黄昏時の約束 (ナナシの新人)
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Prologue
Prologue ~初恋~
なお、一話の中で視点が切り替わることはありません。あくまでも話数によって変わります。その際は、前書きに誰視点かを記載します。
彼女と初めて言葉を交わしたのは、小学六年の卒業間近の頃だった。放課後の下校時間が迫り、教室へ忘れ物を取りに行った俺は、校舎に残っている生徒も誰も居ない廊下を一人歩いていた。
季節は、冬。冬至を過ぎたとはいえ、まだ早い時間から沈み始めた太陽は陰り、徐々に気温を下げていく。暗くなる前に帰宅しようと廊下を早足で歩いていると、誰も居ない教室で人影を見た気がして少し廊下を戻り、教室の前のドアから中を覗いてみた。
オレンジ色の日差しが差し込む教室、その窓際の席の前で、彼女は一人何かを見つめて佇んでいた。
「どうしたの?」
「――っ!?」
切なさを感じる後ろ姿が気になって、声をかけた。誰も来ないと思っていたのだろ、突然の声に驚いた彼女は、若干身体を震わせた。
「なんでもない......」
小さな声で言った彼女の足下にはノートや教科書が散乱していて、黒いインクで醜く汚い言葉の羅列が書き殴られていた。
――胸くそが悪い。
子どもながらに感じたことを、今でもよく覚えている。
「触らないで......!」
無残に散らばったノートを拾おうとしたところを、大声で拒絶された。しゃがんだ彼女は、両手で隠すようにして散らばったノートや教科書を抱え込む。
「こんなの何でもない。いつものことだから」
そう言った彼女の
ごめん、と反射的に謝って教室を出た俺は、職員室で教師に許可をもらって資料室に備蓄されている予備の教科書を持ち、彼女が居る教室へ戻った。彼女は膝を抱えて座ったまま、使い物にならなくなった教科書を片付けていた。
「これ」
「......なに?」
彼女は、俺が持ってきた新しい教科書を見つめ黙ったまま受け取ろうとしない。
「新しい教科書。もうすぐ卒業だけどさ、まだ授業あるし、ないと困るでしょ? 理由は掃除の時間にバケツをひっくり返したことにしてあるから」
「......余計なお世話」
タメ息に近いような呼吸をひとつして、教科書を机の上に置いてから彼女に背を向けて、教室のドアへと歩き出す。
「......あの!」
「ん? なに」
彼女の声に身を翻して、向き直す。
オレンジだった日差しは、いつの間にかスミレ色に変わり始め、夜の訪れを告げる。そんな、ある冬の日の黄昏時、二人きりの教室。
「......ありがと」
教科書を胸に抱いて、少しうつむき加減でお礼を言ってくれた彼女の頬には、大きく綺麗な瞳からこぼれた落ちた涙の跡と残っていて。それが、とても印象的で――。
目を奪われて動けないでいた俺を見た彼女は「どうしたの?」と、不思議そうに首を傾げた。
この時、俺は――彼女に恋をした。
* * *
ジリジリと肌を焼く強烈な日差し、滝のように流れ出す汗、鮮やかな緑色の手入れの行き届いた、鮮やかな萌葱色の芝生のフィールドに真夏の生温い風が吹き抜ける。息を吐いて顔をあげる。スタンドには、「全国制覇」と書かれた横断幕が掲げられている。
フィールドでは、二種類のユニフォームを着た選手たちが声を張り上げながら、白いボールを追いかけ攻防を繰り広げている。
俺も、その中の一人だ。
中学最後の大会、全国中学サッカー大会決勝戦のピッチに俺は立っている。ゴール裏スタンド上部に設置巨大なスクリーンには、2-1とスコアが映し出されている。
「裏!」
「頼むッ!」
「オーライ! ナイスパスッ!」
一点リードで迎えた後半アディショナルタイム。チームメイトからの絶妙なタイミングのスルーパスが出た。相手ディフェンダーの裏に抜け出し、ペナルティーエリア内でボールを受ける。ゴールキーパーとの一対一飛び出して来たキーパーを冷静にかわして、軸足の右足に体重を乗せシュート体勢に入る。
ゴールまで、あと五メートル。
目の前に妨げる者は居ない、無人のゴール。完全にフリー、打てば確実に決まる、残り時間的にダメ押しの決定打。
俺は、左足を振り抜いた――。
「――ッ!? ハァハァ......」
気がつくと、ベッドで横になっていた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。枕元で、スマホの目覚ましアラームが鳴り響いていた。
――また、あの時の夢か......。
寝汗でべっとりと湿ったシャツが気持ち悪い。ひとつ息を吐いて右手を伸ばし、手探りで今なお鳴り響き続ける目覚ましアラームを止める。
「ほっ、はぁ~......」
上半身を起こして思い切り腕と背中を伸ばす。ベッドを降りてカーテンと窓を開けると、まだ少し肌寒い春の風が部屋に流れ込み、寝苦しさでほてった身体を冷やしてくれた。
窓の外に広がる街並みを眺める。自然の少ない密集した住宅街。遠くにはコンクリートのビルが建ち並び、赤と白の一際大きな二本のシンボルタワーが、ここが東京であることを実感させてくれる。
一月前に住んでいた街とはまるで正反対で環境に若干の戸惑いを覚えながら、シャワーで寝汗を流して、手短に朝食を済ませ。クローゼットにかけてある、真新しい制服に身を包み、身支度を整えてから部屋を出る。
爽やかな朝の空気。どこからか舞ってきた薄桃色の桜の花びらが始まりの季節を告げている。
「行ってきます」
挨拶をしても当然ながら誰も居ない家からは、返事は返ってこない。なぜなら、この春から高校進学に伴い東京都内のとある街のアパートで一人暮らしを始めたから。
新しい学校生活に胸が踊る――と言うことは特にはなく。高層ビルとアスファルトで固められた地面と、人工物に囲まれた都会の風景が続く、以前住んでいた街とは正反対の通学路をゆっくり歩いて20分弱の登校時間で、校門前に辿り着いた。
門に刻まれた校名――私立朱雀高校。
東京都内でも有数の名門進学校。今日からここが、三年間通うことになる新しい学校。校門を潜り、生徒会役員と思われる上級生の案内に従って、昇降口前に貼り出されたクラス分けを左から順番に確認。
「えーと、み、み......あった......」
――
中学時代サッカー部で静岡県の代表校として全国制覇を果たした俺は、とある理由で県内外の名門強豪校の誘いを全て蹴り、この朱雀高校への進学を決めた。この学校を選んだ理由は幾つかあるが、主な理由は進学率の高さ。俺の将来に関わる知識を得るために、この学校を選んだ。
そして――。
『理事長先生ありがとうございました。それでは、新入生のみなさんは、先生方の指示に従い教室へ移動してください』
学園長の長いありがたい話が終わり、眼鏡をかけた美人生徒会長の指示通り、クラス担任の誘導の元移動を開始。クラス担任の先導で、講堂を後にするため席を立ち歩き出した時だった。
同じ様に移動している新入生の中に――。
あの冬の日、黄昏時の教室で恋をした彼女が、目の前に居た。
第一話拝読ありがとうございます。
感想等、お気軽にどうぞ。
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Episode1 ~エール~
キャラの一人称は原作漫画を参考に書いています。
例。
「あ、
「おはよう」
今日も、いつものように時間に余裕を持っての登校。教室に入り、先に登校しているクラスメイトと挨拶を交わしてから、席に着く。
入学式から、おおよそ二週間あまり。慌ただしい時が過ぎ去り、綺麗に咲き誇っていた桜の花も散り、校庭の木々は鮮やかな黄緑色の新しい葉が芽吹き、新緑の季節が近づいてきた。徐々に新しい学校生活にも慣れ始めた、四月下旬。
「ねぇねぇ、昨日の数学なんだけど」
「ん? どこ? ああ、これね。ペン借りるね」
「あっ、あたしにも教えてー」
一時間目の準備をしていると、近くの席の女子たちが教科書とノートを持って話しかけてきた。進学校というだけのことはあり、普段の会話も勉強中心の話題が多く、お互いの苦手な教科を教え合うことも少なくない。
ただひとつだけ、俺はに彼女たちにだけではなくクラスメイト全員に申し訳なく感じていることがある。
それは――。
「おーい。
「わかった。ごめん、ちょっと行ってくるね」
――またか。漏れそうになったため息を堪える。
教室のドアの前に居る見覚えのある体格の良い男子生徒は、入口を塞ぐ形で、スライドドアの側面に腕を組んで寄りかかっていた。ホームルームの時間が近づき、次々に登校してくるクラスメイトたちは、その厳つい体格に怯み、仕方なく後ろのドアに回って教室に入ってくることを余儀なくされる状況になっていた。
いかんともし難いこの状況を打開するため、彼女たちに断りを入れて席を立ち、教室前方の入口でクラスメイトの登校の邪魔になっている三年の男子生徒の元へと向かう。
「朝から呼び出して悪いな。気は変わったか?」
「とりあえず、廊下へ出ましょう。迷惑になります」
「あ、そうだな。すまん......」
少し語気を強めにいうと、彼は素直に廊下へ出て、廊下の壁に寄りかかり腕を組み直して、さっそく本題を切り出した。
用件は――サッカー部への勧誘。
サッカーのキャプテンを務めるこの男子生徒は、既に何度も断っているにも関わらず、入学初日から毎日教室へ足を運び続け「サッカー部へ入部してくれ!」と、もう聞き飽きるほど勧誘をしてくる。だから昼休みになると、捕まる前に教室を抜け出し、階段を昇って校舎最上階に設置されている扉を開き、屋上へ足を運ぶのが日課になった。
初夏のような穏やかで暖かい日差しと、爽やかな風が頬を撫でる。心地よく過ごしやすい空気を感じながら空を見上げる。空には雲ひとつない青空が広がっていた。
目をつむり、大きく、そして深く、ゆっくりとひとつ深呼吸をしてから扉付近の外壁を背もたれに座り、自炊した弁当と登校途中に購入したお茶のボトルで昼食を食べる。
そして、食べ終わる頃になるといつも――キィ......と金属製の扉が擦れる音を鳴らして開き、髪を二つのおさげに結んだ眼鏡をかけた少女が本を片手に、校舎から屋上へ出てくる。
「こんにちは、いい天気だね」
「......あなた、今日も居るのね」
彼女は扉を挟んで俺とは反対側へ座り、いつも通り本に目を落として答えた。
この子は今、俺が一番気になっている女の子。
クラスメイトで、過度な馴れ合いはせず、クラスではいつも一人ぼっち。俺と同じで、別の中学校出身。それも、超名門女子校から朱雀高校へ進学して来たためか、中学の頃の友人はひとりおらず、新しく友だちを作るのも苦手なタイプようだ。
さらに彼女の寡黙な性格に加え、朱雀高校は幼稚園から大学まであるため、既に仲のいいグループが出来上がっているのも要因のひとつだと言える。
「今日は、何を読んでるの?」
「......公民」
「次の予習だね」
「ええ、そう」
いつも、これだけで会話が終わってしまう。むしろ話しかけるなとも感じるほど、彼女の声は冷めている。だけど、今日は違った。彼女は教科書から目を落としたまま、俺との会話を続けてくれた。
「さっき、三年生があなたを探していたわ」
「ああ~......うん、ありがとう」
「戻らなくていいの?」
「今朝と同じ用事だから」
「......部活、しないの?」
「俺、一人暮らししてるから放課後はバイトがあるんだ」
「そう......」
どうやらこれで、彼女との会話は終わりのようだ。けど、こんなチャンスは二度と訪れないかも知れない、だから今度は、俺から話を振ってみた。
「部活入らないの?」
「放課後は塾があるから」
「そっか、お互い大変だね。教えてくれてありがとう」
「別に。
「ん? ああ、
彼女が見ている視線の先を確認して指を差すと、小さく頷いた。正直に話しても良かったけど、これがもう一度話すきっかけになるのではないかと思ったから、あえて違う返し方をした。
「もう少し親しくなったら教えてあげる」
「......なら、別にいいわ」
期待通りの返事が返ってきて、何となくほっとした。
「あははっ、そうですか。そうだ、ここに俺がいるの内緒にしておいてくれると助かる」
「別に話す必要ないし」
「うん、ありがとう。またね」
彼女からの返事は返って来なかった。
でも、翌日から少しづつ俺たちの関係に変化が訪れた。といっても大きなことじゃない。少し会話が増えた程度だった。それでも着実にいい方へ向かっている。彼女はどうかわからないけど。少なくとも俺は、そう感じていた。
「俺、明日からしばらく学校を休むことになりそうなんだ」
「そう」
「だから。はい、これ」
「なに?」
「電話番号とアドレス。何かあったら、いつでも連絡してきて」
彼女は、戸惑いながらも連絡を書いた紙を受け取ってくれた。
それは季節が梅雨に入る、数日前の出来事だった。
俺はこの日、午後から学校を休んで都内の有名病院に足を運んだ。受け付けの看護師に名前を伝え、呼ばれるのを待っていると、スマホのバイブが振動してメッセージが届いた。
「
「あ、はい」
俺は一度病院を出て、返事を送信してから診察室へ入る。
四十代前半の男性医師が、ボードに貼ったカルテを見ながら容態を解りやすく説明してくれた。
「今後のことは、ご両親と相談の上で......」
「許可はもらっています。お願いします」
右足の手術に対する同意書を、これから主治医となる医者へ手渡す。
あの日、中学最後の大会のアディショナルタイム。
視界には青い空が広がり、遠くに夏の象徴である巨大な入道雲。まるで米粒のように小さな旅客機が、青いキャンバスに白い線を引いて流れていた。
どうやら、ピッチ上に仰向けで倒れているようだ。心臓の音が、やたらと大きく聴こえる。呼吸も荒い。
――いったい、どうなったんだ? ゴールは決まったのか。
ままならない呼吸を整えながら、顔を横に向ける。蹴ったハズのボールが少し離れたところに転がっていた。近くでチームメイトが、相手選手の胸ぐらを掴み上げ、険しい剣幕で怒鳴りつけている。主審や別のチームメイト、相手選手が止めに入るも、どんどんヒートアップしてまるで収まる気配はない。
止めに入ろうと身体を起こそうと試みた直後、そこで意識を失った。
そして次、目を覚ました時――俺の右足は動かなかった。
シュート体勢に入っていた俺は、体重が乗った軸足に悪質なチャージを受けて右膝を壊した。場所が場所だっただけに一度の手術では完治せず、今なお、後遺症が残っている。
「わかりました。それでは、手術の日程を決めましょう」
「はい。学校側とは話はついていますので」
「そうですか。では、なるたけ早めにしましょう」
主治医がスケジュールを調べている間、先ほどのメッセージの内容を思い返していた。着信相手は、電話帳に登録していないアドレス。屋上の、あの子だった。メッセージの内容は「ちょっとだけ、気になる人が出来ました」と、ひとことだけ綴られていた。「そっか、頑張れ!」とすぐに返事を返した。
「この日でいかかがでしょう?」
「あ、はい、お願いします」
「それでは、その方向で調整します。手術にあたっての入院についてですが――」
主治医の話を聞きながら、俺は窓の外に目を向ける。
どこまでも続く青空は、彼女との距離が少し縮まったあの日と同じだった。
窓の外に広がる青空へ向かって俺は、あの子に心からのエールを送る。
――がんばれ、
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Episode2 ~レモン色の月~
病室のベッドから、窓の外へ目を向ける。
時刻はもう16時を回っているのにも関わらず、まだまだ太陽は高く、気温も蒸し暑い。ビルが多い東京の街の中でも多くの木々が茂る病院の中庭では蝉時雨が響き、季節はすっかり夏の様相を呈してきた。
右膝の手術はあらかじめ、カルテを提出していたことで診察からトントン拍子に話が進んだ。手術日程が決まり、術前の精密検査の結果を受け、右膝の手術は段階的に経過を見ながら複数に回分けて行うことになった。日本有数の整形外科医師の執刀のもと一回目の手術は無事成功を納めたのだが、代償として、大きなモノを支払うことになってしまった。
それは――。
「......暇だ」
枕を背もたれにして読んでいた本を、ベッド脇のパイプ椅子に積んである本の上に重ねて置く。
支払った代償――それは、充実感。
手術から一月弱。当然のことながら、術後は入院生活を送ることとなり、加えて右足は絶対安静。右足はギプスで固定され、動きにも制限がかけられている。そんな訳で出来ることと言えば、本を読むことと勉強くらいなもので。自習に関しては既に一学期分の授業内容を、梅雨の季節が過ぎる頃には全て終わらせてしまい、今は二学期の内容に入っている。
入院して最初の頃は、男女問わずクラスメイトが毎日のように見舞いに訪れてくれていた。だが、彼らの学業の妨げになり兼ねないと担任に進言し、学期末の試験を終えるまで遠慮してもらうことにしたため来客も殆どいない。代わりにスマホへメッセージが増えたけど、それも徐々に落ち着きつつある。
メッセージの返信を終え、充電器に携帯を差し込むとほぼ同時に控えめに扉がノックされた。時間的に、看護師ではない。どうやら、来客のようだ。
「はい、どうぞ」
来客は、あの日のメッセージ以来一度もやりとりをしていない同じクラス女子生徒、
「ありがとう。助かるよ」
「別に。日直だから」
「そっか」
「......なに?」
事務的な対応が以前と同じで思わず笑ってしまう。
「いや、時間があるなら話しに付き合ってくれるとありがたいなって。入院生活って退屈なんだ」
「塾の時間までならいいわ」
「別に、つけなくていいわ」と、
「それで、この前の件は進展はあった?」
無表情のまま返事をしない。
「無いわけですか」
「......ん」
表情を崩さず、小さく頷いた。彼女の性格上、こうなるのではないかとある程度予想してはいたが見事的中してしまった。
「遠くから見てるだけじゃなくて、普通に話しかけてみれば?」
「普通にって。どうやって話しかければいいの?」
「どうやって、て。今してるみたいにすればいいんだよ」
「あっ......、そっか。私、あなたとなら普通に話せているのね」
ハッとした
「気になる相手は、男子でいいんだよな?」
「ええ、そう」
「同級生?」
「たぶん」
となれば話は早い、手っ取り早く確実な方法がある。
今さら普通に話かけたとしても警戒されており、色眼鏡なしで彼女を見てもらうことは難しいだろう。
「あなた、医学書読んでいるのね」
「え? ああ、うん。今後のリハビリとか再発予防に役立つんじゃないかと思って」
何かいい方法はないか策を講じていると、
「ふーん」
「ん?」
俺の視線に気づき、顔を上げた彼女は小さく首をかしげた。
時おり目にかかる前髪を気にしながらも集中して本を読む
「時間、大丈夫?」
「......そうね。そろそろ行かないと間に合わないわ」
腕時計で時間を確認すると医学書を元のパイプ椅子に置き、スクールバックを肩にかけて席をたった。
「それじゃ、お大事に」
「プリント、ありがとう。
「なに?」
ドアへ歩き出そうとした
今から口に出そうとしているセリフは、かなり気恥ずかしい。正直、キャラじゃない。でも、可能な限り引かれないように平静を装い、爽やかなキャラを演じて自然な感じに、先ほど彼女に思ったことを伝える。
「前髪は分けた方がかわいいと思う。それと、眼鏡をかけてない
「......そう」
身を翻した
「いつから学校に来られるの?」
来週から、リハビリ開始予定。おそらく、夏休みを全て費やすことになるだろう。
「うーん、早くて二学期の初めくらいかな?」
「そう。じゃあ、また学校で」
深く大きなタメ息をついてから、冷房を止め窓を開ける。
窓の外はいつの間にか日は傾き出し、西の空はオレンジ色に染まり、東の空はレモン色した月が登り、星の見えない夜空がビルの上に広がっている。
まるで、あの日と同じような黄昏時だった。
そして、彼女の想いが実ったのかどうかは、俺には知ることが出来なかった。
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7人の魔女編
Episode3 ~始まりのキス~
「みーやーうーちッ!」
放課後、廊下を歩いていたところへ後ろから勢い良く首に腕を回された。犯人の目星はついている、と言うより下校する生徒が多い中周りの迷惑を考えずに、こんな暑苦しことをしてくる奴はひとりしかいない。その面を拝んでやろうと首を動かして見ると、思った通りの人物の仕業だった。
同じクラスの男子生徒――
「で。なんだよ?」
「帰るならひと言かけてくれてもいいじゃねぇか。ツレねぇなぁ~」
組んだ肩を離そうとしない。仕方なく、そのまま廊下を歩く。
「きゃーっ、
「二人の空間に薔薇が咲いてるわっ」
転入早々、生徒会副会長に抜擢される程の頭脳と、端整な顔立ちから女子生徒からの人気も高く。こうして歩いていると、多感な時期の同級生たちの妄想のネタにされてしまう。「諦めろ、相手にするとキリがない。むしろ楽しめ」と、
バイト先近くのカフェのテラス席で、用件を伺う。
「で、用件はなんだ? また、部活の件か」
「いや、オレはもう諦めた。お前の、あの膝を見せられてやれなんて言えねぇよ」
まあ、諦めてくれたのならそれでいいんだけど。
汗をかいたアイスコーヒーのグラスを持って、ストローを口に運ぼうとすると、
「なんだよ?」
グラスを置いて、話に耳を傾ける。
「お前、
「
「そっ。さっき仲良さそうに談笑してただろ~?」
どうやら、絡まれる前廊下で
「お前ら、
「違う。一年の時、同じクラスだっただけだ」
「ふーん、オレが見た限り、ただの元クラスメイトって雰囲気じゃない気がしたんだけどな~」
頭の後ろで両手を組み直し、背もたれに体重をかけて体を預け、長い足を見せつけるように組んだ。俺は再び、グラスに手を伸ばす。
「残念だったな、その勘はハズレだ。正真正銘ただの元クラスメイト。気になるのなら本人に聞いてみればいい」
友人、と同じ答えが返ってくるだけだ。しかし、
「どうした? デートの約束をすっぽかしたのを思い出したのか」
「ちげーよ。オレさ、
「はぁ?」
「ほら、二年に進級してすぐ進路希望調査やっただろ。その件で、生徒会として話したんだけどさ。“別に。あなたには関係ないわ”って、スゲー冷めた顔で言われた。それからは、目も合わせてもらえなかったぞ」
意外だ。確かに、初対面の頃の
「お前の容姿が、よっぽど嫌い嫌いゾーンにストライクだったんじゃないのか?」
「んだよ、そのゾーン。自分で言うのもなんだが、オレはモテるぞ!」
「いや、知ってるけどさ」
あれはバレンタインデーこと、
「なら、なんか気に触れることでも言ったんじゃないか?」
「特に心当たりはねぇーけどな。話したのも進路のことと、あと機嫌が悪そうだったから、女の子の日なのか聞いたくらいだぜ?」
すべては、
バイトの時間が迫ってきた。
気のせいか、と思い再び歩き出す。赤信号で一度止まって青に変わるのを待ち、横断歩道を渡った先にあるフットサルコートに入る。
ここが、この春から勤めているアルバイト先――。
「おつかれさまです」
「あいよ、おつかれさん。今日も頼むよー」
クラブハウスのレジに立つ店長に挨拶を済ませ、更衣室で着替えと、靴を人工芝用のシューズに履き替える。コートへ出ると、多くの子どもたちがボールを蹴りながら待ち構えていた。
「お待たせー」
「あ、コーチだ。みんなーしゅーごー!」
バイト内容は、子どもたち相手のフットサル指導。
担当医からは今の回復具合を観て、全力を出さない程度の軽い運動なら、むしろ動いた方が良いと許可を得ている。リハビリにもなって、おまけに生活費も稼げる。俺にとっては、正に一石二鳥のアルバイト。ここでほぼ毎日二時間、子どもたちのコーチと、グラウンド整備や片付けなどをして、計三時間の仕事を終え、事務所兼受付が入るクラブハウスへ戻る。
「あっ、やべぇー。コートにホイッスル忘れた」
「取ってきますよ」
「おおーっ、サンキュー。あとで飲み物奢るから」
「どうせ、消費期限が近い在庫のプロテインドリンクでしょ?」
「にっひひっ。Aコートのゴールネットにかかってるから、よろしく~」
独特な笑い方をする店長の言った通り、Aコートのゴールネットにホイッスルが巻き付いていた。手にとって戻ると途中、フットサルコート隣接のファミレスの窓辺の席に、朱雀高校の制服を着た男女が座っている。
――まだ居るんだ。
指導を始めた時から居る。片付けをしていた間も男子の方がコートを見ていた。もうかれこれ三時間ほど。勉強をしている様子もないが、まあ俺には関係ないけど。クラブハウスに戻って、素早く着替えを済ませてロビーに出る。
「おつかれさん。ほれ、ココアにチョコ、バニラ、コーヒー、ストロベリーといろいろ用意しておいたぞ、好きなのを選んでくれ。何なら全部持っていってくれてもいいぞ」
「全部プロテインじゃないですか」
「いやいや、これなんてミルクだぞ?」
「俺、ソイ派なんで。これ貰います、おつかれさまでした」
カロリーオフのソイプロテインドリンクコーヒー味を一本貰って挨拶をして外に出る。辺りは暗くなって、夜空には月が出ていた。時間は20時を回っている。腹も空いた。急いで帰ろうと歩き出した時だった。
「ねぇ、あなた。ちょっといいかしら?」
「ん? あっ......」
声をかけてきたのは、ファミレスに居た男女の女子生徒。彼女の白いセーターの襟元には、
――なるほど、そういうことか。
どうやら、バイトが終わるのを待ち伏せしていたようだ。
「突然で悪いけど、話をさせてほしいの。私の名前は――」
「
彼女の名前は、
「そっ。なら話は早いわ。だいたい検討はついていると思うけど、サッカー部に入部してもらえるかしら?」
「無理です。それじゃあ」
予想通りの質問に即答で返して、
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ! 理由はっ?」
追いかけてきて、俺の右腕を掴んできた。振りほどくのは、さすがに気が引ける。というか、それはしたくない。
「
「今、やってたじゃない」
少し不機嫌そうな
「フットサルとサッカーは違う。それに、相手は小学生。同世代相手とは、身体への負荷のかかり方が段違いなワケ」
「......何が違うのよ。やってることは同じじゃない」
ぼそっ、と呟く。それに、手を離そうとしない。仕方なく話を聞くことを条件に、公園のベンチへ移動した。
「どうしても無理なの?」
「無理をして再発させたくない。今また壊せば、最悪まともに歩けなくなることもある。そこまでのリスクは取れない」
「そのケガは、いつ完治する予定なの?」
真剣な眼差し。そこまでして、生徒会長になりたいのだろうか。大変そうだけど。
「お願い。教えて」
「......順調に回復すれば、来年の春」
「......そう」
どうしてか
「それなら来年のインターハイには間に合うわね。その時でいいわ、入部して!」
「今話した完治は、あくまでも一般的なレベルでの完治。選手としての復帰を視野に入れた場合は、基礎体力や試合勘を戻すのに最低プラス六ヶ月はかかる。夏は間に合わないよ」
「......根性で、何とかしなさいよっ」
「出来れば苦労はしないし、医者もいらない。まあ、そういうワケだから諦めて」
話しは終わった。荷物を持って、ベンチを立つ。
ため息をついた
そのままじっと俺を見つめ、つま先立ちで顔を近づけてきた。
「おまじないよ」
「えっ......?」
次の瞬間――。
とても柔らかく温かい何かが俺の口を塞いでいた。
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Episode4 ~美少女の祝福~
連続した電子音が耳元で聴こえる。まぶたを閉じているのに、目の前が眩しい。どうやら、朝みたいだ。ベッドから降りてカーテンを開け、降り注ぐ朝日を受けながら大きく伸びをして、ふわついている頭を半ば強引に起こしてから、朝食と弁当の支度に取りかかる。
コーヒーメーカーのスイッチを入れ、フライパンに火を入れる。弁当のおかずを作りながら、昨夜の出来事について思い返した。
「えっと、なんで......?」
「だ、だから、おまじないよ、おまじない。美少女の
身を翻し、逃げるように早足で行ってしまった
家に帰ってからスマホで調べてみたが、「美少女の
結局、あれは何だったのだろうか? どうして、唐突にあんなことを。考えても仕方がない、答えは出ないのだから。朝食と着替えを済ませ、顔を水で流して頭を切り替えて、登校。いつもとほぼ同じ時間に教室に到着。ひと通りクラスメイトと挨拶を交わして一時間目の授業の準備を始める。するとそこへ、
「おはよーっす」
「ああ、おはよう」
手を止めず、
「昨日さ、生徒会役員にあった。ショートボブの子」
「ああ~、
「ご明察。生徒会はどうして、ブランクのある俺に拘るんだ?」
ようやく軽い運動ができるようになったが、ケガの影響でまともには動けず、長期間実戦を離れていて試合勘もない。何よりチームプレーが大事な集団競技でブランクのある人間に拘る必要性を、俺は感じない。
「今年、
「ふーん。つまり、部活動でいい成績を残して受験者を増やしたいってところか」
「まーな。このご時世だ、学校としては学力だけじゃなくて、運動部関係でも名前を売っておきたいのさ。お前、バイトの申請で書類提出しただろ?」
新年度になって、主治医からも許可をもらえたためアルバイト先の変更を知らせる書類を学校側に提出した。
しかし、断念の意向を伝えたため、今度は
「
「とまあ、オレが知ってるのはそれだけ。一時間目なんだっけ?」
「ああー......物理だな」
「マジかよ......。登校一発目の教室移動はダルいなー......って、オレたちしか居ねえじゃねぇか!」
話し込んでいたため、教室には既に誰も居ない。急いで教科書を持って移動。
階段へ差し掛かった時、悲鳴と何かが落ちるような大きな物音を聞き付けた俺たちは、急遽方向転換して悲鳴が聞こえた階段下へ向かった。
「おいおい、マジかよっ!」
「
男女が階段下で倒れ込んでいた。ひとりは、俺がよく知っている女子生徒、
「って、
「
「こっちもだ。外傷は見当たらねーけど」
「仕方ねえ、保健室に運ぶぞ。つーことで、
両手をワキワキして
「冗談だって。
「ああ、頼む」
膝を考慮してくれた
その後は特に問題もなく、昼休みを迎える。いつものように弁当を持って屋上へ足を伸ばす。ただ今日は、飲み物を用意するのを忘れていたため少し遅れた。ドアの横の壁に背を預ける形で腰を下ろす。午前中日差しに当たっていた壁が程よく温かく気持ちいい。ほんのり蒸し暑さを感じ始めた初夏の陽気の中昼食を食べ終え、転落防止用のフェンスの手すり両腕に乗せ、遠くに広がる高層ビル群を眺める。ふと、中庭を視線を落とすと、
そして授業も終わり放課後は、今日もバイト。教室を出たところで、
「
「へっ!?」
妙に驚いた様な
「大丈夫? もしかして、頭打ったから目眩があるとか?」
「う、ううん。もう全然だいじょうぶよっ」
「そう? ならいいんだけど」
変に腰を動かしたり、不自然な作り笑顔だったりと、いつもの
「ああ、そうだ。一緒に倒れてた、
「え、ええっ。
「そっか、そらよかった。じゃあ俺バイトだから、また明日」
やや挙動不審気味な
「もう一度聞くわ。サッカー部に入ってくれるわよね?」
少し不機嫌な
彼女の質問に対する俺の返事は――。
「いや、入らないけど」
「な、なんでよっ! 昨日、キスしたじゃない......!」
「もう一度聞くわ......。私のために、入ってくれるわよねっ?」
「はぁ......」
一体なんなのだろう。何度聞かれても俺の返事は変わらない。
「入りません」
「なっ!?
「お、おお......」
「これは、一体どういうことなのかしらっ?」
「さあな、わからん。だが、お前の――は人を選......」
「――そうね......」
話がまとまったのか、俺が座るベンチへ戻ってきた。
「今日のところは一旦これで引くわ。でも......私は、絶対にあきらめないからっ! 行きましょ、
「うむ。時間を取らせて悪かったな」
男子生徒は軽く謝罪すると、先を行く
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Episode5 ~お互いさま~
午前の授業を終えて、昼休みを迎えた。いつものように、弁当箱と飲み物を持って屋上へ行こうとしたところを見計らったように、
「最近、校内で盗撮騒動があること知ってるか?」
「ああ~。そういえば、クラスの女の子から聞いたことがあるな。確かまだ、犯人の目星はまだついていないんだろ?」
最近朱雀高校で多発している、女子生徒を狙った盗撮事件。
窓から人影を見たり、体育の授業後戸締まりをしていた更衣室のカーテンや窓が開いているなど、クラスの女子から聞いたことがある。
「女子の間では、犯人は
「
「そうだ」
制服をだらしなく着崩したり、耳にピアスを着けていたりと見た目は不良っぽいが。隣に座る
こいつも左耳にピアスしてるしな、しかも三カ所も。これで生徒会副会長というのだから、俺は人を見た目で判断することは止めている。
「で。犯人は、
「授業はサボるし、ケンカはする。マークしてる一人ではあった」
「じゃあ別にいたんだな」
「ああ。昨日2-Bの体育の授業中他校の生徒三人が、職員室へ連行された」
「へぇ......」
連行された他校生のスマホには、被害にあった女子生徒の写真が保存されおり、盗撮写真を売買している証拠が保存されていたことが発覚、即座に警察へ引き渡された。
これで
「だがな、どうも妙なんだ。教師の話によると、盗撮犯を連行してきたのは、あの
「
「相手は不良の男子が三人、しかもボコボコだったらしい。
確かに、妙だ。俺の知っている
「それと、もうひとつ引っ掛かることがある。
「それが?」
「アイツ、退学寸前なほど成績が悪いにも関わらず、全ての教科で100点満点中99点をとって退学の危機を免れた」
「全教科? もしかしてカンニング?」
俺の疑問に、
同じ教室で追試を受けていたのは
「奇特なことが二件同時に起きた。これは何かあるんじゃねぇか、と俺は思ったワケよ」
「で? 俺にどうしろと」
ニヤリ、と気色悪い笑みを浮かべると俺の肩に腕を回してきた。
「ちょっと探りを入れようと思ってな。ってことで頼む、
そういえば
提示した条件は――セクハラ発言厳禁。
二つ返事で快く条件を飲んだ
「電源が入ってないみたいだな」
「マジか。まあ、
立ち上がって、
「教室に居るってさ」
「よっしゃ、じゃあ行こーぜ」
弁当箱を片付けて、
「
「んぐっ......!」
背中から声をかけたことで驚かせてしまった。彼女の机にある飲み物を手渡す。
「あっ! C組の
「二人ともカッコイイよね。
一緒に昼食を食べていた女子たちのことは一先ず置いておいて、
「
「メシ食ってるところ悪ィけどさ。ちょっとツラ貸してくれよ」
一瞬躊躇したように見えたが、立ち上がった
「え、ええ。いいわよー! さあ行きましょうっ」
2-B教室を出て廊下を歩きながら
「お前から見て、今の
「......正直、違和感しかない」
一昨日、
「なるほどな。じゃあ、ここまででいい。後は自分でやる。とりあえず放課後に誘ってそれとなく探り入れる。いいよな?」
「何で、俺に聞くんだよ。まあ、あれだ、セクハラは犯罪だからな?」
にぃ、と白い歯を見せて親指を立てた。
さてさて、どうなることやら。
そして、放課後を迎える。俺はいつも通り、バイト先のフットサルコートで子どもたちを相手にコーチ。今日は、16時からとやや早めのシフト。 そこへ例の二人が、車道を挟んで向こう側の歩道に通りかかった。俺に気づいた
「アイツ、本気だったんだな......」
「コーチ、危ない!」
「おっと」
死角から飛んできたボールを胸で落とす。
「ナイスパス。今度は相手へ蹴ってみて、今みたいな感じにね」
「はーい。行くよー!」
もう一度歩道を見ると、もう二人の姿は見えなかった。小学生二組の練習計二時間の仕事を終えて、コート内に散らばった練習道具の片付けて回る。今日はこの後、別の予定が組まれているから忙しい。
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
「はい?」
背中に声をかけられて振り返る。ボールの飛び出し防止のネットの向こうに
「
「
「俺は、
お互いの自己紹介を済ませてから、用件を尋ねる。今度は、予め予防策を講じて。
「また勧誘ですか? 答えは変わらないよ。ところで、その格好は?」
「今日は、勧誘じゃないわ。お客として来たのよ」
突然のことにあっけにとられていると、
「あなたが、サッカーとフットサルは違うって言ったから確かめに来たのよっ!」
「あ、ああ~、そうですか。では、こちらへどうぞー」
二人をクラブハウスのロビーに案内して、空いている席に座ってもらう。カウンターにある会員登録書を用意してテーブルに戻る。
「うちは会員制だから登録が必要なんだ。面倒だと思うけど、お願いするよ」
「そう、わかったわ」
「うむ」
書き終えた登録書に記入漏れがないか確認。
「女性は、一時間700円。あら、思ったより良心的なのね」
「......男は1400円か。思ったより高いな」
「それは、一般価格だから。学生割引とかあるから安くなるよ。生徒手帳持ってる?」
「今は、持ってないわ」
「俺も家だ」
二人とも生徒手帳は制服に入っているため持っていないらしい。とりあえず、記入漏れがないことは確認出来た。紹介者の項目に自分の名前を記入し、店長に確認を取る。
「店長。同じ学校の友達が二人来てくれたんですけど、スタッフ割引と学生割り適応して良いですよね?」
「いいよー」
カウンター裏から声だけが聞こえてきた。トップの許可をもらえたことで、割引適応で無事に登録完了。 二人を連れて、初心者が集まるエンジョイクラスのコートに入り、先に来ているお客さんと挨拶を交わして、三人でボールを回す。
「始まるまで少し時間があるから少しボールを蹴ろうか。二人ともフットサルの経験は?」
「ないわ。けど、サッカーなら体育の授業でしたことあるわよ。ゴールを決めたこともあるんだからっ」
「参加人数的に中途半端に別れることになるので、人数が少ないチームにはスタッフの自分が入ります。ケガには十分注意してください。それでは始めましょう」
俺は、タイマーをセットして試合開始を告げるホイッスルを吹いた。
「はぁはぁ......。な、なによ。これ......? 授業のサッカーより全然大変じゃないっ」
「くっ......!」
7分プレー5分休憩を挟んで計五試合のインターバル。一時間のプレーを終えた二人は、息絶え絶えといった様子。ぺたんと座り込む
「お疲れさま。はい、どうぞ」
「すまん......」
「あ、ありがと......」
水分補給をして息を整えている間にコートの片付けを済ませ、二人の元へ戻る。
「あなた、なんで息どころか、汗一つかいてないのよ......?」
「まったくだ。バケモノか......」
酷い言われようだ。
「いや、だって俺、ほとんど動いてないし」
やや後方のポジションに取って、極力動き回らずにパスを出す役目、パサーに徹していたため殆ど動いていなかった。
「結構ボールに触ってたじゃない」と、納得いかない不満
「ねぇ、手貸して」
「はいはい。どうぞ」
自力で立ち上がれないのか、近くに居た俺に手を差し出した。
「大丈夫?」
「え、ええ。もう平気よ」
抱きかかえていた身体を放して、クラブハウスのロビーへ三人で移動。疲れが少し和らぐのを待って、二人は帰っていった。よほど疲れたらしく、サッカー部への勧誘はなかった。俺としてはありがたい。帰り支度を済ませて家路を歩く。角を曲がったところで見知った後ろ姿を見つけた。
隣に行って、声をかける。
「
「えっ? あ、
「塾の帰り?」
「ええ、あなたはアルバイトの帰り?」
「うん、そう」
「こんな遅い時間まで大変ね」
「それは、お互いさまでしょ?」
――そうね、と小さく微笑んだ
「
「ええ、平気よ」
「そっか。それなら、よかった」
とりあえずひと安心、と思っていると彼女の家の前に到着。家の中には入ったことはないが、三階建ての立派な家。
「じゃあお休み。また明日」
「ちょっと待って」
「ん? なに?」
「ねぇ、
振り返ると
――あなた、キスしたことあるかしら、と。
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Episode6 ~選択の時~
「はい、もういいよ」
「ありがとうございましたー」
体操着姿の女子生徒は、救護と記された白い屋根の仮設テントを出ると、元気よくグラウンドへ駆けていった。
五月下旬、梅雨の季節に入る前のある晴れた日。吹き抜ける風が涼しく過ごしやすい気候の中、グラウンドを駆け抜ける体操着姿の生徒たちへの声援と歓声が沸き起こっている。
今日は、朱雀高校の体育祭。
故障を考慮して競技に参加しない俺は、各学年の保健委員と共に救護係を担当。グラウンド脇に設営された仮設テントの下で、ケガをした生徒の手当てを担当している。先ほどの女子生徒も患者の一人。
「よう。久しぶりだな」
「ん? ああ、
「いや、部活のことでちょっとな」
救急箱を整理していると、よく知る男子生徒――
彼は中学時代、全国大会で対戦したチームで主将を務めていた人物。読み、統率力に優れ、高い守備力を誇る鉄壁のディフェンダー。
「生徒会が、お前の動向を探ってる。
「ああ、知ってる。サッカー部に入れって話しだろ。一応、事情は話したけどね」
「
作業の手を止めて、向き合う。そいつは、クスクスと含み笑いを浮かべていた。
「あれは気づいていないな、教えてやらないのか? オレたちの本番は、
高校サッカー最大の大会は、夏のインターハイではない。冬の選手権大会こそが、高校サッカーの集大成。順調に回復すれば、右膝の完治は来年――三年の春。選手としての復帰を視野に入れた場合、基礎体力、試合勘を取り戻すのに最短でプラス六ヶ月は掛かる。つまり、順調に行けば本格的な復帰時期は来年の秋――選手権の予選にギリギリ間に合う計算。
俺は、最後の大会での復帰に向けて全てをかけている。フットサルのバイトも少しでも衰えを戻し、ミリ単位でのタッチプレーテクニックを身に付けるためのもの。店長も事情を知っているから、全面的に支援してくれている。だが、これは理想であって全てが上手く順調に行くとは限らない。
「希望的観測はダメだった時の失望感を生む。無責任なことは言いたくないだけだよ」
「まあ、そうだな。賢明な判断だな」
「
その声に顔を上げると、
「足を捻ったみたい。見てあげてほしいのだけれど」
「どうぞ」
「さてと、じゃあオレはお暇しよう。邪魔して悪かったな」
「いや。またな」
席を立ち、手を上げてグラウンドへ戻っていった。彼女には空いた席に座ってもらって、痛みが走る角度を確かめる。患部は足首、軽い捻挫。アイシングをして、テーピングで固定する処置を施す。治療の様子を興味深く観察している
――キスしたことある?
先日、
答えは「ある」。正確には“された”というのが正しい表現だけど。答えのあとも、突っ込んで聞かれた。
『相手は、
『そうだけど、それがどうかしたの』
まあ、こんな感じの受け答え。すると彼女は、やや視線を落として手を口元へ持っていき、少し考え込むそぶりを見せてから顔を上げた。
そして続いた台詞は――その時、何か変わったことはなかったかしら?
あの言葉は結局、何を意味していたのだろう。俺の視線に気づいた
「はい、おしまい。捻挫はクセになりやすいから、今日は絶対安静。明日になっても痛みが引かないようなら、病院へ行ってね」
「はーい。ありがとー」
礼を言うと、二人の手を借りて椅子を立つと、支えてもらっていた手を放して自力で立ち、テーピングで固めた足の感覚を確かめている。少し歩き難そうだけど、しっかりと自分の足で歩いているから大丈夫だろう。
「すごく手際いいのね」
「こういった類いの故障の処置は慣れてるから」
「そう。ん? なにかしら?」
「
「あん!? なんだ、
ちょうど近くを通りかかった
「
「ああ、一年の一部が体育祭ボイコットを企てやがったんだ」
俺と
「ボイコット? 理由は?」
「さーな。そいつを今、調べるのさ」
「期待しているよ、
「会長......!」
救護テントにやって来た一組の男女。眼鏡をかけた男子生徒――朱雀高校現生徒会長三年の
「
「はい。ボイコットを先導している生徒ですが、1-Fの
「
主犯格の生徒の名前には、聞き覚えがある。眉をひそめた
「
「ああ......サッカー部の新人だ」
思った通りだ。以前
「ふむ。サッカー部か......」
アゴに手を持っていった
「このままでは、サッカー部は監督不行届により連帯責任で何かしらの処分を課すことになりかねないね」
「そうですわね」
「うーん、では、こうしよう」
右手の握り拳を左の手のひらにポンっと軽く置く仕草をして、名案だと言いたげなしたり
「午後の種目を変更しよう。変更後の種目は、全学年対抗男女混合フットサル大会でどうかな? 彼もサッカー部だ、これなら出場するだろう」
「さすがは、会長。体育祭の枠を越え、球技を取り入れるなんて。素晴らしい発想ですわ」
「はっはっは、そう褒めないでくれたまえ、
「それでは、失礼いたしますわ」
秘書の
「キミは、フットサルコートでアルバイトをしているんだったね。
それだけ言って、大会運営本部前の人込みの中へ消えていった。
「わかってると思うけどよ。この騒動は全て、
「だろうね。あからさまなプレッシャーをかけてきやがった」
顔は穏やかに微笑んではいたが、あの威圧感のある目。もし出場しなければバイトはもちろん、サッカー部もろとも潰す。そんな意思を感じる冷徹な目をしていた。
――なるほど、これが
「
「
「え? ええ、確か、部員の一部が傷害事件を起こしたって聞いたわ」
「その事件の黒幕が、
「そんなことが出来るの?」
「それを出来るのが、校内最高権力を持つ朱雀高校生徒会長なのよ」
三人で話していたところへ、もうひとりの生徒会副会長の
「だけど。今回の件は、私たちへの当て付けよ」
「だろうな。
「そうね......」
事態を把握出来ないでいた
俺をサッカー部へ引き込むことも、ミッションのひとつ。
「そう。そういうことなのね」
「ハァ、さて、どうっすかね~」
腕を組んでパイプ椅子に座った
「ひとつ、方法があるわ」
「マジかよ、
「ええ。会長は、午後の競技を変更すると言ったわ。今行われている短距離走が午前最後の種目だから、お昼休みが終わる前までにボイコットを止めればいいのよ」
「なるほどな。実際にボイコットの影響がなけりゃ現行のプロローグのまま進むってことか......!」
「しかし、どうやって止める?
「やるしかねぇだろ? 見ろよ」
「策略を阻止したとなりゃ逆鱗に触れるかも知れねぇが、そう思い通りにはさせねぇよ」
「そうね。私も、こんなことで体育祭にケチをつけさせたくないわ」
「珍しく意見があったな。ここは一時休戦といくか?」
「いいわ、手を組んで上げる。でも、今日だけだからっ」
会長の座を争う二人は一時的な停戦協定を結び、協力してボイコット主導者の調査を行う約束。俺も、二人に協力を申し出る。
「俺も手伝うよ。原因は、拒んだ俺にあるんだし」
「なに言ってんだ。凄腕の救護係が居なくなったら困んだろ?」
「そうよ、私たちに任せなさい。あなたは巻き込まれただけよ、気にやむことはないわ。行きましょう、
「ああ」
それぞれ調査へ出掛けていき。救護テントの脇で、俺と
「そろそろ戻った方がいいんじゃない?」
「うん、そうね」
「すみませーん! 急患です!」
ケガ、体調不良含めて三人同時に患者が訪れた。保健教師と保健係二人が担架を使い、体調不良を訴えた生徒を保健室へ連れて行き、比較的軽傷の二人を捌くことに。
「手伝うわ」
「ありがとう。助かるよ」
擦り傷の軽いケガをした生徒を
「どうだった?」
「......シャレにならねぇ。扇動していたのは、
「それって、さっきの秘書の人だよな?」
「ええ、朱雀高校の実質No.2よ。あの人の発言力は、副会長の私たちよりも上なのよ」
「しかも、オレたちがボイコットを潰そうとしていることに気づいてやがった」
「うむ。見下すような表情で、俺たちをせせら笑っていた」
――上手いな。一般生徒が相手なら、最悪力づくという強行策もあり得たが、相手が悪すぎる。生徒会長最側近となれば強引な口封じは行えず、軽はずみに手出し出来ない。
「くそっ!」
「このままじゃ関係のないサッカー部まで......」
「くっ......」
三人とも、悔しそうに地面に目を落とした。
『体育祭実行委員会よりお知らせです。午後の競技に変更が――』
競技変更を告げる校内放送が始まった。
どうやら、選択の時が来たらしい。
「
「はあ? お前、まさか......!」
「俺が出場すれば、丸く収まるんだろ?」
「そりゃそうだけどよ」
テーピングを拝借し、救急箱の蓋を閉じる。
「いいのっ? あなた、ケガしてるから入部を拒んでたのに――」
「大丈夫だよ。期待に応えるだけだから、あの人の」
心配してくれた
――悪化しない程度にね。
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Episode7 ~開会宣言~
「ちょ、こんなところで脱がないでよ!」
「いや、下穿いてるから。ほら」
ジャージの下は、膝下まで覆うスパッツと日常生活用のサポーターを着用済み。いくらなんでも、女の子の前で下着を見せつける公然猥褻罪になるような真似はしない。右足のサポーターを太ももまでまくり上げる。右の足の膝小僧の皿を挟むように、真っ直ぐ引かれた長い二本の線が周りは内出血の跡が残り、青黒く滲んでいる。
「これが、手術の跡?」
「そ。なかなかにグロいでしょ? これでも、だいぶ薄くなってきたんだ」
「これで? 凄く痛そうだけど......」
「触っても平気?」
「どうぞ」
軽く触れる程度なら特に痛みはない。常に麻酔が効いているような感覚。ただ、他人に触られるのは若干くすぐったい。二人が膝を観察している間に、体育祭本部へエントリー用紙を取りに行ってくれていた
「貰ってきたぞ」
「あら、ありがとう。えーと......」
受け取ったエントリー用紙の注意事項を、
「試合は、五人制。必ず女子が一人以上ピッチにいること。ひとチーム最大七人までエントリー可能で選手交代は自由。ただし、選手交代の際は指定の位置で行うこと。大会はトーナメント方式を採用、対戦相手は全ての学年からくじ引きでランダムに決めるみたいね」
総当たりだと時間が掛かるためトーナメントの一発勝負。これなら初戦でわざと負けるという手も使える。
「ねぇ、本部に大勢集まってるわ」
「あ、本当だ」
エントリーを受付ける体育祭本部に行列が出来ていた。しかも、体育祭一番の目玉競技クラス対抗リレーがなくなった割りには落胆どころか、むしろヤル気満々といった感じだ。
「
「ん?
木の影から
「なんだよ? 荷物は?」
「ちゃんと持ってきてるって。とにかく、こっちへ来い」
仕方なしに後に続いて、テント裏の木が繁る中へ入っていく。少し入ったところで、柔らかな木漏れ日が射し込み、爽やかな風が吹き抜ける広場に出た。広場には、体操服をだらしなく着崩したガラの悪い男子がダルそうに、木の樹に寄りかかって座っている。
「待たせたな」
「チッ!」
「いきなり舌打ちするなよ、ったく......」
会うなり舌打ちされた
「こいつは、
「ああ、覚えてるよ」
「んで。こっちは、
「......ああ、そうかよ」
何か気まずいことでもあるのか、
「素直じゃねぇな~、まあいいや。でだ、二人をここに呼んだ
俺と
「お前ら、キスしてみろ」
言葉を理解出来ずに固まる。先に反応したのは
「ふ、ふざけんなッ!! 何で男と......キ、キスしなくちゃいけねーんだよッ!?」
「まあ、落ち着けって」
「俺も、男とする趣味はない。話がそれだけなら先に戻るぞ」
木の根元に置かれたバイト道具の入ったバックに手をかける。
「お前も待てって、これには理由があるんだよ」
「理由?」
面識のない男子とキスをしなければならない理由なんてものは、聞いたことがない。そもそも、聞いたところで答えは変わらない。
「なにしているの?」
「し、
「ちょうどよかったぜ。
「説得? どういうこと?」
「そう。わかったわ。
「な、なんだよ......」
「お願い。
なぜか
「うっ、わかった......」
一瞬で
「......行くぞ?」
「行くぞ、じゃねえよ。来るな、しねぇーよ!」
何をトチ狂ったのか。近づけて来た顔を手で押し戻し、さっと背を向ける。
「
「あん?」
背中越しに二人の話声が聞こえた直後「ちょっと待て!」と、
「んっ......!」
「――なっ!?」
「な、なんで、どうしてっ!?」
「......それ、俺の台詞だから。いったい何のつもり?」
「お、おいっ! どうなってんだよ!?」
「ふむ。よし、オレとしよう!」
「しねーよ!」
また俺の知らない、
「ちょっと、どこ行っていたのよっ!」
集まって話し合いを始めた三人を広場に置いて、一足先にテントへ戻ると、少し頬を膨らませた
「ごめん、ちょっと荷物を取りに......」
「
「いや、まあ......。えっと、準備するから」
彼女が座っていた椅子を借り、別の空いている椅子に膝を曲げて乗せテーピングを巻いている間に、
「みんなが、やる気になった理由がわかったわ」
「なに?」
「六位まで入賞賞品が贈呈されるのよ。ここを見て」
見やすい角度でエントリー用紙を掲げ、彼女が指をさした項目には、優勝から六位入賞までの賞品が記されていた。
「二位から六位入賞まで順位に応じて、食券か。優勝チームは、朱雀高校クラブハウスへ無料招待豪華ランチディナー付き一泊二日の旅にご招待......クラブハウス?」
「部活に入っていないあなたには馴染みがないと思うけど。主に部活動の合宿や補習、夏期講習希望者が使う宿泊施設よ。今回の優勝チームは生徒用じゃなくて、来賓用の部屋を使わせてもらえるみたい。私も入ったことはないけど、噂ではホテルのスィートルームに匹敵するという話よ」
更に料理も豪華ということで、基本食券が貰える六位入賞を目指しつつ、あわよくば優勝を狙って本気出している生徒たちが、大会本部へ押し掛けていたと。
「へぇ~、そうなんだ。よし、と」
「どう?」
巻き終わったテーピングの端をハサミで切り落とし、まくり上げたスパッツを膝下まで下げ、右膝にスポーツ用サポーターを着けて立ち上がり、軽く曲げ伸ばしをして感触を確かめる。
「うん、大丈夫。それで、
「メンバー集めに行ったわ。今のところ、私たちを入れて五人だから、残りのふたりを探しにね」
エントリー用紙のメンバー表を見る。
一番上の欄に
「あれ?
「ええ、彼女の了解は得たわ。メンバーが足りなかったら出てくれるそうよ。ところで、その
「なんか話し合いをしてるよ」
「あら、そう」
「おい、連れて来たぞ」
「また会ったな」
「よっ、膝はどうだ?」
「
ひとりは午前に話した、
もうひとりは、中学時代に
「サッカー部で、チーム組まないのか?」
「
「あら、本当だわ」
見せてもらうとエントリー規約に、公平を期すための処置と記されていた。二人の名前をエントリー用紙に書き記した代表者の
「で、どういう風の吹き回しだ? お前たちが揃って来るなんて」
「サッカー部の一年に、
どうやら、
「一年にしてはそこそこだが、なまじ出来るから驕ってる部分があるんだ。このままじゃいずれ壁にぶち当たる。
いくら中学を出たばかりの一年生とはいえ、故障してる人間に無茶な要求をしてくれる。
「万全じゃないんだけど?」
「連中と当たるまで、俺たちで勝ち上がるから心配すんなって」
「さほど脅威になる相手はいないからな。当然、悪化させるほど無茶をさせるつもりはない。
「やってやろうじゃねぇかッ!」
「ん?」
会話に割って入ってきた、突然の声――。
声の主は、
「調子乗った一年をシメるんだろ? そういうことなら、俺も協力してやるぜ!」
「誰だ? このヤンキー」
「同学年の
「ああー......」
やる気満々で拳を鳴らす
「無理だよ」
「即答!? なんでだよッ!?」
「まあ落ち着け、
「素人だけどよ。コイツ運動神経いいから、戦力になると思うぜ?」
「そういう問題じゃないんだ。
既にエントリーを済ませたことを知った
「手遅れだ。諦めてくれ」
「お前が出てくれって言ったんだろ!?」
「だって、しかたねぇーじゃん」
「大丈夫よ。
「
「おおー、そっか、その手があったな」
何かに納得したように
――支度したいから先に行っていて、と言った
「
「......言わせんなよ?」
「アンタ、ほんとサイテーね」
頬を染めて意味深に言いよどむ
『ええー。それでは、本大会のルールを説明します』
マイクの前に立った秘書の
『――以上となります。審判は大会不参加及び、自身の試合出場がないサッカー部の方々に行っていただきます。組み合わせは、エントリーシートを確認してください。会長、お願いします』
各予選トーナメントが行われるピッチへ移動、審判を務めるサッカー部員の指示の元、第一回戦の試合が幕を開けた。
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Episode8 ~全貌~
遠くまで響く笛の音が鳴り、初戦終了の時を告げる。
各ピッチでは、勝利を収めたチームがハイタッチを交わしたりして、仲間たちと勝利の喜びを分かち合い。逆に敗者側は、その場に座り込んだり、腰に手を当てて天を仰いだり。まあ、中には参加だけで勝敗には拘っていない人も少なくないけど。それでも、やっぱりどこか悔しそうにしている。
「先ずは、初戦突破ね。ま、当然だけど!」
「あ、うん」
うちのチーム......「
「ナイスゲーム」
「まあ、こんなものだろう。本職は一人だったからな」
「内訳は、俺が二得点だろ。で、相手のオウンゴールと......
「ああ。しかし、運動もいけるとは知らなかった」
「お前たち、少し近いんじゃないか?」
「これ、二人がけのベンチだし」
「あら。
「な、なにを、バカなことを......!」
小悪魔のようにくすっと笑った
「おーい、情報仕入れてきたぜー」
試合終了直後に他のコートへ情報収集へ行っていた
そして、例の相手もその中のひとつ。
「
「順当だ、驚くまでもない。アイツらは、女子も含めて全員サッカー部で固めてる。別ブロックだから最短で5試合、決勝トーナメントの初戦だな」
「ねぇ、
「そうだな。ひとことで表現すれば、今時のチャラ男だ」
「ふーん、そういうタイプなのね」
興味がなくなったようだ。 足を組み直して、小さく息を吐いた。
「それはそうと、驚いたぞ。
「ふふーん、私ほどになれば何でもそつなくこなせるのよっ」
得意気な顔で、頬にかかる髪を軽くかき上げた拍子にふわりと、いい香りが風に乗ってくる。
「おーい、そろそろ二回戦始めるぞ。準備しろー!」
「時間か。じゃあ行くか」
「あいよ。んじゃあ、応援よろしくな!」
10分間の休憩の後、二回戦。続く三回戦、四回戦も危なげなく勝利し、準決勝に駒を進めた。同じ二年の運動部集団を撃破し進んだ決勝戦は、サッカー部のレギュラーが二人所属する上級生が相手。勝ち上がる度に相手も強敵になっていくが、ここもきっちり無失点で予選突破を決めた。
「なあ、
「なに?」
他試合の結果が出るのを待つ間、木の根元の日陰に入り女座りで、古文の教科書を読んでいた
「てか、オレらマジで強くね? このまま優勝掻っさらうか」
「上手く出来すぎな気がして、なんだか落ち着かないがな」
「もう、
「な、なんだ......?」
ベンチ前で
「
三人のやり取りを見た
「あんな不気味なことしないわ」
「そうか、だよな。だけどな~、うーん......」
「気になるの?」
「それはまあ、友だちだし」
「そう」
短くひとことだけ言うと、再び本に目を落とし続きを読み始めた。それはまるで、初めて出会ったときの
「おっ、オレらシードじゃん!」
「当然ね!」
「アイツらは――同ブロックか。勝ちあがってくれば、準決で当たる」
シード権は、得失点差。無失点の
偵察をがてら、決勝トーナメントの初戦の試合を見学。決勝トーナメント進出唯一の一年チームということもあって、同級生が数多く応援に集まっている。やや遠い位置から、動きをチェック。
「どうだ? アイツの動きは」と、
「センスはあるよ。経歴は?」
「都大会ベスト8、試合数のアドバンテージがある中得点ランキングで3位につけた。足のある典型的なストライカータイプ。去年は、都道府県トレセンの最終選考まで残ったそうだ」
――なるほど。プロの
試合の行方が見えたところで、準決勝が行われるベンチ前へ戻り、軽くアップを行って待機。10分間の休憩を挟んで、勝ちあがってきた
こちらのスタメンは、初戦と同じ顔ぶれ。
「先輩、悪いっすけど、この試合勝たせてもらいますよ?」
「口ではなく、結果で示せ」
「ちっとは根性みせろよ? つまんねーかんな」
「なんすか、それ......チッ」
二人の上からの返しに、面白くなさげに軽く舌打ち。見かねた審判を務める同部の三年生が、三人の間に割って入り、半ば強引に試合を推し進める。
「ったく、お前らなぁ。始めるぞ! 一年ボールだ」
ピィッ! と、口に咥えたホイッスルを吹き鳴らし、いよいよ準決勝が始まった。味方からボールを受けた
「うおっ、速えーぞ!
「くっ!」
「よっしゃ!」
持ち前のスピードで
「きゃ!?」
迫力に気押され、
「ったく、何ビビってんだよ。おい、交替だ!」
「うーん......?」
またしても、
「お疲れさま」
「ええ......」
試合の方は、想像以上に苦戦を強いられている。何より肝なのは、
おそらく、このままでは――。
波状攻撃を受け続け、ゴール前でのルーズボールが相手の目の前に転がった。そのまま押し込まれて、今大会初失点を喫する。先制点を奪い盛り上がる一年チームと、応援に集まっている下級生たちから大歓声が上がる。ゴールネットを揺らしたボールを拾い上げた
「じゃあ、行ってくるね」
サポーターを付け直してベンチから立ち上がり、
「すまん......」
「上出来上出来」
肩を落とした
「ボールを」
「ああ」
放り投げられたボールをトラップと同時に掬い上げ、リフティングで足の感触を確かめる。テーピングで多少動きづらいが大丈夫だ、問題ない。ダイレクトで、
「膝は?」
「問題ない」
「うっし! んじゃあ俺、前行くから!」
審判の笛で試合再開。
「
「おう。って、こねーのかよ!?」
「なっ!?」
左サイドの
「行かさねーっすよ?」
「もっと腰を落として、斜めに構えろ。でないと――」
「はあ? えっ......!?」
「簡単に狙われるぞ」
またぎフェイントをひとつ入れ、大きく開いた股の間を射抜く。一対一で強さを見せていた
「――ボール! 今度は、こっちの番だ......!」
余裕の顔が一転、表情が締まる。
仕切り直しのキックオフ、いったん後ろでボールを回して、仕掛けるタイミングを計っている。同じことの繰り返しに業を煮やした
しかし、ゴールへは向かわずわざわざこちらへ向かってきた。テクニックよりも、スピードで勝負するタイプ、一対一の駆け引きの最中軽く身体を引くと、そこを見逃さず突いてきた。一対一に気を取られ、
「もらった......なんで、ここに!?」
「甘いな。
「オーライ」
寄せてくる相手を身体でブロックし、軸足の後ろで叩くフットサル仕込みのトリッキーなダイレクトパスで、逆サイドの
「いいのか?」
「何が!」
イラだちと戸惑いが混在していて、まったく周りが見えていない。そして、誰もが予想しなかった場所へ送られる。ゴールから離れたセンターサークル付近へ転がるボールを、自軍ゴールを離れ、オーバーラップしてきた
ここからは、一方的だった。
どこからでも狙ってくるという意識が芽生えた相手の守備は、めちゃくちゃ。混乱に歯止めがかからず、もう揺さぶりをかけずとも勝手にスペースが生まれ、そこへパスを出すだけでいい。
「よっしゃ! 勝ったぜー!」
「やったな!」
「お、おいっ、止めろ! 変なとこ触んじゃねー!」
試合終了を告げたホイッスルが鳴り響くのと同時に、抱きついてセクハラ行為を行おうとする
「おつかれさん」
「ああ、おつかれ。どうだった?」
ベンチに座り、念のためアイシングをしているところへ、
「あれ程の差を見せつけられると思わなかったんだろうな、かなり堪えてた」
「大丈夫そうか?」
「ああ、お前のプレーを見て感じるモノはあったみたいだ」
「お前のことが気になって仕方ないって感じだったぞ? あの人、何ものっすか? ってよ」
「そっか」
どうやら、期待に応えることは出来たようだ。
準決勝の勝利し、ついに決勝戦に駒を進めた。相手チームは、サッカー部主将と正ゴールキーパー。更に、各部キャプテンで固められた、まさに反則のようなチーム相手に2-1で惨敗、準優勝という結果で体育祭は幕を閉じた。
* * *
体育祭後の昼休み。生徒会長の秘書を務める
「会長。
「そうかい。ありがとう、
「あ、はい」
生徒会が会議を行う席に設けられたソファーに通され、
「お待たせ」
「いえ。それで、俺になにか?」
丸テーブルを挟んでソファーに座り、足を組んだ
「いやー、期待通り見事なプレーだったよ。ところで、膝の具合はどうだかな?」
「問題ありません」
「それは良かった。正直、キミがピッチに立っている間は気が気でなかったよ。はっはっは!」
妙なことを言う。今回の発案者であり、俺を出場させるよう仕向けたのは、
「戸惑っているみたいだね」
「ああー、まぁ、そうですね。あの今回の件は......?」
「そうだね、キミには知る権利がある。
「はい、どうぞ」
秘書の
「これは......」
「そう、例のボイコット計画の全貌だよ。一年生の一部の男子が、人気者の
書類には計画を企てた主犯格と、共犯者の名前とクラスが明記され。さらには、当日の役割分担等の細かな部分まで記録されている。
「事前に計画を察知した僕たちは以前、部活動の予算委員会でサッカー部の主将から、
「......じゃあ、
「察しがいいね、その通りだよ。今回の計画を知っていたのは、僕と
「そして、サッカー部主将、体育祭実行委員長、その他一部生徒、教職員の方々の協力の元計画を遂行した。キミに話が漏れると困るから、親交のある
なるほど。道理で、スムーズにことが進んだワケだ。
更に
「だけど、
「私もですわ」
席を立った
「
「お二人の期待に答えられるよう最善は尽くします」
「うん、いい返事だ。さて、では本題に入ろう。
「どうぞ、こちらお受け取りください」
生徒会長特別賞、と記された目録を手渡された。
「キミにリスクを背負わせる形になってしまったことは、申し訳なく思っている。そこで、どんな願いでも一つだけ聞いてあげる。ただ、
人差し指を顔の立ててウインク。男のウインクはどうかと思うが、この人の場合は迷いがない分嫌みを感じない。それにしても――願いね。
生徒会長の出来る範囲なら、膝を治してくれ。何て願いは無理だ。
「うーん、特に何もないです」
「はっはっは、焦る必要はないよ。僕が生徒会長で居る間に、ゆっくり決めればいいさ。それでも何もないのなら、きっとキミの学校生活が充実しているんだと、僕は嬉しく思う」
ぐっ、と反動をつけてサッシから離れて、笑顔を見せる。
「そろそろ、昼休みも終わりだね。時間を取らせてすまなかったね。今度はゆっくり話せる機会を楽しみにしているよ」
頭を下げた俺は、生徒会室の入口へ向かう。ドアノブに手をかけた時、
「ところで、
「――えっ!?」
「はっはっは!
――どこから洩れた? キスをされた公園に、それらしき人影はなかった。なら、フットサルコート前の歩道で
「キミは、
目を落として考え、率直に答える。
「正直、答えかねます。どちらとも付き合いが長いとは言えないので、簡単には判断できません」
「ふむ、なるほど。冷静な判断だね、実に興味深い。どうだろう? 次期生徒会長に立候補してみないかい?」
「謹んで遠慮させていただきます。
「それは、残念。ではまた、機会があれば話そう」
「はい、失礼します」
一礼して、生徒会室を後にする。教室へ戻る途中で俺は一度振り返り、生徒会室のプレートを見つめる。最後の質問時に見せた、生徒会長の
――まだ、何か重大な秘密を隠している。
なぜか、そんな気がしてならなかった。
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Episode9 ~忘れ物~
生徒会長に呼び出された翌日の昼休み。ここ数日、屋上へ顔を出さなかった
「ちょーけんぶ?」
「そっ。超常現象研究部、略して超研部」
「超常現象ねぇ。ここのところ来ないと思ったら、そんなことしてたんだな」
個人的な印象だが、生徒会長を目指している
「ま、最近まで部員がオレひとりだったから、実質休部状態だったんだけど。とある事情で復活させたのさ」
「へぇー」
聞き流しながら箸を進め、自炊した弁当を食べる。自炊は手間はかかるが、その日の体調に合わせてメニューを変更することが出来る利点がある。今日のメニューは数種類の野菜と、高タンパク低脂肪のおかず中心の健康メニュー。自分で言うはあれだけど、我ながら上出来の味。
「もう少し興味もってくれよ、話が始まる前に終わっちまうだろ?」
ひとつ大きなため息を吐いた
「ほれ」
「んー?」
箸を一旦弁当箱の上に置いて、受け取った用紙に書かれた内容を確認する。用紙の一番上に、部活動入部届けと記されていた。
「前に、
「なるほどね」
ついでに部員が増えれば、割り当てられる部費も増えて、超常現象研究部にとっても願ったり叶ったり。むしろ、そっちが本命だろう。受け取った入部届けを四つ折りにして胸ポケットにしまって、再び食事に戻る。
「って、入らねえのかよ!」
「とりあえず、保留。バイトもあるし。そもそも、超常現象を研究って何をするんだ?」
「そいつは、入部してからのお楽しみってやつさ!」
含みを持たせ、興味を持たせようという魂胆が見える。
「あっそ。なら、別にいいや」
「一秒でいいから悩むそぶりくらい見せろよ。まったく、友だちがいのねぇーヤツだなぁ~。うっま!」
正面に立った
「ああ、そうだ。話は変わるけどさ。明日から、林間学校だろ? オレらの班の班別自由行動って、結局何すんだ?」
「寺で、座禅」
「はぁ!? っんだよ、それ!」
「一昨日の放課後お前がめんどくさがって『オレ、生徒会だから先にあがるわ。あとは、よろしく~』って、逃げる前に遊び半分で出した
「マジかよ。うちの班エキセントリック過ぎるだろ......?」
――やっちまった、と頭を抱えてうなだれる
林間学校の件を話題にテキトーに時間を潰し、授業終わりの放課後は、いつものようにバイトなのだが、その前に近くのショッピングモールで、明日の林間学校に必要な物の買い出しをして、一度家に返って準備を済ませてから、改めてバイト先へと向かう。
「おつかれさまです」
「おう、おつかれー。今日もよろしく~」
店長と、同僚のスタッフと挨拶を交わして、更衣室で着替えを済ませ、子どもたちが集まるコートへ向かう。
「お待たせー。ちょっと早いけど、もうみんな居るし始めよっか?」
「はーい。せーれつー!」
待ち構えていた子どもたちの練習を開始。一組目が終わり、二組目の練習時間も終わりに近付いた時だった。フットサルコートの敷地の外に朱雀高校の男女――
ミニゲームのチーム替えをしている間に、二人に声をかける。
「入らないの?」
「いいのか?」
「どうぞ」
「お邪魔するわ」
ピッチ横のベンチに座った二人は、共に制服姿。どうやら今日は、客ではないらしい。ピィッ! と短くホイッスルを吹き鳴らし、ミニゲームを再開させる。子どもたちのプレーを見ながら用件を尋ねる。
「それで、今日は? また勧誘?」
「まあ、そんなところよ」
「それはそれはごくろうさまです。はい、フォロー来てるよ! 周り見てー!」
基本的にあまり声をかけずに見守りながら、要所要所で指示を出し、今日最後のミニゲーム。
「
「なぜだ?」
「一人、面子が足りないんだよ」
「だが、何で俺が......」
「あら。別にいいじゃない。入ってあげたら?」
「......仕方ないな」
「みんな、そのお兄ちゃん初心者だから手加減してあげてねー!」
「はーい!」
「なんだと......!? ナメやがって!」
見事に挑発に乗ってくれた。
「それで、今日は勧誘しないの?」
「どうせ、引き受けてくれないでしょ? それより
「ああ、うん、昼休みに聞いたよ。確か、超常現象研究部」
「そっ、それそれ。しかも部員は
「へぇー、そうなんだ」
それはまた奇妙な組み合わせだと一瞬思ったが、体育祭の時にも三人で集まっていたし。俺が知らないだけで、存外仲は良いのかもしれない。
「今さら、また部活だなんて......。あの男いったい何を考えているのかしら?」
「さあ? あ、でも俺も勧誘されたよ。先に別の部活に入っていれば、
「......考えたわね。それであなたは、超常現象研究部に入ったわけ?」
「ううん、一旦保留してある」
アゴに手を添えて険しい
「別に迷惑とか思ってないしね。それに――」
「ん? 何かしら?」
「もし入部したら、こうして会いに来てくれなくなるでしょ?」
「なっ!? あ、あっ、あなた、いったい何を言っているのかしらっ? い、今さら効いてきたっていうのっ? でもでも......」
――効いてきた。何のことだろうか?
「すまん......」
「ひゃぁっ!」
「おっと」
突然目の前に現れた
「大丈夫?」
「え、ええ、ありがと......。どうしたのよ、
「......代わってくれ、限界だ」
大量の汗を流し、今にも倒れそう。
「なーに? だらしないわねー」
「そう言われても......あのガキども上手すぎるぞ?」
「あっはは。あの子たち月に一度大人の大会に出てるから無理もないよ。サンキュー、ビブス借りるよ」
「今日は、これで終わりなの?」
「もう一時間あるよ。この前二人が参加したのと同じ、初心者クラスの個人フットサル」
「ああ......。あの
「地獄って、大袈裟だな」
先日経験した疲労感を思い出したのか、二人とも
「明日から林間学校だけど、二人とも帰らなくていいの?」
「私は、既に準備万端だから平気よ!」
「俺もだ」
「そっか」
時計を見て席を立つ。そろそろ時間だ。
「じゃあ、一緒にやっていく?」
「そ、そう言えば、洗顔フォームを買い忘れていたかも知れないわっ」
「お、俺も念のため、もう一度荷物を確認しておこう」
「あはは、それは残念。そう、じゃあまた明日」
慌てて席を立った二人は荷物を持って、急いで帰り支度を始めた。挨拶をして、コートへ出る。個人フットサルのレフェリーを務め、忘れ物を確認して今日の仕事を終えた。シャワーと着替えしてからクラブハウスを出る。
すると、フットサルコート前の横断歩道を渡ったところの建物の影から意外な人物が、さっき帰ったハズの
「おつかれさま」
「あれ? どうしたの? 何か忘れ物でもあった」
「ええ、ちょっと忘れ物をしたの。少しかがんでくれるかしら?」
「え? ああ、うん」
言われたまま、軽く膝を曲げる。すると
――二度目のキス。
一瞬ぴったりと合わさっていた彼女のぬくもりが、ゆっくりと離れて行く。顔を上げた
「どうかしら......?」
「えっと......どうって、何が?」
「その、何も変わらない?」
彼女が何を言っているのか、いまいち理解できない。
ただ一つ分かるのは、キスされたとわかった時から鼓動がものすごく速いということだけ。
「そう......そうなのね。さあ、帰りましょ」
「へっ?」
何かに納得したように伏せたていた顔を上げた
「ちょっと、早くなさいよ。あなた、こんな時間にか弱い女の子を一人で帰らせるのかしら?」
「はいはい、今行くよ」
ひとつ大きく息を吐いて呼吸を整えてから、数歩先で振り向いた彼女の隣を歩く。明日から始まる林間学校のことを話しながら、最寄り駅の改札前まで彼女を送り、ホームへ向かう背中を見送った。
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Episode10 ~理解不能~
林間学校当日の朝、普段よりも一時間ほど早い起床。丸一日部屋を空けることになる。しっかり戸締まりを確認し、着替えなどを詰めた大きめのバッグを担いで、家を出る。初夏の涼しさを感じる、いつもより少し早い登校は、人通りも少なく、どことなく心地よさを覚えた。
学校へ続く住宅街を歩いていると、三階建ての戸建て住宅の玄関から、見知った女子生徒が出てきた。
「
「あ、
「おはよう」と、お互い朝の挨拶をして一緒に登校。一年の頃は、時々同じ時間になったこともあったけど。進級してからは、初めてかもしれない。
「そういえば、昨日の放課後
「ああー......確か、超常現象研究部だっけ?
「ええ」
「そうなんだ。だけど、知らなかったよ。
「別に。取り立てて興味はないわ。だけど――」
一呼吸間を開けて、俺に顔を向けて微笑んだ。
「部活って、何だか楽しそうでしょ?」
「......うん、そうかもね」
少しだけ、中学の頃を思い出した。ひたすらボールを追いかけ続けた日々。正直、楽しいことよりも苦しいことの方が多かった。だけど、試合に勝つ度に得られる高揚感や達成感、チームメイトと喜びを分かち合えたことは、何物にも代えがたい充実した時間だった。
不意に、空に視線を移す。青空の中に、あの日......中学最後の試合と同じ、夏の訪れが近いこと知らせる大きな入道雲が浮かんでいた。その何処までも広がる青空と、入道雲を見てふと想う。また、あの日々のような想いを感じることが出来るのだろうか。
「
「えっ?」
彼女の声に呼び戻された。気がつくと立ち止まっていて、数歩先で
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。ちょっと日差しが目に入っただけだから」
「そう? じゃあ、行きましょう」
少し早足で
クラスの女友だちに声をかけれた
「悪ぃ、先に乗っててくれ。席の確保よろしく頼むわ」
「希望は?」
「ゆったり出来るとこで」
「了解」
各クラス林間学校へ向かうバスへの搭乗が始まる寸前どこかへ行ってしまった
肘掛けに腕を預け、頬つえを突きながら窓の外を眺めていると。
「おっ、一番後ろじゃん。サンキュー」
「じゃあ、
「そうなのよー。でも
「ひでぇーな、
「そこへ至るまでのプロセスがサイテーなのよっ!」
また
「お前、今度は何をやらかしたんだ?」
「なにって。ただ部費を調達するために、胸チ――」
「それ以上言うなー!」
――胸チ? 何のことかよく分からないけど、これ以上の追求はよした方がよさそう。話しを切り上げ、手札最後の切る。
「ふーん、まあいいや。はい、7であがり」
「げっ、マジかよ! いつの間に......」
「ダウトよ、ダウトっ!」
座席テーブルに捨てたトランプの山の一番上のカードを、
「負けたー......次は、ババ抜きで勝負よ!」
「ババ抜き......ふむ、
「誰が、ババよっ!」
「あっははっ!」
「アンタも笑うなーっ! むぅ~、アンタたち覚えておきなさい......。こてんぱんにのしてやるんだから!」
その後も定期的にルールを変えながらゲームを続け、長時間のバス移動を有意義に過ごした。
そして、出発から数時間後。山の
「さて。予定だと、これから周辺散策だけど。どうする?」
班長の
「どうするって言われても。ねぇ?」
「しない訳にはいかないわよね」
「まあ、そうなんだけど。めんどうだけど行くか?」
やる気のない班長を先頭に、宿舎の周りを散策。周囲は高い山の囲まれ、樹木も多いためか、東京よりも空気が澄んでいて気持ちがいい。いつも見ている都心の高層ビル郡とは、正反対の森林郡に整備されたハイキングコースを進む。少し歩いたところに明日、朝座禅体験させてもらう予定の山寺を偶然見つけ、参道の掃き掃除をしていた住職に挨拶をしてから宿へ戻った。
「おっ、時間だ。風呂いこうぜー」
「ああ」
ビュッフェスタイルの豪華な夕食を食べ終えて、部屋に戻りひと休みしていたが、すぐに割り当てられた風呂の順番がやって来た。スケジュールは分刻み、休まる暇がない。ただ、料理も豪華なら風呂も豪華。まるで日本庭園のような庭の中に造られた、大きな露天の岩風呂に浸かって汗と疲れを洗い流す。
「先に行ってて。飲み物買っていくよ」
「じゃあ、オレも同じヤツで!」
「はいよ」
ピンッ! と親指で弾かれた硬貨を受け取り、自販機で
「こんばんは」
「ん? ああ、こんばんは」
「そうだ。聞いてもいいかしら?」
「なに?」
「同じ部屋の子たちが、
オールで女子トーク。
「そんなの難しく考えなくていいんだよ。眠くなったら、そのまま寝落ちしちゃえばいいんだから」
「寝落ち? つまり、話の途中でも寝ちゃっていいのね」
「そういうこと。はい、差し入れ」
「あ、ありがとう。じゃあ行ってくるわ」
飲み物を手渡して
「あら、奇遇ね。お風呂上がり?」
「そう。外から来たみたいだけど、夕涼み?」
「ええ、そんなところよ。あなたは......?」
「飲み物を買って、部屋に戻るところ」
指の間に挟んだ二本のスポーツドリンクのボトルを軽く持ち上げて見せる。部屋が同じ方向ということで話ながら戻る。
「
「改めて聞かれると難しいわね。そうね......、あっ、ここよっ」
部屋のドアに「2-A女子A」と貼り紙がされていた。
「送ってくれて、ありがと。この話の続きは、また今度しましょ。それじゃあねっ」
部屋に入った彼女に背を向け、来た廊下を自室の方向へ戻る。両手がふさがっているためノックはせず、ボトルの重みを利用してドアノブを下ろし、左足をドアの隙間に入れて扉を開く。
するとそこには、とんでもない光景が広がっていた。
部屋の中で、
そうだ、きっと疲れているんだ。おそらく今見たのは、バス移動とか散策とか、疲労からくる幻覚だろうと自分に言い聞かせる。混乱する頭を冷やそう思い踵を返した時だった。
「待ってくれー! 誤解だあぁーっ!!」
勢いよくドアが開き、血相を変えた
「だから、さっきのは誤解なんだって!」
「なんだよ、それ。オレは、本気だったんだぞ......?」
「テメェは、余計なこと言うんじゃねぇーッ!」
「......わかったから。言い分があるならさっさとしてくれ」
「つまり、
「ああ、そうだ! わかってくれたか! ふぅ、物わかりが早くて助かったぜ」
「ああ、よくわかった。理解不能だ」
「な、何でだよ!?」
今の話を一切の疑いもなく信じられる人間がいるとしたら、それはおそらく聖人だろう。
「よし、なら証拠を見せてやろう」
「――なッ!? ぶはッ!
「で。お前らは、入れ替わったのか?」
「あん? あ、あれ? 入れ替わってねぇ......?」
「あ、ああ......!」
「じゃあ、アタシはっ?」
今度は、
「あれ? 入れ替わってないわ。へ、変ねぇ。いつもならちゃんと入れ替わって、股間が超常現象なのに......!」
「毎回見てんのかよ!?」
「まあ、見ての通りだ。どうやら、
「ま、マジかよ。でも、さっきまで入れ替わってたんだぜ?」
何がなんだかよく分からないが、どうやら異常事態が発生しているようだ。しかし、三人の話が本当どとすれば全ての疑問が解き明かされる。体育祭も、
「まあ、一応事情はわかったよ」
「おっ、信じてくれるのか?」
「体育祭でキスしろってのは、俺と
「さっすが、察しがいいなー!」
やはり、俺と
しかし、
「ふむ。きっと、お前疲れてんだよ」
「そうねぇ。今日は朝から晩まで、うららちゃんと入れ替わってたんでしょ?」
「た、確かにそうだけどよ......。腹も減ったし......」
とりあえず、今日のところ解散。
「ほら」
「おっ、サンキュー」
俺は、
「それで?」
「んー?」
「結局のところ、
「ああ、ガチだ。実際オレは、
もちろん話の全てを信じている訳ではないが、
「実はさ。お前を超研部に誘おうって提案したの、
「
「本人は、体育祭で
ニヤニヤと笑みを浮かべる。無駄に爽やかなところがムカつく。
「何だよ、その含み笑いは?」
「いーや、なんでもねぇーよ。さて、オレらも寝ようぜ。明日は朝から座禅だ」
そういった
「んじゃ、おやすみ~」
「はぁ......。おやすみ」
布団に横になって、窓の外に浮かぶ金色の月を眺めながらゆっくりとまぶたを閉じる。普段とは違う環境で中々寝付けない、なんてこともなく。散策や、
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Episode11 ~実験のキス~
林間学校、二日目の朝。
設定変更をし損ねた目覚ましアラームに起こされて起床。まだ眠っているルームメイトを起こさないように注意して、大部屋の外へ出て、朝日が差し込む廊下の窓を開ける。少し肌寒さを感じる風を受け、深く深呼吸。周囲が山々に囲まれているためか、空気がとても澄んでいて清々しい朝の目覚めだった。
「はえーな......」
「お前はまだ、眠そうだな」
だらしなく腹を掻きながら寝ぼけ眼の
「枕か?」
「いや、なーんか妙に目が冴えちまって。こう、神経が高ぶるっつーか」
「朝飯まで時間あるけど、どうする?」
「ああー、
二度寝するかと思いきや、
宿舎周辺に整備されている散歩道は、周囲の山々から降りてくる風の通り道で、より肌寒さを覚えた。どうやらこの辺りの夏は、もう少しのんびりやって来るみたいだ。
「早かったけど、眠れなかったの?」
ロビーで偶然会い、話しの成り行きで一緒に散歩している
「ええ。昨日は、ずっとおしゃべりしてて」
「ずっとって、オールで?」
「寝落ちするタイミングがわからなくて、だから......」
両手で口を隠してした欠伸が、本当に完徹したことを物語っている。枕が変わって程度のレベルのではなかった、女子トーク恐るべし。よく話題が絶えないものだ、と思わず感心してしまう。
「でも、少しスッキリしたわ」
「それはなりよりで」
昨日の朝の通学時と同様、明日行われる模試、彼女が新しく始めた部活動などの世間話をしながら散歩道を歩き、朝食の時間に合わせて宿舎に戻った。
朝食後しばしの休息を挟んでからの班行動は、事前の予定通り、近くの山寺で座禅体験。両隣で座禅を組んでいた
昼食はクラスごとに、キャンプ場がある河原でバーベキュー。一度宿で帰り仕度をして、行きと同じくクラス別のバスで朱雀高校へ帰る。
「足と肩がいてぇ......」
「アタシも......」
行きと同様の一番後ろの席で、
「二人とも、どうしたの? 朝からずっと落ち着きがないんじゃないか?」
「ああー......なんか、こう妙に体が火照るっつーか」
「
「おおーっ、まさにそんな感じだ!
どうやら二人とも同じ症状みたいだ。悪いものでも食べたのだろうか? と思ったが、全員同じ食事を食べているのだから、その可能性は低い。となれば、考えられるのは入れ替わりの検証のため、キスのし過ぎで可笑しなテンションになっているのだろう。周りに悟られないように主語を隠して、検証結果を聞く。
「で、どうだったんだ? 例のヤツ」
「......ダメだった。昨夜と同じで、何も起こらなかった」
「いったいどうなっちゃったのかしら? 昨日の夕方までは普通に使えたのよね?」
「朝から、うららちゃんと入れ替わっていたんだし」と、
「まあ、もともと使えてたのが不自然だっただけで。自然に戻ったってことで納得するしかねぇーだろうよ」
「でも、何か原因があるはずよっ。使えたのも、使えなくなったのも! アタシ、学校についたらまた試してみる!」
「いやいや、それなら先ずはオレだろ?」
「何でアンタなのよ、アタシよ。アンタ、今納得するって言ったでしょ」
「そんなの一般論を言ったまでさ。オレだって、原因を解き明かしたいに決まってるだろ」
――な、なんだ......?
その後も高速道路を走るバスが朱雀高校へ到着する迄の間、小声で
林間学校の翌日の登校日は、全国模試で一日中試験。試験後のホームルームも簡略で終わり、帰りの準備をしていると、
「ん、なに?」
「ちと頼みがあってな。お前、弁当自分で作ってるんだよな?」
バイト前に本屋へと立ち寄る。
料理本を探しに来た、
「料理本って、こんなに種類あんのかよ」
平積みにされている中の一冊を手に取った
「どうしたんだ? いきなり、弁当作りだなんて」
「いやまあ、ちょっとな......」
詮索されたくないのか、言葉尻を濁した。まあ、いいや。聞かれたくない事情もあるだろうし、その辺りを深く詮索するのは野暮。
「初めてなら、この辺りが分かりやすいかも」
「おっ! 結構良さげじゃん」
しかし、料理本の弁当を主に取り上げているコーナーで男子が二人並んでいるのは、端から見たらどう思われるのだろうか? 横目で、参考書のコーナーを見る。四角いレンズで黒縁眼鏡をかけた朱雀高校の制服を着る女子生徒が、逆さに持った参考書で顔を隠しながらチラチラとこちらの様子を伺っている。うん、考えないようにしよう。自分に言い聞かせてる。
「じゃあ俺、医学書の方にいるから」
「おう。てかこれ、どうやって作ってんだ?」
最新のフィジカルケアの本をチェックしていると、しばらくして
「良いのは見つかったのか?」
「バッチリだ」
「そらよかったな」
付き合ってくれた礼ということで、近くのカフェでテイクアウトのコーヒーを奢ってくれた。今日は、長居することなくその場で解散。そのままバイトへ先へ向かう。
「コーナーです!」
ピッ! と短くホイッスルを吹いて、コーナーアークを指差す。子どもたちのスクールが終わって、今は初心者クラスの審判をピッチの外から務めているのだが――。
「ねぇ、ちゃんと聞いてるかしらっ?」
「えっと......。うん、聞いてるよ」
ボールがラインを割り、プレイが止まる度に
しかし、林間学校帰りと、更には全国模試前日が重なったためシフトに入っていないことを知り、無駄足を踏んだ
とは言え、審判を務めながら話を聞くのは非常に困難。とりあえず終わるのを待ってもらい話を聞くことで納得してもらった。残りの仕事を片付け、
「お待たせ。それで話って?」
「何よ、話がなきゃ来ちゃいけないのかしら?」
試合中に聞き取れなかったことを改めて尋ねたつもりが、カンに障ってしまったのか、やや口をとがらせた。
「いえ、むしろ大歓迎です。はい」
不機嫌そうに頬を膨らませていた
「まあ、いいわ。それでね、さっきスーパーの前で
スーパーならきっと、明日の弁当の買い物でもしていたんだろう。
「ちょっと話を聞こうと思ったのに。アイツ、何て言ったと思う!?」
「さ、さあ、ちょっとわからないかな? 何て言ったの?」
「アイツ......。
バンッ! と、壊れそうなほど勢いよくウッドテーブルを両手で叩いた。
「私はただ、
「え?
突然、何の脈絡もなく出てきた
「ち、違うのよっ。ほら、
「ああ~、それね。バスの移動で体調を崩して、昼飯を抜いてたからだよ」
「あ、そうなの。なら、安心したわ」
胸元に手を添えて肩を撫で下ろした。これ以降の話はこれといって特別なこともなく、先日と同じく駅まで送っていった。
* * *
そして、翌日の昼休み。果たしてどんな弁当を作ったのか、
仕方なく今日も一人で、屋上で弁当を食べる。
別に
キィー、と校舎へと続く鉄の扉が開く音が聞こえた。今は初夏で、日差しも暑いからあまり来ないが。実は、たまにこうして来客も来る。
「隣、いいかしら?」
「どうぞ」
顔を上げずとも声で分かる、
「最近よく一緒になるけど、久しぶりだね。こうして、
「そうね。一年生のいつ以来かしら?」
「さぁ、どうだったかな?」
「それで、どうしたの? 悩みごとだよね?」
「わかるの?」
頷いて答える。もちろん、わかる。
最後に、ここであったあの日。何か大切な物をなくしてしまった子どものように、とても悲しげな
「話なら聞くよ。悩みに答えられるかわからないけどね。
「知ってるのね」
「うん。
「そう」
一呼吸間を置いてから、
「たぶん、それ勘違い」
「勘違い......?」
キョトンとした顔で首を傾げた
「林間学校の夜。
「入れ替わりの能力が消えた......? そう、それで断られていたのね。納得がいったわ」
「それでさ。一応、
「ええ、わかったわ」
前を見て頷いた
そして、そのまま俺に顔を向ける。
「
また答え難い質問を。正直誤魔化してもいい、だけど
「――したよ」
結局、正直に答えてしまった。
「その相手は、前にいっていたのと同じ人?」
「そうだけど......?」
口元に手を持っていき、目を落として深く思案している。そして、考えがまとまったらしく顔を上げた。
「実験したいことがあるの」
「実験?」
「ええ」
頷いた
――キスしていいかしら? と。
沈黙は肯定と言わんばかりに、返事を待たずに近づいて来る
そして、次の瞬間とても柔らかいモノが一瞬触れて離れていく。目を開けた次の瞬間、信じられないモノが視界に飛び込んできた。
それは、鏡に映る姿よりも立体的な自分の姿だった。
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Episode12 ~幼き日の想い出~
ただ、軽く触れるだけの一瞬のキス。
まさかの行動に出た
「なっ、なにが......っ!?」
喉から発せられた思いもしない高い声に驚き、更に身体にあり得ない異変があることに気がついた。
右膝に懐かしい感覚がある。長い間感じられなかった感覚の正体を確認するため目を落とす。すると、まるで女子の制服のスカートと同じ柄の生地の裾から、あるハズの手術跡も内出血もない、白く細いキレイな足がスラリと伸びていた。
「これは......?」
「これが、
聞こえた声に、自分のモノとは思えない足を注視いた顔を上げる。自分と思しき男子が目線まで上げた両手を確かめる様に、何度も開いたり閉じたりを繰り返したり、無駄に腕を回したりていた。身に覚えのある言葉遣いと柔らかな物腰に、ついさっきまで目の前に居た少女の顔と、名前が頭の中に浮かんだ。
「......
声にして、確認を求める。この俺は......いや、彼もしくは彼女は、俺に視線を移して頷いた。
「実験は思った通りの結果だったわ」
「実験......まさか、これが入れ替わり?」
「ええ、そうよ」
――本当に、キスで互いの身体が入れ替わったのか......? にわかには信じがたいが、確かに今、目の前には
それと、少し冷静になって気がついたことがある。本当にお互いの体が入れ替わっているのであれば、今俺が動かし感じているのは
「......
「それより、今は話の続きを」
「ん? ええ、それもそうね」
下半身に視線を向けていた
「先ず、入れ替わりについてだけど。
「ええ。私にも入れ替わりの能力があったということになるわ。だけど――」
「考えられることは、二つあるわ。
「
「......二つ目は?」
「まだ確信はないのだけれど、あなたがキスをした相手に要因があるのかもしれないわ。前にも聞いたけど、何か心当たりはない?」
「心当たりかぁ。う~ん......」
特異な能力を持つ二人以外でキスをした相手は、
「えっ......?」
彼女と初めてキスしたときからの記憶を辿っていると突然、目の前の俺が倒れ込んで来た。とっさに支えようとしたが、体格差で支えることは出来ず押し倒される形になってしまった。
「大丈夫? とりあえず戻ろう」
「え、ええ......」
そのままをキスして、お互い元の体に戻って座り直す。
「普段と右足の感覚が違うから、どんな感じなのか立ってみたのだけれど。ごめんなさい......」
右足に上手く力が伝わらず踏ん張りきれずにバランスを崩して倒れしまった、と。まあ俺も、慣れるまで同じだったからよく分かる。
「ケガしなくてよかった」
「そうね」
気にしなくていいと微笑みかけると、ふせていた顔を上げてくれた。
しかし、いくら入れ替わるためとはいえ、女友だちと二度もキスをしたことにこの上ない気まずさを覚える。そんな複雑な心境も、
「じゃあ、さっそく
どうやら彼女の中では、一緒に行くこと前提のようだ。移動にかさばる弁当箱を片付けてから行くことを伝え、校舎に入ろうとしたところで、
「居たわ。中庭」
「あ、ホントだ」
「どこへ行くのかしら?」
「あっちは......たぶん、旧校舎かな?」
中庭に目をやると制服をだらしなく着崩した
けど彼女は、近くまで来ても存在に気づかない。声をかける。
「
「――っ!?」
驚かせてしまった。ビクッ、と小さく肩を振るわせた。おそるおそる顔を上げた女子生徒――
「ち、違うっ、これは違うの......!」
手で涙を拭いながら、何かを必死に否定している。
しかし、
あの黄昏時の教室と同じで、必死に強がりながらも目の前で涙を流したあの涙とダブって見えて、どうしようもないやるせなさが込み上げて来る。
この溢れ落ちる涙を止めるにはどうすれば――次の瞬間、俺は無意識のうちに、彼女の頭に手を置いて撫でてていた。
「......なによ?」
「なんとなく。こうしたら泣きやんでくれるかなって」
幼い頃、こうしてあげると泣き止んでくれた。
胸に軽く衝撃が走る。
「......バカ」
俺の胸に一瞬だけ顔を押し付け、小さな声で呟いた
「はい、どうぞ」
「ありがと」
日陰になっている中庭のウッドベンチで待っている
「......聞かないの?」
風に揺れる木々のざわめきに耳を傾けていると、
「話して楽になるなら聞くよ」
しばしの沈黙、そして――。
「あのね、私――」
「
「ゴホッゴホッ、ハァハァ......」
「ちょ、ちょっと大丈夫なの? キズだらけじゃない」
「......いや、大丈夫だ。
「えっ? どういうことなの?」
「いいか、よく聞け。お前は、自分の――」
「ちょっと待って!」
振り向いた
「じゃあ、行くよ」
「え、ええ......。ジュース、ありがとう」
「どういたしまして。
「あ、ああ、そうする」
ベンチに二人を残し、本来の目的である旧校舎へと再び足を進める。目的地の旧校舎の昇降口に
「よう、
「アンタも来たのね」
「どうも」
「
「ええ。ちょっと遅かったみたいだけど?」
「ごめん、ちょっと友だちと話してた。それで、どうだった?」
「うん。やっぱり思った通りの結果だったわ」
「んー? 何の話よ?」
俺たちの会話に頭にクエスチョンマークを浮かべている
「つまり、
「そうなるわ。
「なるほど......」
林間学校二日目以降
「それで、
「
「その通りよ」
「おお~、すげぇーな、お前」
「どうしてわかったのよっ?」
「まあ、なんとなくね」
昨夜と、今しがたの
あの言葉の続きは――自分の能力に捕われているんだ、とまあ、おそらくこんなところだろう。大きく外れてはいないと思う。
「噂をしたらみたいね」
「
二人が、俺たちの前へやって来た。険しい
「どうして、あなたがっ!?」
「また会ったね。もういいの?」
「え、ええ、平気よ。それより、話は
「はぁ!? 何でだよ、別にここでいいじゃねぇか!?」
着いていくこよを拒否しようとする
「チッ! しょーがねぇな、さっさと済ませよーぜ」
「それはこっちのセリフだわ。さあ、こっちよ」
旧校舎の中へ入りものの数秒で戻ってきた
* * *
バイトを終えて、フットサルコートを出る。
既に午後八時を回っているが、今日は真っ直ぐ帰らずに隣のファミレスに立ち寄る。応対してくれた店員に待ち合わせをしていることを伝え、ついでに注文を済ませてから待ち合わせ相手がいるテーブルに着く。
「お待たせ。それで?」
「......聞いたんでしょ? ぜんぶ」
待ち合わせの相手――
「うん、聞いたよ。元に戻れてよかったね」
「......怒ってないの?」
「どうして?」
「どうしてって。だって私、あなたを......!」
「虜の能力をかけて、利用しようとしたから?」
「そ、そうよ」
目を逸らした。
今まで能力を使って次期会長戦を戦っていたことを
「だって、別に利用されなかったし」
「......あっ! 確かに言われてみればそうね。だけど、どうしてあなたには能力が効かなかったのかしら?」
「さあ~? どうしてだろうね」
適当に返事を返しながら、運ばれてきた飲み物を口に運び乾いた喉を潤す。
「う~ん......まあ、いいわ。それで、今日のお礼をしたいのだけれど」
「お礼?」
「ジュースくれたじゃない」
「あれくらい別に――」
「借りを作るのはイヤなの! それに、一応お詫びの意味もあるから......」
お礼と能力を使って利用しようとしたことの詫びも含めて、か。スマホを立ち上げて、スケジュール表を開く。明日は、バイトが入っていない。
「じゃあ明日、買い物に付き合ってもらえる?」
「へっ? 買い物。それって......」
若干動揺しながら聞き返す
「デートしよう」
動揺してながらも「い、いいわ。デートしましょ」と、頷いてくれた。
次回も同時に修正しています
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Episode13 ~ナンセンス~
「んで、いつ入部するんだ?」
入れ替わり虜騒動翌日の昼休み。いつものように屋上の日陰で昼食を済ませひと休みしていると、コーヒー牛乳のパックを片手にグラウンドを眺めている
「んー?」
「お前だって、能力には興味あるだろ?」
「まあ、なくはないけど」
つい昨日、非現実的なことを実体験したばかり。正直、興味がゼロと言えば嘘になる。なぜ特定の生徒が、キスした相手と互いの身体を入れ替わったり、自身の虜にしたり出来る
「で、どうだったよ?
いつの間にか隣に座った
「どうして知ってるんだよ?」
「っんなもん、
それは、そうなんだろうけど。
「
「知ってる。検証させてって目を輝かせて言ってたからな」
「ふむ、美少女にそこまで懇願されても協力しないってのは、お前の中ではある程度の予測がついてんじゃねぇーの?」
「さあ? 実際にやってみないとわからないよ」
頭の後ろで両手を組んで横目で疑惑の視線を向けて来た
「ふーん。ま、いいけどよ。実際にやってみればわかるんだし。とりあえず、部室に顔を出せよ。入る入らないは別にしても、
「
どうして
「そうだな。そのうち行くよ」
「今日の放課後でいいじゃねーか。休みなんだろう?」
「今日は無理。先に予定が入ってる」
「デートか?」
「そう。デート」
「マジ?」
頷いて答える。真顔で固まったが、その後すぐにいつもの調子に戻った
「オレとは遊びだったのかよ......?」
「気持ち悪いこと言うな」
最初は乗ってやろうと思っていたのだが、あまりにも身の毛のよだつ発言に背中がゾクゾクッと寒気を感じて、素で返してしまった。
「なんだよ、ノリ悪ぃな~」
「今のは、さすがにないぞ? せめてデートの相手はオレだったくらいのノれるネタにしてくれ」
「じゃあ、今度はそれで行くわ」
アホなやり取りをしながらテキトーにダベり、午後の授業を終えて放課後を迎えた。掃除当番のため少し残り、帰りの支度を済ませる。
「んじゃあ行こうぜー」
「どこへ?」
「どこって、今日はデートだろ? みなまで言わせんなよ......」
口元に手を添え、恥ずかしげに目を逸らしながら言う。まさか、たった数時間前のネタを溜めずにブチ込んでくるとは思わなかった。まあ、言った手前ノってやらないワケにはいかない。
「悪いそうだったな。じゃあ行くか?」
「おう!」
教室に残っているクラスメイトの冷ややかな視線と微妙な空気を背中に受けながら、教室の入り口付近まで並んで歩き立ち止まる。
「って、行かねえよ。ネタぶっ込むの早すぎだろ」
「意外性があってよかっただろ?」
「いや、求めてないから」
どうやら満足したようで、軽く笑顔を見せた
「じゃあオレ、部活に行くわ」
「ああ、また明日。次の機会には顔出すよ」
「おう、じゃあな。詳細聞かせろよ~」
片手を上げ、白い歯を見せながら教室を出て行った。持っている鞄を担ぎ直し、
レンガ造りの立派な正門。
その石柱に背中を預け、誰かを待っているように女子生徒が一人佇んでいた。掃除当番であることは事前に伝えておいたけど、
「
「ちょっと、遅いじゃない。自分で誘っておいてどういう了見なのかしらっ?」
「ごめんなさい」
「......まあ、いいわ」
言い訳をせずに素直に謝罪したのがよかったか、許してくれた。
「さあ、デートへ出掛けましょう。楽しませてくれるんでしょうね?」
まだ高い初夏の少し汗ばむ日差しの下、街の商店街を並んで歩く。
「それで、どこへ連れて行ってくれるのかしら?」
「そうだね。雑貨屋に行こうか」
「あら、ちょうど小物をチェックしたいところだったの。行きましょ」
ちょうど目に留まった雑貨屋は、
「う~ん、どれにしようかしら?」
「
シュシュ、ヘアバンド、ヘアピンなどヘアアレンジに使用するグッズを手に取りながら見比べていた手を止めた。
「そうねぇ。テスト前に勉強する時とか、気合いを入れたり気分を変えたい時にね。あとは、お風呂上がりかしら」
「へぇ、そうなんだ。普段と違う
「み、見てみたいって、あなた......! お風呂はダメよっ」
いつもの肩に掛からないショートボブ以外のヘアスタイルを見てみたいと言ったつもりが、別の意味で捉えられてしまったらしい。恥ずかしさに頬を染めて言った
「あ、あれ! あれ、何かしらっ?」
「ん? どれ?」
「あれよあれ、行ってみましょ!」
すぐにその場を退散し、別の売り場へ移動。「あんな紛らわしいことを言うから!」と少々理不尽に責められたが、機嫌はすぐに直り、買い物再開。小一時間ほど店内を見て回った後、近くのカフェでお茶をすることにした。
注文した商品を受け取り、店の外に設置されているテラス席で向かい合って座る。
「気に入った物はあった?」
「ええ、良い買い物が出来たわ」
「そう、よかった」
「あなたは、何を買ったの?」
空いている席に置いたショップの紙袋に、
「これ? ノートだよ。期末近いからね」
「あら。ちゃんと試験勉強してるのね」
感心した様子で、アイスティーに手を伸ばした。コップを置いたのを合図に、
「聞きたいことがあるんだけど」
「なーに?」
「
「
「え、そうなの?」
詳しい時期を聞いたところ、手術で入院していた頃に起こした事件。道理で知らないハズだ。一部始終を見ていた
「
「そうなんだ......」
頬杖を突いて、視線を空に向ける。暑さをもたらしていた日が傾き始め、生ぬるかった風もやや涼しくなってきた。
今から一年とひと月前に起きた事件。俺の記憶では一年の頃、
「ん?」
視線を感じ顔を上げる。
「なんでしょうか?」
「あなた、目の前にこんな可憐な美少女が居るのに、聞きたいことが男の話なんて......。もしかして、そっちの――」
「それはない。昨日二人がボロボロだったから、少し気になっただけだよ」
言われる前に否定して昨日、
「超常現象研究部、入らなくてよかったの?」
「ま、確かに能力のことは気にはなるわ。あなたも気になるでしょ?」
「まーね。理由は、
建前か本音から定かではないが、次期生徒会長の座を争う
「正直言うと、私は劣勢なのよ」
「
彼女は、首を横に振った。
「
候補者は二人だけじゃなかったのか。つまり、そのもう一人のライバルが二人よりも優勢に立っている。
「そいつ、生徒会に所属してるワケでもなしに、妙に会長に気に入られてるのよねぇー」
「生徒会長になるって大変なんだね」
「そうなの、大変なのよ。だから、部活に時間を割くのも惜しいのよ。ハァ......」
大きくタメ息を漏らした。普段から強気の
「あら、電話だわ」
テーブルの上に置いたスマホから、着信音が流れた。
「
「
「旧校舎で、何か重要なモノを見つけたみたい」
「そうなんだ。行かなくていいの?」
「ええ、明日にしてもらったわ」
――どうして? と首をかしげて尋ねる。すると
「......だって、今日はデートでしょ?」
その言葉に、ハッとする。
――ああ......そっか。彼女は、今日の買い物をちゃんとデートだと思ってくれていたんだ。それなのに俺は......デートの最中に相手のこと以外を聞くなんて、ナンセンスだった。しっかり反省しつつ本来の目的である、
「......うん、そうだね。じゃあ、この話しはおしまい。期末が終わったら夏休みだけど。
「八月に入ってからだけど、家族で旅行を計画してるわ。それから――」
ここからは能力とか、会長戦等の学校の内容を避けての会話。趣味や休日の過ごし方、内容はたわいのない世間話だったが、時間が許す限り話をして、充実した初デートを過ごした。
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Episode14 ~アイコンタクト~
学期末の試験を無事に終え、夏休みまで後一週間に迫った梅雨の晴れ間の七月中旬。
「う~ん、やっとテストから解放されたわ!」
「安心するのはまだ早いぜ、
「わ、わかってるわよっ。アンタたちこそ、どうなのっ?」
「オレ、中間学年36位。
「ああ、確かそのくらい」
「う、ウソよねっ?」
中間の順位を知りショックを受けた
「う、ううっ、このミヤミヤコンビがぁーっ!」
悔しそうな
「あ~あ、イジメるから行っちゃったぞ?」
「いいって。逃げてもどうせ、目的地は同じなんだからさ。それよか、学食寄ってこーぜ」
まったく悪びれる様子は微塵も見せず、それどころか逆にさわやかに笑った
「アタシは、お菓子なんかで吊られる軽い女じゃないんだからっ」
「いや、めっちゃ食ってるじゃん。ところで、
「
「期末最終日に燃え尽きたか」
「もう、しょうがないわねぇ~。行くわよ、
「え? オレも?」
「あたりまえでしょ、早くしないと二人は予定あるんだし。力ずくでも連れてくるんだから」
ダルそうな
二人が
「ごちそうさま。ところで
「いや、残念ながら」
「そう。じゃあ
やはり、実験するつもりでいるらしい。探究心に満ち溢れた
「それにしても、いろんな物があるんだね」
席を立ち、窓際に置いてある円盤状の未確認飛行物体の模型を手に取る。円盤の上部は透けた素材が使われていて、中に地球外生命体のパイロットらしき生物が座っている。
「それ、
「そうなの?」
「ええ。この部室にある物はほとんど彼女が持ってきた物なの」
「パソコンには、動画があるわ」
机に戻った
「どうかしら?」
「ここまで来ると逆に面白いかな」
ヤラセ全開で隠す気すらないところが、逆に清々しい。
『ちょっと、
『あー? なんだよ?』
『アンタ、アタシの焼きそばパン食べたでしょ! その唇についたソースの跡と、葉の青のりが動かぬ証拠よっ!』
『......な、なんのことだ?』
『そう、あくまでもシラを切るつもりなのね。この電子レンジ返品しちゃおうかしら~?』
『それだけは勘弁してくれー! 冷めた昼飯には、もう戻れねぇーんだよ!』
『お前、どこまで食にうるさいんだよ? なあ、
『ふふっ、そうね』
表示された動画は、超常現象研究部で撮影された動画。
「あ、思い出したわ。この後
「それで許して貰えたんだ」
「ええ。サーティンツーのアイスと引き換えにね」
「それは、高い代償だねぇ」
別の動画を見せてもらっていたところ、
――まったく、何を考えているんだか。
思わず、漏れるタメ息。部室に入ってきた三人は、空いてる席に座ったのだが。
「ねぇ、
「オレと
これが、
「だあぁーッ! テメェーら、いい加減にしやがれ!」
「いやんっ」
「おい、待て......!」
「よし、これで解けたな!」
「なんで、キスすんのよ......?」
「元に戻っちまったじゃねぇーか......」
青ざめた
三人が席に付き、仕切り直し。
「じゃあ、さっそく検証を始めましょう。
無言のまま、
「どうしたの?」
「いや......。
「ええ、そうよ」
「せめて入れ替わりにしてくれないかな、と。虜は嫌だ」
先程の
「俺も同感だ。頼む、
両手を合わせて必死に懇願する、
「わかったわ」
「あ! ちょっと待って!」
入れ替わりをコピーするため、机から身を乗り出しキスしようとした
「なんだよ?」
「入れ替わりをコピーする前に、実験したいことがあるのよ」
ノートパソコンを手繰り寄せて、キーボードを叩く。準備が出来たのか、
「なっ!? テメェは、また......!」
「キタキタ!
「えっ......私?」
返事も聞かず
「あれ? 入れ替わってないわっ!」
「え、ええ......。能力は、二重にかからないんだわ......!」
「これは、大発見よ! さっそく記録を残さなくちゃっ!」
大興奮の
「よし。オレも虜にかかったから試してみよう!」
「それは絶対にイヤ」
近づけた顔を腕で遠退けられていた。そして
* * *
「ほっといてよかったの?」
三人を部室に残し学校を出た俺は、隣を歩く
「ええ、実験結果は得られたから。
「......わかるんだ」
さすがというべきか。
「でも、わからないことがあるの。あなたは、
「たぶん、性格で多少の差が出るんじゃないかな?」
「性格?」
それに、フットサルコートで会った時のあの言葉「お前の――は人を選ぶ」
もし、あの聞き取れなかった部分が「能力」だったのなら、たとえ虜にしても思い通りにならない人も中には居るということなのだろう。
「なるほど。それで、あなたは?」
「うん?」
「
「うーん、そうだねぇ~」
空を仰ぎ見る。先ほど梅雨開け宣言が発表されたばかりの夏の青空の向こうにそびえ立つ高層ビルの上には、暗くどんよりした大きな積乱雲が乗っかっている。きっと、何処かの街で都市特有のゲリラ豪雨が降っているんだろう。もしかしたら、この辺りにも流れて来るかもしれない。そんな心配をしつつ顔を戻して、
「ないしょ。もう少し親しくなったら教えてあげる」
「私たち、まだ親しくないの?」
「あははっ、一年の始めよりは相当親しくなったと思うよ。じゃあ、特別にヒントあげる。どうして態度が変わらないのかが分かれば、答えは導き出せるかもね」
「それが分からないのだけれど?」
「誰かを思う気持ちは簡単には操れないってことなのかもね。じゃあ、俺はここだから」
バイト先のフットサルコートに到着。足を止め、
「気をつけてね」
「ええ、ありがとう。
少し先に行ったところある名門塾に通う
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Episode15 ~魔女伝説~
「う~ん、さっぱりしたわ! ここ、シャワーもあるのね」
ロビーの掃除をしていると、完備されているシャワーで汗を流した
久しぶりに会った彼女は、どこかフラストレーションが溜まっているように思えて。そこで、汗を流せば少しは気が晴れると提案したところ、渋々ながら、初心者クラスの個サルに参加した
「ちょっと待っててもらえる。もうすぐ上がるから」
「ええ、わかったわ」
カロリーオフのスポーツドリンクを自販機で購入した
「お待たせ」
「あら、早かったのね。さっそくだけど、これを見てもらえるかしら」
スマホをテーブルの隅に置き、代わりに古ぼけた一冊のノートをテーブルの中央に置いた。手に持って、表紙に記されたタイトルを見る。上部のタイトル欄には「朱雀高校の七不思議について」と記され。中心部に「上巻」、下部の著者には「朱雀高校超常現象研究部」と書かれていた。
「これが、
胸を張って得意気に言った。先日のデートの時、
とりあえず、内容を流し読む。トイレの花子さん、屋上のA子さん、放課後の階段、音楽室の喋る肖像画等、どの学校によくある七不思議的な内容が書き記されているが、特にこれといった内容ではない。
「これが?」
「もっと後ろよ。貸してみなさい」
「朱雀高校の魔女伝説?」
今までに聞いたことのない、初めて聞く話しの内容。朱雀高の固有名詞が書かれていることから、他の学校にはない独自の七不思議のようなもののようだ。
――それにしても、魔女ねぇ......。連想されるのは、リンゴかな。
あまり興味はないが、
「ついに、私は一つの結論に達した。この朱雀高校には、“魔女”と呼ばれる不思議な能力を持つ生徒が複数人存在していたのだ。各々の“魔女”は、それぞれ違う特殊な能力を持ち合わせている」
ノートから目を外し、
「そのノートに書かれていることが事実なら、私たちの学校には“魔女”と呼ばれる不思議な能力を持つ生徒が昔から居たということになるわ......! 続きを読んでみて」
「あ、うん......。えーっと、魔女の能力は私の研究結果に基づき下記のものが明らかになった。虜の能力、思念の能力、以下下巻へ続く。下巻は?」
「それが、まだ見つかっていないのよ」
頬杖を突き、小さく息を吐いた。
「でも、
「そっか......。ところで、ここに書かれてる虜の能力は、
「ええ、そうよ」
と、いうことはつまり。ノートに書かれている通り、魔女の能力は朱雀高校内で継承されていると考えられる。それも、ノートに書かれている「思念の能力」は、虜の能力を持つ
「どうかしら?」
「なるほど、確かにお宝だね」
「でしょ?」
今日一の笑顔を見せてくれた。
どうやら、すっかり機嫌は直ったらしい。
「このノート、著者が超常現象研究部って書いてあるけど?」
「旧校舎に、超常現象研究部が以前使っていた部室があるのよ。私たちは、それを知らず選挙戦の対策本部に使っていたの。だけど、夏休みに旧校舎の解体が決まって。部室を片付けてくれていた
上巻を見つけた迄は良かったのだが、部屋の全てを探す前にちょうど期末試験と重なってしまい。試験が終わった今日、
そして、その
「すまん......」
「いいのよ、ありがとう。
「ああ」
「話しは聞いたよ、おつかれさん。これあげる」
「悪いな......って、プロテインドリンクじゃないか!」
「ソイだぞ?」
「だからなんだ......?」
「話の続きをしてもいいかしらっ?」
アホな会話に痺れを切らした
「さて、話を戻すわよ。
「旧校舎の部室だが。やはり、ノートの下巻は見つからなかった。考えられるのは現在
「たぶん、そこにはないよ」
以前
「そう。それなら、もうあそこしか残っていないわね」
「そのようだな」
「あそこ?」
「朱雀高校のクラブハウスよ」
「ああ~......確か、夏期講習とか、部活動の合宿に使ってる宿舎だっけ?」
体育祭の時に
「そう。超常現象研究部の部室もあるのよ」
「今は、倉庫になってモノで溢れているらしい」
「そこの捜索に当たるわ。そこで、これを利用する」
「部活に所属していないから私たちが、正当な方法でクラブハウスへ行くにはこれしか方法がないわ」
「それはわかったけど、関係ない部活の部室に入れるの?」
「そこは、生徒会役員の特権を使わせてもらうわっ」
「なるほどね」
「だけど、ひとつだけ問題があるのよ......」
「探す時間がほとんどないのよ。午前、午後、夜とスケジュールが組まれているわ」
「
参加希望用紙の裏に記された大まかなスケジュール表を見る。食事、入浴を時間を除くと、一日二時間ほどの余裕しかない。
「消灯時間後に探してもいいが......」
「無理よ。見回りの先生が、常に廊下を巡回しているわ」
「もし教師に見つかれば、結果としてお前の迷惑になるしな」
「手伝ってあげたいけど、バイトと被るな」
「そうか......」
「私たちでやるしかないわ......ね?」
「どうした?
何か気になる物を見つけた
そして――、窓にテープで止められているポスターを指差した。
「これよ、これだわ......!」
* * *
「失礼します」
翌日の放課後。昨日
「おや。誰かと思ったらキミか」
扉の正面奧の机で書き物をしていた生徒会会長――
「どうしたんだい? 僕に何か用かな?」
手を止めずに用件を聞いてきた。俺は彼の元へ向かい一枚の書類を、空いているスペースに置く。
「新規に部活を立ち上げたいんですが」
「部活?」
羽根ペンの万年筆を置いて、提出した書類に目を通し出す。
「ふーん......フットサル部ね。どうして、また今になって?」
「これです」
昨夜、
「ビーチサッカー日本代表強化試合。開催場所は
「はい。それと、今後のサッカー界発展のためサッカーに関係する部活動に所属していると、入場料が無料なんです」
「それこそ、サッカー部じゃダメなのかい?」
「まだ回復の目処が立っていないですし。八月の頭には、もう一度手術予定があります」
「来期の復帰は目指してはいるが、今の状態ではサッカー部に迷惑はかけられないと言うわけだね」
「はい」
「なるほど。
「何でしょうか? 会長」
「この書類の二人は、どうかな?」
部員のところに書かれた、二人の名前。
「お二人とも、
「ただの数会わせというわけもないわけだね」
「はい。そうそう、
「はっはっは! それは、僕も見てみたかったな」
選挙戦あってのことなのかもしれないが、次期生徒会会長候補の
――この人たちマジで怖いな......。
朱雀高校絶対権力者と、その秘書の二人にやや恐怖を覚えた。
「しかし、ビーチサッカーは何か経験になるのかい?」
「サッカーとフットサルって似ているようで全然違うんです。フットサル特有のボールタッチとか、身体の使い方はサッカーでも武器になります。正直、ケガがなければ知らないままでした」
「ケガをして、初めて別の角度から物事を見れたワケだね」
「はい」
「なるほど、少なからず経験になるわけだ」
「いいよ。許可を出そう!」
「......あ、ありがとうございます」
「
「はい。承知いたしました」
「部室だけど。今空きが無いから、空きが出来次第連絡するよ」
「いえ、どうせフットサルコートで集まるだけですから。今回の件だけで十分ありがたいです」
「そうかい? 欲がないね。ところでまた
「――えっ!?」
「はっはっは! キミは素直だね。じゃあ僕は仕事があるから、また次の機会に話そう」
俺は追い出される様に生徒会室を出た。
いや、
「もしもし」
『私よ、メッセージ見たわ。うまく行ったのねっ』
「うん。無事認めてもらえたよ」
『そう。今日、バイトは?』
「ん? 休みだけど」
今日は、人工芝の張り替えのためバイトは休み。
それを知った
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Episode16 ~雨音~
生徒会室がある特別教室棟から渡り廊下を通り、昇降口を出る。屋外なのに視界が暗い、空は曇り空。今にも泣き出しそうなどんよりとした分厚い灰色の雲が、夏の空を覆っていた。予報では雨が降りだすのは夜だったが、買い出しにどれだけ時間がかかるかわからない。少し急いで、
「お待たせ」
「あら、思ったより早かったわね。それじゃあ、さっそく行きましょ」
辺りを見回してから、彼女の隣へ。合宿に向けた買い出しに行くと言っていたため、当然居ると思っていた
「
「
「そうなんだ。待ってなくていいの?」
「ちゃんと連絡したわよ。それに、四六時中一緒に居るわけじゃないわ。それとも――」
「私と二人きりじゃ不満なのかしらっ?」
口には出さなかったけど「デートに誘ったクセに!」と言いたげなのが、表情と台詞から容易に察しがつく。
「もちろん、不満はないっすよ。ただ、荷物持ちは多い方がいいかなって思っただけで」
「あら。それはあなたが、
やや首をかしげながらふふっと、あざとく微笑んだ。
そんな小悪魔のように言った
「どこへいくの?」
「そうね。先ずは、ディスカウントショップへ行きましょう」
必要なものをリストアップしたメモ帳を手に、ショッピングモール内に店を構えるディスカウントショップで、トラベルセットなどの旅行の必需品、
「一通り揃ったかな?」
「まだ買い残したモノがあるわ」
「ん?」
両手に持った買い物袋をもう一度確認する。さっき見せてもらった買い物リストと照らし合わせるが、買い漏れは見つからない。荷物から目を離し顔を上げて、
「夏の合宿にとっても重要なモノよ。さあ、行きましょう」
コインロッカーに一旦荷物を預けて、連れてこられたショップは――。
「これなんてどうかしら?」
夏のレジャー用品を取り扱うセレクトショップの陳列棚から、かなり大人びたビキニタイプの水着のハンガーを持ち、制服の上から体に合わせてポーズを取る。彼女が言った、夏の合宿に重要なモノは、
「え~と......」
「あら、この水着を着た私の姿を想像してテレてるのかしら?」
クスッ、と勝ち誇ったように満足そうな笑みを浮かべてた。言いあぐねている理由は、
「ちょっと大胆じゃない?」
「生徒会役員たるもの、このくらいの水着は容易に着こなせるのよ」
確かに、制服の上からでも分かるくらいスタイルは良いと思う。生徒会どうのこうのが水着どう関係あるのかは、ツッコまないでおこう。
「でもまあ、あなたがどうしてもと言うのなら別のにしようかしら」
どうやら最初から、反応を楽しむためのブラフだったみたいだ。水着を戻すため、くるっと身を翻したその時、別の棚の水着を掛けているハンガーフックが、身を翻した時に僅かに浮いた彼女のスカートの裾を引っ掛け、戻ろうとする重力の邪魔をした。
――ピンク......って、違う。いや、違わないけど。
幸いにも他の男性客は居ないが、このまま動けば更に悲惨なことになりかねない。
「お、
「なによ?」
呼び止め、目を背けながら現状を伝える。
「その......スカートが......」
「スカート? スカートがなに――」
自分のスカートに起きていることを認識した
「......い、い、いいっ、いやあぁーっ!」
* * *
「まったく、もうっ!」
あのあと一部始終を見ていたショップ店員から、微笑ましそうな顔でやんわりと注意を受けた。結局、水着は買わずに初デートの時に訪れたカフェに場所を移動。俺は頼んだ飲み物を無言で口に運び、
そんな俺たちを、つい先ほど合流した
「虫の居所が悪いようだが、何かあったのか?」
「まあ、ちょっとしたハプニング?」
「ちょっと? あ、あんな辱しめを与えておきながら、ちょっとですって......?」
完全に自業自得で八つ当たりな気がしてならないけど、こうして一緒に居るわけだから、本気で怒っている訳ではないのだろうけど。だが、冗談にならないヤツが隣で、テーブルに握り拳を思いきり叩きつけた。
何事か、と近くの席の客の視線が俺たちの居るテーブルに向く。
「貴様ァ!
「いや、何もしてないけど」
「今、されたと言っただろうがッ!」
「お、落ち着いて、
「むぅ......。だが、しかし......」
「いいのよ、私にも落ち度がない訳じゃないから」
納得いかない様子だが
「それで、どうだったの?」
「あ、ああ。やはり、ノートの下巻もそれ以外の資料も存在しないようだ。そもそも、
「そう。なら、ますます期待が高まったわねっ」
「そうなるな。ああそうだ、生徒会長の秘書からコイツを預かってきた」
スクールバッグからプリントを複数枚を出して、テーブルに広げる。書かれていた内容は、合宿に関する資料だった。合宿を張る各部活事の出発時間や、クラブハウス到着後の部屋割り、注意事項等が各項目ごとに記載されている。
「へぇ、超研部も合宿張るんだ」
「あら、ホントね。日付も何日か被ってるようね」
「そのようだな。超研部の部室のカギを手配する手間が省けたな」
「......そうね。
超常現象研究部の方が一日早く、クラブハウスへ出発予定。
それにしても、超常現象研究の合宿っていったい何をするのか、少なからず興味が沸く。来週にでも、
「さてと。そろそろ時間も時間だし、お開きにしましょう」
「そうだね」
店内の掛け時計は、18時を指していた。外は夏にも関わらず、雨雲がかかる曇り空のおかげで、普段の晴れの日と比べると幾分薄暗い。
「荷物は、俺が預かろう」
「いいのか?」
「ああ、買い出しには付き合えなかったからな」
「そっか。じゃあ、お願いする」
「ありがと」
私物を取り除き、買い物袋二つ分の荷物を
「そういえば、来るの遅かったけど?」
「連絡はしたんだけどな。おそらく、人混みで着信に気がつかなかったのだろう」
「あら、ホントだわ。ごめんなさいね」
「気にするな」
手を合わせ微笑みながらの謝罪に、
店の外に出た瞬間、小さく冷たい水滴が頬に当たった。空を見上げる。空を覆っている分厚く暗い雲から無数の水滴が落ちてきた。
「雨か?」
「そうみたいね。天気予報じゃ夜からって話しだったけど」
「二人とも、傘持ってる?」
「もちろん、持ってるわ」
「俺は持ってない。まあ、この程度の小降りなら問題ないだろう。本降りになる前に行く。じゃあな」
「ええ、また明日」
「あなたは、持ってないの?」
「持ってるよ」
「そ。じゃあ帰りましょう」
折り畳み傘をさす。薄い生地に雨粒が当たり、ポツポツと水が弾ける音が不規則に耳に入ってくる。目を閉じて聞き入りたくなる、どこか懐かしくて落ち着く音色。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない。行こう」
数歩先で
* * *
翌日。翌週から夏休みということもあり、授業は午前のみの自習。そして、担任が席を外していることを良いことに、椅子を引っ張って来た
「お前、ツレねぇよな~」
「んー? 何が?」
ペンを止めずに用件を聞く。
「部活だよ、部活。オレが勧誘しても頷かなかっただろ? なのによりによって、次期生徒会長を争う
「成り行きだよ」
「ふーん、成り行きねぇ~」
周囲に注意を払いながら、
「
「まーな」
「何の話ししてんの?」
近くの席の
「例の話しだ」
「例の? ああー、魔じょ......むぐぐ~っ!」
二人して、
「ぷはーっ! ちょっと何すんのよっ!」
「内密にって言っただろう?」
「あっ! そうだったわね......」
改めて、魔女の件について自習のふりをしながら三人で小声で話す。
「それで、
「そっちと同じで、例のノートの上巻の情報だけだよ」
「五分か」
頭の後ろで両手を組んで、背もたれに寄りかかり天井を見上げる
「新規に部活を作ったってことは、お前らもクラブハウスに探しに行くんだろ?」
「二人は、そのつもりだね」
「二人は? じゃあ、お前は?」
「これ」
部活設立時に用いた、ビーチサッカー日本代表のポスターを見せる。
「へぇ~、ビーチサッカーなんてあるのね」
「で、本命は?」
「探すのが大変そうだから、手伝いを兼ねて」
「なーる。あそこは今、物置になってるらしいからな。人出が多いにこしたことはねぇ」
「そうなの? 掃除道具も持っていかなくちゃね......」
「ところで、申請早かったみたいだけど?」
先日
「もともと、合宿の予定組んでたんだよ。オレの独断でな」
「アタシ、聞かされたの昨日なんだけど!」
「サプラ~イズ。それに、どうせ暇だろ?」
「うぐっ......。言い返せないのがムカつくわ」
「結果オーライだろ?」
「まあ、否定はしないわ。うららちゃんも楽しみにしてるみたいだしね、塾も休むって気合い入ってたし」
両手を組んで、うんうんと頷く
「
しかし、
「意外だったろ? 実は今回の件も、
「確かにねぇ。行くのを渋った魔女発見器の
俺はいつか聞いた、
「部活って何だか楽しそうでしょ」
もしかしたら、魔女のことだけじゃなくて。部活動を、友だちと過ごす時間を楽しんでいるのかも知れない。俺も、その中のひとりに入れるのだろうか? ふと、柄にもなくそんなことを思いながら、二人の超研部での話に耳を傾けつつ、再びペンを走らせた。
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Episode17 ~映し鏡~
ほぼ真上に位置する太陽からの日差しも厳しくなり、季節は本格的な夏の様相を呈し始めた七月下旬。朱雀高校でも他校と同様一学期の終業式が執り行われ、夏の長期休暇に入った。
そして、夏休みに入って数日後の朝。
「おい、そろそろバスが来るぞ」
中庭のベンチの木陰の中で、
「クラブハウスって、遠いの?」
「
直線距離では林間学校の宿舎より遠いが、林間学校のような山道ではなく、都内からほぼ直通で湾岸線を通る高速道路が整備されているため所要時間でいえば、クラブハウスへ行く方が幾分速いとのこと。
「それにしても、納得いかないわ。どうして、超研部と同室なのかしら?」
「お前は、まだいいだろう。俺なんて、
部屋割りのプリントを見ながら、
「まったく、何の嫌がらせだ」
「でもさ。別に、嫌いって訳じゃないんだろ?」
「......フンッ! アイツが、いつまでもつまらない意地を張っているだけだ」
「ふーん、そっか」
彼女が教えてくれた通りのようだ。ただ、それはあくまでも二人の言い分であって、
しかしそれ以前に、二人の話し......特に、
「時間かかるみたいだから、トランプでもやろうか?」
「あら。私に勝てると思って?」
「まあ、暇つぶしにはなるな。ルールは、どうする?」
バスが代わり映えのしない都心の高速道路から、クラブハウス付近を通る湾岸線へ抜けるまでの間、何度かルールを変えながらトランプをしたり、話をしたりして有意義な時間を過ごした。
そして、朱雀高校を出発して二時間あまり、小さな渋滞には何度か引っかかりもしたが。無事、朱雀高校クラブハウスに到着。
「ん~っ! ようやく着いたわね」
「フゥ、さて、行くか」
バスを降りて、荷台に積んだバッグを受け取り、クラブハウスに入る。まるで、ホテルのような豪華な造りの内装。体育祭に聞いた、ホテルに負けないというのも納得。
「じゃあ、部屋に荷物を置いて。ここに集合しましょ」
当然の事ながら男女で部屋割りが違うため、
「なんだ? 居ないのか?」
「そうみたいだね。鍵はかかってないし。とりあえず、荷物を置いていこうか」
「不用心だな」
部屋は、四人で雑魚寝しても十分な広さの洋室。ドアを入ってすぐ靴箱があり、段差を上がった床はカーペットが敷かれている。ちょっとしたタンスや、クローゼット、冷暖房も完備されていて、大人数で集まってもゆったりと過ごせる空間が確保されている。
ひとまず、空いているスペースに荷物を置いて貴重品を持ち、エントランスへ戻る。
「ちょっと、
「わかった」
「連絡取れた?」
「ううん、留守電だったからメッセージ入れておいた」
「そう。これから、どうしようかしら?」
掛け時計を見ると、時計の針は11時を少し過ぎた辺りを指している。昼食までは少し時間があるし、ビーチへ行くにしては中途半端な時間。昼食までの一時間あまりで出来ることといえば......。
「超常現象研部に行ってみる?」
「そうね。さっそく行きましょ」
「場所は分かるのか?」
「ここへ来る前に、ロビーの見取り図で調べておいたわ」
得意気な
「ここよ」
「あら、カギがかかってるわ」
耳を澄ましてみたが、部屋の中から物音はしない。片開きのドアに小窓がついているけど、曇りガラスのため中の様子はうかがい知れない。けど、人影のような動くものはなかった。
「誰も居ないみたいだね」
「まったく、どこへ行ってるのかしら?」
愚痴を漏らしたところで、居ないものはどうしようもない。
とりあえず、
「
「あ、
声をかけた
「それじゃあ、
「ええ、補習が終わらないと超研部の部室の鍵を持った先生がクラブハウスへ来ないらしいの」
「それで
「まったく、呆れたヤツだな。能力の無駄遣いもいいところだ」
「別にいいの。塾のかわりのようなモノだから」
「わりぃ、スマホ、部屋に置きっぱなしだった」
「いや。それより補習が終わらないと鍵が開かないんだって」
「ああ、そうなんだよ。しかも、合宿期間までにクリア出来る保証もねーときた」
「マジか。どうするんだ?」
「まあ最悪、ピッキング?」
「それは、ダメだろ。倫理的に」
「冗談だって。まっ、いざとって時は、生徒会副会長の権限を使うまでさ」
そう言ってウインクをした
「そういうワケだから、気長に待とうぜ」
「まったく、悠長なことね」
「んなこと言ったって、仕方ねぇだろ?」
俺の隣には、
「
「あ、そうなんだ」
「お前らは、これからどうすんだ? オレらはまた、海に行くけど」
「そうねぇ。補習が終わらない限り動きようもないし、海へ行くのも悪くないわね」
「んなこといって、ホントは遊ぶ気満々なんだろ~?」
たんたんとあまり興味がなさそうに話す
「なによ、その笑い方っ!」
「だってよ~、
「なっ!?」
ガタッ! と音が出るほど椅子が大きく動いた。相当動揺したことが見受けられる。もしかして後日、買い出しの日の水着を購入したのだろうかと思っていると。
「あの水着じゃないわよっ」
「あ、はい、そうですか」
「って、どうしてあんたが知ってるのよっ?」
「はーい、アタシが見ましたー」
「あんなスタイルに自信がないと着れない水着買っちゃうなんて、悩殺したい男子でもいるのかしらねぇ~」
「マジかよ。
「誰が、あんたなんかっ!」
ムキになると余計に面白がってイジられるのにな、と思いながら食器を返却口へ返しに行き、午後の仕度を整えるため一度部屋に戻った。
* * *
「へぇー、結構観客多いのな」
「代表戦だからね。それに強化試合っていっても、相手は強豪国だし。それと、あの選手――」
砂浜の一画でアップをしている、対戦国の選手を指差す。
「元プロサッカー選手だよ。それも、世界最高のリーグで得点王にも輝いたこともあるね」
「マジか」
ビーチサッカーは、プロで活躍した往年のスター選手が普及活動に参加したりしている。彼らのプレーを再び観れるということもあって、当時のファンが足を運んだりと、数多くの観客がビーチに設営された仮設スタンドで試合開始の時を心待ちにしている。
「ほら」
「ありがとう」
「あら、ありがと。さすが
あのあと結局ビーチへ泳ぎに行くならびで話はまとまったらしいのだが、俺がビーチサッカーのレポートを書くため試合を観に行くと知った
「みんな、裸足なのね」
「砂地だからね」
「ああ~、靴にはいるからかぁ」
ぽんっ! と、納得した様子で手を合わせた
「こんなのが、おもしれぇーのか?」
「始まればわかる。サッカーとの違いでもあり、最大の見所でもある空中戦をね」
「空中戦って、野球かよ」
うちわであおぎながらタメ息をついた
「スゲー! おい何だよ、今の!」
ビーチに砂で作られたピッチの上で繰り広げられる、アクロバティックなプレーの数々に興奮している。サッカーとの最大の違いは、地面が柔らかい砂地のためボールを極力転がさず空中でダイレクトで繋ぎ、ヘディングやボレーシュート、オーバーヘッドキック等のアクロバティックな魅せるプレーが多用されること。見ている方も、サッカーの試合では中々見られないプレーに歓声を上げ、観客と選手の間には一体感が生まれる。
「よう」
「ん?
試合がハーフタイムに入るのとほぼ同時に声を掛けてきたのは、サッカー部の
「あら。誰かと思えば、
「それは、オレのセリフだ。無関係のお前たちが居る方が、不自然だって」
「そりゃそうだわな」
「
「ああ。サッカー部は、終業式の終わりから来てるから今日が最終日だ。夕方の便で帰る」
「そう。そういえば、都大会16おめでとう」
「ありがとう。と言いたいところだけど、全然ダメだ」
「どうしてよ? 快挙じゃない」
今年のインターハイ予選、朱雀高校サッカー部は決勝トーナメントに進出し、実に数十年ぶりのベスト16と結果を残した。
「オレも聞いたぞ。何でも、参加校の中で最少失点だったらしいじゃん」
「ゼロで抑えても、点を取れなきゃ勝ち上がれないからな。今年は去年より得点力は上がったが、やっぱりベスト8からの壁は厚い」
お手上げといった感じに、肩をすくめた。中盤の選手からの絶妙なノールックのピンポイントパスを、空中で反転したストライカーがダイレクト捉えで、ゴールにたたき込んだ。スーパープレーに大歓声が沸き起こる。
「まあ、うちはウィークポイントがはっきりしているからな。改善出来れば、ベスト4は堅い。ああそうだ、
「帝王? どんなタイプのプレイヤー?」
前半のレポートを書きながら、話に耳を傾ける。
「ひと言で表せばば、お前だな」
「
隣で、
「左右の違いはあるが、試合の組み立て方といい、パスを出すタイミングといいよく似てる。まるで鏡に転写したみたいにな。ただ、チームメイトとはあまり上手くいってないのか連携ミスも少なくなかった。確か、ジュニアユース出身で――」
「
「そうだ、
「ああ、知ってる」
手を止めて、疑問に答える。
「元チームメイトだ」
* * *
夕日が海に沈み始め、空がオレンジ色に染まり始めた夕暮れ時。部屋に集まってカードゲーム等で盛り上がっている部屋を出た俺はひとり、ベランダでスマホの画面に写るサッカーの試合を見ながら、生ぬるい風に当たっていた。すると、すぐ後ろに人の気配を感じた。
「みんなとゲームしないの?」
「うん、ちょっと試合観てた。すぐに行くよ」
「試合?」
声の主は、いつの間にか
「今年の、インターハイの試合だよ」
「そう。これ、ケンカかしら?」
画面はちょうど、帝王学園の選手同士が今にも掴み合いを始めそうな険悪な雰囲気になっている場面を捉えている。
「相変わらずだな、コイツ」
「この人、知ってるの?」
「うん、同じ中学でプレーしてた」
「よく分からないけど、この人上手なの?」
「相当上手いよ、
「ただ?」
当時はいろいろ思うところもあったけど、今のプレーを見て考えが変わった、つまらないヤツだったんだなと。その言葉を飲み込み、目を閉じて、一度大きく息を吐き出す。
「いや、何でもないよ。ゲームやろっか?」
「うん、そうしましょう。そうだわ、新しい魔女が見つかったの」
「えっ、ホント?」
「うん、その魔女なんだけど――」
新しく見つかったという魔女について話しをしながら、俺たちは賑やかな部屋へと戻った。
相手選手の名前を変更しました。
旧→金貞
新→嘉納
以降は、嘉納で統一しますが。修正までは混在します、ご了承くださいませ。
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Episode18 ~疑念~
「
「ああ。ふむ。しかし、クラスでも影の薄い物静かな
腕を組んで神妙な
「ちょっと、なんなのよ? じろじろ見て」
「魔女ってのは、おっぱいが大きい女子ばっかだなって思って」
「死ねぇっ!」
間髪入れず、
「なんで、俺が......?」
気の毒なことに、
「うららちゃーん、
「でも、
「ど、どういうことだよ......?」
泣きついている
「鈍いわね、アナタ。魔女には何かしらの共通点があるかもってことよ」
「ああ~、なるほど。で、お前らと
「おっぱい」
即答する
「巨乳」
「く、悔しくなんてないんだからっ!」
「それは関係ないと思うけど。とにかく、
「......わーったよ」
筆記用具を持って、渋々部屋を出ていった
「う~ん、トランプも飽きたわねぇ」
「そうねぇ、行きのバスでもやったし。他に何かないの?」
「JUMBOならあるようだ」
部屋の隅に放置されていたのを見つけた
「積み木を重ねて、倒した人が負けのヤツね」
「動作は単純だけど、結構熱中するのよね。これ」
「私も、それでいいわ」
「じゃあ、女子はそれで」
「女子は? アンタたちは何すんのよ?」
「よくぞ聞いたな、
「カード麻雀?」
「そんなの持ってきてなかったわよね?」
「
そういえば、試合を見終わったあと二人で何か話していた。どうやら、これを譲り受ける話をしていたようだ。
「ルール、わかるか?」
「俺は分かるよ」
入院中、暇をもて余した歴戦の勇士たちと何度も手合わせをしてきた。目を閉じると、何時間も駆け引きを駆使し勝負したあの時の光景が、まるで昨日のように甦る。何度看護師さんに静かにしろと叱られたことか。
「くだらん」
「あれ~、もしかして
「......そんなわけないだろ」
「......ただいま」
適当な安い挑発で
しかし、追試を突発してもらわないことには、超常現象研究部の部室の鍵を持った教師がクラブハウスへ来ない。
「何か、いい方法はないかしら?」
「
「教師が目の前にいるんだからできるワケねぇーだろ、バカ」
「なんだと......バカにバカ呼ばわりされる筋合いはない! そもそも、追試になったテメーが悪いんだろうがッ!」
「ああん? やんのかコラ!」
「上等だ、表出ろ!」
今にも殴り合いを始めそうな険悪な空気になってしまった。
「魔女のことは別にしても、追試をパスしないといけないんだろ?」
「そりゃそうだけどよ......。期間内に合格しねーと、とんでもねー量の課題を出されるって話しだし」
「なら、追試の合格が優先ね。
「気になること? あ、そういえば――」
落ちつきを取り戻した
「試験をパス出来る能力ってことだよな? そんな都合のいい能力――」
「
「はあ!? カンベンしてくれ、そう簡単にできるワケないだろ......!」
「それは大丈夫よ。さっきは彼女からしてきたんだから、悪い印象は無いハズだわ」
「ぐっ!」
結局、
「遅いわねぇ~」
「そうね。先に、お風呂を済ましておこうかしら」
「あ、アタシも行くっ。
「まあ、いいわ。付き合ってあげる」
「オレたちも行くか?」
「そうだな。ただ待っていても埒があかない」
「先に行ってて。レポート仕上げとく」
「あいよ。後でな」
着替えを持って部屋を出た五人を廊下で見送り、部屋に戻る。部屋の隅に置かれた折り畳み式の机を組み立てて、ビーチサッカーのレポートをまとめていると、ノックもなしにドアが開いた。部屋に入ってきたのは、先程出ていった
「どうしたの? 何か忘れ物......
「おう。よくわかったな」
戻ってきたのは
「なんで、
「
「はあ?」
レポートをまとめていた手を止めて、顔を上げる。
「仕方ねぇだろ? 妹以外の女の扱いに慣れてねぇんだからよ」
「いや、その言い訳はないんじゃないのか?」
「言い訳じゃねぇって! だってよ、実際に俺、部活に入るまで殆ど女子と話したことなかったんだぜ?」
「ん?」
――何かが、おかしい。俺の中で、そんな想いが沸々と大きくなっていく。まるで話の前提が違っている、そんな感じだ。
そこで、
「
「なんだよ、急に」
「頼む、教えてくれ」
「......まあ、入学当初はな」
「入学当初?」
「ああ、六月の頭くらいまではよく一緒に居た。俺も
二人とも中学の頃は、地元で有名な不良。そして二人ともが、そんな自分を変えたくて、自分たちのことを誰も知らない名門進学校の朱雀高校に進学したのだが、元不良と根っからの優等生とは中々話も合わず。自然と二人は、一緒に居る時間が増えた。
しかし、ある日事件が起きた。
下校中に、朱雀高校の女子生徒――
「アイツらは、俺を売って逃げやがったんだ」
――妙だ、やっぱりおかしい。
そして、何より......。
「でもさ」
「なんだよ?」
「お前ら、去年の秋頃よく一緒に居ただろ?」
「はあ? んなワケねぇだろ。何でアイツなんかと......チッ!」
面白くなさそうに舌打ちをしたが、この時俺は、あり得ないことが頭に浮かんだ。馬鹿げているが思い切って言葉にする。
「もしかしてお前、覚えてないのか......? 自分に彼女が居たってことも」
「は......はぁ!? 彼女!? お、オマエ、マジで大丈夫か......?」
思いきり引かれた。むしろ可哀想なモノを見るような目で心配されてしまった。
しかし、今の返事で俺の疑念は確信に変わってしまった。
「おーい」
「ん、何だ? おっと」
気がつくと目の前に
「何だ、じゃねぇよ。急に黙っちまってよ」
「あ、ああ......。悪い」
「お前、疲れてるんだろ? それは
「ああ......そうだな。そうさせてもらうよ」
書きかけのレポートを片付けて、
「あら、
「あ、
シャワールームを出たところでバッタリと、風呂上がりの
「髪、濡れてるじゃない。ちゃんと乾かさないと風邪引くわよ?」
「あ、うん、後で乾かすよ」
「何か、あったの?」
心配そうな
「ねぇ、
「なに?」
――去年のこと、どれだけ覚えている。
どうしても、確かめずにはいられなかった。
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Episode19 ~オフレコ~
夏休みが明けて、二学期が始まった。しかし、俺はまだ入院生活を強いられていた。手術を受けた右膝のリハビリは想像以上にキツく、長期に渡って段階的に行われた。
そして、二学期の始業式から数日後の定期検診で、ようやく退院の許可が下りた。ただ、しばらくの間は通院の日々。中間試験後には、固定したボルトを取り除く手術の予定が決まっている。まだまだ全快にはほど遠い。
翌朝、松葉杖を突きながらの登校は思った以上に大変だった。ぶっちゃけ、使わない方が歩きやすい。復学そうそう遅刻。職員室で担任に事情説明と退院の報告を済ませ、休学中に片付けた課題を提出し、休学中の学力を測るための試験を別室で受けた。結果は、無事クリア。今日のところは、結局これだけで一日を費やした。
休日を挟んで、週初めの月曜日。先日の反省を踏まえて、先日より30分早く登校。学校前の通学路につく頃には、ちょうど良い時間帯。昇降口の下駄箱で、靴を履き替える。松葉杖を突きながらの履き替えは、やっぱり手間が掛かる。まあ、持って行けと言われた代物。一旦下駄箱に立てかけようとした時、横から手が伸びた。
「大丈夫?」
突然かけられた声に顔を向ける。手を貸してくれたのは、背中まで伸びたロングヘアの女子生徒。知っている姿と違ったから一瞬、見間違いかと思ったけど、両サイドのバッテンの髪留めは変わらない。それに、彼女の横顔は印象に残っている。
「ありがと。
「ううん。退院できたんだ」
「先週末にね」
「先週末? 見かけなかったけど?」
「補講で、学力テスト受けてたんだ」
廊下を教室に向かって会話しながら歩く。松葉杖のせいか、他の生徒たちは気を遣って道を譲ってくるのだが、何とも居心地が悪い。脇に挟んで、自分の足で歩く。すると、
「......平気なの?」
「歩くだけならね」
ズレた骨を固定するためにボルトが埋め込まれているから走ったり、激しい運動は出来ないけど、歩くことくらいなら出来る。中間試験後の経過次第で、ボルトを抜く予定。そうしたら、またリハビリが待っている。今回ほど長期じゃないけど、ひと月くらいはかかるだろう。
「髪、おろしたんだ」
「......うん、今日から。前髪も、少し切ってみたんだけど。変じゃない?」
「似合ってると思うよ。メガネも」
「ないから変な感じ。それに、まだちょっと怖い、コンタクト」
思わず笑いそうになったのを堪えるが大変だった。ただ、そのおかげで柄にもなく感じていた緊張が解けた。その勢いに任せ、久しぶりに教室に入ると、まるで動物園のパンダにでもなったかの様な扱いを受けて、気が休まる暇は殆どなかった。ただ、
昼休み。これまた久しぶりに屋上へ足を運んだ。屋上に続く途中の階段で、危ない場面に遭遇したりもしたけど。事前に連絡いれておいた別のクラスの友人、
それから、ひと月ほどが経過して――。
「その頃なんだよな? お前が、
一年の頃のアルバムを開きながら話しを聞いて腕を組んだ
二泊三日の合宿という体の魔女調査を終え、膝のクリーニング手術を翌日に控えた七月末日。バイト終わり俺を、近所のコンビニで
「副会長のオレと
「聞いたよ、明け渡し先がないんだろ?」
今年に入って新設された部活は、フットサル部のみ。既存の部活は、既に部室を保有しているため、新しく部室を用意する必要がない。
「あの狸ことだ、何か必ず裏がある。臭うぜ......」
無意味なことはしないだろうから理由があるのは間違いないだろう。体育祭の時の様に。けど、待ち伏せしていた挙げ句、来てそうそう家主の目の前で家捜しをしていたヤツが、本棚から引っ張り出した一年の頃のアルバムを捲りながら凄んでも締まらない。
「にしても、
「知的だろ、実際」
この学校唯一の学業特待生にトップを攫われることが稀あるが、基本的に成績は学年トップで、容姿端麗。少々人付き合いが苦手だったり、時折感情に浮き沈みがあることを差し引いても、才色兼備という言葉がぴったり当てはまる。
「やっぱ仲良さげだよな~、一緒に写ってる写真多いし。こんな楽しそう
「セクハラ発言ばっかりするからじゃないか?」
悪びれる素振りも見せず、それどころか逆に爽やかに笑った。まったく、困ったヤツだ。本人に悪意はないし、嫌味もないからタチが悪い。だから、好かれるんだろうけど。
「それで、
「ぶっちゃけ、ぶっつけ本番だな」
テレパシーの魔女の
「まあ、入れ替わっておけば未来に変化が起きることがわかったからな。原因にも目星がついてる。お前は、安心して手術受けろよ」
「ああ、そうさせてもらう」
明日、8月1日に右膝のクリーニング手術を控えている。今までのような大がかりな手術ではないが、同日に起こると予知された旧校舎の火災。
テーブルに肘をついて、窓の外に目を向ける。カーテンの隙間から、住宅地の向こう側に建ち並ぶ都心のビル群の灯りが夜空を明るく照らしている。火事も、あんな風に空が明るく......ふと、疑問が浮かんだ。
「そういえばさ。どうして、放火になるんだろう」
「あん?」
「予知された未来は、
「ああ。
「で?」
「ふむ、おかしいな......」
「だろ?」
「ああ、よくよく考えれば不自然だ。鎮火後に実況見分が入るわけだから、料理油が原因で火災が起こった場合、通常は“事故”として処理されるハズだ。なんとなーく見えてきたぜ、この件の本質がな......!」
ニヤリと白い歯を見せた。
どうやら、同じ考えに至ったようだ。光が洩れるカーテンを閉じて、座り直すと。
「んじゃあ、もうひとつの謎の解明といこーぜ」
頬杖をつきながらウインクした
俺と、三人の記憶の相違について。
「お前の記憶では、三人は特に仲違いしてた様子はなかったんだな?」
改めて、記憶を思い起こす。
あれは一年の初秋頃、中間試験前後に部室棟の一室で三人を含めた数人で昼食を食べているところを何度か見かけた。けど、
「確認するけどよ。間違いなく、
「ああ......。屋上で昼食べるだろ? フェンス際から、部室棟が見えるんだ。どの部室かまではわからないけど」
「ナルホド。けど、三人が三人とも身に覚えがない、と......おもしれーじゃねーか!」
まるで、新しい玩具を買ってもらった子どものみたいな顔。
「俺の方を信じるのか?」
「いーや、まだ決めかねてる。三対一だし、見間違いの線が消えないからには断言出来ねぇ。けど、そんな嘘をつく理由がないのも事実。そこでだ、信用させてくれ」
今度は意地悪そうな
「お前が、
「どうしてわかった?」
「ピンときたのは、超常現象研究部の部室に初めて来た日、魔女の能力実験で
「正解、その通り。さすがに頭の回転がいいな」
賛辞の言葉を贈ったが、
「オレが
左肘を机に突いて、グイッと身を乗り出した。
目を閉じて、思考を巡らせる。正直、
そこで、交換条件を持ちかけることにした。
「教えてもいいけど、俺からも質問がある」
「なんだよ?」
「朱雀高校へ転校してきた理由」
「んなもん。ただ単に時間ギリギリまで寝てたいから、家から近い学校に転校しただけさ。じゃダメか?」
「いや、別にそれでもいいよ」
俺が答えてから、まるで時間が止まったかのように部屋は静寂に包まれた。時おり聞こえる、気が早い秋の虫の鳴き声と掛け時計の秒針が刻む音は、この静かな部屋中ではより存在感を増す。そして時計の針が夜の九時を差した頃、
「......わかった。正直に話す」
「別に、無理しなくていいぞ?」
「いや、お前には嘘つき野郎と想われたくねぇからな」
大きく息を吐き、いつにもなく真剣な表情。真面目な話しだと瞬時に察し、身を引き締めて聞く。
「......オレには、ひとつ違いの姉貴が居る。その姉貴を助けるために、朱雀高校へ転校してきたんだ」
しかし、ある日突然変わってしまった。
彼女は、呆れるほど嬉々として話していた部活や魔女のことを一切話さなくなり。そして、何かに怯えているかのように、学校にも行かなくなった。
「姉貴が口走った“7人目の魔女”ってのが、姉貴に何かをしたんだ。だからオレは、朱雀高校へ来た。もう一度、姉貴が笑顔で学校へ通えるようにするためにな」
「そっか」
なるほど、そのために一番手っ取り早いのが朱雀高校の全権を所有する生徒会長になること。生徒会長なら、7人目の魔女の存在を把握している可能性がある訳か。しかし、自分の姉を救うためだけに転校してくるなんて、とんだシスコンだ。だけど――。
「スゴいな、お前」
「よ、よせっての!」
「ははっ、テレるなよ」
「そ、それよか。次は、お前の番だぞ!」
照れ隠しで強引に話題を替えた。
「
「......はあ?」
何言ってるんだ? コイツ、と言いたげな
「マジ?」
「おおマジ」
「マジなのか。って、誰だよ!?」
「知りたい?」
「当然! やっぱ
スゴい決めつけだ。記憶喪失の話以上に食い付いてきた。
「仕方ないな。オフレコで頼むよ?」
「任せとけって。オレの話もオフレコな」
拳同士を軽く合わせ、お互いにこの話は二人だけの秘密だと誓う。
そして俺は
「マジか......そういうことかよ。
「まあ、そういうことだね」
「なるほど、まあ頑張れや。親友」
「ああ、お前もな。親友」
今度は笑い合って、拳を合わせる。
「よっしゃ前祝いだぁ! 今日は騒ぐぞーッ!」
「いや、近所迷惑だから。それに明日、手術なんだけど?」
「んなもん知るか!
「
スマホを弄る
眠そうな
二人に返信をしてから部屋を出た俺は、ひとつ大きく深呼吸をして手術予定の病院へ向かった。
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Episode20 ~アウェイ~
梅雨が明け、肌を焼く強烈な日差しが燦々と青空から地上へと降り注ぎ、湿度も高い都会の蒸し暑さ。高層ビルの遥か遠くの空高く広がる積乱雲、公園や街路樹の僅かな緑の中で、短い命を燃やしながら奏でる蝉時雨が本格的な夏の始まりを告げる。
そんな真夏の八月初旬、四度目の右膝の手術は無事終わり、日帰り手術で退院。退院から三日、現在自宅療養中なのだが、家に居ても暇なため気分転換を兼ねて、近所の図書館に足を運んだ。
朱雀高校の次に緑の多い図書館の敷地内の歩道を通って低い階段を数段上り、両開きの自動ドアを潜る。途端に夏とは思えない冷たい空気に身体が包まれた。寒いくらいの人工的な冷気は、一瞬で額の汗を乾かす。筆記用具と一緒に持ってきた薄手の長袖上着を羽織り、館内に完備されている自習室の空いている席に腰を落ち着け、課題を開く。夏休みの課題と向き合ってしばらく、切りのいいところでペンを置く、軽くのびをして掛け時計を見ると、勉強を始めてからちょうど二時間が経過していた。
「やっと止まったわね」
「え?」
すぐ隣で、女子の声が聞こえた、聞き覚えのある声。顔を動かして隣を見る。やや呆れた
ちょうど昼時だったこともあり、二人と一緒に近くのファミレスに場所を移す。店内は夏休みということもあってか、俺たちと同じ学生が大半をしめていた。知り合いも何人か居て、綺麗な小麦色に日焼けした肌からみんな、充実した夏休みを過ごしていることが容易に想像できる。
「うららちゃんの言った通りね。アンタ、アタシらにぜんぜん気づかないんだもんっ」
「ごめんごめん」
「ふふっ、一年生の頃から変わらないわ。集中してる時の
「そういえばアンタ、さっき普通に歩いてたけど、手術したのよね?」
氷たっぷりの透明なグラスいっぱいに注がれたオレンジジュースのストローをくわえる
「したよ。みんなが、旧校舎の火事を阻止した日にね」
今回の手術は、遊離した骨を除去するクリーニング手術。スポーツで使われる「ネズミ」を取る手術。開いた膝の傷痕は一センチに満たない小さなもの、骨や靭帯でもなく血が巡る場所のため、回復も比較的早く、手術箇所も小さいため松葉杖の必要ない。
膝の手術をした八月一日の夜、
「でも、ホント良かったわ。うららちゃんが放火犯にされなくて」
「
「そうなの。
「
「へぇ~、この女子が
「ええ、そうよ。美化され過ぎだけど......」
「そんなことないわよっ」
画像をスライドさせる。前半はギャグテイストと下ネタ系のイラストが大半を締め、後半に行くにつれて例の火事に関するイラストが増えていった。
「お、おう......な、なに? この一枚だけ創造センスが爆発してるイラストは」
「ああ、それね。最初に見た火災現場を、
「
けどそれ以上に、
「20時2分37秒......? うーん......」
確か、
何より、
火をつけた人間は、別に居る。
それが事件前日の夜、俺と
「
「ああ、うん、ちょっと考えごとしてた。あ、ごめん、メッセージ」
真相はどうあれ未然に防げたからいい、考えたところで推察の域を出ないと頭を切り替えて、ポケットから取り出したスマホを開く。送信者は、
「おつかれ~。お前、歩けるんだよな? 明日の夜みんな誘って、近所の花火大会いかねぇか? だってさ」
「行くー! うららちゃんもいいよね?」
「ええ、明日は塾もないから大丈夫よ」
「やったー!」
「じゃあ、
「あ、アタシにも
そういいながらも、とても嬉しそうにスマホを操作している。
「花火大会、楽しそうね」
「そうだね」
「よーし、送信完了。うららちゃん、浴衣ある?」
「じゃあ、ご飯食べたら一緒に買いに行こっ」
「ええ」
昼食の残りを片付け、会計を済ませて店の外に出る。
「じゃあ、また明日の夜に」
「何言ってるのよ、アンタも来るのよ!」
図書館へ戻って、残りの課題を片付けてしまおうと思った矢先「女子だけだと無難なの選んじゃうから、男子の意見を聞きたいのよ」と言われ、結局押しきられる形で、二人の買い物に付き合わせされることに。ファミレスからほど近い、近所のショッピングモールへ。ここには、彼女たちのお目当ての浴衣はもちろんのこと、
「この花柄デザインの浴衣、うららちゃんに似合いそう」
「そうかしら?
「そっかなぁ? あ、そうだ! じゃあお互いに選びっこしよっ」
「面白そうね」
二人は別々に、ハンガーで陳列されている浴衣を手に取りながら品定めを始める。どちらに着いていけばいいのか迷っている間に必然的に放置状態、女性物の浴衣が並ぶ店内に取り残されてしまった。どうやら、ここに居る存在意義はなくなったらしい。
しかし、水着の時はまだ
その前に、同じモール内のカフェで食後のアイスコーヒーを買いに行く。すると、カフェのテラス席でノートを広げ、季節のフルーツをふんだんに使ったデザートドリンクを飲んでいる、
「
「あら。
顔を上げた
「夏休みの課題?」
「そうよ。家だと、弟がお友達と遊んでるから。あなたは?」
「俺も同じ。近所の図書館で課題を片付けてたんだ」
「あら。だらけてないでちゃんとやってるのね」
「まあね。あ、そこ小数点の位置ずれてるよ」
「え? ホントだわ......」
どことなく悔しそうな
「う~んっ。そろそろ休憩にしようかしら?」
「おつかれさま。何か買ってこようか?」
「いいわ、まだ残ってるから」
ノートの横にあるドリンクを持ち上げて見せる。自分の分のアイスコーヒーを購入してから席に戻り、お互いどんな夏休みを過ごしているのか他愛ない世間話。
「前に言ってた家族旅行は、来週末なんだ」
「ええ、お盆休みを利用して行くのよ」
「そうなんだ、楽しんでね」
「ありがと。お土産は覚えてたら買ってきてあげるわ」
「ははは、期待しないで待ってるよ。じゃあ、そろそろ行かないと」
「用事?」
「うん。ツレが......って、噂をしたらってヤツだ」
汗をかいたアイスコーヒーの容器を持って席を立ったところで、
「アンタ、どこ行ってたのよ! って、
「あなたのツレって、
「図書館で偶然会ったんだよ」
「ふーん、そう」
「ちょうどよかったわ。
「花火大会? 何よ、それ?」
小首をかしげた
「あら、ほんと。気がつかなかったわ」
「それで、どうするの?」
「そうねぇ~。まっ、時間作ってあげてもいいわよ」
「はい、決まりっ! じゃあ、
「えっ、ちょ、ちょっと待ちなさいよっ! バッグが......!」
「
「はいはい、仰せのままに」
「ふふっ、
「
ショップへ戻り、今度は四人で浴衣を選ぶ。品定めを始めてから二時間ほどで買い物は終了、三人とも新しい浴衣を新調した。だけど、それぞれ幾つかの候補は見たけど最終的にどの浴衣にしたのかは、教えてはくれなかった。
「私、友だちと花火大会へ行くの始めてなの。だから、今からスゴい楽しみ」
「そっか。きっと......絶対楽しいと思うよ」
「うん。それでね、浴衣を着るのも子どもの時以来だから。明日、
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
新しい浴衣が入った紙袋を抱いて玄関へ向かう
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Episode21 ~ひと筋の汗~
花火大会当日、午後6時過ぎ。
天候にも恵まれ、空には雲一つない青空が広がっている。時刻でいえば夕刻にも関わらず、このまま沈まないのではないかと思うほど、真夏の太陽はいつまで高い位置に留まり。今なお、焦がすような熱い日差しを燦々と地上へ降り注ぎ続けている。
そんな夏空の下、
「お二人も、お兄ちゃんのお友だちですかっ。妹の
「
「いるよー。呼んできますから、ちょっと待っててくださいっ」
妹さんは面識のある
「夜なのにアチィ~なぁ、やっぱ行くの止めようぜ。人混みダリィーしよ」
「強がるなって。んなこと言って、ホントは楽しみなんだろ~?」
「バッ......! ち、ちげぇーし!」
うちわを扇ぎながら愚痴を漏らした
「相変わらず分かりやすいヤツだなぁ。お、
意地悪く笑っていた
「家の用事で遅れるそうだ。先に行ってていいってよ」
「そっか。じゃあ行こう」
「なぁ、みやむー。今日来る女子はみんな、浴衣なんだよな?」
「おうよ。今日に合わせて新調したって、
「ってことは、
会場の河川敷に近づくにつれて、人数が多くなってきた。橋の欄干に寄りかかっている
「お待たせー」
待つこと数分、女子の声に顔を向ける。
制服マジックというやつだろうか。いや、制服じゃないから正確には違うけど。まあ、細かいことは隅に置いて。とにかく、普段目にしている学校の制服とも、私服ともまったく違う雰囲気の見目麗しい五人の少女たちの浴衣姿に、俺たち男連中は計らずも揃えて声をあげた。
「どう? 似合うっしょ?」
そして、もうひとりの女子。話では聞いていたけど、彼女とは初対面。ナチュラルウェーブのポニーテールの
身長は、
「ねぇ、
「家の用事があるみたいで後から来るって」
「あら、そう。ところで、何か言うことがあるんじゃなくて?」
自分の浴衣姿を褒め称えろと言わんばかりに
「すげー似合ってる可愛いぜ、
「ふふーん、まあ当然ね。って、アンタに言われてもまったく嬉しくないわ!」
やたらと恥ずかしいセリフを軽々と言ってのけた
「何でだよ。本心だぜ?」
「どうかしらね? 普段のアナタの振るまいをみてるから信用できないわ」
「ヒデェーなぁ、とんだ偏見だ。んじゃあ、
「そうね。少なくとも、アナタの軽いノリの言葉よりは信用できるわ」
「だそうだぜ?」
――さて、どうするかな? と
「その髪止め、似合ってるね」
「あら、ありがとう。わかってるわね」
左頬にかかる髪をそっと触りながら、嬉し混じりの満足げな
「さて、社交辞令も終わったし、屋台見て回ろうぜ」
「社交辞令ですって? やっぱりからかってたのねっ!」
ニヤニヤと俺たちのやり取りを見ていた
すると
「よし、全員揃ったことだし。ここいらで余興といくか」
先端を隠して両手に五本づつ分けて持ち、余興の趣旨の説明を始めた。
「この割り箸の先には、それぞれ1から5までの数字がふってある。で。同じ数字の割り箸を引いたペアで、しばらく二人で見て回るってワケさ」
つまりは、浴衣姿の女子と二人きりで花火見物をするための下心満載の下世話な企画。だが、面白そう、と意外にも女子も乗り気。
「右引け」
自分の番号を確認しているみんなには聞こえない様に
「俺たちも行こっか」
「ええ。あ、ワタシ喉乾いちゃったんだけど」
「じゃあ、スムージーの屋台に行こうか。向こうで見かけた」
「うんっ」
俺は、
「たまや~っ、あっはっは!」
雲ひとつない夜空にきらびやかな大輪の花が咲く度に、
「あっははっ! 花火って、キレイだよね。ホント来てよかったわ」
「ん?」
隣を見ると
「ふふっ、
「予知能力だよね」
「そ。旧校舎の解体作業を
彼女が手を振った先で、食べ物を大量に持った
「おーい、二人ともー、そろそろ時間よー!」
「はーいっ!」
時計を見る。確かに待ち合わせの時間まであと少し。先に立って、着なれない浴衣で立ちにづらそうな
「ありがとっ。あ、そうだ、すっかり聞くの忘れてたわ」
「なに?」
手を取って立ち上がった
「ワタシのクラスで話題になってたんだけど。体育祭の決勝戦出てなかったのは、どうして?」
「ああ、ちょっと怪我してて時間制限があったんだ」
「へぇ~、そうだったんだ。もう平気なの?」
「うーん、今後の経過次第だね」
「そうなんぁ。ねぇ、キスしよっか?」
「......はい?」
唐突な提案に思わず、すっとんきょうな声を上げてしまった。何を言ってるんだ、この子は? 突然のことで思考がうまく回らない。
「ほら。キスしたら、キミのケガがいつ治るか分かるかもじゃん」
「じゃん。って、そんな軽いノリで......」
「だって、キスなんて挨拶みたいなモノだし。ほら、ワタシ帰国子女だから」
――ここ、日本ですから。過激なスキンシップはしません。
説得力が有るのか無いのかよくわからないけど......。それに、そんな都合良く、ピンポイントで知りたい未来を視えるモノなのだろうか? と、想いながら地面目を落として考えていると、不意に良い香りがして、とても柔いモノが口に触れた。完全な不意打ちで、彼女にキスされた。
そして「....視えたわ!」と、
最後の花火が打ち上がり、花火大会は滞りなく終了を告げた。帰宅をする大勢の人波の中を、みんなで歩いていると
「ちゃんとキス出来たか?」
「やっぱり、お前が仕組んだんだな」
「まーな」
悪びれる様子は微塵も見せずに笑う。
「で、どうだったんだよ?」
「視えたらしい。みんなで、スタジアムのスタンドから朱雀高校サッカー部を応援してる姿が」
「おおー、やったじゃん! じゃあ来年のどっちかには間に合うんだな」
「たぶん、な」
「どうした? 何か浮かない
先を歩くみんなの後ろ姿を眺める。
「後で話すよ」
「ふむ、ワケありだな。
「止めろ! 暑苦しい!」
「なんだよ、ツレねぇな~。おーい、置いてくぞー」
一足早くみんな輪の中へ戻っていった
「じゃあ、聞かせてくれ。
自宅に着き、テーブルを挟んで
一呼吸置いてから話し出す。
「応援スタンドに居なかったんだってさ」
* * *
右膝の抜糸が済み、バイトへ復帰した八月の半ばのある日の夜、一人の女性が自宅アパートを訪ねて来た。
「
「あなたに聞きたいことがあるの。教えて......あなたは、何を知っているの......?」
一枚の写真を差し出し、とても真剣な
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Episode22 ~心強い言葉~
お盆休みを利用した二泊三日の家族旅行。滞在先は、沖縄。
オーシャンフロントのリゾートホテルの部屋から見える真っ白な砂浜と、どこまで澄み渡る蒼い空と海。カラッとした爽やかで気持ちの良い暑さは、じめじめした湿気が肌にまとわりつくような東京の夏と違って、とても過ごしやすい。
海、観光、ショッピングと充実した時間を過ごして、帰宅日の昼過ぎ。私は、二人居る弟の下の弟にせがまれて、ホテルと空港のちょうど中間地点に位置する動物園を訪れていた。園内の動物たちは暑さのせいか殆ど動かない、夏バテのみたい。
弟は、日陰で伏せているライオンの檻の前のベンチに座って、スケッチブックを開いた。どうせなら、水族館にしておけば涼しいのにと思いつつ「他の子じゃなくていいの?」と、聞くと「描きやすいから」と、弟は答えた。スケッチするには動かない方が都合がいいみたい。初日に行った水族館で描かなかった理由が判明した。
隣に座って、スケッチしている弟も一緒に日陰に入る様に日傘をさして、開いている右手でスマホを操作しながら、弟の夏休みの宿題が終わるのを待った。一時間弱でスケッチを終えると今度は、友だちにお土産を見たいという弟を連れて、園内の土産屋に入った。冷房の効いた涼しい店内を見て回っていると、ふと目に留まった、この動物園には居ない人気動物の縫いぐるみを手に取る。
――どうして、パンダの縫いぐるみがあるのかしら? と思っていると。まったく身に覚えのことを、弟が聞いてきた。
「お姉ちゃんの友だちって、パンダ好きなの? 去年もパンダの縫いぐるみお土産に買ってきてたけど」
「それ、いつの話よ......?」
突然のことに戸惑いを感じながらそう返すと、弟はとても不思議そうに首を傾げた。
* * *
帰りの飛行機の中、心がずっとざわざわと落ち着きなく騒いでいた。理由はわかっている、動物園で弟から聞いた話――。
「ほら、去年の秋だよ。友だちが用事で来られなかったからって」
弟の言ったことは、記憶にない内容の話し。買い物を済ませた私たちは動物園発のバスで、家族と待ち合わせをした空港へ向かった。先に空港に着いて、ロビーで待っていた母にそれとなく尋ねる。
「
弟と同じように、不思議そうな
「久しぶりだったから、いつだったかなって思っただけよ」と、私はそれらしいことを言ってごまかした。母と弟の話には整合性が取れている。だけど、当事者の私の記憶にないというのは、どういうことなのだろうか。
そんな疑問が、私の心を支配していた。
沖縄の空港から飛び立った飛行機は、特にトラブルもなく定刻通りに無事に東京へ到着。空港の近くのレストランで夕食を食べて、電車を乗り継いで、久しぶりに帰宅。荷物を部屋のテーブルに置いて、替わりに着替えを用意してシャワーで汗を流す。濡れた髪をドライヤーで乾かし、ベッドに倒れ込んだ。
――今日は疲れたわ。このまま眠ってしまおうかしら?
お気に入りの抱き枕を抱きながら寝返りを打つ。ふと、足の先の棚が目に入った。両手を付いて、ベッドの上で体を起こす。
「そうよ、そうだわ! 去年のことなら手帳に何か書いてあるかも......!」
ベッドを降りて、棚にしまってある一年の時に使っていた教科書などをしまってある収納ボックスの中から、当時使っていた手帳を探す。
「あったわ。えっと、二学期の中間だから去年の秋頃よね......」
手帳のカレンダーのページを開いて、母から聞いた中間テストの終わり頃のスケジュールを確認する。
「そ、そんな。何よ、これ......?」
自分の目を疑った。中間テスト終わりの週末の日曜日の欄に「みんなと遊びに行く!」と、赤いペンで書き記されていた。
その文字を呆然と見つめていると指先に尖った何かが触れた。確認してみると、裏表紙と最後のページの間に何かが挟まっていた。手帳の裏表紙を開いて取り出す。手に触れた物の正体は、光沢のある印刷紙――写真だった。
それも、私と
私は考えるよりも前に上着を羽織って、部屋を飛び出していた。階段を降りて、玄関でミュールを履く。玄関を出ようとしたところで、母から声をかけられた。
「
「友だちに、お土産を渡してくるわ!」
「こんな時間に? ちょっと」
「すぐに戻るわ!」
家を飛び出した私は電車に揺られながら、あの時の
「
デートの時も――。
「去年のこと、どれだけ覚えてる......?」
クラブハウスでの夜も――。
彼は、
何より、もしかすると当時の私のことも、知っているのかもしれない。それが頭を過った瞬間、いてもたってもいられなくなって、気がついた時には家を飛び出していた。
電車でひと駅の朱雀高校の最寄り駅で電車を降りて、まだ人も多い改札を潜り抜ける。けれど、駅を出たところで、今になって、とても重大なことに気づいていしまった。
――まずったわ......。
そう、私は、彼の家を知らない。ひとまず電話をしたみたけど繋がらない。バイト先のフットサルコートへ行ってみたけれど、
「ハァ......」
大きなため息が出る。
正直、アイツには頼りたくないけど、仕方ない。電話帳を開いて、タップ。数回のコールで繋がった。
『あいよ~』
「
『おお。その声は、
確かに、生徒会の連絡事項以外の件で電話することは初めてねって、今はそれどころじゃないわ。
「あなた、
『......夜這いか?』
わざとためて声を潜めて言った
「ひっぱたくわよ!」
大勢のひとたちが行き交う駅前の大声を上げてしまったことで、何事かと周囲の注目を集めてしまった。歩きながら場所を移す間も、電話口からいつも通りの軽口が聞こえてくる。
『はっはっは、冗談だってー』
まったく、この男は......人の気も知らないで。もう一度、
「口で説明するの面倒だから住所送るわ。こっちから連絡入れとく」
と言った途端通話が途絶え。そして代わりに、メッセージが送られて来た。送信者は、
「何をよ......?」
思わず心の中の言葉が漏れた。沖縄でも使ったスマホのナビゲーションアプリに住所を入力して、ナビの指示に従って
そしてほどなくして、
部屋の玄関のドアの前で、コンビニで買った汗拭きシートで身体を拭き、上着のポケットに入っていた香水を手首と首筋に吹き掛けて身だしなみを整えた。けど、私は呼び鈴を押すのに躊躇している。
――夜も遅いこんな時間に、突然家を訪ねるなんて......どう思われるかしら?
それでも、私は......あの写真のことを知りたい。
その想いが、私の背中を押した。
緊張しながら呼び鈴を鳴らす。「はい」と、短い返事が聞こえ、カギが開く音の後ドアが開いた。
「あれ?
「こ、こんばんは......」
――もう、
「どうしたの? こんな時間に。何か急ぎの用事?」
「え、ええ、ちょっと聞きたいことがあって。電話したんだけど」
「ゴメン、シャワー浴びてた」
「いいの、気にしないで」
「とりあえず、どうぞ」
「あなたに聞きたいことがあるの......!」
大きく深呼吸をして、あの写真を
「教えて......あなたは、いったい何を知っているの?」
「俺が、
「......そう」
前に聞いたのは、私が写真に映る男子二人と、他数人の女子たちとよく行動していたのを、去年の秋頃に見かけたという話し。あの時は、当事者の誰も記憶になく、彼の見間違いだろうと結論付けた。でも、今は違う。母も、弟も、そして何よりこの写真がある。
「もう遅いし。駅まで送っていくよ」
顔を伏せたままの私を気遣って、最寄り駅まで送ってくれた。
「送ってくれて、ありがとう」
「あのさ、
――そうよ......。私の記憶喪失が魔女の能力によるものなら戻るかも知れないじゃないっ。さっそく、みんなを集めなくっちゃ。
家に帰った私は、ベッドに座ってメッセージを打った。
帰り際に言ってくれた彼の言葉「もしかしたらだけど、もし魔女の能力が関係しているなら記憶を取り戻せるかも知れない。手伝えることがあったらいつでも言って」。
あの言葉は、記憶を思い出せないことの不安を払拭してくれるには十分すぎる、とても心強い言葉だった。
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Episode23 ~選択~
夏休みが残り一週間を切った、八月下旬。記憶について相談したいことがある、と
「んだよ、これ? 俺、こんな写真撮った覚えねぇぞ!」
「オレもだ。にわかには信じ難い」
「知らねぇウチに面白いことになってんな!」
「どうして、あなたが話に入っているのかしら?
例の写真に映る当事者の
「まあ確かに、
「......サイテーね」
「まあ、そんな冗談は置いておいて、と」
腕で胸を隠して身体を背ける
「この写真に、心当たりは本当にないんだな?」
「ああ、ねぇよ、あるわけねぇ......!」
「私もないわ。けど、じゃあこの写真はいったいなに? どうして、私の手帳に挟んであったの?」
「お前は、どう思う?」
「......そうだね。ひとまず整理してみようか」
この写真に触れる前に、
「私たちが、あなたを陥れたですってっ!?」
「そんな卑劣な
「だ、だけどよ......」
当事者の二人にものすごい剣幕で言い分を否定された
「俺の記憶だと、不良に絡まれてた女を助けるために......」
「あの日の放課後確かに私は、他校の不良たちに絡まれたわ。でも、自分で追っ払ったし。そもそも、あなたを陥れて何の意味があるのよっ?」
「うむ」
「ああ~、そうだな。何のメリットもねぇな」
「た、確かに......」
それでも、当然のことながら互いの記憶に相違があるため、自分だけが停学処分を受けたことに関しては、
「そこで、謎を解くカギがコレ」
テーブルの中央に置かれた写真を指す。
「この写真を見る限り、二人は和解してると思う」
「ええ、そう思えるわ」
「そのようだが、しかし......」
「この写真、マジでなんなんだ?」
写真を拾い上げた
「記憶になくても、身に覚えはあるんじゃない」
「は? どういう意味だよ?」
「三人が三人とも覚えていないなんてこと。あり得ないだろ? 否定出来ないほどの物証があるんだから。つまり――」
「魔女の仕業ね」
「――魔女ッ!?」
「なるほど、記憶の操作・消去する魔女か。それなら俺たちが、この写真の出来事を覚えていないのも、六月の暴行事件の見解に相違があることも頷ける......!」
「
記憶喪失が魔女の能力の可能性があることを事前に話した、
「けどよ。魔女じゃない
「私が自分の能力に気づいたのは、去年の冬よ。この写真に映ってる樹木は落葉が始まったばかりだから、秋ね。だから、私たちが能力を得る前に、魔女の能力をかけられたと考えれば辻褄は合うわ」
「あっ! 俺も能力を知ったのは、二年になってからだ」
「......私は、記憶を取り戻したいわ」
「あなたたちは、どうする?」
二人は無言のまま一瞬目を合わせると、すぐにそっぽを向いた。写真があるとはいえ、蓄積された確執があるにだから簡単には割り切れないだろう。
「まっ、今すぐに決めなくてもいいだろ。どうせ、新学期にならきゃ調べようもねーんだからよ」
「......それもそうね。ゆっくり考えて決めてちょうだい」
話しは、ここでお開き。それぞれの気持ちの整理をつけるため、いったん解散。みんなテキトーに遊んだあと、人も疎らなスタンダードな25メートルプールをリハビリがてら歩いていると、
「いいかしら?」
「ん? どうしたの」
さっきまで、フードコートで
「もし、
「そっか」
「それでね、一緒に探すの手伝ってくれるかしら?」
期待半分、不安半分そんな感じの聞き方。その不安を払拭出来れば思って、二つ返事で答える。
「手伝うよ」
「ありがと」
彼女は、胸をなで下ろした。
「二人とも、少しいいかしら?」
「あら。
「どうしたの?」
「私たち、帰ることになったの」
「
「はあ? 夏休みって、あと四日よ?」
「ええ。それで今から、勉強合宿することになったの。二人は、どうする?」
みんなに合わせる。俺も
「二人に話しておきたいことがあるんだ」
「なに?」
「なにかしら?」
正直、伝えるか否か迷った。
それでも今、伝えておかないと後悔する。
何故か、そんな想いが頭を過った。
「俺、選手として復帰出来るみたいなんだ」
一瞬、二人の動きが止まり。
「よかったわね!」
「もう、痛くないの?」
* * *
俺が一人暮らしということもあり、気兼ねなく過ごせると言う理不尽な理由で異議を唱える機会も与えてもらえず。結局
「だぁーッ! 集中できねぇーッ!」
俺が普段使っている折り畳み式の机に向かって、夏休み宿題をしていた
「お前ら、少し静かにしろよ!」
アルバムを見ている女子と、
「なによ、宿題サボってたアンタが悪いんじゃない」
「仕方ねぇだろ? 魔女探しで散々な目にあうし、
「おれのセイにするなよ~。おれ、ちゃんと終わらせてるぜ?」
「何だよ、ただの怠慢じゃねーか。ほい」
「言い訳にもならんな。チー」
「うぐっ......」
一緒に麻雀を打ってる三人に論破された
「私が見てあげるから、一緒に頑張りましょ」
「お、おう......」
「じゃあ、アタシたちは帰るから。
「わかってるって......」
帰り支度を済ませた
俺と
「ちょっと待ってて、支度してくるから」
明かりが灯っていない家に入っていった
「あ、そうだ。アンタたち、文化祭はどうするの?」
ふと、思い出したように
「そういえば、私たちも部活に所属してるんだったわね」
「完全に忘れていたな」
「そもそも、部室もないしね。二学期になったら、生徒会長に相談してみるよ」
「ええ、お願いするわ」
という形で話しはまとまり。
そして、二学期最初の登校日の放課後。
「失礼します」
来月の始めに開催される文化祭でのクラスの出し物を話し合うロングホームルームが終わった後、生徒会室を訪ねた。用件は夏休みの終わりに話した、部活動の出し物について。特定の部室を持たないフットサル部の文化祭で活動について、責任者の意見を乞う。
いつかと同じように、生徒会長の席で書類に目を通している
そして待つこと数分、羽根ペンを置いて顔を上げた。
「お待たせ。それで、僕に何か用かな?」
「文化祭のことで相談したいことありまして」
「ああ~、そっか。
「はい。現在、空き教室は存在しません。旧校舎の解体及び新校舎建設のため、運動部の部室を空き教室に振り分けていますので」
「うん、そうだね。う~ん、じゃあこうしよう。学校内での活動していないけど、一応運動部ということで模擬店の出店を許可――」
「許可しよう」と、
「失礼します」
「おや、
生徒会室に入ってきたのは、
「会長、ご報告があります」
「何かな?」
俺の隣に立ち、かしこまって
「
「本当かい。それは、よかった」
「それから――」
彼女は目を閉じて、深くゆっくり呼吸をして、真っ直ぐ
「私は、生徒会長選を辞退します」
この時の彼女の顔は、悩み抜いた末に選択した覚悟を決めた
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記憶探し編
Episode24 ~言葉の意味~
バイト終わり、フットサルコート隣接のファミレスで、
「お待たせ。どうだった?」
「残念ながら詳しい話は聞けなかったわ。今は、文化祭の準備で忙しいからってね」
「そっか」
どこの部活も二学期に入ってひと月足らずで文化祭の準備を済ませなければならないのだから、当然といえば当然なのだろうけど。
「文化祭が終わったら、改めて聞きに行ってみるわ。手芸部に」
テーブルの中央に置かれた「NENE」と刺繍されたペンケース。数針のまち針で固定されたレースの生地を、半分ほど縫い付けた状態のまま止まっている縫い針。これは写真の入った手帳と一緒に、棚にしまってあった裁縫箱の中から見つけた代物らしい。ただ、
そこで何か手がかりがあるのではないか、と放課後手芸部へ調査に行ったが、文化祭の準備中のため詳しい話は聞くことは出来ず終い。
「じゃあ俺たちも、文化祭の話をしようか」
「はぁ、そうね。会長から許可をもらったんでしょ?」
「うん、部室がないから不参加でもお咎めはなし。もし出店するなら、野外で露店を出店してもいいってさ」
「露店ねぇ。定番は、たこ焼き、焼きそばの惣菜系の屋台辺りかしら?」
「どっちもありきたりでつまらないわね」と、左手で頬杖をついた
「お、居た。よっす!」
「ん?
「あら、遅かったわね。来ないと思ったわ」
「ちょっち厄介事が起きてな。お前たちにも関係のあることだ」
何のことだろうと顔を見合わせた俺たちに「魔女についてだ」と、声を潜めた
「一年の、
「ああ。まだどんな能力かまでは解明できてねぇが。
「ふ~ん、それで? どうしてそれが、私たちに関係あるのかしら?」
「話を聞いた限り、今のところ接点はなさそうだけどね」
「そう焦んなって。ここからが本命さ......!」
わざと焦らした
「
「魔女を消す? どういうことよ......?」
「文字通り、学校から魔女の能力を持つ存在を消す。つまり、退学させるってことだ」
退学というワードに動揺が走った俺たちはお構いなしに、
「何年も前に製作されたノートの上巻には、“
「
「ご心配ありがとう。でも私は、大丈夫。もう誰にも能力をかけてないし、二度と使うこともないわ」
「そう、それだよ、オレが聞きたいのは。どうしてお前、会長戦を辞退したんだ......?」
何かと余裕を持って本性を見せない
「よかったの?」
「記憶探しに専念したいから。そんなことより、新しい物証が出てきたから調べに行ってくるわ。あなた、今からバイトよね? 隣のファミレスで待ってるから終わったら来てもらえるかしら?」
こんな感じで、詳しい理由までは教えてもらえなかった。
「それに、オレを次期会長に推薦した理由も分からねぇ。いったい、どういうつもりだよ?」
「別に。特に理由はないわ。
「ふーん。ま、
「ふんっ、言ってくれるじゃない。そこまで言うなら絶対に勝ちなさいっ」
生徒会室で選挙辞退を告げた時とは打って変わって、彼女はスッキリした表情をしている。会長選を辞退した未練は本当にないように思えた。少しダベり、
「お前に頼みがあるんだ」
「なに?」
「
「
「いや、そいつ自体は乗り気じゃないらしい。ツルんでる中に、
「そんなこと言われてもなぁ」
「声をかけてくれるだけでいい。後は、オレたちでどうにかする。頼む。信用出来るのは、お前しかいねーんだよ。ほい、前払い」
自販機で買った缶コーヒーを放り投げた
「安い信用だな......」
愚痴のひとつも言いたくなる。別れ際、「もしかしたら、
「どうしろってんだよ、まったく」
「どうしたの?」
「――え?」
突然かけられた声に顔を上げる。すぐ近くに、
「悩んでいるみたいだけど?」
「少しね」
「じゃあ、話してみて」
そう言って、彼女は隣に腰を降ろした。引き下がりそうにない。
まあ、聞かれて困るようなことでもない。正直に、
「そう。
「何をどう話せばいいのかなって」
「大丈夫よ」
思い悩んでいる俺とは裏腹に、隣に座っている
「どうして?」
「だって、私が悩んだり困ってる時いつも助けてくれたわ。だから、
「俺、そんな大したことしてない気がするんだけど?」
「そんなことないわ。少なくとも私は、そう思っているもの」
正直なところ俺がしたことと言えば、話を聞いたり、買い物に付き合ったり、その程度のこと。それでも
――ああ......そうか、そういう意味だったんだ。
「何か元気出た、ありがとう。明日、話してみるよ」
「ええ、どういたしまして」
今、
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Episode25 ~信友~
勉強合宿からの帰り道を
「お待たせ」
コンビニの袋とトートバッグを下げた
「わぁ!
「ちょっと、よしなさいっ。汗かいちゃうじゃないっ!」
「ただいまー」
「お帰り。お二人ともいらっしゃい、ゆっくりしていってくださいね」
出迎えてくれた
「さすがに、三人一緒は狭かったわねぇ~」
「十分広かったわよ」
「参考までに聞きたいんだけど、超研部は文化祭で何をするの?」
プールに行く間のバスの中で超研部のみんなで話していた時に、
「また、ずいぶんと超常現象からはかけ離れた出し物なのね。それに、お客さん来るのかしら?」
「焼きそばパンなんて、購買で安価で売ってるわよ?」と、
「ふふ~んっ、その点は抜かりないわっ。ちゃーんと秘策を考えてるんだから!」
「へぇ、どんな手なの?」
「それはぁ、当日のお楽しみよ!」
「そう。ちょっと冷えちゃったわ」
「あら。ここから、学校見えるのね」
「ホントね」
隣に行って同じように窓の外を見ると、朱雀高校校舎の数ヵ所から明かりが盛れていた。来週から新学期だから、きっと先生方が準備をしているのだろう。
「えーっと、うららちゃんのお家は......」
「なーんだ」
「さあ、もういいでしょ。そろそろ寝ましょう」
順番で歯を磨いて部屋に戻る。先に歯磨きを済ませた二人はまた、窓の外を見ていた。
「何を見ているの?」
二人の背中に話しかける。
「あ、うららちゃん」
「
「それならきっと、あのアパートね。」
自宅のある住宅街を少し越えた先の橋を渡った、川沿いのアパートを指さす。まだ、明かりが点いている。
「
心配そうに言う、
「大丈夫よ。
「だから、不安なんでしょ。何でもテキトーだから」
「さすが
「じゃあ、消すねー」
ひと言断りを入れて部屋の灯りを消した
「そういえば、例の写真見せてもらったけど。新学期になったら、魔女を探すんでしょ?」
「ええ、そのつもりよ」
「だったら、アタシたちと一緒に――」
「ダメよ」
「私たちが探す魔女は、記憶に関する能力を持つ魔女。今までの魔女とは別格、魔女の能力が効かない
「女子のお泊まり会の定番と言えば、恋バナ!」
「おやすみ」
薄い掛け布団を被って、
「ええ~っ、
「夜ふかしは、美容の天敵なの。それに夜はちゃんと寝ないと、身体の成長が止まっちゃうわよ」
「うっ、うららちゃんはっ?」
「私も日付が変わる前にはベッドに入るわ。寝ないと記憶が定着しないから」
「ほら見なさい」
「うぅっ、説得力が有りすぎて反論の余地もないわ」
間接照明が灯る薄暗い部屋の中で、どこか恨めしそうな目で私たちに交互に目を向けた
「そういうことだから。おしゃべりは、二人でしてちょうだい」
「うららちゃんは、平気?」
「大丈夫よ。林間学校で朝まで起きてたから」
「じゃあ、恋バナ! 夏合宿の時に気になる人が居るって言っていたけど、進展あった?」
「どうなのかしら? 悪くなっていないと思うけど」
「とりわけ進展はないわけね。ところで~、気になってる男子って、誰?」
興味津々といった感じで、私の布団の中に潜り込んできた。
「フッた
「ミヤミヤコンビ?」
初めて聞くワードに首をかしげる。
「
口元に人差し指を添えながら、私たちの関係を探るような視線を向けてくる。
「一年生の時同じクラスだったから」
私は、正直に答える。人付き合いが苦手だった私に、きっかけを作ってくれた人。
「それだけ?」
「ええ、それだけよ。
――いいえ、少し違う。
私にとって彼は、一番信じられる人......ただの友達以上の、
その後、去年の今頃の思い出話をしていたはずがいつの間にか「ゾンビと幽霊は、はたしてどちらが強いのか?」と、恋バナとも、思い出話とも無縁な方向へ話題は変わり。時計が午前一時を回った頃、
「
「......なに?」
背中を向けたまま、返事が返ってきた。
「記憶、取り戻せるといいわね」
「そうね。さあ、寝ましょう」
「ええ、おやすみ」
* * *
「校内で暴れてる一年生を大人しくさせないと、お店を出店できないですって!?」
二学期始業日の放課後。生徒会室へ、文化祭で出店予定の「焼きそばパン屋」を申請へ行っていた
「何よそれ。また面倒な条件を突き付けられたわね。ねぇ、うららちゃん?」
「ええ。それにしても、会長が魔女のことを把握していただなんて......」
「今は、そんなのどうでもいいさ。どのみち解決しねーと、出店はおろか、部の存続に関わる話にまで発展しかねねぇんだぜ?」
「廃部って。イヤよっ、そんなのっ!」
「おれなんてまだ、入部してひと月も経ってないぞ?」
「ま、不満を言っても変わんねーよ。とにかく、廃部が嫌ならやるしかねぇのさ。んでだ、暴れてる一年ってのは――」
暴れている一年生のリーダー格は、魔女の能力を有する女子、
学校からの帰り道。
「結局、何の手がかりも見つからなかったわね......」
「
「大丈夫よ。
「......でもさ。キスしようとして痛烈な拒絶されたんでしょは? 部室で突っ伏してたけど、本当に大丈夫なのかしら? ハァ......よし!」
大きなため息をひとつ付き、顔を上げた。
「じゃあね、うららちゃん。また明日ー!」
交差点で
家の近所の公園でよく知る朱雀高校の男子生徒が、ベンチに座っていた。
「どうしたの?」
私は、ベンチで途方に暮れていた彼......
「――えっ? ああ、
一年の三学期の終わり頃もそうだった。
右膝のリハビリで入院していたのに病院を抜け出して、落ち込んでいた私に、嫌な顔ひとつ見せず付き合ってくれた。
だから今度は、私が力になる。
だって私たちは、ただ友達以上の――
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Episode26 ~信頼と信用~
全国的に、猛暑日と局地的な豪雨が続いた夏が過ぎ去り、いくぶん過ごしやすくなってきた九月中旬の秋夜。いつかと同じように、帰り道の間にあるコンビニの前で、
「
「メッセージでいいだろ?」
「そういうなって、どこから洩れるかなんてわからねーからな。
記憶というワードから記憶改竄、記憶消去の魔女――と思いきや。
「ただ、お前たちが探してる記憶操作類いの能力じゃない。キスした相手のトラウマを夢で見る、過去視の能力だ」
六人......
「じゃあ次が、例の“7人目の魔女”になるのか」
「ま、そういうことになるな。“7人目の魔女”の能力は、記憶操作で確定だ。
「捜索は始めてるのか?」
「いや、何もしてねぇ。むしろ動かない方向に向かってる」
それは、また妙な話。“7人目の魔女”の捜索に一番躍起になるはずが、逆の方向へ舵が切られている。むしろ、手を引くことを望んでいるかのような消極的な立ち回り。
「本音を言うと、オレはアイツらを信用しちゃいない。“7人目の魔女”と通じてる可能性を否定出来ない以上な。つっても、別に嫌ってるわけじゃねーぞ」
「ただ次の相手、“7人目の魔女”は別格だからな」と付け加えた。同じ部活の仲間・友人として信頼は置いているが、完全に信用はしていない。なにせ相手は、他人の記憶を操る魔女。実際、去年の今頃の記憶が抜け落ちている
「来週末の文化祭が終われば、会長選の結果が出る。それまでは、可能な限りことを荒立てたくねーんだ」
――なるほど。生徒会長の
「そっちは?」
「まだ何も。とりあえず今は、文化祭の準備に邁進にしてる」
「そうか。で、結局何を出店するだ?」
「これ」
文化祭で出店する露店の企画書を、テーブルに置いた。
休日を挟んだ翌日からは、文化祭へ向けた準備期間が設けられ、午前で授業が終わる特別週間に切り替わった。部活に所属している者はクラスの出し物の他に、部活の準備もしなければならない。
クラスの方はクラス委員に任せて、フットサル部で出店予定の屋台の準備を急いだ。出店予定屋台は、スティック状に加工した野菜を提供するカップサラダの露店。夏休みにいった花火大会で、
ただ、そのまま出店しても捻りがない上に、文化祭の雰囲気を踏まえて、野菜の種類とドレッシングを複数種類用意する予定。
「うむ......」
「どうした?」
正門から昇降口に向かう続く通路の一画に組んだ、簡易屋台の「ヘルシーカップサラダ」と記された看板の文字を眺める
「これは、売れるのか?」
「まあ、いけるんじゃない? 最近健康思考だし。それに
練習を兼ねてスティック状に切ったサラダが入ったカップを差し出す。きゅうりをひと口に運んだ
「あら。準備もう終わったの?」
ちょうど屋台の設営が済んだところで、生徒会の仕事で見回りを行っていた
「ああ。今、最後のチェックが終わったところだ。ちゃんと電気も通ってる」
そう言って裏へ回った
「そう。二人とも、ごくろうさま」
「
辺りを見回す。まだまだ、多くの生徒が居残りで作業を続けていた。特に運動部は、普段の練習時間を削らず作業を行わなっているため準備不足は顕著。
「まだかかりそうだね」
「ええ。私の方はもう少しかかるから、先に行ってちょうだい」
チェックリストを片手に踵を返した彼女は、校舎の見回りに戻った。残された俺と
「
「ああ。記憶は記憶でも、キスした相手の過去を視る能力。それも過去に起きた辛い想い出を、トラウマを夢で見る過去視の能力だってさ」
しかし事件以降、
「しかし、
「了解。また後で」
クラブハウスで着替えを済ませ、子どもたちを相手にスクールをこなす。計二時間のスクールが終了し、コートの片付けを行っていると、見知った二人がコートに入ってきた。
「どうしたの?」
「今日は、私たちも参加しようと思ったのよ」
「ただ待つだけも退屈だからな」
「そっか。毎度ありがとうございます」
既に着替えを済ませている二人と軽くボールを蹴りつつ、初心者向けの個人フットサル開始の時間を迎える。休憩を挟みながら一時間のゲームを終え、備え付けのシャワーで汗を流し、二人と共に、隣接のファミレスに移動。
「二人とも今日は、余裕あるみたいだね」
「二度も無様な醜態をさらすわけにはいかないからな。それより
「ふふーん、私ともなれば当然のことよっ」
フェイスラインにかかる髪を軽くかき上げて、ドヤ顔。でも実際は、
「それで、何かはわかった?」
ドリンクバーのウーロン茶で喉を潤し、本題の方へ話を持っていく。
「生徒会に保管されている部員名簿を調べてみたけど。私も、
「ふむ、空振りか」
「名簿はね。でも、新しい物証を見つけたわ。これを見て」
「パンダのぬいぐるみ、ありがとな! か。これは?」
「去年まで使っていたスマホにデータが残ってたのよ。受信日は、あの写真を撮った二日後、月曜日の夜」
「差出人は?」
彼女は、首を横に振った。差出人は、不明。
「機種変更した時に新しい方へデータを移して、こっちのアドレス帳は削除しちゃったみたいなの。このアドレスに返信してみたけど、今は使われていなかったわ」
メールの受信時期は、約一年前。アドレスを変えていても不思議じゃない。今使っているスマホのアドレス帳には、アドレス変更後の新しいアドレスに上書きされているから、アドレス帳に登録している人全員に、確認のメッセージを送る方法もなくはないけど。相手側の記憶が消されていた場合、特定はまず不可能。
「もうひとつあるのよ」
古いスマホを操作し、別の人とのやり取りのメールに切り替えた。切り替えと同時に自動的に添付された画像が表示され、俺と
表示された画像は、継ぎはぎだらけで所々綿が飛び出た、おそらくクマ系と思われる血塗られたぬいぐるみらしき物体。
「これは、なかなか......」
「エグいな」
「でしょ? 最初は、何かの嫌がらせかと思ったわ。だけど......」
指先で画面をスクロールさせる。すると「今度の手芸部主催展示会の作品が完成しましたー!」と、本文が表れた。
『何よこれっ? ゾンビかしらっ?』
『ヒドいですぅー!
『どこがプリティーなのよ、血塗れじゃない! って、そんなの今はどうでもいいわ。明日、
『は、はい......!』
こんなやり取りが続いて、最後に「
「......まさか、こんなことが」
小声で呟くように漏らし、絶句している
「あの写真を撮ったのは、この縫いぐるみの画像を送ってきた相手みたいだね」
「ええ、間違いないわ。あの後、手芸部を探りにいったんだけど。文化祭と毎年恒例の手芸部展示会の準備で、とても話しを聞ける状況じゃなかったわ」
「文化祭が終わるまでは動けなさそうだね。もうひとりの、ナンシーという名前は?」
「今、生徒名簿を調べているところよ。ただ、ね......」
一学年1000人前後の超マンモス校。調べるだけで途方もない時間がかかる。名前からして、留学生の可能性もある。さすがに卒業生の可能性は低いだろうけど、あだ名だった場合はまず見つからない。
「手伝ってあげたいけど」
「無理よ。生徒会に所属していないと、名簿の閲覧は出来ないわ」
「だろうね。名簿なんて個人情報の塊だし」
「とにかく、明日の文化祭本番が終われば次期生徒会発足まで割りと自由時間を取れるから、本格的な調査はそれからになるわ」
「だね。ところで時間の方は大丈夫?」
店内に設置された掛け時計の針は、既に22時を回っている。
「もう少し大丈夫よ。この次期帰りが遅くなるのは毎年のことだから。それじゃ、明日の文化祭の話をしましょ。
「あ、ああ、すまん......」
気を取り戻した
そして迎えた、文化祭当日。
お陰で俺と
「いいかい?」
「あ、はい、どうぞ」
背中を向けて商品を補充していたところで声を掛けられた。
一旦手を止めて、振り向く。ドクロがあしらわれたリボンでまとめられた短めのツインテール、やや着崩した制服、三段フリルにアレンジされたスカートと気合いの入った感じの朱雀高校の女子生徒が、どこか険しい顔つきをしていた。
「どうした?」
異変を察知したのか、屋台裏に居た
「アンタたち、ちょっとツラ貸しな......!」
彼女は威圧するような声色で、敵意を向けるように言った。
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Episode27 ~手がかり~
「注文二つ入ったよっ!」
屋台裏で作業する俺と
「どうしてこうなった?」
「まあ、ありがたいんじゃない。猫の手も借りたいくらいだったし」
「それはそうだが。ただこき使われてるだけのような気が......」
「オマエら、客を待たせるんじゃないよ! ボサっとしてないで急ぎな!」
なぜ、この女子が手伝いをしてくれているのかというと。今から一時間ほど前まで遡る。
* * *
「アンタたち、ちょっとツラ貸しな......!」
敵意を剥き出しの声で言い放った女子に、俺と
「悪いけど、今忙しいから」
「冷やかしなら、
後ろに並んでくれている客が居る。絡んできた女子はテキトーにあしらい、何ごともなかったかのように接客へ戻ることにした。
「ちょっ!? 逃げるんじゃないよ!」
ベニヤ板で作ったカウンターから身を乗りだした女子は、近く居た
「お、おい、離せ......!」
「離して欲しかったら、おとなしくツラ貸しな!」
「忙しいと言っているだろ! 営業妨害で、生徒会に通報するぞッ!」
「上等だっ、やってみな!」
「ちょっとそこっ! 何を騒いでいるのかしらっ?」
男女関係のもつれではないか、と根拠のない憶測が出回り始め。いよいよ事態の収拾がつかなくなりだしたところへ、見回りをしていた
「これは、いったいなんの騒ぎっ?」
「
「え?
「チッ......!」
安堵の表情をして助けを求める
「ハァ、この件は生徒会で預かるわ。ほら、あなたたちは散りなさい」
「それで、どうしたの? 騒ぎの原因はなに?」
「ああ、実は――」
「ちょうどよかった。あんたにも話があったんだよ」
女子生徒は
「アンタら最近、手芸部に......」
「待ちなさい。今は、文化祭の真っ只中よ。あなたの話しは、後夜祭で聞いてあげるわ。それより
「予想以上だね。猫の手も借りたいくらいに」
収支報告をまとめた伝票を手渡す。
「さすが、私ね! でも、これじゃあ休憩も取れないでしょ? ねぇ、あなた、私の代わりにお店手伝ってくれないかしら」
「はぁーっ!? どうして、アタシがッ!」
「あーら。何か不満があって?」
「ああ、不満しかないねっ!」
「そう、それは困ったわ。ところで、あのパンダのぬいぐるみは大事してくれているかしら? ねぇ、
「なっ!? お、おまえ、アタシのこと覚えて......?」
してやったりと言った感じに
「詳しい話は、また後でしましょ。じゃあお願いするわね。
「あ、ああ......わかった」
「了解」
ナンシーは見回りへ戻っていった
そして、現在に至る。
「カップサラダ二つお待ちどうさま、普段からちゃんと食べるんだよ!」
絡んできた女子生徒......ナンシーの元気な声が辺りに響いている。彼女とは、まだ一時間ほどの付き合いだけど。顔立ちは整っているし、話をするとサバサバしていて気持ちの良い性格をしている。前に出れば、男女共に人気が出るタイプだと思う。裏付けるように、ナンシーが接客をしてくれているおかげで客層にも変化が生まれた。今までは、販売している商品がサラダということもあって、ほぼ100パーセント女性客だったが、ナンシーが来てくれてからは男性客が明らかに増えた。
「ナンシー!」
と言ったそばから、彼女目当ての男子が店先に現れた。ナンシーと同じ系統で、学校指定の制服をアレンジして着崩している。
「ん? シドじゃないか、どうしたんだい?」
「どうしたじゃないぜ。中々帰って来ないから様子を見に来たんだよ。そうしたら、エプロン着けて売り子やってるじゃねぇか」
「ああ~、そいつは悪かったね。この店案外忙しくってさ。おっ、お客さんだ。ほら、退いたどいたっ!」
ナンシーは、シドと呼んだ男子を横に押し退けて他校の女子生徒三人を相手に接客を始める。彼女から送られてくる注文を、俺と
「コイツをナンシーに渡せばいいだよな?」
知らぬ間にカウンターのこちら側に来たシドが、出来上がったカップサラダを両手に持っていた。聞いたところ、ナンシーに手伝えと言われたらしい。俺たちとしても運ぶ手間が省けてありがたい。好意に甘えて、手伝いをお願いする。
当初売れ残ることを計算に入れていたが。ナンシーとシド、二人のお陰で販売効率は格段に上がり、午後3時前には商品は全て完売。結局二人は、その後の店の片付けまで手伝ってくれた。
「じゃあ俺は、銀行へ行ってくる」
「うん、よろしく」
売上金の両替するため、近くの銀行へ向かう
「お疲れさま。はい」
「おっ、気が利くじゃないかい」
「オレにもくれるってかッ! オマエ、いいヤツだな~」
手伝ってくれたナンシーとシドにお礼の飲み物を渡す。好みは分からなかったから無難な炭酸飲料を選んだけど、特に嫌な様子もない。正解だったみたいだ。ハズレを選ばずに済んでほっとした俺も、中身が半分ほど残ったペットボトルの蓋に手を伸ばしたその時、ポケットのスマホが震えた。一旦ペットボトルをベンチに置いて、画面を確認する。
「
「
「悪いけど、もう少し時間がかかるから。時間と場所を決めて落ち合うことにしましょう。だってさ」
「なんだいもったいぶって!」
「なあナンシー、いったいどういうことなんだ? オレ、何が何だか......」
ナンシーを呼びに来た途端いきなり手伝わされたあげく、ちゃんとした事情を知らされていないままのシドは、状況を飲み込めず腕を組んで頭を傾げている。
「とりあえず、
「了解」
ナンシーの伝言を打ち込み送信ボタンをタップ。すぐに「わかったわ」と、
「サンキュー」
「いえいえ、外そうか?」
「ああ、知らないあんたは関わらない方がいい。もしもの時は――」
「消さなきゃいけなくなる」と、ナンシーは語気を強めて警告してきた。
* * *
ナンシーたちと別れた俺はひとり、各クラス・部活動の催し物を見物しながら校内を、超常現象研究部の焼きそばパン屋へと向かって廊下を歩いていた。
「ねぇ、例の占い行ってみない?」
「ああ~、あの絶対当たるってやつね。あれもう店じまいみたいだよ」
「ええ~っ、そうなのー?」
「お前、占ってもらったんだろ? なんて言われたんだ?」
「強く生きてください」
「は? なにそれ」
すれ違う人たちから時おり聞こえてくる占いの噂。会話の内容から、かなり高い確率で当たっているようだ。まるで
「あれ、売り切れ?」
部室の前には、メイド服姿の売り子がウェルカムボードの片付けをしているだけで。ドアには「完売しました!」と貼り紙がしてあった。
「あ、ごめーん、もう売り切れたの......って、
メイド服の売り子は、
「
「
「そっか、ありがとう」
ナンシーの件を伝えておこうと思ったけど、居ないのなら仕方ない。
「ちょっと待って! あんた今、ヒマ? ヒマよね? 片付け手伝って欲しいな~っ」
呼び止められ、普段の
「みやむー、反対側もってくれ」
「おう」
部室では
「これよ」
「100%アタル占いつき焼きそばパン屋?」
異質な光景に立ち尽くしていた俺に、
「
「ああ~、なるほど」
さっきすれ違った人たちが話ていたのは、
「内装終わった~! 手伝いありがと。はい、これ」
「焼きそばパン?」
「そ。打ち上げように取っておいたやつよ」
「
テーブルに広げたお菓子を、
「後が怖そうだから遠慮しとく」
「正解、あいつ食にうるせーからな」
外の装飾品を外しに行った
「例の件は?」
「前に言った通り停滞中。そっちは?」
「もしかしたら進展あるかも」
「マジか?」
返事の代わりに頷いて答える。
「そっか。それでお前は、
「ああ、
スマホを立ち上げ、
「......だな。んじゃ、連絡入れとくわ」
「頼む。さて、そろそろ行くよ」
「おう、またな」
礼を言って、部室を出る。片付けをしている
「お待たせ」
「来たか」
「お疲れさま。さ、軽音楽部へ行きましょう」
俺たちは三人揃って、ナンシーに指定された軽音楽部の部室へと向かった。
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Episode28 ~乙女心~
下駄箱で靴を履き替えて、ナンシーに指定された軽音部の部室へ向かう。校舎の中は今、出し物の片付けの真っ最中で廊下は物と人で溢れ返っている。廊下に放置されたゴミを避けながら、各階にある渡り廊下を使って、軽音部が部室を構える部室棟へ移動。
「ナンシーのことだけど」
人気の少ない運動部の仮部室が並ぶ廊下に差し掛かった頃、俺は話を切りだす。一歩前を歩いていた
「なに?」
「ナンシーは、記憶操作の魔女。あるいは、彼女に近い女子が記憶操作の魔女だと思う」
「私も、その可能性は高いと思っているわ。あの子、私のこと覚えていたみたいだし。でも、どうして?」
「自信があるみたいだけど?」と、
「何か確信でもあるのか?」
「警告された。消さなきゃいけなくなるって」
「消すだと!?」
「なによ、それっ!」
軽音部の部室がある階へと続く階段の目の前で、
「......やっぱり、あの子が魔女? でも、それなら記憶を消したのに、どうして今さら姿を見せたのかしら......?」
「むぅ......」
もし仮にナンシーが魔女なら、
そんな二人が、
「
「えっ?」
大きめの声に気がついて、顔をあげる。さっきまで近くに居た
「何か考えごとか?」
「まあ、ちょっと......。二人は?」
「考えても仕方ないから。直接、問い詰めることにしたわ」
「結局それしかないからな。さあ、行くぞ」
階段を上りきり、文化部の部室が多くある階に到着。順番に、軽音部を探す。部室は見つかったのだが、
「ハァ、時間切れね」
「まったく、アイツは......!」
「後で教えてあげればいんじゃない?」
「そうね、行きましょ」
「行ってらっしゃい」
廊下で、二人を見送る。部室のドアノブに手をかけた
「えっ? 一緒に来ないの?」
「いや俺、記憶の件に関しては部外者だし。無関係の俺が居ない方が、ナンシーも話やすいんじゃないかなって」
「ダメよ。あなたも一緒に来て」
部室の前を離れた
「部室に居るのが、ナンシーひとりとは限らないわ。ナンシーと一緒にお店を手伝ってくれた、シドって男子も居ると思うの」
「ふむ、なるほどな。相手がナンシーひとりなら、俺自身で振り払うことも可能だが。二人がかりで襲われたら、磐石とはいかんか」
「ええ、その通りよ。同じ魔女の私には能力は効かないけど、
「それに......」と、
「私は、私たちは、あなたの言葉をきっかけに失われた記憶を探しを始めたの。だからあなたは、部外者なんかじゃないわ」
まっすぐ俺の目を見て言った
「わかった。一緒に行こう」
答えを聞いた
「ええ、じゃあ行くわよ......!」
「
「あ、ああ......、悪い。すぐ行く」
一人来るのが遅れていた
「......時間ピッタリだね」
照明もついていない薄暗い部室。窓辺から差し込むオレンジ色の西日に照らされ、窓際に無造作に置かれた学習机と椅子に座る、二つの人影を確認出来たが。とりあえず、扉横のスイッチを押す。
天井の蛍光灯がいっぺんに点り、室内は見違えるように明るくなった。机にあった二つの人影の正体、ナンシーとシドの顔もちゃんと視認出来る。
「ちょっ、ちょっと空気読みなよっ! せっかくの演出が台無しじゃないか!」
机を飛び降り文句を言いながら詰めよって来たナンシーを、シドがなだめる。ひとしきりの不満は出しきったらしく、落ち着きを取り戻したナンシーは、最初に椅子代わりにしていた机に寄りかかるようにして腰を落ち着けて腕を組み、俺を見据えた。
「で。どうして、あんたも居るんだい? 招待した覚えはないよ」
「あら。そっちにも、部外者が居るじゃない」
間髪入れず、
「オレは、ナンシーの!」
「よしな、シド! わかった。同席を認めたげるよ。悪いヤツじゃないみたいだし」
――フゥ、とひとつ息を吐いたナンシーはこちらに向かって歩いてきた。
「ただ! 出すぎたマネをするようなら容赦しないよ......!」
「あら、あなたはそんなこと言える立場じゃないのよ? ナンシー」
「どういう意味だい......?」
くすっ、と笑った
「見たところ
ざっと部屋を見渡してみる。彼女の言った通り、軽音部の部室は荒れていた。カーテンは破れ、楽器やアンプなんかも無造作に置かれて埃を被り、ギターに至っては弦が切れた状態のまま放置されていた。
「この有り様じゃ新学期以降、軽音部の存続は認められないわね」
「なっ!? そ、それは困るぞっ!」
「そうだぜッ! そんなことになったら、オレらの居場所がなくなっちま――」
「部費でカラオケに行けなくなるじゃないかっ!」
「って、そっちの心配かーッ!?」
お互いの主張を言い合っているナンシーとシドに向けて、
「ちっ! 仕方ないね。さっさと片付けるよ!」
「オ、オウ!」
二人は素直に従い、部室の掃除を始めた。
どうやら初手の主導権は、完全に
「ま、こんな所かしら」
見違えるほど綺麗になった部室で
「さあ、さっそく始めましょ。今さら私たちに声をかけたのは、どうしてなのかしら?」
――巧い。記憶を失っていることを悟らせないように注意を払いながらも、核心に迫る質問をした。しかし、ナンシーは答えることなく切り返した。
「それは、こっちのセリフだね。お前らこそなぜ、手芸部を探っている?」
「質問を質問で返さないでくれる? それやられちゃうと話が進まないじゃない」
「もぅ、仕方ないわね」と、このままでは埒があかないと判断した
「じゃあ先ずは、アタシから質問させてもらうよ」
「まあ、いいわ。どうぞ」
あくまでも余裕を持っているように見せかけた応対。ナンシーがどう出るか見極めつつ、いくつかの返答を想定している。
「もう一度聞くよ。手芸部に何の用があるんだい?」
「生徒会の見回りついでに、毎年恒例手芸部主催の展示会の進行具合を聞いていただけよ」
古い機種に入っていたメッセージの内容を絡めて返答を持ってきた。しかも暗に、ナンシーからの情報を誘う上手い言い回し。やはり、この手の質問を想定していたのだろう。
「本当にそれだけなのかい?」
「今度は、私の番よ」
目論見通りの返答は得られなかったが、ナンシーの態度から手芸部が何らかの形で関係することはほぼ確定。あの作りかけのペンケースと繋がった。
そして今度は、
「
「はあ?」
想定外の無茶ぶりに、俺と
「どういうつもりだい?」
「別に。ただ、このままじゃあ平行線のまま終わりそうだからよ」
「だったら、こっちも次は、シドがいくよ!」
「お、オレッ!? いきなり言われてもよぉ......」
「なんだい、ビビってんのかいっ? パンクじゃないねぇ!」
「......んなことねーぜ! オレに任せとけッ!」
「はいはい、どっちでも構わないわ」
「俺たちからの質問は、お前たち二人への質問だ。お前たちが、“何を隠しているのか”だ」
ナンシーは眉尻を上げ、
「どういう意味だい? その質問は......」
「言葉通りの意味で捉えてくれて構わない。やり取りを見ていた限り、どっちも主語がないから平行線を辿っている」
「確かに、そうね。わかったわ」
「
「このまま続けても意味ないでしょ。だから、ここは腹を割って話そうってこと。シドも、同じこと思っていたんじゃないか?」
「お、おうよ。オレも、そう言おうと思ってたんだぜ......!」
「ウソ吐くんじゃないよっ!」
「どっちでもいいわ」
仲間割れになりそうになっている二人を制した
「これは?」
「私が今、ここにいる理由よ」
写真を裏返し、
「正直に話すわ。私、本当は覚えてないの。その写真も、あなたのことも......」
顔を上げたナンシーは、驚いた......と言うよりも、どこか悲しそうな
「......そうかい。そうだよな、当たり前だ。無理もない、いいんだ」
先ほどまでとは一転してしおらしい態度に変わったナンシーは写真を、
「それで。嘘をついてまで、何を知りたかったんだ?」
「私は。私と
「ひとつ条件がある」
ナンシーが出した条件。
それは――今から話すことは、
* * *
「何飲む?」
「アタシ、コーラ!」
「オレも!」
軽音部での話し合いが済んだあと、俺たちは文化祭の打ち上げを兼ねて食べ放題の焼き肉屋に来ていた。席に備え付けのタブレット端末でソフトドリンクのページを開き、ナンシーとシドの二人分のコーラを注文欄に追加。
「お待たせ」
自宅に連絡を入れるため席を外していた
「
「見せて。そうねぇ、ルイボスティーにしようかしら」
「了解」
端末を操作。とりあえず、飲み物を注文してから各々が食べたい品を注文していく。飲み物が揃ったところで、食材や料理が運ばれてくる前に乾杯。屋台の責任者という理由だけで音頭を取らされることになってしまった。奇をてらわず無難に済ます。
「それじゃあお疲れさまでした。乾杯!」
「カンパーイ!」とグラスを合わせてひと口運び、コップを置いて話をしながら、運ばれて来た食材をテーブルの中央に埋め込まれたコンロで焼く。
「うっま! やっぱ、カルビだよなっ!」
「そんなにがっついて食べると太るわよ」
「そんなの気にしてたら何も食べれないぜっ。シド、追加しな!」
「おおよッ!」
サラダを中心にバランス良く食べている
「まったく。ところで二人は、何を食べてるの?」
「砂肝」
「オヤジか!」
ナンシーから、
「アンタも、偏ってるみたいだねぇ」
「ん? そうかな」
肉、野菜とバランスを考えて食べているつもりだったんだけど。
「確かに、お肉は赤身と鶏肉ばかりね。脂が多いのは好きじゃないの?」
「そうでもないよ。でも一応、復帰に向けて身体を作り始めてるから」
脂身の少ない赤身、ビタミンが豊富な豚、高タンパク低脂肪の鶏肉は筋肉に変わりやすい。栄養をしっかり摂りつつ、体重を維持しながら余分な体脂肪を落とすのに効率がいい。
「脂肪と筋肉って同じ重さでも、二割位体積が変わるから引き締まって細く見えるんだよ」
「ほう、そんなに変わるものなのか」
「まあね」
太くなるからやりたくない、という人もいるけど。アスリート並の負荷トレーニングと食事制限しない限り、筋トレをして太くなることはあり得ない。逆に筋力量が増えれば、基礎代謝が上がる。当然、体型の維持もしやすくなるし、食べ過ぎも消費してくれるメリットがある。
「よーし、とりあえず、カルビを五人前追加......」
「待ってー!」
「そうだ、待て!」
シドの隣に座っているナンシーは端末を取り上げる。 端末を託された
「えっと、まだ確定はしてないわねっ。キャンセルキャンセル......!」
「
どうやら、乙女心に火をつけてしまったらしい。
健気な女子二人を見ていると、左隣の
「どうした?」
「いや、去年の今頃もこんな感じだったのかって思ってな」
「そっか。またいつか戻れるといいな。
「......ああ、そうだな」
目を閉じて冷茶を口に運ぶ
次回は、
現在製作中なるたけ早く出せるように出来たらと思います
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Episode29 ~8人目の魔女~
「
文化祭の打ち上げの後、最寄り駅の改札を潜る直前を狙ったようにナンシーに話しがあると呼び止められた。さすがに焼き肉のニオイがついた服じゃあ、おしゃれなカフェには入れない。近くの公園で、ベンチに座って話を聞くことに。
「まさか、
「それは、お互いさまよ。で、なによ? そんなことを言うために、わざわざ追いかけて来たのかしら」
「相変わらずだねぇ」と、どこかあきれ気味に、そして懐かしむように言ったナンシーは、足を前に投げ出した。
「ひとつ、思い出したことがあってね。
「窓の外?」
「ああ、手芸部の部室で。昼とか、放課後とかにね」
まったく、身に覚えはない。それも、そのハズ。去年の秋の記憶は、すべて消されてしまったのだから。
* * *
「アタシは、お前たちに謝らなければならないことがあるんだ......」
ナンシーの突然の告白に、私と
「理由は言えない。けど、お前たちの記憶が抜け落ちているのは全部、アタシのせいなんだ」
「どう言う意味よ?」と問い掛けても、ナンシーは口をきゅっと結んで答えてくれない。腹を割って話すと言っても、言えることと言えないことがあるのは理解出来る。だけど、それを知るために、抜け落ちた記憶を、失った想い出を探してきた。
「飲み物買ってくるよ。シド、手伝って」
「ハァ? なんでオレが......」
急に頼まれて、困惑するシド。
――ああ、そう言うこと。
でも私は「いいの。居てちょうだい」と返事を返して、ナンシーに向き直して改めて問いかける。
「あなた、記憶を操る不思議な
勢いよく顔を上げたナンシーは、目を丸くして私を凝視。
この反応は、アタリ。
「やっぱり、あなたは魔女なのね」
「――なっ!? ど、どうして、魔女のことを知っている!? 覚えてないって言ったじゃないかっ」
血相を変えて詰め寄って来た。ちょっと落ち着きなさい、と諭してから彼女の疑問に答える。
「確かに、あなたのことは覚えていないわ。嘘じゃない。でも、私たちは魔女の能力のことは知ってる。だって私は、あなたと同じで不思議な能力を持つ魔女だもの」
「ウソだね!」
「なぜ、そう言いきれるのかしら?」
嘘じゃないと予め伝えた上での回答したにも関わらず、間髪入れずに断言されてちょっと面を食らった。けど、彼女の断言の仕方からは絶対の自信を伺える。いったいどういうことなのだろう。
「
「魔女が、見える......?」
「オレが、解説するぜ!」
私たちが魔女の存在を知っていたことで隠す理由がなくなったと解釈したようで、ナンシーの能力について説明を始めた。
“7人目の魔女”の能力は、記憶操作と自分以外の他の魔女6人を
「つまり、ナンシーにも、シドにも、
「ああ、そういうことだ。アタシには、
「でも、私は魔女よ!」
そんなこと言われても納得いくわけない。だって私は、実際に虜の能力を使っていたんだから。そのことは、ずっと能力にかかっていた
「そこまでいうなら証拠を見せてみな。そうすれば、信じてあげるよ」
「証拠って、どうすればいいのよ......?」
「簡単なことさ。アイツらのどっちかとキスすればいい。アタシには、魔女の能力に掛かっている生徒を見分けることもできるのさ」
もう一度、私に能力を使えってことね。
でも私は、もう――。
「もしかして......。ねぇナンシー、生徒会に協力してたりする?」
「生徒会だぁ~?」
他に証明出来る方法がないか模索している私を後目に、
「はっ! 冗談じゃないね。アタシらは、決して権力には屈しないよ!」
「やっぱりそうか......」
答えを聞いた彼は、何やら納得した様子。
「どういうことなの?」
「ああ、うん。前、生徒会長に呼び出されたんだけど、その時――」
「ったく焦れったいねぇ! シド、やっちまうよ!」
「おうよッ!」
「は? ぐっ......!?」
「えっ? ちょ、何よっ!?」
隣で何かを言いかけていた
「なッ......!?」
「どうだ、ナンシー?」
私たちを抑え込んだまま、シドがナンシーに結果を求めた。すると、ナンシーに押さえられていた手の力が弱まる。
「ウソだろ? 本当に掛かったよっ!」
「マジかよ!?」
「ぷはぁ~っ、はぁはぁ......」
私も
「お、おい、大丈夫か? 思い切り首を極められていたように見えたが......?」
「し、死ぬかと思った......」
私は頭だけだったから平気だったけど、首を絞められていた
――それにしても、キスしたのは能力を解いた時以来......。
それに何よりも自発的じゃないキスが、こんなにも胸の鼓動が速くなるものだったなんて知りもしなかった。みんなも、今の自分と同じ気持ちだったのだろうか。
「――
「ど、どうしたの? いきなり大声なんて出して?」
「......さっきから呼んでいたぞ。それより顔が赤いが、大丈夫か?」
「え、ええ、平気よ。押さえ付けられてたから、ちょっと苦しかっただけよ。そんなことより......」
いつの間にか元のポジションに戻ったナンシーに、批難の眼を向けて問いただす。
「いったい、どういうつもりかしらっ?」
「キスしちまうのが一番てっとり早いだろ? その証拠に、
「そうそれはよかったわ!」
目を細めて、思いきり嫌みを込めて返事を返す。
するとナンシーは腰かけていた机から降りて、私の前までやってきて白い歯を見せて笑った。でもその笑顔が、どこか悲しそうに感じたのは、気のせいじゃない気がする。
「しっかし、まさか
「なあ、ナンシー。魔女って、必ず7人じゃなかったのか?」
「アタシもそう思ってたけど。実際、こうして存在しているワケだから認識を改める必要があるね。で、
7人目の魔女は、魔女の存在を把握出来るけど保有する能力までは分からない。そのため
「私の能力は、チャーム。キスした相手を、自分の虜にする能力よ」
「ふーん、虜ねぇ......」
息を整えている
「虜になってるようには、見えないけどねぇ」
「わ、私の能力は、人を選ぶの! 個人差でアプローチに差が出るのよ!」
「へぇ、絶対服従させられるワケじゃないのか。なら、いくぶんマシか......」
「マシ? マシって、何がよ?」
「いいや、何でもないよ。それで、去年の記憶を取り戻したいんだったね」
ようやく、話が本題に戻った。ナンシーの質問に、私は力強く頷いて答える。
そして、彼女の返答は――。
「どうすることも出来ないのよね?」
「すまない。今は、どうしようも出来ないんだ......」
「別に、あなたが謝ることじゃないわ。記憶を消したのは、
「結果を言えば、そうなるんだけどね......」
明かされた真実。
去年の秋頃、私たちとよく行動を共にしていた手芸部に籍を置く女子、
でも、そんなある日のこと――。
そこで、全員の記憶を
それは、儀式と呼ばれるもの。
にわかには信じられない話し、魔女が7人揃えればどんな願いでも叶えられるという儀式。当然、二つ返事で受け入れられる事案じゃない。でも、実際記憶が抜け落ちている身としては信じる以外の選択肢もない。
「
ナンシーが私たちの前に、
「
「さぁね。それは、そらにしか分からないさ。力になれなくてすまない」
「言ったでしょ? あなたが謝る必要はないって――」
ベンチから立ち上がって、数歩前へ歩いてから振り返る。
「これから、どうするつもり?」
「今まで通り、魔女の監視と保護を続けるさ。
「そうねぇ......」
夜空を見上げて、少し考える。
儀式以外で記憶は戻らないし、会長戦も辞退しちゃったから。これといった目的もない。会長戦が終わったら、次期生徒会が発足するから考える時間も持てる。
「ゆっくり考えるわ。時間はいっぱいあるからっ」
「そっか......」
そう言うとナンシーは、どこか安心したように微笑んだ。
* * *
文化祭の振り替え休日を挟んでの、お昼休み前。
教室移動から教室に戻っている途中で、
「まったく、アドレス知ってるんだから、そのくらい自分で送ってくればいいのに」と、思いながら返信を送り、放課後を迎えた。
「お待たせ」
「ぜんぜん、じゃあ行こうか」
「ええ」
教室棟と部室棟を繋ぐ渡り廊下で待ち合わせをした私たちは、
「アルバイトは、いいの?」
「今日は17時からだから。まだ余裕あるんだ」
「そう。あ、そうだわっ」
「ん? なに?」
超研部まで後数歩のところで立ち止まって、
改めて歩みを進めて、ドアを軽くノック。すぐに
「来てあげたわよ。なんの用よ?」
「そう急かすなって。とりあえず、入ってくれ」
周囲を警戒している
「あなた......!」
それはかつて、
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Episode30 ~魔女殺し~
「イ・ヤ・よ!」
「何でだよ! 別に、お前に調べて来てくれって頼んでるワケじゃねぇよ。お前の能力をコピーさせてくれるだけで......」
「お断りよ! 私は、会長戦を辞退したの。だから、次期会長にどっちが近いかなんて興味もないし、あなたたちに協力する理由もないわっ」
「うぐっ......」
これ以上無いほどの正論を叩きつけられた
「そう邪険に扱ってやるなよ。
「泣いてねぇーよッ!」
「それに、ちゃんとした理由もあるんだぜ」
自分でイジっておきながら無視して話を続ける辺りは、さすが
「理由? 別に知りたくもないわ」
「身も蓋もねぇーな。話聞くくらいいいだろ?」
「聞いても変わらないわ。私は、もう二度と私利私欲で能力は使わないって決めたの!」
腕を組んでぷいっと顔を背け、聞く耳を持つ素振りを微塵も見せない
「おい、
「いや、本人が嫌だって言ってるし。無理強いは良くないと思うぞ?」
「深い理由があるんだって。実はな――」
「何を話しているのかしら......?」
小声で話している俺たちに、
「連れション行こうーぜって話。
「行かないわよ、行くわけないでしょ! ほんとサイテーねっ!」
「はっはっは、そう目くじら立てんなって。そう額に青筋立ててると美人が台無しだぜ? おい
「みやむー、俺は!?」
部室に
「
「さーな。
チラっと俺に目を向けてきたけど、俺にだって理由は分からない。ただ前に、もう使うつもりはないって言っていたから、よほどの事情がなければ能力は使わないと思う。
「それで、理由ってなんなの?」
「ああ、それな。
「おう、実はな。魔女の能力を消すためなんだ」
「魔女の能力を消す?」
「
「魔女殺しの能力を持つ僕というわけさ」
――魔女殺し。
昨日、
しかし現在、
その条件が、次期会長戦の現時点での評価を調べること。そこで、虜の能力を会長に使って聞き出そうと、
「なるほどね。要するに会長選の情報さえ手に入れば、
「まあ、そりゃそうなんだけどよ」
「フゥ、どうやらキミも
「だから、
「ふーん......」
二人の話しを一通り聞き終え、背中を向けて、生徒会室へ行くため廊下を歩き出す。するとすぐに、
「ちょっと待て。お前、どうするつもりだ?」
「要はどっちが優位かわかればいいんだろ。まあ、なんとかなるよ」
「オレも行く」
* * *
「失礼します」
差し向けたと誤解を生まないよう、
「あら、
部屋に入ってすぐ応対に来てくれたのは、秘書の
「すぐに戻って来ますので、少々お待ちください。お茶でよろしいですか?」
「いえ、お構い無く。お心遣いありがとうございます」
かしこまった受け答えで返すと、
「
「将棋ですか。一応、指せますけど」
麻雀と同様に入院生活中、歴戦の猛者たちを相手に花札、麻雀、囲碁・将棋と一通り経験済み。将棋を指せると知った
「では、会長が戻ってくるまで一局お手合わせお願いできますか?」
こんな成り行きで、彼女と将棋を指すことに。
「まあ、なんていやらしい責め方。きっと女性に対しても同じ扱い方をするんでしょうねっ」
「......人聞きの悪いこと言わないでください」
ふふっ、と上品に笑って優しい笑顔を見せる。
それにしてもこの人相当強い。入院生活で対戦して来た、経験豊富な猛者たち以上だ。
こちらが数手後に王手を狙える位置へ誘い込もうと、攻めやすいようにわざと隙を作り、こちらが駒を移動させたあとのスペースを虎視眈々と狙っている。一手間違えれば、即詰みまで持っていかれ兼ねない。けど、勝利はリスクと等価交換、攻めっ気をなくせばそれこそ相手の思うつぼ。
「おや、ずいぶんと楽しそうだね」
対局に夢中になっていると、いつの間にか
「ふぅ。それで今日は、どうしたんだい。僕にどんな用事なのかな?」
「はい。生徒会長戦についてお尋ねしたことがあります」
「会長戦? ああ、そうか。ついにキミも、生徒会長になる気になったのかな? 僕、個人としては賛成だよ」
「いえ、それはないです」
きっぱりと答えると、つまならそうに背もたれに寄りかかった。
「次期生徒会長の最有力候補を教えていただけたらと」
空気が、一変。
張り詰めるような緊張感が、生徒会室を包み込んだ。
「なぜ、そんなことを知りたいのかな?」
「実は、女友達の悩みを解決してあげたくて」
「......女の子?」
彼らにとっては意外な返答だったようで、
かいつまんで事情を話す。魔女の存在を把握している二人は、すぐに状況を把握して納得してくれた。
「魔女の力を消したい、か。なるほどね~」
「会長、私からもお願いします。
「
「実は、彼女も魔女だったんだよ。
「お恥ずかしいですわ」
ということは今、
「
「あ、教えていただけるのであれば。今回の件で、体育祭の目録を使用した体で構いません」
「ああそうか、それがあったね。それじゃあ無下には断れないね」
これで一応の体裁を保てたという事なのだろう。嫌々だった雰囲気が薄れた。そして、本題の会長選について語り始めた。
「実は正直、まだ決めかねているんだ。どっちも決定打が無くてね」
「
「そうですか。では、五分五分として伝えておきます」
「うん、そうしてくれると助かるよ。緊張感は重要だからね」
「ええ」
「ところで目録の件、本当に今ので良かったのかい? 私利私欲じゃないから、別のことでもいいんだよ。例えば、次期生徒の推薦とかね?」
「ああ......まあ、別にいいです。自力で勝ち取れないようなら所詮その程度、はなっから人の上に立てる器じゃない。そんなヤツには誰も着いて行かないですよ」
「あっはっは! キミは、クレバーだねぇ。やはりいい素質を持ってる、もったいないな~」
「謹んで遠慮させていただきます。じゃあ、失礼します。ありがとうございました」
席を立ち、頭を下げて礼を述べて扉へ向かう。
扉横で待っている
「
* * *
「ふむ、なるほど」
「7人目の魔女を......。残り一人の魔女を見つけた方が、次期会長か。分かりやすくていいな」
「そういうことだから。じゃあ、俺はバイトあるから」
超常現象研究部の部室へ戻り、二人に頼まれた条件を伝えた俺は、スクールバッグを持って部室を後にする。今から塾へ行く
「しかし、どうやって聞き出したんだ? あの狸が、そう易々と口を割るとは思えねぇんだけどよ」
「素直に、女の子が困ってるって言ったら教えてくれた」
「......は?」
別に嘘は言ってない。
「その手があったかぁーっ! 会長が無類の女好きだったのを忘れてたぜっ!」
「悔やんでる暇があったら、魔女探しをした方が有意義じゃないの? 勝負はもう、始まってるんだからさ」
「ああ、そうだな。また夜に連絡する、じゃあな。
「ええ、また明日」
部室へ戻って行く
「大丈夫だった?」
「ん、何が?」
「体育祭のこともあって、みんな心配していたから。
「そっか。あとで連絡しておくよ」
「うん、そうしてあげて。心配してると思うから」
その後は
「じゃあ俺、こっちだから。気を付けてね」
「ええ、ありがとう。また明日」
歩行者信号が青に変わるのを待つ間に
「了解。バイトが終わったら送るよ」と返事を打って、俺はクラブハウスの扉を開いた。
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Episode31 ~もうひとりの7人目の魔女~
人工芝のピッチ外に設置されたベンチに座っている
「“7人目の魔女”を探せ、ね。また無理難題を突きつけられたものね」
「それもノーヒントでね」
「会長戦辞退して正解だったかも」
「だが、しかし......いや、やはりと言うべきか」
神妙な面持ちを見せる
「もうひとりの“7人目の魔女”の能力も、ナンシーと同じ
「さあ、どうだろう。だけど、会長の手の内にいることは間違いないと思うよ」
「なぜだ? “7人目の魔女”の存在を把握していることは理解出来るが、直接繋がっているとは限らないだろう」
ピッチの片付けと整備を終わらせて、場所をクラブハウスに移動。今は、個サル上級者に試合にスタッフが加わっているためロビー内には、俺たち三人以外誰も居ない。魔女の話をするにはうってつけの環境。自販機で三人分の飲み物を用意してからテーブルに着き。改めて、
「体育祭のあと、会長に呼び出されたんだ。その時俺が、
「ふむ、そうか。ナンシーの話では、“7人目の魔女”は魔女の能力にかかった生徒を識別出来るんだったな。
同じ生徒会に所属し、生徒会副会長を務めている心当たりがないか尋ねる。
「私が知る中で可能性があるのは、同じ生徒会に所属している一年生の
「正直、一番怪しいと思ったのは
となれば今、一番怪しいのは生徒会一年生の
「だけど。会長がいう“7人目の魔女”が誰でも。もう、私たちには関係のないことよ」
「それもそうだな。
「そうよ。だから私は、これからのことを考えることにしたわ。先ずは、再来週の中間試験ね」
「そっか、もうそんな時期だっけ」
カレンダーは、10月。今年もあと、二ヶ月あまり。ちょうど去年の今頃、何かが起きた。仲が良かった五人の間に、記憶を消してしまいたいほどのことが――。
「フフーン。実は、会長戦を辞退したお陰で勉強に時間を費やせたから、今回は自信あるのよねっ」
得意気な顔で髪に触れる
「ほう。ならば、毎回鬼門の現代文もいけそうなんだな」
「と、と、当然じゃない......!」
「あっはは!」
「ちょっと、笑わないでよっ!」
軽く叩かれながら、手を合わせて許しを請う。
「もう!」
「あ、ごめん時間だ。外すね」
夜勤のスタッフが出勤して来た。席を立って、事務所の中で引き継ぎを済ませ、定時ぴったりにクラブハウスを出る。外は、暖房が効いて温かかったロビーとは打って変わって、秋らしい冷たい風が頬を撫でる。
「ずいぶん涼しくなったわね。明日からは、もう少し厚着しようかしら?」
「俺も、防寒着の用意をしておくか」
「はいよ」
『おう、お疲れさん。いいか?』
「どうしたの?」
『“7人目の魔女”のことで話してーことがあってな。今、お前んちの近くまで来てんだけど居るか?』
「悪い。今から帰るとこだから、あと20分くらいかかると思う」
『そっか。じゃあ、コンビニで時間潰しとくわ』
「じゃあな」と、
「
「そう。うちの近くまで来てるって。“7人目の魔女”の件で何か話があるみたい。悪いんだけど......」
「ねぇ。私も、同席させてもらっていいかしら?」
玄関の鍵を回して扉を開けて、客人三名を招き入れる。
「で。どうして、お前らが居るんだよ?」
「別にいいでしょ。“7人目の魔女”については、私たちにも関わりがあるんだから」
さっきと言っていることが真逆。だけどこれは、ナンシーの件を隠しておく必要があるからだろう。
「ふ~ん。まっ、そう言うことにしておいてやるよ」
「何よ、その言い方。ムカつくわね......」
テーブル越しにいがみ合う二人。端から見ると、
「それで?」
「オレたち超研部は総力を上げて、“7人目の魔女”を探すことになった」
放課後、部室へ戻った
その
「まさか。
「そうか? オレはちょっと、脈アリだと思ってっけどな~」
「
「そりゃあもちろん、選挙協力に決まってるだろ?
俺たち三人は「どうする?」と、無言のままアイコンタクトで語り合う。
「おい、なんだよ。この、オレがスベってるみたいな空気はよ?」
「私たちさっき、魔女探しから一旦手を引きましょうって話合ってたところだったのよ」
「は? なんで? 消された記憶を取り戻すんじゃなかったのか?」
お姉さんの件があるとはいえ、
「ほら。そろそろ、中間テストがあるだろ。だから、本格的な調査はそれが終わってからにしようって」
「ああ~、中間か。ならしゃーねぇーか」
どうやら上手く、こちらの思惑は伝わった。
「じゃあ、
「
「大丈夫だって。オレと同じくらいの学力あんだし。てか、どうして
「あんたの無責任な言動に苦言を呈してるのよ!」
「まあまあ。バイトもあるから相談相手くらいにしかならないぞ」
「それで十分さ。頼むぜ、相棒」
「はいはい」
「まったく......」
話はまとまった。
とりあえず、現状どこまで掴んでいるか尋ねてみたが、今のところこれと言った手がかりは掴めていないらしい。最後の手段として以前、“7人目の魔女”を恐れて登校出来ないでいることを話したお姉さんについて、
「なに? あなた、お姉さんが居たの?」
「ああ、ひとつ上にな」
「へぇ~、なんか意外かも。ひとりっ子だと思ってたわ」
「いいのか?」
「構わねぇよ。
「
「弟が、ふたり居るわ。
「ああ。俺もひとり、弟が居る」
話題は魔女から大きく脱線して、兄弟の話題に変わった。それぞれ兄弟が居ることが分かり、
「面倒見いいから、弟か妹が居そうだけど?」
「ご明察。みっつ下に妹が居るよ」
「巨乳か!?」
「サイテーね!」
間髪入れずに
「あら。すごくかわいい子ね」
「どことなく似ているな」
「巨乳じゃねぇのか」
妹の写真を見た三人の反応は、三者三様。しかし
「妹さんは、静岡に居るんだよな?」
「ああ、朱雀高校に進学を決めたとき引っ越すって話もあったんだけど。中学に上がるタイミングだったから遠慮したんだ」
「それで、ひとり暮らしなのね。でもどうして、遠く離れたうちの学校に進学したの?」
「だな。その足じゃ不便だろうしな」
「うむ。親元に居た方が安心だろう。家族も」
よくあることで、たいして面白味もない話しだけど。三人は興味があるらしい。別に、隠す理由もないし話すことにした。
「腕の良い整形外科医が居たのが一番の理由。それに知らない土地って訳でもないから」
「どういうこと?」と、
「小学校まで、この辺りに住んでたんだよ」
「おいおい、マジかよ?」
揃って驚いた顔を見せる、
中学に上がる直前、親の都合で静岡に引っ越しが決まった。俺自身、誰一人知り合いの居ない学校でゼロから始める難しさを身を持って知っている。だから、同じ思いを二度もさせたくなかった。
ただ、俺は恵まれていた。
さすがは、サッカー王国と謳われる静岡。中学に上がってすぐ、プロリーグで活躍していたプロサッカー選手が卒業したうちの中学校を訪れて、トークショーを開いた。学生時代の苦労話、挫折を乗り越えての成功体験。最後に、グラウンドでボールを蹴る機会があった。
その時ふと気がつくと、その人を中心にたくさんの笑顔が溢れていた。俺も、その中の一人。誰ひとり顔見知りがいないのに、自然と仲間が出来た。
そして、いつの間にか俺はサッカーに魅了されていた。
元々運動は得意な方だったし、プロ選手を輩出した学校だったこともあって練習環境にも恵まれていた。当然大変なこともたくさんあったし、選手生命に関わる大ケガも負った。
それでも、やらなければ良かったと後悔をしたことは一度もない。それだけは、決してありはしない。
* * *
「送っていかなくて、大丈夫?」
「平気よ。それより長居しちゃってごめんなさいね」
「それは別にいいけど、気をつけてね」
「安心しろって。オレがついてるんだぜ?」
「じゃあ、また明日。行きましょ、
「邪魔したな」
ウインクする
「ったくよー。相変わらずツレねぇよな~」
「まあ、認められてるからキツく当たられるんだろ」
「分かってるって。さて、本題といこうぜ」
公園の自販機で缶コーヒーを買い求め、いつになく真面目な顔でベンチに座る
「去年のことを知ってただけで、お姉さんとは関係なかった」
「なら、会長が探せっつー“7人目の魔女”が本命か。しっかし、お前以外にも覚えてるヤツがいたってことは記憶が正しいって証明されたってわけだ」
「......けど、詳しい事情までは分からず終いだった」
「ふむ。事情はどうあれ、どうするよ?」
「さっき話した通り、一旦区切り。
「だろうよ。
全校生徒3000人前後の超マンモス校。お姉さんと関わりのない一年生と、魔女に該当しない男子生徒を除けば、三年と二年の女子生徒を合わせて、1000人ほどにまで絞れる。いや、おそらくは、もう――。
「掴んでるんだろ?」
「ああ......姉貴が知ってるハズだ。何せ、そいつから逃げてるんだ。顔も、名前も、知らぬ存ぜぬなわけがねぇ......!」
そうだ。お姉さんは、“7人目の魔女”の存在を認識している。
直接聞き出せることが出来れば、あらゆることに片がつく。会長選も、
「もう一度、姉貴を問い詰める。出たとこ勝負だな」
「そっか。ああ、そうだ俺、明日と明後日病院に寄ってから登校するから」
「おう、了解。いつも通り、担任には伝えとく」
「悪いな」
「いいって。さてと」
ぐっと反動をつけて、ベンチから立ち上がった。
「んじゃあ、帰るわ」
「ああ、お休み」
「おやすみ~」
背を向けたまま軽く手を振って歩いて行く
そして、二日後の朝。先日話した通り、朱雀高校へは登校せず朝一で病院で、昨日の午前中に受けた定期検診の結果を聞く。
主治医から下された診断結果は、順調に回復している。
仮に今のペースで順調にいけば、時間制限付きで夏のインターハイ出場も見えてくる可能性もあるとのことだ。ただし、それも年末に本格的な検査をして問題が無ければの話で、油断大敵としっかり念を押された。主治医に礼を言って、病院を出る。
すると、病院前のロータリーのバス乗り場付近のベンチに思いがけない人物が座っていた。
「
「あら、思ったより早かったわね。検査結果どうだったかしら?」
ベンチに座っていたのは、制服姿の
既に授業が始まっている時間のはずだけど。とりあえず、学校への通学路を歩きながら話しを聞く。
「そっか、わざわざ届けてくれたんだ。ありがとう」
「別にいいわ。一時間目は、自習だったから」
普段の日常であれば、お互い授業を受けている時間帯にこうして隣に並んで歩いているはなんか変な感じ。
「あら。あれって、
「え? あ、ホントだ」
商店街に差し掛かった時、神妙な面持ちをした
「おわっ!? な、なんだ、お前たちかよ......」
「なんだとはご挨拶ね。あなた、授業をサボって何をしているのかしら?」
「お前たちこそ、何やってんだよ?」
「私たちは、それぞれ用事で外に出てただけよ。それで?」
「俺は......」
昨夜、
「それで、7人全員の魔女を知ってしまった
「でもあなた、私たちのこと覚えてるじゃない」
「渡された注意事項に効果が出るまで最長で24時間かかるんだってよ」
「じゃあ明日の今頃には、全部忘れてるのね」
「
「心配すんなって。じゃあ俺は、注意事項に従って帰って寝るわ。
どこか強がりにも思えた
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Episode32 ~失った物~
黒板に数学の新しい公式を書き綴っていた先生が振り返り、ここまでで質問があるかを尋ねる。いくつか上げられた疑問に答えたあと、呆れ顔で息を吐くと再び背中を向けて、授業の続きに入る。
ため息の理由は、私の隣の席の
三時限目、四時限目も授業は滞りなく進み、お昼休み。
「あれー?
「
「そう」
「あれ~、うららちゃん、ちょっと残念?」
「別に、そんなことないわ。それより
「そっか。
「ほぼ決まったようなもんだけど、もう一押しして起きたいけどな。そういうワケだから、正式に次期会長に決まったら
「それは、しょうがないんじゃねぇの。ウチの生徒会長って大変なんだろ?」
頭の後ろで手を組んでパイプイスの背もたれに体を預けている
「あんた、うららちゃんと二人っきりで話せるチャンスが増えるかもとか。よこしまなこと思ってるんじゃないでしょうね?」
「そ、そんなことねぇーぜ? なあ、みやむー」
「マジかよ、
「うわぁ~、
「んなこと、1ピコグラムも誓ってねぇーから!」
普段一緒で居ることの多いクラスの友だちとお昼の時とは、また少し違う賑やかなお昼。こんな時間を過ごせるようになったのも、全部――。
「うららちゃんも、そう思うでしょ?」
「――えっ?」
突然話を振られて、戸惑ってしまった。こういう時は無理に話を合わせようとするよりも、素直に謝って聞き返すのが一番建設的ね。
「ごめんなさい。ちょっと考えごとしてて聞いていなかったわ。なんの話をしていたの?」
「へぇ、
「だな。いつもは本読んでても話の受け答えはちゃんとしてくれるし。スゲー冷たい返事の時があるけど」
「それは、あんたがしつこいからよ」
「それでね。さっきの話なんだけど」
「ええ」
話が元に戻った。
その魔女を勢力を上げて探しているのだけれど、未だ手がかりも見つかっていないわ。
「やっぱ、みやむーじゃね? 他に立候補してるヤツ居ねぇんだし」
「アタシは、
「でもよ。
「甘いわね、
「確かに、やりかねねぇーな。絶対権力には逆らえないワケだし」
「それで、うららちゃんは? 誰だと思う?」
「そうね。私は......
「おっ、オレと同じだ」
「
肯定して頷いた
「どっちにしても、おれたちは、“7人目の魔女”を見つけることが最優先事項なんだろ?」
「まあ、仕方なくね。シスコンの
「オイッ、オレはシスコンじゃねぇーぞッ!」
「はいはい、そうですねー」
「ふふっ」
お弁当を食べながら、魔女探しの話をして昼休みは終わりを告げた。中間試験が近いこともあって、放課後は部活もそこそこに塾に通う。日暮れ前に入った塾を夜の帳が降りた頃、同じ塾の入り口で、サッカー部の
「
「
「今は、二次トーナメントの真っ只中だからな。どうしても、この時間になるんだ」
「大変なのね」
「好きで選んだ道だ、仕方ないさ」
「......そう。がんばってね」
「サンキュー。じゃあ道中気をつけろよ。いくら明るいと言っても夜道だからな」
「うん、ありがとう」
入れ替わる格好で塾を出て、
* * *
中間試験を来週に控えた、火曜日の放課後。大きな大会を控える、または大会参加中の部活以外の部は活動を一時休止して、中間試験に向けてテスト勉強に集中することとなる。それは私たち超常現象研究部も例に漏れることない。私も放課後は、部室に顔を出さずに図書室内に完備されている自習室へ足を伸ばした。
テスト前と云うこともあって、自習室は学年問わず多くの生徒が真剣な
復習に集中していると、ポケットに入れておいたスマホが振動した。画面を確認。バイブの理由は、予めセットしておいたアラーム。机の上を片付けて、スクールバッグを肩に担いで席を立つ。
「あら。
「
個人で勉強出来る机とは別の四人掛けのテーブルで、
「ええ。塾の時間まで課題と復習をしていたの」
「えっ? これから塾なの?」
夏に比べて見るからに日が短くなった、秋の午後。窓の外は一週間前よりも遥かに暗く、既に夕焼け空が広がっている。塾に着く頃には、もっと夜空に近づいているだろう。
「平気。いつものことだから。みんなも勉強してるのね」
「中間が近いからね」
「まあ今日は、主に
「
「な、何でもない」
凄むような声と共に笑顔を向ける
「もう! って、
「え? なに?」
突然大声を上げた
「涙が出てるわよ」
「あっ......」
本当。指摘された頬に触れると、左の目元が僅かに濡れていた。ポケットからハンカチを出して、涙で濡れた頬と目元を拭う。
「ちょっと大丈夫なの?」
「ええ、最近ちょっと無意識に涙が出ることがあって。コンタクトがあってないのかも」
「あるいは勉強のし過ぎやもしれんな。コンタクト用の目薬を小まめに差した方がいいだろう」
「そうね、そうすることにするわ。それじゃあ私は、そろそろ――」
「
塾へ行くため自習室を出ようと三人に背を向けるたところで今度は、
「えっと......」
どこか言い難そうにしている彼の様子を横目で見た
「生徒会の仕事があったの忘れてたわ。
「ん? ああ、それは構わないが......」
「じゃあ私たちは、先に行くわね。
スクールバッグを肩に担いだ
「また、明日――」
「うん、また明日。気をつけてね」
「ええ。行きましょ、
二人が自習室を出たところで「ちょっと待っててくれる?」と言って、
* * *
「気に入ったのが見つかってよかったね」
「うんっ」
私の手には、よく通っているお気に入りの文具店で買った新しい文房具。頬が緩んでいるのが自分でもわかる。一緒に学校を出た私たちは、お互いの目的地が同じ方角ということで、そのまま商店街を中間試験の話をしながら歩き。しばらくして、
――そう。帰りが一緒になった時は、いつもここで別れていた。でも、今日は......。
「
アルバイトがあるハズなのに、こんなこと言うのはおかしい。直感的にそう思った私は、返事を返す前に塾へ欠席の連絡を入れていた。
「自分の買い物はあとでいいから」という言葉に甘えて、まずは私の買い物に付き合ってもらった。最初は本屋さん、来月発売予定の新刊と、改訂版の参考書をチェックしてから隣接の文具店で筆記用具をチェック。今日発売の棚に、何年も愛用しているシリーズの新商品を発見した時は胸が踊った。
「久しぶりだね。こうして、二人きりで買い物するの」
「ええ、そうね」
こうして二人きりで買い物をするのは、一年生の三学期以来――。
あの日、どういうワケかすごく気が沈んでいた私を、
「それで、
「ああ、うん。実は――」
ちょっと気まずそうな苦笑いを見せた。
なにか言い難い物なのだろうか、と思っていたけれど。その予感は、まったくの見当違い。予想外の返事に面をくらって足が止まってしまう。
「これといってないんだ。ちょっと場所替えようか?」
人通りの多い商店街を離れて、家の近所の公園へ場所を移した。手に持っていた文房具は、温かい飲み物に換わり。私たちは今、外灯が照らす私たち以外には誰もいない公園ベンチに並んで座っている
「今日は、塾までサボらせちゃってゴメンね」
「いいわの。勉強は、家で出来るから。それより大丈夫なの?」
「ああ、バイト? 大丈夫だよ、今週は試験休みを貰ってるから」
と言うことは、嘘をついてまで――。
「どうして?」
「うーん、どうしてかな? 何となくなんだけど、落ち込んでたみたいだから」
「えっ?」
――私が、落ち込んでる? そんな自覚は無いのだけれど。
そう反論する前に、
「さっきの
その言葉を聞いた瞬間、自習室の時と同じように自然と涙が流れた。まるでそれを合図にしたかの様にここ一週間の間の心のどこかで、ずっと感じていた喪失感が一気にこみ上げて来て、溢れ出して、止めよにもどうにも止まらなかった。
頬を伝う涙は枯れる気配を微塵も見せない。一枚のハンカチではとても収まりきらないすると、大きなスポーツタオルを差し出してくれた。
「使ってないから、よかったら使って」
「......ありがとう」
優しさに触れて、落ち込んでた理由がわかった。
昨日の放課後、
私のことを「好き」と言ってくれた
だけど――。
顔を上げるとすぐ隣には、あの日と同じ優しい表情で私を見守ってくれている人が居る。
「どうして......」
どうして、私の好きな人は――この人じゃないんだろう。
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Episode33 ~矛盾~
「今日は、ありがとう。なんだかすっきりしたわ」
「それは何より。じゃあ、また明日」
「ええ。あっ、そうだわ」
玄関のドアノブに手をかける直前、何かを思い出したように振り向いた
「誘っても部室へ来てくれないって、
「え? あ、ああ、ちょっとテスト勉強で忙しくて。中間が終わったら一度顔出すよ」
「うん、待ってる。おやすみなさい」
どこか嬉しそうに期待するような笑顔で頷いた、
「
『ええ、平気よ。ちょうど休憩を入れようと思ってたところだったら。それで、
デートの部分に力が入っている気がしたが、そんなことより今は、確かめたいことがある。返事は返さずにさっそく、本題を切り出した。
「聞きたいことがあるんだ」
『......なによ?』
「先週、病院までプリントを届けてくれた時のこと覚えてる?」
『覚えてるわよ。商店街で
「覚えてるんだね、
『......今から、会えるかしら?』
一旦通話を終え、最寄り駅近くのファミレスで
「ごめんね、こんな時間に」
「どうして、あなたが謝るのよ。呼び出したのは、私の方じゃない」
「それで、さっきの話だけど。いったいどういうことなの?
「話してて一度も出なかったんだ。
白い湯気の立つティーカップが唇に触れる寸でのところで手を止めて、そのまま手元のソーサーに置いた。
「偶然じゃないの? それに記憶を操作されたのは、
確かに、その通り。あの日
それになにより、魔女同士はお互いの能力には干渉できないルールがある。“7人目の魔女”の記憶操作も、
でもだとしたら、
「なにしてるの?」
いくぶん温くなった黒いコーヒーを見つめながら考え込んでいたところ、
「
「ああー、だね」
簡単かつ確実な方法。ちょっと冷静になれば気がつく方法だった。
「それで......って、返事はやっ!」
メッセージを送信し終えたスマホをテーブルにほぼ同時に、着信音が鳴った。相手はもちろん、
「なによ、これ? 見てっ!」
スマホの画面に表示されたメッセージは、打ち間違いや変換ミスがあって相当慌てて返信したことが分かる。誤字を正しく変換して紡ぎ出した本来の内容は――俺のこと覚えているのか。
「あなたの予想通りみたいね。とりあえず呼び出して、詳しい話を聞いてみましょ!」
「ちょっと待って。場所を変えよう」
「どうして?」
「大丈夫だとは思うけど......」
ざっと店内を見回して見る。それらしき姿は見えないが、このファミレスは駅の近く。客、店員の中に“7人目の魔女”がいる可能性はゼロじゃない。スクールバッグからノートを出して、理由を筆談で伝える。すると彼女は、黙ったまま頷いてペンを手に取り「そうしましょう。あなたのお家でいいかしら?」と書き記した。
俺たちはファミレスを出て、自宅アパートへ向かった 途中コンビニに立ち寄り、まだ食べていない夕食の材料を調達。少し急ぎ足でアパートに着いたが、まだ
外で待つのには、秋の夜は肌寒い。玄関のカギを開けて、先に
「どうぞ」
「お、おじゃまします」
初めて上げたわけじゃないけど、二人きりなのは初めて。若干の気まずさを覚えながらも部屋に上がって灯りを点け、スクールバッグを下ろし、コンビニで買った食材をビニール袋を台所に置く。別のことに意識をずらせば、緊張も和らぐだろうと遅めの夕食の準備に取りかかることにした。
「
「もう食べたわ。でも、少しいただこうかしら」
「じゃあ――」
「私が作るわ。その間にあなたは、着替えておいて」
「え? でも」
「私も食べるんだから遠慮しないの。それに、制服にニオイがついちゃうでしょ。焼きうどんでいいのよね?」
――ああ、そういうことか、と
「うまい......!」
「そう、ならよかったわ。それにしても遅いわね」
「遅いじゃないっ。いったい、なにをしてたの......よ?」
「やあ、
「......あなた、どちら様かしら?」
「ど、どういうことだい!?
「知らねーよ。元々存在が薄いんじゃねぇーのか?」
「それは、どういう意味かなッ?」
「うるさいわね、ご近所迷惑でしょ。
「からかっていたのか!? まったく、キミという女性は......!」
「まあまあ、飲み物用意してくるから。二人とも、とりあえず座りなよ」
台所で二人の分の飲み物を用意して、奥の部屋に戻る。彼らの前にコップを置いて、元居た場所に腰を落ち着ける。
「さっそくだけどよ。お前ら、本当に俺たちのこと覚えてるのか......?」
真剣な表情。それも、不安が入り混じる表情。返事は、その不安を払拭させられるだろう。
「もちろん覚えてるよ。
「マジかよ......!」
「信じられない、夢じゃないか......!」
「そもそも、どうしてあなたたちが、みんなに忘れられてるのよ? “7人目の魔女”に記憶を消されたのは、
その通り、ごもっとも。
あの日。
たぶん他の超常現象研究部の全員も、
「そこは、僕から説明しよう。そもそもの話し、7人全ての魔女の存在は、生徒会長以外は知ってはならないことだったんだ。最後の魔女の名前を知ってしまった、僕と
「それ俺が、お前に教えてやったことそのままじゃねぇか!」
「いいじゃないか。キミは説明をはしょりかねないからね。なにせキミは、記憶を失った
「お、オマエ、聞いてたのかよッ!?」
「だから、静かにしなさいって言ってるでしょ。次騒いだら、もう本当に知らないわよ......?」
「すみません......」と、二人して深々と頭を下げた。まあここで
「で。あんたたちは、これからどうしたいのよ?」
「この一週間、ただ過ごしてた訳じゃないんだろ。超常現象研究部に顔を出したみたいだしさ」
「下着の件はサイテーだけど、
目を細めて、二回言った
「そのことなんだけど。記憶を失った魔女が暴走を始めて要ることを、キミたちは聞いているかい?」
「魔女が暴走? どういうことよ?」
同じく初耳。
「前の状態に戻っちまったのさ。俺たち超研部が、魔女の抱えていた問題を解決する前の状態にな」
「へぇ、そんなことになってたんだ」
「確かに、それは厄介なことね」
ここ最近、昼休みも放課後も、中間試験の勉強で忙しかった間に深刻な事態になっていたなんて――。
「魔女の暴走には、会長も頭を抱えているようでね」
「ふーん。つまり、魔女たちの暴走を上手く解決出来れば事態が好転するかもってわけね」
「そんなことどうでもいいんだよ。俺はただ、アイツらをなんとかしてやりたい。それだけだ......!」
「記憶を取り戻すことを後回しにしても?」
「ああッ!」
俺の質問に力強く頷いた
「ハァ、まったく仕方ないわね。私たちも協力してあげるわ」
「マジかっ!?」
「あら。必要ないのなら、お好きにどうぞ。私たちも暇じゃないんだから」
「イヤイヤ、マジで頼む! 記憶がないアイツらを説得すんのは、マジで骨が折れるんだって!」
「それなら、
「ええ、それが無難ね」
「よっしゃ! じゃあ、さっそく......」
「ダメよ、今日はもう遅いわ。続きは帰ってから、チャットメールでやり取りしましょ。アプリ入れてるわよね?」
時計の針は、21時を回っている。
女子を、これ以上遅くまで付き合わせるわけにはいかない。
「しかし、どうしてキミたちは、僕や
「さあ? 私たちにだって分からないわ」
「あっ! 記憶を消されたあとに俺たち会っただろ。だからじゃねぇかっ?」
「それだと、
「ああー、そっか......」
「ふむ、謎は深まるばかりというわけだね。じゃあ僕はこっちだから、また後で――」
住宅街の交差点で
「もし......」
「ん? どうしたの」
まだ明るい商店街を駅へ歩いていると、不意に
「私たちの記憶が消えていないことが“7人目の魔女”に知れたら、記憶を消されちゃうのかしら? もしそうなったら――」
「大丈夫だよ」
うつむき加減だった
「例え記憶を消したところで、人の想いまでは操れないよ」
「......そうね。私、絶対に忘れないわっ」
「俺も忘れないよ。さあ、行こう」
「ええ」
決して忘れない、とそう心に誓い。再び歩みを進めた。
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Episode34 ~眠り魔女~
グループの招待者
三人の中で特に魔女に詳しい
一通り読み終え、状況を把握したところで、箸を片手にトークに参加。話の流れで
そして話題は、あらぬ方向へと進んでいく。
『ところで、
『
『確かに今のところ、
『なんの話よ?
『なんでもねーよ。気にすんなって』
『
『
『えっ? あなた、
『優等生の
『うるせー! あれは、その場の勢いで言っちまったんだよ!』
多少の後悔があるようだ。まあ確かに、
『ふーん、でも意外と男らしいところもあるのね。ちょっとだけ見直したわ』
『えっ? マジか!?』
『ちょっとよ、ちょっと。それで、フラれた理由は何だったの?』
詳細を尋ねた
『ああー、悪ぃ、妹に呼ばれた。ってことで、魔女のことは頼んだぜ! じゃあな!』
それから、
『今日は、ここまでみたいだね』
『そうね。じゃあ、
俺と
――
* * *
朝、目覚まし時計とは別の着信音で目が覚めた。寝ぼけ眼で枕元のスマホを探し当て、通話ボタンをタップして耳元へ運ぶ。
「はい......」
『おはよう。私よ』
名前を確認せずに取った電話は、
「どうしたの? こんな時間に」
『その様子じゃまだ起きてなかったようね。よかったわ』
「よかった?」
『ええ、メッセージでもよかったんだけど。それで、今日のお昼なんだけど。
「え? ああ、うん、それは構わないけど......」
『決まりね。お弁当は私が用意するから、またお昼に連絡するわ』
そして、迎えた昼休み。
すっかり秋らしくなった寒い北風を避けるように、校舎の外壁を背にして、屋上のひなたにレジャーシートを敷き、シートの中心に広げられた
「どうしたんだ? 突然、一緒に昼飯を食べようだなんて」
「あら。私の手作りのお弁当じゃ不満だったかしら?」
「そ、そんなことはないぞッ!」
割り箸を持つと、おかずに箸を伸ばし勢いよくほうばった。
必死の
「ところで、
「
「じゃあ、夏休みに
「
今度は、手を止めて顔を上げた。
どうやら、昼休み前に
「ハァ、やっぱり忘れているのね」
「みたいだね」
「どういう意味だ?」
眉間にシワを寄せ、腕を組んで首をひねる
「まさか、俺の記憶が消されていたとは......! しかしなぜ、お前たちは
「それが、わからないんだよ。
「そうなのよね。ねぇ
「ふむ......」
右手でアゴに触れながら考え込み、スッと花火大会の写真を指さした。
「この花火大会は、確かに行った記憶はある。だが、
「じゃあ、男女のペアで花火を見たことはどうなってるの?
「俺の記憶では、
「
「矛盾が生じないように、かな?」
「
「
「私の方も同じよ。能力が原因で悩んでいたことは、キレイさっぱり忘れてるみたいだったけどね」
「それで、その魔女たちをこれからどうするんだ?
「そのことだけど。
人と関わることが苦手な彼女にとってテレパシーは、
「
「あっ、それなら、
「そういえばあの子も、成績良くなかったわね。いいわ、まとめて面倒見てあげましょ。
「そうだな。俺は、
「そう、じゃあお願い、頼りにしてるわ。さあ、お昼食べちゃいましょう」
話し合いで止まっていた箸を再び動かし、来週に迫った中間テストの話。それと
* * *
放課後、約束通り四人で勉強会を開くことになった。まあ、それはいいのだけれど。自習室や図書室を使わず、俺の自宅アパートで行うことになったのは少々解せない。
「あの~、この問題なんですけど」
「そこは、この公式を使うんだよ」
「は、はあ? それは、なぜでしょう......?」
数学を勉強中の
「この問題は解ける?」
「あ、はい、これならなんとか......」
「うん、合ってる」
少し時間はかかったけど、一年の一学期の後半に習う公式を使って答えを導き出した。次は一歩進んで、二学期の後半までに習う問題を出す。
本棚から一年の頃の教科書を引っ張り出して、二学期に習うページを開く。
「じゃあ、ここからやってみようか」
「あ、あの私、二年生なんですけど......」
「もちろん分かってるよ。このふたつの問題を見て、何か気づかない?」
一年と二年の教科書を広げて見せる。
「問題の前の方が、同じ公式が使われていますっ!」
「正解。進級して習う授業って、前年度の授業をちゃんと理解してないと解けないんだ。だからただ、公式を暗記してもちゃんと理解できてないと応用が利かないし、意味がないんだよ」
「そうなんですかー」
「そうなんです。じゃあ始めようか、先ずは――」
基礎の基礎からやり直し、深いところで本質を理解する。遠回りに思えることが結局、一番の近道だったりすることはよくあること。特に習い事に関しては、それが顕著だったりする。
「出来ました」
ノートに書かれた解答に目を通す。
「ふむふむ」
「あの、どうでしょうか......?」
「全問正解。よく出来ました」
「ほ、ホントですかっ?
「あら、何か言って......?」
俺の隣で、テーブルを挟んで
「な、なんでもありません!」
「あっはっは!
「落ちついてるわよっ。それよりあなた、問題は解けたのかしらっ?」
勉強を開始して一時間、切りのいいところで休憩を入れる。
台所で飲み物を用意していると、来客を知らせる呼び鈴が鳴った。訪ねてきた客人は
「えっ? じゃあ、ワタシと
「私、ぜんぜん実感がないんですけど......」
「そうでしょうね。
夕食を食べる前に、
「ホントみたいね」
「は、はい......」
「信じてもらえて良かったぜ!」
「でも、なんで記憶を消す必要があるんだろうねー?」
「それは、生徒会長以外に魔女の存在を知られたくないからさ。魔女の能力を使い、クーデターでも起こされた堪らないからね」
「じゃあどうして、今まで消さなかったの?」
素朴な疑問を述べた
「そうだよな。“7人の魔女”全員の名前を知ってから記憶を消す理由って、何なんだ?」
「......言われてみれば。会長は、魔女の存在を把握している訳だから。問題が起これば、そのつど記憶を消してしまえばいい」
「何か出来ない理由があるんでしょうか?」
「どんな理由?」
「そ、それは分かりませんけど......」
たぶん、このタイミング記憶を消したのは、
あとは、7人全ての魔女を集めたらどんな願いでも叶うとかいう、とんでもない儀式を事前に阻止するため。絶対権力を持つ生徒会長が、儀式のことを知らないハズがない。
「って、何してるんだ?」
考え事をして気がつくと、目の前で
「これからどうなるか、
「あ、当たり前だ! 俺の能力は、コピーだって言っただろ! 未来が見えるのは、俺の方だっての!」
「あっ、そうだったねー。ごめんご、め......ん――」
屈託ない笑顔でだった
「ちょ、ちょっと、
「こ、これは......!」
「どうしたと言うんだいっ?」
「ちょっと見せて」
みんなが心配している中、
つまり――。
「ただ、眠ってるだけみたい」
「眠ってるって、こんな突然?」
「とりあえず、毛布かけておこう。風邪引いたら大変だし」
ベッドの近くにいる
「
「あ、ああ、それがよ。ベッドで寝てる
「わ、私にですかっ? どうして私にっ!?」
訳もわからず涙目の
「まあなんだ、無理矢理は犯罪だぞ?」
「サイテーね」
「クズだな」
「
「まだ何もしてねぇーだろッ!」
とんでもない未来予知に
「んぅ? あれ、ワタシ、寝てた?」
「ええ、そうよ。突然寝ちゃったけど、大丈夫なの?」
「うん、なんかスッキリしたわ。あっ、
「だから、未遂だって言ってんだろ! あん? なんだよ」
「
「......は?」
目を覚ました
「だけど、まさか
「魔女に消された記憶を、キスで目覚めさせるなんて。まるで、どこぞのお姫様の物語みたいだな」
正確には、ちょっと違うけど。一定の間隔で設置された街灯が照らす住宅街を歩いていると不意に、
「連絡してみる?」
「ま、待ってくれ! ちょっとまだ心の準備が出来てねぇって言うか、なんつーか......」
戻そうと思えば今すぐにでも、
「そっか、じゃあ行くか」
「お、おう」
俺たちは、再び歩き出す。
「安心していいよ」
「なにが?」
聞き返してきた
それだけは、間違いない。
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Episode35 ~夜空の誓い~
昼休み。弁当と、自販機で購入した温かいお茶のボトルを持って、
秋らしい雲が広がる青空。昨日よりは暖かいが、やや肌寒さを覚える風が通り抜ける秋空の下、転落防止の手すりに身体を預けて、東京の街並みを眺めている。
「
「あれー、なんでアンタたちがいるのよ?」
「じゃあアンタたちはよく、屋上でお昼食べてるってわけ?」
「オレは時々な。
「一年生の頃からよね。屋上へ来ると、いつも居たもの」
「ああー、うん。もう、半分日課みたいなものかな」
昨日と同じ場所、校舎の外壁のひなたに座り、日直の用事で遅れて屋上へやって来た
「うーん、うららちゃんと
「同じクラスだったからね」
「ええ」
「ふーん。それだけ?」
パックジュースをひとくち口にして、
だから、俺の答えは当然――。
「友達。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「少し違うわ。友達じゃない」
隣に座っている
「だって、ただの友達じゃないから――」
顔を上げると、彼女は小さく微笑んだ。
「私たちは、親友だもの」
* * *
「終わった~」
午後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、授業担当の教師が教室を出ていくと、斜め前の席の
「お疲れさま」
「ホントよぉ、ここんところ小テストばっかりでイヤになるわ」
「なに言ってんだよ」
「本番は、来週なんだぜ。小テスト程度でへばってるようじゃ先が思いやられるな~」
「わ、わかってるわよっ」
「あはは」
二人のやり取りに笑いながら、サイレントモードにしておいたスマホをバッグから取り出すと、不在着信を知らせるランプが点滅していた。不在着信は例のチャットメッセージ、
『
『その彼女が一番厄介なのだけどね』
『まあ、そうね。
『昼休みに空き教室を覗いてみたが。四人で、何やらモメているようだったぞ』
『モメごとね。ちょっと気になるわね』
『
『おおーっ! そういえばお前が前の時も、
『それなら期待できるね。じゃあ僕は図書室で、ラノベの続きを読みながら報告を待つことにするよ』
『そのノアって子、前は、魔女を退学させるのが目的だったんでしょ?
『俺は、そうだな。もう一度、
『俺は、どうすっかなー?』
『おとなしく勉強しておけ。また、赤点を取って補習になるぞ』
『うっせー!』
各々することが決まり、やり取りを終える。サイレントモードからマナーモードへ切り替えて、ポケットにスマホをしまおうとした時、着信を知らせる震動が手に伝わった。着信は、個人宛のメッセージ。送信者は
「おーい、聞いてるー?」
画面から目を話すと、目の前に
「ごめん。返事返してた」
「アンタ、さっきから誰とメールしてんのよ。いっぱい着てたみたいだけど」
「女か?」
「正解、女の子」
「マジかよ! 誰だよっ?」
「わかった、うららちゃんでしょっ!」
「残念ハズレ、
了解と返事を返し、改めてスマホをしまう。
「
「そう。自習室で、中間の勉強しようって話」
「なら、ちょうどいいじゃねぇか」
「アタシたちもみんなで、勉強しようって言ってたのよ」
「ああー、そうなんだ」
「ってことで、
「ちょっと用事があるから、先に行ってて」
「おう」
「おっけー。じゃあアタシたちは先に、部室に行ってるから」
二人は部室棟への渡り廊下へ。俺は昼休みに四人が居たという空き教室へ向かうため、階段を下ろうと背を向けた時だった。突然背中に、ドンッと軽い衝撃が走った。
何事かと思い振り返ってみると、そこにはついさっきまでチャットで話題に上がっていた魔女――
「えっと、キミは――」
「センパーイッ!!」
どうすべきか思考を巡らせていると、大声と共に
「
「センパイ、助けてください......!」
「は?」
「ちょっとアンタねっ、危ないでしょ!」
「ケガしたわけでもねぇし、許してやれよ。それに何か、ワケありみてーだしな......!」
少し遅れて来た
「で、どうしたの?」
「た、助けてください......」
「いったい、何があったのよ?」
「オレたち追われてるんです。オ、鬼に......!」
「鬼? 鬼って、童話とかに出てくる、あの鬼のこと?」
「ワケわかんねぇーな」
「き、来たぁーッ!」
そして、鬼と呼ばれた生徒の正体が明らかになった――。
「って、
「誰か居ると思えば、
「貴様、逃げられると思うなよ?」
「......は、はい」
スケープゴートに失敗した
「暇なら、お前たちも来るといい」
そのまま成り行きで着いて行くことになり、
二次予選まっただ中のサッカー部は今週末、ベスト8進出を賭けた一戦に望む。
しかし朱雀高校は、東京都内でも指折りの進学校。試験で赤点を取った生徒は、補習が終わるまで部活動禁止と規定されているため。一学期の期末試験の結果から平均以下だった部員が、ここ一週間この会議室へ集められている。
「さて、では始めるとしよう。今日は、数学だ」
監督役の
「なんで、アタシたちまで......」
「まあ、良いじゃねぇか。どうせ、勉強する予定だったんだしよ。問題集用意してくれるなんてラッキーじゃん」
「まあ、そうだけどね~」
「私語は慎めッ!」
「は、はいっ!」
注意されて、かしこまる
「おい。なんか
「眼鏡掛けるとスイッチが入るんだよ」
「そんなマンガみたいなヤツなのかよ!? おっと......」
ホワイトボード前の机に戻っていた途中の
「う、うぅ~......これ、ムズすぎよぉ......」
「確かに、こりゃかなりイヤらしいな。基礎を完璧に理解してないと解けねぇ問題ばっかりだ」
「やべぇ、おれ、半分位しかわかんねぇかも......」
「出来たわ」
「うららちゃん、はやっ!」
皆が悪戦苦闘する中、
「そこまで! 答案用紙を持って来い、採点はオレがする」
* * *
「疲れた~......」
俺のバイト先、フットサルコート隣接のファミレステーブルに突っ伏した
「なかなか来ないと思ったら、そんなことをしていたのね。連絡くらいしてくれてもいいんじゃないかしらっ?」
「すぐに終わると思ったんだけど、時間かかっちゃって。ごめんね」
「まあ、いいわ」
「けど、来ないで正解だったと思うぞ。おれは」
「どういう意味よ?」
「
窓の外、ナイターの灯りに照らされた鮮やかなグリーンの人工芝のピッチで、サッカー部の面々とフットサルをプレー中の
「アイツ、ほんと容赦ないんだからっ。合格点に1点でも足りないと問答無用でやり直しさせるのよっ。それも問題を変えて、何度も何度も!」
「
隣のテーブルで脱け殻のようになっている
「巻き込まれたあの三人は悲惨だよなー。特に、
「成績学年トップのプライド、ズタズタにされてたもんねー」
「学年一位? だからなんだ。戯れ言は、最低でも全国で二桁以内に入ってからほざけ。だもんな」
「うららちゃんに聞いたんだけど。同じ塾に通ってて、成績は常に5位以内。全国模試でも30番落としたこと無いんだって!」
「
「頼めばいいだろう。自分のこづかいで」
「は? なにそれ、ウザイんですけど。じゃあ、
「よし、なら脱いでもらおうか!」
「ちょーキモい!」
同じテーブルの
そう思っていると、テーブルに置いたスマホが鳴った。
「おつかれ」
「ああ、サンキュー」
「あと、これ」
「解析か」
「ああ、今週末ベスト8を賭けた対戦相手。帝王学園の試合」
――帝王学園。中学時代のチームメイトが居る高校。
「目を通してくれると助かる。お前の感想を聞きたい」
「了解、見ておくよ」
「サンキュー。じゃあオレ、塾だから」
「おう」
DVDに目を落とす。アイツの試合か、前の動画を見る限り、今さら観ても――。
「何か考えごと?」
「え?」
突然声をかけられ振り向くと、歩道に
「それは?」
「サッカーの試合だよ。次の対戦相手の感想を聞かせてくれって、
「そう。私も一緒に見てもいいかしら?」
クラブハウスへ移動し。店長の許可を貰って、プレーヤーにセットして再生ボタンを押す。テレビ画面に、帝王学園の試合映像が映し出された。前半5分に早々と先制点をあげると、試合は一方的に進んでいった。前半のアディショナルタイムを迎えた時点で、既に3点のリード。後半始まってすぐに追加点を加え、一気に勝負を決めた。
「これが、次の対戦相手なのか」
「めちゃくちゃ強いんじゃねぇの?」
感想を述べたのは、なかなか戻って来ない俺の様子を見に来た
「この人が、
「そう。中学の時のチームメイト」
「ふーん、あんまり似てないと思うけど」
「私も、そう思うわ。それになんだか。この人たち――面白くなさそう」
最初から一緒に試合を観ていた
* * *
「
「そうだねぇ」
夜空を見上げて考える。
フットサルコートで見た練習と試合風景、帝王学園の試合を思い返しながら客観的に戦力分析。
「限りなく五分に近い四:六ってところかな」
「じゃあ、
「どうかな。サッカーは、個人競技じゃないから」
「そう」
なんとなく少し元気のない返事に感じた。
「やっぱり、前言撤回。勝つよ。今年は出場出来ないけどね」
「じゃあ、来年応援に行くわ」
「うん、待ってる」
夏から冬の星座へ移り変わり始めた、初秋の夜空の下。
お互い声には出さなかったけど、それでも心の中で約束を交わした。
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Episode36 ~未知数~
授業と連絡事項のみのHRが終わり、放課後を迎えた。
帰り支度もそこそこに立ち上がった
「今日は、居ないわよね?」
「何やってんだ?」
一足先に帰り支度を済ませた
「昨日みたいに巻き込まれたくないから、ノアちゃんたちが居ないか確かめてたのよ」
「んなことかよ。アホやってないで、行くぞ」
「アホって! ちょっと、待ちなさいよぉー。ほら、アンタも行くわよっ!」
「先に行ってて。購買で飲み物買ってから行くよ」
「じゃあアタシ、オレンジジュース!」
「はいはい」
スクールバッグを取りに戻った
学食と一緒に完備されている購買で、人数分の飲み物を購入してから近くに空いているテーブルに腰を下ろし、ポケットからスマホを出して、昨日
『じゃあノアも、
『そうみたいね。“7人目の魔女”の能力で、
『全部、
『なぜ、僕のせいなんだい!?』
『あら。あなたが、
『まだー? もうみんな、来てるわよー』
――わよ? いきなりどうした、と思ってよく見ると。届いたメッセージは、
「用事があるから一旦抜ける」と、
「おそーいっ。どこで油売ってたのよぉ」
教科書を広げたテーブルでダレていた
「ごめん、これで許して」
「ありがとー、許してあげるっ。はい、うららちゃん」
「私も、もらっていいの?」
「どうぞ、みんなの分あるから」
「ありがとう」
残りが入った袋をテーブルに置いて、空いている席に腰を下ろす。久しぶりに来た超研部の部室は、以前よりもヘンテコなグッズが増えていた。これらも全部、
「
「
「へぇー、そうなのか」
「なに? アンタ。うららちゃんにフラれたからって、
「マジかよ、ケンケンくん」
「ちげーよ!
「別に、いつも一緒に居るわけじゃないけど」
確かに最近、“7人目の魔女“の件を話すために連絡を取り合うことは増えた。ただ、前に勉強してたのも廊下で偶然会ったからで。そもそも、クラスが違うし。休み時間に会いに行ったりもしない。放課後も、生徒会やらクラスの用事で一緒にならないことの方が多いし。
今日も昼に、
と、事実を言ったところで簡単にはいかないことは想定内。
期待通り、
「怪しいわね」
「まぁ、どうでもいいじゃねぇか。それよか――」
追及を受ける前に、
そして、次に続く言葉で部室の空気がいっぺんすることとなった。
* * *
「最近、日が沈むの早くなったね」
隣の
「ええ、本当。みんなでプールに行ったのも、花火大会に行ったのも。つい、この間だった気がするけど」
「早いね」
気がつけばもう、10月も半ば過ぎ。日に日に早まる日の入りと比例して、外の気温も低くなり出し、来週のテストが終われば11月。そろそろ冬支度を始める時期に入る。今年もあと、残り二ヶ月余り。
そしてそれは、俺たちの高校生活も半分を切ったということ。
あと半分もある、もう半分しかない。どっちの感情を抱くかは人によるだろうけど、今の俺にとっては後者。もう、半分を切ったという思いの方が圧倒的に強い。特に、二年に進級してからは顕著に感じている。
「あっ、そうだわ」
ほぼ毎日通っている塾の前に着くと、
「テストが終わったら、文化祭の打ち上げをやることになったの」
「へぇ、そうなんだ」
「ええ、だから――」
一瞬、ひんやりとした風が商店街を抜けた。
背中まで伸びる、綺麗で艶やかな長い髪を風に揺らす。乱れた前髪を直しながら、
「必ず参加してね。それじゃあここで、また明日」
微笑んだ
「――何やってんだよ」
小さく呟いた声は、街の雑踏に紛れ、人知れず消えていった。
* * *
「ごめん、待たせちゃった」
「私も今、着いたところよ」
待っていた
「それじゃあ、さっそく行きましょ」
「
「
「また、捕まったんだね」
超研部で話をしている時
待ち合わせした駅から歩くこと数分、目的の店舗に到着。カラオケ、と記された大きな看板が一際目を引く。自動ドアを通り、カウンターで受付を済ませ。いくつもの扉が列なる長い廊下は防音対策がとられているとはいえ、漏れた楽曲と歌声があちらこちらから響いていくる。受付で指定した部屋を素通りし、大音量が響く隣の部屋に入る。
部屋の中には、朱雀高校の制服を着た男女。ナンシーと、シドの二人が居る。マイクを手にノリノリで歌うナンシーは、俺たちが入って来たことに気づいても構わず歌い続ける。シドは座って待つようにと、ソファーのスペースを開けてくれた。曲が終わりマイクをテーブルに置いて、コーラが注がれた汗をかいたグラスを口に運ぶ。
「ぷはぁーっ、スッキリしたー!」
「いいかしら?」
「ああ、いいよ。それで、なんだい? アタシに聞きたいことってのは」
「あなたに聞きたいのは――」
「能力を消す方法ねぇ......」
ナンシーは腕を組んで、難しい
そこで、“7人目の魔女”で魔女のことを熟知しているナンシーに会いに来た。
「まあ、無くはないよ」
「えっ、ほんと!?」
「ちょっと落ち着きなよ」
身を乗り出した
「アタシが知る限り、魔女の能力を消すには、儀式しかないだろうね」
「儀式? ああ、あのどんな願いでも叶うってやつね」
後夜祭で聞いた、7人の魔女を集めると願いが叶う儀式の話。ナンシーは以前儀式を行って、当時1年だった
「じゃあ、儀式を使えば、魔女の能力を消すことが出来るのねっ」
「そいつは分からないね。魔女は常に7人、儀式を行うには7人の魔女全員の協力が必要なのは前にも話したろ。だけど実際、魔女は全部で14人存在していた。つまり、アタシが把握している残りの魔女6人と、
つまり、“7人目の魔女”が二人存在することから、どこまで干渉出来るかは不鮮明、未知数。ナンシーのグループで儀式を行っても、お互いが干渉出来なかった場合は、儀式が無意味に終わることも考えられる。。
「そうなると確実に能力を消すためには、
「そういうことさ。それで、もう一人の“7人目の魔女”ってのは、どんなヤツなんだい?」
「さあ、知らないわ」
「他の魔女ために活動してねぇのか?」
「少なくとも私は、助けられた覚えはないわね」
「薄情な魔女だな! ナンシーなんて――」
「よしな、シド! 考え方は人それぞれさ」
不意に、ナンシーと目が合う。どうやら、ここは居ない方が円滑に事が進みそう。テキトーな理由付けでシドを連れだし、魔女同士の時間を作る。退出時間を待たずしてカラオケを出ると、茜色だった街は人工的な光が照らすネオン街に様相を変え、すっかり夜の繁華街。
「ごめんね」
「どうして、あなたが謝るのよ?」
「結局、一曲も歌えなかったし」
「別にいいわよ。今日は、ナンシーと話をするのが目的だったんだから」
飲み物を用意するためドリンクバーに向かっている途中、
「悪いな。呼び出してって、
「何よ、何か文句あって?」
「イヤ、文句はねぇけど。むしろ、オレが邪魔した感じじゃね? デートしてたんだろ? 服も気合い入ってるしよ!」
いつもの調子でおちょくる
「そうよ、せっかくのデートが台無しだわ。ふんっ!」
想定外の返しに、
「......マジだったのかよ。なんか、悪かったな」
「それじゃ、私は――」
「ちょっと待て。ちょうど、お前にも話しておきたいことがあったんだよ」
商店街のスーパーで夕食の買い物(
女子二人が作ってくれた夕食を、四人で囲む。
「でさ。家でDVD見てたら急に、
「
「ワケわからねぇーだろ。そもそもオレ、アイツに姉貴のこと話した覚えはねぇし」
『そうね。
互いにスマホから目を外して頷き合い。
「二人に話があるんだ」
「ん?」
「なんだよ、改まって? まさか――!」
ニヤニヤと笑みを浮かべる
「黙って聞きなさい。あなたたちに取って重大なことよ」
「へいへい。で?」
「これだよ」
「ふむ。マジみたいだな。道理で、
「ええ、納得がいったわ」
最初は半信半疑で戸惑っていたが。
「それで、あんたの話ってなんなの? 私にもあるんでしょ?」
「おお、そうだったな」
メッセージで呼び出した
「
「あっそ」
「もうちょい興味持てないのかよ? ツレねぇなー」
どうでもよさそうにスマホを手にして、
「で。それがどうして、私に関係あるのよ?」
「そりゃ決まってんだろ?
「イヤよ! どうして、あなたの下で働かなきゃならないのよ!」
「言っておくけど。何度頼まれても引き受けないわよっ」
「まっ、その話の続きは今回の件が決着してから改めてしよーぜ。出来れば、今週中に終わらせたいな......」
来週から、中間試験が始まる。
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Episode37 ~進展~
「あなた、いったい何を考えているのかしらっ?」
「慎重に行動しなさいって言っていたわよね? いったい何のために秘密裏にことを進めて来たと思っているのよ。記憶を操作されないためでしょ、違うっ?」
「は、はい、そうです」
彼女がここまで怒っている理由は、説教を受けている
ひとしきりの不満を言い終えた
「そもそも、どうして校内で記憶を戻したのよ? リスクが高いのは、あなたにだって分かっていたでしょ」
「そ、それは、ノアのヤツを少しで早く安心させてやりたかったっつーか」
「どういうこと? 私が見た限り、すぐに問題行動を起こしそうな様子はなかったわよ、あの子」
確かに。昨夜訪れたファミレスでも、
「放課後、ノアの様子を見に行ったんだよ。表向きには元気だったけど、たまにキツそうな
「ハァ、仕方ないわね。とにかく、会長の任期満了まで大人しくしていなさい。
「あ、ああ、分かった」
素直に頷いた
「お前の言い分は分かったけどよ。それがなんで、姉貴と関係あんだよ?」
「それな。一昨日
――覚えてるよな? と、俺たちに目を向ける。頷いて肯定すると、どこか安心した様子で続きを話す。
「だからさ。超研部のOGで、魔女の調査をしてたレオナなら何か知ってるんじゃないかって思ってよ。もしかしたら、7人の魔女全員の名前を知られちゃいけねぇ答えがそこにある気がするんだ......!」
「ふむ。
「俺にしてはって、どういう意味だよッ!」
「だって、オレの中じゃお前は学校一の問題児で、突然、超研部に入部を申し込んできたあげく、
「ぐっ......」
指摘が的中したらしく、顔を背けた
「あのさ。行動するなら、早くした方がいいんじゃない」
「あん? なんだよ、急に」
「記憶を操作されたんだったら早くしないと。今の話も、いつ書き換えられるか分からないんだから」
時刻を確認するのに使ったスマホを、三人に見やすいようテーブルの中央に置く。時刻は既に21時近くを表示していた。
以前
「今度は俺たちも、覚えていられるか分からないし」
「そうね。みんな、あなたの素行については覚えているみたいだから、きっと信じないわ」
「記憶を戻す方法を知ってても信じてもらえなきゃキス出来ねぇーワケだし。記憶は戻せないわな」
「......だよな」
同じ超研部の仲間でさえも、
そこへ、安心させるような優しい言葉。
「大丈夫よ、
「
「あら、起きたのね。気分はどうかしら?」
「平気。全部思い出したわ」
横になっていた体を起こした
「もう一度記憶を失っても確実に思い出せる方法があるわ」
「ま、マジかよ、どうすりゃいいんだ!?」
「簡単よ。記憶を失った時、キスせざるを得ない状況であればいいの」
――キスせざるを得ない状況......ああ、そういうことか。
とある方法を思いついた。でも仮に、思いついた方法が的中していたとしても、結構難題な気がしないでもないけど。
「キスせざるを得ない状況ってなんだよ、それ?」
「なんだよ、わかんねぇのか? 簡単じゃねぇーか。今のうちにエロ写メ撮って脅すんだろ!」
「なッ!? っんなことしねーよッ!」
「サイテー! 絶対協力しないからっ!」
「だから、撮らねぇっての!」
否定しても疑いの眼差しを向ける
ほんの少し前まで、よく見た光景。
今回の件がすべてが片付いたら......今、ここに居ない
* * *
あの後すぐ、行動に移すために、
「じゃあ俺は、レオナと話をしてくる」
「待って。私も行くわ」
「気を付けろよ、
「わかってるわ。行きましょ、
「お、おう!」
入れ替わったままの二人は、
簡単にいえば、目を覚ましたときお互いの身体が入れ替わったままなら必ず戻ろうとする、と寸法。
「これで、最後のひと組ね。それにしても――」
客間から持ってきた人数分の布団を敷き終えると、
「ほんっと広いわね。これだけお布団を敷いても、ぜんぜん余裕じゃない」
――まったくだ。
「物は、少ないね」
「それに意外と片付いてるわね。生徒会の仕事は、いつもテキトーなのに」
部屋に設置してある冷蔵庫の缶ジュースを俺たちに差し出て、
「家政婦さんが、完璧こなしてくれてるからな。まっ、オレ自身あんま、部屋にいねーからってもあるけど」
「家政婦さんが居るって。どれだけお坊っちゃんなのよ......?」
ごく普通の一般家庭では考えられない別世界の生活に、少し頭が痛くなってきた。ノックもなしにドアが開いて、レオナの部屋へ行っていた
「姉貴から、話は聞けたのか?」
「あ、ああ......一通りな」
「何よ? ハッキリしなさいよ」
「仕方ねぇだろ。よくわかんねーんだよっ」
「私も同じ。少し整理する時間が欲しいわ」
二人はよほど衝撃的なことを聞かされたのか、動揺している。
「それなら先に、お風呂にしましょ」
「おっ、いいな。よし、
「ああ......って、ふざけんな! 俺は今、
「だからじゃねーか」
両手を胸の高さで前に出して、ワキワキ動かす
「お風呂は1階にもあるみたいだから、私たちが先に使わせてもらうわ。行きましょ、
「ええ、
「って、入れ替わったまま入る気かよっ!?」
「お風呂で記憶を失ったら困るでしょ?」
「それは、そうだけどよ......」
躊躇する
「んじゃあ、電気消すぞー?」
「......そうね。普通は、男女別々だけど」
「
「そ、それは、三人だけだと危険だからよ。あんた、
「いくらなんでもそれはねーよ。寝込みを襲うのは、オレの美学に反するからな。行くなら真っ向から行くぞ」
――それは、それでどうかと思うぞ。
目をつむったまま、心の中でツッコミを入れておく。
「うっせーな。寝れねえだろー」
「へいへい、悪かったな。じゃあ、おやすみ~」
深夜0時を過ぎに就寝。眠りについてからしばらく経って、ふと目が覚めた。周りからは、小さな寝息が聞こえる。枕元のスマホを手に取る。
「四時か......」
環境が違うせいか。普段起きる時間より二時間も早く目が覚めてしまった。
「何だ、お前も起きたのか」
「ん? ああ、お前も早いな」
小さな声で話かけてきたのは、
「何か目が覚めちまってさ」
「俺も同じ」
「そっか。そう言えば、どうなったんだ? 例の子とはよ......!」
また唐突もいいとことに、俗な話題を持ち出しやがった。
「別に、特に進展はないよ」
「仲は良いだろ?」
「そりゃまあ、悪くはないと思うけど」
「なんだよ。意外と奥手なんだな~」
「どっちが?」
「どっちもだろ?」
声を殺して笑った
「何するつもりだよ?」
「まっ、そのうちわかるって。安心しろよ、悪いようにはしねぇからさ」
そう言うと背中を向けて、毛布を深くかぶり直した。
ただ面白がっているようにも思えなくない笑顔に一抹の不安を覚えながら、俺も再び目を閉じた。
* * *
週末。俺は一人、都内のスタジアムに足を運んだ。
緑色の鮮やかな芝のピッチでは、これからここで試合を行う選手たちが、芝の状態を確かめるようにボールを蹴り、アップを行っている。ゴール裏の大型ビジョンに表示された、朱雀高校と帝王学園の文字。
そう、今日は朱雀高校サッカー部がベスト8をかけて戦う試合が行われる日。
ただ、明日から中間テストが始まるため、朱雀高校の応援席には部員の保護者と関係者が居るだけで、学校の生徒の姿はほとんど見当たらない。
「どうやら、間に合ったようだね」
「はい。ちょうど今から、試合開始のですわ」
「さて。隣いいかな?」
両校の選手が入場し、試合が始まろうとした、正にその時――。
朱雀高校生徒会長の
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Episode38 ~仮説~
蒼く晴れ渡る秋の空。選手権大会東京都大会決勝トーナメント二回戦、朱雀高校対帝王学園の試合。勝てば数十年ぶりのベスト8進出が決まる一戦は、天候にも恵まれ、緑色の鮮やかな芝が映えるスタジアムで行われている。
試合は両校共に決め手を欠き、前半を0対0で終えて、ハーフタイムに入った。ピッチから戻って来た選手たちとベンチ入りメンバー、監督がベンチ裏の通路を歩いて、控え室へと入っていった。応援席から選手たちに拍手を送っていた応援団も席に座って、暫しの休憩に入る。
それは、俺たちも同じ。通路の自販機で温かい飲み物を買って、朱雀高校側の応援スタンドへ戻ると、隣の
「やれやれ、どうにか凌いだといった感じの展開だったね。息が詰まりそうだよ」
「いえ。むしろ、
「そうなのかい? 僕には、ずいぶん攻め込まれていたように思えたけど」
「私も、会長と同じように思いました」
「劣勢に見えるは、両チームの
よくわからないと言った様子の二人に、前半戦を記録したスコアブックを開いて説明。前半戦両校のボールの支配率は3:7の割合で終始ボールを支配され、寸でのところを辛うじて耐え忍ぶ、端か見れば圧倒的に劣勢な試合展開。だけど、こういう試合展開になることは、想定済み。
なぜなら、帝王学園はパスを多用してボールを支配するポゼッションサッカー。対する朱雀高校は、ディフェンスの要
「相手は、中盤に高い技術を持つ選手を中心にボールを回して、守備を崩す攻撃を仕掛ける。自陣の低い位置で守る守備型の
「ふむ、なるほどね。でも終始攻め込まれているのは、事実ではないのかな?」
「それは、そんなに気にすることじゃないです」
ハーフタイムのミーティングを終えた両軍の選手たちが出てきた。
エンドが替わった後半も前半と同様、帝王学園が圧倒的にボールを支配してゲームが進む。時間が経過するに連れて、元々低い朱雀高校のディフェンスラインが徐々に後ろに下がって行き、ゴール前まで攻め込まれる回数が増えていった。
――あと1メートル。あと、50センチ。もう少し、耐え抜け。
スタンドから、ピッチ全体の動きを注意深く観察。
ゴール前の混戦、ディフェンスが大きく前線へ蹴り出した。
「今のは、危なかったね」
「あっ。また、相手に取られてしまいましたわ」
クリアボールはタッチラインを割らず、相手のサイドバックがライン際でキープ。ディフェンスラインでパスを回し、ゴール前からセンターサークル付近まで戻って来た十番
――よし、かかった。
左手を上げて、
「ここで、バックパス」
「ん?」
「はい?」
読み通り、ヒールでボールを真後ろへ叩き、フォローに来ていたセンターバックの一人にボールを預け、ダッシュ。ボールを受けた選手はフワリしたフライボールで、ディフェンスの頭を越すパスを出し裏のスペースへ送った先に走り込んだ
「これは不味いのではないですか?」
「頭ひとつ分競り負けているね。これは、やられたかな」
「問題無いですよ。相手の本命は、別ですから」
「本命?」
空中の競り合い。帝王のフォワードが持ち前の長身を活かし競り勝ったが。ヘディングはシュートではなくポストプレイ、狙いは最初から左右に振られたディフェンスの間に出来たゴール正面のオープンスペースへ走り込んで来た、別のフォワードへのラストパス。
ゲームメイカー
帝王学園のディフェンス陣は手を上げてオフサイドだとアピールするが、線審は首を横に振る。相手キーパー以外の選手全員がセンターラインを超えていため、線審のオフサイドを宣言せず、プレイは続行。
「完璧」
「完璧って。まさか、この一連の流れを狙って作ったのかい?」
「当然ですよ、今までの劣勢は全て布石。相手選手を全員自陣へ引き込み、一瞬の隙を突くカウンターアタック」
独走する
試合時間は残り10分。この時間帯で先取点を奪えればグッと勝利を手繰り寄せられる。そう思った矢先、予想外のことが起きた。捨て身覚悟でペナルティエリアを飛び出した相手ゴールキーパーが手を使って、
「......やられた」
「相手が一人居なくなって、有利になったのではないのですか?」
「
「あの場面、抜かれていたら失点はほぼ確定。でも、フリーキックは守備が戻り、体勢を整えられる。それに加えて距離は20m弱、この距離なら止めれる可能性も十分にあるんです」
「なるほど、どうしても取っておきたかったワケだね」
「ええ。控えのキーパーを入れて、ディフェンスが一枚減っても攻撃力は変わらない」
地力では、
キッカーの
* * *
「何だか、スッキリしない結末だったね。ところでアレは、アリなのかい?」
試合終了後スタジアム内の通路を歩きながら、決勝点のプレーについて聞かれた。両校無得点で迎えた後半アディショナルタイム。ここまで辛うじてゴールを守ってきた朱雀高校は、ペナルティエリア内で相手選手を倒してしまい、ペナルティキックを与えてしまった。キッカーはファールを貰った
あのファールは、誤審。目の良い
「テクニックのひとつではあります。まあ俺は、好きじゃないですけど。あれは、美しくない」
「騙される方も悪いか」
「ふふっ、会長の得意技ですね」
「はっはっは、いやー、
まったく否定しないところが、
「おっと、噂をすればだね」
スタジアムの入場口で帝王学園サッカー部とバッタリ出くわした。ユニフォームと同様威圧的な黒系統のジャージ姿の部員たちが列をなして、横付けされた大型バスに乗り込んで行く。その中の一人が立ち止まり、歩みを変え、俺たちの前で止まった。
「久しぶりだな」
「ああ、しばらく」
そいつは、噂をしていた
「
一緒に居た制服姿の
「お前も、相変わらずだな。いつまであんなくだらないマネを続けるつもりだ?」
「フン、もうお前は、終わったんだよ」
「いいのかい? あんなことを言われたままで」
「別に。中学レベルで満足してる奴の戯れ言ですから」
「中学レベル?」
「それより、俺に何か用事ですか?」
「さすが察しがいいね」と、
* * *
「うん、雰囲気のいい店だね。進学したらここで、バイトするのも悪くない」
「期待してますわ」
「
おしゃれな和風カフェに場所を替えて。それぞれ注文した品が運ばれて来てから、改めて用件を訊ねる。
「もし仮に、どんな願いでも叶うとしたら、キミは何を願うかな?」
「はあ?」
あまりにも唐突で突拍子のない質問に思わず、すっとんきょうな声を上げてしまった。
「心理テストの類いですか?」
「はっはっは、まあ、そんなところかな。で、どうだい?」
まるで探りを入れるような視線。きっと嘘は簡単に見破られる。そう直感したから、真面目に答えた。
「特にないです」
すっと視線を外し、隣の
「ふむ、本当にないみたいだね」
「話と言うのは、魔女についてだよ」
この二人が揃って来たんだ。まあ、そうではないかと思っていたから、特に驚きも戸惑いもしない。
「魔女には固有の能力以外にも、ある秘密が存在するんだよ。それは本来、朱雀高校の生徒会長以外知ってはならないタブー」
「......どんな願いでも叶うって、ヤツですか?」
「そう、その通り。7人の魔女を集めると、どんな願いでも叶えることが出来るんだよ」
ティーカップをひとくち運んでテーブルに置いた
「しかし、その重大な秘密を知ってしまった困った生徒が現れてしまった。彼は7人の魔女の力を使い。失われた記憶を取り戻そうと試みている。けれどそれは、必ず阻止しなければならない、なぜだと思う?」
「さあ? でも、学校ためだと言うことはわかります」
「正解。この話が校内に漏れれば、学校の秩序は崩壊してしまう。しかも、同じ魔女では一度しか儀式は行えない。そうなれば、以前の
確かに、儀式のことが知れ渡れば悪用する輩は必ず出てくるだろう。ナンシーが躊躇する訳も、似たような理由なのかも知れない。
「けど、どうして俺に......?」
すると
「キミから伝えて欲しくてね、
――やっぱり、恐ろしいわ。この人たち......。
正面に座る朱雀高校生徒会長と秘書は、二人して微笑んでいる。どうやら、俺たちが
先日、
その時、おそらく“7人目の魔女”の能力には一定の制限が存在するという仮説を立てた。
「僕の話は信用して貰えないからね。はっはっは!」
「日頃の行いが祟りましたね」
「おっと、痛いところを突いてくれるね。
「事実ですから」
話が終わり、会計を済ませて店を出る。
「ごちそうさまです」
「いや、構わないよ。ところで、さっきの件だけど」
「はい、伝えておきますよ」
「いや、その話じゃなくて。最初の話だよ」
――最初の話......叶えたい願いがあるかって話か。
「儀式を使えば、キミの足を治すことも出来るんだよ?」
なにを言うかと思えば、そんなことか。
「そんなことをして、何の意味があるんです」
「......やっぱり、キミを指名すべきだったと後悔しそうだよ」
「会長」
「分かっているよ。次期会長は、
「失礼いたします」
どこか愉快そうに歩いて行く
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Episode39 ~果たせなかった約束~
同じ魔女の組み合わせで儀式を行えるのは、一度限り。
再び儀式を行うためには、魔女を以上入れ替える必要がある。魔女の入れ替えは、魔女が学校を卒業・退学、もしくは
しかし、魔女の能力を得ることが出来るのは現状に問題を抱えている生徒のため、場合によっては、新たな魔女がしばらくの間生まれない可能性がありうるため、安易に儀式を行うことは出来ず。一刻を争う重大な事案が発生した場合にのみ、生徒会長の権限において儀式を執り行う。
これが、
とは言ったものの。儀式については以前、ナンシーから聞いていたこととほぼ酷似していたから正直、そこまで驚きはしなかった。
「......儀式か。魔女には、特別な能力以外にも秘密もあったなんてな」
「確かに。けれど、記憶を操作してまで、魔女の存在をひた隠しにしてきた理由も理解できたね」
「ああ。このことが生徒に知れ渡れば、学校の秩序は崩壊するだろうな」
「ふぅ。正直、会長選に負けて少しほっとしているよ。
「まっ、オレはお前が、会長戦に立候補してたことも覚えてねぇけどな!」
まったく悪気なく笑う
「それはそうと。約束していた魔女の能力を奪う件は、
「はぁ? 何でだよ?」
「やれやれ。少しは、頭を使って考えてみたらどうなんだい? 会長は、7人の魔女全ての存在を把握していたんだ。それは、“7人目の魔女”の協力があってのことだろう。魔女が能力を失えば、新たな魔女が現れる、その魔女を把握出来るのは“7人目の魔女”だけ。つまり、“7人目の魔女”を味方に出来なければ、新たな魔女を探すのは至難の業とうわけさ」
「それが何だよ?」
「簡単に言うと。
生徒会長就任後も仮に協力を得られなかった場合、超常現象研究部のみんなや、
“7人目の魔女”の
結局のところ儀式も、記憶も。どちらにしても、“7人目の魔女”の協力が必要不可欠であることに変わりはない。
「会長は、儀式を最後の最後。いざって時の奥の手だと考えてる。もし
「なるほど。会長を味方につけて話が上手くまとまれば、
「そんな面倒なことしなくてもよ、生徒会長になった
確かに、
「もし
「ゼッテー聞かねぇ!」
「おいコラ」
「つまり、そういうことだよ」
特に“7人目の魔女”は、記憶を操作出来る能力を持っている。
「結局のところ、
「うむ。約束通り、
「はあ? お前ら、そんな約束してたのか?」
「
「......いや、やっぱダメだ」
黙ったままうつむき加減で何かを考え込んでいた
「き、キミは、僕との約束を反故にするつもりなのかい!?」
「その話じゃねぇよ、記憶の話だ。やっぱり、儀式を使って記憶を取り戻す......!」
「もう呆れて言葉も出ないね。
「違うっての。
超研部のみんなだけじゃない、どういうことだろう。
「実はな......」
真剣な
* * *
中間試験初日の放課後。俺は一人、屋上のいつもの場所に座って、空を眺めていた。雲ひとつない空、どこまでも続く青。今日は風も穏やかで、降り注ぐ暖かい日差しが心地いい。
ゆっくり目を閉じて、昨夜、
『“7人目の魔女”に記憶を操作されてるのは、アイツらだけじゃねぇ。
まさか、会長に就任する以前に魔女の能力にかかっていたなんて考えもしなかった。
「隣いいかなぁ?」
突然掛けられた声。目を開けて最初に視界に飛び込んで来たのは、チェック柄のスカート。そのまま視線を上に向けると、見知らぬ女子生徒が微笑んでいた。
どうやら、待ち人が訪れたようだ。
毛先を外へカールさせたセミロングヘア。ぐるッと渦を巻いた柄のフリルが装飾された日傘、白い手袋を身に付けて、紫外線対策は万全といった感じだ。
「どうぞ」と返事をして、校舎出入り口の方へ一歩移動して作ったスペースに彼女はしゃがみ。そして、まじまじと観察するような眼差しを向けてきた。
「ふ~ん」
「何か用事ですか? 7人目の魔女さん」
「へぇ、分かるんだね」
特に驚いたようなしぐさも見せず、自分が“7人目の魔女”あることをあっさり認めた。
「まあ、なんとなく」
彼女が
「記憶を操作しに来たんですよね?」
「うん、そうだよ」
初対面で喧嘩腰だったナンシーとは正反対。優しく、穏やかな口調に、ちょっと拍子抜け。
「でも、その前に自己紹介がまだだったね。私は、三年の
「二年の、
どうせ、すぐに忘れてしまう無意味な自己紹介。
「うん、知ってるよ。キミのことは、はるちゃんから聞いてるからね」
「はるちゃん?」
知らない名前だ、誰だろう? と思っていると、
「さて、それじゃあ......」
何かを言いかけて、リカの動きが止まった。彼女は一瞬遠くを見てクスッと笑い、そして何事もなかったかのように、手袋を付けたまま俺の左右の頬にそっと両手を添えて、少しだけ顔を横に傾けた。
「ひとつだけ聞いてもいいかな?」
「なんですか?」
「キミは、魔女の能力についてどう思うかな?」
「特に、なにも」
「う~ん、自分も欲しいとか思わないの?」
「思わないですね」
「ふ~ん、そっか。叶えたい願いもないって言ってたんだから、そうだよねー」
「会長から聞いたんですか?」
リカは言葉の代わりに、笑顔で答えた。
これでリカの
「最後に、もうひとつだけ。どうして、儀式を使ってケガしてる足を治そうと思わないの?」
今までの雰囲気とガラリと変わった。彼女の
ちゃんと答えた方がいい、どうしてかそう思えた――。
目を閉じて、頭を整理し、口にする言葉をしっかりと吟味して目を開く。
「意味がないから......」
「意味?」
小さくうなづく。
「もし本当に都合のいい儀式なんてものがあったとして。仮にケガが治ったら、みんな喜んでくれると思う。でも、そんな夢みたいな方法を使ってまで治す意味を、俺には見出だせない。ずっと支えてくれた人たちを、俺自身がやって来た二年間を全部否定するようなことは絶対しない。そんな頼るつもりもないし、頼るくらいなら諦める」
青臭いことを言っている、そんなこと自分でもわかっている。それでも俺は、アイツらを裏切るようなマネは絶対にしない。
「......刺さるなぁ」
「はい?」
「ううん、何でもないよ。はるちゃんが、キミを気に入った
手を引っ込めると、何もせずに立ち上がった。
「話、聞かせてくれてありがと」
「あの、記憶は?」
「あれー? もしかして
やって来たときと同じ笑顔で手を振りながら、俺たちが話をしていたすぐ近くの扉を開けて、校舎へ入っていった。
これで本当に、記憶を操作されたのだろうか。今のところ違和感の類いはない。確か
ただ、ひとつだけ気がかりなことがある。
「約束、守れなかったな......」
あの時交わした約束。
最低だな、ホント最低だな。
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Episode40 ~素直な気持ち~
下校途中の生徒たちで溢れかえる長い廊下を、人波を縫うように避けながら早足で進む。何度も、何度もぶつかりそうになった。それでも歩くスピードは落とさず、私は急いだ。
間に合わなくなる前に、あの人に会うために――。
* * *
中間試験初日の放課後、帰り支度を済ませた私は、スクールバッグを肩にかけて教室を後にする。今日は少し気分を変えて、校内の自習室に向かって歩みを進める。家だと弟たちが騒がしいし。特に明日はちょっと苦手な、現代文の試験。集中して復習しておきたいから気分転換も兼ねて。
そんなことを考えながら図書室に完備されている自習室へ向かって廊下を歩いていると、知り合いの男子三人が休憩スペースで集まって話をしていた。
――まったく、いったい何を考えてるのかしら。
足を止めて、男子たちのところへ向かい。どういうつもりなのか問いかける。
「アナタたちっ!」
「げっ、
三人のうちの
「その反応、どういうことかしら? 何かやましいことがあって」
「べ、別に、なんでもねぇよ......」
すっと目を逸らした。あとの二人、
――それにしても、つい先日忠告したことをもう忘れたのかしら。
「ハァ、いったい何を考えてるのかしら?」
「まあ、いいじゃねぇか。茶しながらちょっと話すくらいよ」
「それに面向かって話している訳でもないしね」
いつものようにテキトーな感じに言ってのける
「そうだぜ。それにもう、バレ――」
「おい、バカ!」
「あっ......!」
何かを言いかけた瞬間、
「今、何を言おうとしたのかしら?」
「別に、なんでもねぇーよ......?」
「ふ~ん、そう、あくまで隠し通すつもりなのね。じゃあ、これでどうかしら?」
隠し事を引き出すため、ポケットからスマホを出して操作。
フォトアルバムのアプリを開いて、林間学校の時に撮影した、
「なーッ!? お前それ、まだ消してなかったのかよッ!」
「マジかよ、
「
「イヤ、違うっての! 写ってるのは俺だけど、中身は
二人から軽蔑の眼差しを向けられた
「つーか、消せ!」
「イヤよっ」
くるっと背中を向けて、スマホに向かって伸びた手を避ける。
「でもまあ、消してあげてもいいわよ。その代わりに、私に隠していること教えなさい」
「チッ、仕方ねぇ......」
「おい、ちょっと来い、
「あん? なんだよ?」
輪になった三人は、コソコソと話合いを始めた。それにしても出回れば停学、最悪退学もあり得る致命的な写真と引き換えでも言えないことってなんなのかしら。なんてことを想っていると、三人の会話が漏れて聞こえてきた。
「
「なんでだよ!?」
「そもそもキミが、リスクも考えず迂闊に何度も入れ替わったりするから、こういった事態を招いたんじゃないのかい」
「ぐっ、そ、それは......」
「つっても、まあ、仕方ねぇーか」
「どうせ、いずれは話さなきゃいけねーんだし」と言って、輪を離れた
「どうして、私に声をかけなかったのよっ!」
「お前が知っちまったら、魔女に記憶を操作されるからに決まってだろ」
「そんなこと......」
“7人目の魔女”の能力は、魔女に対して二度は効かない。これは先日、二度目の記憶を操作された
それから、魔女の能力には有効範囲が存在する。
まだ仮説の段階だけれど、おそらく、学校内に居ることが条件。初めて
「わかってるわよ......!」
「あっ! おい、ちょっと待てって!」
「あれー?
「
2-Cの教室から少し離れた廊下で出くわした、彼と同じクラスの
「
「そう、ありがとう」
入れ違いになった。もう、学校を出てるかも知れない。でもテスト期間中は、シフトを入れてないって言ってから、もしかしたら自習室に――。
「あっ、待て。前によく、屋上に居るって言ってたわよ」
「屋上?」
もう一度
「......そうよ」
前にお弁当を食べたのも、今居る校舎の屋上だった。スマホをポケットに入れて、屋上へ出られる階段を登って行くと、屋上へ繋がる扉がある踊り場に見たことのない女子生徒を見かけた。彼女は屋内で日傘を差してからドアノブを回し、屋上へ出て行く。
――胸騒ぎがする。
この時、私は直感的に想った。今の女子が、“7人目の魔女”だと。今ならまだ間に合うかも。急いで後を追い、ドアノブを回して静かに、ドアを開ける。少し開いたドアの隙間から、探していた後ろ姿の彼と、さっきの女子生徒が向かい合って座っているのが見えた。
――って、なによ、今のっ!
日傘を差した女子は私の存在に気づいたのか、まるで挑発するように一瞬笑ったと思ったら今度は、これ見よがしに彼の両頬に手を添えた。無意識に、ドアノブを持つ手に力が入る。
「ひとつだけ聞いてもいいかな?」
「なんですか?」
「 キミは、魔女の能力についてどう思うかな?」
ドアを思い切り開けようとした手が、止まる。
魔女の能力......やっぱり、“7人目の魔女”。でも、それ以上に気になったのは、二人の会話の内容。盗み聞きはダメだって頭ではわかってるけど、私たち魔女のことをどう想っているか気になって仕方がない。
耳をすませて、質問の答えを待った。
* * *
手すりをつかんで一歩一歩、慎重に階段を降りる。そうしていないと今にも、倒れしまいそうなほど酷く気持ちが悪い。
「
「
「あの時とは、正反対ね」
昇降口で声をかけてくれた
「そう。
「ええ......。きっと明日には、魔女に関する記憶を全て失っていると思うわ」
「それで、他に何があったの?」
一瞬で見破られた。やっぱり、誤魔化せないみたい。温かい紅茶が注がれた紙コップに目を落としてながら、屋上で聞いた言葉を思い返す。誰よりも誠実で、何よりも真摯な想いを。
私の能力が効かなくて当然よね。だって私がしていた
「違うと思うわ」
「えっ?」
「本当に嫌いだったら拒絶していると思う。少なくとも私なら、積極的に関わりを持とうとは思わないわ」
私もきっと、
「きっと、覚えていて欲しかったのよ。だって二人は、魔女の能力があったから知り合えたんだもの」
――そうよ、
だとしても――。
「決めたわ。
椅子から、勢いよく立ち上がる。
魔女のことなんて関係ない。私は、正直になる。たとえ最初からでも、もう一度しっかり知ってもらいたい。
「そうね。私ももう、能力には頼らない。私も一緒に消してもらうわ」
うなづいて、スマホの電話帳アプリを開いて通話ボタンを押そうとした、その時だった。
「それは、困るなぁ」
「会長......!」
私たちの決意を見透かしたように、生徒会長
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Episode41 ~偽りの告白~
帰宅途中の学生、買い物客などの大勢の人たちが行き交う商店街を通っての帰り道。難しい表情をして私の隣を歩く
これは今から数十分前、学食のラウンジで話をしていた私たちの前に突如現れた、
「それにしても、いったい何を願うつもりなのかしら?」
――願い。それは私たち、魔女7人を全員を集結させると、どんな願いでも叶えることが出来るという話。
まるでおとぎ話のようなこの話は、先日、
* * *
「会長......!」
「お邪魔させてもらうよ」
意味深な笑みを浮かべながら私たちの前に現れた会長は、隣のテーブルの椅子を引っ張って来て座り、手と足を組んだ。
「警戒しなくていいよ。“7人目の魔女”、
そう告げると、さっそく本題に入った。
テーブルに差し出された、私たちの宛名が記された二通の封書。封を切って、手紙の内容を確認したところ、明日、代表生徒による特別集会を行うむねと、集合時間と集合場所が記載されていた。
「特別集会とは、なにをするんですか?」
「二人とももう、儀式のことは知っているかな?」
静がに頷いた
「それなら、話は早い。招待状に書いてあるとおり明日、急遽、儀式を執り行うことが決まった。だから今、魔女であるキミたちに能力を失ってもらっては困るのさ」
テーブルに両手をついて、
「儀式の協力をしろと言うのっ!?」
「儀式を行うには、魔女七人全員の協力が必要だからね」
「イヤよ! 絶対協力しないわ!」
「ふむ、それは困ったな。これは、生徒会長の権限に基づく正式な要請だからね。拒否するとなると、それなりの処罰を受けてもらうことになるよ」
「謹慎でも、停学でも、好きに処罰すればいいわ! あなたの願いを叶えるための儀式に協力するくらいなら、罰を受けた方がマシよ!」
怒気を込めた声で言い放った
「
「何を言われても改めるつもりはないわ」
呼び止められた
「いい女になったね。以前も魅力的だったけど、今のキミになら、僕のあとを任せてもいいと心から思えるよ」
「ふんっ!」
「やれやれ、ずいぶんと嫌われてしまったみたいだ。まあ、今までの行いからすれば自業自得かな」
聞く耳持たず立ち去ってしまった
「会長」
「ん? 何かな」
「私たちの記憶は、消さなくていいんですか?」
一度記憶を消された私には効かないとしても、“7人目の魔女”と儀式のことを知った
「もう、その必要はなくなったんだ」
――必要なくなった。言葉からすると、儀式を使って魔女全員の記憶を消すつもりなのかもしれない。それなら、必要なくなったという理由にも説明が付く。
「それは、どういう――」
「会長」
「意味ですか?」と尋ねようとしたところで、
「招待状、配り終わりましたわ」
「こっちも終わりましたー」
「そうかい、助かったよ」
「いいえ、とんでもないです」
「もう、帰っていいですか? 試験勉強したいんですけど」
「ごくろうさま」
「それじゃあ、お先に失礼しまーす」
おさげの女子は会釈して食堂を出て行き、会長は座っていた椅子を元の席に移動させて、テーブルに付く。
「さてと。
「どうぞ」
「ありがとう。さて、話の途中だったね。理由は、明日になればわかるさ」
手紙にペンを走らせながら、私の言いかけだった質問に答えてくれた。とは言ってもやっぱり、核心の部分は濁して教えてくれない。
「安心したまえ、決して悪いようにはしない。キミも、
ペンを置き、書き終えた便箋を生徒会の印が押されていない封筒に入れて、私に差し出した。
「頼まれてもらえるかな? これを、
「わかりました。お届けます」
「お願いするよ。では、僕たちは戻るとしよう。
「はい。それではまた明日、生徒会室でお会いしましょう」
預かった封筒をスクールバッグにしまって、急いで
「
「えっ? ああ......どうしたのよ? 汗かいてるじゃない、髪も乱れてるわよ」
近くのベンチに座り、指摘された汗をハンドタオルで拭いている間に、走って乱れた髪を
「もう、いいわよ」
「ありがとう」
「別に。それで、なに?」
「これを預かったわ」
会長から預かった封筒を見せると、
「手書きの手紙、ね」
「さっき、ラウンジで書いた物よ」
あらかじめ用意した代物じゃないから、きっと何か重要なことが書いてあると思う。
「......納得出来るの?
「私は......、
「なによ、それ。ちょっとズルいんじゃない?」
――私も、そう思う。
でも、
最初は仕方なしに渋々といった感じだった
そして、手紙を読み終えた彼女と、駅前の広場で別れる。
「じゃあ私は、電車だから。また明日」
「ええ、また明日」
彼女は改札へ向かい、私は、塾へ足を運ぶ。
会長直筆の手紙を読んだ
この条件は手紙を受け取った
「信じるの?」と問いかけると「100パーセントは信用しないわ、あの会長だもの。でも今回だけは、信じてみる。......信じたいの」と言った声、表情からは、他にも別のことが書かれていたことを示唆していた。
だって、その話をしていた時の
* * *
「
「
翌日の放課後、元魔女の
「どうして、
「それは、僕たちのセリフだよ。
「
「お、お久しぶりです、
「ヤッホー、
「せんぱ~いっ、ノアを心配して会いに来てくれたんですねー!」
「ちげーし! つーか、離れろ!」
――どうして私を気にするのかしら? 記憶を失っていた時に受けた告白は、私を説得するためにした偽りの告白なのに。
「あなた、完全に空気ね」
「ハッキリ言わないでくれるかなっ!?」
「つーか、お前らこそ、なんで居るんだよ?」
「会長は、儀式を行うつもりなのかい!?」
「ええ、そうなの。
「リカに頼まれたんだよ。どうしても話がしたいから、レオナを学校に連れてきてくれ」
「レオナさんを? 居ないみたいだけど?」
「それが、どこかへ消えてしまったんだ。二人だけで合わせるのは危険だから、試験終わりに教室へ迎えに行くと伝えたんだけどね」
「ちょっと、無責任にも程があるわよ!」
「だ、だから、
声を荒げた
「やあ、お待たせ」
出てきたのは私たちを呼び出し、
「どうやら、役者は揃っているようだね」
「おい、
「ああ、
「......あん?」
私たちは、会長に案内されて別室へ入った。
まるで古い教会のような造りの部屋。部屋の奥でレオナさんと、知らない女子が木組みで作られた祭壇を動かしている。
「遅いぞ、
「心配して探してたってのに、いきなりかよ!?」
「みんなも手伝って~」
手伝いをする間に、会長や
この部屋は「儀式の間」といわれ、文字通り魔女の儀式を行う部屋。祭壇を退かして現れた五芒星の魔方陣を囲んで付けられた目印に、七人の魔女が輪になって立つ必要があるらしく、これはその準備。そして、
これで、七人の魔女全員が儀式の間に集結。
「準備も済んだし、始めよっか」
「じゃあ
「はぁ? 俺? なんで俺が?」
「願いを叶えるには、もう一人協力者が必要だからだよー」
「だから、なんで俺なんだよ? 別に
「やれやれ、キミは女心と言うものを理解できないみたいだね。
「ああ、まったくだ」
会長とレオナさんは、タメ息をついた。
「あん? どういう意味だよ?」
「いいからさっさと行け!」
「おい、刃向けなって! チッ......!」
レオナさんにハサミの刃を向けて脅された
「これで、いいのか?」
「オッケー。じゃあみんなは、手を繋いで目を閉じてね」
私たちは、言われた通りに目を閉じる。
一瞬、不思議な感覚に見舞われたと想った次の時には、
儀式の間を片付けが終わり生徒会室に戻った私は、帰り支度をしている
「変わったことある?」
「特に違和感は感じないわ。みんなのことも覚えているし、あなたは?」
「私も同じ」
「そう......いったい、どんな願いを叶えたのかしら?」
「
「
スクールバッグを肩にかけたところで、
「それで話って、何かしら?」
「お、おう......」
どこか言いにくそうに、頭をかきながらそわそわしている。
「どうしたの?」
「さ、さっきの儀式だけどよっ!」
「うん」
「願いを叶えたのは、実は俺なんだ......!」
「え? そうなの?」
「おう。真ん中に立ったヤツの願いを叶えるだってさ」
じゃあ、会長は自分の願いじゃなくて、
「もしかして、みんな記憶を?」
「ああ、たぶん戻ってるハズだぜ」
「そう」
――よかった。それならきっと、
「そうだ、
「お、おう!」
「うん、じゃあ、帰りましょ」
早くみんなに教えてあげたい、
「――待ってくれ!」
「なに?」
「こ、この前の告白だけどさ」
――告白。あの、偽りの告白。だから、言いにくそうにだったのね。
「うん、わかってるわ。あれは、私を説得するために必死でしてくれた嘘の告白......」
「違う、嘘じゃねぇ!」
大きな声で、否定された。
――嘘じゃない? 嘘、じゃない。
頭の中で今の言葉を反復して繰り返す。じゃあ、あの告白は......。
「あれは、嘘なんかじゃねぇ。だから、全部終わったら、もう一度言おうって思ってた......!」
「俺、本気で
――
それなのに私は、記憶を取り戻した後も信じられなくて。そんな私に、この人はもう一度、真摯な想いを伝えてくれた。
だけど私に、この人の想いに答える資格はあるの?
私の、返事は――。
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Episode42 ~残された謎~
「そこまで。鉛筆を置いて、解答用紙は後ろから集めるように」
試験官を務める教師は腕時計の針を確認して、試験の終了を告げる。各列の最後尾の席で試験を受けていた生徒が解答用紙を回収して、教師が待つ教卓へ持っていき。回収し終えた解答用紙を教卓で整えた教師が、教室を出ていった。直後、後ろから声をかけれた。声の主は、
「やっと、終わったなー」
試験は、中間・期末共に出席番号順に席を振り分けて受ける。二学期始めの席替えで、ひとつ前の席で授業を受けている
「ああ、長かった」
机の筆記用具を片付けながら返事をかえす。都内屈指の進学校だけあって、試験科目も多く、比例して試験期間も長い。それに今回は、それだけじゃない。
「ホントに、な!」
試験のことだけじゃなく、言葉の本質を汲み取った
テスト期間中......いや、今回はテスト前から色々なことがあった。
結論を話すと、結局、俺の記憶は消えなかった。
記憶を失う前に生徒会主催の儀式が行われ、消えてしまった全員の記憶を取り戻すことを、
儀式を行うことに慎重な態度を取っていた
「さっ、部室へ行くわよー」
普段の席で連絡事項だけのホームルームを終えた担任が教室を出ていくとほぼ同時に、
「オレら、購買で飲み物を調達して来る。
「アタシ、オレンジジュースね。100パーセントのっ!」
分かれ道の階段までは一緒に行き、
「それで? 話があるから、ここへ来たんだろ?」
今日の放課後超常現象研究部の部室では、文化祭の打ち上げを兼ねた
「察しが良くて助かるぜ。実は、折り入って頼みたいことがあってな......!」
目線の高さまで紙コップを持ち上げた
* * *
超研部の戸を開けて入るなり、先に来ていた
「おそーい。ジュースを買うのに、どれだけ時間かかってるのよー」
「まだ来てねーんだからいいだろ。ほらよ」
「あっ、ありがとー」
オレンジジュースの紙パックを
「イテ」
「ダーメ、主役が来てからっ。それよりアンタたちも、
「おっし、これでどうだ?
「ええ、ちゃんとまっすぐ揃ってるわ。ありがとう」
教室の後方へ目をやると、昨日まで「文化祭、中間テストお疲れさま!」と書かれていたホワイトボードの文字が「
「でもまさか、アタシたちの方が記憶を消されちゃうなんてね。全然気がつかなかったわ」
「おれもおれも。つーか、知ってたなら教えてくれよ」
「ごめんなさい。
「うららちゃんは、悪くないのっ。悪いのは全部、
「ヒデーな、
「だって、シスコンだし~」
「オレは、シスコンじゃねーッ!」
理不尽な責任転嫁をされた
「それにしても、
「だな。
「
「ハァ、なんか、
「ああ、いつもの
「けど、それにしちゃ遅すぎないかー?」
「ちょっと見てくるよ」
「私も、行くわ」
「大丈夫。入れ違いになったら、サプライズにならないでしょ」
「そうね。じゃあ、お願いするわ」
立ち上がろうとした
「
「おう、お前か。まだ行ってなかったのかよ」
「遅いから様子を見に来たんだよ。日直って聞いていたけど、お邪魔しちゃったみたいだね」
後ろに居る
「チゲーよ! これは、そう言うんじゃ......」
「そうですよ~。先輩の本命は、ノアなんですからっ。ねぇ~、せーんぱいっ」
「だから、違うっての!」
腕に抱きついた
「
「
「そっか、探してみる。みんなは先に、部室に行ってて」
「いいのかよ?」
「これ以上待たせると、
一瞬めんどくさそうな
「あっはっは!
「マジで勘弁してくれ! アイツ怒らせると、電子レンジ没収されちまう!」
「あのー、
「そうだったな。
「こっちも連絡取れ次第知らせる。また、後で」
四人と別れて、スマホを取り出し「もうすぐ、
まだ時間がかかるそうで、
「いやー、来てくれて助かったよ。猫の手も借りたいくらいだったからね」
「会長、手を動かしてくださいね。このままのペースでは、下校時間までに片付きませんわ」
「私、友達と約束をしてるから急いでもらいたいんですけどー」
「わかっているよ、
「はぁ~」
廊下を歩いていると、隣で
「重い? 持つよ」
「大丈夫よ、ありがとう。いつになったら能力を消してくれるのか考えていただけだから」
「ああー、そっか」
「もしかしたら
「そうだといいんだけど。とにかく、片付けちゃいましょ」
「だね」
生徒会の片付けを済ませ、俺たちは超研部へと急いだ。
そして、
「まさか、私たちの能力が既に消えていただなんて、夢にも思わなかったわ。でも、もっと早く教えてくれてもよかったんじゃないかしら!」
大勢の人が行き交う商店街を歩きながら、ちょっとだけ口をとがらせる
「まあ、
「私は、むしろ気になって集中できなかったわよ」
「ところで
「ええ、そうよ。それが、どうかしたの?」
「......俺も儀式が行われた日に、
「......私も、思い出せないわ」
「これは、どういうことだ......?」
「そうね......前に、ナンシーが言っていたわ。ナンシーの魔女のグループと、リカ先輩のグループはお互い干渉出来ないかもって」
「それだと、二人が記憶を取り戻すには、ナンシーのグループの儀式じゃないと無理ってことなのかもね」
「そうなるわね、きっと」
「そもそも、ナンシーは今も、魔女の力を持っているのか?」
「連絡もないし、消えていないと思うけど。念のため確認してみるわ」
再び歩みを進め、いつもの駅前へ到着。この駅から電車に乗る
「二人はこれから、予定はあるかしら?」
「いや、特にないが」
「俺、バイトが入ってる」
試験でもらっていた休暇も終わり、今日から復帰。ボールに触れるのも、約二週間ぶり。
「そう、じゃあ私も、久しぶりに寄っていこうかしら。
「まあ、構わないが」
「じゃあ、行きましょ。使用料も部費でまかなえるわ」
「毎度ありがとうございます」
二人に向かって丁寧に頭を下げると珍しく、
「そういえば俺たちは、フットサル部だったな」
「そうよ。ちゃーんと活動しないと部費を削られるんだから」
「それは、大問題だね。部室ないけど」
「お前の家があるだろう」
「あら、
「いやいやいや......」
冗談半分で話をしながらバイト先のフットサルコートへ。
疑問は残ったものの、魔女の件が一旦終わりを迎え、俺たちは、久しぶりの部活動を楽しんだ。
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新たな魔女編
Episode43 ~始動~
日を追うごとに、頬を撫でる風は厳しさを増し、通学路の樹木が赤や黄色に色づき始め、少しずつ姿を変えていく東京の街並み。校庭に舞う、黄色く染まったイチョウ葉。木枯らしに紛れ、微かに香る金木犀の花の匂いが本格的な秋の訪れを感じさせる。そんな、連休明けの月曜日。
中間試験も終わり、11月に入った。授業も通常の時間割に戻り、今学期も残すところ二ヶ月あまり。残す行事は期末試験と、終業式だけになった。そのため、授業後のホームルームも連絡事項の普段より早い放課後を迎える。
今日付けで正式に生徒会長に就任した
ひとつは今日のように、日直や係りの代行。そして、もうひとつは――。
「あれ、
「あっ、
特別教室棟の廊下でバッタリ出会った
「あなたも、
「新生徒会発足に当たって頼みたいことがあるからって」
「私も同じよ。部室へ行く前に来て欲しいって」
『どういうつもりかしらっ?』
生徒会室の近くまで来ると、部屋の中から大きな声が漏れ聞こえてきた。よく知っている女子の声、
「どうしたのかしら?」
「さあ? とにかく入ろうか」
「ええ」
両開きの戸を軽くノックをし、ドアノブに手をかけて、生徒会室の扉をくぐる。入ってすぐに、生徒会長の椅子に座って頭の後ろで手を組んでいる
「ちょっと、聞いているのっ?」
「ああ、聞いてるって。つーか、いったん中断」
「中断って、アナタねぇ!」
テキトーな返事を返した
「おつかれー、これで全員そろったな!」
「全員? どういう意味よ。そもそも誰に......って、
振り向いた
「し、
「これはいったい、どういうことなんだい?
「そ、そうよっ!」
「それを、今から説明するのさ。
「......チッ!」
命令を下された山田《やまだ》が小さく舌打ちしたのを、
「んー? 返事が聞こえないなー、これは困ったなー。仕方ない、秘書はしら――」
「わ、分かりましたーッ!」
何か弱味を握られているのか、
「会長、どうぞッ!」
テーブルに置かれた湯気の立つお茶をひとくち運び口に含むと、静かに湯飲みを置いた。
「ヌルいな。
「な、なァーッ!?」
「茶番はいいから、ちゃんと説明しなさいっ!」
「
「へいへい。
「あん? んっだよ......?」
「じゃあ、説明するぞ。今、
「生徒会の? 私も?」
不思議そうに首をかしげる
「
「待ちたまえ、
「仮に今、ここに居る全員が生徒会役員になるとするなら現時点で6人。更にここから次期会長候補を二人立てると仮定すると計8人。これは、歴代最多の数字だよ」
「あら、ずいぶん詳しいわね。生徒会役員じゃなかったのに」
「会長を目指していた身だからね、この程度のことは予備知識の範囲さ」
得意気に歴代生徒会のあり方話す
「それに、役職はどうなるんだい?
「それに関しては問題ねーよ。
「二人にはオレの、エクスターナルアドバイザー。つまり外部相談相手を務めてもらいたい」
「私たちが、アドバイザー? 具体的にどういうことをするの?」
「読んで字の通り、オレの相談役さ。基本的には生徒会の会議で方針を決めるけど、どうにも意見がまとまらない場合に意見を仰ぐこともある。オブザーバー的にな。あとは、学校行事の協力を頼んだりだな」
「お手伝いなら、生徒会直属のボランティア部があるじゃない」
「言っちゃ悪いが、ボランティア部は部下だ。けど二人には、あくまでオレと対等に近い関係で意見を仰ぐ」
「しかしなぜ、今になって、今まで存在しなかったそんな役職を?」
「それにも、ちゃんとした理由がある。歴代の生徒会は魔女たちの協力の元、学校秩序を守り、体制を維持してきた。けど、
「協力を約束してくれていた
「うぐっ、し、仕方ねーだろ? リカも、能力に苦しんでたんだからよ!」
儀式で記憶を戻すことを願わずに、魔女の能力そのものを消しさったのは、それが理由だったんだ。
そして、
「まあ、そう言う事情だ。生徒会だけじゃ対処出来ないことが起きる可能性がある。さすがに、生徒会と無関係な奴に助言を求めるワケにはいかねーから。客観的な立場で意見を仰げるオブザーバー的にな存在を置きたいってワケさ」
それらしいことを言っているけど、結局のところ今までとあまり変わりない気がするのは、俺の気のせいだろうか。
「......そう。
ややうつむき加減で考えながら聞いていた
「俺は、構わないけど。バイトとかはいいんだよな?」
「もちろん、プライベートを優先してくれて構わないぞ。用事があるときに連絡する」
先日あらかじめ聞いていたとは言え、念のために確認すると
「部活も、塾も、今まで通りでいいのね。だったら、私もいいわ」
「サンキュー! それから、まだ先の話にはなるけど、クリスマスイヴに生徒会の冬合宿を予定してる。それには参加してくれ!」
特に予定も入っていないし、今の時期ならシフトも融通が利くから大丈夫だろう。
「わかった、バイトは入れないでおく」
「ええ、勉強なら合宿所でも出来るから。私も平気よ」
「それで、お前らはどうするんだ?」
「ふむ。いや、やはり
「そこまで言うなら、協力してあげるわ。仕方なくね」
「
「あら、そうだったかしら?」
「さあ、オレは身に覚えねーけどぉー」
「......ふんっ!」
白い歯を見せて笑いながら惚ける
「あとは、
「
「よーし、決まりだな!」
グッと膝に力を入れて立ち上がった
「さっそく初仕事と行くぜ! もちろん、副会長二名の選出だ。兎にも角にもまずは、ここからだからな!」
副会長の選出は、次期会長候補を兼ねているため正式な生徒会役員の仕事。立場的に部外者の俺と
「......待ってたよ!」
昇降口で靴に履き替え、校門を出たところで声をかけられた。足を止めて、声の主を確認。アレンジされた制服、どこか不機嫌そうに眉尻を上げた、見知ったツインテールの女子――。
「オマエに、ちょっと聞きたいことがある。ツラ貸しな......!」
待ち構えていたのは、もう一人の“7人目の魔女”、ナンシーだった。
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Episode44 ~心情~
校門を出たところをナンシーに待ち伏せされたが、バイトの時間が迫っていたため、バイト先で話を聞くことにした。ジュニアスクールの子どもたちが休憩している間に話すため、短時間での会話になる。基本的には、ナンシーの質問を答える。そんな形で休憩の合間に数回やり取りを重ね、時刻は19時を回った。定刻通りスクールを終えて、練習で使用したカラーマーカー、中型カラーコーンを片付けて、防球ネット越しの歩道とコートを隔てる安全柵に座って腕を組んでいる、ナンシーの元へ向かう。
「
「
「指名されても絶対に断るって言い切ってたんだ。それなのに、いったいどうなっているんだい!」
生徒会室の外にまで聞こえ漏れた声は、役員に指名されたことによる抗議。
「お前も、生徒会室に居たんだ。
「さあ、俺にも分からないよ。俺は、生徒会の役員じゃないし」
そう、本心なんてものは本人にしか分からないんだから。
ただ、もし今、俺が思っている理由と彼女の理由が同じだったとしたら――。
「ハァ、まあいいさ。ところで、
「ん? うん、引き受けないと、彼女を秘書に任命するって脅されて」
「彼女? ああー、そうかい」
今ほんの一瞬、ものすごく寂しそうな表情をしたように見えて。彼女の想いを察し、半ば強引に話題を変える。
「ナンシーはさ。儀式を使って、自分の能力を消そうとか思わなかったの?」
「なんだい? また、えらく唐突な質問だね」
「なんとなく。知り合いの魔女は、能力がなくなってから楽しく過ごせてるみたいだから」
特に“7人目の魔女”だったリカは、今までまともに送って来られなかった学校生活を満喫していると、先日のパーティーで話していた。
それは、他の魔女たちも同じで。
最初はみんな、自らが望んで得た能力も、いつしか自らを苦しめる悩みの種になっていたのかもしれない。
俺の言葉を聞いたナンシーは、声を大にして答えた。
「無いね! アタシ以上に、魔女の能力を使いこなせる女はいないさ!」
力強く言ってのけたが、間髪入れずの答えじゃない。本音が別にあることは想像できる。それはきっと、“7人目の魔女”としての使命感だけじゃなくて、魔女の監視役を自ら率先して行える、彼女の自身の純粋な優しさ。
「そっか。優しいんだね」
「お、オマエ、バカにしてるだろっ。記憶消すぞッ!」
気恥ずかしそうにほんのり頬を染め、慌てふためきながら手を伸してきた。しかし伸ばしたその手は、俺たちの間を隔てる防球ネットが妨げになり、当然、俺には届かない。だけど、“7人目の魔女”ってのは、対象者にキスしなくても発動出来る厄介な魔女。念のため、決定打を打って守備を万全に固めておく。
「どうぞ、
「くっ! お前、卑怯だぞっ!」
伸ばした手を引っ込めたナンシーは、頬を膨らませてわなわなと身体を震わせる。初対面の攻撃的なファッションと言葉使いからは想像出来ないほど表情ゆたかで、ころころ変わる
「電話、鳴ってるよ」
「......わかってるよっ。シド、なんの用だい!」
スカートのポケットから取り出したスマホを耳に当て、通話口で怒鳴り付けた。電話相手のシドは完全にとばっちり、気の毒だから今度あったら飲み物でも奢っておこう。
彼女が通話している間、次にコートを使う個サルの準備を進めておく。ボールを両サイドにひとつずつセットして戻ると、電話をしているナンシーは眉をつり上げ、どこか不穏な雰囲気を醸し出していた。なにか、重大な問題が起こったのかも知れない。
「そうか、わかった。とりあえず調査を続けてくれ。明日、対策を考える。ああ、じゃあね」
「どうしたの? 魔女?」
質問に答えずに無言のまま、スマホをポケットにしまった。
どうやら、アタリのようだ。
「キケンな能力だ、関わらない方がいい」
真面目な声色がことの重大さを知らせてくれる。
いざという時、記憶を操れるナンシーが、それほどまでに警戒する能力。
「このことは、
「何を秘密なのかしら?」
ナンシーのすぐ後ろに、生徒会の仕事を終えて帰宅途中の
「ね、
「部活よ。ここ、部活の活動場所。で、いったい私に何を隠しているのかしら?」
「そ、それは......。そうだ、シドを待たせてるの忘れてたよ! じゃあね!」
「ちょっと、ナンシー! なんなのよ、もう!」
そして当然のことながら、人混みに消えていったナンシーの代わりに、標的は俺に移った。
「まったく。それで、結局、何を話していたの? あの子、スゴい慌てていたみたいだけど」
相手は、ナンシーが警戒するほどキケンな能力を持つ魔女。俺としても、キケンなことに関わらせたくはない。
「えっと。今度、遊びに行こうって話をしてて」
「そ、それは、デートかしらっ?」
咄嗟についた嘘は言葉足らずで、勘違いさせてしまったらしい。
「ううん、みんなで。ほら、中間も終わって一区切りついたから」
「そ、そう。でも、そうね。たまにはそういうのもいいわね、行きましょう」
どうやら、上手く誤魔化せたみたいだ。一安心して、ほっと胸を撫で下ろす。
「あら、お客さんが来たみたいよ」
いつの間にかピッチには人が集まっていた。掛け時計を見ると、個サルが始まる時間が近づいていた。急いで片付けと準備を済ませ、
「お疲れさま」
「いえいえ。
「ええ。面接官って思ってたよりも大変なのね......」
頬杖をついて、大きなタメ息をついた。相当疲れているのが見受けられる。
「じゃあ今日は、部活はなしで帰ろう。俺も、もう上がりだから送っていくよ」
「そうね、そうさせてもらおうかしら」
レジ奥の事務所にいる店長に挨拶をして、クラブハウスを出て、歩道に出たところでばったり、
「
「なんだ、お前らか。
「今日は居ないわ。用事があるそうよ」
「ふーん」
――だから、今日は来なかったんだ。
「それで、あなたたちはデート?」
「一応そうなるのかしら。
「立派なデートじゃない」
「だね。その割りには、浮かない
「ああ......、欲しかった本が売り切れてたんだよ。ハァ......」
「それは、残念だったね。他の本屋は?」
「私の知ってる本屋さん、閉店時間が早いの。近所の本屋さんとか、
「ああー、あの個人経営の本屋。確かに、あの店は早いね」
朱雀高校からわりと近くて、住宅街の中にある本屋だから、参考書や専門書が豊富で、通っている生徒も多い。
「俺は普段、本屋なんて行かねーから、他の店とか知らねーし」
「別に本屋さんじゃなくても、大手レンタルショップならある程度メジャーな本なら置いてあるわよ」
「おおっ、そうか! 盲点だったぜ!」
「私も、本は本屋さんって概念に囚われていたわ。
「おう。じゃあな!」
さっきまで落ち込んでいた様子とは打って変わって、嬉しそうに笑顔で歩いていく二人。今まで見てきた
「
「まあ、初めてってワケでもないし、うまくやるんじゃない」
「えっ? どういうこと?」
「あいつ、一年の時、彼女いたから」
「えっ、そうなのっ?」
「噂になってたみたいだよ。相手までは分からないけど」
「ふーん、意外とモテるのかしら」
立ち話は一旦切り上げて、街灯が照らす明るい商店街を
俺が、
当時、定期的な検査とリハビリのため一時期休学していた時、日直の女子がプリントと近況を教えてくれた。その時、
「三学期ねぇ......」
「聞いたことない?」
「ええ。ちょうど、生徒会の副会長に任命されたばかりの
忙しくて他人に構っている余裕はなかったワケだ。なら、もうこの話をする意味はない。どうせ過去のことなんだから、今、
「そっか。そういえば
話を切り上げ、以前聞きそびれたことを改めて尋ねる。
「そうねぇ......」
少し考え込むように口元に人差し指を添えた
「もっと親しくなったら教えてあげるわっ」
どこかで聞いたセリフに思わず笑ってしまう。すると
「なによっ」
「ああー......いや、じゃあ頑張らないといけないなって思って」
「そうよ。でも、そう簡単には教えてあげないわよ」
「そっか。それならさっそく、今度遊びに行きませんか?」
「それは、デートのお誘いかしら......?」
「もちろん」
「そう。あなた、そんなに私のことを知りたいのね。仕方ないわね、いいわ、デートしてあげる」
そう余裕綽々と言いながらも微笑んで、デートの誘いを受けてくれた。
「じゃあ、決まり。いつが都合いい?」
「あっ、今週はダメ。クラブハウスに泊まり込みで、生徒会の引き継ぎ作業があるの」
「わざわざ、クラブハウスにまで行ってするんだ」
さすがは朱雀高校最高権力機関と言ったとこ、スケールが違う。
「引き継ぎといっても、クラブハウスの掃除が主な仕事よ。毎年の恒例行事なの」
「ああ、そうなんだ......」
何か想像していたのとは違った。
なんてことを思っていたら、いつの間にか、いつもの最寄り駅に到着。
「それじゃあ、また明日」
「ええ、また明日。それから、デートプランちゃんと考えておいてよね......!」
「了解、考えておくよ」
改札を潜り、駅構内へ入って行った
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Episode45 ~イチョウの葉~
休日の朝から、私は、温かい湯船に浸かっている。
今日は、あの夜約束をしたデート当日。デートの約束をしたのは、もう、ひと月も前のことで。月をひとつ跨いで十二月に入り、日に日に気温が下がっていくのを実感している。気がつけば今年も残りひと月を切ってようやく、新しく発足した生徒会の初仕事の目処が付いて、時間を作ることが出来た。
『ふぅ、気持ちいい......』
バスルーム特有の反響する空間が、思わず溢れた小さな声を大きく響きかせる。そのまま温かい湯船に身を任せて目を閉じて、この三週間の間に起こった出来事を振り返る。
生徒会の引き継ぎのために訪れたクラブハウスで、前生徒会長
とにかく、見つかった魔女は、女子バスケットボール部の部長。ナンシーに確認を取ったところ、元々存在していたナンシー側の魔女だったことが判明。つまり、新しく生まれた魔女じゃなかった。
まあ、ナンシーのことを知らない
――もう、せっかく魔女じゃなくなって普通の学校生活を過ごせると思ったのに。問題は山積み、前よりも忙しくて、ほんと嫌になる。
『ハァ......』
思わず、タメ息が漏れてしまう。
――いけない、これからデートなんだから、こんな
首を横に振って、両手ですくったお湯でパシャっと顔を流し、しっかりと気持ちを切り替えをして、湯船を上がる。
洗面台で髪の毛をドライヤーで乾かし、セットをして自分の部屋へ戻る。昨日の夜予め用意しておいた、可愛い清楚系の無難な服と、ちょっぴり背伸びした大人っぽい服、二通りのコーディネートをベッドに並べて見比べる。
これは重要な問題。だって服装は、その人の印象を決める大事な要素。一歩間違えれば、100年の恋も一瞬で冷めてしまうことも。部屋着のまま何度も見比べて、どちらを着ていくか考えていると、部屋のドアがノックされて、下の弟がドア越しに「行かなくていいのー?」と声をかけてきた。掛け時計を確認してびっくり、乗車予定の電車の時刻が迫っていた。
「もう出るわ、ありがとう」と、弟にお礼を言ってから部屋着に手をかけて、着替えを着替える。とりあえず、事前に決めておいたお気に入りの下着を付けて。今回は無難に、可愛い清楚系の服をチョイスして、最寄り駅へと急いだ。
発車ベルが鳴るギリギリに電車に乗車。休日だから車内は混雑していたけれど、朝の通学の時ほどじゃない。運良く見つけられた席に腰を落ち着ける。
マフラーを外して、少し乱れた呼吸を整えていると、ふと、隣から視線を感じた。隣を見る。私に視線を送っていたのは、
「ご、ごめんなさい......。その、ヒドいこと言って......」
彼女の能力は「服従」。「虜」は人を選んだけど、服従は読んで字の如く、キスした相手を絶対服従させてしまうというとても危険な能力。
「別に、もういいわ。能力は解いてもらったし。それよりあなた、普段はおしゃれなのね」
白いニットにフレアワンピース、ハーフ丈のダッフルコートを羽織っている。私とは違う系統だけど、とても女の子らしいファッションをしている。今まで体操着と制服姿しか見たことがなかったから、なんだか新鮮。
「私、スカートとか制服以外で初めてで......へ、ヘンじゃないかな?」
「ヘンじゃないわよ、もっと自信を持ちなさい」
部活動を見ていて思ったのだけど、
前会長の
「ほら、ちゃんと顔をあげて。今から
「......う、うん。ありがと」
奇しくも同じ場所で待ち合わせの約束をしていた私たちは、同じ駅で下車して、自動改札で定期券タッチ、駅を出て待ち合わせ場所へ向かう。朱雀高校の最寄り駅前の商店街は、平日と比べて多くの人たちが行き交い賑わいを見せていた。
私の背中で恥ずかしそうに隠れる
「おはよう」
「
「ほら、あなたも出てきなさいよ」
「あ、うん。おはよう、お待たせ」
「おう。まあ、別にそんな待ってねーけどな。つーかお前ら、デートなんだってな」
「あら。それは、あなたも同じじゃなくて?」
「あん?」
「あなたも、
「デートじゃねーし! 相談は、二人の方がしやすいからだな――」
「事情はどうであれ。男女が二人で会うなんて、端から見たら立派なデートよ。報告しちゃおうかしら?」
「おい、マジ止めろって! そうでなくても微妙な反応されんだからよ!」
「だったら、ちゃんと問題を解決してあげることね」
「わ、わかってるっての。じゃあ、さっさと済ませようぜ!」
そのぞんざいな扱いに、
* * *
「ステキなお店ね」
「そう? よかった」
ランチをしながら学校、生徒会、期末試験。それと、魔女のことを少し。ちょっと愚痴を言っちゃったりしても、嫌な顔しないで聞いてくれる。けど、これはちょっとダメ、デートで愚痴はNG。気を付けないと。
ランチを終えた私たちは電車に乗って、都心まで足を伸ばした。街には目移りしてしまうほど数多くのショップが軒を連ね、地元の商店街よりずっと充実してる。とりあえず、ウィンドウショッピングを楽しみつつ、いくつか気になったお店に立ち寄り、店員さんと彼の意見を聞きながら、気に入った冬物をいくつか購入。時間はあっという間に過ぎて、帰る前に公園のベンチで一休み。頭上の大きなイチョウの木、周囲の木々の赤や黄色、茶色に染まった葉は冷たい北風に吹かれて舞い落ち、忙してあまり部活にも顔を出せなかった晩秋の時間を、少しだけ感じさせてくれる。
「お待たせ。はい、どうぞ」
「ありがと、いただくわ」
膝の上にある手荷物を横に置いて、向かいのカフェで買ってきてくれたミルクティーが注がれた紙カップを受け取る。
「買い物は、もういいの?」
「ええ、充分堪能させてもらったわ」
新生徒会発足から今日まで、生徒会の仕事や期末試験で忙しくてまともに買い物出来なかったぶんも、今日はめいっぱいショッピングを楽しませてもらった。むしろ、あれこれいっぱい引っ張りまわしちゃって申し訳ないくらい。
「なら、よかった」
そう言って微笑んだ彼は隣に腰を降ろして、湯気の立つコーヒーカップを口に運んだ。私も、ミルクティーをいただく。優しい甘さと温かさが、心と体をホッと暖かくさせてくれる。
「もう、冬だね」
クリスマスの生徒会合宿の話しの最中、空から一枚のイチョウの葉が彼の膝の上にそっと舞い落ちた。イチョウの葉を親指と人差し指でつまんでクルクルと回転させながら微笑む、その穏やかな横顔を見ながら、私は想う。
――私は、一番嫌悪される
「あ」
「へっ!? な、なにっ?」
突然のことで、思わず声が裏返ってしまった。
「あれ、
「えっ?
指差した方を見てみると、
「将棋部の集まりかしらね?」
「そうかも」
「やっぱり、将棋の方が面白かったんだね」
「そうだ、買い忘れた物があったわ!」
「ん? なにを忘れたの?」
「冬用のウェアよ。今度、体育でサッカーの授業があるの。だから、ちょっと練習したいの。ほら、行きましょっ」
荷物を持って先に立ち上がり、彼の手を取って半ば強引に立ち上がらせる。
「ああ、うん。行こっか、どんなの買うの?」
「そうね。う~ん、あっ、そうだわ。あなたが選んでちょうだい」
「俺が? 別に構わないけど、選んじゃっていいの?」
「ええ、お願いするわ。ステキなの期待してるわ。気に入らなかったら、あなたに着てもらうから!」
「レディースを......?」
「当然じゃない。ピンクの花柄とか似合うと思うわよ、きっとピチピチだけどね」
「うわぁ、マジで選ばないと」
「ふふっ、期待してるわよっ」
「どっちの意味で?」と、
――そう、この人と一緒にいると、自然と笑顔になれる私が居る。
私たちは、スポーツ用意品店を目指して公園を後にした。
ベンチで取った暖かい手は、繋いだままで――。
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Episode46 ~聖夜の葛藤~
12月24日、クリスマスイブ。
赤や白、緑のリースで飾り付けられた街の商店街。歩道の木々は青と白のイルミネーションで彩られ、ケーキ屋の店先では、サンタクロースの赤い衣装を身に付けた店員がプラカードを持って、クリスマスケーキの宣伝をしている。
プレゼントを持つ人、ケーキの箱を持つ人、多くの人びとが行き交う街は正に、クリスマスムード一色。そんなきらびやかな都会とはかけ離れた、深い雪が降り積もる山奥の施設を訪れている。
今日、明日と、新生徒会発足の時に聞かされた冬合宿の日。
生徒会が合宿を張って何をするのかと疑問に思っていたが、普段の業務とあまり変わらず拍子抜け。ただ、ひとつだけ違うところがある。それは、
真面目な理由は単純明快、今日12月24日は、
「ふっ」
山札から引いたカードを見た
河の
「ポン」
逃さず鳴き、既に二つ鳴いて、役を確定させている
「ロン。ノミ手な」
「はいよ」
点棒を渡す。利害が一致した俺たちのコンビ打ちで
「って、地獄待ちの
「リーチが効いたね。しかし危なかった、切っていたら
「あら。
「やっぱり
「う、うるせぇ! おれは身を呈して、
「ビリなのは事実じゃないデスかー」
口元を隠しながらぷぷっとバカにするように笑う、
「くっ! だったら、
「別にいいですけどー。最下位じゃなかったら、ジュースおごってくださいよ?」
「ああ、いいぜ。ドンケツじゃなければな!」
「決まり! と言うことで、
「え? 私たちも?」
「どうして、私たちもやらなきゃいけないのよ。あなたが、
「ええ~、だって、会長と
「僕には勝てると言いたいのかな!?」
「イエイエ、ソンナコト思ッテナイデスヨ?」
「思い切り棒読みじゃないか!」
やや大きめの声で抗議する
「だぁー! うるせぇー! 集中出来ねえじゃねーか!」
「ああ~、わりぃわりぃ」
「ったくよー!」
いつものように、笑いながらテキトーに謝る
「貸して、私も手伝うわ」
「いいのかよ?」
「私も、生徒会の関係者だもの」
「ダーメ。それは、
「うぐっ......」
他の四人は、二泊三日の合宿中に終わるよう調整しているが、明日まとまった自由時間を取って、
「つーワケでオレたちは、
促された俺たちは、
近所の温泉へ行くことにした女子たちと別れて、廊下を歩いていると、
「オレたちにもやることがあるんだよ。ここでな......!」
立ち止まって親指で差した先の扉には、超常現象研究部と記された札が掲げられている。その扉は触らずとも開き、
「あっ! もう来たんだ」
「よっ、
「ふふーん、だいぶ進んだわよっ!」
部屋の中を覗いてみる。いつかのパーティのようにキレイに飾り付けされ、中央のテーブルには
実は今日、
「じゃあ私は、うららちゃんたちと温泉に行って来るから」
「おう。上がったら連絡くれ、湯上がり写メと一緒にな......!」
「アンタ、ほんとサイテーねっ」
「じゃあ、あとはよろしく!」と、トートバッグを肩にかけた
「なるほど。しかしこういった
「そうですよ、会長。おれに命令してくれれば、もっと早く準備出来ましたよ!」
「騙すにはまず味方からって言うだろ。オマエら、すぐ
「さて。んじゃあオレらは、仕上げといくか。
「見るだけでいいのか?」
「ああ、見るだけ。
「おつかれ」
「あん? なんだ、お前か」
「どう? 片付きそう」
「ぜんぜん終わらねぇ......。つーか、多すぎだろ」
「見ろよ、これ」と、机に置かれたファイルの束を叩く。確かに今のペースでは、
「手伝いたいけど、
――じゃあ何しに来たんだよ......? と言いたげな視線を向けて来る。
「まあ、手伝いは出来ないけど。相談になら乗れるぞ」
「はあ? どういう意味だよ?」
「俺、コンサルタントだから。悩みがあるなら相談に乗るよ」
首をかしげる
「......相談があるんだけどよ」
若干躊躇しながらされた相談を二つ返事で引き受け、さっそく取りかかった。そして――。
「助かったぜ、ありがとな!」
「悩みを解決出来てよかったよ」
「それより、急いだ方がいいんじゃないか。そろそろ――」
ポケットのスマホが振動した。取り出して画面を確認。
「
「マジか!」
「ほら、急がないと。誕生日プレゼント」
「おう、行ってくる。じゃあまた後でな!」
廊下を走って行く
ロビーに着くとちょうど、温泉から寝巻き姿の女子たちが帰ってきた。
「あら、まだ居たのね」
「どうしたの?」
「これよ。必要でしょ?」
軽くバッグを持ち上げて見せた。なるほど、確かに飲み物を運ぶのに便利というより、人数分を運ぶには必需品。
「助かったよ。何にする?」
「そうね、温かいのがいいわ」
飲み物をバッグへ入れて、俺たちはソファーに向かい合って座り、少しだけ会話。
あの日から、二度目のデートから、
「それでね。今度、弟たちが受験なのよ。二人とも、うちの――」
「時間切れみたいだね」
「そ、じゃあ行きましょ」
席を立ち、室外へ出たところで
「スマホ、部屋に忘れたみたい。先に行ってて」
「じゃあ、向こうで待ってるよ」
「ええ、わかったわ」と
彼女は、なかなか現れなかった。
外は、さっきよりも強く風が吹き、降る雪の量も確実に増えている。スマホを見ても、メッセージも着信もない。ここから宿舎まで50メートルもないけど、さすがに心配になる。
迎えに行こうと、外へ出ようとした時だった。
「大丈夫?」
「ええ、平気よ。遅くなってごめんなさい」
――平気、と言う言葉とは裏腹に、声にはいつも覇気がなく、強がりということは容易にわかる。
「みんなが待ってるわ、行きましょ」
「ああ、うん、そうだね」
テーブルに置いたバッグを持つため背を向ける。すると背中に軽い衝撃が走った。顔を見られないように伏せた
「
「――私、間違ってないわよね......?」
この短い時間で、何があったのかは分からない。
だけど、何か。彼女の心を大きく揺さぶるような何かが起きたことだけは、確かだったーー。
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Episode47 ~潮目~
クリスマス冬合宿からひと月あまり、年を越して新しい年を迎えた。今年の冬は、最終的に暖冬とだったとされる去年と比べると、かなり寒い。特に新年に入ってからはより、冬らしい寒い日が増えて、都心の交通網に支障をきたすほどの積雪も記録した。ニュースに出演していた気象予報士の話では、日本列島全域で冷たいシベリア寒波が停滞していて、その影響を受けて、全国的に大寒冬となる見込みとのこと。
この数年に一度の大寒波と同調するかのように、朱雀高校でも、安定を保っていた体制を揺るがす程の冬の嵐が吹き荒れていた――。
* * *
「はぁ......」
一月下旬、ある日の放課後。バイト先のフットサルコートのベンチに座っている
「大丈夫?」
声をかけると
「えっ? あっ、ええ、平気よ」
「それに、こうなったのは......」小声で何かを言いかけた後、淡い薄紅色の唇をキュッと結んで、深刻な顔で目を伏せてしまった。こんな姿で平気と言われても疲れが、特に心労の方が貯まっているのは目に見えて解る。
年を跨いでから突如として勃発した、とある問題に、
その問題は――現生徒会に対するリコール運動。
現生徒会に不満を持つ一部生徒によるリコール運動は日に日に激しさを増し、既に全校生徒の1/3の署名が集まっていて、リコールに必要な過半数に到達するのも時間の問題になっている。このままの勢いで行けば来週の頭には過半数に届き、リコールが成立する見込み。そうなれば、指名制度を敷いている朱雀高校においては実に、40年振りの全校生徒参加(3年生は、3月で卒業のため不参加)の投票による、選挙戦へと突入することとなる。
一応、生徒会と関わりのある俺としても、何か力になれればいいんだけど。そんな俺の思いを見透かしたように、いつの間にか顔を上げた
「
そう、二年半という長い期間を経て、俺の右膝は完治した。
故障当初の検査結果は骨折、脱臼及び、前十字靭帯部分断裂。骨折した場所が悪く、更に成長期と重なったことで、下手をすれば骨が曲がって再形成される可能性もあって、長い時間をかけての治療を余儀なくされた。しかも、治ったとしてもケガ以前のようなプレーを出来る保証もなかった。
それでも、希望を棄てなかった。
それは全て、あの日交わした、約束を果たすために......。
「あっ、そろそろ帰らないと」
クラブハウスの外壁に掛かっている時計を見る。いつもよりも、少し早い時間。
「今日は両親が遅いから、弟に夕飯を用意してあげるの」
「受験って言ってたね」
「ええ、そうなの。まあ、二人とも、
前のグループが予定時刻よりも早く切り上げたお陰で準備は済んでいるから、駅まで送って帰ってくる時間は充分あるけど、彼女はそれを望まない。先日同じようなことがあった時「バイト中でしょ。こういうことで迷惑はかけたくないの」と断られたことがあった。だから見送りは、敷地を出た歩道まで。
「じゃあ、また明日。気を付けて」
「ええ、ありがと。あっ、そうだわ!」
駅へ向かって歩き出した直後、
「今日も、バイトが終わってからトレーニングするんでしょ。わかってると思うけど、私が見てないからって無理したらダメだからっ」
やや上目使いでまっすぐ顔を見て、釘を刺された。
バイト終わり、空いているコートを使わせてもらって、日課のランニングで汗を流していると、防球ネットの向こう側から、声をかけられた。
「まだ、続けるのか?」
足を止めて、声の主を確認する。
声をかけてきたのは、生徒会リコール運動の発起人の一人――
休憩がてら、クラブハウス前のちょうど風が当たらないウッドデッキで、話すことにした。
「久しぶり」
「ああ、しばらく」
簡単な挨拶を交わしたあとベンチコートを羽織り、スポーツドリンクで水分補給、フェイスタオルで額の汗をぬぐう。冬だというのに、汗は拭いても拭いても溢れ出てくる。こういう時は、タオルを巻いてしまう方が楽。熱の通り道を作り、額にタオルを巻く。
この様子を黙ったまま見ていた
「お前、いつもそんなになるまで走っているのか?」
「ん? ああー、まあそうだね」
「まだ、病み上がりだろう。少し飛ばし過ぎじゃないか?」
「オーバーワークなのは分かってる。だけど、
「力?」
うなづいて、逆に尋ねる。
「入学からずっと部活を頑張ってきてさ。最後の大会でいきなりレギュラーを奪われたらどう思う?」
「まあ、面白くはないだろうな」
「だろ。だから俺は、見せなきゃいけない。二年間本気でやってきたヤツらの、更にその上を行かないといけない。そうでないと、誰も納得しない。それでもし壊れたら、その程度だったってことだ」
「......なぜ、そこまで賭けられる? 所詮は、部活働だろう」
確かに、学校の部活は教育の一環。もしまた故障したら、次はもっと深刻な状況に陥ることあるかもしれない。そのリスクを考えれば、これほど無謀でバカげたなことはないだろう。だけど――。
「譲れないことはある。たとえそれで、誰かを、大切な人を悲しませたり、辛い想いをさせることになったとしても。絶対に譲れないことはある。それは、お前も同じじゃないのか?」
「......そうだな。あいつは、
「むしろ逆、自分を責めてる。言葉には出さないけど」
時折、酷く辛そうな
「......そうか、俺のせいだな」
そういうと、黙りこんでしまった。
「さてと、暇だったらちょっと練習付き合ってくれない」
「はあ?」
「ほら。もうそろそろ、球技大会だろ」
毎年恒例、1月末に開催予定の球技大会。リコールが成立して選挙となれば、選挙後にずれ込むことも考えられる。どうなるにせよ、基礎体力強化を開始してひと月、現状どのくらい動けるかチェック出来るまたとない機会。
「ちょっと、実戦勘を取り戻しておきたくてさ。最近、フットワークばっかりだから」
「別に、構わないが......」
「サンキュ。あと本気で来てくれて構わないから、どうせ獲れないし」
「......ああ?」
さっきまで辛気臭い顔をしていた
「上等だ、その鼻っ柱へし折ってやる!」
客の居ないコートに入り、コートを脱ぎ捨て、腕まくりをしてやる気満々の
「じゃあ、行くよ」
「いつでも来い」
センターサークル付近からボールを蹴り出し、
――これなら行けるか? 視線、重心、足下、複数のタイミングを計って、試したかった技を仕掛ける。バランスを崩して、片手をついた
「な、なんだ......今のは? 足が――」
「新技」
「狙ってやったと言うのか!?」
驚いた顔をして、勢いよく立ち上がる。
「相当条件が揃わないと使えないけどね」
「条件?」
「そ。相手のフォローが居ない一対一であることと、相当反応の良い相手にしか使えない。
「......褒められているのか、けなされているのか分からんぞ」
「いやいや、褒めてるって――」
突如、右足に激痛が走った。あまりの痛みに、その場で両膝をついてしまう。
「つぅ......」
「お、オイ、どうしたッ!」
「まさか、膝をやったのか!?」
「ふくらはぎつった......ちょーイテェー」
「......ハァ」
心配して損したと言いたそうに、呆れ顔で大きなタメ息を漏らす。そんな顔されても、痛いんだから仕方ないだろう。
「悪いんだけどさ、肩貸してくれないか? マジで立てない」
「まったく、世話のかかるヤツだ」
肩を借りて、コート脇のベンチまで連れていってもらう。
「後始末が済んだら、部活に戻る」
「了解。
「......ああ。それと――俺も、前を見て歩くことにすると伝えてくれ」
どういう意味なのかよく分からないけど、
そして翌週、潮目は大きく変わった。
現生徒会のリコールが成立し、生徒の投票による選挙戦が行われることが正式に決まった。
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Episode48 ~告白~
「俺の責任だ。すまない......」
生徒会長選挙前日の放課後、うちのアパートで行うことになった選挙対策は、
なぜうちで、選挙対策をすることになったかというと、たまたまバイトが休みで部屋にコタツがあるからという、とても安易な理由。それは別に構わないのだけれど、実は、コタツなら超研部の部室にもあるのだが。今は、安易に部室を使えない特別な事情がある。
それは、
「とりあえず、顔を上げろよ」
なかなか頭を上げようとしない
「しかし――」
「決定したことを、今さら悔やんでも仕方ねぇだろ」
「シドから聞いてるよ。オマエが、将棋部の説得に動いていたことはね!」
「そういうこった。ま、どんな事情があったかは訊かねぇでおくさ」
「問題は、明日の選挙本番だよ。勝算はあるのかい?」
「打てる手は打った。あとは、
「オレの見立てだと、二人の支持は、ほぼ互角。明日の演説会で決まるだろう」
「
「一年の
「ああー、あのサルみてーに身軽ですばしっこいヤツか。演説が得意なタイプとは思えないけどな」
「おそらく、
「攻撃の対象だったオレは降りたんだ、劇的な効果はねぇさ」
「なら、問題なさそうだね」
相手よりも
「何か、気になることでもあんのか?」
「
「
ただ、一番の懸念は、リカの後継者が彼であり、“7人目の魔女”の魔女能力を継承しているということ。強力な記憶操作の能力に加え、並外れた頭脳が合わさる。そんな奴が相手側となれば、苦戦を強いられることは必至。楽観出来ないのは道理。
「あーあ、ナンシーが
「なっ!? 魔女の能力に関する記憶は消したって言っただろ!」
相変わらずの緊張感のない調子で
「ま、いざとなればアタシが、
「そんなことしなくても、奪っちゃえばいいんじゃない」
「はあ? 奪うって、何をだい?」
首をかしげながら頭の上にクエスチョンマークを浮かべるナンシーとは対照的に、
「なるほどな、盲点だったぜ......!」
「ちょっと、どういう意味だい? 分かるように説明しな!」
「思い出してみろよ。
「そうか。俺が、
そう。どういう訳か
「能力を奪えば、かけられた能力はリセットされる!」
「そういうこった。“扇動”の能力が消えれば、
「けど、いつ奪うんだい? 選挙は、明日だよ」
「
「当日その場でか、大胆な発想だな。けど」
「この上なく効果的だ。
ま、注目を集まる壇上で男同士がキスするんだから、多感な年頃の女子の妄想のネタを提供することになるけど。
「よし。んじゃあ、さっそく
「それは、無理だよ」
明日の作戦が決まり、
「どういう意味だ?」
「
さらに「きっと儀式の時、一緒に失ったんだろうね」と続けた。まさかとは思ったけど、ナンシーがこんなウソをつく理由はない。
「マジかよ......」
「やはり、俺が奪いに行く。これは、俺にしか出来ないことだ」
「つっても、土壇場で寝返ったようなもんだから、簡単にはいかねぇだろ。ここは、三段構えで対処する。先ずは、
「ああ」と、力強く頷く
「二つ目は、当初の予定通り
「アタシの出番だね。任せときな、キレイさっぱり消したげるよ!」
「悪ぃな、頼む」
その場合は、投票が行われる前に一度校内を出る。これなら、ナンシーのことを忘れないで済む。いざという時は、儀式で取り戻せばいい。
「っと、メッセージだ。
「急に家の用事が入ったから、行けなくなったわ。だってさ」
「ふむ」
「どうした?」
「いや、考えすぎだな。じゃ、とりあえず今日は解散ってことで」
スマホをポケットにしまい、スクールバッグを担いで立ち上がり。ナンシーと
そして、いよいよ選挙戦当日を迎える。
「スゲー賑わってんな!」
「お祭りみたいですねー」
「何ていっても、40年ぶりの選挙だからな。無理もねぇさ」
掲示板や廊下には、立候補者二人のポスターが貼られていて。購買部では、サイリュームペンライト、名前を書ける無地のうちわ、装飾用のモール等の応援グッズ売り場が特設され、アイドルのコンサートさながら。行ったことないけど。
ともあれ、どこもかしこも選挙ムード一色の校内を
「おわっ、スゲー人だ! こいつらみんな、演説聞きにきてんだろ!?」
「
「そっか。遂に来たんだな、この日が......!」
感極まっている
「来たか、マズイことが起きた」
「ってことは、奪えなかったんだな」
「それどころじゃないよ! 事態は、最悪だ!
壇上でパイプ椅子に座っている
「やられた、そういうことかよ。昨夜の違和感の正体は、コイツか。おかしいと思ったんだよ、
「
「だろうな。投票直前の土壇場で裏切れば、浮動票を含めて一気に、
このままじゃ、二人が晒し者に――
「先輩! このままじゃ、
「わかってる!
「でも、探すって。こんな、人混みの中を......」
「ナンシー、“7人目の魔女”の能力を俺にくれ。俺が責任を取る」
「いや、アタシがやるよ。大がかりになる。これだけの人数、アンタの手に負えないよ!」
「おい、お前ら、落ち着けって!」
「......待て。
体育館を出ようとしていた、
「二人は、
「はあ? なんでだよ? そんなことより、
「学校に居るはずないだろう。今ごろどっかのカフェで、余裕綽々にデカフェでも啜って早めの祝杯を挙げてるさ。
「だな。オレがアイツなら、間違いなくそうしてる」
「......わかった、
「あっ、はいっ!」
人混みを掻き分けながら、
「
「もう入れた。んじゃあオレは、設備室で暗躍してくるぜ」
「アタシたちは、どうすればいいんだ!?」
「
「オレが、館内のブレーカー落としてやる。窓には暗幕が貼られてるから一時的に真っ暗になる、そこを狙え。舞台袖に隠れて目をつむっとけよ? 闇に目を慣らすためにな!」
「ああ、わかった」
「ナンシーは、ここで待機。いざというときは頼む......ゴメンね」
「いいって、また前と同じになるだけさ。アンタは、どうするんだい?」
「
「止めるったって、
「大丈夫、実力行使で止めるから」
「実力行使......?」
『それは、ただ今より――』
司会が始まると同時に、上手の舞台袖に到着。サポート役の
「
「あっ、先輩!」
「ダメだ、まったく聞く耳を持たない」
「あっちに行ってなさいって、怒られちゃいました~」
反対側で待機している
『それでは先ず、
「はい!」
返事をした
「マズイですよ!」
「くっ! もう、どうしようも出来ないのか!」
まだだ、まだ何かあるハズ。辺りを見回す。見つけた、これだ。「生徒会解散総選挙、演説会」と記された横断幕を吊るしているロープに手をかける。
「これを落とす。二人とも、手伝って!」
「横断幕を降ろして、気を逸らすんだな!」
しかしロープは、固定器具にガッチリ巻かれていて、二人がかりでも思うように上手くほどけない。
『突然ですが。みなさんは、この学校の――』
「ヤバイ、演説が始まったぞ! 原稿にない台詞だ!」
今、完全に操られている。猶予は、残り僅か。間に合うか微妙なところ。
「二人とも、退いてください! えいっ!」
『えっ? ちょっとなによっ?』
突然のハプニングに、演説をしていた
『み、みなさん、落ち着いてください!』
「ナイスだ、
「えへへ~」
選挙管理委員があわてて、舞台袖へやって来た。
「こっちの細い方のロープが切れたみたいですねー。きっと劣化していたんデスよー」
「おいおい、しっかりしろよな。大事な演説だってのに」
「す、すみません、すぐに直しますので。立候補者と推薦人の方は一度、舞台袖へ下がって待機してください!」
傾いた看板を選挙管理委員が直している間に
「やれやれ、なんだか気が抜けてしまったよ」
「ホントよ。あら、
舞台袖に戻ってきた
「
「ん、なんだい?
「いいから、早く来いっての」
「
「生涯ねぇーよ」
「キミというヤツは......!」
「まあまあ~」
「ねぇ、なんなの?」
「えっと、二人だけにしてほしいって頼んだんだ。大事な話があって」
「えっ? そ、そう......」
少し気恥ずかしそう目をそらした。
「それで、何かしら?」
「うん、実は――」
「お待たせしました。準備が整いましたので、ステージへお願いします」
マズイ、思った以上に復旧が早い。優秀過ぎるも考えもの。
「ハァ。話は、選挙が終わってからにしましょ。
「ちょっと待って!」
「な、なんなの? もう、行かなきゃいけないんだけど!」
少し不機嫌になった。雰囲気も、いつもの
「今度は、停電? どうなっているのかしら、ちょっと行って来るわっ!」
想定外のハプニングの連続に、
「へっ? ちょ、ちょっと何するのよっ?」
いくら
「あんたら、なにしてんだよ。こんな時に......」
「分かってないですね、
「まったく、君たちは。どう考えても、拘束しているんだよ。
「そんなことわかってますよ。ネタに決まってるじゃないですかー」
「だから、
「どういう意味かな!?」
生徒会室でよく目にした、緊張感の欠片もない掛け合い。その間も、
「おい、連れてきた。ぞ?」
「いいなー。
「しねぇーよ!」
仲むつまじく戯れる
「悪い。
「ちょ、何をかってに――んっ......!?」
反論させないため、胸元で軽く口を塞ぐようにする。
「訳ありだな。任せておけ」
「頼む」
「あのー、時間ですけど?」
「待たせたな。推薦人の
女子は姿勢を正し、緊張した様子で頷いた。
「は、はい、風紀委員長、何も問題ありません! それでは、お願いします。
『二年の
演説が始まっても、
「おい、聞いているんだろ」
「......えっ?」
「お前が、必死に何かを成し遂げようとしているのは分かる。だけどな――」
抱きしめる腕により一層力がこもる。
「俺の女に手出すな」
どうしようかと思っていると、
「大丈夫?」
「ええ、平気。一緒に行ってほしいところがあるの」
* * *
まだ演説会が続いている体育館を後に俺たちは、学校を出て最寄りの公園へやって来た。平日の昼前ということもあって、人はあまり居ない。
「こんにちは」
ブランコに腰をかけていた朱雀の制服を着た男子が、声をかけてきた。
「お前が、
「はい。ですが、話の前に――」
ブランコを降りると
「い......いったぁ~いっ! アンタ、何すんのよっ!?」
「ああ、すみません、加減が上手くいかないもので。とにかくこれで、あなたに掛けた能力は解除しました。ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
あんなことを仕出かしたヤツと同一人物とは思えないほど、丁寧に頭を下げて謝罪した。
「あなた方を待つ間に連絡を受けました。こちらの演説は、目を覆いたくなるほどの酷い有り様だったそうです。この戦いは、僕たちの敗けです」
「認めるんだな」
「事実ですから。『目論見通り、選挙まで持ち込んだ。最後は正々堂々と戦うべきだ、不正で勝ったところで支持は得られない』。
「......それで、あなたたちは結局、何がしたかったのよ?」
赤くなった額を擦りながら、眉尻を上げた
「
スクールバッグを肩に背負い、そのまま振り返ることもなく公園を出て行った。
「あの子、結局何をしたかったのかしら?」
「さあ」
でも、俺と同じ理由......か。
「戻ろう。もう、投票が始まる時間だ」
「待って!」
歩き出そうとしたところで、袖を掴まれた。足を止めて
「なに?」
「......さっきのこと」
「さっき?」
「ほら、舞台袖で言ったじゃない。その、俺の女にって......。あれは、その、どういう意味で......」
俺の答えは、最初から決まっていた。
「――本気」
あの時本当は、もっと違うことを言おうと思っていた。だけど実際に口に出た言葉は、全然違う言葉で......。でもあの言葉は間違いなく、そうあれたらいいなという、俺の本心。
だって俺は――初めて彼女と出会った日からずっと、彼女に恋をしていたんだから......。
「あなたのことが好きです。ずっと、好きでした。付き合ってください。友達としてじゃなくて、恋人として――」
「出口調査だと、
「当然ね」
「でもこれから、また大変だね」
「あら。私、生徒会には残らないわよ」
「え? そうなの」
「ええ、やりたいことがあるの」
「そうなんだ。
あまり聞かれたくないことだったのだろか。急に黙り込んでしまった。
「
「......
可愛らしく口を尖らせながら上目使いで抗議。
「えっと、
下の名前で呼ぶ。思わず疑問形になってしまった。
照れくさそうに頬を真っ赤に染めながら一歩歩幅を詰めて隣に並んだ彼女、
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黄昏時の約束
Episode49 ~誓い~
焦がすような日差しの夏が過ぎ去り、黄色や赤に色づいた木々の葉が、北からの冷たい木枯らしに吹かれて、茜色に染まる空を儚げに舞っている。いつまでも高い位置に留まり、中々沈まなかった太陽は日に日に短くなり、季節は夏から秋へと巡り。そして、冬へと移り変わり、街は日々様相を変えていく。
そんな、どこか物悲しさを感じさせる初冬の黄昏時の景色はまるで、今の俺の心を鏡に写したかのようだった。
「お兄ぃ、お客さまだよ」
控えめのノックのあと、妹の声。返事をして、窓の外からドアの方へ目を向ける。一呼吸開けて、ドアが開き。妹と一緒によく知った二人の客人が、部屋に入ってきた。三年間、何度も相見えた対戦相手であり、時には同じチームでプレーしたこともある好敵手
「よう、元気か?」
「先にすることがあるだろう。妹さん、これを」
「あっ、すみません。ありがとございまーす」
「悪い、気を遣わせた」
「気にするな、当然の礼儀だ」
「そうそう」
「じゃあ、置いてくるね。ごゆっくりどうぞ」
受け取ったバスケットの代わりに、茶と茶請けをテーブルに置いた妹が、部屋を出て行く。ベッドから体を起こそうとしたところで「そのままでいい」と、
「それで、どうしたんだ?」
「見舞いに決まってるだろ」
「見透かされているな。察しの通り、お前に話があってきた」
「単刀直入に聞くぞ。お前、高校どこへ行くんだ?」
「高校?」
「当然誘われてるんだろ。やっぱ地元の静岡、清水、藤枝、浜松辺りか? それとも、越境か?」
確かに今上げられた地域は、故障する前から誘われている。
それにどこも、ケガを理由に話しを取り下げられたりもされていない。むしろ、ケガのケアの面倒も見てくれるという学校もあるくらい恵まれている。
でも、俺は......。
「いや、俺は――朱雀に行こうと想ってる」
「ふーん、朱雀かぁ、って、どこだ?」
「俺の地元の名門進学校だ」
「
「いや、正直強いとは言えないな。十数年に一度の頻度で決勝リーグに名前が上がるが、例年は、良くて二次予選リーグ止まりだな」
「マジかよ......」
「まあ、いいか。オレらで強くすれば」
「そうだな、万年予選止まりの弱小から全国制覇。ケツから捲るシナリオも悪くない」
「むしろ最高にカッコいいだろ。サクセスストーリーってヤツだな」
二人の話は、まったく要領を得ない方向へと進んで行く。
「何を言ってるんだ?」
「決まってるだろ。オレたちも、お前と同じ学校に行くって話だ」
「同じ学校に行くって――」
――何を考えているんだ......?
「朱雀は、東京屈指の進学校だからな。親も反対はしないさ」
「そういう問題じゃない! お前ら、名門校から誘われてるだろ!」
俺の心とは裏腹に、二人は笑みを見せて答えた。
「愚問だな、決まっているだろう。お前とは、敵として勝負してた時よりも、同じチームでプレーしてる時の方が何倍も面白かった。理由としては充分さ」
「そういうこと」
正直、二人の気持ちは嬉しかった。こいつらとならきっと、どこであろうとも最高に面白い試合が出来る。でも、それは――。
「在学中に完治する保証なんてない......」
「ああ、わかってるさ」
「わかってない、何もわかってねぇよ! お前たちの三年間が、無駄になるかも知れないんだ!」
「そうかも知れないな、だから――」
「無理矢理出ろなんてことは言わない。しっかり療養して、三年の冬に戻ってくればいい」
「お前が戻ってくるまで、オレたちが強くしとく」
「分かってる。お前の気持ちを無視して身勝手なことを言っているよな。でもな、俺たちはもう一度、お前と一緒にプレーしたいと本気で思ってる。だから、頼む。俺たちの選択を後悔させないでくれ」
「
――この二人は、本気だ。
競技者として一番成長出来る高校の三年間を、犠牲にしても構わないという覚悟を決めている。こんなことを本気で言ってくれるヤツは、きっと他に居ないだろう。二人の気持ちに答えたい、今、本気でそう思っている。けど、それは二人のためにはならないことも分かる。恵まれた環境で指導を受けられば、プロに届くポテンシャルを持つ、この二人の可能性を犠牲にしてまで――。
「......悪い」
「謝るな。俺たちが勝手に決めたことだ」
「そうそう」
「言っておくが。一番のネックは、
「ぬっ!?」
「あ、ははは......」
「おい、笑うなよ! オレ、そこまで頭悪くないからな!」
「悪い悪い」
謝りながら思う、手術跡が痛むくらい心から笑ったのは、本当に久しぶりだった。
「安心しろ。俺が、マンツーマンで教えてやる」
「いやいや、お前、東京じゃん?」
「東京寄りの神奈川だろ? 静岡に比べれば、ずいぶんと近い」
「いやいやいや......」
この数ヵ月後、俺たちは揃って朱雀高校へ進学が決まった。
そして、引っ越しの前に誓いを立てた。
高校生活三年間の間に、二人と同じフィールドに立ち、必ず全国の頂点に立つことを。
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Episode50 ~出会い~
一年生の頃私は、
結果、
だけど私はその、
先に手を出した方が悪いと言われれば、そうなのだけれど。でもやっぱりち納得出来ない部分があって、謹慎明けの
そして謹慎明け後、
乱闘事件から三ヶ月が経ち、今なお、まともに話を聞いてもらえない状況が続いていた。二学期の始業式から一週間後の昼休み、中庭でお昼を食べて教室へ戻る途中で偶然で出会った
「まったく、いつになったらまともに話を聞くのかしら? クラブハウスで補習って聞いてわざわざ、夏期講習の申請してまで参加したのに、すぐにどこかに行っちゃうし!」
「
「誰かねぇ」
私も
そもそも、
「あっ......」
足に掛かるハズの感触がなく、体が後ろへ大きく傾いた。
「――お、
血相を変えて叫んだ
身の危険を感じると、周りの動き全部がスローモーションに見えるって聞いたことがあったけど、あれは本当だったんだ。階段を転げ落ちるまでの間に、そんなどうでもいいことが頭に浮かんだ。でもそれはきっと、現実逃避のようなモノで......。
――私は、次の瞬間必ず訪れる痛みを覚悟してぎゅっと強く目を閉じた。
直後、カランッ! とカン高い音が響き、その音とほぼ同時にドンっと体に衝撃が走った。だけど、不思議と痛みは感じない。
「大丈夫?」
「えっ?」
顔を動かして後ろを向く。支えてくれている男子と目が合った。
私たちは、お互いに「あっ」と小さく声を上げて......。まるで時が止まったかのように、まばたきをするのも忘れて見つめ合った。
「
突然聞こえた
「え、ええ......平気よ。なんともないわ」
「そ、そうか」
すると
「あなた、ケガしてるのっ?」
「ああー、うん、ちょっとね。別に必要ないんだけど、主治医が持っていけって」
私を気づかってくれた。けどこの人は、松葉杖が必用なほどのケガをしているのに、そんな大切な物を投げ出してまで私を受け止めてくれた。
「......あの、ありが――」
「あっ、あの、ごめんなさいっ。わ、私、急いでてよく前を見てなくって......!」
お礼を言おうとしたところで、さっきぶつかりそうになった女子がものスゴく慌てた様子で、勢いよく頭を下げた。
「別にいいわ、私もちゃんと前を見ていなかったし」
「うむ、出会い頭だった。あれは、俺でも避けられなかっただろう」
「そういうことよ」
「でもでも――」
「ケガもないから気にしないで、いつまでも言っていると怒るわよ。それに、急いでいたんじゃなくて? 行かなくていいの?」
「――はっ! そ、そうでしたーっ、部室で待っていてもらっているんでした!」
もう一度丁寧に頭を下げ、文化系の部室がある部室棟へ続く渡り廊下を早足で歩いていく。
「賑やかな子だったわね」
「ああ、そうだな」
ウェーブの掛かった腰まで伸びる長くてキレイな髪を揺らして歩く女子を見送り、私は改めてお礼を言うため助けてくれた男子と向き合う。
「ケガがないみたいでよかったよ」
「あなたが助けてくれたおかげよ。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。じゃあ気をつけてね、
優しく微笑みながら不意に名前を呼ばれて、胸がトクンとした。そうだったのね。私は忘れていたけれど、私たちは出会ってたんだわ。初めてキスをしたあの日よりも、もっとずっと前に――。
あの日、階段を落ちそうになった日からひと月が経ったある日の放課後。あの時ぶつかりそうに女子、
その後私たちは何となく、手芸部で過ごす時間が増えていった。翌る日の昼休み、ふと、部室の窓から教室棟の屋上を見上げると、屋上のフェンスに松葉杖が立て掛けられているのを見つけた。
――もしかして、あの人かしら? 松葉杖があるんだから近くに居るわよね。
ちょっとだけ探してみる。松葉杖の近くのベンチに、男子が三人いた。その中の一人が立ち上がって、振り向いた。
あの人だった。私を助けてくれた人。フェンスに腕を預けて、少し眩しそうにして遠くを眺めている。不意に、あの人と目が合った。私のこと覚えていてくれたみたい、前と同じ様に、優しく微笑みかけてくれた。でも私は、予期せぬ再会に妙な気恥ずかしさを感じて、反射的に目を背けてしまった。
――って、何してるのよ、私。こんなの印象最悪じゃない。
「
急に声をかけられたから、ちょっと驚いて声が上ずってしまった。
「な、何でもないわっ。ちょっと、空を見てただけよっ」
「え? 私ですか?」
そんな私の声に反応したのは、声をかけてきたナンシーではなく、テーブルで裁縫をしている
「それにしても余裕あるね。試験前なのに裁縫なんて」
「半分あきらめてますので、あはは~......」
「そんなことじゃ、また補習になって、遊びに行けなくなるわよ。ほら見てあげるから、教科書出しなさい」
「は、はいっ!」
慌てて机を片付け出した
ナンシーが、私はよく空を見ていたと言っていたのは、そういう理由だったんだ。思い出してしまえば、とても単純な理由で。やっぱり私は、間違っていなかったんだ。
* * *
「......ん、んぅ......こ、ここは......」
気がつくと、白い天井と蛍光灯が見えた。体には布団が掛けられていて、ベッド周りを白いカーテンが仕切っている。さっきまで夢を見ていた私は、保健室のベッドで横になっていた。
「あ、起きたみたいだね」
すぐ近くで声が聞こえた。顔を横に向けて見る。ベッド脇の丸パイプ椅子に、夢で見てたあの人が......
実はまだ、ちょっと呼び慣れてなかったり。でも、つ、付き合っているんだもの、下の名前で呼ぶ方が自然よね? って誰に訊いているのかしら? 私っ! 慌てて体を起こして、ベッドに座り直す。
「おはよう、
私の葛藤なんて知るハズもない彼は、あの時と同じで優しく微笑みかけてくれる。
「どうして、ここに居るの?」
「ナンシーが教えてくれたんだ。
「そう、ナンシーが......」
選挙が終わり後日生徒会の引き継ぎが済むと、ナンシーと六人の魔女、それと
そこで「
「どう? 記憶を取り戻した気分は」
「そうね......」
急に思い出して、不思議な感じというのが本音。でも、ひとつだけ確かなことがある。
「納得いかないことがあったわ」
「え、そうなの?」
「ええ、そうよ」
私の不満はもちろん、一年生の頃に出会っていたことを教えてくれなかったこと。
「どうして、教えてくれなかったの!」
身を乗り出して、問い詰める。
「だって、俺のこと忘れてるみたいだったし。俺だけが覚えてるのって何か、不公平な感じがして」
「ちょっ! そんな理由で黙っていたのっ?」
「でも、結果オーライだったでしょ」
――それは、確かにそうね。記憶がないのにそんなこと言われても信じるワケないし。むしろ力説されていたらドン引きしていたわね、間違いなく。
そういう意味では、教えてもらえなくてよかったって言えるのかもしれない。
「それに。今は、こうして一緒に居れる」
「......うん」
思わず、素直に頷いてしまった。
ここが、二人きりの保健室でよかった。だって、きっと今の私は、恥ずかしさと嬉しさで顔が真っ赤になっている違いない。こんなの他の人には、絶対に見せられない。
「
「ゆ、
私たちは、そのまま見つめ合い、お互いの心が通じ合っているのか、どちらからともなく自然と距離を縮めて行く......そして――。
「もう、気は済んだかい?」
唇が触れ合う寸前、突如聞こえた声に私たちは飛び退いて距離を取った。
――もう、空気読みなさいよ、いったい誰かしらっ?
やや不機嫌に返事をすると、一呼吸置いてカーテンが開いて、冷めた目をしたナンシーが入ってきた。
「記憶の方は、取り戻せたかい?」
「ええ、お陰さまでね!」
「そう睨まなくたっていいだろ。あのまま放っておいたら、いろいろ
「べ、別にいいでしょ? こ、恋人なんだから......」
――キスくらいしたって......。
腕を組んだナンシーはやれやれ、と深く大きなタメ息をついた。
「ハァ、とにかく、そういうことは他でやりな。見つかったら、フォローのしようがないからね」
「えっと、ところでナンシー、二人は?」
「ん?
「そっか、じゃあ頼めるかな? これから、バイトなんだ」
「ああ、任せときな。起きるまで面倒見といてやるよ」
「オレもいるぜ!」
横からひょっこり、シドが顔を出した。
居たのね、全然気がつかなかったわ。
「よろしく。
「一緒に行くわ」
「
「あら、
ここへ来て一時間近くが経ち、スクールも終わりに差し掛かった頃、
「もう、平気なの?」
「ああ、大丈夫だ。記憶を思い出して、いろいろなことに納得がいった」
「......そう」
「アイツはまだ、外に居るのか?」
「そうよ。でもそろそろ、あっ、終わったみたいね」
スクールを受けていた子どもたちが、コートを出てクラブハウスに戻ってきた。
「大変そうだな、俺たちも手伝うか?」
「ええ、そうね、そうしましょう」
ノートを片付けて、席を立つ。
「あっ、
「はい?」
外へ出ようとしたところで、店長さんに呼び止められた。出入りしているうちに、ここのスタッフともすっかり顔馴染みになった。
「外に行くなら伝えてもらえる? 予定が変わったから、コート広げてって」
「はい、わかりました。伝えておきます」
「悪いね、あとで飲み物奢るから」
「プロテインならいらないわ」
この人の奢るはいつも、プロテインドリンク。まったく、ことある度に在庫処分しようとするから油断も隙もない。
「おっと、じゃあそっちのイケメンくんに......」
「気持ちだけ受け取っておく」
レジ裏で愉快そうに笑う店長を無視して、私たちはコートの
「ずいぶん広いコートになったが、これもフットサルなのか?」
「ソサイチっていう7人制のサッカー。ルールは、フットサルほぼ同じだけどね」
「へぇ、いろいろあるのね」
「おっ、さっすが仕事早いな。みんな、優秀だねー」
ウェアに着替えた店長さんがコートに出て来た。
「店長、お疲れさまです」
「お疲れさーん。今日は貸し切りになったから上がってくれてもいいし、暇なら一緒にやっていってもいいよ。どうする?」
と言うわけで私たちは、試合が始まるまでの間コートの隅を借りて、部活を行うことにした。久しぶりに、三人で部活。ボールを回しながら話題は明後日行われる球技大会に。
「
「バスケだ」
「あら、フットサルじゃないのね」
「ま、何でもよかったんだが。背が高いという安直な理由でな」
「ははっ、そうなんだ」
「お前は、フットサルなんだろ?」
「実戦で回復具合を確かめる良い機会だからね」
ちなみに私が参加する競技は、バレーボール。女子は、フットサルがなかった。体育館だから、
「そろそろ上がろうか」
「そうね」
「そうしよう」
ボールを店長さんに返して、コートを出る。
「店長、お先です」
「はいよ、おつかれー。あっ、奥だけ電気消しといてー」
「わかりました。それじゃあ失礼しまーす」
「参加しなくてよかったのか。今日なら、わざわざ球技大会で確かめるよりも――」
「いやいや、無理だよ」
やや食い気味で、
「仮に足が万全でも、かなりキツい」
「そんなに上手な人たちなの?」
「ぶっちゃけヤバイね。今の俺なんて、足下にも及ばないよ」
「お前が? それほどなのか?」
「現役のプロはいなかったけど、チームに入っていたり、
よくわからないけど、
「そうなのか。さて、じゃあ俺はこっちだ」
「おつかれ」
「お疲れさま、
「じゃあな」
別に道へ入って行った
「
「ええ、そうよ。応援に行くから、すぐに負けちゃダメよ」
「了解。でももし、A組と当たったら?」
「そんなの決まってるじゃない。クラスの応援をするわ」
「そっか」
ちょっと残念そうな
「表向きはね」
「ん?」
「だ、だから、こっそり応援してるからっ。だから、絶対勝ってよね......!」
「了解、勝つよ」
そう言うと優しく手を握ってくれた。スゴく温かい。私も握り返す。
真冬の夜は、風が強くて、痛いほど冷たくて、スゴく寒いけど。繋いだ手から伝わって来る彼のぬくもりは、私の手も、心も暖かくしてくれる。
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Episode51 ~お守り~
球技大会前日の放課後、日もすっかり暮れて、頬を刺すような冷たい夜風が吹く、バイト終わりの帰り道。冬場限定で青系色のイルミネーションで装飾された商店街を、今日は、部活仲間の二人の他に、
「にしても。まさか
「
「うん、確かに」
「それは、コイツがいきなりだな――」
「そんな......ノアのキスされるの嫌だったんですかぁ~。せんぱい、ヒドイですぅ」
ネコ撫で声でよよよ、とわざとらしさ全開の泣きマネした。
「お前の目的は、
「
「スポッターになれば、魔女だけじゃなく、
「なるほどね」
「でも、
「ノアは、先輩の妻ですから、夫を管理するのは妻の努めてですので! あの無数の星々がまたたく無限に広がる宇宙の様に心が広いノアは、ちょっとの火遊びくらい容認してあげますよー」
「あ、そう......」
「はははっ、タチの悪りぃーストーカーだな!」
「妻ですって」
まったく臆せず平然と言ってのける
「それは置いておいて、問題が起きたらちゃんと協力しますよー。
「......まあ、それに関しては助かるが」
「と言うことで先輩、ノア、おいしいスィーツが食べたいです、先輩のおごりで! そこのコンビニに入りましょー」
「何で俺が――って、オイ放せ、引っ張るな!」
腕を掴まれた
「おーい、オレたち先に帰るぞー」
「はーいっ、おやすみなさーい!」
返事を返した
「さて、じゃあ行くか。
「ええ、そうよ」
「それじゃあな。行こーぜ」
くるっと踵を返し、自分の家とは違う方向へ身体を向けた
「ちょっと待ちなさい。あなたの家は、そっちじゃないでしょ?」
「オレ今日は、
「はあ?」
初耳だ。突然のことに、思わずすっとんきょうな声が出てしまった。
「あなたね。明日は、
「わかってるって。んな遅くまで付き合わせねぇよ」
「......ホントでしょうね?」
眉をややつり上げて、疑いの眼差しを
「そんなに気になるなら、一緒に泊まればいいじゃん」
「――なっ!?」
「おいおい、何を言い出すんだよ」
「別に。つーか、お前ら付き合ってんだから普通じゃね? 安心しろって、ダチの女に手ぇ出したりしねーからさ......!」
「あ、あ、当たり前でしょ!」
「なら、問題ねぇじゃん」
「いや、そもそも論点が変わってるから」なんて突っ込みもむなしく、完全に
「着替えどうする? スウェットならあるけど」
「大丈夫だ、家から持ってきてる」
「用意がいいな」
軽く持ち上げて見せたバッグから部屋着を取り出し、お構いなしに着替え始めた。結局
「とりあえず、おめでとさん」
「サンキュー」
自宅近くのコンビニで買ったジュースで、乾杯。グラス同士が軽くぶつかり、カランッと小気味良い音を奏でる。
「で、どうよ?」
「いまのところ問題ない。本格的なトレーニングを始めたけど、痛みもないし――」
「そっちじゃねぇよ。
「そっちかよ」
白い歯を見せながらニヤニヤと、茶化す気満々な笑みを見せる。でもそれは僅かな時間で、すぐに爽やかな笑顔に変わった。
「よかったな。ずっと想ってた相手に気持ちが届いてよ」
「......ああ、ありがと」
改めて、もう一度乾杯。
「最初聞いた驚いたぞ」
「理由が分かれば、単純なことだったろ?」
「まーな。でもオレ、お前の話を聞いた時、絶対
「もちろん好意はあるよ。恋とかそういう感情とは、ちょっと違うけど」
「ふーん。それで、
前言撤回、やっぱコイツ茶化す気満々だ。
「やっぱ、サッカー部が居るクラスは強いんだろ?」
「ああ。今年の球技大会には、部員のほぼ全員がエントリーしてる。中でも要注意は、エースの
「
そう、一番強いのは間違いなく、A組。奇しくも、
「
「
「統率力、的確な読みの一対一の強さ、180オーバーの長身を活かした空中戦。時にはオーバーラップを仕掛けて自ら、得点にも絡む。中学の時は、持ち前の統率力でまとめあげた鉄壁の守備陣は既に中学レベルを遥かに超えてた。そのプレースタイルからスカウトの間じゃ、リベロというポジションを確立した西ドイツの英雄を準えて、“小皇帝”とまで評価されていた程だよ」
「そらまたえらく大層な称号だな」
「そのくらい魅力的な選手ってこと。複数の名門からスカウトがあったし、プロの株組織ユースへ進んでいれば今頃、プロデビューしててもおかしくない」
「マジかよ。けどよ、中学ん時は勝ったんだろ? 全国制覇したってんだから。その時は、どうやって攻略したんだ?」
「簡単に説明すると逃げた」
まともに勝負しても、鉄壁のディフェンス陣を崩すのは至難の業。そこで、ロング・ミドルレンジからシュートを打ち続けて、マークへ行かざる状況を作り出し、デフェンス陣を誘い出した。前のめりになったディフェンスラインの裏を突き、奪い取った虎の子の一点を守り抜いた。
「それで、逃げか。作戦勝ちだな」
「ただ、同じ策は通じない。フットサルは、コートも、ゴールも小さいし、オフサイドもない」
「誘い出す程の脅威にはならないってことか。ふむ」
だから、どこかで必ず勝負しないと勝てない。となれば不安はあるけど、
* * *
球技大会当日。フットサルの試合は、体育祭の時と同じ芝のグラウンドで行われている。大会ルールーは少し異なり、クラス対抗戦。トーナメントと、総当たり戦を組み合わせた複合形式で行われる。
同学年20クラス弱が参加。初戦の組み合わせのみ、クジで決定。勝ったクラスは上へ、負けたクラスは下へと進む。数多く勝ちあがったクラス同士で1位から3位を決める総当たり戦。敗戦したクラスも二つの組みに別れ、最終的な順位が決定。
初戦、二戦共にサッカー部の少ないクラスに当たったこともあって、午前のトーナメントを無事に勝ち上がった俺たちC組は、午後の1位から3位決定戦に駒を進めた。
そして、昼休み。中庭の芝生でレジャーシートを敷いて、プロの料理人並みの腕前の
「ちゃんと勝っているわね」
「クジ運が良かったのもあるけどね」
「オレのお陰だな!」
「なによ、偉そうに」
「事実だしな。うまっ!」
確かに、感覚を確かめつつ徐々に慣らして行くには最高のスタートだった。もし初戦で
「それで、お前たちの相手はどこになったんだ?」
「A組とF組」
「AとF? 俺のクラス負けたのか?」
「レギュラーが三人居た
「へぇ、引き分けの場合はジャンケンなのね」
「......呆気ない終わり方だな」
「ところで、優勝出来そうなの?」
「うーん......」
頭の中で分析しながら、
肝心な試合の方は午前に見た感じ、キーパーさえ崩せばいいF組はどうにかなる。けど、
「やってみないとわからないけど、とりあえず大差はないかな。一点勝負になると思う」
「そう」
「そこは、絶対勝つって言っときなさいよー」
「つーか、二年以上のブランクあるのに良い勝負出来るって言えるのがヤバイな。なあみやむー、
野球グラウンドでソフトボールに参加している
「体育祭、見てなかったのか? オレたち、決勝まで行ったんだぜ」
「おれそん時、お前らのこと知らなかったし。早々に負けてふて寝してたからなー」
「そう言えば、
「そうそう、
「あーそうか、そうだなー」
「そろそろ、時間だ。俺たちは行く」
「
「当然だ、ダブルスコアで圧勝してやる」
「なんだと、返り討ちにしてやるからな!」
「フッ、午前の無様なプレーを見る限りあり得んな。まあ、あれが実力といえばそれまでだが」
「ああ゙ん!?」
分かりやすい安い挑発に、
「
「お、おう!」
「置いて行くぞ」
「あ、オイ待てよ、
言い合いをしながら体育館へ歩いていく。そんな二人の後ろ姿を見て、
「
「ええ、そうね」
「うーん......ねぇ、うららちゃん」
「ん? なに」
「うららちゃんと
「えっ?」
「だって、付き合ってもう4ヶ月くらいでしょ?
何だか分からないけど、飛び火しそうな話題になった。さっさと逃げろ、と俺の勘が言っている。急いで弁当の残りを食べて、お茶で流し込む。
「試合見ておきたいから行くよ。美味しかった、ありがとう」
「お粗末さま。終わったら見に行くから」
「了解」
* * *
午後は予定通り、順位決定戦。先ずは下位グループの順位決定戦から行われ。二つのコートで三試合ずつ行い最終順位を決定。続けて、上位グループの試合。俺たちは先ず、レギュラーキーパーが率いるF組と試合に臨んだ。
さすがは正ゴールキーパー、簡単には崩せなかったが少ないチャンスを確実にモノにして勝利を納めた。先ずは一勝、優勝に王手をかける。
「試合終了ー! A組の勝ち」
F組とA組の試合は、A組が勝利。C組とA組が一勝で並び、二敗したF組の三位が決定。次の試合で優勝が決まる。
「やっぱ、A組が来たな」
「ああ」
試合を見て、改めて思った。
俺は、コイツらを絶対に裏切らない――。
「おっ、
「おつかれさん」
「ホント疲れたわー。
「自分で買ってこいよ」
「あ、私のあげるわ。一本余分にあるから」
「うららちゃん、ありがとーっ」
「
「ありがと。それで、どうなったの?」
「次勝てば優勝だ。相手は、A組な」
「あら、やっぱりそうなのね」
「んで、どっちを応援するんだー?」
答えは決まっていると分かっているのに、
「もちろん、ウチのクラスに決まってるじゃん! ねー」
「うん、私もC組を応援するわ。
――
「自分のクラスを応援するわ。表向きはね」
「そういうワケだから絶対勝ちなさいよね、ミヤミヤコンビ!」
「もちろんそのつもりだって。んじゃ行こうぜー」
膝のサポーターを巻き直し、準備を整えて立ち上がる。
「あ、ちょっと待って」
「先に、行ってるぞー」
「アタシたちも先に応援席に行くからー。うららちゃん、行こー」
「うん」
「もう!」
「あはは......それで、どうしたの?」
「これよ」
「お守り?」
「足の神様を祀ってる神社の健康祈願のお守りよ。効果は、実証済みだから」
「そっか、ありがと」
受け取ったお守りは、ケガをした右のポケットにしまう。
「じゃ行こうか」
「カッコいいところみせてよね」
「了解」
「集合ー!」
審判役のサッカー部員の号令。。
「よし、行くかー」
「ああ」
ポケットにしまったお守りに軽く触れて、チームメイトと共に、鮮やかなグリーンの芝に白いラインと映えるピッチに、足を踏み出した。
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Episode52 ~恋人のキス~
球技大会から休日を挟んだ週明けの登校日、今日は朝から学校中が、普段とは違う雰囲気を漂わせている。特に男子たちはみんな、どこかそわそわして挙動不審に近いやつもいる。
それは今日が、2月14日所謂バレンタインデーだから。思春期真っ只中の学生にとって、この日は男女共に高校生活三年間の中でも重大なイベントのひとつ。お菓子作りが趣味の
ただ俺は、ひとつだけ懸念が頭を過っていた。それは、チョコを貰えるか否か以前の理由で、去年勃発したあの惨劇が再び繰り返されないかということ――。
「すんごい数ねぇ。いったい、いくつ貰ったのよー?」
急遽自習になった四時限目の終わり頃、ノートや参考書を広げた机の上のスペースに頬杖をつきながらやや呆れた様子で、
「さーな、いちいち数えてねぇよ。どうせ殆どが、球技大会の結果に乗じた遊びだからな」
タブレット端末を片手に
「優勝パワーか、なるほどねぇ。でも、薄情過ぎない? 手作りもあるのに」
「んなこと言われても、本命の相手からは貰えてねーし」
「ん? 何アンタ、好きな子いたの?」
食い付いた
「そんなの、
「あ、ごめん、シスコンはないわ」
「シスコンじゃねぇよッ!」
弄るつもりが逆に弄られる始末。突然の発狂に驚いたクラスメイトたちに対して、原因の一人である
「終わったー。さてと、そんなことは置いておいて、お昼にしましょっ」
「とんでもねぇ爆弾投下しておきながら、そんなこと扱いですませんなよ」
「はいはい、お詫びにあとで、チョコケーキあげるわよ」
「安い詫びだな」
「なによ、不満なわけ? 言っておくけど、美味しいんだから。うららちゃんも、
「ふーん」
「
そう聞かされると、ますます気になる。放課後が待ち遠しい。
「てゆーか、
「反則? 何が?」
「だって、美人だし」
「胸デカイしな」
「料理も、お菓子作りも得意で家庭的だし」
「胸デカイもんな」
「成績も良いし」
「胸――」
「く、悔しくなんてないんだからーっ!」
屋上へ出る。
「へぇー、バンド始めたんだ」
「まーね」
「つーか元々、軽音部だしな。オレたち」
「真面目に活動していたところ見たことなかったけど、ちゃんと予算は組んでもらえたの?」
「ああ、新しく会長になった
「おかげで、壊れてた楽器の修理と調整も出来たぜ!」
「ほう、意外と義理堅いところがあるんだな」
「あら。生徒会でも、生意気な後輩に罵られてもちゃんと最後まで面倒見るのよ、
「へぇ、そうなんだ」
「ところで話しは変わるけど、都合のいい日は決まったかしら?」
「アタシは、いつでもいいよ。そらは、どうだい?」
会話に参加せず一人黙々と弁当を食べていた
「何を狼狽えてるのさ」
「えっと、急に声をかけられたから......」
「動揺するようなことじゃないでしょ。予定を聞かれただけじゃない」
「それは、そうなんですけど」
居ない方が話しやすいと考えて「温かい飲み物でも買ってくるよ」と、シドを連れて校内の自販機へ。
「なぁー」
「なに?」
聞き返しながら、ナンシーリクエストのコーラのスイッチを押す。ガタンッ! と、音を立てて落ちてきたキンキンに冷えたコーラの缶を取り出し口から取り出す。
「
「ああ、うん、付き合ってるよ」
「どうやって、口説いたんだ!?」
「はあ?」
取り出し口に伸ばした手を止め、顔をあげてシドを見る。とても真剣な
「そっか、ナンシーをね」
シドの想い人は、ナンシーだった。
一年以上も魔女関連で行動を共にわけだから、そういう感情が芽生えても何ら不思議なことじゃない。ただ問題なのは、ナンシーには別の想い人が居るということ。想い人は彼女持ちだから、まったくのノーチャンスってワケじゃないとは思うけど。
「とりあえず、ナンシーと二人だけで出掛けてみたら?」
「結構行ってるぞ。カラオケだろ、ファミレス、CDショップに、ゲーセン!」
「それ、デートって思ってもらえてる?」
「ああー、思われてねぇかも?」
「じゃあ、意味ないじゃん。告白以前に先ず、ちゃんと意識してもらわないと。ナンシーは、特別なんだよってさ」
ナンシーに頼まれた、コーラの缶を渡す。
再会した当初、俺のことを忘れていた
「今まで行ったことのないデートっぽいところへ誘ってみると良いんじゃない。ベタだけど、ショッピングとか、カフェ、遊園地、水族館。そういえば去年、
「し、師匠!」
なんか目をキラキラさせながら。もの凄い尊敬の眼差しを向けられた。妙な感じ。とにかくあとは、シドの努力とナンシーの気持ち次第。部外者が口を出すのはよくないから、遠くから見守るとしよう。
屋上に戻ると既に、レジャーシートの上の弁当は片付けられていて、花柄のペーパーナプキンに上にクッキーやチョコ、カップケーキなどの菓子が替わりに拡げられていた。飲み物を配りながら、姿が見当たらない
「
「
今後の協力関係の打ち合わせあたりだろう。
「ウマイ! これ、
「そうよ。うららちゃんと
球技大会の午後から
「
「このくらいは簡単よ。興味があるなら今度、教えてあげましょうか?」
「わ、私にも作れるでしょうか?」
「材料を混ぜて、形抜きで型取って、時間を設定したオーブンに入れて焼くだけよ。包丁とか使わないから、ケガの心配はないわ。安心なさい」
「そうなんですね。じゃあ。今度教えてください」
「ええ。その時は、ナンシーも来るのよ」
「アタシもか!? アタシは、クッキー作りなんてガラじゃないよっ!」
「あら、格好なんて関係ないわよ。どう思う?」
「ナンシーが作ったのも食べてみたいかな。なあ、シド」
「お、おう! ロックバンドのボーカルで、その上クッキーも焼けるなんて最高にパンクだぜ!」
「そ、そうかい?」
案外まんざらでもなさそう。シドのはちょっと意味わからないけど。学校生活の中のありふれたいちページのような時間はあっという間に過ぎて、昼休みが終わり午後。二年最後のテストを月末に控えた授業は、期末テストに備えた内容に全て置き換わった。
「終わったー」
「さて、帰るか」
午後の授業が終わり、連絡事項だけのホームルームを終えて担任が教室を出ていく。
「何アンタ、部活行かないの?」
「テスト前だからな、今のうちに録画しておいた映画を消化しときてぇーんだ」
「それ、普通逆だろ。テストが終わってから見るんじゃないのか?」
「テスト前になると見たくなんだよなぁ」
「それ、わかるわ。なんだか分からないけど、部屋の掃除とかが捗るのよねー」
確かに、それは分かる。現実逃避のような気もするけど、思いのほか気分転換になったりもする。
「お、居た、おーい!」
「
「まだ居てくれて助かったぜ」
「お前に渡すものがあってな」
「えっ? 何? もしかして、チョコ? アンタたちそう言う関係だったのっ?」
「マジかよ、そういう趣味があったのか」
「きゃー!」
「実は、そうなんだ。オレたちは前世から赤い糸で結ばれて運命を――」
「身の毛がよだつような戯れ言を抜かすな」
悪ノリする三人に
「ノリ悪いな」
「ノリ悪いわね」
「ノリわりぃーぞ」
「暇じゃないんだ。用件を済ます」
渡されたのは、引っ越しなんかの引き出物のタオルが入っているような長方形の白い箱。持った感じは、とても軽い。
「これは?」
「お前のユニフォームだ」
「ユニフォーム?」
「おうよ。今日の昼休みに届いた出来立てほやほやだ。しかも、新デザインだぜ」
夏、冬と二大会連続でベスト8を阻まれたため、心機一転を計るべくユニフォームを新調。それなりに実績を残して来たから、
「へぇー、見せてよ。
「オレも気になるな」
頷いて箱を開ける。今までの落ち着いた感じのユニフォームとは正反対の、鮮やかなオレンジ色のユニフォームが姿を表した。白く縁取られたの深い紺色で刻まれた番号は「14」と記されている。
「すんごいハデね!」
「へぇー、カッコいいじゃねーか」
「だろ~」
「このデザインで『14』か」
またとんでもなく重い番号をチョイスしてくれた。そんな俺の想いを嘲笑うように
「シャレてるだろ。お前には、その番号しかない」
「一年の冬に三年が引退してから、ずっと欠番にしてたんだぜ」
「ん? 14番に何か特別な意味でもあるの?」
「サッカーって言えば『10』だよな?」
「そうだな。だがこの番号は、俺たちにとっては10番よりも重要な意味を持っているんだ。俺たちの願いとサッカー部の希望を込めた背番号。かつて『
「エルサ――? 何それ、英語? 雪だるま作るの?」
雪で作った顔をボール代わりにするのだろうか。
「絵面が残酷だな。響き的に、スペイン語じゃね? 確か、英雄とかそんな意味だよな?」
そう、
この14番は、サッカー界に革命を起こした人物が背負っていた番号。今では当たり前になった「オフサイドトラップ」や「スペース」を活用した戦術を生み出し、現代サッカーの礎を創った伝説のプレーヤー。
――俺の憧れの選手。
* * *
時計が午後五時を回り、一旦休憩を入れることにした。
「ハデなユニフォームね」
ユニフォームを見た
来週から期末テストのため、今日からバイトは休み。今日は
「それにしても――」
ユニフォームから目を外した
「いったい幾つ貰ったのかしら?」
「さあ? 数えてないから。それに大半が、優勝おめでとうってくれたヤツだよ」
「ふーん」
二人分の食器と飲み物を用意してコタツに戻り、
「じゃあ、いただきます」
「どうかしら?」
「美味しい。これ、蜂蜜使ってる?」
「そうよ。砂糖よりも低カロリーだから、砂糖の代用に生地に練り込んで作ってみたの」
いろいろ考えてくれて、気づかってくれている。ありがたい。
「そっか、ありがとう。スゴく美味しい」
「どういたしまして。あら、ついてるわよ」
唇に手を持っていく。
「そっちじゃないわ。動かないで――」
隣に座って居る
「はい、取れたわ」
「ありがと」
会話が止まってしまった。同時に、時間も止まってしまったんではないか錯覚してしまう程、お互い動かず無言のまま見つめ合う。
気持ちは、同じだった。止まっていた時間が動き出す。
どちらからともなくゆっくりと近づき、お互いの唇が軽く触れ合う。そして、ゆっくりと離れて目を開けた。目の前に居る彼女は、横を向いて顔を背けていた。
「どうしたの?」
「ちょっと、緊張しちゃったのよ。初めてだったから、その、恋人とのキス」
そ顔を上げた
今日まで、いろんな彼女の表情を見てきた。
だけど。今まで見てきた中で今の彼女が一番可愛いと、心からそう想った。
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Episode53 ~新入部員~
近年暖冬が続いた冬とは打って変わって、厳しい寒波に見舞われた冬が過ぎ去り、街の木々たちの新緑の葉が芽吹き、枝の先の小さなつぼみがやや膨らみ始めた春。新しい出会いと別れの季節。三年生は卒業してそれぞれの道を進み、下級生たちは学年をひとつ上げて少し大人になった。
――とは言ったものの、実際そう大きく変わらないのが現実。その証拠に、春休み明け最初の登校日で変わったことといえば今日、入学式を迎えた見慣れない新入生たちと、新しい教室、そして、新しいクラスメイトたちくらいなもので。入学式終わりの連絡事項だけのホームルームを終えて帰り支度をしながら、一年の頃に同じクラスだった仲の良い女子、
「ちょっとちょっと! アンタの彼女、ちょー怖いんだけどっ!」
「まったく、どうしてこうなるのかしらっ?」
「そう言われてもこればかりはねぇ」
「さすがに、クラスは替わってあげられないわ」
話しながら、四人で廊下を歩く。
三年に進級して行われた最後のクラス替えは、
「ま、彼氏と一緒のクラスになりたいのは分かるけどねー。うららちゃんもそうでしょ?」
「そうね。一緒のクラスだったら、きっと楽しいと思うわ」
「だよねー。体育祭、文化祭でしょ、それから! 何をおいても、修学旅行!」
二年に修学旅行が組み込まれている学校もあるが、朱雀高校の修学旅行は、三年の初夏。行き先は、その年によって変わる。毎年基本的に海外旅行で、確か今年は――。
「グアム! 青い海、白い雲、煌めく太陽、海辺のカモメの声がアタシたち呼んでるのよっ!」
世界有数のリゾート地のひとつ、グアム。
「カモメって、グアムにもいるのかしら?」
「さあ? どうだろう。ナマコならいっぱいいるって聞いたことあるけど」
「ナマコは、ロマンチックじゃないわね。ところであなたたち、パスポートは持っているのかしら?」
「私、持ってないわ」
「アタシもー。
「ええ。でも、更新手続きしないといけないのよね」
「じゃあ、今度みんなで一緒に行こー」
「決まり! それじゃあ、アタシとうららちゃんはこっちだから」
階段を降りようとしたところで、二人は立ち止まった。帰らないのか訊ねたところ、新入部員勧誘のため今から、部室で準備をするそう。渡り廊下を部室棟へ向かう二人とはここで別れて、俺たちは階段を下る。玄関のロッカーで靴に履き替えて校舎の外へ出ると、校舎から正門へと続く通路の両側に各部活動の勧誘ブースが設けられ、新入部員勧誘の準備が進められていた。
「相変わらず、スゴい活気だね」
「うちは生徒も多いけど、その分部活の数も多いから毎年新入生の取り合いになるのよね」
入学式後のホームルームを終え、まもなく来るであろう新入生を勧誘するため大急ぎで準備している大勢の生徒たちを横目に歩く。すると、ブースの前でファイルを持ってチェックしていた小柄でふたつ結びのおさげ女子が、やや早足で俺たちの前へやって来た。
「先輩方」
制服の下に白いパーカーを着た彼女の制服の襟元には、生徒会役員であることを示すバッジが光っている。どうやら、新しい生徒会役員。
「あら、
「会長に頼まれたんです。一緒に来てください。こちらです」
「
「はい、どうしてもとお願いされまして。ま、私としても、生徒会に所属していれば受験に有利になるんで異論はないんですけど」
「そうなんだ。だけど一人で、書記と会計を兼任するなんて大変なんじゃない?」
「慣れてますから」
「前会長の時、
「褒めたって何も出ません。お小遣いピンチですし。あ、着きました」
彼女につられてやって来たのは、校舎裏。
そこはかつて、運動部の部室として使われていた旧校舎が建っていた場所。つい先日まで、鉄骨の足場と建設シートに囲まれていた場所に、スタイリッシュな建築物が出来上がっていた。
「新校舎よね? 完成していたの」
「はい、春休みの間に完成しました。どうぞ、こっちでーす」
彼女の後に続いて、新校舎の中へ足を踏み入れる。入ってすぐの高い吹き抜けで解放感のあるエントランス横の階段を上って、校舎の三階へ行き、南向きの部屋の前で立ち止まった。ドアの上部に設置されているプレートに書かれていたのは――。
「フットサル部?」
「そうです。先輩たちの部室です」
「でも――」
「私たち、会長に、部室はいらないって言っていたんだけど?」
「その元会長が、新校舎完成図の中に先輩たちの部室を書き込んでいたんです」
「会長が?」
「サプライズだって笑っていました。去年の体育祭の後から、先輩のこと気に入っていたみたいですよ」
そういえば、次期会長にならないかとか何度か言われた覚えがある。特に気に入られるようなことをした覚えはないんだけど。
「ま、そういうことですので。どうぞ」
書類と一緒にファイルに挟んである封筒を受け取る。封筒の中身は話の流れの通り、部室のカギ。鍵穴に差し込み、ロックを解除、扉をゆっくり開いて、部屋の中に入る。
「ちょっと、冷蔵庫と水道もあるじゃない!」
「うちより贅沢だ」
柔らかな春の日差しが白いカーテンの隙間から差し込む、広さ十畳ほどの広い部屋の床にはカーペットが敷かれ、他にもテーブルやら液晶テレビ、オーディオプレーヤー、本棚、冷暖房完備と、とても部室とは思えない環境が整っていた。
「気に入って貰えたかな?」
突然背中から声をかけて来たのは、現生徒会長の
「ご苦労だったね、
「いえ。じゃあ、私は見回りに戻りますので」
ぺこっと会釈すると、
「なあ、
「イヤ、それは僕の権限で用意した物だよ。必要な物じゃないかなと思ってね」
「ま、そりゃありがたいけど」
個人で買い揃えようと思ったら、それ相応の金額になる代物だから、嬉しい贈り物なのはそうなんだけど。
「金額はついて気にしないでくれたまえ。それらの本は僕たちが卒業した後、図書室に置かれることになっているからね。レンタルと考えてくれればいいよ」
「そっか、それならありがたく使わせてもらうよ」
汚さないように細心の注意を払って使わせて貰おう。因みにこの部屋の家電製品や家具一式は、全て
「ねぇ、どうしてここまで優遇してくれるのよ?」
「キミたちには選挙戦とかいろいろとお世話になったからね。僕からの感謝の気持ちと言ったところかな」
「ふーん。そう」
「で、本音は?」
釈然としない様子の
「お見通しなワケだね。実は、“7人目の魔女”になった
合点がいった。生徒会と
「“7人目の魔女”の特権ってことなのね」
「そういうことさ。さて、じゃあ、僕も生徒会室に戻るとするよ」
「ああ、いろいろありがとう」
ドアノブに手をかけた
「ところで、サッカー部の練習はいつから参加するんだい?」
「一応来週の頭。新入生の仮入部に合わせて本格参加する予定」
「なるほど。球技大会でキミのプレーを見させてもらったよ、球技大会同様に本大会での活躍期待しているよ。
わざわざ、友達の部分を強調したのは生徒会長の立場ではなく、
「じゃあ、俺たちも帰ろうか?」
声をかけても
「
「えっ? な、何かしらっ?」
「そろそろ帰ろうかって」
「そ、そうね、帰りましょっ」
戸締まりを済ませて、俺たちは部室を後する。階段を降りてエントランスへ降りると、
「話は、
「そっか、見ていく?」
「ああ、
「ノアのせいにしないでくださいよ。先輩だって気になってるクセにー」
スッと顔を横に背けた。気になってるんだ、分かりやすい。
「じゃあ、カギを――」
「いや、必要ない」
「じゃーん、えへへ~」
これ見よがしに
「俺たちは、部室に寄って行く。先に帰ってくれて構わない」
「わかったわ。じゃあ、また明日」
「はーい、また明日でーすっ。
二人と別れた俺たちは校舎の前に戻ってくると、正門へ続く通路は、まるで文化祭の時のように多くの生徒で賑わっていた。どうやら、入学式と最初のホームルームを終えた新入生たちの勧誘という名の争奪戦が本格的に始まったみたいだ。
「毎年のことだけど、どの部も必死ね」
部員が増えれば、部費も増える。特に部員の少ない弱小部にとっては死活問題、部員獲得に躍起になるのも道理と言うもの。そんな殺気にも似た熱気が立ち込める中を歩いていると、部活の勧誘とはかけ離れた場違いな魔女を発見した。
「何で、魔女なの?」
「あっ、
魔女は、
「部活の勧誘よ」
「ほら、
「ああー、それで魔女のコスプレしてるんだ」
「ええ、この格好なら目立つからって、
「ナイスアイデアでしょ? ところで二人は、部の勧誘活動しなくていいの?」
「別に精力的に活動してる訳じゃないから」
「ふーん、ま、アタシたちとしてはライバルが減ってありがたいけどね。あの部とかすんごい人集まってるしっ」
「スゴい人気だったわね、サッカー部」
「そうだね。部員が多いと、それはそれで大変なんだけどね」
練習の統率、試合に出られない部員のモチベーションの維持など他にもいろいろあるけど。一番大変なのは、補助をしてくれる存在、マネージャー。ケガの手当て、ドリンクの補充、テーピング等の消耗品の買い出し、大会前になると全員分のお守りを用意してくれたりもした。献身的なマネージャーが居たからこそ、集中して部活に打ち込めた。いくら感謝しても足りないくらい。
「へぇ、いろいろ大変なのね」
そういうと口元に人差し指を添えながら、少し考えるようなそぶりを見せる
「ところで、今日は?」
「バイトはいつも通りの時間からだから、都心に出て買い物しようと思ってるけど」
「一緒に行ってもいいかしら? 大きい本屋さんに行きたいの」
「もちろん」
昼時とあって、大勢の人たちで賑わう商店街ではぐれないように手を繋いで歩いていた俺たちは、いつも
* * *
「で、今年は何人入ったんだ?」
一週間後の放課後、新校舎の真新しいサッカー部の部室のベンチに座って右膝にテーピングを巻きながら、部長の
「そうだな、三十人弱ってところだ。中には、中学でそこそこ結果を出してるのも居る」
「へぇー、じゃあ、ある程度期待出来るな。よし、出来た」
巻き終えたテーピングの上からサポーターを着け、立ち上がる。先日
「膝は?」
「問題ない」
「いきなり三十人も増えたら大変じゃない?」
「まーな、だが、やりがいはあるさ。予め言っておくが、お前を遊ばせておくつもりはないからな」
「いやいや、俺、新入部員だから」
「フッ、まあ、そう言っていられるのは今のうちだけだ。イヤでも協力することになるさ」
「はあ? どういう意味だよ」
「さてな」
まったく要領を得ない。いったい何のことを指して言っているんだろう? そんな俺の疑問は、グラウンドに出た瞬間に払拭。そして新たに、さっきまでの疑問がバカらしく思えるほどの大きな疑問が生まれた。
「な、なんで?」
それは――。
「今日から、サッカー部のマネージャーになった、三年の
新入部員の中に、ここには居るハズのない女性が微笑んでいたからにほかならない。
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Episode54 ~温もり~
「――んっ、んぅ~ん......はぁ~」
飛行機を降りて入国審査の順番を待つ間、組んだ両手を前に大きく伸ばして深呼吸。国際空港を飛び立ってからおおよそ4時間のフライトを経て、ようやく到着した修学旅行の目的地、常夏のリゾート島グアム。
入国審査を終え、クラスごとにバスに乗車して、宿泊先のホテルへ向かう。海岸線を走るバスの車窓から見える澄んだ青い海は、雲ひとつない蒼く澄み渡った空から降り注ぐ陽射しが反射して、まるで一面に宝石を散りばめたようにキラキラと輝いていて、長旅の疲れを忘れさせてくれる。
でも今も、飛行機に乗っていた時も、読書や同じ班の女子とお喋りをしたりして、それほど苦痛ではなかったけど。やっぱり仲の良い友だち、恋人と一緒に同じ景色を眺めて同じ時間を共有できたら良かったのに、何てやるせない想いばかりが、どうしても頭に浮かんでしまう。クラスが違うから、愚痴を漏らしてもどうしようもないんだけど。
「どうしたの? 大丈夫?」
思わず漏れたタメ息を聞いた隣に座っている同じ班の女生徒が、心配そうに気遣ってくれる。私は「平気よ、海がキレイだったから思わずね」と言って、ホテルに着いた後の班行動の話題を振って話を逸らした。
――いけないわ。夕食の後は一緒に過ごせるんだから、気をつけないと。
反省しつつ、今日行く予定の確認をしている間にバスは、ホテルに到着。クロークで、部屋の鍵を代表して受け取り、各自荷物を部屋に置いてから、初日の班行動に出かける。
「あら、
「ああー? あん、
近くを散策したあと、休憩がてら自然豊かで鮮やかな緑の溢れる広場へ足を伸ばすと、柔らかな木漏れ日が差し込むベンチで、眼鏡をかけた小柄な男子と一緒に、気怠そうにだらしなく腰掛ける
こんなところで何をしているのか訊くと、呆れたことに「めんどうだから」という理由で散策をサボって、同じ班の女子たちと別行動を取っていた。今ここ居ない
「つーか、せっかくグアムに来たってのに何で散策なんだよ。海だろ、海! なっ、
「僕は、米軍基地に行ければそれでいいです」
「ほらな?
――何が、ほらな、よ。結局、自分が海で遊びたいだけじゃない。呆れて言葉も出ない。気持ちは分からなくはないけど。
「
班の女子に声をかけらた私は「すぐに行くわ」と返事をして、ポケットから取り出したスマホのカメラアプリを立ち上げて、自然豊かな広場の景色を数枚おさめる。
「真面目に散策してんだな、お前」
「あら、分かってないのね。写真は何も、風景を記録するためだけに撮るわけじゃないのよ」
「はあ? どういう意味だ?」
意味をすぐに理解出来なかった
「と、言うことがあったの」
「あはは、そうなんだ。で、これがその時の
「そうよ、スゴい
レストランで早めの夕食を食べ終えたあと、班のみんなで遊ぼうという男子たちの誘いを断った私は、ビーチに隣接しているホテル敷地内の屋外プールのテラス席で待ち合わせをした
「さっき、ラウンジで会ったうららちゃんにこの写真を見せたら、考え事をしてる時はいつも、こんな
「へぇー、クセなんだ」
「そうみたい。本人には自覚がないみたいって言っていたわ。あなたの方は、なんだか変わった写真が多いわね」
「
「あっ、スゴいキレイ......」
さっきの洞窟内部の写真、澄んだ湧き水で出来た泉を青くライトアップして幻想的な雰囲気を演出している。他にも壮大な滝や、時間は合わなかったけど、私も行った純白の大聖堂、それから――。
「やっぱり、素敵ね」
旅行前から一緒に行きたいと話していた、恋人岬。
沢山の人たちの想いが込められたハート型の南京錠は、まるで満開の花のように岬へと続く長い通路に設置されたフェンスを艶やか彩っている。
「あら、これで最後なの?」
恋人岬の写真は、遠くからの写真が一枚あるだけで、岬からの写真は一枚もなかった。
「一緒じゃないと行く意味ないから」
「そ、そう......」
――顔が暑い。不意打ちは反則よ、反則。ホント、今が夕暮れで良かった。絶対顔紅くなってるもの。
そんな私の気持ちも知らないで彼は、私が撮ったスマホのアルバムを穏やかな横顔で見ている。
「今回は予定が合わなくて行けなかったけど。いつか、一緒に行けるといいね」
「......うん」
ちょうど夕食時とあって、私たち以外には誰も居ないプールサイドを照らす幾つものランタンの柔らかな灯火、微かに聞こえる波の音。
そっと手と手を重ね合わせ、どちらからともなくゆっくりと距離を縮め、ほんの少しだけ触れるだけの短いキス。
一緒に過ごせなかった時間を、お互いの気持ちを通わせるには十分過ぎる温もりだった。
* * *
修学旅行も無事に終わり、再び通常の学校生活がスタート。
登校日初日の放課後の部活前、私は、フットサル部の部室に来ていた。
「
「来年になれば、私たちも行けるじゃん。グアムかは分からないけど。ていうか、先輩エロすぎー」
「エローい」
「もうちょっと他の言い方ないのかしらっ?」
帰国後すぐに現像した修学旅行の写真を見て好き勝手言ってくれる後輩の女子二人、
「あれ。二人とも、もう来てたんだね」
「早いな」
「お疲れさまでーす。私たちのクラス、最後が自習だったんです」
「ですです」
少し遅れて、
「ああー、修学旅行の写真を見てたんだ」
「はい。水着姿の
「それは、もういいわよ!」
――ほら、
「ところで、お土産はもう渡した?」
「まだよ。みんな揃ってから渡そうと思って......」
バッグを膝の上に置いて、二人へのお土産を取り出す。
「私からはこれよ、ココナッツオイル配合のクリーム。肌荒れと日焼け止めの効能もあって、顔と体はもちろん髪の毛まで全身に使えるわよ」
「さすが
「そう、
「デザインもワンポイントが入っててカワイイです。色違いで分かりやすい」
「それに実用性も抜群ですねー。それに比べて、
「女子へのお土産に量産型チョコとか、そんなだからそうなっちゃったんですよ」
「ど、どういう意味だッ?」
「女心が分かってないって話です。あっ、コレ意外とおいしー」
「ま、確かにそうかもですね。あ、ホントだ、チョコの中にナッツ入ってておいしい」
「だ、だから、どう言う意味だ!?」
後輩の女の子二人から、ダメ出しを受けて狼狽える
「二年の女子から結構人気あるんですよ。背高いし、そこそこイケメンの部類ですし」
そういえば
「ノアたちのクラスの女子は、クールな感じが良いって言ってましたよー。けど実際は、クールじゃなくて根暗ですけど」
「――なッ!? 俺のどこが根暗だッ!?」
「いつも本を片手に、解散した将棋部から持ってきた将棋盤で一人で将棋指してるじゃないですかー」
「
「ノアも最初は、寂しい先輩に付き合ってあげようとしましたよ。でも『
よよよっと、わざとらしく口元に手を添えて泣き崩れるマネをする
「誤解を招く言い方をするな! お前が、真面目に教わろうとしないからだろ!」
「だって、先輩の説明小難しくて面白くないんですもん。相居飛車とか、穴熊とか、専門用語で言われてもイミフですって」
「将棋おける定番の戦術をだな――」
二人の言い分を聞いた限り、どっちもどっち。そのあともしばらく言い合いを続ける二人をよそに、
「じゃあ、私は生徒会室に行きます。先輩たちは、部活に行かなくていいんですか?」
「そうね、そろそろ行きましょ」
「だね。じゃあ、俺たちも行くよ」
「あ、ああ」
「はーい、お土産どうもでしたー」
じゃれ合う二人を置いて、私たちは三人で部室を出て廊下を話ながら歩いて、新校舎の昇降口を出た直後、頬に冷たい物が当たった。
空を見上げる。
どんよりとした暗い雲が空全体を覆い、小さな雨粒がぽつぽつと地面を濡らして色を塗り替える。
「雨、ですね」
「朝の予報だと夜からって言っていたけど」
「とりあえず、
「お願いするわ」
「私は、小雨のうちに行きます。お土産ありがとうございました」
「ええ」
「またね」
小雨の降る中を校舎へ駆けて行く
「今日は、部活中止だって」
「そう。じゃあ、どうしましょうか?」
「そうだね......」
今日の部活動は、雨天中止。急遽予定が空いてしまった私たちは部室に戻って、月末の中間試験に備えてテスト勉強をすることにした。
「あれ?
部室には、ハート柄のクッションを抱いて退屈そうに転がっている
「
「中止になったんだよ、雨でね」
「雨?」
身体を起こして
「ホントだ、雨ですね」
「そういうわけだから今日は、テスト勉強をしようと思って戻ってきたの」
「ええーっ? せっかくの休みなのに、勉強するんですかっ? 遊びましょうよー」
「あのねぇ。私たち今年、受験なのよ」
「毎回成績上位のお二方なら、推薦で
「そうなるように、次の中間試験と期末試験の結果が重要なのよ」
推薦を貰えれば、秋に行われる内部進学学力試験を受けずに済む。ただ、朱雀大学への進学を目指す部活動の部員は、推薦を取れなければ事実上の引退勧告。サッカー部三年生の高校最後の大会で集大成の冬の選手権大会に向けて全力でサポートするためにも、今学期の学力考査は絶対に落とせない。
そんな訳で、あの手この手を使って誘惑してくる
* * *
「記憶を消したのは、当時の生徒会ですって......!」
「ああ、そうだ」
生徒会室から戻ってきた
「修学旅行で
修学旅行二日目の夜、
その結果、私も含めた全員の記憶が不鮮明ということが判明した。ただ一人だけを除いて。
「何だか大変なことになってますね」
「ったくお前は、他人事だと思いやがって」
「実際、他人事ですもーん」
悪気なく無邪気に笑う、
「それで、先輩たちが一年生の時の三学期の記憶を持っているのは
「ええ、そうよ」
そう、彼だけは、失われた三学期の記憶を保有していた。
「ある意味奇跡だな。ケガの治療で入院、退院、通院していたことで、記憶を消す儀式が行われた時をピンポイントで避けただなんて」
防球ネットを支える鉄柱に背を預け、腕を組む
「どうした? もう終わりか?」
「――行きます!」
「シャッ! 来いや!」
パスを受けた
さっきまでとは比べものにならないスピードの仕掛け、素速いフェイントで足下のボールを左右に巧みに転がして揺さぶる。素速い切り返しを仕掛けた瞬間、店長さんの体が不意に傾いた。
「あれは! 俺と、
二月の球技大会、鉄壁を誇った
――危ない! と思った瞬間、咄嗟に地面に手をついて体を反転させて足から着地した。
「すっご! サーカスみたい!」
「あの状態から受け身を取って着地するとは、化け物じみた反射神経だな」
感心する二人をよそに私は急いで、しゃがんでいる彼の元へ駆け寄る。
「ちょっと、大丈夫!?」
「あ、うん、大丈夫」
ニコッと笑顔で立ち上がり、その場でジャンプ。どうやら、本当にケガは無いみたいでひと安心。
「そう、ならいいけど」
「ケガねーか?」
「問題ありません」
奪い取ったボールをリフティングしながら、私たちの元へやって来た。
「最後の、アイデアは悪くない。けど、仕掛けまでの時間がかかりすぎだな。もうちょいシンプルじゃねぇと実戦じゃ厳しいぞ?」
「分かってます。本番までに、あと二手は少なくするつもりです」
「そうか。暇な時は、また相手してやる。今日は時間切れだ」
「はい、ありがとうございました。お疲れさまです」
「おう、お疲れさん」
片付けを済ませて私たちは、フットサルコートを後にする。途中までみんなで話をしながら、商店街で歩き、交差点で別れてそれぞれ帰宅の道を行く。私はいつものように、彼と一緒に駅へと向かった。
「さっきの、惜しかったわね」
「上手くいったと思ったんだけどね。結局、止められた。もっと速く、もっとシンプルに改善しないと――」
「言っておくけど、無茶はダメよ」
「分かってますって。それに夏は、シード権持ってるから本番まで余裕があるからね」
「それなら先ずは、月末の中間試験ね。そういうことだから、駅前のファミレスへ行きましょ。現代文でちょっと教えて欲しいところがあるの」
「構わないけど、時間大丈夫?」
「平気よ、ちゃんと言ってあるから」
最寄り駅前のフェミレスに入って少し遅い晩ご飯を食べながら、色々な話をして充実した時間を過ごした。
そして、中間試験は無事終わり、本格的な梅雨の季節の訪れと共に、夏のインターハイが開幕した。
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Episode55 ~感触~
いよいよ三年夏のインターハイ予選大会が幕を開けた。
去年の冬の選手権、新人戦で好成績を残したことで今大会のシード権を獲得した朱雀高校は、二次予選からの出場。クジ運にも恵まれ、リーグ戦を順当に勝ち上がっていった。そして、二大会阻まれてきたベスト8の壁を三度目の正直で突破し、明日ベスト4進出を賭けた準々決勝を迎える。
試合前日の練習を終えていつもの様に、
「よっ! お二人さん」
「どうしたんだ?」
「あなた、まだ帰ってなかったのね」
「待ってったんだよ。お前らをな......!」
そういって、また無駄に爽やかにウインクをして見せた。
と言うわけで途中、商店街で夕食の買い物をしてから三人でアパートに移動。家に着くと、
「それで?」
「ああ~、ちょっと待ってくれ」
待っている間、寝転がってスマホをイジっていた
「とりあえず、ベスト8おめでとさん」
「ああ、ありがとう」
とは言ったものの、実のところ俺はまだ、試合に出ていない。今年は良い一年が何人か入って選手層は厚くなったし、苦戦するような試合運びにはなっていない。
「んで。明日の試合だけど、みんなで応援に行くからな!」
スマホをイジっていたのはそれでか、先日中間試験も終わって時間に余裕が出来たから、みんなを誘って応援に来てくれるそうなのだが。
「別に来なくていいよ」
「お前、友だちなくすぞ......?」
「そういう意味じゃないって。応援は準決からでいいよってこと」
「準決からって何で? 明日は、楽な相手なのか?」
「そんなことないわよ。明日の対戦相手は去年の秋、
キッチンから三人分の夕食を乗せたおぼんを持って来た
「スゲー美味そう! つーか、厳しい相手っていう割りにはずいぶん余裕みてぇじゃね?」
「そうなのよねぇ。組み合わせが決まってすぐ『4強は確実だな』って、
「苦労してたベスト8どころか、ベスト4かよ。何でそんなに余裕なんだ?」
「ま、相手の手の内は知れてるから。負けるワケがない。いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
手を合わせてから、料理に箸を運ぶ。豚肉に絡んだ生姜と醤油、みりんの絶妙な塩梅のタレが口の中に広がって、白米も進む。
「うん、スゴく美味しい」
「マジで美味いな!」
「ふふーん、当然よ!」
「でもよ、相手もお前のことは知ってんだろ? 前に相手校に居るヤツと同じチームだったって言ってたしさ」
確かにアイツは、古豪・帝王学園で十番を背負う司令塔の
そう、“中学時代”の俺のプレースタイルを――。
「そういえば、
夕食を食べ終わると思い出した様に話を切り出した
「まあ、なんだ、ストーカーは犯罪だぞ?」
「ストーカーじゃねぇーし。つーか、何で知ってんだよ?」
「被害を訴えてる女子は、私のクラスの子なの。目撃証言もあるわ。あなたたち、いったい何を企んでるのよっ?」
「お前のクラスだったのかよ......」
否定せず、めんどくさそうに目を逸らした
「あの子、極度の人見知りなの。
「それはまたずいぶんだね」
「私、何度も声をかけてるの。でも全然馴れる様子がなくて、同じ中学の子に聞いたら特に男子が苦手だそうよ。だから、どんな事情か知らないけど、あまりしつこく付きまとわないであげて」
「つってもなー、もう接触しちまったんだよなー」
両手を頭の後ろで組んでニヤッと白い歯を見せて笑い。対照的に、
「んなデカイタメ息つくなよ。今回の一件は、
「どういう意味よ?」
「その前にだ。そもそも今回の件は、オレたちの消された記憶に関係してんだよ」
先の修学旅行で判明した、驚愕の事実。
俺たちが一年だった頃の三学期の記憶が、朱雀高校の生徒全員から消されているということ。それは以前、当時の生徒会の儀式によって消されたと
「更にとんでもねぇことが判明しちまったんだ。実は当時、
「イヤ、知ってるけど」
「知ってるわよ」
「は......?」
まるで、鳩が豆鉄砲を食ったように固まった。
「イヤ、なんで知ってんだよ......?」
「俺、当時の記憶あるし。彼女が居たって噂を聞いたことあるから」
「私は、その話を
「なんだよ、それ。オレ、ピエロじゃねーか......」
ふて腐れた
「もう。それで? それが、私とどういう関係があるって言うの?」
「おう、そうだったな! これ見ろよ!」
一瞬で立ち直った
「これ、私っ?
「この画像の
「そんな......」
明かされた真実に、
「夜飯、ごっそさん。じゃあまたな」
「ああ、また。気を付けて帰れよ」
「おう!」
玄関の外で
「ありがとう」
「別にいいのよ。これくらい大した事じゃないわ」
後片付けをしてくれた
「やっぱり気になる?」
「さっきの話? そうね、確かに驚いたわ。でも、当時がどうだったか何て興味ないわ」
――なんでだろう。ナンシーに消された一年の二学期の記憶の時とは、ずいぶんと反応が違う。
「仮に記憶を取り戻して、どんな真実が判明したとしても。私は、私の今の気持ちを大切にしたいの。だから――」
一瞬触れるだけのキスを交わし、彼女は隣に移動して寄り添い合う。
「私、間違って無いわよね......?」
「うん、間違ってないよ」
もう一度、お互いの気持ちを確かめ合うように。さっきよりも長い時間をかけて、互いの気持ちを重ね合わせた。
* * *
準々決勝当日。今日は、梅雨入り前の最後の晴れ間だと気象予報士が言っていた。その予報通り、蒼く晴れ渡った空から降り注ぐ日差しが手入れの行き届いた鮮やかな緑色の芝のピッチをより鮮明に映えさせている。
試合前の練習時間、足を止めて立ち止まり目を閉じる。ピッチを抜けるやや生温い風が頬を掠め、土と緑の香りが混ざった自然な匂いを運んでくる。その風と匂いにどこか懐かしさを感じながら、ひとつ大きく深呼吸をして、ゆっくり目を開らく。
両校の選手たちが声を出し、ちょうど試合前の練習を始めたところ。――よし、行こう。
「
練習に合流しようと足を踏み出そうとした時、朱雀高校応援スタンドから
「よっす! 応援に来てやったぜー!」
「やっほー、応援に来てあげたわよっ!」
「
超常現象研究部のみんな、
「ええ、中間試験が終わったから。それに
「お前、スゲー自信ありだったろ。どうせ観に行くなら、勝ち試合の方がいいからな」
「そっか、ありがとう」
「礼なんていいっての。つーかお前、こんなところで油売ってていいのか? 他の連中は、もう練習してんだろ?」
「ああ、それは大丈夫。俺、スタメンじゃないから」
「えっ? 先輩、出ないんですか?」
「先輩が試合に出るって言うから、ノアたち応援に来たんですけどー」
「戦術があるんだろう」
スタートから試合に出ないと知って、みんな少し拍子抜けしたといった感じ。
「ま、たぶん途中から出ることになるとは思うから、その時は応援よろしく。じゃあ、そろそろ行くよ」
「私も、サッカー部の応援席へ戻るわ」
「あ、そっか。
「そうよ。じゃあ、また後でね」
俺はグラウンドへ、
朱雀高校ベンチ側タッチラインの外に転がっていたボールを足で掬い上げ、リフティングでボールと芝の感触を確かめながらピッチに入り、センターサークル付近まで行く。
夜に降った雨は止み、日が出ているとはいっても、湿った芝のピッチはややスリッピーな状態。足下には少し気を遣う必要がある。そのまましばらくリフティングを続けていると、背中越し声をかけられた。
「まさか、
誰か確認するまでもない、
「まあ、どこが相手だろうと関係ないけどな。
――まったく、よく喋る。それだけ自信があるということなのだろうが、構わずリフティングを続ける。足から伝わる感触は悪くない、いつも通り。
「無視するな。こうして話しをしに来たんだから」
「試合前の練習中の対戦相手に話しかけるのは、マナー違反だ」
「そう固いこと言うな。オレは、オマエの復帰を心から嬉しく思ってるんだ。故障したお前とはもう二度と、フィールドで会うことはないと思っていたからな」
「そりゃどうも」
「お前の意見を聞きたい、来てくれ」と、ベンチ前で顧問と守備戦術の確認を行っている
「お前、出るんだろ?」
「試合展開によってはな」
「フッ。そうか、楽しみにしてる」
自信満々な様子で小さく笑みを浮かべると、練習へ戻って行った。しばらくして練習が終わり、両校の選手共にベンチへ戻って最終ミーティング。ゲームプランの確認と共有をし、円陣を組む。
「前半理想はリード、最悪でも同点で後半に入るぞ。そうすれば勝てる。さあ、冬の借りを返しに行くぞ!」
主将
主審は腕時計の針に目をやり、試合開始を告げるホイッスルがスタジアム中に響き渡る。
帝王学園のキックオフで試合開始。
いよいよ、ベスト4進出を賭けた一戦が幕を開けた。
* * *
前半戦も中盤、試合は終始うちのペースで進んでいる。
相手の攻撃を確実にシャットアウト、チャンスはおろかペナルティエリア内からのシュートも一本も打たせない鉄壁の守備。そして攻撃面では、完全に引いて守って一瞬のカウンターを狙っていた冬とは違って、高い位置から奪ってのショートカウンターで、相手ゴールネットを揺らせずとも何度かチャンスを作っている。
「ここまでは、お前たちの試算通りに進んでるな。あとは、フィニッシュの精度だけか」
「はい」
顧問の言うようにあとはフィニッシュだけ、このペースでいけば、いずれゴールは奪えるだろう。
しかし、ゲームが進み終盤に差し掛かった時、予想していなかったことが起きた。主審の笛が鳴り響き、ゲームは中断。朱雀高校ゴール前に選手は集まり、ただならぬ異変を感じ取ったスタンドもざわつき出す。慌てて立ち上がった顧問は、監督が指示を出せるテクニックエリアのギリギリまで飛び出し、近くの選手を呼びつけて状況を確認。
すると主審は、両ベンチの中間地点で待機している第四の審判に担架を要請した。担架を持ったスタッフ四人が走ってピッチへ入り、ゴール前で倒れている選手を担架に乗せ、ベンチ前に連れて戻って来た。倒れていたのは、朱雀の選手。相手のコーナーキックで相手選手との競り合いの際、頭を打ったらしい。本人は大丈夫だと言っているし、意識もしっかりしているが、場所が場所だけに「はい、そうですか」とは無責任に判断は出来ない。
脳震盪のおそれがあるため、医療スタッフの診察を受ける間も試合は進む。人数が一人少ない状態では必然的に劣勢を強いられる。ひとり欠けた場所を攻め込まれ、フリーになった相手の強烈なシュートがキーパーの腕を弾き、ゴールバーを叩いた。
それを見た顧問は険しい表情で、俺に顔を向ける。
「これ以上は、厳しいか......行けるか?」
「行きます」
「はい、頑張ってね」
「ありがと」
ベンチ入りしている同級生の女子マネージャーから貰ったスポーツドリンクをひとくち飲んで、選手交代の手続きを済ませる。ディフェンスのクリアボールが、タッチラインを割った。第四の審判が選手交代のボードを掲げ、主審は選手交代を認めた。
ひとつ息を吐いて、ピッチに足を踏み出した。
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Episode56 ~決着~
懐かしい。
最初に感じたのは、そんな感覚だった。
スタンドから聞こえる声援を背に踏みしめる芝生の感触、青い空高くから降り注ぐ熱い日差し、両校の選手たちが攻防を繰り広げるフィールド上の張り詰めた空気、一発勝負の緊張感。
その何もかもが、三年前に感じていたものと同じで酷く懐かしい。ほんの一瞬だけ目を閉じて、想う。
――俺は、帰ってきたんだ、ここに......。
短く息を吐き、テーピングが巻かれた右膝に軽く触れて、やや速足でフィールドへ駆け出した。直接自分のポジションには行かず、チームを統べる
「来たか、指示は?」
「任せるってさ。残り五分か、どうする?」
「今、流れは完全に向こうにある。守り切ることは当然として、後半戦に向けて流れを変えるきっかけが欲しい」
同意。仮に無失点で守り抜いたとしても、勢いまでは断ち切れない。
「アディショナルタイムに入ったら、ボールをくれ。より戻す」
「了解、頼んだぞ」
主審がホイッスルを吹き、相手のスローインで試合再開。
スローインを受けた一人を経由し、司令塔の
「ようやくお出ましか。しかし、そんな足でまとも動けるのか? ベンチで大人しく座ってた方がいいんじゃねぇのか?」
蔑むように鼻で笑う。まったく、分かりやすい挑発。まともに相手にするのもバカらしいが後のため、敢えて煽り返す。
「ハンデにはちょうどいいだろ? ま、俺が出なくても余裕で勝っただろうけどな」
「デカい口を叩くな、身の程を知れ!」
一気にスピードを上げて距離を詰めて来た。ボールを操る
中盤の両サイドが司令塔の動きに連動して、前線へ走り出した。司令塔のフォローに来ている選手は居ない。つまり、自らドリブルで仕掛けるリスクの高い中央突破は避けたということ。ここから導き出せるパターンは二つ、両サイドのどちらかを使ったサイドアタック。右足でひとつ、跨ぎフェイントを入れた。
この形は、右サイド。
読み通り右足で跨ぎ、左のインサイドで相手側の右サイドのスペースへパスを送り、パスアンドゴーで走り出した。ボールの動きを追わずに逆サイドの選手を見る。パスを受けた選手は徐々に上がりつつ、中の動き出しを待っている。指を二本伸ばした右手をさりげなく掲げて、ディフェンス陣にサインを送る。出したサインに合わせて、リベロの
「くっ、コイツら......!」
「寄越せ、こっちだ!」
「頼む――しまった!」
「カウンターッ!」
苦し紛れに安直に手放したところを見計らってパスカットした
「ナイスパース!」
前のめりになっている手薄の中盤を通り越し、ディフェンスラインの裏へ転がったボールを持ち前の快足を飛ばした
沸き上がる応援スタンド、ベンチ、そして共にピッチに立つチームメイトたち。
「ナイシュー。さすが」
「あのドフリー外したらダサいっての。けど、今のでスイッチ入ったみてーだ」
「そうみたいだな」
失点後すぐさま、センターサークルにボールをセットして主審の笛を待つ、帝王学園の選手たちの顔色が変わっていた。優勢に余裕を持っていた顔に緊張感が見え、ようやく本気モード。近年、全国から遠ざかっている古豪とはいえ地力はある。一点差なんてものはあってないようなもの。だからこそ、“種を蒔く”必要がある。
このゲームを確実に
前半残り2分、帝王学園のボールでリスタート。相手フォワードはすぐさま、自陣の司令塔・
「たかが一点でいい気になるな! ここからが本番だ!」
宣言通り、動きが変わった。元々テクニックがある上にキレが加わったとなれば、ボールを奪うことは至難の業。しかし、そんなことは関係ない。なぜなら、はなっから止める気などない。時間を稼ぎながら頃合いを見計らってワザと隙を作り、今度は、左サイドへボールを出させるように誘導。狙い通り、左サイドへパスを出した。先制点を奪った時と同じく周囲を確認し、そこから攻撃パターンを割り出す。
今度は、逆サイドの選手も走ってる。しかしパスを出した張本人は、さほど前にポジショニングを取っていない。この攻撃は、サイドからのクロスボールにフォワードではなく、今走っている逆サイドの中盤が飛び込んで合わせるパターン。指を一本伸ばし左手を上げてサインを送り、俺はセンターサークルの手前でパスが来るのを待った。
試合がアディショナルタイムに入るのと同時に、パスカットした
「何だよ、今のは!? クソ!」
「チッ! 病み上がり、あっさりやられやがって!」
攻撃参加せず中盤に留まっていた
実は、正確にいうと今からやろうとしていることをより強く印象付けるためワザと追い付かせた。
「へい!」
「先輩!」
「どうする? もう、パスは出来ねぇぞ?」
一呼吸置いたことで二人には、ディフェンスが貼り付いている。二つのパスコースは完全に塞がれたが、プレスに来ない。
「甘い」
「なに?」
足の裏でボールを止めて、急ストップ。並走していた
シュートコースをケアするため前目のポジションを取っていたキーパーがジャンプして伸ばした手の更に上を越えてゴールバーに直撃、跳ね返ったボールはゴールライン上でバウンド、キーパーが慌ててキャッチして抱え込む。同時に、主審の笛が鳴り響いた。
その笛の音が示したのは、ゴールの判定ではなく、前半終了を告げるホイッスルだった。
* * *
ハーフタイムに入ったロッカールームは、後半戦へ向けての準備でてんやわんや。スタンドで応援していたマネージャーも総動員でスポーツドリンクの差し入れやケガの手当てなど、いろいろとサポートしてくれている。とてもありがたい。
「はい、スポドリよ」
「ありがと」
「すまんな。いただく」
「サンキュー」
前半戦の総括と後半戦に向けての作戦を立てていると、寧々がスポーツドリンクを持って来てくれた。一歩横に移動し、
「どう?」
「スゴい美味い。何個でもいける」
「酸味と甘味のバランスが絶妙だ」
「氷入れて、炭酸で割りてー」
「ハチミツレモンのことじゃないわよ」
訊かれたのは、
「全然大丈夫。ちゃんと抑えてるから」
「そう、それならいいんだけど」
「そういえば最後のシュート、惜しかったわね。みんなも言っていたわよ」
「ああー......あれね。あれは別に、ゴールを決めることが目的じゃなかったから外れても構わなかったんだ」
むしろ、奪えなかったことで相手の印象に深く残るだろう。
「どういうことなの?」
「あの場面で、シュートを打つことが重要だったってことだよ。この試合を優位に運ぶためにね」
「よくわからないけど、期待していいってことよね?」
「うん、期待して――ないっ!?」
さっきまでタッパーいっぱいにあったハズのハチミツレモンが跡形もなくキレイさっぱりなくなっていた。 ちょっと
「マジかー......」
「もー、そんなことで落ち込まないで。また作ってあげるわ」
呆れたように言ったけど、その声はどこか嬉しそうに聞こえたような気がした。
「ところで、そろそろ教えてくれないかしら? あなたたちが、この試合は絶対に勝てるって言ってた理由」
「簡単なことさ。
そう、まるで機械のように決められた動きしかしない。
そして攻撃時のスイッチを、タクトを振っている司令塔の
「
「ああ、そうだ。相手は、
「自分のプレースタイルなんだから、次に何をしてくるか本人には分かって当然だろ。だから、勝てるって言ったんだよ」
それに所詮は、中学時代の俺を
後半戦へ向けてのミーティングを終えて、フィールドへ戻る。既に相手チームは、ピッチでウォーミングアップを行っていた。俺たちが戻って来たことに気づくと、明らかに強張った
「見ろよ、あのツラ。想定外のリードされて迎える後半戦。そしてお前のはったり、あのロングシュートが相当堪えていると見える」
「みたいだね」
「全て目論見通りか。つくづく恐ろしいヤツだ」
「
話していたところへ、
「何だ?」
「あの、さっきのミーティングで好きに動けって言ったじゃないすっか? あれって――」
ハーフタイムのミーティングで、担任は練習に参加してまだ二ヶ月の俺との連携プレーに対する不安を念頭に置き、極力リスクを冒さず守備に重点を置く作戦をとろうと考えていた。しかし、
「心配するな。全部、コイツがやってくれる」
「丸投げするなよ。キャプテン」
「何言ってる。司令塔は、
そういった
「はいはい、了解。ってことで
「えっ、5分で!? てか、マークめっちゃキツイんすよ? 俺、前半もほとんどパス受けられなくて――」
「大丈夫大丈夫、難しく考えなくていいよ。タイミングはこっちで合わせるからさ」
「ういっす、わかりました」
首をひねりながら、ポジションへ戻っていく
朱雀高校のキックオフで、後半戦スタート。
「もう、同じ手は喰わない。さっきのプレーを含め、お前のプレーは全て熟知した!」
呆れ果てて、思わずタメ息が漏れてしまう。
「お前、ほんとツマラナイ奴になったな。こんなくだらない猿マネを続けて何が面白いんだ?」
「なんだと?」
「お前が、その程度で満足してるなら、それまでだけど――」
跨ぎフェイントを入れてタイミングを崩し、パス。一人を経由してパスを貰う。ゴール前、前半終了間際にシュートを打った位置より更に一歩奥まで切り込み周りを見る。左サイドからは
そして、
ここから試合は、一方的に進んでいった。
二点のビハインドの焦りより、更に前がかりになった相手の攻撃の隙をついたショートカウンターで三点目を奪う。そして、試合は終盤を迎えた。
「まだだ、まだ終わっちゃいないッ!」
これ以上の失点はしまいと完全に守備にまわっている
――行けるか?
周りにフォローは居ない、試すなら今。店長に指摘されたことを気をつけ、視線のフェイクを入れ、左のアウトサイドでボールを外側に弾き、相手が咄嗟に足を出して来たところをすばやく左のインサイドで切り返す。
「エラシコ――な、足が......!?」
素速い切り返しのフェイント引っ掛かり、バランスを崩して尻餅をついて倒れた横を抜き去る。
これが、ケガでサッカーを離れ、フットサル特有のプレースタイルで身に付けた新しい
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Episode57 ~柔らかな笑み~
視界に映るのは、真っ白な天井。
少し硬めの規格ベット、鼻につく消毒の匂い、窓際で揺れる清潔感のある白いレースのカーテンが、入院していた時のことを思い起こさせる懐かしい雰囲気。なぜ今また、医務室に居るのかというと試合後ミーティングを行うロッカールームへは行かず、負傷した足の治療のためスタジアム内に完備されている医務室へ直行したため。治療といってもそんな大ごとではなく、ちょっとつっただけだから大したことじゃない。
「
ベットに横になって治療を受けていたところ、血相を変えた
「どうしたの? そんなに慌てて――」
「どうしたの、じゃないわ! ロッカールーム行ったら、医務室で治療を受けてるって言うじゃない!」
大丈夫だと伝えておいてとは言ったんだけど、それは聞かずに飛び出して来てくれたんだ。不謹慎だけど、やっぱり嬉しい。
「大丈夫、ふくらはぎが少し張っただけだよ。だからこうやって、水分補給と患部のアイシング。それと、テーピングで固めとけばすぐに歩けるから」
「ホントなんでしょうね?」
「ほんとほんと、ですよね」
信じてもらうため、患部の処置してくれた女性看護士に話を振ると「ええ、心配ないですよー」と、どこか微笑ましそうにうなづいた。
「ほら、大丈夫でしょ」
「そう。ハァ、もう心配させないでよね?」
看護士のお墨付きが出たことで納得した
「まだ、走れる
「仕方ないわよ。本来は、冬に復帰の予定だったんでしょ。それなのに、無理して五点目を奪いに行って、それでケガしちゃ意味ないじゃない」
「はい、スミマセン」
大したことなかったとはいえ、心配させたことは間違いないから素直に謝っておく。
――でも、これがきっかけになるのなら安い出費。
治療が終わったことを告げるアラームが鳴り響いた。患部のアイシングを外した看護士がテーピングを巻こうすると「私がやります」と
「どうかしら?」
「スゴく動かしやすい。でも、いつテーピング巻けるようになったの?」
教えた覚えはないし、他の女子マネージャーたちにもこれほど手際よく巻ける人はいない。
「本とか、動画サイトを見て独学で覚えたわ。部室に入り浸ってる後輩たち二人にも協力してもらってね」
――あの子たちが練習台になってくれてたのか、今度何か埋め合わせしておこう。
「それじゃ戻りましょ。早く戻らないと、ミーティングが終わっちゃうわ」
「あ、そうだね。ありがとうございました」
「はい、お大事に」
俺たちは看護士と医者に頭を下げて、医務室を退室。
「来たか。ミーティングは、今さっき終わったところだ。今日は解散、明日は一日フリーだ。顧問と何人かのレギュラーメンバーと次の対戦相手が決まる試合を観戦する予定だが、お前たちは休んでいろ」
「たちって。私も?」
「監視を頼みたい。しっかり、療養させてくれ。全国が見えている今、故障で離脱でもされたらシャレにならないからな」
「そういうことなら任せておきなさい。しっかりめんどうを見てあげるわっ」
「俺は、子どもですか」
「痛いと素直に言う子どもの方が幾分扱い易い」
「そうよ。あなたは、もう少し自分の身体を大事にするべきだわ」
自覚があるから、何も言い返さない。二人から、実に耳の痛い有難いお説教をしていただき、デビュー戦を勝利で飾ったスタジアムを後する。すると偶然にも、対戦相手の帝王学園サッカー部とばったり出くわした。大差で負けるなど夢にも思っていなかったのだろう。俺たちの数メートル前を落胆した様子で歩く集団の中に、アイツの姿を見つけた。向こうも俺たちに気がつき、苦虫を潰したような表情で歩いてくる。
「そういえば、ドリンクのストックが切れていたな。マネージャー、買い出しに付き合ってくれ」
「えっ? でも――」
気を利かせてこの場を離れようとする
「......わかったわ。行きましょ、
不満半分心配半分といった感じで渋々、この場を離れて行く。二人が見えなくなった直後、眉間に皺を寄せ憮然とした表情の
「この借りは、冬に倍にして返す」
すれ違いざまにそう言い残して過ぎ去ろうとした背中に向かって、言葉を投げつける。
「ムダだ、もう勝負はついた」
「たかが一度勝っただけでいい気になるな。必ず物にしてみせる......」
「何度やっても結果は変わらない。お前だって、本当はもう分かってるんだろ。こんな
問い掛けに答えることなく、バスが待機している駐車場へ歩いて行くその後ろ姿に、どうしようもないやるせなさを感じて思わずタメ息が漏れる。
「どうしたの?」
「――えっ?」
顔を上げると、すぐ近くに
「今の、対戦相手の人よね?」
「うん、少し話してただけだよ。他のみんなは?」
「買い物に行ったわ」
「買い物?」
「ええ、初出場とベスト4進出のお祝いをしようってことになって。電話しても通じなかったから直接呼びに来たの」
そういえば、スマホの電源を切ったままだった。
「ごめん。電源切ってた」
「ううん、すれ違いにならなくてよかったわ。
「ああ、
「あら、うららちゃんじゃない」
「心遣いはありがたいが。俺は明日、朝イチで偵察へ行く予定だから、今日は早めに休みたいんだ。気持ちだけ受け取っておく」
「そう、それなら仕方ないわね。お疲れさま。それから、おめでとう」
「サンキュー。お前も早めに上がれよ」
「分かってる」
「じゃあな」とスポーツバッグを担ぎ直し、くるりと踵を返して軽く手を上げて、バス停へ向かっていく背中を見送る。
俺たちは別路線のバスに乗り、パーティが催される
「相変わらず、大きい家ね」
「だね」
「もう、みんなは来ているかしら?」
「おっ、来たか」
「スゲーうまそうじゃん。イテッ!」
「ダメ。まだ盛り付けが終わってないんだから!」
料理上手な
「いいだろ、いち枚くれーよ」
「ダーメっ!」
「
「
「えっ、マジかっ?
「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないくれる!?」
「よく言うぜ、バーベキューセット全部運ばせたクセによー」
「平等な対価でしょ。アンタはどうせ、セットし終えたあとは食べるだけなんだから」
「うぐっ......」
理不尽を訴えるつもりが完全に言い負かされていた。しかも、ド正論で。
「まったく、キミたちは......」
二人のやり取りを呆れた
「先ずは、今日の主役を出迎えるのが先じゃないのかい?」
そう諭した
「ベスト4進出おめでとう。僕も鼻が高いよ」
「まだ会長として何も実績ねーもんな」
「
「まったく、相変わらずね。
「おうよ、食材は好きに使ってくれていいぜー」
「手伝うよ」
「テーピングで固めてる足じゃ立ってるのも辛いでしょ。いいから座って待ってて」
確かに、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。
「あっ、ちょっと待って今荷物退けるから」
「ありがとう、
椅子にある買い物を退かそうとしてくれた
「そう? って言うか、アンタたちはサボってないで手を動かす! 真面目に手伝ってる
「へいへい」
「言われなくてもわーっているって」
「あ、先輩、おめでとうございまーす」
「おつかれさまでーす。ノアの応援のお陰ですねー」
「あはは、そうだね。二人とも応援ありがと」
「いえ。てゆーか先輩、その足......」
「少し張っただけで大したことないよ」
「そうですか。もしかしてそれ巻いたの、
「そうだよ」と答えると、練習に付き合った甲斐があったと彼女は笑った。
「と言っても、一番体張ったのは
「そうそう、今、先輩のスネちょーキモいんですよー」
「お前が、原因だろうがッ!」
近くで大型ペットボトルを運んでいた
「何があったんだ?」
「聞いてくれ。
「うわぁ......」
シャレにならない、スゲー痛いヤツ。
「言っておきますけど、私は関係ないですよー?」
「あ、ずるーい、止めなかったじゃん」
「だって、面白そうだったし」
「お前らなぁ......」
「料理出来たわよー! ノアちゃん、
「んじゃあ、
* * *
パーティは夜になって、お開きになった。
手分けして庭の片付けを済ませ、いざ帰ろうとしたその時、夜空から雨粒が落ちてきた。みんな、すぐに止むだろうと高をくくっていたのだが、雨はいっこうに止む気配はなく降り続けた。帰れない程の雨足ではないのだが、
風呂を借り、ベランダに出る。今なお、雨は降り続いている。雨が当たらない壁に寄りかかり、静かに目を閉じる。地面や屋根に当たった雨粒が弾ける音、土と緑の混ざりあうどこか懐かしさを感じるニオイ。雨の日の情景に耳をすます。
「あっ、
「ん? ああ、
目を開けると、
「どうしたの?」
「涼んでただけだよ。エアコン苦手なんだ」
「入院していた時もつけてなかったわね」
懐かしそうに微笑んだ
「試合のあと、相手の人と何を話してたの?」
「大したことじゃないよ。昔の知り合いだったから少し話しただけ」
「そう」と、
「でも、あの時のあなた、少し寂しそう見えたわ」
ドキッとした。
どうやら見透かされてるみたいだ。
小さく深呼吸をして心を落ち着かせて、
「俺さ......」
「ん?」
「あ、いや。俺、憧れていたんだ」
「憧れ?」
「天才とか、才能とか、そんな簡単に口にしたくないんだけど、
サッカー部に入部して、初めて
こんなスゴいヤツに追い付きたいと、俺は必死に練習した。猛練習の甲斐もあって、二年からベンチ入りを果たし、試合に出ることが増えてきた。ただその時にはもう、アイツは既にチームの中心選手になっていた。
だが、ある出来事が
ただ、唯一許さなかったのは――アイツ自身だった。
その日から、司令塔に拘り出した。
自身の練習と平行して、別メニューで練習を続けた。そして、三年が引退して部内で行った最初のミニゲーム。本来ポイントゲッターの
その異常さに危機感と恐怖感を覚えてた顧問は、
追われるプレッシャーは半端なかった。
必死に練習して身に付けた新しい
「時期が時期だけに動揺は走ったけど、いざ大会が始まれば気にする余裕なんてなくてそれっきり。それで結局、アイツ、今も何も変わってなくて。本当ならもっと出来るのに、くだらないことに拘って、才能を無駄遣いしてる」
本来なら今頃、全国で脚光を浴びててもおかしくないくらいの実力を持ってる。だから俺は、今日の試合でフットサルで培った経験と技術を織り混ぜた中学時代とはまったく異なる新しいプレースタイルで、試合終了の笛が鳴るその最後の瞬間までケガのリスクを犯してでも全力で得点を奪いにいった。
今なお拘り続けていることがどれだけ無駄なことか、それに気づいてれさえすれば――。
「本当に、そうなのかしら?」
「え?」
「何となくだけど。
「別の理由?」
「ええ。だって、前の大会は全国大会に進めなかったんでしょ? それなら、中学生の頃の
確かに、
――だったら、どうして今も......。
思考を巡らせている最中ふと空を見上げると、雨はいつの間にか止んでいた。薄暗い雲の切れ間からは、銀色に輝く満月が姿を見せ、雨上がりの澄んだ夜空を鮮やかに彩る。
しばらく静かに眺めていたい、そんなことを思っていると部屋の中から「いやあぁーっ!」と静寂を切り裂く大きな悲鳴が聞こえてきた。
「今の悲鳴は......」
「
「だよね? どうしたんだろう」
頭文字にアルファベットのGがつく昆虫でも出たのかな。
「そろそろ、戻ろっか?」
「ええ、そうしましょう」
夜空に浮かぶ目映い輝きを放つ満月に少し名残惜しさを感じつつ、部屋に戻る。
「今の話、オフレコでお願い。ちょっと恥ずかしいから」
「それは構わないけど、どうして私に話てくれたの?」
「どうしてだろう。親しくなったからかな? こんなこと知られたら、
「ふふっ、私もきっと、
「はははっ、お互い大変だね。うれしいけど」
「ええ、本当に――あっ!」
不意に
「どうしたの?」
「私、わかった気がするわ」
「なにが?」
「
「みんな、楽しそうだからよ」と、
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Episode58 ~彩り~
厳しい日差しが照りつけるアスファルトに揺れる陽炎、蝉時雨の波、異常な暑さにも負けず、逞しく咲く小さなアザミの花。梅雨らしい長雨もなく、比較的空梅雨だった初夏が過ぎ去り、本格的な夏の様相を見せ始めた七月下旬。高校生活最後の夏休みを数日後に控え、一学期の期末試験を終えた私は、新校舎に構えるフットサル部の部室へ足を運んだ。
部室は、蒸し暑い廊下とは違って冷房が効いていて、熱のこもった体を冷まし、額や制服の下にかいた汗もすぐに乾かしてくれる。けど、汗が乾いた後臭いとかやっぱり気になるから、デオドラントボディシートは夏の必須アイテム。
「その、ボディシート良い匂いですね。なんの香りですか?」
「バラの香りよ。匂いがキツすぎるのが多いけど、これは微香料で保湿成分も配合してるから、冷房が原因の乾燥ケアにもなるわ」
「あ、ほんとだ、すべすべしてる」
「てゆーか、日焼けもほとんどしないし」
「当然よ。部活中も、ちゃんと対策してるもの。女子たるもの常に人から見られていることを意識しなきゃダメよ」
「
「努力してるんですね、やっぱり。ただエロいだけじゃないんだー」
「ちょっと! その言い方やめてくれないかしらっ!」
「どうしたの?」
「あ、
「おつかれさまでーすっ」
部室に入るなり、不思議そうな
「それで、何話してたの? 廊下まで声が聞こえたけど」
「何でもないわ、他愛のない話よ。それより。
「
ここに居る時メールでやり取りしてるのは何度か見たことがあるけど、生徒会室へ直接呼び出されるのは珍しい。何か重要な用件なのかしら? なんてことを思いながら四人で話をしていると、
「受験のことで呼ばれたんだ。そこで、“7人目の魔女枠”ってので朱雀大学へ推薦での進学が決まった」
「あ、そういえば
「ええーっ、なにそれ、ずるーいっ」
「何言ってるのよ。
何て言っても、“7人目の魔女”の能力を使うと、みんなに自分のことを忘れられてしまう。魔女の能力を知ってる人には事前に学校の敷地外に出てもらえば忘れられないから、
「あっ、そうだ!」
「言っておくが、
「なーんだ、じゃあいいです」
宛が外れたノアちゃんは、露骨に興味を無くした。そんな彼女に対して、呆れ顔で
「サッカー部は、終業式から合宿なんですよね?」
「そうだよ」
「じゃあ、ここはどうするんですか?」
「大会に出るとか、何か目標があるわけでもないし」
「部員も、私たち三人だけ」
「そもそもこの部自体、魔女探しのためだけに作った仮初め部活だったからな」
――そうなのよね、魔女を探すことが目的だったのに。今みたいな関係になるなんて、去年出会った時には夢にも思わなかった。
「あん? ここフットサル部の部室じゃねーか」
「つーことは、こん中に魔女が居るのか!?」
ノックもなしに突然、部室のドアが開いて騒がしい声が背中から聞こえてきた。いちいち確認する必要もない、この緊張感のない声の主は、あの二人の男子。
「
「俺は、呼び捨てかよ!?」
「せんぱーいっ、ノアに会いに来てくれたんですねーっ!」
「ちげーし! 引っ付くな! おい、
「フム。どうやら、
「また、無駄足かよ」
「あんたたちねぇ。いきなりやって来て、いったいどういう了見なのかしら? ちゃんと説明なさい!」
「は、はい......」
私の一喝で、
「
「ま、そうなんだけど。けどよ、全校生徒の記憶を消さなきゃいけねぇほどの
「記憶が消されてなきゃ今頃、
「なッ!? んなこと、ちょっとしか思ってねーよッ! 俺はただ純粋にだな――」
――何が純粋よ、白状してるじゃない。
焦る
「ま、そう言うわけさ。
「あったら、会長に報告してます。生徒会にとっても、7人の魔女全員の把握は最重要案件ですし」
「それもそうだな。しかし、これだけ探して見つからねぇなんて、あと一人はいったいどこに――って居た! 行くぞ、
「行くって、オイ、
二人してどたばたと慌ただしく部室を出ていった。
「まったく、騒がしいわね。ドアくらいちゃんと閉めて行きなさいよ」
「あ、私、生徒会室へ行ってきますので」
ドアを閉めようとした私を制止して
「あれー? 今日、休みじゃなかったのー?」
「最後の魔女が見つかったみたいだから」
「たぶん、緊急会議の招集がかかる思うし」と、めんどくさそうに答えてからスクールバッグを肩にかけた
「先輩方はこれから、デートですか?」
「違うよ。今日はお互い個別の用事があるんだ」
「そうなんですかー、いつも一緒なわけじゃないんだ。あれ?」
「どうしたの?」
不意に階段の踊り場で、彼女が立ち止まった。全面ガラス張りの窓辺から校舎裏のグラウンドを不思議そうに見つめている。同じようにグラウンドを見ると、肌を焼くような強い日差しがさんさんと降り注ぐ夏空の下、対称的な短髪と長髪の制服姿の男子が二人、グラウンドのトラックを走っていた。
「今日って、部活ないですよね?」
「そのハズだけど」
テスト終わりで、運動部の殆どが休み。そもそも、制服に革靴で走ってるから運動部でも体育の補習でもなさそう。
「あっ、あれ、
「
「はい。あの杖とキザなブレザーのはおり方、間違いありません。生徒会室にふらっと現れては、人をおちょくってその反応を面白がってる問題児なんです!」
「でも、誰かと一緒に居るなんて珍しいな、学校ではいつも一人なのに」と続けた
「......もしかすると、一緒に走っているのが
「行ってみましょ!」
「って、
「魔女を見つけたって言って、
「たんなる気まぐれじゃないの。
「あり得ますね」
「じゃあ私は、生徒室へ行きます」
「ええ、私たちも行くわ。行きましょ、
けれど、
「ぜんぜん気づかないですね。せんぱーいっ」
「ん? どうしたの」
視界に入るように手を振って、ようやく気がついた。
「
「はい?」
「そ、そんなことないわよっ!」
――突然何を言い出すのかしらっ、この子はっ!
「冗談です」と、いたずらっこのように笑って「そろそろ生徒会室へ行きます。また明日」と言って、校舎へ入っていった。私たちもグラウンドを離れて、校門へ向かう。
「結構おちゃめさんだよね。初めて部室に案内してもらった時は、真面目でちょっと堅い感じがしたけど」
「実際一緒に生徒会で活動していた時はそうだったわ。元会長の理不尽な命令には不快感を示したし、テキトーに仕事をする
でも、だからこそ
「あ、そういえばお茶の時間になると、いつも嬉しそうだったわね」
「そこは、やっぱり年相応の女の子だね」
「ええ。でも、さっきみたいに笑顔で冗談を言うことは一度もなかったわ」
あんなに楽しそうな表情も生徒会で一緒だった頃には見たことない。
「やっぱり、同級生の友だちが居るのが大きいのかもね」
「そうかもしれないわ、生徒会はみんな上級生だったし。だけど! 先輩をイジって楽しむのはどうかと思うわ!」
「きっと、二人とも面倒見が良いからだよ。ほら、
「ああー......アレックスのことね」
アレックス・スペンサーは、アメリカから来た留学生。
そして、うららちゃんの能力と同じ“入れ替わり”の能力を持つ、
アレックスは、文化の違いからかどうもコミュニケーションが取りづらくて、クラスで浮いた存在になってしまっていた。
「だけど、あなたたち容赦なく返り討ちにしてたじゃない」
「あれは、
「ま、確かにね」
体験入部の最中調子に乗ってサッカー部に来た
それでも
「ようやく来たね!」
話をしているうちにいつの間にか、ナンシーと待ち合わせした校門に到着。門柱に寄り掛かって腕を組んでいるナンシーが、やや不満気な視線を向ける。連絡しなかった私に落ち度があるから、ここは素直に謝っておきましょ。
「ごめんなさい。ちょっと急用があったの」
「ふーん、ま、いいけどさ」
「ところで、
今ここ居るのはナンシー、
「
「あら、そうなの。そういう事情なら仕方ないわね」
そう言えば、去年の今頃も忙しそうにしていたわ。因みにうららちゃんと
「へぇー、こんなところにカフェなんてあったんだね」
「ステキなお店ね。ワタシ、知らなかったわ」
「さすが、
「ふふーん、まーねっ」
本当は去年の秋、二回目のデートで彼が連れてきてくれたカフェ。落ち着いた雰囲気で、隣の席とも距離があって静かにゆったりくつろげるから、一人で訪れることも。
「ところであなた、いつまでそうしているつもりなの?」
席についてから、ずっとスマホとにらめっこしている
「ふぇっ!?」
「今日は女子だけでなんだから、そんなに身構えなくてもいいじゃない」
「そ、それは、そうなんですけど......」
相変わらずの人見知り。
「えっ!?
「そうなの。ウインドウショッピングしてたら、読者モデルに興味ないかって声かけられて」
「マリアちゃん、すごいですっ!」
「で、引き受けるのかい?」
「う~ん、まだ考え中かな? でも、将来アパレル関係の仕事に就きたいから――」
写真の中の
「
「え、なに?」
「進路の話です」
考え事をしていた間に、
「私は、女子大に行けたらいいなって」
「
「えっと、やっぱり男子はまだちょっと......」
「私も、進学よ。中間も今回のテストも手応えはあったから推薦をもらえると思うわ」
「さすが、
「あっははっ! 愛の力は偉大だねー」
頬杖をついて、ニコッと微笑む
「何よ?」
「いや、ちょっと意外だと思っただけさ。
――何よそれ、失礼しちゃうわね。いったい、どういう目で人のことを見ているのかしら。反論する前に、ナンシーは続きを話し出した。
「その証拠に自分の身だしなみは二の次みたいだしね」
「そんなことないわよ。どんなに忙しくたって、スキンケアを怠ったことなんて――」
「アタシが言ったのはそこじゃないよ。髪のことだよ」
「髪? あっ......」
指摘されて、意味がわかった。確かに今の私は、以前の私と違う。いつもショートボブだった髪は、いつの間にか肩にまで伸びて後ろで結べるくらいになった。
今までの私からすれば、こんなに長くなっても切らずにいるのは初めて――。
「人一倍気を使ってた
「ワタシは、羨ましいな。自分のことは二の次、好きな人の......大切な人のために生きられる。そんな人と巡り逢えるなんて」
「わ、私もそう思いますっ。大学に行きたいと思ったのも、ずっと引っ込み思案だった私が
「......私も、いつかそんな恋が出来たりするのかな?」
「できます、絶対ですっ、一緒にがんばりましょうっ」
「
「なら先ずは、その人見知りを克服しないとね!」
「う、ううっ......」
「あーあ、
「
「
「だから、
「あははっ」
みんな、それぞれの未来へ向かって歩き出そうとしている。
私は、どうなのかしら? 大学に行って何をしたいのか、自問自答をしてみても正直まだ、答えは見つからない。でも今は、好きな人の力になりたい。その気持ちだけは間違いない。
だって、あの人は――
――私の瞳に映る世界を彩ってくれた人だから。
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Episode59 ~晩秋愁い~
いつまでも高かった夏の太陽も暮れて、夜の街には灯りが点っている。大通りを行き交う大勢の人たち、夏休みということもあって同じ年代の学生、家族連れの姿も数多く見受けられる。もう、夜も遅いのに活気に溢れるきらびやかな商店街を、塾帰りの私はひとり歩いていた。
「お、
「え? あ、
額に汗をかいている
同じコートの奥には、スポーツウェア姿の
「時間あるなら、寄ってかね? あっちに、
支柱の影で見えなかったけど、三人が居るコートのベンチに
今日は――今日も、両親の帰りは遅いため、少し寄っていくことに。少しはしたないけど、フェンスを跨いで、
「
「あら、うららちゃんじゃない」
「オレが誘ったんだよ」
「そう。塾帰りなの?」
「ええ」
一歩横に動いて空けてくれたスペースに、腰かける。
「ルールはさっきと同じ。ボールを奪えばお前たちの勝ち、ゴールを奪えば俺の勝ちな」
「はい、お願いします」
「――来い!」
「おっ、いい目するじゃねーか。んじゃ行くぞー?」
どこか楽しそうな笑顔の店長さんは、ゆっくりと二人の方へ足の裏でボールを転がしながら距離を縮めて行く。
「勝負してるの?」
「そうよ。バイトが終わったあとはほぼ毎日、店長さんに手合わせしてもらってるの。今日は、
「オレもな!」
「ま、そういうことね」
塾帰りにここを通りかかる時は、いつもバイト中。
「超研部は、夏休みはどうするの? また、合宿を張る予定なのかしら?」
「まーな。つっても、三年恒例の受験対策講習と平行してだけどな。オレ、
――殿様大学。全国各地の成績優秀者が目指す日本最高峰の大学。入るのはもちろん、卒業する方が難しいと言われている。通っている塾からも毎年多くの受験生が殿様大学を目指して受験するけど、合格者は二桁に届かない狭き門。
「
「オールA!? さすが学年一位は伊達じゃないわね......」
殿大かは分からないけど、大学進学はすると思う。
――でも私は、大学で何をしたいのかしら......? 高校は、自宅から一番近い進学校だったから朱雀高校を選んだだけ。
足下に目を落として、進学する意味を考えていると
「
顔をあげる。
「なかなかいい反応するな。けどな」
「――なッ!?」
素速い動きに一瞬左右に振られて足がもつれてしまった
「愚直に奪いに来るだけじゃ止められねぇぞ」
「くっ! 頼む!」
今度は、
「あの
「そんな簡単に言わないでくださいよ。苦労したんですから......!」
「どうしたのかしら?」
「もしかしてアイツ、見失ってんじゃねーか!?」
「見失ったって、ボールを? でも――」
「
「まずまずってとこだな。さて、時間切れだ。続きはまた今度な」
「ありがとうございました」
「クソ......!」
頭を下げる
* * *
「それで、何の用なの?」
あの後私たちは、
「話ってのはな、
「魔女? ああー、あなたと
「そうだ。
今日の放課後、遅れて部室にやって来た
「
――心の準備。確かに、突然記憶が戻れば多少の混乱はすると思うけど、そこまで身構えるようなことなのかしら、と不思議に思うも。
「全生徒の記憶が戻れば、
一年の間に二度も謹慎処分を受けていたことを、
「この学校で謹慎なんてことはよほどの
「みくびらないでっ!」
眉尻を上げた
「今さら態度を変えたりなんてしないわっ!」
「中学の頃は知らないけど、少なくとも俺の知ってる
――やっぱり私、二人のことも大好き。
「記憶が戻って問題が起こるとすれば、
「ああー、確かにあり得るな。
「フッ、ヘタレていたら首根っこ掴んででも引き合わせてやるさ」
そう言って、
「まっ、はなっから何も心配してなかったけどなっ! あーあ、なんか腹減っちまった。
「ハァ、相変わらず調子のいい男ね。仕方ないわね、キッチン借りるわ」
「あ、うん」
「あっ、私も手伝うわ」
「じゃあオレたちは、コイツで勝負して待ってようぜ......!」
「また、カード麻雀か」
「あれれー?
「......上等だ、さっさと配れ!」
手伝いを申し出て、
「ん? なに」
「髪が伸びたって思っただけ。伸ばすの?」
「合宿前に切ろうと思ってたんだけど、ちょっと迷ってるの。今くらいも似合ってるよって――」
少し照れくさそうに話した
「さあ、作りましょ」
「何を作るの?」
「鶏の唐揚げにしましょ。冷蔵庫に鶏肉があるから、レンジで解凍してもらえるかしら。ひとつはササミをお願い」
「わかったわ」
――包丁とか鍋とか、調味料もどこに何があるのか全部知っているのね。私も、
失われた、三学期の記憶。
当時から私と
翌日の放課後。儀式は約束通り執り行われ、全校生徒の失われた記憶は戻り、私たちは本当の恋人になって――全てを思い出した。
* * *
すべての記憶を取り戻してから数日が経ち、私たちは夏恒例の受験対策講習に参加するため、泊まり掛けでクラブハウスを訪れていた。でも、進学する意味を見出だせない
「大学に行く理由?」
「おう!
「理由って言われても将来のためとしか言いようがないわ」
「もっと何かないのかよ?
「オレ? オレはとりあえず、スポーツ推薦が確定してる朱雀大学の体育科に進学するつもりだけど、サッカー強い
「フムフム。サッカーバカ、と」
「オイコラ、誰がバカだ!」
「
「いや、留学予定だ」
「......は? 留学って......あの留学かよ!?」
「他にあるかは知らんが、アメリカの大学へ進学が決まっている。夏休み明けからはリモートで授業を受けつつ、冬の選手権が終われば即渡米だ」
「スケールが違いすぎて参考にならねぇ......」
まさかの答えに、
落ちたペンを拾った
「俺は、医学部。スポーツドクターを目指したい」
それが、彼の解答だった。
* * *
「あ、
「
合宿最終日の夜、やわらかな月明かりが照らすクラブハウスのテラス席にひとりで座って、東京とはまるで違う満点星空を眺めていた
「また、入れ替わってるんだね」
「自分の課題を片付けてる間にお風呂に入ってもらってて。どうしたの?」
いったいどうしたのかしら。複雑な
「いや、その、
――
「自分で入ることにするわ」
「うん、そうした方がいと思うよ。
少し考えれば当たり前、他の男子に自分の彼女の裸を見られたらイヤに決まっている。時間がなくても、ちゃんと自分で入るようにしないと......。
「医学部を受験するって言っていたけど、
色々と話している間に話題は、また自然と進路の話になった。
「そのつもりで、朱雀を選んだんだけどね。
紙コップを口に運び、苦笑いの
「それだけ期待されているのよ。それにあなたなら、殿大の医学部だって受かる気がするわ」
「買い被り過ぎだよ」
「そうかしら。私は、そんなことないと思うわ」
去年の秋、絶対勝つと言って、宣言通り勝利を収めた。
――ううん、それだけじゃない。いろいろな相談に乗ってくれた一年の時も、
「今度の試合も応援に行くわね」
「それは心強いけど、受験勉強大変じゃない?」
「平気よ」
出来ることは、これくらいしかない。それに、参考書を持参すれば十分事足りる。そんなことを考えていると、ふと頭に思い浮かんだ。
「そう言えば、
「ああー、そうだね」
去年の夏休みの終わり頃、みんなで行ったプールで私と
この時は、ただ単純にそう思っていた。
でも、本当の理由を後日、私は知ることとなる――。
「転校......?」
「ええ。お父さんが急にアメリカの会社に転勤することになったわ。うららも、ちょうど卒業だから向こうの――」
受験本番まであと4ヶ月あまりに迫った秋の中頃、突然母から告げられた衝撃的な話に頭が真っ白になった。次気がついた時、私は真っ暗な自分の部屋のベッドに横になって、天井を見つめていた。
「......ゆめ?」
喉がカラカラに乾いていて、上手く声が出ない。それに、酷く頭が痛い。まるで風邪を引いた時のように気ダルい身体で壁伝いに階段を降り、リビングに入る。いつの間にか住み着いた黒猫と自分以外、誰もいない物静かな家。
夢だったのかもしれない――でも、そんな現実逃避な願いは一瞬で消え去った。ダイニングテーブルに置かれたメモ。母の直筆で「月末に出国するから、荷造りしておきなさい」と書かれていた。やっぱり、夢じゃなかった。
――私は、どうすればいいの......?
心の中で問いかけても、正解があるテストとは違って答えは導き貸せなかった。誰にも話せないまま、ただただ時間だけが過ぎ去って行く。告げられたあの日からの勉強に身が入らない。引っ越しの準備、海外の大学へ進学するための手続きと想像以上に多忙を極め、成績も必然的に落ちてしまった。
そして、転校を前日に控えた昼休み。
「俺は、もう一人で大丈夫だからさ......!」と、私の成績が落ちたことを自分の責任と想わせてしまって、寝る間も惜しんで一人で努力した
「俺、
「
この人には、もう私が居なくても大丈夫。
きっと......ううん、絶対に殿大に合格する。
だから私は、別れの言葉じゃなくて、心からの想いを伝えた。
――大好きよ、と......。
日が暮れ始めた、晩秋が近づく放課後。
思いを告げた後、部室の私物と教室のロッカーを片付け終えた私は、窓際一番後ろの自分の座って、窓の外に広がるオレンジ色に染まった街をぼんやりと眺めていた。
別に、今生の別れというわけじゃない。卒業式には卒業証書をもらうために、また
でも、その時、私は――。
「どうしたの?」
「――えっ!?」
突然かけられた声に驚く。だって、三年生は受験の追い込みで、もうみんな帰っている時間だから。まさか、こんな時間に誰かに声をかけられる何て思いもしなかったから。
何より、その声の主は――私の、始めての友達だったから......。
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Episode60 ~因果~
高校サッカー三年間の集大成、冬の選手権大会が始まりを告げた。
夏のインターハイと新人戦で好成績を残した朱雀高校は、予選リーグ免除のシード権を得た。予選リーグを勝ち上がってきた学校、同じくシードされた学校を相手に全国大会への切符を争う決勝トーナメント戦からの参戦。三年は、負ければ終わりの一発勝負。この最後の大会に向けて、勉学と両立しながら費やしてきた三年間。受験勉強もあって、夏で引退した部員も少なからずいたけど、残った三年と下級生は次戦に向けて集中して練習に励んでいる。
それなのに今日の俺は、どうしてか心ざわついて集中できないでいた。
「おつかれさま。はい」
「ありがと」
練習終わり、ベンチに座って右膝のテーピングを剥がしていたところへ、
「考えごと? うわのそらって感じがしたわ」
「うん、ちょっと」
チームメイトはごまかせても、彼女の目はごまかせない。
「どこか寄り道して帰りましょ。気分転換も必要よ」
「そうしようか。あれ、メッセージだ。
普段であれば片付けをしてから解散だけど、
メッセージの送り主
「来たか。詳しい話は、部室でする」
「どうして、
部室には、後輩の女子二人と
とりあえず、荷物を部室の隅に置き、いつものポジションに並んで腰を降ろす。窓際に立っている
「話と言うのは、
後に続いたのは「
「どうだ?
「
「悪い。俺も、心当たりがない」
「そ、そうか......」
「ふむ、お前ならもしかしてって思ったんだけどな」
そう言ってひとつ息を吐いた
それはまるで、そう、最初から存在してなど居なかった、そんな感覚。それでも、アルバムに残る彼女の笑顔は、確かに
「う~ん......」
「どうしたの?
「あ。ええ、思ったんだけど、私たちの記憶は能力で消されたんじゃないんじゃないかしら?」
「
「授業はちゃんと受けなさいよ、まったく。私が思った理由は、今の状態が儀式で記憶を消された時と酷似した感覚だからよ」
「そうなんだ」
それなら確かに、
しかしそれは、つまり別の問題が浮上すると言うことでもある訳で――。
「だけど」
「ええ、そうなのよ」
「ああ、あり得ねぇーんだよ、儀式はな!」
――そう、儀式はあり得ない。
「謎は深まるばかりだな」
「そうね」
俺は目を閉じて、
先ず、
仮に儀式だった場合は、放課後前に儀式が行われたとしても、
「あら。誰か来たみたいよ」
「ちょっと出てくるね」
考えを巡らせているところへ呼び鈴が鳴った。この時間帯の来客は珍しい。まあ、新聞か何かの勧誘だろうけど。部屋の明かりがついているから居留守を使う訳にもいかない。
「
「やあ、夜分遅くにすまないね。彼がどうしても、キミの家へ連れていってくれと聞かなくてね」
「彼?」
突然の来客。大きな荷物を担いだ
「お前......」
「やあ、久しぶりだね」
俺が知るアイツとは真逆、無駄に爽やかでどこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。
「誰だったんだ......って、
「やあ、キミたちも居たんだねー」
「ち、ちょっとどういうことよっ? どうして、
「......僕も居るんだけど?」
存在を完全に無視されて不満気な
「何よ?」
「熟年夫婦みてーだなって」
「......誰がお年寄りですって?」
「キミの彼女は、そっちに反応するんだね」
とりあえず受け流して、用件を訊ねる。
「そうだね。まずは僕から、
「海外の学校に転校か。それで、
「きっと、みんなとの別れることが辛かったんだろうね。特に、
「......私は、そこまでする理由が分からないわ。だって、今どきメールだって、電話だって出来るし。その気になれば会いに行けるのよ」
「確かになぁ、今生の別れって訳じゃねーし。記憶を消す必要はねぇような気もするけどよ」
「僕は分からないでもないけどね。負担に感じて欲しくないって気持ちはね」
たぶんその理由を、コイツは知っている――。
「お前、何か知っているんだろ?」
俺は、正面でコーヒーをすすりながら澄まし顔で話を聞いていた
「ふむ。キミたちは、魔女ってなんだと思う? オレはね、ずっと考えていたんだ。なぜ、魔女の能力なんてモノが存在するのか。なぜキスで能力が発動するのか。そもそも魔女とはなんなのか」
こういう回りくどい言い回しをする奴は大抵、既に何かしらの解答を持ち合わせている場合が多い。おそらく、コイツもアイツと同じタイプだ。
「掴んだんだな」
俺の言葉に、
けどその笑顔は、まるで全てに絶望してしまったかのような、どこか儚げな笑顔に思えた。
「オレは既に、魔女の能力を失いかけているんだ」
「はあ? なんだよ、それ?」
「
「物事というものは、始まりがあればいつか必ず終焉を迎えるんだ」
ふと、この先に続く言葉がなんとなく判った気がした。
「魔女の起源にして終焉をもたらす存在......彼女は――」
そしてそれは、思った通りの言葉で。
――はじまりの魔女。
はじまりの魔女は、卒業と同時に周りから自分のとの思い出を忘れられてしまう代わりに、望みのままの学校生活を手にできる“契約”を結んだ魔女の名称。
契約は本来卒業まで。しかし、
「おそらく明日には魔女全員の能力は完全に消滅するだろうね」
「はじまりの魔女の契約......まさかそんなことが僕の三代前の生徒会長、
「
「僕は何も。そもそも、会長になる前から魔女のことは知っていたから一切話題に上がらなかったからね」
「そう。じゃあ、
「ああ、何も聞いちゃいねぇよ。あの狸のヤツ......!」
元会長に悪態をつく
「どうして、
「それはね、彼女が代償を支払ったからだよ。本来記憶を失うのは、はじまりの魔女以外の全生徒。
記憶がない俺たちがどうこう出来る問題じゃないことだけは確からしい。結局は、
そして、しばしの沈黙――。
その重苦しい沈黙に耐えかねたのか、
「ところで。キミたちはどういう関係なんだい? 知り合いのように思えるんだけど?」
訊いてきた
「そうだね~。ひと言で言うと熱い夜を過ごした仲かなー?」
「意味深に気色悪いこと言うな。それに
食いぎみに突っ込みを入れる。
俺と
「今の
「そういう関係だったのね。世間って意外と狭いわね」
「ふーん。で、
「強いよ。要領をつかむのは早かった。こっちの
「オレも強いよ。スマホ買ってから時々オンラインで全国ランカー相手に対戦してるからね」
「おっ、マジか、今度勝負しよーぜ!」
「実は、そのつもりで持ってきたんだよねー」
「準備いいな! やろうぜー」
「ダメよっ!」
乗り気の
「
「えぇ~、せっかくマットも持ってきたのに。これ消音性が高くて結構いい値段したんだよ?」
「担いできたのは僕なんだけど......?」
「とにかくダメよ! 私が許さないわっ」
「それにしてもお前、ホント麻雀好きだよな。サッカー部の連中とも勝負してるって聞いたぞ」
「別に、ただ好きで遊んでる訳じゃないって。球技全般にいえることだけど、観察力とか洞察力はもっとも重要なんだ。相手の目線、呼吸、しぐさ、クセ、ほんの僅かな挙動変化を察知して相手の行動を先読みする。将棋とかチェスでもいいんだけど、麻雀は複数人の動きを同時に把握する必要があるから鍛えるのにはもってこいなんだよ」
「なーる。それで
「それに関しては一種の職業病みたいなモノ。子ども相手だから絶対安全第一、常に周囲を見るのが
ホント、子どもの発想力には驚かされる。毎回教えられてばかりだ。
「じゃあ、オレは帰るよ。勝負は予選を突破してからにしよう」
「おうよ」
片付けた終えた
一瞬白い歯を見せた
「駅までの道教えてくれない?」
* * *
「それで?」
「んー?」
「用があるから、わざとらしい演技して連れ出したんだろ。お前が道に迷うなんてあり得ないからな」
「クックック......」
隣を歩いていた
「いつから気づいてた?」
「麻雀牌を取り出した時。あの時、お前からほんの僅かだけど殺気に似た威圧感を感じた」
「へぇ、そいつが身に付けた洞察力ってヤツか。さすがじゃねーか」
今度は、愉快そうに笑った。あの時から何も変わっちゃいない、相変わらず食えないヤツだ。
「用件は何だ?」
「急かすなよ。久しぶりの再会なんだからよ」
「俺も暇じゃないんだ」
アパートで、
「あの女、
「
「オレも、あの女の顔も声も姿も覚えちゃいねぇ。けど、代償の移動させた時のことは覚えてる。あの女、最後の最後に微笑みやがった」
「微笑んだ? どうして......」
「さーな、あの女の真意は判らねぇが。吹っ切れたって
――チッ! と不機嫌に舌打ち。因果が何を示しているのかは不明。
「どうして俺に話した?
「フン、アイツは
まだ素人同然だった時に負かしただけなんだけど。
「とにかくお前は、お前が成すべきことを果たせ。リベンジはその後だ」
「リベンジ、ね」
意外に暑苦しいタイプみたいだ。
そして、翌日――魔女の能力は跡形もなく消え去り、
そして、サッカー部は週末の準決勝を突破し、全国大会出場を賭けた決勝戦へと駒を進め、全国編への切符を手に掴んだ。
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Episode61 ~夕焼け空~
選手権大会予選決勝戦翌日の放課後、フットサル部の部室で、いつもの四人とまったり久々のオフを満喫していたところへ、生徒会長の
「全国大会出場おめでとう! インターハイに続いての全国大会出場、僕も鼻が高いよ」
そう、サッカー部は昨日の決勝戦で勝利を収め夏のインターハイに続き、冬の選手権大会も全国への出場権を獲得した。
「夏は全国ベスト4。今回は、それ以上の成績を期待してもいいのかな?」
「ハードルを上げないくれ」
インターハイのベスト4は、全国常連校を回避出来たくじ運と、前半を鉄壁の守備で耐え凌ぎ後半相手が疲弊したところを速いパスワークで崩す戦術が上手くハマったからに過ぎない。夏になまじ勝ち上がったことで、当然今回は相手も研究と対策を講じてくるだろうし。インターハイと同じ戦術では簡単に勝ち上がれないだろう。マークがキツくなる冬を勝ち上がるには、本番までにもうワンランクレベルを高める必要がある。
「でも、よかったですね。任期の最後に、朱雀高校サッカー部史上初のインターハイ全国ベスト4と冬の選手権大会初出場っていう実績を残せて」
「......
生徒会長としてじゃないことを必死に訴える
「ふぅ。しかしまさか、会長と
「会長と
「うん、去年の体育祭の前だったかな? 生徒会室で、二人が話しているのを耳にしたんだよ」
去年の体育祭は、一年の一部がボイコットを企てていることが判明し、午後のプログラムを急遽変更して自由参加のフットサル大会になった。
これを知っていたのは教職員と一部の生徒という話だったけど、やっぱり
「また盗み聞きしてたのね。そんなことばかりしてたから、
「......
「二人は、例のフットサル大会へのプログラム変更と今後のサッカー部について話していた。『今年は良い一年が入った。アイツの回復次第ですが、三年の冬は全国制覇を狙えます』と。会長になってから、キミたちの
そんなことまで調べたのか、生徒会長は意外にも時間に余裕があるんだろうか。
「世代別代表って......日本代表だったんですかっ?」
「私は、聞いていたわ。海外遠征にも行っていたそうよ」
「へぇ~、先輩ってホントにスゴかったんですね」
「ふむ。しかし、そんなお前でもバイト先の店長には敵わないんだな」
「それはそうだよ。店長は、日本A代表の候補まで上がったことのある元プロだもん。中学の代表とは格が違うって」
「元プロって......あの人、プロのサッカー選手だったのっ?」
このことは話してなかったから、みんなと一緒に
バイト先の店長は、日本A代表候補まで上り詰めた元プロサッカー選手で中学の母校の卒業生。そして、サッカーの楽しさを教えてくれた恩人。全国制覇を成し遂げた後日母校にまで祝いに来てくれた時、わざわざ俺の入院先の病院まで見舞いに来てくれて、
朱雀高校へ入学してからは知り合いのスポーツ用品店のバイトを紹介してくれたり、動けるようになってからは引退してから始めたフットサルコートで雇ってくれて。他にもケガのケア、トレーニング方法、食事面とかいろいろなことを教えてくれた。
「でも、店長さんって、まだ若いわよね?」
「八つ上だから、今年で二十六才かな」
「それはずいぶんと若いね。引退するには早すぎじゃないのかい?」
「四年前くらいから腰に違和感があったんだって」
話によると医者にはメスを入れる必要があると診断されたそうだ。けど、学生の一年間とプロの一年間とでは重みが違う。手術を回避して保存治療で騙し騙しプレーを続けて結果を残してきたけど、それに限界と感じた時若くして引退を表明。今もまだ故障を抱えたまま状態で、バイト終わりに指導してくれている。あの人には、どんなに感謝しても本当に感謝しきれない......。いや、店長だけじゃない。いろんな人に支えられて来た。
だから、俺は、支えてくれた人たちに恩返しをしたい――。
そして、季節は巡り、東京の街に本格的な冬が訪れた。授業内容も受験対策中心の内容へと変わり、後日行われる内部進学者向けの学力受験を控えた教室にはただならぬ緊張感が漂い、まさに受験モード一色。
そんな、勝負の二学期も明日で区切りの終業式を迎えると同時に、俺たちサッカー部は年末から年始を跨いで開催される選手権大会へ向けて、学校で強化合宿を張ることになっている。
そして、その終業式前日の放課後。合宿前に、俺は
「いよいよね」
「そうだね」
「あら、落ち着いてるのね」
「うん、これを見てるとどうしてか。緊張感よりも頑張らないとって想えてくるんだ」
サッカーをやっている人なら誰でも知っているおまじない。
左の手首に巻いたミサンガに触れる。
「それにしてもハデな色よね」
先月。そう、
「だね。
「ん? なーに?」
まだ16時を回っていないのに、冬場の太陽はもう傾き始めて。青かった西の空が徐々にオレンジ色へと染まり始めた黄昏時の寒空の下。高層ビル群が遠くに広がる大都会東京の街を見つめながら、俺は朱雀高校へ進学を決めた時から誰にも話さずずっと胸に秘めてきた想いを、初めて彼女に打ち明けた。
「俺、今までいろんな人に支えられてここまで来たんだ」
東京へ送り出してくれた家族、サッカー部の仲間、バイト先のスタッフ。病院の主治医、看護師さん、学校の友人。
そして、今も隣に居てくれている――大切な人。
「だから......俺のサッカーは
ケガをしてから、ずっと考えてた。
だから、この大会だけは絶対に勝ちたい。勝って、支えてくれた人たちに恩返しをしたい。
――初めてかもしれないな。こんなにも結果に、勝ちにこだわるだなんて......。
「......そう。それなら私は、あなたを支えるわ。最後の時まで、あなたのそばで――」
そっと繋いでくれた手から彼女の優しさが、温もりが伝わってくる。その心強くも優しく暖かい手を握り返し、感謝の言葉を伝える。
「ありがとう」
今一緒に見ている空の境界線が曖昧な夕焼け空は、今まで見てきたどんな夕景色よりも綺麗で、とても美しく、どこか切なさを覚える夕焼け空だった――。
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Episode62 ~夢舞台~
試合終了を告げる長い笛の音がスタジアム中に響き渡った。
応援席から聞こえる歓声と拍手、ベンチのチームメイトもみんなで勝利の喜びを分かち合っている。歓喜に包まれるフィールドで、俺は独り立ち尽くしたまま、空を見上げていた。
雲ひとつない、遠くどこまでも澄み渡る冬の青空。フィールドを駆け抜ける冷たい北風は、走り終えた直後の火照った身体の熱を徐々に奪っていく。
ひとつ、大きく深呼吸。
ゆっくりと長く吐き出した息は真っ白で、大気に触れた瞬間に消え去る。
「あと、ふたつ」
この試合を勝利したことで、夏のインターハイと同じベスト4進出を決めた。悲願の優勝まで、あと二試合。ベスト8まで勝ち上がってきたチームは、夏のインターハイで上位に名を連ねた有名校、下馬評をひっくり返して勢いに乗っている学校もある。ここから先は、さらに厳しい戦いになる。それでも......。
「
「ああ、すぐ行く」
「スポドリよ。少しぬるめに作ったわ」
「ありがとう」
「あなたたちのも用意してあるわよ」
「他会場の結果が出たわよ」
顔を上げる。ゴール裏の大型ビジョンに同時刻スタートした他会場の試合結果が表示されているスコアに、目を疑った。
スタジアムを出て、宿舎へと向かうバスでの帰り道。一番後ろの席で、先ほど映し出された試合結果について、
「相手は、インターハイの優勝校よね?」
「そう。まぐれで勝てる相手じゃない」
「だよな。それにあのスコア......夏の覇者を相手に5対0の圧勝だぞ? アイツらが、あんな点差つけて勝つだなんていったいどうなってんだ?」
「さーな。だが、大差で勝利を収めたことは確かだ」
インターハイの王者を大差で敗ったことは間違いない。
今年の夏、俺たちがインターハイ東京都予選で奇しくも今回と同じ五点差をつけて倒した相手――帝王学園。
宿泊先のホテルに到着。割り当てられた部屋に荷物を置き、夕食までは自由行動。
「おーい、ここだー」
カフェに入ってすぐ、店の奥の席から俺たちを呼ぶ声。声の主は、
「やあ、久しぶりだね」
「ごぶさたですね。
「お久しぶりです。会長、
軽く会釈をして挨拶をした
「じゃあ、次の試合から?」
「ああ、家の用事で来れなかった
「卒業生も、サッカー部のOBを中心に現地へ応援に来ると言っていたよ。
「そうですか」
勝ち上がるにつれて応援してくれる人たちが、期待してくれる人たちが増えていくのを実感している。それは朱雀高校関係者だけじゃなくて、中学時代の先生やクラスメイト、ベンチが叶わなかった部員たち。縁もゆかりもない全国各地から学校や放送局に寄せられる数多くの祝電、応援メッセージが物語っている。
「
「
「そうか、久しぶりに顔を見たいと思っていたんだけどね」
「準決勝からは生徒会総出で応援に来るって言っていたわ」
「じゃあ、挨拶はその時にするとしよう。しかし、彼女も生徒会に所属しているんだね」
「
「はっはっは、
「あ? 姉貴? 姉貴なら来ねーぞ」
「......な、なんだって!?」
好意を寄せている
「ど、どういうことだい!? レオナくんは、後輩の応援に行くと言っていたんだけど......」
眼鏡を直そうとする手が、これでもかと小刻みに震えてる。
この人にとっては、後輩の応援よりも自身の恋愛の方が重要のようだ。同じ立場だったらどうだろう。
「つまらない意地悪言うのはよしなさいよ。レオナさんも、次の試合から応援に来てくれるって言ってたじゃない」
「
「ええ、ホントよ。今は、ご両親と新年を過ごすためにイギリスへ戻ってるって激励と一緒に受け取ったわ」
「勝手に教えんなよなー」
「いつまでも姉離れしないからでしょ、まったく。シスコンなんだから」
「シスコンじゃねーよ!」
「そ、そうか、そうだったんだね。はっはっは! ここば僕に任せてくれたまえ。僕からの餞別だ」
「ところで、何があったんだい?」
「何がですか?」
「店に入って来たキミたちから、まるで危機感のようなただならぬ空気を感じたからさ。今のやり取りから、仲は良好のみたいだからね」
ティーカップを置いた
「フム、なるほど、帝王学園か」
「帝王学園といえば去年の秋、
「うん、居たね。分かりやすい挑発だったけど、相手にしていなかった」
去年の選手権東京都都大会の予選でベスト8を阻まれた試合後の俺を見下した態度は、あの場に同席していた二人の記憶にも残っていた。
東京都の選手権予選は二つのブロックに別れて、各ブロックで勝ち上がった優勝校が全国大会への出場権を得られる。別ブロックの帝王学園は、苦戦しながらも予選を接戦で勝ち上がり、全国大会でも延長までもつれ込む試合展開を演じ、辛うじて競り勝ってきたという印象だったが......。
「けどよ。帝王って、お前がデビュー戦でボコった相手だちゃよな?」
「その時と同じ五点差を今日の試合で、インターハイの覇者相手にやってのけたのよ」
「マジか、まぐれか......?」
「さあ実際に試合を見てみないとわからないけど。ただ、まぐれで勝てる相手じゃないのは間違いないと思う」
「インターハイの覇者となれば、当然今回も優勝候補の筆頭だろうね。圧倒するほどの力を急激につけたりできるものなのかい?」
「ちょっとしたきっかけで化けることはあります。ジャイアントキリングも少なからずありますし。でも、サッカーはチームプレーですから」
「個人競技と比べると、チーム全体が急激にレベルアップするとは考え難いと。フム......」
「でしたら、実力ということではないしょうか? 『能ある鷹は爪を隠す』ということわざもあります」
「
「まあ、
「はっはっは!」
なんだか懐かしいやり取りを見た気がする。
しかし、それだと疑問は残ったまま。わざわざ敗退のリスクを犯してまで隠す必要性があったか。何故、このタイミングで実力を発揮したのか。それとも、他に別の理由が存在するのか。
どうにせよ、次の試合ではっきりする。
さまざま要因が重なって起こった偶然の勝利なのか。それとも本物なのか――。
* * *
準決勝は同日、同じ会場で時間をずらして行われる。先ずは帝王学園対選手権で優勝経験もある全国屈指の名門校。事前の予想では、プロ内定者が数名いる名門校が優勢という見方が大半だったが――。
「二試合連続で五点差ゲームかよ!」
「間違いないな。アイツらの
「ああ、あれは俺じゃない。昔のアイツでもない。あれは完全なオリジナルだ」
縦横無尽にピッチを駆ける
試合後控え室へ続く通路で、試合に勝ち控え室から引き上げる帝王学園と出くわした。
「悪かったな」
すれ違いざま、突然の謝罪。
俺たちは、まるで示し合わせたようにお互いその場で立ち止まった。顔は合わせず、背中合わせでの会話。
「なにが?」
「言ったはずだ)借りは冬に返す。思いの外、“調整”に時間がかかった。正直、間に合うか分からなかったが、ここに来てようやく形になった」
新しいプレースタイルをチームメイトとアジャストさせるのに時間がかかった。それで予選から苦戦していたのか。そして、準々決勝で形になった結果が五点差ゲーム。
「......オマエが、全国で脚光を浴びているのを見て思い出した。特に、オマエたちが負けた試合の後にな。オレは、オマエのプレースタイルにこだわっていた訳じゃないってことを......。オレは――」
フッ、と小さく笑った。
「決勝で待っている。約束通り、決着をつけよう。最高の舞台でな!」
左手を軽く上げ、徐々に遠ざかっていく背中。
俺が本気で憧れた、あの時と同じようなオーラを纏っていた。いや、それどころか、もっと凄みのある雰囲気を感じさせた。
* * *
全国選手権大会決勝戦当日。
先日、準決勝の二試合目で俺たち朱雀高校は、夏のインターハイで惜しくも敗れた相手に競り勝ち、遂に初の決勝進出を果たした。
「おーいっ!」
「ん? あ、
ベンチ裏の朱雀高校応援スタンドから、
「今日も応援に来てあげたわよっ」
「ありがと、
「祝勝会用にもう食材仕込んであっから勝ってくれよな!」
「会場は、オレん家な。因みに結構な額を出し合ってから無駄にさせんなよー」
「ちょっと、試合前にプレッシャーかけないでくれるかしらっ!」
「しかし、スゴい観客の数だな」
「それはそうよ。だって、史上初の東京勢同士の決勝戦だもの」
「だから、ゴール裏とスタンドにもカメラとかいっぱい来てるんですね」
「あ、ホントだっ」
「じゃあ、そろそろ行くよ。
「ええ、行きましょ。また後でね」
背中に声援を受けながらベンチに戻り、準備を始める。
両校ともに試合前の練習を終えて、いったん控え室へ下がって、試合開始直前、最終ミーティングを行う。
知らせに来た会場スタッフの指示を受けて、
「ついに来たな、
「ああ」
ケガをした時は、正直、ここに立っているなんて夢にも思わなかった。
俺は、いろんな人たちに支えられて......今、この舞台に立っているんだ。
「つーか、やべぇ、マジでワクワクしてきた! こんなの代表の海外遠征の時以来だぞ!」
「
「気負い過ぎるなよ」
「わーってるっての」
「約束通り、借りは返すぞ」
俺と同じで、列の最後尾に付いた
――俺だって負けられない。この試合だけは、絶対に。
腕時計を確認して歩き出した主審の後に続いてスタジアムを抜けると、まで浴びたことのない大歓声に包まれた。
高校サッカー生活において、最高で最後の夢舞台へと足を踏み出した。
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Episode63 ~黄昏色の誓い~
主な修正個所は後半部分を全てです。
選手権大会決勝戦、朱雀高校は序盤から劣勢を強いられていた。
理想の型にはめようとしていた息苦しいフォーメーションプレーを捨てた対戦相手の帝王学園は、夏の予選よりも少し高いトップ下にポジションを取る
ゴールこそ奪われてはいないが、攻守において掴み所のない変幻自在な戦術になす術もなく、防戦一方の時間帯が続く。
「両サイド、コース切れ! マーク外すな!」
ゴール前でディフェンスリーダーの
「戻せ!」
右サイドの相手選手はゴール前まで運んだボールを惜しむことなく、あっさりと後ろへ叩いた。選手を一人経由して、キャプテンマークを巻く
「くっ......!」
マークを外して、シュートブロックに行くもあと一歩間に合わず。ゴールまで約25メートル、フリーで右足を振り抜かれてしまった。
「跳べーッ!」
「――えっ!?」
守備陣の頭上、ゴールバーの上を越えたシュートにブレーキが掛かり軌道を変えた。急激な変化とスピードにキーパーは反応できず、ゴールネットを大きく揺らし、同時に前半終了告げるホイッスルが鳴り響いた。
前半戦、終了寸前での失点。一点ビハインドでハーフタイムに入る。今の一連のプレーで悟った――このままでは負ける、と。
「クソッ! 訳わかんねー動きしやがって、どうする?」
「既に手は打ってある。マネージャー、頼んでおいたものを頼む」
「はい、どうぞです!」
「スコアブック? スゲー、全員の動き、おおよその走行距離まで測ってんじゃん」
「これほどとはな」
「引退した先輩方も手伝ってくれたんです」
「そうか。お前たちの努力は絶対にムダにしない、ありがとう」
「......はいっ!」
「先生、ホワイトボードを」
「よし!」
応援席から控え室へ手伝いに来てくれた二年生の女子マネージャーから、スタンドで取ってもらっていた相手のデータを受け取った
みんなが後半戦へ向けて体を休めながら意見交換をする中、トイレへ行く言って控え室を出た俺は、右膝のサポーターを外して、救急箱から持ち出した医療バサミをテーピングの隙間にあてがう。
「何してるのよっ!」
突然ドアが開いて、
「テーピング、切ろうと思って」
「だ、ダメよ! そんなことしたら――」
「反応が一歩遅れた」
「え?」
テーピングを巻いた右膝に目を落とす。
「あの失点は、俺のミス。あの距離からもあるって解ってたのに、あと一歩が届かなかった。ホントはもう、必要ないんだ。主治医から、お墨付きをもらってる。ただ、テーピングなしで思いきりプレーするのが......怖かった」
――情けない。こんなものにいつまでも頼っていた自身の弱さが招いた結果。
「......貸して。私がやるわ」
顔を上げて見た
「
「言ったでしょ、私が支えるって。だから......私も、一緒に戦うわ。もしもの時は、私を恨んで。テーピングを切ってあなたを送り出した、私を――」
ハサミを持つ手は小さく震えている。
人通りのない廊下で彼女を抱き寄せ、心から感謝の想いを伝える。
「ありがとう。
出会った頃よりも伸びた髪にそっと触れる。
いつも自分のことは二の次にして、ずっと側にいてくれた。三年に上がって、受験生なのに一緒に部活に入ってくれて、休日もほぼ毎日部活で、バイトがある日は夜遅くまで待っててくれた。そんな彼女の優しさに甘えるだけで、恋人らしいことなんてほとんどしてあげられなかった。それでも愛想を尽かさず、今も傍に居て支えてくれてる。
「
「
手の震えはもう治まっていて、腕の中で顔をあげた
「なによ、急に。別れ話の前みたいじゃないっ」
照れ隠しなのか、可愛らしく口を尖らせる。
「別れるつもりはないけど?」
「私だってないわよっ」
少しの間見つめ合って、どらからともなく小さく笑い合った。
「そろそろ戻らないと。ハサミ、貸して」
「イヤよ、私が切るわ。だって私は、サッカー部のマネージャーで――あなたの彼女なんだからっ!」
そう力強く宣言した
「戻ったか」
「悪い、処置してた」
「処置? なるほど......」
足下に目を落とした
「行けるんだな?」
「問題ない、任せろ」
「フッ、そうか。
「わかってるわ。さあ、みんな急いで準備するわよ。手の空いてる人は手伝いなさい」
「はいっ」
後輩のマネージャーたちとベンチ入りの選手たちを従え、治療道具のチェック、ドリンクの補充など後半戦へ向けて準備を始めた。
「流石だな。
中学の頃から生徒会に所属していた彼女は、部活のマネージャーは未経験だったけど、それを感じさせない早さで仕事を覚えて、すぐにみんなから頼られる存在になった。実際、
「そっちは?」
「こちらも見つけた。集まってくれ」
スタートと同じ面子は、相手選手の攻守の動きを番号付きマグネットと矢印で記したホワイトボードの前に集まる。
「今まで相手の捉えどころのない無造作の動きに惑われていたが、ポジショニングにある種の決まりごとが存在することがわかった。それが、これだ」
ホワイトボードの選手の動きを示す矢印を指す。それを見て俺を含む何人かは、相手選手の動きのある共通点に気がついた。
「そうか、そういうことか」
「どういうことっすか?」
「ゾーンだよ」
「ゾーン? ゾーンディフェンスとか、ゾーンプレスとかのゾーンっすか? でも、それって――」
「そうだ」
「通常ゾーンは予め決められた
ローテーションでポジションを動かしているワケではなく、役割自体を決めていないから、攻撃も守備も人がいないところへ流動的に動き回るため、ポジションが定まらない。
「大袈裟な表現になるが、トータルフットボールにおけるひとつの答えだろう。当然、簡単に出来ることじゃない。どのポジションもそつなくこなせるひとりひとりの高い技量はもちろん、どこへ行けばいいのかを瞬時に導き出せる判断力が求められる」
そしてなにより、試合中常に走り続けられる
「んで、結局どうすんだ?」
「単純な戦術だ。相手のポジション変化に惑わされず、マークを切り、従来のゾーンディフェンスで対応する」
「変則ゾーンには正統派ゾーンでってワケだな。攻撃は?」
「決まってるだろ?」
俺の肩に、ポンっと手を乗せた。
「うちの司令塔に任せる」
また丸投げかよ、と突っ込む間もなくトアがノックされた。
ドアの向こうから「朱雀高校、準備をお願いします」と運営スタッフの呼び掛け。
「
「いつでも行けるわ」
「サンキュー。集合」
マネージャーたちも加わり円陣を組む。
「さあ、歴史を造りに行こう!」
鼓舞し、支度を整え終えた選手とマネージャーたちは、控え室を出て行く。
目を閉じて、ひとつ深呼吸。
ゆっくりと目を開けると、ドアの近くで
「忘れ物よ」
「忘れ物?」
控え室のドアを閉めて、つま先立ちで首に手を回した。
「おまじないよ」
初めてキスした時と同じ言葉。
あの時とは違う、恋人同士のキス。
「無事に戻って来ないと許さないから」
「了解。行こう」
「ええ!」
一緒に、決戦の舞台へ向かった。
後半戦開始直前、ベンチで最後のミーティング。泣いても笑っても試合は後半戦を残すのみ。守備に関する最終確認のあと、最後に顧問と
「悔いが残らないように持てる力を全部出し切って戦って来い!」
「ここで負けたら初戦で負けるのと同じよ、絶対に勝ちなさいっ!」
朱雀高校の応援席からも。
「勝負は、ここからだぞー!」
「そうよ、勝ちなさいよー!」
「こりゃ負けられねぇーな」
「だな。
センターサークルに向かおうとしていたところへ声をかける。
「弱点を突く。ファーストプレーで同点にするぞ」
「オーライ!」
主審の笛がスタジアム中に鳴り響き、後半戦スタート。センターサークル中央で
そのボールを、テーピングとサポーターを外して自由になった右足で受ける。自然な感覚、違和感は微塵もない。
顔を上げて前を向く。相手が素速いプレスで、ボールを奪いに来ていた。右足で軽くボールを転がし、奪おうと大きく伸ばして開いた足の間を狙い澄まして通す。一人目をかわして相手陣地内に侵入するも、すかさず別の選手がフォローに駆けつけてくる。抜かれた選手は、ポジションチェンジで空いた場所へ移動、敵陣の後方へ回った。
「いかせねぇよ!」
フットサル仕込みのステップで二人目をあしらい、更に三人目をかわしたところで、
「速いッ!? くっ!」
地道な走り込みの成果なのか、自分でもビックリするほど思った以上に体が動く。それだけじゃない。今までは、テーピングの存在で逆に無意識の内にセーブがかかっていたのだろう。
「誰でもいい、当たってくれ! ペナルティエリアに入らせるな!」
「わかった!」
「任せろ!」
大声で叫んだ
カラクリが解った今、冷静に対処さえ出来れば技量で負ける相手じゃない。距離を計り、チェックに来た相手をあざ笑うようなフライボールで頭上を越すスルーパスを通す。
これがひとつ目の弱点。フォローが速い反面、他の場所に居た選手がポジションチェンジをするさい僅かなタイムラグが生じる。
パスを出した俺は、パスアンドゴーでゴール前へ走った。
「ナイス!」
パスを受けた選手はダイレクトで、ツートップのひとり
「もらいッ!」
ゴールキーパーが片手一本で辛うじて弾いたこぼれ球を、俺と同じく走り込んでいた
インターハイと同じ、魔の時間帯での同点ゴール。
「悪い、どっちかが引きべきだった......」
「謝る必要はない。今のは、簡単にやられたオレのミスだ。それに――」
不意に目が合った。
「こうでなければ面白くない。振り出しに戻っただけだ、オレたちが必ず勝ち越すぞ!」
「オオーッ!」
初めて見た。アイツがチームを、仲間を鼓舞する姿。キャプテンマークを巻く理由も納得。
このあと試合は、両校の攻守が目まぐるしく入れ替わる激しい展開になった。どちらもゴール付近まで攻め込むが、寸でのところで防ぎ合う。
そして、後半戦の残り時間の半分が経過した頃、先に流れを掴んだのは――帝王学園。ペナルティエリア付近で、
「
走り込んだ相手にマークの意識を奪われたわずかな隙をついて、シュート。大外から巻いて来たボールは、キーパーの指先をかすめてゴールポストに直撃、ゴールマウスには嫌われたがパス要求した相手選手の下へセカンドボールが転がった。無人のゴールへと押し込まれ、失点。残り時間半分を切ったところで、朱雀高校は再び勝ち越しを許してしまった。
「まさかととは想うが、今のは......」
「ああ、間違いなく狙ってやった」
勝ち越しゴールを決めた選手にはマークがついていた。普通のパスでは通らないし、シュートコースもなかった。あれは、ゴールポストを利用したアシスト。
「とんでもないことを考えるな、アイツ」
本当に恐ろしいのは、その無謀な発想を実現させてしまう飛び抜けた
「あと二十分弱か」
「大丈夫、すぐにとりかえす」
センターサークルから仕切り直し、後半戦開始時と同じようにボールをもらう。そろそろ頃合いのハズ。奪いに来た選手を、両足の足裏を使った細かいタッチのドリブルであっさり抜き去る。
「くそッ!」
思った通り、相手の足はかなり重い。
これが二つ目の弱点。二人目、三人目には追いつかれもしない。前半からあれだけ走り回っていたため必然的に体力の消耗をしている。それも慣れないポジションで複数の役割をこなさなればならないため、疲労は通常の戦術の比じゃない。
速いパスワークで足が止まったディフェンスを崩し、あっさりゴール前へまで運び、キーパーと一対一の場面を作り出し、ノールックで左にパス。
「ごっつぁんっす!」
フリーで受けた
「勝負は、ここからだ!」
どちらも延長戦は頭に入れず、最後の力を振り絞り、ぶつかり合う。時間が進むにつれて、両校のスタンドボルテージも上がり声援はどんどん大きくなる。
そして、試合がアディショナルタイムに突入したのとほぼ同時にホイッスルが鳴り響いた。それは、試合終了を告げる音ではなく――。
「帝王、フリーキック!」
朱雀高校ゴール前で、痛恨のファール。ゴールまでの距離は22、23メートルほど、十分直接狙える距離。蹴るのは当然、
「
「だけど」
壁の上を巻いてくるか、先制点を奪った無回転シュートで来る。壁は、一枚でも多い方がいい。
「策はある。必ずお前に送る」
「......わかった」
――ピィッ! と主審の短い笛が鳴り、帝王学園のフリーキック。キッカーの
「なにッ!?」
「カウンター!」
信じて待っていたところへ、セカンドボールを拾った
守備に残っていたディフェンダーを三人のショートパスの交換で置き去りにするも、選手交替で入ったフレッシュな選手が前線から全速力で戻って来た。
試合終了間際、残る最後の三人目、最後の攻防。視線のフェイクを入れ、右サイドを駆ける
「
不意に、
中学最後のプレーでケガしたあの状況がだぶる。咄嗟にボールを浮かせ、自分は後ろに飛び、スライディングを避けて左足で着地。落ちてきたボールに合わせ、右足を振り抜いた。
ゴールを告げるホイッスルが鳴り響き、そして同時に試合終了を告げる長い笛の音がスタジアム中に鳴り響いた。
途中入部の俺を受け入れてくれて、最後まで一緒に戦ってくれた最高の仲間たちは喜びを爆発させ、ベンチやスタンドの応援団も一緒に喜びを分かち合う。
ベンチ前で涙を拭う
突き上げた左腕の、黄昏色のミサンガが切れて、鮮やかな緑色の芝生の上に落ちた次の瞬間――因果を取り戻した。
そして、まるであの日と冬の教室のような黄昏色の教室でした誓いを今、鮮明に思い出した。
『約束する、必ず守るよ。だから――』
『――信じるわ。だって、あなたは......』
――
どこまでも、どこまでも続く蒼く澄渡った空の向こうの居る彼女へ問いかけた。
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Episode64 ~黄昏時の約束~
「つかれた~」
短くもとても濃い時間を過ごした冬休みも終わり、卒業までいよいよひと月余りとなった1月末の放課後。
ただ、そうなっている理由の要因でもあるため。ここは、ちゃんと労ってあげよう。
「おつかれさま。はい、お茶よ」
「お茶菓子もあるよ」
「あっ、ありがとうございます。先輩方」
背中を丸めたまま、
「あ、このお茶おいしぃ~」
「
「先輩の実家って、静岡でしたね。さすがお茶処、お菓子もおいしぃ~」
お茶と一緒に送ってくれたお菓子をほうばり、ご満悦なようす。
「ところで、
「家の用事で先に帰ったよ」
だいたいここでダベっているノアちゃんは、部活存続のために後任を探していた
「う~ん、私、帰りましょうか?」
「そう言うのいいからっ」
苦笑いでやり過ごしていると、ドアをノックする音が響いた。
「私が出るわ」
「誰? あら、あなた......」
「お疲れさまです。
来客は、生徒会長の
「あれー?
「
「だって私、
得意気な顔をして言う。
そう。
「そうだったね。呼び出す手間が省けたよ、キミも一緒に来てほしい。先輩、ご同行お願いします。詳しい話は、生徒会室で」
事情はよく分からないけど、断る理由もない。
とりあえず、話を聞くために生徒会室へ向かう中、
「また取材の申し込みかしら?」
全国大会優勝を成し遂げた日から、テレビや雑誌、新聞社などから取材依頼が殺到している。その対応に教職員はもちろん、生徒会の面々も日々追われている。
「サッカー部への取材だけではなく、学校案内や受験に関する問い合わせも増加していて、学校や僕たち生徒会にとっては嬉しい悲鳴ですよ」
「私、結構大変なんだけど?」
「報酬は弾んでいるつもりだよ。その証拠に、フットサル部の存続を認めたわけだし」
「報酬なのっ!?」
「当然だよ。
「むむっ、あの計算天然のおばけ巨乳めぇ~。ちょっと胸が大きいからって――」
密告のことよりも別のことに力がこもっているように感じるのはきっと気のせいだろう。なんてことを話している間に、生徒会室に到着。生徒会長直々にドアを開けて、促されるまま生徒会室に入る。
「よっ!」
「
「では、役者が揃ったところで本題に入りましょう。先生」
「ああ。実は今日、とあるところから連絡があった」
司会役の
「何すか? 改まって」
「取材じゃないみたいですね」
「ああ、今回は別件だ。来月初め――」
顧問の口から伝えられた話は、まったく予想していないことだった。
* * *
「どうするの?」
「正直、迷ってる」
部室へは戻らず、そのまま学校を出た俺たちは、住宅街をアパートへ向かって歩いていた。
生徒会室で顧問から告げられたのは、来月行われる国際親善試合への選出を打診されたという話。東京都で半世紀ぶり開催される世界大会へ向けて若手選手の強化を目的とした、高校生以下の世代で構成されるU-18日本代表メンバーに選ばれたという旨。
「時期が、ね」
「受験真っ只中だものね」
強化試合と同月に実施される、朱雀大医学部への内部進学の実力試験。翌月には、選手権後日に行われたセンター試験で足切りをクリアした、殿様大学同学部の本試験も控えている。
内部進学については、担任と顧問から「問題ない」とお墨付きはもらっているといえ、勉強に専念したいというのが本音。
だけど、同じく代表に選ばれた
「もう! もう少し時期を考えてくれてもいいんじゃないかしらっ?」
「まあ、選ばれてたメンツのほとんどはもう進路が決まってるからね」
プロだったり、強豪大学へ推薦入学だったり、社会人チームを持っている企業だったりと卒業後の進路が既に決まってる人が大半で。むしろ今回の場合、普通に受験する俺の方が特殊なケース。
「それに――」
言いかけたところで、ふと足が止まる。
「どうしたの? あっ......」
住宅街に佇む、三階建ての一軒家。門の向こう側に見える広い庭の草木は伸び、まったく人の気配を感じられない。ただ「白石」と刻まれた表札だけは変わらずにそのままだった。
「行こっか」
「ええ」
止まっていた足を前へ踏み出す。歩幅を合わせて歩いている
「約束。ちゃんと守れたわね。おつかれさま、かっこよかったわ」
「ありがと」
柔らかい手を握りかえして、空を見上げる。
「
吐いた白い息が、少しだけ長くなった冬空に融けていく。昼とも、夜とも、どちらともいえないオレンジ色とスミレ色の幻想的な空がどこまでも広がっている。
大切な約束をした、あの日と同じ黄昏色の空。
あの日......
* * *
寒さが厳しくなり始めた、夕暮れの放課後。
部室終わり帰り支度をしている最中、スマホを教室に忘れたことに気が付き、教室へと急いでいた。下校時間まで間もなくということもあって、廊下ですれ違う人もほとんどいない静な校舎。人気のない校舎西側の窓から差し込むまばゆい光が、徐々に廊下をオレンジ色に染めていく。
自然と足が止まり、窓の外に広がる鮮やかな世界に見いってしまう。幻想的で美しい景色の中に、どこか物悲しさを覚えながら、ふと、昔のことを思い出した。
あの日も今日と同じ、とても美しい夕暮れだった。
バイトだったり、部活だったりと、この時間帯に校舎に残っていることは稀で。あまり思い返すことはなかった記憶が頭の中で甦る。
もう六年も昔の、淡い初恋の記憶――。
夕日を眺めながら当時の幼い想い出に浸っていると、下校時刻10分前を告げる校内放送が流れた。
後ろのドアから教室に入ると、よく知る女子が自分の席の椅子に座って、窓の外を眺めていた。教室を照らす夕日のせいなのか、それとも昔を思い出して、少しセンチメンタルになっているせいなのか。どこか儚げな雰囲気にも感じた。
だから俺は、忘れ物を探すよりも先に、彼女へ声をかけた。
そう、まるであの日と同じように......。
「どうしたの?」
「えっ!?」
振り向いた彼女――
「スマホを取りに来たんだ」
ロッカーに置き忘れた、スマホを見せる。
「そういえば、振動音がしていたわ」
「見つからなくて、
「そうなの」
窓の外へ顔を戻した
そして、しばしの静寂。
どちらも口を開くことなく、ただただ高層ビル群の向こう側へと沈んでいく夕日をしばらく眺める。
手に持ったスマホが振動した。確認すると、着信は
「帰らないの?
「待っててくれてる。でも――」
机を挟んで
「今、このまま帰ったら後悔する。そんな気がするんだ」
彼女に顔を向ける。
「あの時と同じ顔してるから」
いつの間にか夕日は高層ビルの向こうへと消え去り、オレンジ色だった空が、東から徐々にスミレ色に移り変わっていく。
昼とも、夜とも、どちらとも言えないとても曖昧な時、黄昏時。
「私......」
お互いの顔が見えにくくなった頃、
「私、転校することになったの......」
告げられた言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。正に青天の霹靂というもので、しばらく言葉を失う。それくらい衝撃的な告白。親の都合とは言え、受験を数ヵ月後に控えたこの時期での転校だなんて思いもしなかった。それも、海外。
「じゃあ、明日にはもう......?」
「......うん、早朝の便で出国するわ。ごめんなさい......」
「なんで謝るの?」
「だって、応援に行けないから......」
――応援......ああ、そうか。だから
「それは仕方ないよ。事情が事情なんだし――」
「違うのっ!」
俺の言葉を、彼女は強い口調で遮る。彼女らしからぬ力強い否定の言葉。
そして、そのあとに続いたのは――“はじまりの魔女”なる言葉だった。
「代償の支払いが、転校で早まるってこと......?」
俺の問いかけに
「もし応援に行けたとしても。あなたは......みんなは、私のことを覚えていないわ。最初から存在していなかったみたいに......」
はじまりの魔女が消えれば、朱雀高校の魔女も力を失う。
記憶を取り戻す儀式を行うことも不可能。朱雀高校での
「......でも、やっぱり私は、忘れられたくない。だから、代償を支払いに行くわ」
代償を支払う。
「......代償の支払いに条件を加えることはできる?」
「条件を? たぶん、出来るけど」
それなら、俺にもまだ出来ることがある。
「条件は、選手権優勝。それで、失ったみんなの記憶をぜんぶ取り戻す。失敗した場合に支払う代償は、俺の記憶――」
「えっ!? で、でも、そんなこと......!」
血相を変えて、勢いよく席を立ちあがった。
「大丈夫。全国で優勝すれば、俺の記憶も消えないから。だから、約束する。必ず守るよ。俺を信じて――」
俺は、そんな彼女に少しでも安心してもらえるような声で話しかける。だけど
「信じられない?」
うつむいたまま首を小さく横に振り、顔をあげて、日が沈んで暗くなった窓の外に顔を向けた。
「信じるわ。だって、あなたは......」
こちらへ向き直す。
「名は体を表すって言うけど。私にとって、あなたは本当にそういう人」
彼女の表情は暗くてよく見えない。
それでも、穏やかな声色でなんとなく分かる。
「あなたの周りには、いつもたくさんの笑顔で溢れているわ。私も、そう......。昔から勉強ばかりで、人付き合いが苦手で、いじめられたこともあったわ。そんな私に友だちができて、好きな人ができて、みんなと一緒に笑えるようになったのは、あなたがいたから......」
「俺、そんなたいしたことしてないけど」
「ううん、そんなことない。あなたは、私が悩んでいるといつも助けてくれたもの」
――それはただ、いつもひとりでつまらなそうに教科書とにらめっこしている
「あの時も、そう。今日と同じような空だったわ」
「――えっ?」
建物の角度なのか。一瞬オレンジ色の光が照らした
「あなたは、きっと憶えていないと思うけど。ずっと昔、まだ幼かった私は、あなたに救われたの」
――ああ、そうか、そうだったんだ......。覚えていてくれたんだ。
「......憶えてるよ」
あの日、あの冬のことは生涯忘れることはない。
――俺の、初恋だ。
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Episode65 ~将来~
例年と比べて比較的暖冬になると予報されていた東京の街に、今年初めての雪が降った。どんよりとした灰色の分厚い雲が空を覆い隠し、閉められた窓を雪と一緒に強い北風が叩く。まるで冬の季節を切り取ったみたいな風景が窓の外、寒空の中に広がっている。
それは、卒業まであとひと月を切った二月始めのことで。高校生活三年間も、あとひと月。それともやっとひと月なのか、人それぞれに思うところもあるだろう。私にとっては、前者。あとひと月足らずで終わってしまうという思いが強い。そのせいなのか、この雪がどこか、今の自分の気持ちを表しているみたいに思えて、ほんの少しだけ物悲しい気持ちになった。
「とりあえず、おめでとさん」
私の気持ちなんてお構いなしに、こたつに入っている
「サンキュー」
彼の正面に座る
「でも、本番これからだろ? 特に、お前はさ」
そう、二人にとっての本番はこれから。
センター試験の足切りをクリアした二人は月末に、国内最難関の殿様大学への本試験に臨む。あと、
「まーな。でも、今日ぐらいいいだろ。めでたいんだしさ」
「ずいぶんと余裕なのね。本試験が残ってるのに」
「オレ、A判定取ったし」
「最後の方だけでしょ」
「いいんだよ、本番に強ぇーから」
余裕綽々の
「つーかさ。どうして、
「あら、私のこと知らないのね。
「ちょっと待ってね。よっと......はい」
身体をやや捻って、棚に置かれていた朱雀学園のパンフレットの入った封筒を手渡してくれた。
「ありがと」
受け取った封筒の中から学校案内パンフレットを取り出して、こたつテーブルの上に目当てのページを開いて置く。
「これを見なさい」
「あん? これって......
驚きを隠せない
「幼稚園頃から朱雀学園に通っているの。だから、大学も朱雀大学に進学するって最初から決めていたわけ」
「へぇ、純粋培養ってヤツか。けど、なおさら複雑なんじゃねぇーの? 別々の学校になるかもだろ」
「それはそうだけど......。別に、同じ学校じゃなくたって会えるわ」
それに同じ大学に進学しても学部が違うから、同じ講義を受けるわけじゃないし。どっちにしても、一緒にいられる時間はきっと今よりもずっと少なくなってしまう。
――もう、そういうこと考えないようにしてたのにっ。ホント、デリカシーの欠片もないわね。
批難の視線を向けると、片ひじをついてニヤニヤと笑っていた。
「なによっ? その笑い方はっ!」
「別に~。ま、色々やりようはあるわなーってな。さてと」
どこか意味深にニヤケ顔で言った
「じゃあオレ、帰るわ」
「まだ、5時前よ?」
「雪も降ってるぞ?」
「このくらいなら問題ねーよ。つーか、今以上に酷くなるとマジで帰れなくなりそうだからな。オレも受験生だし。一応」
「傘は?」
「折り畳みがある」
スクールバッグから、折り畳み傘を取り出した。
「そんな小さな傘じゃ風に持っていかれるわよ。外、結構吹雪いてるし」
「だね。俺の持っていっていいよ」
「お、いいのか?」
「ああ。どうせ、しばらく使わないから」
「んじゃあ借りる。サンキュー!」
玄関の外まで
「時間、大丈夫?」
「平気よ。今日は、晩ごはんも食べてくるって言ってあるわ」
「そっか」
「また吹雪いてきたね」
「天気予報じゃ積もるほどじゃないって言っていたけど。帰れなくなったら泊めてもらうわ」
と言うのは、冗談。付き合い始めてから、私は一度も朝帰りをしたことがない。特別門限があるわけじゃないけれど、いつも22時までには家に帰ってる。だから、冗談だってわかっている
「ところで明日は、何時に出るの?」
「朝八時に駅前に集合だから、七時には出たいかな」
「準備は?」
「あとは、参考書を入れるだけだよ」
視線の先、部屋の隅には大きめスポーツバッグが既に用意されている。参考書は、筆記用具と一緒にコタツの上。
「じゃあ、ちょっと早いけど晩ごはんにしましょ。キッチン借りるわね」
「ありがと」
こたつを出て、台所に立つ。いつかから常備するようになったエプロンを着けながら、参考書に目を落としている彼の横顔を見つめる。
「ん? どうしたの?」
「なんでもないわ。あっ、明日の朝のぶんの食材は残しておいた方がいいかしら?」
「大丈夫。コンビニ寄っていくから」
「そう。じゃあ使わせてもらうわね」
二人分の晩ごはんを作って、こたつへ持っていく。あり合わせの食材で作ったから凝った料理はできなかったけど「おいしい」と笑顔で言ってくれる。つられて、私も笑顔になる。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさま」
「ねぇ、
「なーに?」
食べ終えた食器を片付けようとしたところで、呼ばれた。
「全部終わって落ち着いたら、どこか遊びに行こう」
「......うん!」
思いがけないデートの誘いに思わず返事に力が入る。すぐに洗い物を片付けて、隣に座った。
「どこか行きたところある?」
「そうねぇ~」
受験勉強の合間の気分転換で、カフェとかへ行くことはあっても、デートは久しぶり。デートの定番は遊園地、水族館。テーマパーク。それから、ショッピング。でも逆にいえば、行こうと思えばいつでも行けるありきたりなデートスポットでもある。せっかくなんだから、どこか特別な場所がいい。
――特別な場所。
考えていると、ふと、行ってみたいところが頭に浮かんだ。
「ちょっと遠くだけど、いいかしら?」
「うん、いいよ」
「えっと、じゃあ
「ウチ? ここ?」
「そうじゃなくて、静岡の実家よ。ダメ、かしら......?」
「構わないけど、特別観光地じゃないよ? 普通の田舎だし、茶畑は多いけど」
「いいの。見てみたいのよ。どんな街で過ごしていたのか。それに――」
「それに?」と、彼は首をかしげた。
「ほら、あれよ。大会のあと閉会式とか、インタビューとか、祝勝会とか、いろいろばたばたしててちゃんと挨拶できなかったでしょ。だから」
「あぁ~」
ちょっと微妙な反応。
――いきなり挨拶なんて言ったから引かれたかしら......? でも私の両親には三年に上がってすぐ、サッカー部に入ること伝えた際、どんな彼氏なのか知りたいから今度連れて来なさいって言われて、ちゃんと紹介してる。将来は、スポーツ専門のお医者さんになるために医学部への進学を目指していること。選手生命に関わる大ケガを乗り越え、親友との約束を果たすために努力して復帰したこと。なにより、
「何してるのよ?」
考えごとをしている間に、彼はスマホを操作していた。
「今度、
「そ、そう、じゃあ早めに決めないといけないわね」
――そうよね、ご両親の都合を確認しないでいきなり訪ねたら迷惑になるわ。それに身だしなみもちゃんとしていかないと。
「やっぱり、卒業してからの方がいいよね」
「ええ、私もそう思うわ」
とにもかくにも殿大受験が最優先。この話は、落ち着いてからゆっくり決めようと言うことになった。
* * *
「はぁ~......」
大きなタメ息と同時に、ベッドにうつ伏せで倒れ込む。スマホを見てみるも、着信もメッセージも届いていない。
「二週間って、こんなに長かったのかしら......?」
カレンダーの日付を見て、思わず本音が溢れる。
U-18日本代表合宿に参加する彼を駅で見送った日から、四日の夜。まだ四日しか経っていないのに、会えない時間の切なさが胸に込み上げてくる。付き合いはじめてから一緒に居ない日なんてなかったんだから、無理もないと自己肯定.。
「ハァ......」
またひとつ、タメ息。この二回目のタメ息で気づいた。
――そうなのね。
それなのに私は、たった四日会えていないだけなのに、こんなに......。
情けない気持ちと同時に、二人には申し訳ない気持ちになった。起き上がって、ベッドに座り直して、ゆっくりと深呼吸。
気を取り直し、気分転換も兼ねてお風呂に入ろうとした矢先、スマホが鳴り響いた。ディスプレイに表示された名前は、心待ちにしていた人。
「も、もしもし」
突然の電話に思わず、なんだか変に緊張してしまった。
『あっ、
「平気よ」
邪魔にならないようにメッセージで連絡のやりとりはしていたけど、電話は初めて。声を聞けたのも、四日ぶり。
『そう? よかった』
「それで、どうしたのかしら?」
『時間が取れたから。
「そ、そう......」
そう言ってもらえると嬉しいけど、ここまでストレートに言われるのも反応に困る。嬉しいけど。思わず二回も思ってしまうほど。鏡は見れない、間違いなく頬が緩んでる。
「合宿は、どうなの? やっぱり、大変なのかしら?」
『そうだね、練習時間は部活よりも短いけど、その分内容が濃い。あとミーティングが長い』
『仕方ないんだけどねぇ』と、電話越しで苦笑いしている。サッカーはチームプレー。部活でもフォーメーションの確認はことあるごとにプレーを止めて、何度も何度も繰り返し話し合っていた。日本代表はもっと短い時間で、それも初めて組むメンバーで形にしないといけないのだから大変に決まっている。
「受験勉強する時間は取れるの?」
『ちゃんとしてるから大丈夫。ルームメイトから「もうちょい電気絞れ」って苦情が来るけどね』
「ちゃんと寝なきゃダメよ。無理して体調崩したら、元とも子もなんだから」
『はい、気をつけます』
「おーい、風呂の順番だぞー」と、ルームメイトと思われる男子の声。
『了解。ゴメン、呼ばれた。また連絡するね。おやすみ』
「ええ、おやすみ」
通話が切れたのを確認して、そのまま身体をベッドに預けるように仰向けで寝転がる。久しぶりに聞けた声。
――今夜は、きっとぐっすり眠れるような気がするわ......って、お風呂入らなきゃ。浮かれて、忘れていた。
「ん? メッセージ?」
着替えを用意していると、電話とは違う着信音が鳴った。メッセージの送り主は、
* * *
「お、来たか。上がってくれ、こっちだ」
「ええ、おじゃまします」
メッセージを受け取ってから数日後のお昼過ぎ。私は、
「あら。もう、みんな来ていたのね」
「やっほー、
リビングには私に手を振る
「遅いよ、
「約束の時間はまだでしょ?」
そうナンシーに答えて、空いている彼女の隣の椅子に座り、足元にバッグを置く。
「髪、下ろしたのね」
ドクロをあしらった髪飾りで結っていたツインテールの髪を、初めて出会った時と同じように下ろしたナンシーは、少し不安そうに訊いてくる。
「ヘンか?」
「似合ってるわよ。シドも、そう思うでしょ?」
「お、おう、イカしてるぜ......!」
「そ、そうかい?」
「おーい、飲み物行き渡ったかー?」
「そんなのあとでいいから早くチャンネル合わせないと始まっちゃうわよっ」
「そう慌てんなって、まだ始まんねーよ」
と言いつつも、ソファーに深く腰かけている
「ん? 専門チャンネルなのかい?」
「地上波も、衛星放送も、ライブ中継はなかったんだよ。夜中に録画放送はあったけどな」
「まさか、
「当然。なんてたって、
今日は、U-18日本代表の国際親善試合の日。先日の
「あれ? まだ、やってないわねぇ」
「練習中ですねー」
「言っただろ。試合開始まで時間あるって」
「じゃあおれ、今のうちに何かつまめるもん作るぜ。みやむー、キッチン借りるぞー」
「おう、好きに使ってくれ」
「あれー?
「うむ、
「へぇ、アメリカから戻って来てたのか。つーか、代表でもキャプテンマーク巻いてんのか」
「ねぇ、
「二試合で全員を試すって聞いたわ。ベンチ内にはいるハズよ。あっ、ほら居たわ」
フィールドに並ぶ選手たちを写していたカメラが、ベンチの映像に切り替わった。
「なーんだ、じゃあ出たら教えてー」
「
「だって
「そうそう。あの人、試験前になると鬼ですからっ」
「まったく、キミたちは......」
共感し合う
そうこうしている間に試合が始まった。
試合展開は行ったり来たり、ほぼ互角のぶつかり合い。先に均衡を破ったのは相手チーム。不用意に与えてしまったセットプレーから体格差を活かされ、先制点を奪われてしまった。
その後もサイド攻撃を起点に何度もゴールを脅かされながらも辛うじて凌いでいたのだけれど、アディショナルタイムに二点目を奪われて、前半戦を終えた。
「予想以上に劣勢の展開ですね。特に中盤の力の差が大きいです。てゆーか、相手のフィジカルやばすぎ」
「お、
「これでも、フットサル部の部長ですから」
「ははっ、そうだったな。そういえばお前たちも、入部したんだって?」
「い、いや、おれは頼まれて人数合わせなだけ――」
「そうなんですよー。生徒会引退したらぼっち逆戻りになっちゃう
「お、オイッ!
――まったく、騒がしいわね。
本当は最低三人いないと休部になってしまうため、
「おい、そろそろ後半戦が始まるぞ、ん......? おい!」
「あっ、
「――えっ?」
選手交代のアナウンスが場内に流れる。
「マジだ。背番号は、部活同じ14番か......!」
「てゆーか、本当に日本代表なのよね? 友だちが日本代表で世界相手に戦ってるなんて、なんだか変な感じ......」
「まあオレは、外交官になる予定だから、いずれ世界を相手に戦うことになるけどな......!」
「ええ~、あんたが外交官~? 日本沈没するわね」
「おれもおれも、将来は世界に自分の店を出店するのが夢なんだ。大学で経営学びながら親父の店で修行するつもりだぜ!」
「へぇ、
「つまんなーい」
「無難過ぎて捻りがねぇところが
「キミたちは、いつになったら先輩の僕を敬うんだい!?」
「あははっ、
「アタシ? アタシは、学校の先生! 学校は勉強するだけじゃない、楽しいところなんだよって教えてあげるの!」
「
「むっ、なによ~っ」
みんなちゃんと将来のこと考えている。そんな話している間に、後半戦が始まっていた。私は、会話に参加せずに食い入るようにテレビに見入る。
「
「私? そうねぇ......」
テレビ画面越しにプレーしている、彼の姿を見て思う。
出来ることなら、ずっと側に居て支えになりたい。だけど、私にしてあげられることはあるのかしら......。
「お嫁さんだったりしてなっ」
唐突な発言に、一瞬言葉を失ってしまった。
「......マジ? アタリ?」
どこか気まずい空気がリビングを包み、実況と解説の声だけが虚しく響く。
――どうして
「でもまあ、女子なら誰でも思いますよ。いつかはって」
「ウェディングドレスは女子永遠の憧れですもんねー」
「確かに、それはアタシも思うわね。うんうん」
「ノアもー、いつか先輩とぉ。えへへ~」
「それ、結婚したいんじゃなくて。結婚式を挙げたいだけなんじゃねーのか?」
「ハァ......
「ああん?」
観客席から歓声が沸いた。画面には、
「あの二人のパス交換で完璧に崩したな。相手が綺麗に両サイドに分断されて、最後は裏に飛び出してフリーの
「いつものパターンね。もう失点しないわ」
「追う展開はなっから想定済み、か。選手権も同じだったな。あの時の強敵が味方か、そりゃ心強いわな」
相手チームのキックオフで試合再開。後半戦は劣勢だった前半戦とは打って変わって終始日本のペースで試合が進む、残り10分で同点に追いつき、続けて何度も決定機を作るも相手の必死のディフェンスに耐えきられ、結果は引き分けに終わった。
そして、全得点の起点になった活躍を見せた
その、すべてをやり終えたのような横顔は、とてもスッキリしたような表情だった。
だけど私には、どこか儚げで、少し寂しそうに感じて――。
――本当に、これでいいのかしら......?
私の心の奥に、ずっとそんな想いが残っていた。
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Episode66 ~想定外~
受験が終わり、合格発表を翌日に控えた昼下がりの午後。
久しぶりに朱雀高校に登校した俺は、個人的な用事を済ませたあと、超常現象研究部の部室へ足を運んだ。超研部の部室には既に部活を引退した
「あら、おつかれさま」
「あっ、やっときたー。遅いわよー」
「ちょっと話が長引いちゃって。それで?」
ここへ呼び出した
「卒業旅行?」
「そっ。記憶を取り戻してから、ずーっと考えてたのよ。卒業式が終わったあと、みんなで遊びに行きたいなーって。あんたたちの受験も終わったことだし、そろそろ話しても言い頃かなって思って!」
「おれは、
「ま、いいんじゃねぇーか。どうせ、しばらく暇だしな」
「
「別にいいけどよ」
「私たちも、構わないけど。でも、うららちゃんの都合はどうなの?」
確かに
俺たちは、
朱雀高校の魔女を生み出した“はじまりの魔女”である
「そこは、あれよ。説得するのよ、
「俺かよッ!?」
「当たり前でしょ、あんたの彼女なんだから!」
「そ、それは、そうだけどよ......」
「フッ、怖いのか?」
「ああん?」
「上等だ、やってやろうじゃねーか! 卒業式には、どうせ迎え撃つつもりだったんだ!」
「いや、撃っちゃダメでしょ」
「先が思いやられるなぁ」
若干空回り気味の
アルバムには、超常現象研究部での活動が写った写真が収められている。どれもこれも、あの頃の楽しそうな笑顔をした
「これだけの証拠があるんだから。うららちゃんも、きっと信じてくれるハズよっ」
「ふむ。そう上手くいくといいけどね」
「ちょっと
「僕はただ、いきなり身に覚えのない写真を見せられても、
「ああ~、そりゃあり得るな。オレも初対面じゃまともに取り合ってもらえなかったしよ」
「それはお前が、セクハラ発言したからだろ」
とりあえず、
「ふぅ、どうにせよ、
「......
「よし。んじゃあ
「そうね、そうしましょ」
ということで話題は、どこへ行くか。
「はいはーい! アタシ、おっきなネズミのいる遊園地がいいっ」
「カリフォルニアか?」
「千葉よ! 近場って言ったじゃないっ。これだから帰国子女のブルジョワはっ!」
各々が意見を出し合い。いくつかの候補に絞り込み、
同日の放課後。俺と
「いいなー、卒業旅行ー」
「それ、修学旅行の時にも言ってたじゃん」
「気持ちはわかるけどねー」
卒業式が終わったあと遊びに行く話をすると、前回と同様羨ましがるノアちゃんに、片肘をついた
「で、どうしてここにいるの? 超研部に行かなくていいの?」
「だって、うるさいんですもんっ」
とうに引退した
「まあ、アイツらは基本騒がしいからな」
「俺たちも長居しない方がいいかな。引退した身だし。かわいい後輩たちに煙たがれたる」
「そうね」
「あ、先輩たちは大丈夫でーす。こうして差し入れもいただいてますし」
そう言うとノアちゃんは、摘まんだチョコレートを口に運んで、とても幸せそうに顔をほころばせる。
「
「卒業式の準備です。会長と次期会長候補二人の四人で、来賓方の席順のチェックとかしています」
「私たちは今日、オフなんですよー。明日から本格的に忙しくなりますけどネー。送辞の原稿もあげなきゃですし」
「まだマシじゃん。私なんて、司会役だから段取りとか全部頭に入れないとだもん」
「いやー、秘書は大変ですなー」
内部事情を話す二人の会話を聞いていると、ああ、本当にもう卒業なんだな、と改めて実感がわいてくる。それは
「あら。誰かしら?」
「あ、はーい」
そんな空気を打ち消すように、突然部室のドアがノックされた。ドアに一番近い
「やあ、約束を果たしに来たよ~」
来客は、大きめの荷物を背負った、
「約束?」
「ほら、麻雀だよ。成すべきことが済んだらリベンジだって約束したでしょ?」
「ああー......」
そう言えばそんな話をしてたな、
「ちょっと、殿大の結果発表は明日なのよ。その後じゃダメなの?」
「試験は終わっているんだから、今さら焦っても結果は変わらないよ。それに、ただ待つより気が紛れていいと思わない?」
この殺気にも似た雰囲気を纏っているのは、あっちの
「わかった。いいよ」
「さっすが~」
「えっ? いいの?」
少し不満そうな顔で確認してきた
「でも、面子が足りないぞ?」
「
「まあ、打てなくはないが」
「あ、弱いんだ」
「......なんだと? 上等だ!」
安い挑発に乗った。狙い通りと言った感じで
「
「先輩のお願いでしたら断れないですし。私たちは、生徒会で確認作業に行こっか?」
「やれやれデスネー」
「慕われてるねー。オレと違って」
「それはお前が、仕事中にちょっかい出して邪魔していたからだろ。自業自得だ」
「はっはっはー」
まったく悪びれる様子も見せずに笑いながら
しばらくして、
「さて、面子も揃ったことだし、始めよっか。
二つのサイコロを持った、
「言っておくけど、イカサマは禁止だぞ。しらけちまうからな」
「分かってるよー」
「お前じゃない方も、だからな......?」
「大丈夫だって――実力で負かさねぇーと意味ねぇーからな......!」
「うぉっ、いきなり入れ替わんなよ、ビックリするじゃねーか!」
「そ、そうよっ!」
「クックック......」
「多重人格とは聞いていたが、普段とは本当に別人だな......」
初めて直に見る、本来の
「と言うことで。オレが振るねー」
また人格が入れ替わった白い方の
「そーいやさ。結局、
「自信はありそうだったわよね」
「
「フフッ、心配しなくて大丈夫だよ。このオレが、
「まっ、明日になれば分かる、か。で、
今度は、俺の方へ話題を持ってきた。
「よくて五分くらいかな? 正直、自信はないよ」
「大事な追い込みの時期にU-18日本代表へ招集だもんな。落ちたらどうすんだ?」
「――ちょっと!」
「少しは言葉を選びなさい」と言うように、
「普通に朱雀大に進学するよ。もともと朱雀大の医学部に進むために、
主治医が朱雀大出身だったっていうのも、理由のひとつだったりする。
「もったいねーな。仮に今年ダメでも、一年マジでやれば楽勝だろ? 殿大医学部B判定は、オレと同じ学部でいうA判定と同等レベルなんだし」
「確かにな。部活と受験を両立してきたんだ、一方に専念すれば――」
「それ、たぶん無理」
若干食いぎみに否定する。
俺にとっては「部活と受験」という明確な目標があったからモチベーションを保って両方を続けられただけのことであって。そもそもの話し、
「ふむ、意外とドライだな」
「そうでもないとモチベーションを保てなかっただけだよ」
「ふーん、そっか。よかったなっ」
「なにがよっ?」
「なんでもねーよ」
そこへ、またドアがノックされた。このノックの音と仕方は、
「よう」
「あれ?
来客は、代表の試合後アメリカへ戻ったハズの
「どうして、日本に居るんだ?」
「どうしてって。卒業式に出席するために決まっているだろう」
「言われてみればそうだよな。
納得といった感じで、腕を組んだ
「うららちゃんは、いつ帰国するのかしら?」
「
「へぇ、そうなのね......って、なんで知ってるのよっ?」
「向こうで会ったんだ。オレと同じ大学に進学するらしい」
「――なっ!?」
「どうして教えてくれなかったんだ?」
「どうも様子が可笑しかった。大学の図書館で見かけて声をかけたが、まるで朱雀にいた頃のことを全て忘れてしまっているような印象だった」
――やっぱり
「オレのことはもちろん、お前たちのことや魔女の能力のことも覚えていなかった。“はじまりの魔女”の代償は別のようだな」
「そうか......って、はあ?」
予期せぬ発言に思わずすっとんきょうな声が出てしまった。肩を落としていた
「な、なんで
なぜ魔女のことを知っているのか、
「そこの
「あ、オレのせいか。あはは~っ」
魔女に関する一連の騒動の原因を作った一人である
「けどよ。どうして、“はじまりの魔女”のことまで知ってんだよ?」
「お前ら、本気で生徒会の力だけで学校が成り立っていたと思っていたのか?」
「どういう意味よ......?」
眉をひそめた
「学校側も馬鹿じゃない。特異な能力を持つ生徒が存在していることくらい把握していた。しかし、そんな非現実的なことを学校側がおおやけに認める訳にはいかないだろ。そこでオレが所属していた風紀委員は学校直属の諜報活動、言うなれば“生徒会の監視役”を担っていたんだ。生徒や生徒会が暴走した場合に備えて、ありとあらゆる権限が与えられていた」
「まあオレも、引き継ぎの時に前風紀委員長から初めて聞かされたんだけどな」と、
「じゃあもし
「不正の証拠をでっち上げて握り潰す手はずは整っていた」
「マジかよ......」
「へぇ、そうだったんだ。それはオレも、初耳だね」
「俺が、将棋部が企てていたことは、結局のところ全て無駄だったということか......」
「どうだろうな、あくまでも緊急事態に備えて準備をしていただけだ。
――たぶん、
「だけど、私たちに話してよかったの?」
「だね、風紀委員長の極秘情報なんだろ?」
「時効だ、卒業だからな。当分の間、新たな“はじまりの魔女”は現れないだろう。
「だってさ」
「
「あれ、
「どうしたのよ? そんなに慌てて」
「はぁはぁ......急いで、応接室へ来てくださいっ!」
「え?」
「なに? いったいどうしたのよ?」
「えっと、向かいながら説明しますのでっ。とにかく一緒に来てくださいっ!」
立ち上がらせようと、俺の腕を掴んだ。
何かよほど重大なことがあるのだろうか。
「おい待て、オレとの勝負はッ!?」
白を押し退け、黒い方の
「行ってこい。オレが代わりに打ってやる」
「あん? テメェがだ? 外野は引っ込んでろ!」
「安心しろ。オレの方が強い」
そう言うと
「ほう、おもしれぇ。見せて貰おうじゃねーか......!」
とりあえずこの場は
「それで、いったい何がどうしたのよ?」
校舎の廊下を早足で応接室へ向かう途中、
「えっと、私もよく分からないんですけど。校長先生が、
「校長先生が?
「さあ? 特にこれと言って心当たりはないけど?」
校長に呼び出されるほど、何か問題になるようなことをしでかした覚えはない。
「先生!」
「お、来たか......!」
応接室の前にはサッカー部の顧問が、どこか落ち着かない様子で待っていた。それも、珍しくスーツ姿。
「
「いえ......」
「あの、先生――」
「すまん、
「はあ? わかりました。ちょっと行ってくるね」
「え、ええ......」
心配そうな
俺は、この二人を知っている。午前中、
二人は立ち上がって、俺と顧問に向かって会釈。俺たちも会釈を返し、教頭に促されて空いている席に腰を下ろすと、二人のうちの一人が話を切り出した。
「時間をとらせてしまって申し訳ありません。午前の件でお伺いにあがりました」
このあと続く男性の言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
「我々は、提示された先の条件を全て飲みます。ですので、どうか――」
それは、絶対にあり得ないと思っていた想定外の言葉だった
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Episode67 ~触れた優しさ~
話を終えて、応接室を出たのは入室してから一時間以上が経ってからだった。一緒に部屋を出たスーツ姿の男性二人のうちの一人が代表するかたちで、「今日は、お時間を作っていただきありがとうございました」と言い。二人揃って、校長と教頭、顧問に向かって会釈をした。そして、上げた顔を顔を向ける。
「連絡をお待ちしています。願わくば良い返事であることを願って。それでは、私たちはこれで失礼します」
再び会釈をした二人に会釈を返し、廊下を歩いて行く後ろ姿を見送る。
「大変なことになったね。突然の事態にいろいろと思うところもあるだろうから、じっくり考えなさい」
そう穏やかに声をかけてくれた校長は、教頭と今後の対応について話をしながら、職員室の方へ歩いて行った。隣で大きく息を吐いた顧問がネクタイを緩めながら壁にもたれ掛かり、腕を組んだ。
「こんなに緊張したのは、採用試験の面接の時以来だな」
なんで俺より、この人の方が緊張してるんだか。だけど、おかげで助かった。混乱していた頭を少しだけ整理する出来た。
「どうするつもりだ?」
「正直、まだ分かりません」
事実今は、告げられた話の内容を受け止めるだけでやっとで。まだ冷静に判断できる精神状態にない。
「ま、そうだろう。まだ時間はある、焦って決める必要はない。校長先生の言った通り、学校として出来る限りのサポートはするからな」
「はい、ありがとうございます」
またひとつ息を吐いた顧問も、職員室へ戻って行く。顧問が廊下を階段の角へ曲がったところで、入れ替わりで
「もぅ、遅いじゃないっ」
「うん、ごめん」
素直に謝ると、可愛らしく口を尖らせていた
「それで、何の話だったのかしら?」
「ああ......うん、これ――」
受け取った名刺を、
「名刺? あら、またなのね」
名刺に記されている名前と役職を見て話の内容を察した
「それで、なにを悩んでいるの?」
どうやら俺の葛藤は、彼女にはお見通しみたいだ。
* * *
『フッ、そいつだ。二本場18’600。これで終いだな』
『テメェ......』
部室の中から、
「お、戻ってきたな」
最初に気づいたのは、真正面の
「あなたたち、まだやってるの」
「何局目?」
「今から、三戦目」
「三戦目? またずいぶん早いな、
「二戦とも
「あら、あなたも
「チッ......!」
さっき脅かされたお返しとばかりにクスッと笑った
「代わってもくれ。俺じゃ数合わせにもならん」
「了解」
二戦とも早々にハコテンにされた
「それで、話は何だったんだ?」
「これよ」
「編成部長......プロのスカウトか」
「マジか、スゲーじゃん」
混ぜた牌を積みながら、
「日本代表に選出されただもんな、スカウトが来ても全然不思議じゃねーか。
「全部断った。はなっから、海外へ留学するって決めていたからな」
「それはそれでスゲーな」
まったくだ。俺とは、大違い。まったく迷いがない
「それで、どうすんだ?」
「今までは断って来たんだけどね」
牌を積み終える直前、
「てーと、今回は返事に迷ってるってワケか。何でだ?」
「あなたねぇ、少しはデリカシーを持てないのかしら?」
「言葉を選んでも結局は同じなんだから、ストレートに訊いた方が回りくどくねーだろ」
二人の、この手のやり取りを目にするのは何度目だろうか。
こんな見慣れた日常も、あと数日で終わりを告げる。少なくとも
「別にいいよ、ありがとう」
「もうっ、甘いんだから」
「選手権が終わった直後から話はあった。受験に集中したくて断る時間も惜しかったから、学校を通して予め交渉の条件を提示してたんだよ。条件を全部呑むなら契約を考えるってね」
「条件?」
「そう。引くぐらいの条件」
俺が学校を通して提示した条件は、全部で四項目。
1、公式戦や練習日と模試や実習の日程が被った場合は、必ず学業を完全に優先させること。
2、寮生活はしない。東京からの移動費及び宿泊費については、全てクラブ側が負担をすること。
3、遠征時は、日帰りで往き来出来る範囲に限ってのみチームに帯同。
4、契約に当たって例外は一切認めない。これらに違反して生じた損害の責任は全てクラブ側が負うこと。
「そりゃスゲーな......」
「とんでもない条件を提示したな。そんな条件を認めてしまえば、他の所属選手に示しがつかないだろう。チームに不協和音が広がってもおかしくない」
「こんな面倒な奴、絶対にオファーしないでしょ? 普通は」
そもそもそのつもりで提示した条件。ところが――。
「この無茶な条件を全て受け入れてオファーしてきた球団が現れた、と。どこのチームなんだ?」
「所在は......静岡のチームだな」
名刺を持っている
「昨年、二部リーグとの入れ替え戦までもつれ込んで残留したクラブだ。十数年前までは優勝・上位争いの常連だったが。近年では、一部と二部を何度も往き来していることからエレベータークラブと比喩されてる。現状打開を謀るため思い切った改革をしたいんだろう。フットサル仕込みの
「なるほどなー。長年低迷してるチームの起爆剤にってことか。地元出身で、中学と高校で全国制覇、世代別の日本代表招集の実績持ちで話題性もあると。とんでもない条件を呑んででも賭ける価値があるとみたってわけだ。返事は、どうすんだ?」
「だから、困っているんだよ」
絶対に呑まれないと思って出した条件。実際この条件を提示した瞬間、名刺を渡して来た他クラブの関係者は、その後一切の音沙汰もなく一斉に手を退いていった。
だけど、ここだけは違った。
条件を知った上で朱雀高校まで直接足を運ん来て、一旦は持ち帰ったものの、改めて再度正式にオファーをしてくれた。本気だという熱意は伝わってきた。学校側も、最大限の配慮をしてくれると言っている。
しかし、学校の部活とプロは違う。生活がかかる真剣勝負の世界。医学の道も、患者の人生に関わる世界。二足のわらじを履いて歩いて行けるような甘い道じゃない。右膝に目を落とす。
――俺は、それを身をもって知っている。どちらかを諦めなければならない。
「くだらねぇなぁ......」
表情ひとつ変えず黙って聞いていた黒い
「何がよ?」
「ハッ! くだらねぇって言ったんだよ。テメェ、何をぐだぐだ悩んでやがる、情けねぇな!」
「あ、あなたねぇ!」
「フン、本気で断る気があるなら、
何も言い返せなかった。
呆れ顔で大きなタメ息をつき、席を立った
「それらしい理由を作って言い訳にして逃げてんじゃねーよ。逃げんなよ、テメェ自身からな......!」
振り返らずに強い口調で言い放った
* * *
「やっぱり、まだ寒いわね......」
冬の冷たい風を受けて、両腕で自分の身体を抱いてつぶやく。
あの後すぐに部室を出た俺たちは、校舎の屋上に来ていた。北風が当たらない校舎の壁に背中を預けて、日向に並んで腰を下ろす。
「気にしてるんでしょ?
見透かされている。割り切ったつもりだったのに。今、もの凄く揺らいでいた。
「ねぇ、覚えているかしら? どうして私が、生徒会長になりたいか聞いたこと」
「あ、うん、覚えてるよ。親しくなったら教えてくれるって言ってた」
「そうだったわね」
すっと寄せられた体、寒かった身体に感じる柔らかな温もり。
「ずいぶん親しくなったわよね」
「そうだね」
去年の秋から付き合い始めて、もう一年以上が経つ。倦怠期とかも特になくて、今も、こうして隣に居てくれている。
「私、愛されたかったの」
「愛されたい?」
「誰に?」と思ったけど、「違うわよっ」と慌てて両手を振った。
「恋愛感情って意味じゃないわ。どう言えばいいのかしら? そうね......みんなから頼られて、慕われて、尊敬される存在とでも言えばいいかしら。そうなれるように努めてきたわ」
「それが原因で、中等部の頃は嫌がらせの対象になったこともあったわ。だから私は、生徒会長になろうと思ったの。自分がしてきたことが正しいことだって証明したくて。でも――」
曇っていた
「意味がないってことに気づいたのよ。それは、あなたと出会ったからよ。だって地位とか、名誉とか、そんなもの関係なしに、あなたの周りにはいつも大勢の人たちが居て、みんな楽しそうなんだもの。あの、黒い
何かを企んでいるような
「結局は、嫌われたくなかっただけなのかもしれないわ。ああ......だから私は、魔女になったのね」
「ん?
「ううん、何でもないわ。ねぇ、
「寂しそう......」
あの試合が俺の、高校生活最後試合になった。二対二の引き分という中途半端な結果だったけど、あの試合で全てを出し切ったハズなのに......。やっぱり俺は、まだ――。
「......
「バカなんかじゃないわ。この一年間、あなたを一番近くで見てきた私が保証するんだから自信を持ちなさいっ」
「ありがとう」
今までの、そしてこれから先の分の感謝の言葉を伝えて、立ち上がる。
「どこか寄り道して帰ろっか?」
「そうね、温かいものがいいわ」
「コーヒーか、紅茶?」
「そうねぇ、今は、ミルクティーの気分かしら」
「了解。じゃあ、行こう」
差し出した手を握り返してくれる。
それはきっと、彼女の優しさに触れたからで......。
この時俺は、まだ明確な答えは出せなかった。だけど、彼女のお陰で、自分自身で一番後悔をしない道を選ぶ決意を持てたんだと想う。
そして、卒業の日を迎えた――。
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Episode68 ~特別な場所~
卒業式の当日は、天候にも恵まれて晴れ渡った青空が拡がっていた。
三年前の春。真新しい制服に袖を通して歩いた通学路を今では着慣れて、やや窮屈に感じる制服を着て歩く最後の登校日。
三年間通い続けた道に感慨深い思いを抱きながら、いつもよりも少し早く家を出て、ゆっくりな足取りで学校へ向かう途中の住宅街に表札を構える、三階建ての一軒家の前でふと足が止まった。塀で上の方しか見えないけど、ここ半年の間ずっと閉ざされていた雨戸が開いているのが判った。
卒業式の前日に帰ってくるって聞いたから何ら不思議じゃないけど。彼女はもう、家を出ただろうか? そんな疑問が自然と頭を過る。だけどそれは、ほんの一瞬だけで。ここで立ち止まって考えていても仕方がない。どうせ学校で会うことになるのだから。そう思い直して、再び歩みを進める。
「あっ!」
待ち合わせしていた商店街で待ってくれていた
「髪、短くしたんだ」
昨日、美容室へ行くと話していた彼女のヘアスタイルは、初めて会った時と同じボブカット。懐かしいシルエット。
「ひとまず区切りだから。長い方が好みなのかしら?」
「どっちも似合ってるよ」
「そういってもらえるのは嬉しいけど、どっちつかずは困るのよ」
本心なんだけど、乙女心というものはいろいろと複雑。なんてことない普段通りの他愛の話しをしていると、あっという間に学校に到着。正門の門柱には「卒業証書授与式」と記された看板が立てかけられ、馴染みのあるソメイヨシノよりも濃い紅色の早咲きの桜の花びらが、春の風に乗って、まるで雪のようにひらひらと舞っている。
「キレイね」
「そうだね」
まるで絵画のような、美しくもどこか物悲しさを覚える風景に足を止めて、舞い散る桜を眺めていると、背中から
「お二人さん、ずいぶん早ぇじゃねーか!」
「ハァ、最後くらいしめやかに出来ないのかしら?」
「別に今生の別れってわけじゃねーだろ」
風情も情緒もへったくれもない。まあ、
「お前も、十分早いじゃん」
「
「撃っちゃ駄目でしょ。ちゃんと迎えてあげないと」
「アイツ、テンパってんだよ。顔を合わせるのは約半年ぶりだからなー」
なにより、
「
「雨戸は開いてたけど、出たかどうかまでは判らない」
「そっか。先に来てる
「それで、当事者の
「
「そう。じゃあ、うららちゃんが来たらサポートしてあげなさいよ」
「なんだよ、お前たちは一緒に待たないのか?」
「大勢で待ち受けていたら、混乱しちゃうじゃない。
ちょっと不満混じりの悲しそうな
「それもそうだな。超研部で一番仲の良かった
「じゃあ俺たち、部室に顔出しに行くから」
「おう、また後でな」
「用事は済んだの?」
「ちょっと話しただけだ。でよ、その、
緊張半分不安半分といった感じで表情が硬い。
「まだ来てない。正門で、
「そ、そうか、まだ来てねーのか」
声が引きつっている、相当テンパってる。
「もう、ちゃんとなさいよ。大丈夫、あなたは変わったわ。ちゃんと迎えにいってあげなさい」
「......おう。よっしゃ、いっちょ行って来るぜ!」
「まったく、殿大に受かったんだから、もっと自信を持てばいいのに」
「先輩方、おはようございまーす」
フットサル部の部室に着くと、
「いよいよ卒業式本番ですね。少し早いですけど、ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう。って言っても、校舎が変わるだけよ」
朱雀大学は、朱雀高校の真向かいに校舎を構えている。つまり、通学路も変わらない。それでも
「よかったですね、
結果から話すと、俺は、殿大には受からなかった。入試に落ちたことに多少なりともショックを受けなかったわけではないけど。元々ダメ元で受験したこと。そして何より、殿大の医学部へ進むよりももっと険しく厳しい道を進むことを決めた俺には、些細なことだった。
俺は――朱雀大学に籍を置きながら、プロの世界へ飛び込むことを決断した。
もちろん、どちらも両立出来るような甘い世界じゃない。朱雀高校入学当初の目標だったスポーツドクターの道は諦めることになったけど、自分自身の身体のケアにも役立つ「アスレティックトレーナー」の資格取得を目標に、朱雀大学医学部で専門知識を学ぶことを決めた。とてもありがたいことに学校側は、講義や実習に関して、オンライン授業などでの最大限のバックアップを約束してくれた。
「あ、そうだ。
「そうなの?」
「ちょっ!」
「どっちも先輩の役に立つ資格ですし。愛されてますねー」
「も、もう、いいでしょ!」
まるで桜の花のように頬を薄紅色に染めた
「じゃあ私は、先に体育館へ行きます。
「了解」
「またあとでね」
卒業式の最終確認のため一足先に体育館へ向かった
「
「廊下で聞いた。ちょうどすれ違った」
脱いだブレザーの上をハンガーにかけた
「
「そう、うららちゃんが来たのね。
「......話しかけようとしたが、完全にシカトされた」
浮かない
「ま、まあ仕方ないわよね? 何も覚えていないんだから」
「そうだね。もしいきなり、付き合ってた、なんて言ったらドン引きされただろうし......」
若干苦しいフォローだけど、最悪の手は引かなかった訳だから、まだ話せるチャンスは残ってる。
集合時間までダベり、体育館へ移動。
新校舎から体育館へ続く渡り廊下は、大半の卒業生が移動する本校舎からの渡り廊下と比べると、ずいぶん空いていて歩きやすい。廊下で立ち止まって話し込んでいる、
「お前たちか」
「よう、久しぶり!」
地元神奈川に本拠地を構えるクラブチームのキャンプにテスト生として同行していた
「今、ちょうどその話しをしていたところだ」
「そうなのね。それで、どうだったの?」
「おおっ、やったじゃん」
「まだ仮契約だけどな」
メディカルチェックで問題がなければ、改めて本契約を結ぶことになるそう。大学の方も俺と同じく、在籍したまま卒業を目指すとのこと。元々実家通いだから、さほど支障をきたさないし。体育課への進学も特待枠ため配慮してくれるそう。
「しかし、スポーツとは無縁だった進学校の
「いや、三人だ」
「まさか、
「そのまさかだ。オレも、アメリカでプロテストを受けることにした」
「えっ?
「当然さ。お前たちがプロへ行くのなら、オレも行く」
「けどお前、いつか、外資系投資銀行のCEOまで登りつめてやるって......」
「そうだな。だがそれよりも、お前たちと共に世界の化け物を相手に頂点を目指して戦う方が面白いと迂闊にも想ってしまった。どうやら、オレの心の奥底には多少なりとも未練が残っていたらしい。オレもバカだ。今になって、気づくなんてな」
自虐的に、そして平然と言ってのける
* * *
卒業式は滞りなく終わり、教室で担任から卒業証書を受け取って、自分の席に戻る。そして最後のホームルームが終わった。これで、この使い慣れた机も今日で最後......なんてことを考える暇もなく、
「ちょっとちょっとっ」
「ん? なに?」
「なに? じゃないわよっ。あんたも、ちょっとは協力しなさいよっ」
いったい何ごとかと思ったら――。
「え? まだ話せてないの?」
「そうなのよ~。
「アルバムは?」
「
「なるほどね」
だけど、協力としろっていわれても、
「あれ? 今、避けられた?」
「あんた、何かしたの?」
「いや、何もしてないけど。まともに顔を見たのも、今のが初めてだし」
「怪しいわね」
「いやいや。式の前は、部室へ顔出してたの聞いてるでしょ?」
「まあねー。とりあえず、うららちゃんと話してみるわ。ねぇ、
フォトアルバムを片手に
「ちょっと寒いわね......」
「そうだね」
昼休みや放課後によく来ていた、校舎の屋上へ来るのも今日で最後。暦の上では春、だけどまだ寒さの残る冷たい風が吹き抜ける。進路を決めた時と同じように、日が当たる校舎の温かい壁に背を預けて並んで座る。
「うららちゃんの様子は、どうだった?」
「やっぱり何も覚えてないみたい。今は、
「そう。ねぇ、どうしてうららちゃんは、代償を支払ったんだと思う?」
“はじまりの魔女”の代償――望み通りの学校生活を過ごせる代わりに、卒業と同時に全校生徒の記憶の中から自分の存在を喪失する。
「サッカー部が全国大会で優勝すれば私たちみたいに、
そんなこと考えるまでもない。答えは、簡単。
きっと
「覚えてて欲しかったんだよ」
もし、
だけど、
――ほんの一瞬でも、一緒に過ごした日々を忘れて欲しくなかった。
例え自分が忘れてしまうとしても、一番大切な相手にだけは、ずっと覚えていて欲しかったんだ。もう一度出会える、その時まで。
「そうよね」
穏やかな声で言って、肩に預けてくれた体の温もりを感じる。
「
やっぱり、写真が効いたかな。
「けど、やっぱり戸惑ってるみたい。ヘルプ頼まれたわ」
「一緒に行く?」
「ううん、いいわ。女子同士の方が話しやすいと思うし」
「そっか」
「そうよ。じゃあ行ってくるから、あとで連絡するわね」
校舎へ入って行く
この三年間、登校してきた日にはほぼ毎日のように見てきた景色。入学当初はなかった建物も増え、日に日に姿を変えていく街並み。変わり行く街をここから眺めるのも今日で最後、見納め。
ただ道路を一本隔てた向かいの校舎へ移るだけなのに、この屋上から見る景色が最後だと思うと、少し切ない気分になった。
――そうか。俺にとって、この学校は特別な場所だったんだ。
「ん?」
キィ......と背中越しにドアが開く音が聞こえた。
この空気を先に破ったのは、
「さっきは、ごめんなさい」
「え? あ、ああー、気にしないでいいよ」
「そう......」
会話が、途切れてしまった。
入学当初のことを思い出した。あの頃も、こんな風に辿々しい拙い会話だった。何だかとても懐かしくて、笑ってしまいそうになった。
「あの......」
「ん?」
途切れてしまったと思ってた会話は続いていた。
うつむき加減だった
「ありがとう」
思いもよらない言葉だった。
「もしかして、魔女のこと覚えてるの......?」
「......知らない。でも、どうしてか分からないけど、教室であなたを見つけて、伝えないといけないって想ったの。だけど、どうやって話しかければいいのか分からなくて......」
それで、顔を背けたのか。だけど、どうして
「......足のケガは、もういいの?」
――ああ......そうか、そういうことだったんだ。
「もう、大丈夫だよ」
「そう」
この学校は、俺にとって特別な場所。
最高の仲間たちと出会い、過ごした場所。
大切な人と出会えた場所。
「
「あっ、ありがとう......」
そして、初恋の人と再会した場所。
三年間を過ごしたこの学校は、かけがえのない大切な想い出を残してくれた、本当に特別な場所だった。
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Episode69 ~救世主~
あの日から、朱雀高校の卒業式から約半年が過ぎて、暦の上では秋。暦の通り日が陰るのは早くなったけれど、まだまだ真夏の様な暑い日々が続く残暑の初秋のこと。私は、大学の夏期休校期間を利用して、日本へ一時帰国してきた。
「あっ、お茶畑だー!」
車窓へ顔を向ける。
「さっき見た富士山もだけど、お茶畑を見ると静岡に来たって感じよねー。ね、うららちゃん」
「ええ、そうね」
私たちは今、東京発の新幹線に乗って、静岡県内を西へ向かって移動している。
その理由は――。
「あっ、
「そういえば
通路を挟んで三人掛けの真ん中の席に座る
「
「結構かかるんだなー」
「最寄り駅から目的地までシャトルバスが出てるみたいだけど、最終のバスに乗り遅れたら最悪徒歩で一キロ以上歩くことになるわよ」
「うへぇ、今のうちに体力温存しとくか。
「あん? なんで、俺が」
「いいじゃねーか、ついでだろついで。じゃあ頼んだぜ~」
「ったくよ」
通路側の席の
「大丈夫よ。私も手伝うから」
「いや、別にただ起こすだけだし。ひとりで出来るって」
「そう?」
「おう。頭ぶっ叩けば一発だろ」
「おい、そりゃねーだろ!」
顔を背けて目をつぶっていた
「嫌なら素直に起きてろよ。もうすぐ着くんだから」
「ったく、友だちがいのねーヤツだなー」
ちょっと意地悪に言った
「ふふっ」
「相変わらずね~。ところで、
「部活の後輩たちは、来ないの?」
「来たがっていたが、何かと忙しいそうだ」
「もう、進学は決まってるようなものなのに?」
「だからこそだよ」
「
「ふーん、そうなんだ。けど、残念よね。せっかくなのに現地で観れないなんて」
今、私たちが向かっている目的地は――プロサッカーの試合が行われるスタジアム。今日は、私たちの友だちのプロデビュー戦。ちょうど長期休校中に行われる試合ということで、ホームのスタジアムまでみんなで応援に行くことに。
「現地へは行けなくても、フットサルコートで生中継を観るそうだ。あそこは今期から、サッカー専門の衛星放送チャンネルを契約したらしい。開始時刻に間に合うように終わらせると言っていた」
「ノアちゃんも?」
「ああ。内部進学組とはいえ、生徒会に所属していないアイツは一般受験にようなものだからな。もうじき実力テストがある」
「今が大事な追い込み時期なわけね。何か懐かしいわねー」
「だな。たったの一年前のことなのに。ホント一年なんてあっという間だよなー」
昨年の今頃のことを思い出して、少し物思いにふける
「それは、今が充実してるってことだろ?」
「何? アンタ、起きてたの?」
「まーな。さて、そろそろ降りる準備しとかねーと、降りる寸前になって焦るぞ」
「そうね。そうしましょう」
まだ少し時間はあるけど、お菓子の空き箱を片付けて、下車の準備を始める。ちょうど片付け終わった頃、車内に、間もなく到着を知らせるアナウンスが流れた。忘れ物がないかもう一度確認してから、列車を降りる。
「着いたー!」
「思ったより遠かったなー」
新幹線で東京から片道一時間以上の距離を毎週何度も往復三時間近くかけて往き来しているんだと思うと、本当に大変な道を進んだのだと改めて思った。
「駅北の広場で待ってるってさ。さあ、行こうぜ」
「えっ? じゃあ、うららちゃんの記憶は戻ったのっ?」
「そうなのよ。ねっ、うららちゃん」
「もう、だったら教えてくれればよかったのに」
「ごめんなさい。私も、突然のことでビックリしちゃって」
「うららちゃんは、悪くないのよ。
「う、うっせー!」
「まっ、そこはオレのおかげだろ」
「どういうこと?」
昨夜あの場に居なかった
「
「キススランプ? 何よ? その聞き慣れないパワーワード」
アルバム、自分の日記、みんなの話しを聞いてある程度信用は出来たのだけど。
「今まではほら、魔女の能力のためにしてたからつーかなんつーか......」
「つまるところ、ていのいい理由付けがなくなったことで、シラフになった途端に気恥ずかしさを覚えたんだろ」
「ぐっ......」
「理由はどうあれ、よかったわね。無事に思い出せて。本当に」
まるで自分のことのように喜んでくる
「ところで
「もう、クラブハウスへ行ってるわよ」
「えっ? もう行っちゃったの。試合は、夕方からなんでしょ?」
「ベンチ入りの選手は、試合前のミーティングとかいろいろあるから早く行って準備するのよ」
「へぇー、そうなんだ」
「さてと。噂のハンバーグも食い終わったことだし、オレたちも行くとするか」
「試合開始には、まだ時間あるわよ?」
「ギリギリだと混むからな。道路も、駐車場も」
「駐車場?」
在来線で最寄り駅まで行く予定だから、駐車場は関係ないんじゃと不思議に思っていると、
「レンタカー、借りてくんだよ!」
駅近くのレンタカー店でワゴン車を借りた
「シートベルト付けたか?」
「ちょっと、ホントに大丈夫なんでしょうね!?」
「心配すんなよ。東京の街中も、高速も走って予行練習済みだって」
そして無事、試合が行われるスタジアムがあるホームタウンに到着。スタジアムから少し離れた場所に空いていたコインパーキングに駐車して、スタジアムまでの道を歩く。
スタジアムに近づくにつれて人通りが増えていき、スタジアム前のメインゲート付近には試合開始までまだ一時間以上もあるにも関わらず、ホーム・アウェイを問わず既に両チームのレプリカユニフォームやグッズを身に付けた大勢のサポーターたちで溢れかえっていた。
入場待ちの列が続くメインゲートの人混みを抜けて仮設のオフィシャルショップへ足を運ぶ。陳列されているグッズを眺めていた
「
「本格的なデビュー前だもの。私のスマホケースも、既存のグッズにサイン書いてもらったものだし」
グッズは活躍中の主力選手、人気など需要のある選手の物を優先的に生産・販売されているため、新人や知名度の低い選手の商品はあまり用意されてないそう。そんなわけで私は、比較的安定して造られる背番号入りのマフラータオルを購入、フードコートに寄ってから、ゴール裏に陣取っている応援団から少し離れた場所の自由席にみんなで座って、軽いものをつまみながら試合開始の時を待つ。
「けどよ、マジでスゲー人だよな。つーか、ピッチもスゲーちけぇし!」
殿大受験のため夏のインターハイは予選大会まで。冬の選士権はテレビ中継で試合を見ていた
「これでも、キャパは決勝の時のスタジアムの半分もねーんだぜ」
「これで半分以下!? マジかよ......」
「あっ、横断幕! ああいうのもあるんだ」
「アイツのは、ないのか?」
「あるわよ。だけど、主力選手じゃないからきっと隅の方に......あっ、ほらあったわ」
アウェイ側のコーナーエリア付近に名前が書かれた横断幕が掲げられていた。
「あの横断幕の費用、私も出してるのよ」
「なんだよ、教えてくれればオレたちもカンパしたのによ。なあ?」
「小さめだから費用はそれほど掛からなかったのよ。でも活躍すれば、もっと大きなものに新調されると思うから、その時は声をかけるわ」
「任せとけ。おっ、出てきたぞ!」
試合開始予定時刻三十分前、両チームの選手たちがピッチに出てきた。各自ボールを蹴ったり、軽く走ったり、ストレッチしたりと、試合開始に向けてウォーミングアップを始める。みんなで、彼の探す。一番最初に見つけたのはやっぱり、
「あ、居たわ。ベンチ前でボール蹴ってる輪の中よ、オレンジとスミレ色のミサンガを左手に付けてるから間違いないわ」
「おっ、マジだ。それに、ビブスを着てるってことは――」
先発出場予定の選手は、ビブスを着けウォーミングアップをする。つまり今日の試合、スターティングメンバーとして出場が確定したということ。
「だけど、思ったていたよりも遅いデビューだったね。同期の
「正式に契約を結んだのがシーズンが始まってからだったからよ。キャンプには参加していなかったし、プロへ対応出来る身体に作り直したり、チーム内の連携プレーだったり、細かな調整に時間が掛かったのよ。部活は元々
「なるほど。それで、どうなんだい? 肝心のチーム状況は」
「正直、芳しくないわ。二部リーグのチームとのプレーオフ戦圏内の残留争いをしているチームに勝ち点差を6もつけられての最下位。もうシーズンも終盤戦、残留には一戦一戦が必勝の正念場よ」
「てーと、あの横断幕に書かれた文字が、そのまま応援団の願いってことか」
それは奇しくも、
『お待たせいたしました。ここで本日のレフェリー、マッチコミッショナー、両チームのスターティングメンバーの発表です――』
場内に設置されたスピーカーから、アナウンスが流れる。
主審、主催者、アウェイ側の選手と順番に発表されて、いよいよホームチームのメンバー紹介。ゴール裏の大型ビジョンに壮大な音楽と共にプロモーションビデオが映し出され、ひとりひとりの名前が練習中の姿を捉えたリアルタイムの映像と一緒に読み上げられる度に、大きな声援が応援団から送られた。
そして、遂に彼の名前が......
今日がデビュー戦ということもあってなのか判らないけど、ひときわ大きな声援が送られている。そしてそれは、全選手の紹介が終わって一度ピッチ外へ引き上げても、いっこうに鳴り止む気配はない、地鳴りの様な大声援。
「これは、途轍もないな。選手権制覇、世代別代表に選出されたとはいえ、いくら何でも、たかがいちルーキーに対して過度に期待し過ぎじゃないか?」
「そのルーキーに託さなけりゃいけねーほど、切羽詰まった状況ってことなんだろうよ。チームも、サポーターもな」
「私は、判るわ」
「
「だって、そうでしょ?」
「ええ、そうね」
監督と控え選手はベンチへ向かい。そして、両チームのスターティングメンバーが小さな子どもの手を引いて、再びピッチに姿を現した。
また大声援が送られる。
そう、あの人は、どんなに確率の低いことでも成し遂げてしまう人。それを私は、私たちは知っている。だから今、一枚の紙のように薄い可能性しか残されていない絶望的な状況下だとしても、きっと必ず応えてくれる。
それはまるで、映画の主人公のように――。
「そうよね! よーしっ、今日は声が枯れるまで応援するわよっ!
「はいよ、
「コレ、いつの間に買ったんだよ? まっ、いいか。ぜってぇー負けんじゃねーぞ!」
「がんばれー」
気合いいっぱいの
「ほら!
「ぼ、僕たちもそれで応援するのかい? キャラじゃないんだけど」
「む、むぅ......」
若干気恥ずかしそうな
子どもたちが係員に連れられてピッチから下がり、試合前のセレモニーが終わった。両チームの選手たちはお互い陣地へ散り、自分のポジションに付いて、試合開始の笛が鳴る時を待っている。
ボールが置かれたセンターサークルのすぐ外に彼が居る。
スタジアムの照明に明かりが灯り、傾き始めた夕日に照らされる後ろ姿。
夕日を背に立つその後ろ姿は、まだ幼かったあの日と。
そして、一年前のあの日と同じ。どこか儚くも幻想的で鮮やかなオレンジ色の綺麗な黄昏色の空に負けないくらい、とても輝いて見えた。
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Episode70 ~サプライズ~
どこかもの寂しさが漂う秋が過ぎ、冷たい風が吹く冬を越え、薄紅色の花びらが舞う春を抜けて、季節は巡り、幾度目かの夏を迎えた。
夏空から降り注ぐ、まるで肌を焼くような強い日差しを避けるため、シックな傘の広いパラソルが設置されたカフェテラスの日陰の中で、後輩の女子三人が賑やかにお喋りしている。その中の一人が、私に気がついた。
「あ、
私の呼んだのは、
「あなたたち、相変わらず仲が良いわね」
「ただの腐れ縁ですよ」
「ええーそんな~、
「私に、ぶりっ子使っても意味ないから。てゆーか、いいかげん猫被るのやめたら?」
とてもわざとらしく身体をくねらせて抗議する
「ところで、もうひとりは居ないの?」
「
ノアちゃんの友だちの
なにせあの、
「
「ちょうど、ランチ時だし~」
「デスネー」
これは、絶対勘違いしてる
「残念、大ハズレ。ランチの約束は、ナンシーたちとよ」
朱雀高校を卒業して、それぞれ違う道を進んだみんなが久しぶりに顔を合わせて集まれる機会。ちょうど今、うららちゃんが殿様大学への短期留学で帰国しているから、本当の意味で貴重な機会。
「へぇ、珍しいですね。元魔女の同窓会」
「ま、そんなところね」
「ノアは、行かなくていいの?」
「先にこっちの約束入ってたし、
「まーね」
「本当に良かったんですか? 頼めば、開会式のチケット用意出来ましたよ?」
「さすが、大会スポンサー企業・天下の有栖川グループの御令嬢。景気の良いお話ですね」
「おかげさまで。お小遣いもたんまりデスヨー」
「うわぁ~、感じわるーい」
三人は、楽しそうに笑い合っている。日本を代表する大企業を経営する多忙なご両親との確執、一種の反抗期のようなものも過ぎて、進学する際に一度しっかり話し合って和解することが出来たと言っていた。少なくとも、こうして笑い話に出来るくらいに。
「お待たせ」
「遅いよ、
先に来て、
「はいはい、ごめんなさい」
「あははっ!
「こ、コラ、余計なこと言うなっ。それから、ナンシーと呼べって言ってるだろっ!」
「おまた~っ!」
「何だか、賑やかね」
うららちゃんと、
「えっ? 漫画家デビュー決まったの!?」
「はい! と言っても、連載作家の休載を埋める読み切り作品ですけど」
「それでも、スゴいことじゃない。どんな内容なの?」
私の質問に、
「よくぞ、聞いてくれましたっ。男子の友情をテーマにした内容でして。主人公は落ちこぼれの不良少年、学園の人気者のイケメン男子と友情を育みながら数々の苦難を乗り越え、国内最難関の大学を一緒に目指すという物語で――」
それ、
「
「私は、予定通りよ」
「その話しじゃないよ。もう付き合い始めてから三年以上になるだろ? 卒業した後のこととか話してないのかい?」
「特には、話していないわ」
「あら、それはいけませんね。相手の気持ちを知ることは大事なことですよ、
「ワタシ、この間偶然、番組のゲスト出演で一緒になったんだけど。本番前にちょっと親しく話していたら、噂になってる高校時代からの彼女がワタシじゃないかって、MCに勝手に話しを盛られちゃうし、周りの人たちにも茶化されてはやし立てられるし。あまりにしつこいから、付き合ってる相手は共通の友だちだって思わず口走っちゃって大変なことになっちゃった」
オンエアではカットされてたけど、何週間か前にスゴく疲れた顔で帰って来たのはそれが原因だったのね、まったく。特定の事務所に所属している芸能人じゃないんだから、プライベートはそっとしておいてくれればいいのに。
「ああ~、でも疑われても致し方ないんじゃない? マリアちゃん、美人だし、スタイルも抜群だし。て言うか、特定の彼氏いない方が不思議だもん」
「今、スゴい充実してるから。正直、そういうことを考えてる余裕なんてないんだよねー」
「それは、アタシも分かる。バンド活動が楽しくて仕方ないからね。ライブにも招待されたしな!」
「それはいいけど、単位平気なの?」
「
「そら......お前もう、わざと言ってるだろ?」
何度注意されてもナンシーを本名で呼ぶ
「だけど、せっかくのキャンパスライフなんだから楽しまないと損なのは確かよね。アタシこの前、バイト先の人に誘われて、初めて合コンに行ってモテモテだったんだからっ!」
合コンという名の地獄絵図。
「
「仕方なくよ。初めてで不安だからどうしても一緒に来てって聞かないんだもの」
「だって、
「最初にちゃんと、私には彼氏がいて、女子の数合わせって言ってあったじゃない」
仮にフリーでも、ああいったタイプに惹かれることはないけど。殿様大学ほどではないにしろ、通っている大学の偏差値がどうとか。結局のところ、どこへ進学するかじゃなくて、何を目的に通うかが一番大事。私が惹かれた人は、他の人よりも遥かに険しい道であることを覚悟した上で進む人だから。
* * *
「いらっしゃい。早かったね」
「みんな予定があって、一次会だけで解散になったの」
うららちゃんと
「お客さん、来ているの?」
玄関に列んだ男性物の靴のことを訊ねる。
「ああー、うん、
「あら、そうなの。お邪魔するわ」
何だか、ちょっと歯切れが悪い気がしたのだけど気のせいかしら? と、ちょっぴり不思議に想いつつ、とりあえず部屋に上がらせてもらうことに。リビングに入ると彼の話し通り、締まりのないニヤけ顔の
「よっ!」
「邪魔してる」
「やあ、久しぶりだね」
「あなたたち、お酒飲んでるの?」
まだ日も暮れていないというのに、テーブル上には酒類の缶や瓶が数本、封が切られた状態で置かれていた。
「心配すんなって、飲んでるのはオレたちだけだからよ。いつも通りな」
「少々気が引けるがな」
「何か作るわ。キッチン、使わせてもらうわね」
「うん、ありがと」
「おっ、マジか。サンキュー」
「すまんな」
手荷物を置いて、代わりにエプロンを付けて台所に立ち、冷蔵庫にあった食材で簡単なおつまみを作り、出来上がった料理をテーブルへ運ぶ。
「お待たせ。出来たわ」
「おっ、うまそ~」
「相変わらずうめぇーな。こりゃあますます酒が進むって」
「うむ。日本酒にも合う」
「同感だね。その辺の店よりもぜんぜん美味しいんじゃない」
「そりゃそうだろ。
「どうして、知ってるのよ?」
「んなもん、
お酒の缶を片手に、いつものかるーいノリで訊いてきた。
「私は、都内の税理事務所が第一志望よ。しっかり学んで、ゆくゆくは独立を目指すわ。うららちゃんは、
「俺は、今のバイト先の出版社にそのまま入社することになりそうだ。先日、部長から来年度の人事についての話しを聞かされた。既に戦力としてカウントされてた。まあ、就活をしなくていいってのは気楽だ」
「はっはっは、そりゃそうだな。オレは、大学院へ進む口だから試験さえパスすりゃいいし。
「へぇ、みんな、ちゃんと考えてるんだね~」
まるで人ごとのように言って、箸を伸ばす
「お前も、大学院へ進むんじゃねーのか?」
「このままなら、たぶんそうなるんだろうけどね。いろんな
「ああ~、お前の場合は、そういう事情もあんのか。白でいることが多いから素で忘れてたぞ」
「今夜は、もうひとりの方も出るよ? キミたちとの勝負は、オレも、もうひとりのオレも退屈しないからね!」
「そりゃ楽しみだ!」
「ふぅ......」
テーブルを挟んで意味深に笑い合う、
テーブルを片付けて、少し遅めの夕食を二人で食べる。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さま。準備は、もう済んでるの?」
「大丈夫、全部済んでるよ。しばらく食べられなくなるから名残惜しいけど」
大きめのバッグと、ハンガーラックに掛けられたスーツを指差して言った。
彼は明日から、U-23日本代表の合宿へ参加。
再来週には、スポーツの祭典の幕開け。
シーズン中は、遠征で東京を離れることになっても長くて三日ほど。だけど今回は、大会終了まで基本的に会えなくなる。
「じゃあ、朝ご飯作ってあげる」
「泊まっていく?」
「迷惑じゃないかしら?」
「ぜんぜん」
「じゃあ、そうさせてもらうわ。お風呂、借りるわね」
クローゼットの一画に置かせてもらってある着替えを持って、バスルームへ向かった。
「いよいよね」
「うん。俺には、縁のない話しだと思ってたけど。あ、そうだ。試合のチケット、今のうちに渡しておくよ」
間接照明の柔らかな光りが灯る薄暗い寝室。同じベッドへ入っての会話中、
「ありがと」
「とりあえず、予選リーグの分。男友だちの分は、
「うららちゃんたちには、私から渡しておくわね」
受け取った人数分のチケットを、なくしてしまわないようにチャックの付いたバッグの内ポケットにしまっておく。
「ところで、
「え? いや、普通に激励受けただけだけど」
「ふーん」
「ま、まあ、ベストを尽くすとしか言えないかな? 頂点を目指して」
言葉尻を濁した。とりあえず、
「ハァ、まあいいわ。そろそろ寝ましょ。明日は早いんだから――」
お互いに「おやすみ」と言ってそっと口づけを交わし、普段よりも早く眠りについた。翌日、激闘へ挑む彼を玄関先で見送った。
そして、あの夜の企みは、決勝トーナメントへ進出を果たし、大会最後の試合の後に明かされることになった。
それは、私の......私たちの未来を、人生を大きく左右してしまうほどの、とびきりのサプライズだった。
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Epilogue ~祝福~
夢を見ていたみたいだった。
あの日、あの時、多くの祝福に包まれていた時間は二年以上の時が経った今でも、まるで昨日のことのように鮮明に思い出せる。
自分でも大袈裟だと思う。だけど、あの瞬間、まるで歌劇の主役にでもなったかのような錯覚を覚えるほど、本当に夢のような時間だった――。
* * *
「ハァ......まったく、もう少し真面目に答えてくれ。取材にならないじゃないか」
レコーダーの電源を落とした
「ちゃんと答えてるって」
「そうとは思えないから言っているんだが?」
「なに? どうしたの?」
キッチンでお茶と茶請けを用意してくれていた
「真面目に取材を受けてくれないんだ」
「あら、そうなの? ダメよ、ちゃんと受け答えしてあげないと」
「いやいや、ちゃんと受けてるって。本当にまだ何も決まってないんだよ」
「聞いての通り、この調子だ。
「私もう、
口元へ左手を持っていってクスっと小さく笑った
「あれから、もう二年以上になるのか。あの、大会最後の試合の後、六万の観衆とテレビ画面を通して世界中の人が見守る中での公開プロポーズから――」
思い出し笑いを浮かべながら「とてもじゃないが、俺にはマネできないな」と言って、コーヒーをすする
「お前たちがやれって言ったんだろ」
まるで人ごとのように言っているが、発案者の
「スタッフさんに声をかけられてグラウンドに連れていかれたと思ったら、あんなことになって......本当に驚いたんだから。サプライズなんて言葉じゃ足りないわ」
マスコミにはしつこく追い回されるし、いろいろと面倒も迷惑もかけた。
「フッ、多少強引に背中を押さなければ何となくずるずる行きそうな気がしたからな。
「そういえばまだ、そういう話しにはなってないんだって?」
「ああ。先日、
まだ社会人一年目、ぜんぜん不思議じゃない。むしろ、俺たちが早かっただけの話しで。
「
「
「へぇ、そうなの。大人しくくっついちゃえばいいのに。それで、
「何がだ?」
「ノアちゃんと、よくご飯とか行ってるんでしょ?」
「......あれはアイツが、やれ飯おごれだの、やれストレス発散させろだの、しつこくて仕方なくだ。面接官がウザかっただの、セクハラまがいの発言してきたから暴露記事を書けだの、毎度愚痴ばかり聞かされる身にもなってくれ......。決まったあとは、祝えと催促してくるんだぞ」
眉間にシワを寄せながら不満気に言いつつも、ちゃんと付き合ってあげいてるんだから人が良い。まんざらでもないんじゃないか、と
「まったく、突然の部署移動といい。俺の人生は、周りに振り回されてばかりだ」
愚痴を漏らして、コーヒーカップをソーサーに置いた。
元々、絵本などの児童書の編集を担当していた
確か、移動前に担当していた絵本のタイトルは、そう――山田くんと7人の魔女。
朱雀高校の七不思議である魔女伝説を題材にして、実体験を元に作られた絵本。今や売れっ子漫画家になった
「唯一の利点は、お前と同じ代表クラスの
「その分をアイツにたかられてるけどな」と、若干恨み節を加えながら冗談交じりに言った。
「話しを戻すが、本当のところどうなんだ? 例の話し、海外リーグへの移籍の件は――」
つい先日閉幕した、四年に一度開催されるサッカーの世界大会。結果は、ベスト16。ベスト8にあと一歩届かず、欧州の強豪国相手に惨敗。若手中心の大会とはまったく違う、本物の世界との差、世界の壁というものを思い知らされた。
取材を終えた
「オファーは、届いてるでしょ?」
彼女の言う通り、幾つか海外からオファーは届いている。所属クラブ側も、去年の契約更改時に海外への移籍について別途にオプションを付けて配慮してくれている。契約上の障害は、皆無に等しい。
ただ、ひとつだけあるとすれば。今は、ひとりではないということ。単独で決められることじゃない。だけど――。
『この雪辱は、四年後に必ず果たすぞ』
悔しさを滲ませて言った
サッカー選手の平均引退年齢は、25才。
もし仮に、四年後まで現役を続けられたとして、代表メンバーに選出されたとすれば、年齢的にはラストチャンス。
「勝負したい。世界を相手に、どこまでやれるか試したい。一緒に来てくれる?」
本心を伝えると、
「イヤよ。なんてこと言うなら、最初からプロポーズなんて受け入れてないわ」
「......ありがと」
「もうっ。でも、いろいろ決めないといけないわね」
人生の岐路に立った時、いつも傍で支えてくれる。
彼女と出会えたことが一番の幸運なのだと、はっきりと自信を持って言える。
そして、目まぐるしい早さで季節は巡っていった。
* * *
「あ、
荷物を担ぎ、ロッカールームを出て、スタジアム内の通路を駐車場へ向かって歩きながらワイヤレスでの通話。
『さっき、うららちゃんから連絡が来たのっ!』
「
イヤフォン越しに聞こえる
『大事な話があるんだって。
「今、スタジアムを出るところだから。そうだね、渋滞に嵌まらなければ二十分くらいかな?」
『そう。じゃあ、安全運転で急いで帰ってきて』
また無茶な注文。ひとまず通話を終え、スタジアムから自宅へと続く車通りの多い大通りを安全運転で帰る。
「お帰りなさい」
「ただいま。もう、寝ちゃってるよね?」
玄関をあがってすぐの横の寝室へ目を向けて訊ねる。
「ええ、ぐっすりよ。晩ご飯は?」
「後でいいよ。それより、
「そうなの。いつもと声色が違ったから、もしかしてと思って。帰ってきたって、メッセージ送るわ」
リビングに入るのとほぼ同時に、
『久しぶりだな!』
「ああ、久しぶり。元気?」
『おう。さっきまでやってた試合、観てたぜ』
『おめでとう、スゴかったわ』
「ありがとう」
『疲れてるのに、ごめんなさい。そっちは、もう夜も遅いでしょ』
「気にしないで。それで、大事な話って何かしら?」
挨拶も早々に、
画面越しの
『うん、あのね――』
通信環境のせいなのか、多少ラグがあって口の動きの後に
――私たち、結婚することになったの。
* * *
「よっ、久しぶり。元気してたかー?」
スタイリッシュにスーツを着こなした
「ああ、おかげさまで。そっちは?」
「ぼちぼちってとこだな。ま、立ち話もなんだし、とりあえず行こうぜ」
「それ、俺のセリフだからな?」
笑いながら助手席へ回った
「悪いな、こんな遠くまで来てもらって」
「気にすんなよ。どうせ来月には、
「欧州っていっても、配属先は北欧なんだろ?」
「日本からと比べりゃ全然ちけぇーよ」
「そりゃそうだ」
父親と同じ外交官になった
「おっ、サグラダファミリア。あれ見ると、スペインだよな」
窓を下ろし、肘を乗り出して、視界に拡がるスペインの街並みを眺めている。
「おお、そうだった。
「マジか。オゴれって言っておいて」
「もう言った」
どちらからともなく笑い合う。
こんな些細なことで笑い合える。まるで、学生時代に戻ったみたいに。何年経っても一瞬で戻れるんだと思うと、嬉しさ一緒に感慨深さが心に込み上げてくる。
「さあ、着いたぞ」
「サンキュー」
自宅のガレージに車を止めて、呼び鈴を鳴らす。
「あら、早かったわね」
「空港から直で来たから」
「久しぶり! おっ、大きくなったな~」
玄関でしゃがんだ
「あはは、ホント、入学案内のパンフレットの
「同じくらい歳だもの。ほら、ちゃんと挨拶しなさい」
「こんにちわー」
「こんにちは。ちゃんと挨拶できてエラいなー。もうひとりは?」
「お昼寝中よ」
褒めながらぽんぽんっと頭にふれて立ち上がった
「そろそろお昼だけど、どうする? まだでしょ?」
「近くのレストランにでも行こうか?」
「そうだな。出来れば、和食がいい。ここんところ他国の料理ばっかで飽きた。ある?」
「あるにはあるけど、現地向けにアレンジされてるんだよね。日本のカレーとか、中華料理みたいに」
「だよなー......」
「簡単なものでよければ、私が作るわよ 」
「ぜひ頼む!」
そんなわけで外食は止めて、近所の市場で食材を買い揃えて、自宅で食べることに。
「えっ? じゃあ、
「そ、実際は二週間の出張。完全な早とちりだな。つーか、味噌汁って、スゲー美味いのな......」
何より、海外移籍から五年が経ち。去年の世界大会が終わったあとも、こうして現役を続けていられるのは彼女のサポートがあってこそ。感謝してもしきれない。
「ハァ、そういうところは変わらないわね。ちゃんとやっていけるのか心配になるわ」
「その辺りは、大丈夫だろ。国家プロジェクトに関わる企画を任されてるし。それも海洋じゃなくて、宇宙開発の方のな」
「宇宙ねぇ。
「ビンゴ! スゲー羨ましがってた。必ず宇宙人見つけ出せってな。そうそう
「ホントっ?」
「じゃあ、また、はじまりの魔女が......?」
対処法があるとはいえ、やっぱり気になる。
「イヤ、ただの私的目的。部員に体験談を話してるそうだ。生徒たちは目を輝かせてるって言ってたけど、まあ、な」
「ああ、なるほど」
「
どや顔で得意気に話す
「ねぇねぇ、まじょってなーに?」
「お、気になるか」
「うん」
「プレゼント。あとで読んでもらいな、魔女のことがたーくさん載ってるぞ」
「ありがとー」
「これ、
「いいの?」
「ああ。こっちじゃ売ってないだろ。おっと、それこそ大事なもん忘れるところだった。今のうちに渡しとく。ほい」
同じスーツケースの中から装飾された封筒を取り出して、テーブルに置いた。それは、
「
「ええ、
「事情が事情だし、仕方ねぇよな。じゃあ、飯も食い終わったことだし、そろそろ行こうぜ!」
支度を整え、本拠地のスタジアムへ向かう。
クラブ側から事前に許可を貰っていることを警備員に伝え、スタジアムの中へ入れてもらう。使い慣れたロッカールームの前を通り、人気のない廊下を抜けて、鮮やかな緑色の芝が映えるピッチへ出る。
「うおっ、マジでスゲーな! テレビで見るのと迫力が段違いだ!」
「観客が入るともっとスゴいわよ。いつも満員で、熱気がスゴいんだから」
「マジか。滞在予定伸ばして、プライベートで観戦してくかな?」
「次節と同日だから、二人の結婚式から弾丸になるぞ」
「しゃーねぇ、またの機会にとっておく。よし、始めるぞ」
「大丈夫なの?」
「心配すんなって。こっちへ来る前に、
カメラを構えていない方の手で黙ったまま人差し指を立てた
「
俺は、二人の結婚式には出席出来ない。
――初恋は、叶わない。よく聞いた話しだ。
確かに、俺の初恋も叶うことはなかった。
捉え方は人それぞれ十人十色なんだろうけど、少なくとも俺は今、不幸でなく幸せだと心から言える。
カメラへ向かって話している途中ふと視線を上に向けると、どこまでも澄み切った青空が広がっている。
その雲ひとつない晴れやかな綺麗な青空に、この言葉と想いを託そう。
――
途中間延びしたりといろいろありましたが、長い間最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
簡単な設定公開。
○主人公の名前。
参考資料・原作。
○山田くんと7人の魔女(原作)
○山田くんと7人の魔女(アニメ)
○古河美希先生
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