように教室を出ていこうとするフォルティスにシスティーナは声を掛けようとしたが、逆にフォルティスから声を掛けられた。

 

「ルミアを助けに行って来る。安心しろ、ルミアが言った通りグレン先生は来るだろう」

 

「……私も連れてって」

 

「ダメだ、来ても足手まといにしかならないよ」

 

「何でっ!! 私も一緒に……ううん、分かった」

 

 最後、システィーナが何を言おうとしたのかは知らない。知った所で分かるハズも無い。きっと、そんな感情は自分には理解出来ないのだから。

 

 

 

 




感想にありましたが、手合わせ錬成は出来ます。ただ、本文にもあったように、一節詠唱があったりするので、手合わせ錬成はタイムロスが発生するのです。だから、私はこんな形にしました。まあ、あの錬成陣が好きだから、と言うこともありますが。次の投稿は来週の金、土、日曜日辺りになりそうです。


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五話

感想、評価、ありがとうございます。それと、誤字修正、大変助かっています。忙しくて直す時間が無い私にとって嬉しい限りです。なるべく誤字しないようには気を付けていますが、迷惑をかけています。
今回は原作とは違う展開となります。
※後書きを呼んで貰えると助かります。


 グレンは敵の目的が分からない以上は迂闊に動けないと考え、警備に連絡しようと踵を返そうとしたところで、空を横切る光の線を目にした。

 校舎内から壁を貫通して放たれたらしい今の光の閃光は間違いなく──

 

「──【ライトニング・ピアス】……だと!?」

 

 生徒たちが放った魔術のはずがない。間違いなく敵の呪文だろう。あの恐ろしい殺戮の呪文が密集した生徒たちに向けて放たれた物だとしたら、一発で十人は死んだだろう。

 警備官の詰め所へ向かっていた足が止まり、急に激しい動悸に襲われる。脂汗が止まらない。

 

 グレンの頭によぎるのはあの二人の生徒だ。もし、さっきの呪文が二人のどちらかに向けて放たれたものだとしたら? そこで倒れている哀れな守衛と同じように四肢を投げ出して壊れた人形のように打ち捨てられていたとしたら?

 

 自分はそんな二人の亡骸を前に、何を思うのか。

 

「ふん……関係ないね。上に連絡をつける。どうしようもなく正しい──」

 

 ──その言葉を切ったのは爆音と窓を破って噴き出た炎だった。それはまるで、【ブレイズ・バースト】と呼ばれる、収束熱エネルギーの球体を放ち、着弾地点を爆炎と爆圧で薙ぎ払う強力な軍用の攻性呪文のようだった。

 無論、生徒たちが放った魔術で無いことは明らかだ。

 

 グレンに迷ってる暇など無かった。

 

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 

 フォルティスは敵の狙いを考えながら虱潰しに近場から探し回った。だが、痕跡すら見つからない。

 

 何故、ルミアを連れ去った? 

 

 自分もどうして三年前にルミアが家に引き取られたのかは詳しくは聞かされていない。実の両親に捨てられたとは聞いているが、それだけだ。自分もそれ以上は聞かなかったし、聞く気も無かった。

 今思えば、もう少し話しを聞いてみるべきだった。だが、本当の姉妹のように思っているシスティーナでも今の状況について思い当たる事は無いように見えた。考えれば考えるほど、ルミア=ティンジェルの謎が深まるばかりだ。

 

「……今は、とにかく居場所を見つけないとな」

 

 奴等は堂々と正面から入って来ていた。となると、出るときも堂々と出るか? いや、グレン先生がもし遅れて来ていていたとしたら、既に手は打ってあるかもしれない。それに、民間の人が異変に気が付いててもおかしくないだろう。

 しかし、今こうして救援が来ていない事を考えるに、まだ気が付かれていないのかもしれない。それに、ここまで計画的な犯行だとしたら転送法陣は潰されていると考えていいだろう。 

 

 そして、今の状況で動けるのは自分だけ。ならば、一度学院から出て助けを呼んだ方がいい。例え自分が戦えると言っても限界がある上に、最低でも後二人はいると考えられる。さっきのヤツは油断したからこそ勝てたが、もう一人のレイクと呼ばれた男はそう上手く行かないだろう。

 そうと決まれば、目指すのは校門だ。どちらにしろ助けを呼ばなければ話にならない。

 

 フォルティスは校門の方向に向かって走り出す。若干だが、魔導器でもある義足の右足に違和感を感じたが、今はそんな事に構っている暇は無い。フォルティスは更に走るスピードを上げた。

 

 校舎から出て最短の道を選び走っていく。だが、ここで最短の道を選んだのが間違いだった。

 

「《ズドン》」

 

 一閃の雷光が後ろから顔の横を通り過ぎ、頬に切り傷をつけて壁にぶつかった。後ろに振り返れば、そこには見るも無残な状態の、ジンと呼ばれた男がいた。身体の殆どが焼き爛れていて重度の火傷だと素人の自分でも一目で分かる。顔も見るに堪えないぐらいに焼け爛れていた。

 だが、先ほどの【ライトニング・ピアス】を唱えた、ふざけた呪文は忘れるわけもない。充血した目でこちらを見ている。殆ど顔の筋肉が動いていないのに、その表情は苦痛に満ちた……と言うよりは、憎しみで怒り狂った表情だった。

 

 先ほど通った場所は、ちょうどジンが教室から落ちた地点だった。あの炎の渦からよく生きていたと思う。考えるに、焼かれた事によってほとんど血が出なかった上に、致命傷になる前に火が消えたと言ったところだろう。

 

 ならば、もう一度焼いてやるだけだ。

 

 右手を上げて相手に向ける。そして、指に力を入れたとき横から何者かに切り付けられた。

 

「──ほう、今のを避けたか」

 

 何とか、真横に飛んで致命傷は避けたが決して浅く無い傷だ。右肩辺りから血が滲み出て腕を伝って地面に滴り落ちる。姿を現したのはダークコートに男ーーレイクと呼ばれていた男だった。来た方向から考えるにルミアが居るのは転送塔だろう。

 

「クソガキがァ!! ぶち殺してやる!!」

 

 吠えながらジンはフォルティスに向かって、二発の【ライトニング・ピアス】を放つ。二つとも急所を狙っていた。それを、後ろに倒れることで避け、倒れながら先程の傷で肩から上がらない右手を向けることに成功する。

 

 パチンッ、と指が鳴ると同時にジンを中心とした爆炎が上がる。

 

「ギャアァァァァッ!!!?」

 

 その痛みにから来る絶叫は十秒もしないうちに止まって、激しく燃えながらジンは絶命した。

 しかし、一緒に巻き込もうと考えていたレイクと呼ばれていた男は、自分が仕掛ける前に既に自分の死角へと逃げていた。

 

「くっ」

 

 怪我をした右腕を下に倒れ込んだため、痛みが更に増す。が、すぐに身体を横に転がした。先ほどまでいた所に剣が突き刺さる。

 一回で魔力を多く持ってかれた為に、マナ欠乏症の症状の一つである軽いめまいを起こしながらも、どうにか距離をとって立ち上がる。

 

「ジンをやるとは驚いたぞ。たかが生徒だと侮っていた」

 

 見るからに満身創痍な自分に対して、レイクは決して慢心などせず、いつでも動けるようにしている。

 

「それは……貴様の固有魔術か? 詠唱無しであそこまでの高火力の魔術となれば、末恐ろしいな」

 

「……どうも」

 

 実際、固有魔術では無いがオリジナルだと言う点はあっているだろう。だが、自分が知っている“オリジナル”には程遠いものだ。

 オリジナルはもっと燃費が良く、高火力で、尚且つ、火力を調整し、発火させる場所すら細かく指定出来ていた。

 

 所詮、自分が使っているのは紛い物に過ぎない。

 

 錬成陣や根本的なものは殆ど同じではあるが他は全く違う物になっている。そもそも、定説では錬金術を行使する際に使うエネルギーは地殻変動エネルギーとなっているが、あの国での錬金術は地下に張り巡らせた、魂が凝縮された高密度のエネルギー体の『賢者の石』を利用しており、地殻変動エネルギーを使うことを阻害していた。

 

 なら、この世界では地殻変動エネルギーを制限無く使えると思っていた。だが、錬金術を行使出来なかった。これは自分の予想だが、この世界には魔術は、簡単に言えば呪文を唱えて世界の法則に干渉し、発動する。その法則に従うのであれば、魔術式の塊である錬金術を行使するために、もう一つトリガーとなる物が必要なので無いかと。

 

 そこで、魔術を発動する際に必要なもの……『魔力』に目をつけた。

 

 魔力の本質は生命力だ。生命力が無くなれば命を無くす。つまり、生命力は魂に強く結び付いているのでは無いか? と考えた。

 

 魂と繋がっていると考えれば、魂を利用したエネルギー体である賢者の石と同じ質のエネルギーを引っ張り出せるかもしれない。ならば、地殻変動エネルギーが使えない今、賢者の石と近い物である、魔力をエネルギーとすれば錬金術の行使は可能である。そして実際に、その理屈は合っていた。

 

 しかし、現実は違った。

 

 この錬金術はあの世界だからこそ行使できるものであって、今立っているこの世界では無理だった。

 しかし、諦めるにはまだ早い。だったらこの世界に干渉できるように改変すればいいじゃないか。

 

 だけど、それをするためにはこの錬金術の真理を知らなければいけなかった。

 

 

 

 

 

 

「チッ!!」

 

 思わず舌打ちする。レイクの五本からなる剣がフォルティスに襲いかかってきていた。その剣の腕は魔術師とは思えない。寧ろ、剣士だと言われた方が納得がいくほどの腕前だ。そして、剣を縦横無尽に動かしながら当たり前のように呪文も唱えてくる。

 

 レイクが唱えた【ライトニング・ピアス】が急所に目がけて飛んでくる。避けきれないと確信し、義足である右足を盾にするが、貫通力がある【ライトニング・ピアス】は義足を貫通して腹部を貫いた。だが、魔導器の中の魔力に妨害されたのか、ギリギリ急所から逸らす事が出来た。

 

 焼けるような痛みに意識が飛びかけるが、やっと出来た導火線を無駄にするわけにもいかない。歯を食いしばって、自力では上がらない右腕を左手で支えてレイクに向ける。

 

 既に、レイクの周りには燃焼物と酸素を生成してある。後はそれと繋げた魔力線……即ち、導火線に火種を送り込むだけだ。

 

「燃え──」

 

 レイクはとっさにその場から後方に飛び上がる。

 

「──尽きろッ!!」

 

 導火線を通って火種がレイクの場所へと行くのを見て意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 

 

 

「グレン先生!!」

 

「白猫!?」

 

 教室に向かっている最中にシスティーナが廊下の角から飛び出て来た。怪我をしていないことを確認出来て、ほっとした。しかし、直ぐに疑問が湧く。いつも隣にいるはずのルミアがいない。

 

「おい、ルミアはどうした?」

 

「それが……」

 

 システィーナの話す事実に耳を疑う。二人組のテロリストが教室に入ってきたこと。狙いはルミアだったこと。そして──

 

「あの炎はアイツが……?」

 

「私も何の魔術かさっぱり分からないし、詠唱もしてなかった。ただ、『錬金術』って言ってて」

 

「錬金術だと?」

 

 そこで、セリカと話したあの日のことを思い出す。もしかしたら、セリカのヤツ、何か知っていたのではないか、と。あのセリカがただ褒めるはずがない。何かしら理由があるはずだ。

 それに、今回の犯行は間違いなく天の智慧研究会によるものだ。いよいよもってきな臭くなってきた。

 

 そんなとき、廊下の窓が一瞬光ったと思ったら校門の近くで火が上がった。システィーナは走り出す。グレンの静止の声も聞かずに走った。あの時、足手まといと言われて確かにそうだと思った。だけど、あの日感じた悔しさに、気付いたら突き動かされていた。

 

 自分はまた置いていかれた。

 

 そう思えば思うほど悔しくなって兄を追いかけた。そうだ、昔もこうして兄に追いつくために必死にお爺様から魔術を学んだのだ。

 

「兄さん!!」

 

 火が上がった所に辿り着いた時、そこには一つの焼死体と、ボロボロになった兄が倒れていた。

 

 

 




感想等で上がっている疑問や不審点などは、話が進むにつれて触れていくつもりでした。いきなり解説が入ってきてもおかしいかなあ、と思っての事でしたが、逆に混乱させてしまったかも知れません。なので、本文で出来る限り触れていこうかと思いますし、後書きのほうで解説もしていくつもりです。どちらでも、触れられていなかったり、捕捉がなかったら、それは本編のほうで触れていくつもりです。

それと、思うのですが考えることはやっぱり近いですね。だいぶ、ドキッとすることがありました。

本文でちょっと触れましたが、錬成についての事が感想等で多かったですね。これに関しては関係性を持たせるために少々原作と異なるかも知れません。これ自体、私自身の考え方なので矛盾があったり、自分と合わない、と感じる方もいると思います。
これから更に触れていくので本文で楽しみにしていてください。

色々と疑問があるかも知れませんがちゃんと解説はしていきます。

※地殻変動エネルギーについて感想があり、合間を縫って見直してみると、考えていたことと違う意味合いになっていた事に気がつきました。次話が投稿する前に少し手直しします。5/21
5/22だいぶ、手直ししました。ただ一文を変えるつもりでしたが、こっちの方が後々いいかな、と思い結構変わりました。無理やりな感じですけど。


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六話

感想、評価、ありがとうございます。最近、忙しくて感想も流し読み程度にしか見れてません。出来る限り感想等で上がった疑問や不可解な点に触れていきたいと思っていますが、もしかしたら触れられないかも知れません。メッセージも溜まっています......。


「兄さん!!」

 

 倒れていたフォルティスをシスティーナは優しく抱き寄せる。身体は酷く冷たく顔色は青い。一瞬、もう死んでいるのかと思い心の奥底から悲しみが噴き出てくる。だが、微かに息をしていて胸も上下していた。

 安心すると同時に先ほどから溢れでてくる涙を拭きながら、怪我を治す白魔【ライフ・アップ】の呪文を唱える。

 

 自分でも気休め程度にしかならないことぐらい分かっている。だけど、そうしなければ後悔に押しつぶされそうだったからだ。

 

 システィーナ自身、肉体と精神を扱う白魔法は得意ではない。しかし、意識を集中させ維持し続ける。ただただ、ひたすら目が覚めることを心の中で思いながら。

 

 .......ふと、昔のことを思い出す。

 

 小さいころ、転んで怪我した自分にフォルティスがこうして【ライフ・アップ】をかけてくれた事を。お爺様に教わったばっかりだったからか、何だか楽しそうに傷を癒してくれた。

 

 

『大丈夫。()()()()()に任せとけ』

 

 

 なぜ、今こんなことを思い出したのかは分からない。しかし、あれほど焦っていた自分はいつの間にか落ち着いていた。

 

「シス......ティ......?」

 

「ッ!? 兄さん!!」

 

 薄らと目を開け自分の名を呼ぶフォルティス。

 

「おい、白猫。今のところは安全だったが、いつ敵が戻ってくるとは限らん。今のうちに医務室に連れて行くぞ......聞かないといけないこともあるしな」

 

 そう言って、グレンはフォルティスを抱えると医務室のある校舎へと向かう。システィーナもその後に付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、これなら大丈夫だろう」

 

 フォルティスを医務室に連れて行き、グレンが手際よく手当をした。システィーナの【ライフ・アップ】のおかげか【ライトニング・ピアス】による傷は致命傷にならなかった。

 

「よかったぁ......」

 

 また、ポロポロと涙を流し始めるシスティーナ。しかし、グレンに気にしてる時間は無かった。

 

「白猫、教室に入ったのは二人組だったよな?」

 

「え? あ、はい」

 

 二人組。正門の近くにあった死体は一つだけ。となると、もう一人どこかにいるハズだ。フォルティスの傷を見る限り相手は剣のような鋭利な物を持っていると考えられる。そして、焼死体からはそんな物は無かった。

 

 自分とシスティーナが移動している間にもう一発似たような爆発音がした事を考えれば、フォルティスが使う『錬金術』で深手を負って逃げたのか。それとも、自分たちが来たから一旦退いたのか。

 

 もし、逃げたと言うことを仮説に考え、そして、自分たちの事も把握しているものとする......。

 

「......ッ! 白猫! 何があってもここから出るなよ」

 

「は、はい」

 

 グレンは急いで飛び出した。もし、もしヤツら側となって自分が真っ先に考えるのは、今の状況を少しでも有利にするための行動だ。そのために手札としてあるのはーー。

 

 廊下の途中で突然魔力の共鳴音が響き渡ったと思うと、グレンが向かう先の廊下の空間が波紋のように揺らめいた。そこから現れたのは無数の骸骨。二本の足で立ち、剣と盾を持っている。

 それらが、向かう先には教室。

 

「──人質だ!」

 

 召喚【コール・ファミリア】。本来なら、小動物などのちょっとした使い魔を呼んで使役する召喚魔術の基本術だが、この術者は自己生成したゴーレムを使い魔として使役し、しかも遠隔連続召喚するなどという、高度なことをやってのけている。

 これを考えるに、フォルティスによって負傷しているという仮説は無いと見える。

 

 グレンはゴーレムが竜の牙で出来ていると見抜く。驚異的な膂力、運動能力、頑丈さ、と三属耐性を持っている。

 

「随分と大盤振る舞いなこったな......!!」

 

 こちらに気が付いたボーンゴーレムに渾身の右ストレートを頭部に叩き込む。

......が。

 

「か、硬ぇ!?」

 

 少し仰け反らせただけで、ひび一つ入ってない。

 

「クソッ!! 【ウェポン・エンチャント】間に合うか!?」

 

 殴ったことで近くにいた他のボーンゴーレムも気が付いて、数で襲ってくる。一旦、距離を取って【ウェポン・エンチャント】を唱えようとするが、直ぐに距離を詰めてきて唱える隙を与えない。

 先の廊下を曲がって行けば生徒たちいる教室がある分焦る気持ちが高まってくる。数の暴力に手後招いていると。

 

「──《その剣に光在れ》ッ!」

 

「ッ!? お前──いや、助かった!!」

 

 システィーナが唱えた黒魔【ウェポン・エンチャント】でグレンの両拳が一瞬白く輝き、その拳に魔力が付呪された。

 何で出て来たと文句を言おうとしたが、今の状況を考え後にする。素早くステップを踏み、正面と左右から来るボーンゴーレムを今度こそ頭部を粉砕した。

 

 一直線の廊下に対して前には無数のボーンゴーレム。後ろに下がろうにもシスティーナがいる上に下手に下がれば医務室にいるフォルティスに被害があるかも知れない。自分の切り札である【愚者の世界】を使うと言っても、魔術の起動そのものシャットアウトするだけで、既に起動し現象として成り立っているものには効果が無い。

 

「正面突破しかないか......白猫。お前の得意な【ゲイル・ブロウ】を即興で改変しろ。威力を落として、広範囲に、そして持続時間を長くなるように」

 

 じりじり、と距離を詰めてくるボーンゴーレムをけん制しつつ、後ろにいるシスティーナに言う。

 

「え!? わ、私にそんな高度なことが......」

 

「俺がここ最近で教えたことを理解できるなら、それくらいできるはずだ。てか、できろ。できないなら単位を落としてやる」

 

「り、理不尽だ......」

 

「......少なくとも、お前の兄貴はやってたぞ」

 

「う、うそでしょ!?」

 

 衝撃の事実に驚きを隠せないでいるシスティーナ。結局、フォルティスはグレンが真面目に授業し始めても合間を縫って、自身の研究に力をいれていた。それに対して自分は真面目に受けていたと言うのに。

 

 これに関してはグレン自身もさっき気が付いたことだ。手当しているときに見えたフォルティスがしている手袋に書かれた魔法陣。今まで見た事の無い方陣であったが、一つだけ理解出来た術式。

 その方陣の中に組み込まれているであろう、変質と変換の性質を持った術式。

 

 それは、グレンですらやったことの無い改変だった。自分が授業をする前から改変していなければ、できないであろう長く、そして、高度な改変。

 優秀なことは少なからず分かっていた。しかし、ここまで来るといくら貴族とはいえ、実力が高すぎるとも言える。

 なら、その妹であるシスティーナも少なからずその才能はあるのではないか、と思い。グレンは命令した。 

 

「......分かりました、やります!!」

 

「よしっ、なら俺はこいつらの足止めだ」

 

 迫るのは感情を持たないゴーレムたち。多勢に無勢。

 

「──おおおッ!!」

 

 迫りくる攻撃の嵐を搔い潜り、隙を見ては拳を繰り出す。しかし、倒しきれないゴーレムたちによって少しずつグレンの身体は傷をつけていった。

 

 

 

 

 グレンが足止めしているうちに、即興で術の改変をする。グレンに教わった魔術文法と魔術公式を使って少しずつ望む魔術へと近づけていく。グレンが攻撃を捌ききれずバランスを崩すたびに心臓が締め付けられ、胸中では焦燥に焦がされる。

 

 そんな中でシスティーナは気が付いた。あの不退転の意思と立ち回りは自分を頑なに信じてくれなければ絶対にできない動きだ。口を開けば皮肉と憎まれ口ばかりでも、グレンは自分を信頼していたのだ。あの信頼を裏切るわけにはいかない。

 

「詠唱速度を二十五に落として......テンションを四十五とすれば......」

 

 自分でも強くないと分かっている。ただ、名門の名にふさわしくあるように強がって見せているだけで、小さいころから兄の後ろに隠れていて、本当は臆病で弱い。いつも兄が助けてくれると思っていたから。

 現に、兄がテロリストを倒してくれたときは、やっぱり助けてくれた、と思った。そして、足手纏いと言われたとき、悔しさとそして──

 

 ──安心した。

 

 兄さんが行くんだから、自分は行かなくても、わざわざ怖い思いなんてしなくても良いんだと思ってしまった。

 

 そんな自分が嫌になる。

 

 ルミアにも、グレンにも、そして、兄にも救われた。三人がいなかったら、今、自分はここに立っていることもできない。死んでいたか、心を壊していただろう。

 

 だから、だからこそ、今度は私が助ける!

 

 焦燥でパニック寸前だった脆い心を、システィーナは見事に御した。やがて、すとん、と腑に落ちるような閃きと共に最後のルーンを選び、呪文の改変が完成する。

 

「先生、できた!」

 

 システィーナが叫んだ瞬間、グレンは待ってましたと言わんばかりに、システィーナの方へ向かって駆け出した。当然、その後を追ってくるボーンゴーレム。

 

「何節詠唱だ!?」

 

「三節です!」

 

「よし、俺の合図に合わせて唱え始めろ! 奴らめがけてぶちかませ!」

 

 ゴーレムたちが迫ってくる。がその前にグレンがシスティーナの後ろに行く方が早い。

 

「今だ、やれ!」

 

「《拒み阻めよ・──」

 

 グレンとシスティーナの距離が詰まる。

 

「《──嵐の壁よ・──」

 

 距離、十足、五足、三足。

 

「──その下肢に安らぎを》──ッ」

 

 グレンが跳躍する。システィーナの背後に回った瞬間。呪文が完成しシスティーナの両手から爆発的な風が生まれた。廊下全体を埋め尽くすような広範囲にわたって吹き抜ける指向性のある嵐がゴーレムたちを襲う。

 それにより、ゴーレムたちの進行速度は劇的に落とした。

 

 しかし、即興ゆえ威力が足りなかったのか、ゴーレムたちは気流に逆らってにじり寄ってくる。

 

「だ、だめ......完全に足止めできない......ごめんなさい、先生......ッ!」

 

「いいや、上出来だ。助かる」

 

 荒い息をつきながらグレンは立ち上がる。ぴん、と小さな結晶のようなものを頭上で弾き飛ばし、落ちてくるそれを横に薙いだ左手で掴み取る。

 

「俺が今からやる魔術は何かの片手に唱えるのは無理なんで......しばらくそのまま耐えていろ」

 

 一呼吸置いて、グレンは目を閉じ、呪文を唱え始めた。ゆっくりと。ことさらゆっくりと。

 グレンの左拳を中心にリング状の円方陣が三つ、縦、横、水平に噛みあうように形成され、それぞれが徐々に速度を上げながら回転を始めた。

 

「え? 嘘.......?」

 

 システィーナはグレンが唱えようとしている呪文の正体に気が付いた。しかし、目の前に迫ってきているゴーレムたちの距離を見て間に合いそうにないと思った。

 

「くっぅ!! ......せ、先生!!」

 

 ダメ、間に合わないッ!!

 

 

 ──パチンッ

 

 

 指を鳴らす音が聞こえたと思ったら、システィーナの近くまで迫って来ていたボーンゴーレムの先頭辺りで小規模な爆炎が起こり炎の風となってゴーレムたちを押し返す。

 

「こ、これって!?」

 

 振り向けば、壁に凭れ掛かりながらもこっちをしっかりと見据えた兄、フォルティスの姿があった。

 

「兄さん!!」

 

 軽く手を上げて大丈夫なことをアピールしている。それと、同時にグレンの魔術が完成する。

 

「《其は摂理の円環へと帰還せよ・五素より成りし物は五素に・象と理を紡ぐ縁は乖離するべし・いざ森羅の万象は須くここに散滅せよ・──」

 

 そして、グレンはシスティーナの前へと踊り出る。

 

「──遥かな虚無の果てに》──ッ!!」

 

 渾身の大呪文が完成する。

 

「ええい! ぶっ飛べ、有象無象! 黒魔改【イクスティンクション・レイ】──ッ!」

 

 グレンが前方に左掌を開いて突き出す。高速回転していたリング状の円法陣が前方に拡大しながら展開。次の瞬間、その三つ並んだリングの中心を貫くように発生した巨大な光の衝撃波が、前方に突き出されたグレンの左掌から放たれ、廊下の遥か向こうまで一直線に駆け抜けた。

 

 そして、その放射線状にあった物......ボーンゴーレムの群れはおろか、天井や壁まで、光の波動はえぐり取るように全てを飲み込み、一瞬にして粉みじんに消滅させた。

 

 

 

 




つ、疲れました。ちょっとずつ書いていたんですが、中途半端な所で終わってしまいました。息抜きを書いていたのが裏目にでたのかも......でも、やっぱり物語を書くって楽しいです。

それはそうと、感想であったのですが、矛盾しているのではないかという、指摘がありましたが、ちゃんとそれは本文で触れますので。

それと、あくまでも自己解釈と自分なりの考えなのでおかしいんじゃないか、と思われそうですが矛盾にならないような考えはしています。これは自分の伝え方というか、文才が無いせいですね。


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七話

更新が遅れてしまって申し訳ない。出来れば一週間に一話から二話のペースで更新したいですが、今回のように二週に一話のペースで更新するときがあります。



 無音。静寂。もはや眼前に動くものは何一つない。

 

「……え?」

 

 あっけない幕切れにシスティーナが忘我する。天井は完全になくなり上階が見える。右手の壁も全て消滅していた。

 

「す、凄い……こんな、高等呪文を」

 

 黒魔改【イクスティンクション・レイ】。対象を問答無用でオリジンまで分解消滅させる術である。個人で詠唱する術の中では最高峰の威力を誇る呪文であり、元はセリカ=アルフォネアが邪神の眷属を殺すために編み出した、限りなく固有魔術に近い神殺しの術だ。

 

 フォルティスの『焔の錬金術師』を再現したものは、固有魔術に近しいものであるが、根本はまた違うものになっていた。

 

 グレンは詠唱する際に何らかの触媒を使ったようだが.......それでもできるだけで掛け値なしの賞賛と驚愕に値することでもある。

 

「い、いささかオーバーキルだが、俺にはこれしかねーんだよな……ご、ほ……っ!」

 

 その時、グレンが血を吐いて崩れ落ちた。

 

「先生!?」

 

 グレンの異変に、システィーナは慌ててグレンの元に駆け寄り、その身体に触れる。全身に浮かぶ冷や汗、触って思わずぞっとするほど身体は冷たかった。

 フォルティスのときと同じ症状。

 

「マナ欠乏症!?」

 

「まぁ……分不相応な術を、裏技で無理矢理使っちまったからな」

 

 マナ欠乏症を差し引いてもグレンの状態はひどい。全身、傷だらけの血まみれだった。致命傷はないが、傷の数がかなり多い。このまま血を流し続けるのはまずい。

 

「だ、大丈夫なんですか!? 兄さん、どうしよう!?」

 

 近くまで駆け寄って来たフォルティスに投げ掛ける。フォルティス自身も何かしようとしているが躊躇いをみせていた。

 とにかく、システィーナは怪我を治す白魔【ライフ・アップ】の呪文でグレンの傷を癒やそうとする。

 

「馬鹿、やってる場合か……」

 

 グレンが口元を伝う血を拭って無理矢理立ち上がる。その膝は笑っていた。

 

「今すぐ、ここを離れるぞ.......早くどこかに身を隠──」

 

 いいかけて、苦い顔をするグレン。その先は近くで警戒を高めたフォルティスが言った。

 

「──そう甘い敵ではないようです。グレン先生」

 

 かつん、と。

 

 破壊の傷痕が刻まれた廊下に靴音が響いた。

 

「【イクスティンクション・レイ】まで使えるとはな。少々見くびっていたようだ」

 

 廊下の奥から現れたのは、フォルティスが倒し損ねたもう一人のテロリスト──レイクだった。

 しかし、右腕の肩から先の袖が無くなっている。露になった腕は多少火傷の後が残っているが、かすり傷と同等がいいとこだろう。

 

「っ!?」

 

 システィーナは息を呑む。最悪のタイミングだ。グレンは既に満身創痍。フォルティスも想像以上に回復していたが、それでも、腹部の傷に一度起こったマナ欠乏症の名残があるのか顔色は優れていない。

 

 フォルティスと戦ったときと同様に五本の剣が浮いている。既に発動されているのでグレンの【愚者の世界】は通用しない。

 

「あー、もう浮いている剣ってだけで嫌な予感がするよなぁ……あれって絶対、術者の意思で自由に動かせるとか、手練れの剣士の技を記憶していて自動で動くとか、そんなんだろう? ──そこんとこどうなのよ?」

 

 グレンはレイクから目を離さず隣にいるフォルティスに聞いた。

 

「いや、あの時は必死でしたから……少なくとも一本は自由に動かせると考えていいと思いますよ」

 

「だよなぁ」

 

 フォルティスの答えに情けない声を上げるグレンだった。

 

「グレン=レーダス。前調査では第三階梯にしか過ぎない三流魔術師と聞いていたが.......一人をやり、さらに高等魔術まで扱うとは。それにそこにいる学生に限ってはノーマークだった。お陰で誤算だらけだ」

 

「まあ、その誤算のお陰で上手く立ち回れたんですけどね」

 

 錬成陣が書かれた手袋を指の奥までもう一度、外れないように深く着け直す。

 

「それに関してはあれから考えたが未だに原理が分からん。恐ろしいこと、この上無いないな」

 

 フォルティスに気を取られている間にグレンはシスティーナに耳打ちする。

 

「おい、白猫。魔力に余裕は? お前はあの剣をディスペルできそうか?」

 

 システィーナはレイクの背後に浮かぶ剣を見る。見ただけで大量の魔力が漲っているのがわかる。当然のように魔力増幅回路が組み込まれているのだろう。

 

「私の残りの魔力全部使っても多分、少し足りない……と思う。そもそも【ディスペル・フォース】を唱えさせてくれる隙がなさそう……」

 

「なら、よし」

 

 グレンは突然、システィーナを横に突き飛ばした。

 

「……え?」

 

 システィーナが突き飛ばされた先は、グレンの【イクスティンクション・レイ】によって右手に空いた空間、校舎の外だ。

 

「きゃあああああっ!?」

 

 全身を包む無重力共に、システィーナは四階もの高さから落下していった。

 

「ふん、逃がしたか」

 

「まあね。流石にお前を相手に庇いながらやるのは無理そうだしな」

 

「……グレン先生、正直言って右足があんまり動かないです」

 

「……冗談キツイっての。本当はお前も逃がしたいんだがな」

 

「状況は分かってますよ。それに何か策はあるんですよね?」

 

 策、それはまだ知られていないグレンの固有魔術【愚者の世界】だ。しかし、運が悪いことに奴の周りには既に発動されている魔術がある。

 もし、ここで使ったとしてもこちらの方が不利になるのは必然だった。それに、今ここで頼れるのはフォルティスの錬金術だ。それを無効にしてしまったら尚更勝ち目はないだろう。

 

「後、何回アレを発動できる?」

 

()()()を使いましたが……精々撃てたとして後二発ですね。ですが、相手も十分警戒してるでしょうから隙を作るための事を考えると、一発と考えた方が……」

 

 二発。それで奴を倒すには全然足りない。それに、フォルティスが戦い慣れていないのが良く分かる。隙を見せていないように見えるが、結構隙だらけだ。

 だが、その重心の置き方から足の動きを見てグレンは確信する。

 

「お前、なんで帝国式軍隊格闘術なんか……いや、そう言えばお前お坊ちゃんだったな。それでも、やっぱり疑問に思うがな」

 

 たまに英才教育として習わせる貴族もいるが、それはほとんどが軍関係者限定の話であり、フォルティスのような貴族はそうそうにしない。

 

「これでも昔はだいぶ期待されていたんですけどね……今はもう」

 

 フォルティスの右足が義足だと言うのがその答えなのだろう。

 

「とにかく、俺の合図で奴の剣をどうにかディスペルできるか? 取り敢えず何でもいいから無力化しろ」

 

「完全な無力化はムリかも知れませんが、一時的なら何とか」

 

「よし、後は臨機応変にな。それと……ヤバいと思ったら俺を捨てて逃げろよ」

 

 そう言ってグレンは構えを取る。

 

「……終わったか?」

 

「ああ、悪いな待たせて」

 

「ふん、動きづらくて仕方ないな」

 

 今までレイクが動かなかったのは、ずっとフォルティスが右手を伸ばし狙いを定めていたからだ。勿論、仕掛けようと思えば仕掛けられたが、レイクはどこまでが射程圏内なのか探っていた。分かれば後々チャンスにもなるし、分かり次第攻撃できたが、どうやら先にグレンたちの話し合いが終わった。

 

「行くぞ」

 

 レイクが指を鳴らすと背後に浮かぶ剣が一斉にグレンとフォルティスに切っ先を向けた。その内二本がグレンへ、そして、三本がフォルティスを目掛けて飛来した。

 

「来るぞ!!」

 

「先生ッ! 下がれッ!!」

 

 フォルティスが一歩前へと出て両手を合わせる。

 

 ──パンッ!!

 

 と、手を叩く乾いた音が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 

 

「い……痛たたた……もう、なんてことするのよ……アイツ!」

 

 落とされた先。校舎の中庭に四つん這いに突っ伏しながらシスティーナは呟いた。黒魔【ゲイル・ブロウ】の呪文で落下速度の減速を行ったために、感覚的には五、六つほど飛び降りた程度ではあるが。

 

「これが女の子に対する仕打ち!? もし私の呪文詠唱が間に合わなかったらどうするつもりだったのよ!? もう!」

 

 叫んでみたが、システィーナの心は急速に消沈していった。冷静に考えればグレンが庇い立てしてくれたのは分かる。

 身震いするほどの超絶技巧の数々を披露したダークコートの男は、あのチンピラ男とは比べ物にならないほどの格上だ。あんな規格外の魔術師との戦いの場に残ったシスティーナが巻き込まれて死亡する確率と、落下死する確率。比較する必要もない。

 

 しかし、フォルティスがあの場に残っていたと言うことは、少なくとも肩を並べて戦えると思っての事だろう。

 実際そうだ。兄は自分たちには考え付かない魔術を駆使してテロリストの一人を倒し、あのダークコートの男とも一戦交えている。

 

「結局、私は……足手まといなのね」

 

 あの時は何とか上手くいったが、それはグレンが庇ってくれていたからであって、しかも、最終的にはフォルティスの援護がなければやられていたのは自分だった。

 もし、追い詰められたとき私では無く兄だったら、何も問題なく済んでいたのではないか? 

 もしかしたら、グレンはマナ欠乏症にならずに済んだのではないか?

 

 そんな自傷的な考えばかり浮かんでしまう。

 

「──ッ!?」

 

 頭上から、何かと何かが激突する音が響き渡った。青い稲妻のようなものまで起こっている。戦いが始まったらしい。こうなれば、もう自分に出来ることは何もない。

 

「もう、先生の言う通りにするしか……」

 

 がくりと肩を落としてシスティーナはその場にうなだれた。自分の無力さに打ちひしがれ、目の前が真っ暗になっていく。

 だが、そのときだった。ふと、気がつく。

 

「……言う、通り?」

 

 その言葉には、何か違和感があった。その違和感の意味をぼんやりとシスティーナは考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乾いた音が鳴りフォルティスが廊下の地面に両手を付ける。すると、青い稲妻が発生し地面が形を変える。二人の目の前に分厚い壁が聳え立つ。

 

「おいおい、まさかこれも錬金術って言わないよな……?」

 

「それは後々で。先生、仕掛けます」

 

 先ほど攻撃を防いだ壁に、また手を合わせそこから両手付ける。すると今度はその壁が複数の石の拳となりレイクに襲いかかる。

 レイクは何本にもなる石の拳を近くまで戻した五本の剣で弾き、又は、切り裂いていく。

 

「やはり、あの小僧が厄介だな」

 

 レイクの矛先が完全にフォルティスに向く。五本の剣全てがフォルティスの元へ飛来していく。どうにかフォルティスは避けようと身体を動かすが、義足である右足が前の戦闘によって上手く動作してなく、思うように動けなかった。

 

「はぁ──ッ!」

 

 それを、グレンが拳で受け流し、打ち落とし、フォルティスを守る。その間に少し下がって、また手合わせ錬成で次は槍を錬成し、レイクに向かって投げつけた。

 それを、素早く戻した剣で弾く。

 

「ちぃ、何でさっき防がなかった?」

 

 ゆらゆらと、剣が二人に切っ先を向けて取り囲んでいる。

 

「等価交換ですから」

 

「そういうことか──よッ!!」

 

 飛来してくる剣をまた拳で弾く。先ほどフォルティスは防がなかった、のではなく。防げなかったのだ。足元には防ぐほどの質量をもった地面が無かったのだ。

 レイクの攻撃を防いだ壁を錬成したぶん足元の地面が減り、フォルティスは崖っぷちとは言わないがシスティーナが落ちたようにその手前のところに立っていたのである。

 

『等価交換』

 

 錬金術における最も根本的な原理。特に無から有は作れない。何かを得るには同等の代価が必要だと言うことだ。

 先ほど作った槍もその分の質量が地面を抉って穴を作っている。

 

「先生、俺が何本か剣を抑えます」

 

「おう、頼むぜ」

 

 グレンは弾かれるようにその場から走りレイクに向かっていく。こさせまいと三本の剣がグレンに向かい、残りはフォルティスを牽制する。

 しかし、フォルティスはそれを無視して腕を前に突きだした。

 

「ッ!?」

 

 その動作にレイクは直ぐ様そこから離れ、二本の剣をフォルティスに向かわせ、グレンへと向かわせていた剣の三本の内二本を戻し、目の前に交差させる。

 

 しかし、一向に指が鳴る音がしない。見ればフォルティスはレイクが剣を交差させた一瞬の隙をついて手合わせ錬成に切り替えていた。

 ギリギリの所でフォルティスは剣の攻撃を防ぐ。

 

 気がつけばレイクのすぐ前には自分に向かっていた剣を弾いたグレンの姿があった。

 

「《紅蓮の獅子よ・憤怒のままに──」

 

 グレンが選択した魔術は、黒魔【ブレイズ・バースト】。強力な軍用の攻性呪文だ。この爆炎に巻き込まれれば、消し炭すら残らない。しかも、この状況では避けることもままならないだろう。

 

「《・吼え──」

 

 だが、グレンの三節詠唱が完成するより早く──

 

「《霧散せよ》」

 

 その瞬間、グレンの左掌に生まれかけていた火球が音を立てて弾けとんだ。

 黒魔【トライ・バニッシュ】。空間に内在する炎熱、冷気、電撃といった、三属エネルギーをゼロへと強制に戻して打ち消す、対抗呪文だ。

 

「呪文の撃ち合いにおいて三節詠唱が一節詠唱に勝てるわけがあるまい」

 

 三本の剣をフォルティスに向かわせて援護できないように攻撃をさせる。右足が動かしにくいぶん回避がしずらく、手合わせ錬成で防ぐので手一杯になっていた。

 

「【ブレイズ・バースト】とはこう唱えるのだ──」

 

 冷酷な目がグレンを捉える。

 

「《炎獅子──」

 

 一節詠唱による黒魔【ブレイズ・バースト】の超高速起動。これができれば一人で軍とも渡り合えるとされる高等技術である。

 この一手で勝負を決めてしまえることを半ば確信していたが。

 

「──!?」

 

 なんと、グレンはレイクが一節詠唱を開始したと同時に、懐から何か取り出そうとするような仕草を見せながら、レイクに向かって突進し、そして。

 

「《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て──」

 

 絶対に間に合うはずの無い三節詠唱を開始したのだ。それはあまりにも魔術戦の定石を無視した愚挙だ。たが、レイクの鋭敏な判断力が瞬時にグレンの狙いを予想し、危険だと判断した。

 まさか、策無しにこんな愚行しないだろう。何かしらある、と確信して起動しかけていた魔術を解除し、跳び下がる。

 

「──・刺し穿て》ッ!」

 

 その隙を狙いグレンの呪文が完成する。黒魔【ライトニング・ピアス】。グレンの指先から一条の電光が迸り、レイクの身体の中心目掛けて真っ直ぐ突き進む。

 

 しかし、レイクがとっさに操作した二本の手動剣が辛うじて間に合い、レイクの眼前で交差し、それを防いだ。

 

「【トライ・レジスト】かよッ!?」

 

 動揺した隙を狙い、すかさずレイクが手動剣を操作してグレンに斬りかかる。

 

「はっ!! 惜しかったな、死ね!」

 

 それと同時にグレンが【ディスペル・フォース】の呪文を唱える。

 

「遅い!!」

 

 三節で括られるグレンの呪文詠唱が間に合うはずがない。しかも、それは悪手だ。【ディスペル・フォース】に必要な魔力量は打ち消す対象の持つ魔力量に比例する。

 本来、簡易な符呪を解くための術であり、魔力増幅回路が組み込まれている魔導器に扱う魔力をディスペルしようとすれば、それこそ自身が一瞬で枯渇してしまうほどの魔力が必要になる。

 

 魔術戦において相手の魔導器をディスペルで対処するのは、やってはならない悪手であることは常識だった。

 

 案の定、グレンの体に二本の剣が突き刺さる。辛うじて身をさばき急所は外したが、勝負は決した。しかし──

 

「──均衡を保ちて・零に帰せ》!」

 

 グレンは血反吐を吐きながら呪文を完成させていた。

 

「確かにそれが通れば、私の剣は一時的にただの剣になりさがるが、貴様に止めを刺すには十分だ」

 

 剣に込められた魔力の半分ほどしか打ち消しておらず、多少動きが鈍くなっただけだ。それに、フォルティスに向かわせた自動剣を引き戻せば──

 

「──なにッ!?」

 

 引き戻せなかった。見れば三本とも地面や壁に埋められている。否、縫い付けられていた。

 異様な形をした地面に埋め込まれ、手のような形をした壁に掴まれ、それはまるで壁に付けられている芸術品のようだった。

 

 いくら達人の技を模した所で自動化された剣技は死んでいるのも同然。例え、戦闘に不慣れであるフォルティスでも三本の剣相手に集中できれば無力化など、時間をかければ苦戦することであっても無理な話ではない。

 

「だがッ!!」

 

 鈍くなっているがフォルティスが何かする前にグレンから剣を引き抜き、首を刎ねる方が早い。

 しかし、その()()()()()のが命運を分けた。

 

「悪あがきもそこまでだ、死ね──」

 

 レイクが手を上げた──その瞬間だった。

 

「《力よ無に帰せ》──ッ!!」

 

 あさっての方角から、全く予想もしてなかった一節詠唱が飛んだ。

 

「何ッ!?」

 

 背後の廊下の先、遥か向こうに見覚えがある人影があった。システィーナだ。いつの間にかそこにいたシスティーナが【ディスペル・フォース】を唱え、二本の剣にありったけの魔力を乗せて飛ばした。

 この瞬間、二本の剣はただの剣へと成り下がる。

 

「フォルティスッ!!」

 

 グレンがフォルティスの名前を呼ぶ。それに呼応するようにフォルティスは右腕を上げレイク向けて突きだしていた。

 

「ち──《目覚めよ刃──」

 

「遅せぇッ!!」

 

 再び剣に魔力を送って、再起動させようとするレイクに先んじて、グレンが愚者のアルカナを引き抜いた。

 

 グレンの固有魔術【愚者の世界】が一瞬早く起動する。そして、唱え終わっても何も起こらない事にレイクはこれまで以上に動揺を見せる

 

「何故……何故、呪文が発動しないッ!?」

 

 この場における、全ての魔術起動が封印された。そう、()()()()()()()()()封印されない。

 

 

「──チェックメイトだ」

 

 

 パチンッ、と指がなる音がしてレイクを中心に爆炎が巻き起こった。

 

 

 




後は大体原作と同じじなので書きません。多分、今回の戦闘に関して、こんな描写いる? や、意味なくね? みたいな事を思う人がいるかもしれませんが.......すみません、最後の描写を書きたかっただけなんです。
そこに関しては愚者の世界が発動する前に魔術起動と同等である、錬成は済んでいます。後は火種を起こすだけですので。

次回は最初にこの後日談を入れて二巻から始まります。

私、まだ七巻を読んでないんですよね.......はぁ。

追記: 指摘があって二話のフォルティスがセリカを呼ぶときの名称を「セリカ教授」から『アルフォネア教授』に変更しました。


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八話

遅れて本当に申し訳ありません。この時期だと色々と大変なんですよね。取り敢えず、短いですが生存報告も兼ねてます。



 焦げ臭さが廊下に空いた穴から風に乗って流れていく。フォルティスの最後の錬金術によってテロリストの一人であるレイクは灰と化した。

 ぐらり、とグレンが崩れ落ちる。

 

「先生ッ!?」

 

 システィーナが駆け寄り地面に倒れ込む前に抱き留めた。

 

「酷い出血......兄さん、どうしよう!?」

 

「取り敢えず、医務室に運ばないとな」

 

 と、言ったもののフォルティス自身も身体が動かず、立っているのがやっとの状態だった。無理に無理を重ねた結果なのか右足の義足も油を何年も差していないブリキのように動かない。

 

「悪い、システィ。もう動けそうにないわ」

 

「ちょ、えぇ!? 二人も運ぶなんて絶対無理!!」

 

 何とか壁に背をつけてそのままズルズルと座り込む。座ってしまった以上もう立つ事は当分キツイだろう。下手に重症のグレンを運ぶことに手を貸して、こけたりしたら目も当てられない。

 

「俺は後でいい。早く先生を運んで応急手当を。まだ、終わってない」

 

 そう、まだルミアが攫われたままだ。多分、もう自分は今日一日役立たずになる。だが、グレン先生なら動いてくれるハズだ。それに、微かに残る記憶が確かならちゃんと助かるだろう。

 

「でも......ううん、分かった。すぐ戻るから!!」

 

 ああ、とても眠たくなってきた。システィーナが何か言ってるのが聞こえる。だけど、少しだけ寝たい。後は頼みましたよ、グレン先生。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──何で、できないッ......!?』

 

 焼けるような痛みが右足から伝わってくる。それで、理解した。もう既に自分の右足は無いのだろう。だが、今はそんなこと気にして居られない。

 這いずって目の前に横たわっている祖父の身体に近づく。

 

 触れば温かいハズだ。

 

 息をしているハズだ。

 

 何時ものようにあの温かい手で撫でてくれるハズだ。

 

 また、『メルガリウスの天空城』の話を聞かせてくれるハズだ。

 

 なのに、どうして──

 

 

 ──こんなにも冷たい?

 

 

『出来るハズなんだ! この世界なら──この術式ならッ!!』 

 

 頬を伝う涙を拭う。

 

 諦めるか、諦められるものか。

 

 例え、真理(絶望)を見せられたとしても。その知識から決して人体錬成が出来ないとも。この世界にはまだ魔術(希望)がある。だからこそ、自分は何もかも代償にする覚悟で錬成をした。

 

『諦めれるかよ、アイツの──システィーナのあんな顔はもう見たくはない......!!』

 

 手を合わせる。それは、まるで神に祈るように。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件。

 

 一人の非常勤講師の活躍により、最悪な結末の憂き目は逃れたこの事件は、関わった組織のこともあり、社会的不安に対する影響を考慮して内密に処理された。学院に刻まれた数々の破壊の傷跡も、魔術の実験の暴発ということで公式に発表された。

 

 自分の事もまたグレン先生が色々と説明してくれたお陰で特に事情を求められることは無かった。それと、徹底的に情報統制を敷かれ結果として詳しく事情を知るのは一部の講師と教授陣、そして、当事者の生徒達しかいない。

 

 そして、あの事件後。自分とシスティーナとグレン先生は何でも事件解決の功労者として帝国政府の上層部に密かに呼び出され、ルミアの素性を聞かされた。自分としては何となく凄い身分だった、ぐらいの記憶が残っていたのでそう驚きはしなかった。

 一応、事情を知る側として秘密を守るために協力することを要請された。とは、いえ、何が変わる事は無い。異能に少し興味があるが、いずれ分かることだ。

 

 こうして色々とあったが、また平和な日常が戻ってくるだろう。

 

 

「悪いな、待たせたか?」

 

「いえ、別に待ってませんよ」

 

 振り返ればローブを両袖に腕を通さず羽織っただけで、まともに着用していなグレンの姿があった。

 

「あれ、アルフォネア教授?」

 

「あの時以来かな? フォルティス=フィーベル君」

 

 あの時以来とは、自分がちょうど錬金術の試行錯誤をしていた時の事だろう。

 

「フォルティス、悪い。あんな状況とは言えお前に......人殺しをさせちまった」

 

 そう言って、頭を下げるグレン。

 

「その事なら別にいいですよ、直ぐ割り切れましたし」

 

 その言葉の驚きを隠さず表情に出すグレン。別に割り切るとか割り切らないとかの話では無く、そもそも、何も感じなかったのだが、こう言った方が面倒にならずにすんだと思ったからだ。

 もし、何も感じないと言ったらどんな反応をするかは火を見るより明白だろう。

 

「割り切れたって、お前......そうか、でも本当にすまなかった」

 

「大丈夫です。それに、ソレだけではないですよね?」

 

 別に謝るだけならグレン先生だけで良いハズだ。だが、こうしてアルフォネア教授もいると言うことは──

 

「──俺が使った魔術、いえ、『錬金術』の事ですか?」

 

「なんだ、分かってたのかよ。なんつぅーか......お前もアイツみたいに生意気な感じがするな」

 

「兄ですからね」

 

 そんな話をしていた時、横槍が入る。

 

「すまないが私には時間が無い。単刀直入に聞こう......ソレは本当に『錬金術』なのか?」

 

 アルフォネア教授が自分の右手に嵌められている手袋に目を向けながら言った。否、厳密には手袋に刻まれた『錬成陣』を見ながらだ。

 

「説明するより実践した方が早いですね」

 

「なに?」

 

 自分はポケットから先ほどの錬金術の授業で使った触媒の鉱石を取り出した。

 

「今からこれを金に変えます」

 

 自分は手を合わせる。パン、と乾いた音が鳴った。そして、先ほどの鉱石に手を取ると、青い稲妻が走り鉱石が手の掌で分解され再構築されていくのが見える。

 

「はい、どうぞ」

 

 出来上がった鉱石をアルフォネア教授に手渡すと驚いた表情で言った。

 

「金、だな。確かに錬金術だが......錬成陣も触媒もいらないのか? それは、まるで──」

 

「──『魔法』のよう、ですか?」

 

 そう、正しくこの世界では魔法の領域と言ってもいい。それほどフォルティスの、『あの世界の錬金術』は神秘のような現象だ。

 

「おいおい、マジかよ......お前触媒も錬成陣もいらないで錬金術出来るんだよな?」

 

「え? あ、はい。そうですけど」

 

 先ほどまで黙っていたグレン先生が何かに閃いたように手を顎に当てぶつぶつ、と小声で何かを言っている。

 

「なら......いや、待てよ。さっきの鉱石は石ころ同然のような物。なら、低価格で金に換えられるなら......いける!! なあ、お前......いや、フォルティス君。先生と一緒に──」

 

「──生徒になにさせようとしてる、このバカ!!」

 

「痛ェ!?」

 

 アルフォネア教授がグレン先生に重たい一撃を頭に叩き込んだ。

 

 まあ、そうだろう。グレン先生の考えていることは良く分かる。事実、自分もそれでちょいちょい、義足の整備費や小遣い稼ぎをしている。親は勿論、システィーナにでもバレれば相当痛い目に合いそうなのでボロを出さないようにしなければ。

 

「んんっ......そうだな、余りその力の事は口外しないように。正直、私でも良く分からない。固有魔術から来ているのか、それとも、また異能なのか。これから、少しずつ調べさせて貰うが、いいね?」

 

「そうですね、分かりました」

 

 真理の扉や人体錬成のことは伏せておこう。それに、いざとなったらお爺様の事を()()()()()()()()

 

 

「あっ、先生!」

 

「......先生! と兄さんも!」

 

 廊下の向こうから見慣れた二人の生徒が見える。

 

「それじゃあ、私はこれで失礼しようかな。頑張れよ、グレン?」

 

「おう、またなセリカ」

 

 互いに笑みを交わし合う。と、そこにシスティーナが割って入った。

 

「ちょっと、先生! 今日という今日は一言いわせてもらいますからね!」

 

「なんだ、白猫。また説教かよ......よく毎日あきねーな。ひょっとして説教が趣味か? だから、白髪が増えんだよ」

 

「白髪じゃなくて銀髪です! ああ、もう! それは置いといて、先ほどの錬金術の授業、あれはなんなんですか!?」

 

「えーと? 下級元素配列変換法を利用した『金にとてもよく似た別の何かを錬成する方法』のことか? 何か手順に不備でもあったか?」

 

「違います、それも違うけど、問題はその後です! それと、兄さん!! さっき、触媒用の鉱石を盗ったでしょう!? 何に使う......って、またあの変な魔術で金を錬成したの!?」

 

 システィーナは先ほどアルフォネア教授が去り際に返してもらった金を指さしながら言った。というかまた、とはどういう意味だろうか?

 

「前からなんかお小遣い以上のお金持ってたからおかしいと思って見てたんだからね!!」

 

「おおう、マジか」

 

 どうやら、とっくの昔にバレていたようだ。しかし、ここはあえて言おう。

 

「いや、先生に教えて貰ってさ」

 

「おいぃ!? お前なにちゃっかり俺に罪を擦り付けてんの!?」

 

「先生、頼みますよ」

 

 チラリ、と金を見せつける。すると、グレン先生はシスティーナに向き直った。

 

「馬鹿め。いいか、無から金を生み出す......そして、道端の石ころは一枚の金貨に変わった。これぞ、まさに『錬金術』の神髄だろう?」

 

「それ犯罪じゃないですか!? 魔導法第二十三条乙項に思いっきり喧嘩売ってますよ!? てか、生徒に何を教えてるんですか!?」

 

 喚き散らすシスティーナを見て微笑ましい笑みを浮かべるルミア。すると、視線が合ってこちらに駆け寄って来た。

 

「フォル義兄さん、ありがとうございました。システィに聞きましたよ。あの日一番に動いてくれたって」

 

「まあ、『家族』だしな。妹の一人ぐらい守れなくちゃあ、兄は名乗れないよ」

 

 その言葉にまた柔らかい笑顔を見せるルミア。昔のルミアとは全く別人だ。こちらのほうが断然いいだろう。

 

「ちょっと兄さん、聞いてるの? 兄さんも同罪だからね?」

 

 ふと、横を見てみればグレン先生が土下座をしていた。

 

「......勘弁してくれ」

 

 

 




結局、後日談で終わってしまった。重ねて言いますが、本当に申し訳ありません。次はもう少し余裕が出来そうなので来週には更新できそうです。
これだけ短いなら前の話と結合した方がいいかも? もしかしたら、そうするかも知れません。

それと、今回ちょっと人体錬成に描写を書きましたが、あれはとても簡潔に書いています。詳しくはまたちゃんと書きますので。それと、お爺様の事を利用するとか、なんとか書きましたが......まあ、今は何となくフォルティスがそう言った考えをした、と思って下さい。

追記: 感想にあった四話の所を知り修正しました。いや、ホント、あれですね。考えて書いてるつもりでも辻褄が合わない所がボロボロと......。今度から書くときはちゃんと見直して書くようにします。
そして、指摘して下さった方、ありがとうございます。困惑させてしまって申し訳ありません。


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九話

『魔術競技祭』の話は大変悩みました。どうフォルティスを使うか、割り込ませるか、といった感じで悩み。また、この小説の醍醐味でもある錬金術をどう交えていくか、という所も唸りましたね。実際、この『魔術競技祭』の話の最後でどうしても無視できない大事な場面を書きたいので飛ばすわけにもいけません。
......こういうと察しのいい方、または原作を読んだ方は分かりそうですね。


 慌ただしく学院長室を飛び出したグレンの後ろ姿をため息交じりで見送った。

 

「......で、学院長。現実的な話、グレンのクラスは優勝できるのか?」

 

「......正直、厳しいじゃろうな」

 

 リックは微妙な表情で、セリカの問いに応じた。その解にセリカは目を丸くする。その表情から読み取ったリックは説明する。

 

「確かにグレン君のクラスには学年トップクラスの成績優秀者であるフォルティス君とシスティーナ君の二人がいるが......やはり総合力で言えば一組の方が高い」

 

「ああ、ハーレイ担当のクラスか。あそこはやたら粒が揃ってるからな......」

 

 フォルティスとシスティーナ。確かにこの二人は優秀な生徒であるが、その分、グレンのクラスはその二人を除けるとどうも弱くなってしまう。勿論、不得意があるが総合力を見れば明らかだ。

 

「それに、フォルティス君は右足がのう......」

 

 そう。フォルティスの右足が義足である事は周知のことだ。走ったり飛んだりすることは可能だが、それもごく日常における基本的な事までだ。現に前のテロリストの事件により一度義足は破損していた。

 

「もし、フォルティス君とシスティーナ君を全競技種目で使い回しで、なんとか......と言った所じゃろうて」

 

「全種目で使い回す......ね」

 

 その時、セリカは何故か辟易したようにため息をつく。

 

「いいのかね? セリカ君。このままだと君の愛弟子は本当に餓死してしまうかも知れんぞ? 助けてやらんのかね?」

 

「ま、それは心配ないさ、学院長」

 

 セリカはあっけらかんと応じた。

 

「あいつなら草を食うなり、枝をかじるなりなんなりで生き延びるさ。昔、そういうことも教えたしな。それよりも、あのまま捨て置いた方がどうやら面白くなりそうだ」

 

「......ほう?」

 

 そんなセリカの物言いに、学院長も興味をひかれたように口の端を吊り上げる。

 

「動機はアレだがグレンの奴、ようやく『その気』になったようだ。それに、フォルティスを上手く使えば......さて、あいつはどうするかな?」

 

 どこか楽しそうにセリカは笑った。

 

 それは、ここ最近のフォルティスの錬金術の万能性が高い事を知ったからである。法陣も触媒もいらず、何より起動するまで五秒もかかりはしない。ある意味、ズルになるがバレなければそれはズルにはならない。

 それに分かったとしても理解出来やしないだろう。現にセリカ自身もよく分かっていない。

 

 何でも『お爺様から貰った石を触媒に()()()()をしてから使えるようになった』らしい。その石と錬成の事を聞いてみたが、その錬成は失敗に終わってしまったらしくどちらとも無くなってしまった。

 

「......あ、何を錬成したのか聞いてなかったな」

 

 まあ、それは些細な事だろう。問題はその石の事だ。その石が何かしらあるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、『飛行競争』の種目に出たい人、いませんかー?」

 

 壇上に立つシスティーナがクラスの皆に呼びかけるが誰も応じない。寧ろ、クラス全体がまるで葬式が行われているように静かだった。

 その後も、何度かシスティーナが競技の出場を枠を皆に問うがやはり無反応であった。それはルミアの穏やかな声で説得しても、気まずそうにするほどのことだった。

 

 それもそうだろう。負ける事が分かっているのに何故出たがるか。それに、今回は、あの女王陛下が賓客として来る。誰が陛下の前で無様に恥をさらしたいわけがない。

 

 自分としても右足を理由にして出たくない。何故なら、最近はもっぱら錬金術のほうばかりにかまけて、魔術の方はからっきしなのだ。そんな状態で出ればきっと失敗する。またシスティに小言を言われるに違いない。

 寧ろ、バレているのかもしれない。魔術を疎かにしている事を。

 

「無駄だよ、二人とも。それより、システィーナ。そろそろ、真面目に決めないかい?」

 

 この膠着状態に嫌気が差していたギイブルがシスティーナに言った。

 

「......私は今でも真面目に決めようとしてるんだけど?」

 

「ははっ、冗談上手いね。足手まとい達にお情けで出番を与えようとしてるのに?」

 

 ギイブルは皮肉げな薄笑いを浮かべ、クラスの生徒達を一瞥する。

 

「見なよ。キミの突拍子もない提案のせいで、元々競技に出場しようとしていた優秀な連中たちも気まずくなって委縮している......もういいだろう?」

 

「わ、私はそんなつもりじゃ!? それにみんなの事を足手まといだなんて......っ!」

 

 眉を吊り上げ、声を荒上げるシスティーナ。それを、ギイブルはさらりと受け流しさらに物を言わせないように言葉でたたみかけた。

 

 正直、ギイブルの言っている事は正しかった。どこのクラスもしていること。成績優秀者たちで固めてやった方が断然勝率は上がる。

 ついに、我慢できなくなったシスティーナが怒声を上げようとしたそのとき、ドタタタと、外の廊下から駆け足の音が迫って来たかと思えば......次の瞬間、ばあん! と勢いよく前方の扉が開いた。

 

「話は聞いたッ! ここは俺に任せろ、このグレン=レーダス大先生になッ!」

 

「......ややこしいのが来た」

 

 システィーナが頭を抱えため息をついた。グレンはシスティーナを押しのけるように教壇に立つ。

 

「喧嘩はやめるんだ、お前たち。争いは何も生まれない......何よりも──」

 

 グレンはキラキラと輝くような、爽やかな笑みを満面に浮かべて──

 

「──俺たちは、優勝という一つの目標を目指して共に戦う仲間じゃないか」

 

 ──キモイ。

 

 その瞬間、フォルティスを除いたクラス一同の心情は見事に一致した。なんとも悲しい統率力だった。

 実の所フォルティスは見てなかっただけである。グレンと言う濃い存在が来た事によって皆、と言うよりシスティーナのヘイトがグレンの方を向いている間に錬成陣の改良を考えていた。

 

 今回の戦闘で多くの事を学んだ。まずはこの指パッチンこと『焔の錬金術師』の十八番である錬金術の燃費を良くする。

 この錬金術はどちらかと言えば魔術寄りになっている。本来の錬成陣で行うと燃焼物・酸素を生成するだけで魔力を多く持ってかれる。故に、本来の錬成陣に変質と変換の術式を加える事によって補助する形にし、多少の燃費削減にはなったが結局燃費の悪さは解消されていない。

 

 これをすることによって使えるようになったが調整が難しくなった。それにより、マスタング大佐がやっていた目の中の水分を蒸発させるような、限定的に火力などを絞る事が上手くいかない。

 が、しかし。今回の事で分かったがあそこまで高火力の物にしないで元々、火力を絞った錬成陣を作る事にすればいいのではないだろうか? 実際、ジンの場合もあるので絶対とは言い切れないが、人を燃やし尽くすのには十分な火力だ。

 

 で、あれば絞り込むような術式を組み込んで部位ごとに燃やせるようにすれば、戦術の幅はもっと増えるハズだ。ならば話は早い。一度、組み直して実践を繰り返しつつ改良していこう......いや、待てよ。もし、高火力が必要になったときの事を考えると残しておいた方が良さそうだ。

 なら、もう一つ作ると言った方向でやった方がいいか。

 

「──『飛行競争』なら、カイとフォルティスだな」

 

「.....え?」

 

 ふと、自分の名前が呼ばれたので前を向けばグレン先生の采配でどの競技に出るか決められた所であった。

 

「ん? 聞いて無かったのか? たく、しゃーねえな。お前はどの分野でも優秀だが惜しい事に足が悪いからな。でも『飛行』なら得意だろ? 【レビデート・フライ】から【グラビティ・コントロール】重力操作系ならお前の右に出るヤツはこのクラスにはいない」

 

「は、はぁ。そうなんですか」

 

 まさか、これも錬金術に応用するから練習していたなんて口が裂けても言えない。システィがいる前では。しかし、一通り出来るとは言え『飛行競技』か......足を理由にしても辞退出来そうに無い。まあ、決まったものは仕方ない。さあ、続きを考えなけれ──

 

「──ノートを仕舞って、兄さん?」

 

「はい」

 

 あの日の事件からシスティが自分、と言うより自分が使う錬金術に対しての当たりが強くなった。こんな風に手が空いてるときにしようものならすぐ飛んでくる。最近では、遅くまで残って実験も難しくなってきている。

 それと、些細な事だが最近システィは自分の事を昔のように『兄さん』と呼ぶようになった。

 

「あと、これ没収ね」

 

「いや、ちょっ「没収ね」......はぁ、後で返してくれよ」

 

「一位とったらね」

 

 そういうとクスリ、と笑った。

 

 何だかんだで、強くなったシスティーナだった。

 

 




どうにか、夏が終わる前に書き終えたいと思っています。難しいそうですがね。そして、本来はフォルティスの代わりに出場するハズだったロット君。本当にごめんなさい。他の何らかの競技に出すと言った形にするつもりです。描写されないかもしれないけど。

一応、錬金術に関する競技を考えてそちらにフォルティスを出そうと考えていたんですが、まずこのロクでなしの錬金術の事に関してよく考察できていないのと、簡単に錬金術で正確さと出来の良さを競うとかで良ければ書けれそうですが、余り面白味が無いなと思ったのが理由です。ゴメンね、ロット君。



それから、錬金術の説明ですが、まあ簡単に言うと本来なら燃焼物・酸素を用意し、そしてそこに火種を送って火をおこしますが、この世界だと魔力を消費して錬金術を行います。となると、あれほどの火力をするためには燃焼物と酸素の量は多くなります。(燃焼の詳しい説明は燃焼の三定理なんかを調べていただけると分かりやすいのではないかと)
本来なら地殻変動エネルギーを使いますが、フォルティス自身の魔力を使うので消費が激しいと思っていただけると嬉しいです。
それと、何故『錬金術に魔力を使うのか』と言う疑問で困惑した方も多いかも知れませんが、それはこの小説の“後半”の方で説明するのでしばしお待ちください。

で、変質と変換の術式を加えると燃費が良くなるのは、本文で書いたように、燃焼物・酸素の生成の『補助』の結果によるものです。まず、本来通り錬金術による生成を行います。ですが、それはごく少量の物です。そこから周りの物を変質又は変換させることにより広げていきます。
少々、説明しにくことなので簡単に言うとカレーのような濃い料理に水などを入れる事によって量を増やす、といった感じだと思ってください。まあ、難しく考えず「へぇー、そうなんだ」程度に考えて頂けると嬉しいです。

重要な事はこの世界の魔術と鋼の錬金術師の錬金術は根本的に違う、ということです。それを、無理やりこの世界の魔術に『当てはめている』のです。

手合わせ錬成のことに関してはまた手合わせ錬成が出て来たときに説明いたします。


これは、些細なことですがシスティーナを白猫と呼んでいるように、フォルティスも何か付けようかな、と考えたことがありますが余り良くないと思いつけませんでした。白猫呼ばわりするのはグレン先生の話に理由がありますしね。

少々、長くなりましたが今回も読んで下さってありがとうございます!! 


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十話 

大変申し訳ありません。指摘を受けて修正した十話になります。もしかしたらまた多少不可解な点や設定がおかしい部分があるかもしれません。ですが、次話の前書きで説明するよりも再投稿した方がいいと思いました。主に、魔力回復の部分になります。他の部分はほぼ変わってませんのでそこだけ読んでいただいても結構です。

指摘して下さった方、文章の部分でアドバイスを下さった方。本当にありがとうございました。それと読者様の皆様に多大な迷惑をお掛け致しました。




 ついにこの日がやってきた。

 

 自分も何時もの学院制服姿に加えて、腰に革の剣帯を巻き、曲線状の鍔を持つ『スウェプト・ヒルト』と言う柄の美しい細剣(レイピア)を帯剣するという、魔術師が決闘する時の伝統的な決闘礼装だ。

 正直に言って、こんな格好しなくていいのだがシスティーナと母が強く推して来るものだから仕方なくといった具合で礼装にした。勿論、システィーナも着ている。その恰好を見たルミアが「二人ともお揃いだね」と言って少し小っ恥ずかしくなったのは胸の中に仕舞った。

 

 そんな朝の出来事があったのだが、ある意味この礼装をしてなくとも注目を浴びていた。何故なら、グレン先生がハーレイ先生に喧嘩を売って、お互いの三か月分の給料を賭けているという噂が出回っており、その他にもクラス全員が競技に参加しているのもあってか奇異の目を集めていた。

 

 面倒だ、と思いながらも式が始まり、開会の言葉に国歌斉唱。関係者各自の式辞、生徒代表による選手宣誓。地味にこれ自分だったりする。通例として学年トップがすることになっていた。こんな事なら取るんじゃなかった、と思うが学年トップだと色々とメリットもある分どっこいどっこいだ。

 しかし、何か......何か忘れているような気がする。例えば何か起きる前触れのような感覚だ。しかし、その喉元に刺さった魚の骨のような違和感を拭えないまま、女王陛下の激励の言葉と共に、とうとう魔術競技が開催されるのであった。

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 競技場の外周に等間隔で立てたポールの外側を飛行魔術を起動させた選手達が風を切って飛び翔る。一周を二人でバトンタッチしながら二十周もする『飛行競争』。

 そして、今はそのアンカーにバトンが渡されていた。その予想外の勝負の展開に歓声が上がる。

 

『どういうことだッ!!? 二組のフォルティス君がここに来てもの凄いスピードで追い上げているゥ!!? しかし、まだ距離があるが大丈夫かァァッ!!?』

 

 勿論、自分の魔力量は十周もすれば枯渇とまでは言わないが、失速していき一周するのに十分遅れをとる。

 

 では、何故最後の最後で加速させたのか? 確かにラストスパートと言うこともある。しかし、この外周を一周するのは今まで周回したぶん、魔力は明らかに足りない。しかし、フォルティスは加速させた。

 

 それは、とても簡単だ。簡単過ぎて欠伸が出るほどだ。

 

 ()()()()()すればいい。

 

 ただ、それだけのことだ。

 

 一応、『魔晶石』という予備魔力を貯めておける宝石がある。しかし、それは一流魔導師でもとにかく時間と手間をかけて作るものだ。

 

 だが、フォルティスはそれをいとも簡単に“創って”見せた。

 

 バトンを握った右手と左掌を前に突き出して魔術式を浮かべている。しかし、良く見ればその左掌のちょうど真ん中に、中指から糸を回して下げられた、角を丸く荒削りしたひし形の、紫色に光る透明な鉱石があった。

 

 本当は使いたく無かったが、あの今にも飢え死にしそうな表情で頭を下げられては仕方ない。

 

『──フォルティス頼む......どうにかして勝ってくれ。この際、お前の錬金術を大盤振る舞いしていいから』

 

 シロッテの枝を口に銜えたグレン先生を思い出す。とはいえ、ちょうど試したかったのも事実。ある意味、ちょうどよかった。

 

 自分が作ったのはただの『魔晶石』ではない。()()と自分の()()()を組み合わせた真新しい『魔晶石』だ。

 

 手を合わせる。少しバランスが崩れそうになったが直ぐに立て直す。

 

「《我が力の糧と成れ》」

 

 小さく紡がれた一節詠唱により、手合わせ錬成によって分解された魔力の塊が術式の中に吸い込まれていく。そして──

 

『──スゴイッ!! スゴイぞ、二組のフォルティス君!! そのまま二位の一組と差をつけて──ゴォオオオオオルッ!? なんとぉおおお!? 「飛行競争」は二組が一位!! あの二組が一位だぁッ!誰が、誰がこんな結果を予想したァアアア──ッ!?』

 

 洪水のような拍手と大歓声が上がった。その拍手の主な発生源は競技祭に参加できなかった生徒達からだ。しかし、中には学年トップがいるから勝って当たり前だ、という声もチラホラ聞こえてくる。

 しかし、一位が確定したような一組を抜いたこともあり、この拍手と驚きは至極当然と思われる。二組の奮闘ぶりに会場は注目したのだった。

 

 一方、競技祭参加クラス用の待機観客席にて。

 

「やったぁ、凄い! 先生、一位! フォル義兄さんとカイ君、一位ですよ!?」

 

 うそーん......。

 

 隣で手を打ち鳴らして大喜びするルミアをよそに、グレンは目を点にして呆然としていた。視線が向けられる先には、一段落付いたように何も無い、中指に糸が巻かれているだけの左掌を見て満足そうにするフォルティスとガッツポーズをとるカイがいた。

 

 ま、まさか、アイツが奥の手(アレ)を使うとは思いもしなかった。

 

 確かに、勝ってくれといったがせめて三位か四位ぐらいと腹を括っていたが目を開けて見れば何と一位ではないか。実の所、フォルティスはともかくカイでは地力が不足している所もあった。

 だが、しかし前半と後半、フォルティスが何か言ったのかカイは何とか上位陣に食らいついていた。とは言っても五位ぐらいまで落ちていたが、それでもグレンが言ったペース配分の練習の賜物ではあった。

 

 そこからフォルティスの独走になるのは当然の事だ。疲れ切った他の奴等と比べてこっちは全快したようなものだ。

 

 その奥の手とは、超高速魔力回復。

 

 簡単に言えばカラカラの身体に瓶に入った水を飲み干すのと似たような原理だ。それが、瓶が鉱石に、水が魔力に変わっただけ。

 しかし、それは誰にでもできるようなものではない。

 

 ()()()()()()だからこそできる秘策。

 

 錬金術を分解工程の部分で止め、そこからフォルティス自身の魔術特性である『力の吸収と吸着』の吸収を使って魔力を自身に文字通り吸収した。

 これは魔導師が使う『魔晶石』と根本的には同じでも作る行程が違う上に効果もまた違ってくる。

 

 グレン自身も、その師匠である第七階梯に至った大陸最高峰の魔術師セリカ=アルフォネアでも理解しがたい錬金術で創られたものだ。

 その錬金術を惜しみ無く使い、そして、フォルティス自身の魔術特性を生かすように細工された魔晶石。

 

 それ故に、本来の魔晶石とは違い、フォルティスしか作れないのと、フォルティスにしか使えないというデメリットがある。

 

 本来の魔晶石なら他の者にも使える。勿論、相性もあるが魔力を回復できる。しかし、この魔晶石は魔力回復を高めるために魔力と空気中にある魔素を分解して混ぜ合わせ、溜め込んだ魔力よりも多く回復することができる。

 

 つまり、使用するには錬金術の分解行程と、分解し混ぜ混んだモノを吸収する術式が必要になる。

 故に、フォルティスの扱う錬金術とフォルティスの魔術特性である『力の吸収と吸着』が無ければ、奥の手どころか実戦には使えない代物になってしまう。

 

 しかし、それは不死とまではいかないものの寿命を延ばす可能性を秘めている。魔導師が溜めている間に二つ三つ、と作れてしまう物を精神的、肉体的にも有り余るほどある若い時に溜めておけば可能性としては十分だろう。

 

 だからこそ、奥の手は錬金術でもなく魔術でもない。魔術戦において切っては切れないものである魔力消費を根底から覆す。それが、どれほどのアドバンテージを生むのか想像しなくても分かることだ。

 

 溜め込んだ魔力よりも回復できる魔晶石。

 

 空気中の魔素の量にもよるが、それはある意味魔力切れという概念を無くすことができる。

 

 しかも、それをテロリスト事件よりもさらに効率よく改良したものを使ったのだ。勝って当たり前だ。

 

 

「幸先いいですね、先生!」

 

 システィーナも顔を上気させ、興奮気味にグレンに話しかける。

 

「飛行速度の向上は無視してペース配分だけの練習しろって、どういうことかと思いましたけど......ひょっとして、この展開、先生の計算通りですか? それと、兄さんの最後の追い上げも魔力容量を把握していたんですか?」

 

「いや、フォルティスの場合は......ま、まあ、当然だな。ペース配分については」

 

 少し首を傾げたシスティーナだったが、そこから勝負の結果を見てようやく気が付いた勝負の裏に潜む落とし穴を、さも最初から説明するグレンに、思っていた疑問は片隅へと追いやった。それは、グレンが最初にいったフォルティスのことだ。

 

 どうやらシスティーナにはフォルティスが扱う錬金術を魔術の一環として説明しているらしく、余り詳しく説明していないようだ。そこは何やら個人的な理由があるようだが、フォルティス自身に黙っていて欲しいと言われてるぶん、口を滑らせるわけにはいかない。

 

 内心、冷や汗をかきつつも、表では余裕の表情を掌で隠し、指の隙間から不敵にほくそ笑む様子をしている。そこだけ見れば、いかにも優秀な策略家のような雰囲気を醸し出している。

 その姿と説明にすっかり勘違いした生徒達は、グレンに畏怖と尊敬の目を向け始める。

 

「ひょ、ひょっとして俺達......」

 

「ああ......まさか......とは思ったが、先生についていけば、ひょっとしたら」

 

 そんな期待に満ちた純粋な目を向けられ、心が痛むグレンであった。

 

 




一応、こういった形にしたのはどうしてもフォルティスの魔術特性を出したかったのと、奥の手だということもあり、少し無理やり気味な感じで書きました。少し説明不足ですがまたいつか触れたいと思っています。

それと、もう一度、原作をじっくりと読み直す必要がありそうなので次話は少し投稿が遅れるかもしれません。私の自身の時間と筆の走り具合といいますか、指の動き具合......ですかね。

タイトルの『※修正版』の部分は次話が出たら消す予定です。


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十一話

正直いうと今回の魔術競技編はフォルティスやその錬金術を上手く活かせらなく、また、私自身、あまり思いつかなかったこともあり要所しか書いてません。それも、あるので後半は殆ど原作とは異なる動きをします。フォルティスに関わる範囲で、ですが。
※後書きでタグに関することを説明しているので、見ていただけると幸いです。



 

『飛行競争』が一位という好成績を収めたことにより、クラス全体の士気はぐんっと上がった。それからもグレンのクラスの快進撃は奇跡的に続いた。

 自分たちもやればできる、戦える。勝負事において士気の高さが何よりも重要であることを体現するかのような二組生徒達の奮闘ぶりだった。

 

 さらに、使い回される他のクラスの成績上位者が後に残された競技のために、魔力を温存しなければならないのに対し、グレンのクラスの生徒達はその競技だけ全魔力を尽くせるという構造的有利。

 

 その後も何人も好成績を残していく。

 

『あ、()てた──ッ!? 二組の選手セシル君。三百メトラ先の空飛ぶ円盤を見事【ショックボルト】の呪文で撃ち抜いた──ッ!? 「魔術狙撃」のセシル君、これで四位内は確定!? またまた盛大な番狂わせだぁあああああ──ッ!?』

 

「や、やった。動く的に狙いをつけるじゃなくて、動く的が狙いをつけている空間にやってくるのを待ってろっていうグレン先生の言うとおりだ......これなら......ッ!」

 

 成績平凡な生徒達は、予想外の奮戦をして.......。

 

『さあ、最後の問題が魔術によって打ち上げられていく──これは......ちょっと、おいおい、まさかこれは、な、なんとぉ!? 竜言語だぁあああ──ッ!? これはえげつない! さっきの第二神性言語や前期古代語も大概だったが、これはそれ以上ッ!? 解答者達に正解させる気がまったくないぞぉ!? さあ、各クラス代表選手、【リード・ランゲージ】の呪文を唱えて解読にかかるが、ちょっと流石にこれは無理──』

 

「分かりましたわッ!」

 

『おおっとっ!? 最初の解答のベルを鳴らしたのは二組のウェンディ選手! 先ほどから絶好調でしたが、いくのかっ!? まさか、これすら解いてしまうのか──ッ!?』

 

「『騎士は勇気を宗とし、真実のみ語る』ですわ! メイロスの詩の一節ですわね!」

 

『いった──ッ!? 正解のファンファーレが盛大に咲いたぁ──ッ!? ウェンディ選手、「暗号解読」圧勝──ッ! 文句なしの一位だぁあああ──ッ!』

 

「ふふん、この分野で負けるわけにはいけませんわ。とはいえ......もし、神話級の言語が出たら、いきなり共通語に翻訳するのではなく、いったん新古代語あたりに読み替えろっていう先生のアドバイスには感謝しないといけませんわね......」

 

 成績上位者は安定して好成績を収め続ける。観客席も二組が参加する競技が始まる時は特に盛り上がった。より近い世界に住むグレンのクラスの方が見ていて熱が入るのだろう。いずれにせよ、二組は今回の魔術競技の注目の中心にあった。

 

 盛り上がる会場とは違い、フォルティスは『紅蓮の錬金術師』であるゾルフ・J・キンブリーの錬金術の研究をしていた。まあ、言えば午後まで出場する競技無いのでシスティーナが作ったサンドイッチを齧りながら休憩がてら、少し進めようと考えた。つまり、暇だったということだ。

 応援などすればいいかも知れないが、そんな事をするぐらいならシスティーナに小言を言われることが分かっていても研究をしていた方がマシだと考えている。

 

 ......少々、周りが五月蠅すぎる。ふと、見ればどうやらルミアが『精神防御』の競技で上位に残っているようで、素行の悪い生徒と一騎打ちになっていた。ある意味、当たり前とも言える結果だがもう一人の生徒の方がスゴイと感じた。

 ルミアは自分と同じ異常な人種とも言える。素の精神力の強靭さでルミアに敵う奴はなかなかいやしない。もし、自分にもあの強さがあればと思うがないものねだりをしたところでだ。

 

 勝敗は分かっている。少し静かな場所へといこう。

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 人気が無い場所を見つけ少し休憩したところで実際に右掌、左掌に錬成陣を書いていく。流石に手袋に書くのはやめておこう。また、システィーナにダサいと言われそうだ。周りは樹木で覆われているが、一番近い木でも多少距離があるので被害はそうでないだろう。

 キンブリーの錬金術は陰と陽の概念に基づくものと推測できる。実際、キンブリーの右掌には下向きの三角と太陽、左掌には上向きの三角と月の錬成陣がそれぞれ刻まれている。それを合わせ対象物に触れることによりその対象物を爆発物に作り変える。

 

 陰と陽の概念は多くあり、西洋や東洋によって多少違いがある。しかし、根本的なものは同じだ。そこで自分はキンブリーの陰と陽は『陰陽転化』に準ずるものではないかと仮説を立てた。

 

『陰陽転化』とは循環律とも言い、陰陽の質的な変化である。陰極まれば、無極を経て陽に転化し、陽極まれば、無極を経て陰に転化する。

 簡単に言えば、陰が大きく増加して限界に達すると陽となり、陽が大きく増加して限界に達すると陰となる。

 

 例えば、ニトログリセリンを錬成したいのであれば、まずグリセリンを硝酸と硫酸の混酸を錬成し、硝酸エステル化する、という行程が必要だ。それが、手合わせ錬成によって錬成したとしても時間がかかり過ぎる。

 

 そこで『陰陽転化』を利用した錬成陣を使用することで行程そのものを簡易にし、錬成することによって戦闘に運用できるようにまでした、と考えた。

 言ってしまえば、陰と陽の原初.......『混沌』の状況を作り出し、そこに爆発物にする材料を入れ混ぜ合わせる。そして、混ぜ合わせた物を対象物と変換させることによって、酸素と触れ合う酸化反応で起こす爆発か、衝撃による爆発を起こすどれかの爆発が起きる。

 

 それを踏まえ一度試したが、失敗に終わってしまった。あの時、アルフォネア教授に見られたが術式は殆ど消した上に基盤である中心部分は吹き飛んだ。まさか、爆発物を錬成していたとは思わないだろう。

 

 そして、あれから改良に改良を重ねて......と言うか、魔術(こちら)よりにしたものだ。無論、本来のような威力は出せそうにないかもしれない。しかし、こちらであのような爆発を必要とする敵はそうそう現れないだろう。

 故に、今回は最初から威力を抑えたものにしている。まあ、爆発物によって量など関係無い物もあるが、そこは上手く抑えるようにしよう。

 

 その中でも、自分が一番試したいのは火薬の錬成だ。

 

 もし、地面を火薬に変換して置いて、そこにマスタング大佐の錬金術を発動させ爆発を起こすことが出来たらどれほど戦術の幅が広がるのだろうか。

 

 錬成したところで爆発させればいい、と考えるのもいいが、それは簡単に対策を立てられてしまう。しかし、地面の下辺りに錬成した爆発物を置いておき、上手く誘導した所でマスタング大佐の錬金術を発動させれば今回作った威力の弱い方でも十分な殺傷効果は期待できる。

 

 それに、雨や湿気など、またこの手袋と錬金術の関係を見破られ水などの魔術で対策された場合はこちらを使えばいい。

 それに手合わせ錬成でできないこともない。しかし、この手合わせ錬成自体も改変をしなければ現象させられない。正直にいうと手合わせ錬成を現象させるたびに酷い()()を起こしている。

 

 まあ、もうこの二つを主力としていくつもりだから、当分の間は頭痛に悩まされることは無いだろう。

 

「これぐらいの石とか良さそうだな」

 

 握れば見えなくなるぐらいの大きさの石を見つける。そして、手合わせ錬成のように手を合わせ、石を爆発物に変換させる。今回、錬成したのは衝撃によって爆発する物だ。衝撃としては自分の背の半分ぐらいから落ちた衝撃で爆発するぐらいだ。

 一応、慎重に拾い上げ、距離をとって近くの木へと下投げで放り投げる。コンッ、と木と石がぶつかった音の後に、軽く光を伴って風船が割れた音のような破裂音がした。

 

「......威力としてはまあまあ、上出来かな」

 

 木を見れば幹の四分の一程度を削った痕がある。あの石ころ程度でここまでの威力だ。十分だろう。

 

 実験が上手くいき、戻ろうとしたとき茂みの奥から何か近づいて来た。姿がハッキリとしたと同時に目を見開く。

 

「アナタは......ッ!?」

 

「ごきげんよう──フォルティス・フィーベル様」

 

 そこには、ここに......自分の目の前に現れるハズが無い人物がいた。薄ら冷たい笑みを浮かべて。

 

 




さて、今回もツッコミどころが多いそうな話ではありましたが、キンブリーの錬金術に関しては一個人の考えです。もし、こういった解釈があってる、また、作者自身がこう述べていた、とあるのでしたらぜひとも教えて欲しいです。他にも爆発物に関することや、陰と陽の記述の方でも、違うのでは? といった箇所があるのであれば指摘していただけると嬉しいです。
それとどういった所を魔術よりにしたのかは次話辺りで説明できたらいいなと思っています。後、手合わせ錬成の頭痛の件など等も。

これはまた違うことですが、その、確かに『チート』とタグには入れてますが、読んでいて余り無双というか、全然チート感が無いですね。ある意味、チートといった所はチラホラ出ていると思いますが(知識などの)そういう所ではなく、戦闘などの箇所でチートといった解釈なんですね。正直、終盤辺りでしか錬金術無双しませんのでチートタグを外した方がいいかなと思っています。なので、次話までに外れているかも知れません。

さて、次話は最後の人物の正体とグレン達が原作通りに行くなか、フォルティスはまた違った展開をしていきます。主にそちらの方を書きますので原作の方は余り描写しません。後、二話ぐらいで魔術競技編を終わらせられたらいいなぁ......。



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十二話

少々、急ぎ足で進めていくつもりです。出来る限り捕捉等していくつもりですが、もしかしたら後々になるかも知れません。



 

「ごきげんよう、フォルティス・フィーベル様」

 

 スカートの両端を摘み上げ、軽くお辞儀をする。その姿はとても優雅でいて、完璧と称するものだった。

 

「あの謁見以来ですかね?」

 

 謁見とは、アルザーノ学院のテロリスト事件での功績とルミアの事について呼ばれたあの日のことだろう。

 

「それはそうでしょう。そもそも、何故アナタが......女王付き秘書である、シャーレットさんがどうしてここに?」

 

 『エレノア=シャーレット』黒髪黒眼の女性。物静かで奥ゆかしく、そして、何よりアルザーノ帝国大学経済学部を首席で卒業、剣術・魔術も超一流の才媛を買われ王室に女王付き侍女長兼秘書官として雇われた、正しくエリート中のエリートだ。

 

 そんな重鎮がなぜこんな場所に?

 

 確かに、今回の魔術競技祭に女王が来ているので居て当たり前のだが、女王の傍にいなくていいのだろうか? 

 

 しかし、答えは返ってこない。余り開かれていない目でこちらをジッと見てくる。その目はどこか危ういような、()()()な目をしていた。

 

「......アナタのような方がわざわざこんな所を散歩してるとは思えない。だと、すれば──自分、ですか?」

 

 そのフォルティスの返答にエレノアは口元を歪ませ、病的な表情をした。

 

「ふふっ......そうです。私はアナタに用が有って来ました。寧ろ、今回の目的と言っても過言ではありません。まぁ、それでもこれほどタイミングよく、一人になってくれるとは思っていませんでしたけど」

 

 そう上品に笑う目の前のエレノアにフォルティスは何か異様な物を感じた。虫唾が走る、とは違う。もっと違う何かが背中を這いずり回っている......兎に角、鳥肌が治まる事が無い。

 

「単刀直入に申します──私達『天の智慧研究会』と一緒に来ませんか?」

 

『天の智慧研究会』。言わずと知れた帝国政府と敵対する最古の魔術結社だ。魔術を極めるためなら何でもするような外道集団の集まりと聞いている。いや、そう()()していた。

 だが、今自分が思っていることはこれほどの人物がその外道集団に所属している、という事実だ。しかし、逆に考えれば帝国内部に入り込めるほどの力を有している。ただの外道集団の集まりではない。

 

 しかし、外道は外道。ましてや、あの学院の生徒であり、その『天の智慧研究会』の者達のことをこの身で感じていた事があるならその申し出は断るのが当たり前だろう。

 

 だが、フォルティスは違った。

 

「そうですね、興味はありますけど......何故、自分のような半人前に?」

 

 それが、素直に首を縦に振れない一つの要因だった。最も、今の段階では着いて行く気などおきそうにない。

 

「それは、簡単なことです。『大魔導師様』がアナタ様の力に大変興味を持ちまして。成績優秀で実技も優秀。その中でも特に()()()に関しては」

 

「......ただの錬金術ですけど?」

 

 その返答はクスクス、と笑うだけだった。つまり、自分の錬金術がただの錬金術ではない、とハッキリと分かっているのだろう。

 

「あ、そうでした」

 

 手を叩いて忘れていたのを思い出したように口にした。

 

「アナタ様の()()()()はとても素晴らしいものでしたよ。人の形を成してはいますが、形は酷い上に、死霊魔術に向いていない。お世辞でも人と言えないものでした。しかし()()()()()()不死性を持っていました......頭を無くしても動くとは」

 

「ッッ!?」

 

 

 何故だ!?

 

 何故、コイツが()()を知っている!?

 

 

 動揺を隠しきれていないフォルティスを見て、エレノアはどこか危険で艶を帯びた熱っぽい吐息を漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 

「わけわかんねぇ......それに来いっつったって......俺一人でどうやって女王陛下の所までいけばいいんだよ......くそ!」

 

 状況が状況なだけにグレンは切羽詰まっていた。ルミアが女王暗殺を企んだ者として手討ちにされようとしていいた所を助け、王室親衛隊に追われることになった。何か、裏があると分かっているが今回、セリカが身を封じられている。

 逃げに徹すればあの手この手でどうにかできるが、セリカは女王陛下の前まで来い、といった。つまり、このまま逃げに徹しても事態は何も解決しないということだ。

 

 しかし、自ら攻め入ることになるなら、話は別だ。

 

 人数差に戦力差が絶望的な上に、女王陛下を最も近くで護衛しているのは王室親衛隊の総隊長ゼーロスだろう。その実力は四十年前の奉神戦争で、聖エリサレス教会聖堂騎士団総長『剣聖』のヨハネスと互角に渡り合ったとされる歴戦の古強者だ。他の者とはわけが違う。

 

 どう考えても自分の手に余る。仲間が......せめてあと一人か二人、仲間がいれば、と焦燥を露わにする。

 

 その時、ふと頭に浮かんだのは前に共闘したフォルティスだった。そうだ、アイツがいれば──。

 

 グレンは壁を殴りつける。

 

 何をバカなことを考えている!? アイツはまだ学生だぞ!? こんな危険なことに巻き込めるか!! 

 

 いくらフォルティスが戦えると言っても彼はまだ学生であり、自分の受け持つクラスの生徒だ。そして、何より自分が守るべき者の一人である。自分が何を血迷ったことを考えていたかと後悔している、その時だった。

 ぞくり、と。背中を駆け上がる、氷の刃で切り付けられてたような悪寒。

 

「──殺気!?」

 

 かつて慣れ親しんだ感覚に、グレンは脊髄反射で殺気が向けられた方向へ目を向けた。二人の男女が建物の屋根の上からグレンを見下ろしている。

 その身に纏う特徴的な衣装と、背格好には見覚えがあった。

 

「リィエル!? それにアルベルトまで!? まさか、王室親衛隊だけじゃなく、宮廷魔導士団まで動いていたのか!?」

 

 グレンが二人の存在を認識した瞬間。リィエルが弾かれたように屋根を蹴り、地面に着地し、それと同時に何事かを口走りながら両手を地面につく。

 すると魔力が紫電となって爆ぜると共に、リィエルの手には十字架型の大剣が瞬時に生み出され、代わりにその場にあった石畳がごっそりと消えた。

 

「ちぃ!? 錬金術──【形質変化法】と【元素配列変換】を応用した、お得意の高速武器錬成かよ!? しかも早ぇ!」

 

 フォルティスの錬成と引けを取らない速さの錬成だ。一度、フォルティスの錬金術を見たとき一瞬、リィエルと同じと思ったが、その本質は全く別物だった。

 リィエルの錬金術はまだ理解出来る。しかし、フォルティスの錬金術は魔術的に加わっている部分の他、少なくとも自分の知っている言語や文字では無いもので書かれていた。あのセリカですら分からないものだ。寧ろ、この世界のものかすら怪しい。

 

 そして、こんな状況だというのに、ふと思ってしまった。

 

 リィエルの錬金術は一歩でも下手をすれば、脳内演算処理がオーバーフローしてしまい、廃人になってしまう。

 

 なら、それに近い高速錬成をしているフォルティスは大丈夫なのだろうか? 

 

 気が付くのに遅すぎるが、そもそもあんな訳の分からない知識を一体どこで得た......?

 

「くそ、止まれ! 止まらねーなら、撃つ!」

 

 グレンは突進してくるリィエルに警告をしつつも、フォルティスの異常性をもう一度、感じてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 

 ──パチンッ!

 

 指を鳴らす音と同時に目の前に女性が声にもならない雄たけびを上げ首から上を燃やす。その周りには腕を吹き飛ばされた女性が地面にのたうち回っていたり、上半身を燃やされた女性が横たわていたりと、死屍累々していた。

 それもそうだろう。それはもう死んだ者達なのだから。

 

 近くから、笑い声が聞こえる。それが後ろからだと分かった瞬間、真後ろに向けて指を鳴らす。が、燃えたのはまた死体だ。

 

「流石にやりますね。全く、フィーベル様の錬金術は素晴らしい。だからこそ死体であったとしても欲しいですね」

 

 右から聞こえたと思ったら左から。左からと思ったら後ろから。燃やして、爆発させ、燃やして、爆発させ......その繰り返しだ。もういっそのことここ一面剣山のようにしてやろうかと、手を合わせたときだ。

 

「アナタならきっと簡単に『アルター・エーテル』を作れる......いえ、もっとスゴイ物を作れる。そう、あの日の()()が出来ますよ?」

 

 その甘い言葉に思わず手が止まった。

 

 

 

 




また、色々と修正する場合があるかもしれません。多分ですがこの次、リィエルの所で大きく悩みそうです。方向性としては当初考えていた通りですが、どうも私自身、ロクアカの魔術特性や錬金術、その他の記述に食い違いが多くあったので練り直す必要がありそうです。

あと、これは予告になりますが十三話を更新したあと少々時間を下さい。断言は出来ませんが二週間ほど更新をしません。また、詳しくは十三話の後書きでします。


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十三話

すみません、大変遅くなりました。



「アナタ様ならきっと簡単に『アルター・エーテル』を作れる......いえ、もっとスゴイ物を作れる」

 

 その耳元で囁かれる、甘くて、恐ろしい言葉に錬成をしていた手が止まる。それを好機と見たのかエレノアは、甘くて興味を引く言葉を畳み掛ける。

 

「そう、アナタ様の力があればきっと誰にも成し得なかった偉業だって思いのまま......もしかしたら、いえ、きっとアナタ様の()()()()も上回る魔術師として名を残せる」

 

 エレノアは自分の地位を惜しまず使って調べた、フォルティスの情報を以て言葉を並べていく。感情を揺さぶり、冷静な考えが出来なくなった時を狙い、徐々に逃げ道を塞いでいく。

 そして、逃げる選択肢を無くした所で提案をするのだ。

 

「『Project:Revive Life(プロジェクト リヴァイヴ ライフ)』......通称『Re=L(リィエル)計画』。アナタ様が成そうとした事を私たちは成功させてます。十分に私たちに付く価値はあるのでは?」

 

 その計画のことを記憶の奥底から引っ張りだす。

 

 ジーン・コードという遺伝子をもとに肉体を錬成し、アルター・エーテルを代替霊魂として精神情報をアストラル・コードに変換することで疑似的な死者の蘇生を行う術式。

 

 そして、その成功例がリィエル=レイフォードだということは記憶にある。曖昧になった原作の知識を探ってみれば近いうちに会えるだろう。

 

 しかし、しかしだ。

 

 

「それなら、()()しましたよ」

 

 

 今まで黙っていたフォルティスが放った言葉にエレノアは眉を潜めた。

 

「......今、何と?」

 

「アレならもう試して失敗した、と言ったんです。大方、ルーン言語では式の構築が出来ないから、自分の錬金術に目をつけたんでしょうけど......結果としてはただの生きた人形が出来ただけです」

 

 その事実にエレノアは言葉を返さずに黙ってしまう。声がしなくなった所でフォルティスはもう一度、手を合わせた。

 

 パンッ! と手を鳴らす音で我に返ったエレノアは直ぐ様姿を隠す。そして、フォルティスが地面に両手を付けると、それを中心に地面が形を変え無数の鋭い剣山が隆起した。

 

「ッ......これが錬金術だなんて、こうして見ても理解に苦しみます」

 

 皮肉に言った言葉だがフォルティスは何とも無いように制服に付いた土埃を払う。

 

「まあ、アルター・エーテルでは無い上に自分なりに変えた錬金術でやった事なんで別物ですね。それでも、下地は同じですけど」

 

 何とも簡単に説明しているが、それをやってのけてる時点で天才としかいいようがない。いや、寧ろ異常とも言える。

 

 何故、それをしようと思ったのか?

 

 今思えば、彼は異常だ。あの日、彼が錬成をしたモノを見たとき身体が震えた。身体の芯が熱くなった。

 なんて素晴らしいものなんだ、と。

 

 しかし、今になって考えてみればゾッとする。何を思って人体錬成をしたのか。

 

 何より、その考えに行き着くこと自体異常だ。

 

 

 人が死んだ。

 

 それも大切な人が。

 

 恋人が。

 

 親が。

 

 兄弟が。

 

 

 その時、人は何を思う? 

 

 普通なら悲しみや後悔。はたまた、憎しみか怒り。一般的に考えればこう言ったものが上がるのでは無いだろうか。

 だが、彼が思ったのはきっとこうだろう。

 

 

 生き返らせればいい。

 

 

 普通の人間が、普通の感性を持った人が人体錬成などを行うハズがない。冷静さを欠けていたとしても、禁忌だと分かっていたとしても、必ず理性というものが働く。

 だと言うのにフォルティスは確かにこちらを見ていい放った。

 

 

「それに、俺がやろうとしたのは()()()()()()じゃない......()()()()()だ」

 

 

 しかし、目の前にいるこの人間はその道を選んだ。

 

 普通ではない、異常だ。しかし、それが──

 

 

「──ますます、アナタ様が欲しくなりました」

 

 

 エレノアは恍惚とした表情でフォルティスを見る。今、彼女の中にあるのはただ一つ。

 彼を手に入れたい、ということだけだ。

 

 しかし、そのせいなのか......エレノアは一つ大事な事を見落としていた。本来なら最初に気が付くべきだった。

 

 何故、フォルティスが『Re=L(リィエル)計画』を知っていたのかを。

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 

『さあて、いよいよ魔術競技祭も大詰め! とうとう本日のメインイベント「決闘戦」の開催ですッ!』

 

 競技場の中央には円形の決闘場が構築され、その周囲に参加メンバーが集まっている。

 

 しかし、本来いるハズの人物がいない。澄まし顔のギイブル、しかめっ面のシスティーナ、そして緊張によって強張っているカッシュ。

 

 システィーナの表情を読み取れば一目瞭然だ。本来ならカッシュではなくフォルティスのハズだった。それが、どういうことか。フォルティスは召集時間になっても来なかったのだ。そこで、白羽の矢が立ったのがカッシュだった。

 

 無論、システィーナが黙っているはずもなかったが競技が始まるので渋々落ち着いた。それでもしかめっ面だが。

 

 システィーナ自身、恥ずかしくて口外できないが......この『決闘戦』を一番に楽しみにしていた。何故なら、兄と一緒に競技に参加できるからである。

 この組み合わせが決まったとき、必死ににやける顔を抑えた。まあ、結局のところルミアにバレバレだったが。

 

 そんなこんなで内心フォルティスに不満が爆発しているなか、嫌な予感と不安が積もっていく。例え、あの変わり者の兄でも決して練習をサボることは無かった。寧ろ、自分とフォルティス自身が出る競技に関しては積極的になっていた。

 

 そこまでしていたのにサボるだろうか.......?

 

 それが、ただ単に寝ていたなどのふざけた理由ならまだ怒りをぶつけるだけでいい。しかし、それがよからぬことに巻き込まれていたら? 

 

 それこそ、グレンとルミアがアルベルトとリィエルに化けて何かを隠そうとしている時点で不安があった。しかし、今は何とも無いことを祈るばかりだ。

 

『さぁ、いよいよ開始です。まず、トーナメント第一回戦! 六組対四組! 両チーム、先鋒選手、前へ──ッ!』

 

 

 

 




短くて申し訳ありません。本当なら今回で『魔術競技祭』を終わらせるつもりでしたが、思ったより時間がなくここまでしか書けませんでした。

また、多少フォルティスのしてきた事が出てきましたが『Re=L計画』はハガレンの人体錬成をした後になります。まあ、またそこら辺などは終盤の方に書く予定であるフォルティスの過去編で書きますので。

そして、すいませんが少々時間を下さい。出来る限り早めに更新するつもりですが、私情があるので二週間ほどか、もし出来たらいつも通り更新していきたいです。

※誤字、脱字報告ありがとうございます。
感想を見て初めて知り、思わず真顔で「ないわー」的なことを口にしました。大変お恥ずかしい上にファンの方々、申し訳ありませんでした。


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十四話

「そこッ! 《大いなる風よ》──っ!」

 

 黒魔改【ストーム・ウォール】に上乗せされた【ゲイル・ブロウ】の威力は、一組の生徒が展開した強固な【エア・スクリーン】の守りを、ぎりぎりでぶち抜いて──

 

「──う、うわぁああああッ!!」

 

 とうとう、その身体を場外へと弾き飛ばしたのであった。

 

 一瞬の静寂。そして──

 

『き、決まったッ!? なんと、なんとぉおおおッ!? 二組が。あの二組が優勝だぁあああああッ!!』

 

 次の瞬間、会場は総立ちで拍手と大歓声を送っていた。もはや、敵も味方も、勝者も敗者も、学年次の違いすらない。物凄い決闘を演じた両者に対する純粋な賛美の嵐が会場を包む。ただ一人、ハーレイだけが、無念そうにがっくりと肩を落としていた。

 

 辛うじて勝利を拾ったものの、その激しい消耗と疲労から、システィーナがぐったりと脱力して。その場に片膝をついていると、喜びの言葉と共に二組の生徒達が観客席から飛び出し、次々とシスティーナのもとに駆け寄ってくる。

 

「え!? なに、きゃあッ!?」

 

 大騒ぎする友人達に、胴上げされるシスティーナ。宙で目を白黒させて慌てるシスティーナにお構いなく、二組の生徒達は歓喜のままシスティーナの健闘を讃える。

 

「......よくやった」

 

 アルベルトはそんなシスティーナ達の様子を遠目で見守りながら、誰にも聞こえない声で呟くのであった。

 

 しかし、その大きな歓声によって本来聞こえてくるはずの音が、聞こえづらくなっていた。そのせいか戦闘音に気が付くのは、もう少し先になる。

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 次々と湧いて来るゾンビを相手にフォルティスは十八番の錬金術では無く、ステップを踏みながら向かってくるゾンビの顔を目がけて拳を振るっていた。いくら綺麗なゾンビとはいえ、それは死体である。

 

 全く本来の役割を果たしていない筋肉に骨。それに拳をたたき込めば、生きている人間などより簡単に破壊することが出来る。それも【ウェポン・エンチャント】によって強化された拳だ。その結果、殴った衝撃によって首元から肉が裂ける音と共に頭部が飛んでいく。

 

 首を無くした死体は少しの間動いていたものの糸の切れた人形のように動かなくなった。

 

「くっ......キリがない」

 

 じりじりと距離を詰めてい来るゾンビに警戒していると、何処からともなく【ライトニング・ピアス】が手足を狙って飛んでくる。それを、危なげなく避けて掴み掛かってくるゾンビを殴り倒す。

 

「ふふっ、どうしましたか? ほらほら、どんどん増えますよ?」

 

 そのエレノアの言葉に呼応して次々とゾンビが増えていく。しかし、それは増えているのではなく、破壊したハズのゾンビが再生して戦線に復活しているのだ。フォルティスは酷い頭痛に悩まされながらも状況を打破するべき方法を模索する。

 

 魔晶石のストックは残り一つ。今の魔力残量で完全に破壊できるのは二体。回復したとして六体いけるかいけないか。ゾンビの数を確認するに合計で二十体ほど......少々キツイところだ。それに、いつどこからエレノアが攻撃してくるか分からない。

 

 しかも、救援はまだ来ないといっていい。これほど激しい戦闘だと言うのに周りが気が付いた様子がない。それにゾンビを燃やし狼煙代わりの煙を所々で上げているが、それも気が付いている気配がない。

 これらの状況を考えるに、気が付かない所まで誘導されたか、エレノアが人払いしたか、あるいは両方か。

 

 だが、魔術競技もそろそろ終わるはずだ。あっちが片付けばすぐにでも救援が来るだろう。故に、フォルティスは持久戦に持ち込むため魔力消費が少ないこの方法をとった。

 

 エレノアも黙っているわけも無い。たが、姿を見せない。それは、フォルティスの錬金術を警戒しての事だ。視界に入ればすぐさま着火させられる。改めて、その錬金術の怖さを感じた。

 

 しかし、このまま行けば確実に勝てる。いくら強力な錬金術が使えるとはいえ、それを活かせる環境を作らなければいい。それに、明らかに魔術戦に慣れていない。まだまだ体力を残しているように見えるフォルティスだが、その表情から焦燥が感じ取れる。

 

 多少、余裕ができたエレノアは思う。

 

「あっちは上手くいっているでしょうか......まあ、上手くいけば御の字といったところですし。陽動としては十分でしょう」

 

 そう、あくまでも第一目標はフォルティスの確保だ。 

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 ──魔術競技祭閉会式は粛々と進んだ。競技場に学院の生徒達が整列し、開式の言葉から始まり、国歌斉唱、来賓の祝辞、結果発表。つつがなく、なんの滞りもなくその工程を消化していく。

 

 いよいよ、アリシアが表彰台に立った。その背後にローゼスとセリカが控える。

 

『それでは、今大会で顕著な成績を収めたクラスに、これから女王陛下が勲章を下賜されます。二組の代表者は前へお願いします。生徒一同、盛大な拍手を』

 

 拍手が上がる。しかし、拍手が疎らになっていき、次第にざわざわち会場が沸き立ち始めた。

 

「あら? 貴方達は......?」

 

 表彰台に立ったアリシアは、生徒達の間を縫って自分の前に現れた人物達を、目を(しばたた)かせながら見つめていた。

 

「アルベルト......? それに、リィエル......?」

 

「......来たか」

 

 戸惑うアリシアをよそに、セリカはぽつりとそんなことを漏らしていた。かたわらに立つゼーロスが不審に思い、アリシアに耳打ちする。

 

 と、その時だった。

 

「いい加減、馬鹿騒ぎも終いにしようぜ」

 

 当然、厳めしい面構えのアルベルトが突然、似合わないくだけた口調で言い放った。

 

「なん、だと......ッ!?」

 

 そして、アルベルトらしき男が、ぼそりと呪文を唱える。すると、男女の周囲が一瞬んぐにゃりと歪んでーー

 

「き、貴様らはッ!?」

 

 そこに立っていたにはグレンとルミアだった。

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

「......どうやら体力の先に、その義足がもたなかったようですね」

 

 義足である右足の膝を地面に突けて肩を上下させているフォルティスに淡々とエレノアは告げる。

 

 逆によくここまでもった方だ。今回の魔術競技ということで従来使っていた物より頑丈に作られた物であったが、まさか戦闘になるとは思わなかった。義足の状態を見る。動かそうとしても上手く動かない。どうやら魔力を流す回路の何本かが焼き切れたようだ。

 

 この義足の原理を簡単に説明すれば、魔力を筋肉の代わりとしている。それが、本当の筋肉のように行き過ぎれば筋肉を断裂するといったように、この義足もまた耐えられる魔力の流れを越えて動かした事により、回路を焼き切ってしまったようだ。

 

 だが、動かない訳では無い。

 

「こう追い詰めた訳ですし。今一度、勧誘致しましょう......我々と一緒に来る気はありませんか?」

 

 フォルティスは内心、何が勧誘か、とエレノアの回りくどい言い方にイラついていた。この状況で言う勧誘(それ)は脅しと何ら変わらない。乗らなければ殺すと言っているようなもんだ。

 しかし、相手も出来る限り自分を味方として取り込みたいようだ。

 

 だが、分かり切ったこと。

 

 

「断る。人体錬成をした俺が言うのもあれだが──」

 

 

 「──俺にも俺なりの『正義』ってのがある」

 

 

 今までに無い強い力を秘めた目でフォルティスは言い切った。

 

 しかし、エレノアは断られると予想していたのだろう。フォルティスが言い切るが否や、ゾンビ達が瞬く間に襲い掛かって来た。

 勿論、フォルティスも予期していたことで、すぐさま大きく後方に下がった。

 

 何もむやみやたらにゾンビと戦っていた訳ではない。ゾンビが復活すると分かっているのであれば、()()()()()()()()()()

 

 故に、殴り飛ばす方向は同じだった。つまり、今ゾンビは目の前にしかいない。

 

 パンッ! と、手を合わせ地面に両手を付ける。錬成するのは強固な壁。それをゾンビの周りに錬成していく。フォルティスの前方を少し開けてゾンビを囲う壁が出来上がった。

 

 そして、その囲いの中に光るものが投げ込まれた。

 

 エレノアはそれが何なのか分かると同時に伏せる。この時、偶然見えたことが幸いした。最も、囲いには入っていないもののゾンビ達の後ろ辺りに位置取っていなければ、どうにかして邪魔することができただろう。

 

 その光るものとは『魔晶石』。

 

 魔力をたっぷりと内包したものだ。

 

「──蒸し焼きだ」

 

 大きな爆弾でも爆発したような音と共に、炎の塊が爆ぜる。逃げ場が上にしかない炎は温泉が噴き出したかのように、上へと上がって火柱を作った。

 

 




意外と早く更新できました。本当はこの話で終わらせるつもりでしたが、思ったより長くなりそうなので分けることにしました。しかし、今回、めまぐるしく視点が変わってしまって読みくかったと思います。正直、この夏辺りで結構進めなければ、長く更新できない可能性があるので、少々急ぎ足で進んでおります。

それと、最後のはハガレンのお父様戦でやった技と同じです。やり方が少し違いますが。

※何やら、区切りに使っている部分に( )を付けると顔文字に見えてしまうとかなんとか。とはいえ、今さら変更するのもおかしいので、このまま行きます。スミマセン。


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十五話

 グレンは頭を掻きながら周囲を見渡す。結界の外に締め出された生徒達、講師達、衛士達が、何が起きているのかまるで理解できず、困惑にどよめいている。

 

 事件の全てが収束したがその内容を知るのは、ほんの一握りの関係者達だけだ。

 

「さぁて、どう説明すっかな......てか、収拾つくの? これ」

 

 事後処理の方法に、頭を悩ますグレンだったが、一つ気がかりになることがあった。未だに混乱している自分の受け持つ生徒達を見る。

 

「......いねぇ、フォルティスはまだ戻ってないのか?」

 

 どうやら昼から姿が見えなくなったらしく、後半の競技にも出てこなかった。それが、ただのサボりなら閉会式には戻ってきていてもいいはずだ。

 

 これが、まだ普通の生徒なら不安になるような事はないが、フォルティスは普通の生徒とは違う。少なからずあの歳で経験しようの無いことを経験している。

 

 それを知っているからだろうか。先ほどから胸騒ぎがしてたまらない。

 

「おい、ルミア。フォルティスを見なかったか?」

 

「え? ......そういえば、あれから見てないと思います」

 

 そのルミアの言葉にますます嫌な考えが浮かんでくる。

 

 いや、そんな、バカな。こっちが本命のはずだ。だが、これがもしアイツを──

 

 その時、騒がしくなっていた会場の注意を全て持っていくことが起きた。まるで、大きな爆弾が爆発したような音がしたと思ったら、今度は激しく立ち上る火柱。

 例え、貴族の屋敷を燃やしてもあれほどの火の手は上がらない。

 

 

 しかし、これで予想は的中したと言ってもいいだろう。

 

 

「──セリカッ! 後は頼んだ!!」

 

 一度、落ち着いた身体に鞭を打って、その場から弾かれるように走り出す。そのグレンの行動が、まだ事件は終わっていない事を証明した。

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 目の前で起きる惨状は、さながら大きな窯の中のようだ。しかし、どうやら薪の代わりに燃やしたゾンビ達は、もう骨すら残っているのか分からない。

 

「......どこだ?」

 

 周りを見渡す。エレノアが姿を現した瞬間、すぐさま燃やせるように指に力を入れる。その姿は早撃ちのガンマンを彷彿させた。

 しかし、まだガンマンの方がマシだろう。銃などより強力で弾丸より速い。今のフォルティスなら着火させるまでに一秒もかからない。

 

 が、姿を見せる気がない。いや、これは......。

 

「──フォルティスッ!!」

 

 聞き覚えのある声が後ろからした。だが、今まさに動けば撃つ、といった状況にあったフォルティスは頭とは裏腹に身体が動いてしまう。

 

「おい、大丈夫──オィイイイッ!? 何ってもん向けてんだッ!?」

 

 グレンにとってその手は撃鉄の起こされた銃なんかより恐ろしいものに見えた。

 

 何とか踏みとどまったフォルティスと、奇妙な体勢のまま固まったグレン。そのままちょっとした間の後、ぐらつき尻餅をつくフォルティス。

 それでやっと動き出したグレンが駆け寄る。

 

「はぁ、遅いですよグレン先生」

 

「こっちだって色々大変だったんだよ......それより何があった」

 

 グレンはフォルティスの身体に異常が無いか確かめながら、これまで自分達の裏側で起きていた事の全容を知った。

 

「にわかには信じられないが、この惨状を見れば信じるしかねぇか」

 

 未だに熱が籠っている大きな窯の中は焦土に変わっている。そこだけではない。周りの至るところに魔術の爪痕が残っていた。

 しかし、これほど濃い魔力残留を見るに、宮廷魔導師団時代の戦闘とそう大差が無い、いや、寧ろ大規模な作戦以来見たことがない。

 

 そんな魔術戦を繰り広げたというのに、フォルティスは義足を駄目にしたものの身体の方は、かすり傷程度で済んでいる。

 それと同時に、話を聞く限りいくら相手が動く死体とはいえ、人に躊躇なく魔術を行使する......人を殺すことに何も思っていないのか、と考えてしまう。

 

 こんな学生の身でそんなことあり得ない。育った環境が悪いのかと思えば、システィーナを見る以上、それは考えられない。

 

 どうしてそうなってしまったのだろうか?

 

 それを聞くのは野暮だろうか。たが、これだけは言わなければいけない。一人の人として、上に立つものとして、何より自分のようになってほしくないために。

 

「フォルティス、よく聞け。魔術は人殺しのクソッタレだと言うことは変わらない。だけどな、それは使い方によっては人を助ける魔術にもなり得る。だからな──」

 

 ガサガサッ、と藪を掻き分ける音が聞こえる。もしや敵が戻ってきたのではないかと、警戒する二人の前に現れたのはローブを纏った二人組。

 

「アルベルト!? それにリィエルも?」

 

 何処か、ウズウズしているリィエルと険しい表情を微塵も揺るがさず押し黙るアルベルト。しかし、その視線の先はグレンではなくフォルティスに注がれていた。

 

「フォルティス・フィーベルだな」

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 結論から言えば、騒ぎは大事なく収まった。それは、アリシアが身に降りかかった事件を学院生徒達の前で演説し、勇敢な魔術講師と学院生徒の活躍で事なきを得たとして説明したからだ。

 国難に関わることなどはぼかして、華々しい部分はあえて美化して強調する、その巧みな話術は流石と言えるだろう。

 

 最後に一騒動あったものの、魔術競技祭はここに無事終了する運びになった。

 

 

「ったく、やぁっと終わった。俺が銀鷹剣(ぎんようけん)付三等勲章? 要らねってのに」

 

 とぼとぼと、グレンはすっかり夜の帳に包まれたフェジテの町を歩いていた。あの騒ぎの後、学院運営陣との緊急会議やら、事件解決の功労者としての勲章授与式の日程調整やら、事情聴取やらですっかりと時間が経ってしまった。

 

「俺たちは被害者だっつーの。しかも後日召喚? 面倒臭ぇなぁ、もう」

 

 不満も隠そうともせず、ぶつぶつ言うグレンの隣でルミアが苦笑いした。

 

「仕方ないですよ。私達が事件の中心人物であることには変わらないですもの」

 

「まぁ、そりゃそうなんだがな......」

 

「でも、なんか丸く収まりそうでよかったじゃないですか」

 

「.....そうだな、なんだかんだで被害はなかったわけだしな」

 

 結局、今回の不手際をした王室親衛隊に大きな咎めはなさそうだ。総隊長のゼーロスはやはり建前上、厳しい懲戒処分が下されざるえないが、全ては女王陛下を守るために行ったこと、酌量の余地は充分にあるとのことだった。

 

 とはいえ、万事解決ってわけじゃない。

 

 重要なのは、黒幕が女王陛下の侍女長兼秘書官たるエレノアだったことだ。女王陛下付きの侍女長......しかも四位下の官位を持つレベルまで天の知恵研究会が入り込んでいたという事実は、今後、帝国政府に大きな波乱を呼びそうである。

 

「それにしてもフォルティス義兄さんも運が無いですよね、事件に巻き込まれたなんて」

 

 そのルミアの表情から罪悪感を感じられる。自分が巻き込んでしまった、と思っているのだろう。しかし、それは違う。どちらが優先だったかは分からないが、奴らの狙いの中にフォルティスは元々入っていた。

 それもある上にフォルティスの錬金術の特異性もあって周りには詳しい事情は説明されていない。クラスの皆には昼の出来事に巻き込まれたことになっている。

 

「......まぁ、そうだな」

 

「後から合流するっていってたけど、間に合うのかな?」

 

 アルベルトなら悪くならないようにするとは思うが、まだ長くなりそうだ。

 

「ああ、あの店でうちのクラスの連中は打ち上げやってるんだっけ?」

 

「ええ、システィーナがそう言ってましたよ?」

 

 ルミアが指差す先に店がある。魔術学院の生徒、御用達の飲食店だ。生徒達の中には貴族階級や富裕層出身の者も多いが、そんな彼らでもそこそこ満足できるそれなりの風格を備えた店のようだ。

 

「流石にもうお開きになって、皆、家に帰ったんじゃないのか?」

 

「まぁ、一応、覗いてみましょうよ、先生」

 

「そうだな」

 

 グレンとルミアは連れだって、店の中へと入っていった。

 

 




さて、これで『魔術競技編』は完結とします。色々と気になる部分や謎が残る部分等は次のリィエル編で紐解いていけたらいいな、と思っています。

結構、原作部分を削ってしまったので原作を見てない人には分かりにくい感じになっていて申し訳ありません。この作品自体あまり長く書くつもりが無いので、どうにか今年までに終わらせるつもりです。ですので、これからまた削ったりしてしまうかも知れませんのでご了承下さい。

それと、この後の店の中の話は番外編なんかで書きたいと思っています。勿論、フォルティスもいれていくつもりです。

※少し次話が遅れてます。
9/8 私情が忙しく更新が出来てません。月末辺りに出せたらいいなと思います。


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十六話

遅くなりました!!


 

 

 バンバン、とドアを強く叩く音に反応して鉛のように重たい体をベットから起き上がらせる。その間にも一定の間隔で叩かれている。

 

「......なんだい、こんな時間に」

 

 窓の外からみれば多少明るいものの、人が起きるには早すぎる時間帯だ。日が昇って数分ぐらいだろうか。このまま二度寝しようかと思ったが、どうやら出て来るまでやるつもりなのだろう。まだ、ドアを叩くことを止めていない。

 

「ああ、はいはい。出ればいいんだろう、出れば」

 

 寝起きで足元が覚束ないなか、アンティーク調の店の入り口に近づく。人の安眠を邪魔した本人に一つぐらい文句を言ってやろうと決め、開いてみれば。

 

「──フォルティス? 一体、なんでこんな時間帯に......?」

 

 そこには、お馴染みの制服ではなく、貴族らしい気品のある服装をしたお得意様が立っていた。いつも来るなら閉店間近の時間帯にくるはずなのに、今日に限っては開店もしていない時間帯に来た。

 

「すみません、少し急ぎの用事でお願いしたいことがあるんです」

 

「お願いって言っても......まあ、とにかく入りなさいな。立ち話もなんだしね」

 

 フォルティスを店の中に招き入れ、いつもの席へと座らせる。自分はその向かいの作業台に腰を下ろして、ポケットから煙草を取り出して口に銜える。そこで、マッチが無い事に気が付き身体をまさぐるが無い。

 仕方ないと煙草を諦めようとしたとき、パチン、と指を鳴らす音が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

 見ればフォルティスの親指の先からちょうどいいぐらいの火が出ている。驚いた気はしたが、魔術師ならこのぐらい訳ないか、と頭の中で完結させる。煙草の先端を火に近づければチリチリと焼ける音がしたのを合図に火から遠ざける。

 

 馴染みある味と肺を満たす圧迫感。それを吐き出すときの開放感に、煙と一緒にストレスも消えていく。一息ついたところでフォルティスが訪れた理由を訪ねようと思ったが......。

 

「......考えるも何も、また壊したのかい?」

 

 フォルティスがここに来る理由などこれしかないだろう。現に店の入り口から椅子に座るまで歩き方に違和感を感じていた。顔を見ればそっと目を逸らしたので、図星なのだろう。

 

「はぁ、別に怒りはしないさ。ただ、こう何度も近いうちに壊されると、何だか私が悪いんじゃないかと思ってね」

 

 足の裾を上げて義足を見る。外傷は特に無い。となれば問題は内部。足首から順に触って行けば何箇所かおかしい部分が分かった。

 

「今年の魔術競技はそんなに激しかったのかい? 回路が焼き切れるなんて、そう滅多にあるもんじゃないよ」

 

 原因が分かった所で、直すために必要な物を棚から降ろす。

 

「......ええ、柄にもなく熱くなってしまって。まあ、優勝することが出来たので良かったです」

 

「そうかい、私がいたころはそうでも無かったけどね......さて、ぱぱっと直しちゃおうかね」

 

 フォルティスの義足を本格的に直しに入る。一度、義足を外して作業台の上へと持っていく。分解して良く点検するれば魔力を調整する中枢部分は特に問題ない。これなら魔力を通す回路を取り換えるだけで済むだろう。

 そんな時、いつもは作業中には話しかけてこないフォルティスが背中越しに珍しく話しかけてきた。

 

「......一つ、いいですか?」

 

「ん? なんだい?」

 

 作業しながら返事をしてみるが黙ったままだ。その事から考えるに大事なことらしい。面と向かって話したいようだ。

 

「ちょっと待ちなよ......よし」

 

 一旦、キリのいい所で作業の手を止めて、油や煤で汚れたタオルで手袋を拭く。振り返えって話を聞いてみれば──

 

「──なんだって?」

 

 

 

 

 

 

 ~Ω~

 

 

 

 

 

 

 まだ薄暗い時間帯に、システィーナは密かに屋敷を後にする。向かうのは約束の場所。そこは、フェジテのあちこちに点在する自然公園の一つだ。

 

 その区域は森林浴と散策を楽しむ憩いの場となっている。勿論、今は早朝のため人っ子一人おらず、閑散としており、静まり返っている。

 システィーナは落ち葉を踏み鳴らしながら約束していた場所へと辿り着く。

 

「今日は少し遅かったな。らしくもない」

 

 待ち人、グレンが少し不機嫌そうに、システィーナに声をかける。

 

「う......その、ごめんなさい。昨夜寝る前に......今日、先生と会うことを考えてたら、その......眠れなくて」

 

 微かに頬を赤らめ、システィーナは気まずそうに視線を外した。

 

「はは、期待してたってやつか? とんだマゾヒストだな、お前」

 

「ば、馬鹿! そ、そんなじゃないわよ......ッ!」

 

 意地の悪い笑みを浮かべてグレンに、システィーナは慌てて否定の言葉を返すが、その言葉尻にどうにも力がない。

 

「まぁ、いい。生憎、ここなら誰もいない。誰にもはばかることなく、心置きなくできる。さっそく始めるぞ」

 

「ま、待って......私まだ......心の準備......ッ!」

 

 システィーナはグレンから逃げるように後ずさるが、本気で逃げる気はないのか、その動きは緩慢のものだった。

 

「悪いな。俺はせっかちなんだ」

 

 誰もいない。たった二人だけの世界で。

 

 今日も誰にも言えない、二人だけの秘め事が始まる。

 

 

 .....と、本当はなんて事ない。ただ魔術戦の早朝特別訓練である。これが、最近できた二人だけの秘密だった。

 

 システィーナはルミアの事情を知る数少ない人間の一人だ。だが、今のシスティーナにグレンのように、それこそ、兄であるフォルティスのように守れる力などない。 

 

 魔術の素質は優れているが、誰かを守って戦うには、システィーナはまだ、あらゆる意味で未熟なのである。だからこそ、システィーナはいざという時に守れるように、グレンに魔術戦の手解きを求めだのだ。

 

 当初、グレンはシスティーナに請われても魔術戦の指南をすることを渋っていた。勿論、兄にも頼んでいた......が。

 

『いや、俺のはちょっと......、いや、結構特殊だし......それに、魔術戦においては先生の方が上手いと思う。システィーナも()()()の方が合ってるよ』

 

 

 と言われ、それでも何度も頼み込んでもやんわりと断られていた。それを聞いたグレンも「そうだよな」と言葉を溢していた。それが、効いたのか分からないが熱心に頼み込んで、ついにグレンが折れたのだった。

 

「まあ、お前がその『力』を振るわなければならない『いざという時』......そんな時が来ないのが一番いいんだがな」

 

「これからも......ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。先生」

 

 ぺこり、と。

 

 システィーナは背筋を正し、その頭を下げた。

 

 

 さくさく、と落ち葉を踏み鳴らす音が聞こえる。話に夢中になっていて、すぐそこに来るまで気が付かなかった。グレンとシスティーナは焦るが、当然間に合うはずもなく──

 

「──えっ」

 

「......」

 

「......」

 

 思わず声が出たシスティーナは、プルプルと震えながら現れた人物──兄であるフォルティスを指差す。しかし、本人はかというと、気まずそうに頬を掻いて──

 

「──まあ、うん。お父様達も似たような出会い方してるし、こういうことがあっても別にいいんじゃないか?」

 

 その時のフォルティスの表情はまるで旅立つ子供を見送る親のように、慈愛に満ちていた。

 

「ちょ、ちょっと待って兄さん!? こ、これには訳があって!?」

 

「そ、そうだぜ!! ちゃんと事情を聞けば、お前が勘違いしてるって分かるから!!」

 

 二人は必死になって説明しようとするが、フォルティスは手を前に出して二人を制する。分かってくれた、とシスティーナは安堵するがグレンはダラダラ、と汗を流していた。 

 実際、逢い引きのようにも見えなくもない現状。

 

「お、おい......その『全部、言わなくても分かってる』みたい表情やめろ。お前、絶対分かってないだろ」

 

 グレンの言葉にシスティーナは感づく。

 

 そうだ、人の話を聞かない兄さんの事だ。きっと、理解していないに決まってる。

 

「いえ、分かってますよ......少なからず自分は応援してます」

 

 そう言い残し颯爽と戻っていくフォルティス。一瞬だけ固まり現状を理解すべく、錆びたブリキのような動きで首を回し、グレンとシスティーナは見合せた。

 

 そして──

 

 

「──分かってねぇ!!? おい、待て! フォルティス!?」

 

 

「ま、待って兄さん!? 誤解っ!! 誤解してるから!?」

 

 それでも、何故か逃げていくフォルティス。そして、遂に我慢の限界を越えたシスティーナが【ショック・ボルト】を撃つことになったのは直ぐの事だった。

 

 

 

 

 ......そして。

 

 

 

 過去の去りし日を彷徨っていた胡乱な意識が、ゆっくりと現在に戻ってくる。

 

「......?」

 

 むくり、と身体を起こす。少し疲れた気がするが気分は悪くない。

 

「やあ、起きたかい? おはよう、お嬢ちゃん」

 

 開け放れたドアの向こうが見える。

 

「帝都オルランドからこのフェジテまで、遠路はるばるごくろうさん、お嬢ちゃん」

 

 これから、システィーナにとって......フォルティスにとって、人生を大きく変える事件が起きる。

 

 

 




一応、生存報告を兼ねて途中ですが投稿しました。 というか読んでる人っているのか? という疑問すら思うほど更新してませんでしたね......。

取り敢えず、今年が終わるまでには本作を終わらせたいですね......。
それと、次回の投稿は未定です。申し訳ありません。

※多分、今年は更新できそうにありません。理由としては当初の予定より長く書くことになったことと、設定のすり合いが上手く合わせれなかったことがありました。こちらも思っていた以上に私情が忙しくなったこととも関係があります。

ですが、こんな駄作を数多くの方が呼んでくれて大変感動しました。感想で応援や誤字脱字。間違いの指摘から作品の考察なんかもしてくれて頭が上がらないほどです。まだ楽しみにしている方のためにどうにか作品を終わらせるつもりです。未熟者ですがよろしくお願いします。


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