ダンジョンに手柄を求めるのは間違っていないはず (nasigorenn)
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番外編 『ダンジョンで手柄を求めるのは間違っていないはず』
改めて言いますが…………。
『ネタバレなので映画を見てない人は絶対に見ないで下さい』
それでもみたい人は………後悔しても知りませんよ?
これは本来あり得た物語ではない。
予め皆には言っておこう。これは悲劇にあらず、喜劇にあらず。
強いてあげるのなら…………一方的な惨劇だ。
それでも見たいというなら………見るがいい。
劇場版『ダンジョンで手柄を求めるのは間違っていないはず』
極端に端折っていこう。今回のヒロインがある目的を果たす為に友神に助けを求め、それを受けた者はその救援を実行すべく、実行者を選ぶべくあることを世界の中心たる『オラリオ』で行った。
「この伝説の槍を抜けるものはいるか! 抜ける者は真の勇者となるだろう!」
よくある伝説の~~~とやらだ。槍には特別な術がかけられ、その条件に見合う者にのみ抜けるという代物だ。
それを見た観客は盛り上がりを見せ我こそはとお祭り騒ぎで挑戦していく。その悉くが失敗し、それが尚更場を盛り上げるわけだが、そこに通り掛かったのは我らが手柄馬鹿であるベル・クラネル。
何かやっているなぁという程度に眺めていた彼等ベル一行。そのメンバーはサポーターのリリルカに友人のヴェルフ、それにベルの主神であるヘスティアだ。
彼等は今宵、このオラリオで開いている祭りに参加していたわけでこうしているわけであり、祭りを楽しんでいる最中であった。まぁ、ベルとしてはそれよりダンジョンに行き手柄を立てたいのだが、それをリリルカがNOと言ってこうして連れてきた次第である。
そして面白そうな催しだと槍のやつをみつけたのが現在。ベルはやる気は無かったのだが、祭りの熱気に当てられたヴェルフとベルの格好いい姿が見たいリリルカはベルに受けるよう勧める。
勧められたベルは紳士らしく仕方ないなと苦笑しながら受け、軽く済ませようとした。失敗しても問題ないしっと簡単に考えながら。
そして槍を抜こうとして力を入れたのだが…………抜けない。
どうやら『このベル』は条件に見合わなかったらしい。だが………そんな条件など知らないベルは面白いと思い全力解放。
結果槍は抜けた。ただし、槍を固定するように固まっていた水晶のようなものを粉砕して。まさに無理矢理強引にぶち抜かれたというのが正しいだろう。
これに驚いたのは主催者だ。条件を満たさないものがこれを強引にぶち破るとは思えなかったからだ。しかし、やってしまったからにはしょうが無いとベルはここで勇者だと持ち上げられることに。それを見たヘスティアはこんな物騒な勇者がいてたまるかと胃の痛みに顔をしかめた。
そして今回のヒロインであるとある女神との邂逅。
だが彼女はベルに難色を示す。彼女としては槍を正規の方法で抜いた者にこそ用があるのだから。
そんな彼女に主催者はこう言うのだ。
「まぁ、抜いちゃったからには仕方ない。でもな………もしかしたら君の予想以上に凄いことが起るかも知れない。俺は知ってるんだ………『薩摩兵子のヤバさ』を」
そう語る主催者の顔は冷や汗と脂汗で一杯であった。
そして物語は始まった。
女神曰く、
『世界を滅ぼしかねないモンスターが封印を破って復活しようとしてる』
それを再封印、もしくは討伐してくれというのが今回の目的であった。その為に他のファミリアの協力もつけてそのモンスターがいる場所までの足も確保されているらし。
そんな話を聞かされたのだ。ベルはそれはもう殺る気全開であった。
退屈な祭りなんかよりも余程面白い。何よりもそんなヤバい相手なのだ。
『これほどの手柄など早々にない』
世界の危機なんかよりも手柄が欲しい、首が欲しい。それが薩摩兵子というものだ。
殺気に満ちてギラギラと輝く目、ニヤリとつり上がる口元。まさに薩摩兵子。毎度お馴染み戦狂いの馬鹿がそこにいた。
そんなわけで始まった旅だがここは置いておこう。世界が違えばそこには初々しいラブコメがあったかも知れないがここにいるのは薩摩兵子。出くわしたモンスターもなんのその、全部美味しく頂きました。
語るべきことが色々あるだろうが割愛し、やってきました目的地。
綺麗な森は瞬く間に如何にもな場所に早変わりしており、そこから湧き出すモンスターに苦戦する冒険者達。
そんな彼等にそこは任せ、ベル達一行はボスのいる遺跡へと突入する。
そこでそれなりに何かあったがこれも放置。触れようものなら神すら恐れる『ナニカ』によって消されるだろうから。
そうしてやっと出てきましたラスボスであろう蠍型のモンスター。そういうにはあまりにも見た目が違いすぎて虫と人をくっつけたものが巨大化した印象を与える。
そのモンスターはダンジョンにいる階層主もビックリな程の大暴れをしてベル達を追い詰め………。
「いいぞいいぞ、いい力だ! それでこそ大将首! よこせよ、なぁ、お前の首置いてけ!!」
おい…………。
「ベル様大歓喜ですね、子供みたいで可愛いですぅ!」
お………。
「おいおい、そんなものか! そんなんじゃぁその首、すぐにその身体からもげるぞ」
まったく追い詰められてなかった。
ベルは一人でボスに立ち向かいお馴染みの大太刀で足やら身体やら鋏やらをぶった斬りまくり、それを見ているリリルカは目をハートマークにしてベルに熱中、ヴェルフは慣れた様子で自分達に被害が行かないように退避、そんなベルの暴れっぷりを見ているヘスティアと主催者は薩摩兵子のヤバさに恐怖で震え上がり、唯一不安そうにオロオロしているのがヒロインというグダグダっぷり。
ボスの光線なんかの直撃を受けて服が吹き飛ぶがそこまでダメージを受けないベル。多少の怪我はする。血は出るし火傷だって負う。だがベルはそんな程度では止まらない。薩摩兵子は行動不能にしない限りは絶対に止まらないのだ。足の一本腕の一本程度では止まることなどあり得ないのだ。
怪獣大戦争もかくやという暴れっぷり。英雄のようにとても綺麗なものではない。寧ろ野蛮で汚らしく凄惨で酷いとしか言い様がない戦い。そんな酷く泥臭い戦いにラスボスは逆に追い詰められる。
そこで怒りに燃えるラスボスは自ら肉体の一部を開放する。そこにあったのは大きな水晶体。その中にあったのは一人の女性であった。
服を纏っていない身体は美しく見る者を魅了する。その身から放つのは人にはない力。その力は神こそが持つ物であり、それこそが彼女が神である証明であった。
目を閉じていることから意識がなく、如何にも封印されていることが窺えた。そしてその力を真逆の存在であるモンスター……ラスボスが振るい始めたのだ。
これは周りが動揺する。力は勿論だが、何せラスボスに取り込まれているのは………ヒロインだからだ。
そこで明かされる真実。面倒なので簡単に言うと、ヒロインがラスボスに取り込まれる前になけなしの力で救助を呼ぶために槍にそれを託した。このラスボスは槍でしか倒せなくて、倒すためにはヒロイン諸共殺さなくてはならない。
世界を救うために神殺しをしろということに周りは酷く動揺するのだが、ここで動揺しない者が幾人いた。
「おいおい、勘弁してくれよ。何、あのモンスターはベルに何か恨みでもあるのか?」
ヴェルフが疲れた溜息を吐き、
「ベル様可哀想です。ここはリリが慰めてあげねば!」
リリルカが一瞬だけシュンとして直ぐに立ち直り、
「何て言うか、本当に台無しだね、これ」
「あぁ、だから薩摩兵子って奴は……」
ヘスティアと主催者は先が見えているだけに凄く疲れた様子を見せる。
そんな奴らに悲壮な感じだった者達は何でと言わんばかりであり、ヒロイン(今まで一緒だった方)は主催者やヘスティアに食いついた。
『早く槍を使って奴を私諸共討ち滅ぼしてくれ』
そう必死に言うヒロインに主催者は呆れた顔でこう語る。
「いいかい、この物語は変わっちまった……いや、最初から彼が関わった時点で別のものになってしまったんだ。これは一人の少年が世界の為に一人の女神を犠牲する物語じゃない」
そしてその後の答えをベルが言った。
それまで楽しそうに殺し合っていたベル。だがヒロインが取り込まれているとしった瞬間からその表情は消え去った。恐怖に戦いたのではない。その顔にあるのは侮蔑に満ちた怒りであった。手に入らなくなってしまった手柄への後悔、それが唯一のベルの悲しみだ。
「なんだなんだ、お前、そんな奴なのか? 女の人を人質にして辱めて調子に乗ろうとする奴だったか? なんだ、お前? ただの恥知らずの下衆じゃないか………せっかくの手柄だとおもったのに、せっかくの大将首だったのに。これじゃ師匠に顔向けできないじゃないか。もういい………もういいよ。お前の首なぞ、いらん。命だけ置いてけ」
呆れ果てた怒りを乗って冷水のようにベルはボスにそう告げる。
「これは薩摩兵子によって手柄にならない奴への粛正にしかならなくなっちまったんだ」
主催者はそう語った。手柄にならない恥知らずの首なぞいらない。そんな恥首なぞいらんとベルはそう語るとラスボスに一気に襲いかかった。
ぶった斬られる足は彼方此方に斬り飛ばされ、体中に深い斬傷が刻まれる。
その激痛にラスボスは苦痛の叫びを上げ再生するが、再生する端からベルに斬られ潰され砕かれていく。
再生する能力は恐ろしいものだが、この場にいるのもは皆こう思うかも知れない。
『寧ろ治る方が可哀想だと』
ずっと続いていく激痛なんてものは地獄でしかない。馴れるわけがないのだ。何せ痛みというのは本能で感じるものだから。モンスターとて生物ある以上痛みを感じる。それを凄まじい破壊による激痛を永遠に感じさせられるのだ。モンスターの生物としての本能が壊れないわけがない。
治る側から斬り飛ばされるラスボス。ベルは血塗れだがまったく怯む様子は見せない。
そんなベルから主催者に少しだけ言葉がかけられる。
「あの女の人を彼奴から剥ぎ取るから、あとよろしくお願いします」
そしてベルはラスボスの懐に飛び込むと女性が囚われている水晶を………。
「オォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
根元からぶった斬った。
綺麗に切れたというよりも強引に斬り裂いたというべきか、水晶の彼方此方に罅が入り今にも砕けそうな感じになる。
それをベルはリリルカ達がいる方へと蹴り飛ばした。
砲弾よろしく吹っ飛んできた水晶は見事にリリルカ達の前に着弾し、ヒロインは自分の本体が目の前にいるという状況に何とも言えない気分にさせられる。
「取り敢えずこれ、解くか」
「そうだね。ベル君もそろそろ終わりそうだし」
ヘスティアと主催者がそう言いながら水晶に封じられているヒロインの救助に取りかかる。
ヒロインを取り戻されてしまったラスボスは急激なパワーダウンの所為でより激痛にのたうち回ることになり、再生能力も落ちていく。
そんな姿にベルは呆れながらこう言った。
「見苦し過ぎる。さっさとさぱっと死んでしまえ!」
そして大太刀を背から平行に構え、前のめりに突進する。
「イヤァアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
気合いを込めた咆吼を上げながらの真正面からの唐竹割り。それによりラスボスの身体が真っ二つになり、中にある魔石も真っ二つになる。
「これで終わりだ恥知らず。次はもっとちゃんとした首になってこい」
そう告げると供に回し蹴りを魔石に叩き込む。
その威力は凄まじく、魔石が見事に粉砕された。モンスターの心臓部である魔石、それを粉砕されてはいくら再生能力があるモンスターであろうとも生き延びられる術はない。
断末魔をあげるラスボスにベルは心底下らないと吐き捨てながら大太刀をしまう。
その巨体を灰に変えて砕け散るラスボス。それを背にしながらベルはリリルカ達がいる所へと歩いて行く。
その際にこの遺跡を覆っていたラスボスの肉体の一部が全て消滅し、周りの雰囲気も以前のものに治っていく。
静かになった遺跡の内部、そこでヒロインの本体は囚われていた水晶から解放されてその身を空気に晒す。ヒロインのコピーは大本である彼女に戻り、今ベル達の前にいるのはヒロインのみだ。
そんな彼女が目覚めると最初に目に入ったのはベルであった。
既に戦闘は終わり大太刀を背中に閉まったベルの顔に薩摩兵子の目はない。そこにあるのは慈愛に満ちた紳士の優しい笑みであった。
「よく……頑張りましたね。立派でしたよ」
そう言ってベルはヒロインの身体を優しく抱きしめてゆっくりと頭をなで始めた。
その行動に普段のリリルカならキーと唸りながら睨み付けるところであったが、今回ばかり見逃してやると言わんばかりにそっぽを向いた。
自分が裸でいることよりも、ベルに優しく抱きしめられているヒロインは胸がドキドキするのを感じながらその温もりに身を委ねながら今までの困難と死んでいった眷属達の無念、そして救われたことへの嬉しさから涙を流した。
こうしてこの物語は終わり、世界の危機は恥首になる奴の首はいらん、根切りだと言わんばかりに斬り捨てられて終わりを迎えたわけである。
締まらない、あまりにも締まらない終わり。悲劇でも喜劇でも何でも無い。大手柄になるはずだったのが手柄にならなくなったために八つ当たりとばかりに斬り捨てられた、これはただそんな話であった。英雄もクソもなにもないのである。はっきり言おう、ベルにとってこれはただの骨折り損のくたびれもうけであると。無駄であったとしか言えない。
だからこそ、この物語は大層なものではない。
強いてあげるのなら、
『手柄を求めた少年の骨折り損』
それだけの物語であった。本当に何でも無いくらい、無駄でしかなかった。
ただ……………。
「ベル………私と一万年分の恋をしよう! 大好きです」
ヒロインにとってこれは、
『一人の少年に救われた女神の恋物語』
になったのだった。
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第1話 ベルはオラリオへと来た。
その男は死ぬつもりだった。
自殺する気があったのではない。目の前の戦場において、死んでも守ると決めたからこそ、死ぬことへの恐怖など微塵もなかった。
自分も周りの兵達も、皆同じ気持ちで戦った。
戦況は不利で、戦力差が圧倒的に負けていても、それでも彼等は戦った。
生きるためではない。ただ、この戦うに不足のない相手に対し、自軍たちの最終的な勝利のために、皆死を受け入れて。
結果は見ての通り全滅だろう。だが、それでも、その男は将として敵の大将を討ち取った。全滅したが、それで敵は撤退した。自分がもう助からないほどの負傷を受けながらも、男はそれを成したのだ。
後はどうするかなど考えてはいなかった。血を失いすぎた体はまともに考えることが出来ず、男はひたすらにとあることだけを考えた。
ただ自分の故郷に帰るのだと。
その体では絶対にたどり着けない故郷へと。
血塗れで止まる気配をまったく見せない流血を垂れ流しながら男は体を引きずっていく。
無我夢中だった。だから周りのことなどまったく目に入らなかった。
故に気がつくと、そこは見たこともない場所だった。
真っ白な空間でどこまで続いているのかまったくわからない。両側に壁があるのだが、そこは様々な扉が付いており、それが延々と続いている。
その空間の目の前に一つだけ、その男では知らないものが置いてあった。それは所謂作業用デスク。上には書類が置かれており、そのデスクには一人の男が座っていた。
西洋の人間のような顔立ちに金髪碧眼の眼鏡をかけた男は、書類に目を通しながら作業をしている。まさに事務仕事といった様子であり淡々としていた。
その男の様子と周りの光景に男は取り乱しながら問う。
「ッ………何だ、ここはッ……どこだ……ここはッ……誰だ……ッ」
動揺しつつも目の前の男に警戒を露わにする男。
そんな男に対し、デスクに座る男は目を向けることもなく、気にもとめることもなく、まるでいないかのように書類に何か書いていた。
「野郎……ッ俺(おい)は帰るのだ、薩摩へ!!」
まるで反応しない男に対し、男は飛びかかろうとした。
しかし、その行動は次にデスクの男がした行動によって不発に終わる。
「………次……」
書類にはその男の名……『島津 豊久』の名が書かれ、それにより飛びかかった男……豊久は壁にあった扉の一つへと吸い込まれてしまった。
ただし…………。
「あ、間違えた………」
デスクの男は先程豊久の名を書いた書類を見て、そう呟いた。
それは本来豊久が向かうはずの場所とは違う場所の名が書かれていた。
そして物語は始まった。
訳のわからないところで死にかけの豊久をとある少年が見つけ、大慌てで祖父を呼び豊久を助けた。
助けられた豊久はその恩義に礼を言い、どういうわけか少年の家にやっかいになることに。そして時間は少し過ぎ、少年が外に遊びに行っている時にそれは起きた。
突如として現れたゴブリンの群れ。数は15匹ほどであり、普通の一般人ではまず助からない。英雄に憧れる少年ではあるが、まだ幼い彼は戦えるわけもなく、そのまま殺されてしまうはずだった。
泣きながら必死に逃げるが、それでも追いつかれてしまう。
もう終わりだと思ったとき、それは現れた。
彼が憧れる『英雄』との出会いであった。
『……ぞんッッッッッッッッッッッッッ!!!!』
「よぉ、べるぅ。随分と手柄になりそうなことしとるのぅ。主等が何かなど知らんが、首があるのならそいつは手柄じゃ。なら………首を置いていけ!」
そこからあったのはあまりにも刺激的で一方的な虐殺。
本来大の大人が何人も組んで初めて戦える相手である相手に対し、豊久は身長と同じくらいある長い太刀でゴブリンの体を切り裂いていく。
首を刎ね、上半身と下半身を分離させ、頭から真っ二つに唐竹割りにする。
その一撃は絶対の死をゴブリン達に与えていく。
そしてすべてのゴブリンが血を撒き散らしながら地面に倒れ伏せる中、豊久は不満そうに立っていた。ゴブリンの手応えに不満があったのだろう。不服そうな顔をしていた。
そんな豊久に駆け寄った少年………ベルは豊久の顔を必死に見ながら叫んだ。
「お願いします、弟子にしてください!!」
少年は目の前に広がる広大な町、そしてその中央に天高くそびえ立つ巨大な塔『バベル』を見て感嘆の声を漏らす。
「うわぁ~、やっぱりすごいな~! ここがオラリオ……迷宮都市オラリオ。冒険者が活躍する町。英雄になる一番の場所……」
彼の目は輝きに満ちていた。
それは幼い頃から憧れていた町に来たこともそうだが、それ以上にここから始まる『英雄』への道に期待に胸を膨らませていることが大きかった。
彼は幼い頃から『英雄』に憧れているのだ。
それ自体は幼子には良くある話。寝物語として聞かされ続けてきただけに、その物語は今でも鮮明に覚えている。
その物語のような『英雄』に彼はなりたい。
他の町ではそのような存在になれることは殆どないが、この町では別だ。
ここには『冒険者』と呼ばれる者達がおり、そして彼等が挑む『ダンジョン』がある。
ここで冒険者になり、そしてダンジョンで大きな功績を残す。そのような存在になれば、確かにそれは『英雄』なのだ。
この場所でなら、彼は『英雄』になれる。憧れ夢に焦がれたものを、現実のものとして叶えられる。
だからこそ、彼………ベル・クラネルはここに来た。
見た目は初雪のような真っ白な短髪に赤い瞳というウサギを思い出させるような印象を抱かせる。体は細身であり、見ようによってはひょろひょろしていると取られるかもしれないだろう。
ただし、それは外から見ただけの姿であり、服の下に隠されている肉体は年齢に不釣り合いなほどに鍛え抜かれ絞り込まれ、まさに鋼と評するに値する筋肉をしていた。
これから始まるであろう冒険のために、今日までベルが鍛え抜いてきた証である。
ベルはこれからのことに期待で胸を膨らませつつ、故郷にいるであろう祖父、そして彼に『手柄を立てる』ための思想などを教え込んだ『師』へと言葉を贈る。
「師匠、やっとオラリオに来ました。これで僕は……手柄を立てられます」
そう呟いたベルの瞳は、それまでの夢に憧れ輝いていた瞳と違い、危険で怪しギラギラとした輝きに満ち、背にした身長と同じくらい長い太刀を片手に笑みを浮かべていた。
彼は英雄になるために、まず最初に『薩摩兵士(さつまへご)』となった。
これから始まるのはダンジョンに出会いを求める物語ではない。
ダンジョンに『手柄』を求める物語である。
上手くかけるかわかりませんが、なんとか………。
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第2話 ベルは神様と出会う
オラリオに付き、早速すべきことをベルは確認する。
「まずはどこかのファミリアに入らないと」
冒険者と呼ばれる者達は皆、ファミリアと呼ばれるものに所属している。
『ファミリア』……それはこの地上に降りてきた神々が自ら認めた人間に対し、恩恵を与えることによって眷属とすることによって作られた集団。神が与えた恩恵により、人間はより強靱な存在へとなり、レベルが上がるたびに強くなる。現在最高といわれているのはレベル7である。
地上に降りた神は様々であり、その特徴からも様々なファミリアが存在する。ダンジョンを攻略する攻略系ファミリアや鍛冶などを生業とするファミリア、農業と流通を主とするファミリアなど、それ以外にも色々なファミリアがある。
そのファミリアに所属しなければ冒険者になれず、ダンジョンに行くことも出来ない。
特にダンジョンで『手柄』を立てたいベルとしては、ダンジョン攻略のファミリアに入るべきなのだが、彼は特にそのことを気にしていない。
「まぁ、ダンジョンに入ればどれも一緒かな。入れば後は『手柄』を立てるだけだし」
師の教え故なのか、あまり深く考えないベル。彼の師である豊久は独特的な感性の持ち主であり、効率というものを一切考えない。自分のルールに則り行動するので、そこまで深く考えないのだ。
そんなわけでダンジョンに行くために、ベルはまずファミリアに入るべく行動を始めた……訳なのだが……。
「う~~~~~ん、まったく駄目だね。あはははは」
探し始めてから4時間が経過するが、未だにどのファミリアにも入れずにいた。
それというのも、ベルの見た目が問題であった。ベルのぱっと見の姿はよく言えば保護欲を掻き立てるかわいらしい少年。悪くいえば、ヒョロヒョロとして弱そうに見えるのだ。そんな見た目で戦闘系ファミリアに入れてくれと言っても、誰も受け入れてくれなかった。
『え、君、入りたいの? いや、君みたいな体の子供にはちょっと………』
『お前が冒険者? 冗談はよしてくれよ』
『弱そうなガキだな。お前じゃ絶対に無理だ。とっとと故郷にでも帰りな』
以上がベルを見ての感想。
そう言われては困ってしまうベル。もし腕試しが許されるのなら、そのときは師直伝の『タイ捨流』が炸裂しただろうが、残念ながらその出番は未だにこない。
そんなわけで実力も発揮できずに町を放浪するベル。
既に断られた数は30を超えるのではなだろうか? 普通ならそれでもう冒険者を諦めるものだが、ベルはそうではなかった。いや、それ以前の問題ですらなかった。
「このままじゃ冒険者になれない。そうなるとダンジョンにいけないわけだけど、そうなるとお金もない僕はすぐにのたれ死ぬことになるか……仕方ない。最悪……ダンジョンに潜り込んで手柄を立てればいいか。手柄を立てて魔石とやらを換金所に持って行けばお金はなんとかなりそうだし」
ベルは最悪、ファミリアに入らずにダンジョンに潜り込もうと考えた。
それは端から見たら自殺でしかない。冒険者と一般人は肉体能力そのものが違う。たとえ最底辺のレベル1でも、一般人と比較すれば子供と大人並みの能力差があるのだ。レベル1でも上層で命を落とす可能性があるダンジョンに、冒険者でもない者が入れるわけがない。入ればあっという間にモンスターの餌食になるだろう。
だが、ベルは気にしない。それは自分の能力を過信しているわけでもなく、レベル差を甘く見ているものでもない。ただ、単純にそうするだけなのだ。そこで死んだのならそれまで。手柄を立てるために戦うのみ。それがベルの考え方。
恐ろしいことに、そこに死への恐怖はない。結果を受け入れるのみという感情だけがあった。
この時点で既にベルの精神はおかしくなっている。だが、それを本人が気づくことはない。何せそれが当たり前だと教え込まれて来たのだから。
だが、まだ時間はある。元から時間は決まっていないし、泊まるところなどなくても良い。ベルは路地だろうが野原だろうが眠ることが出来るのだ。故に宿泊に困ると言うことはない。
故に時間を気にせずに再びファミリア探しを再開するベルだが、その前からずっと気になっていたことを解決することにした。
ベルは後ろを振り向き、それに向かって声をかける。
「いつまで尾行いてくるつもりですか?」
その言葉にそれまで気づかれていないと思っていたであろう者は驚き肩を震わせ、その様子が本人は隠れているつもりなのだろうが丸わかりなだけに笑えてしまう。
そして観念したのか、その者はベルの前に姿を現した。
それは身長の低い黒髪をツインテールにした女の子だった。
身長から見ればベルよりも年下の女の子に見えるが、見た目に反し胸部はかなり豊かで谷間が深く現れている。俗世に言うトランジスターグラマーを体現した女の子で、顔もとても美しく、まさに美少女だと言えるだろう。
そんな彼女はベルに声をかけられ、おずおずとしながらもベルの元へと歩いてきた。
「そ、その……どうして気づいたのかな……」
おっかなびっくりに問いかける少女に対し、ベルは普通に笑いながら答える。
「たぶん15件目のセト・ファミリアを駄目出しされたところからかな? そのときから君の視線を感じていた」
「それって最初のころからじゃないか………」
ばれていたのが最初からだと知り、その少女は落胆する。それは自己嫌悪からくるものであり、自分の間抜け具合に呆れ返る。
がっかりとする少女に対し、ベルは苦笑しつつも話しかける。
「それで、どうして僕を尾行けていたのか、教えてくれるかな?」
「そ、その………君はその………僕が分かる?」
問いかけに問いかけで返す少女。その質問の意味は端から聞いたら全く意味が分からない。少女が何かなど、見た限りでは少女としか言い様がないのだから。
しかし、ベルはそうではないらしい。
「それはどういう意味か、君の口から言って欲しいかな」
不適な笑みを浮かべながらそう言うベルの様子に、今度は少女が理解した。
この世界の極東にはこのような言葉がある。
『人に名前を尋ねる時はまず自分から』
それは名前だけにあらず。
それを知ってか知らずか、少女はベルの顔を見ながらた名乗った。
「僕の名前は……ヘスティア。これでも一応、神様だよ」
その名乗りは端から聞けば笑いものだろう。自分で自分を神と名乗る者はそうはいない。そして神と人間ではその気配が違うと言うが、目の前の少女からはその気配とやらが感じづらい。これが冒険者ならば分かるのかもしれないが、冒険者ではない存在では分からないことの方が多いのだ。
自分で名乗っておきながら、信じてもらえないと思ったのか少女……ヘスティアは俯いてしまう。
そんな彼女にベルはゆっくりと話しかける。
「顔を上げて」
そう言われ顔を上げるヘスティア。
その目の前にはベルの顔があった。それこそ、キスが出来るくらい近い距離に。
「な、な、ななな、なななななな………」
目の前にあるベルの顔に驚き慌てるヘスティアに対し、ベルは彼女の綺麗な瞳を覗き込む。
そして少しの間だけ見つめると、顔を離して笑いかけた。
「目に淀みがない。その目は嘘をついていない。だから信じますよ……神、ヘスティア様」
「……あはは……あははははは……まさか信じてくれるなんて思わなかった。今まで一度も信じてもらえなかったのに………」
今まで信じてもらえなかったのだろう。信じてもらえたことが嬉しくて、あまりの嬉しさに笑いながら泣きそうになるヘスティア。
そんな彼女にベルは今度は自分の番だと名乗る。
「神様、僕の名はベル。ベル・クラネルです」
こうしてベルはヘスティアに名を名乗り、二人は互いの名を知った。
そして改めてヘスティアがベルを尾行ていた理由を聞くと、ヘスティアは恥ずかしがりつつも答えた。
「僕はファミリアを作りたいんだけど、知名度が全くないから……だから誰も入ってくれなくて……。それで入ってくれそうな人を探していたんだけど、そのときたまたま君を見かけてね。もしかしたら入ってくれるんじゃないかと思って、それで………」
まるで恋する少女が意中の相手が気になって後をつけるような感じにそう答えるヘスティア。そんな彼女の言葉に、ベルはまさについていると言わんばかりに申し出た。
「なら良かった。神様、僕を貴女のファミリアに入れてくれませんか」
その申し出にヘスティアはまた泣きそうになりつつも笑顔で答えた。
「うん、僕こそよろしく………ベル君!」
こうしてベルは彼女、ヘスティアのファミリアに入ることになった。
これによってまた、ベルの『手柄』への道が近づいた。
その後ヘスティアが使っている廃協会の隠し部屋に案内されたベル。
ファミリアに入ったので、早速恩恵を与えステータスを見ることになったのだが……………。
「な、なんだ、これぇえぇえええええええええええええええ!!」
ベルに恩恵を与えたヘスティアはそのステータスを見て、あまりのことに驚愕し声を上げた。
そのステータスがこれである。
ベル・クラネル 種族 ヒューマン
レベル 薩摩兵子
基本アビリティ
「力」 S929
「耐久」S900
「器用」I12
「敏捷」S980
「魔力」I0
発展スキル
『武者働き』
スキル 『薩摩魂』
手柄(敵を殺す)を立てる度にステータスが上昇。経験値(エクセリア)にさらに上乗せされ、互いに引き上げより成長する。
死を常に考え、それに恐怖しない。故に自己防衛本能が薄くなる。その分より攻撃能力が上昇する。
効果は死ぬまでずっと続く。
次回はやっと『あれ』が出せそうです。
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第3話 ベルはギルドに行く。
ベルのステータスを見たヘスティアは驚きを隠せず動揺する。
初めてのファミリア、初めての眷属。初めて尽くしの状態ではあるが、それでもこのステータスがおかしいことは分かる。
通常、レベルの欄には本人の現在のレベルが記載されているものであり、誰でも最初はレベル1なのだ。
それに基本アビリティも最初は全て0からなのである。最初期はそれが当たり前であり、それから経験を積んでいくことによってステイタスは成長していく。
だというのに、ベルのステータスは最初から吹っ飛んでいた。
レベルの欄には良くわからない文字が書かれており、基本アビリティが既に限界近く上がっている。それは通常あり得ないことなのだが、それに更に輪をかけて酷いのは発展アビリティやスキルなどである。
発展アビリティは成長すると一緒に成長するものであるが、当然ながらレベル1の時から発現することはなく、更にこのスキルがベルの異常性をより際立たせていた。
『薩摩魂』
端から見たらとても良いレアスキルだが、その内容をよく吟味すれば不気味なことが良くわかる。つまりはモンスターを殺せば殺すほど強くなるスキル。それ自体は冒険者なら当たり前なのだが、後半の部分が奇妙で『死を常に考えている』と書かれている。勇敢なら『死を恐れない』と記載されるものだが、『死を常に考えている』というのでは似ているようでまったく意味が違う。それは自分の死を常に受け入れ、いつ死んでも気にしない。死ぬことを前提にし戦っているということ。そんな危険で不穏極まりないスキルが最初から発現しているのだ。驚くなという方が無理である。
そんな異常過ぎるステータスを前に、ヘスティアはとりあえず本人に話を聞くために専用の用紙にステータスを写す。
そしてベルの背から離れ、若干震える手でベルにその用紙を渡した。
「べ、ベル君! これが君のステータスなんだけど………」
「これが……ですか?」
手渡された用紙を見ても何が書いてあるのか分からないベル。何せステータスで書かれている文字は全て『神聖文字(ヒエログリフ)』というもので書かれているからだ。この文字は神々だけが使う文字であり、それ以外の種族では基本読めない。だからベルは書かれている内容を理解することが出来ないのだ。
そんなベルに驚き疲れたのか、力が抜けた様子でヘスティアが説明する。
「君のステータスなんだけど……初めてだから何とも言えないけど、それでも……おかしいよ」
そう言われ説明をベルは受ける。
そしてその話を聞き終えたところで特に気にした様子もなく普通に対応した。
「そうですか」
実に淡々と、興味なさそうとさえ思えるほどに普通。
その様子にヘスティアは別の意味で驚きベルに話しかけた。
「ベル君、随分と興味なさそうだけどそれってどうなの!? 自分のステータスがおかしいんだよ? もっと不安そうになったり困ったりしないの?」
「別に。僕としては冒険者になれれば良いだけなんで」
しれっと答えるベルに、驚きから怒りに変わりつつある感情を持て余すヘスティア。
本当ならそのまま怒り散らしてもう少し主神として冒険者のことを教えるべきなのだが、どうにもベルには冒険者としての熱意のような物がない。
それは仕方ないことだろう。確かに冒険者にはなりたがっていたが、それは冒険者に憧れていたからではなく、目指すべき目標へと近づくために必要なことだからというだけの理由なのである。
英雄になるために必要なことであり、冒険者そのものには興味はないのだ。
そんな考えをベルから滲み出る空気から感じたのか、ヘスティアはベルに怒るのを諦めてとりあえずスキルについて聞いてみることにした。
「ところでベル君。君のこのスキル『薩摩魂』なんだけど、これに何か覚えはあるかな? それにこの『薩摩』って言葉だけど、君のレベルにも使われてる。これって何なの?」
その問いかけは少しでも自分の異常性を知ってもらいたいという思いを込めてヘスティアは問いかける。
それに対し、ベルは何かを思い出しながら答えた。
「確か薩摩というのは僕の師匠のいた国のことらしいですよ。僕も詳しくは知りませんけど」
その答えにヘスティアはベルのステータスがおかしいことに、ベルの師匠……つまり豊久が怪しいと考えた。それ以外に考えられないというのもある。何せ薩摩なんて言葉を今まで聞いたことがないのだから。
「その師匠っていうのはどんな人なのかな?」
その問いかけにそれまでそこまで興味がなさそうだったベルが、途端に目を輝かせた。
それはまるでヒーローに憧れる子供のようだ。
「師匠は僕の『英雄』です! あの人は最強のお人で、僕が目指す目標です!」
それまでの様子とは打って変わって年相応の様子にヘスティアは驚き、そして笑う。
(なんだ、そんな可愛い顔も出来るじゃないか、ベル君)
ベルの新しい一面が見れて喜ぶヘスティア。
しかし、それを喜ぶよりも先に聞かなければならないことがあるので表情を引き締める。
これから聞くのはより真面目な話。何せそれはベルの今後に大きな影響を出すかもしれないことだからだ。
「ベル君。君のスキルなんだけど」
「どうかしたんですか、神様?」
「さっきも言ったけど、『薩摩魂』というスキルは異常なんだ。気をつけなくちゃいけないと思う」
少し勿体ぶった言い方にベルはどうかしたのかをヘスティアの目を見つめる。
その視線を受けてヘスティアは念を押すように言う。
「このスキルは強力だ。戦えば戦うだけ強くなるというのは凄いことだよ。でもねベル君………決して無茶なことだけはしないで欲しいんだ」
「無茶? それはどういう意味でですか?」
「……自分の命を捨てるようなことは考えないでくれ。どんな時でも自分の命を大事にして欲しい。危なくなったらどんなことをしても逃げてくれ」
途中からヘスティアの顔は真剣な顔になり、本気でベルのことを心配していた。
彼女にとってはじめてのファミリア(家族)なのだ。死んで欲しくないと思うのは当たり前のことだった。
しかし、ベルはそんなヘスティアの願いを察して…………。
「………くふ……ふふふ……あぁっはっはっはっはっは!!」
笑った。
実に愉快そうに。それがあまりにもおかしかったのか、見事と言わんばかりに爆笑し始めた。
「べ、ベル君!? 何でそんな急に笑うのさ、こっちはとても真剣なのに!」
笑われたヘスティアは顔を真っ赤にしながら怒る。
そんなヘスティアの顔を見ながらベルは笑いを堪えようと頑張りつつ答える。
「それは無理ですよ、神様。だって、戦えば死ぬかもしれないのは当たり前で、手柄を立てるのに命がけなのは常識ですよ。死ぬことに怯えていたら手柄が立てられない。無茶というのはするのが当たり前で、それが無茶だという前提自体がおかしい。するしかないのなら、それを無茶とは言いません。僕はただ、それを成して相手を殺し手柄を立てるだけなんですから。手柄も立てられずに怯えて逃げ帰るくらいなら、いっそさぱっと死んだ方がマシです」
そう答えるベルの瞳はヘスティアが今まで見てきたどの人間とも違う、危険な輝きを放っていた。
それを見て、彼女は正直ベルが怖かった。
彼のその精神は人としておかしい。死を恐れないというのは生物としてあるべき本能の根本に反している。それがまだ強がりなのならまだ安心しただろう。よくこの手の話でそう答える人間は、実は寧ろ死への恐怖をより強く感じている。それを知られたくないからこそ、恥だと思っているからこそ、そのような虚勢を張るのだ。
しかし、そういった嘘は神には通用しない。
人々は皆神々にとって我が子同然であり、子供は親に嘘がつけない。たとえ嘘を言っても、神々はそれを看破する。そういう能力が神々にはあるのだ。故に嘘は絶対にバレる。
だからヘスティアも当然ベルが嘘をつけば分かるわけなのだが、今のベルにはその反応が一切ない。
つまり………『ベルは一切嘘をついていない』。
その言葉の通りであり、ベルは死というものを本当に恐れていないのだ。
いや、それどころではない。死という概念そのものを意識していない。それは食事の時にナイフやフォークを使うように、夜眠る時に目を瞑るように、生きるのに当たり前のことだと思っているのだ。つまり死ぬことも当たり前。
普通の精神なら絶対に耐えきれないであろう異常。それをベルは当たり前だというのだ。
そのあまりに歪な精神にヘスティアは背筋をゾクリと凍らせた。
その後、そんな状態のベルをそのまま行かせて良いのかと思いつつも、ダンジョンに行きたがるベルのごり押しのお願いに仕方なく折れるヘスティア。
彼女はまず必要な手続きとして冒険者の登録をすべく、ベルにギルドへと向かうように言った。
ギルド……それはオラリオの都市運営、冒険者および迷宮の管理、魔石の売買を司る機関であり、神ウラノスが長をしている。冒険者にとって切っても切れない付き合いのある組織だ。冒険者になる者は必ずギルドにレベルを報告し登録するのが決まりなのである。
ギルドに登録することによって正式に冒険者として認められると言ってもよい。
だからベルも意気揚々に向かうのだが、その前にヘスティアはベルに本気であることを念押しする。
「いいかい、ベル君。レベル申請の際には必ずレベル1だと報告するんだ!君のステータスは只でさえ異常だからね。どの冒険者も最初はレベル1が当たり前だから、レベルをそう報告すればとりあえずは疑われないはずだ。流石にずっとは無理だが、それまでの間に最もらしい言い訳を考えておくよ」
その言葉をそこまで理解していないベルではあるが、ヘスティアから感じる迫力に珍しく根負けしてく聞くことにした。
そんなわけでギルドへと出向き、早速受け付けで登録すべく声をかける。
「あの、すみません」
「あ、はい、何でしょうか?」
受付に出たのはセミロングのブラウンの髪をした綺麗な女性だった、かけている眼鏡から知的な雰囲気が漂い、耳がヒューマンに比べ少しばかり尖っていることからエルフであることが窺える。
ベルはその女性に冒険者として登録したいと言うと、彼女はベルの姿を見て少しばかり怪訝そうな顔をする。端から見たら荒々しさとは無縁にしか見えないベルには冒険者など向いていないと思っているのだろう。
当然の如く危険だから止めた方が良いと忠告を受ける。
だが、ベルはそれでも良いと答え、彼女は渋々それを承諾し、ベルに申請用の用紙を渡した。それをベルは受け取り、素早く書類に必要な所を書いていく。
そして渡したことで、ベルは正式に冒険者であることを認められた。
そのことにベルはやっとかぁと思う。無駄に遠回りをしたような気になり、早くダンジョンに向かいたくなった。
そんなベルの様子を見てなのか、彼女はクスリと笑いながら自己紹介をした。
「これから私、エイナ・チュールがベル・クラネルさんの攻略アドバイザーとして担当することになります。よろしくお願いしますね」
「はい、よろしくお願いします、エイナさん」
こうしてベルはやっとダンジョンへと入る権利を得た。
この後エイナからダンジョンでの注意事項を事細かに教えられたが、ベルはそれを聞いて内心苦笑を浮かべる。
何せエイナは何度も無茶をするな、冒険者は冒険してはいけない等々と色々口を酸っぱくしていわれたのだ。そこにあるのは職員としてではなく、彼女個人としてもベルには死んで欲しくないという気持ちも確かにあった。
その気持ちは確かに嬉しい。誰からでも心配してもらえるのは嬉しいものだ。
だが、それではベルは満足できない。そんなことよりも………。
(手柄を立てるのに怖じ気づく必要なし。情けなく逃げるくらいならさぱっと死んだ方が誉れだ………そうですよね、師匠)
この男、既に手柄を立てることに夢中のようだ。
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第4話 ベルは剣姫と出会う
正式に冒険者になったベルは改めてダンジョンへと潜ることにした。
初めてのダンジョン……それは冒険者ならば誰しもが緊張し、これからの冒険に胸を躍らせることだろう。勿論そこには未知への恐怖もある。だが、それでも、冒険者になったことへの実感が湧く瞬間とも言える。
だからこそ、初めての冒険はわくわくするものだ。
それはベルとて例外ではない。
「ここがダンジョンかぁ…………」
目の前に広がる広い洞窟を見回しながらベルは感嘆の声を漏らす。
ここが冒険者の第一歩なのだと。これから自分が生きる世界なのだと。
確かにそう思った。それは冒険者なら誰しもが思うことだろう。
だが、ベルはそれ以外にも思ったらしく、普段では見せないような獰猛な笑みを浮かべて愉快そうに言う。
「未だに感じ取れる血の臭い、闘争の気配………良いね、実に良い戦場だ。まだ最初とは言えそれでも感じ取れる。これはまさに、武者働きのし甲斐があるなぁ」
これからするであろう手柄を立てることに己を奮い立たせる。
冒険をすることよりも、手柄を立てること。それこそがベルの本懐。
だから彼はウズウズして仕方ないようだ。早く早くと急かされるように、その心は敵を早く殺したい(手柄を取りたい)と叫んでいる。
その興奮が心地よく、ベルはダンジョンの中で機嫌良く歩いて行く。
ちなみに今のベルの装備について説明するのなら、冒険者なら誰もが正気を疑うものであった。
ギルドから最低限の防具や武器などは支給されるのだが、ベルは渡された後にそれをホームの部屋に置いてきた。理由は単純にいらないから。
それというのもベルに全てを教えた豊久の所為である。豊久自身も身につけている防具は最低限であり、その考えは実に刹那的なものである。
『薩摩の刀法は一撃になんもかも込め後の事なぞ考えん。外れたらさぱっと死せい。黄泉路の先陣じゃ。誉れじゃ』
これが薩摩の刀法。つまり防具なぞ無意味。
防ぐということは考えず、攻撃にのみ特化している刀法故に、死ぬときはあっさりと死ぬのだ。死を生と同一に考えるベル達にとって防具などあってもなくても関係なく、死ぬことすら受け入れる。だから必要ない。
そんな考えだからなのか、ベルの服装はいつもとまったく変わらない。
そして支給された武器も当然持たず、持ってきている武器は背中に装備した身の丈ほどありそうな太刀のみ。
武装面でもこれだけなのに、更にアイテム面でもその特殊性は抜きん出ていた。
回復用のポーションといったものは一切ない。あるのは精々魔石を貯めるためのポーチのみ。
つまりベルは太刀とポーチだけという冒険者なら誰もが巫山戯るなとキレるくらいの軽装でダンジョンに来たのである。
まさに正気の沙汰ではない。冒険者の常識を思いっきり蹴り飛ばすような所行をしているベルは、そんな事など歯牙にもかけずに進んでいく。
少しして前方にて、何かの気配を感じた。
ダンジョンはモンスターを生み出すということは教わっている。つまり今、何かしらのモンスターが誕生したのだろう。
その方向に目を凝らして見ると、そこには少しばかり小柄な人型のナニカが二匹ほどいた。
それは耳が尖っていて姿勢が悪く、色はくすんだ緑色をしていて目は血走っている。
その姿を見て、ベルはクスりと笑った。
「どうにもゴブリンとは縁があるみたいだ」
ベルの前に現れたのはこの第一階層で基本的にいるゴブリンだ。
その姿を見て、ベルは初めて『英雄』と会った事を思い出す。あの時から今まで、どうにも彼はゴブリンと顔を合わせることが多かった。
だから新鮮味は感じられない。
しかし、それでも殺る気は漲る。
「まずは最初の初首だ」
怪しく目を光らせながらベルは背中の太刀を鞘から引き抜き、掴んだ柄を肩に乗せるように構え刃を水平にする。
その殺気にゴブリン達も気づいたのだろう。ベルに向かって走り始めた。
その様子を睨み付けつつ、ベルは小さく呟く。
「やっぱりここは、師匠に肖るのが一番だね」
そう呟いた後、溜め込んでいた力を爆発させるかのよう駆け出す。
それは普段の彼からは想像も付かない、肉食獣の狩りのような加速だった。
一気に駆け出すベルは、ゴブリン達に向かって叫ぶ。
「置いてけ!! 僕のために、その首置いてけッ!!」
そしてゴブリンがベルに向かって飛び込むと同時に、ベルは構えた太刀を袈裟斬りに一閃。
ゴブリンがベルにその牙を向ける前に、絶対の死がゴブリンの首を跳ね飛ばした。
「ひとぉおおおおおおおおおつッ!!」
刎ねた首が放物線を描いて飛んでいく様子を見つつベルは更に追撃を行おうとする。
それにもう一匹のゴブリンはベルの隙を突いて攻撃を仕掛けようとするが、
「甘いッ!! これで…………ふたつゥッ!!」
ゴブリンの攻撃が当たる前にベルは太刀の柄尻をゴブリンの胸に打ち付ける。
その一撃で浮いたゴブリンの肉体に更に追撃に一閃。それによってそのゴブリンの首もまた胴体から離れた。
そして首を無くした死体や胴体から離れた首は地面に落ちると、その身を黒い灰に変えて一気に消え去った。
後に残るのは小さな黒い石。
それは中に揺らぐ光を内包した不思議なものであり、自然界にある物質にはとても見えない。
その正体こそが魔石。
モンスターの心臓部(コア)であるものであり弱点。粉砕することが出来ればどのようなモンスターであろうと即死する。ただし、その後には魔石は砕け散っているので換金価値はなくなる。なので冒険者は基本、コアを狙わない。砕いてしまってはお金にならないからだ。
地面に転がっている魔石をベルは早速拾い、それを見つめる。
普通の冒険者ならとても嬉しくて興奮しているはずだ。何せ初のモンスター討伐に初の魔石入手なのだから。
だが、ベルは魔石を見ながらつまらなさそうに漏らす。
「せっかく首を取ったのにすぐ消えちゃうんだよなぁ。勿体ない」
彼は初の魔石よりも、相手の首を掴むことが出来なかったことを残念がっていた。
手柄なのならば、それを誇示したいというのは当たり前の欲求らしい。とはいえそれが生首というのは彼等だけの価値観と言えるだろう。
それが出来ないことは残念だが、その代わりが魔石と思うことで何とか我慢するベル。
そして気持ちを切り替え、ベルは再びダンジョンの奥へと進んでいく。
「これから始まった手柄取りだ。何、焦る必要は無いよね。まずは一つずつ……そして大手柄を狙っていけばいい」
ニヤリと笑うベルのその顔は普段の幼げな顔では無く、獰猛な肉食獣の顔をしていた。
それからのベルの活躍は新人にしては明らかにおかしいと言えるほどのものとなった。
基本階層を下に降りることは多くないのだが、取ってきた魔石の数は本来その下層で手に入る量の金額を余裕で超え、日に2万ヴァリスは手堅く稼いでいる。
その金額にヘスティアは驚きのあまり気を失いかけ、エイナからは何故そうなったのかをお説教とともに問われる。
ヘスティアに対してはひたすら首を狩ってきたと答え、エイナに関しては苦笑して流すのみ。余計な事を言って更に怒られたくはないというのが理由だ。
そんな日々が続き4日が経った。
それまでの間にベルは4階層までを単独で攻略している。それだけでも既に偉業とも言えるものだ。何せ冒険者になって4日で既に4階層まで完全に攻略しているのだから。それも防具なし、回復アイテムなしという鬼畜仕様で。
そんな偉業なぞまったく意識しておらず興味も無いベルは、この日もまたダンジョンへと潜る。
一階層でゴブリンの首を刎ね、二階層ではコボルトを斬り飛ばし、3階層からは他のモンスターの群れだろうと同じ結果を辿っている。
ベルの太刀は相手が防御しようが関係なしに相手を斬り、ダンジョンの地面にその骸を転がし魔石だけが結果を残す。
それらを見て満足する様子は無く、ベルはひたすら前に進む。
「首だ………もっと首を………」
若干テンションが高くなってきたのか、普段より意識が高揚し、より手柄への執着が強くなるベル。
だからなのか、普段は表に出ていない凶暴性がより前へと現れていく。
それが傍目から見て分かるのは、ギラギラと輝きを放つ目と壮絶としか言い様がない笑みだろう。
その笑みはそれこそモンスターですら恐れるくらいに酷い。一階層のゴブリンならたとえ20匹いようと全部逃げ出していた。それぐらい酷い顔をしていた。
そんな顔をしながら更に5階層に到達。
当たり前のように向かってくるモンスターを斬り倒し、より手柄をベルは上げていく。
そして少し進んだ先で、ベルはそれと遭遇した。
それは牛の頭を持ち、屈強で2M(メル)以上もある巨体をもつモンスター。
その名は『ミノタウロス』。
本来はこんな上層にはいないはずの、レベル2にカテゴリーされる危険なモンスターである。
駆け出しの冒険者……レベル1ではどう足掻いても絶対に勝てない。それが冒険者における常識。
それが相手には本能で分かっているのか、ベルに向かって咆吼を上げるミノタウロス。
そんなミノタウロスを見れば、レベル1の駆け出しなら腰が抜けて怯え震えるだろう。
だが、ベルは違う。
ミノタウロスを見て、ベルは実に嬉しそうな笑みを浮かべる。
「お前、確かミノタウロスだろ? もっと下の階層にいるレベル2相当のモンスター。なんでこんな所にいるのかなんて知らないけど、つまりはレアだ……大手柄だ!」
ミノタウロスに語りかけるベルは、まさに獲物を見つけた肉食獣のように笑う。
殺気が満ち、その眼光が更に輝く。
そして師の豊久と同じように、ミノタウロスに向かって右手の人差し指を突きつけた。
「置いてけ! なぁ、その首置いてけ!! 物珍しい首だ! 大物首だ!! なぁッ!!」
その言葉に反応し、ミノタウロスは更に叫ぶと、手に持っていた石で出来た棍棒のようなものを振り上げる。それはダンジョン内にあるモンスターの武器になる自然物『ネイチャーアーム』と呼ばれるものだ。
その棍棒を振り上げて咆吼を上げながらベルに突進するミノタウロス。その姿は全てを押し流す雪崩のようであった。
レベル1ならこの瞬間に自分の死を意識する。
だが、ベルはそんなものを考えない。
気迫の籠もった雄叫びを上げながら、ミノタウロスへと突撃する。
激突する棍棒と太刀。その激突は衝撃となって周りへと響く。
そこでおかしいと思うのは、人一人くらいの大きさがある棍棒をどうして細い太刀で受け止められるのかと言うことだろう。
ミノタウロスの攻撃をベルは真っ向から受け止めた。
確かにベルの身長ほどあるであろう長い太刀ではあるが、それでも刀身自体は細く薄い。刀という武器は斬るのに特化しているが、その分防御力は弱いのだ。
そのはずなのに、ベルの太刀は見事にミノタウロスの棍棒を受け止めた。
それどころか、逆にぐいぐいとミノタウロスの棍棒を押し返していくベル。
その膂力は完璧にミノタウロスを凌駕しているらしく、表情には苦悶の一つも無い。
むしろぐいぐいと押されていることに、ミノタウロスは戸惑い鳴き声を漏らす。
「ヴォッ!? ヴォオオオオオ!」
そんなミノタウロスを嘲笑うかのようにベルは声をかける。
「何を言ってるのか分からない! 共通語(コイネー)喋れよぅ! 共通語喋れないなら、死ねよ!!」
モンスターに無茶な事を言うベルだが、初の大手柄に興奮してなのか喋り方などが変質し豊久のようになってしまっている。
そんなベルになってしまったからなのかその太刀はより凶暴性を上げ、ミノタウロスが持っていた棍棒に刃が食い込んでいく。
段々と進んでいく刃を見てなのか、ミノタウロスは徐々に怯えた様子を見せ始める。
ベルはそれを見つつも更に力を入れ、そして………。
「とったぁッ!!」
太刀が棍棒を断ち、その刃は吸い込まれるようにミノタウロスの首へと入った。
その一撃で本来ならミノタウロスは終わりだろう。
だが、ここでベルには予想も付かないことが起きた。
なんとミノタウロスの腹部が斬られたのだ。それも背後から。
それにより吹き出す血を被ってしまうベルは、真っ赤にその身を染めた。
そしてミノタウロスがその身を消失させ、魔石が落ちる共に、ベルは後ろからミノタウロスを切りつけたであろう者を見た。
それは女の子だった。
腰まで届く美しい金髪に端正な顔立ちをした、まさに美少女と行っても良い少女。
そんな美しい少女は金色の瞳を驚きで見開きながらベルを見つめていた。
とても綺麗な女の子だが、残念なことにその顔は真っ赤になっている………ミノタウロスの血で。
互いに真っ赤になった顔を見て、どうにも気まずさを感じる二人。
微妙な雰囲気の中、さっそく動いたのは女の子の方であった。
「あ、あの………大丈夫でしたか?」
彼女は何とか声を出し、そう言ってきた。
それがどういう意味なのか分からず、ベルは首をかしげてしまう。
そんなベルに対し、彼女はもう少し具体的に言う。
「さっきミノタウロスに襲われていたから、危ないと思って……」
その言葉でやっと意味を理解したベルは、あぁと軽く頷く。
そして彼女の言いたいことを理解した。
彼女は危なくなった(と思われている)ベルを見て、助けに入ったらしい。
そこにあるのは純粋な善意。決してベルの手柄を横取りしようとしたのではない。
それが分かったからこそ、ベルは膝を地面に付けながら頭を深く下げる。それは極東の土下座に似ていた。
「ありがとうございました」
そのお礼を受けて、少女は慌ててしまう。
「いや、そんなお礼を言わなくても………寧ろ余計な事をしてしまって、ごめんなさい。私が剣を振るよりも先に貴方の攻撃が入っていた。私はその後攻撃してしまったから、寧ろ邪魔してしまった………」
慌てる彼女の様子がおかしかったのか、ベルはそれを見た後クスクスと笑ってしまう。
そんなベルにどうして良いのかわからず、少女はあたふたとする。
その少女にベルは好感を持ったのか、懐から布……ハンカチを取り出し、彼女の前に差し出した。
「寧ろ僕の方がごめんなさい。僕を助けた所為で、貴女は血塗れになってしまった。これで少しでも拭いてください。流石に女の子を血塗れにしておくわけにはいきませんから」
そう言いながらベルは彼女にハンカチを渡そうとするのだが、逆に彼女はベルに言う。
「いや、そんなわけにはいかない。寧ろ貴方が使ってください。私が余計な真似をした所為でこんなになってしまったんだから」
申し訳なさそうにそういう彼女に、ベルはニッカリと笑いながら返す。
「返り血は戦場のたしなみです。浴びて当たり前のものですから、お気になさらず。血化粧は誉れです」
胸を張りながらそう言うと、ベルは彼女が何かを言う前に、彼女の頬を持っていたハンカチで拭う。
赤くなっていくハンカチを見ながらベルは彼女に視線で言う。
『もうこれで貴女が使うほかありませんよ』
その意思が伝わり、同時に初めて異性に頬を触られたことに彼女は血とは別に顔を赤くしながらも、おずおずとハンカチを受け取り顔に浴びた血を拭く。
そして拭き終えた後に、頬を赤らめつつお礼を言う彼女。
そんな彼女にベルは笑顔で対応し別れようとするのだが、その前に呼び止められた。
「あ、あの……私、アイズ………アイズ・ヴァレンシュタイン。貴方は…」
名乗られ、ベルはそれに笑顔で応じた。
「僕はベル。ベル・クラネルです」
互いの名を知り、改めて別れることにした二人。
その際にアイズはベルから借りたハンカチは絶対に洗って返すと約束し、再び会うことを楽しみにしていた。
ベルはその後も更に5階層で暴れ、全身血塗れになりながら帰った。
勿論、それは全て返り血である。
こうしてダンジョンで出会った二人。
その後も、二人は何度も顔を合わせることになることをベルは知らずもアイズはその予感を感じていた。
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第5話 ベルは町娘と出会う
そして我らがベルの女性観が少しだけ見えることに。
新しいスキルも発生して………。
彼女はとても美しい。
見目麗しく、人間離れした美貌は男ならず女であっても見惚れるだろう。
だが、一つだけそんな彼女にも欠点がある。
それは感情表現が苦手だということ。本人にそんな気はないのだが、それまで育ってきた環境の所為なのかもしくはもとからなのか、口数が少ないこともあってそれが顕著に表れていた。その欠点はある種では人形のような美しさへと彼女を昇華する。
そんな彼女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン。
このオラリオに於いて強大な力を誇る大規模ファミリア『ロキ・ファミリア』の中核を担う強者である。
そんな彼女ではあるが、昨日から様子がどうにもおかしい。
端から見たら特に変わった様子は見られないのだが、親しい仲であるファミリアの上層部や一部の団員はその変化にすぐ気づいた。
「もう~、アイズったら本当にどうしたのさ? ずっとそわそわしてさ」
ロキファミリアで同じレベル5のティオナ・ヒュリテにそう言われ、彼女は少しだけ慌てた様子を見せつつも答える。
「な、何でもない………」
そう答えるも、ティオナには何でもないようには見えない。
「何でもないわけないじゃん。昨日何があったの?」
「別に何も……」
アイズはそう言いつつも、手に持っていたハンカチを軽く握ってしまう。
それは昨日、とある男の子に渡されたものだ。今はしっかりと洗っておいたので昨日のように真っ赤ではなくなっている。
アイズはそのハンカチをその男の子に返したいのだ。
自分が余計なことをした所為で彼もミノタウロスの返り血を浴びてしまい、顔を真っ赤に染め上げてしまっていた。
だというのに彼は持っていたハンカチをアイズに貸した。その理由までは分からないが、彼が善人であることは確かだろう。でなければああも笑顔で堂々とハンカチを押しつけたりはしない。自分が返り血で気持ち悪くなっているというのにだ。
だからこそ、アイズは彼に再び会いたかった。
会って借りたハンカチを返し、そしてちゃんと謝罪とお礼を言いたかったのだ。
ただ、そう思いながらその男の子の事を考えると胸が熱くなる。
その良くわからない感情に戸惑いながら、まずは彼を探さなくてはと思っていた。
(ベル……ベル・クラネル………会いたいな………)
そのとき彼女は気付かなかったのだが、確かにアイズは微笑を浮かべていた。
それは今までの彼女には無い、年相応の可愛らしい笑みで今までとまた違った可憐さを出していた。
それがより仲間の追求を凄くさせることを彼女は気付かなかった。
「なぁ、ベル君。ステータスを更新してみないか?」
ミノタウロスの首を取った翌日。ダンジョンに出かけようとするベルにヘスティアはそう提案してきた。
その理由は単純にあのステータスがどうなってるのか気になったからだ。
何せあのスキル『薩摩魂』が効果を発揮してから数日が経過したのだ。ベルが上層で派手に暴れ回っていることからかなりの数のモンスターを狩ったことから分かる。その証拠にこのファミリアには上層では信じられない程の高額なヴァリスが貯金されている。
だからこそ、あのスキルがどれほどの効果を発揮したのかを見たいと言うのは当然のことだろう。
そんなヘスティアの心境は怖い物見たさ半分と、未知への恐怖が半分といったところ。
その気持ちを察する……なんてことはベルは一切せず、面倒くさそうにしつつも何とか応じる。
「あ~~~……はい、分かりました」
そう答えてごろんと背を向けて横になるベル。
そんなベルにヘスティアはジト目で呆れながら言う。
「随分とやる気がない返事だなぁ。普通、こういうときは皆自分のステータスが上がったかどうかドキドキしてるもんなんだぜ。君は気にならないのかい?」
「別に気になりませんよ。自分の能力が見れたからって何かが変わるわけじゃないですし、そんなものじゃ『強さ』は計れませんよ………本当の強さは」
寝そべっているベルの表情は見えない。
だが、見えなくてもその言葉から感じる迫力にヘスティアは怖じ気づいた。
怖いと感じてしまった。冒険者なら絶対と言っても良いステータスを、そんなものなど不要と言い切る彼が本当に冒険者なのかと思えるほどにその様子は怖かったのだ。
そんなヘスティアの様子に気付かないベルは早くしてくださいと急かす。
早く首を上げたいのだ。手柄をもっと上げて、夢へとより近づきたい。
目指すのは英雄譚に語られるような『優しい』英雄ではない。
英雄と呼べるのか分からないほどに野蛮で飛び切りおかしい異常者。正義という言葉が薄っぺらに見える程の濃厚な自分だけのルールを押し切る異端。
きっと周りからは絶対におかしく見えるだろう。英雄とは真逆の何かに見えることだろう。
だが、ベルにとって確かに『彼』は英雄なのだ。
その姿に衝撃を受けた。そのあり方に憧れた。その全てに心の底から求めた。
自分もこうなりたいと。
だからベルは師の様になりたいと、こうして師と同じように戦うのだ。
それが師のような『英雄』へとなるための近道だと、本能で分かっているから。
急かされたヘスティアはどことなく急ぎ、神の血をベルの背に垂らしそのステータスを確認する。
もしかしたら普通に戻っているかもしれないと、わずかなかながらに期待をしながら。
ベル・クラネル 種族 ヒューマン
レベル 薩摩兵子
基本アビリティ
「力」 SS6989
「耐久」SS5980
「器用」I13
「敏捷」SS7980
「魔力」I10
発展スキル
『武者働き』『対異常』
スキル 『薩摩魂』
手柄(敵を殺す)を立てる度にステータスが上昇。経験値(エクセリア)にさらに上乗せされ、互いに引き上げより成長する。
死を常に考え、それに恐怖しない。故に自己防衛本能が薄くなる。その分より攻撃能力が上昇する。
効果は死ぬまでずっと続く。
『えのころ飯』
食料にすると意識して倒したモンスターは死んでも肉体が残り、それを食べると体力回復、精神力回復、肉体治癒の効果を発揮。毒があろうとこのスキルの前では無効化される。
味はスキル使用者の能力による。
もはや言葉を失った。
ヘスティアはこのステータスを見て、もう通常という言葉と無縁だと言うことを悟る。
レベルは変わらずに数字ではないし、基本アビリティも既に数字がぶっ飛んでいる。なんでレベルアップしないのか謎なくらいだ。
更に注目すべきは新しいスキルだろう。
今まで見たことが無い、他に類を見ないスキルだということは一目で分かる。
(何だ、このスキル!? モンスターを食べるの!? え、あれって食べられるの?)
この世界の常識を蹴っ飛ばしたような新たなスキルに彼女は驚愕し固まる。
そんなヘスティアにそろそろ焦れったくなったのか、ベルは退くように言った。
「神様、そろそろ退いてくれませんか?」
「あ、ああ、ごめんよ、ベル君」
退いたヘスティアはどうするか悩み、どうせステータスを見せても何も感じないベルに見せるだけ無駄だと思い口で説明することにした。
「ベル君………君のステータスだけど、やっぱりおかしかった」
「そうですか」
しれっと返すベル。
そんなベルにヘスティアは深いため息を吐きながら話す。
「もう、君は………気にしてないのはもう良いけど、もう少しなんかあってもいいのにさ~。まぁ、いいや。とりあえず基本アビリティがぶっ飛んだ数字だったよ。なんでレベルアップしてないのか気になるくらいにね。そして新しいスキルが増えてた。その名は『えのころ飯』……何か覚えはあるかい、ベル君?」
ヘスティアの呆れ返った問いに対し、ベルは少し考えて思い出した。
「あぁ、確か師匠と一緒によく野宿した際に食べた食事がそんな名前だったような……。その辺に生えている食べられる植物とか動物を片っ端から取って鍋で煮込んだもので、味も色々だったと思います。あ、犬って結構美味しいんですよ」
「そんな残酷なこと聞きたくなかった!?」
そのときの味を思い出したのか、無邪気な笑みを見せるベル。
だが、ヘスティアは知りたくも無いことを知ってしまい少しばかりヘコむ。
それでも説明しなければと、内心に喝を入れて彼女はベルに説明する。
「どうやら君にそのスキルが発生したみたいなんだ。何でも食料にしようと思って殺したモンスターはその場で消滅せず、その肉体を残すらしい。そしてそれを調理して食べるとポーションなどを使った時と同じような回復効果があるみたいなんだ」
「それは良いことを聞きました。これでダンジョン内でもご飯が食べられますね」
そのスキルに素直に喜ぶベル。彼にとって食料の問題が簡単に解決できることは喜ばしいようだ。普通の冒険者ならそんなスキルが出たところで食べたいとは絶対に思わないだろうが、この辺は精神が鋼のベルである。動じることなどまったくない。
そんな様子のベルにヘスティアはまたしても深い溜息を吐いた。
もう自分の眷属がおかしいことに諦めがついた。今更何があっても驚くことが馬鹿馬鹿しいことを悟った。
そんなヘスティアが願うのはただ一つ。
(頼むから………問題を起こさないでくれよ、ベル君……隠せそうにないから)
それは絶対に無理だと言うことを、彼女はなんとなく分かってしまっていた。
ステータスが更新されたからとて、ベルはかわらない。
あれから数日が経ち、そろそろ11階層にまで向かおうとその日も朝早くにホームを出た。
格好は変わらずにノー防具、ノーアイテムのキチガイ仕様。武器はただ一つ、身の丈ほどある太刀のみ。
最近は例のスキルのおかげで食料を用意する必要がないので、より荷物は軽くなっていった。
もう冒険者と言えるのか謎な存在になりつつあるベルだが、当人がそれに拘ることなどないので問題ない。
彼はひたすら手柄を立てることだけしか頭にないから。
そんなベルだが、ダンジョンに向かって歩いている最中に突如視線を感じた。
それはこのオラリオに来てから何度となく感じているもので、正直あまり気持ちの良い物ではない。
侮蔑的でもなければ敵意があるわけでもない。強いて言うのなら、観察されているというべきだろうか。そんな視線を何度も受け、ベルはまたかと思いながらその視線の先を睨み付けた。
「またあなたか……いい加減にしてもらいたいんですけどね、こういう不躾なのは」
呆れが混じった言葉を言いながら、ベルはその視線の元を見る。
その先にあるのはバベル。つまりベルが目指すダンジョンの真上だ。
バベルはかなりの階層が有り、低い階層にはへファイストファミリアなどのファミリアが出店している。そしてその更に上には、様々な神々が住んでいるという。
きっとその神の誰かがベルを見ているのだろう。
だが、ベルはそれ以上を見抜く。
「惜しいのはあなたが女神だってことです。女首は恥です。でなければその首、落とさせてもらうのに」
苛立ちの混じった殺気をせめてもの当てつけに視線の先に飛ばす。
別に殺す気はない。ただの八つ当たりだ。視線を感じ、どことない直感で相手が女神であることを察した。だがら相手の首を落とせない。
もしこれが男神なら、きっと容赦なくベルはその視線の主の元まで出向き、話を聞き出すだろう。そしてその理由によってはその首を躊躇無く斬り落とす。
神を殺すことすらベルは躊躇しない。それが師から教わった精神の一部である。
相手が偉大だろうがなんだろうが、関係なく殺すときは殺す。それが薩摩クオリティ。
そんなベルの殺気を受けて身悶えしている女神がいるが、ベルはそんなことなど気付かず別の問題に遭っていた。
「あ、あの…………」
殺気を向けていたのはバベルの上の方にだが、その真下にいた者のは突如振り返って睨み付けられたように感じたのだろう。
ベルの目の前には鈍色をした髪の女の子が怯えた様子を見せていた。
そんな彼女を見て、ベルは少しだけ慌てて話しかける。
「あぁ、ごめんなさい。どうにも向こうの方から嫌な視線を向けられていたものですから」
その説明に納得出来るものは少ないだろう。だが、その女性には最低限のことは伝わったようで、彼女は自分が睨まれていないことにほっと胸をなで下ろした。
ベルは彼女に悪いことをしたと思い、改めてちゃんと謝ることにする。
その際その女の子をちゃんと見ることに。
鈍色の髪を頭の後ろの方で纏め愛嬌のある顔が笑みを浮かべる。その服装からどこかのウェイトレスなのだろう。
アイズを綺麗と評するなら、彼女は可愛いというところだ。
そんな可愛い女の子を怯えさせてしまったことにベルは更に罪悪感を抱いた。
彼は戦闘などはほぼ師の教えによって苛烈に動くが、日常的には祖父の教えもあって女性には紳士的に対応するようになっている。
だから彼女に申し訳ないことをしたと反省するベルは、彼女に失礼のないよう対応することにした。
「改めて申し訳ありませんでした。別に貴女が悪いわけでもないのに怖がらせてしまって」
「い、いえ、いいんです。その、急に睨まれたと思ってビックリしちゃっただけですから」
ベルの言葉に彼女は顔を赤くしながら慌てる。
そんな彼女を見て可愛いと感じつつ、ベルは少しでも相手の緊張を解すように話しかける。
「見たところ、どこかのお店で働いている方ですよね。自分でいうのも何ですけど、こんな朝早くからご苦労さまです」
ベルに労われ、それが相手の気遣いだと分かった彼女は気恥ずかしさから顔を赤らめる。
「い、いえ、そんな大層なことじゃないですよ。そ、それに……冒険者の方……ですよね? こんな朝早くからダンジョンに行かれるなんて凄いです」
冒険者であることを見抜かれたベル。
だが、その理由を聞いて苦笑してしまう。何せ、
『あんな怖い顔をした人が普通の人のわけないですから』
だそうだ。苦笑するのも無理はないだろう。
その事に苦笑するベルを見てか、彼女も少しだけ落ち着いたようだ。
それで少しだけベルも落ち着くのだが、その所為なのか体が妙に弛緩し腹が空腹を訴えてきた。
「お腹……空いてるんですか?」
「……はい」
場に間の抜けた音が鳴り、彼女はベルに暖かな笑みを向ける。
ベルは流石に気まずさから顔が熱くなりつつ白状することに。本当はダンジョンに行ってから適当にモンスターを食べようと思っていたのだ。
「少し待っていてください。直ぐに戻るので」
彼女は少しベルに待つよう言うと近くにあった酒場の扉を潜り中に入る。
そして少しして、彼女は布に包まれた物を持ってベルへと女の子らしく駆けつけた。
「これ、よかったらどうぞ」
そう言って渡されたのはお弁当だった。
そのお弁当が誰のものなのかなど、少し考えれば誰だって分かる。
だから当然ベルは彼女に断りを入れる。
「いや、そんな悪いですよ。これは貴女のものですよね。寧ろ迷惑をかけてしまったのにそんな……」
「気にしないでください。私はお店の方でまかないが出るので、問題はありません。それに………私が渡したいんです。駄目……ですか?」
上目遣いで甘えるように見つめる彼女。
それは男なら誰もが可愛いと思うだろう。ベルとて男である。素直に可愛いと思った。
「そう言われてはどうしようもないですね」
そう答えベルはお弁当を受け取り、今度はベルが彼女に提案する。
「なら、今日は貴女が働いているお店で夕飯を食べようかな。迷惑をかけた上に一飯の恩義。それに報いるにはお店に貢献して貴女の給料を上げてもらうくらいしないと割に合いそうにない」
そう言われた彼女は嬉しかったのか微笑んだ。一つ一つの笑みが可愛い娘である。見ていて癒やしを感じた。
そしてベルは彼女が働いている店を改めて教えてもらうことに。
そのまま別れようと思ったが、ベルはその前に彼女に名を名乗っていないことに気がついた。
「そういえばまだ名前を名乗っていませんでしたね。僕はベル……ベル・クラネルと言います」
そう名乗られ、彼女は嬉しいのか頬を赤くしながら微笑んだ。
「私はシル・フローヴァといいます。よろしくお願いしますね、ベルさん」
彼女の可愛らしい自己紹介を受け、ベルは彼女……シルに別れの挨拶をして改めてダンジョンへと向かった。
まさかこの後、再び彼の少女と再び再会するとは思ってもみなかったベル。
そしてシルのお弁当は美味しく、久しぶりに他人が作った料理に舌鼓を打った。
尚、彼女の働いている店で盛大に食べるべく、いつもよりも更にモンスターを狩り、5万ヴァリスもの大金を稼いだ。
が、ダンジョンから出てきたベルは返り血で真っ赤に染まっており、一回ホームに帰ることになった。
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第6話 ベルは凶狼をぶちのめす
今回は皆さんおなじみベートさんが………。
シルとの約束を果たすべくベルは今、彼女が働いている店へと向かっていた。
この為にダンジョンで稼いできた5万ヴァリスはその役目を果たさんとベルの懐をズシリと重くしている。
その重みを感じながらベルはこれから食べるであろう料理に期待を膨らませていた。
何せ昼に食べたお弁当が本当に美味しかったのだ。そんな料理が待っているかもしれないと思うと子供のように興奮する。
これは別にベルが年相応だからというわけではない。
彼はこれまでに於いて、『美味しい料理』というものを食べてこなかった。
別に貧乏だったからではない。
原因はやはり師である豊久だ。
ベルは豊久と一緒に過ごしてきたのだが、それまでの生活での食事というのはお粗末の一言に尽きた。
豊久は基本何でも食べるし、美味い不味いをそこまで気にしない。その所為なのか料理をやらせたところで丸焼きかごった煮のどちらかだ。
勿論それ以外にもベルは祖父の料理も食べてはいる。しかし、残念なことに祖父もそこまで料理が得意ではなかったようだ。
もう少し成長して知恵を付けていればそれにもの足りなさを感じ、自分自ら料理を学び始めていただろう。
しかし、残念なことにそうはならなかった。
ベルは豊久に憧れた。そして豊久のようになりたいと色々と学び、豊久の真似なども当然覚えていく。
その結果、酷い料理に違和感を感じなくなり何でも食べられるようになってしまったのだ。
だからベルはこれまで『美味しい料理』というものを食べてこなかった。
そのことに不満は無い。だが、久々に美味しい料理を食べたベルはその感動を思い出したのだ。
故にその期待はとても大きく、首を取る以外に楽しみで仕方ない。
尚、普通なら自分の所の主神であるヘスティアも誘うべきだが、彼女は彼女でバイトの打ち上げがあるらしくこれないらしい。
だから一人でベルは歩く。日頃の食事があまり良い物とは言えない物が多いので、勿体ないなぁと思ったが、仕方ない。更にバイトに関しては特に言う気はない。そこは個人の勝手だろうとベルは考えているからだ。
そしてついに、ベルは目的地であるお店に着いた。
店の名は『豊穣の女主人』。昼は主に食堂として、夜は酒場をしているらしい。
店内に入り周りを見渡す。
適度に広く活気に溢れており、その中をウェイトレスの女性が忙しなく動いている。
皆容姿が整った美人が多く、それもまたこの店の魅力なのだろう。
そう思いながらベルはまず、シルを探すことにした。
周りのウェイトレスの女性達も綺麗だが、彼女もまた負けず劣らずに可愛いのだから直ぐに見つかるはずだろう。周りの個性豊かな女性達にも負けないほど、薄鈍色の髪とあの可愛らしい笑顔は印象深いのだから。
だが、ベルが見つけるよりも先に彼女がベルを見つけたようだ。
「いらっしゃいませ! あ、ベルさん!」
「こんばんわ、シルさん」
ベルを見つけた途端に花が咲いたかのように実に嬉しそうに笑うシル。
そんなシルとの再会にベルは落ち着いた笑みで返す。その姿だけ見ると、とても14歳には見えない。
「約束通り、来ましたよ」
ベルがそう言うと、約束を守ってもらえたことが嬉しいのか頬を赤らめつつシルも返す。
「はい……約束、守ってもらえて嬉しいです」
その笑顔が可愛らしく、見ていて心が温かくなるベル。何故かは知らないが、彼女のその笑顔はベルを心の底から歓迎してることが窺える。
シルはそんなベルの笑顔を見て恥じらいながらも元気よく手を翳しながら言う。
「ではお客様、お席に案内させていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
そして案内されたのはカウンター席の端。周りからだと少し目に付き辛く、どうやらシルにとってここは特等席らしい。
そこに座ると、丁度店の女将がベルの前に来た。ドワーフらしくがっしりとした体つきをした、そこいらの冒険者なんかより余程強そうな女性だ。
「アンタがシルのお客さんかい? 冒険者のくせに可愛い顔してるねえ!」
そう威勢良く言い放つ女将の言葉を聞き、ベルはシルの方へと顔を向ける。
シルはベルに見られ恥ずかしそうに頬を赤らめていた。どうやらベルが来るということを彼女は朝会って以来かなり言っていたようだ。
何故そこまで気に入られたのかは分からないが、少なくてもベルは彼女のことを気に入っている。だからそこはかとなく嬉しい。
「えぇ、今日は一杯食べるので、是非ともシルさんのお給金に色を付けてあげて下さい」
「言ったね? だったら思いっきり食わせてやるよ。後悔しても遅いからね!」
上機嫌に女将は言うと、鼻歌を歌いながら厨房へと歩いていく。
その後ろ姿からかなりやる気に満ちていた。
そしてシルは仕事に戻り待つこと少し………女将のやる気が形となって現れてきた。
「さぁ、遠慮無く食いな!」
ご機嫌な声と共に出されたのは、器から溢れそうなほどに山盛りのパスタ、何かの肉の唐揚げと何かの魚の揚げ物。それに健康に気を遣ってなのか、パスタと同じくらいの大量のサラダである。
それに飲み物は麦酒(エール)である。普通はこの年齢に飲酒はよろしくないのだが、冒険者にはそういったものが結構緩いのがこの街の特徴でもある。
そしてベル自身、酒(ささ)は普通に飲める。豊久の元にいれば、それぐらいは常識の範囲内である。
目の前に出されたごちそうは今までに見たこともないものばかりである。
それを見て目を輝かせてしまうベル。
「何か分からないごった煮じゃない………」
あのお弁当の味をしれば感動も一入のようだ。それに案外このへんは地味に気にしていたのかもしれない。豊久の所為で鈍っていた人間としての感性が若干ながら復活した瞬間であった。
そしてその感動をより楽しみたく思いながらベルは両手を合わす。
「いただきます」
極東の食事前の礼節をし、そしてベルは早速パスタを食べ始めた。
「っ!?」
その美味さに言葉に出来ない感動を感じ、その手はもっと食べたいと思いを具現するようにベルの口へとパスタを運ぶ。
ガツガツ、モグモグ、ゴクゴク………。
言葉は一切無く、只ひたすらに食べるベル。
そのペースは凄まじく、あれだけあった料理はものの数分で消えていた。
そして追加の注文を頼みつつ麦酒を呷っていると、仕事が一段落付いたのかシルがベルの元に来た。
「どうです? 楽しまれてます?」
「はい、とっても!」
シルの問いかけに実に上機嫌に答えるベル。
「ッ~~~~!? そ、そうですか」
その顔があまりに無邪気だったからなのか、シルは思わず赤面してしまう。顔だけ見れば幼く見えるベルは、そういう点では女性の母性本能をくすぐるのだ。それに見事当てられてしまい、シルはベルを可愛いと思ってしまった。
そう思ってしまったことが知られたくなくて、シルは慌てながら話題を変えることに。
「それにしても、凄く食べますね。こんなに食べてもらえたら、私のお給金は凄く期待できそうです」
「それはよかった。でも、まだ食べますからもっと凄くなりますよ」
そう言われて驚くシル。無理をしている様子がないことから本当によく食べるのだろう。どことなく彼女自身もベルのために料理を作ってあげたくなった。
「そういえばお仕事はいいんですか?」
「今給仕は少し余裕がありますから」
そして二人で他愛ない話をすることに。
美味い食事に可愛い女の子と楽しくお喋り。その二つがあれば十分だと皆が思う。
ベルもそうは思う………が、やはりイマイチ物足りない。
その物足りなさがなんなのかを考えていると、他のウェイトレスの女の子が周りに発表するように言った。
「にゃぁ、ご予約のお客様、ご来店にゃぁ!」
その言葉と共に表れた集団に、それまで騒いでいた客達が息を吞んだ。
男装をした言っては悪いが胸が全くない女神、金髪をした美少年のような小人族、誰もが見惚れる程の美を放つ翡翠色の長髪をしたエルフ、その場にいるだけで存在感が凄いドワーフ。それ以外にも露出の激しい服を着たアマゾネスや狼人など、様々な人種がいた。
その中には一度だけだが見たことがある人物がいた。
「あ、あの娘…………」
ベルは集団の中にいる美しい金髪をした美少女……アイズ・ヴァレンシュタインを見てそう呟く。
少し前にあっただけだが、その美しさは忘れる方が難しい。
戦闘で無ければ普通の男なベルは彼女のことをちゃんと覚えていた。
ベルのそんな呟きは聞こえなかったようで、シルはこの店を自慢するように来た集団のことをベルに言う。
「ロキ・ファミリアさんは店のお得意さんなんです。彼らの主神ロキ様がここをいたく気に入られたようで」
そこで初めてベルは彼女がロキ・ファミリアというトップファミリアの大幹部で『剣姫』の二つ名をもつレベル5の冒険者であること知る。
まぁ、だからなんだというわけではないが、この男はそういうのは一切気にしない。
レベル5が凄いというのはエレナからのレベル講座で教わっているので一応世間的には知っているのだ。
そしてロキ・ファミリアは大いに盛り上がりを見せた。
どうやら遠征の祝賀会らしい。主神であるロキが上機嫌に騒ぎ、それに習って団員達も楽しそうに酒を飲み料理を食べる。
実に楽しそうな面々。この場に於いて大いに結構である。
だからといってベルに何かあるわけではない。ベルはロキ・ファミリアに気にせずに再びやってきた注文の品を食べ始めた。
そしてそれらが空になったところでそれは起きた。
追加の注文をしようとした時、ロキ・ファミリアの狼人の青年が酔いの回った上機嫌な声で言う。
「ヨッシャー! アイズ、そろそろ例のあの話、皆に披露してやろうぜ」
「あの話?」
その言葉の意味が分からない様子のアイズ。
その様子を見ながら狼人の青年……ベート・ローガが言った。
「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウルス! 最後の一匹、お前が5階層で始末したろぉ。そんでほれ、その時いたトマト野郎の話だよ」
「あれはそんなんじゃ…………」
どうやらあの時のことを見られていたらしい。
ただし、どうやらベートが見たのは後半の部分で、しかもアイズが斬った所からだけのようだ。そのため彼にはベルがアイズに助けられた血塗れの情けない男として映ったらしい。
その事を面白おかしく語るベート。アイズはそんなんじゃないと何とか言うが、周りの酔いが入った団員にはその声は届かない。
「雑魚が雑魚らしく震え上がる姿ってのは滑稽なもんだ! ゴミはゴミらしくしてろっての」
流石の物言いに不快感を表した団員がいたようで、その人が諫めようとするがまったくベートは聞き入れない。
そしてベートは更にベルのことを罵ると、アイズに向かってテンション高めでこんな質問を投げかけた。
「アイズ、お前はどう思うよ? 例えばだ、俺とあのトマト野郎ならどっちを選ぶっていうんだぁ、おい!」
「ベート、君悪酔いしてるね」
金髪の小人族の青年に注意されるがベートはそれでも止まらない。
「聞いてんだよ、アイズ! お前はもしもあのガキに言い寄られたら受け入れるのか? そんなはずねぇよなぁ!! 自分より弱くて軟弱な雑魚野郎にお前の隣に立つ資格なんてあるはずがねぇ。他ならないお前自身がそれを認めねえ! 雑魚じゃ釣り合わないんだよ、アイズ・ヴァレンシュタインにはなぁ!」
そう言い切るベートに対し、それまで押され気味だったアイズはしっかりと意思を込めて言葉を返す。
「少なくとも、ベートさんは嫌です。それに……あの人は雑魚なんかじゃない。きっと………強い人です」
その言葉を聞いてベルは口元が笑ってしまう。
別に罵られたことなどどうでも良い。言わせたいだけ言わせれば良い。そんなことでベルの『英雄』への探究心は折れはしない。
そのまま無視しても良かった。
だが………基本女性に紳士であるベルは、アイズの意思をしっかりと聞き取り思ったのだ。
彼女の言葉が嘘ではないということを証明しなくてはと。
まぁ、それも確かだが………実に丁度良いとも思ったこともあった。
何でもロキ・ファミリアの幹部は基本レベル5という化け物揃いだというではないか。
そんな化け物が目の前にいて、それに挑めるチャンスがあるのだ。挑まないというのは『勿体ない』。
本音で言えばいっそ首を上げたいところだが、そこまですると面倒が多そうだと思い止める。まぁ、相手がどのくらいか計れれば良いだろう。
それまで紳士であったベルに薩摩兵子の顔が現れ始める。
それまで料理の美味さに輝いていた瞳はこれからするであろう行為に期待を込めて、危険な輝きを宿しギラギラとさせる。つり上がった口元はそれまでの無邪気なものではない、戦狂いの笑みであった。
それは端から見たら変身したようにも見えるかもしれない。
「ベルさん………?」
ベルの変化を感じ取ったのか、シルは戸惑いながら話しかける。
そんなシルに苦笑を返しつつベルは謝った。
「すみません、今日はそろそろお暇します。お店を騒がしくしちゃいますので、女将さんにはご容赦下さいと」
そう言うとベルは席を立ち、ズンズンとロキ・ファミリアの席へと歩いて行く。
そしてアイズの目の前に来たことで彼女は小さく声を上げた。
「あ……」
「こんばんは、アイズ・ヴァレンシュタインさん」
笑顔で現れたベルに驚くアイズ。
そんなアイズを見てそれまで上機嫌だったベートが不機嫌にベルに噛み付く。
「誰だ、テメェ! いきなりウチのアイズに粉かけるたぁどういう了見だ、あぁ!!」
急に現れたベルに当然ロキ・ファミリアの面々は戸惑いを見せる。
しかし、ベルはそんなことな気にせずにアイズに話しかけた。
「あの時は大丈夫でしたか?」
「う、うん……貴方のおかげで………あ、ハンカチ。これ……」
アイズはベルに借りたハンカチのことを思い出してベルに差し出す。
それを見てベルはお礼を言いながらちゃんと受け取った。
それを見てほっとするアイズ。
そのやりとりになんだなんだと周りから視線が集まり始め、そしてベートもベルの顔を見て噴き出した。
「あぁ、テメェはあの時のトマト野郎かよ! ぎゃはは、何だよ何だよ、テメェで恥さらしにきたってのか?」
腹が痛いと抱えながら爆笑するベート。そこには確かな嘲笑が出ていた。
そう笑われアイズはベートをキッと睨み、彼女にしては珍しい行為に周りの団員もアイズとベルに注目する。
だが、そこまで嘲笑されているベルは、それでも………いや、それどころかベートなどいないかのように普通にアイズに話しかけた。
「まさかあの時の人がロキ・ファミリアの人だとは思いませんでしたよ。それもレベル5っていう凄い冒険者なんですよね」
「別に凄くはない……かな?」
別に褒められ気恥ずかしかったのか頬を若干赤らめながら返すアイズ。
当然気にくわないベートはベルに絡もうとするのだが、それをまさに空気のように無視するベル。
これはキツイ。これをやられると本当にキツイ。
それまで上機嫌にいない相手を罵り蔑み楽しんでいた矢先に、その本人が現れてその蔑みや嘲笑を一切無視しアイズと楽しそうに会話する。
これをやられるとベートは立つ瀬がない。何せ言っている言葉がすべていなされ届かないのだから。一人だけ騒いでいる姿は滑稽としか言い様がない。
それに我慢が出来なくなり、ベートはついに動いた。
ベルの肩を掴み強引に自分の方を向かせた。
「おい、いい加減こっちを向きやがれ、トマト野郎!」
キレ気味にそう言ってベルを睨み付けるベート。
そんなベートを見て内心、実に『良い笑み』を浮かべたベル。奇しくも師である豊久がこの世界に来なかったら出会うであろう第六天魔王の極悪人な笑みとそっくりな笑みであった。
(釣れた! 後は………ふふふふふふ)
後は流れに任せれば良い。それだけでも良いが、ベルは更にベートに火を注ぐ。
「何かあったんですか?」
「あぁ? テメェ、巫山戯てんじゃねぇぞ!」
ベルに嘗められていると思ったらしく、更に顔を怒りに染めるベート。
良い塩梅にベルはより嗤う。
「いやぁ、別に忘れてたわけじゃないんですよ。ただ…………」
ここで一旦言葉を切ると、ベルはここに来て初めて直にベートを挑発した。
「弱い犬がキャンキャン吠えていても気にならないだけで」
「んだとぉ!!」
その言葉にベートの血管が一本切れた。
「よく言うじゃないですか。弱い犬は自分が少しでも強く見えるように無駄に吠えるって。でもそういうのって滑稽ですよね。だって……本人はそうじゃないって思ってしてるのに、端から見たら自分は弱い負け犬ですって言いふらしてるようなものですから」
その言葉でいったいベートの血管が何本切れた事だろうか。
その煽り聞いた周りの客は青ざめ、ロキ・ファミリアの団員は慌ててベートを止めようとする。
「おい、ベート止めっ!」
「このトマト野郎が、死ねぇえええええええええええええ!!」
だが止まらず、ベートは掴んだ肩を一気に床に叩き付けようとした。
レベル5の力がレベルが分からないが見た限り新入りの冒険者相手に振るわれる。それはつまり、大の大人が小さな虫を踏み潰す行為に等しい。どう足掻いても絶対に勝てない、振るわれればあるのは確実の死。
それほどレベルの差は激しい。
だが、周りの客や団員達が想像した最悪の事態にはならなかった。
「んだと!?」
それは力を出したベート本人が一番驚いた。
何せベルの体は床に叩き付けられるということは一切なく、それどころかその場から一切動かないのだから。
その力を受けてベルは笑みを零し、肩を掴んでいたベートの腕を掴んだ。
「何かした?」
そう言いながらゆっくりと力を込めてベートの腕を握っていく。
まるで万力のように締め付けられる腕に痛みを覚えたベートは最初こそ意地を張っていたが、直ぐに手を離してしまう。
「ぐぅ………チッ、テメェェエエエ!」
怒りの籠もった目で睨み付けるベートに対し、ベルは腕組んで堂々と仁王立ちをする。
まさにその程度かと態度が物語っている。
その態度に我慢ならなくなり、尚且つレベル5の強者としてのプライドをへし折られかけたことにベートは吠えた。
「外に出ろ! そこでテメェぶっ殺してやる!!」
「上等です」
そして外に出る二人。
「ベルさん、駄目です! あの人には絶対に敵いません。今からでも謝りましょう! 何があったのかは知りませんけど、命は粗末にしちゃいけませんよ!」
半分泣きかけのシルに対し、ベルは苦笑する。
それは可愛い彼女を泣かせてしまったことに対しての苦しさからの笑み。
だが、それでも止められないし止まらない。
もうスイッチは入ってしまった。
薩摩兵子としての、手柄を求める者として、この場は絶対に逃せないと。
だから滾る心を抑えつつベルはシルに話しかける。
「そんなことはないから大丈夫ですよ。それより女将さんの方をよろしくお願いします。どうにもあの人に怒られる方が怖そうだ」
そう言ってシルの頭をポンポンと叩くベルは、これ以上シルの言葉は聞かないと言うように背を向ける。
その後ろ姿にシルは言葉を掛けられなくなりベルの背中を見つめるしか出来なかった。
そして店の外に出たベルとベート。
二人を取り囲むかのように野次馬が群がり、どちらが勝つのかを賭け始める。そのオッズは殆どベートの勝ちでありベルは穴馬扱いだ。
そんな視線に晒される中、二人は距離を取って対峙する。
「テメェの獲物を出しなぁッ!」
威嚇するように吠えるベートに対し、ベルは背中に差した大太刀を引き抜いた。
この男、いつも太刀を肌身離さず持ち歩いているのだ。それに理由などなく、強いて上げるのならいつでも首を取るためだ。
その太刀を見てベートはニヤリと笑う。ベルの太刀が凄い業物には見えなかったのだろう。事実、この太刀は業物ではない。
「いいぜ、テメェに先手は譲ってやんよ。その後テメェが如何に雑魚か思い知らせてやる」
嗜虐的な笑みを浮かべるベート。
そんなベートに向かってベルは行動に出た。
いつもは肩に背負うように水平に構えて突撃するのだが、今回は少しばかり毛色が違った。
「あれだけされてまだ気付かないとは………嘗めすぎている。貴方の首はいらない、手柄だけ置いてけ!!」
右手でベートを指しながらそう言い放つベル。その時の彼の放つ殺気はとてもじゃないが、レベル1の冒険者が出して良いものではない。
太刀を左手で抜くと、それを槍投げの要領でベートに向かって投げつけたのだ。
投げられた太刀は鋭い切っ先をベートに向けて飛んでいく。それだけの速度だけでもレベル3相当の実力が無ければ見切れない程に速い。
だがベートはレベル5。この程度など余裕で見切れる。
「うぜぇッ!」
その声と共に投げつけられた太刀を腕で弾き飛ばす。
この弾かれた太刀を見て周りの野次馬はもう結果が分かってしまった。
もう初手は終わったのだ。ならベルに勝算などない。
やはりレベルの差は覆せないという冒険者の常識に皆納得することだろう。
シルはあまりのことに顔を両手で覆ってしまう。
だが、その結果が外れたことが分かったのは何を隠そうベート当人であった。
「なっ!?」
驚愕のあまり顔が驚きで凍り付く。
確かに太刀は余裕で見えた。だから余裕で弾けた。
だが、『その後飛び込んでくるベル』の姿は速すぎて見えなかったのだ。
見えたのは既に目の前でベルの膝。そしてそのまま飛び込まれて腕で首を絡められた。
「どっこい しょっ!」
そのまま地面に倒れ込むベートとベル。
そして倒れ込むとベートは体が一切動かないことに気付いた。
「な、何がッ!? くそ」
驚くベートの体が動かない理由。
それはベルがベートの上半身に馬乗り……つまりマウントを取ったからだ。
しかも膝を使いベートの肩と二の腕辺りを押さえ込んでいる。そのため力を入れるための駆動部が押さえつけられ力が入らなくなってしまっていた。
いくらレベル5だろうと人である以上、力点を失えば動けなくなる。
だからベートは動けない。
そんなベートに対し、マウントを取ったベルの両腕はフリー。
ベルはベートを見下しながら言い放つ。
「はン、他愛ない」
落胆の籠もった声を吐きながら背に差した鞘を引き抜き、それを両手で逆さ持ちにする。
そしてその鞘を思いっきり…………。
「がッ!?」
ベートの顔面目掛けて振り下ろした。
ベートの顔面にめり込む鞘。その威力はベートの変形した顔と苦痛の表情から察せる。
そしてそれは始まりに過ぎない。
これは決闘ではない。ただの喧嘩である。
ならこの後はといえば……………。
鞘を持ち上げ振り下ろす。振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす振り下ろす……………………。
一方的な蹂躙だ。
ベルは特に感情を浮かべること無く、ひたすらに鞘を振るう。
「がっ!? くそ、このや、ギッ、ごぺ………………………」
鞘が激突する度に重い打撃音が辺りに響き、ベートの顔が赤紫色に腫れ上がり歯がへし折れる。
既に原型を無くした程に腫れ上がった顔は酷いことになっていた。とても元があのベートとは思えないくらい。
そしてベートは最初こそ言葉を吐いていたが、最後には気絶した。
それを見届けてベルはゆっくりと起き上がると、ベートの体を引きずり野次馬の中にいるロキ・ファミリアの元へと持って行く。
その中にいるアイズはベルがベートをのしたことに驚くと同時に善人だと思っていた彼の変化に戸惑いを隠せずにいた。
そんなアイズの心境を察してか、ベルは苦笑を浮かべながらロキ・ファミリアのまとめ役であろう金髪の小人族……フィン・ディムナにベートを渡しながら言う。
「貴方の所の団員をこんな風にしてしまって申し訳ありません」
「いや、元を正せばベートが悪いんだ。確かにやり過ぎだとは思ったけど」
「すみません」
フィンに謝るベルは確かに悪いことをしたと反省しているようだ。
だが、それはあくまでロキ・ファミリアに迷惑を掛けたということであってベートをボコボコにしたことに関しては寧ろ反省などしない。
喧嘩を売られたのはこっちである。なら売った側がボコボコにされるのも覚悟してもらうべきだ。
だからベートは当然の報いである。顔面をボコボコにされようとも、当然の結果である。寧ろ首を取られないだけありがたいと思えとすら思った。
ロキ・ファミリアに敵意はなく、今回ベートがやらかしたということでお咎めを無いようにしてもらうベル。
そんなベルはフィンにある言伝を頼むことにした。
「そうそう、彼に伝えといてください。強者は強者で弱者は弱者。だが、弱者だからといって見下して良い理由は無く、そのような事に執着しているようでは足下を掬われると。弱者だろうとやり方次第で強者を倒すことが出来る。良い教訓だと。レベルの差は確かに大きいが所詮は人間。人間が出来ることは限りがあるということを」
そう言ってベルは野次馬の中に溶け込むように消えていった。
その後ろ姿はどこか悲しく、しかしとても大きく見えた。
ベルはアイズに悪いことをしたと思い嫌われたかなと自虐する。
だが、アイズはそんなことは思わなかった。
ただひたすらにこう思ったのだ。
(…………彼はなんであんなに………強いんだろう………)
ただ純粋にレベル以上の強さを見せたベルに見入っていた。
代官~~~~~~のようになってしまったベートさんでした(笑)
ザ、組手甲冑術。えげつなさは天下一品。
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第7話 ベルはまったく反省しない
しかし、へこたれずに頑張りたいです。
ベートがボコボコにされたその後、当然の如く周りは騒然となった。
何せ有名なロキ・ファミリア、それもその幹部のレベル5が一撃も出さずに一方的に蹂躙されて敗北したのだから。
当然遠征の祝賀会は中止。ロキ・ファミリアは気絶したベートをポーションで治療して自分達のホーム『黄昏の館』へと帰った。
そして当然問題になるのはベートを完膚なきまでに叩きのめした冒険者。
ロキ達はホームの一室にてその冒険者について真剣に話し合う。
「まさかベートをこうもボコボコにする奴が現れるなんてなぁ」
そう言うロキだが、心なしか苛立ちが滲み出ていた。
彼女は基本ちゃらんぽらんな神だが、その実自分の眷属(子供)への愛は実の親以上に深い。だから大切な子共を傷つけた存在を当然許せないのだ。
まぁ、その理由がその子共にあることを分かっている。だが、それでも割り切れないところが本当に愛が深い所だろう。
そんな彼女の言葉に自業自得だと分かっているので落ち着けと言うのは、ロキ・ファミリアの団長であるフィン・ディムナだ。
「悪酔いが過ぎたベートが悪いんだから、そう怒らないでよロキ。それにしても彼、いったい何者なんだろう?」
その疑問にこの場にいる幹部は皆頷く。
何せ相手はレベル5を一方的に倒したのだ。それは同じレベル5であろうと不可能に近い。
このオラリオに於いてレベルの差は天と地の差ほどある。だから基本レベルが一つ違うだけで勝機はかなり薄くなり、勝つには特殊なスキルの取得か特殊な訓練を積むなどをしなくてはならない。だが、それでも勝てる可能性は低く、絡め手などで何とか勝てる程度だ。
それが冒険者の間における不文律。幼子であろうと知っている常識と同じレベルの話。
だが、あの時のあの冒険者はそうではなかった。
レベルが同じでもあのような展開にはならないというのに、ベートを圧倒した。
つまりそれはベートのレベルより上の冒険者だということになる。
しかし、そこまで高レベルの冒険者ならその名は有名になっていなければおかしい。
レベル2に上がる際に与えられる二つ名はその後もその冒険者の代名詞として使われる。高レベルの冒険者は二つ名と共にその知名度を上げるのだ。
だが、彼のその見た目などからして出そうなあだ名が一つもない。レベル5を叩きのめす程の実力者なのに知名度が一切ない。それは明らかにおかしいのだ。
「あんなに強いなら、普通は誰でも知ってそうなものだよね~。なのに誰も知らない……う~~~~ん、良くわからないや」
頭を軽く振りながら悩むのは褐色の肌をしていて露出の激しい服を纏った『胸が残念な』少女。彼女はティオナ・ヒリュテといいベートと同じレベル5だ。
彼女はあまりそういうことへの興味が薄いのか、あまり気にしてはいない様子である。
そんな彼女と見た目は似てはいるが、『胸が明らかに勝っている』少女はそんなティオナに注意をする。
「あんたねぇ~、もうちょっとは真面目に考えなさいよ」
「え~、だって~」
そう注意をしたのはティオナの姉であるティオネだ。彼女もベートと同じレベル5の冒険者でありその実力はこのオラリオにおいて有名である。
「あれほどの見事な体術、早々見られるものではないと思うが……。持っていた武器は刀のようだったし、タケミカヅチ・ファミリアの人間か?」
ベートを倒した腕前を思い出して関心するのは低い身長ながら巌のような肉体を持つドワーフの男。彼の名はガレス・ランドロック。ロキ・ファミリアに所属するレベル6の古参幹部であり、『重傑(エルガルム)』の二つ名を持つ。
その意見に対し、その場にいた美しい美貌を持つエルフの女性は否定する。
「いや、あのファミリアは極東の人間で構成されているはず……あの少年はどう見ても極東出身には見えなかった。それに彼の神はそこまで好戦的ではなかったはずだ。あんなことがあれば如何に神とて問題になることは分かっているはず……」
彼女の名はリヴェリア・リヨス・アールヴ。
ロキ・ファミリアの副団長にして『九魔姫(ナイン・ヘル)』の二つ名をもつレベル6の冒険者。エルフの中でも更に高位なハイエルフ……つまり王族だ。
そんな凄いエルフがいるだけでも如何にロキ・ファミリアが凄いのかが分かる。
だが、そんな凄いファミリアを持ってしても、団員を倒した相手の正体が分からない。
未知の相手に対し、好奇と恐怖の入り交じった感情が周りに伝播する。
そんな中、その感情に支配されていない者もいた。
その彼女と言えば、唯一問題人物と会話をしていたことが思い出され、フィンがその事に対して問いかける。
「そういえば彼はアイズと会話をしていたね。アイズ、君は彼の事を知っているのかい?」
優しげな言葉だが、その言葉から滲み出る探究心に言わないというのは無理だと彼女……アイズ・ヴァレンシュタインは思った。
そして彼を初めて見たときのことを思い出しながら彼女は口を開く。
「私が知ってるのは二つだけ。ベル……ベル・クラネル………それが彼の名前。そして彼は………ミノタウロスを圧倒する程の実力を持ってる。一太刀でアレを倒した」
こうしてベートを倒したのがベルだということがロキ・ファミリアに知れた。
その事に対し色々と思うところがあるが、ファミリアとしては勧誘したいという声が上がっており、その言葉にアイズは内心嬉しくなる。
(彼ともっと話せれば………きっともっと強くなれる。そんな気が……する。それに彼の事を……もっと知りたいな………)
その時のアイズの顔はとても『女の子』な笑みを浮かべていた。
とある一室にて、世界すら跪く程の美貌を持った女神が恍惚な顔をして水晶玉を見つめていた。
彼女の名はフレイヤ。美を司る天界でも随一の女神だ。
そんな彼女が見ている水晶玉に写されているのは一人の少年。
初雪のような真っ白な髪に紅い瞳をもった人間。彼女はその少年を見つめながら熱い情欲に満ちた溜息を吐く。
「あぁ、いいわぁ………実にいい」
フレイヤはまるで恋する乙女のように、それでいて色欲を掻き立てられる娼婦のようにその少年を見る。
見た目は勿論、その魂が彼女を惹いてやまないのだ。
「初めて見たときから震え上がった。なんて凄い魂をした子なの! 表面はとても無垢で真っ白なのに、その奥底にはギラギラとした凄まじい輝きを放ってる。それも無色の輝きを! それは神ですら持っていない、初めて見る魂の輝き………あぁ、欲しい! 彼が欲しいわぁ!!」
その言葉は彼女の本音。
魅惑的な表情で、しっとりとした声でそう言う彼女は淫奔な雰囲気を出しながら自らを慰めるように頬に手を添えながら水晶に映る彼を見つめる。
「だけど今はまだ、彼を見ていたい。彼の魂の輝きをもっと……もっとみたい! だから少しばかり『イタズラ』をしようかしら。うふふ、彼が喜んでくれるとよいのだけれど」
その時の輝きを思い浮かべながら、フレイヤは恋する乙女のように熱の籠もった瞳で水晶に映る少年……ベル・クラネルを見つめ続けていた。
「べ~ル~くぅ~~~~~んぅぅうううう!!」
「どうかしたんですか、神様」
ベートを思いっきりボコボコにしたベルではあるが、そんなことを周りに言いふらすような性格ではなく、当然歯牙にも掛けてなかった。
なので気にすることもなく、今日も今日とてダンジョンで手柄を立てるべくホームを出ようとしていたのだが、それは後ろでワナワナと怒りを燃やす主神によって止められた。
何故主神……ヘスティアがこんなに怒っているのかベルにはまったく分からない。
怒られるようなことをした覚えなど当然無く、朝食に嫌いな食材を入れた覚えもない。
だからこうも怒るヘスティアに対し、ベルは純粋に首傾げながら問いかける。
「いったい何でそんなに怒ってるんですか? 朝からそんな感じでは疲れちゃいますよ」
本当に分からないといった様子のベルを見て、ヘスティアは堪えられなくなり爆発するかのように怒っている理由をぶちまけた。
「僕はあれだけ目立つなって言ったよ! 君のステータスはとことん異常なんだから目立つと厄介事になるって。だというのに君はぁああああああああああああ!!」
言葉の端から伝わる怒気にベルは何なんだと本当に分かっていない。
これほど言われても察しない。空気を読めない……否、空気を読まないベルにヘスティアは怒りで顔を真っ赤にしているのに脱力感を感じてその場でしゃがんでしまう。
「君は本当に分かってないんだね………。はぁ、もう、君って奴は………」
その姿は哀愁すら感じさせる程に可哀想であった。
そんなヘスティアは愚痴を漏らすかのように説明し始めた。
「ここ最近この街である噂が流れてるんだよ。僕はバイト先で人気者だからね。そういう情報もよく入ってくるんだ。で、その内容が………『数日前の夜、とある酒場の前の通りで喧嘩があった。相手はなんとレベル5の狼人。対するのは白い髪に紅い目をした見たこともない男の子。誰もがその狼人が勝つと思っていたはずなのに、喧嘩が始まってみたら……なんと勝ったのは白髪の男の子の方だった。その子は身の丈ほどある大太刀を背に掛け、それ以外の武装は一切無かったらしい。そしてその子は持っていた大太刀を狼人に投げつけると、それを囮にして狼人に急接近し、そして地面に倒したあとには大太刀の鞘で一方的に殴り続けたとか………』それって明らかに君のことだよねぇ、ベル君!!」
脱力しながら怒りの籠もった目で睨み付けるという難しいことをやってのけるヘスティア。
そんなヘスティアに言われたことを少し考え、そして思い当たったものがあったようでベルはやっとわかったといった様子で答えた。
「あぁ、そんなことですか。たかがあの程度で噂になるとは………この街は案外暇な人が多いんでしょうか?」
いつも忙しない様子を見せる街の住民に対し、結構失礼な事を考えるベル。
別に暇人が多いわけではなく、ベルがしたことがそれだけ大事だということを言いたいヘスティアとしてはその感想はおかしいだろと突っ込みを入れる。
「そんなわけないだろ! 君がしたことが明らかに異常だっていうことを少しは自覚してくれよ!」
突っ込まれたベルはそれこそおかしいだろと言わんばかりにジト目でヘスティアを見た。
「自覚しろと言われてもなぁ。相手は酒に酔った間抜けで、関節を押さえれば動けなくなることは当然で、あんなのでもレベル5だというのなら拍子抜けもいいところだと言いたいくらいでしたよ」
寧ろこっちが文句たらたらだと言いたいベル。
そんなベルにヘスティアは今も痛む頭が更に痛むのを感じた。
「いったい君の常識はどうなっているんだ………」
「酷いなぁ、神様。僕は常識でものを言っているんですよ。非常識なのは師匠のことを言うんです」
そう言って語るベル。
その内容は彼の師である『島津 豊久』との修行の数々。その頭のぶっ飛んだ内容と常識外れの独特な価値観はヘスティアの頭痛を更に痛くした。
薩摩の兵子はその生き様からして常人とは違うのだ。それはたとえ神とて理解不能である。
これ以上頭が痛むのはごめんだと、ヘスティアは珍しく主神としてベルに命じた。
「これは主神命令だ。今日はダンジョンに行かず、僕と一緒に怪物祭(モンスターフィリア)を回ること。いいね、絶対だよ!」
主神からの命令というのはファミリアにおいて最重要なものであり絶対のものである。
そう命じられたのなら、それが如何に危険なものであろうとも団員は絶対に従わなければならない。
たとえそれに強制力が無かろうと、ファミリアの根幹である主神の命令は遵守しなければならないのだ。
なので本来であればベルはそれに従わなければならないのだが、この男はその命令を毛ほどの気にも思わなかった。
聞く気などなく無視すればいい。とはいえ、目の前で涙目になりながら必死になっている主神に対し、そこまで大人げない行動を取るのもどうかと思い直した。
何よりも今日はいつも以上にしつこい。これ以上しつこいと更に面倒臭いことになりそうだと判断したベルは仕方ないと軽く溜息を吐いた。
何、ダンジョンは逃げない。手柄は焦るものではない。
それに………たまにはこの主神の我儘に付き合うのも良いかと思ったのだ。
どうにも彼女は自分の所為で色々と気苦労しているようだしと。だからといってベルが自分の行動を自粛する気などサラサラないが。
「…………わかりましたよ。たまには神様に付き合うのもいいでしょう」
そう答えたベルを見て、ヘスティアは心が躍った。
決してベルとデート出来るからではない。
(これで今日は胃痛に悩まされずに済む! そして……ベル君にちゃんとした『常識』を教えるんだ。これ以上僕の体がおかしくなる前に!)
だが、そう思っているヘスティアは……まさかそれ以上に酷い目に遭うなど、この時は考えもしなかった。
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第8話 ベルの怪物祭(前)
『怪物祭』
それはオラリオに於いてビックイベントの一つである。
その祭の主催者は神ガネーシャであり、彼の神のファミリアによってこの祭は運営される。
メインイベントは大広間にある闘技場にて行われるダンジョンから連れてきたモンスターの調教である。このイベントのためにガネーシャ・ファミリアの団員達は危険を承知でダンジョンにいるモンスターを捕縛し倒さずに生け捕りにするのだ。その際に当然被害も出るが、それでも彼らはそれを乗り越えて頑張る。ファミリアの威信もあるし、何より『衆生の主』を標榜する主神の意を叶えるために。
まぁ、単純にオラリオ住民が楽しみにしているからこそ頑張ろうという気になれる、というだけのことなのだが。
この祭に続くようにメインストリートにはとてつもない数の屋台が建ち並び、この祭はよりその規模を大きくした。
そうしてなったのが今現在の『怪物祭』。オラリオでも有数の一大イベントだ。
と、そんなことを立ち並ぶ屋台から買った食べ物を頬張りつつベルに説明するヘスティア。
彼女の顔はここ最近では見ないくらい明るく可愛らしい無邪気な笑顔を浮かべていた。
この祭に初めて他の者と一緒にこれたことが嬉しいのだろう。そしてベルのお陰でバイト代を貯金などに回せることになり、その余裕で出来たお小遣いをこうして使えるのが楽しいのだろう。
見た目の歳そのままに無邪気に祭を楽しむヘスティア。そんな彼女を周りにいる男共は見入ってしまう。
いつもはマスコットのような扱いを受けるヘスティアだが、それでも見た目は美少女なのだ。そんな彼女が可憐な笑顔を浮かべていればそれはもう魅力的だ。
そんな男達の視線に気付いていないのか、ヘスティアはベルに身を寄せながら笑う。
端から見たら美少女に心底惚れられている男とのデートに見えるだろう。
そうなれば当然回りの男達……特に恋人などがいない独り身の男達は幸せを感じているであろう美少女のお相手に嫉妬と憎悪の視線を向ける。
そんな負の視線が集中する中、ベルはというと…………。
「そうなんですか」
実に素っ気なく返す。
周りの視線など気にすることもなく、そして祭に興味があるわけでもない。
日頃からどうにもストレスをためがちな主神の我儘に付き合っているというのが今のベルの感想である。
賑やかなのは嫌いではないのだが、どうにも楽しいと思えない。
本音で言えばダンジョンでもっと手柄を立てたい。あれこそが最高の興奮だろう。
それを知ってしまったからなのか、どうにもこの祭を楽しめずにベルはいた。
「ベル君、こんな賑やかなお祭にそんなつまらなさそうな顔はあんまりよくないぜ」
はしゃぎながらそう笑いかけるヘスティアに対し、ベルは何とも言えない顔で答える。
「そう言われてもなぁ。何というか、あんまり面白くないんですよね。屋台の食べ物は美味しいんですけど、なんかこう……イマイチ盛り上がらないというか」
「歳の割に冷めすぎじゃないか? まったく、もっと騒いではしゃいでみたらいいのに。君はこう、もっと子供らしくしてみたらどうだい?」
如何にも冷めているベルをヘスティアはジト目で睨みながら文句を垂れる。
彼女言いたいことも分からなくはないのだが、そう言われたところでどうしようもない。
「やっぱりダンジョンに潜っていた方が良かったかも。もっと手柄を立てれば立てるほど楽しいんだけどなぁ」
そうぼやくベルにヘスティアは深い溜息を吐く。かなり呆れ返っているようだ。
「ベル君、普通の冒険者はちゃんと休憩日を入れるものだよ。だというのに君はまったく休まず暇さえあればダンジョンダンジョン……。君のことを世間では脳筋だとか仕事中毒者とか言うんだよ。もう少しは心に余裕をもったらどうだい」
明らかに異常者を見る目でベルを見るヘスティア。家族として子供がおかしいのはやはり心配なのだろう。
そして内心ではベルをこんなふうにしてしまったであろう彼の師『島津 豊久』に怒りを燃やす。どんな育て方をすればこうなるんだ、と。
そんなヘスティアの心配など気付かないベルは周りをざっと見渡す。
あるのは皆の楽しそうな笑顔。確かにヘスティアの言う通り、祭りを楽しめないのは無粋なのだろう。
だが、そう言われたところでどうしようもなくベルの心は沸き立たない。
島津の兵子は平穏は嫌いではない。だが、その真価は戦場でこそ発揮される。
つまりはそういうこと。ベルがもっともベルとして楽しいと思えるのは戦場であり、つまり彼はもう立派な島津兵子なのである。
覚えている範囲だが、豊久はそうだった
平穏な時間は良く昼寝をしていたりちょっとした稽古を付けていたり何かを食べていたり。笑いもするし楽しんでもいた。
だが、師が一番楽しそうに、子供のように目を輝かせていたのは『手柄を立てられる戦場』だ。
命のやり取り、ギリギリの刹那………まぁ、圧倒的だったのでそんな事にはならなかったが、それでも敵の首を取った師匠は実に嬉しそうだった。
そしてそれはベルも同じ。同じようになりたいと目指し、そして近づいていく。
それは師のようになりたいという情景。そこへと近づくための研磨。そこに行き着くための編纂。
それらにより、ベルの価値観はぐるりと変わり今に至る。
だから彼はこの祭りが楽しめない。悪くはない。ただ、イマイチ盛り上がらない。そんな感じだ。
そんな事を思いながらベルは、ジト目で睨みつけるヘスティアにこう返すのだった。
「まぁ、それなりには楽しんでますよ……たぶん」
その言葉が全くではないが、それでも嘘だと分かるヘスティアは溜息を吐いた。
そんなわけで絶賛暇を持て余し中のベルであったが、そんな彼に思いもよらない珍客が現れた。
「ん、そこにいるのはあの時喧嘩で相手をボコボコにした白髪頭じゃニャいか!?」
往来でそんなでかい声を出しながらベル達に駆けてきたのは、以前騒ぎを起こした『豊穣の女主人』で見かけたキャットピープルの女性だった。
服装もシルと同じウェイトレスの服装なので、もしかしたら今は仕事中なのかも知れない。
そんな彼女が一体何の用だろうと思いながら向き合うと、彼女は若干興奮気味にベルに話しかけた。
「これをあのおっちょこちょいに渡して欲しいニャ」
そう言われて渡されたのはがま口財布。
そして主語が抜けた話など当然理解出来ず、ベルとヘスティアは首を傾げてしまう。
そんな二人を見て、そんな説明しか出来ない同僚に呆れつつもう一人の女性が声を出した。
「アーニャ、それでは説明不足です。クラネルさんが困ってしまいます」
静かにそう指摘したのはエルフの少女だ。
あのウェイトレスの服を着ているが、シルとは違いこちらは美しいの一言に尽きる。
綺麗な薄緑の髪に青い碧眼、そして人形のように整っている顔立ちは素晴らしい。エルフは美男美女が多いというのも納得がいく美しさである。
そんな女性が自分の名前を言ったことでベルは少しばかり驚いた。
「どうして僕の名前を…………」
その声が聞こえたようで、彼女はベルに軽く会釈をしながら答えた。
「私はリューと申します。シルの同僚で彼女はいつもクラネルさんの事ばかり話しているので、それで。シルはクラネルさんに夢中ですよ」
その理由で納得するベル。シルの同僚ならベルの事を知っていてもおかしくはない。
だが、その話題に待ったをかける者がいた。
「ちょっと待った。なんだ、ベル君? つまり君はどこぞの女の子を夢中にさせるくらいのことをしでかしたのかい?」
そう言ったのはヘスティアである。
彼女の知る限り、ベルという少年はトラブルメーカーだ。そんな少年に夢中になる人というのがどういう人物なのか気になったのだろう。
それも彼女たちの服装から見て相手は女の子。そしてリューの口ぶりからして夢中なのは面白がってではない。恋する女性のあれこれといった方面だろう。
だからこそ突っ込む。見た目はともかく中身は破天荒で主神を蔑にする少年のどこに惚れているのかなどを。
その質問にベルは何でそんなことになっているのかまったく分からない。
そんなベルを見てリューは少しでも同僚でもあり大切な友人のシルに有利に働きかけるように特に表情には出ないが恥ずかしいことをさらりと言った。
「そうですね。シルが言うのは『優しく誠実で思いやりがあって、見た目は可愛いのに芯がしっかりと通っていて言うべきことははっきりと言う。格好いい男の子で見ていていつもドキドキしてしまう』だそうです。良かったですね、クラネルさん」
普通に聞いたら赤面物の告白にヘスティアは絶句する。
どうにも彼女が知っているベルとは少し違うようだ。
「ベル君、随分と僕とは違うじゃないか。僕はそこまで優しくされた覚えもない、寧ろ毎回蔑にされていると思うんだけど」
「気のせいじゃないですか? 僕はちゃんと神様の事を見てますよ。それに稼ぎはちゃんと神様に渡してるじゃないですか、蔑には扱ってません」
「むぅ~、そういうところが………はぁ。初めて会ったときのときめきを返してくれ……」
ヘスティアの文句にベルはしれっと答える。
シルとの違いは暇があればホームでダラダラしているあたりだろう。それを言わないのは言う気が無いからだ。
ベルのそんな対応を見てリューは少しだけ驚くが、本来の目的を忘れてはいけないと彼女は話題を戻した。
「それで話というのは、シルの事なんです」
「シルさんの事?」
財布とシルについてというヒントが出たところでそれまで黙っていたアーニャが一気に発表する。
「つまり怪物祭を見に行ったシルが忘れていった財布を届けて欲しいのニャ」
「と、いうわけです」
それを聞いてやっと事の本題を理解したベルとヘスティア。
その後は言わなくても分かるだろう。財布を忘れたシルに財布を届けて欲しい。自分達は仕事で無理なのでそれをベルに頼む。これはそういう話だ。
「別にいいですよ」
その答えは直ぐに出た。
知り合いが困っているのなら助けてあげたい。それも女性なら尚更。
それが今の『祖父の教え』に沿っているベルの答え。
実に紳士的なその対応にリューとアーニャの二人は快く頷いた。
「では、よろしくお願いします」
「そのままディナーに誘ってもいいニャ。何ならその後押し倒しても…」
「昼間からナニを言っているんですか、まったく」
「痛っ!? じょ、冗談ニャ、冗談! リューは冗談が通用しないから困るニャ」
そう言いながら彼女達はベル達と別れて行った。
その背中を見送りながらベルはヘスティアに話しかける。
「そういうわけでシルさんを探すのを手伝ってもらえませんか?」
「はぁ、まったく君は………でも、確かにこんなお祭りに財布を忘れるなんて可哀想だしね。仕方ないか……お祭りを楽しみつつ探すとしようか」
そうして二人は再び人混みの中へと入っていく。
その目的にシルを探すということが加えられ、紳士的なベルは少しばかりやる気が出てきた。
そして探すこと少し。
未だに姿を見せないシルにヘスティアは少しばかり諦めムードだ。何せ今日はオラリオ中から人が集まっているのだ。人混みの量も凄まじく、ここから個人を探すのはそれこそ砂漠の中にある一粒の宝石を探すのに等しい。
だがベルは諦めずに探す。知り合いでしかも世話になっている女の子が困っているのだ。助けたいと思うのは当たり前なのだからと。
これがいつも前提にあるんだったら気弱だけど優しい優男になるのになぁ……とヘスティアは考えてしまう。彼女が知っているのは『好戦的な薩摩兵子』のベルだから。
そんなことを考えながら歩いていると、前方から何やら悲鳴のような物が聞こえてきた。
それに身構えてしまうのは仕方の無いことかも知れない。
そして次に出た悲鳴によって周りは混乱状態に陥ってしまう。
「モンスターだぁああああああああああああああああああああああああっ!?」
その叫びと共にはじけ飛ぶ屋台。
周りにいた人達はそれを見て混乱しパニックを起こしながら少しでも離れようと必死で逃げ始める。
「な、何だって!?」
モンスターを見たことがないヘスティアも当然困惑する。
見たことはない。でも、今現在普通の人間と大差ない肉体能力しかない存在である自分達にとってモンスターが如何に危険な存在なのかは嫌でも良くわかる。
だから当然ヘスティアは決める。
「ベル君、逃げよう!」
当然の答え。判断に間違いはない。
それは人が減ってきたことで見えるモンスターの姿を見れば分かること。1体ではない。見た限りでも4体。しかもその後ろで巻き上げられている砂煙から見て更にもう何体もいることだろう。
それらが一斉にこちらに向かって突進してきてるのだ。まるで何かに引き寄せられるかのように。
だが、逃げようとしてベルの手を掴もうとしたヘスティアはベルの顔を見て固まってしまう。
「べ、ベル………くん?」
彼の顔に怯えなど一切ない。
そこにあったのは危なくギラギラと輝く瞳とニヤリとつり上がる口元。
身から噴き出すのは毎度おなじみ頭の狂ったとした言い様がない殺気と覇気。
ベルは前方からこちらに向かってくるモンスター達を見ながら実に楽しそうに言う。
「牡鹿、大猿、豚巨人、大猪。小物無し、群れ無し、際物無し………実に良い! 手柄だ……見たこともない物ばかり。つまりは滅多に見ない大手柄だ!!」
先程までいた『紳士』はもういない。
ヘスティアの目の前にいるのは知っている『アレ』だ。
戦狂いの狂人。師の教えによってそうなった化け物。
ベルは背に差している大太刀を引き抜くとそれを肩に添えて構える。
どんな日、どのような場所でも絶対に離さない、しかし扱いは乱暴で存外なそれは『こういうとき』の為に振るわれる。
「さぁ、せっかくの祭りだ! 僕の為に、その首………置いてけっ!!!!」
『ぞんッ!!!!!!』
そして電光石火の如き速さでもってモンスター達に向かって突進した。
この後ヘスティアは改めて知る。
自分の眷属がどれだけ規格外なのかということを………。
ヘスティアはヒロインじゃない! 被害者だ!!
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第9話 ベルの怪物祭(中)
もっとこれらしいと思ったらアドバイスとかよろしくお願いします。
あぁ、リアルが急がし過ぎる………。
ベルが殺す気満々でモンスター達に向かって突っ込む数時間前……とある場所にてある会合があった。
それは祭りの喧噪につつまれたメインストリートにある喫茶店、その一角のテラスにて行われた。本来なら賑わっているはずなのに、その場所だけ周りから隔絶されたかのように静かな空気を醸し出している。
そこにいるのは二人の神。
一人は天界にて絶世の美を誇る女神『フレイヤ』。
そしてもう一人は男装がよく似合う細目をしたイタズラが大好きな神『ロキ』。
このオラリオにとトップの実力を誇るファミリアの主神達だ。その二人がこうして向き合っているというのは、それだけでただならぬ雰囲気が溢れ出す。
互いに護衛として控えているのは自分のファミリアの眷属。
フレイヤの側に控えているのは猛々しくも雄々しい存在感を出しつつも寡黙な男。『猛者(おうじゃ)』の二つ名を持つこのオラリオにて唯一のレベル7の最強の存在『オッタル』。
対するロキの側にいるのは美しい金髪をした綺麗な少女。ロキ・ファミリアの大幹部にして『剣姫』の二つ名を持つレベル5のアイズ・ヴァレンシュタイン。
護衛にしては明らかに過剰戦力とも取れる面々だが、当人達は戦意などないとしているように静かにしている。
当然そんな面々が集まれば沈黙するだけでも尋常じゃない気まずさが流れ、それにより注文を取りに来た店員は戸惑いを隠せずにいた。
そんな店員に注文をしつつ、ロキは早速フレイヤに話しかける。
「来てそうそう何やけど……一体何やらかす気や?」
最初から本題を問いかけるロキ。その顔はいつものおふざけの時とは違い、目がしっかりと見開かれている。その顔からアイズはロキが真面目に話をしていることが分かった。
そんなロキに対し、フレイヤは軽く微笑む。
「一体なんの事かしら?」
「とぼけるな、あほぉ。急に祭に顔出すわ情報収集に余念がないわ………今度は何企んどる?」
前回の神の宴にて、ここ最近来ていなかったフレイヤが来たこと。
そして何かについて色々と聞き回っていたらしいということがロキは周りの男神達の様子から察していた。
それらは普通に考えれば何らおかしくはない。だが、このフレイヤに於いてはおかしいのだ。何がおかしいかははっきりとはしない。だが、滅多にそんなことをしない彼女がそういうことをするというのは……何かしら碌でもないことの予兆としか思えない。
だからこそ、ロキはフレイヤを警戒するのだ。
そんなロキにフレイヤは苦笑しながら心外だと言う。それだけのことでもこの女神は美しい。
お互いに顔を向き合わせたままほんの僅かな沈黙。
しかし、答えは直ぐに出た。
「男……か」
ロキは予想通りの答えだと微笑むフレイヤを見ながら確信した。
この女神は神々に於いてかなりの問題児だ。その美しさに幾人もの男神が誑し込まれたのもあるが、そこはまぁ問題ない。それより問題なのは、この女神は気に入った子(男)を自分の物にしようとすることだ。それが他のファミリアの子であっても権力や力、魅惑などを使って自分のファミリアに入れてしまう。
だからファミリアを持つ神々の中でフレイヤの評判はあまりよくないのだ。
当たり前だ。誰だって自分の子を強引に攫われて気分が良いわけないのだから。
「大方どこぞのファミリアの子でも気に入ったってところやろ? 本当に毎回毎回飽きもせずに……男癖の悪さは変わらないのぉ」
ロキの言葉にフレイヤは魅力的な笑みで答える。
そんなフレイヤにロキは呆れながらも問いかける。
「んで、どんな奴や、今回お前さんに見初められた哀れな子は」
その言葉に心外だわと答えつつもフレイヤは思い浮かべながら口にする。
「そうね………とても凄い魂をした子……表面はとても無垢で真っ白なのに、その奥底にはギラギラとした凄まじい輝きを放ってる。それも無色の輝きを……それは神ですら持っていない、初めて見る魂の輝きをした子よ」
気になる相手を語る度に胸のときめきを感じて頬を染めるフレイヤ。
そんなフレイヤの表情を見てロキはぐえっと思った。そこまで想われている辺り、その子とやらは相当酷い目に遭うことが約束されているようなものだ。その子が可哀想だとは思いつつも、それが自分の所の子でないことにホッとする。まぁ、その時は遊び抜きの戦争になるだけだが。
「見つけたのは本当に偶然。たまたま視界に入っただけ………」
外の光景をちらりと見てそこでフレイヤの言葉が止まる。
そして彼女は身に纏っていた黒いローブを改めて掛け直しながら席から立ち上がった。
彼女の目は先程までの穏やかなものとは少し違い、気になる物を見た好奇心旺盛な猫のような目になっている。どうやら外で何かを見つけたようだ。
「ごめんなさい。 急用ができたわ」
「はぁっ!? ちょ、いきなり」
「また会いましょう」
そう言いフレイヤはオッタルを連れて店から出て行った。
そんなフレイヤの後ろ姿を見ながらロキは文句を愚痴る。
「何や、いきなり」
そう愚痴りつつも仕方ないと思い直し、ロキはアイズと祭を楽しむために店を出た。
そんな会合の後、フレイヤはある場所へと来た。
そこは薄暗い舞台裏。本来は世話居なく人達が出入りしている所だが、それは彼女の魅了によって皆魅入られ沈黙している。
そこに来たのはある事を思いついたから。彼女からしたらちょとしたイタズラである。
フレイヤはその舞台裏に置かれている鉄格子で固められた巨大な籠の鍵を開けながらその中身に話しかける。
「あの子の魂の輝きをもっと見せて」
その命に従い、その中身………モンスター達は大暴れをし始めた。
「さぁ、貴方が大好きなものが来るわよ。だからもっと魅せて頂戴」
そう言いフレイヤは闇へと消えていった。
そんな裏で何かしらの策謀があったのだが、この男にそんな物は関係ない。
殺気全開のギラギラした輝きに満ちた目で目先にいる獲物に向かって彼は突進する。
「「「「「ガァアアアアアアアアアアアッ!!」」」」」
咆吼を上げながらベル目掛けて襲いかかるモンスター達。
その先頭にいる剣のような角を持つ鹿型のモンスター『ソードスタッグ』がベルを串刺しにしようとするが、それを見たベルはニヤリと笑う。
「まずはひとぉっつ!!」
構えた大太刀からの上段による一撃。
その一撃はソードスタッグの角とかち合い火花を散らす。
一瞬だけ均衡……その勝敗はベルの笑みによってはっきりする。
ぶつかり合った刃と角は一瞬だけ止まるが、その後刃が角を砕きながら前へと進む。そしてその先にあるソードスタッグの顔面を斜めに斬り捨てた。
頭蓋から脳まで綺麗に斬り飛ばされた頭部は地面に落ちるとグチャリと嫌悪感を催す音を立てた。
そんな事など気にも止めずに、ベルは死体が灰となって霧散する先にいる真っ白い毛をした大きな猿に向かって嬉々とした表情で叫ぶ。
「次ィ、大猿ッ!!」
振り下ろした大太刀を手元に引きつつベルは駆ける。
攻撃をした後の隙だと思ったのか、大猿『シルバーバック』はベルに拳を握り殴りかかった。
拳は素早くベルはまだ大太刀を手元に戻してはいない。このまま行けばベルの体は防御すら取れずに叩き潰される。
普通なら恐怖に身を竦めるであろう場面……しかし、薩摩兵子にとっては寧ろ好都合。
「甘いッ!! ラァッ!」
ベルは止まらず更に加速しシルバーバックの懐まで飛び込み、そのまま飛び膝をシルバーバックの顔面に叩き込む。
「ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?!?」
顔面に思いっきりめり込む膝。それが僅かに離れ、そこから出たのは鼻が潰れ血を溢れさせるシルバーバックの顔。あまりの激痛に声にならない叫びが上がる。
激痛による僅かな仰け反り……それを逃す間抜けなどいない。
「はは、ふたぁっつ!!」
そのまま大太刀は振るわれ、真っ赤な鮮血が飛び散ると共に身体から落ちるシルバーバックの首。
落ちる首の毛を掴み、ベルはそれを灰になって消えるまで嬉々とした顔で片手に持ちながら更に戦う。
「豚巨人ッ!!」
シルバーバックの首を振り回しつつベルは更にこちらに向かってくるオークに狙いを定めた。サイズはミノタウロスと同じ大型だが、ミノタウロスに比べると速くない。
そんな相手にベルが不覚を取るわけが無く…………。
「遅い、鈍間ぁッ!!」
一気に間合いを詰めて左からの横一閃。
オークは攻撃する間もなく上半身と下半身を分離させられた。
「みぃっつぅぅぅっっぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっぅ!!」
ベルの歓喜の雄叫びが轟く中、更にモンスターはベルへと向かって襲いかかる。
その様子を端から見たら凄いの一言に尽きるだろう。基本、この街の住人は冒険者と深く関わりを持つが、実際に戦う冒険者を見る機会はそう多くない。
だからこうして目の前で襲いかかるモンスターを圧倒する光景は彼等にとってまさに英雄のように映った。
とはいえ危険なことに変わりはなく、皆逃げることを忘れない………見入ってしまっている者を除けば。
その見入ってしまっている者は周りの逃げる人達に運悪くぶつかり………モンスターが走るであろう場所へと飛び出してしまった。
そしてそこへと走ってくるのは大きな猪型のモンスター『バトルボア』。
「ひっ!?!?」
彼女は目の前から迫り来る死の恐怖に声が飛び出しかける。
悲鳴を上げる暇すらない。声が、呼吸が満足に出来ない。分かるのは目の前に迫るそれが自分を殺すと言うこと。冒険者ですらない自分は絶対に死ぬと本能で分かる。
だから彼女はただ目を見開くことしか出来なかった。
そんな彼女の目は………それを捉えた。
自分の視界の後ろから飛び出してきたであろう『白色』を。
「はッはー!! よっつぅぅぅっぅぅぅぅぅぅっぅぅぅぅっぅぅッ!!!!」
彼女よりも前に駆け抜けたベルは、バトルボアの突進を真っ向から迎撃する。
真上上段からの振り下ろし………唐竹割り。
刃はバトルボアの頭に叩き込まれ、そのまま突進の勢いのままに大太刀を振るうベル。
その結果は見事な二枚おろし。
まさに真っ二つにされたバトルボアは彼女にぶつかる前にその身を灰へと変えて消滅する。
そんな彼女にベルは振り返る。
「やっと見つけましたよ、シルさん」
目こそギラギラと輝いているが、そこに居るのは少しだけ『紳士』なベルだった。
ベルの怖いけど頼もしい笑みを見て、彼女………シルは安心して泣きそうになってしまう。
「べ、ベルさん…………」
そんなシルにベルは渡された財布を渡しながら彼女の手をぎゅっと握る。
「あ…………」
そんな声がシルの口から漏れた。彼女はベルの手の暖かみをしっかりと感じ、心が温かくなるのを感じる。
「今度は忘れないでくださいね」
ベルはシルに財布をなくさないようにという思いを込めながら渡すと、彼女に背を向けた。
「まだ危ないから避難してください。僕は…………まだ首を取りたいから」
そう言ってベルは周りの反応からモンスターが暴れているであろう方向へと向かって駆けだした。
その後ろ姿を見つめながらシルは頬を紅くしながらベルの後ろ姿を見つめていた。
「ベルさん…………格好いい………」
明らかに恋する乙女の顔をしているシル。彼女にはベルが窮地を助けてくれた王子様に見えるのだろう。事実、助けられたのだから。
そんなシルを見ながら彼女は心底疲れた様子で声を出す。
「僕は君をミアハの所で診てもらうべきなのか、それとも僕が診てもらうべきか……心底悩むよ、本当」
そう彼女…ヘスティアは真面目に真剣に悩んだ。
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第10話 ベルの怪物祭(後)
シルに無事財布を届けたベルであったが、もうそのことに胸を撫で下ろすような気持ちは皆無であった。
彼はとても興奮していた。これが性的であったのならまだ年頃の男として可愛げがあっただろう。
だが、残念な事に彼の目の前にあるのは艶やかな美女でも美少女でもない。あるのは人間よりも大きな身体を持つモンスター。
勿論特殊な性癖などない。彼が興奮している理由はただ一つ。
『手柄』を立てられるから。
祭りの最中突如としてモンスターが現れ暴れ始めた。それを倒せば確かに手柄だろう。それも明らかに強い物なら尚更その手柄は大きな物となる。
つまりより近づく……彼が目指す『英雄』へと。
それに興奮しない理由などない。相手が強ければ強いほど、それは手柄になるわけなのだから、この『功名餓鬼』足る『薩摩兵子』のベルが興奮しないわけがない。
「はっはははははッ!! 手柄だ、大手柄が取り放題だ!」
殺気全開のギラギラと輝く瞳で実に楽しそうに笑いながら大太刀を振るう。
その一太刀一太刀が必殺であり、モンスターが暴れている現場に駆けつけると共に一瞬にしてその首を刈り取る。
その姿はまさに戦狂い。普通なら皆が忌避するものだが吊り橋効果なのか何なのやら、人々にはそのおかしく恐怖するはずの姿がまさに『英雄』に見えた。
だからベルがモンスターを倒す度に喝采が上がるが、彼はそれに応えない。
無視しているというよりも聞こえていないのだ。彼が今夢中になっているのはこの手柄取りだけだ。
だからベルは新たな手柄を求めて走り出す。
「最初は特に興味ない祭だったけど、こういうのなら大歓迎だ! これぞまさに本当の『怪物祭』、まさに僕好みのお祭りだね」
洒落にならない洒落を一人口にしてクスリと笑うと、ベルはモンスターがいるであろう喧噪を本能的な何かで感じ取りそちらへと向かう。
彼は人を助ける為に行くのではない。
『手柄』を立てるために行くのだ。その姿はまさに『薩摩兵子』であった。
ベルのお陰?でギルドの役員は特に忙しいということはなかった。
モンスターが暴れ出したことに関し詳細な情報はまったくないのだが、その暴れ出したモンスターを地上に持ち込んだのはガネーシャ・ファミリア。だからなのか、彼等はその情報を受け次第即座にギルドに緊急依頼を頼んだ。
通常、こういう場合はファミリアの威信もあって自分達だけで解決するものだが、それをこのファミリアの主神が許さなかった。
自分達のプライドよりも民衆の安全を第一に。それが『民衆の主』を自他共に主張する主神の意向。
それに応じファミリアの団員はプライドもへったくれもなくギルドに依頼をしたのだ。それに応えギルドも周りに居る冒険者にこの依頼を受けてもらおうとするのだが…………………事態はそれを既に過ぎていた。
モンスターが暴れ被害が出るのだが、それに冒険者が向かう前に既に討伐されてしまっているのだ。誰がやったのかなどの情報を集めると出てくるのは決まって同じ人物。
『白い髪に身の丈ほどある大きな太刀を振るう人間の男の子』
その人物は現場に現れては一撃でモンスターを倒し、颯爽と去って行くという。
その人物のお陰で被害は殆ど無い。だから皆有り難がっていたのだが、ギルドとしては何とも言えない気持ちになった。
何せせっかくの依頼が無駄になったのだから。いや、勿論民衆の無事が一番大事なのだからその者には感謝をすべきなのだが。
しかし、だからと言って『正体不明者』に感謝をするというのも微妙なわけで………ギルドとしてはこの事態に対し、どう対応してよいのか少し困っていた。
ただし、この『正体不明者』に心当たりがある局員………『エイナ・チュール』は顔を真っ青にして頭を押さえながら唸ってしまう。
(も、もしかしてこれ………ベル君なの!? で、でも他の人の可能性もなくは………ないわね。絶対にない。真っ白い髪をして身の丈ほどある大太刀を持ってる人間の男の子の冒険者なんてベル君くらいしかいないもの。あぁ、なんで危ないことしてるのよ、君は…………)
薩摩兵子たるベルを知らない彼女は彼のその強さの一旦を聞いても不安しかなかった。
ギルドが対応に困りベルが暴れ回っている時、アイズ・ヴァレンシュタインもまた窮地に追いやられていた。
彼女は自分の所のファミリアの主神ととある会合に付き添った後、ファミリアの仲間であるティオナ、ティオネ、レフィーヤの3人と合流し祭りを回ることになった。
女性らしく服屋で服を見て試着したりしてみたり、祭りらしく屋台お出店の物を買って一緒に笑い合いながら舌鼓を打ったりと、実に年相応に楽しんでいた。
そんな彼女達であったが、突如として目の前で問題が発生する。
広場付近を歩いていると、突如として地震が起きた。
それは短く揺れるだけに終わったが、終わると共に広場にて巨大な何かが出現したのだ。
当然それが何なのかを確かめるべくアイズ達は広場へと駆けつける。
現場に現れたのは蛇のような巨大な黄緑色のモンスターだ。どうやら地面から現れたらしく、広場の石畳を盛大に飛び散らせながらその身をくねらせていた。
「何、アレ!?」
「見たことがないモンスターです!?」
ティオナとレフィーヤの反応から分かる通り、目の前にいるモンスターは今まで見たことがないものだった。
そんな未知な相手に対して当然恐怖を感じる面々ではあるが、彼女達は冒険者である。戦う状況になったのならば戸惑いはしない。
今回は完全にオフで祭りに来ていたので当然武器などは持ち込んでいない。
しかし、それでもレベル5の膂力というのは一線を越す。その力は素手であってもレベル3相当のモンスターであっても瞬殺する。
だから大抵の、それこそ怪物祭に連れてこられるようなモンスターならば彼女達の敵ではない。
だが……………。
「いった~ッ!?」
「何なのよ、この堅さは!」
近接戦闘が強いアマゾネスのティオナとティオネの二人の拳をあろうことかこのモンスターは受けても無傷だった。それどころか殴った二人が逆に拳を痛める始末。
逆にモンスターはその長い身体を振り回してアイズ達に襲いかかった。
それに翻弄されつつもモンスターに対抗する術を考える二人。そんな二人が時間を稼いでいる間にレフィーヤが魔法の詠唱を始める。
物理攻撃に強いことは分かったが、魔法への防御力があるのかは分からない。だからこその攻撃であり、高威力の魔法ならば只ではすまないはずである。
決まればかなり効果が出るかもしれない攻撃に対し、モンスターもそのままではすまさなかった。
どういう理屈かは分からないが、魔力の高ぶりを感じモンスターはレフィーヤを攻撃したのだ。それもその大きな身を使わずに………地面から飛び出してきた触手のようなもので。
腹部を貫かれたようで吐血して倒れるレフィーヤ。そんな彼女を見てアイズ達は怒りを燃やす。
それに呼応してなのか、このモンスターは真の姿を現した。
地面から多量に生え出す触手、そして顎を開くかのように中央に無数の牙がある毒々しい極彩色の咲いた花……ここで初めてこのモンスターが植物型であることが判明した。
そしてそれまで以上の猛攻を始めるモンスター。
当然ティオナ達は攻撃するが、素手ではダメージを与えられない。
更にここでアイズが使っていた細身剣が砕けた。彼女の本来の武器は只今整備に出しており、その代わりに渡されたのがこの剣だ。業物ではあるのだが、当然彼女本来の武器である『デスペレート』に比べれば劣る。
そして言っては何だが武器の使い方が粗雑なアイズでは強引に使い続ければ………この通り、見事に砕けるわけだ。
結果、武器を失ったアイズを含め決め手に欠ける状態になった。
そんな中、祭の崩れた屋台の中で逃げ遅れた親子を見つけたアイズ。
このままでは巻き込まれてしまうと判断した彼女はその親子の前に飛び出すと、自分が唯一が持つ風の魔法を発動させる。
このモンスターは魔力に反応するので、当然アイズに向けて攻撃が集中してしまう。
しかし、攻撃は全て魔法によって発動した風の障壁によって弾かれる。普通に考えれば親子の近くにいるということは彼等を危険に晒すに他ならないのだが、今下手に親子に動かれてはその方が危険になる可能性がある。だからアイズが集中して攻撃を受けることで親子に攻撃が行かないようにするのは間違いではない。
とはいえ当然これではモンスターは倒せない。アイズは防御一辺倒で動けず、ティオナとティオネでは攻撃力が乏しい、そしてレフィーヤは行動不能である。
だからこそ、彼女達は追いやられていた。
ジリ貧であり、このまま行けばどちらが先に力尽きるのかなどはっきりしている。
どうしよう………。
そんな心が彼女達を締め付ける。
そんなとき、丁度良いと言うべきかどうなのかはわからないが…………『アレ』が来た。
この場では場違いと言わざる得ない程に目を輝かせ、実に楽しそうに危険な笑みを浮かべて。
その姿を最初に見たのはレフィーヤだった。
彼女は薄れかける意識の中、それを見て思った。
(あれ、この人…………あの時の………)
彼女は『アレ』を見た覚えがあった。それもここ最近に。
彼女の視線が『アレ』を追いかけていると、『アレ』はアイズの元まで駆け、手にした大太刀を刀身が見えなくなるほどの速度で振り抜きアイズに攻撃する触手を一太刀で全部斬り捨てた。
「え………?」
攻撃が止んだ事と目の前に現れた『アレ』を見てアイズはそんな声を出してしまう。
この場にいることが意外に思ったのか、可愛らしい声であった。
そんな声を聞いたからなのか、『アレ』はアイズに話しかけてきた。
「こんにちは、アイズさん。急で申し訳ないんですが、あれはモンスターですよね? 初めて見るモンスター……しかもアイズさんでも手こずるぐらい強いということは………かなりの高レベルモンスターですよね」
いきなりそう言われ、それまであった窮地とは場違いな雰囲気にアイズはポカンとしてしまった。
それに何よりも、『アレ』があまりにも楽しそうに笑っているものだから、それが逆におかしくて答えるのに遅れてしまう。
「た、たぶんレベル4ぐらいだと思うよ………ベル」
『アレ』………ベルはアイズにそう言われ関心する。実に興味深そうに、それでいてより楽しそうに。
「そっか………つまり類を見ない程のレアモンスターっていうことかぁ………物珍しい、それでいて強い………まさに本日の大将首だ! 大手柄だ!!」
そこから出たのは殺気全開の瞳。ギラギラと怪しく輝き、相手を殺すことに心底興奮と楽しみを感じている、そんな狂った顔だ。
そんなイカれた笑みを浮かべるベルにアイズはついつい見入ってしまう。
何故だか目が離せない。ずっと見続けていたいとすら思った。
それぐらいベルは………無邪気だった。邪なものだらけなのに、何故か純粋。それが今のベルを表していた。
アイズが今まで見たこともないその感情に彼女は見入ってしまう。
「しかし、草を相手にするのは初めてだけど………首はどこなんだろう? 草に首なんてないし。でも口っぽいところが花にあるわけだし、そうなると顔が花? ならその下は首ってことになるのかな? ねぇ、アイズさんはどう思う?」
そう問われ、アイズはどう答えて良いのか困ってしまう。
この場でそんなことを聞かれても、どう答えて良いのか分からない。そんな事など気にしたこともないのだ。
なのにベルはそれが気になって仕方ない様子。だからアイズは思った事をとりあえず言った。
「たぶん、そうじゃないかな。口があるならその下には首があると思う」
「そっか」
その答えを聞いてベルはアイズに微笑んだ。答えを得たのが嬉しかったのだろう。
その笑みを見てアイズの胸がトクンと高鳴った。何でとは思わなかった。ただ、その高鳴りが心地よいと、そう思えた。
紅くなっているアイズの顔を見ずにベルはモンスターへと向き合う。
「本日一番の大手柄だ! ならばその首置いてけ! なぁ、祭りの締めにその首置いてけッ!!」
モンスターを指さしながらそう言うと、ベルは大太刀を構えながら突進する。
その速さはかなり速く、アイズでも気を抜くと追いつかないくらいに速い。
当然モンスターもベルを迎え撃つべく触手による攻撃を仕掛ける。
まっすぐに進む触手はベルを打ち倒さんと殺到するが、ベルはそれを紙一重で避ける。
走ったままの速度は一切緩めず、僅かな体裁きだけで触手を避け、掠ろうとも止まらない。頬が裂けて血が滴ったところでベルはその笑みを崩さない。
寧ろより加速しているまでもある。
そして一気に飛び上がりモンスターの顔………花の近くまで行くと吠えた。
「その首、もらったぁあああああああああああああああああああああッッッッ!!」
そのまま豪快に一閃。
大太刀が振り切れベルが地面に着地すると共に、その花はボトリと落ちた。
そして灰になるモンスター。残ったのは満足げに笑うベルだけ。
「怪物祭がこういうのだったら、毎日でも参加したいなぁ」
そう言うとベルはそのまま普通に、それこそ何事も無かったかのようにその場から去ってしまった。
その後ろ姿を見てアイズは思ってしまう。
(どうして君はそんなに………強いの?)
そんな疑問を高鳴る胸を手で押さえながらアイズはベルに問いかける。答えが返ってこないことを分かっていながら。
ただ、姿が消えるまでずっと目が離せなかった。
こうして怪物祭は終わりを迎えた。
今回被害は最小限で済み、祭りは何だかんだと成功を収めた。
そして街に更に新たな噂を呼んだ。
『今回のモンスターを倒したのは…………』
その噂を聞きヘスティアと共に、新たにエイナの心労が酷くなったのは言うまでもない。
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第11話 ベルはステータスをバラす
怪物祭を言葉の通りに楽しんだベル。
本来の意味からかけ離れ、モンスターを『狩る』ことに彼は実に楽しそうであった。
そんなベルだが、当然と言うべきかいつもとまったく変わらない様子。祭が終わればいつも通りというものだが、彼の場合はいつもがそんな感じだ。
だから自分が如何に『常識外れ』の事をしたのかなど考えるはずもない。
何せ彼がしたことはまさにいつもの通り……『手柄を立てた』だけなのだから。
誉れである、誇って良いことである。だが、慢心してはならない。つまりは『正常』。
ベルにとって当たり前の事であり前提。当然のことなのである。
だが………本人がそうでも周りはまったくそうではない。
今回の騒動に当然目撃者は多く、ここ最近はその話題で持ちきりだ。
その内容は様々だが、決まってあるものが出てくる。
『身の丈と同じほどの大太刀を持ち、新雪のような真っ白な髪をした人間の少年』
彼の人物が必ず主人公として出てくる。
つまりは同一人物。そしてそれは更に少し前の噂話とも繋がりを見せる。
『ロキ・ファミリアのレベル5、凶狼を一方的に打ち倒した人間の少年』
どちらも同じ髪の色、同じ身の丈ほどある大太刀持ち。
ここまでくれば今回の騒動の人物も分かるだろう、同じ人物だとわかるのだから。
そして皆納得も出来る。
『あのベート・ローガを倒せる程の者ならそれも出来て当然かもしれないと』
正体が気になり調べる者も出てくるが、何故かまったく判明しない。
あれだけの強者なら、嫌でも名前が出てくるのに。あれだけ強いのだ、さぞ『高レベルな冒険者』に違いないと。
だから分からない。まさか彼の人物が冒険者になって一ヶ月くらいしか経っていない『新人』であるなど誰が予想できようか? 出来るわけがない。このレベル至上主義になっているオラリオの冒険者事情において彼の者は例外なのだから。
故にいくら噂が広まろうと彼は見つからない。例えその特徴が合致しようとも、あまりの見た目の『ひょろさ』に彼が噂の人物だとは信じられない。
だからこの街は噂が駆け巡ろうとも変わらず、そして彼もまったく気にせずいつも通りに過ごす。
ただし………その正体を知っている、もしくはちゃんと正しく気付いた者にとっては別であった。
「さぁ、どういうことなのか説明してもらうわよ、ベルくん!」
目の前ので仁王立ちしながら笑顔を向けるエイナ。その笑顔は美人なので美しく綺麗なのだが、その目はまったく笑っていない。それが更に怒りを表しているようで、その身から溢れる怒気は冒険者でない彼女であっても凄まじいものであった。
そんな彼女を前にベルはギルドの個室にて正座をしながら困った顔をしていた。何せベルは何故こうなったのかをよく分かっていないからだ。
(なんでこんなことになってるんだろう?)
事の始まりは唐突に……というのがベルの主観であった。
今日も今日とて手柄取りにダンジョンに潜ろうとしていたとき、たまたまエイナの姿を見かけたので挨拶をしようと思い寄った。別に何でもない世間話だ。
だというのにエイナはそうではなかったようで、ベルの姿を見るなり驚きで顔をこわばらせ、笑いかけるベルの手を掴むと先程言った通りのまったく目が笑っていない笑顔をベルに向けて話しかけてきた。
「ベル君……ちょ~~~~~~っとお話、いいかなぁ?」
彼女の身に纏う怒気に何かやらかしたかと思いながらベルは仕方なくついて行き、そうして現在の状況となった。
「いや、急に説明と言われても困るんですけど」
話がまったく見えないベルはそう答え、そこでエイナは改めて本題を口にする。
「前回の時もアレだったけど……今回の怪物祭、君はまた盛大にやらかしたらしいじゃない」
「やらかした?」
きょとんとした顔で首を傾げるベル。
端から見たら可愛らしいその様子にエイナは頬を赤くしてしまうが、見とれている場合じゃないと軽く首を振ってベルを見据える。
「そう、今回のお祭りの時に逃げ出したモンスターを倒して回ってたみたいじゃない。本来ならまだ君が戦うはずじゃない中層のモンスターなのに!」
エイナが怒っているのはベルの身を案じてのことだ。
彼女からすればベルはまだまだ駆け出しのレベル1の冒険者。いくら強いといってもあくまでもレベル1の範囲であり、駆け出しにありがちな増長こそないもののいつそうなるか分からない、目が離せない少年である。
彼女としては、まだ上層でしばらく経験を積んでから徐々に下の階層へと行ってもらいたいというのが本音であり、『冒険者は冒険しない』を守ってもらいたい。
だが、ベルは者の見事にその願いをぶち破り、危険だというのに見事に戦ってくれたわけである。当然彼女としては怒って当然であった。
そのことにまだ気付いていないベルは言われたことに対し、実に無邪気に楽しそうに笑う。
「はい、結構楽しかったですよ。物珍しいモンスターが一杯で、良い手柄になりました!」
反省の色無し。
その反応から如何に危険な真似をしたかなどまったく分かっていない。寧ろ清々しいまでの笑顔にエイナの顔に青筋が浮かび上がる。
それでもまだだ。まだ怒ってはいけないと、彼女は弟に接する優しい姉のように堪えつつベルに話しかけた。
「いや、そうじゃないでしょ。君はまだレベル1なんだから、そんな危ないことはしちゃ駄目って言ったじゃない。『冒険者は冒険しちゃ駄目だ』って」
「それは無理ですよ。だって目の前に手柄があるんですよ? だったら手柄を取らなくちゃ駄目じゃないですか。チャンスは活かさなきゃ駄目になります。その一瞬にこそ全力を賭けてこそ『薩摩兵子』です。だって僕は『功名餓鬼』ですから」
堂々とそう答えるベル。
その答えを聞いてエイナは堪えきれなくなり………ついに噴火した。
「べ~~~~~~るぅ~~~~~~~~くぅ~~~~~~んぅ~~~~~~~!!」
顔を真っ赤にしてキスが出来るくらい顔を近づけるエイナ。
綺麗な女性がそんなに近づけばドキッとするものだが、今の状況に色気はない。
「今日という今日はいい加減に観念しなさい! 今まではあまり言わないでいるつもりだったけど、流石にこれは目立ちすぎ! いくら君が強いといってもレベル1の範囲、それに喧嘩の時は相手が酔っていたからラッキーパンチだと思って飲み込んだけど……今回ので流石にそれも無理! このままじゃ君のレベル虚偽を報告しなくちゃいけなくなる。そうなったら君、ダンジョンに行くのを禁止されちゃうよ! それでもいいの!!」
捲し立てるように言うエイナ。
怒りまくっているエイナにベルはこの事態がどういうものなのかをやっと理解したらしく、どうしたものかと困ってしまう。
(つまりエイナさんが怒ってることは、『僕がレベル不相応に目立ってしまった事』にあるみたいだ。う~~~ん、流石に今ダンジョン禁止は困るなぁ。まだまだ手柄を立ててないし)
イマイチ理解し切れていないベル。そこに自分の身の安全というものは存在しない。
エイナはそここそが一番に心配しているというのに、その部分がまったくないベルにはその想いが通じていない。それは彼に叩き込まれた『薩摩兵子』の心得故であり、どうしようもないことである。
この事態にベルはどうするべきかと考える。
エイナが疑っているのはレベルの虚偽。それに対し嘘をついていないとは言い切れない。何せ報告はレベル1だが、実際は『薩摩兵子』なのだから。
レベル差どころかレベルですらない。レベル差の虚偽ならまだ分かるが、前例がないであろうこの意味不明なものをどう報告せよというのか?
このまま怒られていても切りがないし、何よりエイナが怒っているのは単純に怖い。
背中にあるステータスを見せるのが手っ取り早いのだが、それを勝手にするとヘスティアがうるさそうな気がすると、そんな気がして踏み留まるベル。
本来、冒険者にとってステータスとは秘匿するものだ。それは同じファミリアの団員でさえ同じ。それは個人の情報そのものであり、弱点を晒すものである。故に最重要情報であり秘匿なのだ。
だが、この男はそんなことはまったく思っていない。
元からステータスなど当てにしていない。見られたところで困りもしない。寧ろ見たければ見ろと堂々と背中を晒したって問題ない。
彼にとってステータスというのはその程度の意味合いでしかないのだ。
だから今この場で服を脱いでエイナに見せても良いとは思う。そもそも見られてやましいものでもない。
だが、ここであることに気付いた。
そう、見られたところでエイナが理解出来るかということだ。勿論彼女を馬鹿にしているというわけではない。
ステータスは『神聖文字』で書かれている。それはこの地に住まう者達の言語ではなく神々の言語だ。つまり普通には読めない。読めるのは神々か余程頭が良くこの言語を勉強した者くらいだろう。
どのみち一般人には読めないのである。勿論ベルも読めない。
つまりこの場で仮にステータスを見せたところで理解出来ないのである。
だから見せても意味が無い。そして引っかかったヘスティアの事を考え、ベルはもっとも良いと思う最適解を出した。
「わかりました。ステータスを見せれば納得して怒りも納めてもらえると思いますので、今から神様連れてきます」
「え? ちょっと、ベル君!?」
その答えにそれまで怒ったりベルを心底心配していたりしたエイナは驚き、慌ててベルを止めようとするがベルは止まらない。
ベルはエイナの制止の声など聞かずにズンズンと早足で歩いて行きギルドを出るとホームへと走って行った。
「で、僕をここに連れてきた、と」
「はい。これが一番手っ取り早いですから」
「す、すみません、まさかこんなことになるとは思っていなかったので………」
ベルがギルドを出てから少し時間が経ち、ギルドの出入り口前で待っていたエイナが見たのは………こちらに向かって突っ走るベルと手を引っ張られているヘスティアだった。しかも走る速度が速い所為かヘスティアの足は地についておらず、空中でぶんぶんと定まらずに暴れていた。
そんな二人が到着し、内容が内容なのでギルドの個室にエイナは二人を案内する。
その間にヘスティアは何故連れてこられたのかをエイナに聞きたそうだったが、何となくエイナから発せられる雰囲気を感じて黙ることにした。
そう、何となくだがヘスティアは感じ取ったのだ………目の前にいる『同族』を。
そうして個室に付き、エイナがベルに言ったことやその答えとしてベルの行動を説明されヘスティアは深い溜息を吐いた。
(ベル君がホームに駆け込んで来た時から何となくだけど嫌な予感はしてたからなぁ………)
予感が的中してげんなりするヘスティア。だが、想定していたことなので今更驚きはしない。寧ろあれだけ派手に暴れ回ったのだ、目立たない方がおかしい。
だからヘスティアはこの状況を素直に受け止めた。
どちらにしろ近々説明しなければならないと思っていたので、この状況は丁度良い。
そう思い直すと彼女はエイナに話しかけた。
「君はベル君の担当アドバイザーだったよね」
「はい、そうです!」
「なら丁度いいかな。勿論の事だけど、このことは君と僕との秘密だ。もし漏らしたらその時は『神の力』を使ってでも君を」
「別に漏れたら漏れたでいいじゃないですか。見られて困るようなものでもないし」
「ベル君は静かに!」
ヘスティアの言葉を遮ったベルは珍しく怒られ、ヘスティアは改めてエイナに話しかける。
「これから見せるステータスははっきり言って異常だ。そして見れば納得する。どうして僕がベル君をレベル1で申請するよう言ったのかを。どうしてベル君がこうもおかしいのかを」
その言葉と共に彼女はベルを横に寝かせてステータスの更新を行う。
ここ最近やっていなかったので更におかしなことになっていないか不安に思いつつ彼女は更新を行い、そしてその内容を羊皮紙へと翻訳し転写した。
その際にヘスティアはずっと目を瞑っていた。ベルの身体を見て恥ずかしいとか、そんな乙女チックなものではない。ただ、怖くてみたくないだけである。
そしてエイナの前に出すと共に目を見開き一緒にベルのステータスを見た。
「さぁ、これがベル君のステータスだ」
ベル・クラネル 種族 ヒューマン
レベル 薩摩兵子
基本アビリティ
「力」 SSS12989
「耐久」SS9780
「器用」I15
「敏捷」SSS17980
「魔力」I13
発展スキル
『武者働きEX』『対異常EX』
スキル 『薩摩魂』
手柄(敵を殺す)を立てる度にステータスが上昇。経験値(エクセリア)にさらに上乗せされ、互いに引き上げより成長する。
死を常に考え、それに恐怖しない。故に自己防衛本能が薄くなる。その分より攻撃能力が上昇する。
効果は死ぬまでずっと続く。
『えのころ飯』
食料にすると意識して倒したモンスターは死んでも肉体が残り、それを食べると体力回復、精神力回復、肉体治癒の効果を発揮。毒があろうとこのスキルの前では無効化される。
味はスキル使用者の能力による。
『常在戦場』
常に肉体を戦闘に最適化させる。どのような状態であろうと戦場で最高のパフォーマンスを発揮する。戦意が高揚すればするほど戦闘力が高まる。己を戦場において特化させる。
「……………………はぁ?」
「何というか、やっぱりというか予想以上にアレだ言うべきか………もう何があっても驚かないよ、僕は」
ベルのステータスを見て驚きのあまり固まるエイナ。そんなエイナにヘスティアは達観した目を向ける。
ベルはステータスを見たところで興味がないので気にしていなかった。
「と、いうわけでアドバイザー君。こういうわけだから、もう突っ込まないでくれ。分かってることは彼がおかしすぎるってことだけだから」
そうヘスティアはエイナに言うと、彼女はエイナの肩をポンと叩く。
その衝撃でヘスティアの方に顔を向けるエイナ。そんなエイナにヘスティアは同族を見る哀れみと仲間が増えたことへの喜びが籠もった眼差しを向けながら話しかけた。
「知ったからには逃さないよ。さぁ、二人で胃を痛めようじゃないか」
その言葉はエイナにとって処刑鎌を振り下ろされたように感じた。
こうしてエイナにもステータスは知れ、ベルの秘密は漏れないことになった。
ただ、エイナは乾いた笑いがとまらなくなっていた。
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第12話 ベルは女の子を助ける
そしてベルは変わらずに島津ぅっっっっっっっっっっっっ!!
エイナにステータスをバラしたことで晴れて無罪を勝ち取ったベル。元から異常なステータスを公開しただけでこれから先も問題なく行動できるのならそれに越したことはない。
それが例え相手が放心状態になろうとも、ベルはまったく気にしない。
ヘスティアとしては共犯者を仕立てるとともに少しでも精神的負担を減らせるということで喜ばしいようだ。まぁ、秘密を共有し共に振り回されることに負担が振り分けられるなんていうことはないのだが………それでも精神的にはマシらしい。
そんなわけで改めて冒険者として活動を出来るようになったベル。
本来あるべき未来なら、ここでベルを心配したエイナが彼を誘って一緒に防具を買いに行くという青春真っ盛りなデートイベントを行っていたはずである。
しかし、残念ながら………この男にそれは不要。
紳士的なのが通常だが、防具が必要なことに紳士的な所は一切必要なく、そういうものが必要な場面では得てして彼は『薩摩兵子』。一撃に全てを込め、死ぬときはさぱっと死ぬ。その信念を持っている彼に防具など不要であり、またステータスで見て分かる通りベルの「耐久」はSS9780、既にぶっ飛んだ数字であり並大抵の攻撃では特に効果はないだろう。
つまり防具要らず。本人も不要だと思っているし、ステータスでもそれを証明している。
そう見せられてはエイナも防具が必要だとは言えず、甘いデートなどというものは発生しない。彼女はただ、それでも無理はしないようにと言う以外何も言えなかった。
さて、そんなベルが今日も殺る気満々でダンジョンに行き、かなり手柄を立てたことに満足することはないが、それでもまぁまぁ充実した手柄を立ててそれなりのヴァリスを稼いで喜びながらホームへと帰る途中で裏路地を歩いていたら…………。
「ぎゃうッ!?」
曲がり角から飛び出してきた人がぶつかってしまった。
結構は速さで走っていたのだろう。ベルにぶつかった人はまるで壁にぶつかったかのように
地面にうずくまってしまった。顔面を強打したのか顔を両手で押さえながら実に痛そうに呻いている。
「大丈夫ですか?」
ぶつかられたのはベルだが、ダメージを負ったのはぶつかった人。だからというわけではないが、普通目の前で痛そうに唸っている人がいるのなら心配するのは当たり前のことである。
ベルはそう声を掛けながらぶつかった人を改めて見ることに。
小さな身体は子共のように見えるがその身に纏う雰囲気は子共というのは少しばかり違和感を感じる。その違和感は過去にも感じたことがあり、それがロキ・ファミリアの団長と会話をしたときだと思い出したベルは目の前の少女の種族を口にした。
「小人族?」
小人族は亜人の一つであり、その特徴はある一定の歳になってから一切外見的な歳を取らないこと。そのため小人族は皆小柄な子共のような外見をしている。その中身は歳それぞれであり、十代の子供に見えるロキ・ファミリアの団長は実年齢40代である。
そんな小人族であるが、こうして身近で見るのは初めてかも知れないと少しだけ思うベル。
目の前にいるのは女の子だ。ぼさぼさとした栗色の髪をしていて呻いてはいるが甘そうな声をしている。顔を押さえているので美人かは分からないが、総じて可愛らしいということが何となく感じられる。
そんな彼女を心配して手を差しだそうとしたが、そこで別の方向から叫び声が飛んできた。
「追いついたぞ、テメェッ!!」
その声の方向を向くと、そこにいたのは長剣を振りかぶりながらこちらに向かって駆けてくる男。その顔は怒りに染まっていて殺気に溢れている。
「この糞小人族がぁ! もう逃がさねぇ!!」
どうやら側で呻いている小人族の女の子に用があるらしい。それも明らかに物騒な用が。
男はベルが目に入っていないのか、ベルを気にせずに女の子に一気に駆け寄って手に持っている長剣を振り下ろそうとする。
が、目の前でそんな凶行が行われようとしているのを『紳士』が見逃すはずがなく、ベルはその剣が女の子に触れる前にその持ち手を掴んで止めた。
振り下ろした剣を途中で止められ男はやっとベルの方へと殺気に塗れた顔を向けた。
「んなっ!? 何なんだテメェ!! そいつの仲間か!」
「いや、初対面ですけど」
しれっと答えるベルに男は苛立ちを露わにしつつベルに警戒しながら問いかける。
「じゃぁなんで庇う?」
「目の前で凶行が行われそうなときに止めない理由がどこにありますか? それに………女子供の首は恥だ。恥知らずをしようとする馬鹿を止める理由にそれ以上の理由などないですよ」
ベルの答えを聞き馬鹿にされていると判断した男は怒りをより燃やし、その凶刃の矛先をベルにも向けることを決めたようだ。
「まずテメェからぶっ殺す!」
殺気を込めて掴まれている手を振り解き、そして目の前にいる巫山戯た事を抜かすガキをぶった切ってやろうと、そうしようと男はした。
だが、現実は思う通りにはいかない。
「っ!? う、動かない、放せ!!」
男の手は一切動かない………何故ならベルが掴んでいるから。
まるでその場所だけ固定されてしまったかのように一切動かないその手。振り払うどころか身体の方が逆に痛めてしまいそうだ。
そんな風に掴んでいたベルは顔を変えた。
先程までは紳士だった。社交的で女性に優しい紳士だった。だが、己に殺気と刃を向けてくる者がいるならそれは別だ。
そこから現れるのはみんなお馴染み殺気に満ちた瞳をギラギラと怪しく輝かせ、ニヤリと口元に笑みを浮かべる『薩摩兵子』。
ベルは目の前にいる男を『対象』と認定し話しかける。
「向けたな、刃を向けたな? なら貴方は僕の敵だ、敵なら手柄だ。なら………首置いてけ! なぁ、その首置いてけ!!」
「「!?!?」」
まるで急に人が変わったかのように周りからは見えるのだろう。ベルの急変に男も、足下辺りでベルと男の様子を見ている女の子も驚いた。
そんな周りにベルは気付かない、いや気にしない。この男はそういう空気なぞ読まない。
あるのはただ、敵対者の首を取ることだけ。
当然男はその変わり様と殺気にビビった。自分も殺気立っていたが、目の前のガキはその比ではないと。自分の首に刃がめり込んでいるような、そんな絶体絶命状態を幻視するくらい、男はベルに恐怖した。
だが、ここで引くわけにはいかないとベルに噛み付く。
「巫山戯んなッ!! こんなところでビビってられるかってんだ! このガキ、ぶっ殺してやるッ! んでもって次は糞小人、テメェだ! ぶっ殺すだけじゃすまさなねぇ! ガキだろうと容赦なく嬲って…………」
ベルに向かってそう吠える男。未だに手は一切動かないがこの場でそう吠える事が出来る辺り、気概はあるのだろうだが、怒りの方向を小人族の女の子に向けたのは間違いだ。それも明らかに過剰なまでに女性に生理的嫌悪を持たせる罵詈雑言を吐く辺りが。
その様子にベルは我慢が出来なかったのだろう………目の前にいるのが手柄ではなくなってしまったから。
『ビキッッッッッッッッッッッッ!!』
そんな音が男の中に響き渡った。
そして襲いかかる激痛に男は叫び声を上げる。それは獣の咆吼のようだが、負け犬の遠吠えのようにも聞こえた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!?!?!?」
「吠えるな」
叫ぶ男にベルは静かに、しかしはっきりとどっしりとした声音で言う。それは絶対強者の声だ。その声を聞いてそれまで叫んでいた男は声が出なくなる。それこそ今の激痛の比ではない、確実に殺されるであろうという予感を感じ取ったからこそ、肉体が本能的に声を止めた。本人の意思は関係ないようで、男は何故声が出なくなったのかを混乱しながらベルに目を向ける目が離せなくなる。その一点のみを見ろと身体が男の視点を固定した。
何故男が叫んだのか? 答えは一つ…………長剣を持っていた男の腕がおかしな方向へと折れ曲がり、掴んでいた長剣を地面に手放していたから。
関節でもない部分から力なくくたりと垂れ下がる手。その曲がった部分は真っ青に腫れ上がり、手としての機能を完全に失っていた。
何故そうなったのか? 決まっている、ベルが男の持ち手の掴んだ部分を『握り潰した』からだ。握力を一気にかけ、肉も骨も一気に握った。その結果がこれである。相手も冒険者であるというのにこれはもう、ベルが異常と言う他ない。
そんな風に相手の腕を潰したベルはというと……若干悲しそうな顔をしていた。
手柄ではなくなってしまった男は首を取っても意味がない。だからベルは殺気を込めつまらなさそうに、歯がゆさを感じてそれでいて苛立つように男に告げる。
「やっぱり貴方の首などいらない。その首に価値などない。命だけ置いてけ!」
そして背に差している大太刀へとゆっくりと手を伸ばす。
それが男には死刑執行へと差し迫る時間に感じられた。怖くて逃げ出したくてしょうがない。でも、それが肉体に通わない。意思は逃げ出したいと思っているのに、肉体はもう死ぬことに絶望しきって一切の抵抗を辞めている。その所為で呼吸すら満足できなくなり男の顔は真っ青になっていた。
その手が大太刀の柄に触れるその時、また別の方から声がかかった。
「そこまでです」
静かな空間に響いたのは美しい声。
その声の方に顔を向けると、そこには見知った人物が立っていた。
見覚えのあるウェイトレスの服装、綺麗な薄緑の髪に青い碧眼をした美女。特徴的な尖った耳をしているのはエルフである証拠。彼女はベルが良く行く『豊穣の女主人』の従業員である『リュー』だ。
どうやら買い出しの途中らしく、両腕で紙袋を抱えていた。
彼女がそう告げた相手はベルのようで、ベルに向かって話しかける。
「私はやり過ぎてしまう性分ですが、クラネルさんも同じようですね。あまりやり過ぎてはいけない」
そう言われ、それまで殺気を出していたベルはそれを納めてリューにいつもの笑顔を向けた。
「こんばんは、リューさん。買い出しですか?」
その場では少しばかり場違いな声だが、リューはそれに動じることなく普通に返す。
「えぇ、そうです。その帰りに裏路地を通ったら何やら凄まじい殺気がするので何事かと思い来たらこうなっていたと」
「それは申し訳ないです。まだ仕事中なのに」
「少し時間に余裕があるから大丈夫ですよ。それよりも………こんな往来で物騒なことですね。何があったのですか?」
そう聞かれベルはそれまであったことをリューに言うと、リューは深い溜息を吐いてベルを見つめた。
「クラネルさん、それ以上は駄目です。それ以上すればシルが悲しんでしまいます。それに私も悲しい。クラネルさんは凄く強い。それはその佇まい、その身に纏う雰囲気から分かります。だからこそ、このような雑魚相手に些事で手を汚すような事はしないで欲しい」
リューは正義心が溢れる女性であった。だからこそ、悪は許せない。
人の命に手を掛けることは良いことではない。だが、それを悪を断ずることは決して出来ない。何故なら………。
『過去にそれをした自分が言えた道理ではない』
彼女はそう考える。
だからこそ、自分の友人の『大切な人』が手を汚すような事などさせたくない。例えその身が既に『自分以上に血に塗れて』いようとも。
悲しさを感じさせるその声に、ベルはリューに向かって笑いかける。
「そう言われてしまったら無理ですね。シルさんを悲しませたくないし、それに………リューさんも悲しんで欲しくない」
「クラネルさん………」
そうリューに告げると掴んでいた手を放す。
腕を放された男はやっと金縛りが解け、止まっていた呼吸が戻り急激な酸素に噎せ返る。そして急いでその場から逃げた。少しでも止まったら自分の命が消えると確信しているからこそ、今まで止まっていた分を取り戻すかのように。
必死な形相で逃げる男の後ろ姿を見送るベルとリュー。もう危険が去ったと判断し、ベルは小人族の少女に話しかけようとしたが、その姿はもうなかった。
それを見てどこかに行ったのだろうと判断すると、ベルはリューに話しかける。
「そうだ、よかったら今から『豊穣の女主人』に行こうと思ってるんですが、行っても大丈夫ですか?」
完全に紳士に戻ったベルに対し、リューは内心ホッとする。
彼女は今まで修羅場を幾度となく潜ってきた。そんな彼女でさえ、ベルの戦う時の姿というのは恐ろしいのだ。その在り方に畏怖し、その感性に忌避を覚え、その性質に正気を疑う。さっき見ただけなのにそう感じた。
それだけベルは『濃い』のだ。戦うことに特化していると言ってもよい。
それは彼女が最も嫌うものでもあった。それはぱっと見悪にしか見えない。だが、それが悪だというにはあまりにも尊い。神聖にすら思える程に純度が高いのだ。
それにそれはベルの片面でしかない。いつものベルはもっと紳士的で優しい好青年だ。
それを踏まえてリューはベルを嫌いにはなれない。親友の想い人だと言うことを考えれば尚更に。
何よりも自分自身、ベルのことは気に入っている。何故だと言われると分からないが。
だから彼女はベルに少しだけ微笑みつつこう答えた。
「えぇ、大丈夫です。シルが毎日クラネルさんに会いたいと愚痴を漏らしていましたから」
そう聞いてベルはリューに笑い返しながらその場を去って行った。
尚、約束した通りこの後ベルは『豊穣の女主人』に行き、そこでシルと楽しく会話をしながら夕飯を取った。
「あの強さ、背中に差した大太刀………噂のあの人かもしれない。ならきっと凄いお宝を持ってるに違いありませんね。あれだけ強いですから、きっとレアアイテムや業物なんかを持ってるはず……………」
闇夜の中、一人の少女がそう悪知恵を働かせる。
それが………それが己の身を滅ぼしかねないということを分からずに………。
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第13話 ベルはサポーターを雇う。
彼女はこれから行う行動に対し、内心は冷や汗が噴き出していた。
いつもの彼女ならまず取らないであろう行為。リスクとリターンを天秤にかけ、必ず安全策をとっていた彼女にとってまずあり得ない暴挙。
明らかにいつもの自分とは違う矛盾に苛立ちが収まらなくなるのを堪える。
本来ならこんな危ない橋は絶対に渡らない。
だが彼女は最近焦っていた。これまでのように行動していては間に合わないと。
最近自分のことを嗅ぎ回っている人達がいることに気付いた。それが同じファミリアの人間であることも。そして隠れてその者達のことを見て確信した。
あぁ、こいつらは自分の金を奪おうとしていると。
どこで自分がそれなりの金を集めていることを知ったのかは知らない。
だが、連中の卑しいニヤケ面ともう金を手に入れたかのように愉快げに話す様子を見て確信した。
だからこそ急がなくてはならない。
実に不本意ながら、自分ではどう足掻いても彼等には敵わないことは分かっている。身体能力では勝ち目など絶対にない。だが、悪知恵ならば負けはしないと彼女は考える。
連中がこちらの金を奪う前に、こちらが持つ金を別の場所に移さなければならない。その為にはまた別に金がかかるのだ。金を隠す為に金がかかるというのは何という皮肉かと思うが、それでも自分の持つ全財産を奪われるよりは断然マシだ。
そのためにも金が急務であり、より稼ぐには『お宝』を持っているであろう冒険者から奪うのが一番だ。
そういった事を考え、最近噂に名高い『彼』に目を付けたのだ。
噂は眉唾な物もあるが、彼がどうであれ強いというのは皆の噂の中心になっているのだ。二つ名も出てこない不気味な人物ではあるが、それだけ強いのには『ナニカ』あるんじゃないかと疑うのは当然であった。それがどのようなものであれお宝なのならば途轍もない価値が付くはずだと彼女は踏んだ。
だからこそ、彼女はこうして賭けにでたのだ。自分の未来のために…………。
その日もベルはいつも通りであった。
ダンジョンで手柄を立てるべく、いつもと同じ『冒険者としては常識外に他ならない』格好で緊張のきの字もなく、まるで散歩に出かけるかのように軽快に歩く。
命がいつ消えてもおかしくない場所にこれから向かうにしてはあまりにも落ち着きすぎでいるだろう。普通の冒険者ならこうもリラックスしてはいない。それもソロなら尚更気を引き締めているはずだ。
だがベルはそんなことにはならない。
死ぬかもしれないことは当たり前だからこそ、それを普通に考え受け入れている。潔いのではない。それが普通だというだけ。いつ死んでもおかしくないのが普通。その精神はまさに異常という他ない。
だが………だからこそ、ベルはベルなのだ。戦に手柄を求める功名餓鬼とは、戦で死ぬことすら厭わぬ薩摩兵子とは、そういうものだから。
だから彼に気負いというものは皆無。その心はいつもと変わらず『常在戦場』である。戦うことが常日頃当たり前……まさに戦狂いに他ならない。
手柄を立てることが楽しみで仕方ない様子は子共のようで可愛らしさすら感じさせる。端から見たらそのように見えるが、まさか考えていることが物騒極まりない事を誰が知ることができようか。
知らぬが幸せという他ないベルの思考に振り回される二人の女性の頭痛と胃痛など知らぬベルは実に楽しそうだ。
そんなベルに向かって声が掛けられた。
「おにーさん……そこのおにーさん!」
それは耳に心地よい幼い声。まるで幼子が年上の男を兄と慕うかのような、そんな声。
それがベルに向けられているとは本人は思わなかったのかもしくは聞こえていないのか、ベルは止まらずに歩き続ける。
止まらないベルにその声の主は焦ったのか、より大きな声でベルを呼んだ。
「お~に~い~さ~ん~! そこの白い髪のおにーさん!!」
自身の特徴である白髪を言われ、どうやら自分の事を呼んでいるとやっと理解したベルは声がした方へと顔を向けた。
その方向にいたのは小さな女の子。その小さな身体にはあまりにも似合わないほどの大きなバックパックを背負っていた。
「初めまして、おにーさん」
まるで砂糖みたいな甘い声でベルに話しかける少女。そんな少女を見てベルはあっと内心思った。見覚えがあるのだ………それもごく最近……正確には昨夜に。
だからベルは普通に話しかける。
「あぁ、昨日の子か。あれから大丈夫だった?」
普通の対応。そんな対応に対し、少女は何もしらないといった様子で首を傾げた。
「何を言ってるんですか? リリは初めておにーさんと会ったんですよ? 混乱してるんですか? そんなことよりおにーさん、今の状況は簡単ですよ。 冒険者さんのお零れに預かりたい貧乏なサポーターが、自分を売り込みに来ているんです」
自身のことをそう語る少女。どうやら彼女は『サポーター』らしい。
サポーターというのは冒険者をサポートする存在で有り、魔石やドロップアイテムなどの収集を手伝ったり荷物持ちをするのが主な仕事である。基本冒険者に向かない者や、ファミリアの下の団員がやったりしている。冒険者と違い職としての認識は低い。
彼女の言葉の通り自分を売り込みに来たらしい。
そんな彼女を見てベルはやはりと思った。その存在感が少しおかしいと。
何故分かるのかなど言われても言葉では説明しづらい。勘としか言い様がないが、それでもベルは自分が感じ取ったものを信じた。
そしてもう一度確認する。
「いや、そうじゃなくて……やっぱり君、昨日の小人族の女の子だよね?」
ベルのその問いかけに少女は不思議そうに首を傾げた。
「小人族? リリは獣人、犬人なんですが?」
そう答えると少女はそれまで被っていたフードを外した。
そこから出てきたのはぼさぼさとした栗色の髪と、そしてその髪が覆う頭にちょこんと生えた犬の耳。それにだめ押しだと言わんばかりに彼女の尻辺りで尻尾がふりふりと揺れた。
確かに見覚えのある少女ではあるが、種族が違えば流石に別人だろう。
そう誰もが思うのが当たり前である。
ここで本来の道筋を辿るはずだったベルなら、その少女の犬耳を確認のために触り、その所為で少女が幼い見た目に反し艶やかな喘ぎ声を出すという思春期の男には多少刺激が強いイベントが起こるのだが……………。
この男に限ってそれは絶対にない。
この男はそんなことに興味など示さない。
この男は人を見た目で判断しない。例え種族が違うとしても、そこで彼は人を見ない。
ベルはそう答える少女の顔にそっと両手を添える。
「え? えぇ!?」
一気に近づいたベルの顔と顔に添えられた両手の感触に少女は困惑すると共に顔が熱くなるのを感じた。これまでの人生色々あった彼女ではあるが、流石に同じくらいの年頃の異性の顔がここまで近くにあるのは初めてであり、それ故に年相応に混乱したのだ。
そんな彼女のドキドキとした思春期らしい困惑などまったく気付かないベルは彼女の顔………正確には彼女の見開かれた目をじっと見つめる。
全てを見抜くかのように真摯に、それでいて絶対に逃さないというような鷹のような目をして。
その時間がどの程度であったのか彼女にはわからない。見つめられている間はまるで時間が止まったように感じられて、一時間にも二時間にも感じられた。
そんな風に思っている彼女にベルは全てを見切ったかのように彼女に話しかける。
「君は嘘をついている。君はやっぱり昨日あった女の子だ」
確信を持ってそう間近で言われた彼女はドキドキが止まらないどころか言い当てられたことに別の意味でのドキドキも重なって心臓がどうにかなりそうだと思いつつも何とか言葉を振り絞る。
「な、何言ってるんですか? さっきも言いましたけど、リリは犬人ですよ。おにーさんが言ってる人は小人族なんですよね。だったら別人ですよ」
彼女はそう答える。それが当たり前で有り当然の答えである。
それが世界の常識だと言っても十分通用するレベルの話。
だが、ベルはそれを真正面から否定した。
「何で君の種族が違ってるのかなんて知らない。僕は魔法とか魔道具とかそういうのは全然知らないから、もしかしたらそういう風に格好を変える物もあるかもしれない。だけどそうじゃない…………その目だ。その目は昨日見たものとまったく同じだ」
目を見つめられながらそう言われた彼女はぞくりと背筋が凍りつくような感触を感じつつも小さく漏らす。
「目………ですか?」
「あぁ、そうだよ。君のその目だ。それは何か追われている者の目だ。そしてそれに恐れと怒りを抱いている、そんな目だ。そんな目をした人物に早々出会う事はない。それも同じ見た目で……何よりも同じ気配をしている人なら尚更に。いくら見た目を変えようと駄目だ。その目が、その瞳が物語っている。昨日あった小人族の女の子が君だってことを」
確信をもったまっすぐな瞳。
それに全てを見透かされ、彼女は逃げることが出来なくなった。
その目をみれば分かる。あれは絶対に逃さないし見誤らない。ただ真実だけを見抜くのだと。
だからこそ、これ以上隠せないと彼女は思った。思ってしまった。隠そうとしても絶対に無駄だと。
そして同時に失敗したと思った。やはり賭けに出るんじゃなかったと、後悔が心を占めていく。
何故ベルが強いのかは分からない。でも、彼女の『これ』を一目で見抜いたのはベルが初めてだった。そんな凄い相手に自分は騙せるなどと思い上がったのは明らかな失敗だ。
だからもうベルと関わるのは止めて急いで逃げようと、彼女はそう思う。
見抜かれてしまった以上、下手に彼を騙せばどうなるかわからない。最悪彼女の『これ』が暴かれて今までやってきた悪事が露呈する恐れがある。そうなったらもうおしまいだ。今まで騙してきた冒険者達が挙って彼女に仕返ししに来るだろう。そうなったら、死ぬことすら生ぬるい凄く酷い目に遭うに違いないと。
その事が頭に過ぎり彼女は恐怖に身体を震わせた。
そうならないためにもこの場でベルに謝罪し逃げなくては…………。
彼女はそう考え口に出そうとしたが、それよりも先にベルが口を開いた。
「君の名前は?」
突如そう聞かれ、それまであった思考もあって彼女は困惑を隠しきれずに答えてしまう。
「り、リリです……リリルカ・アーデ………」
「そうか、リリルカさんか」
ベルは彼女の名を聞いてそう呟くと、再び彼女の目を見つめた。
「君がどうしてそんな目をしているのか僕は知らないし、君も知られたくはないみたいだからこれ以上は何も言わない。だけど………せっかくこうして会えたんだ。そのままお別れというのは少し寂しいかな」
苦笑交じりにそう言うベルの顔は少し悲しそうで、そんな事を言われてしまった少女………リリルカはとくんと心臓が高鳴った。初めての事に彼女自身戸惑ってしまい何故だかベルから目が離せなくなる。
「あ、その…………」
上手く言葉が出ない。
そんな彼女にベルはニッコリと笑いかけた。
「だからさ、さっきの話を受けようと思う。サポーターがいた方が僕も戦いやすいからね。まずは今日一日だけでいいからさ」
こうしてリリルカは思惑通りといかずとも、何でか知らないがベルと一日サポーターとして契約することになった。
胸のドキドキは未だに収まらないが、何故かそれが心地よかった。
「その首をっっっっっっ置いてけぇえええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!!」
早速後悔し始めた。
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第14話 ベルに戦いのサポートは不要
今まで書いてきた作品の中で一番凄い。
それだけ皆のドリフ好きが感じられて頑張らなければと思う次第です。
皆さん、本当にありがとう。
(何なんですか、何なんですか、何なんですか、これはぁああああああああああああああああああああああああ!?!?)
彼女、リリルカ・アーデは目の前で繰り広げられている光景を見てそう叫ばずにはいられなくなりそうになった。
それはあまりにも予想外の光景で、彼女が見たこれまでの中でも飛び切り衝撃的で奇抜で、何よりも苛烈で残酷だ。
それを生み出しているのは今回の標的である『ベル・クラネル』。
噂は確かに本当だった。
強い……………。
誰もがそう思うだろう。噂に尾ひれが付くのも頷ける。
だが、リリはそれだけではすまないと感じた。『その程度』では収まらない、彼の力はこんなものではすまない。
だからこそ、その光景に圧倒され言葉を失う。
自分がしようとしている事の愚かしさなど吹き飛ばされる程に、それは『一方的な虐殺』であった。
時を遡ることベルがリリルカを雇ってダンジョンに向かう最中のことである。
道中改めて自己紹介を行ったベルはリリルカと一緒に歩きながら世間話に花を咲かせていた。
そこで知ったのはリリルカが『ソーマ・ファミリア』の所属であること、そして世間におけるサポーターの不憫さについて。お金がないからこそ、こうしてファミリアに所属しつつもフリーでサポーターをしているのだと彼女は語った。
その話を聞いてベルは時に笑い時に苦笑し時に悲しそうな顔をする。
その様子からベルが真剣にリリの話を聞いていることが伺えるからなのか、リリルカはするはずのないような話すら話してしまった。別段酷いものではないのだが、何故だか話してもいいような気になってしまったのだ。
それも偏にベルの人柄の所為だろう。
紳士的でありながら暖かく優しく、母性本能をくすぐられながらも父性がある。年相応な所もあれば若干大人らしいところもある。そんなベルと話していてリリルカは少しばかり緊張が解れた。
その際にリリルカはベルのことを『ベル様』と呼び、自分のことを『リリ』と呼ぶようベルにいうのだが、ベルは困った顔でそれを拒否しようとするも押しが強いので断念。仕方ないなぁと苦笑しつつも優しい声音で『リリ』とベルはリリルカのことを呼んだ。
そう呼ばれた瞬間、リリルカの胸に甘い疼きが発生し、彼女は嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を赤らめる。
どやら彼女はベルにいつもの冒険者とは違ったものを感じ取ったらしい。
噂ではメチャクチャ強い悪鬼羅刹や英雄のようだと言われているが、実際に話してみてそんなことはまったくない。寧ろ新米冒険者らしいというべきか、冒険者にしては性格が温厚過ぎると言うべきか。
『紳士で優しい』それがリリルカがベルと話していて抱いた印象であり、やはりそんな人間だからこそ、噂されるような強さには『ナニカ』があるに違いない。………そう思った。
故に内心ではそれを見逃すまいと集中するリリルカ。
そんなリリルカと話していて二人はあっという間にバベルへと到着した。
そのままダンジョンの中へと進もうとするベル。だが、その後ろ姿に流石にリリルカは呼び止めた。
「ベル様、ちょっと待って下さい! 防具はどうしたんですか?」
ベルの姿はいつもと変わらない姿。私服に相棒の大太刀、そして魔石を納めるポーチ。それに何故か『鍋』。
彼女はてっきり一旦戻って装備を調えると思っていた。その私服でダンジョンに行くなんて誰もが思わないのだから、そう考えるのが当たり前である。
てっきりダンジョンの前でもう一回待ち合わせをするかと思ったのだ。だが、そんな様子は欠片もない。
リリルカのその言葉に対し、ベルは普通に笑いながら返す。
「僕は防具を使わないから、いつもこの格好でダンジョンに潜ってるよ」
「なっ!? 何ですかそれは! 危ないですよ!」
ベルの返答に驚きと彼の身の心配もあって声を荒立てるリリルカ。
そんなリリルカに対し、ベルは首を傾げながら不思議そうに答える。
「別に危ないのは付けていてもいなくても一緒だよ? 死ぬときは死ぬんだから、そういう時はさぱっと死なないと」
その答えにリリルカは理解が出来なかった。
正直に言えば何を言っているのか分からなかったのだ。言っていることは分かる。いくら防具を着けていても死んでしまう可能性は必ずある。だが、少しでも死ぬ可能性を減らすために防具を着けるのだ。
ベルのその回答はまるでそれを拒否するようなものであった。それが彼女には理解出来なかったのだ。いや、誰だって理解出来ないだろう。
『死ぬのは当然で当たり前で恐れることでも何でもない普通のこと』
そんな風に考えられる存在などいないのだ、普通は。
だからこれ以上の詮索をリリルカは止めた。ベルを心配してしまったことに内心で標的を心配する理由などどこにもないのにと葛藤しながら。
「べ、ベル様がそう言うならリリは気にしません。でも、危ないですから気をつけて下さいね」
リリルカはベルにそう言うので精一杯であった。
自らの内に発生した矛盾に苛立ちつつもどこか嬉しさを感じながら。
そしてリリルカに答えた通りいつもの防具なしの姿でダンジョンに入ったベルとリリルカ。
二人が今日行くのは今ベルが良く行っている7階層だ。そこまで行く際も当然モンスターと出くわすのだからリリルカは気を引き締める様子を見せる。
そんな様子が物珍しく思ったのかもしくはベルにとって新鮮に見えたのか、彼はリリルカに諭すように優しく言う。
「リリ、戦う前にこれだけは絶対に言わなければいけないことがあるんだ」
「何ですか、ベル様?」
自分の事をじっと見つめるリリルカにベルは少しだけ真剣な目で見つめ返す。
その視線に自然と顔が熱くなるのをリリルカは感じた。
「僕が戦っている間、絶対に手を出しては駄目だよ。サポーターの仕事の中には冒険者の戦闘のサポートというのがあるけど、それを絶対にしてはいけない。もししたら…………僕は君を絶対に許さない」
その時のベルの目に宿った危険な輝きを一瞬だけ見てしまいリリルカは身震いする。
ほんの少しの時間だけだというのに、その怖気はしっかりと刻まれた。
その正体が分からなかった彼女は顔から血の気が引いていくのを感じる。きっと今の自分の顔は青ざめているだろうと。
そのことを察したのか、ベルは先程とは違い紳士的な優しい声で彼女に話しかける。
「別にそれだけはしてもらいたくないってだけだから、他のことは寧ろ一杯やって欲しいかな。魔石を集めてもらえるだけで僕としては大助かりなんだ」
その暖かな声によってやっとリリルカは感じていた怖気が消えていくのを感じた。
さっきのは一体何なんだと思いもしたが、目の前にあるベルの笑顔にそれ以上言うことが出来なかった。
その言葉の意味を理解させられたのは一階層で出くわした3体のコボルトの時。
向こうもこちらに気付き向かってきた。当然の如くリリルカは警戒しベルの方に顔を向けた。ああまで言ったのだから何かしら考えがあるのだろうと。
そして顔が凍り付いた。
見た…………見てしまった。
先程まで居た暖かな笑みを浮かべる好青年…………ではない。
ギラギラとした怪しい殺気を噴き出し瞳を輝かせ、口角を上げてニヤリと笑う化け物を。
そう、いつもの『紳士なベル』ではない、『薩摩兵子のベル』を見た。
その顔が先程とは明らかに違い、下手をすれば別人にすら見えかねない。だからリリルカには目の前に居るそれが先程まで一緒に朗らかに会話していた相手には見えなかった。
だから信じられないと驚きながらも声を掛けてしまう。
「べ、ベル様…………?」
リリルカの消えそうな小さな声にベルは笑みを深めながら答える。
「リリ………さっき言った通りで頼むよ。さぁ………手柄取りの始まりだ」
その言葉と共に空気ががらりと変わる。
その場にいるのは確かにダンジョン、生と死をかけて冒険する場所。だが、リリルカにはそうは感じられなかった。あるのは飽和した殺気のみ。純粋な殺意のみがこの場を支配する。
こちらに向かってくるコボルトは確かに殺す気でいるだろう。
だが、それ以上に濃すぎるベルの殺気の前には全てが霞む。
「まずは今日始め御首だ。その首を置いてけ………なぁ、その首置いてけッ!!」
殺気塗れの笑みを浮かべ、ベルはコボルト達に向かって突撃する。
背に沿う形で大太刀を構えて前傾姿勢で駆けだし、コボルトがその爪牙をこちらに向けて振るうよりも先に抜刀し振り抜く。
高速の一振りはリリルカの目には見えなかった。
だから彼女がその結果を知ったのは崩れ落ちるコボルト達の身体とそれとは違う軌跡を描いて落ちる首を見たときだ。
一瞬して3体のコボルトの首を刎ね飛ばした。飛び散る血がびしゃりと地面に水音を立てる。
それを聞いてやっとリリルカは目の前で起こった事実を理解した。
「あ、えっと………………」
戸惑いを隠せず身体がふらつく。
そんな彼女にベルは振り向かずに話しかける。
「リリ、さっそくだけど魔石の回収をお願い。これから先はもっと逝くよ」
行くの字がおかしいのは聞き間違いだろうか。それは彼女には分からない。
ただ、その言葉がどういう意味なのか………それをはっきりと見せつけられることになった。
飛び散る血、宙を舞う首、四肢がどこか欠損したり上と下で別れたり身体から真っ二つにされたりしているモンスター達の身体。
どこもかしこも死体だらけ。地面には血だまりが溢れかえり死体が足の踏み場をなくしている。
それが幾重にも幾重にも繰り広げられる。
モンスターは死ねば灰になり魔石だけを残す。だからその光景は直ぐに消える。
でも、リリルカの目には焼き付いてしまうのだ。そのあまりにも凄惨な光景を、そしてそれを引き起こしているベルの戦う姿を。
「はッはー! もっともっと来い! もっと首を置いてけぇえぇえええええええええええええええええええええええ!!」
ベルは上機嫌に叫びながらモンスターというモンスターの首を刎ね、袈裟斬りにして殺していく。身の丈程ある大太刀が振るわれる度に首が飛び血が噴き出す。
モンスターの群れの中を嬉々とした表情で駆けていく様子はまさに狂っているとしか言えない。
モンスターも当然攻撃してくるのだが、ベルはそれを紙一重で躱し攻撃し返す。
当然避けきれない攻撃もあり、それを防具を着けていない身体は直撃を受ける。
「この程度じゃ僕は殺せないぞッ!! もっと腰をいれなきゃね!」
だが、そのダメージなどベルは気にしていないのか無視しているのか反応などなく大太刀を振るう。反撃の刃が相手の身体を切り裂いたのは当然の結果である。
防具以前の話であり、傷らしい傷など出来ないのだ。
例え相手が『新人殺し』のキラーアントやウォーシャドウでも変わらない。
それどころかもっと酷くなる。
「わらわら出てきて実にいい! 手柄がもっと取れるのは嬉しいことだ!」
伸びてくるウォーシャドウの腕を掴んで引き寄せては頭突きや空いた拳を叩き込んで撲殺したり、キラーアントの鋼殻を踏みつぶして砕いたりなど、おおよそ普通の冒険者では出来ないようなこともやってのける。
戦う様子はまさに戦闘狂。血で真っ赤に染まるその身体は戦化粧。
まさに戦うための存在。
それらの光景を見て冒頭に戻るわけである。
リリルカが予想していたことなどなかった。その強さに『ナニカ』などなかった。
使っている大太刀も合間に見せてもらったが、別段業物と言うほどでもない代物でオラリオの店に行けば2万ヴァリス程度で買えるものだった。
つまり目の前にある惨状は特別なアイテムを使ったのでも何でもない。
『ベルの素の強さ』によって引き起こされたものである。
だからこそリリルカは言葉を失い呆然とする。
当てが外れたとかそんなことなどどうでもよいくらい、それは信じられない光景だった。
地面一杯になる魔石の数にも圧倒されながら。そして納得する。
確かにこれなら防具など要らないと。モンスターの攻撃ではベルの身体に傷など付けられないのだから。
つまり一方的な虐殺。本人にその気はないだろうが、結果としてそうなる。
そしてモンスター達は愚かにもそれでもベルに襲いかかるのだ。悪循環としか言い様がなく、地面に転がる骸は数を増すばかり。
その光景に見入ってしまっていた彼女ではあるが、更にこの後驚くことになった。
彼女はそれを最初に見ていたはずだ。だが、その冒険者としての常識のせいですっかり抜けていた。
何故防具がなくて『鍋』があるのかということを。
「そろそろお昼にしようか、リリ」
返り血で真っ赤に染まった顔で笑みを浮かべつつリリルカの元に歩いてくるベル。
その手に持たれていたのは…………。
『この階層にいたコボルトの身体』
既に死んでいるであろうそれは力なく垂れ下がり、ベルに引きずられている。
「え?」
それを見たリリルカは怖いのもあるが、それ以上に間の抜けた声を出してしまった。
この後、彼女は未知の経験をすることになった。
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第15話 ベルの料理の実力は?
リリルカはベルが持ってきたそれに最初理解が出来なかった。
通常モンスターは死ねば直ぐに灰となって四散する。稀に身体の一部を残す事があり、それが所謂『ドロップアイテム』というものになるのだ。
だが、ベルが持って来たそれはそうじゃない。一部どころか全部、しかも確実に死んでいることは一目で分かる。なのに四散していない。
通常起こりえないあり得ない光景。今日何度も見せつけられたがそれでもまだ飽き足らないというのか、運命というのはつくづく本日のリリルカを驚かせるらしい。
「べ、ベル様、それは……………」
彼女は顔の筋肉は固まっていくことを感じながらベルにそう問いかけた。
「え、コボルトだけど?」
余裕が全くないのか驚きすぎて顔の筋肉おかしい事になっているリリルカにベルは普通に答えた。特に気にした様子などなくそれが普通の答えだと言わんばかりに。
だが、それが普通ではないことを知っているリリルカは当然のように突っ込んだ。
「それは見て分かります! それよりもリリが言いたいのは、なんでそんなものがあるのかと言うことです! 普通は灰になって消えますよ!!」
彼女は驚かされた怒りとこのおかしな現象への良くわからない理不尽さに噛み付くように叫ぶ。そしてベルにダンジョン内における常識を語るわけだが、それを聞いたベルは苦笑しながら答えた。
「そんなことは知ってるよ。いくら僕が初心者でもそれぐらいの常識はあるって」
「だったらその手にある常識外の物は何なんですか!!」
再び突っ込まれ、ベルはコボルトを見てやっとあぁ、と思い至ったようだ。
「あぁ、そういうことか。それは僕のスキルかな」
「スキル?」
ベルは少し怒り気味なリリルカに自身が持つ『何てことない多少は便利な程度』のスキルについて説明する。
「神様が言うには、僕が食料として見なして倒したモンスターはそのまま灰にならずに死体を残すらしいよ」
それを聞いてリリルカに電流が走る。
(なっ!? 何ですか、そのレアスキルは!!)
彼女はそのスキルを聞いて『冒険者』としてあり得ない程に凄いレアスキルだということに気付いた。
ベルが言っていることは冒険者からすればこういうことになるのだ。
『ドロップアイテム取り放題。また確実にモンスターからドロップアイテムを入手可能』
それはどの冒険者でも絶対に欲しがるスキルだ。
何せ確実にアイテムをドロップさせ、しかも大量に入手することが出来るのだから。それによる取引はオラリオの経済に多大な影響を与えるだろう。ぶっちゃけ億万長者への近道だ。無駄なく効率良くモンスターのドロップアイテムを入手出来るのだから、それだけでドロップアイテムの価値が下がるし、逆に安定してアイテムを提供出来るというのだからそういった物を必要とするファミリアには引っ張りだこだろう。
そう、ベルがもつこのスキルはまさにレアスキルなのだ。
だから当然リリルカはベルにその凄さを伝える。
「凄いですよ、ベル様!! このスキルがあればドロップアイテム取り放題ですよ。きっと凄くヴァリスが稼げます!」
それを知らせてくれたお礼に一枚噛ませて欲しいという欲を抱きながらベルを褒め称えるリリルカ。
これが普通の冒険者なのならその凄さに戦き喜び教えてくれたことを感謝してドロップアイテム狩りを始めていただろう。
だが、残念なことにこの男には『そういった欲』というものがない。
「そんなに凄いものなんだ………。僕には大したものでも何でもないものなんだけどね。別にドロップアイテムとかいらないし」
喜ぶどころか興味ないと言わんばかりにしれっと答えるベル。その反応に当然リリルカは突っ込んだ。
「何言ってるんですか、ベル様!? このスキルがあればヴァリスが稼ぎ放題なんですよ! これさえあればお金持ちになれるんですよ! 何でそんな興味ないんですか、ベル様は人としておかしいです!」
「そう言われても僕、そういうのにあまり興味ないし?」
「はぁ?」
金があれば何だって出来るとは流石に思ってはいないが、それでも大抵のことは出来てしかもあらゆる悦楽を堪能することが出来る。食べることに困ることなどないし、周りの者達から脅かされることもない。
まさに天国としか言い様がない。それが金持ちというものだ。誰しもが一度は憧れる圧倒的勝者。
特に金銭関係に人生を狂わされているリリルカにとってはまさに喉の奥から手が出るくらい欲しいスキルだ。
だというのに、当の本人はそんなことにこれっぽっちも興味がないという。
富める者特有の嫌みでもなんでもない、素でベルはそう言うのだ。
それはおかしい。経済観念がある者なら誰しもが望むそれに興味がないというのは、正常な思考の人間ではない。
ベルの様子をみれば疑り深い彼女でもはっきりと分かる。
強がりでも何でもなく、本当にベルはそういう欲がないのだと。
それにリリルカは内心恐怖した。考え方が根底から違う異端、異物というのは得てして忌避するものなのだと。
だが、それを出してはベルに警戒心を与えてしまう。
だからできる限り恐怖を飲み込みリリルカはベルに問いかける。
「でしたらベル様は何でダンジョンに潜るんですか?」
冒険者がダンジョンに潜るのは経験値を稼ぐためだが、それによって得られる魔石によるヴァリスも重要だ。なければ文無しになるのだから。
そこでより稼げる手段があるのに興味がないというベルに何故ダンジョンに潜るのかを質問した。
その質問に対し、ベルはニヤリと笑って堂々とした顔で答える。
「手柄を立てるため」
「手柄………ですか? それは偉業を成してこのオラリオで有名になるということですか?」
彼女にとって手柄といえば、ダンジョンを攻略しファミリアの名を上げると共に冒険者としても名を上げることだと思った。良い例で言えばロキ・ファミリアのフィン・ディムナだろう。有名なファミリアの一級冒険者、数少ないレベル6。つまりベルが成りたいのはそういうものなのだろうと予想する。
だが、ベルの答えはまた違っていた。
「別にそんなことに興味はないかな。僕はただ、あの人に………僕が憧れる『英雄』に近づきたいだけなんだ。あの人に近づいて、そして………共に競いたい。どちらがより首を取れるのかを競って、そしてその成果で笑い合いたい。あの人に一人の『戦狂い(人)』として認められたいんだ。その為には手柄がいる………大将首が幾万と…………ね」
その答えを言うベルから溢れ出すギラギラとした殺気。
それがあまりにも恐ろしくてリリルカはそれ以上詮索することを止める。出来ないのだ、それ以上は。濃密過ぎる殺気は毒でしかなく、それをもろに浴びたらリリルカは間違いなくショック死すると本能が察するのだから。
だからこの話題を逸らすことにしたリリルカ。
そこで彼女は気になった。
「あの、じゃぁなんでこんなものを持ってきたんですか?」
彼女はベルが何でコボルトを持ってきたのかを再度問いかけた。
あまりにも驚くことが多すぎて忘れていたのだ。何故持ってきたのかということをベルが最初に言ったというのに。
ベルは勿論覚えている。
「さっきも言ったけど、お昼にしようって」
そこで彼女は再びコボルトの死体を見た。今度はベルの言葉を理解して。
そしてこの現象を引き起こしたスキルをベルが説明した時のことを思い出す。
『このスキルは僕が食料にしようとして倒したモンスターだけその身体を残す』
そう…………『食料』にしようとしてだ。
そこで彼女は分かってしまった。今までの常識にないそのことを理解してしまい、顔から血の気が引いていくのを感じる。
「ま、まさか……………食べるんですか?」
「うん」
信じられないけど聞いてみた。
その結果返ってきたのはベルの笑顔。
そしてリリルカは爆発した。
「あり得ないアリエナイありえないですよ、ベル様ッ!?!?!? モンスターを食べる? 何言ってるんですか!! いまだ誰も食べたこともないんですよ! 美味しいわけないじゃないですか、下手したら変な病気になってしまいます!」
「え、そうかな? 僕はそこまで嫌いじゃないんだけど。ゴブリンに比べれば食べやすいよ、コボルト?」
「食べたんですか、ベル様!?」
「うん」
ベルの言葉に彼女の思考が焼き切れたのは仕方ないことなのかもしれない。
真っ白になっていく意識をリリルカは安らぎを感じていた。これ以上驚かなくて済むということに。
そんなリリルカのことなど気にしないのか、静かにしている彼女に目を向けずにベルは早速コボルトの『調理』を始めた。
「ん………」
リリルカの意識が覚醒するのに時間がどれぐらい経ったのだろうか。彼女はそれを自覚できない。ただ分かるのは、やけに美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる事と、それに伴い己が空腹であるという事実のみ。
だから彼女はゆっくりと身体を起き上がらせた。
それを見たのだろう、ベルは笑顔でリリルカに話しかける。
「丁度良かった、今出来たところなんだ」
そう言いながら深めの皿に鍋で煮込んでいた物を装うベル。装った皿はリリルカに渡される。
意識が覚醒したとは言え寝ぼけ気味な彼女は皿を見て感想を漏らす。
「スープ?」
出された皿に入っていたのは透き通るような薄い黄金色をしたスープに食べ応えがありそうな肉がまるまると入っている。
ぼーっと皿を見ているリリルカにベルはにこやかに笑う。
「美味しいよ」
見る人をホッとさせる笑顔を見て、リリルカは警戒心など微塵も感じず寝ぼけた頭でスープを一口啜る。
「あ、美味しい………」
目が覚める程に凄まじいという美味さはないが、普通に美味いと感じる味に彼女はしみじみと感じる。
空腹ということもあって彼女はまた一口をスープを啜り、そして皿の真ん中で主役だと言わんばかりに存在する肉にスプーンを入れた。肉のサイズから齧り付きやすいものだがそこは女の子、おしとやかにスプーンで何とか肉を裂く。
そして一口。
「このお肉もいい味ですね。何というか、少し変わった味と風味ですが………」
彼女にとって初めて食べる味の肉だが悪くはないようだ。
そのまま彼女はしばらくこの味を堪能しある程度皿を開けた後、ベルに笑いながら問いかけた。
「ベル様、これは何のお肉なんですか?」
きっと彼女は思っただろう………聞かなければ良かったと。
だがもう遅い。問われたベルは彼女と同じようにスープを飲み中の肉に齧り付きながら答えた。
「さっきも言ったけど、んぐんぐ、ごくん………コボルトの肉だよ」
その言葉に彼女の口に含んでいたスプーンの動きが止まる。
もう一度問いかけようとした彼女であったが、ふと目を周りに向けた瞬間に見てしまった。
『茶色の毛皮と見るからにグロテスクな内臓、そしてこちらに目を向けるコボルトの生首』
特にコボルトの生首は見事にリリルカを睨んでいるような位置に有り、まるで『よぉ、俺のお肉は美味しいか?』なんて問いかけてきそうである。
そんな幻聴を聞いた瞬間、彼女は口に含んだ物を全部噴き出した。
「げほ、げほ、げほ、こ、コボルトのお肉、食べちゃいましたよ~…………」
乙女にあるまじき醜態を晒す彼女だが、そんなことなど気にしている余裕などない。内心はショックがデカすぎてどうして良いのか分からない。
そんな彼女の様子を見ながらベルは苦笑する。
「あぁ、勿体ないなぁ。でも美味しいでしょ、コボルト。香草とかで臭みを抑えてるからまだ普通に食べられるし」
「そういう問題じゃありません! 確かに美味しいですけど! うぅ~~~~~~」
ベルにぐわっと噛み付くが、ショックのあまりに泣きが入るリリルカ。
確かに美味しかったがそれでも何というか、人として飛び越えてはいけないものを飛び越えてしまったようなそんな気にさせられた。
その後、彼女は結局皿に装われたものを全部平らげた。礼儀の話でもあったし空腹だし、もう食べてしまって引き返せないと自棄になって食べたのだった。
そんな彼女を見つつ、ベルは作った料理を全部平らげた。内臓やら毛皮やらはその辺にそのままにしたが、生首だけはお礼を言って丁重に弔った。
「さぁ、お昼ご飯も食べたしもっと武者働きをしようか、リリ」
こうして午後の手柄取りが始まった。
そろそろ日が暮れる時間帯になり、ベルとリリルカはダンジョンから出てその日の成果を見るために換金所へと向かう。リリルカの背に背負ったバックパックはぱんぱんにふくれており、中には今まで彼女見たこともない量の魔石が詰まっている。
その結果が………。
「じゅ、17万ヴァリス~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
換金所付近に響き渡るリリルカの悲鳴。周りの人達は何事かと注目し、視線が集まることに彼女は恥ずかしくなりいそいそとその場から離れる。
そして少し離れた場所までベルと一緒に移動し、改めてリリルカはベルにその興奮を惜しみなく表した。
「凄いですベル様!! 17万ヴァリスですよ、17万ヴァリス! 普通はレベル1が5人組パーティーを組んで13階層で三日三晩ぶっ通しで戦い続けてやっと稼げる金額ですよ! それをまさかたったの半日で、しかも7階層で稼げるなんて!」
「まぁ、悪くない手柄ではあったよ。ただ僕としてはもっと大手柄を立てたかったんだけどね」
はしゃぎまくるリリルカと違いベルはいまいちな様子である。彼からすればもっとより強い『大将首』を取りたいところだが、今のところそういう相手には出会えない。
そしてリリルカは早速ベルにとあることを問いかける。
「それでベル様、その………分け前を………」
結局の所目論見は物の見事に潰された彼女ではあるが、この金額を目にすればそれすら忘れるほどに目が輝いてしまう。
せめて半分ももらえればそれだけでもデカいと。今まで組んできた冒険者はそれこそ3割だとか、酷ければ無しなんてこともあったのだ。それらに比べてベルはそういうのにあまり頓着しない性格のようだし、それぐらいはくれるだろうと期待した。
が、彼女の期待は予想外の方向で裏切られることに。
「あぁ、今日はご苦労様。リリのお陰でだいぶ集中出来たよ。はい、これ」
「え……………?」
期待に胸を膨らませるリリルカにベルは暖かな笑みを浮かべつつ軽い感じで報酬の入った袋を渡す。
その金額なんと……………。
「十二万ヴァリス!? ベル様、これ間違えてませんか?」
まさか半分以上どころか7割とおかしな金額を渡され彼女は間違えたのではとベルに聞く。3割が自分ならまだ分かるが、ベルの分け分が少ないというのは間違えたとし思えない。
だが、ベルはそんなことないと首を横に軽く振る。
「間違えてないよ。僕はこれだけあれば十分だから」
その言葉にリリルカは正気を疑った。
いくら何でもおかしすぎるの配分に裏があるのではないかと疑う。
「ベル様はひ、独り占めしようとは思わないんですか!?」
その問いかけにベルは何か呆れたようなつまらなさそうな、そんな顔をしながら答えた。
「僕が欲しいのは首だ、手柄だ。ヴァリスはオマケに過ぎないよ。ヴァリス欲しさに行くわけじゃないし、それに余分にあってもこういうのは人の心を腐らせる。必要なぶんだけあればいい。僕と神様は今のところ食うに困るほどに貧乏じゃないしね」
その言葉に絶句するリリルカ。その考え方はあまりにもおかしかった。
そんな彼女にベルは続ける。
「それに今日はリリが一緒に来てくれたからこんなに首が取れたんだ。いつもならバックパックが一杯になって重くて動きづらいからね。その分の働き料だと思えばいいよ」
その言葉に本当にそう思っているということが伝わってくる。
だから彼女は分からなくなってしまっていた。
この初めて見るおかしな冒険者のことを。まぁ、一緒に居るだけでかなりの額が稼げるのでしばらくは一緒に行動しようと思った。
そう考える彼女にベルは確信を付くような優しい言葉をかけた。
「必要な物は必要とする者が持てばいい。僕にヴァリスはそこまで必要ない。リリが使ってくれた方が余程有意義になるだろうさ」
その言葉にトクンと彼女の胸は高鳴り、ベルから目が離せなくなっていた。
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第16話 ベルは彼女を取り巻く世界を予測する
リリルカと組んでダンジョンに潜ること数日が過ぎ、だからといって何かが変わることなどないベル。そんな彼とは違い、リリルカは毎日が驚きで満たされある意味ではドン引きするような日々であった。
通常ではまずあり得ないようなベルの戦いを見て、もうごめんだと毎回言っているのにモンスターの料理を振る舞われ、そして一回潜る度にその階層では実現不可能だと言っても過言ではない程の魔石を回収し莫大なヴァリスを手に入れる。一日ずつ潜る度に上がっていくヴァリスの量はそれこそ彼女が最も必要としている金額に十分足しになる程だ。その分け前でベルが5万ヴァリスしか自分に回さずそれ以外の全てをリリルカに渡してしまう所など、正直素でドン引きする程である。
驚きのオンパレードにして彼女の常識が壊されていく日々というのはある意味充実しており、それ故に内心悪くはないと思ってしまうリリルカがそこには居た。
今まで冒険者という存在に嫌悪していた。弱者を見下し蔑み暴力をぶつけて搾取する。彼女にとって冒険者というのは全て卑怯で意地汚い最低の屑であった。
一級冒険者などがそうなのかなど知らないが、少なくとも彼女が知る冒険者とは皆そうであった。総じて屑であり人でなし。自分の為ならどこまでも弱者を虐げる下衆。
だが……ベルは違った。
彼は弱者を見下さない。虐げないし搾取もしない。基本的には優しく紳士的であり、相手のことを思いやれる優しい男の子。
しかし一度戦場(ダンジョン)に出れば途端に人が変わったかのように鬼神と化す。独自のルールに則り相手を叩き潰す。そこに弱者や強者なんて概念は無く、総じて平等に斬りかかるのだ。戦うことに、手柄を立てることに一喜一憂し、報酬には無頓着。
それは冒険者としては明らかな異端。あまりにも冒険者らしからぬその在り様は冒険者を嫌悪するリリルカでも好感が持てたのだ。
確かにドン引きすることも多いが、決して嫌ではない。ベルと一緒にいる時、彼女はそう感じていた。例えベルを利用しようと最初は近づいたとはいえ、今は何となく一緒にいたくなっていた。居心地が良かったのだ、そこは。本来の目的すら忘れてしまいそうになるくらいに。まぁ、それでも戦う姿にはドン引きするが。
リリルカが用事あるので休ませて欲しいという申し出がありそれを了承したベル。久々に一人になったわけだが、この男がだから今日はお休みにしようなどと言うわけも無く、この日も一人とは言え変わらずにダンジョンに潜り手柄を立てるベル。
一人ということで手に入れた魔石は少ないが、それでも異常な量を持ってベルは魔石を換金してきた。締めて7万4千ヴァリス也。
それを懐に収めつつ歩いていると久々と言うわけではないが声を掛けられた。
「お~~~い、ベルく~~~ん!」
声のした方向を向けば、そこに居たのはベルの担当アドバイザーであるエイナがカウンターにいた。今は暇なのか、特に周りに人が居ない様なので問題は無いのだろう。
ベルは当然のようにエイナのいるカウンターへと向かった。
「こんにちは、エイナさん」
ごく普通に挨拶をするベル。そんなベルにエイナも普通に声を掛けた。
「うん、こんにちは、ベル君。その様子を見るにまた無茶してるんでしょ」
「別に無茶なんてしてませんよ。いつもと同じように手柄取りに行ってるだけです」
ベルが言ってもきかないこと、そして彼のレベルが異常だということ知ってエイナは以前のように強くは言わなくなった。自分が心配するレベルをある意味もう超えてしまっているベルに必要以上の心配をしても寧ろこちらの精神が疲弊するということを思い知らされたからだ。だからといって交友関係を蔑にするわけでもなく、普通に付き合わせてもらっている。
「そういえば最近換金所で毎回騒ぎが起こってるけど、どうせ犯人は君でしょ?」
世間話をしているとエイナはふと思い出したようにベルに問いかけた。その声からは何やら呆れが滲み出ていた。
その問いかけにベルは犯人扱いされていることに苦笑する。
「犯人って酷いなぁ、エイナさん。ただここ最近サポーターを雇ったからその分ダンジョンで武者働きに熱が入ってるだけですって」
「サポーター? ベル君、サポーターを雇ったんだ」
ベルがサポーターを雇ったことにエイナは少しだけ驚いた。彼女の中でベルはソロでいることが当たり前のようになっていたからだ。
そして気になるのはそのサポーターのことである。フリーなサポーターもいるが、それ以外にも何かしらのファミリアに所属している者もいる。担当アドバイザーとして少しばかり気になった。
「ベル君、そのサポーターってどこの所属か聞いた?」
その問いかけにベルは特に考えることもせずに答えた。
「えぇ、確か『ソーマ・ファミリア』だって言ってましたよ」
所属するファミリアの名を聞いた途端、エイナの顔が急に曇った。
「どうかしたんですか、エイナさん?」
その顔を見て『紳士的』なベルは少し心配そうに話しかけると、エイナは困ったような苦笑を浮かべる。
「『ソーマ・ファミリア』かぁ………これはまた強く反対も賛成もできない所が出てきたなぁ」
エイナはそう答えると、まるで愚痴を漏らすかのようにベルに話しかけた。
「前からギルド内でソーマ・ファミリアは評判が良くないのよ。まるで何かに取り憑れたかのようにお金に対して死に物狂いで度々換金所で問題を起こしているの」
「そうなんですか………そういえばリリもお金が必要だって言ってたっけ? サポーターは収入が少ないって嘆いてたっけ」
「たぶんそれだけじゃないと思うよ」
「どういうことですか?」
特に考えていた事では無かったのですっかり忘れていたベルであったが、エイナからすると単純な問題ではないらしい。
「私も詳しくは知らないけど、何でもソーマ・ファミリアの冒険者は皆主神が作ったお酒欲しさにあんな風になってるらしいの。あのファミリアの主神はお酒造りが趣味らしいから。その主神が作ったお酒は途轍もない高額で取引されていて、もの凄く美味しいらしいよ。ただ市場に出回ってるのは完成品じゃないらしくて、眷属の人達があんなに必死になってお金を稼いでる理由はそのお酒の完成品が飲みたいがためなんだって。それは別にいいんだけど、その為に問題を起こしたり盗難や脅迫とかをしたりするのは流石に常規を逸しているとしか言えないかな」
「へぇ~、酒(ささ)欲しさにねぇ………僕には理解出来そうにないや。手柄取りならわかるけど」
「それはベル君だけだって………」
ベルの返答に呆れ返るエイナ。エイナはそんなベルを見て目の前に居る少年も常軌を逸しているのは一緒かと考えてしまう。
「まぁ、そんなわけだからあまりソーマ・ファミリアには感心しないかな。聞いた噂の中には自分より下位の団員から無理矢理お金を巻き上げたりもするらしいよ。もしかしたらそのサポーターの子も酷い目に遭ってるかも知れない」
その言葉にベルは初めてリリルカと出会った時を思い出した。
あの時彼女は冒険者に追われていた。何で追われていたのかは知らないが、相手の怒り様は尋常では無かった。そしてリリルカの目を見ていれば自ずと結果は見えてくる。
「なるほど、そういうことだったのか」
戦闘時は一切そういうことを考えないベルだが、『紳士的』な時ならそういう時は寧ろ察するのが速い。
彼女がお金を求める理由、そしてその為にした行為。それによってどういうことになるのか。
だから最終的な結果を予想してベルはエイナに問いかける。
「ねぇ、エイナさん。仮にファミリアを抜けるとしたら、どういう条件が課せられるかな?」
「え、ベル君ヘスティア・ファミリア辞めちゃうの!?」
「仮にですし僕は辞める気はないですよ」
その言葉にホッとするエイナ。もしヘスティアがこの場に彼女はいたら表には出さないが結構真面目に悩んでいたかも知れない。
そこまで深部に関わっていないエイナはベルの質問に深く考えることなく模範的で知っている範囲で答えた。
「そうね~、基本的には主神や団長と話して了承を得ればOKかな。ファミリアのトップが納得して主神がファルナを取り消せばもう一般人だし。まぁ、各ファミリアによって色々と違う所もあるけれど、基本はどれも一緒だよ。ファミリアを脱退して一般人に戻ったり、または他のファミリアに移籍したりというのはそんな珍しいことでもないから」
それを聞いて納得するベル。
そしてもう一つ更に聞くことにした。
「エイナさん、それともう一つ質問が。もしファミリアに所属する際に本人の了承なし、または納得していないのに入らざる得ない場合仕方なく入った場合はどうなりますか?」
「え、そんなことは普通はないんだけど…………」
ファミリアに入るに当たって本人の了承なしというのはあり得ないというのが常識であり、そんな質問をされても困ってしまうエイナ。だが真面目な彼女は考えてからゆっくりと答えてくれた。
「多少の例外の一つとしては両親が共にファミリアの眷属だった場合かな。そういう場合は本人の希望がない限りそのまま両親がいるファミリアに自動的に所属することになるかも。それと入らざる得ない場合が『戦争遊戯』でもないのならあまり合法的とは言えないかも。場合によってはギルドからのペナルティも発生するかもしれないよ」
「なるほどなるほど。では最後に………ファミリアから脱退するのに仮に莫大なお金を支払わなければならない場合ってあります?」
「そんな話は聞いたことがないから何とも言えないけど、普通はそういうのはファミリアに入る際に説明されるわけだし、本人が了承してるわけでもないのに所属させられているんだったら流石にどうかと思うよ」
「そうですか…………ありがとうございます」
ここまで答えが出れば分かるだろう。
何故リリルカ・アーデがこうもお金を集めるのか、その行き着く先。彼女の性格から考えれば所属する理由などないファミリアに入っている訳。そして金に狂った連中が彼女に何をしているのか。それはきっと…………『よろしくない』ことだ。
ベルはエイナとの会話を切り上げてホームへと帰る。
その間に考えるのはサポーターとして契約を交わした彼女のこと。
『紳士的』なベルは優しい心で彼女の事を思う。確かに可哀想だとは思うし、どうにかしてあげたい気持ちがないわけでもない。だが、下手に他のファミリアと関わるのは危険なことであり良いことではない。
だからベルが出した答えは……………。
「まぁ、本人の意思次第かな」
『紳士的』ではあるが『善人』であるわけではない彼はそう結論をつけた。ぶっちゃけ丸投げした。とても好青年が出して良い答えではない。
弱腰とも言われるだろうしヘタレとも言われるだろう。
だが…………そう答えを出したベルの顔は…………『紳士』の顔をしていなかった。
彼にしては珍しい、『どこぞの第六天魔王』の実に悪どい笑みで歪んでいた。
ベルがそんな人に見られちゃいけない顔をしている時、リリルカは同じファミリアの冒険者に囲まれて暴行を受けながらもこう告げられた。
「最近羽振りがいいみたいで調子がいいみたいだなぁ。何でも新人の冒険者と組んでるみたいじゃないか。それは結構だが、お前は運がかなり悪い。お前と仲良くしてるあの『白いガキ』がどんな災難にあっちまうのか………なぁ、アーデ」
その言葉が自分とベルへの脅迫だと理解している彼女は苦しそうに顔をしかめた。
「つまり………」
「俺たちの所に戻ってこい、アーデ。何せ俺たちは『仲間』だからなぁ」
「……………………はい…………」
この場にいる者達は知らない。
彼女はいくらベルが強くてもあくまでもモンスター相手だからで冒険者では相手が違いすぎて殺されると思った。
周りの男達は所詮は新人で弱い雑魚だと思ったしせっかくの金づるを手放す気などない。『昔したように』同じように彼女の『場』を壊してやればもとに戻ると。
だから言うのだ………愚か者だと。
『彼の者に師事された彼の剣術が本領を発揮するのは何が相手の時なのかということを、どういうときなのかということを』
知らないのだから。
嘘でしたね、最後に『紳士』どころか『魔王』がいた。
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第17話 ベルは彼女を助ける 前編
リリルカと組んで今日も今日とてダンジョンへと赴く。
ここ最近ではそれが当たり前になりつつあることであり、今日も昨日と変わらないだろう。
そう思える程に平穏であった。潜ってはベルが暴れて異常な程の量の魔石をリリルカが回収する。そして手に入った多額のヴァリスに皆が喜び大団円………彼等の姿を見ていた者達ならきっとそう思うだろう。
だが、今日は少しばかり違うようだ。
「どうかしたの、リリ? 何か顔色が悪いような」
「な、何でもないです、ベル様!」
何やら考え込んでいるリリルカを心配してベルが声を掛けた。
彼女はベルに話しかけられ少し慌てて答えるが、それでも顔色は優れない。
「体調が悪いようなら今日は止める?」
「い、いいえ、大丈夫です!」
無理なら止めようかという提案に対し彼女は過剰なまでに大丈夫だと答える。
何せある意味急いでいるからだ。ベルの身に危険が及ばないようにするには速い内に『彼と決別』しなければならないから。
彼女は知っているのだ。過去に自分が逃げた先で彼等が何をし、その結果自分がどのような目で見られたのかを。
ベルからそんな目を向けられたくない。
だから彼女は今日、なんとしても………ベルから手を切らなければならない。
そんな彼女の決意など気付かずにベルは進む。多少はリリルカの事を気に掛けるが、それでも本人の意思を尊重し行くことにした。
「ベル様、今日は10階層に行きませんか」
ダンジョンの入り口付近にてリリルカはベルにそう提案を出した。
ベルが今まで行った事がある階層は9階層まで。10階層からは中層にカウントされ大型のモンスターも出ることからこれまでよりも更に難易度が上がっている。当然レベル1の冒険者がソロで行くような階層ではなく、通常は5人程度でパーティーを組んで準備を万端にして向かう関門だ。薩摩兵子足るベルが何故今まで行かなかったのが不思議で仕方ないと誰もが思う。彼のような戦狂いにして功名餓鬼ならば、より大きな首(手柄)を立てるために進んで行くはずだ。
そうしなかったのは彼の『紳士』な部分であり、心配するエイナに負担をかけたくなかった(毎回グチグチ言われるのが嫌だから)からだ。
だが、もう彼女から言われるお小言も少なくなってきていることだし、ベルとしても既に9階層のモンスター達の首には飽いた。ならこの提案は丁度良い。
「いいよ、行こうか」
「随分と速く決断しますね。もう少し思案するものだと思うんですけど?」
「前から行きたかったからね。良い首が取れそうだ」
即決したベルに若干引き気味に突っ込むリリルカ。普通はもう少し考える所なのだがこの男ときたらそんなことは一切無い。逆に言えば、目の前に手柄が転がっているのだ。取らずには居られないのが薩摩兵子というものである。
上機嫌になるベルにリリルカは内心で申し訳ない気持ちで一杯になった。何せこれから彼女がするであろうことは下手をすればベルが死にかねないからだ。彼の実力を知っていることから死にはしないと思うが、万が一ということもあるしどちらにしろ危険に晒すことに変わりは無い。これが他の『下衆な冒険者』なら罪悪感など抱かなかった。だが、ベルは……ベルだけは違う。彼女の中で唯一の例外である彼にはそういった『優しい』感情を抱いてしまう。それは確かに心地よいが、同時に苦しい。その思いを振り切るためには、こうして無理矢理にでも断ち切るしかない。
それでも残る罪悪感を感じながらリリルカはベルと一緒に10階層へと歩いて行った。
いつもと同じように大太刀が振るわれモンスターの首が飛ぶ。それを幾度となく繰り返してたどり着いた10階層、そこは真っ白な世界だった。霧に包まれた草原のような場所というのが正解なのだが、霧の所為で視界が良くなく白いのでそういう言葉がぴったりだ。その白い世界に初めて来たベルは……………。
「さぁ、首はどこだ!」
怯えたり感動したりといった様子は皆無であり、ギラギラと殺気に輝く目で辺りを見回していた。ダンジョンに入れば、戦いの場になれば薩摩兵子。その場に怯えも感動も何もないのである。
そんなベルにリリルカは苦笑しつつこの階層の特性について簡単な説明を行うが、この男はそれを聞いたところで特に何か思うことはないらしい。まぁ、既に自然物『ネイチャーアーム』を持った相手を殺したこともあるから彼にとって問題ではないらしい。
そして丁度良く現れたのはミノタウロスと同じ大型のモンスター『オーク』。2メル近くある高い身長にどっしりとした肉体を持つ猪と巨人が合体したようなモンスターだ。既にこちらに目を付けたようで、地面に生えていたネイチャーアームを引き抜き向かってきた。
初めて見たのならその姿に恐怖を抱くだろう。
だがベルは『初めて』ではない。
「まずは豚巨人、お前の首を置いてけッ!!」
嬉々とした雄叫びを上げながら弾丸の如き速さで構えながら突進する。彼はオークとの戦闘経験がある。以前あった怪物祭での騒動の際に殺したことがあるのだ。
その時の光景が再生されたのは言うまでも無いだろう。
「相も変わらず鈍間ぁッ!!」
オークが振り下ろしたネイチャーアームごとオークを袈裟斬りにした。
そこに一切の抵抗はなく力の拮抗もない。滑らかにとさえ言えるほど鮮やかに、しかし叩き斬った轟音を轟かせながらオークはその巨体を地面へ崩れ落ちた。
「まずは一つ。でもこの程度じゃぁ………まだまだ!」
この程度の相手に満足など出来るはずがなく、ベルはより覇気を露わにする。せっかく来た10階層、より多くの手柄を立てなければと己を奮い立たせる。
いつだって、どんな時だってそうだ。手柄を立てられることは楽しいのだ。
だからベルは楽しさから笑みを浮かべる。無邪気でいながら殺気に溢れた歪な笑顔。見る者全てを怖気させるその笑みを見て、リリルカは内心で怖がりつつも呆れてしまう。
(はぁ………罪悪感を感じてるこっちが馬鹿馬鹿しくなる程に清々しいですね、ベル様は)
こちらがこんなにも苦しんでいるというのにこの男は、等と思って恨みがましジト目を向けてしまいそうになる。それがやっぱり心地よくて、だからこそ…………。
「ベル様、これからもっとモンスターが一杯来ますよ! リリは危ないから離れてますね」
そう言ってリリルカは地面にある物を置きベルから離れていった。
(ごめんなさい、ベル様。たぶんベル様のことだから大丈夫だとは思います。でも、それでも………リリの事でベル様に迷惑を掛けたくないから、だから………さよならです)
そして彼女の姿は霧の中に消えていった。
彼女がいなくなった後、その場には20体以上のオークが集まり、ベルはそれを嬉々とした顔で斬り捨てていった。
(たぶん彼女は………さて、どうなるかな)
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
真っ白い霧の中を抜けて岩で出来た洞窟内を駆け抜けるリリルカ。彼女は汗だらけになりながらも必死に走っていた。ベルにモンスターを押しつけることで隙を伺い離れた。これでもう会うこともないと思うと胸がぎゅっとして苦しみを感じるが、それも彼の為。後は得意の変身魔法を使ってソーマ・ファミリアの連中を欺きつつ金を貯めて悲願である『ファミリアの脱退』を成すのだ。
それまで虐げられてきた自分からの解放、その為に彼女は今まで生きてきた。卑怯なことをして騙し盗み誤魔化して、悪人だとはっきりと言えることをしてきた。その事に後悔も悔いもない。だが、ベルにだけはその念が付きまとってしまう。だからこそ、その悔いを抱きながらも彼女は絶対に成すのだと、そう心に決める。それがせめて決別するためにベルに酷い事をしてしまった彼女なりの決意。
道行く途中にモンスターに遭遇することもある。だが、彼女ができる限り出会わないルートを選んだこともあって出てくるのはゴブリン一匹やコボルト一匹程度。戦闘が専門ではない彼女であってもその程度なら何とかなる。
彼女は手にしていたクロスボウでゴブリンを射りながらも駆けていく。自由のために、少しでも速くその場から離れるため…………ベルに会わないようにするために。
だが、無情なことに彼女の足は突如として何かに引っかかり転んでしまった。
「ッ!?」
転んだ事に痛みを堪えつつ起き上がろうとするリリルカ。
そんな彼女に声が掛けられた。
「嬉しいじゃねぇ………大当たりじゃねぇか」
「なッ……!? ぐぅッ!」
つい最近聞き覚えのある声、それと共に現れた男に彼女の身体は動きを止める。
それはつい最近騙してレアなアイテムを奪った相手。ベルと初めて出会ったときに彼女を追い詰めていたあの男だ。
男は怒りに歪んだ目で彼女を睨みながら彼女の襟倉を掴んで持ち上げる。
持ち上げられたことで彼女は苦しそうに喘いだ。
「やっと見つけたぜ、糞小人。テメェがこの辺りを通るって他の奴らから聞いてなぁ、網張っといて正解だったわ」
男は獲物を嬲るかのようにリリルカの首を締め上げる。積年の恨みをやっと晴らせると言わんばかりでありながらしに身から滲み出る殺気は黒々としていて汚泥のようだ。
「詫び入れてもらうぜ、糞小人!」
男はそう叫ぶとリリルカを地面へと叩き付けた。
その衝撃に息が出来なくなるリリルカだが、更に腹部に爆ぜるような衝撃を受けて吹き飛ばされる。
「っ、げほ、げほ!」
肺から空気が強制的に吐き出され、酸素欲しさに慌てて空気を身体に取り込み噎せるリリルカ。彼女は今腹部の激痛に悶えていた。何をされたのかなど明白、彼女は腹を蹴り飛ばされたのだ。
「いいザマだなぁ、コソ泥。俺の剣を盗った分、取り替えさねぇとなぁッ!」
「いッ!」
更に男はリリルカに近づくと彼女の髪を掴んで無理矢理持ち上げる。その激痛にリリルカは声にならない悲鳴を上げるが男の耳には通らない。男はそのまま彼女の着込んでいたローブに手を掛けると無理矢理引きちぎって彼女を再び地面に投げ捨てた。
「まずクロスボウに魔石、金時計に……おいおい、魔剣までもってやがったのかよ。こいつは随分と盗んでやがるなぁ、えぇ?」
男はローブの中に入っていた物を漁りながらリリルカを侮辱する。彼女はこの状況に泣きたくなったが、胸に隠したある物が盗まれていないことだけを安堵する。
だが、その安堵も直ぐに凍り付いた。
「また派手にやってますなぁ、ゲドの旦那」
「おぉ、お前等か。こいつ、かなり溜め込んでるみたいだぜ。何せ魔剣なんて隠し持ってたくらいだからなぁ」
男に話しかけながら現れたのは3人組の冒険者。そのメンバーにリリルカは見覚えがあった。
(やっぱりあなたでしたか、カヌゥ………)
それはソーマ・ファミリアに所属する冒険者であり、主にリリルカを搾取する最悪の相手である。彼等に下手に逆らうとどのような酷い目に遭うのかを知っているだけに、彼女の身体は震え上がった。
ゲドと呼ばれた男は上機嫌にカヌゥに成果を話す。それを聞いたカヌゥも満足そうに笑うが、そこで更にカヌゥの笑みが歪んだ。
「ところで旦那、ひとつお願いがあるんですが………そいつの持ち物、全部置いてって欲しいんでさぁ!」
その提案と共にゲドに投げつけられた袋。それは時々もぞもぞと動き、そして袋の口が開くと共にその正体を現し鳴き声を上げた。
「なっ、これはキラーアント!? カヌゥ、テメェ何やってるのかわかってんのか!」
ゲドがそれを見て驚愕した。
それはとあるモンスターの半身。まだ死に切れていない為なのか動き独特の声を上げている。そのモンスター『キラーアント』はある特性がある。それは瀕死の状態にあるとき特殊なフェロモンを出す。それは自身の身の危険を仲間に知らせると共に『仲間をこの場に呼び寄せる』ものだ。
つまりこの場に瀕死のキラーアントがいるということは…………。
ゲドの予想が正しいように、壁に罅が入り中からキラーアントが誕生する。それだけに止まらず、ダンジョンの奥からこちらに向かってキラーアントの群れが突進してきた。
そしてあっという間にこの場はキラーアントだらけの地獄へと変わる。
その地獄の中でカヌゥはニタニタと笑いながらゲドに話しかけた。
「ゲドの旦那にゃまともにやっても敵いませんからねぇ。こーいう方法を取らせてもらいました。俺達とやり合ってる間にそいつらの餌食になんてなりたくないでしょう……ねぇ、旦那ァ」
「っ、畜生!」
ゲドは悔しそうにそう吐き捨てると持っていた魔剣などの荷物を全部を地面に叩き付けて急いでその場から逃げ出す。だが、角を曲がった先で悲鳴が上がり、その後血塗れのキラーアントが現れたことでゲドがどうなったのかは予想するに難しくない。
その結果に彼女は恐怖に震える。
そんな彼女にカヌゥはいやらしい笑みを浮かべながら話しかけた。
「よかったなぁ、アーデ。これでお前をいじめていた奴がなくなったぜ」
誰の所為だと言いたくなるリリルカだが、この命の危機に言葉を飲み込んだ。
そしてカヌゥは彼女に提案をする。
「アーデ、お前はこれでもソーマ・ファミリアだからなぁ。仲間として俺はお前を助けないといけないわけだ。そのお礼といっちゃぁなんだが……お前が新しく借りた倉庫の鍵で手を打ってやるよ」
その言葉に助かりたい気持ちからリリルカは鍵に手を掛ける。生きてさえ居ればやり直すことが出来るのだからと。
だが………その動きは止まった。今までの彼女なら渡していただろう。だが、今の彼女はそれを嫌だと思った。只でさえ害悪にしか成らない連中にこうして媚びへつらって生きていくことが嫌だ。ベルに害をなそうと脅してきたこいつらのいいなりになるなんて嫌だと。
だから彼女はその誘いを………。
「い、嫌です! 絶対に嫌!!」
拒否した。
その反応にカヌゥ達は少しばかり目を見開いたが、直ぐにそれをあくどい笑みで塗り潰す。
「だったらぶん奪るしかねぇなぁ!」
「きゃぁッ!?」
カヌゥは嫌がるリリルカを掴み、その胸辺りに握っていた鍵を無理矢理奪い取る。
そして彼女をキラーアントの群れの中に放り込んだ。
「鍵さえあればお前はもう用済みだ。精々俺たちの為に囮になってくれ。なぁ、サポーター」
その言葉を聞きながら彼女は走馬燈を見るかのようにこれまでの悪事に懺悔する。もう自分は助からない。それは自業自得とも言えることなので仕方ないとは思う。だが、それでも、こうして脅され怯え裏切られながら死んでいくのは…………。
「…………嫌だ………死にたくない………助けて………誰か………死んでたまるか、私は生きたい!」
それは彼女の最後の抵抗。誰の耳にも入らない無意味な行為。だがそれでも、せめて最後くらい思いの丈を吐き出しても良いと彼女は思ったのだ。死んでしまうのだから、せめて最後くらいはと。
その思いは、その願いは、彼女の最後の意地は…………。
「やぁ、リリ。ここにいたんだね」
「ベル………さま?」
彼女の目の前を飛び込むかのように現れたベルにリリルカは目を見開き信じられないという思いで一杯だ。
そんな彼女にベルは笑いかけるが、やはりというべきかいつもの紳士的な笑みからはほど遠い歪んだ笑みを浮かべていた。
そのままベルはリリルカの周りにいたキラーアントに向かって横一閃に大太刀を凪ぐ。その一閃でキラーアント4匹が瞬時に灰と化した。
その攻撃にカヌゥは手に持っていた鍵や魔剣などを落としそうになるが、何とか持ちこたえてベルに話しかける。
「アーデが罠に嵌めた冒険者ですかい? 運良く逃げてこれたみたいでなにより。旦那も仕返しに来たクチですかい?」
その言葉に対しベルはそのまま素で答える。
「そんなことは知りませんよ。僕はただリリがはぐれたから探しに来ただけです」
はっきりと堂々と答えるベル。そんなベルの返答にリリルカは少しだけだが嬉しくなってしまう。
「おやおや、騙されてるのに気付いていないってクチかい。こいつは凄い極悪人でさぁ、アンタみたいな冒険者に近づいてはそいつのブツを盗んで金に換えてるんだよ」
今までしてきたことだが、それをベルにバラされることにリリルカの心が痛いと悲鳴を上げる。知られたくなかったと、ベルにだけは白い目を向けて欲しくないからと。
普通の常識ある人ならば誰もが悪だと断じ忌避するその行い。それを聞いたベルは…………。
「だから? 別にリリが今までやってきたことを持ち出したからとて何が変わるんですか?」
「はぁ? 何言って……」
ベルはまったく気にした様子などなく寧ろドヤ顔で言う。
「リリがしてきたことがあろうがなかろうが、今僕とパーティーを組んでいることに変わりはありません」
その言葉に動揺を隠せないカヌゥ達。リリルカの悪事を認めた上でそれを気にしないというのはおかしいのではないかと。だからもう少し常識的に彼はベルに話しかける。
「いや、それでもおかしいでしょう。こいつは盗みの極悪人だ。人を騙して盗んで自分のために金にしてるんだ。そんな極悪人と一緒にいてアンタは何にも思わないのかい?」
彼等はある意味可哀想としか言い様がない。この場にいるのが心優しし青年や常識人なら道徳観念から考え込んでいただろう。だがここにいるのは薩摩兵子。つまり下衆な事以外なら特に気にすることなく平然と行う『化け物』だ。
「思わない。そもそも騙す方が悪いと言うけど、逆に言えば……騙される方も悪い! 自分の油断を人の所為にするな。油断して隙を晒す間抜けが悪くないわけがない。寧ろ生きるためにやる悪事に良いも悪いもない。全力でやってるのなら、やられた方が悪い!!」
「ベル様…………」
ギラギラと殺気で怪しく瞳を輝かせながらドヤ顔でそう答えるベル。その答えはきっと誰がどう聞いてもおかしいとしか言えない。だがベルならば納得する。この男にはそれが通じるのだ。それこそが薩摩クオリティ。この言葉、実に理不尽である。
ベルの返答に言葉を失うカヌゥ。周りはどんどん数を増していくキラーアント達によって包囲されつつある。
「強がりもそこまでにしといたらどうだい。どのみちアンタはこのままじゃアーデ共々お陀仏だ。そこで手を組もうじゃないか。アーデを囮にして俺とアンタが組めばこの場から脱出出来る。意地を張らずにいこうぜ、なぁ」
その言葉にベルは一旦リリルカの方に顔を向ける。
その時の彼の笑顔はとても怖く、提案に乗るも乗らないも関係なくリリルカは怖かった。
「リリ、少し面白い物を見せてあげるよ」
ベルはリリルカにそう言うとカヌゥの方へと近づいていく。
それを見たカヌゥはベルが提案に乗るのだと思ったのだろう、顔に若干だが安堵の表情が出た。
そんなカヌゥの顔が………ぐしゃりと歪んだ。
「ぶッ!?」
鼻血を噴き出すカヌゥ。そんなカヌゥにしたのは勿論ベルであり、彼の拳は軽く握られていた。そしてベルはその一瞬でカヌゥが持っていた鍵と魔剣を奪い返す。
顔面に感じる痛みに顔を歪ませるカヌゥはその手に持つ物を見て叫ぶ。
「なぁッ!? か、返せ!」
勿論返す訳がない。なら本来の持ち主に返すのかといえば……………答えはNOだ。
ベルは奪い取った鍵と魔剣などの荷物を全部キラーアントの群れに投げ込んだ。そこに行くには群がるキラーアントを蹴散らさなければならず、それが出来ないカヌゥ達には絶望しかない。その上この状況はもう命も絶望的であり助かる術もないのだ。
「あ………ああ…………」
ベルの暴挙にカヌゥは勿論リリルカさえも言葉が出ない。
そんなことなど全く気にせず、それでいてカヌゥ達にだけ見えるようにベルは笑う。それまでの殺気に溢れた笑みではない。謀略に彩られた魔王の笑みを。
「師匠と旅をしていた時に人に聞いた話なんだけど、『尊厳がなくてもご飯が食べられれば人は生きられる。ご飯がなくても人は尊厳があれば生きられる』っていうんだ。素敵な言葉だよね、僕は感心するよ。特に良いのはその後だ。『だが、両方なくなるともはやどうでもよくなる。何にでも頼る』。これを聞いて僕は色々と考えさせられたよ」
この言葉の意味をリリルカは理解出来なかった。きっと理解出来るのは実際にご飯(鍵や魔剣)を食べられず、また尊厳(助かる術)をなくしてしまったカヌゥ達だけだ。
この状況に呆然としてしまうカヌゥ達。本来ならベルに向かって本気で襲いかかってもおかしくない。だが、もう目の前で既に詰んでしまった人生に彼等はどうしようもなく途方に暮れてしまったのだ。
そんな彼等にベルは更に追い打ちをかけた。
「僕はこの程度の首なら余裕で刈れる。僕は助かるし、助けにきたリリも助かる。でも貴方たちは助からない、絶対に」
死刑の最終通告に顔を真っ青にするカヌゥ達。
そんな彼等にベルは最後に悪魔の囁きをする。
「ただし、僕のお願いを聞いてくれたのなら、まぁ道くらいは作ってあげるよ」
「ほ、本当ですかい」
「あぁ、それぐらいならね。だから僕がお願いすることを守ってくれよ」
「た、助かるんだったら何でも!」
囁きに乗ったカヌゥにベルは実に悪そうな笑みを浮かべる。
「まずこれから先一生リリと関わるな。そして僕がこれからすることに全て目を瞑れ。もしお前達のファミリアが何かしら聞き出そうとしたら知らないと白を切れ。上がった後にギルドに少しの間避難でもしていればいい。それだけで直ぐに済む。もし守れなかったらその時は…………君たち皆根切り(皆殺し)だ」
獰猛で毒々しい殺気がその言葉を真実だと語る。だからカヌゥはそのお願いに必死に頭を縦に振って応じた。そうしなければ死んでしまうと分かるから。
「それじゃ行こうか」
「え………きゃぁ、ベル様!?」
カヌゥとの話し合いを終わらせてリリルカを片手で抱きかかえるベル。彼女は急に抱きかかえられて驚く。
そして始まったのはベルの大太刀によって切り開かれていく『血路』。相手の血によって染まった道を彼等は進んでいく。
そしてカヌゥ達は安全圏に着いたところで腰を抜かし満身創痍でしゃがみ込んでいた。
その姿を最後にベルはそのままリリルカと共にダンジョンから出る。
「ベル様、どうしてリリを助けたのですか? あの男が言っていた通りリリは悪人です。これまで一杯悪い事をしていました。なのに何で………」
助けてもらったことに感謝で一杯だが、それが胸を締め付けて仕方ない。知られたくなかったことを知られてしまったのに、ベルが何故今までと変わらず自分と接してくれるのか彼女には分からなかった。
そんな彼女にベルは笑いかける。
「リリが諦めてなかったから、助けてって言ったからだよ。君の目をみて分かってた。君は助けて欲しいって叫んでた。でもただ求めるだけなら駄目だ。他力本願な願いならいっそのこと諦めろ。人に助けてもらわなければ生きられないようならさぱっと死んでしまえ。でも、君は最後はそうじゃなかった。最後に君確かに言った。意地を持って助かりたいのだと、自分で進んで生きたいのだと。だから僕は助けたんだ。自分で助かろうとする君となら、一緒に行って助けてあげようと思えるから」
「ベル様……………」
実に酷い言葉。要するに自分で助かるために行動しない奴は死ねと、ベルはそう言うのだ。それは善人が聞いたら卒倒するような話だろう。だがベルはそういうのだ。誰かに縋るしかないのなら死んだ方がマシなのだと。
だがリリルカにはそれが酷く心に染み渡った。ベルの優しさ?に触れて胸が高鳴る。ベルを見ていて顔が熱くなっていくのを感じ、そして自分の感情をやっと理解した。
(リリはベル様のこと、きっと……………)
きっと彼女の精神もおかしくなってしまったのだろう。でなければそんな感情が動くはずないのだから。
顔を赤らめつつベルを見つめるリリルカ。そんな彼女は可愛らしい。
だが残念かな、この男。そんな彼女の魅力など一切気付かない。
「さて、それじゃ行こうか、リリ」
「どこにですか、ベル様?」
あの窮地からやっと脱出でき安堵している彼女にベルはそう話しかける。どこに行くのだろうか? 前に行ったあの酒場だろうか? それとも別の素敵な場所だろうか?
リリルカの頭はそんな事を考えてしまう。彼女の頭は花畑に近い。
だが………ベルはそんな花畑に爆炎を放り込んだ。
「ソーマ・ファミリアのホームに。だってリリがこの先助かるためにはファミリアから手を切らないといけないから。だから早い内に神ソーマにあってファルナを解除してもらおうか」
「え、ベル様、それは………」
流石の言葉に花畑を燃やし尽くされ表情が引きつるリリルカ。
そんな彼女にベルは背伸びをしながら言う。
「さっきまで頭を使っていたけどさ、やっぱり僕は単純な方が好きだね。だから今から行こうか、ソーマ・ファミリアに」
そして再び現れるギラギラとした殺気に溢れる瞳をした笑み………薩摩兵子の笑みを浮かべながらベルはリリに笑いかける。
「さぁ、リリの為にソーマ・ファミリアに殴り込みだ。流石に首を取るとギルドが五月蠅そうだからね。逆に言えば取らなきゃ文句はでないしょ」
まるで遠足に行くかのようなテンションのベルにリリルカの顔は凍り付いた。
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第18話 ベルは彼女を助ける 後編
月明かりが夜道を照らし幻想的に見えるオラリオ。いつもは酒場の明かりが辺りを照らし賑わいに満ちているはずなのに、何故か今日はそれがなくひっそりとしていた。皆何かしらの理由で店を休みにしているだろうというのが一般的な考えだが、彼女にはそうは思えない。まるでこれから起こるであろう事に怯えているようだと、彼女は前をいく彼を見ながら思った。
そう思われている彼………ベル・クラネルは彼女……リリルカ・アーデが考えている事など気にしていないと言わんばかりにズンズンという効果音が付く程に前の道を歩いていた。
その顔は実に危険な色で彩られており、殺気に怪しく輝く瞳をギラギラとさせている。もし一般人が見たら即座に逃げ出すか気絶するかもしれない。それぐらい今のベルは『おっかなかった』。
「べ、ベル様、待って下さい!!」
先をまさにズンズンと進んでいくベルにリリルカは慌てながら追いつき声を掛ける。
これからベルがしようとしていることがあまりにも突拍子もなく危険すぎることだから。
自分のために行動してくれることが嬉しいとは思うが、その為に危険な目に遭って欲しくない。だからベルを止めようとするのだ……好きになってしまった彼のために。
だがベルはその声を聞いても歩みを止めない。
「どうしたの、リリ?」
いつものように話しかけるベル。笑顔を向けてはいるが、やはり紳士的ではない笑みだ。
そんなベルにリリルカは必死になって止めようとした。
「どうしたの……じゃありませんよ! ベル様、これから何をしようとしてるのか分かっているのですか?」
「何って決まってるじゃないか……リリの所属するソーマ・ファミリアに向かってるんでしょ。そこで神ソーマにリリの退団をお願いしに行くんだよ」
リリの必死な様子に比べ、ベルは落ち着き過ぎて逆に不気味にすら見えるだろう。
寧ろドヤ顔かまして言う辺り、そこに一切の躊躇はないらしい。
だからこそ、余計にリリはベルを心配する。
「いや、確かにそう言っていましたけど、でもまだリリはお金を貯めてませんし、それに別に今じゃなくてもいいじゃないですか! もっとファミリアの人達がいなくなってる時とかを狙って、ってそうじゃなくてそれ以前にリリの所為でベル様が危ない目に遭うのは駄目です! もっとお金を稼げればいずれはきっと退団するためのお金だって集まりますから、だから…………ベル様、リリの為だからといってこんな危ないことをしないで下さい!!」
退団する金額は膨大であり、どれくらいかかればそこまで稼げるのか分からない。だが、それでもいずれは稼げるはずだとリリルカはそう言ってベルに止まるようお願いする。自分の為に危ない目に遭うのはいけないと。
そう必死に好きになったベルを止めるリリルカだが、ベルはそんな彼女を見てその想いに気付かない。彼女が心配してくれるのは分かる。だが、それでも………いや、寧ろ逆だ。だからこそ、ベルは歩みを止めない。
「リリ、君の心配してくれる気持ちは嬉しいよ。でもね……それだけは絶対に駄目だ。時間は優しい時もある。経った分だけ癒やすこともある。だけどね、同時に時間は無残に残酷だ。その時の『思い』を風化させる。その時確かに思った『感情』は強烈なのに、時間は経つごとにそれを薄れさせていってしまう。正も負も平等にそれは劣化させる。だからこそ言えるのさ………その想いを抱いたのなら即行動に移せって」
ドヤ顔でそう語るが、要は時間が経つと意思が緩くなるからいつまで経っても本懐をなせない。だから抱いている内に行動しろという無謀。言っていることは分かるが、だからといって行動しようにも問題を解決する術がないのだから意味がない。
そう言おうとするリリルカだが、まったく止まる気配を見せないベルに何とか追いつきつつソーマ・ファミリアのホームの場所までの道を律儀に答えながら一緒に走る。
これから起こるであろうことに顔を青くしながら。
そしてベルの足が止まった。
目の前にあるのは多少豪華で大きい建物で、更に敷地の奥にはその建物以上に大きな倉が三つほどある。どうやら酒蔵のようであり、このファミリアの実情を表しているようだった。ホームよりも大きな酒蔵というところが。
此所こそが目的地……ソーマ・ファミリアのホームである。
自分のホームであるオンボロの教会を少しだけ思い浮かべたベルだが、関係がないので直ぐに頭から消した。別にそれを比べる気などないのだから。
そして止まった足を再び動かし始めるベル。その行く先にあるのはソーマ・ファミリアのホームの入り口。
ベルが向かう先で何をするのかなどもう分かるだろう。そしてリリルカは一緒に居ながらも止める術がない。ベル・クラネルという男はこうだと決めたのなら絶対に行動する男だということを先程の説明も含めて理解してしまったから。
ただひたすら顔を真っ青にしながらもベルの後ろを周りの団員に気付かれないように付いていき、ベルの安全を願うことだけが唯一彼女に出来ることだった。
「あぁ、テメェ何用だ? ここがソーマ・ファミリアのホームだと知ってのことか?」
どのホームにも(ヘスティア・ファミリアや他零細ファミリアを除く)基本ホームの前に門番を置く。それは他のファミリアへの牽制や防衛などの意味があるのだ。ファミリアによっては襲撃を受ける場合もあるのでこういう物は必要である。
門番役の団員は当然こちらに向かってくるベルを見て警戒心を露わにしながらそう問いかける。
問われたベルはといえば、それこそ堂々と答えた。
「リリを神ソーマと会わせに来た。僕はその立会人だ。通してもらおうか」
「はぁ? 何言ってやがるテメェ!」
当然ベルの言葉に怒りを滲ませながらより警戒する門番。ベルの言葉の意味をまったく理解出来ないが、既にベルを追い出すために戦闘態勢に移る。
だが、ベルは門番が動くよりも先に動いた。
「邪魔するなら容赦しない!」
「んげぇッ!?」
その言葉と共に門番が反応出来ない速度で拳を繰り出し、門番の顔面がぐしゃりとひしゃげた。
壁に叩き付けられた門番の顔面は無残の一言に尽き、何とか呼吸していることから生きていることが窺える。
目の前で起こった惨状にリリルカは息を吞んだが、まだこれは始まりに過ぎない。
「さぁリリ、逝こうか」
その言葉が誤字ではないことが分かってしまいリリルカは顔を更に青くした。
そんな彼女だがそれでもベルの後ろを付いてくる辺り、ベルはそれが微笑ましい。
だが、その笑顔はギラギラとした物で物騒極まりない。
門番が倒れた際に起こった大きな物音で当然他の団員もこの緊急事態に気付き集まってくるのは当然の反応である。
「テメェ、どこのファミリアだ!」
「ここにカチコミかけといてタダで済むと思ってんのか、あぁッ!!」
「ぶっ殺してやる!!」
まるでどこぞのチンピラのような陳腐な台詞を吐く団員達。その中には至極真っ当な物もある。ファミリアに襲撃をかける存在など同じ冒険者しかあり得ないからだ。
だが答える馬鹿がいないように、ベルもまた答えない。
いや、答えないのではなくその必要がないからだ。何故ならこれはリリルカの問題で在りベルは立会人でしかないのだから。
だからベルは両手を組んで堂々と仁王立ちしながら周りの団員に聞こえるように堂々と言った。
「神ソーマはどこに居る! 僕はリリルカ・アーデを神ソーマと会わせに来た! その立会人としてここに居る、邪魔する奴には容赦しない!!」
その言葉の意味などないのだろう。彼等にとってベルはただの襲撃者にしか見えない。
「皆野郎をぶっ殺せ!! 生きて帰すなよ!」
その怒号と共にベルに向かって駆け出す団員達。その手に持つ剣や斧などの武器から殺意が露わになっている。
その光景に物陰から隠れて見ていたリリルカはもう駄目だと思ってしまう。止められなかった自分を呪うしかない。ベルはメチャクチャででたらめな強さを誇るが、それでも冒険者相手では流石に無理だと分かっていたのに。
だが、それでも………ベルを見ていると大丈夫だと、そう思ってしまうのだ。
それがタダの思い込みだとしても、それでも彼女はそう思ってしまった。現実はそんなに甘くないのに。
後はベルが血祭りに遭うのを見てるだけという最悪の結末が待っているだろう。それを想像してしまいしゃがみ込んで目を瞑ってしまう。そんな光景は見たくないと。
だが、彼女の想像通りにこの男がいくわけがなく………。
「オォオォオォオオォッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」
まるで絶叫のような叫び声にそれまで殺気立っていた団員達は出鼻を挫かれてしまう。その声はとても人が出せるようなものではなく、まるで猿の叫びのような声だった。
そして止まった団員達にベルは一切の容赦をかけない。例え命を取らぬよう、恥首を取らぬように『手加減』しながらも。
「ぐえぇぇぇええぇえええッッッッ!?」
殴る、蹴る、叩き潰す。
向かってくる相手の剣を避けて拳を顔面に叩き込んで顔面の骨を破砕、斧を振りかぶっている相手が振り下ろす前に蹴りを叩き込んで肋骨粉砕、酷いときには相手の武器ごと拳を叩き込んで武器もろともぶっ飛ばした。
目の前で暴れる度に増える瀕死体の数々に最初こそ殺気立っていた団員達であるが、流石に素手で10人以上を叩き潰されると殺気よりも恐怖が勝ってくる。
「ひぃぃいいいい!!」
そんな間の抜けた悲鳴を上げる団員もちらほらと見え始める中、近場の団員の腹を『手加減』して蹴り飛ばしたベルは再び叫ぶ。
「さっきも言ったはずだ、邪魔する奴は容赦なく潰す! 腰の抜けた臆病者はとっとと引っ込め! 刃を捨てた奴を殺すのは法度だ、降伏首は恥だ!!」
その言葉が更に恐怖を助長し逃げ出す団員も多くなる。
この事態に団員達が集まってはベルに叩き潰され血祭りにされて壊されるか逃げ出すか。そのどちらかしかなくなり、やがてはソーマ・ファミリアの団長『ザニス・ルストラ』が出てきた。
「これは一体どういうことだ?」
眼鏡をかけた理知的な男だが、その瞳は欲望で薄暗く濁っている。
団長が現れた事で騒然となっていた団員達が静まり、ベルはザニスへと顔を向ける。
「貴方は?」
「私はソーマ・ファミリアの団長、ザニス・ルストラです。何故こんなことをしたのか聞かせてもらおうか、襲撃者君?」
相手に気取られぬよう余裕の表情でそう問いかけるザニスにベルは先程述べた通りの言い分をもう一回言う。
「リリルカ・アーデを神ソーマと会わせにきた。僕はその立会人としてここにいる。邪魔立てする奴は潰す」
その言葉を聞いてザニスはクスクスと笑う。
「随分と乱暴な言い分だね。リリルカ・アーデならファミリアなのだから主神にだってあえるだろうさ。ただし上納金を積まないといけないけどね」
その言葉にベルはドヤ顔で答えた。
「主神は親で眷属は子、子が親に会うのにそんな理由があるか。兄弟がこぞって下の妹を虐めるな。まさに屑しかいないファミリアですね、ここは」
その言葉にザニスは苛立ちながらもベルを嘲笑う。
「何を巫山戯たことを。仮にもファミリアに何の条件もなく襲撃をかけているのだ。もしバレれば君の冒険者としての人生は終わりになるのかも知れないというのに。なぁに、叩き潰した後に君がどこの誰かを調べれば良いだけだ。こちらにはその方法もあるしね」
ベルの正体などやろうと思えばいくらでも調べられると言いながら脅すザニス。確かにこの事態をギルドが知ったら問題になるだろう。ベルは間違いなくペナルティを喰らいそれはヘスティアにも及ぶ。莫大な違約金とともにファミリアの解散、ヘスティアの天界への強制帰還、ベルの冒険者としての権利を剥奪などなど。
だからザニスは脅すのだ。
普通の冒険者ならこう言われれば恐怖に身がすくむだろう。
だが残念ながらここにいるのは『普通』じゃない。
ベルはその返答にドヤ顔で嗤いながら答えた。
「したければすればいい。つまり貴方たちはギルドにこう報告するわけだ。『レベル1の冒険者にギルドを襲撃されて素手で団員の殆どをぶちのめされました』と。それはどんな恥さらしだ? 僕ならさぱっと死んでるね」
脅しに対し挑発と脅しをかけるベル。
その言葉にザニスの眉間に青筋が浮かびあがった。
周りの団員は自分達の団長の殺気に固まり始め、ベルはそれを受けても堂々としている。
こういう場合、ザニスは団長として団員達にこの襲撃者を全力で殺せと命じるのが常識だ。
だが、既に団員達は満身創痍に近い。仲間の大半を素手で叩き潰され瀕死にされて戦意を喪失している。そんな団員達にそう命じたところでたかが知れている。
それにザニスはベルの口から良いことを聞いた。だからこそ、ベルを嘲笑う。
「レベル1かぁ……なら私の相手にはならないな。私はレベル2だ。言っていることがわかるかい? 冒険者のレベルの差は絶対だ。つまり~、君は私には絶対に勝てな………」
だが、そこで台詞が途切れる。
何故なら……………。
「話が長い。敵を前にしてご託を並べるのは間抜けがすることですよ、レベル2の団長さん」
「ぐぁっ!?」
ザニスが余裕ぶって話している間にベルは一気に飛びかかりザニスの首に左腕を絡めてそのまま倒れ込んだ。
そして地面に叩き付けられたザニスは両腕の二の腕部分をベルの両足で押さえ込まれる。つまりは…………以前のベートと一緒である。
そしてその体勢でマウントポジションを取った者がどうするかなど決まっているだろう。
「聞かれたことに答えてください。神ソーマはどこに居ますか?」
「答える訳がなかッ」
メキャリとザニスの顔面が変形した。その答えはベルの拳である。
これが答えなかった時のこちらの答え。それを示したベルは再びザニスに問いかける。
「もう一度聞きます。神ソーマはどこに居ますか?」
「ぐぅぅぅ、言うわけ、ぎゃはっ!?」
再び拳がザニスの顔面にめり込む。その衝撃だけで地面がめり込みザニスの鼻から血が噴き出した。
そして再び行われる問答。その度にザニスは答えまいとするがそうするだけベルの拳が顔面に叩き付けられる。次第に顔は変形し原型を留めなくなる。腫れ上がり酷い色に変わっていた。
ザニスの意識も最初こそ保っていたが、次第に消えそうになり最後は殆ど残っていない。力なくだらんとした身体にもう誰が見てもザニスの敗北だと言うことが分かった。
ベルもそれは分かっているのかザニスの拘束を解く。
そしてザニスの胸ぐらを掴んで持ち上げると、同じ目線の高さまで持ち上げて最後だと言わんばかりにもう一度問いかけた。
「神ソーマの居所は?」
「……………さ、さか……ぐら………」
その言葉によって判明したソーマの居所。
ベルはそれを聞いてやっと聞けたと思いながら最後にザニスにこう告げる。
「もし僕やリリや神様に何か危害を加えようとしたのなら、その時は真正面から叩き潰してやる。だから覚えておけ…………こういう目に遭うって事を!!」
そしてザニスの額目掛けて『手加減』した頭突きを咬ました。
その破壊力に地面に叩き付けられたザニスは今度こそ意識を手放し頭部を地面にめり込ませた。ちなみに手加減はしたが、ザニスの頭骨は物の見事に罅だらけになったらしい。後に団員が手当をしなければ間違いなく死んでいたであろう。
ベルは固まっている団員達を尻目にリリに声をかけると、今度こそ神ソーマがいるであろう酒蔵へと向かった。
リリルカは団員達におっかなびっくりの様子だが、皆目の前で起こった事に意識が追いつかず呆然としていることでまったく気付かなかった。
そしてついに二人は酒蔵へと入った。
そこでは様々な酒が置かれており、その中で唯一動く者がいた。
その人物は長い髪を無造作に垂らし、目の前の作業に没頭しているようだ。
それを見てベルは特に気にすることなく話しかける。
「貴方が神ソーマですか?」
その問いかけに対し、その者は億劫な感じでゆっくりとこちらに顔を向ける。
「そうだがお前は誰だ、人間よ?」
全くの無気力。興味なさげにそう問いかけてきたソーマの目はベルを見ていない。
「僕はただの立会人。貴方に用があるのは貴方のファミリアの団員、リリルカ・アーデです」
ベルはそう言うとリリルカを前に出す。彼女は不安なのか心細そうにベルを見つめてきた。だからなのか、ベルは彼女の手を優しく握ってあげる。
それだけで勇気づけられたのか、リリルカはゆっくりとながらにソーマに話しかけた。
「お、お久しぶりです、ソーマ様」
「…………お前は確か………いたような気がするな」
興味なさげにそう答えるソーマにリリルカはそれまで溜め込んでいた思いを吐き出した。
「ソーマ様、私はこのファミリアを脱退したいです! だからリリの眷属契約を解除して下さい!!」
その言葉は確かに彼女の思いが籠もった言葉だった。心のそこからの思いは他者の心に響く。
だが、ソーマはそれに反応を示さない。
「………くだらない。だったら金を用意しろ」
まったく相手にしない様子にリリルカの顔は絶望で染まり青くなる。
そんな彼女と違いベルはソーマにドヤ顔をかました。
「そちらこそくだらない。それはファミリアの団長が勝手に決めたことですよね。ギルドに聞いたところ神と団員の同意があれば契約解除は出来ると聞きました。しかもリリは貴方に同意して眷属になったのではない。リリの様子からして自分で進んで団員になったのではありませんね? 大方リリの両親がソーマ・ファミリアだったからリリも同じようにファミリアに所属させられた……こんなところでしょう。なら団長とやらの出した規則とやらも適応外だ。何ならその事実をギルドに報告して貴方共々このギルドを潰す事も出来ますが?」
堂々とした脅迫。それを受けてソーマはベルの目を見ながら口を開いた。
「私にはそこのリリルカ・アーデの眷属解除をするメリットがない。仮にお前の言い分を聞かない場合はどうするつもりだ?」
「聞かせます、絶対に。それが彼女の意思だから」
ベルは譲らないとはっきりと口にする。
その意思の強さにソーマは少しばかり目を開いた。
「それでも聞かないと言ったら?」
「この場で全ての酒をひっくり返して貴方の首を取ります。そうすれば強制的にでもリリは解除されますから」
神を殺すという禁忌さえ平然と辞さないとベルは言う。その答えはこのオラリオの住民が聞いたら卒倒するだろう。それぐらい過激で危険な答えだった。
それを堂々と口にしたベルにソーマはゆっくりとした動きで瓶に入っていた酒を掬いベルにカップを渡す。
「飲んで見ろ………神酒の誘惑に打ち勝つことができれば話を聞く」
それは神ソーマの神酒だ。このファミリアを狂わせている元凶。
それを渡されたベルを見てリリは必死の表情でベルに声をかけた。
「ベル様、絶対に飲んでは駄目です! 飲んだらベル様も!?」
だがその声が終わる前にベルはそれを思いっきり呷った。その姿に絶句するリリルカ。
もしベルが神酒に狂ってしまったら…………そう思うとリリルカは自分を再び責めてしまう。
言葉を失いながら真っ青になるリリルカに見つめられながらカップの中身を半分飲むベル。
その後の反応は……………。
「不味い」
不機嫌極まりない顔でそうソーマに告げた。
その答えを聞きソーマは驚いているのだろう、口が僅かだが開いて塞がらない。
「お前は……違うのか? 吞まれないのか?」
それが何の答えなのかは分からない。だからベルはソーマに酒の感想を遠慮なしに言った。
「この酒には風情がない、気持ちがない、飲む人達の事がまったくない。ただ美味いだけの不味い酒だ」
「美味いのに不味い?」
その意味が分からずソーマは口にし、それを聞いたベルはソーマに問いかける。
「酒は何のために飲みますか?」
「何のため?」
その答えをソーマは分からない。彼は酒を造りはするが飲む事に関しては全く分かっていないのだ。美味い不味いしか彼は考えなかった。
その答えをベルは言う。
「酒とはどういうときに飲むか? それは祝いや決起、または慰め、または弔い。嬉しいときや悲しいとき、何か美しい何かを見ながら物思いにふけるとき、そういう時に酒は付き添ってきた。皆で飲む祝い、仲間が死んだときの悲しみの弔い。酒と人の心は切っても切れない。だからはっきりと言える。この人の心を置き去りにする神酒は不味い。それこそ場末の酒場の麦酒以下だ」
ベルはそう言って残っていた神酒をカップを逆さにして床にぶちまけた。
それはソーマ・ファミリアの団員が見たら目を血走らせながら卒倒する光景である。
リリルカはそれを見てやっとベルが正常であることがわかり泣きそうになってしまう。
ソーマはその光景を見てベルに改めて向き合う。その目は今までの何も見ていなかった目と違う。確かにベルの事を見ていた。
「いいだろう、お前のいう通りアーデの眷属契約を解こう。何よりもお前の話をもっと聞かせて欲しい」
ベルをしっかりと認めたソーマによってやっと彼女はこの地獄から解き放たれた。
こうしてソーマ・ファミリアから脱退することが出来たリリルカ。ソーマ・ファミリアは団員の3分の2を瀕死にさせられて実質行動不能状態になり、ベルが言った通りギルドに訴えることもしなかった。いや、出来なかったと言う方が正しいだろう。
団長があんな目に遭ってそれが出来るほど彼等は義理堅くなかったのか、もしくはベルに恐れを抱いて報復を怖がったのか、それは定かではない。
自由になり『一般人』に戻ったリリルカとの帰り道。ベルはリリルカに『紳士的』な優しい笑みを向けながら問いかける。
「さて、これでリリは自由になったわけだけど、これからどうする? 今なら何にだってなれるよ」
その問いかけにに対し、リリは顔を赤くしながらベルに寄り添う。
「確かにそうですね。でもリリだって義理堅いんですよ。こんなリリのためにファミリアに殴り込みをかけてしまうようなお人の恩義に報えないような、そんな駄目な女になる気はありません。だからベル様………リリはベル様の側にいます……ずっと………」
それがベルにはヘスティア・ファミリアに改宗するというように聞こえた。
だが、リリにとってそれがどういう意味なのか………それは彼女だけが知っている。
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第19話 ベルは彼女の改宗を見守る
ベルのお陰?でソーマ・ファミリアを抜けることが出来たリリルカ。彼女は今まであった呪縛から解放された事に最初こそ呆気にとられていたが、その実感をベルと共にいることで感じどうしようもない嬉しさが溢れる。
それは当たり前のことだろう。まさに呪いとしか言い様がない程に今まで凄惨で悲惨な目に遭ってきたのだ。それがもうない。自分はもうあんな目に遭うことはないし、自らの罪悪感を押し殺しながら人の物を盗む必要もない。
日の当たるところで自由だと、そう彼が言ってくれた。
そしてそうしてくれた彼に彼女は想いを寄せる。自分の全てを救ってくれた、同じ歳の頃の男の子。強くて優しくて、破天荒で突拍子もないがそれでも優しくて、そんな彼を彼女が好きになるのは無理もない。それが『戦狂いの狂人』だとしても、好きになってしまったからにはしょうがないとしか言い様がなかった。恋は盲目とはいうが、きっと周りから見たら彼女のそれは度を超していると言われるだろう。それでも彼女はベルに夢中だ。
何せこれが初めての恋なのだから…………。
「ベル様ベル様!」
「やぁ、リリ。おはよう」
ソーマ・ファミリアに殴り込みをかけてから二日が経ち、落ち着きはじめたリリルカはベルと待ち合わせをしていた。これがデートなのなら良かったと心底思う彼女ではあるが、『これから』のことを考えればこれは絶対に必要なことだと思い飲み込むことにした。
何故待ち合わせをしたのかと言えば…………。
「それじゃ行こうか。ヘスティア・ファミリアのホームへ」
「はい」
ベルにそう言われリリルカはベルに身を寄せるようにしながら歩き始めた。
今日の予定……それは彼女、リリルカ・アーデがヘスティア・ファミリアに改宗することであった。
その為にベルに案内してもらうことになった。元から弱小で零細なファミリアなのでホームの場所など分からないのだ。ギルドに聞けば分かるかも知れないが、そんなことを聞くよりベルに聞いた方が早い。まぁ、彼女からしたら少しでも『愛しの』ベルと一緒に居られる時間を長くしたかったのだろう。
そんなわけでベルはリリルカを連れてホームへと帰ることに。この日はダンジョンに潜る予定はなく、このままリリルカの歓迎会になるだろう。
主神であるヘスティアに一応の話は通してあるのだが、最初彼女はそれを本当の事とは思えなくてベルについつい聞き返してしまっていた。そんなヘスティアにベルはあっけからんに普通にこう言ったのだ。
『神様、今日は入団希望者が来るからちゃんとらしくして下さいね』
そんな蔑な言葉をかけられたヘスティアは当然怒ったが、ベルがそれを聞き入れるわけなく、入団希望者がどんな人物なのかヘスティアは気になって仕方ない様子であった。
そして運命の時が来る。
ベルがホームを出て時間が少しばかり経った後にホームの扉がノックされた。
その音にヘスティアの肩がビクッと震える。
「神様、連れてきましたよ」
扉越しに聞こえるベルの声で若干の緊張が解れるヘスティア。彼女は萎縮しかけている身体を何とか動かして扉を開けた。
「お帰りベル君。それでその………例の希望者は………?」
ヘスティアのその問いかけにそれまで物珍しく辺りを見回していたリリルカはヘスティアに少し緊張した様子で答えた。
「は、初めまして! リリルカ・アーデといいます、よろしくお願いします!」
その声と真面目そうな様子にヘスティアは少しばかりホッとする。
彼女の中にはある不安があった。それはこの入団希望者が『ベルの紹介』だということ。
あの『功名餓鬼』で『薩摩兵子』な『戦狂い』のベルが紹介してきたのだ。こういってはアレだが、紹介された人物が『普通』であるとは思えないのである。だからこその不安。只でさえベルでもう辟易しているのに更に似たようなものが来たのなら真剣にストレスで死ぬかも知れないと。史上初、ストレス超過で天界に強制帰還された神などと不名誉極まりないことになりかねないのだ。
だからリリルカが『普通』っぽい事で彼女の不安は半分ほどなくなった。
その事実に救われた気分になったヘスティアは笑みを浮かべつつリリルカに話しかける。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。僕がこのファミリアの主神、ヘスティアだ」
その自己紹介を聞いてリリルカは気を引き締め、ヘスティアもまた面接するべく意識を集中させる。そんな二人にベルは飲み物でも用意しようかと思い台所に向かおうとしたのだが、それはリリルカに止められた。
「ベル様、その………一緒に居てくれませんか。リリ、不安で………」
少し潤んだ瞳で俯きつつも頬を赤く染めてベルを見つめるリリ。そんなリリにドキドキなど『しない』ベルは普通に言葉の通りと捉えて彼女と一緒にいることにした。
(んッ?)
そんなリリルカの様子を見てヘスティアは違和感……というか、ほぼ確信めいたことを察した。というか丸わかりなだけに正直疑問しか出ない。
(ま、まさかそんな………いや、まさかねぇ? いくらなんでもそれは………)
そう思いつつもう少し観察しようと思いながらヘスティアはとりあえずリビングにベルとリリルカの二人を通した。
いつもは二人で食事をするテーブル。それに向かい合う形で着席するヘスティアとリリルカ。尚ベルはリリルカの隣に座っている。
「それでは改めて面接をしようじゃないか」
ヘスティアの言葉に場の空気が若干堅くなる。それが真面目な雰囲気というものだが、ベルと一緒にいた時間が長かった所為なのか、あまり緊張しないリリルカ。隣にベルが居るのが大きいようだ。
「まず君は元冒険者だろ? いくら他のファミリアから抜けたと言っても直ぐに恩恵が失われるわけじゃない。だから僕にはわかる。君はどこのファミリアにいたんだ?」
ベルからあまり聞いていないのか、諸々聞いたら胃に穴が空くのを本能が恐れてなのかあまり聞かないようにしていたのか。リリルカに関しての情報があまりないヘスティアはそう聞いてきた。これを聞いておかないとファミリア間における厄介事に巻き込まれる可能性が出てくるからだ。身元はしっかりと洗っておいた方がいい。
その問いかけにリリルカは少しだけ緊張しつつ答えた。
「その………ソーマ・ファミリアです。リリはそこでサポーターをしていました」
「ソーマ・ファミリア? あそこは抜けるのに莫大なヴァリスが必要って聞いたけど、よく用意できたね」
神々の間でもソーマ・ファミリアの悪評は有名らしく、ヘスティアの耳にもそれは入っていた。その言葉に対し、リリルカはすこしばかり俯きつつ小さく答える。
「いえ、その………お金は用意出来なかったんです………」
別に嘘をついても良かった。だが、ベルの前で嘘をつきたくないと彼女は思ったからこそ正直に答える。
その答えにヘスティアは当然疑問に感じた。
「だったらどうして脱退出来たんだい?バイトとかで色々お客さんから話を聞くけど、あのファミリアの団員は執念深いんだろ。お金も払わずに出来るわけが……」
若干きな臭い香りを感じ始めたヘスティアはジッとリリルカを見た。
その視線を感じてリリルカは目を少し彷徨わせつつ小さく答える。
「べ、ベル様のお陰です…………」
その言葉にそのジト目がベルの方に向いた。
きな臭さがかなり大きくなり、それまであった主神らしさなどドブに捨てたかのようにヘスティアは威厳も何もなくベルを問い詰める。
「ベル君、正直に話しなさい。怒っても気にしないだろうから」
その言葉にベルは普通に『紳士』らしく答える。
「最初はリリがサポーターとして雇って欲しいって言ってきて、それで雇ったんです。まぁ、その前の日に彼女がいざこざに巻き込まれてるのを見たからと言うこともあったんですが」
「ふんふん」
「それでしばらく彼女と一緒にダンジョンに潜っていたんです。リリはとても優秀なサポーターで僕はとても助かってましたよ」
「ベル様………」
最初の出だしを聞いてとりあえず感心するヘスティアに褒められて頬を染めるリリルカ。
「それで彼女に色々と聞いたんですよ。ソーマ・ファミリアの事とかを色々と。それで彼女が好きで入っているわけじゃなくて辞めたがっていることが分かったので」
「まぁ、それで助けてあげたんだね」
そこまで聞けば普通の好青年。だがこの男がここでとまるわけがなく………。
「なので………神ソーマに直談判しにいきました」
「へ?」
「具体的に言えば、神ソーマにリリをファミリアから脱退してもらうために、ソーマ・ファミリアに殴り込みをかけました」
その言葉にヘスティアは急激な胃痛を感じ呻いた。
「君は……くぅ…何してるんだい、このバカァ!?」
「馬鹿とは酷い。僕は普通にしただけですよ」
ベルはしれっとそう答えるが、当然それが普通なわけがない。
「どうしてそうなるんだ! リリルカ君を辞めさせるのは分かるけど、殴り込む必要はないはずだろ!」
ヘスティアの正論にベルはそこで『薩摩兵子』の顔をしながら答えた。
「それが必要だったから。ファミリアにしても主神にそのまま会わせるとは思わなかったし、リリが自分で決別したいと言ったのだから僕はそれを助けただけです。ケジメを付ける必要もあったし嘗められるわけにもいきませんでしたから」
暴力万歳な思考にヘスティアはめまいがしてきた。
「言いたいことは分からなくはないけど、でももう少し穏便にする方法も……」
「ないです。ああいう手合いは甘くすると付け上がる。徹底的に叩く必要がありますから。まぁ、あんな下衆の首なんて恥首だから取りたくはないですけどね。命を取るとエイナさん(ギルド)が五月蠅そうですから、取らないように手加減しただけマシでしょう」
ドヤ顔でよくやったと言わんばかりのベルにヘスティアの頭痛は酷くなる一方である。
つまり話を簡潔にすると……………。
『サポーターに雇った子がファミリアを辞めたがってる。でもお金がないと辞められないという鬼畜設定』
『でもそのルールはファミリアの団長が決めたもので主神ソーマは関係ない。なのでソーマに直談判して眷属契約を解除してもらえば良い』
『だから話しに行って邪魔してきた団員を片っ端からぶっ飛ばした。(手加減したけど皆半殺し以上、ベルは意識しておらず)。ついでに団長が五月蠅かったので示しも併せてボコボコにした。そしてソーマを脅してリリルカの契約の解除』
ということらしい。それだけでヘスティアの胸はもう一杯一杯だ……ストレスで。
口の中に血の味がしたような幻味を感じつつ彼女は一回深呼吸する。そしてこれ以上自分の身体が破壊されることを恐れて『ベルがしでかした事について』考えることを止めた。
「とりあえず話は分かった。それでリリルカ君、君は本当に僕のファミリアでいいのかい? 君の申し出は嬉しいけど、こういっては何だがウチは零細ファミリアでしかも団員はベル君だけだ。他のファミリアの方が安全だと思うんだけど?」
その問いかけに対しリリルカはヘスティアに今までで一番大きな声を出した。
「リリはこのファミリアがいいんです! このファミリアじゃなきゃ駄目なんです!」
そう力強く言ってベルの方をじっと見るリリルカ。ベルはリリルカに見られて軽く微笑んだ。
そんなリリルカを見てヘスティアは『最終確認』をすることにした。
「わかった。とりあえず詳しい話を僕の部屋でしようか。ベル君、覗くんじゃないぞ。これは女同士の内緒の話だ」
「はぁ」
やる気など欠片も感じさせないベルの返事を聞いてヘスティアはリリルカを連れて自分の部屋をと行く。そして部屋に入るとリリルカに向き合い話しかけた。
「リリルカ君……その………君がこのファミリアに入りたい一番の理由は………ベル君だね」
その言葉を聞いた瞬間リリルカの顔が真っ赤になる。
「いや、そんなことは…………」
「あれだけあからさまにベル君を見てれば誰だってわかるよ。それに子は神に嘘はつけないんだよ。君の入りたい理由がベル君だというのはバレバレだ」
「ぁぅ…………」
好意がバレてしまったことによりリリルカはリンゴのように顔を真っ赤にしてもじもじとし始める。その姿は同性であるヘスティアでさえ可愛いと思った。
だが、ヘスティアにはその感情がイマイチ理解出来ない。恋愛は分かるし自分もしたいとは思う。違う世界の自分ならきっと違うベルの事を好きになっていたのかも知れない。だが残念かな、ここにいるのは『あのベル』だ。思慕の念を寄せるより先にストレスで脱毛する。
「一体ベル君のどこがいいんだい?」
そう問いかけられ、リリルカはもじもじしつつベルのことを思い出しながら熱の籠もった吐息を漏らしながら答えた。
「ベル様は優しくて格好良くて強くて、それにそれに…………」
次々と漏れ出すベル賛辞。聞いてるヘスティアは胸焼けがしてきた気がする。
もうベタ惚れなリリルカはベルへの想いが溢れているようだ。もう視線から好き好き言っていそうである。
そんな彼女だがある程度ベルの賛辞を述べた後、逆に問いかけてきた。
「ヘスティア様はベル様のこと、好きじゃないんですか?」
それはライバルを見定めるような目と共に送られてきた。その質問を受けたヘスティアはといえば………………。
「いや、ないない。ベル君と恋仲になるとか想像できないし。仮にそうなったら即座に僕はストレスで天界送りになってるよ」
逡巡なしに即座に答えた。
「最初は可愛い男の子だなぁって思ったけど、蓋を開ければバーサーカーで脳筋だし、自分のルールで好き勝手に生きすぎててついて行けないし」
「そこがいいんじゃないですか。ベル様は自分の信じる道をひたすら突き進む信念のお人ですから………キャ」
頬を染めながらそう語るリリルカを見てヘスティアは思った。
(この子駄目だ、もう完全に染まってやがる………)
救いがない、救えない。下手をすればソーマ・ファミリアに居た方がまだマシだったかもしれない。そう思えるくらいそれは酷かった。
だからヘスティアはもう彼女に諦めの表情を向けながらこう言った。
「まぁ、その………君の恋路が叶えばいいね(僕を巻き込まないでくれよ、頼むから)」
「はい、ありがとうございます!」
そしてヘスティアはリリルカに恩恵を刻むべく自分のベットに横になるよう指示を出した。
ヘスティアの部屋から出たリリルカはベルの前に行くと嬉しそうに笑う。
「これからは一緒のファミリアですね、先輩(ベル様)! よろしくお願いします」
「あぁ、こちらこそよろしく、リリ」
こうしてヘスティア・ファミリアに新たな団員が増えた。
彼女の名はリリルカ・アーデ。ベル・クラネルに恋する『残念』な女の子である。
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第20話 ベルは彼女の願いに応じる
すみませんでした!
夕暮れの黄昏時、茜色に染まる室内にて膨大な数の本棚を背に彼女は優雅に玉座に座る。
その身に纏うのは露出面積が大きく服としての機能を半分ほど捨てた淫靡なドレス。そしてそれを纏う彼女は美の化身たる女神『フレイヤ』である。
彼女はその美しさもさることながら着ているドレスよりも更に淫靡で恍惚な顔をしながら目の前にあるものを見ていた。それは空間に出来上がった鏡のようなもの。そしてそこに映し出されているのは白髪をした十代前半の男の子。男の子はダンジョンでモンスターと戦っていた。その顔は普段浮かべる優しいものではなく、殺意と闘気で漲った怪しいギラギラとした笑みだ。そして男の子はその笑みに違わず猛威を振るう。手に持った大太刀でモンスターを次々と切り裂いていく姿はまさに鬼。その姿は誰が見ても戦慄するだろう。
だが彼女はそうではなかった。
「はぁぁ…………」
熱の籠もった艶息を吐き出し、まるで発情した雌のような潤んだ瞳で男の子を見つめていた。まさに娼婦のような顔だが、その瞳には恋に焦がれる乙女のような輝きを満たしている。
「やはりいいわぁ、ベル………貴方の輝きはいつも私の胸をときめかせてくれる」
目の前に映る男の子………ベル・クラネルにフレイヤはそう語りかける。別に聞こえるわけではない。だがそう言わずにはいられないくらい彼女はベルに夢中だった。ベルの容姿も性格もそうだが、何よりも彼の魂の輝きにフレイヤは惹かれている。一級の冒険者でも神々でも持ち得ない、危険なまでにギラギラとした輝き。白に近いが輝きが凄すぎて何色か判別できないくらい素晴らしいそれは彼女にとって初めてのものだった。
欲しいと本能が叫ぶ。だが同時にそれはいけないと理性が律する。自分がもし仮に彼を手に入れたとしたら、きっと彼の輝きはなくなっていると分かってしまうから。
だから見つめ続けるのだ。もっと彼の輝きを見ていたいから。
そして………『もっと彼の魂の輝きを見たい』。
自分が彼の魂をもっと輝かせたいと、そう思うようになったのだ。その為に手段を選ぶ気はない。
だからこそ、彼女は側に控える自分の愛にもっとも真摯な子に話しかける。
「ねぇ、オッタル。私、もっと彼の輝きを見たいわ。彼を輝かせて」
その言葉に反応したのはフレイヤの側にいた獣人『猪人』。彼の名はオッタル、フレイヤ・ファミリアの団長にして冒険者ナンバーワン、唯一絶対無二のレベル7『猛者(おうじゃ)』の二つ名を持つ最強の男である。
オッタルは主神の命を受け、静かに、しかしはっきりとした声音で答えた。
「御意」
そしてオッタルはフレイヤのいる部屋から離れる。
主神の主命を果たすべく、彼はこれからダンジョンへと向かう。自分が考えつく限りの最強を持って主神を夢中にさせる男の魂をより輝かせるために。
それはダンジョンに潜り終えてリリルカと別れた後にあった。
ホームまでの帰り道の最中、偶々出会ったとしか言い様がない。彼女はベルの姿を見て目を見開きながら驚いたようだ。それに対し、ベルは特に気にした様子もなく普通に微笑む。
「べ、ベル…………!?」
「あれ、アイズさん?」
久しぶりに会ったような気がするベルは『紳士的』に彼女へと歩み寄ると、朗らかに笑いながら挨拶をする。
「こんばんは、アイズさん」
「うん、こんばんは……ベル」
ベルに挨拶されアイズもまた返す。それは至って普通のこと。だから何かあるというわけでもない。
「お元気そうで何よりです」
「う、うん…………君もそうだね」
ベルは軽く会話でもして直ぐに帰ろうと思ったのだが、アイズはそうではなかった。
実は彼女、ベルを探していた。
彼女はベルの強さを知っている。それを間近で見ていたからこそ分かる。アレは圧倒的な強さだと。自分と同じレベル5のベートを一方的に打ち負かし、武器なしとはいえ苦戦していたモンスターを一刀の下倒した。レベルは知らないが、その力は自分達に勝るとも劣らない程に凄まじい。だからこそ知りたくなったのだ。ベルのことを。ベルがもつ力の事を。それがあれば自分はもっと強くなれるのではないかと思ったから。
だから探した。ファミリアの皆には知られぬように目立たないよう心掛けながら。しかしこのオラリオの中で一人の人間を探すのは中々に苦労する。特徴的とはいえどこに住んでいるのかも知らず、ベルの行動を予測するほどの情報も得られない。だからひたすら足を使って探していた。じゃが丸くん片手にひたすら歩き回っていただけであり、決してサボっていたわけではない。見つからない日々であったが、今日やっと見つけた。
だから少しばかり感情的になりつつもアイズはベルに話しかけた。
「そ、その! 君にお願いがあるの!」
「僕にお願い………ですか?」
会話を切り上げ帰ろうとしたベルはその言葉にアイズの瞳を見つめる。これが本来あるべき歴史の『ベル・クラネル』ならドキドキしていたところだろうが、ここにいるのは薩摩兵子。相手が美人であろうとドキドキはしない。
瞳を見つめるベルはアイズが何を言うのかを待ちつつアイズの瞳に宿すものを見る。
綺麗な金色の瞳。だがその中には渇望があった。それは絶望に近い渇望。それを追い求めていることがわかる。薄れている形跡を見せてはいるが、それは未だに残っている。
そんなものが彼女から見て取れた。相手がどんなものを宿しているのかはその瞳を見ればわかるものだ。下衆な人は瞳が腐っているように、心が美しい人の瞳は美しい。
だからベルはアイズが何を言うのかをじっくりと待つ。まるで彼女を見定めるかのように。
そしてベルに全てを見透かされるような視線に若干緊張しつつアイズは告げた。
「私と戦って欲しい」
「断ります」
アイズの決死のお願い、それに対しベルは速効で断った。
まさかこうも早く断られると思わなかったのだろう。アイズは驚きのあまり口を開けたまま目を見開いてしまっていた。
美少女の呆け顔というのはある意味新鮮ではあるが、そういつまでもしているわけにもいかない。アイズはハッとしてベルにもう少し食らいつく。
「そこを何とか」
「駄目です」
アイズの嘆願を一蹴するベル。そこまで頑なに断られてはどうしようもないと思うが、それでもアイズは食い下がった。
「どうしても?」
「絶対にです」
「なんで?」
アイズは断られ続け流石にむっとしたのか、若干不機嫌になりつつそう問いかけた。
その問いかけにベルは当然のように答えた。
「貴方が女性だからです」
紳士的な答えではあるが、一級冒険者であるアイズにとってそれは失礼極まりないものであった。
「女だからって見くびってるの? 私はこれでもレベル5だよ」
怒気を滲ませながらそう言うアイズ。そんなアイズにベルはそれまであった紳士的なものがなくなり『薩摩兵子』の顔を見せた。
「そういう問題じゃないですよ。それは法度だからです」
瞳をギラギラと殺気で輝かせ不適な笑みを浮かべるベル。それはこの場に於いて明らかに異端で在り、この場の雰囲気が一気に変わって皆呼吸がおかしくなり始める。直にその殺気を当てられたアイズは流石は一級冒険者と言うべきか、若干怯みはしたが堪えた。
「法度?」
法度の意味が分からないのかそう口にするアイズ。そんなアイズにベルは堂々とドヤ顔をかました。
「はい、そうです。先程戦うと言いましたね」
「うん」
「つまりそれは……………」
そこで言葉を途切れらせたベルは殺気を更に深め、そのギラつく目をアイズに向けた。
「首の取り合いだ。戦うと言うことは僕にとって手柄の取り合いに他ならない。つまり殺し合いだ、手柄の奪い合いだ。つまり貴方は僕と殺し合えと、そう言っているんです」
「ッ!?」
これまで冒険者として生きてきた彼女ではあるが、人間同士の殺し合いというのはしたことがなかった。だからこそ、生々しい殺気を向けられて彼女は冷たい汗が頬を伝うのを感じた。
「だからこそ、僕は貴方とは戦えない。戦場の掟に於いて女子供の首は恥首です。それを取る外道はいません。だから女の子である貴方とは戦えない。恥首を取る恥知らずにはなりたくないですから」
ベルはそう語る。殺気は収まることはなく噴き出し続け、場合によっては周りにいた人の中では呼吸困難等体調不良を訴え始める者達が続出していく。
「僕はまだ師匠みたいにはなれません。師匠みたいに女の子は化粧してオシャレして街で楽しそうにして戦場に顔を出すな、とは言えませんから。僕は戦場に女性が出るのは良くないとは思いますけど、それでも冒険者なら仕方ないって思う。でもだからこそ、絶対にその首は取らない。僕が欲しいのは手柄だ、恥首じゃない!」
ベルのその言葉を受けてアイズはビクッと身体を震わせた。
初めて怖いとも思ったが、だからあんなに強いのかとも思った。初めて同世代の子供に抱いた感情は新鮮である意味彼女と似てもいた。
だからこそ、アイズはベルにこういうのだ。
「なら………私の稽古をつけて。戦うわけじゃないなら首の取り合いじゃない。だから私に稽古を付けて欲しい。君とそうすればもっと強くなれるような気がするから」
その申し出にベルは最初こそ考えたが、ジッとこちらを見つめるアイズにやがて折れた。
「分かりました。ならとりあえず明日の早朝、市壁の上に来て下さい。あそこはあまり人が居ないですから」
「わかった、ありがとう、ベル」
ベルに許可され嬉しそうなのか微笑むアイズ。本来のベル・クラネルなら赤面する威力のあるものだが、このベルはそんな事なく別れを切り出す。
「あぁ、そうそう。アイズさん、これだけは言っておきますね」
「?」
「『殺す気』で来て下さい。僕は手加減が苦手なんです」
そう言ってベルはアイズと別れた。
アイズはこの言葉の意味を理解出来なかった。手加減が苦手ということがどういうことなのかも。それを知ることになるのは明日の朝だろう。これから始まるのがどういうものなのかを知ることが…………。
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第21話 ベル式稽古の付け方
「ベル、おはよう」
「おはようございます、アイズさん」
翌日早朝にてベルはアイズに告げた通り、市壁の上に来ていた。彼は戦闘に於いては薩摩兵子だ。ルールなぞ一部を除いてほぼ無用のような戦い方をするが、基本的には紳士的な人物だ。だからこそ、自分が言ったからにはアイズよりも先に来ていた。
さて、ここで稽古を付けるという話になったわけなのだが、具体的に何をするのかは一切言っていない。だからなのかアイズは若干緊張していた。
そんなアイズにベルは柔らかな笑みを向ける。
「そんなに緊張しないで下さい。やることは簡単ですから」
可愛らしさの中にあるしっかりとした父性を感じ察せるその様子にベルに好意を向ける女性ならクラッと来たかも知れない。だが、アイズはその言葉により気を引き締めた。あれだけ強いベルが言うのだから、そう簡単な事ではないと判断する。
通常、稽古というものは一対一における模擬戦の事を指す。模擬戦と言えど戦う事が目的ではなく、実戦に近い形で教える側が教わる側に術理を叩き込むのが目的だ。身体の運び方や戦術的な思考などを即座に実践出来るように鍛錬の結果を発揮する場でもある。
だから通常、稽古では相手を殺さないように木剣や歯引きした武器などを使用する。
のだが、アイズは当然来るように言われただけなのでそういったものは持ってきていない。ベルの別れ際の言葉を聞いて実戦装備で来ている。腰に下げているのは自身の獲物である『デスペレート』だ。
そしてベルの方を見れば、こちらも何も用意していない。いや、アイズと比べると更に用意していないと言うべきか。身に纏っているのは防御性などあまり無さそうな私服。鎧の類いは一切身に纏わず、ベルのトレードマークになっている大太刀が背に下げられているだけ。まさに昨日会った時と何も変わらない装備であった。だからアイズはベルに問いかける。
「ベル、防具は?」
単純にそう思ったからの質問。だが、この質問の答えを知っているものは者ならそれが愚問であることを知っている。そして毎回同じように答えるベルもいい加減言い飽きたところがあった。だからその答えは告げない。
その代わりに見せるのはこれからするであろう稽古の余興。
ベルは背から大太刀を引き抜くと肩越しに水平に構え、『顔』を変える。
先程まであった紳士的な雰囲気など一切消し飛び、そこにあるのは戦狂いの薩摩兵子。今回は首取りではないので殺気は若干抑え気味だが、それでもその瞳はギラギラと怪しく輝く。
「そんなことを聞いてる暇があるなら構えて下さい。稽古とは言え下手すれば死にますよ」
その言葉にアイズは最初ポカンとしてしまった。何故こう返されたのか分からない。まぁ、文脈からして繋がっていないのだから当然なのだが。
だがそうして呆気にとられているのも今だけだった。
「チィェオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
「!? クッ!」
咆吼一閃。
ベルはアイズに向かって突進し肩に構えた大太刀を振り下ろす。アイズはベルが斬りかかってきたことに驚くが、流石は一級冒険者と言うべきだろう。デスペレートを引き抜いて咄嗟にベルの大太刀を受け止めた。
金属同士による甲高い激突音が早朝の静寂に鳴り響く。
「~~~~~~~~ッ、重い…………」
互いの刃が相手を斬らんと鎬を削り合う中、アイズはその攻撃の重さに表情にこそ出さないが苦悶した。ベルの攻撃はとてもその身長からは考えられない程に重かったのだ。それこそアイズが知る中では同じファミリアのレベル6の『重傑』ガレスと同じレベルの攻撃の重さだった。
一体その小さな身体のどこからそんな膂力が出るのだろうと思うがそんな暇はなかった。
「呆けてる暇なんてないですよ!」
ベルは顔をアイズに近づけるとそう叫び、その距離から蹴りを繰り出した。所謂ヤクザキックである。
アイズはそれに気づき拮抗していた剣を何とか横に逸らすと飛び退くことで回避する。
だが次の瞬間にアイズが目にしたのはベルではなかった。
目の前にあったのは石。たぶんこの市壁に使われていた物が欠けて出来たのだろう。それがアイズの超至近距離にあった。そのまま行けば額に激突するであろう礫。そして飛び退いたことでまだ重心が傾いたままのアイズでは回避出来ない。
その結果の通り、礫はアイズの額に激突し彼女は痛みに目を瞑った。
ただの礫と侮るなかれ、ベルの膂力で投げた物だ。その威力はかなり高い。
痛みに呻くアイズにベルは更に追撃をかける。
「隙だらけですよッ!!」
再び毎度の構えから繰り出される剛剣にアイズは痛みを堪えつつ今度はベルに斬りかかった。
再びぶつかり合う大太刀とデスペレート。その激突音はかん高く互いの心に強く響く。
つばぜり合いの中、アイズはやっとベルに話しかけることが出来た。
「ベル、危ない………」
そう小さく呟くアイズの瞳は完全に戦う者の目になっていた。それまであった天然な雰囲気は一切なく、ベルに対して戦意を見せる。それと同時に急に斬りかかったベルに対し不満を漏らす。
そんなアイズに対しベルは瞳をギラギラと輝かせながら返す。
「何阿呆なことを言ってるんですか? 戦場にでれば恥首を取る以外なら何でもありですよ」
卑怯千万何のその、女子供の首を取ったり辱めるような下衆でなければ何でもありだとベルは言う。
その意見に賛成というわけではないが、何となくわかるアイズはそれ以上は言わない。
「まだまだ逝きますよ、死ぬ気で来て下さい! でないと痛い目を見ますよ!」
そしてベルはこの拮抗を強引に弾いた。己の腕力にものを言わせて強引にアイズの剣を弾いたのだ。
一瞬にして空くアイズの左胸。ベルはそこに向かって『刃を返して』斬りかかる。
その攻撃にアイズは防具を着けている左腕でガードした………が、
「ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
防具は一撃で割れ、その中にあった白磁の肌を持つ美しい腕に衝撃が走った。
その腕の激痛にアイズは目の前がチカチカとしたが、確認の為に左腕に目を向けた。
そこにあったのは白磁の肌を持つ美しい腕ではない。あったのは真っ青に染まり大きく腫れ上がった左腕。それも明らかにおかしな方向に曲がっている。
それを見た彼女は持ってきておいたポーションを腕に振りかける。それは腕に染み込むとあっという間に腕を元の美しい状態へと戻した。
「言ったはずですよ、痛い目に遭うと。安心して下さい、首は絶対に取りませんから」
そう告げるがベルの瞳の殺意は収まらない。
その言葉と攻撃から本当に斬るつもりはないらしい。だが安心は絶対に出来ない。今のベルを見れば分かる。彼は確かにアイズを『斬らない(殺さない)』。だが、それ以外だったら何でもやる。相手が死なない程度の重傷ならいくらでもさせるだろう。そこに躊躇や容赦は一切ない。あるのは昨日ベルが告げた言葉の通りである。
『死ぬ気』でいかなければ本当に『痛い目』に遭うのだと。
それこそ絶叫悶絶するぐらいの大怪我を負わせられることだって十二分にあり得るのだ。ただの稽古なら普通は寸止めする。だがベルはそれをしない。攻撃を食らえばどうなるのかを致命傷にならない程度でダメージを与える。
確かに稽古としてはやり過ぎなのだろう。だがとても実践的だ。怪我を負った腕で武器が振るえるわけがないのだから。斬り飛ばされた部分が使えるわけがないのだから。
だからこそ、アイズは気を引き締めた。
「いくよ、ベル」
「はい、アイズさん」
そして今度こそアイズは本当の意味で『死ぬ気』でベルに挑んだ。それまでは稽古だから、ベルが防具を着けていないからと心の底で躊躇していた。
だがそれはもう無用だ。目の前にいるのは戦狂い。防具などあろうがなかろうが変わらない。
だからアイズもベルに向かって容赦なく斬りかかる。流石に殺すまではいかないが、それでも十分斬り捨てようと考えて斬りかかったのだ。こちらは一応念のために何本かポーションを持ってきている。死ななければそれで間に合うだろう。エリクサーを使うほどの大怪我には流石にならないはずだ。
だからこそ、アイズもまたベル同様に『殺す気』で斬りかかった。
そこから始まるのは何合も続く剣劇の嵐。ベルの剛剣にアイズの鋭敏な俊剣。ベルの剣技は一直線で一本気、小細工なしに思いっきり相手をたたき切る。対してアイズの剣は細身故に素早く相手を切り裂こうとする。剣術を習っていないアイズの剣は基礎こそ習いこそすれ我流、ベルの剣は『対人戦』に向いている殺人剣。だからなのか自の力量の差なのか、アイズの攻撃はベルにあまり通らない。防がれ躱され反撃される。その応酬が幾たび行われ、その度にアイズの怪我が増える。防ぎ切れず骨に罅が入り、足元を切りつけられて足の骨が折れた。防御ごと押し切られ鎖骨を粉砕された等々。その度にアイズは激痛に襲われ瞳が若干涙で濡れる。だが彼女もまた一級の冒険者、痛みに慣れる訓練は積んでいる。
だから止まらない。治療が必要にならなければそのままにしてベルに斬りかかった。
またベルも止まらない。基本何でもありの超実戦剣術、島津 豊久直伝の『タイ捨流』を持ってできる限りの『手加減』をしてアイズに斬りかかる。時に防ぎ、また時には限界ギリギリで避ける。そこまでは普通だが、ベルの場合は致命傷でない限りは防ぐこともしない。斬れないのなら関係ないと掠ろうが何だろうが気にせず突っ込んでいた。その所為か顔や身体のあちこちに浅い切り傷がいくつも出来上がる。だがベルは怯まない。そして………。
「はぁあああああぁあああああああああああああああああああッッッッ!!」
アイズの気迫の籠もった突きがベルの腹部へと突き進む。それはこの稽古の中で最速の攻撃だった。その攻撃にベルは大太刀での防御が間に合わない、また回避出来ないと本能的に察し咄嗟に左手を突き出した。その結果………………。
ずぶりとアイズのデスペラードがベルの左手に突き刺さった。
「なッ!?」
目の前で起こった事に彼女は驚き目を見開く。この稽古は死なないような怪我以外なら負わせて良いと暗黙の了解があるが、それでも相手に突き刺さるような攻撃が入ったのは初めてだ。だから困惑する。それはもう『致命傷』の範囲ではないから。
だが…………この男は止まらない。
ベルは寧ろ左手に熱した鉄をねじ込まれるような激痛を感じながらも『笑う』。
躊躇するどころか更に左手を前に動かした。結果突き刺さったデスペレートに更に左手が深く刺さっていく。そしてあっという間に鍔の部分まで行くとアイズの持ち手を掴んだ。
「ぬるいですよ、アイズさん!」
そう告げると共にアイズの額にベルの額が激突した。所謂『頭突き』である。
そしてアイズの意識は飛んだ。
「はッ!?」
再び彼女が意識を取り戻したのは頭突きから若干の時間が経過した後であった。本来の『ベル・クラネル』なら逆の立場で膝枕をされるという青春真っ只中な場面になっていたが、この男はそんなことにはならない。そして紳士ならともかく今は薩摩兵子。相手に対し『膝枕』をするなんて優しさなどない。アイズが意識を取り戻したのはベルによって気を入れられたからだ。
そしてベルはアイズに『ギラギラとした瞳で笑いかけた』。
「さぁ、もっと逝きましょうか」
この言葉にアイズはよりやる気を出してベルに挑んでいく。
彼女の望みはある意味叶った。確かにこれなら………もっと強くなれるだろう。彼女の望む力と同じなのかは別として。
またベルはといえば、左手の怪我(貫通済み)など特に気にしないと適当に布で縛ってアイズを迎え撃つ。
こうして早朝の死合………稽古は終わった。アイズのポーションが空になったのは言うまでもないだろう。
「フレイヤ様の願いを叶えるために貴様には生け贄になってもらうぞ」
目の前に居る牛の頭部を持つ怪物に『オラリオ最強』はそう告げた
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第22話 ベルはダンジョンに、彼女は遠征に
「ねぇ、アイズ」
「何?」
アイズは自分の所属するロキ・ファミリアの訓練場でそれまで一緒に模擬戦をしていたティオナに話しかけられて物静かに返す。その反応はいつもの彼女通りであり、彼女の友人であるティオナはそんな様子のアイズに気にすることなく話しかけた。
「さっきの模擬戦だけどさぁ~」
「うん」
「アイズっぽくないっていうか、何て言うか………正直なんかあったの?」
今まで一緒に戦ってきたティオナはアイズの戦い方をよく知っている。だからこそ、今回の模擬戦で見た彼女の戦い方に違和感を感じた。いや、違和感などという不確かなものではない。正直に言えばまったく違うものにしか見えなかったのだ。だからこそ、ティオナはアイズに何かあったんじゃないかと感じた。
その問いかけにアイズは少しだけ首を傾げ、逆にティオナに問いかける。
「何でそう思ったの?」
きょとんとした様子で普通に問いかけてきたアイズに対し、ティオナは何とも言い辛そうな、言いたい事を上手く言語に出来ないことへの苦悩が顔に浮かぶ。
「う~~~~~~ん………何て言うか、今までのアイズの戦い方より綺麗じゃないっていうか、寧ろ私やティオネみたいな戦い方に近いって言うか………」
言いたい言葉に近いものを探して少しずつ口にするティオナはやがて何が言いたかったのかを簡単に説明する言葉を見つけた。
「あぁ、そうだ! うん、これがたぶんぴったしだ! アイズの戦い方が今までよりも『汚くなった』んだッ!!」
「汚い?」
いきなり汚いと言われれば誰だって気にはなる。それは当然アイズも一緒であり何故そう言われたのかが知りたくてティオナをジッと見る。
その視線に少しだけウッと後ずさったティオナは弁解するかのように慌てて捲し立てる。
「べ、別に酷い意味じゃないって! 何て言うかさ、今までのアイズの戦い方よりも実戦的というか野暮ったくなったって言うか、ともかく綺麗って言葉だけじゃ片づけられなくなってる感じなんだよ!!」
そう言われても普通は何のことなのか分からない。だが、ティオナが言いたいことはなんとなくイントネーションで分かるだろう。つまり彼女はこう言いたいのだ。
『アイズの戦い方が変わった』
どう違うのかを言うのなら、身体の使い方だろう。今までも体技は使ってはいたが、それでも彼女は剣技がメイン。相手の接戦になる場合は一旦距離を取るなどしてからの一撃離脱、もしくは蹴りなどの攻撃により相手の体勢を崩すなど。要はサポートとして体技を使っていたのだが、今回のアイズは剣技と同じレベルで体術をメインに使ってきたのだ。片手で振るわれた剣を避けるとそこから追撃の回し蹴りが飛んできたり、剣での攻撃が囮で本命が肘打ちだったり等々。そういった攻撃をされる度にティオナはヒヤヒヤとさせられたものである。だからこそ、アイズになにかあったのではと思ったのだ。
そう感じたからこそ確かめたかった。そしてその回答にアイズは少しだけ難しい顔をした後に静かにこう答えた。
「私は………強くなりたい。だからもっといろいろなものを学んでいこうって、そう思ったんだ」
それがどういう意味なのか深い意味までは分からない。だが、アイズの目に宿る闘志(狂気)を感じ取れば何となくだが分かってくる。彼女は忘れていなかったし、その思いはいつも胸に刻んでいた
「アイズはもっと強くなりたいんだね」
「うん………私はもっと強くなりたい」
「私も、だからもっと頑張ろっか。今の戦い方は少し怖いけどさ。何て言うか気が抜けないっていうか、一瞬にしてやられそうな気がするしね」
お互いにより頑張ろうと決意するアイズとティオナ。同じファミリアの仲間にしてある意味ライバルとも言えるかもしれない友人に二人は共に鼓舞し合った。
模擬戦が終わればいつもの通りになる訳で、そこで話題に上がるのは今度の遠征の話。今度行われる遠征は今までどのファミリアも行ったことがない未到達領域であり、成功すればよりロキ・ファミリアの栄光はより多く広まるだろう。
その日程を思い出し、アイズはあることを思い出した。
(あ………………言わないと)
それは彼女が最近していること。それはベルに早朝付けてもらっている稽古である。
彼女の望みを叶えるためにも常に全力で挑んでいる大怪我必死の模擬戦。これのお陰で彼女の戦い方は変わり、そして今までにない力の片鱗を見せ始めている。
その稽古に後三日程で出れなくなってしまうことを彼女は言うのを忘れていた。確かに痛いし殺気を向けられるのは殺す気がなくても怖いけど、それでも戦う度に学ぶことは多くより強くなっていく実感を感じられる。だからアイズはこの稽古に夢中で必死だ。未だにベルに勝てたことがないが絶対に勝ちたいと思うくらい、彼女は本気で思っている。案外意地っ張りな性質なのだろう。そんな夢中な稽古にしばらく来られないということを言うのをすっかり忘れていた。
だから彼女は翌日の稽古の時に告げようと思った。
しばらくは会えないと。だからこそ…………会える間にベルから一本殺ると。
アイズとの早朝稽古が一時的に終わってベルはダンジョンに潜る。
端から見たら激戦にしか見えない稽古だが、この脳筋はその程度では疲れないらしい。何の事もなく普通にダンジョンで暴れていた。
数日前、アイズにしばらく稽古に来られないと言われた。そのこと自体に感慨はなく、事情を聞けば仕方ない。寧ろ逆に行き先を聞けばベルの目は爛々と危険な輝きを増し凄く羨ましがった。59階層という誰も行ったことがない前人未到の領域。そこに行くこと自体に興味はないが、ダンジョンは深ければ深いほどモンスターが強く凶悪になる。つまりより『手柄』になるわけだ。この男からすればまさに天国、行きたがるのは無理もない。だからなのか、アイズはベルにこう告げた。
『ベルなら直ぐに来れるよ。だってこんなにも強いから』
その言葉を信じると言うほどではないが、一応はレベル5の冒険者の言うことである。十分に信用できる言葉だ。
だからこそ、より稽古に熱が入るというもの。結局最後の日もアイズはベルに勝てはしなかったが、それでもベルにかなりの痛手を負わせた。腹部にデスペレートが刺さるくらいには確かにダメージを与えることに成功したのだ。それでも結局その後痛みなど無視したベルによって叩き潰されたが。
勝てなかったことに不満ではあったが、一撃確かに入れたことを手土産にアイズは遠征へと向かった。
それはそれでいいとベルは思う。自身の腹部にある穴など気にすることもなく適当に塞いで終わりだ。その一撃で死ぬとは思わないが彼女が満足気ならそれでよい。
結局の所彼女は彼女、自分は自分である。彼女の望みが叶ったのなら良かったと言うくらいにしかない。
だからベルはしばらく会えなくなるアイズにそこまで感慨深く思うこともなく普通に活動する。
隣にいるリリルカと一緒にダンジョンで手柄を求めて今日も潜っていた。
「ベル様ベル様!」
子犬が尻尾を振って近づくようにベルに話しかけるリリルカは最近ではもうベルの特異性に恐れることも少なくなりつつある。恋する乙女は今日も順風満帆のようだ。何しろ今のところ何の問題もなくベルと一緒にいられるから。まぁ、ここ最近では少しばかり懸念事項があるのだが………実は『豊穣の女主人』にてどういうわけかお弁当をシルが用意しておりそれを取りに行く際にリリルカと一緒に行ったことで彼女にそれが発覚したことを発表しておこう。無論ベルがそれに気付くはずもない。
だからなのか、いつも以上にベルにべったりなリリルカ。戦闘中以外なら基本ベルに身を寄せているのである。
そんな彼女と手柄に目をギラギラと輝かせるベルであるが、今日は少しばかりいつもと様子が違うようだ。
「ベル様、何か様子が……………」
ダンジョンに潜ってから数時間が経ち、最初こそベルにじゃれついていたリリルカであったが流石に周りの違和感に気付き眉を潜める。対してベルはといえば、ある意味不機嫌であり同時に高ぶってもいた。不機嫌な理由はダンジョンに入って未だに一つも手柄を立てられていないこと。何故だかモンスターに一回も遭遇しないからだ。いくら安全なルートで行こうとも必ず3回か4回は遭遇するのが普通であり、数時間経っても未だに一体も会っていないというのは異常としか言い様がない。だからこそ…………。
「そうだね、リリ。だからこそ………この先で何かありそうだ」
殺気を噴き出しながらギラギラと輝く目でニヤリとベルは嗤う。
この明らかに不穏な気配に警戒するどころかより胸が躍るようなことがありそうだとベルは楽しみにしているようだ。不穏で異常だからこそ、その先にはきっと『危険極まりないナニカ』がある。それはつまり………『手柄』だ。その原因がより強い猛者ならば、それだけ立派な大将首となるわけだ。それを取りに行けるのだ。楽しみなわけがない。薩摩兵子は功名餓鬼だ、ならば手柄を求めずに何を求める。
故にベルの足はズンズンと進んで行く。
そして9階層に着いてしばらく歩いているとその『ナニカ』が現れた。
最初に聞こえたのは悲鳴だった。それは男の悲鳴。絶対的な死を前にしてあげる最後の断末魔だった。
その悲鳴を聞いてベルは走りリリルカはそれを必死に追いかける。
そして…………。
「ヒッ!?」
目の前に広がる血塗れの地面、そしてその中央にこの現場を作り出した犯人がいた。
二本の角を持つ牛の頭、人間よりも巨大で屈強な肉体をもつ化け物。その名はミノタウロス………本来ならば12階層よりも下にいるはずのモンスターがそこにいた。
「ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
ベル達を見つけたのかミノタウロスは殺気を噴き出しながら咆吼をあげた。
その迫力からも伝わる通り、普通のミノタウロスじゃない。真っ赤な毛並に発達した筋肉は通常のミノタウロスの比ではない。身体のサイズの一回り大きく真っ赤に光る目は殺意を臨界点突破していることを理解させられる。誰が見たってわかる…………これはミノタウロスの『強化種』だと。
『強化種』………それは魔石を外部から取り込んだモンスターのことであり、その強さは取り込んだ魔石の数により更に強大になっていく。ミノタウロスの強化種というのは滅多にあり得る存在ではない。この場に居て良い存在ではないのだ。
その手に持っているのは大きな鉄の大剣。たぶん冒険者が持っていた物を殺した際に奪い取ったのだろう。それは真っ赤な血を滴らせており存分に使われたことを思い知らせる。周りの血だまりの中に転がっている『肉塊』の正体が分かってしまいリリルカは吐き気に襲われた。
これで本来のベル・クラネルならばトラウマを刺激されて萎縮しリリルカは逃げるように進言する。それはこのリリルカでも同じであり、いくらベルが強いといっても『ミノタウロスに敵う程ではない』と思っている彼女はベルに逃げるように言おうとした。
だがもう遅い。
明らかに通常と違うミノタウロス。その貫禄はまさに猛者のそれ。
すなわち………………。
「良い首だ、大将首だ。ならその首置いてけェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!!!」
ベルはリリルカが声をかける前に既に飛びかかっていた。
彼女は必死に走り、そして見つけた。ベルと同じ冒険者を。
そして彼女達に懇願した。
「お、お願いします! ベル様を……ベル様を『止めて下さい』!!」
その意味を彼女達は後に知ることになる…………。
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第23話 ベルはダンジョンで猛者と出会う。
それはリリルカが冒険者に助けを求める少し前、そして彼女がどうして『止めて』と言ったのかを理解させられる一幕である。
また…………この光景をある男が見ていた。主神の願いを叶えるべく、自身が考えつく範囲でできる限りの手を尽くした。
その成果を見るのは悪くない。そう思ったのが彼の…………失敗だった。
目の前に現れたのは見たことのない凶暴そうなミノタウロス。その姿は明らかに強者にして狂者。圧倒的なまでの覇気はこの階層にいるモンスターとは明らかに一線を越す。
故に分かる………これは手柄だと。その首は大将首にふさわしいと。
ならどうするのか………決まっている。いや、決まっているなんてものではない。それは当然の『常識』だ。
だからベルはミノタウロスに向かって大太刀を構えて突進する。
自身の口から溢れ出すのは歓喜の咆吼、殺意の絶叫。その業火の如き殺気を放ちながらベルはミノタウロスへと斬りかかる。
「ブォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
向かってくるベルに向かってミノタウロスもまた負けずと咆吼を上げながら手に持っている大剣を大きく振りかぶった。その剛剣は本来冒険者が持つべきであろう武器ではあるが、この猛者の手に渡り本来以上の威力を叩き出して敵対者を鏖殺してきた。
その剛剣とベルの大太刀が激突した瞬間、金属の甲高い激突音と衝撃が辺りへと響き渡る。
「ッ!? べ、ベル様!?」
目の前で起きた激突に驚き目を見開いてしまっていたリリルカであったが、直ぐにベルの事を心配して声を上げた。
ベルが強いことは知っているが相手はこの階層では現れないはずのミノタウロス、それもかなり強くなった強化種だと推察される。リリルカが行ったことのある階層内で見てきたどのモンスター達よりも強いということが一目でわかった。
危険だと分かってしまうからこそ、大好きなベルが死んでしまわないためにも急いで撤退すべきだと進言すべきだった。だがもう遅い。両者は見事に激突したのだから。
そして彼女は初めての光景を見る。
「……………ウソ………!?」
確かにベルは強いが『レベル1』、それがリリルカの知っているベルの冒険者としての肩書き。対人戦においてレベル5に勝ったとか色々な噂が聞こえてきたし、目の前でレベル2の冒険者を素手で殴り飛ばしているところも見た。だがそれはあくまでも『対人戦』、モンスターと戦うのに必要な能力はまた別である。だからこそレベル1のベルでは推定レベル『4』相当の強化種ミノタウロスに勝てない。常識的に考えれば一瞬にして血煙となるはずだ。
だが目の前の現実はそれを真っ向から否定する。
「おぉ! これは良い膂力、さぞ強いミノタウロスだ! 良い首級だ! その手柄、欲しい!!!!」
「モォオォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
互いの武器で相手を押し潰さんと鍔迫り合いをするベルとミノタウロス。両者の力は拮抗しているようで、金属同士の擦れ合う音が離れているリリルカにさえ聞こえてくる。
勝てないはずであるミノタウロスの凶悪な一撃に対し、ベルはそれを見事に受け止めた。
いや、それどころか逆に押し切らんと壮絶な笑みを深めながら大太刀を押し込んでいた。
「その首級寄越せよ、なぁッ!」
不敵な笑みを浮かべたベルは一気に力を込めてミノタウロスの大剣を弾き、追撃に大太刀を横一閃に振るう。
ミノタウロスは弾かれた大剣を自身の膂力で強引に持ち直して再びベルに向かって振るった。
そして再び響き渡る激突音。それはこの先も何度も続く。何合も何合も大太刀と大剣が激突し、その度にダンジョンの洞窟内に甲高い激突音が響く。
互いに譲り合わない剣檄の応酬は嵐の如く吹き荒び、その剣技に技や工夫というものはない。ただ相手の息の根を止めるべく愚直なまでに真っ直ぐに相手の肉体を切り裂かんと繰り出される。
その光景にリリルカは言葉を忘れて見入ってしまう。端から見たらそれは奇跡、しかし実態はそれとはまさに真逆。ミノタウロスの信じられない膂力から繰り出される捻りも何もない純粋なまでに暴力的な剣に対し、人間であるはずのベルはそれに負けず劣らずに豪快な太刀で反撃する。逸れた大剣が地面に激突する度に地面を粉砕して地煙の柱を立て、ベルの大太刀が躱される度に空気を強引に切り裂く風切り音が木霊した。
まさに互角。ベルは見事に強化種のミノタウロスと渡り合っていた。
そしてベルとミノタウロスの戦いは更に苛烈になっていく。次第に振るわれ始める拳や蹴り。普通のレベル1なら一瞬にしてミンチになるであろう必殺の威力のそれに対し、なんとベルは防がない。顔面とは明らかにサイズが違う巨大な拳がベルの顔面にぶち当たった。そこで頭部が消し飛んだ幻視を見そうになったリリルカは正常なのだろう。普通ならそうなる。だが彼は違う。薩摩兵子たるベル・クラネルは『その程度』で死ぬほど『優しく』はない。
骨がぶつかり合うような音が響き渡る。
その音源をみれば、そこにあるのはベルの身体。そして拳がめり込んだ顔はニヤリと笑う。
「剣もそうだが拳も良い! 中々に良い拳だな、これは!」
自分のお眼鏡に適ったことが嬉しいのか、ベルは殺気でギラギラと輝く瞳を更に輝かせた。
ここ最近では滅多に出会わなかった強者。これまででもしかしたら一番『マシ』なモンスター。つまりは大将首だ。
この首級は実に欲しいとベルは更に笑みを深める。
それと共に吹き荒れる殺気はまさに嵐。この男の戦への有り様を表しているかのようだ。
この猛者との戦いは心躍るが、それでもそろそろ終わりだろう。ベル・クラネルという男は誤解されがちだが『戦闘狂』ではない。戦う事が好きというわけではない。ベル・クラネルは手柄が欲しいのだ。首級が欲しいのだ。だからこそ、ベル・クラネルは『戦争狂』なのである。戦う事に意義があるのではない。手柄を立てることに意味があるのだ。
だからこそ、この首級が欲しいからこそ…………倒すのだ。
「ヴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
ベルの殺気を感じ取りミノタウロスも更にベルを殺しにかかる。
振るわれる剛剣はより迫力を増し、目の前にあるもの全てを粉砕せんと振り下ろされる。
それに対しベルは肩に大太刀を水平に構えたいつも通りの構え。そしてそこから振り下ろされるのはミノタウロスに負けない剛剣だ。
再び激突し合う大剣と大太刀。その衝撃と音はこの階層を揺らす。
金属同士が擦れ合う音が聞こえる中、ベルは更に笑った。
「確かに強い。今まで会ったどのモンスターよりも強い。だが………その程度だ。その程度なら…………僕の勝ちだッ!!」
その叫びと共にミノタウロスの大剣を一気に弾き飛ばした。それは膂力によって起こされたもの。完全にベルの膂力がミノタウロスを上回っていることの証明に他ならない。
手から弾き飛ばされた大剣の方を見てミノタウロスは若干ながら驚いた。その様子は当然ベルに伝わる。
「得物がなくなった程度で動揺するのは間抜けがすることだ、この間抜け!」
その言葉と共に繰り出される前蹴り。その直撃を受けてミノタウロスは後ろに蹈鞴踏んだ。そしてベルは笑いながら更に突き進む。得物がなくなったのならどうすれば良いのかということの答えを見せるかのように空いている左拳でミノタウロスの顔を殴りつけたのだ。
「ぐぶっ!?」
間の抜けた声が口から漏れ出すミノタウロス。その際にミノタウロスの歯の何本かがへし折れた。
その一撃でベルが止まるわけがなく、更に左拳からミノタウロスを圧倒する拳撃が繰り出される。軽いジャブ程度の攻撃であるが、その一撃一撃にズシンとした衝撃を受けて脳を揺さぶられるミノタウロス。顔はあっという間に血に塗れ鼻血を噴き出す。
「ふんッ!」
そして回し蹴りがミノタウロスの胸部に叩き込まれ、ミノタウロスはダンジョンの壁に叩き付けられた。
粉砕されて崩れ落ちる壁。その瓦礫を払い退けながらミノタウロスはゆっくりと立ち上がった。そしてベルに向かって咆吼を上げる。
「―――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」
それは憤怒、それは怨嗟、それは屈辱、それは恐怖、それらが入り交じった高すぎて聞き取れない絶叫。
そしてそれらの全てを乗り越えるべくミノタウロスは突撃を仕掛ける。このモンスターが追い込まれると出す攻撃。それは彼等が最も信用している自身の最強の攻撃。その一撃は格上であろうともタダではすまない。
まるで自分の命全てを燃やし尽くすかのような叫びを上げながらミノタウロスは自身の頭を、その頭部でもっとも強固な角をベルに向けて突き進む。立ち憚る全てを粉砕する最高で最強な一撃をベルにぶち当てるために。そしてベルのいるところでそれは止まった。
確かにミノタウロスは当たった手応えを感じた。この攻撃は彼等にとって絶対。当たれば必ず相手は死ぬ。だが、その手応えを感じ取った瞬間にミノタウロスは恐怖に負けた。
確かにベルに攻撃は当たった。だが…………その角はベルの両手で受け止められていた。
ミノタウロスがベルに突進してきたとき、ベルは持っていた大太刀を地面に刺して両手を広げて構えたのだ。その一撃を受け止めてやると言わんばかりに。そして見事に受け止めて見せた。角が触れた瞬間から伝わる圧倒的な衝撃。ベルはそれを全て受け止め切った。その衝撃にベルの足元の地面は砕けたが、それでもベル自身にダメージは………ない。
「悪くない一撃だ。自身の命を賭したよか一撃だ」
そうミノタウロスに告げて笑いかけるベル。その笑いはギラギラとした瞳と殺意に溢れかえりながらもどこか朗らかだ。
そして命を賭けた一撃に対し、ベルもまた自らの矜持を見せつける。
「ハッ!?」
その発生と共に粉砕されるミノタウロスの角……ベルが一気に握り砕いたのだ。
角に痛覚があったのか、もしくは自身の象徴を砕かれたことでプライドも何もかもが粉砕されたからなのか、ミノタウロスは恐怖の断末魔のようなものを上げた。
その様子を見ながらベルはミノタウロスに告げる。
「もう終わりだ。その首級、貰うぞ」
そして地面に刺さった大太刀を引き抜き、威勢良い叫びを上げながら首目掛けて横に振るった。
血飛沫が舞ったのは一瞬、宙を舞うミノタウロスの首が自然に落下し首を離された胴体は力を失い崩れ落ちる。
そして落ちてきた頭部の毛を掴んで持ち上げるとベルは死体が灰になる前に告げた。
「首取ったッッッ!!」
その宣言と共に手に持っていた首もまた灰に戻る。
その姿を見続けていたリリルカはそれまであった光景に魅入ってしまっていたからなのか、慌ててベルに駆け寄った。
「ベル様、大丈夫ですか! お怪我とかは!」
心配するリリルカにいつものベルなら大丈夫だと微笑みかけるはずだった。だが今回のベルはそうはならず、変わらず殺気で瞳をギラギラと輝かせているだけである。だから余計に彼女は心配するのだが、どう見てもベルの身体には怪我一つ見当たらない。
だがそれでもベルがそうなっているのには必ず意味があるのだろう。ベルは心配するリリルカを軽く避け、そのまま歩を進める。その先にあるのは地面に突き刺さった大剣。先程のミノタウロスが持っていた大剣である。それの前まで行くとベルはそれを引き抜いた。ベルの身体には不釣り合いなくらいに大きい剣だが、ベルはそれを木の枝のように軽く振り回してみた。
そしてリリルカに向かってギラギラとした瞳で話しかける。
「まだだよ、リリ」
「ベル…………様?」
ベルの言葉にリリルカは言葉を何とか返す。その言葉の意味を彼女は理解出来ない。まぁ、普通こんなふうに言われたら分かるわけがないのだが。
言葉など不要と言わんばかりにベルは早足で歩き、そして真っ暗な闇が広がるその先に向かって…………。
持っていた大剣を投げつけた。
それは矢の如く目にも止まらない速さで飛び、そして……………。
不自然に弾かれた。
弾かれると同時に金属同士がぶつかり合う音が静寂の中に響き渡る。
それを見ながらベルはその闇の先にいるであろう存在に向かって話しかけた。
「見ているのでしょう。出てきて下さい」
その言葉を聞き入れたのか、もしくは………ベルが逃がす気がないということを分かっているからなのか、闇の中からそれは現れた。
身に纏うのは覇者の威厳、その巨躯は堅牢にして剛健。数ある亜人の中でも珍しい『猪人』。オラリオでその存在を知らない者はいない。
「はじめまして、と言うべきでしょうか………オラリオ最強の『レベル7』『猛者(おうじゃ)』オッタル」
ベルにそう言われ、現れた男………フレイヤ・ファミリアの団長でもあるオッタルがベルに話しかけた。
「俺を知っているか」
「知らないのはオラリオにいない人だけじゃないですか? それぐらい貴方は有名だ」
オッタルの言葉にベルはしれっと答える。いくら非常識の塊みたいなベルであろうともオッタルという存在は知っている。いや、逆に知らないわけがない。何せそういった強者は手柄だからだ。その首級を取れる機会があるのなら、まさに大将首だろう。だから知らないわけがない。功名餓鬼たるベル・クラネルが知らないわけがないのだ。
ベルはオッタルに向かって実に不敵な笑みを浮かべる。まるでこれから起きることに胸を高鳴らせる子共のように。
「それは貴方のでしょう」
そう言って指をさしたのは先程弾かれた大剣。それと同じものを今のオッタルは背中に下げていた。
だが、いくら同じ剣を持っているからと言ってそれがその人の持ち物だというわけではない。だから当然のようにオッタルは答える。
「それが俺の物だという根拠はない。確かに同じ剣を持っているがな」
その言葉にベルはニヤリと笑う。
「確かにその通り………と言うよりも言い方が悪かったですね」
そう言うとベルは瞳をギラギラと殺気で輝かせながらオッタルに断言した。
「あの『ミノタウロス』をけしかけたのは貴方ですね、オッタル」
その断言には微塵の疑念もない。完全にオッタルが犯人だと確信したものであった。
そう言われオッタルは当然違うと答えようとしたが、それを先にベルが潰す。
「さっきからずっと見ていたのは貴方でしょう。あのミノタウロスとの戦いをまるで見定めるかのように見ていた。そしてそれと一緒に以前から感じていた視線も一緒に感じた。バベルのかなり上の階からこちらを観察するような不躾な視線を送っていた女神の視線を。やっとわかった……僕を見ていたのは貴方が所属するファミリアの主神ですね」
それはもはや確信。今まで感じていた視線が誰の物なのかも、そしてその誰が今回のミノタウロスをけしかけるよう指示したのかも。
だからこそ、ベルはニタリと笑った。ここまで迷惑をかけられた、もとい機会をもらったのだ。悪くはないが、気にくわないのも事実。
ならどうするか? 決まってる、この機会を彼等の想像以上に使えば良い。
ベルは大太刀を肩に水平に構え、殺気を全開にしてオッタルを見据えた。
「ゴチャゴチャ言うのは面倒だ。どのみちはっきりしてるのは一つだけ。あのミノタウロスをけしかけたのは貴方だ。なら貴方を討つにたる理由は十分」
「つまり」
ベルが笑った(嗤った)。
「その首級置いてけ」
そしてベルはオッタルに斬りかかった。
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第24話 ベルはオラリオ最強と戦う
彼はこの日のことを忘れない。忘れることは絶対にない………初めてここまで恐怖を感じたこの日を。
冒険者になってもう十年以上経つ。これまでの冒険で大怪我をすることなど幾度となくあった。だがこれほど屈辱的でありながら誇らしい負傷は初めてだ。自分を脅かす存在など早々にいない。現在唯一のレベル7は自分だけ。レベル6は幾人かいるが、総じて彼等は重要な地位に就いている者達だ。大きな理由がなければ戦うということはない。互いに軽々に戦える身分ではないのだ。だからこそ、こうも自分を追い詰める相手に恐怖し戦意を高揚させられた。そして認めた…………あぁ、まさにこれこそが自分の求めし『猛者』なのだと。だからこそ、負けたくないと。
そう思わされたのは彼の冒険者人生に於いて『彼』が初めてだった。
薄暗いダンジョンの洞窟の中を轟音が幾度となく轟いた。
それは何かが激突する激突音。音が響く度にダンジョン内を衝撃が走り壁や岩などが崩れる。
その現象を引き起こしている大本の直ぐ側に彼女……リリルカ・アーデはいた。その被害に遭わないように大きな岩に身を隠すようにして『それ』を見つめる。
その前に信じられないものを見た彼女ではあるが、更に目の前で起こっていることは更に信じられない。いや、もう驚き過ぎて逆に何も感情が出てこないくらいだ。
彼女をそうさせているのは目の前で行われている剣戟であった。
「さっさとその首を置いてけ、オッタルッッッッ!!」
「そうはいかない、俺の首はあの方の物だからな」
ベルの大太刀と『猛者』オッタルの大剣が火花を散らせながらぶつかり合う。
その激突は重く、ただ武器同士がぶつかり合うだけなのに発生した衝撃でダンジョン内を破壊している。通常ではまずありえない光景だ。
だが当人達にそんなことを気にすることなどなく、特にベルは目の前にいる『大将首』いや、もはや『大名首』と言っても良い大手柄を前にして殺気全開で殺し(取りに)きていた。それを相手にするオッタルも当然それ相応の力を出さなければならないのだ。
ベルが肩に構えた大太刀からの袈裟斬りに対し、オッタルは大剣を普通の剣の如く軽々と振り回して防ぐ。
オッタルが信じられない速さで大剣を振るうとベルはそれを真正面から受け止めて見せた。
レベル差が信じられないような攻防。その度に発生する衝撃に二人の足元は放射状に罅が入る。とても冒険者同士のぶつかり合いではない。
そんな重すぎる剣戟が幾度となく続く。それはまるで先程のミノタウロスとの戦いの再来のようだが、その質はミノタウロスとの戦いなど比較にならない。先程のミノタウロスとの戦い、ベルは余裕が見て取れた。だが、今回に限りそれがない。いや、追い詰められているわけでもないし押されているわけでもない。それまであった『遊び』がないのである。オッタルを前にしてベルは今まで『押さえていた』であろう力を全開に振るっているのだ。それまでの相手がそれに値しなかったのか、もしくは、無意識に押さえていたのか。いや、どちらにしても今のベルにはそれがないのだ。ただ純粋に最大の力を振るってオッタルの首を取る。それだけが今のベルの全てだ。
だからこその猛攻。今まで相手にしてきたどのモンスターとも人間とも違う、最高にして最強の相手に対しベルはまさに『本気』で首級を取りに来ていた。
故にその顔は凄惨たる笑みを浮かべる。瞳はいつも以上に怪しく輝きオッタルへと常に向けられている。最高の手柄を前にしてベルはまさに薩摩を体現する男になっていた。
だからこそ、何度も続く剣戟の中で気付きオッタルに怒りを込めて吠えた。
「逃げるなよ、オッタル。抗うなら戦え、逃げるならその剣を置いてけ。無様を晒すならその首置いてけ、なぁッ!」
幾度となく合わされた剣から伝わる相手の意思にベルは怒る。
目の前にいる男はオラリオ最強の称号を持つ偉大な男だ。それがこの首の取り合いという殺し合いにおいて自分を殺さぬように力を抑えて斬り合っている。闘気はあれど殺気はなくこちらを殺そうという意思が感じられない。
そうされれば当然気にくわないだろう。特に本気で首を取りに来ているベルからすれば、それは明らかに嘗められているようにしか思えないのだから。
だからこそ更に大太刀に膂力を込めて更に過激に苛烈に攻める。
それは攻撃を受けるオッタルも感じ取っていた。一撃一撃に感じる重さが最初の頃とは桁違いに重くなってきているのだ。最初の時はまだ多少の余力はあった。
だが今はそれがもうない。こちらも本気で受けなければ斬られると本能が察し、それが主神の本意とぶつかり合う。目の前にいるのはレベル1などではない。このレベル7に刃を届かせるに十分な力を持った『化物(けもの)』だ。
本音で言えば殺しておいた方が今後の為にも絶対に良い。目の前にいる男は明らかにこの街の平穏を脅かす存在だ。相手が高位な存在な程、その首を求める狂人だと。
だがそれは主神の本意に逆らうことになる。オッタルの主神たるフレイヤはベルの謂わば『ファン』だ。彼の活躍を胸をときめかせながらみる事が何よりも今熱中している事である。その彼女がベルにはできる限り機会は与えるが干渉はしないと決めているのだ。殺すなど論外である。ならばどうするのか…………何とかこの場から離脱するしかない。
だからオッタルは本気でベルの相手をしつつ離脱を計ろうとするのだが、それをベルが拒む。
苛烈な斬撃は受けるのに集中しなければ押し切られそうになり、こちらの攻撃に殺意がないことを察してなのか普通に弾き飛ばされ更に怒りを燃やす。
別にオッタル自身ベルを殺す気がないだけで『腕の一本や二本は斬り飛ばす気』で攻撃を繰り出してはいた。だが、『その程度の温い攻撃』ではベルを止めることなど出来ない。それを察せられてしまうからこそ、ベルがより怒るのだ。
幾度となく続く剣戟はやがて嵐のように激しくなり、そしてついに…………。
「あ………………」
リリルカの目の前でベルとオッタルが落ちた。
二人の激突についにダンジョンの地面が耐えられなくなったのだ。砕け散った地面は下の階層へと落下し、その崩落にベルとオッタルも巻き込まれる。
普通の冒険者ならそれだけで大怪我、下手をすれば死亡するだろう。だがこの二人はそんなことはない。ベルが落っこちたことに少ししてハッとしたリリルカは慌ててその穴を覗き込んだ。ベルが怪我を負ったと思いたくないからこそ確認したいのだ。
だがそれは杞憂で終わる。
下の階層に落ちたベルとオッタルだが、両者の姿はそこにはない。だがしっかりと聞こえる金属同士の激突音に二人が生存、未だに戦っていることが窺える。
だからこそ、リリルカは急いで下の階層へ向かうべく駆け出した。
「ベル様を止めないと! あの方は絶対に無理するし、それにあれが本当に『猛者』ならいくらベル様だって危ない!」
ベルを止めることがどういうことなのかを分かった上でリリルカは行動する。ベルが心配なのが凄く占めているが、それ以外にもオラリオにおけるパワーバランスに影響が出ることを危惧してもであった。最悪ヘスティア・ファミリアの解散もあり得る。入ったばかりだがソーマ・ファミリアに比べれば明らかに居心地の良い場所で、それにベルとの唯一といって良い『繋がり』なのだ。それを守りたいからこそ、彼女はベルを止めるのだ………何よりも大好きな人の命を思って。
「いい加減その首置いてけ、オッタル!」
「貴様にくれてやるような安い首ではない。貴様こそ諦めて去れ。今ならまだ見逃してやる」
「言ったな、臆病物の腑抜けが! 『猛者』の名が泣くぞ!」
「そんなものなどフレイヤ様の前では意味などない」
下の階層にてベルとオッタルは併走しながら攻防を続けていた。
足場が崩落したことにより一旦仕切り直しになったため、オッタルはその隙をついて撤退するために駆け出した。それに気付いたベルは尚も逃げようとするオッタルに怒りながら大太刀で斬りかかった。その際に少しでもオッタルの足を止めるべく挑発するも今のところは空振り。
「どちらか選べ、オッタル! この場で首を取り合うか、大人しくその首を差し出すか!」
「断る。俺は死ぬわけにはいかない。俺の命はあの方のものだ。あの方がいらぬと仰らない限りはこの命、くれてやるわけにはいかない」
ぶつかり合う剣戟の轟音と共に駆けていく二人。一合一合の度に言葉が交わされるがまったく引かない二人。そして戦いは更に苛烈していき更に下の階層に飛び込むベルとオッタル。リリルカはそんな二人を後から必死に追いかけた。
そして二人の戦いは11階層へと到達。周りの景色は真っ暗な洞窟から白い霧で覆われた草原へと変わる。
「オォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
「ぬぅんッ!」
ぶつかり合う轟音にベルの咆吼が混じり合い木霊する。その咆吼に比例していくかのようにベルの攻撃は熾烈さを増し、オッタルも次第に力を押さえてはいられなくなっていく。互いの攻撃に籠もっている殺気、それを感じ取りベルはニタリと凄惨に笑う。
「やっと少しは殺る気になったみたいだな」
「貴様相手に手を抜いている場合ではなくなった。貴様こそ、その首が落ちないように注意しろ。でなければ本当にその首落ちるぞ」
「抜かせよ、この阿呆」
日頃の紳士な部分が完全になくなった百パーセント薩摩兵子のベルは口調がかなり荒くなる。それはその分殺意が濃いということだ。それだけオッタルの首級が欲しい、大手柄が欲しいという証明でもある。
またオッタルももう押さえるのに限界を感じていた。今のベルの強さはレベル6よりも上かも知れないほどに凄まじく、油断できない。手加減していては本当に自分の首が刈られると理解させられるくらいにその実力差は逼迫していると言ってもいい。だからこそ、この男を止めるためには『本気』でいくしかない。その結果ベルを殺してしまったとしたら、その時はフレイヤの前で自害することも厭わない。彼女に自分の生殺与奪権は全て委ねているのだから。
そうなれば剣戟はより濃厚になり激しくなる一方になる。互いの攻撃の重さが致死量に達し、少しでも失敗すれば死ぬことが確定する。そんな油断できない決死の攻防を二人は併走しながら行っていく。それまで無傷だったが、こうなっては無傷とはいかなくなり、致命傷でなければ大なり小なりの負傷を互いに負っていく。躱しきれずに浅く切れ、防ぎ切れずに骨が軋む。互いに傷だらけになるがそれでも攻撃は怯まない。互いに相手の首を取ることだけが目的となった剣戟はまさに死合いと言って良いものとなっていた。
勿論回りにモンスターがいるのだが、二人の戦いに水を挿せない。寧ろ巻き込まれて一瞬で灰へと変えられる。その様子を見れば如何にモンスターとて容易には近づかなくなる。
このままでは互いに決め手に欠けるであろう接戦。だがベルは『剣士』ではない。だから攻撃をするのに絶対に『剣』でなければならないという固定概念はない。
併走しているベルは道すがらいたオークの首を一瞬にして斬り落とし、それが灰に変わる前にオッタルに向かって投擲。剛速球で投げられたオークの頭部はオッタルの顔面に向かって飛んでいくが、オッタルはそれを目にもとまらない速さで両断。首は真っ二つになると共に四散した。だがその際に飛び散った血がオッタルの顔を赤く染めた。
それ自体は大したものではないが、一瞬だけ視界が遮られる。その一瞬にベルは近くにいたウサギ型のモンスター『アルミラージ』を斬り飛ばし、手に持っていたネイチャーアーム……岩で出来た片手斧のようなものを奪い取りオッタルに向かって投げつけた。
回転してオッタルに襲いかかる片手斧。それは普通の冒険者なら気付くのが遅れ気付いた瞬間には斧の刃が肉体に深く食い込み致命傷に達するだろう。
だがオッタルは違う。飛んできた斧を片手で弾き飛ばした。弾かれた斧は空中で粉々になり原型を残さず地面に降り注いだ。
突如行われた搦め手にオッタルは平然と対応する。その様子を見ながらベルは更に笑みを深めた。もとよりこの程度で取れるような相手ではないと分かっている。だが少しは虚を突き焦らせることに成功した。その証拠にオッタルから話しかけられる。
「こんな手を使うとはな」
「卑怯かい?」
「いや、ただ貴様は刀を使う割にそれに執着しないのだと思っただけだ」
「当たり前だろ、これは首の取り合いだぞ。首の掻き合いに道理なんてない。使える手はなんだって使わなきゃそれこそ相手に失礼だ」
「まさに戦闘狂だな」
「僕は功名餓鬼だ、手柄にしか興味ない」
「余計に性質が悪い」
「それが僕の喜びだ」
ニヤリと笑いながら斬りかかるベル。その殺意と共に上がっていく剣速にオッタルは冷や汗を掻く。
やはり自分が危惧した通りの相手だと。そして主神がこの男を欲しいと言わなかったことを心底安心した。この男は危険過ぎる。
何せこのレベル7である自分でさえ今では『気が抜けない』のだから。レベル6の冒険者を相手にしたってここまで危機感を感じたことはないだろう。確かにこちらには殺せないというハンデがある。その差は実力が同レベルの相手なら圧倒的にこちらを不利にさせるものだ。だが、ベル相手の場合はそれよりも危険だ。同じレベルというよりも気を少しでも抜けばあっという間に死ぬかもしれない。不利な条件な上に『手が抜けない』という今の状況はまさに最悪と言って良いだろう。だがそれ以上にオッタル自身困惑していることがあった。
(俺はこの戦いを………楽しんでいる……のか?)
手が抜けない殺し合い。相手の命は取らないようにするがそれもギリギリ、既に瀕死にしても構わないとさえ考える程に揺るがされる信念。主神を裏切ってしまいかねないこの状況に戦々恐々としながらもオッタルはこのぶつかり合いを心のどこかで楽しいと感じていた。闘争本能の昂ぶりを、魂が激しく輝くその気配を感じ取った。
それは武人としての自分の本音なのかもしれない。今までにおいてここまで『窮地』に追いやられたことがないオッタルにとって初めて感じた死の予感。まさに『自分の天敵』と言っても良い存在。
そんな存在との殺し合いは死ぬかもしれないが心躍るものがあったのだ。
だからオッタルは自分で気付かないが口元を軽くつり上げて笑った。本人は自覚していない笑みだが、それは誰がどう見たって『殺意』に溢れていた。
「貴様が死ななければいいだけの話、ならば『死んでいなければそれ以外は許される』」
「やっと殺る気になったか。なら僕の首を取りに来い。僕はその首級を取ってやる」
「抜かせ、若造が」
そして始まったのは先程の死闘ですら嘘に思える程の激戦。
いつも寡黙なオッタルでさえ雄叫びを上げて大剣を嵐のように振り回し、ベルも雪崩のように全てを押し潰さんと剛剣を振るう。そのぶつかり合いは一太刀でこの階層を揺るがし足下の草木が吹き飛ぶ。それが絶え間なく連続でぶつかり合うのだ。あっという間に11階層の環境が破壊され荒れ地へと変わっていく。周りにいたモンスターは完全に逃げ出し、逃げ切れなかった者は二人のぶつかり合いの余波だけで灰へと変わっていた。
二人の叫びが激突音と共に二重に響き渡り、更に苛烈さを極めていった。
二人がぶつかり合っている衝撃で揺れる足元を感じながらリリルカは必死に駆けていた。息が苦しくて心臓の鼓動を全身で感じ、全身から噴き出す熱と汗でぐしょぐしょになりながらも駆け続ける。
彼女はベルを助けるために必死だ。大好きな恩人が死ぬかもしれないと思うだけで心の底から凍りつくくらい怖いと思う。
だからこそ、そうならないためにも必死になって走り、誰でも良いから助けを求めた。
このダンジョン内でそれに応じる者などいないかもしれない。誰だって危険に自ら飛び込む物好きはいないだろう。普通に考えればそれぐらいわかる。彼女だってそう思うだろう。だが、それでも彼女は助けを求める。
『自分ではベルを助けられない』から。
知識や経験を使ってのサポートなら多少の手助けは出来る。だが、あんな化け物との戦いなどどう足掻いても助けなど出来ない。冒険者としての才能がない自分では絶対に無理だ。なら冒険者に助けてもらうしかないのだと、それ以外方法がないからと、それ以外考えられなかった。
そしてそんな彼女の願いをこの地上にいる神ではないどこかの神が聞き届けたのか、彼女の前に冒険者達が現れた。
その奇跡に歓喜と混乱が入り交じり、目の前にいる冒険者が『どこの誰』なのか分からないままに彼女は泣きそうになりながら必死に懇願した。
「お、お願いします! ベル様を……ベル様を『止めて下さい』!!」
突如として現れたリリルカの様子に困惑する様子を見せる冒険者達。それは年若い老若男女達であった。
「お、落ち着いて、小人族ちゃん?」
褐色の肌をもつアマゾネスの少女にそう言われても彼女は懇願を辞めない。
その様子に事態の重さを感じ取った一同。その中で美しい金髪をした少女が聞き覚えのある名前を聞いてリリルカに話しかけた。
「ベルに何か……あったの?」
それはロキ・ファミリアのレベル5『剣姫』の二つ名をもつアイズ・ヴァレンシュタインであった。
リリルカのそんな懇願から少しだけ時間が経つが、二人の激戦は止まる気配を見せない。血飛沫によって紅く染まった嵐の中心点にてオラリオ最強と薩摩兵子が激突し合う。互いの身体は血で汚れており、それが自分のものか相手からの返り血なのか、もはや真っ赤に染まりすぎて判断が付かない。
そんなボロボロな二人だが、未だに決定打は打てていない。その為か。互いの傷に致命傷はなかった。
互いに殺気の籠もった壮絶な笑みを浮かべながら相手を斬らんと刃を振るいぶつかり合う。オッタルがどうかは知らないが、ベルの肉体はこれ以上ない程の疲労を感じていた。ここまで接戦したのは初めてのことだったので、その分消耗しているようだ。だが、その程度で薩摩兵子は止まらない。疲れていようが何だろうが、死なない限り薩摩兵子は止まらないのだ。
「いい加減にその首置いてけ、オッタル」
「何度も言うが絶対にやらん。貴様こそ諦めろ」
同じような問いかけを何度もするが、二人の答えは同じ。
そろそろ終わらせなければ色々と問題が出るであろうとオッタルは考え、そして無茶をすることに決めた。
「これで終わりだ、ベル・クラネル」
「それはこっちの台詞だ、オッタル」
そして今までで一番の踏み込みを行う二人。その一歩だけで地面が砕けた。
「オォオオォオオォオオオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!」
「チィエオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
咆吼を上げながら互いに突進し仕掛ける二人。そして先に刃が届いたのは……………斬られる覚悟を決めたオッタルであった。
ベルの右肩から左下の腹へと斜めに斬線が走り、そこから血が噴き出した。その出血量から見て明らかに致命傷。それでも身体が半分しか斬れていないことはそれだけベルの身体が頑丈だったという証明でもあるだろう。何せレベル7の本気間近の斬撃を受けてこの程度で済んでいるのだから。
ベルの負傷を見れば誰もがベルの負けだと分かるだろう。その傷で助かるとは思えない。
だが…………………。
ベルの目は死んでなどいなかった。
その殺気でギラギラと輝く目は輝きを失うどころかもっと眩しく輝きを放つ。
その目を見てオッタルは若干ながら呆れてしまった。このレベル7の攻撃を『受けるつもり』でいたことがわかってしまったからだ。自分も覚悟を決めたつもりであったが、目の前にいる化物はそれを更に上回っていたのだ。
「阿呆が」
血を噴き出しながら立っているベルにそう告げるオッタル。
そんなオッタルにベルはニヤリと口から血を出しつつも笑う。
「阿呆はお前だ、『猛者』オッタル!!」
そしてベルは致命傷を受けた身体なのに信じられない速度で大太刀を振るった。
咄嗟に回避行動に移れたオッタルは流石と言えるだろう。それこそ彼の『レベル7』としての全力の回避といえた最高速度の動きといえよう。
だが、それでも…………ベルの動きはオッタルの速さを超えた。
「ッッッッッッッッッッッッッッッ!?」
激痛を感じ息を飲むオッタル。そしてその痛みの発生源を見ると、そこには本来あったはずの物がなかった。
本来あるはずである剣を持っていない方の…………左腕がなくなっていた。
そう認識した途端に身体が思い出したかのように血が噴き出した。
左腕の二の腕から下が綺麗に斬られており、オッタルの足下にそれが転がっていた。
その負傷にオッタルは驚くが、それ以上にそれをしたベルに驚き感嘆する。
何よりも感心したのは、それでも尚止まろうとしないベルのことだ。
「さぁ、その首置いていってもらおうか」
血が噴き出すのを気にした様子もなく、まさに首級欲しさだけで真っ直ぐとオッタルを睨み付けるベル。そしてベルはその発言を実行に移そうとして動こうとしたが…………。
「ベル、止まって!!」
「その傷じゃ死んじゃうって!!」
「流石にオッタルを殺されるのは不味いからね」
「チッ、何で俺がこんなマナー違反なんかしなきゃいけねぇんだ」
「うっさいわよ、駄犬。団長が決めたんだから命令は絶対なんだから」
身体が動かなくなった。
その原因は聞こえた通り、複数の人間に身体を取り押さえられているからだ。
それがリリルカの懇願を聞き入れたロキ・ファミリアの幹部メンバーであることをベルが知ったのは後日の話。今はそんなことを気にしている余裕などなかった。
ただ目の前にいるオッタルがこの死合いに水を挿されたことによって若干冷静に戻り、それによって斬り飛ばされた腕を回収していた。
そしてベルに向かって告げる。
「俺の首をやる気はまだない。もう少しその腕を磨いてから出直してこい」
そう言って全力で駆けベルの目の前から立ち去った。
その後ろ姿を見ながらベルは血が止まらないのを気にせず叫ぶ。
「待てぇ、オッタル!! ふざけるなよ、お前!! 首置いてけ!! 首置いてけ!! オッタルゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッッッッッッッ!!!!」
ダンジョン内をベルの悲痛な叫びが木霊した。
こうしてベルは大将首を取れなかった。
後日談の一つとしては、ベルはその後力なく倒れると見事なまでのイビキをかきながら眠っていた。
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第25話 ベルが戦ってる時に彼女達は
ベルが叫び寝る前の一幕にて語ろう。
ベルがオッタルと死闘を繰り広げる中、リリルカは必死にベルを追いかけながらベルを助けてくれる冒険者を捜し回っていた。
そして見つけたのが遠征に向う最中であったロキ・ファミリアの一団。彼女はもう誰これ構わずに助けてくれと叫び集団に飛び込んだ。そんな彼女の必死な様子に周りの団員達もタダゴトではないと判断し、指示を仰ぐべく上位の者を呼ぶことに。最初は次期団長候補である『超凡夫(ハイノービス)』ラウル・ノールドが呼ばれリリルカの話を聞くことになり、彼女はベルを少しでも早く助けたい一心で若干早口で話し始めた。
その話の内容で分かったことがいくつかあり、その中に信じられないものもあった。普通ならまず信じないであろう話であるが、リリルカの必死な様子にそれがどうにも嘘には見えなかった。何よりもその情報が確かなら、レベル4であるラウルでは明らかに手に負えるものではない。ここで冷静な判断を下せる者ならばリリルカの願いを断っていただろう。同じファミリアの者ならともかく、他所の神の眷属を助ける道理はないのだから。
だが、ラウル・ノールドという男は根っからの『善人』であった。
だから彼はリリルカの話を親身になって聞き、その話を自身の判断と共に更に上位の者………団長であるフィン・ディムナに相談した。
そしてその話を聞いたフィンや幹部達はそこで奇妙な縁がある男の名を聞くことになる。
「ベルが……いるの?」
数日前に稽古を付けてもらっていたアイズ・ヴァレンシュタインが驚きながらそう呟いた。
彼女にとってベルはある意味特別だ。自身の目指す先にいる存在であり今尚その背中を追いかけている。異性としても…………気になる存在でもあった。
そんな相手がよりにもよってあの『猛者(おうじゃ)』と戦っているというのだ。いくらレベル5のアイズよりも強いかもしれないベルであろうとレベル7のオッタル相手では流石に危険過ぎる。レベルの差など気にしていないベルだということはアイズも知ってはいるが、それでも冒険者のレベルの差は絶対的なものがある。レベルの一つ差でギリギリ、二つ違えばほぼ絶望的。上位であればある程に顕著だ。つまりオラリオ最強のオッタルとベルとのレベル差はベルが冒険者を始めた時期から鑑みて、最悪でも6差があるのだ。まず勝てないどころか瞬殺、一瞬にしてベルが肉塊になるであろう。
そんな最悪な未来を想像してしまったアイズは直ぐに走り出した。
フィンや他の幹部達はまだ助けるか決めていないのに走り出してしまったアイズを見て驚き、慌ててアイズを追いかける。
「待て、アイズ!」
「ちょっ、アイズ!?」
「待ちなさいよ!」
幹部の女性3人がアイズにそう声をかけるが止まらない。そしてそんな様子を見ながら悪態を付きつつも狼人の青年は追いかけ、フィンはそんな幹部達を見つつも他の団員に指示を飛ばす。
「ガレスはここに残って他の団員達と待機していてくれ。僕は急いで皆に合流する。だから案内を頼むよ、小人族のお嬢さん」
その言葉と共に抱えられるリリルカ。思慕の念を抱くベル以外にそうされ本来不快感を感じるものだが、今は緊急事態であるためそんなことは気にならず寧ろベルの救助に応じてくれたフィン達には感謝しかないリリルカは今にも泣きそうになっていた。
そうしてリリルカの案内の元、ベルがいるであろう階層に最速で到着したフィン達一同。そこで彼等が目にしたのは…………。
「嘘だろ………………」
そう思わず漏らしたのは口が悪いが実力者のレベル5であるベート・ローガだ。
彼にとってベル・クラネルという存在はある意味無視できない存在である。自身に泥を塗ってくれた屈辱があり、直ぐにでもぶちのめしたい相手だ。過去の因縁で一方的にボコボコにされたのは今でも忘れない。それぐらいに意識している。
そんな相手が最強の存在相手にどうなっているのか? 死なれては屈辱を晴らせないということも加味して彼はこの場に赴いた。あのレベル7を前にしてどれほどの大怪我を負っているのか、生きているのかが気になった。
だが、ベートの予想は目の前の現状を前に粉砕されたのだ。
フィン達率いる一団が見たものは、真っ白な霧に覆われつつある草原にて周りのものを何もかも巻き込んで破砕しつつ激突し合う二人の冒険者だ。
方や大剣を軽々と振り回して剛剣を振るうレベル7『猛者(おうじゃ)』オッタル。
そしてもう片方は防具らしい防具を一切身につけず自身の背と同じほどの長さを持つ大太刀を振るいオッタルに襲いかかるベルであった。
二人の剣戟がぶつかり合う度に衝撃が走り階層が揺れる。その衝撃に巻き込まれるだけでモンスターは灰と化し、周りの岩や木々が吹き飛んだ。
目の前で行われている激戦に言葉を失う一同。とても冒険者同士の戦いには見えない。寧ろ巨大なモンスター同士がぶつかり合っている印象を思い抱かせるくらい、その戦闘は激しかった。
そんな光景を見ながら各自感想を口から漏らす。
「あの猛者が決めきれないなんて……」
「団長でさえ戦うことを避けてる相手なのに………」
「チッ、あの野郎…………」
「何という人間だ!? あの猛者相手にこうも戦うとは………」
「え、あれって猛者が手加減してるとか、そういうことは……」
「僕の目からみてオッタルはあまり余裕がないように見える。彼は今、かなり力を出してるよ」
「ベル……………」
そんな感想を聞きつつもリリルカはベルを止めて欲しいと願った。やっと止めるための手段がとれたのだ。急いで止めて欲しいというのが本音だ。
だが、そう思いつつも彼女もまたベル達の戦いに魅入ってしまう。普段の紳士で優しいベルとは違い、今のベルは目の前の首級を欲しいと嬉々として狂気に染まった笑みを浮かべる薩摩兵子。これまでもそれは見てきたが、今回のそれは更に凄い。常人なら発狂して逃げ出すくらい恐ろしい。だが、そんなベルもまたリリルカは『素敵』だと思ってしまった。ある意味無邪気な様にも見え、それが母性本能をくすぐった。
だからこそ、魅入ってしまう………この戦いで輝くベルを。
正直もう彼女は救えないくらい染まっていた。自覚症状なしに。
そんな彼女と同じくアイズもまた魅入っている。
彼女は力を求める。それは昔からで今も変わらない。そして最近行き詰まりを感じ悩んでいたところでベルと出会い、彼の強さに惹かれた。そしてそれを学ぼうと思い彼に稽古を付けてもらい、少しでも学んだつもりだ。
だが、まだまだ先があることを今、彼女は知った。あのオラリオ最強にまったく引けを取らないベルの強さと、そしてその狂気を。
その姿に彼女は情景を抱いてしまった。あんな風に強くなれれば、きっと自分の願いも叶うと。あんな風になりたいと。
それと同時に顔が熱くなった。情景と同時に恋心が芽生えてしまったのだ。ベルが格好いいと、前から思っていたが今回のこれで決定打となった。その姿に憧れ、その精神に焦がれ、そのあり方に羨望する。
アマゾネス程ではないが、強い男に女性は惹かれる場合がある。まさにそれだろう。アイズはベルに魅入っていた。そう成ってしまっている辺り、彼女もまた『汚染』されているのだろう。きっとヘスティア辺りが知ったら胃痛を感じつつ同情するかもしれない。
そんな視線も含めて皆が注目する激戦も佳境へと入った。
お互い致命傷とまではいかなくても手傷が多く血で紅く染まる両者。
二人は互いに何か語り、そして殺気を噴き出す。その殺気に身震いしながらフィン達が見ていたところで両者が動いた。
その速さはレベル6には何とか、レベル5では見切れない程の速度だ。だからアイズ達が見たのは両者の攻撃が終わった後。
結果、ベルの身体から血飛沫が噴き出した。
「ベル様!?」
「ベル!?」
リリルカとアイズがベルの血を見て血相を変えて声を上げる。誰がどう見ても致命傷をベルが負ったから。
特にリリルカなんて目から涙が溢れ出してしまっていた。
二人を覗いたフィン達はこれで勝負が付いたと思った。あの傷ではもう戦う事など不可能だと分かるからだ。後は死にかけているベルを皆で回収し治療して死なせないようにすればいい。オッタルが相手でもこの人数で高レベルの者達だ。時間稼ぎや退避くらい出来るはずである。
だからフィン達はベルに向って歩こうとし、そして止まった。
その顔は驚愕し目を見開いている。
何せ目の前であり得ないことが起こったからだ。
確かにベルは致命傷を負った。もう戦える身体ではない。死んでもおかしくないくらいの重傷。だというのに、彼は……………。
立っていた。
自分の身体から夥しい程の血を噴き出しながら、それでも身体はまったく動じぬと言わんばかりに立ち、そしてその顔はギラギラと瞳を輝かしながら笑っていた。
そして次の瞬間、それこそレベル6であるフィンでさえ見切れない速度で動き、オッタルに斬りかかったのだ。
その結果、オッタルの左腕が地面に落ちた。
血を噴き出す左腕を見ながらオッタルはベルに目を向け、ベルは血を噴き出しながらもまったく殺気を衰えさせることなく戦おうとする。
これ以上は両者とも危険だ。
そう思ったからこそ、フィン達は飛び込みベルを押さえたのだった。
その結果、この死合いは終わり、叫んでいたベルは限界を迎えたのか豪快にイビキを掻きながら眠り始めた。
その様子を見て皆が異常ぶりに驚くしかなく、リリルカはベルの胸元で泣き始めた。
やっと穏やかになった雰囲気にて、ベートがあることを口にした。
「そいつのレベルを確認させろ。いくらなんでもあの強さはおかしすぎるだろ」
それは普通に考えてマナー違反の中でも特に禁忌なものであった。冒険者のステータスは同じファミリア内の団員であろうと見せて良いものではないのである。それを見られればその者のスキルや弱点なんかも判明するからだ。
当然そのことを周りの者達は嫌がった。だが、あの最強と渡り合う強さの秘訣を知りたいという気持ちもあり、治療の為にも着ているものを脱がせる必要があったため、『仕方なく』見ることにした。
そしてその場で衰えさせることなく驚きのあまり素っ頓狂な声が上がる。
「レベル…………薩摩兵子?」
それは彼等にとって初めて見た異端であった。
純白の室内にて、雌の色香を前面的に噴き出しながら身悶えしている者がいた。
その名はフレイヤ。美を司る女神にして、オラリオにいる神々の中で一番美しい者である。彼女は目の前にある鏡を恍惚とした表情で魅入り続けていた。目は潤みトロンとし、その快楽と興奮に耐えきれなかったのか両手は体中を愛撫する。きっとこの姿を見たら男だろうが女だろうが神だろうが欲情して正気を失うだろう。それぐらい今の彼女は妖艶で淫奔だった。
そんな彼女がいる部屋の扉がゆっくりと開けられる。
そこから出てきたのは左腕に包帯を巻いている猪人……彼女のファミリアの団長を務めるオラリオ最強の冒険者、オッタルである。
彼は包帯の先にある『左腕』の違和感を感じつつも敬愛なる主神に報告する。
「いかがでしたか」
その問いかけに今にも絶頂しそうなフレイヤはとろけそうな甘い声で答えた。
「最高だわ、オッタル。あまりの刺激に何度も気をヤッてしまったくらい」
恥も外聞もなしにそう答えるフレイヤにオッタルは静かに応じる。
「それは何よりです」
フレイヤはこの興奮の余韻をまだ感じたいと思いながらも今回の最大の功労者である眷属に労りの言葉をかけることにした。
「オッタル、ご苦労様。その左腕は大丈夫なの」
「はい。ディアンケヒト・ファミリアに行って接合していただきました。満足に動くのにしばらくはかかるかと。その間、フレイヤ様の護衛はアレンに任せたく」
自分の怪我よりもフレイヤの事を第一に考えるオッタルはそう告げる。彼らしい言葉にフレイヤは苦笑した。相も変わらず真面目だと。
オッタルがそういう対応を取ることはいつものことだ。だから彼女としても慣れている。
だが、ここで一つだけいつもと違うことが起こった。
「僭越ながらフレイヤ様、一つだけ申したいことがございます」
「あら、何かしら」
オッタルはフレイヤの目を見つめながらこう告げた。
「ベル・クラネルは俺の『宿敵』です。きっと貴女様を満足させられるでしょう。お気を付け下さい。あの男は神々であろうと躊躇せずに斬る、そういう男ですので」
そう語ったオッタルを見て、フレイヤははくすりと笑いながら答えた。
「まるで私よりもあの子の事を分かってるみたいね。妬けちゃうわ」
その言葉が室内に染み渡り、オッタルは無言でそれを肯定した。
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第26話 ベルは目覚めて彼女は甘える
ベルが珍しく大怪我を負って帰ってきた。
その事に驚きはしたが、それ以上にそんな大怪我をしたというのに見事なまでのイビキをかきながら寝ているベルの呑気さに寧ろ呆れてしまったヘスティア。
彼女にとってベル・クラネルというのは非常識の塊のようなものだ。冒険者としての常識に一切噛み合わず、その精神は普通の常識人では計り知れない程に狂っている。
だから正直もう大仰に驚くということはなかった。正直この男だったら何でもアリだと考えることにした。そうでもしないとこちらの精神と胃が持たないから。
ホームのベットで眠りこけているベルをリリルカが愛おしそうに見つめ、ベルの頬や頭を優しく撫でる。その姿は小人族の見た目に対して確かな母性を感じさせた。
「ベル様………………」
慕っている男が無事に生きていることを地上に降りていないどこぞの神に感謝しつつ彼女は安堵する。ベルが戦う姿は何度も見てきた。その度恐怖も抱いたが同時に安心感も抱いた。だってベルはリリルカが知る冒険者の中で『最も強い』から。ベルが死にそうになる姿なんて想像出来なかった。
だが、今回の一件で初めてベルもまた『死ぬかもしれない人』であることを知ったのだ。いくら常識外れの強さを持っていても、人である以上それは免れないと。
だからこそ、生きていることに心の底から感謝したしベルへの想いが更に強まった。
正直今無垢に寝ているベルにキスしてしまおうか悩むくらいに。
「ベル様はきっと戦わないで下さいとお願いしても聞き入れてくれないのでしょう。ベル様はずるい人です。リリをこんなにも夢中にさせておいて、それでもリリの気持ちにまったく気付かないんですから。だから分かってます………ベル様を大好きだからこそ、リリは分かってます。ベル様は戦うことを絶対に止めないし、それに今回みたいな戦いも飽きずに何度だってするってことぐらい」
ベルに聞こえないように小声で、しかし胸が温かくなる程の愛情を込めながらリリルカはそう囁く。
実はベルの怪我を治療する際に上着を脱がせた時、ベルの身体からかなりの傷跡が見つかったのだ。斬跡や何かで抉れた跡、それ以外にも様々な傷がその肉体には刻み込まれていた。
それが語るのはベルの今までの生き様。どのような戦いをしてきたか、どれだけ今まで『死にかけてきた』のか。だから今回のが『初』ではない。ベル・クラネルは今までに何度も『修羅場』を潜ってきているのだと。
だからこそ分かる。ベル・クラネルがそれをやめられないということを。それこそが彼の生き方なのだと。
大好きだからこそ、それを止めてもらいたい。もっと自分の身を案じて欲しい。もっと周りにいる自分を心配する人達の事も考えて欲しい。何よりもリリルカ自身の気持ちを考えて欲しい。
そんな思いに駆られるが、それを言葉にしてもベルは絶対に止まらないだろう。
だってそれがベル・クラネルだから。それこそが薩摩兵子で功名餓鬼だから。
故にリリルカはその思いを口にしない。そのかわり、それ以上にベルを想う。
「だからこそ、リリはベル様のことを見守ります。それだけはベル様が駄目だと言っても絶対に断りますからね。それがせめてリリに出来る唯一だから………だぁいすきです、ベル様」
そう眠るベルに告げるリリルカの顔は優しいながらに何か覚悟を決めたような顔をしていた。
端から見たらバカップルのイチャつきにしか見えないそれだが、ヘスティアには穏やかな時間に思えた。
そんな穏やかな時間はベルが目を覚ましたことで終わりを告げる。
目を覚ましたベルが最初に出した言葉は……………。
「巫山戯るなよ、オッタルゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッッ!!!!」
である。どうやらベルの中ではあの後から先の時間というものが止まっていたらしい。
そのため最初は混乱し殺気を振りまいていたベルであったが、失意と共に落ち着き始め、少ししたらもう『薩摩兵子』ではない『紳士』なベルに戻っていた。
「ごめんね、リリ。心配をかけちゃったみたいで」
申し訳なさそうにそう謝るベルにリリルカは分かった上で少しだけ機嫌が悪いとアピールする。
「仕方ない人ですね、ベル様は、心配をかけた責任としてリリのお願いを聞いてもらいますよ」
そういうとリリルカはそれはもう甘い声を出しながら顔を紅くしてベルにお願いをした。
「今日一日、リリを甘えさせて下さい」
そう言うなり彼女は小さな体躯を活かして素早くベルの膝の上に座り込んだ。
そして言葉こそ発しないが、ベルに分かるように頭を向ける。
「あはははは、そう言われたら断れないね。いいよ、お姫様」
いくら薩摩兵子で功名餓鬼なベルでも、紳士な通常時ならリリルカが何をしてもらいたいのかは分かる。これはきっとベルの祖父の教育のお陰だろう。悪鬼羅刹に残された唯一の良心とも言えるかも知れない。きっとヘスティアがこの祖父のことを知ったらこう言うかも知れない………グッジョブと。
「えへへへへ………」
そんなわけでベルの膝の上で彼の身体に自らの身体を預けながら頭を優しく撫でてもらっているリリルカはここ一番に幸せそうな顔をしていた。
そんな二人のやり取りにやれやれと思いながらヘスティアは外に出る。
二人の時間を邪魔するのは良くないという女性ならではの気遣いと今はリリルカがいるからなんとかなっているが、いつ再び功名餓鬼になって振り回されるかわからないので退避しようというのもあった。だから後は若いお二人で、といったお見合いの保護者的なノリで二人から離れ、自身は気分転換もかねて街に買い出しに出た。資金はベルのお陰で貯まっている。本来のあるべき世界ならベルの為に武器を作るために莫大な借金を背負っているのだが、この世界ではそんなものは不要だったために借金はなし。ヘスティアはまさにある程度のお金を持ってそれなりの生活を満喫する。
街に出て買い食いしたり服を見たりとまさに見た目通りの姿を見せるヘスティア。このときばかりは日頃の胃痛ともオサラバして気が楽である。
そんな彼女であったが、それは偶々一休みしにきたカフェで止められた。
「やっと見つけたでぇ、おチビ! さぁ、はっきりと吐いてもおうか、お前んとこの子の『レベル』について」
そう叫んだのはロキ・ファミリアの主神であるロキであった。
どうやら前回の一件を報告した幹部がいたらしい。それが誰なのかは知らないが、何はどうあれベルのことがロキにバレたようだ。
いつもなら邪険に扱い喧嘩する中である二人。だが、この時ヘスティアが浮かべたのは…………。
「ロキ、聞いてくれるかい!」
それはある意味少しでも『被害者』を増やし『心労を減らそう』とする同情的で心底嬉しそうな笑みであった。
この話を聞いたロキはヘスティアの使う胃薬の量を聞いて確かに同情した。
「どこでもいいから空きのあるパーティはねぇのかよ」
ギルドにてそう叫ぶ赤髪の青年との出会いまで、あと少しだけかかる。
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第27話 ベルの二つ名は……
今年も何とか投稿できました。今回も申し訳ないことに薩摩成分少なめとなっています。
オッタルとの激闘から少しだけ時間が経ち、向こうはどうだか知らないがベルは相も変わらず手柄を求めてダンジョン内で暴れ回っている。その暴れっぷりはそれこそ以前以上に磨きがかかり、雑魚であれば首が飛んでいることに気付かず終わり強い中層モンスターであっても一撃で大体殺しきる。酷い時なんてキラーアントの堅い鋼殻を素手で殴り砕き、大太刀なしで殴り殺して行ったくらいだ。それも一匹が殺されたことで本能的に死を感じたキラーアントが本来瀕死状態にならないと出さない危険信号を発し、途轍もない程の量のキラーアントが群れを成して襲いかかってきたのを狂気の笑いを上げながら飛び込んでいき一人で全部殺しきった程に。
冒険者の常識ではまずあり得ないことを平然とやり、それを笑いながら蹴っ飛ばす。その光景はある意味爽快であり、リリルカは心配しながらもベルの凄さに感嘆していた。
そんなベルではあるが、まだまだ不満だらけのようだ。まぁ、無理もないだろう。何せオッタルという最上の首級を取り逃したのだから。だからこそより昂ぶるというものであり、ベルはオッタルとの再戦を待ち望みながらより薩摩兵子として磨きをかけていた。
斬っては斬って、斬りまくって…………大太刀が振るわれる度にモンスター達は灰と化す。その光景を見ながらリリルカはあることをふと思った。
「ベル様ベル様、リリはふとあることを思ったんですけど?」
「何がだい、リリ?」
若干殺気に輝く目をしつつも『紳士』らしく優しく反応を返すベル。そんなベルにリリルカはベルの背に装備されている大太刀を指しながらこう言った。
「その大太刀、凄い切れ味ですけどどう見たって普通のものですよね。ならそろそろ手入れとかした方がいいんじゃないですか?」
彼女は以前この大太刀を盗もうとしたことがあり、その結果この大太刀が業物でもなんでもない普通の物だということを知っている。(それでもベルの乱暴極まりない使い方をしてもまったく壊れない辺り、ある意味業物と言えなくもない)
そう言われベルは大太刀を背から引き抜くとリリルカに見えるように前に翳す。
「僕もそろそろしようとは思ってたんだ。こういうのは一応出来るけどやっぱり本職の人の方がいいからね」
「うわぁッ、なんですかコレ!? 刃こぼれだらけじゃないですか!」
彼女が見た大太刀はかなりの刃こぼれが見受けられ、下手をすればナマクラに見られても仕方ないくらい酷い状態だった。そんな大太刀を使って余裕でモンスターをぶった斬るベルの腕が凄いと褒めるべきか、ここまで酷く使っていることに注意をするべきか悩むところであるリリルカ。
ベルは剣の腕は確かだが師匠が師匠である。そこまで細やかな性格ではないので刀の手入れも大雑把にしか教わっていないのだ。だからベル本人が言う通り、こういうのは本職である鍛治師に任せることにしている。
「それじゃぁ明日はダンジョンに行かずにその大太刀を診てもらいに行きましょうか」
二人きりで街にデートだと考えたリリルカは嬉しそうに笑いながらそう提案した。
そう言われベルは少しばかり困ったような顔をする。
「いや、まだ使えるし明日もダンジョンに………」
しかし、それを彼女は絶対に許さない。
「いいえ、明日に絶対行くべきです! その大太刀が凄い物でもそんな状態なんですからいつ何時壊れるかわかりません! もし武器がなくなったりしたら…………」
明日のデートの為に強気に出るリリルカ。言っていることは正しく、もしダンジョン内で武器が壊れたりしたらその時は絶望的だろう。いくら冒険者とて武器ありで戦えるものだから。
だが、そう言いつつも彼女の脳裏に駆け巡るベルの肉弾戦。素手でキラーアントの群れを殴り殺していく様子を思い出し、こう言ってもベルなら普通に戦えてしまうと分かってしまう彼女は途中で言葉を変えた。
「相手の首を取る際に武器が壊れたら取れないじゃないですか。ベル様にとってそれは一番不本意になるんじゃないですか」
「確かにそれもそうだね。首を取るのに大太刀なしじゃ確かに困る。いくら僕でも相手の首は引き千切れないからね」
ホラー丸出しなことを平然とした顔で言うベル。少し前のリリルカならドン引きするところだが、ある意味振り切りつつある彼女はそれを平然とスルーした。
「そういうわけで明日は一緒にバベルのお店に行きましょう」
「うん、そうしようか」
こうして翌日二人は一緒にバベルの塔にある店に向うことになった。
ベルが順調に回復していく中、ヘスティアは珍しく着込んであるイベントに参加していた。
そのイベントの名は『神会(デナトゥス)』………3ヶ月に一回のペースで開催される神々の会合であり、これにはランクアップした冒険者の報告とその冒険者への『二つ名』が決められるなど様々な話し合いが行われている。地上に住む子供達にとってまさに神々しく荘厳な会合だと思われているのだが………まぁ、その実態は暇を持て余している神々が3ヶ月に一回のペースでドンチャン騒ぎをするというだけの代物だ。確かにそれらしい話をしなくもないが、大概は自分の所の子供自慢かもしくは巫山戯合いといった暇神達の戯れである。
今まで参加してこなかった彼女であるが、何故今回参加することにしたのか?
それはベルの『異常さ』を少しでも和らげる為であった。
前回の一件でロキにバレた際、彼女は今後どうしたらよいのかをロキに相談した。普段の彼女なら犬猿の仲であるロキにそんなことなどまず話さない。だが、彼女の精神はもうかなり摩耗していたのだ。それは彼女が使用している胃薬の量を見れば分かる話。そんな彼女を見て宿敵でもあるロキは見ていられないほど痛ましい気持ちになり、若干だけ優しくヘスティアの話を聞いてあげた。
その結果が『神会』への参加。ロキは今回の件でベルのことを隠しておくのは不味いと判断したからだ。流石にあそこまで異常な存在を隠し切るのは不可能だし、何より本人自身がそれをまったく自覚していないのである。いつボロが出るかわかったものじゃない。ならばいっそのことバラしてしまい公にしてしまえば良いと判断したのだ。ヘスティアが『神の力』を使って違反をしたということはないということは証明出来る。故にベルがバグっているだけだと。
その話をすべく彼女は『神会』に来たのだ。流石に今回の件は少しばかり危ないということであのロキでさえサポートをすると言ってきている。これは本人には絶対に言わないが心強い。
そんな頼もしさを感じつつ、ヘスティアはここにいた。
周りにいるのは自分と同じ地上に降り立った神々。その中には見知った顔や友神もおり、会う度に色々言われながら挨拶していく。
そしてある程度歓談が終わったところでこの『神会』の本題である自分達の子供に関しての報告会が始まった。
段々に決まっていく新たにランクアップした子供達への『痛い』二つ名。意見を出し合いより面白い名にしようという周りの神々はテンション高く馬鹿笑いし、自分の所の子供に酷く痛い名前を付けられた神は絶望し蹲る。そんな神々にあるまじきとしか言い様がない光景が目の前で繰り広げられ、毎度のことながら慣れている神達はそれを冷めた目で見ていた。
「狂ってる………」
初めて参加したヘスティアはそう小さく口にすることしかできなかった。仮にも子供の今後を左右しかねない大切な二つ名をこうして決めていることに正気を疑いかけた。
「こんなの毎度のことよ。慣れときなさい」
「ま、暇な奴らが娯楽を求めて馬鹿騒ぎするとこうなるもんやって」
この神会に参加していた友神のヘファイストスとロキが慣れた様子でそう語る。彼女達のような大所帯はもう何度も参加しているので、この異常な光景も見慣れていて既に常識になっていた。
そしてある程度話が進み、ついにヘスティアの番となった。
「皆に聞いて欲しいことがあるんや。ほれ、おチビ」
「う、うん……」
ロキに促されるように前に出たヘスティアは周りの視線を感じて萎縮しつつも何とか前を向く。
「実は僕の子供になった子なんだけど、その子のレベルがおかしくて。それでこのままにはしておけないってことで皆に聞いてもらおうと思ったんだ」
何とか決心してそう語り出すヘスティア。
そんな彼女を見て周りの神々は好奇心旺盛に注目する。そして周りからひそひそと囁くレベルの会話が出てくるが、その内容はそもそもヘスティアに眷属がいたのかということばかりであった。まぁ、出来たばかりのファミリアの知名度などこんなものだろう。
だがロキの次の言葉でそれは変わった。
「その子供の名はベル。ベル・クラネルっていうんや。真っ白い髪に紅い目、そして身の丈程ある大太刀使いって言えば聞き覚えもあるやろ」
「「「「「「「あぁ、あの噂の!!」」」」」」
オラリオの中で最近噂になっている白髪の大太刀使い。曰く、レベル5を素手で一方的にボコボコにしたとか、怪物祭の時に暴れるモンスターを笑いながら殺しまくっていったとか。どこぞのファミリアにたった一人で襲撃をかけたとか…………。
そんな噂話が出ていることを再認識したヘスティアはきゅうっと胃が痛くなるのを感じ手を添えて堪えた。
「その噂の冒険者が僕の子供なんだ。噂がどこまで尾ひれがついているのか分からないけど、その強さは本物だよ」
そう言うヘスティアはどこか疲れた顔をする。
そんな彼女の表情に周りの神々が疑問をもちつつも今話題の人物の方が気になり質問を投げかけた。そしてその中に今回の本題も当然来る。
「それでその子供のレベルはどれくらいなんだ?」
その質問に周りの神々が皆うんうんと頷いた。
冒険者の強さはレベルに起因するからであり、それを聞けば大概は納得出来る。要はレベルが高ければ強いの一言で済むのだ。
だが、ベルの場合はそうならない。
ヘスティアは意を決して発表した。
「聞いて驚かないで欲しい。そして先に言っておくけど、僕は一切の不正を行っていないことを今この場で宣言する。もし疑うのならロキに聞いてみるといい。普段犬猿の仲であるこいつにさえ僕は相談をしたんだ。それがどれくらいの覚悟か、天界での僕とこいつの仲を見てきた君たちになら分かるはずだ」
その言葉に息を吞む神々。ヘスティアとロキの間柄といえばロリ巨乳と無乳という犬猿の仲であり、水と油のような関係だ。絶対に混じらない。それがこうまで言うのだ。確かに異常事態なのだろう。
「僕の子供、ベル君のレベルは……………薩摩兵子だ!!」
もうどうにでもなれと言わんばかりにヘスティアは発表した。
そして場の空気が一瞬だけ停止し、次の瞬間に爆発する。
「「「「「「はぁぁあああああああああああ、薩摩兵子ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!?!?」」」」」
今まで聞いたことないレベルに神々が騒ぎ出す。
「最早数字ですらねぇぇぇえええええええええええええ!!」
「おい、言葉の感じからして極東の字だぞ。タケミカヅチ、何か知らないのか?」
「確か極東の更に南側のド田舎にそんな地名があったような気が…………」
騒ぐ神々を尻目にヘスティアの側にいたヘファイストスは彼女に問いかける。
「それ、本当なの?」
「嘘をいう理由なんてないし、何ならギルドのエイナってハーフエルフに聞けばいいよ。彼女にだけはベル君の本当のレベルを見せてるから」
「そこまでいけば決定的やな」
子供は神に嘘をつけないという特性を活かした証明。確かにそれならはっきりとするだろう。だが、それでも信じられないと言う者も出てくる。
そしてそれらに対しヘスティアは………………キレた。
「それが嘘だったら僕はこんなにもストレスで胃を痛めたりしてないんだよ、馬鹿野郎ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ヘスティア、魂の咆吼。そして…………。
「ッッッッげふッ!?」
限界突破、吐血した。
突如血を吐いたヘスティアに周りは騒然とし、ロキとヘファイストスは慌ててヘスティアの背中を擦る。
「おチビ、無茶しすぎやで」
「あの図太い神経の持ち主の貴女がここまでなるなんて、相当ヤバイ子なのね」
「ふふふふふ、ベル君に振り回されるのは正気じゃいられないよ」
「あかん、目が死んどる」
「これこそ疑いようがないわね」
そんなヘスティアの様子に周りの神々もこれが真実だということを認めざる得ない。いくら面白いことが好きな神々でも自分の身を削ってまでそんなことは普通しないのだ。
そんなわけでベルのレベルが発表され、そこから怪物祭での戦いっぷりからレベルが1ではないと見なし、二つ名を与えられることになった。
「真っ白い髪に紅い目ならやっぱり兎?」
「いや、見た感じだと可愛い系だがここは敢えて怖い物を付けてみよう」
「大太刀一本だけで戦ってるならある意味極東の侍と一緒だよな。なら………」
「確か良く『首を置いてけッ!』っていうんだよな」
様々な意見が上がりヘンテコな二つ名が上がっていく。
『殺戮する白髪鬼(ホワイト・ジ・オーガ)』
『侍兎(サムラーイラビッツ)』
『妖怪首置いてけ』
どれもこれもロクなものがなく、ある意味難航していく。
そんな中、ヘスティアは椅子に深くもたれかかりつつベルの二つ名が無難なものに成ることを祈っていた。
(まぁ、あのベル君ならどんな二つ名だろうが興味ないの一言ですませそうだけど)
普通の冒険者ならかなり気にする所だが、この男に限っては別問題。自分の身一つあればそれで良いと言わんばかりなので、周りからどう思われようが何だろうが関係ないと言い切り気にしないのだ。だから深く考えてこれ以上胃を荒れさせたくないヘスティアは深く考えるのを止めた。
そして最終的に『妖怪首置いてけ』にきまりかけたところで待ったがかかった。
それは今まで一言も発していなかった『美の女神』フレイヤ。彼女は皆の前に出ると恋する乙女のような顔をしながら話し出した。
「あの子は今一番私の心を惹いてやまない子なの。そんな子の二つ名がそんなのなんて私が許さないわ。それにウチのオッタルもあの子を気にかけているの。『猛者』に釣り合うような二つ名じゃないとね」
そう語り、周りはまた騒ぎ出す。
またフレイヤの悪癖が出ただの略奪愛だの色々な言葉が飛び交う。今までフレイヤの強引な勧誘は幾度とあったが、今回のようにその主神の前で明言したのは初めてのことだ。だからこそ、ヘスティアとフレイヤの間にて注目が集まる。
普通であれば巫山戯るなと怒るべきなのだが、その明言に対しヘスティアは疲れた顔で笑いながらフレイヤに答える。
「君のそういう話は良く聞いているから驚きはしないけど、一つだけ教えておくよ。ベル君は普通じゃない。君の思うようには絶対にいかない。もし彼を欲しいというのなら、その時は覚悟した方がいい。彼は神だろうが容赦なく殺すよ」
その言葉を受けてフレイヤは不敵な笑みを浮かべた。
その間に流れる妙な雰囲気に戦々恐々としてしまう男神達。ロキとヘファイストスは深い溜息を吐いた。
そして改めて釘も刺されたことで考えついた二つ名が…………。
「『首狩り(ヴァイスリッター)』?」
「そう、それが君の二つ名だ」
神会から帰ったヘスティアはベルに決まった二つ名の発表を行う。
それを聞いたベルの反応はといえば…………。
「まぁ、いいんじゃないですか。僕は何がどう決まろうとやることは変わらないわけですし」
実に淡泊な反応にヘスティアは予想通りだと思った。
そして彼女は今回の神会で疲れたのだろう。友神であるミアハにもらった胃薬を『大量』に飲んで眠りについた。
こうしてベルの二つ名が決まったのがこの間の話であり、翌日バベルに出かけるベル達はそこで自分の二つ名が広まっていることを知ることになった。
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第28話 ベルに仲間は………
そしてかなり甘め………萌えが欲しい………。
ヘスティアに二つ名が決まった事を聞かされた翌日、ベルとリリルカの二人はバベルの前の広間にて待ち合わせをしていた。
ベルにとっては大太刀の整備をしてもらうだけの話だが、リリルカにとってはそうではない。
(ベル様とデート、ベル様とデート!! えへへへへ)
彼女にとってこのイベントはデートなのである。いや、確かにベルの大太刀の整備が本題なのだがそれ以外に寄り道してもいいだろう。彼女にとって整備の話は切っ掛けであり、こちらの寄り道こそがメインなのだから。
ベルに好意を寄せる彼女はベルと幾度となく一緒に行動を共にしているのだが、その殆どがダンジョンでありこうした町中で一緒に行動することは今までなかった。
だからこそ、この機会によりアピールしたいと思うのは恋する乙女なら当然のことである。故にリリルカは朝早起きするなり鏡の前で自分の顔を確認し派手に成りすぎないようにうっすらとそれとなく化粧をしていつもの服よりもよりオシャレな服を着て姿見の前で幾度となく自分の姿を確認した。変な所がないように、もっとベルに可愛いと言ってもらえるように。戦闘時は薩摩兵子のアレだが、平常時は紳士的な彼のことである。きっと褒めてくれるだろうと。戦闘時のたくましさ、平常時の紳士的な優しさ、その両方をリリルカは好きになったのだから。
そして自分だけドキドキしていると分かっていながらも気分を高揚させながら彼女は広間の噴水の前に約束の時間よりも大分早く来ていた。
デートは約束の時間よりも早く来るのが常識、それが男女間における恋愛でのルールの一つ。だが、ベルはそういったものとは一切無関係なので当然知らない。だからというわけではないが、そういう部分はリリルカがこれから教えてあげれば良いだろうと彼女は考えている。
(これでも私はベル様よりもお姉さんなのですから、こういうときは年上が引っ張らないと!)
普段駄々甘な彼女だが、こういうときこそベルを導くべきだと。
ドキドキと胸を高鳴らせながら待つこと約束の時間きっちり………ベルが来た。
「おはよう、リリ」
「おはようございます、ベル様!」
ベルの格好はいつもの私服に背に大太刀、つまりダンジョンに潜る時と何も変わらない。それがベルがこのデートを意識していないということの証明であり、それがリリルカには少し悲しかった。だが、それも一瞬のこと。何せベルなのだ。最初から期待などできない。これからなのだ。ベルにそういった恋愛の機微を教えるのは自分なのだと、リリルカはそう思いながら話しかける。
「ベル様ベル様、どうですか?」
ベルに見てもらえるように身体をくるりと回して問いかけるリリルカ。彼女の瞳は期待と不安が入り交じった色をしていた。
そんな彼女にベルは『紳士』らしく柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「とてもよく似合ってるよ、リリ。可愛いよ」
「ありがとうございます!(ベル様に褒めてもらえた! それも可愛いだなんて…………)」
嬉しさにあまり顔を赤らめながらニヤつきそうになるのを堪えるリリルカ。そんな彼女を暖かな笑みで見るベル。
知っている人が見たら仰天ものである。どうして『薩摩兵子』の時はそういったものを一切感じないのに『紳士』な時はこんな反応を取れるのか………きっと師である豊久でさえ謎だろう。いや、この男にソレ関係を考えること自体間違いだ。考えるだけ無駄である。
服を褒めてもらえたことで嬉しくなったリリルカはもっと自分を意識してもらえるようにと大胆な行動に出る。
ベルの腕に飛びつき手を繋ぎながら抱きしめてきたのだ。彼女の小人族特有の低い身長に不釣り合いな大きめな胸がベルの腕に押しつけられて柔らかに形を変える。
「はぐれちゃいけませんから………こうしていれば絶対にはぐれません(大胆で恥ずかしいですけど、こうでもしないとベル様は鈍いから………あぁ、たくましい腕ですぅ……)」
ベル程の年頃の男なら興奮物であり、普通ならドキドキして仕方ないものだろう。
だが………残念ながらベルはやはり紳士的にベルであった。
「そうだね。こうしていれば確かにはぐれない」
ベルは顔を赤らめることもなく優しい目をリリルカに向けながら普通に返していた。
期待していたわけではないのでそこまでダメージではないが、それでも若干のショックは免れない。だが彼女の心は浮き立ってそれどころではなかった。
(ベル様が手を握ってくれてる………ごつごつしていて男らしい手です。見た目は可愛い感じですけど、やっぱりベル様は男なんですね。それに……あったかい………)
ベルのぬくもりを感じて顔がふやけそうになるリリルカ。思惑は外れたが案外得した気分であった………チョロい。
そして二人は手を繋ぎながら、端から見たら微笑ましい若いカップルに見えなくもない状態で歩き始める。
それを客観的に見て内心でキャーキャーと叫ぶリリルカ。
そんな彼女と違いベルは平常運転であり、そのままバベルに向おうとする。
だが当然リリルカはそれを防いだ。
「ベル様、朝ご飯は食べましたか?」
「朝ご飯? そういえばまだ食べてなかったっけ」
ベルの反応に内心でよしとガッツポーズをとるリリルカはベルにハシャぎつつ提案する。
「でしたら、まずは朝ご飯を食べに行きましょう! リリもまだですし、ベル様と一緒に食べたいですから」
そういうわけで朝ご飯を食べるべく、どういうわけか『豊穣の女主人』に入った二人。
そこでリリルカは少なめだが栄養価が良いメニューを選び、ベルは朝だというのに信じられない程の量を注文した。
その量を見てももう驚かないリリルカはニコニコと笑いながら一緒に朝食を食べる。朝食を食べつつ簡単な世間話をすることになり、そこでベルはリリルカに自分の二つ名が決まったことを話した。
「『首狩り(ヴァイスリッター)』? それがベル様の二つ名ですか?」
「うん、そうみたい」
ベルの二つ名を聞き、リリルカはというと…………。
「何というか………まんまベル様ですね」
常日頃の薩摩兵子としてのベルの決まり文句をそのままにしたような二つ名に変とも凄いとも言えない彼女はまさに普通ですねと言わんばかりに感想を述べた。
「僕もそう思う。二つ名なんて特に気にしないけど」
「普通の冒険者ならかなり気にする所ですけど、そうじゃないところがベル様らしいですね」
「でも格好良いじゃないですか。私、その二つ名大好きですよ」
第三者の声にばっと顔を向けるリリルカ。そこにいたのは注文の品を持ってきていたシルとリューの二人。
シルはベルの前に山盛りになったパスタを置きつつ熱の籠もった視線をベルに向けつつ微笑む。その綺麗で誰もが見惚れる笑み、そして瞳に籠もった『恋する乙女』の熱に対面に座るリリルカはジト目でシルを睨み付ける。
(このお邪魔虫め~、せっかくのベル様とのデートを!)
(私だって負ける気はありませんよ)
笑顔で互いに火花を散らつかせる二人。そんな二人とは違い、リューは普通にベルに話しかける。
「ランクアップおめでとうございます、クラネルさん」
「ありがとうございます」
ベルの二つ名が決まった以上ランクアップしていなければおかしいということで、公には『レベル2』になったということになっている。それでも世間では今まで早くて一年でレベル2になったという記録をブッチギリで抜いたため、どうしても注目が集まってしまう。
たった一日しか経っていないのに、ギルドのお知らせもあってか既に幅広く伝わっているらしい。
そのためか、店内でも注目を浴びていたベル。その大概が信じられないという驚きと嘘じゃないのかという疑い、または才能への嫉妬などばかりであった。
だがこの男は揺るがない。人にどう言われようと変わらない。薩摩兵子でも紳士的な時でもそれは変わらない。故にまったく気にした様子もなく朝食を食べていた。
そんなベルの横にシルがすっと静かに座りリューが普通にリリルカの隣に座る。
「お二人とも休んでいていいんですか?」
特にシルにいなくなって欲しいリリルカはジト目をシルに向けつつそう問いかけると、シルは負けじと不敵な笑みを浮かべて返す。
「ミア母さんから少し休んでいいと言われたので。それにベルさんのお世話をしたいと言ったら快く応じてくれましたから」
その言葉で更に火花を散らつかせるリリルカとシル。
それをまったく気にしないベルとリューは今後のダンジョンでの活動内容を話し合う。
「クラネルさんは今後は中層に?」
「ええ、更に良い首を取りに」
にこやかに笑うベルだが、その言葉には確かに薩摩兵子の闘志が込められていた。
本来であれば『先達』として色々忠告すべきなのだが、ベルの今までの噂にレベル2になった時の状況を聞けばその心配は杞憂になってしまう気がしたリューはそれでも一応ということでベルに注意をする。
「クラネルさんはもっと仲間を増やすべきです」
「それはベル様の実力が低いと言いたいのですか?」
その忠告にそれまでシルと睨み合っていたリリルカが噛み付いた。大好きなベルをそう言われて我慢できなかったようだ。
睨み付けられたリューは特に気にする様子もなく普通に流して答える。
「いえ、そういうわけではありません。実力を見たわけではありませんが、レベルアップの経緯などを聞くに実力は十分かと。ただ………」
「ただ?」
「クラネルさん一人では全体を見渡せるわけではないということです。例えば貴女が襲われたとして、その時クラネルさんが助けられるかどうか、ということになります。中層はモンスターの強さも量も上層とは桁違いです。クラネルさんが戦う分には問題がなくてもリリルカさんを守りながらというわけにはいかなくなる。サポーターである彼女を守りながらではいくらクラネルさんが強くても実力を発揮出来ない。だから彼女を守ってくれる仲間が必要なんです」
そう言われベルは何となく理解しリリルカは悔しそうにする。リューに言われていることはつまり『リリルカはベルの足を引っ張る足手まとい』ということになる。それを言われて彼女は自分の無力さに苛立った。
そんな彼女にベルは優しく頭を撫でてあげつつ小さく呟く。
「確かにそうだけど……………僕と一緒に戦える人なんて師匠くらいしか……」
ここで一緒に戦うというのは『協力』して戦うのではない。どちらが多くの手柄を立てられるのかを競い合うような『戦(いくさ)』を共に出来る相手のことである。
そんなキチガイ………変わり者はそうそういないだろう。
だが現実問題仲間の必要性を言われて悩むベル。リリルカと一緒にダンジョンに潜ることでそういう意味での仲間の必要性は理解しているからだ。
そんなベルに横から野太い声がかけられた。
「はぁっはっはぁ! パーティーのことでお困りかぁ、『首狩り』?」
そう声をかけてきたのは如何にもな厳つい冒険者の男だ。
どうやらベル達の会話を聞いていたらしい。
「仲間が欲しいんなら俺達のパーティーに入れてやろうかぁ。俺達は皆レベル2だ、中層にも行けるぜぇ」
そう言いながら自身のパーティーに手を向ける男。向けた先には男同様に厳つい冒険者が二人いた。
そして男は卑しそうな顔でベルに話しかける。
「けどそのかわりぃ、このえれぇべっびんのエルフの嬢ちゃん達を貸してくれよ。仲間なら分かち合いだ、なぁ?」
その言葉の真意にベル以外の皆は顔を顰め警戒心を露わにする。相手がイヤらしい意味でこちらに近づいてきたのが明白であった。
そしてその中でリューが何かを言おうとするが、その前にベルの言葉が先に出た。
「くっくっく………あまり笑わせないで下さい」
「あぁ?」
ベルは軽く笑うと男達に目を向けた。
その目はもう紳士的な優しさなどない。戦い手柄を求める薩摩兵子の目である。
「貴方達がレベル2? この程度の手柄にもならない輩と手など組めるか」
ベルはじっと男達を見ながらそう語ると嘲笑を含めて話しかける。
「自分の命も捨てられない腰抜けにしか見えないなぁ、僕の目には。その程度でレベル2になれるんだから、僕が短い期間でなれるのも当たり前でしたね。なんだ、ありがたみも何もないじゃないか。貴方達みたいなのが簡単になれるんだから」
その挑発に当然男は怒り、こちらに手を伸ばしてきた。
「このくそガキ!!」
殴りかかろうとする男。だがベルが当然無抵抗な訳はなく…………。
「僕ははなから『戦』のつもりだ。喧嘩如きなど生ぬるい、邪魔する輩は皆倒す!」
男の拳が届く前にベルの『手加減』した拳が男の顔面にめり込んだ。グシャァっという効果音が聞こえそうなくらい男の顔面に拳は食い込み、吹っ飛ばされながらも離れた男の顔面は見事に血塗れになっていた。
ベルの拳に粘性が高そうな血がべったりと付いている辺り、相手の鼻が潰れたらしい。
激痛に呻く男に仲間の男達は男の有様を見て顔を青ざめさせる。ちなみに手加減した理由は単純に殺したらまずいからだ(手柄にもならないので殺す価値もないクズのため)。
床を血で染めつつ未だに藻掻いている男を見下しつつベルは仲間に聞こえるように声を出す。
「まったくもって弱すぎる。手を組まなくて正解だった。この程度じゃ邪魔なだけだ。それで………次はどっちが来るんだ? こうなりたくないなら逃げてもいいけどね」
そう言われ、ベルの殺気の籠もった目を見てしまった男の仲間達は慌てて逃げようとする。だがその前にベルはもう一回声をかけた。
「あぁ、待った。その前に…………女将さんが凄い怖い顔でこっち見てる。ちゃんと代金は払わないとね」
その言葉とミアの大層おっかない顔に仲間達は恐怖で震え上がり、持ち金全てをミアの近くに放り投げて急いで男を担いで店から出て行った。
その後ろ姿を見つつベルは食べ途中の朝ご飯を食べようとする。
「ベルさん、格好いい…………」
「ベル様、素敵です………」
ベルの勇姿を見て頬を赤らめて熱の籠もった目を向けるリリルカとシル。リューはベルの拳を見て内心驚いていた。
(さっきの拳、私でも十分早いと感じた。アレはとてもレベル2が出せる攻撃ではない!? クラネルさん、貴方はいったい………)
そんな心情の3人とさっきまでのことなどまったく気にしていないベル。
だが、そんなベルにもの申す人物がいた。
「呑気に飯食ってるのはいいけど…………店で騒ぐとはいい度胸だねぇ、坊主」
「あ、女将さん…………」
この後ミアにかなり叱られた。
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第29話 ベルと鍛冶師
朝食を取ると共にお説教をされたベルは本来の目的である大太刀の整備のためにリリルカと共にバベルへと来ていた。
見上げると終わりがないんじゃないかというくらい高い塔は圧巻の一言に尽きるだろう。
壮大な光景ではあるのだが、この街に住む冒険者にとっては見慣れた光景なので特に気にすることもなくベルとリリルカは中へと入っていった。
そしてへファイストス・ファミリアの支店、その中でも見習い達が商品を出している階へと繰り出す。
「ベル様、何でこんな所に? ベル様の腕前だとこんな安物じゃ釣り合わないですよ? それに予算的にももっと良い鍛冶師に頼めるはず?」
ベルの稼ぎはレベルに対し(公の)異常としか言えない程の量である。その稼ぎを知っているリリルカとしては、ベルが此所に来ることが理解出来ないようだ。ベルの稼ぎで考えればへファイストス・ブランドの超一流鍛治師は無理でも二流か三流程度の腕前の鍛治師には頼めるだけはある。こんな見習い程度では釣り合わない。
その疑問に対し、ベルは辺りにある見習い達の作品を拝見しつつ答えた。
「武器は使えればいい。だから下手にそういう人に頼む必要もないし、そういう人間に限って無駄にプライドが高かったりするからね。そういう人達が作った見てくれや材料だけの武器よりも、僕は腕がしっかりしている真っ直ぐな職人の方がいいかな」
そう淡々と答えるベルにリリルカはそうですかといった感じに答えた。
普通の冒険者なら武器や防具にはかなりのこだわりを見せるものなのだが、この男に限っては別である。防具など無意味、さぱっと死ぬのは黄泉路への誉れだと素で答える彼に防具というものはない。そんな考え方をする男である、武器も同様にこだわりを持っていない。いつも使い慣れている大太刀は師譲りの剣術故に使い、それが使えなくなれば他の物を使い、なければ無手にて手柄を掴み取る。何でもありのタイ捨流だからこその考え方であり、それ故に愛着はあれどこだわりはしない。だからベル・クラネルという男は武器や防具にそういった憧れやこだわりは持たないのである。
そんなベルが敢えて今回の大太刀整備を頼むのにあたって見るのはその腕前。作品を見ればそれがどういう人物なのか、どれ程の腕前なのかが分かる。
腕前で見れば一級の鍛治師に頼めば良いという話なのだがベルにそれほどの予算はないし、何よりも武器を使い捨てにすることも辞さないような戦い方をするのだ。使い捨てにするかもしれない武器にそんな金をかける道理などまったくない。
だからこそ、ベルはこうして『武器を使い捨てにしても問題ない程度の腕前』の職人を探しに来たのだ。
はっきり言って職人からしたら失礼極まりない。自分達が胸を張って作った傑作をぞんざいに扱うというのだから。
だがそんなことなどベルにとっては知ったことではない。職人達の傑作もベルからしたらただの『道具』でしかないのだから。
故にベルは様々な作品に目を通していく。その際の目は紳士的ではなく薩摩兵子のソレである。
その目に宿す闘志を感じリリルカは見惚れるが、それが異常だということを彼女は判断出来ない。もう染まりきっている証拠かもしれない。
そんなリリルカに気付くことなど一切なく、ベルは並べられている商品を物色していく。
あれは駄目、これは違う、こうじゃない………そんな感想を一人小さく口にしながら探すことしばらく………ベルはとある商品に目が行った。
それは店内の更に隅っこ、それも特売の処分品の中に入っていた何の捻りもないただの直剣。
技術面では特に特別なものはなく、素材もただの鋼。
だが、その剣は確かにしっかりとした作りで出来ていた。見た目に華やかさや派手さがないので誰にも目を向けられずに処分品に回されてしまったのだろう。
ベルはそれを掴むと改めてその剣を見る。
一級鍛治師に比べれば明らかに未熟、だがベルが求めるレベルには十分達している。
だからこそ、ベルはコレに決めた。この鍛治師に頼もうと思ったのだ。
その為にベルは剣に刻まれた制作者の名を見る。へファイストス・ファミリアの作品はブランドに並べられるものならばそのブランド名を冠することが許されるが、それ以外の作品の場合は制作者の名が刻まれている。このような処分品に回されているものがブランドを掲げることなどあり得ないのだから、必然的に制作者の名が刻まれているだろう。
そしてその名を見て覚えていると、丁度リリルカがこちらにやってきた。
「ベル様ベル様、あっちでベル様に似合いそうな鎧があったんです! 買わないのはわかってますけど試着させてもらいましょう。リリ、ベル様の鎧姿を見てみたいです!」
若干興奮気味そう言うリリルカ。そんな彼女にベルは問いかける
「ねぇ、リリ……『ヴェルフ・クロッゾ』って鍛冶師知ってる?」
防具や武器に興味がないベルである。当然鍛冶師のことなど知らない。
これからその鍛冶師と交渉するのだから、ある程度知っておいた方がいいと思った。だからオラリオの情報に詳しいリリルカに問いかけたのだ。
その質問を聞いて彼女の表情が変わる。
「『ヴェルフ・クロッゾ』ですって!? あの呪われた魔剣鍛冶師の!? 没落した鍛冶貴族の!?」
どうやら有名らしく、凄く驚いた様子を見せるリリルカにベルはある意味関心する、よくもまぁここまで驚けるものだと。
そんなリリルカにベルは特に気にした様子もなく普通に話しかける。
「この剣の制作者の名前を見たらそう刻まれていたから。その様子だと有名人らしいね」
「有名も何も、知らないベル様の方がおかしいんです! 魔剣をとある王国に献上して貴族になった一族ですよ。その魔剣は凄まじい威力を誇り海を焼き払ったと言われるほどに。何故かある時を境にその能力を全て失い今では完全に没落したと」
それを聞いてもベルはまったく動じない。ふーんと言わんばかりに聞き流す。興味がないということがありありと伝わってきた。
「この人に頼もうと思ってるんだ、大太刀の整備」
「よりにもよってクロッゾにですか!? やめた方がいいです、ベル様。クロッゾの一族は未だに恨まれていることも多いです。下手に関わってベル様に危害がいったら……」
リリルカは心配して言っているのだろう。
だが、ベルが『その程度』で止まるわけもなく、彼はドヤ顔ではっきりと口にした。
「いや、僕はヴェルフ・クロッゾさんに決めた。この剣の腕は見習いの中でも十分高い。それにその程度がなんだい? 僕の首が欲しいなら取りに来ればいいさ。その時は大歓迎するよ」
その大歓迎がどういう意味なのかわかるだけにリリルカは顔を青くしながら苦笑するしかない。何せそう語るベルの瞳は殺意でギラギラと輝いているのだから。
こう言ったらまず聞かないベルにリリルカは降参する。好いた相手の事を考えて忠告したが、それでも聞き入れられてもらえないのなら一緒に行くのみだと。そう考えると夫を支える妻のような感じがしてついつい妄想してしまうリリルカ。途端に顔を紅くしてニヤニヤ笑いながら悶えた。
そんなリリルカなど置いてベルは店の人にヴェルフと話がしたいことを伝えようとカウンターに向うと、そこで揉めている男達がいた。
「こちとら命がけでやってんだぞ! 端っこじゃなくてもうちょっとマシな扱いをだなぁ!」
そう言っているのは黒い着流しを着た赤髪の男だ。
その男は怒りながらカウンターの店員に噛み付き、店員は困ったという顔をしながら話を聞いている。
普通ならこういう場合、関わらないものだ。誰だって厄介事には首を突っ込みたくない。
だが、ベル・クラネルは別だ。首を突っ込むのではなく無視する。相手が争っていようが関係ない。自分の用を突きつけるのみ。
「すみません、ちょっといいですか」
「あん?」
ベルの言葉に赤髪の男は怒りを滲ませつつベルの方を振り返り店員は助かったと言わんばかりに顔を輝かせた。
「ヴェルフ・クロッゾっていう鍛冶師と話がしたいんですけど」
その言葉を聞いて店員と赤髪の男がお互いに顔を見合わせ、そして店員が赤髪の男を指さし男がベルに笑いかけた。
「俺がヴェルフ・クロッゾだ。アンタは?」
「僕はベル、ベル・クラネルです」
自己紹介され返すベル。それを聞いた赤髪の男………ヴェルフ・クロッゾは驚きを露わにした。
「まさか最速レベルアップの『首狩り』に声をかけられるなんて思わなかったぜ」
「その二つ名がもうそんな風に伝わってる事の方が僕は驚きですけどね」
ヴェルフにベルはそう返し、そして直ぐに仕事の話をした。
「貴方に僕の大太刀の整備をお願いしたいんです」
その話を聞いてヴェルフは光栄だと言いつつもどこか警戒した様子でベルに話しかける。
「何で俺なんだ? 他にも鍛冶師はいただろう? それに…………お前のその口振りは俺の事を知っているって感じだ。まぁ調べればすぐに分かることだけどよ………魔剣を頼まねぇのか?」
その言葉とヴェルフの様子はまるでベルのことを試しているようだった。
そんなヴェルフにベルはドヤ顔で大胆に言った。
「魔剣なんて僕は知らない。知ったところで欲しいとは思わない。さっきリリから聞いたけど魔剣っていうのは魔法が撃てる剣らしいですね。あれば便利だけど欲しいとは思いません。何せそんないつ壊れるのか分からないようなものじゃ手柄が取れない。折れるにしたってある程度使ってから折れてもらわないと」
そしてヴェルフの逆鱗に触れる。
「道具は道具、武器は武器。使い捨てにしても手柄は取るけど、その使い捨てにする度合いも分からないようなものは使えない。ただのゴミだ。極論、大将首取るのに使う武器だけあればいい。そのための武器なんだから」
「あぁっ!! テメェ、なんつった! 武器が使い捨てって言ったのか!!」
最初の印象は最悪だったようだ。
ヴェルフが激おこ(笑)
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第30話 ベルは鍛冶師とパーティーを組む
「あぁ~、もう………ベル様は正直過ぎるんですから……」
リリルカが目の前で起こった事態に呆れいた。
自分は正直に普通に常識的な事を言っていると堂々とした様子で語るベル。その言葉を受けて職人としてのプライドか何かを汚されたと感じているらしいヴェルフが殺気だっていた。
普通ならあわあわと慌てふためくものだが、ベルという破天荒な男の側にいるリリルカとしては予想済みですらあった光景に呆れる以外の感想をもたない。
そして口出ししたところで止まらないということが分かっているので彼女は口出しする気がないらしい。ベルとヴェルフの喧嘩を様子見することにした。
そんなわけでストッパー役がいないことにより、ヴェルフの怒りはより燃え上がる。
「テメェ、巫山戯たこと抜かしてるんじゃねぇぞ!」
「何を怒っているんですか?」
顔を怒りで紅く染めながら怒鳴るヴェルフ。そんなヴェルフにベルは何故こうも怒っているのか分からない様子。そして周りの客は厄介事に巻き込まれないようにその場を離れ店員はヴェルフの怒りをどう抑えようかとカウンターに隠れながら考えていた。はっきり言って役立たずである。
だからなのか、ベルと一対一のヴェルフはベルを射殺さんとばかりに睨み付けてた。
「アンタ、武器を何だと思ってるんだ! いいか、武器ってのは使い手の半身だ! それを使い捨てだと? アンタみたいな冒険者はいつだってそうだ。成り上がりたいから、強くなりたいから、だからもっと強い武器をよこせと言ってくる。違うだろ、そうじゃないだろ! 武器ってのはそういうもんじゃないんだ!」
ヴェルフは自分の中の確かな信念に基づいて叫ぶ。彼にとって武器というものはそういうものらしい。その意見は職人としては素晴らしいのかもしれない。端から聞けば自分の仕事に誇りをもって燃え上がる好青年の熱い主張である。
きっと他の冒険者ならその意見に賛同する者も多くいただろう。
だが……………この男、ベル・クラネルにとってはそうではない。ある意味に於いて、ベルはヴェルフの主張とは真逆の存在なのである。
だからヴェルフの意見にベルは正気を疑った。何を言っているんだ、こいつは? と本気で理解出来なかった。
だからこそ、ベルはその主張がおかしいと言うようにヴェルフに答えた。
「それの何がいけないんですか?」
「はぁ?」
ベルの言葉にヴェルフは間の抜けた声を出してしまう。その様子にリリルカは始まったと思い呆れ溜息を吐く。
「強くなりたいからより斬れる剣を求める、より手柄を求め成り上がりたいから強くなろうとする。その為に強い武器を求めるのは当たり前のことですよ。そして形ある物はいつか必ず壊れる。武器だって使い続ければ壊れるのは当たり前のことです」
「だからって使い捨てるってのか! アンタはそれまで一緒に戦ってきた相棒を使えなくなった途端に捨てるってのか!」
ヴェルフは殺気にギラギラと輝く瞳をしたベルを見て若干戦きながらそう返した。自分の言葉は間違っていないはずなのに、ベルの言葉には彼が今まで感じたことのない重みを感じさせたから。
その様子を察してなのか、ベルはよりドヤ顔をかます。
「捨てる」
はっきりとそう口にした。迷いもなく逡巡することもなく、きっぱりとベルはそう答えたのだ。そして言葉は更に続く。
「どんなに愛着を持とうが大切に扱おうが武器は武器です。愛情を持って使おうが普通に使おうが切れ味は変わらない。そして使えなくなった武器に意味はない。何せ使えない武器じゃ手柄なんて取れませんから。そんな物を後生大事に抱えて死ねと、貴方はそう言うんですか」
「そ、そうじゃねぇけど……」
ベルの殺気に当てられて言い淀むヴェルフ。レベル1のヴェルフと戦闘だけで考えればレベル6以上かもしれないベルではその殺気の質も量も桁違いである。何よりもベルの言い分は間違っていないということを嫌でも理解させられかけていた。
武器の本来あるべき形とは、対象を殺す為のものだ。そしてそれが使えなくなったらその存在価値はなくなる。持っていても邪魔なだけになる。ベルの考え方はまさに『実戦思考』であり、それは何も薩摩兵子でなくても同じだろう…………たぶん。
だが、そうですかと大人しく聞き入れる程ヴェルフは大人ではない。
「だ、だからって……それでもだ! 武器は大切に使えばその分長く持ってくれる。使い手の手入れが丹念ならより付き添ってくれる! 大切にすれば武器はそれに答えてくれるんだ! アンタみたいなのはどうせ大切に扱っていないから、だから直ぐに壊すんだ! そういう奴に限って武器が悪いって言うんだよ! それはお前等がヘタクソな使い方をするからだ!」
苦し紛れの言い訳のように聞こえるが、それもある意味心理であった。丁寧に使えば確かに長持ちするだろう。だが、それをベルは否定する。その証明をするかのように背に背負った大太刀をヴェルフにポンっと放って。
「そこまで言うんだったら僕の大太刀を見てから言ってもらいたい。さっき吐いた言葉、もう一回言えますか?」
そう言われながらヴェルフは飛んできた大太刀を掴んだ。そして苛立ちつつも彼はその大太刀を引き抜く。そして……………。
「!?」
驚きのあまり言葉を飲み込んだ。
別に名剣で何でもない、良く出来た普通の大太刀である。意匠が巧みでもなければ材質が特殊なわけでもない。
ヴェルフが驚いたのはそういう部分ではないのだ。彼が驚いたのはその刃。何故ならその刃はかなり摩耗し消耗ているから。
これがただの素人なら普通に痛みの酷い大太刀としか認識しないだろう。だが、ヴェルフは鍛冶師だ。武器や鎧を作るプロフェッショナルである。それらの物の全てに精通しているからこそ、それが分かった。
(こ、この大太刀………綺麗に摩耗してやがる!?)
そう、ベルの大太刀の摩耗具合を見てヴェルフは分かったのだ………この大太刀が無駄なく満遍に使われているということに。
先程ヴェルフが吐いた言葉を真っ向から否定する大太刀。それを見てベルはドヤ顔をしながら両腕を組み、仁王立ちでヴェルフの前に立つ。
「丁寧に使ったつもりなんてない。僕はただ手柄を取るために振り回していただけだ」
そう語るベルにヴェルフは息を吞む。その顔にあるのは嘘偽りが一切ない自信であった。
何よりも大太刀が語っているのだ。ベルはヘタクソではない。真にこの大太刀を使い切っている担い手なのだと。
ヴェルフとしては認めたくないものであった。武器を使い捨ての道具だと言い張る相手がここまで武器を使い切って見せているということに。
だからこそ………己の目を確かめるためにも、そして自分の為にも彼はベルに向って啖呵を吐いた。
「ここまでされたんじゃこっちだって収まりがつかねぇ。だからよぉ……俺をお前のパーティーに入れろ」
急な意見にベルはヴェルフの真意を探る為にその瞳を見つめる。その視線は鋭くヴェルフに突き刺さるが、それでもヴェルフは更に言葉を重ねた。
「そこでアンタの戦いっぷりを見せてもらう。それを見てアンタの大太刀の整備をするのかを考えさせてもらうぜ! アンタの事、見極めさせてもらおうか!」
その言葉にベルは笑う。それは薩摩兵子の凄惨な笑みだ。
「いいでしょう、なら僕の手柄取りに付いてきて下さい。ただし…………死にそうになっても僕は助けたりしませんよ。戦場でさぱっと死ぬのは誉れだ。その栄誉を僕は邪魔しない。僕はそれ以上の手柄をもってもっと多くの首を取るのだから。だから………生き抜いて下さいね」
こうして一時的にベルはヴェルフとパーティーを組むことになった。
そして…………。
「せっかくのベル様との二人っきりの時間を~~~~~~~~~!」
リリルカが怒っていた。
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第31話 ベルはパーティーで戦う。
「やってきたぜ十一階層!!」
真っ白い霧が立ち籠める平原を前にしてヴェルフが威勢良くそう叫んだ。彼にとってこの階層に来るのは初めてのことらしい。鍛冶師は戦闘が本分ではないため戦いは得意ではない。それ故にパーティーを組んで戦うのだが、ある意味ファミリア内で孤立しているヴェルフには組んでくれる仲間がいなかったので今までこの階層に来れなかったらしい。だからこそ、初めて見るこの光景に彼は本来の目的を忘れそうな程はしゃいでいた。
その様子にリリルカは呆れつつもダンジョンに入る前に言った注意事項をもう一度ヴェルフへと言う。
「念の為もう一度確認します。この階層ではソレまでのダンジョンにはいない大型のモンスターが出現します。ベル様はともかくヴェルフ様にとって初めての相手、故に私が仕方ないですけど戦闘のサポートをさせていただきます……仕方ないですけど」
リリルカは如何にも嫌そうな顔でそう言った。
それを聞いてヴェルフは目の前にいる小さな小人族にこんなんで大丈夫かよと軽くからかう。彼なりに今回のパーティーの仲間としてよろしくと言っているようだ。
「おいおい、こんなチビスケにサポートが出来るのかよ」
「チビではありません、リリにはリリルカ・アーデという名前があります! それにサポートだってちゃんと出来ますよ! リリはヴェルフ様よりも永くダンジョンに潜っているんですから」
「そうかい。そこまで言うんだったらその手前をみせてもらおうか、リリスケ」
そう言われリリルカは更に噛み付く。からかわれていることはわかりきっているのにそれを真に受けてしまう辺りは年相応に見える。
そんなわけで顔を赤くしつつ肩で息をしながらリリルカは最後に一番重要なことをヴェルフに告げた。
「いいですか、これだけは絶対に何があっても守って下さい。『ベル様の邪魔だけは絶対にしないで下さい』」
そう言われヴェルフは分かってると言わんばかりに大仰に頷いて見せた。何せ今回の目的はベル・クラネルという男を見極めるためのものだ。その為に邪魔になっては見極められない。
「まぁ、流石に危なくなったらその時は助けるかもな」
軽く笑いつつもそう言ったのは念のためであった。ベル相手に怒りを燃やすヴェルフではあるが、流石に目の前で死なれるのは後味が悪すぎる。だからそうなりそうになったらその時は手にしている大刀で助けると、そういう意思も込めてリリルカに見えるように大刀を翳して見せた。
それを見たリリルカは目を見開きながら怒りの籠もった視線をヴェルフに向ける。
「寝言は寝て言って下さい。ベル様が危なくなるなんてことは絶対にありません。そしてそうなったとしても絶対に手を出してはいけません。もし出したら………その時貴方様は殺されますよ、ベル様に」
小さい身体から溢れんばかりの怒気にヴェルフの気が引き締められた。ここまで言われるということは、それほどベルが信頼されているという証であり、ベルがどういう人間なのかということへの判断基準の一つになる。
だが、その中に一つおかしな部分があることに彼は内心考え込んだ。
(アイツに殺されるってどういうことだ?)
その意味を理解出来ないのは無理もないだろう。何せ『ソレ』は一般の常識とはかけ離れ過ぎているのだから。
その意味を考えるヴェルフだが、それはベルの言葉で中断された。
「どうやらやっと来たらしい。さぁ、戦の始まりだ。その首…………置いてけぇぇぇええええええええええええええええッッッッ!!!!」
咆吼を上げると共に弾丸のように大太刀を構えながら飛び出したベル。彼の先にはそれまでの階層ではありえない程の量のモンスターがこちらに向って群がっていた。
「怪物の宴ッ!?」
ヴェルフが向ってくる大群に対して驚愕しながらそ叫んだ。
これは同地帯上での瞬間的なモンスターの大量発生の事を言い、これに遭遇した冒険者は皆生死をかけた死戦を余儀なくされている。
ヴェルフ一人ならまず死んでいるであろう大群。こちらの全てを押し潰そうとするモンスター達を前にして怖じ気づくヴェルフ。
そんなヴェルフと違いリリルカは手に装着するタイプのクロスボウに矢を装填してヴェルフのサポートを出来るようにしつつベルを見ながら少し呆れていた。
「あぁ、あんなに嬉しそうに目を輝かせて……それがリリにも向けてもらえれば…………いや、それは後でいいですね。今はサポートに徹しないと。まぁ、あのベル様から抜け出せるモンスターがいるとは思えませんですけど」
その言葉が出ると直ぐその言葉を理解させられる現象が起こった。
向ってきた大群の一部のモンスター達の首が一斉に宙を舞い血の雨がモンスター達に降り注いだのだ。
「なっ!?」
その事実にヴェルフは目を剥いた。血を蒔き散らしながら倒れ込むモンスター達の死体。その中で全身を真っ赤に染めながら不敵に笑うベルを見て恐怖した。
ベルの目は殺意でギラギラと怪しく光り、その口元は楽しくて仕方ないと嗤う。
「まだまだ手柄は一杯ある。さぁ、その首を僕によこせ」
そう言いながら再びモンスター達に向って飛びかかった。
背中に付くくらい大太刀を水平に構えながらの突進、そしてそこから繰り出されるのは何者をも斬り伏せる豪剣。一振りで近くにいたインプ3匹の首が飛び、返す刃で襲いかかってきたシルバーバックの上半身と下半身が泣き別れ血の涙を流す。
仲間意識があるわけではないのだが、それでも同胞達が惨殺されていく様子にモンスター達が若干ながら怖じ気づいた。
その気配を感じてベルはモンスター達へと嗤いかける。
「怖じ気づいたな? 戦いたな? それは戦場では不要だ。そういう奴はこの場から去れ! 臆病者の首に価値なぞない! そんな首など入らない! 戦う気などない奴は失せろ!!」
ギラギラと輝く瞳に宿す獰猛な殺意。それを叩き付けられたモンスター達はその恐怖に怯え、中には逃げ出し始める者も出始める。
その光景はある意味異常としか言い様がない。それでも戦うモンスターも当然いるわけで、次はこの階層で一番硬いと言われている爬虫類型のモンスター『ハードアーマー』が身体を丸砲弾のようにベルに向って突撃を仕掛けた。それも一体ではなく4体でだ。
ベルはそれを見ながら嬉しそうに吠える。
「その戦う気は大いに結構! その首なら十分価値がある」
そして構えた大太刀からの必殺の一撃によって2体が硬い鋼殻ごと斬り捨てられて灰と化す。しかし、まだ二体残っているわけであり当然そちらもベルに突撃を敢行する。
「その程度で倒せる程僕の首は甘くないぞ!」
大太刀を振るった体勢からその勢いのままに身体を回し、そこから槍の突きのように鋭い回し蹴りが一体に炸裂する。
蹴り飛ばされたハードアーマーは一気に吹っ飛び近くにあった木々をへし折りながら突き進み、どこかの岩に激突して岩を砕きながら灰へとなって飛び散った。
後一体、その一体はもうベルに激突する手前でありベルに防ぐ手立ても躱す猶予もない。
「危ねぇぇッ!!」
ヴェルフからの叫び声。それは誰がどう見ても絶望しか見えない光景に見えるだろう。この距離で激突すれば無事ではすまないのだから。
だが、リリルカはわかり切っているのか焦ることはなく、ベルは向ってきたハードアーマーに向ってニヤリと笑いながらその答えを示す。
「ふんッ!」
ベルの頭が動くと共にハードアーマーがベルに激突した。普通ならベルの身体が肉塊となって飛び散るか吹っ飛ばされて粉砕されるはず……………なのに。
次の瞬間死んだのはハードアーマーの方であった。
ベルに激突した場所からビキビキと音が鳴り、そこから体中に広がっていく罅。それが身体全体に回った瞬間、ハードアーマーは灰となり魔石を残して消え去った。
「んなッ!?」
その光景にヴェルフは言葉を失った。死んだと思ったはずが相手が逆に死んでいるのだから、驚かずにはいられない。
その答えは単純…………ベルが攻撃したからに他ならない。手では間に合わない、足でも間に合わない。なら…………『まだ空いている部位で攻撃すればいい』。
その答えがこれ………頭突きである。
ベルの頭突きを受けたハードアーマーはその石頭っぷりに自慢の鋼殻を砕かれたのだ。
ベルは目の前に散る灰など気にせず更にモンスター達に向って突撃する。
「さぁ、もっと僕に手柄をあげさせろぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」
そこから始まったのは圧倒的な鏖殺であり、ベルが大太刀を振ればモンスターが斬り飛ばされ、拳や蹴りがモンスターの血肉が潰れ砕けていく。
血で真っ赤に染まるベルは悪鬼羅刹の如き凄惨な笑みを浮かべながらモンスター達を屠っていく。その様子に顔を引きつらせるヴェルフ。
確かに無茶苦茶だ。戦い方など乱雑の一言に尽きる。
だが、それでも…………その武器の使い方は一切汚くなかった。無駄なく満遍なく見事に大太刀を使うベル。この戦いっぷりを見れば納得がいった。
いや、いかざるを得なかった。
「あんなぶっ飛んだ戦い方してれば確かにそうだな…………アンタ、すげぇよ!」
ベルが言っていることを実感として理解させられた。
別に自分の意見が間違っているとは思っていない。だが、ベルの戦い方なら確かにそうだろう。この戦い方なら武器は使い捨てに成らざるを得ない。ヘタクソなのではない。ただ武器が限界まで使われるからこその使い捨てなのだと。
故にヴェルフは認めた。ベル・クラネルという男がどのような男なのかということを。
魅入られてしまったのだ、その戦いっぷりに。全身を紅に染める夜叉の凄惨な笑みに。
だからこそ、こう思った。
(俺は…………もっとこいつの………ベル・クラネルの戦う姿を見ていたい。そして俺の作った武器を限界まで使ってもらいたい)
そう思っていると、背後からきたオークに襲撃されるヴェルフ。
気付いたのは荒い鼻息が聞こえた後だ。
そこから振り下ろされる石斧。ヴェルフでは間に合わない。だから彼は一瞬恐怖で目を瞑ってしまった。そこから来るであろう激痛と衝撃に恐怖しながら。
だが、ヴェルフには何も起こらなかった。
そのおかしな現象にヴェルフはそっと目を開ける。そして目の前にいる存在に驚いた。
「ベル・クラネル」
ヴェルフの目の前にいたのはそれまで離れていたはずのベルであった。
彼は背後にいるヴェルフに飛び散った灰を払いながら話しかける。
「戦場でどこ見てる。そんな間抜けに手柄など立てられるか。そんなに温いんなら、全部僕の手柄にするぞ」
ニヤリと笑いながらそういうベル。その激励にヴェルフは同じように笑い返した。
「抜かせよ、俺は俺でやらせてもらうぜ。そっちこそ俺の邪魔すんなよ」
そう言って近づいてきたオークを大刀で真っ二つに切り裂いた。
その言葉にベルは笑う。
「だったらどっちがより首が取れるのか競争だ」
「負ける気はねぇからな」
そして再び彼等はモンスター達と戦っていく。
ヴェルフの顔にもう怒りはなかった。
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第32話 ベルの大太刀は整備される
ベルへの怒りなどすっかり流れてしまい、今では一緒に戦えることが頼もしくて仕方ないとヴェルフは感じていた。
ベルの戦いを見ていて分かる。自身の命などまったく顧みない戦闘は見ていてヒヤヒヤさせられるが、どういうわけかベルが死ぬとは思わせない。そして一緒にいるだけでこちらも戦意を昂ぶらせられいつも以上に戦える。そこにあるのは妙な安心感。こちらだって命掛けだというのに、何故か恐怖を感じない。いや、怖いのは確かなのだがそれ以上に戦意が湧き上がってくるのだ。それもきっとベルと一緒だからということを本能的な何かでヴェルフは感じ取っていた。そこにあるのは将としての才覚。仲間を率いて死戦を幾度となく撥ね除け勝利してみせるカリスマ性だ。それを垣間見た彼は更にベル・クラネルという男のことを知っていく。戦いに対する姿勢、思考、そして武力。それらを見ると浮かび上がっていくのはベル・クラネルという異常性。その在り方はまさに戦うためにだけに特化されているといってもいい。そんな凄い相手にヴェルフは引き込まれている。そして思ったのだ。
『もっとこいつの行き着く先を見てみたい。こいつが俺の作った武器を使って戦う姿を見たい』
そう思ったからこそ、ヴェルフはダンジョンを出た後にベルにこう言った。
「なぁ、明日俺に付き合ってくれないか」
その言葉に先に反応したのはリリルカだった。彼女はヴェルフを異常者を見るような目で睨みつけながらガルルと警戒する。
「ベル様を狙うつもりですか。そんな異常者にベル様を取られる訳にはいきません! ベル様の貞操はリリが守ります!」
どうやら彼女はヴェルフがベルに『惚れた』と思ったようだ。ベルの容姿はある種の輩にはたまらないものらしい。ベルをそんな道に走らせる気などなく、彼女は自分こそがベルと『正しいお付き合い』をするのだとはっきり口にしたようなものだ。
その返答を聞いてヴェルフはブフォと吹き出し慌ててリリルカの言葉を否定する。
「そんな事言ってねぇ! 寧ろ俺はノーマルだ」
その言葉を信じられないと言いリリルカはヴェルフに問い詰め、ヴェルフはそれを全力で否定していく。その様子を見ていたベルは何のことなのかまったく分からず仲良いなーくらいにしか思っていなかった。この男に『そういった考え』はないのである。あるのは手柄を求める事だけだ。
そんなわけで二人の言い争いの内容などまったく分からないベルは二人が落ち着くまで待つことに。
そして待つことしばらく………やっと話が動いた。
必死に否定していたヴェルフは疲れた様子でベルに改めて話を振る。
「俺はただ、明日ベルの刀を診てやろうと思ってそう言ったんだ。決してそんな趣味はないからな。俺の好みは紅い髪が綺麗でスタイル抜群の…………」
ヴェルフの女性の好み云々はともかく、やっと言葉の真意を理解したベルは普通にヴェルフに笑いかけた。
「明日は大丈夫ですよ」
「あぁ、わかった。んじゃ明日の朝、バベル前の広場で待ち合わせだ」
刀を診てもらうという本来の目的が達成出来ると喜ぶベル。そんなベルの様子に少しだけ驚かされるヴェルフ。そしてリリルカは未だに疑惑が晴れない相手とベルを一緒にいさせるわけにはいかないという事と勿論ベルと一緒にいたいということでリリルカもベルに同行すると言った。
こうして翌日の予定が決まりその日は解散。リリルカがいつもよりベルの腕に抱きついてきたのに理由は分からないベルは何となく彼女の頭を撫でると、彼女は実に気持ちよさそうに頬を緩めていた。
翌日の朝、昨日の約束通りにバベル前の広場に集合したベル達。
そこからヴェルフの案内で彼が使用しているへファイスト・ファミリアの鍛冶工房へと向った。
そこはオラリオの都市部から少し離れた所にある一件のあばら家だった。周りも特に人が住んでいるような気配を感じさせず、周りに置いて行かれ寂れたような雰囲気を感じさせる。
「うわ、ボロいですね」
ヴェルフの工房を見てリリルカが最初に言った言葉がコレ。その言葉にヴェルフはウッセーと返し、ベルはそんなヴェルフを見つつ側にいるリリルカの頭に手を乗せながら言う。
「そんなこと言わない。僕達のホームだって似たような物だよ」
「それもそうですけど…………」
寂れきった教会も人の事を言えないと窘めるように叱られたリリルカは少しだけションボリとするが、ベルに撫でられるとそれも直ぐに吹き飛んだ。
そんな二人を見つつヴェルフは二人を工房へと招く。
そして入ったところでベルは早速ヴェルフに大太刀を渡した。
「んじゃ、改めて診させてもらうぜ」
「うん、よろしく」
そしてヴェルフによる大太刀の整備が始まった。
柄から刃を抜き、その刀身の歪みを確認し歪んでいればゆっくりとハンマーで叩き歪みを矯正。そして刃の欠けた部分などを削り更に刃を研いでいく。作業はゆっくりとしているがヴェルフの顔からは常に真剣なことが窺える。
そんなヴェルフの様子をベルは静かに見ていた。そんなベルにリリルカは自分の事を見てもらえないことに若干拗ね、そしてベルの膝の上に座りベルの身体にその小さな身体を預けていた。ベルに抱きしめられているかのように感じリリルカは顔を赤らめ自分の胸の鼓動を聞きながらその感触を堪能しているようだ。かなり幸せそうであった。
そんなリリルカに気付かないベルとヴェルフ。静かな時が流れる空間の中、ヴェルフはベルに向って静かに話しかけてきた。
「俺はさ、武器を蔑にする奴が嫌いなんだよ。特に魔剣みたいな使い手を腐らせるようなものは特に」
そこから始まったのはヴェルフの思い語り。彼が何故魔剣を打てるのか、どうして魔剣を打てるのに打たないのか、その葛藤と苦悩。それらをヴェルフはゆっくりと静かに作業しながらベルに語る。ベルはそれをゆっくりと聞いていた。
「だからさ……最初武器を蔑にすると宣言するお前のことが許せなかったんだ。俺にとって武器ってのは使い手の相棒だから」
そう語りながらヴェルフは悪いなっとベルに軽く謝った。それが今は違うという意思の表れであることがベルには感じられた。
だからこそ、今現在平常時である『紳士的』なベルは優しい笑みを浮かべながら答えた。
「その考え方は決して悪いものじゃありません。自分が作ったものを雑に扱われて怒らない人はいないと思いますから」
その言葉にヴェルフの手が止まり驚きを露わにしていた。何せそんな風に答えられると思わなかったから。
「初めて会ったときとは随分意見が違いすぎて驚いちまったんだが、お前大丈夫か?」
ベルのことを普通に心配になってそう問いかけるヴェルフ。そんなヴェルフにベルはクスクスと笑いながら答えた。
「別に僕が言ったことが絶対というわけじゃありませんし、人には人の思いがある。それは人の数だけあるのだから、そこに正しいとか間違っているというのはないんじゃないかって、そう思うんです。だから僕はヴェルフさんのその考えを否定しません。何より………そんな風にしっかりとした信念があるということは、素敵なことじゃないですか。誇って良いと思いますよ」
そう言われヴェルフは柄にもなく頬が熱くなるのを感じた。
こうも真っ正面から褒められるとは思わなかったのだ。それも『あのベル』にこうも褒められるとは。
だからこそ、余計に心配になってきた。
初めて会ったときと今のベル。最早別人格じゃないのかと思えるくらいに違いすぎるから。
「おいおい、本当に大丈夫かよ。お前、本当にあの『首狩り』か? とてもじゃないが、今のお前じゃ『優しすぎる紳士』にしか思えねぇよ」
その言葉にベルはそんなことはないと苦笑を浮かべる。そんなベルの空いている手を小さな指でちょんちょんと弄っていたリリルカは自分は知っていますと言わんばかりに胸を張ってヴェルフに言う。
「ベル様は戦う時とそうじゃない時とで性格が違うんです。戦う時は激しい程に怖いけど格好いいベル様ですが、普段は今みたいに優しいんです。特にリリとか、リリとか、リリには特に優しいんですよ」
そう言うリリはベルに少しばかり潤んだ瞳で上目遣いに見つめる。見つめられたベルはどう返して良いのか困り、仕方なく彼女の頭を優しく撫でてあげると撫でられたリリルカはムフ~と満足気であった。
「マジかよ。どんな性格なんだよ、そいつは…………」
最早別人じゃないかというくらい性格が違うベルの二面。その言葉にベルはそんなことないけどなぁと思う。本人が思っていないだけで実際かなり変わっているのは変えようのない事実である。自覚がないというのも困りようであった。
「んじゃ戦う時のベル………首狩りとしてはどうなんだ?」
その質問にベルの表情が変わった。
顔だけではない。その身体に纏う雰囲気も漲る殺気もなにもかもが先程の『紳士』なものとは違いすぎる。目は殺意でギラギラと怪しく輝き口元に不敵な笑みが浮かび上がった。
別人格なのではない。これもまたベルなのだ。ベルの戦う時の在り方なのだ。それに本物も偽物もない。紳士なベルも薩摩なベルも、その両方あって今のベル・クラネルなのである。
「同じですよ。人がどう思おうとそれは人の勝手だ。大事な物が違うように、大切なものが違うように。だから僕は貴方………ヴェルフの考えを否定はしない。だが、それを押しつけるな。それはヴェルフの思いだ。ヴェルフだけの信念だ。それを押しつけるなら、その時は僕の信念とぶつかり合う。どっちが正しいかじゃない。どっちが間違ってるんじゃない。ただぶつかり合って、そして比べ合うだけだ。だから僕はヴェルフの信念に賛同しない。武器はどこまで行っても武器だ。手柄を立てる為に必要なもので、折れればただの役立たず。ただそれだけだ。それでも手柄があるのなら、その時は素手でもその首を取るだけだ」
ギラギラと輝く瞳に気取られるヴェルフ。だがその言葉の真意に今度は気付いた。
だからこそ、ニヤリとこちらも笑い返した。
「そうか。だったら俺もお前に負けないようにしないとな。だから逆に言っておくぜ……俺が整備した大太刀、そう簡単に使い潰せると思うなよ」
そうしてまたゆっくりとした時間が流れ、ベルの大太刀は最初にもらった時のように綺麗な姿へと戻った。
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第33話 ベルは魔法を覚えた
ヴェルフとパーティーを組むようになったベルではあるが、特に戦力が上昇したということはなくいつものように彼は一人薩摩全開で突っ走っていた。見る者全てをドン引きさせる程に激しい戦闘と手柄への欲求に彼は昔のように切れ味の蘇った大太刀を振るう。
まさに鬼神の如き有り様に同じパーティーであるヴェルフですら戦きを隠し得ない。リリルカはそんなベルに目をハートマークにして熱い視線を向けていた。ある意味もう駄目かも知れない。
そんなデコデコパーティー一行なわけで今のところは暴れ回っているわけなのだが、ここで冒険者なら気にしなければならないことがある。
勿論それは『ステータス』だ。ステータスこそ冒険者の強さの指標、そしてレベルはその証だ。だからこそ、冒険者は比較的こまめにステータスの更新を行うのだ。それはベルとパーティーを組んでいるヴェルフは勿論同じファミリアに所属しているリリルカであっても例外ではない。
だが………この男に限ってはその常識というものがない。
ベルがステータスを更新したのは最初の辺りであり『えのころ飯』のスキルが出た頃だ。つまり結構前になる。時間的にはそんなに経っていないのだが、冒険者の感覚で言えばかなり前といっても良い。それぐらい経っていた。
何故そこまで放置していたのかと言えば、当然ベルが興味ないからだ。
この男はステータスに意義を見いださない。自分の力量に意味を求めない。何故ならベル・クラネルという男は冒険者である前に『薩摩兵子』だから。その精神を師によって叩き込まれた彼は己の価値観などの感覚が全てそれに順している。まぁ、祖父のお陰もあって『戦闘時』でなければ『紳士』的な青年なのだが。
しかし、戦う以上彼は『薩摩兵子』だ。その価値観はステータスでもレベルでもない。如何に多くの首級を上げたか、より凄い大将首を取れたか、そのことだけに尽きる。強さではなく結果にこそ意義を見いだす。ソレこそが薩摩なのである。
だからベルはここしばらくステータスの更新をしてこなかったのだ。意識すらしていなかっただろう。彼はただ首を求めてダンジョンで暴れ回るだけだったから。
しかし、そんな彼に主神としてヘスティアが待ったをかけた。
「ベル君、久しぶりにステータスの更新をしよう」
ある日の朝、ダンジョンに向かおうとしていたベルにヘスティアはそう言葉をかけながら行く先を遮った。
その行動にヘスティアがベルを通さないということが伝わってきており、ベルは面倒臭そうに応じる。
「別にしなくてもいいんじゃないですか。特に意味もないし」
冒険者が聞いたら卒倒しそうなことを平然と言うベル。そんなベルに他の主神との交友があるヘスティアは冒険者らしくない彼に疲れたような溜息を吐きつつベルが納得するように言った。
「確かに君はそういうのに拘らないけど、僕はそれでも君の主神だ。念のためにも君のステータスを見る必要があるんだよ。場合によっては何かしらあるかもしれないから」
如何にもそれらしい事をいうヘスティアだが、内心はヒヤヒヤと焦っていた。
どこに突っ込みどこで爆発するか分からない全自動爆弾のような男が自分の眷属なのだ。その詳細を少しでも知りたいというのは決して間違っていないはず。別にヘスティアが眷属に熱心だとか、そういうことではなくまた何かしら問題になりそうな何かが発生していないか知りたいからである。既にヘスティアの胃はイエローアラートであった。
そんなヘスティアの言葉を聞くような彼ではないのだが、ここで珍しく助け船が出た。
「ベル様ってステータスを更新していないのですか?」
そう言ったのはこれからダンジョンに向かうと言うことで大きなバックパックを背負っていたリリルカだ。彼女はステータスを更新していないということにきょとんとした顔で不思議そうにしていた。普通なら驚くはずなのだが、ある意味汚染されてしまった彼女はその程度では驚かなくなったらしい。ベルなら十分納得出来るようだ。
そんなリリルカにベルはいつも通りに答えるのだが、そこでリリルカは目をキラキラさせながらベルに話しかけてきた。
「ベル様、リリはベル様のステータスを見てみたいです!」
普通の冒険者ならまず許されないような事であり、それは例え同じファミリアに所属している眷属同士であっても知られてはいけない事である。それを見せろというのはある意味冒険者にとっての禁忌だ。当然それを知らないリリルカではない。
だが、その言葉に対しベルは別に気にした様子など一切なく躊躇なく笑顔で答えた。
「別にいいよ。別に見られて減るようなものじゃないし」
そのやり取りにヘスティアは普通のファミリアってなんだっけと思いながら胃の痛みを感じて手でお腹を軽く擦った。
「じゃ、じゃぁそういうわけで早速更新しよう。勿論リリルカ君も見てていいから」
この非常識な連中に普通の事を言っても通用しないだろうな、と思いながらヘスティアはベルとリリルカを連れて自分の部屋へと向かう。そして乙女の部屋に入る事に躊躇も戸惑いもないベルを見て疲れた溜息を吐きつつも彼を自分がいつも就寝しているベットへと俯せに寝かせる。ここでベットから薫る女性の香りに顔を赤らめたりするのなら可愛げがあるものだが、そんな素振りが一切ないベル。そんなベルだからなのかリリルカもヤキモキするようなことはないようだ。
そしてベルの服をまくり逞しい背中を露わにするヘスティア。近くにいるリリルカからの熱い視線がベルの背中に集中するのが彼女には見なくても分かった。
そんな視線を気にしない様にしつつ書いてあるステータスに自分の指を傷付けて『神の血』を一滴垂らして更新を行う。ベルの背中のステータスが淡く光り輝くとそれまで刻まれていたステータスが変化を起こして別の形へと変わっていく。
そして光が収まると共に新たに更新されたステータスを見てヘスティアはそれはもう『疲れ切った』顔をした。
(あぁ、やっぱり…………)
そんな思いが胸を占めた。
やはりというべきか、彼女の予測していた通りの結果になったらしい。
その変化に気付いたリリルカは当然ヘスティアに早く教えてくれとせがみ、ヘスティアはそんな彼女を落ち着かせつつ羊皮紙にステータスを共通語に翻訳して写した。
その作業を終えた後、彼女は服を整えたベルとリリルカに向かって羊皮紙を渡す前にこう言った。
「喜んで良いのかわからないけどベル君………魔法が発現してるよ」
そう言って彼女は二人に見えるように羊皮紙を差し出した。
ベル・クラネル 種族 ヒューマン
レベル 薩摩兵子
基本アビリティ
「力」 SSS28682
「耐久」SS17489
「器用」I20
「敏捷」SSS33519
「魔力」I20
発展スキル
『武者働きEX』『対異常EX』
スキル 『薩摩魂』
手柄(敵を殺す)を立てる度にステータスが上昇。経験値(エクセリア)にさらに上乗せされ、互いに引き上げより成長する。
死を常に考え、それに恐怖しない。故に自己防衛本能が薄くなる。その分より攻撃能力が上昇する。
効果は死ぬまでずっと続く。
『えのころ飯』
食料にすると意識して倒したモンスターは死んでも肉体が残り、それを食べると体力回復、精神力回復、肉体治癒の効果を発揮。毒があろうとこのスキルの前では無効化される。
味はスキル使用者の能力による。
『常在戦場』
常に肉体を戦闘に最適化させる。どのような状態であろうと戦場で最高のパフォーマンスを発揮する。戦意が高揚すればするほど戦闘力が高まる。己を戦場において特化させる。
魔法 『石壁(せきへき)』
石の壁を出現させる。その規模や強度は使用者の意思によって変化する『防御魔法』。無詠唱、そして消費マインド1。
「別に何かあるわけじゃないですね」
「正気………なんだよなぁ、これで………はぁ」
「ベル様すっごいです!」
特に何かあるといった感じではないベルはしれっと返し、そんなベルの反応にヘスティアは分かってましたよと言わんばかりに嘆息する。リリルカはベルのぶっ飛んだステータスに凄い凄いと喝采し更にベルに向けて思慕の念を燃やしていた。
そんなわけで魔法の発現が確認されたベル。普通なら泣いて喜ぶくらい凄いことなのだが、この男に関してはそうではない。使えれば使うがそれだけで感慨は一切ないらしい。
そんな感じで今回の更新は終わった。勿論ステータスも大幅にぶっ飛んでいるわけだが、それに対して深く突っ込んではいけないと彼女は本能で理解している。気にしたらそれこそ胃のアラートがレベルレッドに突入するだろう。それだけは勘弁願いたい彼女であった。願わくばこれ以上問題を起こして欲しくないところだがそれは絶対に無理だろう。だってそれこそが薩摩兵子なのだから。
発現した魔法、それはベルにしては珍しい『防御魔法』であった。
しかし、この男に守りを固めるなんて思考があるわけがなくダンジョンに潜ったところでまったく使わなかった。それどころか忘れているんじゃないかというくらい使わなかった。
そんな感じでいつものようにモンスターの首を胴体から斬り飛ばしまくっていたベル達一行。その戦闘はいつもの様に圧巻につきベルはギラギラと目を輝かせていた。真っ白い霧に覆われた10階層でその力を大いに振るっていたとき、それは起きた。
「インファント・ドラゴンだぁああぁあああああああああああああああああああああ!!!!」
誰が叫んだのか真っ白い霧の世界にその叫びが響き渡る。そして直ぐに感じる地響きと揺れがその恐怖を呷っていく。
『インファント・ドラゴン』
この10階層にて稀に現れる希少種にしてこの階層最強のモンスター。別名『10階層の階層主』。別に階層主と呼ばれるモンスター達とは違うのだが、その強さ故にそう呼ばれている。
そのモンスターはベル達の方へと巨体を揺らしながらズンズンと突進してきた。周りにいた他の冒険者達は果敢に戦おうとするが、その巨体の尾から繰り出す攻撃によって皆吹き飛ばされている。
そして運が悪かったのだろう。丁度魔石を回収していたリリルカがインファント・ドラゴンの行く先にいたのだ。
「あぶねぇ、リリスケ!!」
ヴェルフの叫びに既に気付いていたリリルカではあるがもう遅い。彼女の足ではどう足掻いてもインファント・ドラゴンからは逃れられない。そのまま踏みつぶされるか撥ね飛ばされるか。どっちにしても死は免れないだろう。
だからこそ、彼女は恐怖しそして叫ぶ。
「ベル様ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
『ぞんッ!!!!!!』
その叫びにベルはリリルカの元へと走り出し、そして目の前にいる巨体な相手を睨み付けながら叫んだ。
「かぁべぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!!!!」
その叫びに応じるようにベルが意識した地面が隆起し石の壁が発生する。
その壁によってリリルカが守られる……………わけではなかった。
確かに壁はリリルカの前に出現した。しかし、それはリリルカを守る為ではない。
勢いよく飛び出した石の壁は真上へと伸びていき突進してきたインファント・ドラゴンの顎の下に直撃する。人間でいえばアッパーを食らったようになり、首を上へと弾かれたインファント・ドラゴンは困惑しながらバランスを崩した。
そしてその足が緩めばそれで十分。白き鬼神の足ならそれで一瞬にしてモンスターへと食らいつく。
「その長い首、僕に置いてけッ!!」
リリルカの目に映ったのはインファント・ドラゴンの首元に飛び込むベル。そしてベルはその大太刀を振るってインファント・ドラゴンの首を落とした。
首のなくなった胴体は最初は何があったのか分からないのか動こうとするが、直ぐに痙攣し始め倒れて灰へとなり消えた。首も言うまでもなく灰へと帰って行く。
そしてベルは満足そうにニヤリと笑った。久々の大手柄が嬉しいらしい。
そんな姿にリリルカの顔は上気し熱の籠もった眼差しで蕩けるような声を上げた。
「ベル様、かっこいい……」
こうして希少種のモンスターは初の魔法の餌食となったわけだが、ここで突っ込まずにはいられない。ベルが覚えたのは『防御魔法』である。
それは決して『相手に叩き付ける』ものではないのだと。
この男、魔法の使い方が間違っているとしか言い様がない。だが、残念なことにそれを突っ込める者はだれもいなかった。
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第34話 ベルは中層に進出する
彼等もまたこの日が中層への初陣であった。
皆この日の為に準備を重ね、そしてより自身への鍛錬を忘れずに鍛え続けてきた。油断などしなかった。余裕があるとは言いがたかったが慌てないように常々心がけていた。
自分達はもう十分やれるとパーティーの皆が思っていた。
だというのにだ。だというのに……………
「クソッ! 何でこんな事になってるんだ!」
そう叫んだのはリーダー格の男。黒い短髪に大柄な身体。その身に纏うのは極東の武具。そして彼と共に行動を共にする者達もまた皆同じように極東の武具でその身を固めていた。
彼等は極東の神『タケミカヅチ』が主神をしている『タケミカヅチ・ファミリア』である。その彼等は今、まさに危機に瀕していた。仲間の内の一人の少女の背に深々と斧が刺さっているのだ。中層のモンスターによって受けた大怪我であった。
そんな致命傷を受け息も絶え絶えの仲間を背負いリーダーの男は仲間達と共にダンジョンの出口へと向かって必死に走り続ける。その後ろをモンスターの群れが追いかけているのだ。戦闘などロクに出来ない。早くダンジョンから脱出しないと仲間の命が危ない。故に彼等はこの絶体絶命の窮地の中、最善の行動を取り続ける。
それが例え…………冒険者としてあるまじき行為だったとしても。
走り続けている中、出た広い空間にて彼等はそれを見た。
モンスターの群れの真ん中にて大太刀を振り回す白髪の男の子。そしてその男の子の邪魔にならないように戦う赤髪短髪の男と小人族の女性。そんな三人のパーティーを見て、リーダー格の男は即決した。
「突っ込むぞ」
それが冒険者において忌避される行為だということに男のパーティー内の女性が異を唱えようとする。それは冒険者として当たり前のことだ。
だが男はその異を跳ね返した。
「俺は見ず知らずの他人よりお前達の方が大切なんだ」
男は冒険者の矜持より仲間を取ったのだ。
今すぐにでも消えてしまいそうな仲間の命を矜持よりも優先した。それがどれだけ大切なものなのか分かるからこそ、パーティーの皆はそれ以上言わない。そしてリーダーと共にその群れに………戦っている他のパーティーに向かって突っ込んだ。
「ごめんなさい」
通り過ぎる際、パーティーの女性が白い髪の男の子にそう囁いた。せめてもの謝罪であった。
そして男の子達に襲いかかるのは更なるモンスターの群。
冒険者のルール違反の中で悪質な物の一つ『怪物進呈』であった。自分達に襲いかかったモンスター達の群を他の人間に押しつけ自分達はそれを囮に退避する。
これをされれば最悪死ぬことだってあるのだ。悪質極まりない違反である。
彼等はこの行為に恥じ入るし後悔する。でも決して間違ってはいないと判断をした男は言うだろう。
はっきり言おう。彼は間違っていて間違っていない。仲間のため思うからこそのその善意に善悪などないだろう。例えそれで他の冒険者が死のうとも。ルール違反で人を殺したと罪を負っても。
ただ一つ勘違いとでもいっておこうか。それとも誤解していると言っておこうか。そんな事実が一つだけあった。
確かに彼等は最低な行いをした。憎まれ恨まれ殺されても文句が言えない程の事をした。
だが………………。
『白い髪の男の子はそんな行為をされたのにも恨みも呪いもしなかった』のだから。
彼は聖人なのではないだろうかと話を聞けばそんなことを思う人がいるかもしれない。
だがそれは外れだ。見当違いにも程がある。
何故なら彼はそれをされて…………『嗤った』のだから。
殺気でギラギラと輝く目で目の前に襲いかかる殺意の群に嗤いながら大声で喜んだ。
だって彼にとってそれは………。
『ただ手柄が向こうからやってきただけなのだから』
この日、ベル達は中層への初陣であった。
ベルはまぁ、いつものアレなものだから準備など一切していないので割愛しリリルカやヴェルフはギルドのアドバイザーであるエイナから良く話を聞いて装備を準備して挑む。特に中層からは『放火魔』の異名を持つヘルハウンドという犬型のモンスターが襲いかかってくるのだ。その口から放たれる火炎はかなりの高温でレベル2如きの冒険者が持つ防具など燃やし尽くしてしまう。故にこのモンスター対策として火の精霊の加護を持つ『サラマンダーウール』の装備が必須となっている。
それを身に纏う二人といつもの鬼畜仕様なベル。当然エイナは止めるべきなのだがこの薩摩兵子が手柄を前に止まれるはずなどなく、彼女の胃に多大な激痛を与えて押し通った。
そしてあっという間に中層に。
並み居るモンスター達の首が大太刀を振るうと共に飛び、自分達の身を守る程度にリリルカとヴェルフの二人も戦う。
最初こそ戦々恐々とした様子の二人であったが、やはりというべきか………ベルの暴れっぷりを見て達観してしまった。
確かにヘルハウンドは凶悪だった。その火炎攻撃は例え防具で守られていようともその熱気を僅かでも感じる。それを熱いと感じるだけにどれだけその熱が高いのかが窺える。
サラマンダーウールなしなら受けたら即焼死していただろう。それほどの熱量を防具越しに感じながら彼等はヘルハウンドに攻撃を繰り出す。それは確かに恐怖だろう。
だが…………サラマンダーウール『無し』のベルはどうなのか?
「確かに熱いがその程度! それだけ強いならその首、価値は高いんだろう。なら置いてけ。その首置いてけ、なぁ!!」
防具無しで受けても火傷すらない。服だけ見事に燃えて上半身裸だがその身に火傷はなく、古い傷痕だけが現れる。見事に傷痕だらけの身体だがその肉体に弱りはない。ベルは炎を吐き出すヘルハウンドの炎を無視しながら突っ込んで大太刀を一閃。炎ごとその身を叩き斬り殺していく。炎の集中砲火を受けようとも、邪魔の一言と共に大太刀が振るわれその首が飛んでいく。
ぶっちゃけ相手にすらなっていなかった。中層最初の脅威、ヘルハウンドだがこの規格外の男相手では脅威にすらならなかったのだ。
「何というか、いつもの光景だな」
「ベル様相手にするモンスターの方が可哀想に見えますけど、それでも………ベル様かっこいいですぅ~」
緊張感など無くなってしまった。
慣れてきた、もとい『薩摩に汚染されてきてしまった』二人にはこの光景が普通に見えてしまっていた。正常な判断が出来る者なら誰もが突っ込むこの光景だが、それも薩摩からすれば普通なのであった。
モンスターの死体が溢れ魔石が転がっていく。そんな光景に慣れてしまった二人は自分の身を守り、同時にベルの邪魔をしないようにしながら戦うのみ。
そんなわけで中層初陣は今のところ正に『いつも通り』。
だが、そこにいつもとは違うちょっとした出来事が発生した。
群の奥からこちらに向かって冒険者が向かってきたのだ。それも複数人でありパーティーであることが窺える。そのパーティーが壮絶な顔でこちらに向かって駆けてきた。そして通り過ぎる。それだけの行為だが、去り際に聞こえた言葉の意味がベルには分からなかった。
だが、リリルカやヴェルフはその行為の意味を察し呆れたような顔でベルに言った。
「ベル、やられた。『怪物進呈』だ」
「『怪物進呈?』」
意味が分からないベルは当然首を傾げる。そんなベルにリリルカは可愛いと思いながら母親のような母性溢れる眼差しでベルに答える。
「冒険者が冒険者にモンスターを押しつける行為をそう言うんです。普通はマナー違反も良いところなんですけど………ベル様にはご褒美ですね」
その言葉の意味を言葉通りに受け取ったベル。まぁ、そうでなくても思った事は一緒なのだが。
「つまりは手柄が向こうからやってきてくれるってことだよね。ならば重畳、その首僕がもらい受ける。置いてけよ、その首をぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
大歓喜のベル。普通なら絶望に染まるはずの顔は殺気み満ちた実に良い『笑顔』だ。
そしてモンスターの群を大太刀一本で蹂躙していく様はまさに爽快の一言に尽きるだろう。
よく考えて欲しい。このベルはあの『猛者』と渡り合えるくらいの実力と肉体強度をもつ存在なのだ。中層の『この程度』如きに負傷するわけがないのだ。それも前より更に強くなっているのだから尚更に。
そしてモンスターは全部魔石へと還り、その場にはまだまだ殺し足りないベルがいた。
本来の正史ならダンジョンの壁や天井が崩落し、それに巻き込まれて仲間が負傷しやむなく18階層を目指すことになるベル達であったが、ここのベル達はそうならなかった。
「さぁ、もっともっと僕に手柄を寄こせ。その首置いてけ!」
幾たびのモンスターの群を蹴散らし鏖殺していくベル一行。どうやらベルも中層デビューに興奮しているらしい。実に楽しそうだ。
そんなわけでズンズン進んでいく一行。
とはいえ流石に18階層にまで行く気はないので帰ろうとするリリやヴェルフ。
だが残念な事にリリルカがここでヘマをやらかした。
この先はどうなっているのかということをベルに聞かれた際、リリルカはこう言ってしまったのだ。
「この先にある階層の中で18階層は特別です。あそこは唯一の『安全地帯』であり、どういうわけかあまりモンスターが湧かないそうですよ。なのでリヴィラという冒険者が作った町があり、そこで冒険者は今後の準備を行ったりするそうです。ただ物価が高いのであまりリリ的にはお勧めしませんが」
ここまでは問題ない。問題はここからだ。
「そのリヴィラの町がある18階層ですが、その前には関門があります。17階層にある『嘆きの大壁』、そこにいる階層主『ゴライアス』がいます」
これが問題だ。
一応ベルも冒険者。つまり階層主というのがどれだけ強いのかという話は聞いているのだ。つまり…………。
「大将首だ。その首、取りに行こうか」
こうなるわけだ。
少し前にロキ・ファミリアが遠征で通ったのでいないかもしれないとリリルカはベルを止めようとした。単純にベルを心配してのことだが、残念ながら心配している相手はレベル7と対等に渡り合う化け物だ。心配するだけ無駄かも知れない。
そして言いだしたら聞かないのが薩摩兵子のベル・クラネル。
決まったからにはズンズンと先に進んでいく。
そんな背中を見ながら二人は呟く。
「まぁ、こうなっちまったらしかたねぇか。ウチの大将は言いだしたら聞かねぇからなぁ」
「はぁ、無事に帰ってベル様と晩ご飯を食べたかったのに。まぁ、その分ベル様の格好いいお姿が見られれば役得ですけど」
そんな感じにベル・クラネル一行はより下の階層へと歩いて行った。
外で大騒ぎになっていることなど知らずに…………。
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第35話 ベルがいない間にお外では
その日、彼女にとっていつもと変わらない日だった。
眷属の二人はいつものようにダンジョンに赴き彼女は一人バイトに精を出す。別に金に困っているわけではないのだが、それまでの生活で必要だったことだったので今更辞めるという気にならずに続けている。
そんなわけでいつも通り働き帰って一人でご飯を食べるわけなのだが、そこでいつもと違った事が起きた。
今にも崩れ落ちそうな廃教会の扉を強く叩く音がした。それも一回どころでなく何回もだ。
一回ならまだ気のせいで済ませたかも知れないが、何度も叩かれるというのなら気のせいではない。なので彼女は仕方なく思いながら地下から上がり扉を開けた。
「一体誰だい、こんな時間に?」
如何にも迷惑してますといった雰囲気を出しながらそう言う彼女………女神ヘスティア。そんな彼女の前に現れたのは彼女にとって見知っている人物……いや、神であった。
「夜分すまない、ヘスティア」
ヘスティアの顔を見て申し訳なさそうに謝っているのは一人の男神だ。その服装は真っ白い布で出来た極東の衣装、真っ黒い長髪を紐を使って独自に纏めている。
「あれ、タケじゃないか? どうしたんだい、こんな時間に」
タケ………極東の男神にして武を司る武神『タケミカヅチ』がそこにいた。彼はヘスティアとは『神友』であり、地上に降りてきてから何かとよく話すことがよくある。タケミカヅチが面倒見が良いこともあるし、ヘスティアもタケミカヅチもお互い零細ファミリアの主神ということでアルバイトでファミリアを支える身なのでお互い親密感が高い。まさに異性を感じさせない友神といった所だろう。
そんな友の来訪にヘスティアは驚きつつも丁重に扱うことにした。
「取り敢えず中に入りなよ。流石に客人をこんなオンボロな所だとしても中に入れないのは流石に失礼になるしね」
「すまん」
何やら複雑そうな事がありそうだと感じ取ったヘスティア。それを証明するかのようにタケミカヅチの後ろには彼の眷属である子達が申し訳なさそうな顔で立っていた。それが更に大事であることを思わせる。
そして廃協会の講堂にてヘスティアは改めてタケミカヅチと向き合う。
「タケ、君がそんな顔をするんだ。余程のことがあったんだろ? 聞かせてくれ」
その言葉にタケミカヅチは即座に頭を下げた。それが謝罪の意であることは誰が見ても明らかであり、ヘスティアは急な事に驚く。
そしてタケミカヅチはそんなヘスティアに心底申し訳なく己の不甲斐なさを噛みしめながら告白した。
「すまない、俺の家族がお前の子達を巻き込んだ!!」
その告白に当然意味など分かるはずもなく、ヘスティアはタケミカヅチに更に話を促す。
「タケ、落ち着いて。まず何あったか教えてくれないか?」
その言葉を聞いてタケミカヅチは自分の眷属達が助かるためにベル達に『怪物進呈』をしたということを言った。何故それがベル達だと分かったかは単純な理由だ。背丈ほどある大太刀を振り回す白髪の男などこのオラリオでベルしかいないからであった。
冒険者の常識において許されない所行。本来であればギルドに掛け合い然るべき罰を与えるべき事態。それは勿論分かっているからこそ、義理堅く人情に熱いタケミカヅチは心身共にヘスティアに謝罪しているのだ。それは眷属達も分かっているらしい。
普通なら憤慨すべきところなのだが…………ヘスティアは違った。
「あ、そうなんだ。何だ、そんなことか。心配して損したよ、僕。てっきりもっとヤバイ問題でもあったのかと思ったよ」
怒るどころか心底ホッとした様子で胸を撫で下ろす女神がそこにいた。
「いや、あの………逆に落ち着き過ぎて驚いてしまったんだが………お前、一応聞くが事態が分かってるか? 下手したらお前の子供が死ぬかも知れないんだぞ」
情に熱いタケミカヅチはヘスティアの様子に逆に驚き呆気にとられてしまい、挙げ句は事態を理解していないのではないかと心配し始めた。
そんなタケミカヅチにヘスティアはどこか達観した顔で話し返す。
「いくら能天気な僕でも事態は分かってる。だけど残念というべきかな………その程度じゃ『首狩り』は殺せない。寧ろ感じからしたらただのご褒美じゃないかな。きっと彼のことだ。君の子供達に恨みのうの字も抱かずに楽しんでると思うよ」
彼女にとって『怪物進呈』されたなど寧ろ問題にすらならない。何せベル・クラネルという『薩摩兵子』は手柄取りを魂の奥底から楽しむのだ。向こうから手柄がやってくるのだから寧ろ両手を挙げて万歳三唱するくらいに喜んでいることは想像することが容易い。彼女にとって厄介な問題というのはベル・クラネルが『何かをやらかす』ことなのであって、何かに巻き込まれるというのは問題にならない。大概の問題は全部彼が強引に解決するだろう。その尻ぬぐいなど御免だが、巻き込まれたのならその責任はこちらにはない。来たところで知らぬ存ぜぬを押し通すだけである。
故に今回の問題に対し彼女は心底ホッとしていた。心なしか胃がスッキリとしている気がする。
だがそれは事情を知っている者だけの話。タケミカヅチは当然知らない。
「何を馬鹿な事を言ってるんだ! いくらレベル2の最速保有者とはいえ中層は危険なんだぞ! あまり強さを過信するんじゃない」
ヘスティアの態度を叱るタケミカヅチ。しかし、ヘスティアはめげない。寧ろふて腐れつつ答える。
「タケは知らないからそんなふうに言えるんだよ。彼の強さはそれこそ規格外だ。レベルじゃあの強さは計れないよ。だから安心してくれ。どうせ今頃ダンジョンで暴れ回ってるはずだから。そろそろ眠くなってきたよ、僕は」
話を取り合わないヘスティア。逆にその余裕が妙な恐怖心を感じさせ後ずさるタケミカヅチ。そんなタケミカヅチであったが、更に援軍が来た。
「ヴェルフの帰りが遅いからパーティーを組んでるアンタの所に来たらこんな事に………」
「その話、詳しく聞かせてくれよ、ヘスティア!」
その言葉と共に勢いよく扉が開き、そこから中に入ってきたのは美男美女の二人。一人は真っ赤な髪を短髪にし片目を眼帯で覆っている女神『へファイストス」、そしてもう一人は甘いマスクに綺麗な金髪をした帽子を被った男髪『ヘルメス』。
特にヘルメスはヘスティアとの付き合いが殆ど無かったために流石の彼女もその登場には驚いた。
「ヘファイストスはまだ分かるけど、何でヘルメスがここに?」
ヘスティアの如何にも胡散臭そうな物を見る目を向けられたヘルメスは大仰にわざとらしく答える。
「いやいや、久しぶりに帰ってきたら何やら愉快そうな…いや、大変な事になってるじゃないか。神友の眷属のピンチとなれば助けるのは当然じゃないか!」
「嘘だな」
「嘘ね」
「胡散臭さが丸出しだよ」
如何にも道化らしい感じに周りからの白い視線が刺さるヘルメス。
流石のヘルメスもこの痛々しい雰囲気に負けたのか、少しばかり気落ちしてちゃんとした本題を答える。
「いや、実はヘスティアの眷属になったっていう『ベル・クラネル』に用があったんだよ。旅の途中で彼の知り合いに遭ってね………いや、本当に怖かった……神の力を浴びてもケロッとしてるし、寧ろ殺されかけたし………」
最初は意気揚々だったヘルメスだが途中から冷や汗をかき始め怯え始める。その様子が明らかに酷い所為なのかいつの間にか来ていた彼の眷属の水色の髪をした女性に慰められていた。
神をここまで怯えさせる人間がどんなものなのか想像がつかないタケミカヅチとヘファイストスはどう反応して良いのかわからず困惑し、ヘスティアは何となく想像が付き呆れ返った。
大方ベルがああなった『大元』辺りとあって揶揄ったんだろう。その結果が今目の前にあるこれである。これで済んでいるだけにまだマシかも知れない。ベルのあの行動の大元だというのならそんな程度では済まないはずだろうから。
だからこそ、ヘスティアはヘルメスに達観した顔で言う。
「だったら分かるだろ、ヘルメス。一々僕達が助けに行く必要なんてないってことが」
そう言うとヘルメスは顔を青くしてぶんぶんと首を横に振る。
「いや、ヘスティアが言いたいことは分かるよ! でもね、ちゃんとしっかり見て報告しないとマジで俺の命が危ないの! アレ、おかしいでしょ! 何で俺達(神)でもないのに嘘とか見抜けるんだよ。目を見られただけでバレて危うく刀の錆になりかけたよ!」
大層痛い目に遭ったらしい。そしてどうやらその大本にベルの様子を見てくるよう言われたらしい。神すら怯えさせるそれにヘスティアは胃が疼くのを感じた。
そんなヘスティアを見てヘルメスもどことなく『同じ』だと感じたが、だからといってヘスティアの言葉に頷くことは出来ない。
「俺の命の為、もといベル君の安全を確かめるためにも助けにいかないとな」
「うわ、今明らかに本音をボロっと出したよこいつ」
「さぁ、そうと決まったら急いで捜索隊を作らないとな。タケミカヅチの所は勿論参加だろ。ヘファイストスの所は?」
「今ウチは皆出払っていてね。中層に行かせられる子はいないのよ」
躍起になって話を進めるヘルメス。その姿に日頃の自分の姿を重ねたヘスティアは深い溜息を吐いた。
そんなヘスティアはほっときヘルメスは更に話す。
「今のところタケミカヅチの所の子だけだと戦力不足だな……よし、なら一人助っ人で心当たりがある。彼女のならまず大丈夫だろ。それに……助けてアスフィ」
「え、行くんですか!? それにその物言いだともしかして付いてくる気ですか!?」
眷属の子であるアスフィ・アル・アンドロメダは如何にも嫌そうな顔をした。自分達からしたら何のメリットもないのだから。
だがそんな眷属にヘルメスは泣きついた。
「いや、マジで助けてアスフィ。俺だってそんな危ないことはしたくない。でもちゃんと見てこないとバレるんだよ、アレに。だから行かざる得ないんだ。主神の窮地なんだ、マジで助けて下さい」
ガチで謝り倒すヘルメスにアスフィは深い溜息を吐いた。この主神はいつもそうやって彼女に無理難題を押しつけてくるのだ。今回はガチで頼み込んでくる辺り、本当にまずいらしい。
「わかりましたよ………はぁ」
こうして勝手に『ベル・クラネル一行救出作戦』が勝手に進んで行く。
そんな光景を見ながらヘスティアは一人背を向けた。
「勝手にやってくれ。僕は明日もバイトで朝が早いんだ。寝かせてもらうよ」
そしてその場から離れようとしたのだが……………。
「そうはいかない」
背後から羽交い締めにされたヘスティア。その犯人は勿論ヘルメスであった。
「ヘルメス、放してくれないか。君は分かってるだろうし、それに僕が行く理由はないじゃないか。それに神がダンジョンに入るのは禁止だろ」
犯人を落ち着けるように話しかけるヘスティア。その様子は凶悪犯にネゴシエイトを持ちかける弁護人のそれだ。
だが目が据わっているヘルメスは放さない。
「一人も二人も変わらないさ。それに………俺一人がこんな理不尽な目に遭うのは許せない。ヘスティア、君も巻き添えだ」
「は・な・せッ!!!!」
羽交い締めにされて引きずられるヘスティアと引き摺るヘルメスという構図が出来上がった。
こうして救出作戦が始まり、そしてこの後ヘルメスは女主人の酒場にてとあるエルフに土下座で助っ人を頼み込んだ。
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第36話 ベルは階層主と殺り合う
中層進出一日目にして階層主討伐なんていう冒険者の常識をぶっ飛ばすような目標を平然と考え行動し始めるベル・クラネル。外では自分達が大事に巻き込まれ救出しようなんていう事態になっているなんてことを知るはずもく彼等は目的地である『17階層』へと向かっていく。道中勿論モンスター達に襲われるわけだが、目の前に迫る『大将首』を前にベルは『殺る気』満々。ミノタウロスの群であろうと一人で飛びかかり瞬く間に全滅させてしまった。その嬉々とした様子にヴェルフは驚きと関心を込めて軽く口笛を吹き、リリルカは目をハートマークにしてベルに見入っている。既にこの階層のモンスターなぞ相手にならないといった様子であり、ベルの姿を見たモンスターの中には即座に逃げ出す者も少なくない。
そして一同はついに第17階層『嘆きの大壁』に到着した。
そこは今までの階層とは一線を超えていた。今までの階層のような洞窟ではなく明らかに手が加えられ荒く整えられた岩壁に覆われた長方形に広大な空間。その壁の一枚だけが更に特殊であり、その壁だけが見事なまでに整えられた『大壁』であった。この壁こそがこの階層の名前の由来なのだろうということは見て皆が即座に察した。
「おぉ、ここがあの大壁かぁ!」
ヴェルフが最初にそう漏らしたのは、彼が今までのレベルでソロでは絶対に辿りつけない場所故なのだろう。感慨深いようだ。
そんなヴェルフと比べ、リリルカは周りを若干警戒していた。
「どうやら『ゴライアス』はいないようですね。ロキ・ファミリアの遠征と時期が被りましたから、どうやら先に討伐されてしまったようです。まぁ、ベル様の勇姿が見られないのは残念ですが………その分早く帰れますからね。ベル様、早く帰って一緒に晩ご飯を食べましょう! えへへへへ、ベル様と晩ご飯~、二人っきりで一緒に……そ、そんな、ベル様、はい、あ~んだなんて! で、でもベル様ならリリは……」
警戒していたのも少しの間だけ。安心すると共に顔を赤らめて妄想しクネクネし始めるリリルカは端から見たら怪しいの一言に尽きる。そこはまぁ、恋する乙女特有の病気だ。許せとしか言い様がない。
だが…………ベルだけは違っていた。求めていた『大将首』がいないことに気落ちすると思われるだろうが、そんな様子は微塵もなかった。
彼はただ、じっと目の前にある大壁を見つめ、そして不敵な笑みを浮かべる。その顔にあるのは確信だ。
「おい、いるんだろう………だったら置いてけ、その首を。出てこいよ、御大将」
その言葉に呼応するかのように大壁に罅が入りあっという間に亀裂と化す。そして壁は内側から崩され、そこから巨大な存在が姿を現す。
それは人型ではあるがその大きさは人の比にはならない程に大きく、全身はまさに筋肉の塊といった感じだ。その目は血走り殺気に満ちており、生えている真っ白い髪は伸ばし放題で美しくない。だが、それらによりこのモンスターがより獰猛であることが窺える。まさに『迷宮の孤王』の名に相応しい存在だ。
故にベルの口元がニヤリとつり上がる。
「良い殺気だ、さぁ、手柄を取り合おうか」
ベルのその言葉が届いたのか、ゴライアスがベル達に向かって咆吼を上げた。壁をその振動だけで粉砕しそうな程の叫びにヴェルフは耳を押さえリリルカは本能的にしゃがみ込んでしまう。
そんな二人とは違いベルはそれはもう嬉しそうに笑う。殺意によってギラギラと瞳を輝かせながら、目の前にいる大手柄を討ち取ることを楽しみにしながら。
そして相手の咆吼に対しこちらも同じように『吠えた』。
「オォオォオォオオォッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」
猿のような叫びとでも言おうか。いや、そんな生やさしいものではない。剛猿とでも言った方が正しいだろう。そんな絶叫が雄叫びとぶつかり合いよりこの階層が震えた。
自身の雄叫びと同等かそれ以上の叫びにゴライアスが驚きを露わにして動揺を見せる。
そんなゴライアスにベルはしてやったりとニッカリと笑った。
「良い雄叫びだ。だが僕も負ける気はないぞ」
まずは最初の牽制を制したベル。その結果を理解したゴライアスはベルを完璧に敵と見なしたようだ。唸り声を上げながら足を振り上げベルを踏み砕かんと足を落とす。その一撃はレベル2の冒険者であろうと肉塊にされてしまう程の威力が込められている。その一撃をベルは大太刀を真上に構えて受け止めようとする。
この階層がズンッと揺れると共にベルがいる所の地面が砕けるが…………。
「中々の力だ。確かに階層主と言われるだけはある」
ベルにダメージは無し。既にレベル2の範疇にない彼にこの程度の攻撃は意味が無いらしい。そのままベルは力を込めて強引に足を払う。足を弾かれたゴライアスはベルの姿を見て更に怒りを燃やしベルへと襲いかかる。その全身が凶器であるゴライアスは思うがままに暴れ始めた。その豪腕でベルに殴りかかり、その巨大な足で踏みつぶそうとする。
だがそれらの攻撃をベルは受け止め逆に跳ね返す。回避など一際せず真っ向から受け止め切っていた。その所為で着ていた服がぼろ切れと化し上半身裸になるベル。その肉体は傷痕がかなり多くまさに歴戦の猛者を思わせる。そんな肉体を露わにしているベルだが勿論気にならない。彼は目の前の獲物を前にその力を計っているようだ。
戦闘狂ではないが、それでもこれが初の『階層主』なのだ。その力を感じたいらしい。
そんなベルと違いヴェルフとリリルカの二人は速攻でゴライアスの側から離れベルの戦いを見守っていた。
「強い強いとは思ったが、まさかここまでとは思ってなかったぜ…………」
ゴライアス相手に一歩も退かない……いや、それどころかその身に攻撃を受け続けても一切ダメージがないベルにヴェルフは改めてベルの凄さを思い知らされる。共に戦っている身としてはその強さを実感していたが、その力が最大だと思ってしまっていたのは失敗だった。見せていたのがまだほんの少しだということを知ったヴェルフはより自分が付いていこうと決めた男の凄さを知り、よりその男に見合う武具を作りたいと創作意欲を燃やす。
そしてリリルカと言えば…………。
「はぁぁぁあああああぁぁ………流石ベル様ですぅ………」
目をハートマークにしてうっとりしていた。
この場に於いて場違いとしか言い様がない様なほどふやけた顔でベルを見入るリリルカ。彼女の目は上半身裸のベルを捕らえて放さない。その歳と顔からは想像出来ないほどに鍛えられ引き締められた肉体は彼女の心を鷲掴みにしていた。彼女曰く、気を抜くと鼻血が出かねないのだとか。ちなみにこの光景を見ていたバベルにいる某美の女神はリリルカと同じような顔をしていたのだという。
そんな他所は置いておき、ベルの戦いは更に激しくなっていく。正確に激しくなっているのはゴライアスの攻撃だが。
その攻撃の嵐を受け止め防ぎ弾くベルは今度はこちらからだと攻撃を繰り出す。
「でかいだけに首が遠いなぁ。ならまずは頭を下げさせないとなぁッ!」
そう叫ぶと大太刀をゴライアスの足に向かって一閃。確かな手応えを感じながら振り抜くとゴライアスの足首から下が取れた。
足首から下が取れたことにゴライアスが気付いたのは一拍置いてからであり、その痛みに襲われ叫びを上げるのと血が噴き出すのは同時だった。
「まだこれからだろ、粗相するな」
そして始まるベル無双。
「オォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
雄叫びを上げながらゴライアスに斬りかかるベル。その攻撃を脅威と感じたゴライアスは最初は防御するのだが、その防御ごと骨肉を斬り裂かれる。
防御を取ったはずの腕からの激痛と噴出する血を感じ取りながらゴライアスの悲痛な叫びがこの階層に轟く。
ベルの攻撃をくらうことがまずいと判断したゴライアスは今度はベルの攻撃を回避する動きに変わる。だが避けるだけに限らずベルに仕掛けるチャンスを見つけてはその豪腕を振るい攻撃していく。
ベルは負けじと張り合うのだが、流石に空中での回避が出来ないので飛び上がった際に喰らった攻撃で嘆きの大壁に叩き付けられる。
壁を砕きめり込む身体。だがベル本人はそこまでダメージを感じていないようだ。
「大した力だなぁ。これは確かに……大将首に相応しい!」
そう言いながら更に笑みを深める。薩摩兵子らしい殺気に満ちた笑みだ。そんな物騒極まりない笑みを浮かべながらベルは更にゴライアスに挑みかかる。
ベルの攻撃が当たる度にゴライアスの肉が斬れて血飛沫が飛び散りゴライアスの攻撃が繰り出される度に壁や地面が砕けていく。
端から見たら互角に見えるかも知れない。だがその真実は残酷であり互角どころかベル優勢であった。何せゴライアスの攻撃ではベルに致命傷を与えることなど出来ないのだから。受けたダメージから判明しているのは精々レベル3相手に攻撃されている程度だろう。何せこの男を倒すにはそれこそレベル5は最低でも必要であり、彼の猛者でなければ今のところ互角に戦える相手などいないのだから。
故にベルにダメージはなく、精々服がボロボロになる程度。かすり傷や痣が出来なくもないが大きくはない。何より薩摩兵子はソレこそ四肢を切断でもしない限り止まることはない。だからベルに支障なし。
対してゴライアスは全身ボロボロだ。ベルに斬りつけられた身体は至る所から血を流し実に痛ましい。己の闘争本能だけで戦っている状態であり、失った血から考えても本来ならば立つことすら不可能であった。それでも戦うゴライアスはモンスターでありながらも立派である。それがベルも分かるからこそ敵大将に敬意を払う。
「流石は階層主、その戦における闘志、確かに素晴らしい。だからこそ欲しい………お前の首級が!!」
そしてベルは駆け出す。いつものように大太刀を水平に構え、身を低くしながら駆け出す。
「シャアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッ!!!!」
殺気に溢れた咆吼を上げながら突き進みゴライアスの胸元に飛び込むベル。そこから繰り出される剛剣によってゴライアスの胸から血が噴き出した。
その激痛に叫びながらもゴライアスの負けじと平手を繰り出しベルを叩き落とす。
このまま地面に叩き付けられるベルであるが、それだけで退かない。
「壁、壁ぇええええええええええええええええええええええええええ!!」
その叫びとともに出現する石壁。一つはベルの足元から迫り出し吹き飛ばされたベルの足場となるとカタパルトのようにベルを押し出す。
そしてもう一つの壁はゴライアスの背後、その後頭部に向かって高速で突出していた。
その結果、先にゴライアスの後頭部に石壁が強襲し激突。その威力にゴライアスは前のめりに倒れこみそうになる。そして若干下がった首に向かってベルは叫んだ。もういつもの決まり文句である。
「その首…………もらったぁあぁあぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
そして首を落とすように横一閃。
その結果はゴライアスの叫びがないことから知らされる。声一つ無く崩れ落ちる身体。そしてそこからごろりと転がる大きなゴライアスの首。その結果を持ってベルは良しと笑う。
「大将首、取ったぞぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
その言葉と共にゴライアスの身体は灰となり、最後に残ったのはベル達が今まで見たことない程に大きな魔石。
それを見続けていたヴェルフは歓喜の声を上げながらベルを褒め称え、そしてリリルカはといえば…………。
「べるさまぁ、さいこうれすぅ~~…………」
まさに骨抜き状態であった。
こうして初の階層主戦を終えたベル達は普通に18階層へと向かっていた。ちなみに理由はリリルカがベルと一緒にお昼が食べたいからだそうだ。
まさかこれが後によりベル達を『戦場』に向かわせるとは、このときは誰も思っていなかった。だが、もしかしたら………それの気配をベルは感じ取っていたのかも知れない。18階層の入り口前にて、ベルは確かに『薩摩兵子』の笑みを口元で浮かべていたから。
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第37話 ベルはベルのベル(意味深)を見られる
18階層にたどり着いたベル達一行。本来あるべき歴史なら、ここで大怪我を負ったリリルカとヴェルフの二人を引き摺りながら必死に駆け込み入った直後に自身も力尽き気絶しているのだが、ここにいるのは薩摩兵子。そんな戦狂いと連んでいるパーティーに大怪我など一切無い。何せ彼等はベルの『戦』の邪魔をしないから。手を出せばその時は自分すら斬り殺されるということを本能的に理解しているから。だからこそ、リリルカもヴェルフも無理せず戦い怪我などない。唯一の損害を言うのなら、それはベルの服だろう。確かに身体に痣やら何やらはあるがそんなものは怪我にすら入らない。薩摩兵子にとって怪我とは戦闘に支障を来たすものを指す。来たさなければそれは怪我ですらない。故にベル自身に問題は無い。だが、その服は酷い有様だ。ベルは防具を一切着けない。いつも身に纏っているのは市井に出回っているごく普通の衣服だ。防御力など紙みたいなものであり冒険者からすれば皆無に等しい。そんな状態で『迷宮の孤王』の攻撃を何度も何度も受けたのだ。身体がおかしいくらい頑丈なベルでも服はそうではない。結果…………半裸である。
上半身など特に酷く服が服の機能を成していない。下半身は丈の長い物なのだが、彼方此方裂けておりダメージをつけたパンクなデザインへと早変わりだ。男らしいといえば男らしいのだが、あまり人に見られて良い格好ではない。これが女性だった場合は即通報物である。そんな格好のベルと特に問題のないリリルカとヴェルフ。そんな三人は18階層について最初に口にしたのは…………。
「ここが18階層かぁ………………」
「お腹空いたなぁ」
「ベル様ベル様、お着替えしましょう!」
三者三様にバラバラだった。
普通ならここで自分達が到達した階層に感動するものである。その点で言えば一番上のヴェルフの言葉は正しいし、感動に打ち震えている様子もまた正しい。
だが、残り二人の言葉は若干おかしいだろう。
「いや、確かにベルは暴れてたからそうなるのも分かるけどよぉ、それはないだろ。寧ろあれだけ派手にやってそれだけ? って思っちまったしそれより他にもっとあんだろ、初めての階層だぜ。それも俺等みたいな初めて中層にアタックして18階層なんて快挙だ快挙。もっと喜ぶなり打ち震えるなり何かあんだろ」
「別にそんなことなんてないと思うけど。手柄を求めていけばいずれ到達するものだし。それよりもお腹空いたかな。それなりに動いたしそろそろお昼時だしね。あ、この階層ってモンスターが生まれないんだっけ? どこで調達しようかな?」
もはやパーティー唯一の常識人?となったヴェルフからの突っ込みに対しベルはそんなことはないと普通に言ってお腹を擦る。あれだけ暴れ回ったのにその程度のリアクションはどうなんだという突っ込みは勿論のこと、件のスキルによってモンスターを食べようとするベルにヴェルフは更に突っ込みをかけざる得ない。別にこの階層はモンスターがいないわけではないの探せばいるのだが、だからといって誰だって(ベルともはや慣れてしまったリリルカ以外)ゲテモノを食べたくはない。(ヴェルフ以外いない)
そんなベルへの対応は勿論のこと、何故か身の丈以上もあるバックパックからベルがいつも着ている服と同じデザインの服を引っ張り出しているリリルカにも当然ヴェルフは突っ込んだ。
「んでもってリリ助、何でお前はさも当然のようにベルの服を持ってきてるんだ!」
「それは勿論、ベル様の為です」
ヴェルフの突っ込みにリリルカは当然のようにドヤ顔で答えた。実に良い笑顔である。見ていたヴェルフは正直殴りたくなった。
そんなヴェルフなど歯牙にも掛けず言ってもいないのにリリルカはベルの服を出す理由を嬉々とした様子で語る。
「ベル様は防具を着けずにいつもダンジョンに潜ります。その結果、ベル様の服はいつもボロボロで汚れだらけ。そんな格好のベル様もワイルドで素敵ですが、それでも人前に出るのは少しばかり問題になります。だからこそ、ベル様がいつでも人前に出られるように、こうしてリリはいつでもベル様の着替えを持ち歩いているのです」
過保護の親のような説明。決して言っていることに間違いはなく、確かにその通りだと言うことをパーティーを組み始めたヴェルフには理解は出来る。
だが、それだけではないだろう。
「んで、本音は?」
ジト目でヴェルフがそう問いかけると、途端にリリルカは恍惚とした顔でうっとりとしながら答えた。
「実はベル様の私服とちゃっかりすり替えてまして、それでベル様の香りが染みついたのはリリのお宝兼オカズに……………」
最近思ってきたが、真面目にこのパーティー辞めるべきじゃないだろうかとヴェルフは思いながらドン引きしていた。
そんなヴェルフの突っ込みなど気にせず頭のおかしい二人は普通に動く。
「そんなわけでベル様、お着替えを。別にこの場で着替えてもらっていいんですが、そうするとリリには刺激が強すぎて…………どうにかなっちゃうかもしれません」
モジモジしながら爆弾発言を噛ます暴走小人族。そんな相方にベルは服を受け取りつつ優しげに答える。既に『薩摩兵子』から『紳士』に変わっていたのは此所に手柄がないからだろう。
「ありがとう、リリ。いつもリリには助けてもらってばかりで悪いね。流石に女の子の前で着替えるわけにもいかないし、そこの茂みで着替えてくるよ」
リリルカにお礼を言いながらベルは二人から離れ茂みに入ると、そこで着替えようとぼろ切れと化した服を脱ぎ始めた。上半身の服など服の意味を成さないので鍛え抜かれた肉体が丸見えだが、服を脱ぐことでそれが完全に露わになる。そして下は勿論何故か用意されていた下着。羞恥心をどこかに置き忘れたのかベルはリリルカがそれを用意したことに恥ずかしさを感じなく、用意してもらったことに感謝しかなかった。『紳士』ではあるが『思春期』ではないらしい。ある意味枯れていた。
そんなわけで下も着替えるべく脱ぎ始めたベル。下着も替えるということは当然脱ぐわけであり、そこでベルのベル(意味深)も露わになる。
それは一本の刀であった。鋭く長く、しかもゴツい斬馬刀であった。それも某悪を背に掲げる喧嘩屋の持つアレであった。ベルの幼げな見た目に反し、それは明らかに『大人』であった。
そんなものを出している時にそれは起こった。
「…………誰かいるの?」
そんな声が茂みの奥から小さく聞こえ、草木が擦れる音と共に現れたのは美しい金色の髪をしたお姫様のような女の子。そして彼女はベルにとって見知ってる人間だった。
「あ、アイズさん。どうも、こんにちは」
ベルの前に現れたのはロキ・ファミリア幹部のレベル5『剣姫』の二つ名を持つアイズ・ヴァレンシュタインであった。そして彼女の目に映ったのはベルとそして………………ベルのベル(意味深)であった。
それは一本の刀であった。鋭く長く……以下略。
思春期の年頃でそれまで青春とは若干遠い生活を送ってきたアイズであったが、そんな彼女でも…………………『ソレ』を見たのは初めてであった。
だからなのだろう………。
「……………ッ!?!?!?~~~~~~~~~~~~~~~~~!?!?!?」
彼女の感情が表れづらい顔が一気に真っ赤になり、ボンッっという幻聴が聞こえるかのようになって彼女は……………。
「きゅ~~~~~~~~~~~………………」
見事に気絶したのであった。
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第38話 ベルはこうしてロキ・ファミリアの元に行く
ベルのベル(意味深)を見てしまった所為で気絶してしまったアイズ。その姿は普段の様子からは信じられない程に年相応の少女をしていた。
と、まぁこんな風に結果が出たわけであるが、そのままにしておくわけにもいかないわけでベルは彼女の意識が戻るまで介抱することに。
「ベル、着替えるにしては随分と長いな。何かあったか?」
ベルが着替えるにしては遅いと判断したようでヴェルフが若干心配してベルの方にやってきた。勿論その心配にベルのことは含まれていない。この男は何があろうと大怪我をすることはないということは先のゴライアス戦で分かりきっているからだ。汚染されつつあるヴェルフではあるが、それでもまだ常識を捨てていないだけに、この心配は『ベルが何かやらかしたのか?』という意味で問いかけたのである。今現在、ヴェルフの思考はヘスティアに近かった。違うのはストレスを感じるか感じないのかの差である。
「ベル様、やけに時間が掛かってますね。どうかなさいましたか?」
そしてヴェルフと一緒にリリルカのやってくる。
そんな二人が見たものは正座をしているベルと、そしてベルの膝に頭を乗せて気絶しているアイズであった。所謂膝枕である。ただし美少女ではなく野郎の膝であるが。
「あ、ヴェルフ、リリ。ゴメン、ちょっとね」
二人の登場にベルは困った顔を向けた。
「あ、ベル様、膝枕ずるいです。リリにもして下さい!」
「いや、そこじゃねぇだろ!? 何でここにあの『剣姫』がいるのかをまず突っ込めよ!」
アイズがいることより膝枕されてることが羨ましくてベルにそう声をかけながら突撃するリリルカ。そんなリリルカに当たり前のことを突っ込むヴェルフは決して間違ってはいないはずだ。だが残念かな、この恋する暴走小人族の少女はそんな疑問は後回しにベルの元まで駆けつけると彼の膝の空いたスペースに目掛けて仰向けになるや自分の頭をちょこんと乗せてきた。ベルもベルでアイズに負担が掛からないようにしつつリリルカの為に二人の頭を乗せられるようにアイズの頭を若干動かす。そして両手に花というより両方に膝枕なんていう良くわからない状況が出来上がった。
「はぁ、ベル様の膝枕…………程よい弾力がして気持ち良いですね…………えへへ」
ご満悦なリリルカ、そしてそんなリリルカにベルは慈愛に満ちた眼差しを向けながら優しくその頭を撫でてあげていた。完璧に『紳士』であった。
ダメダメな小人族は放置することにしてヴェルフは改めてベルに問いかける。『薩摩兵子』の時なら一切此方の話なぞ聞かないが、今は『紳士』だ。此方の言葉も十分聞いてくれるはずである。
「んでベル、この状況を説明してもらいたいんだが?」
その言葉にベルも困った様子で返す。
「それがどうにも僕にも分からないんです。アイズさんが出てきたから挨拶したんですけど、僕を見た後急に顔を真っ赤にしたと思ったら意識を失ってしまって。もしかして体調が悪かったのかも………」
その話を聞いてヴェルフは何となく分かってしまった。大方ベルが着替えている最中に出くわしたのだろう。そこで着替え中のベルを見て気絶したとなると…………。
(剣姫って実はかなり純情なのか?)
男の身体を見ただけで恥ずかしさのあまり気絶するという実に乙女らしい行動をあの有名人が取ったということでヴェルフはそう思った。自分の知っている女性はそんな精神を持ち合わせていないのばかりなので少しばかり新鮮に感じる。まさかそこにベルのベル(意味深)を見てしまったからというのは流石に想定できなかったが………。
そして逆にそんな如何にも乙女らしいことにまったく気付かないベルに流石はベルだとしか言えないヴェルフ。『紳士』であっても思春期ではない。ある意味枯れてるといっても良い彼には何故アイズが気絶したのか分からないのだろう。説明しても何故そうなってしまったのかということを理解出来ないに違いない。
だから説明するのは諦めたヴェルフは静かにベル達を見ることにした。
そしてアイズが目を覚ますまでの間、ベルは困った顔をしたままでリリルカはベルの膝枕を堪能しヴェルフはそんな光景を何とも言えない目をしていた。
そんな時間が少し過ぎ、やっとアイズが目を覚ます。
「え……あれ、どうして私………」
自分がどうして意識を失っているのかがわからないといった様子のアイズ。そんなアイズにベルは普通に笑顔を向ける。
「あ、おきましたか、アイズさん。おはようございます」
「ッ!? べ、ベル!? 何で…………」
目の前に現れたベルの顔、それもかなり近いことにアイズは驚き顔が熱くなるのを感じながら慌てる。そんなアイズにベルは苦笑しながら答える。
「驚きましたよ。アイズさんが現れたと思ったら急に気絶するんですから」
そう言われてアイズは意識を失う前のことを思いだそうとするのだが、何やら靄が掛かったように思い出せない。何かを見たような気がするのだが…………思い出せない。それも重要だが、ソレよりもアイズは今の自分の状態をやっと理解する。そして急いで飛び起きた。
「ご、ごめん!? ベル…………」
自分が今まで膝枕をされていたということに恥ずかしがるアイズ。『剣姫』の二つ名を持つにはあまりにも可愛らしい。そんな彼女にベルは和やかに微笑んだ。
「別に大丈夫ですよ。それよりもアイズさんは大丈夫ですか? 何か体調に問題でも?」
ベルの紳士らしい対応に暖かな微笑み。その二つにアイズは見惚れてしまい胸がときめくのを感じた。よくよく考えればここ最近彼女は『薩摩兵子』のベルとばかり接していたため、こうして紳士的なベルと接するのは久しぶりだ。だからなのか、改めてそのギャップ差に驚いてしまう。
だからなのかベルの顔お直視出来ない。見てしまうと見入ってしまいそうになるから。故に彼女は恥じらいながら目をそらしつつベルに答える。
「大丈夫………たぶん」
「そうですか……でも気をつけて下さいね。冒険者だって体調は崩れるものなんですから」
その言葉にアイズは自分が嬉しいと感じた。心配されるのはファミリアの仲間からしょちゅうなのだが、こんな気持ちになったのは初めてかも知れない。
胸の高鳴りを感じながらアイズはベルに更に話を振ろうとするのだが、ここでお邪魔虫………リリルカが牙を剥く。
「やっと起きましたか、剣姫様。でしたらベル様から離れて下さい。ベル様は貴女に介抱していて疲れているんですから」
膝枕されていた彼女はアイズが目を覚ますと共に起き上がっていたらしく、アイズに対して警戒心を露わにした目を向けていた。アイズの先程までの様子を見てこの聡い小人族の少女はアイズが自分の同類と判断したらしい。所謂『恋敵』であると。
そんなリリルカにアイズは何故そんなに敵意を向けられているのか分からず戸惑う。まだ彼女は自分が抱いている気持ちが分かっていないらしい。ある意味子供なのだ。
だからこそ戸惑う。そんな彼女達にヴェルフは頭が痛いと言わんばかりに頭を抱えた。
「これ、絶対に修羅場になるぞ。しかも最悪なことにベルじゃそれに絶対に気付かない」
常識的? な彼はこの状況に頭が痛くなって仕方ない様子だ。
そんな状況なわけであるが、いつまでもそうしているわけにもいかない。だからこそ、ヴェルフはアイズに何故ここにいるのかなどを聞くことにした。別にベルがやっても良いのだが、この元凶にそれをやらせると余計悪化しかねないと判断したためだ。
そんなヴェルフからの助け船にアイズは乗ることにして自分達が遠征帰りであることを話す。その最中に仲間がモンスターの厄介な毒にやられてしまいこの階層で仲間が解毒薬を持ってくるまで待つらしい。そんな話をされて納得する一同。
そして今度はアイズがベルに聞き返す。
「ベルは何でここにいるの?」
その問いかけにベルは笑顔で答える。
「勿論、手柄を取るために」
その笑顔は笑顔なのに目から薩摩が漏れ出していた。その気配を察したアイズはベルらしいと思い微笑んだ。普段感情をあまり出さない彼女にしては凄く珍しい。
「ベルらしいね」
「だってそれが僕ですから」
そしてアイズの言葉にベルがそう答え、共に歩き出す。どうやらロキ・ファミリアはこの先でキャンプを張っているらしい。そこに招待するとアイズはベル達を誘う。その誘いにベル達は応じることにした。ここで会ったのだから袖振り合うのもなんとやら、という奴だ。紳士的なベルなら人の厚意を無下にはしない。
そんなわけでベル達一行はロキ・ファミリアの所へ行くこととなった。
その道中の会話でベルが一人でゴライアスを叩き斬ったことが出て、同じく階層主を単身で倒したアイズもそれを話す。お互い似たようなことをしただけに共感が持てるようで会話に花を咲かせる。そんなアイズに焼き餅を焼きリリルカはアイズよりもベルの方が凄いと主張する。そんなリリルカにベルは別に何てこと無いと答えると今度はアイズまでベルは凄いと褒め始め、どういうわけかリリルカとアイズのベルへの褒め比べ対決という訳の分からないものに発展していた。そんな光景を後ろから眺めるヴェルフは何やら振り切ってしまった。
(なんかもう…………見てて面白くなってきた気がする。変に考えずに楽しんだ方がいいな、こりゃぁ)
その時のヴェルフは立派な愉悦顔になっていたんだとか。
そんな一同はこうしてロキ・ファミリアのキャンプ地に行くのであった。
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第39話 ベルを探しに行くと………
ベル達がアイズと会いロキ・ファミリアのキャンプに向かってる頃、ベルを救出するというお題で集まった救出部隊はというと…………。
「どうせ無事なんだからもう帰ろうよ……っていうか、か・え・せ!! 僕は明日早いんだぞ!」
ヘルメスによって米俵のように抱えられているヘスティア。そんな彼女の喚きを聞き流しながらダンジョンを進んで行く一同の姿がそこにあった。
今回の事の発端を言えばタケミカヅチ・ファミリアの子供達がベルに怪物進呈をしたのが原因であり、その罪滅ぼしというべきなのかこのようにベル達の救出を買って出た。それにどういうわけかやってきたヘルメスとその眷属であるアスフィ・アンドロメダがベルに用があると言うことで参加。そこに戦力増強ということでヘルメスの知り合いらしい冒険者を一名加えての作戦開始となった。
皆やる気を見せているようだが、ここでやる気が全くない者が二人………それはベルの主神であるヘスティアと参加を決めたくせに顔を真っ青にして怯えているヘルメスだ。
普通に考えれば眷属の窮地に心配しないなんておかしいと言われそうなものだが、ヘスティアはベルが『冒険者に収まらない戦狂い(薩摩兵子)』であることを知っているので寧ろ心配する方がおかしいと達観している。今回だって行く気は全くないのにヘルメスの所為で強制的に連れてこられたに過ぎない。
そしてヘルメスが何故こうも怯えているのかといえば、彼はこの中で唯一『ベルの師匠と会った』ことがあるからだ。その結果、薩摩兵子の恐怖を徹底的に叩き込まれてしまい神すら震え上がらせることに。つまりヘルメスは純度100%の薩摩節をくらい魂がへし折られた。そういうことである。そんな恐怖の対象からベルの様子を見てくるよう頼まれた。虚偽の類いはどういうわけか一切通用せずに見破られ刀の錆になりかけたのだからその恐怖は凄まじく、本人からしたらやりたくないがやらなければ見破られて命の危機という状況に。結果やけくそ気味にヘスティアを拉致同然に引っ張り込んで参加を決めたのだ。
以上、やる気などまったくないヘスティアと自暴自棄になっているヘルメス。そんな二人と共にやる気に満ちた救出部隊一同。その道中にモンスターに出くわすことが何回かあり、そこでアスフィと助っ人の冒険者の強さを披露されることに。助っ人がレベル4並の強さがあるとタケミカヅチ・ファミリアの者達は興奮気味であったが、ベルの暴れっぷりを見たことがあるヘスティアからすれば可愛いものである。寧ろ生々しさがないだけに微笑ましいと感じてしまうのは彼女の精神が摩耗し末期に差し掛かっているからなのかも知れない。
そんな感じで進んでいくわけだが、ベル達の痕跡はまったく見えない。遺体があるわけでも血の跡があるわけでもない。怪物進呈された場所に到達してみれば、あるのはかなり大暴れした後の荒れた地面くらいなものである。
「この感じからして無事………ですね」
助っ人がそう漏らし、それに同意するアスフィ。レベル4の冒険者になれば戦った跡からある程度の戦況が分かるらしい。それを聞いて少しばかりホッと胸を撫で下ろすタケミカヅチ・ファミリア達。自分達の所為とはいえ無事ということがわかり若干落ち着いたらしい。
そんな冒険者達と違い『薩摩兵子』を知っているヘスティアとヘルメスは疲れた溜息を吐いた。
「だから言ったじゃないか、ベル君ならまず大丈夫だって。だってアレだぜ、手柄があれば喜んでモンスターの群に飛び込んでいくようなタイプなんだからさ。この程度で死んでるならまだ良心的だよ」
「言うなよヘスティア、俺だってそれは分かってる。だって俺はそのベル君の『お師匠』に会ってるんだぜ? 俺が知る限りあれは人間じゃなくて化け物だよ。恩恵なんてないのに暴れてる姿を見ればあれはアスフィ以上だぜ。アレは所謂太古の英雄とかそんな部類に違いない。生憎英雄なんて格好いいもんじゃなかったが………。そんな化け物の弟子だ、この程度なら余裕でクリアしてるだろうよ」
薩摩兵子という常識外を身をもって知っている二人からすればこの程度は朝飯前だろうという感想しか出ない。二人は知らないがベルはレベル7のオッタルとぶつかり合う程の実力があるのだ。この階層のこの程度の怪物進呈なぞ戯れにしかならないだろう。
「ねぇ、ヘルメス。僕、もう帰っていい? この場でベル君が無事ならもう大丈夫でしょ」
ベルが死んでないのは一応眷属として契約しているので分かってるヘスティアはもう帰りたいと問いかける。正直ベルの所為で振り回されるのは懲り懲りなのであった。
そんなヘスティアにヘルメスは泣きつきながら担いでいる手にギュッと力を込めた。
「いや、無理だから。ここまで来て帰るとかないからな、ヘスティア。ベル君が無事なんていうのはあの師匠をみてれば即分かることだから。俺がしなきゃならないのはベル君の様子を見てくることだから、彼に会うまで帰れないんだって。ここでバックれたら絶対にバレて斬られちまうよ。お前は俺の地獄への道連れだ」
「こいつ、ついに隠す気もなくなったよ、チクショーめ!」
自暴自棄になっているヘルメスにとってヘスティアは自身の精神安定剤替わりらしい。ヘスティアからしたら御免被りたいが、同じ認識を持つ者同士としては一人よりも二人の方がマシなんだとか。とんだとばっちりだとヘスティアはヘルメスを罵るが、ヘルメスはそれを聞き流す。自分のプライドより命の方が大切。ある意味神よりも人間していた。
さて、そこからが問題であった。
怪物進呈をした場所から無事であるのなら、無事の可能性がデカいということ。そこから移動したのなら、今度はどこに向かうのか? 行方が分からない以上、そこから先にどう動くのかが予想出来ないのであった。
「普通に考えれば上層に上がり帰還してるはず」
「でも未だに見つかってないし、ここまで来る間にくまなく探したけど見つかってないよ」
「だったら………まさか下に!?」
タケミカヅチ・ファミリアの面々からそんな感想が出ており、それを聞いたアスフィと助っ人は可能性を含めて考える。
「もしかしたらパーティに怪我人がでたのかもしれない。そうなった場合なら下手にダンジョン内を彷徨うより下の安全地帯である18階層に向かったのかも知れない」
「その方が効率がいい。どれだけの怪我かは分からないけど、その方が生存するための可能性が高い」
実に冒険者らしい考え方にヘスティアは聞いていて寧ろ微笑ましさすら感じてしまった。
(あぁ、これが本当の冒険者ってやつなんだなぁ………それに比べてベル君は…………)
冒険者なんて存在の在り方からぶっ飛びすぎた眷属にヘスティアは胃が痛くなり手で擦り始めた。
どうやら冒険者の常識から考えるとパーティー内で何かしら問題が起き、その為少しでも生存率を高める為に安全地帯である18階層に向かったらしい。普通ならそうらしい。
だが待ってもらいたい。あの『薩摩兵子』であるベルがそんな事を考えるだろうか? 紳士な時ならいざ知らず、戦闘時は安全なんて言葉をゴミ箱に捨てるようなあの『薩摩兵子』である。生存率を高めるなんて理由で逃げるかのように安全地帯に向かうだろうか? 答えは否である。薩摩兵子は戦狂い。手柄を立てる為なら自分の怪我なんて無視して暴れ回る化け物である。
故にそれを知っている………身をもって刻まれてしまっているヘスティアとヘルメスは自分達の体験から考えることにした。
「ベル君のことだから、どうせ怪物進呈された後に更に昂ぶってモンスターの首を狩りに行ったんじゃないかな。手柄だ手柄だって殺しまくってる姿が目に浮かぶ………」
「薩摩の人ってのは相手の首印が手柄だって言ってたからなぁ。それも相手がより強くて上の奴なら尚更手柄らしい。量か質か、ってやつらしいけど………」
そこで考えられるのがパーティーに問題があるのではなく、ベルが更に猛って下の階層に向かったのではないかということ。
して下に向かう理由に更に何かないかとヘルメスはアスフィに問いかけた。
「なぁ、アスフィ。ここから18階層までの間にかなり強いモンスターかレアなモンスターっていたっけ?」
「強いモンスターとかですか? でしたら17階層『嘆きの大壁』に『迷宮の孤王』であるゴライアスがいますけど………でも少し前にロキ・ファミリアが遠征に出ているという情報がありますし、既に倒されているはず…………」
そう答えるアスフィだが、ロキ・ファミリアの遠征の情報から考えてもしかしたら復活しているかもしれないと考え始めた。時期的にギリギリ復活してもおかしくないらしい。だとしたらこのままこのパーティーで行くのは危険かも知れないと。
だが、それを聞いたヘルメスは確実に確信するためにヘスティアに話しかける。
「ヘスティア、どうやらこの先に『薩摩兵子』でいう『大将首』らしいモンスターがいるらしいんだが………逝ってると思うか?」
その問いかけにヘスティアは疲れ切った溜息を吐きながら答えた。
「確実に逝ってるでしょ、それ。あのベル君が大手柄を前にして待つわけがない。決まりだね」
「あぁ、そうだな………これだから『薩摩兵子』ってやつは………はぁ」
互いに心底疲れ切った溜息を漏らす二人。そしてヘルメスはアスフィに話しかけた。
「アスフィ、ベル君達は確実に17階層に向かった。きっとそのゴライアスと殺りあっているはずだ」
「なっ!? いくら何でもそれは……………レベル2に到達したばかりとはいえ流石に危険過ぎます。ゴライアスはレベル4の冒険者でも複数で挑まなければまず勝てない相手ですよ! それに挑もうとするなんて………無謀としか言い様がない!」
アスフィの反応の尤もな話であり、それが冒険者の常識。端から聞けばレベルアップで調子に乗った間抜けが無謀にも蛮勇を示しにいったようにしか聞こえない。まず犬死にまっしぐらな案件である。
だが、それはあくまで『冒険者らしい常識』だ。
冒険者の常識からぶっ飛んでる『薩摩兵子』からすれば寧ろ逆。目の前に大手柄がいるのだ。取らずにはいられない。
そうと決まれば簡単だとヘルメスは皆に声をかける。
「ベル君が下の17階層に向かったのは確定だ。早く向かおう」
その言葉にタケミカヅチ・ファミリアには激震が走り、そして急いで向かおうと早足になった。そんな彼等を見ながらヘルメスやヘスティアは思う。
((あんな風に焦れればなぁ………まだ可愛げがあるもんだ))
そんなわけで救出部隊一同は17階層に向かうことになり、そして……………。
『なんだ………………………これ……………!?』
一同は目の前の状況に驚愕し息を飲んだ。
あの『嘆きの大壁』が酷いことになっていたからだ。基本、この階層は広い空間でそこまで岩が出ていない比較的平坦な空間なのだ。
だというのに、彼等の目の前にあるのは『酷く荒れ果てた荒れ地』であった。
地面は砕けて陥没しクレーターをいくつも作り、代名詞である大壁もかなりひび割れ砕けていた。まるでゴライアスが暴れ回ったような感じであり、きっとそうなのであろう。一部では大きな拳の後がくっきりと残っている。
そうなれば当然ベルの安否を気にするのが救出部隊というものだが、それはヘルメスが見つけたものによって確定した。
「あぁ、やっぱりというべきか流石はあの人の弟子というべきか………こりゃ神々と冒険者に真っ向から喧嘩うってるんじゃないか? ほら、これ見てみなよ」
ヘルメスが指した先にあるのは何か巨大なものを引き摺った跡。それはこの階層の出口、すなわち18階層に向かって伸びている。
そこから推察される答えを先にヘスティアが口にした。
「どうやらベル君が暴れて勝ったらしいね。その戦利品の魔石が引き摺られた跡って所じゃないかな、これ」
「だろうね。それに周りを見ても血の跡とかが見えない辺り、案外余裕で勝ったんじゃないか? つくづく化け物というべきか………薩摩兵子は人間辞めてるんじゃないか?」
「それは僕も同意だよ」
神二人の疲れ切った溜息に救出部隊が言葉を失っていた。
こうしてベルが18階層に向かったのは明白であり、そしてこの後一同は直ぐにベルと合流することになるのであった。
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第40話 ベルは主神と再会する
アイズに連れられてロキ・ファミリアのキャンプに向かったベル一行。
そこでロキ・ファミリアの幹部達が集まるテントに案内され、そこでここに来た経緯を説明することになった。
それを聞いたフィンはおかしそうに笑い、リヴェリアはその非常識さに呆れ返り、ガレスは剛胆に笑い声を上げていた。
「まさか中層に進出したその日に18階層か。しかもその上階層主を一人で倒してきてしまうとは!! 話に聞いていたがそれ以上の強者だのぅ!」
「あのオッタル相手にあれだけ戦うからといってここまで非常識とは思わなかった。これがあのおかしなレベルだからなのか、元からそうなのか、判断出来ないな」
「君はつくづく愉快なことをしでかすね。同じ事をやれと言われて出来はするが、それをやろうとは思わないけど、自ら進んでやるというのだから。まったく、君は飽きさせない」
そんな反応をする三人にベルは紳士らしく笑いながら普通に話し、リリルカはウチのベル様は凄いんですと自慢気にくっつきながら胸を張る。そしてヴェルフは驚きながら呆れるリヴェリアにこっちはもう馴れましたと達観的な言葉を贈っていた。
そして談笑も一息ついたところでここに来た理由を話すベルだが、ただ単にアイズに誘われたから来ただけなので語るも何もない。寧ろ遠征に向かったロキ・ファミリアが何故こんな階層にいるのかと言うことがリリルカから質問され、そこでロキ・ファミリアの少しこまった実情を聞くことになる。遠征の帰りに厄介な毒を持つモンスターの群に襲われ大半の団員が毒に犯されることになってしまったらしく、そこでこの安全地帯で待機しつつ仲間に地上にある解毒薬を持ってきてもらうことにしたらしい。だからこうしてここにいるというわけだ。
そこでこうしてベル達がやってきた。ただそれだけである。
ベルからしたら誘われたから来ただけであり、強いて言えばそろそろお腹が空いてきたのでご飯を食べに行こうかな、何て思う程度だ。勿論食料なんて持っていないベルは、この階層にいるであろうモンスターを狩る気でいた。最早食べ慣れたベル一行にその悪食への嫌悪は薄れている。
そんなベルの状態を精神はともかく肉体は訴えかけてきた。
ぐぅぅううううう……………。
室内に鳴り響く腹の音。女性の物にしては大きく、それでいて男の物にしては少しばかり可愛げがある、そんな音。
「あ~、あははは、ごめんなさい」
ベルは腹を押さえて苦笑を浮かべる。恥じらう様子はなく、そこにあるのは気まずさからの困った顔。そんなベルを見ていた面々は途端に笑ってしまう。この場面で笑うのは失礼なのかも知れないが、それでも笑ってしまうのは仕方ないだろう。それにベルなら許してくれると分かってしまう。彼はそういう性格だ。紳士な今でも薩摩な時でもそこは変わらない。
そんなわけで一頻り笑った後、フィンはベルに向かって笑いかけた。
「アイズの知人がこうして遊びに来たんだ。せっかくだし食事でもどうだい。僕は君のような勇敢な者を歓迎するよ。それに………アイズは君がいた方が嬉しいらしいからね」
そう言ってニッコリ笑うフィン。ベルはその言葉を実に紳士的に受け止めた。友人や知人が遊びに来たのだから嬉しいのだと。
しかし、アイズの考えはまったく違う。寧ろロキ・ファミリアという家族内で父親に相当するフィンに自分の想いがバレてしまっていることに真っ赤になり、フィンを睨み付けていた。
「フィン、余計なことは言わないで」
「別に僕は特に言ってないよ。ただホームでよく君が『ベルが、ベルはね、ベルと……』ってよくティオナ達と話してるのをきいただけさ」
「!?」
その言葉に更に顔を真っ赤にするアイズ。その顔は恥ずかしがっており、彼女の人形めいた美貌に可憐さを加える。同性が見ても見惚れる程の美しさがそこにはあった。
「フィンの意地悪」
そう言ってアイズはぷいっとフィンから顔を逸らす。その様子を微笑ましく見る幹部一同にベルはも同じく微笑ましく笑い、そして………。
(やはり剣姫様は私の敵です!)
リリルカが鋭い視線を向けていた。その視線には自分と同じ想いを抱く恋敵として完全に認識したという意味が込められている。同性としても見惚れる美しさを持つ相手ではあるが、それでも負ける気はない。そんな気持ちが彼女の中に湧き、そしてさりげなくベルの腕にひっつく。
「ベル様、せっかくのご厚意ですからご相伴にあずかりましょう!」
そう言いながらリリルカは勝ち誇った顔をアイズに向け、アイズはそれを受けて少しだけムスッとしつつベルに近づくと空いている手を取った。
「ベル、案内する」
そう言って若干強めの力でベルの手を引き始めた。
「剣姫様、別に案内するほどの事ではないと思いますけど。大体中央辺りで皆様集まっていると思いますが」
「そんなことはないかな。色々とゴチャゴチャしているから、案内は必要。迷うといけないから」
そう言って視線が合わさるアイズとリリルカ。その視線がぶつかり合い火花を散らしているのは目に見えて分かりきっており、ヴェルフはその光景に軽く頭を抱える。
(やっぱり修羅場になってるじゃねか!)
頭が痛いはずなのに、何故だかこの光景に目が放せない。まるで喜劇を見ているような、愚か者を見て笑うかのような、そんな愉悦がヴェルフに走り無意識ではあったが口元が嗤っていた。
そんな恋する乙女のバトル勃発に対し、その対象であるベルはというと…………。
「あ、それじゃアイズさん、お願いします。でも僕、結構食べるからなぁ。この階層にモンスターがいるなら狩ってきますけど、いいですか?」
実に呑気にしていた。目の前で起っているバトルに対して気付くことなく、両者の熱意を気にすることなく普通にしていた。
この男に思春期無し、性欲無し、恋愛思想無し。戦闘においては薩摩兵子、そして常時は紳士。しかし、その紳士は老人のような成熟したもの。故に下心など一切無い。
だからまったく気付かないし感じない。彼にとって今の現状はロキ・ファミリアのご飯にご相伴にあずかれるのでありがたいのだが、かなり食べるのでその分は自分で何か確保した方が良いんじゃないだろうかと考えていることであった。
その言葉の真意をロキ・ファミリアが知ったのはその食事の時だろうが、今はその時ではない。
そしてベル一行はアイズに案内されてテントで囲まれている中の中央部へと向かう。その最中にベル達に向けられたのは奇異の視線だ。自分達の幹部にしてエースであるアイズと楽しそうに話す見知らぬ『余所者』がいる。それが誰なのか、そして冒険者として強いのか、そんな視線がベル達に向けられていた。
その視線を向けられていることに当然ベルは気付いているが気にしてはいなかった。今は紳士なのでそうなって当然だと思っていたし、薩摩な時なら文句があるなら掛かってこいと言いかねない。故に視線は向けつつも何もしてこないなら問題は無い。
そんなふうに考えていた所、突如としてベル達は声をかけられた。
「あ、首狩りくんだぁ!!」
「やけに皆が騒々しいと思ったらアイズの好きっもが」
「ティオネ、言っちゃ駄目」
以前あったアマゾネスの姉妹であるヒリュテ姉妹であった。姉妹の妹の方であるティオナ・ヒリュテはベルの姿を見て瞳を輝かせ興奮気味にベルに飛びつき、姉の方のティオネ・ヒリュテは周りの団員が騒々しい理由がベルにあると言うことに気付き、自分の今現在のベルへの認識をそのまま口にしようとしてアイズに口を手で塞がれた。その後に出る言葉を察することが出来たのはリリルカとヴェルフの二人だけだろう。ベルは当然気付かない。
「いやぁ、君があの猛者と戦ってる時、本当に全身痺れるくらい凄いと思ったよ!」
「あんな化け物と渡り合えるくらいだから当然だとは思うけど、やっぱり非常識としか言い様ないわね、アンタ」
ベルの戦う姿に感嘆し興奮気味に語るティオナ、そしてベルの強さを素直におかしいと突っ込むティオネ。
そんな姉妹と話しをして、そこでアイズが強くなった理由にベルが関与しているということを聞かれるのだが、ベルは苦笑しながらこう答えるのだった。
「僕は別に何か特別なことをしたわけじゃないんです。ただ………そう、ただ普通に戦っただけ。首を取るためにする殺し合いを教えただけですから」
ニッコリと笑ってそう答えるベル。だがその口元に、その気配にぞわりと薩摩な殺気が漏れ出し、それを感じ取った周りにいた者達は恐怖に怖じ気づいた。
ただし、恋する暴走小人族のリリルカはそれを感じ取っても『ベル様ったらもう~』と顔を赤らめており、アイズにいたっては『ベル……凄い』と頬を赤らめながらそう漏らす。そんな反応をする両者にヴェルフは呆れるしかなかった。
そして食事のご相伴にあずかったベルはそこでモンスターの料理を披露し、美味しいがロキ・ファミリアの面々にかなりのショックを与えることになった。中にはショックのあまり吐き出す者もおり、食事の最中にしてはあまりにも酷い事に。
勿論ベルに悪気があったわけではない。ただ身体に合わなかったのだろうと何気なく普通にその肉に齧り付くベルがそこにいた。
午後になりロキ・ファミリアの面々が特にベルの強さについて聞きたいという話が出て、そこでアイズがベルとの模擬戦がしたいとベルにお願いすることに。
そのことに最初は苦笑して断るベルであったがアイズが真剣な様子でお願いするので応じることに。
「アイズさん、何回も言っていますが………本気でやらないと………死にますよ」
そしてここで現れるのは薩摩兵子。その殺気、その壮絶な笑み、手柄への欲求に魂が震え上がる。その姿にアイズは表情を引き締めながら斬りかかった。
そして始まった『殺し合いに近い模擬戦』にロキ・ファミリアの面々は顔を引きつらせ、アイズはポーションを三回も使うほどの怪我を負い、ベルは浅く斬られた箇所こそあれど平然と立ちながらふふんと笑う。紳士らしさの欠片もない、薩摩兵子らしい笑みであった。
これによってロキ・ファミリアの面々はアイズが最近強くなった理由を知り、アイズはベルに尊敬の念を込めてなのか頬を赤らめながらベルを見つめる。そんな視線を感じ取ったリリルカがジト目でアイズを睨み付け、ヴェルフはまたも呆れながら見ていた。
そんな感じで時間が過ぎ、辺りはダンジョンの中だというのに夜の闇に包まれる。その中で火を燃やし明かりにして皆で集まり食事を取るロキ・ファミリアとベル達。フィンによって勇猛な冒険者だとベルは紹介され歓迎される。
そうして始まった夕食。パンにシチューにサラダという組み合わせの中に一つ奇妙な形の果物があり、何でもこれはこの階層で採れる果物らしい。
「ベル、これどうぞ」
アイズからそう言われて渡された果物をベルはお礼を言いながら一口囓る。その途端に口の中に広がる果汁、そして甘み。それは果物の甘みを通り越して最早菓子と同じかそれ以上の甘さであった。
「これはまた、凄く甘いですね」
その感想にリリルカは興味を示したのか、ベルに笑いかける。
「ベル様ベル様、リリにもそれ下さい!」
そう言って口を開けるリリルカ。あ~んと言って開けている辺り、食べさせて欲しいのは自明の理。ベルに甘える気が満々であった。
そしてここにいるのは紳士なベルだ。なら彼が取る行動も分かるだろう。
「いいよ、リリ。はい、あ~ん」
「ん~~~~~、確かに甘すぎですけど、ベル様に食べさせてもらえるなら極上の味ですぅ~」
ベルに食べさせてもらって破顔するリリルカ。その蕩けるような幸せな顔は可愛らしい。ベルからしたらただ食べさせてあげただけなのだが、リリルカからしたら間接キスでもあった。まさに極上の果物だったと言えよう。
そんな幸せそうなリリルカを見て、今度はアイズが動き出す。
「ベル、私も………あ~~ん」
アイズは少しだけムクれ、そして顔を赤らめながらベルに果物を渡すと食べさせてと口を開けて目を閉じる。彼女からしたら始めての行為だろう。ドキドキして顔が熱くなるのが自分の事ながら良くわかり、そしてそれが余計に顔を赤くさせて恥ずかしくなる。
そんなアイズにベルは微笑む。
「いいですよ、アイズさん。あ~ん」
そしてベルに食べさせてもらうアイズ。その時の顔はとても人形めいた美貌からはかけ離れており、恋する乙女の幸せそうな顔がそこにあった。それを見たリヴェリアが驚きのあまりスプーンを落としたのは言うまでも無い。
「確かにこれは…………いい」
恥ずかしいけど嬉しい、そんな感情を持て余しつつ受け取るアイズ。そんな彼女を見てリリルカはライバル意識を燃やし更にベルにアタックをかけるべくひっつく。
そんなリリルカにアイズは対抗意識を燃やしてなのか、ベルの手をきゅっと握った。お陰でベルは食事がとれない。そんな状態になりヴェルフは呆れながらこの修羅場を愉しむことにした。
そんなわけで賑やかな食事を楽しんでいたわけだが、何やら18階層の入り口付近が騒がしくなってきた。なのでそこに向かうベル達がそこで見たのは…………。
「もういい加減帰らせてくれよ、ヘルメス! もうベル君が無事なのは分かりきってるんだし。大人しく君は斬られればいいんだ、僕には関係ない!」
「い・や・だ! 俺だけこんな理不尽な目に遭うのは間違ってる。お前だけでも道連れにしないと割に合わないんだ」
自分達の主神と見知らぬ男神、そして周りにいる複数の冒険者達であった。
「あ、神様。何やってるんですか?」
ベルのそんな単純な疑問に対し、主神………ヘスティアはジト目でベルを見ながらこう答えた。
「君関連で酷い目に遭ってる最中だよ」
こうしてダンジョンの中でベルとヘスティアは再会した。
速く進ませて薩摩が書きたいですね(笑)
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第41話 ベルは謝罪される。
ベルの救出という題目で連れてこられたヘスティアは今現在、目的であるベルを見つけた訳であるが、その顔は本来あるべき歴史であったような泣きながらも再会を喜ぶ乙女の顔ではなかった。ベルに向けられたのは酷いジト目。それもこれも全部お前の所為だと言わんばかりの被害者精神全開のものである。
そんな視線を向けられたベルであるが、今は紳士な彼である。普通に心配すれども何故こんな目で睨まれているのか分らず首を傾げる。
そんな主神と眷属であるが、周りはそんな二人を置いてけぼりにするかのように事態を動かしていく。
「君がベル・クラネルかい?」
そう声をかけられて振り向いてみれば、そこには一人の男がいた。
誰が見ても分る美形であり、知的でありながらもその瞳にはどこか子供らしい無邪気さを宿していた。そしてどこか…………読めない曲者感を醸し出している。
そんな男はベルに向かって笑顔を向けると手を差し出してきた。
「俺の名はヘルメス。会いたかったよ、どうぞ、お見知りおきを」
とても親切な対応である。その顔の美しさも合わせれば女性なら誰もが顔を赤らめてその手を取るに違いない。
だが………………ベルはその手を取らなかった。
「えぇ、よろしくお願いします、神ヘルメス」
此方も紳士らしい笑みを浮かべるのだが、その目から滲み出すのは警戒心。いや、警戒するといよりも胡散臭いものを見るような目であった。勿論表情的には笑顔なのでわからないが、相手は神である。子供が嘘をついているのか分るような存在だ。特にヘルメスのような癖の強い者ならベルが何を思っているのかなどお見通しらしい。
「そんなに警戒しないでくれよ。俺が君に何かしたかい?」
苦笑を浮かべながらそう問いかけるヘルメスにベルは紳士な顔のまま中身が薩摩に変わっていく。
「今はしてない。でもいずれ何かを仕掛けてくる………そういう顔をしているよ、貴方は」
その言葉にヘルメスはやれやれといった様子を見せつつ内心冷や汗をかく。何故ならこのやりとり、彼にとって『二回目』だからだ。一回目は言うに及ばずである。言葉遣いや態度こそ若干違うがその本質はまったく同じ。その同じだということにヘルメスは戦々恐々とする。
それを見抜かれているのだろうか? ベルの目は既に薩摩のそれに変わっていた。彼の身に纏う雰囲気が変わり、それまで和やかだったものが急に息苦しいものにかわる。息苦しいなんてものではない。一息吸うだけでもかなりの体力を使わなければならない程に重くなる。まるで戦場に放り込まれたかのように錯覚させられる程の緊張感を感じさせられるのだ。
殺気に怪しく煌めく目がヘルメスを見る。
「貴方のその対応は不自然だ。まるで最初から『僕を知っていた』。だがそれを隠すかのように初見に見せる真似をした。勿論僕は貴方とは初めて会う。それはつまり僕のことを誰かに聞き、そして今回会いに来た………いや、その様子を見るに『見に来た』と言う方が正解だ」
「あ、あははははは………何をイッテイルノヤラ」
正直ヘルメスは笑うしかなかった。正直な話、今すぐ全力で逃げ出したくなった。
今までの神生でここまで怖いのは二度目である。一回目は彼の師匠と相対したとき、そして二回目は今回である。神の威厳などあったものではないが、それでもここまで平然と殺意を向けられるというのは今までに無い。オラリオのゴロツキ冒険者でさえ神には手を出さない。最低で犯罪なことも平然と行う最悪な愚か者である彼等でさえソレには戸惑うし踏み切らない。
だと言うのにだ……目の前にいる白髪の少年は勿論、この少年を本来あるべき『英雄』からねじ曲げた『師匠』はそれを躊躇しない。普通に斬り殺さんと当然のように考えるのである。嘘をついているのかどうかが分る神である。相手が平然とそう考えていることも分ってしまう。
(やっぱり会いたくなかったよ、チクショー!)
本当は会いたくなんてなかった。だが言われたのだ、様子を見に行ってこいと。上司に当たる神物からの頼みでもあるが、それ以上のあの『師匠』にそう言われた。彼からしたら何てこと無い言葉だったのだろう。寧ろ彼はいつものように豪快に笑いながら
『べるぅはようやるやつだ。なら問題なか』
と言っていたが、それでも見てこいというのは分りきっていた。心配なんて全くしていない。精々親戚や家族が元気にやってるのかを見てこいくらいに思っているのだろう。別にこれだけだったら問題なかった。だが最初の出会い方が不味かったのだ。結果だけ言えば斬られかけて死にかけた。ただ胡散臭いというだけでだ。気にくわなかったので神威を少しだけ向ければ跪くと思って向けた結果がこうである。その恐怖、同じ神なら分るだろう。アレは最早人間じゃない。薩摩兵子という名の別の種族だ。
そんな戦闘民族薩摩なアレの言葉をその通りに捕らえることなどヘルメスには出来なかったのである。裏を考えるのが当然の曲者であるヘルメスにとって真正面に平然と当たり前に殺すと言い切る薩摩とは相性が最悪なのであった。
故に自分自身に妙な強迫観念に追い込まれ、こうして彼はベルに会いに来たのである。『いずれ英雄になる男』に会いに来るという自身の用事も確かにあるので仕方ないが、それでもやっぱり…………怖かった。
そしてそんな内心叫んで震え上がるヘルメスにベルの猛攻は続く。
「貴方は今、怯えているな。その目は戦場で怯えた兵士の目だ。僕を怖がっている、恐れてる。僕に会いたくなどなかった。だが仕方なく会わざる得なかった。そう頼まれたから仕方なく」
ギラつく瞳で見据えられ、嘘が見抜ける神が逆の立場になる。嘘など許さない、吐いた途端に斬るぞと言わんばかりの殺気を噴き出し、口元から滲み出るニヤリとつり上がった笑みは魂を恐怖で振るわせる。
ヘルメスはもう泣き出したくなった。分りきっていたが、目の前にあるのは『偉大な神の孫』ではない。『手柄狂いの薩摩兵子』である。
故にむ耐えられずゲロした。
「あぁ、もうわかったよ、わかったからその殺気を向けるの止めてくれ。年甲斐もなくちびりそうになるくらい怖いんだよ!」
神の威厳もクソもあったものではないその様子に周りも者達は何事かと視線を向ける。そんな視線が集中する中、ヘルメスはもう勘弁してくれと語り出した。
「君の言う通り頼まれたんだよ。俺は旅をよくしているからね。その道中立ち寄った村で君の祖父と君の師匠に出会ったんだ。そこで君のことを知って様子を見てくれって」
その言葉を聞きベルは感動…………しない。
「嘘ではない。でも少しばかり違うな。特に師匠は貴方にそんなことは言わないはずだ。何せ貴方は『胡散臭い』」
その言葉にヘルメスは顔を青くしながら項垂れた。
「その通りだよ、まったくこの師弟は………君の師匠確かに君なら大丈夫だと言ってたが、見てきたら様子の一つでも教えてくれとは言ってたんだよ。もうわかるだろ、アレと同じ君なら」
「師匠なら見抜く。見てこなかったのに見たなんて嘘をつけばバレて斬られると」
ベルは師匠であるあの男の思考をそのまま口にする。別に暴虐でもなければ独裁者のように冷徹でもない。ただそうある男なのだ。そして嘘は見抜く。本人曰く、目を見れば分るらしい。そしてそれはベルも一緒だ。だからこそ、目の前にいる『ヘルメス』という神を見抜いたのだった。
「だから俺は…………嫌だったんだよぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
感極まって叫ぶヘルメス。そんなヘルメスにベルはあぁ、納得といった様子で殺気を静める。そんなベルに胃痛で腹に手を添えつつヘスティアはジト目で二人を見ながらこう言った。
「そんなわけで僕は君の主神として拉致同然に連れてこられたってわけさ。君と関わってから毎日こんな目に遭ってばかりだよ」
ジト目でヘスティアにそう告げられるベル。ベルに振り回されている苦労を知る者ならば誰もが頷くであろう。だが当人にはそのような苦労などない。
「神様、別に僕は神様に何もしていないし、今回の件はそこにいる曲者の所為ですよ。僕はまったく悪くないのにその言われ様はあんまりだと思います」
その台詞にヘスティアの中の大切なナニカがぶちりとちぎれた。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!」
声にならない叫びを放ち、その叫びがこの18階層に轟く供に…………。
「ぐふっ……………」
吐血して倒れたのであった。
「申し訳ありませんでした!」
あの後ヘスティアをどこかのテントに放り込んだベル達はヘスティアと共に来た『救出隊』の面々と共に移動することになり、そこでロキ・ファミリアの団長が寝るのに使ってくれて構わないと用意してくれたテントへと案内することに。
そして何やら話があると言うことで聞くことにしたところ、救出にきたタケミカヅチ・ファミリアの一人の女性が正座をしてその場で土下座をしたのであった。
当然そんなふうに謝られても思い当たる節のないベルは困ってしまう。
「急にそんな事を言われても困るんですけど」
彼女達タケミカヅチ・ファミリアはそのことに対し、心底後悔した様子で謝罪の理由をベル達に告げるのだが、彼女達曰く『怪物進呈』したことらしい。
本来冒険者としてあってはならない事をしたと謝る黒髪長髪の女性。それと同時に彼女の後ろに控える黒髪の少女もまた謝るのだが、唯一の男が恨んでくれて構わないが俺はこの判断を間違ったとは思わないと言う。正史であれば怪物進呈されたことで死にかけ、許せそうにないという雰囲気になるところだがここにいるのは薩摩兵子。
あの程度で怒るも何もないのであった。
「別にいいんじゃないかなぁ、こうして無事だし。あの程度じゃ大した手柄にはならないしね」
雑魚如きでは相手にもならないとベルは笑う。
「ベル様、でもあの時楽しそうでしたよ」
「それは勿論手柄が向こうから飛び込んできたんだよ。取らなきゃ勿体ないじゃないか」
リリルカにそう言われベルはそう返す。
「確かに冒険者として考えりゃぁアンタ等がこうして謝るのも分るんだが…………ウチの大将はこんな感じだしなぁ。寧ろベルからしたらおかわり一杯って感じだしな」
ヴェルフも常識とベルの考えで板挟みになりつつ悩む。
確かに常識的には怒っていい。仮にも此方は怪物進呈され殺されかけたという事実があるのだが、それを当人達があまり理解していない。あの時は結局ベルが嬉々として殺し回っていただけである。いつもの光景だ。最早普通過ぎてなんてことない日常でしかなかった。
だからベルは土下座をする女性に笑顔でこう言うのだった。
「寧ろ今度はもっと一杯連れてきて下さい。僕はもっともっと手柄が欲しいですから」
おかわりの要求に今度は彼女達が絶句したという。
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第42話 ベルは観光する
ベル達の救助という面目でやってきた面々であるが当の本人は危険のきの字もなくのんびりとしている様子であり、そんな姿を見せられてはいくら何でも意気込んでいたものが抜けても仕方ない。
さて、ベルが無事ならもうするべき事など無いということで速攻帰ろうというのはヘスティアにとって当たり前のことであった。ただでさえバイトを無断で欠勤したのだ。大目玉を食らうことが決まっているだけに更に怒られたくない身としては急いで帰りたいのであった。ベルの身の安全? それこそ『レベル7(オッタル)』クラスの相手でもない限り大丈夫だろう。寧ろ階層主すらベルにとっては大将首だ。それ以上もそれ以下もない。付き合うだけ精神を摩耗させる。彼の主神であることはもう仕方ないとしても、これ以上ストレスを受けたくないのだ。身近にいるだけにヘスティアは何かしら巻き込まれると確信している。特にダンジョンなんていう危険な場所なら尚更に。
だから帰ろうとしたのだが、そこで待ったをかけたのは何とロキ・ファミリアの団長であるフィンであった。
「せっかくここまで来て疲れているだろうし、ここは少し休まれてはどうか」
実に思いやりに溢れた言葉であり、その人徳の高さが窺える。タケミカヅチ・ファミリアの面々はその言葉を喜んで受け入れた…………が、ヘスティアとヘルメスの二人は実に嫌そうな顔をする。既に碌でもない目に遭っているのだ。これ以上遭いたくないという本音がダダ漏れな、そんな顔。
しかし、悲しいかな………神とて民主主義には叶わない。タケミカヅチの3人、そしてヘルメスの眷属であるアスフィ、そして今回の助っ人として参戦した覆面の女性の計5人からの賛成により帰ろうという意見は封殺された。
そんなわけで一同はベルとの合流を果たし一泊することに。主にタケミカヅチ・ファミリアの3人やアスフィ、そして今回ベルの窮地?に参戦した彼女は各々その身体を休めることにした。ベルはまだまだ殺る気満々のようだが………。
そして翌日、やっと帰れるなんて思った神二人は再び民主主義によってその意見を殺される。
「せっかくだしリヴィラの街を観光してってはどうだい? 冒険者としては一度は足を運んだ方がいい場所だよ」
再びお節介さん(フィン)の発言によって決まった観光。その際にフィンがアイズに向かって意味ありげなウィンクを飛ばした辺り、本当に彼は家族思いだろう。その所為でアイズがその意味を察して顔を赤らめて俯いてしまう。そんな顔に気付き暴走小人族のリリルカが警戒心を露わにして火花を散らし、ヴェルフはまたやってらーと呆れながら見ていた。そして我らが薩摩兵子は紳士らしく笑っていた。
そんなわけでやってきましたリヴィラの街。この街はダンジョンの中にある特殊な街で冒険者によって作られた街である。その為なのか領主というものが存在せず、各々自由に店を開いている。そして最大の特徴がともかく物価が高いということ。それこそ地上とは比べものにならないくらい高すぎであり、酷ければ二倍三倍当たり前であった。それでもそんな商売が上手く回っているのは需要があるからである。ダンジョン内でこういった場所は此所しかなく、ここから下の階層に物資を補充する場所はない。だからこそ、こうして高くても売れるのだ。金で命は買えないが、命を少しでも安全に導くためには金はいくらつぎ込んでも足りないというわけである。
そんな街を練り歩く一同。といっても観光らしいことはあまりせず、ただ店を冷やかすことしかしないのだが。
特に今回初めて来たベル達やタケミカヅチの3人はその物価の高さに驚きの声を上げる。
「研石だけでこんなに高いのかよ!」
「ただのポーションに5000ヴァリス!? ぼったくりも良いところです!」
「この刀と同じものが地上で一万ヴァリスで売られてたぞ………」
「さすがはあのリヴィラ。噂で聞いていましたがここまでとは………」
「た、高すぎる………」
この物価の高さには流石のロキ・ファミリアも参ったらしく、最低必要な物しか買わず、後は地上で量を多く仕入れて持ち運んでいるらしいとアイズから説明を受けたベル。だからロキ・ファミリアはこの街の近くでキャンプしているのだとも。
まぁ、そんなわけだから買い物を楽しめるわけではないのだが、それでも楽しそうな者もいる。
「ベル、あっちのお店を見に行こう」
ベルをリードするように手を引きながら笑いかけるアイズ。普段のアイズよりも笑顔が20%増しといった様子に彼女を見知っている者が見たら驚くであろう年相応の可愛らしい表情をしていた。
「ベル様、ベル様、リリはあっちのお店を見たいです」
アイズとは逆の腕を引きながら甘い声でそういうのはいつもの通りのリリルカである。そんな二人に引っ張られたベルは困った顔で笑うのだが、二人にとってはそれではすまない。
「私が先にベルを誘った。君のは別に後でもいいんじゃない?」
アイズはいつのも物静かなしゃべり方であるにしても何故だか迫力がある言葉でリリルカにそう言うと、リリルカは負けじと不敵な笑みを浮かべながら返す。
「効率的に考えても先にこっちの店の方が先に行った方が良いんです。剣姫様はもう少しベル様に遠慮した方がいいんじゃないですか? ベル様が困っています」
「そんなことない。それよりも君はいつもベルと一緒にいるのだから、今回は私に譲って」
そして更にいがみ合う二人。そんな修羅場にタケミカヅチの女子二人は注目し男とヴェルフはドン引きする。レベル6に喧嘩をふっかけるレベル1、ただし異性の取り合いというのは変な雰囲気を醸し出す。レベル差とて意味は無い戦いなだけにかなりの火花をちらつかせていた。
そんな二人を見て正気かと疑うのはヘルメス。ヘスティアは既にリリルカのことを知っているだけにまたかと思い放置。アスフィは若干羨ましそうに二人を見ていた。
そんなふうに街を歩いて行くベル一行。その最中リリルカはが反対側を歩く集団とぶつかってしまったようだ。
「あ、すみません」
「あぁてめぇ、どこ見てやがる!」
ぶつかられた側………如何にもな冒険者の男がリリルカに向かってそう凄む。その様子はただのチンピラのようにしか見えない。
「あぁ、てめぇ、どこかで見たような…………」
リリルカに見覚えがあったらしい男は軽く周りを見渡し、そこでベルを見て顔を青ざめさせた。
「てめぇ、あの酒場の時のガキ…………」
「はて、誰でしたっけ?」
向こうは知っているらしい。それも表情からベルによって酷い目に遭わされた事が窺えるのだが、ベルはまったく覚えていないようだ。
「ベル様ベル様、この人中層に挑む前に『豊穣の女主人』で少し揉めた冒険者です。覚えてないんですか?」
「んぅ~、手柄にならないような相手はあんまりね。まだ手柄になりそうなら覚えていたかもだけど」
雑魚だと言い切るその言葉。普通なら怒っても当然だが、ベルの力を間近で見せられているだけに男は顔を青ざめさせたまま仲間に向かって急いで行くように言うとこの場を逃げるように去って行った。
「何だったんだろうね?」
「さぁ?あ、それよりもベル様、次はあっちに行きましょう」
「ベル、この先にジャガ丸くんのお店があるの。よかったら一緒に………どう」
そして再び一行は騒がしくも街を観光していく。その中の一人が抜けていることも気付かずに…………。
「やぁ、君達。実は君達にとってとっても良い話があるんだけど………聞くかい?」
胡散臭い神はそうして先程の男達に声をかけた。それが自爆だと知らずに………。
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第43話 ベルは墓参りをする
リヴィラの街、その中でも特に人目に付かないような薄らとした一角にて、この神は周りの集団に声をかける。
『あの生意気な新人(首狩り)にお灸を据えないか?』
その言葉に最近話題の新人のことを快く思っていない先達達は大いに盛り上がりを見せる。何せ自分達が何年かけてやっと到達したレベルを僅か数ヶ月で追いついたというのだから。別に自分達が努力していないわけではない。あれだけやってそれでいて何年もかかってやっとなったというのに、その新人は僅か数ヶ月。理不尽としか言いようが無く、何かしらズルをしているとしか思えない。だがその不正を正したいのではない。正直に言えば気にくわないのだ。新人が調子づいているということが、自分達が侮られているということが。故にこの鬱憤を晴らしたい。レベル2というのはそう甘いもんじゃないのだと、その肉体と精神に叩き込みたいのだ。
故にこの理不尽な鬱憤を晴らせると盛り上がる者達。だがその中の一人………その新人に関わったことがある男は目の前の神に疑問を投げかける。
「アンタの申し出は嬉しいんだが、何でだ? アンタ、あの首狩りの仲間だろ?」
そう、この神はあの新人と行動を共にしているのだ。まず仲間であることが窺える。そんな仲間を貶めるような真似をする意図が分らないからこそ、猜疑心を抱く。
そんな男に神はニッコリと笑う。
「確かに俺は彼と行動を共にしているけど、別に仲間意識がそこまであるわけじゃないさ。寧ろ俺は彼の被害者だ。そういう点では君達と同じというわけさ。俺だって彼には少し痛い目を見てもらいたいんだよ」
そう語る神ではあるが、その胡散臭さが信用させない。それが本人も分っているからこそ、彼は信用の証としてそれを彼等の前に見せるように差し出した。
「そのためにこうして秘蔵のマジックアイテムを君に貸すんだよ。これはね………」
悪い笑みを浮かべながら神はそのアイテムの効果を語る。その効果は彼等からすれば信じられない程に凄まじく、まず新人では勝ち目がないだろうと思った。だからこそ、皆ノリ気であった。仮に自分達が同じ目に遭わされたらまず何も出来ずにボロボロにされるだろう。故に勝てると誰もが逸った。
そんな盛り上がりを見せる彼等に神は更に笑いながら話しかける。
「それに今、彼の元には彼の弱点が側にいるんだ。それを使わない手はないだろう」
自分の友神を売る彼は最低だろう。だが彼はそんなこと気に止めなかった。それまで酷い目に遭ってきたのだ。主神である彼女も道連れである。
ただ不安なのはひとつだけ。
(これでもし、彼が無傷だったらどうしよう…………寧ろ今度こそ俺の首が………!?)
あの化け物の弟子である。非常識の塊のような男だ。レベル2に何かしら与えたとしてそれで勝てるかどうか…………。
そう考えるとゾクリと背筋が凍るような感じがして震える神。だがもう賽は投げてしまったのだ。今更止まれない。それが例え自分の大切な子供の元からくすねたアイテムを貸してしまったことがバレてしまって怒られたとしてもだ。
だが…………彼は知らない。かの新人はあのレベル7と真正面から殺し合うことが出来る本物の化け物だということを。
リヴィラの街の観光を楽しんだベル達一行は現在拠点であるロキ・ファミリアのテントへと帰ってきた。
そこで女性陣は水浴びに行くと言って近くの泉へと出かけていく。その話を聞いたのか、ロキ・ファミリアの団員達などはいつの間にか帰ってきていたヘルメスに唆され、皆水浴びを覗きに行こうと盛り上がる。その様子を見ていたまともな面々は呆れ返り失敗することを察する。
さて、本来の歴史ならそこでヘルメスに唆されて覗きに同行するベルだがここにいるのは薩摩兵子。酷い話が性に興味などない真性の手柄馬鹿である。そんな話に乗るわけがなく、彼はその話が出た時点で散歩に出かけていた。
ゆっくりと森の中を歩いて行く。太陽はないが、それでも暖かな日差しがさす木漏れ日の中はゆっくりとした雰囲気を醸し出す。
「ふぁ~~~~~~~~~……何だか眠くなってきたね」
彼にしたらあまりらしくないと思われがちなのだが、実はそうでもない。ベルの師匠である豊久も平時はどちらかと言えばのんびりしておりよく昼寝などをしているのだ。いつも猛っているわけではない、紳士的なこともあってのんびりとしがちであった。そんな眠気に誘われながらの散歩。どこか気持ちよさそうなところはないかと探索しながら歩いて行く。
そこで丁度良さそうな日差しを浴びている木を見つけた。直ぐ側に湖もありその上を通っていいく風が涼風となって頬を撫でていく。
「丁度よさそうかな」
その木陰へと歩いて行くベル。その途中湖の方に白い何かが目に入った。
それは真っ白い肌をした綺麗な女体。後ろ姿だけであるが、それでもその肉体は美しくどこか儚げな雰囲気を醸し出す。扇情的というよりも先に綺麗だという言葉が思い浮かぶ、そんな美しさがそこにあった。
その光景に年頃の男なら魅入ってしまうものなのだが、ベルはそんなことなく普通に声をかけた。
「あれ? リューさん?」
急に声をかけられた彼女………リューは身体をビクリと震わせて急いでベルの方を向くと、そこで更に驚いた。
「く、クラネルさん………!?」
驚く様子を見せた後に少しして彼女は急いでその肢体を隠すように手を回し、真っ赤になった顔で慌ててベルに言う。
「み、見ないで下さい!!」
「あぁ、これは失礼。ごめんなさい」
ベルはあぁ、と今気付いた様で謝ると取り敢えず視線を逸らし彼女を視界から外す。
ベルの視線を感じなくなっても恥ずかしい彼女は身体に回した手解かずにベルに変わらず真っ赤な顔で叫ぶ。
「そういうときは目を瞑って下さい! 絶対に見ないで下さいね!」
普段の彼女からは考えられない程の動揺する姿は新鮮だが、恥じらう女性をそのままにするというわけにもいかない。なのでベルは言われたとおりに目を瞑り、リューは急いで岸に上がると服に着替える。
そして改めてベルと向き合い目を開ける様に言うと彼女はジトっとした目で睨み付けてきた。
「クラネルさん、弁明はありますか」
如何にも怒っていますという顔をするリュー。別に表情はそこまで変わらないのだが、視線からその怒りが伝わってくる。
まぁ、だからといってこのベルが怯えるわけがなく、彼は普通にここに来た経緯を伝える。それを聞いたリューはそれならば仕方ないと許してくれたようだ。
そうして落ち着いてきたリューはベルに話しかける。
「クラネルさん、少し付き合ってくれませんか」
その言葉に従いベルはリューの後を付いていく。その際に一切の会話がなかったのは彼女のどこか覚悟を決めたような表情の為である。紳士の時なら気遣いが出来る男、ベル・クラネルである。
そして歩くこと数分、それは生い茂る木々の合間にひっそりとあった。こんもりと盛られた土の山に幾本の剣が突き刺さっている。
「リューさん、ここは?」
ベルの問いかけに彼女は過去の後悔を思い出しながら答えた。
「私の仲間達の墓です」
そして語られるリューの過去。それは正義を志したファミリアの悲劇とその悲劇によって復讐に駆られたエルフの惨劇。正義を胸に秘めた彼女の悪行に彼女は今でも苦しんでいる様子を見せる。矛盾していながらも仕方ない感情に駆られ、摩耗し復讐を果たし、燃え尽きるところを今の親友に助けられてこうしていると。
そして彼女はベルに自嘲的な笑みを浮かべ浮かべながら話す。
「つまり私は横暴で恥知らずのエルフだということです。クラネルさんの信用を裏切ってしまう程の」
その言葉を聞いたベルはというと…………。
「え、なんでですか?」
さっきまで暗い話をしていたとは思えない程の呆気にとられた顔をしていた。
「いや、聞いてなかったのですか! 私は正義を志しておりながら復讐を!」
その言葉をリューが吐き出すと、そこで彼女は気付いた。ベルの目に温厚な物がなくなりギラつく殺意が宿っていることに。紳士から薩摩へと変わる瞬間を。
それと供にベルは堂々と口にする。
「それのどこが恥じ入ることですか」
当たり前だと言うベルに当然リューは否定しようとするのだが、ベルははっきりとした口調で告げる。
「貴女は仲間の為に仇を取った。そしてそれは貴女が討たなければならないのだから当たり前です。仲間が復讐を望んでない? それこそ偽善でしょう。殺されたのなら応報せよというのは当然だ。だからリューさん、貴女は正しい」
その言葉にリューは言葉を詰まらせる。そしてその言葉を理解しても自分がどうかは分らなかった。ただリューはベルに静かに告げる。
「クラネルさん、貴方は強い。いや、強すぎる。その強さに尊敬しますが怖くもあります。でもその心は尊敬に値するお人です」
そう告げるリューは少しだけ笑っていた。
尚、結局覗きは見つかり荷担した者達は皆捕まり女性陣から私刑(リンチ)に会うことに。その中でリリルカは悔し泣きしながら叫ぶ。
「どうしてリリを覗きに来なかったのですか、ベル様! リリはいつでも見られて良い様にしてるのに~~~~~~~~~!」
恋する暴走小人族はそう叫び、ヘスティアはそれを見てドン引きし、そしてアイズは顔を赤らめながら考える。
(ベルがいなかったのは良かったけど………少しだけ残念な気がする………)
こうして覗き騒動は終わりを迎えた。
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第44話 ベルは殴り込む
更に一夜が明けた翌日。すでに観光も終えたベル達一行はもう帰ろうということで帰り支度を始めていた。本来の歴史ならパーティーのメンバーの負傷を癒やすために多少の期間を必要としたが、この世界の彼等は怪我など一切していない。ちょっと近場の観光地に遊びに行こう、そんな気分でここまで来たのである。故に帰り支度をする動きに揺らぎはない。そこでベルはアイズに世話になったお礼を言いに行くということでアイズ達がいるテントへと向かった。他のメンバーもロキ・ファミリアのメンバーで友好な関係を築けた人達に挨拶すべく出払っていた。故に残っているのはベルの主神たるヘスティアだけである。
彼女は一人帰り支度をしつつ内心頭を抱えていた。
(あぁ、本当にどうしよう! 今日を合わせれば無断欠勤3日目。いくら人が良い店長君でも今回ばかりはガチギレするかもしれない。怒られたくないけど怒られても仕方ないことをした以上、最悪クビも覚悟しなければ…………はぁ、新しいバイト、みつけないとなぁ)
今回の騒動、彼女は明らかに被害者であり落ち度は一切無い。だがそれでも結果として彼女はバイトを三日サボったことになる。事情を説明できたのならば怒られる度合いも変わっただろう。だが彼女は説明することすら許されず、強引に拉致同然で連れてこられたのであった。故に彼女は怒られる。理不尽だと思いはすれど、どうしようもない。今彼女の思考は如何に真剣に謝罪をするのかと、そしてクビになった場合の新子バイト探しに集中している。正直お先は真っ暗であった。
だから考え込んでしまい周りなど目に入らなかった。それがいけなかったのか…………いや、もしそれに気付けたとしても彼女にそれから逃れる術はなかった。
「ッ!?!?」
突如として動かなくなる身体。そして口元を塞がれて叫ぶことを封じられる。自分に一体何が起ったのか分らず彼女は困惑し暴れようとするのだが、がっちりと動きを抑えられているのだろう。腕の一本も動かなず、身体は持ち上げられて浮かび上がる。
そして彼女は事態を察した。口さえ塞がれなければすでに一回やられているのだから。
(あぁ、またかい、チクショー!!)
そして彼女は運ばれていきながら思うのだ。
(あぁ、また厄介事だよ。本当、なんでかなぁ…………)
こうして彼女はこの場からいなくなった。ただ彼女を攫った者達は気付かなかった。彼女が残した痕跡を。焦っていた為に気付かなかったであろう抑えた口元からこぼれ落ちていく赤き雫を………彼女の苦悩の明かしたるストレス性胃潰瘍、その吐血を。
「ベル様ベル様!」
いつも元気な恋する暴走小人族のリリルカが魔法を使用したわけでもないのに犬人のような尻尾をブンブンと振り回す幻想が見えそうな様子でベルに駆け寄ってきた。
そんな彼女にベルはいつもとかわらない紳士的な様子で微笑んだ。
「どうしたの、リリ? 帰り支度は終わったかな」
「ベルさまぁ~~~」
ベルに微笑まれるだけでリリルカは目はもうハートマークになってしまっている。だからといってちゃんと本題を忘れないのが出来る女、リリルカである。
「ベル様、テントにこんなものが」
そしてリリルカがベルに渡してきたのは紐で括られた紙。その紐を解いて紙を広げるとそこにはこう書かれていた。
『首狩り、女神は預かった。無事に返して欲しかったら一人で中央樹の真東、一本水晶まで来い』
その言葉に本来ならば取り乱すのが普通なのだが、ベルはこれを見終えると溜息を一回吐いた。
「あの神様はもう」
その様子から呆れている様子が窺えるのだが、これをヘスティアが見ていたらそれこそお前が言うなとガチギレで掴みかかり吐血していただろう。
その様子にリリルカもいつもと変わらない笑顔でベルに話しかけた。
「ベル様、どうしますか」
呆れつつも答えが決まっているだけにベルは仕方ないと思いながら答える。
「勿論助けるよ。だって僕の主神だしね」
そう答えると少し考える。今回の犯人、思い当たる節はないが仮にしそうな者達で該当するのはリヴィラであったあの冒険者達くらいなものだ。彼等の事など殆ど覚えていないがリリルカ曰く、ベルに恨みを抱いているらしい。なら動機としては十分だ。文章から見てベルに悪意を向けていることが十分に伝わってくる。そして人質としてヘスティアを攫っていった。
薩摩兵子たるベルではあるが、流石に主神を見捨てるほど非道ではない。助けるのは当然であった。例えソレが間抜けに捕まった神だとしてもである。
さて、早速決まったヘスティア救出。先方の意思で考えればベル一人だけでこなければならない。
ここで純粋な少年ならば正義感に駆られ相手の要望通り一人で向かうだろう。だがここにいるのは薩摩兵子。戦に卑怯もへったくれもない手柄馬鹿である。相手の思惑通りにするわけがないのであった。
「ねぇ、リリ」
リリルカにそう話しかけるベルは笑顔であった。だがその瞳には怪しげな光が宿り静かに、しかし確実に殺意を醸し出していた。
「どうしたんですか、ベル様!」
普通の人には分らない、しかしベルに恋する彼女ならばベルが何かを思いついていることがわかっているので、その答えを楽しみにして瞳を輝かせている。
「あのね、リリ。ごにょごにょ…………」
リリルカに聞こえるように屈んで耳元で小さく囁くベル。まるでキスをするかのように顔を近づけてきたベルにリリルカは顔を真っ赤にしてベルの言葉に聞き雰囲気に酔いしれていた。
「お願いできるかな、リリ」
「任せて下さい、ベル様。ベル様のお願いならばどんなことでもリリは聞き入れますから!(出来ればエッチなお願いもお願いします、ベル様)」
そして救出作戦は開始される。
あの冒険者達が指定した場所である一本水晶までの道のりは一本道。その道を駆けていくのは彼等の目論見通り真っ白い髪に紅い目をした少年………『首狩り』ベル・クラネル。その姿を隠れて見ているのは例の冒険者達についた者達である。それを見て彼等は今回の主犯である冒険者………モルドに報告をいれていく。
それを聞いたモルドはいやらしい笑みを浮かべながら胸を高鳴らせる。とっておきのアイテムを使って一方的に嬲れるということが愉しみで仕方ない様子であった。
その愉しさが漏れ出したのか、自分達の手元の木に縛り付けたヘスティアに意気揚々に話しかけた。
「いやぁ、本当に女神様には悪いとは思ってるんだぜ。でもそれもこれも全部お宅の所のあの餓鬼が悪いんだ。人の苦労も知らずに調子こいてるからなぁ」
そう言われてもヘスティアは静かにしていた。意気消沈しているわけでも怒りに顔を真っ赤にしているわけでもない。寧ろどこか疲れ切った諦観を感じさせていた。
「なぁ、君。正直ベル君をおびき寄せるだけなら僕はもういいんじゃないか。早く帰してくれないかな。僕は只でさえ三日もバイトをサボっているんだ。そろそろ店長君にマジで謝らないとクビ確定になってしまうんだ。帰してくれ」
この後に及んでそんなことを言うヘスティアに変な雰囲気を感じてドン引きするモルド達。自分の身の危険よりもそんな事を心配しているのはどうなのかと。
「いや、そういうわけにはいかねぇんでさ。アンタには首狩りが来た際に抵抗できないように人質としていてもらう必要があるからな」
それを聞いたヘスティアは深い溜息を吐いた。明らかに呆れ返っているとしか言いようが無い。
「悪いことは言わないから止めた方が良いよ。何せベル君は僕がどうなろうが気にせずに君達を殺しに掛かるだろうから。彼の頭のネジの外れ具合は聞いてるだろ? その通りさ、彼は狂ってるからね。僕なんかで止められるほど『可愛く』ない。悪いことは言わないから関わるのはやめときなよ。平和に安穏に健やかに過ごすコツは異常や危険に関わらないことだよ。でないと………グフ……僕のようになるよ」
口の端から血を垂れ流すヘスティアに更に後ずさるモルド達。正直ヘスティアがさっきから流す苦労人オーラに寧ろ同情しそうになるほどだった。自分達はロクデナシではあるが、こんなに酷い苦労人は見たことがない。一体どうすれはこのようなふうになるのだろうかと少しばかり恐怖した。
そんな恐怖を感じていたのが悪かったのだろうか? それとも首狩りを嬲れると嘗めていたのが悪かったのだろうか?
いや、答えは全てだろう。何せ…………。
「烏合の衆は集まっても役に立たないとはまさにこのことだね。もう少し警戒した方が良いんじゃないかな」
その言葉と共にモルドの顔面に鋭く硬い拳が突き刺さった。
そのまま吹っ飛ばされたモルドは固まっていた連中の中に突っ込み、更に冒険者達をなぎ払いながらも止まらず生えていた木に激突して木をへし折ってやっと止まった。顔面からは粘性の高い血をダクダクと流して白目を剥くモルド。それに巻き込まれた連中も結構な負傷をしていた。
それに驚いた者達が見たのは彼等が待ち構えていたベルであった。ただしその姿に周りは別の意味で驚愕する。
「何故ここに首狩りが!? まだ此方に向かってきているはずなのに!」
「あの道は一本道だろ。なんで反対側から来たんだよ。反対側は崖のはずなのに!?」
そう驚く周りにベルは呆れながら答えた。
「寧ろ何で僕がお前達の思惑通りに動くと思ってるんだ? そっちが仕掛けてきたんだからちゃんと警戒しておかないからこうなるんだ。戦場に油断や傲りは不要。そして神様を人質にしているとしても効果を発揮しなければ意味は無い、この阿呆め」
そしてベルはヘスティアを木から救い出すと呆れた顔をする。
「こんなので捕まらないで下さいよ、神様」
「君ねぇ、そもそも君が原因だってことを自覚しなよ」
そしてヘスティアは疲れ切った声を出しながら問いかける。
「で、彼等曰く君はまだ此方に向かってるという話だったけど?」
その答えをベルは口にする。まぁ、単純な答えであった。
「リリにお願いして僕の格好してもらったんだ」
「なるほどね」
その言葉で理解したヘスティアはウンウンと頷く。そして周りを見て怯える彼等を見てベルにこう提案する。
「彼等ももう怯えているみたいだし、もう放置でいいんじゃないかな」
戦意は感じさせないのだし、寧ろもう無理だろう。
だがしかし…………ベル・クラネルは止まらないし止められない。
「いや、このまま嘗められては駄目だ。だからこそ、ここで潰します」
戦上手な薩摩兵子は容赦しない。その言葉にヘスティアは彼等に合掌した。
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第45話 ベルは茶番に付き合う
ヘスティアを攫うということ自体に関しては怒ってはいないベルではあるが、それでも一応は女の子なヘスティアである。女子供に手を出すは外道を旨とする薩摩兵子としては許してはならないことである。そしてこういった輩を甘やかすとロクなことにならないということは人類共通の認識である。故にベル・クラネルは『常識』にのっとりその場にいた不埒者に襲いかかった。
当然ながらこんな奴等が手柄になるはずなど無い。故に首は取りに行かず、そして一応はヘスティアの手前もあって命を取ることもない。そんな価値もない。だからこそ、ベルの拳が不埒者達の顔面を捕らえ打ちのめしていく。
この文章だけ見れば格好いい英雄(ヒーロー)に見えるだろう。この話だけ聞けば女の子なら憧れを持って頬を赤く染めただろう。
だがそれはその場を実際に見ていない者達の妄想に過ぎない。実際はそんな英雄的(ヒロイック)ではないのだ。
ヘスティアはその光景を見て顔から血の気が引くのを嫌でも感じさせられた。真っ青になっている己の顔を鏡を見なくてもわかってしまう。目の前で繰り広げられるのは英雄の活劇ではない。あるのは只の薩摩兵子の惨劇である。
ベルの拳が振るわれる度に肉が潰れる音が聞こえ、蹴りが飛ぶ度に骨が砕け折れる音が響く。そして地面に飛び散るのは相手からの返り血であり辺りは斑模様に汚くなっていく。そんな光景を見させられ、しかも自分達が当事者である。相手側の恐怖はそれはもう酷いものであった。狂乱し混乱し我先にと逃げ出す者もいた。最初こそベル一人にやられるものかと集団でかかったものだがあの暴力を前になすすべもなく潰されていく。怖くてもう仕方ないのもしょうがない。逃げ出すのだって選択としては間違ってはいない。
だがこの男が逃がすはずがなく、逃げだそうとした瞬間には追いつきその足を上から踏み抜いてへし折り、逃げられなくなったところで顔面に拳を叩き込まれた。
そしてあっという間にその場にいた者達は皆血だまりの地面に沈む。辺りから聞こえるうめき声はそれはもう悍ましく痛ましいものであり、死屍累々の体を成していた。
以上、そんな光景を目の前で見せつけられたヘスティアであった。眷属ながらストレスの原因であるベルの暴れっぷりを見せつけられて彼女のSAN値は急降下して既にマイナスにふれきっていた。正直言って酷いの一言に尽きる。
「流石にやり過ぎなんじゃ………」
直ぐ側にいた鼻を叩き潰され呻く人にビビりながらそう言うヘスティア。だがベルは呆れた顔をしていた。彼からしたら下衆な真似をして命があるだけで檄甘らしい。そんなベルを見ると尚更ヘスティアは彼等が可哀想になった。
一応とは言え自分という人質を取り、仲間達と綿密に話し合って待ち伏せをして構え、そして秘策があったらしい。それらを披露することもなく、ここまで無残に打ちのめされるのは可哀想で仕方ない。方向性は間違っていても頑張っていた彼等にこの仕打ちはあんまりではないだろうか。
心境的には寧ろ被害者側のヘスティアはそう思って仕方ない。女神らしい慈愛が変な方向に向かった結果、とんでもない事を彼女は言い始めた。
「なぁ、ベル君。これでは彼等があんまりにも可哀想だよ。だから彼等にもう少しだけチャンスをあげてくれないか。せめて君に一矢報いる程度には」
その言葉にベルはこいつ何言っているんだ?という顔になったのは言うまでも無い。人質にされたのに何でそんな言葉が出るんだと彼からしたらそう思う。まぁ、普通はそう思うだろう。だがベルに襲撃をかけるために色々と準備していた彼等を見ていたヘスティアはそれでもこの結果はあんまりだと思うのだ。
「確かにベル君の言うことはわかるしそれが普通だと思う。でも彼等も彼等なりに一生懸命だったんだ。その頑張りが少しでも報われたって良いと思う。じゃないとあんまりにも………可哀想だよ」
しゅんとして俯いてそう言うヘスティアの姿はまさにヒロインであった。ただしその周りが血塗れでうめき声が辺りから聞こえてこなければマシであったのだが。
そしてヘスティアはここで最強の札を切る。
「ベル君……主神命令だ。お願いだよ」
別に強制力があるわけではない。だがヘスティアの顔を見て珍しく………本当に珍しくベルは折れた。
「はぁ…………しょうがないなぁ、神様は」
こうして彼等は再びリベンジの機会を得たわけである。ヘスティアの慈悲と言えば聞こえは良いかもしれない。だがそれは正常な目で見るのなら、ただ余計に彼等を地獄に突き落とす悪鬼の所行にしか見えないだろう。
そんなわけで再びリベンジが決まったところで合流したリリルカと一緒に彼等を動ける程度まで手当をし、ヘスティアの意向を伝えてベル対今回の騒動の首魁たるモルド・ラトローの一騎打ちとなった。武器無しの素手によるもので勝敗はどちらかが気絶するか白旗をあげるかで決まる。
そんなふうにきまった一騎打ち。周りの観客はすでに意気消沈している。本来なら盛り上がるものだが既にベルの猛威を振るわれた後である。リンチしようとしたら逆にリンチされた。これから行われるのはただの公開処刑にしかみえない。それはこれから戦うモルドもわかっていた。だが彼はこれでも一端の冒険者である。それなりのプライドがあるしこの連中の首魁でもある。退くに退けなかった。
「あぁ、クソ! もうここまできたからには退けねぇ。女神様のお膳立てもある。せめてその面に一撃でもぶち込んでやる!」
やけくそ気味にそう叫ぶ彼はもうなりふり構ってはいられないようだ。
そんな彼等をベルは冷めた目で見る。意地を張るのは結構なのだがそれでもこうして茶番に付き合うのは馬鹿馬鹿しく思うらしい。早く終わらせたいと心底思っている。
リリルカはまぁ、ベルの活躍が見られればそれで良いのだろう。ベルしか見ていなかった。
そして両者は対峙する。破れかぶれなモルドとやる気のないベル。薩摩兵子は手柄にならないことに興味は無い。
そうしてヘスティアが見守る中、決闘開始の言葉がかけられ………。
「それでははじっ!?」
審判役がそう言いかけた瞬間にベルが一瞬で間合いを詰めて拳を振りかぶっていた。その時モルドはと言えば、何かけったいな兜を被ろうとしている最中であり、ぶっちゃけ隙だらけである。一瞬の間であるが勝敗など言うまでも無いだろう。モルドの顔面にめり込む拳。そしてそのままモルドは吹き飛ばされ彼の後ろの観客を巻き込みんでぶっ倒れた。
白目を剥いて気絶するモルドに誰もが勝敗が付いたと思った。ベルだってそうだ。これ以上茶番に付き合う必要は無いと思っていた。
だというのにだ………誰が見たって分りきっているというのに、ここで異を唱える者がいた。
「ベル君、やりなおし」
異を唱えたのはヘスティであった。何故不服なのかとベルは顔を向ける。
「神様、何でですか?」
面倒臭そうにそう問いかけるベルにヘスティアは平然と答えた。
「さっきベル君は開始前に仕掛けたし、それに彼は何かとっておきがあったみたいだし、それを使わずに終わらせるのは可哀想だよ。ちゃんと開始の合図は守らないとね」
慈愛に満ちた表情でそう語るヘスティアに周り一同は寧ろ止めてあげてくれと思った。確かに自分達は新人が調子に乗っていることが気にくわなくてモルドと連んでベル・クラネルを陥れようとした。だがここまで実力の違いを見せつけられ、既にやる気など木っ端微塵に砕かれた身だというのにそれでもまだやるのかと思った。正直もう放っておいて欲しかった。確かに女神の心遣いは嬉しいが、それでもその方向性は寧ろ酷い方向である。勘弁してくれともあげてとも思った。すでに戦うモルドは白目で痙攣しながら気を失っているのである。寧ろ良くあれだけ吹き飛ばされて死んでいないのか不思議なくらいであった。
そして無慈悲にもこの場にいるのは冒険者たちである。念のために回復薬(ポーション)を持ち歩いているのは常識であり、それ故に地獄が続くのは当然であった。ヘスティアの慈悲とベルの早くしないと殺るぞという雰囲気に押されて彼等は仕方なく可哀想に思いながらもモルドを治療し復活させた。
既に瞳に怯えの色が見えているモルドだが、とっておきを使ってから開始するということを確約することによって多少持ち直した。
「それじゃ君はそのアイテム使って。ベル君、いいって言うまで絶対に仕掛けちゃ駄目だからね」
ベルはそれに仕方なく従う。既に戦意などなくなりつつあり紳士なベルに戻りかけていた。
そしてモルドは改めて怪しい兜を被ると、途端にその姿が消えた。まるで最初からいなかったかのようにその場から姿が消えたのだ。
これが彼が今回ベルにボコボコにされる前なら粋がっていた理由である。『とある神』に借りたこのアイテムの名は『ハデス・ヘッド』。装着者の姿を透明にして見えなくすることが出来る魔道具である。かなりのレアものであり彼如きでは本来手に入れることなど出来ない代物である。こうなれば如何に相手が凄い力の持ち主だろうと関係ない。何せ見えないのだから。
だからこそ、今度は此方の番だと調子付くモルド。その姿を見て周りの者達も若干の希望を見せられた。これで少しは一矢報いることが出来ると。
そんな期待が満ちていくなか開始の合図がされる。
「やっちまえ、モルドォオオオオオオ!」
「意地を見せてくれ、俺達の意地を!」
「お前こそまさに俺等の英雄だぜ!」
そう騒ぎ始める周り。先程までヘスティアを人質にして悪役よろしくに悪巧みしていたとは思えない程に彼等は今、清々しかった。
だが忘れてはならないし彼等は知らない。目の前にいる手柄馬鹿は攻撃力だけが取り柄なのではないということを。
姿が見えない中、ベルは取り敢えず周りを見渡す。当然モルドの姿はない。だからといって彼は警戒している様子はなくいたって普通の様子である。
そんなベルに向かってモルドはニヤリと笑って拳を振り上げた。自分の全力を持ってベルの顔面に殴りかかる。普通に考えたら相手の顔面が陥没して血の海になることが確定するような、そんな威力を込めた拳であった。
だが…………。
「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!?!?」
姿を消していることでバレるのを警戒してだが声にならない叫びが出かけた。何故ならベルを殴ったはずなのに彼はまったくのノーダメージで、寧ろ殴ったこちら側はまるで不壊属性の盾を殴ったかのような激痛を感じたのだから。
皆は知らないがこのベル・クラネルはあのオラリオ最強のレベル7と平気で殺し合うことが出来る化け物である。この程度の攻撃ではびくともしないのだ。
(くそぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!、お前は何なんだ!! 何なんだよぉおおおおおおおおおおおおおおお!!)
そんな心の叫びと供にモルドはベルに向かって一心不乱にベルに攻撃を繰り出す。拳を振るい蹴りを繰り出し彼方此方に移動してはベルを攻撃する。だがベルはまったくダメージを負わす、そしてついに飽きたのだろう。モルドの拳がベルの顔面を捕らえる直前にその腕を掴んだ。
「捕まえた」
見えないし匂いもないし気配もない。確かにこの魔道具は凄いのだろう。だがベルはそれをたった一つのもので打ち破った。
「な、何で分ったんだ!」
捕まれたことで動揺してしまい声を出すモルドにベルはあっけからんと答えた。
「勘」
そう、ただ何となくというだけでベルはモルドを捕らえたのだ。これがまだ完璧に薩摩兵子だったのなら相手に一撃も出させることなく捕まえただろう。そうならなかったのはやる気が無かったからとしか言いようが無い。
そしてモルドはベルから死刑執行を言い渡される。
「いくら姿が見えなくなろうが関係ない。捕まえてしまえば一緒だ」
そしてそのまま掴んだ腕に思いっきり力を込めて地面に叩き付けた。
「ぐあぁっ!!」
そして叩き付けたところで蹴り出し彼を空中に持ち上げる。そして今度は反対側に叩き付け再び持ち上げる。そんなふうにハンマーよろしくに振り回し、その後は手を離さないようにしながら何発かモルドを殴る。そしてトドメにモルドの首を掴むとベルは告げた。
「こんなものに頼らず手柄を狙え。首の取り合いなら大歓迎だ」
そしてベルの頭突きがモルドの頭部……兜に炸裂し粉々に粉砕した。その途端に姿を現すモルド。頭部から血を流して白目を剥く様子は死んでいるようにも見える。
そんなモルドを見てやっぱりと肩を落とした周りの連中。ヘスティアはまぁ、これ以上は無理だろうと思ったしモルドも精一杯やったと判断して終わりにした。
こうしてモルドの野望も無事?終わりを迎えた訳だが、そうは問屋が卸さないのがこの男である。
ベルは直ぐに帰るのかと思われたが、彼はその場から動かずに辺りを見回すとそこから遙か遠く………木の上で此方を魔道具を使って此方を覗き込む『神』を見つけ其方を睨む。それは薩摩兵子の目で殺気の籠もった目であった。
「今回の騒動はあなたの仕業か、神ヘルメス」
口の動きでベルが何を言っているのか分ってしまったヘルメスは顔から血の気が引くのを感じて焦り始める。まさか此方が覗き込んでいるとバレると思わなかったのだ。しかもベルの殺気はこちらにも伝わっており此方の目論見も既に看破されていることが窺える。薩摩兵子は独特の勘で全てを察してしまう。今回モルド達を煽ったのも、彼に透明化する魔道具を与えたのも全部ヘルメスだと言うことをベルはただヘルメスという何かを企んでいる存在がいるということで看破してみせる。
そしてベルは更に殺気を強める。神を殺すということに躊躇しない殺気の在り方であった。
「仮にも主神が被害に遭ったんだ。首は要りませんよ………命だけで結構です」
そのあまりの濃い殺気と眼差、そして絶対に逃げられないであろう本能が察することにヘルメスの恐怖は限界突破し、そして………。
「あ………漏れちゃった………」
彼の股間は濡れた様子はなく人としての尊厳は守られたようだ。では何が漏れたのか? それはこの『ダンジョン』でもっともバレてはならないもの。神々がダンジョンに出入り禁止な理由である『神の力』であった。恐怖のあまりそれを漏らしてしまったヘルメス。そしてすぐにそれは起った。
鳴動するダンジョン、そして遠くには天井から何か黒いものが落ちてきた。その大きさはこの階層の天井に届くかも知れないほどに大きく、それは産声という名の咆吼を上げた。
そう………この18階層では類を見ない『絶望』が現れたのだった。
ただ一人、それを喜ぶ『馬鹿』がいることをそれは知らなかった。
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第46話 ベルは彼等を誘う
本当に済みませんでした。これからも時々更新するので許して下さい。
18階層にいた者達がそれに気付いたのは産まれ落ちた時に挙げた産声であった。
通常生命の産声というのは己がこの世に産まれ落ちたという証明に他ならない。産声を上げるのは呼吸をすることとほぼ同意義だからであり、上げなければ呼吸できずに死ぬだけなのだから。故に産声とは祝福するべきものなのだ。
だがこの産声はそのようなものではない。この産声は己の証明ではあったが、それは同時にこの世全てを憎み破壊する悪意に満ちた咆吼であった。だからこそこの階層にいた者達は嫌でも気付かされたのだ。あぁ、これは駄目だ。これは自分達に明らかな殺意を向けていると。
だからこそ彼等はその元凶を叩くべく咆吼の元へと向かっていく。見ればそれは直ぐにわかった。この階層の一つ前の階層にいる階層主。本来ならばこの階層には来れないはずのその存在がそこにいるのだから。
それだけでも彼等は混乱したが、それ以上の情報が混乱を加速させていく。
18階層にいる彼等だ。その前にいる階層主のことなどそれこそ地上の事よりもよく知っている。だからこそ彼等は一目でその異常に気付く。
本来のサイズよりも二周りも大きく、幽鬼のような白い肌が漆黒のように真っ黒に染まっている。その身から発せられる気配は17階層の階層主『ゴライアス』とはもはや別物であり、咆吼をあげて暴れる姿はまさに破壊の化身である。
それだけでも絶望するには十分なものなのにそれ以上にあの化け物は絶望を叩き付けてきた。
それはまるで雪崩のようだとしか言い様がなかった。その波は今までの恨みを晴らする悪鬼の如く殺意をむき出しにして此方を攻め滅ぼさんとするモンスター達の群。彼等はこの階層に産まれ落ちた破壊の化身の咆吼を受けてそれに呼応するかのように現れた。その雪崩に飲み込まれたらどうなるかなど冒険者でなくても想像出来る。
だからこそ、彼等はこの状況に抗うために戦った。街の前で防衛線をはり、補給のために補給線を作る。レベルが低い冒険者には防衛に専念させ、互いにカバーするように配置し食い止め倒せる時に倒す。魔石の回収は後回しにし今は少しでも多くのモンスターを倒し生き残ることに専念する。レベルの高い者………今この場に於いて高レベル冒険者と呼ばれるのはロキ・ファミリアとごく一部のものだけであり、彼等は事態を鑑みて原因である『漆黒のゴライアス』を討伐すべく動いた。
方やオラリオでも最強角の一角であるロキ・ファミリアが動いたのだ。事態は直ぐに終わると誰もが思ったし願った。だが現実はそんな甘くはない。
漆黒のゴライアスはゴライアスよりも更に凶悪であり、その巨躯から繰り出される攻撃は桁違いの破壊力を見せつける。そして巨躯になったが故に攻撃が届きづらくなり此方は攻めあぐねる。それにいくらロキ・ファミリアとはいえ彼等は遠征を終えた後であり詰まるところ疲労困憊状態。万全ではない故に彼等の力も弱まっていた。
それ故にゴライアスは暴威を振るい彼等を追い詰めていき、その咆吼に魔法でも含まれているのか攻め入るモンスター達は取り憑かれたかのように凶暴性を上げて襲いかかってきた。その脅威に街を防衛する冒険者達は押されていき突き破られる。その度に悲鳴が上がり血が流れていく。
正直悲惨の一言に尽きるであろう惨状。ロキ・ファミリア達は漆黒のゴライアスに掛かりきりで手一杯。此方の救助をする余裕はない。自分達ではいずれもしないウチにモンスター達に鏖殺されるのは目に見えてしまっている。
まさに絶望。モンスター達の殺意は増すばかりであり、逆に此方の士気は駄々下がり。逃亡しようと考えるもそもそもここはダンジョン内。逃げ場など何処にもなく、出入り口は既にモンスター達に塞がれている。
「もう駄目だぁ~~~~~~~!」
「嫌だ嫌だ嫌だ、俺は死にたくねぇぇえええええええええええええ!」
「まだやりたいことだって一杯あるってのによぉ!」
情けない叫び声が飛び交うが、それも仕方ないのだろう。彼等の目には既に諦めが宿り始めていた。この場でどんなに頑張っても状況は打開できない。自分達は惨めにモンスター達に食い殺されるだけなのだと。
そういった恐怖は伝染するものであり瞬く間に全体に広がってしまう。士気が下がった者達がどうなるかなど目を見るよりも明らかだ。
崩れ落ちればあっという間にやられてしまう。そんな状況に誰もが恐怖する。
だが…………
「ふふふ………あはははは………」
この男がそんなものとは無縁だというのは彼を知っているものならば誰もが知っている。
「あっははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」
誰もが絶望している中、突如として響くのは実に楽しそうな笑い声。まるで子供のような無邪気なそれは場違いにも程がある。まるで頭がイカレたんじゃないかと思うくらいの笑い声にその場にいた誰もが声のする方を向いた。
そこにいたのは白だった。真っ白な髪をした少年。端から見たら華奢な身体をしていて女の子に見えなくもない男の子。それが実に楽しそうに笑顔で笑うというのは場所が場所なら賑やかになっただろう。だが此所では異常にしか見えない。当然奇異の目が集まる。だが彼は………ベル・クラネルはそんなこと気にもならない。
「何で皆さんそんな顔してるんですか?」
この場でおかしな事を聞く彼。そんな顔というのが恐怖で歪んだ顔ということは直ぐにわかった。だからといってどうしようもない。既に絶望に覆われつつあるのだから。
だがベルはそんなことないらしい。当たり前だ。何故なら彼は………。
「こんなに楽しい場面で笑わないなんて勿体ない」
恐怖など微塵もないのだから。その答えと共にギラギラと殺気に輝くベルの目。つり上がった口元が浮かべるのは凶相である。
「今にも手柄がやってくる。それだけでも愉快だというのにアレはなんだ? あんな大将首見たことない! ならアレはかなりの手柄首になるだろう。なら欲しい。僕はあの手柄が欲しい!!」
狂気に染まったかのように笑うベルに周りは当然ドン引きするが、ベルは更に二カッと笑った。
「貴方達にあるのは二択だけだ。この場で怯えて無残に殺されるのか。それともさぱっと死ぬ覚悟を決めて手柄を取りに行くのかの二択だけ。惨めに震えて冒険者の誇りもなにも捨て去って死ぬか? もしくはやけくそでもいいから手柄を上げるのか?」
そしてベルは皆を指さす。そこにあるのは薩摩兵子。即ち命よりも手柄を欲する戦馬鹿。
「どうせ死ぬならさぱっと死ね。黄泉路の先陣だ。それは恥じゃない、誉れだ。誉れを抱きながら死ぬか、怯えて無残に散るか……どっちだ?」
ベルが告げたのは脅迫だ。このまま死ぬか、抵抗して死ぬかの二択。結果は変わらないかも知れないが本人の死に様はかわる。ベルは笑いながらこう告げるのだ。場合によっては死神にしか見えない。
そしてベルは皆にこう言うのだ。
「やる気があるなら手柄取りだ。あそこにいるデカブツの首を取るのが誰かの競争だ。貴方達だって欲しいだろう、手柄が! なぁ、冒険者。冒険者なら冒険者らしくしろ。今がまさに………『冒険』の時だッ!!」
この言葉と共に辺りの雰囲気が変わる。それまで絶望に囚われていた者達の目が変わったのだ。このまま退いても死ぬだけだ。なら少しでも多く相手を殺して生き抜いてやろうと。死ぬことが変わらないなら抗うまでだ。死ぬことにもう恐怖することはない。死ねば一緒だ。ならせめて満足して死んでやろう。相打ちにでもして相手にざまぁみろと中指を突き立てながら笑ってしんでやろうと。
故に彼等の覚悟は決まった。やけっぱちかも知れない。だがそれでもいい。それに自分達の目のにいるのはその体現者だ。死ぬ気なんか微塵も感じさせない。死んだところで気にもしない。ただ手柄がほしいだけ。その為ならば恐怖など必要ないと、目の前にいる奴が教えてくれる。故に彼等はベルに向かってこう答えた。
『あぁ、そうだな。その通りだ。もう怖くなんてねぇ。アンタと一緒なら、きっと死ぬときも最高の誉れだろうさ。だから俺達はアンタに付いていくぜ………大将!!』
これを知ったヘスティアは可哀想だと嘆くだろう。彼等は健全な冒険者だったのに……………今では瞳に殺意を燃やす薩摩兵子になってしまっていたのだから。
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