ドラゴンボールNEXUS 時空を越えた英雄 (GT(EW版))
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最後の超越戦士編
トランクスと孫悟飯


 

 エイジ728。

 惑星プラントから、ツフル人が絶滅した。

 宇宙で有数の知能を持ち、高度な科学文明を築いていた高等生物がたった数日にして滅び去ったのである。

 それは、満月の夜のことだ。

 彼らを滅ぼしたのは夜空に咆哮を上げる大猿の群れ――ベジータ王率いる、戦闘民族「サイヤ人」の軍勢だった。

 

 やがてツフルの王を討ち取ったサイヤ人達は、惑星プラントに自分達が支配する新たな秩序を作り上げた。

 星の名前もまた惑星プラントから王の名を冠する「惑星ベジータ」へと改名し、勝利者たるサイヤ人達はツフルから奪った高度な科学力を用いて宇宙進出を開始することになる。

 

 ――しかし、彼らは知らなかった。

 

 ツフル人が絶滅する間際――ツフルの王が解き放った災いの存在を。

 

 ――寄生生命体「ベビー」の存在を。

 

 

 

 

 

 

 

    【 ドラゴンボールNEXUS(ネクサス) 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 エイジ777。

 地球から遠く離れた銀河の彼方、そこに惑星クウラNo.99はあった。

 元々は「惑星シャモ」と呼ばれていたその星は、かつては銀河に君臨していた宇宙の帝王フリーザの管轄下にある惑星の一つだった。

 しかし支配者であるフリーザが十三年前に一人のサイヤ人によって討滅されたことを機に、今ではこの星を含む数多もの惑星フリーザは、フリーザに変わる新たな支配者の手で治められていた。

 

 新たな支配者の名は、クウラ。フリーザの実の兄に当たり、弟のフリーザをも凌ぐ強大な存在である。

 

 十三年前にリーダーを失ったことで路頭に迷うことになったフリーザ軍の残党達は、そんな彼を新たな主君として崇めることとし、クウラ軍の傘下に加わったのである。

 

 ――しかしこの日、この星を支配する彼らの軍団は滅亡の危機を迎えようとしていた。

 

 元フリーザ軍にしてクウラ軍幹部、ソルベの治めるこの惑星クウラNo.99に、他の星からやってきた二人の戦士が乗り込んできたのである。

 

 一人は「飯」というマークが描かれた山吹色の道着を纏った青年。

 もう一人は彼を師匠として仰ぐ青みがかった灰色の髪の少年だった。

 

 

「ひ、怯むなー! ここで食い止めるんだ!」

 

 二人の戦士がこの惑星で最も重要な拠点である通信施設の中へ堂々と侵入し、群がる雑兵達を徒手空拳で蹴散らしている。

 その歩みは数多の妨害をもってしても緩むことがなく、歳若い二人の戦士は着々と施設の長であるソルベの元へと向かっていた。

 

《ぐわああああっ!?》

《だ、ダメだ……! 手に負えねぇー!》

 

 スカウターから聴こえてくる兵達の声からは、阿鼻叫喚な現場の様子が窺える。

 この星では最重要機関であるこの施設には、比較的戦闘力の高い戦闘員が配置されていた筈だ。

 しかしその兵達の力さえも、二人の侵入者にはまるで通用していないのだ。それほどまでに、彼らの力は圧倒的だった。

 

「タ、タゴマ! シサミ! 頼むッ!」

「ああ」

「ふん、機甲戦隊を待つまでもない。今の俺達はあのザーボン様にも劣らんのだ。あんな奴ら、さっさと片づけてやる」

 

 たった二人で何が出来ると侮っていたが、これ以上の侵攻はまずいと、ソルベが縋る思いで腕利きの戦闘員に命じる。

 クウラ軍の傘下に入ったフリーザ軍残党兵の中では最高の戦闘力を持っている二人の戦闘員、タゴマとシサミである。

 彼らの戦闘力数値は既に2万を超えており、かつてフリーザの側近を務めていたドドリアやザーボンにも劣らない。いずれも並大抵の者は寄せ付けない力を持っているのだ。

 

 ――しかし、この星を訪れた二人の戦士はどちらも並大抵ではなかった。

 

 

「お前がリーダーのソルベだな?」

「くっ……もう来たか!」

 

 衝撃波によって施設の壁を豪快に突き破りながら、山吹色の道着を着た青年が姿を現す。そんな彼から数秒遅れて、青みがかった灰色の髪の少年がその横に降り立ってくる。

 そして黒い瞳でソルベを見据えながら、山吹色の道着の青年が一歩ずつ前に出てきた。

 

「ふんっ!」

 

 そんな彼の手から主君を守るように、目にも留まらぬ速さでタゴマが跳躍し、拳を握りながら飛び掛かっていく。

 しかし。

 

「がっ!?」

 

 タゴマの拳が到達するよりも遥かに速く、青年の振り上げた裏拳がタゴマの顎を殴打した。

 一撃を諸に受けたタゴマはサッカーボールのように地面を転がりながら弾き飛ばされていくと、壁の隅で止まったきり動かなくなった。

 

「タゴマを一撃だと!? そんな、馬鹿な……!」

 

 戦闘力2万を超えるタゴマが、まるでハエをあしらうかのように呆気なく倒されてしまったのだ。

 信じがたい悪夢のような光景に狼狽えるソルベだが、彼の悪夢はこれで終わりではない。

 

「はああっ!」

「ぐはっ……」

 

 青年の傍らから飛び掛かってきた少年が巨漢のシサミを翻弄すると、たった一発の蹴りに突き飛ばされたシサミが白目を剥きながら、ソルベの足元へと転がり落ちていく。

 

「ナイスだ、トランクス君」

「いえ……」

 

 小さな身体からは想像もつかないパワーで、少年までもフリーザ軍残党の最強格を倒したのである。

 その事実が、ソルベの心に堪えようのない絶望として押し寄せた。

 

「シ、シサミまで……!」

「お前達の負けだ。この星の人達を解放して、さっさと出ていけ!」

 

 今しがた力の差を見せつけたところで、山吹色の道着の青年が改めて降伏を命令する。

 朽ち果てた施設の中でじわりじわりと後ずさりながら、ソルベは苦渋の表情を浮かべた。

 

「ぐ……ぐぬぅ……!」

 

 ソルベの戦闘力は、タゴマやシサミよりも低い。既に勝機は完全に無くなっていたのだ。

 もはやここまでかと……既に現在の主君であるクウラに顔向け出来ない状況にまで追い詰められているソルベだが、その頭脳には命あっての物種だと考える冷静な思考があった。

 幸いこれまでの戦いでも部下達は殺されているわけではなく、全員を連れて撤退すればまた立て直すことが出来る。

 追い詰められながらも冷静な思考を巡らせたソルベは渋々ながらも彼の甘さにつけ込み、ここは一旦降伏しようと判断しかける。

 

 しかし、その時――ソルベはこの管制室の割れた窓ガラスの先にて、上空からゆっくりと降下してくる巨大な宇宙船の姿を横目に映した。

 

「なっ!?」

 

 ソルベのスカウターがその宇宙船に乗っている人物の戦闘力を感知した瞬間、爆音を上げて砕け散った。

 戦闘力50万まで数値化することが出来る最新のスカウターが、その人物の戦闘力を計測しきれずに故障したのである。

 

「悟飯さん、あれは……?」

「……強い気だ。どうやら、大物が来たみたいだな」

 

 宇宙船は基地の上空でピタリと静止すると、開かれた上部ハッチの中から三つの人影が渦を巻くように飛び出していく。

 そしてその三つの人影は、この基地の天井を突き破りながら一同の元へと猛スピードで降り立った。

 

「ブザマだな、ソルベ」

「サウザー様っ!」

 

 クウラ機甲戦隊――クウラ軍最強の部隊である三人の増援が、この基地に駆けつけたのである。

 サウザー、ドーレ、ネイズ。少数精鋭を好むクウラ直属の部下であり、その戦闘力は全員が10万を超え、かのギニュー特戦隊さえも凌駕している。

 ソルベからしてみればこの辺境の地に組織の長であるクウラが訪れたと言うのも予想外だが、彼らの登場もまたソルベには予想外であり、ただでさえ青い顔をさらに青くすることになった。

 だが、彼らがこれ以上なく頼もしい救援だということに変わりはない。一先ずはこれで助かったと……ソルベは事態の好転に安堵の息をついた。

 

「戦闘力5000だあ? お前ら、こんなゴミ相手に何やってんだ」

「おそらく、戦いの中で戦闘力が変化するタイプなのだろう。クウラ様をお待たせするわけにはいかない。三人で片を付けるぞ」

「へっ、運が無かったな。あんちゃん」

 

 山吹色の道着の青年の戦闘力をスカウターで測りながら腕を鳴らし、三人の精鋭が前に出る。

 そんな彼らを相手に山吹色の道着の青年は一歩前に出て、左手で制しながら傍らの少年を後ろに下がらせた。

 

「悟飯さん、俺も!」

「いや、君は下がってくれ」

「ふん……たった一人で我らに挑もうとは片腹痛い! クウラ機甲戦隊!! とうっ!」

 

 三人の精鋭がヒロイックなポーズを取り、超高速で散開する。

 一人一人が10万を超える戦闘力を持ちながらも、その動きに油断は無い。山吹色の道着の青年を四方から取り囲み、確実に叩きのめそうとしているのだ。

 そしてサウザーが顔を、ドーレが背中を、ネイズが腰をと青年の部位にそれぞれ狙いを定め、超音速の拳を突き出していく

 ソルベの目にはとても追うことが出来なかったが、一瞬で「決まった」と勝利を確信することが出来る攻撃だった。

 

 ――そしてその通り、次の瞬間には彼らの戦いは終わっていた。

 

 クウラ機甲戦隊の全滅という結果に。

 

「がっ……馬鹿な……! 貴様……っ、一体……?」

 

 サウザーに膝蹴りを、ドーレに肘打ちを、ネイズに右手の拳を。

 一瞬、青年の戦闘力を計測していた筈のスカウターが同時に爆発を起こしたその瞬間、三人が放ったどの攻撃よりも速く打ち出された青年の攻撃が、彼らの意識を一撃で刈り取ったのである。

 

「俺は孫悟飯……孫悟空の息子だ」

 

 僅かに意識が残っていたサウザーは、青年が自らの名を名乗った途端にその場に崩れ、動かなくなる。

 そして青年――孫悟飯は部屋の隅で怯え竦んでいるソルベには目も暮れず天を振り仰ぎ、穴の空いた天井から見える上空の宇宙船をきつく睨んでいた。

 

 戦いの最中からも彼の意識の大半は目の前の戦隊ではなく、上空に浮かぶ宇宙船の中に居る、桁外れの戦闘力の持ち主へと向けられていたのだ。

 

 

 

 

 

 この日もいつものように惑星を一つ荒地に変えた後、フリーザ軍残党の治める近くの辺境の星から何か、奇妙な戦闘力を感じた。

 それが何となく気になったのは天啓か、単なる気まぐれか。

 しかしこの星に立ち寄ったのは、結果としてみるならば正解だったとクウラは感じていた。

 自動操縦モードに切り替えた宇宙船の環境にて、今しがた三人の部下を瞬殺してみせた山吹色の道着の青年の姿をモニターに映しながら、クウラはゆっくりと玉座を立った。

 

「孫悟空……その名は確か、フリーザと親父を倒したサイヤ人の名前だったな」

 

 彼の纏う道着は、前に部下から手繰り寄せた資料で見たことがある。

 孫悟空――本名はカカロット。今は絶滅したサイヤ人の生き残りであり、13年前に北の銀河の地球に訪れた弟フリーザと、父コルドを破ったという戦士。

 そしておそらくは……惑星ベジータが消滅したあの時、クウラが見逃した赤ん坊と同一人物であろう。

 奇妙な戦闘力を追ってみれば、奇妙な人物と出会うものである。

 クウラは別段家族の仇討ちなどに興味はなく、フロスト一族の数少ない生き残りとして彼らの遺産を引き継ごうとする意識も無い。

 フリーザ軍の残党がクウラ軍に併合されたのも、勝手に擦り寄ってきた彼らを放置しているだけに過ぎない。

 クウラは組織の力など信じてはいないし、弟や父のような獰猛な支配欲も無い。

 ただ、一つ。

 彼は自分が宇宙最強であることを確信しており、そのプライドを汚す者は破壊し尽くすだけだった。

 

「ふん、面白い」

 

 一族の脅威として先祖代々伝えられてきた伝説の超サイヤ人の誕生にも悠然と構え、いつかその者が自分の目の前に現れるまでは気にも留めずに遊ばせていたが、そろそろこちらから動いても良い頃合いなのかもしれない。

 気晴らしに星々を破壊し回るのも飽きてきた。息子の首を手土産に、噂の超サイヤ人である孫悟空と戦う為に地球へ行くのも良いだろう。

 そんな思いを馳せながらコンピューターに命じ、クウラは宇宙船の上部ハッチを開けさせる。

 

 宇宙の帝王の兄と超サイヤ人の息子……二人の対決が、この惑星で繰り広げられようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「悟飯さん……」

「トランクス君は離れていてくれ。奴は、普通じゃない」

「はい……お気をつけて」

 

 強くなった今だからこそはっきりとわかる、相手の力量。

 上空に浮かぶ巨大な宇宙船を見上げながら、孫悟飯はその中に潜んでいるとてつもない気配を感じていた。

 宇宙にはまだこんな奴も居たのかと……考え難いことに、気配の主はあのフリーザにも劣らない「気」を持っていたのだ。

 そして宇宙船の上部ハッチから満を持して現れた人影の姿に、悟飯は驚きに目を見開いた。

 

「フリーザ……!?」

 

 威圧的な鋭い眼光に、体毛の無い白い身体。

 その姿はまるで、かつてこの宇宙を恐怖に陥れたフリーザに瓜二つだったのである。

 凶悪な気配の持ち主である彼が宇宙船から跳び上がると、両腕を組みながらゆっくりと悟飯達の元へと降下してきた。

 

「フリーザの最終形態を知っているか。貴様が伝説の超サイヤ人の息子だというのは、どうやら本当らしい」

「お前は……何者だ?」

 

 彼の発する憎たらしい声色もまた、フリーザのものに酷似している。

 しかし近くでその姿を確認したことで、その姿がフリーザとは似て非なる別人のものであることが明らかになる。

 背丈はフリーザの最終形態よりもやや大きく、体色もまた白と言うよりも紫色の比率の方が多いだろう。

 そんな彼は地に足を着けて悟飯と向かい合い、自らの正体を堂々と明かした。

 

「俺の名はクウラ。貴様の親父が殺した、フリーザの兄だ」

 

 フリーザに似た強力な気配に、姿。

 彼の口から放たれたのは、悟飯が抱いていた疑問を一発で解消する言葉だった。

 

「なるほど……道理で似ているわけだ。それで、お前はフリーザの復讐に来たのか?」

「ふん……ここに来たのはただの気まぐれだ。俺は弟が誰にやられようと知ったことではない」

 

 フリーザの兄ともなればこれほどの「気」を持っているのも、姿が似ているのも納得だ。

 今ここで兄が弟の無念を晴らそうと言うのなら、非常にシンプルでわかりやすい話である。しかしそんな悟飯の問いを、クウラは否定した。

 

「だが、同じ一族の者が下等生物如きに敗れたなど……俺のプライドが許さん。丁度いい機会だ。貴様の首を手土産に、地球に居る超サイヤ人とやらを殺しに行くとしよう」

 

 クウラが不敵な笑みを浮かべたその瞬間、彼の身体からおびただしい「気」の奔流による紫色のオーラが渦を巻く。

 そのエネルギーに圧されまいと踏ん張りながら、悟飯もまた内なる「気」を解放した。

 

「……そうか。それは、おっかない!」

 

 そして、二人の戦士が激突する。

 クウラと悟飯が同時に地を蹴った瞬間、互いの右腕が交差し、余波だけでこの施設を粉々に崩壊させていった。

 崩れ落ちていく塔を背景に、悟飯とクウラは舞空術によって上空へと飛び出し、壮絶な格闘戦を繰り広げた。

 

「ふんっ!」

「だああっ!」

 

 互いにダメージを避けながら拳を打ち付け合い、時に蹴り上げ、蹴り返す。

 一方がもう一方を圧倒するということはなく、激しい空中戦が繰り広げられていく。そんな二人の攻防は、両者の実力が拮抗していることを意味していた。

 やがて互いのオーラの色で糸を引きながら空中で激突した二人が、左右に弾かれるように二方向へと降下していく。

 

 そこは二人の戦いの余波で薙ぎ払われた木々に囲まれた、湖の上だった。

 

「まさかな……我が一族以外の人間が、ここまでやるとは思わなかったぞ」

 

 弟と同じく、自分の実力に絶対的な自信があるのだろう。戦闘が始まって数分が経過しても決定打を与えられない状況に、意外そうな様子でクウラが悟飯の実力を賞賛する。

 互いにまだ様子見の状態であることを分かった上でそう言う彼に対して、悟飯が白々しい奴だと舌を打つ。

 

「まるで本気を出していないくせに、よく言う」

「これから少しずつ見せてやろうと思っているが……貴様も同じだろう?」

「さあ、どうかな?」

「舐めた小僧だ。だが俺は弟とは違い、敵を軍門に誘うことはしない。貴様には、俺の楽しみの為に死んでもらうぞ」

「む?」

 

 一瞬、クウラの姿が視界から消える。

 次の瞬間には悟飯の腹部に彼の右膝が突き刺さり、その次には背中から振り下ろされた彼のハンマーパンチによって、悟飯の身体は大きな水しぶきを立てて湖の中へと叩き落されていった。 

 そんな悟飯を追ってクウラも湖の中へと飛び込み、戦闘は水中戦へと移る。

 悟飯の肘打ちがクウラの胸板に突き刺さり、クウラの尻尾が悟飯の首を狙う。

 しかしそれを寸でのところで両手で掴み取った悟飯がクウラを尻尾ごと乱暴に振り回し、湖の中から投げ飛ばした。

 さらにそこへ、悟飯が追撃の気攻波を加える。

 

 ――魔閃光!!

 

 今は亡き師匠から教わった、孫悟飯の得意技である。

 両手から放たれた光の一撃が空中に打ち上げられたクウラの身へと襲い掛かり、おびただしい震動と共に爆発を上げた。

 

「ふん……」

 

 並大抵の者では、それこそクウラの部下達ならば塵一つ残らないであろうほどの凄まじい威力だった。

 しかし、爆煙の中から出てきたクウラの白い姿には大きな損傷も無く、その表情に焦りは無かった。

 

「ふう……」

 

 湖の中から飛び出した悟飯が右腕で額を拭いながら、水面に浮かぶ岩の上へと降り立つ。

 そして引き締めた表情で敵の姿を睨み、敵もまたこちらを睨み返した。

 

「戦闘力で言えば300万以上は確実か……中々どうして、楽しませてくれるぜ」

「そいつはどうも」

 

 クウラがこれまでの悟飯の戦いぶりを賞賛し、悟飯がそれを無表情で受け取る。

 しかしその発言が彼の余裕を表していることに、悟飯は気づいていた。

 そしてこれから、自分達にとっての「本当の戦い」が始まることに。

 

「一つ」

 

 人差し指を一本立て、クウラが言う。

 

「あと一つだけ、俺は弟より多く変身を残している。弟の変身を知っているのなら、この意味がわかるな?」

 

 彼の弟であるフリーザは変身する度にパワーを増し、その戦闘力を爆発的に上昇させていた。

 子供のような姿をしている第一形態に、巨漢の姿をした第二形態、怪物的なエイリアンのような姿の第三形態に、無駄を削がれたスマートな第四形態。今のクウラはこの内の第四形態に当たり、フリーザにとっては最強の変身形態だった。

 しかし兄である自分はさらにその先の――第五形態に変身することが出来るのだと、クウラが告白する。

 昔であれば、その発言は悟飯を絶望の底へ叩き落すにはあまりに十分すぎるものだったことだろう。

 今この時、悟飯の脳裏に過ったのは幼年期の頃の記憶――自分の力では為す術もなく、師匠や友達が倒れていく姿をただ見ていることしか出来なかった苦い思い出だった。

 

 だが今の――青年になった孫悟飯は違う。

 

「……そいつは、奇遇だな」

「なに?」

 

 自らの絶対的優位を確信しているクウラの前に、今度は悟飯が告げる。

 

「俺も一つだけ変身を残しているんだ。父さんと同じ、変身を」

 

 両手に拳を作り、大きく息を吸い込む。

 黒髪が逆立ち、彼の体内の「気」が充実し、一気に膨らんでいく。

 その瞬間、悟飯の立っていた岩は粉々に砕け散り、周囲の水は渦を巻くように割れていった。

 

「はあああ……! だああああっっ!!」

「――ッ!?」

 

 気合いを込めた咆哮を上げたその時、孫悟飯の姿は変わった。

 逆立った髪の毛は光のような黄金に。

 自らの敵を見据えた瞳は、氷のように冷たい青色に。

 

「なんだ……? その変わり方は……!」

 

 全身から迸る圧倒的なオーラの色は、その髪と同じ黄金の色へと変わっている。

 眩く美しいながらもおびただしい威圧感を放つその姿にクウラは驚き、そして悟飯が心なしかトーンの低くなった声で言い放った。

 

「これがお前の戦いたがっていた伝説の戦士……(スーパー)サイヤ人だ!」

 

 かつて宇宙を荒らし回っていた戦闘民族サイヤ人。その中で千年に一人だけ現れると伝えられていた最強の戦士――フリーザが恐れ、その命を葬ったのもまた同じ。

 実在した伝説、(スーパー)サイヤ人となった孫悟飯の姿に、クウラは忍び笑いを漏らした。

 

「なるほど……父親が噂の戦士なら、子も同じなのは道理か……ククク、いいだろう。孫悟空の前哨戦にはこれ以上ない相手だ!」

 

 孫悟空の存在を知っているらしい彼も、その息子まで伝説の戦士だったとは思わなかったのだろう。

 しかしその誤算に動揺するどころか、願ってみない僥倖だとばかりにクウラは笑った。

 そして彼もまた、対抗するように自らの力を完全解放した。

 

「父親の前に見せてやろう! この変身を見せるのは貴様が最初だ!」

 

 身体中の筋肉が膨張し、細身な体型が一気に巨大化していく。

 変形した頭部から四本のツノが生え、両腕からはそれぞれ一本ずつブレードのような突起が伸びていく。

 おびただしく増大していく気に伴い、曲線的なシルエットは刺々しく鋭利へと変わった。

 

「……凄い気だ。悪い奴じゃなかったら、頼もしい力になったのにな……」

 

 彼の変身を青い双眸で見つめながら、悟飯が遠く離れてしまった故郷を思い呟く。

 フリーザ以上のとてつもない強さ――それは間違いなく、この宇宙でも有数の戦闘力だった。

 凶悪な眼光は真紅に染まり、これから始まる虐殺に思いをはせるような笑みを浮かべながら、最終形態への変身が完了したクウラが高らかに叫ぶ。

 

「さあ、始めようか!」

 

 口元を隠すようなマスクが音を立てて締まり、戦いの続きが始まる。

 宇宙の帝王の兄と宇宙の帝王を破った戦士の息子。お互いに本当の力を見せた二人の衝突に、この星の大気は恐怖に震えた。

 

 

 






 未来悟飯には幸せになってほしかった……というつもりで書いていきます。



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とびっきりの最強対最強

 

 

 

 

「超サイヤ人……!」

 

 とびっきりの最強対最強。まさにそう呼ぶのが相応しい領域で戦っている師匠と敵の姿を遠目に眺めながら、少年トランクスが息を呑む。

 師匠――孫悟飯が超サイヤ人になったのは、本格的な実戦では地球を旅立って以来の光景かもしれない。

 悟飯は強い。この宇宙で彼に並び立つ者がほとんど(・・・・)居ないほどにまで、彼は強くなりすぎていたのだ。

 しかし強いが故にこうして本気で戦っている姿は珍しく、トランクスはそんな師匠の戦いから少しでも何かを掴んでいく為にも、彼の戦いから目を離せなかった。

 そしてこの瞬間に目にした超サイヤ人の実力は、少年の憧れを改めて確認出来るものだった。

 

「やっぱり、悟飯さんは凄い!」

 

 伝説の戦士を相手に真っ向から食い下がるクウラも恐ろしい強さだが、戦況は悟飯が優勢だった。

 スピードもパワーも、全てにおいて超サイヤ人になった悟飯が最終形態になったクウラを上回っているのだ。

 

 そしてそんな彼の強さは、彼と同じサイヤ人ハーフの身であるトランクスの希望でもある。

 

 トランクスはまだ幼く、彼のように超サイヤ人になれなければ戦闘力も低い。だが真面目に修行を続ければ、いつかきっと並び立てる筈だと……並び立ってみせると、トランクスは少年の心に意気込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 目にも留まらぬ超高速の連打が、悟飯の身へと襲い掛かる。

 並大抵の戦士からしてみれば、拳の一つ一つが必殺の一撃になることだろう。それほどの力を、最終形態のクウラは誇っていた。

 しかしクウラが化け物ならば孫悟飯もまた化け物だ。そんな彼の拳を紙一重でかわしながら、一発、二発と返す攻撃を浴びせていく。

 

「ぐっ……貴様ッ!」

 

 戦闘開始時点では余裕綽々だったクウラの表情が、徐々に焦燥を浮かべ始めている。

 ここまで戦う中で、薄々と感づいたのだろう。彼の最終形態以上に、超サイヤ人という存在のポテンシャルの高さに。

 

「ふんっ!」

「がはっ……!?」

 

 黄金色のオーラを纏った悟飯の右拳が、クウラの腹部に突き刺さる。

 悶絶するクウラに対して続けざまに回し蹴りを浴びせ、クウラの身体を吹っ飛ばしていく。

 

「調子に乗るな!」

 

 吹っ飛ばしたクウラに追撃を与えるべく舞空術で追い掛ける悟飯に対して、身体を回転させながら体勢を立て直したクウラが気攻波を放つ。目もくらむほどの閃光であった。

 咄嗟に両腕を交差し、悟飯が防御の構えを取る。

 しかし受け止めた一撃は、派手な見た目から想像していたよりも幾分軽い威力だった。

 何故……構えを解きながら抱いた悟飯の疑問は、次に取ったクウラの行動によって解消された。

 

「……!」

 

 今の気攻波は目くらましであり、本命は次の一撃だったのだと。

 天に向かって振り上げたクウラの右手――そこにはまるで太陽のような光を放つ、直径百メートルをゆうに超す巨大なエネルギーボールが作り出されていたのだ。

 

「くっ……!」

「この星ごと、消えて無くなれええっっ!!」

 

 スーパーノヴァ。悟飯は知り得なかったが、クウラ最強の一撃をそう呼んだ。

 先の目くらましの隙に既にチャージを完了していたクウラは振り上げた右手を一気に下ろし、巨大なエネルギーボールを投げ下ろした。

 狙いは孫悟飯。しかしその先には、この惑星の地面があった。

 避ければこの星の爆発に巻き込まれ、避けなければそのままエネルギーボールに飲み込まれる。どちらに転んでも、クウラにはデメリットの無い攻撃である。

 尤も悟飯にはこの攻撃を避ける選択肢は始めから持っていない。この星の先住民の為、そして何よりも愛弟子の為、この星を壊させるわけにはいかなかった。

 

「はあああああっっ!!」

 

 内なる気を完全に解放し、悟飯が両手でエネルギーボールを受け止める。

 しかしクウラのフルパワーが込められた凄まじい圧力は悟飯の身体を地面まで押し潰していくように下へ下へと迫っていき、悟飯は苦悶の表情を浮かべる。

 

 そんな超サイヤ人の姿を見下ろしながら、上空に浮かぶクウラが自らの勝利を確信し、高らかに笑った。

 

「馬鹿め! いくら足掻こうが俺に敵う者など存在せん! この俺が……宇宙最強だ!!」

 

 かつてフリーザを葬った伝説の戦士と同じ力を持つ男とて、自分の敵ではないのだと。

 フリーザほど宇宙の支配に興味を抱いていないクウラであるが、生粋の破壊者である彼はフリーザ以上に自分の力にプライドを抱いており、酔いしれていた。

 自身最強の技であるスーパーノヴァに押し潰されていくこの星と超サイヤ人の姿を目にしたことで、やはり自分こそが宇宙最強なのだという確信が深まっていく。

 

 しかし、その直後だった。

 

「だああああっっ!!」

「……! なにッ!?」

 

 宇宙最強という彼のプライドは、超サイヤ人を滅ぼす筈のスーパーノヴァと共に、爆発的な「気」の奔流によって打ち砕かれた。

 

 ――孫悟飯が両手から放った気攻波が、光をも超える速さで彼のスーパーノヴァを空へ宇宙へと押し返したのである。

 

 

 

 

「馬鹿な……っ、今の攻撃は、俺の最強の一撃だった筈だ……!」

 

 押し返され、自らの元へと襲い掛かって来たスーパーノヴァを間一髪のところでかわした後、真紅の双眸で黄金色の戦士を見据えたクウラが愕然とした表情を浮かべる。

 何の容赦も手加減もしなかった。

 最高の力を注ぎ込み、奴を殺す為に全力で放った一撃の筈だ。

 それが――完全にパワー負けした。

 それはクウラが生きてきた長い時間の中で初めてのことであり……あってはならないことだった。

 

「こ、こんな筈は……こんな筈は無いのだあああっっ!」

 

 ならばもう一撃――スーパーノヴァを放とうと右腕を振り上げた次の瞬間、黄金色の戦士の拳が彼の顔面を打ち抜いた。

 

「グハッ……!?」

 

 クウラの常軌を逸した動体視力を持ってしても視認出来ない速さで、超サイヤ人が一瞬で迫り、殴打したのである。その一撃はクウラの脳を揺らし、口元を覆っていたマスクは粉々に砕け散っていった。

 それでも気力を確かに体勢を立て直したクウラが、がむしゃらに拳を突き返すが、その連撃は一発も敵に届かなかった。

 

「があああっっ!」

 

 怒りに任せたクウラ渾身の蹴りが、先ほどまで戦士が居た空を虚しく切り裂く。

 一瞬にして彼の視界から消え失せた黄金の戦士――孫悟飯が即座にクウラの背後へと回り、その右手を開いて彼の後頭部の前へとかざした。

 

「覚悟しろ」

「……ッ!」

 

 気合砲――クウラが振り向いた瞬間には「気」の圧力が込められた不可視の一撃がその身へと襲い掛かり、数拍の間意識を失いながら、クウラは岩山を突き破りながら大地へと墜落していった。

 

 

 

 勝負は、完全に決まった。

 

 この戦いを見ている者は、誰もがそう感じたことだろう。

 クウラを気合砲で吹き飛ばした悟飯はその後を追い、無駄の無い動作で敵がうつぶ伏せに倒れている地面へと着地した。

 周囲を見れば、ソルベや機甲戦隊の居た基地施設の残骸があちこちに散らばっている。どうやら空中戦を繰り広げている間に、この場所へと戻っていたらしい。

 うつ伏せのクウラに目をやり、一歩、また一歩と悟飯が彼の元へと歩み寄っていく。

 相当なダメージを負った筈であったが、目を覚ましたクウラはぐらつきながら膝を着き、立ち上がろうとしていた。

 そんな彼が、心底憎たらしそうに呟いた。

 

「ふ……弟が敵わぬわけだ……」

 

 それはプライドの高い彼が互いの力の差を理解し、超サイヤ人となった孫悟飯の力を称える言葉だった。

 敗北の理由は純粋な力量差。それならば納得出来ると、意外にも潔い態度だった。

 

「……終わりだ」

 

 そんな彼の姿を無表情に見据えながら、悟飯は右手をかざす。

 そこから放つ気攻波で、彼を断罪する最後の一撃を与える為に。

 

 ――その時だった。

 

「悟飯さん! 後ろ!!」

 

 遠方から、弟子の叫ぶ声が聴こえた。

 それと、同時――

 

 

 悟飯の背中に、後方から閃いた光線銃の銃撃が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……しかし、悟飯は何の痛みも感じてはおらず、その背中は全くの無傷だった。

 彼が物陰から隠れてこちらの様子を窺っていたことには、ある程度気づいていた。いや、仮に気づいていなかったとしても、結果は同じだったことだろう。

 

 超サイヤ人の力は絶対。

 

 この世には不意打ちや小細工ではどうにもならないほどの力の差と言うものがあることを、これまでにも他ならぬ悟飯自身が数々の戦いで思い知らされてきたことだった。

 

「超サイヤ人に、そんな攻撃が効くわけないだろう」

「あ、ああ……っ」

 

 銃撃が飛んできた後方を振り向いた悟飯が、その岩陰から顔を出しているクウラの部下――ソルベの姿を冷たく見据えながら言い放つ。

 クウラの相手に集中している隙を狙い、背後から不意打ちを仕掛ける。理に叶った狡猾な戦略だが、今回ばかりはいかんせん相手が悪かったと言えよう。

 宇宙を回ればそこら中にあるただの光線銃が、宇宙の帝王をも破る伝説の戦士に通用する道理は無い。

 

「クウラ……お前、部下に慕われているんだな」

「……残党風情が、つまらんことを」

 

 しかしそれでも上司を守ろうと動いた彼の勇気だけは、悟飯も素直に賞賛するところだった。

 悟飯が正直な感想に若干の皮肉を込めてそう言うと、クウラがこの戦いに水を差されたことに憤るように叫んだ。

 

「ソルベ!」

「は、はいいいぃぃ!!」

「この俺のプライドを汚す者は誰であろうと許さん! 雑魚如きが、最強の戦いに割り込むな!!」

 

 親の仇に対するような目で、クウラがソルベを睨む。視線だけで人を殺せるような、凄まじい剣幕だった。そんな彼はソルベから目を移すと、今度は悟飯を睨みつけた。

 そして、高らかに叫ぶ。

 

「孫悟飯と言ったな? 俺はフリーザや親父とは違って命乞いなどせん! 貴様の力で俺を殺し、宇宙最強の座を掴むがいい!」

「お前……」

 

 自身の敗北を認め、とどめを刺せと――生き恥を晒すことを拒むような物言いに、悟飯の瞳が僅かに揺れる。

 

 だがそれも、ほんの僅かな間のみ。

 

 即座に拳を握り締めた悟飯が地を蹴ると、接近したクウラの胸板に拳を叩き込む。その一撃によって、彼の意識は今度こそ刈り取られていった。

 

 

「ク、クウラ様っ!」

 

 ボスがやられた――その光景に慌てふためくソルベに向かって、超サイヤ人の変身を解除した悟飯が振り向く。

 そして意図して威圧的に、言葉を強めて言った。

 

「ソルベ!」

「ひっ!?」

「コイツと部下を連れて、さっさとこの星から出ていけ! もう二度と、悪さするんじゃないぞ」

 

 意識を失い、変身も解けたクウラの首根っこを掴んだ悟飯が、彼の身体をソルベへと投げ返す。

 ここに居るクウラも含めて、悟飯はこれまでの戦いで誰の命も奪っていなかったのだ。

 

 

 

 

 クウラを背負ってこの場から離脱していったソルベは、悟飯の監視を受けながら動ける兵士達と協力しながら宇宙船の中へと気絶した仲間達を詰め込み、全員を乗せた後でこの星を飛び去っていった。

 これで、この星に残っているのは自分達と本来の住民達――奴隷として強制労働を強いられていた「シャモ星人」だけとなった。

 

 飛び去っていく宇宙船を地上から見送った後で、トランクスが不安げな表情を浮かべながら悟飯へと問い掛けてきた。

 

「良かったんですか? あいつらを見逃してしまって……」

 

 邪悪な行いをしてきた彼らに対して、この始末では甘すぎるのではないかと――理屈的には至極まともな言い分であり、正しい意見だった。

 悟飯自身、彼らが今後二度と悪事を働かないという確信はなかったし、不安は大きく抱えている。

 しかし。

 

「いや……多分、良くなかったかもしれない」

「え?」

「……だけど、あのままとどめを刺すのも、何か違う気がしたんだ」

 

 不安を抱えても尚、悟飯には何故か、あの時のクウラにとどめを刺す気になれなかったのである。

 

「そうですか……」

「少しだけ、フリーザよりはマシな奴に見えたのかもなぁ……本当にもう、悪さをしなければいいんだけど」

 

 それは彼の心の中に、「父さんならこうしていた」という意識があったからなのかもしれない。

 人を殺すことが怖いと感じたわけではない。ただ、何となくだが彼らには最後のチャンスぐらいは与えてあげたいと思ったのが悟飯の中にある人としての情であり、甘さだった。

 

「……戻ろうか。シャモ達に、このことを伝えないと」

「そうですね……これで、この星も平和になるといいんですが」

「なるさ。この星も……俺達の地球もね」

 

 この甘さが、この厳しい時代の中で役に立ったことはほとんど無い。

 だがそれでも、こんな時代だからこそ悟飯は人間らしい甘さを捨てたくないと思った。

 

 

 ――いつの日か故郷の地球を、「悪魔」から取り戻す為にも。

 

 

 

 

 



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狂わされた歴史

 

 

 

 

 かつて、ドクター・ライチーというツフル人の科学者が居た。

 その男は滅びゆくツフル文明の「希望」をツフル王から託され、宇宙船で惑星プラントから逃れたツフル人唯一の生き残りである。

 

 ライチーを乗せた宇宙船は、十年もの間孤独に彷徨った。

 しかし食糧調達さえままならない宇宙船での過酷な生活は、元来肉体的に強くないツフル人である彼の身体を蝕み、程なくしてその肉体は死へ至ることになる。

 

 だが、彼の執念は肉体の死後も尚生き続けた。

 

 彼は自らが死ぬ間際、自身の意識をデータ化し、事前に作り上げた機械人形の頭脳として転送したのである。

 その瞬間、ドクター・ライチーはこの宇宙船に積み込まれていた未完成の人型ロボット――地球で言うところの人造人間として生まれ変わり、「ドクター・ミュー」と名を変えて生き永らえたのである。

 ツフル人最高の科学者である彼の宇宙最高レベルの技術力と頭脳、そして自分達ツフル人を滅ぼした戦闘民族サイヤ人への復讐に燃える執念の賜物だった。

 

 そしてドクター・ライチー改めドクター・ミューは、自分自身の当面の命の危機が去ったことで、来るサイヤ人への復讐に向けて活動を開始した。

 そんな彼が真っ先に向かったのは、同じくこの宇宙船に積み込まれた一台のシリンダーの元だった。 

 

 シリンダーの中で培養されている銀色の物体――それこそが彼の野望を成就させる為の切り札であり、亡きツフル王から託された最後の希望だった。

 シリンダー横部にあるコンソールパネルを弄りながら、モニターに表示された数値を見てミューは感嘆の声を漏らす。

 

「おお……ベビー……」

 

 本星を離れた為に成長に必要なエネルギーの補給が見込めない過酷な環境の中でも、銀色の物体は逞しく生命活動を続けている。

 

 まるで胎児のように眠る小さな物体――それこそがツフル人最後の希望、「ベビー」の姿だった。

 

 今はまだ必要なエネルギーを蓄え、覚醒を待っている状態だが、その内部にはツフル王の遺伝子情報を始めとするあらゆるデータが埋め込まれている。

 ここに居るベビーは、言わばツフル王の転生体だ。

 ドクター・ミューとして生まれ変わったドクター・ライチーと同じように、滅びた筈のツフル王の命は人工生命体ベビーとして生まれ変わろうとしているのである。

 成体まで成長した際に予想出来るその戦闘力は、ツフル人を滅ぼしたサイヤ人達の比ではない。伝説上に存在する超サイヤ人であろうと容易く凌駕するであろう、無敵の存在となる筈だった。

 

 そして何よりも、ベビーの真価はその「寄生能力」にある。

 

 他の生物に寄生し、卵を産み付け、寄生した生命体をツフル人として操ることが出来る能力である。

 それはベビーこそが新たなツフル王として君臨する為の――絶滅したツフル人の血を再び繁栄させる為に、必要不可欠な能力だった。

 

「ツフル王……このドクター・ミュー、必ずやベビーを完成させ、ツフルの再興を……憎きサイヤ人への復讐を成し遂げてみせます……!」

 

 今はまだシリンダーの中で覚醒を待つことしか出来ないベビーに呼びかけると、ミューは作業を開始する。

 散っていったツフル王を始めとする全てのツフル人達の怨念が、死して尚生き続ける彼の心を支配していた。 

 

 

 しかしその矢先に彼が直面したのが、ベビー覚醒の為のエネルギー問題である。

 ベビーがフルパワーの状態で覚醒するには膨大なエネルギーが必要であったが、サイヤ人強襲により時間も足りなかったこの宇宙船に、そんなものは積み込まれていない。

 いかにドクター・ミューの頭脳が優れていようと、宇宙船の中に積み込まれている数少ないエネルギーと資材では、ベビーを生き永らえさせるだけでも難しかったのだ。そんな現状でもシリンダーのベビーはミューの予想を大きく上回る生命力によって奇跡的に生命活動を続けていたが、現状のままでは覚醒まで何十年掛かるかもわからなかった。

 

 

 そして来る日もそんな問題と向き合っていたある日、彼らを乗せた宇宙船は想定外の事態に襲われた。

 

「ぐおおっっ!? な、なんだこの揺れは……!」

 

 エネルギーを求めて星間飛行を続けていたミューの宇宙船が、突如として激しい振動に襲われたのである。

 激震は宇宙船の機体制御を奪い、焦りの形相を浮かべるミューがコンソールパネルを叩きながら原因を探り出す。

 そしてその原因をモニターに映した時、ミューは愕然と立ち尽くした。

 

「星の……爆発だと……?」

 

 そこにあったのは太陽――否。

 

 外的な要因(・・・・・)によって恒星並の爆発を引き起こされた、名も知らない惑星の姿だった。

 

 爆発を起こした要因……それは白と紫色の姿をした一人の怪物――在りし日のクウラが、彼らの宇宙船が航行していた近辺で一つの惑星を破壊していたのである。

 そんな場面に出くわしたのは、あまりにも理不尽なドクター・ミューの不運だった。

 制御を失った宇宙船はクウラの破壊した星の爆発に巻き込まれていくと、ほどなくして銀河の塵として消えていった。

 

 

 ――宇宙船の破損箇所から逃げるように抜け出した、一台のシリンダーを除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そう、彼の運命はそこから狂い始めた。

 

 その命は、復讐の為に生まれてきた。

 サイヤ人に滅ぼされたツフル人達の怨念を背負った、たった一人の復讐鬼。

 ツフル王の遺伝子を受け継ぎ、ツフル王として君臨する筈の寄生生命体――それが彼、「ベビー」という存在だった。

 

 エイジ777年の今、ベビーは北の銀河で最も美しい青の星――地球に居た。

 

 

 きっかけはやはり、かつて巻き込まれた宇宙船の事故だ。

 

 崩壊していく宇宙船の中からベビーの入ったシリンダーは転がりながら飛び出していき、果てない銀河を漂流していった。

 

 その果てに何の因果か、彼の入ったシリンダーは地球の大地へと流れ着いたのである。

 

 それはサイヤ人のラディッツが地球を訪れるよりも4日前のこと――エイジ761、10月8日の朝のことだった。

 

 

 墜落の衝撃によって、ベビーはドクター・ミューが想定していたよりも遥かに早くその意識を覚醒させた。

 それが災いしたのだろう。

 覚醒までに十分なエネルギーを得ることが出来なかったベビーは、不完全な状態で目を覚ますことになった。その結果、覚醒したベビーには本来の戦闘力どころか思考能力さえも備わっていなかったのである。

 生まれたばかりの赤ん坊(ベビー)に備わっていたのは、彼の基となったツフル王の遺伝子――そこから植え付けられた、サイヤ人への復讐心という「本能」だけだった。

 

 その本能のままに、覚醒直後のベビーは当時の地球に居た唯一の純粋サイヤ人――孫悟空と戦った。

 

 

 

 しかし、ベビーがその戦いに勝利することはなかった。

 戦いの結果はベビーの敗北に終わり、以後ベビーは孫悟空の元から行方を眩ますことになる。

 

 

 

 そして、それから5日が過ぎた10月13日のこと――人里から外れた森の中で、ベビーは一人の地球人と出会った。

 

 

『きみ、まいごなの?』

 

 

 それは人の心を持つようになった復讐鬼の、始まりの物語である――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――惑星クウラNo.99改め「惑星シャモ」。

 

 フリーザ軍の残党勢力によって支配されていたシャモ星人達の母星は、孫悟飯とトランクスの活躍によって無事解放された。

 支配者の下で強制労働を強いられていたシャモ星人達は涙ながらに感謝を告げながら、ようやく平和になった世界でそれぞれの家族と抱擁を交わしていた。

 

 

「これもこれも!」

「食い物うめぇぞ!」

 

 支配されていた頃には食べ物も碌に貰えなかった彼らがその夜に開いたのは、英雄達への感謝の気持ちを表した宴だった。

 夜空の下で薪を囲いながら、シャモ星人の若者達が舞い踊っている。

 女性達はフリーザ軍残党兵が残していった食糧を扱って名物の軍鶏料理を存分に振る舞い、シャモ星人の子供達もまたその空腹を満たしていた。

 

「良かったね、シャモ」

「ありがとう!」

 

 いつかは昔の生活に戻りたいと楽しかった思い出を振り返るだけだった彼らだが、悪の支配から抜け出し、晴れて自由の身になったのだ。

 異星のことながら、そんな彼らの姿に悟飯は来るべき自分達の未来を重ねる。

 出された料理に手をつけながら、シャモ星人の子供達の様子を微笑ましい気持ちで眺めていると、そんな悟飯の元へシャモ星人の長老が歩み寄ってきた。

 

「ソルベ達にたくさんの物を奪われちまったわしらに出来るのはこのぐらいでな……もっと恩返しをしたかったのじゃが、すまんのう……」

「いえいえ、そんなことはないですよ。料理も美味しいですし。なっ? トランクス」

「えっ、はい」

 

 この星を解放してくれたことに、感謝してもしきれないとばかりに言う長老に、悟飯は微笑みながら頭を上げさせる。

 悟飯の方とて見返りの為に悪と戦ったわけではないし、トランクスも同じ気持ちであろう。救われた住民達が、感謝の気持ちをこのような形で表してくれた。彼らには、それだけで十分だった。

 また、サイヤ人の血を引く悟飯とトランクスは共に食欲旺盛である。ここしばらくは満腹まで食べたことがなかった為、このような宴で大量の料理を作ってくれたのは非常に嬉しかった。

 

「トランクス君も、もっと食べなよ。育ち盛りなんだから」

「そうじゃな。遠慮なんかせんでどんどん食べてくれ」

「は、はい……ありがとうございます」

 

 彼らにとって身体は資本であり、特にトランクスは戦士としても肉体的にも成長期の身だ。空腹の日々が続くことで戦闘力の上昇もままならなくなっては目も当てられず、彼らの好意を素直に受け取ることにした。

 

 

 遅くまで宴の続いたその夜は賑やかであったが、戦っていたことを忘れるほど穏やかなひと時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 球体状の造形をした、一機の宇宙船。

 それが悟飯達の拠点であり、宇宙の星々を渡る移動手段であった。

 宴が終わった後、二人はその宇宙船の中に入り、明日に備えて床についていた。

 しかしどうにも寝付けない様子で、悟飯と隣り合わせのベッドからトランクスが静かに呟いた。

 

「良い人達でしたね……」

「そうだね」

 

 この宇宙船で宇宙を旅回りながらたどり着いた、この惑星シャモ。

 しかしその星はクウラ軍を名乗るフリーザ軍残党に占領されており、奴隷として扱われていた先住民達の願いを受けて、悟飯とトランクスは戦った。 

 それが、今日一日の間に起こった出来事である。

 悟飯にもトランクスにも、その戦いには打算も悪意も無い。彼らはただ純粋な善意で、困っている人達を放っておけなかったのだ。

 

「ああいう人達を助けられたと思うと、やっぱり嬉しいだろう?」

「はい……この星に寄って、良かったと思います」

 

 彼らシャモ星人達を救うことが出来て、悟飯もトランクスも心から喜んでいる。

 しかし。

 

 その裏で、満たされない思いを抱えていた。

 

 だけど……と、張りつめた表情でそう言い淀むトランクスの言葉を遮り、悟飯が彼の心境を言い当てる。

 

「地球のことが、気になるのかい?」

「……はい」

 

 地球――二人の故郷の話に触れると、トランクスが首肯する。

 

 

 忘れもしない。

 今から10年前。エイジ767、5月12日のことだ。

 孫悟飯の父孫悟空が心臓病(・・・)でこの世を去ったあの日から、未だ人々の悲しみが冷めやらぬその日……地球の町にこの世の物とは思えないほど恐ろしい力を持った、恐怖の二人組が降り立ったのである。

 

 サイヤ人のブロリー。

 その父親、パラガス。

 

 孫悟空亡き今、既にベジータしか残っていないと思われていた純粋サイヤ人の生き残りが二人、突如として地球の侵略に乗り込んできたのだ。

 地球の戦士達は、当然のように彼らに抵抗した。

 

 ――しかし。

 

 まず最初に、ピッコロが死んだ。

 

 次に、ベジータが死んだ。

 

 天津飯、餃子が死んだ。

 

 ヤムチャが死んだ。

 

 そして、クリリンが死んだ。

 

 驚くべきことに、侵略者の一人であるブロリーは今の悟飯や生前の孫悟空と同じ超サイヤ人に変身することが出来、同じく自分への怒りで超サイヤ人に覚醒したベジータをも上回る戦闘力を持って、地球の戦士達を次々と葬っていったのである。

 

 戦士達が消え、抵抗する力を失った地球は瞬く間に二人のサイヤ人によって制圧された。

 そして地球は、パラガスとブロリーが支配する最強の宇宙帝国として生まれ変わったのである。

 

 

「僕達がこうしている間にも、母さん達は……」

 

 悪魔に占領された故郷のことを……故郷に残してきた人々のことを想う度に、胸が苦しくなる。

 肩を震わせながら呟くトランクスの言葉に、悟飯はベッドから身を起こし、彼と目を合わせて言った。

 

「トランクス……君の気持ちはわかる。俺達は修行の為に宇宙に逃げてきた……だから早く強くなって、地球に帰らなくちゃいけない」

 

 孫悟飯とトランクスは、地球で生き残った唯一の戦士である。

 科学者であるブルマの作った宇宙船によって地球を脱出し、ブロリーとパラガスを倒す希望を求めて彼らは銀河を旅回っていた。

 

 逃げる為ではない。

 全ては、地球を救う為だ。

 

 二人のサイヤ人に支配された地上では、地道な修行で強くなることも思うようにままならない。しかし、彼らの目が届かない宇宙ならば思う存分に修行に取り組むことが出来るというのが、彼らが故郷を旅立った理由の一つだった。

 その手応えを、悟飯は確かに感じている。

 この宇宙であてもなく星々を巡りながら、これまでに行ってきた修行によって悟飯は確かな力を身に着けた。今では生前の孫悟空のように自分の意志で超サイヤ人に変身出来るようになったし、子供の頃とは比べ物にならないほどの戦闘力を手に入れた。

 

 地球から逃避してでも行った旅の成果は、間違いなくあったのだ。

 ……だが。

 

「確かに、俺達はあれから相当強くなったと思う。だけど、はっきり言って奴は……ブロリーは俺達とは次元の違う化け物だ」

 

 ベジータもピッコロも、全員殺された。

 仲間達を次々と殺していった悪魔のことを、悟飯は少年時代から忘れたことはなかった。

 悟飯自身もこれまでの修行でかつての父悟空にも劣らない力を身に着けたつもりだが、はっきり言ってそれでも勝ち目は薄いと考えていた。

 パラガスの実力はまだわからないが、少なくともあのブロリーは今の自分と同じ超サイヤ人のベジータさえ物ともしなかったのだから。

 ……だが、それは理屈の話だった。

 

「今の悟飯さんなら勝てますよ! あのクウラだって、簡単に倒したじゃないですか!」

 

 弱気に聴こえたのであろう悟飯の言葉に対して、弟子のトランクスが強く訴えかけるように否定の言葉を叫ぶ。

 

「トランクス……」

「僕は悔しいんです……! パラガス達に、このまま勝手なことをされ続けるのが……っ」

 

 涙ぐむように語るトランクスの思いが、悟飯の胸に染み渡る。

 地球から離れたこれまでの長い旅路は、幼い彼の精神に多大なストレスを与えていたのだ。

 それは表には出していないが悟飯とて同じであり、地球に残してきた母や友の身を案じる思いはいつだって胸に抱えていた。

 二人ともこれまであえて言わなかったのは、お互いに責任感の強い人間だからであろう。

 トランクスの方とて、幼いながらもこれまでは耐える時だと聡明に理解していたのだ。

 

「……すみません」

「……いや、君の言うことは正しい。俺達も結構長い間、旅して来たからね……」

 

 この旅路で自分達は成長し、強くなった。

 しかしこれ以上地球を離れるのは、自分達にとってマイナスになるかもしれない。

 苦しむトランクスの姿にそう思った悟飯は、数拍の間目を閉じて思案を巡らし……限界だな、と決断した。

 

「帰ろうか、地球に」

 

 宇宙を巡る修行の旅は、これで終わりだ。

 これから始まるのは、地球を取り戻す為の悪魔との戦いだ。

 覚悟を胸に、悟飯達の次なる目的地は決定した。

 

 

 故郷へ帰る。

 支配された故郷へ。

 

 

 

 









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めぐりあい地球

 

 

 

 それは、不思議な出会いだった。

 

 人里から離れた森の中に潜みながら、孫悟空との戦いで受けた傷を癒していたベビー。

 そんなベビーの居場所へ、一人の地球人の少女が現れたのである。

 

「きみ、まいごなの?」

 

 歳の頃は五歳か六歳と言ったところか、言葉の呂律も回っていない小さな幼子だ。

 肝が据わっているのか無知なだけなのか、少女は明らかに地球の者ではない姿をしているベビーを見ても臆することなく近寄り、好奇心を隠せない眼差しでまじまじと見つめてきた。

 そしてベビーが身体のあちこちを負傷していることに気付き、その表情を心配そうに歪めた。

 

「けがしてるの? いたそう……」

 

 馴れ馴れしく近寄ってきた少女のことを鬱陶しくと感じ適当に追い払おうとしたベビーであったが、孫悟空との戦いで受けたダメージが予想以上に重く、この時の彼にはそんなことに費やす労力さえ勿体無かった。

 

 故に、ベビーは少女に対して無視を決め込むことにした。

 

 今はただひたすらに身体を休めて、自己治癒力を高める。彼女の存在など始めから居ないように振舞うことで、彼女の馴れ馴れしさ、鬱陶しさを感じないようにしたのだ。

 初めて見る宇宙人に興味津々なのだろうが、幼子などこちらが何も反応しなければすぐに飽きてどこかへ消えるだろうと。そう考えていたベビーであったが、少女の追及は思いのほかしつこかった。

 

 ――執拗なほどまでに、少女はベビーの怪我を心配してきたのだ。

 

 やれ転んだの?だの、誰かと喧嘩したの?だの……そんな言葉を掛ければ何を思ったのか、ポケットから取り出した飴玉を渡してきたリ、許可も無く隣の地べたに座ると頼んでもいないのに一方的に自己紹介をしてきた。

 

「わたし、ネオンっていうの。ひがしのみやこからきたんだけどね……わたしも、まいごになっちゃったんだ」

 

 こんなところに一人で居るのは、親元からはぐれてしまったからなのだと言う。しかしそう言う割に彼女の表情に悲壮感は無く、図太いと見るべきか能天気と見るべきか……随分と楽観的な様子だった。

 

「えへへ、おそろいだね」

 

 一体何が楽しいのやら、少女――ネオンは尚も無反応なベビーに対して微笑みかける。

 すると彼女は強引に手渡した一粒の飴玉がまだベビーの手の中にあることに気付き、不思議そうに首を傾げながら訊ねた。

 

「あめちゃん、たべないの?」

 

 しかし不思議だと感じたのは、ベビーの方だった。

 

「……お前」

 

 あまりのしつこさに折れたとも言うべきか、逆に興味を持ったと言うべきか。

 溜め息をつくように小さな息を吐くと、ベビーは彼女に対して初めて口を開いた。

 

「お前は、この俺が怖くないのか?」

 

 はっきり言って、今目の前に居る幼子は愚かとしか言いようがない。

 先ほどは孫悟空に敗れたとは言え、ベビーという存在はドクター・ミューによってサイヤ人を殺す為に生み出された戦闘用のマシンミュータントである。事故により不完全な状態で目覚めてしまった身だが、そんなベビーでも彼女のような何の変哲もない地球人を殺すのはわけもない。

 

 ベビーにとって幼子の命を奪うことなど、満身創痍な今ですら赤子の手をひねるより簡単なのだ。

 

 彼を前にしてあまりにも無警戒、無防備な少女は、しかしその問いを受けても変わらない表情で答えた。

 

「ううん。だってきみ、わたしよりちいさいじゃん!」

 

 自分よりも小さいベビーのことなど、全く怖くないと。

 彼女がベビーを恐れないのは、あまりにも単純な理由だった。

 それは幼子の理屈故に単純で。

 単純故にスッと納得出来てしまう。

 ……こんな子供に真面目に訊ねた自分が馬鹿だったと呆れたように溜め息をつきながら、ベビーはそんな彼女に対して一言だけ言い返した。

 

「……お前よりは大きい」

「ええー!? わたしのほうがおおきいよ!」

 

 不完全な状態で目覚めた為に本来備わる筈だった思考回路が破損してしまっているとは言え、それでも自分はツフル王の遺伝子を持ったマシンミュータントだ。間違いなく、地球人の幼子などよりは遥かに成熟しているという自負が、この時のベビーにはあった。

 そんなベビーの言葉を受けても自分の方が少しだけ大きいと対抗心に燃える少女の声を無視しながら、ベビーはその手に握らされた飴玉を気まぐれに口の中へと投げ入れた。

 

 ベビーの中で未知の世界が広がったのは、その時だった。

 

「――っ」

 

 甘い、と――そんな、当たり前の味覚である。

 それは、感動するほど美味しかったわけではない。しかし何故だか、妙な感覚だった。

 

「……おい」

「なーに?」

 

 その時、ベビーは少女――ネオンと初めて目を合わせ、思わず問い質した。

 

「これは……飴玉か?」

「? きみ、あめちゃんしらないの?」

 

 飴玉――デンプンを糖化して作った甘い菓子。砂糖等の糖類を加熱して熔融した後、冷却して固形状にしたキャンディなどを指す菓子だ。

 惑星プラントにも、同じような菓子はあったという記録がある。それは取るに足らない知識であったが、ツフル王の遺伝子に刻まれた記憶を「ある程度」受け継いで生まれたベビーには、この菓子に対する「データ」も一応は備わっていたのだ。

 

 ……だが、それはあくまでもデータに過ぎず。

 

 今ここで飴玉を食べたという「経験」は、生まれたばかりのベビーにとって初めてのことだった。

 

 

 ――ベビーはこの時、初めて戦いや復讐心以外のことを知ったのである。

 

 

「西だ」

「?」

 

 飴玉を一つ舐めただけで自らの心に全く理解できない感情を抱いたベビーは、少女から顔を背けるなり呟くように言う。

 

「東の都だかなんだか知らないが、ここから西に行けば人が居るところに出れる……わかったら、さっさと消えろ。目障りだ」

 

 自身に内蔵されたパワーレーダーの反応を探りながらそう言った意図は、彼女を追い払う情報として都合が良かったからか……それとも、この森で迷子になったという彼女を助けたくなったからか。

 その時の心境はベビー自身にもわからなかったが、気づけば彼女を助けるようなことを口にしていたのは確かだった。

 そんなベビーの言葉に彼女は首を傾げた後、向日葵のような笑みを浮かべて言った。

 

「にしって、どっち?」

「……あっちだ」

「ありがと!」

 

 ベビーが嘘を吐いているという可能性を欠片も疑わず、迷いの森から抜け出すことが出来ることを信じきった表情で、少女――ネオンが笑う。

 そんな彼女はベビーに手を振りながら、トテトテと駆け足でこの場を去っていった。

 

「またねー!」

 

 まるでいずれ再会することを望んでいるような、別れの言葉を述べながら。

 

 

 

「ガキが……」

 

 こんな辺境の星に住む異星人の子供の考えることなど、ベビーには全く理解できない。

 彼女がようやく立ち去ったことで、ベビーはその身に不必要な疲労が押し寄せてきたように感じた。

 

 それからこの森の中でじっと傷を癒していたベビーであったが、そんな時間の中で彼は再び妙な感覚を覚えた。

 

 一人で居ることの静寂――それが何故か、その心に「寂しい」と感じたのだ。

 

 しかしそんな自身の感情を理解するには、この時のベビーはあまりに幼かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球――北の銀河で最も環境の整った、美しい青の星。

 修行の旅で数々の星を巡って来た悟飯とトランクスは、改めて自分達の母星の美しさを思い知ったものである。

 

 住民達から温かく見送られながら飛び立った惑星シャモから数日の渡航を経て、二人を乗せた宇宙船はこの星へと戻って来た。

 モニター越しに見た限りでは、地球の姿は昔のまま変わってはいない。

 最悪の場合は青の星が赤茶けた渇いた星に変わり果てている可能性も頭にはあったが、この星を支配しているパラガス達にもまた、美しい地球を無傷で手に入れたいと言う拘りがあったのであろう。少なくとも外側だけは(・・・・・)、平和だった頃と比べても然程変わりはなかった。

 

 しかし、中に入ればすぐにその美しさが仮初に過ぎないことがわかってしまう。

 

 悟飯が宇宙船をゆっくりと降下させていくと、大気圏を越えた地球の内側では凄惨な光景が広がっているのが見えた。

 人が住んでいた町々はそのほとんどが廃墟と化しており、地上から感じる人々の気も大きく減っている。

 パラガス達は地球と言う星の美しい環境そのものへは配慮していたものの、そこに住んでいた人々に対しては何の慈悲も無かったのだ。

 まさに宇宙の悪魔だと……彼らの行いに対して、悟飯は改めて怒りを抱いた。

 

「これが……今の西の都……」

 

 地球の中でも有数の都会であった筈の西の都もまた、今や荒れ果てた廃墟の一部と化しており、思わず目を背けたくなる惨状を見下ろしながら、悟飯達を乗せた宇宙船は地球の地に降り立った。

 

「トランクス……地球に帰ったのは正解だったよ」

「……僕もそう思います」

 

 トランクスの思いを受けて急遽地球への帰還を決めた悟飯だが、この状況を見ればその判断は正しかったように思える。

 トランクスと共に宇宙船から出た悟飯はしばらくぶりに味わう母星の空気を吸い込みながら、修行の為とは言えこれまでこの星から離れていた責任を胸に感じていた。

 仮にあのまま地球に残っていたとしても、むざむざブロリーに殺されるだけだったのは明白であろう。

 ……しかしそれでも、今こうして壊された町の景色を見ている悟飯には、そんな自分にも守れたものがあったのではないかと感じてしまう。

 何が正しいのかはわからない。せめてここで失われた命に黙祷を捧げながら、彼らが天国で幸せになれるようにと悟飯は祈った。

 

 彼らの耳に彼らの名前を呼ぶ女性の声が響いたのは、その時だった。

 

「トランクス! 悟飯君!」

「っ! 母さん!」

「二人とも、戻ってきたのね!」

 

 研究者の白衣を纏った青髪の女性はトランクスの母であり、悟飯の恩人であるブルマである。

 気苦労からかやや老け込み始めてはいるものの、心配していた彼女の姿は五体満足でこの町にあった。

 彼女の無事を確認したことで悟飯は安堵の息を突き、トランクスが喜びの表情を浮かべた。

 

「流石、ブルマさん……ご無事で何よりです」

「死んでると思った? あいにく私もチチさんも、そんなにヤワじゃないわよ」

「母さんも無事でしたか……良かった」

 

 この町の惨状を見れば最悪の可能性も頭には過っていたが、かつてナメック星戦線をも生き延びた彼女のタフさは今も尚健在なようだ。

 話を聞くには悟飯の母チチや祖父牛魔王達も無事生き残っているようであり、後で顔を見せるようにブルマから言われた。もちろん悟飯としても、始めからそのつもりである。

 しかしその前に、宇宙での暮らしが長く続いた悟飯達には現在の情報が圧倒的に不足している為、彼女から聞いておきたい話が山ほどあった。

 

「よろしければ、教えていただけませんか? 僕達が旅立ってから、その……地球で起こったことを」

「……ええ、あれから、色々なことがあったわ。とりあえず、うちに入りましょう」

 

 今この地球を取り巻いている状況には悟飯達の知らないこともあり、もちろんブロリーやパラガスの動きも気掛かりである。

 質疑応答を承知したブルマが彼らを今彼女が暮らしていると言う場所へ招こうとするが……ふとその瞬間、彼らの後方から砂利を踏み締める足音が聴こえた。

 

「――っ!」

 

 今こちらに対して何の気配も(・・・・・)感じさせずに、一人の人間が悟飯達の背後に降り立ったのである。

 その足音に気付いた悟飯が慌てて振り返り、その人物の方へ警戒の目を向ける。

 

「悟飯さん、何か……?」

「トランクス、ブルマさんを頼む」

「! はい……!」

 

 同じく気配を感じなかった為にその人物の接近に気づけなかったトランクスもまた、悟飯の目線を見た途端に母親を庇うように前へ出る。

 そんな彼らのやりとりを前に無関心な様子で、その人物は平坦な声で呟いた。

 

「データによると、98%の確率で孫悟飯だな」

「……なんだ、お前は?」

 

 訊ねた――と言うよりは、確認したという表現の方が正しいかもしれない。

 小太りの男性のような姿をしたその人物は、頭に「RR」と書かれた小さな三角帽子を被っており、肌は厚化粧のように真っ白である。

 間違いなく人間の姿をしている……しかし不気味なのは、彼がその身体に僅かな「気」すら宿していないことだ。

 人間ならば大なり小なり必ずある筈の「気」が、彼の身体からは一切感じないのである。

 まるで存在そのものが人間ではなく、生き物ですらない無機物であるかのように。

 

「気をつけて悟飯君! そいつはパラガスの部下……人造人間よ!」

「人造人間?」

 

 彼のことを知っているのだろうか、ブルマがトランクスと共に後退しながら悟飯にそう忠告する。

 人造人間という聞き慣れぬ言葉に怪訝な表情を浮かべる悟飯だが、彼女の言葉を肯定するように男が言った。

 

「私は人造人間19号……お前達を殺す為に作られた」

 

 そしてその男――人造人間が予備動作もなく地を飛び出し、悟飯に向かって拳を叩き込んできた。

 彼の身には「気」が無くとも力は強く、彼の拳は防御に構えた悟飯の右腕を重く痺れさせた。

 

「……ッ、なるほど……道理で「気」を感じないわけだ。人造人間……ロボットだから、「気」なんて無いのか!」

 

 人造人間という名前が示すのは、彼が人によって作られた機械人形だということだ。

 機械であればその表情が無機的であるのも、人が持つ「気」を感じないのも当然である。

 納得する悟飯に向かって、無表情で拳を連打しながら人造人間19号が言った。

 

「私のデータは完全。お前は私を倒せない」

 

 彼を作ったのはパラガスか、パラガスの仲間の誰かか。いずれにせよ敵であることには間違いない。

 人工物とは思えない凄まじい力を発揮する19号に対して、悟飯は宇宙での修行で身に着けた「力」を解放した。

 

「そいつは……どうかなぁっ!」

 

 咆哮を上げた瞬間、悟飯の黒髪が逆立ち、瞬く間に光の色へと染まっていく。

 瞬間、黄金色のオーラに覆われた悟飯の右足が19号の大柄な腹部に突き刺さり、目にも留まらぬ速さで彼の身体が吹っ飛んでいった。

 

「だりゃああっ!!」

「!?」

 

 その19号が空中で体勢を立て直すよりも速いスピードで回り込んだ悟飯が、裏拳、正拳と次々に追撃の連打を浴びせていく。

 応戦する19号も懸命に攻撃を繰り出してくるが、その全てを悟飯がいなし、返す拳で叩きのめていった。

 スピードも、パワーも、クウラの時と同じく、超サイヤ人になった悟飯が全てにおいて19号を上回っていたのだ。いや、戦闘力差で言えば彼らの間にはクウラ以上に大きな開きがあった。

 

 繰り広げる空中戦は終始悟飯が19号を圧倒していき、炸裂したハンマーパンチが19号の身体を地面へと叩き落としていった。

 しかし土煙の中から立ち上がる19号の表情は、まるでダメージなど無いかのように涼しく無表情だった。

 

「アイツは、痛みを感じないのか……攻撃が効いているのかわからないな……」

 

 人造人間だから痛覚も無いのだろう。彼との戦いにまるで人の姿をしている精巧なサンドバッグを延々と殴り続けているような気味の悪い感覚を覚えた悟飯は、次の一撃でこの戦いを終わらせるべく構えを取る。

 

「魔閃光!」

 

 両手から放つ、今は亡き師匠ピッコロから授かった魔族の技。

 暴力的な威力の篭った黄金色の気攻波が悟飯の両手から解放されると、19号の身体を覆い尽くそうと突き進んでいく。

 しかしその瞬間、これまで無表情を貫いていた19号が満面の笑みを浮かべて両手を突き出してきた。

 

「ハアッ!」

「なに!?」

 

 悟飯の放った魔閃光は、彼の身にとどめを刺すことはなく。

 彼の突きだした両手に、吸い込まれるように消滅していった。

 

「今のは……!」

 

 予想外な現象に、悟飯が驚きに目を見開く。

 そして次の瞬間、以前よりも大きくスピードを増した19号の頭突きが、悟飯の胸に突き刺さった。

 

「ッ!」

「ホホホホ! エネルギーはいただくぞ!」

 

 体勢を崩した隙を突き、19号が悟飯の両腕を掴み、喜色に笑んだ顔で叫ぶ。

 エネルギーをいただくというその言葉と、彼に捕まった途端に体内から一気に力が消えていくような虚脱感を受けたことから、悟飯は彼の持つ特殊な能力を理解した。

 

「コイツは……手から「気」を吸い取るのか……!」

 

 両手のひらから相手の「気」を吸い取り、自らの力として吸収する能力である。

 それは悟飯のような戦士にとって、実に厄介な能力である。彼に両腕がある限り、気攻波の類は通用せず、こうして直に掴まれて「気」を吸い取られてしまえば、当初開いていた戦闘力差さえもひっくり返されてしまう。

 

 人造人間――恐るべき存在である。

 

 しかし、その程度(・・・・)のことで形勢は何も変わらなかった。

 

「……で? それだけか!」

 

 彼が持っているこちらの「気」を吸収する能力は確かに厄介だ。

 だがそれは、彼に両腕があれば(・・・・・・)の話である。

 

「っ!?」

 

 人造人間19の表情に、初めて動揺が浮かぶ。

 吸収が間に合わないほどの膨大な「気」を解放した悟飯が、その力を使って強引に拘束を振りほどき、19号の両腕を引きちぎったのである。

 

「悪いな……俺は、お前なんかに手こずってられないんだ」

 

 両腕が破壊され、機械仕掛けの内部構造が剥き出しになった19号の姿を青い瞳で見下ろしながら、悟飯が冷酷に言い放つ。

 今の悟飯には、パラガスの手下を相手に掛ける慈悲は無かった。

 

「……ひ……」

 

 超サイヤ人になり性格までも凶暴化した悟飯を前に、19号の表情が恐怖に震える。

 人造人間に痛覚は無く、痛みは感じない。

 しかし恐怖を感じないかと言えば、それは別の話のようだ。

 

「ヒイィィィィ!」

「む……?」

 

 19号は堪らず背を向けると、悲鳴を上げながら飛び去ろうとする。

 人造人間もまた、人と同じように恐怖を感じるのだ。それを目にした悟飯の瞳は、一転して無慈悲から慈悲へと変わった。

 

 恐怖を感じると言うことは、彼にもまた人と同じ「心」があるという証拠だ。

 

 それを理解した瞬間、悟飯は彼にとどめを刺そうと振り上げた右腕を――下ろしてしまった。

 勝負はもうついた。すっかり戦意を失った19号を見て、悟飯はわざわざとどめを刺す気になれなかったのである。

 

 ――しかし逃走しようとした19号の身体は、横合いから飛来して来た一条の光によって貫かれ、大きな爆発と共に粉々に砕け散っていった。

 

「なっ……!?」

 

 轟音を上げたそれはあまりにも一瞬の出来事であり、超サイヤ人になった悟飯ですら反応出来ないほどであった。

 

 爆散していった19号の身体は、首だけが残って地面へと転がり落ち、風に煽られた後に静止したところで何者かの足にグシャッと踏み潰された。

 

「なんだ……お前は……?」

 

 悟飯の元から逃げようとした19号を、横合いから現れて破壊した存在――それは、この場に居合わせたもう一人の戦士であるトランクスではない。

 

 悟飯の記憶にない人物が、突如としてその場に降り立ったのである。

 

 腰まで届く長さの黒髪に、襟元から右腕部分を覆い隠すように下ろされた灰色のマント。

 意外にも華奢な姿をしたその人物はサンバイザーのような装飾で目元を隠しながら、悟飯の姿を見据えて言い放った。

 

 

「サイヤ人は……俺が殺す」

 

 

 ――それは、遠い銀河からやってきた一人の赤子と、何の変哲もない地球人の融合体。

 

 サイヤ人という悪しき存在によって大切なものを奪われ、その心を怨念に囚われた復讐鬼の姿だった。

 





 ~かんたんな人物紹介その1~

【孫悟飯】

 現在19歳で、そろそろ20歳。
 正史寄りの少年期を過ごした為か、性格はやや原作で言うところの未来悟飯寄り。
 まだ左目に傷は負っておらず、まだ左腕は失っていない。
 しばらくの期間、宇宙で修行に専念していた為、現時点でも原作未来悟飯に近い戦闘力を持っている。しかし元来の性格からか、戦士として今一つ非情になりきれないところがある。
 ハチャメチャと死亡フラグが押し寄せてくる。泣いてる場合じゃない。

 


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母になってくれるかもしれなかった女性

 

 

 森の中を縦横無尽に駆け巡り、目にも留まらぬ速さで乱舞する小さな影が一つ。

 それは先日この地球へ漂着し、孫悟空との戦いに敗れたベビーの姿だった。

 ベビーは虚空に向かって拳や蹴りを繰り出し、身体を動かして自身の状態を確認する。

 本来の性能ならば一日もあれば余裕で完治している筈の負傷であったが、あれから一週間以上が過ぎた今でもまだ身体には違和感が残っていた。早すぎた覚醒は戦闘力だけではなく、自己治癒力をも大幅に劣化させていたのだ。

 

 そんなベビーの耳に幼子の驚く声と拍手の音が聴こえたのは、その時だった。

 

「すごいっ! なにいまの!?」

 

 何やら感激しているのは、今しがた行ったベビーのリハビリを見た感想であろう。

 未だ本調子には遠く及ばないベビーからしてみれば、我ながら情けないとすら感じているキレの無い動きであったが、ごく一般的な地球人の目から見ればそれでも超人的な領域で、化け物の動きだったのだ。

 

「……また来たのか」

 

 パワーレーダーによって彼女が近づいてくる気配は感じていたが、やはり再び目の前に現れた彼女――ネオンの姿を見て、ベビーは呆れたように呟く。

 彼女と会うのは、今日で六回目になる。一体何が楽しいのやら、彼女はあの日から幾度となくこの森を訪れ、ベビーに会いに来ていたのだ。

 

「けが、もうだいじょうぶなの?」

「……最悪だ。今の俺では、月の一つも壊せん……」

 

 彼女としてはお見舞い、という奴のつもりなのだろうか。彼女の小さな両手には、数個の果物が載せられたバスケットが抱えられていた。

 ベビーは不機嫌な態度を隠そうともせずに彼女の元へ近づくと、果物の一つであるリンゴを乱暴に掴み取り、それを丸かじりした。

 彼女が持ってくる食べ物は、どれもこれも甘ったるい味である。

 

「ふふ……」

 

 ネオンがそんなベビーの様子に微笑みを浮かべると、その手に抱えたバスケットを地面に置き、付近の岩へと上がりちょこんと座り込む。今日もまた勝手にこの場に居つき、ベビーのリハビリを眺めているつもりなのだろう。

 しかしそんな彼女の様子が今日はどこかいつもより嬉しそうに見え、その態度を怪訝に感じたベビーが問い質した。

 

「何がおかしい?」

「まえよりわたしと、ちゃんとおはなししてくれるね」

「なに?」

 

 彼女が笑う理由は、ベビー自身の変化にあると言うのだ。

 ……確かに先ほどのベビーは、彼女に怪我の具合を聞かれた際に最悪だと「答えた」。

 それがいかに素っ気なかろうと、そう言った言葉の受け答えはごく自然的なコミュニケーションだったのだ。

 

「……お前が鬱陶しいからだ」

 

 喜ぶネオンの姿に妙な感情を覚えたベビーが、これまでお前が散々しつこくつきまとってきたせいだと突き放すように言う。

 しかしそれを聞いてもなお彼女は微笑みをやめずに、ほころんだ表情のままベビーを見つめて訊ねた。

 

「なまえ」

 

 それは彼女と会った数日間の中で、初めての問いだった。

 

「きみのなまえは、なんていうの?」

 

 尤も、それは初めて会った時に訊ねられたとしても、ベビーが答えることはなかっただろう。

 鬱陶しい地球人の子供などに、何故自分が名乗る必要があるのかと――その意味すら、ベビーにはわからなかったのだから。

 ベビーの心情としては、それは今でも同じ筈だった。

 しかしそんな表面の感情とは裏腹に、この時のベビーの口は何故か素直に彼女の質問に応じていた。

 

「……ベビーだ。試験管の中に居た俺を、あの男はそう呼んでいた」

 

 ベビー――「赤ん坊」の意味を持つその名前を、ベビー自身はあまり好んでいない。

 その理由はおぼろげな記憶の中に存在する、シリンダー内の自分に対して執拗に呼び掛けてくるドクター・ミューの姿にある。彼がよく言っていたのは、「私のベビー」という崇拝や愛情とは違う感情が込められた呼び方だ。ベビーはその時抱いていた感情が、心底気持ち悪いものだったと記憶していた。

 

「ベビー……へんななまえ」

「余計なお世話だ」

 

 しかし不思議なことにも、あの男に呼ばれていた「ベビー」の名前をネオンに呼ばれたその瞬間、ベビーの心に不快感は無かった。

 この時のベビーにその自覚は無かったが……まるで母親に名を呼ばれた子供のような安心を、彼はその胸に感じていたのだ。

 

「べっちゃんは、どこからきたの?」

「べっちゃんだと!?」

 

 そしてすぐさま付けられた謎のあだ名に対して、ベビーが過剰に反応する。

 対人関係など復讐心以外に持ち合わせていないベビーにとって、愛称などというものは全く未知のものだったからだ。

 そんなベビーの様子を見て不思議そうに小首を傾げるネオンから、ベビーはあえて目線を外しながら答えた。

 

「……プラント星だ。この星よりも遥かに遠い宇宙から、俺はここに落ちた」

「やっぱりべっちゃんは、うちゅうじんだったんだ」

「……だが、その奇妙な呼び方はなんだ?」

「ベビーっていうより、いいやすいじゃん! わたしのこともねっちゃんでいいよ!」

 

 ベビーが地球人とは違う宇宙人であることに興味を示すネオンに、ネオンに理解不能なあだ名を付けられたことに困惑するベビー。

 お互いにとって未知の事象との遭遇は、何とも混沌とした様相を呈していた。

 

 

「……お前は、気安すぎる。どう見ても自分達とは違う人間に、不用意に近づきすぎだ」

 

 そんな空気を破るように、あまりにも無邪気で無防備すぎるネオンに対してベビーが言った。

 その言葉には呆れの感情と、ベビー自身にもよくわからない奇妙な感情の二種類が込められていた。

 しかし得体の知れない宇宙人に対してあまりにも気安すぎる彼女は、それこそベビーの言葉に対して不思議そうな顔をする。

 

「それって、いけないこと?」

「俺は根本的にお前達とは違うんだ。俺はお前など、簡単に殺せるんだぞ」

 

 先ほど見せたリハビリ運動の時点で、ネオンの方とてベビーの力が人間のレベルを超えていることは理解している筈だ。

 しかし彼女の目には、それを見た後でさえ恐れの色は無かった。

 でも、と言い返し、彼女は言う。

 

「べっちゃんはそんなことしないじゃん。べっちゃん、やさしいもん」

「……優しい、だと? この俺が?」

「うん! もんくばっかりいってても、べっちゃんはちゃんとわたしのことみてくれるでしょ?」

 

 最初の対面の時は、単に自分より小さいから怖くないと言っていた彼女は。

 今度はベビーの内面を理解したように、そう言ったのである。

 

 優しい人間――サイヤ人への復讐の為に生まれてきたベビーにとって、それは本来であれば無縁な筈の彼の人物像だった。

 

「それに、わたしたちのまわりにもべっちゃんみたいなひといるもん! オオカミみたいなひととか、ネコさんみたいなひととか! こくおうさまだって、おいぬさんだよ?」

 

 地球にはネオンのような一般人の他にも、獣人や亜人種の姿も多い。ベビーとて、その一人に過ぎないのだという彼女の認識だった。

 そしてこれまでのベビーの人となりを見た上で自分達に危害を加えることはないと確信したように、幼き少女であるネオンは彼の存在を安心して受け入れていた。

 それが気安すぎるのだと……ベビーは思っていた。まるで自分達の生きる世界には悪意なんて無いのだと思い込んでいるように、この幼子は無垢すぎて――

 

「だから、わたしはどんなひとともなかよくしたいなぁっておもってるんだけど……それって、いけないことなの?」

 

 だからこそ、その生き方が一番幸せのように――ベビーは感じてしまったのだ。

 

 

「……この宇宙は、お前のような奴ばかりじゃない。あのサイヤ人共のように話の通じない人種は……心を持たない奴は居る」

「? べっちゃんはべっちゃんでしょ?」

 

 今目の前に居る幼子とは対極的な存在に当たる、獰猛な大猿達の姿がベビーの脳裏に過る。

 生まれた時から植え付けられていたベビーの本能――彼自身の存在理由でもあるサイヤ人への復讐心は、不完全な状態で目覚めてしまった今でも尚アイデンティティーのように残り続けている。

 だからこそベビーには、彼女の言葉に対して思うことが多かった。

 それはまるで娘を心配する父親か、母親を心配する息子のような感情であった。

 

「きみとわたしはちゃんとおはなし、できてるもん」

 

 ……そんなベビーの気も知らずに、幼子は笑う。

 何故だかその表情を見ていると、ベビーの中の復讐心が薄れていくような気がして。

 

「だから、もっとおはなししよっ! はなくそのひみつをそっとはなくそう! なんちて……えへへ」

「……ふん」

 

 そして何となくベビーは、彼女の笑顔を――誰にも曇らせたくないと思った。

 

 刻み込まれた本能や使命などとは関係なく。

 この時のベビーには不思議にもこの時間が、彼女の笑顔が心地良く感じていたのだ。

 

 

 ――それから彼女との会話の量が少しずつ増えていくにつれて、彼の心に生まれて初めて「守りたい」という感情が宿るまで、多くの時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして一年後のエイジ762、11月3日。

 

 

 彼女の住んでいた東の都は、地球に降り立った二人のサイヤ人によって消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄金色と、白銀色。相対する色合いの光がそれぞれの尾を引き、西の都の空でぶつかり合う。

 黄金色の戦士孫悟飯は今、白銀色のオーラを放つ正体不明の敵の猛攻に苦戦を強いられていた。

 

「くっ……! なんてパワーだ!」

 

 何者かはわからないが、超サイヤ人になった自分と対等か、それ以上かもしれない戦闘力を持っているのだ。

 バイザーによって顔の上半分を隠している相手が、どんな目でこちらを睨んでいるのかはわからない。

 しかし相手がこちらに対して、明確な敵意を抱いていることは明らかであった。

 

「お前は……何者なんだ……?」

「黙れ!」

 

 逃走しようとした人造人間19号を破壊し、悟飯の前に現れた彼はその敵意を余すことなく悟飯にぶつけ、凄まじいスピードとパワーを持って飛び掛かって来たのが数秒前のことである。

 その攻撃に防戦一方になりながら、悟飯は密着した体勢から()と、彼女(・・)の声を聴いた。

 

「俺達は貴様らサイヤ人に何もかも奪われた! お前達だけは、絶対に許さないっ!」

「……!?」

 

 始めに聴こえたのは男の声。

 次に聴こえたのが、女の声である。

 一人の人物から、二人の人間の声が聴こえたのである。それは幻聴ではなく、後方から状況を眺めているトランクスもまた驚きに目を見開いていた。

 そして彼の姿を目にしたブルマが、「あっ!」と声を上げて慌てて呼び掛ける。

 

「悟飯君! その子、敵じゃないわ!」

「……?」

 

 今しがた悟飯に対して猛攻を仕掛けている彼が、敵ではないと――人造人間19号とは違い、パラガスの仲間ではないと言うのだ。

 そして身を乗り出したブルマの姿に気づいたのか、彼が悟飯への攻撃の手を止め、困惑の表情を浮かべた。

 

「……! カプセルコーポレーションのブルマさん……? 何故……っ」

 

 またも女の声で、彼が叫ぶ。

 

「何故貴方がサイヤ人と……パラガスの仲間と一緒に居るんですか!?」

 

 裏切られた――そんな感情を露わにしながら、彼がブルマに向かって問い掛ける。

 パラガスの仲間――その言葉が自分のことを指しているのだと理解するまで、悟飯はしばしの時間を要した。

 

「……あれ?」

 

 そして気づいた瞬間、悟飯の口から呆けたような声が漏れる。

 これは、何かが噛み合っていない。

 今悟飯と向かい合っている彼は、こちらに対して致命的に誤解している様子だった。

 その誤解について、ブルマが物怖じしない強気な口調で指摘する。

 

「貴方、何勘違いしてるのよ!? 悟飯君はパラガスの仲間じゃないわ! あとこのトランクスもね!」

「えっ……?」

 

 その言葉の中でちゃっかりと息子に危害が及ばないようにしているのは、彼女の子を想う気持ちの表れであろう。

 そして彼がそんなブルマの姿をバイザー越しに認めた瞬間、彼から向けられる敵意が僅かに弱まったことを悟飯は感じた。

 そして彼は再び悟飯と向き直り、問い質した。

 

「……それは、本当か?」

「あ、ああ……そうですけど。もしかして、貴方はパラガスの仲間じゃないんですか?」

「そんなわけないだろ!」

 

 悟飯の方としては出会うなり有無も言わさず襲い掛かって来た彼の方こそパラガスの仲間なのではないかと思っていたのだが、その疑問に対して彼は憎しみさえ篭った声で否定した。

 

「……君こそ、同じサイヤ人だろう。奴らの仲間じゃなかったの?」

「いや、アイツらは俺の敵だ。寧ろ仲間の仇って言うか……さっきまで俺が人造人間と戦っていたの、貴方は見ていなかったんですか?」

「…………」

 

 サイヤ人の血を引く悟飯であるが、パラガスやブロリーのことを仲間だと思ったことは一度も無い。

 孫悟飯にとって彼らの存在は自分の大切なものを奪った悪魔に他ならず、この命を賭してでも倒さなければならない敵だ。

 悟飯の純粋な眼差しを見て、そこに偽りは無いと感じたのであろう。彼は気まずそうに背を向けると、やはり女の声でぼそりと呟くように言った。

 

「……いきなり襲い掛かったのは、悪かったよ」

「あっ、待っ……」

 

 ――言うなり、彼は超スピードでこの場から飛び去っていった。

 

 

「行っちゃった……」

 

 超サイヤ人の変身を解除し、悟飯は彼の離脱を見送る。こちらも全力で追い掛ければ追いつけないこともなかったが、彼が戦闘中に放っていたおぞましい敵意から考えて、今追い掛けるのは得策ではないと察したのである。

 依然悟飯には彼の正体が掴めなかったが、これ以上のことはどうやら彼のことを知っているらしいブルマへと問い詰めることにした。

 

「ブルマさん、さっきの人と知り合いなんですか?」

「ええ……一度だけ、会ったことがあるわ」

 

 舞空術を解いて地上に降りた悟飯が早速ブルマに訊ねると、彼女は神妙な表情で頷く。

 そしてブルマは彼の――彼女の名を明かした。

 

「あの子の名前はネオン。貴方達が帰ってくるまでの間、一人でパラガス達と戦っていた戦士よ」

 

 ――そこにあったは悟飯達の与り知らぬところで、新たな戦士が地球に生まれていたという事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の気配の無い廃墟の町並み。

 その町の地に降り立った一人の人間が、一息をつくように付近の廃ビルの壁へと寄り掛かる。

 それと同時に脳内に響く、男の声。

 

『何故、戦いをやめた?』

 

 この男とはもう、十五年もの付き合いになるか。

 自分の中から声だけが聴こえてくる現象を、もはや自身の一部として慣れてしまった彼――もといネオンという女性は、目元に掛けたバイザー型の「スカウター」を外しながら己の声で応えた。

 

「パラガス達の仲間じゃないなら、無理をしてまで戦う必要は無いだろう? 超サイヤ人の相手を何度もしていたら、君は無事でもこっちの身が持たない」

 

 ネオンがそう言い、額の汗をマントの裾で拭う。

 疲れたようにそう語る彼女であったが、実際身体中を支配していた疲労感は軽いものではなかった。

 なにせ、帝国の兵士との連戦に次ぐ連戦だ。余計な体力を消耗することは極力避けたいのが、偽りのない彼女の本心である。

 

『宇宙に逃げた臆病者如きに、そんな力があるとは思えんがな』

「地球を出たのは修行の為だって、この前ブルマさんが言ってただろう? きっと、戦略的撤退って奴なんだよ」

『ふん、どうだか……』

 

 数か月前にブロリーという超サイヤ人とは一度だけ対面したことがあるが、その戦闘力はあまりにも桁外れなものだったことを覚えている。

 彼と比べて先ほどの超サイヤ人がどれほどの強さだったかと考えると……まだ本気を引き出していないところを見るに正確にはわからないが、それでもブロリーほどではないことは明らかであろう。

 一対一で彼に勝てる人間が居るかと思うと、彼女からしてみれば現実的ではなかった。 

 

「あの悟飯って子が味方になってくれるなら、ブロリーとも何とか戦えるかもしれないけど……」

『馬鹿か。お前は、サイヤ人と一緒に戦うつもりか?』

「じゃあ一人で戦って、成す術もなく殺されてくる? 私は嫌だね。この前はなんかしょんぼリーしてたから逃げきれたけど、今度も上手くいくとは思えない」

『……ちっ』

「そういうことだよ。君って割と冷静だけど、サイヤ人のことになるとめっきり周りが見えなくなるよね」

『お前に言われたくはない』

 

 自身の中に居るもはやもう一人の自分とも言うべき存在と語らい、ネオンが微かな笑みを浮かべる。

 

 あの日、二人のサイヤ人――ナッパとベジータによって故郷を吹き飛ばされて以来、彼女はずっと二人で生きてきた。

 

 灰色のマントをずらし、ネオンが左手の指先であの日まで自らの右腕があった場所(・・・・・・・・)を擦る。

 十五年も経てば隻腕の生活にも慣れるが、奪われたと言う事実は永遠に残り続ける。

 しかし片腕も故郷も失った彼女だが、その傍には自身と共に生きる「相棒」の存在があった。

 

「ふふ……ベビーってば、なんだか頑固おやじみたい」

『……うるさい』

 

 地球人の女性と共に在る、ツフル人の寄生生命体ベビー。

 十五年前に奇妙な会遇を果たした二人は今、お互いに無くてはならない存在となっていた。

 

 

 

 

 






 ~かんたんな人物紹介その2~

【ベビー】

 本作の主人公その2。エネルギー不足の早すぎた覚醒により、GT本編よりも大幅にスペックダウンしている。精神面も未成熟な為に、教育者次第で考え方や行動理念に色々と変化が起こった結果が本作に現れる予定。

 GT放送当時はちびっ子たちにトラウマを量産した畜生。私的には好きなキャラの一人ですが、視聴者からの嫌われ度は高い方なのではないかと。
 私的にはツフル星を作った時のウキウキな姿がお気に入り。その後満を持して登場した超サイヤ人4にフルボッコにされるシーンもカタルシスがあって好き。



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ツフル人最後の新生児

 

 ――その爆炎が、何もかもを吹き飛ばした。

 

 

 首謀者は地球の地に降り立った、二人のサイヤ人だ。

 突如として起こった異星人の来訪に驚き慌てふためく東の都の人々を嘲け笑いながら、サイヤ人の一人であるナッパが二本の指を立て、その町の全てを消滅させたのである。

 

 そしてその東の都に、幼き日のネオンが居た。

 

 それはエイジ762、11月3日――ベビーがネオンと初めて出会ってから、約一年が過ぎた頃の出来事だった。

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

 その時のベビーは既に孫悟空との戦いの傷が癒え、来るべき日の為に森の中で地道な修行に明け暮れていた。

 修行を行い、自身の能力を高めている彼の元へは今でも頻繁に地球人の少女が遊びに来る。彼女の住処である東の都に誘われたことも、いずれも断りこそしたが何度かあった。

 彼女の中ではベビーのことはすっかり友達のような関係で、ベビーの中でもその頃には既に彼女のことは唯一気を許せる存在になっていたのだ。彼の中にある無自覚な寂しさを癒し続け、傍らに立つことを何の違和感も無くなるほどに、ネオンという存在はベビーにとって日常だったのだ。

 

 事件が起こったのは、そんなある日のことだった。

 いつもなら彼女がやって来る時刻に、突如として空の彼方から飛来してきた二つの気配にベビーは気づいた。

 

「この戦闘力……! この感覚は……っ」

 

 マシンミュータントであるベビーの体内には、相手の気配や戦闘力と言ったものが読み取れるパワーレーダーが内臓されている。

 そのレーダーが、これまでの地球では考えられないほどの圧倒的な力を感知したのである。

 そしてベビーの頭脳には、復讐を完遂させるべく本能的に彼らの存在を察知することが出来る超感覚が宿っていた。

 

 気配は二つ、その感覚がベビーの頭脳にアラートのように執拗に訴え掛けてくる。

 

 それはかつて彼が、本能的に孫悟空に挑んだ時に催したものと同じ感覚であった。

 

「サイヤ人だと!?」

 

 その本能はベビーの頭脳に、同胞達をこの世から絶滅させた憎き怨敵――サイヤ人の来訪を訴えていた。

 

「くそがっ!」

 

 修行を中止したベビーは全速力で飛び上がり、気配の元へと向かっていく。

 しかしその時のベビーの心の大部分を支配していたのは、現れたサイヤ人への憎しみではなく、一人の少女の安否を気遣う「焦り」だった。

 二人のサイヤ人が降り立った場所――そこは少女の……ネオンの住んでいる東の都だったのだ。

 

「やめろおおおおお!!」

 

 大急ぎで飛翔するベビーは、あらん限りの声量で叫んでいた。

 時間よ、止まってくれと――彼らサイヤ人の獰猛さと極悪さを誰よりも知っているからこそ、ベビーには彼女の町がどうなってしまうのかわかってしまったのだ。

 

 しかし無情にも時は流れ、彼の恐れていたことは轟音と共に現実となった。

 

 

 ――ベビーが森を抜けて町へたどり着いた時、彼の視界に飛び込んできたのはおびただしい爆炎と、あまりにも呆気なく砕け散っていく東の都の光景であった。

 

 

「…………」

 

 誰がやったのか――決まっている。宇宙から来た、二人のサイヤ人だ。

 

「あ……」

 

 自身の体内に内蔵されたパワーレーダーが、ベビーの思考にその事実を理解させる。

 町に住んでいた多くの人間達の存在がたった今、あの爆炎によって消え去ったことが。

 

「ああ……」

 

 自分は間に合わなかったのだという現実だけが、この一年で少しずつ温かくなっていたベビーの心を深く、冷たく突き刺していった。

 

 彼はまたしても奪われたのだ。

 

 他ならぬ、サイヤ人の手によって。

 

「……っ」

 

 声にならない叫びを上げながら、ベビーは拳を地面に叩き付ける。

 何度も、滅茶苦茶に。震える腕を叩きつける彼の脳裏には、この一年間心を通わせた少女の姿が映っていた。

 

 そしてその時になって初めて、ベビーはようやく理解したのだ。

 

 彼女が自分にとって、大切な存在だったことを。

 彼女が自分にとって、生まれて初めて得た守るべき存在だったことを。

 

 

「……べっちゃん……」

 

 

 そんなベビーの優れた聴力が、ほんの微かに漏らされた少女の声を拾い上げる。

 一瞬幻聴を疑ったベビーだが、彼の反応は早かった。

 即座に声が聴こえた方向へ振り向くとベビーは急いで駆け出し、瓦礫と瓦礫の間でうつ伏せに倒れている唯一の存在を見つけた。

 

 あまりにも生命力が小さくなりすぎていた為に、ベビーのパワーレーダーは彼女の存在を読み取れなかったのだ。

 

 しかしこの時のベビーは自身の目と心で、彼女の存在をはっきりと認識していた。

 

「ネオン!」

 

 それは彼が初めて、彼女の名前を呼んだ瞬間だった。

 彼の中にある復讐鬼としての本能は何処かへ飛び去って行く二人のサイヤ人を追って殺せと訴え続けているが、この時のベビーはそれを無視して一目散に彼女の元へと向かっていた。

 

 復讐鬼としての本能に、彼自身の「人間としての心」が打ち勝ったのである。

 

 そんなベビーはなりふり構わず周囲の瓦礫を吹き飛ばしながら、彼女の元へとたどり着く。

 

「ネオン……! しっかりしろ!」

 

 彼女は――ネオンは生きていた。

 おそらく町を離れて、ベビーの居る森へ移動しようとしていたのが功を奏したのであろう。ほとんどが一瞬で消滅していった町の住民達の中で、ただ一人だけ彼女の肉体は生き残っていたのである。

 しかしそれでも、宇宙の中でも指折りであるサイヤ人の並外れた力は、彼女のような普通の人間にとって掠っただけでも致命傷になるような威力だ。

 地面を赤く染める血塗れの右腕は肩から下に掛けて無くなっており、僅かながらも爆炎の煽りを受けたネオンの命は既に風前の灯火だった。

 その姿は痛そうで、苦しそうで。

 だがそれでも、微かに見開いた彼女の瞳はベビーの姿を認めるなり、嬉しそうに笑っていた。

 

 ――きみはぶじだったんだね、と安心した……地球人の少女が呟いた、最期の言葉だった。

 

 

 

「クソッ! クソッ! クソッ!!」

 

 ベビーが吠え、彼女を懸命に揺り起こそうとする。

 息は無い。脈も無い。

 誰が見ても手遅れな状態の彼女を抱き抱えるベビーは、彼女の死を認めなかった。

 諦めなかったのだ。彼女に笑顔を、もう一度取り戻させることを。

 

「死なせるものか! お前だけは……!」

 

 瞬間、ベビーの身体から白色のオーラが迸り、身に宿す力が一気に上昇していく。

 愛や友情などと言うものは、マシンミュータントであるベビーにはわからない。

 だが彼はこの時、初めて自分以外の者のことを守りたいと思ったのだ。

 

 その思いの強さが、彼に得体の知れない力を与えた。

 

「俺と生きろ! ネオン!!」

 

 それは、ベビー本来の力の一欠片。

 彼が身に宿す筈だった力の一部が唸りを上げ、覚醒した瞬間だった。

 一瞬にしてベビーの身体が泥状に溶けていくと、ネオンの身体中の傷を優しく覆っていくように彼女の肉体へと入り込んでいく。

 

 寄生能力――ベビーはその力で彼女と一体化することによって、自分自身の生命力を彼女の体内に分け与えたのである。

 

 

 それはエイジ777の現在に至るまで続いてきた二人の共生関係の始まりであり、ネオンという地球人の少女が「ツフル人」として生まれ変わった出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃墟の町に立つたった一人の人間は、見た目は十代と二十代の中間に見える年頃の若い女性の姿だった。

 しかしその年代の者に多い浮ついた雰囲気は整った顔立ちには微塵も無く、女性自身のきめ細やかな白い肌と艶やかな黒髪のロングヘアーも相まって、可愛らしさよりも凛々しさという言葉が似合う姿だった。

 かと言って冷たいという雰囲気があるわけではなく、それでいて触れれば掠れてしまいそうな儚さも混在していることもあってか、美しくもどこかアンバランスな雰囲気を纏った女性であった。

 

「あの時の君は……本当にカッコ良かったよ」

 

 幼い頃に訪れた過ぎ去った過去を思いながら、女性――ネオンがおもむろにそう呟く。

 唐突に語り出した彼女に対して、彼女の脳内にのみ聴こえる声でベビーが聞き返した。

 

『何のことだ?』

「君が、私を助けてくれた日のことさ」

『ふん……古い話だな』

 

 あの日、二人のサイヤ人が起こした一瞬の惨劇によって幼いネオンは致命傷を負い、死を待つだけだった。

 そんなネオンを救ってくれたのが、今彼女の中に居るベビーという存在だった。彼がネオンの体内に寄生することによって生命維持装置のような役割を果たし、彼女は今もこうして生き永らえているのだ。

 身体の傷もまた失った右腕以外は彼のおかげで綺麗に完治することが出来、おまけに人知を超えるパワーまでも手に入れることが出来た。

 これだけでも彼には、一生分の感謝を尽くしてもしきれない大恩であろう。

 

「……ありがとう、ベビー」

 

 思い出を振り返るなり感傷的になったネオンが、改めてベビーに礼を言う。

 二十歳の年齢までこうして生きていられたのも、元々は普通の地球人であった自分が人造人間やブロリーのような怪物を相手に戦ってこれたのも、全てはベビーのおかげである。

 感謝の気持ちは一度として、忘れたことはなかった。

 

「君のおかげで、私は生き返った。君の力で、私は化け物と戦うことが出来るんだから」

『今更、そんなことを言うな。気色が悪い』

 

 本心から感謝の意を述べるネオンに、ベビーが素っ気なく応じる。

 言葉は冷たかったが、それが照れ隠しのようなものであることをネオンは長い付き合いから察している。

 今やネオンとベビーは一心同体の身で、互いにもう一人の自分自身とも言える関係であった。

 

「はは、そうだね。確かに今改まってお礼を言うのは、映画で死んでしまうおじさんみたいで縁起悪いか」

 

 思えば彼とは、長い共生関係を続けてきたものである。

 当時はこの世に悪意なんて無いんだと思っていたほど幼かったネオンも、十年以上も経てばそれなりに世界のことを知る大人の仲間入りをしてしまった。

 そんな彼女はブロリーとパラガスという二人のサイヤ人が現れるまで、身に宿るベビーの力を隠しながら生きてきたものだ。

 家族も友達も故郷諸共に失った彼女はベビーと共に協力し合いながら、今よりは静かに平穏な時を過ごしていた。辛いこともやり直したい過去も無数にあったものだが、それでも今までの時間は嫌いではなかったと思っている。

 ただ、ベビーの存在をサイヤ人への復讐鬼として生み出した者達からしてみれば、今の状況は全くもって不本意なのだろうともネオンは思う。

 

「……もしもの時は、遠慮なく私から離れて良いからね?」

『馬鹿かお前は……俺が離れたら、お前は死ぬんだぞ』

「でも、そうすれば君は自由だ。私のことなんか気にせずに、好きに復讐出来るだろう?」

『ならば、尚更だ。お前と共に、憎きサイヤ人をこの手で殺せる機会が訪れたのだからな』

「……そうかい」

 

 あの日、ネオンという地球人から全てを奪った者達のことを、彼女は今でも許していない。

 サイヤ人は家族や町のみんなの仇だと、幼子の透き通った濁り無き心に初めて憎しみという負の感情を抱かせたことを、ネオンは忘れていない。

 

 この時のネオンは、ブロリーやパラガスという純粋サイヤ人の存在や孫悟飯という混血サイヤ人と対峙したことによって、自身の中で長年押さえつけてきた感情が蘇りそうになっていることを感じていた。

 それはもはや、いつこの理性が壊れてもわからないほどだ。

 

(……復讐は否定しない。だけどそれしか出来ないのは、悲しいことだってわかってる)

 

 ベビーと一つになったことで彼がどういう存在なのかを理解したその日から、ネオンはこれまで彼に色々なことを教えてきたつもりだ。

 彼のことを、とても悲しい存在だと思った。

 そんな彼の心に生まれた「優しさ」を、ネオンは誰よりも知っている。

 だから自身の持つ憎しみ以外の感情を彼にも共有させることで、彼の中から少しずつ復讐心を取り除こうとしていたのだ。

 復讐鬼として生まれた彼に、無責任な言葉で復讐を否定するつもりは無い。ただ、彼には他のこともたくさん知ってほしいと思い、長い間平穏な暮らしを過ごそうとしていた。

 しかしそんな自分が理性を失い、自分から復讐に燃えていたら、本末転倒もいいところである。故に彼女は今、事情も聞かずに孫悟飯へと襲い掛かった先の行動を深く反省していた。

 

 ――私がこんな憎しみを抱いていたら、中に居るベビーにも悪影響だ。

 

 ネオンが時々振り切れそうになる感情を抑える時は、決まってそんなことを考えている。

 それはまるで子供の前では良い恰好をしたがる大人のような、せめてもの強がりのようだった。

 

 

『上から来るぞ、構えろ』

「お客さんか……後をつけられていたのかな」

 

 そんなネオンの元へ気配も無く四つの影が降り立ったのは、その時だった。 

 一人は、子供程度の背丈の男だ。目元には黒いサングラスを掛けており、頭には緑色のベレー帽を被っている。もう一人は黒い長髪をおさげにした巨漢の男だった。露出している上半身は、人間では及びつかないほどの逞しい筋肉が覆っている。肌の色は濃い紫と、石のような灰色。いずれも地球の人間には見えない姿である。

 三人目は容姿に関しては美形ではあるものの人間のそれと変わりなく、他二人と比べて目立った特徴と言えばオールバックにした長い銀髪ぐらいである。しかしその風貌からは、ただならぬ強者の風格を漂わせていた。

 

 そしてその三人を従えるように彼らの前に立っている四人目の男は、ネオンとベビーにとって顔見知りの老人であった。

 

「何か用かな人造人間? いや、ドクター・ゲロ」

 

 ドクター・ゲロ――それはこの地球で人を超えた戦闘力を持つ人造人間を作り出した、狂気の科学者の名前である。

 彼は自分自身をも人造人間20号として改造し、かつては今は亡き孫悟空への復讐の為に暗躍していた元レッドリボン軍所属の身でもある。

 

 ――そして今はパラガスと手を組み、彼らの帝国の一員として地球人を裏切った裏切り者の男だった。

 

 そんな彼、ドクター・ゲロは不機嫌さを隠しもせず睨みつけるネオンの視線を物ともせず、背後の人造人間と思わしき三人の配下を制しながら、一歩前に出て問い掛けてきた。

 

「ベビーよ、お前をツフル人の王と見込んで聞くが……私と手を組む気は無いか?」

『ほう……』

 

 ベビーさえも感心する、単刀直入の申し出だった。

 どうにも彼は自分を――ベビーのことを知っている様子であったが、ネオンもベビーも彼に対してそのことを教えた過去は無い。

 ふと後方に漂っていた昆虫型の小型ロボットの存在に気づいたネオンが、それを指先から放った気攻波で撃ち落としながら眉をひそめて言い返す。

 

「自慢の盗撮カメラで知ったのかい? お前がそんなことを知っているとは思わなかったよ」

 

 地球の裏切り者である彼が手を組めと言う目的がどこにあるのかは、ある程度察しはつく。ネオンの中に居るベビーには、ツフル人の王の遺伝子や記憶が刻まれているのだ。早すぎた覚醒によって大部分が破損しているとは言え、彼が持っているツフルの知恵は尚も膨大であり、ネオン自身も度々その恩恵を受けて生きていた。

 例えば、ネオンが普段身に着けているバイザー型の「スカウター」は人造人間以外の者のあらゆる生物の反応をキャッチし、ハイテクな通信機器にもなる。身に纏う服にしたって身軽ではあるものの、構造にはかつてフリーザ軍兵士が身に着けていた戦闘服と同様の素材が使われており、いずれも高い防御力を誇っている。そして服の上から失った右腕を隠すように纏っている灰色のマントは特殊な性質によってネオンの纏う気配を隠し、数年もの間悟飯達やパラガス達に気づかれないまま活動を続けることが出来た。

 

 こうして列挙したほんの一部の発明品でも、ツフルの科学力は地球のそれとは比べ物にならないほど高い水準にあることがわかるだろう。その技術に対して同じ科学者であるドクター・ゲロが興味を持ったとすれば、至極当然のことだった。

 

 尤も、護衛にしては贅沢すぎる三人の人造人間を伴って現れた彼が申し出たそれは「頼み」などという生易しいものではなく、「脅迫」であることは指摘するまでもない。

 従わなければ無理矢理にでも服従させるというのがこの老人の魂胆であり、それを眉一つ動かさずに行える人間だということをネオンは改造された二人の「恩人」の存在から知っていた。

 何よりもネオンは、地球の裏切り者である以前に自身の「恩人」を奪っていったこの男のことを吐き気を催すほどに嫌悪していた。

 

「無論、報酬は出そう」

「なら、ラズリさんとラピスさんを解放しろ」

「それは出来ん。特に17号は、あのブロリーさえ凌駕する資質があるのだ。私とツフルの科学力が合わされば、奴をベースにした究極の人造人間が完成する」

「知るかそんなもん。二人はお前のおもちゃじゃないんだよ」

 

 素行が良いとは言えなかったが、気さくで優しかった黒髪の少年と金髪の少女の姿が脳裏に過り、ネオンがギリッと奥歯を噛み締める。

 彼らが今どこで何をしているのかを知ったのは、つい最近のことだ。しかし間違いなく彼らのことに関しては、ネオンとドクター・ゲロの間に確かな因縁があった。

 

『ブロリーを超える究極の人造人間を作る為に、ツフルの科学力を利用するつもりか……面白いことを考える』

「君の知恵は、こんな奴の為に使われるもんじゃないだろう」

『ふん、違いない』

 

 一方でゲロの申し出にそう呟くベビーの声にもまた、彼女と同じような不快感が込められている。尤もこちらはツフルの王である自分を利用しようなどという彼の傲慢さに嫌悪感を表している様子であったが、ドクター・ゲロを受け入れる意志が一ミリも無い点については二人とも同じだった。

 

「交渉は決裂か……やれ、人造人間達よ」

 

 そんな二人の反応は予め想定していたのだろう。ゲロの対応は早く、それまで彼の背後で沈黙していた三人の人造人間達が勢い良く飛び出し、ネオンに対して襲い掛かってきた。

 

『三対一か……交渉が聞いて呆れる」

「まったくだね。人を見ていきなり襲い掛かるとか最低だよ」

『お前が言うな』

「君もね」

 

 これならばナイフを突きつけながら脅された方がまだ常識的だと思いながら、ネオンは内に宿るベビーの力を引き出し、白色のオーラを解き放つ。

 

「気づいてくれよ、ヒーロー!」

 

 そして一旦自身の気配を隠す灰色のマントを外した後、遠くに居る誰かに対して、あえて自分の位置を知らしめるように彼女はその「気」を解放した。

 

「13号、14号、15号よ。そいつには聞きたいことがある。生け捕りにして、私の元へ連れてくるのだ!」

「了解しました、ドクター・ゲロ」

 

 それぞれ人造人間13号から15号までのナンバリングが施された三人を代表して、白銀の髪の13号がゲロの命令に返事を返す。

 戦闘態勢に入ったネオンはスカウターとマントを付け直し、上空へ飛び上がりながら彼らを迎え撃った。

 

 

 

 





 ~かんたんな人物紹介その3~

【ネオン】

 本作のヒロインの一人。二十歳。
 オリキャラであり、私の前前作「僕たちは天使になれなかった」ではラスボス兼オリ主ポジションを務めていたキャラ。名前の由来は「怨念」→「オンネン」→「ネンオン」→「ネオン」といった具合。
 前前作とは別の次元である為、本作との直接的なつながりはない。よって別に前前作を読まなくても特に問題はないかと思われます。
 ピーピーうるさいヒヨコ共へのナッパの挨拶によって滅ぼされた、東の都唯一の生き残り。その際に右腕を失っている。直近の地球のドラゴンボールへの願い事が、フリーザ戦で界王様が提案した「フリーザ一味に殺された人々を生き返らせてくれ」に使われている為、サイヤ人のナッパに殺された町の住民達は残念ながら誰も生き返れなかったものとして本作では扱っていきます。
 ベビーが持つツフルの科学力によって頑丈な服とスカウター、気配を隠すマントなどを装備している。ブルマほどではない科学力チートと、サイヤ人ほどではない戦闘力チートの二つを併せ持った奇妙な存在。
 自分を救ってくれたベビーに対して感謝しており、パラガス達が現れるまではベビーが幸せになれるように復讐以外のことを教えようと懸命に奔走していた。しかし状況は変わり、サイヤ人によって再び地球が危機に瀕した今、ベビーと共に表舞台に姿を現すことになる。そんなこんなでビーデルさん勝利に終わった前前作とは違った一生を歩むことになると思います。

 しかし何故だろうか、意識しているつもりはないのですが私のオリキャラというかオリ主はみんな心の中にもう一人の自分を飼っている気がが……(星菜星園、フィア勇者、ミノシアベジータ、メタフィクス名もなき界王神etc)。まだ地味すぎるぜ☆ もっとシルバー……同一作者でも全く違う個性のオリ主を書ける人って、素敵だと思います(唐突)


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残された超戦士たち

 

 

 

 ナッパに殺された町の人々は、生き返っていない。

 

 あれから随分と年月は過ぎたが、そのことを生前の神様が悔やんでいたことを悟飯は覚えていた。

 本来ならばあの時のサイヤ人に殺された人々の命は、ナメック星のドラゴンボールで甦らせた地球のドラゴンボールによって生き返らせる筈だったのだ。

 しかし当時のナメック星はフリーザ一味に襲われておりその願いを叶えられる状況になく、地球のドラゴンボールへの願いごとはやむなく「フリーザ一味に殺された人々を生き返らせてくれ」という、ナメック星の最長老を生き返らせる目的に使われてしまった。

 この願いごとではベジータが殺したナメック星人達が生き返れなかったように、ナッパに殺された地球人達が生き返ることもまた出来なかったのである。

 

 人の魂は死後から一年過ぎてしまえばあの世に定着してしまい、ドラゴンボールでも生き返らせることが出来なくなってしまう。

 そしてそのドラゴンボールは一度使用した場合、一年後まで石になってしまう。

 ナメック星のドラゴンボールならば一度使用しても半年の時間で復活するのだが、ポルンガの力ではヤムチャ、餃子、天津飯という三人の戦士を個別に生き返らせることは出来ても、地球のドラゴンボールとは違って一度の願いでは複数の人間を生き返らせることが出来ないという制限があった。

 

 故に東の都は今も消滅したまま、町の住民は誰一人として生き返っていなかった。

 

 幼いながらも戦士として戦い、当時のナメック星における切迫した状況を誰よりも理解している悟飯にはその時の神様の決断を責めることは出来ず、この件に関しては今でも彼を批難する気持ちは持ち合わせていない。

 仕方が無いという言葉で全て切り捨ててしまうのは冷酷だが、当時のナメック星でナメック星人達を救うにはあそこで行った願いしかなかったこともまた事実だったのだ。

 そう考える悟飯に出来ることはただ、犠牲になった人々に哀悼の意を表することだけだった。

 

「あのネオンって人は、その町で一人だけ生き残った人なのか……」

「話してみれば、悪い子じゃなかったわ。ちょっとサイヤ人のことになると過激になる感じだったけど、貴方達の居ない地球を守る為に、あの子は戦ってくれたわ」

 

 親しかった人々を失った世界で、ただ一人生き残り、今日まで戦い続けてきた人間である。

 今の悟飯自身もまたブロリーとパラガスというサイヤ人によって大切なものを奪われた者であり、奪った者達を憎む彼女の気持ちはわかるつもりだ。

 彼らと同じくサイヤ人の血を引く孫悟飯が、サイヤ人であるパラガス達に着くと思って攻撃を仕掛けてくるのも道理だろう。長い間修行の為とは言え地球を逃げ出していたことも事実であり、彼女が自分に敵意を見せる感情は悟飯には痛いほど理解出来た。

 何はともあれ、次はちゃんと話したいなと悟飯は思う。

 この地球を救う為には、今は一人でも強い力が必要なのだから。

 

「僕や悟飯さんとは違って、純粋な地球人なんですよね? それにしては、物凄い力を持っていましたが……」

「その辺りのことは、私にもわからないわ。孫君やベジータが居なくなった地球に、まだあんな子が居たなんて知らなかったから私も驚いちゃった。それも、女の子なのにね」

「あー、やっぱり女の人だったんですか」

「えっ?」

「えっ」

「悟飯さん、それはちょっと……」

「ええ……だってわかりにくくなかった?」

「……貴方って、妙なところまで孫君に似ちゃったわねぇ」

 

 薄々はそうなのではないかと疑っていたが、やはりネオンという人物の性別は女性で間違いないらしい。そんな悟飯に対してブルマの方は寧ろ疑う要素があったのかというような呆れた表情を浮かべるが、悟飯が確信を持てなかったのには理由がある。

 

 外見で言えば顔の上半分がバイザーで隠れていた為に今一つ判断が着かなかったのもあるが、彼女は戦闘中、男性と女性の両方の声で叫んでいたのだ。

 

「そう言えばさっきのあの子、確かにちょくちょく男みたいな声を出していたわね。何だったのかしら?」

「……隠されていたような感じだったのでよくわかりませんでしたが、あの人の中には何か、二つの「気」があるように感じました」

「一人の中に、二つの「気」があったんですか?」

 

 明確に感じたわけではないが、気のせいとも切り捨てられないのが彼女の纏う特殊な「気」である。理由はわからないが、おそらくはそれが純粋な地球人である彼女があれほどの力を持っている秘密なのかもしれない。

 何にせよ、あのネオンという女性がイレギュラーな存在であることは間違いない。久方ぶりに地球に帰還した悟飯達からしてみてもそうだが、パラガス達にとってはもっとであろう。

 共闘することが出来れば良いのだが、その為にはまずは対話に当たり、こちらのことをわかってもらう必要がある。その点に関しては悟飯の方は前向きな気持ちだった。

 

「……サイヤ人に、奪われてしまった人か……」

 

 先ほどは有耶無耶になってしまったが、彼女とて地球の為に戦っているのならわかってくれる筈だ。

 パラガス達に敵対する者同士、そう遠くない日に再び会うことになるだろうと悟飯は予感していた。

 

 

 ――そしてその時は、早くも訪れた。

 

「……っ、悟飯さん、これは!?」

 

 大きな「気」が、不意に、一つ。

 ここからはやや離れた場所にて上昇している、爆発的なエネルギーを感じ取ったのである。

 その膨大な「気」の強さはあのクウラをも凌駕しており、超サイヤ人にも迫っている。

 

「物凄い「気」だ……でもこの感じは、ブロリーでもパラガスでもない」

 

 これほどの力の持ち主と言えば悟飯の中で真っ先に浮かぶのは仲間達を葬った超サイヤ人であるブロリーだが、彼の身震いするような邪悪な気配とは種類が違っていた。

 トランクスのような純粋な善の「気」ともまた違うが、これまで悟飯が戦ってきた悪人達のような極悪性も無い。

 何とも識別しにくい、不思議な気配と言うのが率直な感想だった。

 

「もしかして、これがあの人の「気」か……」

 

 ともすればこの「気」の持ち主として考えられるのは、話題の人物であるネオンその人だということだ。

 その「気」を感じた方向は先に彼女が飛び去っていった方向とも合致しており、疑いようはなかった。

 

「行くの?」

「はい。あの人がブロリーやパラガスの仲間と戦っているのかもしれませんし、もしそうだったら放っておけません。あいつらに、修行の成果を見せてやります」

 

 ブルマとの話を切り上げ、即刻席を立った悟飯がブルマの家の地下室であるこの場所から地上に出る為の階段を上りながら力強く言い返す。

 そんな彼の背中を追い掛けるように、トランクスが立ち上がって続いた。

 

「僕も行きます!」

「トランクス……わかった。だけど、敵いそうにない相手だったら下がるんだぞ? 君の修行はまだ完成していないんだ」

「わかってます! 足手纏いにはなりません!」

 

 まだ修行が完成しておらず、超サイヤ人にも目覚めていないトランクスでは危険な戦いになることは明白であろう。

 しかしそれを承知の上で「自分も力になりたい」と訴える弟子の目に、悟飯はどうしても冷たくなれなかった。

 今の少年トランクスの姿はまるで無謀にもフリーザに挑んでいた頃の自分とそっくりで、ことごとく在りし日の自分と重なるのである。

 

「ブルマさん、いいですか?」

「……その為に修行してきたんでしょう? だけど絶対に死なないでよ、二人とも」

「はい」

 

 人造人間19号と戦ってからまだそう時間は経っていないが、悟飯の体力はまだ十分に余裕がある。

 この場を飛び出して戦いに赴くことに、迷いは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 13号の拳が正面から繰り出されると、ネオンがバク転の要領で身を回転させ、後方に下がりながらそれを回避する。その先に回り込んでいた15号が巨体を捻りながら右足の蹴りを叩き込んでくると、ネオンは左腕でガードをしながらも強引に吹っ飛ばされていく。

 そしてその先に待ち構えていた14号が後頭部を目掛けて肘打ちを振り下ろしてくるが、一歩早く体勢を立て直したネオンが紙一重でかわしながら、カウンターの蹴りを浴びせて14号を吹っ飛ばした。

 しかし息つく隙も無く、今度は左右から13号と15号が挟み撃ちの形で襲い掛かり、ネオンは灰色のマントを翻しながら防戦を強いられる格好となった。

 

「三対一は、ちょっときついな……」

 

 せめて両腕があれば動きやすくもなるのだろうが、左腕と二本の足で四方からの攻撃を同時に捌くのは至難の業だ。力の差がそれほどないのなら、数の差はあちらにとっていかんともしがたいアドバンテージになる。

 気持ちの良いものとは言えない汗を額から流しながら、ネオンはこの劣勢に舌打ちしながらどうしたものかと思考を巡らせた。

 

「大の男が寄って集って襲い掛かって、恥ずかしいと思わないのかい?」

「生憎だが、俺達人造人間は目標を全力で叩き潰すようプログラムされているんでな。思い通りに戦えないのなら、右腕を失ったことを悔やむがいい」

「そうかい」

 

 隻腕の身で複数の敵を同時に相手取ることが如何に難しいことか、連携もさることながら一人一人の戦闘力も高い三人の人造人間を相手にしたことでネオンはよりそれを実感する。

 だがネオン自身の心は、失った右腕に対して苛立ったことは一度も無い。

 そもそも隻腕の身になったのは十年以上も前のことであり、今ではその生活も慣れたものだ。そして失った右腕以上のものをこの身に宿る「彼」が与えてくれたことが、ネオンには大きかった。

 

『集中しろ』

「りょーかい」

 

 三人の人造人間に距離を詰められたところで、ネオンが全身から気合い砲を発射し、彼らの身体を弾き飛ばす。

 直後に素早く振り上げた左手から三発の気弾を一発ずつ彼らに向かって連射するが、その攻撃はいずれも弾かれ或いは防がれ、ダメージには至らなかった。

 

「ブロリーよりはマシだけど、この三人厄介だ」

『なら、俺がやる』

「……いや、それはもうちょっと待ってくれ。今こっちに、あの子が来るから」

 

 再び高度を上げてこちらの身を取り囲もうとする三人の動きを警戒しながら、ネオンはその意識を後方へと向ける。

 その瞬間、彼女の目元を覆うバイザー型のスカウターは、大きな力を持つ二人の戦士の接近を捕捉していた。

 一つは戦闘力50万程度だが、もう一つは戦闘力計測不能と表示されている。

 ベビーが持つ純粋なツフル人の技術を使って作られたこのスカウターは、最大で100万までの戦闘力を計測することが出来、それ以上の戦闘力こそ計測することは出来ないが、従来のスカウターとは違ってオーバーヒートを起こして故障することもない。

 しかし戦闘力の計測は、ネオンにとってはおまけのような機能だ。人の気配を自力で読み取ることが出来ないネオンからしてみれば、戦士の位置情報を正確に把握することが出来る機能こそが重宝していた。

 

 そして程なくしてそんなネオンの元へ、山吹色の道着の青年が姿を現した。

 

「やあ、早かったね」

「……やっぱり、さっき感じた「気」は貴方でしたか」

「来てくれて良かったよ。孫悟飯だっけ、君?」

「はい……そうですけど」

 

 ネオンと同じぐらいの年齢に見える黒髪の青年は、孫悟飯――彼女が少し前に会って別れたばかりの混血のサイヤ人の姿だった。

 ネオンが人造人間達との開戦時だけ「気」を隠すマントを外したのは彼にこちらの様子を気づいてもらう為だったのだが、その目論見通り彼は戦いの場であるここへ来た。

 彼は一度だけネオンの方へ目を向けたが、彼女と相対する三人の戦士の姿を見て状況を察したように身構えると、ネオンの横に立って彼らと向かい合う。

 

「ネオンさん、そいつらは人造人間でしょう? 俺も手伝います」

「いいのかい? 私って見ての通り、さっきは君に殴り掛かった無礼者なんだけど」

「……憎まれる理由はわかりますよ。俺も、サイヤ人の血を引いていますし」

「……ブルマさんから聞いたか。別に私の方は、君には恨みも憎しみも感じちゃいないんだけどね」

 

 こちらの名前と素性をある程度知っているような口ぶりである悟飯に、それなら話は早いと説明の手間が省けたことを素直に受け入れながらネオンは納得する。

 カプセルコーポレーションの社長、ブルマとはこれまでの戦いの過程で一度だけ会って話をしたことがある。最初は東の都を破壊したサイヤ人ベジータの妻と知って良い気はしなかったが、話してみれば彼女が彼のような悪い人間ではないことがわかった。その会話の中で少しだけ自分の身の上を話した記憶がある、彼女とはそんな関係である。

 しかし自分がサイヤ人に全てを奪われた者だと知っている上で、こうして共闘を申し出てくれるとは……孫悟飯という青年は思った以上に情の深い人間なのかもしれないと、ネオンは思った。

 

『共闘する気か?』

「これなら三対二になるだろう? 彼を敵に回したら、四対一になっちゃうよ」

 

 元よりネオンにとっては一旦マントを外した時点で彼が駆けつけてくれることを期待していたのだが、こうも上手く行ってしまうと彼を都合よく利用しているようで罪悪感が沸いてくる。

 彼に対して少々気まずく感じているこちらの心情を悟らせないように視線を外すと、ネオンはふと「孫」という名前についてあることを思い出した。

 

「孫って苗字で思い出したんだけど、私の死んだお父さんは、孫悟空っていう武道家のファンだったらしい」

「えっ?」

「……まあ、そんなことはどうでもいいか。よろしくね、悟飯。それと、さっきはごめん」

 

 生前の父は天下一武道会をこよなく愛する武道家マニアであり、客として何度も会場を訪れた常連であった。

 そんな父から幼いネオンは、当時の大会に出場していた選手達の話をよく聞かせてもらったものだ。

 特に父は孫悟空という亀仙流の継承者が出場した第二十一回から第二十三回までの大会がお気に入りだったようで、「ピッコロ大魔王が怖くて第二十三回大会の決着をその目で見届けることが出来なかったのが、最大の心残りだ」と当時のことを悔しそうに語っていた彼の姿を思い出しながらネオンが苦笑する。

 その孫悟空の……おそらく息子であろう青年が自分の隣に立って戦おうとしている今の状況が、ネオンには可笑しく思えたのである。

 

『……サイヤ人の混血戦士か』

 

 尤も「彼」の方は、そんなネオンとはまた別の感慨を抱いていたようだが。

 

「ふふ、サイヤ人とツフル人の遺児が結託し、戦いを挑むか……宇宙最強の人造人間である俺達に!」

 

 この奇妙な光景を面白がるように人造人間13号が笑い、高らかに叫ぶ。

 ドクター・ゲロという稀代の天才科学者によって生み出された彼らは、自分達こそが宇宙最強であることを信じて疑わない自信を抱いているようであった。

 そんな彼らの姿に、苛立ったような声でベビーが呟く。

 

『ふん……最強の人造人間とは、この俺を差し置いてよくもほざく』

「……君は人間だよ、ベビー。あいつらとは違う」

 

 サイヤ人とツフル人、二つの種族が遺した希望が同じ目的で共通の敵と戦う。

 この場限りの共同戦線になる可能性は高いが、こんな状況が一時でも生まれることは死んでいったツフル人やサイヤ人達は誰一人として思わなかったことだろう。

 二人はそれぞれの身に宿す「気」を解放し、三人の人造人間に飛び掛かる。

 

 

 ――後に世界を希望の光で照らすことになる、戦士達の「絆」の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 







 ~かんたんな人物紹介その4~

【トランクス】

 ベジータの血を引く11歳の少年。悟飯に師事し、着実に実力をつけている卓越した才能の持ち主だが、まだ超サイヤ人に覚醒していない。今はその焦りによってさらに覚醒が遠のいているという悪循環に陥っている状態。

 私の前作ではラスボスでありヒロインみたいな扱いでしたが、本作の今章では幼年期悟飯的なポジションになるかと思います。
 しかしふと思ったのですが、創作に登場する若いキャラ同士の師弟関係って、なんか途中でどっちかが裏切って敵対するイメージが私の中にはあります(´・ω・`)㌤ベイダー



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変貌する2人

 

「はあああっっ!!」

 

 黒髪が逆立ち、光の色に染まっていく。

 黄金色の光が悟飯の身体から炎のように広がっていくと、それと呼応していくように彼の内なる「気」が数十倍へと上昇し、引き出されていった。

 サイヤ人の中で千年に一人だけ誕生するとされる伝説の戦士、超サイヤ人。彼の肉体から迸るエネルギーが大気を激震させると、音速を超えて繰り出した拳が人造人間14号の身体を突き飛ばした。

 さらなる追撃を加えようと追い掛ける悟飯の元へ次に飛び込んできたのは、大柄な体格の人造人間15号の姿だ。

 しかし。

 

「隙あり!」

 

 横合いから割り込んできたネオンがその首筋に蹴りを入れ、15号の加勢を妨害する。その隙に悟飯が14号の背後へと回り込み、一撃、二撃と超スピードでのラッシュを加えていった。

 

「中々やるな。だが、これはどうだ!」

 

 戦況を見つめていたもう一人の人造人間、13号が不敵な不敵な笑みを浮かべると、その両手に巨大なエネルギーボールを作り出す。 

 S.Sデッドリィボンバー――そう叫び放った一撃は、15号を相手している最中のネオンへと放たれた。

 

「容赦ないな……この、触るなっ!」

 

 飛来してくるエネルギーボールの射線から逃さないように、15号がその巨体に物を言わせてネオンの身を羽交い絞めにしようとする。

 ネオンはそんな15号との密着を阻止すべく両足を使って乱暴に弾き飛ばすと、上から迫り来るエネルギーボールに対して即座に振り向き、左手から気攻波を発射する。

 エネルギーにはエネルギー。13号のエネルギーボールに、ネオンは気功波で対抗したのだ。

 両手が使えればそのエネルギーボールを受け止めるなり出来たのかもしれないが、生憎隻腕の身ではその余裕が無い。

 ネオンの放つ一条の気功波と13号の放つ特大のエネルギーボールは上空で激突すると、そのまま押し合いに入っていく。

 拮抗する二つの力は激しい火花を散らして膠着状態に入るが、ギリギリと歯を食いしばるネオンに対して13号の表情は尚も余裕綽々だった。

 

「女と言えど……人造人間は容赦せん!」

 

 そう叫び、13号が自らのエネルギーボールに上乗せして右手からエネルギー波を加えていく。

 その瞬間両者の均衡は崩れ、爆発的に火力の増した13号のエネルギーボールがネオンの気功波を一気に押し出していった。

 

「ネオンさん! くそっ!」

 

 悟飯が即座に彼女の援護へと向かおうとするが、そんな彼の左右からは14号と15号が足止めに掛かり、思うように身動きが取れない。

 このままでは、彼女がやられる……苦虫を嚙み潰しながらその光景を眺め、悟飯が叫ぶ。

 

 しかし、その時だった。

 

「くっ……ベビー!」

『十秒遅い!』

 

 バイザー型のスカウターの下で、突如としてネオンの両目が変化する。

 虹彩から白目の部分に掛けて十字を描くように模様が浮かび上がると、彼女の目つきがより戦闘的な鋭い眼光へと変わったのだ。

 そして変わったのは、その両目だけではない。

 今この瞬間からネオンが解放する「気」が変質し、爆発的にエネルギーを増したのである。

 

「なにっ!?」

 

 それに呼応していくように、彼女の左手から放たれている気功波が大幅に威力を増大させていく。

 膨れ上がっていく閃光は瞬く間に力関係を逆転させると、13号のエネルギーボールを宇宙空間まで押し返し、爆発させていった。

 先までパワー負けしていた筈の押し合いを、圧倒的な力を持って制したのである。

 ネオンは驚愕に目を見開く13号の姿を見上げながら鼻を鳴らすと、もはや用済みとばかりにバイザー型のスカウターを外して無造作に投げ捨てた。

 

「雑魚共が……お遊びはこれまでだ」

 

 人造人間達を鋭い眼光で睨みながら言い放ったその言葉は、ネオンという少女ではなく「男」の声だった。

 

 

「あの時と同じ声だ……それに、この「気」も」

 

 彼女の見せた豹変に、悟飯が呟く。

 今の彼女は、最初にネオンと会った時と同じだ。彼女であって彼女ではない誰かの声と「気」を感じた瞬間、悟飯は自らの推測が間違っていなかったことを確信した。

 

「貴様……貴様が、ベビーか」

「……ベビー?」

 

 おぼろげながら、ネオンの身体には二つの「気」が宿っていることは何となく感じていた。そして今まさに、その二つ目の「気」が表に出てきたのだ。

 

 それも、尋常なものではない。

 

 その身から溢れている「気」はどうあっても隠しきれるものではなく、異常な力を秘めていた。

 

「ネオンさん……貴方は、一体……」

「サイヤ人、ネオンに免じて今は殺さないでやる。だが、俺の邪魔はするな」

「……っ」

 

 

 どちらかと言えば「悪の気」にこそ近しい性質だと感じる彼女は、冷徹な眼光を悟飯に向けながらそう忠告する。

 まるでいつかのベジータを彷彿させるような彼女の言葉に、悟飯は変わったのは声や「気」だけではなく、その人格もだと悟る。

 それでも今この場では味方してくれるのは嬉しいが、悟飯には何故かサイヤ人として、本能的に警戒せずには居られない何かを感じていた。

 

「生憎、俺様は宿り主ほど甘くないんでな……貴様ら全員、バラバラにしてやる!」

 

 白色のオーラが彼女の身体を包み、バーナーのように猛りを上げて広がっていく。

 そして次の瞬間、目にも留まらぬ速さでネオンの拳が13号の頬に突き刺さっていった。

 

「グッ……貴様っ!」

「どうした、それが限界か? 所詮、地球の科学力などこんなものか」

 

 痛みを感じない人造人間だからか、そこから13号が反撃に転じるのは早かったが、彼の拳や蹴りはことごとくネオンの素早い動きにかわされ、カウンターを受けて弾き飛ばされていく。

 単純なパワーだけではない。悟飯の目から見てもわかるほどに、今のネオンは動きそのものが変わっていた。

 

「凄い……俺も、負けてられないな!」

 

 あれが、ネオンという少女の本当の力か。今の戦闘力は、超サイヤ人になった自分よりも上かもしれない。

 あの力が敵に回っていたらと思うと恐ろしいが、今はこれ以上頼もしい戦力は無いだろう。

 13号を圧倒していくネオンの姿に発奮した悟飯は、自身も遅れを取らぬように内なる「気」を引き上げると、その気合砲で14号と15号を吹き飛ばした。

 

 

 

 戦況はネオンの変化を期に、悟飯達の優勢へと変わっていった。

 ネオンにしても悟飯にしても、個々の人造人間よりも戦闘力は上である。そのことに気づいた三体の人造人間は一対一では挑まず、コンビネーションでの攻撃に切り替えようとしてきたが、二人の戦士はその動きに対して常に一歩先の動きで対処していた。

 始めは言葉遣いや声と共に変化したネオンの「気」に対して言い知れぬ冷たさを感じていた悟飯だが、意外にも彼女はこれまでと変わらず悟飯との足並みを揃えて戦ってくれた。

 放たれる言葉こそ確かに厳しいものの、絶妙なタイミングで援護をしてくれたり、それとなく良い位置に敵を誘導してくれたり……戦いながら悟飯は、段々とその性格がわかってきたような気がした。

 そんな彼女と背中合わせになりながら、悟飯は気持ち良く修行の成果を発揮していく。

 初めての共闘にしては随分と様になっていると、まるでピッコロと共に戦っているような気分で悟飯は人造人間達を追い詰めたのである。

 

「でりゃああっっ!!」

 

 一閃――悟飯が振り抜いた右腕の手刀が疾り、14号の首をボトリと斬り落とす。

 上から落ちてきた自身の頭部を両腕で掴み捕った14号だが、その隙に悟飯はとどめの気功波を放ち、敵の身体を木端微塵に撃ち砕いていった。

 人造人間とは言え人に近い姿を壊していくことに何も感じないわけではないが、若くとも孫悟飯は戦士だった。この場において余計な感傷に浸ることは無く、即座に次の敵へと向かった。

 

 そして彼が14号という厄介な敵を倒した瞬間と同じくして、もう一体の敵との戦いもまた終わろうとしていた。

 数多の打撃に打ち据えられ、傷だらけの姿をした巨漢――人造人間15号が猛然と迫り、拳を振り上げる。

 その拳はまるで避ける素振りさえも無いネオンの顔面へと叩き込まれたが、ネオンは彼の攻撃を受けてもなおその場から微動だにせず、唇の端をつり上げるだけだった。

 

「……!」

「ふん……死ね!」

 

 自分の攻撃がまるで効いていないことが信じられないとばかりに15号が目を見開いたその瞬間、予備動作すら見えないネオンの拳が巨漢の腹部を貫いた。

 機械の部品が噴き出しては散らばっていき、その光景を見てネオンが満足そうに笑む。

 地球の空に人造人間の花火が打ち上がったのは、その直後だった。

 

 これで二体目。本気を出した二人の戦士を前に14号、15号と続けて打ち破られ、残る人造人間はリーダーの13号だけとなった。

 

「……14号と15号がやられたか」

「ドクター・ゲロとツフルの科学……貴様らと俺では、出来が違うということだ」

 

 仲間を失った13号の表情からは完全に余裕が消えていたが、彼は無表情のまま冷静に呟く。

 彼もまた既に満身創痍の身であり、左腕はネオンによってもぎ取られており、身体のあちこちに機械の部品が露出していた。対する悟飯達はまだ余力が残っており、既に勝負は決したように思える。

 しかし、物静かな13号の姿は妙に不穏だった。

 

「ふふ……」

 

 圧倒的に劣勢な状況の中で彼は、あろうことか笑っていたのだ。

 これまで数多の強敵と戦ってきた悟飯は、その経験則から何か嫌な予感がすると眉をしかめ、警戒を強める。

 

「何を笑っているんだ?」

「ふふふ……ふふふふふふふふふ……」

 

 悟飯が薄気味悪い笑みに対してその意味を問い質すが、答えは無く、13号はただ不気味に笑い続けている。

 その姿に「気色悪い」と辛辣かつ的確な感想を吐き捨てたネオンが、彼に止めを刺すべく左手に「気」の光を集束させた――その時だった。

 

 13号の周囲に、どこからともなく二枚のチップが出現したのである。

 

「孫悟飯、そしてネオン……いや、ベビー。お前達は確かに強い。しかし二人の人造人間を倒したその行動は、大きな間違いだ」

「なに?」

「……どういうことだ?」

 

 喜悦に染まった表情を歪めながら、13号は意味深に吐き捨てる。

 そして次の瞬間、二枚のチップが13号の頭部と胸部へと差し込まれた(・・・・・・)

 

「これは……!」

 

 二枚のチップを取り込んだ13号が、獣のような唸り声を上げる。

 その声に怯えるように大地は震え、13号の身体から溢れんばかりのエネルギーが放出されていく。

 彼の身体から表出されたそれはまるで悟飯達が放つ「気」のオーラのようであったが、それは本質的に「気」の力とは別物であり、この世の全てを呪っているかのような禍々しさに溢れていた。

 

「ハアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 13号の肉体を覆った禍々しい光は円形状に広がっていくと、しばらくして火山が噴火するようにして――爆ぜた。

 

 

「ほう……合体か」

「合体……?」

 

 つんざくような爆発の後、そこに現れた新たな人造人間の姿を目にしたネオンが呟く。

 同時に、悟飯は今の13号の身に何が起こったのかを理解した。

 

「ハアァァ……」

 

 彼らの前に居たのは人造人間13号であって、既に13号ではなかった。

 ネオンの言葉通り、13号は破壊された14号と15号のパーツを取り込み、合体したのである。

 人間と同じ色をしていた皮膚は深い青色に染まっており、肉体は一回りも二回りも大きくなっている。銀色の長髪は逆立った赤い髪へと変化しており、その眼はいかにも怪物的な、人間とは掛け離れたおぞましい姿へと変貌していた。

 そしてネオンが粉砕した筈の左腕も、何事もなかったように再生している。

 

「グオオオオッッ!!」

 

 荒々しい獰猛な表情を浮かべた13号が、獣のような叫びを上げて二人を睨む。

 人造人間の身体に「気」は無い。しかし、その姿から溢れ出る凄まじいエネルギーは、悟飯の身体の芯まで響いてくるようだった。

 悟飯は科学技術だけで宇宙の帝王を遥かに上回る化け物を作った天才科学者に対して、なんでその頭脳を正しく使えなかったのかと思わずに居られなかった。

 

「雑魚共を取り込んで、パワーアップしたつもりか? 笑わせてくれる」

 

 しかし合体した新たな13号の姿を見ても、男の声を放つネオンの表情に揺らぎは無い。

 まるで自分一人でも彼を倒せると信じて疑わない強気な眼差しを崩さぬまま、彼女は怪物の姿を睨んでいた。

 

「ネオンさん……」

「手を出すな、サイヤ人。コイツは俺が片づける!」

 

 白色のオーラを放つネオンが悟飯にそう言うと、彼女は内なる「気」を一層引き上げて13号へと挑み掛かる。

 

 瞬間、ネオンの拳が13号の胸板に突き刺さる。

 

 それは雷のように速く、鋭い一撃だった。

 超サイヤ人となった今の悟飯でも、その攻撃を避けることは叶わなかっただろう。そしてその威力もまた、自分以上だと悟飯は驚愕した。

 

 ……しかし。

 

「っ……!?」

 

 真っ正面から拳が直撃した筈の13号の反応は、ほんの僅かに上半身が揺れ動いただけだった。

 13号の表情に変化は無く、打たれた胸板にも傷一つ付いていない。

 悟飯とネオンが驚きに目を見開く。

 

「ちっ!」

 

 二撃目――ネオンが身体を捻り、右足から回し蹴りを喰らわせようとする。

 しかし次の瞬間に右足で蹴り飛ばされたのは、13号ではなくネオンの方だった。

 13号がネオンよりも速く、反撃を浴びせたのである。即座に体勢を整えようとする彼女だが、その動きは彼女の身体が地上へ墜落するまで間に合わなかった。

 廃墟の町を崩壊させながらネオンの身体は地を滑って転がり落ちていき、その姿はあっという間に悟飯の視界から見えなくなった。

 

「ッ!? くそっ!」

 

 ――あのネオンを、一撃で吹き飛ばした。

 敵の力は、今までとはまるで違う。見た目だけではない13号の変化に悟飯は慄きながらも、戦意を滾らせて黄金色のオーラを発散する。

 

「ふん! だだだだだだだっっ!」

 

 超サイヤ人のスピードを全開に引き出して距離を詰め、悟飯が左右から拳を連打していく。

 それに対して13号は全くの無反応で、棒立ちしたままノーガードで彼のラッシュを受け続けた。しかしその光景は、今の彼には超サイヤ人の攻撃さえも防御する必要が無いのだと証明していた。

 

「ぐっ……!? ぐあああっっ!」

 

 悟飯が渾身の力を込めてニ十発ほど拳を叩き込んでも身じろぎ一つしない13号は、反撃に転じた瞬間その腕で悟飯の肩を掴むと、彼の腹に膝蹴りを入れた後で乱暴に地面へと投げ飛ばした。

 

 

 ――ブロリーよりも、パワーは上かもしれない。

 

 想像を遥かに超えた戦闘力に、見積もりが甘かったことを悔やむ。

 朦朧としていく意識の中でそんなことを思いながら、悟飯の身体もまた廃墟の大地へと落ちていった。

 

 







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黄金色のHOPE

 少しの間、気絶していたらしい。

 孫悟飯は自分の名前を呼ぶ弟子の声に気づいた時、同時に口の中に広がるざらついた食感を感じた。

 それが仙豆――あらゆる怪我を一瞬で完治させることが出来る神秘の豆の味であることに気づいた悟飯は湧き上がる力の上昇と共に目を開き、真っ先に視界に飛び込んできた少年の姿に礼を言った。

 

「悟飯さん、大丈夫ですか!?」

「……ああ。ありがとうトランクス……仙豆を食べなかったら、そのまま死んでいたかもな」

 

 少年、トランクスがこの仙豆を持って来てくれたのである。

 仙豆は今や数が少なく、使える状況もかなり限られている。しかしそれでも躊躇うことなく自分に使ってくれたのは、弟子の優しさか。

 師匠として情けない姿を見せてしまったことを恥じながら、悟飯は立ち上がり空を見上げる。

 その空に浮かんでいるのは圧倒的な力を持つ人造人間13号。彼はその手にエネルギーを集束させ、この廃墟ごと悟飯達を吹き飛ばそうとしていた。

 

「僕も戦います……!」

「駄目だ」

 

 そんな敵の姿を見て少年トランクスもこの戦いに加勢すると意気込むが、悟飯はその言葉を即座に断る。

 

「奴は強い。クウラよりも遥かに……君はここから離れて、ブルマさんを守るんだ」

「そんな……」

 

 暗に自分がこの戦いで役に立たないことを指摘されているからであろう、トランクスが納得のいかない、無力感に苛まれた表情で悟飯を見つめる。

 そんな弟子の姿はまるで昔の自分を見ているようでどこか可笑しく感じ、悟飯は苦笑を浮かべた。

 

「これまで君に、俺に教えられることはほとんど教えてきたつもりだ。君はきっと、俺よりも強くなる……」

 

 彼は自分よりも才能があり、勇気もある。修行に対しても幼い頃の悟飯より遥かに貪欲であり、高い向上心を持っている。

 戦いの基礎や教えられることはこれまでの修行でほとんど教えてきたつもりであり、今の彼に足りないのは経験と超サイヤ人へと至る切っ掛けだけだ。

 最悪自分の死がその切っ掛けになれるのなら、悟飯はそれでも良いと思っていた。しかし、その為には彼をこの戦いに介入させるわけにはいかない。

 

 彼が内に秘めた途方も無い潜在能力は、地球の未来を救う最後の希望なのだから。

 

「俺が死んだら後を頼んだよ、トランクス」

「悟飯さん!」

 

 超サイヤ人に変身し、黄金色の光を放ちながら悟飯は大地を蹴る。

 弟子の呼び掛けを振り切ると、その勢いのまま上空に飛び出した悟飯が両足の蹴りを13号の側頭部にへぶつけ、その意識をこちらに逸らした

 

「ソンゴハン……!」

「お前の相手は、この俺だ!」

 

 合体した13号と、再び超サイヤ人になった自分。その力の差は、歴然だろう。しかしそれを承知の上で舞い戻り、敵と相対した。

 黄金色のオーラを纏い、持てる力の全てを引き出した悟飯が拳を乱打し、蹴りを叩き込む。

 しかしその攻撃さえも13号のタフネスは物ともせず、ハエを薙ぎ払うように振り払った右腕が悟飯の身をが吹っ飛ばしていった。

 

「くう……ッ!」

 

 その身を回転させながら体勢を立て直し、ダメージを軽減する悟飯だがやはり13号の攻撃は重い。

 それでも辛うじてスピードだけは着いていけるのが、せめてもの救いか。追撃に迫り来る13号の拳を紙一重でかわしながら悟飯は後方へ下がり、気攻波を放った。

 

「駄目だ……こんな攻撃じゃビクともしない……!」

 

 この超サイヤ人の力で放つ気攻波さえも、合体した13号のタフネスの前にはダメージにならない。

 対する敵の攻撃は一撃で意識が飛びかけるほどの強烈さであり、力の差は歴然と言えた。

 こんな時、孫悟空には元気玉があった。ピッコロには魔貫光殺砲があった。クリリンには気円斬があった。天津飯には気攻砲が……悟飯の知る今は亡き戦士達は自分よりも格上の相手にさえ通用する切り札を持っていたのだが、悟飯にはそれが無い。サイヤ人ハーフとして桁違いの潜在能力を持って生まれた悟飯だが、こと戦闘に関しては彼らのような柔軟な発想を身に着けられなかったのだ。

 大技と呼べるものはピッコロから教わった魔閃光ぐらいなものであり、それさえもこの13号を相手にはパワー不足というのが厳しい現実である。

 だがそれでも、背を向けるわけにはいかない。頼れるかつての仲間は居なく、自分がこの星を守らなければならないのだから。

 悟飯は再び構え直し、迫り来る13号の巨体を迎え撃とうとする。

 

「!?」

 

 ――横合いから一条の気功波が割り込んできたのは、その時だった。

 

「私を忘れてもらっちゃ困る」

 

 13号の注意が悟飯から逸れ、悟飯がその人物の姿に目を移す。

 黒髪を靡かせながらゆっくりと上昇してきたのは、この戦場に復帰してきた隻腕の女性の姿だった。  

 

「ネオンさん!」

 

 失った右腕を隠していた灰色のマントを始めとして服の各所が破けているが、彼女がその身に纏っている「気」はなおも健在である。

 そんな彼女――ネオンは悟飯の隣に並ぶ位置まで舞空術で上昇すると、13号の動きを警戒しながら問い掛けてきた。 

 

「悟飯、君にはあれを倒せるような大技はある?」

「……いいえ」

 

 緊迫した空気の中で耳打ちするように掛けられた問いに、悟飯は申し訳ない思いで首を振る。

 今の自分の魔閃光では、あの怪物を倒す決定打にはならない。その事実を理解してしまえるが故に、悟飯の言葉は重かった。

 そんな彼の返答にネオンが「そう……」と感情の読み取れない声で相槌を打ち、言い放った。

 

「……私には、一つだけ切り札的な必殺技があるんだ」

「――! 本当ですか?」

「うん、ただそれを撃つには、エネルギーをチャージするのに時間が掛かってね」

 

 ネオンの口から放たれた情報は、今の悟飯にとってはまさに渡りに船と言えよう。

 13号の姿を睨む神妙な彼女の横顔を窺いながら、悟飯はすぐさま頭の中で自分が取るべき行動を模索する。

 

「時間稼ぎ……頼んでもいいかな?」

 

 彼女から受けたその申し出を拒絶する選択は、孫悟飯の頭には無かった。

 

「わかりました」

 

 即答し、黄金色のオーラを纏った悟飯は再び13号へと挑み掛かった。

 エネルギーの消耗さえ気に掛けず、彼は両手から交互に気弾を連射し、一心不乱の弾幕を13号の巨体へと浴びせていく。

 それは今は亡きサイヤ人の王子ベジータを彷彿させる戦法だった。

 

 

 

 そんな青年の姿を眺めながら、ネオンが溜め息混じりの声で呟く。

 

「まさか、こうも即決なんてね……私がこの隙に離脱するとか、考えなかったのかな?」

『サイヤ人らしからぬ従順さだな。だが、俺達には都合が良い』

 

 戦闘力の劣る自分が、合体した13号を一撃で仕留めるほどの大技を持っていると――そんな都合の良い話にまんまと乗っかり、自身の命も顧みず怪物に挑んでいった戦士の姿に対して、彼女の心にあったのは困惑と喜びの両方だった。

 たった今共同戦線を張ったばかりだと言うのに、見るからに怪しい立場の自分をああも簡単に信用してくれるとは……正直言って、ネオンには後ろめたい気持ちが大きかった。

 ……ならばその信用、応えなければ女が廃るというものだ。

 

「……始めるか。アレを使うのはしんどいんだよねぇ……」

『周りから憎しみを集めるのは俺がやる。お前はエネルギーを制御することだけを考えろ』

「了解」

 

 悟飯に言った「必殺技」の話は、決して自分がこの場から逃げ果せる為の嘘八百などではない。

 ネオンは……ベビーには確かに勝算があり、あの怪物を一撃で消し去れるだけの大技を持っていたのだ。

 左手を天に向けて伸ばしたネオンは、瞳を閉じ、深呼吸を置いてその準備に取り掛かった。

 

『この星に遺った命よ……奴らに踏みにじられた憎しみを、俺に分け与えろ』

 

 ベビーが草や海、動物や昆虫達――この星に残ったありとあらゆる命に呼び掛け、その身体から少しずつ「憎しみ」のエネルギーを集めていく。

 

 その光景を知る者が見れば、真っ先に「元気玉」の発動を思い浮かべるだろう。

 

 数多の命の力を一点に集め、一つのエネルギーボールとして相手にぶつける。かつて孫悟空が扱っていた切り札と今彼女らが使おうとしている技は、ネオンには与り知らぬことだが原理としては酷似するものだった。

 しかし今の彼女の頭上に広がっているのは元気玉を生成する光に満ちた神聖な光景とは真逆にあり、どす黒く滲んだ闇の玉を荒々しく膨張させていく禍々しい光景だった。

 

「っ……あつッ……なにこれ……熱いんだけどベビー……!」

『我慢しろ未熟者。しかしこの技を、人形相手に使うことになるとはな……』

 

 ネオンがあの13号を倒せると豪語したその大技の名前は「リベンジデスボール」。

 暗黒の元気玉と表現して相応しいその技は、自分や多数の生命が持つ負の感情をかき集め、膨大なエネルギーボールとして撃ち出すベビーの必殺技である。

 本来の予定では完全体に成長したベビーにのみ扱うことが出来る最終奥義とも言える技なのだが、宿り主であるネオンと役割を二分することによって、成長途中である不完全な今のベビーでも発動することが出来た。

 

 数多の生命から憎しみを集め、「気」の力に変換する役目をベビーが担当し。

 ベビーが集めた力を集束し、巨大なエネルギーボールとして生成する役目をネオンが担当する。

 

 それは一人の中に二人の魂が宿り、互いに協力し合っているからこそ発揮された並列思考(マルチタスク)とも言える彼女らの強みだった。

 

 そしてこの地球には、ネオン自身を始めとして数多の憎しみに溢れている。

 

 大地は蹂躙され、たくさんの命が奪われていった。

 度重なる悲劇によって汚された今の地球は、皮肉にも彼女らがリベンジデスボールという復讐の一撃を放つ土壌としてはあまりに恵まれたものだった。

 それこそ完成すれば、あの13号さえ破片一つ残さず葬り去れるほどに。

 しかし完成までの間ネオン自身が敵に対して無防備な姿を晒してしまうのが、元気玉とも共通するこの技の弱点である。

 故にこそ「時間稼ぎ」を押し付ける形になった孫悟飯の戦いは、彼女らにとっても生命線だった。

 

「大丈夫かな、彼……」

『死んでも食い止めてもらわなければ困る』

 

 暗黒のエネルギーボールを少しずつ膨らませながら、ネオンは左手を振り上げた態勢のまま戦況を見守る。

 孫悟飯と13号の戦いは、はっきり言って力の差が大きすぎて一対一では勝負にならなかったが……彼もまた紙一重のところで致命傷を避け、必死に粘っていた。

 その辺りは、流石は幼い頃から戦いを続けてきた戦士と言ったところであろう。持てる手を全て使ってどうにか持ち堪えているのは、実戦経験の浅いネオンには出来ない戦いぶりだった。

 そして何より驚いたのは、圧倒的な力を前にも決して背中を向けようとしないその勇敢さである。

 

「……孫悟飯、か……」

 

 ネオンは自分から何もかも奪っていったサイヤ人という戦闘民族のことを、どれだけ憎んでも足りないほど恨んでいるつもりだ。

 しかしこちらの言葉を純粋な目で信じて動いてくれて、この星を守る為に必死で戦う彼のことは――死んでほしくないと、ネオンは思った。

 彼とは何となく、こうした形ではなくちゃんと話をしたいと思ったのもある。

 

 だが……

 

『限界か……』

 

 時間にして四分と言ったところか。

 後先考えずに消耗を続けた悟飯の「気」は、とうとうピークを過ぎてしまった。

 途端に彼の動きが精彩を欠き始め、唯一13号に対抗出来ていたスピード面に陰りが差してきた。

 そしてそれを敵が、13号が見逃すことはない。戦うほど「気」を消耗していく悟飯に対して、人造人間のエネルギーは無限。決して衰えることのない力は絶望的なまでに隔絶した開きを持ち、悟飯の身に襲い掛かっていた。

 

「く……ベビー! もっと早く集まらないの!?」

『やっている! お前の制御が粗いからだ』

「ああ、もう!」

『待てネオン! その程度じゃ奴は倒せん!』

「そんなこと言っても……!」

 

 悟飯の身が地面へと叩き付けられ、13号の巨腕が振り下ろされる度に苦悶の叫びが上がる。

 このままでは、彼が殺されてしまうのも時間の問題だろう。

 彼が粘ってくれた四分間で、リベンジデスボールも随分と大きくなった。まだ力を集束させている途中だが、ネオンは居ても立っても居られずその暗黒の玉を振り下ろそうとする。

 ベビーからは制止の言葉を受けたが、彼のような勇敢な善人が……これ以上目の前から居なくなることが嫌だったのだ。

 

 ――しかしその判断は、猛スピードで廃墟の町を横切っていくもう一人の「金色」によって止められた。

 

「っ……なに?」

『あれは……』

 

 ネオンがその姿に驚き、ベビーがその「気」に驚く。それまで戦場から離れた位置に居た人間の「気」が、突如として爆発的に跳ね上がったのである。

 13号によって一方的に打ちのめされていく悟飯の姿を見て、激昂した一人の少年が飛び出してきたのだ。

 

 

 ――それもまた、「本来の歴史」から外れた光景だった。

 

 

 少年トランクス――後にこの世界の英雄となるサイヤ人ハーフの子供が、初めて「(スーパー)サイヤ人」へと覚醒した。

 

 

 



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復讐者たち

 


 ブロリーこそサイヤ人そのものだった。

 

 生まれた時点から発覚した過去に例を見ない戦闘力は、かの「伝説の超サイヤ人」の誕生だと噂されたほどだ。

 しかし驚異的なブロリーの潜在能力を知ったサイヤ人の王、ベジータ王は彼が将来ベジータ王子の地位を脅かすことを恐れ、ブロリーの抹殺を謀った。

 

『パラガスの息子、ただちにこの世から抹殺しろ! ……パラガス、何用じゃ?』

『ブロリーは将来必ず、ベジータ王子の役に立つ優秀な戦士に育つ筈です! お待ちくださいっ!』

『だから困るのじゃ……お前も一緒にあの世に逝け!』

 

 ブロリーの父パラガスはベジータ王に息子の助命を懇願したが、王は聞く耳を持たず取り合ってはくれなかった。

 気を害したベジータ王の光線を受けたパラガスは、ブロリーと共にゴミのように捨てられ、共に死を待つだけとなった。

 

 ――だが、二人は助かった。

 

 フリーザによってサイヤ人の星「惑星ベジータ」が滅ぼされる直前、ブロリーの偉大な潜在能力が激しい怒りによって目覚めたのだ。

 超サイヤ人となったブロリーはパラガスと共に、滅びゆく惑星ベジータを飛び去ったのである。

 

 

 ――それ以来パラガスは、ベジータ王家への復讐の為だけに生きてきた。

 

 しかし幼い頃から父親を遥かに上回る力を持つブロリーの教育は、苦難の連続だった。

 生まれ持った桁外れの戦闘力は、成長に従ってどんどん凶暴化し、増大していった。彼の暴走によってパラガスは片目を失い、全身はおびただしい生傷に覆われた。彼との旅の中で、何度死の淵を彷徨うことになったかわからないほどだ。

 宇宙を旅回る道中でツフル人に匹敵する技術力を持つタコのような科学者と出会わなければ、パラガスは十年と持たずに自分の息子に殺されていたことだろう。

 しかし科学者の作ったメディカルマシンにより、治療手段だけは確立することが出来たのは幸いだったと言えるだろう。高度な治療によってパラガスは死に掛けては復活を繰り返し、怪我の功名か今ではパラガス自身もまたサイヤ人の特性によって、かつてのベジータ王をゆうに凌ぐほどのパワーアップを成し遂げていた。

 

 尤も、それでも息子のブロリーからしてみれば矮小な戦闘力に過ぎない。

 

 たかが数十万、数百万程度の戦闘力では超サイヤ人であるブロリーを止めることなど出来る筈も無く、父親としても戦士としてもパラガスは無力だった。

 

 ――当時のブロリーは、まさに悪魔と言って差し支えない暴れようだった。

 

 ……いや、悪魔に憑りつかれていたとでも言うべきか。南の銀河一帯で見境なく暴れ回り、数多の星を理由なく死の星に変えていった。宇宙の地上げ屋としてサイヤ人による大量殺戮を見慣れていた筈のパラガスですら、恐怖を抱くほどにだ。

 ブロリーがこのまま成長すれば、いつか自分も殺されるのではないか。そんな恐怖を抱いたパラガスの目には、いつしか大切な息子である筈の彼の姿が得体の知れない化け物に見えていた。

 

 その恐怖は年々増大していき、青年期を迎えてより凶暴性を増したブロリーをコントロールする為に、一時は科学者に頼んで彼の肉体の自由を奪う制御装置を作らせようとしたほどだ。

 

 ――しかし、結果的にそうならなかったのは、ほんの僅かな歯車のズレだった。

 

 

『カカロット……?』

 

 銀河を旅回る中、パラガスとブロリーはあるサイヤ人と出会った。

 フリーザによって滅ぼされた「惑星ベジータ」の生き残りであるその男は、浅黒い肌と左右に伸びた複雑な髪型が特徴的な下級戦士だった。

 

『俺の名はターレス』

 

 宇宙を気ままに流離って好きな星を壊し、美味い物を食い美味い酒に酔う。そんな暮らしをしていた「クラッシャー軍団」を率いる「ターレス」というサイヤ人は、同じ銀河を荒らし回っていたブロリーの存在を嗅ぎ付け、パラガス達と対面したのである。

 大方有用であれば、自分の配下に加えようと考えたのだろう。

 しかし。

 

『俺達は生き残ったサイヤ人の僅かな仲間だ。仲良くしようや』

『サイヤ人はこの俺が血祭りにあげてやる……!』

『なに?』

 

 ターレスにとって不幸だったのは、ブロリーもパラガスもサイヤ人に対して欠片も仲間意識を抱いていなかったことだ。

 そして何よりも愚かだったのは、「神精樹の実」を食べ続けてきたことによって得た自らの力を過信し、生まれながらの絶対者であるブロリーの力を見誤っていたことにもある。

 ターレスがそれに気づいた頃には既に後の血祭であり、ブロリーは容赦なく、普段以上の気迫を持って殺戮を開始した。

 

 圧倒的な力を持って彼の姿を肉片さえ残さず消し去ったブロリーは、狂気の叫びを上げながら哄笑した。

 

『やった……ウハハハハ! やったぞ! 俺はカカロットを殺したのだ! 俺はァ……勝ったのだぁっ!!」

『ブロリー……?』

 

 カカロット――それはブロリーと同じ日に生まれた下級戦士の名前である。

 赤子の頃、隣り合わせのベッドに寝かされていたブロリーは、彼の泣き声に毎晩うなされていたという記憶が今も残っており、消えぬトラウマとして刻み込まれていた。

 ブロリーの中でそれは、伝説の超サイヤ人として生まれてきた自分が味わった人生唯一の敗北という認識なのだろう。故にこそ、彼は言葉すら交わしたことがないカカロットに対して異常な執着を見せていた。

 

 彼は、その「カカロット」の面影をターレスに感じたのだろう。

 

 彼によく似た姿をしていたターレスを殺したことで、ブロリーは自分の手でカカロットを殺したのだと一時的に認識し、人生唯一の敗北という自らのトラウマを消し去ったのだ。

 そんな彼はターレスの最期を見届けた後、ニヤリと唇の端をつり上げながらパラガスに言った。

 

『親父ぃ……目は大丈夫かぁ?』

『ブ、ブロリー!? お、お前……』

 

 ブロリーが幼児期以来、初めて父親の姿を認めたのだ。

 何かに憑りつかれているようだったブロリーの目が、その日を境に変わったのである。

 決して彼の心から凶暴性や残虐性が無くなったわけではない。しかし悪魔に憑りつかれていたようなおぞましい執念が、どういうことかほんの僅かに取り払われたのだ。

 

 以来、彼は父親のパラガスの言葉ならば、ある程度までは息子らしく聞くようになってくれた。

 

 そしてその時になって、パラガスはようやく理解したのである。

 

 ――どんなに力があっても、ブロリーは亡き妻の遺した自分の息子なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 惑星ビーン――かつて、その辺境の惑星にベジータ王の遺した隠し子が送り込まれたという噂を聞きつけたパラガスは、息子のブロリーと共に本部である地球を発ってこの星を訪れていた。

 ベジータ王にベジータ以外の息子が居た話など聞いたこともなかったが、噂が本当ならば復讐の為にその人物を抹殺しておく必要がある。仮に噂が噂に過ぎなかったのだとしても、それはそれとして息子のストレス解消にはなるという認識での遠出だった。

 

 実際、捜索してみてもここにそんなサイヤ人の存在はなかったが、原始的な生活をしていたこの星の人々を町ごと吹き飛ばしていくブロリーの姿は久しぶりに上機嫌そうに見えた。

 地球はパラガス達の建設した帝国の本部である為、無暗に傷つけるわけにはいかない。それ故に、地球で生活している間は思うように暴れ回ることが出来なかったのだ。故にベジータ王子を抹殺した後は定期的に、今回のように辺境の星を探しては彼の好きにさせていた。

 純粋に破壊を楽しむ、誰よりもサイヤ人らしい息子の姿を遠目に眺めながら、パラガスは自嘲の笑みを浮かべて呟いた。

 

「復讐のことだけを思って生きてきた……俺の姿はお笑いだったぜ」

 

 かつてはあの力を恐れ、彼の身体の自由を奪おうとしていた。しかしその考えが間違っていたことに、パラガスは気づいたのだ。

 

「悪魔だったのは俺の方だ……もう少しで俺は、取り返しのつかないことをしてしまうところだった」

 

 どんなに凶暴でも、どんなに強くても、ブロリーは大切な息子だと。

 その答えにたどり着いた今のパラガスに、迷いは無かった。

 

「うあああああああ!?」

「ハハハハハ、ウハハハハハハハハハ!!」

 

 久しぶりに殺戮ショーを開くことが出来て、ブロリーはご満悦だ。

 かつてはその力が自分に向くことを恐れていたパラガスだが、今はそれさえも心して受け入れられる心情だ。

 

 ――制御装置など必要無い。ブロリーに殺されるのなら、俺の本望だからな。

 

 尤も、今のブロリーの殺戮欲が自分の父親を殺した程度で満たされるとは思えない。そう考えれば、早々に復讐対象であるベジータ王子を殺してしまったのは間違いだったのかもしれない。

 もはやこの宇宙に自分達の敵は一人も居なく、西も、北の銀河もわけなく支配することは可能だ。

 晴れてパラガスとブロリーの帝国は永久に不滅になったというわけだが……そこで問題なのはいずれ全宇宙の王として君臨する筈のブロリー自身に民への支配欲が無いことが問題になってくる。

 

 ブロリーはある意味純粋――純粋な破壊者なのだ。

 

 彼にはフリーザやベジータ王のような支配欲はないし、富や名声にも何の興味も示さない。彼の心にあるのは、殺戮と破壊への欲求だけだ。

 そんな彼だからこそこの宇宙で誰よりも強いのだと確信しているパラガスであるが、現状、宇宙の支配者としては問題がありすぎることは明白だった。

 

「……生贄の星を探し回るのも大変だな」

 

 自分の息子に殺される未来が来ようが来まいが、パラガスはそう遠くない日に老衰で先立つことになるだろう。

 しかし、そうなった後に彼の為に支配した宇宙を彼自身の手で破壊し尽くされては勿体ない。

 自分達の身体に流れているサイヤ人の血に対して、憎しみこそあれど欠片も誇りに感じていないパラガスは、息子には節度のある破壊と殺戮を覚えてほしいものだと思った。 

 

「ハハハ! ………ん?」

 

 この星の地上に住んでいた住民達を粗方殺し尽くした後、黄金色の光を放つブロリーが上空に飛び上がり、仕上げとばかりにその右手にエネルギーを集束させる。

 しかしその光弾を放とうとしたところで、彼は何かに気づいたようにハッと動きを止め、その顔で天を振り仰いだ。

 

「どうした、ブロリー?」

「……カカロット」

「なに?」

 

 一瞬、ブロリーがこの星の民を殺戮している時以上の喜色を浮かべると、その表情を消して超サイヤ人の状態を解除する。

 廃墟と化した星を眼下に、ブロリーは同行者であるパラガスに顔を向けて言った。

 

「親父ぃ……地球に行くぞ」

 

 黒髪に戻った通常形態のブロリーは、それまでの獰猛さが嘘のように大人しい風貌をしている。尤も、そうなったのは、地球にはもう「カカロット」は居ないと知ってしまった、あの時からのことだ。

 どこか虚無的でさえあるその表情で何を考えているのかは、父親であるパラガスにも読み取れない。

 

 ――だがこの時、彼は遠い宇宙の遥か彼方からただならぬ何かを感じている様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――二人の超サイヤ人が肩を並べて戦っている。

 

 それはこの宇宙の歴史上、初めてのことだった。

 師の窮地に居ても立っても居られず、なのにどうすることもできない自分への悔しさ。その怒りが、幼いトランクスに流れる血を超サイヤ人へと目覚めさせたのだ。

 そんな彼の覚醒に驚いたのは、他ならぬ師匠の孫悟飯である。

 

「呑まれるなトランクス! 怒りに任せすぎちゃ駄目だ!」

「っ、はい!」

 

 悟飯の絶体絶命のピンチに駆け付けたトランクスは、今まで得たことの無い想像の絶する強大なパワーを律しながら、それを己の物として取り込んでいく。

 何分初めての覚醒であり、まだ不安定な面は否めなかったが、それでも今の彼は間違いなく悟飯と同じ黄金の戦士だった。

 

 二人の超戦士はそれまで培ってきた連携を持って13号と対峙し、戦いの流れをこちらへと引き込んでいく。

 

 今までは師弟の間で力の差がありすぎた為に出来なかった連携であったが、トランクスが与えられた戦いの基礎の全ては悟飯によって叩き込まれてきたものなのだ。互いの戦いを誰よりも知る彼らの相性は、合体する前の人造人間達にも劣っていなかった。

 

「ザコガァァ!!」

「くっ……!」

「うあっ!?」

 

 しかし、13号との力の差は依然として大きい。

 トランクスの覚醒によって戦力が大幅に上がっても尚、未だ彼の強靭な身体に傷をつけることは出来なかった。

 彼らの攻撃を鬱陶しそうに薙ぎ払いながら、13号は巨体に任せた剛腕で二人の超サイヤ人を弾き飛ばしていく。

 

 そして彼は同時に、遥か上空に広がっている太陽にも似た巨大なエネルギーボールの生成を目視した。

 

「ッ……ゲンキダマ……?」

 

 ドクター・ゲロにデータとして叩き込まれていたのだろう。左手を振り上げたネオンがこれから行おうとしている技を見て、彼はその姿を今は亡き孫悟空の元気玉だと認識する。

 流石の彼も、あれが自分の身に及べばダメージは免れないと判断したのだろう。気づくなり13号は悟飯達の相手をやめて一目散にネオンの元へと向かうとする――が、その足は背後から羽交い締めにしてきた傷だらけの手に阻まれた。

 

「あの人の、邪魔は……させない!」

「ヌウッ……!」

「フルパワーだああっ!!」

 

 13号と密着した悟飯が自爆寸前の域まで自らの「気」を振り絞ると、身体の内から奔流する膨大なオーラによって彼を拘束する。

 圧倒的な力の差がありながらも、どんなに痛めつけられても、孫悟飯の執念は微塵も衰えない。決死の覚悟を決め込んだ彼の力に、人造人間13号の表情が初めて歪んだ。

 

 孫悟飯の放つ得体の知れない力――データでは計り知れないその現象に、13号はほんの少しでも確かな恐怖を抱いたのだ。

 

「グゥ……ハアアッ!」

「ぐあああっ!」

 

 自身を拘束する悟飯の「気」の奔流に負けじと、13号が己の体内から放射した赤色のエネルギー波を拡散させていく。

 それによって悟飯の拘束が乱暴に解かれ、弾き出された悟飯の身体は地面を抉りながら転がり落ちていった。

 全ての力を使い切った悟飯は超サイヤ人の状態が解け、その左腕があらぬ方向へと折れ曲がる。

 だが13号は、既に抵抗する術を失った彼を見ても一切攻撃の手を止めなかった。

 この男はそれほどまでに危険な存在であると、彼は人造の脳からその結論を導き出したのだ。

 倒れ伏した悟飯に向かって右手をかざし、13号がとどめの一撃を放つ。

 

 しかしその光弾が捉える筈の悟飯の姿は、射線上から飛び去っていた。

 

 横合いから割り込んできた小さな超戦士が、身動きすることの出来ない彼の身体を救出し、攫っていったのである。

 

 そしてその彼――トランクスが師匠の身体を担ぎながら、上空でこちらの様子を窺っている一人の少女に向かって思い切り叫んだ。

 

「今だ! やってしまえー!!」

 

 常の礼儀正しさも謙虚さもかなぐり捨てて、トランクスが彼女に命令する。

 その時を待っていたかのように、少女は自身の左手を振り下ろし、頭上に浮かべていた特大のエネルギーボールを投げ放った。

 

「リベンジデスボール!!」

 

 ネオンと、ベビーが叫ぶ。

 大地と海、この地球に存在するありとあらゆる「憎しみ」を集めた復讐の一撃が、皮肉にも復讐の為に生み出された人造人間の身に炸裂した。

 

「ソン……ゴクウゥゥゥーー!!」

 

 壮絶な光に飲み込まれた彼がその口を開いて放った最後の言葉は、今は亡き復讐対象に対するぶつけようのない怨嗟の叫びだった。

 

 

 

 



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絶望への反抗! サイヤとツフル

 孫悟飯にとって、そこは思い入れの深い場所だった。

 特徴的な植物がまばらに聳え立っている荒野――それは悟飯が幼少の頃、師匠のピッコロに無理やり連行され、初めて修行をつけてもらった場所でもある。

 当時はピッコロのことを緑色の怖いおじさんだと認識し、厳しい修行に音を上げては泣いてばかりいた記憶がある。しかし同じ時間を過ごしていく内に段々と彼の人物像がわかり、自然と親しみを感じるようになったことを覚えている。

 

 ピッコロは確かに厳しくて怖いところもあったが、本当は優しく、寂しがりな師匠だったのだ。

 

 魔族の大魔王によって新しい大魔王となるべく生み出された彼は、心のどこかではそんな自分の運命を呪っていた。出会う人間は誰一人としてまともに口を聞いてくれず、彼にとっては孫悟空という父の仇を討つという使命だけが心の拠り所だったのである。

 しかし、そんな彼は孫悟飯という弟子を育てている中で、彼自身にその自覚があったのか定かではないが、初めてピッコロ大魔王ではない、自分自身の目標を手に入れた。それは「弟子を立派な魔族にする」という、言ってみれば少々歪な目標でこそあったが、紛れもなく彼自身の抱いた明確な望みだった。思えば、それが後にピッコロの心を変えることになった最初の切っ掛けだったのかもしれない。

 

 そんな師匠――ピッコロの姿が今、青年となった悟飯の目の前にあった。

 

 彼らが今立っている場所は、悟飯が初めて修行をつけてもらった思い出の場所である。

 

「ピッコロさん!」

 

 ――ピッコロは、もう何年も前にこの世を去っている。

 

 悟飯を守る為に、ブロリーに挑んで勇敢に散ったのだ。そんな彼の勇志を、悟飯は一度たりとも忘れたことがない。

 死んだ筈のピッコロさんが、目の前に居る――それはつまり、人造人間との戦いで自分も死んだと言うことなのだろうか。

 しかしそのような思考が頭に過る前に、気づけば悟飯は彼の名前を呼びながら走り出していた。

 

 ピッコロは昔と変わらない姿で、悟飯に背を向けながら佇んでいる。

 

 近づきながら何度も呼び掛けるが、彼は振り向かない。

 ピッコロさんにもう一度会いたい……もう一度会って、話をしたい。彼の背中を見つめる悟飯の心には、少年時代と何も変わらない感情が宿っていた。

 

 そんな思いで悟飯が彼の背中へ手を伸ばした時、彼は初めて振り向き――叫んだ。

 

「来るな! 悟飯ッ!!」

「……え」

 

 瞬間――振り向いたピッコロの胸板を、光の刃が貫いた。

 

 そしてピッコロは悟飯の姿を最後にその目に映しながら、糸が切れたように崩れ落ちる。

 倒れ伏した彼の後ろには、一人の男が佇んでいた。

 

「貴様ぁっ!」

 

 ようやく再会出来た師匠を目の前で倒された怒りから、悟飯は我を忘れて超サイヤ人に変身する。

 しかし彼を光の刃で突き刺した人物の顔を見た時、その熱情は一瞬にして急冷され、悟飯は信じられないものを見る目で声を上げた。

 

「そんな……っ」

 

 その男の姿は、その男の顔は――悟飯にとってピッコロと同じぐらい大切で、大好きな「父親」そのものだったのである。

 

「……おとう、さん……?」

 

 生前と同じ顔をしたその男は、しかし生前の山吹色とは違う「黒い」道着を身に纏っている。

 その手から放つ光の刃でピッコロを貫いた彼は、自身の姿を茫然と見据える悟飯の姿を、悲しげな目で見下ろしていた。

 孫悟空――心臓病でこの世を去った筈の悟飯の父親は、生前には見せたことの無い表情で静かに言い放つ。

 

「こんな世界が何になるというのだ……我々がどう足掻こうと、全王の手で消される世界などに……」

「お、お父さん……何を……」

 

 孫悟空の姿をした男が孫悟空の声を放ちながら、孫悟空らしからぬ言葉を呟いて桜色の眩い閃光を放つ。

 薔薇のような髪をした彼が放つ圧倒的な光の奔流は悟飯の超サイヤ人とは比較にならず、あのブロリーさえも凌駕しているのではないかと思えるほどに強大なものだった。

 目を開けていることも出来ない閃光の中で、悟飯は現実に居る自身の意識が徐々に覚醒していくことを知覚していた。

 そんな悟飯の脳裏へ最後に刻み付けるように、父親の声は厳かな口調で言い残した。

 

『運命を変えろ、孫悟飯。全王にもこのオレにも屈しない未来を、お前の手で切り開け』

 

 ――何も出来なかった、オレの代わりに。

 

 何かに絶望したような悲しさが、そこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

 簡素なベッドの上で目を覚ました悟飯が初めて見たのは、宇宙船の中とも実家とも異なる見覚えのない天井だった。

 同時に全身から痺れるような痛みを感じ、特に左腕からは神経が焼き切れるような激痛が走った。誰かが手当てしてくれたのだろうか、その左腕には丁寧にも厳重なギプスと包帯が巻かれていた。

 

 しかし、ここはどこなのだろうか?

 

 人造人間13号という強大な敵に追い詰められ、身動き出来なくなった自分をトランクスに助けてもらったことは覚えている。そしてその直後、ネオンが元気玉のような巨大なエネルギーボールを放ち、13号の身体を飲み込んだことも。

 

 どうやら自分は、戦いの結末を見届ける前に意識を失ってしまったようだ。

 その事実を情けなく思いながら、悟飯は上体を起こし、今一度周囲の状況を確認した。

 

「ここは……病院か?」

 

 病院にしてはお世辞にも清潔感があるとは言い難いが、少なくともここが自分の知る部屋ではないことは確かだった。

 窓ガラスも無い六畳程度の部屋の中に、自身の眠る簡素なベッドが一つだけ置いてある。そんな殺風景な室内を見渡していると、程なくして部屋のドアがガチャリと音を立て、一人の女性が入室してきた。

 土足ながらゆっくりと歩を進める姿からは出来るだけ物音を立てないようにとこちらへの配慮が読み取れたが、ベッドから身を起こした悟飯の姿を確認した途端彼女は「わっ」と声を上げて目を見開いた。

 

「びっくりしたぁ……もう起きているなんて、凄い回復力だね」

「ネオンさん……?」

「おはよう。私のことを覚えているってことは、記憶障害とかの心配はなさそうだね」

 

 目が覚めた悟飯に対して穏やかに頬を緩めながら、女性――ネオンが挨拶を交わす。

 彼女の口ぶりからすると、やはりこの身体は思っていた以上に重傷を負っていたようだ。

 

「俺は、どれくらい寝ていたんですか……?」

「丸三日、意識不明の重体だったよ。寧ろ普通なら助からない怪我だったっていうか……特に左腕なんて、切断まで紙一重のところまできていたし」

「そ、そうだったんですか……」

 

 あの戦いから既に三日も経過していた事実に息を吞む悟飯だが、それを聞けば次に思い至るのは敵の状態とこの場には居ない弟子の安否だった。

 痛む身体を起こして彼女の目を見つめながら、悟飯が問い掛けネオンが答える。

 

「アイツは、どうしました?」

「人造人間13号なら、私の切り札でちゃんと倒したから安心して。君の弟子君も、今の君よりずっと元気だよ」

「そうか……良かった。本当に、ありがとうございました」

 

 どうやら彼女の必殺技は無事に命中し、あの恐ろしい敵を葬ってくれたようだ。そして何より弟子のトランクスが無事だと聞いて悟飯は安堵の息をつき、改めて彼女に礼を言った。

 気絶する直前に見た彼女の必殺技――リベンジデスボールと呼んだ凄まじい一撃を脳裏に思い起こしながら、悟飯は自分には無い「格上の敵に通じる技」を賞賛した。

 あのような技が自分にも使えればというのが、今後の悟飯における課題の一つだった。

 

「俺は一瞬しか見ることが出来ませんでしたが、凄い技でした。貴方が居なかったらどうなっていたか……こうして、治療までしていただいて……」

「それは、お互い様だよ。君達が居なかったら、アレを撃つ前に私がやられていた。あの時の戦いは、私達みんなで掴んだ勝利なんだ」

「……ありがとうございます」

「それと、君の治療をしたのは私じゃなくてちゃんとしたお医者さんだからね。この町に居るから、後でお礼を言っておいて」

「そうだったんですか。でも、町か……まだ、ちゃんとした町が残っていたんですね」

 

 イレギュラーの続いた初めての共闘であったが、結果的に見れば悟飯達は戦いに勝利を収めることが出来たと言える。

 一先ずは心を落ち着かせようとする悟飯だが、そうなると今自分が寝かされているこのベッドがどこにあるものなのかが気になった。

 

 地球にある大半の町は、あのブロリーやパラガスの率いる帝国によって蹂躙されてしまった。

 

 そんな中でもまだ、こうして三日間も落ち着ける場所が残っていたことに悟飯は驚いていた。

 極端に総人口が減っているこの時代、町として機能している場所など残されていないと思っていたのだ。

 悟飯がそう言うと、ネオンがどう説明したら良いものかと言葉に詰まりながら、自分達が今居るこの町について言い辛そうに頬を掻いた。

 

「いや、ちゃんとした町……って言うのはちょっと違うかな? 今私達が居るこの町は、ちょっと特殊な場所でね。今君の弟子君がセンズ?っていう薬を探しているみたいだから、君も動けるようになったら外に出て見ておくといいよ。きっと、驚くと思う」

「そうですか……」

 

 どうにもこの町には何か、普通とは違う秘密があるようだ。ネオンの言い方に些かの興味を引かれた悟飯であったが、生憎にも今の身体では満足に歩き回ることも出来そうになかった。

 カリン塔で栽培されている仙豆さえあればすぐにでも回復出来ると思い、トランクスは出掛けたのであろう。なんとも師匠思いの良い弟子で、兄思いの弟だと悟飯は思った。

 

 そんな幼き戦士は今や超サイヤ人に目覚め、自分と同じ領域で戦えるようになった。

 

 しかし、この地球にある恐るべき脅威との戦いは、そんな彼が加わっても尚苦難が予想された。

 

「……パラガスの帝国は、あんな敵ばかりなのでしょうか」

 

 ブルマの話によれば、悟飯達が修行の旅に出掛けていた間、ネオンはこの地球で一人で戦い続けていたとの話だ。ならば、自分達よりも今の地球の内情には詳しいと思い、彼は訊ねた。

 あれほどの力を見せつけてきた人造人間のように、パラガスの帝国には超サイヤ人でも歯が立たないような敵が多数存在しているのだろうかと。

 

 ……もしそれが事実なら、状況はあまりにも絶望的すぎる。

 

 神妙な表情を浮かべる悟飯の口から放たれた問いに対して、ネオンは数拍の間を空けて苦笑を返し、ベッドの傍らに見舞い用の椅子を置いてその上に腰を下ろした。

 

「敵の強さが、ショックだった?」

「……宇宙でたくさん修行して、ブロリーにも負けないように強くなったつもりでした。……だけど俺は、肝心のブロリーと戦う前にこのザマです。トランクスには聞かせられない話ですが……正直言って、落ち込みました」

「そうか……インフレーションって言うのかな、そういうの。確かに参っちゃうよね、ああいう化け物がウジャウジャ出てくると」

 

 悟飯はトランクスの師匠でいる間、これまで決して弱音を吐くまいとしてきた。悟飯の亡き師匠であるピッコロが、弟子の前では弱い姿を見せなかったからだ。

 悟飯にとって理想の師匠像とは常にピッコロにあり、彼こそを手本に青年時代を送っているつもりだった。

 しかし、今彼の前に居るのはあの人造人間を倒したネオンという女性だけで……彼女が自分よりもやや歳上そうに見えたこともあり、気づけば悟飯は何年ぶりかもわからない弱音を口溢していた。

 慰めてほしいわけでもないのに、話しているだけでも少しずつ楽になっていくような、不思議な気持ちである。

 

「ふむふむ。なるほど……」

 

 彼の言葉を真剣な表情で聞きながら相槌を打つネオンは、そんな彼のことを叱責することも、気休めの言葉を吐くこともなかった。

 ただ彼女は、今の悟飯が無意識化で内面に溜め込んでいる感情を察したように、穏やかな口調で応えた。

 

「私が見てきた中じゃ、流石にブロリー以外には前の奴ほどでたらめな敵は居なかったよ。ただまあ……今の実力で私や君がブロリーに勝てるかと思うと、はっきり言って無理だろうね」

「それでも、アイツは俺が倒さなきゃいけないんです!」

 

 人造人間13号ほどの強敵は、ブロリー以外には居ないだろうと。ネオンが知る敵の内情はほんの少しだけ慰めになったかもしれないが、それでも一点として光明を見出すことは出来ないものだった。

 

 だが、それでもやらなければならないのが孫悟飯の立場なのだ。

 

 父も師匠もベジータも、クリリンもヤムチャも天津飯も餃子も居ない。今は亡き彼らに希望を託された自分がブロリー達を倒さなければ、平和な未来は訪れないのだから。

 自分が死ねば、おそらくその役目はトランクスへと受け継がれるのだろう。人造人間13号との戦いで死を覚悟した悟飯もまた、一時はそれを選びかけた。しかし出来ることならば、そんな重荷を背負う役回りは自分の代で終わらせた方がいいに決まっている。

 ……だからこそ。

 

「どんな手を使ってでも、アイツらだけは……っ!」

 

 刺し違えてでも、あの悪魔だけは自分が葬らなければならないのだと悟飯は決め込む。

 生前のピッコロは、秘めたる力を隠し持っている自分ならば、それが出来る筈なのだと言っていた。幼少期の頃のように怒りによってこの力を解放しきれば、ブロリーとだって戦える筈なのだ。

 

「君は……」

 

 その力が思うように引き出せなくなったのは、いつからだろうか。潜在能力の頭打ちを感じ始めたのは、いつからだろう。

 怒っている筈なのに、仲間を殺した彼らを同じ目に遭わせてやりたいほど憎んでいる筈なのに……かつてのように爆発的な力の解放が出来ないもどかしさと焦燥感に、悟飯の心は襲われていた。

 今は重傷により身体が弱っているということも理由の一つなのだろう。目覚める前には妙な夢を見ていた気がすることと言い、この時の悟飯の心は酷く不安定だった。

 

「相当、追い詰められているね」

「……すみません」

「でも、そうやって悔しいと思える内は大丈夫さ。本当にマズいのは、何もかも無駄だって諦めてしまうことだから……君が諦めの悪い、いい子だっていうことはわかった」

 

 理想と現実の格差に取り乱してしまったことを恥じる悟飯に、ネオンは包み込むような優しい笑みを返す。

 そこで暗い空気になってきた部屋の雰囲気を変える為か、彼女は椅子から立ち上がり、彼に一つ吉報を告げた。

 

「幸いって言ったら不謹慎だけど、実は今、ブロリーとパラガスは地球に居ないんだ。二人とも他の星を侵略しに行ってて、どんなに早くても戻ってくるまであと五日は掛かると思う」

「二人の「気」を感じなかったのは、そういうことですか……」

「うん。それで、「センズ」っていうのがあれば、君の怪我もすぐに治るんだろう? 二人が戻ってくるまでの間は、この地球でみっちり鍛えるなりすればいい」

 

 この星を乗っ取った二人の悪魔は、現在この星を不在にしているとの情報だ。

 それは少なくとも彼らによってこの弱りきった状態を狙われる心配はなく、決戦まで五日以上の猶予を得たと言うことにもなる。

 しかし五日というその時間は、付け焼刃の修行をするにも短すぎると悟飯は感じた。

 

「……でも、トランクスはともかく俺はこれまでずっと修行を続けてきたんです。たった五日で、どこまで鍛えられるか……」

 

 宇宙で必死に修行を続けてきても、今の自分ではブロリーには勝てないと断言されてしまったのだ。そんな自分が僅か五日で急激なパワーアップを遂げるかと言えば極めて絶望的であり、悟飯は理性的であるからこそ厳しいと感じていた。

 俯くように紡がれた彼の言葉に対して、ネオンはおもむろに差し伸ばした左手で彼の右頬を触りながら、安心させるように言った。

 

「大丈夫だよ、悟飯。私達を信じて」

 

 ……まるで幼少時代、自分を甘やかしてくれた母親のような彼女の表情に、悟飯は思わず目を惹かれる。

 そんな彼女は凛とした瞳でこちらを見据えながら、はっきりと言い切った。

 

「ツフルの頭脳とサイヤの力が合わされば、どんな奴にも負けない。相手が悪魔でも、やりようはあるさ」

「ツフル……?」

『そういうことだ』

「? 今の声は……」

 

 右頬を触る彼女の左手から伝わってくるように、悟飯の脳内にネオンとは違う不機嫌そうな男の声が響いてきた。

 戦闘中にも幾度聴こえてきたその声について、彼女は改めて説明する。

 

「改めて自己紹介するね。私はネオン。そして、この子はベビー。ブロリーのような悪いサイヤ人を滅ぼす為に生まれてきた、ツフル人最後の希望さ」

『この俺の寛大さに感謝するんだな、サイヤ人ハーフめ。にっくき純血共を滅ぼすまでは、貴様に手を貸してやる』

 

 悟飯の頬から手を離した後、彼女から続けて差し伸ばされた握手の手は、ツフル人がサイヤ人に対して対等な同盟を結ぶという歴史上初の光景であった。

 

 

 

 

 

 




 未来悟飯が真面目に修行をしていたのに人造人間に勝てなかったのは、無自覚的ながらも精神的な支えを失ったことで心が追い詰められていたからなんじゃないかなぁと思っています。真面目さや理性的な性格が仇となったと言いますか、ある意味グレートサイヤマンになっちゃうぐらい吹っ切れたら覚醒出来たのではないかと。
 しかし、そんな悲壮感を抱えながらも前向きにカッコいい未来組が私は好きです(∩´∀`)∩


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ツフル王の恩恵

 こうしてようやく落ち着いた場所で話せたことで、ネオンは悟飯に自身の存在について明かすことが出来た。

 孫悟飯もまたある程度のことまではカプセルコーポレーションのブルマから聞いていたらしいが、流石にネオンの中で行動を共にしているツフル人、ベビーのことまでは知らなかったようだ。

 自己紹介の中で彼のことも教えると、悟飯はネオンの姿を見つめながら納得したように相槌を打った。

 

「ベビー……そうか、それで、貴方はあれほどの力を身につけられたんですか」

「うん、元々、私自身はどこにでも居るただの地球人に過ぎなかった。ナッパとベジータがやって来たあの日に死に掛けて、ベビーと同化したことで、今の力を使えるようになったんだ」

 

 かつて二人のサイヤ人によって全てを失ったことを話せば、悟飯は気まずそうに目を伏せる。その件に関しては彼が責められるような謂れは一切無いと言うのに、随分真面目な性格なんだなぁというのがその時抱いた彼に対するネオンの印象である。

 孫悟飯という好青年らしい好青年は、こうして話せば話すほど、獰猛な戦闘民族サイヤ人の血を引いているのが信じられなくなるぐらいだ。

 しかし今回は彼がそんな性格だったからこそ、ネオンは必要な話をスムーズに語ることが出来た。

 

「プラント星のツフル人……そんなことがあったんですか……」

『サイヤ人の血を引くお前に同情されたくはない』

「こらこら、悟飯はもう仲間なんだから尖らない尖らない」

『ふん……』

 

 紹介の過程でサイヤ人によって滅ぼされたベビー達ツフル人のことを話せば、彼は自分事のように悲しそうな表情を浮かべ、憐れんでくれた。絶滅までの経緯を見るとツフル人が完全な被害者かと言えば実のところそうでもないのだが、それはそれとしてもこちらの話を素直に信じてくれる純粋な性格には好感が持てた。

 そんな彼はネオンの差し出した左手とは反対側の、灰色のマントに隠されたそこにない右腕を見て言い辛そうに訊ねる。

 

「その腕も、ナッパに……?」

「うん、千切れてなくなっちゃった。今じゃ、そう気にならないけどね」

「……協力しても、良かったんですか? 俺達のこと、憎んでいるんじゃ……」

「君には恨みも憎しみも感じてないって言ったろう? 私が恨んでいるのは、悪いサイヤ人だけさ。君はアイツらとは違うんだろう?」

 

 ネオンがこうして一見言い辛そうなことまで進んで明かしたのは、別段彼に憐れんでほしいからでも負い目を感じてほしいからでもなく、これから協力関係になるのなら話すべきことは話した方が良いと思ったからに過ぎない。

 故にネオンが彼に対して恨みを抱いていないのも全て本心であり、偽りは無かった。口では不機嫌そうだが、それはネオンの中に居るベビーも同じ気持ちである。

 ブロリーという強大な敵を倒す為には、彼のような「善良なサイヤ人」の存在は何より貴重な戦力なのだ。

 

「……そう言っていただいて、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」

「うん! うわっ、やっぱりカッチカチな手だねぇー」

「あ、ははは……」

 

 友好の証としてネオンが差し出した左手に対して、悟飯は本来応えるべき自分の左腕がギプスに覆われている今どうすれば良いのか迷うように視線を彷徨わせた後、結局動かせる右腕を差し出すことにしてネオンの左手の甲を覆うように右手で掴む。

 ネオンからしてみればそんな彼の手は大きく、感触もまた自分の手に比べて何倍も分厚いものだった。戦士として男らしく鍛え上げられている彼の手に、ネオンは軽い感動を覚えたりしていた。

 そんな二人の後ろでおもむろに部屋のドアが開いたのは、その時だった。

 

「ネオンさん、仙豆を……悟飯さん! 目が覚めたんですね!?」

 

 悟飯の怪我を治す為に「仙豆」という薬を探しに出かけていた、トランクス少年が帰ってきたのである。

 彼は部屋に入ると今回の収穫をネオンに報告しようとしたが、ベッドから起き上がった状態でネオンと握手を交わしている悟飯の姿を見るなり目を見開いて喜びの声を上げた。

 

「心配かけたな、トランクス君」

「いえ、そんな! そうだ悟飯さん、仙豆貰ってきたんです! どうぞ!」

「あ、ああ、ありがとう」

 

 手に持った小袋から一粒の豆を取り出したトランクスが、ネオンの左手から離された悟飯の右手にそれを手渡す。

 その豆を指でつまんだ悟飯は薄く笑みを浮かべながら、しみじみと思い出に浸るように呟いた。

 

「カリン様、生きていたんだな……良かった」

「ヤジロベーさんも元気そうでしたよ」

 

 ネオンの知らない人間の名前を呟いた後、悟飯はその豆を口の中に放り込む。

 すると、変化は一瞬にして訪れた。

 

「よし!」

 

 首から下げていた包帯を勢い余った腕力で引きちぎり、ギプスに固められた筈の左腕をこれ見よがしにブンブンと振り回す。

 肌の血色も目に見えて良くなり、その姿は明らかに元気になっていた。

 それが噂の秘薬、仙豆の効力なのだろう。あまりにも医師泣かせなその一粒に、ネオンは若干表情をひきつらせながら驚きの声を上げた。

 

「うわ、すっご……あんな酷かったのに、一発で治っちゃったの?」

「ええ。何度も助けられましたよ、これには。トランクス君、あと何粒ぐらいある?」

「それが……あと一粒しかないんです。地球の空気を取り巻いているパラガス達の邪悪な気のせいで、最近はほとんど作れないんだって、カリン様が……」

「そうか……なら、最後の一粒は君が持っててくれ」

 

 これほどの薬が何十個もあるのならブロリー達との戦いもやりやすくなるのにと思ったネオンだが、現実はそう上手くはいかないようだ。倒れては仙豆の使用を繰り返したゾンビアタックを仕掛けてみるかという一瞬だけ思い浮かんだネオンの作戦は、その口から放たれる前にあえなくお蔵入りとなった。

 

「さて、これで君も動けるようになったわけだけど。まずは外に出てみない?」

「あっ、そうですね! 悟飯さん凄いんですよ、この町は! あっ、いつもの道着持ってきますね! 町の人に直していただいたんです!」

 

 軽くなった身体をベッドから起こしながら、悟飯はその床に立ち上がる。

 そんな彼の病衣姿を見るなり、トランクスが思い出したように部屋から飛び出していった。

 その姿が心なしかいつもより張り切っているように見えるのは、それだけ師匠が復活してくれたことが嬉しいからなのだろう。

 

「……お弟子君、しっかりしているね」

「もう少しくだけてもいいんだけどね。俺としてはアイツのことは、本物の弟だとも思っていますから」

 

 なんかかわいいな……と、ネオンが走り去ったトランクス少年のせわしない姿に亡き弟の姿を重ねていると、そんな彼女の言葉に苦笑しながら満更でもなさそうな表情を浮かべる悟飯の姿は中々に師匠馬鹿だった。

 将来子供が出来たら物凄い勢いで甘やかしそうだなぁと、ネオンにはそんな彼の姿が微笑ましく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネオンに連れられて部屋の外に出た時、悟飯は思わず驚嘆の声を漏らした。

 

「これは……本当に凄いな」

 

 歳不相応に落ち着いているトランクスが、ああも嬉しそうに町のことを称えていたのだ。今自分の居る町が普通ではないことは予想していたが、そこに映った光景は悟飯の想像をさらに上回るものだった。

 

 ――村ほどの大きさのある人間の居住スペースが、地下一帯に広がっていたのである。

 

 周囲はドームのような外壁に覆われており、二百メートルほど上の頭上からは人工で作られた太陽のような照明が町を照らしている。

 ここが東の都の廃墟の地下に建造された「避難用シェルター」であることすら、右隣を歩くネオンに説明されるまで気づかなかったほどだ。

 

「まだちょっと地味だけどね。それでも避難所として考えれば、結構豪華だろう?」

「驚きました……こんな場所があったなんて」

 

 ここが寂れた廃墟の下にある場所だとが考えられないほどに、この地下都市は未来的な造りをしていた。

 一つ一つの規模こそ小さいが、町には地球がかつて平和だった頃と同じように人の住む家や店があったのだ。その町である者は洗濯物を干していたり、ある者は道を歩きながら住民同士和気藹々と話し込んでいる。

 そんな人々であるが、彼らはネオンの姿を認めると一様に「ネオンさん、おはよう!」「お姉ちゃん、おはよー!」などという言葉で大人も子供も元気よく手を振っていた。

 挨拶を返しながらその手を振り返し、ネオンが穏やかに微笑む。

 

「人気なんですね、ネオンさん」

「……まあね」

「この町は、ネオンさんが作ったんですよね」

「え? 作った? この町をですか?」

「あ、ああ……うん」

 

 この町の住民達に広く顔が知られている様子のネオンに感心する悟飯だったが、トランクスが言い放ったその理由に対して思わず面食らう。

 人工的に作られたこの地下都市そのものが、彼女の手によって作られたものだというのだ。

 トランクスから寄せられる無邪気な尊敬の眼差しを照れくさそうに受けながら、ネオンはその言葉の一部を肯定した。

 

「私だけじゃなくて、ほとんどベビーが考えたんだけどね。ベビーは宇宙有数の科学力を持っていたツフル人の王様の、言わば生まれ変わりみたいなものだから。カプセルコーポレーションは例外だけど、地球では考えられないような知識を思っているんだ」

「へぇ~、それは凄いですね」

『ふん……』

 

 かつて、高度な科学力によって一大文明を築き上げたツフル人。ネオンの中に居るベビーという存在は、その知識の一部を保有しているのだ。ネオンもまた、その知識を共有している。

 そしてその膨大な知識の恩恵は避難民の生活水準を引き上げる意味でも役に立つものであり、地上がパラガスの帝国に支配された今も、地下に潜んで暮らしている者達の助けになった。

 

「生き残った人達にも協力してもらって、なんとかこれだけの町が出来たんだ。だから、君も戦う時は出来るだけ地面を揺らさないように配慮してくれると嬉しい。大人達はある程度覚悟が決まっているけど、子供達は怖がってしまうから」

「……わかりました。気をつけます」

 

 大勢の人々が殺された地球にはもう、ほとんどの人間が生き残っていない。それでも、まだかつてと同じような町の姿が目の前にあった。彼女らツフルの知識を持つ者達が、これまでずっと守り続けてくれたのだ。

 変わり果てた地球の中でも変わっていないその光景を眺めていると、悟飯は己の目頭が熱くなっていくのを感じた。

 

「……でも、地下にこんなたくさんの人が居たのに、どうして「気」を感じなかったんだろう?」

「私の着ているこのマント、実は着けている人の気配を隠す機能がついているんだ」

「え?」

「それと同じ機能が、この町の外壁には取りつけられていてね。だからここに居る限り、アイツらのスカウターでも中に居る人達を見つけることは出来ないんだよ」

「なるほど……」

 

 ここが地球人最後の生存圏なのかまでは今のところはわからないが、少なくともここに居る人々が彼女らによって助けられていることはわかった。

 住民達から慕われるわけだ、と悟飯は思う。擦れ違う子供達から憧れの眼差しを受けているネオンもまた、母親のような優しい目で子供達に微笑み返していた。その姿は、ついこの間まで素手で人造人間と戦っていた戦士とは思えないものである。

 

「ずっと、地球の人達を守ってくれていたんですね……」

「今まで君達が地球にしてくれたことに比べれば、偉そうに自慢することは出来ないけどね。だけど、私達のことを見直してくれたなら嬉しい」

「見直したも何も、頼もしいですよ。貴方が味方になってくれて、本当に心強い」

 

 強い力がある上に高度な知能を備えており、力の無い人々への優しさも持ち合わせている。そんな彼女の存在は悟飯にとって、まさに理想的な人間だった。

 そんな彼女がブロリー達を倒したいと言っているのだ。自分に出来ることなら、協力してあげたいと思う。それが結局、この拳で戦うことしかないのだとしても。

 悟飯がそんな気持ちを伝えると、ネオンは困ったように笑いながら、「ありがとう」と礼を言った。

 

 

 

 

 

 

 そうしてしばらく散歩を続けて町の全容を概ね把握すると、ネオンが表情を変えて切り出した。

 それは同盟関係を結んだ今、当面の目標である打倒ブロリーについての話だ。

 

「これでも私とベビーは、アイツらのことを色々な方面から調べてきた。サイヤ人という種族の特徴や、一般的には尻尾が弱点だってこととかも。そんな知識を生かしながら、私はベビーと一緒にアイツらを倒す為に色々と対策を練ったりしてきたわけで……ほとんど失敗したんだけど一つだけ、「もしかしたら」っていう策を思いついたんだ」

 

 彼女が語り出したのは悟飯達が地球に戻ってくるまでの間、彼女が起こしていた行動についての話だ。

 悟飯達が宇宙へ修行の旅に出た後もブロリーとパラガスは変わらずこの地球で暴れ回り、それを止める為に彼女とベビーは決起した。

 しかし単純な戦闘力ではブロリーには歯が立たず、ツフルの頭脳も惜しみなく行使したのだが、その全てが力技で破り捨てられてしまったものだと苦々しそうに語る。

 だが一つだけ……これならばという秘策を、彼女らは今日まで温めていたのだと言う。

 

「……それは?」

 

 ごくりと、左隣を歩くトランクスから息を呑む音が聴こえる。おそらくは自分も同じ顔をしているのだろうと思いながら、悟飯は彼女に問い返す。

 

 ネオンは前に、悟飯に言った。「ツフルの頭脳とサイヤの力が合わされば、どんな奴にも負けない」と。

 

 その具体的な証の一つが、彼女の提示したその策の中にあった。

 

「ブルーツ波増幅による大猿化……そこから派生する、超サイヤ人の超越形態」

 

 足を止めて悟飯の顔を見つめながら、ネオンはその策を簡潔に述べた。

 それはサイヤ人の最も純粋な姿にして原点。

 ブロリーをも超える最強の超越形態を手に入れる為の、ほんの触りの一面であった。

 

 

 







 ハイパーサイヤンエボリューション、始まります。

 設定的にベビーは物凄い頭脳派戦士なのではという解釈です。


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超越形態への挑戦

※今回の話には、私の独自解釈に基づいたオリジナル設定が含まれています。


 

 

 大猿――それはサイヤ人が本来の力を解放した姿だ。

 

 太陽の光を満月が反射した時、「ブルーツ波」というものが発生する。サイヤ人の目はそれを受信することが出来る構造になっており、受信した出力(ゼノ)が1700万の数値を超えると尻尾が反応し、大猿に変身するのだ。

 大猿化したサイヤ人の戦闘力は受信したブルーツ波の強さが影響し、満月が一つならばその力は通常の10倍に跳ね上がる。かつて地球に襲来したサイヤ人の王子ベジータは地球に月が無いことから代用のエネルギーボールを利用して変身したが、その時は満月のブルーツ波による大猿よりもやや戦闘力の上昇率は落ちていた。

 

 しかし逆に、この数値を過剰な出力で受信した場合はどうなるのか。

 

 満月よりも強力なブルーツ波を浴びた場合には、10倍以上の力を持ったさらに強力な大猿に変身することが出来る。

 しかし、どんな莫大なエネルギーも過剰に過ぎれば器の崩壊を招く。サイヤ人の肉体もまた、本来ではあり得ない量のブルーツ波を浴びることによって、その体組織に異常を来す可能性があった。

 

 ベビーに宿るツフル王の知識を基にサイヤ人について研究していたネオンは、彼らを大猿に変化させる「ブルーツ波」の存在にブロリー打倒の可能性を見出していた。

 

「まあ、要は大猿化させる為の「ブルーツ波」を過剰に摂取させることで、アイツらの身体を内側から爆発させようって作戦さ。昔のツフル人も、悪いサイヤ人を打倒する為にそんな作戦を考えたことがあるみたい」

「爆発って……おっかないですね」

「私とベビーは時間を掛けて、ブルマさんに意見を貰ったりもして人工的にその「ブルーツ波」を増幅させる装置を作った。月は無いけれど、地球からも微弱なブルーツ波が出ていてね。それさえ増幅すれば、月以上のブルーツ波を浴びせることが出来るんだ」

 

 かつてピッコロに破壊されたことによって今は月が存在していない地球だが、地球自体も出力は弱いが月と同じようにブルーツ波が発生していた。

 そこでネオンは「ブルーツ波増幅装置」という、地球から発生している微弱なブルーツ波を自在に増幅させる装置を作ったのだ。

 その装置によって過剰な出力まで増幅させた膨大なブルーツ波をブロリーに浴びせることによって、彼の力を無理矢理膨れ上がらせて自爆を引き起こすことが、ネオン達の企てた元々の計画だった。

 しかし、今はその装置を本来の用途で利用する気は無いのだと彼女は語る。

 その理由は、相手がブロリーだからという一言に尽きた。

 

「自爆を狙っても、ブロリーがその力に耐え抜いて自分のものにしてしまったら……」

「そう、君の言う通りだ。完成したのはいいけど、ブロリーの力は私達の予想を遥かに超えていた。パラガスはともかくブロリーの力は本当に常識外れで……過剰なブルーツ波を浴びせたところで、自爆するどころかさらにパワーアップさせてしまう危険の方が大きかったんだ。

 だからその装置は、出来れば使いたくない最後の手段にすることにしたわけだけど……そこに君達が現れた。君達が居れば、その装置も別の使い方が出来ると思ったんだ」

「別の使い方?」

 

 そこまで言って、ネオンは悟飯とトランクスの姿をまじまじと見つめる。

 そして二人の腰部に目を向けて一瞥するなり、むむ……と、眉間にしわを寄せながら問い質した。

 

「悟飯、トランクス君。君達に尻尾が無いのは生まれつきで、半分が地球人だからなのかい?」

「? いえ、昔は生えていましたけど、切れて無くなってしまったんです」

「僕は、赤ん坊の頃に取ってしまったと母さんに聞きました」

「そうか……いや、その方が都合が良いのか」

 

 二人がサイヤ人の血を引きながら、サイヤ人の象徴とも言える尻尾が無い理由についてネオンが思考を纏めるように頷きながら、ぶつぶつと呟く。

 そんな彼女の姿を見て、悟飯はあることを察した。

 

「ネオンさん、まさかその装置で俺達を大猿にする気じゃ……」

 

 彼女は最強の超サイヤ人であるブロリーに対して、悟飯達を大猿にして戦わせようとしているのではないのかと。

 だとすればそれは、とても容認出来ないことだ。悟飯が過去に大猿になったのは幼年時代の一度だけだが、大猿化した悟飯にその時の記憶は無く、ほとんど理性を失っていたという証言だけが亡き父やクリリンから聞き及んでいる。大猿化した自分は、見境なく大暴れしていたというのだ。

 その時は弱かった幼年時代だから、まだ取り返しがついた。しかし仮にも超サイヤ人にまでなった自分が大猿になってしまえば、理性が無くなっている間にこの地球を滅ぼしてしまうかもしれない。

 だから無謀すぎると意を唱えようとする悟飯の問いに、ネオンは答える。

 

「うん、半分正解」

「半分?」

「……何が半分なんですか?」

 

 要領を得ない答えにトランクスが首を傾げ、悟飯が怪訝に眉をしかめる。

 そんな二人に、ネオンが続ける。

 

「君が懸念している通り、君達が大猿になったらブロリーと戦うどころか地球が終わっちゃうからね。ツフル王の記憶によればプラント星を滅ぼしたのも、大体が理性を無くして無茶苦茶に暴れ回った下級戦士のせいだったって言うし……私だって、君達にそんなことはさせたくない」

「では、どうするんですか?」

 

 大猿化における多大なリスクは把握済みだと言った上で、彼女は語る。

 自身が開発した「ブルーツ波増幅装置」の、その使い方を。

 

「大猿にならずして、大猿の力を手に入れようってわけ」

 

 装置を使って悟飯達を大猿にするのではなく、大猿の力だけを獲得させる。

 姿は今のまま、大猿化の際におけるパワーアップだけを吸収するという、いわゆる良いとこどりである。

 確かにそれならば理性を手放して暴走する危険も無く、ブロリーに対抗出来る力が得られるかもしれない。しかしそのような都合の良いパワーアップが本当に可能なのかと、当然ながら悟飯の頭には疑問が浮かんだ。

 ネオンの言っていることは、それほど突飛な発想に基づいた未知の世界だったのだ。

 

「そんなこと……そんなことが、出来るんですか?」

「君達が浴びるブルーツ波の出力次第では、理論的には可能な筈なんだ」

 

 どこか学者然とした笑みを浮かべながら、心なしかメガネの似合いそうな表情をしたネオンが説明する。

 

「サイヤ人は大猿になると、どうしてパワーが上がるのかわかるかい? それは単純に身体が大きくなるのも理由の一つだけど、実はそれだけが理由じゃないんだ」

「違うんですか?」

 

 サイヤ人の持つ基本的な性質である大猿化。

 それは悟飯にとってはもはや懐かしく、彼よりも下の世代であるトランクスに至っては自分に関係する変身であることさえ実感がないだろう。

 そんな二人に対して、ネオンは大猿化にまつわる「サイヤ人」という種族そのものへの研究成果を口にした。

 

「君達サイヤ人の身体には、基本的な「気」とはまた別の、サイヤ人だけに宿っている特別なエネルギーがあるんだ」

「特別なエネルギー?」

 

 かつてサイヤ人と敵対し争っていたツフル人の王は、サイヤ人以上にサイヤ人の身体情報に詳しかった。

 そして今、ブロリーとパラガスという二人のサイヤ人を倒す為に研究を重ねてきた彼女らは、かの王が恐れたものと同じ可能性を彼らに見出していた。

 

「それが「サイヤパワー」……サイヤ人の持つ、力の根源さ」

「サイヤ、パワー……?」

「そんなものが、僕達の身体に……?」

 

 気や戦闘力とは違う、サイヤ人の身体が宿す特殊なエネルギー。

 その単純にして明快なネーミングは、やはり悟飯達には実感の無いものだった。

 

「そのサイヤパワーは、何度か死に掛けたり地道に身体を鍛えたりしても増幅させることが出来る。だけどブルーツ波を目から浴びた時なんかは、桁違いに膨張していくものなんだ。大猿化したサイヤ人が戦闘力を増すのも、ブルーツ波を浴びたことによって力の根源たるサイヤパワーが跳ね上がるからだっていうのが私達の見解だね。

 ツフル王の記憶によるとサイヤ人が大猿化するのも、元々は膨れ上がった自分のサイヤパワーで身体が壊れないようにする為の防衛本能みたいなものらしい」

 

 あくまでも自分達の見解、仮説だと語るネオンだが、自信を持った解釈はこちらが納得したいと思える説得力がある。

 ブルーツ波を浴びることによって内に秘められたサイヤパワーが増幅され、そのサイヤパワーに肉体が対応する為に大猿へと変化する。ブルーツ波とは大猿化への引き金であると共に、サイヤパワー増幅への鍵でもあるのだ。

 そこでようやく、悟飯はネオンの狙いを理解した。

 

「そうか……ネオンさんは俺達にブルーツ波を浴びせることで、そのサイヤパワーというのを引き出そうと考えたんですね」

「正解。ある程度までなら過剰なブルーツ波を浴びても、尻尾がない今の君達なら大猿になることはない。サイヤパワーだけが膨れ上がって、いつもの姿のまま大きなパワーアップが出来る筈なんだ」

「でも、それでは俺達の身体が爆発してしまうんじゃないですか? 元々ネオンさんはブロリーを相手にそれを使って、自爆させようと考えていたんですよね?」

「そこは、受信させるブルーツ波の出力次第だね。普通の状態なら苦しくて耐えられないけど、超サイヤ人の状態ならなんとか耐えられる出力で浴びせればいい。最初は普通の状態で過剰なブルーツ波を浴びて、サイヤパワーの増幅が身体の限界に達した瞬間、大猿の代わりに超サイヤ人に変身するんだ」

 

 ネオンの解釈通り、サイヤ人の大猿化が膨れ上がった自分のサイヤパワーで身体が壊れないようにする為の変身であるのだとするならば、その変身は大猿でなくても良い筈なのだ。

 膨れ上がったサイヤパワーに押し潰されない姿になるという一点で言えば、大猿よりも遥かに強力な変身である黄金の戦士でも代用は可能な筈だった。

 

「そうか! 大猿に変身する代わりに、超サイヤ人に変身すればいいのか!」

「うん、伝わってくれて助かるよ。ブルーツ波の出力や変身するタイミングの調節はシビアになるけど、それはこっちでなんとかする」

「考えましたね。なんかネオンさん、学者さんみたいです」

「そ、そう? ありがとう」

 

 話が見えてきたことで、悟飯はその裏技めいた進化の可能性に一縷の希望の光を見出す。

 そしてここまでの話をまだ理解しきれていない様子のトランクスに対して、ネオンは自分の中でも話を纏めるように今回語った内容をおさらいした。

 

「えっと、それはつまり……」

「大量のブルーツ波を浴びせることで君達のサイヤパワーを増幅して、超サイヤ人を超越した新しい超サイヤ人をつくろうって話かな。簡単に言うと」

「……なんとなく、わかりました」

 

 幾つか仮説の入っているネオンの研究内容が全て正しいことが前提条件になるが、その実験が成功すれば超サイヤ人という悟飯達が行う変身をさらにもう一段階、科学的にパワーアップさせることが出来るだろう。

 大量のブルーツ波によって10倍化した大猿パワーを得た上に、重ね掛けした超サイヤ人への変身でさらに上乗せするのだ。予測される戦闘力は通常の400倍か、500倍か……それほどまでに、桁違いの数値を叩きだしていたとネオンは語る。

 

「超サイヤ人をさらに超えるだなんて……そんな発想は、なかったな」

 

 超サイヤ人の時点で圧倒的なパワーアップをしている以上、さらにその上の変身が出来るなどとは現実的に難い話だと悟飯は思っていた。

 しかしサイヤ人という種族は、元来途方も無い可能性を秘めた生き物なのだ。そういう意味では己に流れる半分の血が地球人である悟飯達は、サイヤ人の力を未だ過小評価していると言えた。

 問題なのは敵もまたサイヤ人であるということだが、そこは最初から計算で推し量れるものではない。

 

「本物のサイヤ人を相手に試したことがない以上、今のところは成功率どころか失敗した際にどんなリスクがあるのかもわからない。だけど君達が五日以内にブロリーを超える力を身に着けるには、これが一番の近道だと思う」

 

 かつてサイヤ人に滅ぼされたツフル人の技術が、今を生きるサイヤ人に道を示す。何とも皮肉な話だ。

 しかしツフルの頭脳とサイヤの力が合わさればどんな敵にも負けないという彼女の言葉は、二つの種族を語る以上この上ない説得力があった。

 頭脳と力にそれぞれ特化している二つの種族は、互いの短所を補い合いながら、互いの長所をより引き出せる関係なのだ。……その関係が、友好的でさえあれば。

 

「……俺達の身体が超サイヤ人を持ってしてもブルーツ波に耐えられなかった時は、自爆する危険があるんですよね?」

「うん。持ち掛けておいてなんだけど、はっきり言ってこれは危険な賭けになる。だけど君達がこれからの五日間私達の研究や調整に付き合ってくれれば、なんとか成功率を100%に近づけてみせる。だから……申し訳ないけど、この賭けに協力してほしい。……私も、君達がしてほしいことは何でもするから」

 

 入念な準備は既に行っているが、何分前例が無い為にどんな事態を引き起こすことになるかわからない。

 科学者としては少々頼りない、正直な話を言い放つネオンだが、それは彼女なりに表した悟飯達への誠意でもあった。

 一か八かの危険な賭けであり、最悪の場合はブロリーと戦う前に命を失うことになるかもわからない。しかしそれでも、今は迷っている時間すらないのが彼らを取り巻いている厳しい状況だった。

 

「やりましょう、悟飯さん! ブロリーを倒せるなら、危険でもやるしかないです!」

 

 威勢よくそう言い放ったのは、彼女の言葉を純粋な心で信じたトランクスの言葉だ。

 命と隣合わせの行動など、今までだって散々してきたことだ。彼らは数々のそれを乗り越えてここに居り、何よりブロリーを倒すという目的の為にはそれだけの覚悟が必要だった。

 幼いからこそ未来を恐れない、勇敢な目だ。そんな弟子の眼差しを受けた悟飯は幾ばくの間を置いてネオンに向き直り、言った。

 

「……そうだな。とりあえず、その装置っていうのを見せていただけますか?」

「うん。この町から地上に出て、北に飛んだところに私のラボがあるんだ。着いてきて」

 

 悟飯も本当ならば、すぐにでも彼女の申し出を受けたいところだった。しかし、大人になった今はどうしても色々と考えてしまう。

 まずは彼女の作った「ブルーツ波増幅装置」というものをこの目で見て、こちらが信頼して命を預けるに足るものなのかを確認する。

 ネオンやツフル人の科学力を信じていないわけではないが、自分だけならばともかく、この賭けに愛弟子の命を預けるには慎重を期した。

 

 

 

 

 

 

 

 






 ブルーツ波万能説。
 本作ではこんな感じに、オリジナル設定を交えながらGTで登場した設定「サイヤパワー」に踏み込んでいきます。当分登場はないかと思いますが、本作では超サイヤ人4についてはジェネシックガオガイガーばりに扱いを大きくしていく予定です。


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狂戦士合体13号リペア

 地下都市から地上に出てみると、そこに広がっていたのは退廃した廃墟の町だった。

 パラガス達によって荒らされた町々には人一人として姿が見当たらず、精々が瓦礫の間を駆け回っていくネズミが何匹か居る程度である。

 

 地下と比べればまさにそこは天国と地獄の差で、この地球が変わり果ててしまったことをまざまざと見せつけられる光景だった。

 

 そんな廃墟の町から舞空術で飛び出した悟飯とトランクスは、ネオンを先頭に彼女のラボへと向かって飛行していく。

 二人は今、それぞれの身にネオンが纏っているものと同じ「気」を隠す性質を持つ灰色のマントを羽織っていた。人造人間達のセンサーに引っ掛からないようにするには「気」を消して歩いて移動するという手もあったのだが、徒歩で向かうにはラボの場所は遠すぎたのだ。

 そのようにあえて地下都市から離れた屋外にラボを構えているのは、実験で失敗して大爆発を起こすような危険を想定しているからなのだとネオンは語る。

 実際に何度か失敗して爆発したことがあるらしく、その時のことを茶目っ気を交えて話すネオンの姿に、悟飯は緊張が解されたような気がした。

 そんな二人の様子を後ろから眺めながら、弟子のトランクスが追従していく。

 

「トランクス君、随分大人しいけどどうした? どこか調子悪いのか?」

「……いえ、ただ、悟飯さん楽しそうだなって思って」

「あー……うん、俺も、これでも学者さんを目指してたからね。研究施設って聞くと、興味が沸いてきて」

「そうですか……それだけなのかな」

「? 変なトランクス」

「あはは……」

 

 周囲への警戒は一応しておきながらも、三人は談笑を交えながら目的地へと向かっていく。 

 それから数分後、彼らは到着した。

 

 

「あっ、あそこにあるのがそうですか?」

「うん、あれが私達のラボ。じゃあ、降りようか」

 

 荒れ果てた荒野の中に、ポツンと佇んでいる一軒の工場施設である。

 そこへ降下したネオンを追って悟飯とトランクスは、地に足をつけてその建物を見上げる。

 見た目は老朽化が酷い廃工場のようだが、それはラボの存在を目立たないよう偽装する為、あえてそう作ったのだろうかと悟飯が問い掛ける。

 その質問にネオンは自身の額に人差し指を当てながら「うーん……」とどこか言い辛そうに言葉を詰まらせると、苦笑を浮かべながら答えた。

 

「元々は、ドクター・ゲロが使っていた隠れ家だったんだ。一年ぐらい前に殴り込んで、ぶんどってやったんだよね」

「そ、そうですか……ドクター・ゲロっていうのは、この前の人造人間を作った人ですよね?」

「うん。何を考えているのやら……アイツはパラガス達と手を組んで、地球をこんな目に遭わせている。挙句、罪も無い民間人まで改造して酷いことをして……生かしておけない奴だよ」

 

 人造人間の製作者であるドクター・ゲロを追跡する過程で、彼の工場を押収し改造したのだと言う。

 そして今は自分用の研究施設として使っているというネオンの説明に、悟飯は思わず引きつった笑みを返してしまった。

 話によればドクター・ゲロという男が同情の余地のない悪人であることはわかるが、彼女もまた中々に強かな女性のようだ。

 

 ラボの前に立ったネオンは、自身の手を広げ入り口前に設置された台の上にかざす。

 指紋認証というものなのだろう。その瞬間、強固に閉ざされた工場の扉がガチャリと開き、ネオンが内部へと足を踏み入れていった。

 

「俺達も入ろう」

「はい」

 

 彼女に続いて、悟飯とトランクスが入場していく。

 彼女が入った瞬間自動的に点灯した照明の下、コツコツと三人の歩く足音だけが通路の中に響いていく。

 

 そうしてしばらく歩き進み、二人を先導していたネオンの足が止まったのは、窓を隔ててとある部屋が視界に飛び込んできた時のことだった。

 

 そこは、不思議な部屋だった。

 

 部屋というには広く、大広間と言った方が良いのかもしれない。

 しかし調度品のようなものは一切無く、あるのは四方を囲む壁と宙に浮かぶように据えられた球形の物体だけだ。

 その球形の物体はまるで夜空に浮かぶ満月のような淡い光を放っており、ある種の神秘的な雰囲気をこの部屋に醸し出していた。

 

「これは……」

「これが、その装置ですか?」

「うん、ブルーツ波増幅装置。君達にはこの部屋に入ってもらって、私が装置を動かすことになる」

 

 明らかに異質なこの施設こそが、ブロリーを倒す為に作られたネオンの切り札「ブルーツ波増幅装置」の正体だった。

 満月のように頭上に据えられた球形の物体は、まさしくブルーツ波を供給する満月の役割を担っているのだろうと推測できる。

 そして悟飯達のパワーアップというネオンの計画に、より大きな現実感が湧き上がってきた瞬間でもあった。

 

「すごいですね……」

「ああ……よくはわからないけど、何か不思議な力を感じる気がする」

「ああ、もしかしたらそれは、サイヤ人としての本能なのかもしれないね。君達にとっては、ここにいるだけでも少しだけ力が湧き出てくるような気がするんじゃないかな?」

「はい、なんだか懐かしい感じがします。ネオンさんがこれを作ったんですか……」

「ベビーと一緒にね」

 

 先刻あの地下都市でも目の当たりにしたばかりだが、ツフルの科学力というものは想像以上に大きなものだったのだと悟飯は尊敬の念を抱き、彼女らが敵に回らなかったことに再び安堵した。

 

「装置の状態は……うん、微調整の必要はあるかもしれないけど、すぐにでも起動することができる」

 

 いつの間にか装置の操作盤の前に立っていたネオンが、ピッピッと隻腕でコンソールパネルを叩きながら動作の確認を行う。

 数十秒ほどで一通りの確認が済んだのだろう。彼女は顔を上げて悟飯の方へ目を向けると、この場において改めて問い掛けた。

 

「どうする? 協力する気になったかな?」

 

 「ブルーツ波増幅装置」というものを実際に見て、こちらの命を預けるに足るものかどうかを確認するのがここを訪れた目的だった。

 

 しかし、それは建前に過ぎなかったのかもしれない。

 

 パラガス達に支配されたこの地球で、彼らを倒すにはあまりにも戦力が足りていないのが現在悟飯達を取り巻く過酷な状況である。

 そして、他の惑星を制圧している二人がこの地球に帰ってくるまで時間はない。

 元より悟飯には、僅かな希望に縋るしか道は無かったのだ。

 

「こう言っては、なんですが……」

 

 人に頼って戦おうとするのも、随分と久しぶりな気がする。

 それが自分とそう年齢の変わらない女性が相手となると情けなくもあるが感慨もあり、悟飯は覚悟を決めた。

 

 ――この地球の運命。

 

 ――この俺の運命。

 

 ――トランクスの運命。

 

 ――そして、パラガス達の運命も。

 

 これで、最後にする――そう決意して、悟飯は拳を握り締めた。

 

 

「俺の全てを、貴方に託します」

 

 

 この命を彼女に預けることを、悟飯は今ここに宣言する。

 まだ彼女やベビーの人となりを全て理解したわけではないが、少なくともこの世界に害をもたらす者ではないことは確信している。

 彼女らが自分と志を同じにする善人だと言うのはわかっているのだ。ならば、出すべき答えは簡単だった。

 やや不安げにこちらの顔を見上げるトランクスのことを勇気づけるような意図で力強く言い切った悟飯の姿を見て、ネオンは一瞬呆けた表情を浮かべた後、くすりと笑んだ。

 

「……いいものだね、誰かに頼りにされるっていうのも。なら、早速始めようか。まずは起動実験から――っ!?」

 

 悪魔に立ち向かう為の希望だとわかったラボの中で和やかな空気が漂い始めたその時、その空気を吹き飛ばすようにその事象は起こった。

 

 突如として爆音が響き、このラボを激震が襲ったのである。

 

 

「これは!?」

「……最悪のお客さんが来てしまったみたいだ」

 

 爆音と激震は、このラボに外部から乗り込んできた招かれざる客によるものだった。

 悟飯でもトランクスでもない一人の男がその巨体に任せて強引に天井や壁を突き破り、この場所に降り立ったのである。

 

 コードや機械部品が露出している身体の各部位には、痛々しい破損の痕が残っているが――その巨漢の姿は間違いなく、悟飯達が先日死力を尽くして倒した筈の青色の人造人間、13号であった。

 

「ヨウヤク……ミツケタ……コレヨリ、オマエ達ヲ破壊スル」

 

 ノイズの混じった機械的な声を放ちながら、13号は半壊した隻眼の顔で悟飯達の姿を睨む。

 驚愕に目を見開く一同の中で、ネオンが舌打ちする音が短く響いた。

 

「私達のリベンジデスボールで、完全に倒したと思ったんだけどね……生きていたのか、人造人間」

「ドクター・ゲロニ回収サレ、応急処置ヲ受ケタ」

「そんなボロボロの身体で!」

「オマエタチ如キ、コレデ十分ダ!」

 

 ネオンのリベンジデスボールは、確かに13号に対し甚大なダメージを与えたのだろう。そのことは応急処置を受けたと言っている割に無惨なほど痛々しさが残っている今の13号の外見を見れば明らかである。

 彼がまだ生きていたこと、そして今この場に現れたことは大きな誤算であったが……悟飯はそれでも、彼との予期せぬ再戦に狼狽えるわけにはいかなかった。

 

「はああっ!」

 

 千年に一度現れるとされる伝説の戦士、「超サイヤ人」。

 黄金色の姿に変身し、身体中から「気」の力を迸らせた悟飯が装置の部屋から飛び出すと、半壊の13号へといの一番に殴り掛かっていく。

 

 確かに、人造人間13号は強い。仕留めそこなったことがあまりにも悔やまれる、今の自分では到底敵わない強大な敵だ。

 

 しかし見るからに修理が完全な状態ではない今の彼ならば、この超サイヤ人の力で十分に勝てる筈だと判断していた。

 

 そう、思いたかったのだ。

 

 彼の胸板に渾身の拳を突き刺し、それを受けても微動だにしない姿を見るまでは。

 

 

「っ!?」

「悟飯さん!」

 

 ――強さは、変わっていない……!

 

 相応に弱体化している筈だと踏んでいた13号の力は、全く落ちていなかったのだ。

 悟飯はその手に伝わる感触から、自身の希望的観測が無惨に散ったことを思い知らされた。

 超サイヤ人のパンチをものともしない13号は、その巨大な手で悟飯の頭を掴むと、地に向かって強引に叩きつけた。

 そんな彼の力を再び目の当たりにして、弟子のトランクスが叫んだ。

 

「くっそおおお!!」

 

 ようやく見え始めた希望の矢先、またしても訪れた絶望的な強さの刺客である。

 その理不尽さに激昂した悟飯の弟子トランクスが髪を逆立て、黄金色の戦士となって飛び出す。

 そしてネオンもまた、背後にある装置を視界に映した後、額から焦りの汗を流しながら敵に向き直った。

 

「装置を壊されるわけにはいかない……もちろん、彼らを死なせるわけにも!」

 

 内なる気を解放し、彼女もまた人造人間13号へと挑み掛かっていく。

 超サイヤ人が二人と、ツフル人の力を持った地球人が一人。合計三人の戦力に対して、敵は人造人間が一人だ。

 数の面では勝機は十分にある筈だが、狂戦士13号の力は尚も圧倒的だった。

 

 

 

 

 

 戦いの舞台は、ネオンの誘導によりラボから離れ、上空へと移った。

 今ここで戦闘の余波で装置が壊れてしまえば、ブロリーに対抗する僅かな希望が潰えてしまう。

 幸いにしてネオン達三人の命を標的に定めている今の13号は装置には目も暮れず攻撃に掛かってきている為、彼女が誘導に当たれば素直なほど上手くラボから離れてくれた。

 

 しかし。

 

 

「っ! どうしてこう詰めが甘いかな私は!」

『……許せ、俺のミスだ』

 

 二人の超サイヤ人を含む三対一で挑んでも、戦況はあまりにも厳しかった。

 トランクスの気功波も、悟飯の拳も、ネオンの蹴りも、13号の強靭な身体を前にはどれも決め手に欠けている。

 彼を今度こそ完全に葬り去るにはもう一度リベンジデスボールをぶつけるしかないところであろうが、今の13号はそのような隙を与えてくれないどころか優先してネオンを潰そうと攻撃を仕掛けてきている。

 

 恐るべきは彼のしぶとさと、ドクター・ゲロの修理能力であろうか。

 

 特にゲロがその力で地球を守ってくれたならどんなに頼もしかっただろうかと、ネオンはありもしない仮定を抱くことで内心の苛立ちをさらに募らせていた。

 そんな苛立ちをぶつけるようにネオンは気弾を連射するが、それらの弾幕をノーガードで受けても尚13号は攻撃の手を止めなかった。

 

「あっ……」

 

 緩慢な動きから一転してスピードを上げると、一瞬にして距離を詰めてきた13号が、ネオンの首を掴もうと太い腕を伸ばしてくる。

 女性が相手だろうと容赦無く首を圧し折ろうと攻め掛かってくるのは、機械故の合理的な判断だろうか。しかしそれはまさに的確な判断であり、最も手っ取り早い殺害手段だった。

 ネオンの思考は彼に懐に入り込まれたその瞬間、はっきりと命の危機を感じ、心臓の鼓動が早くなり背筋に悪寒が走った。

 

 

 ――間一髪、横合いから悟飯がこの身を攫って離脱してくれなければ、今頃13号の手には自分の生首が握られていたところだろう。

 

 そんな猟奇的な光景を想像すると下腹部の辺りが生温かくなりそうだったので、ネオンは首を振って思考を切り替えた。

 

「あ、ありがとう悟飯。助かったよ」

『ふん……』

 

 ほんの僅かな隙が命取りになる戦いとは、まさにこういうことだろう。

 外見上は飄々としているつもりでも内心恐怖心を隠せないのは、自分が根っからの戦士ではないからなのだろうとネオンは自己分析している。

 我ながら脆い神経だと自嘲しながら、ネオンは13号から引き離される際に自身の身体を両腕で抱き抱える状態になっていた悟飯に対し礼を言う。

 

 ピンチの時に颯爽と助けてくれた姿は、まるで絵に描いたヒーローのようだ。

 なら私はヒロインか何かかな? 柄じゃないね、そういうの。そう苦笑いを浮かべ、ネオンは悟飯の胸から離れた。

 

 

「ネオンさん……貴方もわかっていると思います」

「……何がだい?」

 

 一方の彼はネオンの呼吸が落ち着いたことを見計るとその手を離し、再び13号の姿へと目を向ける。

 今はこの隙を超サイヤ人になったトランクスが食い止めているが、すぐに戦線に復帰しなければたちまちやられてしまうであろうことがわかる劣勢の状況だった。

 そんな戦況を認めて、悟飯が神妙な声で言い放つ。

 

「俺達三人で挑んでも、このままでは勝てる見込みはないってことです」

「……確かに、あれはきついね。またリベンジデスボールを作ろうにも今度はチャージまで待ってくれないだろうし、仮に作れたとしても間違いなく避けられる。今は私のことを、物凄く警戒しているみたいだからね」

「でもその分、俺への警戒は弱まっています」 

「悟飯? まさか、君は……」

 

 勝敗が火を見るよりも明らかなこの戦いで、唯一勝機があるとするならば方法は一つしか無い。

 ネオンが彼の考えていることを察すると、彼は眼下にあるラボを指差して言った。

 

「あれを使えばなれるんでしょう? ブロリーを超える究極の戦士に」

 

 やはりか、と自身の予想が的中したことにネオンは奥歯を噛み締める。

 確かにそのつもりで彼らを招いたのは自分だが、今その手に頼るのはあまりにも準備が足りなすぎる。

 13号が生きていたことがそもそもの誤算だったが、彼がこうして再来するタイミングもまた、あまりに悪すぎたのだ。

 

「危険すぎる! ぶっつけ本番でやる気かい? まだ一度も、君に合わせて調整もしていないのに」

「どの道そのぐらいの無茶をしなくちゃ、ブロリーには勝てません! やってみせます!」

 

 あの装置を開発した科学者の端くれとして真っ当な意見を述べると、悟飯は一理あることが悲しく思える暴論を吐き、ネオンが返す言葉を窮する。

 

 ……確かに、その通りなのだ。

 

 本来なら様々な調整を重ねてから行うつもりであった実験もまた、たとえどんなに万全を期そうと、どんなに手を尽くそうとも結局のところは運に身を任せることになる秘策だった。

 ネオンの計画はどれもこれもがことごとく、綱渡り状態の大博打であり――そうでもしなければ、あの狂った戦闘力を持つ悪魔に到底太刀打ちできないことがわかっていたのだ。

 開き直りと言えばそれまでだろう。

 しかしここで悟飯の提案を受けたところで、当初3%と予測していた勝率が1%に落ちるだけだという、微々たる幅の減少率でしかないこともまた確かだった。

 

 ならば……今は彼の可能性に賭けるべきなのかもしれない。

 

 

「……操作盤にある、赤いスイッチだ」

 

 どうあろうと、奇跡に頼るしかなくなっている。それが、自分達の立ち向かおうとしている「絶望」という敵だ。

 それを知っているからか、ベビーからの反論もなかった。

 

「そのスイッチを押せば、装置は起動する。ここは私と弟子君が食い止めるから、行くなら早く行きなよ」

「! ありがとうございます!」

「ただし、絶対に成功させること! 最初に襲い掛かっておいてなんだけど……私を人殺しにしないでくれよ、悟飯!」

「はい!」

 

 13号の襲撃前、早速実験に移ろうとしていたことは不幸中の幸いだった。

 後はスイッチ一つでブルーツ波増幅装置を起動させることが出来る為、ネオンがその場に居合わせなくとも肉体の強化という目的を果たすこと自体は理論上可能だった。

 

 ただ、強化に失敗した場合――増幅したブルーツ波の供給を止める者がいない為、装置が暴走する恐れがあった。

 そして装置が暴走し、過剰すぎるブルーツ波を受けてしまった場合……最悪、彼が命を落とす可能性も十分にあったのだ。

 

 しかし彼もまた、それを承知の上で提案したのである。

 まるで絵に描いたヒーローのように、勇気ある心で。

 故にネオンには……彼の目を見て断ることが出来なかった。

 

 ラボの元へ再び飛んでいった悟飯の姿を見送り、ネオンは深く溜め息を吐く。

 それは彼の無鉄砲な行動に対する溜め息でもあったが、そんな彼を行かせてしまった自分自身の非情さと、流されやすさに対する溜め息でもあった。

 

「……真面目な子だと思ったんだけどな、悟飯は」

『サイヤ人など、強情な奴ばかりだ。俺達ツフル人の足元にも及ばん自制心だな』

「私は結構好きだよ、ああいう子は」

『なに?』

「彼みたいに危うい子を見ていると、こう……常に自分の傍に置いておきたくなるっていうか? 放っておけないじゃん」

『お前……まさか、昔の俺もそんな目で見ていたのか』

「……行くよベビー、このままじゃトランクス君がヤバい」

『図星か、貴様』

 

 ともかく彼を行かせた以上、今はパワーアップの成功を信じるしかない。

 奇跡というものは、最大限の努力をした上で勝ち取らなければならないものなのだ。故にネオンはその奇跡を起こす為、トランクスと共に13号の足止めに全力を尽くすことに決めた。

 

 

 

 




 


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超越形態降臨!!

 

 戦線から一時離脱し、ネオンのラボに戻ってきた悟飯は、まず最初に半壊したラボでも健在していた装置を見て安堵の息を漏らした。

 

 しかし、時は急を要する事態だ。あの人造人間13号はネオンと超サイヤ人になったトランクスですらとても倒せる相手ではなく、このままでは全員やられてしまうのは時間の問題だった。

 この悟飯の判断が、皆の命運を握っていると言っても過言ではない。それほど重大な責任を理解した上で、彼はここへ戻ってきたのだ。

 

「操作盤の……赤いスイッチだったな」

 

 13号が現れる前にネオンが触っていた装置の操作盤へ駆け寄ると、悟飯は勝手の知らないコンソールパネルの中に一か所だけ色の違うスイッチを見つける。

 これを押せば、装置は起動する。

 緊張にごくりと息を呑む悟飯だが、すぐに覚悟を決めと躊躇わずにそのスイッチを押した。

 

 一か八かの大博打だ。

 

 そしてこれは13号のみならず、あの悪魔のようなサイヤ人を倒す為にネオンが作り出し、悟飯が追いすがった希望でもある。

 悟飯がそのスイッチを押した瞬間、この部屋に据えられた球形の物体が淡く輝き――濁流のような光線が放たれた。

 

「っ!? ぐああああああっ!!」

 

 暴力的な光線は、まるで装置からの攻撃を受けたのかと思ったほどだ。

 その光を余すことなく全身に受けながら、悟飯は身体の内から沸き上がってくる過剰なエネルギーに苦悶の声を上げた。

 

(こ、これが大猿の力……! この力が、サイヤ人……っ!)

 

 理性を保つのも精一杯な状態だ。それほどまでに、大猿化の際に浴びるブルーツ波の影響は悟飯の肉体と精神を急激に圧迫していた。

 

 この力に負けてしまえば、自分自身があのブロリーと同じような怪物に成り果ててしまう感覚が心を支配する。

 

 一瞬脳裏に過ったのは、金色の大猿となった自分が見境なく地球を襲い、破壊し回る姿だ。

 しかしそのギリギリの精神の中で、悟飯は鋼の心で自らの変貌に耐えていた。

 

「ま……負けて、たまるか……!」

 

 この力を、自分のモノにするのだ。

 そして、この力を世界を救う為に使うのだ。

 それが出来なかった、先人たちの代わりに。

 ピッコロさんの代わりに。

 お父さんの代わりに。

 

 ……その為に、自分は生きている。

 

 その為だけにこうして生かされているのだという思いが、孫悟飯の心には常に纏わりついていた。

 だから弱くても、弱みを見せることは出来ない。

 誰よりも足掻き、誰よりも喰らいつき、誰よりも戦い抜いてみせると――学者への憧れさえ隅に置いて、彼はここまでたどり着いたのだ。

 だから――

 

「――ッ!! ウガアアアアアア!!」

 

 プツン、と悟飯は己の肉体に起こった決定的な変化を知覚する。

 心が、獣になっていく。

 これが、大猿化だ。

 かつてベジータが地球を襲った時、一度だけ変身した形態。その感覚を、悟飯は野生動物の本能のようにそれを思い出した。

 

 このまま身を委ねれば、自分はあの時と同じ変身をする。

 

 しかし、それでは駄目だ。

 大猿では悪魔には勝てない。

 獣ではブロリーには勝てない。

 自分が望むのは、獣を超越した戦士なのだ。

 悟飯は光に抗い、もがく。

 ただひたすらに、もがくことしか出来なかった。

 苛烈な意識のうねりに嬲られながらも、光の波を掻き分けるように両腕をばたつかせてもがく。

 そうして呻きながら、悟飯はゆっくりと目を開けた。

 

(これは――?)

 

 おびただしい「力」の乱流に包まれながら、悟飯は見た。

 それは走馬灯のように広がっていく光景であり、幻だった。

 

 ピッコロ、ベジータ、天津飯、餃子、ヤムチャ、クリリン。

 

 亀仙人、ウミガメ、ウーロン、プーアル、ブルマ、牛魔王、チチ。

 

 これまでの人生で出会ってきた大切な人々の姿が、幻となって悟飯の前に浮かんでは消えていく。

 それらの幻が、何を意味しているのかはわからない。

 ただ悟飯は崩壊していく理性に抗うように、無我夢中で手を差し伸ばし――その腕を、山吹色の道着を纏った青年が掴んだ。

 

 その青年の姿を見て驚愕に目を見開く悟飯に、青年は優しいも強い声で、激励するように言い放った。

 

 

 ――もっと自分の力を信じろ! 今のおめえは、宇宙で一番強ぇんだ!

 

 

 

「お父さん……っ、ぐっ! おおおおおおおお!!」

 

 脳内に響いた幻聴のような声は、大猿という獣になろうとしていた悟飯の理性をこの場所に繋ぎ、悟飯はハッと我に返って自身の肉体に溢れる過剰なエネルギーを取り込もうとする。

 そして、思い出す。

 

『最初は普通の状態で過剰なブルーツ波を浴びて、サイヤパワーの増幅が身体の限界に達した瞬間、大猿の代わりに超サイヤ人に変身するんだ』

 

 ネオンが言っていた、超越形態への可能性を。

 彼女の言葉を思い出し、心の中で何度も反芻しながら悟飯は自身に宿る力の全てを解放し、歯を食いしばる。

 

 獣ではない、黄金の戦士。

 

 ブルーツ波の奔流の中で黄金色の光を放つ悟飯は、超サイヤ人と化した状態で大猿の咆哮のような雄たけびを上げる。

 

 

 ――そしてその瞳が金色に輝いた瞬間、荒廃した地球の大地を神々しい光が覆い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人造人間13号の猛攻は、やはりネオンとトランクスの二人で凌ぎ切れるものではなかった。

 ベビーの力を解放したネオンでさえも13号の足止めは困難を極め、とうとうその防衛線を突破されてしまう。

 トランクスとネオンの二人を力任せに弾き飛ばしながら、13号はその右手にエネルギーボールを生成し、二人の後ろにあるラボに目掛けて突っ込んでいく。

 

 ネオンの予想通り、彼が今最も警戒していたのは自身を一度滅ぼしかけたリベンジデスボールの存在にあった。

 

 しかし、だからと言って、悟飯のことを全く警戒していないというわけではもちろんなかったのだ。

 不自然に戦線を離脱した彼と、そんな彼の向かった先を守るように立ち塞がる二人。その状況を見れば、悟飯の向かった先に何かがあると思うのは当然の思考だろう。

 

 人造人間故に、彼の判断にはフリーザのような慢心はない。

 

 機械的な判断から自身を害する危険性を徹底的に排除し、自身の勝率を100%へと的確に導いていく。

 ネオンもトランクスも、この状況において彼のような敵を相手にするのはあまりにも相性が悪すぎた。

 だがそれでも、少年トランクスの戦意は衰えてなかった。

 

「悟飯さんの邪魔は……させない!」

 

 13号に叩き落され地面に墜落していったネオンを脇目に、トランクスは力で劣ることを承知の上で13号を追い掛けていく。

 一秒でも長く、師の為に時間を稼ぐ。ネオンから悟飯の狙いを伝えられていたトランクスは、彼ならば必ず成し遂げてくれる筈だと、一切疑うこと無く彼の判断に賭けていた。

 

 しかしラボに目掛けて突撃していく13号のスピードに、トランクスが追いつくことは出来なかった。

 

 13号がその手に生成したエネルギーボールを投擲し、ネオンのラボを爆炎に包み込んだのである。

 彼が到着した頃には既に、悟飯が居たラボは呆気なく消滅していった。

 

「ああ……!」

 

 無情な結末に、トランクスは絶望の声を漏らす。

 止められなかった――遅れて体勢を立て直したネオンも猛スピードで13号を追い掛けてきたが、彼女も苦渋の表情を浮かべていた。

 

 ラボは消滅し、装置も砕け散った。悟飯もまたその中で――

 

 悪魔に対抗する最後の切り札が潰えたと愕然とした瞬間、それは起こった。

 

「何!?」

 

 最初に驚きの声を上げたのは、彼らの希望を破壊した側である人造人間13号だった。

 そしてトランクスとネオンもまた、今しがた広がっているその光景に絶句する。

 

 崩壊したラボを覆っていた爆炎――それを突き破るようにして、突如としてこの大地を覆い尽くすかのように大きな光の柱が立ち昇ったのである。

 

「こ……これは、悟飯さんの気!?」

「私にもわかるよ……なんて力だ……」

 

 光の柱から感じたのは、今までトランクスが感じたことの無いおびただしい「気」の量だった。

 荒々しく、暴力的で……しかし精錬と研ぎ澄まされている、果てしなく大きな「気」の奔流である。

 それは超サイヤ人状態の孫悟飯を、明らかに超越したエネルギー総量だった。

 

『……あれが、真のサイヤパワーか』

「成功した、の……?」

 

 その光景を見て、ネオンが疑うような声で呟く。

 感じられる「力」があまりにも圧倒的すぎて――自身の想定さえ遥かに上回っていたとでも言うように、彼女もまた言葉を失っていたのである。

 

 

 

 光の柱は天空へと拡散していき、地球全土が黄金色の光で満たされていく。

 それは、悟飯の身体から放出される「気」の嵐だった。

 尋常ならざる「気」の放出量は、放出を止めた今でも光の帯として空中を乱舞している。

 まるで突如として地上に小型の星団が出現したかのような光景に、誰もが驚愕を禁じえなかった。

 他ならぬ、悟飯自身でさえも。

 

「ソンゴハン……!」

 

 13号の忌々しげな視線が、瓦礫の上に仁王立ちしている黒髪(・・)の戦士に視線を釘付けにされる。

 それは、ネオンとトランクスも同じだった。

 

「す、凄い……!」

「あれが、超サイヤ人を超えた超越形態の姿……?」

 

 二人が漏らす感動の声と、疑問符の声。

 対峙する人造人間は半壊した顔に青筋を浮かべ、その身体に赤色の光を纏った。 

 

「超越形態ダト? ソンナモノガ、私ニ通ジルモノカ!」

 

 一段も二段も次元を飛び超えたような迫力を静かに放っている悟飯に対抗するように、13号が自身の内なるエネルギーを最大限まで高めていく。

 瓦礫の上に立つ悟飯はバーナーのような赤い光に覆われた13号の姿を金色(・・)の瞳で見上げると、再び自身の身体から黄金色のオーラを解放し――その世界から時を置き去りにした。

 

「ッ!?」

 

 地上から跳躍した悟飯が黄金色の帯を引きながら接近し、13号の首を掴んで雲の上へと飛び出していったのである。

 あまりのスピードを前に、取り残される形となったネオンとトランクスは慄然と戦いの行方を振り仰いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――一体、何が起こったと言うのだ!?

 

 13号は突如として桁違いに戦闘力を飛躍させた孫悟飯の手に首を掴まれながら、有り得ない状況に狼狽えていた。

 戦闘力ではこちらが圧倒していた筈だ。彼の攻撃ではドクター・ゲロに作られた装甲はビクともせず、逆にこちらの攻撃は彼に大打撃を与えていた筈だった。

 圧倒的な戦闘力差が彼と自分にはあった。

 

 それが今は、こちらの方が力負けしている……!

 

 機械であるが故に、彼の手に拘束された13号は認めたくなくとも理解してしまう。

 今の黒髪金眼の孫悟飯は、これまでの超サイヤ人とはあまりにも違う。違い過ぎていると。

 

 

「ハ、離セ! デッドリィボンバー!!」

 

 首を掴まれながら雲の上へと飛び出した13号は、その両手から放つ赤い光弾を悟飯に浴びせ、吹っ飛ばす。

 S.Sデッドリィボンバー――いくら不可思議な力を身につけたとは言え、自身最強の技を至近距離から受ければ一溜まりもない筈だと。そう判断したが故だった。

 

 13号は彼を吹っ飛ばしたことで拘束から解かれた首を振りながら、敵に着弾し大爆発を上げた光弾へと目を向け、ニヤリと口元を歪める。

 そして13号がとどめを刺すべく追撃を放とうとした次の瞬間――爆煙を突き破って現れたのは、黒髪を逆立てた青年の姿だった。

 

 ――無傷だと!?

 

 至近距離からのS.Sデッドリィボンバーを諸に受けても、孫悟飯はまるで堪えた様子もなく切迫してくる。

 13号が人間であったなら、動揺で身動きも出来なかっただろう。それでも素早く構え直し、迎え撃とうと動けたのはひとえに彼が当代最強の人造人間だからという自負でもあった。

 しかし。

 

「でりゃあ!!」

「グッオオオ!?」

 

 悟飯の拳と13号の拳が正面から交錯した瞬間、13号の右腕が粉々に砕け散った。飛び散っていく自身のパーツを視界に映しながら、13号は驚愕に目を見開く。

 しかし、悟飯の攻撃はそれで終わりではない。13号の拳を粉砕して尚有り余る威力で突き出された拳がその胸を貫通すると、すかさず二撃目に放たれた回し蹴りが13号の身体を彼方へと吹っ飛ばしていった。

 

 ――ドクター・ゲロ……この男は計算で測れる人間ではない。

 

 既に焼き切れようとしている思考回路の中で、13号は敵の実力を、敵が秘めていた可能性を大きく見誤っていたことを今一度理解する。

 油断は無かった。慢心も無かった。

 しかし孫悟飯という青年の潜在能力を、彼はそれでもまだ過小評価していたのだ。

 それは、彼を作り出した狂気の科学者、ドクター・ゲロも同じだった。

 

 ――(スーパー)17号の完成を、急いだ方がいいぞ……

 

 創造主に対する警告のメッセージを特殊電波に乗せて転送した後、13号は各所から火花が飛び散っている自身の身体を立て直し、再び空へと舞い戻る。

 

 しかし決死の覚悟で挑んでいく13号が黄昏の空に見たのは、その両手に太陽の如き膨大なエネルギーを集束させた、計測不能な力を持つ超越戦士の姿だった。

 

 そしてそれは、彼がこの世で目にした最後の景色となる。

 

「10倍! 魔閃光ーーッ!!」

 

 光点は一条の光の渦となって瞬き、解放された豪流の中に13号の肉体が為すすべなく飲み込まれていく。

 それはネオンの放ったリベンジデスボールという一撃よりも、遥かに密度の高い「気」の熱量だった。

 断末魔を上げながら、今度こそ塵一つ残らず消滅していく中で13号は幻影を見る。

 

 

 ――それは、いつかこの孫悟飯やブロリー達さえも打ち破り、自身の野望を成就させてみせる創造主の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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憧れを超えるための力

 

 夢を見ていた。 

 

 何もかもが平和だった頃の、子供の頃の夢だ。

 パオズ山に住んでいた頃、散歩に出掛けた自分が滝に落ちそうになって、それを父孫悟空が助けてくれた日の夢。

 翼竜に攫われそうになった自分を、父が助けてくれた日の夢。

 つくづく、自分は助けられてばかりだったと思う。

 それらはこの頃よく見るようになった、幸せだった過去に思いを馳せた夢である。

 

 戦いなんてしなくてもよかった、平和だった頃の夢……それを見る度に、悟飯は心のどこかで思い知らされてしまう。

 自分の弱さに。

 自分の甘さに。

 

 いつまで経っても乗り越えられない、亡き父への憧れに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界を覆っていた光が収束していくと、悟飯の意識は覚醒した。

 三半規管の活躍と背中に当たるシーツの感触から、自分がベッドに寝かされていることを即座に理解する。

 真っ白な天井から視線を動かすと、ベッドの端に腰かけている黒髪の女性の姿が目に入った。さらりとした美しい髪の持ち主の横顔が、寝転がった視界に収まっていく。

 こちらが僅かに身じろぎしたのを感じ取ったのか、女性が振り返り、安堵するような麗しい笑みを浮かべる。

 

「あっ、目が覚めたんだね! 大丈夫!? 私がわかる、悟飯?」

「……ネオンさん……そうか、俺はまた気絶して……」

 

 目覚めたてでどこかまだ虚ろな悟飯の問いに、ここは地下都市にある私の自室の中だとネオンは答えた。

 

 あの後、意識を失った君をここへ運んできたんだ。

 覚えていないの?

 

 そう話すネオンの言葉を聞き、悟飯は虚空を見上げて回想した。

 

 

 ……思い出した。

 

 膨大なブルーツ波をその身に浴びた悟飯はあの時、超サイヤ人をも超越した新たな究極戦士へと変貌した。

 大猿でもなく、これまでの超サイヤ人でもない姿に。

 目的としていた超越形態へと至り、悟飯はその力を確かに手に入れたのだ。

 

 そして新たな自分に満ち溢れる異常なパワーによって、あの恐ろしい人造人間13号を完膚なきまでに打ちのめし、今度こそ葬り去った。

 魔閃光を超える10倍魔閃光の一撃によって、この手に勝利を掴んだのである。

 

 悟飯は首を動かして、ネオンに視線を戻す。

 軽い貧血状態なのか、頭がぼうっとした。

 それでも呻きながら上体を起こそうとする悟飯の肩に、ネオンが慌てて手をやってベッドに押し戻そうとする。

 

「まだ安静にしてなよ! 怪我はないけど、君はあれから三日も倒れていたんだよ?」

「み、三日……!? そんな……あれから、もうそんなに経っているんですか!?」

「う、うん……ごめん。完全に私のミスだった。変身は成功したのに、そこまで反動が大きかったなんて……私の見込みが甘かったんだ。ごめん……」

 

 ネオンは語る。

 あの時、人造人間13号を超越形態の超パワーで葬った悟飯だが、その後突如として胸を押さえて苦しみ始めたのだ。

 彼が成し遂げた爆発的なパワーアップは、その身体に重い代償を伴っていた。

 超越形態に至った圧倒的なパワーに、他ならぬ悟飯自身の身体が耐えられなかったのである。

 外的な刺激で手に入れた力故の、想定外の副作用だった。

 

「……トランクス君が持っていたセンズとかいう薬も使ってみたんだけど、君の意識は覚めなかった。本当に……このまま植物状態になったらどうしようかと思ったよ……」

「そう、だったんですか……」

「本当に、良かった……目覚めてくれて」

 

 長い間夢を見ていたと思っていたが、現実での自分は思っていた以上に長く眠ってしまっていたらしい。

 しかし、この治療のためになけなしの仙豆までも消費してしまったことを聞き、悟飯は苦渋の表情を浮かべる。

 

 またしても、三日間の昏睡……それは、今の悟飯にとってあまりにも大きな時間だった。

 ブロリー達が地球に戻ってくるまで早くて五日と言っていたあの時点から三日が過ぎているということは、残る時間は本当に僅かしか残されていないのだ。

 この度に無駄に消費してしまった時間が、仙豆が、どれほど貴重なものだったのか……それを理解してしまったが故に、悟飯は叫んだ。

 

「ち、ちくしょう! いつも……! いつもそうだ!」

 

 無様で! 弱くて! 情けなくて! 甘ったれで!

 

 張りつめた神経の中で、悟飯は自らの不甲斐なさへの苛立ちを募らせ、吐き出した。

 彼の叫ぶ言葉は、その全てが自分自身への叱責だった。

 

 こんなところで寝ていられない! 一刻も早く修行して、あの力を磨かないと!

 

 そう言って乱暴に振り払おうとした悟飯の手を、ネオンの左手が優しく包み込むように制した。

 

「落ち着いて、悟飯」

「あ……」

 

 穏やかな声が、悟飯の鼓膜に触れる。

 自身の手を掴んだネオンの指先から伝わる体温が、悟飯の氷結していた何かをじわりと解かしていくようだった。

 

「大丈夫。あれから、一度も敵は襲って来ていない。13号は今度こそ倒したし、トランクス君も無事だ」

「……っ、でも……!」

「ブロリー達が戻ってくるまで、二日以上あるんだ。……まだ、それだけの時間ある。今は休んで、その日が来るまで英気を養おう」

「でも、俺は……!」

「もう少しだけ、心が落ち着くまでここにいて。私もベビーも、トランクス君もいるから。ね?」

「…………! ネオン、さん……っ」

「大丈夫……みんな大丈夫だから」

 

 微笑みながら真っ直ぐに自分の顔を見つめる彼女の目を見て、悟飯はハッと我に返り、全身から力を抜いた。

 彼女に促されるまま、ベッドの上に体を横たえる。

 気づけば、心の乱れはなくなっていた。

 そして、己が取り乱したわけを理解する。

 

 悔しかったのだ。

 何もできなかった自分に。

 何も守れなかった自分に。

 

 焦っていたのだ。

 力を手に入れた自分に。

 悪魔を倒せるかもしれない希望を、ようやく掴んだかもしれない自分に。

 

 だから、居ても立っても居られなかった。この身体がどうなろうと構わず、あの力をより自分に馴染ませる為に己を追い込もうとしていた。

 

 かつて誰よりも自分自身に厳しく、誰よりも強く存在し続けた父孫悟空のように。

 

 

「……夢を見たんです」

 

 絞り出すような声で、悟飯は告白する。

 それは、包み込んでくれた彼女の手の体温が、母親のそれと似ていたからなのかもしれない。

 気づけば悟飯は、誰に求められたわけでもなく語っていた。

 丸三日眠っている間、夢の世界で見ていた幸せだった頃の記憶を。

 

「夢?」

「昔の夢です。平和だった頃や、そうでなかった頃の夢も見ていた気がする。お父さんが生きていた頃の夢で……あの背中を、ずっと見ていた夢だった」

「君が、子供の頃のことか。君のお父さん……孫悟空さんは、立派な人だったんだよね?」

「うん……誰よりも強くて、最高のお父さんだった。俺もそんな父さんみたいになりたくてあんな道着を着ていたんだけど……何一つ、父さんには近づけなかった」

 

 今でも色褪せない伝説が、彼の見ていた夢には常にあった。

 悟飯の父、孫悟空。

 どんなに強い敵が襲ってきても勇敢に立ち向かい、全ての悪を打ち倒していた希望の英雄。

 時が経てば経つほどに、その存在は悟飯の中で偉大なものとなっていき、それと比例していくように自分の矮小さも思い知らされていく。

 亡き父の存在は、悟飯にとって憧れだった。

 そして、彼自身が気づいていない呪いでもあった。

 

「父さんが生きていたら、こんなことにはならなかったのにな……俺って弱虫だから、大きくなっても全然うまくやれなかった……」

 

 何度となく、思うのだ。

 自分が父、孫悟空だったならどんなに良かったかと。

 父の代わりに自分が病死していれば、この世界はどんなに平和だっただろうかと。

 次第にそのような思考が、悟飯の思考に纏わりついて離れなくなっていたのである。

 

「……すみません、こんな話をしてしまって」

 

 病み上がりで、気が滅入っていたのだろう。

 それは誰にも打ち明けたことのなかった弱みであり、悟飯の悩みだった。

 もしかしたら自分自身でさえ、その心の闇に気づいていなかったのかもしれない。

 せっかく超越形態を手に入れたのに、こんなところで何を言っているのかな、俺は……自らの語った言葉に自分自身で苦笑を浮かべる悟飯に対して――ネオンは、真剣な眼差しを向けて投げかけた。

 

「お父さんみたいになる必要なんて、あるのかな?」

「えっ……」

 

 青天の霹靂だった。

 ネオンのその言葉に、悟飯は思わず開口する。

 

「君がどういう戦士を目指しているのかは、私にはよくわからないけど……無理して心を追い込んでまで、憧れを追い求める必要はあるのかなって思ってさ」

 

 彼女自身が自らの過去を振り返っているかのように、実感の篭った言葉だった。

 悟飯の鼻先までずいっとその顔を近づけながら、ネオンは凛とした眼差しを彼に向ける。

 それは一見何気ないかのように思えて、悟飯自身の考え方に対して誰よりも踏み込んでいく一声でもあった。 

 

「君のお父さんが、本当に何でもできる立派なお父さんだったんだとしても……君は、君だろう? 君は孫悟飯で、孫悟空じゃない」

「それは……」

「君だって立派な人なんだよ、悟飯」

 

 断言した口調で、ネオンは伝える。

 彼女自身がこれまでの彼の姿から客観的な視点で感じ取った、孫悟飯という青年のことを。

 

「君はこの地球を救う為に、どんなに傷つき倒れても立ち上がった。絶望の中で折れることもなく、悪い奴に立ち向かおうとしていて……大切なものを守る為には絶対に諦めない信念を持っている。トランクス君に聞いたよ……宇宙で修行していた時も、たくさんの人を助けたんだろう?」

 

 面と向かって言われると、相応の気恥ずかしさが込み上がってくる。

 しかしそれ以上に悟飯は、そんな彼女の言葉にどこか救いを感じている自分がいた。

 それを知ってか知らずか、彼女は遠慮なく続けていく。

 孫悟飯という傷だらけの英雄に対する、惜しみない賞賛の言葉を。

 

「どんなに小さな希望でも、その手に掴んで未来を切り開こうとしている……その姿はきっと、君のお父さんにだって負けていないと思う」

 

 それは悟飯の胸で何か――熱いものが込み上がってくる言葉だった。

 

「無敵のヒーローだけが、最強なんじゃない。どんなに苦しくても諦めない人だって、最強の戦士だ。だから私は、君のことを本当に尊敬している」

「ネオンさん……」

「……私の計算ミスで丸三日も眠らせてしまったことだって、恨み言一つ言わないんだもん。君はいい子だよ、悟飯。だから、あまり自分を卑下するな」

「……いい子なんて、言われる歳でもないですけど」

「生意気。私の方がちょっとだけ歳上なんだから、病み上がりは大人しく甘えておきなさい」

 

 ――君は何もかも背負い過ぎなんだよ、無敵のヒーローでもないのに。

 ――そうなろうとしていたから……でもそれは、間違いだったのかな?

 ――目指すのはいいことなんじゃない? でも、それにばかり拘るのは駄目だと思う。上手く行かなくなった時、誰にも相談出来なくなるから。

 

 そんな会話を交わした後、ネオンは悟飯の横たわるベッドに腰を下ろし、振り向きながら彼の頭を撫でる。

 これまでの彼の頑張りを労わるように。

 小さな幼子をあやすように。

 そのように彼女の手で好き勝手弄ばれるのは、悟飯の中で気恥ずかしさよりもどこか安心が勝るような、不思議と心地の良い感覚だった。

 

 気づけばもう、その心に苛立ちや焦りは無くなっていた。

 

 

 

「……疲れていたのかな、俺は」

 

 子供の頃の自分に戻ったようなまどろみの中で、悟飯は今までの自分を自嘲するように呟く。

 本当に、父親とは違って弱い息子だ。

 成長してからもまだ、こうして他人に甘えてしまっている。

 泣き虫で、甘ったれの孫悟飯なんだ、俺は。昔から……何も変わっていない。

 

 わかっていた。

 自分の弱さなんてとっくにわかっていた。

 わかっていたから、弱さを見せないようにしていた。

 次代の戦士の礎となるために……。

 憧れていたんだ。

 俺も、父さんのようになりたかったと。

 

「……違う人間になんか、なれるわけない」

「悟飯?」

「俺は……俺が孫悟飯だということを忘れて、ずっと強くなったふりをしていた」

「……それは、悪いことじゃないよ。それだって立派な強さだ」

「だけど俺は、そんな自分を見ていないふりをしていた……わかっていなかったのに、わかっている気になっていたんだ」

 

 自分の弱さを受け入れられず、全てを捨てて戦いに赴こうとしていたのも全て自己満足だった。

 だから戦いが好きなわけでもないのに、父親のように戦い続けようと無理をして、疲れて、傷ついた。

 その生き方を今後も続けていれば、その先に待っているのはいつか訪れる破滅の未来であろう。

 彼女の手に触れながら落ち着いていく心の中で、悟飯はようやくそのことを思い知った。

 

 ――強くなりたかったのなら……身体だけではなく、この心も本当の意味で変わるべきだったのだ。

 

 孫悟空の息子ではなく、孫悟飯として自立した男に。己自身の強さを極限まで高めていくために、在り様を考えていく必要があった。

 今更になって、それがわかったような気がした。

 

「同じだね」

 

 ネオンが微笑みながら、昔を懐かしむように言う。

 そんな彼女の言葉に、今度は悟飯が目を丸くした。

 

「私も昔、ある人の強さに憧れていてね……復讐の為だけに、その力を自分に取り込もうとした時があった」

「それって、ベビーさんの……」

「でも、気づいたんだ。人には向き不向きってものがある。どんなに似ていても、どんなに近くにいても、私達人間は他の誰かと同じにはなれない」

「……当たり前ですよね。だから俺は、孫悟飯でいられる。貴方も、貴方でいられるんだ」

「うん……あはは、私達、案外似ているのかもね」

「ふふ、そうかな……?」

 

 それぞれ違う人間が協力しあって、この素晴らしい世界を創り上げたのだ。

 そしてそれを力で無理矢理支配しようとしているのが、パラガス達の悪意である。

 

 だから悟飯は、そんな彼らを許すことは出来ない。

 

(俺は……超える。俺自身のやり方で、お父さんを超えてみせる)

 

 そうしなければ敵を倒せないのなら、いつか憧れさえ超越してみせる。

 変わらなければならないのだ。

 復讐でも孫悟空の息子としての責任でもなく、俺自身の意志で。

 

 俺の、俺だけの道を突き進んでみせる――孫悟飯はそう、心に誓った。

 

 



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開戦! パラガス軍対最後の地球戦士

 パラガス達が地球に帰ってくる日まで、残る猶予は少ない。

 しかし戦士達は希望を捨てず、各々に決戦の準備を進めていた。

 その際、悟飯は一つその身に嬉しい誤算を発生させることとなった。

 

「これは……」

「すごい……すごいです、悟飯さん! これならブロリーに勝てますよ!」

 

 それは、ブルーツ波増幅装置によって一度超越形態に至った影響であろう。

 悟飯のパワーマックスが飛躍的に伸び、戦闘力が通常の状態でも格段に上昇していたのだ。

 ネオンに諭されるまま無理をせずゆっくりと身体を休めた彼だが、それが功を為したとも言える。

 一日掛けて体力を完全回復させた悟飯がその「気」を解放してみせると、今までとは明らかに違うその力にトランクスが驚嘆の声を漏らした。

 

「これなら、何とかなるかもしれない……」

 

 悟飯自身も手ごたえを感じ、勝機を見出す。

 超サイヤ人ブロリーの本当の力は未知数であるが、かつてベジータを殺した時の彼と比べても、今の悟飯の力はそれをやや上回っているように感じた。

 身体に無理がありすぎる超越形態には三日間意識を失うデメリットが発生したが、素の力までも強くなれたのなら想像以上の成果と言えた。

 

「ただ、トランクス君のパワーアップは諦めてもらうしかないね。前の戦いで、装置が完全に壊れてしまったから……もう一度作り直して調整するには、時間も資材も足りていない」

「ああ、残った時間は、戦いの準備に使うよ」

 

 仮に装置がもう一度使えたとしても、その身であの苦行を体感した悟飯は快く弟子にも使わせる気にはなれなかった。

 現状トランクスよりも遥かに鍛えている悟飯ですら、超越形態に至った時はああも苦しみ寝込んでしまったのだ。それをまだ未熟なトランクスに使わせてしまえば、パワーアップどころかその命を落としてしまう危険があまりにも高すぎた。

 こちらが出来る準備と言えば、パワーアップした己の力を慣らすこととトランクスに少々の稽古をつけてやるぐらいなものだ。

 

 おそらくブロリーと直接戦うのは、自分だけになるだろうことは――既に何年も前から覚悟していたことだ。

 

 そんなプレッシャーが、今は自然と怖くない。その不安や負の感情を、一度彼女の前で吐き出したからだろうか……と悟飯は微笑みを浮かべるネオンの顔を見た後、その「右腕」に目を移して訊ねた。

 

「準備と言えば、ネオンさんその腕は?」

「ああ、義手を作ったんだ。付け焼き刃にすぎないけどね。人造人間からもぎ取った腕を使って作ってみた」

 

 ナッパとベジータが初めて地球に来た際、その襲撃によって失われた彼女の右腕。

 隻腕の彼女の片側には、機械の部品が露出している不格好な腕が装着されていた。

 生身の左腕よりも二回り以上大きく見えるそれは、以前破壊した人造人間のパーツを作って製作したらしい彼女の義手だった。

 

「すごいんだよ、これ! 相手の「気」を吸収して、自分の身体に取り込むことができるんだ!」

「そ、そうですか……」

「うん! ドクター・ゲロは本当にしょうもない奴だけど、物凄い天才だ。こんな技術は、ツフルにだってなかったよ」

「へ、へえ……」

 

 やや興奮気味に詰め寄りながら義手の説明をする彼女に、悟飯はたじろぐ。

 実際その性能は高いのだろうが、ゴテゴテしたその義手は彼女のような若い女性が身につけるにはあまりにも物々しく、グロテスクだったのだ。

 失った腕の代替というデリケートな話題でもある為に、悟飯にはどう返せば良いのかわからなかったのだ。

 そんな彼の反応に、彼女は少し唇を尖らせる。

 

「むー……反応薄いね」

「いや、そりゃあ凄いとは思いますけど……本当に、ドラゴンボールがあればなぁ」

 

 ドラゴンボールがあれば、彼女の腕も治せただろうになと――不格好な義手をつけた彼女の姿を見て、悟飯は切ない気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 この期間、悟飯はネオンの地下都市から外出し、地球で生き残っていた知人たちに顔を見せにいった。

 戦士達は全滅しても武天老師やウーロン達は健在だったらしく、トランクスも連れてカメハウスを訪れると彼らは、悟飯の帰還を一斉に歓迎してくれた。

 

「おお、あんなに小さかった悟飯坊ちゃんたちが……なんとご立派になられて……!」

「泣くなよウミガメ……俺まで泣けてきちゃうじゃないか」

「僕も……ヤムチャ様たちにもお見せしたかったです……っ」

「……大丈夫です。みんなとも、いつか会えますって」

 

 彼らの見た目は昔と比べてあまり変わっていなかったが、歳を取った分涙腺が弱くもなっていたのだろう。

 感激のあまりざめざめと涙を流したウミガメに釣られてプーアルまでも泣き出し、それを見て悟飯はある決意を固める。

 

 今までは考える余裕もなかった――「後」のことについてだ。

 

 やっぱりそれが一番だなと思いながら、悟飯は彼らに語った。

 

「この戦いが終わったら、ナメック星を探しにまた旅に出ようと思います。何年経っても必ず見つけ出して、みんなのことを生き返らしてあげたいんです」

「悟飯、お前……」

「ウーロンさんも、綺麗なお姉さん達が生き返った方が嬉しいでしょう?」

「……はは、お前、言うようになったな!」

 

 戦いが終わった後のことを考えるようになったのは、これが初めてかもしれない。

 それほどまでに敵は強大すぎて、勝てる見込みがなかったから。

 そして、これが自分にとって最後の戦いになるだろうことも穏やかに察していた。

 故に悟飯は、その胸の内を幼い頃からの知人たちに明かすことができた。

 自分らしくない、冗談も交えて。

 

「悟飯さん、それじゃ学者さんの夢は……」

「いいんだ、トランクス君」

 

 元々の夢が学者であることを知っているトランクスが、気づかわしげな目で窺ってくる。

 だがそれが悲惨な運命に踊らされ続けてきた、孫悟飯の本心だった。

 

「俺の夢は、みんなを生き返らせることに決まった。今、決めた」

 

 その夢がある限り。

 その願いがある限り、悟飯はまだ戦える。

 どんなに苦しくても。

 

「こういう目標があった方が、ブロリー達を倒さなきゃって、強く思えるから」

 

 亡き父のような純粋な戦士にはなれないけれど、そんな「地球人らしい」思いが自分を強くしてくれる気がした。

 

 

 

「ネオンさんや、腰はもうちょいこうした方が」

「? こう?」

「ムホホ……いや、こうじゃな。もっと深く落として、お尻を後ろに突き出して……」

『触るな変態』

「!?」

 

 そんな悟飯の後ろではかめはめ波の撃ち方をネオンに対して異様なほど丁寧にレクチャーしている武天老師こと亀仙人の姿があったのは、なんとも締まらない光景だった。

 ウミガメとプーアルがガックリと項垂れ、ウーロンが「あのスケベ爺さんほんとブレないなぁ」と自身の性癖を棚に上げてそう呟く。

 生きた伝説である武天老師様とぜひ会ってみたいと言い出したのはネオンの方だったのだが、そんな彼女の来訪に彼は、気のせいか悟飯達が帰ってきたことと同じぐらい喜んでいた気がした。

 

「パラガス達のせいで、ピチピチギャルがみんないなくなっちまったんだもんなぁ……俺も久しぶりに見たぜー。いい娘見つけたな、悟飯」

「え? ……そうですね、良い人ですよ、ネオンさんは」

 

 ウーロンさえも大人しくなるほど人口が激減しているこの時世、彼女のような美人もまた当然のように地上からいなくなっているということだろう。

 何となく彼女がそういう目で見られることに面白くない感情が過るのを感じながら、悟飯は一人決意を込めて呟いた。

 

「……守らなきゃな」

 

 もう誰一人、失いたくはない。

 地球の未来を、今度こそ切り拓いてみせるとその胸に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして数日後、空の向こうから向かってくる大きな「気」の接近を悟飯達は知覚した。

 

 

「悟飯さん、このとてつもない気は……!」

「ああ、間違いない! ブロリーとパラガスの気だ!」

 

 審判の日が、とうとう訪れたのである。

 遠い星を攻め落としに遠征していたブロリーとパラガスの宇宙船が、遂に帰還を果たしたのだろう。

 既に山吹色の道着を纏いウォーミングアップを終わらせていた悟飯は、後ろに立つ自身の母親に視線を移しながら力強く言った。

 

「行ってきます、母さん」

「必ず帰ってくるだよ。おめえの居場所は、ここなんだからな」

「はい……必ず、勝ってきます」

 

 決戦に向けて最終調整を終わらせた悟飯は、最後の時間は実の母親と過ごしていた。

 随分と顔見せが遅くなってしまったのは、戦いばかりで変わり果ててしまった自分を見せることに後ろめたさを感じていたのもあるのかもしれない。

 しかしそんな親不孝な息子に対しても、かつてより老け込んだ母は昔と変わらず惜しみない愛情を注ぎ、その腕で抱擁を交わしてくれた。

 

 そんな二人の様子をどこか羨ましそうに、懐かしむような目でネオンが見つめる。

 

「ネオンさん、行きましょう」

「いいのかい?」

「ブロリーに勝てば、また会えますから」

「そうか……トランクス君もお母さんとは話したかい?」

「はい。僕も、必ず奴らを倒すと約束しました」

「……強いね、君達は」

 

 いつの間にやら迎えに来ていたネオンが、息子との別れと再会の約束を済ませたチチに対して深々と一礼した後、舞空術で飛翔していく。

 そんな彼女の後ろに続いて悟飯とトランクスが飛び上がり、横並びになって速度を合わせながら視線を交わしあった。

 

 この数日の間に、出来ることは全て終わらせてきた。

 

 後は戦うだけだ。

 倒すだけだ。

 こんな時代にしてしまった元凶を、破壊を撒き散らす悪魔を。

 

 

 

 

 

 キングキャッスル――かつてはこの地球の国王が住まっていたその場所は今、禍々しい改築を施されパラガスの居城と成り果てていた。

 

 周辺地域はおびただしい数の機械兵士達や武装した異星人兵士達に囲まれており、外から迂闊に攻められないように厳重な防衛網が敷かれている。

 そのキングキャッスルに向かって、空からゆっくりと降下していく物体が見える。

 かつて見たことがあるフリーザの宇宙船に似た形状のそれは、十中八九パラガス達が乗っている宇宙船と見て間違いないだろう。

 

 距離は約二十キロメートル。

 その範囲まで飛行を続け接近した悟飯は、自身の右手に体内のエネルギーを集束させ、迷いなく解放した。

 

「くらえ!」

 

 悟飯の放った一発の気功波が、寸分の狂いもなく宇宙船へと向かっていく。

 一気に本丸を狙い撃つ先制攻撃だ。

 命中すれば宇宙船は崩壊し、非戦闘態勢であれば中にいるパラガス達にもダメージを与えられるかもしれない。

 

 しかし、予想通りと言うべきか、敵もまたこちらの動きに気づいていた。

 

 宇宙船から飛び出してきた一つの影が悟飯の気功波の前に飛び出し、その一撃を呆気なく彼方へと弾き返したのである。

 

 悟飯の視力はその影を――その人物の姿を、はっきりと捉えていた。

 瞬間、悟飯の心に激しい怒りが燃え上がり、その髪を逆立て、黄金の色に染めた。

 

 超サイヤ人になった悟飯が、トランクスとネオンに対して事前の打ち合わせ通りに命じる。

 

「ブロリーが出てきた! アイツは俺がやる! ネオンさんとトランクスはパラガスを!」

「……わかった」

「お気をつけて!」

 

 あの悪魔を相手にするのなら、中途半端な実力の者が束になっても却って逆効果だ。

 油断を誘うことができず、こちらの勝機が薄れる可能性が高くなる。

 ブロリーが厄介だからと言って、パラガスを放置するのも悪手だ。サイヤ人らしからぬ頭脳派であり策謀家でもある彼は、ある意味では悪魔以上に何をしでかすかわからない危険人物だった。

 故に悟飯達は、最初は二手に分かれた方が賢明だと考えたのだ。

 まずは悟飯が一対一で悪魔に挑み、悪魔が油断したところを――超越形態で一気に仕留める。その間にネオンとトランクスがパラガスの息の根を止める。それが、三人で考えた大まかな作戦だった。

 

 散開し、それぞれの目的地へと飛び去って行くネオンとトランクス。

 

 そして一人その場に残り、黄金の尾を引きながら一直線に突っ込んでいく悟飯に向かって、宇宙船から飛び出してきた影もまた黄金の姿となって真っ直ぐに飛び込んできた。

 

「カカロットォォォォーーーッ!!」

「ううううあああああああっっ!!」

 

 悪魔――その名はブロリー。

 お互いに咆哮を上げるブロリーと悟飯の拳が正面から激突し、黄金の閃光が空に弾けた。

 






 映画ブロリーが大満足だった結果、こちらの執筆が遅れました。
 本作も新しく映画に習って副題を付けることで、ぼちぼち更新を再開したいと思います。
 やっぱり悟空さがいないせいで全体的に暗い本作ですが、じきに明るい展開になっていくかと思います。


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熱戦

 黄金の光が二つ、彗星のように尾を引きながら空中でぶつかり合う。

 それは孫悟飯とブロリー、二人の超サイヤ人が繰り広げる壮絶な打ち合いの様相だった。

 悟飯の拳がブロリーの胸板を叩けば、それ以上の威力で返されたブロリーの拳が悟飯の構えたガードの腕を痺れさせる。

 

「はあっ!」

「ふん!

 

 悟飯が身を翻して回し蹴りを放てば、ブロリーは即座に身を屈めてそれを回避する。

 すかさず、ブロリーがアクロバティックな動きで下からすくい上げるように、二本の足で悟飯の身体を蹴り上げた。

 しかし悟飯もやられっ放しではない。痛みに悶絶することもなく、即座に体勢を立て直しながら右手から気弾を放ち、敵の追撃を防いでみせた。

 爆風から飛び退りながら、悟飯は廃墟のビルの上に降り立って敵の姿を見据える。

 恐ろしくて、はっきり言って心は震えているところだ。

 

「ブロリーめ……! 相変わらず化け物だ……俺もあの時とは、比べ物にならないぐらい強くなった筈なのに……っ!」

 

 昔にはまるでなかった手ごたえを感じているのは良い報せだろう。

 しかしスピードもパワーも防御力も、悪魔の恐ろしい強さは昔と何ら変わっていなかった。

 ブルーツ波増幅装置によって過剰なエネルギーを吸収した今の悟飯は、その影響により通常時のパワーマックスが桁違いに上昇している。

 

 そんな悟飯が超サイヤ人になった今の戦闘力は、あの合体13号をも上回る劇的な上昇を遂げていた。

 

 しかし、それでも……それでもなお、悪魔ブロリーの存在は強大すぎた。

 彼の拳が振るわれる度に、悟飯の脳はしきりに死の警報を鳴らしていた。

 

 ブロリーが爆煙の中からゆっくりと上昇し、その身体から特異な翠色のオーラを放出する。

 長身でありながらも細身な体型や、端正整った顔立ちは一見すれば爽やかな好青年にも見えるかもしれない。

 しかし彼の残虐非道な精神構造はまさしく悪魔のそれであり、そんな彼は超サイヤ人の青い瞳で品定めするように悟飯の姿を睨んでいた。

 

「……違う、カカロットじゃない」

「父さんじゃないが、お前は俺が倒す!」

「倒す? お前が? …………」

 

 お父さんと間違われていたのなら、それは光栄なことだ。

 だが、倒す。

 未来の為に、こいつはここで仕留める。

 もう犠牲はたくさんだという思いを胸に、悟飯は内なる「気」を一気に解放した。

 

「む……」

「だりゃああっっ!」

 

 悟飯が解放した「気」の圧力を受けて、先ほどまで彼が佇んでいた廃墟のビルが呆気なく崩れ落ちていく。

 それが完全な崩壊に至るよりも早く、音を置き去りにして飛び上がった悟飯の右手がブロリーの頬を殴りつけた。

 だが、この程度ではまるで足りない。

 悟飯は仰け反った敵に対して続けざまに左手を走らせ、二発目の拳でブロリーの顎を打ち付けていった。

 

「……カカロットの息子?」

「はあああああっっ!!」

 

 そして二つの手に「気」のエネルギーを集束させ、悟飯は至近距離から気攻波を放った。

 魔閃光――その一撃はいっそ不気味なほど緩慢な動きをしていたブロリーの胴部を捉え、そのまま勢いを落とすことなく彼の身体を無人の廃墟へと叩き付けていった。

 それは傍目から見れば、悟飯の凄まじい猛攻がブロリーを襲っているように見えるだろう。

 しかしその感触の浅さを、誰よりも悟飯自身が深く理解していた。

 

「……やはり、駄目か」

 

 ダメージはゼロ。恐るべきタフネスである。

 悟飯にとっては完璧に決まった一撃だったのだが、まるで堪えていない敵の姿を認めて予想通りの溜め息をつく。

 

 しかし、今の攻撃は僅かながらブロリーの魂を揺さぶったのだろう。

 気の解放一つで廃墟の町をまるごと炎上させながら、巨大怪獣のようにゆっくりと歩き出てくるブロリーは、悟飯の姿を自身の敵として見据えていた。

 

「お前……今ので全力かぁ?」

「……まさか、ほんの挨拶代わりさ」

「そう来なくちゃ面白くない」

「……ああ、とことん楽しませてやるよ。もう二度と悪さ出来ないぐらいにな!」

 

 かつて自分が殺したベジータよりも遥かに強い悟飯の力を見て、彼の戦闘意欲も少しは高まったということだろうか。

 サイヤ人らしい眼光に見据えられた悟飯は、サイヤ人らしい強がりを返して不敵に笑う。

 

 ……まったく、ふざけた悪魔である。

 

 ブルーツ波増幅装置によって反則的なパワーアップを成し遂げた筈の今の悟飯さえも、ブロリーからしてみればそこまでしてようやく「敵」として認識する程度の相手だったということだ。

 こんな化け物に、勝てるわけがない。

 勝てるわけが、なかった。

 だが、それでも。

 それでも、今は――

 

「終わらせる……」

「?」

 

 超サイヤ人の状態を解除し、黒髪に戻った悟飯がすうっと息を吐く。

 出来ることならば、戦いが始まってすぐには使いたくなかった。

 しかし、もはや体力の消耗や後先のことを考えている余裕など一秒とてありはしない。

 故に悟飯は――自らの切り札を一切出し惜しまなかった。

 

「この俺が、終わらせる!」

「――!」

 

 大猿のような咆哮を上げた瞬間、悟飯の黒髪が逆立ち両目が金色の虹彩を帯びる。

 暴風の如き圧倒的なオーラを纏った悟飯の姿を見て、ブロリーが初めて表情を変えた。

 

「なんだ……? なんなんだぁそれはぁ?」

「俺一人、死んでたまるか……決着をつけるぞ! ブロリィィーーッ!!」

「なっ……!?」

 

 超越形態。

 この力を使い果たした時、俺はもうこの世にはいないだろう。そんな確信を抱きながらも、しかし自分一人で墓場に行く気はなかった。

 

 覚悟の中で悟ったような目でブロリーを睨み、孫悟飯は最後の戦いに赴く。

 

 

 そして、一閃――悟飯の拳に腹部を突き刺され、ブロリーが初めて自らの血を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流石は敵の総本山と言うべきか、キングキャッスルの周辺はおびただしい数の軍隊に守護されていた。

 その兵達のほとんどが先日ネオンが破壊した人造人間19号と似た姿をした量産機タイプの機械人形であり、個々の戦闘力数値は全員が数千万を超えるレベルの怪物たちである。間違いなく、この宇宙で最強の軍隊と言えるだろう。

 そんな敵陣のど真ん中に飛び込みながら、ネオンとトランクスの二人はそれぞれ一騎当千の活躍で敵の防衛網を崩していた。

 

「コイツら……やっぱり、気を吸い取るのか!」

「トランクス君、絶対に直撃させられる自信が無ければ、気攻波の類は撃たないでね」

「わかってます! 貴方が作ってくれた、この剣があればっ!」

 

 この数日間、パワーアップを遂げたのは悟飯だけではない。

 彼と比べれば微々たる変化ではあるが、少年トランクスもまたこの戦いの為に準備を重ねてきた身だった。

 その一つが、今彼が両手に構えている一本の「長剣」だ。

 彼は徒手空拳だけではなく、初めて武器を使用してこの戦いに臨んでいたのである。

 

 その長剣を振りかぶり、一閃――量産型の人造人間の胴部を横薙ぎに斬り裂いていく。

 

 並大抵の相手ならば、文字通り一刀両断に斬り伏せてみせる。抜群の切れ味を誇る彼の長剣もまた、ネオンがツフルの技術を応用して作り上げたものであり、それを超サイヤ人のトランクスが振るうことによって宇宙でも類稀な名剣と化していた。

 この数日間で初めて気づいたことだが、少年トランクスには武道家のみならず剣士としての才能もあったらしく、元々ネオンがブロリー対策として自らの為に開発を進めていたその「ツフルの剣」を、彼女以上に使いこなすことができたのだ。

 

「やるぅ!」

 

 鮮やかな剣捌きに、ネオンが賞賛の声を贈る。

 新しい才能を腐らせておくのも勿体ないと思ったネオンはそ自身の作った「ツフルの剣」を彼に譲り渡し、今は彼の装備として人造人間相手に振るわれていた。

 

「せああっ!」

 

 悟飯の超越形態と比べれば付け焼き刃に過ぎない戦力アップではあるものの、気攻波の類を吸収してしまう人造人間を相手にその剣は想像以上の猛威を振るった。 

 一体を真っ二つにすれば二体、三体と返す刃で次々と敵を斬り伏せていく少年トランクス。

 彼の動きは敵を斬り伏せていく度にどんどん洗練されていき、剣士としての才能をまざまざと見せつけていた。

 

「数ばかり揃えても、僕達の相手じゃない!」

 

 襲い掛かる敵陣を圧倒的な速さで蹴散らしながら、そう叫ぶ少年の姿は末恐ろしい。

 未だ発展途上で身体も小さいトランクスだが、ネオンの目から見て彼は間違いなく、人類史上例を見ない一流の戦士だった。

 まだ子供である彼がこうして命を張って戦わなければならないこの世界がいかに業が深いか、含むところはもちろんある。しかしこれほどの強さを持つ彼が自らの仲間として戦っている事実に、ネオンは思わず口漏らした。

 

「今更だけどいいもんだね……自分の背中を誰かに預けながら、戦えるっていうのは」

『……ふん、お人好しめ』

 

 数日も同じ時を過ごしていれば、孫悟飯や彼がどれほど清い心を持った正しい人間であるかもわかる。

 今までずっとベビーと二人だけで戦ってきたネオンもまた、彼らの心の温かさを受け取り、今では完全に心を許していた。

 そしてそれは、言葉にはしていないもののネオンの中にいるベビーとて同じなのだろう。口数は少ないが、彼も同様に二人に対して心を開き始めていることをネオンは感じていた。

 自分達から何もかも奪っていったサイヤ人のことを、決して許しはしない。しかし憎むべきではないサイヤ人もいることを、ネオンとベビーは本当の意味でわかり始めていたのだ。

 孫悟飯とトランクスという、立派な勇者の背中を見て。

 

「砕け散れ!」

 

 子供(トランクス)に負けていられないなと、ネオンは彼の長剣に倣って自らの新兵器を解放する。

 ネオンはかつて失われた右腕の部位に装着した義手を振り回し、薙ぎ払うように敵の人造人間達を殴りつけ、次々とまとめて粉砕していった。

 トランクスの剣技が一種の芸術のような美しさを披露する一方で、ネオンのそれは技でも何でもなく、どこまでも野蛮な荒業である。

 先日破壊した人造人間19号や人造人間13号達の残骸を基に製造した巨腕の義手は、ネオンが幼少の頃に失った右腕の分を補って余りある威力を見せつけていた。

 全てはドクター・ゲロのおこぼれと、ツフルの叡智があったればこそだと心の中で苦笑しながら、ネオンは自分より体格が大きく上回る量産型の人造人間達を相手に、その義手を振るい力任せに叩き潰していった。

 寄せ集めのパーツで作った為に形こそ不格好で禍々しいが、ネオンはこの造形を完成当初から修正する気が起きないほど気に入っていた。

 生身では絶対に出来なかったであろう強引な戦い方が、何となく性に合っている気がしたのである。

 

「そう言えばあの子は、これを見て似合っていないって言いたげだったね」

『それがどうした?』

「……いや、どう考えても普通の人間じゃない私を、あの子は戦士としてじゃなく女の子として見てくれたのかなって思ってさ」

 

 自身の中にいるベビーと何気ない会話をしながら、淡々と敵の軍勢を破壊していくネオン。

 これまで彼女が葬ってきた数は軽く五十は超えているが、それでも敵の防衛網は固く、十分以上経ってもパラガスの待つキングキャッスルには近づけずにいる。

 

『……その腕がお前に似合うと思っている奴は、お前しかいないだろう。奴の見方だけが特別なんじゃない』

「ふふ、なに? ベビー君嫉妬してるの?」

『戦いに集中しろ』

「しているよ。冗談だってば」

 

 敵の中から背後に回ってきた者を回し蹴りで叩き落すと、彼らが「気」を吸い取れる体勢でなくなった状態を見てネオンはすかさず生身の左手から気功波を発射する。

 

「私がそんな魅力的な人かっての!」

 

 着弾と同時に巻き起こった爆発は十数体もの量産型人造人間達を巻き込んでいき、彼らをまとめて物言わぬ鉄屑へと変えていった。

 

 これで、八十体は倒しただろう。

 

 ネオンがちらりと横目を向けてみればトランクスもまた同じぐらいの残骸の山を築き上げており、こちらの優勢具合をわかりやすく示していた。

 圧倒的な実力差の前では何体数を揃えようと、ネオンとトランクスの脅威にはなり得なかった。

 量よりも質だと、その道理を証明してみせるように、たった二人の地球戦士は圧倒的だった。

 

 しかし、だからこそネオンは不審に思う。

 

 パラガスの帝国にはドクター・ゲロが所属しているとは言え、流石の彼でも13号クラスの人造人間を量産することは出来ないだろうと予測していた。でなければ、完全にこちらの詰みである。

 そしてその予測は当たっていたのだろう。キングキャッスルを守護している量産型人造人間達の実力は、人造人間19号の完全劣化版と言って差し支えない程度の性能だった。

 しかし、それを踏まえてもあまりに順調すぎる。

 こうも簡単にこちらが優位に立っている現状が、根が小心者であるネオンには気味悪く思えてならなかった。

 

「これだけ暴れれば、そろそろ来るんじゃないかな?」

「来る? 何がです? ――っ!」

「ほら、やっぱり来た!」

 

 嫌な予感ほど、良く当たるというものだろう。

 こちらが圧倒していた乱戦の状況を乱したのは、一発のエネルギー弾だった。

 量産型の人造人間達が放つものとは比較にならない威力が込められたそれは、二人が飛び退った場所を跡形も残らず消し去っていった。

 彼らにとっては味方である筈の人造人間達さえ邪魔者扱いするように吹き飛ばした新たな敵が、一転して見晴らしの良くなったキングキャッスルの地にゆっくりと降り立つ。

 

「雑魚相手に、何を手こずっているんだか」

 

 落ち着いた声音である。

 ネオンにとっては聞き覚えのある声であり、今しがた聴こえてきた「少年」の声に彼女は目を見開く。

 その声を初めて聴いたトランクスの方は油断なく長剣を構えながら、新たに現れた敵の姿を油断なく見据えた。

 

『あいつ……』

「そろそろ大物が来るとは思っていたけどね……だからって、それはないだろう」

 

 爆煙が晴れたことによってはっきりと見えるようになった相手の姿を映して、ネオンは嘆くように呟く。

 オレンジ色のスカーフを首に巻いた、十代半ばぐらいの少年。

 その少年――完成された人造人間が己の加虐性欲を抑えきれぬと言わんばかりに、端整な顔を邪悪に歪めながら言い放った。

 

「二人まとめて掛かってきな。この17号様が、直々に遊んでやるよ」

 

 その名は、人造人間17号。

 少年の見た目に騙されてはならない。

 ネオンの反応から今までとは明らかに違うレベルの敵が現れたのだと悟り、トランクスが油断なく彼の姿を睨む。

 ネオンは悔しさと悲しさを滲ませた目で、敵となった(・・・・)彼の姿を見つめた。

 

「……ラピスさん……」

『気を引き締めろ、奴は人造人間だ。お前の知っている双子は、とっくの昔に死んでいる』

 

 ……わかっているさ、こんちくしょう――そう毒づきながら、ネオンは右腕の義手を構え、黒髪の人造人間と相対した。

 





 【わかりやすい戦闘力説明】

 悟飯:ブルーツ波増幅装置の影響でパワーアップ。セルゲーム時点での原作悟空よりちょっと弱いぐらい。超越化でさらに強化できる。

 トランクス:ナメック星編フルパワーフリーザよりちょっと弱いぐらい。剣を使えばコルド大王までは倒せる。

 ネオン:人造人間13号と大体同じぐらい。ベビーが主導権を握れば神コロ様よりちょっと弱いぐらいの性能を発揮できる。右腕だけサイボーグ系女子にモデルチェンジ。実はベビーが単体で戦った方が強い。

 ブロリー:カワイイ。イケメンブロリー状態で完全体セルクラス。まだ上があるのだが悟飯はそのことを知らない。

 パラガス:原作よりブロリーに歩み寄っている分ブロリーによって死に掛ける回数もそれなりに増えており、相応に戦闘力が上がっている。戦っている姿は誰も見たことがない。


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烈戦

 雷光――その表現が最も適している、悟飯の鋭く重い攻撃だった。

 超越形態となった悟飯の拳がブロリーの腹部を突き刺し、一瞬の交錯につき百発もの連打を浴びせていく。

 

「ぐっ……おおお!?」

 

 ブロリーの目が驚きに見開かれる。

 悟飯が初めて見た彼のその反応は、超越形態となった今の状態ならばブロリー相手にもダメージを与えられることを意味していた。

 

(いける……! これなら!)

 

 悪魔ブロリーは間違いなく化け物だが、超越形態となった今の悟飯もまた同じ領域の化け物だった。

 しかしこの力がいつまでも保っていられるものではないことを、変身二回目にして悟飯は理解していた。

 この姿になってからは、ただ時間が経過しているだけで身体中の細胞という細胞が爆ぜて悲鳴を上げているような感覚に侵されている。

 自分自身の急激なパワーアップに、肉体が対応しきれていないということなのだろう。

 だが、それでも構わない。

 

(寿命なら、いくらでもくれてやる……! だから、俺に力を! コイツを倒せるパワーをくれ!)

 

 一秒につき一年分の寿命は削られているのではないかと感じるほどに、今の悟飯は蒸発しそうな理性の中で破滅的な感覚に襲われていた。

 その苦しみに苛まれようとも、悟飯はただひたすらにブロリーの身体を乱打し、一心不乱に攻撃を叩き込んでいく。

 時折返ってくる反撃の拳を残像を残すスピードでかわし、背後に回って背中を蹴り飛ばす。

 ブロリーが苦悶の声を漏らせば、黄金のオーラをとめどなく垂れ流した悟飯がさらに回り込んで右腕を振り払い、敵の身体を地面へと叩き落とした。

 大地に地殻変動を起こしながら立ち上がったブロリーが、空を睨んで悟飯のいた場所に目を移す。

 しかしその時には既に悟飯の姿はその場になく、黒髪を逆立てた彼はブロリーの真後ろに佇んでいた。

 

「っ?」

「勝てんぜ、お前は!」

 

 ブロリーが気配に気づき振り返るよりも早く、悟飯の振り上げた膝蹴りがブロリーの腰を打ち付け、続けざまのハンマーパンチで彼方へと弾き飛ばしていく。

 

 しかし、ブロリーの復帰は早い。

 

 ここまで悟飯の猛攻を受け続けてもブロリーが動揺を表すことはなく、それどころか自らの唇から滴り落ちる血液をじゅるりと舌で舐め取る姿は、敵の攻撃を受けることを喜んでいるようにすら見えた。

 血と戦闘を好む殺戮の戦士である彼は、自分が圧されている状況すら喜悦に変えてしまうのだ。

 

「やっと戦えるようになったようだが……その程度で俺を倒せると思っているのか?」

「……倒せるさ」

「ふん……であああっ!!」

 

 悟飯達の超サイヤ人とは違う翠色のオーラを纏ったブロリーが、咆哮を上げて急迫してくる。

 スピードが上がった――やはり今まで、彼は本気で戦っていたわけではなかったのだろう。

 悟飯の姿をはっきりと自らの敵と認めたブロリーが、先ほどまでの緩慢さとは打って変わって痛烈な一撃を繰り出す。

 しかし超越形態の悟飯は金色の瞳でその動きを完全に見切ってみせると、風圧だけで地面に直径50メートルものクレーターを作る彼の拳を両手で受け止めてみせた。

 それだけではない。

 

「だりゃあああああ!」

 

 掴み取ったブロリーの拳を引っ張り上げると、悟飯は背負い投げの要領でブロリーの身体を思い切り投げ飛ばしていく。

 その先で叩き付けた廃墟のビル街が一斉に崩れ落ちていく光景を見据えながら、悟飯は舞空術で飛び上がり、両手で印を結んで必殺技の体勢に入った。

 

「これで……!」

 

 敵が実力を出し切るまで、悠長に待っている気はない。

 超越形態として得た力の全てを両手に集中すると、太陽の如き光点が悟飯の身体に集中した。

 そして。

 

「終わりだああああっっ!!」

 

 10倍魔閃光――合体13号を葬ったその技が、遂に解き放たれる。

 赤い光となって迸り出た孫悟飯最強の技が、地面を抉りながら唸りを上げて直進していく。

 その光に込められたのは力だけではない。

 ブロリーを葬り去る為に懸けた、全ての「希望」がそこに込められていた。

 

 どうかこの一撃で、完全に消え去ってしまえ――自身の放った閃光の結果を祈るように見届けた悟飯の視線の先で――ブロリーの身体が爆発し、視界が翠色の光に覆われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか取り逃がしたカカロットの息子があそこまで強くなって帰ってくるとはな、と……キングキャッスルの最上階から戦いの様子を見ていたパラガスが、感慨深げにそう呟いた。

 一体どういう手を使ったのかはわからないが、孫悟飯のあの姿は超サイヤ人を超越しており、今のブロリーを完全に凌駕していた。

 ブロリーが突然地球へ行くと言い出したのも、そんな彼の存在を感じてのことだったのだろうとパラガスは理解した。

 

 取るに足らない子供だと思っていた若き混血サイヤ人の成長には、一児の父親として賞賛する気持ちもある。

 

 だが、こちらにとってアレも邪魔な敵である以上、パラガスに慈悲はなかった。

 

「……圧されていますな。ブロリー様は」

「ああ、そうだな」

「13号を倒したのは知っていたが、孫悟飯があれほどの力を付けていたとは……」

 

 ドクター・ゲロがパラガスの横から戦いの様子を眺めながら、自らの誤算に対して苦々しげに呟く。

 彼は超サイヤ人のブロリーを相手に、完全に圧倒している孫悟飯の力を見て驚きの声を漏らしていた。

 もちろん、驚いているのはパラガスも同様である。

 ブロリーとまともに戦える人間がまだこの宇宙にいたなどとは、彼とて思いもしていなかった。

 しかしゲロとは違い、パラガスは冷静だった。

 

「恐れているなぁ、ドクター・ゲロ」

「……あの血統の人間には、ろくな思い出がないのでな」

「ふふ」

 

 しわがれた顔を不機嫌に歪めているゲロの姿を見て、パラガスが思わず微笑を浮かべる。

 そんなパラガスの反応に対して怪訝な表情を浮かべるゲロに、パラガスは続けた。

 

「なに、心配することはない」

 

 この地球に戻ってきたカカロットの息子は、あの若さでは考えられないほどに恐るべき強さである。まさに脅威的と言ってもいいだろう。

 しかし、彼の実力を正当に評価した上で、パラガスにはなおも絶対的な確信があった。

 息子の力に対する確信が。

 

「ブロリーが負けることはありえんよ」

 

 今は圧倒されているブロリーだが、あれはただ久しぶりに歯応えのある戦いができることに、面白がって遊んでいるだけだ。

 彼はまだ実力の半分も出してはいない。

 何故ならば、彼は――

 

「伝説の、超サイヤ人……」

 

 ゲロの呟きに、パラガスの笑みが歪みを深くする。

 

 それは、孫悟飯の必殺技がブロリーを捉えた――次の瞬間だった。

 

 この地球の空が一瞬だけ真っ白に染まると、翠色の光が爆発するように拡散していったのである。

 

「ああ、久しぶりだな。ブロリーがあの姿になるのは……地球では初めてか」

 

 パラガスがその姿を見たのも、今となっては随分と昔のことだ。具体的には、南の銀河を滅ぼした時か。

 それは本気になったブロリーの真の姿――伝説の超サイヤ人の姿だった。

 

「うーふっふっふ……その調子だ。宇宙最強の力を、カカロットの息子に見せつけるがいい」

 

 いいぞ、ブロリー、お前がナンバーワンだ。そう呟きながら、パラガスは息子の変貌に対しサムズアップをするように右手の人差し指を突き立てる。

 地獄に行ってもこんなに恐ろしい殺戮ショーは見られないだろう。

 遠くから迸るエネルギーの余波だけでキングキャッスルの外壁に亀裂が走り、窓ガラスが砕け散っていく部屋の中で、パラガスはその場から微動だにせず息子の戦いを見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウウゥゥ……エエッへアアアアアアッッ!!」

 

 ブロリーにとどめを刺すべく放たれた悟飯の10倍魔閃光は、不発に終わった。

 

 赤い光が彼の身を飲み込もうとした瞬間、けたたましい絶叫を上げたブロリーの身体から膨大に過ぎる量の「気」の嵐が噴き上がり、それが防壁となって彼の身を守ったのである。

 その光景に……彼の「気」の高まりに、悟飯は慄然とした。

 

「嘘だろ……まだ、上があるっていうのか……!」

 

 絶望的な光景が、そこにあった。

 超サイヤ人を超えた超サイヤ人に至ったのは、自分だけではなかったのだ。

 恐れてはいた。懸念してもいた。

 しかしそれでもなお、悪魔が秘めていた力は悟飯達の想定を遥かに上回っていたのだ。

 

「クウゥゥゥゥッ……!」

 

 周辺の環境を一瞬にして更地に変えたブロリーが、美しくも禍々しいオーラを放出しながら獣のような唸り声を上げる。

 まるで恒星が爆発したかのような、理屈を超えた凄まじい力の解放であった。

 その変化を目にした悟飯は、全身の震えを自覚する。

 武者震いなどではない。あまりの恐ろしさに、身体中が金縛りにあったように動かなくなったのだ。

 

「……血祭りに上げてやる……!」

 

 今までよりもドスの効いた声で、彼は吐き捨てる。

 その身に宿る力を完全に解放した彼の姿は、外見も大きく変化していた。

 身長は三メートルを超えるほど大きく巨大化し、全身を覆う分厚い筋肉は通常時の何倍にも膨れ上がっている。逆立った黄金色の髪先はさらに鋭利なものとなり、深い青色だった瞳はその色を失っていた。

 細身な美青年の面影は、もはやどこにもない。

 男の姿は間違いなく、滅びを呼ぶ悪魔だった。

 

「伝説の……超サイヤ人……っ」

 

 伝承に伝えられた超サイヤ人とは、本来血と戦闘を好む殺戮の戦士だったらしい。

 その伝説に当てはめるのなら、悟飯達とは明らかに違う変身形態を持つ今の彼こそが本当の超サイヤ人なのかもしれない。

 生き物としての格が違い過ぎる。今までの自分では、どうひっくり返ろうと敵う相手ではなかったのだ。

 

 だが――

 

「倒す……刺し違えてでも!」

 

 この地球でネオンという女性と、ベビーというツフル人と会えたのは最大の幸運だったのだろう。

 彼が超サイヤ人を超えた姿を持っていたのだとしても、悟飯にもこの超越形態がある。

 残り何分か、もしくは何秒も持たないかもしれない超越形態の力――その全てを振り絞り、悟飯は最後の戦いへと赴く。

 

 この地球には母やトランクス、ブルマや亀仙人達、死なせたくない大切な者達が居るのだ。

 だから、退くわけにはいかない。相手がどんな悪魔であろうと、もはや逃げることは許されないのだ。

 

「はああああっ!!」

 

 怯える心を奮い立たせるように咆哮を上げ、悟飯は伝説の超サイヤ人に向かって急迫していく。

 そんな悟飯の反応にニヤリと唇を吊り上げながら、ブロリーは動き出した。

 ブロリーに、悟飯の攻撃を避ける素振りはない。彼はただ、向かってくる拳に対して嬉々として右腕を突き出すだけだった。

 

 たった、それだけだった。

 

 たったそれだけの動作で、悟飯は彼の強大さを理解してしまう。

 

「っ……!?」

 

 悟飯の拳がブロリーの額を捉える。

 しかしブロリーはその打撃をまともに受けながらも物ともせず、ノーガードで自らの拳を突き出してきたのである。

 驚愕に目を見開く悟飯の胸をブロリーのアッパーが襲い、続けてその頭をキャッチボールのように左手に掴まれた。

 

「ハハハ!」

 

 悟飯の頭を掴んだブロリーは、まるで幼子が玩具を扱うように巨腕を振るいながら、その身体を棍棒のように振り回し、辺りに叩き付けていく。

 一頻り振り回した後は地盤ごと沈んでいく地面に向かって悟飯の身体を叩きつけ、そのまま頭を捻りつぶすように力任せに押し込んでいった。

 

「よく頑張ったと言いたいが……この俺を超えることはできぬぅ!!」

「ぐああああッ!?」

 

 超越形態を持ってしても、真の姿を解放したブロリーの前ではパワー負けしているのである。

 全体重を乗せて押し潰しに掛かるブロリーの巨体を前に、悟飯の苦悶の声が響き渡る。身体中からバキバキと色々な組織が軋む音までも聴こえてきた。

 だが、まだ意識は残っている。

 故に悟飯の闘志もまだ、揺らいではいなかった。

 

「っ、だああっ!」

「? ふふ、カカロット!」

 

 密着した状態から全力で蹴りを放ち、僅かに怯んだ隙を見て悟飯はブロリーの拘束から脱出する。

 地中からマグマを噴き出し、崩壊していく大地から飛び上がりながら距離を取った悟飯は、今の攻撃で完全に破けてしまった上着を投げ捨てて超越形態の「気」を解放した。

 

「はぁ……はぁ……っ、まだだ、ブロリー……!」

 

 超越形態の負担とブロリーの攻撃のダブルパンチを喰らいながら、朦朧とする意識の中で悟飯は再度敵を睨みつける。

 その抵抗を楽しむように、ブロリーは高らかに笑いながら悟飯の姿を見つめた。

 

「俺はまだ生きている……生きている限り、お前と戦える!」

 

 超越形態を保っていられるのも、もはや限界だ。

 ブロリーが油断している隙にこの力で一気に決めるといる当初の作戦は、ブロリーがさらなる変身を隠していた時点で完全に破綻している。

 もはやどう転んでも、一気に決められるような戦闘力の差はない。

 しかしそれを理解してもまだ、悟飯は勝利への希望を捨てなかった。

 

「大人しく殺されていれば痛い目に遭わずに済んだものを……さすがサイヤ人と褒めてやりたいところだぁ!」

 

「俺は死なない! たとえこの肉体は滅んでも、俺の意志を継ぐ者が必ず立ち上がり……そして、お前達を倒す!」

 

 俺は間違いなく、ここで死ぬのだろう。悟飯は自らの終わりを悟っていた。

 だが、それでも、後に残せるものはきっとある筈だ。

 決意の瞳で敵を見据え、ありったけの力を解放する。

 そして、二人の戦いは次なる「超激戦」へと移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悟飯とブロリーの戦いの様子は、新たに現れた人造人間17号と対峙しているネオンとトランクスからもはっきりと見えていた。

 ネオンはブロリーの急激なパワーアップと時間経過による悟飯のパワーダウンを感じ取り、自らの計算の甘さに激しく憤りを覚える。

 

「マズい……このままじゃ悟飯が殺される……っ」

 

 ネオンはこの数日間、義手の開発以外にも自らの出来得る限りの修行も行っていた。

 それによって悟飯やトランクスから「気」の読み方を教わり、今ではスカウターに頼らずとも大まかな戦闘力を感じることはできるようになっていた。それについては、特に悟飯の教え方が上手かったのだろう。「気」の基本については元々ベビーから教わっていたのもあり、習得するまで時間は掛からなかった。

 

 しかしその知覚能力が今、孫悟飯の危機をこれ以上ないほどに強く訴えているのだ。

 

「あー……あれがブロリーって奴か。人造人間でもないのに、素晴らしいパワーだ」

 

 本当ならば今すぐにでも彼を助けに行きたいところだが、ネオンは現状目の前の敵である17号の相手で手が一杯だった。

 この17号――新しい人造人間の力は合体した13号ほどではないが、合体前の13号よりも高いレベルで安定している。それどころかスピードに関しては合体13号をも上回っており、量産機の人造人間とは強さの次元が違う相手だった。

 その17号を、ブロリーと戦っている悟飯の元へ行かせるわけにはいかない。

 ネオンは今彼によって完全に足止めを喰らっている状態であったが、逆を言えば彼女が17号を足止めしている状態でもある。

 そんなネオンは黒髪の少年に体当たりを浴びせると、密着した体勢から義手と左手で敵の両手を拘束しながら、後ろにいる少年に対して命令を与えた。

 

「トランクス君! 悟飯のところへ行って!」

「……!?」

 

 予定変更だ。ブロリーがもう一つ上の変身を残していたとは、想像していた最悪の事態だった。

 この際、パラガスの相手は後回しにするしかない。急いで悟飯の救援に向かい、総力を挙げてブロリーを叩き潰す。

 だが、ここでトランクスや自分が加勢したところで戦力的には何の役にも立たないことはわかっている。

 それを踏まえた上で、ネオンはトランクスに言った。

 

「悟飯に君のサイヤパワーを与えて、超越形態でいられる時間を少しでも伸ばすんだ!」

「――っ、そうか!」

「急いで!」

「はい! ……ネオンさんもお気をつけて」

 

 超越形態の消耗は、仙豆で回復することはできない。

 しかし外部からサイヤ人が持つ特殊なエネルギー「サイヤパワー」を分け与えることによって、その身を蝕む負担を緩和することができた。

 根も葉もない言い方をすれば、ネオンはトランクスに悟飯用のエネルギータンクとなってもらうことを頼んだのだ。

 トランクスはまだ幼いが、年齢不相応なほど聡明な子である。即座にこちらの意図を察すると、急いで悟飯の元へと飛んでいった。

 

 ネオンに両腕を塞がれながら、少年の離脱を悠々と見送った17号が口を開く。

 

「まったく、お前達ほど無駄な努力が似合う連中もいないな」

「……無駄かどうかを決めるのは、君じゃないさ」

 

 涼しげな表情を浮かべながら呆れるように語る彼の姿は、ネオンの目にはあえてトランクスの離脱を見送ってくれたように見えた。

 それはおそらく、たかがサイヤ人の一人が今更救援に向かったところでどうにもならないことを悟っているからだろう。

 

「何故絶対に勝てない戦いをするのか、理解に苦しむ」

「それが人間だからさ。人造人間になってしまった君には、わからないだろうけど」

「そうかい。それは、言えてるな」

「くっ……!」

 

 ネオンが密着し両腕を拘束されていた17号が、右膝を振り上げてネオンの腹部を打つと、強引に拘束を解いた後で素早く回り込み、背中から手刀を振り下ろす。 

 その一撃を諸に受けたネオンは空から地上へと墜落していくが、地面にぶつかる寸でのところで体勢を整え、続けざまに放たれたエネルギー弾の雨を鋭角的な軌道でかわしていった。

 瞬間、ネオンも全力を発動する。

 

「ベビー!」

『わかっている!』

 

 ネオンの両目の虹彩から、白目の部分に掛けて十字を描くような模様が浮かび上がる。

 戦闘的な鋭い目つきへと変わり、放出する「気」の量もまた爆発的に上昇した。

 

 ネオンの本質は、どこにでもいるような平凡な地球人である。

 悟飯のように戦闘民族の血を引いているわけでも、亡きクリリン達のように優秀な師の下で技を磨いてきた武道家でもない。

 それ故に、彼女は己の潜在エネルギーを引き出す能力に関しては如何せん不器用であった。

 そんな彼女は自らの肉体の主導権をベビーに譲り渡すことによって、初めて本来の能力を引き出すことができるのである。

 戦闘技術に関して言えば、サイヤ人を殺す為に生み出された生粋の戦士であるベビーはネオンの遥か上を行く。故にベビーはネオン自身よりも、ネオンの身体を上手く扱えた。

 

「ほー、動きが大分良くなったな。それがデータにあったベビーモードって奴か」

「余裕そうだな、クソガキ。人造人間になっても恐怖に怯えるかどうか、この俺が試してやる!」

 

 ブロリーという大物の相手が残っている以上、彼にばかり構ってはいられない。

 この17号――改造される前は「ラピス」という少年だった彼とは、ベビーとネオンは共に面識がある。

 しかしだからと言って彼らにはもう、望まずして人造人間となってしまった彼にも情けを掛けられる余裕はなかった。

 







 ブロリーやパラガスの台詞は、MADの印象のせいでシリアス感が薄れていないか心配なのだ。


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超激戦

 伝説の超サイヤ人の体現者となったブロリーと悟飯の死闘は熾烈を極めた。

 一瞬の時間が一日よりも長く感じる人知を超えた戦いの中で、二人の拳や蹴りは何度ぶつかり合ったかわからない。

 火事場の馬鹿力という奴だろうか、悟飯はここに来て実力以上の力を発揮している自分に気づいていた。

 

「へあああっっ!」

「はあああっっ!」

 

 お互いに獣のような咆哮を上げながら、悟飯はブロリーに殴られ殴り返す。

 一進一退の攻防は、まるで燃え尽きる前のロウソクが放つ最後の輝きのようだった。

 

「負けられない……! もっとだ! 俺にパワーをくれえええっ!」

 

 自らの超越形態に対して、命じるようにその力を引き出す。

 彼の身から放たれる黄金の光が一際大きく広がった次の瞬間、悟飯の拳がブロリーの巨体を打ち、地面へと叩き落とした。

 しかしその敵を追い掛け、さらなる追撃を掛けようとした直後――悟飯の全身に堪えられない激痛が響き渡った。

 

「かはっ……ぐっ……!」

 

 身体中から急激に力が抜けていき、吐血を溢す。

 瞬間、悟飯の身体は糸が切れたように墜落していった。

 その瞳は金色の輝きを失い、満ち溢れていた筈の眩いオーラはあまりにも呆気なくプツリと途絶えた。

 とうとう肉体が超越形態の姿を保てなくなり、変身が解けてしまったのである。

 

「……う、嘘だ……まだ、俺は……っ、戦える……!」 

 

 ブラックアウト寸前の意識と痛覚さえ機能しなくなった肉体を引き摺りながら、悟飯は懸命に身を起こして立ち上がろうとする。

 しかし這い蹲った身体は彼の言うことを聞かず、どんなにもがこうと指一本動くことはなかった。

 その悟飯を復帰した空から見下ろしながら、悪魔がつまらなそうに問い掛ける。

 

「これで終わりかぁ? カカロットの息子ォ!」

 

 ブロリーとて、これまでの戦いで決して無傷だったわけではない。

 自らの圧倒的な戦闘力に任せてノーガードで飛び掛かっていく彼の戦闘スタイルは、スピードを軸にした超越形態の攻撃を幾度となく受け続け、剥き出しの上半身にはところどころに傷が刻まれ血が滲んでいた。

 しかし、それでもなお物足りないとでも言うように、彼の顔は不満そうだった。

 届かなかった……無理を通してまで得た超越形態の力をもってしても、悟飯は悪魔を倒しきることができなかったのである。

 

「お前が立ち上がらなければ……俺はこの星を破壊し尽くすだけだぁ!!」

 

 翠色のオーラを溢れさせながら、ブロリーが巨大な胸を張りながら高らかに叫ぶ。

 悟飯との戦いをもっと楽しみたいかのように語る口ぶりは、同じ純血サイヤ人である悟飯の父孫悟空にも似ていた。

 

 だが、違う。

 あれは悪魔だ。

 

 強くても、戦いが大好きでも、優しくて温かかった父とは似ても似つかないその姿を悟飯は怒りの目で見上げる。

 

「俺は……俺は……っ」

 

 両手をつきながらふらつく足に鞭を打ち、悟飯はゆっくりと立ち上がる。

 立ち上がったのだ。

 とっくに限界を超えている筈の肉体を起こしながら、孫悟飯は親から授かった二本の足で立ち上がり、抵抗の意志を見せてブロリーを睨んだ。

 

「さあ来い! ここがお前の死に場所だぁっ!!」

 

 伝説の超サイヤ人は立ち上がった悟飯の姿を、まるで遊び相手が帰ってきたかのように喜んだ。

 悟飯は額から滴り落ちる血流に視界を塞がれながらも、この悪魔と対峙し続ける。

 それが自らの宿命だと理解しているから。

 

 その悟飯に向かって右手をかざしながら、ブロリーがどこか感慨深そうな口調で言い放った。

 

「カカロットに会えるといいなぁ!」

「っ!」

 

 パシュ――と、ブロリーの右手から翠色の気弾が投げ放たれる。

 何の気なしに放たれたバスケットボールほどの大きさの気弾はスピードも遅く、普段の悟飯であれば簡単に避けられる筈の攻撃だった。

 

(くそっ……身体が……)

 

 思考が追いついても、身体が反応しない。

 もはや足で立ち上がれただけでも奇跡に等しい状態なのだ。そんな身体で敵の気弾を避ける余力など、今の悟飯に残っている筈がなかった。

 

(……ごめん……みんな……)

 

 迫りくる翠色の光を見つめながら、悟飯の脳裏に走馬灯が流れていく。

 ブロリーの気弾は今の悟飯が死を悟るには、あまりにも過剰な威力が込められていた。

 

 

 

 

 しかし、ブロリーの凶弾がここで悟飯の命を奪うことはなかった。

 

 

 突如として違う方向の空から飛来してきた紫色の光弾が、ブロリーの気弾の前に割り込んでは弾き飛ばしていったのである。

 ブロリーが現れた介入者の元へ視線を動かす。

 それは、予想だにしない人物の横槍だった。

 

「いいザマだな、超サイヤ人」

「……っ、お前は……!」

 

 愕然と佇む悟飯の前に、その男は腕を組みながらゆっくりと降り立つ。

 彼の不遜な声を耳にした瞬間、悟飯は何故この男がここに……という感情と同時に、何故この男が自分を助けたのかと怪訝な目でその後ろ姿を見つめた。

 

「また一匹虫けらが死にに来たか」

 

 邪魔者が現れたことを、取るに足らないこととして反応したブロリーが呟く。

 そんな彼に対して眉間を歪めながら、彼――クウラは言い放った。

 

「化け物め、この俺をコケにするのもそこまでだ」

 

 フリーザと似た白い姿で、クウラはブロリーの姿を睨む。

 その言葉にブロリーが返したのは、けたたましい哄笑だった。

 

「俺が化け物……? 違う、俺は悪魔だ! ふふふ……ははは、はっはははは、エハハハハハ! ウハッハハハハハハハハハハ!」

 

 宇宙の帝王フリーザの兄にさえ化け物と言わしめた男は、自らの存在を悪魔と訂正し高らかに笑う。

 だが、悟飯にとって信じられなかったのはブロリーの発言ではなく、数日前に惑星シャモで戦った男がこの星に現れたという不可解な事実だった。

 

「……クウラ……お前、どうして……」

「勘違いするな。俺は貴様を助けに来たわけではない」

 

 悟飯に背を向けたまま、クウラが語る。

 

「この星に来たのは貴様に復讐する為だ。……とんでもない邪魔者がいたみたいだがな」

 

 そう言い放つクウラの横顔から見えたのは、想像以上の悪魔の存在に対する一筋の冷や汗だった。

 この地球を訪れたのは、悟飯への復讐の為。しかしあのような悪魔まで存在していたなどとは、彼の方とて到底想像していなかったようだ。

 

「……フリーザめ。惑星ベジータを滅ぼしておきながら、あんな化け物を野放しにしていたとは……どこまでも甘い男だ」

 

 サイヤ人を絶滅しそこなった亡き弟フリーザに対して苦言を呈しながら、クウラが自らの「気」を高めていく。

 そんな彼の眼差しは彼の復讐対象である悟飯ではなく、悟飯よりも遥かに恐ろしい悪魔に対して向けられていた。

 

「孫悟飯と言ったな。貴様は必ずこの俺が殺す。だがその前に、目障りな猿野郎を叩き潰してやる!」

 

 爆ぜる気の解放の光と共に、クウラの姿がフリーザに似た姿からブロリーに迫る大柄な体格へと変貌していく。

 フリーザをも上回る第五形態への変身は、この宇宙の誰よりも強い筈の姿だった。

 超サイヤ人という怪物の存在さえなければ。

 

「クウラ、駄目だ……! アイツは、とてもお前が戦える相手じゃない……」

「黙れ!」

 

 クウラは超越形態を手に入れる前の悟飯ですら、あっさりと倒すことができた相手だ。

 いかにフリーザよりも強いとは言え、そんな彼の実力ではブロリーの相手はあまりにも荷が重い――と、悟飯はお互いに敵同士の間柄である故に気休めもなく制止を呼び掛ける。

 しかしマスクを締めて変身を完了させたクウラは悟飯の声に聞く耳を持たず、遥か格上の相手であるブロリーへと無謀に挑んでいった。

 

「俺は、俺より強い奴の存在を許さん! 俺のプライドが許さん! 奴を殺した次は孫悟飯、貴様だ! どいつもこいつも一斉に始末してくれる!」

 

 紫色のオーラを放ちながら、飛び上がったクウラの拳がブロリーの胸板に向かって次々と叩き込まれる。

 それらを受けてもやはり微動だにしないブロリーは、新しい玩具の登場に喜ぶように唇をつり上げた。

 

 クウラは不穏な叫びを上げながらも、ブロリーのことを自らの覇道において悟飯以上の障害と感じたのだろう。

 少なくとも今のところは悟飯に対して敵意を向けていない彼の姿は、本人の人格はさておきどこか心強い味方のように見えた。

 

「クウラ……これじゃ……まるで……」

 

 互いに敵として見定め合いながらも、共通の大敵を前にやむなく共同戦線を組む。

 まるで昔のピッコロさんやベジータのようだと、悟飯は今の彼の姿に在りし日の戦士の姿を思い出した。

 

 思わぬ援軍の登場に驚いた悟飯だが、しかし今更クウラが一人加わった程度で形勢は何ら変わらない。

 もはや立っているのも限界である悟飯は彼と組んで共闘することもできないまま、朦朧とする意識で片膝をつくばかりだった。

 

 しかし、悟飯には仲間がいた。

 

 超サイヤ人特有の黄金の光を放ちながらこの場に降り立った幼き戦士が、死に体な師の姿を見て血相を変えて駆け寄ってくる。

 

「悟飯さん! 良かった! ご無事でしたか」

「……トランクス……?」

「ネオンさんに言われて、俺のサイヤパワーを悟飯さんに渡すようにって!」

「……っ、そうか……確かにそれなら……ぐっ」

「ご、悟飯さん!」

「……だ、大丈夫だ……頼む、トランクス……クウラが、奴の注意を引き付けている内に……」

「クウラ!? は、はいっ!」

 

 パラガスを先に潰す為、ネオンと共にキングキャッスルへ向かっていた筈の弟子が、悟飯を助けるべく戻ってきたのである。

 確かにブロリーがあのような変身まで隠し持っていたとなれば、もはやパラガスを相手にする余裕もないだろう。

 今も疲労を感じさせない動きでクウラと遊んでいる(・・・・・)悪魔の姿を見て、悟飯は彼をこの場に寄越したネオンの判断を冷静に受け入れた。

 

(クウラも、あの時より強くなっているけど……それでも、ブロリーとは勝負にならない……)

 

 クウラも伊達に一度負けた悟飯に対し、リベンジをしに来たわけではないのだろう。

 その身から感じられる戦闘力は以前悟飯と戦った時よりも明らかに上昇しており、敗北を機に修行を積んできたのであろうことが窺えた。

 あれから数日程度しか経っていないことを考えれば、飛躍的なパワーアップと言ってもいいだろう。

 だがそれでも、悟飯の見立てでは今の彼の戦闘力はブロリーどころかネオンにすら勝てるか怪しいところだった。

 

「……奴とまともに戦えるのは、俺の超越形態だけだ……」

「悟飯さん……」

「トランクス……君は俺にパワーを与えたら、すぐにここから逃げるんだ。ネオンさんやブルマさん……みんなを連れて、地球から脱出しろ」

「っ、そんな……!」

 

 トランクスの手を掴み、早速サイヤパワーの吸収を行う。

 しかし、彼が飛べる分のパワーは残しておく。

 

 悟飯は既に察していた。

 トランクスのサイヤパワーでもう一度超越形態になり、おそらく数秒も持たないだろうその姿で戦ったところで……勝てる見込みは全くないことを。

 

 だが、希望はある。

 

 今回の戦いは少なくとも、超越形態ならばブロリーと渡り合うことができるという事実を示してくれた。

 ならば、もっと時間を掛けてこの力を磨き、より完全なものに仕上げることができれば……次こそは必ず、倒せる筈だ。

 

 自分よりも才能があるトランクスと、超科学力を持つネオン達さえ生き残れば、勝利への希望は残るのだ。

 

 そう思えば少しだけ……ほんの少しだけ、気持ちが楽になったような気がした。

 

(……元気でな、トランクス)

 

 カカロットの息子に興味を示しているブロリーは、決して俺を逃がしてはくれないだろう。

 だが、こんな身でも再度超越形態になれば二人を逃がすぐらいのことはできる。

 

 それがおそらく、自分にできる最後の役目なのだと悟飯は感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気に入らない――配下を連れて地球を訪れたクウラが、初めて抱いたのはその感情だった。

 彼本人に対して言い放った言葉通り、クウラがこの星を訪れた目的は孫悟飯への復讐ただ一つだった。

 

 シャモ星での戦いに敗れたクウラはあの後、宇宙船のメディカルマシンによって治療を受け、間もなく完全な回復を遂げた。

 しかし命を拾うことができた彼の心にあったのは、自らが生き残ったことへの安堵などではなく、孫悟飯の慈悲によって見逃されたという事実への激しい屈辱だった。

 

 彼によって受けた敗北は、極悪人であるクウラに何の改心も引き起こさなかった。

 だがクウラの心の中には、それまでの彼になかったおびただしい執念の炎が燃え上がっていたのである。

 

 この世に俺に敵う者はいない。この俺が宇宙最強だと、そう確信していたクウラは周りの人間に興味を抱くことはなかった。

 あるのは宇宙最強としての力を証明する、圧倒的な破壊と殺戮だけだ。

 故にこそ、そんな行動原理の礎たる自分の強さへの自負を粉々に打ち砕いた孫悟飯の存在が許せなかった。

 

 しかし弟のフリーザとは違い、一族の中では異端なほど武人肌でもあるクウラは自らを超える超サイヤ人の力を好敵手として認めてもいた。

 

 この世にいる筈のないと思っていた、宇宙で唯一殺し甲斐のある相手――そんな感情を、クウラは悟飯に抱いたのだ。

 

 故にクウラは敗北後、鬼気迫る勢いで修練を積んだ。

 

 なまじ圧倒的な戦闘力を持つだけに、長らくの間戦いらしい戦いができなかったクウラは、孫悟飯との戦いを経て自らの驕り高ぶりと甘さを自覚したのである。

 そんな彼は父コルド大王を超える為に励んでいた若い時分よりも身体がなまっていたことに気づき、彼はその身体を鍛え直し、技を磨いた。その修行によって自らが制圧した惑星を七つほど宇宙の塵にしてしまったものだが、その程度の問題は些細なことだろう。

 それらで扱った修行場所に関してはフリーザやコルドの遺産が役に立ち、彼らが支配下に置いていた惑星の中から最も過酷な環境を選び修羅のようにトレーニングを行った。

 

 その結果、クウラの戦闘力は以前とは比べ物にならないほど強くなった。

 戦士とは、必要に迫られれば迫られるほど強く成長していくものなのだろうとこの時の彼は自覚していた。

 

 そうして自らの修行に手応えを感じたクウラは部下の機甲戦隊に宇宙船を出させると、孫悟飯の故郷だという地球へと向かった。

 

 噂の孫悟空や地球人類の死体の山をこれ見よがしに並べながら、彼は悟飯と再び戦おうとしていたのだ。

 

 ……しかし。

 

 到着した地球でクウラを待ち受けていたのは、次元の違う強さを持つ悪魔が支配するこの世の地獄だった。

 

「ちぃっ!」

「それで戦っているつもりかぁ? カワイイ攻撃だなぁ」

「ムカつく野郎だああああっ!!」

 

 復讐対象の孫悟飯は既に地球にいたにもかかわらず、彼は宇宙から接近するクウラの存在に気づきもしなかった。

 それは、クウラなどに構っている余裕もなかったということだろう。

 何故ならば彼はクウラよりも遥かに強大な敵を相手に、己の全神経を集中させていたのだから。

 

 ブロリー。

 

 クウラが憎悪する超サイヤ人は、同じ超サイヤ人と死に物狂いで戦っていた。

 そんな二人のぶつかり合いは、鍛え直したクウラの力が鼻で笑われるレベルの壮絶な死闘だった。

 宇宙船のモニターから孫悟飯とブロリーの姿を確認したクウラは、部下のサウザー達と共に衝撃を受け、震えている自分の身体に気づいたものだ。

 そしてその震えがさらなる屈辱を与え、クウラの憤怒はより一層激しく強まった。

 

 俺は宇宙最強だ。

 宇宙の覇王、クウラなんだ。

 その俺をさしおいて……奴らは一体、何をやっている……?と。

 

 クウラは自分より強い者の存在を許さない。

 故に、自らを打ちのめした孫悟飯よりも強い悪魔の存在も、彼には許せなかった。

 

 そして孫悟飯がとうとう追い詰められたのを見るや、クウラは気づけばこの場所にいた。

 部下の制止を無視して宇宙船を飛び出すと、自分でも理解しきれていない感情を抱えてブロリーに挑んだのだ。

 

「カァァァッ!!」

 

 パワーアップを遂げた渾身の力を振り絞り、クウラが至近距離から気功波を浴びせる。

 その威力はかつて悟飯に跳ね返されたスーパーノヴァよりも強力な一撃だったが――爆煙の中から出てきたブロリーの巨体には、欠片もダメージはなかった。

 

「馬鹿な……っ」

「なぁんなんだぁ今のはぁ?」

「貴様あああっ!!」

 

 孫悟飯はこんな化け物と戦っていたのかと……クウラは驚愕する心を押さえつけるように憤怒の叫びを上げ、ブロリーに拳を突き出した。

 







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白い翼のNEXUS

 ベビーが主導権を握ったネオンと17号の戦いは、一見互角の様相を呈しているように見えた。

 事実として二人の戦闘力には、ほとんど差がないと言ってもいいだろう。しかし戦いが白熱していくに連れて徐々に戦況は片側へと傾いていた。

 

「ちっ」

「どうした? もう疲れたのか」

 

 常にフルパワーで気を解放しているベビーに対して、17号の内に宿る莫大なエネルギーは全て永久式の動力源によって賄われている。

 故に戦闘時間が経過しようとダメージを受けようと、17号はその涼しい顔つきを何一つ変えていなかった。

 対して、最初から限界に近い飛ばし方をしていたネオンベビーの力はピークが過ぎ、少しずつパワーが落ち始めていた。

 ベビーは無傷でも、宿り主であるネオンの身体にガタが来ていたのだ。

 そして僅かに傾いた疲労の差が、決定的なまでに二人の勝敗を分かつこととなった。

 

「そらよ!」

「っ! ぐう……ッ」

 

 17号の蹴りが腹部を捉え、ネオンの口が血を吐き出す。

 自らの優勢を確信した17号が、獰猛な笑みを浮かべて追撃を掛けた。

 二撃、三撃と打撃を叩き込まれたネオンが、翼をもがれた鳥のように地面へ墜落していく。

 口に入った砂を血と共に吐き出しながら、ネオンは受け身を取って三回転ほどバク転のように飛び退りながら体勢を立て直し、再び舞空術で飛び上がり敵の姿を睨んだ。

 

「よくもこの身体を……痛めつけてくれる……!」

 

 ベビー本体の肉体は無傷であるが、ネオンの身体の損傷は激しい。

 乱れた着衣を整える余裕もなく、怒りの闘志を燃やしたベビーが左手から気弾を連射した。

 

「寝起きの運動にしては、中々面白かったぞ」

「ほざけ!」

 

 マシンガンよりも速いスピードで放たれる連弾をこともなげにかわしながら、人造人間17号は空中で弧を描く軌道で彼の背後へと回り込み、その右腕を大きく振りかぶった。

 

「じゃあな」

「っ……」

 

 ベビーが反応できないほどのスピードで接近した17号が、手刀の一閃でネオンの首を落とそうとしたのだ。

 人造人間らしく冷徹で、慈悲一つ無い目で見下ろす彼は淡々とネオンの命を奪おうとしていた。

 

 しかし、その時である。

 

「――!」

 

 唐突に、それまで涼しい顔一つ崩さなかった17号が、初めて表情を変えた。

 それは、苦痛に歪んだ表情だった。

 手刀の間合いに入った途端、彼は突如として両手で頭を押さえ、悶え始めたのだ。

 

「……っ、あああっ!? あああああ!」

 

 まるで脳の中に直接轟音が響き渡ったかのように、尋常ならざる苦しみ方で彼は声を上げた。

 そんな彼の異変に命拾いする形になったベビーは、今の隙だらけな17号を見て容赦なく攻撃を仕掛けようとするが……その腕を、「ネオン」が制した。

 

「待って、ベビー!」

『ちっ……だから甘いんだお前は』

「ごめん……でも、もしかしたらこれは……」

 

 再び自らの肉体の主導権を切り替えたネオンは、随分と痛めつけられた肉体の激痛に耐えつつ、苦悶に歪んだ17号の顔を覗き込み、彼に声を掛けた。

 

 人造人間――哀れにもドクター・ゲロに改造され、人間だった頃の記憶も失ってしまった彼。

 

 その彼はネオンの姿に今気づいたように見開くと、震える声で言った。

 

「……ネ、ネオン……お前、なのか……?」

「!? ラピスさん! 私がわかるの!?」

 

 やっぱり――と、ネオンは自らの予感が的中したことを悟る。

 ラピス――それは、人造人間に改造される前の17号の名前だ。

 ネオンにはかつて、その少年との交流があった。少年だけではない。彼の双子の姉にも昔会ったことがあり、親が居ない者同士という縁で良くしてもらった思い出があった。

 

 

 ――彼らは二人のサイヤ人によって故郷を失い、行き場を失っていた幼い頃のネオンを助けてくれた……恩人だったのだ。

 

 

「ぐっ……駄目だ! お、俺は……!」

 

 ネオンの顔を間近に見た「ラピス」は、己の理性の狭間で揺らいでいるようだった。

 そんな彼は頭を抑えながらネオンに背を向けると、振り絞るような声で言った。

 

「た……頼む……姉さんを……助けてくれ……っ、ぐっ……っ」

「ラピスさん!」

「く、来るな!」

 

 追い掛けようとするネオンに対して、彼は必死な形相で振り返り叫ぶ。

 

「お前は、こっちに来るな……!」

 

 警告するようにそう言った彼は、よろよろとふらつきながら覚束ない動きで飛び去っていった。

 その姿を見逃した……否、彼に自らの命を見逃してもらったネオンは、悲しみを込めた眼差しで彼の後ろ姿を見送る。

 

『……奴は、自我を取り戻しかけたのか?』

「多分ね……本当なら、今すぐ彼を追い掛けたいんだけど……」

 

 先ほどの彼は、人造人間17号ではなく元のラピスに戻りかけていたのだ。

 おそらくは誕生して間もないが故の、システムエラーのようなものなのだろう。

 本当ならば今すぐ彼を追いかけて、この好機につけ込んで彼をドクター・ゲロの呪縛から解き放ってあげたかった。

 

 しかし、そうした場合にはあまりにも時間がかかり過ぎてしまう。

 

 ネオンがここで17号を救おうと動くことは、今しがたこの世から消えようとしている一人の命を見捨てるのと同義だったのだ。

 

「私の身体が、二つあればね……」

 

 ネオンは選択を迫られていた。

 選ばなければならない。

 ラピスを助けに行くか、孫悟飯を助けに行くか。

 差し迫った状況下での究極の二択の中では、片方を選び、片方を切り捨てる他なかった。

 

「……悟飯を助けなきゃ」

 

 孫悟飯は今、死にかけている。

 超サイヤ人の超越形態に至った彼こそが地球を救う希望の戦士だと信じるネオンには、どうしても彼を見捨てることができなかったのだ。

 誰よりも替えの利かぬ彼だけは、絶対に生きなければならない。

 たとえ他の誰かが、犠牲になろうとも。

 

『行くな、ネオン』

 

 覚悟を決めたネオンの頭脳に、ベビーの声が響く。

 それは神妙とした、断定的な言葉だった。

 

『行けば確実に殺される。奴を助ける為に、お前が行くことはない』

「……それでも、見殺しにはできないよ」

 

 元はと言えば、ブロリーの本気を見誤っていた自らの失態なのだ。

 その責任は、自分が取るのが筋というものである。

 それに……と、ネオンが続ける。

 

「あの子のこと、気に入っているんだよね。戦いが嫌いなのに、勇敢で優しいところが」

 

 戦力を考えた上で下した合理的な判断の他にも、ネオン自身の感情的な意味でも悟飯を死なせたくなかった。

 出会い方はあまり面白いものではなかったが、共に過ごしていく中でネオンは彼の人格を認め、好ましいと思うようになっていたのだ。

 

 英雄のような勇敢さと、人間としての弱さを併せ持っている彼のことが、放っておけなかったとも言える。

 

 これが母性本能というものなのだろうかと……自分にそんなものがあったことを可笑しく思いながら、ネオンは小さく微笑む。

 悟りを開いたような静かな心の中で、ネオンはベビーに告げた。

 

「ベビー、私は君と悟飯が力を合わせることが、今のブロリーを倒せる唯一の方法だと思う」

『! お前、まさか……!?』

 

 やはりと言うべきか、元来の性質が一介の町娘に過ぎないネオンでは限界があったのだ。

 最高のソフトを積み込んだ劣悪なオンボロハードが、今の自分だとネオンは考えている。

 もしもベビーの力を手に入れたのが自分ではなく、悟飯のような強力な戦士だったならば……本気を出したブロリーにも勝てる筈だと。

 そうでなくても今のベビーならば直接ブロリーに取り付き、彼の肉体を支配することもできるかもしれない。

 

 それをしないのは――出来ないのは、ネオンの存在が足かせになっているからだ。

 

 

「……私は、もう十分だ。だから君も、もう自由になろうよ」

 

 ベビーのおかげで自らの生命を維持しているネオンにとって、ベビーが己の肉体から離れることは完全なる死を意味する。

 ベビーはネオンのことを大切に思っていた。だから、自らがネオンから離れて悟飯やブロリーに取り付くと言う最も勝てる確率が高い方法を、選択肢から外していたのだ。

 

 そしてそんな彼に抗議しなかったのは……結局は、自らが犠牲になることを選べなかった、ネオン自身の身勝手さが所以だった。

 

『自由だと!? 何を言っている!』

「始めから、そうするべきだったんだ」

 

 我が身可愛さに、ブロリーを倒すことが出来る最大の可能性を捨てていた。

 とんだ臆病者がいたものである。

 この期に及んでようやく決心がついたのは……勇気が湧いたのは、きっと孫悟飯のおかげなのだろう。

 

 どこまでも果敢に、痛々しくなるほどに戦い続けていく彼の姿を見て、今までの自分がどれだけ情けなくて、ちっぽけな人間なのかを思い知ったのだ。

 

 彼のような勇敢な人間は、死ぬべきではない。

 彼がやろうとしていることを、本当にやるべき人間は……自分だ。

 そう、ネオンは自らの役目を悟った。

 

「やっとわかった気がする……あの時、私が死に損なった意味が」

 

 二人のサイヤ人に町を襲われてから、ネオンが辿って来たのはどうしようもない人生だった。

 誰かに助けられるばかりで、ささやかな人助けをしている気になることで自分を慰めていた空っぽな生き方。

 しかしそれでも、最後ぐらいはカッコつけたいと思う。

 

『やめろ! 行くなネオン!!』

 

 ベビーの叫びに首を振りながら、ネオンは自らの肉体の主導権を譲らぬまま飛翔していく。

 向かう先は決戦の場――孫悟飯の居場所だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺達のやってきたことは、間違っていたのか……?」

 

 誰に対するわけでもなく、孫悟飯は問い掛けた。

 自分達がこの世界に存在すること。

 地球を救おうとしたこと。

 生きていること。

 それら全てを徹底的に否定するように、ブロリーが悠然と彼の前に立ちはだかっている。

 既にクウラは敗れ去り、力なく倒れ伏した彼の姿には目もくれないまま、ブロリーは聳え立つ柱のような崖の上に立ち、高笑いを浮かべていた。

 

 その姿を、悟飯は憎んだ。

 ブロリーという存在が、まるでこの世界の終着点のようにさえ見える。

 

「何をしても無駄だと……これが、俺達の運命だって言うのか……?」

 

 悪魔……いや、もはや彼は、この世の全てを裁く神に等しい存在なのかもしれない。

 だが、だとしてもだ。

 

「それでも……それでも俺は信じる! この世界を……みんなが積み上げてきたものを!」

 

 悟飯は挑むことをやめなかった。目の前の悪魔から目を逸らさなかった。

 

 ここで終わりにしてなるものか。

 俺達は生きる。

 どんな時でも、絶対に希望を捨てない!

 

 信念は挫けなかった。それだけの勇気が彼にはあった。

 大切な人達が守ってきたこの世界を、悟飯はどこまでも愛していたから。

 

「俺は戦う……未来のために!」

 

 クウラがブロリーにやられている間、トランクスからサイヤパワーを受け取っていたことでどうにか再び立ち上がることが出来た悟飯だが、その肉体はもはや限界だ。

 身体中の各所から感覚が無くなっている。既に痛みを感じる余裕すらなく、悟飯はただ全ての力を使ってトランクスやネオンが逃げる時間を稼ぐ為にここにいた。

 

「無駄なことを……今楽にしてやる」

 

 最後の闘志を燃やした悟飯を不快そうに見下ろしながら、ブロリーがその手に翠色のエネルギーを集束させていく。

 

 それと、同時。

 悟飯の黒髪が逆立ち、瞳の色が金色に変わった。

 

 もはや残りカスに過ぎない力を使って、悟飯は再び超越形態に変身したのだ。

 その形態を維持する力は、数秒も残されてはいないだろう。

 故に悟飯はその数秒に対して、己の命の全てを注ぎ込んだ。

 そして、発射する。

 

「魔閃光ー!!」

 

 悟飯が重ね合わせた両手から一瞬にも満たない速度で金色の閃光が迸り、崖の上のブロリーへと向かっていく。

 それに対して威風堂々と構えながら、ブロリーもまた手のひらから無造作に気弾を投げ放った。

 

「はははははははははははははははははは!!」

 

 ギガンティックミーティア。

 ブロリーが投げ放った翠色の小さな気弾は悟飯の魔閃光と衝突した瞬間、一瞬にして直径100メートル以上もの大きさに巨大化していった。

 彼は自らが居るこの星諸共滅ぼすことさえ、何の抵抗も感じていないのだろう。圧倒的なエネルギーが込められたその一撃は悟飯が照射する魔閃光を物ともせず、彼の健気な抵抗を嘲笑うようにじりじりと追い込んでいった。

 

「ぐっ……ああああああッ!」

 

 その間にも悟飯の肉体は消耗を続け、トランクスから譲り受けたサイヤパワーが消失していった。

 超越形態の状態が解かれ始め、どれだけ戦意を昂らせても地面についた片膝が上がることは無い。

 

「ふはははははははははハハハハハハハハハハ!!」

 

 悟飯の死が明確になるほど激しくブロリーの哄笑が大きく響き渡り、地球全土が裂けていく。

 この世が滅亡する光景だった。

 悪魔の放つ力に、この星は完全に屈服していた。

 

(駄目だ……もう、身体が……)

 

 身体に力が入らない。やはり自分は泣き虫で、甘ったれの孫悟飯だったのだ。

 昔から、何も変わってなどいなかった。

 

 力を出し尽くし、なすすべもなく「死」に向かっていく悟飯の耳に、今最も聴きたくない人物の声が響いたのはその時だった。

 

 

「ブロリー! くらえーっ!!」

 

 悟飯を押し潰そうとするブロリーの身体に、横合いから放たれた魔閃光がぶつかっていく。

 悪魔の技を妨害する為に、現れたのだ。

 現れてしまったのだ。

 悟飯が命を懸けてまで逃走の時間を稼ごうとしていた――トランクスという少年が。 

 

「トランクス……っ、馬鹿野郎! なんで来たんだ!?」

 

 無謀にもこの場所に戻ってきてしまった彼の姿を認めた瞬間、悟飯は恐らく彼に対して初めて厳しい言葉を浴びせた。

 自分がピッコロのような立派な師匠になれなかったのも、人を育てる為の厳しさが足りていなかったからなのだろうと悟飯は思う。

 そんな彼が与えた初めての罵声に対して、弟子は迷う素振りもなく言い切った。

 

「僕は逃げません! 僕にだって、守りたいものがあるんです!」

 

 そう叫び、トランクスは悟飯を襲うブロリーの気を少しでも逸らそうと魔閃光を放ち続ける。

 

「僕は……()が守りたい地球には、貴方もいるんです!」

「お前……っ」

 

 悟飯を見捨てて逃げるぐらいなら、一緒に戦って死んだ方がマシだと――そう言い捨てるように彼は言った。

 トランクスは聡明な子である。

 年齢不相応にしっかりした優等生で、師匠である悟飯の言いつけを破ったことなどなかった。

 そんな彼がはっきりと悟飯の意志を拒絶した上で、自らの意志でここに戻って来たのだ。

 ただ悟飯を死なせたくないという、どこまでも真っ直ぐな一心で。

 

「ふん……雑魚は引っ込んでいろ!」

「うっ……! あああああ!?」

 

 そんな少年の決意を嘲笑うように、ブロリーが視線すら寄越さずに「気」の圧を放ち、トランクスの身体を吹き飛ばす。

 取るに足らないハエを扱うかのように、呆気なく。

 なすすべもなく吹き飛ばされていくトランクスの姿と、彼を相手にすらしていないブロリーの姿を見て、悟飯の頭の線が切れた(・・・・・・・)

 

「っ、このヤロー!!」

 

 黄金色の光が解放される。

 消耗により超越形態の状態が解けてしまった筈の悟飯が、魔閃光を照射しながら超サイヤ人に変身してギガンティックミーティアに抗っていく。

 弟子の思いを踏みにじられた怒りによって、悟飯の身体に眠る秘めたる力が目覚めたのだ。

 

「はあああああああああああっ!!」

 

 咆哮を上げる悟飯の魔閃光が威力を増し、ブロリーのギガンティックミーティアの進行がほんの僅かに遅くなる。

 低下の一途を辿っていた筈の魔閃光の威力が、再び増大したのだ。

 一体どこにこれほどの力が眠っていたのかと、高みから見下ろしていたブロリーの表情に初めて驚きの色が浮かんだ。

 

 だが、それでも到底及ばない。

 

「クズがぁ……まだ力を残していたのか。だが、俺は悪魔だ」

 

 ブロリーが左手を繰り出し、自らのギガンティックミーティアに対して一発、さらにもう一発と気弾を加えていく。

 その瞬間、新たな気弾と融合した巨大な気弾がより膨大な大きさとなり、威力を増大させていった。

 伝説の超サイヤ人であるブロリーにとっては、怒りのパワーに目覚めた悟飯すら何の脅威にもならないのだと――そう示すように、彼の必殺技は悟飯の魔閃光を押し込んでいった。

 

 

「死ぬがいい!」

「……ッ!」

 

 

 ――ここまで、なのか……!

 

 自らの目の前に迫ってきた巨大なエネルギー体の前で、悟飯の闘志が急激に弱まっていく。

 これで何もかも終わってしまうのかと、全て終わりなのかと……先に逝った者達に会わせる顔もないと、悟飯の心は極限を超えた絶望に突き落とされる。

 

 

 しかし、悟飯は見た。

 

 

 魔閃光を完全に押し返し、この身を押し潰そうと迫り来る気弾の前で――機械仕掛けの右腕を突き出してきた女性の姿を。

 

 

「っ!? あ……」

 

 それは、過去のトラウマが蘇る光景だった。

 昔、サイヤ人のナッパから自分を守って死んでいったピッコロのように――横から割り込んできたネオンが、ブロリーのギガンティックミーティアに向かって飛び出してきたのである。

 

「悟飯はやらせない!」

 

 ネオンはその義手の手のひらを巨大な気弾にかざすと、ギガンティックミーティアの膨大に過ぎるエネルギーをその中へと吸い込んでいく。

 ドクター・ゲロが作り上げた人造人間19号の腕を参考にして作ったというその義手には、相手の「気」を取り込み吸収する能力が備わっているのだと彼女は言っていた。

 その能力で、彼女はブロリーの必殺技を受け止めようとしているのだ。

 しかしその行動が導くであろう結果は、既に火を見るよりも明らかだった。

 

「ネオンさん! やめろっ!!」

 

 ブロリーのこの技は、彼女の義手が到底吸収しきれるものではない。

 それが許容量を超越した威力であることを証明していくように、彼女が突き出した義手は膨大なエネルギーを前にドロドロと溶解され、指先から順に塵となって消えていった。

 

「ふ……」

 

 ほどなくして完全に義手が崩壊すると、その瞬間――彼女は穏やかに微笑んで、後ろに立つ悟飯へと振り向いた。

 互いの目と目が交わり、彼女の告げた言葉が悟飯の胸に突き刺さった。

 

 

「またね」

 

 

 彼女が見せたその時の顔は、悟飯がこれまでの人生で見てきた何よりも美しく――儚かった。

 

 

「やめろぉぉ!!」

 

 

 そして、悟飯は聴いてしまった。

 グシャッと、何かが潰された音を。

 悟飯は、見てしまった。

 義手が砕かれた後、ブロリーのギガンティックミーティアに肢体を広げて対峙したネオンの身体が――あり得ない方向に曲がってしまったところを。

 

 全ての時が止まったかのように、悟飯の脳内で一瞬の光景が幾度も繰り返された。

 

 

「うああああああああああああああっっ!!」

 

 

 ――この青い星に、真なる超越戦士が覚醒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――戦う為に作られたこの身体に、涙腺があるとは思っていなかった。

 

『君のおかげで生きられて……私は幸せだったよ』

 

 ――戦う為に生まれた自分に、それ以外を知ることなどあり得ないと思っていた。

 

『これで君は自由だ。私から離れて、どこへだって飛んでいける』

 

 全てを変えてしまった。

 ツフルの復讐鬼である筈の自分をこうも軟弱な男に変えてしまったのは、何の力もない地球人の小娘だった。

 そしてその小娘の影響を受けて感化されてしまった自分は、彼女が起こした最後の行動を止めることができなかったのだ。

 

「ふざけるな……俺はっ……俺はお前に束縛されたと思ったことなんてない!」

 

 こんなことをさせる為に、お前を生かしたんじゃない!

 こんな未来の為に、お前と一緒に居たんじゃない!

 喚くように叫ぶ「赤子」に、彼女は慈しむような声で言った。

 

『私はいいんだ、これで……私はもう十分幸せになったから、後は君さえ幸せになってくれれば』

 

 そうやって満足そうに笑う彼女に、赤子は腹が立った。

 何を気取っているんだ。何をカッコつけているんだと。

 人の気持ちも知らないで、何を押しつけているんだと怒鳴り――赤子は叫ぶ。

 

 自らがあの日から抱いていた、本当の気持ちを。

 

 

「俺はお前さえいればそれで良かった……! サイヤ人への復讐など、本当はもうどうでも良かったんだ……!」

 

 

 ――既に復讐鬼ベビーなどという存在は、この世から消えていたのだ。

 

 ネオンのことを守りたいと思ったあの日から、彼は復讐鬼ではなく、ただ一人のベビーとしてそこにいた。

 自らの意志で彼女と共に在り、そうして生きていることこそが最高の喜びだったから。

 何年と過ごしているうちに、ベビーはその気持ちの正体を理解していた。

 

 どこまでも狂おしく、非合理的な感情――それが、人が当たり前に持つ「愛」というものなのだと。

 

 故にベビーは、認められなかった。

 ネオンという女性の、完全なる「死」を。

 

『ベビー……初めて見たよ。君も、泣けたんだね……』

「当たり前だ……っ、バカ者!」

 

 十数年ぶりに本体の姿を晒したベビーが、声にならない叫びを上げる。

 そんな彼の腕には物言わぬ女性の屍が抱き抱えられており、そうしていれば不思議と彼女の声が聴こえてくる気がした。

 

 それは、願いだった。

 彼女――ネオンがベビーに託した、どこまでも身勝手な願い。

 

 

『幸せになりなよ、べっちゃん。君は私の……』

 

 

 ――私の、大切な家族だった。

 

 

 









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最後の超越戦士

 天変地異が収まった。

 それは、暴力的なブロリーの気を受けて崩壊が始まっていた地球が、正反対の力の発動によって抑え込まれたからである。

 崖の上からその顕現を目の当たりにしたブロリーが、哄笑を止めて目を見開いた。

 

「何だ……?」

 

 何だと言うのだ?

 ブロリーは今まで自分が相手をしていた人間の姿を、得体の知れない存在を見る目で見下ろした。

 

「お前は……なんなんだ?」

 

 こうまで痛めつけてやったのに、何故、奴は死なないのか。

 カカロットの息子との戦いは誰よりも手応えがあり、ブロリーの心にかつてないほどの悦びを与えてくれた。

 しかし、どんなにボロボロになっても何度でも這い上がる敵の姿が、不愉快を通り越して不気味に思ったのだ。

 その極め付けが――今の彼が見せた、新たな変化だった。 

 

 

 

 

 青年は、女性の亡骸を抱き抱えていた。

 

 俯くように生気のない顔へと目を落とし、青年は己の「気」を分け与えることによって彼女の身体を覆う無惨な傷口を塞いでいく。

 完全に停止している彼女の心臓を動かすことは出来ないが、死後の尊厳を守る死化粧ぐらいは出来る。

 そうして安らかな顔になった女性の骸を優しく下ろすと、青年は自らの顔を上げた。

 

「……!」

 

 彼の目と視線が交錯した瞬間、ブロリーが息を呑む。

 青年――孫悟飯の眼差しは、これ以上ないほど激しく負の感情が剥き出しになっていた。

 そんな彼の髪は天を突くように逆立っており、その色は「白く」染まっている。

 瞳の色は超越形態と同じ金色を映しており、彼()はその瞳で悪魔の存在を否定していた。

 

「ネオンが……俺を、助けてくれた……」

 

 二人の男(・・・・)の声が重なり合った言葉で、孫悟飯が言い放つ。

 それは、叫びだった。

 

「この俺に……幸せになれと言っていたあああっ!」

 

 ――瞬間、悟飯の身体から爆発的な白いオーラが噴き上がり、青白い稲妻がバチバチと弾けた。

 

「言っていたんだ……っ!」

 

 白い髪を前髪ごとさらに逆立たせながら、悟飯の片目から一筋の涙が零れ落ちていく。

 そして次の瞬間、悟飯の姿が骸の傍から消え去った。

 超スピードで飛び上がり、ブロリーとの間合いを一気に詰めたのである。

 

「……! クギッ……!」

 

 凄まじいスピードに目を見開いたブロリーが、舌打ちするように唸り、巨腕を振るう。

 それは体力が底を尽いている筈の悟飯には、どうやっても対処できる筈のない一撃だった。

 

 ――しかしその拳を、白髪の悟飯は左手一本で受け止めた。

 

「なにぃ!?」

 

 今度こそ、ブロリーが動揺を露わにする。

 自身の渾身の拳が、簡単に受け止められたのだ。

 その光景が信じられず、彼は怯えるように後退った。

 

「な……なんて奴だ……っ!」

 

 それは、ブロリーが人生で初めて抱いた他者への恐怖だった。

 ブロリーはこの時、得体の知れない彼のパワーアップに震えていた。未知の力を恐れたのだ。

 そんな彼に、悟飯は青白い稲妻を走らせながら、二人の声が重なり合った声で言い放つ。

 

「俺はお前を許さない……!」

 

 おびただしい「気」を解放し、拳の一閃がブロリーの腹部を突き刺す。

 今までに感じたことのない痛みに呻くブロリーに対して、悟飯は尚も乱打を浴びせていった。

 

「ぬううっ……! うおおおっ……!?」

 

 それは、直前の超越形態を遥かに上回る桁違いの戦闘力だった。

 怒りの形相で睨み、悟飯は力任せの攻撃でブロリーの巨体に傷を刻んでいく。

 

「何なのだ……!? お前の力はぁ!」

 

 理解できない力の根源に、本能的な恐怖を感じたブロリーが叫ぶ。

 そんな彼の拳をいなしながら、白髪の悟飯は思いの丈を込めるように応えた。

 

「つないでくれたんだ!」

 

 正拳がブロリーの頭部を打ち、仰け反った彼の胸に膝蹴りを突き刺す。

 

「ピッコロさんが!」

 

 攻撃よりも遅れて轟音が響くと、ブロリーが反応出来ない速さで回り込み、回し蹴りを叩き込む。

 

「ベジータさんが!」

 

 背中から与えられた痛烈な衝撃に吹き飛ばされたブロリーの身体が、荒れ果てた地面へと墜落していく。

 そして仰向けに倒れ込んだ彼の腹部へと、瞬く間に急降下した悟飯の両足が突き刺さる。

 

「グハッ……!?」

「クリリンさんが……!」

 

 これまでに彼に殺されていった者達が受けた痛みをそのまま味わせていくように、悟飯は血を吐き出したブロリーの顔に自らの眼差しを押し付けると、彼に体勢を立て直す隙も与えずその頭を乱暴に掴み、意趣返しをするように棍棒の如く振り回した。

 

「ヤムチャさんが……天津飯さんが……餃子さんが! みんなが俺につないでくれた!」

「……ッ、がああああっ!」

 

 投げ飛ばしたブロリーを追い掛け、さらなる追撃を浴びせ、振り抜いた手刀で再び地に叩き落としていく。

 

「そして、ネオンさんが与えてくれた……この希望が、俺達に力をくれたっ!」

「この俺にっ、そんなものが通じると思っているのかァ!」

 

 ブロリーが立ち上がり、直後に悟飯が振り下ろした踵落としを紙一重でかわす。

 そして至近距離に迫った白髪の悟飯に向かって、憤怒に燃えるブロリーが反撃の拳を突き刺した。

 

「ぐっ……くあああ!!」

 

 黄金色の本気のオーラを纏ったブロリーの拳を頬に受けて、悟飯は地面に足を食い込ませながら滑るように吹っ飛ばされていく。

 額から血液が滝のように流れ落ちる。しかし、それでも悟飯は倒れない。

 続けざまに繰り出されたブロリーの連撃にクロスカウンターの要領で拳を打ち返すと、悟飯はその拳でブロリーを怯ませた。

 悟飯は既に、防御を捨てていた。

 

「か……!」

 

 甚大なダメージながらも、悟飯は尚も喰らいつくようにブロリーへと迫り、拳を突き出す。

 一発、二発と全霊の打撃を叩き込み、反撃に出るブロリーの連撃と真っ向から打ち合った。

 

「おおおおあああああああっ!!」

「め……!」

 

 死闘だった。

 ブロリーの拳が悟飯の左目を突き刺し、鮮血が飛び散る。

 片目が死んだ。だが、それが何だと言うのだ。

 激痛さえ敵を殺す為の憎悪に変える悟飯が、返す蹴りでブロリーの身体を弾き飛ばした。

 

「は……!」

「でああああああああああああっっ!!」

 

 地表から噴き上がっていくマグマの中で、二人の力と咆哮が響き渡る。

 両者共に渾身の力を込めた右腕が、正面から激突する。

 お互いが力任せに繰り出した拳同士のつばぜり合いを制したのは――復讐鬼と超戦士の力を併せ持つ、白髪の悟飯だった。

 ぐしゃりと、骨が砕ける音が響く。それは拳同士の衝突で粉砕された、ブロリーの右腕から放たれた音だった。

 

「ふんッ……! でえええアアッッ!!」

 

 しかし、ブロリーがその激痛を表情に出すことはなかった。

 まるで悟飯のように怒りで潜在能力を解放すると、至近距離の左手から気弾を放ち、悟飯の左胸を貫いていく。

 だが、驚いたのはブロリーの方だった。

 

「化け物か……っ!」

 

 胸を――心臓を貫いた筈なのに、悟飯は生きている。

 彼の身体は、致命傷を受けた瞬間から驚異的な回復力によって再生していたのである。

 もはや無限とも言えるサイヤパワーを纏いながら右腕を払い、悟飯は両足で踏ん張り最終攻撃の構えに入った。

 

「め……!」

 

 太陽よりも凄まじいエネルギーの宿った赤い光が、悟飯の両手にそれぞれ集束していく。

 二つの力は両手を重ね合わせることによって一つの超極大エネルギーへと昇華され、直視出来ないほど眩い光点を地上に形成した。

 

 亡き父が……多くの戦士達が扱ってきたその技を、悟飯は解き放つ。

 

 

「波ああああああああああああああああっっっっ!!」

 

 

 亡き恩人達の幻影を纏うようにして、悟飯の両手から最後の力が爆発した。

 紅蓮に染まる究極の波動を前に、ブロリーは悟飯の姿に何かを見つけたように叫びながら、壮絶な光の中に飲み込まれていった。

 

「カカロットォォォォォーー!!」

 

 自らの敗北を認めまいとばかりに閃光の中でもがくブロリーの姿を見て、悟飯は今度こそ燃え尽きていく自らの命を知覚し――全てを出し切った後でその使命を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ……あっ、……!」

 

 空から降り注ぐ雫の冷たさに、トランクスはハッと目を覚ました。

 

 雨が降っている。

 目を開ければ空はどんよりとした黒い雲に覆われており、下を見れば身体中が降り注ぐ雨に濡れていた。

 しかしトランクスにとっては、今の天気などどうでもいいことだった。

 

「戦いは……!」

 

 意識が覚醒した途端、トランクスは脇目も振らずに駆け出していた。

 あの時――トランクスは命令を破り、悟飯を助ける為に戦いの場へ舞い戻った。

 しかし圧倒的なブロリーの力の前ではもはや敵とすら扱われず、トランクスは彼の放つ気の圧によって吹き飛ばされ、意識を失っていたのである。

 その気絶が、どれほどの時間を彼から奪ったのかはわからない。

 ただトランクスの頭にはこの時、最悪の想像が過っていた。

 

 ――感じないのだ。あれほどの力を放っていた、孫悟飯の「気」が。

 

 彼の「気」どころか、戦いの気配すら感じない。

 ブロリーの「気」さえも感じられず、彼の駆けだした地上は不気味な静寂に覆われていた。

 

 

 そして、彼らの戦っていた場所へ戻り、着地したトランクスは地面に横たわる見知った人影を見つけてしまった。

 

「……あっ……」

 

 それは、女性だった。

 動悸の激しい心臓を抑えながら急いで駆け寄ると、トランクスはその瞬間、受け入れがたい事実と直面した。

 

「ネオン……さん?」

 

 固く目を閉じられ、力無く倒れている女性は――息をしていなかった。

 

「……死んでいる……」

 

 既に無機物となっていた仲間の姿を見て、トランクスの目から光が消え失せる。

 嘘だ……嘘だ……トランクスは彼女の遺体を前にうわ言のように呟き、首を振りながら後退った。

 しかし、彼の絶望はそこで終わりではなかった。

 

「……!」

 

 見つけてしまったのだ。

 さらに遠方に。

 これまでの戦いによって様変わりしてしまった地形から、トランクスは瓦礫にもたれ掛かりながらオブジェのように鎮座している師の姿を見つけた。

 

「あ、ああああ……」

 

 そこにあったのは、全てをやり遂げたような――晴れやかな顔だった。

 鎮座している彼の身体からは……生命の気配を感じない。

 

「悟飯さん! 悟飯さん……!」

 

 トランクスは血の気が引いた顔で駆け寄り、彼の姿を抱き起こす為に手を伸ばす。

 しかし彼の肩に指先が振れた瞬間――彼の身体は砂像のように崩れ、何も残さずに消滅していった。

 

 ……彼は完全に、生きる力を使い果たしていたのだ。

 

 故に彼の身体は肉体の形すら保つことができず、雨に濡れた土の中に同化することなった。

 それは、疑いようの無い「死」だった。

 ネオンは死に、悟飯もまた……この世から完全に消えてしまったのである。

 

「ああああああああああああああああっ!!」

 

 兄のように想っていた。そんな彼が、いなくなった。

 死んだのだ。叫びはもはや、声にならなかった。

 トランクスは蹲り、行き場の無い感情を爆発させながら地面を叩く。

 何度も、何度も――。

 

 師は、こうなることがわかっていたのだ。

 だから、自分に託そうとした。

 こんなにも弱くて、何も出来ない俺なんかに……!

 

 無力感に苛まれ、絶望に覆われた世界の中でトランクスは絶叫を上げる。

 乱暴に髪を掻きむしる彼の鼓膜に落ち着いた男の声が聴こえたのは、その時だった。

 

 

「……ああ、凄まじい力だったよ。カカロットの息子……いや、孫悟飯の力は」

 

 その声に反応したトランクスが、顔を上げ、憎しみを込めた目で声の主を睨む。

 戦闘服の上に白いマントを羽織った口ひげの男。自らの尻尾をベルトのように腰に巻き付けているその男は、この地球を絶望に陥れた張本人だった。

 

「っ……パラガス!」

 

 激しい怒りを込めて、トランクスはその男の名を呼ぶ。

 サイヤ人、パラガス。ブロリーの父親であり、帝国の主導者。

 ブロリーが悪魔ならば、彼はさながら魔王と呼べる存在である。

 そんな彼は憎悪の形相のトランクスに一瞥くれた後、自身の後方へと振り向く。

 

「……見るがいい、私の自慢の息子……ブロリーもこの有様だ」

 

 そこには、師が最後まで戦っていた相手である悪魔ブロリーが黒髪の姿で倒れ伏していた。

 意識を失っているその姿からは「気」を感じることが出来なかったが……冷静なパラガスの様子を見るに、死んでいるようにも見えなかった。

 

 ――なら、俺がとどめを刺す!

 

 師が命を捨ててまで倒した悪魔を、今度こそ完全に葬り去ってみせる。

 諸悪の根源であるパラガス諸共、激しい憎しみと怒りに染まったトランクスには彼らの存在が許せなかった。

 

「殺してやるッ!」

 

 幼い心がどす黒い感情に支配され、トランクスはネオンから譲り受けたツフルの剣を抜き放ち、その手に構える。

 そんな少年の姿を見て、パラガスが感慨深そうに言った。

 

「その目……お前の父、ベジータにそっくりだ」

 

 自分と亡き父親の目が似ているということは、母や悟飯からも言われたことがある話だ。

 しかしそれをパラガスの口から指摘されるのは、身の毛がよだつほどに不快だった。

 そんな煽りの中で、パラガスはまるで詩を朗読するような仰々しい口調で語る。

 

「だが、今は我が息子が一大事の上……部下の裏切りに遭い、俺はご立腹なのだ」

 

 手招きをするように右手を振り上げながら、パラガスはトランクスと向き合う。

 その瞬間、彼の髪が光の色に染まった(・・・・・・・・)

 

「あまりこの姿は好きではないが……超サイヤ人、パラガスでございます」

「貴様……っ」

「この力で、ベジータ王の血統をこの世から消し去ってしまうというわけだ。なぁ? トランクス王子」

 

 悟飯は、パラガスが戦う姿は見たことがないと言っていた。

 しかし超サイヤ人ブロリーの父親であるパラガスがその姿になれることは、可能性の一つとして十分に考えられることだった。

 

「うああああああああっ!」

 

 ――その絶望に、最後に残った超戦士が抗う。

 しかしそれは、それすらも彼にとっては絶望の入り口に過ぎなかった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――何もかもを失う戦い。

 

 絶望の中で生きるしか無くなってしまった少年の姿を、真っ白の世界から観測している存在があった。

 一人は小型のポッドに乗っている異形の人間であり、もう一人は黒い道着を纏った黒髪の青年だ。

 子供のように小柄な体格をした異形の人間は頬杖を突きながら、目の前に映る「絶望の未来」を見て溜め息を吐く。

 

「結局、孫悟飯の死亡とトランクスさんの孤独化は避けられないようですねぇ」

 

 まったく難儀な運命ですこと……と、つまらなそうに呟く。

 そんな彼の傍らで腕を組みながら、黒髪の青年が銀色の指輪が輝く人差し指をトンと叩きながら神妙に語る。

 

「それも予定通りだろう。トランクスの今後も問題ではあるが、最大の問題は死んでからの(・・・・・・)孫悟飯にある」

「……ええ、その通りです」

 

 青年の言葉に、数拍の間を置いて異形の人間が相槌を打つ。

 その瞬間、彼らが真っ白の世界で観測していたビジョンが、「絶望の未来」から「希望の世界」へと切り替わった。

 

 ――そこには、いた。

 

 新たに映し出されたビジョンには、平和な時代の中で意識不明の重体で横たわっている青年を介抱し、大人達の元へ運んでいる少年達の姿があった。

 

「ホッホ、どうやら第一段階は成功したようですね」

 

 小型ポッドに乗った異形の人間が、安心したように息を吐く。

 その横で、黒髪の青年が言った。

 

 

「予定通り、孫悟飯とベビーを過去に送った。これで、計画は加速するだろう」

 

 

 感慨に浸るようにしばし目を閉じると、数拍の間を空けて再び目を開く。

 

「運命に抗え、悟飯。お前は……」

 

 言い放った言葉は、これから新たな戦いに身を投じることとなる青年への激励だった。

 ふっと苦笑するように息を吐き、青年は顔を上げる。

 緑色のイヤリングを片耳に付けた青年は、自らの心臓を握り締めるように手を当てながら言い放った。

 

 

「この俺の、息子なのだから」

 

 

 ――その姿は、紛れもない「孫悟空(カカロット)」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【最後の超越戦士編 END(おしまい)




最後の超越戦士は悟飯ベビーでした。
長い時間をかけましたがこれにて一章終了です。
原作の未来編さながらのバッドエンドですが、これからはハッピーエンドに向けて微速前進すると思われます。私が一番やりたかったお話はここからだったというわけだぁ!


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時空を越えた英雄編
平和な世界へ


 

 

 ――咆哮が響く。

 

 

 地獄全体が怯えるように激震していた。

 青年の咆哮に呼応していくように黄金色の光が爆発すると、吹き荒れる真の力が一気に解放されていく。

 拡散していく光がやがて直視できるほど落ち着いたその時――そこに立っていたのは腰まで伸び上がった金色の髪を靡かせた、最強戦士の姿だった。

 

「オラをここまでさせたのは、あの世でもおめえが初めてだ」

 

 鋭利に尖った青い瞳を向けながら、青白い稲妻を纏った青年が巨大な敵の姿を睨む。

 敵はそんな彼が披露した最強の変身を煽りたてるように、幼児のように手拍子を挟みながら無邪気な声を上げた。

 

「ジャネンバジャネンバ!」

「……勝負はここからだ」

 

 それは、この世ではない死後の世界――あの世の地獄での出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラゴンボール――それは、七つ集めることでどんな願い事でも叶えてくれる奇跡の球だ。

 今この時、世界中に散らばっているそのドラゴンボールを二人で集めている無垢な少年達がいた。

 

 一人はトランクス。

 そしてもう一人は、孫悟天であった。

 

 俺達でドラゴンボールを集めようぜと、最初に提案した言い出しっぺはトランクスである。

 若干八歳のやんちゃ坊主である彼は母親のブルマからドラゴンレーダーを借り受けると、親友の悟天と共にドラゴンボール探しの冒険を行っていた。

 

 幼くとも凄まじい戦闘力を持っている二人にとって、世界中を飛び回ってボールを集めるのは大した苦でもない。寧ろ平和な日常におけるちょっとした良い刺激になっていた。

 ボールを探していく中で些細な事件に巻き込まれることもあったが、二人はそれらを楽しむほどの余裕を持っていた。

 

「あったよトランクス君! ほら、四星球(スーシンチュウ)~!」

「おー、恐竜が飲み込んでたのかー!」

 

 大型の肉食恐竜の顎をガバッと開きながら、口の中から満面の笑顔で出てきたのはヘアースタイルが特徴的な少年孫悟天である。

 悟天は恐竜が飲み込んでしまったドラゴンボールを回収する為、わざと自分が食べられることで彼の胃袋の中に入り、自力で脱出してみせたのである。

 

「何でもかんでも飲み込んじゃ駄目だよ?」

「ぐるる……」

 

 口の中からよいしょと飛び降りた悟天を前に、恐竜が目を点にする。

 恐竜からしてみれば、とんだ獲物がいたものである。彼が自分の餌にならないことを理解すると、大型肉食恐竜は興が削がれたのかしょんぼりとした顔をしながらその場から立ち去っていった。

 そんな恐竜を「またねー!」と見送った後、悟天はよだれのついた四星球を普段着使いしている山吹色の道着で拭き取り、それをトランクスに預けた手提げ袋の中へと詰め込んでいく。

 

 袋の中には今しがた回収を終えた四星球を含め、全部で六つのドラゴンボールが鈍く光り輝いていた。

 

「これで六つ目だな!」

「あと一つで神龍に会えるねー!」

「ああ! 俺達で願い事を叶えちゃおうぜ」

 

 ドラゴンボールを七つ揃えた暁に二人が叶えたい願い事とは、たくさんのお菓子やおもちゃが欲しいと言った何とも子供らしい願いである。

 しかしそれは二人にとってどうしても叶えたい願いというほどでもなく、ドラゴンボールを揃えた時に現れる龍の神様、神龍(シェンロン)の姿を見てみたいというのが本当の目的だった。

 ドラゴンボールを集めるという冒険自体に楽しみを感じていたのもある。

 

「でも、なーんか思ってたより手応えなかったなぁ。ママからは、色んな危ない奴に会って大変だったって聞いたのになぁ」

「そんなに強い人、兄ちゃん達の他にいるのかなぁ?」

「さあ? 俺は会ったことないけどなー」

 

 ドラゴンボールを探し始めて、僅か数日だ。このちびっ子達二人は、それだけの期間のうちにあっさりと六つのドラゴンボールを回収してみせたのである。

 最後のドラゴンボールを探すべくトランクスが舞空術を使い、悟天は呼び出した「筋斗雲」に乗って空を飛び回る。

 

「お前もそろそろ空の飛び方覚えた方がいいんじゃないか? いつも筋斗雲使うんじゃ不便だろ」

「そうかな? そんなことはないよね、筋斗雲! でも今度兄ちゃんに教えてもらおっかなぁ」

「そうそう、そうしろよ」

 

 まだ自力で空を飛べない悟天を見て、既に自由自在なほど舞空術を使いこなしているトランクスが得意げに笑う。親友であり弟分でもある悟天の羨まし気な視線が、彼には嬉しかった。

 そんな少年トランクスが持つドラゴンレーダーの示す反応は、予想よりも近くのポイントを示していた。

 

「あっ、七つ目は近いぜ! この辺りだ」

「初めて見る島だね!」

「本当だ……こんなところに島なんてあったっけ? まあいっか」

 

 レーダーの反応があった場所で移動を止めると、快晴の青空を飛行する二人のちびっ子達が真下に向かって降下していく。

 そこにあったのは緑の自然と珊瑚礁の海に覆われている、見覚えのない小さな孤島だった。

 トランクスの住む西の都からは大きく離れた場所であり、この位置からでは悟天の家があるパオズ山の方が幾らか近いだろう。

 そんな秘境にある小さな孤島はやはり無人島だったらしく、島の地に降り立った二人を野生動物や昆虫達のさえずりが出迎えた。

 

「えっと……ボールボール」

 

 木々に覆われたジャングル地帯の中で、トランクスはレーダーを拡大しながら捜索に歩き回る。

 母が作ったレーダーは一片の狂いのない精密な精度を誇るが、そこら中に生い茂っている植物に視界が塞がれている今、最後に頼りにするのは自分自身の目だ。こういう時ほど背の高い大人がトランクスには羨ましかった。

 

 そうして生い茂る草の根を掻き分けながら、トランクスと悟天は二手に分かれて捜索を開始した。

 

 嬉々とした悟天の声が響いたのは、それから十分後のことだった。

 

「あっ、トランクスくーん! あったよー!」

「本当か? お前探すの上手いなぁ」

「えへへ」

 

 都会生まれの都会育ちである自分よりも、自然の多い場所に住んでいる悟天の方が嗅覚が優れているのだろうか。そんなことを考えながら、トランクスは自分よりもボールを見つけた数が多い年下の少年の捜索能力を素直に賞賛した。

 

 そんな悟天の方へ向かうと、確かにそこにはドラゴンボールと思わしき橙色のボールが転がっていた。

 でかした! 悟天に向かって笑顔で親指を突き立てながら、二人でその場へ駆け出していくと――彼らはボールの傍らに倒れ伏している人影の姿を見つけた。

 

「わわっ!?」

「な、なんだぁ!? 人が倒れてるぞ!?」

 

 それは、遺体と見間違うほど無惨な姿だった。

 上着が破け剥き出しになっている上半身の素肌にはおびただしい傷が刻まれており、身体のあちこちに血が滲んでおり、骨が浮き出ている。

 特に左目の損傷が酷く、顔を見た瞬間トランクスは思わず真っ青になって悲鳴を上げてしまったものだ。

 

 しかしその顔をもう一度見つめ直した時、彼は倒れている人物の身元を特定した。

 

「え……この人……!」

 

 それは、一人っ子のトランクスにとっては兄貴分である男の姿だった。

 

「兄ちゃん?」

 

 息を呑んで発した悟天の言葉に、トランクスの顔から血の気が引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 孫悟空という大きな犠牲の下、地球が救われた「セルゲーム」から七年の時が過ぎた。

 地球は平和を取り戻し、一人目の息子である悟飯もすくすくと成長し、より一層父親に似てきたものだ。

 悟空の死は妻であるチチに大きな絶望を与えた出来事だったが、それでも息子達の幸せの為にはいつまでも悲しんでいられないと、チチは強かに前へと進み続けている。

 そんな彼女はこの日も二人の息子の為に存分に手料理を振る舞うべく、夕食の準備に取り掛かっていた。

 

 ――家の外からやんちゃな次男坊の声が聴こえてきたのは、その時だった。

 

「お母さーん! 大変! 大変だよ!」

 

 ただならぬ様子で放たれた、呼びかけの言葉だった。

 今日は朝からブルマのところのトランクスと遊びに行っていた悟天が、突然家に帰ってそう叫んだのだ。

 何かあったのだろうかと一旦作業の手を止めると、チチはドアを開け、事情を聞く為に屋外に繰り出した。

 

「そんなに慌ててどうしただ悟天?」

「兄ちゃんが! 兄ちゃんが傷だらけで倒れてたんだー!」

 

 えっ、と悟天から飛び出した思わぬ発言に目を丸くする。

 だが、すぐに冷静になってチチは「何を言ってるだ」と不思議な顔を浮かべた。

 悟飯が傷だらけで倒れていたという悟天の言葉が本当ならば、確かにチチも冷静ではいられなかっただろう。

 しかし、そんなことはありえない。ありえないと否定できる材料が、チチにはあったのだ。

 

 ――渦中の悟飯はこの日、ハイスクールの編入試験の為に朝からずっと家の中で勉強していたのだから。

 

 

「えっ、僕がどうしたって?」

 

 その事実を見せつけるように、チチの後ろから黒髪の青年が姿を現す。弟の様子が気になったのであろう、勉強の手を止めて外に出てきたのである。

 

 孫悟飯。十六歳に成長した孫家の長男だった。

 

「……あれ?」

 

 普段と至って変わらない兄の無傷の姿を見て、悟天がキョトンとした顔を浮かべる。

 そんな彼の後ろでは、一人の男を小さな身体に背負いながら地上に降りてくる少年トランクスの姿があった。

 そしてそのトランクスもまた、悟飯の姿を見るなりお化けを見るような目で驚いていた。

 

「悟飯さん? あ、あれ? なんで悟飯さんが二人いるの?」

「トランクス君まで何言って……待って! その人……!?」

 

 彼の背負っている人物の顔を覗き込むと、悟飯とチチは思わず驚きに目を見開く。

 

「その顔……」

「悟飯そっくりだべ……」

 

 身体中に酷い傷を負っている青年の姿は、悟飯とあまりにも酷似していた。

 悟天が間違えるのも無理が無いと思えるほどに、二人は同じ顔をしていたのである。

 しかし、意識も無くぐったりとしている青年の姿はこと切れた遺体のように見え、悟飯が慌てて脈を測ると辛うじて息があることがわかった。

 

「トランクス君、悪いけどその人を家まで運んで! 僕はカリン様のところに行って、仙豆持ってくる!」

 

 数々の死闘を乗り越えてきた過去のある悟飯だが、そんな彼から見ても青年の有様は酷いものだった。

 いつこのまま息を引き取ってもわからない状態の青年を悟天達に託すと、悟飯は大急ぎで飛び上がり、超サイヤ人に変身した全速力の舞空術でカリン塔へと向かっていく。

 現代医療ではおそらく間に合わない。ならばカリン塔にある仙豆を使うか、無ければ神殿にいるデンデを連れて傷を癒してあげようと考えたのだ。

 青年の容姿が自分そっくりだったことも気にはなるが、悟飯は元来困った人を放っておけない性分だった。

 そこに死にかけている人がいるのならば、見捨てることはできない。その一心である。

 

 そんな彼を見送った後、青年を介抱すべくチチは一同を家の中に迎え入れる。

 赤の他人ではあるが息子とそっくりな青年の姿には、チチとしても思うことがあった。

 

「その人、生きてるだか……? 酷い怪我だべ……悟飯が帰ってくるまで手当てしねぇとな」

「僕、兄ちゃんが倒れてるのかと思ったよ……」

「俺も。でも、考えてみたら悟飯さんずっと勉強しているんだったな」

「うん……そうだね」

 

 悟天が医者ではなくこの家に彼を連れてきたのは、倒れていた彼を兄悟飯だと誤認したからに他ならない。

 しかし彼の姿が仮にどうであろうと、死にかけている人間を見つけた以上、二人の少年はその場に捨て置くようなことはしなかっただろう。

 そう言った意味では二人とも真っ直ぐな心を持ついい子達であり、お人好しの善人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それは、殺戮の光景だった。

 

 暗闇に覆われた陰鬱とした世界――その場所は、どこかの宮殿のように見える。

 そこでは見るもおぞましい闇色のオーラを纏う一人の剣士が、宮殿内の者達を手当たり次第追い掛けては斬り裂いていく光景が広がっていた。

 

 青年の行いには、思わず悟飯の身が震えるほどの激しい憎悪が込められていた。

 

 世界の全てを破壊し尽くしても、なお有り余るほどの憎しみ。

 剣士が浮かべる虚無的な佇まいの中に、悟飯は彼の感情を感じていた。

 なんて悲しい……なんて深い絶望なのだと。神官のような装いの人々を眉一つ動かさず殺戮していく剣士の姿に、悟飯は何故か胸が苦しくなっている自分がいた。

 

『これは、とある次元で観測された一つの可能性だ』

 

 その光景を茫然と眺めている悟飯の横から、懐かしい声が聴こえてきた。

 振り向くと、そこにはいた。

 黒い道着を纏った、黒髪の青年が。

 その青年の姿は、死んだ筈の悟飯の父――孫悟空だった。

 

『一人の哀れな人間が絶望の果てに邪神と契約し、ある目的の為に全ての神を滅ぼした。全王さえも滅ぼし、この世界は十二の宇宙から界王神も破壊神も存在しない唯一の次元となった……』

 

 宮殿をコツコツと歩き回る剣士は情け容赦なく、逃げ惑う者達の命を次々と奪っていく。

 老人であろうと、女性であろうと関係ない。淡々とその剣で首を掻き切っていく行いはまるでブロリーのような一方的な虐殺であり、悟飯は眉を顰めた。

 しかし剣士が殺している者達は、いずれも「人間」ではなかった。

 あれらは全員この宇宙に存在する――存在してい()神なのだと、黒い道着の孫悟空が説明する。

 

『奴の行いは宇宙の摂理を乱し、ゼロの次元に創造の種をばら撒いた……それは新世界の種。種は成長し、やがてはいずれの時空にも該当しない、全く新しい世界へと花開いた……それがお前達の生まれた「神無き世界」の正体だ』

 

 神妙な顔で語る悟空の言葉を、悟飯は虚ろな意識の中で聞いていた。

 自分が何故こんな場所にいるのか、何故亡き父がここにいるのか……それはわからないが、不思議なことに悟飯は現在自分が置かれている状況に対して疑問を感じることはなかった。

 そういうものなのだと、夢心地に理解していたのだ。

 まさにそう、悟飯はこの時夢を見ていた。

 

『孫悟飯……俺はお前に期待している。いつかお前が俺達と同じ次元に至ることを……あの宇宙で生まれる最初の神が、お前になることを期待しているのだ』

 

 孫悟空の語る言葉を耳にしながら、悟飯は記憶に刻みつけるように目の前の光景を見つめる。

 場所はどこかの宮殿ではなくなり、赤茶けた星の中で一人の剣士が二人の戦士と死闘を繰り広げている光景へと切り替わっていた。

 

 神々しい光を放つ青髪の戦士達を前に、一人の剣士は禍々しい闇色のオーラを迸らせながら戦っている。

 剣士の顔も、剣士に挑んでいく二人の戦士の顔も、今の悟飯には何故か靄が掛かっているように認識することができなかった。

 しかし不思議なことに、悟飯には三人とも自分が知っている人物のように感じられた。

 

『だから……せいぜい、つまらんところで野垂れ死んでくれるな』

 

 黒い道着を纏った孫悟空が、忠告するように悟飯に語り掛ける。

 

 その時だった。

 目の前に広がっていた終末的な光景が白い光に包まれ――やがて、悟飯は眠りから覚めた(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、ここは……」

 

 薄っすらと、悟飯は目を開く。

 朧げな意識の中、最初に感じたのは背中に感じる芝生の感触だった。

 そして開けた視界の中に最初に飛び込んできたのは、特徴的な髪型をしたあどけない少年の顔である。

 

「あっ、起きた! 兄ちゃん、起きたよー!」

「っ!」

 

 その顔を見て、悟飯は言葉を失う。

 愛弟子であるトランクスよりも幼く見える姿だが、彼の顔は間違いない。

 悟飯が憧れてやまなかった父親……孫悟空の姿をしていたのだ。

 

 意識を覚醒させた瞬間、悟飯は彼の姿を見て今の自分が置かれた状況をはっきりと理解した。

 

「……そうか、俺は死んだのか……あの世だと、子供の姿になるんですね、お父さん……」

「え?」

 

 ここは死後の世界なのだと。

 だからあれだけ無茶をしたのに身体は軽いし、ブロリーに潰された左目もこうして治っている。

 死後の世界だというのに空気は地球と変わらないんだなと思いながら、まるでパオズ山のように澄んだ空気に悟飯は苦笑する。思わず二度寝してしまいそうになるほど居心地が良く、もしかしたら自分は地獄ではなく天国に行けたのかなと推測した。

 

 しかし、その認識は大きな間違いだった。

 

「願いは叶えてやった。では、さらばだ」

「ありがとう、神龍!」

「またねー!」

 

 孫悟空と同じ顔をした幼い少年の後ろには、天を覆い尽くすような大きさの迫力ある龍の姿があった。

 それは、どんな願いでも叶えてくれる神様の姿であり――ピッコロが死んだ今の地球にはありえない存在だった。

 

「……シェ……シェンロン……なんで……?」

 

 龍が眩い光に包まれて消え去ると、七つの球が空へと舞い上がり、物凄い速さで四方へと散らばっていく。

 それは紛れもなく、ドラゴンボールで願い事を叶えた直後の光景だった。

 

 その一部始終を見届けた後、興奮した様子で一人の少年が駆け寄って来た。

 

「すごかったなぁ悟天! あれが神龍かー!」

「カッコ良かったねー!」

 

 幼い姿をした孫悟空と親し気に会話を行う彼の姿は、生前の悟飯が誰よりも守りたかった存在だった。

 

「っ!?」

 

 青みがかった灰色の髪、父親譲りの鋭い眼光。

 顔つきは随分無邪気そうに見えたが、その姿は紛れもなく悟飯の弟子である――トランクスだったのだ。

 

「トランクス! なんてことだ……君も、ブロリーに殺されてしまったのか……!」

「えっ、え……?」

 

 血相を変えて飛び起きた悟飯が、飛び掛かるような激しい剣幕で少年の肩を掴む。

 どうやら、恐れていた最悪の事態が起こってしまったようだ。

 ここは死後の世界で、そこに彼がいるということは……彼もまた命を落としてしまったという事実に他ならない。

 自分が死ぬことは最後に超越形態になった時点でわかっていたが、彼だけは何としてでも守りたかったと言うのに。

 そんな彼まで死なせてしまったことが、悟飯にはどうしようもなく悔しく悲しかった。

 

「ああ、お前までちょっと小さくなって……! あの世に来ると子供の姿になるんだな……いや、でもそれならなんで俺は変わってないんだ?」

「……あんたなに言ってるの?」

 

 八歳ぐらいの頃の身長になっている小さなトランクスの肩を揺すりながら、動転した心で悟飯が呟く。そんな彼を見て、当の少年トランクスが要領を得ない顔で訝しむ。

 そんな悟飯の元に、後ろから父に似た声が聴こえてきた。

 

「すっかり元気になりましたね。流石神龍」

「あっ……」

 

 その声に振り向いた瞬間、悟飯は目を見開いた。

 そこにいた人物は、二人。

 一人は自分に似た姿をしている黒髪の青年。

 そしてもう一人は、悟飯が父親のように慕っていた亡き師の姿だった。

 

「ピッコロさん……!」

 

 昔と変わらない姿を見て、安堵と喜びを浮かべて悟飯が彼の名を呼ぶ。

 しかしそんな彼に対してピッコロという男が返したのは、不審なものを見るような疑いの目だった。

 

「俺の名前を知っているのか……お前は、何者だ?」

「……え?」

 

 

 ――彼らと対面したその時、悟飯は初めて自らの勘違いに気づくことになる。

 

 

 この世界が死後の世界などではないということ。

 この世界が自分のいた世界ではないこと。

 

 そして自分が、また死に損なってこの世に生きていることを――彼は思い知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【ドラゴンボールNEXUS 時空を越えた英雄】

 

 

 

 

 






 というわけで新章突入。ようやく悟空ベジータヤムチャを出せます……
 今回はこれまでよりも本作オリジナルの要素が入るかと思います。


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不可解なタイムスリップ

 

 時はエイジ774。

 

 ドクター・ゲロによって作られた人造人間セルが地球を襲ったのが今から七年前の出来事であり、その事件は孫親子によって解決され、今は呆れるほどの平和が訪れている。

 

 そんな「この世界」の情報をこの場の者達に聞かされた悟飯は、思わず頭を抱えた。

 

 その身を取り巻くあらゆる情報から、どうやら自分は三年ほど過去の世界――それも、まったく別の歴史を辿っている異世界に来てしまったのだと理解したのだ。

 

「……ということは、お前は未来から来た悟飯なのか?」

「はい……どうやら、そうみたいです……」

 

 ここが死後の世界でも他の惑星でもないのだとすれば、そうとしか考えられないのである。

 どういう原理なのかはわからないが、悟飯が目覚めたこの世界は彼本来の居場所ではなく、世界そのものが違っていた。

 

 でなければこうしてピッコロが生きている筈がないし、ドラゴンボールも存在し得ないのだ。

 

 いわゆる並行世界(パラレルワールド)、というものなのだろう。明らかに自分のいた地球ではないこの世界を見渡して、悟飯にはそう認識せざるを得なかった。

 何よりこの世界には既に自分ではない別の「孫悟飯」が存在していることが、疑いようの無い事実を示していた。

 

「貴方は……もしかして、トランクスさんのいた未来からやってきたんですか?」

 

 この世界の孫悟飯が、悟飯に対してそう訊ねる。

 彼らから聞き出した話によると、七年前、この世界には二十年後の未来から訪問者が現れたのだと言う。

 

 訪問者の名はトランクス。

 

 その名を聞いた瞬間、悟飯は思わず取り乱した。

 そこから始まってこの世界の歴史を聞いたことで悟飯はどうにか思考を整理し、今は落ち着いて ピッコロ達の話を聞いていた。

 

「トランクス……あいつが七年前にここに来たというのは、本当ですか?」

「ああ、本当だ」

 

 彼らいわく、悟飯の知るあのトランクスが絶望に染まった未来を変える為に、ブルマの作った「タイムマシン」で過去を救いに現れたのだという話だ。

 悟飯の父、孫悟空を心臓病から救うことで、悲劇的な運命を捻じ曲げようとしたのである。

 あれから青年に成長した弟子がそんな大役を担っていたという事実に、悟飯は苦笑を浮かべながら感慨に浸る。

 あいつに、大変なものを背負わせてしまったなと……その心は彼に対する申し訳なさに溢れていた。

 彼だけには自分のような人生を送ってほしくはなかったのだが……状況はどこまでいっても、彼に普通の生き方をさせてくれなかったということだ。

 ベジータやピッコロ風に言えば、まさに「くそったれな人生」である。

 

「なるほど、タイムマシン……確かにブルマさんなら、あの後そういうものを作っていても不思議じゃないか……」

「えっと、君……貴方も、タイムマシンでやって来たんじゃないんですか?」

 

 「違う世界から来た」などという突拍子もない話を彼らがあっさりと信じたのは、この世界には既にトランクスという前例があったからであろう。

 彼らは目の前にいる「孫悟飯」も同様に、タイムマシンでこの世界に来たものと思っていたようだが……生憎にも悟飯自身にそんな覚えはなかった。

 

「……いや、違うと思う」

 

 この世界の過去に現れたという未来のトランクスは、おそらく悟飯のいた時代よりもさらに未来からやって来たなのだろう。

 少なくとも悟飯のいた時代には、まだタイムマシンなどというものは存在しなかった。

 何を隠そうにも悟飯自身、何故自分がこの世界に来たのかわからないのだ。

 

「チビ共、コイツのいた場所には、ドラゴンボールの他に何もなかったのか?」

「うん、なかったよ。なあ悟天?」

「うん、一星球(イーシンチュウ)の近くで倒れてたんだよ」

 

 ピッコロの問い掛けに、悟飯の倒れていた場所にタイムマシンらしきものはなかったと二人のちびっ子が証言する。

 しかしその言葉は、彼のタイムスリップの謎を一層深めるばかりだった。

 

「タイムマシンでもないのに、未来から来たのか……? そうだな……悟飯、お前が覚えている限り、何があったのか詳しく聞かせてくれ。何かわかるかもしれん」

「あ……は、はい」

 

 やっぱり、ピッコロさんだ……。

 思い出の中の姿と何も変わらない、冷静で頼もしいピッコロの姿に見とれるようにしばし茫然とした後、悟飯は自らの身の上を話した。

 

 この世界に来る前の自分が、何をしていたのか。

 悟飯自身も自らの記憶を整理する為、この世界の母親も見守る中でゆっくりと語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして悟飯が一通り語り終えると、難しい顔を浮かべたのはピッコロとこの世界の孫悟飯の二人だった。

 

「ブロリーだと……? そんな奴がいたのか……」

「なんか、トランクスさんの言ってた話と違いますね……未来の世界を襲ったのは、二人の人造人間って聞きましたけど」

 

 話している最中、ピッコロとこの世界の悟飯の驚き方に不思議がったのは悟飯の方だ。

 もしかしたらこの世界にはブロリーは来ていないのだろうか。その名前を今初めて聞いた反応を見せる二人に、悟飯は首を傾げる。

 この世界の過去に現れたという未来のトランクスからも、そんな話は聞いていないらしい。

 

「人造人間か……確かに、そっちの相手は手付かずだったからな……」

 

 どうやら未来のトランクスが生きる時代は、ブロリーに変わる新たな支配者が君臨していたようだ。

 そして彼がブロリーの名前を語らなかったということは、やはり最後のかめはめ波は彼の存在を完全に消し去ったのだろう。

 ブロリーが生きているのなら人造人間が台頭することはまずあり得ない筈と、悟飯はそう認識していた。

 

「そうだ……トランクス……あいつは元気でしたか?」

「ああ、しばらく前に未来に帰ったが、あっちの問題も片付いたらしい」

 

 その人造人間達が引き起こした問題も……時系列の考察がややこしいが、既にこの時代に来た未来のトランクスが解決しているようだ。

 何とも優秀な戦士である。

 師匠の助けが要らないぐらい、立派になったということだろう。

 

「そうですか……そこまで強くなったんだな、あいつ」

 

 一つ、肩の荷が下りたように悟飯が息を吐く。

 彼の身を案じる焦燥が和らいだことによって、ようやく頭の中が落ち着きを取り戻した。

 そんな悟飯が次に目を向けたのは、父親である孫悟空そっくりな少年の姿だった。

 

「えっと……君は?」

「僕? 孫悟天だよ」

 

 トランクスと同じぐらいの年齢に見える少年は、悟飯のいた世界には生まれなかった存在である。

 

「悟天……悟天か」

「弟なんです」

「……そうか、この世界には、俺に弟ができたんだな」

 

 やはりと言うべきか……自分以上に父親に似た姿をしている彼もまた、孫悟空の息子だったようだ。

 そんな彼の素性を知った上で、悟飯は改めて彼と幼いトランクスに向かって頭を下げた。 

 

「ありがとね。君達が、ドラゴンボールで俺の身体を治してくれたんだろう?」

「う、うん」

「仙豆が効かなかったからなぁ」

 

 意識不明の重体だったという悟飯の身体の損傷具合だが、戦いで受けたダメージに加えて最も大きかったのはサイヤパワーの枯渇であろう。

 それは仙豆でも回復することができない特異な症状であり、放っておけば悟飯の身体は死ぬまで眠っていた可能性が高い。

 そんな彼の身体を癒してみせたのはドラゴンボール――悟飯のいた世界には既に存在しない希望の球であったことに、因果なものを感じてしまう。

 そのドラゴンボールを集めてきたのは紛れもなく彼らちびっ子達であり、悟飯は二人に多大の感謝を送った。

 

「本当に、助かった」

 

 おかげでまた死に損なったと……そう言い掛けた言葉は、ギリギリのところで喉の奥に押し止められた。

 この時の悟飯は自分が思っている以上に、精神的に参っていたのだ。

 

 

 

 そんな悟飯の雰囲気を目聡く察したように、この世界では生存しているピッコロが問い掛ける。

 

「これからどうするつもりだ?」

 

 今度こそ死んだと思ったら全く違う世界に、それも何の原因もわからずにやってきてしまった悟飯。

 何もかも勝手がわからないこの世界の中だが、そんな彼にも当面の目的はすぐに見つけられた。

 

「とりあえず、元の世界に帰る方法を探します。ドラゴンボールを使えば帰れそうですけど、また使えるようになるまでは一年もかかりますし」

 

 それまでの間、できることはやるつもりだと返す。

 この世界は自分のいた世界ではない。そうとわかれば悟飯が移す行動は、未来への帰還一択だった。

 もはやブロリー達に荒らされ果て、ほとんど何も残っていない世界だが……それでも悟飯はあの世界を守る為に今までずっと生きてきたのだ。

 ここがどれほど平和な世界であろうと、悟飯は自分が生まれた場所に帰ることを望んでいた。

 

 それに、母に言われたのだ。お前の居場所はここだと。

 

「なんでこんなことになったのか、俺にも全然わかりませんが……色々と、調べてみようと思います」

「そうか」

 

 帰る方法を探していれば、こうして異世界に転移することになった理由もわかるかもしれない。

 悟飯の頭の中には、何か引っ掛かっているのだ。

 自分が眠っている間、予知夢のようなものを見たような――曖昧な感覚が。

 

 悟飯が自らの活動方針を語ると、ピッコロはどこか神妙な顔で頷き、そしてそれまで静観していた妙齢の女性が口を挟んだ。

 

「だったら、それまで家にいるといいだ」

「か……チチ、さん……」

 

 孫悟飯の母、チチである。

 十代半ばに見えるこの世界の悟飯を見る限り、自分のいた時代と比べてそこまで歳は変わらない筈の彼女は、悟飯のいた世界の母よりも一回り以上若々しく見えた。

 ……それだけ自分が親不孝な息子で、母に苦労を掛けていたということだろう。目の前の女性と自らの母の姿が重なり、悟飯は申し訳ない感情に苛まれる。

 そんな悟飯に向かって、チチが憂いを帯びた眼差しを向けて言った。

 

「母さんでいいだよ、悟飯。おめえも悟飯なら、オラの子だ」

 

 困ったように笑う彼女の顔を見て、悟飯は目頭が熱くなっている自分に気づいた。

 時代は違えど、世界は違えど……こちらの事情を理解してくれた彼女が向ける優しい眼差しは、悟飯の世界の母と全く同じだったのだ。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 微かに震えた声でそう言うと、悟飯は失礼だと自覚しながらも彼女の前から背を向けた。

 今は彼女に――この世界の母に、自分の顔を見せたくなかったのだ。

 自分がどれほど親不孝な人間なのか、まざまざと思い知らされてしまったから。

 

「……ちょっと、この世界を見てきます」

 

 そう言い残し、悟飯は逃げるようにその場から舞空術で飛び去ろうとする。

 そんな悟飯の背中を、ピッコロが冷静に呼び止めた。

 

「待て悟飯。お前、服ぐらい着ていけ」

「あ……」

 

 言われて気づいたが、今の悟飯の装いはブロリーと戦った直後のままだったのだ。

 上半身の服は完全に破けており、ズボンも靴も共にボロボロだ。身体の傷は最も深かった左目の傷痕以外完全に消えているが、流石に服の修繕までは神龍の管轄外だったようだ。

 そんな悟飯に対してピッコロが手をかざすと、浮浪者でもしないような彼の格好が真新しい服装に変わった。

 

「悟空と同じものを着ていたようだからな。それでいいだろう」

「あ……ありがとうございます。ピッコロさん……」

 

 悟飯は一瞬にして新品に変わった山吹色の道着に喜びの笑みを漏らす。

 新しく身に纏った道着の胸には父も付けていた「悟」のマークが刻まれており、そして悟飯からは見えない背中のマークにはピッコロのお茶目なのだろう、「魔」という一文字が刻まれていた。

 

 昔はこうやって、彼によく自分の道着を作ってもらったものだと在りし日の記憶を思い出す。

 健在なピッコロの姿を見る度に、油断すると子供の頃のように涙が零れ落ちそうになる。そんな感情をこらえながら、悟飯は彼に一礼し今度こそその場から飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな悟飯の、目覚めたばかりとは思えない行動の早さに呆気に取られながら、ちびっ子達が呟く。

 

「行っちゃった……」

「なーんか悟飯さんと雰囲気違うなぁ。あの人、本当に未来の悟飯さんなのかな?」

 

 彼らは幼心に、彼の雰囲気が自分達の知っている悟飯とは違うことに気づいていたのだ。

 髪型や左目の傷痕といった外見上の違いもあるのだが、それ以上に何か決定的に違う点を彼の姿から感じていた。それが何なのか、と言うと上手く言葉には出てこないが。

 そんな二人の言葉に対して、ピッコロが少年トランクスの顔を見やりながら語った。

 

「気の質は間違いなく悟飯と同じだ。姿も。住む環境が違えば、性格も変わるのだろう」

「……ピッコロさん、なんで俺を見るの?」

「さあな」

「ははっ」

 

 他ならぬ未来のトランクスとお前が全く違う性格をしているように、と言い掛けたピッコロの言葉は、幼いトランクスには理解出来る筈もなかった。

 その言葉の意味を理解しているこの世界の悟飯とチチだけが、意味深な笑みを浮かべていた。

 

 

 そんなやり取りを交わしていたピッコロだが、その心には不穏に渦巻く感情があった。

 この世界の悟飯にだけ聴こえる声で、彼は呟く。

 

「奴の言った通り……本当に現れるとはな」

「そうですね……」

 

 奴――それは七年前にこの時代にやってきた未来からの来訪者、「トランクス」のことだ。

 人造人間達によって絶望に染まったという二十年後の未来からやって来た彼は、セルゲームが終わって未来へ帰る直前……ピッコロ達に対して、こう言い残したのだ。

 

『……もしも、これから数年後……俺じゃない誰かが未来からやって来たら……その時は、どうかその人のことを助けてあげてください』

 

 ――今回の事象を、彼は予言していたのだ。

 

 自分ではない他の誰かが、唐突なまでに未来からやって来ることを。

 それがまさか、彼自身から死んだと聞かされていた未来の悟飯だとは、ピッコロ達には思いも寄らなかったが。

 しかしそんな彼の予言があったからこそ、ピッコロ達はあの悟飯の言うことに対して理解が早かったのである。

 

「気をつけろ、悟飯。これからまた何か、大きなことが起こるかもしれん……」

「はい……」

 

 七年前に来訪した青年トランクスは、父親があの「ベジータ」とは考えられぬほどに友好的な男であり、人造人間セルとの戦いでは何度となく貢献してくれた男だ。もちろん、そんな彼には信用も置いていた。

 

 ――しかし彼は何か、最後まで自分達に隠し事をしている様子だったのだ。

 

 瞼を閉じ、ピッコロが七年前のことを思い出しながら告げた忠告に、悟飯が真剣な顔で頷く。

 

「でも、僕はその前に受験を頑張らないと!」

「……そうか」

 

 再び緊迫した空気が漂い掛けた瞬間、場を和ませる為なのか天然で空気を読めない発言をしているのかわからない様子で頭を掻いた悟飯に、ピッコロは少し身を傾けた。

 この時のそれは、おそらく後者だろう。

 昔からの夢である学者への道を進む為には、冗談抜きに高校受験は重要なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 野鳥達の群れを追い越しながら澄み渡る青空を翔け抜けていくと、悟飯は眼下に広がる光景に思わず驚嘆の声を漏らした。

 

「これは……凄いな」

 

 その目に映るのは何者にも汚されていない美しい海と、その先に見える人の都だ。

 いずれも、パラガスの帝国に支配された悟飯達の地球ではありえない景色だった。

 しかし、昔はこうだったのだ。悟飯達のいた地球も。

 

「何も荒らされてない……綺麗なままだ」

 

 自然も、町も……自分達が奪われたものが当たり前のようにそこに広がっている光景を前にして、悟飯は夢でも見ているような気分だった。

 七年前に未来から現れたトランクスが、本来の歴史を変えてくれたのだという話を先ほどピッコロ達から聞いた。残念ながら結局父孫悟空は死んでしまったようだが、それでも彼の行動によって絶望の未来は打ち砕かれたのだ。

 

 ならばこの景色も彼が守ってくれたのだろうと思い、温かい気持ちになる。

 

 そしてトランクスが自分のいた世界よりも未来から来たという事実からは、彼があの後の世界で無事生き残ったことが窺える。

 

 だが……悟飯はまだ、大切な人達全ての安否を把握していなかった。

 

 

「ベビーさんはいない……俺だけがこの世界に来たのか? 一体、どうしてこんなことに……」

 

 

 あの時――

 

 目の前でネオンが死んだあの瞬間、悟飯の怒りは限界を超えた。

 

 爆発した激しい怒りはまるで子供の頃に戻ったように己の身体から秘めたる力を呼び起こし、超サイヤ人を凌駕した。

 そしてさらに積み重ねていくように、死したネオンから解き放たれたベビーが悟飯の身体に憑りついたのである。

 

『俺に力を与えろ! そして、俺の力を持っていけ!』

 

 全ては、奴を殺す為に――悟飯の中でそう叫んだベビーの言葉が、今でも耳に響いている。

 ベビーと合体したことで白く染まった悟飯の姿は、超越形態さえも超えた究極の戦士だった。

 その力で死闘の果てに、遂にブロリーを討ち果たしたのだ。

 

 

 ――そして、それと同時に悟飯の意識はなくなり、目が覚めればこの世界にいた。

 

 

 もしかしたら自分と一緒にベビーも来ているのかと思ったが、今の悟飯の身体の中に彼の存在はなく、気配を探っても彼の姿は見当たらなかった。

 

「ネオンさん……」

 

 あの時、悟飯は合体したことでベビーの感情を理解した。

 ネオンを失ったことで彼が抱いた悲しみと憎しみは、自分が抱いた怒りよりも激しく深いものだった。

 そんな彼を孤独にしてしまうことは酷く危ういものを感じてしまうが、彼が元の世界に残っているのならば、トランクスも傍にいる筈だ。

 どうにか彼をフォローしてやってほしいと思うのは、まだ幼い弟子に背負わせすぎだろうか? 背負わせすぎだろう。

 ともかくそんな彼らのことを思えばこそ、悟飯はすぐにでも元の世界に帰らなければならなかった。

 

 ……しかし。

 

「この世界なら……ネオンさんも、生きているのかな……」

 

 自分を守る為に盾となって死んでいった彼女の姿が、自らの咎のように頭から離れないのだ。

 全てを諦め、受け入れるように浮かべていた彼女の儚い笑顔が、どうしても忘れられなかった。

 

 そんな悟飯は、気づけば彼女の出身地である東の都へと進路を向けていた。

 

 

 

 

 かつてナッパとベジータが襲ったその場所で……彼らは出会った。

 

 

 







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憎しみの記憶

 人の目が寄り付かない荒野の岩場には、「魔導師バビディ」の宇宙船があった。

 宇宙船ごと地下に埋め込んで偽装している施設の中では、地球に住む如何なる獣人とも似つかない容貌をしている緑色の魔導師バビディが、大男を伴いながら巨大な玉を見つめていた。

 

 ――魔人ブウ。

 

 それは、かつてバビディの父ビビディが作り出し、宇宙に未曾有の破壊と殺戮をもたらした最強の魔人の名だ。

 この玉の中には、そのビビディが死の間際に封印した魔人ブウが眠っているのだ。

 魔人ブウの力はあまりにも強大すぎた為に、創造主たるビビディでさえも制御することができなかった。

 故に彼は、苦肉の策としてブウを封印することを選んだ。

 

 しかしビビディの息子であるバビディは今、かつて父が施した封印を解くべく暗躍していた。

 

 バビディの力は、ビビディよりも遥かに強い。

 その事実は彼が現在傍らに伴っている暗黒魔界の王、ダーブラの存在が証明していた。

 バビディは彼のような邪悪な心を持つ者を、自在に自らの手駒として支配することができるのだ。

 そんな彼の魔術の前では、暗黒魔界最強の存在であるダーブラさえも成す術がなかったのである。

 

 故にバビディは、仮に魔人ブウが自分に従順な存在でなかったとしても、最悪彼のように己の魔術の虜にしてしまえば良いと考えていた。

 

 父ビビディですら手に余った存在を嬉々として蘇らせようとするバビディは、自分自身の魔術に対して絶対的な自信を持っていたのだ。

 

「だけどパパの作った魔人ブウが、こんな星に封印されていたなんてねぇ」

「バビディ様、どうやらこの星にはそれなりのキリを持つ人間が何人かいるようです」

「へぇ……それは朗報だね。少しはエネルギーの足しになると良いんだけど」

 

 魔人ブウが封印されている玉は現在、彼の宇宙船の中で装置に繋がれている。

 その装置はブウの封印を解く為にバビディが作らせたものであり、真ん中には装置を作動させるエネルギー量を示すメーターの針が揺れ動いていた。

 このメーターが100%の数値を指し示した時、伝説の魔人ブウはフルパワーで復活を遂げるのだ。

 しかし現在針が差しているのは必要なエネルギーの一割にも及ばず、ブウの復活にはまだ時間が掛かることを意味していた。

 

「ふむ……私の力を分け与えられれば良かったのですが」

「それが出来れば手っ取り早かったんだけどねぇ……必要なのは、澄み切った純粋なエネルギーなんだよ」

 

 ブウの復活に必要となるエネルギーは、邪悪な者ではない人間が持つ純粋な生体エネルギーだ。

 いかに強大な力を持つダーブラと言えど、彼の持つ邪悪なエネルギーではブウを復活させることはできない。

 故に、バビディは喉から手が出るほどに欲していた。彼自身がこの宇宙で最も嫌悪する、正義感の強い純粋な人間のエネルギーを。

 

 そんな二人の会話の間に、招かれざる客の声が割り込んできたのは、その時だった。

 

「邪念以外のエネルギーを糧にする……オレ達とは正反対なんだね、その玉は」

 

 女性的なトーンをした、少年のような声質だった。

 その声を耳にした瞬間、ダーブラが主の身を守るように前に立ち、不意に現れた気配へと向き直った。

 

「そこにいるのは誰だ?」

「う~ん……今の声、僕の手下じゃないよねぇ」

 

 バビディの拠点であるこの宇宙船には、彼が宇宙中から集めた何人もの手下達が闊歩している。

 しかしその手下達の中に、今しがた聴こえてきた声色の者は一人もいなかった。

 バビディは手下の顔など一々記憶していないが、ダーブラはその事実に気づいていたのだろう。

 侵入者の存在をいち早く察した彼は、警戒の目を向けた。

 

「こんにちは」

 

 ダーブラが視線を注ぐ機材の陰から、この宇宙船への侵入者が姿を現した。

 それは、暗黒魔界の王である彼からしてみれば拍子抜けするほど矮小な存在だった。

 肩先まで下ろされた白い髪が目に留まる、この星の住民と思わしき軟弱な姿。

 身体つきは子供のように華奢であり、色白な容貌も相まって、その姿はまるで争い事も知らぬか弱い少女のように見えた。

 

「地球人のガキか……どうやってここへ忍び込んだ?」

「こう、空間をちょちょっと弄って」

 

 ふん、と不遜な笑みを浮かべるダーブラの前で、おちょくるような顔で侵入者は返す。

 暗黒魔界一の戦士であるダーブラの探知にも引っ掛からなかったのだ。おそらく瞬間移動のような魔術的なものを使い、この場へ現れたか……あるいは存在が矮小すぎて誰にも気づかれなかったかのどちらかであると、ダーブラは彼女の侵入方法を冷静に判断した。

 

「俺に気づかれず、ここまでやってきたことは褒めてやろう。だが、好奇心で迷い込んだのが運のツキだったな。この俺直々に葬ってもらえることを、ありがたく思うといい」

「そうだねダーブラ、目障りだから殺しておいて」

「はいバビディ様」

 

 侵入者の姿は暗黒魔界の美醜感覚から見ても、素直に美しいと感じるものだった。今はまだ子供っぽさが抜けていない貧相な身体つきだが、成長すれば己の妹のような妖艶な美女に変貌する可能性も秘めているとダーブラは感じる。

 が、そこまでだ。

 武人気質の王であるダーブラは相手の美醜で生き死にを決める好色主義ではなかったし、今は何より主君たるバビディの命令が最優先だった。

 故に彼は何の躊躇いもなく、目の前の少女の細首をへし折りに動けた。

 そんなダーブラ――バビディの言いなりになっている彼の姿を見て、彼女は好戦的な笑みを浮かべて言った。

 

「魔界の王ダーブラか……オレは君みたいな邪悪な心を持つ人間が大っ嫌いでね」

 

 少女が、おもむろに右腕を振り上げる。

 その瞬間、彼女の周囲を覆う空間が粘土のようにぐにゃりと歪み、捩じれていった。

 

「……なに?」

「そんな連中は、この宇宙から一人残らず消し去ってやりたいんだよ」

 

 そしてその空間の歪みが収まった時――ダーブラの目の前には、いつの間にか出現していた異形の物体が立ち塞がっていた。

 

 

「ジャネンバ!」

 

 

 身体は黄色く、全体的に丸っこいシルエットをしているその物体。

 体長はダーブラを上回る大きな物体が、短い手足を幼児のようにばたつかせながら彼と向き合っていた。

 

「な、なんだコイツは……?」

「ダ、ダーブラ、こっちにもいるよ!」

 

 そしてそれは、一体だけではない。

 バビディの言葉に反応しダーブラが周囲に目を向けると、同じ姿をした異形の怪物が三十体以上もの大群をなして彼らを取り囲んでいた。

 

「ジャネンバ!」「ジャネンバ!」

「ジャネンバ!」「ジャネンバ!」「ジャネンバ!」

「ジャネンバ!」「ジャネンバ!」「ジャネンバ!」「ジャネンバ!」

「ジャネンバ!」「ジャネンバ!」「ジャネンバ!」「ジャネンバ!」「ジャネンバ!」

「ジャネンバ~!」「ジャネンバジャネンバ!」

 

 そしてその大群が、一斉にダーブラの元へと押し寄せてくる。

 最初に動いたのは、目の前の怪物だった。

 

「ジャネンバ!」

「ぐっ……おおおお!?」

 

 強い……ふざけた見た目をしているが、怪物が繰り出してきた超音速のパンチは真っ向からダーブラの顔面に突き刺さり、甚大なダメージを与えた。

 外見にそぐわない怪物の予想外な戦闘力に驚かされたダーブラは、完全に不意を突かれる形となり、慌てて飛び上がろうとした頃には時すでに遅く、背後からにじり寄って来たもう一体の怪物に圧し掛かられていた。

 

「馬鹿な……! 俺が、こんな奴らに……っ、ぐおおおおおっ!?」

「ヘラヘラヘラヘラ~!」

 

 一体を皮切りにして、総勢三十体もの「ジャネンバ」達が一斉に彼の身を圧殺しようと山のように積み重なっていく。

 その光景に緑色の顔をさらに青くさせたのは、彼の主君であるバビディだった。

 

「な、何をやってるんだよダーブラ! このっ……こいつら」

 

 一瞬にして怪物の大群に押し潰されていったダーブラの姿に慄きながら、血相を変えたバビディが自らの魔術でこの状況を打開しようとする。

 

 しかしそんな彼の小さな腕を――白い髪の侵入者が乱暴に掴んだ。

 

「させると思うかい?」

「……っ」

 

 無邪気な笑みを浮かべながら、彼女は愕然と震えるバビディの顔を見下ろす。

 そして少女は、そんな彼の額にコツンと二本の指を突き付けた。

 

「君達の邪念、いただいていくよ」

 

 ――それが、バビディがこの世で見た最後の光景となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上に降り立ち、黒く固まった地面を踏み締めると、悟飯は周囲に広がる目新しい景色に目を移した。

 この世界は悟飯のいた世界とは違って人も町も溢れているが、この場所にだけはやはり何も無かった。

 草も木も建物も無い。微かに存在しているのは風化した金属と、コンクリートの残骸だけだ。

 

 グラウンド・ゼロ――そこは紛れもなく、「爆心地」であった。

 

 地面は抉れ、焼土となり、通常では考えられない「町」の姿がそこにあった。

 跡形もないその姿からはほとんど考えも出来ないが、かつてはそこで多くの人々が日常を謳歌していたのだ。

 

「…………」

 

 東の都の、跡地である。

 悟飯が降り立ったその場所には、小さな石碑と華奢な少女の姿だけがそこにあった。

 

(ネオンさん……)

 

 凛とした顔立ちに、触れれば掠れてしまいそうな儚さを併せ持つ独特な雰囲気の少女。

 さらさらとした癖のない黒髪を風に靡かせる彼女の姿は、どこか神秘的に見えた。

 

「お墓、ですか?」

 

 そんな少女の姿に吸い込まれていくように、悟飯は彼女に話しかけた。

 後ろから急に声を掛けられた彼女は、特に慌てた素振りも無く返事を返す。

 

「うん。私が作った、小さなものだけどね」

 

 彼女の前にあるのは、一束の花が添えられた小さな石碑だ。

 それは、二人のサイヤ人に命を奪われたこの町の人々を弔うものなのだろう。

 祈りを捧げるように目を閉じていた彼女が、悟飯の姿を視界に映すと驚いたように口を開いた。

 

「孫悟空……?」

 

 悟飯の姿を見て、彼女は父の名を呼んだのだ。

 

「え?」

「あ……いや、貴方の格好が有名な武道家に似ていたから」

「ああ、そういうことですか」

 

 悟飯の父孫悟空は元々、天下一武道会でも優勝したことのある名高い武道家だ。

 彼自身が俗世から離れた人間である為にその名前は功績の割に世間に浸透していないが、武道家に詳しい者であれば一市民が知っていたとしてもおかしくはなかった。

 未来の彼女からは、彼女の死んだ父親が武道マニアだったと聞いたことがある。その伝手で、彼女は父悟空の名を知っていたのだろう。

 着ている道着こそ同じだが、悟飯は自らの名を正直に明かした。

 

「俺は、孫悟飯です」

 

 悟飯が自らの名前を名乗ると、彼女は「孫」という名字を聞いてすぐに思い至ったのだろう。

 納得したように相槌を打つと、まじまじと見つめながら彼女は言った。

 

「あれま、息子さんでしたか。私より年下だと思ってたけど、なんか年上に見えるね」

「それは、その……」

 

 困惑する悟飯に微笑みを向けながら、彼女が言う。

 確かに本来であれば、彼女の方が一つだけ年上である。

 しかしここより時間軸が未来の世界から来た悟飯の年齢は、現在の彼女より年上の身だ。

 今の悟飯は十九歳だが、この世界の彼女の年齢は恐らく十七歳。

 その外見も悟飯が受けた印象としては、自分の知っている彼女よりも少しだけあどけなく見えた。

 

 そして年齢以外にも、自分のいた世界とは大きな違いがある。

 悟飯は彼女の右腕(・・)を見ながら、そのことに気づいた。

 

(ベビーさんの気配は感じない。それに……腕もある)

 

 彼女から感じる気配は、大多数の一般人と比べても何ら変わらない平凡なものだ。

 それとなく探ってみたが、どうやら彼女の中にはベビーの存在はなく、どういうわけか右腕も欠損していない五体満足の姿だった。

 そんな彼女に向かって、悟飯は自分でもどう表現すれば良いのかわからない感情を込めて打ち明けた。

 

「実は俺……貴方のこと、知っているんです」

 

 初対面の少女に言う発言としては、我ながら問題があったと思う。

 しかし、別の世界でもこうして再び彼女と会うことができた悟飯には、言わずにいられなかったのである。

 精神的に、舞い上がっていたとも言える。無自覚の感情だった。

 

「貴方は、この町に住んでいたんですよね?」

 

 元の世界にいた頃、本人から聞いた彼女の身の上話を思い出しながら問い掛ける。

 彼女――ネオンはこの町、東の都出身の人間である。

 

「驚いたな……私なんかのことを、わざわざ調べたのかい?」

 

 二人のサイヤ人――ベジータとナッパが地球に襲来した時のことは悟飯が初めて命がけの実戦を行った日でもあり、ナッパに吹き飛ばされたこの町のことも直接現地に居合わせてこそないが、一瞬にして大勢の人が死んでいったあの日のことは今も覚えている。

 

「まあ、そんなところです」

「……そうだよ。二人の宇宙人が何もかも消した……この町には、私の家族が居たんだ。あの日まで私はお父さんとお母さんと、四歳の弟と暮らしていた……このちっぽけな石碑は、そんな私の家族と、町のみんなを弔うものだ」

 

 悟飯の言葉に返しながら石碑を眺めるネオンの目は深く悲しげで、今にでも泣き出してしまいそうに見えた。

 あの町に居た人間は、この世界でも死んだままなのだろう。

 悟飯のいた世界とは大きく歴史が違うようだが、この町がナッパによって吹き飛ばされ、彼女の家族がそれに巻き込まれたことは何も変わっていないようだった。

 事情を知る悟飯には、居たたまれない気持ちで目を伏せるしかない。

 自分にとって大切な存在が奪われるその気持ちは、悟飯自身も過剰なほど理解していたから。

 

「……ごめんなさい、湿っぽい話をしちゃったね。別にそんなつもりじゃなかったんだけど、ここに来るといつもセンチになるんだ」

「いえ……俺の方こそすみません」

 

 目元を擦る彼女に悟飯が声を掛けられないでいると、頼んでもいないのに重い話をして悪かったとネオンが頭を下げる。

 そんな彼女は、悟飯に対して言い返した。

 

「私もね、君達のことを知ってるんだ」

 

 悟飯が彼女のことを知っているように、彼女も悟飯のことを知っていると言う。

 悟飯はその発言を受けて一瞬、「もしや彼女も転移した身なのではないか」という考えが脳裏に過ったが、そういった意味ではないことを直後の言葉で理解した。

 

「この町をこんなにした人達に復讐しようと、小さい頃の私は私なりに色々調べてね。その中で、私は君達のことを知ったんだ。復讐する相手が、とっくにいなくなっていたこともね」

「ナッパ達と戦った俺達のことを、調べたんですか……」

「うん、復讐相手のことを調べている過程で、君と君のお父さんのことを知ったんだ。孫悟空と孫悟飯、クリリン、ヤムチャ、天津飯、餃子、ピッコロ大魔王……とんでもなく強い人達のことを」

 

 その一人である孫悟飯が目の前に唐突に現れて、本当にびっくりしたと彼女は語る。

 俄かに紅潮しているその顔は初対面の人間相手と言うよりは、憧れのスポーツ選手を見る表情に近かった。

 そんな言葉を聞いて、悟飯はこの世界の彼女にとっては初対面である筈の自分を彼女が不審がらない理由を理解した。

 苦笑しながら、恥ずかしそうに彼女が言う。

 

「実は私、奴らを叩きのめしてくれた君達のファンなんだよね」

「ファ、ファンですか……」

 

 今までに向けられたことのない視線に、悟飯はたじろぐ。

 しかし彼女の話を聞いて、自分達のことを知っているという彼女の思いを純粋に嬉しく思っている自分もいた。

 

「……でも、俺達の仲間以外にも、お父さんの凄さをわかる人がいてくれて嬉しいです」

「そうかな? 私としては、世界中のみんなが君達の凄さを知るべきだと思うけど」

 

 父の活躍が人に認められるのは嬉しいことだが、自分もその対象になっているとも言われれば照れくさくもなる。

 そんな感情が表に出ていたのか、彼女は悟飯の顔を微笑ましい物をみるような目で眺める。

 

「この町の仇を討ってくれたこと……そのつもりはなかっただろうけど、私の家族の仇を討ってくれて、ありがとね」

「あっ……それは、どうも」

 

 面と向かって礼を言われ、悟飯は顔を赤らめる。

 悟飯としてはあの時の戦いでは師匠であるピッコロの足を引っ張っていた記憶の方が大きいのだが……そんな自分でも、こうして誰かに認められるのは嬉しかった。

 特に彼女に礼を言われるのは……何と言うか、不思議な高揚を感じるのだ。

 

「今更だけど、私の名前はネオン。会えて嬉しいよ、悟飯くん」

 

 風に靡く髪を右手で抑えながら、微笑みを浮かべながら彼女は自らの名を名乗った。

 ネオン――未来の世界で、悟飯が死なせてしまった女性だ。

 改めて彼女の正体を確認し、悟飯は明らかにイレギュラーであるこの出会いを喜んだ。

 このネオンは自分の知る彼女ではないが、この世界では無事に生きていたのだ。

 ただその事実が、悟飯には嬉しい。

 

「なんだろうね……何故だか、君と会うのが初めてじゃないような気がする」

「……そうですか」

 

 小首を傾げながら呟く彼女の顔を、改まって見つめる。

 そんな悟飯の様子を不思議そうな眼差しで見やりながら、ネオンは彼に問い掛けた。

 

「人の顔を、じろじろ見つめてどうしたの? もしかして、私に一目惚れしちゃったとか?」

 

 なーんてねと冗談めかした悪戯っぽい表情を浮かべながら、ネオンは悟飯から向けられる不躾な視線をやんわりと指摘する。

 しかし悟飯がそんな彼女の言葉に対して返したのは照れでも謝意でもなく、ある種の開き直りだった。

 

「そうかもしれませんね」

「……へ?」

 

 間を空けて、ネオンが硬直した反応を返す。

 この世界で生きている彼女の顔を見て、感慨に浸りながら見惚れていたことはれっきとした事実だったのだ。

 改めて、こう思ったことも。 

 

「いえ、やっぱり綺麗な人だなぁって思って」

「そ、それは……ど、どうも」

 

 人の美醜など、あちらの世界では、気にしている余裕もなかったものだが。

 彼女が美人であるという認識自体はかつてからもあったが、今の悟飯の視野は以前よりも少しだけ広くなっていた気がした。

 それはこの世界が平和であることと、ブロリーを倒したことによって以前よりも心に余裕が生まれたからなのかもしれない。

 ネオンとしてはそんな悟飯の天然女たらしのような発言が予想外だったのか、完全にペースを乱されたようにあわついた反応を見せる。そんな彼女の姿が、悟飯には新鮮だった。

 

「貴方が、ネオンさんなんですね……」

 

 自覚してはいなかったが、あちらの世界ではネオンの方が年上だった為に、彼女のことをどこか頼れる姉のように思っていたのかもしれない。

 その点、二つほど年下であるこの世界のネオンの姿を見ていると、良い意味で微笑ましさを感じたのだ。

 彼女との会話を弾ませながら、悟飯は初対面とは思えないやり取りを交わしていく。

 

 しかしそんな二人を包んでいた和やかな雰囲気は、緑色の闖入者によって破られた。

 

 

「孫悟飯も色を知る歳になったか。どうやら私が地獄にいる間、随分と時間が経ってしまったようだな」

 

 嘆かわしいことだ……そう言いながら地上に降り立った怪物は、多くの人間の「気」が混じった得体の知れない気配を漂わせていた。

 

 






 誤字指摘をしてくださる方には本当に感謝感謝です。
 今回の章はオリキャラと原作キャラの設定を絡めつつ劇場版ドラゴンボール的な展開にしていきたいと思います。


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アルビノ

 全身にまばらな黒い斑点模様が散りばめられた、緑色の異形。

 背中には甲虫のような黒い羽根を広げているその怪物は、悟飯にとって初めて相対する存在だった。

 

「なんだ、お前は……?」

 

 どの獣人とも似つかない外見からして彼が人間でないことはわかるが、特に奇妙に感じたのは彼から感じられる「気」の質が酷く混沌だったからだ。

 一人の人間から二つの気配を感じるのは元の世界にいたネオンも同じだったが、目の前の怪物からは彼女よりも多くの、比べ物にならない数の「気」を感じたのだ。

 その中には父やベジータなど、悟飯の知っている人物達の「気」が含まれていた。

 正体を問い掛ける悟飯の言葉に、怪物は肩を竦めながら受け応える。

 

「おやおや、この世では私のことを忘れるほど時間が経っていたのかな? ……くだらん冗談はやめろ。この私を忘れたとは言わせんぞ、孫悟飯」

 

 怪物は口調こそ紳士的であったが、悟飯に対してはっきりと敵意を向けていた。

 その姿を悟飯の後ろから覗き見ていたネオンが、愕然と震えながら呟く。

 

「セ、セル……? なんで……」

「セル?」

 

 彼女が呼んだその名前は、この世界の自分とピッコロから語られた話に出てきた存在だった。

 人造人間セル――この世界では七年前に現れ、地球を窮地に追いやった恐るべき怪物だと聞いている。

 

「そうか、コイツがそのセルって奴か……」

 

 かつてはテレビ出演までして大々的に暴れたというセルの存在は、悟飯のいた世界で言うところのブロリーのように世界中の人々に知られている存在らしい。彼が件の怪物であることは、一般人代表であるネオンの反応から見て間違いなさそうだった。

 しかし、解せない。

 ピッコロ達の話によれば、その怪物は既に葬られている筈なのだ。

 

「セルは死んだんじゃなかったのか?」

 

 どうやら目の前に立つ自分を「この世界の孫悟飯」だと勘違いしている様子のセルに、悟飯は問い掛ける。

 それに対してセルが、しみじみと思い出に浸るように語った。

 

「ああ、私は確かに死んだ身だ。私はあの時貴様に敗れ、地獄の底に叩き落された」

 

 しかしこの事態は、彼自身でさえどういうことか測りかねている様子だった。

 

「何故私がここにいるのかは、私にもわからん。何者かがドラゴンボールを使ったのかもしれんが……私はこうして、再びこの世に舞い戻ったのだ」

 

 生き返った理由はもちろん気になるが、こうして貴様と相対した以上、もはやそんなことはどうでもいいと彼は吐き捨てる。

 そして次の瞬間、怪物の顔立ちが一瞬にして鬼の形相に変わった。

 

「許さん……断じて許さなぁい!」

 

 それはまるで昔、悟飯が子供の頃に見たフリーザのような激昂だった。

 悟飯に対する怒り、憎しみを隠そうともせず、彼はその感情に呼応するように内なる「気」を解放していく。

 

「……っ、待て!」

「地獄での日々は、実に愉快だった! 私にとってどれほど苦痛だったものか……! これはそんな愉快な場所に私を送ってくれた……礼だぁ!」

 

 マズい――セルが両腕を振り上げた瞬間、悟飯は咄嗟にネオンの腕を掴んで引き寄せると、彼女の身を抱き抱えながらその場から飛び上がった。

 

 ――瞬間、先程まで彼らが立っていた場所が光に覆われ、大爆発が巻き起こった。

 

 

「むぎゅ……飛んでる……っ、あ……ありがとう悟飯くん……」

「いえ……」

 

 セルが気を解放したエネルギーの波濤を受けて、周辺一帯が無惨に吹き飛んだのである。

 その光景を上空から見下ろしながら、悟飯は苦虫を噛み潰す。

 

「なんて気だ……この世界の俺は子供の頃、あんなのと戦っていたのか……!」

「あ……お墓が……」

「ネオンさん、しっかり掴まっててください」

「きゃっ」

 

 あの怪物、セルが解放した「気」はあまりにも桁外れなものだった。

 もはや化け物、と表現するのも生易しい。あのブロリーにも匹敵するのではないかと疑うほどに、その戦闘力は凄まじかった。

 悟飯は自らの腕に抱き抱えた少女、ネオンの姿を申し訳ない気持ちで見やる。

 

 ――戦うにしても、この世界では何の力も持っていない彼女を巻き込むわけにはいかない。

 

 少々乱暴な扱いになってしまうが、悟飯はネオンの身体を振り落とさないように支えながら、舞空術でその場から離脱していった。

 

「どこか安全な場所に……」

「……もしかしなくてもこれ、私邪魔になっているよね?」

「今、降ります! あそこに隠れて!」

「う、うん」

 

 悟飯が飛んでいる間、彼女は大人しく彼の腕にしがみつきながら指示を受け入れてくれた。

 ベビーという力が無くとも、こういった状況でも冷静な判断力を持っているのはこの世界でも変わらないようだ。

 悟飯は眼下に手近な荒野を見つけると、彼女の身をゆっくりとその場に下ろしていく。

 

 それから彼女に安全な場所へ避難してもらった後、悟飯は再び飛び上がってセルの元へと向かった。

 

 彼の方もまた、悟飯を追いかけてきたのだろう。

 青空の下では、己の両手を開いたり閉じたりしながら自らの力を確認している怪物の姿があった。

 

「ふふふ……地獄でなまったのではないかと心配していたが、どうやら私のパゥワーはあれから落ちていないらしい」

 

 今しがた確認した自らの力に、彼は納得の笑みを浮かべていた。

 顔を上げ、悟飯に対し問い掛ける。

 

「お前はどうだ孫悟飯? まさかお前も、平和な世界で腕がなまったなどと言うのではあるまいな」

 

 悟飯のことを完全に「この世界の孫悟飯」だと思い込んでいる様子の彼は、その目に激しい復讐心を滾らせていた。

 この世界の孫悟飯がどれほどの実力なのかはわからないが、七年前にこの怪物を倒している以上とてつもない強さであることは疑いようもないだろう。

 悟飯は確かに孫悟飯だが、「この世界の孫悟飯」とは全くの別人だ。

 しかし今しがた受けたセルの問いかけは、絶望の未来を生きてきた悟飯には聞き捨てならないものだった。

 

「平和なもんか……」

 

 腕がなまるような世界であったなら、どんなに良かっただろうか。

 真っ先にそう考えてしまう悟飯の壮絶な人生は、常に命を賭けた闘争にあった。

 

「はあああっ!」

 

 それを示すように、悟飯が暴力的な自らの力を解放していく。

 黄金色の光がバーナーのように猛りを上げながら、悟飯の全身を覆い尽くす。

 黒髪は逆立った金髪へと変わっていき、双眸は水のように冷たい青へと変化する。

 

 超サイヤ人――その姿に変身した瞬間、悟飯は自らの身体に生じていたある「異変」に気づいた。

 

(なんだ……この身体中から湧き上がる力は……これが、俺?)

 

 それは、驚くべき感覚だった。超サイヤ人になったことによって、初めて気づいた異変である。

 悟飯が身体の内から引き出すことができる力の総量が、以前よりも数段大きく上昇していたのだ。

 

「また一つ、超サイヤ人のパワーマックスが伸びたのか……?」

 

 サイヤ人の特性である瀕死からのパワーアップ現象は、既に打ち止めになって久しい。

 考えられる要因としては、やはり超越形態であろう。

 最初に超越形態になった時、悟飯は数日間意識不明の昏睡状態に陥った。しかしその状態から回復し、身体を休めた後、悟飯の戦闘力は飛躍的に上昇したのが記憶に新しい。

 今回もまた超越形態によって生死を彷徨った悟飯は、再び大きくパワーアップを遂げて復活していたのである。

 

 ――これなら、超サイヤ人も超えられる!

 

 悟飯はブロリーに匹敵するかもしれない力を持つ目の間の怪物との対峙に希望を見出し、口元を僅かに綻ばせた。

 黄金色の光が、より強烈に広がっていく。

 瞬間、悟飯の前髪がさらに逆立ち、黄金色のオーラに青白い稲妻がバチバチと走った。

 

「きれい……」

 

 そんな彼の姿を地上の木陰から見上げながら、恍惚とした顔でネオンが呟く。

 拳を握り締め、悟飯は怪物セルと向き合った。

 

「超サイヤ人の上を行くこの姿……(スーパー)サイヤ人(ツー)ってとこかな」

「ふふ、どうやらさらに腕を上げたようだな。流石は孫悟飯、そうでなくては復讐のし甲斐がない」

 

 超サイヤ人を超える力、超サイヤ人2。自分自身でも予期せず手に入れることができた新たな力に、悟飯はそう名付ける。

 そんな悟飯に好戦的な笑みを向けながら、セルもまた黄金色のオーラと共に青白い稲妻を弾けさせた。

 

 残念ながら彼が復讐を望む相手と自分は人違いなのだが、この時の悟飯は彼と戦い、この力を試してみたい衝動に駆られていた。

 

 おそらくはこの変身に慣れていないが故に襲われた強い興奮状態が、悟飯の意識を本来の彼よりも苛烈にさせているのだろう。

 だが元の世界に帰った後のことを考えれば、この怪物と戦うことに理があることもまた確かだった。

 今の力を試すには、これほど絶好な相手もいない。

 

「今度は奇跡は起きんぞ!」

「来いっ!」

 

 ――そして、時空を越えた者同士の拳が激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球は今、不可思議な異常事態に襲われていた。

 人々が住まう町々は平穏を脅かされ、各所から爆発や悲鳴が上がっていく。

 

 その騒ぎの中に、男の姿はあった。

 

 頑強な筋肉に覆われたスキンヘッドの巨漢が、廃墟と化していく町に一人佇んでいる。

 男は蘇った(・・・)自らの力を試すように指先に力を込めると、逃げ惑う力無き地球人達に向かってクン――と、その指を突き上げた。

 

 ――瞬間、都の地面から区内を覆うほど大きな爆炎がせり上がっていく。

 

 爆発に巻き込まれた百人以上もの住民達は、一瞬にしてその命を失う。

 張り上げては消えていく断末魔の叫びが彼の心に最上の高揚を与え、男の口ひげを喜悦に歪ませた。

 

「くく……っ、たまんねぇなぁこの感覚は」

 

 破壊と殺戮に幸福を感じるその凶暴性は、生まれてこの方一度も自制したことはない。

 何故ならばそれこそが、宇宙最強の強戦士族サイヤ人の本能だからだ。

 

 男の名はナッパ。純粋なサイヤ人戦士の一人であり、十年以上も前に死んだ筈の人間だった。

 

 その男が挨拶代わりに行った荒々しい破壊活動を高みの空から見下ろしながら、別の男の声がその場に響いた。

 

 

「破壊だけの脳足りんは、地獄に堕ちても変わらんようだな」

 

 

 その声を聴いた途端、高笑いを浮かべていたナッパの表情が一瞬にして固まる。

 上を見上げればその表情は驚愕に、次に激しい怒りへと変わった。

 

 空からナッパを見下ろしていた人物の姿は、彼をこの世から消し去った男だったのである。

 

「ベジータ……! てめえよくも!」

 

 ナッパが激情を隠そうともしない形相で、憎々しげに彼の名を叫ぶ。

 ベジータ――サイヤ人の王子であり、かつてはナッパと共にこの地球を襲った男。

 カカロットとの戦いに敗れた彼をゴミのように殺害し、地獄に叩き落した張本人の姿だった。

 

「消えろ。また俺に、殺されたくなかったらな」

 

 自分がお前を殺したのだと冷酷に突き付けるベジータの顔はどこ吹く風であり、怒りの表情を浮かべるナッパの姿を敵とすら捉えていなかった。

 そんな彼の目を見据えた瞬間、ナッパの頭は真っ白に染まった。

 

「ベジータああああっ!」

 

 まるで理性を失くしたかのように憎悪の叫びを上げながら、ナッパは大きく開いた口からエネルギー波を放つ。

 しかしその瞬間、局所的な爆発の白光が巨体を襲った。

 

「っ!?」

 

 ナッパが全力で放った最大の技に対して、ベジータはハエでも追い払うように軽々しく気弾を放ち彼の肉体を塵一つ残さず消し去ったのである。

 

 

 一撃でかつての同胞を葬り去ったベジータは、ゆっくりと廃墟の地に降り立ちながら吐き捨てた。

 

「血迷いやがって」

 

 力の差はわかっていただろうに、昔と変わらない単細胞さには再度失望を禁じえない。

 実のところかつての同僚のよしみでこの場は見逃してやってもいいかと考えていたのだが、あれではそんな気も失せていくものだ。

 

「チッ、どうなってやがる……」

 

 ベジータはその場で自らの感覚を研ぎ澄ませながら地球上に分散する大きな「気」の数を知覚すると、それらの存在に眉をしかめた。

 不可解なことにもそれらの「気」は、いずれもこの世には存在し得ない者達だったのだ。

 

「なぜ死んだ連中がうじゃうじゃと……!」

 

 ギニュー特戦隊やフリーザ軍兵士、コルド大王やセルジュニア達の「気」までも感じる。

 この「西の都」に現れた先ほどのナッパもそうだが、彼らは間違いなく死んだ筈の人間だった。そんな連中がまるで怪奇現象のように、突如としてこの地球に出現したのである。

 そしてそれは、ナッパの存在で確定的となった。

 理由はわからないが、かつて敗れた死人共がこの世に生き返っているのは間違いないとベジータは理解する。

 中でも一際大きい人造人間「セル」の気は、七年前散々辛酸を舐めさせられたベジータには忘れられる筈もなかった。

 

 だが奴まで生き返って再び現れたのなら、進化したこの力でリベンジしに行くのも一興か。

 今のベジータは七年間続けてきた過酷な修行の果てに、かつての孫悟飯が至った超サイヤ人を超えた超サイヤ人への変身を会得している。

 故にかつて敗れたセルとて、今の俺の敵ではないという確固たる自信があったのだ。

 しかし残念なことに、生憎にもセルの相手は既に先約がいる様子だった。

 

「悟飯め、セルの相手は奴に取られたか」

 

 彼らの「気」の動きを読み取ったことで、かつてセルを倒した男が再び彼と戦っているのがわかったのだ。

 セルの「気」とぶつかり合う孫悟飯の「気」は、七年前よりも大きな力を解き放っていた。

 孫悟飯は平和な世の中ですっかりトレーニングをサボっていたものと思っていたが、自分の知らないところで鍛えていたのだろうか? 今しがた迸っている凄まじい力と最近の彼の姿がどうにも一致せず、ベジータは感知した彼の力を不思議に感じた。

 

 ……いや、違う。これは、奴の「気」ではない。

 

 より深く意識を集中して探ってみると、現在セルと対峙している凄まじい「気」が自分の知る孫悟飯のものとは僅かに異なっていることに気づいた。常に神経を鋭敏に研ぎ澄ませているベジータだからこそ気づくことが出来た、ほんのわずかな違和感だった。

 何より、彼の知る孫悟飯の気はもう一つ別の場所に感じるのだ。これではまるで悟飯が二人いるようだと、ベジータは今の自分と同等近い力を持つ不可解な存在に興味を抱いた。

 

 しかし、その気配の元へ飛び立とうとするベジータは――後ろから唐突に現れた大きな気配によって呼び止められた。

 

「セルよりももっと、君には相応しい相手がいるよ」

 

 歳若い少女のような甲高い声だった。

 まるで瞬間移動のように背後に現れた不遜な気配に、ベジータは振り向きながら鋭い視線を向けた。

 

「やあベジータ、会えて嬉しいよ」

「なんだ貴様は?」

 

 見覚えのない、子供の姿だった。年の頃は十代前半と言うところで、悟飯よりも幼く見える。

 白い髪を肩先まで下ろしたその少女は、柔らかな物腰に反して冷たさを感じる青い目でベジータを見据えている。

 そんな少女はベジータにとって何となく不快な気配を漂わせながら、白銀の指輪が光る右手の甲で自らの口元を押さえた。

 

「わからない? なんだよ、君達が滅ぼした種族じゃないかー」

 

 微笑みを浮かべながら、煽るように問い返してきた彼女の言葉を受けて、ベジータは即座に彼女の正体を看破した。

 この本質的に相容れないような彼女の不快な「気」は、ベジータがまだ子供の頃、実戦デビューを飾った頃に感じたことのある不快な感触に似ていたのだ。

 

「ふん……わかるぞ、この惨めな気は」

 

 あの時は今のように明確な形で人の「気」を感じることは出来なかったが、殺戮の天才王子である彼は天性の感覚でその感触を記憶していたのだ。

 ベジータはにやりと唇の端を吊り上げると、当時の感触と目の前の少女から感じる気配を照らし合わせながら言い放った。

 

「ツフル人だな」

 

 ツフル人――かつてサイヤ人の手で絶滅し、星ごと乗っ取られた哀れな負け犬種族。

 彼女の姿は地球人の少女にしか見えないが、彼女の放つ不快な「気」からは、今は亡き惑星ベジータの旧支配者達が持っていたものと似た波長を感じるのだ。

 少女は彼の言葉に、肯定を返す。

 

「流石王子様、一発で見抜いたか。オレの名前は……そうだね。「アルビノ」とでも呼んでよ」

 

 白髪の少女は自らの髪を指先でいじりながら、自らの名をそう呼称する。

 アルビノと名乗った少女の前でベジータは、彼女の正体がわかったことで喜びを感じている自分に気づいた。

 

「で? その負け犬のツフル人さんがわざわざ俺に何の用だ?」

「はは、ベジータがそれを聞くのかい? そんなの、仇討ちに決まっているじゃないか」

 

 気分が良いのだ。彼女から受ける蔑みと憎悪の眼差しが。

 ベジータはこの七年間、他ならぬ自分自身の在り方に対して戸惑いを感じていた。

 気に入らなかったのだ。知らないうちに亡きカカロットや息子達の影響を受けて、穏やかになっている自分が。

 サイヤ人の王子ともあろうものが家族を持ち……それも、悪くない気分だった。

 居心地の良い地球を、好きになってしまっていたのだ。

 そんな折に、サイヤ人と憎しみの因縁で結ばれたツフル人と出会ったのだ。

 

 腑抜けた自分に本当の姿を思い出させてくれる……自分のことを残忍で冷酷なサイヤ人として見てくれる彼女の眼差しは、昔の自分への回帰を望む今のベジータには実に甘美なものだった。

 

 なのにその高揚が……どこか虚しく思えてしまうのは、何故だろうか。

 

「ふん、いいだろう。負け犬ごときに何が出来るのか知らんが、精々この俺を楽しませるがいい」

「ああ、とことん楽しませてあげるよ。君達の大好きな弱い者いじめでね!」

 

 久しぶりに元の悪人として堂々と戦える相手が出てきてくれたのが嬉しい筈なのに、何かが足りない。

 そんな感情を振り払うように、ベジータは組んでいた腕を解いてツフル人の少女アルビノと対峙した。

 




 


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