ありんす探偵社へようこそ (善太夫)
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若き薬師の悩み

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝はコーヒーで始まります。

 

「ハードボイルドにはコーヒーでありんちゅね」

 

 およそハードボイルドとは程遠い、ミルクたっぷり砂糖たっぷりの甘過ぎるコーヒーを楽しみながら、ありんすちゃんは新聞を広げます。

 

「……では……の……ある。……の……の……は……ふーん。いろんな事件があるんでありんちゅね」

 

 どうやらありんすちゃんには漢字は読めないみたいです。

 

「……事件はあっても依頼は無いが。そろそろ何か考えた方が良い」

 

 探偵助手が苦言を呈しますが、ありんすちゃんは全く聞く耳が無いみたいです。

 

「キーノは心配し過ぎなんでありんちゅね。そのうち依頼あるでありんちゅ」

 

「しかし……今月の家賃の期限がもう明日に迫っているぞ。このままだと追い出されかねないが」

 

 ありんすちゃんはやれやれと肩をすくめました。探偵助手キーノ、彼女はかつてエ・ランテルを震撼させた『漆黒の英雄モモン ストーカー事件』がきっかけでありんす探偵社で働く事になったのですが、小言が多過ぎて時々ありんすちゃんはうんざりしてしまいます。

 

「そのうち依頼人が来るでありんちゅよ」

 

 ありんすちゃんはカップに残った激甘コーヒーをゆっくり飲み干すのでした。

 

 チリンチリンと扉の鈴が鳴りました。どうやら待ちに待った来客みたいですね。

 

「あの……ここはありんす探偵社ですよね? 是非とも相談したい事が……」

 

 おずおずと入って来たのは金髪の少年でした。長めの前髪が目をすっかり隠している為、表情がわかりませんでしたが、少しばかり怯えているみたいでした。

 

「……あの……実は恋愛についての相談がありまして……僕はンフィーレア・バレアレと言います。実はずっと憧れている女性が、その……あの……漆黒のモモンさんに憧れているみたいで──」

 

「──なん、だ、と──」

 

 依頼人の言葉を遮ってキーノが絶叫しました。

 

「モモン殿は、モモン殿は──うげっ!」

 

 騒ぐキーノにありんすちゃんは一発入れて黙らせました。

 

「ちょの女の子の事を詳しく話すでありんちゅよ」

 

 ありんすちゃんがンフィーレアに声をかけると彼は少しずつ語り始めました。

 

「彼女の名前はエンリ・エモット。エ・ランテルからは半日程の距離にあるカルネ村に住んでいます。僕はよく薬草を採りにカルネ村へ行くのでそれで親しくなりました。最近、カルネ村に行く時にモモンさん達“漆黒”に依頼したのですが、その際に強大な力をもつ森の賢王をねじ伏せる姿を見せられたちまち憧れてしまったみたいなんです」

 

「うむうむ。さすがはモモン殿だ。まさに英雄たる由縁……」

 

 ありんすちゃんは興奮するキーノを無視してンフィーレアに話を続けさせました。

 

「その後、エ・ランテルの墓地でのアンデッド事件で僕はモモンさんに助けてもらい、祖母と一緒にカルネ村に移住したのでした。つい先日、エ・ランテルに薬草を売りに行ったエンリがやたらとモモンさんの話ばかりするようになって……どうやら街でトラブルがあった時にモモンさんに助けてもらったみたいなんです」

 

 ンフィーレアはここまで一気に話すと肩を落としました。ありんすちゃんが慰めようと言葉をかけようとした時、キーノが割り込んできました。

 

「ふふふふ。小僧、そんな心配なぞ無用だ。何しろモモン殿はそんな小娘など眼中にない。かのお方に釣り合うには相当な強さが必要だ」

 

「じゃあキーノは無理でありんちゅね。キーノはナーベよりヨワヨワでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんの一言はキーノの自信をへし折ってしまったみたいでした。みるみるしぼんでいくキーノにお構いなしにありんすちゃんは続けました。

 

「ちょうをえじゅんば馬をえよ、って言うでありんちゅ。蝶々を捕まえるのに花から育てるでありんちゅ」

 

 みるとキーノが一生懸命ありんすちゃんの言葉をメモしています。

 

「……つまりモモン殿を蝶々とすると花はナーベか……ナーベに負けない位美しくならないと……ふむ」

 

 ありんすちゃんは横でブツブツ呟いているキーノを無視して続けました。

 

「誰か周りのひちょに協力ちてもらうでありんちゅ。誰かいないでありんちゅ?」

 

「ネム……エンリの妹のネムがいます。……それと……ルプスレギナさんかな?」

 

 ありんすちゃんはルプスレギナという名前をどこかで聞いたような気がしましたが、思い出せませんでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「とりあえず頑張ってみるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんがンフィーレアを送り出してオフィスに戻るとキーノが旅支度をしていました。

 

「ありんすちゃん、私も頑張ってくる。私もかつては国墜しと呼ばれた女。今度はモモン墜しになってみせる」

 

 

 翌日キーノはエイトエッジ・アサシンに連れられて戻って来たという事です。

 



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若き村長の悩み

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝はミルクで始まります。

 

「ハードボイルドにはやっぱりミルクでありんちゅね」

 

 ハードボイルドらしく、ありんすちゃんはミルクに砂糖は入れません。一気にミルクを飲み干すと、口の周りに白いわっかをつけたまま、ありんすちゃんは新聞を広げます。

 

「……で……のは……る。……の……という……を……ふーん。最近は平和でありんちゅね」

 

 どうやらありんすちゃんには漢字は読めないみたいです。

 

「……平和なのは結構だが、こうも平和すぎてはあがったりだ。困ったものだな」

 

 探偵助手が苦言を呈しますが、ありんすちゃんは全く聞く耳が無いみたいです。

 

「キーノは心配し過ぎなんでありんちゅね。そのうち依頼あるでありんちゅ」

 

「しかし……今月も家賃の期限が明日に迫っているぞ。かれこれ三ヶ月も滞納しているから明日にも追い出されかねないが」

 

 ありんすちゃんはやれやれと肩をすくめました。探偵助手キーノ、彼女は小柄で胸もペタンコ──とはいってもありんすちゃんよりは当然ありますが──全てが小さくて小言が多過ぎてありんすちゃんをうんざりさせます。ありんすちゃんあってのありんす探偵社であるという事が理解出来ていないのかもしれません。

 

「そのうち依頼人来るでありんちゅよ」

 

 ありんすちゃんはハンカチで口の周りのミルクのわっかを拭きながら自信ありげに答えるのでした。

 

 と、チリンチリンと扉の鈴が鳴りました。どうやら待ちに待った来客みたいですね。

 

「あの……ここはありんす探偵社ですよね? 是非とも相談したい事が……」

 

 おずおずと入って来たのは金髪の少女でした。健康的に日焼けした肌にこぎれいだけれど少し野暮ったい服装で首から小さな角笛の付いたネックレスを下げていました。

 

「……あの……実は相談したい事がありまして……私はカルネ村のエンリ・エモットと申します──」

 

「──なん、だ、と──」

 

 依頼人の言葉を遮ってキーノが絶叫しました。

 

「お前が──うげっ!」

 

 騒ぐキーノにありんすちゃんは一発入れて黙らせました。

 

「気にちないで悩み事を詳しく話すでありんちゅよ」

 

 ありんすちゃんはエンリに声をかけました。

 

「私は幼い妹と一緒にカルネ村に住んでいます。最近、親しい友人の薬師の少年が家族と一緒に移ってきたのですが…………その……」

 

 エンリはそこで口をつぐんでしまいました。しばらく躊躇った後、意を決して続けました。

 

「……彼、ロ●コンじゃないかと……」

 

「!!!!」

 

 ありんすちゃんもキーノも言葉を失いました。

 

「なんだか最近、やたらとンフィーが……ああ、彼の名前はンフィーレアと言います……が妹のネムと仲が良いみたいなんです。私は心配で……」

 

 ありんすちゃんは核心を突く発言をしました。

 

「エンリはンフィーレアがしゅきでありんちゅね」

 

 途端にエンリの顔が朱に染まりました。

 

「え! あ……その…………ハイ」

 

 そこで何故かキーノが小さくガッツポーズをしましたが、それは無視して……さらにありんすちゃんが畳みかけます。

 

「しょうをえじゅんば馬をえよ、って言うでありんちゅ。相手の心をものにしゅるなら周りにしゅかれよ、という意味だとマーレが言ってたでありんちゅ」

 

 みるとキーノが一生懸命ありんすちゃんの言葉をメモしています。

 

「……つまりモモン殿に好かれる為にはナーベに好かれないと、か……ウムムムム……」

 

 ありんすちゃんは横でブツブツ呟いているキーノを無視して続けました。

 

「誰か周りのひちょに協力ちてもらうでありんちゅ。誰かいないでありんちゅ?」

 

「お婆ちゃん……ンフィーの祖母のリィジーさんがいます。……それと……ルプスレギナさんかな?」

 

 ありんすちゃんはルプスレギナという名前をどこかで聞いたような気がしましたが、思い出せませんでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

「とりあえず頑張ってみるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんがエンリを送り出してオフィスに戻るとキーノが難しい顔で悩んでいました。

 

「ウムムムム……ナーベか……ウムムムム」

 

 ありんすちゃんは窓から空を見上げながら、ふと、エンリから代金をもらいわすれていた事に気がつきました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 カルネ村の郊外、遠くからエンリとゴブリン達を載せた馬車を眺めながらルプスレギナが呟きました。

 

「あーあ。村、襲われないっすかねー」

 



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赤毛組合

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの昼はお風呂から始まります。お風呂を楽しんでいると助手のキーノが痺れを切らしてありんすちゃんを呼びました。

 

「もうかれこれ家賃を四ヶ月滞納しているぞ。このままでは私もありんすちゃんも路頭に迷う事になるが?」

 

 またもやキーノの小言です。そもそもキーノは漆黒のモモンのストーカーとして捕まりそうだった所をありんすちゃんが助けてあげた上、探偵助手として雇ってあげたんですよ。まあ、給料は払ってない月もたまに、たまーにありますが……

 

 お風呂から出たありんすちゃんが着替え終わると早速来客を知らせる扉の鈴がチリンチリンと鳴りました。

 

 やって来たのは赤毛を鳥の巣のように乱暴に切り揃えた女性でした。軽装のバンデットアーマーを着て、胸元には鉄のプレートを下げていました。

 

「あの……はじめまして。私はブリタ。実は最近おかしな事があって……事件なのかわかんないけど相談に乗って欲しいんだけど」

 

 ありんすちゃんはブリタの姿をじっくりと値踏みするように眺めました。

 

「ちゃれいは払えるでありんちゅか? 銅……銀貨一枚かかるでありんちゅよ」

 

 となりでキーノが驚くのがわかりました。何しろありんす探偵社の謝礼は普段銅貨一枚か二枚、多くても銅貨五枚位でしたから。しかも相手は鉄クラスの冒険者、銀貨一枚等持っているとは思えませんでしたから。

 

「……わかりました。これでお願いします」

 

 ブリタは懐から革の袋を取りだして、中から銀貨を一枚出して机に置きました。

 

「お願いします。まずは私の話を聞いて下さい」

 

 ブリタは不思議な体験を語りだしました。彼女が一人、酒場で飲んでいると赤毛の大男がやって来て一枚のチラシを見せました。そこには『赤毛組合 組合員募集 簡単な仕事で日給銀貨一枚』とあったのでした。

 

「どこでありんちゅ? どこ?」

 

 ありんすちゃんは思わず叫んでしまいましたが、助手のキーノは冷静でした。

 

「上手い話には裏がある。実際に行ってみたのか? ブリタ?」

 

 ブリタは頷きました。彼女は目隠しされて馬車で郊外の何処かの古城に連れられていきました。そこには同じように赤毛の人々が集められていて赤毛組合の組合長が来るのを待っていました。やがてやって来た細身の男はコッコドールと名乗りました。

 

「コッコドールだと!」

 

 思わずキーノが叫びましたが、ありんすちゃんはキーノに一発食らわせて黙らせます。キーノは全く成長しませんよね。

 

 コッコドールに指示された仕事は百科事典を写す事でした。そうして一日が終わると皆、銀貨一枚を受け取ってまた目隠しされた上で馬車に乗せられ帰ってきたというのです。

 

「これは犯罪の匂いがちゅるでありんちゅね。このままだと命が危ないでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは断言しました。助手のキーノも頷いていました。

 

「ふむ。コッコドールは王都の裏社会を牛耳る八本指の一人。これはきっと裏があるに違いない。悪い事は言わないから手を引くべきだな」

 

 ブリタは真っ青になりました。このままではまたしても命を危険に晒すかもしれません。そう、あの時のように。

 

 そんなブリタにありんすちゃんが優しく笑いかけました。

 

「良い考えがあるでありんちゅ。ありんちゅちゃにまかせるでありんちゅ」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 黒い長髪のカツラで別人のようになって帰っていくブリタを眺めながらありんすちゃんは満足そうにポケットの銀貨を握りしめるのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 翌日、今度は別の依頼人がやって来ました。なんでもバハルス帝国の元貴族の娘で、大金を手に入れられる仕事を紹介して欲しいのだとの事でした。

 

 その少女、アルシェの金髪を眺めながら、ふとありんすちゃんは閃きました。昨日ブリタが置いていった赤毛組合のチラシを見せて──

 

「赤毛のカツラをがぶってこの場所に行くでありんちゅ。一日銀貨一枚貰えるでありんちゅよ」

 

 今回は二件の依頼を無事に解決したありんすちゃんでした。

 



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探しものはなんですか?

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』の朝は早い。しかしながら探偵社所長の美少女探偵ありんすちゃんの出勤は遅い。

 

 助手のキーノは事務所の奥の寝室ですやすや眠るありんすちゃんに声をかけました。

 

「ありんすちゃん、いい加減起きろ。今日は来客があるはずだろ?」

 

 ありんすちゃんは仕方なしに起きました。寝ぼけ眼をこすりながら服を着終えると、丁度来客を知らせる扉の鈴がチリンチリンと鳴りました。

 

「先日手紙を出した者だが、依頼を受けてくれるのかな?」

 

 背が高くスーツを着て顔に仮面をかぶった男が入って来ました。──と──

 

「き、貴様はヤルダバオト!!」

 

 突然キーノが叫んで身構えました。

 

「ふむ。確かに私の名前はヤルダバオトだが? どうも貴女とはお会いした記憶がありませんね。何か勘違いされているのでは?」

 

「見間違う筈はない。私はイビ──」

 

 ありんすちゃんは騒ぐ助手の頭をゴチンと叩きます。せっかくの依頼をふいにしたくありませんから。キーノは本当にいつになったら同じ過ちをしなくなるのでしょうか? ありんすちゃんはやれやれと肩をすくめるのでした。

 

「ちつれいしちゃいまちたでありんちゅ。確か探しものの依頼でありまちたでありんちゅね」

 

 ありんすちゃんは礼儀正しく尋ねました。幸い来客は助手キーノの態度にへそを曲げる事はなさそうです。

 

「改めて自己紹介を。私はヤルダバオト。ご覧の通り悪魔です。実はあるマジックアイテムを探しておりまして…………謝礼は充分させて頂きます」

 

 ヤルダバオトはそう言うと懐から金貨が沢山入った袋を取りだしました。ありんすちゃんとキーノは思わず唾を飲み込みました。これだけあれば半年分たまった家賃を払ってもまだまだ残ります。

 

「わかりまちた」

 

 ありんすちゃんは興奮のあまり『ありんちゅ』を付けるのを忘れてしまったみたいですが、無理もありませんよね。何しろありんす探偵社始まって以来の大仕事なのですから。

 

「探して欲しいマジックアイテムはかくかくしかじか……かような魔力で悪魔の軍勢を呼ぶ事が出来るものです。大切な方から頂いたもので是非とも見つけて頂きたいのです」

 

 ありんすちゃんは机に地図を広げると、六角形の断面がある細い棒を取りだしました。それぞれの面には『ダメージ500』とか『いっかいやすみ』といった魔法の呪文が書かれています。ありんすちゃんは棒の尖った方を地図に置き、人差し指で棒を揺らして呪文を唱えました。

 

「こっくりちゃん、こっくりちゃん、探しものはどこでありんちゅ──か──?」

 

 倒れた棒は王都を指していました。

 

「きっと探しものは王都にあるでありんちゅよ」

 

 ヤルダバオトは大喜びで帰って行きました。もちろん謝礼を沢山受け取ったありんすちゃんも大喜びです。

 

 じっとありんすちゃんの魔法の棒を眺めていたキーノがありんすちゃんに言いました。

 

「……うむ。その……ありんすちゃん。頼みがあるのだが……その棒で行方を探して欲しい人物がいるのだが?」

 

 ありんすちゃんはお金持ちになってとても上機嫌でしたから、助手のキーノの頼みを聞いてあげる事にしました。

 

「……で、誰をしゃがしゅでありんちゅ?」

 

「……うむ。その……ホニョペニョットという名前の吸血鬼だ。実はあるお方が探していてな……」

 

「わかりまちたでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはまたもや棒を立てて呪文を唱えます。今度は棒が指したのはエ・ランテルでした。

 

「ありんすちゃんありがとう。早速そのお方に知らせて来る」

 

 キーノはそう言うと嬉しそうに駆け出して行きました。

 



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メイド殺人事件

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』──所長の美少女探偵ありんすちゃんは暇をもて余していました。何しろありんす探偵社で扱ってきた事件のほとんどが便利屋みたいな仕事ばかりで、先週の依頼は行方不明の飼い犬探し、川に落とした財布探し、好きな相手に出すラブレターの代筆という内容でしたから。

 

「さちゅ人事件でも起きないでありんちゅかね?」

 

 名探偵コ●ンとか金田一少年の事●簿だと身近でちょくちょく殺人事件が起きます。しかも連続殺人ばかりで、一年間ではだいたい百人位死んでいます。でも、エ・ランテルではなかなか事件が起きません。

 

「キーノ。事件を起こしてくるでありんちゅ」

 

「冗談は止めろ。私はそんな事しない」

 

 ありんすちゃんはため息をつきました。せっかく探偵社を作ったのに殺人事件が起きないなんて……

 

 ありんすちゃんが机に突っ伏してゴロゴロしていると扉の鈴がチリンチリンと鳴りました。

 

「大変です。殺人事件が起きました! …………………………わん」

 

 ありんすちゃんが顔を上げると真ん中に縫い目がある犬の顔をしたメイドが立っていました。ありんすちゃんはムクリと起きると尋ねました。

 

「詳しく話すでありんちゅ」

 

 犬の顔をしたメイド──名前はベストレーニャ・ワンコといいました──によると、新しく建てられた孤児院の開園準備をしていた同僚のメイドが殺されたとの事でした。ありんすちゃんと助手のキーノは早速ベストレーニャの案内で現場に急ぐのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「これは惨いな……おそらく即死だったろうな」

 

 現場では髪を夜会巻きに結い上げて眼鏡を掛けたメイドの斬首された惨い遺体がありました。キーノは思わず目をそむけましたが、ありんすちゃんは現場をじっくり観察します。

 

 切断されたメイドの首をじっくり調べていたありんすちゃんは思わず叫びました。

 

「この死体おかちいでありんちゅ。この首は血が一滴も出ていないでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは目を閉じて灰色の脳細胞を活性化させます。やがて、パチリと目を開きました。

 

「犯人がわかったでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは自らの推理を披露し始めました。

 

「このせちゅ断された首からは血が一滴も出ていないでありんちゅ。これは血がしゅべて吸われてなくなったからでありんちゅ! つまり、犯人は──」

 

 ありんすちゃんは大きく息を吸うと告げました。

 

「犯人は吸血鬼でありんちゅ!」

 

 その瞬間、何故かキーノがギョッとした顔をしました。そして何故だか推理したありんすちゃんまでがちょっとギョッとしたように見えました。

 

 しばしの間、静けさが辺りを支配し……その静けさが永遠に続くかと思われた頃……

 

「ふぁーあ。よく寝た。……? ボクになにか?」

 

 さっきまで死体でしかなかった身体が起き上がり、頭を拾って首に載せました。

 

「……犯人はユリ・アルファでありんちゅ……」

 

 何はともあれありんすちゃんは無事、殺人事件を解決したのでした。

 



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犯人の死体が消えた謎を解け

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』で最高の探偵ともてはやされている美少女探偵ありんすちゃんは朝のティータイムを楽しんでいました。砂糖を沢山入れたアップルティーと大好きなモンブランケーキを頬ばっています。あらあら、口の回りにクリームが……と、突然助手のキーノが駆け込んで来ました。

 

 キーノは冒険者組合からの呼び出しがあったので、要件を聞きに行かせていたのです。

 

「ありんすちゃん、大変だ。事件だ。すぐに現場に行こう!」

 

 ありんすちゃんは露骨に嫌そうな顔をしました。何しろありんすちゃんは大好きなモンブランケーキをまだ食べている途中でしたから。モンブランケーキより優先させるべき事なんてありんすちゃんには考えられません。

 

「実は、この間あったアンデッド襲撃事件の犯人、ズーラーノーンの幹部だったんだが、その死体が消えたんだ。あの“漆黒”のモモン様が解決した大事件の……」

 

 ありんすちゃんはモンブランケーキのてっぺんのマロングラッセを食べながら生返事で答えました。

 

「それで冒険者組合から我がありんす探偵社に捜査の依頼をしたいそうだ。これを解決したらきっと評判になるに違いない。依頼料もきっと期待できるはずだぞ」

 

 キーノは妙に興奮していましたが、ありんすちゃんにはお見通しです。きっと捜査にかこつけて“漆黒”のモモンに近づこうという魂胆に決まっています。それでもありんす探偵社の評判が上がるならば依頼を受けても良いかもしれません。

 

「じゃあ行くでありんちゅ」

 

 モンブランケーキを食べ終えたありんすちゃんは立ちあがりました。

 

 死体が消えたとされる場所はエ・ランテルの冒険者組合に程近い水の神殿の礼拝堂でした。そこに二つの柩にそれぞれ納められた死体が翌朝には綺麗になくなっていたとの事でした。

 

「うむ、ズーラーノーンだから死体をアンデッドにしたのかも知れないな」

 

 助手のキーノが勝手に推理を始めました。ありんすちゃんはなんだか面白くありません。何しろ『ありんす探偵社』は美少女探偵ありんすちゃんあってのものですから、やはりありんすちゃんが最初に推理を披露するべきですよね?

 

 ありんすちゃんは現場を丹念に調べはじめます。きっとどこかに手掛かりがある筈でね。

 

 片方の柩を調べていたありんすちゃんはある事に気が付きました。その柩からは芳ばしい、焼肉の匂いがしたのです。当時死体を柩に入れた人間に話を聞くと、二人の内一人は焼け焦げた死体だったとの事でした。

 

 …………グゥゥーー……

 

 香ばしい焼き肉の匂いに思わずありんすちゃんのお腹が鳴りました。ありんすちゃんは口笛を吹いて素知らぬ振りをします。うーん……皆にばれていますよ、たぶん。

 

「謎はしゅべて解けたでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは胸を張りました。流石は美少女探偵ありんすちゃんです。事件を解決するのはお手のものですね。

 

「何故、犯人の死体が無くなったのかでありんちゅが…………それは犯人が犯人の死体を食べちゃったからでありんちゅ! ……焼け焦げた死体が美味しそうな匂いだったから食べちゃったのでありんちゅ」

 

 かくして事件の謎を解いたありんすちゃんの名声は周辺諸国にまで広まるのでした。



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蒼の薔薇殺人事件

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』の入り口の扉にはありんすちゃんの手書きの伝言が貼り出されていました。

 

『しばらくるすにします』

 

 実はありんすちゃんと助手のキーノの二人はリ・エスティーゼ王国の王都リ・エスティーゼにやって来ていたのでした。

 

「うむ。あまり変わっていないようだな」

 

 助手のキーノは以前王都に住んでいたらしく、安いけれど小綺麗なホテルの手続きをテキバキと済ましていました。

 

「ありんすちゃん、今晩はここに泊まる。明日とある王族の方と面会するつもりだ。とはいえ会えるとは限らないが」

 

 ありんすちゃん達がリ・エスティーゼ王国の王都にまでやって来たのは、キーノの発案で王族とのコネクション作りをする為でした。なんでもキーノの友人に王族と親しい人物がいるらしく、キーノいわく『任せておけ』との事でしたが……

 

「もうちゅかれたでありんちゅ。ゆっくりお風呂に入るでありんちゅ」

 

 ありんすちゃん達はホテルにチェックインする事にしました。

 

 美少女探偵ありんすちゃんはこの時、既に事件発生を予見していました。探偵のある所に必ず事件あり、です。ありんすちゃんは少しワクワクしていました。

 

 事件は突然起きました。ありんすちゃん達が泊まっていたホテルの屋上でなにやら激しい爆発が起きたのでした。早速、ありんすちゃんと助手のキーノは駆けつけます。

 

 屋上ではなんとリ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者の二人、ガガーランとティアかティナのどちらかが倒れていました。

 

「……し……死んでる! ……二人共死んでる!」

 

 二人に駆けよったキーノが叫びました。ありんすちゃんはすぐさまその場にいた目撃者に話を聞きます。

 

「一体何が起きたでありんちゅ?」

 

「私にもよく判りません。私は探しものを探しに王都に来ていたのですが、突然爆発が起きたので様子を見に来るとこのように二人が倒れていたのです」

 

 ヤルダバオトと名乗る紳士は答えました。

 

「わたしぃが来た時はもう死んでいたからぁーわかんない」

 

 もう一人の目撃者の通りすがりのメイドに尋ねてみましたが、どうやら何も見ていないようでした。

 

 次にありんすちゃんは死体を調べます。なにかしら手掛かりがきっとある筈です。

 

「……こ、これは……………………………男でありんちゅか女でありんちゅかわからないでありんちゅ」

 

「ガガーランは女だ……しかし……この二人が殺される等……考えられんな……」

 

「ふーん。傷あとひとちゅも無いでありんちゅね。…………持ちものは……あまりお金持ってないけちん坊でありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは二人の懐にあった財布を自分のポケットに移しながら呟きました。さて、いよいよありんすちゃんの推理タイムです。ありんすちゃんは腕を組み目をつぶります。ありんすちゃんの頭の中で灰色の脳細胞が活性化して行きます。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「ガガーランとティアが殺されたのですって?」

 

 知らせを受けた王国アダマンタイト級冒険者 蒼の薔薇のリーダー、ラキュースがティナと一緒に駆けつけました。

 

「……くっ。こんな時にイビルアイが捕まらないなんて……とにかくすぐに復活させるわ!」

 

 キーノは何故か俯いて顔を隠していました。そしてありんすちゃんは相変わらず目をつぶって推理に集中しています。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 しばらくしてありんすちゃんが目を開き叫びました。

 

「謎は全て解けたでありんちゅ! ……この二人はできていたのでありんちゅ。激しくチュッチュししゅぎて心臓麻痺で死んだんでありんちゅ!」

 

「違う!」「んなわけあるか!」

 

 ありんすちゃんの迷推理に対し、復活したばかりの二人から即座に突っ込みが入りました。

 

 その後この事件は『美少女探偵ありんすちゃんの推理が死人を蘇らせるという奇跡を起こした』という噂となってますますありんす探偵社の名声が高まったそうです。

 



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とある貴族の浮気調査

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』の朝は優雅なティータイムで始まります。ありんすちゃんは一匙のストロベリージャムを口に含み紅茶をすすります。

 

「フクースナ!」

 

 ありんすちゃんの言葉に助手のキーノは怪訝そうに眉をひそめました。

 

「どこの言葉か? それよりそろそろ来客が来るから着替えないと」

 

「わかってるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは不機嫌そうにしながらもキーノの言うことを聞いてパジャマを脱ぎ始めました。着替え終わると同時に入り口の扉の鈴がチリンチリンと鳴って来客を知らせました。

 

「はじめまして。私はジル……ジルと申します。依頼よろしいかな?」

 

 上等な生地の服装に身を包んだいささかくたびれた感はあるものの、端正な顔立ちの男が挨拶をしました。脇にはこれもなかなかの装備をした護衛がついています。どうやらありんす探偵社にとってなかなかの上客のようです。ありんすちゃんはとびきりの営業スマイルで迎えます。

 

「ようこちょ。わたちが美少女探偵ありんちゅちゃでありんちゅ。依頼を言うでありんちゅ」

 

「依頼したいのは……浮気調査でして……」

 

「わかりまちたでありんちゅ。相手は奥ちゃんでありんちゅか? ……ちょれとも他の女でありんちゅか?」

 

 ありんすちゃんが尋ねると依頼者のジルジルはモジモジし始めました。やたらと机に『の』の字を描いてから恥ずかしそうに小さな声で答えました。

 

「…………その……浮気調査を依頼する対象の相手は…………私の彼氏、つまり男でして……」

 

「──なっ!」

 

 その時来客用のお茶を運んできた助手のキーノが叫びました。ありんすちゃんはすかさずキーノのお腹に一撃を加えて黙らせます。こういうデリケートな問題には気を使わないといけませんよね。

 

「わかりまちた。ありんちゅ探偵ちゃにおまかちぇくだちゃいでありんちゅ。費用はかかりまちゅが大丈夫でありんちゅか?」

 

「受けて頂けるとは実に喜ばしい。費用は金貨五百枚を用意していますが、如何かな?」

 

 ありんすちゃんはニッコリしました。早速助手のキーノに命令します。

 

「ではキーノをちゅれていくでありんちゅ。キーノはちっかり調査しゅるでありんちゅね」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

(私はキーノ。事情があってエ・ランテルのありんす探偵社の探偵助手をしているが、それは仮の姿に過ぎない。その正体はかつては十三英雄と共に魔神を討伐した謎のマジックキャスターであり、はたまたリ・エスティーゼ王国アダマンタイト級冒険者 蒼の薔薇の仮面のマジックキャスター イビルアイその人なのだ。)

 

 キーノは浮気調査の為バハルス帝国の帝都に来ていました。依頼者ジルジルはかなりの財産家でもあるようで帝国までの道程に使われた馬車はなかなか上等であり、また、キーノの調査滞在中で宿泊する為に用意されていたのは帝都随一のホテルだったのでした。

 

「さて。仕事をするか」

 

 依頼者ジルジルの彼氏とはもはや老齢の男で、資料によれば名前は古田。かのフールーダのそっくりさんとして観光客相手のマジックショーで生活しているらしい。

 

「ジルジルはファザコンなのだな。そういえばラキュースがこういう特殊な恋愛に関して詳しかったな。今度機会があったら教えてもらうのも良いかもしれない」

 

 キーノはかつてエ・ランテルでモモンのストーキングで培った技術を駆使して古田の尾行をするのでした。そしてわかったのは古田が毎日規則正しい生活をしていて、朝六時に散歩をするのと夕方五時に買い物に出かける以外は自宅から出てこない事でした。近所の話では数ヵ月前に職場を解雇か隠居させられたかで、現在このような引きこもり生活をしているようだ、というのがもっぱらの噂でした。

 

 一週間程張り込みをしましたが、誰かと会う姿は結局ありませんでした。キーノは古田の浮気は根拠なし、という報告書をまとめホテルのカウンターにジルジルへの連絡をとってもらいます。一時間後にジルジルがやって来ました。

 

「浮気調査の件だが、調査の結果古田氏は誰とも接触していないようだ。まあ、何処かに転移でもするなら別だがな。これが報告書だ」

 

 キーノは報告書をジルジルに渡します。ジルジルは調査内容が気にくわなかったのか、元気がありません。気のせいか髪の毛が以前より少なくなったようにも見えます。

 

「……ああ。そうか。……謝礼金は探偵社宛に送っておくとしよう。…………今となってはどうでも良い事だ」

 

 とりあえず依頼を無事に終えてキーノはエ・ランテルに戻るのでした。

 



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ブレイン・アングラウスからの依頼

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』今日は一日中雨が降っていて、美少女探偵のありんすちゃんも助手のキーノも暇をもて余していました。

 

「暇だな。いっその事内職でもするか」

 

 キーノは自嘲気味に呟きました。ありんすちゃんが最近新しい服を沢山新調した為、沢山あった蓄えもいささか心もとなくなってきていました。

 

「こんな事なら赤毛組合のバイトしておけば良かったでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんが思わず呟きました。ちなみに赤毛組合とは以前ありんすちゃんが解決した難事件の舞台です。

 

 ありんすちゃんの呟きに(赤毛組合の謎は結局何だったんだよ)とキーノが心の中でツッコミを入れた時、入り口の扉の鈴がチリンチリンと鳴って来客を知らせました。

 

「いらっちゃいませでありんちゅ。ありんちゅ探偵社でありんちゅ」

 

 暇だったありんすちゃんが来客を迎えます。中に入ってきたのはウェーブがかった黒い髪の男でした。

 

「ああ。依頼をしたいんだが……人を探していてな」

 

「くわちく話しゅでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは男を座らせて話しを聞きます。

 

「まず名乗っておこう。俺の名前はブレイン・アングラウス。ブレインと呼んでくれ。……探して欲しい人物は名前をセバスチャン。何処かの大貴族の執事らしいのだが……とても強い男だ。もしかしたらアダマンタイト級冒険者のモモンより強いかもしれない」

 

「ふざけるな! モモン殿の方がうぐっ!──」

 

 ありんすちゃんはいきなり騒ぎだしたキーノの頭を殴って黙らせます。本当にこの助手にはいつもいつも手を焼かされます。

 

「わかりまちたでありんちゅ。その依頼受けるでありんちゅ。……依頼料金は……」

 

 ありんすちゃんはブレインから依頼料として金貨三枚をせしめてほくほくです。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「で、どうする? また魔法の棒を使うのか?」

 

 依頼者が帰ると助手のキーノが尋ねてきました。

 

「捜査は足で稼ぐものでありんちゅ。キーノはおバカちゃんでありんちゅね」

 

 翌日、キーノはリ・エスティーゼに向かいました。セバスチャンという執事についての情報を集める為です。一方でありんすちゃんはエ・ランテルに残って調査する事にしました。

 

 ありんすちゃんがエ・ランテルで最高級の宿屋『黄金の輝き亭』で聞き込みをしているとバルドという商人から有力な情報を得る事が出来ました。大分前に縦ロールの金髪の令嬢の執事でセバスという人物が王都に向かったという話でした。

 

「うーん……惜しいでありんちゅね。名前は似ていまちゅが……」

 

 ありんすちゃんはセバスチャンでなくセバスだったら丁度良い人物に心当たりがあるのに、と残念に思うのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 捜査開始から三日後、リ・エスティーゼ王国王都に行っていた助手のキーノからメッセージが届きました。彼女の昔の友人にマンーガという資料を集めている人物がいて、その人物から有力な情報が手に入ったという事でした。

 

「……ふーん。わかったでありんちゅ。セバスチャンという執事は悪魔で、イギリチュという国のロンロンにいるんでありんちゅね。……女王の番犬という伯爵の執事でありんちゅか。ブレインは今王都らしいから報告するでありんちゅ。…………謝礼金をちゃんと受け取るでありんちゅよ」

 

 ありんすちゃんは優雅に紅茶を飲みながら助手のキーノの成長を喜ぶのでした。

 

「ちょれにしてもロンロンとは何処でありんちゅかね? 悪魔で執事ならデミオルゴチュが知ってるかもしれないでありんちゅね」

 

 ありんすちゃんは物思いに耽りながら窓から見える雨のエ・ランテルの街並みを眺めるのでした。

 



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シャルティア・ブラッドフォールン

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』美少女探偵ありんすちゃんの朝は一杯のミルクから始まります。一息にミルクを飲み干すとくちのまわりに白いわっかをつけたまま、ありんすちゃんは新聞を広げます。一番最後のページにありんすちゃんが大好きなマンガが載っているのです。

 

「おもちろいでありんちゅ」

 

 チリンチリンと入り口の扉の鈴が鳴り来客を知らせました。見ると先日依頼をしたブレインが立っていました。

 

「ブレインか。苦情ならお断りだが……うげっ」

 

 いきなり立ちはだかった助手のキーノにありんすちゃんは蹴りをいれます。コンプライアンスで問題が大きくなるのは苦情に対する第一対応が大切なんですよね。ありんすちゃんはにこやかにブレインを迎えました。

 

「ありんちゅ探偵ちゃにようこちょでありんちゅ。依頼はなんでありんちゅか?」

 

「その……先日は……まあ良いか。……………実は、また人探しを依頼したい。ただし相手は人間ではなく女吸血鬼なんだが……」

 

 ブレインの言葉に何故かキーノの顔が強ばりました。ありんすちゃんは気にせずにブレインを促しました。

 

「ちょの吸血鬼のことを詳しく話すでありんちゅ」

 

 ブレインは深く深呼吸すると話し始めました。

 

「今から半年程前にエ・ランテル郊外で女吸血鬼と戦った。その女は名前をシャルティア・ブラッドフォールンといい、化け物じみた強さだった。年齢は十代中頃で美しい銀髪、胸が巨乳だったな」

 

 ありんすちゃんはその名前をどこかで聞いたような気がしましたが思い出せませんでした。

 

「わかったでありんちゅ。その依頼は美少女探偵ありんちゅちゃがじきじきに調べるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは鼻からフンスと息を吹き出しながら胸を張りました。

 

「ずいぶんとやる気だな? 珍しい事だ」

 

 ブレインが出ていくと助手のキーノが声をかけてきました。確かにこれまでありんすちゃんが仕事に燃える事はありませんでしたからキーノが不思議に感じるのは当然の事です。

 

「この調査できっとすっごい真実が明らかになるような気がするでありんちゅ」

 

 なにやらフラグが立ちそうなブレインの今回の依頼。シャルティア・ブラッドフォールンという人物とは一体何者なのか? 美少女探偵ありんすちゃんがたどり着く衝撃の事実とは??

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 すっかり旅支度を終えたありんすちゃんが扉に立ちます。

 

「では郊外に行ってくるでありんちゅ」

 

「一緒に行かなくて本当に良いのか?」

 

 キーノは心配そうに声をかけました。ありんすちゃんはキーノよりも遥かに強くはありますがまだ幼い外見で、頼りなく思えてしまうのです。

 

「キーノはちょのチャルチェアという吸血鬼の情報をあちゅめておくでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはテキパキと助手に指示を出します。そしてありんすちゃんはブレインが吸血鬼と出会ったというエ・ランテル郊外へ出発していきました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 キーノはエ・ランテルの冒険者組合でシャルティア・ブラッドフォールンという名前を調べて見ましたが、記録は全くありませんでした。ただ、当時漆黒のモモンがホニョペニョコという女吸血鬼を退治していました。

 

「うーん……シャルティアという名前はホニョペニョコの変名かもしれないな。もしかしたらホニョペニョコの片割れのホニョペニョットの可能性もあるな。同じ時期に同じように化け物じみた吸血鬼が現れるのは単なる偶然とは言い難い。うむ、これはモモン殿から当時の話を聞かなくてはな。仕事だから仕方ない。決して個人的な理由でモモン殿に会う訳ではない」

 

 キーノはぶつぶつ言いながら、早速エ・ランテル一番の流行洋服店に向かいました。

 

「……あーコホン。今一番の流行の服をコーディネートしてくれ。いわゆる勝負服だ」

 

 キーノは洋服店で頭の先から爪先まで最先端のファッションに身を包むと、意気揚々とモモンの邸宅に向かいました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「………………そうでちたでありんちゅか! ……うーん……」

 

 一方、その頃のありんすちゃんはブレインがシャルティアと出会ったという郊外で様々な人からの聞き込みをしていました。

 

「それが本当ならほっておけないでありんちゅ。……大変でありんちゅ」

 

 数々の証言からありんすちゃんは今回の依頼の裏に潜む重大な事実にたどり着いてしまいました。

 

 ありんすちゃんが知ってしまった事実とは一体どのような結末を生むのでしょうか? はたまたキーノの勝負服はモモンの心を動かす事が出来るのでしょうか?

 

 

 ───解決編に続く

 



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シャルティア・ブラッドフォールン 解決編

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』からさほど離れてないとある酒場のカウンターで酔いつぶれてくだを巻く探偵助手のキーノの姿がありました。

 

「……なんでだ? なんでこうもタイミングが悪いのだ?」

 

 美しく着飾ったキーノの頭に結ばれた赤いリボンの鮮やかさが薄暗い酒場の奥のカウンターで哀しく揺れていました。今回、ホニョペニョコについて話を聞きにモモンの邸宅に勝負服まで新調して訪問したのでしたが、そんなキーノを迎えたのは暫く不在にするとの一枚の貼り紙だったのです。

 

(……くっ。……今度こそは堂々と会えると思ったのだがな……)

 

 先日の出来事を思い出してキーノは唇を噛みしめるのでした。あの日、ありんすちゃんからホニョペニョットの情報を得て、モモンに教えるべくモモンの邸宅を訪れた時の事──中から出て来たナーベに冷たくあしらわれてしまった屈辱──確かに『キーノ』としては全く面識はなく接点もない。しかしながらガガンボだのゴミムシだのと虫扱いされた挙げ句に『モモンさ──んはストーカーとはお会いにならない』と断言した時のナーベの勝ち誇ったような顔………キーノは悔しさのあまりグラスをカウンターに叩きつけるのでした。

 

「ん? なんじゃ? ……こりゃあまた珍しい顔に会ったものだのぉ?」

 

 不意に声をかけられてキーノは顔を上げました。まだ夕方なのでわずかしかいない来客の中に良く知った顔があり、同時にキーノは身構えました。

 

 ──リグリット・ベルスー・カウラウ──かの十三英雄に数えられ死人使いのマジックキャスター──キーノが、いや、イビルアイが冒険者になったのはこの老婆との試合に負けたからでした。

 

「……なんだババア。こちらには用はない」

 

 キーノは身構えたまま声をかけました。

 

「昔からの付き合いじゃのに、そう無下にするものでもなかろうに」

 

 老婆……リグリットはキーノの姿をなめ回すように見てから意地悪そうに笑いました。

 

「……ふむ。お主はいささか成長したようじゃな? こうして色気づくまでに、な」

 

「──な!」

 

 思いもしない口撃にキーノの顔は一瞬で真っ赤に染まりました。

 

「……まあ良いわ。泣き虫めも別に木の股から産まれて来たのではないという事じゃて。……さて、お主はあの吸血鬼の事を調べていると聞いたが?」

 

 キーノは黙って頷きました。

 

「……結論からするとな、かの者は例の揺り返し、と見ておる。これには白金も同じ意見じゃ」

 

「──なんだと? ツァーが?」

 

 思わずキーノは唾を呑みこみました。リグリットの話は全世界で最強であろうプラチナム・ドラゴンロードがかのホニョペニョコを同格と見なしたという意味を持っていたのでしたから。

 

「白金によるとな、始原の魔法でも倒しきれなかったそうじゃ。この意味、お主ならわかるな?」

 

「──!! まさか!」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 いつの間にかキーノは酔いつぶれていたらしく、カウンターにうつぶせになって眠り込んでいたようでした。ガンガンする頭を抱えながら探偵社に戻るのでした。

 

(……そう言えば、誰かと大切な話をしていたような気がするけれど……なんだったかな? ……うーん……」

 

 キーノがありんす探偵社に着くと既に郊外での調査を終えた美少女探偵ありんすちゃんが戻っていました。

 

「キーノ! いよいよ対決しゅるでありんちゅ。心の準備しゅるでありんちゅよ」

 

 キーノは意味がわかりませんでしたが、ここで聞き返したりすればありんすちゃんから一撃されそうなので素直に頷きました。

 

 ただならぬ緊張感の中、やがて扉の鈴がチリンチリンと鳴りました。

 

「……時間通りでありんちゅ」

 

 室内の緊張感に押されたかのように少し落ち着きが無い依頼者──ブレインが入って来ました。

 

「確保!」

 

 突然テーブルの下から飛び出した男の号令であちこちから黒ずくめの男達が現れてブレインを取り押さえました。

 

「……こ、これは一体どういう事だ? 離せ! 離せ!」

 

 暴れるブレインにありんすちゃんが立ちふさがりました。そして指を突き付けて宣告します。

 

「ブレイン・アングラチュチュ、エ・ランテル郊外で野盗を働いていちゃ『死を撒く剣団』のボスとして逮捕するでありんちゅ」

 

「間違いありません! この男です!」

 

 隣の部屋から男に支えられて入って来た女がブレインを指差しました。ブレインはうなだれたまま、黒ずくめの男達に引きずられながら連れて行かれました。

 

「いやいや、通報並びにご協力感謝致します。これは『死を撒く剣団』にかけられた賞金金貨百枚です」

 

女と一緒にいた男──実はエ・ランテル冒険者組合の組合長アインザックでしたが──がニコニコしながら金貨が入った革袋を差し出しました。ありんすちゃんもニコニコしながら受け取ります。

 

「たとえ依頼人でも犯罪者は見逃さないでありんちゅ」

 

 かくてエ・ランテルの平和は美少女探偵ありんすちゃんによってまたしても守られたのでした。

 



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豪華客船ローゼンメイデン号への招待状 ~アリンスゲーム~

 ありんす探偵社に届いた差出人不明のトランク

「あけますか あけませんか」という謎の言葉

 豪華客船ローゼンメイデン号に集められた着飾った六人の乙女と一人の少年

 突然開催を宣言されるアリンスゲーム

 果たして美少女探偵ありんすちゃんは勝ち残る事が出来るだろうか?

──ようこそ ありんす探偵社へ 番外編 豪華客船ローゼンメイデン号への招待状 ~アリンスゲーム~ ──


 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』の穏やかな午後、美少女探偵のありんすちゃんは助手のキーノを相手にチェスに興じていました。探偵たるもの優秀な頭脳が資本ですからありんすちゃんが負けるはずがありません。……ですが今日に限ってはありんすちゃんの方が圧倒的に劣勢みたいですね。

 

「もう降参しても構わないぞ。どうせもうあと数手でチェックメイトだからな」

 

 助手のキーノが余裕を見せますが、ありんすちゃんは一言も返せずにただ唸っているばかりです。と、扉の鈴がチリンチリンと鳴って声が聞こえてきました。

 

「すみませーん。ありんす探偵社宛にお荷物です」

 

 チェス盤からありんすちゃんが顔の上げようとしない為、キーノが荷物を受けとりに行きました。配達人から大きなトランクを受けとり、戻って来ると何故かありんすちゃんが涼しげな顔をしていました。

 

「あー! 卑怯だぞ! ズルしたな?」

 

 チェス盤を一瞥してキーノは声を上げました。でもありんすちゃんは全く悪びれる様子がありません。

 

「勝負は非情なんでありんちゅ。……ところで随分大きな荷物でありんちゅね?」

 

 旅行に使う大きなトランクには紙が貼られていて『あけますか あけませんか』と書かれていました。

 

「うむ。こういう得体の知れない贈り物は慎重に──ってありんすちゃん!」

 

 キーノを振り切ってありんすちゃんがいきなりトランクを開けてしまいました。

 

「開けるにきまっているでありんちゅ」

 

 おそるおそるキーノが中を覗いてみると二枚の豪華客船ローゼンメイデン号の乗船券とありんす様 キーノ様とそれぞれ宛名が付けられた大きな箱が入っていました。ありんすちゃんはすぐさま二つの箱を開けます。中からはそれぞれ綺麗なドレスや帽子等──ありんすちゃん宛には黒のドレスとカチューシャ、キーノ宛には赤のドレスに赤の帽子、犬のぬいぐるみ──が入っていました。

 

「ありんちゅちゃはこっち!赤はありんちゅちゃの色でありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはキーノ宛に届いた赤のドレスを着て大満足です。キーノは仕方ないので黒のドレスを着ました。

 

「さあ行くでありんちゅ。事件が起きる予感がしゅるでありんちゅ!」

 

 かくて美少女探偵ありんすちゃんと助手のキーノは豪華客船ローゼンメイデン号が停泊する港に向かうのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「乗船券を拝見致します。ありんす様、キーノ様、お待ち致しておりました。お二方が最後の乗船となります」

 

 上品な初老の執事に案内されてありんすちゃんとキーノはタラップをのぼりました。

 

「主宰ちゃはどんな方でありんちゅか? それに他のお客ちゃんはどんな方々でありんちゅ?」

 

 ありんすちゃんは執事に問いかけましたが答えは無く、ただただ『後でわかります』と頬笑むだけでした。

 

「なかなか食わせものでありんちゅね」

 

 おそらくは一等客室とおぼしき豪華な内装の船室に案内されたありんすちゃんは早速キーノに愚痴を言いました。

 

「うちゃんくちゃい執事でありんちゅ」

 

 と、ありんすちゃんの呟きに答えるかのように扉がノックされました。

 

「ありんす様、キーノ様。主人より皆様にホールにお集まり頂くようにとの事です」

 

「わかったでありんちゅ。支度しちゃらすぐ行くでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは少しばかり気不味い思いをしながら答えました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 甲板に面した多目的ホールに行くと、ありんすちゃん達と同様に綺麗にドレスアップした人達がいました。ありんすちゃんとキーノがそれぞれ赤と黒が基調なようにそれぞれ黄色、紫色、ピンク、青、緑といった色鮮やかな色彩がそこにはありました。

 

 突然、ホールの照明が消え、同時に甲板に立つ一人の男がスポットライトに照らされました。

 

「皆さん、ようこそローゼンメイデン号へ。私は今回のゲームの主催者、ヤルダバオトと申します。あなた方に私から贈りました衣装、これがゲームの参加の証となります。これより皆さんには互いに闘って頂きます。とはいえ、殺し会うのではなく、相手が降参するか衣装を脱ぐかをすれば勝ちとします。このアリンスゲームの最後の一人勝ち残った者には『何でもひとつ願いを叶える』権利が与えられます。──それではアリンスゲームのスタートです!」

 

 スポットライトが消えてすぐに周囲で人が動く気配がしました。ありんすちゃんはキーノと背中合わせになり、警戒します。

 

「ありんすちゃん! 来るぞ!」

 

 暗闇の中でピンクのドレスを着て可愛らしいリボンをつけた熊のような巨体がキーノに襲いかかります。

 

「チッ! ガカーランか! ありんすちゃん、こいつの相手は任せろ!」

 

 キーノはガカーランの一撃をかわすと魔法を発動させました。

 

「これでも食らえ! 〈クリスタル・ウォール!〉」

 

 キーノに第二撃を浴びせようとしたガカーランの目の前に水晶の壁が現れます。しかし、ガカーランの怪力の前ではすぐに割られてしまいそうでした。

 

「……こ、これは!」

 

 ガカーランの動きが封じられています。なんとガカーランは水晶の壁に映ったピンクのドレスを着た自らの姿に見とれています。

 

「こっちはなんとかなりそうだ。ありんすちゃんは大丈夫か?」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ありんすちゃんは片目に眼帯をした紫色のドレスを着た女と対峙していました。ドレスには一円とあるシールが貼ってありました。

 

「かかってくるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはとりあえず手に持っていた犬のぬいぐるみを構えました。相手はじっとぬいぐるみを見つめています。ありんすちゃんがぬいぐるみを右に動かすと相手も右を見ます。

 

「……可愛い。それ。くんくん」

 

「欲ちいでありんちゅか?」

 

 試しにありんすちゃんが尋ねると相手は頷きました。そこでありんすちゃんは取引して犬のぬいぐるみをあげる代わりに勝負に勝たせてもらいました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 一方、助手のキーノは黄色いドレスの女と闘っていました。何故か互いに敵同士に出会ったかのようにし烈な闘いを繰り広げていました。

 

「〈ヴァーミンペイン!〉」

 

「〈爆散符!〉」

 

 やがて二人共相討ちとなり、アリンスゲームから退場となりました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「どうやら残ったのはあたし達とありんすちゃんだけみたいだね?」

 

 緑のドレスを着たダークエルフがジョウロを構えます。

 

「……二対一じゃ勝ち目は無いと思う……降参した方がいいと、あの、思います」

 

 青い上下を着たダークエルフの少年がハサミを構えます。ありんすちゃんはさっき犬のぬいぐるみをあげてしまったので何も持っていません。

 

 実はこのダークエルフの二人はそれぞれアウラとマーレで、ナザリック地下大墳墓の第六階層の階層守護者だったりします。一対一ならともかく、二対一ではありんすちゃんに勝ち目はありません。

 

 しかしありんすちゃんはゆっくりとアウラとマーレに向き合いました。そして高らかに勝利を宣言します。

 

「チェックメイトでありんちゅ。この勝負はありんちゅちゃの勝ちでありんちゅ!」

 

「は? ありんすちゃん、なに言ってるの? あたしとマーレとを相手に本気で勝てると思ってるわけ?」

 

「アウアウはドレスを着ているでありんちゅ。マーレはズボンをはいているでありんちゅ。これはぶくぶく茶釜ちゃまの意志に反ちているでありんちゅ!」

 

 みるみるうちにアウラとマーレの顔が真っ青になっていきました。彼らの創造主であるぶくぶく茶釜様が二人にだけ許した特別──異性の衣装を着る事──をアリンスゲームで反古にしてしまうとは。

 

「マーレ! 早く脱ぎなさい! 早く!」

 

「アウラ、マーレは衣装を自ら脱いだので残念ながら失格。勝者はありんすちゃん! 見事アリンスゲームを勝ち抜いた! 見事です!」

 

 

 

 会場にヤルダバオトの声が響き渡りました。ありんすちゃんは得意そうに胸を張ってヤルダバオトの元に進みます。

 

「では、約束通りありんすちゃんの願いごとをひとつ──おや?」

 

 ヤルダバオトが不意に口を閉じました。いったいどうしたのでしょうか? ありんすちゃんは少しドキドキしてきました。

 

 

「ざーんねーん! ありんすちゃんは失格です! ありんすちゃんには水銀燈の衣装を贈りましたが今着ているのは真紅です。よって失格です! 」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ありんすちゃん達はエ・ランテルに帰って来ました。それから一週間、キーノの小言が続いたそうです。

 



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美姫の覚醒

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』──美少女探偵ありんすちゃんは朝から大いなる謎にいどんでいました。鉛筆を片手にしばらく考え込んでいましたが、答えを思い付いたみたいで早速ます目に書き込んでいきます。

 

「バハルス帝国の首都は……アーウィンタールっと。これでクロスワードパジュル完成でありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは嬉しそうに万歳をします。

 

「……クロスワードは良いが、この所依頼が少ないな。このままだとまたもや貧乏暮らしに戻ってしまうぞ」

 

 助手のキーノがありんすちゃんの喜ぶ気持ちに水を差します。ありんすちゃんが頬を膨らませて抗議しようとした時、扉の鈴がチリンチリンと鳴って来客の訪れを告げました。

 

「──ナーベ!」

 

 来客が名乗るより先にキーノが叫びました。

 

「ようこそ。ありんちゅ探偵ちゃでありんちゅ。依頼はなんでありんちゅか?」

 

 ありんすちゃんの問いかけに対してナーベはモジモジしてなかなか話そうとしません。しばらくしてからようやくポツリポツリと話し始めました。

 

「……実は……私は覚醒したいのだ……です。その……2ちゃんねるという所で千番目に『1000ならナーベ覚醒』と書き込むと私は覚醒出来るらしい……です」

 

 ありんすちゃんはあまり乗り気なさそうにナーベの話を聞いていました。

 

「ふーん。ちょうでありんちゅか。ちょれでナーベはかくちぇいするとどうなるんでありんちゅ?」

 

「……はっ。んーん、その……」

 

 ナーベは顔を真っ赤にして言葉に詰まりました。

 

「恋でありんちゅね。まあ(パンドラ)モモンは同じ種族でありんちゅからお似合い──」

 

「──なんだと! ──」

 

「──いや、それはあり得ない──」

 

 ありんすちゃんの発言に畳み掛けるかのようにキーノとナーベの言葉が重なりました。

 

「どうちたものでありんちゅ……この依頼は……」

 

「──この依頼、私が受ける!」

 

 ありんすちゃんの言葉を遮って助手のキーノが叫びました。ありんすちゃんは自分のセリフを遮られた為、少しムッとしましたが、キーノに任せる事にしました。

 

(よし。これでナーベに恩を売ればモモン殿との距離を近づける好材料となるに違いない。2ちゃんねるとやらは全く知らないが、かつては国墜としとまで呼ばれた私に不可能な事は無いだろう)

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 あれだけ大見得をきったキーノでしたが、依頼を受けて早々につまづいてしまいました。2ちゃんねるがわかり、ナーベ覚醒の舞台である『オーバーロードスレ』まではたどり着く事が出来たものの、どうしたら覚醒するのか良くわかりませんでした。仕方ないので『ナーベ覚醒はどうしたら良いか教えて欲しい』と書き込んでみましたが、全く反応がありませんでした。よくよく見ると一番最近の書き込みが一週間前で、あらためてよく探すと書き込みが盛んな他の『ワッチョイあり』オーバーロードスレがあったので『ナーベ覚醒はどうしたら良い?』と書き込んでみると早速返事がありました。

 

『まず服を脱ぎます』

 

 キーノは言われた通りにしてまた書込みをしました。

 

『服を脱いだ。次はどうしたら良い?』

 

 すぐに返事がありました。

 

『スレッド終了の1000レス目の書き込みで“1000でナーベ覚醒”と書き込む事が出来たらナーベが覚醒します』とありました。

 

「──惜しい! 『1000でナーベ覚醒』と書き込んだのに『このスレッドは1000を超えました。もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。』になった……」

 

 キーノは驚きました。なんと1000番目の書き込みに『イビルアイちゃん覚醒』とあったのでした。

 

(この私が覚醒だと? ……しかし覚醒とは一体?)

 

 キーノはまたもや書込みました。

 

『イビルアイが覚醒したらどうなるか教えて?』

 

 すぐに返事が書き込まれます。

 

『まず服を脱ぎます』

 

(ふむ。どうやら服を脱ぐのが2ちゃんねるの作法らしいな。仕方ない)

 

『服を脱いだ。教えてくれ』

 

 更に相手からの書き込みがありました。

 

『全裸になりましょう』

 

 キーノもさすがに躊躇しましたが、意を決して下着も脱ぎました。

 

『これで良いか? 教えてくれ』

 

 すぐに返事が書き込まれました。

 

『イビルアイが覚醒したらモモンから好意を持たれます』

 

「マジ! …………やったー」

 

 その日からキーノはひたすら『1000ならイビルアイ覚醒』に挑戦しますがうまくいきません。必ず他の誰かの書き込みが1000レス目をとってしまうのでした。背に腹は替えられず、キーノはまたしても書き込みをするのでした。

 

『どうしたら1000レス目をとれるか教えて下さい』

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ──カルネ村

 

「ウヒャヒャヒャ。またあのアウアウが乞食レスしているっすね。また『まず服を脱ぎます』っと。……馬鹿っすね。ホントに脱いでいたら面白いっすけど。……さて、ゴブリンさん達、そろそろ1000レスっすからよろしく。絶対にナーちゃんの覚醒を阻止するっすよ」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ありんす探偵社にアダマンタイト級冒険者 漆黒のモモンとナーベが訪れていました。美少女探偵のありんすちゃんが応対します。

 

「ナーベからの依頼は奥の部屋で助手のキーノが取り組んでいるでありんちゅよ。案内するでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんが漆黒の二人を伴って部屋の扉を開けると──

 

「!!!!!!」

 

「うわわわーモ、モ、モモン殿!」

 

 部屋の中には全裸でスマホの前に正座しているキーノの姿がありました。

 



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ランポッサⅢ世の依頼 ~消えた第一王子の行方~

 美少女探偵ありんすちゃんと助手のキーノはリ・エスティーゼ王国のロ・レンテ城に来ていました。数々の難事件をことごとく解決してきた手腕が評判となり、リ・エスティーゼ王国のランポッサⅢ世じきじきに依頼をしたいと呼ばれた為です。

 

「これはよくおいで頂きました。私がランポッサⅢ世です。まずは長旅の疲れを取って頂きたい」

 

「ちょれには及ばないでありんちゅ。しゅぐに依頼を話ちゅでありんちゅよ」

 

 慇懃に出迎えた国王に対して、ありんすちゃんは即座に用件を訊ねました。

 

「実は……ありんす殿に調査して頂きたいのは我が不肖の息子、第一王子のバルブロの行方についてじゃ」

 

 ランポッサⅢ世は苦しそうにポツリポツリと話し始めました。

 

「かのカッツェ平野での合戦は知っておろうな?」

 

 ありんすちゃんは黙って頷きました。帝国と王国との毎年の合戦に魔導国が加わった今回の合戦──王国が壊滅的な被害を被っただけでなく帝国の全兵士の心胆を潰してしまう程の蹂躙劇──は誰もが知っています。

 

「……あの戦場にはバルブロは居なかった。私は良かれと思い、あれを戦場ではなくカルネ村に向かわせた。……しかし、どうした事かバルブロはおろか付き従った兵士一人として行方が知れぬのだ」

 

 国王はそこまで話すと疲れきったかのようにソファーに身体を沈めました。そして弱々しくありんすちゃんの手を取ると言いました。

 

「もしかしたらバルブロは既にこの世のものではないのかも知れぬ。頼む。是非とも消息を掴んで欲しい」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「で、どうする? やはりカルネ村に向かうか?」

 

 王都のカフェでジェラートを楽しむありんすちゃんに助手のキーノが訊ねました。ありんすちゃんは可愛らしく小首を傾けて答えます。

 

「ちょれちか無さそうでありんちゅよね……」

 

 二人はかくしてバルブロ王子が向かったというカルネ村へ出発するのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「ここがカルネ村か……普通の開拓の村かと思っていたが、何だかものものしいな」

 

 キーノが思わず呟くようにカルネ村はぐるりと周囲を頑丈な柵で覆われていて、ちょっとした城砦のようでした。

 

 村の入り口まで来ると周りから大勢のゴブリンが姿を現しました。

 

「そこで止まれ。二人共なかなかの強さのようだな。ここはカルネ村だ。一体なんの用だ?」

 

 キーノがありんすちゃんの前に立って答えました。

 

「私達は知り合いを訊ねて来た。エンリかンフィーレアという人物が住んでいる筈なんだが?」

 

「な、何だって? ……あんた達は将軍のお知り合いでしたか。失礼しました。今、将軍にお知らせします」

 

 ありんすちゃんとキーノは顔を見合せました。二人供、狐につままれた気分で将軍の到着を待つのでした。

 

「あ、お久しぶりです。先日はお世話になりました。ありんすちゃんと助手さんですね」

 

 声がする方を見ると、赤い帽子を被ったゴブリンに囲まれたエンリが息を弾ませながらやって来る所でした。

 

「……うん? このゴブリン……難度は百を越えているみたいだな……」

 

 兇悪そうな表情をした赤い帽子のゴブリンに身構えるキーノの頭をありんすちゃんはポカリと叩きます。こういう風にやたらと敵意を表していてはとてもクライアントに好かれる事は出来ません。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「第一王子なら確かにカルネ村に来ました。……ちょっと色々あって、結局王子達はカッツェ平野に向かいましたよ」

 

 カルネ村の中央にある集会所にありんすちゃん達を迎え入れたエンリとンフィーレアはありんすちゃんの質問に答えました。

 

「ちょうでありんちたか。ちょれではカッツェ平野に向かうとしゅるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんと助手のキーノはカルネ村を後にするのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「二人共なんか探し物っすか? 良かったらこの美人のお姉さんに話してみるっす」

 

 ありんすちゃん達がバルブロ王子の足取りを探しに郊外を歩いていると、通りすがりの修道女(クレリック)が声をかけてきました。ニコニコと人懐こそうな彼女にありんすちゃんは答えました。

 

「……ああ、あの王子なら知っているっすよ。レッドキャップさん達にボコボコにされて……せっかく何度も回復魔法をかけて治療してあげたんすっけど、残念ながらお亡くなりになったっすよ」

 

 ありんすちゃんはこの通りすがりの修道女の行いに感動しました。彼女は見ず知らずの王子に回復魔法を何度もかけてあげたというのですから。

 

「うーん……こうなったら犯人をちゅかまえるでありんちゅ」

 

「しかし犯人がわからないぞ? どうする?」

 

 ありんすちゃんにキーノが聞きました。ありんすちゃんは前を向いたまま、自信ありげに答えました。

 

「キーノ、カルネ村に戻るでありんちゅ」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「……そうか。バルブロはもう……」

 

 リ・エスティーゼの王城に戻って来たありんすちゃん達から報告を受けたランポッサⅢ世は肩を落としました。

 

「……しかし、ありがとう。消息をこうして届けてくれたのだ。きちんと謝礼はする。……そうだ、かの回復魔法をかけてくれたという心優しき修道女にもなにか礼をしなくてはな。……それにしてもさぞかし無念であったろう」

 

 国王の嘆く姿を見て、ありんすちゃんが前に出ます。

 

「国王、仇はありんちゅちゃがとってきたでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはそう言うとポケットから赤い帽子を取り出しました。

 

「この帽子が犯人でありんちゅ! ……レッドキャップ──赤いぼうちでありんちゅ!」

 

 

 得意げに胸を張るありんすちゃんの周囲の時間が一瞬だけ凍り付くのでした。

 

 尚、ありんすちゃんはレッドキャップと間違えて同じくポケットに入れていたレッドソックスを取り出していましたが誰も突っ込まなかったそうです。



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もるグがいの殺人

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝はモンブランケーキとのにらめっこから始まります。いつもだとてっぺんのマロングラッセから頬張るのがありんすちゃんの食べ方なのですが、今日はマロングラッセを最後に食べようと周りのマロンクリームから食べていました。そろそろてっぺんのマロングラッセを食べようとフォークを伸ばした瞬間、入口の扉が勢い良く開いて助手のキーノが呼びました。

 

「ありんすちゃん、事件だ。今すぐ出発しよう」

 

 ありんすちゃんはキーノの頭をポカポカ叩きましたが、結局連れ出されてしまうのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「ここが事件の現場でありんちゅね」

 

 美少女探偵ありんすちゃんと助手のキーノはカルネ村にやって来ました。ありんすちゃんはいささかご機嫌斜めのようです。

 

「被害者の名前はグ。東の森の巨人と呼ばれるウォー・トロールだな」

 

 助手のキーノが手帳を見ながら説明します。ありんすちゃんはグの遺体──それは焼け焦げた巨大なハンバーグにしか見えませんでしたが──に近づいて観察します。すぐに何やら気がついたみたいでしたが、黙ったまま、キーノに説明を続けさせました。

 

「容疑者が何人かいる。まずは村娘のエンリ。そしてその友人のンフィーレア、その祖母のリジィー。ンフィーレアは第二位階、リジィーは第三位階までの魔法が使えるそうだ」

 

 ありんすちゃんは静かにエンリ、ンフィーレア、リジィーそして最後にキーノをじっと眺めました。

 

「そして西の魔蛇ことリュラリュース。被害者とは抗争中だったそうだ。動機は充分ある。そしてゴブリンのジュゲム。彼が持っていた剣はもともと被害者のものだったらしい」

 

 キーノの説明を聞きながらありんすちゃんは静かにリュラリュース、ジュゲム、そして最後にまたもやキーノをじっと眺めました。

 

 ありんすちゃんはしばらく腕を組んで考えていましたが、顔を上げると口笛を吹きました。すると何処からか大きな犬がやってきました。

 

「この犬は名犬ルプーでありんちゅ。今回の助っ人でありんちゅ」

 

 賢そうな名犬ルプーは遺体の匂いを嗅ぐとグルグル辺りを周りだしました。そうしてキーノの周りに座り込むと一声ワンと吠えました。

 

「犯人はこの中にいるでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは断言しました。そしてゆっくりと自らの推理を語り始めました。

 

「最初に遺体を見た時に変だと思ったでありんちゅ。グはアンデッドだったでありんちゅ。ちかも、これだけの勢いで焼くにはちょれなりの魔法だったでありんちゅね」

 

 ありんすちゃんは犯人の前に立ちました。

 

「犯人はキーノでありんちゅ!」

 

 名犬ルプーが『そうだ』と言うようにワンワンと吠えました。キーノは思わず叫びます。

 

「んなわけあるかーー!」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 寒々しい風が吹く中で、ありんすちゃんは追い詰められていました。なにしろありんすちゃんの推理では犯人はキーノ以外に考えられなかったからです。ありんすちゃんは悩み、やがて一つの結論に至りました。

 

「〈ヴァーミリオンノヴァあ!〉」

 

 ありんすちゃんの攻撃魔法〈ヴァーミリオンノヴァ〉──朱の新星──によってグの遺体は影形も残らず消えてしまいました。

 

「これで解決でありんちゅ」

 

 美少女探偵ありんすちゃんの活躍により、グ殺人事件はなかった事になったそうです。そして、ありんす探偵社に戻ったありんすちゃんはモンブランケーキのマロングラッセを美味しく頂きましたとさ。めでたしめでたし。

 



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怪盗ヘロヘロ団 参上

 王都リ・エスティーゼの朝早く一人の女冒険者の叫び声から事件は始まりました。

 

「な、な、な……………ないないない!なーーい!」

 

「何事だ?」

 

 ガガーランが駆けつけるとイビルアイが半狂乱になってベッドをひっくり返していました。いつもの冷静さの欠片もなく、片手に薄い本を持って枕の中の羽毛を引っ張り出しながら騒いでいます。そこにリーダーのラキュースが飛び込んで来て、いきなりイビルアイから薄い本を奪うと、わし掴みにしていた小汚ない小さな手帳をイビルアイに押しつけました。

 

「あああああーー!」

 

 小さな手帳を胸に押し当てながらイビルアイが崩れ落ちました。顔を真っ赤にしたラキュースは興奮して叫びます。

 

「いー、一体、誰がこんなイタズラを?」

 

 と、いきなり室内の空気がゆれて黒づくめの女が二人、姿を現しました。

 

「……ラキュースのやおい本とイビルアイの秘密日記、モモン殿大好き──を入れ替えたのは相当なスキルの持主。おそらくは私達以上」

 

「な……」

 

 ティナの言葉に仮面の中で顔を真っ赤にしながらイビルアイは言葉に詰まるのでした。

 

「……こんなものがあった」

 

 ラキュースがティアから小さな紙切れを受け取るとそこには『ラキュース殿とイビルアイ殿の大切なものを入れ替えさせてもらった。怪盗ヘロヘロ団』と書かれてありました。

 

「ヘロヘロ、団、だと?」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ──某所 怪盗ヘロヘロ団のアジト──

 

「あの……ヘロヘロ様。何故あのようなイタズラを?」

 

 安楽椅子でくつろぐエルダー・ブラック・ウーズのヘロヘロにソリュシャンが訊ねました。ヘロヘロは少し考えるように頭を振ってから答えました。

 

「うーん……どうしてかな? ……仕事のストレス解消みたいなもの……かなぁ?」

 

 とは言うものの現在ではヘロヘロは仕事から解放されている状態であるので、正確には違うのだろうとわかっていました。でも、なんとなく、仕事に追われていた頃の記憶が、身体に染み付いてしまっている感覚が、無意識の内にそうした行動をとらせるのかもしれないとヘロヘロは思いました。改めて企業の歯車から離れる事が出来て自由を満喫している今を感謝しながら、様々な計画に胸を踊らせるのでした。

 

「次はどうされますか?」

 

 ソリュシャンが訊ねます。ヘロヘロはのんびりとあくびをしながら答えました。

 

「うーん……どうしようかな? ……せっかくだからモモンガさんに会いに行こうかな?……ああ、今はアインズさんだったっけ」

 

「ヘロヘロ様がナザリックにいらっしゃればアインズ様もお喜びになると思います。私もこっそり抜け出す必要もなくなりますし……」

 

 ソリュシャンはヘロヘロの元に来る為にいろいろと用事を作ったりしていたので、アインズにヘロヘロの存在を知らせる事で正式にヘロヘロのお世話役になる事が出来れば大変有難いのでした。

 

「……うーん。でも、せっかくだからしばらくアインズさんには内緒にしておこうかな? ……この世界に来てから随分時間がたってしまって、なんだかタイミングを失ってしまった感じなんだよね。……それにリアルの世界では出来なかった事をもっと試してみたいかな……」

 

「……成程。それが怪盗ヘロヘロ団、という訳ですね。……わかりました。私も及ばずながらお手伝いさせて頂きます」

 

「ありがとう。ソリュシャン。うれしいよ」

 

 ヘロヘロは楽しそうに笑いました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 それからしばらく経ったある日──

 

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんに一人の来客がありました。

 

「ありんちゅ探偵ちゃにようこちょでありんちゅ。依頼を聞くでありんちゅ」

 

 目深にかぶったローブを脱ぐと依頼者は美しい女性でした。普通の人間とは異なり大きな角と金色の瞳の女性は名前をアルベドと名乗りました。

 

「名高い名探偵ありんすちゃんに是非とも依頼を受けて頂きたいの。かの怪盗ヘロヘロ団からこのわたくしを守って欲しいのだけれど?」

 

「──ヘロヘロ団だと! ……ゆるせん──」

 

 ヘロヘロ団の名前を聞いていきりだすキーノの頭をポカリと叩いて、ありんすちゃんは依頼者に向き直ります。いつもの事ながら、助手のキーノは全く進歩がないのでありんすちゃんはため息をつくのでした。

 

「怪盗ヘロヘロ団でありんちゅか……くわしい話を聞くでありんちゅ」

 

 アルベドの話によれば、魔道王国のアインズ・ウール・ゴウン魔道王あてに怪盗ヘロヘロ団からの予告状が送られてきたのだそうです。そこには『今宵22時、アインズ殿の大切なものを頂きに参上します 怪盗ヘロヘロ団』とあり、アルベドによればヘロヘロ団の狙いは『アインズ様の最も大切な存在であるアルベド』だと言うのでした。

 

「……アルベドを誘拐しゅるちゅもりでありんちゅね? ……うーん……アインジュちゃまの大切は他にはないでありんちゅか?」

 念のため、ありんすちゃんが訊ねてみましたが、アルベドは「他には絶対あり得ない」と断言するのでした。そこでありんすちゃんとキーノはアルベドの身辺警護をする事にしました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の第九階層にある執務室で魔道王、アインズは戦々恐々としていました。実は先週、バハルス帝国でフールーダが怪盗ヘロヘロ団の被害にあったという話を聞いていたからです。フールーダが盗まれたのはなんとアインズが授けた『死者の本』で、しかもよりによってしっかり施錠されたボックスから盗み出されたというのです。そして、ついに今度はアインズに対しての予告状が怪盗ヘロヘロ団から送られてきたのでした。

 

(……うーん……盗賊スキルが相当に高い相手か、それとも他の未知のスキルの持主か? ……プレイヤーの線も考えられる。……いずれにしても厄介な相手だろう……狙いはやはり私の秘密ノートだろうか? ……それだけはなんとしても阻止しなくてはなるまい……)

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の第八階層ではデミウルゴスが忙しそうにしていました。彼は怪盗ヘロヘロ団の狙いがギルド武器のスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンだと考え、桜花領域の警護を手厚くする為に配下の魔将を配置していたのでした。

 

「……これでひとまず安心ですね。しかし、一体何ものなのでしょう?」

 

 悪魔族の魔将達ならばあらゆる耐性があるので易々と突破されない筈でしょう。しかし──相手の狙いが明らかになっていない以上、油断できませんね、とデミウルゴスは瞳を細くするのでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 パンドラズ・アクターは緊張していました。なにしろ最近話題の怪盗ヘロヘロ団がナザリックにやって来るのです。当然ながら自分の守護領域である宝物殿は一番狙われる可能性があります。なんとしても死守しなくてはなりません。

 

「……しかし、一体何を狙ってくるのでしょうね? ……やはりワールドアイテムですかね? ……それとも……もしや? いや、やはり……」

 

 心の中でパンドラズ・アクター自身が狙われているかもしれない、と呟きながら改めて宝物殿を見回すのでした。

 

「……さて……怪盗ヘロヘロ団が相手ならばヘロヘロ様の姿を借りてみますかね。……名前が同じというのも何かの縁かもしれませんよね」

 

 一人芝居をするかのように、独り言に大袈裟な身振りを加えながらパンドラズ・アクターはやがて来るであろう怪盗との知恵比べに備えるのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓地上部にあるログハウスでは数人の戦闘メイドに混ざってありんす探偵社助手のキーノが気まずい思いをしながら時間になるのを待っていました。ありんすちゃんはアルベドと一緒にナザリック地下大墳墓の内部に入って行きましたが、どういう訳か助手であるキーノは中に入れて貰えずこうして地上のログハウスで待たされる事になってしまったのでした。

 

 魔道王国の戦闘メイド達の中で一人だけ衣装の雰囲気が異なるメイドがさっきからキーノの事を睨んでいるように感じてなんとも居心地が悪い思いをしていて、キーノはつい、ため息をつくのでした。

 

(……こんな事なら探偵社で留守番していた方が良かったな。もしくは情報集めと称してエ・ランテルの街にいれば良かった。運が良ければモモン殿とばったり出会ったり出来ただろうに)

 

 やがて時刻は20時になろうとしていました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 アルベドはやや上気した表情でありんすちゃんに訊ねました。

 

「あと、二時間ね。……そうだわ、どうせなら身を清めておいた方が良さそうだわ。この階層のスパにいくから、ありんすちゃんは待ってて貰えるかしら?」

 

「……ちょれならありんちゅちゃはスパのロビーでまちゅでありんちゅ」

 

 アルベドはありんすちゃんをロビーに残して鼻唄を歌いながらスパに入っていきました。ありんすちゃんは油断なくロビーから廊下に目を光らせます。やがて時刻は21時になろうとしていました。

 

 怪盗ヘロヘロ団の予告まであと一時間──

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓 第六階層──双子のダークエルフ、アウラとマーレは暇をもて余していました。

 

「暇だねー。今回はあたし達の出番はこれだけなんだってさー」

 

「……ぼ、僕はもっと……あの……活躍したいかな……」

 

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 

 ──22時──怪盗ヘロヘロ団の犯行予告の時間になりました。ヘロヘロは慌てて起き上がりました。

 

「──しまった。つい寝過ごした……」

 

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓 第九階層スパからアルベドが青冷めて出てきました。ありんすちゃんはアルベドに理由を訊ねてみると……

 

「どうしたら良いのかしら? ……アインズ様の一番大切な存在であるこのわたくしが怪盗ヘロヘロ団に奪われないのは大問題だわ」

 

 ありんすちゃんは言葉に詰まるのでした。と──女の人の叫び声が──

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 ありんすちゃんが駆けつけるとアインズの居室の当番の一般メイドが一枚のカードを手に座り込んでいました。

 

 ──アインズ様の大切な三吉君は頂いた 怪盗ヘロヘロ団ソリュシャン──

 

「ば、馬鹿な?」

 

 騒ぎを聞きつけて執務室にいたアインズもやって来ました。

 

「確か、今日は念のために鍵をかけていた筈だったわね?」

 

 アルベドの問いかけにメイドが答えます。

 

「……はい。私が開ける時は鍵がかかっていました」

 

 今こそありんすちゃんの出番です。ありんすちゃんは断言します。

 

「これは密室でおきちゃ事件でありんちゅ。犯人は鍵をあけたか、鍵穴から出入りしたんでありんちゅ」

 

 そしてありんすちゃんは犯人の名前を告げました。

 

「犯人はルプーでありんちゅ!」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 残念ながら真犯人はソリュシャンでした。アインズはその後、何故ソリュシャンが三吉君を持ち去ったのかユリ・アルファに調べさせたそうです。

 

 尚、怪盗ヘロヘロ団のヘロヘロはあれから二度寝をしてしまい、結局、ナザリック地下大墳墓に盗みに来なかったそうです。



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美少女名探偵ありんすちゃんのプレイアデスな日

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝はお掃除で始まります。最近コスプレにはまった助手のキーノが用意したメイド服を着て事務所の掃除をします。

 

 可愛いらしいメイド服にホワイトプリムで小さなメイドになったありんすちゃんはとっても可愛いいのですが、ただゴミをほうきで右から左に移動させているだけだったりします。

 

 チリンチリンと入り口の扉の鈴が来客を知らせました。入って来たのは同じくメイド服を着て夜会巻きに髪を結い上げた女性で、知的な眼鏡を右手の人さし指で押さえながらユリ・アルファと名乗りました。

 

「ありんちゅ探偵ちゃにようこちょ。依頼はなんでありんちゅ?」

 

 メイド服を着たありんすちゃんがメイド服を着たユリに訊ねました。そこにやはりメイド服を着た助手のキーノがお茶を運んできました。

 

「……実は……私の妹が至高のお方の大切なものを隠してしまったみたいなのです。至高のお方は 寛大な処分で構わないとおっしゃってくださっているのですが、頑としてその所在を喋ろうとしないのです。……このままでは姉として厳しく処断せざるを得ないので悩んでいます」

 

 ユリの話を静かに聞いていたありんすちゃんは静かな口調で自らの意見を述べました。

 

「こうなっては潜入ちょうちゃ、でありんちゅ」

 

 ユリは驚きました。そして、今更ながらありんすちゃんがメイド服を着ていた理由があらかじめこうなる事を予見していたのでは?と思うのでした。確かにエ・ランテルでの美少女名探偵ありんすちゃんの噂は耳にしましたが、まさかこれ程までのものとは……

 

「……是非、お願いいたします」

 

 こうしてありんすちゃん達はユリの依頼を受けてナザリック地下大墳墓での潜入捜査をする事になりました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「どうして……こんな格好なんだ? ……私はメイドだがありんすちゃんのその格好は……いったい……」

 

 メイド服のキーノに対して、黒のフロックコートを着たありんすちゃんはどうやら執事のつもりみたいですね。コートの裾が長すぎて引きずってしまっているのはご愛嬌です。

 

「セバチュでありんちゅ。キーノはチュアレでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはどうやら執事のセバス、助手のキーノは人間のメイドであるツアレに変装したみたいですね。二人はユリの案内で第九階層のメイド達の休憩部屋に行きました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 部屋の中ではソリュシャンが一人、隅の椅子に座っていました。

 

〈───はい。全て予定通りです。後は……よろしくお願いいたします〉

 

 誰かとメッセージで会話をしていたソリュシャンは部屋に入って来たユリ、ありんすちゃん、キーノを順番に見てびっくりしたようでした。

 

(……ユリ……一般メイド? ……それに……誰?)

 

「セバチュでありんちゅよ!……チョリチャはわからないでありんちゅか」

 

 眉をひそめたソリュシャンに対してありんすちゃんはプンプンしながら言いました。大きく深呼吸して気持ちを落ち着けるとありんすちゃんは言いました。

 

「ちょれでは始めるでんちゅ」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ありんすちゃんのセバスの前をツアレのキーノが歩きます。

 

「だいぶ良くなって来たでありんちゅ。もう一回歩くでありんちゅ」

 

「はい……んんん」

 

 ありんすちゃんのセバスに命じられてキーノのツアレがまた歩き出しました。

 

「ほらほら、少し斜めでありんちゅ。やり直しでありんちゅ」

 

「……ぐぬぬ……」

 

 ツアレ役のキーノの顔が赤くなってきました。

 

「あの……セバス様。そろそろ一旦休憩にしませんか?」

 

 ユリ・アルファが台本を見ながらセリフを言いました。ちなみに台本の表紙には『プレイアデスな日』と書いてありました。

 

「まだダメでありんちゅ。至高のアインジュちゃまは……アインジュちゃまは……」

 

 どうやらありんすちゃんはセリフを忘れてしまったみたいです。ソリュシャンは先程から始まったこの学芸会のような劇を呆気に取られて見ていました。

 

「チュアレにご褒美でありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはアドリブでキーノのツアレを抱き寄せてキスをしました。

 

「ちょ、な……何を、……えっと、えっと……ちくちくします」

 

 ──と、突然扉が開いてセバス本人が勢いよく入ってきました。先程のありんすちゃんとキーノのシーンを目にして、真っ赤な顔をしています。ユリは思わず目を閉じました。

 

「……こ、これはなんです? ……あなた達はこちらに来なさい。ユリ、ソリュシャンもです。私にきちんと説明して頂けますか?」

 

 普段感情をあまり出さないセバスですが、この時は誰の目にも怒っている事が明らかでした。

 

 結局、その日は夜までセバスのお説教が続いたのでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 翌日改めてありんすちゃんと助手のキーノはソリュシャンを訪ねてきました。ソリュシャンはまたもや誰かとメッセージで会話をしていました。

 

〈──ええ。予定にない外部の人間が……はい。かえって利用出来るかと。……わかりました。おまかせ下さい〉

 

 ありんすちゃんはソリュシャンに言いました。

 

「美少女名探偵ありんちゅちゃでありんちゅ。ちゃんちき君の居場所、しゃべるでありんちゅ」

 

「わかりました。では、案内します」

 

 意外な事にソリュシャンは素直に答えました。きっとこれまでのありんす探偵社の評判にソリュシャンも観念せざるを得なかったのですね。

 

 ありんすちゃんと助手のキーノはソリュシャンの案内でエ・ランテル郊外の廃墟に幽閉されていた黒いスライムの『三吉君』を見つけました。無事に『三吉君』をナザリック地下大墳墓の第九階層のアインズ居室のバスルームに戻し、依頼は完了です。ありんすちゃんと助手のキーノは意気揚々とありんす探偵社に戻りました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 アインズは服を全て脱ぐと全裸になりました。アインズの喜びを表すかのようにワールドアイテムのモモンガ玉が輝きを増します。なにしろ久しぶりのお風呂なのですから、つい鼻唄を歌いたくなる位、アインズはうきうきしていたのでした。

 

「……あれ? ……こんな色だったか?」

 

 バスタブを満たしているスライムは見慣れた青ではなく黒い色をしていました。しかも、どことなく見覚えがあるような……

 

「お久です。モモンガ──ああ、アインズさんでしたね」

 

 バスタブのスライム──エルダー・ブラック・ウーズ──は懐かしそうにアインズに話しかけるのでした。



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キーノ探偵社にようこそ(ドラマCD漆黒の英雄譚 より)

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝は──あれ? ……『ありんす』の部分に上から紙が貼られて『キーノ探偵社』になっています。しかも、ありんすちゃんの机にいるのは探偵助手のキーノです。

 

 キーノはありんすちゃんのお気に入りの黒猫の絵柄のマグカップでコーヒーを飲んでいます。大丈夫でしょうか?

 

 と、入り口の扉の鈴がチリンチリンと鳴って来客を告げました。

 

「初めまして。私はトーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイム、トーケルと呼んでいただきたい。ここがエ・ランテルで名高いありんす探偵社と伺って来たのだが、依頼を引き受けてもらえないだろうか?」

 

「私はありんす探偵社随一の名探偵、キーノだ。まずは依頼内容を聞こう」

 

 うーん……ありんすちゃんを呼ばないで助手でしかないキーノが応対して大丈夫でしょうか? ……そういえばさっきからありんすちゃんの姿がありません。よく見るとありんすちゃんの机の上にメモがありました。

 

『おーくしょんにいくます るすばんよろちく ありんちゅちゃんより』

 

 うーん……よくわかりませんが、ありんすちゃんはオークションに参加する為に留守みたいですね。

 

「私の依頼とは……エ・ランテルのアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”の“美姫”ナーベさんのハートを射止めたいので、是非とも協力して頂きたいのです」

 

 予想外の依頼に驚いて、キーノは思わず口からコーヒーを吹き出してしまいました。

 

「……本気か?」

 

「はい! 我が一族の伝統で『成人の儀』としてモンスターを退治する為に冒険者を雇おうとエ・ランテルに来たのですが、“漆黒”のナーベさんに一目惚れしてしまいました。かくなる上は是非とも妻として我が領地、ビョルケンヘイムに迎えたい」

 

 トーケルの後ろに立っていた従者が革袋をキーノの前に置いて口を開きました。

 

「実は坊っちゃんがナーベ殿に直接アタックしたいと言い張りましてね、まぁ、結果はわかりきっているのでそれで良いと思っていたんですが……そんな時、街の噂で『不可能を可能にする天才美少女探偵ありんすちゃん』の噂を聞きまして。是非ともお力になって頂きたいと。……ふむ。噂通りの中々の美少女ですな」

 

「アンドレ! 軽口は慎まないか! ……失礼した。で、依頼を受けてほしいのだが?」

 

「わかった。依頼を受けよう。──ただし」

 

 キーノはトーケル達にウインクして見せた。

 

「私の指示に従って貰おう」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ──ナザリック地下大墳墓第六階層 アンフィテアトルム──

 

「皆、集まったようね。では、早速オークションを始めるとしましょう」

 

 ナザリック地下大墳墓の守護者統轄のアルベドが高らかにオークション開始を宣言します。ありんすちゃんはギュッと両手を握りしめます。

 

「最初に断っておくけれど、今回、オークションで落札出来たからといって、必ずしもアインズ様のお許しがあるとは限らないわ。また、同額または甲乙がつけがたい場合には、アインズ様のご判断に委ねる事になるわね。……わかったかしら?」

 

 参加者に混ざってありんすちゃんも首をブンブン降ります。

 

「では、最初の商品は……アインズ様の添い寝権! いっせーの、ででホワイトボードに記入した入札額を提示するの。……いっせーの!」

 

 一斉にホワイトボードが表にされると、会場内にざわめきが満ちていきました。

 

「……ナ、ナンダト?」

 

「……うーん、そっかあ。それならマーレをお姉ちゃんは応援するよ」

 

「……マーレ、一億ってあるけれど……一千万の間違いじゃないの?」

 

「い、一億です。間違えてなんかいません。あの、アインズ様の添い寝権ですよ? い、一億位当たり前だと思います」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 エ・ランテル郊外にアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”とトーケル達の姿がありました。

 

「初めまして。冒険者協会から大体の事は伺っています。今回は名指しの依頼だそうで、有難うございます。私がアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”のモモン、こちらがナーベです」

 

「……私はキーノ。仲介者だ。こちらのビョルケンヘイム卿の成人の儀に最適な冒険者を紹介して欲しいと相談があってな、モモン殿を推薦したのだ」

 

「──いや、まだ家を継いではいないから卿では──はふん!」

 

 横から口を挟もうとしたトーケルの脇腹をキーノが突っつきます。

 

「……いいからここは私に任せておけ。ナーベのハートを射止めたいのであろう?」

 

 キーノは小声でトーケルに注意します。トーケルは黙ってキーノに任せる事にしました。

 

「いやはやトーケル坊っちゃん、大丈夫ですかな? どうも望み無さそうにしか思えないですがね?」

 

「アンドレ、そう言うな。高名な『ありんす探偵社』の一番有能な局員、キーノさんだぞ。全てお任せしようじゃないか」

 

 片隅でこそこそ話すトーケル主従を無視してキーノが話を進めます。

 

「失礼した。モモン殿。では話に戻ろう」

 

「……えっと……ビョルケンヘイム卿の成人の儀ではモンスターを討伐するしきたりだという事でしたね……手軽なモンスターという事ならばゴブリンあたりが丁度良いのではないでしょうか」

 

 モモンの提案にアンドレが同意します。

 

「それは良いですね。実のところ我が家の慣わしで人型のモンスターを殺す事で人の命を奪った時に受ける心の傷を和らげようというのがありましてね」

 

「わかりました。では、場所は──」

 

「モモン殿! 最近、ゴブリンの集団を討伐されましたよね!」

 

 急にキーノが興奮して叫んだのでモモンは戸惑いながら答えました。

 

「ええ。まあ。……ですが南方から移動してきたゴブリンの集団の討伐をしたのはナーベです」

 

「いや、モモン殿は凄いと……コホン。ではそのゴブリンの残党を討伐するという事で、準備を終えたら出発しよう」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「どうやら一番の高額落札者は一億のマーレのようね?」

 

 オークション会場のアンフィテアトルムは静まり返っていました。無理もありません。他の各階層守護者ですら百万から一千万までしか提示していませんでしたから。

 

「まだ、決まってないでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんが立ちあがりました。ありんすちゃんが提示しているホワイトボードを見たデミウルゴスが思わず小さく驚きの声を漏らしました。

 

「……こ、これは? ……ただの十万かと思っていましたが、これはなかなか……面白くなってきましたね」

 

 驚愕するデミウルゴスの他は何が何だかわからないみたいです。皆の注目を集めたありんすちゃんは得意そうに胸を張りました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

──十時間前のありんす探偵社──

 

「うーん。成る程……キーノさんがモモンさんとくっつけば、トーケル坊っちゃんとナーベさんがくっつく、そういう作戦ですか……成程」

 

 アンドレが深く頷きました。トーケルの依頼──トーケルとナーベを取り持つ──を叶える為のキーノの計画とは、成人の儀の護衛として“漆黒”を雇い、同行するキーノがモモンに接近、その隙にトーケルがナーベに接近する、というものでした。

 

(これでいよいよ念願のモモン殿の心を射止める事が出来るな。“蒼の薔薇”を飛び出してエ・ランテルにまで来た甲斐があったというもの。ビョルケンヘイム主従には悪いが、踏み台になって貰おう。ありんすちゃんがいないと、怖いぐらいに上手くいくものだな)

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「ちょっとデミウルゴス。どういう事なの?」

 

「あの、えっと……ありんすちゃんは十万でぼ、僕は一億だから僕が落札したんですよね?」

 

 アルベドやマーレからの非難の声を聞きながら、デミウルゴスは静かに言いました。

 

「改めて確認するけれど、アルベド。落札金額が同じか同等だった場合はアインズ様のご判断を仰ぐ、そうだったね?」

 

 アルベドは何を今さら、という表情で黙って頷きました。デミウルゴスはさらに続けます。

 

「では、改めて見てくれたまえ。ありんすちゃんのホワイトボードに書かれた金額を」

 

「十万……えん? ……こ、これは?」

 

 忽ち驚愕の表情になるアルベド。しかし他の守護者達には何が何だかわからないようでした。

 

「そうなんだよ。マーレが提示したのは一億。しかし、ありんすちゃんが提示したのはなんと『十万円』……これはアインズ様がかつていた『リアル』という世界での通貨なのだよ。それにしてもよくまあ、手に入れられたものだね」

 

 驚愕する一同にありんすちゃんは十万円の束を見せます。両側のお札以外は新聞紙を切ったものだという事は内緒です。

 

「こうなっては我々には甲乙がつけられませんので、アインズ様のご判断に委ねるとしましょう」

 

 思いがけない成り行きに見守る無数のシモベ達からの歓声がアンフィテアトルムに響き渡るのでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 トーケル達は三頭の馬にそれぞれ別れてトブの森を進んでいました。モモンとナーベの意見を無理矢理押し切ったキーノの発案でくじ引きをした所、モモンとキーノ、ナーベとトーケル、アンドレと荷物という組合わせになったのでした。

 

 勿論、くじにはキーノがあらかじめ細工をしておいたみたいですが……

 

(……しかし、この子供、中々の魔力があるようだな。何かしらマジックアイテムで感知させないようにしているようだが……名指しの依頼をしてきた事からも警戒すべきだろうな。もしかするとシャルティアを洗脳した者の関係者かもしれない)

 

「……モモン殿は……休日は何をして過ごすのか? (あわよくばデ、デートに誘ってみよう……)」

 

「休日ですか……(うん? 早速探りを入れて来たぞ。まさかこの子供、俺がアインズだと感づいている? ここは無難な答えを……)まあ、読書ですね」

 

「読書ですか。私も読書が好きなんです(モモン殿も好き……とか言ったらどうなるだろう? ……うわっ! もしかしたら『キーノさん、私も好きだよ』なんて事に……)」

 

「──あ、そうですか」

 

 一人で妙に盛り上がるキーノにモモンは更に警戒を強めます。いつしか会話は途絶えてしまいました。と、突然何やら動物めいた者の悲鳴がかすかに聞こえてきました。

 

「!!! ……ナーベ、ビョルケンヘイムさん達を守れ。こ、これは? バジリスク? いや、大きさからするとギガントバジリスクか?」

 

「モモンさん、ここは引き返しましょう。相手が悪すぎます」

 

「アンドレさん、エ・ランテルには他にミスリル級冒険者しかいません。ここで食い止めなければ多大な被害が出ます」

 

 モモンはナーベに背中の二本のグレートソードの鞘を外させるとギガントバジリスクに対峙しました。キーノはうっとりしながら見つめました。

 

(ああ、さすがはモモン殿だ。この戦いから戻って来たら告白しよう!)

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』が夕暮れに染まる頃、傷心のキーノとトーケルが戻ってきました。

 

「キーノ、ちゃんと留守番してなきゃダメでありんちゅ!」

 

 三人を出迎えるありんすちゃんは機嫌が悪そうです。どうやらオークションでお目当ての商品を手に入れられなかったみたいですね。

 

 虚ろな目をしたキーノは力なく頷きます。同じく虚ろな目をしたトーケルはありんすちゃんをまじまじと見つめると──

 

「初めまして。美しい方。私はトーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイム、トーケルとお呼び下さい。私と結婚して下さい」

 

「──トーケル坊っちゃん!」

 

 ちなみにありんすちゃんが落札出来なかったのは十万円の束が実は二万円しかないとばれちゃったからでした。



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怪盗ヘロヘロ団 再び

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝は香り高き一杯の紅茶で始まります。ありんすちゃんは紅茶を飲まずに、カップの中に短冊形に切った紙を次々に浸けています。一体何をしているのでしょうか?

 

 もうじき七夕の時期なので、オリジナルの短冊を作っているのでしょうか? ……乾かし終わった短冊にえんぴつで何やら懸命に書いていますね。うーん? 『一万円』……これは七夕ならぬ棚ぼた……ゴホン。

 

 入り口の扉に付けられた鈴がチリンチリンと鳴りました。ありんすちゃんは顔を上げずに声を掛けます。

 

「ありんちゅ探偵ちゃにようこちょ。ご用はなんでちょうか?」

 

 来客はナザリック地下大墳墓の守護者統轄のアルベドでした。ありんすちゃんは一生懸命に黄ばんだ紙に一万円と書き込んでいて、全く気がついていません。こんな時、助手のキーノがいれば取り成しが出来たのですが、今日に限ってキーノは休みでした。

 

「……それは何かしら? ……もしかして一万円札?」

 

「ちょうでありんちゅ。今度こちょオークション勝ちゅでありんちゅ」

 

 アルベドの頬が少しひきつったみたいでした。

 

「残念ね。ありんすちゃん。アインズ様の添い寝権、いいえ、添い寝券は私が落札したのだから」

 

 ありんすちゃんは顔を上げました。そして来客がアルベドだとわかると目と口を丸く開けてビックリした表情で固まってしまいました。

 

「まあ、そんな事はどうでも良いわ。今日は依頼に来たのだから。実は、怪盗ヘロヘロ団から『アインズ様の添い寝券をいただきます』という予告状が届いたの。是非ともヘロヘロ団から添い寝券を守って欲しいの」

 

 ありんすちゃんの灰色の脳細胞が突然活性化します。即座にありんすちゃんは『ありんすちゃんにとって最適な解答』を考え付きました。

 

「わかりまちたでありんちゅ。では、しょい寝券はありんちゅちゃがあじゅかりまちゅ」

 

 アルベドはいかにも疑わしいといった目でありんすちゃんを見ましたが、ありんすちゃんは正義の探偵です。決して添い寝券が欲しくてそういう提案をしたのではありません。

 

 ……多分……

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 結局、ありんすちゃんが預かる事は諦めて、ナザリック地下大墳墓の第九階層のロビーで警備する事になりました。

 

 ロビーのガラステーブルの上に置かれた鍵つきの箱にアインズ様の添い寝券が入れられています。そして周りにはアルベド、ありんすちゃん、戦闘メイドのソリュシャン、ユリ、シズが見守ります。さすがにこれだけ厳重な警備なら、いくら怪盗ヘロヘロ団でも手が出せないでしょう。

 

「ちょっと待ちゅでありんちゅ。ありんちゅちゃが確認しゅるでありんちゅ……えーと……あ、い、ん、じゅ、しゃ、ま、の、しょ、い、ね、け、ん……ちゃんとあるでありんちゅ」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ──一時間後

 

「そろそろ予告時間でありんちゅ。ありんちゅちゃが確認しゅるでありんちゅ……えーと……あ、い、ん、じゅ、しゃ、ま、の、しょ、い、ね、け、ん……まだ、ちゃんとあるでありんちゅ」

 

 ──三時間後

 

「また、ありんちゅちゃが確認しゅるでありんちゅ……えーと……あ、い、ん、じゅ、しゃ、ま、の、しょ、い、ね、け、ん……大丈夫。ちゃんとあるでありんちゅ」

 

 あれ? ちょっと待って下さい。ありんすちゃんは漢字が読めないはずでしたよね? ……と、すると、『アインズ様の添い寝券』は『アインズ・の・い』しか読めないはず……まさか、このありんすちゃんは偽者で、その正体は怪盗ヘロヘロ団?

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 美少女探偵ありんすちゃんは本物でした。そして、残念ながら『アインズ様の添い寝券』は既に盗まれていました。箱の中身はすり替えられた『アインズさまのそいねけん』と書かれた単なる紙きれが入っていただけでした。

 

 なんという手際の良さでしょう。箱の中に入れる際に、盗賊スキルがあるソリュシャンに念入りにスキルで罠を仕掛けていたのにもかかわらず、見事に盗み出されてしまったのでした。

 

 当初、ありんすちゃんが何度も開けて確認したのが原因と思われましたが、最初にありんすちゃんが確認した時には既に入れ替えられていたのですね。

 

 ありんすちゃんは打倒怪盗ヘロヘロ団という志を胸に、エ・ランテルに戻るのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 ──ナザリック地下大墳墓第九階層、アインズの寝室──

 

 久しぶりに戻ってきたアインズはベッドに寝そべりました。今日に限ってシーツが黒っぽいものに替えてありました。

 

「……うん? シーツを替えたのか?」

 

 今日のアインズ番の一般メイドに尋ねてみましたが、わからないようでした。

 

(まあ、良いか。大した問題ではないしな……)

 

 そう結論付けてベッドに寝そべるアインズの耳もとで懐かしい声が聞こえてきました。

 

「……お久です。モモン──アインズさん。…………」



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狙われたエ・ランテル

 リ・エスティーゼ王国王城の玉座の間にありんす探偵社の美少女探偵ありんすちゃんと助手のキーノは招かれました。先日、ありんすちゃんの機転で王国のアダマンタイト級冒険者 蒼の薔薇のガガーランとティアが助かった一件からありんすちゃんの名声が王家にまで届き、国王ランポッサ三世から直々に依頼を受ける事になったのでした。

 

「うむ。その方がかの高名な名探偵ありんすちゃんであるか。……じつはな、厄介事なのだが、頼まれて欲しい」

 

「お金さえ払えば依頼を受けるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは胸を張って答えます。

 

「実は……最近魔導王なる人物がエ・ランテルを寄越せと言ってきておりまして、是非にもありんす探偵社にエ・ランテルを守って頂きたいのです」

 

 ランポッサ三世の隣に控えていた戦士長のガゼフが依頼内容を説明します。

 

 ありんすちゃんがすぐにも承諾しようとするとキーノがいきなり口を挟みました。

 

「……戦士長殿! それは一体どういう事だ? 我々は探偵であって兵士ではない。そんな事……うぐっ!」

 

 ありんすちゃんはキーノのお腹を蹴りあげて黙らせました。どうしてキーノはいつも空気を読めないのでしょうね。

 

「ちょの依頼、受けるでありんちゅ。大船にのるでありんちゅよ」

 

「有り難う。ありんすちゃんよ。ところで報酬だが、成功報酬で良いかな? 無事にエ・ランテルを守れたのなら金貨三千枚を支払おう」

 

 ありんすちゃんとランポッサ三世はがっしりと握手を交わしました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 その日からありんすちゃんはリ・エスティーゼ王国王都のホテルにこもりだしました。なにやら四角い包みを大切に抱いています。

 

「ありんすちゃん、そろそろエ・ランテルに戻ろう。不本意だが国王の依頼を受けたからには守らぬとな」

 

 しかしありんすちゃんはリ・エスティーゼから離れようとしません。ただ「まかせるでありんちゅ」と自信ありげに答えるだけでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「なんという事だ!」

 

 それから数日後、カッツェ平野での戦争で甚大な被害を受けたリ・エスティーゼ王国は魔導王にエ・ランテルを譲り渡す事になりました。

 

 ニュースで知ったありんすちゃんと助手のキーノは大急ぎでエ・ランテルに戻りました。既にエ・ランテルは魔導国となっており、街の様子は様変わりしていました。

 

「これでは我々が守ろうにも何も出来ないな」

 

 キーノは吐き捨てるように呟きました。国家間で決まってしまった事は探偵の力ではどうにもなりません。

 

 しかし、ありんすちゃんの様子は違っていました。随分落着き払っていて、何やら自信ありげです。

 

「キーノ、リ・エスティーゼ王国に行くでありんちゅ。だいじょぶ。エ・ランテルはここにありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは相変わらず懐に四角い包みを大事そうに抱えています。キーノはありんすちゃんに従って、一緒にリ・エスティーゼ王国首都、リ・エスティーゼに向かいました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「なんと? ありんすちゃんとやら、エ・ランテルを守り抜いたとな?」

 

 

 国王ランポッサ三世に謁見したありんすちゃんがいきなりエ・ランテルを守り抜いたと断言したのでキーノは慌てました。

 

 エ・ランテルは既に魔導国となり、街中にはアンデッドの配下が闊歩している状態になっていましたから、ありんすちゃんの発言とは明らかに矛盾しています。

 

 ありんすちゃんは懐から四角い包みを取り出してランポッサ三世に広げて見せました。包みの中身はただのノートパソコンでした。

 

 ありんすちゃんはノートパソコンのディスプレイを開くと、シールを指差しました。

 

「ありんちゅちゃはちゃんとエ・ランチェル守っちゃでありんちゅ」

 

 ──ありんすちゃん……それ、Intelです……

 

 あまりの出来事にランポッサ三世も助手のキーノも固まってしまい身動き出来ませんでした。



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聖騎士団長レメディオスからの依頼

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝はモンブランケーキで始まります。

 

 てっぺんの大きなマロングラッセをフォークですくい取り、ほお張ります。口をモゴモゴさせながらありんすちゃんは幸せそうです。

 

「キーノはさっきから落ち着きないでありんちゅね? さっさとおトイレ行くでありんちゅ」

 

「な! ……別に何でもない。気にするな」

 

 やれやれとありんすちゃんはため息をつきました。今日は朝から助手のキーノが落ち着かない様子で、明らかに変なんです。

 

 ──チリンチリン

 

「来た!」

 

 来客を知らせる鈴が鳴るとキーノは大急ぎで出迎えにいきました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「あー……ゴホン。私はリ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇のマジックキャスター、イビルアイ殿から紹介を受けたローブル聖王国聖騎士団長レメディオスだ。ここならばアダマンタイト級冒険者“漆黒”のモモン殿に取り次いで貰えると聞いた。頼めるかな?」

 

 銀色のフルアーマーに白いサーコートを着た女聖騎士が数名の部下を従えてやって来ました。

 

「……残念でありんちゅね。冒険者組合に行くでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはまだ口の中にマロングラッセをモゴモゴさせながら答えました。

 

「──それは困る! ……王国の蒼の“蒼の薔薇”のイビルアイ殿から『ありんす探偵社に行けばモモン様に紹介してもらえる』と伺ってきているのだ!」

 

 レメディオスが色をなしますが、ありんすちゃんは口をモゴモゴさせながら表情を変えません。

 

「ちょんな話、ちらないでありんちゅ。……ちょれにイビルアイなんてちらないでありんちゅ」

 

「「──な! 何だと?」」

 

 レメディオスと助手のキーノが同時に叫びました。

 

「……いや……それはまずいんじゃないのか? なんだったら私がモモン殿の所に案内しても良いが?」

 

 ありんすちゃんはキーノの言葉を無視してマロングラッセを食べ終わると紅茶を一口飲みました。そんな様子を静かに見ていたレメディオスはサバサバした表情で言いました。

 

「……ふむ。ならば仕方ないな。……ところで “蒼の薔薇”からはありんすちゃんという人物、なかなかに強いと聞いたが本当か?」

 

 ありんすちゃんはニッコリ笑いました。

 

「強いでありんちゅ。……そうだ。ありんちゅちゃがヤルダバトやっちゅけるでありんちゅ」

 

「──いや、それは──」

 

「──決めちゃでありんちゅ」

 

 キーノが慌てて止めようとしますがありんすちゃんは行く気満々になっています。キーノは小さくため息をつきました。せっかくモモンを紹介して一緒に聖王国に行く計画がこれでは全て駄目になってしまいます。しかしありんすちゃんの意思を変える事は出来そうにありませんから、諦めるしかなさそうでした。

 

「それは有り難い。その力を是非とも発揮して頂きたい! ヤルダバオトは実に手強くてな、以前、私は妹とカルカ様と共に戦ったが歯が立たなかったのだ」

 

「ありんちゅちゃにまかちぇるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは胸を張りました。

 

「──団長!」

 

 副団長のグスターボは思わず叫びました。なにしろ目の前の年端もいかない幼女がヤルダバオトを倒すと胸をはり、それを聖騎士団長レメディオスが真に受けて助力を要請する、という事態になってしまったのです。このままでは聖王国の危機が救えなくなる、そうグスターボが考えたのも無理ない事でしょう。

 

「……だ、団長。やはり当初の目的に戻って、“漆黒”のモモン様に依頼した方が──」

 

「うるさい。私が決めた事だぞ! 私はありんす殿の力を信じる。見ろ! この方の神々しいまでの美しさ! それに私には凄まじいまでの神気を感じるぞ? この方ならばきっとヤルダバオトを打倒してくれるに違いない! これこそ正義を為せという神からの祝福に違いない!」

 

 レメディオスの賞賛を受けてありんすちゃんの顔が上気してきました。キーノはこうなっては仕方ない、と覚悟を決めるのでした。

 

「ヤルダバト、ちょんなに強いでありんちゅか?」

 

 ありんすちゃんが尋ねると、レメディオスは前回の戦いの様子を語りました。

 

「……うむ。強いよりも厄介なのは狡猾な所だな。前回は卑怯にもカルカ様を武器代わりに振り回してきたのだ。悪魔め」

 

「……ちょれは面白そうでありんちゅ。戦ってみたいでありんちゅ」

 

 かくしてレメディオスの依頼を受けたありんすちゃんと助手のキーノの二人はヤルダバオト討伐の為、ローブル聖王国に同行する事になりました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「──ふーん。なかなかかっこ良いでありんちゅね」

 

「これは聖剣サファルリシアという。……コホン。四大聖剣の一つでな……」

 

「ありんちゅちゃのシュポイトランチュ、凄いでありんちゅよ」

 

「──なんと! これは凄い! ありんす殿、いや、ありんす様! 貴女こそ選ばれし真の聖騎士なのかもしれないな」

 

 道中の馬車の中で意気投合するありんすちゃんとレメディオスの二人を眺めながらキーノはため息をつきました。

 

(馬鹿は馬鹿同士馬が合う、というわけか……計画通りならばモモン殿と一緒に……それがどうしてこうなったか……ああ……)

 

「キーノ! ボンヤリしゅるなでありんちゅ。おかわり入れるでありんちゅ」

 

「……あ、ああ。わかった」

 

 キーノはポットの紅茶をありんすちゃんのカップに注ぎます。本当は世話係りとして目付きの悪い女従者があてがわれる予定でしたが、助手のキーノがいるから、とありんすちゃんが断ってしまいました。

 

(……こんな事する為に探偵社に入ったのではないのだがな……)

 

 ローブル聖王国までの長い道中を思い、キーノはうんざりするのでした。──せっかくならモモン殿と一緒に来たかったな──

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 ローブル聖王国解放軍拠点の洞窟に馬車が到着すると、待ちきれない様子でありんすちゃんが飛び降りて来ました。既に真紅のフルアーマーに身を包み右手でスポイトランスをブンブン振っています。

 

「ヤルダバトは何処にいるんでありんちゅ? さっちょくやっちゅけるでありんちゅ!」

 

 既に戦闘モードのありんすちゃんにレメディオスが申し訳なさそうに言いました。

 

「いや、ここは我々の拠点で……ヤルダバオト軍はここから遥か北の都市にいるのだ」

 

「……ふーん」

 

 ありんすちゃんは明らかに不服そうでした。なにしろヤル気満々でしたから。

 

(……いかんな。ありんすちゃんの事だからこのままヤルダバオト討伐に迎いかねないぞ……)

 

 キーノが心の中で呟くと──

 

「今からヤルダバトやっちゅけるでありんちゅ! レッツゴー、でありんちゅ」

 

「「──え?」」

 

 レメディオスもグスターボも呆気に取られました。

 

(……やれやれ)

 

 こうなってしまってはありんすちゃんを止める事は出来ません。かくして聖王国解放軍はありんすちゃんに従って全軍でヤルダバオト討伐に向かう事になりました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 ローブル聖王国北部城砦都市、カリンシャ──

 

 城下に姿を現した聖王国解放軍を見下ろして魔皇ヤルダバオトは楽しそうに笑いました。

 

「これは面白い。予定とは違いますがこの局面で全滅覚悟で討って出るとはね。聖王国騎士団長は猪武者とは聞いていましたが、ここまで愚かだったとは……」

 

 解放軍の中から真紅のフルアーマーと巨大な槍を手にした小さな姿が城壁に近づいてきました。ありんすちゃんです。

 

「ヤルダバ、やっちゅけるでありんちゅ!」

 

「これはこれは! 威勢が良いですね? ……うん? 何処かでお会いしたような?……」

 

 ヤルダバオトは何やら考え込む仕草をしました。

 

「……ま、良いでしょう。お相手をいたしましょう」

 

 ヤルダバオトは優雅な身のこなしで城壁から飛び降りるとありんすちゃんを手招きしました。ありんすちゃんは間髪をいれずにスポイトランスで撃ちかかります。

 

 ヤルダバオトは異形の腕を顕現してその鋭い爪を、ありんすちゃんは巨大なスポイトランスを、互いの得物で撃ち合いました。

 

「──これは凄い! ありんす様は正に英雄豪傑だな!」

 

 美しいまでの剣戟に見とれたレメディオスが思わず呟きました。

 

「……ふむ。子供とは思えぬ豪傑ぶり……お名前をお伺いしたいものですね」

 

「ありんちゅちゃ、でありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんはふんぞり返って答えます。ヤルダバオトは何やら考え込むと──

 

「……ああ。ありんす探偵社のありんすちゃん、でしたか。私は以前お世話になったヤルダバオト、です」

 

 そう言うとヤルダバオトは優雅にジャケットの内ポケットから名刺を取り出しました。

 

 ──魔皇 ヤルダバオト──

 

「今回、私は聖王国に真の悪魔の恐ろしさをご教示せんとわざわざ足を運んだ次第でして……」

 

「それはご苦労ちゃま、でありんちゅ」

 

 ありんすちゃんも優雅にお辞儀を返します。

 

「実はこのローブル聖王国の聖王女、カルカ殿には他人には明かせられない困った性癖がありまして、ね」

 

 ヤルダバオトはなにやらありんすちゃんの耳に囁きました。途端にありんすちゃんの顔が真っ赤になり──

 

「ちょれは酷いでありんちゅ! レメデオ、話が違うでありんちゅ!」

 

 突然ありんすちゃんが怒りだしました。レメディオスは訳がわからずおろおろしていると、ありんすちゃんは耳元でヒソヒソ囁きました。

 

「──なんと! カルカ様と妹が! ……そ、そんな!」

 

 余程の衝撃だったのか、レメディオスはガックリと肘をつきました。

 

「いったいどうしたので?」

 

 副団長のグスターボは訳がわからずレメディオスの顔を覗き込みますが、レメディオスは力なくかぶりを振るばかりでした。

 

「私の口からはとても言えぬ。ありんす様から聞いてくれ」

 

 虚ろな瞳には力が無く、とても聖王国最強とうたわれた姿はありません。

 

 グスターボの耳元にありんすちゃんがゴニョゴニョ囁きます。

 

「……な、なんと! カルカ様とケラルト様が……そ、そんな……そんな卑猥な! ……ぐはっ!」

 

 副団長のグスターボはみるみる顔色が青くなり、さらに赤くなると鼻血をブバッと吹き出しながら崩れ落ちました。

 

「……仕方ない。これでは私の正義は成り立たぬ。ヤルダバオトよ。ここは一旦休戦としたい。ありんす様も宜しいでしょうか?」

 

「ちかたないでありんちゅね」

 

 ありんすちゃんも同意しました。キーノは慌てました。

 

「……な、なにを言っているのか? 相手は悪魔だぞ? 人間を惑わす事に長けているのだ。まともに相手にするべきではない!」

 

 ありんすちゃんはやれやれと肩をすくめました。なにしろありんすちゃんはヤルダバオトからこっそり謝礼ももらっていましたから。

 

「キーノはうるちゃいでありんちゅ。ヤルダバトはありんちゅ探偵ちゃのお得意ちゃまでもありんちゅよ」

 

 結局、レメディオスはヤルダバオトと休戦し、ローブル聖王国は北、中央、南の三ヵ国に分断されてしまいました。

 

 一方でかの魔皇ヤルダバオトとの一騎討ちで勇名を天下に示したありんすちゃんとありんす探偵社の名声は広く世界に知られる事になりました。ありんすちゃんはレメディオスとヤルダバオトの双方から高額の謝礼をせしめてウハウハでしたとさ。

 

 尚、以前にヤルダバオトに棍棒代わりに使われたカルカとケラルトはその後停戦の証しとして戻されたそうです。



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元祖ローブル聖王国からの使者

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの本日の朝は一杯のホットミルクで始まります。

 

「……ふう。心が温まるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは口の回りに白いわっかをつけたまま、しみじみといいました。助手のキーノはそんなありんすちゃんが昨日はココアを飲んで全く同じセリフを言っていたのを知っていましたが、黙って聞き流します。

 

 と、入り口の扉の鈴がチリリンと鳴り来客を知らせました。来客の姿を見た瞬間──「殺気!」──キーノが身構えました。

 

「うわ! ……あの……すみません」

 

 身構えたキーノの圧力に気圧された来客の少女が尻餅をつきました。

 

「……あの……私は元祖ローブル聖王国の聖騎士団見習い、ネイア・バラハと申します。実はありんす様宛てにわが聖王国聖王女陛下からの親書をお持ちしました」

 

 キーノは慌てて少女──ネイアを助け起こします。鋭い目つきは殺人者を思わせますが、殺気はありません。

 

「キーノはオッチョコチョイでありんちゅね」

 

 ありんすちゃんは親書を受けとると封を開け、読み始めました。

 

「なるほど。ありんちゅちゃに依頼ちたいでありんちゅか? で、依頼の内容はなんでありんちゅ?」

 

 ありんすちゃんがネイアに尋ねると入り口からもう一人の女性が入ってきて答えました。

 

「それは私から。先日は世話になった。ローブル聖王国聖騎士団団長、レメディオスだ」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 キーノは用意してきた紅茶の入ったティーカップを来客とありんすちゃんの前に置き、自分の席に着きました。

 

「依頼というのはカルカ様についてなのだ」

 

 ありんすちゃんはすぐさま反応しました。

 

「あの『ちんこ付いてるカルカ聖王女』でありんちゅね」

 

 キーノは思わず吹き出しました。レメディオスは顔を真っ赤にしながら言葉を続けます。

 

「いや、カルカ様は付いていない。しかし、その付いていないのに関わらず付いているとされる事について是非とも力を貸して頂きたいのだ」

 

 話が分かりにくくなってきましたが、かつてヤルダバオトによって『カルカ様は付いていて夜な夜なケラルト、レメディオスと出来ている』という噂が広まり今ではヤルダバオトに占領された『真ローブル聖王国』、カルカに反旗を翻して独立した南部の『本家ローブル聖王国』、そして解放されたカルカ聖王女が戻ったローブル聖王国(元祖ローブル聖王国)と混乱状態になってしまいました。そこでなんとしてもカルカ聖王女に対する風評被害を無くすべく、聖騎士団団長のレメディオスがありんす探偵社に依頼に来た、という訳です。

 

「ちゅまりカルカはちゅいているけど本当はちゅいていないでありんちゅか? ちゅまらないでありんちゅね。本当はちゅいていないけど、はえているでありんちゅ」

 

「いや、カルカ様には生えてもいない。彼女はれっきとした女性だ」

 

 ありんすちゃんはなかなか納得いかないみたいですね。

 

「……ふーん。実際に見ないとわからないでありんちゅ」

 

「……ありんすちゃん、その話は後にした方が良いな。今回の依頼の件、私にアイデアがあるのだが?」

 

 珍しく助手のキーノが提案しました。かくてありんす探偵社では総力を上げて『カルカ聖王女は本当は女性です』大作戦が行われる事になりました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「これは? ……舞踏会か?」

 

 会場にレメディオスとケラルトを従えた聖王女カルカが入って来ました。三人共普段とは異なり、ドレスで着飾っています。

 

「ふふん。エ・ランテルでも最高の宿屋、黄金の輝き亭のホールを貸し切っての舞踏会だが、ただの舞踏会では無い。これは『ごうこんぱーてぃー』というものなのだ!」

 

「──なんだ、と?」

 

 レメディオスは聞き慣れない言葉に警戒心を持ちました。カルカはレメディオスを制するとキーノに向き合いました。

 

「これで私達に対する噂を打ち消す事が本当に出来るのでしょうか? 一体どうやって……」

 

 大きく背中が空いた紫色のイブニングドレスに大きなリボンで着飾ったキーノが説明します。

 

「簡単な事だ。お前たちは素敵な男性のパートナーをこの会場で見つければ良い。そうすれば女同士でなく、普通の、男女間での色恋に興味がある女だと世間が見るだろう? そうすれば──」

 

「──ちょうしゅればカルカにちんちんはえてるなんて思わなくなるでありんちゅ」

 

 

 キーノの台詞を奪ってありんすちゃんが登場しました。ありんすちゃんも豪華なドレスで着飾っていました。

 

 徐々に会場には招待客が満ちて来ました。かつて探偵社に依頼をしてきたジルジルもいます。キーノは落ち着きなくキョロキョロと周りを見回しています。

 

「──ヒルマ。“漆黒”は来るんだろうな? アダマンタイト級冒険者の……」

 

「はい。招待状をお出しし、参加するとの返事を頂いております。ご安心下さい。……他にも王国の貴族、フィリップ──」

 

「──わかった。なら良い」

 

 キーノはヒルマを遮るとありんすちゃんに振り向いた。

 

「私はホステス役として来客を出迎える。ありんすちゃんはカルカ達のサポートを頼む」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 普段ポニーテイルにしている黒髪を降ろして身体の線を協調したタイトなドレスを着こなしたナーベを伴って会場に戻ってきたキーノは明らかに元気がなくなっていました。

 

「……何故だ? 何故モモン殿は来れなくなったのだ? どうしてこううまくいかない? ……」

 

 キーノは小さな声でブツブツ呟いていました。

 

「では、『ごうこんぱーてぃー』開催でありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんの宣言にカルカ、レメディオス、ケラルトは頑張るぞ、と心に誓うのでした。

 

 

 

 パーティーは大成功でした。カルカ達はなかなかの美貌だったのでなかなかの人気でした。とはいえ真の主役はやはりありんすちゃんでしたが。

 

 ありんすちゃん程ではないもののナーベの人気も中々でした。こうして失意のキーノは残念な結果ではありましたが、本来の目的である『カルカは普通の女性である』アピールは大成功に終わりました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんがくつろいでいると扉の鈴がチリンチリンと鳴りました。

 

「……あの……すみません。お久しぶりです。私は元祖ローブル聖王国の聖騎士ネイアです。……実は──」

 

 聖王女カルカの『付いている』疑惑は晴らされたが、今度は『カルカ棒』なるものが真ローブル聖王国で話題になっているという。その『カルカ棒』を使えば女性同士でもどうとかこうとか……らしいのでカルカ達はまたもや怪しげな噂の的になっているのだそうです。

 

「……キーノ、今度はキーノにまかちぇるでありんちゅ」

 

 キーノはやれやれとため息をつくのでした。



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キーノの旅Ⅰ

「行こう。ヘルメス」

 

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221Bにある、ありんす探偵社の探偵助手、キーノはペダルを踏む足に力を込めます。キーノの愛車『ヘルメス号』はキイキイと音を立てながら走ります。

 

 もちろんヘルメス号はただの自転車なので返事はありません。キイキイ音がするだけですが、キーノは構わず話し掛けます。

 

「え? 今日の君は綺麗だって? うれしいよヘルメス」

 

 いろいろ突っこみたくなりますが、ここは我慢しておきましょう。所でキーノは一体どこに向かっているのでしょう?

 

「ふふふ。そうかな? やはりモモン殿には私が相応しいか? まあ、私もそう思うがな」

 

 相変わらずキーノはニヤニヤしながら独り言を言っています。

 

 と、急に真顔になり、自転車を停めると道端に座り込んでしまいました。

 

「……はあ。これからどうするかな……」

 

 その表情は暗く、先程までの浮かれた有様は全くありません。一体彼女に何があったのでしょう?

 

 それは今朝の出来ごと──

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 その朝、ありんすちゃんはいつものように朝食のトーストを食べていました。

 

「……読みながら食べるのはやめておけ。ポロポロこぼして仕方ないな」

 

 探偵助手のキーノはありんすちゃんに注意します。ありんすちゃんは先程からトーストを食べながら最近話題のゴシップ誌『エ・ランテルの真実』に夢中になっています。キーノも読んでみた事がありますが、やれ『恐怖! 血塗れゴブリン将軍は女の姿で現れる』だの『らきうす先生の腐女子入門』だの『メイドは見た 執事と同僚の情事』など、下らないゴシップ記事や根も葉もない噂しか載っていませんでした。中には5歳児位の少女には不適切なものもあり、キーノはなんとかありんすちゃんに読むのを止めさせたいと考えていました。

 

「これでありんちゅ! これを調査して賞金ガッポリでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんが開いたページを見て、一瞬キーノの息が止まりました。

 

『懸賞金 金貨二千枚 情報求む──かつて十三英雄に退治された伝説の吸血鬼 国墜としに関する情報──』

 

「──な!」

 

 ありんすちゃんはトーストの残りを一口で食べ終わると宣言するのでした。

 

「ありんちゅ探偵社しょうりょくあげて『国墜とし』ちゅかまえるでありんちゅ!」

 

 うーん。ありんすちゃんは時々真実に近い勘違いをしますよね。まさか『国墜とし』がまだ存命なんて誰も思いませんから。

 

「──あ! そういえば用事があったんだ。ありんすちゃん、悪いがちょっと出かけてくる」

 

 キーノは突然そう叫ぶと探偵社を飛び出したのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 キーノが飛び出した理由──それはキーノ・ファスリス・インベルンこそが『国墜とし』その人だったからです。驚きですね。これはオーバーロードのファンの一部が知らない秘密だったりします。また、彼女は実は王国のアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”の謎の仮面のマジックキャスター イビルアイでもあったりします。様々な事情があって、現在はありんす探偵社の助手をしていますが、この秘密はありんすちゃんにはまだ打ち明けていませんでした。

 

「……困ったな。仕方ない。ラキュースでも頼るか……」

 

 リ・エスティーゼ王国へは〈フライ〉を使えば大した距離ではありません。ですが、第三位階魔法を使えば目立ってしまいそうでした。

 

「……仕方ない。行こうかヘルメス。二人っきりの旅路へ」

 

 幸いな事に彼女は疲れを知らぬアンデッドです。時間はかかりますが自転車でリ・エスティーゼ王国まで行くのは問題ないはずです。

 

 そう……予想外の事が起きなければ……

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 キーノが飛び出していった翌日──

 

「いやあ、これ、ありんすちゃんの助手っすよね? 道端に転がって寝ていたから可哀想に思ってたっぷり〈大回復〉かけてあげたっすよ。良かったっすね。通りすがりの親切な修道女(クレリック)の美人さんに会えて。でなかったらお陀仏だったっす」

 

 キーノは通りすがりの親切なクレリックの女性に拾われて戻って来ました。愛車のヘルメス号も一緒でした。

 

 ありんすちゃんは親切なクレリックの女性と彼女が乗ってきたメガネをかけた白い太めのドラゴンにお礼を言いました。キーノはひどく弱っていて、もし通りすがりに助けて貰えなかったら死んでいたかもしれません。

 

「仕方ないでありんちゅね。キーノはおちょなしく寝てるでありんちゅ」

 

 キーノを自分の部屋のベッドに寝かせるとありんすちゃんは来客を迎える準備をします。なんでも『国墜とし』に関する情報提供者がこれから来るんですって。

 

  やがて扉の鈴がチリンチリンと鳴りました。やって来たのは大きな鎧をスッポリ被った少女と豹柄模様の露出の高い衣装に猫耳を着けた女性の二人組でした。

 

「……ゴホン。あー、や、やあ。君は探偵のフレンズだね? 私はラキ──ゴホン。サーベルちゃんでこっちがツア──ゴホンゴホン。よろいちゃんだ」

 

「あの、はじめまして。僕がよろいです」

 

 ありんすちゃんはニコニコしながら二人に席を勧めます。

 

「ありんちゅ探偵社のありんちゅちゃでありんちゅ」

 

 キーノが隣の部屋からこっそり覗いてみると、サーベルちゃんが腰から下げているサーベル──キーノにとって見覚えがある剣──が見えました。

 

「あれは……魔剣キリネイラム──するとあの女は──」

 

 キーノはそのまま気を失ってしまったみたいでした。ありんすちゃんが『国墜とし』についてどんな情報を得たのかはキーノには結局わかりませんでした。



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キーノの旅Ⅱ

 エ・ランテルの街中にありんす探偵社助手のキーノが愛車、自転車のヘルメス号で走る姿がありました。

 

 今日はヘルメスに話しかける事なく、なにやら真剣な面持ちです。おや? どうやら何事かブツブツ呟きながら走っているみたいですね。

 

 ──ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、豚肉──

 

 どうやらキーノはお使いに行く途中のようですね。どうしてこんな事になったのかというと……

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝はハムエッグとコーヒーで始まります。

 

 まず、ハムエッグをナイフとフォークでハムとエッグに切り分けます。そしてハムからフォークで口に運びます。そんなありんすちゃんを見ながらキーノは最初からハムと目玉焼きにすれば良いのに、と思いますが黙っています。

 

 ハムエッグを食べ終わるとコーヒーを飲みます。

 

「今晩はかれーらいすが食べたいでありんちゅね」

 

 唐突にありんすちゃんが言い出しました。キーノは聞こえないふりをします。

 

「かーれーらーいーすーがーたーべーたーいーでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは今度はキーノの耳もとで大声を出しました。

 

「わかった。わかった。……しかし、かれーらいすなんて私は知らないぞ? どうするつもりなんだ?」

 

 キーノが尋ねるとありんすちゃんは胸を張りました。

 

「ありんちゅちゃがちゅくるでありんちゅ」

 

 うーん。大丈夫でしょうか? 個人的にはありんすちゃんの『まかせるでありんちゅ』というような発言ってろくな事にならない気が……ゲフンゲフン。

 

 ありんすちゃんは何処からか『かれーるー』を取り出してテーブルに置きます。どうやらナザリックの料理長から手に入れたみたいですね。

 

「キーノはすぐにニンジン、ジャガイモ、タマネギ、豚肉を買ってくるでありんちゅ」

 

 かくてキーノはかれーらいすの材料を買いに出かけた、というわけです。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 キーノはヘルメス号のペダルを力強く踏みます。ヘルメス号はそれに合わせてグイグイと進みます。

 

「……ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、豚肉、ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、豚肉……」

 

 と、小さな段差でヘルメス号が跳ねました。

 

「……にくにん、じんじゃが、いもたま、ねぎぶた……」

 

 そしてキーノは食料品店に到着しました。

 

「いらっしゃい。何をお求めかな?」

 

 店の主人がニコニコしながら声をかけます。

 

「うむ。まずは……にくにん、だな」

 

 店の主人は困った顔になりました。

 

「……それはニンニクの事ではないのかね? ニンニクなら良いのがあるよ」

 

 キーノはニンニクを見て一瞬嫌な顔をしました。しかし心の中で思います。──参ったな。ありんすちゃんは私がヴァンパイアだと知らないんだよな。ええい。仕方あるまい。

 

「……では、それを貰おう。で、次はじんじゃがだ。じんじゃがをくれ」

 

 店の主人はまた困った顔になりました。

 

「……うーん。ジンジャーならあるよ。いわゆる生姜だ。こいつで良いかい?」

 

 キーノは頷きます。

 

「よし。で、次はいもたま、だ。いもたまはあるか?」

 

 またしても店の主人の顔が曇ります。

 

「うーん。猪の玉、睾丸ならあるが……精力剤としての効果がある。高いがな」

 

「では、それを貰おう。で、いよいよ最後だ。ねぎぶたはあるか?」

 

 店の主人はホッとしました。

 

「ああ、ネギブタなら……モンスターのブタモドキビートルだな。ネギを食べてばかりいて豚みたいな形だからネギブタと呼ぶ者もいるからな。しかし、あまり食用には向いていないが良いのかい?」

 

「ああ。結構だ。では代金だ」

 

 キーノは店の主人に礼を言うと探偵社に戻りました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「──これはなんでありんちゅ?」

 

 ありんすちゃんはキーノが買ってきた品物を見て呆れてしまいました。仕方ないので今度はメモに書いてキーノに渡します。

 

 これならいくらキーノでもちゃんと買い物が出来る筈です。

 

 今度はキーノも注文通りに買い物をしてきました。

 

 そして夕食──残念な事に二人はかれーらいすを食べる事が出来ませんでした。

 

 ありんすちゃんは張り切って料理に挑戦してみましたが、出来上がったのはただの真っ黒な炭の固まりになってしまうのでした。

 

 うーん。ありんすちゃんには料理スキルが無かったんでしたね。残念。



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双子からの依頼

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝はハードボイルドに始まります。

 

 ありんすちゃんはレースの縁取りがあるよだれ掛け──ゲフンゲフン──エプロンをつけて、スプーンを構えます。目の前にはエッグスタンドに乗せられたゆで玉子があります。

 

「ありんすちゃんの要望通りに固茹でにしておいたぞ。まあ、私なら半熟にするのだがな」

 

 給仕の探偵助手、キーノが言いました。キーノはわかっていませんね。探偵たるものハードボイルドにこだわらなくてどうすると言うのでしょう?

 

 ありんすちゃんは手にしたスプーンで玉子のてっぺんを叩きました。次の瞬間、ゆで玉子は爆発しました。

 

 うーん……ありんすちゃん、力を入れすぎです。

 

「……ありんすちゃん。今度は玉子の殻を割ってから食卓に出すよ」

 

 黄身と殻のカケラまみれになったキーノがブツブツ文句を言います。と、その時チリンチリンと入り口の扉の鈴が鳴り、来客を告げるのでした。

 

「あの……ありんす探偵社はここですか?」

 

「お姉さまを見つけて下さい」

 

 依頼者はまだ幼い二人の少女でした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 まだ五歳位の二人は双子で、名前をクーデリカとウレイリカと言いました。彼女達はバハルス帝国からやって来たのだそうです。

 

「クーデリカのお姉さまを探して下さい」

 

 クーデリカはぶたさんの貯金箱を差し出しました。

 

「違う! ウレイリカのお姉さま!」

 

 ありんすちゃんはぶたさんの貯金箱を受け取ると耳元で振ってみました。すると中に入っている僅かばかりの小銭がチャリンチャリンと音をたてました。

 

 ありんすちゃんはため息をつくと答えました。

 

「ダメでありんちゅね。こりではお金、足りないでありんちゅ」

 

 助手のキーノがありんすちゃんに異を唱えます。

 

「ありんすちゃん! 見損なったぞ! こんなに小さい子が必死に貯めたお金だぞ? これは金貨十枚の価値がある!」

 

 ありんすちゃんはあきれた様子でキーノを眺めました。と、なにやら思い付くとぶたさんの貯金箱をキーノに渡しました。

 

「わかったでありんちゅ。依頼は受けるでありんちゅ。……で、キーノの給料、金貨十枚分、こりで支払うでありんちゅ」

 

 かくてありんす探偵社は行方不明となったアルシェ・イーブ・リイル・フルトを探す事になりました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 キーノはバハルス帝国の首都、アーウィンタールにやって来ました。以前に浮気調査に来た事があるので慣れたものです。

 

 キーノは双子から聞いた情報を元にフォーなんとか、という冒険者チームについて調べる事にしました。

 

「……うーむ。困ったな。フォーなんとかという冒険者チームが無いぞ? どうしたものかな?」

 

 キーノは今度はアルシェについて聞いてまわりました。するとなんとアルシェは第三位階が使えるマジックキャスターで、ワーカーチームのフォーサイトのメンバーだとわかりました。さらにフォーサイトを含むいくつかのワーカーチームがフェメール伯爵の依頼で何処かの遺跡の調査に行ったが、護衛の冒険者達しか戻らなかったらしいとわかりました。

 

「……ふむ。なにやら陰謀の匂いがするな。……何だって? フェメール伯爵はその後ジルクニフ皇帝に処刑された、だと? で、戻った冒険者とは……? モモン殿? ほ、本当か?」

 

 なにやら有力な情報を得たキーノは大急ぎでエ・ランテルに戻るのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「──と、いう訳だ。これから急ぎも、モモン殿に当時の事を聞いてくる!」

 

 ありんすちゃんは慌てて出て行こうとするキーノを止めました。

 

「待ちゅでありんちゅ。キーノはモモンに嫌われてるでありんちゅ」

 

「そんな事は、あり得ない。モモン殿には私が──うげっ!」

 

 ありんすちゃんはキーノに蹴りを入れて黙らせます。そしてあきれはてた様にやれやれという仕草をしました。

 

「まだ諦めていないでありんちゅか……仕方ないでありんちゅ。じゃあ、モモンに聞いてくるでありんちゅ」

 

 キーノは大喜びで出かけて行きました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「……これは困ったでありんちゅ」

 

 ションボリしたキーノからの報告を受けたありんすちゃんは真剣な表情で考え込みました。なんとアルシェの最後の足取りの遺跡の調査とはナザリック地下大墳墓の侵入だったからです。

 

 ちなみにキーノがモモンの住居に行くと、またしてもナーベに「モモンさ──んは留守です」と門前払いされそうになり、必死にくい下がり、なんとかそれだけの情報を入手する事が出来たのでした。うーん……毎回の事ですから居留守かもしれませんよね?

 

「その……ナザリックとは一体?」

 

 キーノの問いかけにありんすちゃんが重い口を開きました。

 

「ナジャリックはしゅごいでありんちゅ。一階から三階はちゅてきなヴァンパイアの女の子、四階はひみちゅ、五階はおっき虫、六階はチビスケ………とにかく泥棒ちたら生きて帰れないでありんちゅよ」

 

 よくわからないままながら、ナザリックは危険な場所らしいとキーノは納得したみたいですね。……しかし……ありんすちゃんは何故こんなに詳しく知っているのでしょうね? もしかしたらありんすちゃんは実は──ゲフンゲフン。なんでもありません。

 

 さて、なんだかんだあり、ナザリックの調査にはありんすちゃんが一人で行く事になりました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「……ここでありんちゅね」

 

 ありんすちゃんはナザリック地下大墳墓の門の中の大きなログハウスの前にやって来ました。

 

「おや? ありんすちゃんじゃないっすか」

 

 ありんすちゃんはログハウスから出てきたメイドに声をかけられました。よく見ると以前に会った事がある「通りすがりの親切なクレリック」さんでした。

 

「アインジュちゃまに会いたいでありんちゅ」

 

「了解っす。それじゃ案内するっすよ」

 

 ありんすちゃんはクレリックのメイドに案内されてナザリックに入りました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「しゅごーーい! しゅごーーい! アインジュちゃましゅごーーい! ……でありんちゅ」

 

 ナザリック地下大墳墓の中をありんすちゃんはクルクル駆け回ります。いつの間にかやって来ていたアインズも楽しそうです。

 

「アインジュちゃまの杖、しゅごいでありんちゅ。ピカピカでキラキラでありんちゅ」

 

「……うむ。そうか。…………これは私の仲間と共に作り上げた物だ」

 

 アインズは片手にしたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをかがけました。

 

「しゅごーーい! アインジュちゃまの仲間の人もしゅごーーい! でありんちゅ」

 

 目をキラキラさせて称賛するありんすちゃんにアインズは気分を良くしたようでした。

 

「……これはギルド武器でな。……フォーサイトのメンバーは他の者に案内させるとしよう。良いかね?」

 

「ありがとうごじゃいます、でありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは礼儀正しくアインズにお辞儀をしました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「それじゃあ、わたしぃが案内するねぇ」

 

 変わったメイド服を着たメイドがありんすちゃんを案内します。

 

「ありんちゅちゃでありんちゅう。お願いしるでありんちゅう」

 

 ありんすちゃんはスカートをつまんで挨拶します。

 

 二人は第六階層にやって来ました。

 

「おっきな穴でありんちゅう」

 

 ありんすちゃんは大穴を覗き込みましたが、真っ暗で何も見えませんでした。

 

「ここはぁ、餓食狐虫王の大穴あ。……ここにはアルシェじゃない人間がいるはずぅ」

 

 メイドが説明してくれました。

 

「アルシェってぇ、あちこちにいるけどぉ? ……頭ぁー? 腕ぇー? 後はぁーわたしぃかなぁ?」

 

 メイドの話が良くわからなかったありんすちゃんは適当に答えました。

 

「あたまぁーが良いでぇーありんちゅうー」

 

 二人は第六階層を後にしました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

「これはこれは。私は頭飾りの悪魔(シルクハット)のボルサリーノと申します。お探しの品はこちらです」

 

 ありんすちゃんはボルサリーノからまだ生々しい生首を受けとりました。

 

「うーん……困ったでありんちゅう。アルシェの妹にぃ連れ帰るって約束しちゃったでありんちゅう」

 

 ありんすちゃんが困っていると一緒にいたメイドが訊ねました。

 

「……妹ってぇ、まだー小さい子ぉ? ……美味しそう……そうだぁ。ありんすちゃん。アルシェの声ならぁ大丈夫ぅ。わたしぃにまかせなぁ」

 

 ありんすちゃんは顔を輝かせました。どうやらこのメイドには何かアイデアがあるみたいです。今日はじめて会ったばかりのありんすちゃんを助けてくれるなんて、なんて親切なメイドでしょう。クレリックのメイドといい、ナザリックには親切なメイドが沢山いるのだとありんすちゃんは思いました。

 

「是非ともお願いしるでありんちゅ」

 

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 

 それから数日後、エ・ランテルの寂しげな通りにクーデリカとウレイリカを連れたありんす探偵社助手のキーノの姿がありました。

 

「うむ。ここだな。情報によればこの小屋でアルシェと会えるぞ? 二人とも良かったな」

 

「キーノさん、ありがとう」

 

「ありがとう」

 

 二人の少女からお礼を言われてキーノは照れているみたいでした。

 

「じゃあ、私は行くからな」

 

 立ち去ろうとしたキーノはふと、嫌な胸騒ぎがして振り返りました。──なんだろう? なんだか敵の気配を感じたが……

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 部屋に入ったクーデリカとウレイリカをフード付きのマントを着た人物が迎えました。

 

「妹達? 私はあなた達の姉のアルシェだよぉ? ……おいし──おいで」

 

 クーデリカとウレイリカは歓声を上げながら姉に抱きつきました。ちょっと雰囲気は変わったものの、間違いなくアルシェの声です。

 

「クーデリカのお姉さま!」

 

「違う! ウレイリカのお姉さま!」

 

 アルシェは優しく包み込むように双子の妹達を抱きしめるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「──ふう。寒くなってきたな」

 

 ある寒い日、エ・ランテルの街をトボトボと歩く探偵助手キーノの姿がありました。

 

「おや? 新しく店が出来たのかな?」

 

 ゴキブリの姿を模した着ぐるみを着た小さな二人の子供がチラシを配っています。

 

「──なになに……ゴキブリの駆除ならお任せ。魔導国公認、害虫駆除ならフルト駆除サービスへ。……ふーん。これで商売出来るならありんす探偵社を首になったら考えてみるか。なにしろ私はその道のエキスパートだからな」

 

 小さな二人の子供は姉に駆け寄りました。

 

「姉さま、クーデリカはいっぱい配ったよ」

 

「ウレイリカも配ったよ」

 

「よしよし。沢山配るとぉ、お姉ちゃん嬉しいから頑張るんだよぉ」

 

「「うん!」」

 

 やがて夜のしじまが降り、エ・ランテルの家々には明かりが灯り始めるのでした。



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よろいちゃんからの依頼

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝はベッドの中のまどろみで始まります。

 

「いつまで寝ているんだ? 寒い日は思いきってパッと起きてしまった方が良いんだぞ?」

 

 探偵助手のキーノが小言を言います。──でも──ありんすちゃんにだって言い分があります。だって、今朝はとても寒いのですから。

 

「今日は探偵ちゃ、お休みにしるでありんちゅ」

 

 キーノが引っ剥がした布団を取り返してまたもや潜り込みます。

 

「そうだ。暖かいコーンクリームスープがあるぞ? まあ、ありんすちゃんは起きないからいらないか」

 

「コーンクリームスープ!」

 

 実はありんすちゃんはコーンクリームスープも大好きです。もっともモンブランケーキにはかないませんが。

 

 てきぱきと着替えたありんすちゃんはテーブルに着きます。キーノは湯気の上がったコーンクリームスープの皿をありんすちゃんの前に置きます。

 

「おいちいでありんちゅ」

 

 あらあら。慌ててスプーンですくうからあちこちスープまみれです。こんな事ならよだれ掛……ゲフンゲフン……エプロンをした方が良かったのではないでしょうか?

 

 ありんすちゃんが綺麗に食べ終え──お皿をペロペロ舐めた為、本当に綺麗にピカピカでしたが──砂糖とミルクたっぷりの食後のコーヒーを楽しんでいると、チリンチリンと扉の鈴が来客を知らせました。

 

「あ、あのー……僕はツア……いや、よろいです。みんなからは『よろいちゃん』と呼ばれてます」

 

 頭から大きな鎧をスッポリ被った女の子がモジモジしながら入ってきました。

 

「──いや、ツアー──んぐぐぐ」

 

 キーノが思わず叫びかけるのをありんすちゃんが無理矢理止めます。キーノはいつになったらお客様に対する礼儀を覚えるのでしょうね?

 

「実は探して欲しいものがありまして……そのう、ギルティ武器って知りませんか?」

 

 ありんすちゃんは腕を組んで考えます。どこかで聞いたような気がするような、しないような……

 

「……うーん……微妙でありんちゅね」

 

 助手のキーノが代わりに尋ねます。

 

「……なんだかあやふやな依頼だな。その『ぎるてぃ武器』とは具体的にはどんなものなんだ?」

 

 よろいちゃんはしばらく考え込みました。

 

「……そ、そうですね。あのぅ……リ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者チーム“朱の雫”が持っている鎧みたいな、特別な武器や防具……ですね」

 

 ありんすちゃんの瞳がキラーンと輝きました。

 

「ちょの『あかのしくず』から鎧を取って来たらよいでありんちゅね!」

 

 キーノは慌てました。このままでは本当に行動しかねません。

 

「まあ、待て。ありんすちゃん、後で打合せしよう。……で、謝礼について話をしたいのだが?」

 

「謝礼は金貨千枚でどうでしょう? もちろん武器や防具の代金は別に支払います」

 

「ありんちゅちゃにまかしぇるでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは即答してしまいました。うーん……大丈夫でしょうか?

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 よろいちゃんが帰った後、ありんすちゃんはキーノと作戦会議を始めました。

 

「……ぎるていってなんでありんちゅ?」

 

 やっぱり。ありんすちゃんは意味がわからないのに引き受けてしまったみたいですね。きっと謝礼の金貨千枚に目が眩んだのに違いありません。まあ、私も金貨千枚なら……ゲフンゲフン。

 

「うむ。ギルティとは罪、という意味だな。すると罪を正す正義の武器、という事かな? 言っておくが“朱の雫”から奪うのは無しだ。要は他にはない特別な武器や防具を探したら良いんじゃないか?」

 

 なんだか謎めいていますね。これって名探偵が解決するのに相応しいのではないでしょうか?

 

 ありんすちゃんが目を瞑って推理を始めます。ありんすちゃんの頭の中では灰色の脳細胞が活発に動いているのでしょうか。

 

 ん? 何だかありんすちゃんの頭が前後に揺れだしました。おやおや……どうやらありんすちゃん、居眠りをしているみたいですね。

 

 うーん……そういえば食後でしたね。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 翌日、『ぎるてぃ武器』について悩んでいたありんすちゃんは何か思い出したみたいです。助手のキーノに「ちょっと行ってくるでありんちゅ」と言い残して何処かに出かけて行きました。

 

 うーん……まさかとは思いますが……ナザリッ──ゲフンゲフン。……ありんすちゃんの運命はいかに?

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 よろいちゃんが指定した場所は大きな洞窟でした。ありんすちゃんは世にも珍しい、そうですね『ぎるてぃ武器』に相応しい武器を用意した、と自信満々です。

 

「お久しぶりです。僕がよろいです。ツアーとかいう人は、あの、知りません。本当です」

 

「こりが『ぎるてぃ武器』でありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんが上から被せてあった布を取り去ると……

 

「初めまして。私は元祖ローブル聖王国の聖王女、カルカ・ベサーレスです」

 

 ありんすちゃんが得意気に胸を張ります。

 

「カルカは『聖棍棒』なんでありんちゅ」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 残念ながら今回の依頼はありんす探偵社始まって以来初めての失敗となりました。カルカもいかにして自分が『聖棍棒』として使用されたのかを説明してくれましたが、よろいちゃんは納得しませんでした。

 

 仕方ないので真ローブル聖王国で流行していた武器『カルカ棒』も付けると提案しましたが断られてしまいました。

 

 残念でしたね。ありんすちゃん。



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プレアデス連続殺人事件~犯人はイビルアイ?~

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝はコーヒーで始まります。

 

「……苦いでありんちゅ……でも、大人の味でありんちゅ」

 

 探偵助手のキーノは「いや、普段角砂糖四つ入れるのを三つにしただけだろ?」と心の中で突っこみます。

 

 ありんすちゃんは苦みばしった表情で窓の外を見下ろしました。今日のエ・ランテルはシトシトと雨が降っています。

 

「……雨の日にはいやなこちょ、思い出すでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは小さくため息をつきました。

 

 数々の難事件を解決してきたありんすちゃんですが、未だに未解決の忘れられない事件があります。それがプレアデス連続殺人事件です。

 

 ──それはこんな雨の日に起こりました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 最初の被害者はナーベラル・ガンマという人物でした。

 

「……うん? ナーベ……うーん……」

 

「キーノは邪魔でありんちゅ」

 

 ナーベラルの前で首を傾げる助手のキーノを押し退けてありんすちゃんが死体を調べます。

 

「……鑑識はいまちゅか?」

 

 ありんすちゃんが振り返ると鑑識作業をしていた修道女が答えました。

 

「……えーと……死因はショック死っすね。犯人は被害者を驚かせて殺害したようっす。更にとどめに何か大きな十字架みたいな物で被害者の頭を叩いたみたいっす」

 

 テキパキと答える修道女を見ながらキーノは「……それは私の役目なんだが」と思いました。

 

「……うむ。では、私は目撃者がいないか聞き込みをしてこよう」

 

 キーノが立ち上がると修道女が止めました。

 

「──あ、たぶん無理っす。犯人は完全不可視化していましたし、それに誰もいなかったっすよ?」

 

「──な!」

 

 ──何故そんな事を言い切れるんだ? とキーノは心の中で突っこみましたが黙っています。ありんすちゃんはじっと腕組みをしたまま何やら考え込んでいましたが、突然宣言しました。

 

「──これは連続殺人事件でありんちゅ! これからちゅぎちゅぎと事件が起きるでありんちゅ!」

 

 誰もが驚いてありんすちゃんを見ました。ありんすちゃんは得意そうに胸を張ります。と、そこに──

 

「──ちょっと待った! その事件はあたし達が解決するんだけど?」

 

 二人のダークエルフが現れました。

 

「あたし達は『アウラ&マーレ探偵社』よ。この事件はあたし達が解決するからあんた達はどいてくんない?」

 

 アウラとマーレと名乗る二人はエヘンと咳払いをしました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「……なんだと? エ・ランテルで探偵社を始めたい、だと? うーむ……」

 

 数日前のナザリック地下大墳墓の第十階層の玉座の間ではアインズが頭を抱えていました。アウラとマーレは恐る恐るアインズの顔色を伺います。

 

「アインズ様。恐れながらこの度のアウラとマーレの要望は是非とも前向きにご検討頂きますよう、伏して願い奉ります」

 

 神妙そうにアルベドが平伏しました。

 

(……アウラをエ・ランテルの探偵社に閉じ込めてしまえばアインズ様はこのわたくしをより重宝される筈。そうすればいずれは……くっふっふっふ……)

 

 アインズは暫く考え込んでいましたが、アウラとマーレの期待に満ちた瞳を見ているうちに心を決めました。

 

「……よかろう。アウラとマーレの要望を実行する許可を与えよう」

 

 アウラの表情はパァーッと明るくなります。

 

「ありがとうございますアインズ様。つきましては、あの、プレアデスにも協力して欲しい事がありまして……」

 

 マーレは上目使いで言葉を続けます。

 

「……あの、ぼ、僕達のデビューを飾る、事件を……あの、演出しようと思うんです」

 

 アウラとマーレはエ・ランテルを舞台にプレアデス連続殺人事件の演出をする事をアインズに提案するのでした。

 

「……そうね。それならばいっそのこと有力な人間に罪を被せてナザリックに引き込んでしまう、なんていうのはどうかしら? 確か蒼の薔薇にナーベラルからなかなか手強い相手がいるとか……」

 

 アインズは記憶を呼び起こします。確か変な仮面を被ったマジックキャスターが──

 

「……うむ。チビルダイ、とか言ったな。よかろう。アウラとマーレはアルベドと作戦を立てよ」

 

 かくしてエ・ランテルを舞台にしたプレアデス連続殺人事件は幕を上げる事になったのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

「……あの……えっと、被害者はナーベラル・ガンマさん。魔導国の戦闘メイドの、あの、プレアデスの一員です。同僚の方に、あの、聞き込みをしてみました」

 

 マーレが説明すると、アウラは証言を記録したメモを皆に配ります。そこには──

 

『……ナーちゃんなら最近、冒険者の仕事が忙しいらしいっす。毎日のように出かけているっすね。それに引き換えユリ姉ってば、暇ばかりで……(一時間程暇なユリ姉の話が続く)……実は、私、最近じゃカルネ村のアイドルみたいな存在になったっすよ? ……まあ、これだけの美貌でかつプロポーションが良いから(二時間程自慢話が続く)……で、ああ。ナーちゃんの話っすね。ナーちゃんに恨みがありそうな人物っていえば……確か、ビビルアイとかいうのが……冒険者仲間をめぐって三角関係とか聞いた事があるっす』

 

「──な! こ、これはー!」

 

 突然探偵助手のキーノが顔を真っ赤にして叫びました。ありんすちゃんはキーノの頭にチョップをして黙らせます。なにしろライバル探偵の前です。動揺を見せる事は避けなくてはなりません。ありんすちゃんは何事もなかったかのように口を開きました。

 

「……なるほど。そのチビルアイが第一容疑ちゃでありんちゅね? しゅぐに手配しるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはテキパキと警官に指示を出しました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 皆が引き上げてしまい、死体だけが残された現場にやって来た一人の人物がいました。その人物は横たわる死体の耳もとで囁きました。

 

「……ナーちゃん。もう大丈夫っす。みんないなくなったっすよ」

 

 と、次の瞬間、死体がムクリと起き上がりました。

 

「……あー疲れた。死体の役もなかなか大変ね」

 

「──シッ! ナーちゃん、誰か来たっす。また、死んだふりするっすよ」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 容疑者のチビルアイならぬビビルアイの行方はいっこうにつかめませんでした。

 

(……まずい。これは非常にまずい。このままではイビルアイが犯人とされて私に罪を着せられてしまう。なんとしても犯人を見つけ出さなくては……そうだ。いっそのことありんすちゃんに私の正体を明かしてしまうのはどうだろうか? ……いいや、ダメだ。ありんすちゃんの事だ。『イビルアイ、ありんちゅちゃがちゅかまえたでありんちゅ!』とか言って突き出しかねないぞ? 困った。困った)

 

 キーノは頭を抱え込むのでした。ちなみにキーノの正体はかつて十三英雄に滅ぼされたといわれる吸血鬼『国墜とし』であり、リ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』の仮面のマジックキャスター『イビルアイ』だったりします。

 

 と、突然、ありんす探偵社に警官が飛び込んできました。

 

「大変です! 二人目の犠牲者が出ました!」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ありんすちゃんと助手のキーノが現場に駆け付けると、そこには既にアウラとマーレ、そして鑑識作業をしている修道女の姿がありました。

 

「……これは……やっぱりありんちゅちゃの予想通りに連続殺人事件でありんちゅ!」

 

 現場を一瞥しただけでありんすちゃんは断言しました。確かに今回の被害者も前回と様々な共通点がありました。

 

「……えっと、被害者はエントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。ナーちゃんと同じくナザ……魔導国の戦闘メイド『プレアデス』の一員っすね。やっぱり驚かせてからデカい聖印みたいな十字架みたいな物で頭を一撃みたいっす」

 

 ありんすちゃんは死体に近寄って、思わず小さく悲鳴を上げました。なんとエントマの懐のスナック菓子の袋から大量のゴキブリが出てきたからでした。

 

 ありんすちゃん達は慌てて逃げ出すのでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「……ひどい目にあったでありんちゅ」

 

 ありんすちゃん達はありんす探偵社に戻って来ました。アウラとマーレも一緒です。

 

「……さてと……あたし達が調査した結果、やはり今回の事件の犯人もビビルアイ──違った、イビルアイと判明したんだ。あのアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のマジックキャスターだね」

 

 アウラの推理でキーノの顔が真っ青になりました。

 

「イビルアイとエントマには何やら遺恨があったらしい、って同僚のメイドから話を聞いたんだから間違いないよ」

 

 しかし、ありんすちゃんは難しい顔をしていました。そして、急に飛び出すと何処かに行ってしまいました。

 

 事件はイビルアイが犯人で解決するかと思われたある日、急転直下の出来事が起きました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「──なんだと? ナーベラルとエントマが本当に死んだだと? どういう事だ?」

 

 ナザリック地下大墳墓の玉座の間にアインズの叫び声が響き渡りました。

 

「恐れながらわたくしにも何が何やらわかりませぬ」

 

 守護者統括のアルベドが震えながら平伏します。

 

「……直ぐにも二人の遺体を玉座の間に運べ。復活の儀を執り行う。更にエ・ランテルでのアウラ・マーレの活動は中止させろ。詳しい状況がわからぬと危険だ。良いな? それにルプスレギナも呼べ。いろいろと聞きたい事がある」

 

「はっ!」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 アインズの呼び出しを受けたルプスレギナは青くなりました。しかもナーベラルとエントマが死んでしまったというのです。

 

 ルプスレギナはギュッと聖印を握り締めました。もしかしたら少しばかり力の加減を間違ってしまったのかも知れません。

 

 ナザリック地下大墳墓のアインズの執務室に入ると、丁度アインズが復活したナーベラルとエントマの二人から事情を聞いている所でした。

 

「……うむ。すると二人共、犯人を見ていないのだな? それにルプスレギナが加減を間違えたのでもない。そうだな?」

 

 ナーベラルとエントマの二人が深く頷くのを見て、アインズとルプスレギナは胸を撫で下ろします。二人の話では計画通りに死んだふりをしていた所、何ものかに何か大きな物で頭を殴られて死んでしまったらしい、という事でした。

 

(……しかし、レベルが低いとはいえナーベラルもエントマもこの世界では簡単には倒される筈はない。この世界にもプレーヤーもしくは百レベルの強者がいる、という事か?)

 

 かくてプレアデス連続殺人事件は闇に葬り去られる事になったのでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 尻切れとんぼ状態での終局を迎えたありんす探偵社の空気は重いものになっていました。考えにふけるありんすちゃんとは対称的に助手のキーノの表情は明るくなっていました。

 

(あと少し……あと少しで犯人がわかったでありんちゅ……残念でありんちゅ……)

 

 ありんすちゃんは皆がいなくなった後で事件現場に戻り、凶器を特定する為にいろんな武器で実際に死体に傷を付けて調べてみたのでした。その結果、出来た傷の具合からありんすちゃんのスポイトランスやハンマーではなく、巨大な聖印──十字架により出来た傷が一番可能性が高いと判明したのでした。

 

 あと一歩でルプスレギナが犯人とわかったのに、残念でしたね。……いや、もしかしたらありんすちゃんが二人を──ゲフンゲフン。いやいや、さすがは迷宮入りとなった難事件です。真犯人はいったい誰だったのでしょう?

 

 



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そして誰もいなくなった

 とある孤島に招かれた八人の客と二人の使用人。館の主、謎の人物──U・N・オーエン。

 

 嵐となり、絶海の孤島に閉じ込められる十人。童謡『十人のメイドさん』になぞられて一つ、また一つと姿を消していくメイド人形。

 

 招待客として居合わせた美少女探偵ありんすちゃんはこの謎が解けるだろうか?

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「おお! なかなか立派な館だな! ありんすちゃん、このオーエンとかいう人物はなかなかの人物みたいだぞ」

 

 ありんす探偵社助手のキーノは上気した面持ちでありんすちゃんを振り返りました。

 

「当然でありんちゅ。オーメンはきっとどこかの王族でありんちゅよ」

 

 うーん……ありんすちゃん、オーメンでなくてオーエンです。

 

 ありんすちゃんが扉のノッカーをカツンカツンと鳴らすと白髪の執事が扉を開けました。

 

「ようこそ。私は主のオーエン様から皆様をもてなすよう、言いつかりました執事のセバス、そして──」

 

「使用人のツアレと申します」

 

 セバスの後ろからメイド服を来た女性が続けて挨拶しました。

 

「ありんちゅ探偵ちゃのありんちゅちゃでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんが名乗るとセバスの顔が曇りました。

 

「……恐れ入りますが……ありんすちゃんなるお名前は承っておりません。失礼ではありますが、主、オーエンからの招待状をお見せ下さいませんでしょうか?」

 

 ありんすちゃんはポケットからクシャクシャになった招待状を取り出しました。宛名はシャルティア・ブラッドフォールンと書かれた上を二本線で消して『ありんすちゃん』と書かれていました。

 

「……結構です。お二人で客人八名が全員そろいます。他の方々は既にラウンジでお待ち頂いております」

 

 ありんすちゃんと助手のキーノはセバスとツアレの後に続いて館に入っていきました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ラウンジで思い思いにくつろいでいた客は六人共メイドの格好をしていました。

 

「……こんな事ならありんちゅちゃもメイド服を着てきちゃら良かったでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはため息をつきました。

 

 そこにセバスが現れて皆に伝えます。

 

「皆様、我が主、オーエン様からのメッセージがございます」

 

 セバスの隣でツアレが蓄音機を回しました。

 

「わたくしはオーエン。ここに集まった者達の罪を明らかにする。セバスチャン。お前はアインズ様をないがしろにし、報告を怠った。その罪は許されるものではない」

 

 セバスの顔がたちまち真っ青になりました。

 

「ツアレーニニャ。お前は人間の身でありながらアインズ様の庇護を受けた。これは許されざる罪である」

 

 ツアレは真っ青になり、思わず蓄音機から手を放しうずくまります。セバスが優しく肩を抱き、二人で蓄音機を回しました。

 

「ユリ・アルファ。アインズ様の命に背き慈悲深い死を子供達に与えなかった。これも許されざる罪である」

 

 夜会巻きの髪型の眼鏡をかけたメイドがワナワナと震え出しました。

 

「ルプスレギナ・ベータ。あろうことかアインズ様のお怒りを受けたお前は万死に価する」

 

 赤茶けた髪に浅黒い顔のメイドがガックリと俯きました。

 

「ナーベラル・ガンマ。アインズ様と一緒に冒険者の真似などうらやまし──ゴホン。許されざる罪である」

 

「エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。恐怖公の眷族が恐れをなしてアインズ様のおわす第九階層に避難する騒ぎを起こしたのは許されざる罪である」

 

 和風のメイド服を着たメイドが目をバチクリさせました。

 

「シズ・デルタ。アインズ様のヌルヌル君に一円シールを貼った事で、手違いからヌルヌル君が売られてしまった原因となった事は決して許されない事である」

 

 眼帯をしたメイドがやれやれと首をすくめました。

 

「ソリュシャン・イプシロン。アインズ様の三吉君を隠した罪は許されざるものであり、重罪である」

 

 金髪のメイドが震え出しました。

 

「シャルティア・ブラッドフォールン。事もあろうにアインズ様に反逆した罪は椅子程度では許されるものではない」

 

 ありんすちゃんは周りをキョロキョロしましたが、誰も反応しませんでした。

 

「最後にアルベド。守護者統括としてアインズ様を支える立場ながらアインズ様の正妻にならないのは罪である。アインズ様の御子を残す事は……ゴホンゴホン……ナザリックの総意である」

 

 ラウンジにいた全員が顔を見合わせましたが、誰も心当たりがありませんでした。

 

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

「……どうやら終わりの様です」

 

 まだ青ざめた顔色のセバスが口を開きました。

 

 ありんすちゃんとキーノの他は誰もが青ざめて立ち竦んでいるようでした。静まりかえったラウンジでありんすちゃんが勢いよく立ちあがりました。

 

「ここは名探偵ありんちゅちゃにまかしぇるありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは改めて自分がエ・ランテルで名高い美少女探偵ありんすちゃんであると明かすと皆に安堵の空気が広がりました。ありんすちゃんは早速捜査を開始します。

 

 まずはセバスとツアレの二人に聞き込みをしました。その結果、二人は雇い主のオーエン氏とは一切面識が無く、今回この館に派遣されただけという事、更にオーエン氏からの指示は手紙やメモによるものだという事、蓄音機ににはあらかじめオーエン氏によりレコードが用意されていて、皆に聞かせる様にとの指示に従っただけで内容を知らなかった事、等がわかりました。

 

 次にありんすちゃんは客のメイド達から聞き取りをしました。すると、彼女達は互いに初対面だという事、レコードの内容にはそれぞれ心当たりがあるという事、名前のあったシャルティアとアルベドという人物には心当たりがない事、等がわかりました。

 

「……ずいぶん珍しくありんすちゃんが探偵らしい仕事をしているな。いつもこうだったら良いのにな……うん? 何だろうこれは? 童謡かなにかの歌詞かな?」

 

 キーノは壁のタペストリーに目を止めました。極彩色の糸で織られたタペストリーには可愛らしいメイドの絵と童謡の歌詞が描かれていました。それは──

 

『十人のかわいいメイドさん 食事に出かけた

 

一人がたくさん食べ過ぎて 九人になった

 

九人のかわいいメイドさん 夜更かししてゲーム

 

一人が徹夜になって 八人になった

 

八人のかわいいメイドさん 王国へ出かけた

 

一人が道に迷って 七人になった

 

七人のかわいいメイドさん 張り切って薪を割る

 

一人が熱中し過ぎて 六人になった

 

六人のかわいいメイドさん 蜂蜜大好き

 

一人が蜂に追われて 五人になった

 

五人のかわいいメイドさん 裁判ゴッコをした

 

一人が罰を受けて 四人になった

 

四人のかわいいメイドさん 海に出かけた

 

一人がヤツメウナギに呑まれて 三人になった

 

三人のかわいいメイドさん 動物園にいった

 

一人がゴリラに抱きつかれて 二人になった

 

二人のかわいいメイドさん 日光浴をした

 

一人がこんがり小麦色 一人になった

 

一人のかわいいメイドさん 独りぼっち

 

最後の一人がお嫁にいって そして誰もいなくなった』

 

「……ありんすちゃん! ……これって……」

 

 思わずキーノはありんすちゃんを振り向きました。しかし、ありんすちゃんの興味はタペストリーの下のサイドテーブルの上に置かれた十体の小さなメイド人形にあったのでした。

 

「可愛らしいでありんちゅ」

 

 ありんすちゃん達の捜査が一段落した頃を見計らってセバスが皆に提案しました。

 

「……それでは皆様。食事の仕度をしましょう。こう見えてこのツアレはなかなか料理が得意なんですよ」

 

 セバスの言葉にありんすちゃんのお腹が思わずグウーと鳴り、皆は食堂に移動するのでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

「……もうお腹が一杯でありんちゅ」

 

「……ほら、口の周りがシチューだらけだぞ?」

 

 満足そうなありんすちゃんの口の周りの汚れをキーノがナプキンで綺麗にします。ツアレの料理はなかなかの美味でした。田舎の家庭料理みたいな素朴なものでしたが、とても美味しかったのでありんすちゃんは三杯もお代わりしちゃったんですって。

 

「……お腹がポンポンでありんちゅ」

 

 キーノはふと、先程の童謡の歌詞が頭をよぎりましたが、すぐに首を振りました。

 

 ──まさかな。考えすぎだ。

 

 しかし、キーノは気が付きませんでしたが、この時に小さなメイド人形は九体になっていたのでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「……わあ! テレビゲームがあるでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんが大喜びで駆け寄ります。

 

「──ありんす様、ちょっとお待ちください。実は主より皆様に楽しんで頂く趣向が色々御座いまして……えー、ゴホン。一番目。まずは皆様にご馳走で満腹になって頂く──これは済みましたね。えー、二番目。皆様に朝までゲームを楽しんで頂く。成る程。これも主が用意したものでしたか。では、存分にお楽しみ下さい」

 

 ゲームが大好きなありんすちゃんは大喜びです。結局、朝まで徹夜をしてしまったそうです。

 

 そして……誰も気が付かなかったみたいでしたが、朝にはメイド人形の数が八体に減っていました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 朝になりました。ありんすちゃんは一睡もしていませんが元気一杯です。それもそのはず、ありんすちゃんは実はアンデッドの吸血鬼、真祖だったりします。ちなみに助手のキーノも吸血姫だったりしますが、これはオバロファンの一部が知らない秘密だったりします。

 

 食堂で朝食を済ませるとセバスが言いました。

 

「今日は三番目。王国クイズ大会です。どうやら書斎に準備されているようです」

 

 セバスを先頭に皆は書斎に向かいました。

 

 書斎には八つの席が用意されていました。頭にはボタンを押すと光るシルクハットを被ります。ありんすちゃんとキーノ、客のメイドの八人がクイズに挑戦する事になりました。

 

「第一問。王国の正式名称は何でしょう?」

 

 ──ピンポーン!

 

「リ・エスティーゼ王国!」

 

「正解! ソリュシャンさんクリアです」

 

 ソリュシャンが優雅に席を立ちます。

 

「第二問。黄金の異名があるお姫様とは誰?」

 

 ──ピンポーン!

 

 おお! ありんすちゃんが答えます。

 

「ありんちゅちゃ!」

 

「残念! ラナー王女でした。不正解のありんす様は罰ゲームです」

 

 次の瞬間、ありんすちゃんの席の床が抜けて下に落ちてしまいました。ありんすちゃんは真っ暗な迷宮に落とされてしまったのでした。

 

 残された九人がラウンジに移動すると、そこにはありんすちゃんがニコニコしながら待っていました。

 

「ちゅごいしゅべり台でありんちゅ。ありんちゅちゃはテレポーテーショで戻ってきちゃでありんちゅ」

 

 サイドテーブルの上のメイド人形は七体に減っていました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「四番目。次は薪割りをして頂きます。斧はこちらをお使い下さい」

 

 セバスは皆を中庭に連れ出しました。

 

「ありんちゅちゃがやるでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんはセバスが手にした斧を無視して自分の爪で次々に薪を割っていきます。あっという間に全ての薪割りが終わってしまいました。

 

 皆がラウンジに戻るとメイド人形が六体に減っていましたが、誰も気づきませんでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「ゴホン。次は五番目ですね。おやつを召し上がって頂きます。蜂蜜たっぷりのパンケーキをどうぞ」

 

 ありんすちゃんは大喜びです。あっという間に平らげて、まだ足りなくてキーノの分まで食べてしまいました。その時に口の中でチクッとしましたが、気にしませんでした。

 

 そしてサイドテーブルの上のメイド人形は五体に減っていました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

「いよいよ六番目です。裁判官に扮して裁判の真似を楽しんで頂く、という趣向です」

 

 セバスに連れられて客間の一つにやって来ると、そこには裁判官の顔はめパネルがありました。

 

「ありんちゅちゃがやりたいでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは背伸びをしましたが顔が届きません。顔はめ用の穴から頭のリボンが見えるだけでした。

 

 と、パアアン! と乾いた音がして、ありんすちゃんのリボンに穴が空いてしまいました。

 

 

 皆がラウンジに戻るとメイド人形が四体に減っていましたが、またしても誰も気が付きませんでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「次は七番目です。主からの指示は皆様に海でお楽しみ頂くとの事です」

 

 皆は岩場にある船着き場にやって来ました。いつもは真っ先に行動するありんすちゃんが大人しくしています。

 

 波はまだ荒く、用意されたボートは今にもひっくり返りそうです。

 

 実は吸血鬼は波が苦手なんですよね。

 

 あらあら、大変です。ありんすちゃんとキーノの二人がボートに乗せられてしまいました。折しも大きな波が……なんと二人が乗ったボートはひっくり返って沈んでしまいました。

 

 サイドテーブルの上のメイド人形は三体に減っていました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 ラウンジに戻るとありんすちゃんは口を尖らせて怒っていました。ボートが転覆する瞬間に〈フライ〉で飛んだので二人共無事ではありましたが……無茶をさせられたので怒って当然ですよね。

 

「えー、次は八番目ですが──」

 

「ちょっとまちゅでありんちゅ! 今日は何曜日でありんちゅか?」

 

 セバスの言葉をありんすちゃんが遮りました。ありんすちゃんの勢いに飲まれてセバスが答えます。

 

「……火曜日、ですが」

 

「大変でありんちゅ。オーバーロードⅡがやるでありんちゅ! キーノ、しゅぐ帰るでありんちゅ! 〈ゲート!〉」

 

 ありんすちゃんは〈ゲート〉を発動しました。

 

「あの……私達もご一緒しても宜しいですか?」

 

 結局、セバスとツアレも含めた全員が〈ゲート〉でエ・ランテルに戻る事になりました。

 

 

 皆は〈ゲート〉を次々と通っていきます。

 

 最後になったキーノは館を振り返りました。

 

 ──結局最初の犯行予告めいたのってなんだったんだ? まあ、楽しめたからいいか……

 

 キーノの姿が〈ゲート〉を越えて──そして誰もいなくなりました。

 

 

 

 

     ──そして誰もいなくなった

解決編に続く──

 

 

 



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そして誰もいなくなった~解決編~

「…………しまった。遅れてしまったわ」

 

 目的地である絶海の孤島に向かう船は一日数本しかなく、その全てが既に終わっていました。

 

 ──仕方ない。とりあえずナーベラルが上手くやってくれる事を祈るしかないわね。

 

 彼女は広いつばの帽子を脱ぐと長い髪を風になびかせました。その頭には二本の角がありました。

 

 風は徐々に強くなり、雲はますます濃く、重くなってきました。嵐が既にすぐそこに来ているのです。

 

(いよいよね。アインズ様はこのわたくしをお許しにならないかもしれない。でも、もう後戻りは出来ない。今夜、わたくしの策略でNPCの誰かが死ぬ──そしてアインズ様を巡るいさかいに終止符が打たれる──このわたくしによって)

 

 彼女は時計を見ました。唇の端をあげ、せせら笑います。予定通りならば招待客はレコードの告発に動揺した事でしょう。そして食事──突然倒れる一人の招待客。用意された招待客用の皿の一枚には猛毒が仕掛けてあったのです。そう、彼女はアインズ様の寵愛を争うライバルを全て抹殺する計画をたてていたのでした。

 

 アインズ様の正妻の座を巡ってナザリックでは幾つかの派閥がありました。彼女は自らを支持するナーベラルを共犯に誘ってこの計画を立てたのでした。唯一の誤算は自分自身が間に合わず遅れて合流せざるを得なかった事でしたが、計画通りに進めば『十人のかわいいメイドさん』の歌詞の通りに一人ずつ抹殺されていく筈なのです。

 

 ゲームにはあらかじめ仕掛けがありました。コントロールで『上上下下左右AB』と操作すると高圧電流が流れる仕組みです。これで更に一人を抹殺します。

 

 王国クイズでは不正解者一名が迷路に落とされます。この迷路には出口が無いため、一人を抹殺します。

 

 薪割り用に用意された斧には仕掛けがあります。この斧を降り下ろすと柄に仕込まれたダガーが心臓を貫きます。これで間違いなく一人が抹殺されます。

 

 ハチミツではパンの中に強力な毒針を仕込んだものを一つ用意しました。これで更に一人を抹殺します。

 

 裁判官の顔はめには顔を嵌め込むとセンサーが感知して顔の真ん中に魔銃が撃たれる仕掛けです。これで必ずやもう一人が抹殺される事でしょう。

 

 海ではボートが沈む仕組みです。これで更に一人を抹殺します。

 

 動物園に見立てた遊戯室でははく製に混じって彼女自らが襲います。これで一人が抹殺されます。

 

 日光浴ではナザリック地下大墳墓の第八階層の『アレ』を使います。これで最後のライバルが抹殺され、勝ち残った彼女だけがアインズ様の花嫁となります。勿論、この最後の計画はナーベラルには話していませんでした。

 

 全て計画通り……守護者統括(アルベド)はくっふっふっと笑い声を上げるのでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 ようやく嵐が過ぎてアルベドは孤島に上陸しました。そして真っ直ぐに館に向かいます。

 

 館の扉を開ける際にアルベドは少し躊躇しました。中で起こっているであろう惨状に些か心を傷めていたのです。

 

 無理もありません。ナザリックにおいてNPCは家族も同然なのですから。

 

 ようやくにして心を決めて扉を開きます。しかし、そこには予想と違い何もありませんでした。

 

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221Bの『ありんす探偵社』ではありんすちゃんと助手のキーノがぼんやりしていました。

 

「楽ちかったでありんちゅ。また招待状こないかなでありんちゅ」

 

「……しかし、あの童謡はなんだったのか? 何だか事件でも起きるかと思ったが……」

 

 キーノはまだ納得いかないみたいです。

 

 ありんすちゃんは机の上に小さなメイド人形を並べてご機嫌です。周りに気付かれない様に一つずつポケットに入れて持ち帰ってきたんですって。なかなか賢いですね。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 アルベドは館の中を隅々まで調べてみましたが、何の痕跡もありませんでした。

 

(……いったいどういう事なの? そうだわ。ナーベラル……あの娘に確認してみたらわかるかしら)

 

 アルベドは〈メッセージ〉でナーベラルを呼びました。

 

〈……アルベド様。申し訳ありません。計画は失敗です〉

 

〈……何があったの? 最初から説明しなさい〉

 

 ナーベラルは話し始めました。まずは予定外の出来事──アルベドの不在とシャルティアの不在、そして何故かありんす探偵社のありんすちゃんと助手のキーノがやって来たという事に始まり、最初に面倒な探偵ありんすちゃんを排除しようと毒殺を試みるも失敗した事、その後も尽くありんすちゃんに計画を潰されてしまい、結局誰も抹殺出来なかった事を話しました。

 

〈……なんですって……では……わたくしの計画は……〉

 

〈……全て失敗しました〉

 

 アルベドはナーベラルとのやり取りを打ち切るとその場に崩れ落ちました。

 

 エ・ランテルで名高いありんす探偵社の美少女探偵ありんすちゃんがこれまで優秀な頭脳の持主だったとは……

 

 と、不意に空間が揺らぎ〈ゲート〉が開きました。現れたのはなんとありんすちゃんでした。ありんすちゃんはアルベドににっこり微笑みかけると、サイドテーブルの上に残されていた一体のメイド人形を掴みました。

 

 ありんすちゃんが去った後、アルベドは恐怖に震えました。あの笑顔は『全て知っている』という意味に違いなく思えたからでした。いつかアルベドを滅ぼしかねないカードをありんすちゃんが握っているのだと。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 

「あ、ありんすちゃん。何処に行っていたんだ? 出掛ける時には私にちゃんと言って欲しいな」

 

「キーノはうるちゃいでありんちゅね。ありんちゅちゃはメイドちゃん、取りにいってたでありんちゅ。こりで全部、揃ってメイドちゃん達も嬉しちょうでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは十体揃った小さなメイド人形を眺めてご満悦です。良かったですね、ありんすちゃん。



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とあるデュラハンの頭捜し

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝はコーヒーで始まります。

 

「モキュモキュ。朝のコーヒーキャラメルは最高でありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは両頬をふくらませたままモゴモゴしています。

 

「ありんすちゃん。お菓子ばかり食べていないでちゃんと食事しないと大きくなれないぞ」

 

 探偵助手のキーノが苦言を述べます。

 

「……キーノはうるちゃいでありんちゅね。キーノは食事してるでありんちゅがじぇんじぇんおっき、なんないでありんちゅ」

 

「──な!」

 

 ありんすちゃんの冷たい視線を胸もとに感じながらキーノは思わず叫びました。

 

 ありんすちゃんには内緒にしていますが、キーノの正体はアンデッドの吸血姫なので14歳位の外見から成長出来ないのでした。

 

「ツルペタキーノはナーベに勝てっこないでありんちゅよ」

 

「──言うな! うわーーーー!」

 

 容赦ないありんすちゃんの言葉にキーノは思わずうずくまります。と、入り口の鈴がチリンチリンと来客を知らせました。

 

「──いらっしゃい……ま、せ……? うえ?」

 

 依頼者には頭がありませんでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 凍りついた助手に蹴りをいれながらありんすちゃんがにこやかに来客を迎えます。

 

「ありんちゅちゃ探偵にようこちょ。むじゅかちい事件、なんでも解決しるでありんちゅよ」

 

 頭のないメイド姿の女性はお辞儀をすると答えました。

 

「……ボク……私の名前はユリ・アルファと申します。是非、私の頭を捜して下さい」

 

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 

「はい。ボク……私の種族はデュラハンでしてもともと頭が胴体から離れているのです。普段は首の繋ぎ目をチョーカーで隠しているのですが……」

 

 依頼者のユリの言葉を聞きながらありんすちゃんはノートにメモをとります。キーノが自由帳と書かれた表紙のノートを覗き込むとユリを描いたような落書きがあるだけでした。

 

「……頭を奪った犯人は見ませんでした。袋か布をいきなり被せられたと思ったら、フワリと空に浮かび上がって空を飛ぶような感覚が……」

 

「……空でありんちゅか。なるほど、でありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは頷きながらメモをとります。しかしキーノの方からはユリの絵の胸にグリグリと丸を描いていただけなのが見えました。

 

「……その晩、なにやら暗いフカフカした中に入れられました。目隠しみたいなものをされていたみたいでした。口の中に何か入れられたような……私の頭はそのままフカフカした中に入れられているみたいです……」

 

 

 ありんすちゃんは顔を上げました。

 

「……お菓子でありんちゅか?」

 

「……いや、食べ物ではなかったような……うーん……ボクにはそれ以上わかりません……」

 

「ありんちゅちゃにまかちぇるでありんちゅ」

 

 かくてユリの頭部の捜索依頼をありんす探偵社で受ける事になりました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 事件はある日、呆気なく解決しました。

 

 ユリの頭部は犯人と一緒に探偵社につき出されたのでした。

 

「ほら、弟。頭を下げる!」

 

「……全くボクの娘になんて事を……」

 

 ピンク色のスライムと巨大なガントレットをはめたゴーレムが弱々しいバードマンの頭を下げさせます。

 

「──これは至高のお方がた──」

 

 ユリの唇にゴーレムの指が当てられつぐませます。

 

「──この馬鹿弟がまさかユリの頭をオナホ──」

 

「───わーー! わーー!」

 

 ピンク色のスライムの言葉をなぜかゴーレムが遮りました。

 

「……なにはともあれ解決したでありんちゅ」

 

 キーノは胸のなかで『今回何もしていないじゃん』と突っこみを入れながらも黙っていました。

 

 罪を後悔するバードマンの嘆きはいつまでもいつまでも続くのでした。



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怪盗ヘロヘロ団からの予告状 ~狙われた美少女探偵~

 ヘロヘロは天蓋がある大きなベッドでゆっくりと伸びをしました。まだ、眠気が残った半開きの眼でベッドの天蓋をボンヤリ見上げます。

 

 ──素晴らしい! 実に素晴らしい!

 

 ここではリアルの世界でヘロヘロを苦しめていた納期も仕様変更もワガママなクライアントも、間に合わないスケジュールを立てる無能な上司も忘れた頃にやって来るバグの嵐もありません。

 

 ──あの頃は地獄だったな……

 

 ヘロヘロが携わっていたSEの仕事はいつも睡眠不足でキーボードの前に縛りつけられて、身体のアチコチはボロボロでした。

 

『──うわっ! 大丈夫ですか?』

 

 ──ユグドラシル最終日に会った際にギルドマスターのモモンガさんは滅茶苦茶引いていたっけ……

 

 ヘロヘロはまた瞼を閉じます。リアルでは決して許される事が無かった『二度寝』という至福の時間を過ごすのです。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 次にヘロヘロが目覚めたのはお昼でした。ためらいがちなノックの音がしました。

 

「……あの、ヘロヘロ様。そろそろお食事をお持ちしても宜しいでしょうか?」

 

「あ、ソリュシャンか。うーん……そうだね。ありがとう。それじゃあそろそろ食べようかな」

 

 直ぐに扉が開かれメイドがワゴンを押して入って来ました。彼女はナザリック地下大墳墓の拠点NPCの戦闘メイド、プレアデスの一人のソリュシャン・イプシロンです。ヘロヘロがゆっくりと食事を始めるとソリュシャンが傍らで給仕をします。

 

 彼女はヘロヘロが食事を終えるとモジモジしながら訊ねました。

 

「……あ、あのう……そろそろ怪盗としての仕事を──」

 

「──ゴホン! ゴホンゴホン。ウォーウォッホン! いや、すまない。仕事という言葉に拒否反応が出てしまうみたいなんだ……」

 

 ヘロヘロはベッドの中で伸びをすると起き上がろうとしました。

 

「──あれあれ? おかしいな?」

 

 ヘロヘロは起き上がろうとしてまたしてもベッドに寝そべります。スライムの体がタプーンと波打ちました。

 

「……ヘロヘロ様、如何されましたか?」

 

 心配そうにソリュシャンが尋ねました。

 

「……むむむ。どうやら自堕落な生活でメタボになったみたいだ。うーん……」

 

「それはいけません! ヘロヘロ様、ダイエットも兼ねて是非とも怪盗のお仕事をすべきです……いえ、お仕事ではなくて怪盗としての盗みを……」

 

 『お仕事』という単語に露骨な表情をみせるヘロヘロを見てソリュシャンは言い直しました。

 

「うーん。そうだね。……しかし何を盗んだら良いのかなぁ?」

 

 ソリュシャンも思わず黙りこみます。

 

 ──怪盗の名に相応しい盗みとは一体? どうしたら──

 

「そうだ! 怪盗には名探偵がつきもの。このエ・ランテルで一番という『ありんす探偵社』に予告状を出したら名声があがるんじゃないかな?」

 

「ヘロヘロ様、それは素晴らしいお考えです。早速予告状を作りましょう」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』では折から届けられた『怪盗ヘロヘロ団』からの予告状で大騒ぎになっていました。

 

『ありんす探偵社の名探偵ありんすちゃんを〇月〇日〇時に盗みに行きます  怪盗ヘロヘロ団』

 

「ウムム……よりによって探偵社から探偵を盗むだと? ありんすちゃん、どうするんだ?」

 

 助手のキーノが訊ねます。

 

「ありんちゅちゃに考えがあるましゅでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは自信ありげです。いったいどうするつもりでしょうか?

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 やがて『怪盗ヘロヘロ団』からの予告状の期日になりました。

 

「──これはいったい?」

 

 助手のキーノはありんすちゃんが連れてきた人達に驚きました。

 

「紹介しるでありんちゅ。こちらは『ローゼンメイ●ン』の真紅、こっちは『K』の櫛名ア●ナ。向こうにいるのは『一騎●千』の源●経と『Go●hic』のヴィ●トリカ 。ありんちゅちゃのお友だちでありんちゅ」

 

 どの人物もありんすちゃんと同じ様なゴシックロリータの衣装に身を包んでいてまるで沢山のありんすちゃんがいるみたいです。

 

「こりで怪盗ヘロヘ団がありんちゅちゃを盗みにくるしても大丈夫でありんちゅ」

 

 やがて予告状にあった時間になりました。

 

 しかし何事も起きませんでした。

 

「……勝ったでありんちゅ」

 

 見事に怪盗ヘロヘロ団を智略で退けた美少女名探偵ありんすちゃんの評判はさらに上がるのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「…………しまった。寝過ごした!」

 

 その頃ようやく目覚めたヘロヘロは諦めて二度寝するのでした。



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探偵助手キーノの休日(ドラマCD『アインズの金策』より)

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、探偵助手のキーノは朝からソワソワして落ち着きがありません。それもそのはず今日はキーノにとって待ちかねた給料日なのです。

 

「キーノにお給料あげるますでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはキーノに給料袋を渡そうとしますが、なかなか手を離しません。

 

「あーりーがーとーうーごーざーいーまーすー!」

 

 キーノはお礼を言いながら給料袋からありんすちゃんの手を剥がそうと真っ赤な顔になっています。

 

「どーうーいーたーちーまーちーてーでーあーりーんーちゅー!」

 

 給料袋をつかんだ手を剥がされまいとありんすちゃんの顔も真っ赤です。

 

 結局なんとか給料を手にしたキーノは小躍りしながら屋根裏の自分の部屋に向かいます。屋根裏のゴタゴタと荷物が置かれた片隅に小さなベッドとマジックランプが乗ったサイドテーブルがキーノの部屋の全てでした。

 

 キーノはベッドの上に寝そべると給料袋を開けて中から銀貨二枚を取り出します。次にサイドテーブルの引き出しからブタの形の貯金箱を取り出すと中に貯まった銀貨を振って出します。

 

「……よし。これなら足りそうだ」

 

 キーノは満足そうに頷き、銀貨を全て革袋にしまうと出かけていきました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「なんだって? 売り切れだと?」

 

 リ・エスティーゼの市場に突然キーノのすっとんきょうな叫び声が響きました。道行く人の視線を浴びて赤面したキーノは声を落として尋ねます。

 

「……なぜだ? せっかく代金を貯めて買いにきたのに……」

 

 店主はすまなさそうに答えました。

 

「……今や“漆黒”のモモン人形は大人気でね。最新の『ハムスケとモモン』は入荷したら即日完売してしまうのでもう在庫がないんだ」

 

「……馬鹿な……モモン人形の中でも一番高価な『ハムスケとモモン』が売り切れだと……せっかくモモン人形をコンプリート出来ると思ったのに……」

 

 呆然とするキーノが気の毒になった店主は店の奥から一体の人形を持ってきました。

 

「仕方ない。これは最後の品だから隠しておいたのだが……」

 

 キーノは期待に顔を上げました。

 

「……大人気の“漆黒”の“美姫”ナーベの人形だ。これも当面入荷しないんだが……」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 ありんす探偵社に戻ってきたキーノは無言でした。

 

 ありんすちゃんはテーブルの上に載せた金貨三枚とにらめっこをしています。キーノはそんなありんすちゃんに目もくれず屋根裏の自分の部屋に行くのでした。

 

 自分の部屋に戻るとサイドテーブルの引き出しからいくつかの人形を取り出しました。両手にグレートソードを持ったモモン、腰に手を当てて直立するモモン、力強く指を指しているモモン、中には『漆黒だ!』と声が出る人形もあります。これらは木彫りですこし雑な作りではありますが“漆黒”公式のモモングッズとして先程の店で売られていたものでした。

 

 キーノは更にもう一体の小さな人形を取り出すと動かします。

 

「……モモン様。『ハムスケとモモン』人形が手に入らなかったの」

 

 キーノはもう片方の手でモモンの人形を動かします。

 

「……うむ。それは残念だったな。気を落とさないことだイビルアイ。私はお前のものなのだからな」

 

 キーノは片手の小さな人形──赤いマントを羽織った仮面のマジックキャスター──イビルアイの人形をモモンの人形にくっつけます。

 

「……モモン様。私の全てはモモン様に捧げても良いと思っている……んん」

 

 キーノは顔を真っ赤にして人形を投げ出してベッドに横たわりました。

 

「…………欲しい」

 

 天井を見上げながらキーノがポツリと呟きました。

 

「──欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!」

 

 ベッドでゴロンゴロン転がりながら叫んでみましたがどうしようもありません。手に入らない時ってより一層欲しくなるんですよね。

 

「……仕方ない。リ・エスティーゼに行くか」

 

 キーノはテレポーテーションの魔法を唱えました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「──これだ! い、いくらだ?」

 

 リ・エスティーゼ王国首都リ・エスティーゼの怪しい店が連なる市場にキーノの姿がありました。赤いフード付きのマントに仮面をかぶった彼女はアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”の謎のマジックキャスター、イビルアイです。

 

「……なかなか手に入らないんでね。金貨三枚だね」

 

「──ぐぬぬ……」

 

 気だるげな女の言葉にキーノ──イビルアイは言葉に詰まります。

 

「……あんたイビルアイだろ? 情報と引き替えなら只にしても良いけどね? どう?」

 

 キーノは悩みました。悩みに悩んだ末──ラキュースすまない──キーノはリーダーのラキュースの秘密──彼女が密かに執筆している文章や集めている薄い本──について女に話してしまいます。

 

「──へぇ。それはなかなか面白い。では約束通りこの『ハムスケとモモン』人形をあんたにあげるわ」

 

 そう言うと女──その時初めてヒルマと名乗りました──はキーノに人形を渡すのでした。キーノは『ハムスケとモモン』人形をしっかり抱き締めるとスキップしながら帰っていきました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 キーノがありんす探偵社に戻ってみると、相変わらずありんすちゃんは金貨三枚とにらめっこを続けていました。

 

「ありんすちゃん。どうだ! この『ハムスケとモモン』人形はなかなか手に入らない一品だぞ。私にはやはりモモン殿と切っても切れない縁があるに違いない」

 

 早速キーノは『ハムスケとモモン』人形を見せびらかします。まさに得意満面といったキーノに…………

 

「こりはニセモノでありんちゅ。本物のハムシュケはたまたまが無いでありんちゅ。そりに──」

 

 ありんすちゃんがモモンの背中を押すと『私は漆黒のモモン!』としゃべりました。

 

「……この声は宮●真守でありんちゅ」

 

「……な……ん……だ……と……?」

 

 こうしてありんす探偵社探偵助手のキーノの休日は無慈悲に終わったのでした。

 

 

 

 ……尚、モモン公式グッズはその後販売中止となりキーノが『ハムスケとモモン』人形を手にする事はありませんでした。



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亡国の吸皿姫

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』の入り口脇に怪しい人影がありました。

 

 なんと……美少女探偵ありんすちゃんの助手、キーノです。キーノは10分おきにドアから出てはキョロキョロと辺りを見回してポストを覗きこみます。そしてため息をつくと肩を落として戻ります。

 

 そんなことを朝から繰り返していたのでした。

 

「……まだ……届かないのか……」

 

 キーノはアニメオーバーロード3の全巻購入特典である『亡国の吸血姫』の到着をいまかいまかと待っているのでした。

 

「……こんな事ならリ・エスティーゼで受け取る事にするべきだったな」

 

 キーノはまたしてもため息をつきました。エ・ランテルよりもリ・エスティーゼの方が都会ですからきっと早く手に出来たに違いありません。

 

 それにしてもキーノは何故こんなにまで『亡国の吸血姫』にこだわるのでしょう?

 

「……亡国の吸血姫……か……」

 

 キーノの顔がにやけます。

 

「……早く読みたいな。忘れかけていたけど……私はインベリアの王女。そんな私が主人公の話……しかもラブロマンスらしいし……ああ……早く読みたい」

 

 キーノは夢想を膨らませるのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 ──いつものように天蓋付きベッドで目覚めるキーノ。

 

「キーノ様、おはようございます。今日も良い天気ですよ」

 

 見慣れたメイドのナスターシャ。

 

 洗顔し、ドレスに着替えて食堂へ行く。その七色の瞳は虹瞳人(アルコバーナ)の特徴だ。

 

「おはようございます、お父様、お母様」

 

 キーノの父、ファスリス王と母との団らんの時間。

 

 ──ふと何かを感じるキーノ。強大な、なんとも形容しがたい強大な魔力のうねりと 襲いかかる激痛。

 

 死を意識して沈んでいく記憶。

 

 ふたたび目覚めたキーノは姿見に真紅の瞳を見いだす。

 

 こうして吸血姫となったキーノ……ここまでは同じだ。分岐していくストーリーではきっと──

 

 廃虚の街となったインベリアでキーノと出会う漆黒の騎士。

 

「……私はモモン。どうやら私は記憶がないようだ。……君は?」

 

「──ィーノ・──ァスリス・インベ──ン」

 

 繰り返し聞こえる言葉はやがて意味のある言葉となる。

 

「なまえはキーノ・ファスリス・インベルン」

 

 それは少女の名前だった。

 

 

 

※   ※   ※

 

「──キーノ! 何をやってるでありんちゅか? ちゃっちゃとお茶いれるでありんちゅよ」

 

 ドアから半身を出して突っ立ったままのキーノにありんすちゃんの叱責が飛びました。

 

 いつの間にかありんすちゃんも起きてきてテーブルについています。

 

「……は、はい」

 

 キーノはあわててありんすちゃんの朝食の準備をするのでした。

 

 朝食を終えるとありんすちゃんはキーノに訊ねました。

 

「キーノ、朝からおちちゅかないでありんちゅがどうちたでありんちゅ?」

 

 キーノは何故かモジモジしながら答えました。

 

「……あのぅ……その……アニメのオーバーロード3の特典が今日届くんです」

 

 いつもならばもっとぞんざいな口調のキーノが随分しおらしいですね。

 

「……ふーん。まあ、ありんちゅちゃは『ぼーこくのきゅーけつき』なんて興味ないでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはティーカップを置くと自分の部屋に行ってしまいました。

 

 その後、キーノは妄想を膨らましながら『亡国の吸血姫』の到着を待ちましたが、結局届きませんでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

「……うーん。もうちょっと高くならないでありんちゅかね? 十五万位になれば良いでありんちゅが……」

 

 キーノがポストの前を行ったり来たりしている頃、ありんすちゃんはヤ●オクに『亡国の吸血姫』を出品していました。

 

 実はポストに既に届いていたのですが、キーノがポストを開ける前にありんすちゃんが〈グレーターテレポーテーション〉で持ち去っていたのでした。

 

 尚、ありんすちゃんは自分で『亡国の吸皿姫』というニセ物を作ってキーノを誤魔化すつもりみたいです。

 

 内容はインベリアの王女、キーノがお皿を舐めて綺麗にするお話しだそうです。仕方ありませんよね。だってありんすちゃんはまだ5歳児位の女の子なのですから。



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続 亡国の吸皿姫

「やったぁぁああ! ようやく届いたぁぁ! お待ちかねのと・く・て・ん・小説ぅう! いやっほうぅぅ!」

 

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』では助手のキーノが大騒ぎしていました。

 

 キーノは片手にA5サイズ位のダンボールの包みをもってクルクルと踊っています。

 

「と・く・て・ん! キーノちゃんの亡国の吸血姫! はやく読みたいなぁ! ウフフフフフ」

 

 ありんすちゃんは呆れたようにため息をつくとキーノに言いました。

 

「ちかたないでありんちゅ。キーノは今日お休みで良いでありんちゅよ」

 

「ありがとう! ありんすちゃん! いやっほうぅぅう!」

 

 キーノは小躍りしながら自分の部屋がある屋根裏に急ぐのでした。やれやれ。どちらが幼女かわかりませんね。

 

 

※   ※   ※

 

 

「さて、読むぞ!」

 

 キーノはベッドにうつ伏せになると『亡国の吸血娘(5さい)』を開きます。サイドテーブルには飲物を用意してまさに準備万端です。

 

 あれ? 『亡国の吸血娘(5さい)』って……ん?

 

 ゴホンゴホン。私の記憶が確かなら……それ……主人公がありんすちゃんのヤツです。たぶん。

 

 読み進めていたキーノの顔が険しくなっていきます。どうやら15ページ程読んで、さすがにおかしいと気がついたようです。

 

「……こ……これは……」

 改めて表紙を確認します。アインズ、いや、鈴木悟の肩に乗っているのはキーノではなくありんすちゃんです。

 

「……ニセモノ……か? なんという事か……いったいどうしたら……」

 

 キーノは頭を抱えるのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「……仕方ない。こうなったらオークションで手に入れよう」

 

 キーノは悲痛な表情で決断します。軍資金は招き猫の貯金箱を壊して用意した十万円です。ブルーレイBOXが合わせて三万円で買えましたから充分すぎる金額のはずです。

 

 キーノはスマホでメル■リやヤフ■クに出品された『亡国の吸血姫』を探し始めました。

 

「うーん……落札金額は七万円から、か。ずいぶんと足元をみられたいるものだな。……仕方ない。七万円で入札っと……うーん。どうせならハンドルネームを『国墜としのキーノちゃん』とでもしておけば良かったかな? しかし個人的には『モモン様LOVE』にこだわりがあるからな……ああ、モモン様。私は頑張ります」

 

 熱心にスマホの画面を眺めるキーノの顔がだんだん青ざめていきました。なんという事でしょう! 各オークションに出品された『亡国の吸血姫』の価額がどんどん上がっていくのです。

 

 みるみるうちに二十万円の価額に跳ね上がり、謎の人物『純白の花嫁』に次々と落札されていくのでした。

 

「……なんという事だ! いったいこの人物は何者なのだ? これでは全ての『亡国の吸血姫』を落札するつもりなのか? そ、そんな馬鹿な……」

 

 あ然とするキーノの目の前で出品された『亡国の吸血姫』は全て高値で落札されていくのでした。

 

「……私はヒロインなのに……」

 

 結局、キーノは一冊も落札出来ませんでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 ナザリック地下大墳墓 第十階層──

 

「良いわね。金に糸目はつけないわ。出品された『亡国の吸血姫』は全て落札するのよ!」

 

 アルベドの指揮の元、一般メイド達がパソコンの画面を真剣な眼差しで監視しています。

 

「……アインズ様、いいえ、モモンガ様のヒロインはこのわたくしだけ! 例え特典小説の中でもわたくし以外の女があの御方のヒロインなんて許されないわ。このナザリックの全力をもっていかがわしいキーノとやらの存在を抹消するのよ。そう、例えるならあれは悪貨。そのままにしておいたら良貨を全て駆逐してしまう。ああ、モモンガ様。貴方のヒロインはこのワ・タ・ク・シ……」



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オリエント急行の殺人

「うわー! ここだ。これが私たちの座席だな。どちらも窓がみえるな!」

 

 エ・ランテルの最新鋭の高速列車『オリエント急行』のコパーメントで少女が騒いでいました。

 

「キーノ……荷物を上に上げるのまだでありんちゅ。チャッチャッとしるでありんちゅよ」

 

 騒いでいた少女、キーノはシュンとして言いつけ通りに荷物を網棚に乗せようとしますが、背が足りなくて届きません。

 

「……キーノはまったくちゅかえないでありんちゅな。……ちかたないでありんちゅね。チャッチャッと車掌、呼んでくりゅでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは白い広いつばの帽子を脱ぐと、長い銀髪をサラリと流しました。

 

「……う、うん。わかった。呼んでくる」

 

 エ・ランテルに探偵社をかまえるありんすちゃん達は、この度運行が始まった高速列車の旅と洒落こんでいたのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「……それでは私めは失礼致します。良い旅を」

 

 セバスという名前の車掌は丁寧に挨拶をすると立ち去っていきました。と、不意にキーノのお腹が鳴りました。

 

「……まったくキーノは……そんなことじゃ一人前のレレイになれないでありんちゅ」

 

 キーノに文句を言うありんすちゃんでしたが……

 

 ぐぐぐぅ~……

 

「ち、ちかたないでありんちゅね。キーノの為に食堂車、行くでありんちゅ」

 

 二人は食堂車に向かいました。

 

「いらっしゃい」

 

 食堂車ではマスクをした黒服に抱えられたペンギンがいました。

 

 ペンギンに案内されて席につくとありんすちゃんはメニューを開いて注文をしました。

 

「特製ありんちゅちゃカレーライスふたちゅでありんちゅ」

 

「え? あ、いや……私は……」

 

 キーノが慌てて自分の分の注文をしなおそうとしましたが、ありんすちゃんにギロリと睨まれて黙ってしまいました。

 

「……そりから食事のあちょ、デザートにチョコレートパフェ、こりはひとちゅで良いでありんちゅ。キーノは水飲めば良いでありんちゅ」

 

 注文が終わるとありんすちゃんはパタンとメニューを閉じました。

 

 キーノはあたりを見回してみました。

 

 それぞれのテーブルには他の乗客がいます。大きな十字架をテーブルに立て掛けてステーキを食べている修道女、縦ロールの金髪の上品な娘、眼帯をした冒険者風の女、眼鏡をかけた教師風の女、東の地方のような衣服を着た無表情な女、そしてガッシリとした体格の冒険者風の黒髪の男……そして皆とは離れた席の黒髪をポニーテイルにした女の顔には──

 

「ありんすちゃん! あの女、見てみろ!」

 

 キーノが小声でささやきました。

 

「あんな仮面を着けて怪しいぞ。あの女はきっと犯罪者に違いない!」

 

 ありんすちゃんはキーノを半目で睨みます。

 

「キーノはまだまだでありんちゅね。人を見かけで判断しるはダメダメでありんちゅ」

 

「……しかし、あの仮面は不自然ではないか? なにかきっと隠し事があるに違いないぞ」

 

 ありんすちゃんはため息をつきました。

 

「……そりなら王国の蒼の薔薇のチビルアイもひみちゅだらけになるでありんちゅな。名探偵ありんちゅちゃが謎々とくでありんちゅ」

 

 キーノは慌てました。ありんすちゃんには内緒にしていましたが、キーノの正体はアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”イビルアイその人だったからでした。

 

「……う……わ、わかった」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 ありんすちゃんとキーノがカレーライスに舌鼓を打っていると、先程の車掌、セバスがやって来て言いました。

 

「……皆さま、お食事のおり、失礼致します。実はいろいろとした事情がありまして、皆さまにお願いがございます。当列車、オリエント急行は12両編成になっております。皆さまの客車が一両目から八両目、この食堂車が九両目、残りは貨物と乗務員が利用しております。誠に勝手なお願いでありますが、十両目以降にはどなたも立ち入らないで頂きたいのです」

 

 車掌の話にありんすちゃんの瞳が光りました。

 

「……こりは事件の匂いがしるでありんちゅ。名探偵ありんちゅちゃにまかちぇるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはスックと立ち上がると胸を張りました。みんなの視線がありんすちゃんにくぎ付けになります。

 

「すばらしい! あの高名な美少女名探偵ありんす様が居合わせているとは……では、是非ともお力をお貸し下さい」

 

 車掌はありんすちゃんに事情を話し始めました。

 

 車掌によると──オリエント急行の貨物室には五トンもの金塊を積んでいたのですが、エ・ランテルを出発してしばらくした頃にその金塊を狙った予告状が届いたのでした。

 

「……なるほどでありんちゅ。ありんちゅちゃが金塊、守るでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは腕を組み、フンスと鼻から息を吐きます。

 

「……うむ。そういう事ならば私も力を貸そう」

 

 一人の男が立ち上がりました。黒髪にやや浅黒い精悍な顔立ちの男は──

 

「私は何をかくそう、アダマンタイト級冒険者“漆黒”のモモンだ。実は休暇中でな」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「モモン殿、い、いや、モモン様。この皿にさ、サインして下さい! ……い、いつもはフルフェイスをかぶられていますが、とてもカッコいいです」

 

 助手のキーノは食べ終わったカレーライスの皿に『キーノさん江 しっこくのモモン』と書いてもらい有頂天です。

 

「……やった! 家宝にするぞぉ!」

 

 キーノは興奮のあまり皿に顔をこすりつけてカレーまみれになっていました。

 

「……ではありんす様にモモン様。よろしくお願いいたします」

 

 かくして美少女名探偵ありんすちゃん、助手のキーノ、“漆黒”のモモンの三人は交代で貨物室の警備をする事になりました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「……そのう、モモン様はナーベと……男と女の関係だったりしない……のかなぁ、とか聞かれたりするのではないか?」

 

 貨物室の前ではウンザリ顔のモモンにキーノが上目使いで尋ねていました。

 

「……あの、キーノさん。交代で見張るのですからそろそろ休まれた方が……」

 

「……大丈夫。……モモン様は私の事を心配してくれるのだな。……モモン様なら私の秘密を打ち明けても構わないかもしれないな……も、モモン様。……実はな、私は……」

 

 キーノはモモンの耳に囁きました。

 

「……アンデッドなのだ……キャッ! 言ってしまった!」

 

 キーノは真っ赤な顔を思わず両手でおおい、しゃがみ込みました。モモンはそんなキーノを覚めた目で見おろして立ち尽くしています。

 

「……キーノ。チャッチャッと寝るでありんちゅ」

 

 突然現れた、眠そうな目の不機嫌そうなありんすちゃんに耳をひっばられながらキーノは貨物室の傍から離れていきました。

 

 後にはモモンが独り、残っています。

 

「……やれやれ。ようやく邪魔者がいなくなったな」

 

 モモンはニヤリと笑いました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 やがて次の日の朝──

 

 モモンと交代して貨物室の前で寝ずの番をしている筈のありんすちゃんは──

 

 

 自分のコパーメントの寝台でグッスリと眠っていました。

 

 ドンドンドン!

 

 コパーメントのドアを誰かが激しく叩いています。

 

「ありんす様! 大変です! 車掌のセバスです!」

 

 どうやら車掌のセバスのようです。しかしありんすちゃんは相変わらずスヤスヤと眠っています。

 

「め、名探偵ありんす様! お願いです! 開けて下さい!」

 

 おや? ありんすちゃんが片目を開きました。うーん……

 

「……び、美少女名探偵ありんす様!」

 

 ありんすちゃんはポーンと寝台から飛び起きました。うーん……

 

「美少女名たんて、ありんちゅちゃでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんはドアを開けました。足もとには助手のキーノがイビキをかきながら熟睡しています。

 

「大変です! モモン様が……“漆黒”のモモン様が何ものかに殺されました!」

 

「──なんだと!」

 

 途端にキーノが跳ね起きます。

 

「馬鹿な! モモン様が殺されるなんてありえないぞ!」

 

 キーノはセバスの胸ぐらをつかんで叫びました。そんなキーノにセバスは静かに首を振ります。

 

「とにかく犯行現場、行くでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは5歳児位とは思えない冷静さで言いました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 セバスの案内でありんすちゃん達は犯行現場の貨物室にやってきました。

 

 入り口には規制線が引かれ、他の乗客たちは遠巻きに見守っています。

 

 モモンは仰向けに横たわり、何か恐ろしいものを見たかのようにカッと目を見開いていました。

 

「……ま、まさか……こんな事が!」

 

 動揺して立ち竦むキーノをよそにありんすちゃんはスタスタと遺体に近づきます。

 

「……凶器はこりでありんちゅな。うーん……ルーン……」

 

 ありんすちゃんはモモンの胸もとに突き立てられたナイフを抜いていきます。それぞれ謎めいた紋様が刻まれたナイフは全部で6本ありました。

 

「……こりは密室、殺人、でありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは立ち上がるとセバスに命じます。

 

「……犯人はこの列車にまだいるでありんちゅ! 乗客じぇんぶ、あちゅめるでありんちゅ!」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 エ・ランテル発の高速列車『オリエント急行』に居合わせた乗客たち。貨物室の金塊を狙った予告状。たまたま居合わせた美少女名探偵とアダマンタイト級冒険者の英雄。人種族最強とまでいわれた英雄の突然の死。謎の紋様が刻まれた凶器のナイフ……

 

 

 

(……そういえばさっき、ありんすちゃんは何やら呟いていたようだが……たしか『ルーン』と……)

 

 キーノは視線を感じて顔を上げました。すると東の地方の衣服みたいな格好の少女が能面のような無表情なまま、じっとキーノを見つめていました。黒い、闇を思わせる眼窩にえたいのしれない悪意を感じたキーノは思わず顔をそらせます。

 

 ──たしか『ゼータ』とか名のっていたな、あの女──

 

 キーノは先程の乗客たちの自己紹介を思い出します。

 

 孤児院院長の『アルファ』、旅の修道女『ベータ』、仮面の魔術師冒険者『ガンマ』、豪商の令嬢『イプシロン』、隻眼の冒険者『デルタ』。どれも中々の強者のオーラをまとっていました。

 

 そしてモモン。自分達と乗務員を除いた乗客はこれが全てです。

 

 キーノは振り返ってありんすちゃんを見ました。ありんすちゃんは何故かキーノと目があった瞬間、ニヤリと笑ったようでした。

 

「……そりでわ、美少女名たんて、ありんちゅちゃが……コホン。えー……美少女名たんて、ありんちゅちゃが……大事なこちょでありんちゅから、もいっかい、言うでありんちゅ。とってもかわいい、美少女名たんて、ありんちゅちゃが……この事件、かいけちゅ、しるでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんはフンスと鼻息を荒らげると胸をそらします。

 

「謎はぜんぶ、とけちゃでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは乗客たちを見回しました。そして一人の人物に指を突きつけると静かに宣言するのでした。

 

「……犯人はお前でありんちゅ!」

 

 

         ──つづく──



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オリエント急行の殺人 ~解決編~

「犯人はお前でありんちゅ!」

 

「──えーーーーっ!」

 

 車内に助手のキーノの絶叫が響きました。

 

「ちょ、ちょっと待て! ありんすちゃん! なんでわた、私が!?」

 

「……ふっ。しゅべて、この美少女名たんて、ありんちゅちゃにはお見通し、なんでありんちゅ」

 

「な、な、な、なにを……ありんすちゃん。冗談はやめてくれ!」

 

 ありんすちゃんはキーノの前で指をチッチッチッと振って見せました。

 

「このモモン、いや、モモンのニセモノを殺ちた犯人はキーノでありんちゅ!」

 

 一堂の視線がありんすちゃんに注がれています。美少女名探偵は小さく咳払いをすると言葉を続けました。

 

「こりはアダマンタイト級冒険者モモンのニセモノにキーノがふられて、殺ちてしまったのでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはまるで見ていたかのように事件のあらましを語りはじめました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「モモン様。モモン様は……その……小さい子はどう思うか? あ、いや、小さいと言ってもそこまで小さくないが、やはり小さいというか……」

 

「……小さい子? あの探偵の少女の事かな? あの美少女名探偵の少女……」

 

「……いや、違うのだ。小さいというのはあそこまで小さいという事ではなくてだな……身体の一部分の大きさ……女の部分というか……」

 

 キーノの歯切れの悪い言葉にモモンはかすかな苛立ちを覚えました。

 

「……キーノさん。ハッキリと言ってもらわないとわからないですね」

 

 キーノは決心して顔を上げました。

 

「モモン様。モモン様はオッパイが大きい方が……す、好き……なのか?」

 

「……オッパイ?……」

 

 モモンはあきれ顔でキーノを見返しました。

 

「……ま、まあ、大きいにこした事はないな。うん……オッパイ」

 

 モモンが少しばかり顔を赤らめて答えた瞬間──

 

「モモン様のバカーー!!」

 

 キーノは次々とモモンの身体にナイフを突き立てていきます。何本ものナイフが刺さったモモンは絶命しました。

 

「……やってしまった……私は……モモン様を……殺してしまった……この手で……うわぁアアアアーー!!!!」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「──こうちてモモンはキーノに殺ちゃれてちまったのでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは得意そうに胸をはります。

 

「──ちょっとまてーーいッ! 私がモモン様を殺すとかありえん。それにさっきありんすちゃんはモモン様がニセモノと言っていたが……ナニガナニヤラ……」

 

 キーノは必死に抗議します。

 

「犯人はぁ……怪しい助手う……」

 

「……キーノが犯人」

 

 ゼータとデルタが囁きあいます。

 

「これで決定ね。このゴミムシが犯人ね」

 

「……いや、お前の方が怪しいだろ。仮面を被った魔術師なんて……犯人はお前じゃないのか?」

 

 ありんすちゃんがくってかかるキーノを黙らせます。

 

「……キーノはダメダメでありんちゅ。仮面には理由、ありありなんでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんが指示を出すとガンマ──仮面の魔術師冒険者が仮面を外しました。

 

「──お、お前は!」

 

 仮面を外した魔術師の正体はなんと……アダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”の『美姫』ナーベだったのでした。

 

「……コホン。ではナーベ、こりはモモンのニセモノでありんちゅな」

 

「……はい」

 

 ナーベは断言しました。

 

「ホンモノのニセモノのモモンで間違いないでありんちゅな?」

 

「……間違いありません」

 

「本当にホンモノのニセモノのモモン?」

 

「……はい」

 

 ありんすちゃんはナーベの言葉に首肯くとみんなに向き直り──と、ナーベに振り返り──

 

「本当にホンモノのニセモノの、ニセモノのモモンに間違いないでありんちゅな?」

 

「……あの……話を進めていただけませんでしょうか?」

 

 ナーベが答えるより早くセバスが口を挟んできました。ありんすちゃんはコホンと咳をすると皆に語り始めました。

 

「……コホン……事件はこのニセモノが、モモンになりすまちた事が始まりでありんちゅた」

 

 ありんすちゃんは続けます。

 

「そもそも、このニセモノがモモンになりちゅまちたのは……この列車の金塊が目当てだったのでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんの謎解きによれば──男はオリエント急行に金塊が積まれている事を知り、予告状を出す。そして乗務員が不安になった所に自らをモモンと偽ってまんまと金塊の警備につく、と、こういうわけです。

 

「……ちょんな時にこの男にとって予想外のこちょがおきたのでありんちた」

 

 男にとって想定外だったのがキーノの存在だったのです。なにしろキーノはかつてストーカー事件を起こした程の熱狂的なモモン狂信者です。そんなキーノが回りでウロウロしていてはいつ化けの皮が剥がれてしまうか気が気でない状態だったに違いありません。

 

「……ちょこでキーノを失恋さしぇて遠ざけるはずでありんちたが……キーノに殺ちゃれてちまったのでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんの推理の前にキーノはガックリと肩を落とすのでした。

 

 かくして『オリエント急行の殺人』漆黒のモモン殺人事件ならぬ漆黒のモモンニセモノ殺人事件は静かに幕を降ろすのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 

 

 車掌のセバスは男の死体を貨物室の片隅に運ぶと布袋に納めました。

 

「……そうそう。忘れる所でした」

 

 セバスは懐からルーンが刻まれたナイフ──七本めのナイフ──を取り出すと男に突き立てました。

 

 

「……しかし……いったい何ものだったのでしょうか……」

 

 セバスは布袋のファスナーを閉めると部屋を出ていきました。



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スペイン岬の謎

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』には朝から来客を迎えていました。

 

「……こりはアインジュちゃま……よこそなのでぇ、ありんちゅ」

 

 漆黒のフルヘルムの男は片手を上げて制止しました。

 

「──モモンだ。ここではアインズではなくモモンだ」

 

 モモンは来客用のソファーに腰掛けると要件を切り出す。

 

「先日は私のニセ者に関する事件を解決してくれて感謝する。結局、あの者の正体はわからなかったが……」

 

 オリエント急行の殺人事件で殺されたモモンのニセ者は結局単なる詐欺師として処理されたのでした。

 

「……まずはお礼として伺った訳だが、それともうひとつ……ちょっとした相談があって、だな……」

 

「……ちょっとまちゅでありんちゅ。キーノ! 早くお茶いれるでありんちゅ! キーノ!」

 

 ありんすちゃんはキーノを呼びました。えっと……ありんすちゃん。キーノはオリエント急行の殺人事件の犯人として逮捕されちゃいましたよね?

 

「〈グレーターテレポーテーション!〉」

 

 ありんすちゃんが魔法を唱えると、素っ裸の助手のキーノが出現しました。

 

「──えっ! えっ! えーー? あ、ありんすちゃん……に……えーー! も、モモン様ぁああ!」

 

 キーノは牢屋に入れられていましたが、丁度一週間に一度の入浴をしていた時に転移させられてしまったのでした。

 

 

※   ※   ※

 

「……あれ? モモン様は?」

 

 大慌てで屋根裏の自分の部屋に駆け込んで衣服を身につけたキーノが戻ると、ありんすちゃんがただ一人冷たいミルクを飲んでいるだけでした。

 

「……ちょっくに帰っちゃでありんちゅ。キーノのせいで依頼とりちょこぬたでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは少し不機嫌そうです。

 

「……いや、私は悪くないぞ。そもそも入浴中に無理矢理テレポーテーションさせられた被害者だ。よりにもよってモモン様に……は、は、はだ……裸を……ムムムム……」

 

 キーノの顔がまたしても真っ赤になります。

 

「……せめてこの右から25度位の角度からならば……まてよ? 物事は考えようだ。もしかしたらモモン様は『うん? ただの子供だと思っていたが案外と胸が成長しているな』とか思ってくれたかもしれないぞ。お、女として……い、意識してくれるかも……」

 

「……ちょんなこちょないでありんちゅ。キーノがナーベよりボインボインなるないならダメでありんちゅな」

 

 キーノの夢想はありんすちゃんの容赦ない一言で粉砕されてしまいました。

 

 と、その時──

 

「大変です! スペイン岬で事件です! 王国のガゼフ様とブレイン様が殺されました!」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「ここがスペイン岬でありんちゅか……死体は……この布の下でありんちゅな」

 

 警官に呼ばれて事件現場にやってきたありんすちゃんと助手のキーノは早速死体の検分を始めました。ありんすちゃんが布をめくると──

 

「──わわわーー!」

 

 キーノが思わず顔を手でおおいます。

 

 なんと布の下のガゼフとブレインの死体は一糸もまとわない全裸だったのでした。

 

「……わわわ………」

 

 ちなみにキーノは顔を覆いながらも指の隙間からしっかりと見ていたりします。

 

「……この事件の謎はめいたんて、美少女めいたんて、ありんちゅちゃが解くでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは落ちていた棒を拾うとガゼフとブレインの性器を突っつき始めました。

 

「あ、ありんすちゃん。な、なにをしているのだ?」

 

 キーノが相変わらず両手で顔を覆いながら尋ねました。

 

「……なにって……ナニをチョンチョンちているでありんちゅ」

 

「いや、それは見ればわかるが……あの、わ、私は見ていないぞ? ほ、本当だ」

 

 ありんすちゃんは棒で飽きるまで突っついた後、呟きました。

 

「……二人はまちがいなくちんでいるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは腕を組みました。

 

「二人がなじぇ裸だったのかが謎でありんちゅ。その理由は……」

 

「……理由は?」

 

 キーノが緊張した面もちで尋ねますが、ありんすちゃんは黙りこんでしまいました。よく見るとありんすちゃんはウツラウツラ居眠りしています。仕方ありませんよね。だってありんすちゃんはまだ5歳児位の女の子なのですから。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「……ようやく目覚めたか。で、ありんすちゃん、聞かせてもらおう。何故ガゼフとブレインの二人は全裸だったのか?」

 

 ありんす探偵社で目を覚ましたありんすちゃんに助手のキーノが詰め寄ります。

 

「……その……やっぱりあの二人は……で、出来ていたのか?……いわゆる男同士で……裸で抱きあう……」

 

「……二人がスッポンポンだったのは……」

 

「……スッポンポンだったのは?」

 

 ありんすちゃんの言葉を待つキーノの喉がゴクリと動きます。

 

「スッポンポンになったのは……あちゅかったからでありんちゅ。だから服を脱いじゃったんでありんちゅ」

 

「…………」

 

 ありんすちゃんの名推理にキーノは言葉を失いました。

 

「……ありんちゅちゃには犯人がわかりまちた。犯人は──」

 

 さらにありんすちゃんは犯人の名前をあげました。その名前はキーノの全く予期しない人物だったのでした。

 

「……ま、まさか……そんな事があるはずが……」

 

「……キーノ。しゅぐに逮捕しるでありんちゅ」

 

 しかしキーノはあまりの衝撃で動く事が出来ませんでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「──離せ! これは何かの間違いだ! 誰か! そうだ。ラナー王女を! ラナー王女を呼んでくれ! 私は無実だっ!」

 

 犯人が連れ去られる様子を見ていたありんすちゃんは静かに口を開きます。

 

「……ガゼフとブレインを殺ちたのは“蒼の薔薇”のラキューシュ、犯人ちかちらない二人の様子がこりに細かく書いてあっちゃでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはキーノに一冊の薄い本を見せました。

 

 ──薔薇は夕日に輝く

 

 それはかつてラキュースが書いたガゼフとブレインをモデルにした同人誌でした。(ふしぎのくにのありんすちゃん 031参照)

 

 かくて謎に包まれたこの事件は『スッポンポン岬の謎殺人事件』としてあらぬ噂をひろめていくのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 一人の支配者が新聞を拡げて呟いた。

 

「……ガゼフが……うーむ。勿体ないな。……しかしスペイン岬って……こわっ。……思ったより物騒なんだな。これまでストレス発散で『死のオーラ』を放ちに行っていたが場所を変えた方が良いかもしれないな。………うーん。同じアンデッドなのにありんすちゃんは全くストレスが無さそうな秘訣を是非とも聞きたかったのだがな……」



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ヴァイセルフ王家の殺人

 リ・エスティーゼ王国首都、ヴァランシア宮殿の謁見の間は血塗れになっていました。

 

 玉座に座ったまま息絶えた国王、ランポッサⅢ世の胸には宝剣が突き刺さっており、同じく血塗れの姿の第三王女ラナーが蒼白な顔で立ち竦んでいます。ラナーの足元には意識を失って横たわる護衛のクライムの姿がありました。

 

「……これは……なんという事だ……」

 

 探偵助手のキーノもあまりの惨状に真っ青になっています。でも、ありんすちゃんは動じていません。さすがはいくつもの事件を解決してきた名探偵……ゴホンゴホン……いくつもの事件を解決してきた美少女名探偵ですね。

 

「こりはさちゅじん事件でありんちゅ! めいたんて、ありんちゅちゃがまるっとかいけちゅしるでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは自信に満ちた表情で宣言するのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「まじゅはほんちょにちんでるか確かめるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはランポッサⅢ世の胸もとから宝剣を抜くと、ランポッサⅢ世の股間をザクザクと刺しました。うーん……

 

 そしてランポッサⅢ世が死んでいる事を確認すると今度は凶器を調べ始めました。うーん……ありんすちゃんが真面目に捜査している姿になんだか違和感が……ゴホンゴホン。

 

「……なかなかきれいでありんちゅ」

 

 宝剣は王家に伝わるなかなかの宝のようで柄や鞘には見事な宝石がはめられていました。ありんすちゃんは一通り宝剣を調べるとさりげなく懐にしまいました。

 

「……さすがにまずいだろ? ありんすちゃん、リ・エスティーゼ王国に伝わる宝剣だぞ?」

 

 すぐさまキーノが注意をしますが……

 

「ありんちゅちゃ、べちゅに盗むんじゃないんでありんちゅ。持ってかえってイパイイパーイちらべるんでありんちゅ! きれいな宝石ついているからありんちゅちゃがもらっちゃうんじゃないでありんちゅ!」

 

 必死に言い訳をするありんすちゃんをキーノは冷たい眼差しで見詰めます。

 

「……ま、それはさておき……ありんすちゃん、いったいどうやってこの事件を解決するんだ? いつものように推理するにしても情報が無さすぎるんじゃないのか?」

 

 

「大丈夫でありんちゅ。ありんちゅちゃにおまかしぇしるでありんちゅよ」

 

 うーん……本当に大丈夫でしょうか? ありんすちゃんの『大丈夫』ってろくなことが無い……ゲフンゲフン……

 

 ありんすちゃんは空間からアイテムを取り出して構えました。

 

 

 

※   ※   ※

 

「こりは『しょしぇのたんじょ』でありんちゅ! こりで生き返らすちぇば解決しるますでありんちゅ!」

 

 なるほど! 確かに蘇生の短杖で被害者であるランポッサⅢ世を生き返らせれば簡単に犯人がわかるはずですね。うーん……しかしこれって探偵小説的にはどうなんでしょうか?

 

 ありんすちゃんがワンドを構えて呪文を唱えると、なんとランポッサⅢ世が復活しました。

 

「……ううむ……ワシは……わたし……は……いっ……たい……ガゼフは……ガゼフはどこ……にいったのだ?」

 

「わたちは美少女めいたんて、ありんちゅちゃでありんちゅ。ありんちゅちゃがふっかちゅさせますでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはランポッサⅢ世の懐から金貨を取り出すと自分のポケットにしまいます。復活させた報酬ですって。

 

 復活まもなくのランポッサⅢ世が落ち着くのを見計らってありんすちゃんは訊ねました。

 

「王ちゃまはだりに殺されたでありんちゅか?」

 

 ランポッサⅢ世は弱々しくラナー王女を指差しました。

 

「……何故だ? ……ラナー……いったいどうしてなのだ?」

 

 ラナーは相変わらず茫然自失のままです。

 

「ラナー王女が犯人だと……なんという事だ! ラキュースに知らせなくては……」

 

 慌てて走り出そうとする助手のキーノをありんすちゃんは止めます。

 

「……まちゅでありんちゅ。王ちゃまを殺ちた犯人はラナーでありんちゅ。しかし、ラナーが殺ちた王ちゃまは今生きているでありんちゅ。しるとラナーは王ちゃまを殺ちた犯人じゃなくなっちゃでありんちゅ」

 

「……う、うん?」

 

 キーノは頭がこんがらがってきました。と、突然ありんすちゃんは宝剣を振り上げると──

 

 

「……こりで解決しるでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんはランポッサⅢ世を再び殺してしまいました。

 

「……こりで犯人と被害者の死体そろったんでありんちゅ!」

 

 得意そうなありんすちゃんに対してキーノは心の中で「……いや、犯人はありんすちゃんだから……」と突っ込むのでした。

 

 

 うーん……仕方ありませんよね。だって、ありんすちゃんはまだ5歳児位の女の子なのですから。



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ヴァイセルフ王家の犬

シャーロックホームズのバスカヴィル家の犬、がモチーフです


 リ・エスティーゼ王国、首都リ・エスティーゼを見おろすように建つロ・レンテ城の中でも一際荘厳な趣きがあるヴァランシア宮殿謁見の間におよそ場違いに思える小さな人影──ありんす探偵社の探偵助手キーノ──の姿がありました。

 

「……なんで私が……ありんすちゃんは用事があるとか言ってたがきっと嘘だ。何しろこの間凄惨な事件が起きたばかりなんだぞ」

 

 キーノはぶつぶつ言っていますが、それもそのはず先日国王が無残に殺された事件があったばかりです。しかもキーノが足を踏み入れようとしている謁見の間こそがその事件現場なのでした。

 

「……ありんす探偵社のキーノ様。どうぞお入り下さい。国王陛下もお待ちになっております」

 

 優雅な物腰の初老の執事とその妻らしきメイドが中から扉を開けてキーノを迎えました。

 

「……あれ? 何処かで会ったような……うん? 国王、陛下、だと?」

 

 キーノは訝しげに部屋に入ると……

 

「……うむ。キーノとやら、よく来てくれた。リ・エスティーゼ王国国王、ランポッサⅢ世である」

 

「……貴様何者か! 陛下は既に亡くなられたぞ!」

 

 キーノはとっさに身構えます。

 

「無礼者が! 国王陛下に対してなんという態度か!」

 

 ランポッサⅢ世の隣に控えた体格の良い男が怒鳴ります。キーノはその男を見て衝撃を受けました。

 

「……ば、バルブロ王子? 貴方も既に死んだ筈だぞ?」

 

「ふざけるな小娘が! 俺様が死んだだと? 馬鹿も休み休み言え」

 

 激昂したバルブロはキーノの胸ぐらをつかみました。

 

「お待ちください。失礼な発言があったとはいえ、相手は客人。ましてやうら若い少女で御座います」

 

 キーノをつかんだバルブロの腕を執事が押さえます。

 

「……く……セバス…………」

 

「……兄上。そろそろ本題に入ってはどうだろう?」

 

 奥の扉を開けて二人が現れました。

 

「……ザナック……ラナー……みな揃ったな。では依頼についての説明を……ザナック、頼む」

 

「……コホン。ではありんす探偵社に対する依頼を私から説明をします。わがヴァイセルフ王家には不吉ないい伝えがありまして……」

 

 ザナックの話ではヴァイセルフ王家には『ヴァイセルフ王家の魔犬』という伝説があり、その魔犬の鳴き声を聞いた後に決まって一族の人間が死ぬ、というものでした。

 

「……そしてその魔犬の鳴き声を昨夜妹が聞いたのだ」

 

 ラナーが夜風に当たっていた時に『クックックック……くふー』という笑い声みたいな不気味な声を聞いたというのでした。

 

「……あの声……苦しいような可笑しいような不気味な声……あれはきっと伝説の魔犬の鳴き声に間違いないと思います」

 

 キーノはぶるりと武者震いしました。そして口を開こうとしたまさにその時──

 

「ちょの魔犬の事件、ありんちゅちゃがぐるっとまるっと解けちゅしるでありんちゅ!」

 

 颯爽と登場した美少女名探偵が胸をはるのでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「……ありんすちゃん、用事でこられなかったのではなかったのか?」

 

 やや不機嫌そうにキーノが尋ねます。

 

「用事、ちゃっちゃと済ませたんでありんちゅ。こりから連続さちゅ人事件始まるありますでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはワクワクしているみたいですね。まあ、殺人事件が起きないと名探偵の腕のみせようがありませんからね。浮気調査が得意な名探偵が主人公の小説じゃガッカリですよね。

 

「……ほらそんな事言っていると本当に──」

 

「──イーーッヒッヒーーーーヒッ…………グアアア!」

 

「悲鳴だ! 行くぞ! ありんすちゃん!」

 

 名探偵と助手は悲鳴の方に急ぎました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「この部屋でありんちゅ。鍵は……かかっちぇいる……」

 

 ありんすちゃんがドアノブを回すとポロリと壊れて落ちてしまいました。

 

「……鍵はかかっちぇいるますでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはなに食わぬ顔でドアノブを無理矢理差しこみました。

 

「うん? ここは確か第一王子の寝室だった筈だが……」

 

 悲鳴を聞きつけてザナックとラナーもやって来ました。二人とも真っ青な顔をしています。

 

「……兄上の叫び声がしたぞ。しかし……魔犬の鳴き声だったのかもしれないな」

 

「……恐ろしいわ」

 

 ありんすちゃんは鼻息をフンスと吐くと宣言します。

 

「……こりから扉こわちて入るありますでありんちゅ。てい!」

 

 ありんすちゃんは一撃で扉を粉々に壊すと中に入りました。

 

 そこには恐怖に目を見開いた第一王子バルブロの死体がありました。

 

「……こりは魔犬の仕業にあるますでありんちゅ。ちょちてしゅでに第二のさちゅ人が起きているでありんちゅ!」

 

 

 ありんすちゃんの推理の通り、なんとランポッサ三世が同様に変死していたのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 謁見の間に集められたラナー、ザナック、クライム、謎の執事、そして探偵助手のキーノ──ありんすちゃんは「犯人がわかっちゃでありんちゅ!」と言って何処かへ行ってしまいました──そこに四人の人間が加わります。

 

「私からお願いして来てもらいました。改めて紹介する必要は無いわね。アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”の方々です」

 

「……誰か一人足りなくはないか?」

 

「……ええ。残念だけどイビルアイさんがいないわ。他の件に関わってこちらに来てもらえなかったの。そうよねラキュース?」

 

 ラナーの言葉にラキュースが頷きます。

 

「イビルアイがいないがザナック王子、ラナー王女の命は保障する。この“蒼の薔薇”が命をかけてお守り致します」

 

 ラナーは満足そうに頷くと言葉を続けました。

 

「……残念ながら国王である御父様、パブロフ御兄様が亡くなられてしまいました。これはやはり伝説の魔犬の仕業かしら? えっと……ありんす探偵社の方……」

 

 キーノは何故かラキュース達から顔を反らしながら答えました。

 

「……ええ。ありんすちゃんは魔犬が犯人だと……何やら心当たりがあるらしい」

 

「……そう。ではありんすちゃん様のおかえりを待つのが良さそうね。では……念のため私たちは皆一緒にいた方が良いと思います。如何でしょう?」

 

 一堂が同意して、皆でありんすちゃんを待つ事になりました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「……犯人はルプー、おまいでありんちゅ!」

 

 ナザリック地下大墳墓 地上にあるログハウスで美少女名探偵ありんすちゃんがルプスレギナに指を突きつけました。

 

「……なんの事っすか? いろいろ心当たりがあるっすけど、何の事件の犯人なんすっかね?」

 

「……ルプー、魔犬はルプーで決まりでありんちゅ!」

 

「いやいやいやいや。犬扱いはヒドイっすね? これでも狼の女王と呼ばれてるっす」

 

 ありんすちゃんは指を引っ込めるとクルリとルプスレギナに背を向けました。

 

「……ちょっと間違えちゃでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは何処かへ行ってしまいました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「ペシュトニャワンワン、魔犬でありんちゅ! ありんちゅちゃの節穴、まるっちょおみちょしでありますでありんちゅ!」

 

 今度はペストーニャ・ワンコを魔犬扱いしています。

 

 うーん……

 

 結局ペストーニャに無罪を言い立てられてありんすちゃんは逃げていってしまいました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 謁見の間にまたしても一堂が集められました。そこには自信ありげな様子のありんすちゃんが待っていました。

 

「……ありんすちゃん、犯人がわかったのか?」

 

 キーノは信じられない、という風で尋ねました。

 

「……犯人は……魔犬は……この中にいるでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは一人の人物を指さしました。

 

「魔犬はおまいでありんちゅ!」

 

 

 

 



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ヴァイセルフ王家の犬 解決編

「犯人はおまいでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんはクライムを指さして宣言しました。

 

「……なかなかの難事件であっちゃでありんちゅ。犯人は魔犬。ちょこまではわかっちゃでありんちゅが、ましゃか魔犬が人間だったとは盲点でありんちた」

 

 キーノは思わず呟きました。

 

「……クライムは……ラナー殿下の飼い犬……だから……」

 

「ちょうでありんちゅ! ちたがって犯人の魔犬はクライムなんでありんちゅ!」

 

「……そ、そんな……私は犯人じゃありません!」

 

 クライムは悲痛な叫び声を上げながら周りを見回しました。

 

「……そんな……まさか……クライム、貴方がそんな恐ろしい事を……」

 

「違います! ラナー様! 信じて下さい!」

 

「……クライム君……残念です。君には期待をしていましたが……」

 

「……セバス様! 私はやっていません!」

 

「なあ、童貞。こうなったら潔く罪を認めた方がいいんじゃねえか?」

 

「……そんな……ガガーラン様まで……」

 

 クライムはガックリとうなだれました。

 

「……うむ。クライム。お前を王族殺害の容疑で逮捕する。取り押さえろ!」

 

 ザナック王子の命で兵士たちがクライムを取り押さえました。

 

「……とりあえず塔に幽閉しておけ。おって審議をする」

 

 クライムがわめきながら連れ出されていきます。ザナック王子はありんすちゃんに深々と頭を下げました。

 

「この度の活躍、誠にありがとうございました。さすがはエ・ランテル随一の名探偵だ」

 

 ありんすちゃんは口元で人指し指を振りながら

 

「チッチッチッ。美少女名探て、でありんちゅ!」

 

「これは失礼した。いやはやかたじけない」

 

 一堂はにこやかに笑いあうのでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 バランシア宮殿の奥まった一室──

 

「……これはこれはようこそお越しくださいました」

 

「……これを貴女に。至高の御方からの褒美です」

 

「……ありがとうございます。御方によしなにお伝えくださいませ」

 

「……しかし……意外だったわ。てっきり貴女は庇うかと思ったけど……」

 

「……あの子が失意の中ですがりつく様な目で私を見つめてくれる……それはなによりも替えがたいご褒美だといってもよいでしょう。そして希望を失ったら私が手を差しのべるの。捨てられた仔犬のような目ですがりついてくるでしょう……」

 

「……そういう愛もあるのかしら、ね。まあいいわ」

 

「今回は何から何までお膳立て頂きまして……まさか笑いながら死ぬ毒までご用意頂けるとは……おかげで伝説の魔犬をなぞらえる事ができましたわ」

 

「いいのよ。ちょっと心当たりがあったから入手は簡単だったのだし……」

 

「調べさせて頂きましたが未知の毒物でした。正に完全犯罪というわけですね」

 

「……全ては御方のおぼし召しです。貴女はこれからもっと役に立ってもらわないと」

 

「はい。私の全てを捧げます」

 

 平伏する女を満足そうに眺めると、謎の人物は姿を消しました。

 

 一人になったラナー王女は呟きました。

 

「……これからが大変ね。如何に有意義な人物か見せつつも警戒されないようにしなくては……」

 

 ラナーは目付きを険しくします。

 

「……それにしてもあの美少女探偵……『犯人はこの中にいる!』と宣言した時はヒヤヒヤしたわ。侮れない存在かもしれない……」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層 ショットバー

 

「やあ、ピッキー。いつものを頼む」

 

 シモベに抱えられた常連に副料理長は頷いてこたえます。

 

「おや? 頭が少し欠けているじゃないか? 何があったのかい?」

 

 副料理長は頭を軽く振ると答えました。

 

「エクレア様。たいした事ではありません。そのうち元通りになりますので」

 

 副料理長は思いました。──よくわからないが口外したら守護者統括(アルベド)にひどい目にあわされそうだから黙っているべきだ、と。

 

 その後ことあるごとに頭をむしられるようになるとは彼の思いもしない事でした。



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スパリゾート殺人事件

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝は一杯のココアで始まります。今朝は珍しく探偵助手のキーノもマグカップを持ってありんすちゃんのデスクの前の応接セットに座ります。

 

「……静かだな……そろそろ新刊かアニメ四期の話題があってもよいのにな……」

 

「……キーノはあまあま、甘いでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんが大きな声をあげます。

 

「……キーノにはわかりまちぇんでありんちゅが大人のじじょあるますでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは得意そうに胸をはりますが、たぶん一ミリもわかっていないと思います。

 

「…………」

 

 キーノは黙りこみました。普段ならありんすちゃんに反論して不毛な言い争いになるのですが……

 

「…………ふっ。タフでないとタフじゃないでありんちゅ。やちゃちくないちょ息できないんでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは意味深な言葉を残して探偵社を出ていきました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「──大変です! モモンさ──ん」

 

 エ・ランテルのありんす探偵社からさほど離れていない場所にあるアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”のモモンの家に慌てた様子のナーベが駆け込んできました。

 

「……ナーベか。騒々しいぞ。何があった?」

 

「……それが守護者統括のアルベド様が何ものかに殺されました!」

 

「──なんだと?」

 

 

 

 

 “漆黒”の二人は現場にやって来ました。魔導国の中枢、ナザリック地下大墳墓の第九階層にあるリゾートスパです。

 

「……これはこれはようこそいらっしゃいました……わん」

 

 第一発見者のメイド長、ペストレーニゃ・S・ワンコが出迎えました。

 

 モモンは倒れているアルベドから思わず目をそらします。入浴時に襲われたと思われる被害者は全裸で上からバスタオルが申し訳程度にかけてありました。

 

「モモンさ──ん。アルベド様はまだ息があるかもしれません。ここは人工呼吸をするべきかと」

 

 ナーベが何故か強く主張しました。

 

(いやいやいや。人工呼吸なんて無理だろ? ガイコツだから息なんて吹けないだろ。それにそもそもアンデッドが息を吐くか?)

 

「……さ、はやくアルベド様に人工呼吸をしてあげて下さい……わん」

 

 二人から急かされたモモンは仕方なくアルベドの頭を両手で支えて顔を近付け──

 

「ここはありんちゅちゃにまかしぇるでありんちゅ」

 

 まさに間一髪というタイミングで少女び出しました。なんと、美少女名探偵ありんすちゃんです。ありんすちゃんはたまたま急いでいたモモン達に興味を持ち、後をついてきちゃったんですね。

 

 ありんすちゃんはアルベドの身体にかけられたバスタオルを持ち上げて覗きこみました。なるほど。まずは死因を特定するんですね。

 

「…………モジャモジャ」

 

 ……うん? ありんすちゃんは何を見たのでしょうか?

 

「…………モジャモジャのモジャモジャのゴワゴワ、でありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはまたしてもバスタオルを持ち上げました。そして──

 

「……いろいろいじってちらべるでありんちゅ。コチョコチョ、コチョコチョ」

 

 ありんすちゃんがバスタオルの間に入ってアチコチ触りだすと、死んだ筈のアルベドが身をよじりはじめました。

 

「…………くふふふふ……くふふふ……」

 

「…………チョメチョメ、チョメチョメチョメチョメ……」

 

 何故かモモンは白けた様子になり、ナーベが慌て出しました。

 

「……モモンさ──ん。早く人工呼吸を! 唇を重ねて人工呼吸をしないとアルベド様が助かりません!」

 

 モモンは無言でナーベに背を向けて去ってしまいました。

 

「──いい加減にしなさいッ! わたくしの邪魔しないでッ!」

 

 いきなりアルベドが起き上がりました。と、次の瞬間──

 

「こぉらぁああ! 風呂場ではルールをまもれぇええ!」

 

 スパの飾りにしか見えなかったライオンの像が立ち上り、ゴインッ! とアルベドを殴り付けました。全裸のまま、血塗れになって倒れたアルベドを見下ろしながらありんすちゃんは断言します。

 

「アルベチョさちゅがい犯人は、ライオンだったでありんちゅ!」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「──と、いう訳でまたちてもありんちゅちゃ大活躍しるしまたでありんちゅ!」

 

 ありんす探偵社に戻ってきたありんすちゃんは助手のキーノに自慢しました。キーノは深く感銘を受けたらしく、何やら考え込んでいました。

 

「……ありんすちゃん、今からモモン様に『またしてもスパリゾートで事件です! 今度の被害者は美少女吸血姫です!』って言って連れてきて。私は一足先に出かけてくるッ!」

 

 キーノは元気よく走っていってしまいました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「…………今度はいったい……?」

 

 ありんすちゃんに連れられてきたモモンは頭を抱えます。

 

「……おかしいっすね? せっかく通りかかったんで出血大サービスでこのチビッコイのにガンガン大治癒(ヒール)かけたんすけど…………回復しないで消滅しちゃったっす」

 

 聖印を背中に背負ったら修道女(クレリック)がやれやれと首をふりました。うーん。仕方ありませんよね。だって、キーノちゃんはアンデッドの吸血姫なのでしたから。



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仮面魔術師の行方

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝は一杯のミルクで始まります。

 

「……まったくひどい目にあった……さすがにヤバかったな……」

 

 探偵助手のキーノがまだブツブツ言い続けていますが、ありんすちゃんは無視をしています。

 

 キーノは前回消滅させられてしまった為、危うくこの作品から退場となってしまう所でした。

 

「……まったく……この作品での私の扱いは最近酷くなっているんじゃないのか? 作者に直々に文句を言ってやらんとな」

 

 ありんすちゃんはミルクを飲み終えるとタオルで口の周りを丁寧に拭きました。……うん? いつもならば口の周りにわっかをつけたままのありんすちゃんなんですが……

 

 チリンチリンと入り口の扉に付けられた鈴が鳴り、来客を告げました。

 

「……依頼をお願いしたい。私はリ・エスティーゼ王国アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”リーダー、ラキュースと申します」

 

 何故かキーノは顔を隠しています。

 

「……実はメンバーのマジックキャスター、イビルアイを探し出して欲しいのです」

 

「えええーーー!」

 

 突然叫び声を上げたキーノを殴って静かにさせるとありんすはにこやかに言いました。

 

「ちょれでは依頼内容をくわちくはなしゅでありんちゅ」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「イビルアイは一年ほど前に突然『私は夢を叶える為にエ・ランテルに行かなくてはならない』と言って“蒼の薔薇”を飛び出していってしまいました。それからたまには戻ってくる時もあったのですが……」

 

 ラキュースは話を続けます。

 

「リ・エスティーゼ王国で最近、いろんな事があり私達“蒼の薔薇”も遠くの地に行く事になりまして、イビルアイを待っている事が出来なくなったのです」

 

(……うぇえ……そんな事が……しかし私にはモモン様のいるエ・ランテルを離れる訳にはいかないぞ……)

 

 ありんすちゃんは小さく頷きました。

 

「ちょれでチビルアイをちゅかまえてしょの遠くに行くんでありんちゅな。よろちい、でありんちゅ。ありんちゅちゃにまかしぇるでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは胸をはりました。かくしてありんす探偵社は仮面のマジックキャスター、イビルアイの行方を探す事になりました。

 

 

 

※   ※   ※

 

「……キーノ! ちゃっちゃと準備しるでありんちゅ!」

 

 依頼者のラキュースと共に他の“蒼の薔薇”メンバーと落ち合う事になったありんすちゃんはグズグズしている助手を叱りつけます。ありんすちゃんは今回の依頼が金貨十枚の報酬なので張り切っているんですね。

 

「……え、あっ……イタタタタ……復活したばかりでお腹の具合が……」

 

「ダメでありんちゅ。こうなったら力じゅくでちゅれていくでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは小さな身体でキーノを担ぐと歩きだしました。

 

(……参ったな……ラキュースだけでなくガガーランやティア達に会ったら……正体がばれてしまうぞ……困った……)

 

 キーノは焦っていました。何故、キーノは焦っているのでしょう? 実はキーノの正体は王国アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”の謎の仮面マジックキャスター、イビルアイその人だったのでした。

 

(……そうだ……あれだ!)

 

 キーノはアイテム袋から紙袋を取り出すと顔を書き、スッポリと被ります。

 

(……これでなんとかごまかすとしよう)

 

 こうしてありんすちゃんとキーノはラキュースと一緒に出かけていきました。はたしてキーノはこの難局を乗り切る事が出来るのでしょうか?

 

 

 

※   ※   ※

 

「ここだ。とりあえず私達が泊まっている部屋に行こう」

 

 ラキュースが連れてきた場所はエ・ランテル随一の宿屋『黄金の輝き亭』でした。

 

「お? あんたが美少女名探偵とか呼ばれてるありんすちゃんか……確かに美少女だな。まあ、俺にはかなわないだろうがな。ガッハッハッハッ」

 

 “蒼の薔薇”のガガーランが快活そうに笑います。

 

「……怪しい。紙袋かぶった助手……」

 

「……怪しすぎ」

 

 紙袋をかぶったキーノはティア、ティナからあからさまに怪しまれています。

 

「確かに怪しすぎるぜ。案外中身はイビルアイだったりしてな? ま、冗談はそれ位にしておくか」

 

 ありんすちゃんは“蒼の薔薇”の面々からイビルアイについて詳しく聞き出します。

 

「……なるほど。チビルアイはちんちょう140センチか120センチ位でありんちゅか。しょいで胸はペタンコ、金ぱちゅれ八重歯でありんちゅか……」

 

「……顔を見たことがあるのはボスだけ。食事中も仮面は外さない」

 

「……そういえばそうだったな。あの仮面はマジックアイテムで迂闊に外すと大変な事になる、とか言っていたな」

 

 ありんすちゃんは腕を組んで考え込みます。

 

「しょれで最後にチビルアイ見ちゃのはいちゅでありんちゅ?」

 

 ありんすちゃんの質問にラキュースが答えました。

 

「半年ほど前だったかしら……イビルアイが突然エ・ランテルに行くって言い出したのは。確かアダマンタイト級冒険者“漆黒”のモモン様に会いに行く、と言っていたわね」

 

「……エ・ランテル……モモン……でありんちゅか…………」

 

 ありんすちゃんは考え込みました。その様子を見て、キーノは焦りました。このままではイビルアイとモモンのストーカーだったキーノとを結びつけられるのは時間の問題です。

 

「……えーと……イビルアイさんって凄いマジックキャスターなんですよね? わた、私も噂を聞いた事があります」

 

 キーノが懸命に話題を反らそうとします。

 

「……そうね。確かにマジックキャスターとしての実力は大したものだったわ。マジックキャスターとして、はね」

 

「うんうん。そうだよな。まあ、人間性としてはいろいろ問題があったな。態度が偉そうだったり感情的で子供っぽいとか……」

 

「……たまにおねしょしていた」

 

「……ラキュースのうすい本を隠れて読んでた」

 

「──な!」

 

 思い思いにイビルアイの陰口を叩くメンバーにキーノは言葉を失いました。

 

「──コホン。あーコホンコホン。コホンケホケホ、ゴホン!」

 

 ありんすちゃんが咳払いをしました。無理に咳をしたのでむせてしまったみたいですね。

 

「チビルアイのこちょはわかりまちたでありんちゅ。こりからありんちゅちゃが捜査しまるすでありんちゅ」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 まずありんすちゃんがやってきたのはリ・エスティーゼ王国王都の冒険者組合です。

 

「ちゃのもう、でありんちゅ」

 

「これは美少女名探偵のありんす様。本日はどのようなご用件でございましょうか?」

 

 さすがは美少女名探偵として名高いありんすちゃんですね。王都の冒険者組合でも有名人物みたいですよ。

 

「私達冒険者組合でも有名ですよ。数々の難事件を解決してきた美少女名探偵の噂は皆、知っています」

 

 誉められてありんすちゃんは大きく胸をそらします。

 

「今日は冒険者にちゅいて質問あるますでありんちゅ。チビルアイにちゅいておちえるでありんちゅよ」

 

「……え? チビルアイ、さんですか?」

 

「ちょうでありんちゅ。おちっこチビルアイでありんちゅ」

 

「……申し訳ありません。チビルアイという方は冒険者におりません。……イビルアイさんなら──」

 

「──いないでありんちゅか……チビルアイ……うーん……」

 

 ありんすちゃんは考え込みます。やがて何やら結論が出たみたいですが……うーん……

 

「……チビルアイの行方、わかっちゃでありんちゅ!」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 翌日得意げなありんすちゃんから報告を受けた“蒼の薔薇”の面々は困惑していました。

 

「……するとありんすちゃんの推理によれば『イビルアイは最初からいなかった』だと?」

 

「ちょうでありんちゅ。ありんちゅちゃにかかればしゅべてお見通しなんでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは得意そうです。

 

「……いやいや。それはおかしいだろ? イビルアイがいなかったなんてありえない。じゃああのイビルアイはイビルアイじゃなくて誰なんだい?」

 

 ガガーランの質問にありんすちゃんは答えます。

 

「ありはチビルアイじゃないチビルアイでありんちゅ。だからチビルアイはチビルアイじゃないからいないんでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは空を指差して断言します。

 

「……チビルアイはみんなの心の中にいるますでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんの勢いに“蒼の薔薇”も空を見上げました。

 

「……そうか……」

「……私達の……」

「……心の中に……」

「……イビルアイ……」

 

 

 

「──んな訳あるかーー!」

 

 ずっとおとなしくしていたキーノがたまらずに紙袋を脱ぎ捨てて叫びました。

 

「……あ……イビルアイ……いたの?」

 

 ラキュースは思わず呟きました。かくして仮面のマジックキャスター、イビルアイを無事見つけたありんすちゃんの名声はまたしても上がったのでした。



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探偵助手よ、永遠に

探偵助手キーノは永久に不滅ですっ!


 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』──まだ薄暗い早朝に窓の外を眺める探偵助手、キーノの姿がありました。

 

 キーノはギュッと手を握りしめるとなにやら決心した面持ちで顔を上げました。

 

「…………私を探偵助手から正規の探偵にして欲しい」

 

 キーノの申し出にありんすちゃんは机の上に手を組むと額にあてました。なんとなくエバンでゲリオンなポーズです。

 

「…………探偵助手の卒業試験、しるでありんちゅな……うーん…………」

 

 ありんすちゃんは目を閉じます。しばらく考え込むと、パチリと目を開けました。

 

「わかっちゃでありんちゅ。でわ、こりから試験しるでありますでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは重々しく言うとキーノを連れ出していきました。

 

 

※   ※   ※

 

 

 エ・ランテルの郊外にやって来ると、ありんすちゃんは言いました。

 

「そりではこりからありんちゅちゃがキーノを試験しまするでありんちゅ。キーノはありんちゅちゃの背中にタッチ出来たら助手を卒業でありんちゅ」

 

「……え? それだけで良いのか?」

 

 思いのほか簡単な条件にキーノは呆気に取られました。

 

「ちょれでわ、スタートでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんはチョコチョコとした足取りで駆け出しました。

 

 

※   ※   ※

 

 キーノはありんすちゃんを追いかけます。ありんすちゃんに追いつきタッチをしようと手を伸ばした瞬間──

 

「グレータァーテレポーテーチョン、でありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんの姿は消えてしまいました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「はあはあ…………ようやくありんすちゃんを見つけた……た、タッチ……」

 

「残念でありんちゅ。〈グレータァーテレポーテーチョン!〉でありんちゅ」

 

 ようやくありんすちゃんを見つけたキーノでしたが、あと一歩の所で逃げられてしまいます。

 

 

 こんな不毛なオニゴッコは終わらないまま100年もの歳月が過ぎていくのでした。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ハアハア……ありん、す、ちゃんよ……いい加減つかまってもらえんか? …………もう、やめにしたいんじゃが……」

 

「嫌でありんちゅ。逃げますでありんちゅ!」

 

 またしても転移して姿を消されたキーノはガックリと膝をつきました。

 

「……しまったな……こんな事になるなら探偵助手のままで良かったな……まさか、こんなに大変な事になるとは……思わなかった……ううう…………」

 

 キーノの瞳からはとめどめもなく涙がこぼれ落ちていくのでした。

 

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「………………はっ! ……な……なんだ、夢か…………」

 

 目が覚めるとキーノはいつもの屋根裏部屋のベッドの中でした。キーノは安堵のため息をつくと先程までみていた夢を静かに思い返すのでした。

 

 

「……ちょうだ。キーノもそろそろ助手を卒業しるとよいんでありんちゅ」

 

 朝食をとりながらありんすちゃんが唐突に切り出しました。

 

「……あ、いえ。結構です。私は助手が天職ですので…………」

 

 キーノは即座に断りましたとさ。うーん……。



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安楽椅子探偵ありんすちゃん

 ナザリック地下大墳墓第九階層の厨房を訪れたセバスは美味しそうなケーキが入った箱を副料理長のピッキーから受け取っていました。真っ赤なイチゴのショートケーキ、純白のレアチーズケーキ、などなど様々な種類のケーキが六切れ。どれも副料理長の特製で美味しそうな逸品です。

 

「たまには戦闘メイド (プレアデス)の皆さんに差し入れるのも良いものですね」

 

 セバスは小さくため息をつきました。

 

「これでツアレがいくらかでも気不味い思いをしなくなれば良いのですが……」

 

 箱の中の六個のケーキ──それが後に事件となるとはその時のセバスは思いもしませんでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、今日のありんすちゃんはクルクル回っています。

 

「……ありんすちゃん、それはなんなのだ?」

 

 探偵助手のキーノが文句を言いました。最近財政難となってきたありんす探偵社で、ありんすちゃんが新しく買ってきた安楽椅子がなかなかの値段のものだった為、つい、小言を言いたくなってしまうのでした。

 

「こりでありんちゅちゃは今日から安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)なんでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは得意そうに胸を張りました。うーん。でも安楽椅子探偵って推理が得意で頭が良い探偵ですからありんすちゃんとは正反対──ゲフン、ゲフン。

 

「いやいや、安楽椅子探偵って別に安楽椅子に座ったら出来るわけではないと思うが……そもそもそんな値段が高い椅子を買う余裕なんて──」

 

 キーノが更に小言を続けようとしていると入り口の鈴が鳴って来客を告げました。

 

「ありんちゅちゃ探偵ちゃによこそでありんちゅ」

 

 依頼人は夜会巻きに黒髪を結い眼鏡をかけたメイド服の女性でした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「……フムフム。しゅるとケーキの中でモンブランだけがいつの間にか無くなっていちゃでありんちゅか……こりは大事件でありんちゅ。モンブランぬしゅむなんてゆるちゃないでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは鼻息を荒くします。

 

「……いや、それほど大事件か? 誰かが盗み食いしただけだろ?」

 

「……キーノはまだまだでありんちゅな。モンブランぬしゅみ食いはありんちゅちゃがゆるちゃないでありんちゅ! すぐに行くますでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんはキーノを叱りつけます。そして安楽椅子探偵のありんすちゃんは……

 

 

 

「……やれやれ。まさか安楽椅子に座ったありんすちゃんを運ぶ事になるとは……またまたありんすちゃんには困ったものだ……」

 

 疲労困憊なキーノをよそにありんすちゃんは高らかに命令しました。

 

「では早速容疑者全員あちゅめますでありんちゅ!」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 安楽椅子に座ってクルクル回り続けるありんすちゃんの周りを囲むように集められた六人の戦闘メイド(プレアデス)と助手のキーノの姿がありました。

 

「私はユリ・アルファ。セバス様から箱入りのケーキを預かりました。その時には間違いなくモンブランケーキもありました」

 

「ルプスレギナ・ベータっす。モンブランが無くなったんすよね? もしかしたら犯人わかっちゃったっすよ。怪しいのはありん──」

 

「──ソリュシャン・イプシロン。今回の犯人は私ではありません」

 

「……ナーベラル・ガンマ。ミルフィーユが残っているなら別にいいわ」

 

「シズ・デルタ。……妹が怪しい」

 

「わたしぃはエントマ・ヴァシリッサ。この探偵助手、なんかムカつくぅ」

 

 あい変わらず安楽椅子でクルクル回り続けるありんすちゃんは宣言します。

 

「犯人は、この中にいるますでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんはクルクル回りながら指を突きだしました。

 

「犯人はおまいでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは指を突きだしたままクルクル回り続けます。やがて安楽椅子の回転が遅くなり……まるでルーレットのようにありんすちゃんの指先が一人を指して止まりました。

 

「……いや……私は犯人ではないぞ……」

 

 ありんすちゃんに指を指されたキーノは思わず呟くのでした。

 

 

 

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 ナザリック地下大墳墓第八階層の桜花聖域でオレオール・オメガはモンブランケーキを堪能していました。

 

「……勝手に選んじゃったけど良いわよね。私だって戦闘メイド(プレイアデス)なのだから……」

 

 たまたま彼女がケーキの箱を見つけた時にセバスからの一枚のメモがありました。

 

 ──『戦闘メイドの皆様でどうぞお召し上がりください』と。

 



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ありんすちゃんのとんち対決

 ナザリック地下大墳墓第六階層にある大きな樹の外観をした住居ではアウラとマーレが何やら相談しています。

 

「うーん……なんかありんすちゃんに負けたままって感じで嫌なんだけど。マーレ、何か良いアイデアない?」

 

「……うーん……あ、そうだ。お姉ちゃん、一休さんの話って知ってる?」

 

「……いっきゅうさん? あたしは知らないけど。なにそれ?」

 

 マーレはアウラに説明しました。マーレがよく利用する最古図書館『アッシュールバニパル』にある絵本のひとつに『一休さん』というタイトルがあり、それには一人の小僧さんがとんちで解決する話が描かれているのでした。

 

「……うーん……橋のまん中を歩く……それが何故答えなの? あたしには良くわからないんだけど?」

 

「……えーと、それはね、橋の端っこでなくまん中だから──」

 

 いまひとつ納得いかない様子のアウラにマーレは丁寧に説明しますが、どうにも難しいようです。

 

「……ふーん。まあ、いいや。でさ、これでどうやってありんすちゃんにギャフンと言わせるわけ?」

 

 アウラの疑問にマーレはある計画を話しました。どうやらありんすちゃんへの依頼にかこつけてとんち対決をしかけるみたいですね。

 

 うーん……大丈夫でしょうか? ありんすちゃんにはとんちどころかトンチンカンの才能しかない──ゲフンゲフン。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「この先に依頼ちゃが待っちぇいるんでありんちゅ」

 

 ありんす探偵社の美少女名探偵ありんすちゃんと助手のキーノは橋のたもとにやって来ました。

 

 橋の手前になにやら立て看板が立っています。ありんすちゃんは声に出して読んでみました。

 

「……このは、しわ、たる、べ、からす……ありんちゅちゃはちゃんと読めちゃでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは得意そうに橋を渡っていきました。

 

「──ちょっと! ありんすちゃん! 看板に橋を渡るなって書いてなかった? ダメだって!」

 

 橋の向こうからアウラが叫びながらやって来ました。

 

「はしはわちゃる為にあるんでありんちゅ」

 

 残念ながらありんすちゃんの主張はアウラに却下されてしまいました。

 

「ありんすちゃん、仕方ないな。依頼人の機嫌を損ねるわけにはいかないからな。こうなったら別の手段を使うしかないな」

 

 助手のキーノに従ったありんすちゃんはシモベの蝙蝠を羽根代りにしてバサバサと飛んでいきました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「……橋はわちゃらないで来ちゃでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんに続いてキーノも〈フライ〉で館の入り口にたどり着くと早速ありんすちゃんは扉を叩きました。すると直ぐに扉が開き依頼人が姿を現しました。

 

「……えと、僕が依頼人のマーレです。あの、橋を渡らなかったのですよね?」

 

 ありんすちゃんはフンスと鼻息を荒くしながら胸を反らします。

 

「ありんちゅちゃは飛んできちゃでありんちゅよ」

 

「……あ、ああ。そ、そうですか…………」

 

 マーレは残念そうです。

 

「……じゃあ、依頼ですが……この大きな絵に描かれた魔獣が夜な夜な絵から抜け出して暴れるので……あの、退治してもらえますか?」

 

「──馬鹿な! そんな事起きるわけが──ウグッ!」

 

 ありんすちゃんはとっさに助手を黙らせます。

 

「しゅごいでありんちゅ! 絵から出てくるであるますでありんちゅか!」

 

 ありんすちゃんは目をキラキラさせながら叫びました。

 

「名探て、ありんちゅちゃにあまかちぇしるでありんちゅ!」

 

 かくしてありんすちゃんとキーノは絵に描かれた魔獣退治という依頼を引き受けるのでした。

 

 

※   ※   ※

 

「……なかなか出てこないでありんちゅね……」

 

「……いや、出てけるわけないだろ──アタッ!」

 

 絵の前で一週間が経ちました。

 

「……今日はこりで食事にしるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはアウラとマーレに催促します。すると配下のエルフ達が食事を用意します。

 

 ありんすちゃんは食事を終えるとお風呂にいきます。

 

「……いい加減帰ってもらわない?」

 

「……でも、どう説明したら、あの……いいかな?」

 

 ありんすちゃんの姿がなくなるとアウラとマーレはヒソヒソと相談を始めました。

 

「……このままだとさ……『今日も出てこないでありんちゅ』ってずっと続けるんじゃないの?」

 

 二人の小言は終わりそうにありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 一人探偵社の留守番に戻っていた助手のキーノのもとにありんすちゃんが帰ってきたのはそれから一ヶ月後の事でした。うーん……



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タケノコ連続殺人事件

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』では美少女名探偵のありんすちゃんが優雅に朝食を味わっていました。

 

「ありんすちゃん、ほらほらまたこぼした。やっぱりよだれ掛けをつけた方がよいぞ」

 

 脇で給仕をする助手のキーノの小言を無視してありんすちゃんはミルクに浸されたコーンフレークを匙ですくって口に運びます。ちなみにありんすちゃんの好きなのはケロ●グでなくシス●ーンだったりします。

 

 と、あわただしく扉が開けられて一人の男が入って来ました。

 

「大変だ。また、女性が殺された! ありんすちゃん様のお力で是非解決して頂きたい!」

 

 ありんすちゃんはキーノに命じて来客を応接室に案内させ、自身は優雅な朝食を続けるのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「そりでわ話聞きまちゅでありんちゅ。美少女名たんてのありんちゅちゃがまるっと解決しるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんの自信に満ちた様子に依頼者は少し落ち着きを取り戻したようです。

 

「なんだ、誰かと思えば冒険者組合のアイザック殿ではないか。ずいぶん慌てていたようだが……」

 

 お茶を運んできたキーノが声をかけます。

 

「……いや、実は──」

 

 アイザックの話によればエ・ランテルでは最近、謎の殺人事件が連続しておきているというのでした。殺されたのは美しい女性ばかりで、しかも何故か片手にタケノコを持って死んでいるのだそうです。

 

「──今朝もとうとう六人目の犠牲者が出まして……それで高名な名探偵のありんすちゃん様に事件を解決して頂きたいのです」

 

 アイザックは深々と頭を下げました。しかしありんすちゃんは難しい顔をして黙ったままです。

 

「……えっと……ありんすちゃん様?」

 

 アイザックはしばらく考え込むと──

 

「……美少女名探偵のありんすちゃん様──」

 

「ありんちゅちゃにまかしぇるでありんちゅ!」

 

 かくして依頼を引き受ける事にしたありんすちゃんと助手はアイザックの案内で事件現場に行くのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「うわ! これは酷いな……これでは即死だったろうな……」

 

 惨たらしい女性の斬殺死体を眺めながらキーノは顔をしかめました。

 

「……これは剣みたいなものでバッサリ、て感じっすね。ひどく驚愕した顔っすから、きっと殺されるとは思わなかったっすかね? 切り口はかなり手練れっぽい感じっすね」

 

 テキパキと検死をする修道女(クレリック)の意見にありんすちゃんはフムフムと頷きます。

 

「……今回も片手にタケノコが……」

 

 アイザックの指摘の通り女性は片手にタケノコを持っていました。まだ、泥がついているので今朝がたに掘り出したものでしょうか?

 

 皆の視線を受けながらありんすちゃんは目を閉じて推理を始めます。

 

 やがて十分ほど経つとありんすちゃんは寝息をたてはじめてしまいました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「………」

 

「………………」

 

「………………………」

 

 気不味い沈黙の中でありんすちゃんはパチリと目を開けました。

 

「謎はしゅべて解けちゃでありんちゅ! この女性はキノコタケノコ戦争に巻き込まれちゃ、可哀想な被害者だったんでありんちゅ!」

 

 

※   ※   ※

 

 

「──ちゅまりこの女性はタケノコを持っていちゃのでキノコ派からタケノコ派と思われちぇ殺ちゃんれたでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは長年続くキノコタケノコ戦争について熱く語りました。そしてキノコのミルクチョコとクラッカーの組み合わせの美味しさを力説しましたが、誰にも理解されませんでした。

 

 よくわからないまま一行はキノコ派の幹部、マイコロイドの料理人を逮捕して事件は解決するのでした。

 

 

「……しかし、タケノコなんて何に使うのだろう? 食べてもお腹を壊すし使い道なんてあるのか?」

 

 一人、助手のキーノは納得出来ない様子でしたが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 雨のエ・ランテルで一人の男がすぶ濡れのまま力なく座り込んでいました。男は灰汁抜きをしたタケノコを茹でていました。このタケノコが彼の唯一の食事だったのです。

 

「……シャルティアが……来る……シャルティアが……来る」

 

 恐怖に支配された彼がなんとか生き延びたのは、たまたま刀を手に入れた時にかの東の国に伝わるタケノコの食べ方を知っていたからでした。

 

 常に何者かに怯えた彼は朝早くに山へ行き、誰も食べないタケノコを手に入れていたのです。

 

 そしてたまたま彼が落としたタケノコを拾ってくれた優しい女性が──

 

「……あの、落としましたよ?」

 

「──う、うわぁ! シャル、ティアぁあ!」

 

 恐怖にかられた彼には女性が恐ろしい化け物に見えた──それが事件の真相でした。

 

 その男、ブレイン・アングラウスがガゼフと再会し、立ち直ったのがたまたまありんすちゃんが事件を解決したタイミングだった為真相は永遠に闇の中に葬り去られてしまいましたが……



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大墳墓の侵入者

 朝早くから依頼者のフェメール伯爵の敷地にやって来たありんすちゃんはいささか不機嫌なようでした。

 

「すごいな……八足馬(スレイプニール)か……」

 

 二頭立ての馬車二台につながれた魔獣に探偵助手のキーノが思わず呟きます。どうやらこれだけ破格な用意をしている伯爵はずいぶん裕福なようです。これは報酬以外にもいろいろ期待できそうですね。

 

「あっ! モモンさま!……」

 

 フェメール伯爵の執事がアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”を伴ってあらわれました。キーノはすかさずモモンの近くに駆け寄ります。

 

 

 

「こちらの馬車をお使いください。また、野営場所の警備の為、アダマンタイト級冒険者のモモンさんとナーベさんに同行していただきます」

 

 ありんすちゃんとキーノ、モモンとナーベは挨拶を交わすとモモンが口を開きました。

 

「……君たちに聞きたい事がある。何故、遺跡に向かう? しがらみがある冒険者と違い、探偵である君たちが引き受けたのは何のためなんだ?」

 

「──それは愛のため──ムグゥ!」

 

 モモンの問いかけに答えようとしたキーノをありんすちゃんは黙らせます。

 

「ちょれはお金、でありんちゅ。お金いぱーいなんでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんの答えにモモンが続けて質問をしました。

 

「君たちの命に釣り合うだけの金を提示されたということか?」

 

「……まだ足りないでありんちゅな。ありんちゅちゅは安くないんでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは胸をそらします。

 

「なるほど……よく分かった。本当にくだらないことを聞いた。許してくれ」

 

「──うえっ! モモン様、どうか頭をあげてください。わた、私は愛のためにこの依頼を──ムググ」

 

 ありんすちゃんは助手を黙らせると宣言します。

 

「ではさっちょく宝探しを始めますでありんちゅ!」

 

 

 

※   ※   ※

 

城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんを依頼者のフェメール伯爵の執事が訪れたのは一ヶ月ほど前の事でした。

 

「……なるほど。依頼者はバハルス帝国のフェメール伯爵。依頼内容は王国国土にある遺跡──地下墳墓と思われる建造物の調査。報酬は前金として金貨二百枚、後金に金貨百五十枚。凄いな……」

 

 探偵助手のキーノは話を整理します。

 

「……しかし、なぜワーカーに依頼しなかったのか? 帝国ならば依頼を引き受けるワーカーに困らないと思うが……」

 

 キーノの疑問に執事は答えます。

 

「実は最初は帝国でも有数なワーカーのいくつかに依頼をしたのですが……どういうわけか依頼を受けたワーカーがことごとく大怪我をしたり行方不明となってしまい、どこにも引き受けてもらえませんでして……」

 

「……で、ありんす探偵社に依頼するのだと? うーん……」

 

 キーノはありんすちゃんの表情をうかがいます。先程から無口なありんすちゃんはゆっくりと口を開きました。

 

「この仕事はありんちゅちゃ探偵ちゃにしか出来ないでありますでありんちゅ。報酬は二倍、前に四百、後で三百、こりなら引き受けるますでありんちゅ」

 

 かくしてありんす探偵社はナザリック地下大墳墓の調査という依頼を引き受ける事になったのでした。

 

 

 執事が帰った後でキーノは不安になってきました。

 

「……たかが未発見の地下墳墓の調査にしてはずいぶん報酬が高過ぎないか? うまい話には裏がある、とも言うし危険があるのかもしれないぞ? ここは慎重に……」

 

「漆黒のモモンが同行しるでありんちゅが……」

 

「受けよう! ありんすちゃんが行かなくても私が行こう。早速準備だっ!」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 鼻唄まじりに急ぎ足で去っていくありんすちゃんと、遅れて何度も振り返りながら去っていく助手のキーノの姿はやがて小さくなり、見えなくなりました。

 

「やれやれ、行ったな」

 

「行きましたね。しかし有能な探偵とはいえ、あんなに幼い少女です。無事に戻ってくると良いですが……」

 

「……二人とも死ぬだろ? ……い、いや、そういう心構えでいるべきだ。なにしろ今回の遺跡は未発見のもの。何が起きても仕方がないからな」

 

 モモンの言葉に執事は感嘆しました。

 

「さすがです。ご配慮いたみいります」

 

「それでは我々は先に休ませてもらおう」

 

 モモンはナーベを伴い自らの天幕に入りました。

 

 天幕の入り口を閉めるとモモンは兜を脱ぎました。なんという事でしょう! アダマンタイト級冒険者“漆黒”のモモンは実はナザリック地下大墳墓の支配者アインズ・ウール・ゴウンその人だったのでした。

 

 うーん。衝撃的な事実です。これを知ったらキーノはショック死してしまうかもしれません。……ああ、キーノもアンデッドなので既に死んでいましたっけ……

 

「ナーベ、いや、ナーベラルよ。私はこれからナザリックに帰還する。代わりにパンドラズ・アクターを送るが、何かあればお前の方で対処せよ」

 

「畏まりました、アインズ様」

 

 ひざまずくナーベを残してアインズは〈グレーターテレポーテーション〉でナザリックに戻るのでした。

 

 

※   ※   ※

 

 

「おかえりなさいませ、アインズ様」

 

「ただいま、アルベド」

 

 守護者統括のアルベドに出迎えられてアインズは玉座につきます。

 

「さて、計画通りにこれから侵入者が来る。歓迎の準備はどうなっている?」

 

「万全でございます」

 

 アルベドの答えに満足げに頷くとアインズはい並ぶシモベ達を眺めるのでした。

 

 と、戦闘メイド(プレアデス)の列から一人が前に出ました。

 

「アインズ様。私にあの小娘の声を賜りたく存じます」

 

「うん? エントマか。そうか。わかった。かまわないだろう」

 

 アインズはふと、やたらとつきまとってくる金髪の少女を思い出しました。たしか、探偵助手だったな……名前は……キーとか言ったか……

 

「さて、私は準備をしてから第六階層のコロッセオに向かう。ああ、楽しみだな」

 

 なんという事でしょう! 今回の遺跡調査の依頼は哀れな犠牲者を呼び込む罠だったのでした。果たして美少女名探偵ありんすちゃんを待ち受ける運命は? そして探偵助手キーノの声はエントマに奪われてしまうのでしょうか?

 

 

 …………つづく



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大墳墓の侵入者 後編

「……わざわざ見舞いとはすまないな」

 

 右目以外はグルグル巻きの包帯姿でベッドに横たわるヘッケランは力なく笑ってみせた。

 

 バハルス帝国の帝都アーウィンタールにある“歌う林檎亭”の一室にワーカーチーム“フォーサイト”のメンバーが集まっていました。

 

「イミーナ、ヘッケランの具合はどうなんですか?」

 

 ベッドの傍らの椅子に座る女性にフルプレートの上にサーコートを羽織った男が尋ねました。

 

「……命には別状は無いそうよ。ただ、手足の関節がことごとく砕かれて──」

 

 イミーナを制してベッドの上にヘッケランが身体を起こしました。

 

「アタタタタ。まあ、油断したな。しかし……相手はバケモノのように強かったからな。なにしろ──」

 

 ヘッケランは途中で口をつぐみました。

 

「──やられたのはヘッケランだけでなくその場にいた全員……グリンガム、バルバトラ、そしてエルヤー・ウズルスもいたらしい。それが全員が全員戦闘不能という話だった」

 

痩せぎすな金髪の少女──長い鉄の棒を持ったマジックキャスターのアルシェが言葉を続ける。

 

「……しかし……信じられませんね。いずれも名高いワーカーチームのリーダーです。特に“老公”殿やかのガゼフに匹敵するといわれるエルヤー殿まで戦闘不能となるとは……」

 

 フルプレートの男、ロバーテイクが疑問を投げかけました。

 

 冒険者とは異なり荒事も仕事とするワーカーには腕に自信がある人間が多く、リーダーであるならなおさら実力者であるのがほとんどです。たとえばここのヘッケランもその実力はミスリルにも匹敵するものでした。

 

「いやあ、面目無い。完敗だったわ。ありゃあ人間じゃあないな。見た目はちっこい子供……五歳くらいの女の子だったんだが……」

 

 あの日、フェメール伯爵の依頼を引き受ける為に館に向かったワーカーチームのリーダーたちを待ち受けていたのは一人の幼い少女でした。

 

『依頼はありんちゅちゃが独り占めしるますでありんちゅ!』

 

 少女の宣言の後、一方的な蹂躙が始まったのでした。

 

 

「……もしかしたら幸運だったかもしれない」

 

 沈黙の中、イミーナが呟きました。もしかしたらこの依頼を受けていたら、もっと悲惨な未来が待っていたのかもしれない、と彼女は思うのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「…………どうやら彼女たちは戻ってこないようだな」

 

 ありんすちゃん達が地下墳墓に向かってから一週間が過ぎ、モモンは呟きました。

 

「……そのようですな。残念ですが……あんなに幼い少女が……」

 

 執事は可憐な少女の行く末に涙を浮かべました。

 

「……仕方あるまい。我々は引き上げるとしよう」

 

 執事とアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”のモモンとナーベはバハルス帝国へ戻ることにするのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層のコロッセオではアインズがひたすら侵入者の訪れを待ち続けていました。

 

 いつもの衣装ではなく、質素なガウンをはおり、首には大きな首輪のようなものを嵌めています。

 

「……おかしいな? もういい加減到着してもおかしく無いはずだが……」

 

「……申し訳ありませんアインズ様。第一階層に入ったのは間違いないのですが──〈シャルティ──じゃなくてありんすちゃん! 侵入者はどうしたのッ?〉

 

 慌ててアルベドが第一から第三階層の守護者に〈伝言(メッセージ)〉を繋げます。

 

「……え? なんですって? どういう事?」

 

「どうした? アルベド?」

 

「……それが……ありんすちゃんの話がよくわからない話で──」

 

 アルベドが続けた言葉は──

 

「『ちんにゅうちゃは来なかったんでありんちゅ。ただ、鏡にありんちゅちゃが写ってかわいかったでありんちゅ』だそうです」

 

 

※   ※   ※

 

 

 一人居室に戻ったアインズは今日の出来事を思い返すのでした。

 

「……今回の計画はなぜ失敗したのか……そもそもなぜワーカーチームでなかったのか? ワーカーならば行方不明となっても誰も問題視しないし、後で帝国の非をあげつらう為にも意味があるのだったはず。それが何故探偵なのだ? まあ、冒険者並の強さはあるだろうが……」

 

 アインズはベッドに身体を投げ出して天井を見上げます。

 

「……まあ、正直ホッとしているのも確かだ。そもそもナザリックに外部の人間を入れる事が嫌だったからな。確かに今回の計画が今後にとって有意義な事は頭では理解している。だがな、感情的にはどうも……な」

 

 静かにため息をついたアインズの脳裏に小さな疑問が浮き上がってきました。

 

「……そういえばありんすちゃんって吸血鬼だよな? なんで鏡に写るんだ?」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』にため息をつくありんすちゃんとキーノの姿がありました。

 

「……結局第二階層で鏡の向こうに行けなかっちゃでありんちゅ。残念なんでありんちゅ」

 

 意気揚々と地下大墳墓を降りてきたありんすちゃんの目の前にありんすちゃんとうり二つの少女が現れました。ありんすちゃんが右手をあげると相手も片手をあげます。さらに変な顔をすると相手も変な顔をします。

 

「「わかっちゃでありんちゅ! こりは鏡なんでありんちゅ!」」

 

 鏡で行き止まりだと思ったありんすちゃんは〈グレーターテレポーテーション〉でキーノを連れてそのままエ・ランテルに戻ってきてしまったんですって。

 

 うーん………



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誰がエルフ王を殺したのか?

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、今日の美少女探偵ありんすちゃんはいつもになく真剣な表情です。

 

「じゃあ、回すよ」

 

 ダーツを構えたありんすちゃんの先で助手のキーノが円盤状の的を回しました。クルクルと勢いよく回るその的には地図が描かれています。

 

 ──これってもしかしたら『ダーツのた──』ゲフン、ゲフン。

 

 えいや、とばかりに投げたダーツは微妙な場所に刺さりました。

 

「……うーん。この場所はエイヴァーシャー大森林みたいだが……私は行ったことがないな……」

 

 的の地図を確認したキーノが呟きました。

 

「エイバシャ大尻、きっちょ事件が起こるんでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは大興奮です。けっして最近暇すぎて自ら事件を求めて出かけようとしているのではないそうですが……

 

「……しかし、こんな事で本当に事件にでくわすなんてありえなさそうだが? ……本気で行くのか? なんだかいやな予感がするのだが……」

 

「またキーノはうるちゃいでありんちゅ。名たんて、でかけるちょこに事件ありますでありんちゅ。ジッチャが言ったますでありんちゅ!」

 

 ……確かに名探偵コ●ン君や金●一少年が出掛ける先々ではやたらと殺人事件が起きるものですが……このありんすちゃん探偵はほのぼの事件ばかりしかたまに起きませんよね?

 

「──きっちょ、さちゅじん事件がまっているますでありんちゅ!」

 

 かくして美少女名探偵とその助手は《ゲート》を開くとエイヴァーシャー大森林に旅立っていくのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 ゲートを抜けると目の前に城がありました。ありんすちゃんとキーノは開いたままの門から中に入ります。

 

「……なんか静かすぎるな……ここはエルフの王国の筈。たしか法国に攻められていた筈なんだが……」

 

 助手のキーノは眉をひそめます。彼女の正体は実は王国のアダマンタイト級冒険者であり、かつ、かつて『国墜し』という異名で恐れられたマジックキャスターなのでした。ですから独自の情報網をいくつも持っているのです。

 

「ちゃっちゃちょ、いくでありんちゅ。事件がありんちゅちゃをまっちぇいるますでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんはキーノの腕をつかむとドンドン先に進むのでした。

 

 やがて真っ赤な部屋にたどり着いた二人を出迎えたのは……なんと二人のエルフの女の死体でした。

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「さちゅじん事件!」

 

 興奮しまくりのありんすちゃんにキーノが声をかけます。

 

「……あそこにも……死体が……」

 

「三人! こりはエルフれんじょくさちゅじん事件でありんちゅ!」

 

 被害者の血で赤く染まった部屋には二人の女エルフと一人の男エルフの死体があったのでした。

 

 さっそくキーノは死体を調べだしました。男のエルフの死体にかけられた布を取ると──

 

「──うわ……は、はだかだッ!」

 

 男のエルフは男性器がむき出しの全裸だったのでした。

 

「……こりは……足に叩いたあちょがありんちゅ。身体にはたくちゃん切り傷があるますでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんがその辺で拾った棒でナニをつつきながら冷静に分析します。

 

「……こっちの女達は刃物で殺されているようだな。剣……いや、サイスみたいな武器かな?」

 

 落ち着きを取り戻したキーノが二人の女エルフの死体を調べます。

 

「──こりはダイニングキッチンでありんちゅな……チンチンが犯人、指しているますでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんがまたしても棒で男性器を突っつきます。うーん。確かにナニの向きは女エルフの方に向いていますが……それにおそらくありんすちゃんはダイニングメッセージと言いたかったみたいですが……

 

 と、ありんすちゃんが突っつきすぎて今度はキーノの方を指してしまいました。

 

「……犯人はキーノであ──」

 

「──んなわけあるかぁ!」

 

 しばらくするとありんすちゃんはナニをツンツンするのに飽きてしまったみたいで、体育座りの格好をしながらウトウトしはじめてしまいました。

 

「……おや? このエルフの男、王冠をかぶっているぞ? エルフの王様なのかもしれないぞ? と、すれば身元をわからなくするために裸にしたのだろうか?」

 

 キーノが探偵助手らしく推理を始めました。

 

「……裸なのは、あちゅかっちゃからでありんちゅ! アチチアチチでスッポンポンなんでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんも負けじと推理します。

 

「……しかし、衣類は誰かが持ち去った? いやいや、実はエルフ王は裸族だったかもしれないぞ? それならば納得できる……」

 

 キーノはブツブツと考え込んでいます。

 

「……裸なのは、あちゅかっちゃからでありんちゅ! アチチアチチでスッポンポン!」

 

 ありんすちゃんは大きな声で叫びました。うーん。

 

 突然、ありんすちゃんが手を叩いて笑いだしました。おもむろに取り出したのは小さなワンド──|蘇生の短杖〈リザレクションワンド〉でした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 ありんすちゃんは女エルフの一人を蘇生させると訊ねました。

 

「犯人、だりでありんちゅか?」

 

 エルフの女は戸惑いながら答えました。彼女は髪が黒と銀の二色で瞳に王族の特徴があるハーフエルフに殺された事、男のエルフはやはりエルフ王のデケム・ホウガンだが、どうして死んでいるのかはわからない、との事でした。

 

 ありんすちゃんは話を聞きながら閉じていた目をパチリと開きました。

 

「犯人がわかっちゃ、でありんちゅ!」

 

 さて、ありんすちゃんがたどり着いた犯人とは? そして何故、エルフ王デケム・ホウガンは裸だったのでしょうか?

 

 

 ──つづく



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誰がエルフ王を殺したのか? 解決編

 前回のあらすじ

 

 依頼がなく暇なありんすちゃんは『名探偵の行く先には必ず事件あり』を信じてダーツに目的地を決めてもらい、助手のキーノと出かけました。到着したエルフ王国の城に入ったありんすちゃんを待ち受けていたのはなんと、二人の女エルフとエルフ王デケム・ホウガンの死体でした。

 

 探偵の禁じ手といえる死者蘇生により女エルフを蘇らせたありんすちゃんは犯人が髪が黒と銀でオッドアイのハーフエルフだと知るのでした。

 

 

※   ※   ※

 

 ありんすちゃんは閉じていた目をパチリと開きました。

 

「犯人がわかっちゃ、でありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは力強く宣言しました。

 

「犯人は……マーラ、でありんちゅ!」

 

 マーラ……?

 

 ……マーラ……?

 

 うーん。ありんすちゃん、エルフ王の性器を突っつきすぎておかしくなってしまったのでしょうか?

 

「……犯人は……マーラ、でありんちゅ!」

 

 再びありんすちゃんが宣言しました。

 

「……いや、マーラって誰だ? 初めて聞く名前だが……」

 

「……ありんちゅちゃにはしゅべてお見通しなんでありんちゅ! 犯人はマーラ。アウアウとマーレが合体しちぇ、変身しちゃんでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは力強く胸をはるのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「……何の用なの? これでもあたし達は忙しいんだけど?」

 

「……えっと、あの……お姉ちゃんのいう通りだと……あの、思います」

 

 鼻息を荒くしながら助手のキーノを連れてやって来たのはダークエルフの双子の前でした。

 

「……アウアウとマーレ、早く『マーラ』になるんでありんちゅ! ありんちゅちゃのおめめは節穴なんでありんちゅ!」

 

 ……いや、目が節穴だと解決しませんよ?

 

「マーラ? なにそれ?」

 

「……えっと、こちてこちて、『ふゅーじょん! ハッ!』って合体しるますでありんちゅ!」

 

 ……それって竜の玉を集めたり集めなかったりするヤツですよ? きっと……

 

 それから延々とアウラとマーレにフュージョンのポーズを指導するありんすちゃん……あらあら、とうとう定規と分度器まで持ちだしはじめちゃいましたよ。

 

「ダメでありんちゅ。アウアウの人差指が3度さがっちぇいるますでありんちゅ。マーレは右足を2センチ後ろに下げますでありんちゅ」

 

 うーん。たしかフュージョンって完全に同じポーズをとらないといけないんでしたよね? これって実は不可能なんじゃ……

 

 結局何度試してもフュージョンは成功しませんでした。当たり前ですよね。

 

「犯人は銀色黒色の髪なんでありんちゅ……目はアウアウやマーレなんでありんちゅ。ふちゃりが合体しればピッタンコなんでありんちゅ……」

 

 ありんすちゃんは犯人のハーフエルフの正体がアウラとマーレが合体したものだと思い込んでしまっているようですね。うーん。本当はデケムの娘でもある番外席次こと“絶死絶命”アンティリーネ・ヘラン・フーシェが犯人なんですが……

 

 

「ありんすちゃん、このフュージョンとやらで合体は無理みたいだぞ?」

 

 見かねた助手のキーノも意見します。

 

 ありんすちゃんはしばらくウンウンうなっていましたが──

 

「わかっちゃでありんちゅ! こりはアウアウとマーレが変身ベルトて合体しるんでありんちゅ! そちて『きちゃまの罪を数えな』言うんでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃん……それって風都の探偵な仮面のライダーなヤツです……うーん。仕方ありませんよね? だって、ありんすちゃんはまだ5才児位の女の子に過ぎないのですから……

 

 

 

 ちなみにエルフ王デケムが全裸だったのはアインズの指示でマジックアイテムを回収したパンドラズ・アクターが剥ぎ取っていったからでした。



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