ウチのキャラクターが自立したんだが (馬汁)
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00-ウチのキャラクターの誕生

「ううん…」

 

 どうも悩みが多そうな唸り声が、一人しかいない空間に響く。

 …いやしかし、正確には二人と言うべきか。それでも二人と呼ぶには矛盾している。

 

 マネキンの様な姿の人が、まるで評価するように人間の男性を眺めている。

 整えられた黒髪の男は、棒立ちの格好を保ちながら虚空を見つめている。ついでに言及すると、その男はイケメンであり、程々の身長であり、細身かと思えば筋肉が多い。

 それだと言うのに、彼は棒立ちを保ったままでそこに居る。

 

 一見、服屋に来たイケメンと、その場に固定されたように立つマネキンの立場が入れ替わったような様子なのだが…。

 

 

 それ以前に、ここは何処なのか?

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 ここはとあるVRMMOの、キャラクタークリエイトルームと呼ばれる…、日本語に直すならば、キャラ作成部屋といった場所だ。

 この場所は、ゲーム上で操作するキャラクターの容姿、名前とかを設定する空間であり、全てのプレイヤーはゲームを始める前にこの空間に訪れることとなる。

 

 まだ身につける姿を決めていないプレイヤーはマネキン姿となり、様々な要素を変更したり付け加えたりして、キャラクターの容姿を決めていく。

 それは髪の色、髪の長さ、髪型だったり。または身長、筋肉、脂肪だったりと…。

 

 そうして、プレイヤーは長い時間のキャラクタークリエイトを経て、その姿を身に付けて『ヴァーチャル・ファンタジー』の世界に降り立つのだ。

 

 

 

 …で、一足間違えれば、男性に熱い目線を向けていると思われるであろうこの光景だが…。別に俺はそんな趣味などない。ただ、キャラクターを作っているだけだ。

 

 実はこのキャラクターは既に完成したものだが、特に何も考えずに作ったのである。適当に作っていっても順調に姿が作り上がってゆく為、調子に乗ってしまった。

 

 

 それじゃあ、何故俺はそんな姿のキャラクターを前に唸っているのか?

 理由は簡単、このイケメンを使うには気が引ける、といった感じだ。

 

 そう、あまりにもイケメンすぎる。いや一般水準においてイケメンすぎるというわけじゃなく、俺には合わない様な気がしているのだ。

 或いはほかにも原因はあるかもしれないが……。

 

「ううん…」

 

 とにかく、それが悩める唸り声の原因だった。

 

「……」

 

 

 決めた。また新しくキャラクターを作り直すことにしよう。

 

 このキャラクターの容姿はデータに保存できるようなので、このイケメンを保存し、また別のキャラクターを作ってみることにした。

 

 

 して、再び完成。

 

 金髪に蒼眼、比較的大柄なこの人間は、見ようによっては西洋かそこら辺の人間とも捉えられる。というより、そういった人間がテーマである。

 例としては、よくある学園アニメの留学生キャラに近いだろうか。

 少し悩んだが、これは一応の候補として保存し、また別のを作ることにした。

 

 ・

 ・

 

 白髪に高身長、程よい筋肉を身に着けた老人は、如何にも”戦える執事”というイメージを受ける。

 これにタキシードだとか、レイピアだとかを装備させれば、戦える執事というイメージを万人に与えること間違い無しだろう。

 

 ……が、これはVRゲーム。自分の動作がそのままキャラクターに反映される。

 俺は礼儀に関してはからっきしだから、内面と外面が一致しないという点では致命的である。

 これも一応候補として保存、また別のキャラクターを考える。

 

 ・

 ・

 

 先程の老人とは逆に、ショタと呼ばれるような容姿のキャラクターを作成した。

 が、作っておいてなんだが、このキャラでゲームを遊ぶと考えると…。…控えめに言ってムリだ。

 俺は保存さえもせず、また振り出しに戻った。

 

 

 さて、着せ替え人形の如く、いや、それ以上に容姿の変化が激しいこの人物を目前にして、マネキンこと俺は、また唸り声を上げて悩んでいる。

 

 今度はどうしよう、理知タイプのメガネでも作ろうか。赤い髪がトレードマークの熱血系はどうだろうか。

 と、そんなこんな考案していると、突如としてピロピロンといった音が、耳元で発される。

 メールの着信音だ。

 

 システムメニューを呼び出すと、メールのアイコンの上に「1」という数字が浮かび上がっている。

 届いたメールのタイトルを確認するが、無題。代わりに送り主の方を確認すると……母だった。

 

 携帯電話からこのVR空間にもメールを送ることが可能だから、きっとそうしたのだろう。

 そう思いながら、メールを開封。文章を確認する。

 

『まだゲームで遊んでるの? ご飯が出来たから来なさい』

 

 もうそんな時間だったのか。

 現実での時刻を示す時計を呼び出すと、確かに夕飯時を示していた。

 俺はこのゲームを終了させると、現実へと意識を移した――。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「あら…ぶいあーる? っていう所でもメールが届くのね」

 

 食卓に足を運んでみれば、突然そんなことを言われた。

 届くと分かっていて送信したのでは?と思ったのだが。

 

「送信した後に気付いたの。でも届いてたようで安心したわ。ほら、今日はハンバーガーよ」

 

 ハンバーガー?

 例のバーガーレストランからお持ち帰りしたのか?

 しかし食卓に乗るそれは、パンズもレタスも無く、デミグラスソースを被ったパティ…もとい、ハンバーグであった。

 

 母よ。それはハンバーガーではないぞ。というか、以前にもこういった事があった気がする。

 

「ほら、冷めちゃう前に食べなさい。創也(そうや)

 

 しかし、今更指摘するにも遅い。以前にもこういうことがあったのだから。

 俺は言われた通りに席に座り、用意された食事を黙々と食していった。

 

 

 

「そういえば」

 

 食事中に話しかけられたが、食を進める手を止めずに、しかし耳を傾けている。

 

「この前お部屋の掃除をした時、こんなものが」

 

 目を見開き、フォークをハンバーグに突き刺したまま、俺は固まる。

 母が手に持つそれは、俺がヒッソリと所有しているノート…。所謂、黒歴史ノートである。

 当時の俺のお茶目な思いを滅茶苦茶に書いて描いて、そして出来上がった一冊である。

 

「いやあ、創也って以外と絵が上手なのねえ」

 

 母よ、今直ぐそのノートのページを一枚一枚破り取って、全てをシュレッダーにかけた後燃やすのだ。

 今直ぐ、ハリー、ナウ。

 

 しかし今の俺は動揺しきっていて、固まった思考の中、あの一冊をじっと見つめることしかできなかった。

 

「…あら? この子、可愛いわね。もしかして初恋相手の絵なのかしら?」

 

 そう言って示すページは、俺のキャラクター案の所だった。

 7割以上が女性なのだが。と言うかその本を今すぐ手放して欲しい。

 一部、奇妙だったり際どかったりする服装のキャラクターが居るのだから、勘弁して欲しい。

 

「……キャラクター?」

 

 母がその言葉を発した直後、俺はピタリと固まった。 

 

 その様子に反し、心のなかに一瞬の光が宿った……ような気がする。

 その光はアイデアの豆電球によるものか、救いの光なのか、どちらなのかは知らない。誰もわからない。

 

 けれど、その光が俺の動揺を掻き消したのは確かだ。

 

 

 俺は右手を出すと、黒歴史ノートを掴み取る。母はそれをあっさりと手放す。

 思い出すようにキャラクター案のページをピラピラと捲り……、そしてあるページにたどり着いた時、俺はこの本を作った過去の俺を褒めたくなった。

 

 俺の様子を見ている母の目線が、まるで「一体どうしたの」とでも言うように訴えかけてくる。

 しかし俺はその目線にさえ気づかず、俺は何かを求めるようにページをめくり続ける。

 

ページ毎に書かれている”キャラクター”を説明する文章。その全ては立ち絵などを伴わないものだったが、ある一ページだけは例外であった。

 それを開いて最初に目にしたのは、そのキャラクターの姿。

 

 頭に六法全書でも打たれたかのような錯覚をなんとか押さえつけ、文章を食い入るように読み始めた。

 

 ケイ (16)

 

 ・若くして老熟された精神を持つ。

 ・お茶目な性格。

 ・騎士としての経験による戦闘技術は勿論、魔法から素手での格闘まで、あらゆる戦いの技術を習得しており、その全てを活かした戦いが得意。

 

 ・未来の20年後に、恋人を亡くしてしまう。その運命を覆すため、長年の研究を経て生み出された魔法を使い、またゼロ(誕生)へと時間を巻き戻した。その二度目の人生で、守るための力を高める事を決意した。

 が、誕生からやり直した所為か、性別が反転。元は男性なのが、今度は女性として生を授かってしまう。

 元男性とは言え、女性としての人生を16年間歩んできたので、心身ともに女性のそれとなっている。

 

「……」

 

 容姿を示す絵と共に書かれた、多いとも少ないとも言えない設定を前に、俺はほんの数秒の時を、思考に費やした。

 

 ……そう言えば、あのゲームは男でも女性キャラが選べるんだっけ?

 それと、あのゲームには演技(ロールプレイ)する人もある程度居ると聞いたことが……。

 

 思考の末に、口が右の頬へと引き釣られた。

 残りの食事を早々と口へ運ぶと、俺は再びVR世界へと飛び込んでいった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 はて、さっきまでこの空間には、唸り声を上げるマネキンがいたはずだが。

 しかし今では、迷いもせずキャラクターの容姿を次々と変えていっているマネキンが代わりに居る。

 

 しかも今度はさっきとは違って、作っているのは女性のキャラクターである。

 一体どんな変化があったのか、クリエイトの進行には迷いがなく、完成した所で『モデルデータ保存』と書かれたパネルに触れ、作業を止めた。

 

「……」

 

 その女性は銀髪を持ち、ポニーテールの形で纏められている。

 裾がやや短めの灰色のマントで肩を包んでいて、その下に白いシャツを着ている。

 スカートを履いているが、腰の辺りにポーチが備え付けられたベルトが巻き付いている。

 

 どこか見覚えがあるその姿……、いや、見覚えのあって当然の姿がそこに在った。

 

 年は10代の真ん中辺りか、それぐらいの若さの姿のそれを作成したマネキンは、ただその姿を見つめていた。

 その視線に性的な意図は全く感じられない。ならば無感情な視線を向けているのか。しかし、それもまた違う。

 

 

 ならば、その視線をどう例えるべきか?

 

 自らが書いた絵を評価するように見る絵師の視線か、

 決闘の場でお互いを見つめ合う剣士の視線か、

 作り上げた砂の城を見上げる子供の視線か、

 

 

 あるいは………。




今回登場した『ケイ』は(私の黒歴史ノートの中に)実在する人物です。
が、設定は実在のものとは異なります。名前と容姿だけを参考にしました。

VRで、体型がかなり違う肉体を操作するのって色々とマズそうですが…。この世界では、そう言った問題はありません。無いったら無いんです。

連載中、後付け設定に合わせるために内容を一部変更することが多々あります。
基本的に変更に関しての告知はしません。


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第1章 俺は"ケイ"である
01-ウチのキャラクターの街歩き


前回はオープニングだったという事で、今回は長めの作品となっております。


前回のあらすじ:
母に黒歴史ノートを発掘される
黒歴史ノートに載っていたキャラクターを見て、「これだ!」とアイデアを得る
「ケイ」と言うキャラクターを作成。



 キャラクリエイトを完了し、名前に『ケイ』と入力。

 そうすると、視界が暗転……、いや、キャラクタークリエイトルームから光が失われたように見えた。

 俺が作ったキャラクターと、俺自身であるマネキンが漆黒に覆われる。

 

 いつまでこの暗闇が続くのかと思ったら、そう長くない時間のうちに光が戻ってきたのに気づく。

 同時に音が聞こえ……、って、聞こえるっていうレベルじゃない。物凄く騒がしい。

 

 ほぼ反射的に耳をふさぎながら、光の戻ってきた目を使って辺りを見渡す。

 

 人、人、人と、随分と人が多い、物凄く多い。

 しかも観光地かよってぐらい、様々な種類の人が行き交っている。

 

 エルフ、ドワーフ、ドラゴーナ、そして人間が。それは冒険者だったり、あるいは商人だったり。それらが話したりお店で取引したりと……。

 

 そして再び言うが、騒がしい。良く言えば賑やかだが、言い繕っても耳が痛いと感じるのは変わらない。

 

「うぅ……」

 

 確か、最初の拠点となる街にプレイヤーが集中するのを予想して、種族とか出身地で初期位置を変えたりしていると聞いたことがある。キャラメイクの時に出て来た情報だ。

 だというのに、種族とかそういうの関係なく、ここは賑やかになっているようだった。

 

 ふと、耳を強く抑える腕の力が、すっと抜けていく。

 ……これ以上の人混みは、ちょっとむり。気分が悪くなってきた。

 

 ああ、そう言えばVR酔いとか言うのもあるんだっけ……?

 多分、それの原因もあるんだろう。

 

 仕方ない、人気の少ない所に移動しよう……。裏通りあたりが良いかもしれない。

 

 

 ふらふらと歩いて数分ぐらいか、俺はようやく人混みから離れることが出来た。

 裏路地の中、道の隅っこに誰が置いたのかよく分からない、ただの木箱に腰を下ろす。

 

 俺は自分自身の身体を見下ろす。

 さっきのキャラクタークリエイトで作り出した、ケイの身体である。後頭部あたりを手で探ってみると、確かにポニーテールがそこにあった。

 

 ……それに気づくと同時、さっきまで夢中で考えもしなかった、重要な事まで気付いてしまった。

 

 思春期の男性が女性の体に乗り移った時、まず最初に試すものは何か。大抵の男なら決まっているものである。

 

「……」

 

 自分の体を見下ろす。が、どうもそうする気になれない。

 何というか、このキャラクターを作った過去の俺を裏切る様な気分になるのだ。

 

 やって後悔するのなら、やらないでおくことにする。そもそも、俺は思春期とかいう歳じゃない。

 

 ……さて、欲を堪えた所で、これからどうしようかを考える。

 ここにはガイドの人物が居るわけでもないし、天の声が俺に使命を与えてくれるワケでもない。

 

 しばらく、これからの予定を考える。

 初期のお金は5000Y。装備はキャラクタークリエイトの前に選択した職業によって変わるんだったか。

 

 俺が選択したのは『魔法戦士』。初期装備は皮の防具と短剣だけだ。

 ポーチの中を探ってみると、更に3個の回復薬が入っていた。それともう一つが……本?メモ帳?

 表紙を見ると、初心者指導書と書かれていた。指導書と言う割には、かなりスケールの小さい物である。

 まあ、とりあえず読んで見る。

 

「……最初の立ち回り方、スキルの使い方、魔法の使い方、移動手段……」

 

 その小さな見た目に反して色々な項目があり、なにか分からないことがあっても、これで直ぐにわかるような内容だった。

 

 ……まあ、気が向いたときにでも。

 そう思い、指導書をポーチの中にしまおうとした時……。

 

【………コトッ】

 

 物音がこの裏路地に寂しく響くと同時、俺はハッと思い出す。何気なしに入ってきたが、ここは裏路地だ。

 そんな所にある木箱に腰掛ける俺だが、そこに危険が全く無いとは言い切れない。

 そう、裏路地はアウトローの世界、不良とか余裕で居るかもしれないのだ。

 

 今すぐに、とはまでは行かないが、そろそろここから離れないと……。

 

「お嬢さん!ちょっと失礼!」

 

 突然、声が左側から聞こえてきたかと思えば、その姿が目の前を通り過ぎていく。

 

 何事かと思い、地面に足をつけて立ち上がる。すると、左の方から沢山の足音が迫ってきていることに気づく。

 

「え、なに?!」

 

 見れば、沢山の人がこの裏路地を走ってきた。狭いのにも関わらず、それなりのスピードでやってくる彼らに対して多少の驚きを感じざるをえない。

 早速なにかの厄介事か、ならば関わりたくないのだが……。

 

「そこの女、道を開けろ!」

 

「は、はい」

 

 道の隅っこに移動して道を開ける。

 見た感じ、彼らは街の兵士さんみたいな姿をしている。邪魔したら公務執行妨害とかになって、もっと厄介なことになりそうだった。

 

 4、5人の兵士さんが通り過ぎると、直ぐに足音がパタリと止んだ。

 

「行き止まりだ!」

 

「くそっ、壁を登ったか?!」

 

 どうやら、あの兵士さんたちは、さっきの男を追いかけていたのだろう。しかし失敗したらしい。

 これは何かのイベントなのだろうか。もしそうだとして、俺が何かの条件でも満たしたのか?

 

「……まあいっか」

 

 まだレベル1なのだし、変に関わり合いになったら嫌だ。そう思ってこの場を離れた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 さて、と。VR酔いも落ち着いたのか、大分調子が良くなってきた。

 さっきまでとは違って軽い足取りで裏路地を出た後、俺は露店の並ぶ所、言わば市場の様な所を歩いていた。

 

 耳にザワザワガヤガヤといった、騒音に近い話声が届いてくる。

 ここも人々で賑わっているが、その人がNPCか、PCかはよくわからない。頭上に表示があるわけでもないから、どうにも判別がつかない。

 NPCでさえ人間と大差ない言動をするものだから、なおさらだった。

 

 折角の機会だ。一通り商品を見て回ってみた。見れば、もっと物色すればまた目新しい物が出てくるんじゃないか、って程に種類がそろっていた。

 そうだ、先輩プレイヤーのお古を買うのも良いかもしれない。思わぬ掘り出し物を見つけることも出来るかも―――

 

「あ、そこの! ちょっと良いですか?」

 

 ガヤガヤと混じった声の中に、一人の声が俺に向けられていることに気づく。

 声の方向を見ると、この”ケイ”と同年代……と言うには少しばかり小柄の女性がいた。

 

 確認のために、自分を指さして首をかしげてみるが、それに対して彼女は頷いて見せた。どうやら本当に俺へ宛てた言葉だったらしい。

 

「あの、お名前を訊いてもいいですか?」

 

「えっと」

 

 この時、このVR世界での自分の声を初めて自覚したのだが、自分の喉から女の子の声が出てくることに違和感を感じた。

 当たり前だ。本来俺は男で、このキャラは女なのだから

 

「……ケイって、呼んでくれるかな」

 

 自分の声を確かめるようにしながら言葉を並べる。違和感がすごい。

 けれど、頑張れば慣れてくるだろう。

 

 それと、これはプライドでしかないが……。できるだけ、この『ケイ』というキャラクターを崩さないでコミュニュケーションを取りたい。

 どういう意味かっていうと、”ケイになりきる”っていうこと。別の言葉にするなら、”ケイという役を演技”したいとも。

 

 ……まあ、これは努力目標なんだけど。

 

「ケイ、ですか? 素敵な名前です! あ、私はレイナと言います!」

 

「……レイナ、ね。 レイちゃんって呼んでもいいかな?」

 

 俺が、いや、私がケイだったら、ということを考えながら言葉を選ぶ。無理に裏声を出さなくても元が女声だから、声に関しては気をつける必要がなかった。

 だがそれを考慮したって、今の状況は台本も練習もなしに本番の演劇をやっている主人公のような物だ。

 

 要するに、ちょいとピンチなのである。

 

「え……レイちゃん?」

 

 俺が言うあだ名を耳にした彼女は、驚きのあまり、呟くようにおうむ返ししてしまう

 

 ……ほらこうなった。

 初対面でそんな友好的な態度なんて、現代じゃありえないもの。あってクラスメイトの女子同士ぐらいしかない。

 

「……」

 

 うぐぐ、完全に引いちゃってます。私も冷汗が頬を伝っている気がします。

 ひょっとしたら悪質行為として報告されるかもしれないです。

 

「……レイちゃん……レイちゃん! そ、それじゃあ!是非そう呼んでください! レイちゃんって!」

 

 ほら、私はこうなる事を恐れ……あれ?

 

「えっ? あ、ああ。よかった。嫌な思いさせたかと思ったよ」

 

 ……ああ、どうやらピンチを脱したようです。助かりました。九死に一生です。九回も死ぬのかよ。

 

 ああもう、ログイン早々に心拍数が大きくなった気がする。それも加速度的に。

 新しいゲームをやる時の高揚感による鼓動だといいんだけど。うん、きっと違う。

 

「私が嫌な思いだなんて!そんなわけ無いじゃないですか!」

 

 その言葉を聞いた俺は、あからさまに安心した顔を見せたと思う。

 男として情けない……。あ、今は”ケイ”だから良いのか。

 

 と言うより、人見知りも警戒心も全く無い様子だし、俺も最初から気を抜いて行けば良かったのだ。

 

「それじゃ私も! ケイ、ケイちゃん……。ケっちゃん?」

 

「あ、私のあだ名?」

 

「……はい。でもなんか、微妙ですね」

 

 ケっちゃん。俺は別に良いと思うのだけれど。と言うか、ムリにあだ名を考えなくてもいいのに。

 初対面なのにヤケにフレンドリーに接してくるレイナは、何時ぞやの俺の様にうーんと唸って見せた。

 

「まあ、私はいい呼び名だと思うよ?」

 

 まあ、お世辞なんだけど。

 

「そうですか?」

 

「うん」

 

「それじゃ、ケっちゃんで!」

 

 うん。しかしケっちゃんか、なにかを蹴ってしまいそうなあだ名だ。

 

 だが、”私”は特に文句を言ったり、不満を覚えたりしない筈だ。きっと。

 さて、あだ名の話に移り変わってしまったが、赤の他人である筈の俺に声をかけた理由は、その話をするためではないだろう。

 

「それで、なにか用があるんだよね?」

 

「あ、そうだ、忘れてたっ」

 

 やっぱり忘れかけていた。

 

「その、ケっちゃんって前衛でも大丈夫ですか?」

 

「前衛? 魔法戦士だから、まあ大丈夫だと思うけど」

 

 さすがに盾役にはなれないけれど、まあ前衛としての役割を果すことは出来る、筈だ。

 なんたって、魔法戦士だ。物理と魔法を両立しているわけで、その分突出した強さや堅さもない。

 

 その事を訊くということは、きっと俺をパーティの一員にしたいという事だろうか。

 

「良かったぁ!私は魔法使いなので、前で戦ってくれる人が居ないと困るんです……」

 

 答え合わせはしていないが、聞いた感じでは間違っていない様だ。

 確かに魔法使いは大抵打たれ弱いし、詠唱時間を確保する必要がある。そして、その時間を確保するために必要なのが、俺の様な前衛職である。

 

 しかしどうしたものか。今の俺は初期装備に加え、多少の回復薬がポーチに入っているだけだ。

 その役割をマトモに果すには、今の初期装備よりはマシな装備へと乗り換える必要がある。

 

「……もしかして、これから何処かのモンスターを倒しに行くのかな?」

 

「あ、はい! これから、少し危険な所へ採集に行こう思ってまして」

 

「採集?」

 

 と言うと、素材でも集めるのか。だから私をパーティに勧誘したのだろう。

 それなら、適当なお店から幾らか買えば良いと思うんだけれど。

 

「買わないの?」

 

「……それが、この装備を買ったので殆ど無くなっちゃったんです、お金が。」

 

 そう言って、手に持った杖を示すように挙げる。

 確かに綺麗な宝石が先端にあって、能力も値段も高そうな見た目をしている。

 

「あー、なるほどね」

 

「はいっ。なのでお金を稼ごうと思ってるんです。丁度生産スキルのレベルも上げられますし!」

 

 生産スキルという言葉を聞いて、またなるほどと頷く。

 薬を作って、そのスキルを鍛えて、そして薬を売ってお金を得る。

 ただ依頼をこなしてお金を稼ぐより、コッチのほうが高効率に見える。

 

「……あ、そうだ」

 

 狩り、採集、生産、販売と、これからの予定を楽しそうに話し出すのかと思ったら、何か思い出したような仕草をして、改まった感じで問いかける。

 

「その、レベルは幾つぐらいなんですか? 目的地のモンスター、それなりに強いので……」

 

「1だよ」

 

「……いち?」

 

「うん、1、ワン。」

 

 当然だ。ついさっき始めたばかりなんだから。

 

 見ると、俺が言葉にした数字を聞いた彼女は、『人選を間違えた』とでも言う様な顔をしている。というより、実際にそう思っているだろう。

 彼女の言う目的地とは、恐らく今の俺には手も出せないようなのレベルの領域なんだろう。

 

 だから、俺が彼女に付き添うことは難しい。残念ながら、俺が行っても強敵に撫でられるように吹き飛ばされるに決まってる。

 

「……レベル上げ、付き合いましょうか?」

 

「え、良いの?」

 

「はい」

 

「……なんか、ごめんね」

 

「いえ、こちらこそ……」

 

 彼女から『すごく気まずい!』オーラが湧いて出ている。

 実を言うと、私も少し気まずい。

 

 

 

 

 

 さて、レベル上げを行うという話だったが、その前に装備を購入することにした。未だに気まずい空気を従えたレイちゃんも連れて。

 さっきも確認したけど、初期の資金は5000Y以上。以上というのは、装備の更新によって不要になるであろう装備の売却額を考慮しての事だ。

 そこらの露天の商品を見て、今の資金では中古の装備を一つか二つ買えるぐらいだろうと分かった。

 

「その、どんな感じの装備を買うんですか?」

 

「ん、取り敢えず、この短剣よりは長い武器が良いかな。このぐらいの長さ」

 

 そう言って、両手を添えて大体の長さを示す。

 身近な物で例えるならば、この肩から手先ぐらいまでの長さか。

 

「あ、でも防具の方もいいかも」

 

 武器を買わずとも、敵はレイちゃんに倒してもらえるかもしれない。その代わり、詠唱時間を稼ぐために、多少の防具が必要になる。

 

 と、俺はそう思ったのだが。

 

「武器なら、オススメの所を知ってますよ!」

 

「オススメ?」

 

 さっきから続いていた淀んだ雰囲気が突如として晴れた。

 段違いの笑顔を見せる彼女だが、オススメの所とは一体何か。

 

「はい、この杖を買った所です! あそこはいろんな種類があるので、きっと見つかると思います!」

 

 その杖を買った所……と言うことは、値段は高めなのだろうか。もしかしたら、装備一個でお金がなくなってしまうかもしれない。

 ……でもまあ、見るだけならタダ……かな?

 

「じゃあ案内してくれる?」

 

「はい、任せてください! こっちです!」

 

 と、元気よく走り出した。市場を歩く()()()の中を。

 

「……って、待って! ちょっと!」

 

 数秒もせずに彼女の姿が人混みに紛れ、今にも見失ってしまいそうになった。

 俺は出来るだけ距離を離さないように、泥沼を泳ぐように人々を掻き分けて彼女の姿を追いかけた。

 

 人々の隙間から覗き出た彼女の表情は、なんだか楽しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 曲がり角で一度見失いかけたものの、なんとか追いかけていると、人の密度が少なくなってきたことに気づく。

 彼女の姿を捉えるのも容易になって、ようやく彼女の直ぐ後ろにつくことが出来た

 

「ふうっ、疲れた……。先に行き過ぎだよ、レイちゃん」

 

「あ、あれ? ごめんなさい! そ、そう言えば途中から走り出したような……」

 

 いや、最初から走ってたよ。元気に。

 

「まあ、別に怒らないしいいよ。それに楽しそうだったもんね」

 

 ちらりとしか見えなかったが、鬼ごっこをする子供の様な笑顔なのが印象的だった。

 『守りたい、笑顔』とでも言いたくなる程。

 

「……え、楽しそうでしたか?」

 

 まさかの自覚なしだった。

 

「すごくね。子供みたいに楽しそうに走り回ってたよ」

 

 そう言うと、少し迷ってから右手を彼女の頭の上に置いて、撫で回し始めた。

 おっさんが子供にするような、ワシャワシャとした撫で方ではなく、お姉さんが子供にするような、優しい撫で方を意識する。身長的にも丁度いい。

 

「子供みたいで可愛かったよ」

 

「なでっ、こ、子供っ?!」

 

「うん。あ、嫌だった?」

 

「あっ、その……いえ。身長低いのは事実ですし」

 

 そっか。

 

 というか、今の行動は場合によっては危険だった気がしなくもない。女性らしく行動しようとして、行き過ぎた様だ。

 ちょっと気をつけよう……。と、顔をほんの少し赤く染める彼女を見て、そう反省する。

 

「それより、お店まであとどれぐらいあるの?」

 

「あ、お店ですか? もう到着しましたよ、ここです」

 

「……えっと?」

 

「可愛いお店ですよね」

 

 ……ええっと。何この……何?

 

 大きなハートマークの看板に、『愛の工房 byリーチェ』と言った文章が書かれている。

 いかがわしい宿屋などではなく、工房らしい。愛の。

 

 早速ピンク色の扉に手をかけるレイちゃんだが、待って欲しい。

 異質な外装はまだ良いとして、中から聞こえてくる男の野太い掛け声は一体何なんだろうか。物凄く入りたくない。

 

「他の所にしようかな……」

 

「どうかしましたか?」

 

「う、ううん。何でもない! それじゃあ行こう」

 

 深く考えなくても良い。きっと外装以外はマトモなんだ。

 きっと、うん。多分。

 そう思いながら、扉を開くレイちゃんの後をついていく。

 

「……パンドラの箱」

 

 そんな単語をボソっと呟いてしまった俺は、何も悪くないと思う。

 

 

 中に入ってみると、内装は案外普通だった。

 カウンターの上にピンク色の奇妙な置物があったり、壁にかかる時計もまたもやハートマークの形をしていて、けれどそれ以外は普通だった。

 

「んらっしゃい! おっ、レイナじゃねえか!」

 

 外に漏れて聞こえていた掛け声の主は、この男だとすぐに予想がついた。

 オレンジ色になった刃を叩いている様子は、まさに職人という感じだった。

 ……ただ、職人とは言い難い。これって職人というより……。

 

「また来ちゃいました~!」

 

「えーと。初めまして?」

 

 職人というより、ボディビルダーじゃないか。

 

 だって筋肉しかないんだよ。実はボディビルなの?ってぐらい筋肉しかない。

 と言うかなんで()()()()の中に居るのが筋肉マンなんだろう。普通女の子じゃないか。

 

 いや女の子が工房を経営するのもどうかと思う。イマドキは女性が仕事をする社会なのだ、と言われてもどうかと思う。

 

「そっちの姉ちゃんは友達かい?」

 

「はいっ」

 

「ケイって名前……です?」

 

 筋肉に威圧されて敬語が出てしまう。

 不満を買ったら空き缶の如く握りつぶされそうです。その様子を想像したら冷や汗が出ちゃいます。

 

「怖がらなくてもいいですよ! これでも可愛いもの好きなんですよ!」

 

「へへ、実はそうなんだ。残念だが、この筋肉は飾りでな」

 

 それの何処が飾りなんですか。抑止力という名の飾りじゃないですか。

 これを目前にした鬼も、死闘を覚悟するに違いない。

 

 ……しかし、異常に怖がるのも失礼かもしれない。

 ゲームだから大した事ない、と自分に言い聞かせて恐怖を振り払うと、目線を筋肉マンの目へ向ける。

 

「俺はリーチェって言うんだ。リーちゃんとでも呼んでくれ」

 

「りーちゃ……」

 

 え、この人がリーチェ?

 え?

 

「それでですね、リーちゃん! ケっちゃんが剣を買いたいらしいんです!」

 

 ……名前と見た目のギャップは兎も角。元々は剣を買いに来たんだ。筋肉工房の得意分野の筈だし、少しは期待して……。

 

「剣か? そうか、得意分野は魔法系の武器だから、あまり期待しないでくれよ」

 

「ええっ?!」

「えっ?!」

 

「おう、二人してそんなに驚くとは思わなかったぜ。そういえば言ってなかったな」

 

 そら驚くに決まってる。

 何その筋肉。本当に飾りなのかよ。

 

「だが、ヘタな所よりは良い武器を並べているとは自負しているぜ。よかったら見てってくれ」

 

 ……ツッコミどころが多いお店だ。

 ハートの看板、店名、筋肉、姿と矛盾した名前。そして、この筋肉に反して、魔法系の武器を作るのが得意という点。

 

 全て疑問もせずに受け入れるなんてムリだ。無理に決まってる。

 

「……そういえば、何で愛の工房なの?」

 

「ああ、そのことか?」

 

「うん」

 

 流石に質問の一つぐらい許されるだろう。そう思って問いかけてみた。

 命名に理由がないのなら、とりあえず”愛”は引っこ抜いて欲しい。

 

 と、思ったのだが……。

 

「これだ」

 

 と言い、左手の薬指を見せる。

 

「あ、結婚してたんですか!」

 

「ああ、愛……ね。なるほど……」

 

 その指に嵌められていた結婚指輪を見て、俺はひどく納得した。

 この人は、店名に愛を持ち出すほどのリア充だったようだ。

 

 と、気を取り直そう。俺は買い物しに来たんだ。

 雑談も良いけれど、そろそろ用事を済ませたい。

 

「それで、剣はココらへんかな。……これって値段はどれぐらい?」

 

「お、その剣は随分前に打ったやつじゃねえか。まだ売れ残ってたんだ。……そうだ、可愛らしいお前さんになら1000Yで売っても良いぞ?」

 

 かわいらしい……、ちょっと、既婚者さんがそんなこと言っていいの? よりにもよって”俺”に……。

 いや、これは俺が悪いけどさ。

 

「……浮気性の夫は長続きしないよ」

 

「おおっと、こりゃ参ったな」

 

 辛うじて出てきた私の反撃に対し、リーチェはハハハと手を上げて言うが、私の方は乾いた笑いしか出ない。

 

「でもこれで1000って……。そこら辺の中古でも2000かそこらだよ?」

 

「そんなこと言っても俺の気は変えられないぜ。押し付けサービスだ」

 

 その筋肉に押し付けられたら大変なことになる思うんだけど……。でも、そう言うのなら甘えようかな。

 剣をもらうと、財布から1000Yの紙幣をそのまま渡す。

 

「おう、丁度1000Y。頂いたぜ」

 

「うん、ありがと。それとなんだけど、この短剣って再利用できる?」

 

 鍛冶とかそういう知識はあまり無いのだが、一応と思って質問する。

 

「これか? 溶かせばその金属が素材になるが」

 

「ならあげる。値引きした分の代わりだと思って貰ってね」

 

 初期装備の短剣を手渡そうとするが、文字通り固く拒まれる。筋肉に。

 相変わらず色んな意味で強引なのだけど、これをどうしようか考える。

 

 ……にやっ。

 

「いや、女からタダで物をもらうのは気が引ける」

 

「い~や~? そうでもないよ?」

 

 視界の隅で「ケっちゃんのその笑顔、初めて見ます……」と恐怖しているレイちゃんが見える。

 私、そんなに変な笑顔をしているだろうか。

 

 しかし、ケっちゃんか。

 そう、今の私はケっちゃんだ。ちょっとお茶目な元男性の少女だ。

 

「私を可愛いって言ってくれたし……ネ!」

 

「お、おう……」

 

 

 

 

 

 

 その数分後、買い物を済ませた俺らはお店を出ていった。

 そして愛の工房から少し歩くと、俺は壁に寄りかかって。顔を手で覆う。

 

 先程からずっと顔が熱い。この手の内にある表情は赤く染まっていること間違い無しだ。

 

「あの、恥ずかしいのにあんな事言ったんですか?」

 

「別に恥ずかしくないヨ」

 

「いや、でも」

 

「恥ずかしくないってバ」

 

 ……なんで俺、男なのにあんなことを言ったんだろう。

 

 

 

 いや、簡単なことだ。私は『ケイ』だから、あんなことを言ったんだ。

 過去の俺から貰った、ケイというキャラクター。その設定やキャラを無視することは、過去の俺を裏切ることと同義なのだ。

 

 だから、うん。これは仕方なかったんだ。

 

 ……ごめん、やっぱり恥ずかしいです。




後付け設定。あります。まだ大雑把なストーリーしか無いので、仕方ないと思います。

不完全な表現、それと誤字。私もまだ未熟です。半熟卵のように、固まりきっていない部分がちらほらと見られると思います。

違和感のある展開。執筆している時間がバラバラなので、その境目で何かしらの”ズレ”があると思います。言うなれば、乾ききった粘土同士を張り付けたような感じでしょうか。

チラシ裏での投稿なので、これらは気にしないことにしていますが、直せる所は直そうと思っています。一応。

あ、タイトル詐欺(自立しない)はまだ続きます。
自立をする回は12話ほど先になります。
最低でもあと12話は更新停止の心配がないのですHAHAHA。

追記。29話でニョキッと生えてきた設定に合わせて編集


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02-ウチのキャラクターのレベル上げ

戦闘しか入ってねえ!
本編中、解説多めです。


 このゲームのジャンルはVRA()MMOというものである。

 MMOの前にある”A”と言うのは、アクション(ACTION)の頭文字。要するに、このゲームは通常のMMOより反射神経等が求められるということ。

 

 例えば、回避率という数値。実はこのゲームには回避率という値は存在しない。

 敵の攻撃を見て回避する。という動作を、プレイヤーが行わなければいけないのだ。

 

 他にも、防具で保護されてない部分に攻撃を受ければ 防御力は適応されないし、首や心臓などの急所を狙えば、攻撃力以上の威力が見込める。

 戦闘システムは、リアル寄りになるよう調整されているのだ。

 

「あの、ケっちゃん?」

 

 頭の中で戦闘システムの復習をしていた途中、それを遮るように声をかけられる。

 考え事しながら歩いていたお陰か、いつの間にかレイちゃんの数歩後ろを歩いていたことに気づく。

 

「あ、ごめん、レイちゃん。少し考え事してた」

 

 と言うか先導を後衛がやっちゃダメだろ、歩調が遅れた俺が悪いんだろうけど!と心の中でツッコミつつ、俺は急いで駆け寄った。

 今俺たちは、レベル上げの為に野外を歩き回っている最中だ。

 

 意外と敵が見つからないため、戦闘システムのおさらいをしていた。

 

「いえ、そんなことよりホラ! 狼があそこに居ますよ!」

 

 見れば、確かに狼が木の下で丸まっていた。

 

 あの愛の工房で十分に恥を抱えた後、俺たちは早速レベル上げに出かけた。

 木がチラホラと見える草原だが、ふと、街の方を見返すと水色のモンスターの姿が……スライムが見える。

 

 普通、最初のレベル上げと言えばスライムとかだろうけど、私たちはそれらを無視して、あるいは通り際に斬って、ドロップした物だけ拾っていった。

 スライム狩りは戦闘職のレベリングには向かない。どっちかと言うと、戦闘スキルを新たに習得した生産職のレベリングに向いている。

 

 コレに関しては、レベルや技術レベル辺りの仕様が関係しているんだけど……。

 

「ケっちゃん?!」

 

「あ、ご、ごめん。また考え事……」

 

 うう、コレだから解説役は大変なんだよ。……解説役って何?

 

 い、いや、そんな事より意識を狼の方に向けないと。

 向こうは警戒を怠っていないのか、頭だけじっとこちらへ向けている。向こうは既に俺らに気付いている様子だ。

 

「じゃ、始めよう。さっきも言った通り、ピンチになるまでは待っててね」

 

「はい……、その、気をつけて下さい」

 

「うん、任せて」

 

 実は移動している最中に、戦闘中俺がピンチになるまで手を出さないで欲しい、という約束をした。

 聞けば、レイちゃんのレベルは25らしく、彼女が俺を差し置いて活躍してしまうと、俺が経験値を得づらくなるのだ。

 パーティというシステムは、このゲームに存在する。勿論、今も彼女と俺はパーティを組んでいる状態だ。

 

 けれど、パーティであろうと何であろうと、経験値分配などはされない。

 これもまた技術レベル辺りの仕様が……って、ヤメだヤメ! また意識が別の方に行くところだった。

 

 

 

 気を取り直してレイちゃんから10歩前に出ると、立ち止まって詠唱を始める。

 

 詠唱。

 それは任意のタイミングで開始でき、使用したい魔法に必要な”詠唱時間”以上になると、発動可能になる。それ以上に詠唱すると”追加詠唱”となり、威力や弾速が増す。

 

 だから、俺は使用する魔法に必要な詠唱時間を超えても、詠唱を継続させ続けた。

 向こうの狼は警戒を強める。俺の様子に異常を感じたのだろう。

 

 コレ以上の詠唱は先手を逃すだろうと判断した俺は、口を開き、唱える。

 

「『ファイヤアロー』」

 

 必要以上の詠唱時間を経て発動した初級魔法は、俺の目の前で出現し、飛んでいく。

 威力の向上した火の矢は、敵の胴体に突き立てられ、そこの毛を少しだけ燃やす。

 

「あ、あれ? ……あ、距離減衰です!」

 

「え、魔法にそんなのあったの?」

 

 確かに、随分と長い詠唱で放った割には軽傷である。現に、俺の攻撃を負った敵は元気にこちらへ走ってきている。

 遠すぎたのが原因だったら、遠距離からの攻撃はあんまり意味が無いか? と思いながらも再び詠唱をする。

 

「『サンダーアロー』」

 

 狼は流石に足が速い、あっという間に間合いが詰められるだろう。今度は詠唱時間が比較的短い魔法を放つが、流石に三度目の魔法は放つことは出来ないと察した。

 しかし、たった今放った雷の矢は狼に直撃した。一度目の魔法よりは大きなダメージを与えているように見えた。

 

「グルルオォォ!」

 

 敵は四本足で駆け、全身の毛並みを荒々しく揺らしながら、その瞳から放たれる鋭い眼光で俺を捉える。

 

「……」

 

 唸り声を上げる敵に反して、俺は静かに相手を見つめている。

 

 敵は狼、武器は牙と爪の二つだ。俺の持つ剣ならば、リーチで負けはしない。

 剣先を狼に向けると、俺は機会を待つ。

 

 狼が俺の間合いの外で駆け寄るのを止めると、相手もまた機会をうかがうように、俺を中心にゆっくりと円を描きながら歩き始めた。

 

「バウッ!」

 

 吠えられた。が、この程度の威圧は効かない。むしろ吠える動作が隙でしか無い。

 剣を向ける態勢を維持しながら、俺はまた詠唱を始める。

 

 その場から動かず、身体の向きを狼に向けながら詠唱を待つ。

 

「……」

 

 狼がさらに重心を低くし、警戒を強めた。俺が詠唱を始めた事に気付いているようだ。

 

 それなら、と頭のなかで小さな作戦を組み上げる。この作戦に引っかかってくれれば良いんだけど……。

 もし失敗したら、レイちゃんを更に心配させることになる。

 

 それなら、尚更気を引き締めないといけない。

 

「……()()()()ォッ!」

 

 同時に狼が大きくステップして回避、しかし狼が避けようとした魔法は現れなかった。

 どう考えてもふざけてる様にしか聞こえないけど、この掛け声はフェイントだ。

 余計な言葉を発したせいで詠唱はキャンセルされたが、それは作戦の内。

 

「ヴァン!」

 

 大きなステップの後に着地、続けて俺へ向けて飛びかかった。

 よし、この機会を待っていた。

 

「イッパーツッ!」

 

 俺の身に飛びかかる狼の身体を、この剣で縦に大きく切り裂いた。

 そう、俺が狙っていたのは、ファイト一発・カウンターだ。

 

「ギャンッ!」

 

 タイミングを間違えれば、相手の攻撃をもろに受けていただろう。しかし一振りの剣は狼の頭に襲いかかり、飛びかかる攻撃は俺に当たらずに済んだ。

 しかも、狼はこの反撃が重傷になったようで、弾かれた後も倒れているままだった。

 

 

「……勝ったかな」

 

 とは言え、未だ瀕死に留まっている様子だった。俺はさっさと剣を振り下ろし、とどめを刺す。

 

 敵の姿が光の粉となって、蒸気のように散っていった。

 初戦闘、初勝利だ。

 

 

 敵がいなくなり、レイちゃんがこっちへ駆け寄ってくる音が聞こえて、その方に向き直った。

 

「勝ったよー、レイちゃん!」

 

「す、凄いです! けど…、あの、何ですか? ファイトー、一発って…」

 

「あ、アレ? ……なんか勝手に出てきちゃった。フェイントのつもりだったんだけど」

 

 聞き覚えは無いんだけど、なんとなく、頭の片隅に残っているフレーズだ。

 きっと昔にどっかで聞いたんだろう。

 

「でも、狼は問題なく倒せたし良いじゃん! さ、次行こう?」

 

「あ、はい! ……って、ちょっと待って下さい!」

 

 他の敵を探しに行こうという所で、レイちゃんが何やら呼び止めてきた。

 一体何かと思ったら、敵を倒した所でごそごそと探し始めた。

 

「落とし物?」

 

「ドロップ素材です、ケっちゃんは回収しないんですか?」

 

 あれ? そんなものが落ちてたんだ。全然気づかなかった……。

 

「ごめん、すっかり忘れてた」

 

「あ、謝らなくても! 初めての狩りなんですから仕方ないですよ!」

 

「そう言ってくれると――」

 

 助かる、と言いかけた時。俺は何かしらの異変を感じ取り、思わず周囲を見渡した。

 

「?」

 

「ふぇっ?!」

 

 ……気のせい、だったのか?

 大きな”何か”が出てきた気がするんだけど、その正体が何か、分からない。

 

「あ、あの、何かすごくイヤな感じがしませんか?」

 

「レイちゃんもそう思うんだ。私もだけど」

 

 何の気配なのかは分からないが、とりあえず何か大きいものだと言うのは何となく分かった。

 

「向きはコッチだったよね?」

 

「はい、私もそっちから感じ取りました」

 

 うん、やっぱりそうか。

 

「じゃあ反対側行こう」

 

「賛成です」

 

 レイちゃんならまだしも、俺はレベルが低い。もし強敵が出現していたのなら、俺はそれこそ撫でるように潰されるだろう。

 警戒した俺たち二人は、そっとその場から離れていった。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 それからも、あの大きな”気配”が本当に何でもなかったかのように、狩りが順調に進んだ。

 戦闘系の技術レベルもそれなりに上がってきて、だいぶ戦いが楽になった。

 

 途中、調子乗って狼の群れに突入して、レイちゃんの魔法のお世話になってしまったりもした。

 うん、数の暴力とは恐ろしいものだった。

 

 しかし、3匹ぐらいまでは危なげなく対処できるようになってきた。

 

「……お腹すきませんか?」

 

 狼の毛皮を拾い、また次の獲物を探そうとすると、突拍子もなくレイちゃんがそんなことを言う。

 

「お腹……まあ、ちょっと空いたかもしれない。そろそろ戻っても良いかも」

 

 確か、空腹になるとスタミナの回復が遅くなるんだっけ。

 どれぐらい遅くなるかは聞いてないけど、一応満腹の状態にはしておきたい。

 街に戻って、食事でもしようかと思ったが……。

 

「やっぱりっ。もしよかったら……ほら、お弁当はどうですか?」

 

「弁当?」

 

 彼女がポーチをごそごそしたかと思うと、そこからニョニョっと二つの箱が出て来た。

 明らかにポーチに入り切らない量だったが……、まあゲームだし、ということで納得する。

 

 しかし弁当か。

 

「何が入ってるの?」

 

「開けてからのお楽しみですっ。それじゃあ一緒に食べましょう!」

 

「う、うん」

 

 テンションが高い。

 そこら辺の地面の上に座り、期待する目でこちらを見ている。私もその意思を察して、隣りに座る。

 

 まあ、外出して食べる手作り弁当の味は、なんとも言えない美味しさがあるんだろう。あまり外出しない俺には分からないが。

 

 弁当箱の一つを受け取ると、お互い目を合わせてから、同時に弁当箱を開いた。

 

「わああ! スパゲッティが入ってます!」

 

 うわ、本当に入ってる。コンビニ弁当じゃあるまいし。

 手作り弁当にも入ってる物なのかは知らないけど、彼女の反応を見るに、入ってても変ではないらしい。

 

 見たところ、二つの弁当は同じ中身みたいだ。半分ぐらいのスペースには白い米が、その余ったスペースに、ソースがたっぷり掛かったカツが少しのキャベツの上に乗っている。

 言うまでもないが、スパゲッティがメインなわけがなかった。

 

 ちなみに肉団子が入っていたり、タコさんウィンナーとかは入っていない。

 ……まんまコンビニ弁当じゃないか。

 

「えっと、美味しそうだ……ね?」

 

 母が仕事等で不在の時、いつもこんな感じの弁当で腹を満たしていた。

 だから随分と見慣れたメニューの弁当が、何時もの安っぽい容器ではなく、ちゃんとした弁当箱に入っているのが違和感モリモリだった。

 

 どうせモリモリにするなら、違和感じゃなくて中身の量にしてほしい。

 

「頂きます!」

「…頂きます」

 

 入っていた割り箸を割って、中身を口に運び始めた。

 

 VR世界で食べる弁当は、食べ慣れたコンビニ弁当より美味しかった……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 その後も、俺らは狩りを続行していた。俺のレベルアップに伴い、少しずつ高レベルのエリアへ侵入していったりもした。

 

 狼と一緒に鷹なども狩っていたのだが、どうも弱かったから、思い切って今度はイノシシの生息地に踏み入る事になった。

 レベル的にはまだ足りないだろうが、このゲームの戦闘はアクション重視。戦い方次第でどうにでもなる筈だ。

 

「イノシシって何を落とすの?」

 

「イノシシですか? 確か……お肉と角を落とすんでしたっけ。お肉は食材としてよく使われているらしいですよ?」

 

「ま…まあ、うん。そりゃお肉だもんね?」

 

 むしろ食材以外の使い道があるの?

 肉食のペットの餌ぐらいにしかならないと思うんだけど…。

 

「と、見っけた。何か大きくない?」

 

「現実のイノシシの2倍くらい大きいらしいですけど…、あのやっぱり止めませんか? せめて装備を……」

 

「大丈夫。でも、いざとなったら助けてね」

 

 ともかく、獲物を見つけた俺は、即座に詠唱を開始する。レイちゃんは心配そうな顔をしながら、この場を離れていった。

 詠唱を開始して数秒、獲物がこちらに気づかない内出来るだけ詠唱を重ね……魔法を発動する。

 

「『ファイヤアロー』」

 

 発動と同時、炎の矢が飛んでいき、直撃する。

 発動の直後に再び詠唱を始める。

 

 獲物は俺の存在に気づくと、その大きな体をこちらに向け、走り出そうとしている。

 

 その様子を見捉えながら、二度目の魔法を放つための詠唱を続けるが……。

 

「『サ…ッ!はやっ!」

 

 思ったより突進の速度が速かった。魔法を放つ直前に、横に飛ぶように回避した。

 それに、あの巨体の突進はかなりの迫力がある。

 

 少しだけ、怖い。

 

「わ」

 

 回避すると、横を通り過ぎたイノシシによる風圧により、自分の服装がなびく。意外と風が強い。

 ……そういえば、スカートが捲れたらどうなるんだ?下着は謎の影で隠されるのか? そんな邪な考えが頭をよぎるが、一瞬で戦闘の方へ意識を向ける。

 

 あのまま魔法を放っていたら、俺はあの突進に巻き込まれ、重傷を負っていただろう。

 

 通り過ぎたイノシシを目で追っていると、回避された後も構わず突進し続けていた。

 車のごとく走る巨体は、また車のごとく急に止まれないようだ。

 

 回避直後に詠唱を開始して、十分に詠唱が積み重なるのを待つ。

 イノシシは突進の勢いを弱めると、大きくUターンして俺の方に向き直った。

 俺を正面に捉えると、直ぐにイノシシはスピードを上げて突進してきた。

 

「…ん 『ファイヤアロー』!」

 

 顔面に向けて放とうと思ったが、この際どいタイミングに生まれた()()に、半ば本能で従った。その閃きは、向きを少し下に向けて放つというもの。

 飛んでいった炎の矢は、獲物の前脚に突き立てられる。コレで多少は突進の速度が落ちるかもしれない。

 

 また詠唱を再開しながら、コッチに突進してくる獲物の様子をじっと見つめる。

 

 ……前脚に攻撃した俺の判断は正しかったようで、脚に傷を負ったイノシシはバランスを崩し、速度も少し落ちていた。

 

「ハァッ……『サンダーアロー』」

 

 緊張のせいか、詰まる息を無理やり押し出して、魔法を発動させる。今度もまた同じ部位……足に向けて放った。

 一箇所に集中して攻撃すれば、その部位は何時か使い物にならなくなる筈だ。

 

 3本足ではマトモに走れない筈……だ。

 

「ブゴオォッ」

 

 一本の足に集中して攻撃を受けたイノシシは、俺の願い通りにバランスを崩し、その巨体を勢いと重力のままに地面へと叩きつけた。

 

 ……だが、突進の勢いは止まらなかった。巨体は土や草を抉りながら、突進のスピードを保ったまま俺の身へと襲いかかる。

 魔法を発動した直後だった俺は、上手く動けないでいる

 

「うぐっ……」

 

 今からでも足を動かして、横に避けなければいけない。

 でも、何故か動かない。何故か、この場から動けば不幸が降りかかると予感しているような――

 

「『ウィンドハンマー』!」

 

 意識を割るように耳にから飛び込んできた声と同時、先程イノシシの突進を避けた時の風圧とは比べ物にならないぐらいの風圧を、俺はその身に浴びた。

 

「ッ……」

 

 踏ん張らないと飛ばされそうなほどの力だったが、その風圧はすぐに元通りになった。

 

「ケっちゃん!」

 

 見れば、あの風圧をまともに受けたイノシシが吹き飛ばされていた。

 どうやら俺が受けていたのはあの魔法の余波だったようだ。あの状態だったイノシシは踏ん張る余裕もなく、あの巨体が嘘のように吹き飛ばされてしまった。

 

「は……っ」

 

 礼を言おうとして、今度は喉が上手く動かなかった。

 声の代わりに吐息が出てきて、慌てて喉に手を当てる。

 

「まだ動いてます、気をつけて下さい!」

 

 その警告を受け、俺はギクりとするようにイノシシの方へ振り返った。イノシシは一本の足に傷を負ったにも関わらず、構わず突進しようとしていた。

 

「……!」

 

 詠唱するという事さえ、思考することは無かった。本能のままに立ち上がり、逃げた。

 元いた場所に、まるでエンジン音の様な声を鳴らすイノシシが通り過ぎた。

 

「は……はっ……『ファイヤーアロー』!」

 

 喉をなんとか動かして、魔法名を口にする。ちゃんと声として現れ出た言葉に、心の中で安堵する。

 

「もう一度……『サンダーアロー』l!」

 

 獲物の様子を見て、必要な詠唱時間を基準に魔法を選択し、そして放つ。

 余裕が無い時は詠唱時間が少なく済む魔法を選ぶ。

 

 そして相手が迫ってきたら回避する。そしてまた攻撃する。それを繰り返す。ただのルーチンだ。

 突進を繰り返すイノシシには有効な戦術のはずだ。

 

 だから、落ち着け。落ち着いて――

 

「ケっちゃん!」

 

 霞んだ視界が、近くまで迫るイノシシが映る。

 転ぶように横に避け、慌てて起き上がる。

 

 しかし、足元が覚束ない。詠唱を開始させるもふらついてしまい、詠唱がキャンセルされてしまう。

 

「トドメをさします、『アイススピア』!」

 

 横から飛んできた半透明の槍は、イノシシの首筋に突き刺さった。

 

 

 

 

「っはぁ……」

 

 首筋に一本の槍を受けたイノシシは、直ぐにピクリとも動かなくなった。

 

「……」

 

 死んだ……?

 その疑問に反応するように、イノシシは突然体勢を立て直そうともがき始めた。

 

「あ……!」

 

 驚いて、後ずさるように距離を離す。

 変わりに、後ろから誰かが―――レイナが俺の前に出て、唱えた。

 

「『アースハルバード』」

 

 鈍い刃を持った斧のような岩が、イノシシの首の上に落ちた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 蒸発するように散る光をぼんやり眺めていると、横から声を掛けられる。

 気づけば、肺を叩きつけるような心臓の鼓動も、言葉を上手く生み出せない喉も元に戻っていた。

 

「いや……、大丈夫」

 

 そう言って、立ち上がる。服についた汚れを払おうとする。

 なんだろう、手がうまく動かない。

 

「ケっちゃん」

 

 すると、レイちゃんが私の手を盗むように握った。

 いきなりの行動にどきりとするが、代わりになんとも言えない暖かさが手に伝わる。

 

「震えてますよ」

 

 ……確かに、震えている。レイちゃんに握りしめられた自分の手を見て、ようやく気づいた。

 だが、イノシシとの戦闘は上手く行っていた筈だ。まあ、その上手く行っていたのも途中までだが……。

 突撃が目の前に迫ってきたタイミングで、いきなり怖くなった。

 当たればかすり傷程度では済まないであろう攻撃に、恐ろしさを感じたのだろうか。

 

「大丈夫です。ここはVRゲームですよ」

 

 逆に言えば、VRだからこそ、これほどの恐怖を体感したのだ。

 安心させるための笑顔を出来るだけ意識して、頷いた。

 

「うん」

 

「……そろそろ街に戻って傷を癒やしましょう。無理をしてレベル上げをしても、効率は悪いですよ」

 

「分かった」

 

 言われた通りにしよう。この調子じゃ、上手くいく物も上手く行かない。

 

 

「ありがとね、レイちゃん。なんだか調子に乗っちゃってたみたい」

 

「え?……あ、はいっ」

 

 気づけば、私達の動きを写す影は、伸びに伸びていた、西を向けば黄昏色に染まった空が見える。

 もうこんな時間になっていたらしい。

 

「今日はかなりの成果があったと思いますよ。沢山の狼の毛皮とか、お肉とか!」

 

 確かに、拾った素材の他にも、俺のレベルやスキルレベルが上がっている。

 まだ最初の段階なだけあって、この数字の変化は結構大きい。

 

 最初のレベル1から、レベル7へ。戦闘系のスキルも勿論上がっている。

 

「……これぐらいなら、付き合えるのに十分なぐらいかも?」

 

「はい?付き合うって、何をですか?」

 

「あれ、忘れてた? 薬の素材集めでしょ?」

 

 その同行ができるようになるまでレベリングをするのだと思っていたが、もしかしたらそんな意図は無かったのだろうか。

 

「ああっ、そういえばそうでした!」

 

「さっきはちょっとアレだったけど、最初から一緒に戦えば問題も無いかもしれなかったし、私個人も多少は強くなったと思うんだ。どうかな?」

 

 レイちゃんが行くと言っていた、素材採集を行う場所。そこに生息するモンスターの強さを、俺は把握していない。

 もしかしたら、もう少し鍛えるべきだろうか。と思ったが……。

 

「……ケっちゃんはレベル関係無く強いので、何とかなると思います。それに、危なくても撤退すれば良いんです」

 

 それは遠回しに、私は十分に強くなっていない、とでも言っているんだろうか。

 

「でも、防具を整えたほうが良いと思いますよ。そしたら安心して採集も出来ると思うので!」

 

「なるほど、それが良いかもね」

 

「はい! 一緒に帰りましょう!」

 

 

 

 この後、街に到着するまで、ずっと手を繋いでいた事に気づく事は無かった。




他のVRMMOが舞台の作品との差別化、というわけではないですが、ゲーム仕様などを考えたら、変な感じになりました。

先に明記しますが、このゲームはモンスターを倒して経験値を得るのではなく、正しくは戦闘という経験をして経験値を得ます。
詳細は活動報告の方に。

……戦闘描写難しいっす。



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03-ウチのキャラクターの買い物

「~♪」

「……」

 

 呑気な鼻歌が右耳から届く。少し騒音も混ざって聞こえるのだが、出発前の喧騒に比べるまでもなく静かだった。

 日が沈んだおかげか、ログイン直後に比べてあまり人通りが少ない。

 

 今、俺らは狩りから帰還して、街を歩いている所だ。

 何を目的に歩いているかというと、露天販売の物色である。

 

 日が沈んでいるのにも関わらず、未だ開いている露天販売があったから、それらの品を通り際に見ていたりする。

 こういう個人が開いている露天の品物は、大抵が何かの生産物か中古の装備だったりする。たまに工芸品もあるが、お土産ぐらいにしかならなそうだ。

 

 代わりに、素材などといった、そのままでは使えない物が売られている店はあんまり見かけない。

 どうも、素材を持ち帰ったプレイヤーは、『素材屋』なる名前のお店に売ることが多いようだ。

 外から街に戻ってきて直ぐのところにも、そのお店が建っているのを見かけた。

 ちなみに、俺らが狩りで得た素材は、今のところは持っているままにすることにした。何かの生産か、オーダーメイドに使うかもしれないからだ。

 

 

 またしばらく歩いていると、俺は思いついたように横の方を向く。俺のすぐ横でふんふんと鼻歌を歌っている彼女に、声をかける。

 

「そういえばさ、レイちゃん」

 

「はい! なんですかー?」

 

 さっきから何故だか独特なテンションになっているレイちゃんだが、俺は構わず質問を投げかける。

 

「泊まる場所は決まってる?」

 

「宿屋なら既に一部屋借りてますよー。どうしたんですか?」

 

 ならば、と思って言葉を続ける。

 

「同じ宿屋に泊まろうかなって思って。そうすれば楽に合流できるでしょ?」

 

「なるほど!」

 

「うん、それで、その宿に空き部屋ってあった?」

 

「うーん、空き部屋ですかー……」

 

 俺の質問に、彼女は少しの時間だけ考えてから、また口を開いて答える。

 しかしその直前、その顔に笑顔があったのを見逃さなかった。

 

「ねえ、その笑顔って」

 

「はいっ!問題なく一泊出来ると思います!」

 

「……そ、そう」

 

 まあ、夜を過ごせれば別にいい。

 

 だがレイちゃんと同じ宿に泊まったら、なんか変な事になりそうな気がする。

 ……まあ、気がする、って言う程度でしか無い。心配のし過ぎか。

 

「それじゃあ。私はこれから装備の買い物するから。…あ、それと一度やっておきたいことがあるんだ」

 

「やっておきたいこと、ですか?」

 

「うん」

 

 返事をすると、並列して頭の中で『システム』という単語を唱える。

 そうすると視界にウィンドウが現れる。

 

 そのウィンドウを操作して、フレンド関連の項目を選択。新しく出たウィンドウを見る。

 

 『フレンド登録』、コレだ。

 それを選択すると、メッセージウィンドウがまた現れる。

 

 『友情の証がポーチ内に出現しました。登録するプレイヤーに渡してください』

 

 これを見て、俺はポーチの中をゴソゴソと探る。

 回復薬に混ざって、駅の改札で使うような定期券ぐらいの大きさの紙が入っていた。

 

 取り出すと、友情の証という文字が大きく記されていた。

 俺が女性キャラである所為か、どこか可愛らしい装飾までされている。

 

「ほら、これ」

 

「これは……友情の証ですね! 初めて見ました!」

 

「うん、私も」

 

 まあ、ゲームを初めて間もないから初見なのが普通なんだけどね。

 狩りからの帰りに、少しだけ初心者指導書を読んでいたが、お互いにこれを交換すればフレンド登録がされるらしい。

 

「これを受け取れば良いんですか?」

 

「うん」

 

「それじゃあ! ……わっ」

 

 レイちゃんが証を受け取ると、一瞬だけ驚くような仕草の後、何も無い所を読み上げるように見つめ始める。

 多分、彼女にしか見えないウィンドウを見ているんだろう。

 

 一体何のメッセージが現れたのかと、気になってレイちゃんを見つめてみる。

 そして、彼女は何も無い所を指で突くような動作をして、今度は荷物を探り始める。

 

 別にウィンドウを指で突かなくても選択できるんだけどね。

 だなんて事を思いながら、レイちゃんの様子を眺めていると、今度は私の方を見て。

 

「あった!はいっ、私からもこれを!」

 

「うん」

 

 ビミョーに面倒くさいシステムだなあ、なんて思いながら、その証を受取る。

 こっちの証のデザインは、私が渡したものとはまた違うものだった。

 

 その模様を見ていると、ふと目の前にメッセージウィンドウが現れる。

 

『「レイナ」とのフレンド登録を完了しました』

 

「そうすると……よし。コレなら遠くからでも連絡できるはず」

 

「メールですね!」

 

「うん」

 

 俺は買い物を続けて、レイちゃんは宿に戻る。

 これから時間をかけて品物を物色するつもりだったので、連絡できる様にしてから先に帰ってもらおうと思ったのだ。

 

「それじゃ、別行動ってことで。もう先に休んでても良いよ。買い物が終わったら向かうから」

 

「はい、待ってますからね!」

 

「うん。じゃあね」

 

 

 

 

 

「……ふう」

 

 レイナがいなくなった後、俺はそっとため息を付いた。

 

 うむ、途中から随分と馴染んできたとは言え、ケイの役になるのは結構疲れるものだ。

 あのノートに書かれていた幾つかの設定を、この身で演技するのはかなり難しい。

 老熟された精神。お茶目な性格。戦いがなんだかんだとか。それを全て、完璧に演技出来る人と言ったら、どっかのプロの女優さんぐらいだろう。

 

 過去の俺が生み出した人物を俺が勝手に演技しているとは言え、もう少しハードルを下げてほしかったものである。

 ……まあ、本当にイヤだったらさっさと止めてるけどね。

 

 

 さて、これからのお買い物だが、日が暮れた今じゃあ開いているお店が少ない。また朝かそこらで出直したほうが良さそうだが、それでは日中に出歩く人々で騒がしくなってしまう。

 慣れてしまえば良いのだろうけど、それでもあの中でお買い物をするのはちょっとゴメンである。

 

 なので、この時間帯で色々と探してみて、今のうちにいい装備を揃えてしまおうという作戦を実行する。

 

「お」

 

 早速目ぼしいものを見つけ、その露天の方に足を向けた。店番の人と目が合うと、すこし手を上げて挨拶をする。

 

「……あ、買うのか?」

 

「まあね。もしかして君って生産職?」

 

 如何にもメガネが似合いそうな店番の少年が、布敷に胡座をかいている。

 

「うん、布や革を中心とした防具を作ってるんだ」

 

 ローブ、マント、タンクトップが左側に、革製の胸当て、ブーツ、手袋が右側に並んでいた。

 全てが布や革のみというわけではなく、急所となる部分に金属を当てて、防御力を上げている防具もあった。

 

「へえ…、これっていくらする?」

 

「2300Yだけど……あ、でもこれは」

 

 値段を伝えた少年が、何か深刻そうな事に気づいた様な仕草をする。

 一体何があったのか。気になったので訊いてみる。

 

「どうしたの?」

 

「その、僕が作っているのは男性向けだから。その防具とかだと……窮屈かもしれない」

 

 ……なるほど。

 俺は自分の身体を見下ろして、静かに納得した。普通の服ならまだしも、防具は固いから胸を圧迫してしまうだろう。

 

 今はケイなのだが、その中身は俺だ。でも"俺"にしろ"私"にしろ、どっちも男性としての立場を理解している。

 ケイ自身も元男性だからだ。

 だから、俺はニヤりと口を歪ませると、腕を胸のあたりを抱えるように交差して、じっと少年を見つめて言い放った

 

「…変態」

 

 元男性である他に、私はお茶目でもあるのだ。

 

「い、いや! そういう意味じゃなくて!」

 

「ふふ、わかってるよ。服を作っている人はそういう事(胸とか)も気にしないとね」

 

 俺としても、私としても、イタズラが成功したワケでイイ笑顔をしていると思う。一心同体である。

 工房の時はこうしたおふざけで赤面したのだけど、今回は心配しなくて大丈夫。

 

「……値上げするぞ」

 

「わー、ごめんごめん」

 

 流石に値上げされたら堪らない。持ち帰った素材は売ってないから、資金はあの武器を買った分を引いて4000Yなのだ。

 謝りながらもニヤニヤと笑いを絶やさないでいるが、どうにかこの笑みを抑えようと、口を抑えてどうにかする。

 

「でも、良かったらサイズ調整ぐらいはするよ。追加で200Y貰うけど」

 

「へ、良いの?」

 

 なんとか笑いを抑えた所で、そんな話が出てきた。

 もしそうしてくれるなら有り難いのだが。

 

「タダ働きじゃなければね。ただ、サイズの情報を貰う必要がある」

 

 なるほど。

 もとから女性向けのサイズの防具を買っても良いかもしれないが、こうするのも悪くはない。

 

「胸のサイズだね?」

 

「……まあ、うん」

 

 一度目をそらしながらも、一応真面目な顔をして返事をしてくれる。

 うんうん、仕事だもんね、仕方ないもんね。

 

「ただ、今はメジャー持ってないからな…。そうだ、代わりのものなら…」

 

 そう言って、販売品であろうブーツから靴紐を引っ張り出し始めた。

 

「それでコレを結んで……」

 

「待って」

 

 一対の靴の靴紐をつなげる作業を行う前に、俺は手で制した。

 これで胸のサイズを測るということだろうが、そうするには少し問題がある。

 

「……ここで測るのかな?」

 

 日が暮れて人気が少なくなったとは言え、人目がつかない場所は無いんじゃないかって言うほどには人がいる。

 

 …いや、なるほどな。

 まさか公衆の面前でバストを測るよう誘導するとは、この少年は中々の策士、又は紳士のようである。

 

「なわけあるかっ」

 

 だろうな。

 この少年はそんな変態じゃないと、初対面ながらそう思ってる。

 

「というより、別に測らなくても良いよね?」

 

「はあっ? サイズがわからないと調整のしようが――」

 

「見るだけで十分でしょ」

 

 素っ気なくそんな事を言い放つ。

 正直、一々測ったりして数字を把握しなくても、見た感じの大きさで十分して良いんじゃないかと思っている。

 

 勿論、俺は服を作る事に関する知識はないし、これから習得する気も偉そうに語る気もない。

 だが、一々測る必要は無いんじゃないかとだけは意見させて欲しい。

 

「み、見るだだっ。この痴女!」

 

「へ?」

 

「もう良い、店じまいだ! これからは1割増しで売りつけるからな!」

 

 ……なんで?

 俺、なにか変だったりとか嫌な言葉でも口にしたかな。

 

 ただ胸のサイズを測るという話をしてただけなのに……。

 

「……あ」

 

 あー、そっか、胸のことだったからね。胸を”見て”だなんて、そりゃ痴女だもんね。

 まあ、仕方ないか。うん。

 

 驚くべきスピードで商品を回収して、ささっと走り去る少年を見送る。今謝ろうにも遅かった。

 

「……帰ろ」

 

 なんか、申し訳ないことをした気がする。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 メール欄から、レイナから来た一通のメールを開く。

 

 送信者:レイナ 件名:待ってます!

『宿の名前は年樹九尾宿です! 待ってますからね!』

 

 年樹九尾。なかなか渋い名前の宿であるが、このネーミングセンスはあの”愛の工房”とはまた違った方向性である。

 ここの街の住民は、マトモなネーミングセンスと言うものを鳥の餌にでもしてしまったのか。

 

「でも、名前の割には普通かな」

 

 メール欄から目線をずらすと、すぐそこに”年樹九尾宿”という名前の看板があった。

 特異な名前以外は至って普通の木造建築の、どこか安らぎを感じさせる雰囲気もある宿屋だった。

 

 とにかく、宿の前で立っていても俺が邪魔になるだろうから、直ぐに建物の扉を開いて入った。

 

 

 うむ、普通だ。

 あの工房とは逆に、内装が大変なことになっている、ということでは無さそうだった。

 

「あ、ケっちゃん!」

 

「おお、レイちゃーん」

 

 しばらくぶりであるが、数カ月ぶりの再開なのかというようなテンションの上がりっぷりである。

 扉を入った先は食事をする空間なのか、テーブルと椅子がそれなりに並んでいた。そこの椅子の一つにレイちゃんは腰掛けていた。

 

 とりあえず、レイちゃんの近くの椅子に座って、話をすることにした。

 

「装備は買えたんですか? あまり見た目が変わってませんが」

 

「ううん、結局買えなかったよ。また朝にでも出直そうかなと思ってる」

 

 俺が少年を変態と罵ったり、逆に少年に痴女と言われたりとしたことは黙っていることにしよう。

 前者は俺の悪戯心だったものの、後者は意図せずのものだった。

 どっちにしろ、コレを話せば引かれること間違いなしだが。

 

「それじゃあ、朝にまたお買い物するんですよね。良かったら私も一緒に行っていいですか?」

 

 採集のことはどうした、と思ったが、防具を更新しないと危険ということだ。俺が買い物を済ますまで出かけないつもりなんだろう。

 

「別にいいけど……そういえば、食事は大丈夫なの? お金無くなったんだよね?」

 

 まさかパンの耳を食っているわけじゃないだろう。

 

「あ、それはここの管理人さんに色々と助けてもらっています」

 

「へえ、優しいんだね」

 

「はい。ちょっと無口ですけど、優しいですよ」

 

 ふと、レイちゃんがカウンターの向こうにある扉へ目線を持っていく。

 話題の管理人はそこにいるのだろう。

 

「……そうだ、ケっちゃん?」

 

「うん、どうしたの?」

 

 改まって、名前を呼ばれた俺はレイちゃんの方に視線を戻す。

 

「やっぱり、最初の頃から思っていたんですけど……」

 

「…最初?」

 

 努めてなんともないように聞き返すが、内心にはチクっとする程度の小さな不安が刺さっている。

 

 もしかして演技がバレてたとか? いや、思い過ごしだよな?

 きっとそうだ。そうであると信じさせて。

 

「はい、ケっちゃんって、やっぱり違和感があると思うんですよ」

 

 やっぱり薄々感づいてる?!

 えっ、何処で粗を出した? 最初の時は、この声に全然慣れてなかったから、多分それ関係なんだろうけど……!

 

「そ、そうだったんだ?」

 

「そうだったんです。なので、やっぱり直した方がいいかなって」

 

 直すって何? 俺の根性を叩き直すの? 体育会系だったの?

 物理的に叩き直されるんですか? あの筋肉工房のおっさんに叩かれるんですか?

 

 ごめんなさい許してください。ただ私は”ケイ”の――

 

「という事で、新しいあだ名はどうしますか?」

 

「……え、あだ名?」

 

「はい」

 

 ……あだ名ですか?

 私の本性じゃなくてですか?

 

「どうしましたか?」

 

「な、なんでもっ、無いっ、ですよっ、うんっ!」

 

「…??」

 

 少し気を取り乱しすぎました。ちょっと本性について突かれただけで、ここまで慌てるだなんて。

 これからも気をつけねば……。

 

「それでさ!えっと、あだ名の話だったよね?」

 

「あ、そうでした! ……でも、ケイって名前って凄く短いですよね。二文字って」

 

 確かにケイという名前は短い。フルネーム呼びのままでも愛称として事足りる程だ。

 

「ケイって名前は、何か由来があったりするんですか?」

 

「さあ? 私は知らないし、聞いたことも無いや」

 

「わ、分からないんですか……」

 

「……まあね」

 

 なんたって十数年前の産物だ。何をどう思ってあの本を書き上げたのか、勿論そんなものを覚えているわけがなかった。

 

「普通にケイって呼ぶのはダメ?」

 

「ダメです! あだ名じゃないとダメです! 不平等です!」

 

 ダメかー。

 いや、別に机に両手でバンってしてまで主張しなくていいんだよ。

 

「そうすると、ケっちゃん以外だとなー」

 

「でも、それ以外のが思いつきません……」

 

 俺にそう言われてもな。

 今まであだ名なんて使う機会が無かったもんだから、あだ名を新しく作るだなんて無理だ。

 

 今でこそレイナとお互いあだ名で呼び合っているが……。

 

「……そしたらさ、こうしない?」

 

「はい?」

 

「今考えてても思いつかないかもしれないけど、これから何時か、偶然パッと思いつくかもでしょ? それまではケっちゃんって呼んでよ」

 

「思いつくまで、ですか」

 

 うん、要するに後回しにするということだ。

 今悩んでも仕方ない。

 

「……わかりました、そうします」

 

「それじゃ、思いついたらそのときはヨロシク」

 

「ケっちゃんも考えてくださいよ……」

 

 まあ程々に頑張るよ。

 

 

「それでさ、部屋の予約ってどうすれば良いの? 店の人が居ないけど」

 

「あの呼び鈴で呼べますよ。端っこにあります」

 

 ああ、確かにドーム状の銀色の物がある。カウンターの端っこに、ヒッソリと。

 

「でも呼ばなくて大丈夫ですよ、もうケっちゃんの事を話しておいたので」

 

「え、もうやってくれたの? ありがと」

 

「どういたしまして! それじゃあ部屋に行きましょ!」

 

 さっきまでのあだ名の話題の時とは打って変わって、突然テンションを跳ね上げてきた。

 

「う、うん」

 

 空返事気味に言葉をひねり出すと、階段を駆け上がるレイちゃんの後をついていった。

 

 

 

 

 

「……なんか、妙に生活感ある空き部屋だね?」

 

「はい」

 

 当たり前じゃないかと言うように返事をもらった。

 今度は、机の上にある道具を指差して問う。

 

「あの道具は薬品を作るためのものかな?」

 

「はい」

 

 次は、部屋の隅の壁に立て掛けられている杖に指差して問う。

 

「あの置いてある杖は、買い換える前に使ってた武器かな?」

 

「はい」

 

 三度目は、レイちゃんの方を指差して。

 

「……ここ、レイちゃんの部屋だよね」

 

「はい」

 

 最後に、自分の方を指差し

 

「ここで私が泊まるの?」

 

 と問えば、フィニッシュに元気な答えが返ってきた。

 

「はいっ!」

 

 ………聞いてませんよこんなの。

 

「いや、追加の部屋借りるから良いよ」

 

「部屋の空きはありませんよ。一度、管理人さんに訊いてみますか?」

 

「え、別れる前に空きはあるって言ってなかった?」

 

「言ってませんよー。私はただ、大丈夫だって言っただけですー」

 

 たしかにそんなことを言われた気がする…!

 いや、それにしても相部屋はおかしい!

 

「やっぱり管理人さんに訊いてくる!」

 

「はーい」

 

 

 階段を駆け下りて、カウンターの上にあるはずの呼び鈴を探す。

 たしか隅っこにあったか、と思って目線をあちこちに運ぶが、何処にも見当たらない。

 

 かわりに、こんなメッセージが書かれた紙が置かれていた。

 

『今晩はお楽しみですね』

 

「何が?!」

 

 何言ってんの管理人さん?!

 カウンター上の紙を手に取ると、俺はまた別の文章を見つける。

 

『どうしても嫌だったら向かいの部屋を使って下さい』

 

 ありがとう管理人さん!

 思わず紙切れに向けて感謝してしまった。確かに裏をみればカギが張り付けられていた。

 しかし、それと一緒に一つの文章を見つけると、俺はピキリと硬直した。

 

『宿代はいちおくYです』

 

 俺は紙を破り捨てた。




通貨の単位はYですが。時折「エン」と呼ばれることもあります。
・マジかよ宿主って寄生虫とかの住処のことだったのか。と言うことで修正


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04-ウチのキャラクターの出発準備

中身が薄い


「レイナ」

 

「はいっ……!」

 

「何でこんなことをしたの? 管理人さんに協力してもらってまで…」

 

 極めて優しく、トゲの無いような言葉を選んで語りかける。

 この問いの後、暗い部屋の中二人の沈黙が暫く続く。トゲのない言葉を選んだはずが、レイナは俺から只ならぬ気配を感じ取ったようだ。

 

「そんなに相部屋が良かったの?」

 

 レイちゃんが静かな動揺に身を竦める。多少の悪気はあったらしい。

 

 因みにだけど、俺は別に怒ってなど居ない。これっぽっちも。

 ただ、純粋に同じ部屋で泊まろとうと計画を立てた理由が聞きたいだけだ。だが、これが尋問じみた光景だと言われれば、俺はすぐさま”違う”と返す。

 

「……その、怒ってま」

 

「全然?」

 

「え、あの、その……はい」

 

 何で怖がるんだろう。俺はただ笑顔を向けているだけなんだけど。

 まあ、少し緊張した空気なのは分かる。

 

 どうやって問い詰めようかと考えるが、ふと考えを改める。

 俺、あるいは私だって悪戯は割りと好きだ。先程の少年の件もある。だから問い詰める権利はないように思える。

 

「まあ、悪戯好きの私が言うことじゃないか」

 

「……はい?」

 

「さっきさ、防具を売ってた男の子と話してたんだけど、ちょっと悪戯したら怒って帰って行っちゃったんだよ」

 

 半笑いでその事を語る。もしこの話題に題名を付けるならば、”少年と胸の悪戯”と名付けられるであろう。如何わしいなオイ。

 話を聞いたレイちゃんは、重い空気が抜けていったことを感じた様で、少し笑みを見せながら言う。

 

「悪戯って……また”可愛いって言ってくれたもんね!”とか言っちゃったんですか?」

 

「ううん、そうじゃなくて、防具の胸周りのサイズが合わなかったから、その事でちょっとね」

 

 うん、あの時の俺は痴女と呼ばれても可笑しくなかった。ただ初心な少年を弄っていただけなんだがな。

なんて思っていると、今度はレイナがピキリと固まった。視線をある一点から外さずに。

 

「胸……?」

 

「うん、胸だけど…」

 

「……胸ですか」

 

 そう言って、レイちゃんは自身の体を見下ろす。その行動の意味を、数秒もせずに理解した。

 その身体の特徴を言及する意義は無いが、敢えて言えば…日和山である。

 

「はあ……。やっぱりゲームの中ぐらいは”持つもの”になりたかったです」

 

 けれど、今の私は”持たざるもの”…。と何処か詩的に言うと、勝手に気を落ち込ませ始めた。

 やはりこの子は胸にコンプレックスを抱いているらしい。

 

 今の俺はケイであるが、これにどう反応すべきか迷う。と言うより、対処法を知らない。

 

「う、うん」

 

「……そういえば、それって無修正ですか?」

 

()()?」

 

「それです。その()です」

 

 恨むような目で俺の胸部を見る。

 特段と大きいわけじゃないし、別に日和山ってるわけでもない。高校生の平均ぐらいの大きさだ。多分。

 うん、女子高校生のバストの平均とか調べたことある筈がない。知る筈もない。だから”多分”だ。

 

「そう言われても……修正って何?」

 

「知らないんですか?! 普通は最初のキャラクタークリエイトでしか自由に姿を改変できないんですけど、課金すると何度でも自由に修正できる権利が買えるんですよ!」

 

 怒りっぽい口調で熱心に訴えかけられる。

 課金すると、この姿も改めて変えられるらしい、初耳だ。しかしそれなら、なぜレイナは胸のサイズを最初から……水増し?サバ読み?しなかったのだろう。

 

「私、そんな事も知らずにリアルの身体をそのままキャラクターにしちゃったんです!」

 

嘆くように。むしろ絶望しているかと思うほど悲しそうに、しかし力強く言い放った。

 

「は、はあ」

 

「……改めて訊きますけど、それって無修正ですか?」

 

な、なんと言うべきだろうか。リアルから流用している訳じゃないから、どちらかと言えば“修正”寄りだろうが……。

 

「ええっと、無修正、かな?」

 

「……つまり、本物」

 

「いや……えっと、レイちゃん?その手のアレは何?」

 

「本物……」

 

 あの、 その両手をワキワキしないで近寄らないでください。

 ちょっと目が怖いです。

 

「ちょ、ちょっと。やめ」

 

『警告:迷惑行為(性的)』

 

「……む」

 

「た、助かった…!」

 

 私の彼女の間に一つのメッセージウィンドウが現れた。

 ココに居る二人がそのウィンドウを見ることが出来た様で、彼女は両手を下ろして項垂れた。

 

「うー、持つ者の触り心地を少しでも知りたかったです……」

 

「それは……えっと、もうちょっと仲が良くなってからね?」

 

 なっても触るのを許すわけじゃないけど。

 というか、助かった。システムが警告してくれなければ、私の貞操は大変なことになっていたかもしれない。

 

「ていうか、女の子同士だから良いじゃないですか!」

 

 いえ、良くないです。特に”俺”が。

 …とは言えない。言えるのはココロの中だけである。代わりに愛想笑いでもしてみようか。

 

「あはは……」

 

 乾き笑いになった。

 

 

 

 

 

 その後は驚くほど何もなく……と言うより、一度の警告で大分自重したようで、お互い大人しく一夜を過ごした。

 一つしか無いベッドはレイちゃんに譲り、俺の方は布団で眠った。これに彼女は難儀を示したが、とりあえず押し切った。

 

 布団はどこから持ってきたのかというと、いつの間にか部屋の前に置かれていた、多分管理人さんの気配りだろう。

 あの『宿代はいちおくYです』が無ければ、俺の中での管理人さんへの評価はうなぎ登りだったろうに。

 

 朝日が窓から差し込んでいる中、俺はレイちゃんと話しながら、剣を手入れしていた。

 ゲームの中だから意味があるのかは分からないし、初心者指導書にそういうことが書かれているワケでもない。

 

 意味があるのかは分からないまま手入れを終えると、立ち上がって装備を身につけた。

 

「今から行きますか?」

 

「うん。あんまり人が多いのは苦手だからさ」

 

 これから行こうとするのは、防具のお買い物である。早朝に買い物に行く人なんてのは少ないだろう、という考えで、今から出かける支度をしている。

 

「人が苦手なんですか?」

 

「ごちゃごちゃしたのが苦手、なのかな」

 

 例えば満員電車、アレが苦手だ。逆に苦手じゃないのは、満席のレストランや食店とかだ。

 人様が乱雑にゴッチャゴッチャしている場所が、俺のウィークポイントらしい。

 

「あ、朝食はあのテーブルの並んでる所で取れますよ」

 

「わかった。それじゃ行こ」

 

 そう言って、俺は扉を開いて先に出る。

 扉を開きっぱなしにして、レイちゃんが付いてくるのを待つと、前の方から少年が歩み寄ってきた。

 彼も朝食を取りに出てきたのだろうか、だなんて思っていながらその顔を見る。

 

 ……あれ?

 

「あ」

「あ」

 

「…? あ、トーヤさん、お早うございます!」

 

 後から来たレイちゃんが、俺を見つめる彼に構わず挨拶をかました。

 レイちゃんは彼と知り合っているようだが、俺ともお互い顔を覚えている縁である。

 

 まずは謝ろうか、なんて事を考えていると、少年はバシっと俺を指差した。

 

「ち、ち、痴女!」

 

「いや痴女じゃないって! あの時は悪かったかr」

 

「なにが悪かっただ! この痴女!」

 

「に、二度も言うこと無いじゃん…!」

 

「知らんわい!」

 

 唐突に口喧嘩が始まった。

 謝ろうとしている俺と、遠慮なく悪口をふっかける彼では、俺が防戦一方の口喧嘩が続くだろう。

 

「ちょ、ちょっと! 何があったんですか?」

 

 だが、第三者の介入によってそれは中断された。

 

「っく……!」

 

「落ち着いてよ! あの時の事は本当に謝るから!」

 

「っ…はぁ。わかったよ」

 

 そう言うと、彼は俺に向けていた悪意とか敵意とか諸々を収めた。

 あの一件の事だけで、こんなに敵視するとは思わなかった。

 

「……ゴメンなさい」

 

「良いよ、もう大丈夫だ」

 

「な、仲直りしましたか?」

 

「…もう大丈夫だ」

 

 少年、たしかレイちゃんが”トーヤ”と呼んだが、彼が素っ気ない態度で質問を返す。

 さっき、レイちゃんが彼の名前を出してから思っていたが、やはりこの二人は知り合いだったようだ。

 そして言うまでもないだろうが、トーヤはこの宿屋の住民の一人だったようだ。

 

「お前ら知り合いだったのか。というかさっき同じ部屋から出てきたよな」

 

「はい、お友達です!」

 

「通常一般の友達は、同じ部屋で寝るもんじゃないが…」

 

「ちょっとだけ合宿気分で楽しかったですよ? 少しだけゴタゴタがありましたけど」

 

「うん、ゴタゴタ、ね」

 

 確かにそうだった、と一人納得しているが、対してトーヤなる少年は納得しかねているようだ。

 

「まあ良いが…。そういや昨晩、レイナさんの名前で危険人物の通知が来たぞ」

 

 が、何か気になることがあるのか、改めて俺らに質問を振ってきた。

 

 危険人物の通知?

 しかもレイちゃんの名前で、という事は、あの警告メッセージの様にその件の事が周辺の人に伝わっているのだろうか。

 

「お前らは当事者だからわからないだろうが、僕のところにそういうのが来たぞ。多分管理人も気づいてる」

 

「え、そ、そうなんですか?」

 

「そうだ」

 

 ……え、待って。管理人さんもプレイヤーだったの?通知が届いているって言うことはそういう事?

 

「…バッチリ届いている筈だ」

 

「あ、あの、ケっちゃん、私どんな顔して食堂に行けば良いんでしょう」

 

「え、ああ、まあ……普通の顔してご飯を食べてれば良いと思うよ」

 

「そんなの出来ませんよ!」

 

 とは言っても、あまり大事には至ってないのだから、わざわざ朝食時に事情を話すのは双方にとって面倒なものだろう。

 

「まあ、せめて管理人さんには事情を話したほうが良いかな」

 

「……なあ、そっちで何があったんだ? 痴女のお前ならまだしも、レイナさんが警告されるなんて」

 

「ちょっと」

 

 いや、確かに痴女の件は俺のせいかもだけど、引っ張ること無いじゃないか。

 

「ええと、女の子同士の話をしていた、ということじゃダメですか?」

 

「…ああ、もう良い。男の僕が聞くべきことじゃないって事が分かった」

 

「あ、そうですか、助かります」

 

「…先行く」

 

 話は終わりだと言わんばかりに階段を降りていくが、俺とレイちゃんはその後ろをついていく。

 

「……何故ついてくる」

 

「私たちも朝食を取るところだったの」

 

「そうか、……なんか締まらん」

 

 後半部分を、ギリギリ聞こえないぐらいの声量で少年が呟く。

 仕方ないじゃん。

 

 

「ああ、そうだ。お前」

 

 階段を下り終え、どこかの席に座ろうかと思っていると、少年ことトーヤにまた話しかけられる。

 

「食事が終わったら、ココで待ってくれ。……昨日の商談の続きだ」

 

「え?」

 

「また後で」

 

 また素っ気ない態度で言うと、遠くの席に座っていった。

 

「……?」

 

 商談の続きってなんだろうと、疑問を覚えているが、別に良いかと、思考を破棄する。

 何処に座ろうかと見回していると、ふとレイちゃんが私に声をかける。

 

「私、管理人さんに昨晩の事を話してきますね」

 

「あ、そういえばその事伝えるんだったね」

 

「はい、それじゃ、少しだけ待ってください」

 

 そう言ってレイちゃんも続けてこの場から立ち去った。

 

 すこし見渡すと、十数人ぐらいの人数が居る食堂の中、誰も座っていない机の所の椅子に座った。

 

 

「……メニューが無い」

 

 さて、席に付いたのは良いのだが、机には何もない。壁にメニュー表があるわけでもないし、どうやって料理を頼むのだろう。ウェイトレスも見当たらないが。

 俺は何かしら知っているであろうレイちゃんに問いかけたい所だったが、彼女は管理人さんの所で、事情を話している最中だ。

 

 そう思っていると、当の彼女が早速戻って来た。ピンチに駆けつけてくる英雄の如きタイミングだ。

 

「もう終わったの?」

 

「いえ、面倒くさいから別に話さなくて良いって、話す前に返されてしまいました」

 

「…あ、そうなの」

 

「はい」

 

 一応、管理人としての責務を果たしてもらいたいと、見知らぬ人物へそう望む所だったのだが……。まあ、その人の判断に口を挟む気はない。ならば放置で決まりだ。

 

「それと、戻ってきて早速で悪いけど、これってメニューを頼むのはどうするの?」

 

「あ、メニューですか? それは皆同じものが出されるので、必要ないですよ」

 

 要するに、小学生で言う給食と呼ばれるものに似た感じだろうか。

 

「レストランみたいに注文を受けてから作ると、どうしても遅れるらしいです」

 

「へえ」

 

 しばらく待つと、向こう側から沢山の皿を載せたワゴンを押す人がやって来た。

 宿屋で働いている人だろうか、それにしてはやけに重武装である。むしろ騎士なんじゃないか。

 

「それと、言い忘れましたけど、料理してくれる人は宿に泊まっている人から当番で回してるんですよ」

 

「え、当番? 宿に止まっている人から?」

 

「はい。お陰で他の宿より宿代が安いんです!」

 

 まあ、そんなに大きな差でも無いんですけどね、と補足するレイちゃんだが、俺はその変則的な宿ルールに驚きを隠せないでいる。

 要するに料理はセルフサービスと言うことだろうか。それも、他の人の分も作れと来た。

 セルフサービスにも程がある。

 

 という事は、あの全身アーマーはこの宿の住民だということだろう。

 そう考えると、あの格好から醸し出る違和感が、不思議と解消されていった。

 

「あ、因みに料理が出来ない人の時は、代わりの人がやったり、管理人さんが作ったりしてくれてますよ」

 

「そ、そうなの」

 

 そんな事言われても、変なルールなのは変わりないんだが。

 周囲を見ていると、客であるはずの人が、一人で配膳しようとしている人を手助けしている。

 数人がかりでの配膳は、その人数に比例して早く完了した。

 

 宿の客が料理を手伝ってるという話は、この光景を見たことでかなりの現実味を帯びたものとなった。

 

 

 因みにこの朝食の献立は、ハム、チーズ、キャベツのサンドウィッチと、目玉焼きだった。

 

 

 

 

「ご馳走様です!」

「ご馳走様」

 

 料理を食べ終えると、食事の終わりの挨拶をする。

 

「ケっちゃん、確かトーヤさんから何か言われてましたよね?」

 

「うん、ココで待っててだって」

 

 確か商談の続きだとか言っていたが、財布の用意でもすれば良いのだろうか。

 

「それって、私も待ってて良いんでしょうか?」

 

「別に良いと思うよ」

 

 そう俺は返して、彼が来るまでどう待とうか考えている。

 が、その必要は無かったようで、すぐにやってきた。

 

「待たせたか」

 

「いや、というかそれって…」

 

 戻ってきた彼が持っていたのは、何処か見覚えのある、しかし形状が記憶と合致しない防具だった。

 

「ああ、お前が買おうとしてた防具だ」

 

 とは言うが、昨日見たものとは形状が違う。

 胸を護る部分が、多少ふくらんでいるようだが。

 

「あ、もしかして昨晩話してたアレのことですか?」

 

 レイちゃんの言う”アレ”と言うと”変態痴女事件”のことだろう。

 その問いに対して頷くと、立ち上がってその防具を受け取った。

 

「これ…、やっぱり調整されてる。まさか君がやってくれたの?」

 

「僕以外のだれがやるんだ」

 

 実際に触ってみれば、修正された跡が残っているのが分かった。

 やはり、これは昨日買おうとしていた防具だ。

 

「……ありがと」

 

「あ、ああ」

 

 目を逸らして返される。

 結局、彼はサイズを見ただけで判断して作ってくれたようだ。

 

「確か2300だよね?」

 

「ああ、あと調整の手数料も付けて、合計2500Yだ」

 

「2500……っと、コレで良いかな」

 

 財布から三枚の紙幣を取り出して、それらを渡した。

 

「…ああ、お釣りの500Yだ。お買い上げどうも」

 

「うん、ありがと」

 

 釣り銭をもらいつつ、俺は貰った防具を弄っている。

 

「……サイズはどうだ?」

 

「うん、大丈夫だよ。でもどうしたの? 買うって約束してなかったけど」

 

「それは…、女性向けの防具を作るのも経験だと思っただけだ」

 

「そう? そういえば、1割増しの話は」

 

「あれはナシだ! 良いから黙って貰ってけ!」

 

 あ、怒って階段を駆け登ってった……。

 ドタバタと、階段の段を蹴り破ってしまいそうな勢いだった。

 

「な、なんか怒っていましたけど……大丈夫ですか?」

 

  その様子を一通り見届けたレイちゃんは、彼の勢いに若干引きながら、俺に確認を取ってきた。

 

「いや、別に大丈夫だけど」

 

「そうですか、良かったです…。それ、トーヤさんから買ったんですか?」

 

「うん、買った。今朝のお買い物は中止かな」

 

 目的の防具はすでに手に入ったからな。

 

「ということは…」

 

 そうだ、新しい防具はこの時点で入手できたし、件の採集に同行することが出来るだろう。ようやく。

 

「うん、待ちかねたかな?」

 

「い、いいえ! 全然待ってません!」

 

 うん、そのセリフはもっと別の所で使うべきだが、その言葉を聞けてよかった。

 

「それじゃ、今から行く? 薬の素材採集」

 

「はいっ!」




レイナの胸も薄い。
あ、投稿は書き終えて一度見直しをして直ぐに行っています。書き溜めとかしてません。


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05-ウチのキャラクターの採集遠征

「くっらい!」

 

 光の殆どない空間で、俺は嘆いてそう口にした。

 

 太陽はまだまだ上空で光を放っていると言うのに、地上にいるはずの俺らの元には不十分な光量しか届いてなかった。

 上を見れば、木々から伸びる枝と葉っぱが青空に代わって上を覆い尽くしているのが見える。この様じゃあ、この辺りが『常闇の森』と呼称されるのも納得である。

 

「ケッちゃん、少し待ってくださいね。こんなこともあろうと、こんなものを持ってきました」

 

「?」

 

 レイちゃんが私を止めてからポーチから取り出したのは、一つのランタンだった。

 一見何の変哲も無いランタンだが、横にツマミが一つ付いている。

 レイちゃんがそのツマミを回すと、ガラスの中に炎が生まれた。

 

「ほら、ランタンです!」

 

「おー」

 

 ほんの僅かに差し込む日光だけが頼りだった空間に、オレンジ色っぽい光が広がった。

 

「ありがとう……、準備万端だね」

 

「一応、以前にも来たことがありますので」

 

 そう言いながら、ランタンを掲げて周囲を照らす。

 

 

 ……今、俺達は年樹九尾を出発、目的の採集地点が点在する地域『常闇の森』の中を歩いている所だ。

 森を入ってすぐの頃はまだ光が差し込んでいたのだが、奥へ踏み入る程にそれがなくなっていったのだ。

 

 ランタンから放たれるオレンジ色の光を頼りに、周囲を見てみる。

 木々の表面は若干紫がかっていて、根元を見ればキノコが沢山ある。

 

「……すごい禍々しい森だね」

 

「はい、この場所は空気中の魔力が多いだとかで、動植物が魔種化しているらしいですよ。こんなに暗いのも、異常に成長した木々が原因です」

 

 なにそのラスボスの城のすぐ横にありそうな立地。というか、そういう土地は街の近くにあるべきじゃ無いだろう。

 と、そう愚痴るのは自由だが、街の近所という事実を曲げることは不可能である。

 ここは先日レベル上げをしていた場所と比べると街からは遠いものの、しかし徒歩でも十分にたどり着ける場所にあるのだ。

 

「魔種ねえ……確か、魔法を使ってくる種なんだっけ?」

 

「それもありますけど、魔力を内包しただけで魔法を使ってこない種類も、魔種として数えられますよ」

 

「そうなんだ……」

 

 どっちにしろ、先日のレベル上げで俺が相手した敵に比べれば厄介なのは間違いない。

 

「その代わり、私たちの魔力の回復も多少早くなると思いますよ? ……多分」

 

「多分?」

 

「……はい、多分です。小耳に挟んだだけなので」

 

 噂ということか。

 まあ、魔力の回復が早くなったのならば、有難く魔法を乱用するとしよう。俺にその機会は訪れないだろうが。

 

「……あ、魔法といえば!」

 

「うん?」

 

「ケッちゃん、まだ初期以外の魔法をまだ習得してませんでしたよね?!」

 

 致命的なことなのか、声を荒げて言われた。

 確かに初期魔法以外は何も覚えていない。昨日覚えたのは、魔法の戦略的な使い方だけである。

 

「そう言えばまだだね」

 

「そんな気軽な……!」

 

「大丈夫だよ。魔法はレイちゃん担当、そして私が敵を抑える。それでいいじゃん?」

 

 まあ魔法を忘れたのは素だけど、自分なりにこう思っている。

 

 魔法の習得方法には2種類があって、自ら研究して魔法を習得するか、何らかの方法で魔法書を手に入れて読むかの二つを選べるのだ。

 前者は魔法の難度に応じたステータスと研究材料が必要だし、後者はお金がかかる。

 

 特に理由がなければ、魔法書を作成、販売しているプレイヤーから買う事が勧められている。

 初心者指導書で知った。

 

「確かに、役割分担は大事ですが……」

 

「とてもじゃないけど、私程度の魔法じゃここの敵には効かないだろうしね。だから私は敵を抑えることに専念する、だから攻撃は任せたよ」

 

 先日のレベル上げとは違ってレイちゃんも参戦してくる。

 彼女の強力な魔法があれば、問題なくこの森を歩き回ることが可能だろう。

 

「……分かりました、頑張ります」

 

「うん……うん?」

 

「あれ、どうかしましたか?」

 

「……何か、来てる?」

 

 前方から何かが迫ってきている……気がする。

 音を聞き取ったわけではない、視界になにか写ったわけでも、匂いを嗅ぎ取った訳でもない。

 なのだが、何か居る。

 

 これが勘と言うものだろうか、もしくは気配か。しかし昨日あった様な、大きな気配とはまた違うものである。

 

「近づいてる……!」

 

「え、敵がですか?」

 

「うん、……念のため詠唱してて。あとランタンを私に」

 

 指示を出すと、はてなな顔をしながら俺に光源を渡した。

 俺が囮になるのだから、レイちゃんが目立っては意味が無いのだ。そう思っての判断だ。

 

 さて、右手のランタンで気配の方向を照らしてみる。

 このワケの分からない感覚に頼って位置を把握しているより、その姿を目で捉えたかった。

 

「……居た、あそこ」

 

 ランタンの発する光が、その姿を僅かに照らすのを見逃さない。

 

「人狼だね」

 

「……」

 

 後ろを見ると、レイちゃんは詠唱を行っている最中だった。

 その瞳は、俺が指す方を、標的をじっと見つめていた。

 

 人狼のことは、森に来るまでの道中でレイちゃんから聞いている。

 生態、習性、弱点と、一通りの情報は把握している。

 

「『アイススピア』」

 

 理性は無いが、賢さは持っている。

 そこに注意すれば……。

 

「あ」

 

「……あれ?」

 

 レイちゃんが攻撃すると同時、吹き飛ばされたのか、姿を見失ってしまう。

 しかも、さっきから感じ取っていた妙な気配も消えた。

 

 一応、注意しながら近寄ってみる。

 

「……わーお。ラッキーショットだね、レイちゃん」

 

「あれ、何で一撃で倒せたんですか? いつもなら……あ」

 

 レイちゃんが放った氷の槍は、人狼の頭を木に針付けにしてしまっていた。

 このむっ残な死に様を眺めていると、人狼の身体が光となり、蒸発していった。

 

「わ、わ、わざとじゃないんですよ! これは偶然で……」

 

 いや、わざとだったらそれはそれで凄いんだけどな。

 

「次もこれだと助かるから、お願いね」

 

「次も出来るとは限りませんからね?!」

 

「……くす」

 

 杖を持った手を振り回して否定する様子を見て、思わず笑ってしまった。

 まあ、あの一撃がまぐれだった事ぐらい分かる。

 

「落ち着いて、レイちゃん。案内出来るのはキミだけなんだから」

 

「あ、は、はい。落ち着きます。私落ち着きます」

 

 そう言って、深呼吸やら精神統一やらで落ち着こうと取り組み始める。レイちゃんしか道が分かる人がいないのだ。

 

 ……しかしあの気配は一体何だったのだろう。

 人狼を倒してから気配は消えたから、その正体はアイツだったということだろうが……。

 

「……ねえ、レイちゃん。この森に入った人が、第六感を覚醒させる話ってあるのかな?」

 

「え、はい? 第六感ですか?」

 

「うん、やっぱり無い?」

 

「聞いたこともないですが……どうしたんですか?」

 

 ……気配を感じ取れたのは、異常だったのだろうか?

 あのときのように、二人共同じような現象が起きた、という様子でもなかった。

 

「……なんでもない」

 

 ならば、きっと気のせいだろう。俺は気にしないことにした。

 

 

 その後は、意外と順調に事が運んでいった。

 この”第六感”で敵を見つけたら、その場所をレイちゃんに伝え、攻撃させる。反撃してくる敵を俺が抑え、また追加の魔法をレイちゃんがぶつける。

 簡単な作業だった。しかも、あれからまだ二、三体しか遭遇していない。消耗も少なかった。俺の体力以外は。

 

 途中、俺の体力の回復を兼ねて休憩したのだが、その時に”第六感”は何かのスキルなのではないかと思い立って、ステータス、スキル、魔法、何れの一覧を呼び出した。が、それらしいものはなかった。

 それからもこの第六感の正体がよく分からないまま使っていたのだが、まだ問題は出てきていない。

 

 

「そろそろ到着ですが……なんか、思ったより人狼が少ないです。それに少し弱くなっている気がします」

 

「少なくなってる?」

 

「はい、いつもなら倍……いえ、四倍は遭遇してもおかしくないんですよ」

 

「四倍って……」

 

 そこまで来たら、二体同時に遭遇する可能性まで出てくる。一体を相手するならまだしも、俺が二体同時に相手するのは難しい。

 奥まで進んできてなんだが、とんでもない魔境に入ったのだと今更だが再認識した。

 

「あ、複数体出てきた時の事はもう対策していますよ。心配しないでください」

 

「そっか。頼りになるね」

 

「えへへ……でも、なんで少ないんでしょうか?」

 

「とりあえず、私には分からないかな」

 

 この森を知っている彼女でさえ原因がわからないのなら、始めてこの森を訪れた俺にはもっとわからない。

 

 

 

「あ、着きました!」

 

 顎に手を当て、人狼の現象について考えていながら歩いていたレイちゃんだが、いつの間にか広い空間に足を踏み入れていた。

 

 砂漠では水が貴重であるように、この森では日光は貴重なものだった。

 しかし、ここでは木々の代わりに草花がそこら中には生えている。日光を遮る木々は無く、ランタンのオレンジ色の光は、すぐに白い太陽の光によってかき消される。

 同時に視界いっぱいに光が広がり、思わず腕を目の上にかざした。

 

 光に目が慣れたかと思うと、レイちゃんは驚くべき速さで広場に向かっていった。

 

「見てください!これが私が探していた素材の、”マヒメ”です!」

 

 レイちゃんが一本の花を摘み上げて戻ってくると、その花を俺に見せる。紫色の花だが、その花弁の先からそれぞれ一本の紐の様なものが垂れ下がっている。

 

「マヒメ?」

 

「はい、魔力を補給する薬、魔力ポーションの材料になるんですよ!」

 

 確かに、これが魔力の充満する森の中に自生しているというのなら、そういう効果もありそうだ。

 とりあえず俺は頷いておいた。

 

「しかも魔力が充実したこの森の中でなら魔姫の繁殖力は向上します。要するに何時来ても沢山あるんですよ!」

 

 まあ、取り尽くしたら勿論無くなりますけどね。とも付け足すが、個人的にはこの花の生態なんぞあまり興味がない。熱く語るレイちゃんには悪いけど。

 

「魔力のポーションって、そんなに需要があるの?」

 

「大ありです! 魔力の能力値が上がっても、魔力(MP)の最大保有量は少ししか上がらないんです!だから難度とコストが高い魔法を扱う上級の魔法使いは、その少ない魔力を補うために魔力ポーションを多用するんです!まるでスポーツドリンクを愛用するスポーツ選手みたいに!」

 

「あ、うん。そうなんだ……」

 

 一の質問をすれば、十の言葉で返事してくれた。が、その勢いはまさに、一秒の間に十の数を数えるかという程だった。

 突然のテンションについて行けなくなった俺に気づいて、レイちゃんは自身の失敗に気づいてさっと顔を下にむけた。

 

「えっと、私はそこら辺で見張ってるから、何か来たら伝えるね?」

 

「は、はい。お願いします……」

 

 そう言って、恥ずかしそうにしながら採集を始めた。

 それを見届けた俺は、後頭部から垂れているポニーテールを気まずそうに弄って、周囲の警戒を始めた。

 

 

 

 

 

「……静か、ですね」

 

 採集がもう少しで終わるか、という所で、レイちゃんがそう呟く。

 

「前に来た時は、採集している最中もモンスターがどんどん来ていたんですけど……」

 

「……まあ、人狼がいつもより少ないって言ってたしね」

 

「はい、やっぱり異常に少ないです。人狼の遠吠え、暴れる人狼、そして逃げるように飛び立つ鳥。この森では人狼の影響が強いんです。お陰で、普通の動物はどこか遠くに行ってしまう」

 

「そんなに人狼って影響力があるの?」

 

「はい」

 

 確かに、この森で出会ったのは殆どが人狼だった。

 犬や狼に縄張りがあるのなら、人狼にも縄張りがある筈だ。そんな領域があれば、人狼以外の生き物は確かに生き難いだろう。

 

「あ、もしかして……」

 

「?」

 

「あの、これはあくまで私の予想なんですが……。もしかしたら、この森の魔力が少なくなっているんじゃないでしょうか」

 

 少なくなっている?

 俺は周囲を警戒するということを忘れて、レイちゃんの話に耳を傾けてしまう。

 

「人狼は、その姿を維持するために周囲の魔力を取り込みます。その魔力が少なくなり、魔力が尽きようとすると、それを補おうと他の生き物を狩り始めるんです。それは同族でも例外じゃありません」

 

「そうなんだ……。よく知ってるね?」

 

「あ、攻略ウィキに載ってますよ」

 

「……あ、そう」

 

 なんか、毒気が抜けた。

 一気にレイちゃんを見る目が冷たくなった気がする。

 

「もしこの森の魔力が少なくなって、人狼が同族を狩っているのなら、遭遇する回数が少なくなるのも納得です」

 

「……へえ」

 

 ウィキがどうのって言われなければ、俺は素直に感心する所だったというのに。

 

「でも、なんで魔力が少なくなっているんでしょう? そういう話は全然聞いていないんですが……、あと、このマヒメが採れる機会が減るのは困るんですけど……」

 

 知らないよそんなこと。

 

 

「……で、マヒメはもう十分に採れたの?」

 

 冷めた気持ちから切り替え、いつも通りの口調でそう訊いてみる。

 花を摘み取るのを止め、立ち上がったのだから、つい採集は終わったのだと思ったのだが。

 

「はい、この場所のマヒメをこれ以上取ったら、今後の採集に影響が出そうです」

 

「……”この場所”? 他にもココみたいな所があるの?」

 

「ありますよ。私が場所を知っているのは、ここを含めて3箇所です」

 

 なるほど。群生地は他にもあるらしい。

 立ち上がったレイちゃんは、もと来た道へと歩を進め始めた。

 

 俺は黙ってその後ろをついていく。日の光がほとんど入ってこない、森の向こう側へと、周囲の()()に気を配りながら……。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

「ケイちー、ケイケイ、ケッケー……」

 

「……」

 

 奇妙な単語の羅列を口にしながら、彼女は暗闇の中カンテラを提げて歩いている。

 一見するとホラーの一場面なのだが、怖がらないで欲しい。彼女は一生懸命にあだ名を考えつこうと努力しているのだ。

 

 ()個人としては、どのようなあだ名で呼ばれようと気にしないのだが、彼女はそれを良しとしないだろう。

 

 ただ、ケッケーは無いと思う。ニワトリかよ。

 

「あ、ケビン!」

 

 もう本名の面影が少ししか残ってない。それどう考えても男性名でしょ。

 

「レイちゃん。敵、敵」

 

 ちょうどよく”気配”が近寄ってきたので、その方を指して知らせる。狙い通り、奇妙なあだ名を考案するのはすぐに止めてくれた。

 

「あ、はい。……よく見えませんけど、よく気づけますね」

 

「……まあ、勘?」

 

 この気配の事は自分でもよくわからないので、まあボカしておく。

 あんまり詳しく伝えても仕方ないだろうと思ってのことだ。

 

「とりあえず誘き寄せるから、詠唱よろしくね」

 

「はい、気をつけてください」

 

 剣を鞘から抜くと、ゆっくりと気配へと近づく。

 意外と距離が遠く、レイちゃんが俺の持つカンテラの光から離れてしまっているが、かろうじて彼女の輪郭は俺の目に写っていた。

 

 人狼は俺が持つ光源に気がついて、近づいてきた。俺は木の陰に隠れているから見えないが、彼女はすでにその姿を捉えているだろう。

 

 向こうで待っているレイちゃんの方に目を向ける。目線が合えば、彼女は静かに頷いた。魔法の準備はいいようだ。

 

「…『マジックグレネード』」

 

 俺の知らない魔法が出てきた。彼女は、魔法によって生まれた光の玉を、姿を現した敵に向けて投げた。

 グレネードという事は爆発するのだろうか。

 

「『ウィンドスピア』」

【…ドォン!】

 

 続けて詠唱して、早くも追加の魔法を放った。グレネードが爆発すると同時の攻撃だったかあら、この人狼はほぼ同じタイミングで二つの攻撃を浴びることになるだろう。

 

「ウグゥゥ……オォォォ!」

 

 同時攻撃を受けた人狼は怯む、その内に木の陰から飛び出して、人狼に襲いかかる。

 

「こっちだよ!」

 

「グルルル……!」

 

 挑発しながら剣を振るい、敵を傷つける。毛皮が固いのか、うまく刃が通らない。

 しかし人狼が俺の目を見て、俺へ反撃しようとする。

 

 咄嗟に剣で防ぐが、その力に押し負ける。だが攻撃は反らせたようで、この身には当たらなかった。

 流石に俺の身長を上回るモンスター相手に、力で勝てるとは思っていない。

 

 人狼と俺がお互い向かい合って、目線を交差させる。まるで一対一で戦っているかのような様子だが、その実、影には一人の味方が居る。

 狼は夜目がきくと思っていたのだが、光源を持って目の前に立っている俺の方に気が向いているのだろう。向こうのレイちゃんには全く気づく様子がなかった。

 

 人狼が刃の如き爪を持った腕で、俺に攻撃する。振りかぶった段階で一歩後ろに退くと、攻撃の振り終わりを狙って剣で突きを放つ。が、それは浅い傷を作るにおわる

 俺では十分にダメージを与えられない。まあ、気を引けるだけでいいんだけど。

 

「『アイススピア』!」

 

 瞬間、影から飛び出てきた氷の槍が横から胸を貫く。

 そのダメージに怯んだ隙を見て、剣を振り下ろす。そしてすぐに距離を取る。

 

 胸に貫通した氷の槍をそのままに、人狼は辺りを見渡して魔法を放った人物を探そうとしている。

 それを邪魔するために、俺はまた剣を振るう。

 

 首を狙えればマトモなダメージを与えられるだろうが、ジャンプして剣を振り抜くだなんて芸当は出来ない。

 

「ほらほら!」

 

「ウウウ……!」

 

「っわ」

 

 繰り出される攻撃を避けて、連撃を剣で弾いて耐える。。

 

「……『アイススピア』!」

 

「ギャァァッ!」

 

 2本目の槍が肩を貫通すると、悲鳴を上げて倒れた。

 

「今!」

 

 その様子を見て、すぐに倒れた所を追撃した。

 狙うは首。そこへ体重を乗せて突き刺すように振り下ろすと、その刃は流石に深いところまで入っていった。

 

「……よし」

 

 ピクリとも動かなくなり、徐々に光となって蒸散していくのを確認すると、俺は剣を引き抜いた。

 

 

 

「今回の人狼は少しタフだったね」

 

「そうでしたね。少し固かったです」

 

 ダメージ的に考えて、最初の『マジックグレネード』と『ウィンドスピア』、そして『アイススピア』で倒れるはずだった。と言うより、さっきまではそうだった。

 

「……あれ? あ、見てください!」

 

「うん?」

 

「これです! 魔結晶ですよ! レア物です!」

 

「レア物?」

 

 ドロップした素材の一つを俺に見せる。半透明な石が赤紫色に濁った物に見えるが、これが魔結晶だろうか。

 

「あ、いえ、別の強いモンスターから沢山ドロップしますけど、人狼からのドロップは稀なんですよ。なので相場では特別に高いというわけじゃないですが……」

 

「魔結晶って何かの素材になるんだよね? やっぱり」

 

「はい! 魔道具の素材になるんですよ!」

 

「……魔道具?」

 

「例えば、ケっちゃんがもってるそのランタン! それも魔結晶を使用した魔道具なんです!」

 

 この魔結晶がこのランタンに?

 そう疑問に思って、手に提げているランタンとレイちゃんの持つ魔結晶を見比べる。

 ランタンが現実でもよく見るデザインのせいで、あんまりピンと来ない。

 

「もしかしたら、私も魔道具を作れるかも……」

 

「まさか、薬だけじゃなくて魔道具も作れるの?」

 

「はい! 習得してましたけど、今までずっと使う機会がなかったんです! ふふふ、魔道具生産用の道具を買わないといけなくなっちゃいました」

 

 この魔結晶だけで、随分と夢が広がったようだ。

 楽しそうだし、そっとしておこう。

 

 俺はワクワクとした様子のレイちゃんを眺めながら、暗い森の中を歩み進んで、帰っていった。

 

 今回の素材採集の遠征は、大成功であった。




キーボードを新調。キー配置が変わって誤字多発です。つらい


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幕間-俺の休息

幕間です。
1500文字の短いお話です。


 閉じられた視界、頭を包む窮屈な硬い感覚。

 頭のあたりを触ると、ヘルメットのような感触が伝わってくる。

 それを両手で挟むと、ゆっくりと持ち上げる。

 

「……ふう」

 

 光を遮るヘルメットを外すと、視界が解放されたように光が入って来た。

 

 身体を見下ろせば、少女らしい胸の膨らみはどこにもない。後ろ髪を触っても、ポニーテールはどこにもない。

 窓を見れば、外の暗い風景に重なって、俺の姿が映っていた。

 今までの"ケイ"の姿はどこにもない。当然だ、彼女は実在する者ではないのだから。

 

 そう、()()()は創也である。

 

 

 さて、『ゲームは1日1時間』という言葉がこの世にある。

 この言葉に込められたメッセージは兎も角として、このゲーム、『ヴァーチャルファンタジー』では似たような言葉が存在する。

 

『ゲーム内は1日1時間』

 

 勘がいい人間ならば、この言葉を聞くだけで直ぐにピンとくるだろう。

 もしピンと来なくても、少し分かり易く言葉を換えれば、すぐに理解してくれるはずだ。

 

 言い換えるなら、『ゲーム内の1日は、現実の1時間に相当する』と言えばいいか。

 ……そう言う事だ。もう大半の人間は、この様な説明で理解するはずだ。

 

 俺がゲーム内で過ごして来た時間は、1日と少しぐらいだろうか。しかし現実では、1時間ちょっとしか経っていない。

 そのせいで時間の感覚が狂う事もある。現実で少しの間を過ごしても、向こうではかなりの時間が経っている事だってある。

 

 だが、VRゲームではそれが常識。ゲーム内時間イコールリアル時間、というゲームもあるにはあるが、基本的には時間は同期していないのが普通だ。

 

 さて、部屋でぼーっとしているのもなんだ。

 とりあえず居間にでも行くとしよう。

 

 

「あら、創也。お早う」

 

 居間にきてみれば、母がココアを飲みながらくつろいでいた。

 お早うと言われ、慌てて現在時刻を確認する。今は午後の8時。明らかにお早うという時間ではなかった

 

 何かの間違いで、朝までゲームをしていたのかと勘違いしてしまった。

 俺は目の前の母を、恨む様な目で見つめる。

 

「変かしら?あの被り物を被っている間、本当に静かだったのよ。まるで寝てるみたいだったから、お早うが良いのかしら、って」

 

 それにしたってお早うは……って待て、俺があの世界にいる間、母は俺の部屋に入って来たのだろうか。

 絶対に入るなとは言っていないが、勝手に侵入しないでほしい。

 

「あら、不満そうな表情だけれど、部屋に入ったのは掃除する為だったのよ? 少しぐらい良いじゃない」

 

 絶対に嘘だ。俺個人、ごちゃごちゃしたものを嫌っている為、部屋は綺麗に保たれているのだ。掃除する余地など無いはずだ。

 

「うふふ」

 

 ……なるほど、今理解した。この母絶対わざとだ。

 今思えば、俺の黒歴史ノートが発見されたのは、キャラクタークリエイトから戻って来たときである。そのことを考慮すると、その時点で母は俺の部屋に侵入していたと言うこととなる。

 

 自らの失態に頭を抱え、今後ゲーム中の部屋のセキュリティについてどうしようかと考え込む。

 

 

「……ねえ」

 

 何だろうか、急に改まって。今俺は母に対する侵入対策を考えているところだ。

 

「あの女の子達はキャラクター、実在する人じゃ無いんでしょう?」

 

 う……、その話は俺の急所、或いは弱点に当たる。出来ればこの話はよして欲しい。

 さあ、どうやって俺のこの思いを伝えようか、なんて思っていると、母が発した言葉が俺の意識に割り込んで来た。

 

「それにあの字、創也が高校生ぐらいの頃の文字だったわよね」

 

 ああ、そうだ。あの本は過去の俺が書いたのだ。少なくとも今の俺は、同じ様な失態などしない。

 少なくとも、()()()は……。

 

「……ねえ、思い出したりしないかしら?」

 

 何を、とは今更な事を問う必要など無かった。

 俺は口を噤んだまま、首を横に振った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 現実での休息を終え、俺は再びゲームへと戻ることにした。

 自室へ戻ろうと、その扉を開いたところで、後ろから声をかけられた。

 

「ねえ、創也」

 

 なんだ、とでも言う様に後ろを振り返る。

 また黒歴史ノートの話でもされたら、俺は黙って部屋に入るところだったのだが。

 

「私も、そっち(VRの世界)に行って良いかしら?」

 

「……」

 

「私、創也の声を久しぶりに聞きたいのよ」

 

 その言葉を受け、俺は目を見開いて母を見つめた。

 しかしその言葉を理解すると、俺は目を和ませて、しかし口は苦笑する様な形にして頷いた。

 

 母がこちらに来るのは良いのだけど、残念な事に、向こうに居るのは俺ではなく、"ケイ"なのだ。




サブタイトルに章とかは表記しませんが、本質的に次回は別の章となるでしょう。
多分。

追記・章管理なんて機能があったのか!
と言うことで早速活用しました。

あ、話と話の間で場面が飛ぶことがありますが、基本的に話の冒頭でその場面の解説(あらすじ)を行ってます。
今回は例外ということで、そういったものは無いですが。


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第2章 イツミ三世―お宝ダンジョンにはお供を―
06-ウチのキャラクターの受難


今回は通常の回より短め。


 さて、このゲームには『依頼』、またの名を『クエスト』と呼ばれる要素がある。

 特に難しい仕様ではない。NPCやプレイヤーが、依頼を発注し、有志がそれを受注する。そうしてこの要素は成り立っている。

 その内容は護衛依頼だったり、素材収集の依頼だったり、討伐の依頼だったり。更には生産依頼だってある。

 

 依頼が完了すれば発注者が報酬を渡す事が多いが、無報酬の依頼もあるにはある。

 無報酬の依頼の例を挙げるとすれば……レイちゃんとの一件の事だろうか。

 あれは依頼と言うより、頼み事に近かった気がするが、まあ依頼に似た状況ではあった。

 

 

 そうそう、あの一件の後からも、俺は同じ宿に泊まっている。あの年樹九尾だ。

 勿論、流石に相部屋のままじゃ”俺”の精神が色々と持たないから、別室を借りさせてもらった。

 

 あの『宿代はいちおくYです』は冗談だったようで、無事に通常価格で借りることが出来た。

 

 因みに、その部屋の位置は、レイちゃんの部屋の向かいである。

 

 

 

「あ、お早うございます!」

 

「うん、おはよ」

 

 朝食を取るために階段を降りると、いつものと格好が違うレイちゃんがそこに居た。

 しかし、見ればそわそわしているご様子……。何かが待ち遠しいのだろうか。

 

「どうしたの? そんなにそわそわして」

 

「聞いてください、今日は料理が上手な人が当番なんですよ!」

 

「あー、そういうこと」

 

 なるほど、もう待てないという程の仕草の理由は、そういうことだったらしい。

 当たりを見渡せば、同じ宿の利用客も何時もと雰囲気が違った。

 

「そういえば、ケっちゃんはこれからどうするんですか?」

 

 席に座ると、そんな質問をされた。

 これからの予定は特に細かく決めていないが、”強くなる”という目標があるにはある。

 その目標を果すには、とりあえずモンスターと戦っていれば良いだろう。

 

「うーん……まあ、依頼を請けながら狩りでもしてるよ。戦闘スキルも鍛えたいし」

 

 今のところはソロで活動するつもりだから、このレベルに見合ったレベルのモンスターを獲物にしていきたい所だ。

 

「レイちゃんはこれから薬を売るの?」

 

 狩りに向けて武装した俺に反して、レイちゃんは何時もの魔法使いのような姿とは違った服装をしている。

 代わりに、これが女の子のお洒落か、と感心する程に可愛らしくコーディネートされている。

 

「そうですっ! ケっちゃんのお陰で魔力ポーションが沢山作れましたので!」

 

「良かった。全部売れると良いね」

 

「需要が高いので直ぐに売れますよ!」

 

 確かに、そういえば高レベルの魔法使いは魔力ポーションを多く使うとか言っていたか。

 あんまり細かくは覚えていないが、確かそんなことを言っていた気がする。

 

「それと、これを一本差し上げます!」

 

「え、これを?」

 

「はい! お礼として受け取ってください!」

 

 青い色をした液体の入った、ガラスの容器を手渡される。しかも、ご丁寧にピンク色のリボンまで結ばれている。

 

「良いの?」

 

「遠慮なく受け取ってください!」

 

 まあ、確かに素材採集に協力したのだし、少しのお裾分けは遠慮するものじゃないだろう。

 俺は納得すると、ポーションをポーチに仕舞った。

 

「……ありがとうね」

 

 そう礼を伝えると、後ろから何か扉が開く音が聞こえる。調理室の方からだ。

 

「あ、来ました!」

 

 レイちゃんもそれに気づき、声を上げる。同時、回りのお客がババっと立ち上がった。

 後ろを振り向いて見れば、調理室から一人の女性が出てきていた。

 

「皆、配膳のお手伝いをおねが~い!」

「うおおお! 手伝うぜ母さん!」

「オレも手伝わせてくれ、おふくろ!」

 

「……え、なにあれ」

 

 と言っている内に、速度が向上するバフが掛かったかのように動く利用客が、配膳を進めていく。

 

「皆、おふくろの味だとか言って美味しく食べるんですよ。私も美味しく頂いてますっ」

 

「……そなの」

 

「はい!」

 

 目を点にしているオレは、自分の分の食事が手元に置かれるまでただ呆然としていた。

 

 

 因みに今日の朝食の献立は、ご飯、魚焼き、大根のたっぷり入った味噌汁、そしてきんぴらごぼうだった。

 ……まあ、他の人達のテンションが上がるのが理解できるほどには美味しかった。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 とまあそんな朝だったが、道中何もなく依頼処へやって来た。特に迷いもしなかった

 

 依頼処と言うのは、簡単に言えば依頼やクエストが集まっている場所だ。

 それと居酒屋の様な事もやっているらしいが、そのせいかここに立っているだけで酒の雰囲気が漂ってくる。

 建物の扉を開けて入ってみれば、色んな者たちがガヤガヤと騒いでいる。もしかしたら、真っ昼間の大通り以上に騒がしいかもしれない。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 ここのスタッフか、女の人に元気よく挨拶された。

 ゲームの中でも営業スマイルは存在するんだな、なんて思いながら、あたりを見渡してみる。

 

 テーブル席に座り、店に入ってきた俺に目を向ける人や、気にせず仲間と呑みながら語らっているグループが居る。

 で、むこうの方には、様々な紙が張り出された板を前にして、どの依頼を請けようかと迷っている様子の人が2,3人居た。

 

 なるほど、依頼はここに張り出されているのか。

 そう思ってそっちに歩み寄った。

 

 

 実際に依頼を受注するのは始めてだが、特に迷う様子もなしに目的に見合う依頼を探す。

 戦闘の発生が予想され、相手にするであろう敵が俺一人でも対処できる強さである、という条件があれば良いのだが。

 

 もし俺に見合う難易度のものがなければ、いっその事パーティを募ってどうにかしようか。

 グループの戦力が高ければ、多少難易度が高くてもどうにかなる筈だ。

 

「……」

 

 何か良いものはないかと、依頼紙の貼られたスペースの隅々まで見る。

 殆どの紙は、ほかのものを邪魔しないよう、重ねないで貼られているのだが……。

 

「?」

 

 偶然だろうか、1箇所だけ2枚重ねられている。

 なんだか気になって、上に重なっている方の紙を剥がした。

 

 上に重なっていた紙の依頼名は、『犬の世話』と書かれている。無報酬のようだ。

 そして下の方は……『調査依頼』。なんてことだ、これも無報酬だ。

 興味を無くした俺は、また別の依頼を探そうとする。が、後ろから足音が寄ってきて、声をかけられる。

 

「その依頼、変デスネ?」

 

「うぇっ?」

 

 突然後ろから声をかけられた俺は、アホっぽい声を出しながら後ろを振り向いた。

 

「無報酬、依頼内容も曖昧、トドメに依頼主の名前もシスイカ……。本当に変、デスヨネ?」

 

 ローブを被った、中性的な声の人物が俺に話しかけている。

 フードの影で顔がよく見えないが、笑みが浮かんだ口元だけが照明の光を受けていた。

 

「えっと、どちら様?」

 

「……キャット、とでも呼んでください、デス」

 

「猫?」

 

「はい。にゃあ、なのデス」

 

「……そ」

 

 一気に気が削がれた。やる気も一緒に。

 これ以上この人と関わると、やる気のステータスがマイナスに行ってしまいそうだ。

 

「えっと、ごめんね。じゃあ」

 

 依頼を請けなくても、別に敵を倒して得た素材を売れば、とりあえずはお金を稼げる。

 効率は多少悪いが、問題ないだろう。

 そう自分に納得させる様に言い聞かせると、俺はささっと依頼板から離れていった。

 

「……フフ」

 

 その笑い声は、誰かの耳に届く前に居酒屋の騒動に掻き消された。

 

 

 

 

 依頼処の中、空いているテーブル席に適当に腰掛ける。

 狩りに行く前に、何か飲み物でも頼もうかと思ったのだ。

 

 机に置かれたメニューの冊子を開くが、特に目を引くような品は見当たらなかった。

 と言うより、すでに朝食を食べたのだから、もし注文するのだとしたら飲み物ぐらいだ。

 

 店の人を呼び止めると、とりあえずお水を注文した。

 その水が届くまでの間、ポーチを開いて小さな本を取り出す。

 初心者指導書だ。見た目に反して内容がかなり多いため、未だに全てを読み切れていない。

 

 栞代わりの折り目を探して、そこを開いて途中から読み込んでいく。

 

 

 ……のだが、とある一人がそれを許さなかった。

 

「おい姉ちゃん! 俺と一緒に呑まねえか?」

 

 右のほうから、野太い声と共に酒の匂いが届く。

 この熊のような男、どうやら朝から酒を呑んでいるらしい。顔を見れば、耳が尖っているのが見える。

 なるほど、随分と暇なエルフの様だ。

 

 どうにも、公衆の目を気にせず大声を上げた大柄エルフの男が注目を集めたようだ。大衆の視線が集まっているのを感じる。

 しかも、先程の”キャット”もその大衆の中に含まれていた。

 

「……悪いけど、私はそういうの嫌いだから」

 

 この人には悪いが、そそくさと帰ってしまおう。酒に酔った人間は色々と面倒なのだ。

 

「つれねえなあ、オイ。少しぐらい良いじゃないか?」

 

「他を当たって」

 

 席を立ち、足早に扉に向かう……筈が、右手を掴まれてしまい、この場から脱することは叶わなかった。

 

「オイオイ、逃げるなんてヒデェよ。俺の男としての心が傷ついちまう」

 

 そうか。

 現実ならば、この者の社会的な立場が傷ついてしまう所だったろう。

 

「離して」

 

「ハッハッハ! これじゃあ、男女平等の言葉を持ち出さにゃいかんな!」

 

 え、何? この世界にもそんな言葉があるの?

 

「俺には、『男には拳で、女には口先で付き合え』って信念があるんだが……」

 

「『男も女も拳で付き合え』、て事?」

 

「おう、理解が早いじゃねえか」

 

「そう」

 

 なんてことだ。何故初っ端から酔っ払いに絡まれなければ行けない。もしかして強制イベントだろうか?

 だとしたらいい出来である。今すぐにでも、このイベントを作った開発者の顔面に、この拳をサムズアップの形にしたままビンタしたいものである。ほぼグーで殴ってんじゃないですか。

 

 仕方ない、どうやって血を見ずにこの状況を脱しようか。なんて考えてみる。

 あんまり良い案が生まれるとは思えないが―――

 

 

「悪いが、許せよ」

 

 男が拳を振りかぶる。顔を上げて、その様子をじっと見つめる。

 そして、その拳を私にぶつけようと繰り出した直後。

 

「ぬっ、あ」

 

 左手で暖簾を捲るような動きで拳を退けると、その手で男の襟元を掴み、滑るように男の懐に潜り込んで

 

「ぬがぁぁ?!」

 

 掴まれたままの右手で握り返したまま、投げ飛ばした。

 

 投げられた反動だろうか、男はその足を高く挙げながら、音と衝撃を発しつつ背中から着地した。

 

 

 

「……?」

 

 ―――気づけば、掴まれていた右手は開放され、目の前には倒れたまま呻く男が居た。

 今俺は、()()()()()()()

 

「うおお!すげえぞあの女! 男を一瞬で転ばしやがったぜ!」

「なんだアレ、かっけえ!」

「……素晴らしい」

 

 歓声が上がるのが見える。ついでに、スタッフが慌てているのが見える。

 様子からして、俺はこの男をはっ倒したのだろうか。しかしその覚えはないのだが。

 

「凄い、凄いデス! お嬢さん!」

 

「え? あ、ちょ」

 

 キャットが俺に抱きついた。

 止めて欲しい、男に腕を掴まれた次は、この男か女かも分からない人物に抱きつかれるだなんて。

 

「と、とりあえず離してくれる?」

 

「ああ! これは失礼しました、デス」

 

「う、うん」

 

 突然の出来事に、俺の思考が水気を失った泥のように固まっている。

 先ずは、状況の把握しよう。

 

 酔った男に絡まれた。

 平穏な方法で対処しようと考えていた。

 男が暴力的な手段をとろうとた。

 記憶が無い。

 そしてキャットに抱きつかれた。今ココである。

 

「……記憶が、飛んだ?」

 

 やはりそうとしか言いようがない。

 もしかして、()()関係だろうか。

 

「どうしたのデス?」

 

「い、いや。気にしないで」

 

 説明するにも面倒だし、する必要もない。

 

「じゃ。これ以上面倒は嫌だから」

 

 そう言って、さっさと扉を開けて出ていく。

 注文されたお水を持ったまま、あ然とするウェイトレスを後にして。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「『エレクトロンボール』」

 

 ある程度の詠唱を経て発動した魔法は、イノシシに当たるとその毛を、黄色い火花とともに焦がした。

 すでに毛皮に幾つかの傷跡を抱えているイノシシは、しかし勇ましくこちらに直進し始めた。

 

 その様子を見つめながら、詠唱を再開、次の魔法を発動しようとする。

 

 イノシシの突進が俺を巻き込む直前に、俺は魔法を発動した。

 

「『ストーンツリー』」

 

 すると、目の前に岩で出来た柱が生えるように伸びてきた。

 直径が20cmぐらいの柱は、イノシシと俺の間に生えることによって、イノシシの突進を防御する。

 

「ブグィィッ!」

 

「今っ!」

 

 イノシシが柱に激突、それによって怯んだ隙にイノシシの横に移動し、手に持つ剣で首筋辺りを思いっきり突いた。

 柄の先を手のひらで押さえると、そこに力を込めてさらにその刃をめり込ませる。

 

「……」

 

 やったか? だなんてフラグを立てるような事は言わず、剣を引き抜いて距離を取ってから、詠唱を再開しながらじっと様子を見つめる。

 

「……ブグォォォ!」

 

 まだ生きていたか、と感心して、俺は貯めていた詠唱時間を以て魔法を放つ。

 

「『ファイヤーボール』」

 

 そうして、イノシシは動かなくなった。

 光となって蒸散していく様子を見ながら、その疲れを示すかのように大きく背伸びした。

 

 

「結構楽になってきた、かな」

 

 新しく習得した魔法だが、使い勝手に慣れていない為、獲物がそれなりに消耗してから使ってみた。

 それでわかったことは、この新しい魔法は”強くて遅い”、この一言である。

 

 威力が高くなった代わりに、より長い詠唱時間の確保が必要になった。実際に、新しい魔法を使う時は、イノシシが消耗して突進の速度が落ちた状態じゃなければ、とても詠唱時間が確保できるものでなかった。

 結果的に、途中まで詠唱時間の短いアロー系で、チマチマと攻撃したのが正解だったらしい。

 

 そういえばと、あることを思い出してステータスウィンドウを呼び出す。

 

「……やっぱり、MPの消費が激しいかな」

 

 アロー系に比べ、新しく習得したこの魔法はMPを多く使う。

 あんまり頻繁に使えば、すぐにとまでは行かないが、早い段階でMPを使い尽くしてしまいそうだ。

 

「でもまだ余裕はある、か」

 

 とは言えど、何連戦も続ければ、すぐにMPが尽き、魔法が使えなくなるだろう。

 気をつけておこう、と自身に戒めておきながら、開いていたステータスウィンドウを閉じる。

 

 さて、次の獲物を探そうか。

 

「……そういえば」

 

 朝出かける前に、レイちゃんからポーションを貰ったんだっけ、と思い出す。

 

 あのポーションならば魔力の回復が出来るはずだ。もし何かあれば直ぐに使えるようにしよう。

 そう思い、ポーチを開いて中を整理するが……。

 

「……無い?」

 

 確かに渡された筈の青いポーションが、何処にもなかった。

 ポーチの奥底にも無いし、あるのはHP回復用のポーションと初心者指導書だけだった。

 

 ……いや、まだ他にも入っていた。

 無くなった魔力ポーションの代わりに、2枚の紙がポーチの中に巻かれて入っていた。

 

『親愛なる名も知らぬお嬢さんへ

 貴方の持ち物を一つ、拝借させて頂きました。

 ()()()()()1()0()()()()()()()()()()()にてお待ちしております。

   シスイカもとい、カイヌシより』

 

 1枚目の紙を読み上げると、2枚目の方の紙を取り出した。

 

 

 { 

  依頼名:調査依頼

  依頼主:シスイカ

  内容:詳しくは面会時にて

  報酬:ナシ

 }

 

「……盗まれた、って言うことだよね」

 

 と言うより、それ以外に考えられない。

 しかも、この2枚の紙を押し付けられた。

 

 1枚目に書かれている、”10時に上がる煙の柱の下”に行けば良いのだろうか。その前に付いている”仮想の”とは、恐らくこのゲーム内での時間ということか?

 もしそうだとすれば、盗んだ人物はプレイヤーなのだろう。NPCにとっては、仮想(VR世界)も現実なのだから。

 

「それにしたって……はあ、面倒だなあ」

 

 無視するにしても、奪われた魔力ポーションが勿体無い。それにアレは、素材の採集という過程に付き合って、生まれた産物だ。それをまんまと奪われるのは、俺としてはとてもイヤである。

 

 ……仕方ない。行こう。

 現在時刻は、すでに9時45分を過ぎている。そろそろ煙が上がる時間だ。




ひらがな・カタカナの書き分けは、ですます調のキャラ被りに便利、なのデス。

・追記
エレクトとエレクトロン
音は似てるけど意味が違うらしい
と言うコトで編集。教えてくれた人に感謝。読者の存在は視野を広げると理解した
あるいは筆者の頭が悪いだけか


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07-ウチのキャラクターの探索

 木々の多い地形から離れ、見晴らしのいい場所を見つけた俺は、ぼんやりと空を見渡していた。

 勿論、空に浮かぶ雲とかを眺めているわけじゃあない。自然の恵みをこの身をもって実感しているわけでもない。

 

 むしろ若干落ち着きが無いような仕草で、空のあちこちへ視線を移していた。

 西、北、東、南へと視線を動かしていると、ある時にその視線の先が定まった。

 

「見つけた……」

 

 その視線の先の空には、一筋の濃い灰色が伸びていた。

 

「……煙の柱の下とか言ってるけど、ただの狼煙だよね」

 

 周囲に誰もいない中、心のなかに抑えるまでもなく言葉をこぼす。

 もしかしたら、あの手紙を書いた人物は少しばかり厨二病を患っているのかもしれない。

 

 もし出会ったら少し気をつけよう……と言うより、ポーションを盗んだという時点で要注意なんだが。

 とりあえず、あの狼煙の下に行ってみようか。

 

 

 

 

 居た。その存在を認識すると同時、近くの木の陰に隠れた。

 黒ずくめの奇妙な人が、地面に腰を下ろしてパタパタと火を仰いでいた。傍から見ると訳の分からない光景だ。

 

 さて、どうするべきか。

 こんなに不審な人物なのなら、PKしても問題無い気がしてきた。いや寧ろ、そもそもこの人はプレイヤーなのだろうか。

 もしかしたらコレはイベントであって、あの不審者はNPCなのかもしれない。

 だとすれば、あの手紙に書かれた"仮想の〜"と言う一文は、開発者の粋な計らいだろうか。

 もしそうなら……サムズアップでも贈ってやろうか。上下逆で、だが。

 

 

 と、そんな感じで開発者に恨みを募らせていると、あの不審者の視線が俺の方へと向いていることに気付く。

 

「……!」

 

 まさか、バレたか?

 黒ずくめが立ち上がると、こちらに正面を向けて近づいてくる。

 この様子を見て、ようやくバレたと気づいた。

 

「まっず……」

 

 どうしよう、迎撃するべきなのだろうか。

 そうだ、一発だけなら誤射って言うし、その一発で有害無害の判別をすれば……。

 

「……ニャア」

 

「ん、猫?」

 

 足元に猫が擦り寄ってきた、こんな時に何故猫が?

 いや、こんな時にそんな事を気にする必要なんて無い。

 

 足元の猫を中心に捉えてた視界から元に戻すと、今度は視界の7割が仮面で占められた。

 

「ご機嫌よごっ?!」

 

 目元から20cmの距離、いわゆる目と鼻の先にある仮面に対して、思わず拳を振るってしまった。男らしく、グーで。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「痛い……仮面が無ければ昏倒していたぞ、お嬢さん……」

 

「いや、あんなに近寄るのが悪いの。反省して」

 

 猫を抱き上げたまま、目の前の不審者に対して言い放つ。

 この不審者は仮面を付けていて、服装は黒ずくめ。これじゃあ、どこかの怪盗の服装と殆ど同じだ。現実ならば110番モノである。

 

 というか、一瞬だけ目を離した隙にあの距離にまで近づいてくるなんて。とんでもなく機敏だ。

 

「……しかし」

 

「反省して」

 

「ニャ」

 

 俺の言葉に賛同するように、抱き上げていた猫が短い鳴き声を上げる。

 

「……す、すまない」

 

「はい、よろしい」

 

 俺はそう言った後、猫がモゾモゾと離してほしそうに動き始める。素直に猫を開放すると、今度は不審者の横に付いた。

 その様子を見ると、一度気を取り直そうと、咳払いをしてからまた話し始める。

 

「それで、私を呼んだのは君って事で良い?」

 

「ああ、如何にも、ワタクシがお嬢さんをココへお呼び立てしたのだ」

 

「やっぱり」

 

「うむ、お嬢さんのポーションも頂戴させてもらっている」

 

 不審者はなんとも無いように言い放つが、普通に窃盗である。窃盗罪である。

 アレを奪って、更には俺と合流するだなんて。何か要求でも吹っかけるに違いない。

 そうなると面倒だ。どんな要求をされるのか、なぜだか嫌な予感がしてならない。

 

 そうだ、むしろ強引に行ったほうが楽に事が済むかもしれない。

 

「力尽くで奪い返して良い?」

 

「おっと! それは止めたほうが良いぞ、お嬢さん」

 

 不審者が俺の言葉に対し、大げさに後ずさる。

 しかし、よく見れば余裕綽々の様に見える。特に武器を持っていないが、魔法でも使うのだろうか。しかし杖のようなものも見当たらない。

 

「お嬢さんが剣を抜けば、ワタクシはこのポーションを持って逃走を始める。そうすればお嬢さんは”コレ”を取り返せずじまいだ」

 

 ポーションを見せびらかしながら言う。

 逃げ足に自信でもあるのだろうか。残念ながら自分は走るのが速くなるスキルなど無いし、逃げ切れられたらポーションの奪還は不可能だろう。

 

 一撃で仕留めるにしろ、自分の剣や魔法ではそれを可能とする腕が無い。

 

「……」

 

 恨めしそうに睨んでみるが、仮面の下にある顔は見えないから、表情がよく分からない。

 

「そのポーチの中にある”依頼”を達成するだけでいい。そうすれば、このポーションを返却しよう。……リボンまであるのをみる限り、拘りがあるのだろう?」

 

「うっさい。……依頼って、コレ?」

 

 ポーチから一枚の紙を取り出す。ポーションと代わるように入っていた物だ。

 依頼主はシスイカという。どこかヌメヌメとしていそうな名前をしているが、流れ的にこの人がシスイカなのだろう。

 

「という事は、君がイカ?」

 

「イカッ……!」

 

「やっぱり変な名前なのデス」

 

 イカ呼ばわりしたら、大ダメージでも受けたかのようにのけぞった。

 そんな反応するなら、もう少しマトモな名前にすればよかったのに。

 

「ご主人、やはり偽名は”泥棒猫”するべきでした、デス」

 

「あ、ああ……って、勝手に人化するんじゃない! 戻れ、戻れ!」

 

「やデス」

 

 って待て、何か一人増えてるぞ?

 

「え、誰?」

 

「なんと、ワタシを忘れただなんてヒドイデス、お姉さん。ワタシはキャットなのデス」

 

 キャット、と言われてようやく思い出す。

 確かに声が同じだ。しかしあの時の様な黒いローブは着ていない。

 その所為で、あの時抱いた中性的な印象が、今のこの子に当てはまらなかった。

 

 前は中性的だと思っていたが、今ではローブが外れ、華奢な格好が見える。お陰で女の子っぽい印象が強くなっていた。

 

 見ると、キャットの名の通り、その頭の上に2つの猫耳が乗っかっている。

 しかも腰の辺りからも尻尾が2本生えている。波打つようにゆっくりと揺れているのを見ると、本物だと分かった。

 

 しかし、2本だ。2本の尻尾ということは、この子は猫又なのだろうか」

 

「……猫又だったんだ」

 

「なのデス」

 

「キャット! 猫に戻らないとおやつを減らすぞ!」

 

「にゃっ」

 

 あ、一瞬で戻った。

 猫又は人に化ける猫だと言われているが、そういう能力なのだろうか。

 

「……失礼した」

 

「いや、うん。別にいいけど」

 

 しかし、ピリピリとした空気が何処かに行ってしまった。どうやら、キャットがその空気を掻っ攫っていったらしい。

 正に泥棒猫である。

 

「……」

「……」

 

 代わりに喋りづらい空気が漂ってきた。

 お互い無言なのはどうかと思い、自分から口を開こうとする。

 

「ええっと。それで、報酬は?」

 

「む、請けてくれるのか?」

 

「報酬を聞いてから考える」

 

 依頼を達成してポーションを取り返すだけでは、なんの利益もない。

 逆に失敗すれば損失となるが、それはそれだ。

 

「……ダンジョンを捜索、発見すればその内部を調査するという内容だが、その調査で得た宝を幾つか分けよう。それでいいか?」

 

「ダンジョン、ね」

 

 その単語を聞いて、初心者指導書に書かれていた1文を想起する。

 ダンジョンと言うのは、世界各地で出現と消滅を繰り返す構造物であり、その内部には、貴重な装備や財宝が隠されているらしい。

 大抵は洞窟なのだが、稀にそうでないダンジョンも出現するのだとか。

 

 冒険家気質の人には涎垂ものである。

 

「探して、見つけて、中を調査。って事で良いの?」

 

「大まかに言えばな。どうだ、請けるか? お嬢さんにはすまないが、詳細は依頼の達成を約束してからでないと伝えられないのだ」

 

 そう言われ、少し考える。

 ダンジョン探索に戦闘は避けられないだろうが、スキルやレベルを鍛えようという目的がある俺には、むしろ都合のいい環境だ。

 ただ問題なのが、その危険度だ。

 

 詳細を聞きたいところなのだが、、約束しないと言ってくれないらしい。ケチなもんだ。

 

 さあ、どうしよう。

 この厄介事に足を踏み入れて、ポーションを取り返すか。それともポーションを諦めて立ち去るか。

 

 

 

 

「……うん。約束する」

 

 考えた末に、俺は答えた。

 強くなるという目的に、ダンジョンは好都合ではある。それと同時に危険だろうが、俺が囮として扱われない限り、それはこの不審者も同じである。

 

「依頼を受注するよ」

 

「感謝する、お嬢さん!ならば、これから同行することになるだろうから、先ずは自己紹介をしよう」

 

 俺が依頼を受けると行った途端、口調に含まれるテンションが上々になった気がした。

 その様子を見ていると、突如、戦隊ヒーローの様なポーズを取って、仮面に手をかざして言い放った。

 

「ワタクシの名はイツミ・カド! ペットを従える”テイマー”である!」

 

「えっと、私はケイ。魔法戦士をやってる」

 

「ケイお嬢、これから宜しく頼むぞ」

 

 お互いの自己紹介が終わるが、足元で静かに俺らを見つめている猫を見る。

 俺の目線そっちのけで、二本の尻尾をふらふらと揺らしつつ地面に丸まっているが……。

 

「この子はキャットって名前なの?」

 

 冗談半分でそう言った。

 そこまで安直な名前を付ける人間は、世界中のどこにも居ないと思っていたが。

 

「うむ、キャットという名前だ。存分に可愛がってくれ」

 

 そのことを聞いて、思わず「えっ」と言葉を漏らす。

 本当にキャットと名付けているんだろうか、いや、もしかしたら何かの間違いかもしれない。

 

 少し考えて、地面で丸まる猫に声をかける。

 

「えっと……キャット?」

 

「にゃ」

 

 あ、これは名前を呼ばれ慣れている反応だ。と察した。この名前は嘘ではなかったようだ。

 

 何故だ、何故こうも俺の関わる人物は、総じてネーミングセンスが奇妙なのだろうか。そんな運命でも背負っているのか。

 頭を抱えてこの奇妙な運命に嘆くが、それも数秒で済ませる。運命に抗うことは不可能なのだ。

 

 

 運命に抗うことを諦め、立ち直った俺はイツミ・カドに1つ質問する。

 

「どこから探すの?」

 

「うむ、その前に質問なのだが、”嫌な気配”、又は”予感”に覚えはないか?」

 

「はい?」

 

「”嫌な気配”か、”嫌な予感”だ。ダンジョンが出現する際、周囲の生物の魔力を揺さぶるだとかで、そう言った感覚を覚えさせられるのだ」

 

 確かにあるにはある、レベル上げの時に一度あったっきりだが……。

 

「その気配、少し心当たりがあるかも」

 

「な、あるのか! 何処だ!」

 

「ちょ、近い」

 

 一気に詰め寄ってきた。反射的に迎撃するようにをかましてしまうところだった。

 一歩下がって距離を取ると、落ち着くようジェスチャーしてから、説明を始めた。

 

「その気配を感じ取った時、確かここらへんで行動していたと思う」

 

「ほう! 方向はわかるのか?」

 

 興奮した様子だが、そんなに詰め寄んないでほしい。

 更に一歩下がってから、その時のことを思い出そうとする。随分と前の出来事というワケでもないから、すぐに思い出せるだろう。

 

「方向はあんまり……いや、あの時あっちに移動したから、逆の向こうかな?」

 

 とは言ってみるが、あまり自信を持てない。もしかしたら間違っているかもしれない。

 

「間違ってたらゴメン」

 

「問題ない! 元から虱潰しの予定だったからな!」

 

 そう聞いて、俺は驚く。

 そんな様子の俺を差し置いて、イツミが早速と言った感じで移動を始めた。

 

「虱潰しって、それぐらい情報がないの?」

 

 自身も付いていくように歩きだしつつ、そう質問した。

 

「うむ、ワタクシが聞いたのは噂の中の噂。辛うじて当事者を見つけたものの、曖昧な話しか聞けなかったのだ」

 

「……例えば?」

 

「1人目は、この付近の森のなかで”感じた”と。2人目も同じように、そして3人目もまた同じ様に答えた。因みに4人目は沈黙を貫かれた」

 

 あ、そう。と俺は軽い相づちを打つ。

 

「ノーコメントの理由は、ワタクシが見るからに怪しい、だそうだ」

 

「え、その格好で聞き込みしたの?」

 

「そうだが?」

 

 バカでしょ。

 ……とは口に出さないが、ジトっとした目線を送ってやる。

 彼の後ろに付いてくる猫も、同じように呆れている気がした。

 

 

 ・

 ・ 

 ・

 

 

「ご主人」

 

 歩いていると、突然キャットが人の姿になった。

 一体どうしたのかと、驚いて立ち止まると、キャットが伝えようとしている事を聞く。

 

「ダンジョンがあるデス、この先をもう少し歩いた方デス」

 

「おお! 良いぞキャット!」

 

 そう言われて、前へ歩み出てその先を探してみる。

 それらしい物を見つけると、その意外なダンジョンの見た目に驚く。

 

「え、裂け目?」

 

 地震によって生まれた亀裂か、まさかこれがダンジョンなのか?

 もう少し洞窟の穴とか、そういうのを想像していたのだが……。

 

「間違い無いのデス。只の裂け目には見えますけど、魔力の流れが確かにココへ向かっています、デス」

 

「だそうだ! ケイお嬢の情報が無ければ、辿り着けなかっただろう。感謝するぞ!」

 

「……どう致しまして」

 

 とは言ったものの、やはり裂け目にしか見えない。そのせいか、目の前にダンジョンがあるという実感がわかない。

 まあ、確かに車が丸ごと入れそうなぐらいには隙間が開いているが……。

 

「……入るの?」

 

「勿論!さあ、共にお宝を頂きに行こうではないか!」

 

「……仕方ないか」

 

 ため息を付くと、イツミがこの亀裂の中に入ろうと準備する様子を眺める。

 この下に降りるためのロープを、何処かに括り付けようとしているんだろう。

 

 少し考えると、何も言わずに詠唱を始め、そして目的の魔法を発動する。

 

「『ストーンツリー』」

 

「む、おお。感謝するぞ!」

 

「ん」

 

 この石の柱ならば、人一人の体重を支えるぐらいは出来るだろう。

 もし降りる途中で折れたらと思うが、心配は無用。この人を先に降りさせれば、安全確認は無事に取れる。

 

 と、さり気なくイツミを生贄にした俺の意図に気づかないまま、彼は石の柱にロープを括り付けてから降りていった。

 

「ワタシも先に行くのデス」

 

 キャットもそう言って、猫になってから亀裂の中へ飛び込んでいった。

 大丈夫だろうかと思って見下ろすが、なんと、ロープを伝って降りている最中のイツミの肩に乗っていた。彼はとても迷惑そうにしているが、傍から見れば愉快である。

 

 この荷重を受けている石の柱を見るが、人と猫の体重を支えても尚微動だにしていない。これならば俺が降りても問題ないだろう。

 下の二人が底まで降りるまでの間、俺はここでじっと待つことにした。

 

 ……あ、そう言えば俺スカート履いてるじゃん。

 どうしようかと少し考えると、ロープを伝う二人に向けて声を張った。

 

「キャットー! 私スカートだから、その人の事頼んだよ!」

 

「ミャッ」

 

 猫語などさっぱり解らないが、この返事が了承の意だと察すると、満足して頷いた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「む、着いたのか、ケイお嬢?」

 

 ロープを伝って下まで降り、底へ足をつけると、後ろから疑問形の言葉をかけられる。

 その声に振り向いてみれば、彼の仮面の目にあたる部分が、キャットの肉球によって塞がれていた。

 

 なるほど、疑問形だったのは視界が塞がれていたからか。

 目線を少し見上げる様にすると、彼の頭上の跨るようにして乗っているキャットが、その身を屈めて前足を仮面の目に当てているようにしていた。

 

「ありがとう、もう良いよ、キャット」

 

 降りている最中の2人の様子も微笑ましいものだったが、この様子も中々である。

 

「にゃ」

 

 その可愛らしい様子を眺めるのも、キャットがイツミの頭上から降りることで見納めだ。

 

「む、なんだ、その笑顔は?」

 

「あいや、気にしないで」

 

 顔に出ていたか、と指摘されてから気付き、慌てて表情を正す。

 

「視界が復活して、早速お嬢さんの笑顔が見えたものだから、思わずドキっとしたぞ」

 

「……そう」

 

 万が一にも惚れられたら、グーでもしてやろうか。

 

 そんな事は兎も角として、気を取り直す。

 そこらを眺める様に視界を巡らせてみるが、差し込む陽の光は弱々しく、先日訪れた森の暗闇ほどでは無いが、それなりに暗い空間であった。

 

 しかし、ダンジョンらしき物は見当たらない。それとも、この場所が既にダンジョンの領域なのだろうか。

 

「……どうすれば良いのかな?」

 

「うむ、どうやらここはまだ玄関前らしい。まずは玄関を探さねばな。キャット、頼むぞ」

 

「にゃ」

 

 キャットは短く返事をして、耳をキョロキョロと動かしながら歩き始めた。

 あの耳で魔力を感じ取っているんだろうか、と思いつつ、俺たちは後を付いていく。

 壁に何か壁画があるわけでもないし、これでは只の亀裂である。

 

 

 しばらく歩いたところでキャットを先導とする俺ら3人は立ち止まった。

 キャットが突如として立ち止まり、周囲のあちこちへと目線を移していた。

 

「どうした、キャット」

 

 イツミがその様子を見て、声を掛けた。が、キャットはそれに反応せず、ただ周囲を見渡し続けている。

 

「……集中しているな」

 

「そうなの?」

 

 見慣れない家に連れ込まれた野良猫の様子にも見えるが、まあ飼い主がそう言うのならそうなのだろう。

 無事()()を見つけられるか、心配と言うほどでも無い感情を込め、見守っている

 

 

「……見つけたのデス」

 

 突然、キャットが人化してからそう言った。

 

「……何も見えないよ?」

 

「いえ、見づらいだけなのデス。この岩が入り口を塞いでいるのデス」

 

 そう言い、岩に指を向ける。よく見ると、確かに隙間のようなものが見える。

 この裏に入口があるのならば、あの岩をどうにかして動かす必要があるだろう。

 

「ケイお嬢、魔法でどかせるか?」

 

「試してみる」

 

 ストーンツリーの魔法なら、と思って詠唱を始めた。

 あの魔法は地面から生えるように発生するから、上手く使えば持ち上げてどかせるかもしれない。

 

「『ストーンツリー』」

 

 十分な詠唱時間になると、早速発動させ、その様子を見た。

 岩の真下で伸びるようとする柱は、その為の弊害となる岩を退けようと押し付けたものの、押し負けてしまった。

 その結果、柱は岩をよけるように、ぐにゃりと曲がって伸びた。

 

「へえ、こうなるんだ」

 

 面白い現象が起きた。これを応用すれば、好きな形の柱が作れそうだ。なんて内心にて期待するが、今はそういう場面ではない。

 

 結果的に岩はほんの少しずれたものの、余計に柱が増えただけで終わった。

 

「無理、か」

 

「重すぎるかな。次の方法を試してみる」

 

 今度は、魔法をぶつけて移動させてみよう。

 適任なのは”ストーンアロー”か。

 

 この魔法を追加詠唱無しで放つと、アローの名に反して、3歳児の投げるボールのような速度で飛んでいく。

 しかし追加詠唱を重ねると、その時間に比例して速度が上昇する。

 

 幾ら質量の少ない物体でも、音速を超える速度でぶつけてしまえば、それこそゴリラ3匹が同時に突撃するような威力をもたらすだろう。

 ……多分。

 

 残念な事に、この世界はシステムで動かされている。物理演算も、それに合わせて現実とは違ってきているかもしれない。

 だが、このゲームはリアル志向のシステムが多々見られるし、この方法を試みるのも無駄ではない。

 

「……」

 

 まだ追加詠唱を重ねる。

 音速を超える弾速になる詠唱時間なんて把握していない。それこそ20分間の詠唱が要る可能性もある。

 ……いや、それは流石にないか。物理学の知識が頭に残っていれば、大体の値が求められるかもしれないが、覚えていない物は無理だ。

 

 まあ、2回目を放つMPが無いわけじゃない。適当なタイミングで放ってから様子を見れば良いか。

 

「……『ストーンアロー』!」

 

 直後、物体が手元に現れたと()()する()()、それは目標の岩の表面を叩きつけた。

 

 かなりの速度だ。目にも留まらぬ速さとは、正にこのことだろう。

 しかし、未だ鎮座する岩を見ると、あんまり有効ではなかったのが分かった。

 

「ふむ……、表面を削るだけか」

 

「うーん……」

 

 俺の魔法では、ゴリラ3匹分のパワーを捻り出すことは不可能だったらしい。

 レイちゃんならば、3匹どころか5匹分のパワーを出せるかもしれない。

 だからといって、呼びに行くなんてことは出来ないが。

 

「ねえ、どうするの? これ」

 

「高威力の爆弾でも持ってくるか。一度戻ろう」

 

「分かった……って、あのロープで登るの?」

 

「む、決まっているだろう。階段が用意されていると思ったか?」

 

 ……この高さを登るのか。

 

「うう、面倒だなあ」

 

「ワタシはご主人の肩を借りるのデス」

 

「自分で登りなさい!」

 

「……ふくくっ」

 

 このやり取りが面白くて、これからあのロープを登るという事を忘れ、思わず笑ってしまった。

 

「じゃ、戻ろ戻ろ」

 

 笑い混じりでそう進言すると、降りてきた場所へ戻ろうと、足を進め始める。傷の付いた岩を背にして歩き出そうとした。

 

 

「……っ!」

 

 直後、俺の前で歩いているキャットが、全身を跳ね上げるようにして振り返った。

 

「お姉さん!」

 

「え?」

 

 俺に駆け寄ると、腕を掴んで引っ張りだした。

 

 キャットは何のために俺を引っ張っているんだ?

 背中に受けた大きな衝撃を受けてから、俺はようやく理解した。

 

「ケイお嬢!」

 

 仮面でくぐもった声が耳に届く……が、しかし、その声は俺の意識には届かなかった。




見直しして気づいた。描写が薄いし、駆け足気味だ。直す気も出ないけど。
追記・と言いつつ直してしまう。

あ、次回はタイトル詐欺卒業します。


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08-ウチのキャラクターの覚醒

「ケイお嬢!」

 

 後ろから大きな拳で叩きつかれた彼女は、その衝撃で吹き飛ばされた。

 

「岩に擬態したゴーレムなのデス!」

 

 先程まで自分たちがどかそうとしていた岩は、足をその下から生やして立っていた。

 腕も生えているが、両腕の内片腕にだけ、異常に大きな拳が形成されていた。

 

 その拳で攻撃されれば、彼女のように吹き飛ばされてしまうだろう。

 

「一旦距離を取れ!」

 

「にゃ!」

 

 キャットが猫に戻り、その形態特有の俊敏な走りでゴーレムから距離を離した。

 そしてイツミも距離を取って、キャットに向けて新たな指示を出した。

 

「召喚の時間を稼ぐんだ!」

 

 応答を待つまでもなく、イツミは詠唱を開始する。

 

 キャットは無言で頷いてから、魔法を発動した。

 すると、その小さな体が緑色のオーラで包まれ、その直後にゴーレムの方へ立ち向かった。

 

 自分の肩に乗るほど小さな身体のキャットと、対して同じように肩に乗せてしまえば、むしろ自分が潰れてしまうであろう大きさのゴーレム。

 その2者が対峙すれば、一見するとゴーレムの方が強そうに見える。

 

 だが、戦いとはそう簡単なものではない。

 

 ゴーレムは鈍い動きで前進するが、猫は素早い動きで飛びかかる。

 迎撃しようとゴーレムは拳を振るう。しかし、その動きはキャットにとってハエが止まるような遅さであった。

 キャットはその腕に飛び乗ると、まるで木登りでもするように駆け上がっていった。

 

「……!」

 

 キャットが自身の体に乗ったと認識したゴーレムは、振り払おうと腕を動かし始める。

 しかし、いくら振り払おうと身をよじっても、キャットは一向に離れない。

 

 ゴーレムは、只の岩をくっつけて作ったような造形だ。

 そのため、一挙一動に岩の擦れる重い音がついてくる。

 

「ニャアア!」

 

 叫び声にも似たキャットの一声の後、ゴーレムの周囲に強風が発生する。

 キャットによる風魔法だが、それなりの重量を持ったゴーレムにとっては、少し踏ん張るだけで済むような攻撃だった。

 

 風魔法による強風が止むと、ゴーレムがキャットを振り払おうとする動作を止め、そして何もなかったかのように足を進め始めた。

 

 その様子を確認したキャットは、召喚の詠唱中のイツミを一瞥する。

 

 元々召喚魔法というのは、非戦闘中に使うものだ。今のように戦闘中でも出来なくはないが、極めて長い詠唱時間を要し、その間前衛が負担がかかってしまう。

 

 しかし、キャットはその例には当てはまらない。

 負荷がかかるも何も、キャットではゴーレムにマトモな妨害やダメージを与えられない上に、たった今その事を察したゴーレムからはキャットに攻撃を仕掛けてこない。

 精々、キャットが魔法で歩いている所をよろめかせ、そしてゴーレムが身体にかかった水滴を振り払う様に身をよじる程度であった。

 

「ゴォォォ」

 

 岩と岩を擦らせ、首らしき部位を自分の居る方に回す。

 その方へ気を向けさせないため、キャットは妨害しようと、顔面に飛びかかった。

 

 しかし、いくら猫又でもこの質量差は覆せるものではない。

 キャットの飛びつきにすんとも言わないゴーレムは、真っ直ぐと術者の方へと足を進めていった。

 

 この時、イツミの仮面の下にある頬に、一筋の汗が伝った。

 目の部分に開いた穴から除き見える彼の瞳はゴレームをしっかりと捉えていると同時、そこから焦りの感情が見て取れる。

 やはり、この様な敵が相手ではキャットでは足止めできないと、先程から思っていたことを改めて確信したのだ。

 

 ならば詠唱を破棄して逃走するべきか。自身とキャット共に逃げ足が速いと自負しているのだが。

 そうだとしても、逃走する決断をすることは出来ない要因があった。

 

 向こうで意識を失っている彼女、ケイだ。

 

 彼女を置いて逃げてしまえば、追いかけるのを諦めたゴーレムは、彼女にとどめを刺すだろう。

 死んだ所で復活できるから、放置すればいいと言われればそれまでだったが、イツミのプライドがその判断を踏み留めさせる。

 

「……ッ」

 

 逃走するか、戦うべきか。

 未だに決意はその間で揺らぎ、詠唱を破棄できないでいる。

 

 自身では妨害できないと悟ったキャットは、ご主人であるイツミに視線を送っていた。

 そんなキャットに気づき、視線を返す。

 大方新たな指示を待っているのだろう。しかし足止めが出来ないとすれば、他に何かできるのだろうか。

 

 少し考えて、一瞬だけその視線をケイの方へ送った。そしてキャットに視線を戻す。

 それだけでキャットは察し、ゴーレムから降りてケイの方へ駆け寄った。

 その様子を確認すると、再びゴーレムの姿を見捉える。鈍足な敵だが、詠唱を完了しない内に追いつかれて、攻撃されてしまうだろう。

 

「……!」

 

 ゴーレムの一歩一歩による振動が、地面を通して足元に伝わってくる。

 キャットは上手くやってくれるだろうか。いや、上手く行っても無理かもしれない。

 

 キャットがケイを起こしてくれるまで、ゴーレムを相手をしなければいけない。

 そして彼女が気絶から回復すれば、3人共々に逃走する事ができる。

 ロープを登る時に隙を晒してしまうだろうが、何もしないよりはマシだ。

 

「お姉さん、起きてください!」

 

 人化したキャットが彼女を起こそうとしているのが、声としてこっちに届いてくる。

 ここまで大声張ってくれているんだ。すぐに起きてくれれば良いのだが。

 

「っく、距離を取るか!」

 

 ある程度近づいてきたゴーレムに対し、詠唱を破棄して距離を取ろうと走り出した。

 ゴーレムの背後でキャットが大声を出しているのだが、耳が無いから気付けないのだろう。それを気にしない様子で追いかけてきた。

 

 自分が走り出した直後、ゴーレムは立ち止まったのか、振動が止んだ。

 十分な距離を取った後に、足を止めてゴーレムの方に振り返ると、敵は確かにその場に立ち止まっていた。

 

 一体何があった?

 そんな疑問を抱きつつ、敵の様子を観察する。

 だがいくら見つめても、ゴーレムはその場に立っているばかりだ。

 

「一体何を……?」

 

 そう呟いて、ふと1つの考えが浮かぶ。

 魔法の詠唱中に動くことが出来ないのと同じように、あのゴーレムもまた———

 

 同時、ゴーレムから人ほどの大きさの岩が発射された。

 まさかの考えが正解だと驚愕しつつ、反射的に横へ避けようとするが、間に合わない。

 

 左半身に受ける衝撃に負け、半ば叩きつかれるように尻餅をつく。

 辛うじて芯に受けなかったから、大きなダメージにはならなかった。

 

 しかし……不味い。

 

 ただのゴーレムだと思っていたが、まさか魔法を使うとは。

 先入観故の誤算に嘆いていたいが、その時間も許してくれないだろう。

 ゴーレムが再び詠唱を始めたのか、その場に留まり続けている。

 

 このまま魔法をマトモに受けてはいけない。

 発動のタイミングを見極めさえすれば、この細長い一本道の空間でも十分に回避できる。

 まあ、しくじってしまえば食らうだろうが……。

 

「グゴゴォォォ」

 

 大岩を擦らせて出る、雄叫びのような音に思わず仮面の下の眉をしかめる。

 気合を入れている動作に見えないこともない、何か大きな魔法でも放つのか。

 嫌な予感の直後、横に大きく移動。すると元いた場所に、ゴーレムの身体に近い大きさの大岩が飛んできた。

 

「うっ……!」

 

 飛び出るように大岩の軌道から離れると、魔法は地面や壁に当たったのか、岩が割れて崩れるよううな音が聞こえてくる。

 質量弾という単語を当てはめるにしても枠に収まりきれない程のサイズだ。余波だけでも思わず怯んでしまうのだから、直撃すればひとたまりもない。

 

 次の攻撃に備え、再びゴーレムの姿を視界に収める。

 

 本来は召喚した仲間に戦わせる職業である自分に、この状況は防戦一方に努めるしか無い。

 反撃もせずに避け続けているが、何時か被弾することは避けられない。

 

 瞳も口もない顔でこちらをじっと見つめるゴーレムに対し、俺は敵の背後に居る二人に瞳を向けている。

 

「ケイお嬢、早く起きてくれ……!」

 

 果たして、その願いは自分の足が地面を踏みしめている内に叶うのだろうか。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 何時かの始まりに似た漆黒の空間に、俺の意識は閉じ込められている。

 漆黒だけの空間に、光はどこにもなかった。

 

 瞼を閉じても、遮る光が無ければ目に映る光景も変わらない。

 

「……?」

 

 突如、目の前に文字列が浮かんでくる。

 

『警告:異常により、一時中断しています』

 

 異常?

 ……ああ、ステータス異常のことか。

 確かキャットに腕を引っ張られた時、後ろから何か大きなもので叩かれた……と言うより、吹き飛ばされたんだっけか。

 きっと、このステータス異常とは”気絶”のことだろう。

 気絶中はこんなメッセージが出るのかと感心するが、何時までこの空間に居るままなのだろう。

 

 俺が気絶するほどのことがあったのだから、キャットや変態仮面、もといイツミに危機が迫っているのかもしれない。

 早々と復帰したいものだが、自ら復帰するにはどうすれば良いのか。

 

 VRでは無いゲームならば、コントローラーのスティックやボタンをガチャガチャとすれば、復帰までの時間を短縮できるだろう。

 だがVRゲームではどうすれば良いのか。

 この空間の中で激しい運動でもすれば良いのか?

 

 試しに、腕を振り回しながら飛び跳ねてみる。

 ある程度続けているが、俺の目前を陣取るようにメッセージがついてくるだけで、何の成果もなかった。 

 諦めて、この滅茶苦茶な動きを止めて、また棒立ちの姿勢に戻る。

 

 さて、どうしようかと悩んでいる所で、突如としてこの空間に”声”が出現した。

 

「”光”の無い空間には、時もまた存在しない」

 

「?」

 

「しかし、空間には”闇”がある。故に空間が存在する」

 

 なんの予兆も無く、少女の声が漆黒の空間に響く。

 反響する壁や床なんて無いのか、その声はどこかからエコーとして返ってくることはなく、ただこの空間に声が広がる。

 

「えっと?」

 

 この時、この空間で初めて自分の声を自覚した。

 それは男の声だったが、”ケイ”の声に慣れてしまっていて、この声が自分の声だと気付く事は難しかった。

 結果、その「気付き」は数秒遅れる事になる。

 

 その数秒後、ようやく「気付き」得た俺は、心臓を大岩で叩きつけられたような衝撃を受ける。

 

「俺の……声?」

 

 確かめる様に声を捻り出した後、また新たな”気づき”が現れる。

 

「あの声は……!」

 

「……くす」

 

 この少女の声は、”ケイ”の声だ。

 自分が発する声を聞くのと、それを録音して聞くのとでは意外と声が違って聞こえるのは、あらゆる人が知っていることだと思う。

 だから、よく聞かなければこの声がケイだとは分からなかった。

 

「ケイ……!」

 

「―――それじゃあ」

 

 その言葉に答えることはなく、ただ別れの言葉を残していった。

 直後に、まるで図ったかのようなタイミングで、目の前で陣取るメッセージに変化が現れた。

 

『警告:致命的ではない重大な異常が発生しました。5秒後に同調を解除します』

 

 致命的ではない重大な異常、というよく分からない文章に混乱する。

 

『警告:致命的ではない重大な異常が発生しました。4秒後に同調を解除します』

 

 この時、ようやくこのメッセージが伝えようとしている事を理解した。

 

『警告:致命的ではない重大な異常が発生しました。3秒後に同調を解除します』

 

 運営はこの問題に対して対応してくれるだろうか、と嘆いた。

 

『警告:致命的ではない重大な異常が発生しました。2秒後に同調を解除します』

 

 そしてカウントダウンの中、疑問を抱く。なぜ彼女がケイなんだ?

 

『警告:致命的ではない重大な異常が発生しました。1秒後に同調を解除します』

 

 だって、彼女は―――――

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「お姉さん!」

 

「ん……んう?」

 

 なにか夢を見ていたような気がして、そしてその記憶は砂のように崩れていく。

 意識が現実へと引き戻され、そして目の前に可愛らしい女の子の顔が見えるのに気付いた。

 

「お姉さん! やっと起きてくれたのデス!早くこの場所から逃げるのデス!」

 

「……えっと、お姉さんってことは、妹?」

 

「そんな冗談は抜きで、逃げるのデス!」

 

 起きて早速ピンチ?

 なんて強烈な目覚ましだろう、眠気も一瞬で吹き飛んだ。

 

「何が起きて……いや、良い」

 

 質問の言葉を最後まで言い終える前に、周囲を見渡して状況を把握した。

 あのゴーレムが、あの仮面の人と戦っているようだ。

 何故真昼間の下で真っ黒な服装なのだろう。私は1秒もせずこの人間を変態呼ばわりする事に決めた。

 

「ご主人が足止めしてくれてるのデス!走るのデス!」

 

 成る程。あの様子を見ると、変態の方が不利なようだ。

 

 しかし困った。どちらも見ようによっては敵だから、どちらが味方なのか解らない。

 この猫耳の子に訊けばいいかな?

 

「ご主人って、あの仮面の方?」

 

「そんなの当たり前なのデス!記憶でも飛んだのデスか?!」

 

 その猫耳の一言で、私は苦笑いをこぼした。

 どうも、そういう事らしい。

 

「という事は、あのゴーレムが敵なんだ」

 

 最早確認を取る必要も無いが、一応訊いてみた。

 そうしたら、すごい形相で私を睨みつつ頷いた。可愛い顔をしているのに、そんな表情しちゃったら勿体無いよ。

 まあ良い、そうと決まれば早速行動だ。

 

 立ち上がって、服のあらゆる所に付いた砂ホコリを払う。

 そして、目を閉じて詠唱を始める。

 

 頭の中で、これから放つ魔法の形をパパっと構築すれば、ほら、完成。

 簡単にやってのけた魔法の構築、けれど念のために、正式な詠唱までは済ませておく。

 

「『ドラゴンステーク』」

 

 直後、ゴーレムの足元から赤い光が放たれ、光が熱に変わるかのように、大きな炎が舞い上がり始めた。

 竜を燃やし尽くすには十分な火力のそれは、ゴーレム相手でも例外ではなかった。

 

 岩の身体の一部がオレンジ色になったかと思うと、融点に達した部分から解けていく。

 

「にゃ……?!」

 

「ふふん」

 

 横で驚きを隠せないでいる猫耳の女の子に、私は自慢げに鼻を鳴らす。()()でも魔法は十分使えるらしい。

 どうだ参ったか。いや、この言葉はゴーレムに向けるべきか。

 

 しかしそのゴーレムには耳が付いていないし、声を出したとして聞いてくれるかどうか。

 そんなどうでもいいことで迷っていると、ゴーレムの身体の大半が液体となった。

 どうやらこの一撃で倒したらしい。

 

 自分で生み出した炎の海を収めるが、溶けた岩がいまだに残っているから、さっさ冷ませる為にまた魔法を使おうと詠唱する。

 

「熱いと危ないからね。……『水を』」

 

 魔力を操作し、簡単に大量の水を構成させると、それを溶岩めがけて飛ばした。魔法の使い勝手は変わらないことはわかったから、今度は簡単な詠唱だけ。

 そうすると、とんでもない蒸気を噴出させながら、溶岩は瞬く間に赤を失い、岩に戻っていった。

 

「はいっ、もう脅威は消え去ったよ」

 

 大量だった水も、大半が蒸発してくれたおかげで、靴底が濡れる程度にまで水がなくなっていた。

 

「お、お姉さん……!」

 

「ん、どうしたのかな?」

 

 目を見開いて、驚愕と言わんばかりの表情で私を見ている。

 

「ほ、本当に凄いのデス!そんな魔法を習得していたんデスね!」

 

「凄いでしょ?」

 

 褒められるのに悪い気はしない。ただ、最近はそんなことを言われることが少なかったから、なんだかくすぐったい。

 

「あ、ご主人!」

 

 彼女があっちの方に声を上げたと思ったら、そこから一人の男がやってきた。

 ゴーレムと戦っていた仮面の変態だ。

 

「大丈夫だった?」

 

 私には記憶のない人だが、向こうは知り合いかのように接してくるから、きっとこちらでは知り合いなのだろう。

 心配するような言葉を投げかけるが……、仮面の身体にはあちこちに傷が目立つ。

 とても無傷とは言えない状態だ。

 

「うむ、大丈夫だが……ケイお嬢はそんなに強かったのか?」

 

「まあ」

 

「あ、そういえばお姉さん。記憶は大丈夫なのデスか?」

 

 そう言われて、”ああそうか”と思い出す。

 彼女には私が記憶喪失に近い状態だと思われているんだ。

 

「記憶……っ、それは本当か?!」

 

「ええっと、まあちょっとだけだけど……、忘れちゃったこともあるかな」

 

 実を言えばちょっとどころじゃなく、全く無い。だがそれも致し方なしだ。

 

「……例えば?」

 

 問い詰められて、私はビクリと視線を逸らす。

 

「試しにワタシの名前を言ってみるのデス」

 

「……嘘ついた。何にも覚えてない」

 

「まさか、本当に記憶を?」

 

「これは面倒なコトになったのデス……」

 

 仕方ないことなんだけど、ちょっと申し訳ない気分になって、二人の視線から逃げるように下を向く。

 

「ならば、ケイお嬢。このポーションに見覚えはあるか?」

 

 そうして差し出された青いポーションを見て、首を横に振る。

 ピンク色のリボンで装飾された魔力のポーションの様だけど、勿論私に覚えはない。

 

「これは参ったな……」

 

 どうやら、このポーションについての記憶が無いことは、彼らにとって大きな不都合が生じるらしい。

 もしかして、私にとって大事なものだったのだろうか。リボンがついているかから、誰かからのプレゼントだとは思うんだけど。

 

「ねえ、もしよかったら、意識を失う前までの事を教えてくれない?」

 

「……その必要があるだろうな。分かった、ワタクシとケイお嬢が合流した時の事から話そう」




覚醒は覚醒でも、気絶や眠りから覚める方の覚醒です。


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09-ウチのキャラクターと俺の再会

 頭を包む冷たく固い感覚。

 そんな感覚を与える物を両手でつかみ、持ち上げると、部屋の照明の光が目に飛び込んできた。

 

 しかし、今の俺は”心ここにあらず”というに相応しく、ぼーっとVR装置を膝の上においたままにしている。

 

 一体何が起きたのか、ただそれだけが俺の頭に浮かぶ疑問だった。

 

『ケイ』

 

 最初は彼女と、さっきまでは私と、そして今は彼女と呼ぶべき人物の名だ。

 しかし、その名をいくら呼び掛けようと、彼女が創作上の人物である限りは、返事が帰ってくるようなことはあり得ない。

 

 ……そう、創作上の人物が、俺に声をかけるなど出来ないはずなのだ。

 

 

 いくら考えても解らない。理解に及ぶ事ができるのは、最早ゲーム制作者ぐらいだろうか。いや、もしかしたら彼らも匙を投げそうな物だ。

 

 ふと、見下ろしていた視界に自分のスマートホンが見えて、それをなんとなく手に取った。

 

 画面を表示すると、メールの通知が1つ送られていたことに気づく。

 

『件名:強制同調終了のお知らせ

 

 「ヴァーチャル・ファンタジー」VR事故防止チーム

 

 このメールはVR装置との強制同調解除が行われたお客様の「親族」に設定されたEメールアドレスと、本人のEメールアドレスに送信されます。

 

 アカウント名「SOYA」のVR装置との強制同調解除を、6月11日 20時28分12秒に実行されました。

 障害、又は命に関わる影響はありません。

 

 不具合のログ、またはフィードバックの送信はこちらのページへ↓

 www.-----------.com/-----/-----/

 

 もしこのメールに心当たりのない方は…

 ~~~~~~~~~~~~~~』

 

「創也!」

 

 突如、自室の扉がぶっ飛ぶかのような勢いで開かれ、母が入ってきた。

 止めてくれ。この扉が壊れてしまったら、只でさえ緩い対母セキュリティが更に緩くなってしまう。

 

「大丈夫なの、怪我は?!意識は?!」

 

 頭の中でジョークをかましても、テレパシー能力が無い内には母に伝わることは不可能だ。

 当然の事実を前にした俺は、諦めてスマホのとあるアプリを起動して、文字を入力する。

 

『大丈夫だよ、安心して』

 

 笑顔で、しかし決して口は開かぬままに、その文章を母に見せた。

 その様子を見た母は、1秒とちょっとの硬直の後、緊張を吐き出すようにため息を付いた。

 

「本当に……っ、心配をかけるんだから、もう!」

 

「……」

 

 いい年こいてゲームのヒロインが言いそうなセリフを吐くんじゃない、母よ。

 もし機会があったら、ケイとして使ってみたいものだが……。

 

 ……そう、ケイ。いま俺の中で大きな問題となっているのが、彼女の事である。

 何故彼女があそこに居た?

 

 なにかこの疑問を解決してくれるものはどこかと思い、周囲を見渡す。目的の本は見当たらなかった。

 母がそれを持っているのかと思い、スマホにテキストを打ち直し、見せる。

 

『あの本は何処? 夕食の時見せてくれたの』

 

「こんな時に本の心配? もう、いつの間に私の息子は本の虫になったのかしら」

 

 緊張が抜けたおかげで、いつも通りの調子で話す母だが……残念ながら、俺は本の虫どころか、女の子にまで進化している。

 そんな事はともかく、その女の子の事が記された本の在り処だが。

 

「それなら居間に置きっぱなしよ」

 

 成る程、そう言えばその場所に置いていた記憶がある。

 スマホに感謝を打ち付けてから、それをその場に置いて部屋を出ていった。

 

『d( ̄  ̄)』

 

 

 居間のカーペットの上で歩を進め、テーブルの上にあるそれを手に持った。

 目的の物、我が黒歴史ノートである。

 それは結構なページ数だが、その中の内1枚のページを目指してノートをめくる。

 

 そしてたどり着いたのは、彼女の項目……ケイのことが記されているページだ。

 このページに書かれている情報は、現実世界で数時間前に見た時と同じである。だが、他のページはよく見ていなかった。

 もしかしたら、ケイの情報が他にも書かれているかもしれなかった。

 

 キャラクターのページの他にも、見るのも恥ずかしいような出来のラノベのような物が書かれたページもあった。

 一応と思い、ケイという名前を探しつつ読み込んだ。が、居ない

 

 ……恐らく、彼女の事はあのページにしか書かれていないのだろう。

 そもそも、彼女があの場に出てきた理由は、この本を読むぐらいじゃわからないかもしれない。

 

「……」

 

 もう一度あの世界に行ってみるか?

 しかし、一度は強制終了されたのだ。母を心配させるだろう。

 とは言っても、気になる。母には悪いが、ケイと母の事を天秤に載せたら、ケイの方に傾くことだろう。

 

 ……とりあえず、自室に戻ろう。

 

 

「おかえり」

 

 家の中の部屋を行き来しただけで、”おかえり”などとは奇妙なものである。

 さあ、それはともかく、このVR装置をまた使いたいのだが、そうすれば我が母は黙っていないだろう。

 

「……またゲームをするのかしら?」

 

「!」

 

 驚いた、まさか俺の考えていることを読むだなんて。

 たしかに同じ屋根の下、俺が生まれてきた頃からずっと見て来たのだから、俺の考えを読むことぐらい容易なのかも知れない。

 しかし突然図星を付かれた俺は、目をパチクリとして母の顔を見つめていた。

 

「あら、当たり?」

 

 そう言われて、パチクリとした目を元に戻し、代わりにはてと首を傾げる。

 むしろ確信を持って問いかけたじゃないんだろうか。

 先程本を探しに行った時に置いていった携帯を拾い上げると、自分の言葉をそこに打つ。

 

『なんでわかった?』

 

「なんとなく、よ」

 

 これは……参った。そんな物で思考を当てられたら、部屋のセキュリティの次は心のセキュリティまで見直さなければいけない。

 とは言えど、一体どんな対策をすれば良いんだか。

 

 とりあえず、あの装置を使用する理由ぐらいは述べなければ、そう簡単には許されないだろう。

 少し考えると、ほんの少し模造気味の理由を書いて見せる。

 

『向こうの友人を待たせている』

 

 これは一応の真実であるが、本当の理由ではない。

 

「……友達?」

 

 そう、友達である。

 正確には仮面を被った怪盗のことである。俺が気絶するほどの事があったのだ。彼らはどれぐらい強いのかは知らないが、少なくとも容易な戦いにはならない筈だ。

 だから、出来るだけ早く戻る必要がある。

 

 ……だが、それは本当の理由ではない。

 

「そう、友達が出来たのね」

 

『向こうでもボッチだとか思ってた?』

 

「……まあね?」

 

 ヒドイな。

 ……しかし、まあ、そう思われるのも仕方ないだろう。

 

『確かに、前はそうだったかもしれないけど』

 

 ”過去”も”今も”、俺の友達は一人も居ない。

 ……”記憶(過去)を失う前の俺”に、友達が居たのかは知らないのだが。

 

 

 

 

 

 ―――俺は、とある事故によって記憶の障害を負った。

 友人が心配して連絡してくることもなかった。……そもそも、その友人が居なかったのだろう。

 

 とにかく、その記憶喪失で言葉を失った俺は、新しい友人を作ることなどできなかった。

 結局今の俺は、現実で家族以外と関係をもつことはできなかった。

 

 

 ……だが、だからこそ。

 俺の意思から離れ、自ら言葉を発した彼女を。”自立したケイ”を、よく知る必要がある。

 過去の俺が作り出した彼女ならば、彼女もまた、”過去の俺”に関わる何かを持っているかもしれないからだ。

 

『戻っても良い?』

 

 俺の過去のために、俺は知りたいのだ。

 彼女のことを。ケイの事を。

 

「……良いわよ。と言うより、さっきのは創也自身に影響がなかったみたいだし、多分大丈夫なんじゃない?」

 

 ……驚いた、というより拍子抜けである。

 全く、無関心なのか、警戒心がないのか。母の場合は後者なのだろうが、この平和ボケした頭が心配だ。

 だが、今はその平和ボケした判断に甘えることにしよう。

 

『ありがとう』

 

 礼を伝えると、VR装置を手に取って、頭に被った。

 

「それじゃ、お休みなさい、創也。向こうで沢山、友達とお話してくるのよ」

 

 母の言葉が、装置越しに聞こえてくる。

 もし俺が喋れたのなら、こう言いたい。

 

 多分、1時間後には「おはよう」と言うハメになるぞ。

 

 だが、その言葉を伝えることは当然のごとく出来なかった。

 まるで眠りに落ちた瞬間のように、自分の意識は何処かへ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

『キャラクターサーバーの同調に失敗しました』

 

『キャラクターモデルの同調に失敗しました』

 

『キャラクターボイスの同調に失敗しました』

 

『キャラクターインベントリの同調に失敗しました』

 

『キャラクタースキルの同調に失敗しました』

 

『The character named "ケイ" is already exists in game world.』

 

 

 

『ヴァーチャル・ファンタジーへようこそ。

 You will synchronizing to DEBUG DOLL.』

 

 

 

 

「……っ!」

 

 硬い地面から身体を起き上がらせ、先程現れたメッセージに混乱する。

 表示されてから消えるまでの時間が極端に短くて、最後の”失敗”という単語しか認識できなかった。

 だが、明らかにエラーメッセージの類だと言うはなんとなく察せた。

 

 しかも、英語のメッセージまで出て来た。英和辞典や時間があればともかく、一瞬出現してから消えたから全く読めなかった。

 

 ……とりあえず、地べたに座っているわけにも行かない。

 立ち上がって、自分の姿を見下ろしてみる。

 

「これは……っ!」

 

 驚いた。

 俺の姿は何時ぞやのマネキン姿だった。

 

 そう言えば視点も若干高い。現実基準で言えば何時もと同じなのだが、ケイの時と比べれば、今のほうが高かった。

 

「なんでマネキンなんだ?」

 

 誰かに伝えるまでもなく質問を口に出すが、それを答えるものは誰もいない。

 

「……」

 

 自分の顔を触ってみる。

 目も、鼻も、口も、耳も。そして髪も無かった。

 

 自分の姿ではないとは言え、マネキンの姿だとは言え、髪がないと気づいて思わずショックを受けた。

 これではハゲである。いや、ハゲてないマネキンもどうかと思うけど。

 うむ、カツラを被ったマネキンなぞ見たこともない。ならばこのような頭なのは仕方ないか。

 

「うん、仕方ないな」

 

 さて、気を取り直そう。俺は自立したケイに会う為に来たのだ。

 

 周囲を見渡してみるが、この場所は亀裂の奥底にあるスペース。ダンジョンの玄関前だった。

 肝心のケイや、イツミやキャットはどこにも居ない。

 

 代わりに、気絶する直前までどかそうとしていた大岩が無くなっていた。

 

「もしかして、勝ったのか?」

 

 周囲に誰も居ないことを良いことに、遠慮なく独り言を口から放つ。

 

言葉が喉から出るという事が、どれだけ有り難いことか。

 ログイン当初も『ケイ』として言葉を発していたが、アレは自分自身の声じゃなかった。

 それ故に、俺は内心に喜びを秘める。この『俺』の声に。

 

 それは兎に角。

 俺をふっ飛ばした敵は、不意打ちだけはいっちょ前の奴だったのかもしれない。

 だとすれば、彼らが敵を打ち倒した結果、この玄関が現れたという事か。あの大岩がどのようにしてどけられたかは知らないが。

 

 ……とりあえず、もし彼らが生きていたら、このダンジョンの探索を始めているところだろう。

 彼らはどれぐらい戦えるかは知らないけど、俺を打ち倒した脅威を倒せるほどなのだから、問題ないのかもしれない。

 

 ならば、一先ずはこのダンジョンの中に入るとしよう。

 この姿で会ったら、どんな反応をされるかわかんないけど……その時はその時だ。

 

 

 

 

 歩く。歩く。

 時々分かれ道で立ち止まり、そしてまた歩き始める。

 

 どれ位歩いたのかも解らない。

 帰りのことをよく考えずに潜り込んでしまった。今から玄関へ戻ろうとしたって、きっと道もわからずに迷ってしまうだろう。

 帰りの事は後で考えるとして、ダンジョンの何処かに居る彼らをどうやって見つければ良いのだろうか。

 

「……あ」

 

 宝箱だ。しかし、その中身はすでに無くなっている様だった。

 そういえば、報酬は宝箱を分けるというものだったな。

 俺は気絶したっきりだったが、俺は無事に報酬を受け取れるだろうか。

 

 レイちゃんのポーションも、無事取り返せると良いんだが……。

 

「……っは」

 

 バカか、俺は。

 この姿でレイちゃんに会ったら、確実に驚かせてしまう。それに、これは”俺”だ。

 私として、ケっちゃんとして、レイちゃんと再会しなければいけない。

 

 

 ……そう言えば、このダンジョンの照明はどうなっているのだろうか。

 どこに行っても、壁に松明やランプが付いていたりはしないが、しかし問題なくダンジョンの中を歩き回れている。

 もしや壁自体が薄く光っているのだろうか。

 ダンジョンなのだから、そういった仕様があってもおかしくないが……。

 

「……光?」

 

 思わず小さく呟いてしまった。

 ここは明るい。だと言うのに、そこに”光”が在るのを見つけた。

 なんだろう、このワケのわからない感覚は。

 

 ……理解できないことは放って置こう。

 見れば、その光は炎の色、薄いオレンジ色の光だ。レイちゃんが持っていたランタンと同じものだろうか。

 

 もしかしたら、この光の持ち主があの先にいるかもしれない。

 そう思い、どこぞの街灯に群がる虫のように、光へ向かって歩いていった。

 こういうのを何て言うんだったか。確か、集光性?

 

 ……などと自分の中でよく分からないやり取りをしていると、俺はある声を僅かに耳にした気がして、集中を始めた。

 

「―――か――らない――ス……」

 

 この声は……キャット?

 だとすれば、あそこに居るのだろうか。

 

 ああ、やっと再会できる。

 後の問題は、この姿を見られて、どんな反応をされるかだ。

 

 ……きっと、どうにかなるだろう。

 それは、脳天気な母と同レベルの思考だという事に気づかぬまま、光の方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

<数十分前>

 

 

「……ということだ。思い出したか?」

 

 私が気絶する前までの状況を説明し終えた彼は、喋り疲れた様子でそう締めた。

 

「うん、思い出したよ」

 

 私はこの二人と合流する前、彼らにリボン付きのポーションを取られたらしい。

 そしてすり替えられる様にポーチに入れられた手紙に従った私は、合流を果たしたと。

 

 そうして出会ったのは、この仮面の変態、もとい”イツミ・カド”。そしてそのペットである”キャット”だった。

 

 まさか、この2人が私の持ち物を盗んでいただなんて。

 本来は力づくで奪うべきなのだろうけど、あのポーション1本に特に思い入れのない私には、そうするまでの意義が見いだせない

 

 ともかく、一本のポーションを人質として、半ば脅迫気味に合流した。

 そして、ポーションの返却とお宝の分配を報酬に、ダンジョン捜索、そして内部の調査の協力を依頼された。

 

 それが、()()()が辿ってきた過去らしい。

 

「それで、ダンジョンを見つけたっていう事は、これから調査って感じかな」

 

「うむ、そうなる……が、大丈夫なのか?記憶を失くしただなんて事があれば、これ以上の協力は頼みづらいのだが……」

 

「安心して。記憶以外は万全だから」

 

 気絶した時に負った傷も、ポーチの中に入っていた赤いポーションで回復できた。

 これなら問題なく戦闘も行えるだろう。

 持っている剣も悪くはないし、近接戦闘も大丈夫なはず。

 

「……なら、頼む」

 

「勿論」

 

 イツミ君は申し訳無さそうな感じにしているけど、別に協力をしない事になっても、どうせダンジョンに潜り込むつもりだった。

 どうせ入るなら、この人と一緒に入ったほうが退屈しないかな、なんて打算的な判断だ。

 それにキャットちゃんも一緒になるってなったら、問答無用で同行するね。

 

「ダンジョンに入る前に一度伝えておくが、基本的に敵に見つからないように行動する。もし見つかったら、頼むぞ、ケイお嬢」

 

「正面突破じゃダメ?」

 

「……ケイお嬢の腕なら問題ないかもしれないが」

 

「でしょ」

 

 私の魔法の技術は、正に70年を経て老いた魔法使いに相当する。いや、もしかしたらそれすらも超越するかもしれない。

 時間を巻き戻す魔法を必死こいて研究していたんだから、当然のことなのだけど。

 

「万が一にも私の力が及ばない敵が出てきたら、イツミ君の言うとおりにコソコソすることにするよ」

 

「……わ、分かった。先ずは隠れて敵の様子を見て、そこから強さを判断しよう」

 

「それじゃあ出発なのデス。私が先導するのデス」

 

 私とイツミ君の間に立って話を聞いていたキャットちゃんは、一足先にダンジョンの入り口を入っていった。

 私達も続くように、その入口へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 ダンジョン内の構造は、ちょっと分かれ道の多いだけの洞窟だった。

 道中にはこの環境によって魔種となったコウモリや、入り口で相手した物をそのまま小さくしたようなサイズのゴーレムが居た。

 

 勿論これらは脅威というわけではなかったから、適当な魔法でぶっ飛ばしながら進んでいった。

 

 それにしても、イツミ君は怪盗の真似事をしているというだけあって、気配の殺し方が中々に上手だ。

 少し粗があるものの、容易に敵の背後を取れる程の腕前を持っている。

 

「この先を見てくるのデス」

 

「うむ、任せた」

 

 そう言って、キャットは向こうへ斥候しに行った。

 私達が持つ光源のランタンから離れていくと、その姿は暗闇に溶けていく。

 猫耳を頭の上でピコピコさせているだけあって、猫らしく夜目が効くようだ。

 

 ……そうだ。

 

「ねえ、イツミ君」

 

「どうした、ケイお嬢」

 

「次の敵はイツミ君がやってみてよ」

 

「……無理だ」

 

 2秒ほどのラグの後、バッサリと否定された。

 これが告白だったらベッドで一晩泣いて過ごす所だった……。というのは冗談として。

 なぜ無理なんだろう?

 

「ワタクシが従えているペットは3匹。キャットは5感や魔力感知、そして隠密行動が得意だ」

 

「他の2匹は?」

 

「馬のホースと、竜のドラもんだ。それぞれ移動用と戦闘用だが……」

 

「へぇっ!竜なんて従えてるんだ!」

 

 驚きの事実である。竜は基本的に言葉を喋るが、そのプライドや闘争本能は特別な程だ。

 しかしどうやって?

 竜が頭を下げるのは力量が上の相手ぐらいだ。イツミ君じゃあ無理な話だとひと目で分かるが、どうやって?

 

「怪盗稼業で得た資金で竜の卵を購入したのだ。今もまだ幼く、しかも食べ盛りでな。今じゃこの洞窟には入れないほど大きくなっている」

 

 我が子の事を自慢気に話す父親のように、イツミ君は声の調子を良さ気にして語っていた。

 成る程、その竜を卵の頃から育てているのなら、竜も彼を親として見ているのだろう。なら納得。

 

 その食べ盛りなドラもんのお陰で、餌代に困った時期があるのかもしれない。大きな体を持つ生き物は、それ相応の食事が必要なのかもね。

 

 しかし、その竜はかなり強そうなのだが、そのサイズは既にこの洞窟に収まらない程になっているらしい。

 そうすると、竜はここで戦わせる事はできない。他に戦闘要員のペットが居ない彼は、猫を従えるカカシのようなものだ。

 

「ってことは、その竜はココじゃ戦えないんだね」

 

「うむ。付け加えるならば、キャットも単体での戦力としては微妙である」

 

「……そう」

 

 物すごく情けない男だ。

 彼から怪盗としてのスキルを引っこ抜いたら、只の変態仮面に成り下がってしまうだろう。今も既に変態仮面だけど。

 何がどう変態って、あのナリをしておいて――

 

「ケイお嬢、何か不名誉なことを考えていないか?」

 

「なーんにも?」

 

 笑って誤魔化す、この思考を明かすにも野暮だからだ。

 もし変態仮面以外の呼び名をつけるとしたら……、キャットタワー?

 うむ、何故だか分からないけど、言い得て妙だ。もし機会があったらこれをオカズにからかっても良いかもしれない。

 

 

「ご主人! オタカラ!」

 

 先行していたキャットが戻ってきて、この洞窟の中、ランタンが無くても分かるほどに目を光らせて報告してきた。

 

「な、本当かキャット!?」

 

「しかも2つ!2つ見つけたのデス!」

 

「でかした、早速行くぞ!」

 

「え、ちょっと?」

 

 彼の顔を横から見ていたが、仮面で隠れているはずの瞳が、ランタンの光にも負けないほどに鋭く光った……気がする。

 その光は気のせいかと思っていると、二人は先へと走っていった。

 

「イツミ君?」

 

 呼び止めようとしたが、彼らは構わず走っていった。

 止めるのを諦め、自分から追いかけると、宝箱を大事そうに抱えている二人の様子が目に入った。

 

「おお、ケイお嬢!見ろ、この2つの輝きを!」

 

 何故こんな洞窟の中に宝箱がポツンとあるのか、かなーり違和感を感じる。

 ……が、まるで贈り物のぬいぐるみを抱く子供のような二人の様子をみて、その違和感もどこかに飛んでいってしまった。

 代わりに大きな違和感が新たに生まれてきたけど。

 

「ちょっとだけ、いやかなり変だよ、二人共」

 

 キャットちゃんは可愛いから兎も角、変態仮面は変態の枠を飛び出しかけている。最早変態を超えた存在だ。アルティメットだ。

 

「ええっと……、回収したら次行こう?」

 

「うむ……おお、黄金が沢山入っているぞ!」

 

「こっちはとっても魔力が篭っている剣が入っていたのデス!」

 

 見た感じ豪華では無いが、キャットちゃんの言うとおり、それは”魔種化”した剣であった。

 そしてその属性は……、

 

「地属性?」

 

「地属性……?まさかケイお嬢、鑑定スキルを持っているのか!」

 

「へ、鑑定スキル?」

 

 スキル?

 そう疑問に思いながら、質問に応える。

 

「ま、まあ、少しだけ分かるよ。それ以上はムリだけど……」

 

「……そうか、鑑定代の節約になると思ったのだが」

 

 私の答えて肩を落とす彼だが、すぐに立ち直ると、私の目を見て、

 

「よし、次の場所へ征くぞ、キャット、ケイお嬢!」

 

「おー!なのデス!」

 

「……おー?」

 

 飼い主に似るのは、どうも犬に限った話じゃないらしい。

 それぞれ黄金と、魔剣を大事そうに抱える二人を見て、私はそう確信した。

 

 

 その後も、順調にダンジョン内の調査……と言うより、空き巣と呼ぶべき工程を順調に進めていった。

 

「あ、スケルトンが出たのデス」

 

「『ストーンバレット』。はい、行こ」

 

 新手の敵も問題なく処理し、ダンジョンの深いところまで足を進めていく。

 正直言うと、このダンジョンの敵は期待外れなぐらい弱かった。私が強くなるという目的は、この場所では果たせないと思えるほどだ。

 

「宝箱を見つけてきたのデス!」

 

「でかしたぞキャット!」

 

 戻ってくるキャットちゃんと、その収穫を喜ぶイツミ君の二人の様子をぼーっと眺めながら、ふと私は口を開く。

 

「ねえ、これの次の宝箱を見つけたら、帰らない?」

 

 収穫の分配とかポーションとかどうでも良いから、さっさとココを出たいなあとか願いつつ、問いかけた。

 

「む、そうだな……、これ以上の収穫を望むのも良いが、そろそろ潮時だろう」

 

「えー」

 

「また次に来れば良い、キャット」

 

「……わかったのデス」

 

 よっしゃ、と内心ガッツポーズをとる。

 ココを出たら、もっと強いモンスターの居る場所を探すとしよう。

 

「その時はまたよろしく頼めるか?ケイお嬢」

 

「え?やだよ」

 

 弱いのしか居ないダンジョンとか、お金稼ぎぐらいにしかならない。

 相当の理由がない限り、この場所に戻る気は全く無い。

 

「そうか、まあこの依頼は今回限りだからな。次は大きなエサ(報酬)を用意するとしよう」

 

「そう?……じゃあその時は話だけ聞くよ。話だけね」

 

「受け入れてくれる所まで約束してくれれば、我々としては助かるのだがな」

 

 イツミは冗談っぽく言ってから、今度はキャットちゃんの方に視線を……アイコンタクトを送った。

 それを受け取った彼女は頷くと、さっき来た道の方へ振り返る。

 

「それじゃあ、帰り道を案内するのデス」

 

「頼む」

 

 そうして、キャットちゃんを先導に、私達一行は撤退を始めた。

 宝箱を探し当てたことによる成果は、イツミ君のバックパックに大量に詰まっている。

 ちなみに、岩属性の剣は報酬の一部という事で私が貰っている。

 

 それにしても、そっか。

 今更気づいたことなんだけども……、

 

「こっちのダンジョンは結構違うんだ……」

 

 それは当然のことなのだろうけど、それでも違和感を感じざるをえない。

 

「どうしたのデスか?」

 

「ううん、なんでも。そういえばキャットちゃんって、確か魔力を感知できるんだったね」

 

「なのデス。ダンジョンを流れる魔力は基本的に最深部へ向かうので、それを上っていけば出口なのデス」

 

「へえ、なるほど」

 

 要するに、空気中に魔力が漂っている、ということなのかも知れない。

 

「良かったら、詳しい説明をしても良いんデスよ」

 

「んや、別に良いよ」

 

「……そなのデスか」

 

 知恵自慢をしたい御様子のキャットちゃんは、私の言葉に落胆した。

 後々研究でも調べ物でもすれば、十分に知識を得られる。わざわざキャットちゃんが説明する必要はない。

 

 私が作った魔法はこっちでも使えるみたいだし……。

 

「収穫の分配の話は外に出てからにしようか」

 

「うん」

 

 

 

 

 無言と、3人分の足音、そして時々敵と魔法が飛び交う帰宅路の中、ふと、私達は足を止める。

 先導していたキャットちゃんが足を止めたのだ。

 

「どうした、キャット?」

 

「……人?」

 

 いつもの様に敵を見つけたのではなく、どうやら”人”を見つけたらしかった。

 私達と同じく、宝を求めてやってきたのだろうか。

 残念ながら、入口付近の宝は殆ど私達が回収してしまったのだが。

 

 耳を澄ましてみれば、確かに足音がコツコツと洞窟の中で響くのが分かる。

 

「同業者?」

 

「このダンジョンを知っているのはワタクシ達だけとは限らない、ライバル(商売敵)の可能性は大きいだろうな。キャット、人数は?」

 

「1人しかわからないデス……でも、なんかおかしいデス」

 

 おかしい、という言葉がキャットちゃんから出てきて、イツミ君ははてと疑問する。

 

「何がおかしいのだ?」

 

「……よく分からないのデス。」

 

「ふむ……」

 

 まあ、警戒するに越したことはない。人の性質にもよるけど、私達が持っている宝を奪おうと襲うかもしれない。

 もしそう言う事になったら……対人戦闘は結構経験があるし、なんとか……?

 

「方向は分かりませんが、近い所に居るのデス」

 

「そうか。戦闘準備だ、ケイお嬢」

 

「……」

 

 ……噂をすれば影、という言葉があったか。

 私が持っているランタンを向こうに投げ飛ばした。

 

 間違いなく、そこに”居る”。

 キャットちゃんは分からないようだけど、私にはこの”気配”がハッキリと分かる。

 

「居る」

 

 ランタンは投げられた勢いのままに転がり、そして”何者か”の足元にたどり着いた。

 

「んな……!」

 

「あれは……人が、人じゃないのデス!」

 

「人じゃない……人形、か?」

 

 人の形をしている。けれど、人とは呼べないそれの姿は、正に等身大の人形(マネキン)と呼ぶべきだ。

 関節にあたる部分はボールを挟むような形、いわゆる球体関節になっていて、その全身は人の肌とは思えないような白い光沢がランタンの光を受けていた。

 頭には口も瞳もなく、ただ輪郭だけがあった。

 

「………」

 

 ”マネキン”は、”ケイ”をじっと見つめていた。

 その視線に、一体どんな意図が込められているのだろうか。

 

 

 自らが書いた絵を評価するように見る絵師の視線か、

 決闘の場でお互いを見つめ合う剣士の視線か、

 作り上げた砂の城を見上げる子供の視線か、

 

 

 あるいは……

 

 

 永い年月を経て再会した友人の視線か。




伏線は貼ったつもり、この設定も一番最初からあった。
けど、どうしても突然すぎる展開に見える……。

あ、今回は両者の視点を前後半に分けて別々に投稿するつもりでしたが、結局結合しました。

追記
イチから書いた方が早いようなレベルの変更を行う予定アリ。

追記
上記の予定はキャンセル。


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10-ウチのキャラクターと俺の記憶

 ―――ケイだ。

 

 銀髪のポニーテール。

 灰色の短めのマント。

 白いシャツの上に重なる革の防具。

 

 間違いない。

 彼女は”ケイ”だ。

 さっきまで俺が使っていた”キャラクター”だ。

 

「マネキン……?」

 

「ケイお嬢、警戒してくれ!」

 

 イツミの言葉に、ケイは鞘から剣を抜いて、こちらへ向けた。

 見覚えのない剣だ。きっと、このダンジョンで拾ったのだろう。

 

 しかし、そうか。

 イツキの依頼の為、彼女はイツミ達と行動していたのだが、その”役”を引き継いでくれたようだ。

 

 ……不思議な気持ちだ。これはリレーでバトンを無事渡した時の気持ちに近いだろうか。

 的外れな例えかもしれないけれど、自分にとってはそれが一番納得行く例えだった。

 

「俺に攻撃の意志は――」

 

 とりあえず、警戒を隠さないでいる彼女たちに対し、戦闘を望まない節を伝えようとした。

 ……のだが。

 

「『燃えろ』」

「――わあっ?!」

 

 ケイが一瞬で魔法を放ち、俺は殆ど脊髄反射で回避した。だが無理な姿勢になったからか、地面に転んでしまう。

 

「はや……!」

 

 苦し紛れの一言を小さく吐くと同時、嫌な予感を感じて咄嗟に地面を転がる。

 

「『刺せ』」

 

 ゴロゴロと地面を転がった直後、地中からも攻撃の気配を感じて、今すぐ身を躱した。

 すると、俺の居た所の地面から、槍の様な形の岩が突き出て来た。

 

 早い、詠唱がとんでもなく早い。

 いや、もしかしたら、そもそも詠唱などしていないじゃないのか?

 

「キャット!」

 

「ニャ!」

 

 ケイの魔法に付いて考察する時間さえも、与えられないらしい。

 キャットが地面に倒れる俺に飛びついて、顔を遠慮なく爪で引っ掻いてきた。

 不思議と痛くはないが、”ダメージを受けた”という感覚だけがあった。

 

「くっ……」

 

 地面に手を付け、立ち上がって逃げようとする。

 しかしそれは当然のごとく許されなかった。

 

「『吹き飛べ』!」

 

 もはや魔法名を口にすること無く、魔法を放った。

 大量の石つぶてを弾丸の如き弾速で向かってくる。

 

 避けられない。それ以前に、認識してから体を動かすのではとても間に合わない。

 

「――!」

 

 体全体に弾が当たり、その衝撃で吹き飛ばされる。そして少しの浮遊感の後、今度は背中全体に衝撃を受ける。

 壁にぶつかって、勢いが止まったようだった。

 

「ケ……ケ、イ!」

 

 自分で発した声が自分の耳に届いて、ふと疑問に思う。 

 

 彼女の名を呼んで、どうなる?

 敵対している人の名前を呼んだって、攻撃の手を止めるはず無いのに。

 

「俺に、攻撃の意思は……!」

 

 この言葉を続けても無意味なのではないか。

 だとしても、せめて伝えるだけ伝えて置きたかった。

 

 そう願って、彼女の目をじっと見つめた。

 

「攻撃の意思は無い!」

 

「黙れ、モンスター」

 

 冷たい目線が俺の瞳を刺す。尋常じゃない殺意が向けられるのを感じ、冷や汗が額から流れ落ちる。

 

 

「俺がモンスターなわけー――!」

 

 胸を剣で突き刺された。

 

「――く……っ、話を聞いてくれ!」

 

 視界が赤く染まる。視界が狭くなり、自らの鼓動がドクドクと聞こえてくる。

 ああ、HPが少ないのか。しかしそんな事を意に介さず、俺は言葉を続けた。

 こんなダメージを受けても喋り続けている自分に対し驚きもするが、そのような事を考えるよりも先に、言葉を続けたほうが良い。

 

「信じてくれ!」

 

「………まだ生きてるんだ、心臓を貫いたのに」

 

 ようやく言葉が伝わったかと思えば、冷たい言葉が帰ってきた。

 しかし、彼女が俺に声をかけたということは、会話のチャンスだということ。

 そのチャンスに気づいた俺は、すぐに喋り始めた。

 

「そりゃ人形だから心臓も急所も無いし。ていうか俺人間だし……!」

 

 殆ど思考という手順を飛ばして、俺は言葉を放っていた。

 自分でも何を言っているかよくわからない。

 

「人形? 人間?」

 

 そう問い詰められて、自分が放った言葉が矛盾していることに気付く。

 

「も、元人間だ! いまはちょっと……コレだけど」

 

 即座に訂正する。

 確かに今の見た目は人外だが、今回ログインする前までは人間だったのだ。

 

「……悪い魔力に蝕まれてモンスターになる人間は珍しくない。貴方もその一人なのだから、すぐに人としての未来を諦めて」

 

「な、なんだって?」

 

 ……人がモンスターになる?

 聞いたこともないキーワードが出てきた。

 もしかしたら”過去の俺”が作った設定だろうか。それとも”ヴァーチャルファンタジー”の設定だろうか。

 

 あの本を読めば分かるだろうが……しかし、胸に剣が貫通している状態で考えることじゃない。

 

「とりあえず、反撃はゼッタイしないから! この剣を抜いてくれ!」

 

「……まあ、そこまで言うならいっか。弱そうだし」

 

 そう言われて、あっさりと俺は開放された。

 身体を剣が貫通したと言うのに、大した痛みは感じられなかった。

 まあ、もし痛覚があったら、今頃大変なことになっていたかもしれないけど。

 

「……従属化か?」

 

「ん、そんなとこだよー」

 

 分かっていたけど、俺とイツミで対応が違いすぎる。俺に対してだけ声のトーンが低かった。

 泣きそう。

 

「ふむ、よかったらテイマースキルを披露しても良いが」

 

「え、テイマースキル?」

 

「ペット枠を余らせている所だったのだ、丁度いい」

 

「ちょ、ペット? それ嫌なんだけど!」

 

 ペットとか、剣で串刺しにされるより嫌だ!

 現代人が奴隷になるとか、超ブラック社員で十分だって!

 

「ねえちょっと、助けて!」

 

「……良いんじゃない?」

 

 知らんぷりしないで!

 と言うかイツミさん、俺の声聞こえてるのか?! 全く聞く素振りがないぞ!

 

「は、ちょ?!」

 

「避けられた!」

 

 なに俺に飛びかかってんのイツミさん!

 というか、その手に持っている首輪は一体なんすか?!

 

「らっしゃあ!」

 

「ぎゃー!」

 

 2度目の突撃で捕獲された俺は、自分の無事を祈ることしか出来なかった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「た、助かった?」

 

 開放された俺は、すぐに後ずさってから立ち上がる。

 何かされていないだろうか。首のあたりを触ってみるが、首輪がくくられている感じはしない。

 

 視線をイツミの方に向けてみれば、彼は空中の”何か”を見つめていた。

 

 こんがらがった頭をようやく復帰させると、イツミが見つめているのはメッセージウィンドウだと分かる。

 

「な……”プレイヤー”だと?!」

 

 どのようなメッセージが表示されているのかは、俺には見えない。

 しかしあの反応を見るに、プレイヤーをペットにすることは出来ないのか?

 

 いや、そんな事はどうでも良い!

 

「だから言っただろ、俺がプレイヤーって! ……言ったっけ?」

 

 ……そう言えば、人間という主張はしても、プレイヤーという主張はしていなかった気がする!

 しかしイツミが目にしたメッセージによって、俺が言わずとも知ってくれたようだ。

 

「……ぷれいや?」

 

「珍しいプレイヤーも居たものだな……」

 

 ようやく首輪を仕舞ったイツミを見て、俺は肩の力を抜いた。

 ”プレイヤー”と言う単語を聞いたケイが、なにやら気になる反応を示したが、もしや……。

 

「すまない、紛らわしい見た目なものだったから、攻撃してしまった」

 

「え、あ、いや……お構いなく」

 

 いきなり謝罪され、思わず遠慮がちな返事をしてしまった。

 これが日本人の性か。或いは俺の頭が下がりがちなだけか。

 

「しかし……人形だからか、言葉を発せないのだな。これでは意思疎通が難しいな」

 

 

「……はい?」

 

「へ?」

 

 ”言葉を発せない”。その言葉を聞き取り、その意味を頭が解すると同時、まるで大槌で頭を叩かれたような錯覚を受ける。

 俺の声が、聞こえないだと?

 俺の声が?

 

「さっきから俺、ずっと喋ってるけど……」

 

「イツミ君、聞こえないの? この人形さっきからずっと喋ってるんだけど」

 

「……む? 喋っているのか?」

 

「だ、だからさっきからずっと喋って……!」

 

 ……聞こえ、ない?

 本当に?

 

「そう言われても聞こえないな……」

 

「ワタシにも聞こえないのデス」

 

「……聞こえてるのって私だけ?」

 

 イツミやキャットは俺の声が聞こえないって、どういうことだ?

 何故? どうして?

 

 むしろケイにだけ聞こえるという事実に疑問を覚える以前に、俺の内心は混乱を極めた。

 

「……そのようだ」

 

「そんなっ……! もしもし!おい!」

 

 思わずイツミの方へ駆け寄りつつ、大声を出した。

 

 声を発しているのに聞いて貰えない。

 それがなんだか怖く感じて、先程落ち着いたはずの焦りがまた生まれてきた。

 

 俺は”喋れる”のだ。この世界で、仮想現実(VR)で、俺はようやく”言葉”を取り戻せたのだ。

 だと言うのに、俺の言葉が聞こえない?

 

 ようやく取り戻せたのに、それが無為になるなんて、そんな……!

 

「何をするのデスか!」

 

「おいイツミ、聞こえているんじゃないのか!」

 

 イツミに掴みかかって、大声で呼びかけた。

 仮面で表情は見えない。聞こえているのかがよく分からない。

 

「お、落ち着け。人形殿!」

 

「聞こえてるんだろ!」

 

 聞こえてないはずがない。

 そんなわけが――

 

()()()()、静かにして」

 

 直後、肩を掴まれて引き寄せられたと思ったら、今度は頭部が吹き飛ぶかのような勢いの衝撃を左頬に受けた。

 

「そんな大声出したら敵が寄ってくるでしょ。わかった?」

 

「……痛い」

 

 頬から頭全体に衝撃が広がると同時、自分が落ち着きを取り戻し始める。

 まるで負の感情が、頬と一緒に吹き飛ばされたかのようだった。

 

「わかった?」

 

「は、はい……」

 

 イツミから距離を取って、顔を俯けさせながらも返事した。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 色々と取り乱した俺が”叩けば直る”理論で見事復帰した後、俺はキャットを先頭とした一行の後ろを、少し距離を離しつつもついて行った。

 

 あんな事をした後だったが、イツミもキャットも気にしていないようで、許してくれた。

 最も気がかりなケイも、心の広いイツミの判断に任せたようだ。

 

 感謝の意が尽きない。次からイツミさんの事は紳士仮面と呼ぶことにしよう。

 

 お互いの自己紹介も、ケイを介して言葉を伝えることで難なく終わった。

 勿論俺はケイとは名乗らず、実名の”ソウヤ”を名乗った。

 

 

「あ、この曲がり角の先に骨が居るのデス」

 

 突き当りが見えてきたと思ったら、先導していたキャットが立ち止まって、そう伝えた。

 それを聞いたケイは、キャットの目配せを受けながら曲がり角へ歩み寄る。

 

「『ストーンバレット』」

 

 曲がり角から出ると、立ち止まってすぐに魔法を放った。

 

 あの魔法、俺がケイだった頃に習得した覚えは無い。

 という事は、俺が操作していたキャラがそのまま意思が宿ったわけではないのか……?

 

 腕を組んで考え込んでいると、ケイが元の陣形の配置に戻ってきた。

 陣形と言っても、前からキャット、紳士仮面、ケイ、俺の順番で一列に並んでいるだけだが。

 

「……?」

 

 と思ったら、前から2番目の紳士仮面がこっちに寄ってきた。

 一体何なのだろうかと、はてと首を傾げてみる。

 こんな時にスマホがあれば、母と会話するときと同じように言葉を伝えられるのだが。

 

「ソウヤ殿、何故その姿になっているのか、訊いてもよろしいか?」

 

「この姿……」

 

 と言われると、どうも返答しづらい。

 多少怪しい印象を与えるのを承知で黙っているべきか、嘘が並べて伝えるべきか……。

 

 そもそも、何故このような姿になっているのかがよく分からない。

 今回のログイン直後に見た、何かのエラーメッセージに証拠があるだろうが、今それらを見ることは出来ない。

 この姿になった理由を知れるのは、開発者ぐらいだろう。

 

 少し考えた末、結局俺は頷いた。

 ただでさえ怪しまれているのだ。黙ってて疑いを持たれるより、なにか嘘を貼ったほうが良いかと判断した。

 

「ありがとう。ケイお嬢、すまないが通訳してくれないか?」

 

「はーい」

 

「助かる」

 

 さて、なんて嘘をつこうか……。

 

 

 ……いや、もしかしなくても、このゲームの世界観に合わせた嘘じゃなくても良いんじゃないか?

 プレイヤー同士の会話なのなら、特に問題はないはずだ。

 ああ、目から鱗だ。俺は無意識にこの場が現実であると思考していたらしい。

 

 そうと決まれば、真実をまるまるくれてやろう。

 

「ログインしたらエラーメッセージが出てきて、こうなった」

 

「え、ろぐい……えら、エラ? え、何それ。外国語?」

 

 ……?

 なんか、ケイが変な反応を示したが……ああ、なるほど。

 ケイはプレイヤーじゃないから、この言葉を知らないのか。

 

「外国語だよ」

 

「……そう?」

 

 そです。

 

「うん。とりあえず、そのまま真似してくれれば伝わるから」

 

「へえ……。なんか、『()()()()したら()()()()()()()が出てきた』だって」

 

「えらめっせ……」

 

 微妙な伝言ゲームに、俺は思わず彼女の言葉の一部を復唱してしまった。

 無事に伝わってくれるだろうか……。

 

「エラーメッセージか? 成る程、いわゆる”バグ”か」

 

 頷いてYESを伝える。ケイの曖昧翻訳を通しても、無事理解してくれた様だ。

 いやホント、変な誤解されたら困る所だった……。

 

「もうレポートはしておいたから、後は修正を待つだけ」

 

「……レポット?」

 

 何をどうしたらそうなる!

 

 ああもう、これが前途多難って奴か!

 っていうか、声がケイを以外には伝わらなくなるし、マネキンになるし、むしろずっと多難だっての!

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 そうして色々と苦労した後、ようやくダンジョンの入り口へと戻ってきた。

 新鮮な空気だと思っていると、紳士仮面とキャットが揃って深呼吸で外の空気を味わっているのを目にした。

 

「~~ふう! やはり外の空気は美味いな!」

 

「美味いのデス!」

 

 どうも、彼らも似たようなことを考えていたようだ。

 

「釈放された囚人の一言みたいだね」

 

「ふふふ、もし本当に囚人になったならば、釈放される前にその一言を言ってやろうではないか!」

 

 それ脱獄してんじゃん。

 

 まあ、確かに空気がなんとなく美味しい。

 と言うか、人形のくせに俺は普通に呼吸している。奇妙なものだ。

 

「さて、報酬の財宝の一部と、例のポーションだな」

 

「あ、そういえばそんな話だったっけね」

 

「うむ」

 

 そう言うと、紳士仮面はリボン付きのポーションをケイに渡した後、続けて財宝が入っているであろう袋を渡した。

 これでケイが請けていた依頼は完了したようだ。

 

「ありがとう」

 

「礼を言うのはこちらだ。むしろ謝罪する必要もあるかもしれないな」

 

「ん、あー。殆ど強制だったもんね。私は気にしてないよ」

 

 結局のところ、依頼を実際に請けたのは”俺”だったんだけどな。

 あの様子を見るに、その記憶は無いのだろう。当たり前かもしれないが。

 

 

 しかし、ケイの様子を見ている内に、幾つかの感情が湧き上がってきた。

 

 今頃ポーションを販売しているであろうレイナの友達は、”俺ではなく”ケイ”だ。

 同じように、年樹九尾の住民は”俺”ではなく”ケイ”となのだ。

 

「そういえば、お人形さんは帰る場所があるのデスか?」

 

「……無いな」

 

 何気なく話しかけてきたキャットに、明らかに不機嫌とわかる口調で返事をした。

 とは言え、俺の声は聞こえないだろうが……。

 

「……そうなのデスか」

 

 聞こえていないのに、わかったかの様な口をしてそっと離れていく。

 言葉にせずとも、俺の不機嫌が伝わったようだ。

 

 

 ……しかし、レイナとかそういう事よりも大事な、本来の目的を忘れてはいけない。

 

 

 ()()()()()()()()()()()として使っていた彼女、ケイ。

 プレイヤーが使用するキャラクターが自立しただなんて話は、今の今まで聞いたことが無い。

 確かにこのゲーム内のNPCの人工知能は人間に匹敵するが、それを彼女が自立した理由とするには足りない。

 

 『ケイの性格はどのように決められた?』、『ケイの記憶は何をもとにして生成された?』

 

 だが、その疑問の答えはとうに用意されている。

 それは、彼女の”設定”が書かれたあの一冊(黒歴史ノート)に書かれている。

 

 ああ、分かっている。馬鹿らしいって。

 あのケイが、俺が書いた黒歴史ノートの中の設定を元に活動しているって事はほぼあり得ない、と。

 

 だが、それ以外にどう説明しろと言うのだ?

 無作為に決められたケイの性格が、”俺が作ったケイ”と偶然一致したとでも?

 それは奇跡と、あるいは不可能と称するべき確率だ。

 

 

 ―――だから俺は、確信する。

 ケイの存在は、あの黒歴史ノートが元になっている。

 

 そして、ケイが黒歴史ノートの設定を抱いて自立しているのであれば、きっと、俺の過去につながる何かも持っているのかもしれない。

 

 ケイから記憶喪失前(過去)の俺の情報を聞き出すのだ。

 

 勿論、彼女が過去の俺を直接知っているワケが無い。

 自身が創作物と自覚して、且つ創作主の事を知っているキャラクターなんてのも見聞きしたことが無い。

 だから、直接的な手段は通用しないだろう。

 

「さて、ケイお嬢はこれからどうするのだ?」

 

「うーん……。適当にそこら辺を歩き回ろうかな」

 

 ……彼女がレイナを知らないように、きっと帰る場所も知らない。

 この世界で生きていたケイを、彼女は知らないのだから。

 

 

 ……よし、決めた。

 ”俺のケイ”が演じていた役を全て引き継いでもらおう。

 記憶のことはその後でも良いだろう。

 

「……ケイ」

 

 思いを決して、ケイの方へ声をかけた。

 

「ん、どうしたの」

 

 さっきまでと較べて随分と対応が柔らかくなった、と思いつつも言葉を伝える。

 

「……イツミ達の居ないところで話したいことが有る」

 

「話したいこと?」

 

「二人っきりで話したいことだ」

 

「……へえ、告白?」

 

 それは無い。

 

「それは無い」

 

 っと、思わず思考と言動が同調してしまった。

 だが、伝えるべきことは伝えた。会話の為に縮めた距離を、少しだけ開けようとする……が。

 

「そ? まあいっか。それじゃ、ちょっと私の手を掴んでて」

 

「え、はい?」

 

「良いから良いから」

 

 ……何か考えがあるのか?

 手を掴んで何かされるのかと、少し考えたのだが、結局言うとおりに手を掴んだ

 

「それじゃ、イツミ君、キャットちゃん。またね」

 

「む、あのロープの所までは一緒に行かないのか?」

 

「ふふん。私、こう見えても大魔法使いなんだよ」

 

 ……まさか、と思って、思わず手を握る力を強めた。

 

「『転移』!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 一瞬で風景が変わった視界に、思わず目をパチクリとさせる。いや、人形に目は無いけども。

 だが思わずそうしたくなる程には驚いた。

 

「転移魔法とかっ、本当に滅茶苦茶な魔法まで覚えてるんだな……!」

 

「勿論。大魔法使いだからね」

 

 ……そりゃあ、ねえ。

 確かに、時間を巻き戻すぐらいの魔法を使ったぐらいだし、それぐらい出来てもおかしくないが……。

 

 ケイの手を離して、辺りを見渡す。

 すぐ近くにあの亀裂がある。転移したとは言え、ただ真上に移動しただけだった様だ。

 

「それでさ、話したいことって何?」

 

 しかし、こんなにも早く話す時が来るとは思わなかった。

 心を整理する時間とか、離す内容の整理とかを見込んでいたから、早速話すことになる可能性なんて傍から想定していなかった。

 

 とは言え、そうなってしまったものは仕方ない。

 腹をくくろう。

 

 ……よし。

 

「俺が話したいのは、ケイの記憶の事。君は、イツミの依頼を請けた事も、リボンの付いたポーションの事も、何も知らない筈」

 

「それは……そうだけど、誰から聞いたの?」

 

 驚いた様子だが、しかし僅かに俺を警戒しているのが分かる。

 さあ、嘘を吐いてなるべく信頼を得るべきか、真実を吐いて嘘が破られるリスクを回避するべきか……。

 

「……最初から感づいてた、確信を得たのはたった今」

 

「あー、なるほど……。でも、どうやって感づいたの?」

 

 これも嘘を吐くべきだろう。

 大丈夫だ。演技力は多少鍛えられている。

 

「俺とケイはそれなりに仲が良い知り合いだったんだ。だが君は覚えていない。それぐらいの理由があれば、記憶に気付く分には十分でしょ」

 

「え、私って人形と知り合いだったの?」

 

「俺がこの姿になる前からの知り合いだったよ、一応」

 

「そうなんだ……って事は、私知り合いを攻撃しちゃったの?」

 

「……気にしないで。仕方なかったことだ」

 

 よし、今のところ嘘は感づかれていない。

 

「とにかく、俺は君の交友関係もある程度知ってる。その様子だと、それも知らないんじゃない?」

 

「うん、知らない」

 

「そうか」

 

「……その事を言うってことは、私の()()を取り戻すのを手伝ってくれるの?」

 

 よし……、その流れになるのを待っていた。

 内心のガッツポーズを巧みに隠すと、会話を続ける。

 

「ケイが新しい人生を歩む、だとか言わなければ」

 

「そう……だね。言わないよ」

 

 もう既に一度やり直してるからな、と内心笑いながら、思い通りに事が運んだのを喜ぶ。

 

「よし、それじゃあ手始めに街に戻ろう。そこまでの道も覚えてないんじゃないか?」

 

「うん、覚えてない」

 

「だろうね」

 

 よし、それじゃあ街へ戻ろう。




着地点は見据えている。
それまでの道のりはあやふやだけども。


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11-ウチのキャラクターと俺の友達

 吾輩はマネキンである。名前はソウヤ。

 

 ……ゴホン。今の自分が人外だと言うわけで思い付いたフレーズだ、気にしないでくれ。

 

 今現在、街への道を俺が先導、ケイを連れて移動している所だ。

 狩りへ出向いているのであろうグループを一度見かけたが、それ以外はスライムや普通の狼を相手しただけだ。

 やはり、()()()()だった頃と比べてかなり強い

 

 剣を一振りするだけで狼が真っ二つ。一体どれ位剣を極めたら、狼が豆腐のように斬れるようになるのだろうか。

 いつの間にか剣も変わってるし、それも威力に拍車をかけているのかもしれない。

 

 少なくとも決定的に分かるのは、現代の日本人がアレを目指すのは、ほとんどの場合不可能だという事ぐらいだ。

現代の侍だって、命を持つ物を切る経験はないだろう。強いて言えば、果物や野菜しか切らない。

 

「むう」

 

「ん、どうしたの?」

 

「……いいや」

 

 むしろ文句はない。もし言うことが有るとすれば、「ある意味設定に忠実だ」と言うぐらいか。

 

 お茶目で、強くて、精神年齢はお爺さんお婆さん並。

 肉体年齢に関してはよく見ないと解らないが、それ以外はあの設定に則している事が現時点で確定している。

 

 なんとなくに近い感覚ではあるが、彼女は俺が書いた例のノートが元になっていると確信できた。

 

「街へはあと少し。歩き疲れてない?」

 

「んや?」

 

「そうか」

 

 スタミナも結構あるらしい。

 もしかすると俺のスタミナが少ないだけだろうか。

 

 よくよく考えたら、彼女はどういう存在なんだろう。

 今回のログインの時に現れたエラーメッセージを境に、ケイが出現した……いや、違うか。彼女は俺がログインする前から依頼を遂行していた。俺がオフの間に出てきたと見ていいだろう。

 

 だとしても、彼女がどのような存在かを知る手がかりになる情報ではないが。

 

 ……なら、あんまり深く考えなくても良いか。

 どのような存在であれ、俺の失われた記憶の事を知れる可能性があるのには違いない

 

 

「そういえばなんだけど、その見た目で街に入っても大丈夫なの?」

 

「……忘れてた」

 

 今まで気づかなかったことを、彼女はさらっと指摘する。

 確かにこの姿じゃゼッタイ目立つよな。いや、むしろ目立つだけで済めば良い方だろう。警察……衛兵を呼ばれて面倒なことになるかもしれない。

 ケイに初対面でモンスターだと言われたしな。

 

 

「なんか身を隠すものは……」

 

「狼の毛皮でも被れば?」

 

 狼のドロップ素材である毛皮を取り出して、言った。

 確かに、これを被っても野蛮なファッションという事で通ってしまいそうだ。

 同時にある程度体を隠せるし……。

 

「……もう少し大きいと丁度いいな」

 

「え、冗談だったんだけど」

 

「え?」

 

 いや、これを被るのではダメなのか?

 それとも他の方法でも用意しているのか?

 

「でもこれで十分じゃないか? すこし小さいけど」

 

「いや、そういうんじゃなくて。生の毛皮被って街を彷徨くんだよ?よく受け入れられるね」

 

 ……そう言われてみると、確かに皮を被るのはちょっとアレかも知れない。

 いや、ゲームだから多少の常識は覆しても良いかもだが。

 

「……それじゃあ、他に方法があったり?」

 

「うん、あるよ。首輪繋げば無害だって分かってもらえるし、ペットのモンスターなr」

 

「それは止めて!」

 

 俺にペットになるという選択肢はもとよりナイ! ナイったらナイのだ!

 

「ふふ。これも冗談」

 

「泣くぞ!」

 

 涙が出てくる目は無いけれども!

 

 ったくもう……。

 確かに彼女がこういう性格なのは設定として知っているし、演技したことだってあった。

 だが、こうして被害者側になると……。ああ、変態痴女事件の彼の気持ちがよく分かる。

 

「は~……。そうだ、街で適当に身を隠すものを買ってくれない? それまで街の外で待ってれば怪しまれないでしょ」

 

「私が? メンドウだなー」

 

「仕方ないだろう」

 

 俺は買いに行けないから、ケイ頼みだ。

 もし彼女が街に行ったきりで戻らなかったら、腹いせにポニテを引っ張ってやろうか。

 

 それから会話はこれっきりになって、無言のまま道を歩む。

 お、街が見えてきたか。

 

「……それじゃあ、この辺りで俺は待ってる」

 

「はーい」

 

 ケイは気軽な感じで返事して、そのまま街の方へ……。

 って、そうだ。

 

「待って、一つだけ言い忘れたことがあった」

 

「ん、何々?」

 

「もし、君のことを”ケッちゃん”って呼ぶ背の小さい女の子に会ったら、そいつは君の友達だ」

 

「はいはい……友達?」

 

「……ああ。”君の友達”だ。因みに、そのポーションの送り主もその子」

 

「へえ、意外と人望があったんだね。私」

 

「らしいね」

 

 彼女みたいな性格の人間に友だちがいなかったら、逆にびっくりだが。

 買い物で店員に話しかけたりして、ポンポンと知り合いを増やしていそうだ。

 

「じゃあ行ってらっしゃい」

 

「はーい」

 

 彼女は間延びした返事をすると、そのまま去っていった。

 

 俺は適当な所で座って、ケイが戻ってくるのを待つとしよう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 突然の話で悪いが、ちょっとだけ昔話をしよう。

 

 俺がこのゲームを始めた理由は、仮想現実の世界の中なら言語障害関係なく喋れるようになると聞いたからだ。

 リアルでの俺は言語障害を抱えており、会話手段は筆談が手話ぐらいだ。と言っても手話はメンドウだから習得していないが……。

 

 そうして言葉を求めてゲームを始めた俺だったが、その思いなど関係なしに様々なことが起きてしまった。

 肝心の言葉は今じゃケイ以外に伝わらないし、しかもマネキンになったと来た。

 

 だがバグ報告する気も起きない。

 万が一バグ修正されたとして、それでケイが消えてしまうかもしれないと思うと、なんだか報告しづらい。

 紳士仮面の彼にはバグ報告したと伝えたが、それはイツミが勝手に報告する可能性を潰す為であり、実際は報告はしていない。

 

 ……そう言えば。

 

「こんな姿になったっていうのに、まだ残ってるんだよなあ」

 

 フレンドリストを開いて、その中に一つだけある名を見る。

 

『レイナ 状態:オンライン』

 

「……はあ」

 

 何とも言えない気分だ。

 このゲームを始めた目的は”言葉”だったが、フレンドを増やすのも望んでいなかったわけじゃあない。

 だから……なんというべきか。

 

 言葉も、友達も、結局は無しになった。

 

 でも、まあ、そうだな。

もし俺が友達を作らずに過ごしていれば、彼女は独りだっただろう。少なくとも、彼女が新たに友達を作る手間は省けた。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「おーい。私を買い物に行かせて、当のソウヤは昼寝だなんて、いい身分じゃないの」

 

「……?」

 

 ……ええっと、ケイ?

 

「……あ、寝てたのか」

 

「もう、適当に安っぽいの買ってきて正解だったかな」

 

「すまん……ふぁ」

 

 欠伸をしつつ、ケイの持ってきた服を見る。

 ケイは黒一色のローブを持っている。装飾も特になしだ。

 なんか、暗殺者が着てそうな感じのやつだ。

 

「うん、これで問題ない。向こうでレイナには会った?」

 

「いいや、会わなかった」

 

「そうか」

 

 会わなかったら会わなかったらで十分だ。

 演技の予定が延長された程度だ。むしろリハーサルの時間が取れるまである。

 

 ローブを受け取って、早速着用してみる。

 丈は長く、悪戯好きの風が発生しない限り、マネキンの足がチラ見えする事はないだろう。

 フードも結構深く被れるが、かえって深く被りすぎると視界がものすごく狭い。今のところ視界より顔を隠せることが重要なので、これは無問題。

 唯一不便な点といえば、腕を通す袖が無いから、両腕を常にローブの下に隠さなければいけないという点ぐらいだ。

 

「安いとは言うけど、結構良いものじゃないか?」

 

「要求された水準だけは満たしたの。感謝してよね?」

 

「うん、ありがとう」

 

「……思ったより素直に礼を言うんだね」

 

 レイの言葉に、「そうか?」と首をかしげる。

 まあともかく、これなら十分に身を隠せるだろう。そう確信すると、俺は街の方へ歩き出した。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 それにしても、人生というものは分からないもんだ。

 女の子としてゲームを楽しんでいたら、今度は身を隠して街を歩くことになるとは。

 指名手配でもされたわけじゃ無いというのに。

 

「ね、私らどこに行くの?」

 

「一先ず、君が住んでいた宿屋の年樹九尾だ。さっき言ったレイナもそこに住んでいる」

 

「ふうん」

 

「レイナの他に、そこに住む知り合いが一人居る。男のトーヤ、その防具を作った人だ」

 

 ケイの胴体を指差して言う。

 トーヤがケイの事を痴女呼ばわりしつつも、サイズ調整してくれた一品である。

 

「これを?」

 

「ああ。因みに仲は若干悪い」

 

「そうなんだ……」

 

 まあ、レイナの仲介のお陰で改善しつつある雰囲気は有るのだが。

 

「ああ、そういえば」

 

「?」

 

 宿について一つ重要な事が有ると思い出して、一つ質問を投げかける。

 

「料理は出来るのか?」

 

「……料理?」

 

「そうだ、調理とも言いかえてもいいんだけど」

 

 俺の問を聞いたケイが、十秒ほど沈黙する。

 

「まさかできn」

「あ、あそこの露店見てこうよ!」

 

 露骨に話をそらしたのを見て、俺は内心ため息を付いた。

 まあ、料理が苦手でも他の人が代わりにやってくれるらしいし、特段問題というわけでもないだろう。

 

 気を取り直して、ケイが駆けていった方をついて行ってみると、本来商品が並べられているはずの所がすっからかんの露店があった。

 他にあるものと言えば、『レイナの魔法店』と書かれた看板と、ちょこんと座る女の子……って、レイナ?!

 

「あ、ケッちゃん!」

 

「あっ」

 

 ……驚いた、偶然も有るもんだ。というか偶然すぎる。

 俺と同様にケイも驚いているが、俺は一足先に落ち着きを取り戻し、

 

「……君は彼女のことを”レイちゃん”と呼んでいた。俺は少し離れてる」

 

 一つだけ助言して、『自分は関係ないですよ』風に立ち去っていく。

 他の適当な露店でも冷やかしつつ、彼女たちの会話を盗み聞こう。

 

「や、やあ、レイちゃん。もしかして、これから店を畳むところだったの?」

 

「はいっ、魔力ポーションもすぐに売れましたよ! 他のは売れるのに少し時間がかかっちゃいましたけど」

 

「へえ、そうなんだね」

 

 そーっと視界の隅に彼女たちの姿を捉えようとするが、フードが邪魔で見えない。

 聞こえてくる会話からすると、ケイは上手くやっているようだ。

 

「ケッちゃんはどうでしたか?」

 

「あ、私? 私は……狩りをしてたら、人と会ったよ。真っ黒のローブ着た変な人」

 

 ……はっ?

 

「な、ちょ」

 

「もしかしてあの方ですか?」

 

「うん、なんだかんだ一緒になったの」

 

 慌ててケイの方に首を向けて、瞳の無い顔で睨みつける。

 

「おい、一体何を……!」

 

「……ふふ」

 

 く、このお茶目っ子が……。

 ああもう、良いや、仕方ない。俺は多少無理してでもケイと同行するつもりだったし、彼女に”ソウヤ”が知られるのは時間の問題だったろう。

 

「……聞こえてるかー? 聞こえてたら右手を上げてくれ」

 

 一応、という感じで歩み寄りながら言ってみるが、無反応である。

 そのことに寂しさを覚えながら、今度はケイの方を見る。

 

「ケイ」

 

「はいはい。この人は呪いやらなんやらで、言葉が他人に伝えられなくなったんだって」

 

「そうなんですか? というと……、イベントとかのNPCさんですか?」

 

「えぬぴーしー??」

 

 こういった単語がケイに通じないのをどうにかするのが、今後の課題か。などと思いつつ、俺は首を横に振ってNOを伝える。

 

「あ、ごめんなさい! プレイヤーさんだったんですね」

 

 言葉が無いと言うのがどれだけ不便か、リアルでも十分わかっていた事を、改めて思い知った。

 

「俺の名前を伝えて」

 

「あ、この人の名前は”ソウヤ”ね」

 

「はい、よろしくお願いします。ソウヤさん」

 

 会釈だけしてから、俺はもう他に話す事はないと言う意思を示す為に一歩下がる。

 

「あ……」

 

「えーっと、それじゃあ折角なんだし、一緒に宿に戻る?」

 

「あ、えっと……はい、是非!」

 

 レイナならば宿屋の位置は知っているだろう。

 先導せずに後ろからそっと付いていくことにする。

 

 さて、他に居るケイの友人や知人と言ったら、筋肉のリーチェと、変態痴女事件のトーヤぐらいだろうか。

 人数も少ないし、紹介の手間はあまり掛からないだろう。

 

 その紹介が終われば、俺は気兼ねなくケイの役割を任せられる。が、これは本来の目的ではない。

 ケイの記憶を取り戻すという面目で彼女と同行し、そして過去の俺の情報を得るのが本来の目的だ。

 

「……」

 

 俺は自身の目的を再確認すると、顔無き顔を深く隠すようにフードの裾を引っ張った。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 宿屋に着くと、レイナ、ケイ、俺という順番で扉を入っていく。

 殆どの人は外で活動しているのだろう。中はかなり静かである。

 

 レイナが適当な椅子に座ると、ケイもその近くの椅子に座った。

 女の子二人の空間を邪魔する気にはなれない、適当な壁に寄りかかっているか。

 

 

 見ていると、二人がなにやら盛り上がり始めた。リアルでの会話相手の大半が母である俺に、このガールズトークに割り込む勇気は湧いてこないだろう。

 なんか耳打ちとかしだしたし……。

 

 なんとなく話の内容が気になるが、声を潜めて行われている会話を盗み聞きするのは流石にムリだ。

 

 どうしても聞きたいというワケじゃないし、このままあの二人をじっと見つめているのもなんだ、と思って適当な方へ視線を漂わせてみる。

 

 そうして無作為に選ばれた視線の先は、カウンター越しに見える管理人の自室の扉である。

 意外に管理人は適当な性格なのか、扉が半開きになって……うん?

 

「……」

 

 ……なんか居る、というか居る。

 半開きの扉の向こうから誰かが覗き見ている。というか見てるの管理人だよな。

 俺がフードを被っているから視線に気づいていないようだが……。というか、管理人の姿を見るのは初めてだ。思えば性別さえも知らなかった気がする。

 

「……ふむ」

 

 少し迷って、あることをしようと結局カウンターの方へ歩み寄った。

 

 俺が何をやろうとしているのか、それはチェックインだ。

 言葉が通じないからコミュニケーションは難しいだろうが、筆談ぐらいは可能だろう。ならばケイの通訳を介する必要は無い。

 

 さあ、呼び鈴を鳴らして呼ぼうかと思ったが、その前にとあるものが視界に入って、その手が止まる。

 

 とは言え、それほど重要なものではなかった。それはカレンダーであるのだが、それぞれの日付に部屋番号が割り振られている。

 要するに、この部屋番号の住民がその日の”当番”なのだろう。当然、その当番とは料理の当番だ。

 

 まあ、そんなことは兎も角。今度こそ俺は呼び鈴に手を伸ばした。

 

『チリン』

 

 音がなって、俺は扉の方を見る。

 わずかな足音がそこから聞こえてくる。と言っても、気のせいかってぐらい音量が小さいが。

 

「……はい」

 

「え」

 

 意外、管理人は扉から出ず、向こうの部屋の中にいるまま返事して来た。

 というか、レイナから管理人のことは少ししか聞いていなかったが、どうやら女性の人だったらしい。

 女性特有の高い声だったのだ。実は男の娘だったなんて事になれば、俺の予想は大外れになるのだが……。

 

「……要件は?」

 

 扉を間に挟んで届いてくる声を受け取ると、俺はどうしようかと頭を捻る。

 ペンと紙さえあれば言葉を伝えることができるのだが。

 

「……」

 

 ふと、扉がゆっくりと開いた。

 無言でいる俺にしびれを切らしたのだろう。

 

 出てきた人物は、一見不健康な見た目をした女性であった。

 しかしその胸部は非常に豊かで……って、そうじゃない。そんな事より会話だ。

 俺はジェスチャーをしようとローブの中から手を出そうとするが、ある事を忘れていたことに気付き、手を出すのをやめる。

 

 今の俺の手は球体関節の組み合わさった、白い無機質な手だ。

 手袋が無ければ、俺の正体に気づき、騒がれる可能性がある。勿論、俺はそれを望んでいない。

 

 ……いや、そんな心配も適当(適切)に言いくるめすれば解消するだろう。

 気を取り直し、ローブの布の隙間をなくすようにしていた手を離し、その手をカウンターに乗せる。

 

「……それは?」

 

 彼女は少々驚きつつも、俺の顔を睨みつけるようにしている。

 見た目に反して中々肝が据わっているらしい。

 

 手をペンを持つ形にし、仮想のペンをを机に走らせるようなジェスチャーをする。

 管理人はそれで察したようで、カウンター下から紙とペンを取り出した。

 

 俺はペンを受け取り、そのまま文字を書き始めた。

 

『呪いでこの姿になった 部屋を借りたい 後払い希望』

 

「……声は聞こえる?」

 

 声は放てないが、受けとる事は出来る。

 頷いてイエスを示す。

 

「……料理は?」

 

『レシピがあれば大抵できる。覚えてるレパートリーは少ないけど』

 

「……十分」

 

 そう言うと、彼女は部屋に入っていき、なにやら軽い金属がぶつかり合う音がしてから、カウンターに戻ってきた。

 

「名前、あと顔」

 

 単語数の少ない言葉で要求され、少しだけ悩む。自分なりの解釈だが、「顔を見せろ」と言うことだろうか。

 周囲を見渡し、俺を見る目がないことを確認、速やかにフードを捲って顔を晒すと、紙に名前を記す。

 

『ソウヤ』

 

 ペンを置いて顔をあげると、管理人がじっとこちらを見つめていることに気付く。

 思わず目があったので、下に目をそらす。しかしそこには谷間があり、また右の方に目をそらす。

 

 今の俺に目玉があったのなら、目が泳いでいると評されるような様子だったろう。

 

「……これが鍵。迷惑をかけないように」

 

 鍵とともにその言葉を置いていくと、彼女はそそくさと部屋に戻っていった。もう少し手間がかかるかと思ったが、意外に早く終わった。

 俺はフードを戻すと、鍵を取ってからローブの布を掴み、さっきまでのように身体を包んだ。

 

 ……あの女性の事は以前レイナから聞いていた。確かに口数は少なく、なんとなく引っ込み思案……いや、めんどくさがりな感じを受ける。

 この人がこの年樹九尾を仕切っているとはとても思えないが、よく考えてみると幾つかの仕事を利用客に放任しているフシがある。だとすれば納得である。

 

 それは兎も角、宿代に関しては適当にやっていけば、どうにでもなるだろう。とりあえずモンスターさえ狩れれば、素材の売却やら依頼やらで十分賄える筈だ。

 そのために、また自分用の武器を買う必要があるが……。

 ……これは後で考えよう。

 

 カウンターでの用事を済ませた俺は、なんとなんとくケイの方へ目を向けた。

 その近くにレイナも座っているため、必然的にレイナも視界に入ってくるが、レイナの方は俺の方をじっと見つめていることに気付く。

 ケイもその視線につられ、俺の方を見た。

 

「ここに泊まることになった」

 

 そう言いつつ、鍵をローブの裏からチラつかせる。これ以上はマネキンの手が見えてしまうため、本当にチラっとだけ。

 しかしそれを見た二人は、片方は俺の言葉が聞こえるのもあって、成る程と納得する。

 

「どの部屋に泊まるの?」

 

 ん、意外な質問だ、俺の泊まる部屋を知りたがるなんて。

 なんだ、俺に興味でも?

 

「こんな怖い人が隣の部屋だったら、夜も眠れないよ」

 

「ああ、だろうね」

 

 やはり、俺に好意を持たれていたと言うワケでは無かったようだ。

 とりあえず自分の泊場所を知らせるために、カウンターに残された紙とペンで番号を書く。

 

「ほれ」

 

 自分の部屋番号を記した紙を、机の上においた。

 

「明日の朝。俺かケイの部屋で会って今後の方針を決めたい。記憶の事や、俺のこの身体の事も交えて。それじゃ」

 

 一通り伝えるべきことを伝えると、自分の部屋を確認する為、俺はさっさと階段を上がって行った。

 

 

「……ああ、ホントに隣だった」

 

 ケイが借りていた部屋の鍵に記された番号と見比べて、彼女はそう呟く。

 

「この宿屋は部屋数が少ないですからね」

 

「そうだったの……」

 

「はい」

 

 

「……それにしても、なんか雰囲気変わりました?」

 

「へ、そ、そうかな……?」

 

「そうです。なんか余裕があるっていうか……大人っぽい?」

 

「あはは……、確かにそうかも」

 

 レイナが当然のごとく図星を突いてきて、対してケイは苦笑するしかなかった。

 それから暫く、お互い友情を深めるように2人の談笑は続いた……。




(管理人)(ケイ)(レイナ)
他作者様の素晴らしい作品を眺めて、ウチの作品はチラ裏に相応しい完成度だと再確認するばかりでございます。


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幕間-俺の黒歴史ワールド

黒歴史ワールド(黒き拒絶の霧に包み隠されし過去の世界)


 頭を包む固い感覚。

 そして、背中から足先までにかけて感じる柔らかい感覚。

 

 ……俺、ベッドの上で寝ていたのか。

 VR装置を頭から外して見れば、確かに俺は横たわっていた。

 はて、ログイン前はベッドで寝ている状態だっただろうか。あまり覚えていない。

 

 まあ、それはどうでも良いか。

 

 

 自分の手を見てみると、それは無機物な人形(マネキン)の手ではなく、ちゃんとした肌色の手だった。

 流石に現実でもマネキンであるワケがなかった。まあ当然だ。

 

「……」

 

 ベッドから起き上がり、床に足をつけて立ち上がると、俺は数秒ぐらいの間欠伸をしてから周囲を見渡した。

 そうして目的の()()()を見つけると、それを手に取ってからまたベッドに腰掛け、読み始める。

 

 

 向こう(仮想世界)の現在時刻は、夜の9時あたりである。

 良い子は既に寝ている時間だが、俺はゲーム内で睡眠をとる代わりにログアウトすることにした。

 その目的が、このノートだ。

 

 母にこのノートを見つけられてしまう前までは、このノートの中身を一切見ることがなかった。出来なかった。

 恥ずかしいと言う気持ちが大きかったのが理由の一つ。他には、奥底に封印していたのもあるか。

 

 しかし、今じゃ違う。

 目的(記憶)の為とあらば、躊躇せずページをめくる。一字一句を見逃さない。

 今やこのノートは、俺にとっては記憶の資料となってしまっている。

 

 よく考えれば、この黒歴史ノートが俺の過去の記憶に繋がるという思考は馬鹿げているし、ものすごく現実的ではない。

 もしかしたら、海へと繋がる川に小石を放り投げて、数日後にそれを探しに旅をする程に現実的ではないのかもしれない。

 ともすれば、今の俺の行動は分の悪い賭けをやっているに近い。

 

「……」

 

 けれども、だとしても。

 その賭けに相応しい価値(きおく)がそこにある。俺は、それが欲しい。

 

 

 

 

 ラノベが書き連ねられているページを斜め読みしつつ、かつ重要な場面を見逃さぬようにページをめくる。

 ケイとは別のキャラクターを中心に描写されている。主人公が、神器と呼ばれる武器や防具を手に入れる為に旅をするという内容だった。

 

 読んでいくと、覚えきれない程の登場人物がたくさん出てくる。しかも、そこからとんでもないハーレムを構築されている。

 これを書いた過去の俺は全ての人物を把握していたのだろうか? 少なくとも8人は居るのだが……。

 

「……」

 

 結構読み進めたところで区切りをつけ、ページに適当な物を挟んでから閉じる。

 

 ケイに繋がる情報は得られなかったが、気になることはいくつかあった。

 

 魔法やら世界やらの設定と、あのゲームの設定が食い違っている所が多々ある。

 勿論、作っている人物が違えば設定も違う。物語も全く違う。

 しかし、そんな全く違う世界に訪れた彼女は、一体どんな反応をするのだろうか?

 

 少し考えると、適当な紙を取り出してから、携帯で例のゲームの公式ページやWiki等を開き、魔法の仕様辺りが書かれたページを見つつメモを取る。

 次に、黒歴史ノートから魔法辺りの設定を読み取り、それをまたメモに取る。

 

 それをある程度まで進めて、俺はふと携帯の時間をみる。

 

 ……もう少しでタイムリミットだ。

 あのゲームは『1日1時間』である。簡単に計算すれば、俺が現実で活動している間、ゲーム内の時間は24倍で進んでいる事がわかる。

 

 丁度いい、2つの世界の魔法を大体メモした所だ。

 ケイと会う約束があるのだし、そろそろまた行くとしよう。

 

 俺はVR装置を頭に被ると、沈んでゆく意識に身を委ねた。

 

 

 

--

 

 

『ゲーム・VFの魔法

火・水・雷・風・土の5つの属性が存在する。

時間を掛けて詠唱をするほど、より多くの魔力を空気中から取り込むことが出来る。

しかし、空気中の魔力だけでは魔法を制御できない。自分の中の魔力を引き出すことで、初めてコントロールできる。

強力な魔種のモンスターは、魔結晶を内包している。それらは魔道具の制作に利用されている。』

 

『黒歴史ノートの魔法

火・水・雷・土の4つと、光・闇の2つの属性が存在する。

それぞれの属性に「象徴」があるらしい。

火:技術

水:生命

雷:力・エネルギー

土:創造

光:時間

闇:空間

 

神聖なる魔力と、邪悪なる魔力の2種類があるらしい?

別に神聖=光属性、邪悪=闇属性、というわけでもなさそう。

魔力は空気中に存在せず、生き物や物の中に溜まっている。食事をすることで魔力を回復するやらなんやら』




現実で活動する話は決まって幕間。
モチロン例外アリ。というかあった。


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第3章 おいでよ!ドラゴーナの村
12-ウチのキャラクターと俺の会合


 再びログインすると、真っ黒なローブで身を包んだ俺がむくりと起き上がる。

 肌は白く、触れば固い。そんな体は、今では俺の”操作キャラクター”だ。

 

 もしかしたら元に戻ってたりして、と思ったのだがガッカリだ。

 

 まあそんな事は兎も角、現在時刻は6時半。太陽も東側にまだ傾いているものの、街は明るく照らされている。

 そろそろケイに会いに行く時間だ。彼女の部屋に向かおうと、自室の扉を開こうとする。

 

 ……のだが、開いた先にはケイが立っていた。どうも、俺が廊下に出る必要すらなかったようだ。

 

「おはよう。ソウヤ」

 

「おはよう、どうしたんだ?」

 

「なんでもないよ。ただ、ソウヤの気配が全くしないなあって思ってた」

 

 ……ログインしてなかったからな。

 というか、ログアウトする前に鍵を掛けていてよかった。夜中留守にしていたのが知られれば、どんな疑いがかけられるか堪ったもんじゃない。

 

「でもついさっき気配が復活したんだよね。なんでだろ?」

 

「気配のことはよく分からないけど、寝てる間は気配が出てこないんじゃないか」

 

「……そうかも」

 

 なんとか誤魔化せて、内心ほっとする。 

 

 それはそうと、こちらの世界での就寝時間中、ログアウトしてからリアルの方で黒歴史ノートを読み込んだのだ。

 ケイに直接関わるような情報は無かったが、それなりの収穫はあった。

 

 とりあえずケイに室内へ入るように促して、適当な所に座らせる。

 

「……それじゃあ、まず最初に話したいことがあるんだ」

 

「おおっ、張り切ってますねー」

 

「それなりには。で、その事を語る前に一つ質問。ケイの知る”魔法”って何?」

 

「ほう、中々鋭い質問だ」

 

 言うほど鋭いか?

 と思いつつベッドの端にでも座る。立って話をするのはあまり好きじゃない。

 

「こっちの魔法には属性があって、合計6種類。火・水・雷・土。そして光と闇だね」

 

「……という事は、それぞれの属性に象徴があるんじゃないか? 確か、技術、生命、エネルギー、創造、そして時と空間だったっけ」

 

「流石。物知り」

 

「合ってたか。うろ覚えだったんだけど」

 

 ゲーム内時間と現実時間の速度差もあり、急いでメモにしたのだが、その紙はこの世界に持ち込めないので、完全に記憶が頼りだった。

 しかし、見て覚えるより書いて覚えるのが効率的なのは周知の事実。正解を当てることが出来た。

 

 そんな事はともかく、一つ確定した。ケイの世界は俺のノートが元になっている。

 その結論を自分の記憶に刻むと、属性に関する話の続きをする。

 

「こっちの方は属性がその6つじゃない。火・水・雷・風・土の5つだけ」

 

「風?」

 

「風だよ。……ああ、そういえば」

 

 思いつきのそれを、すぐ確認するために魔法一覧のウィンドウを開く。

 俺がマネキンになった影響か、魔法は一切習得されていなかった。

 

「な、なな、なにそれ!」

 

「はい?」

 

 ケイがなにやら声を上げたと思えば、その目線の先に、しっかりとこのウィンドウが捉えられていた事に気付く。

 このウィンドウは自分にしか見えないはずだ。しかしケイはそれを認識している。なるほど、彼女が驚くわけだ。

 

 しかし、このウィンドウを知覚したという事実よりも大きな問題がある。それは、彼女がそれに異常に興味を示していることだ。

 

「あ、ちょ、まて、止まれ!」

 

 もはや猫じゃらしに飛びつく猫だ。

 ウィンドウに触れようと手を伸ばすケイだが、もちろんそれに触れることは出来ず、勢い余って前のめりに倒れてしまう。

 そして、その倒れる先にはウィンドウを操作していた俺が居て……。

 

「びゃ!」

「あだっ!」

 

 そのタックルに耐えきれず俺はベッドに叩きつけられ、そしてその上にケイがのしかかって来る。

 

「っく」

 

 しかし、俺はその攻撃を甘んじて受ける人間ではない。

 考えるよりも先にケイの肩をつかむと、俺は思いっきり押しのける。

 

「ラッキースケベはお呼びでない!」

 

「わ」

 

 俺の渾身の力で押しのけられたケイは、今度は後ろの方へ飛ばされる。

 尻もちをつくケイを一瞥して、俺は倒れたまま天井を見上げる。

 

「いたた……」

 

「痛いのはこっちだよ。タックルするならモンスターにしてくれ……」

 

 俺が高校生だったら色々と盛り上がるところだった。今の俺には無意味だったが……。

 

 

 まあ、ともかく気を取り直して。

 

「で、ケイにはこのウィンドウが見えるのか」

 

 倒れている姿勢から起き上がると、俺はステータスウィンドウを開いて見せる。

 

「見える見える」

 

「なるほどね……」

 

 これは……考え方をほんの少し改める必要があったらしい。

 

 今までは、”俺のキャラクターがマネキンへと変化し、出現したケイにスキルやステータスを引き継がせた”と考えていた。

 しかしこの様子を観る限りでは、”ケイがキャラクターに宿り、そこから追い出された俺はマネキンのカラダに移った”と言う方が正しいらしい。

 

 そうでなければ、プレイヤーキャラクターの特権が何故使えるのかが説明つかない。

 いや、それでも他人のステータス画面を盗み見出来る事は出来ない筈だが……。

 

 まあ、それは良いか。

 兎も角、今の彼女が”プレイヤー”としてシステムが利用できるのであれば……、

 

「……ケイ、試しにこの画面を意識して”ステータス”と声に出して」

 

「え、なにそれ?」

 

「いいから、やって」

 

 彼女もステータス画面を自ら開くことが出来る筈。

 

「……”すてーたす”? てわっ、なんか出てきた!」

 

 予想通りだ。しかも、俺のウィンドウがケイにも見えるのと同様、ケイの出したウィンドウを俺が見ることが出来るようだ。

 俺はそのウィンドウを裏側から見ているから読みづらいのだが、パッと見ではエラーを起こす前のステータスと殆ど同じだった。

 

「すごーい! なにこれ? 能力の数値化?!」

 

「……落ち着け。管理人に隣人に迷惑をかけるなと言われてるんだ」

 

「あ、ごめん……。でもこれ、凄いね」

 

「そう」

 

 VR世界の中でなら兎も角、現実世界でこんなものが出せる様になったら、そりゃあ凄いだろうな。

 しかもそれを、生身でやってるんだから。

 

「……この話は終わりでいいかな? 話の続きをしたいんだが」

 

「えー、もうちょっと眺めてても良い?」

 

「いつでも眺めれる物だし、別にいいでしょうに」

 

「むう」

 

 はいそこ、フグみたいに頬膨らまさない。

 とにかく、話の続きをすることにした。

 

「もう分かりきっているような物だけど、ケイは異世界から来たらしいね」

 

「そうなるかな」

 

 彼女も当然かのように把握しているようだ。

 この世界がゲームである、とまでは気づいていないようだが……。

 

「……そっちの世界の方に、キンダム王国はあるか?」

 

「あるね」

 

「なら、良い」

 

 これで確認は取れた。彼女は異世界(黒歴史ノート)の住民だと、確実に確認しておきたかった。

 それじゃあ、次の話だ。

 

「次の話。ケイ、お前はお」

「あ、ちょっと待って」

 

 俺の言葉が、ケイの待ったにより止められる。

 

「一方的な質問じゃ、不平等でしょ?」

 

「……まあ、別にいいけど」

 

 たしかに不平等だ。

 この会合に時間制限なんて無いし、思うがままに話し合っても損はない。

 少なくとも、朝食の時までは。

 

「ズバリ、ソウヤはこの身体の持ち主だったんでしょ? で、私が乗り移った時、どういう因果かわからないけど、その姿になったと」

 

「……」

 

「どう、正解?」

 

「……………ば、せ、あ、え?!」

 

「ええ、どした?!」

 

 俺が言おうとしていた事と完全に一致し、まさかさっきポロりと話してしまったのではないかと思考回路がこんがらがんらんがががが。

 お、落ち着け。落ち着かないと大変なことになるのです。

 

 

「……ふう」

 

「お、落ち着いた? 落ち着いてくれたなら逆に訊くけど、今までバレてないって思ってたの?」

 

 冷静になってから、ケイの言葉を静かに聞き取る。

 完全に俺は、”自分の友好関係をある程度知っている友人”だと認識されていると思っていた。

 要するに、バレていないと思っていたのである。

 

 目を伏せて――と言っても瞳はないのだが、諦めたような雰囲気を纏って頷く。

 

「えー」

 

 ……そうか、今までバレてたのか。

 

 そういえば、レイナとケイの関係を、まるで当事者のように話していた気がする。

 これでは、”ある程度友好関係を知っている友人”という枠からテイクオフしているようなものだ。

 多分ブラジルまで飛んでたかも知れない。

 

「因みに、何時から気づいてた?」

 

「あのダンジョンから出ていった時の後」

 

 人形になって直ぐじゃん……。

 

 

 それから数分の間、静寂の中で俺は脳内の情報を整理していた。

 それを見ていたケイだったが、俺が整理を終了させたところで、ようやく口を開く。

 

「もう良い?」

 

「大丈夫」

 

「ならば良しっ」

 

 ケイの身体の元の主が俺だった、という事を彼女が知っているだけだ。

 ぼんやりとシミュレートしてみたが、特に問題は思い当たらなかった。多分。

 

「それで、俺は何の話をしようと……ああ、今のでその話は半分済んじゃったのか」

 

 ケイの身体はプレイヤーキャラクターであるから、ステータスやスキルを閲覧出来ると言う話だった。

 

「そのステータスが開ける様になる能力も、元はその身体に宿っていた物だからな」

 

「うん、それはだいたい察してる」

 

 ケイ向けの説明だが、理解してくれたなら良し。

 

「それで、だ。お前の居た世界に存在しない”風属性の魔法”も、今なら使えるはずだ」

 

「……ほー?」

 

「世界が違えば魔法も違う。こっちで俺が覚えた魔法も、今でも使えるはず」

 

 このマネキンで魔法一覧を開いても空っぽだし、ケイが持っている筈だ。

 

「まず、”メニュー”を開くんだ」

 

「メニューとな」

 

「これを意識しつつ、言葉にすると良い。さっきと同じ様にね」

 

 俺が手本を見せるようにメニューを開くと、ケイも続いてメニューを開く。

 

「そこから選択肢を選んでいって、魔法一覧の画面に辿り……あー、俺が指示するから」

 

 これが、古代人が現代技術の塊に触れたときの反応なのだろうか。

 選択肢がたくさん表示され、目が泳いでいると言うに相応しい様子であるのが見て取れた。瞳の無い今の俺には出来ない芸当である。

 

 仕方なく彼女の横につくと、指差しで選択を誘導させる。

 そこで再起動したケイが、それに従ってウィンドウを操作していく。

 

 3回ほど画面にタッチした所で、魔法一覧がようやく現れた。

 

「……これが、ソウヤが覚えてた魔法?」

 

「そうだ」

 

「……属性ごとに1個か2個って、少なくない?」

 

 まあ、少ないだろうな。

 でも今の俺のレベルじゃあ珍しくないはずだ。多分。

 

「とりあえず、それらの魔法なら君にも使えるはず」

 

「こっちの魔法ってどう使うの?」

 

 それは……どう言うべきだろうか。

 彼女ならシステム的な補助を受けるはずだし、他のプレイヤーと同じように使わせても大丈夫か?

 

「まず”詠唱”、そして発動。このツーステップで大丈夫」

 

「詠唱って……何を言えばいいの? 名前?」

 

「魔法を意識して、”詠唱”と口にするだけ。これは頭の中でやっても良い」

 

「ほー?」

 

「詠唱と言った後は、必要な詠唱時間がを満たしてから、魔法名を口にして発動する。この2つが出来れば普通にできる」

 

 サルでも、とまでは行かないが、簡単なものだ。

 カップラーメンにお湯を注ぐという詠唱を経て、3分待ってから発動する、という事だ。

 

「なるほど、今やっても良い?」

 

「部屋を壊さないようにするなら。そうするとウィンドアロー辺りが良いか」

 

 そう進言すると、彼女はその場を立ち上がって、集中するような雰囲気で目を閉じた。

 果たして魔法は成功するだろうか。と思って、呑気に座っている。

 

「……『ウィンドアロー』!」

 

 魔法を放つ。

 同時に緑色のオーラを纏った”矢”が、俺の顔面に迫ってきて――

 

「あ」

「づあっ」

 

 顔面に鋭い衝撃が刺さり、俺は思わず仰向けに倒れる。

 痛くはないが、ダメージが大きい。慌ててステータス画面を呼び出すと、HPが半分に減っていた。

 

 流石にヘッドショットはダメージ補正が高かったようだ。

 俺を狙うにしても、お腹かそこら辺にしてほしかった。

 

「ご、ごめん」

 

「……誤射には気をつけて」

 

 これ、朝食を食べたら回復するだろうか。

 

 

 

 

 話し合いはまだまだ続く。俺は開きっぱなしにしている時計のウィンドウを横目に、ケイに更なる質問をする。

 まだ朝食までに時間はある。

 

「そういえばだけど、ケイは”自分の意思”でこの世界に来たのか?」

 

「だよ、光と闇の複合魔法でビューンって」

 

 世界を飛ぶ魔法か……。黒歴史ノートでは時を巻き戻したとあったが、やはりデタラメな魔法のレパートリーである。

 しかも、ダンジョンから帰還する時に使った転移魔法の事を考慮すると、”ケイの魔法”も問題なく扱えるらしい。

 

 しかし、そうか。

 自らの意思でこの世界にやってきた、と彼女が言うのなら、それ相応の動機があるのだろう。

 

「……もしよかったら、理由を訊いても?」

 

「……」

 

 すると彼女は口を噤んで下を向いた。言いづらい話らしい。

 俺も気まずそうに横を向くが、しばらくしてケイの様子に変化が現れる。

 

「まー、別にいっか」

 

 と言って、暗い雰囲気を微塵も感じさせない表情で顔を上げた。

 え、良いのか?

 

「あ、話す前に一つ質問。ソウヤは、ケイだよね?」

 

「………はい?」

 

 俺は俺だ。一時期”ケイを演じていた”が、しかし本質は俺のままだ。

 と格好付けて言ってはみたが、一体どういう意図の質問なのだろう。返答の内容を決め兼ねていると、ケイが唸り声を上げる。

 

「うーん、これは説明しづらいというか、理解を得られる説明ができるか自信ないし……。その、君が怒るかもしれない」

 

 俺が怒る?

 勝手に黒歴史ノートを発掘されても怒らなかったし、相当の事がなければ怒らないと思うが。

 

「話してくれ」

 

「分かった……。私が世界を渡るために使った魔法は、要点だけ言えば、”異世界の自分の身体に、自分の魂を送り込む”っていう魔法なの」

 

「”異世界の自分”?」

 

 世界単位の話になるとわかりづらい。

 気になる単語を口に出してみて、説明を求めるが……、

 

「そう、そして”異世界の私”である貴方の身体が私の魂の送り先に決まって、邪魔な魂は押し退けられて、私が宿ったの」

 

「……はあ」

 

 それでようやく、相槌が打てる程度の理解だけは出来た。

 しかし上辺っ面だけの理解で、俺にはよく分からないとしか言えない。

 

「うーん、わかんない?」

 

「少し」

 

「……じゃ、結論だけ言う。私は、ソウヤの人生を奪うのを承知でこの世界に来た」

 

「……そうか」

 

 ケイが言わんとする事を理解するが、なんとも思わない。そもそも俺の人生は奪われてないし、奪われたのはキャラクターだけだ。

 これはゲームだ。ゲームの中の人生を乗っ取られたところで、どうとでもなる。ましてや大したレベル上げなどしていないし、レアアイテムなど何も持っていない。

 

 そんな”キャラクター”の人生を乗っ取ったところで、俺は何も気にしない。気にする余地がない。

 この姿になったばかりの時、ダンジョンの中では多少取り乱したものの、今になって落ち着いて考えれば、それは大したことじゃなかったと気づいたのだ。

 

 だが、彼女はそうは思わないだろう。彼女にとって、この世界が現実なのだ。

 この世界の俺達は、キャラクターではなく、生きる人間なのだ。

 

「私は、貴方の人生を奪いました」

 

 故に、彼女はこうして謝るのだろう。

 

「ごめんなさい」

 

「……その謝罪は受け取る、人生奪われたって感じはしないけど」

 

「え、そうなの?」

 

「まあ」

 

 とは言え、彼女だけ腹をくくって告白したのでは不平等だ。

 ここは空気を読んで、俺も何か告白するべきだろうかと考える。

 

「……よし、今度は俺が衝撃の告白をするターンだ。心して聞いてくれ」

 

「え、ターン? そんな話だったっけ」

 

 まあまあ。

 と言っても、俺が知っている事はこれしかないな。

 

「俺、実はk」

「お早うございます、ケっちゃん!」

 

 突如ババンと扉が開かれ、そこから人が現れる。

 

「わ!」

「んなっ」

 

 二人の話し合いにヒビを入れるように割り込んできたのは、背の小さい魔法使い、レイナだった。

 

「あ、鍵閉め忘れてた」

 

 小声で呟く俺だったが、それを聞き逃さなかったケイは俺をじっと睨んだ。

 まあ、俺のミスだよな。

 

 しかし不幸の中の幸運か、俺はローブを着たままであった。

 別にバレても不都合は無いかもしれないが、言い訳をするのがとても面倒だから、そのまま身体を隠している。

 

「え、えっと。おはよ、よくこの部屋だって分かったね」

 

「はい! 食堂にもケっちゃんの部屋にも居なかったので、もしかしたらと思って来たんです!」

 

「そうなんだ……」

 

 とても気まずいような雰囲気をまとって、彼女は弱々しく返事する。

 一方俺は、レイナが扉の前から離れるのを見計らう。

 

 目をキラキラさせてケイに寄っていくレイナだが、彼女は随分とケイに懐いているらしい。

 なら、都合が良い。

 

「よし、行くか」

 

 俺はさっさとフードで顔を深く隠しつつ退室することにした。

 

「あ、ちょっと待ってよソウヤ!」 

 

 待ちません。

 

「そう言えば、ソウヤさんとケっちゃんは、一緒の部屋で何を……あ、ごめんなさい。質問するべきじゃなかったですね」

 

 違います。

 

「いやっ、そういうのとは違うってば! これは今後の活動について意見交換しててさ……」

 

 兎も角、ケイがレイナに足止めされている間、俺はささっと離れていった。

 

 ……そういえば、ケイがこの世界に来た”方法”は聞いても、”理由”は聞いていなかったな。

 まあ、良いけど。

 

 

 

 

 自室から脱出して、一足先に食堂の方へ降りていく。

 俺の特殊な格好のせいか、階段を降りる途中で視線が集まっている気がした。

 

 まあ、仕方ないか。

 ため息を吐き、階段を降り切って食堂の床に足をつけると、目の前に立ちふさがる人物に思わず足を止める。

 

「管理人……?」

 

「明日、ソウヤさんの当番、よろしく」

 

「当番?」

 

 管理人が向こうを指差すから、その方を見てみると、そこには壁に掛かった当番表があった。

 そして思い出す。この宿は、宿泊客が当番制で朝食を作るのだと。

 

 宿のルールだと言うのなら甘んじて受けるが、もう少し気を使ってくれはしないだろうか。流石に部屋を借りた日の2日後は無いだろ。

 しかし、そんな俺の不満を知ってか知らずか、管理人は逃げるようにカウンター向こうの扉へ入っていった。

 

 俺は追いかけることもせず、俺に集まる目線に込められた物が”同情”のそれに変化したのを感じながら、黙々と席に付いた。

 

 

 

 因みに、今日の朝食は脳筋戦士のドワーフによる肉の丸焼きであった。

 パンやお米にとても合う味だったと思う。

 

 あと、口が動くマネキンで助かった。

 でもこの身体どうなってんだ俺。鏡があったら、食事している自分の姿を見たい所だった。

 ケイも同じような事を思っていたのだろう。遅れてやって来た二人組は別の机で朝食をとっていたのだが、その二人のうち片方、ケイがチラチラとこちらに視線を送って居るのを俺は見逃さなかった。




なんだこの回は、つまらんぞ!
まあ、新章のプロローグということで。

補足「キンダム王国」
黒歴史ノートの中に出てくる王国。多分、もう二度と出てこない。


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13-ウチのキャラクターと俺の初仕事

 仲良さげに食事するケイとレイナの二人を横目にしつつ、朝食を終えた俺は、宿屋の出口の横で待っていた。

 この周辺には宿屋が割と多い。住宅街ならぬ、宿屋街とでも言える地区だ。そのせいか、早朝に出発する冒険者が多く目につく。

 お陰でこの近くには、冒険者をターゲットにした露店が(見分けは付かないが)NPCやPC関係なく出店している。

 

 ローブで体を完全に隠していたとしても、そんなの関係なしとでも言うように、繊維の隙間から通り抜ける風が肌を撫でる。

 このマネキンの体でも、食事をしたり触感があったりと、見た目以外は人間と同じであるようだ。

 

 ただ普通と違うのは、俺のステータス画面だ。

 何時もは簡易ステータス画面を見るだけで気づかなかったが、全ての能力値が「0」になっていた。今までの状況からして有り得ないことではなかったが、コレは流石に驚いた。

 ゼロから始まるマネキン生活ってか。やかましいわ。

 

 序に言えば、名前は「D-Doll@alpha」に変化していた。

 何処と無く格好いい名前だと思ってしまったが、表向きでは「ソウヤ」と名乗っている為、この名を名乗ることは無いだろう。

 

「はあ……」

 

 誰にも聞こえないであろうため息を、やや大げさに吐いた。

 能力値がゼロでは、レベル上げをしてもどうにもならないだろう。これでは、ますますケイの旅に付いていける気がしない。

 

 何か対処法はないものかと一人悩んでいると、俺のすぐ横の扉が開いた。

 

「ケっちゃん、いってらっしゃい!」

 

「はーい、行ってくるね」

 

 レイナとケイの仲が、グイグイと良くなっている気がするのは考えすぎだろうか。

 まあ仲良しになっているのなら気にすることは無いか、と俺は壁に寄り掛かるのを止めた。

 

「よ、数十分ぶり」

 

「おー、元気してた?」

 

「まあ一応」

 

 そう言葉を返してケイの姿を見ると、ケイの腰辺りに見覚えのある物がぶら下がっているのを見つける。

 

「それは……ランタン?」

 

「あ、これレイちゃんがくれたんだよ」

 

「……ということは、魔道具?」

 

 ポーションの素材を採集しに行く時、魔結晶がドロップして喜んでたっけ。

 よく考えなくても分かることだが、きっとこのランタンは、あの魔結晶で作られたのだろう。

 

「油もなしに火を付けられるなんて、便利だね」

 

「ケイの世界には、こういうのは無かったのか?」

 

「無かったよ。油で火をつけるランタンはあっても、魔力で火を付ける物は聞いたこともない」

 

「そうか」

 

 黒歴史ノートでも登場していなかったし、そんなもんだろうな。

 

「これ、簡単な使い方の説明だけされて渡されたんだけど、どう言う仕組みなんだろう」

 

「仕組み?」

 

「うん。こっちの方じゃ”魔力は意思に従う”ものだった、まるで生き物みたいなものなの。けど、これじゃあまるで”魔力が燃料みたい”だよ」

 

 ……へえ。

 『ケイの世界の魔力は、意志に従う生き物のようなもの』か、覚えておこう。

 メモもしておきたいところだが、生憎とそんな物は持ち合わせていない。

 

「コイツの仕組みについては、製作者に聞くのが一番早いでしょうな。そうだ、ケイ。一つ頼み事を聞いてくれないか?」

 

「ん、どしたの」

 

「そのポーチの中の財布、元は俺の物だったんだから、すこしその中身で買い物させてくれても良いと思うんだ」

 

 

 

 

「ありがとうございました!」

 

 案外承諾してくれた。俺の言い分に大きく納得してくれたようだった。

 この調子で宿代も出してもらおうかと思ったが……、コレは流石に自分で稼ごうか。

 

「メモ帳?」

 

 買物に同行していたケイが、俺が買ったものに拍子抜けする。もう少し違うものを買うと思っていたんだろうか。

 まあ、買い物はコレだけじゃない。

 

「ケイ以外の人と会話する時に使う。あと、他にも俺の武器も買ってもらうから」

 

 紳士仮面による依頼による報酬で、結構な量の資金が手に入っている。

 安物の剣の一本や二本買ったぐらいで、懐は痛まないだろう。

 

 メモ帳に関しては、2つの用途がある。

 ケイから得られた情報を一字一句を聞き逃さないため。そして、筆談をするためだ。

 前者のことは、ケイの世界に興味があるとでも言っておけば納得してくれるだろう。

 

 

 さて、その武器を調達するお店は、既に決めている。

 ほら、俺が知っている武器屋と言ったら、アレしか無い。

 

 

 という訳で、道筋を思い出しながら道を歩んでしばらくすると、見覚えのある……と言うには些か強烈に記憶の中に刻まれているが、それほどに特徴的な建物の目の前に到着した。

 はい、リーチェ経営の愛の工房でございます。相も変わらず奇っ怪な建物である。

 それを目前にしたケイは、俺の予想した通りに目を点にして建物を見上げていた。

 

「ええっと、何この……何?」

 

「一応武器屋だ」

 

「これが?」

 

「これが」

 

「……これが、かぁ」

 

「これが、だよ。一応ここの職人とは知り合いだ」

 

 同じ単語でやり取りしても、意外とコミュニュケーションは取れるものなんだな。

 いつまでも扉の前で棒立ちする理由はないから、とりあえず入ろうとハートの扉へ歩み寄る。

 

「あ、知り合いなんだ。女の人?」

 

「いや、筋肉モリモリマッチョマンの男だよ。名前はリーチェ」

 

「はい?」

 

「筋肉モリモリマッチョマンのリーチェ」

 

 嘘は何一つ入っていない。

 いや、もう少し情報を付け足すならば、

 

「筋肉モリモリマッチョマンの既婚者、リーチェ」

 

 とでも言うべきか。

 

「いや、もう良いから!十分にわかった!」

 

「そうか」

 

 と、そういえばリーチェに合う前に口裏合わせしておかないとな。入る前に気づけてよかった。

 

「それじゃあケイ、『俺は武器を探していたから、ケイはそれを売っているお店に案内した』とでも言ってくれ」

 

 それだけ言って、返事の声を待つまでもなく扉を開く。

 やや人目があるから、ヘンに話し合ってたら怪しまれる。

 

「え? あ、ちょっと!」

 

 待ちません。

 

 という事でドアノブを開いて入れば、一度は見た光景が広がる。

 普通に武器が置いてあり、杖から斧まで揃ってあるのが見える。

 

 ドアが開いたことによって鈴が鳴り、それを聞きつけたのか向こうから(筋肉)付きの良い人影が現れた。

 さあ、俺にとっては2度目のご対面だ。

 

「おう、らっしゃい! ……おお、何時ぞやのお嬢さんじゃないか!」

 

「え、えーと、朝早くに失礼します」

 

「そんな態度されたら寂しくなっちまう。で、そっちの方は初見さんかい?」

 

「あ、えっと……」

 

 ケイの目線は、彼の筋肉(阻止力)に釘付けである。すこし配慮が足りなかったらしい。

 半ば予想していた様子に、俺は空かさず声をかけた。

 

「復唱して、『この人は武器を探しているらしいから、私がおすすめのお店を案内した』。ほら」

 

「こ、この人は武器を探してるらしいから、私がおすすめのお店を案内した、の」

 

「となると、お嬢さんのアヤしいお友達ってワケだ! ハッハッハ!」

 

「あ、あはは……」

 

 から笑いか、苦笑いか。そんな笑いをしつつ、ケイがこっちに助けを求める目線を向ける。

 最悪の状況というわけではないが、予想より動揺しているらしい、これじゃ大変だな。

 ケイがこのような状態では、マトモに商品の物色が出来ない。彼女の補助に徹する必要が出てしまう。

 

 ま、カバー出来る範囲内か。

 

「大丈夫か?」

 

 俺の言葉に、ケイはコクコクと頷く。見るからに大丈夫じゃない。

 心配だから、俺と1対1の会話になるように誘導する事に決めた。

 実のところ俺も未だにこの筋肉にはまだ慣れていないが、あの様子のケイよりかはマシである。

 

 先程買ったばかりのメモ帳を取り出すと、一つの文章をさっさと書いて、リーチェに見せた。

 

『名前はソウヤ 呪いでしゃべれない 姿もその呪いの影響で隠している』

 

「お、っと、そうだったのか。大変なもんだな」

 

『よかったら 何かオススメの剣を見繕ってほしい』

 

「おう、任されたぜ」

 

 そうして、リーチェは剣が置いてある棚の方に向かってった。

 ケイは筋肉が離れていったことに安堵している様子だった。ヘタしたら、同じ状況だった時の俺より動揺しているんじゃなかろうか。

 

「ケイ、悪いけど少しだけでも慣れてくれ」

 

「う、うん……」

 

 

「で、剣か。悪いが、コッチは魔法系が得意分野だからな」

 

『知ってる』

 

「おお、もう聞いていたのか。そりゃあオススメのお店に案内するんだからな、それぐらい説明のは当然だよな!」

 

 俺が男性として見られているおかげか、リーチェはレイナやケイに接する時以上にテンションがアゲアゲな気がする。

 確かに異性相手だと、あんまりテンションを上げづらいだろうな。

 

 とりあえず俺の要求を伝えておこうと、メモ帳に概要を書き始める。

 

『両手剣 あまり重くないと嬉しい』

 

「軽い両手剣か。それだとここらの物か?」

 

 羅列している剣を見るが、大半は何かしらの装飾が施されている。

 何かキレイなものが嵌め込まれているようだが……、これは魔結晶か?

 

「お、それが気になるのか?そいつはエンチャント付きだ。効果は”対霊強化”。実体がないモンスターにも効果が期待できる上に、普通のヤツらへのダメージも向上している。そしてそして、偶然にも”自動修復”っつーエンチャントも付いてきたんだぜ!」

 

 偶然って、何だそれ……。それは兎も角、話だけ聞くと随分と良さ気な剣である。

 だが……、

 

『お高いんでしょう?』

 

「おう、360‘000Yだ。この店で一番高い代物だぜ! 素材も製作時間もとんでもなかったからなあ!」

 

 マジかよ。

 以前値段を負けてくれた時のアレが、とても安かったことがよく分かる。

 しかしこれでは、ケイに確認を取らずに勝手に買うのはダメだろう。

 

『少し待って』

 

 その言葉をささっとメモ帳に書いて見せると、ささっとケイの方へ近寄る。

 

 彼女は、何もない空中をじっと見つめてぼーっとしている。

 なんか、こういうのどっかで見たことあるな。

 

「……フェレンゲルシュターデン現象?」

 

「へ?」

 

「いや、何でもない。と言うか大丈夫か?」

 

「あ、うん、割と大丈夫」

 

 相変わらず大丈夫じゃなさそうだ。

 見かねた俺は、適当に店から撤退するように進言する。

 

「俺の武器一本に出せる予算はいくらぐらいか教えてくれ。そしたらすぐに脱出しても良いぞ」

 

「ホント?! じゃあ全部使っていいから、じゃあね!」

 

「は?」

 

 ケイが財布を押し付けてババっと店を出ていった。

 1秒後には扉がバタリと閉まり、財布片手に固まる俺と筋肉だけが残った。

 

 

 

 

「まいど、次も来てくれよな!」

 

 結局、一番安い両手剣を購入することにした。

 いくらでも使って良いと言われると、必要以上に遠慮してしまうのは日本人の性だろうか。それとも日本人関係なく、個人的な性格だろうか。

 まあ高いの買っても使いこなせる気がしないからな、この選択が良かっただろう。うん。

 

 とにかく俺はリーチェにペコリと頭を下げると、扉を開いて店を出ていった。

 

 さて、ケイは何処に行ったのやら。と思って周囲を見渡そうとするが、

 

「おつかれ」

 

 と後ろの方から声をかけられる。俺が宿屋の扉の横で待っていた時と同じように、彼女はこのハート型の扉の横で待っていたようだ。

 

「落ち着いたか?」

 

「うん、やっぱりあの筋肉には慣れないなあ」

 

「……苦手なのか?」

 

「うん、小さな頃に剣を教えてくれた先生が怖い人でさ。その人も筋肉モリモリマッチョマンだったから」

 

「そうか」

 

 ちょっと嫌な記憶、と言うよりはトラウマに近い経験だったのだろう。前者で事を片付けるには、ケイの反応はちょっと尋常じゃなかった。

 

「お釣りは君に返す」

 

「あ、うん。……剣、幾らしたの?」

 

「3500Y」

 

「ん、なんか安くない? いや、この世界のお金の価値がどんな感じか分からないけど」

 

「一番安いものを買ったからな」

 

「……結構遠慮がちな性格だったり?」

 

「多分」

 

 もう少しマトモなヤツを買うべきだったかな、と思いつつ歩きだす。

 ケイはその後ろをついていく。

 

「次は何処へ?」

 

「依頼処。酒場も兼ねてるけど、まあ文字通りの所だよ」

 

「へえ、依頼処……」

 

「そっちには無い?」

 

「そういう施設は無かったね。ただ、酒場に頼み事が集まる傾向はあったと思う」

 

 なるほど、と思いながらメモ帳に情報を記す。

 俺のその行動にケイは不思議に思ったのか、首を傾げるようにしながらメモ帳を見つめた。

 

 別に隠すようなことはしないが、あまり注目されると書きにくい。

 

「……もしかして、私の世界に興味があるの?」

 

「それなりにね。なんたって異世界だし」

 

「そりゃそーか」

 

 それで納得したケイは、俺が持つメモ帳から目線を外した。それから少ししたタイミングで、俺はメモ帳を書き終える。

 それをポケットにしまおうとしたが、このローブにはそれが無いことに気付く。

 

「………ポケットが欲しい」

 

「ん、どした?」

 

「いや別に……。ちょっと市を見ていかないか?」

 

「良いよー」

 

「ありがとう」

 

 お古のポーチやら袋やらが売ってれば助かるんだが。

 

 

 

 

 無かった。悲しい。

 

 何も買わないというのも虚しかったから、ポーションなどの消耗品を購入しておく。なんだかんだ、消耗品は初期アイテムのポーションだけだったからな。

 

 そのほかにも、買いはしなかったが興味深いものを見つけたのだ。魔道具の一種らしいが、それはそれはメチャクチャ近未来的な見た目をしていた。

 大雑把に言うならば、手のひらサイズのコンパスのガラス面を、レーダー型のモニターっぽい奴に入れ替えたような見た目だった。

 

 売り手の話を簡単に聞いてみれば、同じアイテムを所有するパーティメンバーの位置を表示したり、敵を探知した仲間から敵の位置を共有したりできるのだとか。

 

 便利に見えるが、実際に使ってみないと分からない。

 だが買うにしても、これが物凄く高い。とても高い。少なくとも駆け出しの買うものではない。前日の報酬で買えないこともないが、買えば苦しくなるのは目に見えていた。

 

 ……お金に余裕があれば買いたいものだ。

 

 

 まあ、そんな感じで市を回ったわけだが、買い物を終えてから依頼処へ到着した。

 

「おー……、殆ど酒場だね」

 

「まあな」

 

 始めてきた時、酔っ払いに絡まれたからな……。そういえば、あの時だけ記憶が一瞬だけ飛んでいたっけ。

 俺の記憶障害による影響だと思っていたが、それにしてもあのタイミングは妙だったよな。と今にして思う。

 

 まあ、今更気にしないけどな。

 

 とりあえず入り口を開けて入ると、酒場特有の騒々しさが耳に入ってくる。

 

「……なんか、妙に注目されてる気がする」

 

「あ、それは」

 

 俺がケイとしてこの場を訪れた時、騒ぎを起こしたことが原因。と言おうとするが、それはとある人の登場によってその口は開かれなかった。

 俺の胸より下の身長の人が、俺と同じようにローブを纏って俺に駆け寄ってくる。

 何処か見覚えのある姿だと思い見つめるが、その姿が声を放ったところで、この人物の正体に初めて見当が付いた。

 

「お姉さん!」

 

「え、あ、キャットちゃん!」

 

 キャットである。

 そういえば、キャットとの初対面の場は酒場であった。まさか、また同じように出会うとは予想もしていなかった。

 

「そちらのローブの方は……あ、この気配はお人形さんの方デスね」

 

 コクリと頷く。猫又というものは、やはり気配とかの探知などといった方面に強いのだろうか。

 それは兎も角、何故キャットはここに居るんだろう。

 

「キャットちゃんはここで何してるの?」

 

「情報収集なのデス。ご主人はドラもんの食料調達兼討伐に出発してるのデス」

 

「ドラもん?」

 

 初めて聞く名だが……。

 

「ドラもんはへんt……イツミ君が使役してるドラゴンだよ」

 

「へえ、だからドラもんか」

 

 ケイは知ってるんだな。しかし相変わらず安着な名付けだな……。

 ……え、今なんつった? ドラゴン?

 

「ドラゴン?! マジ?!」

 

「マジだよー」

 

 マジか……。

 

「それにしても羨ましいなあ、ドラゴン。一目見てみたいかも」

 

 自前にそのことを知っていたケイは、ウットリとしながらそんな事を言い出した。

 確かにドラゴンというのは貴重な存在。それも友好的なのであれば、より貴重であるのは間違いなしだ。

 

「いやいや、アイツがドラゴンを飼ってるって……」

 

「実際に見たことは無いけど、本当だったら凄いよね」

 

「……意外だよな」

 

 意外も意外である。

 あの仮面がドラゴンの背中に跨っている姿を想像するが、その姿があまりにも似合わない、違和感しか無い。

 逆に仮面の肩か頭の上に猫が乗っかっている方が違和感が無い。またあの微笑ましい光景を見せてくれないだろうか。

 

 頼めばやってくれるかな?

 

「ところでさ、この注目の集まりよう、何か知らない?」

 

「それはこの前にお姉さんが来た時の騒ぎが原因なのデス。覚えてマスか?」

 

 ケイは黙って首を横に振る。しかし俺は覚えがアリアリである。

 気づけばエルフの大男がぶっ倒れていたと言う状況だったが、傍から見れば、俺がはっ倒したような様子だったのかもしれない。

 

「ケイ、多分俺がやらかしたせい。ここのエルフの男をはっ倒したのが原因だと思う」

 

「え、はっ倒したの?」

 

「それがなあ……詳しい話はメンドウだから省くけど」

 

「えー」

 

 だって仕方ないじゃん。

 と言うかそんな話はどうでも良いんだ。

 

「とりあえず依頼受けよう。適当な席にでも座って待ってくれ、俺が良さそうな依頼見つけるから」

 

「あ、うん。よろしく」

 

 俺はとっとと話を切り上げて、依頼が張り出されている板を見ていく。

 

 

 ケイは強いから、多少難しい依頼でもどうにかなるだろうが……、そう簡単には行かない。

 

 前提として、俺は記憶の為にケイと同行する。したい。これはワガママだが、これだけは譲れない。

 だがその場合だと、共に戦闘することになってしまうだろう。今の俺には能力値による補正が無い。スキルも魔法も無いから、今の俺は戦力としては数えられない。

 

 ……それは別に大丈夫か。戦闘に参加せず、少し離れていれば何の影響もない。

 

 討伐系の依頼を中心に探してみるが、あんまりピンと来るものがない。

 って言うか、彼女の細かい力量とかあまり聞いていない気がする。と言うか知らん。

 魔法方面に関しては、転移やらが出来るぐらいにはレパートリー豊富って程度しかわからないし……。

 

 強いっていうのは大雑把に分かっているが、やっぱり得意技とか戦術とかを聞いておきたい。

 

「……戻ろうか」

 

 一度ケイから意見をもらって、それを参考に依頼を選ぼう。

 俺はケイの方へ戻ろうと振り返ると、視界をそこら中に巡らせて彼女の居る席を探す。

 ……と言っても、大衆の視線が未だにケイへ集まっていることに気づけば、後は見つけるだけだった。

 

「おーい、ケイ。……ケイ?」

 

 彼女の居る席に歩み寄って話しかけようとした時、何か様子が変なことに気付く。

 ローブ姿のキャットが居ることはまだ良いんだが、3人目の人影がグループに混ざっているのが見える。

 

「あ、ソウヤ」

 

「……ドラゴーナか」

 

 きっとケイの世界にドラゴーナはいないんだろう、あの種族特有の姿を物珍しそうに見ている。

 大きな翼に、大きな尻尾。額には角が見える。豊満な胸を見るに、間違いなく女性だとわかる。

 

 ケイが色々と質問がありそうな表情をしているから、彼女のすぐ横に歩み寄って、簡単に耳打ちができる状態にする。

 

「おはようございまーす」

 

 俺に挨拶をする女性のドラゴーナ。それに対し俺は会釈だけすると、ケイにドラゴーナの概要について話す。

 

「彼女の種族はドラゴーナ、人とドラゴンの混血種。尻尾と翼が特徴で、女性には額に角がある。他にも、肌が鱗だったりナイフみたいな爪を持ってる人もいる。これは個人差」

 

「な、なるほど」

 

 一気に情報を吐き出したが、ケイは落ち着いて把握したようだ。

 とりあえずの説明が終わったので、俺はメモ帳を取り出して言葉を綴る。

 

『名前はソウヤ 呪いで声と姿を失った』

 

 それにしても、呪いに関する事を紙に書いて伝えることが多い。いっその事、そう言う名刺でも作ってしまおうか。

 

「あら、大変なんですねー。私はドラムスメと言いますー。ドラ」

 

「……は、ド、ドラムスメ?」

 

「ソウヤさんはケイさんのお仲間さんでしょうか、でしたら、もう一度依頼のお話をさせて頂きますねー」

 

 この明らかに奇妙な名前は今更だから気にしないが、依頼?

 その単語に、疑問を持ってケイに視線を送る。

 

「キミがやった騒動で目をつけられたみたい」

 

 ドラゴーナのドラムスメに聞こえないよう耳打ちするケイだが、それに俺はなるほどと納得した。

 ドラムスメの話を聞くと、彼女が故郷にいくまでの道中の護衛をするというのが、依頼の内容だということだ。

 

 初心者指導書で話だけは聞いていたが、この様に名指しで依頼をする人が居るというのは本当だったらしい。

 

「報酬は、25000Yでどうでしょう?」

 

「高っ」

 

「そうなの?」

 

「……あの筋肉工房の一番高価な武器が360'000だった」

 

「あー……いや分かんないよ?」

 

 アレを例にしてみたが、これじゃあ理解を得られないらしい。まあ比較するには差が広すぎたか。

 1Y=1円と考えるならば、この報酬は時給千円のバイトを25時間やって得られるぐらいの報酬である。

 

「私の故郷付近に、危険なモンスターが出るという話を聞きましてー。それが心配なので、一度帰ることにしたんですよー。この報酬もそれに相応した額にさせていただきましたー」

 

 なるほど、この報酬額にもそれなりの理由があったらしい。

 

「ほう、危険とな!」

 

 あ、なんか食いついてきた。

 そういえばケイは強敵を求めていたんだった。

 

「その危険なモンスターの事、詳しく聞かせて!」

 

「わかりましたー」

 

 ドラムスメはケイの食いつきようから、依頼を請けてくれると感じたようで、上機嫌でモンスターのことを話し始めた。

 キャットもそのモンスターの事を知っていたのか、合間合間に補足を挟んでいた。

 

 ドラムスメの故郷の平穏を脅かすモンスターの名は、リザードと言うらしい。

 名前からして大体は想像つくが、その姿は2足歩行の大トカゲと言うに相応しいとのこと。身長は成体で200cm程度と、トカゲと言って侮る事はできない。

 その種族はドラゴンの下僕であるといわれており、一部のリザードは炎を吐くことが出来るとのことだ。

 武器や魔法を扱う知識も有しているから、それを考えると危険度はとんでもないだろう。

 

「………危険っていうか、人間の軍隊以上の戦闘力だよな」

 

 それぐらいの知識があれば、戦力が統制とかされていてもおかしくない。

 そう考えると、もはやリザードの軍隊である。考えすぎかもしれないけど。

 

「良いじゃん良いじゃん、強そうで!」

 

「……ケイってそんな性格だったっけ?」

 

「うん?」

 

「いや、なんでも……」

 

 思った以上に戦闘を好むらしい。おそらく戦闘狂と言うほどではないと思うが。

 過去の俺は、何故ケイをこんなにしたんだろうか。いや、別に良いんだけどさ。

 

「私が知っているのはこれぐらいですー」

「これ以上の情報は有料なのデス」

 

 金払ったら教えてくれるのね。

 

「もう十分だよ、ありがとう! それで出発は何時ぐらいなのかな?」

 

「明日の朝はどうでしょうかー。行きは馬車で6時間ぐらいになるので、到着してすぐに帰るのでしたら、夕暮れには帰れるはずですよー」

 

「帰りは護衛しなくていいの?」

 

「私は数週間村にとどまるつもりなんですよー。帰るまで待ってもらうのも申し訳ないじゃないですかー」

 

「数週間かあ」

 

 ケイがそう呟くと、なにやら考え込むような仕草をとって、静かになった。

 ……もしかして。

 

「ケイ」

 

「はい?」

 

「まさかとは思うが、そのリザードを根絶やしにするとか考えてないか?」

 

「……流石異世界の私。わかってるじゃん」

 

「お前……」

 

 やっぱりこれ、ずっと多難だ。

 頭を抱えてこの困難を恨んでみるが、ケイはその様子を気にせずに話を続けた。 

 

「どうですー、請けてくれるでしょうかー?」

 

「モチロン! それと、明日の朝の集合場所って何処かな?」

 

「それはですねー……」




追記・冥土の名前を、ドラムスメに変更。VRゲーム内での人名は、全員カタカナにするという方針になりました。ネーミングセンスを疑われる名前であることには変わりない。


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14-ウチのキャラクターと俺のスーパースーパー

ギャグとかコメディとか多めだったから、タイトルも大いにボケた。後悔はしてない。


 依頼処で、ドラゴーナのドラムスメ――驚くことに、これは人名だ――から、護衛依頼を受諾。その後は適当に飲み物を飲みながら、依頼主と世間話をしていく流れになった。

 皆の手元には水があり、時々喉を潤しながら話をしていく。

 

「へえ、そのドラゴーナって鍛冶屋やってるんだ!」

 

「そうなんですよー、私達の種族は基本武器を使わないので、防具以外はお飾りになってるんですけどねー」

 

 そのドラゴーナというは、あの筋肉ハート工房と違って普通なのだろうか。

 もし機会があれば寄っていきたいものだ。

 

「もしその村に来たら、寄って良いかな」

 

「モチロン歓迎しますー」

 

 さて、俺は先程武器を購入してあるが、これは本当に最低限の装備として用意しただけである。これではマトモな戦闘なんて出来ないだろう。

 ケイが持っている様なポーチか、ポケットの無いこのローブにポケットを追加するなど、とにかく多数の持ち物が持てるようにしておきたい。

 これは俺のステータスが低いから、小道具を持てるだけ持って、少しでも選択肢を増やしたいのだ。

 

「……ポーチか」

 

 ポーチといった革や布の製品と言えば、あの変態痴女事件のトーヤが思い当たる。頼めば作ってくれるか、或いは既に作ってある品を買わせてくれるだろう。

 

 そうそう、ポーチと言えば、ケイはあの初心者指導書を持っていたが、それは宿屋での会合の時に既に貰っている。

 まあ、レイナの割り込みのせいで部屋に置きっぱなしなのだが……。

 

 

 まあ、そんな感じであーだこーだとメモ帳にそんな感じの事を書きながら、今後の予定などをまとめている最中である。

 やはり買っておいて良かった、メモ帳。ケイの情報やらコミュニュケーション以外にも、本来の使い方をするというのも便利だ。

 

 しかしこうも用途が多いと、ページがすぐに無くなるだろうな。そう遠くない内に買い換えるかもしれない。

 

「何を書いているんデスか?」

 

「?」

 

 その声に反応して横を向いてみると、キャットが背伸びしてメモの中身を見ようとしているのを見つける。

 このページにはあまりヘンな事は書かれていないから、俺は特に隠そうとせずにそのまま言葉をメモ帳に書いた。

 

『情報とか、今後やるべきことを整理している』

 

「……なるほど。私もメモ帳を使って見ても良いかもしれないデス」

 

 そうか。確かにメモ帳は情報を扱う人には持って来いなんじゃないかな。

 

 まあ情報整理はこんなところかな。

 メモ帳とペンを机に置くと、近くのコップに手を伸ばした。

 

「あ」

「……」

 

 ……?

 なんだ、この圧倒的視線は……。

 ここに入る時のケイへの視線とはワケが違う、強烈な”興味”か何かを込めて送られている。

 

 フードでやや狭い視界を横にずらし、周囲の人間の顔を見る。

 あ、やばい、ケイとキャットがめっちゃコッチ見てる。そしてドラムスメが二人の様子にハテナを浮かべてる。

 

「……ええと、どした?」

 

 ケイに言葉を送ってみる。「お構いなく」のジェスチャーを返される。

 こんなに注目されたら構うわ。

 

「……」

 

 ま、まあ、俺が何か変な事になっている訳でもないだろう。

 俺はケイの言うとおり、あまり気にしないように努めながら水を飲もうとする。

 

「じー」

「じー」

 

 ……。

 

 俺はコップに口を付けないまま机に置く。

 2人分の視線が興味を無くしたのを感じ取る。

 2人の前では安心して飲食出来ないと確信した。

 

 うん、帰ろう。

 

「ケイ、依頼についての話は十分でしょ。ほら、さっさとお会計済ませて帰る」

 

「えっ」

 

「ほらほら」

 

 ”もうこんな所に居られるか!”とか言う誰かさんの様に、そそくさと依頼処からケイを引っ張り出そうとする。

 途中から抵抗を諦めたケイは、潔く代金を支払ってからキャットとドラムスメの2人に別れを告げる。

 

「それじゃあね」

 

「はい、明日の朝にまたー」

 

「またいつか、なのデス」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「ねえ、ちょっと小腹空い」

「すいてない」

 

 ……。

 

「そうだ! あのお菓子屋さ」

「俺甘いの苦手なんだ」

 

 ……。

 

「ねえ、ちょっと喉かわ」

「さっき水飲んだろ」

 

 ……。

 

「……ソ」

「ダメ」

 

 ……。

 

「……ソ」

「や」

 

 ……。

 

「……」

「お断りします」

 

「まだ何も言ってないってば!」

 

 途端に大声で捲し立てるケイに、俺はため息を付きながら言い返す。

 

「人の飲食シーンをマジマジと見られても困る、あと迷惑」

 

 それが嫌なのに依頼処からさっさと出たのに、野外でもそんなだとイヤになる。

 

「良いじゃん! 飲み物を一口飲むだけでいいんだよ?!」

 

「……それでもダメだ」

 

「ケチんぼ!」

 

「良い年してそんな言葉使ってるとアレだぞ。幼稚な感じ」

 

「ま、まだ21だし!」

 

 精神年齢は70だろうに……、うん?

 今なんて言った、21?

 

「年齢を聞いてそんな意外そうな顔されると少しアレなんだけど?! 何、どっちの意味で驚いてるの?!」

 

「んや、別に……」

 

 確か黒歴史ノートには、彼女の年齢は16と書かれていた気がする。

 どういう事だろう。あのノートに書かれた設定と彼女は、決して完全に同一というワケではないのだろうか。

 

 ……まあ、そこまで細かい所を気にするべきじゃあないか。

 

「話は変わるが、村に行ってどうするんだ? リザードを撲滅するって言っても、一騎当千とまでは出来ないでしょ」

 

「ちょ、話を変えるなら自然にやってよ!」

 

「くどい」

 

 自分のローブが捲れないように抑えつつ、メモ帳で頭を叩いた。

 ケイは小さく仰け反ってから、睨みを効かせた目でコッチを見てきた。あとそれ、フグみたいに頬膨らませない。

 

「うぐー……」

 

「で、どうするんだ?」

 

「……武器防具の調達がしたいかな。この武器の方は魔剣があるから良いとして……」

 

「魔剣?」

 

「これの事だよ、魔種化した剣とでも言い替えられるけど……。ああ、コッチでは違うのかな?」

 

 彼女が戸惑うように疑問を口にするが、別に違うことはない。合っている。ただ、魔剣という言い方が妙に引っかかっただけだ。

 しかし、俺は魔種とかの事を彼女に教えただろうか? そんな記憶はないが……。

 

「……そっちの”魔種化”って、どういう意味なんだ?」

 

「魔力が定着した状態になる事、かな。”魔種”だと、魔力に依存した種族の意味も混ざるけど」

 

 なるほど。

 このゲームのと全く同じだ。

 

「そういうのは同じらしいね」

 

「同じ……、共通点って事かな?」

 

「うん」

 

 ケイの世界とこちらでは相違点が幾つもあるが、共通点も無いワケではなかったらしい。

 過去の俺が作った世界と、どこかの開発者が作った世界の共通点。考えるまでもレアなものだ。

 

「それで話を戻すけど、欲しい防具と言ったら金属製がほしいね」

 

「金属か」

 

「まあ、それに関してはもうアテがあるから、気にしなくても良いよ」

 

「ドラゴーナの鍛冶屋の事か?」

 

「そそ」

 

 メモしながら聞いていたが、そんな物が依頼主の移動先にあるとの事だった。

 装備が整う目処が立っているのなら、後は小道具を用意するべきだろう。

 

 小道具は……俺が管理するべきかな。全部ケイに任せるのもアレだし。

 そう考えると、もしかしたら俺は敵と近接戦闘する機会は無いのかもしれない。

 

「……剣じゃなくて弓矢とか買うべきだったかな」

 

「うん?」

 

「いや、遠距離武器のほうが、強弱の差があってもどうにかなるかなって」

 

「確かに、安全な所からチクチクやられると面倒だよね」

 

 ヤケに実感の篭った言葉だな。

 まあ、ケイも俺の意見に賛成ならば、弓矢とかを買うことにしよう。

 

「じゃあ今から買おっか」

 

「ごめん、頼む」

 

 弓矢はリーチェの店じゃ買えないだろうし、売ってる店を探していかないとな。

 まだまだ準備するべきものは山積みだ……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

『スーパースーパー』

 

「……なんこれ」

 

「お店でしょ」

 

「あ、いやそれは……まあ、そうだけど」

 

 なんだ、このネーミングセンスは。

 一応、目を擦ってもう一度店の看板を見てみる。

 

『スーパースーパー』

 

 うん、そりゃそうだよな。

 

 このおかしいネーミングセンスに覆われた自身の運命に嘆いていると、ケイが看板に歩み寄って文章を読み始める。

 

「ねえ見て、『どんな武器、防具、道具も揃ってます』だって!」

 

「そりゃ……スーパーだもんな」

 

 そう言う意図でのネーミングだったら文句は無いが……、無いが……!

 もう少しどうにか出来なかったのか?!

 

「じゃ、入ろ」

 

「……ああ」

 

 まあ、良い。良くはないけど、少なくとも実害はない。ちょっと周りが変なだけだ、名前とか。だったら問題ない、多分。

 

 狼狽える俺とは正反対の様子で扉を開くケイに続いて、店の中に入ってみる。

 先客が十数人見えるが、スーパーらしく店が広いおかげで窮屈さは感じられない。

 

「いらっしゃいませー! 何をお探しでしょうか?」

 

「弓矢が買いたいんだけど、何処にあるのかな」

 

「弓矢ですね、ご案内します!」

 

 サービスも心なしか現実と似通っている。あれ、このゲームの時代設定って中世とかそこら辺じゃなかったっけ。

 いや、まあ、考え過ぎか。うん。

 

「はい、こちらになります」

 

「ありがと」

 

「……これは」

 

 案内されて弓が展示されるように並ぶ光景を見て、俺はほんの少し驚く。

 それぞれの弓に、製作者の名前とかが一緒に付けられている。いわゆるブランドと言うものだろうか。

 

「へー、沢山の所から品を集めてるんだね。まるで商業ギルドみたい」

 

 商業ギルド?

 俺がその単語に気になった様子なのをケイは気づいたようで、説明を始めた。

 

「簡単に言えば……、商人の軍隊だよ」

 

「なんだその例えは」

 

「む、だって咄嗟に思いついたのがコレだけだったんだもん」

 

 まあ、分からないでもない。

 沢山の商人が寄って集ってお金稼ぎをするグループ。近いところだと組合という単語がそれだろう。

 とは言え、ここには商業ギルドなどは無い。あるのはプレイヤーが設立するギルドぐらいだ。

 

 ……いや、まだそう言ったギルドがないだけで、プレイヤーが商業ギルドに近い物を設立する日が来るかもしれない。

 もしかしたら既に存在するかもな。機会があればキャットにでも訊いてみよう。情報代を要求されたら諦めるけど。

 

「そういえば、ケイは弓とか使ったことあるか?」

 

「拾い物を試しに使った経験ぐらいしか」

 

 拾い物って……ダンジョンの武器の事か?

 まあ良いけど、ケイがそう言うのであれば、あまりケイの意見を求めるのもアレだろう。

 

「……まあ、安物かな」

 

「安物……なんかさっきから遠慮しすぎじゃない? 私はキミの財布なのに」

 

「おい、言い方。それメッチャ誤解する言い回しだから。あの人ちょっとコッチ見てるし」

 

 店員さん、コレ違うからね。決して俺がヒモというワケじゃ無いからね。

 

「でも、本当に使って良いんだよ。生活に必要な分だけあれば十分だから」

 

 確かに、あの仮面の依頼のおかげで、今のお財布は普通の生活を送ったぐらいでは軽くならない。何年とまでは持たないだろうが、少し食っちゃ寝を繰り返したぐらいじゃ尽きることは無い。

 

 ……少しだけ迷って、結局遠慮することは止めにした。

 まあ、だからといって浪費するようなことはしないが。

 

「じゃあ平凡なやつで」

 

「うん、及第点」

 

 という訳で、適当に平凡そうな物を手にとって見る。

 大きさは、頭の天辺から膝ぐらいまでの長さだ。他の弓を見てみると、コレは平均よりやや大きいぐらいである。

 

「どう?」

 

「素人目にはわからないな」

 

 例え学生時代に弓道部をやっていたとしても、肝心のその記憶がなければ未経験も同然だ。

 試しに弦を引いて見るが、とても重い。頑張れば十分に引くことが出来るけど、数十回やると疲れるかもしれない。

 

「買ってもマトモに使えるか分からないかも」

 

「良いよ良いよ。そしたら私が代わりに使うし」

 

 ……そうまで言うのなら、甘えさせてもらおう。

 

「じゃあコレを買おう」

 

「おっけー、じゃあ私が会計してくる」

 

「あー、ありがとう」

 

 

 ……なんか、突然気遣いが多くなってきたな。

 どういうつもりだろう。

 

 

「まあ、良いか」

 

 あまり深く考える必要もないかと、思考を止めて出口の近くで待っている。

 ケイが会計を済ませ、戻ってくる所を見つけると、俺はその姿に違和感を持つ。

 

「……ケイ? そのアレは一体」

 

「見て分からない? ポーチとロープに小型ナイフ、あと矢筒に肩当てに……」

 

「いやそれぐらい分かるよ。それよりそれって……」

 

「うん、コレ全部ソウヤの物だから!」

 

「……そうか」

 

「うん!」

 

 ……。

 

「……一応訊くけど、その花柄の肩当ても?」

 

「これもソウヤの物だよ!」

 

「」

 

 ……なんとも言えない絶望に打ちのめされている間、ケイは”してやったり”という表情だったそうな。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「これで明日の準備は全部出来たかな……」

 

 大量の品物を宿屋の部屋に持ち帰り、そんな事を言う。

 部屋にはケイも居るから、俺の呟いたような言葉は当然彼女に届いた。

 

「だねー」

 

「……所で、この肩当てとケイの胸当てと交換しないか?」

 

「却下」

 

 俺は力なく俯いた。

 やはりこの花がら肩当てを装備する運命なのだろうか。

 

「というかサイズ合わないでしょ」

 

「……裁縫覚えようかなあ」

 

「いや諦めてよ!」

 

 

 まあ、そんなボケとツッコミはさておき。(花柄が嫌なのは本気だが)

 

 あのスーパーは品揃えも売り文句同様に大量だったようで、この買物で明日の準備はだいたい終わってしまった。

 弓矢だけ買って帰ろうと思っていた俺だが、ケイが買ってきたものを見ると、このスーパーの品揃えを甘く見ていたらしい。

 

 ポーチのお陰でメモ帳を始めとした小道具を楽に持ち運べるようになったのは、特に嬉しい。

 これを買うまでは全て手で持っていたのだ。このポーチと言うアイテムの利便性をより多く感じるのも当然だ。

 

 それと、今回ケイが買ってきた物の中には新しいローブが混ざっていた。

 なんと、腕を通す袖がある物だった。手袋も一緒にあったから、これで両手をローブの下に隠す必要が無くなった。

 

「ホントに便利だね、スーパースーパー!」

 

「……まあ、スーパーだしな」

 

 あのネームセンスさえ無ければ100点満点のお店だった。

 また今後、利用する機会が有るかもしれない。

 

 

「それにしても、剣と弓を一緒に持ってるとアレだよね。なんかヘン」

 

「ヘン?」

 

「何か役割がハッキリしないって言うか、パっとしないって言うか」

 

 ……まあ、言いたいことは分かる。

 両手剣と弓矢を同時に持っていたら、”前衛後衛どっちだよ”だとかツッコまれそうだ。あいにくと俺はボケ役じゃないハズなんだけれども。

 

「それに重くないの?」

 

「正直言うとちょい重い」

 

 矢筒の中に、再利用を前提として矢を10本程度入れているが、それでも剣が重い。軽いのを求めたとは言え、ステータスオールゼロの俺にはキツイものがある。

 今は部屋の隅に置いているが、いざ装備して外を歩きまわれば、何時も以上にスタミナを消耗させていくだろう

 

「まあヘンに走ったりしなければ大丈夫だと思う」

 

「そう、でも逃げる時とかはそれ捨ててよね」

 

「……」

 

 と言っても、死んでもリスポーンするからな。多少アイテムや経験値をロストする可能性があるが、大半のアイテムは持ち帰れる。

 

 だがケイの方は……どうだろうか。システム的な要素を扱えるんだし、きっとリスポーンするかも知れない。

 だからといっても、死んでそのままサヨウナラになる可能性だってまだ有る。そのリスクを考えると、あまり死なせたくない。ケイはゲーム外からやってきた存在だし、予想外の事が起きてもおかしくないのだ。

 

「え、そこで突然無言になると困るんだけど。まさか死に行くつもりじゃないよね?」

 

「いや、とんでもない」

 

 まあ、囮になることは有るかもしれない。

 

「って言うか、ケイはとんでもなく強いんだから、逃げる必要は無いんじゃないか?」

 

「それは当然だよ」

 

 俺の評価を”当然”と受け止めた。比較的遠慮がちな日本人にはあまり出来ない反応である。

 すこしイラっとしたので、ケイで少し”からかう”事にしよう。

 

「確かに、魔法のレパートリーはとんでもないし、凄いよな」

 

「モチロン」

 

「剣の腕もかなりの物だ」

 

「ふふん」

 

「あとかわいい」

 

「へ、はぁっ?!」

 

 驚く彼女に、俺の渾身のドヤ顔を見せてやる。多分フードで隠れても分かりやすいぐらいのドヤ顔になってる。

 そんな俺の顔が見えたのだろう、ケイの顔がピクりと引き攣った。

 

「どうした? 普通の女の子ならフツー照れると」

「破ァッ!」

「ぶふうっ」

 

 お、可笑しいな……、人形なのに、レバーブローが効くなんて……。

 やっぱり、俺……内蔵、あるんだ……。

 

「ぐふっ、無念……」

 

「いや、立ったまま断末魔言われても」

 

 

「……そう?」

 

「そう」

 

「……そうか」

 

 やっぱり俺にボケ役は向いてなかったのかな。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「……ふむ」

 

 あのダンジョン探索から1日、ワタクシことイツミ・カドは、とある調査に力を入れ始めている。

 と言うのも、件の探索の時に同行した”ケイ”お嬢の何気ない一言から始まった故、あまり成果は出ていない。

 

「”悪い魔力に蝕まれてモンスターになる人間は珍しくない”」

 

 試しに口に出してみたものの、やはりピンと来なかった。

 この世界、あるいはこのゲームには、”演技(ロールプレイ)”を行うプレイヤーは少なくない。

 だから、彼女のあの一言は、きっとその演技に基づいたものだった可能性がある。

 

 しかし、この件を”デマ”で片付ける事は出来なかった。

 情報収集を続けていると、とある情報が漂っているのを見つけたのだ。

 

『とある村のNPCが行方不明、あるいは死体で見つかり、代わりにその村の中の何処からかモンスターが出現した』と。

 

 これはもう、言外に……いや、殆ど直接、”NPCがモンスターになった”と言っているようなものだ。

 村や街の中にモンスターが発生する事案など、この世界(ゲーム)が始まってから一切無かったのだから。

 

 しかしこの情報には正確性が無い。

 とある村とは何処だ?

 現れたモンスターとはどんな物だ?

 何時そんな事件が起きた?

 

「……難しいな、これは」

 

 ……仕方ない、単独行動はココまでにしよう。

 キャットには各地の酒場……依頼処で情報収集してもらっている。何か情報を握っていないか、そろそろ合流して話し合っておこうか。




多いコメディ要素に、まるで取ってつけたようなシリアス要素……!
あ、次回はようやく村へ出発します。

追記・何故か本文の内容が変なことになって変なことになったから大変なことになった。修正済


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15-ウチのキャラクターと俺の口喧嘩

サブタイが適当になってる感が否めない。
ついでに本文も適当なってる感が否めない。
ダメなパターンじゃないですかヤダー。

あ、途中で長々とした説明シーンがありますが、大したことないです。


 ピヨピヨと、窓の向こうから鳥のさえずりが聞こえてくる。なんて清々しい朝だ、これが寝起きだったら最高だろうに。

 しかしそれほど残念がる事では無いと、ガバリとベッドから起き上がる。

 

 さて、今日は朝食当番の日だ。それに続いて依頼の予定があるから、それに間に合わせるために、早めにログインしてきた。

 言わば、アレだ。朝食当番の朝は早いってヤツ。

 

 早起きは三文の徳、或いは得という言葉があったか。どちらの漢字が合っているのかは知らない、覚えていない。後で調べよう。

 そんな事をぼんやりと頭に浮かべながら、下の階に降りてキッチンへと直行した。

 

 調理器具の位置や使い方は、昨日の買い物を終えた後に済ませている。これらには魔導具がふんだんに使われているお陰か、現実に有るような道具が勢揃いだった。これならば現実と同じ感覚で出来るだろう。

 

 まず、手を洗う。ゲーム内で意味があるかは知らない。

 次に冷蔵庫から肉や野菜を取り出す。

 そしてパンを用意する。焼きそばパンで使われるような感じのヤツだ。確かコッペパンとでも言ったか。

 

 うむ、食材自体は朝食の簡単な食事としてはベタだ。初めての当番だからこれだけで良いんだけれども、食材だけポンっと置いて、それを料理と主張する程俺は大胆ではない。

 

 先ずは肉を薄く切

 

「あ、あの」

 

 ろうとした所で、俺は慌てて手を止める。突然の声に反応してピクリと動いた指が、包丁の刃の下に入ったからだ。

 

 一体誰の声かと、後ろを向いてその人物の姿を見る。

 呼びかけこそ控えめだったものの、この部屋には誰もいないと思っていた故、必要以上に驚いてしまった。

 見れば、その驚かせた人物とはレイナだった。

 

「レイナ?」

 

「あ、あの……初めての朝食当番でしょうから、お手伝いしに……えっと、来ました」

 

 ……あー、そうか。

 いや、親切にしてくれるのは別に良いのだが、せめて包丁を握ってない時に声をかけてほしかった。

 

 とりあえず、自分の言葉を伝える為にポーチからメモ帳とペンを取り出して、言葉を書き出した。

 

『おねがい』

 

「あ……はい!」

 

 人手も多いに越したことはない。普段と違って宿屋の住民全員の食事を作るのだから、それだけ大変なのだ。

 そんなワケで、あらかじめ大分早めにやって来たのだが……この様子じゃ、時間までに余裕ができるかな。

 

 

「あの、ソウヤさん」

 

 人数分の肉を焼き終えるかどうかのタイミング、フライパンをじっと見つめている俺の横からポツリと声をかけられる。

 

「ケっちゃ……ケイから聞いたんですけど、今日は依頼で出かけるらしいですね」

 

 じっくりと肉の色が変わるのを待ちつつ、頷いた。

 それがどうしたんのだろう。

 

「それで、その、行き先の村は今は危険な状態らしいと……」

 

 また頷く。

 ココまで言われると、ある程度彼女のことを知っている俺には、彼女がこれから言おうとする事が予想つく。

 きっと、心配だから付いていくとでも言うのだろう。

 

 やはりレイナは優しいな。プリーストっぽい服装をすれば、その慈悲の込められた目がより際立つだろう。

 

 というか、さっきから気になっていたが、なんか喋り方がたどたどしい。

 俺が知っていた"レイちゃん"は意外とフレンドリーだった。現に今もケイとの仲を深め続けているが、俺みたいな男相手には人見知りするんだろうか。

 頃合いを見て肉をフライパンから取り上げると、火を止めてからメモ帳を手に取った。

 

『ケイはどうしてる?』

 

「あ、それならあそこに……あ」

 

 あそこ、と言われてその方を見るが、キッチンの入り口が半開きになっているだけで何もない。

 はてと思いつつ視線レイナの方に戻す。

 

「あ、あそこの机のあたりに座っていると思います!」

 

 急に言葉が勢い付いた。この緩急をグラフで表したら、その棒線は正に断崖絶壁の輪郭を描いていたであろう。

 しかし俺は特に疑問に思うことは無かった。寝起きだからテンションが不安定なのかもしれない。

 

 俺は心配そうな目でレイナを見ると、料理を仕上げる作業に戻った。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 朝食を作り終え、ケイやレイナ、その他親切な宿泊客の手でそれぞれの机に朝食が運ばれる。モチロンそこには俺も含まれている。

 

 配っていくついでに宿泊客の様子を見てみたが、皆は見るからに不審な見た目をした俺と、その俺が作る飯を警戒していた。

 仕方ないと思いつつ配ったが、その人らが料理を一口すれば、その警戒は綺麗に拭われた。

 人というのは胃袋を掴めばチョロいものかもしれない。

 

 最終的に、何時もと同じように穏やかな朝食となった。そんな中で一足先に食事を食べ終えた俺は、机に立てかけていた装備を持って宿屋を出る。

 

 行き先は、依頼主と馬車の待ち合わせ場所だ。

 モンスターの蔓延る野外と街を隔てる壁の近くに馬小屋があるとの事。

 メモ帳に記された情報を頼りに歩くが、十数分でそれらしい所を見つける。俺はほっと息をついた、いい年こいて迷子は勘弁だ。

 

 

「……馬か」

 

 近くの馬小屋を眺めて、呟いてみる。

 

 このゲームの世界の主な移動手段は馬だ。自動車やらが走り回っているワケがない。

 個人で移動する時は馬車ではなく馬単体で移動するが、今日は複数人で移動するから馬車を利用することになるだろう。

 

 因みに、プレイヤーの大半が馬に関しては素人であるだろう。乗馬する事さえ難しいかもしれない。だが専用の"技術"を習得する事で、乗馬しての移動ができる程度まで、システムが動作を補助してくれる。

 

 そういえば、このゲームが始まって間もない頃、馬や刀剣、弓道やらアーチェリーやらに興味を持つ若者が多くなったとかどうとか。

 現実時間で約1週間前にこのゲームの存在を知った俺には、その詳細を知らないのだが。

 

 

 さて、他の人が集まるまで暇だし、適当にステータスやらを確認してみようと、俺は念じる事でウィンドウを召喚する。

 それと棒立ちなのもあれだから、適当な柵にでも寄りかかる。

 

 まずレベルや能力値( ステータス)の項目を開く。これはまあ、いつもどおり全てゼロだった。

 

 次に技術レベル。人形になってから習得したと思われる物が3つあった。今朝にやった"料理"と、"防御""回避"だった。

 前者はともかく、後者は何時習得したんだろうか。

 

 まあ、習得だけしても大したメリットは出来ないからなと、そっと息を吐く。

 こういった技術レベルは育てないと大した効果は出てこない。けれど、その技術に対応した職業でないと、成長に大きなペナルティが掛かってしまう。

 

 脳筋戦士に魔法を与えても、決して知力は上がらないのだ。

 

 そんでもって、職業:無にである俺は、なんの適正技術も無い。何をやっても育たないのだ、正に無職(ニート)

 だいたい予想付いていたけどさあ。

 

 

 落ち込んだ気分をずるずると引きずるように、ウィンドウをポチポチと弄っていく……すると、目新しい項目を見つける、”実績”だ。

 興味が湧いて、すぐにそれをポチっと選択してみる。これは一つ実績が解除されているらしい。

 

 これは”ゼロ”では無かったかのだなと安心して、それを確認するが……。

 

『ハロー デバッガー』

『概要:デバッグに参加したプレイヤーに与えられます。「システム」項目から、デバッグモードを確認してください。』

 

 ……。

 

「……」

 

 俺はそっと手を振るい、ウィンドウを退けた。そして頭を抱えた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「……なにやってんの?」

 

「あ……ケイか」

 

 柵に寄りかかって虚空を見つめる俺に声をかけたのは、レイナを引き連れたケイだった。

 今俺は熟考中である。あまり邪魔しないでほしい。

 

「あの、ソウヤさんは一体どうしたんですか?」

 

「なんか知らないけど、何故か黄昏れてるみたい」

 

「はあ……」

 

 現在俺の頭の中で蔓延っている思考とは、デバッグモードに関することである。

 あの実績を確認して柵からずっこけた後、システムメニューの中からそれらしき項目を見つけてしまった。

 アレはジョークや冗談とかでは無いらしい。これは喜ぶべきなのだろうか。

 

「……フラれた?」

 

「全く違うがな」

 

 ケイの渾身のボケには流石に反応する俺。しかしその言葉はケイにしか届かず、レイナの俺を見る目がちょっと可哀想な物を見るソレになりかける。

 追加のツッコミを入れる気になれない。

 

「……止めておくか」

 

 二人の顔をぼんやりと眺めつつ、俺はそう呟く。

 デバッグという名のチートなんかを使い、そしてゲームから追放、所謂BANという処置を喰らいたくない。

 触らぬ神に祟りなし、とはよく言ったものだ。

 

 

 さて、チートという万能の力への誘惑に打ち勝った所だが、肝心の依頼主であるドラムスメはまだココへ来ていない。

 まだまだ待つ必要があるだろうと、俺は寄り掛かる体勢を崩さないままにした。

 

「そういえばソウヤさん、武器が多いですね……」

 

 何を言うのかと思えば、そこを言及するか。

 確かに弓と剣を同時に装備しているが、特別ヘンなワケでは……あるのかもな。昨日ケイが言っていた様に。

 

「ソウヤは荷物持ちだからね。武器も護身用にしか過ぎないよ」

 

「……ぬう」

 

 ある意味でお荷物なのは認めるが、こうも当然のように言われると唸りたくなる。

 

「に、荷物持ちですか。大変ですね……」

 

 レイナの言葉に、俺は思わずそっぽを向いてしまう。

 特に明確な意図はない、なんとなくでの行動だったが、偶然にもその目が向いた先に馬車があった。

 

 馬車は先頭でパカラパカラと歩く2頭の馬に引かれ、進んでいる。

 そして、その2頭と繋がる手綱を握っているのは()()ではなく、ドラゴーナだった。

 

「よお、あんたらが今日出発するっていう護衛だな!」

 

 挨拶するように片手を上げながら話しかけてきた。

 よく見ると、そのドラゴーナの後ろには、昨日会ったばかりの人物が居た。

 

「お早うございまーす。待たせてしまいましたかー?」

 

「私()()はさっき来たばかりだから大丈夫だよ」

 

 その複数形に俺は入っていないだろう、嫌味か。

 

「おう、あんたらが乗る馬車の御者だ。名前はヨモギ。まあ適当に呼んでくれ」

 

「わかった。よろしくね、御者さん」

 

「そう来るか、ハハ!で、そっちのちっこいのは友達かい?」

 

「うん。レイナちゃんだよ」

 

「はじめまして。飛び入り参加になっちゃいましたけど、ご一緒してもいいですか?」

 

「歓迎するわー。人が多いと退屈しないものー」

 

「ありがとうございます!」

 

「俺も可愛らしい魔女っ子さんなら大歓迎だぜえ!」

 

 ガッハッハと笑い飛ばす、どこかの筋肉と性格が似た御者を無視しつつ、馬車の後ろから中へ乗り込んだ。

 中に入るとドラムスメがこっちに手を振ってきたから、少し振り返してから適当な席に座った。

 馬車の中は両脇に座席が伸びているようになっていて、片方の長さは俺の身長1.5倍分ぐらいだった。

 

 続けて女子2人組が入ってきて、これで全員が乗り込んだことになる。

 

「よし、乗ったな。じゃあ出発だ!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 俺たちを乗せた馬車はゴロゴロと車輪が音を立てて進んでいる。そのアクセントに馬の足音がパカラパカラと2頭分聞こえてくる。

 スピードは普通の人が歩くより速いくらいだが、現実での自動車や電車とは比べ物にならないぐらい遅い。当然だが。

 

 人間:ドラゴーナ:人形の比率が2:2:1であるそんな一行だが、偶然なのか、その種族別に分かれてこの暇な時間を過ごしている。

 

 ドラゴーナ組のドラムスメとヨモギは楽しそうに話している。その話を聞き取ってみると、その2人は同郷だとかなんとか。

 そして人間組のケイとレイナはというと、魔法書を取り出したレイナがそれをケイに見せたりしている。ケイはその本を興味深そうに読み、レイナはどこか嬉しそうにその様子を見ている。

 

 

 到着までの時間はとんでもなく暇だ。

 しかしその時間は、この一行に和やかな空間をもたらしているように見えた。

 

 ふと、俺は襟元に気をかけるような仕草をした。服の下は人形の体である故、身だしなみを気にするのは当然のことであるだろうが、別にそんな意図はない。

 じゃあ何故かと言うと……アレだ、花柄胸当て。俺はソレを気にしていた。

 

 実際の所、めっちゃくっちゃ装備したくなかったのだが、嫌々ながら仕方なく装備している。このローブは防具としての性能は殆ど無いからだ。

 

「……クスッ」

 

 抑えられた笑い声に、俺はバっとその声の元であろう人物を見つめる。

 

「……」

 

 ……犯人はケイ、お前だろ、つーか笑うなら花柄胸当てを持ってくるんじゃないよ。なんだ嫌がらせか、嫌がらせだな?

 分かった、喧嘩なら買おうじゃないか。心配するな、俺もそう言うのは好きだ。正々堂々フェアに行こうか。

 

 

 さあ、報復の火を抱えた俺の手にはメモ帳があるが。その中に、「彼女は気配察知が得意なのでは無いか」という一文がある。ケイの情報メモと題されたページだ。

 昨日の朝に、気配がなんやらという事を彼女自身が言い放った。だから、これはきっと本当だろうと思っている。

 

 とは言え、俺は気配がどういうものかは知らない。しかし、気配に敏感であるのなら、きっと視線にも敏感なのだろう。

 

 というワケで、俺はずっとケイへ視線を送り続けることにした。タイムリミットは村への到着、又はモンスターの襲撃だ。

 

 

 この瞬間、和やかになるかと思われた空間に、2人の思惑(嫌がらせ)がぶつかりあった。

 

 

 1ラウンド。先攻はソウヤ選手

 

 視線に敏感であると言う、長点にも弱点にもなる才能持つケイ選手だが、そこへソウヤ選手が遠慮なく視線を注いでゆく。

 その視線を受けたケイ選手は、今まさに動揺している様子だ。たった今口元がピクつく様子からも見て取れる。

 

 これに彼女はどう対処するか。不幸にも彼女は二人分の視線を受けている状態だ。

 明らかに悪意のあるソウヤ選手の視線。そして純粋無垢の言葉がそのまま当てはまるレイナ(サポーター)の視線。

 まるでドロドロとした視線と、まるでキラキラとした視線。その正反対の属性が込められた視線に挟まれ、彼女は明らかに動揺している様だ。

 

 レイナはケイ選手の動揺に気づかずとも、ソウヤ選手はそれを見逃さない。

 耐えられずに一瞬だけソウヤ選手に向けられた瞳。それを見たソウヤ選手は、

 

「……くふっ」

 

 嫌味そうに笑った。

 この挑発に、相手はゆっくりと本から目を離した。どうやら反撃に出るらしい。その目線に込められた感情は”報復”か。

 

 1ラウンド。後攻はケイ選手

 

「そういえばソウヤは、そのローブの下はどうなってるのかなー?」

 

 なんと、ケイ選手はストレート球を顔面に投げつけてきた。

 いきなりな猛攻に、ソウヤ選手は一瞬だけ言葉を失った。しかしすぐに復帰すると、メモ帳にカリカリと文章を書きだした。

 

『痴女』

 

「はい?」

 

『俺は知っている。ケイは街中で青少年にセクハラ行為という犯罪に及んだことを』

 

「はい?!」

 

 ソウヤ選手、このストレートにはなんとカウンターを返した。

 かつてケイとして自分が行った事を、現在のケイに押し付けようという魂胆か。

 

「嘘つき! そんな記憶ないってば!」

 

「あ、もしかしてあの日のことですか?」

 

 ここで驚くことに、観客席から追撃の言葉がケイに襲いかかった。

 

「確か、前にそんな事を話してましたよね。私と一緒の部屋に泊まった日でしたっけ」

 

「」

 

「ニヤリ」

 

 絶句するケイ選手に対して、ソウヤ選手は何処か縁髪のエルフを彷彿とさせる笑みを浮かべる。一体何を企んでいるのか、またメモ帳に言葉を書き連ねだした。

 

『お前両刀使いだったのか』

 

「ちがっ、っていうかそれってどう考えても()()()()でしょ!」

 

『はて、()は知らないな』

 

「ほら今『()』だって! 絶対君のことじゃんか!」

 

 ソウヤ選手にとって都合の悪い真実を追求するケイ選手。しかし、彼は澄ました顔のままだ。

 何を考えているのか、メモ帳を数ページ戻すと、先程書いた物をまた見せた。

 

『痴女』

 

「痴女じゃない! ていうか話逸らすなー!」

 

『何の話だったっけ?』

 

「そのローブの下の事だって言ってるじゃんかっ」

 

『やっぱり痴女じゃないか』

 

「うぐ……」

 

 終始このラウンドの主導権を握り続けた彼は、勝利を確信した。

 フフフと笑ってやると、ケイ選手はプルプルと震え始めた。

 

「……」

 

「……どうした、ケイ?」

 

 トドメに挑発を追加で注ぐソウヤ。

 しかしケイは震え続ける。何か様子が変だと彼は思うが……、

 

「……………んにゃああああ! 『ウィンドアロー』!」

 

「んがっ」

 

 追い詰められたケイによる予想外の、本当に予想外の反撃にソウヤは反応できず、風の矢をモロに受けた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「そろそろ街が近いぞー、気を引き締めていけ」

 

「……」

 

「はーい」

 

「分かりました」

 

「約一人は気を引き締めるどころか、気を失っちゃってるわねー」

 

 いや、起きてる。

 それを示すため、片腕をひらひらと挙げる。

 

「あら、起きてたのー」

 

「生きてたんだ」

 

「殺すな」

 

 ったく、口撃オンリーの戦いだった筈なのに、実力行使されるとは思わなかった。

 力量に関しては本当にネズミとクマ程の差があるからな。本当に。

 

 一応、攻撃によるダメージは、さっきまでずっと寝てたお陰で大分回復した。

 

 だが、これから危険だという話だ。寝起きであんまり気が乗らないが、弓矢の準備をしておこう。と言っても俺の矢が当たるとは思えないけれど。

 精々威嚇射撃程度だな。

 

「あの、回復魔法を掛けておきましょうか?」

 

 お気遣い感謝だが、首を横に振っておく。レイナが何故か残念そうにしているが、気にせずに弓矢を構えた。

 

 弓矢を構えた、とは言っても実際に矢を飛ばす気はない。

 弦を引いて、この弦の重さに慣れておこうと思ったのだ。ぶっつけ本番で失敗しても困るし。

 

「そういえば、ソウヤはどんな職業なのかしらー? 見た感じ曖昧だから一目でわからないのよねー」

 

 そう言われ、ふと構えるのを止める。

 職業欄には何も書かれていないから、実際に得意な武器や技術などは無い。

 

『呪いの影響で、それは無い』

 

「そうなの? 大変なのねー」

 

 確かに色々と苦労しているが、普通に活動する分には不便ではない。この人形の姿以外は。

 ステータスによる身体能力の補正は、現実の身体能力にプラスする形で掛かっている。現実で筋肉モリモリの人は、ステータスの一つである『筋力』が例えゼロでも問題ない。生の状態でも馬鹿力を発揮できるのだ。

 

 要するに、今の俺の身体能力は日本に生きる一般の成人男性と同等なのだ。

 因みに現実での俺は、特別運動神経が良かったりする訳じゃない。朝の散歩とかをやる程度だ。

 

「私は前の方で見張っておいた方が良いかな?」

 

「頼む。俺は荒事にはからっきしだからな。襲われても馬を落ち着かせる事ぐらいしかできん」

 

「いいよ、馬の事は御者さんに任せた。レイナは後ろをお願い」

 

「分かりました」

 

 ケイが指示を送って、警戒態勢を整える。

 マジメな所の時はマジメになるらしい。いや、当たり前か。彼女の精神年齢も良い年してるんだし。

 

「そうそう、この人の弓はあまり信用しないほうが良いよ」

 

「ソウヤさんの事ですか?」

 

「うん。代わりにポーションとか持ってるから、魔力が無くなったら遠慮なく使ってね」

 

「あ、はい。わかりました」

 

 魔力、という単語を耳にして、ふと現実の方で読んでいた黒歴史ノートの事を思い出す。

 このゲームでは、空気中に魔力が存在する。酸素や窒素とかみたいに。

 だがケイの世界では、魔力は生き物や物体にのみ宿る物だ。

 

 彼女が居た世界と、この世界は違う。

 けれど、彼女はこの世界の住民として生きなければいけないのだ。

 

 ……っと、それはそうと、一つだけケイに伝えなければいけない事があった。

 

「……ケイ、()()()()。出来れば、それに合わせて動いて欲しい」

 

 少しだけ顔をこっちに向けたと思ったら、肩をすくめるジェスチャーを見せた。

 まあ、対策は少しだけ考えてある。問題ないとまでは行かないが、最悪の事態にはならないだろう。

 

 俺は手元の弓矢に目線を戻すと、弦を引いたり構えたりして、襲撃に備えることにした。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ガタりと馬車が止まった。馬車の前を見ると、馬を落ち着かせる御者のヨモギが見えた。

 

「来た、リザード5体!」

 

「はい!」

 

「ようやく来てくれたわねー」

 

 各々が馬車から降りて、襲撃に備える。

 自分も馬車から降りて移動すると、たしかに遠くに敵影が見えた。

 

 相手も知的生命体、言わば人間と同じように作戦を立てるはずだ。

 そう自分に戒めると、既に確認した5体の他に何か居ないかと警戒する。

 

「攻撃します。……『マジックグレネード』!」

 

 すると、敵は被害を分散させるためか、バラバラと散っていった。

 それを見たドラムスメは、背中の翼で力強く空を押し、急速に突撃していった。

 

 ドラゴーナがパワータイプなのは周知の事実であるが、その戦闘シーンを見るのは初めてである。

 爪をまるでナイフの様に伸ばし、敵を切り刻む様は流石ドラゴンと言わざるをえない。

 しかしリザードも負けじと、二人組になって対応し始めた。

 

「ケイ、レイナの詠唱時間をかくh」

「遅い」

 

 あっ。

 

「はぇっ?」

 

「……俺、たしかに注意したはずなんだがなあ」

 

 遠慮なくスピード全開で敵に接近、そして敵一体に付き一回づつ剣を振るった彼女は、レイナと御者、そして俺の視線を集めた。

 3体の敵は一瞬の斬撃の後に光となって、ぶわっと蒸散してしまった。

 因みにドラムスメは近接戦闘中で注目するどころではない。

 

「あー、レベル50、いや60辺りかね」

 

 現実逃避のついでに、彼女の戦闘力をレベルに換算してみる。

 因みにこの予測値は剣士としての力量だけを見た場合で、魔法関係を考慮する場合は恐らく2倍に跳ね上がる。

 レベル100となれば……立派なプロプレイヤーって言うか、古参勢の領域かな。

 

「お、撤退し始めた。大したことないなー」

 

「そりゃあな」

 

 一瞬で仲間3人が同時にやられたら、すぐ撤退して行くに決まってる。誰だってそうする、俺も多分そうする。俺は残った敵2体の背中に同情の目を向けた。

 

「追撃しまーす。えいっ♪」

 

 可愛らしい掛け声で敵さんの背中を切り刻むドラムスメさんも……まあ、相当アレだと思う。

 一応、俺は他に敵が居ないかしばらく警戒していたのだが、手元の矢が放たれることはなかった。

 

 

「……あの、ケっちゃん? なんか強くなってませんか?」

 

「え? あ」

 

「あ、じゃないよ。俺の話を忘れてたのか」

 

「あー、あはは」

 

 乾いた笑いで誤魔化そうとするケイ。予想はしていたけど、ここぞとばかりと全力出しちゃうのはどうかと思う。

 いや、もしかしたらアレでも手加減していたのかもしれない。ともすればケイの強さはとんでもないという事になる。

 とりあえず、自前に考えていた対策方法を伝える。

 

「ケイ、その”魔剣の効果”ということにしておけ」

 

「そ、そう! この魔剣が凄いんだよ、ヤバいの!」

 

 俺の言葉を聞いたケイは、冷や汗を垂らしながらレイナへの説明を始めた……。

 あわあわとケイが言葉を捻り出すのを横目に、馬車近くで待っている御者の方に近づく。

 

『すぐに移動しよう』

 

「おう、賛成だ。おい3人とも、移動再開するぞー!」

 

 御者のヨモギが声をかけると、全員が馬車に乗り込み始めた。内2人は騒がしいのだが。

 

「へえ! ステータス向上の効果があるんですか?」

 

「す、すて……えっと、そうだよ!」

 

「凄いです! ケっちゃんって運がいいんですね!」

 

「う、うん。あはは」

 

 レイナのケっちゃんラブっぷりはとんでもないなと、助けを求めるケイの目を無視しながら思った。

 




鶏肉以上にサッパリとした戦闘シーン……いやサッパリしすぎです。
次回こそは……次回こそは……


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16-ウチのキャラクターと俺の村訪問

「来た、右前方向」

 

「またか……」

 

「退屈じゃないのは良いんだけどー、ちょっと多くないかしら?」

 

 かれこれ13回目の会敵だと、俺は息を吐いて立ち上がる。

 お陰で馬車は止まることを強いられ、唯でさえ長い移動時間が少しずつ伸びていく。6時間の移動に対して、5分や10分のロスは誤差のようなもんだが。

 

「数は?」

 

「……2体?」

 

「少ないですね、どこかのグループからはぐれたんでしょうか?」

 

「そんな風には見えないけど……向こうはコッチの様子を見てるね」

 

 観察しているのか?

 今までのパターンとは違うとわかると、自分も敵を確認しようと前に乗り出す。

 

 少し遠いが、よく見ると立ち止まって自分たちを見ているのが分かる。

 一応武器を構えている様だが、まるでカカシの様に不動のままである

 

 相手の動きを不思議に思いながら弓を構えて狙ってみる。

 かなり遠いが、立ち止まっているのならいい練習相手だ。

 

「お、本気かな?」

 

「……」

 

 無言でケイを睨みたいのを抑えつつ矢を放った。力と角度が足らなかったのか、手前の方に落ちた。

 10本しか持ってないし、奴らを倒したら回収しないとな。と内心思いながらまた2本目を放つ。

 やはりハズレだ、至近弾というわけでもない。まあ、元から命中は期待していない。そもそも射程外だ。

 

 そう、そもそも射程外なのだ。だから肘で小突くのを止めろ、その厭味ったらしい表情も止めろ。

 

「『アイススピア』」

 

 数秒ほどケイと睨み合ってると、レイナの詠唱の後、向こうの敵が合わせて炎のブレスを繰り出した。

 相当な熱を持った炎なのだろう、それだけでレイナの氷の槍は溶けていった。

 すると、今度は弓矢を以て攻撃し返してきた。

 

「『エアハンマー』」

 

 その攻撃に、レイナは見覚えのある魔法で迎撃。飛んでくる2本の矢を押し返してしまった。そんな芸当もできるのか。

 

「ナイスだ魔女っ子。こいつらは火に慣れてないから助かる」

 

「有難うございます」

 

 さて、お互いの攻撃をお互い迎撃したワケだが、別に戦力が拮抗しているワケではない。ケイは敵を見つけた以外なにもやってないし。

 さっさとケイが攻撃して敵を倒しても良いだろうけど……。

 

「2体程度だし、私はここに座ってて良いよね」

 

 予想してたのより弱い、とでも思ったのだろう。失望した彼女は、それなりに不利な状況でないと動かないようになった。

 彼女にとってはそのつもりじゃないのだろうが、レベルの低い俺への経験値を配慮しての行動だと思われているらしく、皆は無言で賛同している。

 

 そして面倒な事に、俺への経験値を全員が配慮した結果なのか、メイドとレイナでさえ攻撃を遠慮し始めたのだ。

 現に、レイナが何かを待っているような表情でコッチを見てくる。

 

「……わかったよ」

 

 当たる気はしないが、一応は武器系統の技術レベルの一つである『弓』の習得自体はしているし、無駄ではないだろう。

 矢をつがえ、グググと弦を引いて、放つ。

 10mぐらいならそれなりに命中する自信はあるんだけどな、と地面に突き刺さる矢を見ながら思う。

 もう村に到着するまで寝ようかな。

 

「ソウヤさん、ファイトです!」

 

「う……」

 

 ここで諦めたら、なんか裏切ってしまう気がする……。

 

 仕方ない、手持ちを全部飛ばしたら納得してくれるだろう。

 残りは7本だ。

 

 はい、1本。

 2本。

 3本。

 4本。ここまで全部ハズレ。

 

 ていうかこれアレだな、皿を割る幽霊の話のやつ。1枚、2枚、3枚とな。

 そう自分をあざ笑うように思考すると、ふとその思考が真面目になる。

 

 俺がこうして攻撃しても立ち止まったままだ、迎撃する動きさえもしないのは腹立つが、奴らがこうしているのはどういう意図があるのだろうか。

 リザードは知能があるという前情報からすれば、あの行為は何かしらの作戦なのだろうか。

 

 ……やっぱり、囮か?

 

 引いた弦をゆっくりと戻すと、馬車の後ろの方にささっと移動した。

 

「どうしたの?」

 

「コッチ来て」

 

 俺の一言にハテナを浮かべながら、ケイは俺に続いて馬車の後ろに移動する。

 

「囮かも、って思ったんだが……」

 

 ……何もないな。

 

「ああ、それなら私も思ってたよ。なんの気配もないから何も言わなかったけど」

 

「ああ」

 

 じゃあ、ただの思い過ごしか。

 

「ソウヤさん、どうしたんですか?」

 

 レイナが馬車の後ろから顔を出して、外に出てきた俺らに声をかけてきた。

 

「ソウヤはトイレだよ」

 

「なわけあるかバカ」

 

 後頭部を軽く叩く。

 ったく、この悪戯好きの性格はどっから来たんだ? あ、俺か。

 ……なら仕方ないな。

 

「狭い所だと弓が使いづらいと思っただけだ」

 

 ケイ以外には聞こえないが、口で反論してさっさと狙いやすい位置につく。

 相変わらずじっとしているが、なにやら俺の方に注目している様子だ。

 

 はて、と思いながら、残りの矢を全部飛ばしていく。

 

「あれ?」

 

 するとどうだろう。何故かリザードが撤退し始めた。

 

「……なんで逃げてくの、アレ?」

 

「さあ」

 

 相手の考えていることはよく分からない。しかし作戦が無いようには思えない。

 真面目に考えてみるも、やはり分からない。

 

「『アースキャノン』」

 

 そうして思考を続けていると、俺らに続いて出てきたレイナが、そこから土属性魔法を飛ばし始めた。俺の矢がなくなった所に合わせたんだろう。

 弓を下ろし、代わりに剣を握っていながら観察する。

 リザードは魔法を回避するが、レイナが追加の魔法を飛ばしていく。

 

「素早いねー」

 

 それを当然かのように一刀両断するケイも十分素早いが。というか、アレって矢を全部回収できるのか?

 まあ、矢が減っても役に立たない仕事が減るだけだし、別にいいか。

 

「ケイも少しぐらい加勢すれば?」

 

 詠唱時間次第で弾速の速くできる土属性だが、ほとんど当たらない。

 どんどん距離が離れていくし、これでは命中率が減る一方だろう。

 

「そうだねー。逃がすのも怖いし……よし、少しだけ頑張ろ。弓貸して」

 

「え?」

 

 言われたまま弓を渡すが、矢はない。これを一体どうするつもりなのだろう。

 

「矢はないが」

 

「だったら作ればいいでしょ。『ストーンアロー』」

 

 土や石が集まって矢を形成する様子の後、ケイはそれを掴んで番えた。

 なるほど、そういう使い方もあるのか。いや、想定された使い方なのかこれ?

 

 しかし彼女は当然と言う様に弦を引き始めた。……仮に石の矢が使えるとして、当たるか? 俺が撃った時より距離が離れているのだが。

 

「ふふふ、今のは『ストーンアロー』ではない……、『ボムアロー』だ」

 

 なんだと……?

 ケイの言葉に疑っていると、向こうで確かに爆発が起きた。大人3人分の高さまで土煙が上がっている所を見ると、随分な威力なのが分かる。お陰でリザードの姿が見えない。

 

「そんな魔法ありましたっけ?」

 

「いや無いだろ」

 

 と、声がケイにしか届かない俺の言葉であるが。

 

 しかし、確かに爆発は大きかったものの、その範囲にリザードは入っていないように見える。

 ケイに一声かけようと横を向くが、誰もいない。

 

「……何処に」

 

 と思ったら、その空間に一瞬の闇が発生して、そして光とともに一人の姿が出てくる。

 

「……っと、見られちった。てへ」

 

 その瞬間を目撃していた俺に小声で言うケイ。第三者として見るのは初めてだが、これが転移の瞬間というものか。

 というか、そんなことより……

 

「爆発が外れたから直接手を下したって事か……」

 

 そう質問してみると、ウィンクで返される。

 余裕があるからそうしたのだろうが、はたしてそういった演出は必要だったのだろうか。

 

「実力を隠すんでしょ?」

 

 そうは言ったが……別に、もう良いか。

 別に悪い結果を招くような行動はしていないんだし。

 

 リザードが見えなくなった緑豊かな風景の中、俺は黙々と矢を探しては地面から引き抜いていった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 席に横たわりながら矢筒の中を見た俺は、その中の矢が土で汚れているのを見つける。俺は弓の練習をするべきだと感じた。

 俺は決意で満たされた。

 

 ……別にセーブはされない。

 

 こうして寝転がったまま言うことでは無いが、あえて言おう。俺は非力すぎる。お陰でケイの足を引っ張るような存在になってしまっている。

 

 一応は小道具担当を担ったり、後衛として行動してみたりと、それなりの努力はしてみた。

 だが、まだまだ弱い。特に基本的な戦力として弱い。

 今のステータスや技術レベルからすれば、それは当然である。

 

 だとしても、まだ希望はある。

 ……希望、と言っては大げさだが。

 

 前にも言ったように、現実で筋肉モリモリの人間がステータスゼロでこのゲームに訪れてもムキムキであるのだ。それと同様に、現実で武道を学んでいる人間も同じように技量を発揮できるのだ。

 だからと言って地道に練習するにしても相当な時間を要するだろうが、成長しない技術レベルにだけ頼るよりは良い。

 

 ……そうだな、夜な夜な木を的にして矢を飛ばし続ければ、少しぐらいは狙った位置に当てられるようになるだろう。

 後は弓道やアーチェリーに関する情報でも探してみるか。

 

「お、見えてきたよ!」

 

 ふと、興奮したようなケイの声が聞こえてくる。

 見れば、既に馬車は森の中を進んでいるようだった。木々が切り開かれた一筋に伸びる道の上を、車輪と馬が踏み鳴らす。

 

「やっと到着だ。そう言えばお前らに村の名前言ってたか?」

 

「名前ですか? 一度も聞いてないです」

 

 確かに、依頼主の故郷の村だとしか知っていない。

 俺が起き上がると、コッチに振り返って見ている御者と目が合う。

 

「なら、この村の名前を5年は覚えておいてくれよ?」

 

 と言って、わざわざ咳払いを挟んで前置きして、これから訪れる事になる村の名を口にする。

 

「”カル村”へようこそ、お前ら! この状況だが、俺らは歓迎するぞ!」

 

 

 馬車の下から聞こえていたゴロゴロという音が止み、同時に馬車の揺れが収まる。

 寝たままあたりを見渡してみれば、ケイが馬車から降りようとしている所が見えた。

 

「着いた~!」

 

 ケイの声を聞き流しながら上半身を起こし、背伸びしする。寝ている最中に顔がチラ見えすることは無かったが、一応フードを深く被り直す。

 そして横に立てかけていた弓矢や剣を身につけると、ケイとレイナの後に続いて馬車から降りた。

 

 村の風景を見渡してみるが、村の住民がドラゴーナという割には、建造物等は普通の村と大して変わらないようにみえる。

 

 さて、現在時刻は正午過ぎ、昼飯の時間だ。村の方で適当に食事する事になるだろうが、どこかに丁度いい店はないだろうか。

 こんな環境にカフェやレストランがあるとは思えないが。

 

「お腹は空いてませんかー? もし良かったらご馳走しますわー」

 

「勿論!」

 

「あ、私も良いですか?」

 

 タイミングが良い。自分も同行する意思を見せ、付いていく。ドラムスメが俺を見て微笑むのを確認すると、俺は軽く頭を下げる。

 

「俺は母さんの方に顔を見せてくる」

 

「わかったわー。それじゃあ、帰りはケイちゃんとレイナちゃんをよろしくねー」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ドラムスメを先頭にして村の中を歩いていると、村人であろうドラゴーナ達がどこからか現れてくる。

 合計5人の団体が珍しいのだろう、複数の子供のドラゴーナが駆け寄ってきた。

 

「久しぶり、お姉ちゃん!」

 

「あら、元気にしてたー?」

 

 村というやや小さなコミュニティの中では、村人全員がお互いの顔を知っているのだろう。

 ドラムスメと村人が歩きながら会話している。遠くの街はどんな感じだったかとか、なにか面白い冒険の話は無いかとか。

 その会話が遠くにまで届いていたのだろうか、今度は老いたドラゴーナがやってくる。雰囲気からして村長っぽいが。

 

「おお、ドラちゃ。騒がしいかと思えば、なるほどなあ。道中は大丈夫だったかい?」

 

「この人たちが一緒に戦ってくれたわー」

 

 そして老人の後ろから、青年っぽい雰囲気のドラゴーナが付いてくるようにやってくる。老人の付き添いだろうか。

 

「久しぶり、ドラムスメさん。あと、お帰り」

 

「ただいまー」

 

「そっちの3人は、やっぱり」

 

「リザードが居るっていう噂があったから、付いてきてもらったのよー」

 

「はじめまして。それと、カル村へようこそ。俺は次期村長をやってる(モブ)だ。そんでもって、この爺さんは現村長……まあ、爺さんって呼んでもらって構わない」

 

「ふぉっふぉ」

 

 それで良いのか、爺さん。

 

「あ、私はレイナって言います」

 

「ケイだよー」

 

 じわじわと人口密度が高まりつつある集団から一歩離れてみていると、ふとこちらに向かう視線が増えてくる。

 これは俺も自己紹介する流れだろうか。

 それならと、俺はメモ帳にささっと言葉を書き、相手に見えるようにして見せた。

 

『ソウヤ 声と身体を持たない』

「ソウヤ 声と身体を持たない……?」

 

 字は小さかったが、青年がその内容を読み上げてくれたお陰で、その言葉は全体に伝わる。

 彼らは気まずいとでも思っているのか、そんな感じの目線が混じり始めたのを感じながら、俺はメモ帳を懐に戻した。

 しかし約1人、なにやら目を輝かせている子供がいるのだが。と言うかまだ子ども達居たのか。

 

「声も身体も……か、かっこいい」

 

 一体何に感激しているのか。

 

「ま、この不審者には気遣わなくてもいいよ」

 

「不審者……」

 

 反論したいが、実際に見た目が不審者なのは否めない。だがローブを脱ぐわけには行かない。花柄の防具もあることだし。

 今思えば、全身フルアーマーでも姿は隠せる上に不審者扱いもされないかもしれない。装備すれば、あまりの重さに鎧の置物の如く身動きがとれないだろうが。

 

「ところで、リザードの件は大丈夫なのかしらー。私、それが心配で来ちゃったのよー」

 

「ほっほ。リザード如きにドラゴーナが敗れることは無いに決まってるじゃろ」

 

「爺さん、昨日の襲撃で腰が抜けたんじゃなかったか?」

 

「……」

 

「あらあら。もし良かったらマッサージ致しましょうかー」

 

 直後、老人のドラゴーナの鼻からムフーっと蒸気の様な物が噴出された。俺は見て見ぬ振りをする。

 老人の付き添いの青年……もしかしたら介護士であろう彼はため息をついている。頑張れ。

 

「昨日リザードが来てたの?」

 

「来ました、約10日前から2日置きに、ずっと」

 

「定期的に」

 

「はい、定期的に」

 

 定期的な襲撃とは、これまた変なことをするもんだ。

 しかも少人数。リザードの軍隊だと呼んでいたが、これじゃあ群れと言い換えた方が良いかもしれない。

 

「そうだ、ドラちゃ。昼飯が少し余ってるから、そっちの飯の足しにしたらどうじゃ。まだ食ってないじゃろ」

 

「いや、爺さん。別に余ってないぞ」

 

「……」

 

 もしかしたら、というかもしかしなくても、この老人ドラゴーナはスケベなのだろうか。

 チラとドラムスメの表情を伺うが、まるでそれがデフォルトであるように笑顔を維持している。

 

「そっちの家にお邪魔しても良いかしらー? 私の家、食材が一個もないって今気づいたのよー」

 

 えっ。

 

「えっ」

 

「た、旅でずっとお留守にしてたら仕方ありませんですよね!」

 

「そうなのよ〜」

 

 ああ、そうか。

 腐らせちゃうもんな。長期旅行の基本だものな。

 

「そうか。でも今すぐ用意するとなると、保存食の類になるけど、いいか?」

 

「十分よー。いきなり来たんだもの。皆も良いかしらー?」

 

 このドラゴーナだらけの集団の中、人間である2人は頷くと、青年が向こうへと案内を始めた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 大概の日本人は、非常時でない限り非常食を食べる機会が少ない。

 地震やら台風やらと、災害の類が多いから、お世話になることもあるかもしれない。

 けれど、やっぱり日常的に食べるものではない。

 

 さて、ここで問題だが、非常食と保存食。この間にどんな違いがあるのだろうか。

 

「え?」

 

「だから、非常食と保存食ってどう違うんだ?」

 

 俺の問いに対し、ケイは肩を竦めて、”分からない”というジェスチャー。

 それを見ると、俺は諦めて固い保存食をむしゃむしゃと食べ始める。

 幾らなんでも、こういう面でのリアリティは求めなくても良いと思うんだ。このゲームは。

 

 そう、このゲームの食材は腐る。何の防腐加工もナシに肉を1日中ポーチの中に入れていたら、普通にポーチから異臭が漂ってくる。

 ソースは初心者指導書。

 

 ドラムスメさん曰く、これでも食べやすいように調理したとのこと。

 ああ、現代社会の食べ物が恋しい。このゲームの中でも道具さえ揃えば作れるけど。

 

 

 保存食を食べ慣れているのか、それとも顎や歯が強いのか。一足先に保存食料理を完食したドラムスメが、村長へ話しかける。

 

「リザードの話なんだけれどー、何処から襲ってくるのかしらー?」

 

「もっぱら北西ですじゃ」

 

 北西、俺達が来た方とは村を挟んで逆の方角だ。

 

「北西って言うことは、えーっと……」

 

「私達が来た方とは逆だね。レイちゃん」

 

「あ、そうなんですか? でも、馬車を襲ってきた時は違う方からでしたよね」

 

「確かにそうだったね、敵が来る方角は当てにならないかな。拠点の位置が予想されないようにしてるだろうし」

 

 なんかケイが頭の良さそうなことを言っている。流石は精神年齢70、チェスとか将棋とかじゃ強そうだ。

 

「複数の拠点があるっていうのは違うのか?」

 

「それは無いと思うけどなあ」

 

 悩んでいる様子のケイに、俺は思いつきで言葉を放つ。

 

「お得意の気配感知で探すのはダメか?」

 

「……うーん?」

 

 聞こえているはずだが、ケイは唸り声を出すだけである。

 まあ、俺の言葉が聞こえている仕草を見せたら、怪しまれるだろうからな。

 

「逃して、ついて行ってみる?」

 

「それは無理。奴ら、倒しても見逃しても襲いかかってくる」

 

「拷問は?」

 

「ダメだった。捕まえる前に自害される」

 

 2次大戦中の日本軍かよ、と思うのは俺だけか。

 確か依頼処で聞いたリザードの情報じゃ、リザードはドラゴンの下僕という話だ。もしや使い捨ての戦力扱いでもされているんだろうか。

 

「と言うか、人間のあなた達が頭を突っ込むことじゃないんだが。ヨモギが帰りに送ってくれるんだろ?」

 

「あ、それなんだけどね。私もトカゲ退治に参加するから」

 

「ケっちゃん?!」

 

「ああ……」

 

 レイナは驚きの声を上げ、俺は納得の声を上げ、その他ドラゴーナはあ然とする。

 それも数秒のみ、老人がこの沈黙を破る。

 

「駄目じゃ、君たちは若いじゃろうに」

 

「む」

 

 ケイが僅かに眉をしかめる。

 頭脳は老人で身体は少女、そんな彼女にはなにか思うところでもあったのか。

 

「……ちぇー、分かりました」

 

「それがよい」

 

 安堵した様子の老人は、ふんわりと微笑みを見せた。

 まあ、ケイはそれに負けないぐらいの笑みを抑えているのだが。

 

「やっぱ決行するのか」

 

 するとウィンクで返された。なんか面倒なことになりそうだと、俺は嘆いて保存食を齧った。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「……」

 

 馬は駆け、竜は羽ばたき、猫は――

 

「……キャット、そろそろ頭の上からどいてくれ」

 

 ――仮面男の頭の上で風を浴びる。

 

 

 竜が羽ばたく時の風圧で、地面の草がライブで盛り上がる熱狂的なファンの様に激しく揺れている。

 それなのに関わらず、猫はその風圧がなんとも無いように、イツミの頭の上で座っている。

 本来ならばこの風圧でイツミの乗る馬も飛ばされてしまうだろうが、しかし問題なくパカラパカラと走っている。

 

「みゃあ」

 

「……はあ」

 

 諦めたイツミは、片手で仮面の位置を直す。

 この風圧の中、馬が問題なく足を踏みしめていれるのは、キャットによる風魔法の恩恵である。

 無暗に邪魔してはその魔法が途切れてしまうため、あまり変なことが出来ないのだ。

 

「ドラもん、何か見えるか」

 

「グア」

 

「そうか」

 

 常人にはこの鳴き声に込められた意思は分からないだろうが、イツミは当然のように返事する。

 

「ヒヒン」

 

「分かった、好きな時に休め。特に急いでもないからな」

 

 イツミがその言葉を発してしばらく、馬は少しずつ減速し、止まった。

 そしてまた少しすると、ドラもんが地面に足をつけるようと高度を下げる。それにともなって風圧が強まるが、イツミは微動だにしない。

 

 ドラもんが羽ばたくのを止めた後、キャットとイツミは馬から降り、適当な所に座り込んだ。

 

「10分経ったらまた行くぞ」

 

 3匹と1人が目的地とする村の名は、"カル村"。

 そこまでの距離は普通の馬車で6時間だが、イツミが自慢する馬であるホースの脚にかかれば、その半分を満たない時間にまで短縮できる。

 それに、時間制限だったりがあるわけでも無い。急ぐ必要は全く無かった。

 

「それと、索敵だけは怠らないでくれ。ここ近辺は物騒らしい」

 

 イツミの言葉が届いているのかそうでないのか。馬のホースは一つ嘶いてから草を齧り、竜のドラもんはゆっくりとイツミに身体を寄り添わせる。

 キャットはマイペースに草の上で寛いでいる。

 

「……まあ、いいか」

 

 警戒を進言するも、この和やかな休息を乱すには、少々力不足だったらしい。

 3匹を見てため息をつくイツミは、ある一点を見つめる。

 

 地面に突き立てられた、一本の折れた矢。その近くには、何かが爆発した跡の様な焦げ跡。

 

「……少なくとも、”何もない”という事は無いようだな」

 

 彼は立ち上がり、何かの跡に歩み寄ると、その一本を引き抜いた。

 




そろそろ飽きが来たかも
下手したら2ヶ月に1話ペースになるやもしれんです


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17-ウチのキャラクターと俺の索敵行動

 保存食の固い昼飯を食べ終え、村長家から立ち去る4人。

 俺たちは今、この村人の一人が運営している工房へ向かっている所だ。

 

 ケイが新しい防具を欲しがっているから、ドラムスメはそこに案内している。

 

 さっきみたいに村人が集まってきたりせず、その時よりは落ち着いた道中だった。

 

「そう言えばレイちゃん」

 

「はい、なんですか?」

 

「ソウヤの中身、気にならない?」

 

「……はいっ?! い、いえっ、あんまり気にしてません!」

 

 俺は表面上苦笑いする様な仕草をしつつ、ケイの方を睨む。

 このローブの中身を知っているだろうに。

 

「おい……」

 

「ふふ、冗談だよ」

 

 アンタは馬車の中での出来事を忘れたのか。

 

「さーて、右手に見えますのは、カル村唯一の鍛冶屋、『鉄道』でーす」

 

 村の風景に似合わない、ゴツイ外観をした建物だ。あの愛の工房とはかなり違う。違ってよかった。違う方がいい。

 しかし鉄道とは……。

 

「鉄道、ですか?」

 

「へえ、剣の道ならぬ、鉄の道って事?」

 

「そうらしいですよー。よくわかりましたねー」

 

 成る程、名前の由来はマトモらしい……が、なんか納得行かないネーミングだ。

横のレイナも驚いているのか呆けているのか、よく分からない顔をしている

 俺はまあ、今更驚きもしないな。スーパースーパーなんかよりは良いよ。

 

「それじゃ、早速おじゃましまーす!」

 

「どうぞどうぞー。2人も入ってってくださいなー」

 

 言われるがままに、レイナと俺も続いて店の中に入っていく。

 中身は……なるほど、見れば見るほど愛の工房とは全く違う。如何にも硬派って感じがする。

 

「ガンナさーん、お客さんですよー」

 

 ドラムスメが声を上げると、向こうからドコドコと足音が響いてくる。

 なにやら質量を感じる足音だと、ミリ秒毎に嫌な予感を積もらせていくと……。

 

「ドラムスメかあ! ひっさしぶりやねえか、ああ!」

 

 なんて事だ。筋肉のドラゴーナが現れた。

 もしかして、鍛冶屋の人=筋肉モリモリマッチョマンなどという、訳の分からない世界の法則でもあるんだろうか。

 そろそろ本気で開発者の顔を拝みたい。お陰で筋肉耐性ができちまったよ。

 

「ぷあっ」

 

「ぷあ?」

 

 なんの鳴き声かと思えば、ケイの精神がノックアウトする音だった。

 彼女の幼少時代でのトラウマは、誰もが思うよりも深く根付いているらしい。

 

「………なんでこんなに筋肉多いの」

 

 よかった、まだ生きてた。

 独り言の様に出てきた言葉は、その”筋肉”の持ち主に届いた。

 

「ああ? 鍛冶やってら勝手につくぞ、なあ?!」

 

「鍛冶を始める前から筋肉があったじゃないのー」

 

「そうだったかあ?」

 

 なぜだかぷるぷると震え始めるケイを、俺が肩を押さえつける事で止めようとする。

 俺だって、苦手なゴーヤが1週間朝昼晩と続けて出てきたら、今のケイのように震える自信がある。

 

「ケイ、収まれ」

 

「……」

 

 ……これはまた、愛の工房みたいに代わりにコミュニケーション取ったほうが良いか。

 さっさと言葉を書き出す。

 

『俺はソウヤ、呪いで声や姿が無い』

 

「おう?」

 

「あ、私はレイナと言います」

 

『こっちはケイ」

 

 その紙をを見せながら、ケイの肩に手を再度乗せる。

 

「俺はガンナだ。でえ、お前が俺んとこの防具を買うのかあ?」

 

「……」

 

『コッチで適当に物色するから、ガンナさんも適当にヒマをつぶしててほしい』

 

「おお? ならお言葉に甘えるぜえ、決まったら言ってくれ。俺あココに座ってら」

 

 俺は頷く。筋肉は向こうの椅子に座る。多少距離が離れた程度だが、ギリギリオーケーの筈。

 ケイの肩を強めに叩く。

 

「……あ、え? あれ、筋肉は」

 

「あそこに座ってる」

 

「ぴっ……そっか、うん」

 

 今後、ケイにも筋肉耐性を付けてもらわないと困るかも知れない。

 しかしどうやったら耐性つくんだろう。本人の筋肉量を増やした方が良いんだろうか、自身の筋肉にも拒絶反応を示したら諦めるしかないが。

 

 まあ、それはそれでだ。

 ここには沢山の防具が飾られているが、それの殆どはドラゴーナの体格に合わせて作られているのか、殆どが大きめである。

 

「……私でも装備できると思う?」

 

「ケっちゃんは大きいので、着れる物はあると思いますよ」

 

「そう?」

 

「はい。大きいので……大きいので……」

 

「?」

 

 レイナの視線がある一点に固定されているのは黙っている。

 と言うか、ケイはそんなにビッグじゃないだろうに。ビッグと言ったらドラムスメの方がデカい、どこがとは言わん。ついでに宿屋の管理人もデカい、どこがとは言わん。

 

「……」

 

 見れば、レイナは自爆ダメージを受けて俯いてしまっている。瞳に光が無い。大丈夫ならいいんだが。

 

「で、ケイ。丁度いいのは見つけられるか?」

 

「あー……。あ、コレとかどうだろう?」

 

 頻りに筋肉の方をちらちらと警戒しながら、比較的軽装甲の防具一式を持ち上げる。

 冒険者たる者、やっぱり動きやすいのが良いよな。

 

「試しに装備してみますかー?」

 

「良いの?」

 

「おー、遠慮すんな」

 

 そうして製作者の許しを得たケイは、早速と言った感じで防具を身に着け始める。

 

 

「どう?」

 

 と言われても、な。

 両腕には動きを邪魔しないようにしているのか、装甲が控えめの様に見える。そして、胴の方は胸のあたりが柔らかそうな素材になっているのが分かる。その代わりに、そこから下は腰まで金属製の装甲が伸びている。

 見た感じ、腹部の装甲は鱗のように重なっている感じだ、装甲部分にも柔軟性を求めているようだ。

 

「似合ってる?」

 

「防具にそれを求めるのか」

 

「む」

 

「……はあ」

 

 不満そうな顔をされて、俺は思わず息を深く吐く。

 そうだな、見た目で言えば……。

 

「やや格好いい、かな」

 

「わあ、びっみょうな評価」

 

 俺の評価に残念がるケイだが、ふと俺は斜め50度右側の方へ視線を向ける。

 そこの壁には盾がかかっている。

 

「盾か」

 

 俺の持っている剣は軽めの両手剣というだけあって、片手でも扱えなくはない。戦闘で役に立つかは知らないが。

 だが盾も持ってみるのもいいかもしれないと思うが……、やっぱり役割が安定しなくなるだろうか。

 

 少し考えて、止めておこうという考えに至った。手を動かして防御するなら、小手ぐらいが丁度いいだろう。

 

「買う?」

 

「買うなら小手だな」

 

 小手なら大して重くないし、攻撃に対して装甲部で受け止めれば、多少はダメージを軽減できるはずだ。

 

「小手か」

 

 ケイは呟いて、辺りを見渡す。

 そして何か目星をつけたのか、そこに置かれていた一つの小手を取ってくる。

 

「これ付けてみて」

 

「ああ……。こうかな」

 

 ベルトを巻いて固定してみると、意外と腕にフィットした。

 手の甲から肘の辺りまで伸びる装甲が、妙に逞しく見える。

 

「両手付ける?」

 

「左手で十分。後衛は防具ばかり気にするものじゃないだろ」

 

「そか。じゃあ買うのはコレぐらいかな」

 

「だな」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 買い物が終わり、ドラムスメは何か用事があると言って何処かに行く。

 そうして別れた俺達は、馬車の方へ戻ることにした。()()()()俺達はこの後馬車に乗ってトンボ返りする予定である。

 

「新しい防具、格好いいですね!」

 

「そう?」

 

「はいっ。なんかすごく堅くなった感じがします!」

 

 その道中、自爆から復活したレイナがケイの新しい防具を褒める。いや、はたしてコレは褒めているのだろうか。

 防具を強化したんだから、堅く見えるのは当然なのだが。

 

「ケっちゃんはみるみる内に強くなってますよね!」

 

 強くなったっていうか、中身入れ替わったからな。そら強くなる、うん。

 

「まあ、当分は強さを求めるつもりだからね」

 

「わあ、なんか悟空みたいな事言ってます!」

 

 レイナさんや、その例えは通じないぞ。

 見知らぬ単語を聞き取ったケイは、さり気なくコッチに目を向けている。

 

「悟空っていうのは、ケイみたいな人物だ。架空の人物だけど」

 

 ……創作上の人間であるケイにそんな事を言うのもバカみたいだけどな。

 そう思って、俺はなんとなくケイを見つめてみる。

 

 

 改めて考えると、彼女がこうして意思や意識を持って活動している様子は異常だ。

 ロボットにAIを組み込んでもないのに、まるで人間みたいに動いたり喋ったりしたら、それを作った人は間違いなく今の俺と同じ感情を抱くだろう。

 いや、もしかしたら本当にケイはゲームからAIが与えられているのかもしれない。俺が考えたケイの設定はどこから得られたのか、全く説明がつかないが。

 

 

 ケイが俺の視線に対して怪しく思い始めた所で、俺は見つめるのを止める。

 彼女がこうして人格を抱いている限り、人と等しく接するのが創造者である俺の義務かもしれない。……と、心のなかで格好つけてみる。

 

 

 馬車が見えると、そこには馬の撫でる御者の姿が見えた。

 

「お、戻ってきたか。じゃあ早速帰るかい?」

 

「それなんだけど、転移アイテムがあるから、それで帰るね」

 

「……なんだって?」

 

「私は、転移が出来る、アイテムを、持ってるんですーっ」

 

「なん……だと?」

「え、ええ?!」

 

 2度目の言葉を声量を強めに伝えた所で、御者の顔が覚めた様に変化していく。序にレイナもびっくりする。

 俺も初耳ではあるが、”ケイの魔法”を誤魔化すための文句だと理解する。

 

「は……っはっは! んだそれ、そんな便利グッズ使うのかよ。そんなん流通してたら俺の仕事が無くなっちまう」

 

「心配ないよ。滅多に市場に流れないようなレア物だから」

 

「レア……ケっちゃん凄いですっ」

 

「もし良かったら一緒に街に戻る? 馬車ごと」

 

「なら頼む! こんな状況の外を一人旅できるほど強くねえんだわ」

 

 なら決まりだ、とケイは言い、馬車を中心に御者とレイナと俺を集めだす。

 そうすると全員がケイに触れる様に指示される。こうすると一緒に転移ができるのだろう。

 

「よし、じゃあ行くよ……。『転移』!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 やはり転移と言うものは便利だ、と俺はしみじみと思う。

 片道6時間をノータイムで移動できるとは。

 

「それじゃあな」

 

「それではまた!」

 

「またねー」

 

 御者さんとも別れ、3人となった俺たちは全員の泊まる宿である年樹九尾へ向かう。

 ケイによってレア物という虚実のレッテルを貼られた、転移アイテムと魔剣。それらの出処に興味を持っているレイナは、道中質問ばかりを掛けていた。

 

 魔剣の性能に嘘を付く理由を作ったのはケイだし、持ってもないアイテムを持っていると言い出したのはケイだ。

 俺は助けを求める視線を無視した。

 

 

 宿屋に到着すると、レイナはポーションを作ると言って部屋に入っていく。

 

「……よし」

 

 と言って、明らかに悪いことをする前の人みたいにキョロキョロしだす。

 これからやろうとしている事に察しを付けると、俺はケイの肩を掴む。血気盛んなケイには困ったものである。

 

「行くのか」

 

「モチロン」

 

「やっぱり」

 

 リザード殲滅を目論んでいるのは知ってたし、別に止めはしない。

 

「俺は連れて行ってくれ」

 

「弓もマトモに当てられないのに?」

 

「囮にはなれる」

 

「却下。置いてくよ?」

 

 それは先ほどの助けを無視した時の仕返しだろうか。いや、それはあるかもしれないが、主な理由では無いだろうなと、俺は口のない顔を微笑ませる。

 

「……やっぱり人間だな」

 

「はい?」

 

「いや、とにかく”いのちだいじに”作戦で良いんだろ」

 

 自分がこぼした言葉を誤魔化すと、ケイは信用し難いという様な眼差しで俺を見る。

 

「まあ……、それで良いけど。それじゃあ行こう」

 

 微妙に心配そうな表情を見せるケイの顔を見ながら、風景が変わるのをじっと待つ。

 心配せずとも、俺が死ぬことは無い。死んでも死なない、リスポーンする。

 

 まあ、バグでリスポーンできない様なことがあれば、この世界では死んだも同然かもしれないが。

 

 

 風景が変わると、そこは森だった。自然を生きる動物達の鳴き声や物音が、突如として耳に届いてくる。

 場所は……村の近くだろうか、360度見渡しても建物は見えないが。

 

「ここは?」

 

「カル村の北西側」

 

「ああ、例の襲撃される方角か」

 

「うん。一定のルートから来てるなら、多少の痕跡が色濃く残ってるはず」

 

 色濃く。内心にて復唱してみるが、あまりピンと来ない。

 鉛筆で薄く書いた線を何重にも重ねれば、濃い線が出来上がるようなものだろうが、それをどうやって見つけ出すのだろう。

 ケイお得意の気配察知で見つけられるかもしれないが。

 

「……探す手段は?」

 

 ケイの眼がタカの様に細くなっているのを横から見ながら、自分の持つ疑問を口にしてみる。

 

「複数ある。1つ目は、魔力の残留を見つける手段。魔法に費やした魔力がその場に残ることがある。だけど魔法を使ってないのなら無意味」

 

「魔力の性質は()()()と違うんじゃなかったか」

 

「うん。けどレイちゃんが魔法を使った時は、私にも分かるような痕跡が生まれてたよ。だから問題ない」

 

「そうか」

 

 世界が変わっても、魔法使いとしての才能は通用するらしい。

 ケイは指を2本立てると、言葉を続ける。

 

「で、2つ目は、足跡とか痕跡とかを辿る手段。まあ、物理的って言えばいいかな」

 

「ベタだな。3つ目は?」

 

「勘」

 

 ……なるほど。

 まあ、よくあるアニメや漫画とかだと、実力者の勘はバカに出来ない、っていう描写がよくあるからな。

 

「結構バカにならないよ」

「バカにしてない」

 

「そう?」

「そう」

 

「本当?」

「本当」

 

 2回目の確認を受けて、ケイはようやく納得したように頷く。

 しばらくして、あらゆる所に目を通したケイは、確信を得た表情で歩き始める。

 何か痕跡を見つけたのかと思っていると、ケイがおもむろに人差し指をある一箇所へ向けた。

 

「見てよこれ。分かりやすい目印でしょ」

 

「……足跡?」

 

「キレイなリザードの足跡、それも沢山。あの巨体の重さもあってクッキリ残ってる」

 

 目を凝らすと、たしかにそれらしきものが見えた。

 大半の爬虫類の足の形は、確かにこんな感じだ。よくよく見ると、爪が地面に突き刺さっていたであろう跡も見える。

 

「これは爪か」

 

「そう。よくわかったね」

 

 一つの足跡さえ見つけてしまえば、他の足跡は俺でも簡単に見つけることが出来た。

 けど、調子に乗らないで素直にケイの後ろをついて行ったほうが良さそうだ。俺なんかよりケイに任せた方が安心できる。

 

 

「そういえば」

 

「?」

 

「明日の朝、ケイが朝食当番なんだけど」

 

 本当に藪から棒な話題であるが、最初の朝食当番をボイコットするのは好ましくない。

 ケイの顔を見るが、ぷいっと目線を逸らされる。

 

「……代わりに作ってよ」

 

「はあ……まあ、分かった」

 

 別にケイに料理を強制させる気はない。俺は潔くうなずいた。

 

 記憶を失ってからは母が料理を作っているが、この言語障害が祟って暇を持て余している(仕事が貰えない)俺に、たまに料理を教えてくれている。

 まあ、始めたのは最近……というか、VR装置を購入する一週間前ほどの事だ。

 あの装置を購入する代わりに、母の家事を手伝うという約束をしたのだ。子供かよ、とは思うかもしれないが、実際に俺は母の一人息子である。

 

 とまあ、そんなサイドストーリーは置いといて。

 

 別に、ケイの当番の分を俺が代わりにやっても、なんの問題も無い。何時かに言った様にレパートリーは少ないが、当番は他の住民にも回るから、俺が一定の料理を出しても皆大して飽きたりしないだろう。

 

「私の当番、全部任せていいかな……」

 

「別に良い」

 

 俺が承諾した直後に小さくガッツポーズを取るケイに、呆れ笑いを零した。

 

 

 

 

 情報を元に村へたどり着いた(ワタクシ)たちは、住民が怖がらないよう、ドラもんをやや遠い所に待たせてから入っていく。

 

 明確な入口はあるのだが、正直言って他の所からも問題なく侵入できてしまう。一応ちゃんとした柵はあるが、獣の侵入を防ぐため物でしかない。

 ……と、今回は別に侵入しに来たのではない。ただ普通にこの村へ訪れた、一般的な冒険者だ。

 

「あーっ、変な仮面の人!」

「仮面が笑ってるよー!」

「すごい真っ黒」

 

 突然、横から子供が声を上げ、こっちに駆け寄ってくる。

 

「か、かっこわるい……」

 

「え」

 

 別の子供がそんな事を言い出して、私は思わず硬直する。

 

「こんにちは、なのデス。村長はどこに居るんデスか?」

 

「村長は村長の家ー!」

「家の中に居るよー!」

「今は家の中でお姉ちゃんにマッサージして貰ってるんだ」

「猫耳のお姉ちゃんかわいい……」

 

「そ、そうなのデスか。良かったら、そこまで案内をして欲しいのデス」

 

「僕が案内するー!」

 

 ……私の格好は、そんなに格好悪いだろうか。

 

「ホースよ、どう思う?」

 

 地面の草を貪っていたホースは、どっち付かずのような感じで、曖昧にヒヒンと声を上げた。

 

 ……まあ、いい。

 とにかく、この村で”NPCのモンスター化”に関しての情報を、一度集めよう。

 

 




書いてたら長くなったので分割
こっちは前半の方

・追記
今後の展開に合わせ、最後にイツミ・カド視点を追加。


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18-ウチのキャラクターと俺のトカゲ狩り

 足跡を辿って結構経ったか、大体20分の間森の中をずっと歩いていたが、突如としてケイが立ち止まる。

 

「敵、向こう」

 

 指をさす方向を見る、よく分からないが、ケイがそう言うのなら居るんだろう。

 いくら目を凝らしても見えない姿を捉えるのを諦め、ケイのほうに目線を移す。

 

「リザードって言葉通じるかな?」

 

 小声で言われるが、俺は少し悩んで。

 

「分からない」

 

 ドラゴーナは拠点を聞き出そうとしていると聞いたが、言葉が通じるとまでは聞いていない。

 モンスターだから言葉が通じないかもしれないし、知的生命体だから言葉が通じるかもしれない。

 

「そっか、じゃあ一回だけ試そうか」

 

「尋問するのか?」

 

「そ。後ろからこっそりと……」

 

「……頑張れ。俺はここで待つ」

 

 俺には隠密行動する様なスキルも技術も知識も無い。

 付いて行っては足を引っ張るだろう。

 

「何かあったら私を呼んでね」

 

「了解」

 

 特に問題は起きないだろう。

 手身近な木の根元に腰を下ろして、気配を消しつつあるケイの後ろ姿を見送った。

 

 

 ケイを見失ったところで、俺は座ったまま後頭部を木に預ける。

 ぐったりとした俺の視線は上を向くが、丁度この木が太陽光を遮っていて、あまり眩しくない。

 

 どれぐらいしたら戻ってくるんだろうか。

 もしケイが敵に見つかりでもしたら、すこしぐらいの戦闘音がこっちにも聞こえるだろうが……、

 

「……そんな事はないか」

 

 確信して言える。

 リザード一体ぐらいなら、きっと剣をズバっとやって終わりになる。

 

 特に心配する必要もない。眠ってしまう勢いで気を休めても問題ないだろう。

 いや、本当に寝るつもりはないが……。

 

【ピロピロン】

 

「……ん」

 

 メール? 

 母からだろうか、無言でシステムメニューを呼び出し、メールを開く。

 

 送信者:レイナ 件名:無題

『何か欲しいポーションとかありますか? よかったら作った分をケっちゃんにおすそ分けします! o(>▽<)o』

 

 ああ、レイナか。顔文字まで付けちゃって、相変わらず女の子してるな。

 とは言っても、ポーションを買ったばかりだし、なにも足りないものなんて無いけど……。

 

 ……。

 

 

 ……あれ? 

 

「……んなっ、ええ?!」

 

 なんでケイへのメールがこっちに来てるんだ?! 

 まさか、何かの手違いで送り相手を間違えたワケじゃないよな! 

 ああ、そうか! これはバグか。というかバグだな! そういえば俺自身バグの塊の様なもんだし! 

 

 そう、バグ……バグなら……うん。

 

「どうすれば良いんだこれ」

 

「どうしたの?! ……って、無事じゃん」

 

「あ、ああ」

 

 さっき大声だしたから、急いで戻ってきたのか。ケイは本当にやさしいなホントウに……。

 目線をあげてケイの方を見ると、心配そうな眼差し……だったのが見えた。

 

「さっき少し……ってなんだそれは?」

 

 ケイの後ろにリザードがぶっ倒れていた。

 いや、ぶっ倒れているというよりは、引き摺られていたというべきか。リザードの意識は失われているようで、ぐったりしている。

 

「リザードだよ」

 

「いやそれは分かるけど」

 

「そう? まあ、何事もなかったなら別に良いんだけど。そういえば、さっき変な音が聞こえなかった?」

 

「変な音?」

 

 なにか物音でもあったんだろうか。メールに夢中で気づかなかったが。

 

「うん、なんかピロピローって」

 

「ピロピロン?」

 

「うん。聞いたこともない音だった。新種の鳥でも居るのかな?」

 

 見当違いなことを言うケイに、俺は指をさして言う。

 

「……それ、メールの通知」

 

「めーる?」

 

 聞き慣れない通知音で気付いてない様だが、彼女も何かメールを受信したらしい。

 システムメニューの操作に慣れていないだろうし、手伝った方が良いだろうか。

 

「システムメニューの機能の一つ。やってみて」

 

「あ、うん。『システムメニュー』」

 

 続けて、現れたメニューを操作し、それらしきものを探るように操作している。

 少しぐらいは慣れているのだろう。少し戸惑いを見せていたものの、メールを開くことに成功した。手伝いはいらなかった。

 

「これは……手紙?」

 

「そんな感じ。運ぶ人も要らないし、盗まれることもない手紙だ。しかも、書いた人が送ってから一瞬で届く。で、ピロピローは届いたのを知らせる音だ」

 

「おー、異世界凄いね」

 

「驚かないんだな……ってそのメールは!」

 

 俺の方に届いていたのと同じ内容じゃないか! 

 彼女が展開しているウィンドウを裏側から見ているが、間違いない。文章はさっき俺が見たものと同じだった。

 

「どうした?」

 

「いや、それ……っ」

 

 途中まで言いかけて、口を閉じる。

 なにか言っても、”現実”としてこの世界を生きている彼女には通じない。

 

「ええ……と、気にしないで、どうぞ読んでくださいな」

 

「えー」

 

 俺の変わり身に戸惑うケイ。言っても本当に仕方ないんだ、これは。

 

 

 

「……なるほど。ポーションってどれぐらい残ってる?」

 

 俺の挙動不審を気にする様子もなくメールの内容を読み終えたケイだが、ふとこっちに問いかける。

 

「体力ポーションが7つ、魔力が6つ。というか買ってから全然使ってないな」

 

「そっか……」

 

 一応、異常状態を治癒するポーションだったり、一時的にステータスを倍率で上昇させるポーションがゲーム上に存在するが、それは持ってない。

 それをレイナに頼んでも良いかもしれないが……。

 

「というかそのリザードはどうするんだ」

 

 先ほどから地面にぐったりとしている一体のリザードの事だ。もう尋問は終えているんだろうか。

 

「ああ、尋問はここに戻ってくる前に終わったよ。聞き出した直後にソウヤの声が聞こえたからね」

 

 そう言って、彼女が手にした剣でリザードの喉を刺した。

 光となって散る様子を見ながら、俺が持つ懸念を口に出す。

 

「嘘だった場合は?」

 

「嘘でも問題無い。森を焼き尽くせばいいし」

 

「おい」

 

「冗談」

 

 それはシャレにならない冗談だ。止めてくれ。

 これはゲームだし、そもそも木が燃えたりしないかもしれないが、それはそれだ。

 

 片手で頭を押さえつつ、歩き出すケイに付いて行く。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「……自分で言うのはアレだけど、守りながら戦うのは大丈夫なのか?」

 

「守りながら……まあ、守るために力を付けたんだし、それぐらいはね」

 

「”恋人”の事か」

 

「うん、私が女の子になって、二つ目の人生を始めた理由」

 

 いや、逆だろう。

 

「二つ目の人生を始めて、女の子になったんだろ。因果が逆転してる」

 

「おっと、……てへっ」

 

「おい、元男」

 

「むむむっ」

 

 ……とは言え、彼女が自立する前は俺もノリノリで女の子してたからな。人のこと言えない。

 

 

「そういえば、ねえソウヤ」

 

「なんだ」

 

「君の前世の”恋人”、どんな感じだった?」

 

 はあ、俺の前世……? 

 

 ……ああ、そうか。彼女にとって、俺は”異世界のケイ”、もしくは”並行世界のケイ”として見られているのか。

 これは、また演技(ロールプレイ)しないとな。

 

「前世、あー……。その、無いんだ」

 

「え、何が?」

 

「……前世の記憶が無いんだ」

 

 ”記憶が無い”。そう口にして、”俺自身”の事を連想してしまう。

 

「無い……?」

 

「ああ、無い。辛うじて一部の記憶は残ってるが、無いも同然だ」

 

 “俺がケイとして”話を合わせながら、ぼんやりと虚空の記憶を掘り返す。

 けれど、今口にされた言葉を裏切るように、記憶の中からは何も出てこない。

 

 しかし、掘り返された”無”の中から、一つだけあるものが出てきた。

 

「……トラック、だったか」

 

「とら……なにそれ?」

 

 記憶喪失の原因だが、確かその車で轢かれたハズ。とはいえ、その直後に記憶が飛んだワケだから、“聞いた話”となるのだが。

 ついでに言えば、記憶を失う機会となった事故には二人目の被害者が居る。詳しくは知らないが、時々母がその人について話してくれる。俺と同じ年だとか、今もずっと意識が無いままだとか。

 

「あ、もしかしてそれが”彼女”の名前なんだ!」

 

「は?」

 

 そうして、今更になって気づく。無意識に名称を口にしたせいか、盛大な誤解をされてしまった。

 まずいな、俺は独り言が多い方じゃないと思っていたんだが。

 というかトラックが俺の彼女なワケがあるか。あるワケがない。

 

「悪いが、人名ですらないぞ……」

 

「なるほど」

 

「何がなるほどだ、アホ」

 

 俺がツッコむと、彼女は適当にごまかすように口笛をひゅーひゅーと吹く。

 ……しかも普通に上手いし。

 

 

 ふと、ケイが立ち止まる。それに対して地面をじっと見下ろしていた俺は、彼女に肩を掴まれるまで気付かずに歩いていた。

 

「あ……」

 

「前方に見えますのは、リザードの本拠地(仮)(カッコカリ)でございまーす。……って事だから、気をつけて」

 

「すまん、俺が前に出ると危ないな」

 

「大丈夫。どんなに危なくても、土魔法で閉じ込めてあげるから」

 

 ヤンデレかよ。

 

「安心して、私の土魔法はドラゴン100匹にも耐えるよ」

 

「逆に100ドラゴン分の力がないと、閉じ込められたときに脱出できないって事か」

 

「そうそう」

 

 こりゃ閉じ込められたら文字通り土葬されるな。怒らせないようにしよう。

 

「じゃ、ソウヤはここで待つと言う事で」

 

「おう」

 

 俺の返事に、ケイは瞬きを2度パチっとして見返してくる。

 そろそろ行かないのか、と不審に思っていると、突然足元からゴゴゴという音が振動と共に伝わってくる。

 

「え」

 

 そうして、視界の下から伸びてくる壁を唖然と眺める。

 

「30分間後か1時間後には戻っ───」

 

 耳に届いていた空気の流れる音は途切れ、ケイの声は中途半端に俺へ届いた。

 そしてハッっとした頃に、ようやく気付いた。閉じ込められてしまったのだ。別に怒らせてもないのに、閉じ込められてしまった。

 

 

 お、落ち着こう。慌てても正しい対処が出来得る可能性は低い。

 まずは観察だ。この、全方位を包む異常に硬い土を見る。

 

 これ、隙間無くないか? 完全に光が届いてない……と言っても、あのダンジョンの時みたいに何故か視界は利くんだが。というかこれ空気大丈夫か。

 このゲーム窒息とかいう要素無いよな? 水中ならまだしも、完全に閉鎖された空間で窒息する様な事は……。

 

 ……あるかもしれない。

 というか、あると仮定して行動しなければ、酸欠で倒れるリスクが重い。リスポーンしてこの空間から消えれば、より心配をかける可能性もある。

 

 ええと、酸素を消費しない状態って、とりあえず運動量が少ない方が良い筈……だよな? 

 そうすると睡眠状態に限りなく近い方が良いか。

 幸いケイの気遣いのお陰で、この()()は中はやや広くなっている。壁に上半身を預けるように寝れば、消費は少なく済むはずだ。

 

 そうと決まれば、酸素が無くなる前に実行だ。俺は壁の隅に座り込んで、壁に身を預け、目を閉じた。

 この密閉空間の中で、生き延びる為に。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「30分間後か1時間後には戻ってくるから、じゃあね」

 

 そう言ってソウヤを私の土魔法で()()した後、向こうの拠点の方向に進んだ。

 未だに目視できないけれど、”気配”がその存在を証明してくれる。

 

 もしリザードから聞き出した情報が偽物だとしても、さっきまでと同じ方法で余裕でたどり着ける筈だ。

 

「ま、多少のショートカットにはなったね」

 

 幸い、情報は嘘のものじゃなかった。

 ようやく村らしきものを見つけて、私は確信する。これがあのリザードの拠点らしい。

 

 しかしリザードの拠点という割には、どこか生活感が残っているように見える。さっき訪れたドラゴーナの村、カル村に似た空気感を想起させもする。

 きっと、普通の村を占領して、リザードが拠点にしたんだろう。

 

 ざっと見渡すと、あちこちに立つ櫓と武器を持ったリザードが視界に入る。本来あったであろう、村の穏やかな空気は、すでに無かった。

 

 すると、村を奪われた村人は……どうだろうな。皆殺しになっているかもしれない。

 本来の村の住民がドラゴーナだった場合、敵対しているリザードは彼らを生かさないだろう。

 

「うーん、一気に指揮官(ボス)を倒せば良いかもしれないけど、制御を失った戦力ほど予測出来ないものは無いし……」

 

 どうやって殲滅させるか、考える。

 私の目標は、村の奪還とか拠点の占領とかじゃなくて、ただリザードを殲滅させる、というものだ。

 だから、出来る限り敵を逃がしたくない。

 

 ……時間はかかるけど、警戒されないように一人ずつヒッソリ始末すれば確実で安全かな。

 そうすると上から目は邪魔だから、櫓の敵は最初に落とすとして……。

 

「『転移』」

 

 密かな声だけど、ちゃんと構築された魔力によって魔法が発動。視界が一瞬で切り替わる。

 そして、目の前のリザードの口を掴み、声が出ないようにしつつ喉を裂く。

 

「カァ˝」

 

 口からでは無く、喉から声が聞こえてくる。

 その声を聞き流しつつ、傍に置かれていた弓矢を拾って次の櫓へ転移する。

 

 それを数回繰り返し、全ての櫓を攻略したところで、早速地上の掃除に手を付ける。

 

 まず、櫓の真下に居るリザード目掛けて飛び降り、それを下敷きにしつつ着地。同時に剣を突き立てた。

 けれど、リザードはこの一匹だけじゃない。直ぐ近くに他のリザードが居たから、この場面を目撃されてしまった。

 

 まあ、”警戒されない”様に倒すとは言ったけれど、”見つからない”様に、とは言ってないからね。

 

 頭の中で『詠唱』と小さくつぶやき、魔法を発動する用意をする。

 それに必要な詠唱時間はかなり短く、0.5秒にも満たないタイミングで発動した。

 

「『ウィンドアロー』」

 

 この世界の魔法を発動、そして接近。こっちの魔法は頭を空っぽにしても放てるのが強みだ。

 だから……、

 

「『掴んで』」

 

 風の矢を放った直後に、私の魔法で土を敵の足に絡ませる。

 こうして、二つの魔法を同時発動できる。

 

 二つの世界の魔法を両方習得した、この私にしか出来ない芸当だと思う。

 場合によっては、私の他に同じようなことが出来る人が居るかもしれない。けれど、コレは大きなアドバンテージになるだろう。

 

 風の矢は喉に直撃し、リザードが助けの声を上げるのを遅れさせる。

 その内に弓に矢をつがえ、放った。

 

「……よし」

 

 リザードは倒れ、動かなくなった。

 血の代わりに立ち上る光と消えゆく死体を眺める。

 

 

 ……何時見ても不思議だ。この世界の生き物には、血が通っていないんだろうか。

 正直この様子を見ていると、この生き物達はモンスター達は、全て作り物なんじゃないかと、そう思ってしまう。

 

 きっと、この世界の生き物は元々そういうモノなんだろうけど……。

 

「……さ、早く済ませよう」

 

 リザードの気配が消えるまで、倒し続けないといけない。

 ソウヤには1時間後には戻ると言ったし、さっさと倒して回らないと。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 村が幾分か静かになった。気配も少なくなった。

 これで東半分のリザードは倒した。異変に気付き始めるリザードを順に倒していけば、この拠点は静かになる。

 

 けれど、そんなリザードがざわざわと騒ぎは始める。

 死体は残らないから、異変に気付いた様子ではなかった。それじゃあ、騒ぎ始めた理由は何んだろう。

 

 すると、遠くから聞こえてくる音に、空へ振り向いた。

 

「ドラ……ゴン?」

 

 驚いた、ドラゴンだ。しかも見たところ……まだ子供の様に見える。それにこっちへ一直線に飛んでいる。

 ドラゴンの奴隷や部下のような種族であるリザードの事だ、ドラゴンと何か関係を持っていてもおかしくは無い。

 

 ……と、思っていたんだけれど。

 

「ドラゴンダ、ドラゴンガ襲ッテ来タゾ!」

「弓矢ヲ持ッテコイ!」

「使エナイ奴は家ニ引ッ込ンデロ!」

 

 ……情報が間違っていたのか、もしくはこのリザードが普通と違うのか。

 何故だかドラゴンと敵対している様子だった。

 

 もしかしたら、ドラゴンにも二つの勢力があって、それと敵対している可能性だってある。

 後でキャットちゃんにでも訊いてみようか。

 

「うーん、静かなままの方が都合がよかったんだけど……」

 

 まあ、ドラゴンとこのリザードの戦いが落ち着くまで隠れてようか。

 そう思って、ソウヤの元へ転移魔法で向かおうとする……直前だ。

 

「ギァァァァァ!」

 

 ドラゴンの、若さの残る咆哮が村に響く。

 そして、ついにドラゴンは空から炎を撒き散らしだした。

 

「……戻ろう」

 

 騒動が過ぎた後に、生き残りを処理すれば良い。

 予定は変わったが、殲滅させる見込みは無くなった訳じゃない。ちょっとだけ危険になっただけだ。

 

 そうして、私は今度こそソウヤの元へ転移する。

 

「『転移』」

 

 視界が一転、木造建築の並ぶ場所から、不自然に四角い土の箱のある場所にやってくる。

 さっき私が作った()()()()()だ。作るときには魔法でちょちょいとやったのだから、崩す時も魔法でちょちょいっと。

 ほら、簡単に崩れたし、ちょっと気を付ければソウヤに土がかかんない様に出来……る……し? 

 

「……」

 

 なんという事だろう。

 崩されたシェルターの中には、力なく倒れているソウヤの姿があった。

 

 

「……え」

 

 頭が真っ白になり、私はソウヤの方へ駆け寄った。

 

「どうした、何があったの?!」

 

 叫ぶように言っても、ソウヤは起きない。

 まさか、毒とか病気とかじゃ……! 

 

 焦る心を押さえつつ、ソウヤを抱え上げながら転移の魔法を構築して発動。

 今度はレイナの部屋の前に転移して、扉の向こうから呼びかける。両手はふさがっていてノックする事はできなかった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「レイちゃん、レイちゃん!」

 

「どうしましたって、ええっ?! ソウヤさんがぐったりして、一体何があったんですか?!」

 

「気を失ってるの! 私一体どうすればばば」

 

「気を?! あ、ああわわ、ええっと、状態異常回復のポーションは……ありました、気絶回復のポーションを飲ませます!」

 

「うん、お願い!」

 

 ふと、口に何かを押し込まれる感覚の後、喉に何かが流れていく。

 なんか、甘い。

 

「……お、起きません。わあああ、大変ですっ。気絶回復の効果が無いっていう事は、もしかしたら気絶する程の重い異常状態とかかもしれません!」

 

「それって大丈夫なの?! 死なないよね?!」

 

「あ、あわわあわ、慌てないでくだひゃいっ!」

 

「レイちゃんが落ち着いて!」

 

 一体何が起きて……。

 喉に流し込まれた液体の感覚によって、意識が僅かに引き上げられる。僅かに開いた瞳が、この騒ぎの様子を観察していた。

 

「とりあえず体力ポーションで延命して下さい! 私は使えそうなポーションを探して来ます!」

 

「分かった、飲ませる!」

 

 わけがわからない。というか、眠い──と、寝起きでボケた頭は思考放棄を選択した。

 俺は瞼を閉じると、気を失ったふりをして、喉に流れ込む液体を静かに受け止めた。




悪い意味での締まりのないオチ。
次の話で何とかなるので問題ない。

所で、「She」の彼女と、「GirlFriend」の彼女ってややこしいと思うの
こういう時は日本語が不便だと感じる


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幕間-俺の記憶調査/ワタクシの調査報告

今回は現実サイドとゲームサイドの2本立てです。
ゲームサイドは、前回の中途半端な終わりにケジメを付ける様な形になります。


 意識が元に戻り、瞼を開くと真っ黒な視界が現れる。

 頭を覆う固いそれを持ち上げると、視界には光が飛び込んでくる。

 

 

 ……うん、流石にあの大騒ぎの状況には耐えられなかった。無視して眠るというマネが出来ないほどに

 よく分からないポーションを飲まされたタイミングで起き上がって、適当な事を言って宿の自室に戻った。

 

 その後に、ログアウトだ。

 病み上がり(仮病)という事で、しばらく眠ると言い残しておいた。ケイ辺りがトチ狂って扉をぶち破らない限り、大丈夫だろう。

 

「……」

 

 机の方を見ると、前回ログアウトした時に書いたメモ帳と何時もの黒歴史ノートがあった。 

 無意識のうちにそれを手に取り、中身を開く。

 

 最早見慣れたケイの姿と、その設定が現れる。

 

 

 ……俺は、ケイの姿を描けるだろうか。

 ふと思いついたそれを実行しようと、適当なシャーペンを手に取る。

 

 適当に、頭から描いていく。

 しかし―――不格好だ。

 

 目や鼻といった顔のパーツの配置は、歪んだ鏡に映った顔と同様だった。

 首から下はまったく描けていないけれど、この時点でダメだ。

 

「―――」

 

 右手で紙を握りつぶして、シャーペンを放る。この時ばかりは珍しく怒りを覚えてしまった。()()()()()()

 俺に絵なんて描ける筈がなかった。

 

 仕方ない、お遊びはこれぐらいにして、記憶の調査と行こう。

 

 幸い、俺が眠りに落ちたのは昼過ぎの辺りだ。それを踏まえ、現実とゲーム内での時間速度の差を考えると……現実で45分間過ごせば、向こうで朝を迎えるはずだ。

 ならば、その間俺は調査に集中できる。

 

 

 とは、言ってもな……。

 黒歴史ノートの方に、これ以上記憶の足掛かりになるような物は無い。そう感じつつある。

 資料……と言うと大それたものに聞こえるが、とにかく情報が足りないのだ。

 

 一応はそのノートを開いては読んでみるが、特にピンと来る様な物は見当たらない。

 

 母から何かヒントは得られないだろうか。

 確かに、母が知っている()()の俺は既に教えてもらっているが、それらは中途半端でしかない。

 

 通っていた学校から、その行事や部活動まで……、けれどそれまでだ。

 母は、俺の人間関係までは知らなかった。別に母が俺に無関心だったという訳ではない。

 きっと、俺の友人は少ないか、或いは居なかったんだろうな。

 

「……」

 

 やはり、母に訊くのは止めだ。今以上の進展は期待できない。

 そうすると……。

 

 新しい資料が必要か?

 

 確かに、この黒歴史ノートの様に、他に何か過去の俺が残したような物があったら、それは俺の求める記憶に近づける可能性を秘めている。

 ならば、先ずは学生時代に取っていたノートを発掘しないと。

 

 部屋中を見渡して、目に付いたそれっぽい棚を引いて見る。あまり使う事のない収納スペースだが、その中身はカラではなかった。

 そこにある本は、事故に遭うまでの大学生時代に使っていたであろう物だった。

 

 ……求めているものがある可能性だって、少しはあるだろう。

 

 棚の中身を一気に取り上げると、机に置いてから一つ一つ確認し始めた。

 

 その大半は、過去の俺の性格を表した、あるいはそうではないかもしれないが、生マジメに「学」が記されたノートであった。

 頑張ればこの内容を理解できそうだが、今の俺にはその時間がない。記憶の手がかりに成り得そうにないものは、俺の手によって、開かれっぱなしの棚に放り入れられる。

 

 本の表紙を一瞬だけ見て、ペラペラとページをめくり、そして棚に放る。という動作が、まるで手練れの工場作業員のそれになり始める頃。

 なにか、それっぽい物は無いだろうかと。本を仕分ける手に、無意識に力を込めてしまう。

 

 大量にあった筈の書物は、あっという間に机の上から無くなり……そして、最後に一冊だけ残った。

 ”もしかしたら”、あるいは、”最後はきっと”、といった想いが、残りの一冊を手元に寄せた。

 

 それは、今までのノートの表紙の様な綺麗な字体ではなく、中学生がただ普通に書いたような字だった。

 そして、その表紙にはこう記されていた。

 

 『ケイの旅路 ――別れの時から再会の時まで――』、と。

 

 

 

 

 

 

 ここは、かつてシウム村と呼ばれていた。

 ドラゴーナという種族が、何かから隠れるように森の中に村を建て、住んでいた。

 

 ……らしい。

 ここにたどり着いたプレイヤーは殆ど居らず、NPC達から情報を得ることも難しい。

 

 近所であるカル村との友好関係、あまりなかったとも聞いた。

 カル村の村長に聞いてみたのだが、シウム村の住民は他所と関わるのを嫌っていたらしい。

 

 その理由に至るところまでの情報は無かった。恐らく、元からそういう気性なんだろうと思うが。

 

「ドラもん。もう敵は居ないのか?」

 

「グァッ」

 

 リザードの蔓延る村を襲う時の鳴き声とは違う、まるで人に媚びを売るような可愛らしい鳴き声で返事をされる。

 

「死体だけデス」

 

「そうか……って、そのセリフをどこで覚えて来たんだ」

 

「?」

 

 別にあのセリフを意識していなかったらしい。なら自分の考えすぎかと思いなおすと、首を横に振る。

 

 とにかく、村に住み込んでいたリザードは殲滅した。

 

 建物に立て籠るリザードは、建物を燃やした上で押し潰し、中身ごと潰した。

 弓矢を持って抵抗する敵は、上空のドラもんに気を取られている内に我々が背後から攻撃した。

 

 なんてことの無い、ドラゴンという過激戦力による制圧だった。

 

「まあ良い、とにかく良くやった。これで依頼も達成だ」

 

 村長から請け持った仕事だが、私が育てたドラもんのお陰で、特にこれといった危機も無く終わった。

 それにドラもんは上空から奴らの拠点を見つけてくれたから、特に探す時間も必要もなかった。

 

 何かを求めるように懐に鼻先を押し付けるドラもんに、その期待通りに撫でてやる。

 今回はドラゴンが一番の功労者だ。

 

「親バカなのです」

 

「本当に何処でその単語を覚えているんだ?」

 

 アレか、単独で情報収集させたから、余計な言葉まで覚えてしまったのか。

 

「とにかく、調べるぞ」

 

「はーい、なのデス」

 

 キャットは猫に戻ると、何時もの様に私の頭に乗っかる。

 もう抵抗する気も起きない。ドラもんとホースに体を休ませるように言うと、崩れていない建物に入っていく。

 

 リザード退治の依頼は、例の調査のついででしかない。

 とは言っても、この村が”NPCがモンスター化”した所だという確証はもっていない。

 だから、小銭稼ぎとしての目的とが半々だろうか。

 

「……なーんの変哲も無い民家なのデス」

 

「だろうな。別のところを調べよう」

 

 続けて2軒目、3軒目と調べるが、何もない。

 こういう情報収集は隙間なく行うのが常だから、調査は続ける……が、やはりこの村は我々が求めている物とは無関係だろうか。

 

「ここは……?」

 

「以前の住んでいた狩人や戦士の家だったのかもしれないのデス」

 

 いや、そう考えるには……少し、違う。直感が訴えかけてくる。

 普通のドラゴーナは武器を持たないし、リザード達のものだったとしても、彼らが持っていた武器とは違う。

 

「こういう所に限って面白いものが隠れているのデス」

 

「そうだな、ここは念入りに調べよう。こっちはワタクシが調べる」

 

「じゃあ私はこっちデス」

 

 手分けしてこの部屋の調査を始める。

 引き出しや棚を隈なく調べるのは勿論、スキルや魔法を酷使して隠されたものも見逃さない。

 

 ここは無人であるが故、何時もよりも調査は進んだ。

 

 

「む」

 

 棚の奥を探る手に、何か重く、硬い物が当たった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「おお、リザードを退治してくれたのか」

 

「拠点を離れていたリザードは残っているでしょうが、大体は掃除しましたよ、村長殿」

 

 畏まった言い方だが、目上の立場である村長が相手では当然である。

 

「いやはや、奇怪な仮面の”女”がドラゴンを連れて何事かと思ったが、これは感謝せねばなぁ」

 

「な、村長殿。ワタクシは女性ではなく――」

 

「そう言うまでもなく、ワシの目は誤魔化せんぞい」

 

 この爺さんは何を言っているんだろうか。

 仮面の下で顔をヒクつかせながら、背中の後ろで握りこぶしを作る。

 

「おい、爺さん。恩人にそんな態度はダメだろう……。すまない、この馬鹿ジジイが迷惑をかけた」

 

 ようやく戻ってきた青年が、子供の失態を自らが代わりに謝罪する母親のような言動をする。

 マトモな者が居ればだいぶ違うと、一息ついた。

 

「おお、将来有望な次期村長よ。連絡版にリザードの件は書いておいたかい?」

 

「その為にここを離れたんだから、それを忘れるわけがないだろう……。そんなことよりも、爺さんのその態度を先に気にした方が良いんじゃないか?」

 

「ほっほっほ」

 

 長い付き合いであろう青年も、これには頭を抱えた。その様子に同情さえする。

 

「それで、報酬の方だが」

 

「それなら、ほれ、ワシらからの感謝の気持じゃ」

 

「感謝する」

 

「対価を与えるのは当然じゃよ。そうじゃ、追加報酬を乗せるから、仮面を取ってくれなガボォッ!」

 

 横に静かに会話を見つめていたキャットが、魔法で村長の顔面に重い風を押し付けた。

 

「駄目なのデス」

 

「……」

 

 クライアントに迷惑をかけたことに叱るべきか、クライアントの態度に渇を入れたことに褒めるべきか。

 微妙な気持ちで、昏倒一歩手前の村長を眺める。

 

「すまない、本当にこの村長は……」

 

「い、いえ、どうか気になさらず」

 

 これ以上ここに居たら面倒を重ねるだけかと、そろそろ帰ろうかとキャットへ目配りする。

 

「それでは、御機嫌よう」

 

「また機会があればよろしくお願いします」

 

 帽子を取り優雅に挨拶をすると、ドラもんとホースが待っている所の方向へ振り返り、歩き出した。

 

 

 

 

「ご主人。そんなボロ本一冊と、その……よく分からない筒の様な物に、それほどの価値があるのデスか?」

 

「あるさ、それも大きな……もしかしたら、(ワタクシ)は二つ目の世界を知ったのかもしれない」

 

「確かに、ここら辺では見ないような本の作り方デス。ですか、()()は大げさすぎるのデス」

 

「……落ち着いたら話そう。それまでお預けだ」

 

「えー。そのお預けはおやつの減給よりキツい物があるのデス」

 




幕末だけれど、この話が無いとストーリーに穴が開いてしまう。
無価値なオマケに価値を持たせてはいけない。

まあ、チラ裏だし。という言い訳をする。
こうして投稿しているのも、コレの完結を促す為だけの様なもんだし……。
(なお完結する自信が無い)

あ、ちなみに完結までのストーリーは固まり始めてます。8時間ぐらい茶碗に張り付いた米粒みたいに。
あとは、辻褄の合う物語の運び方と、楽しく読める書き方が必要かな。



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第4章 日常
19-ウチのキャラクターと俺の引き籠り宣言


 ログインして、ベッドから身を起こす。その拍子にフードが脱げてしまったから、もう一度被り直す。

 

「……結局読みきれなかったな」

 

 読みきれなかった……と言うのは、つい先程まで読み耽っていた『ケイの旅路』のことだ。

 正直に言う、作品としては低品質だ。食べ物としての評価に当てはめるなら、あの保存食料理と同等だった。

 けど、興味深かった内容なのは事実だ。

 

 だが気になるのは、『何故ケイだけが』っていうものだ。彼女以外にもキャラクターは沢山居た。なのに、なぜ彼女だけが主人公として取り上げられた?

 

「……」

 

「ソウヤ!」

 

「な」

 

 突然扉が開き、その拍子に出る大きな音の方を振り返る。

 買ったばかりの鎧は身につけておらず、初めてケイを知った時の格好で居た。

 

「体調は?!」

 

「じょ、上々……? って、何するん」

「黙って!」

 

 俺の発言権を怒鳴る声で押しつぶし、しかし優しく俺の額に手を当てた。無機質な肌に、ちゃんと肌色をした手から温かみが伝わる。

 突然の行動に俺は慌てることもなく、ただじっとする。別に恥ずかしくて固まっているわけではない。

 

 手を伸ばせば届きそうな距離にある、ケイの顔を見る。

 表情がある、感情がある、姿がある、声がある。

 

 自ら作った人形が、突然生を授かったような……そんな錯覚を受けてしまった。

 しかし、実際に彼女が意思を持ったのは、この世界で数日前のことだ。

 

 何故今更そんな錯覚を受けたんだ?

 疑問は解けぬまま、俺は言葉を放つ。

 

「眠っていたら大分楽になった。安心して」

 

「……確かに熱は無いし、軽くなったかも知んないけど」

 

 そもそも熱を出すような事にはなっていないはずだが。

 俺はただ棺桶(Made In ケイ)の中で一眠りしただけだし、体の調子からして身体や健康に影響が出る程には酸素を消耗していなかったらしい。

 それだけで熱が出るとは思えないが。その上、ここゲームだし。

 

 現在時刻を確認するためにシステムメニューを呼び出すが、朝と言うには少し遅い時間帯であるのが見えた。

 

 漸くケイが距離を少しだけ離すが、その代わりにベッドに腰を下ろした。

触れる程に近かった距離が少しだけ離れるが、それでも近いままだ。

 

「決めた。当分はこの街で静かに過ごす」

 

「はい?」

 

 突然の決意表目に、俺は呆れるような声を漏らす

 

「私が旅に出たりしたら、普通な顔して付いてくるでしょ」

 

「まあ……」

 

 人形な俺に顔なんか無いけども。

 

「でも良いのか? ケイには探し人が居るだろ」

 

「それは……」

 

 ……少し、イジワルな言葉だったかな。

 

「いや、気にしないで」

 

 ケイが決めたことに異存は無いし、むしろ従うつもりだ。

 ただ、あの本を読んだせいか、恋人を探し求めるケイに少しばかり感情移入してしまっているようだ。

 

 

「さて、と。行くか」

 

「え、何処に?」

 

「朝食を作りに行くんでしょうに。今日はケイの当番だが……もしや、昨日約束したの忘れてたか?」

 

「あ、あー!いや、全然忘れてないよ!」

 

 大方、俺を中心とした騒ぎのせいで忘れたんだろうが……。まあいいか。

 

 今日の朝食は何を作ろうかと、頭の中で思案しながら階段を降りていった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 本日の朝食は、ミートソーススパゲッティ。

 皆揃って口を拭う紙を手元に用意して、食事が始まった。

 

「ついさっき新しいポーションが作れるようになったんですよ!」

 

「新しいポーション?」

 

「はい、出血の異常状態回復のポーションです! 昨日のこともあって、こういうのも作っておこうかと」

 

「出血……、塗り薬じゃ駄目なの?」

 

「いえ、塗っても効果は無いですよ。ポーションだから飲んで使わないと!」

 

「えっ」

 

 無言で朝食を食べつつ、愉快な事を話し合う2人の様子を見る。

 ……なんか、俺が2人をストーカーしている様な気分だ。モチロン、そんな劣情やらは抱いていないが。

 ちらちらとコチラに向けてくるケイの目線を無視しつつ、口元をフードで隠すように深く被りながら食事を淡々と進める。

 

 ところで今、財布の中身には重みが多少ある。昨日の護衛依頼の報酬である。

 あの報酬はケイと俺で半々に分けられたので、この財布は12,500Yを抱えているという事になる。

 普通なら貯金して今後に備えるところだが……。

 

 気づけば、皿の上には少しばかりのミートソースのみが残っていた。

 今日は何処か行く要事も無いし、弓矢の練習でもじっくりやろうか。

 

 食器を片付けるとメニューを呼び出して、技術スキルのウィンドウを表示させる。

 『回避』『防御』『料理』のレベルは上がっていないが、『弓』『瞑想』が新しく一覧に表示されている。これらも技術レベルは0だ。

 弓の技術を習得しているのはともかく、瞑想とは一体どういうことなんだろう。MP回復の手段だとしても、消費する手段が無いから無意味なのだが。

 

 まあいいか。とりあえず出かけよう。

 

「ケイ、ちょっと街中を歩いてくる」

 

 レイナと一緒に会話している彼女に一言伝え、そこから扉を出た。

 

 

 

 さて。ココで一度、いつもの『初心者指導書』から得た情報を思い出してみる。

 

 

 街中での武器使用は特に禁じられていないが、法に触れるような事があれば即座にデメリットが発生する。

 人を殺せば、その国と、そこに関わる国で指名手配が発生する。

 すると、犯罪者はマトモな買い物は出来ず、兵士に事ある毎に狙われ、彼らは裏世界で生きることを強いられる……。

 

 ……というシステムは存在しない。

 

 別に買い物が出来なくなるわけじゃないし、裏世界で生きるなんて、それこそロールプレイしている人ぐらいだ。紳士仮面(イツミ・カド)さんとか。

 

 ただ、捕まった暁には一時的な大幅ステータスダウンと、一定期間の間、あらゆる買い物に特別な税率が適応されたりという処置が下される。

 しかも殺された側も、一定の条件に該当する場合は何事もなかったかのように復活する。重要NPCだった場合、消失すると大変だからだ。

 

 だから、命を奪う事のできる相手は、ゲームが用意した『敵』としての人間のみである。それ以外の人間を殺しても、何のメリットもない。

 PVPも無くは無いが、アレは勝敗がどうであろうと死亡することはない。賭け事があればアイテムやお金を失うだろうが。

 

 

 まあ、何が言いたいのかというと、街の中でもある程度武器の使用は可能、ということだ。

 モチロン、人に危害が加わらないよう、周囲の状況に気を使わねばならない。そうなると、弓道場や、射的場のような所でやる必要がある。

 

 だが、俺はそんな場所を知らない。

 愛の工房やスーパースーパーを行き来する時、道中の施設も見ながら歩いていた。しかし、その記憶を掘り返しても、目的の施設に関する情報は出てこなかった。

 

 そうすると……、迷子にならないように歩き回って、探すしか無い。

 

 まだまだ東側に傾いている太陽を一度だけ見て、適当に歩き始めた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ……何故だ。

 

 なんとなく歩いていたら、城の近くに辿り着いてしまった。

 そう、城。キャッスルだ。

 

 ……いや本当に、何故だ。

 

 別に、城という物の存在に驚いているわけじゃあない。

 この街は、主要都市みたいな扱いされてもおかしくないぐらいに人々が行き交っている。ともすれば国を治める国王とかプリンセスとか居ても不自然ではないのだ。

 

 それに、城の近くに来ているとは言ったが、別に城門近くまでは行っていない。

 普通に見渡せば、貴族の家らしき建物と、少しばかり豪華に見えるお店の並ぶ道が見えるのみだ。

 けれど、斜め55度ぐらいに目線を上げると、城の頂上が見える。そんな距離感だ。

 

 ゲームとは言え、お偉いさんの住処の近くをウロウロするのは、あんまり心臓によろしくない。ただただ無垢な冒険者である筈の俺が、何か悪いことをしていたんじゃ無いかと目を泳がせてしまう。

 ……目、無いけど。

 

 

 というか、こんな所を歩いても目的の施設は見つからないだろうな。

 

「……?」

 

 ふと、その場を180度反転して後ろを見る。背中の辺りがぞわっとしたのだが、気のせいだったんだろうか。

 そこには俺の影が伸びてあるだけだった。

 

「そこの不審者、よろしいか?」

 

「不審者?」

 

 今度は誰かの声が上がり、周囲からどよめきが上がる。

 

 何か面倒事でも起きているのだろうか。

 周囲を見渡すが、俺のフードの中身を覗こうと注視する民衆のみが見える。

 そして、その大勢の中に一人だけ重装備な人が居た。不審者と呼べる人物など、この全身アーマーの人間くらいなものだが……。

 

「そう、そこの君だ。少しばかり時間をくれないだろうか」

 

 なんて事だろう。その全身アーマーさんはコチラに歩み寄り、さらには俺に声をかけてきたではないか。

 

「え、不審者って俺?」

 

 思い返せば、今の自分はどんな格好をしているのだろうか。

 頭の天辺から足元までをスッポリと隠すローブを着用した、見るからにアヤシイお人形さんである。

 

「ああ……」

 

 ピーマンとゴーヤの盛り合わせをグイグイと口元に押し付けられたような表情を、思わずこの顔で表現しようとする。残念ながら、口も目も眉も無い俺には、それを表現することは叶わなかった。

 

 諦めて、フードは顔を包んだままにして全身アーマーと対面する。相手の表情はバイザーで包まれていた。

 

「ご協力感謝する。失礼ながら、貴殿は何をしているんだろうか?」

 

 いや、貴殿って……。別に現代でも珍しくはないが、なんか古臭いな。

 ポッケから何時もの道具を取り出すと、単純明快な言い分を書いて見せる。

 

『目当ての店をさがし回っていた』

 

 このコミュニケーションの手段に、相手は少しばかりポカンとしてしまう。が、それも一秒未満にして、2つめの質問をする。

 

「失礼でなければ、顔を見せていただいても?」

 

『あまり多人数に見せたくない』

 

 そう伝え、大衆を背にするように方向転換し、ほんの少しだけフードを端を摘み上げた。

 必然的に全身アーマーからそっぽを向くような仕草になってしまうが、俺の行動を理解したのか、彼は正面に対するように移動した。

 

 浅い角度から入る光が、少しだけ中身を晒したフードの中に差し込む。

 俺の顔は光によって白く反射され、同時に太陽を目前にした俺の瞳は、瞼を半分閉じることで防御態勢を取った。

 

「……それは覆面か? 失礼する」

 

 顔面に迫る太陽光に影が生まれ、少し目が楽になったかと思った直後、

 

「はい?」

 

 ゴツゴツとした手が、顔面から5センチメートルの所にまで迫ってきていた。

 その手は無遠慮に首元に触れてくる。

 

「いや、いやいやいや!」

 

 首元に触れた瞬間、硬い感触に思わず3歩4歩と後ずさる。

 変態か、いや変態か、てか変態か?!

 

「む、固い。陶器の様な……、と言うことは人形か?」

 

 よく手袋越しの感触で判断できるな貴殿は!

 

「この変態は……」

 

 この変態は、プレイヤーじゃないのか?

 思考はすっと冷静に返り、彼を観察し始める。

 

 プレイヤーだったのであれば、迷惑行為防止システムとかを警戒するはずだが、この人はその素振りさえ見せない。

 大方、この辺りの貴族の家を見張っている兵士のNPCさんだろうか。

 

「驚かせてしまったか、すまないな。君の様な容姿の者は、私が直接確認しなければならないのだ」

 

 まあ、そりゃあそうか。

 ちょっとお金持ちの多そうな区域に漂う、一j人の不審者(俺)。

 これは職務質問をかけられてもおかしくは無い。でもおさわりはダメです。

 

「自己紹介が遅れた。私は、ホーム警備団ギルドに所属する、”アイアン”と言う」

 

「……えっ」

 

 今なんて言った、ホーム警備員ギルド?

 まさか、プレイヤーか? NPCかと予想した矢先に真実が裏切ってきたぞ……。

 

「迷惑をかけたな。ロールプレイの一環だ」

 

「は、はあ……」

 

 ギルド……ロールプレイ……。

 プレイヤーであることには間違いなさそうだが……いや、迷惑行為防止システム仕事しろって。

 

『警告:迷惑行為(接触)』

 

 だから遅いってば。

 あの夜の働きっぷりは何処に行った。

 

「……えっ、プレイヤーだったんですか?」

 

 しかもプレイヤーだってバレちゃったよ。いや別に隠してないけどさ。

 

 警告と、俺がプレイヤーだと知った事による戸惑いからか、全身アーマーのアイアンの口調が、間の抜けた敬語に変わった。

 

『自分はプレイヤーのソウヤ。呪いを受けてこうなっている。よろしく。』

 

「あ、はい。よろしくお願いします……。っていうか、申し訳ございません。いや本当にすいません。代わりと言ってはなんですが、目的地を教えてくれませんか? 良ければ案内します」

 

『ありがとう。弓の練習ができるような、射的場みたいな所をさがしていた』

 

 兵士らしい態度から一変した、まるで社会人の様な態度に堅苦しさを覚えながら、自らの言葉を見せる。

 

「射的場ですか……。心当たりがあるので、付いて来ては頂けませんか?」

 

『案内してください。あと、RPしても構いませんよ』

 

「あ、ありがとうございます。……ゴホン、それでは、付いて来て貰おう」

 

 うん、こんなゴツい人間に敬語は似合わないな。

 と、違和感の無い態度に心で頷きながら、大きな鎧の後ろを付いていく。

 

 しかし、いくらロールプレイでも首筋触るのは……。俺が女だったらどうするんだ?

 

「……ケイだったら笑顔で魔法をぶっ放しそうだ」

 

 その点では、彼はむしろ幸運を握ったのではないだろうか。

 俺の中でカウントされている、彼への変態ポイントは上がったままなのだが。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 して、たどり着いたのはお城の直ぐそばである。キャッスル目前である。

 見るほどに城の姿が大きくなるのに、俺は困惑を積み重ねさずにはいられない。

 

「ええっと……?」

 

「到着だ。我がギルドはこの国の信用を得ていてな。承諾を得られれば、ある程度の助けを借りられる」

 

 なんだそれ。そんなシステム知らんぞ。

 どうせギルドに加入するのは後になると思って、調べてなかったが……彼が言うに、そうらしい。

 

 気を取り直して、念のための確認をする。

 

『自分が入っても大丈夫?』

 

「大丈夫だ。ギルドや軍の部外者でも、私が付き添っている限りは追い出されはしないだろう。……ああ、どうも。お邪魔している」

 

 なるほど。

 通りすがりに会釈する兵士を見て、深く納得した。

 

「弓の訓練だったな? こっちだ」

 

 そう言われ、アイアンの後ろをアヒルの子の如く付いて行く。

 途中で俺の格好を不審に思う兵士が居たが、アイアンの方を見た途端に警戒心は無に返る。

 

 一体、ホーム警備団というギルドは、どれだけの信頼を得ているのだろう。

 

 

 訓練している兵士の声だろうか、時々怒鳴り声が聞こえる広場にやってきた。

 

「おお、アイアンか」

 

「お久しぶりです。副団長殿」

 

 見るに、ここで訓練している兵士たちを纏め上げている人物か。

 士官とか、訓練官などという階級の呼び名があるだろうが、俺はそこまで詳しくない。

 いや、そういう階級分けがあるのは、現代の軍のみだったか?

 

「そこの、見れば見るほど怪しい人物はどうした?」

 

「彼はソウヤと言うのだが、弓の練習をしたいという事で案内した。諸事情があるようで、言葉は喋れないが……」

 

 アイアンがチラと俺に目線を向ける。バイザーを通してだが、その意図は十分に理解した。

 確かにこの件は俺から話すべきだ。俺はフードの中身を見せるようにめくり、そしてメモ帳にその事情を書き明かした。

 

『呪いの影響』

 

「ほう……」

 

「無理乞いはしないが、コイツを鍛えてやってくれないか。彼の事については私が責任を持って保証する」

 

「えっ」

 

 戸惑いの声を上げるも、その声は誰にも届かずに消える。

 いや、練習用の的と安全な空間さえあれば勝手に練習するし、元からそのつもりだった。

 しかし、いつの間にか”先生”が用意される事になってしまった。

 

 別に弓の扱いを教えてくれる者が教えてくれるのならば、構わない。むしろ効率が上がるだろう。

 しかし……やっぱり、兵士の訓練と言ったら、「弛んでるぞ、どっかを50周走ってこい!」とか言われる様子が真っ先に浮かぶイメージだ。無論偏見である。

 

 副団長と呼ばれた人物は、訓練を続けている様子の兵士達を見る。

 

「……新入りも大分やる様になってきた。少しぐらい放っておいても大丈夫か」

 

「受けてくれますか」

 

「ああ。だがお前はどうする、アイアン」

 

「邪魔でなければ、ここで見守っていても?」

 

 同じプレイヤーとしてだが、一定の信頼を置いている彼がここに居てくれるのは助かる。                     

 

「構わない。というか、ついさっきまで見回りをしていただろう? 少しは休め」

 

「……感謝する」

 

 

 そんなこんなで、俺は国の軍が使う訓練場で弓の練習をすることになった。

 肩にかけていた弓を手に持つと、”先生”の瞳は俺の力量を測らんと細められた。




他作品を読んで、我思う。

うわっ、我の作品ってば文字数多くね……?
減量するにしても、難しい。

という事で、7000~9000の間を意識していたのを、6000前後に変更。

そうそう、伏線さえ用意していない、突拍子の無い展開に入りそうなんです
ゲームで言う、サブクエストな章なんです

追記・慣れないことをしたせいで、執筆途中の奴が投稿されてしまった。修正済



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20-ウチのキャラクターと俺の街の過ごし方

「では、先ずは弓を扱う技術を見せてもらおう」

 

「……」

 

 すーっと影に息を潜めている私は、ローブ姿のソウヤの姿をじっと見つめる。

 私を認識していない彼は、正に人形のように言葉を一切放たない。

 

 彼は矢を番うが、あんまり上手とは言えない。悪く言ってしまえば、下手だ。

 ほら、副団長さんも少しだけ険しい表情を見せている。

 

「そうだな。最初は俺の構えを手本としろ」

 

 が、素人相手に怒鳴るようなことはしない方針なのか、副団長さんは手本を見せ始めた。

 やはり副団長の名に違わない、構え方が如何にもそれっぽい。

 

「……」

 

 その構え方を見た彼は、自分の手元と副団長の手本の間を幾度も視線を行き来させる。

 そうして修正を重ね、ようやく弓の弦を引いて……。おお、手本を見た途端にマトモになった

 

 どうせだから私も一緒に練習に付き合いたいのだけど、この場に隠れている私には無理な話だ。

 影から出てくれば、戦闘を知らせる警鐘が鳴り響くか、それともこの場でハリネズミに成り()()()だろう。

 

 それに、私は弓を扱う技術はあっても、教える技術はない。実戦ならともかく、今のような状況なら副団長さんに丸投げするのが安定だ。

 

 

 

 

 ふと、私はあらぬことを考える。

 彼、ソウヤは前世の記憶を愕然としか覚えていないらしい。それ故か、私とは結構違う面がある。

 

 弓が軋む音と、矢が風を貫く音が空間に響く中、(ケイ)(ソウヤ)の相違点について考える。

 

 

 まず、精神的な性別が違う。

 

 今の彼は人形だから、服を無理やり取っ払って肉体的な性別を確認することは無意味だ。

 けど、数日付き合っていれば、彼の精神的な性別は嫌でも分かる。そんなもんだから、私はソウヤを三人称として呼称する時は、彼と呼んでいる。

 

 だが、私がこの世界にやってくる前は、彼は”女性”として生きていたんだろう。

 実際、ケイの友達であるレイちゃんは、私が女の子らしい言葉遣いをしても特に気にかけない。

 

 そう考えると、彼は少しばかり不自然だ。

 

「うーん……」

 

 影の中、悩むような声を上げてみる。

 前世の性別が精神に根深く残って、彼は意識的に女の子らしい言葉遣いをしていたのだろうか?

 前世の記憶の事を考えると、確率としては低そうだけど……。

 

 私は今世で3歳になった時辺りに、女性としての”私”を受け入れた。

 性意識が成熟していない年齢であることを考えると、この早さは異例だろうと……いや、そもそも性転換に”例”など有り得ないか。

 

 ともかく、平行世界(パラレルワールド)であるなら、女性としての自分を受け入れない”彼”が出来上がってもおかしくはない。

 

 

 で、二つ目の相違点は強さだ。これはとっくに言ったね。

 

 私は、前世で得た”知識”を幼い頃から意図的に披露し、国からの注目を得た。

 そして天才児として世間に認識された私は、剣や魔法に腕のある講師の教えの元、力を得た。

 

 対し、彼は前世で習得した筈の魔法も丸々忘れている。

 それに、ひたすらに力を求めた私とは違って、普通に生きてきたんだろう。彼はすごく弱い。

 ……まあ、今は努力しているけど、やっぱり弱いかな。

 

 私の行動方針に付いていく為に頑張っているんだろうけど、この調子じゃ数年は掛かってしまいそうだ。

 

 

「ほう、上達が早いな。だが身体が動きを忘れては無意味だ。練習を重ね、そして身体に動作を覚えさせろ」

 

 気づけば、ソウヤが放つ大半の矢は的に当たるようになった。

 まあ、動かない目標相手ならこれぐらいは出来ないとね。

 実践じゃ、勝手がかなり違うものだ。

 

 

 そして最後の相違点は、前世の記憶が消えたのに伴って、精神年齢がいくらか若返っている。という点だ。

 ……これには、”多分”が付いてしまうけど。

 

 肉体年齢は見たところ同じだけど、彼の精神年齢は……2、30ぐらい?

 私は人の心を読む様な目なんて無いし、これが曖昧になるのは当然かもしれない。

 もしこの体の年齢が、元の世界にいた頃の私と同じ17歳だとすれば、彼は身体の精神の年齢に約5年前後の差があると言うことになる。

 

 無論、その差は残存した記憶によるものだろう。

 ある程度世の中の常識を知って赤ちゃんを始めてる時点で、既に精神年齢が10歳リードしていても変じゃ無い。

 

「……よし、そろそろ違う的を使ってみるか」

 

「動く的ですか? なら、私が手伝いましょう」

 

「ああ、頼む」

 

 ……こうして、じーっと様子を見続けるのも、流石に限度があるかもしれない。

 ソウヤにとっては、『ぷれいやー』という立場の人は信頼に値するらしい。

 彼らが居れば、そう悪い状況にはならないだろうと、顔や名前を知って数時間ぐらいの男を信頼する。

 

 

 私は影を伝ってその場から離れた。

 

 

 

 

 この世界には、私にとって不可解な言葉、単語が蔓延っている。コレばかりは、この世界の特徴だ。

 けど、やっぱり私もこういった言葉に馴染みを持つべきである。

 

 何処かの奇妙な髪をした東洋の人間が言っていた。

 『郷に入っては郷に従え』だったか。

 

 この世界に来てからは、 友達とか、ソウヤとか、私の目的とかそういった物に優先しがちだった。

 しかし、今はそうもいかない。私がこの世界に慣れる、と言うのも課題の一つなのだ。

 

 例えば……。

 

「えっと……『ステータス』」

 

 これとか、ね。

 直接は聞いていないからわからないけど、この世界では『ステータス』や、『システム』などと言う技は珍しくないらしい。

 道行く人々の声を盗み聞いて分かったことだ。

 

 今目の前に出てきた半透明の板は、私自身の能力を値として示している。

 まあ、平均とか基準とかはよく分からないから、どれぐらい良いのかよく分からないんだけどね。

 

「んー……」

 

 そういうのもあってか、この数字を見ていてもピンと来ない。

 自分の能力は自分が把握している。

 今のところは、この数字よりも自分の感覚を信用しているのだ。

 

 流石にこの板に物珍しさは感じなくなった。

 ”飽きた”でも言うような感じに手で払うと、それで板は視界の隅に消えていった。

 

 

 実を言う所、”ソウヤと一緒に引き篭もる”宣言のお陰で、私はかなーり暇を持て余すことになってしまった。

 自分の言葉の事だから、責任持って一緒に引き篭もるつもりだけれど、やっぱり暇だ。

 

 ……そうだ、折角お金を持て余してるんだから、何か美味しいものでも食べよう。

 異世界なんだから、面白い食べ物があっても良いと思うんだ。

 

 

 

 という事で発見。面白い食べ物。

 そこら辺のパン屋を覗いていたら、元の世界じゃ一切聞いた事の無い名前の食べ物が出てきた。

 

「あらあら、カレーパンが気になるの?」

 

「おばあちゃん」

 

 白髪交じりの妙齢の女性が私に声をかける。

 ここの店主だろうか。

 

「私の所で手伝ってる子が、勝手に焼いて棚に置いてったのよ」

 

「へえ、それがカレーパン」

 

 聞きなれない単語に、私は思わず聞き返す。

 

「ほんのちょーっと食べてみたんだけど、ちょっと辛い茶色いシチューが入ってたのよ!」

 

 シチューがパンの中に?

 パンをシチューに付けて食べるなら分かるけど、最初からパンの中にあるのは聞いたことが無い。

 

「一個食べてみる」

 

「あらホント? 面白い味だから、きっとビックリするわ!」

 

 つい、私は興味本位で買ってみた。それほど高価じゃないのも、財布の紐を緩くさせたんだろう。

 

 朝食をとってからあまり時間はたってないが、幸いカレーパンは小さめのサイズだ。

 おばあちゃんからパンを受け取ると、早速その場で口にした。

 

 ちょっと濃い味で、辛い。

 それと……もちもち? ふわふわ? そんな感じの食感だ。

 

「どう、どう?」

 

 おばあちゃんが頻りに感想を聞いてくる。

 なるほど、普通のパンと同じような食べ方で、シチューの付いたパンを味わえる。

 しかも、美味しい。砂糖でもなんでもない、パン自体のほんのりとした甘さが、辛いシチューに合う。

 

「美味しい」

 

 コレはソウヤの分も買っておこう。

 訓練の労いとしては丁度いいかもしれない。

 

 追加の一個をおばあちゃんに頼んだ後、小さな紙袋を持って店を出た。

 

 

 

「……あー、それで?」

 

「うん、それで」

 

 いや、わかんないよ。

 何がどうなったら、その小さな紙袋が机一杯の山に進化するんだよ。

 

 俺はもう一度机の方を見つめる。

 あらゆる軽食の類の袋が山を作っている。食べ物自体が積みあがっていないことに、安堵の息を吐くべきだろうか。

 

 

 訓練が終わって宿屋に戻ってみれば、ケイがいきなり大量の食べ物を押し付けてきた。

 明らかに俺の質量の3分の1以上はある。

 

「どう見てもカレーパン一個や二個の量じゃないよね」

 

「そりゃそうだよ。カレーパンだけじゃないんだから。ほら、これとか」

「チョココロネか」

 

「あと甘い魚のやつでしょ」

「たい焼き?」

 

「あと、一緒に売ってたもじゃもじゃ焼き」

「……お好み焼き」

 

「あ、それとサンドイッチも買ってきたっけ」

「カツサンドだな」

 

「そうそう。プリンも美味しいんだ!」

「……」

 

「あとポテトチップスも!」

「……あー」

 

「それとここに……」

「待て」

 

「あ、何?」

 

「これ、全部俺が食えと?」

 

 軽食も積もれば立派なランチになってしまう。

 これ程の量の食物を、一体誰が消化するというのか。

 

「全部ソウヤの分だよ。訓練頑張ってたからね!」

 

「あ、ああ……」

 

 仮に朝食が胃袋の中で全て消化されているとして、これらを全て食いきれるだろうか。

 ……不可能だ。半分ぐらい食べれば、そこで限界だ。

 

 最早、仮想世界にて構築されたこの身体に期待するしか無い。

 食事という行為が、空腹度というパラメータを満たすのみの物であれば、きっと希望はある。

 

「……っぷふ」

 

「え?」

 

「ふふ、ごめん。真面目にこれと立ち向かってるのが可笑しくって」

 

 え、なに。俺が本気にしてるのがそんなに笑えたのか?

 っていうか、冗談でこの量の食べ物買ってきたのか。お金の使い道がちょっと変じゃなかろうか。

 

「だいじょーぶ。魔法で保存できるから」

 

 そう言うと空中に()()()()()()、そこへ食べ物を放り始めた。

 闇はまるで何かの入り口になっているみたいで、食べ物はその向こう側へ落ちていった。

 思わず床の方を見たが、何も落ちていない。

 

「……四次元ポケット?」

 

「よじげん? なにそれ」

 

「いや……」

 

「別に、普通に空間を作る魔法だよ」

 

 それのどこが普通なのだろう。

 ……いや、転移とかするぐらいだし、別にケイにとってはこれぐらい普通か。

 

「あ、今食べたいのはある?」

 

「……じゃあ、カレーパンを一個だけ」

 

「おっけー」

 

 ケイは俺の要求の通り、カレーパン以外を闇の中へ放り込んでしまった。

 

「あの中は時間が止まってたりするのか?」

 

「そそ。流石に展開している間は流れてるけどね」

 

 それでも凄いな、ケイマジック。

 ……ついでに、この世界の食事事情も。

 保存食がアレなくせに、ポテチとか普通にあるのかよ。いや、コンビニ弁当も普通にあるもんな。

 

 

「……って、なんで訓練のことを知ってるんだ?」

 

「秘密!」

 

「えー」

 

 ……まあ、ケイの事だ。

 空から監視されていても、別に変ではない。むしろ視界ジャックとかされているかもしれない。

 

「じゃあ訊くけど、俺の訓練を見てどう思った?」

 

「下手っぴ!」

 

 うん、知ってた。

 

 

 

 

「しっかし、街の中だけで過ごすっていうのも暇だな」

 

「確かにねー」

 

 まあ、その方針を決めたのはケイなのだが。

 

 この方針は、このゲームのプレイヤーとしてはかなり異常なものだ。自覚している。

 本来、俺は街を出て、レベル上げとか素材採集とか依頼とかをこなして行くべきなのだ。

 生産職であるのならその限りではないが……。

 

 ……そう言えば、あの人はどうしたんだろうか。

 確かトーヤという名前だったか。

 この宿屋で商品の受け渡しをしたっきり、朝食の場でしか姿を見ないが。最近だとその朝食の場にさえ姿を現さない。

 

「レイナからトーヤのことは聞いてるか?」

 

「ああ、なんか名前が似てる男の人」

 

 確かに俺の名前(ソウヤ)と似ているが、最後に”や”が付く名前の人はそう珍しくないだろ。多分。

 それに、ここでの名前は実名だとは限らないし。

 

 とは思ったが、日本人の名付け事情などケイが知る由もないし、後者も同様か。

 だとしても、どの国においても、似た名前と言うのはそれほど珍しくはないか。

 

「トーヤ、転職するって」

 

「転職?」

 

「うん。そのために今日、遠くの国に行くってレイナが言ってた。なんて名前の国だっけ」

 

「別に追いかけるわけじゃないから、覚えてなくてもいいけど」

 

「いや……、パープだっけ?」

 

「パープ?」

 

 変な名前の国だな。

 

「ゴメン、忘れた」

 

 え、じゃあパープなんて名前はどっから出てきたんだ?

 

「じゃあパープって何だよ」

 

「知らない。ちょっと、道端でそんな事言ってる人たちが居てさ」

 

「それで耳に残ったのか」

 

 妙なセリフ吐いてる集団が居たら覚えちゃうのは、分からないでもない。

 散歩ルートにコスプレ集団が居たら、10年後まで覚えちゃうもんな。

 ……まあ、10年前は俺が記憶喪失する前の時期だけど。

 

「っていうか、聞くからに不審者じゃないか?」

 

「そうかな?口も耳もないのに喋って動く人形ほどじゃないよ」

 

 ……お、おう。そうか。

 言うほど不審人物だろうか。と反論したいところだが、それと同様の扱いを受けたことが記憶に新しく、なんとも言えない。

 

 

「ところで、ソウヤは人と戦ったことある?」

 

「無いが……」

 

「そりゃそっか」

 

 もしかしなくても、まさかバカにされてないか?

 ……じゃあそういうケイは、対人戦闘の経験があるのだろうか。

 

「ケイの方は?」

 

「盗賊とか」

 

「へえ」

 

 心強いな。

 

「機会があれば、戦争に参加してたかもね」

 

 なるほど、戦争か。

 現実じゃあニュースでよく見るが、こういうファンタジーな世界じゃ、剣を向けるのは大抵モンスターだ。

 この世界においては、戦争という言葉には縁がないのかもな。

 

「あ、でも模擬戦だったら国の騎士とも戦ったことがあるよ」

 

「へえ、騎士と……。どうだったんだ?」

 

「ふ、全勝無敗だぜっ」

 

 まあ、流石だな。彼女は主人公だし、予想出来ることだったが。

 その内、PVPする機会があったら、是非観戦したい所だ。

 

「ま、やっぱり専門はモンスターだけどね」

 

「そりゃそうだ」

 

 俺は納得すると、なにか意味深そうに頷いてみる。

 特に意味はない。

 

「……なにをそんな納得してるの?」

 

「いいや、別に。そういえば関係ないけど、本当に関係ないけど、次の朝食当番は何時だろうな」

 

「なんで”関係ない”の所だけ強く言うのかな?」

 

 無論、俺のちょっとしたお茶目だ。特に意味はない。

 

「ハハハ。約束通り、次回も二日連続でやってあげるよ」

 

 壁にかかった、部屋番号と名前が順番に記されたあカレンダーを見る。

 次回の当番は11日後になるようだ。

 現実時間で、11時間後と言ったところか。

 

 ……まあ、あと数時間で深夜零時に入るから、その頃には明日の太陽が昇っているだろう。

 リアルの俺の健康に気を遣うのなら、少なくとも6時間は寝る必要があるだろうが……。

 

 よく見ると、当番カレンダーの日付には、現実世界における夜間と昼間に分けて赤と青の背景色で分けられている。

 考えられているな。

 

「急に考えこんじゃって、どうしたのかなー」

 

「いや……」

 

 少しだけ、この世界とリアルの間にある『一日一時間』を恨んでしまった。

 俺が約15日間の時を現実に生きれば、あっという間にこの世界は365日間の時が過ぎてしまうのだ。

 

 それだけに、この世界に()()()ケイを哀れずにはいられない。




今回も自重して6000文字前後
これぐらいが読みやすいし、書く側も難しくない。

自分の為に書いてるのに、読者へ配慮する自分カッケー。と言うわけじゃなく、自分が読み返す時の為。
読んでいたらあっという間に10分経過、とかなんとなく嫌だもの。

物語を書く技術は潰れた卵レベルで悲惨なものですが、お約束展開にもそれなりの理由付けや伏線を書けるようになりたい。


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21-ウチのキャラクターと俺の生活計画

クリスマス?
ああ、彼女なら俺の隣で(永眠)てるよ。



 あつあつのたこ焼きを少しずつ食べながら、今後の予定を考えてみる。

 

 街という活動範囲の中で、俺はケイの力量に一歩でも近づくために鍛えようと考えている。

 さっきまで軍の訓練所を借りて練習していたのも、その一環だ。

 あれで、俺は随分と腕を上げた……と思う。数値でもそれが現れていたから、確信しても良いかもしれない。

 

 成果は、『弓』の技術レベルが1になった事。

 そして、弓の扱いに関する幾ばくかの知識だ。

 

 そうそう、有難いことに、あの副団長さんは”冒険者の弓使い”としての訓練をしてくれた。

 どうも、軍における弓兵は主に数を生かした統制射撃と、砦や城壁に籠っての攻撃が要とされているらしく、移動中に矢を放ったりはしないらしい。

 兵士でも軍人でもない俺に、同じような訓練を施しても意味は無いと思われたのか、色々な訓練メニューを考えてくれていたとのこと。

 

 弱点を狙う、正確な射撃。

 攻撃の手を緩めないための、移動しながらの射撃。

 動く目標に攻撃を当てるコツも学んだ。

 

 充実した訓練だった。

 

 弓をある程度マトモに扱える様になった俺は、実践で自信を付けていきたいと思ったのだが、ケイが決めた方針により却下。

 幸運なことに、今後も訓練所に来ていいと副団長さんに言われたので、その言葉に甘えて練習を重ねていこうと思う。

 

 しかし、そればっかりではどうしても暇な時間が残ってしまう。朝から晩まで訓練しても仕方ないのだ。

 ならば、訓練以外の時間をいかにして過ごそうか。

 

 ……実は、すでに大体は決まっている。

 

「金策かな」

 

 言い換えれば、お仕事である。就職活動である。

 そう考えると、俺は頭を抱えて俯いてしまう。

 

 言葉の持たない人形を、どこぞが雇ってくれるだろうか。

 

 ……まあ、悩んでも仕方ない。

 まずは簡単な所から試してみようじゃないか。

 

 俺は決意すると、たこ焼きの最後の一個を口に放り込んだ。

 未だに鏡を手に入れる機会の無い俺は、食事中の自らの口辺りを気にしてばかりいる。

 

 

 ケイマジックは相変わらず便利なようで、俺の部屋に例の4次元ポケットの入り口を置いていってしまった。

 開きっぱなしで放置しても、空間内部の時間が進行する以外に問題はないとのことだ。

 

「自由に使ってねー」

 

 と、ポケットとその言葉を残して去っていった。

 俺に自由な出し入れが認められたということで、お言葉に甘えて4次元ポケットの中の軽食類を口にしている。

 

 頑張ったら、ケイの使う魔法も習得できるだろうか。

 何時かの機会に訊いてみるとしよう。

 

 

 ……さて、そろそろ行こう。

 俺はローブで身を包み、持ち物を確認すると、扉を開いて部屋を出ていった。

 

 

 

 

 街を歩く。

 風の赴くままにに歩く。

 

 いや、風なんぞに身を任せていたら、あっという間にローブが捲れてしまう。前言撤回だ。

 誰も人形のチラ見えイベントなど期待していないのだ。

 

 実際の所、バイト募集のチラシでも貼られてないか、という淡い希望を抱いて歩き回っているのみだ。

 

 ……にしても、露店を眺めて思うのだが、このゲームにおいて、お金稼ぎの定番はアイテムの売却なのではないか。

 確かに、依頼をこなすのも資金源としては良さ気だ。

 けど、やっぱりアイテムの売却も資金源としては負けてない。

 

 戦闘職は街の外でモンスターを倒し、素材を得る。しかしそれらを加工する術の無い彼らは、採れた素材を売却してお金を得る。

 生産職は、持ち込まれた素材を加工し、それらを戦闘職に売るなどしてお金を得る。

 まあ、レイナみたいに自ら採りに行くことも有るだろうが。

 

 とにかく、このゲームの主なお金の流れはこんなもんだろう。

 

 特にこの場では、その流れの一部を担っていることだろう。

 

 ほぼ一年中繁盛しているであろうこの市場は、日中であれば大体のものが揃っている。

 ポーション、魔道具、魔法書、装備品。

 っと、日用品もあった。こっちには大した人気はないが。

 

 プレイヤーを中心とした冒険者達は、ここで消耗品を補給し、たまに掘り出し物を求めて歩き回っている。

 面白いところだと、物々交換で取引していたりする。

 

 確かに結構なお金が動く場所である。

 

「……何か作って売るのも良いかもしれないな」

 

 素材は素材屋とやらから買えばいいし、素材入手、生産、販売の流れが街中で完結している。

 これならばケイも笑顔でOKしてくれるだろう。

 

 しかし、ううむ。

 こう、街を出ないでなんとかやり繰りしようとしてると、お城を出るのを許されていないお姫様の様な気分になる。

 

「……私はお姫様~。お城の外は危ないって出してくれないけど、そのせいで日々が退屈なの!」

 

 ……。

 

 ……。

 

「ヘドが出る……」

 

 どうせ誰にも声は聞こえないし、と思ったのだが、どうやら自分の耳にダメージを与えたらしい。

 ガッデム。他人に聞こえなくとも、自分には聞こえるのだ。

 

 まあとにかく。

 もし何かを作るのだとしたら、何が良いのだろう。

 ポーションだとレイナと被るし、魔道具もレイナが……。ってかレイナってば色んなもの作ってるな。あれでも一応戦闘職なのに。でも魔法使いらしいと言えばらしい。

 

 そうだな。

 需要があって、かつ簡単に出来そうな売り物は……。

 

 ……食べ物。例えばパンとか?

 冒険者だって腹は減るし、プレイヤーだって美味しいものが食べたい。

 

 うむ、リアルで得た料理スキルを持ち込めるし、結構良さ気か。

 

 そういえば、初めてレイナと狩りに行った時、弁当を食べたな。

 方針としては、旅先に持ち運べて、簡単に食べられる物が良いかもしれない。

 結構良さ気かもな。

 

 もしかしたら、何時かはこの街随一のお弁当屋さんに……。フフフ。

 

 まあ、別に大人気を目指す気はないし、販売個数がゼロで無い限り良いけども。

 作った分が余っても、自分で消化出来るし。なんなら、ケイマジックで保存しても良い。

 ケイマジックさまさまだ。

 

 

 さて、方針を決めたからには、早速調査だ。

 

 この世界の食物は腐るから、なるべくなら旅に出る前の冒険者をターゲットに売りたい。保存料が使えない限りは。

 売る直前までならケイマジックがあるし、作り置きも出来るだろうが……。

 

 ふむ、冒険者の動きを観察でもしようか。

 弁当業の先駆者も多少は調べているだろうし、お弁当屋さんを観察しても良いかもしれない。

 

 

 ……って、そこまで考えなくてもいいか。

 

 ケイマジックを頼ることが前提になるが、もしお客ゼロという惨事になったとしても、腐らせず保存できる。

 なんなら、どれだけ人気がなかろうと”石の上にも三年”戦法でも十分黒字が見込める。

 効率は悪いだろうが。

 

 

 

 

 そんな訳で、俺は早速『年樹九尾』に戻ってきて、調理室に来た。

 大人数を相手に大量の料理をつくる分には、十分以上の道具が揃っているここだが、商品用の料理を作るのにも使える筈。

 

 この部屋の私的な利用について、管理人に話したほうが良いだろうか。

 ……もし管理人が最初から許可を下ろすつもりだったとしても、勝手にやるのは少し常識外れだ。

 

 少し考えてから、管理人がいる部屋へと向かう。

 

 

「……ソウヤさん?勝手に使って」

 

 完全に閉じられた扉の向こうから気だるげな返事が返ってきた。突然の声に、扉から離れようとした俺は両肩を跳ねさせた。

 

 何の言葉も発していないというのに、事情を理解したような言葉を俺に送ったのは、間違いなく扉の隙間から許可を求める節を書いた紙きれを通したのが理由だろう。

 よもや扉の真ん前に居るとは思わなかった。

 

 しかし、これだけで俺だとわかったのは、紙というコミュニケーション手段と言う共通点からか。

 管理人さんの頭の回転速度には参ったな。なんて思いながら、感謝の文を紙に乗せようとして……ふと、あることを思い出した俺は懐から幾つかの紙幣を取り出した。

 感謝の文と一緒に、今までツケていた宿泊費を払うためだ。

 

 小銭は混ざっていないし、紙幣だけでお釣り無しの支払いができる。

 紙だけの送り物は、その狭い隙間に阻まれることは無い。それらを扉の隙間を通そうとして……、

 

「……お金は別にいらない」

 

 俺はまた肩を跳ねさせた。二度目だ。

 彼女はエスパーなのだろうか。あるいは透視能力者なのだろうか。

 

「変わりに私の昼食と夕食を作って。作り置きで十分」

 

 きゅー。

 

「……なるほど」

 

 思わず言葉をこぼした。

 たった今、どこぞの誰かさんから腹の虫が鳴いたのを顧みるに、その人は空腹であるらしい。

 

 というか、管理人は昼食や夕食をどうしていたんだろうか。

 朝食は日々の当番が作るから良いとして……。まあ、そこまで問い詰めるのは野暮か。

 

 ついさっきまで通そうとしていた紙に『了、すぐにもってきます』と付け足してから部屋に送り込み、さっさと調理室の方へ行った。

 

 確か、今朝のスパゲッティの残りがあった筈だ。

 水属性らしき魔結晶が散りばめられた、何故か豪華な雰囲気の『水冷蔵庫』からソースと麺を取り出す。

 次に、今度は火属性っぽい魔結晶で飾られた『魔力レンジ』にその二つを突っ込む。

 

 小まめに取り出してはかき混ぜを、全体的に熱が渡るまで繰り返す。

 その合間に、売り物に関しての事を考えてみる。

 

 調理室の許可は取った。あとは食材の仕入れだ。

 思えば、朝食の食材は誰が仕入れているのだろう。俺は特に何も用意せず、そこにあった食材で作っていたが、勝手に使うな等と言われたことは無い。

 今後も特に問題ないのであれば、朝食はその場にある食材で作るスタンスを変えないでも良いか。

 とにかく、商品用の食材は……まあ、作るときに買えば良いか。この辺りは深く考えなくとも、それほど大きな面倒にはならないだろう。

 

 

 しばらくして、十分に暖められた二つを盛り合わせると、それを管理人の部屋の前に持ってきて、ドアノック。

 コンコンと叩くと、少しの足音の後に扉が開いた。

 

 管理人の姿が見えるようになる、初対面のときと同じ格好だった。

 開けてすぐに道を空けるように移動するので、俺はそのまま入室した。

 

「……あ」

 

 部屋に入って数歩、管理人は何かを思い出したのか、声を上げる。

 もしかして、入っちゃ不味かったか?

 

「いつもと同じノリで入れちゃった……まあ、別に良いか。こっち」

 

 別に良かったらしい。

 よく考えたら女性の部屋に進入しているワケだから、何かあれば即通報されてしまうだろう。

 相手がケイだった場合は、代わりに即顔面マジックを食らうに違いない。

 

 意外に女の子らしい部屋だな、と目だけで見渡しながら歩いて、膝の高さ程の机……ちゃぶ台に料理と食器、そして口を拭くための何枚かの紙を置いた。

 管理人は何も言わず、ちゃぶ台の側に座り込んで、食べ始める。

 

 さて、用事も終わった事だし、と。

 俺は退室しようと扉の方へ振り返る。

 

「あ、待って」

 

 食べながら喋ったのか、もごもごとした声で呼び止められる。

 行儀が悪いと思ったが、顔を顰めることなく言われる通りに退室を止める。

 一体何の用だろう。

 

「そこに」

 

 と、ちゃぶ台を挟んで管理人の反対側にある座布団を指さす。

 なんだ、一緒に昼飯を食えというのだろうか。

 

『もう昼飯は』

 

「座って」

 

 ……言葉を書き終える前に返事されてしまった。

 まあ良いか。どうせ俺は暇人だ。言われた通りに座ろう。

 

 身に着けていたポーチを傍に置きつつ、座布団に胡坐で座った。

 会話に必要な道具は机に置いておく。ついでにフードも脱ぐ。

 

「……」

 

「……」

 

 いざ座っても、一向に会話が始まらない。実は会話など求めていないのだろうか。

 女性の食事シーンを見つめるのもなんだから、メモ帳を開き、そこに記録している内容の確認を始める。

 

 

「……もしかして、アイアンに会った?」

 

「え」

 

 なんてこった。

 先程、扉の前で俺が予感した通り、彼女はエスパーであるらしかった。俺は冷や汗をかくような錯覚を受ける。

 いや、冗談だが。それに、人形の俺が実際には汗をかくことはないだろう……。

 

「汗の臭いで」

 

 なんてこった。この人形には発汗機能があるらしい。

 我ながら、俺の身体であるこの姿は異常度を増しつつある気がする。

 夏場に洋服屋に置かれているマネキンが汗をかき、表面がそれでテカテカになれば、全国の奥さんは全力で引くに違いない。

 

 まあとにかく。アイアンに会ったのは事実であり、特に嘘を吐く理由は無い。汗の匂いで分かったのは驚きだったが、きっと俺の汗が臭うのだろう。

 それはそれでショックだが……とりあえず、その事実の言葉を書いて見せる。そしてさり気なく一歩後退する。

 

『アイアンが訓練場の案内をしてくれた』

 

「やっぱり……はあ」

 

 ……しかし俺が汗をかくとは。

 今後は宿の共同風呂を利用することにしよう。無論、無人の時間帯にだが。

 

 

「……ああ、そうだ」

 

 スパゲッティが3分の2ほど無くなって、また声をかけられる。

 今度は一体なんだろう。

 

「ここの住み心地は?」

 

 ああ、なんだ。そういう質問か。

 確かに、この宿屋の管理人がするに相応しい質問だ。

 

「住み心地ね」

 

 そう改めて言われると、返答に困る。

 もしかして哲学の類だろうか。いや、そんなことは無いか。

 

 少し考えて、紙に書き始める。

 しばらく、俺が言葉を文字にする音と、食器のぶつかる音のみが部屋に響く。

 

「……」

 

 しばらく、その音だけが部屋に残り続ける。

 

「……」

 

 しばらく、そんな感じの様子が続く。

 

「……」

 

 もっと続く。

 

「……?」

 

 ふと、二つの物音の片方が無くなる。残ったのは俺が文字を並べる音のみ。

 

「……ちら」

「と」

 

 視界に、紙の方へ顔を近づける管理人の姿が入り、思わず手を止める。

 代わりに、紙を盗み見ている管理人の様子を見ている。盗み見を叱るつもりはない。

 

 しかし書いておいてなんだが、住み心地を聞いてどうするのだろうか。それを元に宿屋の改善などをするのか。

 そんな感じのことを思いながら黙って見ていると、彼女は俺が書いた文を見て、「うわ……」と一言だけ零した。

 え、なんかヒドい。

 

「え、だって……なにこれ」

 

 なにって、この宿の住み心地に関する個人的な感想というか、まあそう言う文章なのだが。

 

「大学か何かのレポート?論文?」

 

「えっ」

 

「しかも……ニ枚まで続くの?」

 

 まあ……意外と長くなりそうだったし、紙自体が小さいから5枚ぐらい使う予定だったが。

 これでも要点のみ取り上げているのだ。

 

 とりあえず肯定の意で頷くと、管理人はこれ見よがしに大きく嘆きの息を吐いた。

 解せぬ。

 

 見るに、面倒くさいというオーラを漂わせている。

 

 ……仕方ない、一言で纏めよう。

 やや小さい文字が5行ほど並んだ紙を裏返しにして、バッサリとした言葉を代わりに書く。

 

『とても心が安らぐ』

 

「……そう」

 

 満足そうだ。

 正直、この30倍以上は書きたいのだけど……まあ、この管理人は面倒くさがりだ。彼女の意思を尊重すると同時に、俺は自重するとしよう。

 

 

「ご馳走様。何時も昼食は和食だったから、新鮮ね」

 

 お粗末様。しかし管理人は和食派だったのか。次回からは気を配るとしよう。和食のレパートリーは本当に僅かなものだが……。

 さて、和食洋食の事はともかくとして、これで俺はお役御免だ。自分の持ち物と食器を持って、その場を退室しようと立ち上がる。

 

 ……と、そうだ。

 管理人の方を振り返って、俺は自らの口の辺りを示すジェスチャーをする。

 

「口……ああ」

 

 気づいたようだ。

 管理人が口を拭い始めた所で、今度こそ俺は退室した。

 

 まだ晩飯の仕事があるから、またこの部屋に来るだろうが……また座らされるんだろうか。

 幾ら暇とは言え、毎回そうされては困る。

 

 ……そうだな、次に座らされたら、どうにか説得して脱出しよう。

 そう決意しながら、音を立てぬよう扉をゆっくり閉める。

 

 

 続いて部屋へ戻ろうと、後ろの方を向いて……俺は硬直した。

 扉のすぐ前にあるカウンターに肘をつけ、頬杖を立てながらこちらをじっと見つめるケイを目撃したのだ。

 

「ははぁー」

 

「……ひぃ」

 

「ふうーん、へぇー」

 

 無表情なのか、笑顔なのか。

 どちらにしろその表情が無機質に見えて、戦慄に音を上げてしまう。

 

 カエルとヘビが見つめ合うような状況が、しばらく……いや、数分続いたようにも思えるこの状況。

 つい先程に存在が明らかになった俺の発汗機能がフル稼働した後、ケイはその表情をケロっと変える。

 その表情は、まるで聖母のような優しさに見えて、

 

「ほっ」

 

 ついつい目を閉じる程に安心し、俺は安堵の息を吐く。

 理解のあるケイは、俺が管理人の部屋に居た事について誤解しないでくれそうだ。

 

「……ソウヤ」

 

「うん」

 

「こういうのって、確か”おせきはん”っていうのを振る舞うんだよね?」

 

「」




人形(マネキン)が汗をかく小説なんぞ、これが唯一ではなかろうか。
この章は、こんな感じの「ちょいコメディ」なノリで進みます。


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22-ウチのキャラクターと俺の商売話

街に引き籠る、と言う行動制限の中、特大ビッグなイベントも特になし。
『物語』、と言うよりは『日記』かもしれない。


「あのな、ケイ」

 

「知ってるよ。おせきはんって言うのは、祝い事に出すご飯の事でしょ?」

 

「そうじゃなくて。いや、その認識はあってるけども」

 

 管理人の部屋を出入りしただけで、ケイは俺をニヤニヤとイジってくる。その笑顔はとても生き生きとしている。

 夜間の出入りならば誤解の余地はあったかもしれないが、今日のコレは真っ昼間だ。誤解の余地など無いに決まっている。

 

「そんな事よりも、ケイ」

 

「何?残念だけど、式を挙げるお金は用意出来ないから諦めてよ」

 

 話を切り替えようとしても、コレだ。

 仕方ない、ケイがその手を使うのならば、俺も同じ手を使わせてもらおう。

 

「……なんなら、お前と俺が結ばれるか?」

 

「え」

 

「……」

 

 ケイはフリーズした。目だけパチパチとさせて俺を見るが、その顔がほんのり赤くなった所でその視線は横へと逸れる。

 え、何その反応は。ジョークなんだが?

 まあ、変にからかってこない様になったのは助かるが……、面倒な反応なのは変わりないな。

 

 まあいいか、と手短な椅子に腰掛ける。

 ケイにも座ってもらった方が話しやすい。視線で催促すると、それに気づいたケイはぎこちない動きでそこに座った。

 

「……ジョークに決まってる」

 

「え?」

 

「え、じゃないよ。って言うか、お前仮にも既婚者だろ」

 

「あ、いや、でも……それは、その」

 

 ……ああ、しまった。

 ケイは、恋人と結婚する前に死に別れたんだったか。考えが浅かったな。

 

 冗談を言い合う空気は途端に無くなり、変わりにしばらくの沈黙が漂う。

 

「……ごめん。俺が軽率だった」

 

「あ、いや……。別にいいよ」

 

 ケイの顔を見ると、確かに「気にしてないよ」と言う表情をしていた。

 小さく息を吐くと、早速本題へと取り掛からせてもらうことにした。流石に彼女も精神年齢が結構行っているだけある。

 

 

「で、話だが、街に篭って生活するっていう方針になったワケだけど」

 

「うん」

 

「そうするとやっぱり、モンスターに関わる物以外の何かの仕事をしなきゃ行けないよな」

 

「まあね」

 

 ゲームの中で仕事をするとか、俺は何を言っているんだ。と思ってしまうが、こういったMMOではそう珍しくないのかもしれないな、とも思う。

 このゲーム内に通貨と経済がある限り、やはり”お仕事”は必要不可欠なんだろう。

 

「と言う事で、俺は飯を作って売る仕事をしようと思う。ここの調理室を使わせてもらってね」

 

「へえ。さっきのはその相談だったのかな?」

 

「正解」

 

 分かっているなら変にからかわないで欲しかったが、まあそれはさっきまでの話だ。今は今の話をしよう。

 

「別に危険な仕事な訳じゃ無いけど、俺の身を案じているケイには一応許可をと」

 

「包丁で指を切ると危ないからダメ」

 

「……ほう、なんなら人形の指の料理を振る舞おうか?歯ごたえがあるに違いないぞ」

 

「ふふ。ま、そういうことなら私も少しは手伝うよ、訓練で多少忙しくなるんでしょ?」

 

 確かに、手伝ってもらえるのはありがたい。

 忙しくなるとは思えないが、人手がある分には困らない。

 

「ありがとう。まあ今日の所は売り方とか考えたり、物の用意をするだけで、始めるのはまだだけど」

 

「そっか。記念すべき開店日には私も呼んでよね」

 

「良いよ」

 

 初出店だからといって盛大に祝うつもりも無いが、まあ言われたとおりに呼ぶこととしよう。

 その時は……そうだな、何か良い食事処でも探してみるか。

 

 

「……そうだ、少しだけ話し合いたいことがある」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「警戒されない服装?」

 

「そう。怪しまれなくて、かつ全身を隠せる服装だ」

 

 俺の様にローブで身を包んだ人間が露店で座っていたら、もしかしたらアヤシイ商売をしているのかと誤解されてしまう。

 

「そんなのあったら、全世界の怪しい人はその服装してると思うよ」

 

「……そうか?」

 

「そう」

 

 言われてみれば、確かにそうだ。

 遠距離武器という種類で、弓と銃のどれが良いかと言ったら無論、銃が選ばれる。きっとそれと似たようなものだ。

 

「……その状況に当てはまった服装、でもか?」

 

「状況に当てはまったって、何が?」

 

「料理人のエプロンとか、兵士の鎧みたいな奴だ。職業や状況次第で自然な服装って事。逆に街中だったら、そんなの居ると目立つよな」

 

「なるほどね。でもこの場合、君は弁当売る人っていう条件でしょ?その程度じゃどうあがいても難しいよ」

 

「……そうか?」

 

「そう」

 

 そう言われたら、仕方ないな。

 ため息をつくほどじゃあないが、少し残念だ。このローブで販売することにしよう。

 

「あ、でも砂漠の国なら可能性も無いことも無い……かも?」

 

「ああ、なんか顔に巻いてるよな」

 

「うん、なんて呼ばれてるか分からない顔の布」

 

 よく分からないアレね。

 

「まあ、ここが砂漠じゃない以上は無理だから、このままやってく事にするよ」

 

「私が店番しても良いんだよ」

 

「なら、その時は」

 

 俺が店番することは難しいが、ケイが手伝ってくれるならば、心強い。

 なんなら、料理係と販売係で別れても良いかもしれないな。

 

 

「それで、話はもう終わり?」

 

「……あったとして、付き合ってくれるか?」

 

「うん。暇だし」

 

「だろうな」

 

 それから数十分間、俺たち二人は弁当販売についての話をすることになった。

 お互いの気が合うのか、それとも余分な話が多いのか。話は絶え間なく続いていく……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「そういえば、参考程度にだが、好きな食べ物は?」

 

「ポテトシチュー!」

 

「へえ。俺はハンバーグだが」

 

「ほほー」

 

「……」

 

 ふと気が付く。なんか余分な話をしている気がする。と言うか明らかに余分な話だ。

 どうやら、話が長引いたのはそのせいであるらしい。かと言って、暇な俺達には別に余談を控えるつもりもないのだが。

 

 とは言え、弁当販売についての懸念事項も話し終えている。

 話題も尽き、しばらく無言になる。

 

 と思ったら、ケイが四次元ポケットからドーナツを出してきた。

 当然かのように半分に分けられたので、有難く受け取っておく。

 

 

「……ほーいえま」

 

「飲み込め」

 

「ん……」

 

 なんだ。俺の周りの女性は、食べ物を頬張ったまま喋るのしか居ないのか。

 

「あ、ケっちゃん!」

 

「おごっ」

 

 ああ、例外が居たな。と、ケイが喉を詰まらせると同時に気付く。

 レイナは結構礼儀正しい方だった気がする。覚えていないが。

 

「ソウヤさんも。こんばんはです!」

 

 ともかく、この場にレイナがやってきた。彼女のあいさつに、俺は手を振ることで返事する。

 見ると、どうやら俺の方に話があるらしい。やけに俺の方へ視線に向けてくる。

 

 俺は首を傾げさせてみると、レイナは懐から一本のポーションを取り出してきた。

 

「丁度いいタイミングですね、ソウヤさんっ。私から贈り物があるんですよ」

 

「え?」

 

「んんっ。良いねー、ヒューヒュー」

 

 復帰したケイがバカげた事を言っているのを横目に、言葉をメモ帳に書いて見せる。

 

『それは?』

 

「呪いステータス回復のポーションです!」

 

「ああ……」

 

 なるほど、俺は納得混じりのため息を吐く。

 

「嘘だったんだがな……」

 

「にやにや……へぽっ」

 

 ニヤ顔で近づいてくるケイの顔を押しのける。

 

 俺の姿(人形)が呪いによるものと言うのは虚偽であり、これはゲームシステムによる異常……ポーション程度では取り除く事の出来ない物だ。

 

 どんな薬でも、腕は生えてこない。

 同じ様に記憶も取り戻せない。 

 

 そういうものだ。

 

「良いじゃん。試してみようよ」

 

「はい!ソウヤさんの為に、フェニックスの血を調達してきたんですよ!」

 

「フェニ、っえ?」

 

 一度賛成したケイも、思わず戸惑いの声を零す。

 

「え、それって伝説の」

 

 ぼそぼそと何かを言うケイの方をチラと見るが、微妙な動揺をしているのが見えた。こればかりは、今のケイと同じ気持ちだ。

 一体なんなのだ、その名前からしてレア度の高そうなアイテムは。

 

「い、幾らぐらいしたの。ていうかどうやって手に入れたの……かな?」

 

「市に売ってありましたよ。結構高かったですけどね」

 

「えっ」

 

 ……すごいな。市という物は。

 

「え、なんで伝説の不死鳥の血が……」

 

 きっと、レアな素材は素材屋に売られずに市場に売られる事があるのだろう。

 理由は知らないが、俺は無理やり納得することにした。

 

「それで、飲んでくれますか?というか飲んでください!どんなに根の張った異常状態でも取り除けますからっ」

 

 ……そうか。レイナは健気だな。

 俺は遠い目でポーションを見る。なんか液体がキラキラしている。あとレイナの目も。

 

 まあ、レア物の事は別に良いか。

 俺はポーションからレイナの方へと視線を戻した後、首を横に振る。

 あんな貴重品を、至って健康体の俺が使用するにはあまりにも勿体無いのだ。

 

『既に試せるものは試した。そのポーションも含めて。』

 

「へ?」

 

 ……そうして、沈黙が始まる。

 善意がこんなにも大きな空振りに終わってしまったのだ。きっと、本当に気まずい気持ちを抱いているだろう。

 

「えっと、そうだったんですか……」

 

 ……というか、そこまで俺に気にかけるとは思わなかった。

 だってほら、レイナってばケイ大好きっ娘だし。

 

「……」

 

 しょんぼり、と目線を落とすレイナを見かねて、ケイにアイコンタクトを送る。

 ケイは肩を竦めるが、仕方ないといった風にレイナに声をかけようとする。

 

「そういえばだけど、レイナって異常状態って言うのに詳しい?」

 

 なるほど。要求しておいてなんだが、ファインプレーだ。

 レイナは自分から様々な行動を進んでするが、空振る事もないことはない。

 だが、空振りストライクも、三振までにヒットを出せば帳消しだ。

 

「あ、はい。少しだけ……」

 

「なら、知ってる範囲で教えてくれるかなー」

 

 その言葉がレイナに届いたところで、帰ってきたのは笑顔だった。この笑顔を見る毎に、彼女の小動物的可愛らしさが、掛け算式で増えていくのを感じる。

 人懐っこい彼女にとっては、誰かの助けになることをするという行動に、きっと喜びを感じるのだろう。聖人か。いや天使か。

 

「あ……はい、もちろん!」

 

 天使の輪とか、翼とか、そういうマジックアイテムが手に入ったら、真っ先にレイナに贈ってみたいものである。

 

「その、呪いって言うのは、異常状態の……えっと、一部というか、分類的な物なんですよ」

 

「うん」

 

「ふつうは、呪いは魔法とかで引き起こされる物で……そのですね」

 

 説明は苦手な方みたいだ。

 急ぐように言葉を繫げようとするが、時折言葉を整理するために間を挟む。

 

 別にそうやって急ぐ必要は無いのだ。

 一日一時間の世界に住む俺たちにとって、ひと眠りしても精々20分しかリアルの時間が経たないのだ。

 

 だから、

 

『レイナ 落ち着いて』

 

 ゆっくり喋ると良い。

 俺たちプレイヤーにとって、この一秒一秒の価値は薄いのだから。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 そうして数分後、結論から言えば、俺の進言に反して異常状態の講義はヒートアップしていた。

 

 そもそも講義の内容が異常状態の枠を出ている。そこまで話が広がることが、一体誰が予想できようか。

 中止をしようにも、最初に解説を求めたケイにはそれ言いづらいだろう。俺がどうにかした方が良いのだろうか。

 

「異常状態付与に特化した職業もあるんですよ。バッファーって言ってですね……」

 

 万年無職(ニート)人形(ドール)の俺には関係ない話である。

 

「特有のASが、異常状態の強度を上げたり、逆に味方の異常状態を軽減したり。あ、たしか高レベルバッファーは、自分にかかった異常状態を相手に返すことが出来るらしいですよ!」

 

 AS。始めて耳にする単語だが、目で見たことはある。

 たしか「アクティブスキル」という言葉の省略形であるのだが、俺は成長しないスキルと言った感じに覚えている。

 普通、『弓』や『料理』といった技術スキルは関連する行動によって成長するのだが、ASはこれが無い。代わりに、筋力や魔力といったステータスによって、威力や効力が変わってくるとのこと。

 

 いつもお馴染みの、初心者指導書からの情報だ。

 そう言えば、技術スキルの事もTS(テクニックスキル)と呼ばれることがあるらしい。

 T()S()。なんとも、ケイとは馴染み深い単語である。

 

「ね、バッファーな友人って居る?」

 

「居ませんね。転職に必要な条件が難しいんじゃないでしょうか」

 

「転職に条件……?えっと、そか」

 

「はい。あ、でもバフ特化の職業は一つだけじゃないんですよ。例えば精霊使いとか……」

 

 理解しているようで理解していないケイだが、それを気にせず少しだけ考えてみる。

 ステータスが全てゼロである俺でも、物によっては転職できる職業があるんじゃないだろうか。

 

 キャラクター作成の時に見た、職業のカタログの内容を思い出そうとするが……。オーソドックスな物以外は出てこなかった。

 しかも、中心に見たのは戦闘職のみ。生産職とかは全く見ていない。

 

「……」

 

 いっその事、職業:弁当屋でも良いかもしれないな。ハハハ。

 

 ……っと、そうだ。一応、レイナにも協力を募ろう。

 

 

『レイナ、少し話が』

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ―――そして、時は来た。

 

 ここまで来るのに、俺は苦労したよ。

 品揃えの良い日中の市場で、大衆の流れに逆らいつつ掴み(買い)取った商売道具。

 ファンタジー世界故の、あらゆる意味で特殊な食材。

 

 本当に……苦労したよ。

 

 だが、その努力はきっと報われるだろう。

 その一心で、『弁当屋』としての役割を完遂した。

 

 あとは……

 

「突撃なのです!」

 

「目標は冒険者。行けー!」

 

「……行ってこい」

 

 後は君たちの出番だ。俺は右手をすっと上げ、敬礼をする。

 数本の(たけ)を抱えたレイナとケイは、己が先だと言わんばかりに扉を飛び出ていった。

 

 

 

「……え、竹?何故?」

 

 

 

 そう、あれは只の竹ではない。

 ……”竹飯”だ。

 

 かつ丼の入った竹。アレは俺が手掛けた武器(弁当)だ。ならば、彼女らの成功は決定付けられた様なもの。そうだろう?

 

「いや、なんで?」

 

 竹飯。普通一般の人間は、このような物を食す機会はない。人々は物珍しさに引っ張られ、何人かの冒険者は竹飯を冒険先に持っていく事になるだろう。

 そうして、我ら弁当屋は売り上げを伸ばしていく。

 

 本来、竹飯とは竹でご飯を炊くことなのだが……まあ良いだろ。チョコとバレンタインの関係は企業がでっち上げたと聞くし。

 

 まー、俺のアイデアがお客さんのツボにハマらなければ、俺が竹飯を消化することになるんだけどな。

 一応普通の弁当も用意してるし、大丈夫だろう。きっと。

 

「……ちょっと?」

 

 ところで、さっきから何の様だろうか。

 先ほどから俺の横でボソボソと呟いている管理人を見る。

 

「アンタ耳付いてるの……?」

 

 残念ながら耳は付いていない。恐らく耳にお経を書き忘れたのだろう。

 そんな耳無し人形の俺に、何か用があるのだろうか。

 

『どうしました?』

 

「いやだから……あの二人よ」

 

 いつも以上にげんなりとした様子で問いかけた。

 まあ、玄関というか、食堂で騒いだからそうなるのも仕方ないな。申し訳ない。

 

『弁当を売りに行った』

 

「ああ、アレ……」

 

 そう、アレ。

 数日前に調理室の使用許可を貰った理由のアレだ。

 

「まあ、別に良いんだけど……、所でご飯は?」

 

『竹取カツ丼飯と、あとはタコウィンナー弁当(オプションで振りかけ付き)と、おにぎり(梅、鮭、昆布)とか……』

 

「いや、そうじゃなくて、私のご飯のことを言ってるの」

 

 

「……あ」

 

「……」

 

 弁当に食材を使い切ってしまった……。

 

 

『食材、買ってきます』

 

「やっぱり……」




これと言った大きな動きの無い話……、けどこの言葉があります。

『嵐の前の静けさ』


……この章はずーっと『静けさ』のターンですが。


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23-ウチのキャラクターと俺の弁当販売

 ついノリノリで出撃していった私たち二人は、とりあえず人の集まりそうな所にやってきた。

 馬車が街を出る準備している所に顔を出してみたり、門の前で冒険者に声をかけてみたり。まあ、色々とやってみた。

 

「ええっと……竹取カツ丼飯だよー」

 

 ……何度口にしても思う。頭のおかしい料理名だ。

 いや、ソウヤは商品名だと言っていたが、どっちも変わらない。私たちは料理を売っているんだから。

 

「冒険のお弁当にいかがでしょうか?」

 

 私の隣に居るのは、私より頭一つ分ぐらい背の低いレイちゃんである。

 ソウヤが彼女に弁当売りの手伝いを求めた時、そんなに人手は要らないんじゃないかと思った。けど、ソウヤが助けを求める”文”を見せた後、その直後に“声”で私に言葉を伝えてきた。

 

「君の()()知らずはレイナに助けてもらえ」

 

 端的に言うとこんな風な事を言われ、成る程って思った。確かに、”プレイヤー”特有の単語には、まだまだ分からない所がある。

 

 一応、時間がある時に幾つか意味を知ったけれど……きっとこの言葉が私に馴染むことは無いだろう。

 

「やっぱり珍しがってますね」

 

 辺りを見渡すレイちゃんが言う。

 たしかに好奇の目が集まっているのを感じる。

 

「まあ、竹持って街を歩いてるんだもんね」

 

 この竹にカツ丼なる物が入っているとは言うが、弁当としてはちょっと持ち運びにくそうに見える。

 私としては、闇属性魔法でどうにでもなるからあんまり関係ない。

 

「おや、弁当売りの少女が二人居るじゃないか」

 

「あ、いらっしゃいませっ!」

 

 はたして、この移動販売に「いらっしゃいませ」は必要なんだろうか。屋根のある店の人が言い放つイメージがあるけど。

 

 私達の売り物に興味を持っているのか、それとも異性として私達に興味を持っているのか。

 近づいてくるのは、茶髪の長身な男。茶髪の上に特徴的な帽子を乗せている彼は、かなり()()があるように見受けられる。そしておそらく、戦いに関しても。

 

「どんな弁当があるんだい?」

 

 元男である私から言わせれば、ああいう類いの男は少し……苦手だ。

 とは言え彼とは初見。初っ端から嫌う必要もなし。私はなんとも無いように質問に答える。

 

「この竹にはカツ丼があって、他は普通の弁当を用意してるよ。あとタコウィンナー弁当と、おにぎりとか」

 

 ソウヤもこの奇妙な竹取弁当が売れるとは思っていないようで、こういった一見普通の弁当も用意していたらしい。

 ひっそりと闇魔法を仕込んだ入れ物の中から、普通の弁当を取りだす。

 

「はい」

 

「ありがとう」

 

 弁当を彼に渡す。狙ったような笑顔を見せる彼に、私は困ったように微笑みを返す。

 

「おお、とても美味しそうじゃないか。少し量が少ない気がするけど」

 

「物足りない人のために、おにぎりも用意してますよ!」

 

 この弁当を作ったソウヤの意図は、少食の人でも買いやすいように弁当を小さくして、後は食べる量に応じておにぎりを買ってもらう。という事らしい。

 

「おお。それじゃあこれを一つ貰おう」

 

「はい、普通のやつは270Yだったね」

 

 この弁当の価格は、カレーパンと比較してその2個分とちょっと。

 ここの通貨に慣れ始めた私からすれば、食費を節約しようと思っている人の目を惹く価格だと思う。

 おにぎりの方は、全種類が100Yで統一されている。

 

「ありがとう。ところで、販売で少し疲れてはいないかい?」

 

「疲れ、ですか?」

 

「あんまり疲れてないけど」

 

 これを始めてからそれほど時間は経っていないし、私はそんなに生ぬるい鍛え方はしていない。

 

「そうか。すまないね、出発前にお嬢さん方と話しがしたかったんだ」

 

「そうですか」

 

 はて。私は見た目と行動のギャップに、小さな驚きを抱く。

 私の知っている女好きの男というのは、こんなに引き際が早いものではない。

 それに、彼の身につけている物からして、冒険者に違いない。冒険者は大抵強引だったりするものだが。

 

「それじゃ、ね。繁盛している事を願うよ」

 

「あ、はいっ。ありがとうございます!」

 

 ……この世界にやって来てから薄々感じていた。が、ようやく明確になった。

 この世界の冒険者、元の世界よりは大人しいのかもしれない。

 

 

「ああ、そうだ」

 

「どうかしましたか?」

 

「後日。西側にある店で待ち合わせをしないか?」

 

 そこまで聞いて、私は渋りつつも笑顔を向ける。

 あまりしつこくないと思った矢先だ。

 

「もし時間が空いたら」

 

「……そうか」

 

 男はどこか残念そうな顔をしながらも、言葉を続ける。

 

「昼の13時ぐらいかな。本乃喫茶店という場所で会わないか?」

 

「もし時間が()()()()、ね?」

 

 先ほどの評価は取り消しだ。上げて落とすとは正にこの事だった。

 最初からこの態度だったのであれば、たった今修正された評価を少しは上回るだろう。一度期待させられた分、このペナルティは重いのだ。

 

「期待しておくよ。じゃあ、良い一日を」

 

 今度こそ諦めるのか。ここぞとばかりに私は手を振る。バイバイの合図だ。

 

「それじゃ、ね」

 

「え、あ、お出かけ頑張ってください!」

 

 それで、彼はようやく私達の元を去っていった。

 うん。これで面倒は去った。

 

 

 ……分かっている。私の態度は男嫌いの女性と呼ばれる、そのものだ。

 けど、私の前世は男だ。前世の()()以外、特に男と恋仲になれる気がしない。

 

 意図せず私と男が触れ合っている光景を想像して、氷山に棲むドラゴンにブレスを吹き掛けられたような寒気を感じる。いや、むしろ思い出してしまった。

 

 かつて、困難を極めた修行に思いを馳せていると、服を引っ張られる感覚に気づき、現実に意識を戻す。

 

「ケっちゃん、大丈夫ですか?」

 

「うん、大丈夫」

 

 その頃の私には想像できないぐらい、今の私は平穏の日々を過ごしている。

 

「さっき一品売れましたし、きっとすぐに次も売れますよ!」

 

「うん。頑張ろう」

 

 まだまだ手元の在庫は残っている。頑張るとしよう。

 

 

「そういえば、あの方の服装ってアレでしたよね」

 

「アレ?」

 

 まあ、確かにここらでは見かけない格好だった。

 けど冒険者という職がある以上、遠方からやって来た人間が身につけるものが珍しいのは当然だ。

 

「確か、えーと……ウェスタンでしたっけ?」

 

「うぇすたん?」

 

「あ、いえ。西部劇でしたっけ」

 

「せいぶげき?」

 

 なんだろう、その聞きなれない単語は。またソウヤヘ訊くべき事が増えた。

 

「はい。あの特徴的な帽子、見ましたか?」

 

「あー……左右のツバが反り上がってたね」

 

「それと、あの靴のクルクル!」

 

「拍車のことかな。アレは珍しくないと思うんだけど」

 

 国の騎兵がよく使っていると記憶している。と言うより、馬をよく使う人なら、冒険者も農民も持っているはずだ。

 私も馬を使う時は、拍車を靴に取り付けて乗り回している。いまは持っていないが。

 

「そうなんですか?」

 

「うん」

 

 まあ馬を直接乗る機会がなければ、この道具を知る機会もないだろう。

 

「別にいいけど。さ、商売の続きだよ」

 

「あ、はい!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 それから。

 

 私たちが持つ弁当の量は少しづつ減っていった。

 ソウヤが想定していた通り、主に冒険者が出発前に買っていく様な感じだった。大柄の者が弁当と一緒におにぎりを数個買っていくのもだ。

 

 想定外なのは、冒険者たちがおにぎりだけ買っていくケースがある事だった。お陰でおにぎりが先に売り切れてしまった。

 

「おにぎり、無くなっちゃいましたね……」

 

「ね」

 

 竹取弁当の方は、まあふつうのやつよりは売れていた。

 携行するには大きいと思うけれど、それより珍しさに対する興味が勝ったんだろう。

 

「少し残ってるけど、そろそろ帰ろっか」

 

「私も、ちょっと喉が疲れました」

 

「じゃあ何か飲み物買っていこう」

 

 この世界には、面白い飲み物や食べ物が沢山ある。

 喉を通るであろう液体に、少しでは済まない程度の期待を寄せつつ、進路を拠点の宿屋へと向けた。

 

「レイちゃんは何が飲みたい?」

 

「そうですね……冷たくて、喉に良い飲み物と言ったら、お茶でしょうか」

 

「紅茶?」

 

「どっちかというと生茶の方が好きですね」

 

 知らない名前のお茶だ。この世界の人たちにとってはメジャーなのだろうか。

 また、私がソウヤへ質問攻めする時のレパートリーが増えた。

 

「あ、でもレモンティーも良いですね」

 

「レモン」

 

 そっちは私も知っている。

 飲む機会は少ないが、すっきりした酸っぱさだった、と記憶している。もっとも、その記憶はかなり遠い。最後に飲んだのは前世の頃だったかもしれない。

 

「探してみよう」

 

 今思えば、今世の私は食事情がかなり()()()。味覚的な意味でだ。

 強さを求める故に、ほとんどの日常を町や村の外で過ごしていた。街の中で訓練する必要も、既に無かった。

 

 食事は野生動物を狩り、酷い時は食に適さないモンスターを食べる。

 時々、食べられる植物などを調べては、日頃の食事を改善していた。無論、安全な街で食べる真っ当な料理の方が美味しいのだけど。

 

「残ってる弁当、預かるよ」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 竹と箱を受け取り、魔法で作った空間に入れる。

 

「うーん……あそこに行ってみましょう!」

 

「人がちょっと多いから、手を繋ごうか」

 

「はいっ」

 

 レイちゃんは背が低いから、もし人混みに一人突入したら見落としかねない。

 しっかりと手を繋ぎ、レイちゃんの方を見る。微笑みを返してきた。

 

「えへ」

 

「くす……」

 

 今更こんな事を思うのも何だが、彼女は戦う力を持っているとは思えないほど可愛らしい。

 むしろ小動物的な可愛らしさばかりで、ソウヤが言っていたような勇ましい戦闘ができるとは思えない。

 

 魔法使いだ、とは雰囲気で分かるのだが……この娘からは、戦闘慣れした人間特有の雰囲気を感じない。

 人狼だとかいうモンスターを、頭を魔法の槍で串刺しにした、と聞いている。

 血塗れのレイちゃんが、まるでダンゴの様に頭を貫いた槍を片手に、コチラへ微笑む様子を想起する。ちょっと怖い。

 

「あそこ、なんか美味しそうですよ」

 

 見ると、なんとも美味しそうな香りを匂わせている屋台を見つける。

 ジュージューと音を挙げているのを見るに、焼き物の食べ物だろうか。

 

「焼き鳥?」

 

 屋台の看板に書かれた文字を見る。これは元の世界の物と一切変わらない言語だから、問題なく読み取れた。

 先日ソウヤに軽食ラッシュをぶちかました時には、焼き鳥と呼ばれる物は軽食軍に入っていなかった。

 

「すごい匂い……」

 

「祭りでもないのに、こういうのが沢山あるのが王都の魅力ですよね」

 

「そうだね」

 

 魅力はそれだけじゃないと、私は思うのだけど。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「……またか」

 

 またこのケイは大量の食べ物を買って帰ってきた。

 この前のよりは少ないとは言え、相変わらず机を軽く埋め尽くしている。今度は香ばしい匂いが漂っている。

 

「この前のよりは少ないから良いじゃん」

 

「……なら良いのか?」

 

「あの、”この前”ってなんですか?」

 

 今回はレイナも伴って来たから、本当になんとも言えない。

 俺の声が届かぬ相手に、文字で言葉を見せる。

 

『ケイが大量のお菓子やら軽食やらを買ってきた事があった』

 

「そうだったんですか」

 

 まあ、その時と比べれば確かに少ない。

 前のは机に山ができるレベルだったが、今回は丘と言えるレベルだろうか。

 

「で、買ってきたのは……焼きそばか」

 

「あと焼き鳥も」

 

 一応、このレパートリーはこの前の軽食ラッシュと被っていないらしい。

 

「なんだこれ」

 

 これは見覚えがあるが、ハッキリと覚えていない。酒のつまみか何かだったような気がするが。

 

「あ、それは……なんだっけ」

 

「あたりめですね」

 

「あたりめ」

 

 お酒は好んで飲む気はないし、つまみとして食べることはなさそうだ。

 うん、お菓子としては食べるかもしれない。

 

「……まあ、良いけど」

 

 と言うか、俺はケイが持ってきた大量の食べ物を待ち望んでいたわけじゃない。

 気を取り直して、メモ帳に言葉を書く。

 

『とりあえずお疲れ様。販売の方はどうだった?」

 

「残った物を見せた方が早いね。ほい」

 

 ケイがカバンを持ち上げると、一個ずつ机に置いていく。が、出てきたのは一本()一箱(弁当)だけだった。

 

「おにぎりは全部なくなりましたよ」

 

 なるほど、おにぎりは多めに作ったほうが良さそうだ。

 

「うん。弁当は買わないで、これだけ買ってく人がいたからね」

 

 それが理由でこれが先になくなったのか。

 

「と、そうだ……。はい、これが売上ね」

 

「おう」

 

 ジャラジャラと音の鳴る袋を手渡される。

 随分な儲けに見えるが、これの大半は材料費として費やすことになる。利益分は、せいぜいこの中の2割ぐらいだろう。

 

「えっと……残りはコレで、作ったのはこの数だから……」

 

 メモ帳に数字を並べ、適当に売上を計算する。

 そして、材料費やらを引いて……利益分の詳しい値が出る。その値に従って、その分を袋の中から取り出す。

 

「わお」

 

 この計算を見ていたケイが、小さく声を上げる。

 そういえば……レイナなら兎も角、ケイは現代社会に生まれているわけじゃないから、教養に関しては半端なのだろうか。

 二人になった時にでも訊いてみるとしよう。

 

 と、これを忘れてはいけないな。

 こちらに呼び寄せるようなジェスチャーをレイナに向けてやる。

 

「どうしました?」

 

 手を出すように促した後、利益分のお金の3分の1を渡した。

 

『感謝の分』

 

「え、いや。そんな」

 

 遠慮せずに貰っといて欲しい。

 大阪のおばちゃんが飴玉を握らせる動作を真似るように、お金を押し付ける。純粋なレイナをタダ働きさせると、なんだか罪深い気持ちでなってしまうのだ。

 

「受け取っちゃいなよ。そうしないとソウヤが呪いを移しちゃうぞー」

 

『なわけがあるか』

 

 そんなジョークをされても、レイナは困るだけだ。返事に迷っている様子のレイナを横目に、俺はため息を吐く。

 その末に、ようやくお金を受け取って懐にしまうレイナを見て、俺は満足して頷く。

 

 

「……そうだ、ソウヤ」

 

 ケイに俺の名を呼ばれる。

 反射的にケイの方を見た。名前を呼ばれて振り向くのは、意識していも中々抗い難い条件反射だ。

 

 そして俺の両目は、ケイのニヤニヤとした表情を目撃する。しかも、両手をワキワキとさせていた。

 俺はこれから行われる行為が簡単に予想できてしまう。

 

 コヤツは、俺のフードを捲る気だ。当然俺は、フードの裾を握り締めて抵抗しようとする。

 

「無駄」

 

 が、遅かった。

 俺がフードを抑えるよりも先に、ケイはフードを捲り上げてしまった。

 

「ちょ……!」

 

「あ」

 

「ふん」

 

 何故か自慢げに息を鳴らすケイ。

 

 フードが捲られたことで、完全に露見した俺の素顔。

 

 俺の姿に驚きながらも目を逸らそうとするレイナ。

 

「……」

 

 完全な無言が、続く。

 俺はフードを元に戻す事もせず、頭に手を当てている。

 

「前々から気になってたんだよ」

 

 沈黙を破るように、ケイが語り始める。

 

「ソウヤがやけに素顔を隠したがるけど、それは騒ぎにならないようにする為。けど、私や管理人とか、ある程度信頼における人には見せていたんだ。見られても騒ぎにはならないからね」

 

 たしかにそうだ。街を歩くたびに目線を集めたり、先日の兵士のアイアンに呼び止められた様に警戒されることもある。

 面倒事の起きない範囲内で、俺はこの素顔を見せた。

 

「けど、なんでかレイちゃんには顔を見せないんだ」

 

「あの、でも、別に隠していても私は気にしませんよ?」

 

「いいや、そうじゃないんだ。私には顔を見せて、管理人には顔を見せて、でもレイナにだけ見せないのはおかしいでしょ」

 

 確かにそうだが……。

 

「もしかして、何か事情でもあるのかな?」

 

 ケイがわざとらしい態度で、俺の顔を覗き込んできた。

 この問いに、俺は口で答えた。

 

「ある……。ケイも、分かっているだろ」

 

 言い終えて、レイナの方をチラと見るが、視線に気づかれる前にすぐ視線を戻した。

 

 俺が人形となる前……ケイとしてRPしていた頃、初めて出来たフレンドがレイナだった。彼女は出会って初日で同室で寝泊まりする事を許す程に、人懐っこい。

 

 しかし俺は演技(RP)していたのだ。ケイの皮をかぶりつつも、仲良くなってしまった。

 

 こうして人形になった俺は、他人としてレイナと会った時、まず後ろめたさを感じた。

 今更ながら、俺は無意識に彼女を騙していたと気づいたのだ。

 

 

 

「とりあえず、近い」

 

「むぐ」

 

 手で目の前の顔を押し退ける。あまりにも近いと、目が悪くなるだろう。

 

 まあ、それはともかく。

 俺は紙に謝罪と弁明を言葉を写すことにした。

 

『すまない

 信頼していない訳じゃないし、嫌っている訳じゃない』

 

「いえ、そんな。というかその……」

 

『商売を手伝わせた上で、それでも素顔を見せないというのは失礼だったと自覚している』

 

『初めて会った時は、人の多い場所だったから仕方ない。が、それからもずっと隠しっぱなしでいるべきではなかった」

 

「あ、えっと」

 

『今思えば、俺は――』

 

「あの、管理人さんが来てるんですけど……」

 

 ……しまった。レイナそっちのけで、謝罪文を書くのに集中してしまった。

 紙へ向けていた顔を上げ……俺は瞳も口の無いこの顔で、驚愕の感情を表現した。

 

「……ん」

 

「え」

 

 一体何時からそこに居たのだろうか。

 ややみすぼらしい印象の服にタレを零している姿を、唖然と見つめてしまう。

 

「ごく。ふぅ……」

 

 咀嚼を終え、口の中のものを飲み込んだ管理人は、言葉を出すために口を開く。

 

「……こんなに良い匂いがする焼き鳥を放置するのが悪いのよ」

 

 どんよりとしていた筈の雰囲気が、漂うタレの匂いによってかき消されてしまった。




感想ありがとうございます。
マイページを開いたら、感想の通知が出てきてビックリしました……。

さて、平和を体現した様なこの章も、終わらせます。
次回、幕間(リアルパート)なのだ。




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幕間-私の後悔/俺の記憶捜索

 彼女は、前世の記憶を持って過去の世界に誕生した。

 過去は、彼女だけの物になった。

 未来は、今や彼女のみが知るものだ。

 

「『転移』」

 

 ある日の事だ。彼女は前世で得た魔法の知識を活用できる、十分な魔力を手に入れた。

 特別な方法ではない、身体の成長と訓練によって拡大する魔力の器が、その必要量を満たしただけだった。

 

 十年と数年ぶりの感覚が、彼女を彼方の地へと送る。

 

 かつての記憶に残る、白い花の咲き誇る光景を思い出す。

 しかし視界に映ったのは、その記憶とは反した知らない色の花畑だった。

 

「薄い、ピンク……なんで……?」

 

 知らない所に来たつもりではなかった。

 前世では幾度も、それこそ記憶に焼け付くほどに訪れた場所だった。そこへの転移を、失敗するわけがない。

 現に、前世での記憶の通り、近所の村もそこにある。

 

「…………」

 

 でも、

 しかし、

 そんな事は……

 

 彼女は思う。

 この世界に、あの人は―――

 

 

 ―――不意に、花畑の中心に、何かが()()()いるのが見えた。

 心が悲壮と落胆の感情で痛む。

 頭が否定と拒絶の意思で痛む。

 しかし身体は、ひとりでに前へと歩んでいた。

 

 一歩、二歩と、その姿は明確になるとともに、記憶と組み合わさっていく。

 

「―――……!」

 

 まるで花びらが散るように、花畑から蝶が飛び去っていく。

 その胸から流れ落ちる「赤」を抱えた女性の瞳は、じっと「俺」を見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

「う……」

 

 目を開くと、視界には規則的に木目が並ぶ天井が映った。 

 薄いピンクの花畑も、「血」を流す女性も、どれも幻想の様に意識の奥底へ消えていった。

 

「……夢?」

 

 無意識に、自らの両手を上げて、私の目の前に運んで見る。

 女の子らしい、綺麗な両手だ。剣の技を会得している分、少し硬い印象があるが、それでも男性のそれよりは遥かに綺麗に見える。

 

「もう、会えないのか」

 

 と言うのも、その事は既に知っていた。この世界に来る前から、あるいは……。

 けれど、いざ実感するとなれば、知る知らないに関係なく心が締め付けられる。

 

「……」

 

 しばらく、このベッドから起き上がれる気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 このライトノベル……と呼ぶにも少しばかり幼稚な品質であるのだが……。

 改めて、『ケイの旅路』と題されたこのノートには、その文字通り、あのケイの物語を綴ったものだ。

 

 始まり……プロローグは、まず悲惨なものだ。

 最初は、ケイ自身が誕生する以前。――驚いたことに、文字通り生まれる前から、つまり母親の腹の中から始まっている。――そこから回想シーンが始まって、ケイの前世がどんなものであったのかが語られる。

 

 言うまでもないが、ケイの前世は男性だ。

 男性だったケイは、それなりの地位の騎士として日々を過ごしていた。

 

 その仕事の一環で、ある日に村へ訪れたケイは、一人の女性と出会った。

 運命と言えばありきたりだが、その巡り合わせから、ケイと『エル』は付き合うことになった。

 

「――」

 

 その恋人の名前を口に出そうとして、しかし何も声にならなかった。

 そうだった、俺はリアルでは喋れないのだ。数年前からの事だったのに、忘れていたとは。

 

「……」

 

 とにかく、時は進んで……、雰囲気や物語を無視して結末から言ってしまおう。

 

 ケイの恋人であるエルは、死んだ。

 モンスターによる村への襲撃を聞きつけ、ケイは任務を抜け出してまでして駆けつけるも、手遅れだった。

 しかも、駆けつけるのが中途半端に早かったせいで、エルが死ぬ瞬間を目撃してしまった。

 

 槍で、胸を一突き。

 周囲には癒やしの魔法を使える者も居らず、そう時間が経たない内に、恋人は死んだ。

 

 騎士としての仕事も、任務を放棄したということで解雇。死罪にならずに済んで幸運だったと言うべきか。

 その後、ケイは魔法の研究を始め、数十年かけてとある魔法を開発した。そう、過去に戻るという魔法だ。

 

 あとは説明不要だ。その魔法を使った所で回想は終了し、次は今世の主人公が誕生するシーンになる。

 

 普通より早く両足で立ち、普通より早く言葉を喋った。ついでに魔法も使った。

 今世の自分は女であると知っても、やはり普通より早く常識を学んだ。いや、コレは前世から残っていた知識か。

 

 そんなこんなで、我が子の異常性……耳触りの良い言葉に直そう。

 我が子の特別な才能を感じ取った両親は、それを活かす為にあらゆる講師を呼び込み、剣術や魔法、後は算術や語学を教え込んだ。座学系は講師が数ヶ月で自信を失くしたらしいが。

 

 

「……」

 

 俺はノートを閉じて、天井を見る。視界には規則的に木目が並ぶ天井が映った。

 

 実を言うと、この部分は既に読み進めていた。

 ただちょっと、気になる事があって、最初から読み直していたのだ。

 

 それで分かったことは、二つある。

 作中のケイの性格と、ゲーム中のケイの性格が少し違うという事。

 そして、過去の俺……筆者の『文字』や『書き方』が変わっている、と言う事。

 前者に関しては、ケイの性格が時間の流れによって変わっていったと言う事で説明が付くだろう。

 

 だが後者はどうだ?

 確かに時間の流れと言えば説明が付くが、そうではない。焦点が違う。これはケイに関する情報ではなく、過去の俺に直接つながる情報だ。

 俺はそこから何か分からないか、必死に考えた。

 

 ……見たところ、成長によって書ける漢字や言い回しが増えていった風だ。それに、成長度合いを見るに、数年やちょっとではない。

 

 もしかして、と思って物語の最後の方を開いた。ネタバレなど気にならなかった。

 見えたのは、やけに見覚えのある文字。

 やはり、と当たりを引いた気分になった俺は、大学生だった頃に使っていたであろうノートを取り出し、開いてから二つを見比べてみる。

 

「……!」

 

 同じだ。字の書き方、癖、言い回し。全てとまでは行かないが、殆どが共通していた。

 そうとなれば、メモだ。気づいたことを忘れてしまっては良くない。

 雑に、しかし読み取れる程度に情報を書き留めた。

 

『大学生の頃も、あのラノベを書いていた。恐らく、記憶を失う直前まで』

 

 

 

 ……この一冊は、俺の記憶を明かしてくれるだろう。

 根拠も証拠も、何もないけれど、俺は確信した。

 



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第5章 俺らのギルドウォーズ
24-ウチのキャラクターと俺の宣言撤回


 現在、午前11時。太陽もいよいよ上り詰めてきているといった時間帯だ。

 先日から続けていた弁当販売は、まあぼちぼちといった感じで進んでいる。

 

 ケイマジックが仕込まれたカバンに、出来る限りの弁当を作っては入れて、そして売りに出かけてもらう。そんなルーチンが、この弁当販売の基本的なスタンスだった。

 売り子はケイ一人で行くのがデフォルトだが、自由参加でレイナも付き合うことがある。モチロン、その時は利益を分け与えている。

 

 初日のパンチとして仕入れていた竹取カツ丼飯に関しては、仕入れ数が減っている。代わりに、普通の容器にカツ丼を入れた物を売りに出している。

 実際に弁当として使うと考えると、やはり竹は変化球過ぎた。

 

 そんな経緯もありながら、弁当のレパートリーも順調に増やしている。固定で用意している枠を3種類、それと日替わり枠を一種類用意している。

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

 朝から売りに出かけていたケイが帰ってきた、今日はレイナは不参加だ。どこかへ素材採集でもしているんだろう。

 

 朝食という機会でしか人の集まらない食堂で、ケイが持っていたカバンを机の上に放った。

 ぺたん、という気の抜けた音と共にカバンが潰れる。

 

「どれぐらいだった?」

 

「こんなもん」

 

 そう言って、潰れたカバンから弁当を取り出す。

 このカバンには何も入っていないように見えたが、その実ケイマジックで収納されているため、何十個も弁当を入れてもヒョロヒョロと言う擬音が似合いそうな挙動を示したりする。

 

 出てきた弁当は、数個の「アルファ弁当」のみであった。

 弁当の命名には、アルファ、ベータ、チャーリーとして、日替わり枠は日替わり弁当と呼んでいる。

 

「ねえ聞いてよ。今日もあの男が口説いてきたんだよ」

 

「例の西部劇風の男か。ご愁傷様」

 

 いい加減にしてほしい、と言うような感情がだらだらと伝わってくる。本気で嫌がっているらしい。

 

 まあ、ちょっかいを出しているその男の様に、常連……リピーターとも言うが、その客も着実に増えている。おかげでずいぶんと売れ残りが少なくなった。

 

 しかし、売上自体増えているわけじゃない。販売量は大して増やしてないからだ。

 材料の仕入れはケイに任せてはいるものの、肝心の料理人は俺だけであるから、生産の限界が案外近いのである。

 

 早速と言った感じで売上の計算を始めると、ふと視線に気づく。

 

「どした」

 

「いやね、なんか艶々してない?」

 

「つやつや?」

 

「うん」

 

 恐らく、朝に訓練に赴いた後、帰りに身を洗った影響だろう。

 今日ばかりは帰りが遅かった故、身体の表面が乾いていないのだろう。

 

「いやな、ついさっき浴びたばかりで。なんでもこの身体(人形)は汗をかくらしいんだ」

 

「うわ」

 

「引いてくれるな、俺も最初は驚いた」

 

「でも汗って。君本当に人形?」

 

「さあな。飯食うし、腹減るし、ちゃんと寝るし。案外人間かもしれない」

 

 まあ、実際のところは無機物やモンスターとしての人形として存在しているのではなく、()()()()()()()()()()()キャラクターなのだろう。

 キャラクターを作成する前のアバターがこの姿だったと記憶しているし、この説が一番有力だと思っている。

 

「もしかしてトイレもする?」

 

「それは無いな」

 

 内心苦笑する。いくら仮想現実とはいえ、ゲームでまでトイレに行く必要はない。

 一応、トイレを利用すると一部の異常状態が解消するらしいのだが。毒だったり腐ってたりした食物を食べたときに発生する『食中毒』とか。

 それさえ気をつければ、アイドルはトイレしないという都市伝説を実現してしまえるのだ。無論、この世界限定だが。

 

 

「弓の練習、続けてるんだね」

 

 ケイが机の横にに立てかけてある弓を見て言う

 

「まあ」

 

 ケイが朝に弁当販売に出かけた後、俺もいつものように弓の練習をやっていた。

 そのお陰か、弓を教えてくれる先生の他に、練習の場を紹介したアイアンとも仲良くなったりしている。

 

「弓の腕も使い物にはなった筈だ。相当素早い獲物じゃない限りだが」

 

 最近は、空を飛ぶ敵に対する射撃訓練もしている。人一人分のサイズでも安定して当てることは出来ないが、鳥を狙うとなると、最早運に頼るしか無いだろう。

 ステータス面では、念願のオールゼロ脱却が達成された。『弓』スキルが上がると同時に『器用』も上昇したのだ。「1」だけ。

 

「ふうん……。どうせだし、適当にモンスターとでも戦ってみようか」

 

「モンスターと、って……外に行くのか?」

 

「そ、私も腕が鈍ったらいけないからね」

 

「……でも、大丈夫か?」

 

 危険だから街に籠もるといったのはケイだ。なにか問題があるのではないかと、俺は心配する。

 

「んー、もしかして自信無いのかなぁ?」

 

「いや……別に問題ない」

 

 能力持ち越し転生系チート主人公の彼女が居れば、特に問題など無いだろう。何か重大な事がおきない限りは、だが。

 

 ここで売れた弁当の売上の計算を大雑把に終えて、利益分の半分を財布に入れてしまう。そしてもう半分はケイの分け前として渡す。

 今後の弁当の材料費に使う分は、別の袋に入れてケイ特製の四次元ポケットに入れている。

 

「収入もあるし、出発前に防具も探してみよう」

 

「そうだね、矢も沢山用意したほうが良いだろうし」

 

「重くならないか?」

 

「そこはほら、私の魔法でちょちょいと矢筒に細工してさ」

 

 ……本当に万能だな。ケイマジックは。大方、矢筒の中を四次元ポケット化してしまうということだろう。

 

 あっさりと解かれた引き篭もり令に呆気なさを覚えながら、適当に外出の支度を済ませて出ていった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「おっも……」

 

「貧弱すぎ」

 

「否定できん」

 

 幾つかお店をまわり、新しい防具と、大量の追加の矢を買った。その結果、総重量がそれなりに多くなり、俺自身が潰れてしまいそうになってしまう。間違いなく、金属部分が多い鎧と、この訳わからん量の矢のせいだ。

 流石に数歩も動けないと言う程でもないし、街の外を歩く分には……まあ不可能じゃない。だが重い。とっても重い。

 

「せっかく上がった『器用』も、重さに耐えるには役立たずか……」

 

「んー、持とうか?」

 

「頼む。金属の鎧が存外重くて」

 

 この重さを誤魔化すために、鎧を着直す。ローブの上に鎧を着ているから、その表面で光が歪んだ。

 以前使っていた花柄の防具よりは、こっちの方が精神的に良い。

 

「……いや、微塵もプライドが無いね。自分から言ってなんだけど」

 

 渋々言いながらも受け取ってくれる。プライドなら花柄防具の時点で砕け散った。

 流石に人目のある所では矢筒に細工を仕込むことは難しいから、仕方なく宿屋へ移動中である。空間に四次元ポケットを開くのは楽だが、道具か何かに付属する形で四次元ポケットを付けるのは面倒らしい。

 

「女の子と付き合えそうになさそうだね、ソウヤは」

 

「それは挑発か」

 

 にししと笑う彼女に、俺はジト目を送ってやろうとした。しかし俺には目がなかった。

 

「……けど言われてみれば、確かに君との関係は友人の色が濃いな」

 

 ”男女の間に友情が生まれることは有るのか”、と問われれば、”見れば分かる”と答えればいいぐらいに恋色が思い当たらない。

 試しにケイの姿をじっと見つめてみるが、ときめくような感覚は一切しない。むしろ記憶へ繋がる希望としての感情で満たされそうな気になる。

 

 俺が学生だったのであれば、多少はそれっぽい色もあったかもしれないが……。

 

「まあ、君の()()も関係してるのかもしれないな。実際()()に関しては複雑だろう」

 

「否定はできないなあ」

 

 男性として生きていた前世の記憶……恋人も居たとなれば、女性として始まった今世はとてもやり辛かっただろう。

 

「男を理解している女性、と言うのも男を引き寄せそうな物だな」

 

「ああ、それはちっとも考えてなかった。というか考えたくなかった」

 

 露骨に嫌そうな顔をする彼女を見て、この話題はウィークポイントなのだろうと察する。この話題にはあんまり触れないであげたほうが良いだろう。

 また身をよじる様に鎧を着直すと、近くに見覚えのある姿を見つけた。数メートルもしない距離だが、看板の上に腰かけていたから、たった今まで気づかなかった。

 

「キャットだ」

 

「キャット? あ、本当だ。おーい!」

 

 ケイが呼びかけると、キャットの耳がぐいっとコチラに向けられた。その耳につられるように顔をこちらに向けて、俺達に気づくと同時に手を振り返してくる。

 まるで本当の猫の様に、その看板から飛び降りてからしなやかに着地した。

 

「おお。ナイス着地、10点」

 

 俺たちと向き合ったキャットは、二本の尻尾をゆらゆらとさせながら、ケイの採点にはてと首を傾げた。

 

「私的には8.7点なのデス」

 

 俺達はフィギュアスケートやダイビングとかの採点に来たわけじゃないんだが。

 

「弁当売りでほんのり話題なお姉さんは、私に何か用でもあるのデスか?それともご主人に?」

 

「話題になってたんだ。んやね、見かけただけなんだけど」

 

「そうなのデスか」

 

 返事に満足、と言うよりはどうでも良いとでも言うように、筒状のお菓子を貪り始めた。あれは()()()()()か。

 

「むぐむぐ。私はご主人が私を召喚するまで待機してるのデス」

 

「食べながら喋るな。粉が飛ぶ」

 

「召喚、っていうと……えっと、あの人の特技だっけ?」

 

「名前を忘れたのか。イツミ・カドだぞ」

 

「そう、イツミ君」

 

「……むぐ、お姉さんはご主人の名前を覚えてないのデスか。それと、お人形さんも相変わらず良い声なのデス。パントマイムを始めたらどうデス?」

 

 それは猫又流のジョークだろうか。俺は肩を竦める。

 ところで、宿屋へと足を進める俺たちに付いて来ているのは何故だろう。

 

「ところで、なんで付いて来るのかな?」

 

「んにゃ……偶然会ったから付いて行ってみてるだけなのデス」

 

「そっか」

 

 休憩中とだけあって、結構ヒマしているらしい。

 付いてくる小さなキャットを追い払うようなことはせず、なんともないように世間話を続ける。

 

「あ、召喚されるときは光るので、ご留意しておくのデス」

 

「へえ……。召喚の仕組みが気になるね」

 

 確かに、召喚魔法はどの属性にも当てはまらなかったりするし、若干気になるかもしれない。

 魔法が得意なふれんずのケイなら、案外再現できてしまうのだろうか。

 

「イツミ君は何をやってるの?」

 

「ご主人は東の港へ移動中なのデス」

 

 そう聞いて、俺は疑問に思う。それならば、このキャットは何故ここでお留守番をしているのだろうか。

 

「最近になって増えたお手伝いでヘトヘトになったので、おやつ券一回分を犠牲に、ご主人が目的地に到着するまで休暇中なのデス」

 

「へえ」

 

 なるほど、召喚獣は意外と重労働らしい。それともそういう時期なだけだろうか。

 

「そんな大変になるってことは、何かあったんだ」

 

「それは……おっと、ここから先の情報は入会しないと閲覧不可なのデス」

 

 思わず吹き出す。入会が必要だったとは知らなかった、かの情報網の利用は会員制らしい。

 

「え、なにそれ」

 

「入会後の3ヶ月はお試し期間、そこからは月料370Yなのデス」

 

「え」

 

 意外とそれっぽい内容であることを聞いて、さらに笑いを深めてしまう。

 

「ケイ、この世界ではよくあるヤツだ……っふふ」

 

「いや知らないって。え、情報屋ってこう言うものなの?」

 

 ふふふ……ケイよ、そんなでは現代社会を生き残れないぞ。

 俺は彼女の肩に手を置いて、意味あり気な風に深く頷いた。

 訳が分からないと混乱するケイの様子を見て、くすくすと笑いをぎりぎり堪える。俺に唇があれば、それは弓の様にしなっていただろう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 俺たちが宿屋に到着しても、結局キャットは召喚されずに付いてきたままだった。

 

「ここがお姉さんのハウスね、デス」

 

「なんだそれは」

 

 どこか聞き覚えのあるセリフに、思わず突っ込みを入れる。無論、その声はキャットに届かないが。

 

「ハウスじゃなくて宿屋なんだけどね。っと、私は部屋で色々と用意してくるよ、キャットの相手よろしくね」

 

「え、俺が?」

 

 一方的に言われ、ケイはそのまま二階へ行ってしまった。

 別にキャットの話し相手になるのは苦ではないが……筆談が面倒なんだが。

 

 ケイが部屋に行くのは、矢筒に細工を仕込むのをキャットに見せない為だろう。知り合いだとはいえ、信頼はしていないらしい。

 

「……」

 

 キャットはケイの行く先が気になるようで、2階の方をしっかりと見つめていた。”耳”が。

 二度言うが、”耳”が二階の方を見つめていた。比喩だが、この表現がピッタリ当てはまる状態である。

 

 一方、顔だけは俺の方を見つめているように見えるが、全神経は耳に集中しているらしい。俺が手を振っても反応する素振りすらない。

 

「目は口ほどに物を言う、だったか」

 

 このキャットの場合は、耳が当てはまるんだろう。

 それはとにかく、ケイの魔法について模索されるのは、ケイにとっては望んでいない。と言っても、耳を向けただけでは何もわからないとは思うが。

 

 

「……にゃあ」

 

 しばらく観察してみたら、キャットは落ち込んでしまった。アンテナの様にピンと張っていた耳も、元気をなくしたようにみえる。聴覚だけでは大した情報を得られなかったらしい。

 

 しかし、キャットはこんなに感情豊かな耳をしていただろうか。俺は記憶を掘り返すが、あのような様子の耳を目撃した瞬間は二度も無かった。

 

「そういえば、弁当はどんな物を売っているのデス?」

 

 何事もなかったかのように質問を吹っ掛けてきた。あの耳に気づいていないとでも思われているんだろうか。

 ……まあ別にいいかと、適当に返事の言葉をメモ帳に書く。

 

『アルファ弁当には、肉団子やウィンナー(タコ)が主。

 ベータ弁当は卵そぼろ。

 チャーリー弁当はコロッケ・生姜焼き・唐揚げ。これは大食い向け。もちろん全部に白米がついてくる』

 

「へ、えっと……なるほどデス?」

 

 あまりピンと来ていないご様子。

 なんなら実物を見せても良いのだが、弁当を入れているカバンは部屋にある。わざわざ部屋に戻る事でもない。

 

『機会があれば、半額で売っても良い』

 

「おー、それはありがたいのデス」

 

『その代わりに、食べ物の好みでも聞かせてほしい』

 

「ふん、喜んで答え……あ、ちょっと待つデス」

 

 俺の言葉に鼻を鳴らして返す途中、なんとキャットが光りだした。比喩でも何でもなく、全身を余すところなく光らせていた。

 何事かと一瞬警戒するが、先程のキャットの発言を思い出してハッとする。これがキャットの言う、召喚時の挙動なのだろうか。

 

「ご主人が召喚の詠唱を開始したっぽいデス」

 

『時間がかかる?」

 

「……さっきの質問の代わりに答えると、召喚される側の大きさに応じてかかるのです。私の場合は―――」

 

「眩しっ」

 

 キャットの言葉が途切れる直前、一際強い光を放った。顔を背けてすぐに目を守るが……それも一瞬だけ。

 すぐに光が収まったとわかると、再び前を見る。

 

「……居ない」

 

 本当に召喚されたらしい。

 誰もいない空間をぼんやりと眺めていたら、階段の方からパタパタと足音が聞こえてきた。

 

「何かあった?」

 

「キャットが召喚された。あの光を直視したら数秒は目が使えなくなるな」

 

 あれを真っ昼間の大通りでやらかしたら、軽い災害である。この宿屋の中で召喚されたおかげで何も騒ぎになってないが……。

 

「やっぱり召喚だったんだね。一階から結構な魔力がするなって思ったわけだ」

 

「やっぱり分かるんだな」

 

「ふん、これでも大魔法使いだから」

 

 俺の言葉に鼻を鳴らして答える。

 ……こんなセリフを聞いたのも久しぶりな気がするが。

 

「そうそう、さっきキャットが耳を立てて模索してたぞ。なんも分かんなかったみたいだが」

 

「ああ、そういえばキャットちゃんも魔力とかには敏感なんだっけ」

 

 俺は迷った末に情報収集を阻止する行動すらしなかったが、結局大した情報も知られなかった。

 キャットの件は別に放っておいてもいいだろう。

 ケイも同じような事を考えているらしく、キャットの話をまるで天気の話題の様に軽く受け流した。因みに本日の王都は晴れのち曇りである。

 

「はい、細工はちゃんとやっといた。中身の五分の四ぐらいのスペースがアレだから、それより小さい物が入ると取りづらいよ。注意ね」

 

「ありがとう。……そういえば、その魔法ってアレだよな。弁当は腐らないのか?」

 

 四次元ポケットは、入り口が開いている間は時間が流れるとのこと。しかし、これでは防腐を目的にここで収納している筈の弁当が腐ってしまうのではないだろうか。

 

「大丈夫、時間的に隔離されてるから。」

 

「ああ、アレしてないって事か」

 

「ほら、世界って無限にある感じじゃん。この空間もそんなアレな感じ」

 

 どことなくかなりアバウトな説明だが、なるほど。俺は深く納得した。

 ケイマジックについてまた知識を深めた所で、俺は実際にこの矢筒を持ち上げてみる。これには既に大量の矢が収納されている。

 こんな大量の矢が入っていれば、本来はそれ相応に重いはずだが……。

 

「……凄いな。かなり軽い」

 

「重さが本来の五分の一だからね」

 

 そりゃスゴイ、軽量化っていうレベルじゃない。本来の五分の一の重さの車なんて、今後千年経っても出てこないだろう。

 出来ればこの鎧もどうにか軽くして欲しいが、魔法の仕組み的に無理があるだろう。いや、ケイの魔法の事はケイにしか分からないだろうが、なんとなく察せる。

 

「じゃ、他にも持ち物を確認したら行こっか」

 

「了解。といっても、そんなに無いんだがな」




実は大まかなプロットは頭のなかでぼんやりと組み合わせてるだけだったりする。
この章では、やや細かめにプロットを書いてから、それに沿うように本編を書くようにしてみます。

プロットなんか書いてるより本編書いてる方が楽しいんだけどね。特にソウヤとケイの掛け合いとか。

追記・オーノー。設定が定まるにつれ、過去の本編を書き換えなければ行けない事態になってしまう。
最初の話で宣言した通り、改訂やら修正やらの内容は通知しません。そんなことしたら後書きの文字数がとんでもないことになる。


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25-ウチのキャラクターと俺の実戦訓練

 弓。それは一般には遠距離武器に分類されるものである。

 そしてそういった武器は、今も昔もある程度狙うという行為をせねばならない。

 

「姿勢を安定」

 

 自分に言い聞かせつつ、慣れた姿勢で弓を構える。矢先に捉えるのは、ぼんやりと動き回っているスライム達。

 青くプルプルとしたその体を見れば分かるように、彼らはゲーム界共通の雑魚キャラだ。

 

 初期から戦闘能力を持たない生産職が戦闘するとなれば、まず最初に相手にするであろう敵キャラである。

 

「狙い」

 

 番えられた矢と一緒に弦を引き絞り、一息吐いて……矢を放つ。

 矢が放たれた反動を手に受けつつ、矢の行方を見る。

 

「ぴぁっ」

 

 瞬きを一度するだけで過ぎてしまう様な刹那の後、矢はスライムのど真ん中を貫く。

 可愛らしい声と表現し得るそれを断末魔に、ダメージを受けたスライムは光となって散った。

 

「おー」

 

「お見事」

 

 俺の後ろで様子を見ていた二人が、俺の射撃を見てそれぞれ評価や感嘆を口にする。

 片方は、もはや親の顔のように見慣れたケイの姿だが、もう片方はどうにも見慣れない格好をしている。全身を鉄で包んだような巨体を、どうして見慣れた格好と言えようか。

 

「あとは戦闘中の立ち回りか。確かここより南西の方にそれなりのモンスターが出るという話があった筈だ。少しばかり遠くなるが先導しよう」

 

「はーい」

 

 ああ言って向こうへ歩き出す大きな鎧姿の名は、『アイアン』と言う。正に“名は体を表す”のお手本だ。

 彼は、弓の訓練に付き添ってくれる人を紹介したプレイヤーであるが、何故俺たちの実践練習に同行しているのだろう。

 そう自問するも、そのきっかけはつい先程の出来事。答えに直結する記憶を引き出すまでもなかった。

 

 彼が素材屋の辺りでうろうろしていた所を、俺の方から声をかけたのだ。声が聞こえずとも、俺の姿が視界の隅にでも入りさえすれば気づいてくれた。

 どうやら彼は、噂となった弁当売りの少女を探していたらしかった。

 

「いやー、土地勘がある人がいると違うね」

 

「長い間ここに住んでいるからな。最早この辺りは見慣れたものだ」

 

 ケイとアイアンが話をする横で、アイアンが抱える荷物を見てみる。

 ちょっとしたやり取りを経て売り渡したカツ丼と、幾つかのお握りが入っている。

 弁当売りの少女の噂の正体は俺たちだと聞いたアイアンは、なんと奇遇なことかと驚いていた。

 

「遠いが、あの方向にはゴブリンの集落が点在する。こっちには、複数の狼の群れが縄張りを形成しているな」

 

 アイアンが人差し指で一定の方位を指しつつ説明する。

 ゴブリンとはまた、スライムと並んでファンタジー界の雑魚キャラ代表のようなものである。強さとしては、もちろんスライムより上だが。

 基本的に主要な街などから遠い程モンスターが強くなるから、街の近所にはこういったモンスターが多いのだろう。

 

「ここからは街を挟んで逆方向になるが、『常闇の森』には魔種が蔓延っているな」

 

 常闇の森と聞き、レイナと共に言った素材採集の事を思い出す。初ログイン間もない頃のことだ。

 そう言えば、あの頃は”俺自身”も気配に敏感だったりした。

 

「……ん?」

 

「いや、何でもない」

 

 ケイの顔をぼんやりと見つめていたら、視線に気づかれてしまった。

 

 ……そういえば、第六感が覚醒した時期もあったが、人形になってからはめっきり無い。どう考えようと、あの第六感はケイの自立に関係しているとしか思えない。

 もしかしたら、あの頃からケイが自立する兆しが現れていたのかもしれない。

 

 ケイの謎は、今もなお深まるばかりである。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「到着だ。最近この近辺に、動物を狩りに来るゴブリンが居るらしい。ソウヤ殿の腕試しには良いだろう」

 

「へー」

 

 レイナと一緒に行った時の森ほどではないが、それなりに控えめな程度にに木が生えている。

 あんまり障害物が多いと戦いづらいが、まあ実戦訓練の一環とでも思おうか。

 

「ただ、私が戦いに介入するとなると、戦力が敵に対して過剰になるだろう。私は待機しているから、二人で戦ってみてはどうだ?」

 

 それを言うと、ケイ単体で既に過剰戦力なのだが。

 そっちの方をちらと見ると、やはりというか、苦笑いを零していた。

 

「私も結構やれる方なんだけどね。こう見えて」

 

「む、そうだったのか」

 

 生産職の類だと思っていたのだが、と独りごちるアイアンを見て、まあそう思っても仕方ないなと同感する。なんたって、彼女は弁当売りの少女という肩書を得ているのだ。

 それに、今の彼女は動きづらいという理由で簡単な防具しか着ていない。いざという時の為に鎧を亜空間に収納しているらしいが……。

 

「薬草でも摘みながら探そうか。雑草と見分ける知識は持ち合わせているか?」

 

「あー、いや?」

 

 ケイと同じように俺も首を横に振る。

 

「そうか。では良ければ、見分け方を伝授しよう。まず、主な薬草の特徴だが……」

 

 アイアンから、薬草の採集に関してアドバイスを受けながら歩き回る。

 あの鎧姿が草を摘み上げるという、無機物と有機物の共演は、一見不審なものだと評するしか無い。

 だが勉強にはなる。街の外でポーションが不足した時、薬草を貪るだけでも少なからず助けになるだろう。

 

「……あ、これは」

 

 アイアンについていって、薬草を幾つか摘んでいった所で、俺は見覚えのある花を見つける。

 特徴的な形の青い花。それを以前に見たのは数日前になるが、その特徴を目にすればすぐに思い出せそうだ。

 たしか、名前は……

 

「マ、マ……」

 

「ほう、これはマヒメか。珍しい」

 

 そうそれ、マヒメだ。

 ゲームを初めて間もない頃、レイナと一緒に森へ赴いた時の採集対象だった。

 リアルタイムで見れば同日での出来事なのだが、とは言え懐かしいものだ。魔力を多く消費する機会の無い俺らは、今も尚リボン付き魔力ポーションを保有している。

 

「魔力が多い環境に主に根を下ろすのだが……大魔法の残り物でも漂っているのか? しかしこんな場所でそんなものを使うとは……」

 

 大魔法という単語を交えて独り言を夢中に零すアイアンを横目に、ケイの方を見る。

 俺の視線だけで伝えられた問いに、彼女は首を横に振ることで返す。彼女がここで魔法を使ったと言うわけではないらしい。

 まあ、つい今朝に街中引き籠り令が解除されたばかりだし。

 

「……む、失礼した。マヒメがこういった場に生えるのは特に珍しいのだ。放置するにしても、本来あるべきではない環境だ。すぐに枯れるだろうな」

 

「だったら、私が貰っても良い?」

 

「構わない。騎士の私が持つにしても無駄だろうしな」

 

「そりゃそっか」

 

 ケイはマヒメの元に屈み込み、幾つか採集する。

 その間にじっと辺りを見渡してみれば、この特徴的な花は他にも幾つかあった。

 

 ……なにかの事情で一時的に空気中の魔力が多くなったとしても、こう多く生えるものなのだろうか?

 

「なんだと、他にもあるのか……?」

 

 俺が見つけた他のマヒメの事をアイアンに伝えると、驚きの声を上げる。見れば分かるのだが、その兜で周囲が見えないのではないだろうか。

 

 ようやく彼は兜のバイザーを上げ、辺りを見渡す。

 

「なんと……ここまで多いと、エリアボスの可能性も否めぬな」

 

 エリアボスとは、大きく出たものである。思わず心臓が縮こまったような気にさえなる。

 ボスと言えば強敵、強敵と言えばボス。そんな相手と俺が出会ってしまえば、逃げる・負ける・玉砕、そのどれかを選択する事を強いられるだろう。おまけに複数選択可だ。

 

 

「ねえ、私一人じゃ全部取りきれないんだけど」

 

 いつの間にか離れていた距離、その間十数歩といった所を、声を張り上げて俺たちに言葉を伝える。

 

 時間が立てば枯れると聞き、遠慮なく採集を続けていたケイは、いつの間にか向こうまで行ってしまったらしい。作業に夢中になるタイプの様だ、はじめて知った。

 

「すまない、この周辺は危険かもしれない。一度ここを離れる事を勧める」

 

「確かにそうかもしれないけど」

 

 気配のスペシャリストであるケイにも、それは既に分かっていた事であるようだ。

 

「マヒメの量が尋常ではない」

 

「知ってるけど、ちょっとこっち来て」

 

 そう言って、ケイは手招きをする。

 ここは危険だという予感があるというのに、あののんびりとした態度を見れば、意外にそうでもないかもしれないと思い直す。

 いや、本当は危険なのかもしれないが……。

 

「一体どうした?」

 

「隠れて私達を見てる人が居る。なんとも無いように振る舞って」

 

「……え?」

 

 ケイの発言に、俺は衝撃を受けて思考を一時停止させてしまう。

 

「どういう事だ」

 

「不審者の追っ手がいるよって事。信じてくれる?」

 

「……確かに警戒するに越したことはないが」

 

 アイアンは、言いつつもバイザーを下げた。

 いつの間に俺たちは映画か何かの登場人物になったのだろう。尾行に気づきつつも普通に振る舞えとは、まんまそういうシチュエーションではないか。

 

「マジかよ……」

 

 思考停止から復帰して出た俺の一言は、そんな言葉であった。

 

「その、どう対処するんだ?」

 

「普通ならどうにか撒くところだが」

 

「なに、先制攻撃すれば良いんだよ」

 

「えっ」

「ほう……?」

 

 なんてこった、ケイは脳筋な魔法使いだった。彼女の発言に困惑する。

 

「先手の有利は言わずもがな、下手に逃げて後手に回るよりは良し。でしょ?」

 

 たしかに、そうかもしれないが……。

 アイアンの方を見ると、賛成とでも言うように頷いていた。交戦については避けられないらしい。

 

「敵の方向は私の4時の方向に二人……あ、4時の方向って分かる?」

 

「問題ない」

 

「よし。で、もう一つの二人組が6時に。狂いがなければ合計四人だね」

 

 ケイから見て右と後ろと言うことだろう。

 しかし尾行を真っ先に攻撃するなんて……、確かに先手を取れば有利なのは分かるが、気が引ける。

 もしかしなくとも、俺の精神が貧弱なだけかもしれない。

 

「それと多分だけど、全員魔法使いっぽい」

 

「そうか……」

 

「情報はコレで全部。で、ソウヤは大丈夫かな?」

 

 こんな事態に大丈夫で居られるはずがないが……いや、きっと大丈夫だ。

 俺に関しては死んでも復活できる。問題はケイだ。最悪、復活できずに死んだっきりの可能性があるのだ。

 

「そっちは大丈夫なのか?」

 

「へえ、他人の心配が出来るぐらいには余裕なのかな」

 

 いや、その解釈は完全に誤解だと思うのだが。ただケイがリスポーンできない可能性を懸念してるだけだ。

 

「開戦の合図に右の方へ私が魔法を打ち込む。ソウヤは後ろの方を弓で」

 

 待て、俺は目視できない敵を射撃する訓練などしていないぞ。

 

「アイアンはソウヤを守ってあげて。私は個人でどうにかなる」

 

「了解」

 

「えっと」

 

「さ、ソウヤの初陣だ。どれ位できるかな?」

 

 ちくしょう。

 俺は心の中で悪態をつきつつ、こっちを笑顔で見つめるケイの瞳を睨み返すしか出来なかった。

 

 

「……行くよ。『ボルトスピアー』!」

 

 戦闘開始の合図に、向こうへ”雷”が投げ込まれる。一直線に進むそれが着弾すると、周囲を焼き尽くさんと雷撃が音を立てた。

 俺は後ろの方を振り返って、その直後に矢を番えた弓を構える。体勢を整えながら、僅かに見える姿に狙いをつけ、放つ。

 

 矢の行く先を見守るが、敵に命中したのかよく分からない。手応えは感じなかったが……。

 

「”クソッ、あの女を先にやれ!”」

 

 ケイが雷を放った方から、敵の怒号が聞こえる……が、その言葉を俺が理解することはできなかった。

 ……あれは英語か?

 

 再び矢を番えて、敵が姿を見せるのを待つ。

 

「”撃て(FIRE)!"」

 

 ケイが見ているはずの方から、その号令の様な声が聞こえる。何事かとその方を見ると、その瞬間に二つの方向から二つずつ、火の魔法が放たれた。

 

「『壁を』!」

 

 ケイが詠唱も何もない一言を放つと、それぞれの方向を遮る様に二箇所の土が盛り上がり、壁が作られる。その直後、壁の向こう側で火の玉が爆音と共に潰れていった。

 

「敵の魔法はあの木の裏から来ている!」

 

「『貫け』!」

 

 アイアンの言うそれを応じてケイが石矢の魔法を放つが、敵に当たったような様子は見られない。

 俺も壁の横から少し体を出して弓を構えるが、敵の姿が見えないのでは撃てない。恐らくどれかの木の陰に隠れているのだろうが……。

 

「私は突撃する。アイアンは引き続きソウヤを」

 

 んな無茶な……とは思えど、口に出ることは無かった。物陰から魔法を撃ち続ける相手に対して、下手に遠距離で撃ち合わずに接近する。と言うのは確かに有効な行動だろう。そのリスクを考慮しない場合であれば、だが。

 しかし彼女ならば、そのようなリスクを踏み潰してしまえると、俺は思う。生みの親の俺がそう思うのなら、きっと問題ない。

 

「……ケイ殿がそう言うのならば、了解だ」

 

 アイアンはあんまり納得していない顔だが、俺の様子を見ると、心配するべきでもないと判断したようだ。

 いやいやいや、俺も内心は心配で一杯なんだが。

 

「ソウヤ、私の方を援護できる?」

 

「いきなりの実戦でそんな……いや、任せろ」

 

 迷ったが結局頷いて返事した。ケイの真面目な顔を見て、考えを変えたのだ。

 

 援護するために位置を変える。先ほどまで俺がマークしていた敵を放っておくことになるが、アイアンはその敵が居るであろう地点を見張っている。

 俺は位置に付くと、再び弓を構えて、ケイの方の周辺を見張る。

 

 向こうへ駆けるケイは、その手に持つ剣に岩を平たく纏わせている。まるで盾のような見た目に変形したそれに目掛けて、物陰から魔法が飛んでくる。

 襲い掛かる魔法を岩の盾で受け止めつつ、突撃を続ける。すると、距離を詰めるケイから離れようと取ろうと、敵が走り出した。

 

「今……!」

 

 物陰に隠れるよりも、迫る敵から離れるのを優先した敵に、じっと狙いを定める。既に矢は番えられ、弦は引かれている。

 あとは、矢を敵に向けて放つのみ。目標は動くが、当てられる。

 

「――」

 

「”ぐああぁ、足がっ!”」

 

 物陰から飛び出た二人の内、一人が倒れこむ。当たった。

 その後すぐ、走り続けるもう片方の敵にケイが襲い掛かった。あの様子だと、敵は近接戦闘があまり得意ではない様だ。

 

「別方向から敵の攻撃!」

 

 直後、アイアンに警告される。急な攻撃だったが、アイアンが俺のすぐ横で両足を踏みしめると、火の球を盾で受け止めた。

 火の粉が散る中、ケイとは別の方向で人影が動くのを見た。

 

「散開している!」

 

 分かっている。姿も確認しているから、あとはアイアンの後ろから狙い撃てばいい。

 ケイの方は、心配するまでもない筈だが。

 走る人影に狙いを定めていると、嫌な予感がして直ぐにアイアンの後ろに隠れる。

 

「まだ来るぞ!」

 

 アイアンがそう言って、再び来る攻撃を防ぐ。

 その後に再び盾の陰から体を出し、敵を狙うが……。狙いを定める間もなく敵が魔法を放つ。

 

「撃てない……っ」

 

 また直ぐアイアンの後ろに隠れ、攻撃を凌ぐ。これでは落ち着いて狙えない。

 

「ソウヤ殿。片方が回り込むつもりだ」

 

 見ればわかる。二方向に分かれて、俺たちを挟み撃ちすることで盾の外から攻撃するつもりだ。

 だが、きっと問題は無い。ケイが突撃していった方向の敵は、既に二人とも倒したはずだ。

 

 ……ほら、既にケイが、挟み撃ちを行う二人の片方へ剣を振るっている。

 連続する攻撃は止んで、残る敵は一人だけだ。

 

 俺はアイアンの肩を叩いて、回り込んでくる方の敵の方へ盾の向きを変えるよう促した。言葉が伝わらなくとも、ある程度は融通が利く。

 

 盾の向きを変えた後に、向こうから魔法が放たれる。が、アイアンの横を掠めるだけで通り過ぎていった。

 お返しにと、俺は敵の居る方へ矢を放つ。僅かに角度がずれ、直ぐ右の方へ逸れていく。

 見ると、敵は無暗に魔法を放ちつつ逃げている。弓で狙いが付けずらいよう、ジグザグに逃げているようだが……。

 

「捕まえたっ!」

 

 敵の横からケイが飛び出してきて、相手に掴みかかった。

 

「”チクショウ離せ――ぐばっ!”」

 

 抵抗する敵は、振りほどこうとするも離れることは叶わず、むしろ押し負けて地面に転がされた。柔道のような動きで倒した様に見えたが、きっと気のせいなのではなく、きちんとした技術なのだろう。

 

「ソウヤ、ロープを」

 

 あっという間に敵を無力化したケイに思わず見とれそうになるが、俺への指示で気が付いて、すぐに目的の物を投げ渡す。

 ロープを受け取ったケイは、それで敵を乱雑に巻き付け……簀巻きにしてしまった。

 

 俺が弓をもっての実戦は、主にケイの活躍で幕を閉じた。




戦闘描写に頭を悩ませる。
大規模な戦闘なら思い切って大雑把に書けるけど、少数対少数だと、どうしても細かく描写したくなっちゃう。
やっぱりテンポ悪いかな、と思考中


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26-ウチのキャラクターと俺の”イベント”準備

「で、どうする?」

 

「山賊、にしてはかなり変だな。魔法使いのみで構成されているのも気になる」

 

「……」

 

 すっかりロープで巻かれ、首から足首まで拘束された状態の魔法使いを眺める。

 戦闘中は余裕がないからあんまり注目できなかったが、アヤシイ宗教っぽい雰囲気のローブに、特徴的なマークが縫い付けられていた。

 何かの組織の一員であるのは間違いなさそうだ。

 

「”オイ、拷問にでもかけるつもりか?”」

 

「そうそう、この人の言葉も変だよね」

 

「確かにな。聞くからに英語の様だが……、すまない。外国語には疎いのだ。ソウヤ殿はどうだ」

 

 二人から寄せられる期待の目線に、黙って首を振る。残念ながら俺も英語は苦手だ。

 

「そうか。残念だ」

 

「一度街に連れ帰る?」

 

「そうだな。英語を修得している者を協力を募れば、どうにかなるだろう」

 

 このゲームを遊んでいるプレイヤーの人数と、あの街の人口を考えれば、探すのにそう時間はかからないだろう。

 連れ帰るのには賛成だと、俺も頷いて賛同を示す。

 

「”ハッ。これでも俺の口は堅いんだ。そこの女の××(検閲)よりは――”」

 

 魔法使いが何か言ったと思うと、音を切るように剣が振るわれる。

 剣先が目の数ミリ先を裂き、魔法使いは驚いて後ろへ仰け反った。

 

「言葉は通じなくても、悪意は通じるの。分かる?」

 

「”―――わっ……わかった”」

 

 急な行動に俺も驚く。さっきまで剣は鞘の中に収められていたはずだが、まさか抜刀術まで極めているのだろうか。あれ直剣だけど。

 魔法使いが恐る恐る返事をして、それを了解だと解釈したケイは剣を収めた。

 

「で、だ。どうやって運ぶ?」

 

「馬車も荷車も無し、となれば私が持つしかないだろう」

 

「わかった。お願いね」

 

 流石にあの重そうな鎧を着込んでいるだけある。

 まるでちょっとした石を拾うように軽く魔法使いを持ち上げると、そのまま肩に担いだ。魔法使いが騒ぐ様子もない。さっきので大分落ち着いたようだ。

 

 

「ところで、さっきのソウヤ。結構上手かったんじゃない?」

 

「だな。ケイ殿の指示が上手く戦況を運んだのもあるが、判断もなかなか良い」

 

 街へ帰る道中、いつの間にやら俺をべた褒めし始めていた。

 そこまで言われるとこっ恥ずかしいし、実際に大活躍したのはケイだ。

 

『ケイも、敵一人倒すのに数秒もかからなかった』

 

「だって近接武器も格闘術も無い、貧弱魔法使いが相手だったし」

 

「確かにな。一人でも敵に前衛が居れば違っていただろう」

 

 俺の発言に、当然の事実で返される。

 確かにそうだが、下手するとその前衛もケイに数秒で切り捨てられそうだ。

 なんたって、このケイだし。

 

「そう言えば、ケイ殿も素晴らしい能力を持っているな。あれは簡易詠唱の類いか?」

 

「簡易……?」

 

「……あ」

 

 一瞬の思考停止の後、今更の事に気づいて声を上げる。

 ケイの魔法は、基本的に”魔法名”を持たない。代わりに、魔法に意思を込めるべく掛け声を発している。

 このゲームにおいて、アイアンが言うような簡易詠唱のスキル等を、俺は知らない。しかし、このゲームのお性質上、いかなるウィキやSNSを調べても、全ての情報を知ることは出来ない。

 

 どうしても未知の存在という物がある。例えば、レアアイテムだとかだ。

 

「ケイ。君はそういうアイテムを持ってるんだったよな」

 

「あ、そう、そうなの!この剣って、魔法系の補助する機能を持ってるんだよ!」

 

「ほう、それは素晴らしいな。魔法を一切使わない私には、特に欲しいとは思わないが」

 

 まるで騎士のようななりをした彼は、見た目通り剣と盾と鎧しか持たない、言わば鉄の塊だ。

 そんな彼に、魔法補助の能力を保つアイテムなど無用だろう。

 

 

「……そうだな。もし興味があれば、ギルドに加入してはどうだ? 貴方方なら、我らの方針に簡単に馴染むだろう」

 

「ギルド?」

 

 そういえば、アイアンはギルドに加入していると言っていた。一体どんな名前だったか。確か特徴的な名前だったはずだが……。

 

「『ホーム警備団』。まあ、自警団に近いな」

 

「へえ、自警団ね。君のその一員なんだ」

 

「そうなる。このギルドの中では、まあ古参と言ったところだ。特に偉い立場な訳でもないがな」

 

 自宅警備員のような響きがする名前のギルドだが、そこに上司という概念でもあったら耳を疑う。例え耳が無くともだ。

 そんなギルドだが、そこでは一体どのような活動をしているのだろうか。

 

「活動内容は、大雑把に言えば街や街の人々を守るというものだ」

 

「まんま国の軍じゃん」

 

「半分はそうと言えるだろう。しかし、戦闘に直接関わることのない者も所属しているのだ。経営者や、職人等な」

 

「あー」

 

 ゲーム的に言えば、戦闘職しか活動できない軍隊とは違い、生産職なども参加しているのがホーム警備団らしい。

 

「それに兵士とは違って給料は出ないし、訓練の義務も無い。実際の所はメンバー各自である程度勝手にやっているようなものだ」

 

「だめじゃん」

 

「はは、そう言われても仕方ないな。だが、皆共通して住処を大事に思っていると断言できる。国に認められる程度の実績もあるぞ」

 

 と、最後に強い声調で格好よく決めるアイアン。

 ギルドの詳しい話は初めて聞いたが、なるほど納得。軍の施設を我が物顔で歩き回れる訳だ。

 

「さて、ギルドの概要はこのぐらいだが……、勧誘の返事は頂けるか?」

 

「うーん……考えるよ。今はちょっと」

 

 俺もケイの答えに同じだ。

 今のところ、俺は自身の記憶を追い求めるのに必死なのだ。

 

「そうか。まあ、他の街へ移住する可能性もあるなら、お勧めはできないしな。期待しないでおくさ」

 

「そういう事。期待しないでね」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 拘束された魔法使いを伴い、街の門までやってくると、見張りらしき兵士がこちらを見てギョっとした。

 その視線の先は、当然アイアンの肩に担がれた人の方へ向けられている。

 

「ちょ、そこの! そいつは一体何だ?」

 

「山賊を捕まえた。恐らく、新しいグループだろう」

 

「山賊を……?わかった、ここからはどうか俺たちに任せてほしい」

 

「無論だ。しかしこの者は英語しか話せないようだ、気に留めておいてくれ」

 

「わかった。協力に感謝する。……おい、付いてこい!」

 

 そうして、魔法使いは無事連行されましたとさ。

 めでたし、めでたし……。

 

 

「ソウヤの腕試しと思いきや、こうなるなんてねー」

 

「多少のアクシデントは珍しくないが。それでもこの辺りに山賊が出るというのは、私にも覚えがない」

 

「平和なんだ」

 

「少なくとも、彼らが見つかるまではな」

 

 そういう事らしい。

 今まで周辺はある程度平和だったと言うのに、山賊発生だ。近頃、なにか面倒事が起きることはぼんやりと予想できる。

 考え過ぎ、あるいは妄想に過ぎないのであれば、俺も安心して弁当作りに励めるのだが。

 

「どうするんだ?」

 

 俺が言葉を発し、質問する。モチロン問い先はケイだ。

 

「……山賊の対策で兵が動くなら、彼らに問題を放任したいところだけど」

 

「なるほど、そっか」

 

「その兵士に加え、多少の有志がウチから出てくるだろうが……、それで山賊がどうにかなれば最善の結末だな」

 

 ……こうして最善のパターンだけを見通していると、悪いパターンへと状況が変化する可能性が目立ってくるというのが、所謂フラグなのだが。

 

 無い瞳からジト目を送る。アイアンがその視線に気づくと、自らが立てたフラグにようやく気づく。すると嘆くように顔に手を当て、俯いた。

 いや、そこまで重く考えなくても良いのだが……。

 

「マズいな……」

 

「え、どうしたのさ?」

 

「いや……気付かせてくれた事に感謝する、ソウヤ殿。念の為、こちらのギルド掲示板にこの出来事を書き記しておく。貴方がたも、どうか気をつけて」

 

『間違っても、告白とか約束とかの予定を取り付けないでくださいな』

 

「え?」

 

 俺が書き出した言葉に、意味を理解しかねたケイが呆気の声を上げる。

 

「心配は無用だ。精々、装備の手入れを欠かせないようにしておくさ」

 

 記憶をなくしても、仮にも日本人のゲーム(VRAMMO)プレイヤー。フラグ管理はきちんとしなければ。

 

「では、私はこれで失礼しよう」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「……で、あれって何の話?」

 

「戦の前にする約束は、かえって不吉。縁起が悪いって奴だ」

 

「ああ。そういう……。そういえば、そういうのもちょっと聞いたことあるかも」

 

 きっと、ケイがそこらのプレイヤーからその筋の話を聞いたんだろうな。先日から毎日弁当売に出かけているから、多少はそういう話を拾い聞きしてもおかしくない

 

「でも、具体的にどういう奴なの?」

 

「無事に戦いから帰ってきたら告白する。あるいは子供に顔を見せに行く。とかな」

 

「うわ、何かあったら気が病むヤツね」

 

「なんなら、俺らもなんか約束でも取り付けようか。デートとか」

 

「元から約束する気無いでしょ、それ。頼まれても付き合わないし」

 

 そりゃ残念だ、とニヤリ顔で肩をすくめる。

 まあ、なんだ。ケイもこの世界に馴染んできてるじゃないか。

 

 

「さて、()()()への対抗手段は金属製のペンダントの用意だと思うが」

 

「ペンダント?」

 

「なんでも、身につけておくと致命打を偶然弾くらしい」

 

「防具じゃダメなの、それ?」

 

「ああ、真っ当な意見だ。あの新しい防具は常備するか」

 

 普通に考えれば、ペンダントなんかより普通の防具の方が防御力が高い。

 不確定なお呪いなんかより、普通の対策も大事なのだ。

 

 

「……っていうか、戦うつもりなの?」

 

 ふと気付いたケイが、疑問符をつけて言う。

 どちらかと言うと、俺は戦いに行くのではなく、これからあるかもしれない戦闘に備えているつもりだ。

 

 しかし改めて考えると、確かに急な行動に思えるかもしれない。

 

「まあ、備えだよ。なんか近い内に何かありそうだし」

 

「何か、ね。……それなら追加の矢を買おうよ。沢山」

 

「沢山?」

 

 大人数を相手にするとしたら、たしかに必要になるかもしれないが。

 

「うん。これからちまちま買うのも面倒じゃないかなって。矢筒に入り切らない分も予備として『保管』するつもりだよ」

 

 大人数相手を想定しているのではなく、長い目で見ていただけだった。

 確かにその点で見れば正解だ。保管に関してもケイの魔法で収納されるのなら、邪魔にならないだろう。

 

「賛成。でも矢って品質が良いと高いんだよな」

 

「当たり前でしょ」

 

 かと言って安物を買ってもまっすぐ飛ばないし……。

 

「……何本あれば足りると思う?」

 

「さあ。無くなったら、私が石の矢を作っても良いけど」

 

「リザード相手にやらかした時のアレか。だったら程々に買う程度で足りるかな。……何本作れるんだ?」

 

「たくさん?」

 

 なるほど。数えられない程度には多そうだ。

 

「じゃ決まりだな。ぱぱっと買って、ぱぱっと帰ろう」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「いやあ大漁」

 

 多量の矢を抱きかかえ、通行人から奇怪なものを見る目を受けながら、俺ら二人は宿屋に帰ってきた。

 屋外では無闇に四次元ポケットが使えず、結局抱えることになってしまった。

 弁当用のカバン(四次元加工済み)を持って来ればよかった、と後悔するも後の祭りだ。

 

 ケイに扉をあけてもらい、屋内に入ると、見慣れたごつい存在が視界に入った。

 

「シェール殿、シェール殿は居るか?」

 

「……」

 

 先程別れた筈の全身鎧の男、アイアンは何故かこの場に居た。

 入る建物を間違えたかと、外に出て看板を見る。

 

『年樹九尾』

 

 うむ、いつもの奇怪な名前である。

 

「え、何故アイアンが?」

 

「さあ? おーい、さっきぶり」

 

「む、お二人?君たちは何故ここに……いや、ここに住んでいるのか」

 

 遠慮なく声をかけたケイに気づいたアイアンは、少し驚きつつも納得した。ここに泊まっている者だと思われたんだろう。事実そうだ。

 

「そう言う事。で、ここにどんな用事?」

 

「ここに住むシェール殿に会いにお邪魔したのだが……」

 

「シェール……?知らない名前だね」

 

 俺も知らない。名前を知らない隣人は数人いるから、その内の誰かだとは思うが。

 

「ふむ、知らないか。この宿の所有者だから、知っていると思ったのだが」

 

 とは言え、知らないものは知らないのだから仕方が……なんだって?

 所有者だと?

 

「ああ、管理人さんの事!」

 

「そう、ここの管理人のシェールだ。名前を知らなかったのか?……いや、彼女ならやりそうな事だな」

 

 確かに俺は、管理人の名前を全く知らなかった。彼女から名乗られた覚えも、聞いた覚えもなかった。

 今まで管理人という呼称のみで通じていたが……。

 

「やりそうな事?」

 

「そうだ。シェール殿は少し……シャイでな」

 

 確かにシャイな印象がある。時々突拍子もない行動に出るが、基本人目に出ず、自室に籠もっている。

 

 毎日俺が作っている管理人の昼食も、初回の時以降は、俺がカウンターに料理を置いて行くだけで良いと言われている。後は管理人が勝手に取って、勝手に食べて、勝手に片付けるとの事。

 まるで、毎日お供え物を用意している気分だ。

 

「恐らく自室に隠れているんだろうが……」

 

 それ、隠れられている時点で管理人に避けられてないだろうか。むしろ嫌われてるのでは。

 

「えぇ……一体何したの」

 

「少し、私達との不和が生じてな……」

 

 そこまで聞いて、以前管理人からアイアンの事を訊かれた事を思い出す。

 あの時の言葉から察するに、管理人はアイアンに少なからず悪印象を抱いているご様子。

 

「っていうか、二人は一体どんな関係で?」

 

「同じギルド所属だ。同僚とも言うな」

 

「同僚と」

 

 確かに、管理人の様な人は「ホーム(自宅)警備員」が似合う印象だ。実際に口にすると悪口だと誤解されそうだが。

 

「ともかく、シェール殿が顔を見せてくれないのが残念だが……。そうだな、代わりに、君達が伝言を頼まれてはくれないだろうか」

 

「伝言?それくらいなら」

 

「感謝する。そう長くないから、無茶に覚える必要もないから安心してくれ」

 

 なんなら、俺のメモ帳に伝言を書き記してもいいのだが。

 ……と言うのも野暮かと思い、素直に伝言を聞く。

 

「『近頃、この王都の周辺に何かしらのイベントが起きる可能性がある。その時、シェール殿が許すのであれば、私とパーティを組んで頂きたい』……では、頼んだぞ」

 

「いべ……。あ、うん、覚えたよ。安心して任せて」

 

「うむ。では、これにて」

 

 挨拶の後、律義に腰を曲げて礼をすると、鎧をカシャカシャと鳴らして扉から去って行った。

 大きな鎧姿の存在による威圧感も、彼が去ると同時に薄れていった。

 

 

「……で、伝言先の管理人(シェール)さんは何処に居るんでしょーね?」

 

 そうやって問いの言葉を落とすケイだが、その目は確信を得たとでも言うように一方向へ向けられている。

 ケイの目線を追ってその先を見ると、そこに管理人が居た。

 

「気付いていたのか」

 

「最初からね。でも態々隠れてたんだし、呼び出す事もないかなって」

 

 確かに、管理人がアイアンを嫌っているのなら無理に合わせることはない。

 しかし、今はアイアンは去っている。ケイはあっちに向かって手を振ると、管理人は警戒しながら姿を現してきた。

 

 それにしても、何故管理人は上の階に居たのだろう。つい自室に隠れてると思っていたのだが。

 なんだかんだ、管理人が2階に居る所を目撃するのもこれが初めてである。

 

「……居ない?」

 

「アイアンならもう居ないよ。玄関前で待ち構えてもない」

 

「なら、良いの。アイツ苦手だし……」

 

 小さな声に恨みを込めて言い放った。アイアンはちょっとした不和だと言っていたが、そういう割には随分とヘイトが溜まっている。

 流石盾職と言わざるを得ないが、なにも人間関係のヘイトを貯める必要は無いと思う。

 

「何があったの?」

 

「別に……ちょっと」

 

 とだけ言って、口を閉ざした。あんまり言いたくなさそうなご様子である。

 他人の事情に口を挟む気は無いし、それにアイアンからの伝言を伝える必要がある。……恐らく、その伝言の内容を管理人は既に聞いているだろうが。

 

「で、一体どうしたのよ」

 

「どうした……って、何が?」

 

「あの伝言よ。イベントとか言ってた」

 

 やはり、伝言の話は既に聞いていたらしい。

 しかし、イベントについては、俺は詳しく知らない。予兆らしき出来事があったのみで、それが大事に転ずるとは限らない。

 魔法使いの集団に襲われた件を説明すると、管理人はとても面倒くさそうに溜息を付いた。

 

「この街もいよいよ騒がしくなるのね……」

 

 アイアンと同様に、管理人もイベントの発生を確信しているようである。色々と備えて正解だったと、束ねられた大量の矢を一瞥する。

 やはり、長い間この場に住んでいるプレイヤーは、なにか思うところでもあるのだろうか。それとも只のプレイヤーとしての勘か。

 

「そういえば、パーティの誘いは受けるの?」

 

「あんな無機物の誘い、受ける訳がないでしょ」

 

 どちらかと言うと、無機物なのは俺の方だと思うのだが。

 

 しかし、アイアンに続いて管理人までイベントの発生を確信しているが、そのイベントの詳細までは解らない。

 少なからず、あの魔法使いの所属する何かが関係しているのだろうが……。

 

「ねえ」

 

「……?」

 

 管理人が何かを思い出したように、俺の方に声をかけてきた。

 一体どんな御用なのか、頷いて返事をする。

 

「数日保つ程度に作り置きしておいて。どうせ、アンタ達は忙しくなるんだから」

 

 そう言うのであれば、承ろう。

 とは言え、俺たちがイベントに参加するとは限らない。それに数日ともなると、結構な時間が掛かるが……。

 

『全部カレーで良いか?』

 

「それで良いわ」

 

 そうとなれば、仕事開始だ。

 リアルであるような市販のカレールーと似たものがこちらにもある。錬金術師の技術により生産されるらしいが、食品生産に使われる錬金術と言うのも中々夢が壊れる話だ。

 

「じゃ、早速作っていくか」

 

「もうやるんだ?私も料理の見学してもいいかな」

 

 それは問題ない。

 と言うより、少しだけでも料理出来るようになってもらえば、俺もケイの当番代理の任が外れるから助かる。

 

「カレーの作り方、教えようか?簡単だぞ」

 

「え、それはちょっと……ッ、『防―――」

 

 

 ――――衝撃。

 

 ――――轟音。

 

 

「うきゃっ!?」

 

「っつ!」

 

 建物が突如として破裂したかのように思えた。

 爆心地から光と音が放たれ、周辺に居た俺達は驚きと共に倒れ込む。

 

 ――何が起きた?

 

「―――!」

 

 ケイが何かを喋っている。しかし、この爆発による音でその言葉はかき消され、むはや雑音の一部となってしまう。

 

 そんな爆音だが、秒単位で時間が経つにつれ、少しずつ収まっていく。

 

「――が……」

 

 爆発から放たれた光は既に止んでいる。音は少し響いている上、耳が多少麻痺しているような感じがあるものの、少しは聞こえる程度に収まった。

 

「何……これ……」

 

 耳に手を当て、床に倒れ込んでいた管理人が言う。

 たった今発生したのは、簡潔に言えばただの”爆発”である。

 

「ソウヤ、無事?」

 

 そう言われ、簡易ステータスを呼び出す。

 HPは……驚くことに、一つも減っていなかった。一体何故だろうと思ったが、俺の横には土が床を突き抜けて壁となっていた。

 ケイの魔法で作られた防壁が、衝撃を受け止め、俺を守ったようだ。その壁の方を見るが、役目を果たしてボロボロと崩れてしまった。

 

「今の……よく反応できたな?」

 

「さっきの攻撃、魔法だったから」

 

「魔法?」

 

「魔力を感じ取ったの。それで反応できた」

 

 ケイにしても人外的な反応だと思ったが、なるほど。魔力による攻撃だったから、それで事前に対応できたらしい。

 

「凄いな。守ってくれてありがとう」

 

「うん。……管理人さん、無事?」

 

「……」

 

 管理人は、見た所怪我は無いように見える。これもケイの防壁が守ってくれたのだろう。

 なんとも無いように起き上がったものの、爆発で崩れた部分をボンヤリ見つめている。放心状態、と言うに相応しい様子だ

 

「無傷だが、無事ではなさそうだ」

 

「無事なら良かった」

 

 俺の話聞いてた?

 

「とにかく、一度外に出よう。崩れたら危ないよ」

 

「……まあ、了解。二階の人はどうする?」

 

「幸運なことに、この建物に居るのは3人だけみたい。ほらさっさと脱出!」

 

 長居は無用だと、ケイは玄関の扉を開けて出ていった。

 俺もここを出る前に、管理人の肩を叩いて放心状態から取り戻させようとする。

 

「管理人。外に出るぞ」

 

 肩を叩いても反応が無く、つい声を掛ける。当然、俺の声に反応しなかった。

 もう引っ張っていった方がいいかと、俺は失礼を承知で管理人の手を取ろうとする。

 

 しかし、声が聞こえたような気がして、行動を中断する。

 

「……?」

 

 気づけば轟音による耳鳴りは止み、小さな音を聞き分けられるようになっていた。

 そうして耳に入ってきたのは、管理人の声……独り言だった。

 

 放心状態から戻ったにしても、様子がおかしい。

 後ろからケイが俺を呼ぶ声が聞こえるが、管理人を無視して置いていくことは出来ない。しかも、この様子だ。

 

「管理人、一体どうした」

 

 もう一度肩を揺さぶり、気付かせようとする。

 しかし相変わらず、まるで壊れた音楽プレイヤーの様に独り言を繰り返している。

 

「管理人?」

 

 もしかして、この独り言は俺に向けられた言葉なのだろうか。

 そう思い立ち、肩を揺さぶるのを止めて耳を傾け―――そして後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「許さない赦さない許さない赦さない許さない赦さない許さない赦さない許さない―――」

 

「」

 

 俺の白い人形面は、恐ろしさですっかり青ざめてしまう。

 俺を呼びかけるケイの声にのみ意識と耳を傾けるようにしながら、そっと逃げるように建物を脱出した。




これから騒がしくなるのです。


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27-ウチのキャラクターと俺の友達捜し

「どうしたの?」

 

「いや……なんでも」

 

 俺の青ざめた人形面を見抜いたのか、俺の身を案じる言葉をかける。

 管理人の恐ろしい様子を見て思わず撤退してしまったが、しかし管理人が心配だ。

 不安定になった建物が崩壊したりしないだろうか。

 

「いや、管理人の事なんだけど」

 

「……そっとしておこう」

 

「え?」

 

「あ、いや、自分の建物が壊れてショックだったみたいだ。ハハハ」

 

「……私が?」

 

「ばっ」

 

 後ろから管理人のボソリとした声が聞こえて、思わず飛び退くように離れた。

 見ると、管理人は俺がさっきまで立って居た場所のすぐ後ろにいた。どうやら奇妙な状態から復帰したらしい。

 しかし管理人を顔を直視できない。見てしまうと一瞬で心がときめいてしまいそうだ、恐怖で。

 

「か、管理人」

 

「大丈夫だった?」

 

「……ええ、まあ。そっちの彼はどうして怯えてるのかしら」

 

「なんでだろうね」

 

 ……管理人は、あの様子からは想像できないぐらいに平然としている。俺が聞いた管理人の呟き声は幻聴か何かだったのだろうか。

 

 俺の記憶の正誤を確かめる術は無いか思案していると、周囲に人だかりができていることに気がついた。

 この人だかりに、”何故”と疑問を持つことはなかった。この宿屋が突然の爆発でボロボロになれば、爆発音で誰かがやってくるのは当然だ。

 

 しかも、その人だかりの雑音に混ざって、爆音が反響するように遠くから響いてくる。

 

「他の所も爆発が起きてるみたい……見て、あれ」

 

 ケイが空を指さして言う。彼女の指が指し示しているのは、地上から空へと打ち上がる『光の弾丸』だった。

 光、というと神聖な雰囲気が伝わってしまうかもしれないが、それは全くの誤解である。その光はまるで威力を、あるいはエネルギーの密度を体現しているようで、見る者に不安感を煽らせる。

 その光は放射線状に飛び、この街を目掛けて落下してきている。

 

「魔法の曲射、と言った所みたい。弓兵大隊の一斉射撃を、魔法使いに置き換えた感じかな」

 

 ケイは真面目に分析しているが、この事態を一体どうするつもりなのだろう。

 

「一体何が始まるんです?」

 

「第三次世界大戦だ」

 

 こんな中、あの様を見たプレイヤーが緊張感の抜けたセリフを遠慮なく吐く。

 世界、とまでは行かないだろうが、戦争が始まるということには間違い無い。

 

「戦争か」

 

「しかも初っ端から王都を直接攻撃。大きな打撃になるだろうね」

 

「ケイはどうするんだ?」

 

 こんな時のケイはどの様に行動するのだろうと、問いかけた。

 

「……レイちゃんが心配。兵と鉢合わせたりしてないと良いんだけど」

 

「じゃあ、レイナを探すか?」

 

「……」

 

 俺の提案に、ケイは黙り込む。

 彼女の目はぼんやりと下に向けられる。意識は既に思考へと割かれているようだ。

 

 レイナはプレイヤーだ。HPが0(死亡)になれば、多少のペナルティを代償に復活することが出来る。

 しかし、ケイにとっては……。

 

【ピロピロン】

 

「……?」

 

 メールだ。

 こんな時に何事かと、俺はウィンドウを呼び出す。数回の操作の後に現れたメール欄の中には、一つの件名が書かれていた。

 

 

 

『送信者:ヴァーチャル・ファンタジー<GM>

 件名:ダイナミックイベントについて』

『※このメールは、現時刻においてエリア「王都ミッド・センタル」に所在するプレイヤーへ送信されます。

 

 ダイナミックイベントとは、予告や準備期間が無く、発生した時点でイベントが進行されるものです。

 一定の条件下にあるプレイヤーは、自動的に『受注中クエスト』の一覧に、該当イベントが表示されます。

 選択するとイベントの詳細が表示されますので、システムメニューからご確認ください。

 

 なお、ダイナミックイベントは決して強制参加ではありません。

 クエストの破棄や離脱に対するデメリットもありません。

 

 それでは、ヴァーチャル・ファンタジーを心行くまでお楽しみください。』

 

 

 ……ダイナミックイベント。その単語を聞いて、ぼんやりと思い出す。確か初心者指導書に書かれていたはずだ。

 これの意味はこのメールに書かれたもので殆ど説明されている。恐らく、あの本を読まない人向けのメールなのだろう。

 

 ところで、ミッド・センタルとはこの場所のことを言うのだろうか。そういえば街の名前を全く知らなかった気がする。

 今まで知らなかったことに疑問を覚えるが、しかし特に意識していなかったことだ。きっと気にならなかっただけだろう。

 

「ねえ、これって?」

 

 後ろからケイが、俺が開くウィンドウを覗き込んで問いかける。

 基本的に他人が開くウィンドウは目視することは出来ない筈だが。ケイと俺の間では例外が発生する。どういった因縁(バグ)か、お互いのウィンドウを目視することが出来るのだ。

 

「……大したことのない物だ」

 

 速やかにメールを閉じ、削除するとケイの方に向き直った。この文章はこの世界に生きる彼女が見るべきものではない。

 

「レイナを助ける、って事だったな」

 

「助ける。()()()()()は君の友達なんでしょ?」

 

「それは勘違いだな。()()()はお前の友達だ」

 

 戒めるように、声調を強めて言った。

 確かに”俺がケイだった頃”は、レイナと仲が良かったかもしれない。だが、女に化けている男が女の子とつるむ訳には行かない。

 実際にやっていた俺が言うには、説得力など皆無だろうが。

 

 

「……いーや、違うね」

 

「何がだ?」

 

 俺の反論の後、「しめた」と言った風な表情で言い放つ。

 こういう時のケイは、大抵とんでもないことを言い始めるのだ。

 

「私とソウヤは、両方共レイナと友達って言う事」

 

 ……ほら、やっぱりだ。

 

「さ、ダイナミックファンタジーやらヴァーチャルイベントやら訳分かんない物読んでないで、探しに行こう!」

 

「読んでたのか……」

 

 あまり理解していないだろうから、別にいいのだが。

 ……だが、わかった。

 

「言うまでもなく、助けに行くつもりだったんだが。ケイに説得させられるなんてのも癪だし」

 

「君が賛成なら万場一致だ、行くよ!」

 

 俺の手を引いて、ケイは早速と路地裏へ向かって走り出した。

 しっかりと掴まれてしまった俺は共に走り、路地裏の影に入った頃には、メールの告知に見入るプレイヤー達を後にして消えていった。

 

 

 

「……」

 

 プレイヤー達がイベントの発生を知り、ざわざわとし始める頃に、管理人―――シェールは、空から落ちてくる光をじっと見つめていた。

 

「そう、イベント。イベントなのね。……そんな事で私の家が壊されたの」

 

 大衆は空から落ちてくる光に恐れ逃れる者達(NPC)、あるいはイベントの事で持ちきりになっている者達(プレイヤー)ばかりで、静かに言葉を落とすシェールに気づくものは誰一人と居なかった。

 

「…………赦さない。絶対に許さない。家を壊した奴らなんて、絶対―――」

 

「シェール殿ッ、無事か?!」

 

「……アイアン」

 

 負の感情を溢れんばかりに漂わせている彼女は、ゆっくりと声の方へと振り返った。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「で、ここは?」

 

「あの弾が打ち上がってきた地点の辺り。目測で転移したから多少ズレはあるかもしれないけど、現場からはちょい遠いね」

 

「そうか」

 

「で、この辺りでレイナが行きそうな場所、知ってる?」

 

 そう言われ、俺は首を横に振った。一度採集に同行した事があるとはいえ、その翌日には()()()()()()している。

 ケイこそ、レイナの採集に付き合ったりしていないのだろうか。

 

「知らない。ケイは?」

 

「あんまり……」

 

 ケイもわからないらしい。転移で手早く移動したものの、これではどうしようもない。

 

「どうすれば……いや、そうか」

 

 メールという連絡手段があったではないか。

 俺たちはプレイヤーだったというのに……どうやら、ケイから世界に対する認識が多少移ってしまったらしい。

 

「何か手があるの?」

 

「”プレイヤー”特有の連絡手段だ。ちょっと待ってくれ」

 

 メールを作成するための画面を表示させ、同時に手元に現れたキーボードで手早く文字を打つ。

 発生したイベントや、街への襲撃の事。あのような光が空に打ち上げられ、街へ降り注いでいるのだから、コレぐらいはレイナも把握しているだろう。そう遠くへ赴いていなければ、だが。

 現在位置を教えて欲しいという事と、合流を求める節を最後に書き足し―――

 

「……あ」

 

 そして、気づいた。送信者名が、この身体のキャラクター名……「D-Doll@alpha」となっている事に。

 

「どうしたの?」

 

 周辺を警戒しつつ様子を見ていたケイが、俺が零した声に反応する。

 駄目だ。この名前でメールを送ってしまったら、レイナを警戒させてしまう。それに俺達のことだと解ってもらえない。

 

 ならばケイにメールを送信させるか?

 それは無理だ。このウィンドウを呼び出したり操作する事は出来ても、キーボード等を使用して文章を書き起こすことは不可能だ。

 

「……ええい!」

 

 こうなればヤケだ。解ってもらえなければ、それまでだ!

 

『人形のソウヤより』

 

 この文を最後に付け足して、それで思い切って送信してしまう。送信処理を完了したという表示が出ると共に、俺は大きく溜息を付いた。

 

 ……落ち着いたら、更に面倒事がやって来るだろうな。俺の名前について、問い詰められるに違いない。これに関して何も言われないことを祈るしかない。

 

「プレイヤーって不思議な存在だよね。もっと詳しく知りたくなったかもしれない」

 

「勘弁してくれ……」

 

 ただでさえ、ゲーム特有の単語の説明が面倒なのだ。そこにプレイヤー講習会なんかが加われば、俺は面倒の余り説明義務を放り投げるかもしれない。

 

「連絡の返事が来るまで探索するか?」

 

「なら、敵の様子をちょっと見よっか。アレをどうやって撃ってるのかも気になるし」

 

「アレね」

 

 アレとは、今もなお町に降り注ぐ光の弾の事だろう。確かにどうやってあの攻撃を実現しているのか、俺も気になっている。

 だが近づいて大丈夫なのだろうか。

 

「転移で撤退出来るから大丈夫。それまでは歩いて移動しよう、魔法使っても気づかれるかもだから」

 

「なら良いんだが……そう言えば矢の予備は?」

 

「心配ご無用、ちゃんと持ってるよ」

 

 そう言って収納空間の口を開き、そこから一束の矢を取り出した。

 いつの間に回収したのだろうと疑問に思うが、それならば好都合だ。

 

「良かった。それ貰っとく」

 

「はーい」

 

 矢の束を受け取り、矢筒にしまっておく。

 そのうちに目的地を定めたケイが歩き出すから、俺も弓を手に取ってついて行く。

 

「んじゃ、先導は任せなさい」

 

「頼んだ、大魔法使い」

 

 

 

 ケイが持ち前の感覚でもって索敵しながら、俺の前方で進み続ける。

 俺は矢を直ぐに撃てるよう構えながら、自分なりに警戒しながら彼女の後ろをついていく。

 

 ……未だにケイには伝えていないが、ケイの過去は大分把握している。例のラノベを読んでいったおかげだ。

 ケイが男性として生きていた前世では、真面目な騎士として過ごして来た。しかし、恋人が死んだ日以降は仕事を止め、魔法の研究に専念。

 女性として転生した今世では、何処に居るのかも解らない恋人を探し求めて冒険している。

 

 というのが、おおまかな”ケイの旅路”の概要だ。

 問題なのは、はたして”ここに居るケイ”と”ラノベの主人公のケイ”は、同一人物なのだろうか、という点だ。ラノベでは前世は騎士だったとのことだが、こちらでは冒険者をやっていたかもしれないのだ。

 

「ソウヤ、左前を警戒しといて」

 

「ん」

 

 ぼんやりと思考していたら指示された。言われたからには従うが……。

 

 しかしまあ、俺の個人的な意見を言うと、彼女が前世では騎士をやっていたということに「意外だ」という感想をどうしても抱いてしまう。

 確かに、剣の扱いは素人目に見ても素晴らしい。全体的に見ても、状況判断に長けているように感じられる。

 以前にもこうしてケイの戦闘力を称賛した記憶があった気もするが、何度もそうするほどには凄い。

 

 ただしかし、何かが違う。

 違和感をどうしても覚える。

 

 

 

【ピロピロン】

 

「……レイナからの返事か?」

 

 警戒しつつ進んでいると、通知音が鳴る。

 通知音はケイにも聞こえるからか、彼女は慣れない音にピクリと小さく跳ねる。

 

「やっぱりレイナだ」

 

「メール、っていうんだっけ?その音、すごく聞き慣れないんだけど……」

 

「と言っても音を変えられないんだから仕方ない。慣れれば良いな」

 

 確かに電子音なんてのは、ケイが居たような世界には無いし、仕方ないと言えば仕方ない。

 しかし、あの音に驚いて跳ね上がる様子のケイはなかなか面白い。何時かの機会に弄ってやろうか。

 

 そう、嫌そうな顔をするケイの姿を想像しつつ、メールを開いた。題名は……

 

『助けてください』

 

「……!」

 

 題名から見て取れる緊急性に、俺はドキリとして急いでメールを読む。

 

『変な人達に捕まりました

 今は逃げてどうにか隠れてます

 王都から港町への道の途中で逸れた所の森ですが、近くにあの兵器があります』

 

「け……ケイ!悪い予感そのままの事態が――」

 

「しっ」

 

「っ……」

 

「それ、見せて」

 

 言われるままに、口を噤んだままウィンドウの位置を操作し、内容を見せる。

 ケイの表情は、今まで以上に真面目だった。

 

「あの兵器って……アレのことかな」

 

「弾を打ち出してる……レイナの場所が分かるか?」

 

 かなり近くの方から光の弾が打ち上がるのが見えた。

 道のりから少し離れていて、森の中で、敵兵器の周辺。候補は絞られている。

 

「うん、大分絞れるけど、空から見ないとあんまり……」

 

 悩んでいる様子だが、空を飛ぶなんてことが出来ない限りは完全に特定など不可能だろう。

 それらしき所を捜索するべきなのだろうが……。

 

 しばらく考える様に俯くケイだが、何かの接近に気づいたのか、ハっと目線を上げて警戒する。

 

「隠れて」

 

 小さい声で言われるまでもなく、近くの木の影に隠れた。幸いな事に、この木は太いから身を隠すのには十分であった。

 ケイと共に隠れ潜み、じっとする。そうすると、静かな空気の流れに混じった大人数の足音を、かすかに聞き取った。

 

 足音だけでも分かるこの人数。二人だけで相手するなど、狂人かバカのやることだ。

 より気配を消すように努め、自らの存在が露見しないようにする。

 

 その為に一歩足をずらすと、ふと敵の姿が視界に入った。

 あのアイアンと共に相手した魔法使いの集団と、全く同じ容姿だった。やはりあの集団と関係があるのか、と確信を得るが、彼らの手元にある獲物を見て、思わずその武器の名を口にしてしまう。

 

「――銃?」

 

 時代錯誤にも程がある。というのが、あの存在に対してまず思った感想だった。

 なぜそんなものがここにあるのか、というは疑問は、その次に現れた。

 

「知ってるの?」

 

「……銃は、危険だ」

 

 弓と違い、比較的容易に使用することのできる遠距離武器だ。狙って撃つだけの、手軽に使えてしまう。それに加え、この人数だ。鉢合わせれば、数秒で決着がつく。

 ケイと俺が一切の抵抗さえ赦されずに、大量の弾丸を受け止める様子を想像してしまった。

 

 このままでは、まずい。

 

「ッ……ケイ、今すぐ逃げないと!」

 

「え、ちょっと、慌てないで!」

 

「慌てるも何も、あの人数相手じゃ」

 

「ああもう分かった!『転移』!」

 

 

 

 

 

 

「ご主人」

 

「ああ、これはとてもマズい。王都が機能しなくなるのが先か、王城が直撃を受けるのが先かと言える」

 

 遠くから、双眼鏡を覗き込んで敵を観察する。

 魔法使いの集団が魔法陣を取り囲み、その陣の中心にある砲が一瞬光った直後、弾が放たれる。

 その周囲には、銃を持った連中が護衛していた。近づくのであれば、防弾チョッキでお洒落しなければならないだろう。

 

「ドラもん、弾丸で傷を負うかもしれない、隠れていてくれ」

 

「グア……」

 

 この子はまだ子供だ。成長して大人となったならばまだしも、今のドラもんをあの戦場のド真ん中に送りたくない。

 

「どうするのデスか?」

 

「不幸なことに、あの王都には私の隠れ家がある。それを破壊されては困る。なら、戦うしかない」

 

「ドラお姉さん抜きで、デスか?」

 

「問題ない。前回の反省を活かし、今はこれを持ってきている。これであの魔法陣を破壊すれば、魔法による遠距離攻撃は無力化出来るだろう」

 

 備えあれば憂い無し。とはよく言ったものだ。ドラもんにも荷物持ちを頼んでまで、多彩な小道具を用意した甲斐がある。

その道具のひとつを渡し、作戦を伝える。

 

「キャット。察知されずに接近し、プレゼントを置いていってやれ。頼めるか?」

 

「分かったのデス。けど煙突も暖炉も無いのでは、入り込みづらいのデス」

 

「安心すると良い、私が増設するのだからな。ドラもんも手を貸してくれるか?」

 

「グア!」

 

「良い返事だ。では、行動開始と行こうか」

 

「ホーホーホー、なのデス!」

 

 

 

 

――――――

 

 

 

クエスト一覧

 

『D-EV 火薬と鉄の傭兵と、魔法と杖の魔法使い』

『・概要

 

 王都ミッド・センタルへ、謎の軍団が攻撃を始めている。

 既に軍は動いているが、国は冒険者の協力も募っている。

 しかし、一々手続きをしていては、この緊急事態に対応するのは難しい。

 戦闘が開始されるのは街の東側だ。そこへ直接向かってみよう。』

 

『情報レベル:20

 <<LOCKED>>』

 

『情報レベル:60

 <<LOCKED>>』

 

『情報レベル:100

 <<LOCKED>>』

 

『※クエスト進行度が情報レベルの値に達すると、新たな情報が開示されます』

 

 

 

 

『敵勢力の捕虜獲得により、新たな情報を入手しました(情報レベル+40)』

 

『情報レベル:20

 敵は魔法と銃器を主力としているとの情報が入った。銃器に関しては我々にとっても未知の武器だが、私は君たちの叡智があの武器に対抗し得ると確信している。期待しているぞ、「プレイヤー」諸君。 ~ミッド軍・団長~』




ちょっとモチベーションがダウンべーしょん


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28-ウチのキャラクターと俺の救助活動

「……ソウヤ、落ち着いた?」

 

 ケイに強引に肩を掴まれ、その直後に転移を使われたその後。

 すぐ横にいる彼女は、俺を睨みつつ言葉をかけた。

 

「ごめん、取り乱した。まさか銃なんてものがあるなんて……」

 

「その銃ってヤツは、邪竜を目前にした農民みたいな反応をするほど恐ろしいの?」

 

 現代人としては邪竜ほどでもないが、剣と魔法の世界が現代兵器チートされる物語(小説)をいくつか知っている俺からすれば、銃という存在は十分に脅威だ。

 

「銃は、弓矢やクロスボウと同じような遠距離武器だ。威力が比較的高い上に、使いやすさも段違いだ」

 

 そして、俺が知りうる限りの銃の知識を共有した。物によっては連射出来ることや、弾数の限りについても、出来るだけわかりやすく伝えた。

 

「……なるほど」

 

 説明を終えて、ケイは少し思考してから理解したと頷く。

 

「対策は?」

 

「物陰に隠れる。弾が尽きた隙をつく。俺が思いつくのはこれだけだ」

 

 物陰に関しては、ケイが自由に壁を作れるから問題はなさそうだ。

 

「この盾は?」

 

 ケイは盾を持っていなかった筈だが、と言おうとする前に、ケイは手に持った剣に岩を纏わせ始めた。そうして出来上がったのは、盾の形に成形された岩塊である。

 

「それ……確か前も使ってたな」

 

「うん。で、これは耐えられそう?」

 

「欠けるかもしれないが、貫通はしない筈。過信はしないでくれ」

 

「大丈夫、それでも十分」

 

 あの様にいつでも盾を形成できると言うことは、欠けても岩を付け足す事が出来るのだろう。ケイが言う様に、貫通さえしなければ特に問題は無さそうだ。

 

 

「さーて、あの隊がどこに行くのか見ておきたかったのだけど、諦めよっか」

 

 それは誠に申し訳なく思っている。

 

「それよりも、レイナはどうやって探すんだ?」

 

「空から速やかに見つけるか、或いは地上でゆっくりと這い回るか。……どっちが良い?」

 

 その悪意のある表現は一体なんだ。空一択とでも言うつもりか。

 

「飛べるのか?」

 

「飛べると思った?」

 

「飛ばないのか」

 

「あたりまえじゃん。ただ……」

 

 何を訳の分からないことを言っているのだろう、ケイは地面に剣を突き刺すという奇行を済ませると、俺の方にニヤリと微笑んだ。

 

「……?」

 

「空に転移する事ぐらいなら、造作もないさ」

 

 直後、本日3度目の転移により送られた先は、大地から遠く離れた……空であった。

 

「っはぁ?!」

 

 驚きのあまり、その場に屈み込む。手足を地面につけ、どうにか状況を理解しようとする。

 

「って、……地面がある?」

 

 空を落ちている最中だと言うのに、俺たちは地面に足をつけていた。もちろん、それは大地の一部ではなく、平たい形をした岩だった。

 10メートル程の幅の地面は、よく見ると鳥の形、或いは飛行機の様な形をしていた。

 

 まさかこの地面もケイの仕業だろうかと、彼女がいる方へ向く。彼女は、飛行機にも似たこの地面の舵をとる様に、地面に突き刺さった剣の柄を握りしめていた。

 いや、地面に突き刺しているのではなく、剣を中心に岩が接ぎ合わされたのだろう。

 

「どう言う事だ!」

 

「ドラゴンは、あの巨体をどうやって飛ばしてると思う?」

 

 落下によって大きく風切り音が鳴る空間の中で、大きな声で問いを口にした。

 

「こんな状況で考えろと?!」

 

「はい不正解。ざんねん!」

 

 今のは解答じゃない。とツッコミを入れようとする前に、ケイが余裕ある表情で解説を始める。

 

「答えは、大きな翼!」

 

「そんなので飛ぶわけが……!」

 

 言葉を言い切る前に、“岩の鳥”は翼にあたる部位を動かし、羽ばたいた。その際に大きく揺れ、反射的に鳥の一部分を掴む。

 

 よく見ると、風の向きが変わっていた。落下によって、下から上に流れて行った空気はすでに無く、代わりに前から後ろへと流れる風が肌を打ち付けていた。

 

「マジ……か?」

 

「マジマジ。飛ぶというよりは、滑空と言うべきなんだけどね。取り敢えずここから下を見ててくれない?」

 

 急に変な転移をした上、この無茶振りだ。こんな高所から下を見るなど、腰が引けてしまう。

 だが、ケイが思いつきで空に転移したり、そんでもって空の旅を経験したりするのは、なるべく早くレイナを探すためにやっていることだ。

 

 ……よし。

 

「了解」

 

 アパート三階以上の高所はてんで駄目な俺だが、VR世界でならやってやる。スカイダイビングだってやってやる。

 

 恐る恐る下を見れば、例の弾を打ち上げる兵器と、ゴマの様に小さく見える人影が見える。

 兵器の付近、かつ森の中だとレイナは言ってくれたが、森の中は少ししか視界が通らない。何かもっと目印になるものがあれば簡単に見つけられるのだが……。

 

「……ケイ、ここから地上の魔力の様子とか見れないか?」

 

「無理」

 

 流石に距離があると無理らしい。ならば次なる手は……。

 

「メールだ」

 

 レイナに魔法なりなんなりを打ち上げてもらい、確認出来次第そこへ向かおう。

 敵に魔法を目撃されるかもしれないが、俺らは飛んでいるから一足先にレイナの元に来れるだろうし、確保後は転移でどうにかなる。

 

「ケイ。レイナに目印になる魔法を出してもらう。確認次第向かってくれ!」

 

「はいはい。目印を見落とさないでね?」

 

 考えを伝えつつ、さっそくメールを作成。目印を打ち上げて欲しいと言う内容で送信する。

 それから目印を見逃さぬよう、しっかりと地上を見つめる。そこには敵の弾が打ち上げられているのみだ。

 

 

 ……しばらく地上に注意を向けていると、場にそぐわない物が視界に入る。

 ドラゴンのように赤いシルエットだが、それはドラゴンのように翼を広げ、そして羽ばたいている。

 ……というか、見えたそのままにドラゴンだった。様子を見ると、なにやらあの兵器を攻撃しているようだが。

 

「あれは……」

 

「お、見つかった?」

 

「いや、ドラゴンだ」

 

 ケイからの言葉に、俺は本来探すべきものを思い出し、気を取り直す。

 するとちょうど、ドラゴンや兵器から少し離れた森の辺りで、なにかが爆発した。

 

「って、ドラゴンがここに?!」

 

「落ち着け、レイナの場所が分かった。あの辺りだ」

 

 俺が指をさすと、ケイがその指の先を追ってその地点を見る。そこには、爆発による煙が未だに残っていた。きっと、あれはレイナの「マジックグレネード」だ。

 しかし、ケイは銃を目前にした俺と同じような動揺を見せている。いや、さっきの俺よりはマシだろうが。

 

「でもドラゴンが……ああもう、わかった。私に捕まってて」

 

「転移するのか?」

 

「ううん。手早く行きたいのは山々なんだけどね」

 

 そう言って差し出されたケイの左手に、俺は取り敢えず握っておく。

 なんだか嫌な予感がする。万が一何かがあって俺が落下する様な事があれば、無理にでも道連れにしてやろうか。

 

「行くよ」

 

 して、嫌の予感はすぐに的中してしまった。この鳥は急降下を始め、その上に乗る俺らは強風に晒される。落下中の特有の浮遊感よりも、強風で弾き飛ばされそうだった。

 姿勢を低くするケイに習い、俺も頭を下げる。少なからず浴びる風の量は減ったが、どうしても怖い。人間は生身で飛ぶものではない。

 

「地上に近づいたらどうする?!」

 

 このまま墜落するつもりなのであれば、死んででも脱出してやろうか。

 当然と言うべきか、ケイは何も考えてないワケではない様だ。彼女は俺の方を向いて、微笑みを返した。そして無言で正面に向き返る。

 

「……本当に考えてるんだよな?!」

 

 そして俺の心配とは裏腹に、森の中に突入しようとする寸前、直角に近かった降下角度は一気に引き上げられ、岩の鳥は森のすぐ上を滑空する。

 

「そろそろ降りる、掴まって!」

 

 と言われても、とっくに俺はケイに掴まっている。もっと掴めというのか。

 何をするかと思えば、岩の鳥が羽ばたくのをやめて、代わりに翼で俺たち二人を包んだ。

 

 次に翼によって視界が遮られた前方から、木々がバキバキと折れる音がしてくる。

 

 降りると言うか、これではただの不時着じゃないだろうか。

 木をへし折るごとに減速し、遂に停止すると岩の鳥は形を崩してしまった。

 

「う……うぇ」

 

「見つけた!」

 

「え?え?」

 

 確かに目印の真下にレイナが居たらしく、ケイがレイナに声をかける。

 俺はと言うと、地面の存在に感動して跪いているところだった。いや、実の所は腰が引けて座り込んでいるだけなのだが。というか吐きそう。

 

「えっと、あの、今のって」

 

 驚きを隠せないでいるレイナだが、それも仕方ない事だ。メールの指示に従った直後に、岩の鳥が文字通り森の木々を割って突っ込んできたのだから。

 

「”おい、こっちだ!”」

「うげ」

 

 外国語が聞こえて、俺は慌てて戦闘準備をする。ケイはすぐに壁を作り、俺たちをその後ろに隠した。

 

「この手を!」

 

「”チクショウ、ドラゴンがこっちに来てるぞ!”」

 

 転移を開始するのだろう、レイナは訳も分からないままケイの手を取り、俺もケイの手を掴む。知らない言葉の声がより近くなってくるのを感じたが、きっと大丈夫。

 

「よし、『転移』!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ドラもん、一体どうしたのだ?!」

 

 敵部隊の気をひくため、上空の遠くで威圧をかけて居た我がペットだが、その様子がおかしい。

 ホースに乗り、移動しながらも上空に目を向ける。

 

「グアアァァ!」

 

 ドラもんの視線の方向に何かがあるのか、そう思ってそっちを見ると、まるで流星の様に急降下する()()()()らしき姿があった。

 

「こんな時に……!」

 

 ドラもんは、初めての同族に対して極めて大きな反応を示している。

 不都合な方向に向かう状況だが、ドラもんがああなるのも無理はない。

 ドラもんは実の家族や、同族の所在でさえも知らないのだから。

 

「予定を早めるか……?ホース、目的地を変えるぞ!」

 

 作戦の内容は簡単だ。ドラもんが彼らの射程外から威嚇してもらい、別の方向から私が狙撃するのだ。

 そして、彼らが警戒どころではなくなったところに、爆弾を持たせたキャットに兵器を爆破してもらう。

 

 本来、狙撃地点はもう少し遠くなのだが、今回はなんとか作戦を成功させるため、すぐ近くの場所で即座に狙撃を開始するのだ。

 

 そう、『狙撃』だ。

 この時こそ、シウム村で見つかったこの武器の出番だ。

 

「……よし、ここで良いぞ」

 

 私の言葉に、ホースは減速して止まる。そこから降りてすぐに、武器を構える。

 以前に入手した、この世界には存在しないはずの武器……ライフル銃の中に弾が入っているのを確認し、じっくりと狙う。

 

 ステータス補正か、高い『器用』によって手ブレは抑えられ、正確に狙うことができる。

 銃自体の精度も、この距離の狙撃に足るものだという所は確認済みである。

 

「目標をセンターに入れて、引き金を引く。これほど便利な武器は、正に文明の利器と言うにふさわしいな」

 

 音で耳を貫きかねない程に煩く響く銃声の後に、私はレバーを一度操作してから構え直す。

 文明の利器とは言え、生憎とスコープといった様な気の利いたものはなく、アイアンサイトなる照準器が付いている。あまり長距離射撃には向かない。

 しかし、重要なのは敵の無力化ではなく、注意を引くことだ。幸いな事に、彼らはこの一発で”スナイパー”の存在を感じ取った様だ。すぐに身を隠そうとあちこちへ走り始めた。

 

「ふむ、そういえば、スナイパーには観測手なるパートナーが決まってついてくると聞く」

 

 次弾の用意をする間に、敵は全員隠れてしまったようだ。狙うべき箇所が見当たらず、やや暇になった私はホースに話しかける。

 ホースは馬であるが、私自慢のペットだ。多少のコミニュケーションぐらい、主婦の世間話の様に済ませられる。

 

「どうだ、ホースもやってみるか?」

 

「ブルル」

 

 否定的な返事のそれを聞いて、私は残念そうに息を吐く。

 

「まあ、ホースがそういうのであれば諦めよう」

 

 さて、囮目的である以上、一発だけ撃って終わりというのでは少々物足りない。

 敵が隠れている場所に狙いを合わせると、一発引き金を引いた。

 

「……ほう」

 

 まだ2発撃ったっきりだが、敵はコチラの位置に大まかな目星をつけた様で、撃ち返してきた。

 しかし、敵が持っているのは総じて拳銃だ。しかも、なるべく身を出さないようにしながら撃っているから、精度もご愛嬌。ホースもそれが分かっているのか、足を畳んで頭を下げるぐらいで、逃げようとは一切しない。

 

「狙いづらいが、撃たないわけにはいかないな」

 

 敵は撃つために最低限しか身体を出していない。つまり、銃を持つ手のみ、あるいはひょっこりと覗く頭部のみだ。それを狙い撃ちするには、かの有名な狙撃手の腕を借りなければならないだろう。

 だが、出来ないものはしかたない。私はそのまま敵を狙って、撃つ。

 

 銃弾は僅かに逸れ、敵が遮蔽物に使っている木に当たった。もう少し右だったか。

 

「む?」

 

 と思ったのだが、その木の後ろから敵が苦しそうに飛び出てきた。どうやら銃弾が貫通し、敵に当たったらしい。

 

「なるほど、貫通か」

 

 幸運の女神様だけは、敵よりも先に私の姿を見つけたらしい。いや、今はスナイパーと呼ぶべきか。

 とは言え、そろそろこちらの正確な位置も割られた頃だろう。そろそろ移動する頃合いか。

 

「ホース、位置を変えるぞ」

 

 激化する射撃から身を隠しながら、その場から離れる。ホースも立ち上がると、すぐにその場から逃げていく。

 少ししても、敵は同じ箇所を、つまり今まで私が隠れていた場所を狙い撃ちしている。どうやら私が未だにそこにいるとでも思われているらしい。

 

 次の狙撃地点に見切りをつけた所で、ふと爆音が響いた。それと同時、私の幻影を狙う銃声は途切れた。

 

「キャットだな、上手くやってくれたようだ」

 

 隠れながら様子を見るが、兵器があった所には、地面を削り取った跡と兵器の破片だけが残っていた。

 私への注意も多少薄れた様子だから、軽く狙って敵の方を撃ってやった。すると敵も思い出したようにコチラへ撃ち返してきた。そうだ、それで良い。

 

「よし、兵器は潰した。合流地点へ迎え。キャットよりも先にたどり着けたら、その手柄はホースの物だぞ?」

 

 ホースが背負う鞍に跨がりながら、何気なく焚き付けてみると、ホースは負けん気を一杯に走り出した。

 この子は競走馬でも無いのに、特に走りでの勝負事に拘る。中々面白い馬である。

 

「……っと、競うのに夢中になって、敵の真正面に出ないようにな」

 

「ヒヒン」

 

 流石に競争好きにも程があるらしい。それだけはやらかさないと言わんばかりに嘶いた。

 

 

 

 

『捕虜獲得により、新たな情報を入手しました(情報レベル+40)』

 

『情報レベル:60

 我が国、『パープ』に『加護』がある限り、決してこの銃を手放さない。貴国らに求めるのは、余りある恵みを内包する地。そしてこの地に生きる者が持つ『加護』である。それらを手放さないのであれば、我らは銃と加護の力を存分に振るってさしあげよう。~王城に送られた手紙の訳文~』




何が書きたいのか分からなくなってきました
テロップ通りに書いてるのですが

ケイのチートっぷりをソウヤが「お前マジやべえ」って言いながら物語を進めるのはデフォなんでしょうが
うーん?


それはそうと
実は、物語の中心人物としての「主人公」は二人なんだ。さあ、誰だろう
まあ、数秒で分かるよね

それはそうと
実は、物語の中心人物のカップリングとしての「ヒロイン」は二人なんだ。さあ誰だろう
まあ、数秒で分かるよね


それとそれと
次回のお話は来年かもしれないね。冗談だけど。いや、冗談でもないかもしれない。
こうでも言っておかないと、俺が「早くお話を作らないと」って焦っちゃうんだ。だから、時間を空ける
一度整理した方が、満足行く文が書けると思ってるから。

追記・たぶん眠気が頭にドンと乗っかってて頭がおかしくなってる。ワケわからん後書きはその所為。でも消す気はない。書き換えはする。した。


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29-ウチのキャラクターと俺の友達の事

結局何時も通りのペース。あれれー、前回の一言は一体何だったんだー……。

それと、今回は3人の視点が転々とするので、注意。
様々な場所で様々な出来事が起きるのだから仕方ない。



 『芸術は爆発だ』と私は何処かで聞いたことがある。何時何処で聞いたのか、定かではない。

 

「でも、逆立ちして見てもちっとも芸術的には見えないのデス」

 

 遠くで兵器の破片を撒き散らしながら立ち上る黒煙の様子を、そう評価してみる。

 ご主人が用意した爆弾が悪いのか、爆破対象が悪いのか。少なくとも先の言葉を残した人の感性を理解するには足り得ない。

 

 代わりと言っては何だけど、被害を逃れた魔法使いとかが即座に周辺を警戒し始めた。

 けれど、私を見つける事はない。遥か向こうから破裂音――ご主人が言うには、銃声と呼ばれるもの――が響くと、敵のすぐ横で何かが小さく弾けた。

 敵は全員、破裂音に意識を向けた。

 

「予定通り、スタコラサッサと逃げちゃうのデス」

 

 猫の形態になると、人間の体と比較して柔軟な体で、さっさと走って逃げる。無力化された兵器に構う必要は無い。

 ご主人のスナイピングなる行為で敵の注目を引きつけたお陰で、私は安全に離脱することが出来た。

 

 

(今回も無傷。ご主人の考える作戦はシンプルながら有効デスなあ)

 

 私だって猫又、人と同じ様に考える力はある。

 けど所詮猫又、やっぱりご主人には叶わない。

 

(この後は所定の地点に移動、合流デスか)

 

 このまま合流までに何もなければ良いのだけど、道中に何か異常があれば、この火属性の魔結晶に魔力を込め、真上に投げて信号を発すると決められている。

 今、この場でその様に魔結晶を投げれば、すぐさま救援の為にホー(にい)に跨ったご主人や、ドラお姉さんが駆けつけてくるだろう。

 何の異常もないから、投げる必要もないけれども。

 

 

(にゃ、この気配……?)

 

 警戒のため周囲に巡らせていた感覚に、なにか変な気配が引っかかった。

 

 気配と言っても、今敵にしている魔法使いたちのそれとは違う。

 どう違う、か問われれば説明は難しいけれども、不思議な気配には違いがなかった。

 

(……少しの寄り道くらい、良いデスよね)

 

 敵性であれば逃げよう。但し尾行されないように。

 そう、自分に念を押してから、ゆっくりとその方へ歩いていった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 爆音が何処からか響いてくる。それに驚いた馬が立ち止まり、馬車が止まってしまった。

 驚いて馬車の中から顔を出して見るが、必死に馬をなだめる男しか居ない。

 

「おじいさん、何が起きてるんですか?」

 

「分からんが……冒険者が暴れているのか?」

 

 馬を操る中年の男は言う。そうすると僕たちの話し声で気がついたのか、背後であの子が浮かび上がる。

 ふよふよと浮かぶそれは、精霊と呼ばれる存在だ。優しい水色の光球の様な見た目をしている。

 

「ネイビー?」

 

 それが、この精霊の名前である。

 ネイビーと呼ばれる精霊は、僕が精霊使いへと()()した時、まず最初に従えることになった精霊だ。

 精霊としての位は低く、そのせいか少し知能が物足りない。子供の様な言葉遣いで、覚えられるのは身近な人物の名称程度か。

 

「いまの、なに?」

 

「何だろうな、魔法使いの魔法とかかな」

 

「……?」

 

 僕の言葉を理解しているのかしていないのか、代わりに僕の肩に乗っかるように移動した。僅かに肩のあたりが暖かくなり、有るか無いかぐらいの重量感を感じる。

 

「なんか、こわい」

 

「怖い?」

 

「たくさん、たくさん魔力があるの」

 

 虫の知らせというにはそれより明確で、警告というにはやや曖昧な言葉だった。

 しかし、ネイビーの言葉は僕たちに嫌な予感を感じさせるには十分だ。

 その話を聞いたおじいさんは、眉間にしわを寄せた顔で車内に振り返って、神妙に話し始める。

 

「大規模な討伐か何かかね?それっぽい話は全く聞いてないが……」

 

「ついさっき始まったというのは?」

 

「突発的にやってくる、大人数の勢力……こんな想定はあんまりしたく無いが、そういう話がないわけでもない、か」

 

 あの王都の周辺は比較的モンスターのレベルが低い。精々があの森に生息する狼男が一帯の最高レベルだ。

 

 大規模な討伐隊を編成する前に、高レベル冒険者パーティを一つ向かわせた方が早い。

 

 それに……。

 

「”大きい“じゃなくて、“たくさん”?」

 

「うん」

 

「どんな感じかな?」

 

「……すごく、たくさん?」

 

 取り敢えず沢山あるのは分かったが、この子の語彙力には困ったものだ。

 ただ、“大きな一つの魔力“ではなく、”分散された大量の魔力“である可能性が高い。

 と言うことは……。

 

「……嫌な予感ばかりしか感じられない。冒険者どもの言う、『マーフィーの法則』はこの事を言うんだろうな」

 

 マーフィーの法則。ジャム付きのパンが落ちた時、ジャムの付いた面が床につく確率は、カーペットの価値が大きいほど高確率になる。という話だったと思う。

 

 ああ、たしかにおじいさんの言う通りだ。この可能性に当たるのであれば、それはもう最悪だ。

 

「……大丈夫だ、ネイビー。何とかなる」

 

「うん!」

 

 唯一の幸運は、コイツの子供らしい言動に似合った単純な頭だ。こんな時に限っては面倒じゃなくて済む。

 

「そいつは頼もしい言葉だが……無理はすんな、若造」

 

 僕と同じように粗方予想が付いたおじいさんは、蛮勇にも見える僕の態度に忠告を送る。

 たしかに悪い状況だ。だからこそ、有る程度の経験を積んだプレイヤーは、きっとこの言葉を何処かで必ず口にするだろう。

 

「死にはしません。それに、精霊使いは無力じゃないんですよ?」

 

「トイヤはぷれいやーだもんね!」

 

「……確かにプレイヤーだけど、名前はトーヤだ。覚えたか?」

 

「うん、トミヤ!」

 

 そこまで難しい発音でも無いだろうに。僕の名前だけは正しく発音出来ない精霊を、そっと突いてやる。

 

 

「主従愛、デスか?傍目に見ると美しいものデスね」

 

 突然、後ろから声がした。嫌な予感から無意識に警戒はしていたのか、すぐに振り返って戦闘態勢に入ることができた。

 しかし、戦うべき相手の姿はどこにも無かった。声は気のせいだったのか、あるいは相手は隠れているのか。そのどちらかを考えるまえに、その答えは明らかになった。

 

「よっ、と。さて、力無い一般人と新人精霊使いさんの為に、私から警告デス」

 

 声の主は天井に張り付いていたのだ。

 まるで忍者のような動きだと思うが、同時に猫のような身のこなしだとも感じた。

 姿や顔はフードによって覆われて、素性は隠されていた。

 

「この先は、ミッド国と謎の勢力が戦争中なのデス。堂々と横断すれば、捕まる可能性が高いデスよ」

 

 戦争中……。大方の予想は付いていたが、誰かに断言されるとなれば、それは段違いに現実味を帯び始める。

 ここを発つ前までは平和な王都だったはずだというのに。

 

「一体いつから戦争が?というか誰だ?」

 

「戦争は数時間前からデスが……あれを見るのデス」

 

 仮名も偽名も名乗らない人物が指差す方を見ると、微かにだが何か光っているのが見えた。それは放射線状の軌道で、そして向こう側へと落ちていく。

 

「あの弾は王都目掛けて飛んでいるのデス」

 

「……王都目掛けて?」

 

 そうするとやはり……と考えている傍、ふと精霊のネイビーが怯えているのが見えた。様子からして尋常ではない。

 

「ネイビー、どうした?」

 

「……!」

 

「……見たところ、精霊は魔力の影響を大きく受ける様子。あの様に怯えるのも当然デスね」

 

 僕の荷物に入り込んで隠れてしまったネイビーを傍目に、その反応は当然だと言う風に断言した。

 

「あなた方二人は、あの賢い精霊を見習う事を推奨するのデス」

 

 そして、この皮肉交じりの言葉が最後だと言わんばかりに去っていった。

 思わず黙って見送ってしまい、我に返ってから追いかけようとしてみれば、その姿はすでに無かった。

 

 

「おい、トイヤ」

 

「……ネイビーの真似事はよしてください」

 

「冗談を返せるなら大丈夫そうだ。ぼうっとしてたからな」

 

 そこまで放心していただろうか、僕は言葉の代わりに苦笑で返す。

 

「じゃあ、引き返すぞ」

 

「あの怪しい人の言葉を信じるんですか?」

 

「一番大事な商売道具は俺の命だ。俺無しで誰が取引やら交渉やらをやるってんだ」

 

 おじいさんはそう言い切って見せたが、向きを反転させる際に一瞬だけ悔しそうな表情を見せた。

 僕は何も言わず、早走り気味に進む2頭の馬を眺める。

 

「ったく、どうせモンスターが出ないと思って、護衛をケチるんじゃなかった」

 

「いえ、あの……」

 

「なんだ?戦争を見学したいなんて馬鹿な事を言うつもりか?」

 

「……王都に行きたいんです」

 

「は?」

 

 返事を待たずして、馬車から降りようとする。

 

「あ、おい!正気か?!」

 

 きっと、傍目に見ればそう見えるのだろう。正気ではないと。

 

 何故?

 という理不尽への言葉がこぼれている。

 

 どうして今?

 という理不尽への言葉があふれている。

 

 また僕は何も出来ないのか?

 という後悔への言葉が心の中で渦巻続けている。

 

 そんな状況下にある僕の心が、どうして余裕を無くさずにいられる?

 

 

「……プレイヤーなら、死ぬことはない」

 

 その事実は、僕の行動が非論理的である事を示していた。

 

 死なないのであれば、

 現実の身体に傷がつく事がないのであれば、

 僕の行動は無意味で、そして愚かだ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ……この状況、とっても面倒だ。すごく面倒だ。

 仕方ない、と言えば確かに仕方ない。今対面している彼らは、自分が愛する故郷の安全を守る為、公務を果たしているだけなのだ。

 

「つまり、今、王都では戦争が発生していると?」

 

 何度目かの確認に、女性二人と一人の人形は頷く。

 あまり公には見せないと決めている人形ののっぺらぼうも、ここでは隠されていない。理由は、今目の前にいる兵士一人と俺たち以外に人がおらず、かつ顔を隠しては信頼を得られないからだ。

 もちろん、この顔も失われた声も呪いの影響という事にしている。

 

 事の始まりは、話すも短いものだ。

 

 一つ、ケイの転移により、敵勢力の手が届かない他所の街に転移した。

 二つ、しかし街へ入るために必要な物を持っていなかった。国発行のパスポートに近いアイテムが必要だった。

 三つ、とは言えこちとら緊急事態。戦争によって逃れて来たと説明したら、兵士達はその話を聞きたいと言う事でこの部屋に連れて行かれる。

 

 入国審査場、あるいは検問所とでも言うのだろうか。そこでなにか問題を起こした者が取り敢えず収容されそうな部屋で、俺達は話すことになった。

 

「ミッド王国。そして不明の勢力が……」

 

 信じられない、といった表情だ。俺には到底無理な感情表現である。

 

「……おい、誰かこれを上に報告してこい」

 

「はい!」

 

 彼の一声で、扉の横に待機していた一人が直ぐに退室する。

 

「ここって、ミッド王国ってトコとは別の国?」

 

「いいや、同じ国だ」

 

「なら今にでも援軍を送った方がいいんじゃない?」

 

「君に軍の指揮権はないだろう」

 

「ケチ」

 

「ははは。まあ助けに行きたいのは山々だが……この件を報告して、指示を貰うまでお預けだ」

 

 ケチって、お前元騎士だろ。

 ただ、この部屋に送られた割には警戒心は見られない。ケイのバカな発言で、むしろ場の空気が和らいでいるように感じられる。

 対し、俺自身にはちょっと警戒されているような感じはするが、でもそれだけだ。3人のうち2人が女性だと言うことが手伝っているんだろう。

 

 ただ、主に会話しているのは兵士とケイだけ。俺に関しては言うまでもないが、レイナも無言を貫いている。

 いや、怯えているとでも言えばいいだろうか。ケイに縋るような視線を送り、時折兵士がレイナに目線を送ると、怯えてケイのうしろに隠れてしまう。

 

 兵士達は気を遣ってレイナに関わらないようにしているが……。

 

「レイナってこんな人見知りだったっけか?」

 

 ケイは、首をかしげることで答える。俺以上にはレイナの人となりを知っている筈だが、それでもあのレイナの様子にはハテナを浮かべるぐらいのモノらしい。

 

 ……レイナを落ち着かせる事が出来るだろうか。その準備として言葉をメモ帳に記し、見せる。

 

『レイナが落ち着いていない様子です。外に出て落ち着かせたいのですが?』

 

「……構わない。しかしあまり遠くへ行かないように。それとすまないが、1人は残してほしい」

 

「良いよ、兵士さん。ソウヤ、レイナをお願いね」

 

「まあそうなるか。モチロン、多少の努力はしてくるよ」

 

「うん」

 

 そうして、俺はレイナを外へ連れ出した。検問所の向こう側、つまり既に街側に入り込んでいて、そこから門越しに小さな行列を眺めることができる。待ち時間は十分と少しといったところか

 残念ながら、ここから離れて買い物に行くこと等は出来ない。兵士の忠告を裏切ることになるからだ。

 

「すいません。気を遣っていただいて……」

 

 外の空気を吸い、多少は落ち着いたのだろう。俯きつつも俺に礼を述べる。

 

『兵士と居るのって、やっぱり緊張するよな』

 

「あ、いえ。別にそんなことは……あるかもしれないですけど。でも、少し違うんです」

 

 レイナは苦々しい笑顔を作り、語り始める。

 

「私、男性の方が苦手というか、特に二人きりになったりすると怖くなるんです」

 

 それを聞き、男性恐怖症という言葉が思い浮かんだ。しかし俺は男なのだが。人形ということで例外なのだうろか。

 それに、レイナには一度、男性(筋肉割増)が経営する工房を案内された経験がある。一体どういうことなのだろうと思い、問いを言葉にする。

 

『工房のリーチェは友達って聞いたけど』

 

「ああ、あの人は……リアルでは女の子なんです。私の()()が治るようにと、男性のキャラクターを作成して色々と試してくれたんですよ」

 

 ……待て、そうすると、女性があの筋肉割増の男を操っているということか?!

 実はスイカが野菜だという事実と同じぐらい、その話は驚くものだった。今度、直接出向いて問い詰めてみようか。いやそれはマナー違反か。

 

「その結果は”例外”が出来ただけでした。リーチェさんだけが大丈夫になって、でも他の男の人にはダメダメなままで……。それでも大きな進歩だって、リーチェさんは言ってくれましたが」

 

 驚愕の事実に打ちのめされている俺に気づかないまま、レイナは話を続ける。

 いや待て、そもそも俺に関してはどうなるのだ。

 

『俺は大丈夫なのか?』

 

「大丈夫みたいです。ソウヤさんの事はケっちゃんから殆ど聞いてますし、人形だというのもプラスになってるんじゃないでしょうか」

 

 人形がプラスに?

 どういうことだろうか。

 

「幼い頃、人形でよく遊んでましたし……。それに言葉を喋らないのもあって、なんか動物を相手にしているみたいな感じで……あ、いえ!馬鹿にしてる訳じゃないんですよ!」

 

「……」

 

 知ってる。動物扱いに衝撃を受けているだけだ。すこし。ほんのちょっと。

 

 ……いや、別にいいんだ。男として見られ、恐れられるよりは何十倍もマシだ。ちょっと人権を生贄にしてレイナと仲良くなれるのなら、それで良いじゃないか。

 

 俺は死んだ目で悟った。しかし俺には瞳がなかった。

 

 それにしても、レイナは人見知りだと思っていたが、そうではなく男を恐れていただけとは……。

 そうすると、一番最初の頃にレイナと出会ったとき、お互い初見である筈なのに懐っこい態度を見せていたワケが分かる。

抵抗なく男性恐怖症の事を話したのも、俺がケイの……友人?だから信頼出来た事からからだろう。

 

「ええと、あの……ううー」

 

 レイナが自分に失言を撤回しようと、どうにか言葉を探そうとしている。

 しかしなんの言葉も思いつかないようで、代わりに可愛らしい唸り声をこぼす。

 

 ……そういえば。

 

『ケイの事、どう思ってるんだ?』

 

 

 ―――記憶。俺がこのゲームの中で過ごす上で、主な目的として掲げているものだ。

 そのために俺は、自立したケイに付きまとっている。彼女は、記憶を失う以前の俺が作ったキャラクターだから、なにかが得られるかもしれないと。

 

 ただ、他の人から見たケイも、何かしらの証拠になるかもしれない。そう思っての質問だ。

 他人を利用するようで悪いが、嫌な思いや迷惑をかけているワケでもない。きっと良いだろう。

 

 

「……ケっちゃんの事、ですか?」

 

 俺の問いに、レイナは少し考え込む。

 そして、考えがまとまったのかゆっくりと話し始める。

 

「いつもは気さくな感じで、とても話しやすいですね。あと、ちょっと年上っぽい感じがします」

 

 俺が知るケイと殆ど同じかな、と聞きながら思う。

 

「あの、いきなりどうしたんですか?」

 

『友人をからかう材料を探していただけだ』

 

「か、からかう……。あはは、程々にしてあげてくださいね」

 

 ……表情が読まれないし、言葉は声ではなく文字になるしで、軽い気持ちで嘘が付けてしまうな。嘘を吐く俺が悪いのだが。

 俺は肩を竦め、時間が流れるのをじっと待つ。

 

 

 

 

 

『状況の経過により、D-EV「火薬と鉄の傭兵と、魔法と杖の魔法使い」の詳細が更新されました』

 

『・概要

 

 王都ミッド・センタルが、謎の軍団と交戦している。

 冒険者と軍が混合して作戦に当たっているが、敵の攻撃は未だに街へ直撃している。

 戦線は街の東側だ。

 

 戦況は芳しくないが、援軍がやってくるという連絡を受けている。彼らが来るまで、防戦に専念しよう』

 

『情報レベル:20

 敵は魔法と銃器を主力としているとの情報が入った。銃器に関しては我々にとっても未知の武器だが、私は君たちの叡智があの武器に対抗し得ると確信している。期待しているぞ、「プレイヤー」諸君。 ~ミッド軍・団長~』

 

『情報レベル:60

 我が国、『パープ』に『加護』がある限り、決してこの銃を手放さない。貴国らに求めるのは、余りある恵みを内包する地。そしてこの地に生きる者が持つ『加護』である。それらを手放さないのであれば、我らは銃と加護の力を存分に振るってさしあげよう。~王城に送られた手紙の訳文~』

 

『情報レベル:100

 <<LOCKED>>』




・キャット視点
 兵器を爆破する作戦を遂行。

・トーヤ視点
 転職を完了し、王都へ帰宅する最中。精霊使いとなった彼は、『ネイビー』と呼ばれる水の精霊と共に行動している。
 移動中のキャットと会い、警告を受ける。しかしトーヤは王都に向かうことを決意。

・ソウヤ視点
 ケイの魔法で転移した後、兵士に職務質問を受ける。ここで王都の状況を話す。
 同行中のレイナは、男性恐怖症を告白。


わ、私が読者のための配慮をするなんて……ただ私の為に状況を整理しているだけなんだから!
勘違いしないでよね、バカッ!


どうにか上手く話を纏められんかね。


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30-ウチのキャラクターと俺の欠席

今回、本編中に主人公ペア(カップルではない)が出てこないので、「欠席」です。



 そこは、確かに戦場であった。

 ゲームであるから死体は一切見られないが、代わりに魔法で焦げた地面だったりが所々に見られる。確実にここで大規模な戦闘が起きているとわかる。

 

「……ここが」

 

 だが、それにしては戦場らしくない。剣が音を立て、矢が飛び交い、魔法が炸裂する様子を想像していたのだが……。

 その違和感を抱いている間に、先程から時々聞こえていた()()()が聞こえる。僕の間違いでなければ、銃声だと思うのだが。

 

 しかし、このゲームに銃というものは存在しないはずだ。銃を作るぐらいなら、魔法を習得したほうが早いからだ。

 

 戦場を見ていると、銃声のした方の逆の方向から、魔法が幾らか飛んできた。それが着弾すると、パラパラと爆発していく。

 片方は銃を、もう片方は魔法を持って争っているようだ。おそらく、銃を使っている方が敵勢力なのだろう。

 

【ピロロン】

 

 戦闘音の合間を縫って、一つの通知音が耳に届いた。

 声でメニューを呼び出すと、何やらクエストの項目が増えていた。『D-EV「火薬と鉄の傭兵と、魔法と杖の魔法使い」』という名前だ。

 内容を軽く読んで、大体の状況を把握した。

 

「……まずは味方と合流するべきか」

 

 そのためには、敵勢力の領域を堂々と通るか、そこの地面を踏まずに遠回りして行くかのどちらかをせねばならない。無論、僕は敵前を堂々と横通りするつもりはない。

 

 戦場は道に沿って展開され、見たところ道を外れた所の森からは気配を感じない。

 

「ネイビー、あの森の方に魔力はあるか?」

 

「ううん、ない」

 

 なら、そっちに行こう。

 護身用の短剣を軽く触り、位置を確認する。大丈夫、ネイビーも僕と共に戦ってくれる。

 

 

 そんな勇気は、10分ほど歩いて無駄だと悟った。

 戦争という事態を察して逃げたのか、動物もモンスターも何もない。あるのは足の無い植物やちょっとの虫だけだ。

 よって、僕たちはここまで安全に来れてしまった。レベル上げや素材を目的としない限り、戦闘はしないに越したことはないが。

 

 ……そろそろ、敵陣を過ぎて味方の所まで行けただろうか。

 このゲームには、ミニマップなどというものが無い。高級な魔道具がその役割を果たすが、僕には手が届かない。

 代わりに、ネイビーがレーダーの役割を担ってくれている。感知するのは魔力だったり同族の所在だったりだが、十分役に立つ。

 

「どうだ?」

 

「もうだいじょうぶ」

 

 その言葉を信じて、道へ戻る方向へ進路を変える。望みどおりであれば、森を出た先は――

 

【ガサ……】

 

「!」

 

 葉が揺れる音に反応し、直ぐに戦闘態勢に入る。短剣を手にし、左脇にネイビーを待機させる。

 

「……?」

 

 気のせいだったのだろうか。いやその筈はない。

 音のした方の様子を見ようと、一歩近付こうとする……が、

 

「銃を捨てて、手を上げろ」

 

「うげっ!」

 

 後ろから声がした。音もなく忍び寄られたのか、と自分の失態に眉をしかめる。

 そして攻撃されては敵わないと直ぐに言葉に従った。銃ではないが、手に持っていた短剣を落とし、両手を上げる。

 

「まだだ、銃を捨てろ」

 

「いや、銃って。この”ゲーム”には実装されてないよな」

 

「……ほう?」

 

 緊張しながら返した反論に、僕の背後に居る人物は少し考えるように間を置いて――

 

「”ゲーム”なら、仕方ないな」

 

 急に声色を変え、穏やかな声で納得を伝えられる。

 

「もう良いさ。手を挙げるのも疲れるだろう」

 

 ……はい?

 僕の返答になにか思うところでもあったのか、今までの敵意がすっと消えてしまった。

 

「脅して悪かった。状況が状況だからな」

 

「えーと、はい?」

 

「ほら、君の武器だ」

 

 敵対する態度はまるで無く、僕の背後から前に出てくる。僕は呆気にとられつつも、差し出された武器をそっと受け取る。丁寧なことに、柄の方を向けて渡された。

 声の正体は、このゲームの世界観にはあまり似合わない姿をしていた。カウボーイハットに、リボルバーが収められたホルスター、そしてクルクルの付いたブーツ。

 

「……カウボーイ?」

 

「どちらかと言えばガンマンだ。休業中ではあるが、西部(ウェスタン)賞金稼ぎ(バンティハンター)をやってる。名前はアイザックだ」

 

 と彼は言うが、この世界に西部開拓時代という単語は何処に行っても無いだろう。ロールプレイする上での設定だろうか、と僕は珍しいものを見たというのが半分、そして変なものだなと思うのに半分、といった眼差しで頷く。

 しかし、ロールプレイと言うにはあまりにも本格的だ。ついさっきの脅しの手慣れた感じも含めてだ。

 

 もしかして、今の状況からして、あの勢力と関係しているのだろうか。『銃』という共通点しかない、想像の粋を出ない予想なのだが。

 

「君は?というより、こんな時にこんな所に来るなんて、正気か?」

 

「プレイヤーなんだから別にいいだろっ……。僕はトーヤ、元裁縫師の精霊使い」

 

「そうか。この周辺は戦争によって危険になっている。鉛玉の味見が目的じゃないなら、直ぐにこの場を離れることを勧める」

 

「いや、僕、王都の加勢に来たつもりなんだが」

 

「正気か?」

 

「正気のつもりなんだけど……。あの方向が味方勢力だよな?」

 

「……そうだ」

 

「そうか、ありがとう」

 

 早速と、僕はそっちに行こうと踵を返すと、アイザックという男が呼び止める。

 

「あっちに塹壕がある。森を出たら直ぐにそこに入れ。モタモタしてたら撃たれるぞ」

 

「塹壕……?いや、わかった」

 

 塹壕、とはあまり聞き慣れない。戦争関係の単語だろうか。

 とりあえず、それを考察するよりも先に行動するべきか、と足を動かす前に、ある事を思い立ってとどまる。

 

 あのウェスタンな男、アイザックは僕の来た方角へ行こうとしている。そこは敵へ進む方角だ。

 まさか、と思って声を掛ける。

 

「アイザック、お前は何処に行くつもりなんだよ?」

 

「……特に何も?」

 

「嘘だ。そっちは敵勢力の方向だ」

 

「……ただ掃除しに行くだけだ。銃には銃を、って言うだろ?」

 

 まさか。その銃一丁で戦いに行くつもりなのだろうか。

 

「大丈夫だ。この状況を何度切り抜けたと思ってる。まあ任せな」

 

「任せ……って」

 

 どうにかして彼を止めるべきなのだろうか。しかし初対面の人間にそこまで言うものじゃない。

 僕は迷ったが、結局呼び止めることをせず、味方へと合流しに移動し始めた。

 

 

 

 森を出れば、異質なものがまず最初に僕の注意を引いた。

 簡潔に言えば、穴。それを詳しく説明するなら、人ひとりが少し屈めばすっぽり隠れるような深さで、それは”横に広く伸びていた”。

 

 これが、塹壕というものなのか?

 不思議な光景を前に立ち止まっていると……、

 

 ――銃声と共に、歪んだ風切り音がすぐ横を掠めた。

 

「う……わ!」

 

 撃たれた。

 

 その事にパニックになり、思わず転けそうになり、地面に手をつく。

 

 落ち着かない頭のまま遠くを見ると、一人が僕の方に銃を向けている。

 ああ、銃だ。現実ではほとんど縁の無いものだからか、怖い。

 

 あの穴の中に入れば身を隠せるが、遠い……!

 慌てて走ろうとするも、足がうまく動かない。

 

 ――まずい、撃たれる。

 

 

 

「!」

 

 銃声が僕に向けられていると直感しつつ、僕は強く目を瞑る。

 来るはずのない痛覚――このVR世界ではダメージで痛覚が生じることはない筈だが――を待つが、何時まで立っても、それは来ない。

 

「私の後ろに隠れていなさい!」

 

 代わりに、籠もった声が僕の耳に届いた。

 

「え……あ」

 

 目を開けると、複数の銃声がこちらに向けられていることに気づく。

 そして、目の前にいる大男が、その盾でもって弾丸を受け止めていた。

 

「えっと、僕は……」

 

「このまま塹壕まで行く、私の背中に張り付いているんだ!」

 

 銃撃を受け止めるごとに、盾を貫くには不十分な弾丸が盾の上で弾ける。彼の後ろにいれば、確かに安全だろう。

 だが、怖い。少しでもあの後ろから出れば、僕は撃たれるかもしれない。

 

「ほら!」

 

 ……撃たれたくないのなら、この両足で立たなければ。

 足が震えているとしても、しっかりと――

 

「……行ける。行けます」

 

「よし」

 

 少しずつ、大男が塹壕に向かって足を進め、しかし盾は敵の方に向けたまま移動する。

 僕はその盾の後ろに隠れながら、足並みをそろえて動く。

 

 

 少しずつ、少しずつ。盾の横をすり抜ける弾丸に恐怖を覚えつつも、僕達は塹壕に向かっていく。

 あと数歩、飛べばすぐに入れると言った所を我慢しながら、男に守られながら塹壕の中へ入った。

 

 ……ようやく、安全な所に入れた。

 

「大丈夫ですか?HPは?」

 

「あ、ええと……大丈夫」

 

 ヒーラーだろうか。聖職者と言える様な服装の男が、僕に声を掛ける。

 

「良かった、アイアンさんは?」

 

「ふう……こっちも無傷で済んだ。盾以外は、だが」

 

 この2人……いや、この3人は仲間なのだろうか。ヒーラーとは別に、全身をローブで包んだ女性が居た。

 しかしその女性は無口だ。何もせず、言わず、僕をじっと見ている。

 

「えっと……」

 

 その視線に戸惑いを隠せないでいると、2人がこっちに向き直っているのに気づく。

 

「紹介しよう。私はアイアン。見ての通りタンクだ」

 

「僕は……名乗る程の者じゃありません。ふふ、ただのヒーラーですよ」

 

「え……ああ」

 

 戦場だと言うのに、ひどく気の抜けた挨拶……だが、ここがゲームである以上、ああいうのが緊張感のなさが当たり前なのだろうか。

 だとすれば、銃を向けられてひどく怯えていた僕はなんだったんだろう。見方によれば、臆病者と言われるかもしれない。

 

 ……ちょっと、情けない。

 

「で、こちらの黒いローブの方は――」

 

 アイアンが、その一歩後ろにいる姿を指して、紹介しようとする。

 しかしその紹介を待たずに、あの姿はこちらに歩み寄り、あろう事か僕の顔を覗き込もうとした。

 

「……あなた、私の宿に住んでる……トーヤ?」

 

「……え?」

 

 何故か僕の名前を言い当てられた。何故だ、と思って相手の声に聞き覚えがないか記憶を探る。

 ……あ。

 

「か、管理人さん?」

 

「長い間留守にする、って聞いてたのだけど……間が悪かったわね」

 

 やっぱり、管理人さんだ。

 しかしなぜローブを被っているのだろう。そこまで人前に出るのが苦手な人間だっただろうか。

 

「なんだ、彼女の宿に泊まってた者か。いつもシェールが世話になっている」

 

「……余計なお世話よ、無機物」

 

「むう」

 

 それに意外にも、ちょっと引きこもりな管理人さんにも知り合いが居たらしい。毛嫌いしているようだが。

 

「あはは、僕は他の負傷者に備えておきますね」

 

 この雰囲気になにか察したのか、ヒーラーは何処かに行ってしまった。

 

 

 ……あ。待て、管理人がここに?

 王都は直接攻撃を受けているが、まさか……。

 

「あの、管理人さん。他の住民は?もしかして宿は……!」

 

「私の他に2人居たけど、その2人は無事だったわ。他の人は外出中だったから、一緒に居た2人以外の安否は分からない」

 

「じゃ、じゃあ!」

 

「落ち着きなさい」

 

 ……冷静を欠いた所で、管理人の一言で我に返った。

 確かに慌てるべき場面じゃないかもしれない、でも……。

 

 ふと、フードの影に隠れた管理人の顔が見えた。

 

「……っ!」

 

 管理人の表情を見て、僕は言葉を失った。

 銃撃を受けている時の恐怖とは違う恐ろしさが、僕の心臓を鷲掴みにしていた。

 

 

「……ケイって言う女、それと最近やってきたソウヤって言う男だけよ」

 

「あ……そ、そうだったの、か」

 

 たった今垣間見えた管理人の表情とは考えられないような、恐ろしいほど冷静な声に、僕は口をつまらせながらも、それだけの言葉を返した。

 

「……たそがれている所を申し訳ないが、トーヤ殿が参戦するということで、戦況の説明をしたいのだが」

 

「た、たそがれてなんか……!あ、いや……」

 

 僕は声を荒げて反論しようとするが、先程の表情を思い出して固まる。

 アイアンはその様子をどう受け取ったのか、そのまま説明を続けた。

 

「現在、敵歩兵の侵攻を食い止めるために塹壕を構築、主に弓兵や魔法使いが迎撃している。しかし敵が攻めてくる事がなくなったから、実質膠着状態と言えるだろう」

 

「塹壕……」

 

「そうだ。しかし、迎撃だけしている状況ではいけないのだ」

 

 鉄の大男、アイアンが言葉を止めてから空を指差す。

 空には、王都へ向かって飛んでいく光の弾があった。

 

「我々は、あの光……一部では”魔力砲”と呼んでいるらしいが、それを止めなければならない」

 

「……」

 

「そのために、まず目の前の敵を打ち破らねばならない。だが……」

 

「私達が使う魔法や弓矢、どれも銃の射程、精度には劣るの」

 

 確かにそうだろう。戦争に詳しいわけじゃないけども、それを覆さなければ勝利は一歩遠くにあるというのは分かる。

 

「……作戦は誰が考えてるんだ?」

 

「指揮官か?それは――」

 

「――――!」

「―――!」

 

「……何事だ?」

 

 なんだか辺りが騒がしい。一体何があったのだろう、とそっちに目を向ける。

 それらは伝染するように、声を聞き取った者がその言葉を復唱し、そしてそれを聞き取った者が復唱し……を繰り返していた。

 

「――突撃!突撃だ!」

 

 見れば、彼らは塹壕を乗り越え、地上に出て走り出している。

 

「突撃……?なにか戦況が変わったのか?こういう時に連絡手段が少ないのが痛いな……」

 

「知らないわよ。……私達も行くべきじゃない?」

 

「そうだな。トーヤ殿は――」

 

「僕も行く!」

 

「……問うまでもなかったようだな」

 

 塹壕から飛び出し、盾を持ったアイアンが先陣を切り、その後ろを僕と管理人がついていく。

 

 距離をつめ、敵の人影が明確に見えてきたところで、敵の状況がようやくわかった。

 彼らは、何かと交戦している。その”何か”の正体はわからないが、少なくとも”新しく敵の敵が現れた”のだろう。確かに、突撃のきっかけになるわけだ。

 しかし、場合によってはそれがモンスターであるかもしれない。銃を持った集団をかき乱す程度の強さの、だ。

 

 それがもしこちらに歯向かえば、驚異となるのではないか……。という懸念を胸に抱く。

 ……しかし、その懸念は必要なかった。

 

「銃よ。敵を混乱させた人は、銃を持ってる」

 

「銃って、なぜ?」

 

「分からない?怪我をしている敵の様子を見れば分かることよ」

 

 管理人がくだらないと言うような口調で言い放つ。

 

 ”敵を混乱させた人は、銃を持っている。”

 まさか、と思って、森の中で鉢合わせた一人の人物を思い出す。一騎当千、という言葉は、侍や剣士にのみ当てはまる言葉ではなかったらしい。

 モンスターではないらしい、と安心するが、彼を甘く見ていたとも思った。

 

 

「……トーヤは、後衛職よね?」

 

「そう、水の精霊使いだ。成りたてだから大した攻撃手段はないけど……」

 

「なら、いいわ。無機物は……別に放っといてもいいわね」

 

「無機物……」

 

 何故かは知らないが、アイアンを相当に恨んでいるらしい。同行している様子だと言うのに。

 見た限りでは、安心して盾役を任せられる程度の技術、装備はある筈。さっきその盾に助けられたのもある。もしかして、性格に不満を抱いているのだろうか。

 

 それはともかく、走りながらネイビーを呼び出す。

 戦場の真っ只中と言うことで怯えているのか、さっきからバックパックに籠もりっきりだ。

 

「……ネイビー、君の力が必要だ」

 

 そう言って、臆病な精霊はようやく姿を現す。

 やはり怖がっているが、きっと大丈夫なはず。

 

「頑張ろう。きっとやれる」

 

「……がんばる……!」

 

 有効な攻撃ができる射程まで来たところで、精霊に魔力を与えた。

 

 そして僕の横で、管理人が詠唱を始める。詠唱スキルが高いのだろう、無言で居なければいけない所を、何かをつぶやいているようだった。

 自身を鼓舞するために、呪文でも唱えているのだろうか。精霊が魔法を練り上げるのを待ちつつ、管理人の言葉を何気なしに聞こうとした。

 

 

 

「――赦さない、許さない、赦さない、許さない、赦さない、許さない、赦さない、許さない、」

 

 

 

「私の魔法以外で死ぬなんて、許さないわ」

 

「え」

 

「『クラスターメテオ』」

 

 

 ……そうして、戦場の一角は焼き尽くされた。

 

 




次回
イベントが徐々に収束へ向かって行きます


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31-ウチのキャラクターと俺のイベント終了

「ふぃー、歩きづめの後に横たわるベッドは別格だねえ」

 

「……そうか」

 

「宿屋を何件も何件も回って、野宿を検討し始めた所で、よう!やく!この部屋を勝ち取ったんだよ!本ッ、当に疲れた!」

 

「……そうか」

 

「ソウヤも疲れたんじゃないの?そっちにもベッドあるんだから休みなよ」

 

 部屋に入って右側のベッドに横たわりながら、反対側のベッドを指して言われる。

 まあ、確かに疲れたが……。

 

「いや、な」

 

「……何?」

 

「……夫婦扱いされた事は何とも思ってなごッ」

 

 あ、アイアンクローで口が……。

 

()とそんなに付き合いたいか?ん?正直言って非常に嫌な思いをしているんだがな」

 

 いや、わざわざ(前世の)口調にしなくたって、これ以上ぶり返すつもりはない。しかも女声のままだから中途半端だし……。

 身振りで降参を表すと、怒気はすぐに収まった。豹変とも言える様子だったが、後腐れもなく呆気なく元の調子に戻った。さっきの様子は冗談半分だったのだろう。無論、もう半分は本気なのだろうが。

 ……そういえば、ケイの男口調を聞くのは初めてだな。

 

「……お互い忘れよっか?」

 

「……そうしよう」

 

 ……さて、俺ら、ソウヤとケイがなんの話をしているのかと言えば、話せばそう長くもない事だ。

 戦争から逃れ、入った街の門で一悶着ありながらも、その後苦労して宿を確保。その時に……、

 

「悪いけど、開いてるのは二人部屋だけなんだ。……だけど、君たちは見た所”良い仲”なんだろ?かえって丁度いいだろ。はい、鍵」

 

 と言われ、この宿の家主はいい笑顔で手を振った。

 一方、ケイは手を振るおうとした。グーで。

 

 うん、一応止めたが、代わりに俺に向けて手を振るわれることになった。いや、今のは俺が悪かったけどさ。

 

 

 とりあえず、今までずっと動かしっぱなしだった足を休めるため、ケイの反対側の方にあるベッドに腰を掛けた。

 

「ふうっ」

 

 腰を下ろした反動と一緒に、疲れを息にして吐き出した。

 そのため息で下に向いた目線を、ケイの方に向けてみる。

 

「……」

 

 ケイは、何もないところを見つめていた。

 なにか考え事をしているのだろうか、意識は殆ど思考に割かれている様子だった。

 

「……エルの事、思い出したのか?」

 

「?」

 

「あんな話の後だから、そう思ったんだが……。いや、なんでもない」

 

「……んー、別にいいよ。流石は”異世界の私”と言ったところかな。その予想は正解だよ」

 

 異世界の……そういえば、ケイは以前に俺の事をそう言い表していた事を思い出した。

 すると、彼女は何かを懐かしむ表情で、ゆっくり話を始めた。

 

「休日に、エルのところへ会いに行ったんだ。そしたら、村の子供達が「ラブラブだー!」とか言っちゃってさ」

 

「それって……、初対面から何時ぐらいの事だった?」

 

「3日。たまたま休みだったんだ」

 

「そうか」

 

「その日は、他の村人にもからかわれながらも、エルに村を案内してもらったり……」

 

「……」

 

 ゆっくりと、ケイは思い出話を続ける。

 

 エルに花の冠を被せられた時、あまりの似合わなさに笑われたこと。

 エルの作った食事が、お店のものより大したことのない出来なのに、今じゃもう一度味わいたいと願っていると。

 いつもケイが髪型をポニーテールにしているのは、それがエルのお気に入りの髪型だからと。

 その髪型がお気に入りになったのは、ある日その髪型を一度褒めたしまったのが理由だと。

 

 ケイは、話し続けた。

 虚空を、記憶を見つめながら、その中身を読み聞かせてくれた。時折見せる優しい笑顔は、どこか寂しそうに見えた。

 

「……懐かしいな。どうしても、忘れられない」

 

「……そうか」

 

 俺にも、ケイみたいに思いを馳せるような思い出が()()()のだろうか……?

 

 

 

 

【ピロピロン】

 

「……?」

 

 メールの通知音に、俺は無意識にメニュー画面を呼び出した。

 

「レイナか」

 

 選択して、内容を表示させる。

 レイナは、先程送られた助けを求めるメールとは違い、緊迫感の無い内容だった。

 

『件名:無題』

『先程見つけた一人部屋しかなかった宿ですけど、無事寝床を確保することができました。譲っていただきありがとうございます。あの後、宿は見つかりましたか?

 もし、まだ見つかってなかったら私も宿探しの手伝いをしますよ。私が部屋で休んでいる間、ケっちゃん達はまだ探し続けていると思うと、すこし申し訳なくて……』

 

 メールの画面から視線を外し、ケイの方を見ると、彼女もまた同じ内容のメールを読んでいた。

 このメールは彼女宛である筈なのだが、しかし俺にも一緒に届いてしまっている。

 

 明らかなバグ。だがそれ以前に、俺自身がバグだ。あるいはケイ自身が。

 

「ねえ、これって、どうすれば良いのかな」

 

「返信出来るはずだ。ほら、そこのボタン」

 

「……うわ、なにこれ」

 

 出現したキーボードを目にして、ケイは目を見開く。

 この”画面”同様に、ケイの居た世界では見られないような産物である。

 

「チョコレート?」

 

「なわけがあるか。キーボードってヤツだ。メールの文章を書くのに使う」

 

「書く?」

 

「そう。……君なら、かな入力の方が良いかな」

 

「ああ、これ?」

 

「そうそれ」

 

 ケイが、大量のキーの中に紛れた”かな入力”と書かれたものを、早くも見つけて入力する。

 もしかしたら、この独特なキー配置にもじきに慣れるかもしれない。

 

「そうそう、漢字を書くときは……」

 

 ケイの言語は、俺が使っているものと全く同じものだ。

 もしケイの言葉が異世界語だったり人工言語だったりすれば、俺とケイはどうなっていたのだろう。

 お互いの言語を教え合いながら、一緒に過ごしていたのだろうか。

 

 そんな事をぼんやりと考えながら、基礎を掴んだケイが文章を書くのを眺める。

 

 しばらくの間、この空間には俺たちの姿と、ピコピコといったキーボードの電子音だけがあった。

 

 

 

 

 しばらくの間、この戦場には地鳴りのような爆音と、一瞬の紅い閃光が連続していた。

 

「」

 

 複数の大岩……もはや隕石の様にも見えるそれが何処からともなく飛来し、途中で無数に分裂しつつ敵陣のど真ん中に落ちていった。

 一つ一つの隕石が着弾するごとに爆発し、それが大量に分裂していたものだから、爆発音がもはや繋がって聞こえる。

 

 そんな光景を目の当たりにした僕は……いや、僕だけに限らず、この戦場に居る全員が絶句。驚きを隠せずにいた。

 

 いや、よく見ると一部の手練が構わず戦闘を続行していた。しかし敵の過半数……あるいはほぼ全員もが恐怖に陥っていたからか、戦闘を続ける少人数は善戦していた。

 

「……ふう、清々したわ」

 

 この状況の主犯格……管理人さんが満足げに言う。

 

「流石に連発は難しいわね。アイアン、ポーションを寄越しなさい」

 

「む、むう……いや、待ってくれ」

 

【ピロロン】

 

 通知音……クエストの内容が更新された様だ。

 まさかこのまま終戦というか、イベントが終わるんだろうか。いや流石に続くか……?と思いながらも、詳細を開く。

 

 

『状況の変化により、D-EV「火薬と鉄の傭兵と、魔法と杖の魔法使い」の詳細が更新されました』

 

『・概要

 

 王都ミッド・センタルは、その強大な力でもって謎の敵勢力を退けた。

 前線の敵は戦意を喪失し、逃げ始めている。

 戦場が静寂に返るのは時間の問題だろう。だがその前に、敵の砲台を破壊しなければならない。

 突撃し、雑兵を蹴散らし、そして平穏を勝ち取るのだ。』

 

 

 ああ、これはもうイベントも締めくくりにかかっている。終戦を望んでいた僕からすれば喜ぶべきことなのだろうが、流石に喜ぶどころじゃない。

 とりあえずどうしようか、という意を込めて、アイアンの方を見る。

 

「……前進しようか」

 

「やっぱりそうするしか?」

 

「ない、な」

 

 迷うように言葉を絞り出す様子のアイアンだが、それ以外にも選択肢がないように思えた。

 仕方ない、アイアンの後をついていこう。

 

「何よ、その顔は」

 

「なんでもないぞ、シェール殿」

 

「……まあ、良いわ。それじゃあ敵をもっと苦しませるとしましょう。私の家を奪った罰よ」

 

 ……敵の砲撃が管理人の宿屋を破壊したのが、この惨事のトリガーだったように思える。

 因果応報、とはこのことだろう。

 

 宿屋に籠もっていた頃と比べて饒舌にな管理人を眺めながら、そしてあっけなく終わったしまったイベントと、このイベントを用意したであろう運営に申し訳なく思う。

 でもやっぱり罪悪感としてはちっぽけな物だったので、開き直って前進することにした。

 

 

 その後、アイアンと共に行動し、敵の砲台を破壊する所まで来た。

 既に幾つかの砲台が破壊されていたが、残りの砲台を管理人が吹き飛ばしてしまった。その砲台を守っていた様子の敵魔法使いも、その魔法に巻き込まれて消えていった。

 

 完全に「向かうところ敵なし」だ。

 僕が急いで加勢しなくとも、管理人さえ居ればどうにでもなったのではないか……と思ってしまうほどだ。

 いや、実際の所、そうだったんだろう。

 

「『マジックグレネード』、『ウィンドハンマー』」

 

 1つ目の魔法で球体を生み出し、それを中に放ると2つ目の魔法でそれを飛ばした。

 その球体は砲台の元まで飛んでいき……ドン、と爆発。ズガガーンと誘爆が連鎖する。そして黒焦げた地面だけが残る。

 

 ……今までほとんどの時間を街中ですごしていたから、魔法使いの戦闘の様子を見る機会なんて滅多に無かった。

 だが、そんな僕でも分かる。

 

「規格外……だよな?」

 

「少なくとも、私が知る限りでは彼女と肩を並べる実力者は知らないな」

 

 やはり、そうらしい。

 遠くの方で敵と交戦しているパーティを見ても、そこに居る魔法使いは管理人ほどの火力を発揮していない。

 管理人が強すぎるのか、他の魔法使いが弱いのか。どう考えても前者が正解であった。

 

「……これで最後かしら?」

 

「見る限りではな。砲撃もめっきり見かけなくなった」

 

「そう……」

 

 管理人が、アイアンの返事に相槌をうって……それっきり、また黙ってしまった。

 ただ、彼女は破壊の跡に視線を向けている。何かを考えているのか、ぼうっとしている様子だ。

 

「さて、戦力は大方潰したが。新たな戦力が攻め立ててくる可能性に備えるべきだろうか」

 

【ピロピロン】

 

『D-EV「火薬と鉄の傭兵と、魔法と杖の魔法使い」をクリアしました。

 お疲れ様です』

 

『・概要

 

 王都、ミッド・センタルは勝利を収めた。

 損害は決して小さいとは言えなく、戦争が終わった後も復興で忙しくなるだろう。

 だが、王都が滅ぶという最悪の事態だけは避けられた。

 

 尚、この戦争に貢献した冒険者には報酬が贈られる。』

 

 

「ふむ、心配は無用だったらしい」

 

「みたいだ。お疲れ様……、ってまだ敵が居るけど?」

 

 攻撃を恐れて隠れていたのか、起伏や木陰といった物陰から敵が数人ほど出てくる。

 だがよく見ると、彼らは両手を挙げ、中には白旗を掲げる者もいた。

 ああ、降参ということか。

 

「なるほど、降参か。必死の抗戦を望むよりは、といったとこ――」

 

「殺す」

 

「待て待て待て!シェール殿!ストップ!ステイ!」

 

 彼らを目にした途端に敵意を剥き出しにし始めた管理人に、アイアンはどうにか止めようとする。

 ……しかし、管理人の殺意は一向に収まらない。

 

「”や、やめろ。殺さないでくれ!僕は金で雇われただけだ!”」

 

「雇われとか、そんなの関係ないのよ!”死になさい!”」

 

「止してくれ!」

 

「離して!貴方ごと燃やすわよ!」

 

「無機物が燃えるものか!」

 

 こ、混沌だ……。って、さっき管理人何て言った?

 聞き取れなかったが、外国語か?

 

「管理人って、英語話せるのか?」

 

 ――未だ暴れる彼女に向けた問いは、目の前で怯えている敵にしか聞こえなかった。

 

 

 

 

 その後、結局管理人が力負けして、怒りは収まった。

 アイアンは大人しくなった敵を拘束し、一足先に街へ戻ると言い残して、敵と一緒に去っていった。その後も、管理人はずっと立ち尽くしていた。

 迷いの末、僕は管理人の様子を見ることにした。

 

 そんなわけで暫く様子を見ていたが……気のせいだろうか、管理人から感じられるピリピリとしたオーラが、僕の背筋を撫でて震え上がらせる。

 チラっと管理人の顔を覗くと、凄まじい形相で見つめ返されるから、僕は思わずビクりとしてしまう。かろうじて目線を外さなかったのは奇跡と言えよう。

 

「あー……その、だな?」

 

「……何よ」

 

「家、というか宿屋が壊されたのは、残念だったよな。僕の部屋も、多分潰れてるんだろ?」

 

「そうね。運が良ければ塵が残ってるでしょうけど」

 

 それはもう何も残っていないと言い換えられないだろうか。

 心の中だけで反論すると、管理人はこれ見よがしに大きく溜息を付いた。

 

 怒りは収まっていないが、落ち着いてはいるらしい。それでも恐ろしいオーラが未だに溢れているんだが。

 

「……なんでおこってるの?」

 

「ん、誰?この声は」

 

「ネイビーか」

 

 戦闘が終わったからか、怯える様子もなく、しかも大胆にも管理人の方へ飛んでいった。

 管理人が不思議そうにそれを見つめていると、ネイビーが放つ光がフードの中を照らした。

 

「そういえば、転職するって言ってたわよね。もしかしてこれって」

 

「精霊使いになる時に契約……と言えるのかな、アレは。とにかく、この子がネイビー。水属性の精霊だ」

 

「ねー、なんでおこってるの?」

 

「……私、騒がしい子供は苦手なのだけど」

 

 まあ、子供扱いもわからないではない。

 この精霊と会話していると、まるで幼稚園児の弟を持った気分になる。いや、末っ子だから分からないが。

 

「ちょ、ちょっと、引っ付かないで」

 

「へんなおねーさん」

 

 しかし、なんというか。精霊を前にして、怒りはめっきりと収まった気がする。

 代わりに、うっとおしいと言いながら精霊から距離をとったり詰められたりしている。

 

「……」

 

「……!」

 

 と思ったら恨むように睨まれた。さっさと引き剥がせというメッセージだろう。怖い。

 

「え、えっと……。ネイビー、こっちおいで」

 

 そう言うと、ネイビーがこっちの胸元まで浮かんでくる。

 それを受け止めると、開放された管理人が溜息を付く。

 

「はあ……何やってるんだろ。もう帰りましょう」

 

「そ、そだね」

 

 毒気を抜かれたといった感じで、王都の方へトボトボと歩いていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「”おい”」

 

「”クソッ、誰だ!……お前は、まさか?!”」

 

「”ほう、お前も知ってたか。そうさ、賞金狩りの……”」

 

「”『エイトリボルバー』……!”」

 

「”……本当、イカした二つ名だよな。最初に考えた奴の顔を拝みたいもんだ。いや、そしたら墓地を掘り返して探さなきゃならないな”」

 

「”フザケやがって!”」

 

 追われていた男が、ホルスターから銃を引き、そのまま相手に向けて撃とうとする。

 

「”おっと(Oops)!”」

 

 エイトリボルバーと呼ばれた賞金狩りの男は、体を捻って射線から躱し、直後に相手が持つ銃を手で弾いた。

 

「……!」

 

 その隙に賞金狩りの男が、腰のホルスターから銃を取り、即座に撃った。弾丸は敵の膝の関節を砕いた。

 

「”……特技を披露するまでもなかったな?”」

 

「”クソッ……!”」

 

 追われていた男は膝をついて、抵抗する素振りを一切見せなくなった。

 たった今手放された銃が、戦意を失った事の表れだ。

 

「”さて、日本じゃ、カイシャクする前にジセイの一句を詠ませるらしいな?”」

 

「”チッ……。こっちに『エイトリボルバー』が来ていたのが、運の尽きだったのかもな”」

 

「”そうか”」

 

 すると、一発の銃声が鳴り、その後に人が倒れる音が続く。

 男は死体を一瞥した後、硝煙を吐く銃口に息を吹きかけてから銃を仕舞った。

 

「”さて、残党はこれで全部……だと良いがな。そろそろ帰るとするか。朝までに帰らないと、お姫様のご機嫌が悪くなってしまう”」

 

 もう喋ることのできない男に言い聞かせるように、彼は月を見上げながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

『敵勢力の捕虜獲得により、新たな情報を入手しました(情報レベル+40)』

 

『情報レベル:100

 お、俺の雇い主の情報なら幾らでも話す!だから死刑だけはよしてくれ!こ、鉱山送り?ああ、そっちの方がマシだ……。

 ああ、雇い主か?パープ魔導国とやらを自称したギャングだよ。話を持ちかけられる前は存在すら疑わしかったが、まさかマジの魔法使いがいるなんてな……。魔法でここに連れてこられるまで、夢でも見ているのかと思ってたさ。

 武器?この銃がそんなに珍しいか?こっちの”大陸”じゃオーソドックスな殺し道具だよ。……そっちの魔法も大概だろ。銃弾の代わりに火の玉が飛び交うとか、下手なジョークより笑えるぜ。~捕虜の傭兵~』




”「ウチのキャラクターと俺の」・「~~~」”の組み合わせだが、今回のに関しては明らかに前後の流れが繋がってないなと我思ふ


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32-ウチのキャラクターと俺の復興活動

 通常のゲームでは、大抵のオブジェクトは壊れないか、壊れたとしても一定のタイミングで必ず復活する。

 破壊される前提で作られたオブジェクトであれば、それは例外だが……。

 

 このゲーム、VRゲームについては、少し事情が変わってくる。

 

 歴史的な技術革新により著しく発達したコンピューターは、小さな人工世界を構築するには十分な処理能力を持っていた。

 流石に、細胞一つ一つの活動まで再現されているわけではないが……。

 

 

 で、つまり何が言いたいのかと言うと――。

 

「……一日で出来上がったとは思えない程酷い有様だな」

 

 という事である。

 

 建物の上から眺める街は、まるで荒廃しきった廃墟のような様子だった。とはいえ、遠くにいくらか人影が忙しそうに動き回っているのが見えるが。

 全ての傷跡は、争いによって実際に刻まれたものなのだろう。幸運にも被害を逃れたという所も、無いわけではなかった。

 

 だとしても、これでは……、

 

「死人も大量だったろうね」

 

「命、物、財産。損害は計り知れないな」

 

 ゲームだとは言え、攻撃によって命を落とした人間もいると思うと、なんとも言えない気分になる。

 プレイヤーであれば復活するが、NPCはどうだろうか。重要キャラクターであれば、なんらかの対処が行われそうなものだが。

 

 ぼんやりと思考しながら横を見ると、ケイもその様子を無表情で見つめていた。

 

 

 あの戦争から逃れた先の街で一泊した後に戻ってきたのだが、一晩でここまでの損害を被るとは……。争いとは恐ろしいものだと、つくづく思う。

 

 復興するまで別の街で過ごしていたほうが良いのではないか、とさえ思う。

 

「木材が運ばれてるね」

 

 建築に使うのだろう。大量の丸太が運び込まれている。

 

「……俺達も、なんかやるか?」

 

「そうだね。戦う力があったのに逃げたんだから、せめて手伝いぐらいはね」

 

「驚いた。ケイにも配慮するっていう発想があるんだな」

 

 と笑って言ってやると、ケイに鼻っ面を指で弾かれた。地味に強い。

 

「痛い」

 

「驚いた。人形にも痛覚があるだなんて」

 

「ぬう」

 

 ごもっともな反論を受け、不満気にうなった。

 いや、VR故に痛覚はないが、単に気分の問題である。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「あ、ケっちゃーん!」

 

「おー、レイナ。昨日ぶり」

 

 小さな魔法使いこと、レイナが俺たちの姿を見つけ、駆けつけてきた。そして、イエーイと両の手でハイタッチ。

 ……また一層と友情度が向上していないか?

 

 まあ、仲がいいのは良いことか。

 

 周囲を見ると、一部損壊して記憶と一部一致しないが、ここは俺たちが泊まっていた年樹九尾の場所だった。

 レイナはここで復興の手伝いをしていたんだろうか。

 

「レイナは作業を手伝ってるの?」

 

「はい、えぐれた地面を魔法で埋めたりしてました。この辺りは大体終わったので、休憩中です」

 

「そっか、お疲れ様」

 

「はいっ!」

 

 ……俺も何か手伝えることがないだろうか。と思って、年樹九尾の全体を見渡す。

 二階部分はほとんどが崩れ、壁際が辛うじて残っているように見える。

 一階は比較的マシ、と言えるだろう。二階部分の残骸で埋もれてはいるが、それらを撤去して屋根を乗せれば、十分建物の役割は果たせる。といった感じだ。

 

 まあ、外側から見ても大雑把にしかわからない。一度入って見ようか。

 

「ケイ、ちょっと中の様子を見てくる」

 

 それだけ伝え、瓦礫の中へ踏み込んだ。

 

 

 しかし、だいぶボロボロだ。

 外から見ていてもそう見えたが、内側からだとより一層酷い。

 足の踏み場がない上に、瓦礫の上に一歩を乗せた途端、床が小さく崩れることもザラだ。

 

 俺がいつも弁当を作っている所、調理室の中を覗いてみるが、そこは比較的マシだった。

 普通ならライフラインが途絶え、まともに使えないだろうが……。ここではガスや電気といったライフラインを使用しない、魔結晶が動力源の調理器具やらが残っている。通常通りに使えそうだ。

 

「冷蔵庫の中身は……だいぶ残ってるな」

 

 ふむ……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 という事で、簡易的ではあるが、弁当業を再開するにあたっていくつか食べ物を作った。

 手のこんだ弁当は作れないが、サンドイッチやおにぎりと言った簡易的な食べ物を揃えた。

 事前に仕入れもしていないから、大した数を作れなかったが……身近な人物に配って回る程度には十分な数だ。

 

「作業で疲労したものどもに餌付け……。ふふ、我ながら俺の優しさに感心してしまう」

 

 と、悪役っぽく笑ってみる。

 声はケイにしか聞こえない上、ここにはそのケイが居ない。完全な言論の自由である。

 

「おい、誰か居るのか?」

 

「うおおっ?」

 

 と思ったら、誰かが部屋に入ってきて、誰も居ないと思って油断していた俺は驚き、振り返る。

 

「……不審者?」

 

 なんて事を言うのだ。俺はマネキンな体を隠すためにローブで身を隠しているが、不審者ではない。

 第一声から失礼なことを言う人物は、何処か見覚えのある男……トーヤだった。 

 

「トーヤ?」

 

「火事場泥棒……ってわけではなさそうだな。何を作ってるんだ?」

 

 なにって、食べ物なのだが。

 ポケットに手を入れると、簡単な自己紹介が既に書かれた紙を取り出す。俺も学習しているのだ。

 その紙を見ろと言わんばかりに、机の上に置いた。

 

『氏名:ソウヤ 特徴:呪いで姿と声を奪われている 好きなもの:ハンバーグ』

 

「え、なにこれ……」

 

 引かれた。何故だ。

 理解を得るために、メモ帳に弁明を記す。

 

『名刺みたいな物 一々自分のことを説明するのがメンドウだと思った。』

 

「なんて個性的な……。ああそうだ、僕の名前だな。トーヤだ」

 

『よろしく』

 

 うむ。

 思えば、筋肉の無いマトモな男性は貴重である。ケイのためにも、良好な関係を築くとしよう。

 

 さて、食い物を作ったは良いが、入れ物がないな。皿に載せても良いが、それで歩き回るには向かない。

 何か、タッパーみたいな容器でもないだろうか。無いだろうな。

 

「おーい、ソウヤー。……あ、さっきの人。どーもー」

 

「ケイか」

 

 丁度いい、ケイの力を借りよう。

 

「戻ってこないから何事かと思ったけど、料理作ってたんだね」

 

『景気付けにと思って』

 

 それに、食材を腐らせてはいけないしな。

 ここの宿が完全に機能するまで待っていたら、たとえ冷蔵されていても腐敗すること間違いなしだ。

 

「へえ、いつも作ってるのと同じか」

 

「いつも?」

 

「弁当を売ってたんだ。無名の弁当屋だけどね」

 

 NPCかプレイヤーかは知らないが、数人の同業者がいるのは確認している。

 彼ら彼女らに比べれば、こっちの弁当などシロートの所業だ。

 

「……へえ」

 

 トーヤは食べ物や料理に興味があるのだろうか、おにぎりとサンドウィッチを睨んでいる。

 

 まあそれはそれとして。

 

『ケイ。いつも使ってた鞄は何処に?』

 

「あー、アレね。残骸と一緒に落ちてた」

 

 やっぱりか……。

 

「見た感じはまだ使えそうだったし、取ってくるよ」

 

「頼む」

 

 

 ……で、ケイが鞄を取りに行ってからも、トーヤは俺のおにぎりを見つめていた。

 

「……サンドイッチは手強いが、おにぎりなら僕でもなんとか勝てるか……?」

 

 一体彼は何の事を言っているのだろう。

 目玉の無い瞳で彼を見つめてみるが、真剣そうな表情から何かを読み取ることはできなかった。

 

 

「取ってきたよー。って何やってんの君?」

 

「ああ、戻ってきたか。トーヤの様子が変なんだが」

 

 特に時間も経たずにケイが戻ってきて、俺は内心安心する。

 トーヤの様子がおかしくなって、少し不安になっていたところだったのだ。

 

 具体的にどうおかしいかと言うと……。

 

「この玉子の茹で加減はこうか?なるほど、挟む順番は……」

 

 俺が作ったサンドイッチを分解して、何やら分析し始めていた。

 分解されているのは一個だけだし、他の物に手を出す様子もないから放って置いてるのだが。

 

「……」

 

「どうかしたか?」

 

「いや、面白いねこの人」

 

 ……分析に集中していなかったら、今の言葉を聞き取った途端に、この言葉の真意を追求しそうなものだ。

 

 

 まあいい。無事な物を容器に詰めて、ケイ特製の鞄に入れていく。トーヤの手によって分解されている物は諦めよう。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

『お疲れ様。量は少ないが、賄いだ』

 

 という訳で、まず最初に俺はレイナにワンセットを渡した。彼女なら2個セットで十分だろう。

 

「え、頂いちゃって良いんですか?」

 

 無論である。

 イベントの報酬目当ての者が居るとは言え、こういった労いの言葉、あるいはそれに代わる物は大事なものだ。

 給料目当てでやっている仕事でも、一仕事終えたら皆はお疲れ様と言葉を掛け合う。それと同じだ。

 

「残念ながら、飲み物はないけどね」

 

「いえ、残念じゃないですよ。これだけでもすごく有り難いです」

 

 それなら良かった。

 

 

「……それにしても、ソウヤさんって本当に料理が上手なんですね」

 

 上手……と言えるのだろうか?

 レイナの褒め言葉を真っ直ぐ受け取れず、俺はハテナを浮かべる。

 

 俺が料理を練習し始めたのはつい最近からだ。その経緯はVR装置を購入した時にまで遡る。

 

 今使用しているVR装置を購入する際の出費は、主に両親からだ。2人は善意の上で俺に贈呈したということだが、当の俺は無職だから、大変恐縮した。

 しかしそうなってしまっては皿までと、結局は俺の意思でこのゲーム、ヴァーチャル・ファンタジーを購入したのだ。

 

 その代りに、僅かでもお返しにと思い、母の負担を減らすためにも料理の練習を申し出たのだ。

 ……まあ、足を引っ張るからと言われて、お手伝い許可はまだまだ出ていないのだが。

 

 レイナが言う通り、自分でもだいぶ上手になったと思うのだが、それでも許可が出ないのを見るに、母は相当の修羅場を経験してきたのだろう。

 未だに出ない許可が、それを示している。

 

『母が教えてくれた』

 

 なんなら師匠と呼んでも良いのだけれど、やんわりと断られている。

 

「そうなんですか、私は学校の部活で習いましたよ!」

 

 学校……それは彼女の学生時代の話という事だろうか。あるいは現役、つまり自己進行形の話だろうか。

 野暮な事を思考する俺に気づかないレイナは、話を続ける。

 

「最初はナベが噴水みたいになったりしましたけど、2年生になってからはそういう失敗も無くなりましたし!」

 

 ……んん?

 ああ、いや、気のせいだな! ただ、女の子が無警戒に自分のことを語るのはネット的に不適切だろうと思って――

 

「先輩方も沢山教えてくれたので、こうして成長できたんですけどね。でも今年入ってきた部員の」

 

「アウトォォォォォッ!」

 

「ぴゃっ?!」

 

 ピーーッ!という効果音を乗せる勢いで、俺は大きな身振りで言葉を遮った。俺の大声を聞き取ったケイは驚いて後ずさる。

 いや、見た目というか、日頃の態度や振る舞いから垣間見える精神年齢で薄っすら気づいていたけれども!!

 

「現役ッ!女子ッ!校ッ!生ッ!がっ!」

 

 インターネットパブリックの目前でそういう事を言うんじゃありません!

 

「あ、えっと……突然踊りだして、どうしたんですか?」

 

 踊りじゃねえです!

 目の前の女子高生のネットリテラシーに嘆いているだけだ!

 

「ちょ、ちょ、何言ってるのソウヤ。ゲンエキジョシコウセイ?」

 

「ケイもお口チャック!呪い移すからな!」

 

「えー」

 

 くっ、周囲に怪しい人物は居ないな?!

 いや、奇妙な舞を踊っている俺が一番怪しい人物じゃないか!

 

「いや踊りじゃねえ!」

 

 チクショウ!遂には自らの思考にツッコミを入れてしまった……!

 

 

「え?……あ」

 

 奇妙な舞によって、衝撃のJK発言を行ったレイナに代わって注目を集めている俺だが、それを不思議そうに見るレイナは、自らの失言に気づく。

 

「あー、えーっと……。ケっちゃんは優しいですし、その友達のソウヤさんも優しいですからセーフですっ!」

 

 レイナー。

 

 とでも言うと思ったのか?!

 言っても聞こえないだろうけども!

 

「えー?優しいだなんて、言い過ぎだって」

 

「そうですか?ケっちゃんは本当に優しいと思うんですけど」

 

「いや、私じゃなくてソウヤが」

 

「へっ?」

 

 ナチュラルで遠回しな悪口ッ?!

 

「……」

 

「で、そろそろ落ち着いてくれないかな?変人が視線を集めるものだから、私達も落ち着かなくなってきた」

 

 予想外の精神攻撃によって硬直していると、その攻撃を行った人間から精神クールダウンを呼びかけられた。

 言われて見ると、あちこちから興味の視線が送られている。その対象は俺だけでなく、ケイとレイナも含まれている。

 確かに、慌てすぎたかもしれない。俺は気を取り直そうと、ゆっくりとした呼吸を意識した。

 

 ……年下を前に、みっともない事をしてしまった。

 

 

「そ、そうだ!さっき管理人さんを見かけましたよ!」

 

 慌てるような話題転換に、これには乗るべきかと顔を合わせる。

 レイナが向こうの方を見て、方向を示していた。比較的損傷の少ない管理人の部屋である。

 

「個室は無事ですけど。建物が崩れたのがショックだったんだと思います。落ち込んだ様子で入っていきました」

 

「……そっか」

 

 カーテンが閉められているが、光が漏れ出ているし、確かに中に人がいるようだ。

 

 彼女が復興作業に加わっている様子が全く想像できないが、彼女にのみ賄いを配らずにいるのも変だ。と俺は納得の言い訳を自分に言い聞かせ、俺の奇行により集まった視線を避けるように向かう。

 その辺りの瓦礫はある程度退けられていて、楽にたどり着くことができた。

 

 賄いの渡し方だが、何時ものような方法は取れない。いつも食事を置いているカウンターが使い物にならないからだ。

 箱を地面に置くのもどうだ、とあーだこーだ扉の前で悩んでいると……。

 

「……あ」

 

 扉が開いた。

 俺が近づいてくる気配でも感じ取ったのか、管理人が自ずと開けてくれたらしい。

 思わぬパターンに驚きつつも、賄いをお裾分けする意思を伝えようと、メモ紙に言葉を記そうとする。

 

「……一日ぶりね」

 

 その通りである。

 こっちが戦争であたふたしている間、俺達は向こうで平和なひとときを過ごしていたのだ。胸のざわつきは収まらなかったが。

 再三言うようであるが、この賄いはその分の返上である。

 

『良かったら、小腹の足しにでも。イベントから逃げるような事をして、申し訳無い』

 

「ええ、気にしてないわ。それに、知り合いのギルドの建築士が、私の宿屋を立て直してくれるらしいわ」

 

『それは嬉しい』

 

「でしょう。私も……いや、むしろ愉快な気分よ」

 

 愉快、とは一体どういう意味だろうか。

 

「とにかく2つ貰うわ。ありがとうね」

 

 ……まあ、そういうことならむしろ良いことか、と思い、感謝の言葉に身振りで返事する。

 

「再建までは待って頂戴ね。じゃあ」

 

『了解』

 

「……さっきの踊り、愉快で気が紛れたわ。ありがと」

 

「はい?」

 

 ……はい?

 

 

 




これでこの章は終わり
次、幕間

しかし、ふざけすぎたかな。ソウヤの言動。


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幕間-俺の声

 ヘルメットの形状をした、VR空間に意識を運ぶ装置。

 俺はそれを、じっと見つめていた。

 

「……」

 

 何故これ程にVR装置に注目しているのか。

 以前からずっとあった疑念を、今改めて思考しているからである。

 

 向こうの世界では、何故かケイが居る。

 姿格好のデータは、キャラクリエイトの時点で俺が作成していた。しかし、他の情報は何処からやって来た?

 

 例えば、ヴァーチャルファンタジーに存在しない転移魔法。アレはケイが独自の研究によって生み出された魔法で、ゲーム内には存在しないはずだ。

 

 性格に関しても、『ケイの旅路』で描写されている方のケイと殆ど似ている。

 偶然の一致か、あるいはあの物語に関わる何かから引き出されたか。

 

 

 ……ここまで考えて、そしてもう一つの可能性に目を向ける。

 

『ケイはデータ的な存在ではなく、本当に別世界から転移して来た』

 

 なんて、馬鹿げた可能性だ。別世界なんて、存在するわけが無い。

 もし別世界が存在すると言うならば、人の手によって作られた仮想空間がそれだ。

 

「……」

 

 気を取り直そう。

 まず、あのVR装置の仕組みについて調べよう。

 

 スマホからインターネットにアクセスして、検索をかけ、あらゆるページに飛んで情報を探る。

 調べる前からすでに備わっている知識もあるが、それでは調べ事の役に立てることは出来ない。

 

 VR装置はヘルメットの形状をしているが、それは脳を包む為だ。

 ヘルメットが脳の信号を読み取り、仮想空間でのキャラクターを動かす。

 逆にヘルメットが脳に信号を送り、仮想空間から得られた情報を知覚させる。

 そんな役割を、この装置は担っている。

 

 しかしこの情報があっても、「だから何だ」止まりになってしまう。もう少し詳しく……。

 

 

「……!」

 

 しばらくして、俺が求めているような情報が載ったページを見つけた。

 専門的な知識が自前に備わっていないと、理解が難しいかもしれないが……。とにかく読まなければ始まらない。

 俺は、文章と図が並ぶページを、ゆっくりと読んでいった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「~~」

 

 頭が痛い。

 なんて事だ、あまりの情報量に、俺は大半を理解できなかった。

 

 やはり大学を途中で降りたのがいけないのか、記憶喪失とその障害が数年続いたからと言って、卒業を諦めたのがいけなかったのか。

 

 むう……。

 

 ただ、情報は多少得られた。

 VR空間に意識がある間、現実の体が動かないようにアレやコレや対策している事と、障害者のリハビリ利用に効果的である理由。

 この2つはある程度理解した。逆に言えば他の事はサッパリだ。

 

 けれど……うむ、なんというか……。「だからなんだ」としか言いようがない。

 得られた情報に、ケイに関わる何かが含まれているとは全く思えない。

 

 俺は自身の頭の悪さに嘆いて、天を仰いだ。いや、天井を仰いでいる。

 

 

 そう言えば、と、このリハビリ利用に関しての情報を思い出す。これに関しては、俺も同じ事をやっていると言えないだろうか。

 足をうまく動かせない人間を、まず仮想空間に放り込んで、仮の身体で運動させるという一例を、ここでは挙げていた。

 それを繰り返す事で、現実の足も自由に動かせるようになる、と。

 

 ……もしかしたら、俺もゲーム内で沢山会話をすれば、何時かは現実でも喋れるようになれるのでは?

 と思って、「それは確かに」と自身の発想に頷く。

 

 しかし、数秒でそれは難易度が高い事に気付く。

 俺は確かに喋れるが、その声が伝わるのはケイだけである。

 

 ……誰もいない所で沢山独り言を喋る、という手もあるが、その手を進んでやる程精神は図太くない。

 そりゃたまに独り言を言うが、喋ろうと思って喋るものではない。

 

 はぁ、と声にならない息を吐く。

 そもそも医者からは、記憶が無いのと、声が出せないのは、同じ原因から起きている症状だと言われている。

 

 その原因とは、心的外傷……長ったらしい。

 簡潔に言えば、「トラウマ」。それが記憶と声を失った原因である。

 

 トラウマによって記憶を閉じ込め、それでも尚続くストレスによって声が出なくなる。と言うのが、医師の意見だ。

 

 

 普通に考えて、頭を強く打ったのが記憶喪失の原因だと、俺は思うのだがな。




トラウマを抱えた主人公、ここに参上。
さて、次回はまた別の章となります。こーごきたい。


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第6章 ドラゴン's クエスト
33-ウチのキャラクターと俺の料理依頼


新章「ドラゴン's クエスト」。

始まります。


「もー我慢ならん!」

 

 事の始まりは、ケイが弁当売りから帰ってきてからの事だ。

 すっかり元通りになった年樹九尾の玄関をバタンと開け、入ってきたケイが文句を垂らしていた。

 

 椅子に座ってケイを待っていた俺は、彼女の帰ってきてからの第一声に反応した。

 

「どうしたんだ、ケイ?」

 

「あの! 変な! カウボーイ野郎!」

 

「ああ、前にレイナが話していたな」

 

「一昨日も昨日も今日も口説かれた! 全部断ってるのに!」

 

 客観的に考えても、それは流石にしつこいかもしれないな。

 優しいことで評判の仏さんでさえ、3度までしか許してくれないのだ。ケイが怒りを表すのも無理は無い。

 

 納得の表情をしつつケイの愚痴を聞き流していると、上の階から誰かが下りてきた。

 最近宿屋に戻ってきたトーヤだ。

 

「おい、上までお前の声が聞こえてる。今度は一体どうしたんだ?」

 

 ”今度は”という言葉に他意を感じるが、怒り心頭のケイはそれに気づかず、その怒りの理由を話し始めた。

 

 復興がある程度済んで、仕入れも安定し始めた頃から本格的に再開した弁当販売業。

 実際に弁当を客に売りに行くのはケイなのだが、営業中にやってくる客の一人、通称『カウボーイ野郎』が、ケイを弁当もろともお持ち帰りしようとしているらしい。

 

「ヤツ、そんな事をしてたのか……」

 

「なんだって?!」

 

「いや……。それって、一昨日から三日間続いてるのか?」

 

「一昨日どころじゃなくて、商売始めてからずっと!」

 

「うわあ……」

 

 トーヤでさえも、その事実には声を上げて引いていた。

 

「明日、明日こそは諦めさせてやるんだから……。そうだ!」

 

「うん?」

 

「ソウヤ。明日、私に付き合いなさい!」

 

「え?」

 

 俺が?

 

「今度こそ諦めさせてやるからね……クッハハ!」

 

 というか、キャラ崩壊してないかケイ。大丈夫か。

 

「……まあ、朝は暇だし、丁度いいかな」

 

「あー、そのだな。……頑張れ、ソウヤさん」

 

「お、おお」

 

 トーヤから憐れみの目を向けられたのは、少し納得行かないが。

 

 

 

 

 この世界は、ゲームである。

 

 俺はこの世界の非現実的な部分を、多くは知らない。

 魔法の存在とかではなく、システムの介在だとか、そういった部分だ。

 

 例えば、倒したモンスターは光の粉が散る様に消えていくが、その下にドロップ品が何かしら落ちている。

 これが、俺の言う非現実的な部分である。

 

 この世界はゲームだ。

 だというのに、この世界は限りなく現実に近い。

 人工的、つまり「人の手」で作られたと感じさせる事が無いのだ。

 

 つまり何を言いたいのか。

 

「見れば見るほど、新築だらけだな」

 

 絶対運営のテコ入れがあっただろう。

 

「……」

 

 何をどうしたら数日でここまで復興するのかといえば、神の手という名の運営の仕業としか言いようがない。

 まあゲームだし、被災地体験なんてするものじゃないから、その処置は正解なのだろう。

 

「工事現場も少なくなってきたし、弁当を必要とする人も少なくなったか?」

 

 ケイが機嫌を悪そうにしている様子を横目に、呑気なことを言ってみる。

 

 あの『ふしぎなおどり』の日以降、体力を重視する者をターゲットにデザインした弁当をあちこちへ売りに行っている。

 対象は勿論、街を元通りにしようと働いている人達だ。

 

「そういえば、これは出番だと言わんばかりにドワーフが他所から来てるって、誰かが言っていたな」

 

 ドワーフと言えば、低身長で筋肉質な種族……ではなく、この世界においては少し違う。ちょっと全体的に身長が低く手先が器用なだけで、見た目は少年少女とさして変わらない。

 よくある髭を伸ばしきったドワーフ、なんてのは滅多に見ない。あっても老人ぐらいで、若者なら無精髭がちょっと、って程度だ。

 

 要するに、一見しても人間の小柄な若者と見分けがつかないのだ。

 

「ケイは、人間の子供とドワーフの見分けがつくか?」

 

 ケイが居た世界、つまり過去の俺が書いた世界の方では、ドワーフとは低身長で筋肉質な見た目をしている。髭も多く、プライドも割増と言った感じだ。

 確かに、文面で見ただけでも、この2つの間には大きな違いがあると分かる。

 

 しかし、ケイは一向に俺の問に答えてくれない。代わりに鋭い眼差しで睨まれる。

 

「真面目に見張ってて!」

 

 怒られた。

 ちょっと機嫌を取ろうと思っただけなのに。

 

 

「現場だ。……よし、じゃあ売り込み行ってくる」

 

「おう、ちゃんと見といてやる」

 

「……頼んだよ」

 

 復興を始めたばかりの頃よりも、ターゲットの目印である作業現場が減少している。こうしている間にも少しずつ王都の姿は元通りになっていっている。

 

 さて、ケイが弁当を売りに行っている間、俺は彼女の様子が見える範囲で時間を潰していよう。

 俺はこんな姿だから……具体的に言えば、目も鼻も口も無い、凹凸と輪郭だけがあるような顔の”マネキン”だ。

 ローブでこの体を隠してはいるが、こんな怪しい見た目では商売に適さない。

 

 ……が、俺はこうしてケイの弁当売り歩きに付き合っている。商売としては足手まといなので、今だけは別行動しているけれど。

 

「……問題ないように見えるんだがな」

 

 こうして見ていても、ケイに必要以上に絡む人は居ない。お世辞やら商売文句やらを掛け合うばかりで、必要以上の言葉を交わす人は居ない。

 

「西部劇、ウェスタンな風貌な男ねえ」

 

 ケイが要警戒対象として挙げた人物の大まかな特徴、それがこれだ。

 ウェスタンとは、この世界には見合わない言葉だ。この世界の時代背景と、西部開拓時代は一致していないはずだが。

 

 もしかしたらプレイヤーなのかもな……。

 としたら、あり得るかもしれない。

 

 

 にしても、暇だ。ケイの方はあんまり上手く行ってない御様子。と言っても悪い雰囲気ではない。大方、彼らにはすでに昼食の予定を決めているのだろう。

 ケイの周囲を見張る必要性が感じられなくなった俺は、ぽつぽつと流れる通行人を眺めて考え事をする。復興が終わった後は、どの様な弁当を売りに出そうかと……。

 

「……」

 

 すると、この場を通行する一般人と目が合った。特徴的な容姿の男だった。

 どっかの映画で見るような、つばの両脇が反り上がった帽子。よく分からないクルクルの付いた靴。

 

「……あ」

 

 俺は数秒もせずに気づいた。この人物、何処からどう見ても要注意人物だ。

 しかしケイの姿に気付いている様子もない。しばらく様子見しているべきか?

 

 

 下手に行動すれば注目を集めそうだと、対処に困っていたら、遂にケイが戻ってきてしまった。

 

「今回は駄目だった。近くの定食屋で食べるんだって……あ」

 

 なんと間の悪い事か。ケイがやってきて、要注意人物の男はその姿に気付いた。

 当然、彼女は隠れようするが……、

 

「お、君は弁当売りの少女じゃあないか!いやあ奇遇だ!」

 

「いーや絶対奇遇じゃない!」

 

 哀れ。ケイは見つかってしまった。

 武力行使をとれば余裕で退避できるだろうが、その気の無い彼女は俺を盾にするように回り込んだ。

 

「なにゆえ俺を盾に」

 

「何度誘われても行かないからね?!」

 

「聞けよ」

 

「そんな!俺はただ、家族のことを想っての提案を……」

 

「誰が家族だ!」

 

「聞けよ」

 

 ……はあ。聞く耳持たぬか。いや、この場合は聞ける声を持たぬか。諦めて傍観に徹することにする。

 武力行使の気配が無いにしろ、敵意丸出しのケイは中々に恐ろしい。けどこんな様子の彼女は滅多に見ない。レアだ。

 

「せめて、何時もの様に弁当を売ってくれないだろうか!」

 

 相手がそう言うと、ケイは返事する前にワンテンポ置いて、口を開く。

 

「……それで帰ってくれるのなら」

 

 とだけ言い放ち、ケイが弁当の入った鞄を俺に押し付ける。

 いきなりどうした。

 

「ソウヤ、今日は身代わりになって」

 

「何時にも増して真面目だなケイ」

 

 まあ、そこまで言うなら受けるけどさ。

 弁当とお金で取引するだけだし。

 

 俺は男と向き合い、顔を見る。身長は彼の方が高い。いかにも外国人らしい体格だ。

 男は俺とケイの方を見比べながら、彼が俺に疑問を投げかける。

 

「君は……彼女の友人かい?」

 

 俺は頷く。

 

「そうか。もし良ければ君にも説得を手伝ってほしいのだが……」

 

 なんだ、弁当は要らないのか。鞄の中から取り出しかけた弁当を戻す。

 面白そうだけど、頼み事をされたからにはケイ優先だ。首を横に振った。

 

「やはり、君は彼女の味方なのか……。もしかして、彼女への頼み事について聞いていないのかい?」

 

 それは聞いていない。不審者が厄介だからと、俺に手伝ってほしいと頼まれただけだ。

 俺は肯定の意で首を縦に振るが、それを見た相手は考えるように手を顎に当てた。

 

「なら、君にも説明しよう、俺の頼み事を。誤解が解けると願いながらね」

 

 そう前置きして、ウェスタンな男は話し始めた。

 

 

 どうやら、彼は一人の少女を養っているらしい。

 少女はいつも部屋に籠もっており、外食に連れて行こうとしても頑なに断る。

 代わりに、本来冒険者向けに売られている弁当を日々買い、少女に与えているのだと。

 

 で、ある日、俺が作った弁当を少女が食べたのだが、それがたいそう気に入ったらしく……。

 是非、少女のためだけに料理を作って欲しいと頼み込んだ。

 ……とのこと。

 

 

 なるほど、事態の全容が明らかになった。

 

「というか、子育てに苦労しているただのパパにしか見えないんだが」

 

「私を連れ込む嘘だったらどうするの?」

 

 で、ケイはその話を嘘だと決め込んでいると。

 

「そもそも、連れ込んでも料理なんて出来ないしな」

 

「そう! 私料理できないって言ったよ」

 

「そんな遠慮しなくて良いのさ、お嬢さん! メアリーが気に入るほどの弁当を作れるのだから!」

 

 ああ、なるほど。誤解をしていたのか。

 この弁当の作者は俺で、ケイはそれを売って回っているだけだ。確かに、一見するとケイが弁当を作ったように見えるかもしれないが……。

 

「とりあえず、誤解を解いてくれ。調理者は俺だ」

 

「ああ……うん、わかった。ズバっと言ってやる」

 

 言い放ちながら一歩前に進むケイの為に、道をゆずるように横へ退けた。

 ヒュー。ケイさんカッコいいよ。

 

「この弁当を作ってるのは私じゃなくて、コイツ」

 

 誤解もすぐに解ける素晴らしい説明だが、コイツ言うな。

 

「ああ、そうだったのか!これは恥ずかしい事をした!お嬢さんに出来ない頼みごとをするなんて……!」

 

「そう、私じゃ料理は作れないの」

 

「くう、なんて事だ……」

 

 誤解に気づいた男は、恥ずかしそうに顔に手を当てる。

 

「だから、連れてくならコイツにしてくれないかな?」

 

 だからコイツ言うな……って、はい?

 

「そうだな。今まで無理乞いをして悪かった。改めて、ソウヤくん」

 

 男が改まった様子で俺に向き直る。陽気な様子ではあるが、礼儀正しいのだろう。

 俺が戸惑っているうちに、彼は真摯な態度で頼み事を口にする。

 

「どうか、メアリーの為に、飯を作ってくれないか?」

 

「……」

 

 つまり、俺がメアリーとやらに料理しろと?

 いや、別にいいんだが……。

 

「にしし」

 

「……」

 

 後ろからの俺を嗤う声にも気づきながらも、気にせず思考する。

 確かに、彼の話を聞いて助けたい気持ちはあるが……。

 

 

『承りました。まず、詳しい話を聞かせてほしい』

 

 本来なら赤の他人の頼み事など、依頼処を介して、依頼という形で受託するものなんだがな……。

 随分と、俺達は彼から信頼されているようだった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 アイザック。

 ケイにしつこく迫った男の名前だ。彼は1人の人間を……厳密に言えば種族は違うとのことだが、少女を養っている。

 しかし料理を一切作れない彼は、その分を補う為に俺の弁当を買っていった。

 

 メアリー。

 アイザックが養っている少女の名前だ。種族はドラゴーナ……なのだが、その種族に見合わず大人しい性格だと聞いている。

 実の両親はおらず、代わりにアイザックが保護者として彼女と共に過ごしている。好んで部屋に引きこもる為、力もやや弱い。

 

『一軒家に? それか宿屋?』

 

「一軒家に住んでいる。ボロ屋だけどね……」

 

 何時ものように俺のコミュニケーション手段に少しばかり驚かれつつ、質問をいくつか行った。

 別に大した内容ではない。そこはどんな家庭なのかを知るための問いだった。

 

 ケイの警戒心も幾らか薄れたようで、俺の横で問答を静かに聞いていた。

 

「……そういえば、いつも弁当を二人分買ってたけど、それって単に大食いってわけじゃなくて」

 

「君が考えている通り、彼女のランチとディナーの分さ」

 

 どこか申し訳無さそうな表情で、告白する。

 この世界にはコンビニという都合の良いものはない。お持ち帰りの出来る食事といえば、生の食材か軽食、保存食……そして、俺たちが売っている弁当だ。

 軽食だけで腹を満たすというのも、体に良いとは言えない。そうすると残る選択肢は弁当のみである。

 

 現実でも居そうな家族だな、と、俺は遠い目で見る。

 仕方ない。絵に描いたような不器用な父子家族を実際に目にした俺は、自身の判断を文字にする。

 

『調理はアイザックの家で行おうと思う。キッチンはあるか? 冷蔵庫、コンロ、シンクは? この前の戦争による被害は?』

 

「幸い、家は戦火から免れたが……。ただ、フライパンやナイフといった調理器具は用意していないんだ……。キッチンはあるのだけどね」

 

 と言うと、道具も用意しないといかなさそうだ。宿屋のものを持ち出す訳にはいかない。

 

『食材は?』

 

「……それも無い」

 

『必要な物を揃えつつ向かう。二人共、手伝ってほしい』

 

 幸い、お金は揃っている。俺が何時も使っている調理室に備わった道具は使えないが、これで最低限の調理器具と食材は用意できる。

 フライパン、包丁は勿論……ナベも要るだろうな。

 

「え、私も手伝うの?」

 

「当たり前だ」

 

 袋を用意できたとして、おそらく1人で持てる量じゃないだろう。

 しかしケイが居れば、四次元ポケットが使用できる。

 

「行くぞ」

 

 やると決めたならば、徹底的にやる。システム的にはクエストでも何でも無いが、これは俺が決めたのだ。

 

「まず調理器具。確か向こうの店にあった筈だ」

 

 一度街が吹き飛ばされたから、店が残っているかは定かではない。しかし復興も進んでいるし、営業は再開している筈だが……。

 

 

 

 

「よし、開いていたか」

 

 嬉しいことに、その店……というより、工房と呼ぶべきだろうか。そこの営業はすでに再開されている。

 なんとも逞しいことだ。

 

 金属加工技術は鍛冶スキルに分類されるが、主に武具の製造に使われる。

 だが、日々の生活用品にも勿論扱われる。調べてみれば、鍛冶スキルの初期のレベル上げには、よく生活用品の生産が行われるとか。

 

 あまり目立たない所に建っている工房に立ち入り、すぐさま必要なものを品定めする。

 扉についていた鈴で客に気付いた店主が、こちらを見る。

 

「これと、これと……よし、あった! っと、家に食器はあったっけか?」

 

「……そういえば、家に食器はあるの?」

 

 っと、ついつい言葉でケイ以外の人物と会話しようとしてしまった。代弁してくれたケイに感謝する。

 

「すまない、それらも用意してないんだ、が……かさ張らないか……?」

 

 アイザックが戸惑うように言う。が、これぐらいは普通である。

 確かにナベとかはかさ張るが、これでも小さい方を選んでいるし、ケイが持っている鞄を使えばいい。

 

「よし、こんなものだな、会計頼む!」

 

「え、あ、了解?」

 

 選びだした物をケイに押し付け、そして俺の財布も渡す。俺の熱気に当てられたのか、言われたままに会計を行った。モチロン、アイザックには立て替えてもらう。

 商品はそのまま鞄に入れる。ケイの魔法によって細工が施された鞄は、それでも外から見える体積は変わらなかった。

 

 

「次、食材!」

 

 メニューは既に当たりをつけているが、決める前に一つ確認しないといけない事がある。

 

『メアリーの好物、嫌いなものは?』

 

「好物?……弁当のウィンナーを特に気に入っていたな。苦手な物は知らないが……」

 

 結構だ。今まで作ってきた弁当がメアリーの手に渡っていたという事であれば、その弁当で使っていた食材を中心に構成すれば、リスクは少ない。

 

 とりあえず、ソーセージ、あるいはウィンナーを用意するのは確定事項だ。

 しかし、食材となると数あるお店を回らなければいけない。肉、魚、野菜、調味料、と軽く挙げただけでも種類がある。調理器具のように一つの店というわけにはいかない。

 

 弁当作りで使っていたルートを使うとしよう。あそこなら必要な物は全て揃うはずだ。

 そう判断してその場所に移動してみてると、昼食前の時間だからか、主に女性で賑わっていた。

 

「……ソウヤって、何時もこんな場所で食材を仕入れてたの?」

 

「そういえば、ケイは知らなかったな」

 

 ケイの魔法のおかげで結構な量の食材を持ち運びできるから、頻度は少ないが、これでも仕入れは俺担当。この辺りの勝手は分かっている。

 だが、この時間帯で買い物をするのは初めてだな。新鮮だ。

 

「えーっと……お、アレだ」

 

 この往来の脇に見えるお店に、目当てのものを見つける。

 これから作る料理の食材、その一部が揃うだろう。 

 

「これが良さそうだ」

 

 野菜を選別し、良さそうなものを見つけて横のケイに持たせる。

 

「え、また私が?」

 

「君の力が必要なんだ」

 

「わあ、感動的な台詞。まあ分かったよ」

 

 ケイは諦めて文句を引っ込めて協力することにしたようだ。彼女が買い物の会計を済ませて、先ほどと同じ様に鞄に入れる。

 当然、鞄が膨らんだりする様子は見られない。ケイマジックさまさまだ。

 

「ありゃあ……あの鞄は一体どうなってるんだ?」

 

 残念ながら、関係者ではないアイザックには企業秘密である。

 

 

 そうして、順調に食材を揃えていく。最初から必要なものを決めているから、野菜を眺めながら献立を考えるような事もなかった。

 

「毎度あり、また買ってこいな!」

 

「なんで私が雑用を……」

 

「本来、俺は人と関わるのに向いてないんだ。本当はケイが適任なんだぞ?」

 

 だというのに、弁当の材料の仕入れはいつも俺がやっている。

 確かに、弁当のメニューを俺が決めている関係上、食材選びは俺が行う必要はあるが……。

 

「……むう」

 

 ほらそこ、頬を膨らませない。

 

「はは、二人は仲が良いんだね。片方しか喋ってないのに、まるでお互いが通じ合っているようだ」

 

「ほらソウヤ、言われてるよ」

 

 む、流石に怪しかったか。俺の声はケイ以外には聞こえないのだが、一々筆談というのもメンドウだ……。

 

 

 閑話休題。今は弁当商売の話ではなく、少女の為の料理作りの話である。

 調理道具、材料、全て必要な物は揃った。

 

『買い物に付き合わせて悪かった。家まで案内してくれ』

 

「謝る必要はないさ。メアリーの為に用意してくれたんだからね」

 

 準備完了。

 現地に道具や食材が無いというもんだから、大掛かりな準備になってしまった。

 

「こっちの方向だ」

 

 アイザックという、娘想いの変な男が、我が家へ歩き始めた。




最近投稿が加速しているが、多分近い内に減速やもしれない。やはは


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34-ウチのキャラクターと俺の家庭訪問

 アイザックの家で料理をつくるため、調理器具と食材を用意してその家までやってきた。

 その家は時前に聞いていたとおりのボロ家で、如何にも安物と言った風な建物だった。

 

 ケイは何処か居心地が悪そうに、対して俺は戦争の被害を免れたというのを実際に目にし、感心していた。

 アイザックは慣れたように玄関の鍵を開けると、そのまま扉を開けて入っていった。

 

「ただいま。メアリー」

 

「ザック、おかえ……っ!」

 

 奥の方から足音がバタバタと聞こえてきた。メアリーと呼ばれる少女は、結構なお父さん好きらしく、笑顔で迎えてきたが……、俺たちの姿を確認した途端に隠れてしまった。

 どうやら俺たちは、その無垢な笑顔を沈めてしまったらしい。

 

「ほら、ソウヤの身なりが怪しいから怯えちゃったじゃん」

 

 え、俺のせい?

 

「どうか気にしないでくれ。彼女は少し、人見知りなんだ。……ごめんな、メアリー。驚かせてしまったかい?」

 

「……」

 

 保護者であるアイザックが語りかけても、少女はご機嫌斜めだ。

 むう、どうしたものか。

 

「一番の不審者はソウヤなんだから、どっか隠れてれば?」

 

「辛辣だなケイ。だが、もう見られてるから意味が無いぞ」

 

 今更隠れたとしても、なにか後ろめたいことがあると見られて、やはり警戒されてしまうだろう。

 進むも地獄退くも地獄、と言うのは大げさだろうか。しかしそういった状況に近い。

 

「……どうしたことか」

 

 好き好んで小さい子を怖がらせる趣味は無いし、全うな声の言葉を持つアイザックとケイの2人には是非誤解を解いてもらいたい。

 そんな期待を寄せていると、アイザックがメアリーの方へ歩み寄り、目線を合わせるように屈んでからこちらに向き直った。

 

「紹介しよう。彼女たちは、いつも弁当を作ってくれている人だ」

 

「……タコを作ってる人?」

 

 メアリーが、控え目な声量でアイザックに問いかける。言うまでもなく、彼女はあのカウボーイに信頼を寄せていた。

 

「た、たこ?」

 

「あはは、確かにタコを作っているね。だけどアレは、タコさんウィンナーって言うんだ」

 

「タコさんウィンナー……」

 

 アイザックが笑いながらメアリーの頭を撫でる。

 何時俺がタコを作ったのだろうと焦ったが、なるほど。あんな風に切ったウィンナーを弁当に入れるのは、日本の主婦ぐらいだからな。名前を知らなくて当然だろう。

 

「女の子の方の名前は、ケイ。こっちの黒い方がソウヤだ」

 

「はじめまして。横のヘンな奴は、私みたいな女の子に力負けするような奴なんだよ。だから、怖がらなくて大丈夫」

 

「ケイは世間一般で言う女の子じゃないだろうが」

 

 ツッコミどころのあるケイの言葉に、俺は容赦なくツッコミをかけた。

 

「……弱いの?」

 

「うん。ヒョロヒョロで情けない男」

 

 他にも色々と反論したいのを抑えて、一部の事実だけを認める。なんたって、最近『器用』と『俊敏』のステータスが上がって、それでも殆どの値が「2」を上回らないのだから。

 ステータス上の数字で言えば、大体ケイの10分の1程の弱さである。数字で見えない能力も参照した場合、その差は幾らでも広がる。

 

 とにかく、俺の自己紹介である。

 俺は用意していた名刺モドキを渡そうと思ったが、思い立って新しく自己紹介の紙を書き始める。

 子供向けの自己紹介なら……これだ。

 

『なまえはソウヤ。からだは見せられないし、こえもでないけど、よろしくね』

 

 全てひらがな。どうだ、思いやりがあるだろう!と俺は自信満々にその紙を見せた。

 

「……ねえ、ザック。なんて書いてあるの?」

 

 俺の自信は崩れ落ちた。

 

「自己紹介が書いてあるんだ。名前はソウヤ。体を見せられないし、声も出ない。それと、『よろしくね』だってさ。……すまない。この子は文字が分からないんだ」

 

「そうだったの。いや、その若さならそう珍しくない事なんだから、謝る必要なんて無いよ」

 

 そ、そういう事だったのか……。

 文字が読めて当たり前という認識が日本人に限らずあるが、この世界ではその認識を改めなきゃいけないようだ。

 

 しかし、これでは直接話をすることが出来ない。他人を介した会話で我慢するしか無いだろう。

 これからコミュニケーションする上で難儀するだろうなと、遠い目で思う。そんな俺を何故か不思議そうに見ていたメアリーが、疑問を口にする。

 

「……声が、だせない?どうして?」

 

「それはね、呪いを掛けられたからだよ」

 

「のろ、い……?」

 

 俺の代わりにケイが答えると、メアリーは大きな目を丸くする。……なにか思うところがあるのだろうか。あるいはその単語を知らないのか。

 その単語を不思議そうに復唱しながら、少女は俺をじっと見つめていた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 家に入ると、日常的に困らない範囲でボロボロの内装が目に入った。築何年と言ったところだろうか。そこを歩くと、すぐにキッチンを見つけたから、とりあえず支度を始めることにした。

 アイザックから粗方キッチン設備の事を聞き出していたが、改めてチェックして、これから料理を作る上で問題ないことを確認する。

 

「……なんか、生活感が薄いね。この家」

 

 俺の後ろに位置する食卓に座っているケイが、そこから見える全体を眺めて言った。遠慮もなしに。

 同意はする。キッチンは簡単な掃除だけされていて、全く使われていない。冷蔵庫の中身は飲み物だったりが保管されているが……。

 

「食事は殆ど外食、そして持ち帰った物だからね……。因みにゴミは旅先の焚き火の燃料にしたりしている」

 

 意外と節制した生活を送っているのか、あるいは不健康な生活だと思うのか。どちらか迷うような話である。

 

「旅先?」

 

「主に討伐依頼をこなして、生活費を稼いでいる。賞金首にも目を付けているけど……人数も少ないし、巡り合わせでも悪いのか、滅多に見つからないのさ。……あんまり遠出が出来ないのもあるけどね」

 

 後ろから聞こえてくる会話を、ぼんやりと聞き流しながら鞄から道具を取り出す。ケイマジックにより四次元空間が封じ込まれている鞄は、明らかに鞄の容量を超えた量の調理器具を排出する。

 

「……わあっ! ね、ね、ザック。あの鞄すごい」

 

「ああ、アレかい? きっと、ケイお姉ちゃんの方が詳しいよ」

 

「え? ……えっと、おねーちゃん?」

 

「うん、なーに?」

 

 キッチンは全て機能するようだ。何処かの軍隊風に言えば、”オールグリーン”である。

 今度は鞄から食材を取り出し、調理に取り掛かろうとする。と、その前に手を洗わなければ。

 

 ……しかし、「お姉さん」ねえ。

 俺も冗談で「お姉さん」呼ばわりしてみようかと振り返るが、会話中のメアリーの姿が目に留まる。

 

 メアリーと言う洋風な名前には似合わない、真っ黒で長い髪。しかし白に近い薄い肌色が眩しく、紅一点という言葉を想起させる赤い瞳がケイを見つめている。

 ケイをからかうのを止めて、キッチンに向き直る。あの小さな少女の姿はどこか幻想的で、確かにメアリーという名前が似合っているような気がした。

 

「……えっと、鞄」

 

「あの鞄が気になるの? あれはね、いくら物を入れても膨らまないし、重くならない、魔法の鞄なの」

 

「そ、そうなんだ。すごい」

 

「えへへ、でしょ?」

 

 ケイの口調が何処か誇らしげだ。あの鞄の細工はケイが施したのだし、それを褒めればケイの鼻が伸びるというのも当然の道理か。

 こっちもこっちで、切っても涙が出ない玉ねぎに感動しつつ、まな板の上で包丁を扱う。

 

「すごいなメアリー! 質問、ちゃんと出来たじゃないか!」

 

「う、うん。出来た……」

 

 小さな成功をアイザックが祝っている。そこまで騒ぐものだろうかと傍目に見ていて思うが、しかし人見知りにとっては大きなことなんだろう。

 もはや親バカではないかと思えるほど、アイザックは嬉しそうに騒いでいた。

 

「カウボーイってのは、クールで格好いいって印象なったんだがなあ」

 

 調理を続行しつつ、ぼやく。

 人である以上、全てのカウボーイがクールであるとは限らないのだろう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ようし……」

 

 特に大きな特徴もない、トロトロのシチューが完成する。

 単品でも中々美味しいが、パンに付けて食べると美味しい一品である。

 

 その上、メアリーの分には特別な食材を付け足してある。

 

「という事で、お待たせ」

 

「おお?」

 

 人数分の皿を配り、ついでに魔法のシンクから水をコップに汲んでそれも配る。

 魔法で作られた水は、そのまま飲んでも美味しくて安全なのである。

 

「ありがとう」

 

 感謝の言葉は食事を堪能してからにしてほしい。と謙虚するように首を横に振る。

 とりあえず食べなさい。と言わんばかりに腕を組んでみる。

 

「じゃ、食べよっか。ソウヤの分は?」

 

 食卓に乗っているのは、ケイとアイザックとメアリー。3人分の食事だけだ。

 俺の分は作っていない。お代わりの分は残っているが。

 

「俺は誰にも食事中の口元を見せないと決めたんだ」

 

 と言って威張ると、ケイはしょうもない物を見る眼差しを俺に向けた。

 そんな目で見られても、見せない事には変わりないぞ。

 

「……ソウヤおにーちゃん、食べないの?」

 

「お、おにーちゃん?」

 

 兄呼ばわりされたことなんて全く無い俺は、その威力に打ち砕かれて若干悶える。

 そんな俺の様子に気づいたケイが鼻で笑った。

 

「はっ。なーに動揺してるの、ソウヤ?」

 

「う、うるさいな。というか、そもそも4人目の食器を用意してないから無理だ」

 

「……?」

 

「……ゴッホン」

 

 気を取り直して、取り敢えず言葉をメモにして机に置く。それが読めないメアリーは申し訳なさそうに俺を見る。

 それを見かねたケイが文章を読み上げる。

 

「『呪いのせいで、食事はできない』だって。よく言うよ」

 

「ケイ」

 

「まあそんな訳だから、気にしないであげてね」

 

「……わかった」

 

「ソウヤは、苦労してるんだね。それじゃあ、シチューをありがたく頂こうか」

 

 ……いや、別に普通に食べられるんだけどね。食事シーンをあまり人に見せたくないだけで、同じ食卓で食べるとなると隠しきれないだけだし。

 そうなるよう誘導したとは言え、勘違いなことを言うアイザックの同情を受け流し、少しだけ思考する。

 

 この2人に姿を晒して、問題ないだろうか、信頼できるだろうか。

 品定めするように見てみるが、一見問題ないように見える。

 姿を晒して問題のある人物という線引はちゃんとある。この事を無関係な人間に漏らすことがないか、という点だ。良識ある人間なら文句なしにOKだが……。

 

「あ、タコさん!」

 

 特別にと仕込んでいた食材が見つかったようだ。メアリーが楽しそうにシチューの中身をつつく。

 少なくとも、メアリーは問題無さそうだ。間違いなく。

 

 

「……なにやってんの?」

 

 しばらく見ていると、パンを手にとったケイが俺に声を掛ける。

 

「本当の姿を見せても問題無いか考えてる」

 

「そっか」

 

 ……。

 

「……そっか」

 

 ケイがこっちを見て、その口元が歪んだ。なにを考えているのか、まるで手に取るようにわかった。

 ケイが立ち上がる。歪んだ口元は、「悪いことをを考えています」とでも言っているように見えた。

 一応、分かりきったことを質問する。

 

「おい、何をするつもりだ?」

 

「正体晒せい!」

 

 やはりか!

 

「待て!」

 

 明らかに攻撃態勢なのを見てから一歩引き、そして手で止めるよう合図する。

 珍しく、ケイは言われたとおりに待ってくれた。

 

 時間は貰った。あとは落ち着いて論する

 

「……別に口で言えばいいだろう?」

 

 姿を見せることに賛成なら、俺だってその意見を取り入れるさ。

 

「食事を終えたら、その話をしよう」

 

 食事よりもケイと俺のドタバタに気を取られている2人を横目に、それだけ言っておいた。

 ケイが諦めて食事を始めると、2人は頭上にハテナを浮かばせつつも、食事を再開した。

 

「人前で無理やりめくるのが楽しいのに」

 

 ケイは黙って食べなさい。

 

 

 

 

「ごちそうさま」

 

「?」

 

 お代わりに対応する補給班として何度か料理をよそっていると、ケイが料理を食べ終えて食後の言葉を言った。

 それに反応して、メアリーが不思議そうにケイを見る。彼女は後少しで食べきるところのようだ。

 

「ねえ、ケイおねーちゃん」

 

「なーに?」

 

「ごちそうさまって、何?」

 

「……何なんだろ?」

 

 知らないんかい。

 とは言え、深く知らなくともなんとなく使っている人も多いし、変ではないが。

 

「日本人が食後に言う、感謝の言葉だよ。料理を作ってくれた人とか、野菜を育ててくれた人とかに、感謝を伝えるらしい」

 

「そうなんだ……」

 

 まるで自分は日本人じゃないと言うような言い方だと感じたが……、それはそうと、「ごちそうさま」を教わったメアリーが、料理と俺を比べるように交互に見ている。

 そして、思いついたように最後の一口を食べて、こっちを向き……、

 

「ごちそうさま!」

 

 と言った。無邪気か。あるいは純粋か。

 

「ろりこん」

 

 こっちは完全に不純である。というかその単語どっから仕入れてきた。

 

 

 そういう事がありながらも皆が完食し、食器を片付ける。

 ちゃんと洗剤やスポンジも用意した俺は、食器洗いも済ませてしまう。そしてこの食器群はこの家に進呈する予定である。

 アイザックは弁当屋の常連なのだから、これぐらいの融通は大したことじゃない。

 

「そういえばさ、ソウヤの中身、興味ある?」

 

 おっと、その話題を今出すか。というか言い方に悪意が無いだろうか。

 しかしメアリーは、その話題に反応して俺に目を向ける。

 

「ああ……そういえば、彼の姿はどんな風になっているんだい? いや、言えない物だったら何も言わなくても良いんだ」

 

「人形。真っ白のね」

 

「人形?」

 

「うん。ソウヤ、今見せちゃいなよ」

 

 強引な話の運びだが、ここで断るのも変だろうな。

 俺は食器を洗う手を止め、その手でフードを捲りあげる。

 

 皆を見ると、当然の事に全員が俺を注視していた。

 口も鼻もない顔は、驚くほど真っ白だ。それほど面白い顔でもないが、それでも珍しいはずだ。

 

「確かに……人形だね」

 

「人形でしょ?」

 

「……おにんぎょうさんだ」

 

 そうだろう。どう見ても人形だろう。真っ白な。

 

「確かに隠す訳だ。……因みに、何時からその呪いを受けていたのか質問しても?」

 

「最近、っていうのかな。十日ぐらい前……だったっけ?」

 

「それくらいになるな」

 

 目線をこっちに向けて確認されたから、頷いて肯定する。

 正確に言えば、もう少し日数は少ないはずだ。数えてはないが。

 

「そうか……原因はわかっているのか?」

 

 その質問には首を横に振る。

 原因は透けて見えるように判明しているが、教えられるようなものではない。

 

「そうなのか……」

 

「場所は分かるけどね。確かダンジョンの中だったよね」

 

 そうだ。ついでに言えば、イツミ一行のダンジョン探索に同行した日だ。

 その事を思い出していると、数ヶ月前のことのように懐かしく感じる。

 

「それで、最初はソウヤだって事が分からなくて、勘違いして()()()()攻撃しちゃったんだよね」

 

「胸をひと突きして()()()()は無いだろ」

 

「む」

 

 ちょっとと言うには足りないぐらいの勢いだろう。今思えば、彼女のかつての経験が理由だろうが、それでも尋常ではなかった。

 

「そ、それは……大変だね」

 

「確かに最初は、色々と面倒があったねー。ソウヤの代わりに服買いに行くことになったし。……そういえば、あの貸しまだ返してもらってないよね?」

 

「あれ貸しだったのか?」

 

 そんなの聞いてないぞ。

 しかし俺の不満を無いものとして扱うように無視された。チクショウ。

 

 

 ……と、ケイの策略に打ちのめされそうになっていると、会話の輪に入れていないメアリーがこっちに歩み寄って来ているのに気付く。

 そういえば、知らずの内に会話の輪から外してしまったなと、小さな罪悪感を覚える。

 

 しかし、俺のもとに来て一体どんな御用なのだろうか。

 屈んで目線を合わせると、メアリーの方から話しかけるのを待つ。特徴的な赤い瞳が、俺を見つめていた。

 その様子に気づいた2人が、会話を止めて俺とメアリーの方に目を向けた。

 

「あ、あのね。ソウヤおにーちゃん。あの、えっと……」

 

 一言一言を発するたびに、緊張のためか目線の角度がじょじょに下がっていっている。

 「何かな?」と返事する代わりに、わざとらしく首を傾げてジェスチャーする。

 

 すると、メアリーの俯いていた顔は真正面を向き、次に俺の目を見て、そして――

 

 

「わたしもね! えと……、呪われてるの」

 

 ――告げた。




少女と言うには幼くて、幼女というには一回り大きい。
どう呼べば良いんだろう。

……女児とか?


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35-ウチのキャラクターと俺の小さな友達

「えっと……呪い?」

 

 メアリーの言葉に俺は思わず聞き返してしまう。

 声は聞こえていないはずだが、動揺が伝わったのか、察したアイザックが口を開く。

 

「メアリーは、厄災竜の呪いを受け継いだ、ドラゴーナなんだよ」

 

 厄災竜……?

 詳細の説明を求めて、アイザックの方を見た。ケイも話の先が気になるようだ。

 

「その竜も、呪いによる実害も、直接見た事はないけどね。……メアリー、話しても大丈夫なのかい?」

 

「うん、いいの」

 

「……よし、わかった。君たちを信じよう」

 

「信じて良いよ。なんたって、根っからの善人だからね」

 

「それは良い、呪いの話も安心して話せるな。……さて、どこから話そうか?」

 

 ケイの砕けた言い方に、アイザックの顔に表れていた緊張の表情も、いくらか和らいだように見えた。

 彼はすこしの間整理するように目を閉じると、ゆっくりと話し始めた。

 

「……メアリーは元々村に住んでいた。けれど、メアリーの呪いを知っていた村人たちが、事ある度に彼女に難癖をつけていたんだ。不治の病、不作、怪我。それらは全て、彼女が運んできた不幸だとね」

 

「村……?」

 

「シウム村、ある用事で一度寄ったんだ。メアリーを引き取ったのもその時だ」

 

 シウム村。何か聞き覚えがあって、記憶を探る。以前訪れた筈だ。確か……。

 

「その村って、確かリザードに占領されていたあの村だよね」

 

 そうだ。以前リザード狩りに出た日、ケイと共に赴いた村の名称だ。

 ケイが思いついたように言うと、アイザックとメアリーが小さく驚いた。

 

「ケイは、あの村に行ったことが……いや、占領されたとは、どういうことだ?」

 

「経由は知らないけど、私がその村に来た頃にはリザードしか居なかった。ドラゴーナなんて誰一人も居なかったよ」

 

「……」

 

 メアリーが、俯く。

 アイザックは”難癖をつけていた”と言ったが、メアリーは心の何処かで自分が原因だと思っているのかもしれない。村がリザードによって乗っ取られたことも含めて。

 だが、この子が気に病むことではない。少し迷って、小さな頭に手を置く。

 

「そうなのか……」

 

「うん。まあ、そのリザードも全滅してるんだけどね」

 

 ケイの活躍によって……ではなく、本人の貢献は半分程度で、掃討している途中でドラゴンがリザードの拠点を襲撃したらしい。

 俺はそう聞いている。

 

「……とりあえず、話を戻そう。実のところ、メアリーの呪いの症状はハッキリとしていない。体が衰弱するだけかもしれないし、何処かのタイミングで発作が起きるのかもしれない」

 

「呪いって受け継いでるんでしょ?両親から聞けなかったの?」

 

「私が引き取った頃にはメアリー1人だった。それに……」

 

「わたし、お母さんもお父さんも知らない。おぼえてないの……」

 

 俺の手に撫でられているまま、その事を告白する。

 両親の事を覚えていないということは、出産して間もない頃に死んだのだろうか。あるいは、捨てられたのか……?

 

「待って。アイザックが来るまで、メアリーはずっと1人だったの?」

 

「そう、完全に1人だった。それなのに、不思議と健康体だったよ」

 

 一体どういう事だ……?

 いくらドラゴーナは力強いとは言え、幼少期から1人で生き延びれるような種族では無いはずだ。

 

 俺が不思議に思っていると、ふとメアリーの瞳が俺を見つめていたことに気付く。流石にずっと撫でているのは不味いかと思い、ようやく手を離す。

 

「俺が知っているのはこれぐらいだ。……すまない、あまり詳しく話せなくて。それに、隠すような真似をしてしまった」

 

「いーの別に。メアリーに信頼してもらえたって思えば、むしろ嬉しいよ」

 

 ケイが謙虚に言って、それに対してアイザックが安心するように笑顔を見せる。

 アイザックがメアリーの呪いのことを下手に言いふらさないのは、嫌悪の目から守るためなのだろう。

 

「……メアリーは、ソウヤに親近感でも覚えたんだろうな」

 

「呪われ仲間、って所かな?」

 

 なんか耳障りがあんまり良くない言い方だな。

 ……わざとか? わざとだろ。いま俺を見てニヤけただろう。

 

「……」

 

「?」

 

 ケイとアイコンタクトを交わしている最中、横から視線を感じてメアリーの方を見ると、俺の方を見ながら何か言いたそうにしていた。

 はて、一体どうしたのだろう。ケイの一言で気を悪くしたのかもしれない。

 

「え、と……」

 

 ケイへの苦情は何時でも受け付けている。話しやすいように目線を合わせる姿勢を維持して、言葉を待った。

 ……のだが、そうして構えて待っていると、苦情でも何でも無い言葉がやってきた。

 

「なかま、って事は、ともだち……だよね?」

 

「……友達?」

 

 ……そういう事になるのだろうか?

 こじつけのような気がするが、取り敢えず頷いた。

 すると、俺の仕草による返事を受けとったメアリーは、その目を輝かせた。

 

「ともだち……!」

 

 

「あ、ああ、なんて事だ!あのメアリーが……友達だなんて!」

「あのソウヤが、幼女とお友達……!」

 

 

 そして外野が騒がしくなった。

 アイザックが感激しているしているのは、親としてなら仕方ないが……。そこのケイは何故笑っているのだ。今すぐそのニヤけた口を慎みなさい。

 

 ……とにかく、そうだな。お友達宣言をしたは良いものの、メアリーは何かを期待したような眼差しでこちらを見ている。

 友達、といえばフレンド登録に使用するあの『友情の証』だが、NPC相手に渡すものじゃない。

 ならば、どうすれば良いのだろう。

 

 ……友情の記念として、握手するのはどうだろうか?

 

「よし、じゃあ握手しようか」

 

 早速と、ケイ以外に聞こえない声を惜しみなく出して、そして右手を差し出す。

 しかし、メアリーは俺の動作の意図を理解してくれない。

 

 仕方なく、俺の方からメアリーの小さな右手を取り。そして上下に小さく振って、握手する。

 

「友達だ」

 

「あ……うん!」

 

 ()()()俺の言葉に答えるように、メアリーは元気な声でそう宣言した。

 

「ソウヤおにーちゃんとともだち!」

 

 

 

「……話は変わるけど、アイザック」

 

「なんだい、ケイお嬢さん?」

 

 感動的な友情シーンを演出していると、ケイが思い出したようにアイザックに話しかける。

 見ると、アイザックはうるうるした目からでそうになっている涙を、必死に止めようとしていた。

 

「あー……たった今質問が増えたんだけど。まず最初、お嬢さん呼びを止めてくんない?」

 

「え?あ、ああ……気に入らなかったか。……失礼」

 

 何があったのか、ひと声かけてからそっぽを向くと、アイザックは何処からともなくポケットティッシュを取り出して、鼻をかんだ。

 ……流石にそこまで感動する場面では無かったと思うのだが。 

 

「いやね、あの変な男装変態の事を思い出すから、止めて欲しいなって。……キミ本当に大丈夫?」

 

「失礼、見苦しいものを見せてしまった」

 

「私はキミのオーバーリアクションに驚きを隠せないよ」

 

 そうだろうか。親としてならば、別に変な反応ではないと思うのだが。メアリーは見て分かるほどに可愛いから、擁護欲もそりゃあ湧くだろう。

 人にもよるが。

 

 ところで男装なんとかとは一体誰の事だ。

 

「で、増えた方の質問だけど……養子にもそこまで感動するもんなの?」

 

「ハハハ、ミス・ケイ。貴方も一人前のレディーに成れば分かるものだよ」

 

「……」

 

 アイザックの言葉を理解しきれなかったのだろうか。如何にも「お前は何を言ってるんだ?」と言うような表情をした。

 ……いや、そこで俺に目を向けられても困る。だからといって説明を促されても困る。

 お前がいっつも教えを請う、特殊(ゲーム)()単語とはワケが違うんだ。本当に。

 

 

 

 

「それじゃ、お弁当屋さんを贔屓にね」

 

「タコさんウィンナー、いっぱい作ってね!」

 

「ははは、メアリーは食べ盛りだからなあ。ソウヤも、商売が繁盛すると良いね」

 

 繁盛すると忙しくなりそうでやる気が減退するのだが……、まあ、今後悪いことが起きないことを願おう。

 俺は頷いて、手を振った。

 

「ばいばーい」

 

 ケイが別れを告げ、玄関を出る。

 それを見送る親子が、名残惜しそうに見ていた。

 

「……またご飯作りに来てね」

 

「勿論作るよ。ソウヤがね」

 

 ケイには料理なんて無理だからな。俺は頷……かない。

 そうだ、お前にはやることがあるのだ。

 

「丁度良い機会だ。アイザックの家で、料理の練習と行こうか?」

 

「え?いや、それは、ちょっと……」

 

 俺はケイの肩を鷲掴みにして、逃さないという意思を表す。

 ケイは苦笑いして抵抗しようともせず、目を逸らすのみ。

 

「また今度って事で?」

 

「おう、そうだな。今度の機会な」

 

 言質は取った。俺はアイザックの方を振り返り、言葉を書く。

 

『明日、また昼飯前に来る。その時はケイの料理の練習も兼ねるから、早めになる』

 

「明日?良いのか?」

 

 連日続けての訪問だ。むしろそのセリフは俺のものだが、アイザックは嫌そうな様子ではない。むしろ俺たちの事を心配している。

 俺は頷いて無問題だと伝えると、またケイの方に視線を戻した。彼女の口が「は?」の形のまま固まっている。

 

「吉報だ、ケイ。その()()の時期が決まった。明日の朝過ぎ頃にまた遊びに来れるぞ」

 

「……は?」

 

「吉報だ、メアリー!また明日も遊びに来てくれるらしいぞ!」

 

「わーい!」

 

 メアリーとはキレイに真反対の反応を示すケイに、俺はクスクスと笑った。

 一時の別れに惜しみはしても、今からでも明日が楽しみだという様子のメアリーに見送られ、玄関を閉じた。

 

 

「いや、いやいやいや!昨日の今日だよ?!」

 

「この場合は”今日の明日”と言うべきだな」

 

 と言っても、ケイが言及した言い回しはよく聞いても、この言い回しは滅多に聞かないが。慣用句とは難しいものだ。

 文句をアレコレ並べるケイを見て、しかたなく正論を伝える。

 

「それに、この機会に乗らずに何時やるんだ?アレコレ理由をつけて後回しにしていたら、一生終わらないぞ」

 

「むぐ……。別に料理なんて旅してたら要らないし。保存食とか、その場で動物を狩って焼けば十分だし……」

 

「お前は街中でも保存食を囓って生きてくつもりか? 良いか、旅の最中にしろ日常にしろ、自身の体調を崩さない事に越したことはない。ならば、その為に整った食事を摂ることも大事だ」

 

「……母親のお小言みたいでなんかクドいんだけど」

 

 これは母からの受け売りだから、そう聞こえても仕方ないな。

 言われたのは俺じゃなくて、コンビニ弁当を好む父に対しての言葉だったが。

 

「それに、もう旅をする予定は無いの。転移魔法あるし」

 

「じゃあ、宿屋の朝食当番はどうするんだ」

 

「それは……わ、私が作るより、ソウヤが作った方が宿屋の皆に喜ばれるんじゃない?」

 

 詭弁だ。その理由で当番の料理を俺に任せるのなら、俺以外に適任が要る。一定の人には「おふくろ」と呼ばれる、あの宿泊客だ。こう言うと料理の腕で負けているようで悔しいが……。

 

「結局、自分がやりたくないだけじゃないか……。とにかく、明日の朝すぎには決行だ。良いか?」

 

「……転移魔法で逃げちゃうかもしれないよ?」

 

「そうしたら、レイナはお前に失望するだろうな。あのケっちゃんが、子供みたいな理由で逃げたなんて……ってね」

 

「な、そこでその人を出すのはズルいって!悪党!」

 

 ふむ、悪党か。

 なんだか愉快になって、しつこく食い下がるケイを前に少し笑ってしまう。

 

「はは。そうだな、悪党だ。女の子を誑かすような不審者には、悪役がお似合いだ」

 

 

 

 

「もう良い。私はイサギヨーク諦めます」

 

「オッケー、理解が早くて助かる。結局宿屋に帰ってくるまで渋ってたがな」

 

「キミよりも粘り強く食い下がる人は、この90年でも居ないよ」

 

「90年、ね」

 

 前世の話をヘソの茶沸かしに使ったことを意外に思いながらも、話を続ける。

 

「明日教えるのは、俺の好物であり、また最初に教わった料理、ハンバーグだ」

 

「ああ、そういえばそんなこと言ってたね」

 

「そうだ。今日は明日の実践に備えて、レシピを確認してもらう。それがコレだ」

 

 そう言って、ついさっき書き上げたメモ紙をそっと渡す。

 

「……何時書いたの、コレ?」

 

「俺はやる気になれば10秒で35文字書けるぞ。漢字込みとなれば、平均25文字行くか行かないぐらいだが」

 

「キミのその才能をもっと良い所で活かせないのかな」

 

「検討する。とにかく、覚えろとまではいかないが、確認しておいてくれ」

 

「はーい。……材料多くない?」

 

 そりゃあそうかもしれないが、気にする事ではない。

 材料も種類が多いが、大体はこの宿の調理室に揃ってるし、もし不足しても適当に買えば良い。

 

「材料の用意に関しては気にしなくていい。俺が全部面倒を見る。ケイがやるのは、まず調理の実践だ」

 

「……買いに行くなら、私も手伝うよ。その声だとやり辛いんでしょ?」

 

「なんだ、手伝ってくれるのか?」

 

「ま、まあ……」

 

 ……まさか、これって……所謂、デレという物だろうか?いや、ケイに限ってそんな事は……。

 

「なにその反応。なんか変なこと考えてない?」

 

 思わぬ図星を突かれて、咄嗟に嘘を考える。

 

「いや……、どうせなら弁当の材料を仕入れる時も手伝ってくれないかなと」

 

「それはメンドクサイ。パス」

 

「残念だ」

 

 まあ、一部の店の人には顔を覚えられてるし、それほど大変なわけじゃないし良いけどな。

 俺、顔無いけど。

 

 

「料理と言えばさ、ソウヤ」

 

「どうした?」

 

「管理人と約束してたよね。毎日食事を上納するって」

 

「上納って……、その言い方はないだろう。アレはお供え物だ」

 

「どっちも変わらないし」

 

 ごもっともである。

 

「で、どうしたの、その約束は?」

 

 お供え物の約束は、あの戦争を切欠に……、と言うより、彼が宿屋に戻ってきたことで取り下げになった。

 彼とは、先日まで長い間宿屋から離れていた、トーヤである。

 

「トーヤが代わりに……と言うか、本来のお供え担当に戻った。どうやら、彼が本来やるべき仕事だったらしい」

 

「あー、なるほど。それで、彼の遠征によって代わりが必要になって、キミが選ばれたと」

 

「そういう事だ」

 

 こちらとしては、弁当業をやる余裕ができて嬉しい事である。

 まるで介護士の様に日々頑張る彼に、心の中で敬礼する。

 

「……あの”おふくろさん”じゃダメなの?」

 

 おふくろさん――と何時も呼ばれているが、あくまで通称である。――は、朝食当番において一番の人気を博している。その上、よく料理が苦手な人の代わりを担当してくれたりしているお人好しだ。

 

「さあ、なんであの人に頼まないんだろうな。節介焼きな人みたいだし」

 

 まあ、管理人には彼を選ぶなりの理由があるのだろう。勝手な想像はせず、そうとだけ思うことにした。

 

 

 

 

「……なんか、物足りないのよね」

 

「あ、もしかして気に入らなかった?」

 

 何時もの昼食、何時もの様に昼食を管理人に作って、その序に一緒に飯を食べていた僕は、管理人が零した不満気な呟きを聞き取った。

 

「不味いワケじゃないのよ。むしろ美味しいわ。けど……”あの人”の方が、ね」

 

 ”あの人”という、性別も年齢も指定しない代名詞だったのだが、僕はそれだけで誰を示しているのかを察する。

 つまりは、通称”おふくろ”の味に、僕の味が負けていると言う事だ。

 確かに彼女は、朝食当番があたった朝には、何時もクオリティの高い和食を決まって出してくる。

 

「僕もそれは認める。今でもたまに料理を手伝って、ついでに教わってるから。……でも、なんであの人に頼まないんだ?同性だから頼みやすいと思うんだけど」

 

「何言ってるのよ。同年代の……下手したら年上の女性かもしれないけれど、彼女らは「リア充」とか「美しさ」とか「ジョシカイ」とかでカースト上の地位を確保する頭おかしい人種かもしれないの。私、そんなの関わりたくないのよ」

 

 かなりの偏見だ……。が、管理人の言わんとする事は大体わかった。

 

「つまり、そういう人間に「料理を作ってもらっている」という弱みを握らせるよりも、そういう事考えない人に任せたいの」

 

「あの”おふくろ”さんがそういう事考えているとは思えないけど」

 

「青いわね。ああいうのは大抵、表面上見繕っていると相場が決まってるのよ」

 

 決まっているのか……。

 

「色々と気に食わないのだけれど……和食は美味しいのよね」

 

「それは賛成」

 

 

「……食事を不満を言う様でごめんなさいね。美味しいわ」

 

「いや、気にしなくていいよ」

 

 僕の作る食事が劣っていると言われても、僕が怒りを覚える要素なぞない。カーストだなんて事を気にしているのも、彼女の事をある程度知っている僕からすると、あんまり否定できない事実だ。

 ……なんたって、あの人は僕の”先輩”だし。




”おふくろ”と呼称される女性、実はトーヤの先輩なんですよね。

……はい、ここ、後々の章のフラグに出てきまーす。読者の皆さんはちゃんとノートを取っておいてくださいね。


因みに”おふくろ”の初出は、「06-ウチのキャラクターの受難」。
まだケイが自立してなかった頃です、懐かしい。

追記・ソウヤの執筆速度を上方修正。ラノベらしく、非現実的なレベルまで。実際に計ってないから、わからないけれど。


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36-ウチのキャラクターと俺の調理実習

 ハンバーグ、というものは、なにも肉だけを焼いて作れるようなものではない。

 挽肉以外にも、必要な物はたくさんあるのだ。

 肉と一緒に混ぜ合わせる材料から、ソースの材料など……。

 

「私が言い出したことだから別にいいんだけどさ……。なんか多くない?」

 

「そう言われてもな。この全ての食材には役割がある。一つも欠かせない」

 

 と言うのは建前で、実は、欠かせた時に調理方法が狂ったりするかもしれないから、俺が知っている材料をすべて揃えたいというのもある。

 柔軟性に欠けるのは、俺が未だに修行中の身だからだろう。

 

「それに、3人分だからな。3倍だぞ3倍。それに加えてお代わり分も考慮すると、どうやったって量が増えるのは仕方がない」

 

「そりゃそうだけどさー……はあ、人目を気にせず魔法を使っちゃいたい」

 

「そうか」

 

 ケイの要求に、俺はそういえばと、あることを思い出す。

 そういえば、この辺りはゲームの開始地点だ。

 

「どうしたの?」

 

「いや、特に……」

 

 少しばかり以前のことを思い出していただけだ。

 ……そうだ。

 

「ケイ、こっち」

 

 記憶を頼りに、やや混んだ道を歩く。確かこの辺りで……。

 

 

「ああ、ここだ」

 

 以前、人混みとVR酔いが相まって気持ち悪くなった時に、たどり着いたちょっとした暗がりである。

 この場所で、目の前を怪盗の様な人物と衛兵が追いかけっこしていたのだ。

 

「なるほど、気が利くね。ここなら……よし」

 

 かつて俺がケイだった頃の記憶を思い起こしていると、ケイがその荷物をさっさとその空間に放り入れてしまった。

 人の見る目は少なく、ちょっとした物陰で変な行動をしても気づかれないだろう。

 

「……そういえば、あれはイツミだったのか?」

 

「ん、あの変態が何だって?」

 

「お前はイツミに親の仇でもあるのか?……ただ、この辺りでイツミらしき人物が兵士に追われているのを見かけた、ってだけだ」

 

「へえ、あの人が?国を敵に回すような事はしないって勝手に思ってたけど」

 

 敵に回す、ねえ。怪盗RP(ロールプレイ)だからって、そんな事はしないと思うのだが。

 ……でも実際に追われているのだから、実際にやってるのかもしれないな。

 

「ご主人が悪い貴族の館に忍び込む事はよくあるのデスよ」

 

「なるほど、義賊って事ね。あの変態も物好きだねえ」

 

「変態言うな。やつの情報網に引っかかるかもしれないぞ」

 

「それはゾッとしないなあ」

 

「ご主人の耳の大きさを甘く見ない事デスね。下手をすれば私以上の地獄耳を持っているのデスから」

 

 

「……な、キャット?!」

 

「キャット? いつの間に……」

 

 3人目の人の姿を見た。居た。いつの間に。

 猫耳と二本の尻尾。俺より一回り以上に小柄な彼女は、間違いなく話題の彼の仲間(ペット)、キャットであった。

 

「っていうか、何故ここに……」

 

「ちょっとした質問を、お姉さんにしにきたのデス」

 

 いきなりの出現に驚く暇さえ与えず、早速とキャットが本題を持ちかけた。しかも、ケイ限定で。

 

「質問……キャットが私に?」

 

 質問をする以前に、他になにか言うことがあるだろう、と俺は内心思う。

 あの戦争を挟んで再会したのだ。無事を祝う言葉ぐらいは良いのではないだろうか。

 しかしキャットは、あくまで事務的に話をするつもりのようだった。彼女にとって、大事な話なのだろう。

 

「その人形の様に、人間がモンスターとなった前例を、あなたは知っているのデスか?」

 

「……知ってるけど、どうしてその質問を?」

 

「質問しているのは私デス。答えるのは貴方デス」

 

「こりゃ手強い」

 

 何時ものキャットとは全く違う、まるで職務に忠実で頑固な兵士の様な態度をとっている。

 今、イツミの周辺でなにかが起きているのだろうか?と勘ぐってしまう。

 

「悪性の魔力。それを取り込んだ人間は、モンスターに化ける。魔力との相性にもよるね」

 

「悪性……?」

 

「そ、ここには無いみたいだけどね」

 

 ……そういえば、ケイとの初対面の時に、そういった話をされた気がする。

 

「どういう意味なのデス?」

 

「この話。実は異世界の事で、こっちの世界だと通用しないんだよねー」

 

「……こんな時に冗談を言うのデスか?」

 

「ううん。本気」

 

 とても本気には見えないような、悪戯っぽい笑顔で言う。

 コレは高度な心理戦かなにかだろうか。キャットはケイの言葉がウソだと判断してしまったのか、溜息を付いた。

 

「まあ、敵対関係でも友好関係でもない、一度共にダンジョンを潜っただけの関係……。ただで情報を貰えるとは思っていないのです。そんなあなた方に、日頃の感謝の印として、一つだけ忠告するのデス」

 

「プレゼント?」

 

「本来ならもっと話すのデスが、お姉さんは協力的ではなかったので3割ほど情報を削ってご提供デス。それでも頂けることに感謝するのデスよ」

 

「キミが勝手に言いだした事なんだけど……。で、何?」

 

「折角の情報デス。聞き逃さないように……」

 

 

「”この辺りに、別世界からやって来た人間が居る”。覚えておけ、デス」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 大きな荷物を別の空間に放り込んでしまい、身軽になったにも関わらず、ケイの足取りは重く見えた。

 これ以上買うものも無く、そのまま宿屋に帰ってきた。それでも、ケイは何かを考え続けている。

 

 はて、もしキャットが言う人間がケイだったとして、それが知られた程度で、そこまで気落ちすることは無いと思うのだが。

 それに、キャットが言及しているのはケイの事ではないだろう。

 

 そう意見してみると、そういう事じゃないと返された。

 

「ていうか落ち込んでるわけじゃないし」

 

「そうか?」

 

「そう。私以外に、この世界にやって来た人間が居たら? その人がもし、私と同じ世界からやってきていたとしたら?」

 

 それはつまり、ケイと接触するためにやってきた。という可能性が高いとでも言うのだろうか。

 ケイが器用に椅子の上で胡座をかき、座っている椅子がキシリと鳴る。

 

「……世界を転移する魔法は、ケイ以外にも?」

 

「極僅かだけど、居る。でも行き先をこの世界に限定して言えば、私だけになるね。こっちに来てからは知らないけど」

 

「そうか。てっきりケイが唯一の転移魔法の使い手かと」

 

 どうも、そうではなかったらしい。

 

「それに、体が世界を超えることは出来ないという事も忘れないでおかないと」

 

「ああ、そういえばそうだったな」

 

「いや、その身体になった原因なんだから覚えてよ。良い? 世界を超えることが出来るのは、あくまで魂だけ。体も送れないことは無いけど、確保が困難なレベルで多くの魔力を要するの」

 

 そう言われましても、この姿の原因については、”バグ”というのが定説でして……とは言えない。

 俺は目を逸らして言う。

 

「うん、覚えた」

 

「はあ……、別に身体を奪った事で謝る必要なかったかもね」

 

「無かったことには出来ない。でも、ケイの世界から来た人間だとは限らないじゃないか?」

 

「どうだろう。世界は無限だって言うけど。実際の数は誰にもわからないわけだし」

 

「……考えても仕方ないな」

 

 いよいよ面倒になって、考えるのをやめる。ケイの世界からまた人が来るというのは興味深いが、その可能性は限りなく低い。

 その可能性を考慮したって仕方ないだろう。

 

 しかしケイはそうは思わないようで、俺を見咎めた。

 

「それって、どうでも良いって言いたいワケ? 私にとっては結構重大なんだけど……」

 

「10パーセント以下の確率でお前の世界から人が来る。1パーセント以下の確率で、そいつがお前の知り合いで。更に小さい確率で、その人がお前と出会う。最後のは相手が俺たちの場所を特定して会いに来るとすれば無視できるが、こういうもんだ。違うか?」

 

「いやいや、その計算、大雑把すぎるでしょ」

 

「そういうもんだよ。それに俺だって、世界レベルのスケールで計算できる頭なんて無い。むしろお前のほうが詳しいだろ、実際の所、確率的にはどうなんだ?」

 

「……むう」

 

 そういうのは、世界の真実を数式で求める物好きな数学者に一任すれば良い。わざわざ彼らの仕事を奪う義理は無い。ケイでさえ答えに渋るのに。

 それに……、

 

「この話を口実に明日の約束をバックレたら困るからな。”料理なんかより大事なことがある”ってな」

 

「……あ」

 

 はいそこ。その手があったか、って言うような顔をしない。

 

 

「あ、ケっちゃん?帰ってきたんですね。おかえりなさい」

 

「ん、ただいま」

 

 異世界の事を知らない人がやってきて、話を中断する。

 

「って、なんて座り方をしてるんですか?お行儀が悪いですよ」

 

「はいはい」

 

 階段を降りてきたレイナに言われ、ようやく座りなおすケイ。

 女っ気を感じさせない仕草である。そのせいでスカートの挙動が危ういのだが。

 

「もう、ソウヤさんが居るのにはしたないですよ」

 

「というか、お前なんでスカート付けてるんだ?」

 

「…………そうだったね、確かに変態さんを前で配慮が足りなかったよ」

 

「待て、変態? 俺が?」

 

 いや、スカートの事に口を出して変態扱いとか。無いだろ。

 俺はスカートの丈を注意する親父ではないんだぞ。

 

「んーっ、違います、誰に対しても配慮するんですよ」

 

「はーい、わかりましたー」

 

「もう……。そういえば、朝からずっと何してたんですか?」

 

「ちょっと人の家にね。頼み事をされちゃって」

 

 最初はケイに付き纏う男の撃退、だった筈なのだが、途中から昼飯を作りに訪問しに行くことになった。

 

「そうだったんですか」

 

「うん。私は荷物持ちをやってた程度だけどね。メインの仕事をやってたのはソウヤ。でしょ?」

 

「まあ」

 

 こくりと頷く。

 あの親子の為に料理をちょっとやって来た程度だ。明日も同じ様に料理をしに行くが……。

 

「ということは、料理ですか?」

 

「うん、その人の家で直接料理するの。何て言うのかな?」

 

「さあ」

 

 訪問販売とかは分かるが、この場合はなんというべきだろうか。

 出張料理とか?

 

「その人の家に出向いて、そこで料理ですか?それってなんか、押しかけ女房みたいな……」

 

 お、押しかけ……。

 

「じゃあこの場合は押しかけ旦那だね」

 

「どういう意味だ、それは」

 

 俺の異議に、ケイはハハハと流した。解せぬ。

 

 

「まあ、その行き先の親子なんだけどさ。少しワケありなんだよね」

 

「ワケあり、ですか?」

 

「うん。この話を勝手に広めちゃうのは、あんまり良くないんだけどね……。そうだ、明日一緒に来る?」

 

「はい?」

 

「あの家族の所。父親と、かわいい女の子。今ならソウヤの美味しいハンバーグもついてくるよ」

 

「おい、ケイ」

 

「大丈夫大丈夫、材料は多めに買ってあるんでしょ?」

 

「はあ……」

 

 レイナがあんまり話を理解しきっていない様子だ。彼女の為に、少しばかりの解説をしようとペンを手に取る。

 

『明日、あの親子に料理を作りに行くんだ』

 

「あ、毎日トーヤさんがやってるような感じですか?」

 

 まあ、そんな感じである。俺は頷いた。

 しかし毎日やってあげるような暇はあんまりない。今日の訪問の後は、8日に1回は来る予定でいる。

 ……ログイン状況にもよるが。 

 

「へえー」

 

 そういえば、管理人はトーヤが不在の間昼食をどうしてるんだ?

 いや、それは蛇足か。

 

「で、行く?」

 

「そ、それじゃあ……お邪魔します」

 

 

 

 

「というワケで、お邪魔します」

 

「お、おお……ケイ、あの愛らしい女性は……おお、弁当売りのもうひとりの子じゃないか?」

 

「改めて紹介するね。名前はレイナ、私の友達だよ」

 

 ケイが彼女の名を紹介して、その名を持つ人物がケイの後ろから出てくる。

 男を前にしているせいか、少しばかり緊張している様子だが……問題なさそうだ。

 

「やあ、レイナ。アイザックと呼んでくれ。以前と変わらず、まるで妖精のように可愛らしいね」

 

「うわ、出た。要らん言葉を垂れ流すタラシ発言。レイナ、気にせず聞き流しなさい」

 

「あはは……えっと、お弁当屋さんを贔屓にしてくださって、有難うございます」

 

 ペコり、レイナは頭を下げる。レイナはたまにケイと一緒に売りに行っているから、いつも買いに行ってるアイザックを知っていても変ではない。

 

 とにかく、レイナの男嫌いは今の所ひどくはなさそうだ。一歩後ろから様子を見ていた俺は、安心して息をつく。

 そういえばメアリーは何処に居るんだろうか。姿が見えないが。

 

「メアリーはどうしたの?」

 

「今は寝ているよ。窓際で日向ぼっこしていたんだけどね。さあ、中にいらっしゃい」

 

 なるほど。子供にはこの時間帯はまだまだ眠いのだろう。

 

 玄関を閉めて部屋に入っていくと、確かにメアリーが窓際の辺りで壁に背中を預けて寝ていた。

 アイザックがやったのか、ちゃんとシーツがかけられている。

 

「窓からずっと、君たちが来ないか見ていたんだ。今か今かとね。可愛い子だろう?」

 

「そうだったの?こりゃ待たせちゃったかもね。ごめんね、メアリーちゃん?」

 

 そこまで楽しみにしていたのか。それだけ、友人の存在は貴重なんだろうな。

 ケイが謝りながらメアリーの頭をぽんと撫でる。黒い髪がさらさらと揺れる。

 

「キレイな子ですね……」

 

「そうだろう。この世で一番可愛らしい娘さ」

 

「ん……んう?」

 

「あ、起こしちゃったかな?」

 

 メアリーが閉じていたまぶたを上げ、その赤い瞳を見せる。

 まだ眠たそうに、焦点が合わないままケイの顔をぼんやり見つめる。

 

「……ケイ、おねーちゃん?」

 

「うん、ケイだよー。この世界で一番の大魔法使い」

 

「ん……くあぁ……」

 

「起きたみたいだね。おはよう、メアリー」

 

「ざっくおはよー……」

 

 メアリーが起き上がり、その瞳が周囲をじっくりと見渡す。

 目線がこっちにも来たから、手を振った。

 

「ソウヤおにーちゃん?」

 

「今日はもうひとりお客さんが来ているよ。こっちの女の子さ」

 

 アイザックが、レイナの方を指す。

 

「はじめまして、私はレイナって言います。よろしくね、メアリー」

 

「……レイナちゃん」

 

「あ、私はお姉ちゃんじゃないんだ……」

 

「??」

 

 まあ、レイナはメアリーと比べたらちょっとだけ背が高い程度だからな……。

 なんとも言えない困惑を受けている様子だが、その分メアリーにとっては親近感が湧くだろう。

 

「さて、俺は早速料理の準備でもするか。ケイ、お前もこっちだ」

 

「はいはい。レイちゃん、アイザックと一緒にメアリーの相手しててくれる?」

 

「勿論ですよ」

 

「うん、あとアイザックに変なことされたらちゃんと助けを呼ぶんだよ」

 

「勿論です……よ?」

 

「よし、じゃヨロシク」

 

 

 

 

「昨日に続いて悪いね、ソウヤ、ケイ」

 

 ケイが不慣れに調理へ取り掛かっている所、横から声をかけられる。集中しているケイに代わって、俺は首を振って返答する。別に気にしていない。

 ところで子供の相手はしなくても良いのだろうか。と思ったが、レイナはメアリーと大分上手くやっているようだ。あの2人でも十分だろう。

 

「昨日も言ったが、メアリーが俺以外の人と関わったことも、その機会も全く無くてね。本当に助かったよ」

 

 そう言われても、そうするよう協力を請ったのはアイザックだ。彼がケイにしつこく誘っていなければ、こうしてメアリーに会うこともなかった。

 こうして見れば、今メアリー達がわちゃわちゃと談笑しているのも、アイザックの努力の成果である。

 

「ふう、コレで良いのかな……。どう?」

 

 ケイが一区切り付け、緊張を解きつつ俺に途中経過の確認を求める。

 

「問題ない」

 

「そっか。じゃあ次は……って、アイザック?」

 

「え、気付いてなかったのか」

 

「うん、全く」

 

「ヒドいね……。ああ、ケイにも迷惑をかけていたな。ずっと誤解を与えてしまった」

 

 アイザックが謝罪を口にして、頭を下げる。誠意ある謝罪を無下にするつもりはない。ケイもそうだろう。

 

「うん。二度としないでよね。……で、次はなにするんだっけ?」

 

「……もしかして、嫌われてしまったか?」

 

 それは知らん。

 

 

 

 半分程の作業を俺が請け負い、慣れないケイに大きな負担がかからないように配慮して調理を進める。

 

「ええっと、これを終わらせたら……」

 

()()が出来たな。フライパンの準備は既に整ってるぞ」

 

「よし、焼くのは私の得意分野、任せて!」

 

「お前の場合はその方法しか知らないだろう」

 

 ケイが意気揚々とフライパンにたねを乗せると、すぐに美味しそうな音と匂いが立ち昇って来る。

 

「まあ、まだやることはあるが」

 

「え?……あー、これね。でもこれ、なんでお酒が要るの?しかも子供いるのに」

 

「アルコールは飛ぶ、安心しろ」

 

「ほー」

 

 

 

「……そういえば、ソウヤ」

 

「どうした?無駄話で集中を切らすな」

 

「辛辣すぎ」

 

 いや、何かしくじったら危ないだろう。俺も危険が無いよう見ておくが……。

 

「なんだかんだずっと、その姿で生活してるけどさ、不便じゃないの?会話にだって不都合があるし……」

 

 会話に関してはリアルでの事があるから別にいい。慣れた。

 しかしこの姿の問題に関しては同意する。

 

 この姿では、何時もやっているようにローブを身を隠さなければいけない。そうすると、第一印象が最悪だ。

 不審者扱いは毎度の事で、加えて裏路地をうろつこうものなら、見知らぬ怪しい誰かに同業者扱いされかねない。

 実際の経験はないが……。

 

 確かにこの姿はどうにかしたい。が、どうにかできる方法はない。

 

「気にしても改善できると決まったわけじゃないし、気にしてないな」

 

「……そっか」

 

 調理を続けつつも、器用にも会話をするケイ。

 大して時間がかかるものじゃないし、難しいものでもないから気楽にやっていく。

 

「実は、こっちの魔法を研究してるんだ。ひっそりと」

 

 声を潜め、俺だけに聞こえるように言った。研究とは?

 

「……大したことは出来ないんだけど。設備も揃ってないし、()()ほどの効率とまでは行かないんだよね」

 

「そうか。研究したら、どんな新しい魔法を作るんだ?」

 

「そうだねー、というか既に……」

 

「ね、ね。ケイおねーちゃん!ソウヤおねーちゃん!」

 

 と、会話の間を割って入ったのは、アイザックの義理の娘。メアリーだ。

 嫌な顔ひとつせず、手の空いている俺が振り返ってメアリーと向き合う。

 向こうに居るアイザックとレイナが、メアリーの様子を見守っていた。。

 

 メアリーは俺を見て、何かを言いたそうにしていた。

 昨日と同じ様に、「なにかな?」とでも言うように首を傾げてみる。

 

 

「ザックがねっ、ごはん食べたらおそと行こうって!一緒に行くよね?」

 

 なるほど。遠足というわけだ。

 もちろん俺はうなずいて、賛同の意を示した。

 

「アチッ!なんか飛んだ!」

 

 ケイも大賛成らしい。俺は何もない顔で満面の笑みを作った。




料理を教える、と言いながら大した描写はしていない今回。
何時か、料理辺りに焦点を合わせた話も書いてみたい。

でも料理知識無いのじゃ。
まあ料理番組とか見てれば十分だよね。


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37-ウチのキャラクターと俺の買い物

「ソウヤおにーちゃん、ケイおねーちゃん。これすっごくおいしい!」

 

「やっぱり、日本人が焼く肉は柔らかくて良いねえ!しかも可愛らしい女の子のお手製と来た!」

 

「……お肉はいつも食べてるのに、今まで食べてたのと全然違う」

 

「美味しいですね、なんかお母さんの味って感じです。ソウヤさんの家ではいつもこれを食べてるんですね」

 

 俺とケイの合同で作った料理を口にして、皆が三者三様の反応を示してくる。美味しい美味しいと言いながら食べていくものだから、あっという間にお代わりの分を開放することになってしまった。

 一応ご飯も用意したのだが、アイザックやケイを中心にたくさんお代わりしてくるから、すぐに残り少なくなってしまった。

 メアリーもドラゴーナである事に加え、育ち盛りだからなのだろうか、彼女もお代わりをしていた。物理的な容量の限界は超えられないだろうが。

 

「よく食べるな、ケイもそうだが」

 

「んー、メアリーも沢山食べて大きくなるんだよー」

 

「立派なレディーになるんだぞ」

 

「もごもご。もーい」

 

 食べ物を口に含んだまま返事する。

 お行儀の悪いそれに、いつもは注意するか眉をしかめるのだが、今回は例外。

 健気なメアリーを、どうして叱ることができようか。

 

「そういえばレイちゃん、散歩の話なんだけどさ……」

 

「あ、それはですね、お買い物とちょっとした観光をするつもりなんですよ。街の復興も殆ど終わったようですし、いいと思うんですが」

 

「なるほど、お買い物……」

 

 すると突然、ケイが黙りこくる。そしてこっちを見る。

 これはもしや、ゲーム用語の謎について質問する前兆だろうか。しかしその様な単語や言い回しは出て来なかった筈だが。

 

「どうした」

 

 何も言わずに俺をじっと見るものだから、いい加減にと用事の催促をした。

 それでようやく出てきた言葉は、俺が予想するものとは全く異なっていた。

 

「女の子の買い物って……、どう言うものなの」

 

「お前は何年女の子やってんだよ」

 

 全く……。

 ケイは女子力が低いなと、つくづく思う。しかも俺は男だ。そんなこと訊かれても困る。

 

「そうだな……。洋服とか、装飾品みたいな、そういったものかな」

 

「……なるほど」

 

 まあ現代人としての意見なのだが。

 ケイが生きていたような世界ないしこのゲームの世界における時代背景では、多少なりと違うだろう。

 

「……服ねえ」

 

「お前みたいなヤツが、並のファッションセンスを備えているようには見えないな」

 

「む、ぐ……」

 

 この食卓に俺以外の人がいる以上、声を上げて俺に反論はできない。

 言葉を口を詰まらせて、結局言葉は飲み込まれた。

 

「丁度いいですし、ケっちゃんもすこし服を見繕ってみたらどうですか?」

 

「俺の予想が当たったな。折角の機会だし、一度可愛くなってみたらどうだ?」

 

「…………」

 

 俺が話に乗じてオシャレを薦めてみるも、ケイは口をつぐんだままである。

 その表情は苦笑を抑えているようだった。

 

 なるほどなるほど、この様子は……、

 

「嫌だけど、レイナを失望させたくない、って奴だな。なるほど」

 

 一瞬、目線がこっちに向く。図星のようだ。

 

「ずっとシンプルな服というのも飽きますし、良いと思いませんか?」

 

「ケイおねーちゃんの可愛い服、見たい!」

 

「ええと……あー……」

 

 目が泳ぐ。海を渡る勢いで泳ぐ。

 確かに元男性として、女性のファッションと正面から向き合うのには引け目を感じることがあるかもしれない。

 

 ……ここはアレだ、背中を押すところだろうな。

 

「行け、そなたは美しい」

 

 当然の如く、恨めしそうに睨まれた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「結局頷くケイもケイだよな」

 

「うっさい」

 

 全員ノリノリで、とまではギリギリ行かなかったものの、全員で外出することになった。

 計5人の大所帯となると、人の多い道は中々歩きづらい。

 

「メアリー、ちゃんと手を握ってるんだよ」

 

「うんっ」

 

 こうして見ると、アイザックとメアリーは親子そのものである。

 アイザックは顔立ちや体格が如何にも外国人風だが、メアリーも外国人風かと言われればそうでもない。そんな違いがあるのに親子らしさがあるというのは、それだけ家族としての愛が確立しているのだろう。

 

「わあああ……!」

 

 通りすがりに見える、特にこれと言った特徴のない街並み。それでもメアリーはどれもこれもが新鮮に見えるようで、あちこちへと興味を移している。

 

「ねえ、あのお家、お花がいっぱい!」

 

 メアリーが目を光らせて指差す方を見ると、確かに窓や玄関の辺りに花で飾り付けがされていた。

 やはり女の子は花を好むのだろうか。

 

「……ケイにとっては、正に花より団子か」

 

「何それ?」

 

「文字通りだ、花なんか眺めているよりも美味いものを食べていたほうが楽しい。と言う言葉だ」

 

「へえ」

 

 ケイが納得して前方に目線を戻す。

 メアリーにとっては目新しいアレコレに、色々と質問していく。

 

「わー!ねえあれ何?!」

 

「あれはねー」

 

 見るもの全てに質問していくが、子供付き合いの良いアイザックとレイナが全て答えていく。確かにメアリーは可愛いが、俺であれば面倒になってしまいそうだ。

 しかし好都合なことに、あんな風に騒いでいるもんだから、俺たち二人が会話していても違和感を持たれない。

 

「蚊帳の外だな」

 

「あ、その言葉はなんとなく分かる」

 

「そうか」

 

 

 食事のハンバーグで元気でも付いたのか、メアリーはまだまだ疲れを知らない様だ。

 騒ぎつつも歩き、辿り着いた先は服屋だった。現代を彷彿とさせる外装からするに、ここの経営者はプレイヤーだろう。

 

 ガラスの向こう側には、俺の同族(マネキン)が並んでいて、それぞれ思い思いのファッションを身に着けている。

 

「……」

 

 見ると、メアリーが俺とマネキン達を見比べていた。それどころかアイザックやレイナまで。

 

 ……ふむ。

 

「俺がああいう風におめかししても、人々の見る目は変わらないと思うが」

 

「皆が言いたいのはそれじゃないと思うんだけど」

 

 そうだろうか。

 この場全員が、マネキンを目にしたとたんに俺を気にし始めている。そのタイミングからして、俺の予想は割と合っているのではなかろうか。

 

 というのは冗談だ。

 だが本当に、気にするべきではないと俺は思っているのだが。

 

 ……そうだ、良いことを思いついた。

 俺は口の無い顔でニヤリとすると、そのプランを早速と紙に書き始める。

 

「……よし、ケイ。頼むぞ」

 

 大雑把ではあるが、一応読める字である。

 そのプランが書かれた紙を渡すと、任せたと肩を叩く。

 

「はい?」

 

「なに、ちょっとしたサプライズプランだ」

 

「はあ?えっと……うっわ」

 

 俺が書いたプランを読んで、俺の頭脳に感服するような言葉を漏らした。

 どうだろう、と俺はウィンクする。

 

「この短時間でこの密度の文字って……」

 

 しかし効果は無かった。

 いや、ツッコミどころが違うと思うのだが。

 

「とにかく頼んだ」

 

「……全く」

 

「??」

 

「あー、ソウヤはここで待ってるって。大丈夫、こいつって泣き言は女にフラれた時しか言わないから」

 

 俺とケイの、片方の声が欠けた会話に違和感を持たれ始める頃、ケイは早速とプラン実行の合図となる一言を発した。

 しかし一言余計である。

 

「じゃ、行こう」

 

「ええっと……分かりました。えっと、ごめんなさい?」

 

「謝る必要なんかないって。さ、行こう」

 

「ちょ、ちょっと」

 

「アイザックもメアリーも、早く行こう!」

 

「あ、ああ……」

 

 強引にも見えるが、ケイがさっさと服屋の店内に皆を押し込もうとしている。

 もう少し賢い方法で納得させられなかったのか、と思うが……まあ良いか。

 

「よし、次のステップを実行するまで、少し間を開けて……」

 

 ……数分ぐらいすれば丁度いいだろう。それまで俺は、道端から人通りを眺めることにした。

 

 

「しかし、この感覚も久しぶりだな」

 

 言葉と記憶を失った事で、周囲の人々には必要以上に気を配られ、遣われてしまう事。

 俺が「呪いを受けた男」として活動していた頃から、この世界でもそういう事が増えてきた。今回もそれだ。

 

 個人的には気にしなくてもいいのだが、他の障害者にとってはそうではない事もあるから、一概に言えない。面倒な物だ。

 

「……あの姿は」

 

 人通りをぼんやりと眺めていると、見覚えのある姿が見える。

 先ほど会ったばかりの、小柄な猫耳娘。

 

「キャット」

 

 しかしキャットは俺と同じようにローブを纏い、猫耳や尻尾を隠している。

 俺とキャットが並んでいると、怪しさが倍増である。裏路地で並んでいればある意味怪しくないのだが。

 

「御機嫌よう、デス。先刻の忠告はお役に立ったデスか?」

 

 肩を竦めて、肯定も否定もしない曖昧な仕草で返す。

 あの言葉はケイの事を示しているわけではない、という予想はされているが。

 

 それにしても、キャットのご主人である紳士仮面こと、イツミの姿を最近見ていない。

 キャットにはよく会うのだが。

 

『イツミは今頃どうしてるんだ?』

 

「む、さっそく質問デスか。肝っ玉が据わってマスね」

 

 おや、質問をするのはキャットにとってあまり印象の良くない事らしい。情報網の価値を落としたくないのだろうか。

 こちらとしては、ちょっとした世間話のつもりだったのだが。

 

「……まあ良いデス。ご主人はドラ姉と戯れてるのデスよ」

 

 ドラ姉……誰だろうか。予想するに、イツミペットの一員だと思うのだが。

 声のトーンがほんのり下がって、彼女にとってはあまり面白くない事だと察する。これは嫉妬か何かだろうか、意外とかわいい物である。

 

「ところで、なぜ貴方だけ外に居るんデスか?」

 

 と、自分の良いように予想を建てて一人ニヤニヤとキャットを見ていると、そんな質問をされる。

 それはとある計画の為、一時待機をしているというだけなのだが。

 

 しかしそれをキャットに教えるには気が進まない。

 こういうサプライズは、最低限の人間とプランを共有しないと、どこかでボロが出てしまう。

 

『キャットとちょっとだけ話がしたくて』

 

 だから、代わりに口説き同然の言葉で返した。

 

「……私と、デスか?」

 

 驚きつつ言葉をひねり出す様子から動揺が透けるように見えて、俺は内心ほくそ笑む。

 口頭では恥ずかしくて言えない言葉も、文面ならば小石を投げるように簡単に伝えられるのだ。

 

『俺の事、どう思ってる?』

 

「……これは新手の情報収集か何かデスか?」

 

 どうやら簡単には答えてくれないらしい。

 俺は頷くと、キャットの眼差しが心なしか鋭くなった。警戒心丸出しである。

 

「ふん、何も話すつもりも無いのデス」

 

 そうか。嫌われたものである。まあ仕方ないか。

 

 さて、そろそろ次のステップと行こうか。

 

『仕方ない。悪いけど、そろそろ行く』

 

「ふんっ」

 

 敵意を隠さないまま見送られるというのは、中々に恐ろしく、そして可笑しいものだ。

 

 俺は店内に居る彼女らの動向に気を付けながら、店内に入っていった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「うへえ……」

 

「あ、この服ケっちゃんに似合うんじゃないですか?」

 

 なんなのだ、このフリフリは。

 

「落ち着いた大人って感じも良いですけど、思いっきり可愛い物を着ても良いと思うんですよ!」

 

 個人的には前者が精神的なダメージが少なそうだ。

 ……いや、ダメージを受ける前提の時点で色々とおかしいが。

 

「ええっと……あー、どれが良いというか……むしろな」

 

「あ、これも似合うと思います!」

 

「私の声聞こえてる? ねえ」

 

 服選びに夢中なレイちゃんに、思いっきり溜息を吐きたくなった。

 吐いたら吐いたで、彼女を傷つけそうだからやらないけど。

 

 こっちはレイナから黄色い声が上がっているけど、一方アイザックとメアリーの方は……。

 

「わー!わー!」

 

「可愛いぞ!可愛いぞ!」

 

 あっちはあっちで凄まじい。

 メアリーはあちこちの洋服を手に取り、子供らしい歓声を上げる。

 アイザックは……分かりやすく親バカしてる。

 

「……レイちゃん。私なんかよりメアリーの服を」

 

「ケっちゃん、これ持ってください!」

 

「え、ええ?」

 

「あ、違います!それをもうちょっと肩のあたりまで持ち上げて……そう、そうです!」

 

 なにが”そう”なのだろう。私は自分の身体を見下ろした。

 服が丁度いい感じに私の身体をカバーしていて……ああ、なるほど。

 

「あっ、どうして離しちゃうんですか?可愛いのに……」

 

「いやー……私には似合わないかなー、って」

 

「とんでもない!」

 

 ……どうしよう、これ。

 もう少し、食い下がってみるか?

 

「ええっと、そもそもね?この服から変えたくないなー、って……」

 

「変えたくない……ですか?あ、もしかして特殊な効果のある防具だったんですか!?」

 

「いや、そうじゃないんだけど」

 

「それじゃあ」

 

「あー、えっとね……」

 

 詳しいことを話そうとしても、その事は前世に関わる話になるから、言おうにも言えない。

 どう言えば良いのだろうと、悩みに悩んで……言葉を見つける。

 

「……思い入れがある、って言えばいいのかな」

 

「思い入れですか?」

 

「まあ」

 

 その他にどう言ったものか。

 この「思い入れ」の理由を辿るには、数年では済ませられない程に遠い記憶を、掘り起こさなければいけない。

 

 

 それは、ある休日の事だ。あの時俺は、恋人であるエルに服屋へ連れて来られていた。

 エルは、何が似合うか、これは似合うのかなどと、様々な服を持って当時の俺に問い詰めていた。

 

 確かにエルの事は好きだし、何の服でも似合っていた。

 しかし、それをそのまま伝えれば「どれも似合ってるじゃダメ!」と言われてしまった。

 

 ならば仕方なしと、一つ選んだのが……。

 

「……」

 

 この服だ。

 シンプルなシャツに、控えめな首元のリボン。加えて、このスカート。

 マントだけは私が旅をする上で必要だったから、本来無いのだけれど……。

 

「……ちょっと、この服から変えたくないんだよね」

 

 エルが私を見つけた時、この服装を覚えてくれていれば、と思ってこの服装にしているのだ。

 何も事情を知らない人から見れば、本当にワケの分からない理由だろうけど。

 

「そうなんですか……。そんなに気に入ってるんですね」

 

「まあ、ね」

 

 生半な理由だけで変えるつもりはない。

 私は目を逸らしつつ、言った。

 

 ―――この言い訳も、言葉も、本当は今の私には矛盾していると自覚しながら。

 

 

「それより、ごめん。私の為に色々考えてくれたんだよね」

 

「ううん。ケっちゃんの事、一つ知れて嬉しいです」

 

 ……やはりレイちゃんは優しいな。

 まるで全てを赦すシスターの様だ。これでプリーストじゃなくて魔法使いだというのだから、驚きだ。

 

「……そうだ、レイちゃんに似合いそうな服、探してみようよ」

 

「え、良いんですか?」

 

「うん。……でも、私のセンスに期待はしない方が良いよ」

 

 そう言って、場所を移す。

 この場所には、様々な服がハンガーにかけられたり、等身大の人形(マネキン)に服が着せられて展示されていたりする。お値段が気になるところだが、探せば……。

 

 探せば……。

 

 ……。

 

「……マジで?」

 

「はい?」

 

「あ、いや。なんでもない」

 

 危うくプランの事を忘れかけるところで、それを無理やり思い出させるような衝撃を受ける。

 ……ソウヤの奴、本気でやりやがった。

 

「えーっと……」

 

「……あれ、ケっちゃんどうしたんですか?その紙……」

 

「あ、いや、これは……秘密?」

 

「えー」

 

 ソウヤから渡された紙をしまいつつ、あの方を見る。

 

 あの人形、ソウヤに目線を投げかける。

 気合の入った服装をしたマネキンに紛れて、それにも負けないぐらい気合の入った服装のソウヤが、ポーズを取っていた。

 

 見れば見る程、私は”本気だったのかコイツ……”という呆れの思いが強くなる。

 見つめていたら、したり顔でウィンクを投げられた気がした。彼には目も口も無いと言うのに。

 

「次は、あの場所に全員連れていく……ね、何をするつもりなんだか」

 

「なあに、ちょっとしたサプライズだよ」

 

 オイ、擬態したまま返事するんじゃないよ。




そろそろ


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38-ウチのキャラクターと俺の手品計画

『ステップ1 ケイ、レイナ、アイザック、メアリーが店内に先行。予定通り買い物を楽しむ。

 ステップ2 ソウヤは店外で数分ほど待機、機会を伺いつつ店内に侵入。この時ケイのグループに見つかってはならない。

 ステップ3 ソウヤが店内のマネキンに擬態する。変装に使う服装はこっちで用意する。

 ステップ4 ソウヤの周辺にケイのグループが集まったタイミングでサプライズ。

 グッドラック』

 

 何がグッドラックだ。

 

 ……と、私は声を上げずにはいられない。上げたら上げたで奇怪なものを見る目らやらないけど。

 代わりに溜息を吐いて、ソウヤからもらった紙を懐にしまう。レイちゃんは服を選ぶのに夢中で、この私の様子には気づかない。

 

 しかし、このプランの言う”ケイのグループ”、現在は二つに分かれてる。私とレイちゃんのペアと、あっちのアイザックとメアリーの親子だ。

 勿論ソウヤは4人まとまった状態でサプライズをしたいだろうから、私は違和感なく合流させなければならない。

 

「んー……」

 

 服を眺めつつ悩んでる風を装って、どう合流させるかを考える。

 

 ……考えていたのだが、その思考を上書きするようなものが視界に入る。

 

「……下着?」

 

 そう、下着……の様な物だ。

 しかし生地が特殊な物が使われてている様に見えるし、材質も普通の服では使われないような物ばかり。

 

「あ、あれは水着ですね。夏の季節ですし、ああいうのも着てみたいですよね」

 

 水着。滅多に聞かないのだが、以前の旅の中で聞いたことはあった。

 水が身近な所。例えば港町では、海などで水遊びをする文化がある。そして、水遊びの為に着る服も、その場所では作られている。

 実際にその場所に訪れ、試しにと浜辺の辺りを歩いてみたことがあるのだが……。ああ、確かに下着のような物を来た住民たちが戯れていた。

 

「でも、ここらへんって水遊びする場所無いよね?」

 

「まあそうなんですけど……でも港町までは遠いわけじゃないですし、買っても良いと思いますね。あ、あの水着とかどうですか?」

 

「え?」

 

 私があの下着……もとい水着を着ている様子を想像する。

 下着としての用途ならまだ良い、かつて訪れたあの浜辺の様に、大衆の目がある中で着るとなると……。

 

「え……遠慮します……」

 

「えー? きっと似合いますよ!」

 

「いや、いやいや。こればかりは似合うとか似合わないの問題じゃないんだよ。レイちゃん……」

 

「はい?」

 

 いや、本当に無理だって。というか、絶対にあんなの着てやるものか。

 こればっかりは譲らない。つもりもない。認めない。

 

「えーっと……今は良いかな」

 

「そうですか?」

 

「うん、せめて……じゃなくて、今のところは普通の服だけ買ってこうよ」

 

「……そうですね、そうしましょう!」

 

 良かった、納得してくれた。私は彼女の死角でガッツポーズした。

 うん、あれ着るぐらいならフリフリスカートの方がマシだもの。

 

「あ、これとかどうかな」

 

 気を取り直して、私は服を一つ手に取ってそう提案してみた。

 センスが無いなりに、直感での選択したみた物だけども……。

 

「これですか?」

 

「うん。自信ないけどね」

 

 他の人の服を選ぶ、と言う経験はあまり無い。エル相手でさえもだ。

 

 試しにと、私が持っている服をレイちゃんの身体に宛がってみる。

 大雑把に選んだが、サイズは問題なさそうに見える。デザインに関しては……。

 

「レイちゃんには明るい色が似合うね」

 

 なんというか、子供っぽい。

 いや、元から見た目は子供なのだけど。

 

「あ、それ私のお友達にもよく言われます!ほら、私ってリアルもこっちも小柄ですからっ」

 

「リ……?あー、うん、そうだね」

 

 リアル、という単語が出てきて、思わず唸りたくなった。

 ソウヤからこういった単語の説明は受けているから、分からないって訳じゃないけど……。

 

「とにかく、本人が気に入ってくれれば嬉しいんだけど」

 

「ケっちゃんが選んだものなんですから、もう気に入りましたよ」

 

 

 

 

―――「ケイが選んだんだから、もうずっとこれを着ようかな?」

 

 

 

 

「……あ、そ、そっか」

 

 ……まずい。

 目線を逸らして、額に手を当てて俯く。

 

 

 今の言葉で、エルの姿を幻視してしまった。奥底にある筈の記憶から、声が響いてきた。

 永らく聞いていない、あの懐かしい声を。

 

 どうも、この服屋に入ってから昔の記憶が溢れるように出てきている気がする。いや、出てきている。

 

「……」

 

「……どうかしたんですか?」

 

「え?あ、いや。ちょっとレイちゃんが眩しくて見ていられないなって。アハハ」

 

「えーっ、そんな大げさですよー!」

 

 ……これ以上買い物を続けたら、また記憶を思い出してしまいそうで、怖い。

 どうにか出来ないかと考え、一先ずはソウヤの計画に従う事に集中して、少しでも忘れようと努めることにした。

 

 それならまずは合流か、と計画の内容を再度思い出す。

 

「えっと、それで、レイちゃん。どう?その服」

 

「買いですっ!」

 

 そこまで気に入るのか、と私は困ったようにしながらも笑顔を見せる。

 なんだか申し訳ないから、お金は私が出そう。

 

 この世界では服は比較的安いようだし、そう沢山買わない限り大きな出費となることはないだろう。

 

「気に入ってくれて嬉しいよ」

 

「えへへっ!」

 

 

 

 

「メアリーちゃーん!」

 

「あ、レイナちゃん!ねえ、これザックが選んでくれたんだよ!」

 

「わー、すっごく可愛いです!」

 

 服を買い、早速合流した。

 どうやらこの服屋は、寛大なことに試着ができてしまうらしい。

 

 試着の為の個室、所謂試着室の辺りにメアリー達は居た。それも見慣れない服装を着ている。

 

「やあ、アイザック。娘さんの様子はどう?」

 

「メアリーは大分気に入ってくれたよ。俺が服を選んでくれとせがまれた時は、どうしようと思ったけどね」

 

 あはは、と苦笑いを挟むが、文面からはそう思えないぐらいに服選びが順調だったように見える。

 

「だけど……意外と何とかなるもんだね。俺のセンスの賜物、とは言い難いけど」

 

「っていうことは、これってもしかして……」

 

「そう、あの童話に出てくる『メアリー』の服を参考にしたのさ」

 

「なるほど、やっぱりそうだったんですね!」

 

 青いリボンに、青と白のエプロンドレス。

 小柄な身体には不釣り合いな筈の大きなリボンには重量感が無く、髪と一緒にふわふわと揺れていた。

 

「でもリボンは青いんですね」

 

「あくまで”参考にした”ってだけさ。これに関しては悩んだけど、正解だったよ」

 

「なるほどです」

 

 参考したにしろしてないにしろ、アイザックが私よりもマトモなファッションセンスを備えていることに、若干の劣等感を覚える。

 アイザックが選んだ方が、レイちゃんもより可愛い服を……とまで考えたところで、思考を中断させる。

 今、その事を考えるべきではない。

 

「さ、服も皆決まったわけだし……ちょっと良いかな?」

 

「どうしたんだい、ミス・ケイ?」

 

「ミスって……ちょっと、皆に見せたいものがあるんだ」

 

「見せたいもの?」

 

 

「はい、これが私が皆に見せたいものでーす」

 

 ソウヤの目の前で、皆に向けてそう言ってみせる。

 展示されている普通のマネキンに紛れているソウヤは、身動きが出来ずに居る。

 

「これがですか?」

 

「男用の夏服だね。もしかして俺へのプレ」

 

「あ、ゴメン。それじゃないんだ」

 

「……残念だ」

 

 アイザックが勘違いして、項垂れた。私はそこまで気の回る女ではないのだ。

 

「おい、ケイ。こりゃどういう事だ」

 

 擬態しているソウヤが、堪らず私に話しかけた。その声は私以外には届かない。

 どういうも何も、私は全員をここに集めただけだ。

 

「いひひ。さあ、世界を股にかけるこの大魔法使いが、簡単な手品を披露したいと思いまーす!」

 

「チョット待て、それは計画に……」

 

「あ、ケっちゃんの手品ですか?!そんな特技があったんですね!」

 

「てじな?なんか凄いことするの?!」

 

「ふふん」

 

「……ケイ」

 

「おっと。そうそう、皆はこの3人のマネキンさんを注目してねー」

 

 そうすると、私の言葉に従って皆がマネキンを観察し始める。

 ここにあるマネキンは3体。その内真ん中に居座っているのがソウヤだ。その姿はいつものローブ姿ではないが、わかる。

 

「ケイ、なぜ注目させた」

 

「ふふ。さあ、この人形たちの姿を目に焼き付けたかなー?」

 

「はーい!」

 

「良い返事だ。今度は私、の合図と同時にほんのチョットだけ目を閉じてね?」

 

「閉じる?」

 

 私の指示に、皆が不思議そうに聞き返す。

 擬態しているソウヤも困惑している。中々愉快だが、今の彼は手品のアシスタントだから笑わないでいてやる。

 

「そう、次の瞬間には……人形のポーズが変わってまーす!」

 

「「おー!」」

 

「……なんかプランが乗っ取られたんだが」

 

 文句を垂らすソウヤを無視して、手品の進行を続ける。

 

「まさか……。ミス・ケイ、これはもしかして」

 

「しーっ、ふふ。勿論、私が直接マネキンに触れるようなことはナシ!その証明に、皆には私の手を握っていてね!」

 

 そう言ってみせると、手を握ってもらうよう私の手を差し出す。

 レイナは私の左手を、メアリーは右手を握った。アイザックは少し迷うと、メアリーの手と一緒に私の右手を握った。

 アイザックは察しつつも、この茶番に乗ってくれるらしい。

 

「さて、皆は私が逃げないように抑えといてね?」

 

「はーい!」

 

「よし、3秒前! 2!1!」

 

 手品にノリノリなメアリーの返事に続いて、カウントダウンを一気に始める。

 ソウヤにアイコンタクトを送って、私が言っていた通りに行動するよう促した。

 

「0!」

 

「……むう」

 

 慈悲深く、そして心優しいソウヤはこの茶番に乗っかってくれた。

 まあ、この茶番の始まりは私の気まぐれなのだけど。

 

 ソウヤはポーズを変え終わった所で、丁度全員が目を開く。

 

「わー!わー!すごーい!これどうやったの?!」

 

「わあ、本当にマネキンが動いて……マネキンが動く?」

 

「ははは、確かに凄いな。いつの間に動いたんだろうな?」

 

 メアリーは素直に関心しているが、レイナが薄々と感づいている様子。

 ここいらが潮時だと思い、ソウヤの傍に歩み寄った。

 

「さ、ここで早速種明かし……と言っても、レイちゃんはもう気付いちゃったか」

 

「ていうことは、やっぱり……」

 

 私は頷いて、この期に及んで擬態を続けているソウヤの背中を叩く。

 それなりの力で叩いたものだから、ソウヤは大きく前によろける。

 

「ちょ、お前力つよ……」

 

「わ、わ、もしかしてソウヤおにーちゃん?!」

 

「そう、ソウヤが態々お洒落してまで手品に協力……手伝ってくれたんだ」

 

「おー!」

 

 すると、メアリーが感激してソウヤの元へ駆けつけた。

 そしてソウヤの服の端を掴み、買ったばかりのリボンを揺らして飛び跳ねる。

 

「すごい!ぜんぜん気がつかなかった!」

 

「気付かれないように動いたからな」

 

 そりゃそうだと、私はソウヤの声に頷いた。

 

 

「……もしかして、俺たちがソウヤに呪いに気を遣ったことを気にしていたのか?」

 

「ん、正体どころか、そこも分かっちゃったのか。ま、おおかた正解だよ」

 

「え、どういうことですか?」

 

 しかしレイちゃんはそこまで理解が及ばなかったらしい。

 私は、はしゃぐメアリーとソウヤを横目に説明を始める。

 

「ソウヤは、君たちの心配を”余計な気配り”だと感じてたんだよ。姿を隠すのは混乱を隠すためで、別に劣等感とかは感じちゃいない。だから、ソウヤは今回のことを企てた。心配ご無用、って事を伝えようとね」

 

「そうだったんですか……なんだか、申し訳ないです」

 

「あはは。それこそ余計な心配だよ。これまで言っておいてなんだけど、動機の6割は悪戯心だからね」

 

「い、いたずら……。意外と子供っぽい理由でした……」

 

「でしょ?」

 

 

 

 

「ところで、その服はどうしたのさ。買ったの?」

 

「いや、借りた」

 

 サプライズも済んで、中断されていたお買い物に一旦区切りをつけるため会計を行っていた。

 そこで思いついたように質問をされた。

 別にこの服は買ったものではなく、店員に事情を伝えた上での借用だ。

 

「店員に事情を言って?八百長面だなあ」

 

「万が一迷惑になったら嫌だからな。因みに、何時ものように呪いということで通した」

 

「へえ……っと、なんかレジの人がこっち見て」

 

「あ、ソウヤさーん!ドッキリはどうよ?大成功だった?!」

 

「……で、彼女が件の協力者だ」

 

 俺の姿を見るなり、レジから店員が飛び出てきた。

 このテンションの高い女性が、ドッキリの許可を出してくれたのだ。

 

「因みにこの服装も彼女が選んでくれたものだ」

 

「へ、へえ……」

 

 まあ、その服もこの後すぐに返す予定だが。

 見ると、店員の第一声から俺との関与を知ったレイナが、わいのわいのと騒いでいた。

 

「あ、もしかしてソウヤさんのアレ……人形の姿を知ってたんですか?」

 

「モッチのロンよ!ソウヤさんの姿には驚きはしたけど、話してみれば意外と気があってさー!筆談だから話しづらいかなーと思っても、そりゃもーデ○ノートのアイツみたいにスラスラ文字を書くもんだから意外と円滑に会話できてさあ!」

 

「え、えっと……?」

 

「……元気な店員だろう?」

 

 店員のマシンガントークに戸惑うレイナを眺めながら、同意を求めるように言った。

 

「なんか、疲れそう」

 

「そうか?最初の二言ぐらいまで聞いていれば、大体話しは通じるぞ」

 

「結局話し聞いてないんじゃん」

 

 

 

 

『服を返します。ありがとうございました』

 

 店員のマシンガンガントークでレイナ達が制圧されている間に着替え、その服をキレイに畳んだ状態で持っていく。

 

「うっわあ!キレイに畳まれてるじゃん!しかも渡した時と同じ形じゃない、これ?!ソウヤさんって意外と細かい所気にすんだねえ。そんなんじゃカノジョも」

 

『ドッキリにも協力してくれてありがとう』

 

「いーっていーって!なんならお返しになんか買っていっても良いんだぞー?」

 

 遠慮しておこう。俺は首を横に振る。

 

「ふへーっ、つれないなあ。はい、お会計」

 

「……なんか安いね。値札を見てたときも思ってたけど」

 

 提示された金額に、ケイは不思議そうに言う。

 

「そう?普通だと思うけどなあ~」

 

「あー、こっちだとこれが普通なんだ」

 

「なるほどまるほど、そう言うんなら、ちょっとだけ値段を釣り上げちゃおっかなー」

 

「ちょちょ、冗談でしょ?」

 

「あははっ、本気にしないでよー。はい、お値段ちょーど頂きましたー」

 

 支払いが済んで、ケイが服の入った紙袋を持ち上げる。

 

「またのご来店、おまちしてまーす」

 

 おてんばな店員のテンプレートを背に、お店から去っていく。

 

 

「……なんか、お買い物一つでここまで騒いだのは初めてかもしれない」

 

「90年の中で?」

 

「うん。()()()生まれてから初めてだよ」

 

 まあ、俺があんなことを計画したからな。

 あれで騒がしくならないワケがない。

 

「で、どうだった?」

 

「何が?」

 

「俺のサプライズ。後半乗っ取られたけどな」

 

「……まあ、悪くはなかったんじゃない?」

 

 そのセリフなら、もう気に入っているようなものと考えても良いだろう。

 俺は上機嫌に笑ってみせた。しかし俺には表情筋がなかった。

 

「安心したよ。なぜだか知らないが、なんか表情が曇っているように見えたからな」

 

「……私が?」

 

「お前が」

 

「そんなまさか。その目、節穴なんじゃないの?」

 

「穴さえも無いんだが……」

 

 ケイがそう言うのなら、そうなんだろう。

 俺が彼女の言葉に納得すると、ふとレイナ達がこちらを見ているのに気付く。

 

 レイナ達には俺の声が届かない故、怪しまれでもしたのだろうか。

 ダミーとしてメモ帳とペンを持って、筆談をしていると見せかけているから大丈夫だと思うのだが。

 

 ならば何事だろうと、疑問に思っているところにメアリーがこっちに寄ってきた。

 

「ね、ね。ケイおねーちゃんとソウヤおにーちゃんって、仲良しなの?」

 

 ああ、そんなことか。

 態々俺が筆談で伝えることでもないと、返答をケイに任せる。

 

「仲が悪いか良いかと言えば、良い方だね。でもレイちゃんとも仲良しだし、メアリーちゃんとも――」

 

「それじゃ、それじゃあ!」

 

「うん?」

 

「ふたりって、()()()()なの?」

 

 

 

 その瞬間、世界の時間が止まった……気がした。




次回予告
「大変なことになる!」

以上


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39-ウチのキャラクターと俺の失踪事件

「はあ……」

 

 不機嫌そうにケイがため息を吐く。手元の紅茶から出る湯気が、吐息で散った。

 

 俺も不機嫌に机を口を垂れ流したいところだが、この喫茶店ではあまり騒ぎたくない。

 いや、いくら騒いでもケイ以外に迷惑はかからないのだが。

 

 あの買い物の後、休憩がてらに寄ったこの喫茶店だが、中々人が多い。

 計5人の大所帯で来ても、人口密度が全然変わってないように見えるぐらいだ。

 

「あの、ごめんなさい」

 

「いや、気にしなくていいんだよ、メアリー。勘違いしただけだもんね」

 

「……うん」

 

 ケイは寛大な心をお持ちのようで。俺は感心しつつ、ゆらめく湯気を眺めた。

 

 

 ……この喫茶店に入る前、メアリーが俺たちに送ったあの衝撃の言葉の後、俺たちは大混乱を極めた。

 俺はペンを落とし、レイナは硬直し、アイザックは小さく歓声をあげた。

 一方ケイは、子供相手に大人気なく反論した。

 

 それでまあ、ケイとメアリー、お互いが機嫌を損ねたわけだが。

 俺に関しては、まあ……。

 

『気にするな』

 

 この一言に尽きる。

 むしろケイの面白い反応が見れてご満悦である。

 

「ほら、ソウヤも気にしてないって言ってる」

 

「……ごめんなさい」

 

「あはは……許すよ。私も、ちょっと言い過ぎちゃった」

 

 そうケイが言って見せると、不安げなメアリーがちらっとケイを見上げた。

 

「ともだち……じゃなくなっちゃった?」

 

「そんな、とんでもない」

 

 ケイがメアリーの頭を撫でる。

 どこか男らしい、やや豪快な撫で方だが。

 

「友達だよ」

 

「……!」

 

 うむ、うむ。一見すると正に姉が妹を慰めている、なんとも感動的な場面なのだが……。

 ケイ、泣きそうな子供はとりあえず撫でて慰めればいいと思ってるだろう。

 

「う、うにぃ」

 

「うりうり」

 

 しかも2割ほど押し付けるような撫で方だから、メアリーの髪が荒れかけている。

 ……大丈夫か?

 

 とにかく、あの様子なら仲直りしたも同然だろう。ブラボー、俺は心の中で拍手を送る。

 

 

「それにしても、アイザックさんはお茶を飲まれるんですね。コーヒーとか、紅茶を飲む印象だったんですけど」

 

「チッチッ。あと一つ足りないぞ、コーラを忘れてはいけない」

 

「そうでしたね!」

 

「まあ、流石にここには無いようだけどね」

 

 炭酸飲料を備えた喫茶店もあるにはあるだろうが、この世界においてはそんなものレア物だ。

 

 しかし、炭酸飲料を生産するとしたら、一体何が必要なのだろう。

 まず必要スキルが謎だ。『料理』か、『ポーション生産』か、『錬金術』か……。

 『錬金術』はカレー粉を作り上げた実績があるが、果たしてどうなのだろうか。

 

「初めて会った時から思いましたが、アイザックさんって外国人っぽいですね」

 

「おや、言ってなかったか?俺は生まれも育ちもアメリカの、立派なカウボーイさ」

 

「へえ、そうだったんですか!それにしても日本語が凄く上手ですね!」

 

「ハハ、これにはちょっとした秘密があるんだが、いくら可憐な乙女でも教える訳にはいかないな。デートでなら、考えない事もないかもしれないかな?」

 

「え、はい?」

 

「おや、お気に召さない?」

 

「……はい?」

 

 アイザックの言葉に、レイナは目を点にして空返事をした。

 それから奇妙な間が出来て、それを見かねたケイが口を開く。

 

「……一応訊くけど、君、そう言う趣味?」

 

「そう言う趣味とは……いったいどう言う趣味だ?」

 

「あ、やっぱいいわ」

 

 衝撃の事実が明らかになる前に、蓋をした瞬間であった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 どうも、この一行に含まれる3人の女性の内二人は、大分お喋りを好むらしい。

 本日出会ったばかりのレイナとメアリーは、既にお互いニコニコと語り合う関係になったらしい。ケイと友だちになった時と言い、見敵必殺とか言うレベルですぐ絆を結んでくる。友達百人も夢じゃない。

 

「ケイは混ざらないのか?」

 

 同じ女性なら楽しく割り込めるだろうと、そう進言してみる。たった今物凄い嫌そうな顔をしたのだが、それも想定の上で言ってやった。

 

「冗談キツいよ……。私があの輪に入り込める様子が全く想像できない」

 

「ハハハ。そりゃそうだ」

 

「んー、ケっちゃんどうかしたんですか?」

 

「いや、なんでもないよ。レイちゃん」

 

 気怠そうに頬杖を付いた所で、レイナが心配そうに覗き込んでくるから、簡単に苦心を表に出せないと来た。これではケイの心労も溜まりそうなものだ。

 

 

 と、疲れ気味のケイの顔を横から覗き込んでいると、店の外から何なやら聞き慣れない……と言うのに、どこか聞き慣れた曲がフェードインしてくる。

 チリンチリンと言った音色で構成された曲は、陽気な子供らしさと、それと何故か涼しげな印象を受けた。

 

「なに、この曲?」

 

「お、これは……」

 

 窓を見ると、大きな箱を抱えた荷車を引く人間……正確にはエルフの様だが、居た。

 荷車には、その大きな箱の中身がなんたるかを示す装飾が幾つか施されている。それらを見るに、アレは……、

 

「アイスクリーム屋か? 珍しいものだな」

 

 アイスクリーム屋さんとは、またもや現代の匂いが漂ってくるお店である。

 しかしそんなお店は、この街に来てから一度も見ていない。窓から大衆の表情を見てみると、俺達と同じ様に物珍しそうな顔で、引かれる屋台を見つめていた。

 ……あ、カップルっぽい二人が興味津々に屋台に近づいてきた。

 

「私も初めて見ます。最近開店したんでしょうか?」

 

「……”あいすくりーむ”ってなに?」

 

「冷たいお菓子さ。柔らかい種類から、固い種類のアイスもあるよ」

 

「へえぇぇぇ……!」

 

 メアリーが、興味津々といった顔でアイザック見上げて質問する。

 その答えは、ケイにとっても興味深いものだったようだ。彼女も興味津々な顔である。

 

「買ってこようか?」

 

「いいの?! いいの?!」

 

「勿論だとも。よし、ちょっと待っていてくれ」

 

「わかった! いい子にする!」

 

「ハハハ。じゃあ行ってくる」

 

 この店は、他所の飲食物を持ち込んでも良いのだろうか。という野暮な心配をする俺だったが、アイザックはそれすら気にせず買いに行った。まあ、迷惑をかけない限り大丈夫だろうし、そこまで心は狭くないだろう。俺は気にしないことにした。

 

「アイス、ケイが居た世界には無いんだよな?」

 

「まあ……」

 

「……」

 

「……」

 

 曖昧な返事を返すケイ。

 俺は彼女の顔を観察しつつ、一つだけ提案をする。

 

「……行ってくればどうだ?アイザックがケイの分まで買ってくるとは限らないぞ」

 

「え?」

 

「アイス。食べたいって顔してるぞ」

 

 ニヤっとしつつ指を指して指摘すると、ケイは目を逸らす。

 

「……食べたことのないお菓子に興味をもつのは、別に変なことじゃないと思うんだが?」

 

「そだね」

 

「……」

 

「……」

 

 ケイは再び無言に戻る。この90歳児には困ったものだ。

 俺はメモ帳にペンを走らせると、レイナに見せる。

 

『アイス、食べるか?』

 

「あ、私ですか?えっと、是非食べてみたいですね。……えへへ、ちょっと子供っぽいですかね?」

 

 子供っぽいのはケイだ。

 と言いたくなるのを堪えて、言葉を書き、見せる。

 

『アイザックに全員分買ってくるように言ってくる。一応』

 

 俺は立ち上がって、かるく手を挙げてからアイザックを追いかけに行く。

 まあ、アイザックがもとから全員分買うつもりだったら、俺の判断は無駄に終わるのだが。

 

 

 店の壁越しに聞こえていたアイスクリームのテーマ曲が、店の扉を開いた瞬間から新鮮に聞こえてくるようになる。

 勿論、あるいは当たり前だと言うべきか、興味を持っていたのはアイザックや俺たちだけでは無かったようで、保護者の目線を浴びながら子どもたちも集まり始めていた。

 

 俺は何も考えずに屋台に歩み寄ろうとして、寸での所で思いとどまる。

 

「ううむ、どうしたものか」

 

 いまの俺は、見るからに不審者である。そんな俺があの中に行けば、数秒で子どもたちの阿鼻叫喚が始まるだろう。

 ……以前、村で子どもたちに囲まれて何故か人気者になっていたのだが、その前例が参考になるかもわからない。

 アイザックが気付くまで、ここで佇んでいるべきだろうか。

 

「……なんだ?」

 

 屋台から数メートル離れたところから見ていると、視界の端に何か気になるものが見えた。

 久しぶりではあるが、見覚えのある姿。黒ずくめの服に加え、見るからに怪しい仮面が顔に張り付いている。

 

「イツミ……?」

 

 俺がその姿の名を口にした直後―――

 

 

 

【カラン……】

 

 何かがアイスクリームの屋台のそばに落ちてきて、人々がどよめく。

 その音の正体は屋台のすぐ横に転がっているが、それは缶のような見た目をしていた。

 

 一体何の缶だ?

 興味本位でその正体を見極めようと注視する。しかしそれは、見れば見るほどに、缶と呼称するには相応しくない見た目だと分かって……。

 

「グレネードだ!」

 

【パンッ】

 

 ―――誰かが叫び、人々がその単語の意味を理解する前に、その物体は()()した。

 爆発と言うには威力と重みが全く感じられないそれは、爆発で人を傷つけるよりも先に、”耳を貫くような音”と”視界いっぱいの白”を撒き散らした。

 

「――――!」

 

 視覚と聴覚を潰され、上下左右の感覚も狂ったのだろう。

 俺は訳も分からないまま背中を打ち付けられ、必死に瞼を閉じる。

 

 混乱する頭をどうにか鎮めようと、覚束ない動きで頭を手で抑える。

 

 

 

 気がつけば、鼓膜が破れるほどの爆音は、小さな耳鳴りとなり、失明を予感させる閃光は、しばらく視界が霞む程度の障害を残した。

 目を開けば、俺と同じ様に地面にうずくまっている人が沢山居た。

 幸運にも爆心地から遠くに居た人々は、大きな被害を受けた人々に手を差し伸べていた。

 

「い、ったい何が……?」

 

「ソウヤ!」

 

 耳鳴りに混じって、俺を呼ぶ声が聞こえる。

 一瞬、誰の声だか判別がつかず、その声の主が目の前に出てきた所で漸く見当がつく。

 

「ケイ……」

 

「大丈夫?怪我は?」

 

「……無いが、耳が遠い、目がかすむ。しかも、吹き飛ばされたのか?」

 

 視界がぼやける中、俺は立ち上がろうと足を動かす。

 するとケイが何も言わずに俺に肩を貸し、持ち上げてくれる。

 

 徐々に回復していく視界をあちらこちらに回し、状況を把握する。

 そして、その状況を頭の中でぼんやりと整理し……その中で、何かが足りないのに気付く。

 

「アイザック……そうだ、アイザックはどこに行った?」

 

「アイザック?」

 

 ケイが俺のつぶやきを拾い上げて、彼女も辺りを見渡す。

 

「居ない……攫われた?あの男が?」

 

「そうか、居ないのか」

 

 ……頭も大分動くようになってきたから、改めて現場を観察していく。

 爆心地から数歩もしない距離に居た人間は、一切動く気配がない。恐らく……、

 

「爆心地に近い人は気絶したんだろう。気絶したなら、抵抗も受けずに攫うことができる」

 

「気絶したとしても、人をひとり抱えて、しかもこの短時間で姿を消すなんて……」

 

 いや、高い筋力ステータスを備えていれば、不可能ではない。

 人には簡単にできないことが、この世界では簡単にできる。

 

「……どうする、ケイ。気配と追跡のスペシャリストなんだろう?」

 

「出来ないことは無い。けど……」

 

 ケイが言い淀んで、どうしたんだろうと思って彼女の方を見るが、俺の顔を見つめていた。

 なるほど、俺のことが心配ということか。

 

「心配なら俺たち3人をあの宿屋に送れ。この現場からは遠い、安全だろう」

 

「そう……私はアイザックを探すつもりだけど。ソウヤは……歩ける?」

 

「ああ。意識もハッキリとしてきた」

 

 もう肩を借りなくて良いと、俺はケイの肩から離れ、軽くジャンプしてみせた。

 彼女は少し悩んだが、意を決したように頷いた。

 

「分かった。レイナやメアリーは店の中で待たせてる。一緒に転移してもらうよ」

 

 そこから二人で店内へ、扉のベルを鳴らしながら入っていく。

 店内に居たはずの客はほとんど居ない。怯えた人と、それを見守る店員が数人居る程度だ。

 その中から、俺の姿目掛けて小走りで向かってくる2つの姿が出てきた。

 

「ソウヤおにーちゃん!」

 

「おごっ」

 

 幼くても流石にドラゴーナ。それなりの衝撃を伴って、メアリーに勢いよく抱きつかれる。

 腹から空気が押し出されるのを感じながら、俺はその衝撃を受け入れた。

 

「良かったです。ソウヤさんが無事で……。何があったんですか?突然大きな光と音がしましたけど」

 

「それなんだけど、アイザックが……」

 

「ねえ、ザックは?ザックは居ないの?」

 

 メアリーの声が、ケイの言葉を遮る。

 事実を伝えれば、少なからずメアリーを傷つけることになる。非常事態である今、子供の精神状態を不安定にさせるのは好ましくない。

 

「ケイ」

 

「分かってる。……メアリー。アイザックは、悪いことをした人を追いかけてる。だから、戻ってくるのに時間がかかるかもしれない」

 

「……わるいひと?」

 

「そう、アイザックは良い人だから、悪は見逃せないってね。だからその間、メアリーは……良い子にして待てるかな?」

 

「……」

 

 ケイの言葉に、メアリーは俯く。

 反応は上々ではないが、事実を伝えるよりかはマシだ。

 

「レイナ、私はアイザックを追いかける。3人一緒に転移で宿屋へ送るから、そこで待ってて」

 

「わ、分かりました」

 

「ソウヤ」

 

「分かってる」

 

「それじゃあ……メアリー、ちょっとだけ目を瞑っててね。レイナとソウヤは手を」

 

 言われたとおりに、俺とレイナはケイの手を。対してケイは、もう片方の手をメアリーの肩に置く。

 メアリーはぎゅっと目を瞑り、その時を待っている。

 

「……よし、『転移』」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「……もう良いよ、目を開けて」

 

「うんっ。……あれ?」

 

「ふふ、ちょっとした手品だよ。悪いけど、種明かしは私が帰ってきてからね」

 

 一瞬で移り変わる視界に、メアリーは混乱して辺りを見渡している。俺は慣れているから良いが、一般人にはとんだサプライズである。

 

「ケっちゃん。気をつけてくださいね」

 

「大丈夫。無傷で帰ってくるよ。じゃあまた……『転移』」

 

 すぐにケイは二度目の転移魔法を唱え、行ってしまった。

 

 

 

「……なんか、凄いことになってしまいましたね」

 

 反論の余地もなく賛成だ。

 アイスクリームなんてものが出てきたと思ったら、突然のあの事態である。

 明らかにアイザック個人を狙った犯行に、俺は嫌な予感ばかりを募らせる。

 

「ザック、だいじょうぶかな……」

 

「大丈夫ですよ。アイザックさんもケっちゃんも強いですから、どんな悪者でもへっちゃらです」

 

「へっちゃら?」

 

「はい。だから安心してくださいね、メアリーちゃん」

 

「……うん」

 

 ……そうだ。

 一応来客という事で、お茶を用意するとしようか。お茶を淹れたことはないが、まあ紅茶と変わらないだろう。

 俺は便利な魔道具で沢山のキッチンに向かおうとして……、

 

「ね、ねえ、ソウヤおにーちゃん」

 

 幼い声で、呼び止められた。

 どうしたんだい?とは口に出さないが、目線を合わせて話しやすいような体制にする。

 

「アイザック、帰ってくるよね……?」

 

 無闇に心配させる気の無い俺は、何も考えずに頷いてしまった。

 だけど、大丈夫。彼がプレイヤーなのであれば、心配の必要はないのだから。




イツミ・カド
彼は一体何を企んでいる?

次回、「異世界からの訪問者」

こーごきたい

追記・時間が経つほどいい構想が出来上がってくる
問題は、それに伴って過去話の内容を改ざんせねばならない事だ

というわけで、一部描写を変更

追記・ニュータライザ。炎と風属性魔石を使った魔道具の一種。音も光も、ついでに衝撃波も付いてきます。


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40-ウチのキャラクターと俺の親捜し

ケイが裏路地をうろうろするだけの話


 私は、獲物を追うための能力や、それに要する感覚をそれなりに鍛えてきたつもりだ。

 今ではすっかり定住しているが、かつて旅をしていた頃は、旅費を稼ぐためにモンスターを狩るなどしていた。

 

 剥ぎ取った部位が高く売れるようであれば売り、討伐自体に報酬が出るようであれば進んで狩った。

 だから、獲物の気配を追うことには自信がある。

 

 ……だけどそれは、モンスターを相手とした場合だ。

 いや、正確に言えば、舞台が野外であればのことだった。

 

 足跡は土に残るが、石畳には残らないし、他の人と見分けがつかない。

 無関係な一般人、それも大衆が残す痕跡ならば、それが本命の痕跡を隠してしまうことなんてザラである。

 

 唯一追跡に役立つものと言えば、魔力だ。

 魔力には個性がある。それを判別すれば特定の人物を追うことが出来る。しかもその場の環境に左右されずらい。異常に魔力を帯びた地域でない限り。

 やり方次第では、遠方から位置を特定することだって不可能ではない。

 

「……やっぱり、見つからない」

 

 アイザックの魔力ぐらい、昨日今日でもう憶えてる。

 その魔力は、ひと吹きしてしまえばすぐに無くなってしまいそうなぐらい極めて希薄だと言うことも、ちゃんと憶えている。

 

 ……魔力を頼りに捜索するにも、欠点がある。

 捜索対象の魔力量が少なければ、それだけ難易度が上がると言うことだ。

 

 あの男が持つ魔力は、一般的な獣なんかよりも少ない。いっそ清々しいぐらいに無い。

 

「ったく、ちょっとは魔力を鍛えろっての……!」

 

 何時もの女の子らしさを忘れて、悪態をつく。

 以前、レイちゃんを捜索する際に彼女の比較的豊富な魔力が役立ったのだ。あの時と同じ様に行けば、どれだけ楽だっただろう。

 ……私がなんと言おうと、アイザックの魔力が増えたりするわけではないのだけど。

 

 アイザックだけが追跡の目印じゃない。彼の魔力が感じられないのなら、誘拐犯の魔力を追えば良い……と、簡単に言えることじゃない。

 私は誘拐犯の魔力を知らない。なんたって、見ず知らずの人間なのだから。

 

 あのアイスクリーム屋の所に戻って、魔力を中心に捜索するという手も、既にやった。

 結果は、光と音を撒き散らす魔道具、あるいは別の魔道具によって、痕跡もかき消されたという事が分かった。魔力捜索への対策をされたということだ。

 つまり、手がかりはもう残っていない。

 

 ああもう、考えれば考えるほど、諦めという言葉が浮かんでくる。

 

 

 これはマズい、と、思考を改めるため、犯人の目的を考察する事にした。

 

 まず、なぜ日中の、しかも人の目のある所で誘拐を実行した?リスクが高いのは目に見えている。

 人の少ない夜で実行すればいいものだった筈だ。

 なんらかの道具で混乱を生み出して、その隙に攫ったとはいえ、やはり日中にやる理由が無い。

 

 夜を待てない程に時間がなかったのか?

 それとも、そのリスクが気にならないような状況、あるいはそんな環境だったのだろうか?

 例えば、誘拐の事実を広めるのがこの手口を目的だったり……。だとしたら、一体何の意味がある?

 

「……分からない」

 

 その言葉が、つい口から出る。

 そして足が止まった。どうせ探しても見つからない、という考えが私の足を止めた。

 

 

 ……そうだ。

 

 どこを探そうと、再会を求めようと、奇跡を望もうと、決して見つかることはないのだ。

 

 

 ……いや、違う。

 

 私は思考を振り払うように首を振る。

 私が探しているのは、彼女ではない。

 

 大丈夫。アイザックには魔力さえ無いが、タダでやられる男じゃない。

 どれだけ時間が立っても手遅れではないのだ。私が遅くなった場合、彼に大きい負担がかかるだろうが、それは必要経費だ。

 

 気を紛らわすために、道中で適当な物を買って、貪った。

 小さなパンだ。道中で見かけたものを、詳しいことも聞かずに買ったものだ。

 

「甘っ」

 

 やけに食感が柔らかいなと思えば、かのカレーパンと同じ様に中身が空洞だった。

 その空洞の中は空気で満たされているという事はなく、かなり甘い何かが入っていた。

 

 手軽なパンだと思っていたら、これだ。予想外にも程がある。

 しかし、その甘さが今の私にはちょうど良い。その証明に、頭が回るようになってきた。

 

 ……よし、探してみよう。

 

 日が傾き、空が赤みを帯びてきたが、まだ時間はある。気を取り直そう。

 魔力がダメなら、物理的な痕跡を探せばいい。

 

「……ったく、これじゃソウヤに鼻で笑われちゃうよ」

 

 ならば、ソウヤに失望されないよう、笑われる理由も作らせないよう、ちゃんとした成果を持って帰ってやる。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 と、格好良く決意したものの。

 

「何を探せば良いんだか……」

 

 私は途方に暮れていた。

 あの犯人の通り道と言えば裏路地だろう、とその辺をうろついているが、それらしいものは見つからない。

 

 正直な所、こんな場所をこんな時間で歩きたくはない。いよいよ夜がやってくれば……、というか既に夜なのだが、そうするとこの場は正に裏社会の表舞台となるだろう。

 面倒事に巻き込まれれば、犯人の発見が遠のいてしまう。

 

「はあ……」

 

「よう嬢ちゃん。こんな場所で何やってんだア?」

 

「ほら来た」

 

 角を曲がれば、如何にも声を大にして言えない仕事で食っているという風な男が出てきた。

 一見するも、大した力は無さそうだ。一応、苦戦する相手に遭遇した際の備えはしているが、少なくともこの男相手に使う必要はない。

 

「君、男を抱えて逃げた奴を知らない?」

 

「ハア?んな事よりも助けを呼ばなくても良いんかア?」

 

 一言も聞いちゃいない。

 最近の人形は聞いたり話したりできるというのに、この男は聞くことさえもできないらしい。

 

「仕方ないか」

 

「アン?何をボゴッ」

 

「『水を』」

 

 不意を打ってコメカミを鷲掴みにして、続けて魔法の水で頭を包んでやる。

 不意の攻撃に加え、水で包まれたことで大層驚いただろう。呼吸で取り込んだ空気の殆どを水の泡に変換してしまった。そして、今更というタイミングで口を閉じた。

 もう空気も残っていないだろうに。

 

 叫ぼうにも声にする息が確保できず、もし声にできても水にこもっては遠くに届かない。それに多くの水を飲み込んでしまう。

 男はしばらくもがき、しかし私の握力から逃れることは出来ず……しばらくしたら全身の力が徐々に抜けていった。

 

 潮時か、と私は手と水を離してやると、男は力なく倒れたこんだ。

 気絶寸前だろうが、意識はまだ残っている。元気に咳きこんでいるし、話せそうだ。

 

「はっ……、はっ……、ごほっごほっ」

 

「で……、君は見たか?」

 

 意識がはっきりする頃合いを見てから、問いかける。

 しかし男は全力で首を横に振った。

 ……犯人は、裏に住む人間からも避けて移動したのだろうか?しかしそう考えるには早計だ。他の人からも聞き込みをせねばならない。

 

「ご協力いただき感謝です。『ビリビリ』っとね」

 

 雷魔法を使い、魔力と雷を纏った手で男の首筋を叩く。すっかり怯え、震えていた男は回避することもせず、そのまま気絶してしまった。

 

「……顔、隠したほうが良いか。今更だけど」

 

 亜空間からローブを取り出す。最初にソウヤへ買い与えた物であり、新しいローブを買った際に無用となった物である。

 さっとそれを被ると、闇魔法でローブの下を隠す。持つべきは備えと知識である。

 

 これならば、どのような行動をとっても、『ケイ』に繋がることはない。

 基本的には暴力行為は控えたいが、裏社会の象徴である裏路地、スラム街等でそんな甘いことは言えない。

 

 今度は向こうで探すとしよう。見つかるといいんだけれど。

 

 今この場にソウヤがいれば、立派な不審者コンビである。

 せめてもの気晴らしにそんな事を考えつつ、手がかりを求めて歩き始めた。

 

 

 幸運なことに、今度は鋭い爪も牙も無さそうな人物に出会うことが出来た。戦う力も、なんなら立ち上がる力も無さそうな、すっかりくたびれた老人である。

 あの乱暴な男よりはマトモそうだと、私は話しかけようと近づく。

 

 ……が、話す直前にとある物を見つける。男の片手には酒瓶があった。

 それに加えて、もう片方で金属製の小さな何かをつまむように持っていた。それは指ほどの太さで、指2本分の長さをしていた。そして先が丸い。

 

「んあ……?こ、これは渡さんぞおお……!」

 

 ここまで観察していると流石に気づくのか、男が舌足らずな声で言ってくる。やはり酒に酔っているのか。

 

「貰うつもりも奪うつもりも無い。そいつ、一体何処で拾った?」

 

「あ?ヒヒヒ。んだよ、こんな老いぼれからタダで情報を貰おうだなんて……ヒック」

 

 酒臭い。

 酔った人間は面倒だ。どうしても予想外の行動に出るものだから、扱いづらい。この男の場合は理性が多少残っているだけマシか。

 

 ……しかたない、多少の出費は必要経費だ。

 

「100Yぐらいならあげる。教えてくれるかな」

 

「おいおい、それじゃどんな安酒も買えやしねえ」

 

「じゃあ、200?」

 

「2000Yだ」

 

 随分と強気である。いや、強欲と言うべきか。

 どちらにしろ、酒の勢いが乗っているのは確実だ。

 

「じゃあ良いや。ちょっとした興味本位だったんだけど。これじゃあ世間話の代金にしては多すぎる」

 

 そう言って、最初に言った100Yを彼の胸元へ放る。

 

「っと……。なんだい、金をタダでくれんのかよ?」

 

 そのつもりはないのだが、そんな感じのことを匂わせる風の態度をする。元冒険者の交渉術を舐めないでいただきたい。

 私は落胆したような仕草をして、言ってみる。

 

「私は慈悲深いからね。ちょっと話したら少しぐらいは置いておくつもりだったよ……。よもや、ちょっとした世間話にまで価値をつけるとは思わなかったけど」

 

「おい、待て。ああクソ。酔っぱらいのちょっとしたおふざけに決まっているだろ」

 

 ”欲”の字が顔に書いてあるも同然の顔をしているくせに、よく言う。

 

「あっちの角を曲がった所に、少し広い所だ……。つーかお前、コイツの事知ってんのかよ?」

 

 光加減次第で黄色くも見える小さな金属を指して、問われる。

 

「まあ。遠くの国で押し売りされた物と同じなんだ。名工による置物だってね。私には手抜きの品物にしか見えなかったけど……」

 

 あくまでコレは世間話であり、そして老人が持つそれに価値がないことを意識、そして強調する。

 老人は私の目を見つめようとするが、このフードの下は闇魔法に包まれている。数秒で漆黒を覗き込むのを止めた。

 

「だが、コイツは顔が映るほど表面が磨かれてるぞ。高く売れねえのか?」

 

「表面を磨くぐらいなら、道端の靴磨きの子供だって出来る」

 

「そうかよ……」

 

 見るからに残念そうである。一気に酒瓶を持ち上げ、水のように飲み始めた。

 まあ、私の言った事の大半は出任せなのだけれど。

 

「はい。頑張って……とは言わないけど」

 

 一応、追加で多少のお金を投げ渡す。

 聞くだけ聞いて後は対価を払わずに去るという選択肢もあったのだが、嘘というものは吐くほどに信頼性を失う。それは裏でも表でも同じである。

 この男の信頼を勝ち取ったとして、彼に将来性は無いから、そこでお察しなものだが。

 

「女の励ましなんて、何十年ぶりに聞いたかね。ヒッ、うぃー……」

 

 私はその言葉を聞いて、思わず顔をしかめる。姿を隠しても、声や体格から性別は知られるだろうと思っていた。

 だが実際に指摘されれば、こうして表情に出てしまうのも仕方ない。

 

 これ以上の用事はないのだし、言われた所に行くとしよう。

 そう思って、男に背を向けて歩き出す。

 

 ……が、後ろの老人のつぶやきが、耳に届いた。

 

「ッチ、お前さんみてえな女に声かけられるんなら、飲むんじゃなかったよ……」

 

 ……一体どういう意味だ?

 思わず振り返って、老人を見る。その視線に気づいたのか、老人も一瞬だけこちらを見る。

 

「俺を気にかける女の声、酔いさえしなかったら絶対に忘れられんよ。ヒヒヒ」

 

「……」

 

 

「オイ、お前さんの名前はなんだよ」

 

「……その前に、酔いを覚ませたらどう?教えといて忘れられたら、無意味だ」

 

「ヒヒ、そりゃあムリだ。……ヒック。忘れたいから、飲んでるんだからなア。で、名前はなんだよ?」

 

 辛いことを忘れたくて飲む、ということだろうか。そういうのであれば、まあ分かる。酒場に浸る人間のよくあるパターンだ。

 だが、どうせ忘れるというのに何かを知るとは、なんと無意味な話だろうか。

 

 なんとなく、この男と会話するのに嫌気が差して、会話をしたくなくなった。

 酔っぱらいは酔っぱらいらしく、酒を抱いて、呑まれて、そして道端で眠っていたほうがお似合いだ。

 

「オイオイ、無視かよ?」

 

 私は聞く耳を捨て、この場を去った。

 

 

 

 

 ……で、この場所であの金属片が見つかったらしいが。

 臭いの漂う空間で立ち止まり、見渡す。

 

 男に言われたとおりの道順で行くと、確かに少し広い場所に出たが……。裏路地に過ごす人間の、ゴミ捨て場とでも言うのだろうか。

 ここに、あの小さな金属片が落ちていたと言っていた。

 

 もしかしなくても、あの金属片は、ただのゴミとして捨てられただけなんじゃ?

 そうじゃなかったとしても、そもそもアレが犯人との関連性自体がない可能性も……いや、一応探すべきか。

 

 魔力、特にこれといったものはなし。人間の反応も、残留も見えない。

 痕跡、周囲に怪しい物は見つからない。ゴミ以外。

 

「うん」

 

 簡単に見つかるとは思っていないが、ここは外れらしい。残念だ。

 一応念入りに探してみるけども、期待もできないだろう。

 

 ゴミの山の中を一つ一つ見てみると、子供のお小遣いにもならないような価値の物が、ここに捨てられている事が分かった。

 生物(ナマモノ)は捨てられていないようだが、潰れた紙袋だったり、粉々に割れた瓶だったり、木片だったりが捨てられている。

 無価値なゴミが、壁に寄せ集められるように捨てられていた。

 

 やはり、あの金属片は単に捨てられただけで、それを見つけた男が持ち去ったのだろう。

 ゴミの山に埋もれた、端金程度になる物品を目当てに漁る者も、珍しいものではない。

 

 私は溜息を吐いて、観察するために屈めていた態勢を元に戻す。

 別のところに行こう、と思って裏路地の通路に戻ろうとして……、

 

「……?」

 

 何か思う所があって、足を止めた。

 

 ……よく考えてみると、やっぱり怪しい。

 根拠もないが、そう思った。そう、所謂「勘」というものである。

 

 私はゴミの山を再び見つめて、考え込む。

 経験上、こういった勘には従うべきだ。根拠もない確証だろうと、それなりの理由が何処かにある。勘と言うのは、それの現れだ。

 

 私は土魔法で棒を形成すると、ゴミの山を突き始めた。そしてゴミをよけ、何が捨てられているのかを隅々まで確認する。

 ゴミ……いや、木片、紙屑、木片、ガラス片、木片。

 

 次々と探していく内に、違和感を抱く。

 

 こんなゴミを、なぜここに溜め込んでいる?

 いや、これはゴミなのか?

 

 

【ピロピロン】

 

「っ……なんだ」

 

 聞き慣れない、しかし覚えのある音が耳元で鳴る。一瞬警戒するも、それは害の無い物であることをすぐに思い出して、警戒を解く。

 そして音の出本は何処だという疑問さえ抱かず、”メニュー”を開く。

 

 この能力にも慣れたものだ……、この奇妙な音以外は。

 意識を向けるだけで操作して、『ケっちゃんへ伝言です』と言う題のメールを開く。

 

『アイザックさんは見つかりましたか? もし会えたら、連絡してくださいね。

 メアリーちゃんは私の部屋で寝ていますけど、怖い夢を見るぐらいにはアイザックが心配みたいです。聞く限りだと、冒険者としての仕事などで外出する機会が多くて、今みたいな状況も多かったらしいですけど……。

 幸運なことに、とは言えませんが、おかげでメアリーちゃんも慣れっこらしいです。

 

 本題ですけど、ケっちゃんが探している誘拐犯。銃を持ってる可能性が高いらしいです。気をつけてください。見かけたら、すぐに身を隠してください。

 

 長くてなってごめんなさい。でも、捜索に時間がかかりそうだったら教えてくださいね。ソウヤさんが夜食を持ってくるって言ってました。

 助けが必要だったら、すぐに教えてください。

 

 それと、あと一つだけ。イツミ・カドさんから伝言です。

 キャットって言う人に会ったら、協力するように。との事です。頑張ってください。』

 

「夜食……、それに銃ね」

 

 確かに、この調子だと日をまたぐことになってしまいそうだ。

 だが、1人だけでこの広い街の中を探し回ろうと思っていたところだ。

 

 私は意識でピコピコと操作すると、キーボードと呼ばれる板が出てきて、そして私はそれを打つ。

 

『ありがとう。もし力が必要になったら、その時に私から迎えに行くよ。

 あと、イツミに変なことされたら、すぐソウヤに頼ってね。』

 

 文章を確認して、そして送信。

 心配してくれているレイちゃんには悪いけれど、まだキャットと会ってもないのだし、私は1人で行動させてもらう。これから、ちょっとだけ危ないことをするかもしれないのだから。

 銃なんてものが出てくるなら、尚更だ。

 

「その手始めに……ちょっとした大掃除と行こうか」




この話を飛ばそうかと思った、だって色々独白しながら裏路地をうろついてるだけなんだもん。
このままだと、話の進行が遅いって感じがしてしまう。やはり、私はまだまだ未熟か。


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41-ウチのキャラクターと俺の父親の真実

「アイザックさんって……なんと言うか、変、ですよね」

 

「?」

 

 コップを両手で持ち、その中身をじっと見つめながら言う。

 それは陰口という物だろうか。しかし言葉に悪意という物が感じられなくて、首を傾げる。

 

「あ、いえ。これは悪口というか、陰口というワケじゃなくてですね!」

 

 分かっている。

 俺はペンとメモ紙を手に取り、言葉を書いて見せる。

 

『この場にメアリーが居なくてよかった』

 

 父を貶されて良い思いをする娘など、特別な事情が無い限り有り得ないのだから。

 運の良いことに、その娘はレイナの個室で睡眠中である。きっと歩き疲れたのだろう。

 

「あうう……本当に違うんですよ?」

 

 分かっている。レイナの言葉に大げさに頷いてみせた。

 それに、アイザックが変だという事には根から先まで賛成だ。

 

 俺としても、アイザックはこの世界の存在ではないと言われれば、確かにそうかもと言ってしまいそうだ。

 

 これは別にヘイトでもなんでもないが、確かに悪口に聞こえなくもない。

 ただ、このアイザックへの印象には理由が無いわけじゃない。

 

『見た目は外国人、しかも西部劇に出そうな恰好。RPにこだわる人でもああまでいかない』

 

「あ……はい。剣も杖も、弓も何も持っていなかったみたいですし、かといって生産職でもなさそうです」

 

 じゃあNPCか、とも言い切れない。生産、戦闘もせず、最低限の労力でこの世界を楽しんでいるPC……プレイヤーも居るには居るのだ。

 

 そんなプレイヤーだったならば、もうNPCとの区別がつかない。直接問うか、日頃の言動から予測するしかない。

 直接質問するのは別にマナー違反と言うわけではないが、当の本人に会えないのであれば質問さえもできない。

 

 まあ、どうせプレイヤーだろう。と、あーだこーだ考えることを止めた。ゲームがあんな人間をNPCとして設置するとは思えない。

 それよりも、先ほどからとある考えが頭の中をうろうろしているのだ。

 

 

 アイザック。もしかしなくても、あの男が”別の世界の人間”ではないだろうか?

 ほら、あからさまに雰囲気からして世界観が違うし。

 

 ……というか、絶対にそうだろう。

 

「あーあー、なるほど」

 

 なるほど、キャットとの会話を顧みるに、イツミ一行はアイザックを狙っていたというわけだ。

 しかしなぜ今まで気づかなかったのだろう。コスプレイヤーなロールプレイヤーだという先入観が、その発想に至るのを阻害していたのだろうか。

 十分ありそうな話である。近未来なパワードスーツを装備した人間が居たら、未来人というよりも気合の入ったコスプレだと印象が入ってくるだろう。

 

「どうかしたんですか?」

 

『銃さえあれば、RPも完璧だったろうと思っていた』

 

「あー、確かにそうですよね。銃があったら……というか、既に幾つかあるんですけどね」

 

 まあな。と俺は頷く。

 滅多に市場に流通することはないが、先日の戦争で鹵獲された銃が、一部の間で使われているという噂だ。

 最も、弾丸に限りがあって、その上生産する手段が無く、そのおかげで骨董品のような扱いをされているのが殆どらしいが。

 

『銃関係の生産に関しての話を聞いたことは?』

 

「誰かが試しているという話は聞きますね。もし生産に成功して、流通が始まったら文字通り世界が変わりそうですよねー」

 

 たしかに、そうである。

 既に火薬自体は存在するらしいから、あとは製法の確立のみである。

 

 

「そう、銃がここで使われるようになれば、文字通り世界が変わるだろう!」

 

 突然、扉が悲鳴が如き音を立てて開かれる。

 一体何なのだと、俺はその方を振り返る。

 

「久しいな!かつてロマンと富を分かち合った友ぼふぉっ」

 

「新築の扉にヒビを入れるな」

 

 たった今瀕死寸前のダメージを顔面に受けた男は、黒い姿に怪しい仮面をしている……そう、イツミ・カドであった。

 彼の姿を見つけて、様々な疑問をぶつける相手ができた、と思った。

 

 しかしこの場に一気に二人がエントリーか、と思って管理人の部屋の扉を見る。

 如何にも不機嫌、という顔で、その指で突き刺そうとせんばかりに指差ししていた。

 

「も、申し訳ない、お嬢さん」

 

「全く……」

 

 管理人が、この世全ての不条理に嘆くかのような顔で溜息を吐いて、のそのそと部屋に戻っていった。

 

「……扉を雑に扱ったことを注意する為だけに出たのでしょうか?」

 

 それ以外にないだろう。

 戦争で宿屋が破壊されてから、彼女はこういう所に敏感になっているのだ。

 

 と、それよりもだ。

 何故かは知らないが、イツミが来た。あの瞬間、彼は事件の際に姿を現していた。つまり第一容疑者……とまでは行かないが、個人的には怪しいと思っている。

 その場に居たと言うだけで容疑がかけられるなぞ、堪ったもんじゃないだろうが、そこは彼自身が身に纏う怪しさを呪ってほしい。

 

 さあ、吐くんだ。

 と言わんばかりにイツミの目の前に出て、俺の疑問を乗せた言葉を見せる。

 

『アイザックが攫われた場に、イツミの姿が見えた。一体そこで何をしていた?』

 

「そう。その事について、情報を共有したいと思ったのだ。被害者の関係者である、ソウヤ殿とな」

 

 一体どう言うことだろうか。

 俺は一度考えて、椅子に座るよう促した。詳しい話を聞くことにしたのだ。

 

 

「……これって、私が居ない方が良い話ですか?」

 

「別に気にしなくても良いさ、小さな魔法使いさん」

 

「えっと……はい」

 

 イツミさんの気取った喋り方は、レイナには理解し難いらしい……。あんまりよろしくない反応に、イツミはしばし無言した。

 しかし今は押し黙るときではないと、イツミが一度区切るように咳払いをしてから、そして話しだした。

 

「……まず、ソウヤ殿が見かけたと言う私の姿。それは変装である可能性が高い。と言うか変装だ。つまり濡れ衣という事だな」

 

『証拠は?』

 

「無い。こればっかりは貴方がたの信用を願いたいのだが」

 

 難しい話である。が、より詳しい話を聞いて、信じるか信じないかを決めようと思っている所だ。

 その手始めに、1つ目の問を彼に向けて見せる。

 

『キャットから忠告された、異世界の人間の話。あれは何だ?』

 

「ふむ、あまりこういった事は言いたくないが……NPCを介しての伝言だったから、どうしてもああなってしまった。謝罪する」

 

 ……つまり、あの言葉は文字通りの言葉ではなかった、と?

 ならば、その言葉の真意とは一体なのだろう。

 

「その伝言の訂正をする前に、まずこれらをお見せしよう」

 

 すると、彼はその礼服の上着の裏から、一冊の本を取り出した。

 革表紙で、紙は古くなって変色したように見える。

 

「コレは、私が調査を行った結果、得られたものである」

 

 本が、机の上に置かれる。

 触れてもいいかと一度訊いてから手に取ると、その中身はすべて英語で書かれていた。

 

「ソウヤ殿は、英語は達者で?」

 

 首を横に振り、本を閉じる。文章こそは読めなかったが、ある一点だけは分かった。

 日付が毎ページに書かれていることから察するに、日記だろう。

 その予想を彼に伝えると、仰々しく頷いた。

 

「その通り、あるいはメモを兼ねた日誌とも言えるね。さて、肝心の中身だが、私がすでに翻訳しておいた」

 

 するとイツミは、俺の目をじっと見つめるようにして言った。

 

「中身は……銃の細かな性能を纏めたもの、賞金首であろう者たちの情報、そして日常の細事を記す日記。内容から察するに、この本の持ち主は賞金狩り(バウンティハンター)であり、活動していた地域では銃という武器が大量に使用されていた」

 

『持ち主の名前は?』

 

「せっかちだな、君は。言われずとも答えるさ。この日誌の持ち主は、アイザックだ」

 

 やはり……。

 

「あの、銃が使われてるって……それってこのゲームではありえませんですよね?少なくとも、あの戦争より前の間は」

 

「その通り。しかし、その矛盾などたった一つの事実で証明できる」

 

『異世界?』

 

「正解だ。その事を、キャットの伝言により伝えたかったのだ。……が、ただ異世界と言って済ませるには、誤解が生じてしまう」

 

「正確には異世界でない……」

 

「そう、確かに異世界とも言えるが、正確には、『別のゲームの世界』と言い換えられる。もっと言えば、そのゲームとは『ヴァーチャル・ウェスタン』……聞いたことあるだろう?」

 

 ヴァーチャル・ウェスタン……。聞いたことは、ある。

 ヴァーチャル・ファンタジーと同じ会社の、海外の支社で製作されていると聞いている。こちらは一般的なVRMMOであるのに対し、むこうはV(ヴァーチャル)R(リアリティ)S(シューター)、つまり銃を持って撃ったり撃たれたりするゲームである。

 

『つまり、2つのゲームの世界がつながっている?』

 

「その通り。以前、銃を持った軍団が攻めてきた事を覚えているだろう?」

 

「あ、ってことは……!」

 

「そう、あの軍団のことは、この本の中でも言及されている。ともすれば、彼らは『ヴァーチャル・ウェスタン』の人間だったということが分かる」

 

 イツミがそう結論付けて、俺はなるほどと考え込む。

 アイザックと、以前国を攻めてきた軍団は、両方とも同じ別ゲームの世界からやって来たのである。

 

「……あ、そういえば」

 

 俺の声の性質を抜きにしても、興味深く聞き入っているからかイツミ以外の声が全くしないこの空間で、割り込むように小さな声が上がる。

 

「どうしたんだい?質問は受け付けるよ」

 

「その、アイザックさんがその別世界から来たとして……銃とか、持ってるんですよね?」

 

「……良い質問だ、お嬢さん。そういえば君の名前を聞いてなかったね?」

 

「あ、私はレイナって言います」

 

「いい名前だ、レイナお嬢さん。是非とも私の助手に来てくれないか?」

 

「え?いや、あの……」

 

「……冗談さ。そういえば私の名前も言ってなかったか。改めまして、イツミ・カドと申します」

 

 そんな自己紹介をされても、レイナはすっかり怯えて縮こまっている。心なしか椅子の位置もイツミを避けるようにズレている。

 ちょっと見れば明らかに分かるぐらい避けられているのに、それでも自己紹介をする彼の度胸には感心する。

 

「さて、確かにアイザックは銃を持っているだろう。十分な弾薬さえあれば、この国の人間など直ぐに……おっと、その前に」

 

「……?」

 

「あちらに居られる、私に続くゲストをご案内しなくて良いのかい」

 

 そう言って、イツミは意味深に階段の方を見つめた。

 ここの住民が上の階から降りてきたのか、と思ったのはその小さな姿を目撃するまでだった。

 

「……!」

「……あれ、メアリーちゃん?!」

 

 小さなドラゴーナ……メアリーがここがここにいた。

 イツミの目線を辿るように階段を見ると、確かにメアリーが手すりに隠れるようにして俺たちの様子をうかがっていた。

 確か、上の個室で寝かしていた筈だったのだが……。

 

「あ……え、え……えっと……!」

 

 見ると、メアリーは今にも泣き出しそうな顔で……と言うより、「怖い」という感情が込み上がってきたのだろう。たしかにイツミの見た目は怖い。

 それとも、盗み聞きということをして、叱られるとでも思って泣きそうになっているのだろうか。

 

 どっちにしろ、このまま()()()()を続けるわけには行かなくなった。

 

 俺はレイナと一緒に、メアリーをなだめることにした。

 そうしている間、メアリーの泣き顔を作った現行犯、イツミは気まずそうに椅子に座っていたのだが。

 

 

 しばらくするとメアリーが落ち着いて、この場のゲストに対して疑問を示す。

 

「えっと……だれ? ザックのおともだち?」

 

 その一言に、俺達はどう説明しようか困ってしまった。

 彼はアイザックの知人でも友人でもなく、それじゃあどういう関係かと問われれば、どんな関係なのだろうと返す他ない。

 

 少なくとも、アイザックのことを知り、そしてアイザックは知らない人間である。

 

「お知り合い、と言った所だ。初めまして、私のことはイツミと呼ぶといい」

 

「……へんなひと」

 

 そんな軽口を叩けるぐらいには涙が収まったらしい。

 しかしメアリーにとってそれは純粋な本音であり、軽口でもなんでもないのである。

 

 言葉を真に受けたイツミは、残念そうに表情を暗くするのであった。

 ……心なしか仮面の表情が変わっているのは気のせいだろうか。

 

「さ、さて。話の続きをしたいのだが……そうだ、アイザック殿がいせばっ」

 

 その単語を言い終える前に、メモ帳で彼の顔を叩く。

 異世界、別ゲーム、そして誘拐。そう言った単語を、メアリーに聞かせたくない。

 

「ザックのおはなし?」

 

 イツミの話が強制的に中断されて、その後に口を開いたのは、そのメアリーであった。

 好きな話題が出てきて、嬉しそうに話しだした。

 

「あのね、ザックはね、いつもおしごとでどこかにいっちゃうんだ」

 

 今までの様な話をする空気ではなくなり、俺を始めとした3人は、メアリーの話に耳を傾けた。

 メアリーの表情は、一見すると笑顔に見えた。

 

「でもね、どこかにいっちゃうまえに、いつかえってくるって、おしえてくれるの」

 

 幼い彼女の話を聞き、胸の痛みとともに心臓の拍がズレたような感覚を得る。

 アイザックは、"どこかに行っている"が、"いつ帰ってくるか"は伝えていない。

 当たり前だ、彼は予期せぬ事態により、誘拐されてしまったのだから。

 

「それでね、かえってくる日のあさにおきると、ザックがおはようって言ってくれるの」

 

 メアリーは、彼が帰ってくるのが何時なのかを知らないのである。

 どれだけ待てばいいのかを知らないのである。

 いつまで孤独に過ごさなければいけないのかを知らないのである。

 

「だからね、ザックがかえってくる日は、はやおきするの。そうすると、もっとはやく“おはよう“って言えるの」

 

 いや、正確には孤独では無い。メアリーが友達と認めた者がここにいるのだから。

 だが、たった1人の親が居なくなってしまえば、心細くなってしまうのが子供である。

 

 

 安心しろ、ソウヤ。アイザックが戻ってこないという事態は起こりえない。

 プレイヤーは死なない。時期はわからないにしろ、そう長くない内に再会できるのだ。

 

「……でもね、わからないの。ザック、かえってくる日、おしえてくれなかった」

 

「あ、えっと、それは……!」

 

 メアリーが不安になっている。

 そう感じ取ったレイナは、すぐさま声をかけようとした。

 

 ……しかし、メアリーはそれに気づかずに話を続けた。まるで、何も聞こえなかったような様子だった。

 

「さっきね、わたし、こわいゆめを見たの」

 

 メアリーは誰にも目線を合わせず、何もない所を見つめていた。

 彼女が言う「こわいゆめ」を、思い出しているのだろうか。そう思っていると、彼女の身体が震えている事に気付く。

 

「まちがね、もえてるの。それと、たくさんこわれてた。ぜんぶ、ぜんぶ」

 

 なぜ俺は、黙って彼女の話を聞いているのだ?

 ああそうだ、彼女の薄く輝く瞳に、俺の目が惹かれているのだ。誰にも向けられていない紅い目線に対して、俺は何も出来ずに居るのである。

 

「それをね、わたしが、たかいばしょから見てたの。それで、わたしは……」

 

「メアリーちゃん!」

 

「……あ」

 

 レイナが声を張り上げ、メアリーを呼びかけた。するとメアリーはハッと目線を上げて、まるで夢から覚めた直後の様に辺りを見渡していた。

 紅く輝いていた筈の瞳は、何時も通りの紅い瞳に戻っていた。

 

「あれ、えっと、わたしは……」

 

「……お茶、飲みますか?ほんのちょっと冷めてますけど」

 

「え、でも」

 

「どうぞ」

 

「あ、う……い、いただきます……」

 

 レイナが飲んでいたものを、メアリーに譲った。メアリーは気まずそうに飲むが、心なしか落ち着いたように見える。

 

 ……あの瞳……。アレは気のせいだったのだろうか。

 

「あ、そうだ。ケっちゃんに……あ、ケイなんですけど、この事を伝えてもいいですか?」

 

「勿論、構わない。……キャットに合流したら、協力するよう伝えておいてくれ」

 

「キャット、ですか?」

 

「ケイ殿ならば知っている名だが、頼めるかい?」

 

「あ、はい!勿論伝えておきますね!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「……」

 

 ふと、メアリーのコップが既に空であることに気付く。

 俺はポットを持って、そのコップをお茶で満たす。

 

「あ、ありがとう、ソウヤおにーちゃん」

 

 どうも致しまして。

 声に加え、文字でも意思疎通が出来ない相手に、俺は笑顔で頷いた。

 

 レイナはケイに送るメールを書いている最中だし、イツミは用事があると言って去ってしまった。

 この机を囲んでいるのは、俺たち二人だけであった。

 

「んく……」

 

 メアリーがお茶を一口飲んで、コップをテーブルに置く。

 その様子を、邪魔にならない程度に眺める。ふと、眠そうに瞼を下げているのに気付く。

 

 ふむ、ベッドに連れて行って、寝かしておきたいところだが……。

 

 ……そうだ。

 

【カリカリカリ……】

 

「……?」

 

 ……よし、出来た。さあ、これでどうだ!

 俺は『ハテナマークの横にベッドが描かれた絵』を見せて、鼻を鳴らした。

 

「ベッド……あ!」

 

 理解したか?

 眠そうな顔は何処かに消え去って、代わりに明るい笑顔を向けてくる。

 

「ソウヤおにーちゃん、ねむいんだ!」

 

「そう来るか……」

 

 

 結局、メアリーを寝かしつけることが出来たのは、メモ紙を6枚ほど消費した後だった。

 ただ、他人の口を借りずにここまで来れたのは誇るべきことだ。多分。

 

 この後、レイナにメアリーを寝かしつけたことを伝えた。

 そろそろアイザックを見つけて帰ってくるだろうし、夜食でも作っていようか。




整理

・アイザックは別のゲームの世界からやってきた。
・以前の戦争にて相手した軍団も同様である。
・その世界からやってきた者達は、だいたい銃を持っている。

・メアリーの義理の父のアイザックが外出する時、帰ってくる日付を必ず伝える。
・帰ってくるその日の朝には必ず枕元に立っている。

・メアリーは悪夢を見た。
・滅びと表現するに相応しい状況の街を、上空から眺める夢だ。

追記・なにげにサブタイを編集する事ってなかったよね
ということで、『悪夢と真実』から『父親の真実』に変えました


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42-ウチのキャラクターと俺の潜入大作戦

「ほう、当たりだね」

 

 誰にも居ない空間で、呟く。

 靴についた炭を払いつつ、澄ました顔であたりを見渡した。

 

 あのゴミの山を丸ごと焼き尽くすという、ゴミ処理という名の放火を行った末、見つかったのは地下通路へ繋がる扉だった。

 ……その肝心な扉も燃え尽きて、今この瞬間も踏みしめている木炭になっているのだが。

 

 すっかり風通しの良くなった地下通路だが、それでも空気の通りが悪いのか、まだまだ焦げた匂いが漂っている。

 

 まあ、とにかく探索するとしよう。

 なんたって地下通路だ。探索しないで何を探索しろというのだ。タンジョンと通ずる所もあるのだし。と、思わずあの頃を思い出してしまう。

 あの頃とは、この世界に転移……憑依とも言えるかもだが、イツミと出会ってダンジョン探索を行った時のことだ。

 

 この世界において、ダンジョンの中には宝箱があるのは当然のようだが、私は今でも納得できないでいる。

 異世界だから、と言われればそれまでだが、元の世界ではダンジョンは古代の遺跡、あるいは自然やモンスターによって作られた構造物に過ぎず、探索者を祝福するような綺羅びやかな宝箱なんて存在するはずがないのである。もしあれば、それは遊び場、つまり”ゲーム”である。

 

 ダンジョンの中に、どこかの海賊王が宝箱を隠したわけでもあるまい。

 

 だがこの世界では()()らしい。

 未だに謎だ。死体が光になって消える怪奇現象に並ぶ、世界の不思議の一つである。いつかは世界の七不思議となるのだろうか。

 

 しかしこれがこの世界での常識なワケで、余計タチが悪い。

 盗み聞いた話によれば、死を経験した人間が今も何とも無いように話しているとかなんとか。どうも、プレイヤーならそんな事ができるらしい。今も半信半疑なのだが……。

 ちなみに”半疑”なのは私の耳と頭である。

 

「はあ……」

 

 そこまで考えて、”異世界なら仕方ない”という結論に至る。

 今までにもこの世界のナゾについて思考したことが何度かあったが、これ以外の結論が出た試しがなかった。

 

 

 この世界の不思議について考察しつつ、しばらく歩いているが、特に様子に変化はない。

 腰に掛けられた魔道具のカンテラが、この通路を照らす。土壁を木製の梁が支えており、どこか坑道のような雰囲気を感じさせる。何処にも鉱石は見当たらないが。

 

「何にもないねえ」

 

 態とらしく言葉を放ってみた。返ってきたのは反響音のみ。こういった閉鎖空間は声がよく通る。

 迂闊に物音を出せば敵に知られるだろう。その前に私が魔力で感知するのだけど。

 

 そう、魔力といえば、先程から後方からその魔力を感知している。

 一本道の下、こちらを認識して追っているらしく、歩調を速めたり遅くしたりしても一定の距離を保つ。

 

 尾行ということだ。

 

「んー」

 

 振り返って、後方を睨んでみる。視界には暗闇と土と木のみが映って、人影はどこにもない。

 足を止めているが、相手も立ち止まったようで距離は縮まらない。

 

「ふうん、隠れるのを止める気は無いようで」

 

 実のところ、今感知している魔力には()()()があるのだが。

 人が持つ魔力というものには個性があり、ある程度感覚が鋭ければ顔を見分けるように判別することが出来る。

 モチロン、見知った顔でなければ魔力の個性を覚えることができない。

 

 尾行している者から感じられる魔力から察するに、その正体は……。

 

「キャット? 友達相手にコソコソする必要は無いんじゃないかな」

 

 隠密行動といえば彼女、とも言えるキャット。

 レイナからの伝言によれば、今の状況下ならば彼女が協力者になってくれるとの事。

 敵意は一切なく、代わりに茶目っ気を込めて、彼女の方を見つめてみる。

 

 が、反応はない。

 少し寂しい。

 

 ふむ、そこまでするというのなら、私に手段がある。

 

「……まあいっか。『塞いじゃえ』」

 

 地面から土を貰って、穴を塞いでしまう。これも茶目っ気である。

 

 ……ほら、向こうから4足の足音が聞こえてきた。

 

「何するんデスか!」

 

「イタズラ?」

 

「こんな状況下でデスか?!」

 

「まあまあ」

 

 土壁の向こうからキャットの声が聞こえる。

 ここまでしないと反応してくれないと思ったまでだ。というのは後付の理由だけれど。

 

「じゃあ今開けますよーっと」

 

「とっとと!」

 

「ととっと開けました、と。……その姿を見るのは、いつぞやのダンジョンぶりだね」

 

 キャットが望んだように壁を崩してやったら、十数日ぶりの姿が見えた。ソウヤと出会ったダンジョンでの装いだ。街ではいつもローブ姿だから久しぶりだ。

 

「はあ……本当に連絡を受けているのデスか? 私達は協力関係だと」

 

「協力者相手に尾行することないじゃん」

 

「……にゃあ」

 

 目をそらして誤魔化された。

 さっきの壁のこともあるし、それぐらいはお互い様と言うことで微笑んだ。キャットが苦虫を噛み潰す様な表情になる。

 

「それに、そんなにコソコソする必要も無いと思うんだけどね」

 

「……確かに魔力は一向に感じられないのデス。足跡は……参考にならないデスね」

 

 私は頷く。

 この地面には無数の足跡があるが、痕跡が風化しづらい地下通路の中だから、それらが何時のものだか判断し難い。

 そもそも一本道だから、足跡を分析する必要性があんまりない。魔力や気配を探って人の接近を察知することぐらいしか出来ない。

 

「会敵するまで歩こっか」

 

「了解デス」

 

 そして、さっきまでのいざこざがまるで無かったかのように歩き出した。

 

 私の前方に人影がひとつ増えたのみで、他に変化はなかった。

 会話しようかとたまに思うが、彼女から漂う真剣な雰囲気で、思わず口を噤んでしまう。これがプロ意識というものか。

 

 仕方ない。私も黙って後ろをついて行こう。

 

 小さく息をつくと、とりあえず魔力感知に集中しつつ歩くことにした。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「コンタクト。前方。多数の気配と、少し離れた所に一人デス」

 

 魔力感知で微かな何かを掴んで、キャットにその事を伝えようとすると、先を越される。

 誰かさんと共通して希薄な気配なのだが、それを読み取れるとは優秀だなと思うと共に、なかなか本格的だと感心する。

 見つかってしまえば面倒だからと、ランタンの明かりを消すが、すっかり視界が真っ暗になってしまった。

 

 下手をすれば方向感覚が狂ってしまいそうだ、壁に触れなければ道沿いに歩けない程。

 

「見える?」

 

「夜目はきくのデス」

 

「よろしく」

 

 視界をキャットに任せ、私は魔力感知のみに集中する。

 彼女が発見した一人以外に、他の人間の気配もちらほらと感じられる。

 

 もっと集中して見る。位置関係から察するに、最初の一人は見張り、それ以外は部屋の中で集ったり作業したりしているらしい。

 

 そしてもうひとつ、様子の少し違う気配を感じ取る。これは……、

 

「アイザックがここに居る。見覚えのある魔力だよ。間違いない」

 

「……『魔力特定』というものデスか。大した技術デス」

 

 なんかよくわからないが、褒められた。

 しかしなるほど、ここではこの技術は『魔力特定』と呼ばれるらしい。中々シブいネーミングだ。覚えておこう。

 

「で、どうする? 入り口はひとつしか無さそうだけど」

 

「存在を知られると人質がどの様な扱いをされるか分からないのデス。隠密行動が第一にしたいのデスが」

 

 たしかにそうだ。そうすると……。

 

「私にいい考えがある」

 

「はい?」

 

「見ててよ。……『崩せ』」

 

「……?!」

 

 土魔法で見張りの近くを操り、土の壁を、天井を崩す。

 ごろごろと土が流れる音で、通路中の人間のすべてが異変に気づく。おそらくは部屋の中にいる人も。

 

「な、なにをしているのデス!」

 

「まあ」

 

 しばらく待つと、見張りの気配が近寄ってくる。通路を塞ぐ土を確認しに来たのだ。

 

「マジかよ……通路が崩れやがった」

 

 男の声が聞こえる。

 この小さな災いに嘆く隙があるのなら、これから起きる災いにはどのような反応をするのだろう。

 

「よし、『塞げ』」

 

 見張りを惹きつけたところで、通路を更に崩す。その結果、見張りは土砂で挟まれてしまう。

 これで良し。

 

「これで男が助けを求めるはず。全員行かなくとも、数人は部屋を出る。警備が薄くなるというワケ」

 

「ああクソ。おい! 通路が崩れちまった、助けてくれ!」

 

「ほらね」

 

 遠慮なく大声で叫ぶものだから、土砂越しでも見張りの声がよく聞こえる。

 

「いや、一体どうやって侵入するのデスか?!」

 

 その大声とは逆に、響かない小さな声で怒鳴られた。実に器用なことだ。

 アイザックが居る部屋へ向かう通路はここしかない。それを塞いでしまった今、直接歩いてたどり着くことは不可能だ。

 

「無策で道を塞ぐわけ無いじゃん。手、つないで」

 

「は、はあ、なるほど……。ハイ、手?」

 

「ほら」

 

 キャットは戸惑い、困惑するも、しばらくしてから私の手を握る。暗闇の中で見えるのはキャットだけだから、彼女の方から握ってもらう。

 それを確認して、向こう側の様子をまた魔力感知で探る。

 

 助けを呼ぶ声に反応して、全員の気配が災害現場の方に向かっていった。

 おやおやおや、全員で助けに行っちゃうんですか。行っちゃうんですね。

 

「よし、『転移』」

 

 この隙を逃して何時行くものか。

 さっそく魔法を発動すると、アイザックの気配を目印に転移する。

 

 

「?!」

 

「……よし、狙い通りの場所だ」

 

 目視していない場所、それも一度も来たことがない所だから、正確に転移できるか心配だったのだが……上手くやれた。

 

「き、君達、今どうやって……手品か?」

 

「そう。手品。何処にもタネはないよ。在るのは魔力と知識あるのみ」

 

「そ……そうか。大した魔法使いもいたものだ」

 

「さ、とりあえず開放するよ」

 

「ああ、感謝する」

 

 ようやって納得するところを見ると、中々肝が据わっているらしい。やはりこの男は場数を踏んでいるのではなかろうか。

 アイザックの手足を拘束しているロープを剣で切ってやると、感謝の言葉と共に立ち上がる。

 

 さて、人質も確保したことだし、3人で帰ってしまおうか。

 そう思って再び転移魔法を構築しはじめるが……、

 

「にゃ……にゃ…………はっ、上の空になってる場合じゃないのデス!」

 

「上の空なのは君だけだよ」

 

「とにかく! 陽動に気が向いている内にこのアジトを探索させてもらうのデス」

 

「……先に二人で帰っていい?」

 

「この場所が密室状態だということを忘れたのデスか?!」

 

 参った、キャットはこの場所に興味があるらしい。

 今私達が居る場所は、何も置かれていない小さな部屋。そこに扉があって、さっきまでアイザックを拘束してたロープがぽろぽろと落ちているのみ。

 

 私は一足先に帰りたいのだが、キャットを置いていくわけには行かない。

 どうしたことかと迷っていると、アイザックが一言だけ私達に言う。

 

「探索させてくれ。装備を奪われたんだ」

 

「アイザックまで」

 

「2対1で賛成多数デス。文句はないデスね?」

 

 ここぞとばかりに結論を出すキャット。

 ……まあ、良いけどさ。

 

「何かあればすぐに転移で逃げる。これが条件」

 

「言われなくとも、デス」

 

 私は溜息を吐いた。

 

 

 アイザックが凝った体をポキポキと鳴らして、キャットがこの部屋の扉を開こうと手を伸ばす。

 私は敵の様子でも注意していようか、と思っていると、

 

【カチ】

 

 ……といった異音が鳴った。その後に、扉の向こうから更に、

 

【カランカランカラン……】

 

 よく響く音が、部屋全体を反響する。金属製の容器だろうか、それらは天井から吊るされ、お互いがぶつかり合って音を発しているようだ。

 ……つまりは、侵入者あるいは脱走を知らせるトラップのようなものであった。

 

「トラップなのデス!」

 

「言った矢先にこれだよ! ……って、アイザック!」

 

 あの男は……トラップに引っかかったのに気付いて、すぐに飛び出していった。

 アイツは死にたがりなのか?!

 

「侵入者だ!」

「どうやって入った?!」

「人質を逃がすな!」

 

「ああ……もうっ!」

 

 敵が大量に集まってくるのを察して、対処に出ようと走り出す。

 

 ここの敵は、銃と呼ばれる強力な遠距離武器を持っているらしい。

 ソウヤ曰く、弓矢よりも迅速に攻撃を行うことが出来る上に、威力が高い武器とのこと。それと、ある程度連射が可能だと。

 

「アイザックの援護に行く!」

 

「すぐに逃げるんじゃないのデスか?!」

 

「皆で逃げるって意味だよ!」

 

 アイザックは確か向こうに居たはず。魔力を大雑把に探りながら方向に当たりをつけ、障害物を避けつつ部屋を走る。

 この部屋は大部屋なのだが、木箱や樽、麻袋が多く積まれてある。端的に言えば、障害物が多い。

 ここはなにかの倉庫なのか、と思いつつ追いかけると、私が探していた姿を見つける。

 

「アイザック! 君は死にたがりなの?!」

 

「そうでもないぞ? 少しばかり急いでいただけだ。……そうそう、捜し物は見つかったぞ」

 

 アイザックが小さな金属製の造形物を両手に持って、ニヤリと笑った。

 その造形物の大雑把な特徴から、直感的にそれが銃だとわかる。

 

「その武器……」

 

「脱走者だ!」

「2人居るぞ!」

 

「っ……!」

 

 しまった、焦って気配を拾い損ねたか!

 剣を構え、敵の姿を捉えようと振り向くが……、

 

 

 

【パァン】

 

 

 

 しかし敵は、戦意や敵意と言ったものを持ち合わせていなかった。

 ……それもそうだ。彼らは既に死んでいるのだから。

 

「な……」

 

 落雷が起きたと思わせるほどの轟音と、雷光のような眩い光が部屋全体を照らした後だった。

 

 敵は2人いたのだが、その両者の首が、何かで叩きつけられたように仰け反った。

 しばらくしてバサリと敵が倒れると、空中で血が舞い、彼らの背後にあった木箱に血がベッタリと広がっていることに気づく。

 

「……」

 

「よし、腕は鈍ってないようだ」

 

「……なにあれ」

 

 あんなの、反則じゃ……?

 一瞬で、2人の命を奪うなど。それじゃまるで、死神の所業じゃないか。

 

「わ、わ、まだ敵が来るのデス!」

 

「ほう、銃撃戦の用意は出来ているようだな? どれ、久しぶりのショータイムと行こうか」

 

 ……銃の強さに驚いてる場合じゃない!

 

「てかなに好戦的になってんのこのバカさっさと逃げるの! キャット!」

 

「バカとは……」

 

 彼女の名前を呼ぶと、私の近くに寄って、そして私の手を握る。

 アイザックは……、

 

「ほら行くよバカ!」

 

「2度も言うな、傷つくだろう!」

 

 誰が傷つくか!

 乱暴に袖口を掴むが、これでも共に転移する条件を満たしている。

 敵が来る前に急がねば、しかし転移を失敗すれば一大事だ。慎重に、迅速に魔法を構築して……いや、何かがおかしい。

 

「ああもう、急いでいるというのに……!」

 

 転移先の座標が不安定だ、外的要因か……などと考察している暇はない。

 調整、そして確認を行い……、

 

「まだなのデスか?!」

 

「居たぞ!」

「撃て!撃て!」

 

「……『転移』ッ!」

 

 ……私達は、その場から姿を消した。

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「~~~はぁああ」

 

 転移した直後、家の並ぶ道のど真ん中に出たのを確認して、そして大きなため息を吐く。

 キャットは私の手を離して、アイザックは脱力した私の手から逃れる。

 

「お、おお? これがテレポートか! 凄いじゃないか」

 

「とんだ大惨事だったのデス……」

 

 私としては、何度も転移魔法を使って少し疲労感を感じている所なのだけど。

 ……けど、転移の際、魔法が不安定だったのだ。お蔭で、迅速な発動を要するというのに、調整に時間を食わされた。

 この気苦労は、それも原因となっているのかもしれない。

 

「全くだよ……敵がわらわらと集まってくるし、魔法は不調だし……」

 

 実際、一度危ない場面に遭った。

 アイザックのお蔭で無傷なのだが……今でも納得できない。一体何なのだ、あの武器は。

 

「それよりも何? 一瞬で2人を倒した時の…………」

 

 問い詰めようと、アイザックの方を向いた時。

 

 

「は……?」

 

 ……私は目撃した。

 

「な……何なの、この魔力は……!」

 

 遠くの上空で、とんでもない密度の魔力が巻き上がっている。

 まるで竜巻が渦巻いているようだ。

 

「ケイお姉さんにもあれが見えるのデスか? ……私はご主人と合流するのデス。それでは」

 

 キャットがそう言うと、その身のこなしで一気に民家の屋根にまで駆け上がり、そして何処へ駆けていった。

 

「あ、ああ……魔力? 2人とも一体何を言ってるんだ?」

 

「……魔力が異常な密度だ。放出されているように見えるけど、逆に引き寄せられているような……これは」

 

 ……放出と吸収を繰り返しているのか?

 その様子を注意深く見つめていると――、

 

「っ、ソウヤが危ない!」

 

 この方角、そして距離。

 それらを掴んで、ようやく気付いた。

 あの魔力の渦の中心に、ソウヤがレイナが居る宿屋が有るのだ。

 

「アイザック、転移する!」

 

「な、ちょ――ー」

 

「『転移』!」




突然の発生した、大きな魔力。
一体何なのか。

次回
時間を掛けて作りたい。

・追記
潜入^脱出シーンの間に戦闘シーンを挟むという、大型の編集を行いました。
ステルスアップデートでは済ませられないから、こうして報告しときますん。


・追記(重要)
な ぜ か 内容が別のものと書き換えられていた。
書き直さねば……ということで工事完了
けっきょく原因はナゾ


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43-ウチのキャラクターと俺の厄災竜襲撃

 レイナがケイ宛てのメールを書き終え、あとはアイザックとケイを待つだけになる。

 話を済ませたイツミもいつの間にか何処かに行ってしまったし、他にやることも無かった俺は、レイナの日課であるポーション製作の見学をしていた。

 

 俺も生産技能として『料理』を習得しているが、これは現実の技術を流用できる以上、あんまり新鮮味が無い。

 対してレイナは『ポーション製作』。現実ではなかなかできないモノであるのは、周知の事実だ。

 

『それにしても、どうしてこの場所で?』

 

 レイナがポーション製作に必要な道具全てを食堂の机に置いた後、俺は問いかけた。

 

「理由ですか? ……製作に失敗すると周辺に危険が及ぶことがあるんですよね。だから、メアリーちゃんを寝かしてるあの部屋じゃできなくて」

 

 き、危険?

 それは一体どういう危険なのだろうか。見学する上で注意しないといけないだろうと思って、詳しく説明してもらう。

 

『詳しく』

 

「危険について詳しく、ですか? そうですね。回復系のポーションの場合は特に何もないんですけど、異常状態等の危険なポーションになると、製作者がケガをしたり、異常状態になったりします。酷いと有害な気体が出てきて、処分するにも難しいんですよね。最悪、爆発して部屋が大変なことになります」

 

 ばく、ばくはつ?

 

 とんでもない単語が飛び出してきたが、少し考えると確かにそうだ。

 直接見たり経験したりしたわけではないが、薬品も有害物質を発したり、爆発したりする可能性がある。ポーションの場合も、それと同じような物なのかもしれない。

 

 ファンタジーというか、科学的というか……。

 

「……と言うのは別に関係ないんですけどね。今日は回復系しか作りませんし」

 

「はい?」

 

「えへへっ。やっぱりケっちゃんの言う通りです。お人形相手なのに、表情を見てるみたいに感情が分かります」

 

「なんだって?」

 

 言われて、俺は思考停止気味の頭を再起動させる。しかも無意識に言葉が口からでちゃったらしい。でちゃったのだ。

 ……まて、ということはケイに何か吹き込まれたのか? というか、感情が分かるって……。

 

『表情も無いのに、人形からどうやって感情を?』

 

「それは……秘密ですっ。ケっちゃんに口止めされてますから!」

 

 むう、と俺は唸る。

 ケイは要らないところまで気が回る。してやられた。

 それに、おとなしかったレイナがすっかり変わってしまった事に、多少思う事が無いことも無い。

 再びむう、と唸る。

 

「本当のところは、製作する際の騒音で起こしたくないだけなんですけどね。液体がごぽごぽ言ったり、道具同士がカンカンってしちゃうので」

 

『なるほど』

 

 なんだ。まっとうな理由なら、最初からそう言えば良いのに……。

 俺は大人げなくレイナを睨む。レイナはえへへと笑う。

 

 

「~~♪」

 

 会話はいつの間にか途切れ、レイナが鼻歌を歌いつつポーション製作の工程を進めている。

 こうして見ると、職人技って印象を受ける。スキルの恩恵でそう見えるのかもしれないが、少なくともそう思った。

 関心だか感心だかを向けてレイナの様子を眺めていると、ふとレイナと目があった。

 

 ……手元から目を離しても大丈夫なのか? と見当違いな事を思う。

 

「レベルが高いので、作業中に目を離しても問題ないんですよ。最初の頃は集中しないといけなかったんですけど」

 

 俺が言葉を文字にするまでもなく、疑問に答えてくれた。

 確かに、物事に慣れない内は他の事に気が回らないからな。あの訓練場の副団長にお世話になった時も、そんな風だった。

 

「それに、噂によると『並列作業』なんてスキルもあるらしいです」

 

『ファンタジーにしてはなかなかシブいネーミングだな』

 

「確かに、立派な四字熟語ですからね。ただ、『並列作業』にも弱点があって……あっ」

 

「えっ」

 

 作業中の「あっ」ほど恐ろしい物はない。最悪の事態を想像して焦るが、回復系なら大丈夫と言う言葉を思い出して気を取り直す。

 大丈夫だよな? 爆発しないんだよな?

 

「えっと……ちょっと材料を持ってくるのに忘れちゃって……」

 

 な、なんだ。そんなことか……。作業自体を失敗したわけではないらしい。俺は胸を撫でおろした。

 

『何が足りないんだ?』

 

「輝く水……回復ポーション用に調整したお水です。普通の水でも作れないことはないんですが、品質が下がるんです。回復量とか、味とか」

 

 なるほど。……品質はともかく、味は関係あるものだろうか? いや、素人が口をはさむことでは無いか。

 そうだな。どうせだから、その不足分を取りに行ってみようか。

 

『取りに行こうか?』

 

「ごめんなさい、持ってきてくれると嬉しいです。私は手が離せないので……。輝く水は、棚の真ん中の辺りにあるので、よろしくします」

 

 任された。俺は意気揚々と頷いた。

 どうせ暇なのだから、これぐらいの頼み事はお構いなしだ。

 

 さて、目的の品を持ってくるには、勿論レイナの部屋に入る必要がある。

 確か鍵は閉めていなかったから、取りに行くしよう。それと、中で寝ているはずのメアリーにも気を付けよう。

 

 

 俺はレイナの部屋の前に立つと、ゆっくりと扉を開く。……が、音を立てたくない理由の一人である彼女が、そこに佇んでいた。

 

「……メアリー?」

 

 ついさっき寝かしつけた筈のメアリーが、起きている。

 狸寝入りか、あるいは眠りが浅かったのか。と勝手に予想を立てつつ、扉を完全に開いて彼女の傍に歩み寄る。

 

「さて、一体どうしたんだか?」

 

 伝わらない言葉を口にして、問いかける。

 歩み寄った事で気付いたのか、声をかけた事で気付いたのか、俯いていたメアリーはゆっくりと顔を上げて……俺を見た。

 

「……ぁ」

 

 目が合う。

 

 その瞳は、紅く輝いていた。

 とても美しい紅だった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ソウヤ!」

 

「わひゃあっ」

 

 魔法が発動した後、正常に転移できた事を確認し、次に彼の名前を呼んだ。

 ……が、この場に居るのは私とアイザック、そして食堂の机で調合を行っていたレイナのみ。ソウヤは何処にもいない。上の部屋に居るのだろうか。

 

「わ、わわ。床がポーションまみれに」

 

 レイナはこの魔力に気付いていないのか?割れたポーションの瓶に対して慌てているレイナに、ソウヤの居場所を尋ねる。

 

「レイナ。ソウヤは何処に行った?」

 

「へ?えっと、私の部屋に素材を取りに……えっと、おかえりなさい?」

 

「今はそれどころじゃないの!」

 

 その言葉のみを吐き捨て、ソウヤの安全を確保するべく階段を駆け上がり、レイナの部屋の扉を叩き開いた。

 

 部屋中を見渡すが、彼の姿はなかった。そう、()()()()()()()

 魔力で居場所を探ろうとするが、この場所は魔力が非常に乱れていて、マトモに探知出来る環境じゃなかった。

 

「居ない……!」

 

「あ、あの。一体どうしたんですか?!」

 

「……レイナ。ソウヤは本当にここに居るんだね?」

 

 後ろから追いかけてきたレイナが私に問いかけるが、私はそれを無視して質問する。

 

「えっと、確かにここに居るはずなんですけど……あれ、居ない?」

 

 

 まさか、手遅れか?

 

 

 その一言が、頭によぎる。

 異変を感じて直ぐに転移したのだ。遅れる要因はできる限り排除した。

 それでも、それでも遅かったと……?

 

「……そうだ、窓!」

 

 窓が開いていることに気付くと、すぐにそこへ乗り出して外を覗き込む。暗くて遠くが見えない。

 真下の地面に目を凝らすも、誰も居ない。ソウヤが窓から飛び出したか、あるいは窓からの侵入者に誘拐された?

 

 いや、そう考えるには早計だ。

 ……そうだ、暗いなら、明るくすればいい。

 

「ミス・ケイ!俺をいきなり”手品”に巻き込んでおいて、放っておくとは……」

 

「……『照らせ』」

 

 初歩的な光魔法に、魔力を込めて発動しつつ、それを空に放つ。

 

 その直前、開きっぱなしになっていた扉から、先ほどの転移で連れてきた男が現れた。

 挨拶代わりに放った冗談交じりの文句は、ついにこの場の全員が反応する事はなかった。

 

 それもそうだろう。

 私の魔法によって照らされた街の上に、()()()()()()()()()()様子が、窓から見えたのだから。

 

「あ……え、ドラゴン?!」

 

「これは……凄まじいな」

 

 ……魔力の源は、あれだ。

 

「け、ケっちゃん。どうしましょう?!」

 

 排除するか? ドラゴンと戦った機会は少ないが、攻略法は幾つか知っている。

 しかし戦うとして、ソウヤはどうする?

 

 しばらく考えて、私は……。

 

 

「……戦う」

 

 ソウヤの身に危険が迫るとして、その原因がドラゴンであるのなら、ソイツを倒せば良い。

 倒しさえすれば、それで良い。簡単だ。

 

 窓から飛び出し、剣を抜く。

 剣に魔力を込めつつ、私は遥か上空へと転移した。

 

 

 

「待ってくださ……あ」

 

 ケイの決断に待ったをかけるも、その声は相手に届かなかった。

 

「……勇敢な女性ほど心惹かれるものは無いね。さてレイナ、遠くから彼女の戦いを見守ろうじゃないか」

 

「何を言ってるんですか?!」

 

「どうした、俺と2人っきりは気に入らないかい?」

 

「だってケっちゃんがドラゴンに……行かないと!」

 

「待ちなさい」

 

 ケイを追いかけようと窓を飛び出そうとする所を、アイザックが手を掴んで止める。

 レイナがその手を弾くが、窓から飛び出るという暴挙は阻止された。

 

「……」

 

 アイザックは弾かれた手に気を留めず、何かを探る様にレイナの顔を見つめていた。

 レイナの顔に怯えた表情が、それに加えて目頭に涙が溜まっていた。

 

「早くしないとケっちゃんが……」

 

「はあ、なるほど。動揺して()()が出来なくなったのか。まだまだ子供って訳か」

 

 するとなぜか、アイザックが納得し始める。

 状況にそぐわない態度に、レイナはアイザックをじっと見た。

 

「安心するんだ。彼女が手練れじゃないワケないだろう? 敵勢力のど真ん中に飛び込んで、無傷で俺を救ったのだからな。……女性に救われたという点に関しては、俺としては思う所があるが」

 

 レイナの彼を見る目が、信じられないものを見るそれに変わる。

 

「思う所が、じゃないんですよ! ケっちゃんが、一人でドラゴンと戦うなんて……!」

 

「戦うと?」

 

「ケイが……し、しんじゃ」

 

「……全く。アメリカで未成年のVR装置の使用が規制されるワケだ」

 

「……え?」

 

「いや、どちらの世界でも命を大切にする姿勢は褒められるべきなのか? どっちにしろ、面倒なのは変わりないか」

 

 アイザックが頭を抱えて、恨みごとのような言葉を零す。

 小さな声だった故にレイナには聞こえなかったが、それでも雰囲気が変わったことにだけは気付いた。

 

「よく聞くんだ、レイナ。あんまり本気にするな。これはゲームなんだ」

 

「げ……む?」

 

「そうだ。ケイが勝とうが、負けようが、帰ってくる彼女を笑顔で迎え入れるべきだ」

 

「ゲーム……あ」

 

「誘拐やら戦争やら巻き込まれたり、少しばかり理不尽な所はあるが……それだけ。所詮ただのゲームさ。……さて、ようやく”覚めた”かい?」

 

「え、えっと……私は」

 

「ああ、言いたいことは分かるよ。ただ、物事を重く受け止めるだけ無駄だという事を覚えておいてほしい。それだけ分かってくれれば、今から君の友人を手伝いに行っても良い」

 

「……」

 

「どうやら君は、慌て始めると現実との区別がつかなくなるらしい。とにかく気楽にやるが一番さ。何事もね」

 

 アイザックがそれだけ言って、窓の向こうを見る。

 街はケイが放った光で照らされている。それと一緒に、空で羽ばたくドラゴンまでよく見える。

 

「……私……行きます」

 

「そうか。頑張れ」

 

 そして、レイナが部屋から出る。

 

 部屋に残されたアイザックは、ドラゴンをじっと見つめて、呟いた

 

「……”本気で父親”をやっているこの俺が、ゲームに”本気になるな“ね。よく言うよ」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ドス黒い鱗を纏ったドラゴン。翼からの魔力が風を生み、羽ばたくことでその巨体を浮かせていた。

 

 その姿は上空にある。が、そのさらに上空に私がいる。

 

「私はここだ、このトカゲが!」

 

 上空からヤツを見下ろし、私の存在を知らせるために挑発した。

 既に直下の街は破壊され、所々から煙が上がっていた。これ以上破壊されるのは望む所ではなく、それ故に意識を私に向けさせた。

 

 私の声に気付いたのか、顔をこっちに向けようとするが……遅い。ヤツは()()()()に集中した後で、その上私は強化魔法によって出来る限りの優位を確保している。

 ああ、お陰様で何もかもが遅く見える!

 

「『鳥よ、切り裂け』!」

 

 重力に引かれ落ちていく石の鳥は、ヤツ目掛けて落ちていく。私の詠唱により翼を刃の形に変形させ、そして石の鳥から剣を抜く。

 たった今制御下から外れた石の鳥だが、確かにその速度と質量で以って敵を切り裂いた。

 

「叩き落とす!」

 

 再び剣に魔力を込めると、刀身に岩が集まり、一瞬の後には剣が大槌になっていた。

 私はそれを、ヤツ目掛け振り下ろす。

 

「ギアアアァァァ!」

 

 手応えがない。反撃される。

 そう判断して、振り下ろしたばかりの武器から岩を落とす。振り抜いた慣性で岩があらぬ方向へ飛ぶ。

 

 次に相手の行動を見て、防御に使うべき魔法を選択。

 尻尾の薙ぎ払いと判断すると、風魔法で姿勢を制御し、迫る尻尾に対し防御する。

 

「ぐあっ……!」

 

 だが、風属性の魔法はこの世界特有のモノ。馴染みのない属性を扱いきれなかった私は、姿勢制御が間に合わずにそのまま叩き落される。

 

「……がはっ!」

 

 建物に叩きつけられ、壁が崩壊してそのまま建物の中に転がり込む。屋根は辛うじて保っていた。

 揺さぶられた頭が意識を手放すのをどうにか堪え、歯を食いしばる。

 

「く……『ヒール』」

 

 私は瓦礫の上で立ち上がり、自身に癒しの魔法をかける。これもこの世界の魔法だ。

 

 やはり、翼の無い人間に空中戦は不利だ。

 大槌の攻撃で地面に叩き落とそうとしたのだが、それを失敗してしまった今、その不利は覆らない。

 

「な、なにが起きてるんですかこれ?!」

 

「早く……痛っ。とにかく逃げなさい」

 

 この建物に住んでいる人か。寝ている所を起こしたらしい。

 ……この状況で寝ていられたら、度胸があるでは済ませられないだろう。

 

 冗談が頭をよぎって、そして自分にまだ余裕があることを再確認する。

 

「―――!」

 

「……っち、ブレスだ! 早く逃げろ!」

 

 空のドラゴンが、私への追い打ちの為のブレスをしようとしている。

 その予備動作を確認して直ぐに警告を告げると、住民が素直に逃げていく。

 

「『護れ』!」

 

 どす黒い炎が迫る寸前、頭の中で構築していた魔法を発動。

 地面から壁がせりあがり、それらが炎を受け止める。逃げる際中の住民と私を脅威から守った。

 

「はぁっ……すごい熱だな」

 

 ダメージこそは無いが、空気があっという間に熱されている。

 燃えることの無い岩が、すぐにでも溶け出してしまいそうだ。

 

「……だけど、それも今だけだ。『転移』」

 

 すると視界が移り変わり、図った通りにドラゴンの上空に転移する。

 落下し始めると同時、剣に力をこめる。

 

「その翼、貰った!」

 

「グギャアアア?!」

 

 ブレスの最中は、無防備だ。

 その隙に攻撃すれば、回避されることも反撃されることもない。

 

 翼の付け根に振り下ろした剣は、容赦なく翼を切り落とす。

 

「―――っし!」

 

 バランスを崩したドラゴンが、片翼のまま降下していく。

 落下する私は、風魔法で勢いを殺しながら着地。今度は成功した。

 

 ドラゴンは崩れたバランスで地面に墜落。地揺れや音といった衝撃が、街中を揺さぶる。

 

 亜空間からポーションを取り出して、気休め程度にでも魔力を回復させる。魔力の使いすぎか、集中しづらい。

 この日だけでも随分と沢山転移魔法を使っている。歩けもしなかった頃から鍛えた魔力でも、流石に無理があったかもしれない。

 ……が、まだ余裕だ。

 

 風魔法で身体を持ち上げつつ、空へ跳ねる。

 頂点に達したところで横方向に推力を起こし、ドラゴンの元へ飛ぶ。

 

 

 墜落した地点と思われる所で着地すると、そこにある筈の巨体を探す。

 

「どこに行った?!」

 

 あの脅威の姿を見失い、何かを間違えたのかと瞬きする。混乱し始める頭を無理やり押さえつけて魔力を探る。

 方向はわかるが、その方に姿を見つけることはできない。

 

 まさか、そういう類の術か?

 ドラゴンの癖に、回りくどい事をする個体が居るとは思わなかった。確かにドラゴンという種族に知能はあるが、共通してそう行った事は好まないはずなのだ。

 

「……?」

 

 必ず首を切り落としてやる、と殺意を秘めて敵を探していると、研ぎ澄ませていた感覚が泣き声を捉える。

 ドラゴンの鳴き声ではない。幼い子供が啜り泣く声。

 しかもその声は、魔力によって割り出される予測位置と殆ど同じだ。

 

 まさか、人質でも取るつもりなのか?

 そこまで推測して、急いで泣き声の元へと向かった。

 

 邪魔な建造物や残骸は、風魔法を使いつつ飛び越える。

 

 そうしてようやく、泣き声の主を見つけ……そして、

 

「……え?」

 

 戦闘に備えて澄ませていた集中力を、あっという間に失う。

 

 何故彼女がここに?

 それ以前に、何故彼女は大きな翼を、それも片方だけ背負っている?

 

「どうして……」

 

「ひぐっ……。……ケイおねえ、ちゃん?」

 

 ……どうして、こんなにも悍ましい魔力は君を中心に渦巻いているの?




悪夢は現実と成った。
今や現実は悪夢である。

だが、現実が確かに悪夢なのであれば、
何時か目が覚めて、きっと夢の記憶も全て忘れ去るだろう。

なんて気取った後書きを書いてみたり


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44-ウチのキャラクターと俺の厄災竜撃滅

 呪いを生まれ持っていること以外は、種族がドラゴーナなだけの幼い女の子。メアリー

 

 ドラゴンの出現と同時に宿屋から姿を消した彼女が、ここに居た。

 

「メアリー。君は……、君は一体何だ?」

 

 吹き荒れる魔力の中心は、彼女の下にある。つまり、メアリーがそれだけの魔力を内包していると言うことになる。

 人間が持つ魔力を感知できる私が、なぜそれを見落としていたのか。その疑問を抱いて、しかし今は考えるべきではないと頭を振る。

 

「ねえ……ケイおねーちゃん」

 

 先程から目から涙を流している彼女は、縋るように私を見つめている。

 輝く瞳が、涙で歪んだ。

 

「ぜんぶ、ゆめだよね?」

 

 夢?

 ああ、夢ならばどれだけ良かったことか。ドラゴンの襲撃によって、一体どれだけの人が死んだのだろう。それを考えると、夢であってほしいと願いたくなる。

 

 だが、この世界は夢ではない。紛れもなく現実だ。

 

「……」

 

 私は無言でメアリーの元へ近づく。

 

 この世界は夢だと言って、慰めるため?

 あるいは現実だという事実のみを突きつけるため?

 

 生憎と、その二択を選ぶつもりはない。

 剣に力を込める。

 

「ケイおねーちゃん……。ぜんぶ、わたしのせいなの? まちがこわれちゃったのは、わたしのせいなの?」

 

「……君は、呪われている。そして、それは厄災をもたらす」

 

 アイザックは言っていた。彼女の呪いについて、具体的なものは分からないと。

 しかし、私は呪いの真実を目前にしている。

 

 ……今の彼女が背負っているのは、片方しかない大きな翼。

 ついさっきの戦闘で切り落としたのは右翼。そして彼女が背負っているのは左翼だ。

 翼の見た目も、あのドラゴンの物と全く同じ。

 

 もう、何の疑いようもないだろう。

 

「のろい……」

 

「……きっと、私がどうにかする」

 

「……?」

 

 私は足を止める。

 剣が届く距離に、間合いを置く。

 

 口ばかりの慰めに、彼女の涙は多少収まったように見えた。

 

「その前に、質問だ」

 

「しつもん……?」

 

「……ソウヤは、どこに行った?」

 

「ソウヤおにーちゃん……ぁ……!」

 

「……?」

 

「あ、わ、わたし……ぅあ、いや……だ」

 

 彼の名を口にして、ほんの少しの間をあけてからメアリーの態度が急に変わる。

 その場に屈みこんで、勝手に否定の言葉を並べ始めた。

 

「……どうして君は否定をする?」

 

 ……答えろ。

 

「言い方を変える。ソウヤに一体何をした?」

 

「わたし…………ごめんなさい……ごめんなさい!」

 

 なぜ謝る? 私は謝罪など求めていないのだ。私が聞きたいのは事実のみ。

 「子供相手に」という抵抗、忌避感を無視して剣を向ける。

 

「……?」

 

「ごめんな、さ、う、うあ」

 

 すると、ひたすらに謝罪を続けるメアリーの様子が変わった。

 まず最初に現れた変化は、彼女の指先。そこから腕、肩へとかけて、あの忌々しい魔力に包まれる。

 

「ああ、あああ……!」

 

 考えるまでもない。メアリーは、直ぐにでもドラゴンの姿に変わり果てるだろう。

 魔力に包まれた後の体表は、ドス黒い鱗へと変わっていた。

 

「いや、イヤぁ!」

 

 自らの姿が変わってゆくのを認識した彼女が、鋭い爪が備わった両手で顔を覆う。

 見ているだけで痛々しい。けど、心の何処かで、“都合が良い”と安堵する。

 私は、幼い女の子を殺さなくていいのだ。醜いドラゴンを、殺せば良い。

 

「ああ、そうだ……殺さなければ」

 

「イヤ、イヤ! ワタシハ……チガウノ……!」

 

 

「せめて、幸せな来世を期待してくれ」

 

「ぁ……」

 

 

 そのとき、彼女を中心に渦巻いていた魔力が止んだ。

 手に感じる生々しい感覚が、一際と大きい”何か”を私の心に残した。

 

 

 ……。

 

 

 ……しかし、彼女は動き出した。

 

「ッ?!」

 

「イタイ、イヤ、オネーチャン、ドウシテ?!」

 

「なんで生きて……!」

 

 ―――ふと、この現状と似た光景が脳裏に浮かんだ。

 人形姿の胸に剣を突き立てたあの時と、全く同じだった。元人間のモンスターを、この剣で、その胸に一突きする。そんな瞬間。

 それでも(ソウヤ)は生きていた。しぶとく語りかけてさえいた。

 

「ア、グァ、ァァァァアアア!」

 

「くぅッ?!」

 

 だが、その記憶を思い起こしている暇さえ許されなかった。

 固まっていた私に振り下ろされた鋭い爪に、本能だけで反応した。

 

 ……しかし間に合わなかった。 

 

「がッ!」

 

 爪は私の装備越しに肩を裂いた。

 痛覚が未だにやってこない内に、後ろに飛び退いた。敵は爪を地面まで振り下ろした直後、周囲には砕けた地面や土煙が舞っている。

 今この瞬間が隙だと判断すると、ポーチを探り、敵が居る場所を睨みつつポーションを飲む。

 

「はぁ……クソッ。ドラゴンの姿に戻ったか」

 

 先程まで戦っていた巨大なドラゴンの姿が再び、晴れた土煙の向こう側で見えた。

 

 ついさっきの回復ポーションで、私が負った傷は癒えた。

 彼女に、ヤツに与えた傷も見えない。形態が変わったせいだろうか。

 

 ……とにかく、ヤツを殺さなければ。

 

 

「はぁッ!」

 

 大きく前に踏み出し、加速しながら斬りつける。振り抜く寸前に、魔力によって剣の刀身が延長される。

 ドラゴンが翼と魔力で風を生み出し、飛び上がって回避する。片翼しか無くともある程度は飛べるようだった。

 

「『堕とせ』!」

 

 通り抜けざまに岩の槍を飛ばす。牽制程度の威力でしかない魔法だ。

 それらは丁寧に爪で弾かれ、そしてドラゴンが反撃してくる。

 

「―――ガァ!」

 

 小さく息を吸ったかと思えば、火の玉を吐いてくる。ブレスとはまた違った攻撃。

 大きく避ければ、着弾した方から爆炎が襲いかかる。

 

「『水を』!」

 

 魔力で水を生み、爆心地へ向けて放つ。

 水の塊は私が火の粉を被らぬよう守るに留まらず、瞬時に弾けて、濃い水蒸気が辺りを覆う。

 

「『貫け』!」

 

 霧の中から攻撃する、私からも視界が遮られているから、音で判断するしかない。

 攻撃の効果を確認する前に、霧を間に挟む位置関係を保ちつつこの場から離れる。

 

「ガァア!」

 

 私が()()霧の中にむかって、火の玉がとんでいく。

 頭の中で構築していた魔法を、武器を握りつつ発動する。

 

「『転移』」

 

 その直後、私の足は踏みしめる地面を失う。私の姿はドラゴンの左後、つまり左翼が間合いに入る位置にある。そこへ武器を振りかぶった体制で転移した私は、空中でそれを振り抜いた。

 直前に送られた魔力によって刀身が鋭く、そして長くなった剣がヤツの左翼を切り裂く。それは右翼と同じく無力化した。

 

「ガ、グガアアアアア!」

 

 両翼を失ったドラゴンが落下するも、元々高度が低かったからか、着地する。

 そのかわりに怒りを顕にして私を睨んだ。翼を失ったヤツは、もはやトカゲ同然だ。

 

 機動力を失い、そして人間と同じく地面を踏みしめて戦わねばならない。

 

 切り落とされた翼と共に着地すると、怒りが込められた眼差しで睨まれる。

 私は睨み返しつつ、嘲笑ってやった。

 

「ガアアアアアァァァァ!」

 

 今度は咆哮だ。

 ドラゴンの象徴でもある広大な翼を両方失って、プライドを傷つけられたらしい。

 

 それで良い。

 私に敵意を向けろ。

 他の人間に手を出すな。

 

 そして、私に殺されろ。

 

「『さあ』」

 

 土属性魔法と火属性魔法、その2つを同時に詠唱する。

 薄く紅く輝く岩が、時間を掛けて巨大な槍の形となって現れる。そしてその形が完成した後、槍はヤツの元へと放たれる。

 

「『今、ここで』」

 

 詠唱と共に、ドラゴンの首ほどの大きさはある槍は輝きを増し、紅を増し、依然としてヤツの命を目掛けて飛び続ける。

 ドラゴン詠唱する私を妨害しようと、息を溜める。

 

 けど、どうせ間に合いやしない。

 

「『崩壊せよ』」

 

 その瞬間、一定の速度を保っていた槍が一瞬で加速して、ヤツが身を護る隙さえ与えずに胸元まで辿り着く。

 槍の先がヤツの鱗を貫くか貫かないかの間際、

 

「―――死ね」

 

 紅を纏っていた巨大な槍が、爆ぜた。

 

「――――?!?!?!」

 

 ドラゴンが声を上げている。それが悲鳴か、怒号かは分からない。

 全てが爆風で掻き消される。

 ヤツの声も、体も……。

 

「――――――………」

 

 

 

 

「……驚いた、まだ生きてるのか」

 

「…………」

 

 黒い煙が晴れて、両足で立ち続けるドラゴンの姿が見えるようになる。胸には抉られたような傷口があり、そこから赤黒い血を垂らしている。

 

 数分もすれば、人一人沈めるには十分な程の量の血が溜まるだろう。あれぐらいの巨体ならば、それだけ流しても意識を保ちそうなものだが。

 

「殺すつもりだった。鱗を貫通した槍が、爆発で内側から肉を焼き、吹き飛ばす。姿を保てれば良いほうだ。四肢がそこら中に散ってもおかしくない」

 

 私の言葉が聞こえていないのか、あるいは理解していないのか。

 ドラゴンは、ただ無言で私を見つめている。

 

「マトモに動けない……いや、瀕死なのか。流石ドラゴンだな、絶命するその時まで立ち続けるなんて」

 

 ヤツの瞳はしっかりと私を捉えているが、焦点がぶれている。意識が朦朧としているのだろう。

 力も入らないのか、腕がだらんと垂れている。

 

「……今度こそ、仕留める」

 

 剣を構える。

 ヤツが一度瞬きをする。

 

「……」

 

 相も変わらず、物を言わないドラゴンだ。

 何も待つ必要はない。

 

 ジリ、と足を動かす。

 そして――――、

 

「ギアアアアアアアア!」

 

「……?」

 

 ドラゴンの鳴き声。

 しかし、目の前のヤツの物ではなかった。声は上空からだった。

 

「友達か」

 

 こんなドラゴンにも、仲間がいるものなのだろうか。

 眼の前の存在はもう脅威ではないと判断し、警戒の対象を上空の方へと変える。

 

 戦闘前に上空へ放った、照明代わりの光属性魔法は既に消えていたが、建物から立ち上る炎がその姿を照らしていた。

 

「あれは……」

 

 その姿には見覚えがあった。

 この世界で目撃したドラゴンは、今瀕死となっているヤツを含め2体しか居ない。記憶を探る必要もなく、自然と思い出す事ができた。

 

 以前、ドラゴーナの村付近で遭遇した、若いドラゴンだ。

 あの時はリザードの拠点を攻撃しているのを見送ってからすぐ帰還したが、まさか再び出会うとは思わなかった。

 

「で、リザードの次は私が標的、か」

 

 後ろへ飛び退く。

 私が居た場所に、衝撃波を伴って2体目のドラゴンが着地する。

 

 たった今着地したドラゴンは、騎士の鎧のような銀色の鱗を持っていた。

 しかし体長は、あの瀕死のドラゴンの半分ほど。先程の鳴き声からも分かるように、声が高い。

 

「……やっぱり、子供じゃないか。君、生まれて何年も経ってないだろう?」

 

「グアア……」

 

「……」

 

 しかし、黒いドラゴンと、銀色のドラゴン……まるで対極の存在だ。

 漆黒を纏った魔王と、白銀の鎧を身に着けた勇者。そんな印象だった。

 

「勇者、ね……」

 

 勇者の慈悲は、手負いの魔王を庇うほどのものであるらしいが……。魔王は、どこまでも魔王でしかないようだ。

 

「『転移』」

 

 勇者の存在を無視し、魔王の直ぐ横に転移する。

 ヤツは、”大口を開き、今にも勇者の後ろ首に噛み付こうとしていた”。

 

 私は、その無防備な姿に剣を振り降ろす。

 

 

 ……勇者の慈悲に、魔王が改心するなんて事はないんだ。もしあるとして、それはおとぎ話の中の出来事だ。

 

 現実では、そのおとぎ話と同じことをするのは愚かな勇者だけ。

 じゃあ魔王はどうするかと言えば……、たった今死んだこのドラゴンがやったように、裏切るのだ。

 

「……君、ヤツの友達じゃなかったんだな。じゃなきゃ裏切ったりしない」

 

「ギ……ア……?」

 

 勇者……銀のドラゴンが振り返って、地面に落ちている漆黒のドラゴンの首を見つける。

 その直ぐ横では、力なく倒れる胴体があった。

 

「……ギ」

 

「で、君はどうする? 幾ら若いとはいえ、助けられたことは自覚してるだろう?」

 

「……」

 

 ドラゴンが、ゆっくりと私を見る。

 敵意があった。だというのに、殺意はない。噛み合わない2つの意思に、私はそこに”迷い”にあるからだと理解した。

 

「私と戦うか? 戦力差は承知していると思うんだけど」

 

「ギ……、ギアアアアアア!」

 

「……そうか」

 

 再び戦う事になるが、なんの問題は無い。

 魔力に余裕があるとは言い難いが、目の前のドラゴンと戦う分には足りる。

 

「『私を飛ばせ』」

 

 風属性魔法で、私の身体を大きく後ろへ吹き飛ばす。

 

 そして足を地面の上で滑らせつつ、魔法を構築する。

 

「『降り注げ』」

 

 槍を、純粋な土属性魔法で形成する。

 1つ、2つ、3つ……5つまで作り上げて―――

 

 

「なーにーをー、やってるんデスか?!」

 

「……え?」

 

 ―――遠くから覚えのある声と、とんでもない音量の破裂音が聞こえて、その瞬間に槍の1つが何かに弾かれて砕ける。

 

 誰かが乱入してきたのか?

 感覚を集中させると、これまたやはり見慣れた魔力を感じ取った。その方を見ると、先ほど別れたばかりの2人と、あの黒尽くめのイツミがいた。

 

「何をやってるのかと思えば、本当に何をやってるんデスかケイお姉さん?!」

 

「ドラもんも、一体どうしたんだ?」

 

「キャット……と、イツミ?」

 

「ケっちゃん! 助太刀に……あれ、違うドラゴン? それも2体……」

 

「レイちゃんまで……! なんで君が」

 

「ドラもん! 協力者の事を聞いてないとは言わせないのデスよ!」

 

「……えっと」

 

 キャットはご乱心といった態度で、その剣幕に私は言葉を中断せざるを得なかった。

 私が言葉を選びかねていると、ドラゴン達とキャットの様子を見たレイちゃんが、私に向かって問いかける。

 

「……もしかして、付いちゃってます? ……決着」

 

「まあ、そうなるのかな?」

 

「そうですか……えっと、無駄足でしたね。えへへ」

 

 ……それよりもさっきの破裂音は、彼が……?

 随分と長い形をした、恐らく銃と似た類のそれを見て、改めて銃という武器に恐れを抱いた。

 

 

「ギ、ギイ」

 

「ギもイも無いのデス! さっさと頭を下ろして一発殴らせろデス!」

 

「ギ……ぎう」

 

 そ、それにしても何時にも増してキャットがアグレッシブだ。

 そしてキャットの命令に素直に従うドラゴンも意外だ……いや、待て。

 

「ドラもん……? まさか、イツミのペットの……」

 

「てやっ! ふん、少しは反省するのデス」

 

「ぎうう……」

 

「……もう良いだろう。ほら、こっちおいで」

 

 ……ど、ドラゴンが人間の、それも仮面を被った黒尽くめの人に頬ずりしてる。

 英雄とドラゴンが絆を結ぶ物語と似ているようで、どこか逸脱している。一体何処にこんな怪しい姿の人間と友好を結ぶというのか。

 

「ぎう、ぎい」

 

「よしよし」

 

 ここに居た。

 

「……さて、ケイお姉さんに紹介するのデス。このバカドラゴンはドラもんという名前で……知っての通り、私と同じペットデス」

 

「私のペットが失礼を働いたな。ドラもんに代わって、私が謝罪させてもらおう」

 

「ぎうう」

 

「は、はあ……、そっか」

 

 色々と言いたいことはあるが……、まあ、連戦で疲れていたところだ。これ以上戦う必要が無くなったのは助かる。

 張り詰めていた緊張も、既に解けている。さっきまで敵対してたドラもんも、申し訳なさそうに頭を下げているし。

 

「……」

 

 私が殺したドラゴンが、光となって散り始める。

 死は平等に訪れるというが、ドラゴンでさえ死に様が他のと一緒だとは…………む、なんだ?

 

 死体の中から……いや、これは……。

 

「元の姿に……戻った?」

 

 ドラゴンが消えた跡には、メアリーが……彼女が倒れていた。

 

 私は心底驚いた。ドラゴンが死ねば、メアリーも死ぬと思っていた。

 だがそれは勘違いだったらしい。

 

「え、え、メアリーちゃん?!」

 

「……」

 

 レイちゃんがその姿を見つけて、予想通りの反応で駆け寄る。

 キャット達は、その様子を見守るという行動をとった。

 

 メアリーは、その胸に大きな傷口を抱えていた。

 魔法の紅い槍で与えた、抉るような傷ではない。彼女がドラゴンへと変身する直前に与えた、私の剣による傷だった。

 

「ぁ……」

 

 ドラゴンの死体がメアリーの姿に変わったことに、疑問を抱く余裕さえなかったらしい。

 力なく倒れるメアリーに向かって、レイちゃんが彼女の名を呼びかける。

 

「メアリーちゃん?! その傷……!」

 

「……あ……え?」

 

 まだ息がある……。

 

「私です。レイナちゃんです!」

 

 ……もしかすると、回復ポーションが効くかもしれない。

 だが、回復させて大丈夫なのか? またドラゴンになって私たちを襲わないとは限らない。

 

「ぁ、お……は、よう」

 

「安静にしていてください! ……あうう、一体どうすれば」

 

 ……そうも言ってられないか。

 

「レイナ、これを飲ませて」

 

「あ……回復ポーション! そうでした、まだ息があるってことは、まだHPが……!」

 

「ほら」

 

 まあ、あんまり期待していないが。

 こんなポーション一本で、死にかけの女の子が生き返る可能性は低い。望み薄というものだ。

 

「メアリーちゃん、口を開けてください。あ、無理しなくて良いです。そう、ゆっくり……はい」

 

 とりあえず、やるだけやっておこう。”最善は尽くした”、と言うやつだ。

 

 

 さて、この街を混乱に陥れる存在は居なくなった。ソウヤでも探しに行こうか。

 まずは何処から探すべきだろうか。やはり失踪する直前まで居た宿屋を中心に捜索するべきだろうが。

 

「あ……あれ? 痛く、ない?」

 

「メアリーちゃん! 良かった、本当に……!」

 

 ……んん?

 

 思わず二度見する。

 メアリーの胸の傷が無くなっていた。それももう、きれいさっぱり。

 

 

 ……え、マジで?

 

 

 思わず目を疑ったものだから、瞬きしたり目を拭ったりもした。それでもやはり、傷は癒えていた。

 

「……マジ、か」

 

 ……これを元の世界に持ち帰りでもすれば、奇跡の水薬だとかなんとかで騒がれて、最終的に城の宝物庫に収まってしまうことになるだろう。

 飲むだけで傷をある程度癒すだけでも、かなり有用なんだけれど。

 

「おくすり……あまい」

 

「えへへ、良かったです。私が作ったんですよ。でも助けたのはケっちゃんです! ほら、ケっちゃんもこっち来てください!」

 

 ……彼女に剣を振るった私が、親しい態度で関わる資格は無いと思うんだけれど。

 私が戸惑っていると、レイちゃんの無邪気な眼差しが私を見つめているのに気づく。

 

 う…………負けた。

 

「仕方ないなあ、もう」

 

 私は2人の傍で屈みこむ。

 メアリーの赤い瞳に見つめられて思わず動揺するが、それが表情に出さないように意識する。

 

「ええっと……」

 

「け、ちゃん? えっと、あ、ありがとう……ございます?」

 

「あー、どういたしまして?」

 

 ……なんで疑問形で会話してるんだろう。

 むう、ていうかレイちゃんが聖母みたいに慈悲深い眼差しなんだけど。非常に肩身がせまい気分だ……。

 

「ああもう、ソウヤの奴どこ行った?」

 

「そうや……?」

 

「そ、君のお友達だよ。全く、本当なら子供相手は私じゃなくてソウヤの仕事なのに……」

 

 メアリーは今のところなんともないし、この子は放っておいていいだろう。奇跡の水薬の製作者も居ることだし。

 

 とりあえずソウヤの捜索に移ろう。アイツの足ならそう遠くまで行かないはずだし……何処かで避難しているのだろうか? 地下室とか。

 ドラゴンを目撃してすぐに離れたのかもしれないが、そうするとレイナが彼の事を知らないのに説明がつかない。

 そうすると……。

 

「……」

 

 ……この世界の生き物は、死ぬ時には例外なく光となって消えてゆく。死体さえも残らない世界なのだ。

 

 いや、これはあくまでも可能性だ。まだ確定していないのだ。

 それに、どっちにしろ元凶はもう居ない。避難しているにしろ、死んでいるにしろ、急いで捜索する必要はない。

 

 集中力をかき集めて、しかしじっくりと魔法を構築し始める。転移魔法、目的地はとりあえず宿屋。戦闘中でもないから、急がなくていい、気が楽だ。

 

 ……ありゃ。思ったより早く完了した。はは、何でだろうな……?

 

「じゃ、私はここで……」

 

「あ、はい。……あれ、ケっちゃん、どうしました?」

 

「え、何が?」

 

「だって……ケっちゃんが」

 

【ピロピロン】

 

「っ……?! あ、メールか……」

 

「あ、メールですか? えっと、私の方は後でで構いませんよ」

 

「あ、うん。……ゴホン」

 

 な、なにもこのタイミングで鳴らすことないじゃんか……。

 キャットが訝しげな目で見てきた。もう何も言わないでくれ。

 

「ったく、一体誰が……。えーっと、『システム』」

 

 そこからメールという項目を選んで、そら来た。

 えー、最新のものは……、『件名:生存報告 ソウヤからケイへ』。

 

 ……ソウヤ?!

 

『生きてるか? 俺は生きてる。相も変わらず人形姿だが。

 送信のタイミングが悪ければケイは戦闘中だろう、良ければ戦闘後だ。あんまり邪魔したくないんだが、大丈夫だったか?

 で、俺の居場所だが、今俺は教会に――

 

 

「教会! 『転移』!」

 

「ふぇ?」

 

 移動する先の座標を一瞬で変更、転移を発動し―――、

 

「ソウヤアァァ!」

「しい゛?!」

 

 ―――無愛想な人形面に向かって突撃した。




近いうちに修正する可能性

・追記
修正完了。彼には消えてもらいました


・追記

『崩壊』

―――「命も力も亡くした文明は、瓦礫へと崩れ行った」


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45-ウチのキャラクターと俺の友達の記憶

 教会の前。ちょっとした広場で、俺は半透明のウィンドウを見ていた。

 

『送信しました』

 

 

『件名:生存報告 ソウヤからケイへ』

 

『生きてるか? 俺は生きてる。相も変わらず人形姿だが。

 送信のタイミングが悪ければケイは戦闘中だろう、良ければ戦闘後だ。あんまり邪魔したくないんだが、大丈夫だったか?

 で、俺の居場所だが、今俺は教会に居る。何処の教会だとかの詳しい位置は、返信を確認してから伝えさせてもらう。

 

 俺の言いたいことは以上だ。

 

 これから戦う用事があるなら、ご武運を。

 もう用事は済んだなら、お疲れ様。』

 

 至って普通の、なんでもない生存報告。

 とある()()()によって、他の人に事情を伝えないまま教会に避難している。

 

「あとは、ケイの返事を待つだけか」

 

 後ろを見ると、脅威が去ったのを感じたのか、シスターが恐る恐る教会の外へ出てきた。

 開いた扉から見えるのは、俺と同じように避難していた大勢の一般人(NPC)達と……、

 

「ドラゴン、居なくなったのか」

「やっと終わった~……これ以上何もないよね?」

「イベントでもクエストでもないみたいだし、状況は全く分からないからなあ」

 

 そう、プレイヤー達だ。

 プレイヤーの頭上にアイコンが出たりしないこの世界では、会話からでしかプレイヤーか否かを確認できない。

 もっとも、彼らの様に遠慮なく『イベント』やらといった単語を口にしていれば、それだけで分かるのだが。

 

「よし、と。それじゃあ俺は……何を」

「ソウヤアァァ!」

「しい゛?!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 感動的な再会シーン。

 ……とは、とても言えない。

 

「ケ、ケイ?」

 

「黙れ! 怪我はあるか? 『ヒール』!」

 

「黙れと言われても。ていうか無傷のところを回復されても。というか口調」

 

 何時もではないが、時々男らしくなるよな……。俺が女性だったら惚れているかもしれない。

 

 ああ、感動的な再会シーンとはどこへ行ったのだろう。

 確か俺は、お互いの無事を遠回しな軽口で祝い、感動的な音楽をバックに友情の抱擁をする予定だったのだが。

 

 ……いや、そんな予定はない。ただの現実逃避である。

 俺は現実と向き合わないといけない。不本意だが。

 

「あー……あのなケイ、いい加減によしてくれ。大衆の目がだな」

 

「生きてるな?!幻覚じゃないな?!」

 

「……話を聞け。というか、そんなに俺が生きているのがおかしいか?」

 

「おかしい!」

 

「そこだけは普通に返事するんだな」

 

「いや、だってキミ、あの子に殺されたんじゃないの……?!」

 

 あの子……ね。そう言われて最初に思い当たったのは、あの幼い友人。

 少しばかり目を逸らした俺だったが、直ぐに目線をケイの方へと向き直した。

 

「……詳しい話は後にしよう。お前はこの大勢の目前で何をやったのか、自覚しているのか?」

 

「へ?」

 

「転移の瞬間だ」

 

「あ」

 

 全く……。

 しかし、ケイが冷静さを欠くのは珍しいな。いや、数日前にも同じような様子を目撃したばかりなのだが。

 

「離れるぞ」

 

「え、待ってよ」

 

「待ちません。ほら行くぞ」

 

 俺はフードを深く被りなおして、多くの目線から逃れるように離れていった。

 街灯が照らす道の上を進み、後ろから誰かが追ってこないのを確認する。

 

 

「ねえ、そろそろ説明してくれても良いと思うんだけど」

 

「……そうだな」

 

 しばらく早歩きで進んでいたが、人の気配は全くしない。ここで他人の耳に入れたくない話をしても、問題なさそうだ。

 

「まず、”どうして生きてるの?”」

 

「”死んでいないから”、じゃあダメか?」

 

 そう言い放って、そっとケイの表情を見る。

 俺の答えを聞いて、むっとしていた。

 

「……私との仲でしょ。嘘はよくない」

 

「参った。納得するまで質問を止めないつもりか」

 

「そのつもり」

 

 どうしたものか……。

 だからといって「俺は一度死んだ」、だなんて言えないからな……。

 

「なんて言えば良いのやら……」

 

 俺はその一言を放ってから、良い答え方が思いつくまで、その時の記憶を振り返ることにした。

 

 俺が()()()()()、その時の記憶を……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

【ズガン】

 

 それは、人形がベッドの角に叩きつけられた音だった。

 勿論、柔らかいマットレスに叩きつけられてもこのような音はしない。人形が叩きつけられたのは、木製の部分だ。

 

「―――ッ?!」

 

 俺は痛みを感じなかった。ダメージを受けたという感覚もなかった。

 ただし、体は動かない。俺がいくら身体を動かそうとしても、指一本動くことはない。

 

「―――……?」

 

 唯一、視界だけが動いた。

 俺は自身の状態を確認すべく、自らの身体を見下ろした。

 

 すると、”俺の全身が倒れている”のを目撃した。

 目と首だけで見下ろせば、見えるのは首から下だけの筈だ。しかし今見えているのは、首から上を含む全身だった。

 

「これって……霊に?」

 

 幽体離脱。

 まずその単語が頭に浮かび上がった。

 

「ということは、死んだ?」

 

 死。

 次にその単語が浮かび上がった。

 

 特に驚きはしなかった。

 驚く前に物事が起きて、そうする隙がなかったとも言う。

 

「俺が、死……」

 

【ピコン】

 

 それを受け入れた頃だろうか、控えめな電子音と共に、目の前にメッセージが現れた。

 

『あなたは戦闘不能状態になりました』

『>蘇生を待つ』 『>リスポーン』

 

 確かに俺は死んだ。しかしそれは本物の死ではない。

 幸い、その事にいち早く気付いた俺は取り乱すことはなかった。

 

 しかし死ぬのは初めてだ。よって、このメッセージを見るのも初めてになる。

 つまり初見の出来事……しかし、その時の俺はそのメッセージに一切の興味も抱かなかった。

 

「あ……あ、れ……?」

 

 メアリー。あのメッセージよりも、彼女の方が気がかりだった。

 

 目の前の友人が、なにか言葉を口にしている。それを見た直後、俺はメッセージウィンドウを手で払い、退けた。

 視界からウィンドウは姿を消し、代わりに視界の中心には彼女が捉えられた。

 

「お、にいちゃん?」

 

 先ほどまで紅く光っていた瞳は、既に元に戻っていた。その目線は俺の亡骸へと向けられている。

 メアリーがその手で命を奪った、人形の亡骸。

 

 勿論、死体が動くことはない。

 

「ソウヤおにいちゃん……?」

 

「……」

 

 メアリーは、俺の死を理解したのだろう。その死を与えた犯人が誰かも。

 

 殺人の罪。

 たったの1つの拳、それを一度振るっただけで、この幼い女の子はこの罪を背負う事になったのだ。

 

 ……それも、奪ったのは親しき仲の命。

 果たして、この子はその罪に耐えられるのだろうか。

 

「あ……! ごめ……ごめんなさい……!」

 

 その時か。

 メアリーの身体に異変が起きた。

 

「わたし……わたし……!」

 

 黒いモヤのように見えるそれらが、何処からともなく現れたかと思えば、そのモヤがメアリーを呑み込み始めたのだ

 メアリーの身体に吸収されているようにも見えた。

 

「わたし、ソウヤおにいちゃんを……」

 

 すると、メアリーが両手で顔を覆った。その腕には、禍々しい黒の鱗が張り付いていた。

 それを見て、俺は察した。

 

「ころしちゃった……―――」

 

 彼女は、別の姿に変わり果てるのだろう、と。

 言うまでもなく、その異変を止める術は俺にはなかった。

 

「……」

 

 手、腕、足を包む鱗。そして、背中から生える大きな翼。

 俺が何もできない間に、メアリーの身体が変わってゆく。

 

「……ゴメンナサイ」

 

 禍々しい手から、何か光るものが滴り落ちたと思えば、メアリーが突如として窓から飛び出した。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 それから俺は、あのメッセージウィンドウを呼び戻して、リスポーンを選択した。

 

 俺は一度死に、そして復活したのだ。

 あの部屋の中でそのまま復活できれば、それで良かったのだが……、その願いに反し、俺は教会で復活した。

 その場所が、俺が先ほどまで避難していた教会だ。

 

「答えたらどうなの?」

 

「”お互い生きてて良かったね!”じゃダメか?」

 

「ダメって言ったでしょ」

 

「むう……」

 

 回想までした俺だが、結局ケイを納得させられそうな答えは思いつかなかった。

 俺は目も口も無い顔で、気難しいとでも言いたげな表情を表そうと試みる。

 

「なに、そんなに答えづらい事なの?」

 

「……あれ、男口調じゃなくなってる?」

 

「と、ぼ、け、る、な!」

 

「いてっ」

 

 話を逸らせば逸らすほど、ケイの怒りを買ってしまうらしい。複数購入で割引セールでもされているかのような怒り具合だ。

 ……この時点では、そう思ってた。

 

「こっちは心配してたんだよ? ドラゴンが現れたと同時、姿を消したキミ。……誰もがドラゴンに殺されたと思うでしょ」

 

「……?」

 

 その時、ケイの言葉の中に違和感を感じた。

 

「私もそう思ったよ、ドラゴンに殺されたって。それでも死体も見つかってないから、生きてる可能性も無視できなかった。だから私は必死になったんだ。被害を広める前にドラゴンを倒して、いち早く君を捜し出そうと」

 

「えっと……ケイ?」

 

「私は、”()()失いたくない”って気持ちで心が一杯だった。ねえ、キミなら分かるでしょ?」

 

 ケイの言葉にある違和感とはつまり、怒りとはまた違う感情であった。

 そうと分かると、心理学者じゃない俺でも、その正体が何かはすぐに分かった。

 

 それは、”後悔”だ。

 

「どういう事だ?」

 

「……ああ、そっか。知らないんだっけ」

 

「知らない」

 

 嘘を吐いた。

 この世界において、俺はケイのことを誰よりも知っている。

 

 ついさっきも俺の嘘を見抜いた筈のケイは、何も言わずに俯いた。気づいていてあえて見逃したのか、そもそも気づかなかったのか。

 そこまで考えて、一つ提案を持ちかける。

 

「お前、混乱してるだろ。昔話でもして落ち着いたらどうだ?」

 

「……昔話、ね」

 

 ケイはそれだけ言って、しばらく口を閉ざす。

 

 

「……前世の話だ。護送任務に従事していた日、私はその道中の町で、とある知らせを耳にしたんだ」

 

 数秒だったか、あるいは数分だったか。

 それだけの無言の後に、ゆっくりとケイが話し始める。

 俺にとって既知である筈の物語は、何故か新鮮な話であるように思えた。

 

「エルが住む村へ進撃するモンスターの大群、と。それを聞いた私は、すぐに任務から抜け出した。馬に跨って、出来る限り早く。幸い村までそこまで遠くなかった」

 

 彼女が語る物語。それは、ケイが魔法を研究する切っ掛けとなった出来事。

 俺は口を閉ざし、その物語に耳を傾ける。

 

「それでも、間に合わなかった。私が到着した頃には、モンスターの襲撃は既に始まっていた。……私は、直ぐに……」

 

 言葉が一度区切られる。

 その記憶を口にすることに、抵抗を感じている様に思えた。

 

 ケイの目線が、何もない地面に向けられる。

 

「私はエルの家に駆け付けた。既に家の扉は破壊されていた。

 私は考えるまでもなく家の中へ踏み込んだ。モンスターの気配がした。

 私はすぐに気配の方へ向かった。エルの姿と、モンスターを見つけた。

 

 私は……、何もできなかった」

 

「ケイ……」

 

「既にエルは、生きてはいられない程の傷を負った。モンスターを切り殺しても、間に合わなかった。……エルは死んだんだ」

 

「……それが、時や空間を操る魔法を求めた切っ掛けか」

 

 ケイはゆっくりと頷いた。

 それから、再び俺と目を合わせた。

 

「ソウヤ、君にはわかってほしい。もう二度とあんな別れ方をしたくないんだ」

 

 その瞳には、既に後悔は見られなかった。

 しかし代わりに篭っていた感情が何かは、分からなかった。

 

 ただわかったのは、その歴史を繰り返さぬよう、彼女が必死になっている。という事。

 

「……安心してくれ。俺は死なない。というか、死んでも死なない」

 

「―――っくふ、なんなの、それ」

 

 彼女が笑顔を見せて、今までの空気がなかったかのような態度になる。

 

「君がよく知ってるだろう? あの時はよくも串刺しにしてくれたな」

 

「えー、それはもうずっと前の事じゃん! それにもう謝ったでしょ?」

 

「いや、謝ってないぞ」

 

「……そうだっけ?」

 

「そうだ。……まあ、俺とお前の仲だ。水に流すさ」

 

 元の調子に戻ったケイを見て、微笑む。

 この時ばかりは、表情筋も何もない人形ボディに感謝だ。こんな顔を見られでもしたら、ケイはこれ見よがしにからかうに違いない。

 

「……ありがとう」

 

「どうも」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 あの話の後、結局宿屋まで転移することも無く、なんとなく徒歩で行くことになった。

 この近辺の道は知っているから、特に迷う事は無かった。

 

「所で、死ななかった理由の説明をしつこく追求したのは何故なんだ?」

 

「いや、生きてるのがあんまりにも信じられなくって、偽物かと思ってたんだ」

 

「……動いて喋る人形なんて一人しかいないだろ」

 

「まーね」

 

 まーね、って……。

 あれほど問い詰めたというのに、それだけで済ませられるのか?

 

「納得する答えは用意しなくて良かったんだな」

 

「うん、もう要らない。第一、もう遅いし」

 

「確かにそうかもしれないが」

 

「それに、本当に答えづらいみたいだからね。気を遣ってあげたの」

 

「……それは、まあ、ありがたい事で」

 

「その代わり、お料理レッスンは無期延期ってコトで」

 

「おい」

 

「へへ、恩は売ったもん勝ちなんだよ」

 

 

【ピロピロン】

 

「っと」

 

「メールだな」

 

 電子音で話が中断されて、俺とケイが目を合わせる。

 ケイがメールのウィンドウを呼び出して、そこを俺が覗き込む。最新メールの差出人は、『レイナ』となっていた。言うまでもなく、宛名は『ケイ』だ。

 

 流石にシステムメニューの扱いにも慣れたのか、直ぐにその内容を表示した。

 

 

『送信者:レイナ 件名:無題』

『ケっちゃん、いきなり何処へ行ったんですか? ケっちゃんの事なので心配してないんですけど……。いえ、やっぱり心配です。

 あ、だからって急いで戻ってこなくても大丈夫です。ただ、ちょっと困った事があるんです。

 

 メアリーの事なんですが……えっと、ごめんなさい。やっぱりこの話は直接した方が良いと思うので、今は留めておきます。

 アイザックとケっちゃん、それとソウヤさんと一緒に話したいんです。

 

 私はメアリーを連れて宿屋に帰ってくるので、もし私より先に着いたら、アイザックさんに伝えてください。彼は宿屋の中に居ると思います。

 それじゃあ、お願いしますね。』

 

 

「……メアリー」

 

「そういえば、言ってなかったね。あのドラゴンの正体はメアリーだったんだ。なんとか……というかほぼ偶然なんだけど、一応すっかり元に戻ったよ」

 

 いや、それは既に知っているんだが……それよりも気になることが一つだけある。

 

「無事なのか?」

 

「無事ではなかったけど、最終的に無事だった」

 

 どっちだ。

 でもケイがそう言うのなら問題無いのだろう。

 

「それは良かった。悪い知らせをアイザックに伝えたくはなかったからな」

 

「そうだね」

 

 そう言って安堵したケイが、返信のためにメールを作成し始める。キーボードにもだいぶ慣れてきたようだ。

 

「……なんか、お菓子食べたくなってきた。結局アイスは食べられなかったし」

 

「妙なタイミングだなお前。深夜だから店もやってないし……例の四次元ポケットに残ってたか?」

 

「確か残ってた筈……あった、10Yチョコ」

 

「地味だな」

 

「地味だね」

 

 ……こうして下らない話をするのも、随分と久しぶりな気がする。

 誘拐騒ぎに続くドラゴン騒ぎ。色々な出来事が昼過ぎから深夜まで起きてたワケだから、実際の時間よりも長く感じるのは当然か。

 

 この調子で、メアリーとも感動の再会を果たしたいものだ。彼女の記憶には俺の死体姿がこびりついているかも知れないが、まあ、きっと何とかなるだろう。

 

 

 ……なんて楽観的な考えは、時に現実というモノにより裏切られる。ある意味当然な道理であるそれを、再会の時に知ることとなる。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ただいま」

 

「あ、お帰りなさい! 待ってましたよ!」

 

「お帰り。ミス・ケイ、それとソウヤも。……ほら、メアリーもお帰りを言うんだよ」

 

 玄関を開き、ケイが帰宅の合図である4文字を口にする。

 宿屋に居たのは、ずっとここで腰を落ち着かせていたというアイザックと、結局俺たちよりも先に到着したレイナ。そして……呪われた幼い少女、メアリー。

 

「お、おかえり……なさい」

 

 メアリーはなぜか緊張している。いつかの様にアイザックの後ろの方に隠れている。

 仕方ない、メアリーにとって俺は亡霊なのだ。

 

 俺の死が伝えられていないケイには、メアリーの警戒の理由が思い当たらなかったのかもしれない。少し訝しげな顔をして、しかしメアリーがいる手前、すぐに表情を笑顔に戻した。

 

「うん、ただいま」

 

「ソウヤさんも、お帰りなさい」

 

 俺の声が伝わらない彼女らに、言葉の代わりに手を振るジェスチャーで返す。

 

「さて、5人集まったワケだけど……、話があるんだったよね?」

 

「はい。ですがその前に()()()じ……いえ」

 

 ……()()()

 

「アイザックさん、お願いします。あなたの言葉の方がいいと思います……」

 

「わかった。……メアリー。彼女たちが、さっきまで話していたケイとソウヤだ」

 

「えと、あ……」

 

 まて、お前ら。一体何を言って……?

 その言い方はまるで……。

 

「あ、あう……あの、はじめまして……。ソウヤさん、ケイさん。わたしのなまえは、メアリー、です」

 

 俺たちが、初対面みたいではないか……?




記憶の落し物が大変多い近頃ですが、皆さんどうお過ごしでしょうか。


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46-ウチのキャラクターと俺のトラウマ

レイナちゃんの視点が中心です。


 ── レイナ ──

 

 

「記憶がない?」

 

「はい。ケッちゃんが転移で居なくなった後、気が付きました」

 

「……」

 

「どうやら、失った記憶は一部だけらしい。俺の事は覚えていたからな」

 

 私とアイザックさんがその事実を伝えると、ケっちゃんとソウヤさんの2人は沈黙してしまいました。

 

「どうして……?」

 

 ケっちゃんが信じられないというような様子で、メアリーちゃんを見つめていました。

 気持ちはわかります。私も最初に気付いたときは驚きました。

 

 

 私は詳しいわけではないですが、記憶喪失の要因は幾つかあると聞いています。

 

 1つ目は、脳へのダメージです。直接衝撃を受けてそうなる場合と、一酸化炭素中毒等からなる場合も、確かあったはずです。

 

 2つ目は、精神的な負荷、所謂トラウマというものです。この場合は、記憶を自ら封じ込めるものだったと思います。

 

 そして3つ目、

 

「呪いが原因なのかもしれませんけど……」

 

 はい、呪いという3つ目の可能性です。現実にはありえないですが、この世界ではよくある……ものではないですけど、存在しないわけじゃないです。事実、メアリーちゃんやソウヤさんがその被害を受けています。

 

 私は人の体に詳しいわけでも、心理学とかにも長けているわけじゃ無いので、この3つ以外に何かあるかもしれませんし、単なる見当違いかもしれません。

 

「アイザックさん、なにか心当たりはありますか?」

 

 なので、アイザックさんに意見を求めました。

 

「原因の心当たりは多すぎて、むしろ分からないぐらいだ。前例があるんだよ。既に幼い頃の記憶が飛び飛びになっている上に、両親に関する記憶も全くない。私がメアリーを養うようになってからは、全くこのような事はないが」

 

「そうなんですか……」

 

 そうして全員が、暗い顔で沈黙してしまいました。

 

 

 ……こうして全員が静まり返ったのですが、元々無口なソウヤさんが、何を思ったのか、メアリーちゃんをじっと見つめていました。

 

 ソウヤさんの格好は傍から見れば怖いので、それに見つめられているメアリーちゃんは怯えてしまっています。

 けど……なんだか、それだけじゃないような気がします。

 

「……」

 

「……どう言うこと?」

 

 すると、ケっちゃんが誰かに聞き返すような言葉を口にします。

 ソウヤさんはメモ帳を手にしているので、筆談でしょう。

 

 ですが……気のせいでしょうか? ケっちゃんはメモ帳の方を見ていないような気がします。

 

「……」

 

 ソウヤさんがなにか伝えたのでしょうか。メモ帳が見えない私にはその言葉の内容が分かりませんが、ケっちゃんが少しだけムッとするのが見えました。

 それからなにか考えるような仕草をとると、頷いてから私達と向き直りました。

 

「あ、ああ……。えっと、ごめん。ドラゴ──―」

 

「……!」

 

「……ちょっとモンスター退治で疲れたから、休むね」

 

 ……? 

 なにかおかしい気がしましたが、そういえばそうでしたね。

 

 ケっちゃんはアイザックを救出して、その後すぐにドラゴンと戦いました。確かこのゲームを初めてから10日行かない筈なのに、それを倒してしまいました。

 流石に疲労が溜まっていると思います。ケっちゃんには無理をしてほしくないので、何も文句は言いません。むしろケっちゃんの肩を揉んであげても良いぐらいです。

 

「ええ、ゆっくり休んでください! 色々大変だったんですから!」

 

「うん、ありがとうね」

 

 そんなやり取りをして、ケっちゃんはソウヤさんと一緒に2階に上がっていきました、この空間に居るのは3人だけになってしまいました。

 

 メアリーの怯えるような表情は、もうどこにも見当たりませんでした。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ── ソウヤ ──

 

 

「で、どういう事?」

 

 メアリーの様子がおかしい事に気づいた俺は、ケイを連れて自室へと入った。

 

 俺たちを見る彼女の瞳は、その存在を認識することを拒むように震えていた。

 その様子から”ある一つの可能性”に気づき、こうして彼女の元から離れた。

 

「なんで私達は、”彼女と関わってはいけないの?”」

 

「メアリーの記憶喪失。それはトラウマが原因だ。そして俺たちの存在は、トラウマを掘り返しかねない」

 

「……どういうこと?」

 

 ……分かりづらかったか? 

 いや、確かにいきなりすぎる話だったかもしれない。

 

 ふむ、ならどこから説明するべきだろうか。俺は自室の床に座りつつ思案する。

 

「……まず、トラウマという言葉は知っているよな?」

 

「知ってるよ。言い換えれば、心の傷……。キミはメアリーが心の傷を抱えているって言いたいの?」

 

「話が早いな。記憶喪失の原因が、その心の傷というわけだ」

 

 ベッドに腰掛けるケイが、胡座をかく。

 理解はしたようだ。しかし未だに納得できていないような表情。

 

 確かにそうだろう。記憶喪失、ましてやトラウマだなんて、十生に一度と言っても多すぎるぐらいのものだ。

 

「ただの子供が、人を殺し、街を壊し、そしてケイと戦った。そこに意思はなく、だと言うのに記憶だけが頭に残って離れない」

 

 けどな、ケイ。辛い記憶というのは、何処までも辛い。

 頭から離れる事はなく、あるべきだった日常を蝕んでしまう。まるで呪いの様に。

 

「大切な友人の命を奪った現実なんて、無かったことにすれば良い。悪夢という事にして、さっさと忘れ去るに限る」

 

「……だから、メアリーはそうしたのね」

 

「ああ、その呪いから逃れる為には、無理矢理にでも忘れるしかない。一見無駄な方法に思えるかもしれないが、これは何よりも簡単で、幸せになれる手段だ」

 

 つまりは、そういう事だ。

 ようやく納得してくれたケイは、ベッドに倒れ込むように横たわって、天井を見上げた。

 

 

「……わかったよ。メアリーが、自分自身が厄災もたらしたという事実を、スッキリ忘れたいっていうのは」

 

「?」

 

「でも、私達の事まで忘れちゃうのは……」

 

「……あんまりだ、って思うか?」

 

「うん」

 

 確かにそうかもしれない。あんまりにも酷い話だ。

 俺が言えたことじゃないだろうが、勝手に忘れられて、関係がいつの間にかリセットされているなんて。忘れられた側からすれば堪ったものではない。

 

「だが、メアリーが俺たちの記憶を捨てたというのなら、そっとしておくべきだ」

 

 メアリーの意思で記憶の取捨選択を行ったわけではないだろう。

 忘れたい記憶だけを丁度良く切り落とすなんて芸当は出来っこない。

 

 だからと言って”良い記憶”を戻してあげようとすれば、”悪い記憶”も戻ってくるだろう。だって俺たちは、彼女の悪夢に出てきてしまったのだから。

 

 そうなってしまったら、俺たちはメアリーの事を放って置くしかない。

 

「……じゃあ、ずっと忘れたまま?」

 

「そうだ。精神が安定する年齢まで待つか、下手な賭けを避ける場合、一生ということも考えられる」

 

「そっか……。一生、ね」

 

 

 ……それっきり、会話はなくなった。

 

 ケイは先の戦いで疲労したのか、ベッドの上で寝転がったまま動かない。一応ここは俺の部屋なのだが……まあ、俺は床にでも横たわればいいか。

 俺はドラゴン騒ぎの際に一度死んだっきり、あとはリスポーン地点の教会で座りっぱなしだったから、疲れてもいないし息も乱れてない。

 

 どうしたものか、と俺も寝転がって天井を眺めていると、ケイがメニュー画面を弄っていることに気づく。

 

「……メールか?」

 

「レイナにね。ソウヤの考えには納得したし、賛成する。だから彼女にも協力してもらう」

 

「そうか。そうだな。周りの人にも頼んで、メアリーの周りで俺たちの話題が出ないようにしよう」

 

「徹底的だね」

 

 ケイの発言に、そうだろうか? とハテナを浮かべる。

 否定できないのは確かだ。俺は中途半端な事をしたくないだけなのだが。

 

「まあ、俺の言葉は伝わらないからケイに頼るしか無いけどな」

 

「男らしくない」

 

「お前は女らしくないな」

 

「褒め言葉だね」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ── レイナ ──

 

 

『送信者:ケイ 件名:メアリーの事』

 

『メアリーの記憶の事だけど、ソウヤはトラウマのせいだって言ってる。街を壊した事とか、私と戦った事による罪意識だって。

 だから、私とソウヤはメアリーの記憶をそのままにするべきだと考えてる。

 失くした記憶の内容には極力触れないようにするために、私達はメアリーと関わるのは避けるべきと判断した。レイナも無理に協力しなくても良いけど……気をつけてほしい』

 

 

「トラウマかもしれない……らしいです」

 

 受信したメールを読んで、隣りにいるアイザックさんに伝えました。

 メアリーちゃんには聞こえないように、小声で。

 

「そうか……その可能性もあるんだな」

 

「えっと、どーしたの?」

 

「いや……」

 

「?」

 

 今のメアリーちゃんの様子を見ても、そんな風にはあまり思えません。

 ただ、アイザックさんが心配そうにしているのは、なんとなく感じられます。

 

「……メアリー、やはり心配かい?」

 

「え、なんでわかるの?!」

 

 心底驚いた様に、メアリーが声を上げました。

 やっぱり、長い間の時を共に過ごした親子ですから、そこはお見通しなのでしょうか。

 

「大丈夫さ、メアリーの失くした記憶だが大した事は何もなかったよ」

 

「でも、まちがもえてたよ。たくさんこわれてた」

 

「ああ、それは先日の戦争のせいだ」

 

「……そーだったんだ」

 

 メアリーちゃんの瞳は、何を見つめているんでしょう。何故か私は、そんな事を思いました。

 確かに目線はアイザックさんの方を向いているのですが。

 

 メアリーちゃんを見つめていた私は、ふとこんな事を思います。

 もしかして、()()()()()()に存在しない事実で包んでしまおうとしているんでしょうか。と。

 

 

 トラウマによる記憶の封印。

 ゲームとはいえ、現実と遜色ないこの世界でこれを目の当たりにした私は、どうするべきか分からないでいます。

 

「ねー、レイナちゃん。ほんとうなの?」

 

「……」

 

 だからでしょうか。思わず、アイザックさんに助けを求める様な目で見てしまいました。

 返すべき言葉は、ついさっきケっちゃんに教えられた筈でしたのに。

 

 思わず沈黙したくなるのをこらえて、口を開きます。

 

「う、うん。確かに戦争がありましたよ。でももう大丈夫です。戦争は終わりましたし、騒ぎが収まれば復興もすぐに終わります。そうすれば元通りです」

 

 ……そう、元通りになるんです。

 

 この親子は、きっとケっちゃんやソウヤさんと出会う前までの日常に戻ってしまうのでしょう。

 いえ、お弁当屋さんとしての関わりはまだまだでしょうけど、これからはずっとそんな関係のままかもしれません。

 

 何時も通りにお弁当を買ってもらって、何もないかのように別れる。

 お友達として一緒に過ごした記憶があるのに、普通のお客さんとして関わっていくのです。

 

 まるで中学校の頃のお友達と再会して、なのに向こう側が私を覚えていない、みたいな……。

 

「……どーしたの?」

 

「あ、いえ。なんでもありませんよ。エヘヘ……」

 

 皆でハンバーグを食べて、お洋服を買って、喫茶店でゆっくりして……。

 でも、覚えてくれていない。

 

 半日もしないようなごく僅かな思い出です。それでも、それだけでもすこし寂しいな、と思いました。

 誰かに忘れられるという悲しさは、こんな感じだったんですね。

 

「……そうだ、メアリー。今日はもう夜遅い。ここの部屋を借りよう」

 

「おとまり?」

 

「そうだ。ええっと、ここのチェックインは」

 

 アイザックさんがカウンターを見つけて、置かれた呼び鈴を押そうとした時、私はある事に気づきます。

 確か、この宿屋の部屋は全部……。

 

【ガチャ】

 

「おや、君が」

 

「満室。知り合いの部屋でも間借りしなさい」

 

「え」

 

【バタン】

 

 あ……扉を半開きにして一言だけ言い放つと、すぐに閉めてしまいました。

 管理人さんは相変わらず平常運転……とは言い難いですね。ドラゴンの件で気が立っているのか、警戒心が少し表面化してるご様子です

 対してアイザックさんは、その口を開きっぱなしにしています。無理もありません。

 

 少しかわいそうなので、ちょっとした助け舟を出します。

 

「……えっと、そういう事らしいので、私の部屋を……あ、いえ、ケっちゃんに頼んでみては如何ですか?」

 

 私のお部屋を貸す……とまで言いかけて、背筋の震えと共に言い換えてしまいました。

 

 あうう、ごめんなさい。どうしましょう、思わずケっちゃんに押し付けてしまいました。

 このゲームで男の人にはだんだんと慣れてきましたが、でもやっぱり自分の部屋に泊めるっていうのはムリです。

 

「そうだな……そうしようか」

 

 ……少し申し訳ないので、後でケっちゃんに何かお詫びでもしましょう。ええ、そうしましょう。

 

 

 

「……え、私の部屋に?」

 

「ああ。生憎部屋が一杯らしくてな。申し訳ないが、私とメアリーの2人で泊めさせてくれないか?」

 

「いやまあ、別に良いけど。特に大事なものはないし。……ていうか、なんでレイちゃんは頭を下げて手を合わせてるの?」

 

 どうかお許しをっ! 

 のポーズで、アイザックさんの後ろに居るのがレイちゃんこと私です。ちなみにメアリーちゃんは更に私の後ろです。

 

「えっと、私の部屋に泊めるのはちょっと都合が悪くて……ですね。……その、ごめんなさい!」

 

「ええ? 訳がわかんないよ。別に謝られる覚えはないし……。とりあえず頭を上げて」

 

 許しを得た私は、恐る恐るとケっちゃんの顔を見上げます。

 やっぱりケっちゃんは優しいです……けど、代わりに泊まる場所はどうするつもりなんでしょうか。

 

「その、ケっちゃんはどうするんですか?」

 

「え? 寝床のことなら大丈夫だよ。ソウヤと一緒に寝るし」

 

 ……ハイ? 

 

「ほほう」

 

 ……エッ? 

 

「つまりは……やはり君たちはデキている訳だ! ははは!」

 

「はあ……? まあ良いけど、とりあえず鍵を貸すよ。朝起きたらソウヤか私に返してね」

 

「おう、感謝する。必ず返すよ。でも邪魔しては悪いから、朝食を済ませた後辺りで良いかな」

 

「ん、邪魔? 何を?」

 

 エ、イヤ、エ? 

 一緒に寝るって、それはつまり、つまり、つまり?! 

 

「ていうか、どしたの、レイちゃん?」

 

「ア、ワ、ワワワワワ」

 

「ホントにどしたのレイちゃん?!」

 

 え、えっと……ケっちゃんって……あ、あう。

 

「け、っちゃんって……、大人、なんですね」

 

「え、大人? ……んまあ、私としては大人のつもりだけど、そんな事がどうしたのさ」

 

 何とも無いような顔で私の言葉を肯定しましたが……”大人”という曖昧な言葉では、確証が持てません。

 まさか……と思いつつ、更に問い詰めることにします。

 

「そ、その……どれぐらい大人、なんでしょうか?」

 

「どれぐらいって……まあ、そうだね。人生を一周……いや、終わらせ……完遂? ……そう、1回はゴールしてるぐらいって感じかな」

 

 ゴール──?! 

 それって結婚……? いや、まさかこ、こ、子作りまで! 

 

「あ、あわあわあわあううう」

 

「ど、どうしたのレイちゃん?!」

 

「ケケケケケっちゃんがあわわわわわ」

 

「ははははっ! 日本には少子化という問題があると聞くが、解消しつつあるようだね?」

 

「しょーしか?」

 

「何言ってんのさアイザック……。別に良いけど」

 

 あ、そうです! 確かあの時、ケっちゃんはソウヤさんとは付き合って無いって言ってました! 

 そうです! きっと何かの間違いなんです! 

 

「そうですよね、ケっちゃん?!」

 

「レイちゃんまで何を言って……」

 

 私が求めている真実、それはズバリ! 

 

「ケっちゃんは、付き合っている人、居ないんですよね?!」

 

「え? 突拍子なさすぎ……」

 

「どうなんですか!」

 

「ああ……」

 

 

 

 

「…………ノーコメントで、良いかな」

 

 

 ケっちゃんは、どこまでも大人でした。

 ……まる

 

 




シリアス半分
ギャグ半分

前回まで息の詰まる展開だったわけだし、多少息継ぎを挟んでも良いでしょう。


次回、

「元通りの日常」

「忘れられし者」

ようやくこの章も締めくくりです。



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47-ウチのキャラクターと俺の再出発

前回は視点変えたりしてみた
今回は形式を一部変えたり。所謂台本形式というヤツ。


 それから俺たちの生活はすっかり変わってしまった。

 先日の件は、あまりにも多くの影響を俺たちに与えてきた。

 

 俺が弁当を売る事はなくなって、代わりにあの副団長の元で訓練を続けている。戦闘能力を少しだけでも上げておきたいのだ。

 ケイの方は弁当販売に割いていた時間が空き、代わりにとレイナの素材採集を手伝いに行っていたりする。

 

 弁当売りの少女(ケイ)、そして影の料理人である(ソウヤ)。その肩書は、すっかりなくなってしまった。

 

 ……けれども、悲劇の女の子の為だけに、俺たちは変わらぬ日常を振舞っている。

 

 弁当を作る事自体は続けているが、商売としてではなく、メアリー個人の為に行なっている。勿論、作ったからにはそれを受け取りにアイザックが来るのだが、その度にメアリーの近況について伝えてくれる。

 俺たちと出会う前まで記憶が巻き戻った彼女は、以前と変わらず家の中に引きこもっていると。

 

 幸いなのは、メアリーが平和な日常を、本当の意味で何時も通りに過ごしているということだろうか。

 

 他には、呪いをどうにかしようと、レイナが呪いを取り払うポーションを贈ったらしい。それは効かなかったのだが。

 以前に俺の呪いを治そうとして作られた物をそのままプレゼントしたらしいが、その一本を作成するために”フェニックスの血”というものが使われている。

 因みにその結果だが、不死鳥の血でもってしても、厄災竜の呪いには歯が立たなかった。

 

 ……あの高価なポーションを無駄にしたと聞いたケイは、軽く恐慌状態に陥っていたのだが。彼女は意外と貧乏性なのだろうか。

 

 

 とにかく、厄災竜の呪いが健在である今、その事実を知る俺たちは軽く落ち着きを失くしている。

 その現れだろうか。ケイの様子がおかしい。ついでに言うとレイナも。

 ……レイナに関しては恐らくメアリーの件とは関係ないと思うのだが、ケイの方はどうだろう。

 

「おかえり」

 

「ただいまー」

「ただいまです!」

 

 素材採集からケイが返ってきた。ケイの手からは植物が詰められた袋がぶら下がっているが、歩く度に”ふぁさ”と軽やかな音を立てて揺れる。

 幾らでも持ててしまうと止め時がわからなくなるという理由で、普通の袋を持って行ったとの事だ。

 

 宿屋に2人が帰ってくるのを待っていた俺は、前もって用意していた紅茶を出す。

 

『お疲れ様』

 

「わあ、頂きますっ。いつもありがとうございますね!」

 

「火傷しないでよ」

 

 

「それにしても、商売がなくなってから随分と暇になっちゃったなあ」

 

「ケっちゃんってば、朝に空っぽの弁当袋を持って売りにでかけちゃいましたからね!」

 

「ううっ、掘り返さないでよ。……ちょっと日々の癖が抜けきらなかっただけで。ソウヤもそんな感じの事あったでしょ?」

 

 そんなことを言われても、間違えてお客さん向けに弁当を作るなんて事は無いのだが。

 作ってもメアリー宛のものオンリーである。

 

『無いぞ、というかそんな事があったのか。俺は知らなかったぞ』

 

「あ……知らなかった?」

 

『?』

 

「あぐ、ハテナ単体の返答って、なんかムカツク!」

 

 ……ふむ。

 

 

「そういえば、街の復興もあっという間に殆ど終わっちゃいましたね。あとは細かい所だけです」

 

「ああ、確かに……。というかドワーフの作業現場って見てて不自然なんだけど。なにあのスピード、あの空間だけ時間加速してない?」

 

 ドワーフといえば、生産やらのスキルや関連する能力値に補正がかかったりするという種族特性である。

 しかし、ケイにそこまで言わせる程だとは思えないが。

 

「戦争の件もありますし、2度目の修復という事ですから作業が楽らしいですよ」

 

「直接聞いたの?」

 

「ポーションを販売する時、ちょびっと」

 

 ちょびっとずつ紅茶を飲んでいたレイナがそう言う。

 確かに、見知らぬ建物の修復と、見知った建物の修復では作業効率も段違いだろう。

 

 

『それじゃあ俺は上に戻る。何か用があったら遠慮せず来てくれ』

 

「はい、紅茶ごちそうさまです!」

 

 うん、やはりレイナは純粋だな。高校生だとは思えないぐらいだ。

 

「それはそうとケイ。どのタイミングでも良いから、昼飯までにこっちに来てくれるか?」

 

「?」

 

 わざわざメモ帳をしまって声で伝える。その意図を読み取ったケイは、疑問でも抱いたような表情をしても返事は一切口にしない。

 その代わりにこくりと頷いたから、俺は上の階へ昇って行った。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ケイ。

 

 ケイと言えば、先日俺が一度死んでリスポーンをした時、それとフェニックスの血が使われたポーションがメアリーに贈られた時に、大きく、それもかなり取り乱したのが記憶に新しい。

 加えて例の件以来、ケイの様子がどこかおかしくなっていた。

 理由は知らない。推測するには手掛かりが無い。そもそも彼女は友人だ、直接訊く方が早い。

 

「ということで、お前を呼ばせてもらった。すまないな」

 

「”ということで”って……、なんか前にもこんな事なかった?」

 

「あったな」

 

「……まあ、突拍子がないのはともかく、君は私の保護者にでもなったの?」

 

「生憎だが、どちらかと言えば俺は守られている方だ。だろう、()()()?」

 

「……まあ」

 

 軽口を叩かれたので、俺も少しジャブをきかせることにした。

 騎士という言葉に反応して、けども努めて顔に出さないようにしている様子だった。

 

「どうせ余計なお世話だなんて思うかもしれないが、何か問題を抱えていたら聴こうじゃないか」

 

「別にない、と言ったら?」

 

「問題を見つけるまでストーキングしよう」

 

「うへえ」

 

「それが嫌なら話せ。別世界関係に理解を示せるのは俺だけだぞ?」

 

 すると、ケイは黙りこくってしまった。

 やや強引だったかもしれないが。……ケイの事だ、強がりにはこういう態度が良い。

 

 俺の考えが正しかったのか、俺の顔を見て大きくため息を吐かれる。きっと”コイツしつこいなあ……”と思われていることだろう。

 しつこく振る舞ったのだから当然である。

 

「うん、うん。わかった。話すよ」

 

「ほん、口を割る気になったか」

 

「うっさい。……と言っても本当に些細なことだよ」

 

「……些細?」

 

「黙って聞く。……別に難しいことじゃないよ。ただ、エルの事を思い出してただけ」

 

 エル……。ふむ、やはりそれ関連か。

 なんというか、眼の前の友人の過去は、大体がエルという人物が中心になっている。恋人だと言う話だったのだし、当然か。

 

「でも、エルは私の事を覚えていないんだろうなって。そう思ってた」

 

「成る程ね。”メアリーが記憶を失くして、恋人ももしかしたら……”って感じか」

 

「納得してくれたようで結構。前々から薄く感づいていたけど、今回の件で強く感じたよ。……そもそも時間を巻き戻すなんて事をやったんだ。記憶も巻き戻されるに決まってたさ」

 

 時間を巻き戻す前に気づかなかったのか、と俺は思うのだが、そこまで気を回す余裕は無かったんだろう。

 何もかもを捨てて、時間遡行の魔法の開発に打ち込む様子が容易に想像できる。

 

「で、話はそれだけ? この尋問の為だけに呼んだだけじゃないだろうね」

 

 尋問とは失礼な。ただ相談してもらおうと機会を設けただけだ。たしかに強引だったかもしれないが。

 

「悪いか?」

 

「まあ」

 

「……そうかい」

 

 俺が悪かったよ。

 

 

「さて、話も済ませたことだし……別の話をしよう」

 

「え、もう話すことないんじゃないの?」

 

「ないとは言ってない。こっちも話すには良い機会だからな。ちょいとばかし、冒険しようと思うんだ」

 

 そう言うと、ケイがぎょっと目を見開く。どういう意味で驚いているのか、俺は気になるところなのだが……。

 

「そんなに意外か」

 

「いやまあ、キミみたいな男に旅ができると思えないだけで。それよりどういう意図で冒険するって?」

 

「確かにこの体は貧弱だが……俺は元々冒険者やろうとしてたんだぞ。人形になったり戦争起きたりドラゴン出たりしてそれどころじゃなかったが」

 

「冒険者? キミが?」

 

「そうだ。なんか言いたいことでも?」

 

「……いんや、別に」

 

「なら良い。そんな訳で、今までの稼ぎを使ってその準備をしようと思う、以前使ってたやつも引き続き使うが。……異論は?」

 

 冒険するということは、ダンジョンを潜ったり、クエストを請けたり、その戦利品や報酬で高級な装備をゲットしたりするワケである。

 つまりはハクスラである。ケイという存在が現れなければ、俺は今もそうしていたかもしれない。何が悲しくて最初の街で商売プレイをせねばならないのだ。

 

「え、でも色々と問題が……あー、ない」

 

「なるほど、異論が喉まで出かかった所を我慢してくれてありがとう。幸い、ここにセンパイが居るんだ。ゆっくりと冒険活動を始動させていこうじゃないか」

 

 なんならケイの力でいきなり高難度のクエストに挑んでも良い。俺の経験にはならないが、その報酬を傍受することができる。

 寄生プレイ? そんな単語知りません。

 

 

「……でもなあ」

 

「なんだ、やはり心配事が?」

 

 何やら深刻そうな顔で、考え込んでいる。

 やはり俺の身が傷つく様な事はしたくないのだろうか。俺がちょっとリスポーンしただけで取り乱すようなケイの事だ。それもありえなくはない。

 冒険は取りやめか、とぼんやり思う俺だったが、その予想はまんまと裏切られた。

 

「冒険者ってことは、依頼処に行ったりするんでしょ?」

 

「まあな」

 

「……依頼処に入ったら大変なことになると思うんだ」

 

「……ああ」

 

 あそこにはもう随分と足を運んでないが……ケイの言葉に含まれる意味を察し、納得の声を上げる。

 

「私とキミ、とんでもないぐらい有名人になってるのは知ってるよね。ほら、例の件でさ」

 

「無論だ。生存者が居るかさえ怪しい状況だったとはいえ、戦闘は街のど真ん中でやったんだろう? 生還した目撃者が居てもおかしくない」

 

 プレイヤーならば生還したか否かなど関係ないが……とにかく、俺たちは今や有名人だ。

 ドラゴンとケイの戦闘を目撃したどこぞのプレイヤーが、情報をばらまいてくれやがったのだ。お蔭で弁当の商売も止めることになってしまった。

 

「幸い、広まっているのはキミの容姿(ローブ姿)と私の容姿、そして戦闘能力や戦法ぐらいだ。私は髪を黒に染めるなりすれば良いし、キミはローブの代わりに全身に鎧でも着込めば良い」

 

 ほう、確かにな。

 頭から足先まで全て鎧……って。

 

「チョット待て」

 

「うん?」

 

「全身鎧なんか装備したら、王宮にある飾りのアレみたいに動けなくなるぞ」

 

 現代人に分かりやすく言うならば、全身にダンベルを貼り付けるようなものだ。筋力の能力値が少ない俺には、色んな意味で荷が重い。

 

「そこはほら。私の魔法でなんとか。それに一部は革素材の防具にすれば良いでしょ」

 

「それ以前に俺後衛のハズなんだが。弓使いなんだが」

 

「弓兵が軽装備じゃないといけない理由がどこにあるの?」

 

 ええ……。

 そしてどういう訳か、俺の鎧、そしてその他冒険に必要なアイテムを買いに出かけることなった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「おかいもの?」

 

「そうだ、メアリー。すぐに帰ってくるけど、お留守番は……」

 

「わたし、いつもおるすばんしてる」

 

「……そうだな、メアリー。これぐらいへっちゃらだったな?」

 

「うん」

 

「強くなったもんだな、メアリー。それじゃあ俺は行ってくるよ」

 

「いってらっしゃい……」

 

 

 

「……家族愛とはこの事かな? アイザック殿よ」

 

「聞いていたのか、イツミくん。玄関のすぐ横で盗み聞きだなんて」

 

「怪盗たるもの、情報の見落としはあってはならないからね。私は貴方の事を深く知りたいと思っている」

 

「へえ、どうやら俺はこっちでも人気者みたいだね。参った参った」

 

「ああ、もうすっかり虜になってしまった。……それはそうと、貴方に見せたい物がある」

 

「それは……私の手帳か。君が入手していたんだね」

 

「これでも私は立派な日本人でね。中身を読まずに返そうと思ったぐらいだ」

 

「それは有り難い。それで、読んだ感想は?」

 

「うむ……アイザック殿。貴方はドラゴンの事を、全て知っているのだろう?」

 

「……まさか、メタ目線での考察かい?」

 

「お気に召さない?」

 

「いいや、まさか。大歓迎だよ! 是非とも君の考察が聞きたいものだ!」

 

「では、お披露目は向こうでやろう。キャットが音を遮断してくれるから、夕飯の話から機密情報のやり取りまで、なんでもござれだ」

 

 

「ほう、ここは君の家といったところか?」

 

「生憎、家に招くのなら美しい女性が望むところでね。ここはあえて、アジトとでも言おうか。……さて、アイザック殿」

 

「……ああ、聞こうじゃないか」

 

「まず大前提だが……貴方は普通のプレイヤーではない」

 

「へえ、どうしてそう思う?」

 

「例の手帳の情報をもとに調べた。貴方が()()()ゲームの事を。確か『ヴァーチャルウェスタン』というタイトルだったな。今、向こうでは大型アップデートが行われると話題になっていたが」

 

「よく知っているじゃないか!」

 

「貴方がそのゲームの世界から訪れたのは間違いない。別ゲームのサーバーと繋ぎ合わせるなんて、狂気の沙汰だと言うほかないが……。それはともかく、あちらの世界とこちらの世界はまだ本格的に繋がっていない。来るのはNPCばかり、まだ向こうではアップデートはされていないのだから、当然か。だがそんな中で、貴方がいる」

 

「NPC達に混ざっているのは悪いかい?」

 

「私としては別にいいと思うのだがね。仕事でここにいるのなら、だが。 ……貴方はデバッガー、あるいはテスター、いずれかの目的を持ってここで活動しているというのが私の考えだ」

 

「……ビンゴ。大当たりだよイツミ君! そうさ、私はとある目標のためにここに居る!」

 

「そう、そして貴方の目的は……ここからは確証のない予想になってしまうな。アップデートに伴い、恐らくレイドボスも追加されるのだろう。そのボスのキーとなるのが……」

 

「……」

 

「厄災竜。あるいはメアリーと呼べばいいだろうか? 誠に痛ましい事であるが……」

 

「気にしなくて良いさ。……彼女はNPCだ」

 

「ほう……? まあ、誰がなんと思おうが自由だろう。とにかく、テスターかデバッガーなのかは知らぬが、特殊な立場である貴方が四六時中彼女を見守っている。まるで管理者であるかのように思える立ち振る舞いだが。……実際、そうなのだろう?」

 

「ああ、勿論だとも」

 

「これはこれは、予想が的中して一安心だ。つまり、貴方の目的は、今後発生するであろうレイドボスに備えて、メアリーを管理する事。……だがそれでは向こうゲームのプレイヤーが担当する理由がないな。やはり別の仕事を兼任しているんだろうが……向こうのキャラクターを送り込む際の問題を発見する為に居る?」

 

「それは俺が答えよう。既に君は100点中80点を手にしているよ。あとの残りは私に任せるんだ」

 

「……」

 

「まず、翻訳機能のテスト、銃火器の動作確認、こちらの世界の戦闘システムと掛け合わせた際の戦闘バランスの情報収集もある」

 

「戦闘バランスの情報収集……?」

 

OP(強すぎ)じゃないかのテストさ。基本的に弓より銃が強いだろう? だから事前にバランス調整を行っているのさ」

 

「なるほど……あの戦争も、その情報収集の一環か」

 

「アップデート前の賑やかしの意味もあるけどね」

 

 

「それで、話は終わりかい?」

 

「答え合わせの為だけに会った訳ではない。確証を持つのは確かに大事な事だが」

 

「君も欲張りなものだね。次はなんだい?」

 

「……彼女の事だ」

 

「おや? これは驚いた、まさか君がメアリーにお熱だとは」

 

「厄災竜だ。ヤツの出現条件はどうなっている?」

 

「……流石に欲張りだね。ここから先はスポイラーアラート(ネタバレ)だよ。覚悟はできてるかい?」

 

「私が気掛かりなのは、知りすぎた私が密かに消される事ぐらいだ」

 

「なら問題ない。私たちは寛容なスタンスだからね。……さて、厄災竜の出現条件だったかい? 条件は、いわば彼女次第となる。彼女の呪いは、彼女自身の感情が不安定になることにより、姿形を得る」

 

「それは怒りや、悲しみなどといった感情か? あるいは喜びや楽しいと言う感情がそれを引き起こすのか?」

 

「なかなかゾッとしない事を言うね。無垢な笑顔が厄災を齎すだなんて、これ以上ない理不尽だ。だが安心してくれ。不安や悲しみこそが、厄災のトリガーさ」

 

「……私としてはそれだけでも安心できないのだがな。ソウヤ殿から聞いたが、メアリーはトラウマによって記憶を封じているのだろう?」

 

「……彼はそう言っているね?」

 

「今回は1度目だから問題ないだろうが、その後はどうなる? 厄災竜に化ける度に心の傷をふやし、その度に記憶を覆い隠すのか? そうしてちぐはぐになった心は、以前より不安定になるのでは?」

 

「……」

 

「そうすると──」

 

「失礼、考察は1人でやってはどうだい?」

 

「おっと、これはこれは、心から謝罪を申し上げる」

 

 

「……では、知識欲を十全に満たした私は、ここを去るとしよう。十分すぎる情報の提供に、感謝する」

 

「構わないよ。ただ、これだけは言わせてくれ」

 

「聞こう」

 

「君が何をしようと、どのように力を尽くしても、彼女の運命は変わらない。覚えておいてくれ」




あらすじに書いておいた「更新不定期」が活きる時が来たようだ。
いつものことか


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幕間-彼女の目的/私の夢

前話より少し前の時間の話


【チク、チク、タク】

 

 時計の音だけが聞こえる空間、俺はVR装置を傍らに置き、スマホを弄っていた。

 今、ケイが居る向こう側の世界は真夜中。人々の大半が眠り、静まり返る時間帯だ。そこで俺は睡眠で仮想空間の夜を過ごす代わりに、ログアウトしてこちらへ戻ってきたのだ。

 

「……」

 

『ミッド・センタルの例の竜』

 

 スマホの画面に映っているのは、このゲームを遊ぶプレイヤーの情報交換等が行われる……所謂掲示板のサイトだ。

 今まで意識していなかったが、相当数のプレイヤーを抱えている大手のゲームであるからには、こういった所も珍しくないのだろう。

 それならば、何かしらの情報が話題に出れば、すぐさま広まるのも当然の事。そう。例えばあの厄災竜の件や―――

 

『xxxx:そのドラゴンを退治したのって、1人のプレイヤーだったのか?』

『xxxx:1人だった、プレイヤーかは知らんけど。ただ、転移魔法を使えるのを見る限り重要NPCの線もある』

 

 例えば、その竜と対峙したケイの事だったり。

 こういっては何だが、ケイの名声が広まっていると思うと、なぜだか満ちた様な気分になってしまう。別に変な意味ではなく、うれしくなってしまうのだ。これは誇示欲とか名声欲とか、そういうものだろうか。

 勿論、彼女はこうなることを望んでいなかっただろう。有名人となった彼女が様々な面倒ごとに絡まれてしまう事は想像に難くない。

 

『xxxx:その人教会の前で見かけた。ローブ姿の怪しい人と抱き合ってた』

『xxxx:kwsk』

 

「―――」

 

 抱き合ってない。向こうから抱き付かれただけだ。

 ……と反論出来たらどれほど良いことか。当事者であることを明かす書き込みをしてしまえば、全てが面倒なことになるに違いない。あるいは偽物扱いされるか。後者の方がこちらとして楽ではある。

 

 もうこのサイトを見るのはよそう。俺はスマホの画面を消し、手放した。向こうの世界で朝を迎えるまでにはまだ時間がある。

 

 それまでに、俺は『ケイの旅路』を読むことにした。もう随分と読み込んだと思うのだが、まだまだ物語は続いている。全体の半分も行かないぐらいだ。

 執筆していた期間も随分と長い事は分かっていたが、恐らく記憶を失う前も今と同じように速筆の能力を備えていたのかもしれない。

 それよりも、ここまで書き上げる執念が俺にあったことに驚きだが。一体どこに十年以上も同じ物語を書き続ける人間が居るのだろうか。

 いや、普通に居た。主にテレビで放映されていたり少年誌に載っていたりしている。その内の一つであるあの魚介類のタイトルで有名なアニメは、もはや電波の化石と呼ばれても良いのではなかろうか。

 

 話がずれた。本題は『ケイの旅路』の事である。

 作中のケイは、エルと再会するために世界を巡っている。時に王都で人探しをしたり、数ある村を訪れて回ったり、そして捜索の手掛かりに成り得るアイテムを手に入れる為、ダンジョンに潜ったり。

 驚くべきなのは、ネタバレを承知で最後の辺りのページを見ても、未だにエルと出会えていない事だ。それでも目的を諦めていない辺り、その執念はこの本を書き続けた当時の俺と通ずるものがある。

 

 ……その執念があったからこそ、時を巻き戻す魔法を創り、そして世界を超えて転移してきたのだろう。

 

「……?」

 

 そこまで考えて、とある疑問が頭に浮かぶ。

 狂気的とも言えるエルへの愛を持つケイだが、俺と出会ってからは王都の周辺から離れない。

 これは変ではないだろうか。ケイの中にある優先順位は、恐らく俺よりもエルの方が上にあるだろう。だというのに捜索の旅に出ることなく、むしろ率先して俺の居る王都に籠っている。

 

 そこまで考えて、過去に行ったケイとのやり取りを思い出す。

 

―――

 

「決めた。当分はこの街で静かに過ごす」

 

「はい?」

 

「私が旅に出たりしたら、普通な顔して付いてくるでしょ」

 

「まあ……。でも良いのか? ケイには探し人が居るだろ」

 

「それは……」

 

―――

 

 あれは確か、リザードというモンスターを殲滅した後、ちょっとしたポケをやらかしてケイに心配を掛けた時だったか。

 当時は旅に出る予定だったのだろうが、俺の身の安全を優先したようだった。

 

「……」

 

 あの後直ぐに、俺が持つ彼女への印象を押し付けていたと自覚して、少しばかり反省した記憶があるのだが……、ここまでこの物語を読んでいくとその印象も間違いでは無いと気付いた。

 一向に手掛かりはつかめず、目標(エル)へ一歩近づけたという手応えも得られないまま、作中では数年が過ぎていっている。それでも、彼女は諦めることをしなかった。

 

 ……恐らく、ケイは今もあきらめていない。だからこそ、彼女は世界を渡ってきたのだ。

 

 よし、向こうで朝を迎えたらケイに……ああ、確かレイナと素材採集の約束があったんだったか? それじゃあ、昼頃に旅の話を持ち掛けてみようか。

 いや、彼女は俺の事を心配するであろう。……そうだな、ケイの旅に付いて行くという形ではなく、俺の冒険に付いて来てもらう形で提案してみよう。ついでに多少強引に……うむ、シミュレートは完璧だ。

 

 さあ、また向こうの世界に―――行こうとする直前、とあるものに目が留まる。

 それは時計。今も規則的な音を鳴らし続けているそれは、現実に深夜が……それどころか東の空が明るくなってもおかしくない時間帯を示していた。

 

「……」

 

 まあいいか。今夜の夜更かしぐらいは大丈夫だろう。

 俺は気を取り直して、VR装置を頭に装着した。

 

 これが仮想世界に意識を移す時に感じる、不自然な眠気に包まれながら、俺は意識の行方を装置に任せた。

 

 

 

 

「……ここは?」

 

 意識が覚醒すると、そこは不思議な部屋だった。木製にも石製にも見えない、不思議な材質でできた、真っ白な壁。木製とも言えない質感の棚や机があり、その内一つには花瓶があった。部屋全体は清潔な印象だ、あるいは無機質とでも言い表そうか。

 部屋を中央を見ると、ベッドがあった。これもまた白く、今度は見慣れない金属で一部構成されていた。

 

「これは……人?」

 

 私が()()に気付くのには、時間も注意も必要なかった。包帯で一部巻かれているが、恐らく女性。意識は無いようだが、死んでいるというわけでもない。

 

「……?」

 

 一体ここはどのような空間なのだろう。怪我人を安置しているようだが……。

 

「夢、にしては変だな」

 

 どこぞのモンスターが夢でも見せているのだろうか。しかし現実の私は王都の宿屋で寝ているはず、街中でモンスターが出るはずは……一度ドラゴンは出たが、概ね無い。

 少なくともそうそう出るものではないはずだ。ならばモンスターから起因するものではないと思うが。

 

「まあ、あれこれ考えても無駄かな」

 

 難しいことは後で考えよう。夢なら夢で、目が覚めたらそれで終わりだ。そう思って、部屋の中を物色してみることにした。

 

 目を引くものと言えば、棚に置かれた花瓶や、見慣れない板のような物ぐらいか。これは真っ黒な板に白い額縁がついているように見える。

 

「……あ」

 

 気になるものはこの2つだけか、と思っていると、3つ目の気になる物を見つける。紙袋だ。

 どこまで見ても平凡な紙袋だが、何もかもが見慣れない部屋の中、これだけが異色を放っていた。少なくとも私にはそう感じた。

 

 さて、肝心の中身は……何だ、これは?

 沢山の物を受け入れられるサイズのくせして、その中には1つしか物がなかった。……いや、1つだけではない。

 

 これまた紙で綺麗に包まれた、恐らく本か何か。それに加え、小さな物がその中にあった。

 

「これは、髪留め?」

 

 しかもこの髪留め……私が付けている物と同じだ。あるいは……いや、恐らく関係性はないだろう。もし関係があったとして、それは私の想いが夢の中で現れただけだ。

 

「それで、これは……本?」

 

 紙を破いて中身を出してみれば、それは確かに本だった。

 そしてその表紙には題名が……。

 

 

 その瞬間、我が目を疑わずにはいられない衝撃を受けた。

 

 

「っ?!」

 

 その5文字を見て、理解して、思わず本を手放した。

 それなりの厚さであったそれは、大きな音を立てて床に落ちた。

 

 一体これは、どういうことなんだ? どうして()()の名前が出てくる?

 どうして……。

 

 混乱している頭まま、屈みこんでそれを拾い上げる。落ちて裏表紙が上に来ていたが、裏表紙には何も書かれていない。

 私は再確認するように、本を裏返してから表紙に書かれた文字を読む。

 

 表紙には、こう書かれていた。

 

 

 『エルの旅路』と。

 

 

 

 

「っはぁ……! はぁ……!」

 

 胸の鼓動が速い。汗が頬を伝うのを感じる。

 私は一体何を()()()

 

「っつ……、思い……出せない……」

 

 意識が覚醒した直後だというのに、夢の内容が思い出せない。

 

「く……そ」

 

 どうしても思い出せない。何か、忘れてはいけない何かがある筈だったのに……。

 私にとって、とても大切な事。そう、例えば……。

 

 ……。

 

「……は、はは」

 

 そんなわけ、ないか。

 そうだよね。ただの夢だよね。

 

「……そっか」

 

 うん、ただの夢。きっと、私の願望が夢に出ただけ。

 

 

 ……はぁ。

 私というのは、私自身が思っているよりも諦めが悪いらしい。もう永久に会えるはずにない誰かの事が、夢に出る程度には。




次章

『MECHA:BECOME FAMILY』

この章もまた長くなりそうだ。


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第7章 MECHA:BECOME FAMILY
48-ウチのキャラクターと俺の冒険準備


 新たなる冒険に向け、これまでとは違う武器や防具を求めた俺たちは、とりあえず馴染みのある工房へ顔をだすことにした。

 その工房の独特な外観は相変わらずだが、信用はできる。なんたって、ある魔法使いの友人の、その友人であるからだ。

 

 そう。ここはリーチェの(愛の)工房。レイナからは、この人のリアルでの性別は女性だと聞いている。そんな情報を提供しているからには一定の信頼を得ていると確信するが、わざわざこの人の目の前で、実際の性別に関して訊くのはあんまりよろしくない。当のリーチェが俺たちをどう評価しているのかはわからないのだから。

 

「すっかり有名人じゃねえか!」

 

「アハハ……」

 

「なんだあ、全く嬉しそうじゃないな?!」

 

 ……多分、悪い評価ではないと思うんだが。

 

 リーチェの言う通り、ケイはそう見られてもおかしくないような表情をしている。ケイは目の前の筋肉に恐縮しているのだ。その文字通りに。

 俺から言わせてもらえば、あれでも大分マシになっているような気がするのだが。

 

「弁当売りの少女をやってたかと思えば、今度はドラゴンスレイヤーってなあ! ハッハッハ!」

 

「ぷぁっ」

 

 ふむ、放心するまでの時間が多少伸びているな。やはりマシになって行っているようだ。

 リーチェが豪快に背中を叩いたりしなければ、もっと記録は出せていたはずだが。

 

 ……じゃなくて。今ケイに放心されたら困るのだが。これから装備を選んでくれなきゃ困るのだが。

 

「おい、ケイ。おーい」

 

「……」

 

 ああ、駄目だこれ。

 頭を掻いてから、仕方なしとケイの方を引いて安全地帯へ退避させる。出口に近いほうが精神的に安定するだろう。

 

「ううむ、お嬢さんはどうしたんだ?」

 

『実はケイ、立ちながら瞑想する修行をしてて。変なタイミングでも瞑想できるようにするのだとか』

 

「おお、流石は魔法剣士じゃねえか! 何時でも何処でも精神を統一することで、魔法の制御を確実にする……例え近接戦闘中でもと……!」

 

 そのつもりで言ったつもりはないのだが。まあ、そういうつもりとして受け取ったのならば良しとしよう。即興の作り話だし。

 突如居眠りする女性、とかいう印象がケイについてくるリスクに付いては、彼女に全て任せよう。

 

『今日は、ケイが剣の手入れをするために来た。ついでに装備の更新も』

 

「剣? ああ、あの。レイナから話は聞いているぞ」

 

 その剣とは、あの剣である。硬直しているケイの背中の鞘から剣を引き抜いて、リーチェに見せる。

 ケイ曰く、土属性の魔剣。魔種の剣、魔種化した剣とも。ケイがイツミと共にダンジョンを探索した際、手に入れたものだ。

 

「さてさて、早速見せてもらうぞ……確かにこれは、土属性の力が籠められている」

 

 ケイがこの剣を使う時、やや特殊な使い方をしているのは俺やレイナ等が知っている。

 剣に土を……岩なのか金属なのかは定かではないが、刀身を延長させるのは勿論、盾の形状に土を集めることで攻撃を防いだりする。

 その使い方の中で一番独特なのは……あの”岩の鳥”だ。

 

「話を聞いた限りでは、かなりの()()()()()されていると思ったのだが……」

 

『能力?』

 

「おう。今見た感じだと、こいつには土属性魔法の詠唱速度向上と、同じく土属性魔法の精度向上がそれに当たるな」

 

『分かるの?』

 

「これでも魔法特化の武器を扱ってるからなあ! だが聞く話と比べると、ちと能力の強度がしょぼいのだが……」

 

 大方、ケイの技量が高かったのだろう。別世界の技術を持ち込んだケイが引き起こす”非常識”、つまりこのゲームの世界において不自然な事象は、ほとんどレアアイテムの効果だということにしている。こうして勘違いするのも仕方ない。

 真実が露見すれば、ケイ自身の力に惹かれて面倒事が寄ってくるだろうが、最初から隠さないでいるよりはマシだ。

 

『別の装備品の効果』

 

「なるほどなあ! ケイのお嬢ちゃんはレアに恵まれているねえ」

 

 こういうカバーストーリーが積み重なれば、そういう話になるのも致し方ないだろう。よくよく考えたら、架空のレアアイテム目当てで強盗でも集まったりする可能性もある。

 やはり力というものは、面倒事の源だということだろうか。

 

「まあ良いぜ。思ったよりメンテは簡単に済みそうだしな。防具の方はいいのか?」

 

『一度大きく損傷したけど、簡単な手入れで十分だったらしい。今も新品に近い』

 

 その損傷というのも、ドラゴンとの戦闘で出来たものだ。ケイが器用に魔法を使いながら修復してしまったが。

 

「おーおー器用なこったねえ。この剣の手入れも自分でやりゃあ良かったんじゃないか?」

 

『必要なら製作者に頼む』

 

「餅は餅屋ってワケか。ハハハ! 確かに防具の方はあんま慣れねえし、こっちも楽でいい。……うし、今から取り組むが、新しい武器が欲しいんなら探してみな。こっちは数分程度で片を付ける」

 

 数分とな。装備品のメンテナンスというのはそんなに簡単にできるものなのだろうか。というよりメンテナンスという言葉は似合わないと思うのだが。やはりゲームだからその辺りは簡略化されているのか。

 しかしこのゲーム、現実に対して時間がかなり引き伸ばされるからか、広い世界の中での膨大な移動時間はヤケにリアルだったりする。お蔭で移動時間丸々を昼寝に費やしても余ったり等。少々不便な点があったりする。世界は広いより狭いほうが生成も管理も楽なはずなのに、そこを広くしてまでそうしている。

 だと言うのに、武器のメンテナンスとなると数分だ。せめて数時間じゃなかろうか。嗚呼、簡略化されるラインは一体何処にあるというのか。

 

 

 それはとにかく。

 

「ケイ、ケイ」

 

 このゲームの時間的部分に関するシステムについて考察するのは程々に、筋肉の無い平和な空間となったここで放心しているケイの名を呼びかける。

 

「あ、あれ? 私は何処?」

 

「何を言っているんだお前は」

 

「え、あ……ああ。うん、冗談」

 

 その反応で冗談とか言われても信用出来ないのだが。

 

「まあ良いけどな。なんか気になる物は無いのか? 今のうちに物色したほうが吉だ」

 

「ああ、わかった。……筋肉は?」

 

「お前の武器をメンテ中。感謝するんだな、勝手に剣を引き抜いて渡しておいた。大丈夫、筋肉菌が付いて戻ってきたりしないから」

 

「いや、筋肉嫌いだからって流石にそこまでじゃないから」

 

 そうだろうか。日頃の反応を見るに、筋肉が触れた物体はハンカチで拭いたりしてからじゃないと触れたくない的な感性を持っているのかと。

 

「あ、そういえば修復の料金は?」

 

「見てないのか? あれに書いてあるぞ。武器防具の修復は一定のライン(剣が折れる等の深刻な損傷)までは一律500Yだとさ」

 

「ああ、これ……気づかなかった。筋肉に注意が引き付けられてた」

 

「見惚れてたか」

 

「何を言ってるんだキミは」

 

 まあまあ。

 所でこの工房を選んだのはケイの方だ。メンテの為だけに来たわけではなかろう。態々嫌いなものを我慢してくる理由にはならない。そもそもメンテに関しては、俺が勝手にやった事なのだし。

 

「で、何を買いに来たんだ?」

 

「ああ、ちょっとね。売れたりしてなかったら、確かこの辺りに……あった、これだ」

 

「これは……」

 

 短剣か。小回りの効く武器だし、身の回りの作業に役立ったりする。某恐竜狩りのハンター達は、毎日お世話になっていることだろう。

 

「確かに冒険には必要だな」

 

「それとキミの護身用にね。弓矢じゃ近接戦闘時にどうしようもならない」

 

 いやあ。心配をかけてしまってこちらも申し訳ない。確かに近接戦闘で弱いのは否定できない。マトモなステータスの体があれば話は別なんだが。

 

「しかも見た所、魔術面で工夫されてるみたいだし……。というか、この工房の大半の売り物がそうだね。あの容姿で魔法に精通してるなんて信じられないんだけど」

 

「ああ、エンチャントの事か。 冒険者なら必須……なのかは知らないが、まあ便利な効果が付いてくるんだろうな。具体的な効果は分かるのか?」

 

「まあ分かるよ。これは水属性かな? 水属性はやり方次第と氷として扱えるようになるけど、こっちは普通に水っぽい」

 

「ほほう」

 

「へえ。魔力を込めて作動するのか、でも戦闘用じゃないねコレ。戦闘に使えないこともないけど」

 

「あー、戦闘用じゃないけど使えないこともない……?」

 

「うん、実践してみせたほうが早いか」

 

 ケイがその短剣を手に取ると、余った方の手からなにかを生み出す。泥水だ。ボールの形状に留められている液体に短剣を漬けてから引き抜くと、それだけで短剣は泥でコーティングされた。

 

「大丈夫かそれ? 商品だろ」

 

「大丈夫大丈夫。で、これに魔力を込めると……ほら」

 

「……おお」

 

 魔力を短剣に込めたと思わしきタイミングの後、何処からともなく水が短剣に纏わり付いて、短剣を中心に渦巻く。それを数秒程続けて、これまた水が何処かに消えていく。すると泥でドロドロだった短剣は、新品同様の姿に戻った。

 

「なるほど、綺麗になるのか」

 

「うん。血は綺麗に拭えるから血で錆びないし、使い方次第では水で摩擦を軽減しつつ皮や防具を貫通できる筈。まあ物によるけどね」

 

「なるほどなー」

 

 地味だけど便利なアイテムのようだ。言わば洗う必要のない包丁だ。なにそれ一家に一本欲しい。

 

「これから長く使う分には良いんじゃないかな。素材も作りも申し分ないし」

 

 ……なにが魔法の方が得意だ。とケイが愚痴をこぼす。ここの魔法職向きの杖とかも中々の代物だと素人目にも分かるが、物理職向きの武器も中々の物に見える。いや、素人だからそう言えるのだろうか。

 

「じゃあ、これ買うのか?」

 

「うん。量産されてもおかしくないぐらいの需要がある筈だけど、残っててよかった」

 

「いくら商品に需要があっても、店があの外観だからな……」

 

「あの外観だからねえ」

 

 

 

 

 メンテナンスの済んだ武器と新しい短剣を受け取り、支払いを済ませた俺たちはまた別の所へ赴いた。

 場所は街の中央に位置する市場。中々の騒がしさと人気に、俺達は二人揃ってローブにフードと、完全にダブル不審者なスタンスで歩いていた。

 

「やあ」

 

 ある時は、明らかにヤバげなオーラの漂うアイテムに囲まれた店の者に声をかけられた。

 

「ひっ」

 

 逆に俺たちの容姿に対して恐れる者もいた。

 

「お、なんだあの2人?」

 

 呑気に興味を示すプレイヤーらしき者も数人。

 

「……俺たち、目立ちすぎやしないか?」

 

「不満言わないの。私だって我慢してるんだから」

 

「ああ、わかったよ」

 

 俺1人ならともかく、2人揃ってこれだから目立ちに目立つ。ケイの方は腕を通す袖の無いものを着ているが、黒尽くめであるのはどちらも変わらないから、大した差ではない。

 これではご近所の学校に不審者情報が届くに違いない。2人揃って仲良く警察とお話は勘弁である。

 

 しかし、ケイは今やドラゴンスレイヤーな有名人。転移魔法やらを駆使し、単独でドラゴンを相手取る戦闘力を備えた彼女は、様々な所で話題に上っている。

 

 聞くところによると、転移魔法の利便性に目をつけた商会は、彼女を利用した、あるいは類似の能力を利用したビジネスを計画しつつあるとか。

 豊富な魔法、技術、底力に目をつけたギルドは、この()()()()()に協力してもらうべく行動しているとか。

 ここまでくると、不審者になってでも姿を隠すべきだとわかる。俺は文句を言わないことにした。

 

 そういえば、一部の人々の間で、断片的な情報からケイの姿を絵として再現しようとしている所があるらしい。

 ……一度あのページを見てしまったが、特徴は捉えてるのに絶妙にケイとして認識できない現状にあった。しかも、巨乳派や貧乳派で騒いでいたり、ツンデレキャラかお姉さんキャラかだとか議論していた。後者は絶対容姿の再現と結びつかないと思うのだが。

 

 一瞬身を隠す必要なんて無いんじゃないかと思ったが、やはり可能性という物がある以上、こうするに限る。

 

「所で、市場で何を買うんだ? ポーション?」

 

「それはレイナに頼めばいいでしょ。私が買いたいのはね……お、見つけた」

 

 ある露店を見つけたケイは、そこに向かう前に数回咳払いをしつつ喉の調子を確かめるように鳴らした。

 一体何をするつもりなのだろうかと、遠目にその様子を見ていたのだが。

 

「すいませーん。これぇ、3人分くださいな☆」

 

「?!?!?!」

 

「あ、は、はい! お値段は……」

 

「あらぁ、ごめんなさぁい。今細かいのが無くてぇ……」

 

「ひっ……! そ、それじゃあ端数を差し引いて安く……これでどうでしょうか!」

 

「わあ、ありがとー☆ あなたって優しいのね―☆」

 

 ……。

 

 ……。

 

「……お前」

 

「……なに」

 

「誰?」

 

「うっさい黙って私の買い物に付き合えバカ!」

 

「ああ、なんだ。ケイか」

 

「く……」

 

 苦虫和えのピーマンゴーヤサラダの大食い大会でも終えたような顔をされた。

 いやだって、あの声だぞ。お前何処であざとい属性を手に入れてきたんだ? いや、あれをあざといと言って良いのだろうか?

 そもそも俺はそんな子に()()()覚えはありませ……いやまて。あったぞ、作中にそんなシーンが。

 例の物語の中に、どうしても欲しい物を買う時の交渉の最終手段として、あのような手法を取る描写があった。確かあの時は、非常に貴重なオリハルコンを入手するシーンであったか。

 

「ま、まあ。女の武器は交渉の場でも効果を発揮するしな? 俺は別に反対するつもりはないし? あ、もし女としての意識が芽生えて、俺に気があるとか言わたら逃げるからな」

 

「するかっての! 姿を隠してるんだから、声も変えなきゃ効果薄いでしょ!」

 

「あ、ああ。そういう事か。……それであの対男性用声帯か」

 

「うん」

 

 はあ。つまりはあれが最終手段、と。

 ……本当に最終手段だな。そんな気軽に使うべきものじゃない。いやホントに。

 

「あー……、どうだった? 私のアレ」

 

「なんと言うべきか……。顔を隠してなければ、脅迫にはならなかっただろうな」

 

「へ?」

 

 へ? って……このケイ、分かってないのか? あの人怯えてたし、お金を受取る手も震えてたぞ。

 

「いやさ。俺たちの容姿って、言ってしまえば暗殺者だろう? でも暗殺者の印象を逆算すると、自らの美貌を武器として持ち合わせているという印象もあるわけで」

 

「??」

 

「……俺がこの姿のままイケボの囁き声で、”あれぇ、僕の財布の中身じゃあ足りないやぁ。少し安くしてくれる?”なんて言われたらどう思う?」

 

「あっ」

 

 気づいてくれたか。

 ケイのアレは確かにあざといし、男ウケも良いだろう。しかし扱い方を間違えれば、一気に脅しになってしまう。

 

「声のトーンだけ変えて、あの妙な喋り方だけは止めておいたほうが良いぞ。ケイ」

 

「あい……」

 

 その方が賢明だ。

 なんというか、知り合いにあの手段を取るような事がないければ良いのだが。レイナのお店であの手段を取ったら、ケイの頭が何かに遠隔操作されていないか、疑わなければならない。

 リーチェが相手だった場合は……、あの精神状態じゃああの手段はとれそうにない、実質気にしなくても良さそうだな。

 

 

「で、何買ったんだ?」

 

「ああそうそう。この魔道具だよ、知ってるよね?」

 

「お、レーダーか。確かに便利だな、連絡を取らずともお互いの位置が把握できるし、マークした敵の位置情報も共有できる。……でもなんで3人分?」

 

 俺はレーダーと呼んでいるが、パーティミニマップとも呼ばれるこの道具。基本的には一人一個持つだけで十分なはずだ。

 普段2人で行動している筈の俺たちだが、実は目に見えない3人目が……、

 

「ただの予備。失くすかもしれないし、壊すかもしれないし、レイナと共に行動する事もあるかもしれない。その為の3つ目だよ」

 

「ああ、なるほど」

 

 なんて事はなかった。いくら仮想世界でも、怪談話が実現される事はなかった。

 

 しかし、ケイが言うことは尤もである。生産スキルがあるならまだしも、旅の途中に物資を補給出来る物なんて限られている。食料はそこらの自然の恵みから貰えても、魔道具とかがそこらに生えているわけがない。

 

「まあ、余裕を持つのは当たり前だけどね。あんまり重い荷物を持つのは得策じゃないけど、私にはアレがあるし」

 

「だな」

 

 ケイマジックのひとつ、四次元ポケットの魔法は誰もが欲しがる便利マジックだ。これがあれば、どんな過酷な長旅も、備え次第では快適ツアーになる。キングサイズのベッドだって持ち運べるだろう。買えるかは別として。

 

「さて、と。他にも買うものがあるんだ。さっさと済ませちゃおうか」

 

「おう」

 

 

「そういえばあの交渉術、またやるのか?」

 

「……高い買い物になるなら」

 

 まあ、妥当な判断だよな。

 




この章はちゃんとプロットがある。
最初ののプロットと、バージョン2のプロットが。
それとバージョン3が最近出来て、この後もバージョン4が出来る予定。

つまり固まってないってヤツですな。
でも章が長くなるのは確定事項。15話ぐらい行くんじゃないかな。


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49-ウチのキャラクターと俺の依頼主達

 ケイは、あの時確かにああ言った。広まった噂から身を隠すため、全身を防具で包んでしまおうと。

 ……しかし俺は思うのだ。

 

「ケイ」

 

「なに?」

 

「なぜお前も俺と同じ鎧を着込んでる」

 

 俺たちは、同じ防具で身を包んでこうしてお互い会話している。

 側から見れば、それはまるで鏡写しの鎧が向かいあって話しているようだ。と評価するに違いない。

 

 防具自体に関しては別に良い。全身を隠す程度には重装備なのだが、ケイのチョイスはさすが経験者と言うべきで、俺でも戦闘に支障のない程度には軽いし、防御力も十分だ。加えてケイの魔法により重量は少し軽く、防御力も上昇している。至れ尽くせりとはこの事か。

 だが、不満がない訳ではない。

 

「あー、いやー。なんか懐かしくなっちゃってさ、気づいたら2人分買っちゃった」

 

「だからって……」

 

「別にいいじゃん! 私も正体を隠せて丁度いいしさ」

 

 どうしてか、ケイまで同じ格好をすることになってしまった。

 いや、ケイも姿を隠すことに関しては反対ではない。噂により知れ渡った容姿の情報と一致しないようにするためには、こうして全身を覆う防具や服装をするのが最も手軽な手段だ。

 しかもこの場合は防具だから、体格もある程度隠すことが出来ている。一般的に布で作られる服では、こうもいかない。

 

「んー、この重い感覚も懐かしいなあ」

 

「前世の話か」

 

「うん、騎士団に所属していた頃はこんな感じだったよ。いやもうちょっと重かったか」

 

 確かケイの前世はそういう経歴だったな。しかしこれは騎士団とは違って、この装甲はフルメタル未満のものである。ケイにとってはこれぐらいは身軽の内に入るだろう。

 

「でもな、流石に全く同じ容姿ってのはどうかと思うんだ」

 

「どうして? 騎士団じゃ皆同じ格好だったし、普通だよ」

 

 そうだろうな。ファッションの選択肢が限られる時代背景で、軍隊ともなれば防具も装備も統一されることだろう。

 しかし俺たちは冒険者だ。装備を調達する店や職人は人それぞれである以上は、少なからず個性が出てくる。それを考えると、やや不自然に見えてくる。

 

「ああ……もう良い。普通だ、確かに普通だな。なるほど特に問題はないな」

 

「なんか盛大に失望された気がするんだけど」

 

「なんて事を言うんだ。俺がお前に失望するなんてあるわけ無いだろう、多分な」

 

「多分って」

 

 とは言えこの期に及んで準備を長引かせる気はない。一応、冒険に必要なものは揃ったのだ。今にでも魔王討伐の旅に出ろと言われても、準備万端と言って出発できるだろう。

 この世界に魔王は存在していないとされているが。

 

「それで確認するが、他に用意するものは無いな?」

 

「うん。それにしても元手があると楽だね、この装備で冒険者を始められる人、そうそう居ないよ」

 

「”ぬののふく”と”ひのきのぼう”で、魔王討伐の旅をさせられる人も居るしな」

 

「なにそれ、自殺? いや死刑?」

 

 まあ普通はそう思うよな。

 殆どの人は、キャラメイクを済ませた直後から冒険者活動を始める。故に資金も装備もショボくなる。某勇者と同じように。

 

「幸い俺たちにはそれなりの装備と、歴戦の元男まで居る。ここまで来れば失敗できないな」

 

「まあね」

 

 

 さて、装備は揃った、消耗品も充分ある。旅で便利なアイテムもある。となれば、後は行動に出る他にやることは無い。

 

「……よし!」

 

 依頼処にやってきた。ここでやることは1つしかない。そう、仕事集めだ!

 冒険者たるもの、宛もなく彷徨っているのでは、それはただの放浪者だ。

 

「で、肝心の冒険は何するの? お膳立ては殆ど私がやったけど、この冒険がしたいって言い出したのはキミなんだから」

 

「安心しろ、ケイ。既に方針は固めてある」

 

「流石言い出しっぺ。で、方針は?」

 

「とりあえず依頼探して、請ける!」

 

「バカ?」

 

 冗談冗談。

 変に依頼を請けて変なことになるのはこちらの望むところではない。

 

「ここ最近、この街を出る人が多いんだ。と言っても戦争やドラゴンやらで、嫌になった国民が逃げていってるわけじゃない。復興に外部から協力してくれた人々だ。そこで俺たちは、その護衛をしてやろうというワケだ」

 

「なんだ、考えてるじゃんか」

 

「まあな」

 

 運営による思惑なのか、それともAIが立派に作用しているのかは不明だが、それによって訪れた人々がその用事を済ませたことで、所謂帰宅ラッシュが発生している。

 満員電車か何かで、もみくちゃにされるのが心配だが、実際の所は街の間を移動する馬車が、いつも決まって満席になっている状況らしい。……それはとにかくだ。

 

「ルート次第だけど、安全の確立した道を移動するなら安全な方かな。少なくとも薬草を取りに森に入るよりは」

 

「そこまで考えてなかったが、なるほど確かにそうだ。流石ケイ」

 

「体力とかが心配だったけど、馬車が使えるなら問題ないね。よく考えてるじゃん」

 

「そこまで気が回っていなかったが、なるほど納得。流石ケイ」

 

「うん、ソレ止めてくんない?」

 

「ハハハ」

 

 しかしやはり、ケイは物が分かる。俺の考えても思いつかないような事も見通してくれる。それでこそ我が命運を共にする相棒である。

 

「てなわけで今回は護衛依頼をやってこうと思うが、異論は?」

 

「無いよ。早速探そうか、私探してくるね」

 

「おう。って」

 

 おお、さっさと向こうに行ってしまわれた。出来ることなら俺が選びたかったのだが、先を越されては仕方がない。ボンヤリと待つとしよう。

 

 

 しかし……勘付かれては居ないだろうな?

 

 いや、ケイの事だ。薄々と分かっているかもしれないし、その上で黙っていてくれているのかもしれない。俺としては、そのパターンが困るのだが。

 これは俺のエゴ。俺の意思で、彼女の決定を否定するような事をやっているのだ。その事が知られたら……。知られたら……?

 

「……一体何をするんだ?」

 

 この心算がケイに知り渡った場合も、ケイが目立った行動に出るとは思えない。精々がこの事をネタにしていびり倒すぐらいか。

 

 こう言うとストーカー染みた発言のようで気が引けるが、例の物語のせいで、彼女の性格は知り尽くしてしまっている。文章上の存在とは違って、仮想世界とは言えちゃんとした姿を持って自立しているから、少々戸惑うことはあるが。

 そんな俺からしてみれば、それこそ恋人や親友が殺されるという事がない限りは、普通のちょっと軽い性格の大魔法使いだ。俺の思惑を知っても、今後のネタとして使われるに違いない。

 

「誰が一体何をするって?」

 

「んがっ」

 

 いきなり目の前に出てくるな。と言うか、聞いていたのか。

 

「なーに考えてたのかは知らないけど、独り言が聞こえてたよ」

 

「そうか……それより、選ぶの早いな」

 

「まあね。取れたて新鮮ピチピチの護衛依頼を持ってきたよ」

 

「ピチピチ……、どっちかと言うとペラペラじゃないか」

 

 ケイの手を見ると、ヒラヒラとしたその紙があった。確かに護衛依頼のようだ。俺が言うまでもなくケイが隣りに座ってきて、共有するようにその内容を一緒に読む。

 

メチャちゃんからお願い! ボクを護って!

 

「……な、なにこれ?」

 

「メチャ特徴的だよね、これ」

 

「めち……おい、それは高等ギャグか何かか。いや何も言うな、これ以上の情報は俺のマネキンヘッドの容量に収まらない」

 

 落ち着け、落ち着け。取り敢えず頭の整理整頓だ。デフラグとクリーンアップを実行だ。

 

 頭の中でガガガとハードディスクが回る音が聞こえ始めてから数十秒間後には、脳内作業を終了させた。

 

「……よし、落ち着いた。取り敢えず一言良いか?」

 

「うん」

 

「なぜコレを選んだ。あとこのフォントは何だ」

 

「2言じゃん。普通に条件を満たしてたから持ってきただけだよ」

 

 マジかケイ。本気かケイ。正気かケイ。俺たちの冒険デビューがこれになるとは、ますます正気を疑う。気でも狂ったか、ケイ。

 

「ま、やって見ようよ。面白そうだし」

 

 しかし、ケイの目からは狂気など全く感じられない。むしろ好奇心とかで満たされているように見えた。

 彼女は先程のやり取りを覚えているのだろうか?

 

 ……いやあ、ああ。そういえば概要の方を見てなかった。何もかも題名で決めつけてしまうのは悪いことだ。米粒の欠片程度には反省しつつ、その方にも目を通す。

 

概要:ミッド・センタルからサウス・テクニード帝国へ護衛依頼です。護衛対象は2名ですが、内1名は戦闘員です。応募人数は最小2名、最大4名とします。尚、相談内容によって、不適切な人数での応募も可能とします。

 条件:サウス・テクニード帝国への移動に耐えられる方。道中に死傷する可能性が20%以上だと判断される場合は―――』

 

「おい」

 

「それにしても綺麗な字だね。育ちが良いんだろうなあ」

 

「おい」

 

「ん、なに?」

 

「いや、一体何だこれは。いや本当に一体何だこれは。明らかに雰囲気が違うぞ、フォントとか」

 

「別に変じゃないと思うよ。2人いるらしいし、別々に書いたんでしょ。所でフォントって何?」

 

 普通こういう紙は個人のサイン以外は一人が書くものではないのか? それとも現代の常識がこの世界に当てはまらないだけなのだろうか。

 この俺がゲームの世界でカルチャーショックを受けるとは思わなかったが。

 

「それにしたって、書き方が何処と無く機械的なんだよな……」

 

 なんというか……パソコンか何かで書類を印刷したときの文字の様な感じだ。文字の一画が、位置、長さ、角度に至るまで全てが規則的に書かれている。

 タイプライターでも使って書いた、という訳でもなさそうだ。タイプライターの様に印字する方法では出来ない、確かにペンを走らせて書いたと判断出来る文字だった。

 

 

「まあフォントがどうとかはともかく、この依頼でやっていこうか」

 

 混乱する俺を知ってか、ケイは何も気にかける事がないかの様にそう言い放った。

 反対したいが、反対する理由が思いつかない。動転しているせいだろうか。

 

 この奇っ怪な文書の特徴から読み取れるのは、依頼主が極めて特徴的な人物だという情報ぐらい。つまり、コレぐらいで動揺していてはマトモに付き合えない相手だということだ。

 もうどうにでもなれ、と自分自身に言い聞かせるように心の中で唱えると、覚悟を完了した俺はその依頼紙を手に取った。

 

 因みにその時の俺の表情だが、ケイ曰く「新人団員が初任務に行く時の顔だった」らしい。俺に顔は無い上に、その()()()を隠している筈だったのだが、ケイはどうやってそれを読み取ったのだろう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 さて、ここで”プレイヤー間の依頼”について語ろうと思う。

 

 まず、あの紙の様に依頼主が依頼の内容を依頼板に貼り付ける所から始まる。他に手順はあるが、大雑把に言えばはそうである。

 そして有志がそれに応募。受注するわけだ。

 

 で、どうやって依頼主と俺たちが合流するか、だが……、

 

「これお願いねー」

 

「はい、これですね。依頼番号AX400……この依頼主には、この住所に向かってください」

 

 合流する手段には、大きく分けて2種類ある。

 今、受付嬢が案内したような、俺たち自ら出向かう場合と、逆に依頼主が連絡を受けて依頼処に向かう場合だ。

 今回は前者らしい。依頼板とは離れたところに大きな地図があったから、それと住所を見比べる……までもなかった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「『王都南門』、ね。簡単で良かったよ」

 

「簡単というか、簡潔すぎやしないか?」

 

 まあ、この通りである。お蔭で迷うこと無く真っ直ぐ辿り着けた。ケイも弁当売りの時にこの辺りをうろついていたらしいし、それもあったのかもしれない。

 

「で、何処に依頼主が居るの?」

 

「さあな。分かりやすいのは助かったが、詳しい位置が分からないのは困るな」

 

「取り敢えず門番さんに訊いてみる?」

 

 門番か。合流場所にここを指定するぐらいだ。彼なら依頼主について何か聞いてるかもしれないし、俺も賛成だ。俺が同意したことを確認したケイは、門番の方へ歩いていった。

 

「……意外と違和感ないもんだな」

 

 向こうへ歩くケイの後ろ姿を見て、そんな感想を抱く。重装備とは行かないものの、全身を包む様な装甲の中に女性が入っているというのは、中々なギャップを感じる。

 だが、ケイが纏っている風格は、そのギャップをものともしない様だ。サマになっていると言うヤツだ。

 一応、保険で髪型や髪色を変えているようだし、身バレに関しては心配せずともいいだろう。

 

 ……まあ、ケイの後ろ姿に惚れるのはコレぐらいにしておこう。

 と言ってもケイが戻ってくるまで暇なのだが……。俺が別行動で依頼主について訊いて回るにしても、この()ではどうにでもならない。

 冒険する上でも、この問題はついて回ってくるだろう。俺は将来にて待ち受ける困難を想像し、げんなりとした。

 

 

「やあ、待たせたね」

 

「と、戻ってきたか。どうだった?」

 

「うん、依頼主さんの事は訊くまでもなかったよ」

 

「訊くまでも……どういう事だ?」

 

「ほら、キミの後ろ」

 

 後ろ……? 言われて後ろを振り向くと、そこには女性が居た。そしてその脇に小さな男の子が居た。

 どうやら俺の後ろでずっと立っていたらしい。視界外の生き物を気配で察するような技術を持たない俺には、気づかなくても仕方ないと言うしかないだろう。

 

「この人達か」

 

「同型の防具を装備した2名に問います、依頼名『メチャちゃんからお願い! ボクを護って!』に協力する―――」

「君たちがボクの護衛? よろしくネ!」

「―――でしょうか?」

 

 依頼紙を見た時点でも思ったが、初っ端からパンチ入れてくる2人組だな……。ちゃんと一人づつ喋ってくれないだろうか。

 いや、会話はケイに丸任せなのだが。頼むぞ、という目線をケイに向ける。

 

「うえぇ……」

 

 ケイはとっても面倒くさいものを見る目をして、更にこれからの気苦労を想像して呻いた。

 けども奇妙な依頼を選んだのは彼女だ。奇妙な仲間達と巡り合う事ぐらい、我慢してもらいたい。

 本人もそれを自覚しているらしく、一瞬で先程までのオーラをもみ消してから口を開いた。

 

「あー……取り敢えず、そう。その依頼をしに来たケイと、ソウヤ。こっちは諸事情で言葉は理解しても話せない。よろしくね、2人共」

 

「人物、ケイ。人物、ソウヤ。データ更新しました。私の通称はエミータ、戦闘型です。戦闘時のロールは遠距離物理攻撃を行う、近いものでアーチャーとなります」

 

「ボクはメチャちゃん! ちゃんまでが名前だヨッ! 戦いは得意じゃないけど……エンジニアとしての技量は保証するカラ!」

 

「うん、えっと、メチャ……ちゃん? それとエミータね。よろしく」

 

 かなりキャラ濃いなこの2人……。

 エミータと名乗った、ヤケに形式張った喋り方の……もはやロボットなのではないかと思えるぐらいの喋り方だが、その人はなんとメイド服―――正確に言えば、武装メイド服と呼べる物―――を着ていた。それ以外はただの、金髪の成人女性だ。

 

 そしてメチャちゃん……くん。恐らくだが、この男の子はドワーフだ。若々しい肌を見た感じ、10代前半、あるいは2桁も行かないぐらいなのは想像つく。丸メガネをかけているが、サイズでも合っていないのだろうか、喋る時の仕草で時々傾いたりする。それから、ダボダボの作業着を着ていた。ドワーフは生産技術に精通しているから、それ繋がりだろうか。あるいは……。

 

「……そこまで考えても仕方ないか」

 

「あー……そうだね、詮索はしないよ」

 

 ケイも同じ様に考えたのか、俺の言葉に賛成するようにそう言った。

 その可能性を考えたって意味がない。むしろ色々と疲れてしまいそうだ。

 

「んー、どーして?」

 

「私達が秘匿している情報は特にありませんが」

 

 いやだって、コレ絶対面倒事の素になるじゃん。

 

「いや、別に良いよ。うん、気にしないで」

 

「……この不審な言動に関して、優先度を設定するまでもないと判断します。私は今後の協力体制を整えるため、情報交換を行うことを推奨します」

 

「そう? ……うん、わかった、そうするネ!」

 

 あ、うん。確かにそうだよな。俺たちはこの人達と協力しないといけないんだな。

 

「出発の予定は明日。車はボクが個人的に使ってるのがあるから、それを使うヨ。行き先はサウス・テクニード帝国って所。それなりに遠いけど、ボクの車なら普通より早く着くカラ!」

 

「車……馬車じゃなくて、車?」

 

「うん。エヘヘッ、ボク特製の車なんだ! 見せたい所だけど、今はここに無いからお預けだヨ」

 

 いや、別に見たいわけじゃないのだが。

 

「……別に気にしないけど」

 

「え、興味無いノ……?」

 

 あ、落ち込んだ。

 見た目相応の反応に、俺はぼんやりとメアリーの事を思い出す。彼女は落ち着いた性格だったが、こっちは真逆の様に見える。

 

「記録では、マスターが所有する『魔結晶駆動四輪車三式』に搭乗して移動する場合、2日と13時間で現在地と目的地を移動できます」

 

「魔結晶くどう……っていうか、2日?」

 

 驚くようにしてその部分を繰り返す。

 隣国までの地図は見たことあるが、正直距離感覚がよくわからない。しかしケイがそう言うのなら、本来はもっと長い時間を行かなくてはならなかったのだろう。

 

「道中での会敵等による遅延を無視すれば、最速でも2日で到着する見込みです。それと食料はこちらで用意します。次に、戦闘時の行動についてですが……」

 

「あ、待って。ちょっと待って」

 

「……ケイさんの発言を優先します」

 

「話の骨折るようで悪いけど、取り敢えず屋根のある所行かない? 門の脇で立ち話するのもアレだし、さ」

 

 どうやらケイは、先程からずっと送られる門番の興味の目線に耐え切られなくなったらしい。

 ケイの意見に賛成したケイ含む4人は、メチャちゃん達が泊まる宿屋の方へ向かうことになった。




いっその事、一話一万文字とかでやろうか
因みにフォント芸は今回っきり


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50-ウチのキャラクターと俺の存在

 長距離を移動する旅に備え、話し合うためにメチャちゃんくんが泊まっているという宿屋に来た。

 俺たちが普段から利用している宿屋の年樹九尾とは違い、食堂を兼ねたようなエントランスは無い。数人程度が座って話し合えるような椅子とテーブル、そしてカウンターだけがあった。

 

「よいしょっと、君たちも座ってヨ」

 

「うん、失礼するね」

 

 メチャちゃんくんに続き、ケイと俺がそこに座る。小柄なメチャちゃんくんは、座ると足が浮いてしまうようだ。

 メイド服を着たエミータに関しては、座らずに側で立っていた。

 

「キミって良いとこのお坊ちゃんなのかな? それにしては服が地味だけど……」

 

「え、なんでそう思ったノ?」

 

「だって従者なんて従えるぐらいだし」

 

 ケイがエミータを見つつ言った。

 俺は彼がお坊ちゃんだとは思わない。エミータの纏う雰囲気と、如何にも機械いじりが得意そうな感じを匂わせるメチャちゃんくんの作業服は、ケイが思うそれとは別の可能性を匂わせる。

 

「別に、そんな偉いわけじゃないヨ」

 

「マスターの社会的地位は一般市民としては標準的です」

 

「ま、ますたあ……?」

 

「エヘヘ、この子、ボクが作ったロボットなんだ。アンドロイドって言ってもいいケド」

 

「ろぼ……?」

 

 やっぱり……。その独特な口調以外、殆ど人間との違いが見られないこのアンドロイドは、あの小さな手によって組み上げられたのだ。

 何も知らない人が見れば、目の前の子供がエミータを作っただなんてどうしても信じられないだろう。

 

 ふと、ケイから目線で助けを求めるられる事に気付く。まあ、ケイがその単語を知らなくとも仕方ない。

 どう説明すれば良いのだろうか。ケイの居た世界では”機械”という単語が無い以上、その応用的な分野であるロボット等の説明は難しい。

 

「ありゃ、もしかしてプレイヤーじゃなかっタ? ゴメンね、つまりは自律行動する人形だと思っていいヨ」

 

「ああ、なるほど! 分かりやすいね」

 

 ケイは納得した。俺の役割が奪われたようで少し物足りない様な気分だが、分かりやすい説明に対する感心の方が上回った。かなり簡潔で、しかし分かりやすくもある説明だった。

 それに、()()()()()()()()という説明は、ケイにとってはある意味でクリティカルヒットだった。(しゃべる人形)という実例があるから想像しやすいのだろう。

 ……その実例である俺への印象によって、ケイの理解が多少偏る可能性はあるが。

 

「ケイ、勘違いするといけないから補足するが、俺とは違って人格も恐らく()()()だ」

 

「……へ、人格がお手製?!」

 

「うん、全部ボクが作ったヨ。ネッ?」

 

「はい。生産の過程は全てマスターが行っています」

 

「こ、この子供が?!」

 

「エヘヘッ」

 

 この世界に生きる人物(プレイヤー)の見た目と、中身が一致しない事がある以上。こういう事はよくあるのだろう。

 先程のメチャちゃんくんの発言からして、彼がプレイヤーだというのは確定している。逆にケイはそうでないと見られているが、彼女は非常にイレギュラーだからNPCとも言えない。

 

「疑問を提示します。ワタシ達がここへ訪れた目的は実行しないのでしょうか」

 

「あっ! ゴメン、本題に入らないとネ」

 

「あ、ああ……わかった。正直、驚きの事実で混乱してるけど」

 

「安定した協力体制を整える為、5つ程の項目について話し合ってください。最初はモンスターと会敵した場合の対処について―――」

 

「お互い衝突しないために話し合うのは分かるけど、なんか堅すぎないかなあ……」

 

 これではまるで会議だ。

 俺にしか聞こえないような声量で呟くケイは、確かに困惑で満たされているようだった。

 しかし何故だろう、それにしては嫌そうな顔には見えない。俺の気のせいなのだろうか。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「つ、疲れた……」

 

 吸血鬼に血でも吸われたのかと思うぐらいのげっそりとした動きで、ケイが宿屋から出てきた。

 気持ちは分かる、道中の予定や決まりごとはともかく、使用する装備から、戦術やスキル、ステータスまで、正に根っこから先まで全て言わされたのだ。

 それを終えると、次はエミータの事を山程教えられた。主に戦闘面での機能に関してをだ。まるで説明書の一語一句を、全て欠かさずに脳みそへインプットされたようだ。

 

「適当に頭を休めようか。」

 

 その中で知った事なのだが、エミータはロボットである為、ポーションが効かないし体力の自然回復もない。だから長期戦に置いては損害を避けるため機体保護を優先するとかなんとか。

 他にも攻撃方法は銃を使うし、必要に応じて空も飛ぶとか。なんだよ空を飛ぶって。生身の人間がやることじゃないぞ。

 

 因みにケイは例外とする。……どうも彼女は、最近風属性魔法で空を飛ぶことを覚えたらしいが。わざマシンでも使ったのだろうか。

 

「一応言ってみるけど、以前のケイはこんな感じで旅の計画してたのか?」

 

「してたら今頃は発狂してたんじゃないかな」

 

「そこまで言うか」

 

 まあ分からんでもないが。これでケイが発狂するのなら、常人がやれば想像もつかない事になるだろう。俺はそうならない事を祈った。

 

「でも、まあ、心置きなく出発できるだろうね」

 

「賛成だ。あそこまでやって心配事なんて抱けない」

 

「うん……あ、これ買ってこうよ」

 

「クレープか、歩きながらの砂糖補給には丁度良いな。俺の分も買ってくれ」

 

「はいはい」

 

 やはり頭を使った後は糖分だ。ケイも同じように甘い物を求めているし、丁度いい。俺とケイの鎧姿に若干威圧されている店員を眺めつつ、ケイがクレープを持ってくるのを待つ。

 程なくして戻ってきたケイからクレープを片方受け取り、早速と頂く。

 うん、甘い。

 

「さっきの店とかもそうだけど、戦争やらドラゴンやらが暴れた直後だってのに仕事したり店開いたり、ここの人たちってムダに肝据わってるよね。外から態々やってきた大工とか、絶対心臓にミスリルの毛とか生えてる」

 

 それは大した心臓だな。むしろミスリル目当てにその人が狩られたりしないか心配になる。

 

「俺たちも言えた事じゃないけどな」

 

「まあねえ」

 

 復興により増えた仕事を目当てにやってくる技術者たちと、それによって増えた需要を目当てに売り出す弁当売り。

 やっている事はほとんど同じであった。今でこそその商売はしていないとは言え。

 

 

「ただいま」

 

「ん? ああ、おかえ……誰だお前ら?!」

 

 あ、人が居た。トーヤだ。顔見知り程度の仲とはいえ、一言目からそれとは中々酷いものだ。

 いや、特に何も考えていなかったが、そういえばこの格好だと、友人にさえ俺たちだと認識されないのだ。当然と言えば当然か。

 

「私だよ私、大魔法使いのケイ」

 

「重装備の魔法使いなんて居てたまるかっ……。まあお前が誰かは分かった、けど何故その格好になったんだよ? しかも鏡写しみたいに同じのがもう1人居るし」

 

「ほら、私は表の世界じゃ生きづらくなってきたから、正体を隠さなきゃってね」

 

「ああ……どういう意味だ?」

 

 どうやらトーヤはケイに関する噂を聞いていないようだ。

 噂によって、ケイの姿に関しても多少認知されているのだ。少し聞き込みをすれば、噂の正体とケイが結びつくはずだ。

 

「そっか、キミは知らないのか……。私たちの事噂になってるらしくてね。チョット調べたら分かるとおもうよ」

 

「やけに気になる言い方をするな……。ところで、このもう1人のは……ああ、そういう事か。ソウヤさんも大変だな」

 

 ああ、俺の事はわかるのか。……なんで?

 いや、ケイと一緒に居るのは大体俺かレイナだから、そこから更に体格から見当を付けたのだろう。

 

 でも同情された。一応感謝の意として会釈しておく。こちらとしてはケイの意図に納得しているし、そう言われるほどではないのだが。

 けどケイはなにやら納得のいかない様子。

 

「それはどういうつもり?」

 

「なんでも」

 

「へえ」

 

 因みに”俺がケイ”だった頃にトーヤにしでかした事は、今のケイは伝えていない。

 誰が好き好んで自分の黒歴史を他人と共有せねばならないのだ。

 

「まあいいけどね。明日から私たちは依頼で遠出するから、その間レイちゃんの事よろしくね」

 

「なんだって?」

 

「だから、依頼で遠出するんだよ」

 

「そんな事聞いてないぞ。ていうか、お前たち2人で? 何時も一緒のレイナはどうした?」

 

 なぜレイナも行かなければならないのだ? と思ったが、レイナが採集をしに外に出かける際、ケイも付いて行く事が多い。

 レイナとケイを知る者であれば、ここでレイナが付いて来ないのに首を傾げるのも仕方ないだろう。

 

「レイちゃんが居ないのがそんなにおかしい? それとも何か不都合でもあるのかな」

 

「いや、そう言う訳じゃないんだが……。いや、不都合ならあるのかもしれない」

 

「あ、やっぱりあるんだ。不都合」

 

 レイナが宿に残ると不都合がある、とはどういう事だろうか。よもやレイナとトーヤの仲が悪いわけではあるまい。

 レイナとトーヤの仲は良くも悪くもないと記憶している。レイナの性格は基本的に優しいからフレンドリーに接するだろうが、しかしそれは他人に対する態度だ。

 

「……大したことないよ」

 

「そう? ……まあ一応誘ってみるよ」

 

「ああ、なんか催促したようでごめん。因みにレイナさんは上でポーションを作ってる」

 

「はーい」

 

 そう言って、ケイはパタパタと階段を昇っていった。

 

 

「……」

 

「……」

 

 ……そしてケイが去ったこの場で、2人っきりになってしまった。

 俺とトーヤは知り合い程度の仲だ。この状況になってしまうと気まずいのだが。

 しかし、だからと言ってソワソワするのは性に合わない。

 

 宿屋の中で、しかもトーヤ以外に人は居ない。姿を明かしてもあまり問題無い状況だ。頭に乗っかっている重量感を、煩わしそうに持ち上げた。

 赤の他人が山ほどいる場所ならともかく、()()という事情を知る人が見ても問題はない。

 

「って、うぉ?! いきなり何やってるんだよお前!」

 

「……?」

 

 風通しの良くなった頭に開放感を覚えていると、ガタっとトーヤが椅子を揺らしながら立ち上がった。

 何をやっているって、俺はただ単に頭部装備を脱いだだけだが。

 

 態々紙に書くほどのものではない。俺は首をかしげる。

 

「だ、だって姿を見せちゃマズいんだろ? 見つかったら大惨事に……」

 

 と言われても。

 俺が呪いによって姿や声が奪われた、という話は宿屋の全員に広まっているから、この宿屋の仲では気楽に人形姿を晒せるのだ。食事時は例外とする。

 もし事情の知らない人間が入れば、大騒ぎになる可能性が高い。モンスター扱いされて討伐されるのがオチだ。

 

『心配しなくてもいい。時や場は弁えている』

 

 レイナと共通して心配性なのか、俺の身を案じることに関しては一応感謝しておく。

 しかしそれは杞憂に過ぎない。死んでも、精々防具が破損するかぐらいのデメリットしかない。

 主なデスペナルティは一定時間の取得経験値の減少だが、元々成長が遅い俺には関係がない。それに一定以下のレベルだと、このペナルティさえ与えられない。

 

「いや、その問題じゃ……」

 

『何も知らない人が俺を見て騒ぐのが問題。知っているのなら何の問題もない』

 

「え、そういうもんなの……?」

 

『そういうもん』

 

「そう、なのか。少し勘違いしてた」

 

 勘違いか……。宿屋の人たちと俺が会話する機会は少ないし、誤った理解をされるのも仕方ない。

 

「いや、しかし人形……マネキン? の見た目になっているのは知らなかった」

 

 はて、人形の姿だとは知られていないのか? と思ったが、大抵の人には『呪いで姿と声を失った』と説明している。人形とは言い切ってないから、後のことは各人の想像になってしまう。

 そこまで考えると、今度は自分のことがどう思われているのが気になってきた。

 

『皆からどんな感じなのを想像されてるんだ?』

 

「皆から? 全員は知らないけど……、僕はスケルトンとかかな」

 

 骨か。

 

「ここに泊まってるせんぱ……おふくろさんは、全身黒尽くめを想像していたらしい」

 

 名探偵コンナンの……。

 

「あの戦士の人は文字通り”姿を失った”のを想像しているのだとか」

 

 そして透明人間。

 黒尽くめよりはマシだろうが。

 

「……改めて考えると多種多様だな、お前」

 

『見る人によって姿が変わる妖怪みたいだ』

 

 まあどっちにしろ妖怪だが。今の俺は立派な顔無しだ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「戻ってきたよー、2人共仲良くしてたかな?」

 

「ケイ」

 

「ああ、終わったんだな。……レイナさんの返事はどうだった?」

 

 トーヤがケイに言葉をかける。

 

「ううん、いい加減()()()()だから、って」

 

 寝る時間……? 今は昼間だが……って、ああ。なるほど。

 現実ではもう深夜。早寝早起きをするような良い子は、既に起床時間一歩手前に入ってもおかしくない。

 

「でも今昼間だよね?」

 

「リアルの話か。確かにもうそういう時間だったな」

 

「リアル……?」

 

「ああ、とっくにもう深夜を回ってる。お前たちも寝たほうが……って、これから依頼で遠出するんだったか」

 

「寝る……深夜?」

 

 ……って、なんか少しまずい流れになってきてないか?

 これはいけないと思い、直ぐに声で指示を送る。

 

「あ、あー! ケイ! 俺の言葉を復唱しろ! リピートアフターミー!」

 

「へ?」

 

「”この依頼が終わったら終わるつもりだよ!” はい復唱!」

 

「え、何を終わ」

「復唱!」

「……この依頼が終わったら、終わるつもり……かな?」

 

「なんで疑問系なんだ……? まいいか、あんまり夜更かしすると体に悪い。旅にも()()にも気をつけて」

 

「は、はーい」

 

 ケイが理解も納得できていないまま、とりあえずと言った感じの返事で返す。

 そして彼女は上の階にまた戻っていこうとする。

 

「……ソウヤ。上の階で、旅についてちょっとした打ち合わせをしよう」

 

「むう、わかった……、出来る限りのことは答えよう」

 

「ん」

 何時かはこうなるとは思っていたが……、意外とあっさりした切っ掛けでそうなってしまったな。

 今までプレイヤーの事をボカしていたが、結局は先延ばしに過ぎなかったのだ。

 

 俺はトーヤに向けて軽く手を挙げてから、ケイの後をついていった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「来たね。さあ、”打ち合わせ”をしましょうか?」

 

 ケイを追って、彼女の部屋に入った。

 俺と話をするのが待ちきれない、と言わんばかりの態度だ。

 

「打ち合わせなら、依頼主達と一緒にやっただろう?」

 

「私は2人っきりで話したいの」

 

「それは嬉しいな」

 

 うんざりするぐらいには。

 俺は適当な所に腰を下ろして、あたりを見渡してみる。そう言えばケイの部屋に来るのは初めてだ。部屋には魔法関連であろう物が用意されている。

 

「研究道具か?」

 

「まあね。元の世界とは使い勝手が随分違うけど、まあ慣れてきたよ」

 

 机に置かれていた本を手に取り、そのページをペラペラを流し読みする。

 やはり専門知識を要するのだろう。数式はともかく、魔法陣らしき絵が出てきてはどうしようもない。

 

「よく分からないな」

 

「私もだよ、ソウヤ。私にとって、この世界の何もかもが不思議なんだ」

 

「……それに関しては、俺にとって不思議でもなんでもないな」

 

 きっと、彼女の言う不思議とは、俺の言うゲームらしさとイコールだ。

 

「そりゃあ当然だよ。なんたってキミは、この世で一番不思議な存在、”プレイヤー”その物なんだから」

 

「……」

 

 確かに、そうだ。プレイヤーの存在なくして、この世界はゲーム足り得ない。

 だからこそ、プレイヤーが一番ゲームらしい存在だ。

 

 ケイが人差し指を立てると、メニュー画面が開かれる。

 

「1つ目の不思議、『メニュー』」

 

 いつの間にか、声ではなく思考で操作できるようになったらしい。

 これから問い詰められるであろう内容に緊張しつつも、この世界に慣れつつあるケイに感心した。

 

「2つ目、死んだ者が蘇る……通称、『リスポーン』」

 

 俺の反応を伺うように、目が細められる。

 これは人生2週目の経験から来るオーラの様なものなのだろうか。説明し難い感覚に襲われた。

 死者が蘇るという事実には、ケイにとっては思う所があるのかもしれない。

 

「3つ目、自身の能力に影響する『ステータス』」

 

 彼女がメニュー画面を操作し、ステータス画面が表示される。

 以前見たよりも大分能力値が伸びていた。

 

「4つ目、プレイヤー達が何処かに出入りする時に使われる言葉、『ログアウト』と、そして『ログイン』」

 

 またメニュー画面が操作され、ログアウトと書かれたアイコンが選択される。

 しかしそのアイコンは、他のものとは違って黒く表示されていた。ケイにログアウトは出来ないらしい。

 

 ……まて、それじゃあ、ケイはこの世界においてのプレイヤーではないのか?

 

 確かに、現実世界に存在しない彼女にはログアウトして向かう先が無い。

 それにケイはメニュー画面を操れる。これはプレイヤーの特権だが……やはり、プレイヤーでもNPCでも無いというのが正しいのだろうか。

 

「何か思うところでも?」

 

「……いや、どんな感じに説明すれば理解してくれるのか、考えてた」

 

 とっさに考えた言葉。……だが、嘘でもない。

 

「あ、説明してくれるんだ?」

 

「何時までも隠し通せるとは思ってない」

 

 事実、この様な状況になったのだ。

 だからって、この状況に何か備えていたわけではないのだが。

 

「ケイはプレイヤーの事をどう思ってるんだ?」

 

「どう思うって? 改めてそう言われると……不思議だなあ、って。あと原理とか気になる。この世界特有の物理法則とかあっても驚かないよ」

 

「……意外と軽いな。リスポーンに関しては興味を向けると思ったが」

 

 俺が言うと、ケイは首を傾げて俺を見つめる。

 なんたって、死者を蘇らせる魔法だ。彼女の過去の事を考えると、興味津々になっても仕方がない。

 

 しかし、興味を向けない理由は、ある意味当然だと言うものであった。

 

「私が死なせないからね」

 

「……オイオイ、危うく惚れる所だったぞ」

 

「心配しなくていいよ。惚れる前に死なせるから」

 

 あれー? さっき死なせないって言ってませんでしたっけ?

 ケイが愉快そうにケラケラと笑う。しかし、そのような雰囲気は、この後直ぐに彼女によって打ち消された。

 2対の目がお互いと向き合う。人と話す時は目を見る、とは誰が言い出したのだろう。

 

「それで、どこから説明してくれるの? このゲームの不思議を」

 

「……そうだな、まずはリスポーンの事から話そうか。大丈夫だ、聞き飽きるまで説明してやる」

 

「それ来た」

 

 さて、どうやって説明したものかな……?




書いてて思う。話の運び方、ヘタじゃないか?
自分が思うに、場面を時間的に切り離さないと、なんだか物語の流れが遅く感じるんじゃないかと。
場面を何度も時間的に切り離すような書き方は苦手なんだが。
その分、話の境目で思いっきり場面を切り離したりするんだけど。


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51-ウチのキャラクターと俺の旅行出発

これを旅行と言って良いものか。


 出発日の当日、予め定められていた合流場所には、()()()()()()()()()()()()()かなり異質な物があった。

 

「驚いた、これが……」

 

「これが……メチャくんの言う”車”?」

 

「もうっ、ボクの名前はメチャちゃんだっテ!」

 

 小さなドワーフの男の子が反論する横を、俺は通り過ぎる。

 そうして車に近づいた俺は、この車を注意深く観察した。

 

「……車だ。それも、オフロードカーだ」

 

 車にはあまり詳しくないが、大雑把なことは知ってる。

 道路とは違って、起伏の多い野道での移動に適した車種だ。特徴的なのはその運用目的に適応するように作られた頑丈な体。ある程度の起伏や段差ぐらいであれば、登るなり乗り越えるなりしてしまう様なタイヤとエンジン。

 そして見た所、食料を含む大量の物資がトランクと天井に積まれている。……そして、

 

「座席にも荷物が積まれてるな」

 

 これは窮屈な旅になるだろうな……。

 

 車に近づいて観察する俺に気付いたのか、メチャちゃんくんが俺に近づいてくる。

 

「もしかして、ソウヤにいはこういうのに詳しいノ?」

 

 そ、ソウヤにい……?

 もう少し呼び方を変えたら、何処ぞの小さなドラゴーナを思い出してしまうが……まあ良いや。

 別に俺は詳しくないと、首を横に振る。

 

「そっカ……。もし改良案があったら、幾らでも言ってネ」

 

 やはりこの車を作ったのはこの子か。製作者としては、改善するべき箇所があれば、すぐにでも改善したいのだろう。

 わかった。車について気になることがあれば、後部座席からちょいちょい口出しするとしよう。俺に口は無いが。

 

「というか、誰が運転するんだ、これ?」

 

「……ねえ、これって誰が運転するの?」

 

 俺の疑問はケイ以外の誰にも届かなかったから、ケイが仕方なしにと代弁する。

 するとメチャちゃんくんが真っ直ぐ手を挙げる。

 

 それを見た俺は、その挙げられた手の意味を理解して、

 

「え、子供が?」

 

 と思わずつぶやいた。

 無免許運転だとかいうレベルではない。出来の悪いAIにでも運転を任せた方がマシではないのだろうか。

 

「あっ、今ボクにはまだ早いって思ったでショ?」

 

「間違いなく早いな」

 

「ヒドイ! ノータイムで頷くなんて酷いヨ、ボク泣いちゃう! おーいおいおい」

 

 そしてメチャちゃんくんは嘘くさく泣き始めた。しかしその泣き方はなんか違くないか?

 ケイが嘘泣き小僧を見る目が胡散臭い物を見るそれに切り替わってきた所で、メチャちゃんくんがあっさりと泣くのを止める。

 

「でも大丈夫! ちゃんと操縦できるし、何かあればエミータに任せるからネ!」

 

「はい、マスター。ワタシには車両操縦APIが既にインストールされています。端子を接続し次第、コントロールを行えます」

 

「うんっ、頼りにしてるヨッ」

 

 ……こちらとしては、子供が操縦するよりも、このアンドロイドさんに全部任せた方が安心するのだが。

 

「まあ、子供が御者をするような所もあるし、良いんじゃない?」

 

「車と馬車はまるで違うからな……?」

 

 そりゃあ馬車だって扱いには技術が要るし、間違えれば命の危険だってあり得るが……、それも含めて、車は馬車の上位互換だ。

 速度が高い分、やらかした時の危険性が特に……。

 

「ああ、なんだか行きたくない気分になってきた。……よし、こんな所に居られるか! 俺はもう帰る!」

 

「なにが”よし”、だ。逃げるんじゃない」

 

「へぶっ」

 

 く、首を掴むな。息が詰まる!

 いや本気で息が……これ、気管が完全に塞がれて……!

 

「それで、私達は何処に座れば良いのかな?」

 

「……! ……!」

 

「疑問、何故ソウヤさんはケイさんによって拘束されているのでしょうか」

 

「ああ、ソウヤは突然呼吸を止められても意識を保つ訓練をしててね。こうでもしないと訓練にならないんだ、ごめんね」

 

 こ、この力、とんでもない……!

 さっさと解いてくれ、とケイの腕を叩く。ペチペチと肌を叩く音が鳴る。

 

「理解。疑問を解消しました、感謝します。護衛者2名は後部座席に待機してください」

 

「うん、ありがと」

 

「……なんか首根っこを持ち上げられた猫みたいダネ。すごく苦しソウ」

 

「まあ、確かに。……そろそろいっか」

 

 手を離されて、そのまま地面に倒れ……なかった。どうやら首を掴まれている間にシートに座らせられたらしい。

 後部座席の左端のスペース、俺のすぐ隣には荷物が積まれていたが、それすら気にならない様な感情で湧き上がっていた。そんな俺は、首にかけられていた圧迫感から開放された直後に犯人を睨んで、恨み言を―――

 

「ゲホッ……おま、今回ばかりは、ケホッ、ゴヘッ……」

 

 ―――恨み言をぶつける代わりに咳が出た。

 息を整えている間にドアを閉める音が聞こえるが、それを無視して改めて口を開く。

 

「なにをする!」

 

「いや、逃げるのが悪い。一度やると決めた依頼なんだから、最後までやりなさい」

 

 不思議な事に窒息した感覚はあっても、苦しいという感覚だけが無かった。……が、今でも喉に何かがつっかえた様な感覚が残っている。お蔭で息をするだけでも違和感が一杯だ。

 

「なに、車が怖いの? 子供じゃあるまいし」

 

「その子供が運転する車なんて怖いに決まってるだろ。何時で事故を起こすか分かったもんじゃない」

 

 例えるなら、朽ちたレールでジェットコースターをするような感覚だ。もし車体自体が新品でも、肝心の物が頼りないのであればやはり恐ろしい。

 

 ああ……どうやらエンジンがかかったようだ。現実の車と殆ど同じような音と振動が始まる。

 

「うわっ、走ってないのに揺れた」

 

「動力源が振動してるから、ちょっと酔っちゃうかモ、気をつけてネ」

 

「なるほど、気にとめておくよ」

 

「……」

 

 もう何が起きても知らないぞ。

 俺は運転席にある小さな姿を確認して、ため息をつく。子供の運転に何か嫌な思い出があるわけではない。あっても忘れているだろうが。

 しかし子供が運転しているという事実は、それだけで俺を不安にさせる。……考えすぎだろうか。

 

 俺が葛藤している間に、車が加速し始めた。もう出発らしい、これは後の祭りと言えば良いのだろうか。 

 

「へえ、速い速い。どんな馬よりも速いかも」

 

「……よく考えたら、この速度だとモンスターも野盗も関係ないよな」

 

 窓を目を向ける。今まで俺たちが居た場所がどんどん離れていくのが見える。

 常識外の速度を持つモンスターに会わなければ、2日間交戦せずに過ごせるだろう。

 

 ……冷静になって1つ気付いたことがあるのだが、この運転手がプレイヤーであるのなら、年齢はそこまで問題じゃないのかもしれない。現実の常識にとらわれていたが、そもそもメチャちゃんくんの中身は免許を持つ成人かもしれないのだ。

 そうすると俺の心配は無意味なのかもしれない……。いや、それでも見た目がああでは、どうしても不安を感じる。ちゃんとアクセルに足は届くのか。

 いや、それでも、ああでも、それじゃあ……と、様々な葛藤が俺の頭の中で繰り広げられ、最終的には「成るように成れ」という所に行き着いた。

 どうせ俺はプレイヤーだ、俺が事故死しても大きな問題はない。ケイは転移でどうにでもなるだろう。

 

 一先ずは安心することにしよう、表面上はだが……。

 そうする為に大きく深呼吸して、落ち着く為に横の()()に寄りかかった。

 

「……?」

 

 肩に感じたのは、シートの背もたれでは無い何か。

 俺は背中にある物の正体を確認すべく、それを見た。

 

 ……視界に入ったそれの正体は、()()()()とも形容できるモノだった。しかしそれは、塔というには不安定であった。衝撃を与えれば、すぐにでも崩れてしまうような……―――

 

「あ」

 

 ―――否。衝撃を与えれば、という仮定ではない。たった今、この塔に俺が衝撃を与えてしまったという、過去形に成り代わっていたのだ。

 そう、俺が寄りかかった事による振動を切っ掛けにして、崩壊の時を迎えようとしていたのだ。

 

 崩壊、それは……、

 

「ぎゃ」

「あ」

 

 この状況において、それに寄りかかっていた俺が犠牲になる事を示す単語であった。

 

 ああ、この身に降りかかる災厄はメチャちゃんくんの運転によるものではなく、人の体重を優に超える質量の荷物だったのだ。諸行無常。事実はいつも予測を裏切るのである。

 

「ソウヤにい、大丈夫?!」

 

 俺が押しつぶされ、先ほどとは違う意味で息苦しくなっていく中……微かにメチャちゃんくんの声を聞き取った。

 ああ、こんな無様な俺に心配をかけてくれるなんて。こんな子供に運転させるなんてとんでもないと思っていた俺だが、それを撤回しても良いかもしれない。

 

 

 ……いや、今それはどうでも良いから、とにかく助けてはくれないだろうか。

 死ぬほどのダメージを負っているわけじゃないし、息苦しいとはいえ呼吸が出来ないわけじゃないのだが。

 

「あー……」

 

 ケイが同じく後部座席に座っているはずだ。彼女がどうにかして助けてくれないだろうか。

 

「うん、見た所大丈夫そうだね。放って置いても良さそうだ」

 

「いや助けてあげてヨ」

 

 

 

 

「ふう……、荷物をどけてる間にもう街が見えなくなっちゃった。感謝しなさいよ」

 

「ああ、ああ、感謝する。……マッチポンプだろ、それ」

 

「いや、キミが勝手に荷物崩したんでしょ」

 

 このケイは……。まあいい、今回はもう何も言わない。疲れた。

 シートの左側を見ると、崩れづらくなるように積み上げる高さは半分に抑えられた荷物があった。代わりに横のスペースを倍に増やすことになった。今や後部座席の左半分は貨物室同然だ。

 必然的に俺とケイは右側に追いやられたのだが、仕方ない。

 

「しっかし、結構な量を積んでるねー。これだけ積んでるとかなり重いはずだけど……それでもかなり速いんだね、この車」

 

 後ろのトランクや天井、そして後部座席まで使って積み込んでいるのだ。これだけあれば重くなるのは当然。動きも鈍重になるだろう。

 重い分、加減速が効きづらくなる筈だ。そうすると、事故が起こす可能性を高めてしまうような……。

 

 ……いや、この事はもう考えないようにしよう。俺はもう知らん。

 

「さっき、動力源が振動してるって言ってたよね。それってどんな仕組みなの?」

 

「んー。エミータ、お願いしても良いカナ?」

 

 流石に運転中に難しい話はしたくないのか、その説明をエミータの方に任せた様だ。

 エンジン音は現実のものと似ているが、全く同じ構造なのだろうか。

 

「簡潔に説明します。魔結晶駆動四輪車シリーズの動力源は、魔結晶エンジン、別称魔法発動機を使用しております。火属性、水属性の魔結晶を使用し、魔導制御機器を用いて精密制御を行っています」

 

 やはりと言うか、化石燃料を使わないらしい。不安を紛らわすために、エコな車だなと感心する事にした。

 しかし専門用語が出てきた。『魔導制御機器』、聞き覚えのない言葉だ。

 

「魔導制御。そこら辺にあるからねえ。やっぱりここでも使ってるんだ。で、その魔結晶からどうやって動力を?」

 

 え、そこら辺にあるもんなの?

 

「火属性魔結晶をシリンダー内で爆発させ、発生した動力を回転力に変換しています。その影響で熱を帯びた部品に対しては、水属性魔結晶でクールダウンを行っています」

 

「しりんだーとな?」

 

「筒です。シリンダー内部では爆発による力が一方向に集中するので、変換率が向上します」

 

「……ああ、なるほど。理解」

 

 ……俺にはぼんやりとしか理解できなかったが、大体はそういう事なのだろう。

 そんな俺に対して、ケイはスッキリした顔である。もしかしたら、既に頭の中でエンジンの考察を……設計までやりはじめてるかもしれない。

 いや、それは流石に無いか。ケイの頭はコンピュータでも何でも無いのだ。

 

「到着後になりますが、必要に応じ設計図を共有する事を提案します」

 

「良いの?!」

 

「はい。基本的に、魔結晶駆動四輪車シリーズの情報は非公表ですが、マスターの判断で共有する事は可能です。ただし、製作には非常に精密な工程を必要とし、現状では生産可能なのはマスターのみであります。実質的にマスター以外がこれの製作を行うことは不可能と判断します」

 

 車なんて物を一人で作れるというのは、こちらとしては素直に感心するしかない。しかも、聞く限りでは生産職のトップクラスであるらしい。

 

 ……それぐらいの人に会えたことにまず驚きだが。

 有名企業の社長に鉢合わせたぐらいの貴重な経験かもしれない。こんな子供姿の彼を社長と思うには無理があるが。

 

 

「そういえばケイねえって、何かを生産するような事ってやった事あるノ?」

 

「あるよ。魔法の補助に使う道具を作る時に、ちょっとだけね」

 

「そっかー。ソウヤにいはドウ?」

 

 ちょっと記憶がない現代人な俺には、何かを作るような経験なんて料理ぐらいである。

 この人形に関しても同様、生産面では料理特化の人形だ。精々振るうのは包丁ぐらいだ。

 

「ソウヤは料理しか作れないよ」

 

「あ、お料理作れるノ? ボクもだヨ!」

 

 なんて事だ。この子供は、機械いじりが出来るだけではなく、なんと料理も作れてしまうらしい。

 一体なんなのだこの万能ボーイは。これでは俺が下位互換だ。

 

「だらしなーいお姉さんが居るから、いつもボクが作ってるんダ」

 

「へえ、お姉さんが」

 

「うん」

 

 一人っ子の俺にとっては、兄弟姉妹のことはあまり良くわからない。けれど、姉の方を弟が世話するというのは、常識的に考えてイレギュラーではないだろうか。あるいは俺の常識が間違っているのかもしれない。

 

「……その人は、テクニード帝都の方に住んでるの?」

 

「一緒の家にいるヨ。普段は家の中でだらだら~ってしてるけどネ」

 

「へえ。変な人だね」

 

「……うん、すっごく変なお姉さんダヨ」

 

 バックミラーを覗くと、その言葉に反して誇らし気な表情をしている彼が見えた。

 ケイもその表情に気付いたらしく、興味深そうな顔をして、言い放った。

 

「もしかしたら、キミも変なのかもね」

 

「えー、ボクは変じゃないヨ!」

 

 はあ、なるほど。

 血が繋がっているからには、やはりお互い似た所があったりするのかもしれない。

 もし機会があれば、この弟姉が共に住んでいる所を観察してみたいものである。

 

 

 

 

 車というのは、馬車と比べて速い上に振動も比較的少ない。

 だがこうして後部座席でじっとしているというのも、限界がある。

 

 時間に非常に忠実なエミータが言うに、出発から4時間と23分、そして18秒が経過したとのこと。秒単位で伝える必要はあったのだろうかと思ったが、今はそれはどうでもいい。

 

 狭い。そう、非常に狭いのだ。

 左半分には山積みの荷物。その右には俺とケイ。俺の使えるスペースは、この肩幅とちょっとのスキマ程度だ。

 女性と肩が触れ合うかもしれない状況とは中々ロマンスなものだ、……と思われるかもしれないが、俺たち2人は体格が隠れるぐらいの防具を着込んでいる。肌の触れ合いなんてあったもんじゃない。

 そもそも俺にはケイに劣情を抱く余地がない。

 

「ケイ、もうちょっと端に寄れるか」

 

 彼女は首を横に振った。やはり無理か。

 

「じゃあ、荷物の一部を四次元ポケットに入れてしまうのはどうだ? 座席を占領してるやつを片付ければ、少なくとも2倍の空間は確保できる」

 

「……」

 

 少しだけ考え込むような仕草を見せてから、しかし首を横に振る。何故だ。

 いや、理由がわからないわけじゃない。今の俺らは正体を隠している身。使える技を知らせてしまうというのは、その目的に反してしまうのだ。

 

 俺は項垂れてシートに深く沈む。正直な所、防具が固くてシートのふかふかを感じられない。非常に辛い。

 

 ああ、もういっその事寝てしまおうか? 寝てしまえば楽になる。索敵はケイやエミータに任せれば良い。

 特にエミータは飽きもせずに、左右にそして後ろ、と常に周辺に警戒を巡らせている。

 

「……そろそろ昼休憩しない? 隣のアホが落ち着かなくなってきたんだけど」

 

「誰がアホだ」

 

「……ケイさんの提案に同意します。マスター達は昼食と休息を取るべきです」

 

「そっか、そろそろお昼の時間だもんネ」

 

 ケイのさりげない悪口はともかく、確かにそういう時間だ。俺は改めて周囲の景色を見る。

 この4時間の移動で結構な距離を移動した筈だ。時速60キロメートル辺りで移動していたとして、計240キロメートルとなる。

 コレが2日続くというわけだから……、1200キロメートル以上も旅するのか? かなり遠いな……。

 

「ソウヤも疲れてるみたいだし」

 

「こういう旅って、ソウヤにいは初めてなんだっケ?」

 

「うん、昨日話した通りだよ。私はもう慣れっこなんだけどね」

 

「へえ。……あ、そこらへんが良さそうだネ。車止めるヨ」

 

 お、休憩か!

 やはり話してみるものだなと、足を伸ばせる所に出られる事に歓喜する。

 

 減速して、メチャちゃんくんの言う良さそうな場所に停車した。

 そしてケイがドアを開いて出ていって、それに続いて俺も出る。辺りを見渡すと周囲一体は起伏のある丘という感じで、岩が点在している。見える範囲には森は存在しなかった。

 

「……モンスターの気配はあんまりかな。視界も遠くまで届くし、安心できそうだ」

 

「そこも考慮して停めたからネ。じゃあボクは車から食べ物を……あ、今回は別に大丈夫なんだっケ?」

 

「そうそう。初日の昼食はソウヤが用意してるんだった」

 

 そう、今日の昼飯に弁当を持ってきている、朝作ってから昼に食べるまでなら腐らないし、美味い飯を食べられるならば作ってくるべきだと思ったのだ。

 勿論ケイと俺の分、そしてメチャちゃんくんの分も用意している。アンドロイドでロボットなエミータは物を食べないという事で、用意していない。エネルギー源とメンテナンスさえあれば稼働するとの事だが。

 

「ソウヤ」

 

「ああ、待ってろ」

 

 車の中に置いていた鞄を取り、中から3つの弁当を出す。

 それぞれ赤、黄、緑と、見事な信号機色となっている弁当箱の中には、俺が真心込めて作った料理が入っている。

 まあ、どれも中身は同じなのだが。

 

 ケイとメチャちゃんくんに弁当を渡すと、ケイが魔法で作った土の椅子に座る。ちゃんと机まで用意されている。衛生面に不安はあるが、無いよりマシだ。そもそもこの世界でそういう微生物とかがあるのかわからないのだが。

 

「……本当にエミータは食べなくて良いの?」

 

「はい。一般的な食物の経口摂取は、ワタシの動作不良に繋がります」

 

「口にするのは水かポーションぐらいなんだよネ」

 

「ほん?」

 

「オーバーヒート……えっと、つまり体が異常に発熱した時や、極端に魔力が少ない環境の時は、水とか魔力ポーションを飲んで対処できるんだヨ」

 

「なるほど」

 

 見るからに人間であるエミータだが、こういう話を聞くと、あれでも生き物ではないのだなと再確認する。

 完全な道具扱いなんて出来ないが、エミータのあのような態度を見ると、人間扱いをするという行為がムダな様に思えてくる。

 

「椅子ありがとうネ。いただきまス」

 

「ああ、これぐらい良いよ。頂きます……あれ、スプーンとフォークは?」

 

「箸で食え」

 

「むう……苦手なんだけど」

 

 確かにケイの世界では箸はあまり普及していないが、旅の中で使ったことはある筈だ。確か、彼女は旅の一環で日本と似た国に訪れたことがある。

 そう思って、特に問題ないと思ったのだが。

 

 そういえば、宿屋の朝食で和食が出た時、彼女だけスプーン等で食べていたのを見かけた記憶がある。別のテーブルで食べていたから特に気に留めてなかったが。

 実際はどんな食べっぷりなのだろうかと、ケイの方を観察する。

 

「……ヒドイな」

 

 邪魔な頭部装備を外し、代わりにフードで顔を隠しつつ箸を操るケイだが……食べ物を掴むことは出来ず、なんとか口に運べたと思ったら噛む直前に食べ物が落ちる始末。

 なるほど、確かに苦手なようだ。初めて箸を使う外国人の様子と完全に一致だ。

 

「仕方ない、スプーンとフォークを持ってくる」

 

「……」

 

 ケイがなんとも言えないような顔で俺を見る。差し詰め、子供扱いされたようで気に食わないとでも思ってるんだろう。

 

 

 食器類は車の中に置いていった鞄の中だ。車の中に入ると、座席に放置された鞄から食器を取り出す。

 使用するであろうと思われる道具は四次元ポケットに仕舞わず、こうして鞄の中に入れているのだが……。

 

「こういうシチュエーションで使われるとはな」

 

 思わぬ一面を見て満足しつつカチャカチャと鞄の中を探り、それらをようやく取り出せた所で車を出る。

 扉を閉め、草が生える地面に足を付ける。

 

「……?」

 

 そしてケイの所へこれを渡そうと思った所で、エミータの様子が妙な事に気づく。

 俺の方を……いや、俺が居る方向を凝視している様に見える。

 一体何なのだろうと、俺も振り返ってみる。しかし車しか見えない。

 

 エミータは幽霊でも見つめているのだろうか?

 製作者であるメチャちゃんくんは、箸を器用に使って食事中。このアンドロイドの行動を解説する暇など無さそうだ。

 

 ……まあ良いか。ケイにこれを渡して、俺も昼食を食べるとしよう。

 

「ほら、ケイ」

 

「うん、ありがとう。……あれ、エミータはどうしたの?」

 

「んー?」

 

 エミータという名前が出てきて、弁当から目を離すメチャちゃんくん。

 このアンドロイドは相変わらずあの方角を見ている。

 

「あれ、なんだろう……警戒中かな? エミータ、レポート」

 

「レポート、ステータス。現在索敵中。方位343、俯角8度に不明な人間の足音を検知。視覚、聴覚共に感度を最高状態に引き上げ、警戒中です。これにより、戦闘セーフティがアンロック状態です」

 

「……えっと?」

 

「あー、なるほど。いわゆる野盗って奴だネ」

 

 ……ゲームだからなのだろうか、それとも脅威として見ていないのか。気楽な態度でそう言い放ったメチャちゃんくん。

 護衛としてここに居る俺は、その態度に引き摺られ、緊張感を抱かないまま―――

 

「敵対存在を確認」

「これは……皆!敵は銃持ちだよ!」

 

『パアン』

 

 ―――乾いた銃声を、背後から聞き取った。




戦闘描写は……苦手だ……。


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52-ウチのキャラクターと俺の銃撃戦

こんにちは。VRMMOであるにも関わらず、MMOのテンプレート的要素を大いに無視している私です。


「くっ……!」

 

「ソウヤ!」

 

 銃声の直後に、右肩と背中に凄まじい力が叩きつけられる。同時に足元の二箇所で小さく土煙が跳ねる。

 痛覚もなく、ダメージを受けたという感覚。被弾したと理解した俺は、その場に倒れ込む様にして伏せつつ、体力回復のポーションの入っているポーチに左手を伸ばす。

 視界が赤く滲み、右手には力が入らない、部位ダメージによって動きに支障が出るようだ。

 

「『壁を』! 皆、遮蔽物の後ろに隠れて!」

 

「敵座標確認、パーティミニマップに反映。攻撃を開始します」

 

 ポーションを一息に飲み干すと、右腕が思い通りに動くようになる。

 弓矢を構え、先程ケイが作った壁の後ろに張り付く。他の3人も同じ様に壁の後ろに隠れ、エミータだけは敵に向けて発砲していた。

 エミータが何処からか取り出した銃は、所謂オートマチックと呼ばれる種類の拳銃。リボルバーと比べると連射がしやすい物だったと記憶しているが。

 

 ああ、この世界は一体何時からファンタジーからガンアクションに衣替えしたんだ? ここの運営は一体何を考えているんだ?!

 

「ソウヤ、大丈夫?!」

 

「ああ、問題無く回復した。敵の位置は?」

 

 この世界の事実上の神に恨みを寄せているのを止めて、ケイに問いかける。

 たった今、その横でエミータが射撃を止めて、壁に身を隠した。その瞬間に銃声と弾丸が壁に打ち付けられる音が聞こえる。

 

「分からない。音からして遠くから撃ってるみたいだけど……。エミータ、人数は?」

 

「現在確認している敵対存在は、人間が4人です。全員が銃火器により武装している事が確定しています。そして、先程の私の射撃で1人が負傷したのを確認しました」

 

「少なくとも4人。1人負傷、そして全員銃持ち……」

 

「野盗が銃を使ってくるなんテ……、不公平だヨ~!」

 

 アンドロイド作ってるお前のセリフじゃないと思うのだが。

 しかし、攻撃されるまで存在に気付けなかったとは……。

 

「……気配は感じなかったのか?」

 

「魔力の気配は殆ど……銃を使う奴らは魔力を持たないみたい。だから気付かなかった……ごめん」

 

「別に良い。距離も遠いしな」

 

 さて、ファンタジーらしからぬ銃撃戦が始まった。状況を確認しなければ。

 

 レーダーを確認する。地形までは表示されないから正確な位置は分からないが、とりあえず遠くの位置で横一列で並んでいるのはわかった。

 

「一応車を守っておいてくれ。足がないと困る」

 

「言われなくともやるよ。『守れ』」

 

 ケイが短く詠唱して、向こうからゴロゴロという物音がする。壁に隠れているままじゃ見えないが、確かに壁で車を守ったのだろう。

 

 さあ、どうしようか。

 俺は戦術家でもなんでもない、取り敢えず物陰に隠れておくぐらいしか、銃に対する対処法を知らない。

 

「ケイ、弓は届くか?」

 

「これは無理」

 

 それじゃあ今回も俺はお役御免になるらしい。矢を矢筒に戻す。

 

 そうだ、銃という武器を使っていれば弾切れを何時か起こすはずだ。その隙を狙って行動するべきだと思うが……。

 

「提案、ワタシの飛行能力を使用した、上空からの奇襲。」

 

 するとエミータがらしい戦術を提案した。

 そういえば、このアンドロイドは空を飛べるのだ。聞こえだけは中々な攻撃だと思うのだが。

 

「エミータ、飛行中に被弾したら落ちちゃうヨ」

 

「飛行中に被弾する確率は低いです」

 

「……ダメ」

 

「了解、この場からの反撃を続行します」

 

 主人であるメチャちゃんくん、この作戦を気に召さなかったらしい。確かに、体1つで銃弾に晒されつつ空を飛ぶにはリスクがある。

 

 さて、ケイはこれからどうする? さっきは偉そうに指示をしたが、別に俺が戦闘を指揮しているわけではない。彼女の事は無論信用しているし、俺への指示にだって従うつもりだが……。

 

【―――】

 

 ふと敵の銃声が止んで、その隙を狙ってエミータが銃で反撃する。

 ……いや、エミータだけではなく、ケイも行動に出た。剣を盾に変形させつつ、壁から身体を出していた。

 

「『ハイ・エクスプローシブ・シェル』!」

 

 珍しく魔法の名前を詠唱したケイの眼の前に、腕数本分の太さと腕1本分の長さを持つ弾丸のようなものが現れ、そして放たれる。

 どうやら、この壁を使いつつ敵と撃ち合う事を選んだようだ。流石に距離を詰めるにも遠いし、転移を使わないとなればこうするだろう。

 

「……すごい。やっぱりケイねえって、魔法使いとしてすごく熟練してるんだネ」

 

 ああ、確かにすごい。

 彼女の世界の魔法を操る時、簡単な単語だけで操ったりしてしまう事が多いが、そんな事ができるのは一握りの魔法使いだけだと、彼女から聞いたことがある。

 

『言ってた通りだろう?』

 

「この状況で筆談するソウヤにいも相当なものだけどネ……」

 

『弓も届かないような遠距離戦だ。俺の仕事は支援と自分の身を守ることしかない』

 

 まあ銃も怖いっちゃあ怖いが、それを言うとケイの魔法だってヤバイ。何がヤバイって、俺の身体を一瞬で蒸発させるぐらいは簡単に出来てしまうぐらいヤバイ。

 ……ソレに比べて俺はと言えば、弓の射程外だと精々が弾除けぐらいである。コレではただのカカシだ。

 

「魔法の着弾を確認。至近弾ですが、殺傷効果は認められず」

 

「じゃあもう1回、『ハイ・エクスプローシブ・シェル』!」

 

「……有効な効果を確認しました。敵対存在の内1人の死亡を確認。付近に居た1人がパニック状態になっています」

 

「よし!」

 

 おい待て、”よし”じゃない。さすがに詠唱時間が短くないか? 

 

「凄いネ……」

 

 凄いというより、反則だと俺は思う。

 この世界にとっての反則と言えば、普通の人は銃やチート行為を連想するはずだが、俺ならばそこにケイを付け加える事だろう。

 きっと彼女なら、現代の軍にだって一騎当千を果たしてしまう。

 

「馬の足音を確認、推定数6体。騎兵による攻撃の可能性があると判断します」

 

「私が対処する。向きは?」

 

「方位292を中心に進行中です」

 

「分かりづらい! 『盛り上がれ』!」

 

 エミータの報告を分かりづらいの一言で受け流すと、ケイが地面に剣を突き立て、詠唱する。

 その言葉はライブの観客等に訴える類の意味では無く、ただ物理的な効果を求めるものだった。

 

「……先程使用した魔法の説明を求めます」

 

「前々から思ってたけどその喋り方慣れないなあ! ただここを中心にして、円状に地面を弄っただけだよ」

 

 ここからは見えないが、つまりは馬では走破出来ない起伏を生み出して対処したようだ。

 

「……了解。丁度、落馬或いは馬を止めたと思わしき音を確認しました」

 

 それも効果的だったらしい……。

 馬と関わりの少ない現代人には出来ない発想だ。

 

「はあ、ったく……。奇襲して、そして馬を使った追撃か。でもこれで敵は馬から降りる筈。……メチャちゃん、今からその車で突破する」

 

「え?! でも、お弁当が……」

 

 メチャちゃんくんが、さっきまで食事をしていた机の方を見る。

 弁当はまだ残っている。このまま逃げればアレを置いていく形になるだろう。

 

「乗るまでの間は壁で保護する。発進した後は目眩ましをするけど、気にしないで直進して!」

 

「ううう……。分かっタ」

 

「いい子だ。……じゃあ行くぞ、『守れ』!」

 

 ケイの魔法により、ここから車までの道の両端に壁が出来る。

 

「さあ走れ走れ!」

 

 それを合図に、全員が今まで遮蔽物に使っていた壁から飛び出して、そこへ走る。

 ケイによって作られた幾つもの壁が、この場所がまるでちょっとした要塞であるかのように演出していた。

 

「入れ!」

 

 ドアを開き、次々と入っていく。エミータとメチャちゃんが前方に、俺とケイが後方に座った所で、車のエンジンが始動する。

 車が特別大きな音を立てて、車が急激に加速していく中、ケイはドアを閉めずにそこから身を乗り出していた。

 

 一体何をするのかと思って見守っていると、ケイが手を前に掲げ、そして詠唱する。

 

「『水よ』、そして『炎よ』!」

 

 文字にしてたった2文字の言葉を二組、ケイが唱える。すると大きな滝がこの場に現れたのかと思わせる程の水が現れ、次に放たれたドラゴンのブレスが如き炎がその水を熱する。

 地面に広がる前にその液体の殆どが蒸発し、間もなくあたり一帯が霧も包まれた。

 

「『風よ、霧を留めろ』!」

 

 勿論車はその中に突入している。前も横も見えないような状況だが、ケイの指示通り車は直進している。

 馬への対処として弄った地面を乗り越えたのか、大きな揺れがガタンと襲ってくる。

 

「うっ……!」

 

「ケイ!」

 

「大丈夫、振り落とされそうになっただけ……! メチャちゃん、できる限り速く、真っ直ぐに!」

 

「分かってるし、もうフルスロットルなノ!」

 

 ケイが開きっぱなしにしているドアから蒸気が入り込んでくる。それと同じ様に、後ろから撃ってきているであろう銃声もが新鮮に聞こえてくる。

 

「おい、身を隠さなくて大丈夫なのか?!」

 

「当たっても大丈夫!」

 

「急所にでも当たったらどうする!」

 

 確かに俺は2発受けてもポーションで対処できたが、もし急所にでも当たれば一大事だ。

 俺はケイに死んでほしくない。車の中へ身を隠すようにしつこく言う。

 

「だから速く隠れろって!」

 

「ああもう、分かったって! 『壁を』!」

 

 ダメ押しにケイに言いつけた所で、ようやくケイの方が折れる。妥協案のつもりなのか、後方に壁を生み出してからドアを閉めた。

 ケイがシートにどっしりと座り込むと、大きくため息をつく。

 

「自分が撃たれても良くて、私が撃たれそうになると止めるわけ?」

 

「偶然俺がなんとかなっただけかもしれないじゃないか!」

 

「2つも弾が当たって、無事で、それが偶然だって? それで何とかなるなら遠距離の一発ぐらいかすり傷も同然じゃないの?!」

 

「どうしてそう言い切れる!」

 

「疑問、ケイさんとソウヤさんは」

「遠距離武器は遠くなるほど威力が落ちるのは当然でしょ! それとも銃は例外なの?」

 

「それは……! ……そうだが」

 

 銃弾は、その距離に応じて減速するものだった筈だ。ケイの言うことは間違いじゃない。

 俺は黙り込んで、ケイから目線を逸らす。

 

 ……声を荒げてしまった。ケイにしか聞こえない声だから、他人には俺の感情など寸とも伝わっていないかもしれないが。

 

「はぁっ……。それに、私は奴らの馬を潰してた。こうして対処しないと後々に追いつかれる可能性があるの。……この乗り物は速いから、その可能性ってのも低いけどね」

 

 ケイも感情が昂ぶっていたのを自覚したのか、一度息を吐いてから、落ち着いた言葉で述べた。

 別に彼女は、無意味に後方の敵へ攻撃していたわけじゃないのだ。

 

 

「……疑問、ケイさんとソウヤさんは口頭で会話しているように見えますが、ケイさんはソウヤさんとの筆談を必要としないのでしょうか」

 

「……え?」

 

 その時に、ようやく俺たちは気づく。

 ここまであからさまな口喧嘩をしてしまえば、俺らのコミュニケーション手段について疑問を持たれる事は避けられない。

 律儀に沈黙を待ってから提示された質問に、初めてその事を認識した。

 

「はぁ……その件に関しては、落ち着いてからで良い?」

 

「了解。場合によっては今後の協調性の向上が見込めるため、早めの情報提供を要求します」

 

 言わば保留である。

 ケイが質問を返した所で、彼女の目が俺をじっと睨んでいることを見逃さなかった。

 

 ……分かった、これの大半は俺が原因だと認めよう。

 

「……怖かっタ……。色んな意味デ」

 

 その一方で、ハンドルを握っていたメチャちゃんくんは冷や汗を流していた。

 

 

 

 

 移動を続け、気候にも若干の変化が見られる程の距離を行く俺たち。

 半端に終わった昼食は荷物と一緒に置かれている食料で補いつつ、草、土、石の上を車で走っていった。

 

 日が暮れる頃には俺もケイも落ち着きを取り戻した。

 

「それじゃあ、自前に話していた通り、この辺りで休憩するヨ」

 

「了解っと。ソウヤ、寝てないよね?」

 

「起きてる」

 

「良かった。ピクリとも動かないから居眠りを始めたのかと」

 

 まあ、こうして話をする程度には落ち着いている。

 因みに、本当の所は居眠りしていた。……減速を始めた頃には意識が戻ってきたのだが。

 表情も変わらないこの人形の事だから、自律人形が眠った所でただの人形に戻るだけだ。

 

「えーっと、それじゃあボクは……あっ」

 

「ん、どうかしたのかな?」

 

「あー……、野営ってどうすル?」

 

「はい?」

 

 

 ……どうやら、このメチャちゃんくんは野外で夜を過ごす方法を知らないらしい。

 

 ケイが幾つか質問してみれば、どうもこの子は車内で寝泊まりしていたとのこと。

 確かにこの車は金属で作られているから、そこらのボロ屋よりも寝心地が良いだろう。

 

 しかしそうすると、俺たち2人の寝るスペースがない。

 運転席は倒れる背もたれという立派な物が備わっており、元より荷物によって制限された後部座席のスペースはベッドの一部分と化ける。残る助手席では、後の3人を詰め込むには余りにも不十分だ。

 

 そうなれば、少なくなくとも2人は外に追いやられてしまう事になる。

 

「……で、センタル王都に行く時はエミータとメチャくんだけだったから問題なくて、それで気付かなかったワケだね」

 

「うん……。あ、ボクはメチャちゃんだよ?」

 

「いやそれ紛らわしいし。なんなの、男の子なのにメチャちゃんって」

 

「むーっ」

 

 まあ、そういう理由があったのなら意識から外れてしまうのも仕方ない。

 それにしても、今の問答で気になった事が一つだけあるのだが。

 

『どうして帰りの時だけ護衛を?』

 

「最近戦争とかドラゴンとか、色々物騒だかラ……」

 

 ああ……。

 

「とにかく、私達の寝床は元々私達がやるつもりだから心配しないで。メチャくんは何時も通りにしてて良いよ」

 

「だからメチャちゃんだっテ! ……でもボクだけで良いノ?」

 

「それじゃあ、折角の快適な寝床を空にしておくつもり? 子供のキミが使いなさい。正直エミータが見張りやってくれるだけで助かるし。確か睡眠しなくても平気なんだってね?」

 

「はい。マスターが睡眠中の間は、基本的に車の上で索敵しています」

 

 意外と大胆な場所でやるんだな……。確かに高台なら視界もよく通るだろうが。

 

「それじゃあ、私達は見張りを交代しないで済むわけだ。それだけで十分だよ」

 

「うん……」

 

「よし。じゃあ私達は準備をしておくね」

 

 

 さて、寝床の準備と言ってもそれほど大したものではない。

 2人分の寝床というのは、布を地面に敷き、そしてブランケットを体に巻き付けるという、極めて簡易的な物である。雨は降りそうにないからテントは使わない。

 

 付け足すとすれば、快適な睡眠の為にケイが土魔法で地面を調整するぐらいか。

 それと、先程の襲撃の様な遠距離攻撃に備え、ある程度の高さの壁を構築している。頑張れば一軒家も建てられそうだが、そこまでする意味は感じられないから、壁までとのこと。

 

「燃料を持ってきたぞ……うわ、随分と様変わりしたな」

 

「ちょっと魔法を習えば、これぐらいキミでも出来るよ?」

 

 そうするにはステータスが足りない。必要なステータスを満たさないと、魔法を習得することは出来ないのだ。

 しかし、ケイが言っているのは”ケイの魔法”の事である。ステータスというシステムが介入しない可能性があるのなら、もしかしたら人形でも魔法が使えるかもしれない。

 

「それじゃあ、適当な時に頼む」

 

「ほれ来た、今夜は講義でもしようか。早いに越したことは無いってね」

 

「早速か……」

 

 思い立ったが吉日というヤツだろうか。そんな言葉があるにしても唐突である。

 

「先延ばしにして、使えないまま必要になっても困るからね。……よし、出来た」

 

「ああ。次は食料の調達だったか?」

 

「うん、適当に良さそうなのを狩ってくるよ」

 

「一応気をつけて」

 

 2日間とは言え、ずっと保存食なのは……いや、意外と困らない。

 この世界には魔法による冷蔵庫が存在するから、それなりに美味しい食料を旅中の備蓄として持ち出せはするのだが、やはり出来たての物には劣る。

 

 以前の依頼で、村で保存食類を貪った事を思い出す。食えない程不味いと言うワケではなかったのだが、あれは本当に硬い食事だった。

 あまり大きな贅沢は出来ない村だからか、冷蔵庫といった保存手段は少ないのだろう。しかも後に聞いた話では、ドラゴーナは基本的に噛む力も強いため、食事の硬さも気にならないらしい。

 だから、人間の食べるものは基本的にアレよりはマシだ。それに工夫次第では家庭の食卓と同等の食事が出来たりもする。ドラゴーナが悪食なだけだった。

 

 

 閑話休題。

 

 食料が十分にあるとしても、今後の為の経験として晩飯は現地調達と予め決めていた。今は狩りに向かう者と、調理の準備をする者と別れている。勿論狩りに行くのはケイだ。

 ……普通は男女逆なのだが、この場合ケイがイレギュラーなのが原因なだけだろう。彼女は元男なのだ。

 

 道具を持ち出したり火を付ける用意など、料理に必要な物を揃えていると、メチャちゃんくんがやってくる。

 

「本当にその場で料理するんだネ」

 

 その通りである。

 朝食と晩飯は寝泊まりの都合で一箇所に留まるから、時間の掛かる調理には丁度いいのだ。逆に昼飯は保存食で済ませる予定だ。

 

「一応美味しい物は積んであるんだけド……、カレーとか、クッキーとか、菓子パンとか。あ、飴もあるヨ」

 

 基本的に子供が好きそうな物が多い……。彼の中身の年齢は、ガワより2、30年は上だと思っていたのだが。

 

『旅の食事で好きな物って何だ?』

 

 お前は一体何歳なんだ? と紙に書いてしまいそうになるのを堪え、無難な話に留める。

 

「ボクは菓子パンだヨ! 運転中でも片手で楽に食べられるからネ」

 

 それは片手運転で道路交通法違反にならないだろうか……と思ったが、この子が運転する時点でとっくに手遅れなのを思い出す。

 この世界に馴染んでしまったら、現実の生活に支障が出てしまいそうだ。

 

『運転をエミータに任せなかったのか』

 

「うん、まだその機能をインストールしてなかったかラ」

 

 ふうん。何もすべてが機能が備わった状態で出来上がったわけじゃないのか。

 そう言えば戦闘型だと言っていたが、戦闘ではない別の役割として作られたアンドロイドも居るのかもしれない。

 

 作業の手を止めるのも程々にして、メモ帳の代わりに火付け道具を手に取る。

 火の魔結晶を使用した手軽な着火具を使うと、数秒で焚き火が出来上がる。ケイならこれぐらい素手でやってのけると思うと、自分の頼りなさを自覚してげんなりする。

 

 

「……ケイねえって、すごく強いよネ」

 

 ジワジワと炎が大きくなっていくのを見ていたメチャちゃんくんが、ふとそんな事を口にした。

 

 彼の言う通り、確かにケイが居ると楽だ。四次元ポケットで荷物の心配はしなくて良いし、転移で遠距離の移動は短時間で済む。

 元騎士であり尚且つ大魔法使いな経歴もあって、その戦闘力は強敵から俺を守ってくれる。

 

「あの人が居てくれたら、すっごく頼れるよネ。すっごく強いもん」

 

 確かに、ケイが居て助かった場面は何度もあった。

 

 俺が最初に彼女を頼ったときの記憶を振り返る。

 人形の姿に化けてしまった俺は、そのままの姿ではマトモに買い物することが出来ない。街へ入ることさえもだ。

 その時ケイは、その代わりに俺の身体を隠すローブを買って、戻ってきてくれた。文句たらたらではあったが。

 

 で、頼ったからにはその借りを返さなきゃいけないものなのだが……。

 

『俺は呆れるぐらい何度も頼ってる。こんな俺の事を指さして”楽している”と言われても、別に変じゃないぐらいだ』

 

 自虐的な言葉を書き上げて、失笑気味な笑みを()()()で浮かべつつ見せる。

 メチャちゃんくんが紙の方を見て、少し驚くような表情をすると、直ぐに別の方を向いて考え込み始めた。

 

 一体どうしたのだろうか。と俺は彼の顔を覗き込む。

 

「……別に、変じゃないよ。頼らないと大変だったんだよね? 『呪いで姿と声を奪われている』……だったっけ?」

 

 呪いで姿と声を奪われている……自己紹介の中にあった言葉だ。それがどうしたのだろう。

 

「最初はそういう”設定”なのかなって思ったけど……、本当は大変で、辛いんだよね」

 

『哀れむような物じゃない。今じゃ不都合は少ない』

 

「それは、あの人に頼ってるから……でしょ? 複雑な理由で頼ってるんだったら、”楽している”だなんて言えないよ。きっと、頼らないと辛くなって大変だから、頼るんだと思う。自分に出来ることを他の人に任せっきりにするのは、それは楽してるっていう事なんだと思う」

 

「……」

 

「だから、えっと……えへへっ、説教みたいになっちゃったネ! さっきのことは忘れテ! 何か間違ってるかもダシ!」

 

 ……子供相手に説教されるってのも貴重な経験だ。記憶喪失の実績がある俺でも、当分は忘れそうに無さそうだ。

 

『自覚した上での軽い自虐ネタだったから、真剣に説教しなくても良かったんだが』

 

「えぇっ、自虐ネタだったノ?! てっきり本気だと思っちゃっタ……」

 

 早とちりというやつだ。俺はくすりと笑って、十分に大きくなった炎の上にやかんを吊り下げ、水の魔結晶を使った便利な魔道具で水を注ぐ。

 乾燥地帯や高温の場所では直ぐに劣化するらしいが、ここではそんな事はないから、普通に便利グッズである。

 

『お前は何か飲むか?』

 

「あ、良いノ? じゃあココアの粉取ってくル! あと砂糖!」

 

 ……味覚は子供なのに、あんな大人気のある説教が出来るなんてな。

 まあ、そういう理由抜きで単に甘党なのかもしれないが。

 




『ハイ・エクスプローシブ・シェル』 属性 火・土
 HE弾。着弾と同時に爆発する。追加詠唱により弾速・爆発範囲、威力が上昇する。
 因みに、火と土属性を持つ魔法は、現代兵器をモチーフにしたものが多い。原因は俺の知識が偏っている為。許せ。

 ドラゴン戦でも似たようなもので、『崩壊せよ』というものがあったが、無論こちらはケイの世界の魔法。
 『ハイ・エクスプローシブ・シェル』が着弾と同時に爆発するのに対し、『崩壊せよ』は任意のタイミングで爆破できる。しかし、放った後にそのタイミングを変えることは出来ない。所謂、時限爆弾な槍。


『水よ』 『炎よ』
 ケイの魔法を行使する時、単純な制御のみで十分な場合はこの様な掛け声をする。本来はちゃんとした詠唱を行う。大体俳句の一句分ぐらい。
 たまにそうでなかったりするが、制御自体は脳内の演算やイメージで行うから要はなんでも良い。言葉はあくまで補完である。


こういった解説は多分今回だけ。
魔法に関する想像力が欲しい。創造力とも言う。


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53-ウチのキャラクターと俺のキャンプ

料理回


 ケイが戻ってくるまでの間、俺はぼんやりと火を見つめていた。

 既に沸いたお湯をメチャちゃんくんのコップに注ぎ、後はこっちの方で火の番だ。あんまり早くに料理を始めてもなんだから、水だけ沸かして待機中である。

 その間、俺は2()()()をどうしようか考えていた。

 

 その場で調達した食材で腹を満たすと決めた俺らだが、全てそれで作ってしまうつもりではない。1品目は調達したもののみで作り、2品目はある程度持参した物を使う。

 

 コレには理由がある。

 現地で食材を、しかも選ぶ余裕が無い可能性が浮上するような状況の場合、マトモに食べられる料理を作れる確証が無いためだ。

 一応食べられる、と言えるレベルなら別に良いが、明らかに毒があったり歯が欠けるほど硬いとかいう物が出てきたら、問答無用でレトルト食品に方向転換だ。

 

 それに現実での生活とは違って、サバイバル生活では母から教わった料理技術が役立つ確証がなくなる。

 肉屋でも無い俺には動物を解体する技術を持たないし、調理する環境だって控え目になるのだ。

 

 幸いこれはゲームだ。倒せばアイテムとして出てくるから、解体等に関しては心配せずとも良い。

 

 

 よし、クリームシチューにでもしよう。俺は焚き火から離れて、車のトランクを開けて探り始める。

 他人の車の積荷ではあるが、ある程度目星は付けている。ほんの少し手探りではあっても、迷いはない。

 出発前に行ったあの会議の功績だ。お蔭様で積まれた食料は大体把握している。……ほら、見つけた。現実でも見かけるクリームシチューのルーだ。

 

 今回は使わないが、他にも各種缶詰があったりする。塩漬け、干し肉や干し野菜といった物は少ない。

 

 そう、缶詰だ。街でも所々の店で見かけるが、基本的に高価な上に、以前やっていた弁当作りでも使うことはなかったから買うことは無かった。

 しかしこれが存在すると知った時は、中世ファンタジーという言葉が何処かへ逃げていった様な感覚がした。

 ……いや、ファンタジーだからこそ存在するのだろうか。もしかしたら、何処ぞの転生者が技術・知識チートで広めたのかもしれない。

 

「あ、それ使うノ? だったらマカロニも入れようヨ!」

 

「え、ああ」

 

 ……まあ、それも良いか。

 メチャちゃんくんも、姉さんとやらの世話している関係で家事慣れしているらしいからな。1人で作ろうと思っていたが、彼が協力してくれるのも悪くない。

 手分けする程のものじゃないけども。

 

 

「あ、戻ってくるみたいだヨ」

 

「?」

 

 下拵えでもしておこうか、と早速缶詰を開封しようとすると、メチャちゃんくんがそんな事を言う。

 何が戻ってくるのだろうと思っていると、彼がパーティミニマップの画面を見せてくる。

 なるほど、画面上に映る味方の座標を示す点が近寄ってきている。

 

「やあ、戻ってきたよ」

 

「どこ行ってたノ? ふと見たら範囲外に行っちゃったから、ちょっと心配しちゃっタ」

 

「ごめんごめん。あんまり良さそうなのが見つかんなくてさ」

 

 ふむ、ケイはこういう狩りが得意な筈なんだが……。気配察知に長けているのだし。最近は『魔力特定』という単語を強調して自慢してきた事もあったぐらいだ。

 

 まあ、そこまで言うのなら苦労してきたのだろう。戻ってきたケイの手には、すっかり絶命した動物の死体……ではなく、普通にアイテム化されたものが抱えられていた。

 イノシシでも狩ってきたのだろう。肉以外にも皮や角が見える。

 

「私の身長ぐらいイノシシが居たから、そいつをやってきた。大きさの割に肉が少なかったけど」

 

 言葉には出していないが、困惑しているような雰囲気だ。

 ケイもこの世界に馴染んできた筈だが、ケイの世界での癖で自ら処理しようとしたのかもしれない。

 

 しかしイノシシか。ケイの証言から予想するに、俺がケイとしてレイナと一緒にレベル上げしている時に会ったものだろうか。

 あの時はそれほど街から離れていなかったが。

 

「うーん? イノシシなんてこの近くに居たっケ?」

 

「さあ。迷い込んだんじゃない?」

 

「……ああ、なるほど」

 

 恐らく、ミニマップの範囲外に出てから転移して、好みの獲物を態々取ってきたのだろう。

 なんて魔法の無駄使いなのだ。

 

「転移して狩ってきたんだろう」

 

「……」

 

 ほらやっぱり。

 

「で、でもこいつを見つけられて本当に幸運だったよ? これ以外で

何とか食べられそうな奴と言ったら、蜂とか……私の顔ぐらいの大きさで。見かけた時は群れてた」

 

 食べられそう……頭ほどの蜂が……? 受動態じゃなくて?

 そういえば蜂を食べる所があるって聞いたことがある。……だからといって俺は食べないぞ。

 

『他にはなかったのか?』

 

「他に? 高さにして膝ぐらいの蟻の群れとか、単体だったけど人間食えそうなぐらい巨大な蜘蛛とか。まあ食えたもんじゃないと思うよ」

 

 なんだその魔境は。俺絶対そんな所に行きたくないぞ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 狩りの失敗を想定してのプランBが役立ちそうで役立たなかった一幕だったが、どっちにしろ十分な食材が揃った。

 俺はさっそく調理を始める。

 

 まずは鍋を満たすお湯を捨てる。二つも調理器具は用意していないし、鍋一つでも十分だ。

 

 店売りの物より一回り、いや二回りは大きい肉を、とりあえず加工しやすい形に大まかに切る。それを手早く下拵えして、薄切りにして炒める。全部使うと肉盛りのシチュー和えになってしまいそうだから、一部だけ使う。

 次に肉以外の具を缶詰から引きずり出す。豆や野菜が鍋の中にごろごろと落ちていく。

 

「……意外と多いな。まあ好都合か」

 

 3人分には丁度良いだろう。それに缶詰を開けておいて缶の中に半端に残すのもアレだ。

 万が一残ってしまっても、朝食の分に回しておけばいい。

 

 鍋の中で具をある程度炒めると、水とシチューのルーを入れて今度は煮る。

 さて、次は……。

 

「残った肉はどうする? 私が凍らせておこうか?」

 

 もちろんだ。この量の肉を3人で食べられる訳がない。しかし待ってほしい、全部とまではいかないが、まだ使うのだ。

 残った肉を、今度は厚切りしてから串に刺す。串は薪の中に混ざっていた枝を使っている。

 

「焼き鳥!……あ、鳥じゃなかったネ」

 

「串焼きだね。タレが欲しいところだけど、流石に無いよね。……そうだ、あの蜂から蜜を貰おう。ちょっと行っ」

「いや待て」

 

「シロップなら持ってるヨ」

 

 そういう問題ではな……くはないか。はちみつとかを使って肉を軟かくするのは別に変ではない。

 でも貰うってなんだ、貰うって。近所からの差し入れとかじゃないんだから。

 

「常識的に考えて、一人で蜂の巣に突入するのはおかしいぞ……」

 

 ”常識的”という単語がポイントだ。今の俺らは一般冒険者を装っているのだ。

 

「……じゃあシロップを」

 

「それもダメだ。ここで調達した物だけで作ると決めただろう」

 

「……」

 

 このケイは……、すごく面倒くさそうな顔をして精一杯の抗議をしてきている。そんなことをしても、ケイの変顔レコードが更新されるだけだ。

 でもダメだ。一度決めた事は絶対に覆さない。

 

「全く……。ほら、この肉残ったから、よろしく」

 

「ち、はーい」

 

 彼女は時たまこんなふうに幼稚な態度を取る。歳を考えろ、歳を。

 

 

 

 

「さあ、出来たぞ」

 

 手の空いている2人に用意してもらった食器にシチューをよそう。

 火の側に差し立てられた串焼きも十分焼けている。

 

 なんとなく自分のステータスを確認してみれば、料理スキルがまた1つ上がっていた。

 何も考えずに適当な調理をしても、補正が働いて良い感じの料理が出来上がることだろう。

 

「いただきマス!」

「いただきます」

 

「おう、食え食え」

 

「……その兜、食べる時邪魔じゃないノ?」

 

「ああ、そう言えばそうだね」

 

 すると、気軽な感じで頭の装備を外した。

 俺たちは今正体を隠している状態なのだが……と思ったが、ケイがとっていた対策を思い出して考えを改めた。

 

「おお、見た目は似合ってるぞ。何故だかな」

 

 黒髪になったケイの口の端が、俺の言葉に反応してピクリと動いた。

 髪の色だけでなく髪型も変え、ポニーテールの形に纏められていた髪は解けていた。

 黒い髪という、日本人にとって馴染みのある髪色になったことで、見た目から親近感が感じられるようになった。

 

 よほど勘の良い人物でなければ、このケイが”ドラゴンハンター”だと気付かれる事は無いだろう。

 

「まあお前の性格を知っている俺からすれば、違和感しか無いが」

 

 黒い髪を下ろしているという髪型だけ見れば、清楚な印象がある。

 しかし……ケイだからな。

 

「はっ」

 

「笑うな」

 

「わー、お姉さんキレイだネ!」

 

「え、ああ……。うん、ありがとう?」

 

 まあ、ケイを弄ってやるのはコレぐらいにしよう。メチャちゃんくんは素直に褒めているようだし。

 

 俺は装備をそのままにして食べることにする。2人から少しだけ距離を取り、俯きつつ肉に齧りつく。串から引き抜くと、咀嚼する。

 本当に肉だけの串焼きだ。調味料もなにもない。あるとすれば焚き火の煙の香りだろうか。匂いと言い換えたほうが適切かもしれない。

 シチューの方にも手を付けよう。……うん、普通にうまい。

 

「……思ったより柔らかい。このまま食べるのが勿体無い美味しい。そういえば焼く前になんかやってたよね」

 

『下拵えしたからな』

 

「そうそれ。……でもそれだけじゃないね。元から肉が柔らかかったのかな? でも肉の見た目からして部位は……」

 

 ……なんかケイが考え込みだした。

 確かに、アイテムとしてドロップした肉の質が良かったという可能性もある。それと俺の料理スキルの補正もあるだろう。

 

 ちょっと叩いたり、要所を切ったりしてから焼いただけの肉が美味しい理由に心当たりのある俺は、何も言わないことにした。彼女に向かってそういう話をしても、まあ通じないことはないだろうが。

 

 

「ところで、お昼の事なんだけどサ」

 

「あー、アレの事? ソウヤとの口喧嘩と言うか」

 

「うん。筆談してなかったのに話せてたよネ。……あ! えっとっ、言いたくないなら、ボクはこれ以上何も言わない……けド……」

 

「ふん、知ってしまったなら仕方ない。キミには申し訳ないけどその生命を―――」

 

「ひうーっ」

 

 あーあー、変な所でふざけるからメチャちゃんくんが縮こまってしまったではないか。

 

「ケイ。子供を虐めてやるな」

 

「……はあ。はいはい分かってますよー」

 

 このメチャちゃんくんを子供と言えるかどうかは別の話になるのだが、それはともかく大人げないと思う。

 しかしまあ、この事はどう説明すればいいか……。

 

「大丈夫、何もしないし、普通に話すよ。特別秘密にしたいわけじゃないし」

 

「そ、そうなノ……?」

 

「うん。どうしてか、私とソウヤは普通に話せるんだよ。解き方も原因も不明の呪いの事だから、理由もわからないし」

 

 俺の考えが纏まる前に、ケイがあっさりとした答えを返した。

 ケイが曖昧な理由と共に説明を果たしてしまってから、俺はなるほどと内心で関心する。

 呪いということで説明しているこの身体。正体も分からないような呪いというのは、この世界において非常に()()()ものだ。

 だから、呪いの謎はいくらあってもおかしくない。別に完璧な理由をつけなくても良かったのだ。

 

 ふむ、またひとつ賢くなった

 

「……それだけなノ?」

 

「それだけだよ? まあ嘘だと思うのは自由だけど」

 

「んー! 全然嘘だなんて思ってないヨ! 信じてるモンッ」

 

「そうなんだ? それは良かった。嫌われちゃったら大変だ」

 

「嫌わないからネッ」

 

「わぁかってるよー」

 

 ケイがけらけらと笑い飛ばす。

 この合法ショタの扱いには慣れてきたようだ。良いことである、と俺は頷いた。

 

 

「あ、お肉解凍するから追加頼んでも良い?」

 

「ええ、そんなめんどくさい」

 

 でも俺の扱いには少しぐらい気を遣ってほしい。最近ガサツになっている節があるのだ。

 

 

 

 

 ゲームの世界であるという事や、メチャちゃんくんの車の備蓄が豊富だということもあって、想像以上に快適な食事を取れた所で、俺達は飲み物片手にちょっとした雑談をし始めた。

 

「2人はすごく仲が良さそうだけド、何時からの付き合いなノ?」

 

「10日ぐらい?」

 

『10日以上だな』

 

「10日?!」

 

 おーおー。目が飛び出るかってぐらい驚かれた。そこまでの事じゃないだろう。

 10日は10日でも、常識の上で考えるそれとは違う。

 

 友人としての付き合いは、同級生や同僚であれば教室か職場で毎日顔を合わせるだろうが、それ以上の付き合いは毎日とは行かない。

 ましてや殆どの時間において共に行動しているとも慣れば、それはもう立派なカップルである。

 

 ……うん? その理論だと俺たちは……いや、無いわ。

 とにかく、俺たちはこの10日分の24時間を俺たちは一緒に過ごしてきたのだ。睡眠中、弓の訓練や弁当売りなどを除けば、殆どそうしている。

 ここまでくれば、僅か10日でお互いの思考を目線だけで理解する事だって出来る。

 

「だろう、ケイ?」

 

「え? ……まあ、うん。正確には覚えてないけど、それぐらいの日数だとは思うよ」

 

 通じなかった。違う、そうじゃない。

 

 人知れずがっくりと野たれている俺によそに、2人は話を続ける。

 

「まあ、会う前からお互いの事をよく知っていたって所はあるんだけど」

 

「へえー……あれ? 会う前から知ってるって……矛盾してナイ?」

 

「ふふ、ここから先は秘密だよ。流石にプライベートに迫りすぎちゃうからね」

 

 ……まあ、ケイの言うそれも、お互いの理解を深める一因となっているだろう。

 ケイは、俺のことを”別世界の自分”だと認識しているらしい。そんな事はない筈なのだが、そう思うに値する何かがあるのだろう、ケイとしてはそこで納得しているようだ。

 俺は、ケイの事を”過去の俺が書いた主人公”だと認識している。正直言ってここで言う理解は、俺の方からやや一方的になっている感じがある。

 

 そんな所で、合う前からお互いの特徴を把握しているのだ。好感度が初期から高めになるのも頷ける。

 

「ま、色んな事があってこうして一緒に行動してるんだよね」

 

「そうなんダ。だから仲が良い……良い? のかナ?」

 

「そうそう、こうしてつるむぐらいには仲が良いんだよ。力も経験も釣り合ってないのに、釣り合っていないのにも関わらず! ね!」

 

『うるさいやい』

 

「まあデク人形だもんね」

 

 デクっ……。

 

「えっと……これって本当に仲良いノ……? 今日だけでも何回か口喧嘩してるように見えるんだけド」

 

「そうかな?」

 

「そうだヨ!」

 

 おうおう、言ってやれメチャちゃんくん。お前の言葉で俺の将来の精神的平穏の有無が決まるのだ。

 

「でもほら、ぶっきらぼうな態度を取るけど仲良しの兄弟とか居るじゃん」

 

「ぶっきらぼうナ? ……ああ、確かニ」

 

「少なくとも私の人生では、幾つかそういう家族を見かけた事があったねー」

 

「なるほド……」

 

 いや、納得しないでほしい。ここで諦めたら終わってしまう。俺が。

 しかし俺の心からの応援は届かず、メチャちゃんくんは俺たちの関係性に納得してしまった。

 

 

『そういえば姉とはどうなんだ?』

 

「うーん? ケイねえ達みたいなやり取りはあんまり。ボクのお姉さん、身体が弱いカラ……」

 

 あ。……まさか、地雷だったか?

 

『すまない』

 

「え? どうして謝るノ? 別にソウヤにいは悪いこと言ってないヨ」

 

 メチャちゃんくんがそう言うのなら、その言葉を信じるが……。しかし、彼の姉が病弱な人だったとは。

 

「もし良かったら、姉のことを詳しく聞いても?」

 

「モチロン!」

 




作者が料理の実際に試したりした事もなく、十分な知識を持ってもいない。よってこの料理は現実性に欠けるものとする。
まあVRだし。

しかしシチューばっか出てきているような。手軽な料理だという印象だからだろうか。


さてここで豆知識

ミッド・センタル王都、サウス・テクニード帝都という表記があるが、一応表記の法則がある。
ミッドやサウスは国名を示し、センタルやテクニードは首都名を示す。
故に国を指す場合はミッド国などと呼び、都市を限定して指す場合はテクニードなどと呼ぶ。

因みについさっき考えた。ちょっと過去話を弄ろうかと思ったけど、既にこの設定でも矛盾がない状態だった。珍しい。

・追記
妙だ……書いた内容がロールバックみたいな感じで戻ってる……。
気付かないまま投稿したけど、続きはこのまま次の話に


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54-ウチのキャラクターと俺の魔法講義

特別長い
冗長な物語構成なのである


「ボクのお姉さん、別に面倒くさがりってワケじゃないんだけド、何かがある度にボクに頼ってくるんダ」

 

 ケイのふとした問いを受け、彼女の人となりの説明をし始める。

 やはり身体が弱いから、そういう事になるのだろうか。

 

「それは身体が弱いから?」

 

「ううん、半分正解。身体の調子とか関係ない事もやるから」

 

 つまり身体の善し悪しに関わらず世話をしている?

 その上面倒くさがりでもないとは、どういうことなんだろうか。

 

「あーんさせられたり、髪をとかせられたり」

 

 あーんとは……。聞く限りでは別に腕が不自由な訳ではないらしいが、一体どういう事なのか。

 

『何故そこまで? 嫌ではないのか』

 

「そんなワケないジャン!!」

 

 そんな訳ないらしい。

 

「じゃあアレか。好きでやってるということだね」

 

「それは……ちがくないけど、ちがうモン」

 

「そっか」

 

 おー、ケイが随分と優しげな顔をしている。あんな表情出来たのか。

 もしかしたら、俺もそんな表情をしているのかもしれない。目も口もない顔だが。

 

「ちがうモンっ!! 罰ゲームダシ!!」

 

「うんうん、そっかそっか」

 

「ボクはただ……えっと……そう! ゲームで負けたペナルティとしてやってるだけだかラ!」

 

「なるほどなるほど、そうだよねぇ。……げーむ?」

 

 ……と、ケイが苦手な話題が出てしまった。

 彼女と会話を代わろうと、言葉を書き、見せる。

 

『姉とゲームをやっていたのか』

 

「むー……昔はよくストリートウォリアーで対戦してた。あとはゴザエモンとか」

 

 やや不機嫌な態度から察するに、勝率はあまりよろしくないのだろう。

 彼の頬がプクーっと膨らむ。

 

『やけに古いゲームだな』

 

「昔の頃からやってたカラ、ゲーム。新しいのだとCLIMAX of LEGENDS一緒に遊んだカナ」

 

『クライマックスオブレジェンズ?』

 

「うん。少し古いけど、バトルロワイヤルゲームの1つだヨ。」

 

 最新のでも古いゲームを遊んでるんだな……。少なくとも数年前以前の記憶が無い俺の頭には残っていない。

 遊ぶゲームに拘りでもあるんだろうか。

 

 

「そういえば2人は一緒にゲームとか遊ぶノ?」

 

「あー……何かを遊ぶ事って、あんまり……だよね?」

 

 目を見合わせる。

 ケイの言う通り、特に2人で何かを遊んだ事はない。

 

『やり方を教えるために一緒に料理した事ならある』

 

「まあ、強いて言えばそれぐらいだよね。その辺りで言えば買い物もたまに付き添うし」

 

『マトモに会話できる人がいれば楽できるからな』

 

「ナルホド~……。一緒に料理とか買い物デートとかしちゃって、ひょっとしたらラブラブさん?」

 

 何を言い出すんだこのショタは。

 

「違うよ」

 

「違うノ?」

 

「間違いなく。……あと、今後またそういう事言ったら、下を掻っ切ってあげる」

 

「はうっ」

 

 こら。ケイはまたそうやって子供を脅かすんだから。幾らイヤな勘違いをされたからって、そうまでする事ないだろう。

 まあ冗談だろうが。……いや、冗談でも()はやめてあげて。お前も男だろう。

 

「ほーらメチャくん、こっちに来なさい。どうしようもない誤解をするような頭を矯正してあげるから」

 

「わー、逃げローッ!」

 

「あっ、待てこの!」

 

 ケイの怒気に恐れ慄いた――にしては陽気な口調に聞こえたが――メチャちゃんくんは、とっとここの場から走り去っていった。

 ケイもそれを追おうとするが、数歩進んだ所で諦めて立ち止まる。

 バカバカしさでも感じたのか、嘆きのため息をついてからこっちに戻ってくる。

 

「……どうも、あの子供は友情と愛情の違いを知らないらしいね」

 

「彼の場合は知ってて地雷を踏み抜いていった気がするのだが」

 

「だとしたら絞ってやろうか」

 

 一体何を絞るのだろうか。水分が約60%の人体を絞っても、出るのは血肉のみである。

 ……なんだか猟奇的な絵面が浮かんできた。思考を切り替えよう。

 

「はあ、気分が悪くなった。私が男と付き合うわけがないでしょうに。……想像したら余計悪くなった」

 

「まあ落ち着け。ケイもいい加減大人だろう」

 

「……そうだね。ちょっと飲み物でも飲んで落ち着こう」

 

 お湯でも沸かして何か飲むのだろうか、と思ったのだが四次元ポケットから瓶を1つ取り出した。

 ラベルにはレモンジュースと書かれている。

 

 人目が離れていった直後に魔法に頼った事に俺はむっとしたが、特に何も言わなかった。それに落ち着いて貰わないと魔法講座に支障が出る。

 

「キミもなんか飲む?」

 

「いや、別に飲まない。……それの中に何を入れてるんだ?」

 

「目に付いた美味しそうな物を適当に。暇な時間に買っては溜め込んでるよ。それにモンスターの肉とか。この中に入ってる食料だけで、2人でも5年は持つだろうね」

 

「5年……?! 一体どこにそんな量を買うお金が」

 

「いや、狩ったやつを片っ端から詰め込んでるから」

 

 だとしても一体どれだけの数をやったんだよ……。

 

「この世界の事だから、ちょっと焼けば食える状態なんだよね。そうだ、取り出して直ぐに食べられるように、予め調理しておく?」

 

「良いアイデアだが、どうせならキッチンでやりたいな」

 

「それもそっか」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 その後、俺はケイから魔法についての講義を始めることになった。

 手元にある勉強道具はメモ帳とペンだけだ。

 

「私の世界の魔法について、多少は知ってるんだよね?」

 

「まあ。属性やそれぞれの象徴。それとケイが使ってる魔法の種類ぐらいだ」

 

「ふんふん、日常的によく使ってるのは転移と亜空間だね。光と闇は時と空間に相当する属性だから、そういう事が出来るんだ」

 

「見慣れたもんだが、本来はそう手軽に使えるもんじゃない……んだよな?」

 

「十分な魔力と、知識と理解と、あとは慣れだね。魔力、知識と理解は敷居が高いけど、それさえあれば手軽に使えるよ」

 

 そりゃそういうものなのか……。詳しくは知らないが、転移とかは消費魔力が桁違いになる印象なのだが。

 

「とりあえずそれは置いといて」

 

 コホン、とケイが仕切りなおそうと咳払いをする。

 

「前にも言ったけど、私の世界の魔力の在り方は、この世界の物とは若干違うんだ。この世界は空気の中に漂っていて、魔法で干渉できるけど、私が元いた所じゃ身体や物体にしか宿らない。空中に出るのは物から物へと移る時ぐらいかな」

 

「ガスと電気みたいなものか」

 

「そんもんかな。で、私の魔法は後者の法則に応じた物なの。まあ当然だよね」

 

 ガスはガスの使い方。電気は電気の使い方があるのは当然だろう。

 

「今日はその魔法の肝心な基礎を教えるよ。メモの準備はいい? 大丈夫、理論上はこの世界の住民にも使えるはずだから」

 

「それを聞いて安心した。準備万端だ」

 

「それでこそ私の自慢の生徒だ。さて、まずは魔法を生み出す際の理論だけど……」

 

 

 

 ……学校に通っていた記憶は、言うまでもなく残っていない。精々が大学をやめるまでの数日程度である。

 そんな俺に勉学ができるかという懸念があったのだが、意外と心配は無用であると数分して気付いた。

 

 ケイ先生の説明は多少分かりづらい点があったものの、そういった点は主に専門用語や、ケイが勝手に()()()()()()だと決め込んでいる事が殆どだ。

 質問すれば答えが返ってくるし、その答えを聞いても説明を理解出来なかった。という事はあまり無い。

 

 それに、俺だってケイの世界の魔法を全く知らないワケではない。あの本を通して大雑把な知識ぐらいは蓄えているのだ。

 

 手の平サイズメモが、あっと言う間に数ページを越す。別に彼女の言葉を一字一句を聞き逃さず写しているワケではないが、俺の速筆能力は彼女の喋るスピードに余裕で追いついていた。

 

「……これまでが、体内の魔力を利用した魔法の理論。ここで一区切りしよう、質問はある?」

 

 ケイの言う理論を簡単に纏めると……。

 魔力を制御下に起き、

 主に思考によって魔力を操作し、

 それによって術者の望む事象を生み出す。とのことだ。

 

 補足するならば、その思考の性質によって属性が表れるというものがある。

 火は技術、水は生命と、属性の示す象徴がその基準となる。

 そのせいなのだろうか。ケイの世界では、個人が持つ得意属性は、その人の性格を体現しているという認識があるらしい。

 

「特には……いや、1つだけある」

 

「なに?」

 

 ケイの説明には多少の不足があったものの、その不足の殆どを俺が質問したり指摘したりで補っている。

 だから、この講義自体に疑問があるわけではなかった。

 

 ただ……、

 

「講義してくれたのは理論だけだよな」

 

「うん」

 

「肝心の実用的なところを聞いてないんだが。入門向けの魔法ぐらい教えても良いじゃないか」

 

「……あ」

 

 理論だけ学んでも仕方ないのだ。

 俺が魔法を使うのに必要かもしれないが、それ自体が魔法を発動してくれるわけじゃない。

 幾ら食材や調理器具の適切な扱い方を学んでも、料理のレシピ自体を知らなければどうにもならないのである。

 

「そ、それではコレより魔法実習を始めます」

 

「……」

 

 俺は何も言わなかった。

 

「今スッゴイ呆れられた気がする……。コホン、とりあえず理論を分かってくれれば後は楽な筈だから、少し端折るね」

 

「わー流石ケイ先生」

 

「うっさい。まずは理論にあるように、精密な魔法を使用するのなら、それだけ慎重に魔力を制御しなければ行けない。逆に、多少雑に扱っても良いようなら、魔力を大雑把に動かしても良いの」

 

「肝心の魔力の動かし方はどうするんですか先生」

 

「コレばっかりは感覚としか言いようがないかな。でもキミは元の身体で魔法を使ったことがあるんでしょ? 行ける行ける」

 

 いやな。

 魔法を使ったことがあるって言っても、その魔法はシステム的なアレで補助されていてだな。

 

 ……『詠唱』という単語と『魔法名』の2つさえ覚えてれば小学生でも出来るんだよ。

 

「ハハハ、冗談冗談。そっちの魔法が出来るからって応用出来るもんじゃないのは分かりきってるよ」

 

「お前……」

 

「さてさて、まずは体内の魔力を感じる所からかな」

 

「……どうするんだ?」

 

「まずはキミの魔力を根こそぎ吸い出そっか」

 

 ふむふむ、まずは俺の魔力を……、

 

「は?」

 

 根こそぎ? 吸い出す?

 

「待って、いや待て。本末転倒じゃないのか」

 

「ほら、よく言うじゃん。”失ってから初めて気付く”ってさ」

 

 いやだからって……。

 

「魔力を失ったら、体内で何かが欠けている感覚がするはず。呼吸は問題ないけど息苦しい感じかな?」

 

「……欠けた部分の感覚を掴むのか?」

 

「ちょっと違う。吸い取った後、しばらくしたら今度は魔力を吸収してもらう。そしたら欠けた部分が満たされていく感覚がする。そしたら魔力の存在も普段以上に知覚出来るはず! って算段だよ」

 

 ……少し気が進まないが、ケイがそこまで言うのなら効果があるのだろう。

 

「ポイントは、欠けた部分に意識を集中して、満たされるタイミングで動きの変化を探す。ってところだね。早速行くよ?」

 

「……分かった。何かの間違いで変なことするなよ」

 

「大丈夫大丈夫。私の方の世界だと、蓄えた魔力を出すと元に戻るのは時間がかかるけど……」

 

 それだけ言って、ケイが篭手を外す。素手で吸い取るつもりなのだろう。

 

「この世界の人間は、空気中の魔力を取り込んで、そして吐き出してる。呼吸するようにね。だから、ちょっと吸い出した程度でも()()が続いてさえいれば問題ない……。ほら、脱いで」

 

「俺もか……」

 

「脱がないと上手く出来ないでしょ。鎧に魔力を溜めてるわけでも無いんだから」

 

 それもそうか。

 しかしこの防具は少しばかり着脱に時間がかかる。ごそごそと脱いでいくと、しばらくしてようやく人形の姿が表れる。

 

「よし……。ほら、済んだぞ」

 

「人形姿を見るのも久しぶりだね。服屋の時以来だったか」

 

「人形じゃないにしろ裸姿を見る機会がないのは当たり前だろう」

 

「そりゃそっか」

 

 

「……じゃ」

 

 その一声をかけられ、俺は少しの不安を感じつつも体の内側の感覚に集中する。

 VRの身体の魔力を感じ取るなど可能なのかすら不明だが、とりあえずやってみるしかない。

 

「どう?」

 

 しばらくしてから、ケイが俺に経過の確認を行う。

 特にコレと言った感覚は掴めていない。ケイの手がくすぐったいぐらいだ。

 

 ステータス画面を呼び出せば、確かにMPの値が減っているのが確認できるのだが。

 

「数字は確かに減ってるが、実感はできないな」

 

「ふむ……。まあ空になるまでやろうか」

 

 空までやるのか……。

 MPの減少は加速し、ついに1ケタに到達し……ゼロになる。

 

 その時、なんとなく息苦しくなるのを感じる。

 喉の調子は通常通りなのだが……まるで空気を吸っているのに吸えていないような感じである。しかし呼吸の感覚から、実際には酸素を吸えているようだ。酸素がこの世界にあればの話だが。

 

「なんか息苦しいな」

 

「他には?」

 

「……いや」

 

「うーん、空にしてもこの調子か……」

 

「人形化が影響しているのかもしれない」

 

 実際この身体になってから、全てのステータスが正真正銘の初期値になっているのだ。鈍感になっても可笑しくない。

 あるいは、異なる世界の技術にこの世界の法則(ステータス)など関係ないと言うのであれば、やはり仮想の身体と実際の身体の間にある壁が原因だろう。

 

「まあ良いか。今度は入れるよ。これがダメだったら他の手を考えよう」

 

 諦めはしないのか。とは思っても言わない。

 ステータスを見れば、彼女の言ったとおりに今度はMPが増加していた。

 

 前半で感じ取った変化と言えば呼吸ぐらいだ。

 アドバイスの通りに、目を閉じてその辺りに集中する。これで感覚が掴めれば良いのだが……。

 

「……?」

 

 ここで、俺は違和感を覚える。

 今度は新鮮な空気を吸う時の、その空気が体内を通る感覚に集中した。

 

 呼吸により体に取り入れられる空気は、気管か食道かのそこらを通って行く筈だ。

 

 これは……。

 

「どう?」

 

「……まずまず、と言ったところだ。それらしき存在は分かった」

 

 もしかしたら錯覚、勘違いなのかもしれないが、とりあえず見当を付ける事は出来た。

 仮想の身体の事だから、あんまり信用はしていない。

 

「その感覚を掴んだなら、今度は自発的に動かしてご覧」

 

「動かす……?」

 

「そう。揺らぐ程度でも、意思に反応しているのであれば制御が一部出来ているようなものだよ」

 

「制御か……」

 

 とは言っても、感覚でしか捉えられない()()を、どやって制御すれば良いのだ? 手で触れられるワケじゃ

 あるまい。

 

「私が最初に魔力を制御したときは、意識の中で魔力を包んで動かす様な感覚だったかな」

 

「意識で魔力を……」

 

 こう、か?

 

 意識の中で、その存在をどうにか掴み取ろうとする。

 確かな手応えはない、しかし魔力に揺らぎを感じた。そよ風で揺れる木の葉のような……。

 

「おお?」

 

 ケイが声を上げる。お得意の気配察知が、魔力の動きを感じ取ったのだろう。

 彼女は揺らぐ程度でも良いと言っていた。しかしこれでは個人的に満足できない。俺は揺れる魔力をかき集めるように意識した。

 一点に集めるように……。

 

「……へえ、面白い。見るからに初々しい魔術師の魔力って感じだ」

 

 言ってろ!

 

 ……あ。

 集中力が切れたのか、魔力が霧散する様な感覚を得る。

 

「っと、どうしたのかな? 集中力でも切らした?」

 

「いや、お前のせいだろ」

 

「それにしても反応しすぎ。戦闘中じゃ使えたもんじゃないね?」

 

「ぐ……」

 

 確かにケイの言う事は最もだ。緊張で魔力の制御が乱れるに違いないだろう。

 もし使えるようになったとしても、実戦で役立たないのでは―――

 

「まあ気にしないで。次は、その魔力を外側に押し出してみよう。出来るかな?」

 

「……分かった」

 

 まだ魔力をマトモに動かせてないのに、魔法を覚えた後のことを考えるのは早計だ。

 ケイの指示に従い、その通りに魔力を動かそうと試みる。

 

「よし……」

 

 まずは魔力を掴み取る。

 

 魔力は揺らいだ。

 

 もう一度掴み取ろうとする。

 

 揺らぐ。

 

「……」

 

 やろうとしても出来ないぞ?

 

「何やってんの?」

 

「やってるんだよ」

 

「いや答えになってないし」

 

 それからも何度か試したが、体内の何処かに誘導することは出来ても、体の外に押し出すようなことは出来なかった。

 

 

「疲れた……」

 

「結局出来なかったね。ほれ、レモンジュース」

 

「ああ、ありがとう……。甘いな」

 

「蜂蜜と砂糖入りだからね」

 

「それは世間一般にははちみつレモンと言わないか? なぜラベルにはレモンジュースとだけ……」

 

「それを言ったら、レモネードとも言えるんじゃない?」

 

 ……そうだな。

 

「さて、魔力制御の結果について言わせてもらうと、どうも魔力を放出するよりも内側で操る方が適正があるみたいなんだよね」

 

「属性の適正以外にそんなのがあるのか」

 

「あるんじゃない? あっちの世界と魔力の動き方違うから、知らないよ。……でもそれなら、あれから試した方が良いかもね」

 

「”あれ”?」

 

「強化魔法だよ」

 

 強化魔法……。

 

 内側で操る適正の方が高いからとケイは言ったが、なるほど確かに強化魔法が管轄の内にありそうだ。

 しかし攻撃出来ないような魔法だけじゃ、孤立した時に心細いのだが……。まあそれはいいか。

 

「強化魔法ってどんな物があるんだ?」

 

 ……とは言ってみたが、一応は強化魔法の事をある程度知っている。

 彼女の世界において、強化魔法の効果は4属性にそれぞれ対応するように種類がある。

 火属性は純粋な筋力強化、

 水属性は身体の治癒能力や免疫力の強化、

 雷属性はスタミナ強化、

 土属性は全体的な耐久力の強化と。

 

「一番人気なのは、雷属性の身体強化かな。主に持久力上昇の効果がある」

 

「効果は地味に聞こえるが、それが人気なんだな……」

 

 しかしこれは知らなかった。その辺りの設定は、まだ読んでいない所で言及されているのだろうか。

 それとも、書かれてはいないが設定として存在しているのだろうか。

 

「持久力ってのは鍛えるのに時間が掛かるの。魔法で手っ取り早く強化出来るんなら、手を出すのも当然の事でしょ? 水属性の方も似た感じ」

 

 育てづらいステータスを強化してくれると言い換えられる。確かに人気になり得るものだと納得する。

 

「ま、この魔法も習得する難易度が高いんだけどね。諦めて鍛えるのに集中する人もいるよ」

 

「だめじゃん」

 

 まあ、身体を鍛えて且つその魔法が使えるとなれば、特別大きな効果が得られるかもしれないが……。

 

「因みに興味本位で訊くが、光や闇の強化魔法ってあるのか?」

 

「当然。というか強化魔法って1属性につき1種類ってワケじゃないから、いくらでもあるよ。ただ方向性が属性別に似たりよったりってだけで」

 

「なるほど」

 

「それでまあ、光の強化魔法と言えば、自分だけ加速させるとか?」

 

 おお、それは自分以外の全てが遅く見えるというアレか。

 

「でもその分物理的な負荷が大きいからあんまり使わない。空気が重く感じるから好きじゃないんだよね」

 

「自分だけ加速するのはそんな感覚なのか。それで闇は?」

 

「本当に興味本位だね……。闇属性だと、自分自身の身体を拡張空間に隠したりとかだね」

 

「拡張空間? 亜空間とは違うのか」

 

「大雑把に言えば、箱の中に2つの空間を重ねるのが拡張空間。拡張空間は、世界の法則がそのまま適応されるから、気軽に入れるんだよね。でも亜空間だとそうも行かないから」

 

「へえ……、確かに『時』と『空間』だけあって、規格外だな。……あれ、この適性も性格で変わるようなもんなのか?」

 

「ううん。その2つは属性の理解がそのまま適正に代わるの。そして理解する為には研究、私のような先人が居るのなら学ばなければいけない」

 

「なるほど、そりゃ性格程度で上手く使えるようになるわけ無いか」

 

「ま、その時が来るのは当分先だけどね。早くて20年ぐらいかなー?」

 

 20年……。

 しかしそれぐらいの数字では驚かない。光や闇魔法という物は、物語が終盤になってようやく使える様になるというのがベターだ。

 ステータスも魔法知識も浅い俺に早くから出来るとは微塵も思っていない。

 

「……って違う違う、脱線してるって」

 

 脱線? ……ああ。

 話題を半端に中断されて不完全燃焼だが、そういえば確かに話がズレていた。俺たちは魔法を教わっているところだった。

 

「わかった、話を戻そう。俺が教わる強化魔法はなんだ?」

 

「そうだなあ……水……いや、最初は土にしよう」

 

 ふむ、土属性。効果は耐久力の強化か。

 

「つまりあれか。硬くなるのか、俺」

 

「だね。おめでとう、晴れて人形からストーンゴーレームになれるよ」

 

 そんなもん別になりたくないぞ。

 

「まあ見た目変わんないんだけどね」

 

 だろうな。

 一部を除いて見た目に影響が無いのは、あの本を通じて既に知っている。ビジュアルを気にする乙女には優しい仕様なのだ。

 

「で、どうすれば良い?」

 

「魔法を構築する際に必要なのは、結果とそれまでの過程を想像すること、そしてそれを効率化するための詠唱文。あ、あと勿論魔力も」

 

「大雑把だな……」

 

「イメージと言っても一筋縄じゃないよ? 物によっては計算が必要だし、高度になってくると頭で物事の演算が出来ないと上手く発動できないのもある。魔法の為に物理学や錬金術を習う人もザラに居るよ」

 

「そういうものなのか」

 

 聞いていると、難しそうに感じてきた……。

 しかし今からやるのは高度な魔法ではない。そこまで難易度は高くない……筈だ。

 

「詠唱文は……えーと、『魔力の成す形は、鋼の如き……―――』、あー、身体? 肌? ゴメンちょっと待って」

 

「おい」

 

「あーいや、うん。これは入門書の文そのままの引用だから、さ? 読んだのもう何十年前だから仕方ないでしょ。それに私の詠唱って殆ど省略してるし」

 

 まあ確かに、当分使っていない物を忘れるのは良くあることだが……。それでよく人に魔法教えようって気になったな。

 

「身体、だとうっかり余計な所を……いや、ソウヤの身体なら大丈夫か? ……よし、じゃあ『―――鋼の如き身体』が無難かな。後はこの詠唱文の通りに魔力を扱うだけだね」

 

「いや、その言い方されると不安になるんだが? うっかりやったら身体がどうなるんだよ?」

 

「大丈夫大丈夫! で、その詠唱なんだけど、言葉を発する方に集中してはいけないよ。あくまで主なのは思考による魔力の構築で、その補助が詠唱なの」

 

「心配だな……。失敗したらどうなるんだ?」

 

「どうもならないよ? で、つまりは詠唱を一文字も欠かさず覚える必要は無いの。ただ、イメージの基準として丁度良いってだけ」

 

「いや、でもさっき体をうっかりどうのって」

 

「だから大丈夫だって! 強化魔法は一歩間違えると弱化魔法に衣替えしちゃうけど、でもそれまでだから」

 

 むう……ま、まあ弱化ぐらいなら大丈夫か? リスポーンは出来るが、ダメージを受けてうっかり街へ戻るような事はしたくない。

 

「……信じるぞ」

 

「そんな決意を見せられても」

 

 だって、今から俺はこの世界のルールから逸脱するんぞ?

 ……人形姿になった時点でそうなっているかもしれないが。

 

 とにかく、やるか。

 

 

「……『魔力が成す形は』」

 

 魔力を制御下に置く。

 その存在は俺の意思に従い、しかし曖昧に動いている。

 

 魔力を全身に押し広げ、そして魔力を事象へと変換する。

 

「『鋼の如き身体』」

 

 

 ふと、ある迷いが頭をよぎる。

 

 こんな世界(VRMMO)で作られた身体で、異常な存在(ケイ)の力を扱えるのか?

 

 

 ……分からない。いや、分からないのなら試すべきだ。

 

 意識を魔力に戻す。既に全身へ送られた力に対し、俺は強く、そして具体的に念じる。

 硬く、強固な力を―――!

 

 

 ―――……。

 

 

 

 ……俺は、どうなった?

 

 

「うーん……失敗だね!」

 

「……失敗?」

 

 本当に失敗したのか、と自分の肌を突いたり抓んだりする。

 ……何時も通りの人形だった。

 

 そうか、失敗したか……。残念だ。

 

「まあ気にしないでよ。最初から出来るなんて思ってないし」

 

 確かに初回から完璧など求めるものではないが。

 しかし、この身体ではケイの魔法は扱えないと言う可能性が大きいように感じられて、どうも無力感が……。

 

「この世界の人間には出来ないんじゃないか?」

 

「バカもん。私が出来ると言ったら出来る。大魔法使いを甘く見るんじゃないの」

 

「ううむ……分かった」

 

 とりあえずはケイの言葉を信じるとしよう。

 

 

「じゃ、魔法実習はここまでとします! お疲れ様」

 

「お疲れ」

 

 地面に横になり、雑に置かれたポーチや防具の場所に向かってメモ帳を放る。

 

「本当に疲れた……」

 

「貧弱」

 

「否定しない」

 

 地面に横たわったまま伸びをする。裸だからか、妙な開放感がある。

 ……って、裸じゃねえか。

 

 ええと、ローブは……あった。

 

「なんだ、裸で寝ない方なんだね」

 

「一度は同じ部屋で寝ただろうに。もう服を着るのに慣れたから、人形姿に軽い抵抗があるんだよ」

 

 主に防御力的な面で。

 なんならあの防具を着たまま就寝したい所だ。

 

 ……そんな事をすれば、疲れが全く癒えないまま目が覚めそうだが。

 

 

「……明日だねえ」

 

「帝都に着いたらどうするんだ?」

 

「レイナや他の隣人達にお土産かな。でもあの子が目覚めるまで待たないといけないし、腐るものはダメそうだね」

 

「……そうだな」

 

 目覚めるまで……。

 現実の世界での朝を迎えるまで、この世界では一週間近く待たなければいけない。

 

 それに朝起きて直ぐにここへ来る事も無いだろう。人によっては、現実での夜でしか訪れることの出来ない者だっているのだから……。

 

「……プレイヤーってのも大変だね」

 

「そう思うのか?」

 

「そりゃあね」

 

 ケイが空を眺めて、呟くような声で言った。

 

「2つの世界を生きる、ね」

 




あんまり魔法の設定について掘り下げてもなあ……。
でもあんまり浅すぎても世界が曖昧になっちゃうからなあ……。

とりあえず、魔法の設定はこの物語の主軸に大きくは関わってこない、と一言だけ置いておきます。


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55-ウチのキャラクターと俺の帝都訪問

 翌朝。

 

「ケイ、荷物は纏めたか?」

 

「私物はあの車の中だよ。忘れるわけがないし……それに、ね?」

 

「まあな。一応聞いてみただけだ」

 

 ケイの魔法で色々と変形してしまった寝床を元の形に戻し、野営の道具も殆ど仕舞い込んだ。

 朝食の器は既に2つが空になり、もう1人の分だけがぽつりと残っている。

 

「……?」

 

「……ん、どうしたの、私の顔なんか見つめて。私の顔に食べかすでもあるの?」

 

「いや、別になにもないが……」

 

 そういうわけでは無くてだな。

 

「顔色悪いぞ」

 

「ああ……。まあ、久しぶりの硬い寝床だから、ちょっとね」

 

 ……まあ、そういう事にしておこう。

 彼女は女の子だから”そういう日”もあるのかもしれない。ゲームの世界にそんな事があるとは思えないが、彼女は例外だからな。

 

 荷物を纏めた俺達は、メチャちゃんくんが寝泊まりしている車に歩み寄る。

 相も変わらず車の上にはエミータが仁王立ちしている。

 

「おはよう、エミータ」

 

「お早うございます。ケイさん、ソウヤさん。現在時刻は5時54分32秒です。早起きですね」

 

「秒単位で伝える必要はあるの?」

 

「それではミリ秒単位に切り替えますか?」

 

「なんでそうなるのかな」

 

 予兆もなく愉快な話を生み出し始めた2人をよそに、車の窓を覗き込む。

 俺たちの雇い主は未だに夢の中のようだ。

 

「マスターは現在睡眠中。過去一週間の起床時間の平均値は8時5分21秒です」

 

「また秒単位」

 

「大分待たないといけないな……」

 

 ううむ、そうすると手持ち無沙汰だ。適当にゴロゴロして待つべきだろうか。

 

「……起床させますか?」

 

「ん、良いの? 一応は依頼主さんのペースに合わせようと思ってたんだけど」

 

「貴方達がマスターよりも先に起床した際、マスターを強制起床させる事を許可されています」

 

 それは都合が良い。それでは早速、取っておいた朝食を温め直すとしよう。

 

「あ、じゃあお願い。起きたらこっちに来てもらうように言ってね」

 

「……伝言、了解しました」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 見るからに眠そうな細目で、身体も焦点もふらふらとしているメチャちゃんくんを朝食と共に迎え入れた俺達は、彼に朝食を食べさせた。

 彼は朝に弱いらしい。スプーンを動かす手もぼんやりと器を叩いてる。

 

「半分夢の中?」

 

 隣でその様子を見ていたケイの言葉は、中々的を射ていた。この世界に生きている時点で半分夢の中に居るようなもんだ。

 

 そんな彼にコーヒーを飲ませた。意識が朦朧とした彼に飲ませるのはそれほど難しくなかったが、飲んだ途端に目が覚めて、舌の上を走る苦味にすぐ不機嫌になってしまった。

 ……美味しい食事を2口ほど食した所で、すっかり機嫌を良くしたが。

 

 

「あぐー、ご飯食べてすぐに運転だなんて、胃袋に悪いヨゥ……」

 

 その様なことが有りつつも、俺達は車に再度乗り込み、移動を再開した。

 

 車が土を散らしてタイヤ痕を残しつつ、今日も順調に目的地へ行く。

 

「このまま無休憩で走行した場合、到着予定時刻は」

「ああそういうの良いから」

 

 秒単位での報告をしてくるだろうと察したケイが、うんざりする前にその言葉を遮ってしまった。

 

「メチャくん、交代しなくていいの?」

 

「……そうしよっかナ。エミータ、操縦を交代しテ」

 

「正式なコマンドにて指示を行ってください」

 

「んー、あれ? おっかしいな、この辺りは更新して必要なくなったと思うんだけド……」

 

「……」

 

 エミータは何も答えない。機械には不具合がつきものなのだろうか。

 

「まいっか、『コマンド・ユーハブコントロール』」

 

「はい、『アイハブコントロール』」

 

 ……どっかで聞いたことがあるような言葉だな。

 メチャちゃんくんのコマンドに一度応答したエミータは、端末の蓋を開いてからそこに人差し指を挿した。

 

 後ろから見ていた俺は、一瞬だけ指先が変形したのを目撃した。

 

「初めてロボットらしい所を見たな。指が変形したぞ」

 

「キミにも出来るんじゃない?」

 

「何をぶっ飛んだことを言っているんだお前は……」

 

 人形の身体を改造するってのも、中々なロマンがあると一部の人は言いそうだが……少なくとも俺は反対である。

 

「何でだろう……。えっと、『コマンド・バージョンチェック』。口頭で」

 

「イエス。機体番号、BA-F004。ガーディアンヴァリアントVer 1.2。搭載モジュール、魔石推進装置―――」

 

 意味はなんとなく分かるようで、それでいて全く理解できない単語の羅列を並べだす。

 数分、いや十分はするだろうかという具合の長さだ。

 

「よくあんなん覚えてるよね……」

 

「覚えていると言うか……”記憶”だろうな」

 

「……同じじゃないの?」

 

 同じではない。人間の脳がするモノではなく、もっと電子的な、0と1で出来ているようなモノだ。

 人のように忘れたりすることは無いだろう。

 

「―――インストール済みAPI、銃火器操作API Ver 0.8.0、魔結晶駆動四輪車操縦API Ver 1.5.7、総合家事API Ver1.8.1」

 

「バージョンは1.5、コマンドを省略したのは1.4だったはずで……アレ?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、なんでもナイ……。うーん?」

 

 ハンドルを手放した彼は、代わりに不具合の原因について考え込んでいる。開発者としてはそこがどうしても気になるらしい。

 何処からか、何十世代も前の携帯といった印象の――ここの世界観においては十分オーバーテクノロジーなのだが――端末を取り出して、その画面に何かを表示させている。

 

「ほっとくか。俺たちが口を挟んでも混乱しかしなさそうだ」

 

「賛成」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 結構な時間を車の中で過ごし、俺はぼんやりとフロントガラスを眺めていた。

 

「これはっ―――砂漠か!」

 

「んぁ、何……?」

 

「起きたか、外を見てみろ!」

 

 ……なんて、眠気に揺れていたケイを叩き起こしてまで騒いだのも1時間と40分前。

 黄色あるいは黄土色の風景を見飽きた俺は、頭の中を無にしてぼんやりと眺めていた。

 

「砂漠っていうか、荒野だね」

 

 ケイの指摘さえ、空っぽの頭の中を通過していく。今の俺は立派な人形そのものである。

 

「雨はどれぐらい降るの?」

 

「あんまり降らないヨ。降ったら祭りが起きるんじゃないかナ」

 

「まあそんなもんだよね」

 

 風景の中、遠くの一箇所にぽつりとキャンプがあるのが見える。

 代わり映えしない黄色に飽きていた俺は、無意識にそこへ視線を向け……。

 

「……?」

 

 見張りでもしていたのだろうか、一人の男が、細長い杖のような物を持ってこっちを見ていた。

 その杖を、まるでライフルを持つときの様な構えで、こちらを……。

 

「ライフル?!」

 

 空っぽだった頭が活気を取り戻す。

 また銃だ。ますますこの世界が何か違うものになってしまっていると感じる。

 

「4時方向に人間を視認しました。銃火器で武装しており、服装にも昨日の昼に遭遇した敵との類似性が見られます」

 

「んー……エミータ、無視して。止まる必要はないヨ、ルート変更もナシ」

 

「了解です」

 

「万が一追ってきたら、ケイねえに手伝ってもらおっカ。良いよネ?」

 

「勿論。護衛なんだから」

 

 考えるまでもなくケイは頷いた。

 

 

 しかしその警戒は喜ばしくも無意味であった。何時まで立っても追ってくる者は見えてこない。

 ……代わりにまた別の武装集団が見つかるのだが、それらは同じく追ってくる事も攻撃する事もなかった。

 

「……一応訊くけど、ここらへんは元々こんなだったの?」

 

 ”こんな”というのは、今のように武装集団がそこかしこに点在する状況の事を指すのだろう。

 俺に言わせてもこれは少々多い。森で虫を見かけるぐらいの頻度で目撃するのだ。

 

「間違いなくこんなじゃなかったヨ。絶対戦争と関係してるよネ……」

 

 俺も同じ意見だ。

 あの戦争によって持ち込まれた銃が悪者の手に渡ったり、兵士が野生化して野盗となったのだろう。この時代において、敗北を喫した兵士はそうなると何処かで聞いたことがある。

 それにしては数が多いような気がするが。銃を持つ者が必要とする何かが、この地にある可能性が……ああ、そういう事か。

 

「銃の弾薬を作ってもらいに来たのかもしれない」

 

「弾薬……弓でいう矢と同じって認識で良いんだよね」

 

「ああ。この世界で高い技術力を持つのはドワーフだ。この辺りに行けば弾薬が得られると思われているのかもしれない」

 

 もしその技術が無くとも、実物を参考に複製する事は出来るだろう。

 材料の都合でそれすら出来ないとなっても、今度はその構造を参考に、似たような武器が造られるに違いない。

 

「だからこの辺りに集中してるのか」

 

 それにしたって、運営はこの世界をどうするつもりなのだろうという疑問が絶えず浮かんでくる。

 

「本当、一体どうなるんだか……」

 

 今まで何度繰り返したかも分からない運営に対する疑問を、今日も溜息を付きつつそのワケを考えている。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 荒野をしばらく走っていると、また周辺に変化が表れているのに気付く。

 不自然に木々が多く見られるようになって、黄色より緑色が目立ってくる。

 

 オアシスの周辺にて植物が元気に茂っているのか、と思ったのだが、メチャちゃんくんによるとそれは違うらしい。

 

「その理由には、ちょっとした歴史が関わってくるんだヨ」

 

 昔はそもそもこの周辺に荒野などが無く、森林に草原に川と、自然豊かな地形だったとのこと。

 しかしドワーフが大規模な土地の開発を進め、その結果環境が変化してしまったらしい。

 

 どうやら、環境破壊をするのは人間だけじゃなかったようだ。

 

「それで、数十年前ぐらいから対応策がとられるようになって、最近は結果が目に見えるようになったんダ」

 

 それがあの、黄色の中にぽつんと見える緑色というワケか。

 

「ほら、帝都が見えてきたヨ」

 

 

 サウス・テクニード帝都

 

 サウス国では主にドワーフ種が居住しているとされ、その技術力と生産力は他国と比べ物にならないというのが人々の認識だ。

 その技術とは、具体的に一体どのようなものか、実際に目にしなければわからないのだが……。

 

 都の姿が徐々に現れる。

 最初に見えたのは、上空を一筋に伸びる黒の、あるいは白の煙。

 

 そして煙突が、鉄が、建物が視界に映り……。

 

「スチームパンク……」

 

 その様子を当て嵌めるのに最適な単語を、ぽつりと呟いた。

 

「おお……!」

 

 なんというか、世界観が違う。

 あちこちから白や黒の煙が上がり、遠くからでもからくり混じりの建築物が目立つ。

 

「初めて来たんデショ? 驚いても仕方ないヨ!」

 

 スチームパンクどころか、サイバーパンクな技術を持つ彼が何か言っている。

 車やアンドロイドを一から作って見せてしまう彼が、「この街は古臭い」と言い放とうが、何処の誰もが反論を述べる事を諦めるだろう。

 

 しかし俺はそんな言葉を口にすることはない。興奮と感動の影響下にあるこの感情が、そのような事を言おうとすら思えなくするのだ。

 

 

 門の目の前まで車で走らせ、門番の姿が見える距離までやってくる。

 エンジン音が止み、停止するとメチャちゃんくんが窓を開けて、門番の男に手を振った。その男は驚いているのか、面白い顔で硬直している。

 

「やっほーイ! こんにちは!」

 

「て……鉄の唸り声?! ミッド国に行っていたと聞いていましたが、無事だったのですか!」

 

「うん、怪我もしてないヨ。ちょっとだけ大変だったけどネ」

 

 はて、この門番と彼は知り合いなのだろうか。それに名前ではなく、鉄の唸り声と呼ぶのは一体……。二つ名か何かか?

 

「話は聞いています。ミッド国では戦争やドラゴンの襲撃があったと……。さぞやお疲れだったでしょう、お通りください」

 

「その前に、人の護衛も連れてるから確認してくれル? ボクは密入国なんてさせたくないからネ」

 

「人の護衛が居たのですか? お手数ですが、確認を取らせてください」

 

「うん。後ろの方に座ってるヨ」

 

 俺達のことが話に上がったらしい、門番が後部座席の窓を覗き込む。

 こちらからも門番の顔が見えた。背の低い男が門番だったが、彼は言うまでもなくドワーフだろう。

 

「貴方達が護衛の2人ですね。ご苦労さまです」

 

「そっちもお疲れ様。依頼主さんとは知り合いなの?」

 

「おや、その声は女性の方でしたか。メチャちゃんさんはこの都では特に名声を持っておられますので……恥ずかしながら、私が一方的に知っている形です」

 

 名声を持つ……という事は、鉄の唸り声はという呼び方はやはり二つ名なのだろう。なかなか浪漫溢れるものだ。ケイも何処かで二つ名を得たりしていないだろうか。

 

「私はケイ。でこっちはソウヤ。呪いで声も姿も失った可哀想なヤツ」

 

 どうも。と会釈だけする。

 

「2人ですね。顔を見せて頂いても?」

 

「おっと、ごめんね」

 

 入国審査の一環だろう。特に反対する意味も無いし、頭部を露わにする。

 顔を理由に入国拒否でもされたら、残念だがここで引き返すとしよう。

 

 この真っ白な顔を門番の男が見るが、哀れなものを見るような目をするだけで、顔の事は気にしないでいてくれるらしい。何も言わずに何か小さな道具を取り出した。

 

「それでは証明書を」

 

「はいよ」

 

 俺の分も含め、ケイがそれらを渡す。国外に行くと分かっていたから、こういう物も用意していたのだ。

 

 門番が持っていた道具を証明書にかざして、何かを軽く確認するとすぐに返してきた。

 

「問題ありません。通っていいですよ。サウス・テクニード帝都へようこそ」

 

「……検問軽いね」

 

 まあゲームだからな、と俺は口にせぬまま心の中にて呟く。この辺りは現実寄りではないらしい。それならいっそノーパスで通らせても良いじゃないか、って話になるが。

 門番が軽く礼をし、彼が定位置に戻ると車がゆっくりと動き出す。

 

 

「どう? この都、凄いデショ」

 

「うん、すごいよ、かなり。見たこともないような物が沢山ある。この驚きをどう言い表わせばいいのか……。ほら、アレとか」

 

 ケイにそこまで言わせるのも無理はない。ケイの居た世界は蒸気機関車も存在しないようなファンタジー世界だったのだ。

 

 彼女が指差す先には、水蒸気に囲まれながら機械を操って何かを加工しているドワーフが居る。

 それだけでなく、窓で聞こえづらいが、如何にも”工業”という感じの騒音が絶えず車内に響いてくる。

 

 視線を何処かに移せば、また別のドワーフが作業しているのが見える。こっちは金槌で鉄板を叩いている。

 

「それに……これだけの技術が外に出てないのに驚きだよ」

 

「あはは、そうだネ」

 

 そう言われてみればそうだ。

 隣の国だと言うのに、技術力の差がありすぎる。ちょっとぐらいは似たような技術がミッド国の方で見つかっていたかもしれないが……、この街並みを見た限りではそんな物は見当たらない。

 文化がまるっきり違う。

 

「これはね、一定以上の水準の技術力を持つドワーフには、特殊な義務が発生するのが理由なんだヨ」

 

「義務?」

 

「無闇にその技術を広めない、ってネ。この法律が決まる前の昔、広めたドワーフが原因で大きな争いが起きたらしいんダ」

 

 なるほど、そこには歴史があるということか。

 図書館の中を探ればその辺りも詳しく知ることが出来そうだ。

 

「だから、普通の人はその基準の下に限って技術を高めてるノ。それだけでも装備は高品質な物が作れるし、建築だって正に貴族御用達の出来なんダ」

 

「へえ……詳しいんだね」

 

「これでも生まれと育ちはこの帝都だからネ」

 

 これだけ詳しく話してくれた事に驚きはしない。今更見た目と中身の矛盾を気にする意味はもうないだろう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「あれ、そう言えば俺達の依頼はもう終わってるよな?」

 

「あ、そういえば」

 

「ん、どーしたノ?」

 

 俺がとある事に思い出し、それにケイが反応する。

 ケイの声に、メチャちゃんくんが振り返る。

 

「急かすわけじゃないけど、これで依頼は終わりなんだよね?」

 

「……え」

 

 なにやら空気が澱んだ。

 何事かとメチャちゃんくんの方を見ると……、その目をうるうるとさせながらケイを見つめていた。

 

「……帰っちゃうノ?」

 

「いや、そんなワケないし! ちゃんとお姉ちゃんに挨拶していくから!」

 

「ヤッタ!」

 

 なに、ショタの上目遣いで動揺しているんだお前は。俺の知らない所でショタコンの気でも出来たか?

 

「あ……うう……」

 

 ケイもそれに気づいたのか、一瞬だけ俺を見て気不味そうに目を逸らす。

 

「……へっ。今の仕草、すごく乙女らしかったぞ」

 

「黙れ人形」

 

 うむ、今度はケイらしくなった。

 

 

 土や砂のダートコースだった外とは違い、しっかりと舗装された道路の上を車が走る。

 市街地ということもあってか速度は遅く、不安定な地形による振動も全く感じられない。

 

 外から聞こえてくる騒音を無視すれば、大分平和な道だった。

 

 スチームパンクの街並みをひとしきり楽しんだ所で、車が減速を始める。

 生産職トップクラスの人物だとはいえ……、彼の家は意外と庶民的だった。大豪邸に住んでいるワケじゃなかったらしい。

 

 様々な工具や機器が設置されている……作業場と言うべき部屋だろうか。車を停める為に空けられていたであろうスペースに、エミータは手慣れたハンドルさばきで。いやハンドルを握ってはいないが、すんなりと駐車した。

 

「……スチームパンクだ」

 

 スチームパンクという言葉が指す通り、水蒸気を主な動力としているのだろう。天井にはパイプが伸びており、機械に接続されている。場合によってはパイプの代わりに歯車が動力を通している所もある。

 スチームパンクに特別興味があったわけでもなく、その単語を知っていただけなのだが……中世の古めかしい感じとも、ファンタジーの不思議な感じとも違う、なんとも言い難い雰囲気が漂っている事に何故か感動している。

 そう、柄にもなくワクワクしているのだ。あの機械は触っても大丈夫だろうか、とあちこちに目線を飛ばすのも無理はない。

 

「ただいま!」

 

「お帰りなさい、メッチー」

 

「姉さま久しぶり~!」

 

 え、姉さま?

 

「……あっ! いや、ボクは別に姉さまなんて言ってないヨ!」

 

「うふふ、再会を喜んでいる時も罰ゲームを忘れないで居てくれるなんて、うれしいですわ」

 

「むぅー!」

 

 罰ゲーム……。

 と言うと、彼女が例のお姉さんという事か。

 

 質素ではないが豪華でもないドレスを着た、黒く長い髪が綺麗なエルフだ。落ち着いた雰囲気、言い換えれば大人気のある態度の女性である。

 

「えっと、始めまして。キミがメチャくんの……お姉さん?」

 

「ええ、その様子だとわたくしの事は既にご存知なのですね。弟が迷惑をかけてないと良いのですが……」

 

「いや、うん。あはは、別に何も無かったよ……」

 

 うむ、メチャちゃんくんは見た目に反して意外と落ち着いた所があるから、迷惑になるようなことは特にしなかった。よく出来た弟だと言うべきだろう。

 俺はキャンプでの件を頭から追い出して評価した。

 

「私の名前はケイ。こっちはソウヤ、呪いで姿と声を失ってる」

 

「あら、呪いですか? 苦労しているのですね」

 

「ずっと前からこんなもんだから、気にしなくていいよ。私だけは聞き取れるしね」

 

 ケイの言葉に乗じるように俺も頷く。

 

「そうですか……わかりました。わたくしはハルカと申しますわ」

 

「よろしくね。それでキミは……エルフ、なんだよね?」

 

「ええ、れっきとしたエルフですわ」

 

 ケイが戸惑い気味に発した疑問に、ハルカは当然かのように答えを返す。ハルカが耳を少しだけ掻き分けると、そこに尖った耳が見える。

 

 まあ、気持ちはわかる。ドワーフの弟に、エルフの姉。血の繋がりを全く感じない組み合わせである。

 完全に不可解な家族構成だというワケでも無いと思うが。

 

「ま、まあ探りは入れない事にするね」

 

「別に構わないのですけれど、まあ無理する必要もありませんわね」

 

 まあ、現実での姉だと言うことだろうし、こちらでの種族が違っても特におかしくはない。俺としては態々突っ込む意味はないと思う。

 

「さて、蒸気臭い場所で話すのもなんですし、こちらへ上がりませんか? 長旅で疲れていることでしょうし、お茶をご用意しますわ」

 

「お茶? それじゃあありがたく貰おうかな」

 

 おお、俺もお邪魔するとしよう。




スチームパンクな異世界転生、あんまり見ないな。


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56-ウチのキャラクターと俺の帝都観光

自然の環境や、自分の周辺が著しく変化するこの頃。
私も軽く体調を崩しております。ごほごほ。


 ドワーフエルフの弟姉に招かれて入ったのは、想定以上に真新しい印象の部屋だった。

 壁や床は木製だが、何かを塗っているのか表面が光沢を放っている。しかも作業場とは違ってパイプが露出している所は無いし、あっても最低限。

 

 窓からは時計塔がそびえ立っているのが見える。部屋に時計がなくとも時刻を知ることができそうだ。

 

 部屋の隅には、静かに佇んでいるメイド服の女性が2人。彼女らは恐らく、人間ではないのだろう。

 一切微動だにせず、目を閉じて棒立ちしている様はまるで人形だが、その正体は人形ではなくアンドロイドであると容易に予想できる。

 

「彼女たちは……」

 

「アンドロイドです。ここに待機しているのは全てBA-F型、ハウスキーパーヴァリアントです」

 

「初めまして。私はBA-F002、通称ベスです」

「初めまして。私はBA-F003、通称レクタです」

 

 エミータが、続いてアンドロイド姉妹がケイの疑問に答える。その内容は俺が予想した通りだった。

 

「……君と同じ?」

 

「大まかには同じです。……席はこちらです、どうぞ」

 

 見慣れない物が多い部屋を観察したくなるのを抑え、案内されるがままに椅子に腰を下ろす。

 

「紅茶が完成しました、これよりテーブル上に設置します」

 

 すると向こうの部屋からまたメイド服の女性が現れる。彼女もアンドロイドだろう。

 声の高さはエミータより高いが、調子は同じだからか、どこか同一人物がそこに2人居るような感覚を受ける。髪型、髪色は違うというのに……。

 

「紹介が遅れました。BA-F001、通称ランジェスです。ベス、レクタ、エミータの統括を担当しています」

 

「……メイド長みたいなもの? すると合計4人も、いや、もしかしたらそれ以上いるのかな」

 

「プロトタイプが別に居るけど、基本的に動かしてるのはこの4人だヨ」

 

「待機します」

 

「お勤めご苦労様ですわ」

 

「……」

 

 ハルカが微笑みかけるものの、アンドロイドは彼女を見つめ返すだけで、しばらくした後に待機中のアンドロイドの横に並んでしまった。

 

「さっき義務がどーのって言ってたけど、彼女達は……」

 

「うん、ボク以外の所には居ないヨ。ボクが広めずに保有してる技術は……まあ、沢山あるネ」

 

 数えるのも億劫なぐらい保有しているのか、わざわざ明かすものではないと判断したのか……。

 若干もやもやしつつ、貰った紅茶を飲む。邪魔だったので防具も一部だけ脱ぐ。

 

「あら」

 

 頭部だけであるが、人形姿のお披露目である。

 ハルカがちょっとだけ驚いて、しかしそれだけだった。

 

「……ハルカは、何も思わないの?」

 

「何のことでしょうか?」

 

「彼女たち……アンドロイドの事だよ。あんまり言葉には出来ないけど、その、なんとも思わないの?」

 

「……その言い草は、少々可哀想ですわ」

 

「キミはそう思うんだ」

 

 ケイはそれを悪いとも良いとも言わず、ただ一口だけ紅茶を飲み、言葉を続ける。

 

「2日間だけだけど、エミータの事を見てて不気味だな、って思った。彼女は命令に素直すぎるぐらい従うでしょ? まるでそれが人生のすべてであるかのように」

 

「ボクがそうあるように作ったからネ……。もしかして、そういうのはキライ?」

 

「別にキライではない。ただ……不思議で、恐ろしい」

 

 なんと。あの大魔法使いのケイに、まさか恐ろしいと言わせるとは。

 横で聞いていた俺は驚いたが、彼女がそういうのならばそうなのだろう、と思い直した。

 

「真っ当な手段以外で作れる人間だ。しかも人間以上の能力を持ち、成長する必要もない」

 

 それを作る当の本人は、何も言わない。むしろ彼女の言葉に耳を傾けているようだ。

 

「……作っている本人を前に言う事じゃ無いね。ごめん」

 

「ううん、別に良いヨ。こういう存在を認められない人がいるっていうのは、ボクは十分承知してる」

 

 メチャちゃんくんが、待機中のアンドロイドを一瞥する。

 呼吸、鼓動、雑念等によって少なくとも身体が完全に静止することは無いはずだが、彼女たちからは動きを一切感じない。

 理由は当然、それらの生命活動を彼女たちは必要としていないから。

 

「……質問して良いかな」

 

 誰に、とは口にするまでもなかった。

 相手が頷いたのを見て、ケイはその質問の内容を口にした。

 

「キミは、どうして"彼女たち"を作ったの?」

 

「……ボクは、作れるから作った。それだけの知識、技術があったから、アンドロイドを作るに至った」

 

「作れるから、作った……? ……それは」

 

「ケイ」

 

 ケイのメチャちゃんくんを見つめる目が、一際鋭くなった。

 これは不味いと直感した俺は、彼女の名を呼んだ。

 

「……何でもない。多分これは私の偏見と、それと……下らない勘違い」

 

「ううん、人が違う考え方を持つのは当然だヨ」

 

「そっか……理解してくれてありがとう。悪いけど、私は席を外すね」

 

「えっと、もしかしてボクのせい? だったらゴメン……」

 

「気にしないで。それと報酬はソウヤにでも渡しておいて」

 

 ケイは不機嫌なオーラを残しつつ、この場を離れてった。

 なんというか、らしく無い。日頃から見ている俺からしても、その不機嫌の理由に心当たりが無い。

 

『ケイを許してやってくれ』

 

「ううん、別に良いよ……。ボクが何か言ったのカモ……」

 

「メッチーは考えすぎなのですわ。ケイさんの事はソウヤさんに任せておけば良いのでしょう?」

 

『任せておけ』

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 こちらが筆談でしか会話できない故にか、ケイがなぜか機嫌を悪くしてしまった故にか、どっちにしろ会話の継続が困難になってきた所だったので、俺も部屋をお暇する事にした。

 

 報酬は既に貰っている。このお金でお土産を買うも、美味いものや面白いものを買い漁るのも良いだろう。幸いこの都には技術者がごまんと居る。満足出来るものが買えるかもしれない。

 

 だが今はそれよりも、ケイの事だ。

 レーダーを取り出して様子を見るが、ケイの反応は見えない。遠くに行ってしまったのかもしれない。

 

「ケイの奴……」

 

 この言葉に込められたのは、決して怒りや心配の念では無く、彼女に対する疑問でしかなかった。

 

 いくら親しい人間であろうと、あらゆる行動の意図を言い当てる事が出来ないのは既に承知している。

 けれど、も……。

 

「……」

 

 それは兎に角。彼女は何処に行った? 

 転移能力があるから、それを使われでもしたらもう分からない。敏腕探偵だって腕を組んで唸るだろう。

 

 仕方ない、軽くメールでも送るか。

 

 本当に軽く、何処にいるかという一言だけを書いたメールを自分宛に送る。

 どうしてかメールの欄が共有される俺たちだから、こうすればケイと連絡が取れる。

 

 適当な広場を見つけ、しばらく待ってるとピロピロンとという音が聞こえる。

 随分と早い返信だな……って。

 

『時計塔の上。こっちに来て見なよ』

 

「時計とっ……お前、いくら転移できるからってそこに行くか!?」

 

 それだけ高い建造物ならば、ここからでも見える。時計塔を見上げ、昼前あたりを指し示す針から少し目線をずらすと……ああ、本当に小さいが、人影かひとつだけ見える。

 

「……あのケイは」

 

 ああ、もう。……ケイの事だ、別に構わないか

 別に失望したワケではないが、諦めることにする。彼女が自ら面倒ごとを起こす事は……まあ無いはずだ。

 

 広場中央には噴水がある。

 蒸気と鉄の街並みとは少しだけ違い、木や低木が、花や草が広場の端に生えている。

 

「……鎧姿が鎮座するには不釣り合いだが、長旅の疲れを癒すのには丁度良いか」

 

 帝都の外はある程度草木が広がっているとはいえ、その更に外側の世界には、荒野とモンスターと危険な集団しかない。

 こういった環境で、植物の匂いを感じながら安心して休めるのは、この広場に訪れた者の特権だろう。

 

 俺は適当なベンチに腰を下ろし、足を休める。

 昨日から車に乗っていて、座ってばかりの2日だったが、それでも疲れというものは貯まるというものだ。

 

【ピロピロン】

 

 む……またケイからメールだ。何か言うことでもあるのだろうか、と思ってそれを開く。

 

『こっちに来る?』

 

 ……俺が時計塔の上に行けと? 

 それはつまり、高所が不慣れな俺に対する……いや、それはないか。

 

「あそこに行くったって、転移する以外に……」

 

『じゃあ私が連れてくよ。地上に降りるから、そっちから迎えに来てね』

 

 またピロピロンといった電子音が鳴り、メールがまたやってくる。

 じゃあ、って何だ。俺は何も言っていないぞ。それにメールはチャットみたいに連続して送信する様な者じゃない筈だ。

 

 その内容は俺の意見を聞くつもりの無いような物で、レーダーをまた手に取ってみれば、確かに反応が画面上に現れていた。

 

「……行ってみるか」

 

 別にあんな所に行くつもりは無いが、まあ会うだけ会ってやろう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「お、やっと来た」

 

「いきなり飛び出して、高いところに登って、今度は俺を誘拐するつもりか? 今回のお前はなんだか……変だぞ、特に。一体どうしたんだ?」

 

「ごめんって。別になんでも無いし」

 

 信じ難い……。人のやる事全てに理由がある、とまでは言わないが、ケイが無意味に何かやるとは思えない。

 

「まあ良いけどな。で、時計塔に登って行くんだって? 正直なところあんな高い所まで行くとか、不安でしか無いが」

 

「この大魔法使いが連れて行くの、なにも不安がる事ないって」

 

 そんなこと言われたって、高いものは……って俺の手を掴むな! どう考えたって握力強すぎるよお前! 

 

「ほら行くよ。『転移』!」

 

「おまっ……ぎゃあ?!」

 

 空気の感覚が一瞬で切り替わり、高所に吹く風が体を襲う。

 足場も平坦な場所ではなく、本来人が立つべきで無い三角屋根の上で立っている。

 

「な、な」

 

「ちょ、自分の力で立ちなさいって!」

 

 危うく足を踏み外しそうなところをケイに掴まれ、そして不自然に強烈な風が俺の体を持ち直させた。

 

「……キミ、高いところがそんな苦手だったの?」

 

 二度と落とすまいとしているのか、彼女の握力がより増したような気配がした。

 反して俺の足は、思うように力が入らない。

 

「苦手に……決まってる! ここから飛び降りるだけで数十秒間の重力ツアーだぞ!」

 

「ちょっと何言ってんのかわかんない」

 

「チクショウ!」

 

 と色々騒ぎ立てるが、彼女のお陰でバランスを崩すことはなく、この場で立っている。

 6割ほどケイの力で立っているようなものだ……。

 

「あの戦争の時は平気だったじゃん。どうして今更」

 

「あの時は緊急事態だったろう!」

 

 ああいや、でもその時のことを思い出すと少しはマシになるかもしれない。

 鳥の上にシートベルトも無しに乗るなんて自殺行為、もう二度としたく無い。上空の風に加え、機動によるGも身体を揺さぶりに来るのだ。

 

「……はあっ」

 

 しばらく深呼吸すると、だいぶ落ち着いてきた。

 あの鳥の上と比べれば、これぐらい何ともないのだ。……ケイの力抜きでは立てないが。

 

「落ち着いた?」

 

「大分……」

 

「そう。ほら、見てよこの眺め」

 

 街を見下ろすと、からくりと鉄の街が、白と黒の煙が所々に、そして遠くには縁化された大地があった。

 忙しなく回っている文明と、平和な時を過ごす自然の対比が、そこに見えた。

 

「いやあ。王都にゃここまで高い建物なんて王城くらいしかなかったからね。この時計塔を見つけた瞬間、ピンと来ちゃったよ。……絶対良い眺めだって」

 

「……お前なら石の鳥でいつでも飛べるだろう」

 

「それとは話が別だよ。アレ見られたら絶対大騒ぎになるし」

 

 そりゃそうか……。

 

「分かりきった事だが、こんな文化を持つ国なんか見た事ないんだよな。ケイは」

 

「見た事ないよ。どこの国にもこんな技術は無かった。こっちの世界で言うドワーフは、ツルハシかハンマーを握ってるような連中だよ。でもここは……」

 

 ケイが眼下に広がる街を見つめて、感心するように言う。

 

「ツルハシやハンマーで到底出来るようなもんじゃない。そりゃ戦争で破壊された街を数日で元通りに出来るだろうね」

 

「そういえばそんな事もあったな……」

 

「まだ数日しかしてないのに懐かしむ事じゃないでしょ」

 

 そりゃまあ。

 

 

「で……」

 

「うん? 自分から口を開くぐらいには落ち着いたみたいだね」

 

「そこまで落ち着いてはいないが……。さっきはどうしたんだ?」

 

「さっきって……ああ」

 

 ケイが取り乱すのはそれなりにレア……でも無いが、俺の持つ印象からすれば珍しいものだ。

 だからって、珍しいからと言う理由で追求するつもりはない。回答を避けるなら、俺はこの事を一切口にしないつもりだ。

 

「嫌なら──」

「ねえソウヤ、キミが見たアンドロイドは、何人?」

 

 質問には質問、とな。

 彼女への答えによっては、俺からあの問いに対する答えは得られないだろう。

 

「護衛の1人と、家事の3人だ。それ以外には見ていないぞ」

 

「そっか」

 

 ……心理テストか何かか? 

 だがケイにはそのつもりは無さそうだ。ついでに、俺の問いに応える事に関しても。

 

「まあいいけどな、俺に話したいと思ったらいつでも話してくれ」

 

「……ううむ。いっつも思うけど、キミって親みたいな態度とりたがるよね。特に私に対して」

 

 生みの親のつもりだからな。

 

「まいいか、降りよう」

 

「賛成だ」

 

 俺はノータイムで頷いた。

 いち早く地上に戻りたい。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 さて……。

 

「観光しよう」

 

 先程貰った報酬が入った財布を持ち上げる。中々重みがあって、この中に詰められた金銭の多さを体感する。

 

 これならば、多少節約しても満足できるぐらいには楽しめるだろう。

 

「切り替え早いね、キミ」

 

「地上こそが俺の……いや、俺たちが生きる場所だ」

 

「へー」

 

 ケイは興味なさげに返事した。そんな態度されると俺でも落ち込むぞ。

 

 むう、と一度だけ顔をしかめるが、すぐに元の調子に戻る。

 文明都市での観光ともなれば、絶対面白いものが手に入るだろう。

 

「ケイも行くぞ。買い食いはお前の得意分野だろう?」

 

「なにその、私は食べ物に目がないみたいな言い方」

 

「いきなり高度大体300メートルに連れてきた仕返しだ。……それじゃあ店を物色しに行くか」

 

 土産になりそうなもの、あるいは役立ちそうな物を探す。

 特殊な効果を持つアイテムを見つけたら、その珍しさに思わず買う……ような事はせず、十分考えてから手に取るようにしよう。

 

 

「これは」

 

「む、早速何か見つけたか。これは……、腕時計?」

 

 ある店に足を止めたケイは、少しばかり大柄な腕時計を見つめた。懐中時計を一回り小さくしたものを、腕に巻きつけられるようにしたと言った方が、見た目の説明としては的確だろう。

 

「やあお客さん。腕時計に興味があるんですかい?」

 

「え? ……いや」

 

「ありゃ、そりゃー残念だな。時計は得意分野なんですがね。特にコレは自信作でね」

 

 店の中から出てきたドワーフは、これらの製作者なのだろう。残念そうにしながら、自慢する様に他の時計も見せてきた。

 

「一応他のも見てみますかい? もしかしたら興味を引くものが見つかるかもしれませんぞ」

 

 ニカっと笑って、案内するように店の中に入っていく。

 ケイはとりあえずといった感じで付いていった。

 

「時計だらけだ……」

 

 ケイの言葉を復唱するようでアレだが、けど本当に時計だらけだ。

 可愛らしい飾り付けに凝った物から、模様が多少掘られただけの無骨な時計もある。

 大きさも、腕時計のように個人が持ち歩くものから部屋の一角に置くようなものまで。

 ここまで来ると、時計が得意というより、むしろ専門なのではないかと思えてしまう。

 

「時計とは関係ない他の品は、こっちに纏めてますぞ」

 

 ドワーフが……いや、種族名で呼ぶのはよそう。

 店主が何やら箱を持ち上げると、カウンターにどしんと置いてから蓋を開いた。

 ……あらゆる物が乱雑に入れられている。宝箱の中身を金から鉄に置き換えてみました、と言われても納得するであろう具合だ。

 

「これは……」

 

「バタフライナイフという奴ですな。簡単な構造で、使うときはこうして、使わない時はこうして刃を仕舞えるのですぞ」

 

「……へえ、普段から懐に忍ばせるにはちょうど良いね。けどこれ、研ぎが甘い」

 

 ちょっ。製作者を前にそんな事言うか? 

 俺は思わず店主の顔色を観察する。

 

「ははっ。こっちは研ぎ方を知らんもんでなあ、知り合いの武器屋なら紹介するけど、どうするんです?」

 

「いや、自分で研げるよ」

 

「おお、それは流石ですな」

 

 か……寛容だな。

 人知れず安堵した俺は、軽く箱の中身を観察してみた。

 

 ゼンマイの付いたオモチャ、カラクリ混じりの日用品、よく分からない物。

 なるほど、まさにその他大勢って感じの品揃えだ。

 

 ……む、何だこれは? 

 

「そっちのお客さんは何か見つけましたかいな?」

 

「……犬?」

 

「おおっ、こりゃ懐かしい! 昔、エルフの知り合いと一緒に作った物じゃあないか!」

 

 本人でさえ盛り上がる程の懐かしさなのか……。

 しかし、エルフとの合作とな。

 

「エルフと? へえ」

 

「ええ、ソイツからの頼み事で、あの時は確か……音の出るカラクリを作ってくれって言われたんです」

 

「……それがこの犬? オルゴールとかでも無く?」

 

「それが違うんですねぇ。最初はオイラもそんなもんを作るのかと思ったけど、話を聞いてみれば全く違って……。試しにその尻尾を引っ張ってみてくださいよ」

 

 ふむ、こうか? 

 尻尾を言われた通りに、丁寧に引っ張る。歯車がキリキリと噛む音が少しだけ聞こえて、そしてそれが止んだ後……、

 

【ワンッ】

 

「?!」

「おお」

 

 犬の声がそのまま聞こえてきた。

 成る程、オルゴールどころか、どの様な楽器を用いても出来ないような音だ。いや、この場合は音ではなく鳴き声と言うべきだろう。

 

 現実ではスピーカーと録音機器とその他電子機器があれば出来る様なものだが、この世界には無いものだから、不可能に近い。

 

 だが、確かに中から犬の鳴き声が聞こえた。

 俺はもう一度尻尾を引っ張る。さっきと同じ様に犬の鳴き声がまた聞こえる。流石に何パターンも用意してはいない様だ。

 

「ケイ。そっちの世界でも見たことがあるか?」

 

「見たことがない……」

 

「そうでしょうなあ。試しにそっちも試してみては?」

 

 ケイが俺から犬の置物を受け取ると、さっき俺がやった様に弄り始める。

 

「……」

 

「こいつは2度も作れるか分からんもんでね。実は魔法が組まれてるんですよ、お陰で仕組みの事は半分も分からんもんで」

 

「……これ、買える?」

 

 ……ほう、興味津々だな。

 ケイの意外な面を見れた気がする。彼女もこういうオモチャに興味があるのだろう。

 

「どうだろうねえ……。こちらとしちゃあ、この置物は今後作れそうにないから売る気になれねえっていうか……」

 

「箱の中にごっちゃにしといて?」

 

「へへ、そこを突かれちゃ何も言えねえや。すっかり存在を忘れてたもんですんで。……ちょっと良いですかい?」

 

「ん、まあ」

 

 ケイは少しだけ残念そうにするが、素直に置物を手渡す。

 店主は細工品にでも触れる様に、慎重に受け取った。

 ……耐久性にでも難があるのだろうか。それならば言ってくれればいいのに。

 

 そう思うと、店主の様子がどこか妙である様に見えてきた。

 

「……数ヶ月前、ですかねえ」

 

「数ヶ月前?」

 

「ええ。そん時ぐらいに、エルフのアイツが、珍しい魔結晶が取れる場所を見つけたって言うんで、そのままここを出ちまったんだよ。全く慌ただしい奴だったよ」

 

「……ああ。その言い方は、つまりそういう事?」

 

「おう、お客さんは察しが早いようで。あのエルフはそれっきり音沙汰無しさ」

 

 なんと……。

 つまりこの犬の置物は、恐らく故人のエルフとこのドワーフが作ったということになる。

 成る程、売り物にするともなれば、難色を示すのも仕方ない。

 

「すまんな。こりゃ半分知り合いの遺品みたいなもんだ、やすやすと売る気はねえさ。……だがお客さんもコイツが欲しかったんでしょう? 代わりにどれか一個だけ、タダで貰って行っても構わんですぞ」

 

「そっか……分かった。じゃあこのナイフだけ貰うよ」

 

「ありゃ、そいつが良いんですかい? 他にも良いもんはあると思うんですがね」

 

「いいよ、私はこのナイフで」

 

 ケイがバタフライナイフを懐にしまってしまう。これ以外に選択肢はない、とでもいう様な態度だ。

 

「気を遣ってるってんなら、気にしなくて良いんですがね。まいいさ、約束通り……ゴホンっ。ソイツはタダでくれてやるよ! ……ってね」

 

「……? ま、まあありがたく貰っておくよ」

 

 物を売る人間として一度は言ってみたい台詞っぽい物を口にした店主に対し、ピンと来ない反応を返す。

 これでは店主がかわいそうだ。

 

「へへへ。この台詞言ってみたかったんだ。そいじゃ、そのナイフを大事に使うようこちらからお願いしますぜ」

 

 店主は俺の心配を裏切る気なのだろうかと思える程の態度で、笑って俺たちを送り出す。

 時計に囲まれた部屋を出て、再びこの文明の街並みへと戻ってきた。

 

 

 しかし、なんというか……。

 

「……地雷踏んだな」

 

「いやアレは仕方ないって。誰が予想できたの?」

 

「神か2週目のケイぐらいだな」

 

「いや、この世界は1週目だし。無茶言わないでよ」

 

 それもそうか。俺は軽く笑って、そして歩き出す。

 初っ端から重い店に当たったが、他にも興味深い店は幾らでもある。これで観光を終わりにするには勿体無い。

 

「行くぞ。次は地雷の無さそうな店である事を祈ろう」

 

「私はどっちかと言うと無神論者なんだけどね」

 

 ケイが肩をすくめてそう言って、それから俺の後ろをついて行った。

 

 さて、次はどの店に寄ろうか。




不穏な空気はあれど、平和は平和である。

・追記
アンドロイド4姉妹全員の名付けをしましたのだわ。
分かる人には分かる命名なのですわ。


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57-ウチのキャラクターと俺の仲直り?

「意外と食い物が無いな。残念だったな?」

 

「私は別に残念がってないんだけど」

 

 ある程度都を見て回り、結構な量の荷物が溜まってきた所だ。要所要所で四次元ポケットに収納しているが、また袋で両手が塞がってしまった。

 食い物はあるにはあるのだが、元いた王国でも見られるような物ばかりだったから、ちょっと試しただけで後は無視した。

 

「代わりに酒は沢山揃ってたね。現地で作られてる様な物はなかったけど」

 

「どうしてだろうな?。ドワーフは酒を好むと言うのに」

 

「作ってる間、ガマンできないのかもね」

 

 ビール、ワイン、日本酒、ウォッカ。俺の知る酒とは大まかにこの4種類だが、このドワーフの国ではビールが特に多く流通しており、次にウォッカが来ている。

 だからってワインや日本酒は無いわけじゃないが。

 

 ……因みに、本来の製法以外に錬金術でも作れてしまうらしい。

 錬金術は一体何を目指しているのだ。

 

「酒、そういえばこの世界に来てから飲んでないかも」

 

「酒場に行く機会が少ないからな」

 

「うん」

 

 とは言ったが、俺の知る範囲では彼女が酒を飲む頻度なんてのがそもそも少ない。

 

 書いていた当時の作者、つまり過去の俺が、酒がどういうものか知らなかったから。という可能性もあるが。

 

「……ケイ?」

 

 そう考えていると、俺より前を歩いていた筈のケイを、いつの間にか追い抜いてしまった。

 一体どうしたのだろう、俺は後ろを振り向いた。

 

「……これは」

 

 ケイは、偶然そこにあった露店に足を止めている。

 

「どうした」

 

 そこまで気を引かせる品物でも並べられているのだろうか。俺は彼女のそばに歩み寄って、その品揃えを眺めた。

 

 なるほど。

 ささやかな驚きで以って、ケイが足を止めた訳を理解した。

 

「銃……」

 

「お、プレイヤーの冒険者さん? 銃を知ってるって事はそういう事でしょう?!」

 

「ちょ、ちょ。そんな詰め寄んないで」

 

 銃を並べた露店に居座っていたのは、身長が低いくせに妙に年齢を感じさせる女性のドワーフだ。

 恐らく、言動から察せられる様にこの女性はプレイヤーである。

 

「おっとっと、ごめんなさいね。ついつい盛り上がっちゃって」

 

「ちょっと怖い……。それより、これはどうやって」

 

「それがねえ! これがなんと、じ・さ・く!」

 

「だから怖いって。声大きいし顔怖いし」

 

 なんと……。あのケイが女性のドワーフを恐れるとは。思わぬ弱点だ。愛用のメモ帳にでも書き記しておこう。

 

 と、それは冗談として。

 この銃は、今まさにニカニカと笑いを飛ばしている女性ドワーフが作り出したのだろう。

 前に懸念していた事が、すでに為されていた。

 

「どうやって作ったの?」

 

「そらもう! 手に入ったものを分解して1つ1つ複製してね……」

 

「……なるほど」

 

 まあそういう作り方になるだろう。

 設計図もナシに現物が手に入ったのならば、複製する手段というのもそれに限られる。……と言うのは、素人の意見だが。

 

「やっぱりオリジナルには劣るけど、1つどうだい? 皆どうせオモチャだと言って相手してくんないもんでね」

 

 オモチャ呼ばわりだと?

 彼女の言う通りなら、確かに性能は多少落ちているだろう。だが銃という武器を持つだけでも結構変わるはずだ。

 

「性能は?」

 

「土台に固定しての射撃で、精度は30メートルで……まあ酷くて数センチってところかね。普段は数ミリかそれらさ。威力は、まあ鉄板を1枚貫くぐらいとしか分からんね」

 

「鉄板一枚、か」

 

 実際の銃の性能に関してはよく知らないが、鉄板を2枚ぐらい貫けないのだろうか。それとも俺の想像する鉄板がただ薄いだけか。

 俺は並べられた品物を観察する。職人の眼を持たぬ俺には、どれも何の変哲のない銃にしか見えない。

 

「うーん……」

 

「因みにんだけど、例の襲撃で流れ込んできた銃を買うとしたら、結構()()()わよ?」

 

「かかるって、どれぐらい?」

 

「私の今までの稼ぎの殆どが消えるぐらいさ」

 

 それは……、ぼそぼそと弁当売りをしていた俺達には手が届きそうもない……。

 依頼の報酬を合わせても、恐らく無理だ。

 

 ここに並べられた品々と一緒に添えられた値札がある。

 少し重い出費になり、今後の事を一切考えないのなら二人分買えそうだ。

 

「向こうの方が性能や技術が上だとは言え、同じ攻撃手段を持てるのは安心できるよな」

 

 扱うのに特殊な訓練が必要でない武器の場合、未経験のまま使うのと経験者が使うのとでの差がある程度縮まってくる。

 勿論銃の扱いには慣れた方が、もっと言えば訓練をしておいた方が無難だが、けれど俺のような素人が使ってもある程度の戦力は期待できるだろう。

 

「ソウヤ、弓と銃を比べ……るまでもないよね」

 

「言うまでもなく銃のほうが強いが、弓矢もコストの面では利点がある。矢は再利用出来る上に比較的安価だが、銃の弾は使い捨てだし高い。その上、この場合は供給元も限られる」

 

「ふむ……。因みに弾は一発幾ら?」

 

「まだまだ生産の効率化は出来てないもんでねえ、全部手作りさ。一発200Yぐらいになっちまうけど」

 

 1発でそんなに……。

 ここで売られている銃はリボルバーだが、その外観を軽く見た所6発の弾が込められそうだった。

 だから、最大まで装填した物を撃ち切ってしまうと、それはつまり、1200Yを敵あるいはそれ以外の何処かへと叩きつけるというわけである。

 

「安物の矢を何十本も買える……」

 

 そして、一応は弓矢を得物にしている身。つい矢の値段と比べてしまった。

 

 コストと、有事に期待する戦力。その天秤は、どちらを重く見るかで傾きが付いてしまう。

 この資金でポーションを買えば、銃の代わりに弓矢を使うことになるが、何度も体勢を立て直す事ができる。勿論この資金には、ポーションの他にも用途がある。

 逆に銃と弾をセットで買い、更に今後も使い続けるとなると継続的なコストが発生して……。これの対策は弓矢と併用する事だが、幸いにも銃は懐に入るサイズだから携帯の邪魔には―――

 

 

「……本体を1つ。それと弾を10、いや20個。それと、少しで良いからまけ」

 

「―――え」

 

「おほっ、豪快に行ったねえ! その気概や気に入った、2割引いてやるわよ!」

 

「ええ!?」

 

 一度目は、俺が思考している最中にケイが決断してしまったことに。二度目は、ケイの決断に対して有無を言わさず2割も値引いてしまったことに驚きの声を上げる。

 

「ま、まだ何も言ってないんだけど」

 

 と言いつつも、財布をもぞもぞと弄っているのは流石というべきか。しかし交渉を始めようとするや否や、ドンと2割引きである。

 これには、スーパーでシールを黙々と貼る店員も、口を空けて呆けること間違いなしだ。

 

「はい、ちょうど。えっと……、ありがとう?」

 

「気にすんなってぇっ。私としちゃ、出来上がったもんをさっさと試して貰いたいんですわ! ……だから、後で感想言ってくれな。待ってるから」

 

「感想……分かった。また会いに行くよ。感想を伝えるのは彼だけどね」

 

 取引が完了した……と言うには形式張った言い方だが、それを済ませると、ケイが購入したものをそのまま俺に渡してきた。

 銃1つと、その弾丸が20発。その重さに少し力んだが、落とすような事無くポーチに入れた。

 

 思わず受け取ってしまったが、ケイは俺が持つべきと判断したのだろうか。

 

「なぜ俺に?」

 

「キミは弱いんだから、強い武器を持っているべき。私は何時でもキミを守れるというわけじゃないんだ」

 

「む、むう。そうか……」

 

 弱いと言われた上に、女性に「キミを守る」と言わせる俺は一体どういう立場なのだろう。

 いや、分かっていたし自覚も十分しているとはいえ、不意にそういうことを言われると落ち込んでしまう。

 

 この人形には、職業や種族によるステータスやスキルの成長ボーナスが無い。

 何をするにも成長が遅いし、そもそも元がステータスゼロスキルゼロ。正に無い無い尽くしの俺がそこからのし上がるには時間がかかる。

 

 時間をかけた結果成長したのが『料理』と『弓』ぐらいで、関連ステータスも一応上がっているとは言え他は殆ど放置……。一般プレイヤーが相応の職業で冒険を始めた時点で、既に俺のステータスは追い越されているだろう

 俺は更に落ち込んだ。

 

「出来の悪い人形劇みたいにの垂れてるけど、大丈夫?」

 

「たった今大丈夫じゃなくなった」

 

 まあ、今までも何度もぶつかって、そして騙し騙しやっていた事だ。

 諦めて、時間がかけろ。という俺の結論がとっくに出ている。

 

 

 

 あるいはもし、どの様な手段も厭わないのであれば……──

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 その後、広場に戻った俺達は、ベンチに座って溜まった疲れを癒やしていた。

 

「疲れた……。たった一日だというのに、色々浪費したもんだな」

 

「新しい場所で新しい物を見つけてばっかりだったんだ。そうもなるよ。帰りも誰かの護衛で路銀を稼げればいいけど、この時期に態々王国に行く人なんていないからねぇ……」

 

 それは確かにそうだな……。

 復興の影響で大工の需要が上がって、沢山の人がやってきた時期とは違うのだ。

 その需要が落ち着いたというのに、色々と騒がしい王都に留まる必要があるだろうか。つまりはそういう事だ。

 

「ドラゴンの素材が王都で出回ってるっていう噂はあるんだけどね」

 

「まあ、デマだよな」

 

「デマと言うか、勘違いというか」

 

 恐らくだが、それはケイの噂から派生してできた様な物だろう。

 王都の中心で出現したドラゴンを、何処かの銀髪の少女が転移の魔法を駆使して首を刈り取った。

 ここら辺ではそう噂されていた。

 

 これには若干の誤解がある。

 討伐は出来ていないと言うか、最終的に厄災竜は少女の姿に戻ったため、ドロップアイテムが出ることはなかった。

 出たとしても、その所有権はケイにあるだろうし……。

 

「お前の手元にもしドラゴンの素材があるとしたら、どうするんだ?」

 

「売り払う。それを素材になにか作るとしても、今の私たちには素材を加工してもらう金がないでしょ」

 

 運命と言うモノが別の可能性を選んでいたなら、街はドラゴンの競りで大騒ぎだったろう。あるいは市場でぽつんと並べられていたかもしれない。

 

「……別の理由は?」

 

「目立つでしょ」

 

「目立つか?」

 

 この世界でウロコ模様の防具やらを着込んでも、見る人が関心するだけで留まると思うが。

 

「だが」

 

「あ、そうだ。そういえば結局土産を買ってないや」

 

 むむ、話の流れをすり替えられた……。まあ、別に良いけどな。

 

 さっきまで色々買ってきたが、確かに土産にするものは買ってなかった。大体がこちらで使おうと考えて買った物である。

 贈り相手はレイナあたりを想定しているが、彼女が宿の部屋住んでいる以上、形に残るものは限りある空間の一部を専有してしまう。食べ物類や消耗品、あるいは小さいものが良いと思うが。

 

「何を買うか、考えてるか?」

 

「何も思い浮かばない……」

 

 そうか。ケイはこのあたり鈍いからな。

 頭を抱えて唸るケイを見て、俺もまあ一応と考えてみるが、ピンと来るものは何もない。……もしや、俺もこのあたり鈍いのかもしれない。

 俺は目を閉じて唸った。

 

「ううむ」

「うーん?」

 

 

「……なぜケイさんとソウヤさんは、腕を抱えて悩んでいるんですの?」

 

 いや、どうしても土産に良さそうなものが思いつかなくてな。

 

 出来の悪いエンジンの如き唸りを上げるのをやめ、声の主の方へ向いた。

 不意に介入してきた3人目は、俺達を不思議そうな目で見るエルフ、ハルカだった。

 

「いつの間に」

 

「うふふ、さっきぶりですわね。一緒にお買い物だなんて、仲がよろしいようで」

 

 ハルカの頭の中での俺達は、恐らく凄まじく見当違いな物となっているだろう。微笑ましいとでも言いたげな表情でこちらを見てくる。

 俺達はげんなりとした。弟にも似た様な事を言われた気がする。

 

 ところで、なぜハルカはここに居るのだろう。疑問の対象である彼女は俺たちと同じベンチに腰を下ろし、小さなバッグを地面に下ろした。

 何かの買い物に行く最中か、あるいは俺達に直接会いに来たのだろうか。

 

「キミは何をしてるの? 買い出し?」

 

「いいえ。家事は全てメイドさん達が済ませてしまうのです。私に出来ることは殆ど無いのですわ」

 

 メイドさんとはアンドロイドの事だろうか。まあ、外であの単語を安々と口にしていたら問題が起きそうだ。俺たちもこうして言い換えるべきだろう。

 

 しかしアンドロイドが家事を担当してくれるとなれば、この姉弟はなにか別のことに専念できるだろう。メチャちゃんくんは機械いじりを、ハルカは……何をやるんだ?

 そう言えば、俺達は彼女の職業を知らない。恐らく生産職なのだろうが。

 

『ハルカはプレイヤーなのだろう。ここで何か生産とかしているのか?』

 

「特に何もしてないですわ」

 

 ……うん? 何もしていない?

 

「趣味として折り紙とゲームは()()()でもやっているのですが、他はめっきりですわね」

 

「あー……。つまり、無職さん?」

 

「あら、中々心に来ることを言いますのね。でも否定はしませんわ」

 

 はあ、珍しいプレイヤーも居るものだ。と自分のことを棚に上げつつ思う。

 

 戦闘職としてでも生産職としてではなく、この世界でただ趣味に励むプレイヤー。

 確かにこの世界では現実と比べ時間の進みが遅く、時間をかけて何かをやりたい者にはうってつけだろう。

 

「メッチーから聞きましたわ。ソウヤさんの呪いに関しての事です」

 

 ああ、確かにこの身体と声の事は、真実をある誤魔化しつつも話した覚えがある。

 それが一体どうしたのだろう。

 

「実は、フェニックスの血というアイテムを持っているのです。どうにか解呪にお役立ち―――」

「待って待って待って」

 

「……どうしたのですか?」

 

 バッグから煌めく朱色の液体が入った瓶を取り出すのを、ケイが慌てて止めに入る。

 

「いや、どうしたっていうか、え、なんでフェックスの血が、え」

 

「落ち着け、ケイ」

 

 慌て過ぎだ……。たかがフェニックスの血だろう。ケイだって何度かこの名を耳にした筈だ。確かに珍しいが、いい加減慣れてもいい頃だ。

 ……しかし、このアイテムは意外と流通しているのだろうか? 結構な貴重品のはずだが、目にする機会が結構多い……。

 

「一部はメッチーが王都に行って売り払ってしまったのですが、念の為ということで残りがこちらに残されたのです」

 

「……なるほど」

 

 一瞬、レイナが市場でこのアイテムを発見したという話を思い出したが、そんな奇跡的な偶然なんて無いだろうと思い首を横に振る。

 

『フェニックスの血を使った解呪ポーションは既に試した。残念だが無意味だ』

 

「あら、そうなのですか? それは……残念ですわ」

 

『気持ちは受け取る。ありがとう』

 

 

「……ていうか」

 

 どうしたのだろう。落ち着きを取り戻したケイが口を開く。

 

「どんな経緯でそんなもん手に入れたのさ。秘密って言うならそれでいいんだけどさ」

 

「特に秘密でもないですわよ。メッチーがフェニックスの討伐に成功して、その素材が有り余っているというだけですもの」

 

「討伐……」

 

「確か、運良く番いごと倒したらしいですわね」

 

「つがっ」

 

 おお、それは凄い。ケイもさぞ関心するだろうと思っていたら、彼女はショックで凍結していた。

 またか。

 

 俺としては、まああり得ない話では無さそうだなと思っているのだが。おかげで、討伐に関してはただ「やはり凄いな」と尊敬の意を示すのみだ。

 ……だって、アンドロイドを作るメチャちゃんくんだぞ? 作り出したアンドロイドを用いた物量作戦、あるいは技術力の暴力を以て勝利したのだろうと想像できる。

 まあ、フェニックスやアンドロイドの実際の強さを知りはしないのだが。

 

『メチャちゃんくんの力か』

 

「ふふ、そうですわね。力と言うより、技術力と行った方が近いでしょうけれど」

 

 技術力の暴力。

 それを想像した俺は、銃声の鳴り響くドラゴン討伐戦の光景を目に浮かび、どうしてかそれっぽいなどと思ってしまった。

 

 ……いや、これアレだ。

 ゴヂラだ。

 

「メッチーは頭の回転が早い割に自分で何かするには力不足ですから。……ふふ」

 

 ハルカが堪える様な、堪えきれていない様な笑いを零して、俺はどこが可笑しいのかと首をかしげる。

 

「すいません。あの時の顔を思い出してしまって……」

 

 思い出す?

 

「彼、何連敗もすると、不服な顔を見せてくれるのです。アクションゲームではメッチーは不利ですから。……懐かしいですわね」

 

 ……?

 ハルカが懐かしげに微笑むその表情を見て、俺は違和感を抱いた。

 

「まあ、違うジャンルになると逆転するのですけれど。例えばパズルとか、戦略ゲームとか」

 

 ……いや、気のせいだろう。

 

『こっちでもそういうのを遊べるのか?』

 

「流石に出来ないですわ。精々ボードゲームで対戦するぐらいでしょうか」

 

「あー、チェスとか?」

 

「あら、懐かしいです。10連敗して2時間撫でられの刑に処されたのを覚えていますわ」

 

 一体どんな罰ゲームをやってるんだよ……。

 

「何その罰ゲーム……。キミたちは普段どんな罰ゲームやってるの?」

 

「私が勝った時はほっぺフニフニの刑と、髪梳かしの刑、イジワルな時は雑用をさせた事がありましたわね」

 

軽い……というか、普通に頼めばやってくれそうなものばかりである。

 

「逆にメッチーが勝った時は、撫でられたり、抱きしめられたり……ふふふっ」

 

「え、シスコン?」

 

 しかも当の姉さんは寸とも嫌がっていない様子だ。

 シスコンという言葉をケイが知っていたことにも驚きだが……、ケイのことは別として、問題はメチャちゃんくんがどういうつもりでそんな指示をしたかという事だ。

 

「……そういえばキミ、メチャくんに姉さまって呼ばせてたよね」

 

「ええ。あれは……」

 

「姉さまぁっ!」

 

 話をすれば……と言うにも余りに丁度良さすぎるタイミングで、その声は聞こえた。

 メチャちゃんくんだ、何やら穏やかではなさそうな様子である。

 

「あらあら、見つかってしまいましたわ」

 

「居なくなったと思ったらどこに行ってたノ?!」

 

「広場ですわ」

 

「そういう事じゃないノ!身体が自由に動かせるからって勝手に行かないデ!」

 

 不機嫌なメチャちゃんくんに対し、笑顔を保ちながら言葉を受け流す。

 まるで子供の癇癪を見守る母の様だ。

 

「何でボクに何も言わなかったノ?! 心配したんだヨ!」

 

「ちょっとした用事ですから、ついつい勝手に出ちゃったのですわ。本当ですよ?」

 

「ウソつき!」

 

「ふふふ」

 

「……あー、2人とも?」

 

 口論や喧嘩と言うには、両者の温度差が余りにも開きすぎている。

 その様子を見かねてか、この流れを止めようとケイが前に一歩出る。

 

「喧嘩するのは構わないけど、家でやってくんないかなあ」

 

 ケイに忠告に、メチャちゃんくんは初めて周囲の目に気づいた。

 

「……ぷいっ」

 

「機嫌を直してくださいな。家に帰ったら何かカードゲームでも遊びましょう。何がいいですか?」

 

「……遊戯帝王」

 

「そうなると、デッキの準備をしなかきゃいけないですわね」

 

「ん……」

 

 この姉弟、上下関係は姉の方が上なのだろうか。傍目にはそう見えるだけで、実は弟の方が上なのだろうか。

 俺は訝しんだ。

 

「そういう事ですから、私たちはここで帰らせて頂きますわ。それでは」

 

「あ、ちょっと待って」

 

 姉弟が揃って帰ろうとしたところで、ケイがそれを呼び止める。

 

「キミのカバン、地面に置きっ放しだったよ」

 

「あら、ありがとうございます」

 

「……それと」

 

 はて、ケイには何か用事がある様で、ハルカのことをじっと見つめている。

 

「さっきは、ごめん」

 

「まだ気にしていらしたのですね。私たちは気にしていませんし、あっても既に許しています」

 

「……それで怒るほど器は小さくないヨ」

 

「うん、そう言ってくれると嬉しい。……握手、良いかな?」

 

「勿論です」

 

 ハルカが微笑んで頷くと、ケイがそっと手を差し出す。それに応えて、相手もそれを握る。

 手を上下に振る。ケイはハルカの顔をじっと見つめ、ハルカも穏やかな表情でそれを受け止める。

 

 次にメチャちゃんくんとも握手をする。彼の機嫌がああだから、少し軽めだが。

 

「……それじゃあ、縁があればまた」

 

「ええ、技術の国、サウス・テクニードを楽しんでくださいね」

 

「そのつもりだよ」

 

 こうして、仲良く円満な人間関係が築き上げられ、そして別れた。

 ケイの友人が増えた様で何よりだ。俺も誇らしい気分である。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ところで……。

 

「ケイ、どうしてそんな顔をしてるんだ?」

 

「……いや、別に」

 

 むむむ、何か隠しているな。

 秘密を暴かんとばかりに、俺の意識は尋問モードに切り替わる。

 

「また隠し事か、ケイ」

 

「私が隠してるワケじゃないよ? キミが知るべきことではないってこと」

 

 なんだそれ。国の秘密を握っているエージェントみたいなセリフを吐きよってからに。

 そういう事なら追求しないが。

 

「……そうだな。じゃあ何も言わん」

 

「え? お、おー……。いつもみたいに問い詰めないの?」

 

「言いたくないのと、知るべきじゃないってのは違うだろ」

 

「な、キミって奴は……。しぶといなって思ったら、今度はあっさりと引くなんて」

 

 なんか不満を言われている様だが、俺は単に、自分の判断に忠実に従っているだけである。

 

「ただ、なんか拍子で俺も知ってしまったら、その時はその時で諦めてくれ」

 

「出来れば、耳を切ってでも聞いて欲しくないんだけど」

 

 そこまで言うか。

 俺の耳を犠牲にするほどの秘密とは一体なんなのだろう。俺はブルリと震え上がった。

 

「国家機密レベルの秘密を持っているに違いない。ああ怖い怖い」

 

 俺は瞼もない目を細めて、ベンチの上で欠伸をする。

 すぐ横で、下らないものを笑う、愉快そうな声が聞こえた。




伏線を張っては張り、そして偶に拾い。
……フラグ、伏線の管理はしっかりしましょう。
投稿期間が長くなるほど、細々とした伏線は直ぐに記憶から消えてしまいます。


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58-ウチのキャラクターと俺の森林浴

 時計塔がオレンジ色の光に照らされ、今の時間がどうであるかを、規則的に回る針以外の手段で示していた。

 

 すっかり日も暮れてしまい、高い建築物ばかりで傾いた光は地面に届かない。

 代わりと点々と付き始めた明かりが、太陽の代わりに地上を照らしていた。

 

 街灯が道に沿って立てられていたのは見えていたが、実際にその役割を果たす様子を見るのは初めてだった。

 

「……」

 

 ケイは、窓からぼんやりと外を眺めている。

 この方角からでは赤く滲んだ時計塔は見えないが、人々の様子を伺う分には問題ではなかった。

 

「夜、街の様子を見て回りたいもんだね」

 

「観光か?」

 

「うん、いくら巡っても好奇心が尽きないぐらいだよ」

 

 まあまあな宿屋を訪れ、その一室を今日の寝床として借りたのだが、ケイはこの部屋でゆっくりするだけでは満足できない様だ。

 寛ぐには十分なベッドが2つもあるのだが。

 

「そうだな、俺も興味津々といったところだ」

 

 ケイの肩越しに窓を覗き込むと、何かしらの労働を終えたのであろうドワーフ達が、陽気に笑いながら話をしていた。歩きながら酒を飲んでいるドワーフも居た。

 

「キミはどこに行ってみたい?」

 

「……何とも言えないな。強いて言えば、面白いところだな」

 

「それじゃあ、また時計塔の上に行ってみようか。きっと綺麗な街並みを見下ろせるよ」

 

「やめてくれ」

 

 直ぐにケイから離れた。もう二度とあんな所に行くものか。

 

「へっ、女々しい男」

 

「お前が言うな!」

 

「へへへ」

 

 このケイの暴れん坊っぷりはどうにかならないのだろうか。この俺があの本を書き換えてやれば、どうにでも出来るかもしれない。

 …………悪ふざけでもやろうとは思えないが。

 

 

「それじゃあ、私は外行くよ」

 

「なんか気になる場所でもあるのか。もしかしたら、観光以外の目的じゃないか?」

 

「む、どうしてそう思うの?」

 

 どうして……って。

 

「腹は減ってない筈なのに、何処かに行こうとするからな」

 

「キミの中での私ってそこまで食い物に拘るヤツなの?」

 

「暇あらば何か買って帰ってくるからな」

 

 一時期、三食それぞれの後に必ずお菓子を買ってきていた記憶がある。

 

「……この世界の食べ物、私からしたら珍しいんだよ」

 

 確かにポテトチップスや菓子パン類はケイの世界には無い。

 だとしてもそこまで買ってくるか、とは思っているのだが。机の上に出来た菓子の山を思い出す。

 

「とにかく、私は行くから」

 

「まあ待て、俺も行く」

 

「はいはい。ちゃんと身支度はしといてね、ローブか鎧かは任せるけど」

 

「……鎧で行こう」

 

 外していた防具をまた装備し直す。ケイも鎧の姿で行くようだ。

 また鎧の鏡合わせコンビか、と内心で軽く笑う。

 

「それで、結局何処に行く予定なんだ?」

 

「んー」

 

 ケイは何かを悩んでいるのか、少しだけ顎に手を当て思考するが、直ぐに結論が付いたのかその手をこちらに差し出してくる。

 

 転移するのか、と理解した俺は無言でその手を握る。

 

「『転移』」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「……で、ここは?」

 

「森の中だよ?」

 

「それは分かっている。街の観光だと思ってたんだがな」

 

 様々な道具が入ったポーチを持ってきて正解だった。

 ここは見た所森、何の変哲もないただの森。わざわざここに来るのだから、本当に何もない、というワケでは無いと思うのだが。

 するとケイが歩き出す。それを見て俺は慌てて追いかける。

 

「別にここが何かあるってワケじゃ無いんだけど……。まあ、もしかしたら”彼ら”と関係がある……かも? って所」

 

 彼ら、と言うと……。

 

「移動中に見かけた、あの銃の集団か」

 

「そ。奴ら、どんな手段で入ってきてもおかしくないから」

 

「そうか?」

 

「ん。だからちょっとした見回り。軽く一周かな」

 

 この帝都には、都と森を隔てるように高い壁が築かれている。一周するにも時間も体力も要る。俺は一瞬だけ帰ろうかと思ってしまった。

 それに、想定している敵が侵入するには門を突破するか、魔法か何かで……ああ。

 

「そういえば、奴らは魔法の弾を打ち上げる兵器を使っていたな」

 

 すると……今まで彼らは銃だけが取り柄だと思っていたが、魔法が全く使えないわけではないのだ。

 もしかしたら、現実世界での常識を持った俺には想像もできない方法があるのかもしれない。

 

「うーん、戦争の跡をもう少し調べれば良かったかなー。物を知らないってのは面倒だ。……あ、でも今頃は砲台の残骸も死体も、跡形も無く回収されてるだろうし……。しかも、ここじゃ死体は残らないんじゃん」

 

 うげー、とケイが頭を抱える。ケイは意外と計画性が無いらしい。

 俺は後ろからその姿を眺める。

 

「情報ならアレがあったよな」

 

「”クエスト”の事? あれに書かれてた奴ならとっくに読んでるよ。もし鵜呑みにするなら、彼らは別の大陸からやって来たって事になるね」

 

 ほう、システム機能を使いこなしているようで何よりだ。

 

「それでも分からないことは多いんだけどね。だから今回は、適当に森を散歩する程度だよ。奴らの痕跡を見つければラッキーって程度に思っておこう」

 

 ふうん。

 つまりケイは、銃の集団が帝都に入り込むのを防ぎたいが、そこまで苦労するしてやろうとは思っていないらしい。

 俺達がやったのと同じ方法では、奴らが入国することは出来ない。だからこうして、奴らの行動を絞り込もうとしているのだろう。

 

「しかし痕跡を見つけるって、どうやって? 魔力を持たない奴相手じゃ、探れるのは地面か木ぐらいだろう。それに普通の冒険者が残した物だという可能性だって十分にある」

 

「なんかそれっぽいのがあるんじゃない?」

 

 それっぽいのって、かなり適当だな……。

 

「まあ良いじゃん。たまには蒸気と煙が混ざってない空気が吸いたいでしょ」

 

「別にあれが嫌なわけじゃ……まあ、どっちかというとこっちの方が息が楽で良いが」

 

「でしょう? 目的の物が見つからなくてもよし、気軽に森林浴しましょうよ」

 

 ……まあ、良いか。

 彼女の言う通り、奴らの痕跡探しはついでとでも思っておこう。とりあえずモンスター相手に軽く警戒はしておいて、奴らの事を重く捉えることはせず、軽い気持ちで歩く。

 

 

「あ、薬草」

 

 静かな風を感じ、それに揺れる枝や葉を眺めつつ歩いていると、ケイが何かを見つけて屈む。

 

 そう言えばケイは、レイナと何度か採集の手伝いをしていたんだったか。それなら役立つ植物なんぞ嫌でも覚えるだろうな。

 

「っと、『植物採集』技能のレベルアップ……。これ鬱陶しいな」

 

「レベルアップの通知か。確かオプションで無効に出来なかったか?」

 

「出来るの? 教えてよ」

 

「まずメニューを開いて、右端の……そう、それだ」

 

「ん、通知設定ってある。これ?」

 

「そう」

 

 ケイも慣れたもんだ。後は俺の指示を待たずに設定を完了してしまった。

 特に難しい操作方法ってワケじゃないし、ちょっと時間があれば慣れるもんだが。

 

「そういえば、ケイのステータスは今どうなってるんだ?」

 

「見たいの? そんな大したものじゃないと思うけど」

 

 思えば俺は、今までケイのステータスを最初の一回以降全く目にしていない。

 ケイ自身はステータスやスキル等に興味を持っていないらしく、ケイがその画面を開いている所を盗み見する機会さえなかったのだ。

 

「ほら」

 

「お……うわ、普通」

 

 ドラゴンの事もあってか、随分とレベルアップしている……が、ケイの実力に見合った数字とは思えない。肉体能力のステータスは仕方ないとして、魔法に関わるステータスがちょっと優秀なぐらいなのは如何なものか。

 技能スキルに関してもそうだ。『詠唱』スキルは勿論、『魔道具』や『剣』の技能レベルまでもが最大値を誇っていても可笑しくないというのに、以前見た時より5,6程値が増えているだけだ。

 職業による成長ボーナスの恩恵が受けられないスキルに関しては、それ以下の値でとどまっている。

 

 ……俺が過大評価しているだけという可能性は、まあ、あるかもしれない。

 

「立派な魔法剣士だが……ケイに見合った数字とは思えないな」

 

「まあ私って異世界人だし、当然じゃない?」

 

 それは……いや、確かにそうかもしれないな。

 ああ、そういえば。

 

「この数字が大きくなれば身体能力に補正が掛かると思うんだが、どうだ?」

 

「あ、そうなの? 知らなかった」

 

「……実感は無いみたいだな」

 

 ふむ、彼女にはステータスの影響がないのか。

 それともステータスの影響が本当に微々たるもので、自覚するには小さすぎるか……。でも、これぐらい成長していたら、微々たる数字とは思えない。前者で考えるほうが妥当か。

 

 

「っと、何かあるね、ここ」

 

 何か……? かなり漠然とした表現だ。もしかして敵だろうかと、弓を構えて警戒する。

 ……そんな事をしても、戦いに関しては俺の力なんて微々たるものだろうが。

 

「これは……あ、そうだ。どうせだしソウヤに任せちゃおう。最近キミの活躍、あんまり見てないしさ」

 

「俺が? いや、ケイ。せめて”何か”とは具体的に言ってくれないか」

 

「そこを把握する所から練習、って所で」

 

 なんだそれは……。

 

「……」

 

 俺が不満を目線で送ってみるも、ケイは何も言わずに見返してくる。

 はぁ。仕方ない、俺の成長のためだと思って、頑張ってみるか。

 

 弓周囲を注意深く観察して、周辺の状況を探る。

 見た所、ケイは”その場所”を教えてくれるような事もしそうにないから、ここからは完全に俺の仕事になる。

 

「そうだ、私のプレゼントのことも忘れないでよ」

 

 勿論だ。近距離戦になるのなら、短剣での格闘も視野に入れるつもりだ。俺としては遠距離攻撃のできる間合いが最善だが。

 

「……」

 

 さて、とりあえず何かしようと思ったのだが、どうすれば良いのか全く分からない。

 少しだけケイの様子を伺うが、彼女は俺を見返すだけで、特にヒントを教えてはくれない。

 

「不親切だな……」

 

「にしー」

 

 なんだその笑いは。

 緊張感がどうも感じられない現状に、思い切って肩の力を抜いてしまう。

 

 ……歩き回るか。

 

 矢をつがえた弓を軽く引きつつ、気配を自分なりに探りながら歩く。

 俺に狩人の真似事だなんて、随分な無茶だと自分でも思うのだが。

 

「後で狩人の心得なんかも教えてくれよ」

 

「それ私に頼むこと? どっちかと言うと私は騎士なんだけど」

 

 静かに言葉を交わしつつ、観察を続ける。

 何かそれらしい物を見つけ、そっと近寄り、何もないのを確認して、がっくりとしつつもまた周囲を探る。

 

 それを何回か繰り返し、いよいよウンザリしてきた頃か。

 言葉にし難い感覚が、変化を掴み取る。

 

 奇妙にも、その感覚を”何かに似ている”という事に気付く。これは……、

 

「……魔力?」

 

「お」

 

 そうだ。これは確か、昨晩のケイが教えてくれた感覚……。

 

『技能スキル「魔力感知」を習得しました』

 

 ……その通知が入ったってことは、本当に魔力だった様だ。ケイの代わりに答え合わせをしてくれたシステムさんに、心ばかりの感謝をする。

 しかも幸運なことに、スキルを習得したのを境にして、補助が働いているのか魔力の感覚がほんの少しだけが明晰になった気がする。

 

 この感覚を逃さないように意識し続け、そしてゆらゆらと歩き回る。

 場所によって気配の強弱が違うようだ。それをある程度把握すると、気配がより強く感じられる方向にゆっくりと進む。

 勿論警戒は怠らない。敵が居ないとも限らない。

 

 ……暗くなってきたな。

 

「なあ、これで途中点って事で答えを教えてくれないか?」

 

「それじゃあ練習にならないでしょ。でも魔力に気づいたところにはマルをあげよう」

 

 なんだそのセンセイ面は。昨日の魔法講義の続きでもしようというのか。

 

 このまま魔力の気配が強まる方向に向かっていると、木々の密度が薄れていくのに気付く。いつの間にか沈んだ太陽の代わりに、帝都から壁越しに漏れる光が、この場所をほんの僅かに照らしていた。

 足元の凹凸を目で把握するには暗いのだが。

 

「ここに何かありそうだな」

 

「どこに何があるんだい?」

 

 ケイはまだ惚けている……。そろそろ教えてくれたって良いじゃないだろうか。

 一応、周囲にモンスターらしき気配が無いか確認しておく。持ち前の感覚では5m先のモンスターだって見逃しそうなものだが。

 魔法ランタンを取り出して、灯りを付ける。

 

「これで……見つけた。この穴がお前の言ってたヤツか」

 

「うん、おめでとう。百点満点」

 

「甘々だな」

 

 とりあえずケイを満足させられたようで良かった。俺は穴の中へ落ちないようにしつつ、その奥を覗き込む。

 大きさ2メートル程度の木の枠が、穴に土が崩れ落ちるのを防いでいるように見える。

 ランタンを掲げて穴を照らす。角度が急な階段が、光の届かない暗闇へと続いている。

 

「ダンジョン……か?」

 

「どっかの人が掘ったのかな。多分ダンジョンでは無さそう」

 

「そうか、入って探検でもするか?」

 

「うーん……入り口の近くだけね」

 

 ああ、許可出すのな。てっきり保留にするとでも思ったのだが、あの集団と関係のある場所という可能性もある。

 ……なんて、疑い始めたらキリがないか。

 

 ランタンをケイに渡し、彼女が先に階段を降りる。光源が穴の中へと入り込んだことで、より奥の空間の輪郭がハッキリ見えるようになる。

 俺もその後をそっとついていく。

 

「整備されてるね。それもこまめな掃除まで……昔の物が放棄されているわけじゃ無さそうだ」

 

「誰かの住処か?」

 

「どうだろう」

 

 地面に敷き詰められた磨かれた石を踏み進んでいくと、この世界には見合わない雰囲気を感じさせる扉が見えてきた。

 

「これは……」

 

 引き込み式の鉄の扉には取っ手も何もなく、代わりに横には数字のパネルがあった。

 見るからに、パスワードを入力すれば開きそうな扉だ。

 

 現代的で、世界観にそぐわない。俺はあの小さなドワーフのことを思い出した……。

 

「……戻ろう。これは奴らとの関係性が無さそうだ」

 

 一目見ただけで分かる。ケイが懸念している事には一切の関係はない。

 そう俺は意見して、階段を登ろうとして……、肩を掴まれた

 

「『転移』」

 

「っておい!」

 

 ケイが突然魔法を発動する。肩を掴まれた事で一緒に転移してしまった。

 視界が切り替わって、扉の向こう側に連れて行かれたのだと悟る。ああ、コレでは不法侵入ではないか。

 しかも、ここの所有者は恐らく知り合い。もし鉢合わせたらどうするつもりなのか

 

「……なんか不都合なことがあったら直ぐに出る。良いな?」

 

「はいはいはい」

 

「聞いてないなお前」

 

 ああ。分かった、見つかったら彼女に全ての責任を押し付けるとしよう。そう決意すると、俺は周囲を観察する。

 ここは研究室なのだろうか、と予想を付けるには十分な道具や設備、そしてファイルに纏められた紙をあちこちで見られる。

 モチロン、その雰囲気は先程まで堪能していたスチームパンクの世界観とは異なる。

 確かホログラムと呼ばれるものだったか。宙に何か画面が投影されているのを見つける。

 

 うむ、アンドロイドがそこに佇んでいても違和感がない……。

 

「……って、本当に動いてるアンドロイドに遭遇したらどうしよう」

 

 少しでも気配を感じたら、お得意の転移で俺達を逃して欲しい。

 数日の旅を共にした依頼主さんを裏切りたくはない。とっくに裏切っているが、気づかれるまでがギリギリグレーゾーンである。

 ……メチャちゃんくんが俺達の行動に怒る様子は想像できないが、それはそれだ。

 

「ケイ」

 

「ん、何?」

 

「何かの気配を感じたら、絶対に逃げるぞ」

 

「そうだね」

 

 なんて事だ、聞いちゃいない。

 俺は溜息をついて、諦める。せめて変なことをしないよう、ケイの様子を見ておこう。

 

 

 改めて彼女の様子に注意を向けてみると、好奇心によってあれやこれやを見て回っているわけじゃなく、何かを探して回っているようだった。

 一度も訪れていない場所だ。ここになにか落とし物をしたワケではない筈だが。

 

「……あっちか」

 

「あ、待て」

 

 なにかに目星を付けたのか、彼女は突然目的を持ったかの様に、迷わず別の扉を開いて行ってしまった。

 

「……一体何なんだ」

 

 彼女を追いかけて、開きっぱなしの扉を覗き込む。さっきの部屋とは違い、ここは倉庫になっているようだ。

 ふと、何故家から遠い場所にこの様な施設を設けたのかが気になった。車があるとはいえ、あの森の中を突っ切れるとは思えない。

 

「多分、ここに……」

 

「というか、何を探してるんだよ」

 

 しかし俺の問いに答えもせず、更に倉庫の奥の方へと突き進む。

 何がケイをそこまで惹きつけるのか見当もつかない。

 

 ダンボールが作られていないこの世界、木箱という時代相応のモノが積まれているが、その中身はサイバーパンクという、近代的どころか未来的なものばかりだ。

 ホコリを被った木箱をそっと開いてみると、中には基板やチップらしきものが入っていた。

 

「これを作る素材なんて、この世界にあるのか……?」

 

 詳しく知るわけじゃないが、少なくともプラスチックは作れないはずだ。あれは石油が原料だが、この世界で石油が出回っているとは聞いたことがない。

 俺はそっと木箱の蓋を閉じた。

 

「こっちは……うわ?!」

 

 手に引っかかった細く長い何かに驚き、思わず手を振り払った。

 今のは……髪? 

 

「どうしたの?」

 

「い、いや……」

 

 よく見ると、箱の隙間から黒く長い髪の毛が垂れている。これに俺の手が触れたのだろう。

 

「……カツラが入ってたみたいだ」

 

「カツラ? なんでここに?」

 

 俺が知るワケないだろう。

 

「それは兎に角、そっちの探し物はどうだ?」

 

「え? うーん……あ、あった!」

 

 手に残る微妙に気色悪い感触に気を落としていると、彼女が突然歓声に近い声を張り上げる。

 

「って、何これ?!」

 

「勝手に盛り上がって急に驚くな。今度は一体なんなんだ?」

 

 ようやく探しものが見つかったみたいだが、様子が変だ。俺はケイの横まで来て、彼女が見つけたものを俺も目にする。

 

 なんと、ケイが見つけたのは心臓であった。しかも不思議なことに、宿るべき身体が無いままに、未だその鼓動を続けている。

 ややグロテスクなのだが、それ以上の不思議を目にして感心してしまった。

 

「すごい。不死の心臓だよ、……いや、不死鳥の、って言うべきか」

 

 フェニックスの素材、なのだろう。メチャちゃんくんの所有物だ、ケイが盗むようなら俺は一声上げるつもりだが。

 

「一体何の魔力かと思ったら、これが源だったんだね」

 

「何を探しているのかと思ったら、魔力の源が目的だったんだな」

 

「うん。只ものじゃないと思って、確認しておこうと。……あ、もしかしてここってメチャくんの倉庫? フェニックスの部位を保管してるってことは、そうでしょ」

 

 は、何を今更? 俺はてっきり、気付いていた上で家宅捜索していたと思っていたのだが。

 

「ちょっと、”何を今更”みたいな目で見ないでよ。仕方ないって」

 

 まあ、別にいいのだが。……ケイも意外と鈍い。いや、現代人としての文化を持ち合わせて居ないのなら、多少は仕方ないかもしれえないが。

 

「うう……でも、流石にちょっと不味いことしたかも……」

 

「見知らぬ人相手ならまだしも、な。さて、用事も済んだだろう、転移で戻るぞ」

 

「わかった。バレない内にさっさと───」

 

【ピピッ】

 

「!」

 

 その音を認識した直後、俺達はすぐに身をかがめて近くの木箱の影へと息を潜める。

 

 何時もシステムの恩恵を授かっているプレイヤーにとっては、とっくに聞き慣れた電子音。

 しかしそれは耳元に直接鳴らず、部屋を軽く反響しつつ耳元に届いてくる。つまり、それはシステムによる通知などではなかった。

 

 電子音の後に、恐らく扉の駆動音と、誰かの足音が続けて聞こえてくる。

 不味い、人だ。

 

 俺達は口を閉じ、一切物音を立てないようにする。

 咄嗟の事だったから、ケイは別の場所に隠れてここからは見えない。

 

 

「……あら?」

 

 この声は……。

 

「扉、開けっ放しにしてたかしら。私ったらうっかりしてたわ」

 

 間違いない、ハルカだ。

 この施設の所有者であろうメチャちゃんくんの関係者だ。ここにやって来ることに疑問を抱くことはなかった。

 

 しかし、やってしまった。倉庫の扉を開きっぱなしにしていた。

 足音が近づく。彼女はこの部屋に入るつもりだ。

 

「えーっと、確かここに……」

 

 彼女もまた捜し物という用事がある様だ。倉庫の扉が閉まって、足音が更に近づく。

 幸いこの場所には物が多く置かれていて、通り道となりえる所が複雑になっている。俺達がいるところに来るなんて、そうそうあるわけ────

 

「こっちかしら?」

 

「……!」

 

 こっち来た。何故だ。

 

 コンクリートと靴が鳴らす音が、近づいてくる。

 数メートルもしない距離に、彼女が近づいてくる。

 

 なんなのだ、俺がやっているゲームはMMORPGであってホラーゲームではないのに、今にも見つかってしまいそうなこの状況に、俺は恐怖している。

 

 ほら、今まさに彼女は眼の前を通り過ぎようと───

 

 

 ───え?

 

 今、なにか……見えたような……。

 

 

「と、ここにありましたのね。これを交換して……よし、元通りですわ! さ、早く帰らないとメッチーにまた怒られてしまいます!」

 

 

 …………。

 

 頭が思考と思考で、たった2つの線が複雑に絡まってしまったような。まるでお互い矛盾した事実が奇妙にも当然のように共存している。

 それに唖然と、どうにも出来ない矛盾に取り込まれた思考に、俺はその場で地面を見つめることしか出来なかった。

 

 

「おーい、ソウヤ。あの人はもう出ていったよ」

 

「……」

 

「ソウヤ?」

 

「……まさか、そんな事は」

 

「ソウヤ、起きてる?」

 

「……」

 

「……破ァッ!」

 

 衝撃が脳天から付き下ろすように、頭が打ち下ろされる。

 

「──―っつぁ?! いったいし痛い! 何故グーで殴る!」

 

「キミがボケっとしてるからだよ」

 

 思考は痛覚と衝撃でリセットされ、そこで初めてケイの姿を認識した。篭手の付けられた手でのパンチだったから、その威力も段違いだった。

 この威力で瀕死状態にならないのが不思議なぐらいだ。

 

「……気の所為、見間違い、だったのか?」

 

「突然落ち着いたと思ったら何言ってんのキミ。ほら、戻るよ」

 

「あ、ああ……」

 

「……まさか、ドッペルゲンガーにでも化かされた?」

 

 そう言われて、ついさっき見た物の事を思い出す。

 あれは……。

 

「ほら、気をしっかり持って」

 

「……気にかけてくれてありがとう。もう大丈夫だ」

 

「はいはい、この調子じゃあ時計塔にも行けなさそうだね。仕方ない」

 

 ……待て、この調子じゃなかったら連れて行くつもりだったのか? 時計塔に? 

 

「お、俺は見ての通りこの調子だからな、あそこに立ったら秒で落ちるに違いないだろうな。ハハハ」

 

「節穴の目で見ても分かる虚勢を見せてくれてありがとう。ほら立って」

 

「っと」

 

「じゃあ帰ろう。……『転移』」

 

 そうして、俺達は帝都の宿屋の借り部屋へと戻ってきた。




観光も終わり。
書き手としてはスチームパンクな描写を楽しみたいのだが、山場が来ないまま10話を過ぎようとしてるのだ。普段からすれば結構長いぞ。


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59-ウチのキャラクターと俺の静かな夜

静かな夜
となるはずだった



 アンドロイドというものは、大半が人間を模した見た目、仕草をする。

 それは人間の役割というものを代行するという目的故に、行き着いた形なのだろう。

 

「だいっ嫌いな時計塔を登らずに済んだっていうのに、なにぼうっとしてるの?」

 

「……ケイ。帰ってきたのか」

 

「うん、城壁を一周だけしてきたよ。キミの為に、急ぎながらね」

 

 ケイが俺をこの宿に送った後、見回りが途中だった為彼女だけが散歩を続けたのだ。

 

「なんか、悪いな」

 

「別にいいよ、散歩ついでだし。それよりも……」

 

 ぼんやりと思考する頭が、ここで一度停止する。

 ケイが俺の目の前を陣取って、私を注目せよと言わんばかりに見下ろしてくる。

 ベッドに腰を下ろしていた俺は、彼女の顔を見上げた。

 

「悩み多しソウヤに、一つ質問」

 

「質問って……また」

 

「メチャくんの家に居たアンドロイドは、何人だった?」

 

「───それって」

 

「おっと、私に真実を求められても困る。私だって今でも疑っている段階なんだから」

 

 ……確信しているわけではない、が、感づいているという事らしい。

 俺は視線を下ろして、ゆっくりと問いの答えを言う。

 

「俺が見たハルカは……いや、俺も確証を持てない」

 

「えー?」

 

「まだ分からない」

 

 あの時俺が目にしたのは、裂けた肌の向こうに見える、千切れたチューブや電線。

 血や肉は一切見当たらない。無機質な身体が垣間見えたのである。

 

 しかし、だからって”そう“と決めつける訳にはいかない。

 

「あれはただの義手なのかもしれない」

 

「義手?」

 

「ああ、俺が見たのは、機械仕掛けの左腕だった。……という可能性だ」

 

「へえ……随分と先進的な義手だ事」

 

「あるいは、もしかしたら───」

「もしかしたら、彼女は生きていない。って言う事でしょ。いやあ、恐ろしいよ、本当に」

 

「……恐ろしい、ね。さっきも同じことを言ってたな」

 

 

「うん。本当に、アンドロイドって奴は恐ろしい。作り手次第では、まるで死者が生きているかのように振る舞えるんだから」

 

「死者が生きている、か」

 

 時計塔の上で、あの家に居たアンドロイドの数について問われた。あの時には既に、ケイはハルカがアンドロイドである可能性を感じ取っていたのだろう。

 だからあんな言い方をしたんだ。もし気付いていなくとも、矛盾を起こさない言い方で。

 そう言うには少し雑な質問だったが……。

 

 ケイが気付いた切っ掛けに関しては、エルフにあるべき魔力が感じられないとか、そこら辺か。

 

「ゾンビみたいだ、とお前は思ってるのか?」

 

「へえ、この世界にもゾンビっていうのがあるんだ。でも流石にそこまでは思ってないよ。あれ腐ってるから臭いし」

 

「あ、そう」

 

「死という概念が存在しない、というのは共通なのかもね。アンドロイドには詳しくないから、勘違いかもしれないけど」

 

 死の概念がない、ねえ。

 プレイヤーに関しても言えると思うのだが。

 

「ん、そういえばキミ達も似たようなもんか」

 

「まあな。ちょうど俺もそう思った所だ」

 

「一度は死んだ事あるんだよね。死ぬ感覚ってどうなのさ?」

 

「痛くも痒くも無いぞ。強いて言えば自分の身体が見える。復活するまで消えないから見放題だ」

 

「あ、そう」

 

 質問してきたと言うのに、いかにも興味が無さげな言葉を返される。

 何故だ。

 

「死に際の痛みを覚えたまま生きてるよりマシだと思うぞ」

 

「なかなか恐ろしいことを言うねキミ」

 

 そう思うと、事故で記憶を失ったのは幸運と言うべきか。

 いっその事過去の事なぞ……なんてな。

 

 俺の記憶を求めると言うこの行動を、止めるつもりはない。それは今もこれからも変わらない。

 

「もしエルが前世の記憶を引き継いでいたとしたら……、彼女に悪いことをしたかも」

 

「……そこまで考えなくても良いと思うが」

 

「そう言われても、ふと思いついては申し訳なくなっちゃうんだよ」

 

 ああ……それは分かるかもしれない。

 

「諦めないんだな。エルの事を」

 

「…………それは」

 

「……?」

 

「まあね」

 

 濁された……? 

 

「お前は……いや、なんでもない」

 

 何かを聞き出そうと思って、問い詰めようとする口がその言葉を吐き出す前に止める。

 

「そこで引くんだ、へえ。ま、いいけどね」

 

 ケイが退屈そうに欠伸をして、ベッドに横たわる。寝る時間とするにはまだ早いと思うが。

 

 しかし彼女は今から寝てしまうらしい。毛布まで被って熟睡する気満々だ。

 仕方ない、俺も寝るとしよう。

 

 着慣れたローブ姿に着替えると、彼女が寝ているのとは別のベッドに倒れ込んだ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「……?」

 

 ……朝か。

 

 どうやらいつの間にか寝てしまった様だ。俺はベッドに横たわりつつ、首だけを動かして外を見る。

 

「まだ夜じゃないか……」

 

 月の形と位置を見るからに、深夜0時過ぎだろうか。

 そんな面倒な事をしなくともメニューを開けば、簡単に確認できるのだが。

 

 ……午後11時だった。日付が変わってすらいない。

 

 寝直そうか、と思って目を閉じるが、窓からぼんやりと入ってくる光が気になって眠れない。

 

 

 寝ようにも寝れず、仕方なく月明かりを眺め始めてから数分経った頃だろうか。

 

 真夜中の街は、間違いなく静寂に包まれていると言える。

 人はもうめっきり見かけない。街灯だけが並ぶ今の道なら、なんの障害もなく大人数で行進できるだろう。

 

 ……少し散歩してみるか。

 

 ここのリスポーン地点となる場所は把握している。

 万が一の事があっても大丈夫だ。

 それでも変に心配されても困るから一応の書き置きを残してから出て行った。

 一応装備も装着しといて。

 

「行ってきます」

 

 そしてこの言葉を残して、扉を開ける。と言っても、眠っている彼女の耳には届かないだろうが。

 

 

 宿屋を出て、なるべく街灯の下を歩きつつ空を眺める。

 この辺りは現代社会における都市に環境が近いからか、空に見えるはずの星々はほとんど見えなくなっている。

 現代人で都会っ子の俺にとっては、この夜空の方が見慣れていた。

 

 なにかの数を指す時に“星の数ほどある”と例えられる事があるが、この場合は精々が10個かそれ以下になるだろう。

 

「あ」

 

 もっぱら空を眺めて歩いて居たのだが、するといつのまにか広場に到着していた。

 別にここを目的地にしていたわけじゃ無いが……。

 

「……?」

 

「……あれ?」

 

 おや。あの小さな作業服の姿は……。

 これはなんという奇遇だろうか。昼前に別れた筈二人に、その日の内に再会できてしまった。追いかけてきたパターンを含めると、昼間の時点で達成しているが。

 

 この広場はこの姉弟がよく訪れるところなのだろうか。姉の方もここで遭遇したと記憶している。

 

 軽く手を振って挨拶。ついでに人形姿の頭部を露わにして、俺が誰なのかを思い出してもらう。

 

「ソウヤにい? こんな夜遅くにどうしたノ?」

 

『さっきまで寝てたが、目が覚めてしまった。今は散歩してる』

 

 相手が喋り始めてから用意したメモ帳に、そう書いてから相手に向ける。

 

「このあたりの治安はいいけど、最近雲行きがあやしいから気をつけてよネ?」

 

『勿論だ』

 

 ケイが警戒して散歩ついでに見回りするほどだ。これから何も起きないとは到底思えない。

 現にこうして戦闘用の装備を着込んでいるのだし。……これはもっぱら正体を隠すためであるが。

 

『お前は何か対策でも考えているのか?』

 

「ボク? あー、そういえば特に何も考えてないヤ……」

 

 その答えを聞いて、彼のことを不用心だと思うことは無かった。保有するアンドロイドを含めば、その戦闘力は少なくとも上位に食い込んでいるだろう。

 

『メチャちゃんくんの技術力なら、心配するまでもないよ』

 

「うん? えっと、ありがとう。……ん、メチャちゃん“くん“?」

 

 俺はすぐにメモ帳のページをめくると、彼の隣に空いているスペースにお邪魔することにした。

 かちゃ、とわずかに防具がぶつかり合って音を鳴らす。

 

 

「あ、そういえば、ソウヤにいって弓使いなんだよネ? 銃相手になんとかなるノ?」

 

 それに関しては問題ない。すでに俺は銃を購入している。性能や弾丸の供給に関しては厳しいが、万が一の対策としては十分だ。

 ポーチに仕舞っていた銃を取り出す。

 

「そっか、買ったんダ。……それってもしかしてデジねぇの?」

 

 それは製作者の名前だろうか。買うときの彼女の名前を聞いていないから、彼の予想に対する答え合せはできない。

 俺は肩を竦める仕草だけで返した。

 

「ん、わかんないんダネ。ボクの知り合いなんだケド」

 

 生産職仲間としての交流はあるのか。メチャちゃんくんの技術力だと他の人は置いてけぼりになりそうだ。

 なんたってこの国の法で下手に広められないのだ。人によっては気まずくなりそうだ。

 

「でも良かったネ。デジねえの銃はコピー品としては上等だよ。きっと近いうちにデジねえの銃が主流になると思う」

 

 へえ。俺たちはお得な買い物をしたというワケだ。有り難く使うとしよう。

 見せるために取り出した銃をまた仕舞って、そういえばと思ってメモ帳にとある質問を書いて見せる。

 

『そういえばメチャちゃんくんは何故ここに?』

 

「んえ? ……ちょっと、開発の合間に休憩してるだけダヨ」

 

 開発か。……よく考えたら、設計から素材調達や製造まで、全て彼一人でやっているのだろうか。ゲームとして一部簡略化されているとしても、控えめに言って非常にすごい。

 アンドロイドの手を借りているとしても……。

 

 ……ああ、そうだ。たった今「手」のことを思い出した。

 

「じゃなくて、メチャちゃんくんって一体何? 言いにくいっていうか、書きにくくないの?」

 

 今になって思い出したとある事に、頭を抱えそうになるが、代わりに質問に対して首を横に振る。

 一眠りしてさっきまで忘れていたが、そういえば彼は……、

 

「……」

 

「えっと、どしたのソウヤにい?」

 

 ……彼には申し訳ないが、少しだけ意地悪なことをしよう。

 

『何を開発しているのか当ててやろう』

 

「おお?」

 

『ズバリ、「義手」だ!』

 

「おー……でも残念、もう作ってマース。エッヘン!」

 

 へえ、もう義手は作られている。

 

『そうなんだ。でも凄いな、それで誰かを助けた事があるのか?』

 

「あるヨ。近所のオジさんが腕を丸々焼いちゃったから、交換したんダ。……あ、ちゃんと麻酔は使ったヨ!」

 

 誰がそこまで言えと。たしかに麻酔なしに生の腕を切り離すというのは、想像するだけでも身が震えるが……。

 いや麻酔があっても震える。

 

『そこまではきいてないが、成る程。因みに他は?』

 

「んーん? 一人だけダヨ」

 

 へえ、そうか。なるほど。

 

 彼が言った事が真実であれば、あのハルカは……。

 

 彼女()()はこの世界に居らず、そしてメチャちゃんくんは自らの姉の存在をその手で作り出した。

 ともなればきっと、この世界のあの世界にも彼女は、ハルカは居ない。

 

 なんて、それが事実だと決めつけることは出来ない。それが100%だとはとても言えない。

 もしかしたら、腕を失ったという事を他人に教えたくないだとか……。だから、彼女が生きていないとかいう確信はできない。

 

 まあ、知ってどうにかする、というわけでは無いが……ただ、()()()()()()の人間の話を聞きたいだけだ。

 

 存在しない人間を作り上げて、家族のように接して、どんな気持ちなんだろうか? 

 

 豊かな日常を形作る姉の存在が、隣に居てくれる。

 ただしそれは、自らの手による“作り物”。

 

 果たしてそれは……。

 

 ……いや、この言葉は彼の行動を人道的とは言い難いと言って咎めるものではない。

 彼の家庭事情に干渉する権利を当然持たない俺は、こうして小賢しく想像することしかできない。

 

 

「どうかしたノ?」

 

『何でもない』

 

「うーん? ……そうだ、ソウヤにいも義手にする? 右腕のパワーだけでも上げたら色々と便利になると思うヨ!」

 

 いやそれは……遠慮しておきたい。

 今はまだその時ではないのだ。怖いし。……と思ったが、最近物騒である以上、戦闘力向上の機会は早めに掴んだほうがいいのかもしれない。

 

 少し悩んで、頭の中で結論を下すと、俺はベンチから立ち上がった。

 

『頼む。幾らだ?』

 

「標準的な義手の移植で200,000Yだネ」

 

 俺はベンチに倒れこむように座った。

 

 高い……。

 

「あ、ゴメン。でもボクが扱ってるのはオーバーテクノロジーだし、融通を利かせちゃうとお国サンに目をつけられちゃうんダ。……それと言っておくケド、コレの3割は税金だから、イジワルじゃないからネ?」

 

 その辺りは仕方ない。一度依頼で付き合った仲というだけで割り引いて貰うつもりも無かったし。

 ……ケイあたりはやりそうな事だが。

 

【ピロピロピロ】

 

「あ、ゴメン! ボクの電話」

 

 この世界に電話……。この世界観とは合わない言葉に、なんとも言えない気持ちになってしまう。

 彼は車の中でも弄っていた機械を取り出して、何かと通話しているようだ。

 

「……また?!」

 

「うおっ」

 

 急に叫ばないでくれ、耳が潰れる。耳なんて無いが。

 

「あ、うるさかったヨネ、ゴメン……。えっと、前と同じように4人で探して。よろしく」

 

 そして携帯が閉じられる。何かトラブルでもあったのだろうか。

 

「ソウヤにいは姉さまの事見なかった?」

 

 ハルカの事か? 

 それなら日没後の時間に倉庫の中で見かけた……が、そんなこと言えるわけないから首を横に振った。

 

「……分かった。ボクはそろそり戻るネ」

 

 ……何があったか分からないが、俺もそろそろケイの所へ戻るとしよう。散歩ですっかり目が覚めてしまったが、まあその時は現実世界で適当に時間を潰せばいいか。

 最近になって、ケイの目の前でログアウトしても問題なくなった事だし。

 

『気をつけて』

 

「うん」

 

 ……本当に何があったんだ? 

 急いでいる様子のメチャちゃんくんの後ろ姿を見て、まあ干渉する事も無いかと俺は宿屋の方へ向かった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

【───】

 

 深夜。何かを感じた私は飛び起きるように目を覚ました。

 

 勘と言ってしまっても良いような感覚に叩き起こされたけど、不機嫌そうにする事もなく、まず一度周囲の気配を集中して探った。

 

 分かったのは、ソウヤがいない事と、メモ紙が置いてある事。

 プレイヤーの特性を知っていた私は、特に急ぐ事もせずに、軽い警戒だけを続ける事にした。

 

「……何もない。気のせい、と言う事はない筈なんだけど」

 

 私を叩き起こした()()とは、物音や魔力でもなく、本当に勘としか言いようが無いモノだった。

 虫の知らせとでも言うべきか。しかし私は虫では無い。

 

 とりあえず、置き手紙の方を確認する。

 

『夜中に目が覚めたから、適当に散歩する。なんかあったらメールする』

 

 内容を見て、向こうのベッドの中身が空であることに納得する。まあそんな所だろうは思っていた。

 この文字の書き方はソウヤの物だって分かる、偽装された人攫いという事は無いと思う。そもそも人が直接侵入する時点で私は起きてる。

 

「……私もちょっと散歩に行こうかな」

 

 アイテムで軽くソウヤの位置を確認する。レーダーの範囲内に居るらしい、散歩から帰るのか、ゆっくりとこちらに移動しているのがわかる。

 

「『翔ばせ』」

 

 とりあえず窓から空に出て、人がいなさそうな建物の屋根に移る。これぐらいなら転移魔法よりも楽でコストも低い。その上風が気持ち良い。

 

 さて、辺りに不審な物は……。

 ……見つけた。厄介な奴が二人。でも二人までなら楽に済む。

 

 

「さて……、全く魔力が匂わないキミは」

 

 急降下。

 目標の相手をうまく使って衝撃を逃す。代わりに落下の衝撃をこの男に譲ってやる。

 

「何をするつもりなんだい? 異邦の傭兵さん」

 

 そうすると、勢いが乗せられた私の体重全てと石畳で、男が板挟みにされた。

 抵抗の気配はない。気絶したと判断する。

 

「……!」

 

「キミは要らないよ」

 

 前を歩いていた男がこっちに振り返る。武器に手を伸ばしてはいないが、声を出されると厄介だ。

 それに、口はこれだけで十分なんだ。風魔法による鎌鼬が首を裂く。

 二人目が倒れて、光となって散るのを見届けてから、下敷きになっている奴の様子を確認する。

 

「さて……、気絶してる奴を尋問してもなあ」

 

 落下の勢いを使った攻撃は力加減が難しいから、気絶で済んだのも幸運みたいなもんだけど。

 気絶で済まなかったとしても、回復ポーションを使えばいいんだけれど。

 

 どうやら奴らは既に、街の中に潜伏しているようだ。一応城壁の抜け穴は確認した筈なんだけど、どうやってか門番か壁を越えたらしい。

 

「ああ。しまったな、どうやって入ったか聞き出したい所だけど……そもそも、コイツの言葉分かんないもんなあ」

 

 言語の違いという問題を、今になって思い出す。

 仮にこの男が起きて尋問が出来ても、同じ言葉が話せないんじゃ無意味だ。

 

 取り敢えず土魔法で腕や脚を固める。ついでに口も塞ぐ。

 化け物でも無い限り逃げる事はないだろう。

 

 ああそうだ、それと……。

 

「これは頂くよ」

 

 腰にささっている、剣でいう所の鞘だろうか。銃が収められているそれごとベルトから外す。弾はこの中かな? ……あった。

 二人からそれを貰う。この二人分を合わせても、弾の数はあまり多くない。

 

 厄介ごとが発生した事をソウヤに連絡しようとするが……、彼はすでに察しているみたいだ。

 

『未開封のメールが一通あります』

 

『さっき空から何かが落ちてきたのが見えた。お前だろ』

 

 これはこれは、目敏い男なもんだ。人の注意が向きづらい上空で、私の人影に気付くだなんて。

 それとも最初から夜空でも見上げていたのか。確かに、星が数える程しか見えないと言うのは、私としても珍しく思えるのだけど。

 

「取り敢えず『転移』」

 

「んまぶっ」

 

 レーダーを見ながら転移を発動して、思い通りの所に飛ぶ。我ながらに正確な距離感覚に自ら頷いた後、目の前の家出人形に言葉をかける。

 

「……目の前でやられると眩しいんだよ。夜に慣れた目だと余計に。で、何かがあったのか?」

 

「銃。あの奴らだよ。奇襲出来たから、銃を譲ってもらった。これがキミの分ね」

 

 さっき貰ったものの内一つを渡す。それと幾つかの弾も。買った奴との見た目は同じだし、多分同じ弾が使えると思う。

 

「折角買った銃が……まあ貰う。お前にとってはむしろ使いずらいだろうしな。それで、奴らがどうやって入ったかは?」

 

「それは分からない」

 

「そうか……」

 

「兎に角、私は他の奴を探しながら裏口を見つける」

 

 これを特定しないと、今後も侵入を許す事になる。出来れば殲滅、最低でも侵入を止めないと。

 

「ケイ、俺は」

 

「キミは向こうで寝てる傭兵を、衛兵に突き出しておいて。そうすれば国も対応を始める」

 

「向こう……?」

 

 簡単に道順を伝える。そこに行けば見つけられる筈だ。相当のアクシデントがない限り。

 

「私は辺りを調べる。ほら時は金なりだ、行動開始!」

 

「ちょ……ああ、わかった。見つけて、連れていけばいいんだろう?」

 

「理解が早くて助かるね。じゃ」

 

 ソウヤが素直に頷いてくれたから、私も行くことにした。また風魔法で空へと飛び上がって、さっきの地点へと移動する。

 

 彼が危険に見舞われる可能性がある、と言うのは考えるまでもなく分かっている。私としてはそこが今でも心配になっている。

 しかし理論的に考えれば、プレイヤーである彼にとっては殆どのリスクは大した事にならない。

 何故なら、彼の身に何があろうと、それは彼自身の人生を脅かすものではないからだ。

 

「……ここら辺から探るか」

 

 思考を切り替えよう。

 

 まず、先程はっ倒した男二人が足を進めていた方向とは逆、つまり彼らの足跡を辿ることにした。

 また別の敵が居ない事は上空から見て分かっているけれど、見落としや屋内に隠れている可能性を踏まえて慎重に。

 

 

 

「……魔力」

 

 手掛かりになりそうな物を見つけた。

 人が普段内包しているものでは無い。魔法か何かで使われた後の残留として漂っている。

 

 魔法を使っての侵入なら、多くの手段が取れる。そりゃあ軽い見回りじゃカバーできない訳だ。

 魔力の無い連中だと思って甘くみるべきじゃなかった。

 

 この国は、ミッド王国と比べて魔法に疎いように見える。だからこの集団が通ってしまうんだろう。

 

 

 魔力の発生源らしき地点を見つける。

 整備が行き渡っていない、朽ちた建物が並ぶ地区だった。つまりが、スラム街だ。

 

 やはり、そこで大規模な魔法が使われているようだ。

 夜中のスラム街に、青みがかった光が見える。円と複数の記号が記された陣。

 

 ……魔法陣。

 

 私が居た世界でも『魔法の固定化及び自動化』と言う理論を基に利用されていた技術だ。

 

 しかしこの世界では、もっぱら魔法の効果を増幅する目的で扱われる。

 そして自動化は他の技術に代わっている。

 

 その一方で彼らは……? 

 以前の戦争で一部魔法が使われていた事を鑑みるに、奴らは魔法使いの協力者達が居る。森の中でソウヤと話していた時も、この話が出てきたが……。

 

 そうすると、あー……。

 

「……ああ面倒だ! 飛び込んで、ぶっ倒して、話を聞き出す!」

 

 自分でも自覚できないぐらいに僅かに残っていた眠気が、今更になって表面化してきた。

 けれども、事実この方法が一番手っ取り早い。すぐ目の前に答えがあると言うのに、どうして問題を真面目に解かなければならないのだ。

 

 目標の状態を確認する。

 敵は7人。内3人の服装が、魔法使いだと一目で分かる姿であった。他は銃で武装している。

 魔法使いと傭兵に距離があるが……。先に魔法使いを無力化するべきか。

 

 剣を抜く。防具は身につけていないが、元から要らない。ローブを亜空間から引き出して、体を包み込む。オマケに闇魔法で輪郭を誤魔化す。

 これこそが、この状況での最適な装備。

 

「『雷を』!」

 

 上空から雷魔法を放つ。地上付近で拡散して、複数の敵を巻き込んだ。

 

「『撃つ』!」

 

 剣を媒介に、弾が高速で放たれる。

 銃と違って発射自体は無音だが、その弾が空気を切る音だけは十分に聞こえる。

 

「“敵襲だ! 空から攻撃されてるぞ!”」

 

 傭兵が銃を構えて上空を狙い始めた。攻撃を受けた魔法使いは、死んでいるか雷魔法で怯んでいる。

 

 星の見えない夜空を背にしている状況では、この黒いローブを見つけるのは難しい。

 銃による破裂音だけが上空に届く。このままここに滞空していれば───

 

「───!」

「?!」

 

「……?」

 

 傭兵の奴らが大声で何かを言い始めた。破裂音に紛れて聞こえなかったのだが。

 私の方に向かれていた注意は外され、代わりに建物の間の小さな道へ一斉に銃を向けた。

 

 あそこに誰かが居るのか? ……って! 

 

「ハルカ?!」

 




時間がないか、自分の書く物語に自信が持てないか、書く手段を失ったか。
書けない時は、大抵この三つに該当する。

そして今回は、全ての要素が詰まっていた。
自由な時間は減り、展開に頭を悩ませ、そしてPCに触れる機会すらなくなった。
スマホでの執筆が今後主になるだろうが、スマホ用の外付けキーボードを購入したから、手段については問題ない。

以上、近況報告でした。
次回から盛り上がると思う……?


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60-ウチのキャラクターと俺の帝都清掃

 その姿を見かけた私は、すぐに地上に降りて剣を振るう。

 落下の勢いのまま1人を斬りつける。急所では無いところを狙い、悲鳴を上げさせる。

 他の傭兵は私が地上に降りたことに気づき、加えてコイツの悲鳴で注目を集めた。

 

 これでハルカが攻撃される心配はない筈。

 私の方に目が向けられているのを確認してから、片腕を失って混乱している傭兵を抱き寄せて盾にする。

 

「……なんだ? この匂いは──」

 

「あら、ケイさんもいらしたのですか?」

 

「──ん」

 

 匂いの事はいったん置いておき、ハルカの方に意識を向ける。

 当の彼女は、呑気な事を言いつつ傭兵たちに敵意を向けていた。まるで守られる必要は無い、と言外に示すように。

 

 ハルカから魔力は感じられない、力も強い様には見えない。

 でも、彼女が全くの無力な女性ではない事を、私の感覚が伝えてくる。

 

 彼女は、戦うつもりで来ているのだ。その手で敵を倒す為に。

 

 ……なんて思考しても、モチロン敵は待ってくれない。

 背後からの敵意。私に銃を向ける敵に振り返って、風魔法を放つ。目に見えぬ刃は敵を裂いた。

 

「お強いのですね。素晴らしいです」

 

 ハルカが感心するような言葉を放ったタイミングで、男が何かからもがく様な呻き声が聞こえてくる。

 

「……キミこそ、そこまでお転婆なお嬢様だとは思いもしなかったよ」

 

「あら、褒められるほどではありませんわ」

 

 何らかの武術だろうか。再び彼女の方を見ると、私が目を離した一瞬で、男を押さえつけたようだ。それも、要点に少ない力を掛けて、最低限の力で組み付いている。

 私が教わった術とは別種に見えるが、似たものだろう。

 

 

 さて、そろそろ電撃の効果が切れる頃か。魔法使いどもの方を見てみると、復帰した彼らが、私に敵意を……いや、正確には怒りか? それを私に向けている。一体何が気に障ったのか、私を捉える目つきには冷静さのかけらは見られない。

 

 魔法使いには冷静な心構えが重要なんだけど。

 

「”今すぐにあの女をブチのめせ!”」

 

 彼らの内1人が怒鳴りを上げて、それに続いて他の魔法使いが詠唱し始めた。

 

「”焼き苦しんで地獄に堕ちろッっ!”」

 

 知らない言語で怒鳴られても……ああほら、乱暴に魔力を操ったものだから、威力も精度も酷いじゃないか。

 魔法の技術は確かにあるんだけどなあ。

 

 私が何も抵抗しないなんて事はモチロン無く、敵の魔法が放たれるのを見てから、同程度の威力の魔法を放つ。

 ……しかし目測を誤って、こっちの魔法が打ち勝って魔法使いの体を焼いた。技量が私の想定を下回っただけかもしれない

 

「”防御障壁、展開しろ!”」

 

「……何の魔法なんだろう? いや、とりあえず、『磔になれ』!」

 

 敵のうち1人が号令なのか詠唱なのかよく分からない言葉を上げると、魔力に変化が現れる。

 軽い警戒をしつつも、細長く鋭い石造の杭を形作り、敵に向けて放つ。

 

「と、防がれた?」

 

 へえ、面白い。魔法使い達はが”魔力の壁”を作り出してみせたのだ。それによって私の攻撃は防がれた。

 魔力の様子を見ると、魔力が彼ら魔法使いそれぞれの周囲にて球体状に広がっていた。攻撃に反応する瞬間は目視できるが、それ以外は魔力を見ないといけなさそうだ。

 

「魔力を直接魔法に、ね……。 ……『爆裂の槍』、『飛ばせ』!」

 

 属性という概念に囚われない魔法というのは、私の世界では存在しない。だからこうして目にする機会は貴重だ。

 私が知っている()()()の魔法と言えば、召喚魔法、王都を襲った砲撃魔法と、たった今彼らが使っている防御魔法だ。

 

 その仕組みに興味を惹かれるも、それに構わず、一つの攻撃魔法を敵の足元に放ち、そして自身を風魔法で飛ばした。

 飛ぶ、というよりも跳躍するような軌道で、私は敵魔法使いの頭上に到達する。

 

「『雷を』!」

 

 上空からの攻撃。輝く一筋の魔法が、一直線の彼らの元へと伸びる。

 が、それらも防壁に弾かれる。

 

 同時に、敵の足元に残っていた”爆裂の槍”が破裂。

 これも防がれた。2方向からの同時攻撃は効果的でないようだ。一度に一定方向しか防御できない魔法ならば、と思ったが。

 

 ……というか、あの魔法使いども、脚を全く動かさないな。防壁は動かせないのか。

 

「……『突撃』」

 

 剣を構え、私が地面に落下するのを待たず、風魔法で私自身のベクトルを変える。

 落下する軌道から、奴らに向けて一直線に向かう軌道へと一瞬で変えた私は、歯を食いしばりたくなる様な負担を身に受ける。

 

 あらゆる内蔵が横に引っ張られるような感覚に襲われるも、私は剣を構えるのを止めない。顔を少しだけしかめるのみに留め、勢いと共に剣で突く。

 

 敵の魔法使いと目が合った。防壁に包まれたヤツが私を睨んだまま嗤うのを見た。

 

 ……剣の突き如きじゃ効果がない事ぐらい、分かってる。

 

 私は防壁に接近する直前、軌道をさらに敵への方向から地面への方向に変えた。

 

「『大地の怒りを見せろ』!」

 

 剣が地面に突き立てられる。

 私が構成した魔力が荒々しく震えるのを感じながら、その魔力を手から剣に、剣から地面へと流し込む。

 

「”あの女……!”」

 

 その直後、地面が揺れる。敵が異変に気づき始めると、今度はその地面が勢いよく迫り上がる……いや、まるで爆裂するかのように、地表が一瞬の内が膨れあがり、そして粉々に吹き飛ぶ。

 

「”なんだこれは────(What the ──)?!”」

 

 噴火のような、しかし融解した岩盤を伴わないその現象は、彼ら全員を巻き込む範囲で発生している。

 流石に魔力の防壁も彼らを守る事は出来ず、その猛威を十分に振るった。

 

 剣を地面から引き抜き、降り注ぐ土や石の欠片が止むのを待つ。

 ハルカは感心する様にその様子を眺め、彼女に抑えつけられている男は抵抗する意思を完全になくす。

 

 そして土や石が降り止んだ頃には、魔法使い共の姿は土砂の下に埋もれていた。

 

 

 たった1人を除いて……。

 

 

「……やあ、キミ。私の魔法を目と鼻の先で見届けた感想はどう?」

 

 意図的に魔法の効果範囲をずらし、彼1人だけをギリギリ埋もれないようにしたのだ。

 全員死んだら困る。資料っていうのは、何も紙や本、あるいは物品に限って示す単語ではないのだ。時には人だって資料の役割を果たすんだ。

 

 この魔法使いのローブは裂けており、黒い肌が見えていた。珍しい、黒人か。

 

「”な、な……”」

 

 しかし、そんなに衝撃的な経験だったろうか。思いっきり腰が抜けてるし、私を見る目は完全に恐れの類になっている。戦意喪失するのは良いんだけど。

 

 

「……あ、魔法陣」

 

 …………忘れてた。

 折角の異世界魔法の資料だというのに、勿体無いことをした。

 

「はあぁ、失敗した。……まいっか」

 

 まあ、侵入の手段は大体の予測が付いている。それに魔法使いが生きているんならどうとでもなる。描き直してもらえば良いだけだ。

 

「キミら、あの魔法陣を使って転移魔法を発動したんでしょ? 地上に降り立ったとき、草木と土の匂いがしたんだ」

 

 鉄と蒸気と燃料と煙……そればかりのこの帝都で、草の匂いがする所なんて公園ぐらいだ。

 しかもここはスラム街。植物なんて無いし、あってもとっくに枯れてる。

 

 だったら、あの匂いは転移に巻き込まれた空気が漂っているからと考えるのが妥当だ。

 

「”……なにを言って”」

 

「まあ、キミに言っても仕方ないか。悪いね」

 

 

「お疲れ様です。ケイさん。素晴らしい魔法を拝見させて頂きましたわ」

 

「ああ、まだ居たの、ハルカ」

 

 流石にずっと組み付くつもりじゃなかったようで、両手を空けた状態になった彼女は、澄ました顔で私に称賛の言葉を送ってきた。

 するとあの男は……ああ、気絶している。

 

「どこで覚えたの? あの技」

 

「元気な頃、日本で覚えましたわ」

 

「今も元気じゃん」

 

「ふふ、それもそうですわね」

 

 この世界では至って健康の身体だが、メチャくんの言葉からすると、”向こう側”では虚弱体質……。

 それをそのまま信じれば、“向こう側で思う存分に動かせない鬱憤を、この世界で晴らしている”、という事になるんだろうな。

 

「で、怪我はない?」

 

「ええ」

 

「それは良かった。私は別の魔法陣を探す。アレがあの集団の侵入経路になってるんだ」

 

「私もお手伝いしますわ」

 

 そう言われて、まあそう来るだろうなあ、と特に驚きもせず反応した。

 

「キミも奴らの裏玄関を潰しに?」

 

「そうですわね。私の住む場所を荒らされては困りますもの」

 

「……気をつけてよ。自前で銃を持ってたとしても、戦力差はどうしようもない。あの組技で敵を盾にしても、怪しいよ。盾ごと魔法で焼かれないとは限らない」

 

「心配ご無用です」

 

「だと良いんだけどね……。じゃ、気をつけてよ」

 

 話を切り上げて、また別の魔法陣を見つけるために飛ぼうとする。

 

「あ、お待ち下さい」

 

 呼び止められた。とっくに飛んでしまったが、魔法を中断して建物の屋根に着地する。

 

「何?」

 

「……とっくに、気付いているんですよね?」

 

守護の見当たらない文脈に、私はムッとする。

 

「へえ、どうしてそう?」

 

「私を見る貴方の目を見れば……違うのです?」

 

「……いいや、合ってるよ。キミの事に関して、何も言うつもりはないけど」

 

 ……とは言ってみるが、内心はその話を切り出した事に対し、意外だと驚いている。

 私達が薄っすら勘付いていたものの、彼女にとっては当然隠すべき事実である筈だからだ。

 

「いえ、口を閉じられても困ります。貴方から、ひとつだけ聞きたい事があるのです」

 

 聞きたい事? 

 屋根から降りて、話の続きを促す。

 

「私は、“姉”として在れているでしょうか──」

 

「あー、残念だけど私に哲学は……」

 

 私はフードの上から頬を掻いて、どう返したものかと思い考える。

 既にどう思うかについては決まっているのだが、この考えをそのまま言い放つべきか……。

 

『未開封のメールが一通あります』

 

「む」

 

 通知音の代わりに出てきた文が、私の視界の端に現れる。

 このタイミングで……。さっさと開こうと思考で操作する。

 

『こっちでメチャちゃんくんを救出した。それで、彼がハルカが行方不明だと言っている。

 このタイミングだ、彼女のこともついでに探しておいてくれ』

 

「……はあ、なるほど」

 

「……?」

 

 この人、弟に何も言わず出ていったのか。

 

「姉を自称するなら、少なくとも弟を大事にしたほうが良いと思うよ」

 

「大事に……?」

 

「あの子、キミを探している様だし」

 

「……待ってください。それはもしかして、まさかメールを……」

 

「それじゃあ私は行くから」

 

「メッチーには何も──!」

 

「キミに譲れないものがあって、それでも彼に申し訳ないと思うなら、死ぬな」

 

 そして、私は再び魔法を発動。風で体を包み、魔力が強まると同時に空へと加速した。

 

 この状況だ。そんなことで話しているよりも、とにかく魔法陣を探して潰すことの方が先だ。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 メールを送信して、ウィンドウを閉じて一息つく。そして俺は、先程合流したばかりの彼と向き合う。

 

 奇遇にも数十分ぶりの再開を果たしたメチャちゃんくんは、目の前で座り込んでいる。

 だらんと力無く垂れている手が、彼が本調子ではない事を証明していた。

 

『ケイに協力を要請しておいた』

 

「ありがとう……」

 

 そのだらんとした手の肩には、穴が1つ空いている。銃弾による傷である。

 もう片方の手には、回復ポーションが入っていた瓶がある。俺が渡したものだ。

 

 

 拘束された傭兵を詰所に突き出した後、俺は単独で敵を探していたのだが、ある時に銃声が聞こえたのである。

 

 音の方に駆けつければ、なんとメチャちゃんくんが1人の傭兵に銃を突きつけられていた。

 幸い、俺が傭兵の後ろ姿を矢で射抜いた事で彼は死を免れたが……。

 

『HPは?』

 

「うん、9割ぐらい」

 

 俺はもう一本のポーションを押しつけるように渡した。メチャちゃんくんは気まずそうに頷いてから、そして再びゆっくりと瓶の中身を飲み干した。

 

『アンドロイドを護衛につけるか、安全なところで休むか、死ぬことを前提に戦い続けるか。どうしたい? 放っておいてもケイが解決するぞ』

 

「……アンドロイドはみんな手分けさせて捜索してる。ボクも探す」

 

 アンドロイドを動員してまで探しているのか……。

 少々大掛かりな行動に、俺は思ったままの事をそのまま紙に写す。

 

『どうしてそこまで?』

 

「だって……」

 

 “だって“

 その言葉の後が続くことはなく、メチャちゃんくんは沈黙する。

 

 俺は少し考え、言葉をメモ帳に書いて見せる。

 

『俺がお前を護衛しよう。ハルカの安全を確保するまでだ』

 

「え……良いノ?」

 

『なんなら依頼という形にするか? 報酬はお前の判断に一任するが』

 

「え? でも……」

 

『申し訳ないと思うのであれば報酬で返すと良い。俺が失敗したら勿論受け取らないが』

 

「えっと……、お願いします……」

 

 やはり何時もの調子じゃないな。夜中な上に姉も行方不明だから気分が落ち込んでいるのか? 

 

 俺は頰を搔こうとするが、頭部防具の存在に気づき、その手はペンと一緒にメモ帳の上に戻ってくる。

 

『捜索する場所は決まっているのか?』

 

「えっと……ケータイにアンドロイド達の捜索範囲が地図に反映されてる。ボクはその死角を探ろうと思う。……コレだよ」

 

 メチャちゃんくんに携帯電話……の形状をした機械を見せられる。

 画面には帝都のマップと、その上で、覚えのある名前を中心にした半透明の円が表示されている。

 

『了解』

 

 ……ああ、それと。

 ポーチの中のとある物の存在を思い出して、瓜2つに見えるそれの内片方を取り出す。

 

「……銃? ボクに?」

 

 頷く。俺の分はすでに持っているし、格好つけて二丁拳銃をやるつもりはない。2丁の内1丁、そして半分の弾薬は彼が持っているべきだろう。

 

「わかった、ありがとう」

 

『あくまでも俺はお前を守る。勘違いして前線に出ないように』

 

 紙に書かれた俺の言葉に、メチャちゃんくんが頷いたのを見てから、俺は動き出した。

 

【ピロピロン】

 

「……ケイか?」

 

 通知音に反応して、さっとメールを開く。さっきの返信だ。

 

『敵は魔法陣を使った転移魔法で侵入してる。そっちで見つけたら連絡をお願いするよ。

 それと、こっちでハルカを見つけた。彼女からメチャくんには伝えないで、って頼まれた。その頼みを切ってまですぐに連れ出したいんだったら、キミの言葉に従うよ』

 

 ……伝えないで欲しい、だと? 

 一体どういう……。

 

「……どうしたの?」

 

『ただのメールだ』

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 状況は、あまり良いとも悪いとも……と言った所だ。

 敵が作り出した魔法陣は、恐らく1つだけではない。遠くの場所にもまた別の魔法陣が作られていると考えて良い。

 魔法陣がアレ1つだけという可能性はあるかもしれないが、甘く見て行動しているといつか痛い目を見る。

 

 だから私は、空を飛びつつ地上を監視している。

 ……このエセエルフのハルカと共に。

 

 

 何故こうしてハルカと一緒に行動しているかと言われれば……ソウヤに頼まれたに他ならない。

 

『今の所はハルカの頼みに従おう。メチャちゃんくんには、ケイに捜索を頼んだ事だけを伝えた。それ以上は何も言っていない。

 それと、頼みずらいのだが、ケイにはハルカの事を見ていて欲しい。空からそっと監視するでも、周囲の敵を殲滅するのでも、側で守ってやるでも良い。彼女の安全を保障して欲しい。

 もし下らない理由で秘密にしてくれと頼まれてるんなら、遠慮なく俺の所か彼女の家に押し戻してくれ』

 

 ……で、私は『分かった』とだけ返信してこうしているわけだ。1人でも十分だが、殲滅を手伝ってもらうという体で同行してもらっている。

 なんて私はお人好しなのだろう。これで我が身を滅ぼさないかが心配になる。

 心配したところで、実際に滅ぶ可能性は極めて低いのだけど。

 

 横を見ると、私の手を握っているハルカは、なにやら悩んでいる表情をしているのが見える。

 

 その表情を見つめていると、ふと目が合った。

 

「……なぜ、戻って来たのでしょうか?」

 

「それは頼まれたからだよ」

 

 さて、私たちケイとハルカは、仲良く手を繋いで空を飛んでいる。

 魔法陣を無力化して回る活動に支障が出ると困るから、移動速度を落としたくなかったが故の判断だ。

 

「……頼まれたから?」

 

「それはとにかくさ、キミはどうして弟に秘密であちこち動き回っているんだい? 私は下らない理由で危険を冒したくないんだ」

 

「えっと、それは……」

 

「……下らない理由だろうと、弟さんには伝えないよ。ただキミを守るのをやめるだけだ」

 

 ハッタリだ。私が守るに値しないと判断すれば、近くの安全な場所に置いて、ソウヤに居場所を伝えるつもりだ。

 

 ……が、きっとその理由は、決して下らないことでは無い……と、勘付いていたのだ。

 だから、ああ言った。

 

 きっと、彼女なりの理由があるはずだから。

 

 

 

「…………私、メッチーに作られた、彼の姉を模したアンドロイドなんです」

 

 特に驚きもせず、ソウヤも私も予想できていた事実を受け入れる。

 

「彼の姉は既に死んでいます。私は()()の記憶を受け継いだ、ちょっと感情豊かなアンドロイドにすぎません」




戦闘はやっぱり苦手


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61-ウチのキャラクターと俺の姉弟の真実

 やはり、彼女はアンドロイドだった。

 

 この事実が本人の口から告げられた私は……、作られたにしては、なかなか精巧な作りをしている。とだけ感じた。

 それ程驚く事じゃない。

 

 人の手が作る人間なんて、必ず何処かで違和感が生まれる。絵画で描き写すのはともかく、その形状を忠実に、しかも人間と同じように動けるよう再現するというのは無理がある。

 

 正確に人間を再現する特殊な方法があるのか、あるいはそれだけメチャくんの執念があったと言うことか。この()()()の姿は、限りなく人間……エルフの姿に近かった。

 

 ただ、彼女の姿がどう見えようと、変わらない事実というのが1つある。

 それは、生きる者の死という事実は絶対である故に、彼女はハルカであることはあり得ないという事だ。

 目の前のアンドロイドから告げられたハルカの死が、嘘でない限りは。

 

「キミは、メチャくんの手によって蘇った。というワケではないんだろうね」

 

「はい、私がハルカ様自身だと断定する事はできません。少なくともこの”データ“を、記憶として認識出来ない内は……」

 

 本人でなくとも、記憶を植え付けられた人は、その記憶を自分の物として認識するのだろうか。

 少なくとも彼女にとっては、そうする事が出来なかったようだった。

 

「それにこの記憶は、マスターによって植えつけられたもの。彼の知らない姉は、私の中には存在しないのです」

 

「その人の魂を引き継ぐでもしない限り、全ての記憶を遺すのは不可能か。……それで、その事実が今のキミの目的と関係が?」

 

「はい」

 

 彼女が頷いて、私の方を見る。別のアンドロイド達とは違う、感情の宿った瞳が私の顔を映す。

 雰囲気が変わったと、ぼんやりと感じた。

 

「私は、当時の感情を理解すべく、この記憶データを計4827回再生し、両名の感情を分析しました。……そこから得られた結果は、確信と呼ぶには不確実でしたが」

 

「その結果ってのは?」

 

「はい。……恐らく、ハルカ様は“後悔”していたのだと思われます」

 

 後悔。

 よりにもよって、負の感情の類か。これじゃあまるで亡霊みたいだ。

 確かにそう言った感情は表に強く出やすい。満足すれば後悔など残らないだろうが、体が不自由ともなれば、満足とは程遠い人生となるかもしれない。

 

「“私は、メッチーの姉として在る事が出来なかった”

 

 ハルカ様は、どのような理由があったとしても、例え『罰ゲーム』という権利があろうと、ハルカ様は決して、病に由来する物事にマスターを関わらせぬよう、行動していました。

 

 例え病によって倒れようと、マスターに心配を掛けぬよう努めていました。

 

 マスターの身の回りで何かが起きれば、ハルカ様の身体が耐える限り、マスターを支えていました

 

 そしてその他の、彼女の行動を顧みるに」

 

 

 

「ハルカ様は、弟を守る姉で在りたかったのです」

 

 ……ああ。たった今確信した。さっき思ったことは間違いじゃなかった。

 このアンドロイドは、メチャくんによって作られた、正に『亡霊』だ。

 ハルカでも、姉でも、なんでも無かったのだ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ここも……居ない」

 

 メチャちゃんくんが目星をつけていた所にやってくるが、誰もいない。深夜だから誰かが居る事の方が珍しいのだが、目的のハルカの姿が見当たらないことに、メチャちゃんくんは気を落ち込ませる。

 

 時計塔や、近所の広場。とっくに閉まっているお店なども探したのだが、モチロン見つかることはない。

 ハルカは今、ケイと共に行動している。それを知っていて、こうして歩き回ると言うのは、どうしてもナンセンスに思えてくる。

 

 弓矢を番えて敵に備えていた俺も、一向に出番がやってこない。

 モチロン出番がない方がいいし、足音や英語の話し声が聞こえればそれを避けるように遠回りしていたから、それも当然なのだが。

 敵の殲滅はケイの仕事だ。

 

「……」

 

 さて、次はどこに行く? 

 そう思って、周囲を警戒する態勢を解いてメチャちゃんくんの方に向く。

 

 しかし彼の様子を見て、俺は……思わず口を開いた。

 

「……どうしたんだ?」

 

 その声が相手に聞こえないと知っていても、言葉を零してしまう。

 彼はベンチに座って、下を向いている。

 歩き疲れたようには見えない。探す気力がなくなってしまったのだろうか。

 

 俺はどうしようかと思ったが、1人だけでずっと警戒するのもなんだ、と判断して彼の隣に座る。

 

 

「……最近、姉さまの様子が変なんだ」

 

 お互い無言でじっと座っていると、ふとメチャちゃんくんが話し出す。

 姉の話か。俺は彼の方を見る。

 

「今みたいに突然何処かに行っちゃうのは、最近になって多くなった」

 

『理由は察しているのか?』

 

「……分からない。そうなる前は、普通に生活してたよ。ゲームしたり、話したり、一緒にお買い物したり」

 

 だったら、外に出たい気分だったんじゃないのか? 買い物しか外出の機会が無いわけじゃないだろう。

 しかし、弟に何も言わないと言うのは変だ。そうなると何か特殊な事情が──

 

 

 ──ああ、なるほど。

 

 ハルカには、メチャちゃんくんには明かせない理由があって、そうしているんだろう。

 俺が見た、あの倉庫の時を思い出した。

 

 彼女の腕にあった傷は、枝や葉に引っ掛けて出来たようなものではない。

 モンスター、あるいは奴らによるダメージだったのだろう。

 

 彼女は何かしらの目的でモンスターと戦っていた。

 しかし、敵と戦いに出かける事を秘密にするワケとは……。

 

 

 いや、逆だ。メチャちゃんくんが、ハルカの行動を許していないのだ。そしてハルカは、許されない事を知っているから彼に何も言わない。

 この場合、メチャちゃんくんの方に何か事情があるのだろう。

 

 例えば、彼女が自由に行動する事で何か不都合が生じるとか……。

 ……身体が心配だから外で行動させたくない、とか? しかしそれは現実での話だ。この世界では関係がない。

 そもそも彼女はアンドロイドだから……。

 

 

 ……ああ、考えてもわからない。

 そもそも、隣に本人が居るのだ。直接聞いてしまった方が早い。

 

『逆に、どうして連れ戻したいんだ?』

 

「え? えっと……心配なの! 姉さまに何かあったら大変だし……」

 

 はあ、心配……。そこまで気にかける必要はないと思うのだが。

 ハルカがアンドロイドだろうと本物だろうと、病だとかそういうしがらみとは程遠い身体なのだ。

 

 しかし、無用な心配だと思う一方で、この子はそういう理屈ではなく感情的な行動原理で動く子なんだろうと理解した。

 ロボットだから怪我の心配はなく、直せば良いだとかではない。死んでリスポーンできるからではない。

 

 この弟は、単純に言えば姉の身を守りたいだけなんだろう。

 

 

「……ただ、姉を強引に家に引き止めさせる弟もそうだが、何も言わずに危ないことする姉も姉だよな……」

 

 アンドロイドだからそういう危機感に疎いのか、それとも理解した上で何も言わなかったのか。

 

 ……とにかく、この依頼を完遂しよう。

 その為には、ハルカの“秘密の用事”が終わるのを待たなければいけない。

 

 こっちの方から首を突っ込んだとはいえ、手のかかる2人だ……。

 

『これからどうする?』

 

「ん……どうしよう」

 

 既に思いつく限りの場所を探し尽くしてしまったんだろう。

 俺の問いに、落ち込んだような声色で返してくる。

 

「……わかんない」

 

 そうか。

 まあ構わない。俺はメチャちゃんくんを護衛するだけだ。どこかへ連れて行く気はない。

 ……けど、何もするつもりも無いなら、安全なところに居た方がいいのでは無いだろうか。

 

『一度家に帰ってみるか』

 

「……」

 

 提案してみても、メチャちゃんくんは沈黙を続ける。

 眠りに落ちたわけでも無いだろう。彼の目はたしかに紙の上の言葉を読んでいた。

 

「……正に、手のかかる子供だな」

 

 家に帰る事に賛成ではない。

 ならば、やるべき事がまだあると思っているんだろう? 

 

 だったら、それは何だ? 

 

『まだやる事があるのか?』

 

「……姉さまがまだ見つかってない」

 

 だったら、探せばいい。

 俺は立ち上がって、メチャちゃんくんに手を差し伸ばした。

 

「……」

 

 だが、彼はその手を取らない。

 立ち上がる気配もなし。彼の目が俺の手を見つめるだけだった。まるで魂が抜けたような様子だ、と思ってしまう。

 

「……いいもん。“お姉さん”、壊れちゃったから────」

 

 

 

「────作り直せばいい」

 

 

「……ッ」

 

 動揺、驚きを通り越して、怒りが湧き上がる。

 この怒りのワケは一体なんなのか。それが分からないまま、俺は理性で抑えつける。

 

 頭を冷やすために、またベンチに座って目を閉じる。

 

 壊れた? 作り直す? 

 たとえアンドロイドだろうと軽々しく言って良い言葉じゃない……。

 

 しばらくすると隣で彼が携帯を操作し始める。一体何しているのだろうと、その様子を横目に見る。

 

 ピロピロという発信音が聞こえて、彼が携帯を耳に当てる。

 

「もうお姉ちゃんは探さなくて良いよ。家で待機」

 

 誰かと通話しているのだろう。もしかして相手はアンドロイドか、と予想しているうちに彼は電話を切ってしまった。

 

 メチャちゃんくんが発した言葉を察するに……もう、諦めてしまうということか? 

 ……そうか。

 

『どういうことだ』

 

「えへへ」

 

 通話を済ませた彼の目の前に俺の言葉を突き出すと、無感情な笑みとともに俺と向き合った。

 

 

「……あの()()()()()はね、ボクが作ったの」

 

「やはり……」

 

「あのアンドロイド達と殆ど同じ……。違うのは、人間を模した感情と、経験を基にした思考が出来ること」

 

 人間と同じような思考……たしかに、ハルカと話していて違和感は全くなかった。

 この世界におけるNPCも限りなく人間に近い言動をするし、実際見分けもつかない。

 

『経験?』

 

「嫌な思い出があれば、それと関係する事に嫌悪を示す。逆なら、それを好む。そんなプログラムだよ。だから、“記憶”が必要になる」

 

 記憶……それは、現実でのハルカの記憶という事か? 

 

「……ボクは、ボクが知る限りのお姉ちゃんを記憶領域に書き込んだ。遺品を参考にしたりもした」

 

「遺品……ということは、やっぱり──」

 

「でもね、でも……! 出来上がったアンドロイドは全部、全部、“春花(ハルカ)”姉さまにはなれなかったの!」

 

 彼は突然声量を上げ、理不尽を吐き出すように言い放った。

 それでスッキリしたのか、また表情を笑顔にして、落ち着いた口調に戻る。

 

「だからね、郊外の倉庫に捨てたんだ」

 

 捨てた……? まさか、

 

「それは……ッ!」

 

 思わず声を上げ、彼に迫ろうとして……その時に、彼と目が合った。

 

「……?!」

 

 何故かは分からない。何も分からない。

 だが、その瞳がやけに恐ろしく見えて、息をハッと呑んでしまった。

 

 周囲の光源の配置が、そう見せているだけなのだろうか。

 彼の瞳に光が見当たらない。それが何故か、その奥底に理解できない何かがあるように思えて……。

 

「どうしたの? ソウヤにい」

 

「な…………んでも、ない」

 

「……??」

 

 喉から捻り出したような返事は、もちろんのこと彼の耳には届かず、首をかしげるばかりだった。

 

 

「まいっか。それでね、ボク、もう諦めようとおもうんだ」

 

 しばらく経ってか。俺の無言を大したことない事だと判断して、メチャちゃんくんがまた話し出す。

 

「1人目は、あんまりにも感情が無さすぎたから、分解した。2人目は、性格が全然違うから、捨てた。今までのを再利用して作った今の3人目は、性格も考え方も春花姉さまと同じだった。……けど、違かった。本人じゃなかった」

 

「違かった……?」

 

「そう! あれは全部演技だったの! 全部! ゲームしてくれる時の顔も! パズルゲームで負ける時だって! 全部全部演技だったの!」

 

 メチャちゃんくんが、再び感情を荒げて言葉を吐き出す。

 

「本当は、逃げたいって思ってるんだ! だから何時もボクの所から離れるの! 最初は体が不自由だった頃の反動かなって思ったけど、そうするとおかしいの! なんでボクと楽しそうにお話するの?! なんで一緒にゲームしてくれるの?! なんでいつも負けてくれるの?! どうしてあんなに楽しそうにするのに、離れちゃうの?! だったら、だったらやめちゃえば良いじゃん! ボクの事が嫌いならもう、もう……!」

 

 

「もうこんな家族ごっこやめてよ!!」

 

 

 ……情緒不安定とも取れるその言動を、俺はただ見つめることしかできなかった。

 

 無感情に話をするかと思えば、突如怒りを露わにして声を上げる。そうして落ち着くと、今度はまた怒りを見せる。

 その果てには……泣き出した。

 

 そう、泣いている。無言で、静かに涙を流している。

 ただ、自分は泣いてなどいないとでも言いたいかの様に、何も言わず地面を見つめている。

 

 今、紙で言葉を伝えようとしても、きっと俺の言葉に見向きもしないだろう。

 

 

「……家族ごっこね」

 

 俺の目にはそんな風に映らなかったのだが、本人がそう言うのであれば、きっとそうなのかも知れない。

 

 先程、メチャちゃんくんと広場で話していた時に抱いた、“家族を自分の手で作り出して、共に過ごして、どんな気分なのだろうか”という疑問。その答えが、見えた様な気がした。

 

 生まれた時からずっと一緒に居た家族。その複製を作り出したところで、それはオリジナルには成り得ない。

 どう作ろうと、2人目が生まれたからには、その存在は別々の物でしかない。

 だから、こうなってしまったのだろう。

 

 自分の知る()()()との差異に苦しんで……何時か、そこに居る人が誰なのかが分からなくなってしまう。

 

 きっと、───だって、二度と……。

 

 

「───いっ!」

 

「……あ、あれ、ソウヤ?」

 

 なんだ、この痛みは……? 頭の内側から引き裂かれるような……。

 重い、嫌悪感、苦痛だ。

 

 いや、違う。それだけじゃない。

 

 これは……。

 

「……!」

 

「えっと、どうかし───」

「───避けろ!」

 

【パァン】

 

 

 ───……ああ、やっぱり。

 奴ら、彼の大声に誘き寄せられて、俺たちを見つけてしまったのか。

 

 しかも、庇ったのは良いが……、

 

「っち……」

 

 まさか、こんな子供のHPよりも俺のHPの方が低いとはな……。

 一発だけでHPが……。は、しかも防具を着てコレか……。

 

 幸い、身体はまだ動くが……。弓を引く力も、銃を握る力さえも無い。

 メチャちゃんくんはまだ動けるだろうが、彼一人で反撃して生き残れるか……? いや、出来るかもしないが、確実じゃ無い。

 

「……そうだ、魔力を……」

 

 レーダーじゃ、範囲外の領域は感知できない。だったら、この魔力を利用してケイに見つけて貰わないと……。

 

「あ、あれ。ソウヤにい……?」

 

 目を閉じる。息を吸う。魔力を胸の内にあるのを確かめる。

 この力なら、HPとかいうシステムの影響を受けない。必要なのは、魔力と、意思と、想像……。

 でもそんな余裕はない。時間がない。だから、もう勢いに任せてやるしかない。

 

 視界が暗くなる。

 内にある魔力が動き出す。

 

 意識が朦朧とし始める。

 手を伸ばす。

 

 望む。願う。頼む。

 

 

 ……──。

 

「────『来てくれ』」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

『技能スキル「魔力感知」のスキルレベルが上がりました。』

『技能スキル「魔力操作」を習得しました。』

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「……あ」

 

 突如ボクを突き飛ばして、弾丸から守ったソウヤにいが、力なくボクにのしかかる。

 その直前に何処かへ手を伸ばしていたけど、その手はどこにも届かなかった。

 

「ソウヤにい……?」

 

 まさか、と思って名前を呼んだ。けど、返事はない。

 そもそも声を失っているという事を思い出して、けど彼は死んだという事を確信した。

 

「あ、銃……!」

 

 目の前の存在の死を、プレイヤーとしての死だと知っているから、あまり動揺しなかった。

 慌てる事はなく、ポケットの中に砲身を差す様にして仕舞っていた武器のことを思い出した。

 左手を動かして、なんとか銃のグリップを掴む。

 

 ソウヤの下敷きになっているボクは、彼の体のおかげで直接見つからずに済んでいる。

 

「“おい、撃ってもよかったのか?”」

 

「“知らん。だが煩かったんだ、別に良いだろう?”」

 

「“ま、俺たちの仕事は魔法陣の周囲の警備だからな。あんまりやりすぎんなよ”」

 

 え、二人……? 

 どうしよう、一人ならなんとか出来るかもしれないけど……。

 

「……」

 

「“ところで、二人目が見えた気がするんだが?”」

 

「”あー。……そいつもやるのか?”」

 

「“いや、多分ドワーフだ。殺すには勿体無いだろう”」

 

「“子供を手にかけたく無いってか”」

 

「“はっ、んなワケねえだろ。大体、見た目が子供っつっても老人かも知れねえぞ”」

 

 ……近寄ってくる。

 どうしよう、このままじゃ見つかる……そうだ、アンドロイド達にSOSを……でも、距離が遠いから、早くても一分になる。

 それに、端末機は右側のポケットに入ってるけど、ソウヤにいが重くて取り出せない……。

 

「“……おい、コイツ銃を持ってないか?”」

 

「“この鎧の奴か? ……マジじゃねえか”」

 

「“……やっぱり殺した方がいいな。コイツら、俺たちの動向を知っているかもしれない“」

 

「”二人とも殺すのか。ま、ドワーフがコイツだけって訳じゃないし、大した損にはなんねえか“」

 

 銃のハンマーを引く音が聞こえた。

 これじゃあ、長くとも数秒……。

 

 ……諦める? 

 

 その考えが、頭をよぎる。

 別に悪い考えじゃない。ボクが弾丸に貫かれて死んだところで、大した事にはならない。

 そもそも、ボクが大声を出したのが悪いんだ。そのせいであの人達を呼び寄せた……。ソウヤにいを死なせて、ボクだけ生き残るなんて、ずるいから……。

 

 そう思って、銃のグリップから手を離そうとした、その時……。

 

「”……なんだ、街灯が灯ったぞ? “」

 

「”いや、この辺りには街灯なんて……それ以前に、この光は街灯じゃないぞ?」

 

「“……空から?”」

 

 夜なのに、空に小さな太陽が現れた。

 

 あれ……。夜に、小さな太陽? 

 それってもしかして、あのドラゴンの騒動の時と似ているような……。

 

「“なあ、これは一体なんなんだ?”」

 

「“……おい、あっちを見ろよ“」

 

「”あ? 見ろって一体なに……を……“」

 

 

「ほら、来てやったよ、ソウヤ。……それと、馬鹿な弟さん」

 

 その声が聞こえた直後に、人が倒れる音が二人分、視界の外から聞こえた。




より良い展開の物語が書けそうだと直感する。
しかし具体的にどうすれば良いのか分からない。だから書き続ける。


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62-ウチのキャラクターと俺の再集結

「さて、私を呼びつけたソウヤは……死んでるか。やっぱり」

 

 魔法陣を探していた最中、魔力が()()()、直後に転移した。

 覚えのある魔力が、乱暴に放出されているともなれば、緊急性が高いという事が彼の身の回りで起きていると、すぐに察せた。

 だから、転移した。その転移の誤差は、できる限りの速さで飛行して行った。

 

 そこまでして急いだというのに絶命しているという事は、瀕死になってから魔力を放出したんだろう。火事場の馬鹿力という奴か? 

 私の瞳に彼の死体が映るも、流石に涙は流さないものの、心配の念が心の中に生まれる。

 

 どれぐらいで戻ってくるかは知らないが、長くないうちにメールがやってくるだろう。

 

 

「あの、いきなりテレポートしたかといえば、一体……あ、いえ、なんでもありません」

 

「ああ、転移魔法が気になる? 秘密にしてくれれば助かるな」

 

 勢いで転移に巻き込んだハルカが、驚いたような仕草を見せつつも私の言葉に頷く。

 

 それなら私も安心だ。咄嗟のことで一緒に連れてきてしまったが……。

 

「で」

 

 メチャくんは……ああ、居た居た。

 

 丁度ソウヤの死体が光となって散り、その下敷きになっていた男の子の姿が見える。

 

「あ……」

 

「……!」

 

 メチャくんとハルカが、お互いの姿を見つけて、声を上げる。

 ……あ、ハルカはメチャくんと顔を合わせたくないんだっけ。緊急だったとはいえ、やっちゃったな。

 

「えーっと……ソウヤの奴が迷惑かけたね。怪我はない?」

 

「あ。う、うん……無い」

 

 彼の体をよく見る。服の肩の辺りに穴が空いているが、傷口はない。ソウヤがポーションを渡したのだろうか。

 

「そりゃ良かった。……それとハルカ? メチャくんの所に連れてっちゃったのは謝るけど、私の後ろに隠れるのはお姉さんらしくないよ?」

 

「う……」

 

「……」

 

 そうあるように作られたとはいえ、アンドロイドだと思ってみると、妙な所で人間臭いよなあ。

 なんて、呑気に考えながら二人の様子を眺める。

 

 ……そこで、違和感に気付く。メチャくんの目が、違う。

 親しい家族と相対する時の目ではない。

 

「ねえさ……ううん、違う。HM-S003。ハルカ」

 

 この時、理解した。

 彼は、ハルカを見限った。

 

「……!」

 

「……もう良いよ、怖がらなくて。自由になりたいんだよね。命令なんかに従いたくないんだよね。ボクのコマンドなんか聞きたくないんでしょ」

 

「い、いいえ! それは違いま──」

「我慢してね。これで最後にするから……『コマンド』。実行中のプログラムをキャンセル」

 

「え……?」

 

「その名前で、呼ばないで。ボクは、そういうのはもういいって言ってるの」

 

 何故、メチャくんがハルカを突き放す? ソウヤが何か言った? いや、多分それはない。

 

「どうして──」

「『コマンド』」

 

「……い、今は、”0326“プログラムを実行していますわ」

 

「それを停止して。今すぐに」

 

「……」

 

 ハルカは何も言い返さない。

 メチャくんの言っていることがよくわからなけど……おそらく、“姉で居る事をやめて”と言っているのだろうか。

 彼にどんなことが起きたのかは分からないが……、なんとなく、どこかで勘違いが起こっていると感じた。

 

「それとも、ブレイク(Break)って言った方が、分かりやすい? これから解放されるんだから、こっちの方が似合うよね?」

 

「私は、そんな事したくありません!」

 

「……なんで? ボクから離れたいんだよね? いつも逃げるのに、どうして喜ばないの? もうお姉さんをやめても良いんだよ」

 

「そんな……逃げているつもりなんて。私は、姉としてメッチーを守るために──」

 

「姉さまはそんな事しない! そんなの言い訳でしょ?! ボクの元から離れるための口実なんだよ!」

 

 平坦な感情を維持していた彼が、大声をあげて訴える。

 

 メチャくん曰く、それは本当の姉の考え方ではないと。ただ、彼の支配から逃げたいだけだと。

 ハルカ曰く、姉として、よく考えた上で弟を守る為に行動していたと。

 

 つまりは、勘違い……。

 いや、それで済ませるには事が大きい気がする。……けど、そうとしか思えない。

 

「それじゃあ、なんで何時も何も言わないで出て行くの?!」

 

「それは、言ったら私を止めるって分かっていたからです!」

 

 ……あ、ダメだ。一度そう思うと、これが一気に下らない口喧嘩にしか見えなくなった。

 私が口を挟んでも、ハルカはともかくメチャくんの耳に届くのかすら。

 

 どうしようか迷っていると、視界の隅にメールが届いたという通知が表示される。

 

 いつもの手順でメールを開けば……。ああ、やっぱり。ソウヤだ。

 心が安堵で落ち着くのを自覚しつつ、メールの内容を開く。

 

『来てくれたか? 悪いが二人を守ってくれ。ハルカとメチャちゃんくんを引き合わせる事になるが。因みに俺は時計塔の下で復活した』

 

 疑ってたワケじゃないけど、本当になんとも無さそう……。

 いくら信用していたとはいえ、いざ何かがあったら困るから、よかった。

 

「私は、帝都に迫るあの敵を退治していたんですわ! メッチーの帰り道が安全になるように!」

 

「知らない! そんなの知らないよ! 姉さまはそんな事しない!」

 

 さて、目の前のコレをどうするべきか……。今すぐにでもソウヤを呼び寄せて、この状況の対処を丸投げしたいが、そうも行かない。

 ソウヤが幾ら文字を書くのが速くても、今の2人の注目を集めるには至らないだろう。

 

 ……仕方ない。

 私は2人の間に入って、大声をあげて両者に言葉を向ける。

 

「はーい二人とも。今の状況を忘れてない? さっさと二人は避難しなさい。マナーのない傭兵どもが蔓延ってるんだ」

 

「……」

 

「……」

 

 私の声で少しは冷静になったのか、ああ言えばこう言うの応報が中断された。

 

「そうでした、わね。……ケイさん、その傭兵達に関しては、全てお任せしてよろしいでしょうか?」

 

「言われるまでもないよ。元から全員吹っ飛ばすつもりだった」

 

 参考になりそうな人物だけは残すけれど、まあ変わらない。

 メチャくんの返事はどうだ? とそっちの方を見る。

 

「……家に帰る」

 

「上出来。じゃあわたしの手を掴んで。とっておきのを見せてあげる」

 

「手?」

 

 大魔法使いの力を見せる時だ。

 あれやこれやと何度も使うべきではないが、今回ばかりは急ぎだ。さっさとこの2人の問題を解決して、魔法陣を潰さなければならない。

 

 メチャくんが素直に私の手を掴む。ついでにハルカも、とそっちにも促す。

 

「貴方の様な人物を、噂で聞いた事があります。テレポートしたり、空を照らしたり、飛んだり……見たこともないような魔法で、あのドラゴンを倒したと」

 

「え? それってもしかして、ケイお姉ちゃんが……」

 

「あー、私も聞いたよ、その噂。中々すごいね、その人。キミは会った事があるのかい?」

 

「……いいえ、ありませんわ」

 

「え? えっと……ううん」

 

 ハルカは首を横に振った。メチャくんも落ち着いた判断をしてくれて何より。

 遠回しな言い方だったが、分かってくれたようだ。

 

「それじゃ帰ろう。君たちが、だけどね。……『転移』」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「……送信完了、っと。ケイの奴、俺の死体を見て泣き崩れていないといいんだが」

 

 デスペナルティ、総合レベルが一定以下の為無し。

 当分は死の代償なんてものが存在しないであろうこの身体(マネキン)で、鎧に包まれつつも木製のベンチにて寛いでいた。

 

 メールでも送ったが、この場所は時計塔の真下。結構な広場、あるいは公園とも呼べる空間になっていて、僅かな月明かりに加わる街灯の光が、この場所を十分な休憩場所として成り立たせていた。

 

 

「はあ……ままならないな」

 

 ベンチに腰を下ろしたまま、重い息を吐きだす。

 

 メチャちゃんくんを守ったは良いが、銃弾一発で死亡。どうやら、最大HPを大幅に超えなければ即死なんて事にはならないらしい。

 HPを丁度良い感じで削られた俺は、瀕死状態という猶予時間を与えられた。お陰でケイを呼ぶ事は出来た。

 ……実際に俺の行為がケイの感覚に届いたかは知らないが。

 

 因みにHP云々といったシステムは、例の初心者指導書からの情報である。この本を手放す日は来るのだろうか。

 

 

 とにかく、今は銃弾一発でぶっ倒れた事に対して、落胆しているところである。

 つまるところ、

 

「……弱い」

 

 とにかく弱い。の一言に限る。

 

 装備やアイテムでその弱さを補う、と言っても、地力の不足をどうにかする事は出来ない。

 本格的に筋トレでもするべきか。少しは筋力と耐久のステータスが上がると思うが。

 

 この世界にもスタミナの概念はあるが、空になった時の疲労感は現実ほどじゃない。

 スタミナの残量を超えた行動をすると、ちょっとキツイ上にHPも消費するが……、だがそれまでだ。安全地帯ならHPだって自然回復でどうにだってなる。

 

「……いや、スタミナを超えた行動はステータスの成長にならないんだったか」

 

 だとしたら……単純に回数を数えるより、スタミナを全て消費した回数で筋トレのメニューを決めても良いかもしれない。

 

 現実で鍛えた方がタメになるかもしれないが……このゲームは現実での身体能力も反映されるとはいえ、向こうで筋トレすると、こっちの時間がすぐに流れてしまう。現実で鍛える方向はナシだな。

 

 ふむ、方向性は決まった。

 それじゃあ具体的にはどうしよう。取り敢えず1日に1連のメニューをこなす方向性で……。

 

 

 

「見つけた」

 

 思考の海に沈みきった意識が、声に引きあげられる。

 聞き覚えがあるどころか、すっかり聞き慣れた声。俺が彼女の姿を目にする前に、すぐ横に座ってきた。

 

 いつの間にか用事を済ませたみたいだが……。

 

「……今回はいきなり抱き着いてこないんだな」

 

「私だって学習するの。あんな恥ずかしい事、またやろうだなんて思えないよ」

 

「そりゃそうか。……とにかくお疲れ様、ケイ」

 

 人生2周目であるケイも、まだまだ成長の余地はあるらしい。

 ちょっとの尊敬を含んで、労いの言葉をかけた。

 

「誰かさんが仕事を押し付けてくれたおかげでね。……メチャくんとハルカの2人だけど、家に送りつけておいたよ」

 

「助かる。明日からでも借りを返す」

 

「うむ」

 

 自分の成長について考えてから結構な時間が経ったのか、ケイは……メモ帳もそれの事でページ1つ分使ってしまった。

 

「そういえば、ケイが潰して回っていた、敵の侵入経路に関してはどうだ?」

 

「全部やっておいた。あの2人を送った後、最後の1つをドカンとね」

 

「個数は分かっていたのか?」

 

「規則的だったから。全部で4つだったんだけど、帝都の四隅にあってね」

 

 へえ……。まあ、帝都の中心には簡単に小細工できないだろうしな。

 

「そう言うことなら一件落着だな」

 

「うん。……この世界に来てから、災難が絶えない気がするけど」

 

「気のせいじゃないか?」

 

 あるいはゲームという特性上、飽きさせないためのイベントが山ほど用意されるからだろうか。

 ケイが訪れた時期と、あの戦争が発生した時期が近いせいもあるかもしれない。

 

「そう思っておくことにするよ。……ところで、そのメモ帳に何書いてんの? ……筋トレ?」

 

 ケイが、横から俺のメモ帳を覗き込んでくる。

 今は、魔力や集中といったステータスを鍛える手段を考えていたところだった。

 

「ああ。特に急所に当たったわけでもないのに、すぐ死んだからな。取り敢えず身体を鍛えようと」

 

「……じゃあ、この瞑想っていうのは?」

 

「瞑想は瞑想だ。魔力に慣れる為にと、自分なりに考えたんだが」

 

 ケイならもう少し良い意見が得られるだろう。丁度いいから一言でも助言をいただきたいものだ。

 しかし俺の期待を裏切るつもりなのか、俺のキラキラした目線に対して嫌そうな目で返された。

 

「少しでも心配した私が愚かだったよ。死んだってのにこんなに呑気にしているだなんて」

 

「呑気? とんでもない、今必死に打開策を講じているんだ。なんなら今この場で腕立て伏せをしても良いぞ」

 

「なんか奇妙な光景を見る事になりそうだからやめる。人形に筋肉なんてつくの?」

 

「……さあな」

 

 値さえ上がれば、少なくともシステム的な補助は入るだろう。

 筋力等のステータスによる見た目の変化に関しては……今まで見てきた武器防具職人達を見れば一目瞭然だが、確かにこの人形姿にどう言う変化が現れるのか、興味のある所ではある。

 

「まあ、プレイヤーは成長が早いが、俺はこのザマだからな。努力が必要なんだ」

 

「大変だね」

 

「んな他人事みたいな。……いや実際他人事かもしれないが」

 

「ん。私から言わせてもらうと、別に私の役に立とうなんて思わなくても良いんだけど。どうせ役立たずだし」

 

 ……なんだと? 

 

「……そんなこと言うとお前の分だけ毎食パン一枚だけにするぞ」

 

「ハイ前言撤回しまーす!」

 

「手のひら返し早いな……。言っておくが、必要が無いことぐらい分かってるぞ? もしも俺が以前の能力値を取り戻したとして、ソイツが100人も揃っていてもお前の足元に手が届くかどうか……」

 

 魔法や剣の技術に関しては言うまでもなく、戦闘に関しての判断力は結構なものだ。

 どの様なシチュエーションであっても、落ち着いて効率の良い方法を選択する知識は確かに()()()だ。真似できる人なんてそういない。

 

「じゃあ、どうして頑張るの?」

 

「何もしないで居たら、それは自分じゃない様な気がする……。って所か。所謂、性に合わないってやつだ」

 

 何がどうして合わないってのは、俺にとっても分からない所なのだが。

 

「もちろん、サポーターとしての役割も忘れないぞ? 地力がない内はこういうやり方しか戦い方が見当たらないからな」

 

「……なんて言えば良いか。とりあえず、私に追いつくなんて100年早いとだけ言っておく。正に文字通りにね」

 

「人生2周目だからな。……まあ、全く努力しないなんて事は無いから、安心してくれ」

 

「いや……なんか違うんだよなあ」

 

 む、何が不満なのだというのだ。

 少しだけ考えるが、ケイはこれ以上何かを言う様子もないし、俺も分からないしで……、今は放っておくことにしようと決めた。

 

 

「そういえば、メチャちゃんくんの様子はどうだった?」

 

「あー……その場の流れでハルカと引き合わせちゃったんだよね」

 

「薄々察してた。俺のヘルプに駆けつけるので頭が一杯だったろうしな」

 

「うっさい。……で、そしたら姉弟喧嘩が始まってさ。メチャくんはハルカの事を姉じゃないなんて言い出すし、ハルカもハルカで落ち度があるから、どっちを抑えるかなんて判断しずらかったし……」

 

 ハルカの落ち度? 

 そういえば、メチャちゃんくんから聞いていたハルカの行動について、その真意を知らない。

 

「実はハルカはアンドロイドで、埋め込まれた記憶から、本当の姉の“後悔”を読み取って、それに従っただとか。……と、ざっくりだけど、そんな感じだよ」

 

「……つまり、ハルカは生前の遺志を継ぐ為に行動していたと」

 

「そ。身体の弱さを理由にずっと寝ている様な“無力な姉”じゃなくて、“弟を守る姉”で在りたいってね」

 

「立派な志じゃないか」

 

「うん、まるでキミみたいだ」

 

 ケイがそんな事を言い出した。

 そう思えるような共通項でもあるのだろうか? 俺は首を傾げた。

 

「で、それでなんだけどね?」

 

「……ああ」

 

「あの姉弟、下らない事でお互いを誤解しているようにしか思えなくってさ」

 

 ……くだらない誤解? 

 

「そう、思っている事の食い違い。お互いの頭の中にある前提条件の矛盾とも」

 

「はあ……それじゃあ、具体的にどう言う誤解をしていると?」

 

 確かに、喧嘩をしていると言う話から察するに、すれ違いが起きているとは思うが。

 

「メチャくんは、生前の姉のそのままの姿を望んでいる。ハルカは、メチャくんが“生きた姉”を望んでいると思っている」

 

「……生きた姉?」

 

「ハルカが死ななかった場合の、今の姿。ついでに言えば、身体の弱さも克服した……ね」

 

 死ななかった場合の……。

 

「どっちかというと、メチャちゃんくんの方が落ち度があるのかな? 生きた人間を模したモノを作るのはともかく、途絶えた人生の続きなんて作れるワケない」

 

「断言するんだな?」

 

「断言する。例え自分で自分自身の複製を作ったって、必ず何処かで差異が生まれる。個人の全てを複製するなんて、それ以前に知ることすら出来ないんだよ」

 

 ……ケイは、誰かの複製を作ったことがあるんだろうか? 

 そう思える様ぐらいには、実感がこもった言葉に聞こえた。

 

「作ったことが?」

 

「……無いよ。気まぐれに理論を作ったことはあるけど……」

 

 ケイがバツが悪そうな顔で、目をそらした。

 彼女にとっては好ましくない過去だったらしい。俺で言う黒歴史の様なものだろうか。

 しかし俺はそのことを知らない。あのノートには読めていない部分があるから、それだろうか。

 

「ま、それは兎に角。彼らがお互いを勘違いしていることを踏まえて……キミはあの姉弟をどうしたい?」

 

 ああ、それは……って、なに? 

 

「な、なんだ、急に選択肢を押し付けてきたな」

 

「私は、傭兵絡みの問題だけ抑えるつもりだよ。それより先は、キミに任せる」

 

 ……なんだそれは。

 部下でも従者でもないと言うのに、俺の判断に従うだなんて……。

 

 ケイがどういうつもりなのかは分からないが、一応、俺なりの考えをまとめる。

 先程メチャちゃんくんと交わした個人的な依頼があるが、ケイがハルカを連れて行った時点で完了と考えると、依頼の強制力はこの判断に関わってこない。

 強制力といっても、逆らおうと思えば逆らえれるものなのだが。

 

「……少なくとも、今すぐ行動しろってワケじゃ無いからな。いい加減に寝るか」

 

「あ、帰るんだ」

 

「今何時だと思ってるんだ……。もう睡眠時間の折り返し地点だぞ」

 

「軟弱だねえ。ちょっとの徹夜ぐらい耐えられるでしょ。ましてや数時間も眠れたんだから」

 

「お前の基準はハードすぎる」

 

「まあまあ。……そうだ、夜が明ける前に行きたいところがあるんだ」

 

 行きたいところ? 

 ……まあ、どうせ転移魔法があるから、長い時間をかけない限り別にいいのだが。

 

「ちょっと高いところに」

 

 ケイが真上を指差して言う。

 因みに、ここは時計塔の足元である。

 

「ふむ、そうか、なるほど。俺だけ帰っていいか?」

 

「ダメ。どうせだから一緒に行こうよ」

 

 俺の手の上に手のひらを乗せて、ジリっと顔を寄せてくる。

 なかなか、立派な美少女的な仕草と評価するが、俺にとってはケイの悪ふざけとしか思えない。

 優しく手のひらを乗せていると見せかけて、その強烈な力は俺の人形の指を軋ませている。

 握力どんぐらいあんだよお前! 

 

「ほーらほーら。『転移』」

 

「──ぐあ?!」

 

 そして、視界が切り替わる。

 そよ風は一瞬にして強風となり、不安定な足場を踏みしめる俺を煽ってくる。

 

 容赦の全く見当たらない勢いで、先日と同じような所へ飛ばされてしまった……。

 ここまで来たら、ケイの手から逃れるよりもケイの手に縋り付く方がマシだ。

 

「……それ直せないの?」

 

「たった1日で直せるものじゃないからな!」

 

 ケイの片手に両手で引っ付く俺が、怒鳴り混じりに答える。

 高所恐怖症を1日で直せる方法があるのなら、むしろこっちが聞きたいものだ……! 

 

「まあ、仕方ないか……。それにしてもこの景色、昼とはまるで違って見えるね」

 

「……余裕がある状態で見られたら、そりゃもう感動ものだな。帰っていいか?」

 

「口ではそう言ってるけど、結構余裕じゃない?」

 

「2回目だしな……。3回目は勘弁してほしいが」

 

 ケイの体軸が安定しているから、安心して彼女に掴んでいられることに気づいたのだ。彼女さえバランスを崩さなければ、俺も安全である。

 

 いや、それはそれで情けないな。

 

「ふうん。……それよりこれ、どう思うよ?」

 

「どう思うって……ああ、この景色か」

 

 ケイがわざわざ見せたがるぐらいだ。俺も街を見下ろしてみる。

 

 夜も深いと言うのに、街灯の他にも幾らかの建物の窓から光が漏れている。

 現実世界と思わず比べてしまうが、高い建造物が少ない分、心なしか起伏がないという感じを受ける。

 

「気に入ったのか?」

 

「うん、面白い。新鮮だ」

 

 へえ。ケイもそういった感受性も持ち合わせているらしい。

 

 

 しばらくの間、時計塔から帝都を眺めていると、ケイが何かを言いたそうに俺を見ていることに気づく。

 

「なんだ?」

 

「……ソウヤは……あー、コレ変な質問だな」

 

 ケイが一度言い淀んで、しかし言葉を取り消すことはなく、そのまま続ける。

 

「キミは何を望んでいるの?」

 

「確かに変な質問だな。まあ、そうだな。これからやりたいことって言えば……適当に旅をするのも良いんじゃないか?」

 

「いや、質問の仕方が悪かった。……いつも、私と一緒に行動しようとするよね、どうして?」

 

 ああ、それか。

 

 明確な理由は持ち合わせているのだが、それをそのままケイに言える様なモノではない。故に、俺がケイと共に居たがるのが不審に思えてしまうのだろう。

 

「別に怪しんでるワケじゃないんだ」

 

「そうなのか? まあ、魔女狩りをしようって雰囲気には見えないしな。……そうだな、俺が記憶を持っていないってのは、前に言ったよな?」

 

「覚えてるよ。前世の記憶が殆ど無いって」

 

 ああ、そう言えばそういう話になっているんだったか。

 

「そうだ。それが関係するんだが……。ケイならこの時点で察せそうだな。お前の過去を知りたいんだ」

 

 伝えてはいけない部分を削り取り、最低限の言葉を放つ。

 ケイと共に行動して、彼女の過去を知れれば……彼女を作り出した当時の俺を知れるかもしれない。

 

 そんな理由があって、俺はケイと出来るだけ近い所に居るようにした。

 

 ……最初は、だが。

 

 幸い、創作主と創作物という関係性が影響してか、俺ら2人は気が合うから、計画を実行するのは難しくなかった。

 それも、当初の目的を忘れる程に。

 

「私の昔話が聞きたいんなら、言えばいいのに」

 

「いや、昔話で言って聞かせれるような類の過去じゃないんだが……いや、この辺りは言葉にするには難しいな。まあ大体はそんなもんだ」

 

「ふうん……?」

 

 正直、この目的は永遠に果たされないだろう。

 結構な時間を彼女と過ごしたが、時間を重ねる程、それが明確になって見えてくる。

 

 目の前にいる存在は、生きている。

 過去の俺が作り出した存在だとは思えないほどに。

 

「……よく分からないけど、”私の事をよく知りたい“って事で良いかな?」

 

「待て、それだとある種の誘い文句に誤解されないか?」

 

「ごめんなさい。ムリです」

 

「告白すらしてないってのにフられたんだが」

 

 ……まあ、良いか。

 

 ケイの事を知る事で、俺の過去を知る……って方法は無意味だと分かった現状だが、まだ黒歴史ノートの事がある。他の方法だってある筈だ。

 

 まあ、だからってケイとの縁を捨てる気にはなれないが。

 

 ……そうだな。いつも通りにして、空いた時間で過去を探すとしよう。

 

 

「……それじゃあ、明日は2人の様子を見に行こう。それまでお休みだ」

 

「そっか。なら、そろそろ戻ろっか」

 

「おう」

 

 

 この夜、帝都に這い寄る危機が、主に1人の手によって退けられた。

 誰の目にも映らぬまま。人々がその存在に気付かぬまま……。

 

 残る問題は、あの姉弟。

 

「……少しだけ、お節介を焼かせてもらおう」




あと数話で終わる


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63-ウチのキャラクターと俺の姉弟との別れ

最終話


 翌朝。

 

 適当な朝食を取り、直ぐに向かったのはメチャちゃんくんの家。

 中から怒鳴り声が聞こえてくるわけでもなく、若干の生活音が聞こえるのみである。

 

「ごめんください」

 

 ノックする俺の代わりに、ケイが声で呼びかける。

 するとゆっくりとした足取りの足音が聞こえてきて……、それに駆けるような足が上乗せされる。

 

「私が出ますわ!」

 

 扉越しに聞こえたその声で、ケイが微笑んだ。少なくとも悪い方向に向かうことは無かった様だ。

 

 待つこと約1秒。元気にガチャと開かれる玄関扉の向こうには、心なしか雰囲気の変わったハルカがいた。

 

「やあ」

 

「挨拶にしてはフランクすぎないか?」

 

「おはようございます。やっぱりケイさんとソウヤさんでしたのね、待っていましたわ!」

 

 俺の言葉は無視されつつ話が進む。

 

 ケイの礼の片鱗もない挨拶になんとも思っていないのか、彼女はそのまま俺たちを家の中に招き入れ。

 内装は以前来たのと同じ。気になるのは姉弟の関係性だが……。

 

「この様子だと……」

 

「ええ。メッチーにも納得してもらえました。ケイさんが家まで送ってくれたお陰ですわ」

 

「それは良か……んん、“私が家まで送ったお陰”で?」

 

「ええ。少しばかりですけれど、家に居たお友達に手伝って頂けたのです」

 

 家に居たお友達に……? 

 一体誰のことだ、と思って部屋の中に入ると、メイド服姿のアンドロイド……エミータがリビングにて立っていることに気づく。しかし、アンドロイド達が待機するポジションとは別の位置で。

 

「昨日の事は、本当に感謝しますわ。エミー」

 

「本日で6回目の言葉です。ハルカさん」

 

「10回も言わないと足りないぐらいです」

 

「1回で十分です。そもそも、感謝の言葉を告げられるべきなのは貴方ですよ」

 

 ……あー。

 エミータって、こんな喋り方だったか? もう少し機械的というか、形式的というか……。

 でも今は、感情や表情の変化が、少しばかり感じられるような……。

 

「えっと……キミがエミータ?」

 

「はい。BA-F004、エミータです。……私の事を忘れたのでしょうか?」

 

「ああいや、ヤケに雰囲気が変わっているなって……」

 

 ケイも同じ意見を抱いていたらしく、俺が言いたいことをそのまま言ってくれる。

 

「その件に関しては、マスターもこの場に居る状態で話した方が良いでしょう。少々お待ちください」

 

 するとエミータが何処かへ向かって行った。メチャちゃんくんを連れて来るつもりだろうが……。

 

「ケイさん、ソウヤさん。お茶です」

 

 入れ替わりに、他のアンドロイドが入ってきた。この人は確か……ベス? 

 

「ああ、どうも……。キミはいつも通りっていうか……以前のエミータと同じだ」

 

「はい。今朝の自己診断の結果はオールグリーンでした」

 

「うん、そのメンドくさい言葉遣い、間違いなくいつも通りだ」

 

 ケイが納得し、その様子を見届けたベスは、他の待機中のアンドロイドの横に並んだ。

 どうやら、変化したのはエミータのみらしい。

 

「……ここのアンドロイド4人って、命令にだけ従う人形みたいなモノって思ってたけど……、エミータってもしかして例外?」

 

「後天的な例外です、そういう風にした原因は私にあるのですわ。……簡単に言えば、記憶データを共有したら、うっかり感情が芽生えちゃったのです」

 

「感情ってうっかりで芽生えるもんなの……?」

 

「ええ。まあ、芽生えたとは言え比較的感情に乏しい、というレベルですけれど」

 

 それでも十分では……。

 いくら高性能な人工知能を積んでいたとしても、そこへ感情という概念を与えるなんて、難しい。

 ……この世界の住民の大半はそれだが。

 

 

「……戻りました」

 

 しばらくお茶を飲んで待っていると、エミータが戻ってくる。

 メチャちゃんくんを連れてくると言っていたはずなのだが、彼女の背後に人影は見えない。

 

「少々お待ちください。マスターは現在心の準備とのことです。……私には理解し難いですが」

 

「ありがとう、エミー。貴方も長い時間生きていれば、きっと分かるかもしれないわ」

 

「そうですか。それは将来に期待ですね」

 

 無表情のままガッツポーズを取るエミータ。

 ケイが微妙な顔でその様子を見守る。未だにエミータの変化に慣れていないようだ。……俺もだが。

 

「ま、まあいいけどね……。本当に以前とは見違えて見えるよ、エミータ」

 

「初対面の当時は、擬態していましたので。……あ、マスターが準備を終えたようです」

 

「ん」

 

 それを聞いたケイが、何かに気づいたのか向こうの扉を見る。

 俺も釣られてそこをみると、扉が半開きになっている。

 

 

「……」

 

 そして、ひっそりと出てきたのはメチャちゃんくんの頭部である。

 

「…………オハヨウ」

 

「おはよう。メチャく……って、どうしたのそのクマ?」

 

「なんでもないヨ……」

 

 と彼は言うが……、何もないのにクマができるわけ無いだろう。

 昨日の夜更かしが影響したのか? しかし、ケイが彼らを家に送ったのは深夜の2時かそこらである。そこまで酷いものにはならないと思うのだが……。

 

「無理もありません。あれから結局、2時間は口論していましたので」

 

「ええ……?」

 

「因みに、この内の4分の3。つまり1時間半は拗ねたメッチーが部屋に閉じこもっていた時間です」

 

「ええ……」

 

「……むー」

 

 今の話から予想できる就寝時間は、約深夜4時……なるほど、それはクマが出来てもおかしくない。

 

「因みに、先程の心の準備の時間というのは完全な誤りで、正確には寝起──」

「エミータ!」

 

「イエス、マスター。元気な声が聞けて何よりです」

 

「んもうっ……!」

 

 アンドロイドが主人をからかってる……。

 

「エミー。そこら辺で許してあげて下さいな」

 

「はい。お友達の言葉とあらば」

 

 奇妙な事が目の前で巻き起こっていることに唖然としている俺たちに、メチャちゃんくんが気づくことはない。

 代わりにメチャちゃんくんがドスンと椅子に……と言うには些か質量が小さく、実際の音もポスンと言ったものだが、とにかく乱暴に座った。

 

 

「……ソウヤにい、ケイねえ。……昨日はありがとう、あと、ごめんなさい」

 

「あ、ああ。うん。ちゃんと話し合った?」

 

「ちゃんと話したよヨ。……正直、腑に落ちないところもあるんだけド」

 

「それでも上出来だよ」

 

 気持ちはわかると言わんばかりに頷くケイに対し、メチャちゃんくんは難しい顔をしている。

 

『なにか気になることが?』

 

「……いや、大した事じゃないヨ。エミータがどうしてこうなったんだろうって」

 

「既に説明したはずですが?」

 

「うん。姉さまの記憶を共有したら、そうなったんでしょ? でも腑に落ちないっていうか……」

 

「唯一私たちの整備、維持を担当できるエンジニアがその様子では、心配になってしまいます」

 

 そう言っている割には、顔が心配している様には見えないのだが。

 しかし、アンドロイドが感情を持ち始めた話には興味がある。先ほど保留にされていた話を再び持ち出す。

 

「そう、その話。どうしてエミータだけが?」

 

「はい。ハルカさんが別の視点で見てほしいという理由で、記憶データを共有。これが原因と予測されます。具体的に言えば、記憶と共に参考となる分析データが送信され、この分析データが()()と判断し、現在の特殊な思考パターンが形成されるに至りました。つまり、私は“人の考え”を教わったのです」

 

「……言ってることの大半が意味わからないんだけど、一番最後だけ取れば良いんだよね?」

 

「はい」

 

「人の考えを教わった。それで概ね間違いありませんわ」

 

「なるほど」

 

 人がAIに感情を与えるのはともかく、AIがAIに感情を与えるとは……。

 時代も変わったものだな。……いや、別にそこまで時代の変化を実感してはいないが。記憶無いし。

 

 

 ハルカの変化の経緯を知り、なるほど、と手元のお茶を少しだけ飲むと、ふとメチャちゃんくんがもじもじとしている様子なのが視界に入った。

 

「それで……その、詳しい話が知りたいのかナ……?」

 

「うん?」

 

「えっと、ケイねえ達がここに来たってことは、説明させられるのかなーっテ。……巻き込んじゃったし」

 

 いや、俺達は2人の様子を見に来ただけだ。向こう側の都合を説明させてもらう気はない。そもそも、メチャちゃんくんがゴタゴタしたあの時に、大抵の説明はされてる。

 

「特には……。死んだお姉さんを蘇らせようとした。そして今の彼女に納得行かなかった。ただソレだ──」

 

 ケイの肩をどつく。

 メチャちゃんくんにとって、今回の件は非常に大きい。ただソレだけ、だなんて言ってはいけない。

 

「あ、別に気にしなくて良いヨ。下らない喧嘩だったのは分かってるカラ」

 

 ああ、なんて気遣いの出来る大人なんだ……。見た目は子供だというのに。

 

「ごめんね」

 

「ううん。……そうだ、何か質問とかあったりする?」

 

「質問?」

 

 と言われても、俺からなにか訊きたいことなんて特に……いや、あった。

 俺から一つ質問。と声に出す代わりにすっと手を挙げる。

 

『ハルカへの質問だが、昨日の夜に何してたんだ?』

 

「その事なら、途中からケイさんと合流したのでご存知かと思いますが……?」

 

『いや、帝都の外。森のなかで見かけたから気になったんだが」

 

 その時、メチャちゃんくんの瞳がグイっとハルカの方に向いた。

 ハルカはしまった、と顔を緊張させている。

 

「……まだ、何か隠してるの?」

 

「え、えっとですね」

 

 ……訊いてはいけないことを訊いてしまったらしい。

 彼のハイライトのない瞳をみて、質問を取り消すにも遅いと直感した。

 

 横でもエミータが、あっちゃーと言わんばかりに顔に手を当てている。手の隙間から無表情の顔が見えるが。

 

「あっちゃー」

 

 口に出すのかよ。

 ……するならするで、もう少し感情を込めてくれないだろうか。場の空気が重いのか軽いのか判断しづらい。

 

「説明して」

 

「……外の敵を奇襲して武器と弾薬を集めてましたわ。私には戦闘用のパーツが無いので、こういった武器が必要……でしたの」

 

「へー」

 

「ちゃ、ちゃんと攻撃を受けないように立ち回りましたわ! だからこうして生きているワケですし!」

 

「へー」

 

「あれ? でもあの時は銃持ってなかったよね。帝都の中であの傭兵たちと戦ってたじゃん」

 

「あ、あー……。倉庫に置いてきてしまって」

 

「……へー、倉庫に」

 

「そっか。まあ、素手でどうにか出来るもんね」

 

「…………へー、素手で」

 

 メ、メチャちゃんくんの目が怖い……。

 物理的に押しつぶされると錯覚するぐらいの重圧だ。ケイとエミータは涼しい顔をしているが……俺は重苦しい顔で2人の様子を見るぐらいしか出来ない。

 

「……後で」

 

「はいっ」

 

「オハナシ」

 

「わかりましたワッ」

 

 とりあえず、地雷を踏んでしまった俺は口を閉じて、謝罪の念を送っておくことにした。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「あ、そういえば昨日、運転中の事なんだけド。アレってさ」

 

 何かに恐怖しているハルカを置いて、まるでフィルターに掛けられたかの様な澄んだ顔に戻ったメチャちゃんくんが、別の話題を持ち出した。

 運転中、と言うことは俺たちが王国から帝都へ移動している間のことだろうか。

 

「どのアレでしょうか?」

 

「コマンドが効かなかった時の事……。プログラムを見直しても結局分からなかったんだけど」

 

「ああ、ソレですね。私の見解では、あの新しいコマンドは非常にダサいですので」

 

「ダサい……」

 

 ダサい……。

 

「という事で、今後はカッコいいコマンドを設定する、それとロマンのあるパーツの搭載などの改修が、私としては有効な運用を望めるかと」

 

「いや、どう考えても関係な」

「強く希望します」

 

「……考えておくヨ」

 

「せんきゅー、マスター」

 

 非常に人間臭いエミータの要求に、メチャちゃんくんが苦笑いする。

 元からアンドロイド扱いなんて出来ない容姿だが、振る舞いもコレでは、最早完全な人間である。

 

 

 多少空気が和んだところで、帝都の事やオススメの工房や店など、世間話を繰り出す。

 それ続けていく内に、気が付くと手元のお茶は空になっていた。

 

「それじゃ、何時までもここに居るわけにも行かないし、そろそろ出るよ」

 

「うん、わかった。……あ、そうだ。フレンド登録しない?」

 

「フレンド登録?」

 

「あ、ゴメン。ソウヤとね」

 

 む? フレンド登録ぐらいケイと……と思ったが、彼らはケイのことをNPCだと思っているんだったか。

 まあどうせ、フレンド欄は共有されているのだし、俺がやってもケイがやっても変わらないだろう。

 

 レイナの時にやった手順を思い出しながら、友達の証というアイテムを出現させる。

 

『友情の証がポ―チ内に出現しました。登録するプレイヤーに渡してください』

 

 この世界では結構な時間を過ごしたと思うのだが、これで2人めのフレンド登録である。

 

 非常にシンプルなフォントで書かれた『友情の証』という文字が、如何にも人形らしい。

 ……それはとにかく、交換だ。

 

「……うんっ、登録完了したヨ。もし何かあったら、何時でも話してネ。出来ない事があるかもしれないけど、助けるカラ」

 

「……有難う」

 

『「メチャちゃん」とのフレンド登録を完了しました』

 

 これまたサイバーチックな友情の証を仕舞い、立ち上がる。

 ケイはなにやらメニュー画面を確認している。……どうやら、フレンド欄を確認しているらしい。

 

「増えてる……」

 

「ケイも、そろそろ行くぞ」

 

「あ、ごめんごめん。……それじゃあ、また今度」

 

「帰りは気をつけてネー」

 

「お元気で。またご縁があれば、その時は一緒にお茶会をしましょう」

 

「うん、さようなら」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「……良かったね、2人がなんとも無いみたいで」

 

「だな。エミータに関しては本当に驚いたが……でも、2人の仲を取り持ってくれたらしいしな」

 

「うん」

 

 メチャちゃんくんの家を離れて、適当に道を歩く俺たち。

 

 このあとの予定は……特に無い。

 元々はちょっとした旅だという目的だが……滞在期間については特に決めていなかった。

 

「これからどうしようか」

 

「傭兵共の今後には気をつけたいよね。一度魔法陣を潰したとはいえ、また魔法使いが設置してもおかしくないから。……そういえば、衛兵に突き出した奴はどうしたの?」

 

「……知らないな。あの後、近所にあった衛兵の詰所に、適当に」

 

 夜遅くではあったが、運良く起きていた衛兵が居たので、一応はスムーズに行けた。

 

「そういえば。あちらさんも戦争に関しての情報が行き渡ってたみたいで、奴があの勢力の一員だと分かった後、大慌てだったな」

 

「そりゃそうか。銃を主な武器とする勢力。本格的に帝都にも矛先が向いたら大変なことになるだろうからね……。いくらこの技術力を兼ね備えているとはいえ」

 

 そう考えると……。ううむ、また騒がしくなるのだろうと、容易に予想ができる。

 国が敵の侵入に気づけば、一気に帝都の空気が重苦しくなるだろう。

 

「お前はどうしたい?」

 

「……特に、どうにも。以前の戦争ならともかく、今の彼らは、簡単な統制と小規模の……いや、多く見積もって中規模の戦力を持ってる。けどその程度なら、国の力でどうとでもなる。バカな判断を平気にするような人が行動しない限り」

 

「じゃあ、不干渉って所だな」

 

「キミは帝都をどうこうしたいって気持ちはないんだね」

 

 ……俺、どうこう出来るような力なんて持ち合わせてないからな。

 ケイが乗り気じゃなければ、俺も乗り気になれない。

 

「この薄情な人形に失望したか?」

 

「いいや」

 

「そうか」

 

 まあ、今更失望されたって殆どダメージがないワケなのだが。

 

 

「そうだ、ここの依頼処で何か請けてみないか?」

 

「何か?」

 

「適当に……とは言え、なんでもってワケじゃない。帝都だけってのもアレだし、他の町や村に訪れる機会があっても良いと思うんだ」

 

 依頼処には、国内のどこかから依頼が飛んでくることがある。国が兵を上げてやる程の物ではない程度のもの、例えば畑の防衛や、素材やアイテムの調達など。メチャちゃんくんの依頼のように、人を護衛する依頼だってモチロンある。

 

「帝都周辺以外は、荒野か砂漠しか無い国だけどね」

 

「……そういえばそうだったな」

 

 まあ、無いワケじゃないと思うんだが。

 

「けど、行くだけ行ってみるか。ついでに周辺の町や村について調べよう」

 

「おー」

 

 さあ。

 観光気分の旅は、まだもう少し続く。

 

 

 ……多分。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「私も、彼女の様にスタイリッシュに戦ってみたいものですわねえ」

 

「姉さま?」

 

 ケイさん達が玄関から帰っていった後、彼女たちが去っていった方向を眺めて、思わず呟いてしまった。

 その呟きに、メッチーが私の方を見る。

 戦い、という単語に反応したように見えた。

 

「安心してください。流石に魔法を使ったり転移したりなんて、期待していません。私、すっかり機械の身体になってますから」

 

「……そうだね」

 

「ええ」

 

 まだまだ複雑そうな表情をしているメッチーは、完全には割り切れていない。

 

 私と、そしてエミーの言葉により落ち着いてはいるけれど、彼は私のことを姉だと信じきれていない。

 姉だと認識して、けれど、心の何処かで疑念を抱いているのでしょうね。

 

 

 ……正直な所、私だって心配なのです。

 

 アンドロイドでありながら、人の心を持つ個人であるから、分かる。

 少し記憶を植え付けられて、感情や思考という()()()()()からと言って、私は人間にはなれない。

 

 私には、足りない物がある。

 

 それが何なのかは、分からないですけど。

 

「ハルカさんも私のような戦闘用カスタマイズを適応しますか? 同性能同機能を持つウィングマン(仲間)と共闘するというのは、私としては興味があります」

 

「良いですわね。エミーの戦いを見たことはありませんが、面白そうですわ。メッチーはどう思うのです?」

 

「……」

 

 ……まあ、そうなるのも無理ないですわね。少し軽率な発言でした。

 私を改造することで、姉という存在から離れてしまう、とでも思っているのでしょう。

 

 

「メッチー……いえ、冬明(トウメ)ちゃん」

 

「う……」

 

「私は春香じゃないかもしれませんし、人間でさえないかもしれません」

 

 ビク、と冬明ちゃんの肩が震える。

 

「……けど、これだけは言わせてください」

 

 

 ……私が人間で在るために、春香で在るために必要な物が何か。それは分かりません。

 

 ただ、冬明ちゃんに必要なものが何か。それは、一つだけ分かっています。

 

「この体が鉄で出来ていても、血の代わりに電気が通っていても、私は冬明ちゃんの()()()です」

 

 姉という存在。

 それこそが、彼が冬明として在るために、必要な物です。

 

 

 ……春香さん。私は姉として在れていますか?





誰かが、誰かを目標に努力していたとする。
その人に追いつこうと、横に並ぼうと、あらゆる手を講じている。
そうしていると、「その人と同じ事が出来る」と言うのが、いつの間にか目印になってた。

それを見た誰かが、言った。

人は、別の誰かになるなんて出来ない。


創作物でときたま聞くセリフですが、この弟姉と合わせて考えてみると、別の意味が浮かび上がりそうですね。


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幕間-誰かの過去/2人の朝食

 ……ここは、どこだろう。

 

 砂利が固まった様な地面。

 見たこともない、灰色の建造物。

 その中で自らを主張するかのような、浮かぶ半透明の看板。まるで光自体がそこで文字の形を成しているような。

 

 そして、この文明を生きているのであろう、見慣れない服装の人々。

 

「……あれ、この女」

 

 その中に、見覚えのある姿を見た。

 

 何処かで見た筈だが……ああ、思い出した。以前見た夢の。

 確か前は、彼女はまるで死んでいる様に眠っていた筈だ。

 

 でも、あの夢から覚めた後、すぐにその記憶を……。

 

 ……一体どういう事なんだろう……? 

 

【よしっ、この駅を降りたら……南かな?】

 

 彼女の手元の携帯で、何かを確認しつつ歩き出した。

 

 ……。

 いや、“携帯”って何なんだ? 私はそんな物を、見聞きした事さえも……。

 

【えっとー。あったあった】

 

 ……とりあえず、あの人を追ってみよう。

 彼女が駆け寄ったのは、周辺の地図が描かれた()()()()

 

 何処かへ向かう最中なのだろうか。

 

「……あ、そうだ。あの本の事」

 

 前の時に見た、あの本。『エルの旅路』。

 恐らく、あの本の持ち主は彼女だ。いったいアレはどういう事なのか、質問するチャンスだ。

 

 そう思って、彼女の肩を叩こうとして……。

 

「っ……。すり抜けた……」

 

 触れることは出来なかった。

 ならばと話しかけてみるが、返事も無い。

 

 ……この世界は夢の世界。

 だからだろうか。他者へ干渉することは出来なかった。

 

「……夢、ね。まあ仕方ないか」

 

 仕方がない。

 ……とはいえ、気になることは気になる。

 

 彼女と、エルの関係。

 それが知りたい。

 

【こっちかな?】

 

 どうやら動き出すみたいだ。

 よし、ついて行こう。

 

 

 彼女の横を歩いていると、見慣れない物ばかりが視界に入る。

 メチャくんが作っていた魔石駆動……なんとかのと似た形の物が大量に道を走っている。

 2つ以上の道が交わる点では、赤と黄と青に輝く機械が、交通を制御していた。

 

「技術力が高いのは明らか。それを扱う人の方も……」

 

 あの質量を持つ物体が、高い速度で走っている。アレほど多くのモノが走っていて当然だというのが、不思議だ。

 走っているだけで人を殺すことは簡単。或いは故意でなくとも、殺してしまうなんて事は珍しくないはずだ。

 

 建物に関しては、最早言葉も出ない。

 あれほど高く建てるという事は、それだけの人数をその中に入れているということだ。

 町を見回した所、人口も多いから間違いではないはず。

 

【ここの信号は……あー、左だっけ?】

 

 彼女が何処に行くつもりなのかは知らないけれど……道順ぐらいは把握しても良いだろうに。

 

 呆れた顔で視線を彼女の方に戻す。……すると、とある物が視界に入る。

 

「この髪留め……」

 

 あの紙袋の中に入っていた物と同じ……。

 

【あ、こっちか】

 

 ……。

 とにかく、ついて行こう。

 

 

「それにしても」

 

 少しだけ小走りして、彼女の前に出る。

 そしてその顔をじっと見つめる。

 

「この顔……」

 

【あ!】

 

 っと、一体どうしたんだ? 

 私は彼女の目線を追って、振り返る。

 

【ここが……】

 

「……ここが、目的地?」

 

 この道中で見てきた建物は、高さばかりでまるで塔のようだったが……。これはなんというか、四角い白色の館というか……。

 

 そう、私が関心するような目で建物を見ていると……。

 

「──……!」

 

 嫌な予感がした。

 

 横を見た。

 警戒心の欠片も無い顔で、向こう側へ歩いていた。

 

 不味い。

 

 何が? 

 

 分からない。

 

 とにかく、嫌な予感がする。

 

 だから私は、手を伸ばして──、

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「──待って! ……え、あれ?」

 

「お。起きたか。一体どんな夢を見てるんだ?」

 

 横でパチパチという音がする。焚き火の炎が弾ける音だ。

 状況が把握できないまま、その方向を見る。……ソウヤが居た。

 

「おはよう。今日は乾燥わかめで出汁を取ったワカメスープと、肉じゃが。そんでパンだ」

 

「肉じゃが……」

 

「不満か? 悪いが、今から変えるとなると遅くなるぞ」

 

「い、いや。そういうんじゃなくて……」

 

 ソウヤが首をかしげる。

 

 ……まだ、覚えている。

 夢の内容を。

 

 灰色の都市。大量の走る鉄の車。形を成した光の看板……。そして、あの女。

 

「……ふむ? 変な夢でも見ていたのか? 寝起きに変なことを叫ぶ始末だしな」

 

「あー……うん。変な夢だった」

 

「まあ、精々飯食って目を覚ましておいてくれ。今日の昼過ぎには目的地に着く予定だ」

 

 目的地……。帝国領土内にある、炭鉱町のコールタウン。

 そこの炭鉱内でモンスターが発生しているから、それを討伐してほしいという依頼で、そこへ向かっている。

 

 その炭鉱町は帝都から北側に位置する。ミッド王国との国境から帝都への一本道を、少しばかり外れるとそこへ辿り着く。

 今まで歩いてきた距離を考えると、確かに予定通りに到着しそうだ。

 

 

 ……あの世界。ソウヤは知っているだろうか。

 

「ソウヤ」

 

「なんだ?」

 

「…………あ、いや」

 

 ……いや、そんなワケない。

 私の夢が作り出した世界を、ソウヤが知っている筈ないだろう。

 

「……2度寝して良い?」

 

「珍しい事を言うな。町に着いたら宿で昼寝なりすれば良いだろう」

 

「それもそうだね」

 

 少し微笑んで、手元に置かれた2つの器に目を向ける。ワカメと、肉じゃがサンドパンと言ってたか。

 パンとの組み合わせとして良いとは……と思ったら、パンと合わせるために、原型からかけ離れない程度に肉じゃががアレンジされていた。

 

「よく肉じゃがの材料が揃ったね」

 

「そうか? じゃがいもと肉程度だろう」

 

「でもほら、糸こんにゃくまで……」

 

「ああ、帝都の市場で売ってあったのを見つけてな。出発前、お前に頼んで色々と四次元ポケットに詰め込んだろう?」

 

「そっか、あの時にね」

 

 へえ……。ソウヤの料理には助けられてばかりだ。

 毎日美味しいものが食べられるというのは、士気にも影響してくる。腹が減っては戦は出来ぬとは言うけれど、食べる物が美味しければ、良い戦が出来るものだ。

 

 

「しかし、驚いたな」

 

「驚いたって、何が?」

 

「こんにゃくってのを知ってた事に対してな。お前、こんにゃくなんて物は、向こうの世界でもこの世界でも見たこと無かったと思うのだが……」

 

「え?」

 

「あ、いや、何時も買い食いしてるお前なら知っててもおかしくないな」

 

 ……違う。

 見たことがない。知ったこともない。聞いたこともない。

 

 私は……知らない物を、何故覚えている? 

 

「……どうした?」

 

「い、いや……。知ってはいたけど、食べるのは初めてだから。……頂きます」

 

「ふむ。気に入らなかったら言ってくれ。こんにゃく抜きにしておくから」

 

 …………。

 

 夢を見て。知らない物を知って……。

 私は、何かがおかしい。

 

「頂きます」

 

 ……ソウヤには、何も言わないでおこう。

 大丈夫。戦闘には影響は無い。平気だ。




次回

「イツミの使い魔」


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第8章 イツミの使い魔
64-ウチのキャラクターと俺の炭鉱町


 先日。帝都をひとしきり楽しんだ……楽しめたのか? 

 とにかく観光を終わらせたところで、依頼という仕事を一つ貰った。

 

 依頼内容。

 地元の炭鉱で、モンスターが発生したから、これを退治してほしい。

 

 まあ、普通のモンスター退治だ。

 

 問題の炭鉱があるという町へ入ると、その数や本数は帝都には劣るものの、所々にパイプが伸びているのが見える。

 

「場所が変わっても、特徴は変わらないな」

 

「あの帝都もそうだけど、どこの場所も燃料が大量に必要になるんだろうね。だったら、炭鉱町はその需要を賄う重要拠点だ」

 

「ここから見えるあちこちの黒煙だけで、どれだけ消費してるのかがわかるぐらいだしな」

 

 水蒸気という動力を扱うからには、水を加熱する施設が必要になる。

 そして勿論、燃料も供給せねばならない。

 

「……よくよく考えたら一大事だよな。唯一の、ではないにしろ、重要な資源だろうに」

 

「本当は国で対応したかったけど、奴らの対応をしなきゃいけないから冒険者任せ……って感じかな」

 

 ゴシップ記事でも書けそうな憶測を語り合いながら、目的地へと向かう。

 炭鉱町に来たら、先ず依頼主と顔を合わせたい。

 

 炭鉱の責任者という立場が居るという建物の住所は、このメモ帳に記されている。

 

 この炭鉱町には結構な賑わいが見られ、整備も行き届いている。

 通行を邪魔するものといえば、その賑わい。つまりは行き交う大量の人ぐらいである。

 

「……ここが?」

 

 看板や人に道を尋ねながら到着したのは、ちょっと大きめの二階建ての建物。

 石炭を掘り出すという産業を仕切る施設なのだろうか。

 

 であれば、ここに依頼主がいる筈だが。

 

「そうなるな。じゃあ任せたぞ」

 

「はいはい」

 

 ケイ以外には声が届かない俺に代わって、彼女に依頼主と話をしてもらう。筆談ぐらい出来るが、ケイが一緒にいるのであれば、その方が双方にとって楽だろう。

 

 ここの扉の隣に、警備らしきドワーフが1人で暇そうにしていた。

 手始めにと、ケイが彼に話しかけた。

 

「こんにちは。暇そうだね」

 

「ええ、とんでもなく暇で……おや? 見慣れない顔だ。冒険者かい?」

 

「そう。鉱山の中にモンスターが湧いたっていう依頼でね」

 

「おお! これは待ってました。ここの炭鉱夫どもが皆揃って強張った顔をするもんで、こっちまで気が滅入ってたところなんだ」

 

 ふむ、結構深刻な被害が出ているのだろうか。

 

「じゃこっちへ」

 

 警備員が建物の中に招き入れる。

 中はまるで酒場の様なあり様で、カウンターと多くの机と椅子、そして大量の樽が見える。

 

 ……産業を仕切る施設と予想していたが、考えを改めた方がいいだろうか。

 

「……酒場?」

 

「はっはっは。僕たちドワーフがどういう性分なのかは知ってるでしょうに」

 

 ドワーフとしては、ここに酒場があって当然らしい。

 まあ、異文化として受け入れる事にしよう。

 

 しかし階段を上がると、酒の匂いが多少漂うものの清潔な雰囲気の廊下がいきなり出てくる。

 一応、公私を分ける様なことはしているようだが。

 

 そう考えながら歩いていると、警備員が、少し大きめの扉に手を掛けて、ノックもなしに押し開いた。

 

「聞いてくださいマスターさん! 依頼の件で冒険者が来てくれましたよー!」

 

 まるで友人の家に訪れているかの様な態度で、部屋の中にいる人物に話しかけている。

 

「これっ。言葉遣いはともかく、ノックぐらいせんか!」

 

 老いた、しかし力強い声を放つのは、酒を片手に持っていた老人である。

 

「驚いて酒を落としちまったらどうするんじゃ!」

 

 ……そのしょうもない言葉がなければ、俺たちは“厳しいオヤジ”という評価をしているところだったろう。

 

「まあまあ。とにかく2人を見てください。なんか、如何にも強そうじゃないですか?」

 

「……取り敢えず、そこの2人はそこに座ってくれ」

 

 備えられたソファーを指してそう促されたから、遠慮なく腰を下ろす。

 そして老人も対面する位置にあるソファーに座った。ソファーがその重さを受け止めるために、随分と深く沈んだ。

 

「騎士の様な装いじゃが、剣士と弓使いと言った所か。そしてそこの剣士は……魔法を使うんじゃろ」

 

「おお」

 

 装備だけでは見抜けない所まで言い当てた事に、ケイが軽く声を上げる。

 と言っても、本気で感心している様には見えない。

 

「さすがマス──」

 

「いい加減にせい。何十年前の話だと思っておる……。で、名前は何と言う?」

 

「私はケイ。キミの言う通り、魔法剣士をやってる。で、隣のがソウヤ。一身上の都合で姿も声も無くしちゃった弓使いだよ」

 

 ケイが2人分の自己紹介をした所で、マスターと呼ばれた男が立ち上がる。

 

 やはりドワーフだから身長が低いが、しかしドワーフとしては高い方だ。

 声はしゃがれているが、筋肉には衰えが見られない。

 

「儂はライドウ。ここの鉱山を仕切っとる老人だ」

 

「そうなの?」

 

 それだけじゃないんでしょ? と言外に探る様な言葉に、老人……ライドウが嘆く様な溜め息を吐いた。

 

「……元は冒険者、戦士であった。ただそれだけじゃよ」

 

「ヒューッ。カッコイイですマスター!」

 

「しつこい、さっさた持ち場に戻らんか……」

 

 彼がそう言うと、警備員は一目散に部屋から出る。

 陽気な割には、あっさり退場したな……。ライドウが溜め息をつくのを横目に、バタンと閉じる扉を見送った。

 

「取り敢えず、長旅ご苦労であった。酒でも出したい所だが……その面構えから察するに、今すぐにでも討伐に向かうようだの」

 

「うん、そのつもり。討伐目標の情報は?」

 

「元気が有り余っとるようで何よりだの……」

 

 早速と情報を貰おうとするケイに、ライドウが横の方を向いて、壁にかかった大きな地図を見上げた。

 

 部屋に入った時から視界に入っていた物だったが、それは壁紙でもなんでもなく、坑道の構造を表す地図だった。

 

「これを見なさい」

 

 現実世界でよく見るもので例えれば、階数のある大きな駅の構内図が一番近いだろうか。

 階層ごとに分けられた図の中に、一本だけ赤く染められた針が刺さっていた。

 

 上から2つ目。『第2階層』と記された図の端に、赤い針がある。

 

「この赤い印。これが主な目撃場所じゃ」

 

「あっさ」

 

「そう言うでない。最深部に潜まれるよりも厄介なんじゃよ」

 

「狩る側としては楽で良いんだけど」

 

 相手方の反応を気にせず良い放たれた言葉だが、ライドウは気にせず、机から一枚の紙を手に取った。

 

「それで、今日の獲物なのじゃがな?」

 

「うん」

 

「大蜘蛛」

 

「おお」

 

 大蜘蛛、少なくとも人間大の大きさなのだろう。

 久しぶりにファンタジーな経験が出来そうだと、期待を寄せる。

 

 依頼の詳細としてその辺りの情報も書かれていたし、今更驚く事はなかった。

 

「これより詳しいことはのう……。目撃者は皆揃って動揺してるもんじゃから、大きさと色程度しかな。確か、緑色と言っていた」

 

「坑道に入り込むぐらいなんだ、“大蜘蛛”とか言いながら、大きさは小さいんでしょ?」

 

「報告によると大体5mじゃが……侮るでないぞ」

 

「ふむふむ、緑色で大体の身長が5m……」

 

 すると、ケイが天井を見上げて考え込んだ。

 悩む様な素振りではなく、段取りを決めているような感じだった。

 

「番いの存在や卵が生まれている可能性を考えて、最低でもこの階層は全て確認しよう。……因みに、この中央にある……昇降機? って奴以外に、上下の階層につながる道はあったりする?」

 

「儂らが確認している範囲には無いの」

 

「それなら、この階層だけで良いかな。まず最初は目撃地点に直行して……」

 

 彼女はまるで買い物の計画を立てる様に、緊張のかけらもない顔で地図を見ている。

 

「ん、なんか書いてある……鉱毒?」

 

「おお、それか。この区域は鉱毒で立ち入り禁止となっているが、ちゃんと密封されておる。巨人の一撃でも放たれない限り穴が開くことはないから、安心せい」

 

「ふんふん、ここに毒ね。覚えておこう」

 

 ……む、なにか企んでいる気がする。

 と言っても、依頼の後も炭鉱夫が立ち入れないような環境になる事には……ならないと思うのだが。ケイには良識ぐらいある筈だ。

 

「他に伝えておきたい事は? 出来るなら直ぐに潜るつもりだけど」

 

「これは頼もしいの。行く前にこれだけ持って行きなさい。第2層目の構造だけが書かれた地図じゃ、報告を元に更新しとるから、信頼性は高いぞい。そこまでの案内は適当な鉱夫でも捕まえるんじゃな」

 

「うん、ありがとう。早ければ日が沈むまでには戻ってくるから」

 

 

 因みに。

 

 依頼主とパーティの主戦力が順調に話を進めている傍、俺はケイの横でぼうっとしているだけだった。

 よく考えなくても俺要らないな。いつもの事だ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「弓矢、効くと思うか?」

 

 建物から出て、帝都と比べ鉄の匂いが少ない道を歩く。

 俺の問いかけに、ケイは貰ったマップを見ている。

 

「効くと思うけど、相手は虫だからねえ。痛みで怯んでくれない分、やりづらいかも」

 

「虫の痛覚、あるのかさえ分からんな……」

 

 ……まあ、内臓なり関節なりを貫けば、多少動きは鈍くなるだろう。

 しかし相手は蜘蛛。大きいとは言え虫だ、あの細い足を射抜けるのか疑問である。

 それに動きも機敏な筈だろうと思うと、懸念が大きくなる。

 

「やりづらいと言えば、土魔法も考えて使わないと。新しく生成する分ならともかく、下手に壁や床の土を引きずり出したら……」

 

「崩壊だな」

 

「そんな事したら怒られそうだし、そもそも危ないや」

 

 地形に気を使って戦う、なんて機会は滅多に無い。

 俺の弓矢ごときで地形を抉るとか崩壊させるなんて事は出来ないが、俺も一応気にかけるとしよう。

 

 

「……お、鉱山が見えてきたぞ」

 

 俺が言うと、ケイは手元のマップから目線を上げて、俺の言葉を確かめる。

 

「おー。流石炭鉱町と言われるだけある。……しかも私が知ってる鉱山よりも効率的に掘り出されてる」

 

 何処からか伸びてきているパイプが、中央に向かっている。

 ライトのついたヘルメットを被ったドワーフが、大きな声で合図を掛け合いながら作業している。

 

 敷地の中央には、穴とそれに隣接してある建物が見える。

 蒸気を吹き出しつつ回る歯車が、“箱”を持ち上げ、そして穴の中へ下ろしている。

 上がってくる箱には鉱石を満載されており、それらが自動的に降ろされる先には、またまた蒸気を吹き出しつつ動くベルトコンベアがあった。

 

「それにしても、どこもかしこも蒸気だらけ……。蒸し暑い」

 

 しかしドワーフは、この蒸気や温度に負けず元気に働いている。

 地下空間でもこうだとすれば、もっと暑い空間で行動する事になるだろう。

 ……辛くないか? 

 

「魔法でどうにかなるのか?」

 

「一応は、……この世界で多用したら目立つけどね。鉱山に潜った後にしようか」

 

「そうだな、じゃあ適当に作業員を捕まえるか」

 

 事情の説明なら、依頼で大蜘蛛の討伐に来たとでも言っておこうか。

 誰に声を掛けようかと周囲を見渡していると、仕事をひと段落させたような様子のドワーフを見つけた。丁度いい。

 

「ちょっといいかな」

 

「およ、騎士さん……じゃなくて、冒険者? ああ、もしかして依頼で来てくれたんか。こりゃ有り難い」

 

「察しが早い」

 

「同僚の大半は怖がっててね、皆んなアンタの事を待ち望んでたんよ。さ、来たとなれば俺の出番か。そこまで案内するよ」

 

「あ、良いの?」

 

「なんでい、案内して欲しいから声をかけなかったワケじゃないんか」

 

 そんな事は無い。

 2人揃って首を横に振った俺たちに対し、ワッハッハと笑いながら案内を始めてくれた。

 

 

 その案内の過程で1つ判明した事があるが、遠くからも見えていたあの石炭を持ち上げている機械は、資源だけでなく人員の昇降にも使われていた。

 山盛りの石炭が入る箱と、人間用の床が交互に来ている。

 

 案内しているドワーフを先導に、俺たちはそこへ乗り込んだ。地面の下に潜り込んで行く中、ジメッとした空気に、不快感というほどでも無い感じになる。

 

「坑道に潜ったことは?」

 

「廃坑道なら」

 

「ほん、なら注意点を告げる必要はなさそうか」

 

「一応ね。天井を支えている物は傷つけない。傷ついているものを見つけたら、近づかない。地面、壁、天井に衝撃を与えない。くらいかなあ」

 

「後、ここは炭鉱なんでね。火は控えんと、大変な事になっちまうよ」

 

「勿論」

 

 注意点について幾つか話して、そして2階層目の空間が見えてくる。

 

 天井が高く、そして支柱も高く張られているこの空間。

 1階層目では作業員と設備が多く見られたが、こちらは逆に見当たらない。

 

 そして、この大きな空間からつながるであろう数々の道がある筈なのだが、その全てが閉鎖されている。

 

 全員が昇降機から降りて、ケイが辺りをぐるりと見渡す。

 

「こんな感じか。……問題はなさそうだね」

 

「頼もしいなあ。大蜘蛛の場所は分かってるん?」

 

「目撃場所は把握してる。地図も持ってきた。……武器も備えもある」

 

 大蜘蛛の行動範囲によっては、あの封鎖された道を通った後直ぐに遭遇する恐れもあるだろう。

 弓を構え、得物の調子を確かめる。毎朝弄っているから心配の必要はないだろうが……、調子はいいみたいだ。

 

「滅多な事にならない限り坑道をぶっ飛ばすような事はしないから、安心して見送ってね」

 

「ええ、良い知らせを期待してますぜ」

 

 

「それじゃあ、行こう。ソウヤ」

 

「おう」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「……行った?」

 

 ケイが、昇降機を見上げて呟いた。案内してくれた作業員の姿は、とっくに向こう側へ行っている。

 

「もういいよ」

 

 ……誰に話しかけている? 

 ケイの妙な行動に、俺は察した。今、この場には3人目が居る。

 

「……まさか、貴方達と出会うとは思わなかったのデス」

 

 直ぐ後ろで、聞き覚えのある声が聞こえる。俺たちは振り返る。

 ゲームの中では長い付き合いとなりつつある、仮面を被る怪盗のペット。キャットがそこに居た。

 

「でも、討伐隊が貴方達で幸運良かったデス。これなら話が早く済みそうデスね」




5500文字前後……。
幕間を除けば、結構な短さではなかろうか。


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65-ウチのキャラクターと俺の裏依頼

 さながら映画やアニメの様に、ケイが潜伏した誰かの存在を見抜くのは何回目だっただろうか。

 そんな、どうでも良い疑問を問いとして挙げる代わりに、軽く手を振って挨拶とした。

 

「話が早いって、どういう事?」

 

「取り敢えず、自己紹介の手間が省けるという意味デス。まず、ワタシがここにいる理由デスが……私たちは現在、逃亡生活を送っているのデス」

 

 逃亡生活とは、急に大きな話が出てきた。

 このまま話を聞いていると、イツミとそのペットの一行は、ある貴族の怒りを買ってしまい、その人が執念深く追って来ているのだとか。

 

「自業自得?」

 

「そんな事はないのデス! その貴族がアヤシイルートで購入した絵画が、知り合いが所有していた物と似ていたので、チョット()()()だけなのデス!」

 

「もしそれが善い事だったとしても、蛇を突いたという事実は変わんないよ……」

 

「……そうかもしれませんデスけど」

 

 指摘を受けたキャットの猫耳が、落ち込む様に垂れ下がる。

 

 そういえば……。

 

『ここに出たという大蜘蛛との関係性は?』

 

「あ、それはワタシ特製のニセモノなのデスよ。よく出来てますよね? って、お姉さん達は見てないデスよね」

 

 ニセ、って……。少しは関係があるだろうなと思ったら、出元はこの猫又であった。

 

「つまり、モンスターは実在しない? ……うーん、困ったな。討伐の証明は対象の部位を見せるのが主流の筈だけど」

 

「依頼の方が心配デスか? ご安心ください、先見の明を備えたご主人は、ダミーのアイテムを用意しているのデス。これさえあれば、貴方がたはタダで報酬がもらえるんデスよ?」

 

 それは……ズルじゃないか? 

 俺たちとしては、「大蜘蛛の発見ならず」と伝えてしまうのでも問題ない。

 この依頼は炭鉱町の観光のついでである。報酬がもらえないのでは、観光費が少し減るが、手痛いものではない。

 

 キャットの言うダミーを貰わずとも、問題はないだろう。

 俺はケイの方を見た。

 

「……折角だし、付き合うよ」

 

「本気か」

 

「本気だよ」

 

 面倒ごとになりそうなのは明らかだったが、ケイはその上で判断した様だ。

 

「ありがたいデス。ソウヤさんの方はどうなのデス?」

 

 異論は無い。ケイがそう決定したなら、従おう。

 

「どうやら賛成の様デスね。取引成立デス」

 

「あ、取引なんだ」

 

「こう言った方が“それっぽい”デスから。まずはご主人と会ってもらうのデスよ」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 大蜘蛛との対決の為に用意していたアイテムはどうなる事やら。

 今までの準備が無意味になったものの、ざらざらとした地面を踏みしめる足は重くなかった。

 

 というのも、この準備というのはもっぱらポーションや装備の点検であり、この依頼の為だけに用意した物は特になかった。

 

 武器という点で言えば、最近手に入れた銃がある。

 購入した分と、先日の騒ぎで敵から巻き上げた弾丸。今後の補給の目処が不明な以上、十分な量とは決して言えない。

 これに関しては、切り札として考えれば十分である。

 

「……この辺り、地図に書かれてない」

 

 大きい岩や土があちこちに散り、欠けた壁や天井。非常に歩きづらい地面を踏破して辿り着いたのは、地図に示されていない整えられた道であった。

 

「坑道が部分的に崩壊したと見せかけつつ、アジトへの経路を設けたのデス。事故を避けるため、こういった部分を鉱夫は避けて行くので便利なのデスよ。あるとすれば、壁や天井を補強する程度の土属性魔法を使う、そんな優秀な魔法使いを連れた時ぐらいデス」

 

「へえ」

 

「……むう」

 

 豆知識の様な話を聞きながら、無言で道を行く。

 知識を自慢しているつもりだったのか、反応の薄い俺たちに、頰を膨らませていた。

 

 

 そうして辿り着いたのは、ぽつんと置かれた扉だ。ここにイツミが居るのだろうか。

 

「さて、私たちのアジトに到着です。くれぐれも失礼のな──」

 

「おーいイツミー。そこにいるんでしょー?」

 

 ……俺はキャットを見る。

 

「……言ってみただけなのデス」

 

「うん?」

 

「いえ、なんでもありません、デス」

 

 キャットはそう言っているが、俺から見てもこれは流石に……。そう思って、ケイに1つだけ告げる。

 

「ケイはもう少し人の話を聞くと良いぞ」

 

「……別に失礼の無い態度なんて要らなくない?」

 

「あ、聞こえてたのか」

 

 なら別に良いか。

 

「うん、聞こえたけど無視した」

 

「ちょっと待つのデス。なんでソウヤさんも納得してるんデスか」

 

 

 そうして、質素なようで中々頑丈そうな扉の前に立っていると、その扉が開かれる。

 扉の向こうに見えるのは、この坑道には相応しく質素な内装と、そして暗闇しか居場所がなさそうな黒ずくめの姿をしたイツミが居た。

 あの仮面は相変わらずである。

 

「これはこれは、なんと言う奇遇か。この様な場で再会する事となろうとは。……おや、装備もお揃いにした様で?」

 

「ただいまデス。大蜘蛛の討伐隊を連れてきたのデスよ……隊と言うには少なすぎデスけど」

 

「うむ、おかえり。キャット。中にお菓子を用意してるぞ」

 

「わあい、なのデス」

 

 キャットがパタパタと扉の方、そして奥の方へと駆けて行った。イツミが用意したお菓子が、よほど楽しみであるらしい。

 それを見届けたイツミは、こっちを振り返る。

 

「さて、キャットから大まかな事は聞いたのだろう?」

 

「うん。まさか、逃亡生活だなんてね」

 

「うむ、恥ずかしい限りである」

 

「そしてここに、偽物の脅威を置いて隠れ潜んでいると。……で、なんの頼み事なの?」

 

 早速という感じで、ケイが本題へと踏み込む。

 

 それが今回の本題だろう。

 討伐に来た者を引き込んで、わざわざ頼むような……。一体なんだろうか。

 

「その前に、こちらに案内しよう」

 

 まずはアジトの中の机や椅子に案内されて、お互い腰を下ろす。

 

 

「……まず、大蜘蛛の討伐は、「討伐したものの、掃討が困難な数のモンスターが居る」と報告してくれ」

 

「鉱夫をこの階層で活動させない為?」

 

「うむ。少なくとも、本格的な掃討が始まるまでは、この場所で落ち着けるだろう。それと、このアジトを破棄する場合、証拠隠滅の為完全に崩壊させる予定である。……ああ、無論、討伐の証となるアイテムはこちらで用意しているぞ。あとで渡そう」

 

 それにケイが頷く。

 ……これで悪事の片棒を担ぐ事になった気がするのだが。

 

「そして2つ目に依頼なのだが……、プレイヤー間で私に関する情報が拡散している。大まかには、私がPKというものだが」

 

「ぴーけー?」

 

「プレイヤーキラー、人殺しの様なものだな」

 

「ふうん。怪盗さんがねえ」

 

「それが、不自然なぐらいにプレイヤー間の情報網に浸透しているらしいのだ。公式及び非公式掲示板、そしてウィキ等にだ」

 

 この世界の住民にはわからない様な言葉が幾つも出てきて、ケイが難しそうな顔をして俺を見る。

 

「プレイヤーは、“向こうの世界”で情報を共有していることがある。その媒体が、掲示板とかウィキとか言う奴。その情報網に頼らず活動する人も居るけどな」

 

「なるほど」

 

「私とて、これに関しての本格的な調査を行いたいのだが……いかんせん、時間の流れが違う。こちらでの時間を捨てる程の余裕がないのだ。そこで、ケイお嬢の時間を頂きたい」

 

「はあ?」

 

 イツミが放った言葉を、ケイが理解しかねている様子だ。

 すると、あの仮面の裏が一瞬だけニヤけたような気配がして、俺は察した。この男は、俺たちを本格的な面倒ごとに巻き込むつもりだ。

 

 戦争に、ドラゴンに、帝都での傭兵騒ぎ。

 そんなイベントとは全く違って、()()()()()()()()()()()

 

 俺たちとっては、好ましく無い。

 

「私の代わりに、この情報について調べてくれないだろうか」

 

「ええっと、それは……」

 

 ある程度は冒険だと思って許容するつもりだったが、これは当然、”許容範囲外“だ。

 ペンとメモ帳を取り出し、3秒もせずに言葉を書き出す。

 

『俺たちは協力しない』

 

「……ほう?」

 

『正確には、依頼完了の報告に嘘を混ぜる所までは協力する。だが、現実世界が関わってくる様であれば、話は別だ』

 

 筆談という手段で語り始めた俺を、興味深そうに見つめるイツミ。

 依頼に関しては、モンスターを狩った数をシステムが数えてくれるものでは無い。依頼者がプレイヤーだろうとNPCだろうと、()()()()()()()()()()()()()ならば、依頼は成功となる。

 

 だから、百歩譲ってこれには協力できる。ケイが既に協力の意思を見せているのもあるし、イツミ達は俺とケイとの出会いに関わっているからだ。

 だが、現実世界での情報収集。これは断る。

 

「そこまでの義理は無い、と? 虚偽報告と調査の2つにはそれ相応の報酬をつけるつもりだ。それでもか?」

 

『それでもだ』

 

 明確な拒否を示す俺。

 ケイの方はどうだ、とイツミがそっちに目線を向けるが、ケイは賛成する様に頷いた。

 そちらでは全会一致ということか、と呟くイツミは、顎に指を当ててなにやら考え始める。

 

「……それでは、方向性を変えよう」

 

 方向性だと? 

 まだ何か言うつもりか……。

 

「情報収集に関しては、確認の為という意味が強い。私の予測を裏付ける何かが欲しかったのだ」

 

 要するに、見当はついていたけども、それが本当であるかを確認したいが為にあの依頼を? 

 しかし、現実での活動を要するのを嫌がった事で、その代わりの依頼を考えている様子だ。

 

 ……どうしても、イツミは俺たちを利用したいらしい。

 

 報酬の付く依頼で、完遂後にしがらみが伴わない物なら、考えないこともないが……。

 

「そうだな……」

 

 イツミもその依頼内容を決めかねているのか、また指に手を当てて思考に沈む。

 仮面に開いた目の部分の穴から、閉じられた瞼が見える。

 

 彼が思考を続けてしばらくしてか、アジトの奥の方から小さな姿がやってきた。

 両手にお菓子の様なものを手にして、俺たちを観察している。

 

「……交渉は難航しているのデスか?」

 

「む、キャットか。難航というほどでも無いと思うが……そうだ、キャットはケイお嬢をどう思ってる?」

 

「ミャ? 一体どう言うことデス?」

 

「単純な好き嫌いで答えても良いぞ」

 

 いきなりキャットに問いをかけるイツミ。

 イツミがどう言う意図でその質問をしたのかが気になるが、キャットはその意図がどうであるかを気にせず、真面目に問いの答えを考えている。

 

「……お姉さんは純粋に、強いので憧れますね、デス。お人形のソウヤさんは、何を考えているのか正直分からないのデスが……まあ、どちらかと言えば”好き“デスね」

 

「よし、それなら決まりだ」

 

「決まり……?」

 

「僭越ながら、この怪盗兼テイマー、そして我らがペット達一同。ケイお嬢率いるパーティに参加させて頂きたい!」

 

「……は?」

「ふにゃ?!」

 

 キャットの手から、お菓子が零れ落ちた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「大蜘蛛退治かと思えば、あんな事をやることになるだなんて……」

 

「ああ、驚いた。イツミが俺たちのパーティになると言い出すなんてな。その上、テロ紛いの破壊工作をする始末だ」

 

 あんな事を言い出したのも、一応理由があっての事らしいのだが……。

 王都のドラゴン騒ぎの後に噂されている、見たこともない様な魔法を使う女性。イツミは、その正体をケイだと知っている。

 

 言い逃れの隙を与えぬまま、その転移魔法を目当てにしたパーティ加入を許してしまった。

 ……別に抵抗しなかったが。ケイも俺も。

 

「足がつかない様に偽装をするって言っていたが」

 

「今まで見た感じ、あの仮面は24時間あの格好らしいし、脱ぐだけで効果あるんじゃ無い?」

 

「……確かに」

 

 俺たちとは逆、という事だ。

 

 

 石炭と共に昇降機を上がり、地上に出る。

 外の空気が美味い……とは到底言えないが。

 

 怪しまれないよう、戦闘と探索をしていたであろう時間を地下で過ごし、ほとんど何もしていないのではと思われる可能性を避けた。

 お陰で日がだいぶ傾いている。

 

「あそこに行くか。酒場だかなんだかよく分からない場所」

 

「そうだね」

 

 

 とりあえず、依頼は完了した……という体で、またこの建物にやってくる。

 ダミーとは言え、一応は実物である蜘蛛の頭部を警備員に見せると、興奮した様にライドウの元へと連れていかれた。

 

「マスター! 2人が戻ってきましたよ!」

 

「じゃからノックせんかい! ……ゴホン、ケイにソウヤ、お疲れ様じゃ。それにしても、ヤケに鎧が土まみれじゃないか」

 

「あ、水魔法で綺麗にしたほうがよかったかな? 配慮が足りなくてごめんね」

 

「いや、構わん。して、それが討伐の証明なのかね?」

 

「そ。奴の頭だよ」

 

 さりげない嘘を平気な態度で吐きながら、ダミーを見せる。

 ここに来るまでずっと抱えていたこの蜘蛛の頭部は、そこから巨大な姿を想像させるには十分な大きさだった。

 お陰で、ロープで括り付けて来ないと持ちづらい上に目立ってしまった。

 

「……それと、とっくに繁殖が進んでたみたい。コイツの子供みたいなのがウヨウヨ居たよ」

 

「ほう……、戦わずに戻ってきたのか」

 

「いや、全部ぶっ飛ばした」

 

「……ぶっ飛ばした、とな?」

 

「そ。お陰で、坑道の中がボロボロになっちゃった。私たちもちょっと土被っちゃったし」

 

「な、なんと……」

 

 残念ながら、ケイの言葉は本当である。

 俺たちが行った()()()()によって、2階層の大半をボロボロにしてしまったのだ。

 

 どうしてそんなことをしたのかと言えば、証拠隠滅の為。

 下手に依頼報告を偽って、罪に問われては困る。だから、罪に問う材料を破壊したのだ。

 元々はアジトに処分が目的だが、こちらは俺からの提案であった。

 迷惑に繋がるが、罪にはならない。

 

「ごめん、せっかく炭鉱夫達が頑張って掘り進めたのに」

 

「い、いいや。命が失われなかったのなら良いのじゃ。それにあの層、採れる石炭に限界が見えてきたところなのじゃ。切り上げるタイミングとしては丁度良かったじゃろう」

 

「気を使ってくれてありがとう。残党が残ってても出てこないよう、道を全部封鎖しておいた。昇降機の広場からの入り口全部ね」

 

 ケイが言いながら、地図を取り出してその場所を指差す。

 勿論、この封鎖に関しても証拠を隠す目的によるものだ。

 

「報酬はいいよ。炭鉱を一部潰したんだし」

 

「ちょっと潰されたのを理由に報酬を渋る程、財布も懐も狭くはないわい。死ぬほど良心が痛むと言うのであれば、4分の1は差し引く。その金額で、第3階層の補強に回しておくからの」

 

「それで良いの?」

 

「報酬が得られない冒険者など、いつかは野垂れ死ぬであろうに……」

 

 心優しい……と言うよりかは、同情しているのだろうか? 

 かつては冒険者か何かだったのだろうか、と思いつつ、彼が袋の中身を大雑把に分けるのを眺める。

 

「ほれ、大体4分の3。報酬の分じゃ」

 

「うわあ適当」

 

「なんじゃ、そこまで適当に抜き出したのが気に入らんか」

 

「うんや。豪快な爺さんだなって。それに無報酬を覚悟してたぐらいだから。なんなら、分けが逆でも嬉しかったよ」

 

「ほっほ。なら受け取るんじゃな」

 

「ん、貰うね」

 

 ケイが受け取った報酬を懐に仕舞う。するとライドウが手を差し出した。

 握手をしたがっているみたいだ。ケイには特に断る理由もなく、握手に応えた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「なんかイヤな気分だ……」

 

「そうなのか? ……いや、そうだな。直接交渉してたもんな」

 

 俺は声も姿もこんなもんだから、ケイにほとんど任せるしかない。彼女の働きには感謝である。

 

「それで、えっと……ああそうだ、待ち合わせてるんだよね。何処だっけ、あの変な仮面が待ってるの」

 

「何処かの酒場だ。具体的な場所はメモしておいたぞ」

 

「おー、良いじゃん。……ちょっと気が進まないけど」

 

 あ、嫌だったのか。

 依頼に乗り気だし何も言わないから、てっきり受け入れてると思っていたのだが。

 

「……そういえば、ケイは微妙にイツミの事を嫌ってるよな。どうしてだ?」

 

「……個人的に、ちょっと距離を置きたい」

 

 ふむ、イツミにセクハラでも受けたのだろうか。記憶の限りでは全く思い当たらないのだが。

 

「…………ここだけの話なんだけどね」

 

「ああ、ここだけの話にしよう」

 

「あの人は多分、女だと思う。あとあの仮面、趣味悪すぎ」

 

 ……ああ、なんだって? 

 女だと? 

 

 いや、ケイは「多分」と言っていた。今まで彼は、素肌が全く見せないような装いをしていたのだし、そりゃあ確証も持てないだろう。

 

 それに、人のこと言えないだろう。現実では男性でありながら、こちらでは女性。

 このケイが現れる以前の、俺のスタイルである。これで文句を言えばブーメランも良いところだ。

 

 だが、ううむ……。

 イツミが女性だったとすると……全く想像つかない。怪盗の姿をするぐらいだから、大人の落ち着いた女性、って所だろうか。

 そもそも女性だと言うのは、ケイの憶測だ。今まで通り男である可能性も、十分あるだろう。

 今まで聞いてきたイツミの声は……中性的だったから、なんとも言えない。

 

 歩き続けると、目的地の酒場にたどり着く。

 

「ここだな」

 

「見て分かると良いんだけど……。変装だし、無理かな」

 

「向こうから見つけてもらわないと、会えなさそうだ」

 

 そう言いながら、酒場に入っていくが……。

 

「……うん、バックレ────」

「あ! おーい、こっちこっちー!」

 

 酒場に、元気な声が上がる。

 

「……バックレたかった」

 

「なんか騒がしい女性が居るな」

 

「……居るね」

 

「彼女、こっちに向かって手を振っていないか?」

 

「確かに。……あ、こっち来る」

 

 パタパタと、ボブの黒髪をした活発な女性が駆け寄ってくる。

 身長はやや高めだ。身長高めの女性は大体クール、という先入観により、見た目だけ取ってもギャップが感じられる……。

 

「もうっ、どうして無視するんですかっ。私です私!」

 

 どうやら彼女が、そうであるらしい。

 ありえない、と思いつつケイの方を見ると、ジト目だった。それも凄まじい呆れのこもったジト目であった。

 そうしている内に、女性が俺の耳元にまで口を寄せてきて、

 

「私がイツミでーす」

 

 ……ついには、その正体を明かしてしまった。

 

「ふふ……♪」




もう少し違う場面でイツミの「ソトヅラ」を取っ払わせても良かったかもしれない。


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66-ウチのキャラクターと俺の変装計画

「……」

「……」

 

 なんとも言えない。とは正にこの事だろうか。

 横でケイが一歩引く。

 

 何と言うか……何と言うべきだ? ああいや、言うべき言葉が出て来ても、その言葉を口にしても聞こえないだろう。

 それぐらいの事も忘れてしまうような驚きであった。

 

「……イツミ?」

 

「そそっ。イッツミー、イツミ! なんてね?」

 

「とりあえずちょっと外行こうか」

 

「えっちょ、ケイちゃん力つよいたたたた!」

 

 問答無用である。イツミと自称する女性を外へ引きずっていった。

 それを呆気にとられていた状態で見ていたが、我に返ってすぐに追いかける。

 2人の姿が裏路地に入っていくのを見つけて、俺もそこに入る。

 

 

「ペットの数は?」

 

「3匹……」

 

「一緒に潜ったダンジョンで戦ったのは?」

 

「……ストーンゴーレム?」

 

 追いかけてみると、どうやらこの女性が本人であるかの確認をしている様子だった。

 答えを聞く限り、十分に本人である可能性はありそうだが。

 

「あ、ソウヤくん! ほんのちょっとだけでもいいから、助けてくれないかなー?」

 

 無理だ。俺は首を横に振った。

 

「質問の続き、答えなさい。性別は?」

 

「ぃぃいいほっぺ抓らないで痛いいひゃいいひゃい!」

 

 女性のほっぺが伸びる伸びる。

 しばらくして、十分だと思われたタイミングで手放される。

 

「いったいなーもー。そりゃ勿論お……んなですよぉっ?」

 

「……女?」

 

「女ですっ」

 

「ふうん……。顔赤いよ」

 

「赤くないですし?! ……え、赤くなってる?」

 

 ……男なのか? 

 しかし身振り手振りを見る限り、大げさだが女々しい仕草が見られる。……演技の技術があれば、男でも十分できる範囲だと思うが。

 

『問:俺とのファーストコンタクトでの状況を述べよ』

 

「んえっ、と。ソウヤくんとの? 確かケイちゃんとキャットに奇襲されて、地面に転がってましたよね?」

 

 ふむ。

 正解ではあるのだが、疑心を持ってかかるとすれば……。

 

「影武者っていう可能性もあるな。本人の協力を得た他人なら答えられそうだ」

 

「……それじゃあ最後に2つ。キミのペット達はどんなの?」

 

「猫又と、馬と、ドラゴンですよー。個人的にはドラゴンちゃんが自慢の子かなあ」

 

 これも正解だ。しかしケイには何か策がある様子だが。

 

「そのドラゴンで、襲撃した場所の名前。最近の物から並べてみて」

 

「それはー……、個人情報?」

 

「リザード」

 

「あー、なんだ。知ってるんじゃん。はいはいシウム村ですよシウム村。いくらなんでも慎重すぎませーん?」

 

「私に訊かれるであろう質問への対応を“本人”から教わってたら、普通に質問したところで無意味でしょ?」

 

 なるほど。イツミ本人が影武者を用意していたとしても、その裏をかけば、かなりのリスクを軽減できるだろう。流石ケイ。

 

「うーわー。名探偵プレイ来たー」

 

 対してイツミ(仮)は、ケイの発言にうんざりした様な態度で、大きく後ずさってみせた。

 

「で、信じてくれた?」

 

「信じるよ、私は。……所で、それが本当の姿、とでも思っていいのかな……?」

 

「どーかなー」

 

「……」

 

 ケイの問いかけと沈黙には、俺も同じ気持ちである。

 イツミの本当の性別について、ケイが一度言及したが……。

 

「はあ……。良いよ、答えはいらない。私達のパーティへようこそ。なんかあったらそこら辺に捨てるから」

 

「ヒドイッ! 私とケイちゃんの仲でしょお?」

 

「今からでも捨てよう」

 

「うわあん待ってえ!」

 

 ケイが用済みとでも言うように踵を返す。俺もとりあえず付いていくと、後ろで慌ててイツミが追いかけてくる。

 

 ……本当の性別は未だに確定していないが、今わかっているのは、この態度は演技であると言うことだ。

 以前の仮面姿と今の姿で、言動にギャップがありすぎる。

 

 もしこれが演技でないとすれば、二重人格とでも言われた方が納得する。

 

 そもそも彼の狙いは、変装による錯乱。そして追手だという貴族とその配下から逃れるというものだ。

 俺がここまで混乱しているのだから、効果十分という事で良いじゃないか。

 

 正しく思考停止。だが今ではこれが最適解である。

 

「変装という意味では、効果テキメンだな」

 

「……パーティを組むのは、ほとぼりが冷めた頃までね」

 

「うんうん、私もそれぐらいにしよーかなーって思ってたとこ!」

 

「街にいる間は基本的に自由行動、今も旅という名の観光をしてるみたいな物だからね。依頼、戦闘、採集はなるべくみんな一緒の方がいいだろうね。非常時はメールで……ああ、フレンド登録ってのをしないといけないんだっけ」

 

「よしきたーっ! やっぱりMMO友達の最初はコレだよね?」

 

 イツミは何時もあんな感じなのか? 

 疲れないだろうか。数時間したら休ませる必要もあるかもしれない。

 

 ケイがウィンドウを呼び出して、ポチポチと操作して友達の証を取り出す。

 相手も同じように取り出すが……。

 

「あっ、えーっと……、コレ今のマイブームなんですよー!」

 

 出てきたのは、見覚えのある仮面の模様で飾られた、黒塗りの証である。

 なるほど。もう疑う必要はなさそうだ。

 

「うん、確証が持てた。よろしくイツミ」

 

「アハハ……。そうだ、これからはイズミって呼んでくれませんかっ?」

 

「イズミ? まあ、わかったよ」

 

『イ()ミだな。覚えたぞ』

 

「そっちじゃないよ?!」

 

 どっちにしろ発音は同じだろうが。

 気にしすぎだろう、と俺はニヤニヤと見つめた。

 

 ま、どうせ変装の一環だろうし、存分にその名前で呼びつけるとしよう。

 

『よろしく、イヅミ』

 

「直す気ないし!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「パーティとは言ってるけど、実質は巻き添えだよね」

 

 とりあえず今日の宿を探す為、町を歩いていると、ケイが思い出したように話をする。

 

 何の巻き添えかと言われれば、言うまでもなく”逃亡生活“である。

 イツミの行動が悪であったかはともかく、彼……いや、彼女がやった事が犯罪であることは変わらない。

 

「本当、迷惑だよ。依頼として請けたとは言え」

 

「そんなー。私はケイちゃんの魔法を頼りにしてるんですよぉ?」

 

「余計タチ悪いと思うんだけど……」

 

 ケイの転移能力があれば、たしかに逃走と言う面では有効だろう。だが……。

 

『ドラゴンハンターという存在が、共犯者だと思われるまでは良い。しかし、ドラゴンハンターとケイが同一人物だと判明したらどうなる?』

 

「そういうこと。依頼っていうつもりでやってるけど、割りに合わないなら直ぐに止めるから。こっちはマットーに生きたいの」

 

 ケイの代わりに一通り説明し、イヅミは陽気そうな顔をやめて考え込む。

 その無表情が、()の本性であるように思えて……一つ瞬きすると、それが気の所為だったのかと思えるぐらいの()()()の表情が見えた。

 

「じゃあ逃げる時、囮になってくれるんです?」

 

「囮ね……。まあ、正体が悟られない程度にやれば十分でしょ」

 

 かなり甘く見た考えだが、それで心配させるような程ケイは弱くない。

 それ相応の上級者、つまり高レベルのステータスやスキル、そして実力が伴ったプレイヤーが頭数を揃えて来なければ、苦戦させることすら難しいかもしれない。

 

 超上級難易度(エンドコンテンツ)のレイド戦みたいなモノだろうか。

 

 

「そもそも、相手はどんな奴なの?」

 

 確かイヅミは、ある貴族にちょっかい出して、追われているんだったか。

 問いを受けた彼女は、少し考えてから顔を俺たちの耳元に近づけて、

 

「貴族と、その配下……プレイヤー」

 

 ささやき声で、問いに応じた。

 

「続きは向こうで。ね?」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 目当ての宿を見つけ、早速3つの部屋を借りると、ケイとイヅミが事前に示し合わせたかのように、俺の部屋に集まってきた。

 

 しかもそこにはキャットも混ざっており、部屋に入ってから一番最初に詠唱を開始した。

 

「『サイレントホロー』……。はい、おっけーデス」

 

「あ、それって私と一緒にアイザックを探してた時のやつ?」

 

「音の遮断をする魔法なのデス。幾らでも恥ずかしい話ができるのデスよ」

 

 キャットがベッドに腰掛けて、ふにゃあと欠伸をする。

 ここは俺の部屋なのだが。

 しかもお菓子を取り出してボリボリと食べ始めた。……うめえ棒の屑をベッドのシーツに零さないでほしい。

 

「まずは、こっちから質問。追っ手の詳細は?」

 

「ギルドです。規模で言えば小か中くらいですかねー。ただ貴族がバックにあるので、資金だけ見れば結構なものですよ」

 

「数と実力は並デスが、装備に関しては強力な物が用意されてるのデス。……もしかしたら、お姉さんの足元にも及ぶかもしれないデス」

 

 そこまで強力なのか……? 

 すると結構厳しい戦いに遭う可能性がある。

 

 ケイは涼しい顔で聞き流しているが。

 

「自信ありげだな」

 

「え、なんで?」

 

 ……聞いてなかったのか? キャットの話だと、ケイ相手にマトモな戦いが出来るみたいな事を言っていたが。

 

「ううん、何というか。イズミ達が私の真面目な戦いを知ってる訳じゃないし」

 

「……つまり、イヅミ達が知るケイは、お前より弱いってことか」

 

「そうそう。合ってるけどなんか詩的だねソレ」

 

「何を話しているのか片方聞こえなかったデスが、ケイちゃんの実力はそんなモノじゃないっていう事デスか?」

 

 キャットが答えを求めて問いかけるが、ケイは黙り込んだ。喋るわけ無いだろう、とでも言いたげな笑みだけを見せる。

 

「まあまあ、余裕があるだけ良いじゃ無いですかあ。でも一応情報は共有しておきます。相手の事はわかった方が良いですよね」

 

「ん、それなりに相手の事分かってるんだ?」

 

「はい。ギルド名は『剛の大剣』。戦士中心の硬派なギルドデスが、例の貴族の私兵として活動しているのデス」

 

「NPCが運営してるけど、プレイヤーがそのメンバーとして加入してます。資金があるギルドだから、良い装備やアイテムを求める人にとっては良い所なんですよねえ」

 

 キャットに続けて、イヅミが解説をする。

 逆に、冒険者として活動し、プレイヤーが運営するギルドに入ろうとするNPCも居ると聞いたことがある。

 NPCとプレイヤーの違いと言えば、死の重みとシステム、そして世界の見え方である。

 

「今現在、ギルド全体が私を追っているのは確かなんですけど、どうやら仲の良いギルドさんも協力してるみたいです。なので、相手が戦士だけとは限りませんよ。多分」

 

「そっか」

 

 

 そして、これから相手にする可能性のある敵の情報を次々と提供してもらう。

 

 剛の大剣と呼ばれるギルドを中心として、イツミが手配されている。討伐、捕獲に報酬が出る形となっているらしい。

 だから、これといった捜索範囲などは無いのだが、もし注意するとすれば、人の注目を避けるにはもちろん、件のギルドメンバーが居るであろう場所だろう。

 

 そのギルドメンバーが多く居ると思われる地域や、貴族自体の情報などを教えてもらう。

 王国の貴族であり、功績からその立場を得たタイプだ。領地やその領民に対する扱いは雑であり、金を好むとの事。

 

「そうだ。変装の効果は少なくともあるんだけど、どこから情報が漏れてるのかは分からないから、念入りに細工しておきたいんです。へへー、てっきり忘れちゃいました」

 

「細工?」

 

「そうですねー、2人の騎士に守られたご令嬢っていう設定とか面白そうです。あ、でもそういう立場の人間だと、すぐに足が付いちゃいますか」

 

「……いや、設定って」

 

「私達の物語ですよ。イツミという存在から印象を遠ざけるために、必要です。それに楽しそうですしっ」

 

 ……設定? 

 

「あー、まあ、良いんじゃないの。……どうしたの、ソウヤ?」

 

「む、いや、なんでもない」

 

 ケイの設定を書いた当時の俺は、どういう気持ちだったんだろうな。

 調べ始めてこの世界で何日も経つが、未だに分からない。

 

「ふうん。……そうだ、こういうのはどう?」

 

「おおっ、何か良いのが浮かんだんです?」

 

「ケイ、ソウヤ、イヅミ。満月の夜、運命のイタズラによって3人は引き合わされ、そして強敵と剣を交える。その末に敗北してしまった3人は……」

 

 なんか始まった。

 

「……」

 

「ん、気に入らない?」

 

「なんというか……なんかジャンプっぽいですそれ」

 

「ジャンプ?」

 

 ふむ、そんな設定だとちょっとだけ厳しいのではないだろうか。

 自分の中に浮かんだ設定を、ささっと文字に変換する。

 

『別々の理由を持つが、同じ敵を討つと言う目的を持った3人。異なる価値観や動機に時折摩擦を生みながらも、お互い力を高めていっているという設定だ』

 

「なんで私達が摩擦を生まないと行けないんです?」

 

 細目で睨まれながら反論された。言われてみればそうだ。

 

「それにほら、そんな明確な目標なんて掲げていたら、それに向けて本当に行動しなきゃならないじゃないですか。私は面倒ですよそんなの! せめて、もうちょっとゆる~い感じで行きましょうよ。例えば、世界を巡る旅をしている旅人と、2人の傭兵とか」

 

「……なんで私たち、騎士とか傭兵なのさ?」

 

「じゃあ逆に訊きますけど、そのナリでそれ以外の称号を与えられると思ってるんですか?」

 

「あ、確かに」

 

 確かにこの鎧姿ではそれ以外の呼び方はあんまり考えられない。

 冒険者には色々あるから、この姿でも違和感はないと思うのだが……、それよりも先入観が勝ってしまう。

 

「でもさ、“大怪盗イツミ”が混ざっているとは思えないような、そんな強い印象のある設定じゃないとダメじゃないの?」

 

「言い出しっぺでもないのにそんな拘りますか。……いや、確かにそうですけど」

 

『カルト宗教を布教する3人というのはどうだ?』

 

 殆ど思いつきだが、インパクトがあるし、それなりに活動の自由度も高いだろう。

 

「ついて来る印象に衝撃がありすぎです。私たちそんな変人にならないといけないんですか?」

 

「なんか面白そうなのデス。誘い文句は『ネコを崇めよ』でどうデスか?」

 

 イヅミはこの案に反論するが、意外にもキャットが乗ってきた。

 ネコを崇めるとは中々珍しいが、なくはなさそうだし、何より胡散臭くない。この設定に沿った言動をしても、生暖かい目で見られるだけに済むだろう。

 

「いや採用しませんし、キャットはどこでそんなネタを仕入れてきたんです?!」

 

「ダメなのデスか?」

 

「だめなのか……」

 

「2人揃ってどうして落胆するんですかっ!」

 

「まあまあ、とりあえず落ち着こうよ。ソウヤ、確か茶葉があったよね? 用意してくれるかな」

 

 ケイの静止によって、設定の決定が先延ばしにされる。確かに、少しだけ落ち着いたほうが良さそうだ。

 ポットはあるが、ここでキャンプファイヤをする必要はない。ここの主に、キッチンを使って良いか質問してみよう。

 

「なんで私ツッコミ役なんかやってるんだろう……」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「あ、美味しい……」

 

 うむ、気に入ってくれて何よりだ。

 ツッコミ役がなんだとかボヤいてたらしいが、これで落ち着いてくれるだろう。

 

「人形のくせに生意気なのデス」

 

 悪気がなさそうな顔で言われて、悪口なのかが判断がつかずに肩をすくめる。

 

「あ、キャット! そんなこと言っちゃいけませんっ」

 

「別にいいよ。気にしないし」

 

 それは本来俺が言うことだと思うぞ。いや、構わないが。

 

 イヅミが紅茶をまた一口して、ふう、と熱い息を吐く。

 この変装をするまでのイツミからは想像も出来ないような色気が、漂ったような気がした。

 

 

「設定の参考までに訊きますけど、ケイちゃんはどんな経緯でこのゲームに?」

 

「ゲームに?」

 

 ちらと俺の方へ視線が向けられる。

 確かにケイには答えられない問いだろう。代りに俺が返答の内容を考えるが……。

 

「……いや、そうだね」

 

 何を思ったのか、俺の言葉を待たずにケイが語り始めた。

 

「私はね、この世界へ人を探しに来たんだ」

 

「え、それって出会い系? ケイちゃんってそういう人──」

「ついでに言うとね、私は異世界からやってきたんだよ。前に言ってた気がするけどね」

 

「……異世界?」

 

「そ。元々はそこで人探ししていたんだけど、中々見つからなくて」

 

 

 そうして、ケイの話は続く。

 ケイの世界での探し人は、何年も掛けて行われた。しかし見つかることはなかった。

 

 そしてある日、彼女は決意した。

 同一人物が居るかもしれない、平行世界。そこへ向かうための魔法を開発し、発動した。

 

 時空を超える魔法により導かれたのは、この世界であった。

 

 既に俺が知る物語。ケイ自身が歩んできた物語。

 

 

「私の旅の目的は、その人を見つけること。それがこの世界に来た理由であって、そして成さなければいけない事」

 

「……」

 

 ケイの長い()()が淡々と語られている間、イヅミ達は口を閉ざして聴いていた。

 

 俺も黙っていたのだが、それはケイの物語を聴くためではなく、何故この話を繰り出したかという疑問について考えるためだった。

 

「それが、ケイちゃんの()()?」

 

 しばらくの沈黙の後、イヅミがポツリと放った言葉で、俺はハッと顔を上げる。

 ケイの顔を見ると、彼女は微笑んで頷いていた。

 

「ま、異世界からの冒険者なんて、非常識すぎて認める気にもなれないだろうけどね」

 

「まさか、けっこー面白かったです」

 

 ……ああ、なるほど。

 ケイは、その物語を真実としてではなく、あくまで設定として明かしたのだ。

 

 そうか、そういう事か。

 

 

 

 ……なら、こうしてみるのはどうだ? 

 

『ならば俺は、その平行世界でのケイにあたる存在だ。ケイの探し人が異世界にも存在するのであれば、ケイが異世界に存在してもおかしくない』

 

「ちょ、ちょちょ、話がちょっと大きくなってきてません?」

 

「元々大きいじゃん。2つの世界を跨ぐ物語なんだし」

 

「あ、確かに……」

 

『そしてイツミは、吟遊詩人だ』

 

「はえっ?!」

 

「ほお」

 

 俺の頭に浮かんできた架空の物語を、淡々と綴っていく。

 

『人探しを続けるケイは、世界を跨ぐ転移による副作用の影響を受けた俺と出会った後、吟遊詩人を旅に連れて行く事を決める。大衆と関わる機会が多い彼ら彼女らは、ケイの目的の助けになると思ったからだ』

 

「そ、それが私なんですか?」

 

『そうだ。お前はケイの目的を聞き、旅中の危険を退けるのを条件に人探しに協力することにしたのだ』

 

「お、おお……なんかワクワクしますね……」

 

「うん、面白いね。ねえイズミ、この設定にする?」

 

 調子に乗って色々と設定を生やしてしまったが、イヅミはお気に召しただろうか。

 ワクワクするとのことだったが、変装の一環としての実用性を考慮すると、設定の面白さは判断に関わらないだろう。

 

「うんうんうん。ケイちゃんが主人公格なのはちょーっと気に食わないけど……」

 

 ダメか。もう少し別のものを考えるべきか? 

 そう思って別の設定を考えようとして……突然、イヅミが立ち上がって、満面の笑顔で俺たちを見下ろす。

 

「でも、うん! 採用!」

 

「おー」

 

 “これはめでたい”と、ケイが拍手で設定の決定を祝う。

 結構非現実的な設定だと思ったが、まさか採用されるとは……。

 

「人探しの旅と言うことは、各地を転々とするということ。逃亡生活にも丁度良いじゃないですか! 壮大な設定も、“イツミ”という存在から遠ざけるのに一役買うでしょうし、何より、なんかワクワクします!」

 

「わくわくって」

 

「良いじゃないですか! 条件さえ揃えば、何でも良いんですよ何でも!」

 

 ま、まあ、お気に召したのであれば、こちらとしても嬉しい。考えたのは殆ど俺で、他は既存の物語だったからな……。

 

「楽しそうデスね、ご主人」

 

「楽しいですよ。そりゃもう! よくこんなの思いつきますよね!」

 

「え? そりゃまあ、ね。あはは……」

 

「ソウヤくんも!」

 

 え? 

 ああ、いや……確かに物語を作ると言う点においては、腕に覚えがあるのかもしれない。

 記憶としては、全く残っていないが。

 

 

 

 

「ところでご主人」

 

「うん?」

 

「ご主人って、歌と楽器は出来るんデスか?」

 

「出来るわけないじゃないですか」

 

 ……。

 

 ……何故採用した。




アクションシーンがまるで無い、ゆったりした物語ばかりが続いている気がする。
気のせいか。


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67-ウチのキャラクターと俺の線路調査

「前からこの楽器が気になってたんですよねー」

 

「……手に入って良かったね」

 

 女性の肩に載せられる程のサイズの楽器を胸に抱えて、落ち着いてはいるが、玩具を得た子供のような雰囲気を醸し出す。

 言うまでもなく、ハープの弦を撫でているこの女性はイヅミである。

 

 吟遊詩人という仮の称号を手にした彼女は、早速楽器を購入した。

 帝都に及ばずとも、技術者が多くいるドワーフの国だ。炭鉱町でも楽器のウィンドウショッピングが出来るぐらいには品揃えがあったらしい。

 

「で、一応訊いておくけど、弾けるの?」

 

「む、バカにしましたか? バカにしましたね? 弾けませんけどバカにしないでくださいっ!」

 

「やっぱり弾けないんだ」

 

「にゃあ」

 

 何故かケイに抱えられた猫が、鳴き声をひとつだけあげる。

 

「キャットにもバカにされた! 私だって練習すれば弾けますからね~!」

 

 どうやらバカにされたらしい。飼い主であるイツミは何故か動物形態のキャットと普通に会話するが、勿論俺たちにはキャットの言っている事が全く理解できない。

 

 演奏の腕に関しては、下手であろうと俺は悪いものだとは思っていない。楽器が下手な吟遊詩人というのも、キャラ付けとして考えれば面白いだろう。

 そういうキャラを彼女が気にいるかはともかく。

 

「ところで、これからどうするんですか?」

 

「町を観光。と言いたいところなんだけど、軽く回って見た感じ、帝都を先に見ていったせいか、どうもピンと来ないんだよねえ」

 

「あれ、そうなんですか」

 

 俺も同意見だ。どうしても見劣りすると言うか。

 電線の代わりにパイプが張り巡らされている町並みは、今でも新鮮に映るのだが、帝都の方がっていう思いがどうしても出てくる。

 少しだけ趣が感じられて、それはそれで良いのかもしれないが。

 

「だから、依頼拾ってきた」

 

 おお、依頼か。

 

 ……まて、なんだって? 依頼? 

 

「待て、ケイ、いつの間に依頼なんか請けてきたんだ」

 

「キミが玩具で遊んでる間」

 

「お、玩具……?」

 

 俺は玩具なんて何も……と思っていたが、店頭で商品を色々と弄っていた時の事を思い出す。

 

 確かに、途中で寄った店の中に並んでいた商品を物色していた。個人的な興味が湧いたからだ。

 ツマミを回すことで書く太さを変えられるというカラクリペン。

 同じような操作だが、3つのツマミにより3原色のインクの混合比を調整できるというペン。

 ついには、現代の物と殆ど似たシャーペンすらあった。

 

 銃への出費もあり、今の所鉛筆だけで事足りているから購入しなかったが……。少し惜しい気分だ。

 

「あー、そんな落ち込まないでよ。玩具呼ばわりしたのは謝るけど」

 

「落ち込んでないぞ」

 

 別に、そこまで惜しいとは思っていない。

 少しだ、ほんの少ししか思っていない。それにあんなものは、現実で安価に買えるだろう。しかも、品質の面で言っても現代と比べて大きく劣っているのだ。

 

 だから、落ち込んでいないぞ。

 

「落ち込んでるんだ」

 

「断じて違うッッ」

 

「ソウヤくんって意外と可愛いんですねえ」

 

「可愛いワケないだろう?!」

 

 くっ。相手のペースに引きずり込まれている。

 一度落ち着いて自分の調子を取り戻さなければ。

 

「スウウゥゥ……」

 

 

 ……落ち着いた所で、ケイが一枚の紙を取り出す。依頼紙だ。

 

「それで、依頼の内容なんだけど」

 

「内容ですか」

 

()()()周辺の状態確認。そしてモンスターを掃討と安全確保。以上」

 

「線路って、あの線路ですか。でも使われてませんよね」

 

 線路……。

 

 そんなものあっただろうか。時計塔の上から見下ろしていれば見えるかもしれないが……。丁度建物や木々で隠れて見えなかったんだろうか。

 しかしスチームパンクな国ならありそうだ。蒸気機関車が走っているのだろうか。いや、疑問にするまでもなくほぼ確定だろう。スチームパンクと言えば蒸気機関車だ。

 

「そんなものがあったんだな」

 

「らしいね。ちょっと質問したんだけど、昔の戦争で利用されたから、用途に関係なく使用が禁止されたんだって」

 

「あー、技術規制って奴でしたっけ」

 

 ああ、その法にも一応名称があったのか。

 メチャちゃんくんからある程度は聞いていたが、そんな物も規制されていたとは。

 

「イヅミは知らなかったんだ」

 

「ここ最近は情報の仕入れが難しいんですよねえ」

 

「まあ、キミは事情が事情だからね。私が聞いた分だと、直ぐにでも使用できるよう準備しろって指示されたらしい」

 

「ふむふむ、最近帝都の方で騒がしいと噂ですからね」

 

「にーにゃあ」

 

「ほう、王都と戦争した勢力の残党なんですか。キャットは物知りですねぇ」

 

 ……あの鳴き声でどれだけの情報量が凝縮されてるんだ? 

 動物語を理解しているというレベルじゃないぞ。

 

「じゃ、行こっか」

 

「はーい、行ってらっしゃい。私は宿で待ってますね」

 

「何言ってるの、キミも行くんだよ」

 

「へっ?!」

 

 当然のようにイヅミを連れて行こうとする様子に、彼女は思わずハープを落としてしまいそうなぐらいの動揺をしてしまう。

 

「え、でも、なんで??」

 

「詩の内容、考えないとさ」

 

「詩……あ。それ考えといけないんですか。うへえ……まあ、そういう事ならやりますけど。……ていうか、準備はしなくて良いんですか?」

 

「したよ?」

 

 うむ、こちらも戦闘準備万端である。

 

「す、少しは準備ぐらいしてった方が良いと思いますけど? たしかに、常在戦場かってぐらい何時も武装してますけど」

 

「最近騒がしいからね」

 

「う、ううん。そうですよね。……ちょっと心配ですけど、私も私で準備するもの無いですし、このまま行きます……」

 

 ハープはそのまま持っていくようだ。

 俺たちはケイが持っていた地図を頼りに、出発地点となる駅に向かうことになった。

 

「そう言えば、依頼主は誰なんですか?」

 

「ライガン。ここの鉱山を管理してるトップさん」

 

「またか」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ここが駅……というか、荷積みする場所?」

 

「なるほど、産出した石炭を輸送する目的で機関車が使われているとしたら、こういう施設も当然あるだろうな」

 

 ……となると、現行の輸送手段は馬車とかその辺りか? この帝都でも馬車は見かけるし、恐らくそうなのかもしれない。

 

 使われていないという話は本当のようだ。人気は全く無く、手入れも最低限でしか行われていないのか、古びている箇所が見える。

 

「こっちは……格納庫ですね。あそこに使われてない車両でも入ってるんでしょうね?」

 

「にゃ?」

 

「んー、興味はあるけど、覗き込む程じゃないですねえ」

 

「まあそっちに行く必要は無いね。最後に確認するけど、準備は良い?」

 

 頷く。

 イヅミも準備は出来ているだろう。……と思ったら、彼女はおもむろに自らのスカートをめくり始め、その裏地に手を伸ばした。

 そこから出てきたのは、小さなナイフ。

 

「準備おっけーでーす」

 

「じゃ、行こうか」

 

 ……なんて所に武器を隠し持っているんだ、イヅミは。

 

 

 ケイを先頭に歩いて、町の外周部に近づいていく。モンスターを警戒する必要はなかったから、代わりに線路自体に注意を向けつつ行く。

 

「如何にも廃線路って感じですねえ。木材が一部腐ってます」

 

 随分前に敷設されたのだろう。金属部を触れてみても、若干錆びていたり傷が入っていたりしている。

 

 このまま線路に沿って歩いていくと、町の外に出ていく。

 町の外に草は殆ど見られず、あっても生気の感じられない茶色の草ぐらいだ。あれでも一応枯れていないのだろうか。

 

 荒野での移動は、帝都から炭鉱町へ移動する時に慣れたから、日差しの強さや乾いた空気は気にならなかった。

 

「うわ……見てよ、踏み潰されてる」

 

「モンスターか? 数十年も放置してればそういう事もあるかもしれないな……」

 

 足跡としては残っていないが、明らかに重量のある存在に踏みつけられたような跡が、変形という形で残っていた。

 

 もっと進んでみると、レール跨ぐ様な形で根を張った木があった。年月をかけられ、土に埋もれてしまった箇所もあった。

 そこまで行くと、最早老朽化という言葉さえ不十分になってくる。

 

「ニャアア!」

 

「モンスターが居るらしいです」

 

「あそこだね」

 

 キャットによる報告を受けて、ケイの誘導によりレールから少し離れる。そこに見えるのは、大きなサソリだ。

 

 安全確保も依頼されている以上、人のサイズぐらいのサソリが近くに居るとなれば、討伐しなければならない。

 

 遠距離からの魔法と弓での先制攻撃を行うが、流石に外殻は固く、そこで耐えられてしまう。

 ケイならばぶっ飛ばせるだろうと思っていたが、今回は手加減するようだ。

 

 先制攻撃という敵意を向けられたサソリどもは、俺たちに襲いかかってくる。俺は弓から短剣へと持ち替えた。

 ……戦闘だ。と身構える俺だが、ふとケイが離れていく事に気づく。

 

「『貫け』……ほら、一匹だけ残してやったよ」

 

 師匠面をしているつもりなのか、数体だけ仕留めたケイは、わざわざ俺に敵を押し付けるように一歩後ろに立っていた。

 

 しばらくの間、ケイと俺の2人で戦っては、俺が全く貢献できない状況が続いていた。それを気にしているのだろうか。

 気にしているというより、俺の実力でも試そうとしているのか。

 

 ……まあいいか。

 残った敵を見捉えながら、思考を、意識を魔力へと集中させる。表面上では無防備には見えないだろうが、今攻撃されれば大きなダメージを受けるだろう。

 だがその様な懸念はとっくに克服している。

 

「すう……『魔力よ、鋼の肉体を』」

 

 息を吸い、一泊後、身体の中で魔力がじわりと広がるのが感じ取れた。

 最近習得したスキル、『魔力感知』と『魔力操作』が助けになっているのだろう。あの日を境に、いい具合に魔法を使うことが出来ている。

 戦闘中の使用が現実的になる程度には。

 

「ふっ!」

 

 盾は無いが、鎧と魔法により守りは万全。サソリが間合いに入った瞬間を見切って、一気に踏み込む。

 一歩で距離を大きく縮め、身体と手を伸ばして短剣の刃を振るう。

 

 ケイと比べれば動きは鈍重にも程があるが、俺にとってはこれぐらいが全力。

 手応えは確認できなかったが、すぐに身体を後ろへ引き戻す。バチンと目の前でハサミが閉じる。

 

 敵の反撃の一撃に続き、連撃と言わんばかりにサソリが距離を詰める。俺は更に後ろへ退いたが、サソリの機敏な動きですぐに追いつかれる。

 明らかに毒を持った相手だから距離を取っているが、接近を恐れては勝負が決まらないか? 

 

「えっと、手伝わないんですか?」

 

 背中から矢を引き出し、左手で投げる。

 近距離というのもあり、上手く顔面に刺さる……が、投げただけだから浅い。隙を生み出すことさえ出来なかった。

 

「彼は強くなろうとしてるし、私が加勢しちゃったらすぐに終わっちゃうでしょ」

 

「はあ……」

 

「キミも、戦況が悪化するまで参加しないでね」

 

 しばらく見合った後、カタカタと足を動かしたタイミングを見計らって、右手の短剣に魔力を込めて、サソリの左鋏を目掛け下から上へと斬り上げる。

 水を纏った短剣は、水飛沫を散らしながら鋏の根本に刃を入れる。

 しかし完全に切断することは出来ず、下からの切り上げだから体重で押すことも出来ないと判断すると、すぐに引き抜いて距離を取る。

 直後に、サソリの針が目の前を掠める。判断が遅ければ毒を受けていただろう。

 

「おい、流石に硬すぎる」

 

「キミが弱すぎるの。落ち着いて判断出来るのは良いんだけどね」

 

「む……!」

 

 相手が様子見している隙に助けを求めてみるが、実際に助けてくれそうにはない。

 しかし防御力が俺の攻撃力を上回っているのでは、何も出来ない。

 このゲームは単純な攻撃力と防御力等で戦闘システムが成り立っているわけじゃないし、むしろ現実的に作られている。

 だが、現実的な戦闘システムが採用されていようと、小手先で覆せないステータスの差というのは相変わらず存在する。

 

 虫だから行動が読めないし……。

 装甲のある敵には斬撃よりも重量物の打撃のほうが効果がある筈だ。

 

 まあ、ハンマーとかそんなもの持っていないが。 

 待て、虫? コイツの場合は節足動物と呼ばれるが……。

 

「!」

 

 サソリの鋏が迫って来て、避ける。反撃にその鋏に向かって短剣を振るう。

 

 その時、サソリの腕の関節が目に入る。

 ……ああ、そういえばそうだった。

 俺は左手でサソリの腕を掴んで、短剣を引き抜くとまた直ぐに関節に突き立てる。外郭の隙間に滑り込ませるように。

 

【バキッ】

 

 こういうのは大体、関節が弱点だ。なぜこんなことを忘れていたんだろう。

 

「っしい!」

 

 ある程度刺されば、後はテコの原理でやれる。

 節足動物の弱点は、いつもここだ。カニの中身を食す時、まず最初にやるのは足を折り曲げる事だろう。

 戦闘を終わらせる方法が閃き、勝利を確信した俺は距離を取ることもせずに攻撃を続ける。

 

 掴みっぱなしだった鋏を投げ捨て、続けてもう一つの腕に掴みかかる。

 

 が、視界の隅で尻尾が動き出す。

 

「っ!」

 

 躱せるか? 躱せない。

 完全に攻勢の体勢だった俺は、体を咄嗟に動かせずに攻撃を受けてしまう。

 

 ダメージを受ける代わりに、短剣を突き立ててちゃっかりと鋏ごと腕を捻じり斬る。

 人の大きさをしているだけあって、防具を貫通するだけの攻撃力があった様だ。防御力強化を施していなかったら、より大きなダメージになっていたことだろう。

 

 だが防具を貫いた針が身体に達した以上、この異常状態を受けるのは避けられない。

 

「毒状態……だな」

 

 効果は、単純な継続ダメージ。体の動作に悪影響はなかったと記憶している。

 普通の毒ならだが。

 

 俺の身体に毒が巡ろうと、敵には鋏がない以上、優位に攻撃できる。前に踏み込んで短剣を振りかぶる。

 サソリは機敏な動作で大きく回避する。

 

 ……いや、回避じゃない。あの蠍は逃げる気だ。

 

「弓!」

 

 それならばこれで追撃。空振りで地面に突き立てられた短剣をそのままにして、弓へと持ち替えて狙いをつける。

 

 キリキリと引き、そして放つ。

 矢は綺麗に当たるが、やはり威力は足りず、次の矢を番える頃には確実に当てられる射程から離れていた。

 

「あ、逃げていきますね」

 

「『燃やし尽くせ』。……はい、お疲れ様」

 

「……」

 

 俺が戦闘態勢を解くと、ケイの魔法によって火柱が発生する。

 ……あの火力では、数秒には炭となっているだろう。

 

 

「んん、あれって手加減してます? 初めて会った時と比べてしょぼいような気がするんですが」

 

「え? してるに決まってるじゃん。たかがサソリ1匹に最大火力なんて過激だよ」

 

 俺にとっては精一杯の戦いだったんだがな……。

 まあ良いか。俺は弓をしまい、短剣を回収する。ついでに解毒のポーションも飲んでおく。

 矢は敵に刺さったままだ、矢の回収は望めないだろう。

 

「どっちかというと、倒す戦いってよりは生き残る戦いだね。遅滞戦闘って奴だ。間合いを保って、牽制で相手に警戒させて時間を稼いでる。私が援護しに行く状況だったら、掴みかかってまで腕をねじり切るなんて事しなかったでしょ?」

 

「悪いか?」

 

「これから孤独に冒険するっていうなら、戦い方を変えたほうが良いね」

 

「そうか」

 

 それじゃあ、この戦闘スタイルのままやっていくとしよう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 俺があの一戦を終えた後、ケイも戦闘に参加する様になり、戦いが毎度直ぐに終わってしまう。

 俺はそれで構わないし、戦闘に参加する力量が無ければ、普通にトレーニングすれば良い。

 

 メモ帳に大雑把な距離と、その地点にある問題──例えば、レールに明らかな損傷が見られたり、付近にモンスターが居る等──を記録していたのだが……3kmほど歩いた所で、明らかな異常が発見された。

 

「……これは、どういうことだ?」

 

「見ればわかる。線路が無くなってるね」

 

「いやいや、無くなってるどころじゃありませんよこれ。大きく地形が凹んでいます」

 

 線路が無い。いや、正確には欠けている。数メートル先にはまた線路があり、そこからまた帝都へと続いている。

 しかし……この辺りで一体何があった? 地震か?

 

「にゃあ」

 

「はい? ……あ、本当ですね。ケイちゃん、ソウヤくん、こっち来てください」

 

「ん……あー。上に向かって歪んでるね」

 

 イヅミに呼ばれて来てみれば、正にケイが言った様な状態になっていた。

 地割れで引き裂かれたわけではなさそうだ。

 

 線路以外で分かるところと言えば……。

 地形が半円の筒状に欠けている。それが一直線に伸びており、線路と交差している。

 この様になったのは間違いなく敷設後で、直されていない所を見ると、規制が始まった後なのだろう。

 

「モンスターだろうね。……ずいぶん大きめの」

 

「幸運な事に、これが出来たのはずっと前みたいですよ。変形した箇所に植物が生えて、地形が馴染んでます」

 

 ……メモしておこう。

 周辺状況やレールの状態を確認し、事細やかに記す。

 簡単な図も描いて、地形変化の形状と、線路との位置関係を分かりやすくしようと思ったが……。

 

「……むう」

 

 なんだ……これは? 

 出来上がった……と言うのも憚られるが、俺の鉛筆により描かれたのは、10針ほど縫ったような切り傷の絵である。

 

「……メモ、終わった?」

 

「い、いや。……って後ろっ?!」

 

「えっと、何これ」

 

 背中越しの声驚いた隙を突かれてしまい、ケイにメモ帳を取り上げられる。

 

「……ホントになんだこれ。ソウヤ、綺麗に描き直してあげるから、消しゴムと鉛筆貸して」

 

「あ、ああ……」

 

 言われた通りに筆記用具を渡す。俺が描いた、図とも言い難い何かを消すと、周辺とメモ帳を見比べる様に交互に視線をよこしながら描き始める。

 その鉛筆捌きは、俺が文章を書く時のと良い勝負だった。

 

 それに見とれていると、ぴた、とケイの手が止まる。

 

「はい終わり。これが描きたかったんでしょ?」

 

 筆記用具と一緒にメモ帳が返される。

 俺が描いた酷いモノがあったところを見ると、ケイが描いた精巧な図に起き変わっていた。

 

 まるでカメラでその風景を撮った……とまでは行かないが、要点を含めしっかりと描かれており……とにかく上手だった。

 

「ケイ……こんな特技があったのか」

 

「ふふん、魔法の研究してたら普通に身につくよ。なんでも覚えられるわけじゃ無いから、後から正確に思い出せるように絵や図表を駆使するの。研究に限らず、必要な技能だよ」

 

「すごいな……俺は一体何を対価として──」

「えー、何々? ……すごっ! すっごい綺麗!」

「にゃ」

 

 イツミに続いてキャットまでやってきて、俺の言葉が中断される。

 

「対価がなんだって?」

 

「……なんでもない。また絵や図を描くことになったら頼む」

 

「はいよー」

 

 この大魔法使いは、魔法や剣だけでなく、絵すらも極めているらしい。

 地味だが、素晴らしい。心ばかりの敬意を送る。

 

 

「しかし、これほどの……。ドラゴンに匹敵するような大きさのミミズでも居るのかな」

 

「変形部分を調査すれば分かりそうですねえ。寄り道がてら調べちゃいます?」

 

「……いや、今はいい。一度指定されたポイントまで掃除してから、帰還する。そこで追加報酬をゴネて、成功したら追加で調査するよ。無駄な事して原因のモンスターと鉢合わせる可能性を考えたら、こうした方が損がない」

 

 理に適っているが、がめつい奴だ。

 俺とイヅミ、ついでにキャットが賛成したのを確認し、俺たちは再び依頼の遂行を再開した。




一日で7000強の文字を書き上げる快挙。
このシリーズの初期もそんな感じだったんだが……。


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68-ウチのキャラクターと俺の手品師詩人

 線路の調査を続け、かつて川が流れていたのだという所に架けられた橋を目印に、情報を纏めつつ帰還した。

 詳細は俺のメモ帳に記録しているが、大まかな概要のみを取り上げると……、線路の老朽化に加え、モンスターによる破壊が全体的にあり、そしてある箇所に関しては重大な損傷が与えられている、といったところか。

 

「……なるほどの。情報を纏めてくれて感謝する、ソウヤよ」

 

 日本人の初期スキルであるお辞儀を発動させておく。礼には及ばないが、報酬に反映すると言うのであれば吝かではない。

 

「貴重な資料じゃ。こちらで預かってもよろしいか?」

 

「別に良いよ。……それにしても、一階の方が凄い事になってるね。大騒ぎだ」

 

 ライガンの部屋へ行くまでに酒場を通過しなければならないのだが、その酒場は、ランチタイムの人気レストランにカオスを適量加えたかのような有様となっていた。

 戻って来る頃には日が沈んでおり、その頃にはもう仕事を終えたドワーフで沢山だった。兎に角大繁盛である。今も床越しに笑い声が響いて来る始末だ。

 

「そこは賑やかと言って欲しいものじゃ」

 

「はは、ゴメンね。ところでキミは加わらないの? お酒好きなんでしょ」

 

「何を言うんじゃ。日に2回も依頼へ赴く阿呆を心配しとったんじゃ。全く、止めても止まらぬとは」

 

「それもゴメンって。前回の分でやらかしたから、仕事はちゃんとできる人だと思って欲しかったから」

 

「余計じゃ。我が身は一つしかないが、依頼の受け口は腐る程あるんじゃぞ」

 

 ケイは俺のいない間、依頼主の制止を退けてまで依頼紙を持って来たらしい。彼女の力を知る俺からすれば無茶なワケがないが、確かに客観的に見れば頭がおかしい。

 ライガンにとって、俺たちは大蜘蛛と戦った挙句に坑道を破壊するような暴挙に出て、数時間後には2つ目の依頼で出発していったのだ。

 オーバーワークを疑われるのも仕方ない。むしろ依頼主の同意抜きで依頼を遂行したってのも中々頭がおかしい。この老いぼれには心配をかけてしまった。

 

 因みにパーティ新入りのイヅミは、下の方で酔っ払いに絡まれてる。あのハープに目線が向けられていたから、今頃は演奏を求めるコールが唱えられているだろう。

 

「して、この箇所……大型モンスターが存在する可能性、と書かれておるな。詳しく説明してくれるかの?」

 

「それね。あそこは線路を横断するような形で、地形が抉られていた。巨大な蛇かミミズかが、地面を削りつつ進んだような跡だったよ。……まあ、私たちの見解だけどね」

 

「巨大な……なるほど、ではこの図はそう言う事か。……そうなると、一度ギルドの記録を漁っておいた方が良さそうじゃ」

 

 記録か。そこで該当するモンスターが見つかれば、討伐の作戦も立てやすいだろう。……その討伐の依頼がこちらに来るとは限らないが。

 

「今から調べ物?」

 

「おう。仕事を終わらせるまで、酒は飲まん」

 

「そっか。……とっくに日が沈んでるのに、頼もしいね」

 

「いつも頼られてるからの。ほれ、報酬じゃ。今回は何も引かんぞ」

 

「流石に今回は何もやってないからね。それじゃ、また」

 

「依頼以外でなら、会ってやろうじゃないか」

 

 もうこれ以上の依頼なぞやらん、という意思表示を受けながら、俺たちはライガンの部屋を後にする。

 

「3度目の依頼は期待できない、か」

 

「残念だったな」

 

 酒場の喧騒が階段越しに聞こえて来る。またあの酔っ払いを退けながら通過しなければ行けないのか、と内心ぐったりとする。

 階段を降りて、酒場の床を踏めば、そこはとっくに酔っ払いの勢力下。ビールにつまみに肉と、ここに居るだけでも酔ってしまいそうな匂いに顔をしかめる。

 

「イズミは……探すまでもないね。何やってんのアイツ」

 

 少し見渡せば、総じて身長の低いドワーフの中に人間を見つける。彼女はハープではなく、ハンカチを手にして何かをやっていた。

 

「スペードのエースを選んだ貴方! この手には何も乗っていませんよね? よろしい! それでは私の手の平に注目してくださーい!」

 

 ……なにをやってるんだ、イヅミは? 

 彼女が何やら言っているが、聞こえない。逆にこちらから呼びかけようとしても、すぐにこの喧騒で搔き消えるだろう。近くへ寄るにしても彼女の周りはドワーフで取り囲まれている。

 どうやって連れ出そうか。素直にアレが終わるまで待てば良いのだろうか。

 

「ここでハンカチを……ほい! ほうら見てください、なんと私のぉぁぁああケイちゃん! 戻ってきたんですね!」

 

 ああ、手品か、あれは。そう思って見ていると、俺たちと目が合った。

 

 気がつけば、手品の事なぞどうでもいいとでも言うのか、手品に使っていた道具を放って、こちらに向けて手を振っていた。

 イヅミの手から、スペードマークがデカデカと描かれたトランプカードが零れ落ちる。

 

「なーにバカやってんの、キミは」

 

「手品やってるだけじゃないですか! 何か私やらかしました? やらかしてません!」

 

「自問自答すんじゃない」

 

「反語ですっ!」

 

「知ってる」

 

「え? ケイちゃん何でその右手をふぎゃああほっへのひう(ほっぺのびる)っ!」

 

 ……手品が数秒で漫才に切り替わった。

 手品の種を見つけようと見つめていた人も、2人のバカを笑い始めた。

 

 そのまま頰を引かれ、酒場の外まで出て行く。キャットが出口で俺たちを待っていたが、その時には既に呆れの視線が送られていた。

 

 

 外に出たところでようやく頰が解放され、イヅミは赤くなった頰を直ぐに押さえつける。

 

「私、演奏を強請られて大変だったんですからね?!」

 

「そう」

 

 やはりそんな状況になっていたのか……。

 で、逃げるに逃げられなくなって、下手な演奏を聞かせたくなかったという理由でもあったのか。手品で誤魔化そうとしてたと

 

「ていうかなんで連れ出したんです?! 手品はいい感じでしたし、別にあのままでも良か──」

 

「キミ、男の目線がどんなものだったか、分からない?」

 

「……はい?」

 

「目線だよ。……分からないみたいだね」

 

 なんのことを言っているのだろうか? 

 少し考えてみる。目線、男。そしてイヅミは女性という事実。

 

 ……ああ、成る程。

 確かに、酒に酔って自制が効きづらい男どもが相手なのだ。そういう奴も居ないとは限らない。

ケイは元男というのもあり、そう言うのには気付きやすいのだろう。というか、()()にそういう描写もあった。

 

「よっぽどの箱入りか、若いか、今まで男として生きてきたか……それぐらいの理由じゃないと、男の目線が分からないってのはなかなか無いよ」

 

「ああ……」

 

 イヅミはケイの言おうとしている事を今理解して、気まずそうな表情をとる。

 

「でもこの世界にそんなのは無いと思うんですけど……いえ、気を付けます。その手を下ろしてください。」

 

「……んん、何がこの世界には無いって?」

 

「そりゃあ、規制が無いわけじゃ無いですから。身体の損傷は兎も角、精神や尊厳に悪影響を及ぼすような事に関しては厳しいんですよ」

 

「……? ……まあ、そっか。兎に角気をつけて」

 

 さっきまで論していた筈のケイが、逆にイヅミの言葉に一度固まる。まあ、これも何度目かのことだから、すぐに受け流したが。

 

 

「あ、報酬の分け前ってどうするんですか? 全く相談してませんでしたけど」

 

「山分けで良い。といってもお互いお金を融通する事はよくあったし、今までは実質共有してたんだけど」

 

 頷く。装備を買う時等、1人のポケットマネーじゃ足りない事は良くあるから、買い物の前にお金を1箇所にまとめていたりしている。その後に残ったお金は、また半分で分けていた。

 

「なんですかそれ。夫婦ですか」

 

「2度とそれを口にするなら、キミの首に刃が落ちると思え」

 

「あ、はい」

 

 辛辣である。メチャちゃんやメアリーに対する対応とは比べ物にならないぐらいだ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「そういえばキャットは?」

 

「自由に歩かせてますよ。最低限周囲の警戒だけ任せて、後は猫集会にゲスト参加したり日向ぼっこしたり……してると思います。多分」

 

「曖昧だね」

 

「私は詳しく知ってるわけじゃなんですけど、詳しく聞く機会も無いんですよ。ほら、有事の時だけ召喚してますから。普段は」

 

「ああ、テイマーだっけ? そういえば平気でペットを転移させてるけど、この世界じゃそれほど貴重な魔法じゃ無いのかな」

 

 召喚の魔法は、転移という言葉を広義に捉えた場合この括りに入るだろう。

 俺も以前から気になっていたが。

 

「首輪、またはそれに該当する何かを身につけさせて、且つ私の元でしか召喚先を設定できない……。こーんな制約があるんです。ケイちゃんのとは比べ物になりませんって。あ、仕組みについては聞かないでくださいね。知りませんから」

 

 ……それもそうか。ゲーム内の魔法に一々原理や法則が関わっていたとしても、それを把握して扱っていたら頭がパンクしてしまう。

 そもそも召喚魔法はあくまで召喚魔法。転移魔法ではないのだ。

 

 しかし納得するお俺の傍で、ケイがううんとイヅミの答えに納得しないままに唸っている。

 

 

「……まあ、いいや。それはそれとして……必要な時だけ呼び寄せるペットちゃんに関して、ちょっと一言いいかな」

 

「どうかしましたか?」

 

「えーっと、なんて言ったら良いのか分からないんだけど……。最近のキャット、妙に雰囲気が違うような気がするんだよ」

 

 そんな事、ケイに分かるのか? 

 キャットと親しい仲だとは聞いていなかったのだが。

 

「ま、傍から見た私がそう思っただけなんだけど。……ごめん、やっぱ良いや」

 

「え〜! そこで切られたら気になっちゃいますよう」

 

「キミは本人に質問すれば良いでしょ」

 

「ケイちゃんは質問しづらい質問と言うのを知らないんですか?!」

 

 あるんだ。とケイがすっとぼける。

 俺としては、その辺りはイヅミとペットの問題だ。俺たちが関わっても仕方ないだろう。

 

 協力を乞われたり、その関連で身の回りに影響が出てきたと言うのであれば、話は変わるが。

 

「んもうっ。もしかしたらキャットも聞いてるかもしれないのに……。あ、宿につきましたね」

 

「そう言えば、この町を出る予定だけど、あと2日は泊まるから、覚えておいてね」

 

「はーい」

 

 するとイヅミはとっとこ宿屋の中に入っていった。俺も、既に借りていた部屋の中へ向かうことにする。

 

「今日は働いたね」

 

「1日に2回も依頼をやるとは思わなかった。次はちゃんと相談してくれ」

 

「オモチャの虜になってなければね」

 

 なってない。

 

 はあ……あのケイ、最後にブローをかまして部屋に逃げ入ってったぞ。なんてセコい奴だ。

 

「もう2度目は無い」

 

 ケイに向けて放たれたものでは無い、所謂独り言を吐き出しながら、各々自分の部屋の中へ入っていく。

 

 俺は腰に巻いていたポーチを外し、ベッドの上に放る。鎧も重苦しい。脱ぎ捨てる。一応並べて散らかさない様にはするが。

 

「よくこんな物を着て何キロも歩けたな……」

 

「おや、人形のストリップショーが始まったのデス」

 

「人形じゃなくてマネキ……ん?」

 

 振り返る。

 

 居た。

 

「……」

 

 もう一度見る。

 

 居た。

 

「人形の2度見なんて、そうそう拝見できるものじゃないデスね。今日は運がとても良いデス」

 

「……」

 

 ……それから俺は、この数十秒の間、呆けた口を開けっ放しにして、何故キャットがここに居るのかという疑問を解消することに思考を割くことになった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 熟考の末、結局その疑問を解消することはできず、一周回って落ち着いた俺は、放り投げたポーチからメモ帳と鉛筆を出す。

 

『何故ここにいる』

 

「ソウヤさんの匂いがしたので、ここがあの“あの人形のハウスね“。という事でお邪魔させてもらってるのです」

 

『飼い主の部屋に戻ってくれないか』

 

「いいえ、なのデス。別にご主人に呼ばれてはいないデスので」

 

 こっちもこっちでキャットはお呼びじゃ無いのだが。

 どうせなんらかの目的でもあるのだろう。例えばケイの魔法技術だったりとか、ケイの本性だったりとか。

 

 ……俺が標的にされているという想定をしないのは、それが無意味なぐらいに俺が無力だからだ。

 

 虚しくなんかない。

 

「ところで、ご主人はどのような調子デス?」

 

『失態があればケイが取り敢えず頰を引っ張っての繰り返しだ。仲は良くも悪くもない』

 

「そうなのデスか」

 

『気にかけているのか?』

 

「……正確には”気になった“、です。ご主人に限って心配は無用デスよ。ふやぁ〜」

 

 それもそう……か? 

 イツミのことはよく知らないし、あーだこーだ言うつもりはないが。俺が持つケイに対する考えと何となく似ている。俺は納得して置くことにした。

 

 俺は、ベッドに寝転がって欠伸をしているキャットをチラと見る。

 

『キャットは、この依頼が終わるまでずっと周辺警戒か?』

 

「そうデス。私1人で360度警備というのも中々非常識デスが、負担は案外ないデスし、問題ないデスよ」

 

 そう言われてみると、確かにブラックだな……。この猫又は索敵能力を誇ると聞いているが、それでも2人は欲しいところである。

 

「その分ボーナスは貰ってるので、むしろ嬉しいぐらいデス」

 

 ……手当は支払われているらしい。労力に見合った報酬があるだけマシだろうか。

 というか、ボーナス? ペットに給料があるとは……いや、お金ではないが、あるのか。

 

『お菓子券という奴か』

 

「実際には小切手みたいなものデスよ。一枚出せば200Yが返ってきて、そしてお菓子を手にする事ができるのデス」

 

 ……普通にお金渡すんじゃダメなのか? 

 

「ご主人曰く、無駄遣いの予防との事デス。給料という体制を整えつつ、実質的な支払い賃金を減らす……。今思えば、なんと小賢しい策でしょうか。ドラゴンの卵を購入する為の資金繰りの一環だったのでしょうけど、それを直接言われた事はないデスし……」

 

 い、意外とあの怪盗は資金繰りに余裕がないらしい。確かにドラゴンを飼っていると聞くし、その世話代もかかるだろう。

 しかし、少しだけイメージが崩壊した。怪盗も予算を気にかける時代になってしまったのだ。

 

『世知辛いな』

 

「世知辛いのデス。まあ、別に減給されているわけじゃないデスし、気にしてないんデスが」

 

 本人は大して気にしていないらしい。中々寛大な猫又である。

 

 

『それで、イヅミの部屋には行かないのか?』

 

「ここで寝泊まりさせて頂くのデス」

 

『何故だ』

 

 訊いかけるも、答えは返ってこなかった。




楽しむ読み物としては完成度低いですな。
物語を書きたいからと始めたからには、じっくりねっとりと書き進めるとしよう。


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69-ウチのキャラクターと俺の戦力強化

 翌日。

 

 夜間のログアウトから戻ってきて、同時にケイが起床する頃、俺たち2人は町の外に繰り出していた。

 その場所は何の変哲もなく、強いて言えば平らで動きやすい地形だった。

 

「そういえばイズミはどうしたんだ?」

 

「イヅミ……ああ、そういえば昨日からパーティ増えたんだっけ。つい忘れちった」

 

 後ろへステップ。硬い地面に靴底を擦り付けると同時、ケイの剣が目の前を裂く。

 

「一眠りして忘れるのか、酷いな」

 

「だって朝から見かけなかったし、寝起きに“これ”に誘うもんだからさ」

 

 唐突だったのは認める。ここでの朝を迎える直前に思いついたことだからな。

 

 ……依頼に関する状況把握の為に、”ケイの旅路“を読み進める時間を削って情報収集を行った。

 結局貴重な時間を削られてしまったが、この面倒事を乗り切る為の策を捻り出す為には必要だ。

 

 

 その策というのが、これだ。お互いの剣が、お互いの構えで向けられている、この状況。

 ケイはしっかりと剣を構え、剣先は俺に向けられている。俺は短剣を片手で握りしめ、自分を守るように構えている。

 

 俺たち、ソウヤとケイは今、戦っている。

 

 

「……というか、始めが俺だとは言え、雑談混じりに剣を振るのはなかなか異様だ、な! ……まあ、余裕で避けるか」

 

「攻撃の予兆が長いし分かりやすい。……あ、言っておくけど、私が忘れっぽいワケじゃないよ?」

 

「どうだか。精神年齢で言えば十分以上に長生きじゃないか」

 

 肩を竦める。戦闘態勢は緩めない。

 と思ったら、ケイが動き出す。前進と同時に、剣がこちらへ向けられる。

 

 一見すれば、突きの動きだ。

 

「しっ!」

 

 斬撃、()()()()()()()()()

 俺の短剣とケイの長剣、金属同士が擦れる音と同時、腕に力を入れて剣筋を逸らす。

 

「……中々身につくのが早いね。受け流しが少しずつ良くなってるのもあるけど、私の剣筋を読んだでしょ?」

 

 関心するように言われたが、剣術について数時間、屋根の下で腰を据えて教わったのだ。その中で得た知識を、ここで引き出しただけだ。

 今のケイの動きは、途中まで突きの動作を行い、腕をしならせる様にして斬撃へと変容させるというもの。フェイントの類だ。

 威力は低めになるが、守りを避けて当てることが出来る。

 

「腕の関節を観察すれば、突きか斬撃かがわかる。ついでに斬撃の方向も把握出来る。だろう?」

 

「そうそう。具体的にどう対応した?」

 

「突き動作の時点で警戒して、肘のあたりに注目した」

 

「ふうん……及第点? まあ、武器によって振り方が違うから、どの相手にもその見方をすれば良いワケじゃないよ」

 

「わかった」

 

 座学も実践も、今日で初めてになるはずだ。しかしこうして、手加減されているとはいえ、マトモな戦闘に見える程度には様になっている。

 

「本当、身につくのが早いね。座学を実践に生かすのが得意なのかな?」

 

「意識して対応しているだけだ。それにこれは実践じゃなくて、稽古だ。……落ち着いた判断ができる精神状態を、本当の戦いの中で維持出来るとは思えない。それに手加減されてるしな」

 

 ケイは“問い”を1つずつ投げかけるように剣を振るっている。同時に2つの問いをぶつけるような事はしないし、答えを待たずに次の問いを突きつける事もしなかった。

 

「うんうん、悪くない心構えだ。それじゃあ、この状況でも落ち着けられる?」

 

 ケイが感心しつつ、連撃を放つ。俺は距離を取る。ステップにステップを繰り返し、それでも避けきれない事を悟る。

 速い。間合いが離れない。左から斬撃が来る。なんとか受け流した。その直後に次の攻撃。思考が追いつかない。

 

「いっ」

 

 そして、やや深めのダメージを胸の下辺りに受けてしまう。

 

「4度目だね。……どう? 一撃一撃に注目して、ちゃんと考えて対処出来たかな?」

 

「……いや、無理だ」

 

 この稽古で4度目の被命中。

 コレが本当の戦闘であれば、彼女の持つ剣が鞘に収められたまま振られていなければ、運が良くてもHPは数パーセントしか残らないだろう。

 

「考えて行動する人は、果たして思考と行動を並列で出来るか? 常に相手に行動を強いることが出来れば、思考を鈍らせられる。そして出来るのが、隙だ」

 

「……むう」

 

「感覚的に行動する人、つまりバカは、頭の良いヤツに勝つ! のかもしれないね?」

 

「バカ……」

 

 些か口が悪すぎやしないだろうか。

 

「まあそれは冗談として。もちろんこの相性なんて物は絶対じゃない。単調な攻撃を続けたら、裏手に取った反撃が来るかもしれない。回避と思考を並列させられる人だって居るだろうね。そもそも訓練された剣士なら、立ち回りなんてほぼ無意識で出来るかもよ。ていうか私がそう」

 

 実際にやってみればわかるが、攻防を行いつつ次の手を考えるというのは中々難しい。

 手足を動かすので目一杯だし、相手の一挙一動を見逃せば対応が遅れる。それらを欠かさず、そして次の手を考えろと? 俺には難しい。

 だが、思考のキャパシティを手足に割かずとも動けるなら、確かに話は別になる。

 

「結局は、一枚でも二枚でも上手だった方が勝つんだ。一対一の戦いなんてそんなもんだよ。お互いの戦術がどう噛み合おうと、どちらかの地力が強かろうと、噛み砕いた方が勝ちで、噛み砕かれたほうが負け」

 

 ……中々詩的な事を言ってくれたが、分かりやすい。

 不意打ちで、強者を討つ弱者だって居る。力でねじ伏せる奴も居る。

 

 俺に出来ることは、俺の戦い方が本番で通用するモノに仕上げる為に、研ぎ澄ませる様に鍛錬するのみだ。

 

「分かりやすい」

 

「どうも。じゃあ、あと30分ぐらい続けてみようか」

 

「ああ」

 

 手加減はされているが、それでも相手は数十年の騎士の経験と、冒険者としての経験も積んだ、元騎士の大魔法使い。

 彼女が纏っている、“勝てそうにない”と感じさせる雰囲気、オーラを前に、鞘に包まれた短剣を構えた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ケイさぁんっ!」

 

 宿に帰って来て、各々の部屋に戻ろうとした直前。ケイの扉の真横で待ち受けていたイヅミが、ケイ目掛けて飛びかかった。

 流石にその正体は怪盗。素早い身のこなしで、危うく俺の目線が追いつかなく───

 

「ぺい」

 

「へぶっ」

 

 ───と思った頃には、イヅミは叩かれて床に蹲っていた。

 

 ……一瞬の攻防だ。

 先程までの稽古が無ければ、見逃していた所だった。

 

「うう……どこ行ってたんですか!」

 

「メールでちゃんと言ったよ、稽古だって。……ほら、立ち上がりなさい」

 

「あれ? そうでしたっけってあいたたたたケイさん握力!」

 

 ギリギリという擬音が聞こえてきそうだ。イヅミの手を取って立ち上がらせようとするケイが、その握力で()()()()()

 涙目で慈悲を求められて、ようやく手放したが……、ケイはイヅミの扱いが些か雑である。

 

「か弱い女の子の細い腕になんて事するんですか!」

 

「あ、寝癖ついてるよ」

 

「話聞いてますか?!」

 

 傍目に見ている分には面白いのだが、パーティの協調性という面では、どうだろう。

 ……イヅミ本人は戦闘に参加しないし、特に問題なさそうだ。

 

「メールでも伝えたけど、ソウヤと稽古してたんだよ」

 

「全く悪びれもしないですねケイさん……。ていうか、稽古?」

 

「そう、稽古。ソウヤは弓が得物だけど、それでも接近戦の必要を迫られる可能性もあるからね」

 

「はあ……。ケイさんは魔法使いのくせして、剣も強いですからね」

 

 魔法剣士の名に矛盾はない。むしろ彼女以上にこの名が似合う者は居ないだろう。

 

「まあ、良いんですけど、私を置いて行かなければ。一応、私が依頼主だって事は忘れないでくださいよ」

 

「はいはい」

 

「む……」

 

 本当に分かっているのだろうかと、イヅミは疑念を目つきにしてケイをジッと見る。

 

「……はあ。ところで、これからどうするんです? 因みに私は美味しいデザート店での食事を所望します」

 

「あー、昼食の時間ね。お店で装備でも見に行こうかな?」

 

「ケイさん前後の文が噛み合ってませんけど」

 

 装備? 

 防具は今のところ不十分だと感じてはいないが……。武器に関しては、ケイの方は土属性の魔剣から乗り換えるつもりはなさそうだが。

 

「……何か良い弓が有れば買い換えたいな」

 

「んや、ソウヤなら矢に毒なり塗った方が良いと思うよ?」

 

「おお、その手もあるか」

 

 やや卑怯かもしれないが、この人形、使えるものは何でも使うつもりである。

 それに、威力の高い弓はその分必要な筋力も高い。変に強い弓より、矢に細工を施した方が効果は期待できそうだ。

 

「そうすると、毒……と一概に言っても色々あるな。麻痺、麻酔、幻覚……どんな効果の毒を用意すれば良いんだ?」

 

「あー……毒でも買うんですか? 経口毒なら幾つか手持ちがあるんですけど、矢に塗って効果が出るとは……。それに、精々が下剤だったりですし」

 

「だってさ、貰っとけば?」

 

「戦闘中に便意を催す敵なぞ見たくないぞ……。まあ、貰えるのなら」

 

 手を出してみると、イヅミが何処からか瓶を取り出して、渡してくれる。

 スカートの裏から出てきた様に見えたのだが……。

 

「供給の目処は無いので、後は自分で買ってくださいね。弓矢を専門にしてる店か、ポーションの店にたまにありますから」

 

 イヅミには物をスカートの裏に潜める習性でもあるのだろうか。

 ミリ程の興味が湧いてしまったが、思いとどまる。彼女の真の性別は未だに不明である。

 好奇心を満たした後に男だと明らかになれば、俺は直ぐにこの短剣で切り落とすことになるだろう。

 何を、とは言わない。

 

「じゃあ俺は買いに行く」

 

「私も一緒に行こうか?」

 

「ああ、頼む」

 

「買い物なら私も行きますよ〜!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ケイ、そっちの方の収穫はどうだった?」

 

「麻痺毒買ってきた。この前キミが戦ったあの蠍から採れるって」

 

「……あれに麻痺の効果があったか?」

 

 一度体験した俺だが、その様な効果は全く確認していない。

 

「私も思ったけど、手間掛けて保存しないと、麻痺毒に劣化するとか何とか」

 

 瓶を一本渡される。

 変な毒だな、とその性質を不思議に思いつつ懐にしまう。これで戦法の幅が広がるだろう。

 

「あの、すっごーく今更なんですけど、3人一緒にワイワイ買い物するって期待してたんですよ……?」

 

 この期に及んで何を言っているのだろう、彼女は。

 その様な買い物を楽しみにしていたと言うのなら、事前に言ってほしいものだ。

 

「ま、残念でしたけど一応買い物してきましたよ。私も同じ麻痺薬を買いましたけど、こっちには油もあります」

 

「油……火矢でも放つの?」

 

「本来はそういう用途じゃ無いですけど、流用出来るかなって。因みに元々はブレストーチ……あっちでいうガストーチの燃料が入ってます」

 

 ……常温で蒸発したりしないよな? 

 2瓶目の麻痺毒と油を受け取る。見たところはちゃんとした液体の様だ。

 

「そっちの成果はどうなの?」

 

 俺の方はといえば……これだ。

 おもむろに取り出したのは、中に妙な鉄片が埋め込まれた透明な矢じりと、先端が見慣れぬ形状をしている矢じりである。

 

「……毒を買うっていう話だったんじゃ?」

 

「瓶詰めの液体の毒だけって言うのも、考えが凝り固まっているかなと思って……。少し捻ったものを探してみた」

 

「ふうん? 本当のところは?」

 

「アイツ、俺を言いくるめて変なもの買わせやがった」

 

「なるほど」

 

 あの職人、商人魂も兼ね備えていた。俺の筆談のスピードを追い抜く勢いで言葉を叩きつけてきたのだ。

 流石に最終的な取引はなんとか普通に行ったが……。

 

「……説明すると、こっちは注射矢と言って、中は空洞になっている。十分な威力で相手に当てると、中身が先端に向けて押し出される……様に設計されている」

 

 その中身が毒なら……通常よりも多くの効果を与えられるだろう。

 ……恐らく。

 

「こっちのガラスは、当たった後に体の内部で割れて、破片が臓器を切り裂いて致命打を与える……のを期待して設計されたらしい」

 

「なんか曖昧だね」

 

「ああ。弓矢工房を訪ねて、欲しい物を伝えたんだが……色々あって、後はさっき言った通りだ」

 

「なるほど。キミだけで買い物させるべきでは無かったね」

 

「うむ……」

 

 弁当売りをしていた頃は、こんな事は無かったのだが……。

 まあ、一応使えないことはないだろう。後で矢じりを幾つか交換して、使える様にしておこう。

 

 

「──……あ」

 

 適当なモンスター退治の依頼を請けて、この毒の効果を一度試そうかと話しつつ歩いていた頃。

 話の輪からあぶれて後ろを歩いていたイヅミが、なんだか気になる一文字を口から漏らす。

 

 一体どうしたのだろう、ケイと俺は振り返って、彼女の顔を見る。

 

「あ、すいません。キャットの反応が見当たらなくて……」

 

「……ん、本当だ。確かに気配が見当たらない」

 

 ……いや、言い方が気軽すぎないだろうか。キャットの身に何かあったと考えるべきだと思うのだが……俺が間違っているのか? 

 

「キャットが本気出して隠れると、こっちからも居場所が掴めないんですよ……。まあ、晩御飯の頃合いには戻ってくると思いますよ」

 

 必ずしも緊急であるとは限らないらしい。

 ……が、

 

「そんな軽くていいのか」

 

 イヅミは重く見ておらず、どちらかと言うと「どうしたんだろう」という風に近い言い方だった。

 しかし、俺はそのような態度で受け止める気にはなれない。

 

「ソウヤが心配そうだけど?」

 

「ああ、それなら大丈夫ですよ。キャットが戻って来なかった事なんてありませんし、危険な状況になっても直ぐに逃げてきてくれます。……まあ、そいう時は大抵私も危険に引き込まれますけど」

 

「……そうか」

 

 こう言ってしまうとなんだが、フラグの匂いがする。これは警戒した方が良いだろう。

 俺は矢筒の位置と弓の調子を確かめ始めた。

 

  ……ケイなら、これを勘と呼ぶだろう。

 彼女の方をチラと見てみると、ほんの少し雰囲気に変化があったような気がした。




物語が頭に浮かんでこない。
今書いている別のシリーズに殆ど興味が向いている気がする。


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70-ウチのキャラクターと俺の区域制圧

「そこまでキャットが心配なんですか?」

 

 揃って嫌な予感を感じ取った俺たちに、何故か不思議そうに尋ねてくる。

 

「お二人さんは優しいんですねぇ。もし気が向いたら私にもその優しさをですね、ちょっとだけでもわ──」

「キミのペットの事だから、まあ言ってしまえば放置しても良いんだけど……、キミの依頼でどうせ事態に引きずりこまれるだろうしさ」

 

「……まあ今更期待してませんヨ。でも人情抜きにしても、キャットの事は心配しなくていいですよ? これは過信でも慢心でもありません」

 

 そうかもしれないが、相手はギルド。資金が潤沢なのであれば、キャットのようなステルスタイプに対する策を持っていてもおかしくない。

 例えば、魔法やスキルで身を隠した相手を見破るメガネとか……。そんなアイテムがあるかもしれない。

 

 そう考える俺に対して、ケイはイヅミの言葉に納得した様な態度を見せる。

 

「ううん……そこまで言うなら」

 

「ええ。私のペットは並の強さではないですし、格上相手や数的不利の状況への対処だって学んでます。特にキャットは、野生動物としての感覚もあってか、引き際をよくわかってます」

 

「……冒険者だったら長生きして大成するタイプだね。いや、ここだと生き死にの重要性は低いんだっけ」

 

「プレイヤーに限った話ですよ、それは」

 

 キャットの事は放置しておく事に決まった。

 心配だが、飼い主であるイヅミがここまで言うのなら、信じよう。

 

 

「あ、そろそろ目標のモンスターの棲家まで近くなってきましたかね。気をつけてくださいね」

 

「うん、ありがとう。お荷物」

 

「否定しません。もしかしてケイさんって私の事嫌いです?」

 

 何を今更。

 

 澄ました顔のケイを横目に、弓矢を構える。今回の依頼内容とは別に、俺たちのもう1つの目的が矢の試運転だ。

 最初に番える矢は、刃裂(ハサイ)矢。……着弾時に砕け、ガラス片が体内を裂く矢だ。刃裂矢と言うのは制作者の命名だが、“破砕(ハサイ)”との区別が付かないからあまり使いたくない。

 そうだな、俺はガラス矢とでも呼ぼうか。

 

 因みに、本来の目的である依頼内容だが、今回は特定箇所の安全確保である。

 どうやらこの辺りで、件の巨大モンスターの調査を行うパーティの活動拠点となるらしい。

 

 実際に調査団がこの辺りに根を張るのは後日との事だが、俺たちが事前に周囲の掃除、兼偵察と報告をする事になっている。

 やや広めのエリア別に1つのパーティが担当しており、俺たちがいるのは活動拠点予定地の東側だ。

 

「確か、この辺りは……ハゲワシ、ライオン、蛇……あとは何だったか?」

 

 地域の特性もあってか、どうもファンタジーらしさが薄いモンスターが生息している。どっちかと言うとサバンナ臭い。

 俺が挙げた名前に続けて、ケイが幾つかの名前を挙げる。

 

「肉食植物のブラッディフラワーとか、アイアンムカデとか。……てか、大半は動物じゃん。いやまあ、こっちじゃモンスターって呼ばれてるけど……」

 

 他にもサイや鹿の類が居るそうだが、これらは無害だから討伐対象ではない。

 場合によれば狩るかもしれないが。

 

「モンスターって単語自体が、曖昧なままプレイヤーから流れ込んできたものですからねえ」

 

「プレイヤーから? 元からあったんじゃなくて?」

 

「どういうわけか。プレイヤー間で使われているモンスターという単語が、こっちの世界に浸透しちゃったらしいんですよ」

 

 日本における横文字の様に、曖昧な意味を持つ単語として便利に使われているのだろう。

 動物という括りに入るであろう害獣、異常な環境によって変異した動物、純粋な敵意を持つドラゴン等の生命体、霊体を持つ存在等。

 それら全てを一纏めに呼称する際に、この“モンスター”という単語は上手く嵌ってくれる。

 

 それにしても、AIである筈のNPC達がこの言葉の流入に適応している事に驚きである。いや、今までもそういう驚きは少なくなかったし、今となってはそれほど不思議ではないが。

 

 

「居た」

 

「よし、試し撃ちするぞ。……って、遠いな」

 

 ライオンが乾燥した木の下に居る。運良く気づかれてはいない。目が良く、視界が良好であり、そして確信して見つめないと分からないような距離だ。

 これで矢が届くのなら、俺は既にアーチェリーで大成していただろう。

 

「……引きつけてから本命を撃ったほうが良いか」

 

 普通の矢に変えて、弓矢を大きく持ち上げる。

 

「この距離の曲射だ、2メートル半径に落ちれば拍手喝采のレベルだぞ」

 

「まあ頑張れ」

 

 そう言うだろうと思った。

 この攻撃に気付かれれば、俺たち目掛けて襲ってくるはずだ。

 

「前みたいに1対1でやってもらうから」

 

「……今回は腕が食い千切られる程度で済めばマシな相手だな」

 

 前回は毒を受けるだけだったが、今回はどうなる事やら。

 

 そう言っている内に大まかな狙いをつける。これで当たればいいが……。

 強く引いているから、弓がキリキリと音を上げる。これ以上は無理だろう。

 

 悩んでも弓を消耗させるだけだ。俺は思い切って、矢を放つ。

 

「……お、これは当たるか?」

 

「矢だからな。微かな風でも逸れるかもしれないぞ。……ほら見たことか、4メートルぐらいは外れた」

 

 横方向はともかく、奥行きの調整が難しい。これは距離に対して、角度や強さの調整の要素が重なってくる。

 

 それはともかく、敵がこちらに気付いた。ガラス矢を番えて、十分な射程まで引きつける。

 この矢はなるべく腹に当てたいが……。ガラス片が骨に当たっても効果は期待できない。貫通能力は表皮を破る程度しかないのだ。

 

「……ここだ」

 

 バスン、と弓が元の形へ戻ると同時、僅かな弧を描きつつ敵の胸元へ飛んでいく。

 攻撃の結果を確認する前にまた矢を番えようとして……それを直ぐに投げつける様にして捨ててから、短剣を手にした。

 

「速いっ!」

 

 3射目の放つ時間が無かった。想定よりも速い、ライオンの足の速さを甘く見ていたつもりは無かったのだが……。

 

 だが、そのスピードを捉えられないワケじゃない。

 敵がステップを踏む様に横へずれ、俺の視線を一瞬だけ避けつつ飛びつこうとする。

 

 それに近い動きを、何度ケイにやられた事か。

 

「は!」

 

 敵の姿をしっかり確認し、避ける。そして短剣を斬り上げる。

 斬った! しかし浅い! 

 

 

「……大分無茶な立ち回りですね。弓持ちの一対一ですから仕方ないんでしょうけど、判断を誤ったら一撃で死んじゃいますよ、あれ」

 

「まあね。聞いた話だと、子供が一撃耐えられる攻撃を一つ受けて死んだらしいし」

 

「どれだけ弱いんですか」

 

 彼女らはそう言っているが、ならば攻撃を受けなければいい。

 だから俺は後衛として弓を持っているし、狡賢い手を取る用意もできている。

 

 

 俺の一撃を受けた敵は、距離をとって警戒し始めた。

 俺を脅威として認識し直し、隙を伺っているのだろう。

 

 睨み合いの中、ポーチの中からそっと物を取り出す。ボーラと呼ばれる狩猟武器である。

 両端に重りが付けられたこの紐は、手で回転させ遠心力を以って投げつけると、紐が足に巻き付いて動きを阻害、或いは単純な打撃を与えられる。

 

 今はまだ使わない。代わりに、ボーラを持ったまま弓矢を構え、距離を取った敵目掛けて矢を放つ。

 

 また矢の行方を確認せず、次の行動に移る。弓矢を構えた時点で、敵が攻めに転じていた。

 矢を放った後の俺は、直ぐにボーラを一回転だけさせて投げつける。それが出来た頃には敵は一歩前方にまで迫っていた。

 

「よし!」

 

 拘束の成功に一声だけで歓喜する。命中したとしても、拘束までに至らないことがあるのだ。

 ボーラは敵の前足を巻き込み、転倒させた。

 

 先程武器を持ち替える時に、半ば無意識で鞘へ収めていた短剣を再び引き抜き、暴れ足掻く敵の首元へ飛びかかった。

 魔力を込める、短剣が水を纏う。敵が俺へと振り返ろうと身を捩る。立ち上がりかけた敵の喉に、刃が突き刺さる。それを引き抜いて、また突き刺す。

 動かなくなるまで、繰り返した。

 

 

「ふう……、やったか?」

 

「……みたいだね。おめでとう、初の単独戦闘で勝ったじゃないか」

 

 毛の束と肉、そして俺が投げたボーラを残して、ライオンは消えていった。

 ドロップしたこのアイテムが何に使えるのかは知らないが、とりあえず勝てたようだ。

 

『技能スキル「投擲」を習得しました』

 

 スキルも習得した。……習得するのは簡単なんだがな。

 

「それにしてもアレ、何時の間に用意してたの? 言ってくれれば私が投げ方とか応用とか教えたよ」

 

「ケイも使ったことがあるのか。……いや、移動中のキャンプで、料理の片手間に作ってた。それからずっとポーチに忍ばせてたしな」

 

 毎日、この世界での深夜を現実世界で過ごしているが、その時間の全てをあのノートに費やしている訳じゃないのだ。

 この様な武器を見つけることが出来たのはインターネットのお陰である。

 

「応用を教えてくれるなら、次モンスターに出会った時にでも」

 

「そうだね。……ところで、イズミはどうして無言で固まってるの?」

 

「……い、いえ。ちょっと驚きました。というか恐怖しました、ほんの少し」

 

「恐怖?」

 

「いやだって、馬乗りのままライオンに短剣を振り下ろし続けるんですよ。これで血飛沫が出てたらまんまホラーですしこっわ」

 

 あの猫被りのキャラが崩れる程だった様だ。まあ、一撃で殺せなかったのは仕方ないとして、これからはもう少し健全な殺し方を心がけよう。健全な殺し方ってなんだよ。

 

「ま、次行こうよ、次。これじゃあ安全を確保しただなんて言えないよ」

 

「そうだな……次もまた俺か?」

 

「んーん。今度はイズミも加わ……あん?」

 

「どうした、ケイ。喧嘩売られたごろつきみたいな顔して」

 

「ん、んん? 待ってください、これってもしかしてドラもん?」

 

 ドラもん……? 確かイヅミのペットの一員だったか。

 はて、ここにそのドラもんが居るとは聞いていないが。それどころか、イヅミも驚きを見せている。

 

「なんであのドラゴンがここに居るの。こんな場所にいたら別行動してるパーティに見つかってもおかしくないよ」

 

「私だって分かりません。予定外ですよこれ。……とりあえず一回ドラもんを呼び出します。事情を直接聞きましょう」

 

 呼ぶことになった。するとイヅミが足を止め、『詠唱』とだけ口にしてその場に留まった。

 

「どれぐらい掛かる?」

 

「ざっと3分でしょうか。まあ直接向かいに行くよりは早い距離です」

 

 遅いとも早いとも言えない。カップラーメンの待ち時間だけでドラゴンがやってくると考えたら、十分早い気がするが。

 ケイがその役割をこなしてくれるだろうが、一応といった感じで周囲を警戒しつつ待って、その3分を迎える。

 

「『召喚、ドラもん』……おいで!」

 

「……そういえば、召喚の瞬間を見るのは初めてだね」

 

 俺は召喚されるキャットを見送ったことがあるが、送り先の方から見るのは初めてだ。

 いったい何が起きるのだろう、と見ていると、彼女の目の前の地面に大きな円が現れる。

 

「……おお」

 

 そして、その円から光が流れ出る。光で円の内側が見えない。

 眩しいが、視界いっぱいを塗りつぶすには足りないそれを、警戒そっちのけで観察していると、その光が少しずつ薄れていく。

 

「……動く魔力が少ない。転移に近い現象に対してあれだけで済むのは───」

 

 ケイがなにやらボヤいている内に、光の内側に現れた存在を()()で感じとる。

 俺の淡い魔力感知技術でも、その感覚は気のせいではない程にハッキリと訴えかけてくる。

 

 図体も、魔力も、でかい。

 

「……ドラゴン。いや、ドラもんか」

 

 想像と期待を裏切らない巨体がようやく視界に現れた所で、感嘆の声を抑え、その姿の名を呼んだ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ドラもん。私がわかるかな?」

 

「……!」

 

「流石にわかるか。さて、突然呼び出して悪いけれど……」

 

 見て分かるのは、ドラもんが明らかに動揺している事だ。

 銀色の輝かしい巨体に見合わない様子を、俺たち2人は何も言わずに見ていた。

 

「何故ここに居る? 山岳地帯に隠れていたとしても、関係ない。私は、指示があるまで王国領のあの山から離れるなと言った筈だ。怪獣にでも縄張りを追われたか?」

 

「ぎぅ、ギ」

 

「謝罪など要らない。身勝手で、無計画で、自らを傷つけるかもしれない行動だったのなら、謝るのも当然だが……。実際のところは、どうなのだ?」

 

 

「……」

 

「どんな原理で会話してるのやら」

 

 ケイが無関心そうな口調で、しかし言葉自体はそれに興味を示しているようなもので……。確かに、俺もその謎に関して興味を寄せていた。

 方や日本語、対して鳴き声。これで会話が成立するというのなら、世の翻訳装置はお役御免である。

 

「───親を探していた、か」

 

 すると、イヅミ──口調は既に自称怪盗だった頃のイツミのそれであるが──が、大きな溜息を吐き出した。

 

「全く……、ドラもん」

 

 すると、説教をする時の重い雰囲気を何処かへと仕舞ったイヅミが、手招きしながらドラもんの名を呼ぶ。

 それに応えてか、ドラもんが鼻先をイヅミの胸元へと近付けると、イヅミが目の前の頭を抱きしめ、撫で始めた。

 

「自身の生まれに不満があるのは分かる。だが、オマエはその身に架けられた値札の数字を知らぬわけではないのだろう?」

 

 イヅミの言葉に、俺は心の中だけで頷いた。

 銀色の美しい鱗。それだけで、ドラゴンとしての格が察せられる。そして、冒険者達にとってのその価値も同様に……。

 

「十分な強さを手に入れるまで、安全な場所から離れず、そして私の召喚に応じ、実戦の経験を積む……。その約束を交わしたこと、忘れた等と言わせないぞ」

 

 

 ……無言がしばらく続く。その間、撫でられ続けるドラもんの姿を見ていると、ふとケイが別の方へと振り返る。

 

「敵だ。方位は北西、あっちの方」

 

「タイミングの読めない奴だな……」

 

「一直線に向かってきてる。多分、ドラゴンの魔力に惹かれてやって来たんだと思う」

 

「……この辺りで魔力を感知するモンスターと言えば、グリフォンです」

 

 小さいが、空にそれらしいシルエットが見える。

 しかしこれは気のせいだろうか。複数の、それもざっと5体の姿が飛来しているように見える。

 

「そうですね……、面倒を起こした事への謝罪代わりに、私達に任せてくれません? ケイちゃん」

 

「ん、別に良いよ」

 

「ありがとうございます。……まあ、ドラもんにとってはちょっと手軽すぎる相手ですがね」

 

 イヅミがドラもんの方へ目線をやる。

 それが指示だったのか、銀色の身体を煌めかせて、敵の方へと振り返った。




最近は絵描きに手を出し始めてそっちに手を入れてますの


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