のんびり天使は水の中 (猫犬)
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沙漓

初めまして、おはこんばんにちは。
普段はデート・ア・ライブのss方を書いてます。
ノリと気分と思い付きで始めてみました。続くか否かは未定ですけど。


『じゃぁね、よはね~、まるちゃん。またあした~』

『うん。じゃぁね、さりちゃん。またあした』

『さりえる、またね』

 

 

『沙漓、ここに隠れていなさい』

『えっ?』

『いいわね』

 

 

『おい、来てくれ。こんなところに子供がいるぞ』

『……』

『瓦礫で足が、それに煙を吸い過ぎている……早く病院に!』

 

 

『さりちゃん、これからは一緒に暮らすんだよ』

『ん?おとうさん、おかあさんは?』

『それは……』

 

 

 

 

~☆~

 

 

 

 

「沙漓?大丈夫ですか?」

「ん、ん~……ふわぁ。あっ、寝ちゃってた」

 

 

昔の夢を見た僕は目を覚ますと、荷物が入った段ボールに突っ伏して眠ってしまっていたようだった。そして、嫌な夢を見たことで冷や汗をかいていたようで、段ボールは濡れていた。そんな僕を大家さんとの手続きを済ませて戻って来たお姉ちゃんが慌てた様子で声をかけ、手に持った段ボールを床に降ろす。

ここは静岡県沼津市にあるアパートの一室。今年から高校生になるにあたってこっちに引っ越してきた、というよりは戻って来たぁ?感じだった。あまり覚えていないけど幼稚園の頃はこの辺りに暮らしていたらしいから。こっちに越してきた理由は、僕の体調のせいで自然豊かな場所じゃないと厳しいこと、両親は仕事の問題上引っ越すわけにはいかず、高校生になるから一人暮らしも視野に入れたらこっちがちょうどよかったから。加えて生まれ故郷だから。

 

 

「なるほど、こっちに戻ってきたことで昔のことを思い出してしまいましたか」

「うん……でも、大丈夫だよ。もう高校生になるんだからねぇ」

「はぁー、荷ほどきは私がやりますから、沙漓はゆっくりしていていいですよ」

「ん?いや、僕の荷物なんだし、お姉ちゃんにだけ任せられないよぉ」

「そうですか?まぁ、無理はしないでくださいね。と言う訳で、段ボールを運ぶのは私がやるので、沙漓は段ボールの中身を出して部屋作りをしちゃってください」

「はーい」

 

 

お姉ちゃんは僕の体調を気遣ってくれたけど、ただ単に眠くなっちゃっただけだし、体調も安定してるから平気かなぁ?あの頃の夢も曖昧にしか覚えていないから平気だろう、と思いながら、枕にしていた段ボールを開封する。お姉ちゃんに運ぶのを任せるのは悪い気がするけど、たぶん途中でバテるからおとなしく従う。それで、さらに面倒をかけたくないしぃ……。

 

 

「ふぅ、これで持って来た荷物は全部ですね。家電は少し遅れてくる予定ですし、段ボールの開封を私もするとしましょうか……って、こんなものまで持ってきていたんですか」

「えー、これ気にいってるんだもん」

 

 

早速開けた段ボールの中を見てお姉ちゃんは呆れたような顔をされた。その中に入っていたのは、段ボールいっぱいに詰め込まれた本だった。ちなみにもう一箱あるけどぉ……。

 

 

「まぁ、趣味をとやかく言う気は無いからいいんですけどね」

「あれ?いいんだぁ」

「さぁ、口を動かしていないで手を動かしてください。いつまでも終わらないですよ」

 

 

呆れたのに、結局はそれ以上言わないので、首を傾げていたら注意されてしまった。納得いかない。お姉ちゃんが振って来たのにぃ……。

そんな感じで時々口を動かしながら(手はちゃんと動かしてる!)作業を進めていき、無事家電も運ばれてきてなんだかんだで終わる頃には日が傾いていた。

 

 

「やっと、終わったぁ~。お姉ちゃん、ありがとねぇ。手伝ってくれてぇ」

「どういたしまして。思っていたよりは早く終わりましたね。さて、出かけますか?夕飯もなんとかしないとですし」

「あっ、そうかぁ。食料全く無いんだったぁ」

 

 

無事終わったことに安堵したのもつかの間。食料は現地調達の予定だったため、今現在この部屋には一切食べ物がないことに気付いた。今気づいたことにお姉ちゃんは苦笑いを浮かべると、僕は慌てて外に出るために荷物を纏める。といっても、財布とスマホをポケットに入れるだけだけど。

 

 

 

 

~☆~

 

 

 

 

「では、沙漓。きちんとした生活を心がけて、時々でもいいので連絡するんですよ」

「うん、その辺はちゃんとやるつもりだよぉ。だから、そんなに心配しないでぇ」

 

 

明日大学の用事があるとかで、お姉ちゃんは帰ることになり、見送るところだった。明日予定があるのなら、こんな時間まで付き合わなくてよかったのに。

そんなことを言ったら「気にしなくていい」と言われちゃったけど。

 

 

「あっ、夏休みには一度戻って来るんですよ」

「もちろんそうするぅ。たぶん、六月の終わりから七月の初め位かな?秋葉に行くと思うからぁ……」

「ああ、そうでしたね。まさか、ここまで好きになるとは。では、そろそろ電車が来るので行きますね」

「うん、じゃぁねぇ」

 

 

手を振って見送り、お姉ちゃんは改札を抜けていった。

 

 

「さて、明日はこの辺の探検かなぁ?っと、早く帰らないとぉ」

 

 

一人呟いてから、時間が時間なことに気付いて駅を後にして、近くのスーパーで明日の朝食やらを買ってから帰路につく。

そして、アパートの前に着くと、隣に立っているマンションから少女が一人出てきた。

年は同い年ぐらいで、少し青めの黒髪の一部を右側で団子に纏めているのが特徴だった。

普段なら別に気にせず素通りするんだけど、その少女はどこかで見たことがある気がしたから足を止めていた。少女の方も僕が見ているのに気付いて固まる。結果として、正面から顔を見ることができた。

 

 

「あれ?真っ白だぁ……でもぉ……」

「ん?なに?」

 

 

少女を見て珍しいことがあったからボソッと呟いたら、少女に首を傾げられた。やばっ!これじゃ、ただの変な人に思われる……って、あれ?もしかして。

 

 

「善子ちゃん?」

「えっ!?」

 

 

じーっと見ていたら、誰なのか気づいた。幼稚園の頃に一緒に遊んでいた少女だと。髪の色とか団子の位置とかでなんとなくわかった。まぁ、それ以前に時々もう一つの姿は見てたけど。まさか、沼津にいたとは。他人の空似かと思っちゃった。

突如僕が名前を言ったことで、少女――津島善子ちゃんはポカーンとしていた。

 

 

「えーっと、どちら様?」

 

 

どうやら僕のことがピンと来ていないようで、そんな返答をした。まぁ、幼稚園の時振りだから覚えてないのが普通ではあるけど。僕の場合は、あの頃の夢を昼に見たから思い出せたわけだし。

 

 

「沙漓だよ。園田沙漓。幼稚園の時振りだけど……」

「さり?……ってまさか、サリエル?はっ、まさか私を天界に連れ戻しに来たのね」

「私は天使じゃないからね……」




簡易紹介
園田(そのだ)沙漓(さり)
・七月七日生まれの十五歳
・高校一年生
・こげ茶の長髪で、普段はポニーテールにしている。
・一人称が"僕"
・元々は沼津辺りに住んでいたが、引っ越しで沼津を離れて、高校で再び沼津に帰還。
・大学生の姉がいる。

身長やらスリーサイズやらは全く決めていません。

善子のマンションの隣にはアパートは本来ありませんが、そこはあるという感じで。

基本的に思いついたら書いていくので、投稿は不定期です。できれば週一にしたいけど、たぶん無理なので、のんびりと。
では、ノシ


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散策

以前書いた2、3話を一つにまとめました。


昨日会ったあと、善子ちゃんも無事?僕のことを思い出したようで、マンションの前で少し喋り、それから何かの買い物に行こうとしていたことを思い出して別れた。別れる際にチャットとメールのアドレスを交換したけど、使うことあるのかな?そもそも善子ちゃんは浦女なのかな?沼津にも高校はあるけど。

 

翌日。

ほとんど記憶の無い街なので、一日かけて散策することにしていた。と言っても全てを見るのは難しそうなので範囲は絞りたいところだけどぉ。

 

「迷った……ここ何処?」

 

午前十時から始めた沼津散策は、始めて数時間で飽きたというか、良く行きそうな場所を回り終え、日用品やゲーマズなどの場所は把握できた。時間が十分あったので、そう言えば学校の場所知らないなぁ、と思って内浦の方に足を延ばした。散策が目的だからバスを途中で降りて、音楽を聴きながらのんびり歩いて、その結果、自分が今どの辺にいるのか分からなくなった。

塀に腰を下ろしてスマホのマップを起動して現在地を確認する。そうして、居場所を確認し終えてスマホをポケットに仕舞って歩き出そうとすると、

 

「君一人?よかったら、俺と遊ばない?」

 

そこにはチャラそうな大学生が一人おり、いわゆるナンパが起きた。見た感じ遊びに沼津の方に来た感じだった。向こうに居た頃はナンパなんてされたことが無かったので、こういう時どうすればいいのか分からない。全く興味はないし、どうでもいいけど。でも、耳かけイヤホンの片方を外して会話をすることにする。一応両耳しながら会話するのは失礼だから。それに、無視しても面倒そうだから。

 

「いえ、用事があるので遠慮しておきます」

「いやいや、そう言わずに遊ぼうよ。用事なんて今じゃなくても平気でしょ?」

 

なんで、この人が勝手に決めるんだろ?そもそも、用事の内容が何かもわからないのに、なんで平気って決めつけるんだろ?まぁ、散策が目的だから、時間的な制約はそんなにないけどぉ。

 

「いえ、平気って訳じゃないので、失礼します」

「まぁまぁ、そう言わず」

 

話を打ち切ってイヤホンを耳に付け直して、その場を後にしようとすると、ナンパ男は僕の腕を掴んでそう言った。大音量って訳ではないので、ナンパ男の声は聞こえている。腕をぶんぶん振って振り解こうとするも、一向に振り解けない。

そうして、格闘していると、横の道を私服姿の善子ちゃんが通りかかった。見間違いかとも思ったけど、昨日会ったばかりだったので気のせいだとは思えなかった。善子ちゃんは一瞬こっちを見て何かを呟いて、そのまま素通りして行ってしまう。

あれ?素通り?助けてはくれない感じ?そうだよねぇ……自分が大事だからわざわざ自分から関わりになんて来ないよねぇ。はぁー。あの頃の善子ちゃんは優しかったなぁ。時間は人を変えちゃうんだねぇ。

善子ちゃんに見捨てられ、気分が悪い方向に行き、その間も腕を振って解きにかかるけどやっぱり無理。

 

「もう、諦めて一緒に遊ぼうよ」

 

ナンパ男はだんだん腕が疲れてきたのかそう言う。僕的にはまだまだ体力的に問題ないので、相手が疲れて放すまで続けることにする。或いは、この人を海に落とそうかな?別にいいよね?それくらい。ちょっと今の時期に海に入るのは寒いかもだけど、それは仕方ない。

考えがダークな方に向かっていると、唐突にイヤホンの音楽が止まり“ピロンッ”と何かの通知音が聞こえてきて音楽が再開される。何だろと思いながら、右手をぶんぶん振りつつ左手で画面を見ると、さっき通り過ぎていった善子ちゃんから『今すぐ、海に向かって飛びこんでっ!』とチャットの通知に書かれていた。

よくわからぬまま、困惑すると、それで頭が冷静になる。結果として今更ではあるが、善子ちゃんが呟いた言葉がなんだったのか分かった気がしたから。

だから、ポケットにスマホを仕舞い、さっきよりも勢いよく腕を振る。すると、ナンパ男の腕が滑ったのか手が離れる。直後、僕は身体を九十度回転させて塀に手をつき、

 

「よっとぉ!」

「うがっ!」

 

そのまま勢いよく塀を乗り越えて、海の方に飛び込んだ。なんか後ろの方で声が聞こえた気がするけど気にしない。決して、僕のポニーテールが顔に当たったなんてことは無いはず。

注)当たっています。

あっ、今気づいたけど、海に潜ったらスマホとイヤホン壊れちゃうなぁ。防水性だけど、あれって、雨に濡れても平気ってだけで水没はアウトな訳だしぃ。

飛び込んだ先の海には、何故かちょうど着地点にゴムボートがあり、そのままゴムボートに足が付くとそのまま受け身を取って衝撃を和らげる。数メートル程度だったので、着地の衝撃は受け身と下が海だったことで完全に緩和されて怪我は無かった。

 

「あの子が言った通り、本当に女の子が降って来たや。っと、のんびりしている場合じゃなさそうだね」

 

ゴムボートにはロープが付いており、もう一方は水上バイクについていた。その水上バイクにはダイビングスーツを着て、青と黒の混ざった髪をポニーテールにした年上のお姉さんがいた。お姉さんはこっちを見て頬を掻くと、少し上を見て前を見てバイクのグリップを握る。

 

「あれ?この人もだぁ」

「ちゃんと捕まってなよ」

「は、はい」

 

昨日に続いてこの人も特殊だということに驚いた。

お姉さんは僕が降って来ることをあらかじめ知っていたこと、お姉さんが言う“あの子”が誰なのか?といった疑問に考えを巡らせていたら、お姉さんがそう言ったので、若干反応が遅れてしまった。

そして、バイクが動き出して引っ張られるようにゴムボートも動き出す。言われたとはいえ、ゴムボートに掴めそうな場所が特にないので、中央辺りに座って何とか耐えていると、その直後“バシャーンッ”と何かが海に突っ込んだ音が後ろから響いた。後ろを見るとそこには、さっきのナンパ男が浮いており、どうやら追いかけようとして飛び込んだらしかった。ゴムボートが動き出していたから、乗るのには失敗してたけど。というか、まだ四月だから寒そう。

ゴムボートの上で体勢を安定させていると、船着き場の前に差し掛かかったところで、唐突にバイクが止まり、意識が別の方に向いていたことで、慣性に負けて僕は前向きに倒れ込む。なんで、止まったんだろ?と思うと、誰かが走って来る音が響き、

 

「とぉー……あたっ」

 

そのまま、ゴムボートに飛び込んで、ゴムボートは大きく揺れる。そして、飛び込んできた主は着地に失敗して転倒していた。

転倒しているのは、髪の右側を団子に纏めた少女。

 

「えーと、善子ちゃん。大丈夫?」

「えぇ、大丈夫、よっ!」

 

転倒していたのは、善子ちゃんなのだけど、なんでここに?メッセージが飛んできたから、善子ちゃんが関与してるのはわかるけど、ここに飛び込んでくる必要は?

そんなことを思いながら、鳴りっぱなしになっていた音楽を止めて両耳のイヤホンを外す。

身体を起こして善子ちゃんが喋っている途中で、またゴムボートが動き出した。そして、起こした身体が勢いに負けて二人とも後ろに倒れ込む。

 

「追われるかもだから、ほとぼりが冷めるまで淡島に来る?」

「気のせいでなければ、もう向かっている気がしますけど。でも、助かりました。ありがとうございます。よければお願いします」

「りょうかーい。まぁ、のんびり行くから」

 

倒れた状態のまま、そう返事をし、予定外ではあるけど、淡島に行くことになりました。まぁ、淡島にも行ってみたいし、ちょうどいいかな?

この二人ならたぶん平気だから。たぶん。きっと。だったら、いいなぁ。

 

 

~☆~

 

 

時は進み、なんだかんだで淡島に着いた。

お姉さんの家はダイビングショップらしくて、今はその前にあるテラスの椅子に二人とも座っています。

 

「それにしても、ナンパに遭うなんて災難だね。はい、お茶とタオルだよ」

「はぁ、そうですね。あっ、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 

ダイビングスーツから普段着に着替えたお姉さんはコップ三つとタオルを持ってきて、テーブルに置きながらそう言う。お礼を言ってタオルで服を叩いて水を飛ばしていると、お姉さんも椅子に座る。

 

「私は松浦果南。見ての通り、ここに住んでる浦女の三年だよ」

「私は園田沙漓です。助けていただきありがとうございました。今年から浦女の一年になります」

「私は津島善子です。同じく一年になります」

「沙漓ちゃんに善子ちゃんね。うん、よろしく。それで今更だけど、なんであんなことに?あと、沙漓ちゃんはこの辺の子じゃないよね?」

 

自己紹介をすると、松浦先輩は僕がこの辺にいない子だと気づいてそう聞いてきた。たしかにそうだけど、なんでわかったんだろ?

 

「昨日こっちに引っ越してきたので、そうですね。なんで、分かったんですか?」

「ん?まぁ、この辺りのコミュニティーは狭いからさ。だから、この辺に住んでる人かに関してはなんとなくわかるんだ」

「なるほど?ところで、なんで私を助けてくれたんですか?関わったら危険があるかもしれないのに……」

 

疑問を口にすると、二人は「あぁ」と口にする。善子ちゃんはあの時のことを思い出し、何か言い辛いことがあるのかそっぽを向く。それを見て、松浦先輩が話し出す。

 

「いや、私も最初は知らなかったんだけど、善子ちゃんが慌てた様子で船着き場を走っていたのが海から見えたから、何かあったのかと思ってね。で、近づいてきた私とゴムボートを見て、ゴムボートを塀の近くに寄せてってお願いされてね。で、沙漓ちゃんが降って来たって訳」

「つまり、善子ちゃんに頼まれたからですか。でも、二人は初対面だったんじゃ?」

「うん、初対面だよ。でも、すんごい慌てようだったからね」

 

善子ちゃんの方を途中で見て、松浦先輩がそう言うと、善子ちゃんは顔を真っ赤にする。たぶん、恥ずかしくなったんだと思う。

 

「そういえば、善子ちゃんは私がいなかったらどうする気だったの?」

「それは……海に飛び込んでもらって、それを引き上げて逃げるつもりで」

「良かった。松浦先輩がいてくれて。危うくずぶ濡れになるところでした」

「まぁ、バイクの水飛沫で濡れちゃったけどね」

 

善子ちゃんだけでなく、松浦先輩がいたことを安堵する。結局、濡れていることに苦笑いを浮かべると、善子ちゃんも疑問があったのか、口を開く。

 

「そう言えば、なんで沙漓は私の言葉を信じてくれたの?はたから見れば、完全に素通りしていったのに」

「だって、善子ちゃん“待ってて”って言ったから」

「まぁ、確かに言ったけど……昨日久しぶりに再会した人の言葉を信じられるの?」

「まぁ、半信半疑ではあったよ。でも、よくよく考えれば善子ちゃんは優しいから。だから、信じたの」

「半信半疑ではあったんだ」

 

善子ちゃんの言葉に対してそう答えると、善子ちゃんは呆れた表情をする。

 

「まぁ、もしも何も無ければカナヅチの私は海に沈んで行ったんだけど……その時は、あの人と善子ちゃんをずっと呪うことにしていたから」

「怖っ!」

「随分な賭けをしたんだね。それと、勇気があるよね。普通はあの高さは躊躇しそうなものなのに」

「あっ、それに関しては飛び降りるまではどれくらいの高さかわかっていませんでしたよ。割と低くて助かりました」

 

結構な無茶していたことを知って、善子ちゃんは呪いの件で怖がり、松浦先輩は無茶していたことに呆れていた。

 

「まっ、結果的に無事に事が済んだし、良かったよ」

「そうよ。このヨハネに感謝しなさい」

「松浦先輩がいなかったら僕が大惨事だったからねぇ。だから、善子ちゃん一人の力じゃないからねぇ」

「私がいなかったら気づいてもらえなかったでしょ!だから、私のおかげよ!」

「それに関しては善子ちゃんのおかげだけどぉ。ほとんど松浦先輩のおかげだよぉ!」

 

何故か、善子ちゃん一人のおかげみたいな口ぶりだったからツッコんで、そこから言い合いになる。そんな僕たちを見て松浦先輩が笑みを浮かべる。なんで、ここで笑うのか分からず、善子ちゃんも分からないようで二人して首を傾げると、松浦先輩がハッとする。

 

「ごめん。二人を見てたら、ちょっと昔のことを思い出しちゃってね。それにしても、沙漓ちゃんずっと硬かったけど、やっと柔らかくなったし、一人称“僕”だったんだね」

「あっ……変ですよね。一人称が僕なんて」

 

松浦先輩に言われて、今気づいた。お姉ちゃんか一人の時にしか使わない言葉遣いと一人称になってたぁ……。

緊張がほぐれていたからついつい出ちゃったぁ。

この一人称は基本的に外では使わないことにしていた。小学校の時にこの一人称で冷やかされ、中学でも笑われたことがあったから。下手に出せば笑いものにされてしまう。だから、二人もバカにすると思い身構える。

 

「一人称が僕だからって今更態度を変えたりしないわよ。私だって、時々堕天使でちゃうし。だから平気よ」

「堕天使?まぁいいや。一人称が僕だからって別にバカにしたりしないよ。流石に我とか我輩とかだったら反応に困るけど……」

 

しかし、二人ともそんなことを気にしている様子がなく、バカにすることも笑うこともなかった。松浦先輩は嘘を付いている感じはなく、善子ちゃんに関しては言わずもがな。

 

「それに、この世界はそんなにつまらないものじゃないわよ」

「何の話?まぁ、気にしないのならそれでいいんだけど」

「これで悩みは解決?あっ、仕事残ってるんだった。」

 

松浦先輩はハッとして、時計を見て仕事を思い出したようで椅子から立ち上がる。そして、松浦先輩はこっちに振り返る。

 

「私は店の仕事に戻るから、二人はどうする?ここに居ても構わないけど」

「僕はそろそろ行きますね。多分あの人ももういなくなってると思いますし。今日はありがとうございました。松浦先輩」

「うん、どういたしまして。あっ、そうだ。どうせなら、名字じゃなくて名前でいいよ。なんか距離感じるし」

「……わかりました。これからは果南さんって呼びますね」

 

果南さんの方からそう提案してくれたので、提案に乗る。ここで拒否するのは失礼な気がするしねぇ。

 

「うん、よろしく。何かあれば来てくれて構わないからね。沙漓ちゃん、善子ちゃんも。じゃっ、そのうちまた会おうね」

「「はい。さようなら」」

 

そう言って、果南さんはお店に戻って行った。結局、果南さんは僕の事を否定することは無かったし、善子ちゃんのあれも気にしてなかったなぁ。

 

「さてと、僕は淡島をぐるっと回るけど、善子ちゃんはどうするの?」

「あんなことがあって、まだ外を歩き回るんだ。普通はさっさか帰るわよ」

「僕が普通に見える?」

「あっ、そう言うことね。まぁ、普通じゃないわね。それと、口調はもっと気楽にしていいわよ」

 

“僕が普通なのか”を聞いたら、何故か善子ちゃんは否定しなかった。あれ?ここは否定するところなんじゃぁ?僕が普通なのかに関してはどうでもいいけどぉ。

それと、さっきの口調がばれてるっぽいなぁ。てっきり、一人称の方に気がいって、こっちは気にしないと思ってたのにぃ。これだと、果南さんも気付いてるんだろうなぁ。

 

「そう?まぁ、いいやぁ。それで、さっきの善子ちゃんのことが信用出来た理由はねぇ。僕は時々善子ちゃんを見ていたからぁ」

「え?」

「でしょ?堕天使ヨハネ?」

「あっ……まさか」

「うん、よく見ているよぉ。生放送をねぇ」

 

前に偶然、生放送をしているのを見つけて、それから毎回見ていた。だから、善子ちゃんが昔と変わっていないんだと思えた。これが、あの時善子ちゃんを信じた理由の一つ。まぁ、生放送の時はキャラ作ってるから、本来の性格がどうなってるかわからないから、警戒はしちゃったけどぉ。

 

「ごめん」

 

だから、ふとその言葉を口にしていた。これに関してはちゃんと謝らないといけないから。

 

「ん?何がごめんなの?」

「いや、僕の横を通り過ぎた時、善子ちゃんが見捨てたと思っちゃったからぁ……本当は見捨ててなんかいなかったのに」

「はぁー、そういうこと。別にいいわよ。私だって、知らない人だったら何もしなかったと思うから」

 

疑ってしまっても、善子ちゃんは怒らずにそう言ってくれた。やっぱり、善子ちゃんは何年経っても根は優しいんだと思う。言って、善子ちゃんは気恥ずかしくなったのかそっぽを向く。

 

「そっか、うん。助けてくれてありがとねぇ。そう言えば、ちゃんとヨハネにお礼言ってなかったからね」

「はいはい、どういたしまして……って、なんで急にヨハネ呼びになってるのよ!」

 

急な呼び方の変更に困惑する善子ちゃん、もといヨハネ。そんなに気にすることは無いと思うけどぉ……。

 

「いいでしょ?友達ならあだ名で呼んだってぇ」

「ダメよ!私は高校生になったらもうこれを辞めるって決めてるんだから」

「あっ、あんなところにリバイアサンがぁ」

「えっ!?くっく、遂に現れたわね。我が下僕にしてくれるわ」

 

海の方を指差してそう言ったら、バッと海の方を見て、カッコ良さ気なポーズを取りながらそう言った。うん、即座に反応しちゃう辺り、脱中二は遠そう。

 

「はっ、しまった!」

「ところで、ヨハネはなんであんな場所歩いてたの?」

「あれ?無反応?あと、ヨハネって言わないで」

「えー、いいでしょぉ?」

 

ヨハネがハッとし、そう言えばなんでヨハネがあそこを通ったのか分からなかったから、僕は話を逸らした。あの辺は地図を見た限りでは何も無かった気がする。

 

「ああ、それは簡単なことよ。あの先に用があって、お金を浮かせようとしてただけよ」

「なるほどねぇ。確かに、バス停数個分は歩いたりするよねぇ。僕もよくやるしぃ」

 

ヨハネが歩いていた理由が分かり納得かな。でも、この辺ってバス停ごとの間隔が広かったような……。でも、そのおかげで助かった訳だからいいか。

 

「さぁ、行くわよ」

「ん?なんの話?」

 

ヨハネは唐突にそう言い、言葉の意味が分からずに首を傾げたら「はぁー」とため息をつかれ、ジト目を向けられた。

 

「さっき自分で聞いたでしょ?この後どうするのかって」

「あぁ、聞いたねぇ。話逸れたけど……でもいいの?用事があったんじゃ?」

「いいわよ。別れてすぐにまたナンパされてたら嫌だし」

 

ナンパがまた起きたらって、そんな頻繁に起きるものなのかな?そんなことを思っているうちに、ヨハネは歩き出してしまう。

 

「まぁ、別にいいわよ。そしたら、私は用事の方に行くだけだから」

「ごめんってぇ、一緒に行こうよぉ。ヨハネ~」

 

僕はそう言って、先に行ったヨハネを追いかけるのだった。

 

「だから、ヨハネ言うな!」




タイトルは沙漓が散策するから。安直だなぁ
善子(ヨハネ)は、高校生になるにあたって堕天使を封印しようとしているから、ヨハネ呼びを現段階では否定しています。なので、今後は否定しないかも?


では、ノシ


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かがやきたい!!

方向性が固まったから、2カ月ぶりに再開します。
もしかしたら、また、更新が止まるかも?


あれから数日が経ち、今日から浦の星女学院に入学することになった。それにしても、沼津からだと結構距離あるなぁ。まぁ、いいんだけどぉ。

結局あの日は夕方ぐらいまでヨハネは付き合ってくれた。ヨハネの用事は新学期の為に必要な物を買いに来ていた感じだった。

ちなみに、ずっとヨハネ呼びをしていたらヨハネが先に折れた。その為、一応ヨハネ呼びでよくなったけど、それは二人の時だけってことになっている。

 

そして、現在。

 

「おはよぉ、ヨハネ。なんで木に登ってるのぉ?」

「くっく、堕天使たる私は、高い場所からこの園の人間を観察しているだけのこと」

「ほー、だったら屋上から見ればいいんじゃないのぉ?」

「屋上は閉まってたのよ!」

「行ったんだ……」

 

高校に登校したら、何故か木の上にいるヨハネがいたからそう聞いたら、そう返されてしまった。というか、一回屋上に行って、閉まっていたから諦めるあたり善い子だよね。普通はそれでも無理やり屋上に上がっちゃうと思うしぃ。

結局、ヨハネモードになっていることに対してツッコんだ方がいいのか分からないけど、今はいいかな?どうせ、僕以外誰も気付いていないしぃ。

そんな物かと思いながら辺りを見渡すと、結構な部活が勧誘をしていた。

ソフトボール部、吹奏楽部、スクールアイドル部、水泳部などなど。

何か部活に入った方がいい気もするけど、何部がいいかな?運動系は苦手だし……。

 

「ぴ、ぴぎゃぁぁぁ」

「わっ!?」

「へっ!?……いたっ!」

 

部活のことを考えながら周りを見回していたら、唐突に響いた悲鳴(鳴き声?)にヨハネが驚いてバランスを崩して降ってきた。で、真下にいた僕は回避が出来ず、潰されて二人とも転倒して地面に倒れた。その後に、鞄がヨハネの頭に直撃した音も聞こえた気がした。

 

「「痛たた」」

「「「……?」」」

「大丈夫?」

 

唐突に起きた事故で僕とヨハネは近くにいた四人にじーっと見られていた。そのうちの一人が心配してくれたけど、この瞬間背に被さっている人の気配が変わった気がした。

 

「はっ……ここは、もしかしてここは地上?」

 

そこから、ヨハネの中二台詞が続いた。下等な人間~とか仮の姿~とか言っていたから、相当この中二病というか設定は根深そうです。

 

「善子ちゃん、そろそろ私の上から退いてくれない?重い」

「重くないわよ!悪かったわよ、沙璃」

「善子ちゃんに沙璃ちゃん?花丸だよ。幼稚園で一緒だった」

「は、な、ま、る?」

「……あっ、花丸ちゃん。久しぶり」

 

その中の一人、国木田花丸ちゃんがそう声に出した。まさか、花丸ちゃんまで僕のことを覚えていたとは。というか、なんだこの笑顔の眩しさ!

僕が花丸ちゃんの眩しさに当てられているうちに、ヨハネが一度はしらばっくれ、じゃんけんをして特殊なチョキを出したことで看破されて、ヨハネが逃げて花丸ちゃんと赤毛の子が追いかけって行ってしまった。結果、オレンジっぽい髪の「蜜柑色だよ!」蜜柑色の髪の先輩さんとアッシュブロンドの髪の先輩さんを含めた三人がこの場に残された。花丸ちゃんが去ったことで、眩しさから解放され気を取り直す。

 

「嵐のような時間でしたね」

「うん、そうだね。あれ?君は追いかけなくていいの?」

「はい。どうせ、一クラスしかないので教室に行けば会えると思うので。それで、スクールアイドル部ですか?」

「あっ、うん……もしかして興味あるの!入らない?大歓迎だよ!」

 

鉢巻きにかかれている“スクールアイドル部”の話題を振ったら、思いのほか食いつかれちゃった。でも、無理ですねぇ。

 

「ごめんなさい。私、身体が弱くて極度の運動はダメなので。ダンスとかの一定時間動き続けるのは無理なもので」

「そっか、それは仕方ないね」

「では、そろそろ行きますね。チャイム鳴りそうですし。勧誘できるといいですね」

「うん、じゃぁねぇ」

「じゃぁね」

 

二人にぺコリとお辞儀をしてこの場を後にする。その際に黒髪の大和撫子みたいな人が二人の方に行った気がするけど、気のせいだよね?

 

 

~☆~

 

 

そして、時は進んで入学式が終わって、現在は教室に集まって自己紹介中。なんでか、番号を逆走して。一番からだとつまらないとか。

 

「堕天使ヨハネと契約して、私のリトルデーモンになってみない?」

『『『……』』』

「さらばっ!」

 

ヨハネのターンになって、ヨハネは盛大にやらかし教室に無音の時間が訪れた。結果、ヨハネはこの空気に耐え切れず、ドアから出て行ってしまった。堕天使は卒業するんじゃなかったの?たぶん、数十人の視線に耐えかねたんだと思うけど。

 

「と言う訳で、津島さんの番が終わり、次は園田さんですね」

「あれ?津島さんは放置でいいんですか?」

「あの手のはそっとしておくべきなんですよ」

「はぁ……」(ガラッ)

 

ヨハネが去ったことは何故か許容され、というか先生もやらかした口なのかな?と思いながら、とりあえず教室の前に立つ。

 

「えーっと。園田沙璃です。中学卒業までは東京にいて、最近こっちに戻ってきました。呼び方は名字でも名前でも、どちらでも構いません。よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いしますね」(ガタンッ)

「先生、逃亡した津島さんを連れ戻しに行っていいですか?」

「まぁ、いいでしょう。すぐ戻って来て下さいね」

 

自己紹介を済ませ、ヨハネを連れ戻す許可を取ったらすんなり通った。まさか、許可が下りるとは思わなかったけど。

と言う訳で、教室を出てすぐそばのロッカーの前にしゃがみ、扉に手をかけて開ける。

扉を開けるとそこにはヨハネがいた。教室の中からロッカーの開く音が聞こえたから、すぐわかったしぃ。

 

「ヨハネー」

「見つけるの早ッ!」

「はいはい。そんなところにいないで、出て来て教室に戻るよぉ」

「無理よ。あんな自己紹介をしちゃったんだから。普通に引かれてるでしょ」

「自覚はあるんだ。でも、無理やり連れ帰るよぉ。堕天使を連れ帰るのも天使の仕事だし」

「えっ?」

 

そうこうしているうちにヨハネの手を掴んで引っ張る。ヨハネはロッカーから引っ張り出されて、廊下に出てくる。教室からは次の人の自己紹介の声が聞こえてくる。

 

「それに、この世界はそんなにつまらないものじゃないんでしょ?大体、ここでいなくなればボッチになって暗黒の三年間になっちゃうよぉ」

「ううぅ。それは困る……」

「でしょ?今ならまだリカバリーできるよ」

 

ヨハネは僕の言った言葉の意味が分からず首を傾げ、「ふぅー」と息を吐いて諦めたように立ち上がるのだった。

 

 

~☆~

 

 

「アンタを信じた、私がバカだった……」

「人のことをバカ呼ばわりするのはどうかと思うよ」

 

時は変わって、生徒たちが下校し始めている時間。僕とヨハネは教室に残っていた。というか、ヨハネの愚痴を聞かされていた。

 

「まさか、私を二重人格設定にするなんて思わないわよ!」

「ある意味二重人格じゃん。ヨハネと素の時とじゃ全く別人みたいな感じだし」

 

ヨハネが怒っているのは、僕が取った手段があれだったからだった。教室に戻って来るなり、ヨハネを二重人格持ちということにしたから。これが一番手っ取り早いし、これなら善子の時は普通の少女だということが保たれる。うん、完璧な作戦だね。

 

「もしかして、完璧な作戦とか思ってる?あの時、全員苦笑いしてたわよ」

「平気、平気。あとはヨハネが気を強く持てば万事解決だよ!」

「はぁー、もういいわ。私は帰るわね」

「ほーい。じゃぁ、僕は少し放浪してから帰るかなぁ。今の時間だとバス混んでそうだし。また明日ねぇ」

「じゃっ」

 

ヨハネはそう言って教室を後にしていった。

椅子に体重を預けて天井を仰ぐと、立ち上がり、学校を一回りしてから帰るために、教室を出た。

 

 

~☆~

 

 

「で、入学初日に入部届を持ってきますか、普通?」

「私が普通に見えますか?」

「そういう話をしているのではないのですが……」

 

今、僕は生徒会長と対峙していた。朝見かけた黒髪ロングのあの人が会長さんで、肘を机についてこっちを見据えていて、なんだか貫録を感じる。ちなみに机の上には僕が出した入部届が置いてある。

この部を見つけたのは偶然だった。学内を放浪しているうちに迷って、なんだかんだでたどり着いたから。

僕が“普通”に見えるのか聞いたら、ため息をつかれてしまった。

 

「あれ?もうここの学生なんですから入部はできるのでは?」

「この部は現在部員一人で、勧誘は行っていませんわ」

「でも、部としてあるのなら入部してもいいんじゃないんですか?」

 

こちらとしても引く気は無いので、真っ向から立ち向かう。

“アイドル研究部”それが僕の入ろうとしている部だった。理由は学校内でのんびりできそうな場所が確保できそうだから。

 

「大体。なんでこんな廃れた部に入りたがるのですか?」

「そこに“アイドル研究部”があったからです!」

「そこに山があったから風に言わないでください!」

 

いつまでも平行線。こうなれば、もう一つの手段に出るとしようかな?この、偶然見つけた秘密兵器で。

 

「じゃぁ、その部員の人に掛け合えばいいんですか?」

「……そうですわね。その人の許可があればいいでしょう。ちなみに誰なのかは知っているのですか?」

「はい、知ってますよ。そこに写真が一枚残ってましたから」

「えっ!?そんなはずは。わたくしがしっかりと掃除をして痕跡は一切残していないはず……それに、今は物置として物がたくさんありますし」

「という訳で、“アイドル研究部”所属の黒澤先輩。許可をくれますよね?」

 

僕の目の前にいる生徒会長の黒澤ダイヤさんこそがその部員な訳で、そう言った。放置されていた本がなんなのか気になって、手に取ったらその中の一冊に写真が挟まっていたのを偶然見つけた。裏面に書いてある“K”がなんの意味かは分からないけど……。その写真には黒澤先輩の他に、金髪の人と、果南さんがいた。あれ?この三人はどういう関係だろ?普通に考えれば、アイドル研究部のメンバーなんだろうけどぉ。それに三人とも笑顔だしぃ。

 

「はぁ、もういいでしょう。代わりに、わたくしが部員ということは内密に」

「わかりました」

「ちなみに、好きなスクールアイドルはどこですか?」

 

黒澤先輩が承認印を押そうとすると、一度その手を止めた。そして、そんな質問がされた。まさか、これで失敗したら入部させてくれないのかなぁ?まぁ、言わずもがなだけどぉ。

 

「µ’sですね」

「なるほど……では、今日からあなたも“アイドル研究部”の部員ですわ。よろしくお願いいたしますわね。と言っても、特に活動をしていないので部費は下りませんし、わたくしも生徒会長の仕事が忙しいので顔を出せませんけど」

「分かりました。とりあえずはあの部屋の掃除でもしていますね。よろしくお願いします」

 

僕の答えに対して納得したのか無事印を押してもらうことができた。こうして、僕は晴れて部活に入部することができた。スクールアイドルの普及をしなきゃ!

 

 

~☆~

 

 

「きれいな海だなぁ~」

 

バスに乗って帰る途中、きれいな海が見えたから途中下車をして、浜辺に立ち寄って海を見ながら歩いていた。夕日と海の組み合わせは綺麗だから、スマホのカメラで写真を取っている。

 

「あれ?音ノ木坂の制服だ」

 

カメラで写真を取っていたら、船着き場の一つに音ノ木坂の制服を着た少女がいた。制服を着ていることから、たぶん今年から二年生かな?三年の可能性もあるけど。赤っぽい髪の綺麗な先輩さんだった。

その人は制服を脱ぎ始めて……あれ?こんな場所で脱ぐってことは。

 

「あのー、こんな場所でなにを――」

「……ッ!」

 

声をかけるも、聞こえていなかったようで、水着姿になった先輩さんは海に向かって走り始め、僕は慌てて鞄を地面に置いて手を掴み、それと同時に朝会った蜜柑色の髪の先輩も抱きついて止め……バタバタ暴れる少女によってバランスを崩し、僕たち三人は船着き場の地面に尻餅をついた。僕一人なら海に落ちてたと思う。

 

「なんで、海に飛び込もうとしたんですか?確かにこの海は綺麗だから飛び込みたくはなりますけど」

「そうだよ!今は四月だから風邪ひいちゃうよ。海に入りたいならダイビングショップもあるし」

 

地面に尻餅をついてそのまま座った状態で、そんな疑問を口にする。蜜柑色髪の先輩も同意して、注意する。すると、赤髪の少女は海の方を見ながら口を開いた。

 

「私ね、海の音を聞きたかったんだ」

「海の音?ですか」

 

海の音ってどんな音なんだろぉ?波の音かな?疑問からさらに疑問が生まれた。蜜柑色の髪の先輩もよくわからず、ポカーンとしていた。

 

「ほへぇ。あっ、私は高海千歌。あそこにある浦の星女学院の二年生だよ」

「私は園田沙璃です。浦女の一年です」

『私は桜内梨子です。高校は……音ノ木坂学院高校で、二年生です』

 

それから数言交わすと、分かったことは桜内先輩が音楽に悩んでいること、明日から浦女に編入すること。高海先輩の家が近くにあること、変わった人だということなどなど。普通怪獣とは一体?人ですらないし……。その発想自体がもう普通じゃない気が。

 

「あっ、そろそろバスが来るので私は失礼しますね」

「じゃぁね」

「さよなら」

 

時計を見たらバスが来る時間だったので別れると、ちょうどバスが来てそれに乗って、この場を後にした。

 

「あれ?音ノ木坂ってことはあの辺に住んでたのかな?あんなにきれいな人見てたら覚えてそうだけど……」

 

翌日、ヨハネは学校を休み、何処かの教室から『えぇぇーー』という声が響いたのだった。何事?あと、ヨハネに「また明日」って言ったのに……騙された。




次の投稿は明日かなん?


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転校生を捕まえろ(裏)

なんだかんだで、4話を投稿。


「ヨハネー、ズル休みはどうかと思うよぉ」

「うっさい!無理よ。陰口を叩かれるってわかってるんだから!」

 

学校が終わり、ヨハネの家の隣に住んでいるのでプリントを渡しに来た今日この頃。とりあえず中に通してもらい、ヨハネはベッドに座って僕もその隣に座って、そう言ったら喚かれた。

 

「えー、特に何も起こらなかったよ。というか、『津島さん今日休みなんだ』とか『体調崩したのかな?』とかしかなかったよぉ」

「そんなの、嘘よ!どうせ、『昨日のあの子マジキモイー』とか『堕天使w』とか言われてたんでしょ!」

「おぉ、すごい被害妄想」

 

何処からそんな発想が湧くのか分からないけど、もしそうだったらヨハネにこんなこと言わないよぉ。その気持ちよくわかるしぃ。

 

「大体、僕は全く否定してないじゃん。いつも通りでもヨハネでも、結局どっちも津島善子でしかないんだからぁ」

「沙漓ならそう言うでしょうけど。普通はそういう風に割り切れないわよ」

「うーん。否定できないやぁ」

 

ヨハネをよく知ってる僕と、まだ知らないクラスメートじゃ、確かに説得力が違うか。どうしたものか……。こういうのは時間が解決してくれるのかな?ヨハネには兄妹とかいないから、それしかないしぃ。うん。

 

「まぁ、ヨハネが来る気になるまでは気長に待つよぉ。無理やりやるのは嫌だしぃ」

「えっ?そこは無理やり連れて行くんじゃないの?」

「ううん。それじゃ、ヨハネに負担しかないからぁ。勉強に関してはノートを見せればなんとかなるでしょ?まぁ、欠席日数が三分の一越えたらアウトな訳だし、病気とかを考慮して……うん。五月中には強硬手段に出るねぇ」

「あー、結局強行するんだ……大体五月いっぱいね」

 

これ以上はヨハネとの学園生活に支障が出そうだから、ここが境界線かな?これ以上は引くわけにはいかない。

 

「うん。そして、ヨハネが来やすいようにクラスを温めておくねぇ」

「やめてね。それ嫌な予感しかしないから」

「冗談だよ。普通に生活してるよぉ。それと、毎日は来れないからねぇ」

「はいはい。別に毎日は来なくていいわよ」

 

それから、今日学校で会ったことをしゃべったり、ヨハネの部屋のゲームをしたりしていると、日がだいぶ傾いていた。

 

「あっ、もうこんな時間。じゃぁ僕は帰るねぇ」

「ええ、じゃっ」

 

荷物を纏めてから、別れを言ってヨハネの家を出た。明日はどうしようかな?

 

 

~☆~

 

 

「今日も、善子ちゃんは休みずら?」

「花丸ちゃん、語尾付いてるよ。うん、休んでるね。風邪かな?」

「うん。方言女子っていいよね」

「あっ……って、沙漓ちゃんは何言ってるの?」

 

今日もまた、ヨハネは休みだった。花丸ちゃんとその友達の黒澤ルビィちゃんもヨハネのことを気にしていた。ハッとして、僕に対してジト目をされたけど、僕のダイヤモンドメンタルの前ではそんなの気にしないに等しい。ダイヤモンドだから、強すぎたらアウトだけど。

二人とは、席が隣と斜め後ろの位置にあり、そう言う訳で話している。二人は平気そうだし。

 

「善子ちゃんなら、別に風邪じゃないよ。自己紹介でやらかしたから、それでバカにされると思って来られなくなっているだけだから」

「それって、あの後に沙漓ちゃんが二重人格設定を足したからなんじゃ……」

「ううん。私は善子ちゃんのためを思ってやった訳で……あれ?」

「……自覚は無いんだね」

 

今更ではあるけど、もしかしてヨハネが来ない理由って僕のせい?確かに、あそこで何もしなければ、流れてたかもしれない訳で……やらかした!

 

「あわわ、どうしよ。完全にやらかした」

「落ち着いて!別に沙漓ちゃんのせいじゃないから」

「そうだよ。善子ちゃんの為にやったんでしょ?」

 

慌てる僕をなだめる二人。周りのクラスメートは、そんな僕たちを見て何故か微笑まし気な表情をしていた。なんで?

 

『――ですわ!』

「おわっ……いきなり放送ってびっくりした……」

「お姉ちゃん……」

 

 

~☆~

 

 

「ありがとうございました」

「果南さん、遊びに来ました」

「やっほ。今日は一人なんだ……それで、客として?それとも後輩として?」

 

学校終わり、僕は果南さんのダイビングショップに来た。と言っても、終わってすぐに行ったらお店の邪魔になるから、お客さんが減りだすまで部室の掃除をしてたけど。というか、掃除した割に散らかり過ぎなんだけど?物置にしても置き過ぎだよ!

ダイビングショップに着き、本日最後のお客さんを見送った果南さんはそんな返しをする。たぶん、どっちかによって対応が変わるんだと思う。

 

「後輩としてですかね?」

「そう。じゃぁ、ちょっと待ってて。着替えてくるから」

「分かりました。そこで待ってますね」

 

テラスの席を指差すと、OKという意味で首を縦に振ってお店の中に入って行ったので、席に座って待つ。

それから数分後。

 

「お待たせ。それで、なんの用なの?」

「はい。果南さんに聞きたいことがあって」

「ん?聞きたいことって?」

 

お店から出てきた私服姿の果南さんも椅子に座り、早速切り出したので、僕も本題にすぐ入る。だから、鞄から写真を取り出す。

それを見た瞬間、果南さんは息を呑み、しかしすぐに平静を取り繕う。

 

「その写真どこにあったの?」

「部室にあった本に挟まってました。僕はアイドル研究部に入ったので、今は片づけ中ですけど」

「そうなんだ。まだ残ってたんだあの部。よくダイヤがOKしてくれたね。それで、聞きたいことって?」

 

果南さんは過去でも思い出しているのか遠い目をし、呟くようにそう言うと、聞きたいことについて問う。この反応から聞きたいことの一つはもう済んだようなもの。

 

「果南さんもアイドル研究部の一員だったのか聞こうと思ってたんですけど、その反応からそうみたいですね。なんで、辞めちゃったんですか?」

「それは、私のお父さんが怪我をして、私はお店の仕事で休学してるからね。その手続きの時に辞めただけだよ」

「そうですか。じゃぁ、ダイヤさんがスクールアイドル好きなのを隠している理由はなんなんですか?」

 

辞めた理由が聞けたから、気になっていたことを聞く。今日の昼休みにダイヤさんの声が放送で聞こえていたから気になった疑問。

果南さんは「それ本人に聞けばいいのに」と呟く。

 

「まぁ、ダイヤにも私にも色々あるんだよ。それ以上は流石に言えないかな?個人のことを他所で言うのはどうかと思うし。これでいい?」

「はい。ありがとうございます」

「あれ?てっきり、踏み込んでくるのかと思っちゃったよ」

「ん?これ以上は言えないって言ったから、聞くのを止めたんですけど?」

 

意外そうな反応をされたから、理由を言ったらポカーンとされた。理由が変かな?と思ったら、果南さんが笑い出す。

 

「ふふっ、変なところで律儀だね」

「まぁ、嫌な事はしない主義なので。それに果南さんだって僕に聞かないじゃないですか。なんで、アイドル研究部にいるのかとか、聞きに来た理由とか」

「まぁ、なんとなくわかるからね。それで、他に聞きたいことあるの?話せる範囲なら話せるけど」

「じゃぁ、果南さんはアイドル研究部に居た頃……二年ほど前に三人で東京ライブしてましたよね?」

「……ッ!うん。まぁね。それ他の誰かに言っちゃった?千歌とか曜に」

 

果南さんはどこか言い辛そうな顔をしながら、二人に何か言っていないか聞いた。あぁ。これはやっぱり、二人は知らないみたいですね。

 

「いえ。言っていませんよ。他人の空似かと思ったりしてましたし」

「そっか。できれば言わないでほしいかな?」

「んと。わかりました」

「ありがと。それで、他に聞きたいことはある?」

 

そう言って、この話を打ち切られて、いつの間にか果南さんが話の主導権を握り、そう聞いた。だから、話は変わるけど、聞きたいこと。というか悩みを口にした。

 

「じゃぁ、不登校の生徒にはどう接すればいいんですかね?」

「あれ?話が逸れた上に、割とガチな相談が来ちゃった」

 

果南さんは困った顔をしながらも相談に乗ってくれた。結論から言えば、普通に接するのが一番だと思うとのこと。やっぱりそれしかないみたい。

それから、この辺りの話とか、こっちに来るまでの話とかしていた。わかったことは高海先輩、渡辺先輩と幼馴染だったことなどなど。ちなみに、やっぱり僕の口調が普段は違うことはばれていました。時間がある程度経つと、果南さんが時計を見てハッとした。

 

「あっ、そろそろ終バスに乗り遅れない最後のタイミングの定期船が来る時間だ」

「えっ?本当ですか?じゃぁ、帰らないとぉ。あ、最後に一ついいですか?」

「ん?なに?」

 

鞄を肩にかけて立ち上がると、手に持った写真を見せて最後に一つ質問をする。

 

「二人は今でも大切ですか?」

「……うん。ダイヤと鞠莉がどう思ってるかわからないけど、私は大切だと想ってる」

「そうですか。忙しいのにこんなに聞いちゃってすいませんでした。この写真、たぶん果南さんのだと思うんので返しますね。では、また」

「ううん、別にいいよ。また来てねって言ったのは私だし、沙漓ちゃんの事も分かったしね。写真持ってきてくれてありがと。じゃっ、また会おうね」

 

“K”が果南さんだと思うから写真を渡すと、果南さんは受け取って笑顔でそう言い、僕はお店を後にした。

差しあたって、アイドル研究部を廃部にさせずに存続させるかな?無くなるのはまずそうだし。

あれ?そう言えば“K”が黒澤の可能性が……まぁ、いいやぁ。

 

 

~☆~

 

 

四月×日。今日は天気がいいから部室の片づけをしようかな?ヨハネはいつになったら学校に来るんだろ?本当に四月が終わるまで来ない気なのかな?

風の噂で高海先輩と渡辺先輩の二人だったスクールアイドル部(未承認)に桜内先輩が加わっただとか。浦女にスクールアイドルが生まれたのは喜ばしいことだね。挫折して辞めなきゃいいけど……。

 

「まぁ、僕には関係ないからいいけどぉ」

「なにがいいの?」

「うわっ!」

「あっ、ごめんずら」

 

一人呟いたら、いきなり反応があって驚いた。驚いたことに対して謝られ、その声と語尾で誰なのかはすぐわかった。

 

「いや、こっちこそ。それで、花丸ちゃんはどうしたの?こんな辺境の地に」

 

振り返ると、予想通り花丸ちゃんが居た。ドアの向こうには赤い髪も見えているけど。気にした方がいいのかな?それとも隠れてるみたいだからスルーした方がいいのかな?

 

「マルは沙漓ちゃんの手伝いに来たんだよ」

「手伝い?」

「うん。沙漓ちゃん、いつもホームルームが終わったらすぐにどこか行っちゃうから、何してるのかと思って来てみたら、これだからね」

「あぁー」

 

途中で花丸ちゃんが部室の方に視線を向けたので、それで理解した。それに、体育の時にもここ見えるしね。

 

「いや、部員でもない花丸ちゃんに手伝わせるのは悪いし……」

「気にしなくていいよ。マルは今日図書当番じゃないから暇だよ?それに、ここは部室じゃなくて物置だよ?沙漓ちゃんはここの掃除をしに毎日来てるんだよね?」

「そうだけど。うーん、でも……」

「きにしなーい、きにしなーい」

 

悩む僕に花丸ちゃんは、そう言って中に入り込む。花丸ちゃんがいいならいっか。というか、ここが部室なのは本当なのに……。

 

「それで、ルビィちゃんは放置していいの?」

「あっ、ルビィちゃん、こっちずらー」

 

言われて今思い出したのか、ルビィちゃんがいる方を向いて花丸ちゃんは呼んだ。忘れてたのかな?と思うと、見えている部分の髪がビクッと揺れて、ルビィちゃんが出てきた。

 

「花丸ちゃん、ルビィはただ七不思議の一つになっている、アイドル研究部の部室に興味があって、物置には興味ないよ?」

「七不思議?なんの話?」

 

ルビィちゃんが来た目的が、アイドル研究部だったことと、七不思議の部分が気になって首を傾げたら、ルビィちゃんはハッとした。

 

「あっ、沙漓ちゃんは知ってる?アイドル研究部っていう存在しない部に入った生徒がいるって言う噂」

「ああ、そういえばマルもそんな噂を聞いたよ。沙漓ちゃんは知ってる?」

「あ、うん……」

 

廃部寸前だったアイドル研究部。まぁ、これは存在するのか分からないから、七不思議化するのかな?そして、入った部員って僕のことだ。これは説明すべきなのかな?それとも、知らない振りをして不思議のままにしておくべき?

 

「沙漓ちゃん何か知ってるの?」

「あっ、うん。ここがアイドル研究部の部室……」

「「へっ?」」

 

嘘はつきたくないから正直に言ったら、二人はポカーンとしていた。そして、すぐに二人は気を取り直す。

 

「あっ、だからさっき部員とか言ってたのか」

「あれ?ってことは噂の真相は……」

「うん。完全に私の事だね」

 

頬を掻いて苦笑いを浮かべる。まさか、七不思議の一つになろうとは思わなかった。

とりあえず、喋りながら窓を開ける。掃除をぼちぼちしているとはいえ、まだ結構埃っぽいから。

 

「ところで、なんで、アイドル研究部なの?」

 

机に散乱している物を手に取って、整頓していると、花丸ちゃんが急にそんな話を振った。二人もなんだかんだで手伝ってくれている。花丸ちゃんは当初の目的通り。ルビィちゃんはたぶん、部室前まで来た手前そのまま帰る訳にはいかなかったんだと思う。別に気にしないのにね。

 

「まぁ、私はスクールアイドルが好きだからね。だから、ちょうどよかったかな?」

「沙漓ちゃんもスクールアイドル好きなんだ」

「も?ってことは花丸ちゃんもスクールアイドル好きなの?」

「あっ、オラじゃなくて、ルビィちゃんがずら」

 

ルビィちゃんの方を見て、そう言ったのでつられて見ると、ルビィちゃんはあわあわしていた。その反応から、本当っぽい。つまるところ……

 

「おお!こんなところに同士が!ルビィちゃんはどのグループが好き?僕はµ’sかな?」

「えっ?ルビィもµ’sが好きだよ!沙漓ちゃんもだったんだ。教室だと本ばっかり読んでるから、そう言うのは興味ないんだと思ってたよ」

 

いつもはおどおどしているルビィちゃんが、はきはきと喋り出した!そんな驚きをしていると、ルビィちゃんがハッとした。

 

「あっ、ごめんなさい。ルビィ急にグイグイ行っちゃって」

「いや、別にそれはいいよ。それより、ルビィちゃんは本当にスクールアイドルが好きなんだね」

「沙漓ちゃんも大概ずら。アイドル研究部なんて噂で聞くまで知らなかったずら」

「僕もまさか、そんな噂があったなんて知らなかったよ」

 

三人でそんなことを話していて今更気づいた。僕呼びをしてたことに。

 

「っと、手も動かさないとね。私は棚方面をやるから、二人はそのままよろしく」

「あれ?沙漓ちゃん、僕呼び辞めちゃうの?」

「そう言えば、教室とかだと私なのに、さっきは僕だったような……」

 

今更ながら、一人称を戻して話を逸らしたけど手遅れだった。二人はそんなことを言ったから。無念。いつの間にか出てしまった。今からでも、二入が僕をバカにする姿が……バカにする姿が……

 

「あれ?全く浮かばない?」

「どうしたの?」

「何が浮かばないの?」

 

何故だか、二人がバカにする姿が浮かばず、思わず口に出ていた。急に口に出したからか、二人は問う。

 

「ううん、なんでもないよ。それより、変とか思わないの?僕って言ってることに」

「ん?別に普通じゃないの?マルだって時々オラとかずらって言っちゃうし……」

「ルビィも私じゃなくてルビィって言ってるし……」

 

二人は僕のことを気にしていなかった。というよりも、それぞれ、一人称が少し変わっているからかもだけど。

 

「「「ふふっ」」」

 

だからなのか、三人同時に吹きだした。三人似たもの同士だなぁ。それに、二人も気にしないでくれたし。いや、僕も二人の一人称に関しては気にしないし、可愛いと思うけど。

 

「ねぇ、二人とも。僕と友達になってください」

 

だから、二人に対してそう言った。二人とならやっていけそうだしね。そう思っていたら、二人はなんでかポカーンとしていた。あれ?もしかして、それは無理な感じ?

 

「あっ、ごめん。それは無理だよね」

「えーと。マルは友達のつもりだったから……」

「うん、ルビィもてっきり」

「あれ?そうだったの!?うーん、やっぱり友達の定義は難しいや。ということは?」

「うん、友達だよ。ルビィは引っ込み思案だからその気持ちはわかるよ」

「マルもずら。よろしくね」

 

こうして、二人と改めて友達になりました。友達になったのならあだ名呼びかな?別に普通でいいかもだけど。それじゃ味気ないし。

 

「うん、よろしくね。そうだ、マルちゃんって呼んでいい?ルビィちゃんは……変え方が思いつかないや。ルビちゃん?ビィちゃん?」

「えーと、無理しなくて考えなくてもいいよ?ルビィ呼びでいいから」

「マルはそれでいいずら」

「うーん、ここはちゃんと考えたいから」

 

ルビィちゃんのあだ名が決まらず思案し、ルビィちゃんは考えなくていいと言ってくれた。でも、ここで引くわけには……。

 

「あっ、ルーちゃん!」

「おお、なんか響きがいい感じずら」

「あっ、それいいかも」

 

思いついたのを口にしたら、二人は割と肯定してくれた。と言う訳で。

 

「改めて、よろしくね。マルちゃん、ルーちゃん」




ほとんど、沙漓はなにもせず梨子がAqoursに入って、その裏側の話だから(裏)をつけた感じです。


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ファーストステップ

今回は、沙漓以外の視点も若干入ります。


「よいしょっ」

「沙漓ちゃん、どこから持って来たずら?前、片付けた時にほとんど持って行ったはずじゃ?」

 

浦女に入学し、今はもう四月終わりの時期。今日は部室の掃除をしていて新たに発掘された本を図書室に返却しに来た。というか、やっぱり多すぎ。前に荷車に乗せて運んだのに……掃除をしたらまた数冊出てきたから持って来た。

図書室のカウンターには今日は図書当番をしているマルちゃんがいて、僕の方を見て首を傾げていた。まぁ、そんな反応だよね。

 

「部室に封印されてた未返却の本、数冊だよぉ」

「確かに、ここの本ずらね」

 

マルちゃんが本を開いて確認していると、図書室のドアがガラッと開く。放課後だから人は来るわけだね。ここは人が少ないから、あんまり人が来るイメージは無いけど。

 

「シャイニー♪」

「図書室はお静かにお願いします」

 

そこから金髪の外人さん……いや、ハーフかな?が声高々に現れ、マルちゃんが一蹴した。え?明らかに先輩なのに、冷静に注意してるし。

 

「あら、ごめんなさい。見た感じ、二人だけみたいだったからね」

「あの一瞬で、中の様子を把握したんですか?」

「マリーになら朝飯前なのです!」

「はぁ……」

 

胸をドンッと叩くマリーさん。理由が理由になっていないことにはツッコんだ方がいいのかな?というか、この人何処かで見たような……会ったことは無いはずだけどぉ。

 

「それで、どのようなご用件ですか?マルたち二人の時を狙ったみたいですけど」

「ああ、そうね。私は小原鞠莉。ここの新理事長デース」

「「新理事長?」」

「デース。それで、あなたが今年入ったアイドル研究部の部員よね?」

 

理事長さんは僕の方を見てそう言ったから、用件は僕みたいだねぇ。

 

「そうですけど?一体……」

「そう……」

「まさか、アイドル研究部を廃部にする気で――」

「いや、そうじゃないわ。ただ、あの部に入った子がいるって聞いてたから気になってね」

 

あっ、違うんだ。

 

「まぁ、ちょっと困ったことにはなったけどね」

「困ったことって言うと?」

「今、スクールアイドル部を立ち上げようとしている動きがあるのは知っているわよね?」

 

困った顔をしながらそう言ったので、首を縦に振る。マルちゃんは自分には関係ない話だと判断したのか、さっき運んだ本の状態チェックをしていた。

 

「私としては部の立ち上げ自体はいいんだけど、ダイヤが条件を出しちゃっててね。作曲自体はメンバー勧誘できたみたいなんだけど、五人以上にすることがまだできていないのよ」

「はぁ、それでなんで私に?まさか、合併しろと?でも、それでも四人ですよね?」

 

高海先輩、渡辺先輩、桜内先輩の三人に、僕だから四人だし。まさか、黒澤先輩を巻き込むとは思えないし。アイドル研究部は今勧誘をしていないから、それ以上は増えないし。というか、片付けが終わらない……。

つまるところ、理事長が襲来した理由が分からない。

 

「まぁ、それで私が勝手に、今度の日曜日に体育館でライブしてもらって満員にできたら、三人の状態で部にすることを認めるって言ってね」

「なるほど。勝手に決めたから黒澤先輩が怒ったと」

「そういうことよ。だから、どうしようと思ってね」

「いや、私に聞かれても……それこそ二人で決着させてくださいよ」

 

結局僕が関与する要素が全くなかったので、困惑する。僕にどうしろと?

すると、本の状態チェックが終わったのかマルちゃんが顔を上げる。

 

「沙漓ちゃん、どの本も乱丁は無いから平気だよ」

「うん、わかった。じゃぁ、私は部室の片づけに戻らないと。それで、理事長。お話は終わりですか?結局、私に話した理由が分からないんですけど?」

「……えぇ。ただ、あなたならダイヤを説得できないかと思ったから来ただけよ。時間取らせちゃったわね」

「あっ、別にそれはいいんですけど」

「そう。じゃぁ、私は行くわね。チャオー」

 

理事長はそう言って、去って行った。本当に何がしたかったんだろ?

理事長が出て行った後、僕は重大なことに気付いた。

 

「あっ、そう言えば、理事長随分若かったなぁ。まるで、学生みたいだったねぇ」

「ん?完全に学生なんじゃないの?」

「えっ?でも、学生で理事長になれるものなの?」

「さぁ?」

 

こうして、今更ながら、理事長が何者なのかという疑問に二人して首を傾げるのだった。

 

 

~☆~

 

 

翌日。

 

「今週日曜日にライブやりまーす」

 

沼津駅前に行くと先輩三人がライブのチラシを配っていた。僕はマルちゃん、ルーちゃんと一緒に書店に行った帰りだった。いつも読んでいる小説の新刊がちょうど出てたとは思わなかったよ。そして、高海先輩が二人にチラシを渡すと、自動販売機で飲み物を買いに離れていた僕に渡辺先輩が来てチラシを渡した。日時や場所がかかれており、本当にライブをするようだった。

 

「あっ、本当にライブやるんですね」

「よかったら来てね」

「はい。日曜日なら特に予定はないですし。行きますね」

「うん、ありがと」

 

渡辺先輩はニコニコしながらそう言うと、ロータリーを挟んだ向こう側にいる桜内先輩の方に視線を向け、つられて僕も視線を向けると、ちょうどチラシを渡していた。サングラスとマスクをして髪の右側を団子にした黒髪の少女に。少女はチラシを貰うと一目散に駆けていった。

 

「あれ?あの子、どこかで見たような?」

「あっ、ヨハネ」

 

僕と渡辺先輩は同時にそう口にしていた。この時間帯にあの格好は目立ちそうだし、若干不審者に見える件。あれ?そう言えば、学校休んでるのになんで外を出歩いてるんだろ?まさか、不良に!?

 

「ああ、善子ちゃんか。そう言えば入学式の時以来学校で見てないや。自己紹介で失敗したんだって?」

 

渡辺先輩は駆けていったヨハネの方を見ながらそう呟いた。

 

「一応そうですけど、とどめは私が……」

「とどめ?」

「クラスに溶け込ませようと掘り返した結果、あぁなっちゃいました」

「あぁ~」

 

その光景が目に浮かんだのか、そんな反応をされた。なんともいえない空気になって、チラシの方に目を向けると、そこである疑問が。

 

「あれ?そう言えば、グループ名は無いんですか?」

「……あっ」

「決まってないんですね……」

 

 

~☆~

 

 

「スリーマーメイド?」

「「1、2、3,4」」

「反応してよ!」

 

時は進んで、チラシ配りを切り上げた先輩たちは海辺に移動していた。僕は、そう言えば普段どんな練習してるんだろう?と思い、ついて来ていた。マルちゃんとルーちゃんはあのまま帰っていったからこの場にはいない。

今はストレッチ中で邪魔にならない絶妙な位置に座って見ていると、どんどんグループ名の案が出されていく。桜内先輩の案には二人してスルーしていた。スリーってことは、人数が増えたら増えるのかな?五人だったらファイブマーメイド?

と思ったら、渡辺先輩は『制服少女隊』と言い、二人はスルーしていた。衣装は基本制服なのかな?

 

「じゃっ、軽く走って来るね」

「はーい。荷物見てますね」

「うん、よろしくね」

 

ストレッチが終わり、一時名前決めを中断して三人が駆けていき、僕は海を見ていた。たぶん走りながら決めてそうだけど。そして、視界に何故か黒澤先輩が映った。何かを浜辺に書いているみたいだけど。

てくてくと歩いて行き、声をかけることにする。

 

「あのー」

「ぴぎゃっ!」

 

突然後ろから声をかけたせいか、先輩は驚きの声(鳴き声?)を上げた。まさか、そこまで驚くとは。

 

「あっ、すいません」

「いえ……それで、どうしましたの?」

 

先輩は何事も無かったかのように装う。いや、無理がある気が……。気にしたら負けな気もするのでここは自重。

 

「黒澤先輩はここで何しているんですか?……アクア?……アクア……あれ?どこかで聞いたことがあるような?」

「……ッ!気のせいですわよ」

「ああ。先輩たちが二年前にやってた時の名前か」

「えっ?」

 

何処かで聞いたような気がするけど、思い出せない。何故か、先輩は即答で否定するし。と思ったけど、よくよく考えたら思い出した。二年前に先輩たちがやってた名前だったことを。僕が知ってることに先輩は驚いてるけど。

 

「何処でそれを?」

「まぁ。あの時あそこで見てましたし……それで、先輩はそれで何をしているんですか?まさか、高海先輩たちの邪魔をしに?」

「違いますわ。ただ海を見に来ただけですわ」

「はぁ。まぁ、いいですけど」

 

海を見に来たって言うのは明らかな嘘だけど、言いたくない理由があるっぽいからいいかな?

そうしているうちに三人の足音が聞こえてくる。

黒澤先輩はハッとすると、慌てて回れ右をする。

 

「用事を思い出しましたので、失礼しますわ」

「はい。さよならです。あっ、Aqoursっていい名前ですね」

「あら?そう言ってもらえると嬉しいですわね」

 

黒澤先輩はそう言って逃げていくかの如く去って行った。あの三人には見つかる訳にいかない訳?なんだろ一体?

 

「沙漓ちゃん、こんなところで何してるの?」

「いえ、海を見てたんです。あと、これを」

「アキュア?」

「アクアじゃないかな?というか、これ沙漓ちゃんが書いたの?」

「いえ、いつの間に書かれていたので」

 

三人は興味を持ったみたいです。黒澤先輩が書いたことについては、言わない方がよさそうな気がするので言わない方向で。

 

「そうだ!私たちのグループは“Aqours”にしよう!」

「いいの?誰が書いたかもわからないのに」

「いいの!考えてる時に出会った。これは、運命だよ!」

 

こうして、グループ名が決まりました。

黒澤先輩。無事、先輩の望みは叶ったみたいです。うーん、それにしても黒澤先輩は何がしたいのやら?わざわざ名前を名付けるって。それに、敵対しているよね?

 

 

~☆~

 

 

「ヨハネー、そろそろ学校行こうよー」

「まだよ!まだあと一か月は猶予があるわ!」

「いや、来週の月曜日には決行するからね」

 

四月最後の木曜日。放課後にヨハネの家に来ています。結局入学式以来学校に現れないし。

本当に、五月が終わるまで来ない気なのかな?というか、一日でヨハネを連れ出せるとは思えないから、ヨハネが学校に現れるのはいつになることやら?はっきり言って、朝そんなに時間が無いし。

 

「あっ、こんなところにライブのチラシが」

「しまった!」

 

ヨハネの部屋を見回したら、コルクボードにチラシがくっついていた。行く気満々なのかな?カレンダーにも丸がしてあるし。

 

「それはあれよ。暇だから行くだけよ」

「暇だったら、学校行こうよー」

「それはそれよ。どうせなら、全員が私の自己紹介を忘れるぐらいまで……」

「僕が覚えてるから、永遠に来れなくない?」

「アンタは別よ!」

「マルちゃんも覚えてそうだし……」

「ずらまるも別よ!」

「ルーちゃんも覚えてるだろうし……」

「ルーちゃんも……って、ルーちゃんって誰よ!」

 

なんてこと、ヨハネはルーちゃんのことを忘れてしまったというの?いや、まぁ、入学式の時以来ヨハネは来てないから、まだクラスメートの名前が一致しないのは仕方ないけど。

注)ルビィ=ルーちゃんと呼んでいることを知らないだけ。

 

「って、もうこんな時間」

「急に話をぶった切ったわね」

 

そこから色々喋ったり、ゲームをしたししていたら、五時を回っていたので、そう言ったらヨハネに呆れられた。

 

「用事というか、やることがあるからそろそろ家に戻って始めないと終わらないからさ」

「そう…って、もしかして学校の課題でもあるの?」

 

僕の言った“やること”が学校の課題なのかと邪推し始めたけど、そう言った課題は特にないので違う。これは個人的なものだし。

 

「ううん、違うよぉ。という訳で帰るねぇ。明日の放課後は用事があって来れないから、また次会うのは日曜日かな?ヨハネが明日来れば、また明日だけどぉ」

「いやよ。まだ行かないんだから!」

「はいはい。じゃっ」

 

 

~☆~

 

 

かれこれ時間が経って日曜日。

外は大荒れでした。ここまで荒れるとは思わなかった。

十三時二十分頃には浦女前の坂に着いた。もう少しのんびりしててもよかったけど、荒れてるから早めにねぇ。

 

「この天気でもライブやるモノなの?普通」

「さぁ?でも、中止の連絡も聞いてないし、部の立ち上げがかかってるんだからやると思うよぉ」

 

辺りには人の気配があまりなく、一緒に来ていたヨハネは疑問顔をして見回していた。なんでか、サングラスとマスクを着用しているけど、正直やめて欲しいかな?見るからに不審者な訳だし。

 

「それよりヨハネ。サングラスとマスク外そうよぉ。見るからに不審者で、守衛さんに止められるよ?」

「ふっ、私の侵攻は何人も止められないわ。それこそラグナロクを始めるだけのこと」

「はいはい。こんなところで聖戦を始めないでね。よっと」

「ちょっ、返しなさい!」

 

外す気がないようだから、サングラスを外して奪う。マスクは寸での所でガードされた。うん、これならまだ風邪予防の人にしか見えないねぇ。そう言う訳で、逃げるように体育館に向かう。雨強いし、いつまでも外にいたら傘がもたない。あと、ヨハネが追いかけてくる。あっ、風で傘がコウモリと化した。

体育館の会場は本来なら一時半からの予定だったけど、この天気だからか早めに解放されていた。

中に入ると、ちらほらと人がいた。黒澤先輩や理事長は立場の問題だろうし、ルーちゃんとマルちゃんは純粋な興味かな?後はここの生徒が数人。

やっぱり、この天気だと厳しいし、初ライブはこんなものなのかな?二階の部分では照明担当を受け持った生徒が確認をしていたり、放送室の電気が付いているから音響の確認をしているようだった。

 

「やっぱり少ないわね」

「まぁ、初ライブとこの天気だからね」

 

ヨハネも観客の人数を見てそう呟いていた。どうやら、サングラスを取り返すのは諦めたようだった。ラグナロクは起こらずに済みそう。

うーん。それにしても残り数十分だから、少し増えるのが限界だよねぇ。普通に考えて満員にするのは困難だろうしぃ。あっ、遠くで雷が鳴った。

 

「ちょっとお手洗いに行って来るね」

「ん、わかった」

 

ヨハネにそう言って、体育館を出ると校舎の方に行く。

そして、数分して体育館に戻ってくると、ドアの前に果南さんがいた。

 

「あれ?果南さん、入らないんですか?」

「あっ、沙漓ちゃん……うん。ダイヤたちがいるからね」

「なるほど。でも、せっかくの高海先輩たちの晴れ舞台ですよ」

「私は別にあの子たちのお母さんではないからね」

 

どうやら、ライブを見たいけど、黒澤先輩たちに会いたくは無いようだった。つまり、ばれなければ言い訳だねぇ。

 

「果南さん。これをどうぞ」

「……これで入れってこと――」

「――です」

 

「じゃない?」という前に言葉をかぶせたら呆れた顔をされた。まぁ、我ながら、妙なことをしているわけだし。

 

 

~☆~

 

 

「遅かったわね……って、誰?」

 

ヨハネのそばに戻ってきたらヨハネに首を傾げられた。まぁ、ヨハネの視線は僕の後ろに注がれてるんだけどねぇ。

僕の後ろには、髪を下ろしてサングラスをした人物がいる。

ヨハネはじーっと見ると、そこで誰なのかわかったのか表情が変わる。

 

「まさか、か――」

「ストップだよぉ」

 

名前を言う前にヨハネの口を押えると、バタバタと暴れる。しまった、完全に塞いでしまったから息をできなくさせちゃった。

慌てて手を放すと、息を整えジト目をされる。

 

「(で、どういうこと?果南さんがなんで素性を隠すようなことをしてる訳?)」

「(カクカクシカジカな訳があるんだよぉ)」

「(なるほどね。あれ?じゃぁ、不登校している私はいいの?)」

 

周囲に隠そうとしていることを察したのか耳元に寄って、小さな声で聞かれた。だから、簡単に説明をした。といっても、黒澤先輩たちとどういった事情があるのかよくわからないから、休学中に学校に来るのはまずいかもしれないということにしておいたけど。

ヨハネはそれだけで理解してくれたのでありがたかった。根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だしねぇ。

途中から、ヨハネが自分自身のことに気にし始めてるけど、それは問題ない。

 

「ヨハネに関してはばれても問題ないよぉ」

「なんで?」

「だって、もう五月に入るわけで、これからは登校してもらうように動くんだからぁ。というか、ばれて無理やりこざる得ない状況にしたいしぃ」

「なんの話?」

 

僕の計画にヨハネは怪訝な顔をすると、放置されていた果南さんが唐突に話に加わってきた。だから、果南さんにも簡単に説明をする。

ヨハネが不登校になっていることを。

 

「ああ、前の相談してた不登校児は善子ちゃんだったんだ」

「はい。明日から引っ張り出す予定なので、もうその悩みは無くなるはずですけどねぇ」

「なんで、相談なんかしてるのよ!」

 

ヨハネがツッコミを入れた瞬間、体育館の電気が消えて周囲が暗くなった。人の輪郭が薄っすら見えるくらい?

 

「ヨハネのツッコミに呼応して周囲が暗くなった!ヨハネがいつの間にか闇魔法を体得したの?」

「いや、そんなわけないでしょ。単にライブが始まるんでしょ?」

「あれ?でも、まだ時間じゃないよ。ほら、今一時半だよ」

 

ボケを挟んだら、ヨハネはちゃんとツッコんでくれた。ヨハネが言った通り、ライブが始まるから電気を消したのはわかるんだけど、ある疑問が。そして、果南さんが時計の方をたぶん指差してそう言った。

 

「この真っ暗な中、そんなことを言われても、見えないのでわからないんですけどぉ」

「そう?これくらいの暗さ、私はある程度なら物の位置とかはわかるけど?」

 

果南さんは時計が見えることに対して、さも当然のように言うけど、普通は見えないと思う。まさか、夜に海に潜ってるのかな?

 

「って、そんなことよりも、なんで開演の三十分前から電気を消しちゃうんですか?」

「さぁ?千歌が開場と開演の時間を勘違いしている可能性はあるけど」

「そんなことあるモノなんですか?渡辺先輩と桜内先輩もいるのに」

「もしかして、裏にある時計は時間がずれてるとか?」

 

二人にもよくわからないようで困惑する。だいぶ目が慣れてきたから黒澤先輩の方を見ると、あまり驚いている様子は無かった。つまり、予想外の事態ではないってこと?

疑問は尽きず、そうこうしているうちに、ステージの幕が上がる。

 

「本当に始まっちゃいましたね……」

「ええ」

「だね」

 

観客が数人しかいない中、三人のライブは始まる前に終わらないか心配だった。せっかくここまで準備して練習してきたのに、満員どころかガラガラだから。

こんなガラガラの状態なら、気持ちが負けて投げ出す可能性だってある。

 

「大丈夫。あの子たちはそんなにやわじゃないよ」

 

そんなことを考えていると、果南さんは僕の考えていることを見透かしたかのようにそう言った。なんで、言い切れるのか分からなかったけど、果南さんが言うとなんだかそんな気がした。

そして、果南さんの言葉は本当だった。

 

「私たちはスク-ルアイドル」

「「「Aqoursです!」」」

 

三人の目はまだ諦めの色が無く、やる気に満ちていた。

そして、先輩たちはこの少ない観客の中、歌い始めた。

 

踊り自体はまだ完ぺきじゃないからか、時々フォーメーションがずれたりしていて、上手いとは言い切れない。

でも、三人とも楽しそうだった。

だから、自然と引き込まれた。

 

しかし、唐突に照明が消え、音楽も止まって体育館は静寂に包まれた。遠くで雷が落ちた音が響く。

 

「(停電ね)」

 

ヨハネは声を潜めてそう言い、誰かが体育館を出て行ったのかドアが開く音が響いた。

突然のライブの中断。ステージ上の三人に困惑の表情が浮かび、起きてしまった事態に今度こそ三人の心が折れたかと思った。

 

「(ちょっと、付いて来て)」

「(えっ?)」

 

果南さんが他の人には聞こえないような声でそう言い、手を握られて体育館の外に連れ出される。何をするのか分からぬまま着いて行くと体育館そばの倉庫に着く。中に入ると、そこには黒澤先輩がいた。

 

「黒澤先輩?」

「ん?あなたは……何故ここに?それに……」

 

黒澤先輩の立つ前には数個の大型のバッテリーが置いてあった。黒澤先輩は果南さん(サングラス+髪下ろし)を見て、驚いた顔をしていた。どうやら、変装(雑)は一瞬で見破られたようです。

 

「先輩。これを運べばいいんですか?」

「え、ええ。そうですわ」

 

気まずい空気が流れ始め、それをぶった切るように質問をした。いつまでも向こうを静寂なままにする訳にはいかないしぃ。

置いてあったバッテリーは三つで、一人一個運ぶと、すぐに配電室まで運べた。

 

「そこに置いてください。後は配線を繋げば」

 

黒澤先輩は手慣れたような手つきで配線を繋ぐと電気が付く。これで、後は三人がそうするか次第。部屋を出ようとすると、果南さんは一瞬黒澤先輩に向けて、寂しげ、或いは申し訳なさそうな顔をし、すぐに気を取り直して部屋を出た。

体育館に戻ってくると、いつの間にか体育館にたくさんの人がいた。それこそ、体育館が満員になりそうな。

果南さんに引っ張られている時は渡り廊下側を通ったから気づかなかったけど、体育館入り口にはだいぶ集まっていたみたい。それに、本来の時間にはこんなにもたくさんの人が来るはずだっただねぇ。

すると、三人はやる気に満ちた顔に戻り、

 

「キラリ――」

 

歌が再開された。街の人で満たされたことで、さっき以上に感情がこもっていた。そして、歌が終わり、高海先輩と黒澤先輩が話だした。

 

「じゃっ、私は帰るね」

「あっ、僕も行きますね。バス混みそうですし」

「あっ、私を置いてくな!」

 

果南さんは観客の視線がステージに向いているうちに、サングラスを僕に返して体育館を出て行こうとし、僕も追いかける。それに気付いたヨハネも追いかけてきた。

 

だから、この後あった会話を僕は知らない。

 

 

~千~

 

 

「大成功……なんだよね?」

「うん。たぶん」

「そうだよ!大成功だよ!」

 

ライブが終わり、チカたちは体育館のステージ袖の部屋で衣装から制服に着替えています。ライブをやり切った実感がまだわかないけど、大成功だったと思う。

途中で停電したりしたけど……。でも、体育館はちゃんと満員にできたから、やっぱり大成功だと思うよ!

曜ちゃんと梨子ちゃんもやり切った顔をしていて、満足が行く出来だったと思う。時々、少しミスはあったけど……。

 

そして、着替え終えたチカたちは理事長室に何故か呼び出されました。もしかして、何かあったのかな?

そう思いながら、理事長室のドアをノックすると、鞠莉さん返答があり、中に入る。

そこには、鞠莉さんと共に、ダイヤさんもいた。やっぱり、チカたち何かしちゃったのかな?

そんな心配をしていると、ダイヤさんは口を開いた。

 

「ひとまず、ライブお疲れさまでした」

「いい演技だったわよ!」

 

怒られるかと思ったら、とりあえずはライブの成功に対しての言葉だった。あれ?じゃぁ、なんで呼ばれたんだろ?

 

「そして、約束通り満員にできましたね」

「はい。やり切れました」

「でも、もう一つの条件は忘れちゃダメよ」

 

多分、これがチカ達が呼ばれた理由。スクールアイドル部を立ち上げるのに出された条件は二つあるから、その確認だと思う。

一つは今日のライブで満員にしてライブを成功させること。

そしてもう一つ。

 

「はい。アイドル研究部の人をちゃんと見つけて説得してみせますよ」




次の投稿は明日か、明後日になります。


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さんにんのキモチ

気づけば、一万字近くいってしまった。
今回はアニメ4話の内容ですが、いろいろあって、タイトルが違っています。


「ヨハネー。今日から学校に来てもらうよぉ」

「嫌よ。それに、まだ五月は終わってないし……」

「はいはい。でも、五月に入ったから来てもらうよぉ」

「嫌よ。行っても、悪口を言われるだけよ」

 

高海先輩たちのライブが終わり、なんだかんだで五月に入ったので、今日もまたヨハネを学校に来るように説得していた。

まぁ、ヨハネは相変わらず行く気が無いみたいだけど。

 

「ふぅ、仕方ない。今日はこれくらいにしておいてやろう」

「なんで、あんたが妥協した風に言ってる訳?」

「と言う訳で、そろそろ行かないと遅刻しそうだから僕はこれでぇ」

「って、ずいぶん荷物が多いわね」

「まぁねぇ」

 

時間的に危なそうだから、僕はそう言ってヨハネの家を後にした。さてさて、どうやってヨハネを学校に連れて行くかなぁ。

そんなことを考えながら、バスに乗り込み、バスの二番目に後ろの席に座ると、考えても思いつかないし、そのうち思いつくかなぁ?的なノリで昨日買った本を取り出す。もしかしたら本を読んでいれば思いつくかもだし。

そうして、バスに揺られて本を読んでいると、またどこかの停車駅に着いたのかバスが止まる。

 

「曜ちゃん、梨子ちゃん、早く~」

「千歌ちゃん、お弁当忘れてるよ」

「はぁー。なんでこんなバタバタしてるんだろ?」

 

そして、どうやら高海先輩たちがバスに乗り込んだようです。

すると、三人はバスの後ろの方に歩いてきて、

 

「沙漓ちゃん、おはよー」

「おはようございます、先輩」

 

挨拶したから、本から顔を上げて挨拶を返す。三人は一番後ろの席に座ると僕はまた本に視線を戻し、三人は雑談を始め……

 

「ところで、沙漓ちゃんはアイドル研究部って部聞いたことある?」

「ん?µ’sが籍を置いてた部活のことですか?」

「え?そうなの?」

 

唐突に話を振られた。高海先輩が言っているのが僕のいる部のことだと思うけど、なんとなく面倒ごとが起きる予感がするから、本に目を向けたままそんな返答を返してみる。

どうやら、三人とも知らないみたいだからか、そんな反応だった。あれ?知らないのか。黒澤先輩が聞いたら「ブッブー」とか言いそうだなぁ。

 

「そうですよ。µ’sはアイドル研究部にいたんですよ」

「ほえー。って、そっちじゃなくて、この浦女にある方の」

「七不思議に入ってる方でしたか。あるらしいですね。それで、なんでアイドル研究部を?」

 

結局僕のいる方を探していることが分かったけど、なんでこのタイミングで?

 

「それが、この前のライブで満員にするのが条件だったんだけど、アイドル関係の部を二つも置けないとかで、なんとかアイドル研究部の人を説得してって言われちゃってね」

「はぁ。あの人完全にµ’sの真似する気なのかな?」

「ん?何か言った?」

「あ、いえ。それで、先輩たちはどうする気なんですか?無理やり潰すんですか?」

「うーん。それなんだよねぇ。会ってみないとだし、でも私たちもスクールアイドルをやりたいしね」

 

高海先輩はそう言って苦笑いを浮かべる。つまり、まだ潰す気が無いわけではないみたいだし、言わない方がいいかな?僕だって、ただ残しておきたいって訳じゃないしね。あの三人の為にも。

 

 

~曜~

 

 

「千歌ちゃん、今日も行くの?」

「うん。どの曜日かにはいるはずだから。そうじゃなかったら、ダイヤさんが残しておくとは思えないしね」

「本当にそうなのかな?」

 

私たちは、放課後にアイドル研究部があるという体育館の中にある部室に向かっていた。結局ダイヤさんと鞠莉さんに言われた通り、アイドル研究部の人と話を付けないと部室がもらえない訳だしね。でも、不定期に行くと必ず部室には人がいなくて閉まってるんだよね。日に日に中の荷物が片付いているから、不定期に来てはいるみたいだけど。

 

「でも、今日もいないんじゃ?」

「いや、居る気がするんだよねー」

「そうなの?」

 

梨子ちゃんは心配そうな顔をしているけど、千歌ちゃんはどこからその自信が出るのかそう言った。まぁ、千歌ちゃんの勘は時々当たるからね。

そして、私たちは部室に着くと、

 

「ん?先輩たち、こんな辺境に何か御用ですか?」

 

何故か、中には沙漓ちゃんがいて、片づいた棚に荷物を収納していました。見た感じ、アイドル関係の物ばかり。ん?ん?もしかして?

私はそれで、繋がった気がした。なんで、いままで会えなかったのか。というか、沙漓ちゃんが……。

 

「なんで、沙漓ちゃんがここに居るの?」

「ち、千歌ちゃん……」

 

千歌ちゃんは未だに気付いてないようで、気づいた様子の梨子ちゃんは困った顔をしていた。なんで、千歌ちゃんは気づかないんだろ?

 

「たぶん……沙漓ちゃんがアイドル研究部の……」

「……へ?」

「どうも。アイドル研究部部室に。入部希望ですか?それとも、この部の廃部希望ですか?」

 

沙漓ちゃんは荷物を棚に置いてニコリと笑みを浮かべてそう言ったのだった。

 

 

~☆~

 

 

時は少し戻って昼休み。

 

「黒澤先輩、あれはどういうことですか?」

「来て早々、問いたださないで下さいな」

 

僕は生徒会室に真っ先に向かい、先輩にそう聞いた。三人が言ってた話を僕は聞いていないから。

先輩は机に広げていた書類を整えると、書類を端に置き、近くの椅子に座るように促される。

 

「先にお話ししなかったことは謝りますが、これは生徒会長としての仕事ですので」

「はい、わかっています。似たような部活を二つも置くことはできないんですよね?」

「ええ。そう言うことですわ」

 

先輩は説明していなかったことに対して申し訳なさそうにそう言う。生徒会長の立場的に仕方ないのはわかるけど……。

 

「それだと、先輩は?」

「あなたの判断に任せますわ。あの部を廃部にするか否かは」

「いいんですか?先輩はあの部室を……」

「いいのですよ。どうせ、もう私たちが集まることは……」

 

先輩はどこか寂しそうな表情でそう言った。残したいけど、何処か諦めているような。そんな感情がこもった表情。だからこそ、僕はどうしたいのか決めた。

 

「黒澤先輩、私は――」

 

 

 

そして、放課後。先輩三人が部室にやって来るのを、アイドル関係の物を収納して待った。

今は、近くにあった椅子に四人腰かけて話を促す。

 

「で、どういったご用件ですか?」

「単刀直入いうと、朝言った通り、ここの部室を貰えないかなぁって思って」

「つまり、廃部にしろというわけですか?」

「いや、ここの部室を貸してもらえればいいから、別に廃部にはしなくても……」

「でも、ちゃんとした部にしないとランキングのエントリーができませんよ?」

「え?そうなの?」

 

先輩たちはどうやら、部活名もないとダメなことを知らないようだった。黒澤先輩たちその辺の説明しておいてくれてなかったんだ。一応、その辺の情報は知っていると思ってたのに。

 

「だったら、やっぱり、この部を……そうだ!沙漓ちゃん、スクールアイドル部に入らない?」

「……えーと。私はこの部を無くさせる気はありませんから。だから、御断りです」

「えっ?なんで?一応、この部の形は変えないから。名前が変わるだけで……」

「それでもです!」

「いや、でも……」

「私は引きませんので!」

 

三人は一歩も引かずにそう言うと、僕も引く気は無いので平行線になる。こうして話が停滞していると、この部室に新たな人たちがやってきた。

 

「沙漓ちゃん、今日も手伝いに来たずら」

「沙漓ちゃん?」

 

やってきたのはマルちゃんとルーちゃんだったけど、部室内の状況を見て二人は状況がつかめずキョトンとする。誰が来てもキョトンとするとは思うから仕方ないと思うと、高海先輩たちも二人が現れたことにキョトンとしていた。

はて?なんで先輩たちまでキョトンとしているんだろ?

 

「ルビィちゃんと花丸ちゃんも部員だったの?」

「ずらっ!?」

「あっ、私たちは部員ではないです」

 

先輩たちはどうやら二人が部員なのかと思ったからキョトンとしていたのか。あれ?というか、二人のことを知ってるみたいだけど……あっ、そう言えば初日に勧誘してたっけ。

 

「と言う訳で、ルビィちゃん、花丸ちゃん、一緒にスクールアイドルやらない?」

「先輩。何が“と言う訳で”で二人を勧誘してるんですか?それに、今は部活の話をしてたんじゃ?」

「千歌ちゃん、今は部活の話をしてるでしょ」

 

唐突に高海先輩が二人の勧誘を始めたから訳が分からないでいると、どうやら渡辺先輩たちも想定外の行動だったのか驚いていた。

 

「あのー。マルはそういうのは苦手なので」

「ルビィもそうなので」

 

そして、二人もやる気はないからそう言って断った。高海先輩はそれでもと勧誘を続けようとしたが、そこは桜内先輩が止めていた。

 

「千歌ちゃん、今日はこれくらいにして練習行くよ。沙漓ちゃんも一日考えてみてね」

「はぁー。と言っても考えは変えませんよ」

「それでもね」

 

渡辺先輩はそう言って高海先輩の服の襟を引っ張って出て行った。桜内先輩もそれを追いかけるように出て行ったのだった。結局何だったんだろ?考えてもこの部を渡す気は無いんだけどね。

そして、部室には僕を含めた三人が残された。

 

「来てもらって悪いんだけど、この前の掃除で全部片付いちゃったから、手伝ってもらうことは無いよ?」

「みたいだね。あれ?ルビィちゃん?」

 

マルちゃんは部屋の様子をみて掃除はもう必要ないことを確認すると、棚の一角を凝視しているルーちゃんに僕も視線を向けた。そこの棚には僕がさっき詰め込んだスクールアイドル関係のグッズが収納されており、ルーちゃんの目がキラキラしていた。

 

「ルーちゃん?」

「ルビィちゃん?」

「はっ!どうしたの?二人とも?」

「あいかわらず、ルビィちゃんはアイドルが好きずらね」

 

スクールアイドルグッズにくぎ付けになっていたルーちゃんは、僕たちの視線に気付いて気を取り直した。そんなルーちゃんを見たマルちゃんはのんびりした調子でそう言った。そんなにスクールアイドルが好きならやればいいのに……ルビィちゃん可愛いから人気が出ると思うし。

 

「ルーちゃん、そんなに好きならやってみたら?黒澤先輩だって……」

「ううん。お姉ちゃんが嫌いな物をルビィも嫌いにならないと……」

「うーん。そんなモノなのかな?僕はやりたいならやった方がいいと思うけど。まぁ、無理強いはしないよ」

「マルもルビィちゃんがしたいようにした方がいいと思うよ」

 

僕とマルちゃんはルーちゃんにそう言った。結局本人がやりたいか否かが問題だしね。その時マルちゃんがちょっと興味のありそうな顔をしていた気がしたけど。

 

 

~☆~

 

 

結局あの後、ルーちゃんとマルちゃんは沼津の本屋に行く用事があるとかで別れて、僕は淡島にやってきた。

そして、果南さんのダイビングショップ前に着くと、果南さんと理事長さんが口論をしていて、果南さんが中に入って行きました。すると、理事長さんは「頑固おやじ」と呟き、きびを返すと、僕と視線があった。

 

「あら、あなたは」

「どうも。果南さんと喧嘩ですか?」

「いつものことよ」

 

理事長さんは寂しそうな目をしながらそう言うと、すぐに気持ちを切り替えていつもの調子に戻る。

 

「それで、どう?スクールアイドル部とは」

「ええ。あなたたちの目論見通り、今日来ましたよ。ああいう約束するなら、私にも教えておいてくださいよ。無関係じゃないんですから」

「ソーリー。ダイヤが譲らなくてね」

「まぁ、別にいいですけど。いいんですか?思い出の場所が無くなっても」

「いいのよ。どうせ、果南は許してはくれないからね。それに、私たちの事情であの子たちの夢を潰すなんてできないから」

 

僕はそもそも、なんでこんな提案をしたのか分からなかった。そもそも、黒澤先輩も理事長も元のスクールアイドルに戻りたそうに思えるから。三人に何があったのか分からなかったけど、もしかしたらがあるかもしれない。それに、理事長はまた寂しそうな顔をしたし。

 

「そうですか。入ってきただけの私は口を挟みませんけど」

「ええ。あの部をどうするかはあなたに任せるわ」

「わかりました。でも、これだけは伝えておきますね。私は――」

 

そして、僕は自分の考えていることを伝えた。僕自身がどうしたいのか、ちゃんと決めたからこそ。理事長はそれを聞くと、

 

「そう。あなたの気持ちはうれしいわ。じゃぁ。チャオ」

 

そう言って去って行った。これで良かったのかな?まぁ、僕の好きにしていいってことだったし、いいよね?

さて、僕たちの会話を盗み聞きしている人にもちゃんと伝えないとね。

 

「果南さん、遊びに来ましたよぉ」

 

 

~☆~

 

 

翌日。

 

「えー。スクールアイドル?」

「うん。見てたらね」

「ほへぇ。マルちゃんやるんだ」

「だから、ルビィちゃんも一緒にやらない?」

 

朝にいつも通りヨハネを誘ったけど、結局今日も学校には来なかった。そして、マルちゃんは急にスクールアイドルを始めたいと言い出し、ルーちゃんも誘っていた。昨日の今日で何があったのやら?

 

「でも、ルビィは……」

「だったらさ、体験入部してみない?」

「体験入部?」

「なるほどね。でも、入部って、まだ部になってないけど。まぁ、体験って言うのはいいかもね」

 

僕的にも、二人は可愛いからいいと思う。僕はやりたくてもできないからね。そして、二人は放課後に先輩たちのもとに行くことになった。頑張ってほしいなぁ。

 

そして、放課後。黒澤先輩には秘密で二人が参加することになり、屋上で練習をし、なんだかんだで淡島神社前に来ていた。僕は隠れてそれを見ていた。見つかったらまた昨日みたいなことになっちゃうからね。二人が来たことで今日は部室に来なかったし。

五人が階段ダッシュを始めると、僕は淡島神社の中間にあるロックテラスのベンチに座って海を見ていた。

 

「あら?あなたは」

「あっ、黒澤先輩」

 

すると、なんでか黒澤先輩がやってきた。何か用があったのかな?

 

「あなたはここで何をしているのですか?」

「海を見ています!」

「いや……それは見ればわかりますけど」

 

答えたら何故か困られてしまいました。うん。我ながらこの返答はどうかと思うけど、ルーちゃんたちのことは隠しているから仕方がないね。

 

「ところで黒澤先輩は何故ここに?海でも見に来たんですか?」

「いえ。ここに呼ばれたので来たのですが……」

「ダイヤさん」

 

すると、階段ダッシュをしていたはずのマルちゃんが降りてきた。なんでマルちゃんが?まだ、皆登ってるところだと思ったのに。

 

「ルビィちゃんの話をちゃんと聞いてあげてください」

「ルビィの話?」

「はい。ルビィちゃんの本当の気持ちを」

 

マルちゃんはそう言って、走って行ってしまった。なるほどね。急にマルちゃんがやる気になったのはそう言うこと、か。マルちゃんは優しすぎるよ。でも、それじゃダメだと思うなぁ。

 

「私も用事を思い出したので失礼します」

 

僕はそう言って黒澤先輩にお辞儀をすると、この場を後にした。どうせ、隠れてついてきただけだから、いつここを後にしても問題ないしね。それに、僕はあの場にいる必要は無いし。

そして、船着き場の近くまで来ると、ちょうど定期船が出る時間でマルちゃんが乗り込んだので僕も乗り込む。

 

「よいしょ」

「……沙漓ちゃん」

 

そして、マルちゃんの近くの椅子に座ると、マルちゃんは僕の方を一瞥すると海の方を見る。

 

「沙漓ちゃんは気づいてたんだよね?マルがルビィちゃんをあそこに入りやすくするつもりだったって」

「うん。さっきの問答でね。いいの?マルちゃんは?」

「うん。マルは運動もダメで鈍くさいからね。それに、マルは図書室でのんびりしている方が似合うずら」

「そっか」

 

マルちゃんが望んでいるのなら、僕から言うことはない。でも、今日見ていた限り、マルちゃんはずっと楽しそうだった。だからか、マルちゃんの本心ではなさそうな気がした。

 

「でもさ。今日のマルちゃんは楽しそうだったよ」

「そうずら?マルは……」

「まぁ、これはただ僕が思ったことを言ってるだけだから気にしなくていいよ。でもね。マルちゃんがただ向いていないと思っているのなら、それは勘違いだよ。僕の知っている人にもね、自分がそれに向いていないと思っている人がいたんだ。でもね、その人の友達はその人が本当はやりたい気持ちがあるって気付いていたの」

「何の話ずら?」

「まぁ、聞いて。それで、その人はその友達に背を押されて、一歩踏み出したんだってさ。そして、向いていないと思っていたことが、本当はそう言う訳でもないってことに気づいたんだって」

「ん?」

「まぁ、つまり、やりたいならやった方がいいってことなんだよ。やりたくてもできない人もいるんだから」

 

僕は遠い目をしながらそう言うと、マルちゃんは困った顔をしていたからそう言って閉めた。僕はただの傍観者。結局決めるのは本人だしね。

 

 

~花~

 

 

スクールアイドル体験をした翌日。ルビィちゃんは無事Aqoursのメンバーになりました。これで、マルのお話は終わり。マルは本の世界に帰ります。結局、沙漓ちゃんの言葉でマルはちょっと考えたけど、やっぱりマルには無理だと思うずら。

そして、マルは図書室のカウンターに座り……そこにあったスクールアイドル特集の雑誌を手に取った。

星空凛さんのウエディングドレス姿のページを開くと、やっぱりマルには向いてないと実感する。だから、マルは……

 

「ルビィね!」

 

本を閉じようとしたら、ルビィちゃんが走って来てマルの手をとった。

 

「ルビィちゃん?」

「ルビィね。花丸ちゃんの事見てた。ルビィの為に無理してるんじゃないかって。でも、練習している時楽しそうだったよ。花丸ちゃん、嬉しそうだったよ!だからね、思ったの。花丸ちゃんはスクールアイドルが好きなんだって」

「でも、マルには向いてないずら」

「花丸ちゃん。そこに映っている、凛ちゃんもね、最初はアイドルに向いていないんだと思っていたんだよ。だから……」

「でも、マルには……」

「でも好きだった。やってみたいと思った。最初はそれでいいんだよ?」

「それにね。できるかどうかじゃないよ。一番大切なのは、やりたいかどうかだよ!」

 

千歌さんはそう言って、マルに手を差し伸ばした。その手に曜さん、梨子さん、ルビィちゃんが重ねた。

やりたいからやる。最初はそれだけの理由でいい。マルも……凛さんみたいに……。

そっか、マルは……やっぱり、スクールアイドルが好きずら。

そして、マルはその手に手を重ねた。

 

「マルもAqoursに入れてください」

「うん。喜んで……やった!これで五人。後は……」

「沙漓ちゃんを説得するだけだね」

「でも、手ごわいんじゃ?」

「だよね」

 

マルが入ったことで、いよいよ部室のことになり、千歌さんたちは沙漓ちゃんの事で肩を落す。まぁ、一昨日の感じだと難航しそうずらね。あれ?ところで沙漓ちゃんの昨日の言葉。

 

「あの、一つ聞いてもいいずら?」

「ん?どうかしたの?」

「えーっと、別にスクールアイドル部と言う名前に固執しているわけじゃないんですよね?」

「あ、うん」

 

唐突に千歌さんにそんなことを聞いたら、千歌さんはポカーンとしていた。でも、それで疑問が確信に変わった。それと同時に、ある考えも浮かび、それを口にする。

 

「だったら――」

 

 

~☆~

 

 

「マルもAqoursに入れてください」

 

僕は図書室のドアを挟んでその言葉を聞いていた。

 

「ルーちゃんが無事スクールアイドルに入っただけじゃなくて、マルちゃんも入れたみたいだし、良かった」

 

僕は無事二人が入ったことに安堵すると図書室を後にした。二人がスクールアイドルになってほしいと思ったのはただの僕のわがままだしね。だから、叶った以上、僕はそれを近すぎず遠すぎずの距離から見るだけのこと。

怪我と体調でできない僕に出来るのはそれぐらいだしね。

そうして、僕は部室に戻って来た。

 

「さて、次は何するかな?ヨハネを学校に……いやAqoursに入れるのも面白そうかも……いや、僕の考えで巻き込むのはやめとこ。二人みたいにやりたい気持ちがあれば別だけどね。ふわぁー。眠い……よっと。ちょっと寝よ」

 

僕は机に突っ伏してそう呟くと急な眠気に誘われ、スマホのアラームを一時間後にセットして眠りについた。一時間後なら、まだ下校時刻じゃないしね。

 

 

それから時間が経った。どれくらい経ったのかわからないけど、まだ外は明るいから一時間は経っていないと思う。

 

「うぅ。スマホ、スマホ」

「はい、どうぞ」

 

僕は突っ伏した状態でパタパタと机を叩いて間でスマホを取ろうとすると、誰かが取って手渡してくれた。

 

「あ、どうも……」

 

お礼を言って受け取り、ん?てか誰かいる?

僕はガバッと顔を上げると、そこには高海先輩をはじめとした五人がいた。あれ?もしかして一昨日の続き?

 

「えーっと、また廃部にしろって話ですか?でしたら、御断りですけど」

「ううん。別に廃部にはしなくていいよ」

「ん?」

 

前と打って変わって廃部にする必要が無いと言われて、頭に“?”を浮かべた。なんで急に?もしかして、結局二つあってもいいってことになったのかな?

 

「だって、私たち。このアイドル研究部の中のグループ“Aqours”だから!」

「はい?」

 

僕は高海先輩の言っている言葉の意味を測りかねると共に、あの日、果南さんに言われた言葉を思い出した。はぁ、果南さんは予知能力者なのかな?それに、この方法じゃ、断れないや。この部も無くならないから。

 

「ああ。そう来ましたか」

「うん。初めからこうすればよかったね。私たちはAqoursとしてステージに立つ。それが目的だし」

「つまり、部活名だけあれば良かったんですか?」

「ううん。それだけじゃないよ」

「それだけじゃない?」

 

他に何かこの部室に何かあったっけ?もしかして……あそこに置いてあるアイドルグッズを資料に使いたいとかかな?

 

「何処見てるずら?マルたちが言っているのは沙漓ちゃんの事だよ?」

「ん?僕?」

「うん、沙漓ちゃんもAqoursに入らない?」

 

ルーちゃんはそう言い。四人も同じ考えのようで、どうやらマルちゃんが入った後に話し合ったのかそんな感じだった。

 

「えっ?でも、私は踊れませんし」

「別に踊るだけがスクールアイドルじゃないよ?」

「曲を作って――」

「衣装を作って――」

「スクールアイドルを楽しむ――」

「それがスクールアイドルだと思うよ」

 

五人はそう言った。はぁー、どこで知ったのやら?僕は踊れないから、スクールアイドルをただ見るだけの物と諦めていた。それなのに……

 

「でも、私は……」

「いいんずら。沙漓ちゃんはマルに言ったずら。やりたいならやればいいって」

「そうだよ。そんなにスクールアイドルが好きなら入らなきゃ」

「誰も踊れないことなんて気にしないから、一緒にやろ?」

「やっていけばそのうち他にやりたいことが見つかるかもよ?」

「だから……沙漓ちゃん。Aqoursに入ってください!」

 

ここまで言われちゃったら、断るなんてできないよね。

 

「はい。こちらこそ。こんな僕ですがよろしくお願いします!」

 

 

~果~

 

 

千歌達がアイドル研究部に入部する形で決着が付いた二日前。

 

「果南さん、遊びに来ましたよぉ」

「うん。知ってるよ」

 

鞠莉との会話が聞こえる位置でずっと聞いていた私は、鞠莉が帰っていきなり声を掛けられて驚いたけど、なんとか頑張って平常を保って外に出た。たぶん、二人とも私がそばにいるのに気づいていたんだと思うけど。

 

「それで、遊びにいたと言いつつ、アイドル研究部の話をしに来たんでしょ?」

「あれ?やっぱり聞こえてました?」

「うん。バッチリね。と言うか、気づいてたでしょ?」

「はい。まぁ。じゃぁ、余計な話は抜きにして……僕は、果南さんたち三人の居た部を無くさせる気は無いですよ」

 

沙漓ちゃんは苦笑いを浮かべると、そう言った。

 

「なんで?沙漓ちゃんがあそこを護る意味は無いでしょ?」

「確かにそうですね。でも、僕もここで一つやりたいことができたんです」

「やりたいこと?」

「はい。果南さんたちのライブを生で聴くことです。あの日聞けなかったあの歌を」

 

沙漓ちゃんはまっすぐ私の目を見てそう言った。その目は本気でそう思っている目で、だからこそ、私は理解した。この子はあの頃のダイヤと同じで本当にスクールアイドルが大好きなんだと。

 

「ありがと。でも、私も鞠莉と同意見だよ。私たちの事情を千歌達に押しつけるのは嫌だから」

「……そうですか」

「そうだよ。だから、無理してあそこを残さないでいいからね」

「わかりました――」

「でも、そう言ってくれたことはうれしかったよ」

 

これは本当に思った私の気持ち。あの時、聴けなかったから聴きたいという理由だけで護ろうとしてくれているから。

 

「あぁ、そうだ。もしかしたら、あの子たちなら潰す以外の別の道を選ぶかもね」

「別の道?」

「うん。まぁ、もしかしたらだけどね」

 

沙漓ちゃんは私の言葉に首を傾げていた。まぁ、これは私も半信半疑の願望だからね。

 

「例えば、千歌達がアイドル研究部に入部するとかね」




次の投稿はいつになるか?


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ヨハネ堕天

遂に来ましたヨハネ回。
今回は沙漓の弱点?が判明?


「色々考えた結果、こうなりました」

「ツッコまないわよ」

 

僕たちが六人でAqoursなって二週間ほど経ち、未だにヨハネが学校に来ない為、練習のない日の放課後にヨハネの家に乗り込んでいた。だけど、五人には黒澤先輩が部長なことは伝えておらず、受験で忙しくてあまり顔を出さない先輩がいるということにして伝えてあった。先輩、隠したそうだったしね。

朝の短い時間だけじゃそもそも連れて行くのは無理だしね。それに、もうすぐ五月が終わっちゃうからそろそろ本気で行かないと!五月いっぱいで連れ出すってヨハネに言っちゃってるしね。そして、なんと今回は僕一人ではありません!

 

「善子ちゃん、そろそろ学校に来ないの?」

「マルちゃんもこう言っている訳だから……さぁ、行きたくなーる、行きたくなーる」

 

一緒にやってきたマルちゃんがそう言い、僕はヨハネの前で手をクルクルさせて洗脳?しにかかる。ちなみにルーちゃんは家の用事とかでここにおらず、千歌さんたち(なんか先輩呼び禁止とかでこうなった)もヨハネと接点が無いからここにいない。

 

「と言うか、なんで今日は放課後に来るのよ」

「それはモノローグで説明したから省略して、とにかく明日から来てもらうよ」

「嫌よ。まだ、あの時の事故紹介を覚えている人がいるでしょ」

「確かに事故ってたけど、きっと皆……忘れているよ」

「なんで、自己が事故になってるずら?」

 

僕は遠い目でそう言うと、マルちゃんは首を傾げていた。そもそも、誰が覚えているかなんてわかんないし。だから、ある意味僕の願望だった。

 

「そんなわけないわよ。変な子とか言われてるんでしょ!?」

「ううん。誰も言ってないよ。なんで来ないんだろ?とか心配している感じだし」

「そうだよ。てか、毎日そう言ってるよね?」

「でも……」

「よしっ。じゃぁ、明日こそ来てもらうよ。そこで、ヨハネのことを皆どう思っているかわかるから」

「でも……私堕天使でちゃうから」

「それなら……」

「任せるずら!」

 

こうして、ある提案をしたことで、半ば強引にヨハネは学校に行くことになりましたとさ。

 

 

~ヨ~

 

 

「本当に来てしまった……」

「善子ちゃん、そんな所にいたら目立つよ?」

 

私は翌日、朝早くに来た沙漓によって連れてこられてしまった。そして、校門の前で立ち止まって呟くと、沙漓はそう言って私の手を引っ張った。ちなみに、いつもはヨハネ呼びだけど、私を善子と呼ぶことを条件にしたら簡単に了承してくれた。なんだかんだ、こっちへの配慮はちゃんとするのよね。毎日“学校に来い”という割に強引に連れて行こうとはしないし。

でも、ここまで来る間では誰も私の事を覚えていない様子だったから、心配はないのかな?いや、まだクラスメートが覚えている可能性も。

 

「本当に入るの?」

「はいはい。ここまで来たからちゃちゃっと入ろ?」

「はぁー。まぁ、入るしかないか」

 

沙漓はそう言って私の背を押して中に入ると、クラスメートの視線が私に集まる。

おそらく、私が入学式以来に現れたから視線が集まっているんだと思う。でも、こう視線が集まると……

 

「ちゃんと来たんだね」

「おはよう。津島さん」

 

すると、ずら丸と黒澤さんが私に声を掛けた。黒澤さんとは話したことが無いけど、沙漓とずら丸の友達だと聞いていた。たぶん、二人はこの空気を察して声を掛けてくれたのだと思う。

 

「おはよう」

 

私はそう挨拶を返すと、私が誰なのかを皆分かったようで「あっ、津島さん」「やっと来れたんだ」のような声が聞こえてきた。

 

「ドアの前で立ってると後つっかえるよ」

「あっ、うん。ちゃんと止めてね」

「うん。しっかり準備はしてあるよ」

 

私はそう言って席に座ると、クラスメートに囲まれ質問攻めに遭った。沙漓たちは少し離れた場所から私を見ていた。これって、私に頑張れってこと?まぁ、それしかないか。

 

「えーと、津島さんって名前なんだっけ?」

「もう、ちゃんと覚えてないと……えーと、よ、よ、ヨハ――」

「善子!」

「だ、だよね」

 

たぶん、あの時私がヨハネって言ったから確認したかったんだと思う。でも、二人が言ってた通り、どうやらあの時のことを忘れようとしてくれてるんだと思う。それに、陰口も言われて無さそうだし。

それから、好きな食べ物とかの話をし……

 

「ところで津島さんって趣味ないの?」

 

と聞かれた。これって、変な答えをしたら浮くわよね?でも、ここでうまくやれば好感度が。

 

「えーと。占いかな?」

「え?占いできるの?」

「占って!」

「あっ、うん。ちょっと待って。今占ってあげるね」

 

私の答えは好感触で、占いをすることになり、私は鞄に入れていた魔法陣の布と蝋燭等々を鞄から出し、漆黒のローブを身に纏い、占いの準備を……

 

「って、なんでそんな本格的やねん!」

バチコーンッ

 

整う瞬間、謎の似非関西弁と共に頭に何かが当たり、大きな音が教室に響いた。私は頭を抑えて犯人の方を見る。

 

「なにすんのよ!沙漓!」

「ん?善子ちゃんがやらかす前に止めたんだよ?いやー危なかった。ろうそくに火を付けたら火災報知機が作動しちゃうからね」

「危なかったって、そっちの心配!?」

 

何処から取り出したのかわからぬハリセンを肩に乗せた沙漓に文句を言うと、沙漓は一切悪びれずにそう返した。たしかにやらかす前に止めてと言ったけどこの方法は……。

クラスメート全員がポカーンとしていて、ずら丸も驚いていることから予告なく行われたようだった。

 

「ふっふふ」

 

すると、誰かが吹き出し、それが連鎖してクラスに笑いが起こる。何これ?私笑われてる?

 

「津島さんと園田さんって仲良いんだね?」

「うん。こんな感じだよ。善子ちゃんは趣味に全力だから、ここまで本格的な占いになっちゃうけどね」

「津島さんって面白いんだね」

 

キーン、コーン、カーンコン

 

「あっ、チャイム鳴った」

「はーい。ホームルーム始めるわよ……ってなにしているの?」

 

先生がやって来て、先生は教室の状況を見て困惑していた。まぁ、風呂敷を広げてローブを纏ってれば目立つわよね。

 

「はいはい。ササッと片付けてねー」

 

先生は一切動じずそう言うと帳簿を教卓に置いた。この先生も意外と動じないわね。あと、沙漓も自然に風呂敷を片付けてるし。

こうして、私の登校二日目が始まった?のだった。

 

 

~☆~

 

 

「いやー。いい仕事をした気がするよ」

「アンタのせいで、私は変な人と思われたじゃない!」

「え?でも、津島さん、クラスには馴染めていたような?」

「大体、あんなものを持ってきていると思わなかったずら」

 

昼休み、僕はヨハネを部室に連れて行くと、汗を拭う素振りをしながらそう言った。そしたら、ヨハネにツッコまれた。ルーちゃんとマルちゃんは困った顔をしてそう言い、千歌さんたちは状況がつかめないのか困惑していた。

ちなみに、クラスメートの反応は面白い人?とか、僕とセットで芸人?みたいな感じで定着していた。後者はその場のノリだったけど。

 

「どういうこと?」

「実はルビィもさっき聞いたんですけど、善子ちゃん――」

 

ヨハネの事情を知らない三人にルーちゃんは簡単に説明した。

 

「大体、何でそんな物を持ってきちゃったの?」

「いや、これは私のアイデンティティのわけで……」

 

梨子さんに問われたヨハネは、ポーズを取りながらそう言った。あ、やっぱりそうなっちゃうんだ。

 

「うん、心が複雑な状態になっていることは分かったわ」

「ですね。それに今はネット上で占いをやっていますし」

 

ルーちゃんは今もヨハネがネットで生放送していることを言いながら、ノートパソコンでその動画を流したら曜さんと梨子さんは確かに堕天使をしてるといった困り顔をしていた。千歌さんはその動画を見て目を輝かせていた。

 

「可愛い。これだよ!これ!堕天使だよ!」

「千歌ちゃん?」

 

千歌さんはそう言い、千歌さんの考えが読めない僕たちは首を傾げた。そして、ヨハネの手を取り、

 

「うん。津島善子ちゃん。いや、堕天使ヨハネちゃん。スクールアイドルやりませんか?」

「はい?」

 

ヨハネは意味を掴みかねて、間の抜けた返事をしていた。

あれ?これはヨハネAqoursへの道の始まりかな?

 

 

~☆~

 

 

「ここが千歌さんの家……というか旅館」

「大きいわね」

「入って、入ってー」

 

僕たちは千歌さんの旅館に来ていた。初めてくる場所だからそわそわしていると、裏口から千歌さんが手招きをした。表はお客さん用なんだと思う。その辺は守らないとね。

裏口から中に入り、千歌さんの部屋に通された。

そして……

 

「丈が短くない?」

「というか、沙漓はそんなに写真を取るな!」

 

六人はゴスロリ、もとい堕天使衣装を見に纏っていた。まさか、こんな可愛い衣装が見られるとは。

僕はパシャパシャとカメラで写真を撮っていた。可愛い子と衣装があれば撮る。これ真理ね。

 

「ただの活動として撮ってるだけなので、モーマンタイです」

「いや、恥ずかしいからアップはやめて!」

「じゃぁ僕の趣味にしますので!」

「それ、余計に質悪くない?」

 

写真を撮る手を止めずにそう言うと、呆れられた。うーん。まぁ、これくらいにしておこうかな?そう思って、写真の手を止める。

 

「それにしても、これが、これになるとはね」

 

曜さんは以前のライブ衣装と見比べてそう言った。確かに、前とイメージがガラッと変わったしね。明るい感じだったのに、今は暗い感じ?なんか、梨子さんは恥ずかしがっているけど、これはこれで普通の反応だよね。

 

「いいのかな?これで」

「でも、調べても堕天使アイドルなんていなかったし」

「そういう問題なのかな?」

「可愛いよねー」

「いや、そういう問題じゃないよね?」

 

梨子さんは今更ながら、この衣装でいいのか心配し、千歌さんは全く気にしていなかった。

 

「本当にいいの?」

「うん。これでいいんだよ。可愛いからね。それに、ステージ上で堕天使を広めよっ?」

 

ヨハネはそう言われてステージ上に立つ自分の姿を想像し、ありと思ったようだった。

 

「ちょっと外の空気吸ってきますね」

「あー、うん」

 

僕はなんとなく人口密度が高くて部屋を出た。すると、廊下にはモフモフした犬と短髪のお姉さんがいた。

 

「あれ?君は?」

「あっ、私は一年の園田沙漓です。千歌さんと同じ部活の。お邪魔してます」

「沙漓ちゃんね。私は美渡。まぁ、ゆっくりしていきな。あっ、この子はしいたけね。まぁ、おとなしい子だから心配ないよ」

 

美渡さんに自己紹介を言い、撫でられていた犬に視線を向けたら紹介された。モフモフしていて触ったら気持ちよさそう。それに、おとなしいのならもしかしたら。

 

「ぐるるっ!」

「え?」

 

僕はしいたけちゃんをモフろうとしたら、思いっきり威嚇された。そんなしいたけちゃんの様子を見て美渡さんは困惑していた。たぶん、おとなしいはずなのに僕に威嚇しているからだと思う。ふむ。やはり僕にはあれが付きまとうのか。

 

「るーるるるるー」

「それ、犬にやるやつじゃないよね?」

 

だから僕はこの事態を受け入れたくない。だから、僕は諦めずにしいたけちゃんの前に手をやって、なんとかモフろうとした。美渡さんにツッコまれながら。その結果。悲劇が起きたのだった。

 

「本当に平気なのかな?」

「わう」

 

 

~ル~

 

 

「きゃぁー」

「わうぅ」

 

唐突に響いた叫び声などなど。沙漓ちゃんが部屋を出た後に梨子さんも部屋を出てすぐに何が起きたのかと分からずにいると、障子越しで走る人影とそれを追いかける犬の影が映った。

 

「何が起きているのですか?」

「さぁ?梨子ちゃん、しいたけはおとなしいよー」

「きゃぁー」

 

ルビィが疑問を口にすると、おそらくしいたけちゃんから逃げている梨子さんに対して千歌さんはそう声を掛けた。しかし、しいたけちゃんは止まらない。

すると、

 

「ふぅ。またダメだった」

 

沙漓ちゃんが障子を開けて部屋に入って来た。何がダメだったんだろ?

 

「きゃぁー!」

「がう!」

 

千歌さんの部屋の扉が開いて梨子さんが現れるとしいたけちゃんも入って来て、直後沙漓ちゃんが進路上に行ってしいたけちゃんは止まれず沙漓ちゃんに突っ込んだ。そして、梨子さんは千歌さんのベッドの上に飛び乗り、置かれていた海老のぬいぐるみを手に持って交戦の構えをしていた。なんだろこの状況?

 

「何があったの?梨子ちゃん?」

「うん。沙漓ちゃんがしいたけちゃんに近づいたら急に私の方に逃げて来てね」

「あうっ!」

 

千歌さんが事情を聴いたら、やっと落ち着きを取り戻した梨子さんが言い、沙漓ちゃんはしいたけちゃんに突っ込まれて転倒しながらもモフモフしていた。そして、しいたけちゃんは前足パンチを喰らわして脱出すると、てくてくと逃げていった。

 

「あれ?しいたけが逃げていった。しいたけって基本人見知りしないよね?」

「うん。基本的に人が近づいても逃げたりなんかしないし」

 

幼い頃からしいたけちゃんを知っている二人が首を傾げていると、

 

「うーん。昔から動物に近づくと警戒されちゃうんですよね」

「あー、そう言えば幼稚園の時にもウサギ小屋に近づいたらウサギが小屋の奥に逃げてたわね」

「あー、そんなこともあったずらね」

「つまり、動物避けスキル?」

 

寝転んでいる沙漓ちゃんが身体を起こしながらそう言い、津島さんと花丸ちゃんは沙漓ちゃんと幼稚園だったから、その頃のことを思い出しているようだった。昔から動物に逃げられているみたい。

なんで、動物に逃げられるんだろ?

 

「あれ?じゃぁ沙漓ちゃんと梨子ちゃんがすぐそばで一緒に居たらどうなるんだろ?」

「うーん。沙漓ちゃんを無視して梨子さんに飛びつく?」

「それとも、沙漓を警戒して梨子さんにも近づかない?」

 

曜さんがそんな疑問を口にしたら、花丸ちゃんと津島さんがそんな予想を口にした。その隣で、千歌さんの口元に笑みが浮かんでいた。あれ?嫌な予感?

 

「じゃぁ、試してみよう」

「ち、千歌ちゃん?」

 

千歌さんはそんなことを言い、梨子さんは頬に汗を浮かべて恐る恐るそう言った。

そして、沙漓ちゃんは首を傾げていた。

 

「はい?」

「と言う訳で、しいたけ連れてくるねー」

「千歌ちゃーん」

 

梨子さんの制止の声を振り切り、千歌さんはしいたけちゃんを連れに出て行ってしまった。梨子さんは嫌そうな顔をしてルビィたちを見ると、

 

「私、帰っていいかな?」

「「「「さぁ?」」」」

 

そう言い、ルビィたちはそう返すしかなかった。しかし、梨子さんがこの場を去る前に千歌さんがしいたけちゃんを確保したのか走って来る足音が響く。

 

「しいたけ、連れてきたよー」

「わう?」

「沙漓はこっち」

「ヨハネ楽しんでない?」

 

そして、扉がガバッと開き千歌さんとしいたけちゃんが現れると、津島さんは沙漓ちゃんを梨子さんのいるベッドの方に押した。沙漓ちゃんが言った通り、津島さん自分には関係ないからって楽しんでない?

 

「さぁ、しいたけ。行って!」

「わう(ブルブル)」

 

千歌さんがしいたけちゃんにそう言うと、しいたけちゃんは拒否するように首を横に振った。

 

「え?あの梨子ちゃんを見れば襲いかかるしいたけが拒否している?」

「沙漓の動物避けが(まさ)った?」

「つまり、沙漓ちゃんが居れば襲われない!?」

「つまり、僕はしいたけちゃんに触れない?」

 

梨子さんは遂にしいたけちゃんに襲われることのない方法が見つかって喜び、その隣では沙漓ちゃんが落胆していた。そもそも、梨子さんに関してはしいたけちゃんが繋がれていれば問題ないような?

 

「バカチカ!静かにしろ!」

 

そして、騒ぎ過ぎたからか千歌さんのお姉さんに怒られてしまいました。ところで、ルビィたちは何しに来たんだっけ?

 

 

~☆~

 

 

『リトルデーモン四号、ルビィ。よろしくね』

「何ですかこれは?」

「新しいAqoursのPVですね」

 

翌日。早速作ったAqours(堕天使バージョン)のPVの件で黒澤先輩に呼び出されました。先輩の隣では理事長が「cuteね」とか言っていた。

 

「破廉恥ですわ!こんなことをさせるためにルビィの入部を許可した覚えはありませんわ!」

「うーん。破廉恥かな?普通のゴスロリの服で可愛いと思いますけど?」

 

先輩は破廉恥と言うけど、僕はそう思わない。迷走している感は否めないけど。

 

「でも、昨日の段階では順位も」

「そんなモノまやかしですわ」

 

曜さんは順位が上昇したことを口にすると、先輩はそう言ってノートパソコンをさっと押して回転しているところを曜さんがキャッチする。落ちたらどうするんだろ?

そして、曜さんはパソコンを開くと、

 

「あれ?順位が落ちてる」

「そう言うことですわ。だから、よく考えることですわね」

 

言った通り順位が下がり始めていた。まぁ、そう言うこともあるよね?そうして、僕たちはいくつか注意を受け、生徒会室を出て、

 

「園田さんは少し残ってください」

「え?あっ、はい」

「じゃ、また後で」

 

千歌さんはそう言って出て行き、この場には僕と黒澤先輩と理事長だけになった。

 

「あなたがいながらなんでこんなことになっているんですか?」

「うーんと。可愛かったので!先輩だってルビィちゃんが可愛いと思わなかったんですか?」

「まぁ、可愛いのはそうですが」

「ダーイヤ」

 

僕がそう言ったら、黒澤先輩もやぶさかではなさそうな反応をし、理事長が名前を呼んでハッとした。話逸らしに失敗しちゃったや。

 

「それで、どういうおつもりで?」

「いえ。さっき言った通り、可愛いと思ったのは本当ですし。こういうこともして人は進歩するんですよ。まぁ、そう言う訳ですので。では、失礼します」

 

僕はそう言って生徒会室を出た。

 

 

 

「本当に良かったの?辞めちゃって」

「いいのよ。私がいたら邪魔にしかならないんだから」

 

放課後。Aqoursの練習が終わり、ヨハネの部屋に来ていた。

ヨハネは結局、Aqoursを辞めてしまった。黒澤先輩に怒られたのが自分のせいだと思い込んで。誰も止めなかったんだから、ヨハネ一人のせいじゃないのにね。

 

「本当にいいの?練習している時、ヨハネは楽しそうに見えたよ?」

「確かに楽しかったわ。でも、それで迷惑をかけるのなら私はやらない方がいいのよ」

「そっか。決心は固そうだね。じゃぁ、僕から言うことは無いや」

「いいの?沙漓は、いつも無理強いはしないけど」

「いいの。僕には誰かに無理強いをする権利なんてないんだから。やりたければやる。やりたくなければやらない。それでいいんだよ。僕はどんなヨハネも……善子ちゃんでも変わらないから……でも、好きな物を好きって言える気持ちは大切だよ」

 

 

~ヨ~

 

 

翌朝。今日は休日で学校は休みだから家でのんびりしようとしたら、お母さんにゴミ出しておいてと言われてしまった。まぁ、昨日のうちにまとめた堕天使グッズを捨てなくちゃだしね。

だから、私はゴミと堕天使グッズを捨てに外に出ていた。

そして、この前の堕天使衣装を着た千歌さんたち五人がそこにいた。何でこんなところに?それにその服。

 

「堕天使ヨハネちゃん」

「「「「「スクールアイドルに入りませんか?」」」」」

「ううん。入ってください。Aqoursに、堕天使ヨハネとして!」

「何言ってるの。昨日話したでしょ」

「いいんだよ。自分が好きならそれで」

 

千歌さんは私を見てはっきりとそう言った。なんで?私がいたから昨日生徒会長に怒られたわけなのに。

そして、私の壮絶な追いかけっこが始まった。

 

「ヨハネちゃんはそのままでいいんだよ!」

「ダメよ!私は堕天使を辞めないと!」

「自分が好きならいいんだよ」

 

私は走った。

 

「しつこーい」

「私ね。µ’sがどうして伝説になったのか、輝いていたのか考えたんだよ」

 

ただ走った。

 

「善子ちゃん、待ってー」

「じゃあ、追いかけてこないでー」

「そして、考えてみてわかったんだよ」

 

そして、気づけば水門まで来ていた。こんな場所まで追いかけてくるなんて。あー、走りすぎて疲れた。

 

「ステージの上で自分の好きを見せることなんだよ。自分の好きな姿を、輝いている姿を見せることなんだよ。だから、いいんだよ。善子ちゃんは捨てなくて。自分が堕天使を好きなかぎり!」

「いいの?変なこと言うかも」

「いいよ」

「儀式をするかも」

「それくらい我慢するわ」

「リトルデーモンになれって言うかも」

「それは……でも、やだったら、やだって言う」

 

そして、千歌さんは一歩踏み出す。黒い羽を持って。

 

「だから、ふふっ」

 

千歌さんはそう言って黒い羽を持って私に手を差し伸べた。

好きな物を好きって言う気持ち。いいのかな?私が堕天使を好きだという気持ちを持ち続けても。そう言えば、沙漓もやりたいならやればいいとか言ってたっけ?

私の気持ちは……。

 

「うん。私も……Aqoursに入れてください!」

 

そして、私は羽を受け取り、こうしてAqoursに正式に入った。

すると、キキッーというブレーキ音が鳴り、

 

「ふぅ。やっと追いついた。自転車でもやっぱり疲れるモノは疲れるね」

 

そこには自転車に乗った沙漓がいた。沙漓は相変わらず運動がダメなようで疲れた様子だった。それと、かごには何本もペットボトルが入っていた。

 

「よくここが分かったわね」

「あーうん。こんな奇抜の格好の人たちが集団で走っていれば目立つからね」

 

沙漓はそう言って私たちを見た。私は部屋着、五人は堕天使衣装。確かにこれなら嫌でも目立つか。

 

「はい。熱中症になったら大変なので飲み物です」

 

沙漓は自転車から降りると袋を持ち上げ、中にあるペットボトルを皆に配る。

 

「ありがと」

「うん。どういたしまして」

 

多分沙漓はペットボトルのことに対してお礼を言われたと思っていそうだけど、私が行ったお礼は今まで気にかけてくれてたことも含んでいた。まぁ、勘違いしている分には訂正する必要も無いわね。

 

 

~☆~

 

 

「無くなってるー」

 

水門から家に戻ってくると、ヨハネはゴミ捨て場の前でそんな声を上げ項垂れていた。僕たちはそれでゴミ捨て場を見るとゴミ捨て場には一切のゴミが無くきれいになっていた。どうやらゴミ収集車に運ばれていったようだった。

 

「あっ、そう言えばここにきたとき善子ちゃん段ボール置いてたっけ?」

「あの中には私の堕天使グッズが……」

 

ヨハネが残念そうにそう言い、僕はポンと手を打つ。

 

「ああ。あれね。僕の部屋に置いてあるよ」

「え?」

 

千歌さんたちがヨハネを追いかけた後、僕も追いかけようと思ったけど、チラッとヨハネが置いた段ボールが目につき、とりあえず回収しておいた。ヨハネの部屋に持って行くより、僕の部屋の方が近かったし。運んだら完全に見失っちゃったけど、自転車で走っていると、「あの子たちなんだったんだろ?」みたいな会話がいろんな場所で聞こえたから追いつくことができた感じだった。

まぁ、そう言う訳で、ヨハネの堕天使グッズは僕の部屋にある。

 

「なんで、沙漓が?」

「ん?いや、資源回収だったから、使えるモノは貰って行こうかなぁって思ってね。それに、もしかしたらそのうち必要になるかも?って思ったし」

 

ヨハネに聞かれたから、ありのまま答えると、ヨハネはとりあえず堕天使アイテムの無事を知り安堵の表情をした。千歌さんたちもよかったみたいな表情をしていた。

 

「さて、私たちもいつまでもこの格好なのはあれだし着替えよ?」

「そうね。沙漓ちゃん部屋入らせてもらっていい?」

「了解です」

「ん?なんで、皆沙漓の部屋に?」

「マルたち一度沙漓ちゃんの部屋によってそこで着替えてから出てきたずら」

「さすがにあの格好でここまで来れないよ」

 

こうして、ヨハネがAqoursに加わり、七人になったのだった。




次の投稿は近々の予定です。


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一年生と沙漓

四人が遊園地に行くお話です。


「ほんとに来ちゃったね」

「いいんじゃないの?入園無料になったんだから」

「すごい強運だよね」

「うん。二人も当たるとはね」

 

ヨハネがAqoursに入って数日。僕とヨハネ、ルーちゃん、マルちゃんの四人で遊園地に来ていた。

どうして来たのかと言えばコンビニパンに付いているシールを集めて応募したら、僕とマルちゃんが見事に当選して遊園地のペア券を手に入れたからだった。と言っても当選したのはひと月近く前で行くタイミングと一緒に行く相手がいなかった結果、ちょうど練習が休みの今日となったんだけど。

ペア券二枚だから四人しか行けず、千歌さんは旅館の手伝い、曜さんは飛び込みの練習、梨子さんに関しては「四人で行って来なよ」と気を使われてしまった結果このメンバーとなった。

そして、このメンバーになったことで僕とマルちゃんとでとある目的が生まれたのだった。

 

「それで、何から乗る?」

「もちろん、ジェットコースター!」

「ルビィは絶叫系じゃなければ……」

「いきなり真逆の提案が起きたずら」

「うーん。僕はあれ以外ならどれでも構わないけど、じゃんけんしかないかな?勝った方が先で負けた方が後ってことで」

 

入場口の待機列に並びながら僕たちは最初に何から乗るかの話をした結果、いきなりヨハネとルーちゃんの間で意見が割れてしまった。だから、手っ取り早くじゃんけんで決めてもらうことにする。話し合いじゃルーちゃんがヨハネに押し負けてヨハネの方に決定しちゃう未来しか見えないし。

 

「ふっ、私にじゃんけんを挑むというのね、黒澤さん」

「うゅ。挑むなんてことは」

「さっさか決めちゃお?と言う訳で、最初はグー、――」

 

さっさか決めるために僕は急かしてそう言い、二人はそれぞれ出した結果、ルーちゃんがパー、ヨハネがチョキだった。ヨハネがチョキしか出さないの伝えてなかった……。こうして、ヨハネが勝ったことでジェットコースターに乗ることになってしまったのだった。

 

 

~ル:ジェットコースター~

 

 

うぅ、なんでこんなことになっちゃったんだろ?

今ルビィたちはジェットコースターに乗っていて、ガタゴトとゆっくりと登り始めていた。ルビィの隣は津島さんで前の座席に沙漓ちゃんと花丸ちゃんが座っている。なんで、沙漓ちゃんと花丸ちゃんの二人で座って、ルビィはまだあまり関わりがない津島さんが隣に……?。

 

「悪いわね」

「え?」

 

いつまで登るのかわからなくて不安を募らせていると、いきなり津島さんが謝った。何を謝ったのか、いきなりだったからルビィは首を傾げて小さく疑問の声を出すことしかできなかった。

 

「こういうの苦手なんでしょ?」

「……うん」

「だったら下で待ってればよかったのに」

「それは……一番怖いのじゃなくて、割とマシな物を選んでくれたでしょ?」

「なっ!なんのこと?流石に朝一で一番は後に響くからウォーミングアップよ」

 

津島さんは顔をプイッと逸らす。そう言うけど、たぶんルビィに遠慮してくれたんだと思う。これでダメならこの後に乗るかもしれない他のジェットコースターに乗らなくて済む理由になるから。

そんなことを考えていると、天辺までたどり着き一度止まる。

そして……

 

「ぴぎゃぁぁー」

「「「わぁぁー」」」

 

一気に下り始めると、下る勢いで叫び、そこからの左右へのカーブ、捻りとすさまじかった。ジェットコースターがスタート地点に戻る頃にはルビィは目を回していて、降りてからもフラフラした足取りでなんとか歩いた。

 

「大丈夫……ではなさそうね」

「うぅ」

「はい。ゆっくりでいいから行くわよ」

 

津島さんはそんなルビィの様子を見て心配したのか、手を握るとゆっくりと歩き出して出口まで連れて行ってくれた。津島さんは少しぶっきらぼうな言い方なところがあるけど、やっぱり優しいよね?

 

 

~花:メリーゴーランド~

 

 

「ずら丸。なんで私だけ馬なのよ」

「マルに文句を言わないでほしいなー」

「僕も馬の上だよぉ。それと余ってた場所にそれぞれ座った結果なんだから。それともフラフラ状態の二人をそんな不安定な場所に座らせる気なの?悪魔なの?」

「私は堕天使よ!」

「ふぎゅー」

 

マルたちは続いてルビィちゃんの乗りたかったメリーゴーランドに乗っていた。善子ちゃんと沙漓ちゃん馬の上で、マルとルビィちゃんは馬車に乗っていた。さっきのジェットコースターでフラフラになったマルとルビィちゃんの為に一回ベンチで休憩しようとしたけど、マルたちのせいで二人を待たせるのは嫌だということでこうなった。馬車の上なら十分休めるずら。

 

「ルビィちゃんはこの後どうする?善子ちゃんの事だから他のジェットコースターに乗りたがると思うけど」

「うーん。できればルビィは乗らないで待ってようかな?」

「そうずらか。マルもできたら待ってたいかな?」

 

ルビィちゃんはさっきのジェットコースターで相当参ったようで苦笑いを浮かべてジェットコースターには乗らないつもりのようだった。マルとしても、あれが一番軽いやつなら乗りたくないずら。

 

 

~ヨ:シューティング~

 

 

続いて沙漓の乗りたいものということで比較的列の少ないシューティングで列に並ぶこと三十分程で私たちの番となった。このシューティングはゆっくり動くカートに乗って、カートに付いている銃で的を撃ってポイントをためるというものだった。これなら絶叫系でもないからみんなで楽しめるかしら?

 

「ところでずら丸」

「どうしたの、善子ちゃん?」

「あんた、今日何か企んでないかしら?」

「ん?なんのこと?マルは特に企んでなんてないけど」

 

私はちょくちょく沙漓とずら丸がこそこそと喋っているのを目にしていたから聞いてみたら、ずら丸はそう返答した。てっきり何か企んでいるのかと思って警戒したけど、問題なさそうかしら?何も無いのならそれでいいんだけど。

私は腑に落ちないながらも番が来たからカートに乗る。このシューティングも二人乗りのようでずら丸とペアだった。このペアの理由にもちゃんと理由があるが、今は割愛。

 

「さて、やるからにはハイスコアよ」

「うーん。マルはこういうのはやったこと無いからあまり得点は期待できそうにないかな?」

 

私は銃を手に持って的のある場所に移動し終えるのを待つ。ずら丸はずら丸でいまいちピンと来ていないようで、そわそわしていた。

そんなこんなで的が見え始めると、早速私は的に向かって銃を撃つ。赤外線で的の中心にあるセンサーを撃てば得点になる訳で、早速的に当てると的が反応して光る。

 

「おお、未来ずら~」

「感心してないで撃ちなさい。もう始まってるわよ」

「あっ、それもそっか」

 

銃に反応して的が光ったことでずら丸は反応し、私は銃で撃ちながらツッコむ。すると、ハッとして遅れながらも銃で撃ち始める。まさか、これにまでそんな反応をするとは。まぁ、的に当たるたびに喜んでるから楽しめているってことかしら?

私は着実に当てられる場所を当てていき、時々ある高得点の的も撃っていく。ずら丸はのんびりと楽しみながら撃っていく。

そうしてゴールまでたどり着くと、最終スコアが表示され、結果はハイスコアでは無かった。流石に全ての的を撃つことはできないし、必ずしも一発で的を撃ち抜くこともできなかったけど、まずまずの結果だとは思う。

私たちはカートを降りると、出口近くで二人を待つ。

 

「んー、楽しかったずら」

「ええ。楽しめているみたいで何よりよ」

「うぅ、あんまりいい結果じゃなかったよぉ」

「ふぅ。撃った、撃った」

 

すると、後ろのカートに乗っていた沙漓たちが戻って来る。黒澤さんはあんまり的に当たらなかったようで残念がっており、沙漓は満足のいく結果だったのかいつも通りのテンションだった。

 

「ルビィちゃん、マルたちには難しかったね」

「うん、そうだね。花丸ちゃんもダメだった?」

「うん。マルにはこういう未来のゲームは難しいよ」

「別に未来のゲームじゃないでしょ」

「津島さんは満足のいく結果だった?」

「ええ。できればハイスコアを出したかったところね」

 

ツッコミを入れたらこっちに話を振られ、返答する。なんか黒澤さん私とだけは距離がある気がするわね。

 

「ヨハネは一応できたんだ」

「一応ね。それで沙漓の結果はどうだったの?」

「ん?結果はあれ」

 

沙漓はたぶんこういうのが苦手ではなさそうで、だから私と沙漓は別々になった。同じカートだと一度撃った的が戻るまでのラグでスコアがあまり稼げなくなる心配があったから。

その心配の通り、沙漓もそれなりに点が取れたみたいだから聞いてみたら、沙漓は何故か入り口近くの掲示板を指差した。そこには今日のハイスコアランキングが表示されており、沙漓の指差した先は……

 

「え!?まさかハイスコア?」

「うん。まぁ、運が良かっただけだよぉ。高スコアの的がちょうど障害物の消えるタイミングで来てくれたおかげだし」

「わぁ、すごい。ハイスコアなんて」

「うん、今日一番の記録を出しちゃうなんて」

 

沙漓はハイスコアを取ったのに全く誇ることはせず、いつも通りだった。もしかして、当然の結果とでも思ってるのかしら?

 

「沙漓、もしかして当然の結果とか思ってる訳?」

「え?どうして?運が良かっただけだよ。それにまだ午前中だからすぐに記録が塗り替えられちゃうよ」

「でも」

「そういうわけで、こんなところにいつまでもいないで次行こ?」

「ええ」

 

沙漓はあいかわらず誇る気もなく、別段当然の結果と思っている訳でもないようで、次の乗り物に行こうと急かすのだった。

 

それからいくつかのアトラクションに乗り、私と沙漓はジェットコースターの列に並んでいた。黒澤さんとずら丸はパスとのことで、お昼時にもなるから待つ間に席を取りに行った。

 

「それで、ルーちゃんとの距離を感じると」

「ええ。沙漓とずら丸は名前で呼ぶのに私だけ名字だし」

 

並んでいる間に私は沙漓に相談してみた。正直なところ今の状態は居心地が悪いし。それに、出会って間もないのに仲良くなっているから、何かいいアドバイスがもらえるかもしれないしね。

 

「なるほど……そもそもヨハネだって黒澤さんって名字呼びじゃん。名前で呼んでみたら?」

「いきなり名前で呼ぶのはハードルが……」

「僕は呼び捨てだし、マルちゃんはあだ名?だからなんとかならないの?」

「あんなたちは幼稚園で会ってるからなんとかなるけど……」

 

結局、名前で呼ばないことにはどうにもなら無さそうであり、どうしたものかしら?いきなり友達の呼び方を変えるのは、割とハードルが……。

 

「ヨハネ。ヘタレてないでちゃんとしなよ。それとも、ヨハネは怖気づいちゃうの?」

「それは……」

「ルーちゃんはいい子だよね。わざわざヨハネモードを見てもバカにしたりしないでくれて」

「わかってるわよ。あの子がいい子なんてことは」

 

私が堕天しても呆れること無く普通に接してくれる。だからこそ、もっと仲良くなりたいと思った訳だし。

 

「と言う訳で、この遊園地の間に呼んでみれば?親睦を深めるにはいい機会でしょ?」

「それはそうだけど……って、もしかして――」

「さて、順番が回って来たから乗るよぉ」

 

私はもしかしたらと思うことがあってそれを聞こうとしたら、その前に私たちの番になり聞けなかった。

後で聞けばいいやと思ったんだけど、一番やばいと聞いていたジェットコースターによってすっかり忘れたのだった。

 

 

~ル:飲食スペース~

 

 

「それで、善子ちゃんと距離を感じると」

「うん。名字呼びだし、二人と比べると壁を感じるし」

「うーん。付き合いが短いから仕方ないかもしれないけど……ここはルビィちゃんから行くのもありかもしれないかな?」

「ルビィから?」

 

飲食スペースが混む前に席取りに来たルビィは花丸ちゃんに相談していた。せっかくAqoursのメンバーになったのに距離があるのは今後に関わりそうだし、何より仲良くしたいという気持ちがあった。

だから、津島さんと付き合いのある花丸ちゃんに相談すれば何かいい方法がわかるかもしれないと思った。

すると、津島さんから来てもらうんじゃなくてルビィから行くのが提案された。

 

「うん。ダイヤさんに言ったみたいにルビィちゃんの気持ちをちゃんと伝えれば、善子ちゃんはちゃんと返してくれると思うよ。普段はぶっきらぼうだけど、根は優しいから」

「うん。それは知ってるよ。でも、ちゃんと言えるかな?」

「もちろん、マルがしっかりお手伝いするずら。マルも二人には仲良くなってもらいたいから」

「花丸ちゃん……」

 

花丸ちゃんはそう言って背中を押してくれて、だからこそルビィもちゃんとしようと思った。

 

「あっ、二人が戻って来た。ルビィちゃん、焦らずにゆっくりと自分のペースでやろ?目指すは今日の遊園地の間ずら」

「うん。ルビィ頑張ってみる!」

 

 

~ヨ:お化け屋敷~

 

 

「うぅ、津島さん置いてかないでね」

「ええ。それにしても大丈夫?」

 

お昼を食べ終えて午後の一発目。私たちはお化け屋敷の中にいた。ペアか一人で入るのが基本みたいで、偶然前に並んでいた私と黒澤さんがペアになり、中に入ると真っ暗で黒澤さんはビクビクしながら私の服の裾を掴む。そんなに怖いのなら、外で待ってればよかったんじゃ?いや、行けると思ったのかもしれないけど。

とりあえず、ゆっくり歩いていると死角からお化けが現れて私たちを驚かせにかかる。

 

「ピギッ!」

「うわっ!」

 

黒澤さんは驚いて悲鳴(鳴き声?)を出して反応し、私も死角からだったから驚いた。それに、結構暗いからどこに潜んでいるかわからないから、常に気を張ってなきゃいけないわね。

 

死角からまたお化けが現れれば、

「ピギャッ!」

「きゃっ!」

 

突然音が鳴れば、

「ピギッ!」

 

突然ぴかっと光れば、

「ピギィー!」

 

黒澤さんはその度に驚き、私も最初は驚いていたんだけど途中から自分以上に驚く人がいるからかあまり驚かなくなっていた。これは自分より驚く人がいると落ち着くというか冷静になるあれかしら?だからこそ、私は行動に移す。

 

「……ルビィ。私がちゃんと出口まで離れずに一緒に行くからゆっくりでも行くわよ」

「……うん。ありがと、津島さ――」

「――ヨハネ!」

「え?」

 

私から名前呼びにしたのに、相変わらず名字で返されてしまった。せめて何かしらの反応があればそこから繋げられるんだけど。

 

「ヨハネって呼びなさい。あなたとは距離を感じるのよね。これからはルビィって呼ぶから」

「……うん。わかったよ。善子ちゃん!」

「だからヨハネ!」

「あはは。ありがとね。励ましてくれて。それとルビィも善子ちゃんと距離を感じてたから」

「何言ってるのよ。リトルデーモンを助けるのは当たり前のことよ」

「ふふっ」

 

真正面からお礼を言われて照れくさくなったから、そっぽを向いてそう言う。まさか同じように距離を感じてて悩んでたとは。ヨハネ呼びをしてもらうことは敵わなそうなのは残念だけど。

てか、今思えばルビィと一緒なのは偶然では無くて、沙漓が早速動いたのかしら?

 

「さぁ、この調子で――」

『にゃぁーーー!!』

「何この悲鳴?なのかしら?」

『わぁぁー』

 

ルビィを励ましてさっさか進もうと思うと何処からか叫び声?鳴き声?がお化け屋敷に響いた。反響しているせいで前からなのか後ろからなのかわからないけど、そうとうな怖がりが入ったみたいね。

 

「さぁ?でも、ルビィ以上に驚いている人がいるみたいだね」

「あら?もしかして、自分よりも驚く人がいて落ち着いたとか?」

「うん。なんか大丈夫な気がしてきたかも」

 

ルビィが落ち着きを取り戻したからか、私たちはそれから順調に進み、でもお化けが来るとやっぱりルビィは驚きながらもゴールにたどり着いたのだった。その間に何度も悲鳴が反響していたけど。

 

 

~沙:観覧車~

 

 

「わー、夕焼けが綺麗だね」

「ふっ、もうすぐ堕天使の時間ね」

「そんな時間は来なくていいずら」

「あはは。でも、夕焼けは綺麗だね」

 

僕たちはお化け屋敷を越えて、その後も色んなアトラクションに乗って、時間的にラストだからと観覧車に最後に乗った。

お化け屋敷以降は色々なことがあった。コーヒーカップでひたすら早く回してみたり、ヨハネがゴーカートでドリフトをしたり、ヨハネと二人で他のジェットコースターに乗ったり、その間にルーちゃんとマルちゃんがショー型のアトラクションに行って、人混みで探し回ったり。

観覧車からの夕焼けで染まった景色は綺麗で、それぞれ目を奪われていた。

 

「それにしても、お化け屋敷から出てきたら二人の呼び方が変わってるとは思わなかったよ」

「あー、マルも驚いたずら。てっきり今日中には無理かもって心配してたから」

「そんなこと思ってたわけ?それと、もしかして、こうなるようにずっと考えてたの?」

「そう言えば、今の口ぶりだとルビィが花丸ちゃんに相談する前から考えてたってこと?」

「うん。四人で行くって決まった後に、マルちゃんと考えてたよ」

 

二人がなんとなく察したみたいだからネタ晴らしをする。

今日の予定が決まった日の翌日にちょうどマルちゃんが図書の仕事で図書室に居てそれを手伝っている時に二人の距離感について話をした。

正直、せっかく同じグループのメンバーなんだから、仲良した方がパフォーマンスもよくなるし、何より楽しくなると思ったから。マルちゃんも同意見で、だからこそ二人が会話をする時間を増やそうと勘付かれない程度にアトラクションの席を自然な流れで隣同士になるようにしていた。流石にずっと、二人を一緒にし続けるのは怪しまれそうだから時々にしてたけど。

 

「二人の掌の上だったって訳ね」

「いや、きっかけしか作ってないし、結局二人でどうにかしてもらわないことにはね」

「うんうん。言われて名前呼びにしてもあれだから自然に呼び合えてよかったよ」

「まぁ、二人も色々と考えてくれてたことには感謝するわ」

「うん。ありがとうね」

 

僕とマルちゃんは二人が仲良くなったことに安堵した。これで、より一層きずなが深まったと思うし、楽しかったからね。

 

「それに、今日の収穫はもう一つあったからね」

「あっ、そう言えばそうだね」

「ああ。マルは大変だったずら」

「あー、あれはもう忘れてよ」

「嫌よ。あんな面白いものがわかったんだから」

 

どうやら、二人の仲を深めた代わりに、僕は三人にいじられるみたいです。まぁ、別にいいんだけど。




やった理由は、ルビィの善子の二人が仲良くなるきっかけのお話が書きたかったので。
では、ノシ


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PVを作ろう

「わかるー、マジ、うざいよねー」

「だよねー」

 

ヨハネがAqoursに加入して二週間が経った。気づけばヨハネはクラスに馴染み……まだ、堕天使を隠そうと頑張っているから若干違和感はあるけど、そんな感じでクラスに溶け込んでいた。

そんなヨハネを、僕とマルちゃんは近くから見ていた。

 

「ヨハネ、だいぶ馴染んで……きたね」

「なんずら、今の間」

「いや、まだぎこちないし」

 

すると、ヨハネと喋っていたクラスの子は部活の為去って行き、ヨハネは机に突っ伏した。そんなヨハネの団子にマルちゃんは黒い羽を刺すと、

 

「くっくっくっ、ヨハネ堕天!」

「マルはこっちの善子ちゃんも好きずら」

「だねー。どっちのヨハネも僕も好きだよ」

「はっ!」

 

僕たちがそう言ったら、今更堕天していたことに気付いたのかハッとしていた。と言うか、堕天使を好きでいるんだから、隠さなくても……ヨハネがAqoursに入った時に思いっきり堕天使やってたんだから。

そんなことを思っていたら、何処かに行っていたルーちゃんが慌てた様子で帰ってきた。

 

「大変、大変!」

「ん?どうしたの?」

「学校が!廃校になっちゃう!」

「「「えっ?」」」

 

僕たちは声をそろえて驚きの声を漏らすと、ルーちゃんは落ち着きを取り戻した。話を聞くと、生徒会室の前を通った際に理事長と会話しているのが聞こえ、その内容が廃校についての話だったとのこと。そんな大事な話はドアを開けた状態でしない方がいいと思います。と言うか、せめて理事長室でした方がいい気がするけど。

 

 

~梨~

 

 

「ついに来たんだよ!廃校!これで、準備は整った!」

「千歌ちゃん?」

 

放課後、私たちは部室に集まって練習の準備をしようとしたところで、ルビィちゃんが聞いてきた“廃校”の話を聞いた。そしたら、千歌ちゃんがそんなことを言い出した。なんで、廃校になることに対して喜んでるの?

 

「だって、廃校だよ!これでµ’sと同じ状態だよ。私たちが廃校を止めるんだよ!」

「うーん。それは厳しい気がしますけど……」

「そうなの?」

 

千歌ちゃんが力説する隣で沙漓ちゃんは難しい顔をしてそんなことを言った。

 

「いえ、音ノ木坂は東京だったから生徒数が確保できましたけど、浦女だと生徒数の確保も厳しいので。主に人口の問題で。それに、沼津にも高校がありますし」

「そうだよね。じゃぁ、私たちが頑張っても廃校は避けられない?」

「いえ、それでも、内浦の方に住んでいる人なら浦女の方が近いので、沼津の方に行かなければ可能性はありますよ。だから、可能性は0ではないと思います。結構低いかもですけど」

 

沙漓ちゃんは今年こっちに来たからか、割と冷静にそう言う。やっぱり、他の皆と比べてこの辺りに対する思い入れが無いからだと思う。私もこの辺りにはまだ思い入れは無いけど、でもここは好きだから無くならないでほしいとは思う。

 

「皆はどう思っているの?」

 

私はみんながこの廃校に対してどう思っているのか気になった。すると、じーっと固まっている花丸ちゃんが目についた。

 

「花丸ちゃん?」

「沼津……いっぱいの本……都会……」

「あっ、花丸ちゃんは沼津に思いをはせています……。ルビィはこの学校が好きだから無くならないで欲しいけど……」

「あっでもマルもここが好きずら」

 

どうやら、花丸ちゃんは沼津の高校ならここにある本より蔵書数が多いことから興味津々のようだった。まぁ、確かに向こうの高校の方が大きいから蔵書数は多そうだけど。

 

「善子ちゃんは?」

「ヨハネ!もちろん、沼津の方がいいわ。家から近いし、設備も充実しているから」

「良かったね。じゃぁ、中学の頃の友達に会える――」

「やっぱり、廃校反対!」

 

善子ちゃんは、最初は沼津の方がよさそうな反応だけど、中学の同級生に会いたくないのか手の平を返す。そんなに中学の友達と会いたくないんだ……。

 

「私はここ好きなんだけどなー」

「そうなんだ。てっきり、曜ちゃんなら沼津の高校に飛び込みのできるプールがあるからそっちを選ぶかと思った」

「まぁ、ね。でも、今でも飛び込みはできるからさ。だから問題はありません!」

 

曜ちゃんはビシッと敬礼のポーズを取ってそう言う。すると、千歌ちゃんはバンッと机を叩いた。

 

「と言う訳で、これからAqoursは廃校阻止に向けて活動を開始します!」

「ですね。皆ここが好きなんですし」

「あれ?でも、沙漓ちゃんは……」

「ん?そもそも、僕はここに望んで入学したんですから。沼津が良かったら元々ここに入学していませんよ?」

「それもそうだね」

 

沙漓ちゃんはさっきまでは廃校阻止がいかに難しいか話していたのに、廃校になることを望んでいるわけではなかったようだった。だったら、最初からそう言えばいいのに。

 

「それで、千歌ちゃん。廃校の阻止って何をするの?」

「ふぇ?……何をすればいいのかな?というか、µ’sは何をしたんだろ?」

「えーと、たしか、オープンキャンパスでライブをしたり、曲をアップしたり……」

「後はµ’sが作ったµ’sの紹介PVですね」

「PV……それだ!」

 

千歌ちゃんはPVと聞くと目を輝かせてそう言った。でも、PVを作って本当に阻止できるのかな?

 

 

~☆~

 

 

「それで、本当にPV作るの?」

「うん。私たちだけじゃなくてここの魅力が伝われば自然と人が集まると思うんだ」

「そんな簡単にうまくいくのかな?」

 

僕たちは浦女の外に出て、PVに使えそうな場所探し――ロケハンをしていた。そして、まずはここ内浦の一番のモノと言うことで、富士山と海が同時に見られる岬に来ていた。

PVで本当にうまくいくのか疑問に思っている梨子さんは、千歌さんに質問をし、まだPV撮影が始まっていないはずなのに曜さんはカメラを回していた。

 

「曜さん、まだ撮影を始めなくても」

「いや、こういうオフの部分も撮っておいた方がいいかなぁって」

「まぁ、それは一理ありますね」

「と言う訳で、そろそろ撮影始めるよぉ。早速よろしく」

 

千歌さんの号令で早速撮影が始まった。マルちゃんとルーちゃんに押付けて。

すると、いきなりのことでルーちゃんは逃げていった。

 

「あれ?ルビィちゃんは?」

「あそこよっ!」

「違います!」

 

ヨハネが木の天辺を指差すと、案内板の裏からルーちゃんが言い、カメラが向いて隠れてしまった。何がしたいのやら?

 

「千歌さん、ここはリーダーがびしっと!」

「うん。そうだね」

 

僕が促すと、千歌さんはそれがいいかと判断したようで、やっと撮影が始まった。

 

「どうですか?この雄大な富士山!」

 

富士山をバックに千歌さんが言い。うん、これは確かに内浦の景色だね。

 

「それと、この綺麗な海!ヨーソロー」

 

青い海をバックに曜さんが言い。あ、いい感じですね。

 

「さらに、ミカンがどっさり!」

 

千歌さんがミカンの入った箱を持って、下から登場。ミカン美味しい。

 

「そしてー……特に無い」

「それはダメでしょ!」

 

千歌さんの旅館前で、何も無いと発言。なんにも無いがある?

梨子さんがツッコミを入れると、別の場所でも撮影を行うことになった。

 

「自転車で走れば……近くに商店街が……」

 

自転車でこいでいるシーンと、駅に着いたシーン。息が上がり過ぎだからこれは没ですね。それから水族館前や沼津駅前などでも撮影が行われた。あと、ヨハネが堕天使衣装で紹介もしてみたけど、土の紹介はちょっと……。

 

 

~千~

 

 

「うーん。どうしましょうか?」

「ヨハネー、編集どう?」

 

場所は変わって松月に来て作戦会議。善子ちゃんは動画の編集作業をし、沙漓ちゃんはそれを隣で茶化しつつ、編集箇所を一緒に見ていた。

善子ちゃん的に結果として、パンチが足りないようだった。まぁ、そんなモノだよね。

 

「ところで、なんで今日は喫茶店なんですか?」

「まさか、この前騒いだから?」

「ううん。梨子ちゃんがしいたけを怖がってね」

「繋いでくれればいいのよ!」

 

今日は喫茶店に集まった理由を聞き、梨子ちゃんは嫌そうな顔をしてそう言った。あれ?でも沙漓ちゃんが近くにいれば近寄ってこないんじゃ?あっ、でも沙漓ちゃんから逃げた結果、梨子ちゃんを追いかけてたっけ?

 

「でも、この辺じゃ家の中で放し飼いは多いよ?」

「あの子とかですか?」

 

曜ちゃんがそう言って、ルビィちゃんがある方向を指差すと、小さな黒い子犬――わたあめ(通称ワタちゃん)がいた。

 

「ひっ!?」

「子犬でも?」

 

梨子ちゃんはワタちゃんを見てビクッてすると、沙漓ちゃんは席を離れて近づいた。もしかしたら、ワタちゃんなら触れるかも?ワタちゃん人懐っこいし

 

「るぅぅぅ」

「なん……だと……」

 

すると、見事に警戒されてしまい、沙漓ちゃんは項垂れた。まさか、ワタちゃんにまで警戒されるなんて……。と言うか、沙漓ちゃんは昔動物に何かしたの?

 

「はっはっはっははははは……」

「沙漓が壊れた!」

 

結果として、沙漓ちゃんは変な笑いを浮かべて席に座り突っ伏した。そうとう傷付いたのかな?私はワタちゃんを抱っこすると、梨子ちゃんに近づく。沙漓ちゃんはダメだったけどせめて梨子ちゃんの犬嫌いは治して見せる!と言う訳で、私は梨子ちゃんにワタちゃんを近づける。ワタちゃんは梨子ちゃんの鼻を舐めると、梨子ちゃんは顔を青くして、一目散にトイレに逃げていった。うん、こっちもダメだったか。

 

「あっ、終バス!」

「ん!?」

「あっ、起きた」

 

それから作戦会議をして過ごし、終バスが松月前に来たことに曜ちゃんが気付くとガタッと立ち上がり、沙漓ちゃんも身体を起こして、オレンジジュースを飲み干す。

 

「では、よーしこー」

「もう!」

「では、ヨーハネー」

「沙漓!」

 

そして、沼津組の三人は慌ただしく出て行った。あの挨拶、流行らせたいのかな?

 

「あっ、ルビィたちも」

もぐもぐー(さよならー)

 

ルビィちゃんも時間を見て慌てた様子で、まだ食べてる花丸ちゃんを連れて出て行った。なんだか、慌ただしいなー。

 

 

~☆~

 

 

「それで、このテイタラークですか?」

「ていたらく?」

 

翌日の放課後。完成したPVを理事長に見せたら、途中で寝られて、挙句にそう言われた。まぁ、確かにこれじゃただのこの辺りの紹介PVでAqoursは関係ないからね。ここは曲を一曲入れないと。

 

「これだけ作るのがどれだけ大変か……」

「努力の量と結果は比例しないわ。あなたたちはここの特徴を理解していないわ」

「理事長は理解しているのですか?」

「あなたたちよりはね。聞きたい?」

 

理事長は僕たちに挑発的な笑みを浮かべてそう言う。これは、本当みたい?ここの特徴ねー。全く分からないや。聞いた方が……。

 

「いえ、私たちで見つけます!」

「そう?」

「では、失礼します!」

 

しかし、千歌さんは理事長の提案を拒んでそう言うと、僕たちは理事長室を出た。いいのかな?聞かなくて。

 

「いいんだよ。私たちで見つけないと意味が無いと思うから」

「そんなモノかしらね?」

「あっ、忘れ物した」

 

千歌さんはそう言って部室に戻って行ってしまった。その後、体育館で舞っていた黒澤先輩がいたり、先輩が元スクールアイドルだったことが発覚したり、千歌さんが勧誘して断られたりした。

 

 

場所は変わって、千歌さんの住む旅館。

 

「あれ?千歌さんの部屋どっちだっけ?」

「あれ?沙漓ちゃんどうしたの?」

 

僕は手洗いを借りた帰り道で迷いました。すると、荷物を置きに戻っていた梨子さんが首を傾げてそう聞いた。おお、こんなところに救世主が!

 

「迷いました」

「ふふっ、そういうことね。こっちよ」

 

正直に言ったら、苦笑されながらも先に歩き出した。だから、ついて行く。そして、千歌さんの部屋に入ると、中には千歌さんを除く四人が座っていて、布団が不自然に膨らんでいた。あの中に千歌さんがいるのかな?なんで潜っているのかはわからないけど、空いているのがベッドの隅だから、僕と梨子さんはそこに座る。その際に、皆「あっ」みたいな顔をしてたけど、ここは座らない方がいいのかな?

 

「それで、どうするのよ」

「さぁ?数日かけて答えを探すんじゃないの?」

 

特にベッドに腰かけたことは何も言われず、ヨハネがぶっきらぼうにそう言い、僕はわからないながらも考えてそう口にした。

すると、千歌さんのもう一人のお姉さんの志満さんがドアを開けてやってきた。

 

「皆いらっしゃい。明日はよろしくね」

 

少し話してから最後にそう言って旅館の方に戻って言った。明日って何かあるのか分からず、他の皆も首を傾げていた。

 

「明日は海開きだからねー」

 

すると、千歌さんがドアから現れた。千歌さんはお盆に飲み物を載せていることから飲み物を取りに行っていたようだった。あれ?じゃぁ、この後ろにいるのはどちら様?

梨子さんも同じ結論に至ったのか、後ろを振り返り、タイミングよく布団が剥がれてしいたけちゃんが、こんにちは。

 

「モフモフー」

「わうぅ」

「きゃぁー」

 

 

~☆~

 

 

「沙漓、起きなさい!」

「うぅ。お姉ちゃん、あと五分……」

「誰がお姉ちゃんよ!」

「ううぅ……あれ、ヨハネ?」

 

翌朝。たたき起こされると、そこにはヨハネがいた。時計を見るとまだ早朝。

こんな時間にどうしたんだろ?と言うか、なんでここにヨハネが?

 

「きゃっ、ヨハネが不法侵入!」

「なんでよ!」

バチコーンッ!

「あぅ」

 

ヨハネがいる理由がわからずそう言ったら、対強盗用武器――ハリセンで叩かれた。あっ、そう言えば今日は海開きで起きれる自信がないからヨハネに合鍵渡していたっけ?

 

「思い出した?」

「うん。バッチリ。着替え、着替え」

 

ヨハネは僕に半眼を向けると、昨日のうちに用意しておいたジャージを手に取り、

 

「私はまだいるわよ?」

「同性だから気にしなーい」

 

その場でパパッと着替えた。そして、昨日のうちに準備しておいた小さなバッグを手に取る。

 

「と言うか、色々しなくていいの?」

「ん?色々?」

「化粧とか、髪を解かすとか、朝ごはんとか」

 

ヨハネは疑問ありげに僕を見て、そう聞いた。僕は髪を触って確認する。

 

「寝癖無し。OKだね」

「それでいい訳?」

「うん。朝ごはんは、この中に入れてるから行きがてらに食べるよ」

「まぁ、それでいいならいいや」

 

若干腑に落ちないことがあるのか、言葉に含みがあった気がするけど、僕は気にしない。気にしてたら疲れる。

 

もぐぐ、もぐもぐぐ?(それで、何処行くの?)

「忘れたの?千歌さんの旅館の前の海岸よ。あと、飲み込んでから喋りなさい」

「(ごくんっ)よくわかったね。何言ってるか」

「堕天使たる私なら造作も無いわ」

 

バスに乗りながら、行き先を忘れたから質問したらヨハネはちゃんと答えてくれた。言葉になっていないのに通じる点でちょっと謎。

 

「おはヨーソロー」

「おはヨーソローです」

「おはよ」

 

曜さんの乗るバス停に着くと、外から見えたのか乗り込むと僕たちのそばにきて敬礼しながら挨拶をしたので僕も敬礼して返す。ヨハネはノリが悪かった。

そして、バスに揺られて目的地に着くと、そこには大勢の人がいた。その中には果南さんの姿もあった。曜さんは千歌さんの姿が見えないから、旅館に向かい、僕たちは果南さんのそばに寄る。ちなみに、元々の予定より一本早く乗ったせいかマルちゃんたちはまだいなかった。

 

「おはようございます。果南さん」

「うん、おはよう。善子ちゃんも」

「おはようございます。なんで、こんなに早い時間なんだろ?」

「まぁ、陽が完全に登ったら暑くなるからね」

 

ヨハネは挨拶して早々ぼやくと、果南さんは苦笑いを浮かべる。なんで果南さんは眠そうじゃないんだろ?

 

「まぁ、私はこの時間には起きてることもあるからね」

「なんと。僕は今日起きるのがやっとだったのに」

「私が起こさなければ、間違いなく遅れてたけどね」

「ははっ、ソンナコトハナイヨ」

 

ヨハネに半眼を向けられ、僕は片言で白を切る。果南さんに呆れた顔をされたけど、気にしない方向で。

 

「果南さんはいつになったら復学するんですか?」

「ん?ああ。もうすぐ復学するよ」

「そうですか。なら、良かったです」

「かなーん!」

 

すると、理事長が走って来て、果南さんに抱きついた。

 

「鞠莉、くっつくな。暑い」

「会ったら、ハグする。そう決めているの!」

「では、私たちはこれで」

「私も」

 

二人がラブラブ?し始めたので、僕たちは二人から離れる。見ているのもやぶさかじゃないけど、なんか、近くにいたら気まずいし。そうしていると、いつの間にか人の数が増えていてマルちゃんたちもいた。

 

「二人とも、おはよー」

「おはよう」

「おはようずら」

「おはよう」

 

挨拶をすると、そろそろ海岸清掃が始まる雰囲気になる。

 

「それにしても、結構人いるね」

「うん。毎年これくらいいるよ?」

「ほへぇ。東京だったら、人口はいっぱいいるけど、こんなに集まらないよ?」

「そうなの?まぁ、ここの人たちは海と一緒に生きているからね」

「そんなモノなのかな?」

 

僕はこの光景を見てなんか、もやもやした気持ちがした。こう、はっきりとしない感じの。すると、曜さん、梨子さんと話していた千歌さんが何かに気付いたのか、一番目立つ場所に登っていた。何をするんだろ?

 

「あのーみなさん。私たちは浦の星女学院でスクールアイドルをしているAqoursです。皆さんにお願いがあります。この土地に……この街に人を集めるために……私たちに力を貸してください!皆の気持ちを形にする為に!」

 

千歌さんははっきりとこの場にいる人全員に向けて言葉を口にした。

 

 

それから数日後。

 

「まさか、数日でここまでなるとはね」

「沙漓ちゃんもお疲れさま。曜ちゃんたちと衣装作りを急ピッチで進めてくれて」

「いえ。衣装作りは楽しいので、それに早く見たかったので」

 

僕は屋上で感嘆の声を漏らした。千歌さんが口にしたお願いがこの街の人たちの力を借りて、ものの数日で完成したから。千歌さんの唐突なお願いに、街の人たちは率先して手伝ってくれたのも、早くなった理由の一つ。

この数日間で僕とヨハネは曜さんが考えた衣装の製作を手伝い、千歌さんとマルちゃんで歌詞を作り、梨子さんが曲を作りながらルーちゃんと振付を考えていた。そして、大まかな衣装ができると細々とした部分を僕が引き受けて、曜さんヨハネはダンスの練習に専念してもらった。

 

「いくよ、みんな!」

「「うん」」

「「はい」」

「えぇ」

「よっと」

 

千歌さんの掛け声で、みんなやる気の満ちた表情になると、僕はビデオを操作し、Aqoursの新曲――『夢で夜空を照らしたい』がお披露目された。今回の撮影は昼と夕方の二回。昼に最終リハ兼サビ前に使う映像を取り、夕方に皆に手伝ってもらったスカイランタンが浮かぶ中踊るというもの。

曲がサビに入ると様々な人の手を借りて作られ、海岸にAqoursの文字に配置されたスカイランタンが予定通り浮かび上がり、それはとても綺麗であり、温かかった。そして、みんな楽しそうだった。

このPVは、この町全体で作られたモノ。

そっか、これがこの街の特徴なんだね。この街の人たちはとにかく温かいんだ。




次回投稿は未定です。たぶんすぐ投稿するでしょうけども。


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TOKYO

今回、あの人が登場。


「PVが五万再生いった!?」

 

PVが完成してネット上にアップしてから数日が経過し、部室にいると千歌さんが驚いた表情をしていた。千歌さんの声で僕もノートパソコンをのぞき込むと、本当に五万再生を越えていた。

しかしながら、感想欄を見ると、『曲が好き』や『歌詞がいい』などのAqoursに関するものもあるけど、『ランタンが綺麗』とか『夕日でオレンジに染まった海が綺麗』などなど景色やランタンに関する感想も目立った。

一応、街の良さを押し出すつもりだったから、これで良かったとは言えるけど、これはこれで心配かな?Aqoursが隠れちゃってないかな?

そんな心配もあるけど、ちゃんと順位は上昇しており、百位内に入ったことから杞憂かな?

そんなことを考えていると、一通のメールが届いた。

 

「ん?なんだろ?」

 

千歌さんは首を傾げながらメールを開くと、そこにはAqours東京でのライブの招待が書かれていた。

Aqoursが急上昇アイドル一位になったのが今回の招待の理由とのこと。はてさて、どうなることやら?

 

「どうするの?千歌ちゃん?」

「うん。私はこのライブをやりたい!少しでも多くの人に知ってもらうために!」

「そうだね!賛成であります!」

 

梨子さんは千歌さんに聞くと、元気いっぱいにライブ参加したいことを口にし、みんなやる気満々だった。

こうして、Aqoursは参加することになりました。

 

 

「それで、今日はどうしたの?」

「Aqoursが東京のライブに参加することになりましたよ」

「……そっか」

 

放課後の練習終わりに、僕は淡島にある果南さんの家のダイビングショップにやってきた。そして、果南さんにライブのことを話した。理由は、果南さんは皆を心配しているから。だから、何かあれば伝えることにしている。たぶん、千歌さんたちか黒澤先輩たちのどっちかが話すだろうけど。

果南さんは小さく呟くと、二年前を思い出しているような表情をした。

 

「なんとなく、そんな気はしてたんだよね。百位以内に入ったからさ」

「やっぱり、心配ですか?」

「うん、正直ね。でも、逃げた私は千歌たちを止める権利は無いからね」

 

自嘲気味にそう言う果南さん。逃げたってどういうことだろう?あの時は……たしか、ステージに出ても歌わなかったからかな?

 

「僕も正直心配です。でも、皆がやる気に満ちているから、僕は全力でサポートすることにします」

「そっか、じゃぁ、みんなのことよろしくね」

「はい。もちろんです」

「そうだ。沙漓ちゃんには伝えておくね。あの日の真実をさ」

「真実?」

「うん。もちろん、時が来たら……私たちから話すからそれまでは誰にも伝えないでほしいけど」

「わかりました。誰にも言いません」

 

 

~☆~

 

 

「ヨハネ堕天!」

「なんでこうなったんだろ?」

「さぁ?」

 

時は過ぎて東京に行く日。僕は駅前で首を傾げていた。それは、僕だけでなく曜さんも同様で。

 

「止められなかったの?」

「えーと、ヨハネが先に出てまして、後から来たらこれです」

「「はぁー」」

 

僕と曜さんはこの現状にため息をついた。できればもう他人の振りをして過ごしたいです。でも、現実から目を逸らしていても、らちがあかないので気を取り直して、

 

「ヨハネ。正直それはないよ」

「あっ、はっきり言っちゃうんだ……」

「これが我が真の姿!」

 

僕ははっきりと、顔を真っ白に塗り、堕天使衣装を見に纏い、つけ爪をしている、ある種の不審者と化しているヨハネに言った。隣でははっきりと言ったことに曜さんが驚き、ヨハネはマントをバサッと広げてみせた。あー、これ絶対路上パフォーマンスと思われているよね?

 

「善子ちゃん、やらかしちゃってるね」

「やってしまいましたね」

「すっかり堕天使ずら」

 

すると、人込みの最前列で千歌さん、ルーちゃん、マルちゃんがヨハネを見て笑っていた。直後、ヨハネが「ヨハネよ!」と言ったことで人々は驚いて去って行った。

 

「良かった。二人は割とまともな恰好をしていて」

「ん?何かあったんですか?」

 

志満さんにお礼を言って駆けてきた梨子さんは僕と曜さんの格好を見て安堵していた。たぶん、ヨハネは視界に入れないようにしている。

はたして、僕の格好はまともなのだろうか?

T-シャツの上に黒のパーカー、下は膝丈のズボンこれが本日の装備。

 

「これでも普通ですかね?」

 

僕はそう言いながらフードを被ってみる。すると、六人の視線が集まる。

 

「なんで、よりによって猫耳パーカー?」

 

梨子さんはまともだと思っていた僕の格好が実は猫耳パーカーだと判明して困惑していた。皆もそんな感じで反応に困っていた。

うん、知ってた。と言う訳で、フードを降ろす。フードを降ろせばただのパーカーにしか見えないし。

 

「ちょうど洗濯しちゃってて、ちょうど着れるのがこれだけで、まぁいいかな的な?」

「まぁ、いいわ。フードさえ被らなきゃ普通のパーカーだから」

「そう言う訳で、レッツゴー」

「「「「「おー」」」」」

「あっ、ヨハネは早くメイク落として来て!」

 

 

~☆~

 

 

「帰ってきたー、秋葉原」

 

電車に揺られてやっと着いた秋葉原。まぁ、ライブは明日なんだけど。今日は観光が目的。あと、明日移動したら移動疲れがあるかもしれないから。

 

「泊まる場所は沙漓ちゃんが手配してくれたんだよね?」

「はい。宿泊費は無料ですから問題ないです」

「それにしてもすごいね、宿泊費がタダって」

 

梨子さんは僕に今日泊まる場所の確認をしたので、しっかりと準備が出来ていることを伝える。

 

「それで、どうします?荷物置いてから観光しますか?」

「うん、今から行って平気なら」

「了解です。じゃぁ、付いて来て下さい」

 

荷物をどうするか聞くと、荷物を先に置いてしまおうということになり、僕を先頭に歩き出す。目的地は地図を見る必要も無いしね。

そして、目的地までの間を喋りながら歩き、

 

「着きました。ここです」

「ん?ここは旅館とか宿じゃないよね?」

 

たどり着いたのは和風建築の家。みんな宿を想像していたようで、疑問を持った顔をしていた。しかし、ここでいつまでも待っているのもあれなので、鍵を取り出して、ドアを開ける。

 

「えっ?何で鍵持ってるの?」

「ん?家の鍵を持っているのは普通なんじゃ?」

 

あれ?内浦でも鍵はあるよね?田舎だと場所によっては鍵が無い家もあるらしいけど。と言うか、僕とみんなで何か齟齬がある気が?まぁ、いいや。

 

「ただいまー」

 

僕はそう言いながらドアを開けた。

 

「おかえりなさい。沙漓」

「ただいま。お母さん」

「「「ん?」」」

「「「お母さん?」」」

 

すると、奥からお母さんが歩いてきた。そして、皆は疑問顔をし、ようやく僕も理解した。そう言えば、誰もどこに泊まるのかを聞かなかったから、言ってなかったや。

 

「遠くから、ようこそ。沙漓のお友達ね?沙漓の母です」

 

お母さんは丁寧にお辞儀をするとそう言った。

 

『えー!』

 

その言葉でみんな理解したようで、大声を上げて驚いたのだった。まぁ、いきなり家に上げればこうなるか。皆理解に苦しんでいるのか硬直しているので、僕は話を進めることにする。

 

「あっ、そうだ。お土産です」

「あら、わざわざありがとう」

「そう言えばお姉ちゃんは?」

「あの子なら、急用で大学の方に行ってますよ」

「あれ?久しぶりに会えると思ったのに」

「ふふっ、本当にお姉ちゃん大好きね。一応夜には帰ってきますよ。それで、寝る場所だけど――」

 

そんな六人を他所に、内浦で買ってきたお土産を渡しながらお姉ちゃんのことや、寝る場所の確認やら何やらを進める。

 

「とりあえず、みなさんをお通ししなさい」

「はい、わかりました」

 

お母さんはそう言って戻っていき、僕は中に入るように促した。

 

 

~曜~

 

 

まさか、今日泊まる場所が沙漓ちゃんの実家だったとは思わなかったよ。それにしても、沙漓ちゃんの家はなんでこんなに大きいんだろ?道場もあるし。もしや、鞠莉さんみたいにお金持ちの家なのかな?それとも、ルビィちゃんの家みたいに何かの大元なのかな?

 

「そう言えば、沙漓ちゃんの名字って園田だよね?」

「うん、そうだね」

「µ’sの園田海未さんと同じ苗字だよね?」

「ええ。そうね」

「もしかしてなんだけどさ、妹?」

「さぁ?でも、沙漓に姉がいるみたいなことは聞いたことがあるわ」

 

私たちは沙漓ちゃんに通された客間に座っていた。沙漓ちゃんは飲み物を取りに行ったから、この部屋にはいない。だからなのか、千歌ちゃんは急にそんな話を振った。そう言えば、そうだと思うけど、もしそうなら一度として話が出ないことが謎だった。あのµ’sのメンバーが姉なら自慢するものだと思うから。

 

「まぁ、偶然だよね?偶然、園田って名字だっただけだよね?」

「まぁ、そうでしょ?それとも聞いてみる?」

「うん、聞いてみよう!」

「でも、いままで一度として口にしなかったのなら、もしかしたら言えない事情があったのかも」

「その可能性もあるのよね。沙漓って自分のことに関してはあまり言いたがらないし、余計な心配もかけたくないのかも」

 

梨子ちゃんの言葉に善子ちゃんも賛同し、

 

「マルも聞かない方がいいと思うずら。これで、沙漓ちゃんがAqoursを抜ける可能性も……」

「る、ルビィもそう思います。沙漓ちゃんとの仲が気まずくなるのも」

 

花丸ちゃんとルビィちゃんも聞かない方に賛同してしまった。

 

「えー、聞いても変わんないよぉ。曜ちゃんはどう思う?」

「うーん。私は……聞いた方がいいと思うな?仲間なら色々知りたいし、それで関係が崩れるなんて思えないし」

 

私は千歌ちゃんの意見に賛同した。口にした通り、それで関係が崩れるとは思えないから。それに……。

 

「あれ?みんなどうかしたの?」

 

すると、沙漓ちゃんはお盆を持って現れ、この空気に疑問を持った様子だった。まぁ、確かに聞くのか聞かないのかはっきりしていない状態で、沙漓ちゃんが戻って来たからだけど。結局聞くのかな?

 

「うーん。それにしても、お姉ちゃんが今日いないとは……連絡した時はいるって言ってたのに」

「あのさ、沙漓ちゃんのお姉ちゃんって……」

「あっ、ここに来れば流石に気付きますよね。元µ’sのメンバーの園田海未ですよ。まぁ、お姉ちゃんと言っても色々あって従姉(いとこ)なんですけどね」

 

沙漓ちゃんが姉の話をしたから、聞く雰囲気になって千歌ちゃんが聞いてしまった。あれ?でも聞かない方に傾いてたのに聞いちゃったら、さっきの問答は一体?と言うか、従姉って、何か複雑な事情でもあるのかな?それに、昔沙漓ちゃんは内浦にいたみたいだし。

 

「やっぱりそうだったんだ。なんで、いままで言わなかったの?もしかして言いたくなかった?」

「はい?……ああ。それは聞かれなかったから?それに、お姉ちゃんはお姉ちゃんですし」

 

沙漓ちゃんはいつもの調子でそう言い、別段深い事情は無さそうだった。聞かれなかったから言わなかったんだ。

 

「学校でそういった話をしないのは、お姉ちゃんに会ってみたいとか言われるのを避けるためですかね?Aqoursの皆はそう言うことを言わないと思うけど、お姉ちゃん、結構人見知りをするので」

「そうだったんだ」

「そう言う訳ですから、この話は終わりにして観光に行きましょう?行きたい場所に行けなくなりますよ?」

 

沙漓ちゃんはこれ以上聞かれたくないのか、話を逸らす。やっぱり、何か言わなかった本当の理由があるのかな?

 

 

~☆~

 

 

「みんな、どこ行ったのー」

「なんか予想していた通りになりましたね」

「沙漓ちゃんも途中、何処かに消えたわよね?」

 

僕は千歌さん、梨子さんと共にスクールアイドルショップの前で立っていた。マルちゃんとルーちゃんは迷子、曜さんは制服専門店、ヨハネは堕天使ショップに行ってしまった。

ちなみに、僕は途中で梨子さんが言った通り一度離れていた。理由は……。

 

「あっ、いたー」

 

すると、千歌さんと電話でやり取りしていたマルちゃんとルーちゃんが通りの向こうからかけてきた。これで、あとは二人。そう考えながら辺りを見回していると、とある看板が目に入る。“女性同人誌専門店”あれ?こんなお店、ここに居た頃無かったような?気になる……。

 

「まだ来なそうなので、ちょっとお店見て来ますね」

「えー、沙漓ちゃんまでー」

「来たら連絡して下さい。三十秒で戻って来るので」

 

僕はその場を離れて、お店に入った。興味には勝てませぬ。中に入ると、本当に同人誌がたくさん置いてあった。壁ドン、壁クイ、顎クイなどなど。うーん、普通の百合物はないのかなぁ?そんなことを考えながら奥に進む。あっ、百合物……でもイラストがなー。こう、ピーンと来るものは……

 

「えっ!?沙漓ちゃん?」

「ん?梨子さん?あれ、もうヨハネと曜さん来ました?」

 

百合物を探していたら、後ろから梨子さんに声を掛けられた。連絡してと言ったけど、まさか直接来るとは。

しかし、僕の予想は違ったようだった。

 

「いや、二人はまだだけど……なんでここに?」

「んと、興味本位?それで、梨子さんはどうしたんですか?」

「なんで疑問に疑問で返すの?私は……」

「まぁ、呼びに来たわけでないのなら、用事はここですよね」

 

二人が来たわけではないということは僕を呼びに来たと言う訳ではないみたいなので、壁に置いてある同人誌に目を向ける。梨子さんにはそれだけで伝わったみたいだった。

 

「ふっ、ばれてしまったものは仕方ない。ばらしたいならばらしなさい!」

「なんで、犯人の告発現場みたいになってるんですか?別にバカにはしませんし、言うつもりもないですよ?」

「えっ?そうなの?でも、趣味がこれだって知ったら普通引くんじゃ?」

「いえ、趣味は趣味ですし、人それぞれですよ。では、僕は奥のフロアへー」

 

梨子さんは皆にばれることを恐れていたけど、別にばらす気もないからねー。さてさて、百合物ー。

そして、数分後。

 

「あっ、千歌さんから連絡が」

 

千歌さんからの連絡でお店の出口に向かうと、梨子さんも同様の連絡があったようではち合わせる。

 

「梨子さん、隠したいなら鞄に入れた方がいいですよ」

「あ、そうだね」

 

梨子さんは何か買ったようでお店の袋を持っていたので、そう言うと、ハッとして肩にかけていた鞄にしまう。

 

「ほんとに三十秒かからずに戻って来た」

 

皆のもとに戻ってきたら、千歌さんに驚かれた。ヨハネと何故か巫女服を着た曜さんもちゃんといた。

 

「あっ、沙漓ちゃん先に戻ってたんだね」

「あっ、沙漓先に戻っていたのね」

「「ん?」」

「「「あれ?」」」

「ふぇ?」

 

ヨハネと曜さんが同時に僕に向けてそう言ったことで謎の空気になる。

 

「いや、さっき堕天使ショップに言ったら沙漓がいたのよ」

「いや、私が制服専門店に行ったら、後から現れたよ」

「えーと、どういうこと?」

 

そうして、僕に視線が集まる。何かおかしいことあったかな?別にすぐそばにあるんだから行くことは可能だよね?

 

「確かに、二人とも会いましたけど?」

「いや、沙漓ちゃんは何やってるの!?なんで堕天使ショップ行って、制服専門店行ってるの?」

「ん?衣装の参考に?」

 

どうやら、堕天使衣装と制服と全く違うものを見に行っていたから謎だったようだった。そんなにおかしいかな?

 

「さらには、さっき入ったお店ってここだよね!」

 

さらに、千歌さんは“女性同人誌専門店”の看板を指差す。やっぱり、ここに入って行ったってばれたか。

 

「そうですけど?」

「沙漓ちゃんはあれなの?女の子が好きなの?レズってやつなの?」(ガタッ)

「いえ、別に女の子は好きですけど、レズってほどではないですよ。百合は好きですけど。ダイスキだったら大丈夫ですよね!」

「歌ったけど……というか別にレズでも気にしな……いや、少し考えなきゃだけど」

「だから、レズじゃないですよ。僕の基準は女子同士のイチャイチャが百合で、ガチになったらレズという判断ですので」

「もしかして、私たちのことをそんな目で……」

「いえ、ほんわかした気持ちにしか」

「というか、お店の前でこの会話平気なの?」

「「あっ」」

 

僕と千歌さんの口論?はヨハネの一言で終幕した。と言うか、なんだろこの会話。あと、梨子さんは反応しないでください。ばれますよ。

 

「まぁ、この話は保留にして」

「保留にするんだ」

「とりあえず、神社に行こう」

 

一旦?この話が保留になり、こうして?神田明神に行くことになりました。保留ってことは後で聞かれるのかな?

 

 

~花~

 

 

なんがかんだで神田明神に着いたずら。相変わらず、曜さんは巫女服のままだけど。神田明神の前の階段まで来ると、そこで立ち止まり、マルたちはそこからの景色を眺めた。

 

「ここがµ’sが練習していた階段。よし!いこー」

 

そして、千歌さんはそう言って走り出し、マルたちも走って追いかける。その際にあまり走れない沙漓ちゃんは歩いて登っていた。階段を登り切ると、境内の前で二人組の女の子が歌っていました。綺麗な声ずらー。

歌い終わると振り返る。

 

「こんにちは。あなたたち、もしかして、Aqoursのみなさんですか?」

「はい、そうです」

「あっ、もしかして、明日のイベントに?」

「そうですけど……」

 

少女の一人がマルたちのことを知っている様子で、千歌さんはいつものテンションと違い落ち着いた様子で返答をしていた。たぶん、相手の正体がよくわからないからずら?

 

「そうですか。行くよ」

「……」

 

もう一人の子にそう言うと頷いて歩き出し、もう一人の子はいきなり走り出して跳躍した。マルたちよりも高い位置を飛んでた。わぁー、東京の子はこんなこともできるずらかー。

 

「では」

「……」

 

そう言って去って行った。結局あの人たちは?それに一言もしゃべらなかったずら。すると、遅れて沙漓ちゃんがたどり着き、あの子たちを見ていた。

 

「すごいです」

「東京の女子高生はこんな感じずら?」

「あったりまえよ!東京よ!」

「ん?Saint Snowさんと何話してたんですか?」

「Saint Snow?」

 

マルたちが驚いていると、沙漓ちゃんは首を傾げながらそう聞いた。Saint Snowってなんずら?

 

「さっきの二人組のことですよ。同じスクールアイドルの……たしか、北海道でしたかね?」

「え?スクールアイドル?北海道?」

「東京の人じゃなかったんだ」

 

 

~☆~

 

 

夜。僕の家に戻り、お母さんの料理を久しぶりに食べ、お母さんに色々聞かれた。机をくっつけてAqoursの皆と一緒に食べたから、質問は皆にも飛ばされた。うぅ、あんまり変な質問はしないでよぉ。

そして、順番にお風呂に入り、今は客室に。僕の部屋は色々あるし、皆が寝られるスペースもないから、仕方ない。

神社で明日の祈願をした後家に帰ってきたら、お姉ちゃんは大学の用事からそれの影響で今日は帰ってこないとのことだった。というか穂乃果さんの家に泊まるとかで僕たちが帰って来る前に一度帰って来て荷物を持って行ったらしいし。お父さんもなんでも昔の知り合いがうんぬんかんぬんでいなかった。

 

「それで、沙漓ちゃんはレズなの?百合なの?今なら、私以外はいないから問題ないわ」

「あれ?また掘り返すんですか?あと、仲間みたいな目で見ないでください」

 

千歌さんと曜さんは探検とか言って何処かに行き、ルーちゃんたち三人は今現在、お風呂。その為、部屋には梨子さんと僕。なんでこうなった?

 

「さっきも言った通り、百合好きなだけで、そっちの気は無いですよ。あと、二次創作が好きなだけで、現実は現実です」

「そうだよね。よかった。これで現実でもそうだったら……」

「ところで、梨子さんはどうなんですか?」

「ん?私?私もそんな感じかな?別に現実の女の子に恋しているわけではないよ」

 

梨子さんも僕と同じような感じで、僕もよかったと思う。これで、梨子さんにそっちの気があったらどうしようと思う。別にそっちの気があっても気にしないけども。

 

「それで、沙漓ちゃんはどういうタイプの同人誌を集めているの?」

「そっちの気が無いのがわかって急にグイグイ来ましたね。僕は百合物ですかね?まぁ、どっちかと言えば、絵のタッチで決めてるんですけど」

「そうなんだ」

 

そこから、なんだか同じ趣味の人と出会えたからか、梨子さんと色々喋っていた。梨子さんは壁ドンとか壁クイとかが好きみたいだった。でも、僕は絵のタッチで選ぶからそこまでジャンルに決め手がある訳では無かった。

 

「そうなんだー」

「だねー」

「千歌ちゃん、曜ちゃん……いつからいたの?」

 

すると、いつの間にか千歌さんと曜さんが戻って来ていた。梨子さんは全く気付かなかったからか、驚いていた。たぶん、趣味が知られたことを心配しているようだった。でも……

 

「まさか、二人がそんなに絵が好きだったんだ」

「確かに、梨子ちゃんは趣味に絵画って書いているしね」

 

千歌さんたちが現れる頃には絵の方面の話をしていたから、たぶんばれていないと思ったら、本当に知られていないようだった。現物を出していたら危なかったけど。二人とも梨子さんのプロフィールに絵画を書いているから、そう思っているようだった。だからか、安堵の表情をしていた。

 

「ふぅ、温かかったー」

「ずらー」

「よはー」

 

すると、三人もお風呂から上がって戻って来た。よはーってなんだろ?

 

「そうだ!近くに音ノ木坂があるんだよね?」

「はい。そうですけど?」

「今から行ってみない?」

「えっ?」

 

千歌さんは何の脈絡もなく、音ノ木坂に行きたいと言い出した。しかも今からって。もう夜ですよ。お風呂入ったんですよ。それと、梨子さんの様子がおかしいです。

 

「今から行くの?」

「うん」

「でも、夜の東京は危険なんじゃ?」

「えっ?夜の東京は何か出るの?」

「と言うか、今の時間は閉まってますし、出かけないでここで休みません?ちゃんと休養を取らないと、明日に響きますよ?」

 

なんだか梨子さんは行きたく無さそうだし、ルーちゃんたちもあんまり夜の東京にいいイメージを持って無さそうだから、そう言ってみる。実際、明日は本番だしね。

千歌さんは僕の言葉で行くのを諦めてくれて、こうして今日は寝ることになった。

 

 

~☆~

 

 

「ヨハネは前ですぎ、ルーちゃんとマルちゃんはもっと身体を大きく動かして、千歌さんはちょっと遅れ気味です」

 

秋葉のイベント当日。Aqoursは二番目の登壇で、今は屋上の邪魔にならないところで今日のライブの最終確認中。周りの空気に呑まれているのか、緊張しているようで動きがいつもより硬かった。曜さんと梨子さんは飛び込みとかコンクールでこういう場所になれているから安定しているし、ヨハネはあんまり緊張しない質なのか動きは固くなかった。まぁ、逆の方向であれだけど。

一通り通すとそろそろ準備をする時間になったので、皆は控室に向かう。

 

「じゃ、また後でねー」

「はい。頑張ってください!僕はこれがあるから客席で見てますから」

「うん」

 

僕はこのイベントのチケットを取り出して見せると、皆は頷いた。出場するスクールアイドルが決定する前から買っていたチケット。正直、Aqoursが出なくても一人でこっちに戻ってくるつもりではあったのだけど。そして、このチケットには昨日ヨハネに落書きと言うかサインを書かれてしまって、端っこにヨハネのマークが書かれている。

そして、

 

「うわっ……あっ」

 

唐突に吹いた風でチケットが空彼方へ飛んで行った。皆も、目の前で起きた不幸に可愛そうな視線を向ける。

 

「いえ、もう中に入ったから無くなっても問題は無いですよ」

「そうなの?」

「はい。だから、行ってもらって平気ですよ」

「うん、行って来るね」

 

僕はそう言って、皆を送り出した。

まぁ、出来ればチケットは取っておきたかったけど。と言うか、一つ困った。皆は知らないみたいだったから言わなかったけど。

 

「あら、沙漓じゃない」

 

僕はとりあえず客席に向かって歩いていたら途中で髪を下ろしてサングラスをした女性に話しかけられた。誰?僕の名前を知ってるみたいだけど。

誰かわからず困惑していると、それを察したのか、サングラスを少しずらして顔を見せた。

 

「久しぶりね。というか、今年も来たんだ。今は静岡だっけ?」

「あっ、にこさん。お久しぶりです」

 

高校を卒業した後、アイドルになる為にそういった養成所に入り、本格的にアイドルになったにこさんがそこにいた。テレビでもときどき見かけるけど。お姉ちゃんからの関わりで面識がある程度だけど、お姉ちゃんが高校生の頃によく会っていたから、顔はちゃんと覚えられていた。それに、毎年、このイベントにも来てたから会ってたし。

 

「にこさんも客としてですか?」

「いや、今日はアイドルとしてね。と言っても関係者席の方で見る感じなんだけど。今年は花陽も忙しくて来れないみたいだしね」

「そうなんですか。あっ、そうだ。早く行かないと」

「そうね」

 

もう入場が始まっているので僕はにこさんにそう言って後にしようとした。すると、にこさんは何か思い出したのか肩を震わせると、僕に声を掛けた。

 

「そういえば、今年はちゃんと投票するの?」

「今年はさっき風に飛ばされましたよ」

「……そう」




という訳で、にこ登場。と言っても、ちょっとだけど。それに、Aqoursとの絡みもないし。

予定では明日も投稿します。何事もなければ。


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くやしくないの?

一番手はSaint Snowで、やはりこのライブに出るからかレベルは高かった。続いてAqoursの番になり、緊張していないか心配だったけど、控室で何かあったのか緊張はほぐれているようだった。まぁ、直前にあのパフォーマンスを見たからか呑まれかけているようにも見えるけど。

 

「大丈夫だよね?」

 

僕は一人呟くと、曲が始まる。結果として僕の心配は杞憂だったようで、ミスもほぼ無く、はたから見れば一番の演技だといえた。でも、ちょっと空気に呑まれたからか、はたまたランキング形式だからか、いい結果を残そうという意識が前に出ている気がした。それに、いつもと何か違う違和感があり、今日のライブよりあの日歌っていた『夢で夜空を照らしたい』の方が好きだったかな?どうして、こんなに違く聞こえるんだろ?

 

そうして、計三十組の演技が終わり、観客の投票を経て、入賞者が即発表された。Aqoursは入賞できなかった。まぁ、いきなり入賞できるとは思ってなかったからそこまで驚きは無かった。

 

 

会場の出入り口付近で皆が出てくるのを待っていると、にこさんとまた会った。

 

「二組目のAqoursって、沙漓の知り合い?静岡だったけど」

「そうですよ」

「そう。詳しい結果を知ってるけど知りたい?順位と投票数」

「いいんですか?部外者に言って」

「あんたが他言しなければ問題ないわよ」

「じゃぁ――」

 

 

「沙漓ちゃん、どうだった?」

「はい。良かったと思いますよ」

 

にこさんは別件があるからと別れて、少し待っていると千歌さんが駆けて来て、早速感想を聞かれたから、簡単ではあるけどそう伝えた。千歌さんは満足そうに頷いた。皆もちゃんと演技ができたことへの安堵と共に、何処か満足のいくものじゃなかったのか暗かった。

 

 

そして、場所は変わって何故かタワーの中。なんでここにきたんだろ?観光だよね?まぁ、もう少し東京に居ても問題ないからいいけど。

 

「おまたせー。わー、なにこれ、キラキラしてる!はい、どうぞ」

「うん、ありがと」

「全力で頑張ったんだよ。私はね今日のライブが今までで一番で気が良かったと思う」

「でも、」

「それに、周りは皆本選に出ているような人たちだよ。だから、入賞できなくて当然だよ」

「それは……でも、あれくらいできないと」

 

千歌さんはアイスを持ってくると、落ち込んでいる空気を和らげようと振る舞う。まるで、空元気で無理しているかのように。

 

「でも、ルビィもそう思う。まだまだだって」

「マルも……」

「何言ってるのよ。あれはたまたまよ。天界が放った」

「なにがたまたまずら?」

 

ヨハネもこの沈んだ空気をどうにかしようとするけど、ヨハネはヨハネでそれなりに堪えているみたいだった。

すると、千歌さんの電話が鳴る。

 

「高海です。はい、はい、わかりました」

「誰?」

「うん、今日のイベントの人。何か渡し忘れたものがあったみたい」

「……」

「だから、今日の場所にもう一度来れないかって」

 

はぁ、用件はたぶんあれだよね?そうなると、裏方の僕は行かない方がいい気がするかな?それに、あの結果を皆と一緒に聞く勇気はないから。

 

 

~千~

 

 

「ごめんね。呼び戻しちゃって。でも、一応参加グループには渡す決まりになっているから。悪く思わないでね」

 

また今日の会場に戻って来た。沙漓ちゃんは用事があるとかでここにはいない。

スタッフの人に呼ばれると、申し訳なさそうにして封筒を渡された。そして、まだ仕事があるのか、そそくさと戻って行った。その際に、「そう言えば、なんで今年も動員人数と投票人数で投票が一人少なかったんだろ?」とか呟いていた。なんのことだろ?

 

「なんだろ?」

「開けてみよ?」

 

私たちはこの封筒が何かわからず、とりあえず開けてみる。そこには今日参加したスクールアイドルの名前と数字が書かれていた。見た感じ、今日の投票結果のようだった。

 

「Aqoursは何位?」

「ちょっと待って」

 

Aqours……Aqours……一枚目には無いや。そして、二枚目をめくり、

 

“30 Aqours”

 

「三十位」

「最下位、か」

 

二枚目の一番下。Aqoursはそこに書かれていた。全部で三十組ある中で三十位。つまりビリ、か。

 

「投票数は?」

「うん」

 

そして、問題の投票数に目を向ける。

 

“30 Aqours 0”

 

「0人?」

「「「「「え?」」」」」

 

私たちは目を疑った。誰も私たちに投票していなかった。あれ?じゃぁ、沙漓ちゃんは?沙漓ちゃんも観客として見ていたはずだよね?私の疑問はみんなも思ったようだった。

 

「待って!沙漓は?沙漓も投票しなかったって言うの?」

「そう言うことになるね」

 

沙漓ちゃんすらも投票してくれなかった。そのことが私たちの中で渦巻いた。

 

「お疲れ様でした」

「Saint Snowさん……」

 

すると、Saint Snowの聖良さんが私たちに声をかけてきた。

 

「素敵な演奏でした。ですが、もしラブライブを目指すのなら……諦めた方がいいかもしれません」

 

そして、聖良さんはそう言って歩き出し、

 

「バカにしないで!ラブライブは遊びじゃない!」

 

理亜さんも目に涙を浮かべて去って行った。

 

「泣いてたね」

「うん」

 

私たちよりすごかったSaint Snowであの結果。それに比べて私たちは……。

 

 

~☆~

 

 

「沙漓!どういうことよ!」

 

皆が家に戻ってくると、ヨハネはさっそく怒鳴った。うん、嫌な予感はしてた。やっぱり、用件は結果だったみたい。

 

「順位は低かったですか?」

「うん、最下位で……0だったよ」

「……そうですか」

 

僕は知らない振りをしながらそう言った。結果はどうあれ、皆は僕がAqoursに投票していないと分かっているから。言っても、どうせあれだしね。

 

「うん、僕は投票していないよ」

 

僕は極力感情を表に出さないようにしてそう言った。皆には僕を非難する権利はあるから、何を言われたって仕方ない。

 

「なんで、投票しなかったのよ!」

「うん、どのスクールアイドルもいい感じだったからね」

「でも、そこは入れるのが……」

「善子ちゃん」

 

ヨハネは僕への怒りをあらわにし、梨子さんが止める。たぶん、みんな僕に対して何か思っていると思う。

 

「なんで、Aqoursに投票しなかったのよ!なんで……なんで……」

「……ごめん」

 

ヨハネは僕に当たっても仕方がないと思ったのか次第に声を出さなくなった。あー、空気が重い。謝っても、過ぎたことはどうにもならない。

 

「みなさん、そろそろ電車の時間……よ?」

 

すると、奥からお母さんが電車の時間だと伝えに来て、この空気に首を傾げた。お母さんが来たことで、この微妙な空気のまま荷物を取りに行き、

 

「「「「「「お世話になりました」」」」」」

「ええ。また、いらっしゃってくださいね。沙漓、何時でも戻って来ていいのですからね」

「はい」

 

家を出て内浦に戻るために秋葉原を立った。はぁー、この空気なんとかしたいけど方法が無い。そもそも、僕にはそんな力なんてないんだから。

 

 

電車に乗ると、僕はあえてみんなから距離を取って席に座る。近くにいる訳にはいかないし、悩んでいるから。

 

「私は良かったと思うけどな」

「千歌ちゃん?」

「頑張って努力して、それで東京に呼ばれたんだよ?だから私は良かったと思うかな?」

 

電車に乗ってしばらく経つと、千歌さんはそう口にした。そんな千歌さんを見て曜さんは口を開く。

 

「千歌ちゃん……千歌ちゃんはくやしくないの?」

「……ッ!」

「くやしくないの?」

「……それは、ちょっとは。でも東京で、みんなであそこに立てた。だから、私は満足だよ」

「……そっか」

 

誰から見ても千歌さんは無理をしていることがわかった。でも、それを口にすることは誰もしなかった。したら、きっと何かが崩れてしまう予感があったから。

 

 

~ヨ~

 

 

私たちは電車に揺られて沼津まで戻ってきた。ロータリーには千歌さんのクラスメートが待っていた。電車に揺られていた間に重い空気はだいぶ無くなったけど、沙漓はあれ以来一言も口にしていない。そして、今も少し離れた位置で見ていた。まぁ、私もあれだけ時間があれば頭は冷えたけど。

 

「どうだった?東京は?」

「すごかったよ」

「ちゃんと踊れた?」

「うん、ちゃんと踊れたよ」

「そっか。良かった」

 

そして、千歌さんは質問攻めに遭い、

 

「おかえりなさい」

 

生徒会長が来てそう言った。おそらくルビィのことが特に心配で来たようだった。その心配は当たっていた。

 

「お姉ちゃん……うぅ」

 

ルビィは耐え切れなくなったのか生徒会長に抱きつくと泣いた。今まで我慢していたから仕方がない。よくここまでもったと思う。

 

「うぅ……うぁぁん」

「よく頑張りましたわね」

 

生徒会長は頭を撫でて落ちるかせようとした。そして、少し逡巡した。

 

「少しお話をしましょう」

 

生徒会長は何か伝えたいことがあったようで、だれも拒まずに頷いた。

 

 

 

「得票数は0でしたか」

「はい」

「あら?沙漓さんの投票は?投票してくれなかったのですか?」

「「「「「「……」」」」」」

 

近くの川の石段に私たちは腰かけると結果がどうだったのか聞かれ、話すとそう言った。そして、沙漓も投票を入れなかったことを疑問に思ったのかそう口に、みな言葉を詰まらせた。それで、察したようで話を変える。

 

「決して、あなたたちはダメだったわけではありませんわ」

 

そこから、スクールアイドルが今やどういったものとなっているか、二年前に統合の話が浦女にもあったこと、生徒会長と果南さんと理事長で二年前にスクールアイドルとして活動していたことを話され、東京のライブで歌えなかったことが告げられた。

私たちは静かにそれを聞いていた。

 

「そんなことが……」

「あなたたちは歌えただけ立派ですわ」

「じゃぁ、私たちの活動に反対していたのも」

「ええ。こうなる可能性がありましたから」

 

生徒会長はそう言うと、どこか寂しそうな目をしていた。二年前を思い出すかのように。

 

「千歌ー」

 

すると、千歌さんのお姉さんが迎えに来てくれた。

 

「お姉ちゃん」

「みんな、おかえり。乗って、送って行くよ」

 

千歌さんのお姉さんは私たちのことを何も聞かず、いつも通りに接してくれた。たぶん、私たちに気を使ってくれたんだと思う。

そして、荷物を載せると千歌さんが乗り込もうとし、

 

「千歌ちゃん。スクールアイドル、辞める?」

「……」

 

曜さんは千歌さんに聞いたけど、返事をせずに乗ってしまった。それから、梨子さんたちも乗り込むと車が走り出した。

残ったのは私と曜さんと沙漓。

 

「じゃぁ、お疲れさま。今日はちゃんと休みなよ」

「はい。そうします」

「はい。お疲れさまでした」

 

曜さんはそう言って家に帰っていった。すると。私たちも家に向かって歩き出す。さて、じゃぁ、そろそろ。

 

「沙漓、そろそろ本当のことを話してもらうわよ」

「何のこと?」

「投票しなかった……いや、できなかった理由を」

「……いつ気付いたの?」

 

沙漓は淡々とした調子でそう言う。まぁ、そういう訳で沙漓は否定しなかった。

 

「そうね。沙漓の性格から言って、何の理由もなくそんなことをすると思わないから。電車に乗ってる間にそう思ったの。ま、他のグループに投票した可能性もあるけど」

「言っても何の意味もないよ?」

「それでもよ」

「そっか……ヨハネは今回の投票の方法をどこまで知ってる?」

「たしか、客の投票よね?」

「うん。チケットに付いている半券が投票権の役割をしているんだ」

「チケット?半券?あれ?でも、たしか沙漓のチケットは……」

 

投票券がチケットに付いている半券だと聞いて、私は思い出した。沙漓のチケットは……

 

「うん。風に乗って何処かに飛んで行ったよ。みんなの見てる前でね」

「そうよね。じゃぁ、替えの物は無かったの?」

「それは無いよ。チケットは枚数分全てはけてたからね」

 

沙漓は確認作業のように、そう言った。やっぱり、しなかったんじゃなくてできなかったんじゃない。でも、だったらなんで?

 

「じゃぁ。なんでそれを言わない訳?私が沙漓の家で言った時にそう言えばあそこまで空気が……」

「それじゃダメなんだよ。だって風に飛ばされたのは僕の責任。それにね、たとえ今日、風に飛ばされていなくても投票をしなかったと思うんだ」

「え?」

「いつからかわからないんだけど、僕はアイドルの曲を聞いても、好きという感情はあっても、これだ!って感じで響かなくなったんだ。もう、そうなって数年経つよ。去年も一昨年も投票はしていないし」

「じゃあ、いままでも……Aqoursのことを……」

 

沙漓は唐突にそんな話をした。スクールアイドルが好きだけど、心には響かない。じゃぁ、なんでアイドル研究部に?それにAqoursにもなんでいる訳?

沙漓の言葉は言い換えれば、いままでのAqoursの曲も実際には響いていなかったってこと?つまりどうでもよかったってこと?そんなことって……。

 

「ううん。Aqoursは別だった。千歌さんたち三人での初ライブの時に、最初は他のグループと一緒かな?って思ってた。でも、実際はすぐに引き込まれて、これだ!って感じになって、これからも聴いていたいと思った。そして、ルーちゃん、マルちゃん、ヨハネも加入して作った『夢で夜空を照らしたい』のライブでも引き込まれたの」

「そう……じゃぁ、なんで今日のは?」

「今日のはね。なんでか響かなかった。でも、なんでそうなのかわからなくてね。だから、電車に乗ってからずっと考えてた」

「だから、一言も話さなかったのね。それで、理由は見つかったの?」

「ううん、全く。だから。みんなにも申し訳なくてね。理由が分からないのにダメになって、それでみんなを暗くしちゃって。そう言う訳だから、夜も考えてみるよ」

 

話をしているうちに、私たちは家に着き、沙漓は部屋に入ろうとする。

 

「沙漓――」 

「――じゃ、また明日」

「……また明日」

 

 

~☆~

 

 

「うーん。これはどうしたものか……それに、千歌さん大丈夫なのかな?」

 

僕は珍しく、六時前に目を覚ましていた。色々心配事があって寝付けないのが現状。大変眠い。そして、そんなタイミングでSNSに連絡が来る。

 

『沙漓、これを見たら連絡頂戴』

 

なんだろ?こんな時間に?

 

『こんな時間にどうしたの?今日は練習休みでしょ?』

『ちょっと、話したいことがあって。外出れる?』

『うん、ちょっと待ってて、着替えるから』

 

着替えてから外に出ると、マンション前にヨハネがいた。

 

「どうしたの?」

「天命が降りたのよ」

「堕天使なのに天命?」

「それはいいの!」

 

ヨハネはカッコ良さ気なポーズをしながらそう言った。正直、なんで呼びだされたのかいまだによくわからない。

 

「それで、天命って?」

「存続の危機。海岸。集う」

 

ヨハネは簡単に事情を話した。つまるところ、偶然ついさっき起きて嫌な予感があるから、占ったところそう言った予言めいたものが出て、心配だから千歌さんたちのもとに行くというものだった。それと、やっぱり昨日の千歌さんの様子が引っ掛かっているとのこと。たしかに無理してたなぁ。てか、僕も思ってたし。

でも、僕が行っても空気が悪くなるんじゃ?いや、あれだけど。

 

「どうせ、自分が行っても何もできないからとか思っているんでしょ?それを決めるのは沙漓じゃないわ」

「じゃぁ、誰?」

「私たちよ。沙漓はいままで散々私を連れまわしたのだから、今日は私に連れまわされなさい」

 

ヨハネは身勝手にそう言った。僕の事情なんてお構いなし。まぁ、それでこそ堕天使(ヨハネ)だけど。それに、それくらいしないとダメってわかってるんだろうし。

まぁ、行くだけ行って、遠くから見てればいっか。

 

「ちょっと待ってて。荷物とってくるから。それと、ヨハネも学校に行くものも持っておきなよ。あっち行った後にここに戻って来るのも大変だから」

「そうね。ちょっと戻るわ」

「うん、バス停で」

 

ヨハネにそう言うと、ヨハネは荷物を取りに戻って行き、その間に僕も部屋に戻って学校に行く用のバックと制服を畳んで詰めた袋を手に取り、

 

「あっ、これも持ていかなきゃ」

 

机に置いていたノートパソコンも一緒に鞄に入れる。

家を出るとちょうどヨハネも出て来て、タイミングよく来たバスに乗り込む。ほぼ始発だから誰も乗っていなかった。

 

「それで、理由は見つかったの?」

「うん。その結果、すごく眠い。それに、どう話したものかって」

 

ヨハネは昨日考えていたことが解決したのか聞いたから、僕は首を縦に振ってこうていする。結局、どうして昨日のが響かなかったのかわからなかったから、あの時の動画を見直した。そして、どうしてだったのかわかった気がした。でも、それをうまく伝えられる自信は無い。

 

「そう。こっちもなんとかしないとね」

「ん?心配してくれるの?」

「心配するわよ。普段マイペースなあんたがここまで悩んでるんだから」

 

ヨハネはそっぽを向いてそう言う。堕天使なのに人の心配をするって、やっぱり優しいよね。それから、ヨハネは気持ちを切り替えるためにかたわいもない話を振って来て会話をしていた。

ヨハネと話していると、こんな時間なのにバス停で止まり、

 

「あれ?善子ちゃん、沙漓ちゃん?」

 

そこは曜さんの乗るバス停であり、曜さんが乗ってきた。なんで曜さんが?と思ったけど、曜さんも千歌さんが心配で朝一で会いに行くつもりのようだった。

 

「まさか、二人も同じことで考えていたなんてね」

「まぁ、仲間ですし」

「……」

 

曜さんが乗り込んでから、僕は一言も発さなかった。昨日のこともあるから話辛いし、恨んでいると思うから。しかし、そんな僕の考えてることなんて知らない風に曜さんは僕に話しかける。

 

「沙漓ちゃんもそんな感じ?」

「はい」

「そっか。ありがとね」

「……」

 

まるで、昨日のことなど無かったかのように曜さんは僕に接する。なんで、そんな風にできるんだろ?無視するなり、文句を言うなりあると思う。

そんな思いが僕の中で渦巻いていた。だから、僕は我慢できず聞くことにする。

 

「曜さんはなんとも思わないんですか?僕がAqoursに投票しなかったことに」

「沙漓!」

「いいの。Aqoursを近くで見てきたのに、こんなことをしたのに……恨んだりしないんですか?」

「……うん。恨んだりしないよ」

 

ヨハネはこのタイミングでする話では無いと思ったのか僕の名前を呼ぶけど、僕は止まれない。聞かないといつまでも分からないままだから。こういう反応をされるのは嫌だから。そんな僕に、曜さんは静かにそう言った。恨んでない?なんで?

 

「確かに最初はどうして投票してくれなかったんだろう?って思ったよ。でもね、家に帰ってから、ホームページを見たらそこに書いてあったから。あの投票システムのことが。それで、わかったよ。チケットが風に飛ばされたから投票できなかったって」

「でも、それだけじゃ――」

「それに、私たちのライブは他のグループと比べたら見劣りするものだったかもしれないしね」

「曜さん……」

「まぁ、そう言う訳で、別に沙漓ちゃんに対して恨んだりはしていないよ。それは私たちの練習量が足りなかっただけだからね」

 

曜さんはそう言ったけど、きっと納得はできていないんだと思った。でも、それを抜きにしても、今まで過ごした時間からもう気にするのをやめたようだった。それと同時に自分たちの力不足もあると思っているようだった。

でも、僕のこれは曜さんたちの責任じゃないから。何というか申し訳ない気持ちになる。はっきりとした理由がうまく言えないから。それでも、こう言ってくれている曜さんに対してこのままにしておくなんてできない。

 

「……ッ!曜さん。実は……」

「ううん。今は言わなくていいよ。それに、本当のことは皆の居る前で言ってほしいかな?」

 

しかし、曜さんは僕が口にする前にそう言って止められてしまった。それから、誰も口にすること無く時間が過ぎていった。そして、千歌さんの旅館前のバス停で降りると、千歌さんと梨子さんが海の中にいた。何事?

僕たちは階段に荷物を置くと、

 

「あれ?」

「なんでこんなところに?」

 

ルーちゃんとマルちゃんも歩いてきていた。たぶん考えることは同じだったみたい。そして、

 

「せっかくスクールアイドルをしてくれたのに……だから、だから、」

「ばかね。みんな千歌ちゃんの為にやってるんじゃないよ。みんな自分の意思でやってるんだよ」

 

そんな会話が聞こえてきた。梨子さんは僕たちのことに気付いていたのか、僕たちの方を見る。それにつられて千歌さんもこっちを見る。

 

「いこっか」

 

曜さんはそう言って、ヨハネたちと一緒に海に歩き出していった。僕はなんでか歩けなかった。たぶん、僕には行く権利なんてないんだと思う。あと、やっぱり今更ながら何か言われるのが怖い。

 

「そんなとこにいないで、行くわよ」

 

そんなことを思っていたら、ヨハネは歩き出さない僕に気付いて手を握る。

 

「ヨハネ?」

「そんなところにいないで行くわよ。あんたはいつも一歩引き気味なんだから、時にはちゃんと自分の思っていることを口にしなさい」

 

ヨハネはそう言って引っ張って、海の中に入って行く。そして、千歌さんを囲むように集まった。

 

「皆と一緒に歩こ?一緒に」

「うわぁぁん」

「今から0を100にするのは無理かもしれない。でも、もしかしたら1にすることはできるかも。私も知りたいの。それができるのか」

「……うん!」

 

どうやら、千歌さんはすでに梨子さんに言いたいことを言って、梨子さんもそれを聞いてちゃんと答えたようだった。そして、風が吹くと同時に雲間から太陽が覗く。皆は太陽を見て笑顔になる。あぁ、やっぱり、これだったんだ。

 

「千歌さん……みんな、じつ……って、うわっ」

 

僕は昨日のことを謝って、ちゃんと言おうと口を開くと何かが僕の目にくっついて視界が真っ暗になる。僕はバタバタしながら目に付いたものを取ると、

 

「あれ?」

 

それは、あのイベントのチケットだった。それも、

 

「あっ、風に飛ばされた僕のやつだ」

 

チケットの端っこにヨハネのサインの書かれたやつ。こんなところまで飛んでくるものなのかな?みんな、僕が何か話そうとしてからのこれだから視線が集まる。ヨハネはチケットを見て察する。

 

「チケット?って、もしかして……」

「えーと……はい。これが無いと投票できなかったんで。それと――」

 

それから僕たちは海から上がって、僕は昨日ヨハネに話したことを伝えた。投票が物理的にできなかったこと。スクールアイドルの歌が心に響かなくなっていること。でも、Aqoursの歌は響いたこと。なんでか昨日は響かなかったこと。

みんな僕の話を聞いて暗い顔をする。まぁ、これだけ聞けばそうなるのはわかってた。だから、ここから先はまだ話していないこと。

 

「それで、わかったんです。どうしてそうだったのか」

「わかったの?」

「うん。昨日の曲はみんな心の底から楽しんでいなかったんです。だから、だと思います」

「楽しんでない?」

「これはただの僕の思ったことだから、違うかもしれません。でも、昨日はみんないい結果を残そうということに意識がいっていたと思うんです。そのせいで心の底から楽しめていなかったと」

「……うん。そうかもしれない。私はみんなを引っ張らないと、って焦ってた」

「これは、ある人が言っていたんです。アイドルはお客さんを楽しませる、笑顔にさせるモノだって。僕はそれに加えて、まずは自分自身が楽しまないと誰も楽しませることはできないって思うんです」

「自分自身が楽しむ?」

「だから、また見せてください!僕の好きなAqoursの……みんなの心の底から楽しんでいる歌を。僕はAqoursのファンですから!」

 

僕は思っていることをありのまま伝えた。これでいいのかな?まぁ、これで何か文句を言われたらその時かな?

 

「うん!任せて」

 

でも、僕の心配した通りにはならなかった。千歌さんがはっきりとそう言ってみんなも頷いたから。ふぅ、これで何か言われたら正直たぶん何も返せなかったと思うからよかった。

 

「というか、沙漓ちゃんが初めてちゃんと思っていることを話してくれたような?」

「そうでしたっけ?」

「まぁ、そうだね」

「そうずら」

「確かに」

「そう言えばそうかも」

 

すると、皆が僕ににじり寄って来る。あっ、まずい。嫌な予感がする。

 

「あっ、逃げた」

 

だから、僕はこの場から退散しようとその場を離れた。しかし、僕の逃亡を予期していて少し離れた位置に移動していることに気付かなかった。

 

「沙漓、逃がさないわよ!堕天龍鳳凰縛!」

「やーめーろー」

 

だから、僕の目の前に移動したヨハネに捕まった。ヨハネ、それはコブラツイストなのでは?僕はジタバタ暴れたが、どこで覚えたのか振り解けなかった。

そして、そんな僕たちを見て五人は笑っていた。うん、やっぱり僕はシリヤスよりこういうのんびりとした日常の方が好きかな?あっ、もう無理。寝不足と運動不足で視界が……。

 

「ちょっ、沙漓?さりー」




次回は近々投稿予定です。


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二年生と沙漓

日常回です。
梨子ちゃんが犬を克服しようとする話です。


「ナポリタン、おまちどうさま」

「よっと。うどんあがったよ」

「こっちの食器は洗い終わってるから、よそって出しちゃいましょう」

「そうだね」

 

僕と二年生三人はせかせかと三津シーパラダイスで働いていた

千歌さんは応対、曜さんは調理、僕は皿洗い、梨子さんはできた料理を皿によそうのを担当して回していた。

正直、今日だけのバイトだけで飲食エリアを任せるのは平気なのかな?

 

「次はうどんねー」

「りょうかーい」

 

僕たちが三津シーでバイトをしている理由は貰える部費と衣装の材料費がつりあっておらず、このままでは次の曲の衣装が作れない恐れがあったからだった。

そんな中曜さんが見つけてきたのが今日だけの三津シーのバイトだった。ちなみにルーちゃんたち三人はこの場にはいない。というか、このバイトの定員が四人でこうなった。

 

「というか、この前は“0”を“1”にしようって決めたのに、こんなことしてていいんですかね?練習しなくて」

「一日くらいなら平気だよ。それに、資金がないと衣装の材料も買えないしね」

「そうだよ。それに、今日は元から練習は無しの休みの日にしてたし」

「別に資金集めなんて僕だけに任せてもいいのに……」

「一人だけにそんなこと任せられないよ。それに、浦女は基本的にバイト禁止だし」

 

マネージャー的立ち位置の僕一人に資金集めを任せればいいのに、三人ともその意見は否定する。

そして、曜さんが言った基本バイト禁止がある訳だから、どうせ僕の提案は通らないんだけど。今回のバイトだって衣装代の補てんという名目でアイドル研究部の活動ってことにしてるし。たぶん、普通にやれば黒澤先輩に止められるオチが見える。理事長に直接通すのもありではあるけども、たぶん未然に阻まれるだろうし。

そんなわけで、僕一人では無理なのでした。

 

「さて、そろそろお客さんも増え始めるだろうし、忙しくなるよ!」

「そうだね」

「頑張るわ」

 

曜さんがそう言ったことで、気持ちを切り替えると僕たちは仕事をこなしていくのだった。

 

 

「ひっ!」

 

閉園時間を迎えた後、僕たちはショーステージの掃除作業に移っていた。一日限りで、やたらと時給がいいと思ったら、まさかこういうことだったとは。いや、人数が多いし問題は無いけど。

そして、床掃除をしていたところでアザラシがやって来て、ご飯をあげることになった。ちなみに僕は離れた場所にいる。アザラシの方が逃げていく可能性があるしね。近づかなければまだ警戒される可能性がないという状態がある訳で、僕はそれを信じて近づかない。近づいて逃げられたらいやだし。

梨子さんが小魚をあげようとしたところで、梨子さんがアザラシの顔を凝視するなり、悲鳴に似た声を上げた。そして、急に声を上げたことでアザラシは興奮し、梨子さんに近づくと梨子さんは逃げ、アザラシは梨子さんの持つ小魚が欲しいから追いかける。

 

「うわっ」

「アオッ」

 

そして、梨子さんは一直線に僕の方にやって来て、アザラシはそばに来ると急ブレーキをした。

 

「もう、やだ……梨子さん。小魚を早くあげてくださいな」

「あっ、うん」

「アオォ」

 

梨子さんは小魚を投げると、アザラシは少しジャンプして空中キャッチをすると、次なるエサを求めて曜さんたちの方に行く。

 

「アザラシって少し犬に似てるよね」

「それはわかりかねますね」

「あはは。沙漓ちゃんも大変だね。動物が好きなのに、好かれなくて」

 

梨子さんはさっきの僕の発言がアザラシに怖がられたからだと思っているようだった。半分は合ってるけど、もう半分は外れてるんだよねぇ。

 

「梨子さんが自然に僕を動物避けに使ったことが……」

「あ」

「こうして、アザラシにも警戒されることが判明したのでした」

「沙漓ちゃん?」

「ふふふふふ」

「さりちゃーん」

 

 

~千~

 

 

「ワタちゃん、こっちに来ないよね?」

「平気じゃないかな?隣に沙漓ちゃんがいるし」

「曜さん、自然に僕を動物避けにカウントしないでくださいな」

「でも、現にワタちゃんには前に警戒されてたよね?」

 

三津シーのバイトが無事終わり、チカたちは松月に来ていた。すぐに帰るのもありだけど、せっかくだから行きたいと三人で言ったからここに来た。梨子ちゃんとしては、ワタちゃんがいるから極力来たくないらしいんだけど。

 

「もしかしたら今日は警戒されない可能性があるじゃないですか」

「沙漓ちゃんはポジティブだね」

「でもワタちゃん来ないね」

「あっ、いた」

「ひっ!」

「今日こそ!」

 

すると、奥からトコトコとワタちゃんがやってきた。身構える梨子ちゃんに、リベンジに燃える沙漓ちゃん。そして、のんびりとそれを眺めながらケーキを食べるチカと曜ちゃん。

 

「るーるるるー」

「沙漓ちゃんはそれをしないと気が済まないの?」

「気分ですので」

 

沙漓ちゃんは椅子から立ち上がると姿勢を低くして手を差し出し、曜ちゃんのツッコミに返答しつつ近づく。

 

「わうっ!」

「にゃっ!」

 

そして、吠えられたことで沙漓ちゃんは変な声を上げて尻餅をつく。なんで、そんな声が出たの?そして、ワタちゃんは梨子ちゃんの方に逃げてくる。さっきまでは沙漓ちゃんが隣にいたけど、今は隣から離れているせいで遮るものはない。

 

ガタッ

 

梨子ちゃんは椅子の上に体育座りをするような形でワタちゃんを避ける。確かに、ワタちゃんは小さいから椅子の上にいる限りは絶対に襲われるなんてことは無い……はず。

ワタちゃんに吠えられて拗ねてる沙漓ちゃんと震えるように椅子の上に座っている梨子ちゃんを見ると、立ち上がってワタちゃんを抱っこする。

 

「梨子ちゃんはあいかわらずなんだね」

「ワタちゃんはこんなに可愛いのに」

「小さくてもダメなのよ!犬にはその鋭く尖った牙があるんだから」

「梨子さんってどうしてそんなに犬がダメなんですか?」

「あっ、復活した」

 

曜ちゃんと一緒にワタちゃんを撫でながらそんなことを言うと、いつの間にか復活した沙漓ちゃんは梨子ちゃんに対してそう問う。

それによってチカと曜ちゃんも「そういえば」みたいな顔をして梨子ちゃんの方を見る。

 

「いやー。あはは」

「梨子さんはいいなぁ。犬に好かれて。僕は好かれないのに……」

「で、沙漓ちゃんはまた拗ね始めた」

 

梨子ちゃんは言っても仕方のないことなのか苦笑いを浮かべて誤魔化し、沙漓ちゃんは拗ね始める。

 

「梨子ちゃん、教えてよぉ。それとも思い出したくないほどのことがあったとか?」

「そう言う訳じゃないんだけど……はぁ」

 

ここまで来るとどうしても知りたくなり、ワタちゃんを床に降ろすと近づく。困って助けを求めるように曜ちゃんを見るも、曜ちゃんも知りたいのかじーっと梨子ちゃんの方を見て、誰も助けてくれない状態になる。

 

「そんなに楽しい話じゃないよ?」

「でも、梨子ちゃんのことを知りたいから!」

「うんうん」

「じゃぁ、話すね」

 

そうして、梨子ちゃんは渋々と言った感じで話し始めたのでした。

 

~梨~

 

 

あれは私が小学生低学年の頃だった。その頃からピアノを習っていて、その日も近くのピアノ教室で練習していた。

 

私は外で遊ぶよりも部屋の中で遊ぶほうが好きで、だから部屋の中でお絵かきをしているような女の子だった。ある日、ピアノを演奏している音楽番組を見てその音色に心を打たれ、興味を持った。それから、お母さんに言うとお母さんは私の意思を尊重してピアノ教室に通わせてくれた。それから、私はピアノを弾き始め、ある日お母さんが大きなピアノを買ってくれて、家でも弾き続けた。私はピアノを弾いているのが楽しく、ピアノをうまく弾けるとお母さんと先生が褒めてくれてうれしかった。

 

「あっ、ワンちゃん」

 

その日の練習を終えた私は途中の公園で寝転んでいる犬に気付き近づいた。いつもはお母さんと一緒だったんだけど、その日はお母さん一緒じゃなくて一人だった。

 

「ワンちゃんさーん」

 

ベンチのそばで寝転がっているのは中型犬で、今思えば近づくべきじゃなかった。あの犬には首輪が無くて野良犬で、でもそんなことには気づかずに興味本位で近づいたことで、顔を上げて私を見た。

でも、犬の方は私を一瞥しても動くことは無くて、だから私は撫でようと手を伸ばした。

 

「ガウッ!」

「きゃっ」

 

そして、もう少しで触れそうになったところで犬が動き出す。犬は私に触られるのが嫌なのか一吠えしたことで私は驚いて身を引いた。その際に尻餅をついてしまう。

犬は立ち上がるとのそのそと近づいて来ると、時折口を開いてチラチラと鋭い歯が見え、

 

「グルル」

「いや……」

 

私はその鋭い歯に恐怖を感じて、動けなくなる。対して、犬はじわじわと近づいてくる。そして、飛びかかろうと犬は地面を踏みしめ、私はこのまま襲われるのだと恐怖して涙がこぼれる。

 

「うぅ……」

「あっ、ワンちゃん!」

 

しかし、犬が動く直前に私よりも一、二歳年下に見えるこげ茶の長髪の女の子が走ってきたことで犬の視線がそっちに向く。私はこのままじゃあの子が襲われると思うが、私の心配は無駄に終わった。

 

「ワウッ」

「あー、また逃げられちゃった」

 

何故か犬は少女がさらに近づくと後退り逃げていった。どうしてあの女の子から逃げていったのかわからないけど、とりあえず助かったことに安堵する。

私は涙を拭いて立ち上がると、助けられたことに対してお礼を言おうと口を開く。しかし、女の子は今私に気付いたのかハッとする。

 

「えーっと……さよなら」

「え!?」

 

女の子は一目散に逃げるように去って行き、私一人公園に取り残された。どうしてあの子が逃げるように去って行ったのか分からず、私はとりあえず家に帰ったのだった。

 

 

~曜~

 

 

「それ以来、私は犬を見るとまたあの時みたいになるんじゃないかってなって……」

「だから梨子ちゃん犬がダメになっちゃったんだ」

「うん」

 

梨子ちゃんから犬がダメになった原因の話を聞いたことで、私は納得した。そんな怖いことがあれば、確かにダメになったのも納得かも。

 

「もし、あの時あの女の子が来てくれてなかったら襲われて、怪我したかもって思うとね」

「そっか。それにしても、その女の子も気になるね。梨子ちゃんを見て逃げるように走り去って行ったって」

「もしかして恥ずかしがり屋さんだったのかな?」

「さぁ?でも、その子とはそれ以来出会ったことが無いんだよね」

「そんなことがあって犬がダメになったんですね。僕も幼い頃から動物から逃げられてたんですよねぇ」

 

沙漓ちゃんはケーキを食べながらそう言う。すると、隣に座っている千歌ちゃんは腕を組んで考えるような素振りをして、「うぅ」と唸っていた。あっ、なんかする気かな?

 

「うーん。でも、いつまでも犬がダメってのもねぇ。できれば克服したいとか思わないの?」

「いつまでもこのままじゃダメだとは思うけど、やっぱり怖いし……」

「そっか。じゃぁ、梨子ちゃん。特訓しよう!」

「え?」

 

すると、千歌ちゃんが少し考え込んでそう言った。いつも通り唐突な発言に梨子ちゃんは驚きの声を漏らす。私もまさか千歌ちゃんがそんなことを言い出すとは思わなかった。ちょくちょくしいたけを梨子ちゃんにけしかけていた気もするけど。

 

「しいたけなら人を噛むことは無いから安心して練習できるし」

「はいはーい。僕もしいたけちゃんモフりに行っていいですか?」

「沙漓ちゃん、しいたけでもリベンジしたいんだ」

「いいよ、沙漓ちゃんもがんばろー」

「おー」

「お、おー」

 

こうして、梨子ちゃん犬克服作戦が開幕したのでした。

 

 

~梨~

 

 

「本当に噛まないよね?」

「平気、平気。しいたけは人を噛んだりしないから」

「でも、のしかかりはしますよね」

「まぁ、それでもするのは舐めるくらいだし……」

 

千歌ちゃん家の前に来た私たち。玄関前にはしいたけちゃんが小屋に半身出した状態で寝ており、私は恐る恐る近づく。

いつまでもこのままではダメだという自覚はあるから、頑張ろうと思うけど、あの時の恐怖がよみがえって来てあまり近づけない。

三人は少し離れた位置から見守ってくれているけど、怖いものは怖い。

 

「うーん。厳しい戦いになりそうですね」

「そうだね」

「しいたけ、おとなしくしててね」

 

三人はそんなことを言い、私はじりじりとゆっくりと近づいて行く。

しいたけちゃんは私がジリジリ近づいても、千歌ちゃんの言いつけを守っているのか一切動かない。だから私は頑張って腕を伸ばしてしいたけちゃんの頭を触れ、

 

「やった!梨子ちゃんがしいたけを触れた!」

「うん!やったね、梨子ちゃん」

「いいなぁ」

 

しいたけちゃんに私から触れたことで千歌ちゃんと曜ちゃんは喜びで大声を出し、沙漓ちゃんは羨ましそうにしていた。

しかし、ここで私に悲劇が……

 

「わうっ!」

 

二人が大声を出したことでしいたけちゃんが反応して立ち上がる。私は腕を伸ばした状態で固まり、しいたけちゃんの頭の毛に手がうずまる。

そして、

 

「わぅぅ」

「きゃぁー!」

 

しいたけちゃんは私に向かって跳びかかってきたのだった。

やっぱり、犬は無理ー!

 

 

「うぅ、ひどい目に遭った」

「あはは。でも、しいたけは噛まないことが分かったでしょ?」

 

千歌ちゃんの部屋でタオルを使って顔をごしごし拭きながら呟くと、千歌ちゃんは苦笑いを浮かべてそう言う。しいたけちゃんに飛びかかられた私は、顔をしいたけちゃんにひたすら舐められてしまった。噛まれることは無かったけど、べたべたに。

 

「いいじゃないですか、梨子さんは。僕の場合は近づいただけで逃げられて触ることもできないんですから」

「沙漓ちゃんの場合は一体動物に何したの?」

「うーん。特に覚えがないんですよね。気づいた時には動物が近寄らなかったので」

「沙漓ちゃんの動物に好かれない体質がうらやましいよ」

「僕的には梨子さんの犬に好かれる体質がうらやましいですよ」

 

沙漓ちゃんは千歌ちゃんのベッドの上に座って足をパタパタさせて私を羨ましがる。言った通り、私は沙漓ちゃんの体質が羨ましい。あの体質があれば、犬に近づかれることもないだろうし。

 

「二人とも無い物ねだりはやめなよ」

「無いからこそ欲しいんですよ」

「そうよ!」

「まぁ、その気持ちは私もわかるけど」

「それで、梨子さんは犬嫌いを克服できたんでしょうか?」

「どうだろ?しいたけからは逃げる様に離れちゃったけど」

「無理!無理!やっぱり犬は無理!」

「ダメっぽいね」

 

私はしいたけちゃんに舐められたことを思いだすと、首を振って否定する。噛まれないとしても、襲われたことに変わりないわけだから!

 

「うーん。しいたけなら難易度が低いと思ったのに」

「まぁ、気長にやるしかないですね」

「えっ?まだ、これ続くの?」

「「うん」」

「はい」

 

三人は同時に頷き、私は嫌になる。これからもこんな感じで色々やらされるってことなのぉ?

 

「わっ!」

「わっ!なんで、しいたけちゃんが?」

 

唐突に部屋に現れたしいたけちゃんに私は飛び上がると、ベッドの上に逃げる。その際に沙漓ちゃんの後ろに行く。

 

「梨子さん……だから、自然に僕を動物避けに……はっ!」

「沙漓ちゃん、何を思いついたの?」

 

沙漓ちゃんは普通に動物避けにされたことに対して、半目で私を見るも、何か思いついたのかそんな表情をする。

なんだか、嫌な予感がするんだけど……。

 

「今ならしいたけちゃんを触れる気がする……」

「はい?」

「ふぇ?」

「ん?」

 

沙漓ちゃんの発言に私たちは首を傾げ、その間にものそのそと沙漓ちゃんはしいたけちゃんに近づく。あっ、離れたらしいたけちゃんが来ちゃう。

 

「るーるるるー」

 

沙漓ちゃんの声にしいたけちゃんは反応し、のそのそと近づき、

 

「わんっ!」

「うわっ!」

 

背を低くしていた沙漓ちゃんの背中を踏んでそのまま私の方に跳んで来て……

 

「いやぁー!」

 

私の悲鳴が旅館に木霊したのでした。

 

「わぁー。しいたけ、ベッドの上に上がっちゃダメー」

「モフモフー!」

「曜ちゃん、しいたけを引き剥がすのを手伝って」

「了解であります!」

 

沙漓ちゃんは私を襲っているしいたけちゃんを撫でようとにじり寄り、千歌ちゃんと曜ちゃんは私からしいたけちゃんを引き話そうとするのでした。

 

やっぱり犬は無理だよ!




結局犬の克服ができない梨子ちゃんでした。まぁ、このタイミングて克服するわけにはいかないので。
結局、梨子ちゃんが犬がダメな理由は明かされてないので、これは想像ですのであしからず。
では、ノシ


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未熟DREAMER

「夏祭り?」

「うん。沼津の夏祭りのステージで歌わないか?って」

 

あれから数日が経ち、休日のある日。千歌さんは旅館の受付をしているから動けず、とりあえずミーティングと称して集まっていた。そこで話されたのが夏祭りのことだった。沼津だし、見る人は多いかな?話に聞くと結構大きい祭りらしいからAqoursの名前を広めるのにはいいと思う。

ヨハネは東京で堕天使ショップに行った事で、堕天使方面に精神侵食されたっぽいから長椅子に寝ころびながら反応する。

 

あの海に集まった後、そう言えばと僕はAqoursのファンだから0じゃなくて1なんじゃ?と聞いたら、Aqoursのメンバーなんだから無効じゃない?と言われてしまった。うん、なんとなくそんな気はしてた。

そして、海でのあの日以来、僕の部のスタンスが微妙に変わっていた。と言うか、お姉ちゃんが園田海未だと判明したからか、µ’sのことを聞かれることが多々あった。でも、µ’sの誰かに会わせてとは誰も口にしない。たぶん、それは迷惑になるってわかっているからだと思う。ちなみにAqoursメンバー以外には言ってない。言う必要も無いし。

 

「私は練習に集中した方がいいと思うけど」

「千歌ちゃんは?」

「うん、私は出たいかな?」

「そっか」

「今の私たちの全力を見てもらう。それでだめなら、また頑張る。それを繰り返すしかないかな?」

「ヨーソロー。賛成であります!」

「ギラッ」

「それにね、私はスクールアイドル……みんなと一緒に踊るのが好き。だから、皆とライブをしたい!」

「そうだね」

 

千歌さんは思っていることを口にした。あの日以来、千歌さんはため込まずに思ったことをちゃんと口にするようになった。だからか、Aqours全体の空気も以前より良くなり、一層結束が固くなったと思う。

 

「千歌ちゃん、練習行っていいわよ」

「いいの?」

「ええ。みんなを待たせてるんだから」

 

志満さんが奥から来ると、千歌さんと受付を交代してくれた。というか、たぶん受付に人はいなくてもいいと思う。呼び鈴もあるし、しいたけちゃんも表にいるから、何とかなりそうだし。

そういうわけで、海岸に出た。

 

「それにしても、果南ちゃんはなんでスクールアイドル辞めちゃったんだろ?」

「言ってたでしょ?東京のライブで歌えなかったって」

「そうだけど……でも、それで諦めるタイプじゃないんだよね」

 

すると、千歌さんは果南さんのことを思ったのかそう言う。あー、そう言えば、まだ果南さんは話していないんだった。でも、約束だから僕から言うことは無いかな?

 

「もう少し、わかればいいんだけどね」

「……そうだ!ルビィちゃんは何か知らない?」

「そっか、ダイヤさんの妹だから、家で何か……」

「ピギィ!」

 

もう少し情報が欲しいという話になり、ルーちゃんに話が振られる。確かに、ルーちゃんなら何か聞いていそうかも?でも、スクールアイドルのこと隠してたし……。

すると、ルーちゃんは何故か逃走した。

 

「逃がさないわよ。堕天流秘技、堕天龍鳳凰縛!」

「ピギャー」

「やめるずら」

「はい」

 

逃走したルーちゃんをヨハネは追いかけて拘束する。拘束したヨハネをマルちゃんが止める。ヨハネのあの技って、やっぱりコブラツイストだよね?

 

「ルビィが聞いたのは、鞠莉さんと話をしていたことで。逃げるがどうとかしか」

 

拘束から解かれたルーちゃんは言っていいのかわからないながらそう話した。逃げるねぇ。

 

「逃げる、か」

「逃げるねー、何のことだろ?」

「さぁ?」

「やっぱり、直接聞きに行く?」

 

誰も、何から逃げるのかがわからず首傾げる。その結果、直接聞きに行くという意見が出たけど、たぶんはぐらかされると思う。皆もそう思ったのか、この案は却下され、どうしたものかといった空気が流れる。

 

「それに、今の時間はお店の仕事中だろうから邪魔になるよね?」

「とりあえず、練習しません?果南さんたちも心配ですけど、こっちも夏祭りに向けて練習しないとですし」

「それもそうだね」

「それと、直接聞くのはあれなので、まずはこうするのはどうですか?」

 

どうして解散したのか、果南さんから聞いている僕は、でも下手なことは言えないので、ある提案をした。他言がダメなだけで、皆が探すのは問題ない……はず。

 

 

~千~

 

 

翌朝。私たちは淡島に来ていた。沙漓ちゃんの提案は果南ちゃんを尾行するというものだった。理由は諜報活動の基本は張り込みと尾行だからとのこと。そうなのかな?

早朝だから、眠い。皆も眠そうにしている。沙漓ちゃんに関してはここまでどうやって来たのかわからないレベルで、目がほとんど閉じたような状態。たぶん、何処かに座ったら寝そう。たぶんこれ伏線。

 

「本当に果南ちゃん毎日、ここを走っているんだね」

「マルは眠いずら」

 

皆それぞれの反応をし、果南ちゃんが走り出したので私たちもばれないように追いかける。

果南ちゃんは一定のペースで走り、何処か楽しそうだった。でも、一定のペースとはいえ、やたらと速いから追いかけるのだけで一苦労。やっぱり、毎日走るとこうなるのかな?

淡島周りのコースで、半分ぐらい来たところで振り返ると曜ちゃんはまだまだ平気そうで、梨子ちゃんと善子ちゃん疲れが見えるけど何とかなりそう?ルビィちゃんと花丸ちゃんは途中で力尽きそうだった。でも、みんなついて来て……あれ?沙漓ちゃんは?と思ったら沙漓ちゃんの姿が見えなかった。私が振り返って疑問顔をしたことで皆も振り返り、みんな沙漓ちゃんがいないことに気付いた。

 

「沙漓ちゃんは?」

「沙漓なら、走れないから、待ってる、って」

 

善子ちゃんは聞いていたのか、息を切らしながらそう言った。だったら、先に皆に言っておいてほしかったよ。そうして、淡島神社の階段を果南ちゃんが登り始め、私たちも登った。一番上に着いて振り返ると、少し下で梨子ちゃんと曜ちゃんがいて、ルビィちゃんたちはもう少し下にいるようだった。

果南ちゃんは神社の前でステップを踏む。とても綺麗なステップで。今日気が向いたから踏んでいるというよりは、定期的にやっていそうな感じだった。振り向くと、皆登り終え、果南ちゃんのステップに目を奪われていた。そして、

 

「なんで、沙漓ちゃんはあんなところに?」

 

沙漓ちゃんは木々の隙間からこぼれる日の光の当たる位置にレジャーシートを敷いて寝ていた。いや、なんでそこで寝てるの?果南ちゃんの位置からだと見えなそうだけど。

 

パチパチパチ。

 

果南ちゃんが止まったところで、何時の間にかそこにいた鞠莉さんが拍手をする。あっ起きた。

 

「やっと、復学届をだしたのね。逃げるのを止めたのかしら?」

「それは父さんの怪我がもとで、退院したからね。でも、復学してもスクールアイドルはやる気は無いから」

「私の知っている果南は、どんな失敗しても諦めず笑顔で何度でも挑戦し、成功するまで諦めなかったわ。それに後輩だっている」

 

鞠莉さんは果南ちゃんともう一度スクールアイドルをやりたいようだった。だから、その為に説得を試みる。私だって、果南ちゃんとスクールアイドルをやりたい。

 

「だったら、千歌達に任せればいいでしょ?私は……鞠莉がここに戻ってこないで欲しかった」

「……果南」

「じゃぁね」

 

果南ちゃんはそう言って後にした。私たちは階段にいる訳で……

 

「千歌……それにみんなも……練習頑張って」

 

果南ちゃんは私たちがここに居ることは追及せず、階段を下りて行った。やっぱり、果南ちゃんはスクールアイドルが嫌いなのかな?

 

「あなたたち……練習頑張ってね。それと、果南のことよろしくね。あと、あの子も」

 

鞠莉さんもいつもと違って低めのテンションでそう言うと、一回沙漓ちゃんを見てから帰っていった。やっぱり、さっきの果南ちゃんの言葉はきつかったのかな?

すると、レジャーシートを畳み終えた沙漓ちゃんが私たちのもとへやって来る。

 

「うーん。不穏な空気ですね」

「そうだけど……沙漓ちゃんはなんで、あんなところにいたの?」

「えーと。果南さんを追いかけるのは不可能なので、たぶんここに来ると思って待っていようと思い、それでレジャーシートに座って待っていて。そしたら、鞠莉さんが来て。少し話をしてたら、鞠莉さんが「眠かったら寝ていなさい」って言ったのでお言葉に甘えて寝ました」

「はぁー」

 

なんというか、うん。マイペースだね。それに、前まで理事長呼びだったのに、鞠莉さん呼びになってるし。

 

「それにしても、果南さんはちょっとひどいと思います」

「さすがに可哀想ずら」

「逃げてる、か」

「梨子ちゃん?」

「ううん。なんでもない」

 

話は変わって、どうして果南ちゃんがあんなことを言ったのかという話になった。みんな果南ちゃんが鞠莉さんに言ったことは流石に可愛そうと思ったようだった。私もそう思うけど、果南ちゃんがただ突き放すとは思えないんだよね?何か理由があるのかな?

梨子ちゃんは梨子ちゃんで何か考えているけど聞いたらはぐらかされちゃった。

 

「そう言えば、沙漓ちゃんは何か聞いてないの?鞠莉さんと話してたんでしょ?」

「話したと言っても、どうしてこんなところにいるかとか、今日は暖かいですねとかですよ」

「そうなんだ。何か知ってるのかと思たんだけどなー」

 

 

~ダ~

 

 

今日から果南さんが復学する初日。鞠莉さんと果南さんが教室ではち合わせた結果、鞠莉さんが果南さんに問い詰めて一触即発な状態に。はぁー、なんでこうなるのやら?

 

「果南!スクールアイドルをやってもらうわよ!」

「嫌だ!私は絶対やらないよ!」

「なんで嫌なのよ!」

「嫌なものは、嫌なの!」

「なんでよ!」

「なんでも!」

 

鞠莉さんがあの時の果南さんの衣装を出して、そう言うと当たり前ですけど拒否をする。

そして、衣装を掴むと窓際に寄って投げ捨てる。流石に投げ捨てるとは思わなかったから、私と鞠莉さんは驚いた。

 

「放して!」

「放さない!」

 

それからは取っ組み合いに発展し、騒ぎを聞きつけてか他の学年の生徒が廊下に集まっていた。その中には千歌さんたちの姿もあった。何故か曜さんは先ほどの衣装を手に持っていた。わざわざ拾ってきてくれたのでしょうか?

そして、千歌さんは教室に入って来るなり、

 

「いい加減にーしろぉー」

 

大声で怒鳴った。まぁ、幼馴染が喧嘩をしていれば止めたい気持ちになるのはわかりますけど。

 

「いつまでもよくわからない話を……隠してないで話なさい!」

「千歌……千歌には関係ないでしょ?」

「関係、あーります」

「ですが」

「果南ちゃん、ダイヤさん、鞠莉さん。後で部室に来てくださいね」

「でも……」

「い!い!で!す!ね!?」

「「「はい」」」

 

私たちは千歌さんの迫力に負けて、頷くとホッとした様子で胸を降ろした。

 

「すごい。上級生に向かって」

「あっ」

 

どうやら、無意識でやったことのようで今更自分がしたことに気付いたようでした。どこまで、ハチャメチャなのやら?

 

 

~鞠~

 

 

「あの日、東京のイベントで歌えなかったのではなく、歌わなかったのですわ」

 

ちかっちに言われて部室に集められた私たちはそこでも果南と喧嘩し、今はダイヤの家に来ていた。善子のあの技は一体何なのやら?そして、第一声でダイヤはそう言った。どういうこと?私たちは会場の空気に負けて歌えなかったでしょ?

 

「鞠莉さんは覚えていませんの?あの日、鞠莉さんは練習のしすぎで足を怪我したことを」

「それは……」

 

あの日、確かに私は足を挫いていた。少し痛かったけど、踊れないことは無いからと伝えたはずよ!

 

「私はそんなことして欲しいなんて一言も」

「ですが。もし、続けていたらどうなっていたか。最悪、事故になっていた可能性も」

「でも……」

 

それは果南とダイヤの想像でしかない。もしかしたら事故にならずに踊り切れたかもしれない。

 

「じゃぁ、なんでその後はスクールアイドルを辞めたんですか?」

「そうだよ。怪我が治ったら続けてもよかったんじゃ?」

「そうよ。花火大会に向けて新しい曲作って、ダンスを、衣装を完璧にして。それなのに……」

「果南さんはあなたのことを心配していましたのよ。あなた、留学や転校の話が出るたびに毎回断っていましたよね?」

「当たり前じゃない!」

「果南さんは思ったのです。このままでは鞠莉さんの未来の可能性が奪われてしまうんじゃないかと」

「まさか、それで?」

 

果南が心配していた?そんな素振りなんて。

それに留学や転校?そんなのどうでもいいわよ。果南の方が大切なんだから。私の未来は私のモノよ!だから、私が決める。それなのに、果南は勝手に決めつけた。

だから、私は立ち上がる。

 

「何処に行く気で?」

「果南をぶん殴る」

 

今すぐ果南に一発入れないと気が済まない!こんな大事なことを黙って、勝手に決めて。

でも、ダイヤは私を止める。なんでよ!ダイヤは果南の味方な訳?

 

「おやめなさい。果南さんは誰よりもあなたのことを見て来て、心配していましたのよ。あなたの気持ちを、立場を誰よりも考えて」

 

果南が誰よりも私のことを考えていた?だったら、なんで何も言ってくれないのよ!どうして……

 

「どうして言ってくれなかったの?」

「果南さんはちゃんと伝えていましたよ。態度で、時に言葉で。しかし、あなたのことを考えて本当の気持ちだけは隠して。だから、次はあなたがちゃんと果南さんに伝えて下さい。それでしたら、私は行くことを止めませんわ」

 

ダイヤはそう言うと、それ以上は何も言わず、私の選択に委ねた。果南に私の気持ちを伝える?やってやろうじゃない!

そして、私はダイヤの家を出て浦女に向かって走った。部室に着くと、消えずにかすかに残ったあの日の“歌詞”が残っていた。

走っている間、私はあの日のことを思い出し、この歌詞を見て果南との日々を思い出す。そっか、私は果南のことが……。

 

 

~☆~

 

 

「果南さん……」

「どうしたの?こんなところまで。みんなは?」

 

僕は一人果南さんを追いかけて果南さんのもとにやってきた。最初は果南さんの家に行ったけど留守だったから、もしかしたらと思って淡島神社に来たらそこにいた。

 

「今頃、ダイヤさんからあの日の真実でも聞かされていますよ」

「そっか。なんで、沙漓ちゃんはここに?」

 

僕と果南さんは雨が降りだしたから、社の屋根の下に入って雨宿りをする。

果南さんはそんな気がしていたのかあまり驚かなかった。僕が一人でここにきたのは、一つは前に果南さんの口から聞いていたから。そしてもう一つが

 

「果南さんのことが心配だからです」

「心配だった?」

「はい。本当は鞠莉さんのことを大切に思っているのに突き放してしまったから、傷付いてるんじゃないかって」

「まぁ、ね。でも、鞠莉も鞠莉だよ。私がどんな気持ちであの日歌わなかったか、どんな気持ちでAqoursを辞めたか」

 

果南さんは暗い表情をしながらそう口にする。果南さんの思っていたことを聞いた以上、確かにそう思う。でも……

 

「果南さんの気持ちはわかります。でも、鞠莉さんの気持ちは?」

「鞠莉の気持ち?」

「はい。果南さんが鞠莉さんを想うように、鞠莉さんも果南さんのことを想っていると思います」

「そんなことないよ。あの頃、鞠莉はリベンジがとか勝ち負けしか気にしなかったから」

「でも、それすらも鞠莉さんの気持ちの一部なんじゃないんですか?果南さんに接する鞠莉さんはどう見ても果南さんとただ一緒に居ることを望んでいるようにしか見えませんでした。たぶん、リベンジとか勝ち負けは一緒にいる為の口実ですよ」

 

僕は思ったことを口にする。それが正しいと思うから。すると、僕のスマホに通知が来て、確認すると、ヨハネからだった。

 

『鞠莉さんが浦女に行ったから、果南さんを浦女に連れて来て。お願いね』

 

ヨハネからの連絡は、簡潔にそう書かれていた。なんで、果南さんと一緒に居ること知ってるの?まぁ、タイミングはばっちりだけど。

 

「というわけで、行きましょうか」

「ん?どこに?」

「はい。真実を知りにです」

 

 

~果~

 

 

「どうしていってくれなかったの?果南が私を思うように、私も果南のことを考えているんだから。正直将来なんてどうでもよかった。あの時、果南が歌えなかったんだよ。放っておけるはずがない!」

パンッ!

 

沙漓ちゃんに連れられて浦女に連れてこられた。真実って?バスに揺られていると、鞠莉から浦女に来てと連絡が来た。いや、もう向かってるし……というか、沙漓ちゃんと鞠莉の共犯?と思ったけど、沙漓ちゃんは鞠莉からは連絡を貰っていないと言った。つまり、誰かから連絡は貰った訳か。そして、浦女に着く間に雨は上がり、部室には一人で行ってと言われた。たぶん、そこは私たちに気を使ってくれたんだと思う。

そして、鞠莉と面と向かった結果が今。

鞠莉は言いたいことを言い切ると、私の頬を叩いた。正直叩かれるとは思ってもみなかった。でもそれ以上に……将来がどうでもよかった?私が歌えなかったから?だから、留学も転校も拒んだって言うの?

 

「私が、私が果南を思う気持ちを甘く見ないで!」

 

鞠莉が私を思う気持ち?そんなの分からないよ!

 

「だったら、ちゃんとそう言ってよ。リベンジとか負けたくないとかじゃなくて、ちゃんと言ってよ!」

 

一度だって、鞠莉が本当に思っていることをちゃんと口にしてくれなかった。だから……だから……。

 

「だよね。だから」

 

すると、鞠莉は自身の頬を私に向ける。きっと、私に叩けって意味。だから、私は手を振り上げ……鞠莉のことが気になってダイヤと一緒に鞠莉のホテルに忍び込んだあの日を思い出した。そっか、私たちの関係はあの日から始まったんだった。だから、今することは、叩くことなんかじゃない……

 

「ハグ……しよ」

 

仲直りをすることなんだ。

 

「果南……うあわぁぁん」

「う、うぅ」

 

私たちは抱き合って思いっきり泣いた。今までの時間を埋めるかのように。

どれくらいの時間が経ったのか、私たちはお互いに泣き止むと、外はだいぶ暗くなっていた。

 

「仲直り出来たみたいですね」

 

まるで狙ったかのように沙漓ちゃんが外から現れると、そう口にする。どこかで聞いていたのかな?

 

「あっ、盗み聞きはしていませんよ。近くには居ましたけど、話の内容までは聞こえませんでしたし。でも、静かになったから済んだと思ったので」

「そっか、なんかごめんね。心配かけて」

「いえいえ、二人が仲直り出来て良かったですよ。それに、勝手に心配していただけですし」

「それもそうね。で、沙漓は何を企んでいるのかしら?」

 

沙漓ちゃんは飄々とした調子でそう言うと、鞠莉はニヤニヤしながらそう聞いた。何?何か企んでいるの?

 

「まぁ……いえ、ここは単刀直入で。お二人ともAqoursに入ってください!」

「うん!もちろん」

「もちろんよ。でも、私たちだけじゃダメよ」

「もちろんです!ダイヤさんも引き込みたいですね。あそこまでしてくれたんですから」

 

私と鞠莉は沙漓ちゃんのお願いに即決で頷いた。そもそも、Aqoursは私たちが名付けた名前だよ?だからこそ、ダイヤも入らなきゃね。それに、沙漓ちゃんの浦女でやりたいことも叶えてあげたいし。

そして、校門を出ると、

 

「もちろん、果南さんも鞠莉さんも、そして、私たち七人も手伝いますよ」

 

千歌がダイヤにそう言っていた。なになに?人の名前を出して。手伝う?なにを?すると、ダイヤは私たちを、そしてダイヤの後ろにいた五人を見ていた。ルビィちゃんはあの曲の衣装を持って、一歩踏み出す。

 

「親愛なるお姉ちゃん。ようこそAqoursへ」

 

どうやら、ダイヤの勧誘は千歌たちがしてくれたみたいだね。でも、何を手伝うの?

 

 

~☆~

 

 

あれから時が経ち、果南さんたちも加わり夏祭りの舞台にAqoursは立って、二年前の夏祭りに向けて作られた“未熟DREAMER”が披露された。みんな今まで以上に楽しそうにパフォーマンスをしていた。うん。やっぱり、僕の好きな心に響くのはこれだね。楽しそうにパフォーマンスをしているAqoursのステージ。そして、浦女に来てやりたいと思ったことも叶った。

そして、Aqoursのステージが終わり、皆が降りてくる。

 

「沙漓ちゃん、どうだった?」

「もちろん、今までで一番輝いてましたよ!」

「うん!」

 

千歌さんは僕を見つけると、一番にそう聞いたので、ありのまま答える。千歌さんは満足の答えが得られたからか、嬉しそうだった。

すると、果南さんがそう言えばと思い出したように言葉を口にする。

 

「そう言えば、私たちのグループ名もAqoursだったんだよね」

「え?そんな偶然が?」

「うん、私もそう思ったんだけどね」

 

果南さんは口にしながら、少し離れた位置に立つダイヤさんに視線を向ける。

 

「皆乗せられたんだよ、誰かさんに」

「ん?ダイヤさんが?」

「な、なんのことですか?私にはなんのことやら?」

「そう言えば、あの日、ダイヤさんが砂浜にAqoursって書いてましたね」

「ちょっ、それは言わない約束で」

「いえ、約束はしていませんよ。千歌さんたちが戻って来て逃げていきましたし」

 

僕がそれとなく言ったら、ダイヤさんにツッコまれた。でも、口止めされていないし。あの日はたしかダイヤさんが逃げるように去って行ったし。まぁ、言わない方がいいと思ったから今まで口にしなかっただけで。

すると、梨子さんが疑問顔をしていた。

 

「あれ?でも、あの時沙漓ちゃん知らないって……」

「あっ」

「つまり、知っていて隠していた?」

「そう言えば、お姉ちゃんに果南さんと鞠莉さんのことを聞いた時もいなかったような」

「おおかた、事前に果南さんに聞いていたのでしょう」

「ダイヤさん、それは言わない約束です!」

「約束していませんわ」

 

すると、何故か矛先が僕の方に向き、さっきの意趣返しのつもりか、ダイヤさんがネタバレをした。まずい……。

 

「つまり、沙漓は色々知っていながら隠していた訳ね」

「いやいや、果南さんたちの過去は言わない約束だったから……にゃー」

「逃げた!」

 

なんとなくこの状況がまずい気がしたから、僕は逃走を試みる。猫の如く。

 

「沙漓、逃がさないわよ!」

 

そして、ヨハネが追いかけてくる。くっ、少し離れた位置だから祭りのお客さんに紛れるのは困難。紛れられれば人混みで逃げ切れるのに。

 

「秘技、堕天龍鳳凰縛!」

「その技は見切ったよ!」

 

ヨハネがいつも通り、鳳凰縛でとらえようとしたけど、一回喰らって、二回そばで見てたから、対処法はわかっている。ヨハネが僕の身体を掴んだ直後、羽織っていたパーカを脱いで脱出する。いわゆる変わり身の術?よかった、浴衣を着てこなくて。持ってないけど。

そして、ヨハネから距離を取る。一応、多少の運動は何とかなる。今日はちゃんと睡眠もとったし。

 

「はい、捕まえた」

「あっ」

 

しかし、ヨハネに気を取られていると、いつの間にかいた果南さんに捕まった。ヨハネと違ってソフトタッチだけど、何故だか逃げられない。

 

「はいはい、暴れない。そもそも、私は沙漓ちゃんに教えたばっかりにこうなったんだしね。だから、沙漓ちゃんの事は許してあげて。誰にも言わないように私が言って、ちゃんと約束を守ってくれたからさ」

「うーん。果南ちゃんがそう言うなら」

 

すると、果南さんが言ったことでか、僕が隠し続けていたことは不問となった。なんと、果南さんのおかげで助かった!

 

「でも、ダイヤのことを隠していたことは知らないかな?」

「あれぇ?」

「かなーん、ダイヤー、屋台を見て回ろっ?」

「うん!」

「ええ、そうですわね」

「さぁ、ちゃんと説明してもらうよ?」

「ナンノコトカナ?」

「沙漓ちゃん、教えるびぃ」

「あと、ダイヤさんが部長のこともね」

「あれ?なんで知ってるの?」

「いや、気づくでしょ……」

「はいはい、こっちに行こうね」

「さぁ、話してもらうずら」

「お祭りぃ」




アニメだと淡島から弁天島神社のコースでしたが、それだと沙漓が先回りできないので、淡島周りのコースにしています。

次回はきっと、明日投稿します。ノシ


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夏祭り

思い付いたので、差し込み投稿です。未熟DREAMERの翌日のお話です。


「おー、みんな浴衣似合ってるね」

 

昨日の夏祭り一日目で皆に根掘り葉掘り聞かれて、説明するのにだいぶ時間がかかってしまった。といっても、案外あっさりと説明することができたから十分くらいしか経っていないのだけど。その後に夏祭りを楽しもうと思ったんだけど、時間が時間なだけに中途半端になるからと、遊ぶのは二日目に移された。なんでも二日目にはがっつり花火大会をやるだとか。

そんな訳で、夕方近くまで練習をして、その後から夏祭りに行くことになった。ライブをやった昨日の今日だから休みという案もあったんだけど、練習をしてもっといい物にしたいということでそうなった。みんなもやる気満々だったからね。

そして、練習が終わり、いざ夏祭りにと思ったらダイヤさんから提案されて、ダイヤさんの家に行き、冒頭のセリフに至る。

どうせ夏祭りなら、みんな浴衣を着ようということで、着物関係がたくさんあるダイヤさんの家で借りることになった。千歌さんはミカン色、梨子さんは桜色、曜さんは水色、果南さんは青緑、ダイヤさんは赤、鞠莉さんは紫、ルーちゃんはピンク、マルちゃんは黄色、ヨハネは白と、みんなそれぞれメンバーカラーの浴衣に袖を通し、瞬く間に着飾られた。

ちなみに僕は……

 

「そう言う沙漓ちゃんも黒の浴衣似合ってるよ」

 

黒系色の浴衣を着せられていた。本当は昨日みたいにパーカーとかのラフな格好でよかったんだけど、みんなが浴衣を着たことで、僕も着ないといけない雰囲気になってしまった。

 

「うーん。こういうのあまり着ないから落ち着かない」

「そうなの?沙漓の家的には着る機会ありそうだけど。というか、一人で着てたり、皆の着替えを手伝ったりしてたから、着慣れてるでしょ?」

「まぁ……昔は稽古で着せられてたし……」

「稽古?」

 

僕がそう言うと、首を傾げられてしまった。そんなに変なことかな?ダイヤさんだってそういうのやってるわけだろうし。

 

「書道や茶道、華道などなど色々ありましたねー」

「もしかして、沙漓ちゃんってダイヤさんみたいにお嬢様だったの?」

「まぁ、中学になる頃にはほとんどやめましたけど。剣道とか柔道系は元からダメでしたし」

「やめたんかい!」

 

残念ながらああいうのは僕には向いてなかった。華道をやればごくごく普通の物、茶道をやれば足が痺れ、書道をやれば墨が飛んだ。そういう訳で、まともに続いたものの方が少なかった。

そうしているうちに、そろそろ夏祭りの会場に行こうということになり、僕たちは会場の沼津に向かったのだった。

 

 

~果~

 

「さて、来て早々どうしてこうなったんだろ?」

「この人の多さならね」

「そんなこともあると思う」

 

会場に着いて数十分。最初は十人で回っていたんだけど、気づけば皆とはぐれ、曜とルビィちゃんの三人になっていた。どうしてこうなったのやら?そんなことを思うと、二人は二人であわてず騒がず冷静だった。

 

「とりあえず、皆に連絡しよっか」

「だね」

 

曜はスマホを取り出すと、グループチャットで連絡を取る。

私たちはそれをのぞき込むと、瞬く間に皆の反応が返ってきた。どうやら、千歌と花丸ちゃんと鞠莉、梨子ちゃんと善子ちゃんとダイヤの二組に別れているようだった。

 

「あれ?沙漓ちゃんは?連絡付かないけど」

「うん。みんなの方にもいないみたいだし、沙漓ちゃんは一人はぐれた感じみたいだね」

「そして、チャットを見ている様子もないと」

 

みんなと連絡が付く中、何故か沙漓ちゃんだけは連絡が付かず行方を眩ませていた。はて、どこに行っちゃったんだろ?

 

「果南ちゃん、ルビィちゃん。集合してもこの人混みじゃすぐにはぐれるから三十分後に何処かに集合しないかだって」

 

すると、皆と連絡を取っていた曜が向こうでそんな案が出たようで私たちに伝える。確かに、集合してもすぐにはぐれちゃうか。

 

「私はそれで賛成かな」

「うん。私もそれで」

 

その案が無難だと思ったから賛同すると、曜はそのことを伝え、三十分後に狩野川の河川敷に集合となった。河川敷だと範囲が広いけど、それは集合時間が近づいてから人の少ない場所を探しながらになりそうだけど。また、その際にみんなで屋台の物を食べようということで、集合までに何かしら買って持ち寄ることにもなった。

そして、行方を眩ませた沙漓ちゃんは見かけたら伝えるということになった。連絡がつけば一番だったんだけど。

そう言う訳で、しばらくは私たち三人で行動することになったのだった。

 

「それで、何からやる?」

「うーん。食べ物系はもう少し時間が経ってからじゃないと冷めちゃうよね」

「だよね。そうなると遊びません?」

 

どこ行こうかということになり、私は特にこれといった希望が無かったから二人に聞いてみた。そもそも、私はそんなにはっちゃけるキャラじゃないしね。

それと、気になることが。

 

「そうだね。あと、ルビィちゃんはそんなに固くならないでリラックスしなよ」

「うんうん。私たちが年上だからってそんなにかしこまらなくても」

「でも……」

「と言う訳で、レッツゴー」

「脈絡ないね」

 

ルビィちゃんはなんでか私たちに対して萎縮してしまっていた。そんなルビィちゃんに対して曜は流れを無視してルビィちゃんの手を引いて歩き出す。私はそれについて行く。行き先が決まってないけど。

 

「と言う訳で、まずは金魚すくいからかな?」

「私こういうの苦手かも」

「私もどうも苦手なんだよね。ヨーヨー釣りは平気なんだけど」

「金魚は動くもんね?でも、こう、サッとやれば」

「果南ちゃん、それよくわからないよ」

「まぁ、やろう」

 

金魚すくいの屋台が目に入ったから立ち寄ってみると、早速金魚すくいをしてみる。二人も金魚すくいが苦手みたいだから、ここは年長者の私が率先してやった方がいいのかな?流れを作らないと。

私はお金を払ってポイを受け取ると、早速やってみる。

水に浸かる時間が長いとすぐに破けちゃうから、その辺に気を付けて。

 

「よっと」

「「あっ」」

 

私は金魚の真下にポイを通してサッと上げると、一度は上まで上がったけど途中で金魚が暴れたことで破れてゲットには至らなかった。

ちなみにだけど、私も金魚すくいは苦手。こういうのは元から苦手だし。

それから、二人もやってみたけど結果はゲットならずだった。

 

「うーん。やっぱり難しいよね」

「だね」

「あれ?果南さんは平気っぽくなかった?」

「うんうん」

「私がああいうの苦手なのは二人とも知ってるでしょ。もっと、身体全体を使う奴じゃないと」

 

金魚すくいの屋台を後にした私たちは続いての屋台へ移動していた。なんでも曜が行きたい場所があるだとか。

そういう訳で、続いての屋台は射的だった。そう言えば、曜って中学の時もやたらと射的をやってたっけ?

 

「くっ。嬢ちゃん、うまいねー」

「いえいえ。あっ、もう一回」

「君、景品を全て持って行く気かい?」

「じゃぁ、最後に大きいのをもらってきますね」

 

射的の屋台ではやたらとうまい人がいるようで、なんでか賑わっていた。その子の声は女の子の声で、何処かで聞いたことのある声だった。私たちは人混みをかき分けて、見える位置に行くとそこには、行方を眩ませていた沙漓ちゃんがおり、その足元には射的で取ったとおぼしき景品が袋詰めされていた。

景品を取りまくっている沙漓ちゃんは最後にそう言った。沙漓ちゃんの言っているのは大型のゲーム機のようで、あれは普通にやったら取れないんじゃ?まだ、その下のぬいぐるみなら取れそうだけど。

 

「ふっ、あれはそう簡単には取れないよ」

「そうかな?」

 

沙漓ちゃんはそう言うと銃を手に持ち、狙いを定める。そして、放たれた弾は見事にぬいぐるみに……て、そっちだったの?当たったぬいぐるみはぐらつき、即座に沙漓ちゃんはもう一発弾を込めると、一番傾いたタイミングでもう一度ぬいぐるみを撃って机から落とした。

その瞬間、それを見ていたお客さんたちは拍手をしていた。

 

「おじさん、取れましたよ」

「あー、うん」

 

沙漓ちゃんは手に入れた特大うちっち―のぬいぐるみを受け取ると、笑顔でそう言い、おじさんは何とも言えない表情をしていた。たぶん、おじさんもゲーム機狙いだと思ってたんだろうなー。

 

「あっ、みんな。みんなも射的?」

「うん。やりに来たら沙漓ちゃんがいたけどね。というか、連絡付かなくて心配したんだよ?」

「あれ?その割にはあっさりと後で集合に切り替えてたような?」

「見てたの?」

「いえ、最後の更新から数分した位に。一応、了解した旨を伝えておきましたよ」

「あっ、ほんとだ」

 

沙漓ちゃんに言われて確認したら、確かにそうなっていた。というか、沙漓ちゃん結構自由だなー。

 

「それで三人はやらないんですか?」

「あ、うん。やろうか」

「おや、次は嬢ちゃんかい?うちの射的は難しいよ」

「……」

「そこの嬢ちゃんがうまかっただけだよ」

 

私たちもやろうということで、屋台の前に立つ。射的の前に集まっていた人たちは沙漓ちゃんのを見ていただけのようで、すぐに散っていったから、あっさりとできそう。その際におじさんがそんなことを言ったけど、その前をすたすたと景品を持って沙漓ちゃんが移動したことで、なんとも言えない空気になる。

そんな中、曜は気にせずお金を置いて銃を握り、二人できるみたいだからルビィちゃんもやってみる。

 

「果南さん、どうみます」

「二人ともなんとかなるんじゃないの?沙漓ちゃんのそれを見たらね」

「ふむ」

 

最初からやる気満々の曜が早速一発撃つ。その弾は景品の右に飛んで行った。曜は悔しそうにすると、もう一発装填する。その間にルビィちゃんも曜のを意識してか少し左寄りに撃つと、ルビィちゃんの方は比較的まっすぐ飛ぶのか景品の左を通り抜けていった。

 

「うゅ、難しい……」

「これは初見じゃ取れないよね」

「沙漓ちゃんは何円つぎ込んだの?」

「五百円ですよ」

「あれ?でも、その中には八個あるよね?」

 

沙漓ちゃんは七個の小さめの景品の入った袋とうちっちーのぬいぐるみを持っていることから、ほとんど当てたことになる。

最初の一発で弾道を確認してから全弾ヒットさせて、最後だけ二発消費してぬいぐるみをゲットしたってこと?そうなると、そうとうな命中精度だけど。

曜とルビィちゃんとおじさんは私たちの会話を聞いて、何とも言えない表情をしていた。おじさんはたぶん、あれだけ景品を持っていかれると思ってなかったと思う。

 

「せめて、一個は取りたいね」

「うん。せめて、一個くらいは」

 

二人はゲーム機などに高望みせず、取りやすそうなお菓子の箱を狙う。無難な選択であり、曜は銃を撃つ。弾は一直線に景品に飛んで行き、箱を弾いて机から落とす。

 

「よしっ!」

「おぉ」

「おめでと、曜」

 

曜さんはガッツポーズをすると、景品が渡され、ルビィちゃんも撃とうと銃を構える。その間に私は曜の使っていた銃を受け取り、お金を置いて弾を込める。

 

「ルーちゃん、机に左手を乗せて、右手をピンと伸ばして」

「うん」

「そして、景品の前に持って行って」

「えーと」

 

取れる気がしなくて、ルビィちゃんがびくびくしながら銃を構えたことで、沙漓ちゃんが景品を取れそうないい方法を教え始めた。でも、だんだん雲行きが怪しくなって行く。

 

「そして、躊躇うこと無く撃つ」

「これありなの?」

 

沙漓ちゃんの教えた姿勢は銃の先端から景品までの距離が普通よりも近く、ずるくないのか心配だった。でも、おじさんは何も言わなかったからたぶん平気なようだった。

そんなわけでその距離から弾を撃つと、お菓子に当たってゲットとなった。私も撃つと、あっさりとお菓子が落ちた。まぁ、一応曜がやってるのを見てたからね。

 

「やった!沙漓ちゃんの……あれ?沙漓ちゃんは?」

「え?……消えた?」

「今さっきまでいたよね……」

 

ルビィちゃんが喜んで、沙漓ちゃんにお礼を言おうと振り返ると、何故か沙漓ちゃんの姿が忽然と消えていた。曜も私もそばにいるモノだと思っていたのに。

 

 

~花~

 

 

「みんな何処かに消えたわね」

「うん。どこ行っちゃったんだろ?」

「うーん」

 

マルはみんなとはぐれ、今現在千歌ちゃん、鞠莉ちゃんと一緒に居た。しかし、皆に文句を言えるわけがなかった。

 

「ミスったわね。まさか、リンゴ飴を買おうと離れたら気づかれずにどんどん進むとは」

「むぅ。鞠莉ちゃん、ミカン飴に罪はないよ」

「そうずら。マルたちがちゃんと言ってから離れればよかったわけだし」

 

マルたち三人は目に付いたリンゴ飴の屋台に突撃したことで、はぐれてしまった。だから、誰も悪くない。マルたちが何も言わずに離れたのが原因だし。

 

「とりあえず、チャットで連絡を取りましょうか」

 

鞠莉ちゃんが言いながらスマホのグループチャットを開くと、どうやら三人ずつで固まっているみたいだった。沙漓ちゃんは行方を眩ませただとか。

 

「うーん。このままだと集まってもすぐはぐれそうだし集合場所決めない?」

「いいわね、それ。花丸もそれでいい?」

「うん。マルも賛成ずら」

 

千歌ちゃんの出した案にマルたちは賛成すると、早速皆にも伝え、皆も賛成してくれてマルたちは自由行動になった。

 

「さて、まずはどれからやろうかしら?」

「うーん。とりあえず、これをなんとかしないとかな?」

 

行き先を決めようと思ったけど、千歌ちゃんが言った通り、まずは買ったリンゴ飴(千歌ちゃんはミカン飴)を食べることにする。持った状態じゃ歩きづらいもんね。

そう言う訳で、端っこによって食べながら行き先を考える。

 

「私は何か食べたーい」

「マルも!」

「後でみんなと食べるからほどほどにね。まぁ、食べ歩きね」

 

そして、あっさりと方針が決まりマルたちは食べ歩きをすることになった。

一件目でたこ焼きを買う。やっぱり、お祭りだとこれは外せないずら。

 

「ほふっ、ほふっ」

「熱い……けど、おいしい」

「そうね。次は……」

 

たこ焼きは熱々だけど、いい焼き加減だから美味しかった。マルたちは食べながら続いての店を探し始める。たこ焼き、焼きそば、綿あめなどなどおいしそうなものがいっぱいあると迷うなぁ。

 

「二人とも、あれやってみない?」

 

次の屋台を探している中、千歌ちゃんは興味のある屋台があったのか指差した。そこにあるのは、

 

「特盛焼きそば?十分で食べ切れば無料?」

「写真だとすごい量ね」

 

何故か大食いチャレンジをしている屋台だった。お祭りのノリでやってるのかな?しかし、その屋台は閑古鳥が鳴いていた。間違いなくお祭りでこの量を食べようという人はいないよね。

そんな中で千歌ちゃんが言った訳だけど。

 

「ちかっちはそんなに食べられるの?」

「うーん。行ける気がするんだけど」

「さっき挑んだ人が完食できてませんでしたねー(もぐもぐ)」

「うわっ」

 

鞠莉ちゃんが本当に食べきれるのか心配する中、いつの間にか沙漓ちゃんが隣にいた。マルが驚きの声を漏らし、二人も驚いていた。

いつの間に現れたのか分からない沙漓ちゃんは景品の入った袋を手に下げ、どうやっているのか帯にはうちっちーのぬいぐるみが顔を出していた。そして、普通サイズの焼きそばを食べており、どうやらあの屋台で売っていた物のようだった。それと、話を聞く限り、特盛に挑戦しない方がよさそうだった。あと、沙漓ちゃんは沙漓ちゃんで楽しんでたのかな?

 

「て、沙漓ちゃん今までどこ行ってたの?」

「いやー、人の波に流されて。で、皆それぞれ行動を始めたから気ままにフラフラしてました」

「合流しない辺り、マイペースね」

「いえいえ、どうせすぐにはぐれるんですから」

 

沙漓ちゃんはのんびりとした調子でそう言った。人混みに流されてたんだ。

 

「沙漓ちゃんは今まで何やってたの?」

「つい数分前まで果南さんたちと会ったんですけど、人混みに呑まれちゃいまして、仕方がないからまたフラフラしようかなぁって感じで今に至ってますよ」

「果南たちの元に戻らないの?」

「残念ながら、人の波が険しくて無理でした。だから、集合時間までふらふらーと。それで、特盛焼きそばにチャレンジするんですか?」

「ううん。普通のにしておこうかな?」

 

結局千歌ちゃんは特盛ではなく普通の焼きそばを買いに行った。鞠莉ちゃんもついて行っちゃって、マルも焼きそばが食べたいから追いかける。その際に沙漓ちゃんは人通りの若干少なめの方に寄って行き、焼きそばを食べていた。人通りが多いからねぇ。でも、あそこで平気なのかな?

マルは心配しながらも、流石に無いと思いながら二人と一緒に焼きそばを買う。

 

「おまちどうさま」

「どうもー」

 

マルたちは普通サイズの焼きそばを買うと、屋台を離れて沙漓ちゃんが邪魔にならないように寄った場所に行き、

 

「予感はあったずら」

「ええ。果南たちと離れたって言ったからもしかしたらとは思ったけど」

「沙漓ちゃん、また消えたねぇ」

 

沙漓ちゃんの姿はそこには無かった。代わりに、人の波はさっきよりも大きくなっていた。まぁ、そう言う訳で、沙漓ちゃんはまた人の波に呑まれたのかな?

でも、沙漓ちゃんの事だからまたふらーと戻ってきそうだから、誰も気にすること無くマルたちはお祭りを楽しむことにしたずら。

 

 

~梨~

 

 

「みなさん、何処に消えたのでしょうか?」

「さぁ?こんなに人がいればはぐれる可能性は高かったけど」

「千歌ちゃんたちは食べ物に釣られて消えてそうだけど。とりあえず、連絡取ってみよっか」

 

ダイヤさん、善子ちゃんと一緒になり、皆がいないことで私たちは困っていた。というか、固まってたのに何処かに消えるなんて。もう少し、皆の方にも気を配っておけばよかった。

そんなわけで、私はスマホのチャットでみんなと連絡を取ってみる。みんながすぐにチャットを見るかわからないけど。

すると、瞬く間に曜ちゃんと鞠莉ちゃんがチャットに入って来て、沙漓ちゃん以外の居場所は判明した。

その後、千歌ちゃんが提案したのか、鞠莉さんから三十分後に河川敷に集合という提案がなされた。

 

「もう、それでいいですわ。すぐにはぐれる未来しか見えませんし」

「私もそれでいいわよ」

 

二人はそう言って賛成したからそれを伝えると、皆も賛成したみたいで、そういうことになった。でも、沙漓ちゃんはあいかわらずで、とりあえず見かけたら伝えることになった。

 

「とりあえず、どこ行きましょうか?」

「そうですわね。お二人が行きたい場所なら」

「何処でもいいって、一番困るやつよね。あっ、私は二人の行きたい奴から優先してもらえればそれで」

「善子ちゃんも結局なんでもいいんだ」

「まぁね。それと、ヨハネ!」

「では、歩きながら目に付いた場所に行くということで」

 

なんというか、私たちはそんなに自分から意見を言うタイプじゃないから、行き先が決まらなそうだった。だからか、ダイヤさんは妥協案として、そう言ったことで私たちはそうすることにした。

 

「あっ、あの景品」

 

歩くこと数分。善子ちゃんが急にそう呟いて足を止め、ある屋台の景品を見る。そこは輪投げ屋で、景品には最新のゲーム機があった。しかし、それは三発中三発をビンゴさせるという無理そうなものだった。一発も外せないって無理なんじゃ?一応、一個でお菓子、二個でぬいぐるみみたいな感じになってはいるけど。

 

「私やってみようかしら」

「もしかして、ゲーム機を取るつもり?」

「さすがにあれは無理なのでは?」

「ふふっ。今こそ我が力を開放するとき!」

 

善子ちゃんは私たちの声が聞こえていないのか、輪投げ屋に突撃してしまい、私たちはこれ以上はぐれるのは困るから追いかけた。

善子ちゃんは輪を三つ受け取ると、早速一個目を投げる。それはまっすぐに真ん中の五番の棒にかかった。

 

「おぉ。一発目から入れるとはお嬢ちゃん、なかなかの腕だね」

「ええ。これくらいは」

 

屋台のおじさんは感嘆の声を上げると、善子ちゃんは続いてと輪を投げる。輪は八番の棒にかかり、あっさりとぬいぐるみ圏内に入る。後は二番にもかけられれば、ゲーム機だけど。

 

「全リトルデーモンよ、今こそ私に力を!」

 

善子ちゃんは自己暗示をかけて、輪を投げる。輪は一直線に二番の棒に飛んで行き……

 

「あっ」

 

しかし、急に横から風が吹き、輪は棒に弾かれて失敗に終わった。初挑戦で二個入った時点で十分すごいと思うけど、善子ちゃんは悔しそうだった。流石にこのタイミングで風が吹くなんて。そんな善子ちゃんにおじさんは景品のぬいぐるみを引っ張り出す。

 

「この中から好きな物を選びな」

「ええ……これで」

 

善子ちゃんは悔しそうだけど、とりあえず景品の中を見て黄色の身体に紫の角のある丸っこい小さなぬいぐるみを選んで受け取る。

 

「残念でしたわね」

「ええ。でも、いいわ。どうせ、最後の最後に不幸が起きるのはいつものことだから」

「そうなんだ。私もやってみようかな?」

 

悔しそうな善子ちゃんを見て、私は励ましたいと思い、輪投げをすることにした。

しかし、

 

「ドンマイ、梨子さん」

「こういうこともありますわよ」

 

結果は一個も入らなかった。そのせいか、二人は私に優しく声をかけた。善子ちゃんを励ますつもりが、まさか励まされるなんて。

その後、そんな私に見かねたのか、ダイヤさんも挑戦し、結果は一個入れてお菓子をゲットしていた。あれ?私ってやっぱり下手なのかな?

 

「たまたま運が悪かっただけよ。きっと」

「そうですわ。五番を狙って、飛距離が足りなくて八番に偶然入っただけですし」

 

そんな私を二人はさらに励ましてくれた。こうして励まして貰ってるわけだから、気持ちを切り替えないとね。

 

「もう大丈夫です。いつまでも気にしてるのもあれですし。次の屋台に行きましょう」

「ええ。梨子さんが立ち直ったのなら」

「そうですね。次はどこに行きましょうか」

 

二人は私が気にしてないと理解するとそれ以上は気にせず、次の屋台に行くことになった。その後は綿あめを買ったり、射的をしたりして過ごした。なんでも、つい十数分前にやたらとうまい子が居たらしく、たくさんの景品が持っていかれただとか。それを聞いた善子ちゃんがチャレンジして、最初は失敗して、もう一回やってからは全弾命中になって、色々な景品を貰っていた。私も一応景品は取れたけど、二回に一回くらいの命中率だったから善子ちゃんと比べると……。

 

「で、沙漓は何してる訳?」

「みんなを待ってた?」

「なんで、疑問形で返してるの?」

 

それからなんだかんだで時間が経ち、河川敷に集合する時間になったから、河川敷に行くと、人がごった返していてみんなが見つからなかった。そんな中、河川敷の一角で沙漓ちゃんは邪魔にならないようにして立っていた。

その手には景品やらぬいぐるみ、さらには何故かエアガンがあった。

 

「それで、その景品たちはなんなの?」

「射的とくじの景品だよ。まぁ、このエアガン以外が射的でもらった奴ね」

「まさか、沙漓がおじさんの言ってた子だった訳?」

「言ってた?なんのことかはわかりませんけど、成果は上々でしたよ」

「あっ、梨子ちゃんたちいたー」

「お姉ちゃんたち、こんなところにいたんだ」

 

沙漓ちゃんは誇る訳でもなくいつもの調子でそう言うと、皆がやってきた。同時に来たってことは途中で合流したのかな?

 

「って、沙漓ちゃん。急に消えないでよね」

「焼きそば買って戻ったら消えないでよね」

「あー、はい」

 

曜ちゃんと鞠莉ちゃんが同時に沙漓ちゃんは苦笑いを浮かべて頷いた。たぶん途中で合流して消えたんだろうなぁ。そんな簡単にはぐれられるものなのかは謎だけど。

すると、時間が来たのか花火が打ち上がり始める。

 

「やっぱり、花火は綺麗だね」

「うん」

「ですね」

 

空に打ち上がった花火はとても綺麗で、皆見惚れていた。それから何十発、何百発と打ち上がり、瞬く間に佳境に差し掛かる。その間にも人はどんどん増えていたけど、真上だから人が増えても見えなくなるということは無かった。

ラストには“ナイアガアラ”という空中につるされたロープに付けられた小さな花火が大量に川に向かって滝のように降り注ぐというもので締められた。

 

「綺麗だったね」

「そうだね。毎年見てるけど、綺麗なものは何回見てもいいね」

 

皆花火に感動したのかそれぞれ感想を言い、そんな中で一斉に重大なことに気付いた。

 

「あれ?沙漓ちゃんは?」

「途中までいたはずだよね?」

 

また、沙漓ちゃんがいつの間にかに消えているということに。



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ユニット会議

時系列は未熟DREAMERの数日後ということで。
番外編なので本編とはあまり関係ないです。


「そろそろユニットでの活動も視野に入れた方がよさそうですわね」

 

もうすぐ夏休みになる活動日のある日。部室に全員が集まるとダイヤさんがそう言った。そろそろと言ってるけど、Aqoursが九人になってやった夏祭りのイベントから一週間も経っていない。

まぁ、お姉ちゃんたちも三つのユニットに別れて活動していたこともあって、案としてはいいと思う。Aqoursもµ’sと同じで九人だしね。

 

「いいと思う。私は賛成だよ」

「賛成ではあるけど、曲は平気なの?µ’sと同じなら三ユニットで、同時進行で三曲作らなきゃだけど」

「確かに大変ではあるけど、やりがいはあるよね」

 

ダイヤさんの案には皆も大小差はあれど賛成のようだった。作詞・作曲・衣装の心配もあるけど、それはみんなで協力すれば平気なはず。と言う訳で、ユニットのメンバー分けをしなくちゃなわけだけど問題が一つ。

 

「それで、どうやって決めるんですか?」

「そうですわね。一番は話し合いで決めるでしょうけど、コンセプトもなく決めるのは難しそうですし……」

「じゃぁ、くじで決めてみる?」

「そんな決め方でいいのかな……」

「でも、それ以外にいい方法もないよね」

「そうずらね」

「じゃぁ、とりあえずくじ引きで決めちゃいましょうか」

 

そう言って、なんだかんだでくじ引きで決めることになり、適当な紙に番号を書いて引くことになった。

 

「あ、1番だ」

「私は2番だね」

「3番だ」

 

九人がそれぞれくじを引くと、こうして三ユニットに別れた。

結果、千歌さんと曜さんとルーちゃんの組、果南さんとダイヤさんとマルちゃんの組、ヨハネと梨子さんと鞠莉さんの組となった。

あっ、µ’sと学年の分かれ方は一緒だ。

 

「で、分かれたけど、これで良かったのかな?」

「いいんじゃないんですか。いつまでたっても決まらなそうですし。それよか、ユニット名とか決めないと」

「あ、そっか。んと、ユニットごとに分かれて決めよっか」

 

千歌さんがそう言って、各々一か所に集まって話し始める。さて、僕はどうしよ。

そんなことを考えながら机に突っ伏して皆の会話を聞く。

 

「私は断然エリーチカのいたBiBiのようなユニットを」

「コミックユニットは嫌ずら」

「でも、このメンバーだとどっちかと言えばリリホワ寄りの気がするけど?」

「花丸さん、BiBiはコミックユニットではありませんわ。おしゃれ系モデルユニットですわ」

 

どうやら、ダイヤさんはBiBiのようなユニットを目指したいみたいだけど、二人的にはあまり乗り気ではなさそうだった。まぁ、二人ははっちゃけるというよりはゆったり系とかの方が好きそうだけど。

 

「曜ちゃん、ルビィちゃん。私たちはどの方面にする?」

「そうだね。方向性を決めないと名前も決まらないよね」

「ルビィは王道系がいいと思う」

「あっ、それいいかも。じゃぁ、そっち系にするとして……」

「名前だね……」

 

千歌さんたちの方はあっさりと方向性は決まった訳だけど、名前は難航しそうな感じだった。

 

「私たちはどうする?」

「もちろん、堕天使たる私がいるから、堕天的なユニットよ」

「そうよ。マリーはrockでhardなユニットがいいわね」

「堕天的って?それにロックって……私にはどっちも」

 

梨子さんたちの方は個性が強い二人がいるから難航しそう……それに暴走気味だから梨子さんへの負担も大変だし。

というか、このグループ分けは地味な心配があるなぁ。まぁ、そこは各自で頑張ってもらうとしてだけど。

 

「まぁ、ユニット名は追々決めるとして。梨子さん、作曲は問題ないでしょうか?」

「えーと。一応、曲のイメージさえもらえればなんとかなると思いますけど……歌詞はどうするんですか?」

「それは、各ユニットでいいんじゃないの?曜の方はどう?衣装三パターン必要だけど」

「それは、みんなにも手伝ってもらえばなんとかなるかな?」

「まぁ、それなら問題ないですね。その辺は追々詰めていくとして練習に入りましょうか」

 

とりあえず、衣装やら作曲やら作詞をどうするかが決まり、練習をすることを提案する。

僕の提案に皆同意を示すと、ユニット会議第一回は終了し、練習が再開された。

 

 

~☆~

 

 

練習が終わり、家に戻って来てのんびりしていると、ヨハネに呼び出された。なんでも、重大な問題が発生したとかなんとか。

それで、ヨハネの部屋に行くと何故かそこには梨子さんと鞠莉さんがいた。

 

「あれ?二人がいてこのメンバーってことは?それに重大な問題って?」

「ええ。ユニット会議よ。他は方向性だけは決まったのに、私たちはまだそこも決まっていないから、重大な問題よ」

「なるほど?あれ?堕天的とかロックとか案は出てたんじゃ?」

「いや、私には向いてないと思う訳で……」

 

ヨハネに言われてそう言うと、どうやら梨子さんが嫌がっている感じのようだった。鞠莉さんが言った通り、千歌さんたちは王道系、果南さんたちはなんだかんだで練習上がりには落ち着いた感じのイメージで決めていた。そういうわけで、未だにイメージが固まっていないのはここだけというのが現状となっている。

 

「じゃぁ、梨子さん的にはどんな感じがいいんですか?」

「えーと……どんな感じだろ?」

「なるほど。よくわからないと。千歌さんたちはprintemps、果南さんたちはリリホワ寄りだから、BiBi寄りだとバランスはよさそうですよね」

「そうなのかな?でも、たしかにそうかも」

「というか、BiBiって何系?」

 

梨子さんの思い描くイメージがないから、僕はµ’sと照らし合わせてそう言ってみた。実際、そんな感じになってるし。

 

「一応、公式にはモデル系ユニットってことになってますけど」

「モデル系ねぇ」

「まぁ、要するにかっこいい感じですかね?」

「かっこいい……って結局曖昧な感じになってる気もするけど」

「でも、割と曖昧ですよ。BiBiはcutie pantherや冬がくれた予感と曲調が全く違うのを歌ってますし」

 

曖昧な感じになったから例を出して言ってみたけど、この説明合ってるのかな?うまく伝わっていればいいんだけど。

僕はそんな心配をするけど、鞠莉さんの言葉でそれは杞憂だと分かった。

 

「それもそうね。じゃぁそんな感じ?私としては楽しければそれでいいわけだし」

「鞠莉さん。ロック系が良かったんじゃ?」

「確かにそれもいいけど、ユニットだから三人の合うものにしないとだしね」

「私も構わないわ。梨子さんが嫌な状態でやるのは悪いと思うし」

「あれ?なんか私気を使われてない?」

 

ヨハネと鞠莉さんが一歩引き、梨子さんは困惑する。なんでか、自分が気を使われているような雰囲気になっているから。

 

「でも、この三人のイメージ的にはモデル系路線で問題ないと思いますよ。みんなスタイルいいんですから」

「そうかな?二人はそうかもだけど、私は……」

「はいはい。梨子さんは勝手な自己評価で決めつけない。綺麗なんだから」

「そうよ、梨子。梨子がそうじゃなかったら、けっこうの人があれになるわ」

 

梨子さんは否定してるけど、僕も二人の意見には賛成だった。梨子さんは綺麗だし、否定することなんてないと思うんだけどなぁ。

 

「まぁ、私もそんな感じならいいかな?モデル系が本当に私に合うかわからないけど」

「似合いますよ。というか、似合う衣装を作ってくれますよ」

「それもそうね。曜さんたちと一緒にいい衣装にするわ」

「うん。よろしくね」

「じゃっ、この調子でどんどん決めちゃいましょー」

 

なんだかんだで方向性は決まり、この調子でユニット名も決めようということになった。

でも、ユニット名でも難航しそうかな?他二つもここで悩んでたし。

 

「と言ったものの、名前は簡単には浮かばないよね。できれば横文字の方がカッコよさそうだなぁとか思うけど」

「それには賛成ね。Fallen Angelsとかは?」

「それじゃ、結局堕天使で堕天的ユニットじゃない。私としてはshineかしらね」

「鞠莉さん、口癖もじってません?私だったらoceanとかmarineとかがいいかな?」

 

三人はとりあえず思いついた名前を口にする。ヨハネと鞠莉さんは自分と関係あり気な感じに対して、梨子さんはAqoursから引っ張ってきた感じだった。

しかし、三人ともピンと来てないようでもう少し考え始める。

 

「かっこいいと思う言葉をまずは羅列してみたらどうですか?そこから決めるのも手だと思いますし」

「それもそうね。グループ名を決める時も砂浜にたくさん書いたことだしね」

「そうなの?まぁ、私もそれで賛成よ」

「じゃぁ、どんどん挙げてくでーす」

 

僕がそんな提案をすると、三人はその提案に乗りアイデアを出し始め紙に書き連ねていく。ヨハネは相変わらず“ダークネス”とか“サタン”とかそっち方面で、梨子さんは“ドラゴン”やら“ナイト”やらとそれ自体がかっこいい物を、鞠莉さんは“guilty”とか“thunder”とかやたらと英語だった。

 

「さて、挙げたはいいけど、ピンと来ないわね」

「となると組み合わせてみる?」

「組み合わせねー」

「ドラゴンサンダー、guilty crown、infinite life、ダークデビル……うーん、組み合わせようにも数が多いですね」

「ええ。これは一苦労しそうね」

 

挙げた所から組み合わせに移ってみたけど、羅列し過ぎたせいで逆に迷ってしまった。その為、難航していると、僕はある文字を見て疑問に思った。

 

「なんで、kissがあるんですか?」

「kissってかっこいいのかしら?」

「あっ、それ私が書いたやつだ」

 

僕が疑問を口にするとヨハネも同じタイミングで気づいたようでそう言い、その単語は梨子さんが書いたものだった。はて、一体なぜ?

 

「梨子的にはkissはかっこいいと思ったのかしら?」

「えーと、かっこいいのが“大人”かなぁと思って、それで大人で考えたらkissとかが浮かんで……」

「「……」」

「うん、気にしないで」

 

梨子さんが書いた理由を口にすると、ヨハネと鞠莉さんは黙り込み、梨子さんは二人に何か言われる前に無かったことにしようとした。しかし、

 

「梨子、それよ!」

「ええ。ありだわ!」

「「え?」」

 

何故か二人は気にいったような反応をし、僕と梨子さんは驚きの声を漏らす。

 

「いや、急にどうして?」

「善子、組み合わせを考えるわよ」

「ヨハネよ!でも、任せなさい」

 

梨子さんは困惑気味に声をかけるが、二人にはもう届いていないようで、出てきた案を見ながら組み合わせを考え始めてしまった。

 

「二人の琴線に触れたのかな?」

「さぁ?」

 

そんな二人に、テンションが付いて行けず僕たちは二人を見ているだけしかできなかった。そして、一分ほど経ち。

紙の白紙部分にはいくつものパターンが書かれており、“Guilty Kiss”“Dark Kiss”“Dangerous Kiss”の三つ以外はその後に線が上から引かれていた。たぶん、この三つが二人の最終候補っぽかった。

 

「さぁ、あとはこの四人で多数決よ!」

「なんで、僕まで?」

「三つに割れた場合でもどれかにはもう一票入るからよ。ここにいるなら手伝いなさい」

「はーい」

「勝手にどんどん決まっていく……」

 

そして、最終的にこの三つから決めることになった。多数決の都合上僕を巻き込んで。でも、四人だったら二つの案に二人が選んで決まらなくなる可能性もあるけど。まぁ、そんなことないか。

 

「じゃぁ、同時に行くわよ。せーの」

 

鞠莉さんの掛け声で四人一斉に指差した。

その結果は、全員“guilty kiss”を指差していた。僕がこれを選んだのは“Guilty Kiss”が一番かっこよく見えたからだった。それに“Dark Kiss”はイミワカンナイし、“Dangerous Kiss”はちょっと長い気がしたし。

 

「満場一致ね」

「みたいですね」

「これであとは曲作りだけね」

「まぁ、それは後にしましょ?今日はここまでってことで。あ、ゲーム」

 

コンセプトとユニット名が無事決まり、鞠莉さんはヨハネの部屋にあるゲームを勝手に起動させ始めた。

たぶん、今から曲作りを始めるのは時間的に中途半端になると思うから区切りのいいこのタイミングでそう言ったのだと思う。

そして、鞠莉さんは電源を入れたゲームのソフトを漁り始めていた。

 

「あー、勝手に私のモノ漁るなー」

「あはは」

「鞠莉さん、これおすすめですよ」

「Oh、いいわね。それ」

「沙漓も勝手なことするなー。おすすめはこっちよ!」

「あっ、善子ちゃんも結局やるんだ……」

 

 

~☆~

 

 

翌日。雲が多くて雨が降りそうだなぁと思いながら、今日もまた練習があるからと部室に集まると、他二つのユニット名が決まっていた。

 

「“CYaRon”に“AZALEA”ですか」

「うん。私たちのイニシャルをもじってみたんだー」

「わたくしたちは地域に根ざしたユニットという意味を込めて、県花のつつじから考えましたわ」

 

ホワイトボードに書かれたユニット名を読んだら千歌さんとダイヤさんが補足してくれた。つまり、みんなもヨハネ達みたいに練習が終わった後に会議でもしてたのかな?

 

「それよりも、鞠莉たちの“Guilty Kiss”の理由が気になる」

「ふふっ、マリーたちは色々試行錯誤したのデース」

「その結果がこれですか。罪の接吻など破廉恥ですわ!」

「まぁ、そうも取れますけど……」

「いいのよ。私たちは気にいってるんだから」

 

話はGuilty Kiss(他と比べたら長いからギルキスって略そう)のユニット名に対してみんなは反応に困っていた。他二つに比べて異彩を放っているから仕方ない気がするけど、三人はそれに決めた訳だからいいんじゃないのかな?ヨハネが言うがギルキスは破廉恥だと言い続けるダイヤさんを果南さんがなだめ、そこに鞠莉さんが余計なことを言ってダイヤさんが怒るといういつも通りの展開が起きていた。

そんなことを数分続くとダイヤさんはもういいやと諦め、みんな練習着に着替えて屋上に向かった。

 

「あっ、雨降って来た」

 

しかし、屋上に出た直後雨が降り出した。もとから今日は雲行きが怪しかったから仕方がないが、こうなると練習場所問題があった。

 

「どうするずら?」

「そうだねぇ。体育館はバレー部が使ってるし……」

「仕方がないですね。部室でミーティングにしましょうか。もしかしたら止むかもしれませんし」

「ですね」

 

体育館は使用中で練習できる場所がなかったから、なくなく僕たちは部室に戻ることになった。

 

「と言う訳で、ユニットの曲作りをしましょうか」

「そうですね。せっかくユニット名が決まったことですし、曲の案も詰めるべきですね」

「じゃぁ、それぞれ決めるとして……て、部室で同時にやったらごちゃごちゃしそうだね」

 

部室に戻るとユニットの話になり、流れるように曲作りをすることになったけど、この狭い部室で同時に三つの話し合いをしたらやりづらそう。

 

「別々の場所に別れるのが無難でしょうね」

「そうだね。じゃぁ、じゃんけんで勝ったユニットが部室に残って、負けたユニットは他の場所に行くってことで」

「いいわね、ちかっち。じゃぁ、ギルキスは善子で行くわ」

「任せなさい!」

「じゃぁ、アゼリアは花丸ちゃん、お願いね」

「マルずら?」

「じゃっ、シャロンはルビィちゃんで!」

「え?ルビィなの!?」

 

何故かじゃんけんで部室に残るユニットを決めることになり、じゃんけんすることになったヨハネ達。何故かやる気満々なヨハネに対して、じゃんけんする羽目になったマルちゃんとルーちゃん。あれ?でもヨハネがじゃんけんしたら、まずいんじゃ?

 

 

~☆~

 

 

「ルビィちゃん、勝ってくれて良かったよ」

「どっちも一年生で来たから流れでお願いしちゃってごめんね」

「まさか、勝てるなんて」

 

じゃんけんの結果、まさかのルーちゃんの勝利で幕を閉じ、CYaRonが部室に残ることに成功した。最初は三人でじゃんけんしたけど、ヨハネがチョキを出して一発負けして、その後マルちゃんとの一騎打ちでルーちゃんが勝利した感じだった。ヨハネはチョキしか出せない制約でもあるのかな?

ちなみに僕はなんとなく部室に残っていた。正確には、ある作業をしたいからなんだけど。

 

「ところで、なんで“CYaRon”になったんですか?シャロンで調べてもアメリカの都市かどこかの人の名前しか出なかったんですけど」

「ん?あぁ、私たちのイニシャルを入れたのは言ったでしょ?」

「はい。でも、それであの名前になった経緯がわからなくて。あの表記だと造語みたいですし」

「うん。たしかに造語だね。経緯って言っても色々案を出してたらピンときたのがこれだったってだけだよ」

「うん、ほんとに偶然だったんだよね。都市とか人の名前にもあるんだ」

「スペルは違ったけどね。でも、ユニット名の経緯はわかりました。それで、どういう曲にするんですか?」

 

どうして“CYaRon”なのかという疑問はそんな感じで解決された。だから、今現在の問題について聞いてみた。三人にはもう曲のイメージとかあるのかな?

 

「そうだねー。私たちらしさがある曲にしたいね」

「らしさって言うと?」

「元気!」

「元気!」

「元気?」

「……それでいいんですか?」

 

千歌さんに聞いた結果、三人は結局そういう答えを返してきた。らしさが元気って。しかも、ルーちゃんは何故か疑問形だし。

 

「つまりとにかく明るい曲ってことですか?」

「うん。聞いてると元気が出る曲にしたいなって私は思う」

「私もそんな感じのとにかく楽しい曲がいいと思ってるよ」

「ルビィもそんな感じのがいいなぁって思ってるよ」

 

三人の言葉を纏めるとそんな感じのものを目指しているようだった。と言っても、僕は作詞をしたことが無いから特に手伝えなさそうだけど。

そうして、三人はとりあえず歌詞に使う言葉を出し始めた。千歌さんはよく作詞が進まずに梨子さんに急かされていたから実のところ心配だったんだけど平気っぽいかな?

そんなわけで、僕はノートパソコンを開いてイヤホンを差して作業を始める。

 

「曜ちゃん、ルビィちゃん。息抜きしない?」

「え?まだ始めたばかりだよ」

「うん。それに、サボってたらお姉ちゃんに怒られちゃう」

 

ある程度言葉を出したタイミングで千歌さんの集中力が切れたのかそう言った。それに対して二人は驚いた様子でそう返す。

 

「うーん、言葉を出したのはいいんだけど、こうピーンとくる感じのモノがなくてー」

「まぁ、それはわかるけど」

「たしかに私も衣装のイメージがひらめくと一気に衣装デザインが描けるけど。まぁ、千歌ちゃんがそういうのならちょっと休憩しよっか」

「うゅ。まぁ、ちょっとくらいなら」

「そうそう、ちょっとだけだよ」

 

すると、だいたい千歌さんに甘い曜さんと、なんだかんだで流されやすいルーちゃんは千歌さんの提案に乗ってしまった。

うーん、CYaRonにはまとめる系のメンバーがいないからこうなっちゃうのか。昨日もユニット名決めで紆余曲折してたんだろうなぁ。

 

「まぁ、いいんじゃないんですか?他の所も今は作詞してないみたいですし」

「あれ?そうなの?」

「はい、LINEで進捗を聞いたらギルキスは鞠莉さんとヨハネが脱線してるっぽいですし、アゼリアは図書室で作業してたら図書の仕事をすることになってるっぽいです」

「あれ、他の所はそんなことになってるんだ」

「みたいです。っと、僕はちょっと図書室に行ってきますね。三人だけじゃ作業が多いみたいなので」

 

僕はそう言うと、ノートパソコンを閉じて部室を出ようと椅子から立ち上がった。

 

「あっ、勝手にパソコンいじらないでくださいね」

「もちろんだよぉ」

「絶対的にですよ」

「う、うん」

 

 

~☆~

 

 

「呼ばれたから来ましたよぉ」

「あ、沙漓ちゃん、来てくれたずらね」

「ごめんね。手伝いに来させちゃって」

「いえいえ。どうせ部室で僕の個人的な作業をしてただけなので問題ないですよ。あれ?そう言えば、ダイヤさんは?」

 

図書室にやって来ると、マルちゃんと果南さんがおり、カウンター脇には返却された本が詰まれていた。一体、何が起きればこんなに積まれるんだろ?

それと、ダイヤさんの姿が見えず、首を傾げる。

 

「呼びましたか?」

「あっ、奥にいたんですか。それにしても本が多いですね」

「ええ、今日一日で返却された本が溜まっていたようですわ」

「なるほど。この本たちを元の場所に戻せばいいってことだね」

 

手伝う内容を確認すると早速本を数冊手に取る。図書室にはちょくちょくマルちゃんの手伝いで出入りしているからなんとなく本のジャンルで場所はわかり問題なくこなすことができるはず。

そう言う訳で本を棚にしまい、またカウンターに本を取りに来ると、ダイヤさんとマルちゃんは棚にしまいに行っており、果南さんは本をその場で並べ替えていた。

 

「なにしてるんですか?」

「私はあまり図書室に出入りしてなかったからあまり本の位置がわからないから、番号の近い本でまとめてる感じだよ。こうすれば行ったり来たりせずに一気に数冊しまえるでしょ?」

「なるほど。じゃぁ、ここの持って行きますね」

「うん、よろしくね」

 

果南さんに確認してから、ひとまとめにされた一部を持って行く。果南さんが一気にまとめていき、それを三人でしまって行くことであっという間に片付き、こうしてAZALEAは作詞に戻れることになった。

 

「そう言えば、県花のつつじからもじったのは聞きましたけど、なんで英語にしたんですか?」

「それはまぁ、つつじのままじゃ味気なかったし……」

「リリホワも百合を英語に変えていましたので」

「そういうことですか。だったら、アゼリアなんたら、みたいにしなくてよかったんですか?」

「それだと長いし、アゼリアがちょうどいいって思ったんだよ」

 

何か特別な理由があってこの名前にしたのか気になって聞いてみた所そんな感じの理由だった。そういった理由なら納得かな?

 

「ところで作詞の方はどうなんですか?始めてすぐには図書の仕事はしていなかったみたいですけど」

「ええ、なんとなくの方向性は決まったので、すぐにできますわ」

「ダイヤはそう言うけど、私は作詞って苦手だからね……」

「そう言う訳で、完成はまだわからないずら」

「はぁ、まぁすぐにはできませんよね。それに、発表タイミングも決めてませんし」

「というわけで、どんどん作詞を進めますわよ」

 

そんな感じで、三人は作詞に戻る。それを僕は見ていた。どうせ、部室は三人が休んでるんだし、もう少しこっちに居ていいかな?

僕はそんなことを考えて図書室に残って三人の作詞を見ていた。

 

翌週。なんだかんだで三ユニットとも曲が完成したのだった。曲名はそれぞれ考えるとかで、発表されるまで僕も知らなかった。だから気になることも。

 

「トリコリコってなに?strawberryってヨハネが押したのかな?」



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海乃家はじめました

サブタイトルがアニメと違いますけど、気にしない方向で。


「ヨハネ……これなに?」

「私考案の堕天使の泪よ!」

「なんで黒いの?あと、中身が嫌な予感がする。タバスコがそこに置いてあるし」

「そう、これはタコの代わりにタバスコを入れた――」

「危険だから、ヨハネ以外は食べれないよ」

「そう?私は食べられるけど」

「辛党のヨハネはね。絶対に、他の人には食べさせちゃダメだよ!」

 

 

~梨~

 

『千歌ちゃん、歌詞は?』

『ゴメーン』

『早くしてよね?』

『了解!』

「はぁー」

 

明日から夏休みに入り、私はため息をついた。そろそろ新曲を作ろうという話になって、それなのに千歌ちゃんから歌詞が挙がってこない。歌詞が無いと、曲を完成できないんだけど……。

 

ピロンッ

 

すると、通知が来る。なんだろ?千歌ちゃんからかな?そう思って確認すると、ピアノコンクールの案内だった。ピアノコンクール。確かに出たい気持ちがあるけど……

 

“8月20日”

 

この日はラブライブの予備予選の日。つまり、どちらか片方にしか出られない。私が選ぶのは……。

 

 

~☆~

 

 

「あーつーい」

「ずらー」

「煉獄の業火が」

 

千歌さん、マルちゃん、ヨハネが口をそろえてそう言った。夏休みに入ったとある日の練習前にダイヤさんがみんなを屋上に集めた。話し合いだったら、部室にすればいいのでは?あと、ヨハネはとりあえずローブを脱げばいいと思う。

 

「夏休みと言えば?」

「海だよね?」

「お父さんが帰って来る」

「マルはおばあちゃん家に」

「夏コミ!」

「ブッブーですわ!片腹痛いですわ」

「ダイヤさん、ミーティングなら部室でやりません?熱中症になりますよ?」

「……そうですわね」

 

なんか、このままここで話している必要が無いからそう言ったら、ダイヤさんはそれもそうかとあっさりと受け入れて、部室に移動した。

 

「それで、一体何を?」

「夏と言えば……ルビィ?」

「えーと、ラブライブ?」

「そうですわ。流石我が妹」

 

部室に移動すると、さっきの話の続きが行われた。ダイヤさん、ルーちゃんに甘すぎです。

そして、ホワイトボードには二つの円グラフ。

 

「そして、これが極秘で手に入れたµ’sの合宿スケジュール」

「遠泳十キロにランニング十五キロ」

「まぁ、なんとかなるかな?」

「あっ、お姉ちゃんが暴走して作ったやつだ」

「しかも、本物だった!」

 

それは、いつしかのµ’sの合宿でお姉ちゃんが暴走して作ったとか言っていた練習メニューだった。でも、全員の反対で却下されてもう少し軽い練習になったって聞いてたような?これって、本当にできるやつなのかな?止めた方がいいのかな?

すると、果南さん、曜さん、千歌さんが何かを思い出したかのような表情をする。

 

「そう言えば、千歌ちゃん。夏休み海の家の手伝いがあるんじゃなかったっけ?」

「そうだ!自治会で出してる海の家を手伝うように言われているのです!」

「あっ、私もだ」

「ではどうすれば?」

「残念ながらそのスケジュールでは」

「別に、サボりたいわけじゃないんですけど」

 

海の家の手伝い。それによって、三人は昼間の練習ができないとのことだった。まぁ、この辺りは海が観光名所だから、人も来るし旅館の宣伝にもなるからかな?あと、それとなく果南さんのダイビングショップの宣伝も?

そう言う訳で、あの練習をこなすのは無理そうだった。

 

「それに、昼間の暑い時間に練習するのは身体への負担も大きいからね」

「じゃぁ、練習は涼しいモーニング&イブニングだけね」

「ですが、それでは時間が……」

「だったら、合宿しない?私の家なら旅館だから一部屋借りれればなんとかなるだろうし」

「そうだね。海も目の前だからすぐ練習出来るし」

「移動が無い分、練習に時間がとれるしね」

 

その結果、千歌さんの家で合宿することになりました。その後練習をし、今日は解散になった。

 

「では、明日朝の四時集合で」

「ダイヤさん、沼津からだとその時間はバスが無いから行けませんよ」

「そう言う訳で午前七時頃に」

 

なんでか、ダイヤさんはやたらと張り切っていた。なんでそんなに張り切っているのやら?

 

 

翌日。

 

「ところで、僕って来る必要あるのかな?」

「Aqoursのメンバーなのだから来るのは当然よ!」

「でも、踊らないし」

「まぁまぁ、いつも通りしててくれればいいから」

「はぁー」

 

僕はヨハネにたたき起こされて、バスに揺られていた。今更だけど、僕の行く必要性が分からなかった。でも、二人はそんなことを言い、まぁ、いいかと思う。どうせ、特に他の予定もないし。

 

「いらっしゃい。合宿で使っていいけど、他のお客さんもいるから騒がないでね」

「はい。もちろんです。今日はよろしくお願いします」

 

旅館に着くと、志満さんに案内されて部屋に通された。って、ここ千歌さんの部屋。やっぱり、この時期に部屋を借りるのは無理だったか。

荷物を置くと、海岸に出る。みんなもう着いていたようで、準備運動をしていた。

 

「おはよー」

 

僕たちが着いたことに気付くと、千歌さんが手を振る。そこから、おのおの準備運動をすると、基礎練習から始まった。さて、僕は何してよ?

すると、しいたけちゃんの散歩に行っていた美渡さんがやって来る。あいかわらず、しいたけちゃんは僕を警戒する。

 

「おはよう」

「おはようございます」

「ごめんね。千歌のわがままで海の家手伝わせちゃって」

「いえ。代わりに旅館に泊めさせてもらえますし、時間外にお風呂も貸していただけるので、これくらいは」

「そっか。ああ、今のうちにあそこの海の家の説明しておくね。あとで、皆にも伝えておいて」

 

美渡さんはそう言って、海の家の説明をした。といっても、食材はあそこに用意された物を使うことや、別の場所から持ち込んでもいいこと。それと、余った食材は僕たちの夕飯になってしまうとのこと。ほとんど、こっちに丸投げだった。それでいいのか?

ある程度説明が済むと、はぁはぁ言っているしいたけちゃんを連れて旅館に戻って行った。

 

「さて、まずは一通りのダンス練習から始めましょう。あのメニューは夕方に」

 

ダイヤさんがそう提案して、練習が始まった。その間に僕は海の家に入って中を見た。うん、ザ・海の家って感じだった。定期的に掃除をしてはいたようで綺麗ではあるけど、暇だし掃除でもしようかな?あっ、猫だ。

 

「るるるーる」

「にゃ!」

 

みんなが練習している横で僕は床を掃いて、使う食器を洗ったりして過ごした。食材は焼きそば、焼きトウモロコシ、お好み焼きなどなどいくらか作れそうな材料があった。この辺が定番かな?あっ、冷やし中華も始められるか。

そうして過ごして、そろそろ海の家の開店準備をする時間になったから、外に出ると、

 

「シャイニー!」

「ヤッホー」

「ずらー」

 

なんでか、皆めっちゃ遊んでるかのんびりしていた。あれ?練習は?

 

「ダイヤさん、ダイヤさん。練習は?」

「いえ、結局こうなりまして。そう言えば、今までどちらに?それと、その頬どうしましたの?」

「ほへぇ?ずっと海の家で準備を。暇でしたし、少しでも皆の練習時間を確保しようと。これはあの子との戦闘で」

「「え?」」

「あ……」

 

結局あの猫にも好かれず、近づいたら引っ掻かれた。それで、みんなは、なんで練習をせずに遊んでるんだろ?合宿だよね?

みんな僕の発言を聞いてバツの悪そうな顔をする。

 

「そう、これは親睦を深めるためにだよ!」

「親睦……僕は誘われてない……」

「えーと……」

 

なんとか遊んでいた理由をでっちあげようとしてたけど、親睦だったら僕が放置された理由は?あれかな?僕とは親睦を深める必要が無いってこと?

 

「いえ、別に気にしていませんよ。高海先輩」

「そっか。良かった……ん?高海先輩?」

「まぁ、いいですけども。でも、そろそろ準備を始めた方がいいと思いますですよ」

「そ、そうですわね」

「そうです、そうです。黒澤先輩。準備は大切ですよ」

「あっ、沙漓が拗ね始めた」

「ん?拗ねてなんかないよ?何言ってるの、善子ちゃん?」

「思いっきり拗ねているじゃない!」

「またまた~。何処からどう見ても拗ねてなんかないよね?ねっ、みんな?」

 

それから、僕はしばらく拗ねました。せっかく海に来たからあわよくばAqoursの練習後の休憩中にでも、みんなで遊ぼうと思って準備を進めてたのに~。それなのにこの仕打ち。

 

「えーと、沙漓ちゃん?」

「ん?どうしたの?もう気にしてないよ。さて、準備始めますよぉ」

「あっ、うん」

 

こうして、海の家を回転する運びになりました。というか、隣にめっちゃ綺麗な海の家があるんですけど?立地条件最悪じゃない?

ダイヤさんは一度この海の家を視界から外してたり、鞠莉さんが隣に敵対視して盛り上がったりしていた。

鞠莉さん楽しんでいません?

千歌さんと梨子さんは看板を持って客引き、果南さんはチラシ配りで宣伝。その際、皆のことをダイヤさんはジャリと言っていた。果南さんスタイルいいけど、それで皆をジャリと言うのはどうかと?ダイヤさんより胸大きい人の方が多いし。

 

「そして、曜さん、鞠莉さん、善子さん」

「ヨハネ!」

「あなたたちには料理を担当して――」

「この三人はちゃんと料理できるんですよね?」

 

そして、三人には料理担当を命じたけど、不安要素が。曜さんは常識人だから平気。ヨハネは堕天使の泪を作るから危険。鞠莉さんはお金持ちだから普段料理をしなさそう。

ダイヤさんは全く知らないようで首を傾げていた。

 

「一応、人並みには」

「私も一応お母さんの帰りが遅くて作ることは時々」

「鞠莉に任せるデース」

「うーん、平気かな?」

「まぁ、沙漓さんも料理班に行ってください。客捌きは私たちでやりますから」

「ん、了解です」

 

そういって、四人で作ることになった。

とりあえず、何を作るかを考えに厨房に行く。

 

「なるほど、食材は発注化なのね」

「鞠莉さん、高級食材を持ち込まないでくださいね。会計が大変になりますし、海に大金を持ってくる人はいませんから」

「そう……わかったわ」

「あと、ヨハネも辛いの禁止ね」

「えー」

「い、い、ね?」

 

こうして、僕たちは各々考案した料理を作った。といっても、僕は普通の焼きそばとかお好み焼きだけど。

 

「完成!」

「くっくく」

「シャイ煮、コンプリート」

 

完成した料理を見て、僕と曜さんは息を呑んだ。

曜さんが作った“ヨキソバ”というオム焼きそばはおいしそうだった。たぶん、これなら売れる。

ヨハネは“堕天使の泪”を作っていた。いや、なんで作ってるの?辛いの作るな言ったのに。あっ、ヨハネにとっては辛くないからか。

そして、

 

「鞠莉さん、これは?」

「シャイ煮よ?」

「いえ、何をどうやればこんな色になるんですか?あと、高級食材を持ち込まないようにいたのに、いつの間に持ち込んだんですか?」

「イッツ、マジック!」

 

鞠莉さんは紫色の謎の料理を作った。その周囲には高そうな肉やら海老やらなんやら。ほんと、いつの間に持ち込んだのやら?

 

「ちなみに、これいくらで売る気ですか?」

「さぁ、十万円くらい?」

「海にそんなに持ってくる人はいないよー。どこのリゾートだー」

「でも……」

「でもじゃないですよ!先に言いましたよね?高級食材を持ち込むなって」

「沙漓、いいじゃない」

 

鞠莉さんは悪びれた様子もなく、そう言った。何故か、ヨハネは鞠莉さんの擁護をしようとしたので矛先をヨハネに向ける。

 

「ヨハネもヨハネだよ!一昨日、言ったよね?これは誰かに食べさせるなって!危険だから!」

「なにが危険なの?」

「あっ」

 

すると、曜さんは首を傾げながら、堕天使の泪を一つ食べてしまった。すると、曜さんの顔がたちまち赤くなる。僕は迅速にコップに水を汲む。

 

「辛っ!」

「水です」

「ありがと」

 

水を渡すと、一気に飲み干す。普通の人が食べるとどうなるかの惨状をヨハネは見ても、あまり気にしていなかった。

 

「これでもお客さんに提供する?」

「ええ。辛い物を求める人もいるはずよ」

「はぁ、もう作っちゃったからいいよ。その代わり、シャイ煮の値段はもう少しなんとかしてください」

 

鞠莉さんの持ち込んだ食材は結局鞠莉さんからの寄付ということで会計には関わらないけど、頼む人はいないかな?ヨハネも堕天使の泪以外作る気が……と言うか、種を大量生産しちゃったし。

この惨状は、僕と曜さんだけの手に負えません。

 

 

「はぁ、はぁ。お店の後だと結構きついね」

「何ですかこの状況?」

 

夕方、皆は練習に戻り、僕は片づけをしていた。そして、終わって外に出ると、肩で息をしている果南さんと、砂浜に倒れる八人がいた。音楽性の違いから喧嘩に発展した後?Aqours解散の危機?勝者は果南さん?

 

「いやー、ダイヤが見つけてきたあのメニューをやった結果だよ。遠泳とランニングだけでこの状況だよ」

「本当にやっていたんですか。お姉ちゃんの話だとみなさんに拒否されてできなかったって言ってましたけど」

「「「「「「「え?」」」」」」」

「まぁ、そうだろうね」

「なんとなくそんな気がしてた」

「なんで行ってくれなかったのー。言ってくれれば、まだ止まれたかもなのに……」

 

どうやら、本当にやった結果のようだった。だから僕がそう言ったら、みんなが顔を上げて驚いた。察してたメンバーもいたけど。

そして、千歌さんは僕の言葉を聞くとそんなことを言った。

はて?なんで止めなきゃなんだろ?

 

「確かに海の家が始める前に言おうと思ってましたよ?でも、午前中に練習してませんでしたから、その分を取り返すにはこのメニューしかありませんから」

「やっぱり、朝のこと根に持てたー」

 

それからも練習は続き、夕飯はやはり残った“堕天使の泪”と“シャイ煮”を食べた。シャイ煮はなんとか千円台にまでコストカットをしたけど、それでも高いからかなり売れ残った。やっぱり明日は別の料理で。堕天使の泪も。

 

 

~千~

 

 

家に戻ったら梨子ちゃんのお母さんと志満姉が話しているのを聞いてしまった。梨子ちゃんのコンクール?何の話?

私はモヤモヤしながら過ごした。なんで、梨子ちゃんは言ってくれないんだろ?

そして、布団を敷いて私たちは寝た。まぁ、私はまだ寝れてないんだけど。

だから、布団に潜ってコンクールのことを知らべると、あっさり見つかった。その日は予備予選の日だった。きっと、梨子ちゃんはみんなに迷惑がかかるからって、こっちを選んだんだと思う。梨子ちゃんに聞いてみよ。

 

「梨子ちゃーん、りーこちゃーん」

「千歌ちゃん、面白がってない?」

「話があるの」

 

私は梨子ちゃんにそう言って外に出た。

 

「私はラブライブに出るよ。最初は考えた。でもこの合宿を通して、皆といる時間が大切だと思ったの」

「え?」

「それで、ちゃんと考えた。どっちが大切かって。そして、決めたの。一緒に予選に出るって。今の目標は今までで一番の曲を作って、予選を突破することだよ」

「そっか」

 

梨子ちゃんはそう言った。梨子ちゃんが決めたのなら、私に言うことは無いか。

 

「だから、早く歌詞頂戴ね」

「えー」

 

梨子ちゃんは家に戻って行き、私も追いかける。梨子ちゃんは私たちを選んでくれた。でも……。

 

「ん、千歌さん、梨子さん?」

 

家に戻ると、廊下を沙漓ちゃんが歩いていた。寝ぼけながらだから、足元はおぼつかない。

 

「沙漓ちゃんは何してるの?」

「お手洗いに……」

「あっ、うん」

 

沙漓ちゃんはそう言って歩いて行き、私たちは部屋に戻った。

翌朝、しいたけを抱き枕にして廊下で寝ている沙漓ちゃんが発見された。

 

 

~☆~

 

 

「うう。まだほっぺが痛い」

 

翌朝、僕は頬を抑えながらとぼとぼ歩いていた。朝しいたけちゃんに前足パンチをされてしまった。なんで、しいたけちゃんと寝てたんだろ?

 

「と言う訳で、二日目ね」

「料理をある程度変更しないと」

「そうだね。結局シャイ煮は残ったのを冷凍保存しちゃったし」

「二日目のカレー状態ですね」

「それだ!」

「「「ん?」」」

 

朝の練習が終わり、僕たち四人は今日もまた料理を作るのだが、方向転換を考え試行していた。主に、シャイ煮の改善案と堕天使の泪に代わる物の製作で。すると、曜さんは何か思いついたようで、とあるものを引っ張り出す。

 

「今日はこれも使います!」

「カレー?」

 

それはカレーの元であり、カレーを作る気のようだった。しかし、それでシャイ煮がどうにかなるのだろうか?

 

「うん。父さん特性の船乗りカレーはなんにでも合うのであります!」

「なるほど?まぁ、曜さんがそう言うなら平気ですね」

「私たちと態度が全く違うわ」

「なんでよ!」

「昨日の結果です!」

 

すると、ヨハネと鞠莉さんが抗議する。いや、二人はやらかしてるから、こうなるのは必然じゃないの?そうして、曜さんは船乗りカレーを鞠莉さんのシャイ煮をもとに作り始めた。

 

「さて、じゃぁ、堕天使の泪も改良を。と言ってもアイデアはいいから、中身のタバスコを別のモノにすれば売れると思うんだよね?」

「そうかしら」

「いや、そうでしょ。現に昨日はそうとう残ったんだから」

「まぁ、そうよね」

 

こうして、なんだかんだで堕天使の泪は進化したのだった。

 

 

「ありがとうございましたー」

 

夕方になり今日は閉店になった。今日は盛況だった。

ヨキソバはいわずもがな、曜さんが作った船乗りカレーも盛況だった。そして、鞠莉さんも昨日の失敗を踏まえた結果、普通にお好み焼きや焼きそばを作った結果、普通に売れた。鞠莉さんは大抵のことはそつなくこなすから、まぁ、そういう訳だった。

堕天使の泪もバージョンアップして、堕天使の泪・改になり販売したら、小腹の空いた人たちに主に売れた。中身をタバスコから鞠莉さんの持ち込んだ肉や元々あったジャムなど、色々な種類を作ったからだった。

 

「今日はちゃんと売れましたね」

「ですね。基本、二人は暴走しなければちゃんとしてますし」

 

本日の売れ残りを確認しに来たダイヤさんは、昨日と比べて売れ残りが少ないことに驚いていた。売れ残りと言うか、残ったのは一括生産する船乗りカレーと先に種を作っていた堕天使の泪・改だけ。ヨキソバはその場で作るから、材料が残るだけで、保存は効くし。

 

「適当に夕飯は作っておくので、ダイヤさんはみんなと一緒に練習していてくださいな」

「そうですか?では、任せますわ」

 

ダイヤさんにそう言って、みんなは練習しに行き、僕は片づけと夕飯づくりを進めた。途中で曜さんがやって来て手伝ってくれた。その際に困ったのが、

 

「なんで堕天使の泪があるの?」

「さぁ?ヨハネが勝手に作ったみたいです」

 

ヨハネが勝手に作った堕天使の泪だった。改があるのになぜ作った?

 

「まぁ、任せて。なんとかしてみるから」

 

曜さんはそう言って、船乗りカレーにトッピングした。それでいいのか?

 

「船乗りカレーwithシャイ煮と愉快な堕天使の泪たち」

 

曜さんのカレーはみんな大絶賛だった。それに、堕天使の泪の脅威も去ったからか、皆楽しそうに食べていた。

そんな中、千歌さんはみんなから距離を取って浮かない顔をしていた。

 

「千歌ちゃん、どうかしたの?」

「ううん、なんでもないよ」

 

それに気付いた曜さんが千歌さんに声をかけると、千歌さんははぐらかした。そして、梨子さんに視線を向けた。曜さんも視線の先に居るのが梨子さんだと気づくと浮かない顔をする。なんか嫌な予感がするなぁ。

 

その後、ダイヤさんによるスクールアイドルの講義が合って、目のシールを付けて聞き流していた鞠莉さんのシールが剥がれて、ダイヤさんが悲鳴を上げた時は焦ったけど、それからは静かに過ごした。

 

 

~梨~

 

 

早朝。昨日と同様にまた千歌ちゃんに起こされた。皆はまだ寝ていた。

 

「梨子ちゃん、一つお願いがあるの」

「お願い?」

 

そして、自転車に乗って浦女まで連れて行かれた。流石にあの距離は自転車でも辛い。

千歌ちゃんは音楽室につくと、私の楽譜を前に出した。

 

「ここだったら、どれだけ弾いても大丈夫だから。だから聴いてみたいの。お願い」

「そんないい曲じゃないよ」

 

私は渋々弾いたでも、千歌ちゃんは静かに聴いてくれた。どうして、千歌ちゃんはこんなお願いをしたんだろ?

そして弾き終ると、私たちは学校を出てバス停の椅子に座った。

 

「いい曲だね。梨子ちゃんがいっぱい詰まった」

 

千歌ちゃんはそう言う。私がいっぱい詰まった、か。どうなんだろ?

 

「梨子ちゃん、ピアノコンクールに出てほしい……こんなこと言うのは変だよね?誘ったのは私で、Aqoursの方が大切って言ってくれたのに」

 

千歌ちゃんが私をスクールアイドルに誘ったのに、ピアノコンクールを優先してほしいって?もしかして、

 

「私が一緒じゃ嫌なの?」

「ううんそうじゃないの。一緒がいいよ!」

 

千歌ちゃんは首を振って否定する。だったら、なんで私に出てほしいって言うの?

 

「でも、思い出したの。最初に梨子ちゃんを誘った時のこと。あの時思ったの。スクールアイドルを続けて、梨子ちゃんがちゃんとピアノと向き合えて、また前みたいに前向きに弾けたらって。そしたら、すてきだなって」

「でも……」

「うん。この街が、みんなが大切だって言うのはわかるよ。でも、梨子ちゃんにとってのピアノも同じくらい大切だと思ったの……だから、その気持ちにちゃんと答えを出してあげて」

 

千歌ちゃんは思っていることをちゃんと口にする。私のためを思って言ってくれたんだ。でも、私はAqoursも大切で。私がコンクールに出たら、みんなが。

 

「ここで待ってる。みんなと待ってるって約束するから」

 

いいのかな?本当に?でも、そう言ってくれるのはうれしかった。きっと、千歌ちゃんも悩んだんだと思う。

 

「ほんと、変な人……大好きだよ」

 

だから、私もこの気持ちに向き合おう。そうしないといけないと思うから。

 

「千歌ちゃん、もう少し考えてみるね。自分が本当にどうしたいか」

「うん!ちゃんと梨子ちゃん自身が納得する答えを見つけてね」

「さてと、私たちがいないことに気付いたら大騒ぎになるかもだから、戻ろっか」

「そうだね」

 

私たちはそう言って自転車で戻って行った。家の前まで戻ると、まだみんな寝ているであろう時間だったのだけど、

 

「おかえりなさいです」

「おかえり……」

 

堤防に沙漓ちゃんと曜ちゃんが座っていた。




明日も投稿~


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友情ヨーソロー

「しっかりね」

「お互いに」

「がんばるびぃ」

「東京に負けてはいけませんわ」

「そろそろ行く時間だよ」

「うん」

「チャオ」

「がんばって」

「ファイトずら」

「行ってらっしゃいです」

 

梨子さんがコンクールの為に東京に行く日。僕たちはその見送りに来ていた。

合宿の途中で梨子さんから話され、みんな梨子さんの気持ちを汲んで了承した。その間に曲は完成し、振付の練習も進んでいた。

 

「梨子ちゃん、次のステージは一緒に歌おうね」

「もちろん!」

 

梨子さんが改札を抜けて外から見えなくなると、みんなも動き始める。

 

「さぁ、私たちも戻りますわよ」

「ですね」

「千歌ちゃん?」

「……うん、頑張ろうね」

 

歩き出す僕たちに、いつまでも梨子さんの方を見ている千歌さんに気付いて曜さんが声を掛けた。やっぱり、なんか違和感があるような?

そして、学校に行くと、何故かプール掃除をすることに。なんでも、手配がうんぬんかんぬんだとか。そう言う訳でプール掃除をするのだけど。

 

「デッキブラシといえば甲板磨き!だから、これです!」

「曜ちゃん……」

 

曜さんはそう言って何故か船乗りの格好をしていた。姿が見えないと思ったら、それに着替えてたんだ……。

そこから、つつがなく進み、無事掃除が終わった。

 

「綺麗になったね」

「そうだ!ここで練習しようか」

「それいいわね!」

 

果南さんがなんとなしに提案すると、新曲の立ち位置に集まる。今回は千歌さんと梨子さんのダブルセンターな訳で……。

 

「あれ?」

 

梨子さんがいないから形が変だった。僕はプールサイドから足をパタパタさせて見ていた。

 

「どうする?フォーメーション変える?」

「ですが、今から変えるのは……」

「じゃぁ、誰かがここに入る?」

 

このフォーメーションをどうするかと言う話になり、誰かが梨子さんの代わりに入るという話になった。すると、何故か僕に視線が集まる。なんで、僕をみんなで見るんだろ?

 

「そうだ!沙漓ちゃんが入れば!」

「いやいや、なんでですか?僕踊れないから、今までずっとサポートに徹してたわけですし。それに、エントリーしているメンバー以外は出られませんよ」

「そっか、そうだよね」

 

あーびっくりした。まさか、僕に振られるとは思ってなかった。そして、振出しに戻ると、果南さんは千歌さんと息の合うのが重要と思ったようで、曜さんを見る。皆も同じ結論に至ったのか、曜さんを見る。

曜さんは皆の視線を受けるとハッとする。

 

「私?」

「うん!」

 

こうして、満場一致?で曜さんと千歌さんのダブルセンターになることになりました。はてさて、どうなるのやら?時間的にも相当厳しいし。

 

 

「あっ」

「ごめん」

「うーん、曜ちゃんならいけると思ったのに」

 

場所を屋上に移し、二人の練習が行われていた。しかし、息が合わないのかぶつかってしまう。かれこれ十回目。

 

「私が間違えちゃうから」

「ううん。私も曜ちゃんと歩幅がずれちゃうから」

 

何度も、どちらかが遠慮しているのかミスが起きてしまう。皆も心配そうに見ていた。

 

「二人とも安定しませんね」

「そうね」

「なんか、いつしかの二人みたいですね」

 

僕は鞠莉さんの隣に座ってそう言う。たぶん、鞠莉さんも曜さんの様子がおかしいことに気付いていると思う。

 

「沙漓もそう思うのね」

「はい。どこか千歌さんに遠慮しているような」

 

僕は鞠莉さんにしか聞こえない声でそう言った。こういう話は大声でするものじゃないし。練習はそれからも続いた。しかし、どうも安定せず、夕方になると解散になった。詰め込み過ぎても身体に良くないとのこと。

 

 

「全リトルデーモンよ。私に力を!」

「D賞です」

「堕天のD……」

 

場所はまたまた変わって、コンビニに寄り道。ヨハネが引いたくじはD賞だった。まさか、ここでも不幸が起こるんだ。それとも堕天のDだから不幸じゃないのか?

三年生三人は用事があるとかで学校に残っていて、千歌さんと曜さんは外で練習中。でも、一向に二人の歩幅は合わないみたい。

 

「千歌ちゃん、ちょっと梨子ちゃんとやってた時みたいにやってみて」

「でも……」

「いいから」

 

曜さんは千歌さんにそう提案すると、踊り始め、驚くべきことにうまくいった。見た感じ、曜さんが梨子さんの動きをまねた感じかな?

 

「おお、天界的合致!」

「成功したずら」

「これでなんとか」

 

三人は成功に喚起する。確かに成功したし、これでライブは一応なんとかなるのかな?でも、やっぱり曜さんは寂しそうな顔をしていた。

 

 

~鞠~

 

 

六人を送り出し、私たちは生徒会室に来ていた。そこは案の定たくさんの書類が詰まれていた。他の生徒会メンバーも最後の大会やコンクールであまりこっちに来れていない現状。ダイヤは自分でなんとかするって言ってたけど、どうせ後で私も見る書類もいくつかあるから問題ないわね。

そして、書類を手に取ると、一枚の紙が床に落ちる。それはスクールアイドル部設立の用紙でちかっちと曜の名前が書かれていた。あら?

 

「ああ、それは最初の設立願いですわね。まぁ、あの頃は二人でしたから突っぱねましたけど」

「そういえばそんなこともあったって言ってたっけ」

「でも、この二人が最初のメンバーだったとはね。てっきり、最初はちかっちと梨子だと思っていたわ」

「まぁ、そう思うかもね。今の様子を見れば」

 

最初の設立願いがこの二人だったとは思わなかったわ。今の様子もあれだしね。というか、やっぱり二人もぎこちなさに気付いていたのね。

そうなると、私がやるべきことは……。

 

「と言う訳で、鞠莉さんには曜さんのメンタルケアに行ってください」

「え?私?果南じゃなくて?」

「まぁ、私よりは鞠莉の方が適任かな?二人のことを昔から知っている私が行くのも手だけど、今回の場合はたぶんその方がいいから。それに、後で行くつもりでしょ?」

「あら?なんで分かったのかしら?」

「鞠莉、顔に出てたよ」

「そう」

 

私が考えていることを見透かしたかのようにそう言うと、私は生徒会室を追い出された。まぁ、二人がそう言うのなら、ちゃんとしなくちゃね。

 

 

やってきました沼津。どこかで寄り道をしていたようで、途中で曜が見つかった。さぁ、どうやってsurpriseしようかしら?ハグ?それともワシワシ?やっぱり、ここは曜の胸を。

 

「おおぉ、これは果南にも負けず劣らぬ――」

「きゃぁー」

 

私は曜の胸をがっしり掴んで揉む。見立ての通り、果南にも負けじと劣らぬものだった。しかし、そんな犯罪行為をする私は気づいたら宙を舞っていた。Oh曜はこんな技も使えたのね。っと、関心している場合じゃないわね。そして、私はコンクリートの地面に尻餅をついた。

 

「アウチッ!」

「鞠莉ちゃん!?」

 

投げ飛ばした後に曜は投げた犯人――私を見て驚きの声を上げた。Surpriseは成功かしら?うぅ、痛いわね。

 

「ちょっと話したいことがあるから、いいかしら?」

 

私はそう言って、水門に来た。外で話すような内容でもないしね。

 

「ちかっちとはどう?」

「千歌ちゃんと?」

「ええ。うまく言ってなかったでしょ?」

「あー、でも、あの後うまく行ったよ」

 

そう。あの後も練習していたのね。でも、まだ曜の顔がすぐれないから、きっとまだ本音で話せていないわね。

 

「いいえ、ダンスでは無く、ちかっちが梨子に取られりゃって嫉妬fire~しちゃってたでしょ?」

「嫉妬?……うん、もしかしたら」

「まぁ、ここはぶっちゃけトークする場所よ。だから、私でよければ相談に乗るわ。それにちかっちと梨子に話せないでしょ?」

 

曜は否定すると思ったけど、何故だか認めた。自分で気づいたのかしら?

 

「私ね。昔から千歌ちゃんと一緒に何かやりたいと思ってたんだ。だから、千歌ちゃんと一緒にスクールアイドルができるって時、すごくうれしかったの。それから、すぐに梨子ちゃんが入って、みんなが入って。だからね。千歌ちゃん、本当は私と二人は嫌だったんじゃないかって」

「why何故?」

「私って、なんか、要領がいいって思われてて、だからそういう子と一緒にってやりにくいんじゃないかって」

 

結局は曜の思っているだけで、ちかっちの思っていることは分かっていない。本当に嫌だったのか?やりにくかったのか?

なんだか、前の喧嘩をしていた頃の果南と私のように想いが並行している状態。

 

「えいっ!」

「いたっ」

 

だから、そんなことを考えているようにチョップした。気持ちを切り替えるために。

 

「なに一人で勝手に決めつけているの?曜はちかっちのことが大好きなんでしょ?だったら本音でぶつかった方がいいよ。大好きな友達に本音を言わずに二年間も無駄にした私が言うのだから、間違いありません!」

 

だって、本音でぶつからなかったから私たちはこじれた。もう、あんな思いをする人はいなくていいのよ。

 

「そっか。そうだね。明日、千歌ちゃんと本音で話してみるよ」

「そう。頑張ってね」

 

きっとこの二人ならちゃんとできると思う。私はそう信じたい。

 

「うん。それにしても、沙漓ちゃんにもばれたけど、私ってそんなわかりやすいのかな?」

「あら、沙漓も何か言ってたのね」

「うん。あっ、でもどんな話をしたかは言わないからね!」

「いいわよ。別に言わなくて」

 

沙漓まで気づいて何かしてたって言うのは驚きだけど、あの子って人の機微に敏感なのかしら?私と果南のときも、果南の方で動いていた訳だし。

 

 

~曜~

 

 

合宿の二日目の早朝。私は寝返りを打ったことで目を覚ました。まだ、辺りは薄暗く、もう少し寝ていても問題なさそうだった。

あれ?千歌ちゃんが居ない。それに梨子ちゃんも。それと、沙漓ちゃんもいないし。沙漓ちゃんはまた、しいたけの所かな?それにしても二人ともどこに?昨日の夜も寝静まった頃に外に二人で出ていたし。

また今日も外かな?そう思うと気になって、みんなを起こさないように気を付けて、外に出た。しかし、そこに二人の姿は無く……

 

「あれ?曜さん。こんな朝早く?にどうしたんですか?」

 

堤防に沙漓ちゃんが腰かけていた。いや、沙漓ちゃんは何してるの?私は沙漓ちゃんの隣に座り、二人の居場所を聞くことにする。

 

「千歌ちゃんと梨子ちゃん知らない?」

「いえ、起きた時には居ませんでしたよ。外にいるのは、暑いから涼んでるわけですし」

「そっか」

 

沙漓ちゃんも二人の居場所を知らないか。じゃぁ、戻ろうかな?

 

「二人のことが気になりますか?」

「まぁね。二人とも大切な友達だからさ」

 

すると、沙漓ちゃんは海を見ながらそう呟いた。だから、私はそう返す。本当のことだし。

 

「そうですか。僕には二人が何か隠しているように見えるんです」

「……ッ!」

 

沙漓ちゃんは唐突にそう言った。私も二人が何か隠している気がしてはいたけど、沙漓ちゃんも気付いていたとは。沙漓ちゃんは知っているのかな?ダイヤさんの時も果南ちゃんの時も知ってたし。

 

「先に言いますけど、今回は本当に知りませんよ。言わない約束もしていませんし」

 

沙漓ちゃんは私の考えていることを先読みして告げる。そっか、本当に知らないんだ。知ってたらどれだけよかったか。って、知ってたら口止めされているかな?

 

「曜さんは誰かに嫉妬はしますか?」

「嫉妬?」

 

すると、沙漓ちゃんは唐突にそう言った。どうして、ここで嫉妬の話になるんだろ?すると、首を傾げる私に沙漓ちゃんは話を続ける。

 

「例えば千歌さんに。あるいは梨子さんに」

「そうだね。二人が仲良くしているとモヤモヤすることはあるかな?でも、よくわかったね。私が嫉妬に似た感情を持っているって」

「まぁ、僕も似た感情を持っていましたから。だから、なんとなくそんな気がしたんです」

 

言われて気付いたけど、たぶん私は二人に嫉妬をしている。千歌ちゃんと仲良くする梨子ちゃんに。梨子ちゃんといるとやたらと楽しそうな千歌ちゃんに。

沙漓ちゃんはどこか自嘲じみた顔をする。沙漓ちゃんも嫉妬って誰にだろ?善子ちゃんかな?あっ、でも過去形だからたぶん違うか。

 

「誰に嫉妬していたの?」

「お姉ちゃんと関わる人全てにです」

「えっ?」

 

思っていた人物では無かったことに対して驚きの声を漏らしてしまった。それくらい意外だった。

沙漓ちゃんはそこから言葉を続ける。

 

「僕が誰にもお姉ちゃんのことを言わないのもそれが理由ですよ。お姉ちゃんを知ればお姉ちゃんに近づきたがる人が現れる。そしたら、お姉ちゃんは優しいから断れずに会ってしまう。そしたら、お姉ちゃんはその人に興味を持って、僕を見てくれなくなるかもしれない。そう思っていたんです」

「そうなんだ」

「どう思いますか?そんな不確定な理由だけで、誰にも言わないんですよ?変だって思いますか?それとも軽蔑しますか?」

「どうなんだろ?でも、それは普通だと思うよ」

 

沙漓ちゃんの言葉を聞いて、私はそれが普通だと思えた。大切な人が離れてしまうことを恐れる気持ちはわかるから。

すると、唐突に沙漓ちゃんは私を見る。

 

「まぁ、これはだいぶ前までの話で、今はだいぶマシになったと思いますけどね」

「そうなの?どうして平気になったの?」

「はい。そう思ってたのがお姉ちゃんにばれまして。そしたら、お姉ちゃんに怒られてしまいました。それと同時に、僕はたった一人の妹だから、何があってもそれは変わらないって言ってくれたんです」

「良かったね。あれ?でも、そうなると今でも、お姉さんのことを言いたがらないのはなんで?」

 

沙漓ちゃんの話を聞いて納得したけど、そうなるとそんな疑問があった。解決したのなら、別にいいんじゃ?

 

「あっ、でもそう言ってもお姉ちゃんとの時間がとられるのは嫌なので言わないんですよ?」

 

沙漓ちゃんは笑顔でそう言った。いやいや、これ本当に解決したって言えるのかな?

 

「まぁ、つまり、僕が言いたいことは。言葉にしなきゃ相手には伝わらないってことです。お姉ちゃんが口に出して話してくれたから、解決したわけですし」

「口に出さなきゃ解決しない?」

「そうですよ。だから、思い切って聞いちゃうのも一つの手かもしれませんよ?まぁ、それをどうするかは曜さん次第です。そうだ!さっきの話は誰にも言わないでくださいよ。言ったら、曜さんのこと千歌さんに言っちゃいますからね」

 

沙漓ちゃんはそう言って、話を締めた。口に出す、か。それと、地味な脅迫して来ちゃったし。

 

「あっ、帰ってきた」

 

それから、のんびりと海を見ながら私はどうすればいいのかを考え、沙漓ちゃんも海を見ながらのんびりと涼んでいた。

そして、沙漓ちゃんがある方を見ると、自転車に乗った二人がいた。どこに行ってたんだろ?

 

「おかえりなさいです」

「おかえり……」

 

とりあえず、私はそう口にした。そして、

 

「二人ともどこ行ってたの?」

 

きっと答えてくれないと思いながら私は二人に聞いたのだった。

 

 

結局、あの日、二人がどこに行っていたのかはわからなかった。聞いても、秘密としか言わなくて。今思えばきっとピアノコンクールに出るかラブライブに出るかの相談をしていたんだ。

鞠莉ちゃんに悩みを聞いてもらい、少しは気持ちが晴れたかな?明日こそ、千歌ちゃんに本当の気持ちを聞こう。せっかく相談に乗ってくれた鞠莉ちゃんの為にも、自分の身の上話をしてくれた沙漓ちゃんの為にも!

 

 

「結局、話せなかった」

 

そう意気込んだけど、やっぱり千歌ちゃんの口から聞かされるのが怖くなって、結局聞くことができなかった。私はベランダに出て、スマホを見る。やっぱり、ここは壁を背に一対一の状態で聞くのがいいのかな?それとも変装してさりげなく聞く?それとも、キャラを作って……あぁ、ダメだ。どれで聞いても結局怖いものは怖い。

すると、唐突に電話が鳴る。着信は梨子ちゃんからだった。

 

「もしもし」

『曜ちゃん?今話できる?』

「うん。どうかしたの?」

『曜ちゃんが私のポジションで歌うことになったって聞いて。ごめんね。私のわがままで』

「ううん、ぜんぜん」

『無理に合わせちゃダメよ。千歌ちゃんもそう思ってるから』

 

千歌ちゃんが思っている、か。たぶん違うよ。千歌ちゃんが思っているのは梨子ちゃんで私なんかじゃないよ。

 

「ううん、そんなこと無いよ。千歌ちゃんのそばには梨子ちゃんが合ってるよ。梨子ちゃんといるといつも楽しそうだし」

『そう思ってたんだ。でも、千歌ちゃん前に話していたんだ。千歌ちゃん、曜ちゃんの誘いをいつも断ってばかりで、だから、スクールアイドルは曜ちゃんとやり遂げるって』

「そうなんだ」

 

千歌ちゃんはそう思ってくれていたんだ。でも……それも昔の話でしょ?今は……。

 

『だから、曜ちゃんはどうなの?千歌ちゃんとスクールアイドルをやり遂げたい?』

「やり遂げたいよ。私だって、そう思ってたんだから」

『そっか、だったら大丈夫だよ。千歌ちゃんと曜ちゃんは互いに思っているんだから。あっ、もうこんな時間。じゃぁね』

「うん。じゃぁね」

 

私はそう言って通話を切る。お互いに思っているから大丈夫、か。本当にそうなら……

 

「曜ちゃん!」

 

あれ?千歌ちゃんの声がするや。でも、千歌ちゃんがここにいるはずがない。私の家と千歌ちゃんの家は離れているんだから。

 

「曜ちゃん!」

 

え?また聞こえた?

私は慌てて川の見える方に移動するとそこに千歌ちゃんがいた。

 

「千歌ちゃん?どうして?」

「練習しようと思って。考えたの曜ちゃんは自分のステップでやった方がいいって。合わせるんじゃなくて、一から私と二人で!」

 

言われて分かった。きっと千歌ちゃんも同じように悩んでいたんだって。それなのに、私は自分のことを棚上げして……。

千歌ちゃんとちゃんと話したい!私はそう思い、家の中に戻った。その際に梨子ちゃんがくれたシュシュを持って外に出る。でも、顔は合わせづらくて私は後ろを向きながら手探りで千歌ちゃんに触れる。千歌ちゃんは汗だくで服も汗で濡れていた。

 

「千歌ちゃん、汗が」

「うん、バスも終わってたし、美渡姉も志満姉も忙しくてね。だから自転車で」

 

千歌ちゃんはこんなに遠くまで自転車で来てくれたそれだけでうれしくて。それと同時に、こんなに思ってくれているのに千歌ちゃんを疑って……。

 

「私、バカだ……バカヨウだ」

「バカヨウ?」

 

千歌ちゃんは首を傾げているのかそう言い、私は千歌ちゃんに抱きついた。千歌ちゃんは私がいきなり抱きついたことに驚いていた。それと同時に私は自分恥ずかしさと、うれしさで涙が溢れた。

 

「曜ちゃんどうしたの?何で泣いてるの?」

「いいの!」

 

それから、私は落ち着くまで泣き続けた。千歌ちゃんは私が落ち着くまで離れず、背中をさすってくれた。

 

「曜ちゃん、落ち着いた?」

「うん、ごめんね。急に泣いちゃって」

「ううん。気にしないよ。でも、どうして泣いたのかは教えてほしいかな?」

 

どれくらい泣いたかわからないけど、涙が止まると、千歌ちゃんはどうして私が泣いたのか聞く。まぁ、いきなり泣けば理由も気になるよね?

 

「うん、千歌ちゃんは私といるのが本当は辛いんじゃないのかって最近思って。それに、コンクールのことを私には相談してくれなかったから、私は頼りないのかなって」

「そうだったんだ。ごめんね。梨子ちゃんのコンクールのことは梨子ちゃん自身が決めるって言ってて、不確かな状態で話したらみんなに心配かけちゃうって思って……でも、そうだよね。言わない方が心配かけちゃうよね」

「ううん。私が勝手に思い込んじゃったから」

 

そっか、コンクールのことを話さなかったのは、心配かけたくないって思ったからだったんだ。それなのに私は勝手に頼りないから言ってくれないと思いこんじゃって。

それから、私は千歌ちゃんに対して思っていたことを打ち明けた。私も千歌ちゃんと一緒に何かやりたいと思っていたこと、千歌ちゃんと梨子ちゃんに嫉妬していたことを。千歌ちゃんは静かに聞いて受け止めてくれた。

 

「そっか、曜ちゃんもそう思っていたんだ。チカもね、曜ちゃんに嫉妬してたんだ。曜ちゃんの周りにはいつも人が集まるから……それに私は何の取り柄もなくて普通だから、曜ちゃんのそばにいるのはダメなんじゃないかって」

「千歌ちゃん……」

「でも、曜ちゃんの話を聞いてわかった。曜ちゃんはチカのことをちゃんと想ってくれてたって。だから、私も平気」

 

千歌ちゃんも私に対してそう思ってたんだ。知らなかった。やっぱり、本音は口にしないと伝わらないんだね。でも、もう大丈夫。

 

「それにしても、曜ちゃんがチカに嫉妬してくれたなんてねぇ」

「もう!その話は終わったでしょ?さぁ、練習しよ?」

「うん!」

 

千歌ちゃんが面白い話題を手に入れたから面白がる。うぅ、今更ながら恥ずかしい。私はそんな恥ずかしさから、練習を提案して話を逸らすと、千歌ちゃんは笑顔で頷いた。そして、早速ステップの練習をした。最初はやっぱり合わなくて、でも次第に合うようになり、お母さんが連絡したことで志満姉が軽トラに乗って千歌ちゃんを迎えに来る頃には完全に合うようになっていた。私たちが一から作ったステップで。




次の投稿は何事もなければ、明日投稿予定です。


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はばたきのとき 前編

沙漓の過去とか書いたら文字数がすごくなったので、前後編にわけました。


「リトルデーモンのみなさん、魔力を、力を!」

「ヨハネー、ここはこうした方がいいよぉ」

「ふっ、沙漓も考えるわね」

「二人は何やってますの?」

 

予備予選の結果発表当日の午後。といっても、ライブの翌日なんだけど。結果を一人で見るよりみんなで見ようという千歌さんの提案により、僕たちは松月の前に集まっていた。梨子さんは一昨日あったコンクールの予選を突破し、今日が本選とのことで、今も東京にいるからこの場にはいない。

みんな結果が気になってそわそわしており、果南さんが気晴らしに走りに行こうとしたり、マルちゃんがパンを食べまくっていたり、ヨハネが儀式をしていたりしていた。僕はヨハネの描いた魔方陣に手を加えていたら、ダイヤさんに首を傾げられた。

そして、トラックが横切った風圧で魔法陣に置かれていた蝋燭の火がすべて消えてしまった。

 

「あっ、発表されるみたい」

 

スマホをずっと見ていた曜さんがそう言ったことで、みんなが曜さんの周りに集まる。

 

「Aqoursの“あ”ですわよ」

「……イーズーエクスプレス」

「嘘!」

「落ちた……」

 

曜さんが読み上げた結果、いきなり“い”だったことでラブライブは終わってしまった。ありゃ、ライブは良かったのにねぇ。

 

「あ、エントリー番号順だった」

 

と思ったら、順番がエントリー番号順であり、まだ希望はありそうだった。すると、鞠莉さんは立ち上がって自分のスマホで見始める。うん、正直のぞき込むの見づらい。

 

「えーっと。イーズーエクスプレス、グリーンティーズ、ミーナーナ、Aqours」

『『『Aqours!』』』

「予選、突破……オーマイガ、オーマイガ、Oh My Godー」

「何事?」

 

そして、無事Aqoursが予選突破したことが分かり、僕は安堵した。鞠莉さんは鞠莉さんで叫んでいた。どうしたんだろ?

 

 

~千~

 

 

「さぁ、お祝いに今朝取れた魚だよ」

 

私たちは松月から浦女に戻って来た。理由は予選を突破したからには今後の話をということでミーティング。果南ちゃんは一回家に戻ったと思ったら、クーラーボックスを持ってきて、その場で捌いて見せた。いや、学校で捌いていいの?あっ、鞠莉さんがOKしてる。

 

「なんでお祝いに刺身?ここは、夏みかんでしょ」

もぐもぐ(パンずら)

 

でも、チカとしてはお祝いなら蜜柑が良かったなー。魚も好きだけど。花丸ちゃんは相変わらずパンを食べてるし……。

すると、私の電話が鳴り、画面を見ると梨子ちゃんからだった。

 

「あ、梨子ちゃんからだ……もしもし」

『あっ、もしもし。千歌ちゃん、予選突破したんだね』

「うん!それで梨子ちゃんは?ピアノの方は」

『私もちゃんと弾けたよ。それで、賞ももらえたしね』 

「そっか、よかった。ちゃんと弾けたんだね」

『うん。千歌ちゃんが、みんなが送ってくれたおかげだよ……あっ、お母さんが呼んでる。じゃ、また明日。明日には内浦に戻るから』

「わかった。気を付けて帰って来てね」

 

私はそう言って電話を切ると、みんなに梨子ちゃんが弾けた事を伝えた。みんな自分のことのように喜んでいて私もうれしかった。

 

「ラブライブで有名になって学校も……」

「説明会の応募にも期待できるかもね」

「そうそう、PVの再生回数から入学説明会の希望も……“0”?」

「えっ?0?」

「うーん、やっぱり東京都ここじゃ違うんだね」

 

それから、今日は解散になって私と曜ちゃんは果南ちゃんちに行って作戦会議をする。どうやったら0を1に出来るのか。

 

「µ’sはこの時期には学校存続が決まってたんだよね」

「そうなの?」

「うん、学校存続はほぼ決まってたみたい」

「そうだよ。そんな簡単には行かないよ。だから少しずつ頑張って行くしかないよ」

 

すろと、曜ちゃんはそう言ったから驚いた。私はそんなこと知らなかったけど、やっぱりここじゃ難しいのかな?あー全く分かんない!

私はわからないから考えようと思いかき氷を一気に食べると果南ちゃんちを後にした。うぅ、頭がぁ~。

 

 

~ヨ~

 

 

その日の夜。明日が練習休みということで、私と沙漓はひたすら遊ぼうと沙漓を部屋に来てもらってた。どうせ隣だから帰るのも簡単だし。

そんな感じで、沙漓とゲームをしていたら唐突に私の電話が鳴って、スマホを手に取る。こんな時間に誰かしら?画面を見ると千歌さんからでグループ電話だから他の人にも用がある感じだった。

 

「もしもし」

『もしもし、善子ちゃん、今時間ある?』

「ええ、平気だけど?あっ、沙漓も今いるから業務連絡ならすぐ伝えれられるわ」

『あっ、善子ちゃん、沙漓ちゃんもいるなら、スピーカーにしてもらっていい?』

「はぁ」

「ん、どうしたの?」

「さぁ?なんか沙漓もいるならスピーカーにしてって言われて」

 

少し話すと首を傾げながら耳元から放し、ベッドにおいてスピーカーに切り替える。そして、千歌さんはこんな時間に電話した要件を話し始める。

 

『私ね、明日東京に行きたいんだ』

『東京?』

『うん、見つけたいんだ。µ’sと私たちで何が違うのか。どうしてµ’sは音ノ木坂を救えたのか。何がすごかったのか、この目で見て。みんなで考えたいんだ』

『いいんじゃない?』

「つまり、再び魔都へ降り立つというのね」

「ヨハネ、東京は別に的じゃないよ。あっ、僕は賛成です」

『私は一日帰るのを伸ばせば済むけど』

『けど?』

『ううん、なんでもない』

 

そうしてなんだかんだで話が進み、東京へ行くこととなった。

 

「そういうことだから、ゲーム大会はそのうちでいい?明日の準備をしておかないとだし」

「そうね。じゃっ、また明日」

「またねぇ」

 

 

~曜~

 

 

「梨子ちゃんは?」

「ここで待ち合わせだよね?」

 

翌日。私たちは早い時間に沼津に集まって東京に向かい、東京の駅にたどり着いた。梨子ちゃんとはこの駅で待ち合わせなんだけど?そう思いながら辺りを見回すと、梨子ちゃんはコインロッカーに荷物を詰め込んでいた。

みんなも梨子ちゃんの存在に気付くと、千歌ちゃんが駆け寄る。

 

「なにしてるの?」

「あっ、千歌ちゃん。お土産を入れてるだけだよ」

「お土産?見たい、見たい!」

「あっ!」

 

すると、梨子ちゃんはお土産を仕舞っていただけのようだったけど、なんでか慌てた。その結果、荷物が床に散乱し、千歌ちゃんが見ようとしたから手で覆って見えなくしていた。あれ?本がいっぱいあるような。沙漓ちゃんが駆け寄るとお土産の本?を拾い上げる。なんで、千歌ちゃんが見るのは拒んだのに、沙漓ちゃんには拒まないんだろ?

そうしているうちに梨子ちゃんのお土産?がコインロッカーに仕舞われた。

 

「それで、どこに行くつもりなの?」

「うん……どこ行こう?」

「じゃぁ、UTX行きませんか?今日、決勝大会の場所が発表されるらしいですよ」

「そっか、じゃぁ、行こうー」

 

 

~梨~

 

 

私たちは、UTXのモニターの前に来ていた。ここで、決勝大会の場所が発表される。調べたら、例年はAKIBA DOMEで開催されているみたい。

そうして待っていると

 

「AKIBA DOME?」

「本当にここでやるんだ」

「ちょっと想像できないや」

 

今年も開催される場所はAKIBA DOMEのようだった。みんなは驚きと共に、本当に行けるのだろうかと不安そうな顔をしていた。そうだよね。まだ、µ’sと私たちの何が違うのか分からないから……。あそこに行ったら、何かわかるのかな?

 

「ねぇ、音ノ木坂、行ってみない?」

 

だから、私はそう口にした。もしかしたら、何かわかるのかもしれないから。

 

「え?」

「ここから近いし、前は私のわがままで行けなかったし」

「いいの?」

 

千歌ちゃんは、前に東京に来た時に私が行くのを拒んだから心配した表情をする。たしかに、あの時は後ろめたさがあったから行きたくなかった。でも、

 

「うん、私もピアノがちゃんと弾けたからね。だから、今は行ってみたい。行ってどう思うか知りたい。みんなはどう?」

 

今は、行ってみたい気持ちがあった。今の私からどう見えるのかも気になるしね。

 

「行きたい」

「私も」

「µ’sの――」

「「母校!」」

「おー、見に行くのは久しぶりだなぁ」

 

みんなも行きたいようだった。やっぱり、みんなスクールアイドルが、µ’sが好きなんだね。

そうして、私たちは音ノ木坂の前にやってきた。ダイヤさんとルビィちゃんはµ’sがいるかもと、目を輝かせていた。たぶんいないと思うけど?みなさん大学生か社会人な訳だし。

 

「ここが、µ’sのいた」

「この学校を護った」

「ラブライブに出て」

「奇跡を成し遂げた」

 

いざ、音ノ木坂を前にすると、みんなそれぞれの感じたことがあったみたいだった。あの頃は、私は億劫であまり好きじゃなかったけど、今日来てはっきりわかった。

私は音ノ木坂が好きだったんだと。

あの経験があったから、ピアノとちゃんと向き合うきっかけがあった。きっと、ここに一年通っていなければ、きっとこうは思えなかったと思う。

 

「あの何か?もしかしてスクールアイドルの方ですか?」

 

校門の前で考えに耽っていると、中から一人の生徒が出てきた。そして、十人で立っていたからか、スクールアイドルなのだとわかったようだった。

 

「はい、そうです」

「そうですか。ここに来る人多いんですよ。でも、残念ながらここには何も残ってなくて」

「え?」

「µ’sの人たち何も残していかなかったそうです。優勝の記念品も、記録も。物なんてなくても繋がってるからって。それでいいんだって」

 

言われてから気づいたけど、私がスクールアイドルの存在を知らなかったのも、µ’sの物が一切ないからだったんだ。

私たちは生徒さんの話を聞いてもう一度校舎を見る。

 

「どう?何かヒントはあった?」

「うん。ほんのちょっとだけど……ここに来てよかった」

「そう。私もここに来て分かった。私この学校が好きだったって」

「そっか」

 

私たちはきっと何か得ることができたのか、みんな表情が柔らかかった。すると、千歌ちゃんは一歩踏み出しお辞儀をする。私たちはそれで、千歌ちゃんが考えていることを察した。

そして、

 

『『『ありがとうございました!』』』

 

全員でお辞儀をした。すると、この後どうするかという話になる。神田明神にでも行くのかな?

そんなことを考えていると、沙漓ちゃんが手を上げる。

 

「はーい。そろそろお昼の時間ですし、とある場所いきません?」

「どちらへ?」

「僕の家です!あらかじめ連絡はしてあるので、問題ないですし」

「ふぇ?」

 

 

~千~

 

 

「沙漓、おかえりなさい」

「ただいまー、おねーちゃん」

「沙漓、いきなり抱きつかないでください。みなさん見てますよ」

「へいきー。みんなだもん」

 

私たちは沙漓ちゃんに連れられて、沙漓ちゃんの実家にやってきた。昨日発案したのによくOK出たよね?

中に入ると、沙漓ちゃんより年上のお姉さんが現れ……ってµ’sの海未さん!?沙漓ちゃんは海未さんを見るなり抱きついていた。あれ?沙漓ちゃんってこんな甘えん坊だったかな?

 

「ようこそ。沙漓の姉の海未です。まぁ、立ち話もなんですから中にどうぞ。簡単ではありますけど、昼食は用意してありますから」

「お、お邪魔します」

 

海未さんは沙漓ちゃんが抱きついた状態で、私達に挨拶をする。沙漓ちゃんは無視の方向なの?

とりあえず、私たちに丁寧に案内をしてくれたので、みんなも緊張しながら上がらせてもらった。ダイヤさんとルビィちゃんは感極まって危なそうだけど、平気かな?

中に通され、机二つが並べられた場所へ行くと、そこにはそうめんが数個のさらに載せて置いてあった。そして、私たちは机の前に座る。

 

「昨日の連絡があったので、このようなものですけどね」

「あれ?そう言えば沙漓ちゃんのお母さんたちは?」

「ああ、用事で家を空けていますよ。あと、沙漓。暑いから離れなさい」

「はーい」

「こんな沙漓ちゃん初めて見た……」

 

ずっとくっつき続けていた沙漓ちゃんは渋々離れるとちゃんと座り、なんというかいつもと違う沙漓ちゃんに困惑を隠せなかった。

 

「沙漓がご迷惑かけていませんか?」

「あっ、はい。逆に私たちの練習をしやすいように色々してもらって助かってます」

「そうですか……それで、沙漓はどうしてAqoursのメンバーをここに呼んだのですか?」

「んー、お姉ちゃんに会いたかったから!」

「いや、沙漓の理由じゃなくて……」

 

海未さんは特に訳も聞いていないようで、困っていた。そう言えば、なんで沙漓ちゃんは私たちを連れてきたんだろ?沙漓ちゃんは甘えモードを辞めるといつもの調子に戻る。

 

「うん。お姉ちゃんに聞きたいことがあったからね。どうして、皆さんはあそこまで頑張れたの?輝けたの?」

「なるほど。沙漓の目的はわかりました」

「え?今の問答だけで……?」

「まさか、テレパシー?」

 

すると、沙漓ちゃんは唐突に私が昨日思った疑問を口にした。もしかして、沙漓ちゃんはこの為に呼んでくれたの?海未さんは沙漓ちゃんの発言(全く説明が無い)を聞くとそれだけで理解していた。すごい。どうしてあれだけで分かったんだろ?

 

「ですが、その前に昼食にしましょう。温まってしまいますし」

「あっ、それもそっか」

『『『いただきます』』』

 

海未さんが話すと思ったら、そうめんがあったまっちゃうからと、食べ始めた。そして、食べている間に海未さんは話始める。

 

「そうですね。あなたたちが一番聞きたいのは、どうしてµ’sがラブライブを優勝できたかでしょう?」

「えっ!?どうしてそれを……」

「まぁ、スクールアイドルならばそれを知りたいと思うのは当然ですよ。少しでも、優勝を掴みたいと思うのなら」

「じゃぁ……」

「しかし、それを言うことはありませんよ」

 

しかし、海未さんはそうしてラブライブを優勝できたのか口にしなかった。もしかして、私たちに教える価値は無いって思われてるのかな?

 

「そもそも、私たち自身もよくわかっていないんです」

「え?」

「疑問に思いますよね。でも、それは本当です。最初は音ノ木坂の廃校を阻止したい一心でやっていました。そして、秋には存続が決まった」

「そうみたいですね」

「そして、第二回ラブライブが発表され、廃校問題が解決した私たちは、ただ……あのステージに立ちたい、三年生と過ごす思い出を作りたいという理由で、ラブライブに挑んだのですから。だから、これといった特別なものはありませんよ」

「そうなんですか……」

 

何かすごいものがあると思っていただけに、私たちは困惑した。てっきり、絶対に勝ちたいっていう意思があったとか、勝たないと廃校が阻止できないという理由じゃなかったから。でも、思い出を作りたかった。それはなんだかいいモノの気がした。

 

「そういう訳ですから、こうだから優勝できたようなことははっきり言えません。お力になれなくてすいませんね」

「いえ……それでも何か掴める気はしました。だから、ありがとうございます」

「そうですよ。海未さん、本人に会えましたし!」

 

せっかく私たちに話してくれたのに申し訳なさそうな表情をしたので私たちは逆に申し訳なくなる。

 

「そうですか?まぁ、それならいいんですけど。他に聞きたいことはありますか?」

 

そして私たちは海未さんから色々な話を聞いた。µ’sはどうだったのか、沙漓ちゃんはいつからアイドル好きなのか、などなど。その際にダイヤさんとルビィちゃんがサインをもらってた。あー、 チカもサイン欲しい!

 

 

~ヨ~

 

 

「沙漓のこと、ありがとうございますね」

 

昼食をごちそうになって、海未さんが片づけをしようとし、私たちが手伝おうとしたら、沙漓が「一人で十分だから座っててぇ」とか言って洗いに行ってしまい、私たち九人と海未さんが部屋に残され、海未さんは唐突にお礼を口にした。なんで、私たちがお礼言われたんだろ?

 

「今日見ていただけでも、沙漓はだいぶ変わりました」

「え?沙漓ちゃんが変わった?」

「ええ。あの子は本来ならもっと消極的ですよ。それに、昔ならここに人を呼ぶなんてことも無いですよ」

「消極的?」

 

海未さんの言ったことを私たちはよくわからなかった。幼稚園の頃の沙漓は今と変わらず、マイペースだった気がするから。でも、再会して最初の頃はみんなにも壁があった気もするか。

そんな私たちの反応を見てどこか納得し、微笑みのようなものを浮かべる。

 

「そうですね。あなたたちになら話せておいた方がいいでしょう。あの子の過去を。といっても、楽しい話ではありませんけど。それなりの覚悟も持ってください」

「沙漓ちゃんの過去?でも、マルは沙漓ちゃんと一緒の幼稚園だから……それに覚悟って?」

「あの頃を知っている人もいましたか。ですが、私が話すのはその少し後ですよ。沙漓がこっちに引き取られた頃の。そして、この話を聞いて沙漓に対する接し方が変わるかもしれないという」

「引き取られた頃?接し方?」

「つまり、それなりに重い話ですか」

「でも……聞きたいです」

「そうですか。まず、聞いているかもしれませんが、私は本来従姉(いとこ)に当たるんですよ」

 

引き取られたってどういうこと?沙漓が内浦から東京に移ったのって引っ越しだったんじゃ?いや、海未さんとは従姉と聞いていたけど……。

 

「全ては幼稚園を卒園した数日後でした。あの日、沙漓と沙漓の本当の両親は家でゆっくり過ごしていたそうです。そんな中、沙漓の住んでいた家に強盗が入り、危険を察した両親は沙漓をクローゼットの中に隠し、その直後に強盗が現れてお二人とも大けがを負いました。そして、盗めるものを盗むと家に火を放ち、瞬く間に火は家を包み……消防隊が駆けつけた時にはお二人は出血の影響か、火事の影響か手遅れでした。そして、クローゼットの中にいた沙漓は運よく火の手が来なかったことで死は免れたのですが、消防隊が救出した時には落ちた屋根に足を潰され、煙を吸ってしまいました。必死の治療でなんとかできる限りのことをしましたが、後遺症でそれ以降過度の運動ができなくなってしまいました」

「沙漓ちゃんにそんなことが。だから、踊りもできなかったのね」

「ええ。それからは沙漓の父の兄だった私の父に沙漓は引き取られたのですが、クローゼットの隙間から両親が襲われる光景を目撃してしまったことで、精神が不安定で、あの時の恐怖で誰からも距離を置くようになりました。最初に見た会った時は全ての人間に怯えるような状態で、一度部屋に入ってからは引き籠っていましたね」

「え?でも、今の沙漓ちゃんからはそんな様子は……」

 

沙漓が引き籠っていたことや、人間不信だったなんて思えないけど。海未さんは私たちが考えていることを見透かしたかのように話を続ける。

 

「そうですね。今の沙漓からは思えませんね」

「じゃぁ、その後に何かが?」

「はい。あの頃、私は極度の恥ずかしさで沙漓に近づけず、両親も幼い沙漓の傷が癒えるまで無理なことはせず、普通に接して待つことに決めていました。そして、沙漓が家に来た初日の夜、私の部屋は沙漓の部屋の隣だったこともあり、沙漓の部屋から泣き声が聞こえ、私は恥ずかしい気持ちと沙漓を心配する気持ちで揺れ、後者を選びました」

「つまり、沙漓ちゃんを心配したということになるね。じゃぁ、海未さんが?」

「それから私は毎日、沙漓の部屋に行っては声をかけました。まぁ、一切の反応がありませんでしたけど。そして、数日が経ちトイレに行っていたのか、部屋の外で沙漓とはち合わせました。沙漓は私を見るなり一目散に逃げようとしましたけど、運動を全くしていなかったからか、身体が思うように動かなくて簡単に捕まえることが出来ました。沙漓の手を取ると沙漓は怯えてしまい『痛くしないで』、『いじめないで』と怯えられてしまいましたよ。まぁ、私も少しはその反応で傷つきましたけど、それ以上に泣いて怯える沙漓を見ていられず、泣き止むまで抱きしめました」

「それで沙漓は?」

「ええ、時間が経ってだいぶ落ち着くと、それ以降は私の事はきっと平気と思ったのか、私とだけは会うようになりました。両親のことは大人だからなのか、あの時のことがフラッシュバックして当分はダメでしたけど。それからもしばらくは私だけと接し、一週間もする頃には両親に接することもできるようになり、私の幼馴染の穂乃果とことりが遊びに来て沙漓に興味を持ち、穂乃果の明るさとことりの柔らかな物腰ですぐに気を許しました。それからは、だいぶ改善されて学校にも行けるようになりましたね」

「それで、今の沙漓ちゃんになったんだ」

 

沙漓がなんだかんだで普通の生活を送れるようになったみたいだけど、結構大変だったみたいね。それと、海未さんにすごく甘えてたのは最初に心を開けて、接してくれたからか。

 

「まぁ、沙漓は初対面の人には雰囲気というか何というか……そんな感じで平気な人とダメな人を区別する謎の特技を得てたんですけど」

「なにその特技?みたいなもの?」

「沙漓はあれすらも話していないんですね。人間不信が行き過ぎた結果、初めて会う人には色が見えるらしいんです。白だと害がなく、黒に近づくにつれて害があるみたいに」

「そんなものが?」

「そう言えば、最初に会った時“色”がどうとか言ってたっけ?」

「まぁ、両親はそれが火事の際の副作用か精神に異常があるのでは?と心配して病院に連れて行きましたけど、医者からは健康そのものと言われたそうでしたよ。それ以降は誰も信じないから口にしませんしね」

 

色が見える能力ね……沙漓には私たちが何色に見えているのかしら?まぁ、こうして一緒に居るんだから黒ではないだろうけど。あれ?でも堕天使的には黒の方が……。

 

「ですが、沙漓は人と接するのは平気でも、基本的に一人で居ることが多かったのです。きっと、平気と分かっていても何処かで裏切られるんじゃないかという心配の気持ちで」

「そうだったんだ……あれ?でも、沙漓ちゃん私たちと接するときは普通だよね?それとも、あれでも距離は取っているのかな?」

 

すると、千歌さんはそんな疑問を口にする。たしかに、沙漓は私たちに距離を取っているようには見えないけど……。

 

「そうですね。沙漓が私たち以外に“僕”で接するのなら平気ですよ。気を許している証拠ですから」

「よかった。これで、距離取られていたらと思うと……そう言えばなんで“僕”呼びなんですか?」

「それは……」

 

沙漓の“僕”呼びを聞くと、海未さんは言い辛そうに、そして後悔しているような表情をする。まさか、それにも辛い過去が?

 

「それは……」

『『『それは?』』』

「……私が昔書いていたポエムの一人称を“僕”にしていたせいですよ。沙漓が勝手に見て、その日以来あんなことに」

 

海未さんは黒歴史なのか手に顔を当てて恥ずかしがる。あっ、ポエムを人に見られたことを思い出して恥ずかしがってる。やっぱり、黒歴史は恥ずかしい物よね。

しかし、そんな海未さんを他所に、理由が想像と違ったせいか、みんな反応に困っていた。

 

「と言っても、最初は“僕”呼びをクラスの男子に冷やかされて、“私”呼びに変えたのですが。癖は残って気を許している人といる時とかは、あの一人称に戻りますけどね」

「つまり、善子ちゃんの堕天使と一緒ずらね」

「ヨハネ!それを言ったらずら丸だって、ずらが出てるでしょ?」

 

沙漓の一人称が私と似ている感じだからか、ずら丸はそう言った。似ているけど、語尾が出るずら丸には言われたくないんだけど?

 

「そういうわけで、沙漓がありのままの自分でいられる関係の人と巡り合えたことがうれしいんです。だから、みなさん、ありがとうございます。これからも沙漓をよろしくお願いしますね」

「はい。といっても、私たちも沙漓ちゃんに助けられていますけどね」

「ええ、沙漓ちゃんは私たちの仲間です!」

 

これで沙漓の昔話は終わったようで、海未さんは最後にお礼を口にし、私たちもそれに返して締めた。まぁ、要するに沙漓は私たちにも気を許していることがわかった訳だった。

 

「沙漓戻ってこないわね。ちょっと見て来ます」

 

そうして、洗い物にしては沙漓が戻ってこないなと思い、私はそんなことを言って立ち上がる。

しかし、それより早く沙漓が戻って来た。

 

「ん?なんの話してるのぉ?」




後編は今日中か明日には投稿します。もうちょい書き足しておきたいので。
では、ノシ


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はばたきのとき 後編

日付を跨がずになんとか、投稿できた。後編ですので、前編を読んでいない方は、そちらからお読みくださいな。


私が東京にある園田家に来たのは小学生になる少し前のことだった。

お父さんとお母さんは家に起きた火事でいなくなったと聞いた。

私はそれを聞いた瞬間、あの時のことを思い出し、泣き喚いた。あの時の恐怖、お父さんとお母さんが襲われる瞬間を見たことへの哀しみ。そして、二人の死。私が心を閉ざすのには十分すぎた。

私も火事のせいで煙を吸っていて、燃え落ちた屋根に足を潰されて大けがをしていたらしいけど、手術が成功して足の怪我はどうにかなった。でも、身体の中の器官の一部は損傷したらしくて激しい運動は身体への負担が大きく、できないと言われた。

 

「沙漓ちゃん、今日から私たちが家族よ」

 

行く当てが無くなった私は、ここで拒絶したらどうなるのかを恐れておとなしく頷いた。そして、東京の家に連れてこられた。東京の家は元いた家よりも大きく、私は驚いた。そして、家に入ると、柱に隠れながらそっと見ている女の子がいた。それが従妹の海未ちゃんだと分かったけど、海未ちゃんは恥ずかしがっているのか柱から動こうとはしなかった。私はそのまま家を案内され、私の部屋に案内された。

部屋に入ると、私はベッドに横になり、そのまま部屋に引き籠った。もしかしたら、どの人もあの時お父さんとお母さんを襲った人に見えてしまい、また襲われてしまうのではと思ったから。

みんなはまだ整理がついていないのだと判断して、無理には部屋を開けようとはせず、それとなく促しつつ出てくるのを待つつもりだった。だから、部屋の外には食事の時間になると呼ばれ、でも出るのが怖かった。そして、部屋の前に置いておくからと言って部屋の前から去ると、部屋の前には料理が置かれていた。

私はそれを食べたら満腹になったからか、眠気が来て、緊張の糸がほどけたのかベッドで眠り、両親と笑っている夢を見て目が覚めると、現実に引き戻されて泣いた。

その次の日。私は部屋に引き籠っていると、唐突にノックがされた。最初はまた、食事の時間なのかと思ったけど、時間的にはそんな時間では無かった。

 

「……大丈夫?」

 

その声はとても弱弱しく、海未ちゃんなのだと分かった。でも、人と会うのが怖いのは続いているから出ることもせず、声も出なかった。反応がないから諦めたのか、すぐに去って行き、それからも度々続いた。

そうして三日ほど過ぎ、私はほぼ部屋に引きこもっていた。家が広いおかげかトイレ等で部屋を出ても会うることは無かった。

でも、その日だけは少し違った。トイレから戻ってくると、ちょうど部屋にやって来ていた海未ちゃんと偶然会ってしまったから。

私は慌てて逃げたけど、運動がまともにできないのと、引き籠っていたせいかうまく走れず、追いかけてきた海未ちゃんは私の腕を掴んだ。その瞬間、あの時の光景がフラッシュバックして私はうずくまった。

突然起きた私の異変に海未ちゃんは驚いていた。

 

「痛くしないで……いじめないで……」

 

私はあの時の恐怖を思い出して繰り返し呟き、怯えた。ただただ、あの時の恐怖が思い出された。

そして、

 

「……こわくなーい、こわくなーい」

 

海未ちゃんはそんな私を抱きしめると背中をさすって落ち着かせようとした。それは昔から泣いた時にお母さんがしてくれたものと一緒で、だから私はただ泣いた。そんな私を放さずずっと背中をさすって、落ち着くまで一緒に居てくれた。

そして、落ち着くと海未ちゃんはいつまでも廊下に居ることに抵抗があり手を引いて自身の部屋に招き入れた。

 

「大丈夫?」

「……うん」

 

ベッドに座らされると海未ちゃんは心配そうな声でそう聞き、私もたどたどしくそう言った。

 

「沙漓ちゃんはどうして、いつも部屋にいるの?」

 

海未ちゃんはなんの悪気もなく、ただ気になったから聞いたみたいだった。

 

「怖いの……誰かといたらまた怖い目に遭う」

「そっか、じゃぁ、部屋にいないとね」

 

しかし、海未ちゃんは部屋から出ることを進めるどころか、逆のことを口にした。どうしてそんなことを言ったのか分からず、首を傾げると、海未ちゃんはハッとした。

 

「私もね、人がちょっと怖いの。だから、すぐに隠れちゃうの」

「じゃぁ、どうして私に毎日会いに来るの?」

 

海未ちゃんは唐突にそう言い、どうして私の事を気にするのかが気になった。

 

「うん。ここにきた日の夜、泣いてたでしょ?だから、慰めてあげたかったの。きっと、一人でいるのは寂しいから。だから、一緒に居れば少しは無くなると思ったの。私もいつも一人だったけど、穂乃果ちゃんとことりちゃんに会って、友達になって、寂しく無くなったから」

 

海未ちゃんはそう言って、微笑んだ。海未ちゃんの笑みを見たら、心が安らぎ、それと同時にドキッとした。そして、一瞬海のような真っ青な綺麗な光が見えた気がした。それを見たからか、私は思った。きっと、海未ちゃんは平気なのだと。

 

「うん。私も海未ちゃんと一緒に居たい……でも、お父さんたちはまだ怖い……」

「そっか。あっ、今はまだいいよ。いつか大丈夫になる日が来るよ。だから、私と一緒に頑張ろ?」

「うん。頑張る。海未ちゃん!」

「えらい、えらい。でも、私たちは家族なのだから、もっと……うん。お姉ちゃんって呼んで?」

「うん!お姉ちゃん!」

 

そして、私はお姉ちゃんとは居られるようになり、その日からお姉ちゃんと一緒に少しずつ部屋から出られるように恐怖に打ち勝つ練習をした。

それから数日後、お姉ちゃんと一緒なら両親にもちゃんと会え、その時にお母さんが涙を流して喜び、抱きしめてくれて、それ以降は家の中なら問題なく居られるようになった。それから日が経ち、お姉ちゃんの友達の穂乃果さんとことりさんに出会い、お姉ちゃんの友達だからなのと、二人の物腰からすぐに心を開けた。でも、お姉ちゃんは学校があるから昼間はおらず、私はまだダメだから学校に行けていなかった。そのせいか、お姉ちゃんがいない時間は退屈で寂しかった。

そして、五月になる頃にはだいぶ落ち着き、外にもお姉ちゃんと一緒なら出られ、学校にも行けるようになった。

それからは普通に生活をして、お姉ちゃんが中学生の頃にお姉ちゃんの部屋に借りていた物を返しに行った際に偶然お姉ちゃんのポエムノートを見つけて、少し見て見たらなんだかぽあぽあした気持ちになり、気づけば半分近くのページを読んでいた。そして、お姉ちゃんに見つかるやお姉ちゃんは恥ずかしそうにしていた。その時のポエムの一人称がどれも僕だったからか、なんだか“私”より“僕”の方がしっくりきて、それ以降は“僕”呼びが定着しちゃったりした。

お姉ちゃんがµ’sに入った時は、お姉ちゃんの真新しい姿に喜びと共に、一緒に居る時間が減ったから寂しく、少し嫉妬した。そして、µ’sが九人になると人気はさらに上昇し、ファンが増えていった。お姉ちゃんは困りながらもちゃんとファンに対応し、やっぱり嫉妬した。お姉ちゃんとの時間が減るにつれて、どんどん離れていく気がして、でもお姉ちゃんには心配をかけたくないから、こんな気持ちになっていることを知られたら嫌われると思い、ばれないように蓋をした。お姉ちゃんはそれでも僕から離れないという想いと、もしかしたらという想いがぐちゃぐちゃになっていった。

そんな日々が続き、そんな感情を心の奥にしまい込み平静を装っていたある日、

 

「沙漓、何か隠し事をしていますね?」

 

あっさりとばれた。しかも、

 

「見た感じ、私と居られる時間が減ったからですね?」

 

理由もあっさり看破された。ばれてしまい、ばれたからにはもう隠し通すのも無理だと諦めた。

 

「うん。お姉ちゃんがどんどん遠くなっていく気がして」

「どうしてそう思うんですか?」

「だって、µ’sの練習と家での稽古。そのせいで前より一緒に居る時間が減って……最近は人気になったからか、よくファンの人に囲まれてて……」

「だから、私が沙漓から離れてしまうと思った訳ですか」

「うん。お姉ちゃんが悪いわけじゃない。µ’sが人気になったらファンの人との交流が増えることもわかってた。でも、そんなお姉ちゃんとファンを見ると、なんだか変な気持ちが溢れて……でも、お姉ちゃんを困らせるのは嫌で……」

「はぁー」

 

僕がそんな気持ちを吐露すると、お姉ちゃんは大きくため息をついた。あっ、やっぱり呆れられちゃうんだ。そして、いつかは離れていっちゃうんだ……。

 

「沙漓、私は怒っています。なんでかわかりますか?」

「僕がこんな気持ちを持ったから?」

「違いますよ。別にその様な気持ちを持つのは普通なことですよ。でも、その気持ちを無理やり閉じ込めて、無理をするのはダメです。だったら、その気持ちを口にしてください」

「でも、それじゃ、迷惑をかけちゃう……」

 

お姉ちゃんは口に出すように言うけど、それじゃ、こんな気持ちを抱く僕に幻滅して……それに迷惑がかかっちゃう。

 

「いいんですよ。私は沙漓の姉なのです。妹の悩みを聞くのは姉の務めですよ。だいたい、あなたはかけがえのないたった一人の私の妹なのですから、離れることなんてありませんよ。それに、沙漓が私から離れる気なんてないのでしょ?」

「うん」

「ならいいんです。沙漓は一人でため込むのですから、これからもため込むのはやめなさい。これは約束ですよ」

「うん!」

 

 

~☆~

 

 

「これからも沙漓をよろしくお願いしますね」

 

僕はお姉ちゃんとの思い出を部屋の外に座って思い出していた。洗い物はすぐに終わって、いざ戻って来てみたらお姉ちゃんが僕の過去を話していて、なんとなく入りづらい空気だから入れずにいたのがここに座っている理由。

 

「沙漓戻ってこないわね。ちょっと見て来ます」

 

まぁ、そんなことを思い出したり考えたりしていたら、ヨハネが僕を探そうと立ち上がってた。あ、このままじゃ、ずっとここに居たのがばれて、冷やかされる。

そういう訳でヨハネより先に動く。

 

「ん?なんの話してるのぉ?」

 

さも、今洗い物が終わって戻って来たように取り繕って。基本的に、感情を隠せばお姉ちゃん以外にばれることは無いことはわかってる。なんで、お姉ちゃんにはばれるんだろ?

 

「うん。沙漓ちゃんの過去の話を聞いてたんだよ。大変だったんだね」

「うーん、まぁ。でも、それはお姉ちゃんがいましたから」

「ふふっ、ほんと沙漓ちゃんはお姉ちゃんが好きなんだね」

 

梨子さんは微笑みながら、そんなことを言った。それで、みんなもそんな視線を向ける。

 

「もちろんですよ。あと、好きじゃなくて大好きです!」

「というか、これってシスコンのレベルなんじゃ?」

「ですわね」

「……はぁー。これさえなければ、何処に出しても恥ずかしくない妹なのですが」

 

言い切ったら、シスコン認定をされてしまった。お姉ちゃんも顔に手を当てて残念そうにしていた。はて?お姉ちゃんを好きなのは普通なんじゃ?それに、

 

「ダイヤさんに否定されたくありませんよ。シスコンじゃないですか」

「なっ!」

「ああ、確かにダイヤはルビィに対してはちょーっと過保護すぎるわね」

 

ルーちゃんに対してのダイヤさんのそれも同じ気がするから。え?僕の方がひどい?知ってる。

 

「そう言えば、沙漓」

「ん?改まってどうしたの?」

「あなたには私たちが何色に見えてるの?」

「えっ?」

 

ヨハネが唐突に色を聞いた。色の話題は流れて“僕”呼びの話題にすぐ移っていたから、忘れられていると思ってたから驚いた。そもそもこんな荒唐無稽な話を信じるとは思ってなかったから。

 

「何の話?」

「沙漓が他人の色で判断してるって話よ」

「信じるの?そんな普通じゃない話」

「ふぇ?沙漓ちゃん嘘ついてたってことなの?」

「いえ、嘘はついてないけど……普通は信じないんじゃ?」

 

見た感じ、全員信じているみたいで視線が僕に集まる。なんで、そんな話が信じられるのやら?それに、正直言いたくない。でも、言うまでしつこく聞いて来る未来しか見えない。

 

「まぁ、確かにみんな最初に会った時に色は見えてたけどね。あれが見えるようになってから会った人だから、ヨハネとマルちゃんも見えたし」

「そう……それで、私は何色に見えたの?もちろん、堕天使たる私は黒色よね?」

「なんで、害がある色な訳?ヨハネは白色だよ。まぁ、普通じゃないんだけど」

「普通じゃない?」

「うん、白と一緒に水晶のような澄んだ黒というか闇色?が見えたの」

「闇色?って、初っ端から色が違うんだけど?」

 

ヨハネは目をキラキラさせてそう言ったから、僕は白と答え、後半は小さな声で闇色と言った。はっきり言って、イレギュラー。二色がくっきり分かれるなんて無かったし。そもそも、闇色なんて見たことも無かったからあんまり言いたくなかったけどね。最初は闇色=黒の可能性も考えたけど、黒は濁っていて澄んでいないからお姉ちゃんと同じなのだとわかった。

 

「ちなみに、千歌さんはオレンジ色。梨子さんとルーちゃんは多少の違いはあるけどピンク色。曜さんは水色。マルちゃんは黄色。果南さんはエメラルドグリーン。ダイヤさんは赤。鞠莉さんは紫です」

「ちょと、待って。白か黒なんじゃなかったの?」

「普通はですよ。でも、Aqoursの皆はなんでか全員特殊カラーなんだよねぇ。特殊カラーなんてお姉ちゃん以外からは見たことが無かったからよくわかんないけども」

 

だから、言いたくなかった。みんな、なんでか特殊カラーだから。白とか黒ならまだしもなのに。しかも、特殊カラーがそういう意味なのかわかってないし。

 

「まぁ、そう言う訳で。お姉ちゃん基準で問題ないってことで、あんな感じだったんだよぉ。大体、みんな優しいしぃ。それとも黒みたいに害があるの?」

「海未さんを基準って……」

「やっぱり、大好きなんだね」

 

あれ?なんで、空気が変わってるんだろ?なんか、梨子さんは僕とお姉ちゃんをそっちの目で見ている気がするし。気のせいかな?

 

「さて、そろそろ内浦に戻りますか?終バスの時間的にも」

「だね」

 

僕たちはその後も色々喋って、そろそろ戻らないといけない時間だったので帰り支度をする。そして、玄関に集まる。

 

「では、今日は色々ありがとうございました」

「いえ、私も沙漓が楽しく過ごせていることが見れてよかったですよ。ラブライブ地区予選頑張ってくださいね」

「はい。突破して見せます!」

 

そう言って、みんなは家を出て、

 

「沙漓、今の生活は楽しいですか?」

「うん。楽しいよ」

「……そうですか。どうやら、心に響くパフォーマンスをするグループだったようですね。あの子たち、Aqoursが」

「うん、そうだよぉ。だから、心配しないで……いってきます」

「いってらっしゃい」

 

お姉ちゃんはAqoursの皆を見てそう呟くと僕は頷き、お姉ちゃんに見送られて、家を出た。

 

 

~海~

 

 

家を出る時の沙漓の表情は、四月に会った時よりも晴れやかで、今を楽しめているようだった。きっと、あの子たちが沙漓を繋いでくれたのだろう。

 

「さて、沙漓の心配はいらなそうですし、私は私の……」

 

気を取り直して、私は私のやることをと思い、部屋に戻ると、机に置いていたスマホに着信が入る。沙漓が忘れ物……いえ、それなら直接戻ってきますね。

画面を見るとそこには……

 

「穂乃果、どうしましたか?」

『海未ちゃん助けてぇー』

 

穂乃果の名前があり、出るなり救援だった。しかし、声音から、事件に巻き込まれている感じでは無かった。おそらくはあれですね。

 

「課題以外なら助けますよ」

『課題が進まないよー』

「……はぁー、仕方ないですね。今日だけですよ」

『あれ?海未ちゃんがこんな簡単に……それに、声がいつもより嬉しそう。なにかいいことあったの?』

 

すると、穂乃果は私の声からそんな判断をする。声だけで理解するとは。伊達に長い付き合いではありませんね。

 

「ええ。さっきまで沙漓がいましたから。友達を連れて」

『えー、沙漓ちゃん戻ってたのー。なんで言ってくれなかったの?久しぶりに会いたかったなー』

「ダメですよ。穂乃果がいたら騒がしくなります」

『ひどい!まぁ、いいや。それにしても沙漓ちゃんが友達を連れてねー。あの頃の沙漓ちゃんを知っているからか、うれしいね』

「ええ。それにあの頃の私たちに感じたものを感じるグループに出会えたみたいですよ」

『そっか。なんてグループなの?穂乃果も興味あるなー』

 

穂乃果も沙漓が人付き合いにだいぶ前向きになったことを知り、安堵を。あの頃を知る私としてもうれしいですね。それに、スクールアイドルが好きだけど、はっきりと心に響かなくなっていた沙漓が興味を持ったグループにも会えましたし。

穂乃果も興味があるようですね。沙漓の気持ちを前向きにしてくれた、グループのことが。

 

「Aqoursですよ」

 

 

~☆~

 

 

「ねぇ、海見ていかない?みんなで!」

 

電車に揺られていた僕たちは、唐突に千歌さんが口にした言葉で、駅に降りた。そこは海がすぐそばに見える駅だった。みんなは砂浜の上に立ち、僕は駅と砂浜の中間にある階段に腰かけて見ていた。

 

「うわぁ、きれい!」

「内浦とはまた違った良さがありますね」

 

夕日に照らされた海は幻想的でとても綺麗だった。みんなも同様に目を奪われていて、しばらくは静かな時間が続いた。

すると、おもむろに千歌さんが口を開く。

 

「私ね。分かった気がする。µ’sの何がすごかったのか」

「ほんと?」

 

それは今日一日で得られた何かの事だった。電車の中でも千歌さんは何か考えている様子だったから、きっとそのことを考えていたんだと思う。

 

「うん、たぶん比べちゃダメなんだよ。追いかけちゃダメだったんだよ。µ’sも、ラブライブも、輝きも。勝ちたいところとかじゃなくて」

「どういうこと?」

「わたしはわかるかな?」

「一番になりたいとか、誰かに勝ちたいとか。そういうことじゃなかったんじゃないかな?海未さんも皆との思い出を作りたいって言ってたし」

「うん。だから、µ’sのすごかったところは、なにもない所を一生懸命走ったことだと思う。皆の夢をかなえるために。自由に、まっすぐに……だから、飛べたんだ!」

 

千歌さんの言葉は皆の心に響いたようで、どこか納得した表情をしていた。そして、千歌さんは言葉を続ける。

 

「µ’sの背中を追いかけることじゃない。自由に走ることってことじゃないかな?全身全霊。何にもとらわれず、自分たちの気持ちに従って」

「自由に」

「run&run」

「全力で走る」

「全速前進だね!」

「自由に走ったらバラバラにならない?」

 

すると、ヨハネはそんな疑問を口にした。確かに、九人が同時に自由に走ればバラバラになるかも。でも、この九人ならたぶん平気な気がする。

 

「たぶん平気じゃないかな?」

「それで、何処に向かって走るの?」

「私は0を1にしたい。あの時のまま終わりたくない!」

「千歌ちゃん……」

「それが今、私が向かいたいことかな?」

「そうだね」

「なんか、これで本当に一つにまとまれそうだね」

「遅すぎですわ」

「みんなシャイですから」

 

どうやら、みんなの心は一つにまとまって、同じ方向を向いているようだった。そして、九人は円を作るように集まる。

 

「沙漓、そんな場所にいないでこっちに来なさい」

「いいの?」

「何言ってるのよ。あんたもAqoursの一員でしょ?」

 

ヨハネは、自分を堕天使と言いながらも皆に優しく接することのできる優しい白と、堕天使が好きな気持ちを誰からも染められない闇色。他の人と比べたら変わった部分があるけど、本質はとにかく人のことを想いやることのできて、好きな物を好きと言える人。そんなヨハネだから、僕はヨハネといる時間が好きだった。あっ、お姉ちゃんと比べたら……うーん。

 

果南さんは、全てを包み込む穏やかな海のようなエメラルドグリーン。一人で抱えることもあるけど、一歩引いた位置から皆を優しく見ていて、時には誰かの為に厳しくすることのできる人。だからこそ、悩んだら相談をすることができたし、逆に力になれるなら力になりたいと思える、もう一人のお姉ちゃんみたいな?

 

千歌さんは、皆を引っ張り照らす太陽のようなオレンジ色。でも太陽のように遠くに無く、内浦のミカン畑のようにすぐそばにいてくれるからミカン色?いつも自分のことを普通と卑下するけど、普通だからこそ誰にでも接することができ、太陽みたいな笑顔で皆を照らせる十分すごい人。その笑顔には何度も救われ、とにかく温かかった。そして、スクールアイドルを楽しむ気持ちを持っているからこそ、みんなも集まったんだと思う。

 

梨子さんは、桜のように春の新鮮な息吹をくれるピンク色。普段はおとなしくて千歌さんに翻弄されているけど、怒った時は大変で、でも優しくて桜のような満開の笑顔の似合う人。梨子さんのピアノを聞いていると気持ちが落ち着くし、同じ趣味を持っている人に今まで会えなかったからかそういう時間も楽しかった。

 

曜さんは、みんなに元気を広める海のような水色。人辺りが良くてそつなく物事がこなせて、持ち前の元気で皆を引っ張り、ボーイッシュぽいけど中身は乙女な可愛い人。お父さんが大好きで、色々なものに手を出している辺りに親近感があったりなかったり。

 

ルーちゃんは、スクールアイドルのことが大好きでザ・アイドルみたいな可愛いピンク。いつもは小動物のように小さくなっているけど、スクールアイドルの時は元気いっぱいに動ける人。だからこそ、頑張る姿を見て応援したくなった。

 

マルちゃんは、みんなの気持ちを和ませる陽だまりのような黄色。ルーちゃんと同じでスクールアイドルが好きで、自分のことよりも誰かのことを想い動くことのできる優しい人。僕に対してもその優しさは変わらず、故に気持ちが軽くなった。

 

ダイヤさんは、みんなを優しく包む温かな炎のような赤。二人の関係が崩れた時もただ待ち続け、いつでも戻れるように準備をしていた芯の強い人。スクールアイドルのことを隠そうとしてるのに、影ながら応援をし、でも中途半端に見えてる辺りが抜けててちょっと可愛かったり?

 

鞠莉さんは、みんなを暗くさせず明るさで優しく包む夜空のような紫。大切な人を思うが故に自分のことを二の次にしてしまうほど優しく、常に皆に気を使いながらも自分を出せる人。正直なところ、ハイテンションな人は苦手だけど鞠莉さんだとなんでか平気だったり。きっと、その裏でみんなをちゃんと見てくれているからだと思う。

 

「だね」

 

僕はそう言って、みんなの円に加わる。みんなの目には確かな輝きがあって、一人一人の顔を見てそんなことを考えていた。みんなそれぞれ違う輝きがあって、それが綺麗に合わさるからこそ人を引き付ける。そして、スクールアイドルを楽しんでいる気持ちを持っている、それらが集まったのがAqoursの魅力だと思う。

 

「じゃぁ、行くよ――」

「待って!指こうしない?これをみんなで繋いで0から……1へ」

 

そして、十人で円を作って、と思ったら曜さんが待ったを入れた。どうかしたのかな?

すると、曜さんは親指と人差し指を立てて、それをみんなで繋いで0を作り、1にするモーションを提案する。うん、いいと思う。みんなもそれがいいと思い頷いていた。

 

「うん、それいい。じゃぁ、もう一度!」

 

千歌さんはそう言ってみんなの顔を一巡し、

 

「1!」

「2!」

「3!」

「4!」

「5!」

「6!」

「7!」

「8!」

「9!」

「10!」

 

僕たちは順番に手を重ねた。

 

「0から1へ」

 

そして、それぞれ親指と人差し指を立てて“0”を作り、“1”に変える。

 

「今、全力で輝こう!Aqours。サーン――」

『『『シャイン!』』』




唐突に始まり、唐突に休止し、唐突に再開し、唐突に完結です。
理由は、最初から一期の内容までのつもりでしたので。それと、アニメの13話はミュージカルパートが半分ですし、結局予選がどうなったのかもよくわからないので、12話の内容で終わらせるのが一番だと思ったからです。

始めた理由は単純に思いついたからで、Aqoursの九人を近くで見ている女の子みたいなノリで決めました。海未の妹なのとか、善子とやたらと絡むのは、単純に好きなキャラだからです。と言っても、どのキャラも好きなのですけども。
『のんびり天使は水の中』は、沙漓がのんびり系でサリエルから引っ張って名前を決め、Aqoursの近くにいるからこのタイトルにしました。今更ながら天使要素が無いなぁと思いますけども。

まぁ、そう言う訳で、これで完結です。拙い文章だったと思いますが、お読みいただきありがとうございました。
では、ノシ


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三年生と沙漓

日常回です。
【ダイヤさんと呼ばないで】みたいな感じです。


「もぐもぐ。で、僕はなんで小原ホテルに連れてこられたのでしょうか?」

「あはは……」

 

十人で東京へ行った翌日の午前。僕は小原家が経営するホテルオハラにいた。というか連れてこられた。

今日は昼まで家でのんびりしてようと思ってたのに、唐突に鞠莉さんがアパートに来たと思えば「三秒でしたくしな」と言われて、三分かけて支度をしてバスに乗せられた。で、淡島行の船に乗せられてホテルに着くなり、この部屋に通され今に至る。

僕は机に置かれたクッキーを食べながら呟き、隣に座っている果南さんは苦笑いを浮かべる。

クッキー美味しい……。

 

「私もよくはわからないんだよね。いきなり鞠莉に呼び出されたわけだし」

「はぁー。それで、鞠莉さんはどこに行ったんですかね?」

「さぁ?」

 

果南さんも事情は知らないらしく、戻って来た鞠莉さんに文句を言うことを決めて、とりあえず辺りを見回す。鞠莉さんの部屋はシンプルイズベストなのかあまりものが置かれていなかった。てっきり、鞠莉さんの部屋ならいろんなものがありそうなイメージだったんだけど。

そんなことを言うと、果南さんは「あぁ」と声を出しなんでか遠い目をした。

 

「ここ鞠莉の部屋じゃないよ。客間的な場所だよ」

「この大きさで客間……」

 

まさかの鞠莉さんの部屋じゃなくて客間だったとは。一般家庭の部屋の倍はありそうなのに。あと、僕の今住んでるアパートの部屋よりも大きい気が……。

 

「そーゆうことよ!」

「あっ、鞠莉さん。ダイヤさん、こんにちは」

「こんにちは、沙漓さん」

 

そんなことを考えていると、二人が部屋にやって来る。ダイヤさんも鞠莉さんに呼ばれた感じなのかな?

二人は僕たちの反対側の椅子に座る。

 

「それで、僕はどうしてここに連れてこられたんですか?鞠莉さんは教えてくれないし、果南さんも知らないらしいし……ダイヤさんは知ってるんですか?」

「……」

「あー、それは……」

「ダイヤさん?」

 

僕はなんも知らないからそう聞くと、ダイヤさんはどうしてか肩を震わせ、鞠莉さんは面倒そうな顔をする。隣ではそのやり取りだけで果南さんが今日の要件を理解したのか「あっ、そういうこと」と呟いていた。

 

「どうして――なんですの」

「なんと?」

「どうして、皆さんわたくしのことを“さん”付けなんですの!?」

「はい?」

 

ダイヤさんはいきなり大声を出すとそう言った。僕はどういうことのかよくわからず、首を傾げる。

 

「要するにダイヤは“さん”付けされることを気にしてるんだよ。私と鞠莉はみんな“ちゃん”付けでしょ?」

「だから、ダイヤも“さん”じゃなくて“ちゃん”付けがいいみたい。あと、そのせいで自分だけ距離がある気がしてるみたいなの」

「はぁ……でも、僕の場合は二人も“さん”付けですけど?」

 

とりあえずわかったことは、今日集めたのはダイヤさんみたいなこと。僕たちはそれに巻き込まれたこと。ホテルの理由はたぶん、こんな相談をしているのをルーちゃんに見られたくないからかな?

というか、僕は二年生以上のメンバーには“さん”付けな訳で、ダイヤさんだけじゃないんだけど?

 

「だからこそですわ。沙漓さんが“ちゃん”付けすれば皆さんも“ちゃん”付けになる気が……」

「ごめんなさい。僕、基本的に年上には“さん”付けで接するように育ったので。たぶんダイヤさんと同じで。お姉ちゃん以外で年上の人を“さん”付けしない例外なのは三人だけですね」

「って、しない人もいるんだ……」

「そう言う訳ですので、ダイヤさんの作戦は無理ですね。それをしたいのなら、ダイヤさんも“ちゃん”付けで呼んでみてください」

「それは……はぁ」

 

ダイヤさんは少し考えため息をついた。たぶん無理みたいかな?

そもそも、ダイヤさんがみんなを“さん”付けしてるのもダイヤさん呼びの原因の気がするけど。でもダイヤさんがみんなを“ちゃん”付けするかと言えば、無理っぽいし。

 

「じゃぁ、ダイヤの悩みは解決しないわね」

「ダイヤ、ドンマイ」

「そんな……どうしてお二人は“ちゃん”付けで、私だけ“さん”付けに……」

 

落ち込むダイヤさんに、慰める二人。さてさて。

 

「じゃぁ、試してみますか」

「ん?何かいい案あるの?」

「はい。とりあえず、ダイヤさんを柔らかくしましょう」

「はい?」

 

 

~鞠~

 

 

午後。私たちは浦女に来て練習をするところだった。

 

「本当にうまくいくのでしょうか?」

「まぁ、これも一つの方法だとは思うよ」

 

ダイヤが心配で呟くと、果南はいつもの調子でそう言う。

沙漓が提案したのは至極単純なものだった。ダイヤの口調が硬いからもう少しフレンドリーな感じになればおのずとどうにかなるとか。しかし、私としては難易度が高い気がするものだけど。

 

「さぁ、ダイヤ行って来な」

 

果南がダイヤの背中を押すと、決心して踏み出す。部室には先に来ていた二年生三人がおり、とりあえず話しかけてみる。私たちはばれないように隠れて外から様子をうかがう。

三人とも優しいからきっと……。

 

「おはようございます。千歌さ、ちゃん。曜、ちゃん。梨子、ちゃん」

「ふぇ?あっ、おはよう。ダイヤさん……?」

「おはヨーソロー!ダイヤさん……?」

「おはよう。ダイヤさん……?」

 

なんとか“ちゃん”付けで呼んでみたけど、言いなれない為変な感じになってるわね。そのせいで、三人も困った感じになってるし。しかもせっかく“ちゃん”付けしたのに“さん”付けで返される始末。

 

「それで、どうかしたの?チカ達のこと……その“ちゃん”付けして」

「……いえ、なんでもありませんわ」

「えー。悩みがあるのなら聞くよ?」

「うんうん」

「そうだよ!ダイヤさんにはいつも助けられてるし」

 

三人とも優しい為、ダイヤに悩みがあるのだと判断したようだった。でも、ダイヤちゃん呼びして欲しいと頼むのは恥ずかしいらしいから口にすることはないわけで。

 

「悩みなんてありませんわよ」

 

だからダイヤはホクロの辺りを掻いて誤魔化す。理想としては自然に呼んでもらいたいみたいだし、今更ながらそれを言って笑われる可能性もあるとか思ってるのかしら?たぶん、笑うなんてことは無いと思うけど

 

「ダイヤさん!嘘は良くないです!」

「そうだよ、ダイヤさん!力になるから!」

 

しかしながら千歌っちと曜は確信しているかのように詰め寄る。梨子は梨子で詰め寄りはしないけど、じーっと顔を見ているので助けてはあげられそうにないわね。

 

「シャイニー!」

「やっほ」

 

と言う訳で、今の状況に見かね中に入る。それによって三人の注意が私たちの方に向き、ダイヤは少し身を引いて距離を空ける。

 

「こんにちはー」

 

そして、一年生の四人もやってきたことで練習ということになり、どうにかこの話は流れたのだった。

 

 

~果~

 

 

「で、ダイヤはどうしたいわけ?自分から頼むのは嫌なら」

「わたくしはどうすればいいのでしょうか?」

「それをマリーたちが聞いてるんだけど?」

「うーん。ダイヤさんが呼び方を変えるのが無理となると……」

「となると?」

 

とりあえずストレッチを各々している間に私はダイヤに問うも、ダイヤはいい案が思い付かないようで、私たちは困っていた。そんな中、沙漓ちゃんは何か案があるのかそんなことを言う。

 

「ダイヤさんのイメージを変えましょう」

「さっきやらなかった?」

 

沙漓ちゃんの発言に、鞠莉は首を傾げる。私もさっきやった気がするからよくわからないけど、たぶんさっきとは違うことをするつもりな気はした。

 

「さっきよりもわかりやすく行きます。ダイヤさんはみんなから見て大人のようなイメージがあるので“ちゃん”付けよりは“さん”付けなイメージがあるんです」

「あー、確かにそうかも」

「なので、ダイヤさんが子供っぽい感じをすることで皆のイメージを一新しようかと」

「なるほど……いい案ではあるけど、ダイヤにできるかしら?」

「なっ。それくらい別に……」

 

鞠莉に茶かされてダイヤはむきになり、こうしてダイヤは子供っぽく接することになったとさ。というか、ダイヤが外でそういうのしたのって小学生のころ以来だったような?

ストレッチが終わり、とりあえず基礎体力の向上をしようということで坂の一番下に集まる。ここから坂を上がるのはいい感じのトレーニングになるだろうしね。

 

「じゃ、無理はしないでってことで!」

『『『おー』』』

 

私がそう言うと、皆は一斉に坂を上り始める。いつも通りに走れば、一番に着いちゃうけど、今日はダイヤの方も気になるからとあえて一番後ろを走る。

 

「あれ?果南ちゃんが後ろって珍しいね」

「まぁね。皆の走り方を後ろから見てれば走り方で変えた方がいいところを教えてあげられるでしょ?」

「そっか。それに、後ろに誰かいると手を抜けないもんね。誰も手を抜かないけど」

 

梨子ちゃんは私が居ることを気にするけど、それっぽい理由を言ったらあっさり信じてくれた。

 

「……」

 

ダイヤの方を見るけど、ダイヤは無言で走っていた。いや、確かに喋らずに走るべきだけど、もしかして何もしない気なのかな?

 

「ダイヤ、何もしない気?」

「さすがに練習中には……」

「でもね。声かけしてエールを送るとかあるでしょ?ほら、二人に声かけてみなよ」

 

ダイヤは何もしない気でいたようだから、前を走る善子ちゃんと花丸ちゃんの方に行くように促す。ダイヤは渋々といった調子で二人の方に行く。

 

「花丸ちゃん、善子ちゃん。ファイトだよ!」

「ずら!?」

「ふぁ?……ヨハネ!」

 

どうやら、さっきのも組み合わせて実践してみようといった感じだった。二人はいつもと違うダイヤの呼び方と口調に変な反応を示していた。善子ちゃんはしっかり訂正を要求してるけど。でも、なんでダイヤは穂乃果さんの真似してるんだろ?

 

「えーっと、ダイヤさん。悩みとかある?」

「マルたちが聞くずら」

 

で、またしてもダイヤが情緒不安定と思われたのか、悩みがあると判断されて心配されていた。なんでダイヤがいつもと違うと悩みがあるんだと思うんだろ?いや、たしかにあれは悩みだけどさ。

 

「悩みなんてないわ!」

「悩みがある人はだいたいそう言うのよ。特に人に言い辛いのがある人は」

「善子ちゃんもそうだもんね」

「特に問題ないわよ」

 

あちゃー。否定してる時まで口調を頑張っているせいで余計にそう思われちゃうよ。はぁ、やっぱり別のプランで行かないとダメかな?

 

「ほらほら。もう少しでゴールだよ!ということで、こっから競争ね」

「おっ、やっと果南ちゃんが本気出すんだね!」

「じゃぁ、ビリの人が今日の買い出しってことで!」

「えっ!?こんな途中で!?」

「というわけで。よーい、シャイニー!」

 

私はダイヤを助ける意味も込めて、大声で提案すると、いつも競ってくる曜が乗り、千歌がさらに助長させる。これによって二人はダイヤに話しかけ続けるわけにもいかず、鞠莉の掛け声で一斉にペースを上げる。

 

「はぁはぁ。なんで一番後ろにいた果南ちゃんが一位になれるの?」

「まぁ、最後の平坦道なら普通の50メートルと大差ないからね」

「むー。次こそ勝つからね!」

「まだまだ負けないよ」

 

曜と千歌にそう声をかけると、私はダイヤの方に行く。ダイヤはスタートダッシュが遅れたことでなんとか追い抜こうとしてたけど、間に合わずにビリになり肩で息をしていた。そんなわけで、私は疑問を口にする。

 

「どうして、穂乃果さんの真似をしたの?」

 

 

~ダ~

 

 

「うまくいきませんでしたね」

「すいませんね。ついて来てもらって」

 

わたくしと沙漓さんは一緒に近くのコンビニまで歩いていた。どうしてこうもうまくいかないのでしょうか?穂乃果さんのあの言葉ならうまく行く気がしたのですが、不発に終わった訳ですし。

 

「そもそも、こういう補給は僕の仕事だからダイヤさんこそ皆と待っててよかったんですよ?」

「いえ。負けたわたくしがこのまま沙漓さんに任せるのは示しがつきませんから」

「真面目ですね」

 

沙漓さんは静かにそう呟くと、それから会話は止まり静かな時間が流れる。

そして、今日は何故か夏場のように暑かったので、アイスを買うと皆さんの元へ戻る。

 

「……やっぱり、あれしかないのかな?」

「何か言いました?」

「あっ、声に出てました?」

「ええ。それで、あれとは?」

 

沙漓さんの目を見て問うと、沙漓さんは話し始める。

 

「お姉ちゃんたちの時もあったんですよ」

「お姉さん?……というと海未さんのことですか?」

「はい。µ’sは九人になってすぐに合宿をしたんですよ」

「そうなんですか?そんな話聞いたことがありませんけど」

 

µ’sが九人になってすぐに合宿をしたなんて話は聞いたことがありませんけど。

 

「あれは悲劇でした……」

「悲劇ですか?」

 

沙漓さんはどこか遠い目をしてそう言う。もしかして九人になって早々解散の危機があったとでもいうのですか?

 

「お姉ちゃんが家を開けたことで寂しかった……」

「……あの、それとこれにどんな関係が?」

「あっ、そうでした。その時の合宿の目的が先輩後輩の壁を壊すというもので、先輩禁止令を出したらしいです――」

 

それからその時の話(後から海未さんに聞いたらしい)をされ、沙漓さんの話を聞くと、それで言いたいことを察した。

 

「つまり、先輩禁止をAqoursでもやろうということですか?」

「……まぁ、そういうことです」

 

沙漓さんは歯切れの悪い調子で頷く。しかし、わたくしはそれ以上にµ’sが行ったという点に興味を持ち、どうして歯切れが悪いのかはそこまで気にしませんでした。

 

「では、早速戻り次第実践しましょう!」

「あー。はい」

「と言う訳で、沙漓さんから提案してください」

「なんで、僕が?」

「こういうのは一年生から言った方がすんなり行くと思うからです」

「なるほど……で、本音は?」

「わたくしから言うとまた悩みがあると思われそうなので」

「あー、はい。わかりました。それと、先輩禁止はAqoursには不要だと思いますからね。その上で、提案の仕方は僕が勝手に決めていいのなら」

「ええ。それでお願いします」

 

沙漓さんは渋々といった様子で了承し、こうして早速実行する運びとなりました。

 

 

「お姉ちゃんたちが実践していたので、先輩禁止をやりましょう!」

「えーっと、どういうこと?」

「言った通りダイヤさんがみんなから“さん”付けされてるのを気にしてるので、お姉ちゃんたちがやっていた先輩禁止を建前に“ちゃん”付けして欲しいらしいということです」

「ちょっ、沙漓さん!何いきなりばらしてるんですか!?」

「正直、面倒なので単刀直入で。ダイヤさんも僕に任せるって言ったじゃないですか」

 

沙漓さんは一切悪気がない様子でそう言い、皆さんは困惑を隠せずにいました。ああ、これでわたくしは変なイメージを持たれ……

 

「なーんだ。てっきりもっと重たい悩みかと思ってたや」

「うんうん。いつもと違ったのはそう言う訳だったんだね」

「くっくっく。どうやら、こちら側の人間だったようね」

「善子ちゃんは何言ってるずら?」

「まぁ、要するに距離があると思ってたわけなんだ」

「うーん。結局、どうするの?」

 

誰も特にわたくしに対して変なイメージを持った訳ではなさそうでそう言う。うまく伝わらなかったのでしょうか?

 

「うーん。別に今のままでもいいような?」

「えっ?」

 

すると、千歌さんは急にそう言いました。このままでいいって。どういうことなのでしょうか?わたくしとは仲良くなくても、距離があってもいいってこと?

すると、他の皆さんも千歌さんの考えていることを察したのか頷く。そして、千歌さんは私の表情を見て慌てた様子で手を振る。

 

「あっ、勘違いしないでくださいね。確かに果南ちゃんと鞠莉ちゃんみたいにふざけたり、冗談は言わないけど――」

「私たちがちゃんとするように叱ってくれて――」

「ダイヤさんはいざって時に頼りになる」

「だから、ダイヤさんはダイヤさんのままでいてほしいなってマルは思うずら」

「そうね。真面目な人がいないとまとまらないだろうし」

「ルビィは……ううん。みんな、そんなお姉ちゃんのことが大好きだよ!」

 

六人は続けてそう言った。距離感があると思ってたのはわたくしの勘違いだったのですわね。そう考えると、わたくしは意味のないことを悩んでいた訳ですわね。

 

「わたくしだって、みなさんのことが大好きですわよ」

「あはは……じゃっ、せーの」

 

千歌さんは苦笑いを浮かべると、皆さんにアイコンタクトをし、

 

『『『ダイヤちゃん!』』』

 

わたくしが望んでいた呼び方をしてくれたのでした。まさか、本当に呼ばれるとは思ってなかったのでうれしいのですが……

 

「まぁ、別にもうわたくしはどっちでもいいですわ」

 

急に気恥ずかしくなり、そんな反応をしてしまいました。

 

「あれ?あんなに固執してたのに?」

「まぁ、急に呼び方が変わったから違和感があったんじゃん?」

「うーん。それで、これからどう呼んだ方がいいの?」

「皆さんの好きにしてもらっていいですわ」

「あれ?結局そこに落ち付いちゃうんだ」

 

もう呼び方を気にするのもあれなので、そんな反応をすれば沙漓さんは首を傾げているのでした。

 

「はいはい。アイスが食べ終わり次第、練習を再開しますわよ」

「はーい」

「ヨーソロー!」

 

 

~ダ~

 

 

「結局、みんなダイヤさん呼びになっちゃったわね」

「まぁ、ダイヤはそれでもよくなったみたいだしいいんじゃないの?」

「三人とも迷惑をかけましたわね。今日はありがとうございました」

 

練習が終わり、私たちは松月に来ていました。一、二年はこの場におらず、私たちと沙漓さんだけ。まぁ、生徒会の仕事で六人には先に帰ってもらっただけですけど。

 

「別にいいですよ。ダイヤさんの悩みも解決したわけですし」

 

沙漓さんはみかんのケーキを食べながらそう言い、二人も頷く。皆さん優しいですわね。そう言えば。

 

「沙漓さんは途中から反応がおかしかった気がしたのですが?」

「あー、はい。だって、みんなダイヤさんと距離なくて先輩後輩って関係ではないなぁって思って。だから、先輩禁止が無駄だと思って」

「確かに。やる必要ないくらい、みんな距離近いよね」

「それもそうね。Aqoursはすでに乗り越えていたのね」

 

沙漓さんは途中から距離感は別にないことに気付いていたのですか。だったら、言ってくださればよかったのに。

 

「っと、ヨハネから応援要請が来たので、先帰りますね」

「じゃぁね」

「チャオー」

「ごきげんよう」

「はい。さよならです」

 

沙漓さんはスマホの画面を見てそう言って立ち上がり、出入口の方に向かい、

 

「じゃぁね。ダイヤお姉ちゃん」

「えっ?」

 

すれ違いざまに小さな声でそう言うと、パタパタと速くもないけど走って出て行きました。

今のは一体?



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サンシャイン

二期が始まったから復活してみたり。まぁ、二期の内容は入るとしてもとうぶん先ですけども。
今回はアニメで13話のお話。でも、内容はライブの前後が主です。


「曜さん、こんな感じでいいですか?」

「うん、完璧だよ。善子ちゃんもいい感じにできてるし」

「そう?ならいいんだけど……あと、ヨハネよ」

 

夏休みの練習終わり、僕とヨハネは曜さんの家に上がって衣装作りをしていた。予備予選を無事突破したわけだから、次は地区予選であり、既存曲でもよかったんだけど、それだとインパクトに欠けるということで新曲を進めていた。曲自体はすでに上がっており、ダンス練習も順調に進み、衣装はギリギリではあるが間に合いそうではあった。

今回の衣装は白を基調とした燕尾服をモチーフにしたタイプで、今までの衣装と違って可愛いというよりはかっこいい感じだった。

 

「それにしても、だいぶ衣装増えましたね。というか、よくこんなに部費降りますね」

「そう言えばそうね。部費に関しては三年生が管理してるからその辺の事情は分からないし……まさか、理事長と生徒会長がいるから裏から手を回して……」

「そう言う訳じゃないよ。まぁ、鞠莉ちゃんもダイヤさんもこの辺りに顔は効くから安く仕入れてもらったりだしね。未熟DREAMERの衣装はダイヤさんの家で使われてない生地を貰ったわけだし」

「ですね。でも、統廃合が近づいている中で予算が出ているのも事実ですし、極力安くしつついい出来のモノにしないと」

 

それぞれ衣装に手を加えながらそんな会話をする。そうして喋りながらもちゃんと作業をしていくと、気づけば外はだいぶ暗くなって来ていた。しかし、そのかいあってほぼ完成しており、あとは細かい部分の調整と言ったところだった。

 

「あれ?もうこんな時間。今日はこれくらいにしておこっか。あんまり詰めすぎると失敗とかしちゃうしね」

「そうですね。後の調整は明日にでもすれば」

「そうね。着てみたら少し変える部分も出るでしょうし」

 

そう言った訳で僕たちは帰るために荷物を纏める。僕はササッとまとめると、荷物をしまっているヨハネを待ちながら曜さんの部屋を見回す。

 

「それにしても机に千歌さんとの写真を置いているって、本当に仲良いですね」

「あれ?友達との写真って置いたりしないの?」

「うーん、そもそも写真って風景かAqoursの活動記録で撮るぐらいですし。写真立てとか持ってないから飾ったりもしませんね」

「そうなの?」

「そう言えば私も飾ったりはしないわね」

「ヨハネ、終わったの?」

「あとちょい」

 

机の上に置いてあった写真とコルクボードに付けられた写真を見て曜さんに話を振っているうちにヨハネが話に加わった。と言っても手を動かしながらでも会話はできるのだけども。

というか、堕天使関係の物を持ってくるから時間がかかるんじゃ?

 

「さいで……ヨハネはまだ時間がかかりそうだから置いてくね」

「置いていくんだ……」

「置いていくな!」

 

流れをぶった切って僕は立ち上がると、ヨハネもツッコミながら立ち上がる。そして、僕たちは玄関前歩いて行く。

 

「曜さん、また明日です」

「さらばっ」

「うん、二人ともまたね」

 

そうして、挨拶をすると家を出て歩き出す。曜さんの家からなら歩いても十分行ける距離だし。

 

「そう言えば、なんで今日もまたローブとかも持って来たの?というか、練習中に纏うのはやめなよ。熱中症になるよ?」

 

ヨハネは練習中も黒いローブを身に纏うから注意の意味を込めてそう言う。毎回途中でへばるのになんで纏うのやら?無いとアイデンティティーの損失だからかな?

 

「黒こそヨハネのアイデンティティーよ」

「だったらワンポイントにしなよ。なってからじゃ大変だよ」

 

予想通りアイデンティティーだから身に付けている模様。うーん、正直やめさせたいんだけどなー。

そうして喋りながら歩くと、あっという間に家に着く。

 

「じゃ、また明日」

「ええ、また明日」

 

ヨハネのマンション前で別れると、ヨハネはドアをくぐり、僕もアパ-トの方に行く。

夕飯のことを考えながら中に入ると、適当に荷物を置き、それと同時に携帯が振動した。

 

「ん?誰だろ?……あっ。はい、もしもし。園田です」

 

画面を見ると、西木野病院からだった。

内容はたぶん定期検診のお知らせ。園田家に引き取られてから検診はあそこで受けている訳で、こっちに来てからもあそこで受けないと色々面倒なことになる。主に説明しないとだし。

はぁー、完全に忘れてたけど、そう言えば毎年この時期と冬にあったんだった。こんなことなら、この前戻った時によっておけばよかった……。

 

『もしもし、沙漓』

「あっ、真姫さん」

 

相手は真姫さんだった。てっきり、西木野病院だから真姫さんのお母さん辺りだと思ったんだけど。

忙しいから代わりに電話をしてくれたのかな?

 

『海未から聞いてたけど元気そうね』

「はい、おかげさまで」

『そう……電話した理由なんだけど――』

「はい……はい……えっ?本当ですか!?」

 

真姫さんも忙しいのか早速要件を口にした。僕は相槌を打って聞いていく。その中には予想もしていなかった内容も混ざっていた。

 

『まぁ、急な話ではあるけどね。一応沙漓の両親にも伝えてはあるから、どうなるかはこっちで検査をしてからになるけどね』

「わかりました」

『伝えることは伝えたからね……そう言えば、沙漓はスクールアイドルの活動を手伝ってるんですって』

「はい。のんびりと手伝ってますよ」

『そう……うまくいけば来年からは沙漓もかもね』

「だといいんですけど」

 

それからいくつか話をすると電話を切った。聞いた限り真姫さんの方は順調に大学生活が遅れているようだった。

しかし、困ったなぁ。

 

「はぁー。まさか、かぶるなんて」

 

検査の日がライブの日と見事に被った。正直なところ他の日にして欲しいけど、事情が事情なだけに日付を変えてもらう訳にはいかないんだよねぇ。まぁ、衣装だのの裏方仕事だからライブに行かなければならない訳ではないけど。生で見たかったなぁ。

 

「明日には伝えないとだよねぇ」

 

さて、あっちのことはどう伝えようか。

 

 

~曜~

 

 

「定期検診で東京に戻んなくちゃいけないんで、ライブに行けなくなりました」

『『『え?』』』

 

翌日。活動で部室に集まるなり、話があると沙漓ちゃんは言ってそう告げた。いきなりのことでみんな驚きの声を漏らした。昨日はそんなこと一切言ってなかったのに。

 

「ちなみに、検診の連絡は昨日家に着いてからだったので」

「なるほど。それで、いつから行くんですか?」

「一応、ライブの前日には向こうにいないとなので前日の朝出るつもりですよ。あっ、それまではちゃんと準備は勧めますからね。衣装もまだ完成じゃないですし」

「そうなんだ」

「まぁ、ただの検査ですから、心配はないですよ。と、話はこれくらいで作業に……みんなも練習を始めないと!」

 

沙漓ちゃんは笑みを浮かべてちゃんと仕事はやり切ることを告げると私の家から一緒に持って来た衣装の調整に入った。

私たちは私たちでダンスの練習があるから屋上へ向かうことにする。

部室を出る際に一瞬沙漓ちゃんが暗い顔をした気がしたけど、目が合うと笑みを浮かべて「いってらっしゃーい」と手を振った。

さっきの表情、なんだったんだろ?

 

 

それから数日が経ち、沙漓ちゃんが東京に戻る日。

衣装は無事完成し、今日はやりすぎない程度に練習をすることになっていて、昼頃からと言う訳だから沙漓ちゃんを見送ってから練習に行けばいいと思っていた。

昨日の自分に言いたい。沙漓ちゃんの性格をちゃんと考えるべきだと。

 

「時間言ってなかったのに、よくわかったね」

「まさか、こんな時間に出るなんて思わなかったわよ」

「そうだよ、言ってくれれば良かったのに」

 

時刻は六時半ごろ。こんなに朝早くに沙漓ちゃんは東京に戻ろうとしていた。

沙漓ちゃんは基本的にマイペースであり、変なところで律儀というかなんというか。

私は朝早い時間にランニングをしていてちょうど駅前に差し掛かる辺りで沙漓ちゃんを見かけたから沙漓ちゃんのもとに行った。

善子ちゃんは偶然目を覚まして、外を見たら沙漓ちゃんがちょうど家を出たところだったから、慌てて追いかけて追いついた感じだった。

沙漓ちゃんは誰にも挨拶せずに戻るつもりだったようで、私たちが来たことに驚いたが、すぐに気を取り直していた。

 

「だって、ちょっと検査で戻るだけなんだから見送りはいらないでしょうし」

「それでも時間くらい教えておきなさいよね」

「いや、見送りの必要が無いんだからいいでしょ?しかも、こんな時間だしさ」

「それでも、ちゃんと見送りたいよ」

 

沙漓ちゃんは見送られることに対して何か困るのかそう言い首を傾げる。時間が早いから配慮したのかな?

 

「まぁ、来ちゃったものは仕方ない。行って来るね。ライブ頑張って」

「ええ、任せなさい。それと、行ってらっしゃい」

「うん、沙漓ちゃんも診察でなにもないといいね」

 

もうすぐ電車が来る時間だからそう言うと、沙漓ちゃんは手を振って改札を抜け、

 

「あっ、一つ忘れてた。部室の机の上に箱を置いといたので、その中身を衣装に付けといてくださいな。ボタンで付くし、誰がどれかは一目で分かるはずなので」

 

振り返るとそう言った。正直なんの話か分からない。というか、いつの間に部室に置いたんだろ?それとも小さい箱なのかな?

 

「なんの話?まぁ、わかったよ」

「あと、箱とその中身は捨てずに部室に戻しておいてね。後々、物をしまうのとかに使うから」

「りょうかい。ちゃんと検査を受けなさいよ」

「受けに行くのが目的なんだからねぇ。じゃっ、またね」

 

沙漓ちゃんは伝えることを伝えると、いつもの学校帰りのよう気軽なノリで言って、ホームの階段を登っていった。

 

「というか、私が来なかったらどうやって伝える気だったのよ!」

「さぁ?電話でもしたんじゃないのかな?」

 

 

~千~

 

 

「で、朝早くに行っちゃって、部室には箱があるという訳なんだね」

「ええ。みんなを呼んでいる時間は無かったわ」

「そうだね。それに、呼んでも皆が来るまで待ったかも怪しいし」

 

練習前に集まると、善子ちゃんと曜ちゃんはみんなに説明した。一応、沙漓ちゃんが行った後にLINEで連絡はきたんだけど。

みんな最初は何も言わずに行っちゃったことに対して思うところがあったんだけど、沙漓ちゃんの性格を考えるとなんでかみんなすぐに割り切っていた。

 

「それで、この中には何が入ってるんだろ?」

「さぁ?中身までは言ってなかったけど、衣装関係とか」

「衣装関係ねー。でも、衣装って完成したんだよね?」

「うん完成してるよ。あっ、そう言えば私たちが練習してる時に屋上から長時間離れた時にいじってたかも」

「openしてみればわかるでしょー」

 

誰も箱の中身を知らず、鞠莉ちゃんはそう言いながらさっさか箱を開ける。

 

「これは」

「造花みたいね」

「それも色違いの九つのバラの花」

 

箱の中にはそれぞれのイメージカラーの造花のバラが入っており、傷が付かないように綿が敷き詰められていた。手に取ってみると、花の裏側にはボタンが付いていた。

 

「ボタンが付いてるね。でも、何処に付けるんだろ?」

「千歌ちゃん、たぶん、ここだと思う」

「そう言えば、沙漓もボタンに付けてとか言ってたわね」

 

ボタンを付ける場所が分からずに首を傾げて呟くと、曜ちゃんがハンガーに掛けられている衣装を手に持ち、ある一か所を見せる。服の裾の一か所に何故かボタンが付いており、たぶんそこに付きそうな感じだった。

これを沙漓ちゃんが?曜ちゃんも知らなかったみたいだけど。

とりあえず、衣装にくっつけてみると、いい感じで、みんな感嘆の声を漏らしていた。

 

「なんで沙漓ちゃんは秘密にしてたんだろ?自分で言えばよかったんじゃ?」

「どうせ、沙漓のことだからめんどくさかったか、サプライズでもしたかったってとこでしょ」

「見た感じ、ボタンで取り外し式になっているのは持ち運びでバラが壊れないようにするためみたいだね」

「確かに、このままだったらバラに気を付けなくちゃいけないもんね」

 

私たちはとりあえず、箱の中身が分かったから明日に備えて練習を始める。

沙漓ちゃんはいないけど、私たちは私たちのやることをやるだけ。“0”を“1”にする為に、とにかく全力で踊りきる!

 

「1,2,3,4.1,2,3,4。千歌、ちょっと走り気味、ルビィちゃんと花丸ちゃんは遅れ気味かな?」

「「「はい!」」」

「善子ちゃんは」

「ヨハネッ!」

「うん、気持ち急ぎで」

「了解!」

 

いつもはリズム取りを沙漓ちゃんがやってくれるけど、今日はいないからと果南ちゃんがやり、私たちはステップを踏んで行く。果南ちゃんは私たち一人一人を見て正確にアドバイスをしていく。

そんな感じでステップ練習を進めていき、一区切りすると休憩に入る。太陽が直に当たるから暑い……。

 

「うゅ。暑い~」

「ずら~」

「くっ。我が力が」

「三人とも水分補給を」

 

三人は休憩になるや床に座り込み、そんな三人にダイヤさんは水を渡す。果南ちゃんはまだまだ元気で柵から外を眺めながら風を感じていて、そんな果南ちゃんの隣に鞠莉ちゃんが行く。私たちは私たちで水分補給をする。

 

「よーし、そろそろ再開しよっか」

「ぶっぶー、ですわ」

「おわっ」

「over workは禁物よ」

「そうそう。熱中症だけは気を付けないとね」

 

水分補給をしたから早速練習を再開しようと思ったけど、そろそろ一番暑い時間になるということで、その辺のことを考えなくちゃいけなかった。

たしかに、明日が地区予選だからいっぱい練習しないとと思ったけど、無理はダメだよね。

 

「まっ、そう言う訳で、みんな百円出して」

「ふぇ?あっ、そういうこと」

「くっく。今こそ究極聖戦(アルティメット・ラグナロク)の時」

「じゃーん、けん」

『『『ポンッ!』』』

 

と言う訳で、アイスを買いに行くじゃんけんに負けた善子ちゃんが買ってきたアイスを食べながら私たちは日の当たらないように図書室に移動した。図書室でアイス食べていいのかな?まぁ、二人がいいって言ってるからいいのか。

それにしても、図書室に移動してもエアコンが無いから暑い……。って、統廃合の危機だからエアコンもつかないか。って、

 

「そうだ!学校説明会の参加者って今どう?」

「よっと」

 

統廃合で思い出したけど、参加者の人数ってどうなったんだろ?予備予選の映像とかで興味を持ってくれる人がいてもおかしくないけど。

 

「えーっと……0ね」

「そっか。増えてるって思ったんだけどなぁ」

 

しかし、世の中そんなに甘くはない。まだ、0のままなんだ。すると、ルビィちゃんは時計を見て口を開く。

 

「そう言えば、沙漓ちゃんの診察って終わったのかな?」

「さぁ?朝早かったから案外終わってるかもね」

「でも、明日はライブこれないって言ってたからまだなんじゃ?」

「じゃっ、collしてみましょー」

 

そんな感じで鞠莉ちゃんがそう言うと善子ちゃんが沙漓ちゃんに連絡しようと電話をかけ……

 

「あら?出ないわね。ちょうど病院なのかしら?」

 

何故か通じなかった。時間的に病院が開いている時間ではあるから、ちょうど診察中で電源を切っているのだと思うことにした。

すると、図書室の扉が開き、

 

「あれ?みんな?」

「むっちゃんたち、どうしたの?」

 

むっちゃんたちがやってきた。なんで、夏休み中にいるんだろ?

 

「えーと。私たちは借りてた本を返しに……みんなこんな暑い中練習してたの?」

「うん。明日が大会だからね」

「それに、毎日のようにやってるから慣れてきたよ」

「えっ、毎日?」

「まぁね。と、そろそろ練習に戻らないと」

「そう……頑張ってね」

「うん!」

 

私はそう言って図書室を出る。みんな、チカを置いていかないでよ!

 

 

~ヨ~

 

 

私たちは明日に疲れを残さないようにと、いつもより少し早い時間に解散した。

私はベランダに出て沼津の街の夜景を眺めながら呟く。

 

「それにしても、学校の生徒全員で歌うってできるのかしら?というか、何か重大なことを忘れているような?」

 

今日の練習終わりに千歌さんのクラスメートの人が来て、なんだかんだで学校の生徒を巻き込んでステージで何かしようということになった。今からやって間に合うのかしら?

すると、私の携帯が鳴る。画面を見ると昼過ぎから連絡が取れなかった沙漓からだった。

 

『もしもーし』

「もしもし、沙漓。なんで、いままで連絡が付かなかったのよ」

『うーん、まぁ、色々あってねぇ。それで、何かあったの?電話がかかってたから折り返したんだけど』

 

沙漓の声音はそこまで変わっておらず、いつも通りだった。てことは、特に異常はなかったのかしら?

 

「いろいろねー。そうだ!診察結果は?」

『……うん。去年と変わらずだったよ。でも、まだ病院でやることがあるから帰れないけど……』

「そう。それじゃ、後でアップされるはずの映像を見るしかないのね」

『だねぇ。ほんと、現地で見たかったよぉ』

 

沙漓は会場で見られないことを嘆く。相変わらず過ぎて、診察に行ったのかも疑問に思えて来るわね。

 

『そうだ!今日の練習は大丈夫だった?』

「ええ。問題なくできたわ。それと……」

 

私は今日あったことを話し、最後に学校の生徒と一緒にステージで何かしようという話が挙がったことを伝えた。

沙漓は相槌を打ちながら聞いていたけど、最後の部分だけは声音が変わって、驚いたような反応をした。

 

『ヨハネ、それほんと?』

「ええ、そうよ。まぁ、全員集まるとは思えないわね。沙漓もいないし。自分もステージに上がりたかった?」

『そんなのどうでもいいよ。でも、みんなその案に乗ったの?』

「え、ええ。主に千歌さんがノリノリだったし」

 

何かまずいことがあるのか、沙漓は困ったような声音でそう聞いた。どうしたのかしら?

 

『ヨハネ、梨子さんがコンクールでいない時に、その代打で指名された僕がなんて言って断ったか覚えてる?』

「えーと。たしか、運動ができないとか、ライブには……あっ」

『思い出したみたいだね。事前にエントリーしたメンバーのみがステージに立てるんだよ』

 

沙漓がどうして困っているのか理解した。そうよ。そもそも、無理なんじゃない。

 

『まさか、ダイヤさんたちまで気づかないなんて……それとも言い出せなかったのかな?』

「分からないわ」

『まぁ、上がる前に気付けたから良かったよ。ちゃんとみんなに伝えておいてね。それと、生徒全員で上がらなくても、Aqoursの皆だけでなんとかなるって信じてるよ』

「そう。任せなさい……と、そう言えば、沙漓がそっちに行く前に打ち合わせていた、あれは大丈夫なの?」

『うん。大会史上初めてだし、規約的にギリギリ感が否めないけどね。でも、時間内に収める分には平気だよ。一応、担当の人に確認しておいた方がいいかもだけど』

「そう。わかったわ」

『それと……ありがとね』

「え!?なんて言った?」

 

沙漓が最後に何か言った気がしたけど、その部分だけ聞こえなかった。だから、聞き返す。

 

『ううん。なんでもない。ヨハネ、明日早いはずなんだから、夜更かししないで早く寝なよ』

「ええ。わかってるわよ」

『じゃぁ、切るね。明日、頑張ってね。遠くから応援してるから』

「大船に乗った気でいなさい」

 

私はそう言って通話を切った。最後になんて言ったのかしら?しつこく聞いても言わなそうだから諦めた訳だけど。まぁ、戻ってきたら聞けばいっか。ルールの件は時間が時間だから、明日集まった時に伝えればいいわよね?みんな早くに寝ていそうだし。

 

「それにしても、大会規約をちゃんと確認しておかないとまずそうね。他にもなんかないわよね?」

 

危うく規約違反になりかけてたわけだから、私は一応大会のサイトに目を通す。その結果、ステージに近づくのもアウトだった。ほんと、危ないわね。ステージの登壇可能時間は一グループ当たり、十分。歌は一曲か二曲で、火器や危険物を使わない限りは割と自由だった。

そして、一通り目を通すと、そろそろ寝ようと思い寝支度を整え、私はベッドに潜った。

明日は最高のパフォーマンスをしないとね。

 

翌日。私たちはやり切った。

沙漓が言ってた通り、ステージの上で浦女のことを、Aqoursのことを話してからの歌は、それなりのインパクトはあったと思う。

流石に、曲の途中でみんながステージに近づいてきたときは焦ったけど、誰もステージに触れなかったからギリギリセーフだった。触れてたら、失格だったらしいけど。

 

「やり切ったんだよね?」

「うん。なんだか実感がわかないけど」

「それでも、確かに私たちはやれたんだよ」

 

私たちは部室に集まり実感がわかないながらも、やり切ったことを実感していた。今は結果発表待ちであり、結果が分かるのは予備予選同様、ライブの数時間後らしい。毎回思うけど、結果が決まるの早いわね。いや、そんなものか。

 

「と、そろそろ時間ね」

 

鞠莉さんが時計を見てそう呟くと、そろそろ結果発表される時間だった。

だから、私たちはノートパソコンで確認するためにその周りに集まる。

そして、画面には予選突破のグループが発表された。

 

「結果は……」

「ダメだったね……」

「……うん」

 

しかし、そこにAqoursの名前は無かった。つまり予選敗退。私たちの演技は申し分なかったと思う。それでも、ダメだった。

 

「……私たちはやれるだけのことはやったと思う。でも、他のグループは私たちよりもすごかった」

「千歌ちゃん……また、無理してない?」

「ううん。無理してないよ――」

 

千歌さんは東京の時のように無理してるんじゃないかと思う。曜さんも同じことを思ったのか、そう聞いた。

でも、千歌さんはそれを否定した。

 

「確かに悔しいよ。でもね。私たちは私たちのできる限りを尽くせたと思う。私たちの全力を見せられたと思う」

「千歌……そうだ、鞠莉。入学希望者の人数の方はどうなってるの?」

「そうね。見てみましょ」

 

千歌さんが今回はちゃんと本心でそう言うと、果南さんは心配いらないと判断したのか、鞠莉さんに話を振った。もし“0”だったらまた空気が重くなるんじゃ?

 

「えーっと……えっ?」

「どうしたんですか、鞠莉さん?」

「“1”になってる」

『『『え?』』』

 

鞠莉さんが驚きの声を漏らしてそう言ったことで、私たちも驚き、画面をのぞき込む。そこには確かに説明会の参加人数が“1”になっていた。

 

「よかった。私たちの頑張りは無駄じゃなかったんだよ!」

「うん。“0”を“1”にできたんだね!」

 

みんなこの結果を喜んだ。Aqoursのやってきたことが無駄じゃなかった。“0”を“1”にできた。あの時よりも一歩前進できた。

 

「そうだ!沙漓にも報告しないと!」

「そうだね。沙漓ちゃんにも早く伝えないと!」

 

携帯を取り出して、早速沙漓に電話をかける。もしかしたら予選の結果は見たかもしれないけど、説明会の方は知らないから教えてあげないと。きっと、一緒に喜んでくれるわよね?

 

「……出ないわね」

 

しかし、いくら通知音が鳴っても沙漓が電話に出る気配が無かった。仕舞いには電波が入らないか電源が切られていると返される始末。

 

「沙漓ちゃん、出ないんだ」

「ええ。でも、今日も検査があるみたいなことがあるって言ってたから電源を切ってるだけかもね」

「そっか。心配して損した。てっきり、検査で何か問題でもあったのかと思っちゃったよ」

「うーん、でも沙漓ちゃんいつも元気だったし問題ないと思うずら」

「ルビィもそう思うよ」

 

でも、沙漓はただ単に今は都合が悪かっただけだろうということ片付けられた。そして、今日はみんな精神的に疲れただろうからと、これで終わりになった。

きっと、今日も夜頃には折り返しの電話が来るよね?

 

翌日。結局沙漓からの折り返しの電話は来ず、こちらからの電話を一度も繋がらなかった。

今日は練習の予定はなくてオフだったんだけど、私たちはつい部室に集まっていた。ここ毎日部室に来てたからつい足が向いたのよね。

 

「そうだ!衣装とかちゃんとしまっておかないとね」

「次は説明会でライブかしらね?」

「ですわね。µ’sも説明会でライブをしていますし」

「花丸ちゃん、今日もパン食べてるの?」

「手伝うわ」

「善子ちゃん。じゃぁ、箱持ってきて」

「ええ。わかったわ」

 

私たちは特にこれといったことをする訳でもなく、それぞれ好きなことをしていた。次のライブの話やらお喋りやら。

そして、曜さんが昨日の衣装を畳んで一角の衣装棚にしまうので、私も手伝い、造花のバラが入った箱を持ち上げる。

しかし、ここで私の不運が。

 

「うわっ」

 

私は地面に落ちていた布を踏んだことで滑り、私自身は転ばずになんとかなったけど代わりに箱を落してしまった。その際に蓋の部分が開いて中身のバラと綿が散乱した。

 

「誰よ、こんなとこに」

「あ、私のハンカチだ。ごめんね善子ちゃん」

「もう、気を付けてよね……よっと」

 

ハンカチの持ち主の千歌さんにハンカチを渡すと、散乱したバラと綿を集め始め、

 

「何かしらこの封筒?」

 

その中に一通の白の封筒が混じっていた。しかし、これはみんなの誰かが落としたようではなく、心当たりが無い為首を傾げていた。

封筒は何故か厳重に糊付けされており、その裏には文字が書かれていた。

 

【Aqoursのみんなへ】




ライブ自体はステージに誰も触れなかったからセーフってことにしました。そうでもしないと、近づいたから失格になりかねないですし。

次回は数日後に投稿予定。いつかは不明ってことで。場合によっては消えるかもだけど。
では、ノシ


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サンシャイン2

今回は、前回の話の沙漓サイドが主です。


「ふぅ。やっと着いた」

 

僕は電車に揺られながら秋葉原に帰ってきた。まぁ、今日やることは分かっているから電話の内容と違って検査が何事も無く終わったら明日中には帰りたいなぁ。できれば皆のライブを生で見たいし。

とりあえず、まずは家に戻んないとか。色々あるんだし。

と言う訳で家に行くわけだけど、数日前に戻って来たわけだからなんというか。

 

「ただいまー」

「おかえりなさい、沙漓」

 

家に着くと今日はお母さんがいた。まぁ、今日はいるのは当たり前か。

僕はとりあえず今に行くと、座布団に座り、お母さんは対面の場所に座る。

 

「それで、今日は検査だけなんだよね?」

「ええ。明日以降は今日の検査の結果次第よ」

「そっか。何も無ければいいんだけど」

 

それから、今日の診察時間までのんびりと過ごした。予約をしてるからその時間あたりに行けば言いわけだし。

本当のところは朝早くに沼津を出る必要も無かったけど、やっておきたいこともあるし、電車の事故とかでこれ無くなるのも嫌だったからねぇ。

 

「いらっしゃい、沙漓」

「こんにちは、真姫さん」

 

予約した時間が近づいたから病院に行くと真姫さんが待っていた。連絡といい、待っているといい、真姫さんもそういう仕事をしてるのかな?

真姫さんと直で会うのは沼津に引っ越す数週間前だったから、あの頃よりも綺麗な大人になっていた。いや、元から綺麗なんだけども。

と、今はそんなことを考えるんじゃなかった。

 

「時間通りに来てもらえてよかったわ。さて、こっちに来てちょうだい」

「わかりました」

 

僕はとりあえず付いて行くと、診察室の一つに入る。そこには僕と真姫さんの二人だけで、他には誰もいなかった。もしかしたら、後から先生が来るのだと思いながら、真姫さん進められて椅子に座ると、真姫さんは先生が座るとおぼしき椅子に座った。

あれ?そこに座っちゃっていいの?

 

「さて、早速始めるんだけど」

「あの、真姫さん?」

「ん?どうかしたの?」

 

自然な流れで診察が始まろうとして、僕は首を傾げると、そんな僕の反応に真姫さんも首を傾げる。そして、僕の反応を見てなんとなく察したような表情をする。

 

「ただ単に機械で身体の中の状態を調べるだけだから、私でも扱えるって訳で私がやるのよ。不安?」

「いえ、真姫さんならそんなに心配はないですけど……それありなんですか?」

「平気よ。パパたちは他の患者さんで忙しいんだし、機械の操作法は知ってるわ。それに、その診察結果はちゃんとパパたちが診るから問題ないわ」

 

許可が下りてるのならいっか。真姫さんが操作ミスをするとも思えないし。

X線検査やら聴診器やら見たこと無い機械での検査やら色々やり、一通りの検査を終えると一度ロビーで結果待ちとなった。真姫さんは診察結果を渡しに奥に行き、渡し終えるとなんでか僕のもとに来て隣に座った。どうやら、特にすることも無いらしかった。

 

「それにしても、まさか沙漓がスクールアイドルを手伝うとはね」

「あはは、お姉ちゃんにも言われました」

「そうでしょ。沙漓の事情を知っている人なら誰だって思うわよ」

 

待っている間は真姫さんといろんな話をして過ごした。僕の高校生活やら、真姫さんの大学生活やら。そんな話を十分ほどすると、お母さんがやってきた。

 

「あら?まだ結果はわからないのかしら?真姫さん、久しぶりですね」

「はい。直でですと。それでは診断結果がもう出てるはずですので行きましょうか」

「あっ、はい」

 

お母さんが来たことで、僕たちは奥へ行く。一応、診断結果はお母さんも聞かないとなわけだし。

そうして、奥の病室に着くと中に入る。中には、真姫さんのお母さんが待っており、結果の紙やデータを見ていて、入ってきたことで顔を上げる。

 

「半年ぶりね」

「はい。お久しぶりです」

「それで、沙漓は……」

「ええ。早速お話ししましょう。とりあえず、おかけください」

 

促されて僕たちは椅子に座り、真姫さんは少し離れた位置に座る。

真姫さんのお母さんは難しそうな顔をしながら話し始める。

 

「まず、足の方ですがこれに関しては以前と変わらず問題なさそうですね。ただ……」

「ただ?」

「やはり、予想通り身体の中に小さな腫瘍がありました」

「……やっぱりですか」

 

僕の中に腫瘍がある。去年の診察じゃ特にそんなモノは無かった。でも、その疑いはあるかもしれないって話はこの前の電話で聞いていた。だから、そこまで驚きは無かった。

すると、ディスプレイに今回の診察での写真が表示される。肺の辺りに大きく真っ黒い物があり、これは火事の時の損傷個所だからいつもと変わらない。それに関してはただ残ってて、過度な運動ができないだけ。

その写真の黒い部分を指して話を続ける。

 

「今までの機械では損傷部分で隠れて見えませんでしたけど、実はここに腫瘍があるんです。想定よりも大きくなっている為、早急に手術の必要があります」

「そうなんですか……」

「ええ。以前真姫から連絡してもらった通り、場所が場所であり、損傷個所に重なっている為困難を極め、最悪さらなる後遺症になる可能性も。或いは死につながる可能性も」

 

さらなる後遺症。或いは死のリスク。それはそれで怖い。できれば手術をしたくはない。でも、しない訳にはいかない。このまま放置をすると、腫瘍が拡大し、結局何らかの異常が起きるらしい。

それでも、一応確認はしたかった。

 

「早急にする必要があるってことは、放置しててもまずいんですよね?」

「ええ。このままだともって一年」

「じゃぁ、手術を受けます」

「沙漓!?」

「「え!?」」

 

しかし、やっぱりそうそううまいように事は進んでくれない。告げられたのは残り一年という余命宣告で、だからこそ僕ははっきりとそう言った。そもそも、それなら選択肢なんてないようなもんだし。

僕は一切迷うこと無くそう言ったことで三人は驚きの声を漏らしていた。

 

「いいの?そんな即断で」

「まぁ、この前電話で聞いた時からなんとなく、そうなったらこうしようって決めてましたから」

「そう……なら、手術は明日行います」

「あれ?てっきりすぐやるのかと思ってました」

「準備があるからね。それに、電車に揺られてこっちに戻ってきたんだから今日は休んで、万全の状態で手術に臨んでちょうだい」

 

真姫さんのお母さんは笑みを浮かべるとそう言った。口にはしないけど、今回の手術は困難を極め、成功率も高いわけではないから、悔いが無いようにしておいてほしいという意味が含まれている気がした。

それに、万全な体調の方が成功確率は上がる気もするしね。

 

その夕方。僕は帰ってきたお姉ちゃんとお父さんにも手術を受けることを伝えた。二人とも最初は驚いたけど、僕が決めたことだからか、僕の意思を尊重してくれた。お母さんはもしかしたら最後のご飯になるかもとか言って豪華にしようとしたけど、別に僕は死ぬ気はさらさらないから、普通のにしてもらった。豪華なのにしたら、それこそ死亡フラグが建っちゃう気がするしね。

それからは、ここに住んでた頃のように普通に過ごし、僕は部屋でのんびりしていた。

そして、そう言えば病院に行ってから携帯の電源を切っていたことを思い出して電源を付ける。すると、何件もの電話履歴が残っていた。

それはAqoursの皆だった。そして、一番かかって来ていたヨハネに対して折り返しの電話をすると、あっさりとつながった。ヨハネはなかなか繋がらなかったことに対して文句を言ったけど、病院に行ってたわけだから仕方によね?

 

『いろいろねー。そうだ!診察結果は?』

「……うん。去年と変わらずだったよ。でも、まだ病院でやることがあるから帰れないけど……」

『そう。それじゃ、後でアップされるはずの映像を見るしかないのね』

「だねぇ。ほんと、現地で見たかったよぉ。そうだ!今日の練習は大丈夫だった?」

『ええ。問題なくできたわ。それと……』

 

ヨハネそれからは今日あったことを話した。その中でも、最後に話した生徒全員でステージに上がろう計画を聴いた瞬間、驚いてしまった。

 

「ヨハネ、それほんと?」

『ええ、そうよ。まぁ、全員集まるとは思えないわね。沙漓もいないし。自分もステージに上がりたかった?』

「そんなのどうでもいいよ。でも、みんなその案に乗ったの?」

『え、ええ。主に千歌さんがノリノリだったし』

 

どうやら、みんなあるのことを知らないのかな?でお、ダイヤさんたちが知らないとは思えないけど。そもそも、あの時に、僕が口にしたはずだし。

 

「ヨハネ、梨子さんがコンクールでいない時に、その代打で指名された僕がなんて言って断ったか覚えてる?」

『えーと。たしか、運動ができないとか、ライブには……あっ』

「思い出したみたいだね。事前にエントリーしたメンバーのみがステージに立てるんだよ……まさか、ダイヤさんたちまで気づかないなんて……それとも言い出せなかったのかな?」

『分からないわ』

「まぁ、上がる前に気付けたから良かったよ。ちゃんとみんなに伝えておいてね。それと、生徒全員で上がらなくても、Aqoursの皆だけでなんとかなるって信じてるよ」

『そう。任せなさい……と、そう言えば、沙漓がそっちに行く前に打ち合わせてたあれは平気なのかしら?』

「うん。大会史上初めてだし、規約的にギリギリ感が否めないけどね。でも、時間内に収める分には平気だよ。一応、担当の人に確認しておいた方がいいかもだけど」

『そう。わかったわ』

「それと……ありがとね」

『え!?なんて言った?』

 

そろそろ電話も終わらせないとだしと思って小さくお礼を言った。でも、ヨハネには聞こえなかったみたい。だったら、それはそれでいいかな?

 

「ううん。なんでもない。ヨハネ、明日早いはずなんだから、夜更かししないで早く寝なよ」

『ええ。わかってるわよ』

「じゃぁ、切るね。明日、頑張ってね。遠くから応援してるから」

『大船に乗った気でいなさい』

 

ヨハネがそう言ったことで、僕は通話を切った。結局、あの事は伝えられなかった。いや、伝えるべきじゃないか。流石に心配させたくないし、みんなには思いっきりライブを楽しんでほしいしね。

 

「伝えなくてよかったんですか?」

「うわっ!お姉ちゃん、いつの間に!」

「ドアが開いていましたからね」

 

一人呟くと、暑いからと開けたままにしていたドアの前にお姉ちゃんが立っていた。

口ぶりからしてヨハネとの会話(僕が言った方だけ)を聞いていたようで、手術のことを伝えていなかったことを気にしていた。

 

「そっか。でも、いいよ。みんなに心配をかけたくないし、そのせいでライブがちゃんとできないのは嫌だから。それに、必ずしも手術で死ぬわけじゃないんだしね」

「沙漓……無理してますね」

「え?」

「だって、手が振るえていますよ」

 

お姉ちゃんは心配そうに僕を見てそう言い、僕は言われて自分の手を見る。僕の手はなんでか震えていた。

 

「あはは、なんでだろ?寒いのかな?」

「そんなの怖いからですよ」

「……」

 

僕は強がって寒いから震えていることにした。でも、今は夏な訳で暑い……というか、暑いからドア開けてたわけだけど。

だから、お姉ちゃんは僕の強がりに呆れた表情をする。

すると、僕のそばにやって来る。

 

「誰だって死ぬかもしれないという手術は怖いモノですよ。沙漓の場合はあの時も合わせて二回目になる訳なのですから」

「うん」

「だから、自分の気持ちを無理に隠さなくていいんですよ。ここは私たちの居場所なのですから、無理はしなくて。泣きたい時は泣けばいい」

「う……」

 

お姉ちゃんは優しくそう言うと、僕は急に怖くなった。本当は怖い。でも、僕が怖がればみんなが心配してしまう気がしたから、無理にでもいつも通りに振る舞っていた。

だから、お姉ちゃんが優しく言ったことで、今までの無理していた感情が溢れ、泣いた。

 

「怖いよ……でも、みんなが心配しちゃうからそれが嫌で……」

「ええ。わかっていますよ。沙漓は自分よりも誰かのことを考えてしまう優しい、私の大事な妹なのですから」

 

お姉ちゃんに抱きついて泣くと、お姉ちゃんは優しい手つきで抱き留めてくれた。

 

「みんなにだって、本当はちゃんと直接会って伝えたかったよぉ。でも、みんなに直接会ってそれを伝えたら、心配しちゃうから……僕のせいでみんなが悲しむのは嫌だから……」

「ええ、そうですね」

「本当は手術も受けたくなんかなかったよ!でも、受けなくても一年後には死ぬ。僕はもっと生きていたいよ!だから……」

「私も沙漓に生きていてほしいです。沙漓には死なないでほしいです」

 

お姉ちゃんは背中をさすり、相槌を打ちながら僕がため込んでいた感情を聞いていてくれた。そして、どれくらいか経ち、だいぶ僕は落ち着いた。

 

「うん。だからこそ、受けようって……生きるために!」

「ええ。そうですね。生きるために」

 

僕ははっきりとそう言い切ると、お姉ちゃんは頷いてくれた。

それから、お風呂に入って部屋でパソコンを立ち上げてあることをした。三十分ほどすると、ノックされ、僕はヘッドフォンを外す。

 

「はーい」

「沙漓、いいですか?」

「あっ、うん」

 

ノックをしたのはお姉ちゃんでお姉ちゃんは部屋の中に入って来ると、僕のパソコンを見た。

 

「Aqoursの映像ですか?」

「うん。みんなの歌を聞いてると落ち着くし元気がもらえるからね」

「なるほど」

「それで、どうかしたの?」

 

僕がそう言うと、お姉ちゃんは納得したような表情をする。そして、結局何しに来たのか分からず尋ねる。たぶん、さっきのがあったから、心配してくれたんだろうけど。

 

「いえ、寂しくなっていないかと思いまして。もしそうなら一緒に寝てあげようかと思ったんですけど、平気そうだから」

「一緒に寝てくれるの!」

「いや、それは、寂しそうならで」

「お姉ちゃんと久しぶりに一緒に寝たい!」

 

お姉ちゃんと一緒に寝られるチャンスが来たことで、僕は全力でそれに乗っかる。最後に一緒に寝たのって小学生の時とかだった気がするし。

でも、お姉ちゃんは一緒に寝るのは、本当は恥ずかしいから、僕が本当に寂しそうにしていたら元気づけようと、安心させようという意味で提案したわけで、割と平気そうに見える僕を見て気まずそうに提案を取り下げようとしていた。

しかし、僕はそれから食下がらずにいた結果、お姉ちゃんが先に折れた。

 

「まぁ、私が先に提案したわけだから今日だけですよ」

「よし!」

「はぁー、どうしてここまでなってしまったのやら?」

 

お姉ちゃんはため息をつくと、部屋を出て行った。布団を持って行けばいいんだよね?

というわけで、僕は早速自分の布団を持ってお姉ちゃんの部屋に突撃した。それから、お姉ちゃんの布団の隣に布団を敷き、お姉ちゃんの隣で布団の中に入った。

 

「沙漓、本当に大丈夫なんですね?無理してませんね?」

「うん。大丈夫。みんなとスクールアイドル活動を続けたいし、まだまだお姉ちゃんに甘えたいし」

「そろそろ姉離れしてほしいですね」

「やーだ。お姉ちゃんのことが大好きなんだもーん」

 

お姉ちゃんは切実な願望を口にし、僕はお姉ちゃんに抱きついた。あー、お姉ちゃんと居ると落ち着く……。

 

「お姉ちゃん、だい、すき……」

「ふふっ、寝てしまいましたか。寝ていますし、私も――」

 

眠りに落ちた僕は、お姉ちゃんが最後になんて言ったのか分からなかった。でも、きっと――。

 

 

~花~

 

 

善子ちゃんが箱を落したことで見つかった、白い封筒。でも、誰もそれに心当たりがなかった。

 

「さぁ?もしかして沙漓ちゃんからのエールだったりして」

「終わった後に発見って……」

「とりあえず見てみよ?」

「ええ」

 

とりあえず、見つけた訳だから中身を見てみようということになった。本当に沙漓ちゃんからのエールなのかな?もしそうなら、終わった後な訳で、意味ない気もするけど。

善子ちゃんが代表して封を開けると、中には一枚のSDカードが入っていた。

 

「なにかしらこれ」

「うーん。ビデオレター?」

「或いは沙漓のミスで紛れた物かしら?」

「ですが、私たちに向けての封筒に入ってたわけですし」

「とりあえず、貸してー。パソコンで開いてみよ?」

「ええ」

 

千歌ちゃんに言われて善子ちゃんは手渡すとノートパソコンに差し込む。すると、ファイルが開き、そこにはいくつかのファイルが入っていた。今までの練習風景を収めたとおぼしき“練習記録”や私たちのライブ映像を纏めたとおぼしき“ライブ映像”。そして、

 

「また、“Aqoursのみんなへ”って名前のファイルがあるね」

「ええ。とりあえず開いてみよっか。見ればわかるだろうし」

「うん。そうだね」

 

とりあえず、謎が残ったまま、千歌さんは再生してみる。それは映像では無くて音声ファイルだった。

 

『Aqoursの皆へ。これを聴いてるのはみんななのかな?もしそうなら、たぶんそこに僕はいない訳かな?もしかしたら戻って来た僕が回収しているかもしれないけど。と、さっさか本題に入ろっと』

「沙漓の声ね」

「うん」

『僕が地区予選の時にいなかったのは診察だからって言ったけど、半分本当で、半分嘘だったんだ。僕が戻った理由は、手術を受けるため。と言っても、まだ確定な訳じゃなくて、もしかしたらなんだけど。たぶん僕は手術を受けることになるんだと思うけど。そんなわけで言わなくてごめんなさい。でも、みんなに心配をかけたくなかったから、みんなにはただまっすぐにライブをやってほしかったから』

「沙漓ちゃん、私たちのことを思って黙ってたんだ……」

「マルもなんとなくわかるかな?」

『まぁ、これは僕のわがままだからね。戻ったら文句言われるのかな?話によると、手術の場所は結構厄介な場所らしくて、困難を極めるだとか。最悪、後遺症とか死とか言ってたっけ』

「えっ?」

「嘘……」

 

マルたちは沙漓ちゃんの言葉に息を呑んだ。死ぬかもしれない手術を受けているなんて……。あれ?電話に出ないし、ここにいないってことはもしかして?

 

『と言っても、僕はまだまだ生きている気だから、死ぬつもりはないけどねぇ。音声ファイルを残しているのは念のため……だけど、これは僕がちゃんと戻って来て回収するという伏線を張るために用意したんだけど』

「また、手の込んだことを……」

「というか、回収できてないじゃない」

『それで、ちゃんと回収しないとということで、みんなへのメッセージを残そうかな?』

 

マルたちがちょくちょく突っ込みながらもどんどん進んで行く。

 

『千歌さんとの出会いは入学式の日でしたね。スクールアイドル部の設立の為に校門のところでやってましたっけ?最初の印象はとにかく明るくて、僕とは対照的な人だなぁ位でした。でも、千歌さんを知ると、とにかく行動力があり、みんなが自然と集まってくる魅力がありました。きっと千歌さんが言い出さなかったら、今のAqoursは無かったと思います。それと、千歌さんの書く歌詞は好きで、梨子さんの曲と合わさった時、さらに好きになれました。だからこそ、これからもその行動力で皆を引っ張って、すてきな歌詞を紡いでください!』

 

「沙漓ちゃん……」

 

『曜さんとの出会いも入学式の日でしたね。曜さんも千歌さんと一緒で明るいなぁというのが最初の印象でした。そして、なんでもそつなくこなせる完璧超人なのかと思ってましたけど、曜さんにも弱い部分があって、だからこそ親近感が湧きました。曜さんは衣装作りを主に担当していて、時々無理をしていた気もしますけど、そのおかげで可愛い衣装になって、Aqoursをさらに輝かせることができたんだと思います。でも、これからは無茶しないで皆にも頼ってくださいよ!』

 

「沙漓ちゃんがそれ言うの?」

 

『梨子さんとの出会いは入学式の終わった後の夕方でしたね。いきなり海に飛び込もうとしたときはびっくりしました。梨子さんのピアノへの一途な想いはすごく、僕は何かに一途に打ち込んだことが無かったからすごいなぁって思ってました。梨子さんの作曲は綺麗な音で、千歌さんの書いた歌詞と合わさった時何倍も素敵になったと思います。だから、これからも素敵な曲を作ってください!』

 

「沙漓ちゃん、私の曲をそう思ってくれてたんだ」

 

『果南さんとの出会いは、こっちに戻って来た翌日に助けられた時ですね。あの時は本当に助かりました。果南さんはお姉さんみたいに頼りになる人で、Aqoursが九人になる前から、みんなのことを優しく見守っていましたね。鞠莉さんとの仲たがいが終わって、果南さんがAqoursに入ってくれて本当に良かったです。これからも、みんなのことを優しく時に厳しくしながらも包み込んでほしいです!』

 

「そんなこと考えてたんだ。任せておいてよ」

 

『ダイヤさんとの出会いは、アイドル研究会の情報を得て、生徒会室に乗り込んだときですね。あの時はまさかあそこまでスクールアイドルが好きだったとは思いませんでした。ダイヤさんは最初厳しく接していましたけど、それもAqoursの成長の為であり、きっと自分の気持ちを殺してたんだと思います。そんなダイヤさんがAqoursに入ってくれたことで練習の効率は格段に上がりましたし、雰囲気もよくなったと思います。きっと、ライブが終わったらヨハネ辺りがダレるかもですから、しっかりとまとめ上げてくださいね』

 

「任されましたけど、別に誰もダレていませんわね」

 

『鞠莉さんとの出会いはファーストライブの一週間くらい前でしたね。最初はやたらとテンションが高くて違う次元の人なんだと、もう関わることは無いだろうと思ってました。鞠莉さんは学校が大好きで、自分の将来よりも優先できてすごいと思いました。普通はそこまでできないと思います。でも、鞠莉さんが統廃合をギリギリで止めていてくれたからこそ、今こうしてAqoursがそろってラブライブに出場で来たんだと思います。そして、鞠莉さんが加わったことで今まで以上に雰囲気が明るくなって、より輝いたと思います。だからこそ、これからも皆が暗くならないように照らしてほしいです』

 

「Oh、そんなに私テンション高かったかしら?」

 

『ルーちゃんとの出会いは教室だね。正確には校門前だったかもだけど。ルーちゃんは自分がアイドルに向いてないと思ってたけど、アイドルに向いてないなんて人は何処にもいないと僕は思ってた。それに、アイドルが好きな気持ちがあればそれで十分だと思ってたし。ルーちゃんはとにかく努力をしていて、自主練もたくさんしていたことを知ってたよ。だからこそ、これからも努力を辞めないで、輝くアイドルになってね』

 

「沙漓ちゃん……なんで、自主練のこと知ってるの?」

 

『マルちゃんとも教室が出会いだったね。いや、幼稚園が最初だけど。マルちゃんは運動が苦手だからって最初は拒んで、でもルーちゃんがアイドルに興味があるからって背中を押してあげて、そんな優しいマルちゃんが好きでした。あっ、ラブじゃなくてライクの方ね。でも、練習している時楽しそうだったから、僕的にはマルちゃんもアイドルになればいいのにと思って、あんなこと言ったんだよ。まさか、僕を引きこむ手段にあんな手に出るとは思わなかったけど。とにかく、マルちゃんのその優しさで皆を癒してね?』

 

「うーん、マルにそんなことできるのかな?」

 

『最後はヨハネ……善子ちゃんだね。出会いはこっちに来た初日だったっけ?まさか、隣のマンションに住んでるとは思わなかったけど。ヨハネ……善子ちゃんが堕天使を好きであったことが結果的に好きな物を好きと言える気持ちが大切なのだと気づかしてくれたね。それからヨハネが入って、Aqoursが騒がしくなったっけ?いつもは堕天使とか言ってかっこつけてクールぶるというか悪そうな感じになるけど、結局人の心配をしちゃう辺りは天使っぽいよね。ヨハネはAqoursのムードメーカだから、これからもその辺頑張ってね』

 

「なんか、私だけ扱いが微妙に雑じゃない?」

 

『うーん。これで、全員にメッセージを残したわけだけど、完全に死亡フラグな気がしてきた……まぁ、いいや。さて、これでそろそろ終らせようと思うけど、ここは“俺明日、結婚するんだ”的なことを言うべきなのかな?それとも、“もうこんなところ居られるか、俺は帰らせてもらう”的なこと?』

 

沙漓ちゃんは時間が余ったのか、はたまた何を言うべきなのか悩んでいるのか脱線し始め、そう言って一息つく。たぶん、この音声がもうすぐ終わろうとしているんだと思う。

 

『まぁ、いいや。この大体四、五ヶ月はいろんなことがあってとにかく楽しかったよ。小学校、中学校と人の顔色を窺って過ごしてたから。でも、Aqoursの皆は、浦女の皆は暖かくて、とにかく毎日が楽しかった。だから……ありがとう』

 

沙漓ちゃんが最後にお礼を言ったところで音声ファイルは終わった。マルたちは、しばらく言葉を発さなかった。きっと、みんな沙漓ちゃんとの思い出を思い出しているのだと思う。

マルだって、沙漓ちゃんとの思い出がよみがえって来て……

 

プルルルルッ

「ん?」

「なに?」

「あっ、私だ……え?」

 

すると、誰かの電話が鳴り響く。そして、その電話は善子ちゃんの携帯から鳴っていた。

善子ちゃんはとりあえず携帯を取り出すとそこに表示された名前を見て驚いた表情をする。

 

「どうしたの?」

「沙漓から……」

『『『えっ!?』』』




これで一期の内容は終わりです。次回からは二期の内容か、オリジナルか、番外編か。さて、どうなるのやら?

では、ノシ


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ネクストステップ1

今回は二期の一話の内容です。
とくに改変はなくて、アニメどおりです。


「second seasonのstartでーす」

「second seasonって?」

「二学期ってことでしょ」

 

夏休みが終わり、今日から二学期に入っての全校集会中。そして、二学期からは一人で起きると意気込んでいた千歌ちゃんは寝坊して遅刻……先行き不安ね。

壇上に上がった鞠莉さんは高らかに宣言したけど、こういう時ぐらい中途半端に英語を混ぜる喋り方はやめて欲しいかも。

 

「それにしても千歌ちゃん来ないね」

「ええ。たぶん寝坊ね」

「あはは……」

 

曜ちゃんも千歌ちゃんの事を心配してそんなことを言っていた。というか、教室でもこの会話をしたような?

 

「ライブのことは残念でしたが、今日新たな発表がありました」

「次のラブライブの開催が決定しました」

 

すると、理事長挨拶が終わると思ったらなんでかそんな話が始まった。あのー、今全校集会で、その話は違うんじゃ?他の先生が注意しちゃうんじゃないの?

話が逸れ始めたからそんな心配をするけど、何故か他の先生は注意に動かなかった。その表情は“またか”みたいなあきらめの表情。鞠莉さん、何やらかしたの?

 

「やろう!私は出たいよ!」

 

すると、後ろの扉が開いて、千歌ちゃんは入って来るなりそう言った。千歌ちゃん、なんで遅刻したのに、そんなに堂々としてるの?先生が注意しちゃうんじゃ?

 

「too lateよ。ちかっち」

「千歌、やるんだね」

「千歌ちゃん!」

 

でも、何故か注意の雰囲気にはならずに流れた。いや、そこはちゃんとした方がいいんじゃ?注)後で先生に遅刻したことを怒られていました。

それから時間は流れて、私たち九人は屋上に集まって練習をした。

そこで、もうすぐ学校説明会と言う訳で、説明会でライブをしようという計画を立て、少しでもいいライブにして興味を持ってもらいたかった。そんなわけで、いつも通りストレッチをして、ダンス練習をすると、だいぶ日が暮れてきたから、今日は解散ということになった。

そして、この場に沙漓ちゃんはいない……。

 

「とりあえず、私たちにできることをちゃんとやろう!」

「うん。そうしないとだよね」

 

私たちはライブに向けての曲とラブライブの予選に向けての曲の二曲を作るのと同時に練習を進めるという、いつも通りの日常が流れる。違うことと言えば……

 

「あっ、秋になるから終バスの時間早くなっちゃうんだ」

「そうだね。そうなると、練習時間減っちゃうね」

「となると、朝早めに来て練習するしかないのかしら」

「それいいかも……」

 

日の出ている時間が短くなるから、練習時間が短くなるということだった。ただでさえ、頑張ろうって思ってるところなのに。

善子ちゃんが首を傾げながら朝早くに始める案を口にすると、果南さんがそれに乗っかり、みんなを見回す。

 

「じゃぁ、二時間くらい早く来て始めよっか」

「いや、早すぎでしょ!」

「あっ。もしかしたら沼津の方だったら、遅くまでできない?」

「なるほど。確かに仕事帰りの人がいるからもう少し遅い時間まであるかも」

 

危うく、二時間早く始める案にまとまりかけたけど、千歌ちゃんはそう言えばみたいな感じでそう口にした。すると、沼津に住んでいる曜ちゃんはバスが夜まであることを知っているからかそう言った。

じゃぁ、沼津の方に行けば練習時間を確保できるかも。

 

「マルは賛成!」

「わたくしもそれでいいと思いますわ。鞠莉さんは?」

「……」

「鞠莉さん?」

「……あ。うん、私もそれでいいと思うわ」

 

この場にいる全員満場一致で賛成となり、とりあえず明日から場所探しをすることになったのだった。鞠莉さん、どうかしたのかな?

 

 

~果~

 

 

「で、何があったの?」

「何とは?なんにもないわよ」

 

その日の夜。私はいつもの場所で、いつもの合図を送るとすぐに鞠莉が来てくれた。夕方からどこか心ここにあらずといった感じだったから、気がかりだった。だからこそ、会いに来たのに鞠莉は何も無いという。明らかになんかあった感じだよね。

 

「嘘だね。何か隠してる」

「そう……仕方ないわね。少し体重が増えてブルーになってたのよ」

「そっか。じゃぁ、鞠莉には沙漓ちゃんお手製の地獄のダイエットメニューを受けてもらわないとね」

「えーと、それは……」

 

鞠莉は何がなんでも言いたくないみたいでそんな嘘を付く。明らかに体重が増えてるようには見えないけど。

だから、私はある行動に動く。

 

「よっと」

「うわっ!」

 

鞠莉に近づくと流れるようにお姫様抱っこをしてみる。うーん、あまり変わった感じはないかな?というか、鞠莉は少し軽いくらいの気もするし。

 

「うん。体重は変わってないよね?で、何があったの?」

「……」

「鞠莉!」

「それは……うぅ、私だってどうしたらいいか」

 

抱っこしていることで鞠莉との距離が物理的に近いこともあって、鞠莉は観念したように話し出す。

学校説明会が中止になり、生徒募集を止めるというものだった。

そんなことになってるなんて思ってもみなかった。だから、暗かったんだ……。

 

「そっか。でも、鞠莉一人で抱え込まないで。私たちにも相談してよね?」

「でも」

「“でも”でも。確かに私じゃ何もできないかもだけど、一緒に背負うことくらいはできるからさ」

「果南……」

 

あの時私が一人で抱え込んだから、二年も無駄にした。だから、あの時を繰り返さない為に、私は鞠莉にちゃんと伝えた。それに、一人で抱え込んで辛そうな鞠莉は見たくない!

 

「さて、みんなにも伝えないとだよね」

「待って!まだ……明日もパパに掛け合ってみる!少しでも可能性があるのなら、諦めたくないわ!」

「鞠莉……わかった。まだ、諦める時じゃないよね?」

 

鞠莉の目はまだ説明会を諦めた様子はなく、決意に満ちていた。だからこそ、私は止めるんじゃなくて背中を押す。私だって諦めたくないし、みんなだってきっと。

 

翌日。部室に集まった私たちは練習場所の案を出していた。そんな中、鞠莉の携帯が鳴り、鞠莉が席を外した。私はそれについていく。まだ、知らない千歌たちには伝えられないしね。

理事長室に行くと、鞠莉はお父さんたちに電話をかけていく。しかし、話をしても決定事項だからと取りあってもらえない現状が続く。たぶん、もう無理なのだと思う。

 

「……」

「ダメだったんだね」

「いえ、まだよ!」

 

しかし、鞠莉は諦めた様子はなく、電話を続けようとする。だから、私はそれを止める。これ以上無理を言い続けたら鞠莉の立場も危うくなってしまう。それに、もう無理。これ以上は見ていられなかった。

 

「でも……」

「ダイヤは知ってるの?」

「いいえ。言えるわけないわ」

 

このことを知っているのは先生たちと私たちだけ。確かにダイヤにも言い辛いよね……。

 

「でしたら、もう少しうまく隠しなさい」

「ダイヤ……」

「まったく、ぶっぶーですわ」

 

理事長室に入って来たダイヤは、なんとなく私たちが何か隠していることを察していたみたいだった。さすが、幼馴染ってところなのかな?ばれた以上、これ以上は隠し通せず、ダイヤにも伝えるとダイヤは悲しそうな顔をした。

 

「そういうことでしたか」

「ごめん、黙ってて」

「私も隠しててごめん」

「いいえ。同じ立場ならわたくしも同じことをしましたわ」

 

隠していたことをダイヤは怒らず、私たちのことを肯定してくれた。てっきり、小言の一つでも言われると思ってた。

 

「さて、これからどうしましょうか?」

「伝えるしかないよね?」

「ええ。だから、明日朝に集会を開いて伝えるわ」

「うん。そうなるよね。みんなにはどうする?説明会のライブができなくなったわけだから、早く伝えないと……」

「となると、この後言うしかないか」

「それしかありませんね」

 

私たちはそう決めた。これ以上秘密にはできないし、仕方ないことだよね。

そして、私たちは曜のお父さんの知り合いの伝手でなんとか確保できた市街地の練習場所に集まっていた。みんな新しい練習場所に喜び、期待に満ちていた。

こんな空気の中、それでもちゃんと伝えないといけないよね?

 

「みんな。話があるの」

 

 

~ル~

 

 

学校説明会が中止になったこと、来年統廃合が決定したことが伝えられ、千歌ちゃんがアメリカに行こうとしたり、鞠莉ちゃんが無理して作った笑顔で止めたりと、色んなことがあった。

みんなそのことに動揺して、私も何が何やら。せっかく、統廃合阻止のために動き出したのにこんなことになるなんて……。

そして、翌朝。全校生徒に向けても同じことが伝えられた。そこでも動揺が広がった。

今日の練習はみんなの心の整理の為に無くなった。それに加えて、鞠莉ちゃんとお姉ちゃんもバタバタしていたから仕方ないのだと思う。

 

「二人はどう?」

「マルはなんだか寂しいずら」

「私もよ。せっかく、練習時間を増やし始めた矢先に」

 

二人もまだ整理が付いていないようで寂しそうな顔をしていた。やっぱり、すぐには整理が付かないよね?普通に考えたら。

 

「うーん。でも、ルビィは諦めたくないよ」

「それはマルだって」

「私だってそうよ。それに、ラブライブだってあるじゃない」

 

私たちはまだ諦めの気持ちは無かった。ここで諦めたら今までの努力も無駄になっちゃう。そんなの寂しいよ。

そうして時間が流れていく。

 

「よし!少し練習していきましょ?」

「え?でも……」

 

すると、善子ちゃんは急にそう言った。私も花丸ちゃんもまさか善子ちゃんからそんな提案が出るなんて思ってなかった。

でも……。

 

「私もやりたい!皆と比べたらまだまだだから、練習しないと!」

「マルも!もっとうまくならないと、皆に迷惑かけちゃう!」

 

私たちは善子ちゃんの提案に乗ると、早速練習をする為に屋上に上がる。お姉ちゃんたちは生徒会と理事長の仕事で忙しそうだし、千歌ちゃんたち二年生は気持ちの整理で帰っていったからこの場にはいない。

とりあえず、ストレッチから初めてステップ練習を始める。時々、電動ドリルの音や木を切るような音が響いていたけど、私たちは気にせず続け、終バスの時間まで続けて家に帰った。

 

「じゃっ、明日もこの調子で朝早くからやるわよ!」

「うん。頑張ろうね!」

「ずら!」

 

そして、明日も練習しようという約束をして別れたのだった。

 

 

~千~

 

 

学校の皆にも説明会が中止になったことが伝えられた日。私は気持ちがぐちゃぐちゃだったらと早く家に帰った。そして、ベッドに横になって考えていた。

結局、私たちのやってきたことは無駄だったのかな?私たちじゃµ’sみたいに学校を救うのなんて夢のような話だったのかな?チカには穂乃果さんみたいにやることはできないのかな?

でも……。

 

地区予選の時私たちは一つになっていた。学校の統廃合が決まって鞠莉ちゃんは諦めてなんかいなかった。

私たちの輝きは……まだ、終わってなんてない!

そもそも、私たちは私たちの輝きはあるんだった。諦めるなんて、最後までやり切ってもいないのにできるわけがない!

 

だから、私はどうすればいいのか見えた気がした。

 

翌朝。私は朝早くから学校に向かった。

 

「がおぉぉー!!」

 

校庭にたどり着くと、力いっぱい私は叫んだ。今はとにかくこの気持ちを一度吐き出したかった。一歩踏み出すために。

 

「起こしてみせる!奇跡を!それまで絶対泣くもんか!」

 

私は決めた。絶対に諦めたくなんかない!最後まで頑張って足掻く。そうすることが今できる私の全てなんだと思う。

 

「やっぱり来たんだね。千歌ちゃん」

「え!曜ちゃん?どうして?」

「よくわかんないけど、行かなきゃいけない気がして。ほら、みんなも」

 

声をかけられて振り向くと、そこには曜ちゃんが居て、いつの間にかみんなもいた。

 

「みんな……」

「気持ちはわかるよ」

「ええ。私もそうだよ。千歌ちゃんもでしょ?」

「うん。諦めたくない……私たちの輝きを見つけたい!……みんなはどう?」

 

みんなも同じ気持ちなんだ。だから、私は輝きを見つけたい。

 

「そうだね。私もそう思う」

「ですね。やるからには奇跡を!」

「ええ。起こしましょ。奇跡を!」

「うん!」

 

そして、日が昇ると、辺り一面が輝き出す。きっと、私たちなら……

 

「よっ!」

「わんっ!」

『『『え?』』』

 

私は鉄棒で逆上がりをした。今ならきっとできる気がしたから。

 

「起こそう!奇跡を!私たちならきっとできる!……あれ?」

 

私がはっきりと口にしたら、皆は皆で、なんでかポカーンとしていた。鉄棒のそばにはしいたけがいた。あっ、そう言えば家出た時、ついて来てたっけ。

鉄棒から降りて皆に聞いたら、逆上がりをしたことでスカートの中が覗こうとした直後、何処からか現れたしいたけが私の前を飛び、奇跡的なタイミングによってスカートの中を誰も見ることは無かったとか。

おお、奇跡が起きたのかな?というか、スカートだったんだった。危なかった。

すると、私たち以外の新たな声が響く。

 

「あれ?皆こんな時間に何してるの?朝練……にしては早いような?」




次は何をやるかは未定です。続きか日常か。それとも打ち切りか。
では、ノシ


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ネクストステップ2

1ヶ月振りに投稿ですね。
バタバタしたり、他のを書いてたり、体調を崩してたり。
今回はサンシャイン2~ネクストステップ1の沙漓サイドの話です。


「ん、んー」

「あっ、沙漓。起きましたか」

 

手術を受け、目を覚ますとお姉ちゃんがのぞき込んで、安心したような表情をした。お姉ちゃんがいるし、手術は無事成功したってことでいいんだよね?

うーん。どれくらい寝てたのか分かんないけど、なんか体が重い……。

 

「お姉ちゃん、おはよー」

「おはよう、という時間でもないですけど、とりあえず起きてよかったです」

 

お姉ちゃんはどうやら本を読みながら僕が起きるのを待っていたようで、手に持っていた本をベッドの隣のチェストの上に置く。

日はだいぶ昇っている訳だから、確かにおはようの時間ではなさそうで、というかお姉ちゃんはこんな時間にここにいていいのかな?

 

「そうだ!結局手術は成功したんだよね?生きてるわけだし」

「ええ。先生が言うには無事成功したそうです。後遺症の有無は沙漓にしかわからないのですけどね。ですが、本当に心配したんですよ」

「心配?」

「はぁー。だって、一日近くずっと眠っていたんですよ」

 

僕はお姉ちゃんに言われて、備え付けの電子時計を見ると、確かに翌日――つまるところ、手術から一日が経過していた。まぁ、それくらい寝てないとダメだったってことなのかな?

 

「そんなに寝てたんだ。それで、後遺症は……特に無さそうかな?まぁ、まだ分からないけど」

「そう。ならいいのですが。二、三日は入院ですよ。何があるかわかりませんから。それに、手術後の検査もありますからね」

「はーい。そう言えば、お姉ちゃんはこんな時間にここにいていいの?大学で何かあったり……」

「それなら大丈夫ですよ。今日も昨日も特に予定はありませんでしたから」

「そうなんだ。ならよかった」

 

お姉ちゃんはお姉ちゃんで問題なかったみたいだからよかった。これでお姉ちゃんに迷惑をかけたくはないから。

 

「元気そうならなりよりです。そう言えば、皆さんに連絡はいいんですか?昨日の手術からずっと眠っていた訳で一切反応できてませんし、何か連絡が来ているかも」

「あっ、それもそっか……って、なんかすんごい電話が来てる」

「そうですか……私は一度戻りますね。着替えとかも必要でしょうし。何か持ってきてほしいものはありますか?」

「うーん。特に無いかな?」

「そうですか。では、私は。安静にしていてくださいよ」

「はーい」

 

着信履歴を見たら、何回も電話がかかっていたみたいだった。お姉ちゃんはそう言うと、病室を出て家に一度戻って僕の着替えを取りに行った。その間に、僕はベッドから降りて立ち上がる。

立った感じは特に違和感もなく、いつも通りの感じだった。

僕は少し身体を動かして違和感がないことを確認すると、携帯を持って病室の外に出て、電話ができそうなスペースにつくと、早速電話をかける。流石に電話に出れなかったから、皆に文句を言われるのかな?というか、あれ見つかってないよね?……うん。奥の方にやっといたから、箱をひっくり返さない限りは見つからないから、平気なはず。

 

「もしもし、ヨハネー」

『沙漓!沙漓なの!?生きてたの!?』

「あっ、うん。生きてるよー。で、どうしたの?そんな大声を出して」

 

電話をするやヨハネは大声を出したので、僕は耳元から離す。うぅー、耳がキンキンする。というか、電話に出れなかったからって。もしかして、事故にでも遭って連絡が付かなくなってるって思われてたのかな?

 

『沙漓ちゃんなの!』

『良かったー』

「ん?皆もいるってことは練習中だった?」

『あっ、うん。それより、沙漓!あれはどういうことよ!』

「あれ?って、もしかして……」

『そうよ!あの遺書よ!』

「あー」

 

電話の向こうから、皆の声も聞こえ、その聞こえてくる内容から嫌な予感がしながらも聞いたら、やっぱりあれを見ちゃったらしかった。うーん、やっぱり世の中うまくいかないもんなんだね。って、あれ遺書なのかな?遺書になるのか。

 

「無事手術は成功したよ。今さっき起きたばかりだから、もうしばらく入院しなくちゃいけなくて、戻れるのは早くて数日後だってさぁ」

『そう……でも、とりあえず特に何もなのね?』

「うん。元気全開だよ。それで、ラブライブはどうなった?結果を知らないんだけど」

 

みんな心配してくれてたみたいだから、話をそこそこにラブライブの話を振る。実際、どうなったのか知らないし。

 

『ラブライブはダメだったわ。予選敗退』

「そっか。まぁ、他が二曲やってる中、一曲だったらだいぶ厳しい戦いだとは思ってたけど」

『沙漓、わかってたのね。まぁ、いいわ。いい知らせもあるから』

 

ラブライブは敗退というのは残念だった。ヨハネの声からしてもう立ち直ったのかな?まぁ、気持ちの切り替えは早いに越したことは無いか。

それで、いい知らせってなんだろ?

 

『学校説明会の参加人数が“1”になったわ。私たちの今までは無駄なんかじゃなかったみたい』

「そっか。よかった。ライブであれをやった意味はあったんだね」

『そうよ。この調子でどんどんリトルデーモンを増やしていくわ』

「別に生徒はリトルデーモンじゃないけどね」

 

ヨハネはあいかわらずのようで、少し安心。それから、ヨハネの電話を奪った皆と色んな話をした後、電話を切った。一応、僕は病人だしね。

 

「さてと、そろそろ病室に戻んないとね。体重いし」

 

僕はそう言って病室に戻った。うー、やっぱり寝起きだから体が重いのは仕方がないかもだけど。

病室に入ると真姫さんがおり、僕がいなかったからか首を傾げていたけど、僕が携帯を持っているのを見て、なんとなく察した様子だった。

 

「どう?身体の調子は」

「はい。ちょっと体が重たいくらいでそれ以外は特に」

「そう。なら良かったわ。明日から検査をして、後遺症が無いか確認していくからよろしくね」

「はい。もちろんです」

「お願いね。じゃ、私はこれで」

 

真姫さんが病室に来た目的は、僕にそれを伝えるためのようだった。そう言う訳で、真姫さんは伝えることを伝えると病室を出て行った。わざわざこの為だけにここまで来てくれたのかな?

 

それから数日が経ち、僕は退院して家に戻った。それまでの間に行った検査では、特に異常はなく、なんでも前よりも運動はできるようになるとか。まぁ、それでもずっと、過度な運動をしてこなかったわけだから、すぐにできる訳では無く、徐々にって感じらしいけども。でも、僕はそんなに運動する気もないんだけどなぁ。

ちなみに沼津に戻るのは始業式の前日にしていた。中途半端な状態じゃダメだから、ちゃんと療養してから帰らないとだとか。あと、不測の事態に対応できるようにとか。

でも、ただ何もしないでのんびりとしているのもあれだし、この入院中に皆と電話で何回か喋ったことで、僕にできることもやらないとだし。その為の準備を進め中だけど。

その為に、僕は自分の部屋の押入れを漁ったり、家の押入れを漁ったりして過ごした。

 

「それにしても懐かしいですね」

「そうかな?僕が中学の時には毎日のようにやってたし」

「でも、受験が近づいてからはやっていないでしょ?」

「ううん。あの頃も時々息抜きにやってたよ。感覚が抜けないようにね。まぁ、半年振りか。それにしても、僕のただのわがままだったのに、よく許可下りたよね」

「まぁ、頼めばなんとかなるものですね。それに、なんでも今日は活動していないとのことですし」

 

僕とお姉ちゃんは音ノ木坂学院に来ていた。本来ならたぶんダメなんだろうけど、割となんとかなってしまった。それでも、会わずに素通りするわけにもいかないから、ちゃんと挨拶はしないとだけど。

 

「あっ、沙漓ちゃん。退院おめでとー」

「うん、お久しぶり。ことりちゃん」

 

校門をくぐると、そこにはことりちゃんがいた。どうして音ノ木坂に?ここにいる理由が分からないけど、とりあえず挨拶を返すと、ことりちゃんは笑みを浮かべた。

 

「うん、元気そうだねー」

「それで、ことりは何故ここに?」

「あっ、そうだった。沙漓ちゃんが戻って来てるって聞いたから、会いたくって。それと、私のところまで来なくていいですよ、だってー。鍵は持ってるから行こー」

 

ことりちゃんはそう言って、僕たちの手を取るとグイグイ進み始め、それについていく。きっと、ことりちゃんに任せて大丈夫だと思ったんだろうなぁ。

 

「それにしても沙漓ちゃん、背伸びた?」

「うーん、あんまり変わった気はしないけど?ことりちゃんはもっと綺麗になったよね」

「あはは。お世辞はいいよ」

「あれ?お世辞なんかじゃないんだけど」

 

服飾系の大学に進んだことりちゃんは去年の冬から夏にかけて、海外に留学していたから、会うのは大体一年ぶりだった。そのせいか、ことりちゃんは前よりも大人びていて今まで以上に綺麗になったと思う。

でも、ことりちゃんは僕の言葉をお世辞と受け取ってしまった。

 

「それにしても、沙漓ちゃんがお手伝いしているスクールアイドルって、あの頃の私たちに似てるよね」

「ええ。この前会った時にも私もそんな気がしましたね」

「そう?うーん、九人だからとか?って、ことりちゃんAqoursのこと知ってたの?」

「うん。海未ちゃんから聞いてて、ライブの動画も見たことあるからねー」

 

ことりちゃんはまさかのAqoursのことを知っていたみたいで、でもお姉ちゃんから聞いたのなら納得だった。それにしても、µ’sとAqoursが似ていると思ってくれたんだ。

そうして僕たちは目的地の弓道場にたどり着いた。

それから、弓道着に着替えると、弓と矢を持って弓道場に立つ。

 

「海未ちゃんのその姿、久しぶりに見たかも」

「確かにそうですね。大学に入ってからは時々使わせてもらってたくらいですし」

 

お姉ちゃんはそう言いながら準備を整えると、弓を構えて矢を放つ。放たれた矢は一直線に的に飛び、中心を貫いた。

僕も早速と弓を構えると、集中して一気に放つ。結果は的の中心を射貫いた。

そんな僕たちを見てことりちゃんは「わー」と声を漏らしていた。

 

「すごいね、二人とも。久しぶりなのに」

「「偶然だよ(ですよ)。たぶん」」

「同じこと言ってる……」

 

ことりちゃんに賞賛の言葉を受けて、返答を返したらなんでか同じようなことを同じタイミングで言っていた。まさかのシンクロ。

その後は何回も矢を打って感覚を戻していった。そして、三、四十分ほど経つと、そろそろやめることにする。

あんまりやりすぎると、退院したばかりの身体に響きそうだから。

 

「あれ?休みなのに開いてる?」

 

矢を回収していると、一人のショートカットの黒髪の少女が弓道場にやってきた。そして、その子を見た瞬間僕は、

 

「園部さん?」

「園田さん?」

 

その子の名字を口にした。彼女は僕が中学で弓道部に入ってた時の部活のメンバーの一人で、大会の度にいい成績を残していた。仲がいいのかはわからないけど、あの頃はよくしゃべってた。名字が似てるから席も近かったし。それと、

 

「って、園田さん!高校で弓道やってないってどういうことよ!高校でもあなたと競えると思ったのに、遠くに行くわ、やっていないわって」

 

なんでか、僕をライバル視してる節がある。高校でやっていないから文句を言われるのは仕方ないんだけど……。

 

「いやー、自分の可能性探しを」

「そんな理由で弓道を止めたって言うの?」

「うーん、止めたというか、中断?だから、今日はやってたわけだしね」

「そう……それで続けるの?」

「さぁ?浦女の弓道部の状況もあれだからね」

「そう」

「だから、まずは弓道部の立て直しからなんだよね」

「えっ?」

 

僕ははっきりと宣言した。そもそも今日だって自分の感覚がちゃんと残ってるか確認したかったわけだし。

 

「でも、静岡だから競えるのは、そうとう勝ち上がらないとだよ?県と地区越えないとな訳だし」

「分かってるわ。でも、私とあなたならできるはずでしょ?」

「さてね。高校は中学の頃と違って全国もあるから、もしかしたら地区で負けちゃうかもよ」

 

僕は肩を竦める。実際、どうなるのかなんてその時にしかわからない訳なんだし。それと、そううまくいくのかな?

 

「まぁ、勝ち上がるだけだけど。園部さんこそ勝ち上がれるの?」

「私を誰だと思ってるの?もちろんやってみせるわよ」

「そっか。そう言えば、弓道場に何か用があったんじゃないの?」

「あっ、そうだ。忘れ物を取りに来たんだった」

 

園部さんは、思い出したように忘れ物とやらを取りに更衣室に行き、その間に回収した矢をしまう。

 

「ところで、沙漓ちゃんはどうして急に弓道をしようと思ったの?」

「なんでも、向こうで弓道をまたやるつもりみたいなんですよ。それに、約束もさっきしてしまいましたしね」

「あれって、約束って言えるのかな?」

「さぁ?でも、確かに中学でもやってた沙漓ちゃんなら問題ないかもね」

 

弓道着から私服に着替え直し、鍵を返却して音ノ木坂学院を出ると、ことりちゃんは今更な質問を口にした。しかし、その返答は何故かお姉ちゃんがしてしまった。

ことりちゃんはそれで納得してしまったけど、それでいいのかな?まぁ、いいや。

 

「あっ、そうだ。Aqoursの衣装作ってる子にそのうち会わせてね!」

「曜さんに?」

「そう、その子。衣装可愛かったから会ってみたいなぁって」

「うーん。でも、東京に来ることあるのかな?こっちでのイベントって静岡からだと厳しそうだし……」

「まぁ、気長に待ってるね」

「なら、そのうち私たちの方から行きましょうか」

「あっ、それいいかも。その時は穂乃果ちゃんも誘って三人で行こうね」

「あれ?勝手に話が進んで行く……」

 

曜さんに会ってみたいという話から、いつの間にかお姉ちゃんたち三人で沼津に行こうという話になっていた。いや、来れるのなら、問題ないけど、心配事が一つ。

 

「みんな緊張しそうだなー」

「平気だよ。そこは沙漓ちゃんがどうにかしてくれるでしょ?」

「それに、私と会った時だって、普通に話せてたじゃないですか」

 

僕はAqoursの皆が三人同時に会って、大騒ぎにならないか心配だった。でも、二人は平気だろうと思っているようだった。それならいいんだけど。

そうして、新学期までの日々を色んなことをしながら過ごしていったのだった。

 

 

~☆~

 

 

「んー。秋葉もいいけど、こっちはこっちで落ち着くなぁ」

 

沼津駅前で、僕は大きく伸びをした。

新学期の前日に予定通り僕は沼津に戻って来た。秋葉に戻ってから大体一週間経ったわけだから、特に変わったことは無いけど、気分的にそんな気がした。向こうは駅に降りたらせかせかと人が歩いてて、忙しい感じだったし、これくらいのんびりしてる方が落ち着く。

 

「さてと、まずはこの荷物を置いてから、皆のところに行こうかな?」

 

家に戻って、向こうから持ち込んだ荷物を置くと、浦女に行く。たぶん、いるはず。ドッキリをやりたくて、今日戻って来ることを伝えてないけど。いる……はず。

 

結果から言えば、いませんでした。たぶん今日は休みなんだと思う。明日から新学期だから鞠莉さんが忙しいのかな?

 

「沙漓ちゃん、昨日来てたの!?」

「うん。昨日のうちには。ドッキリしようと思ったんだけど、まさか休みだったとは思わなかったよ」

「なんというか、タイミングが悪かったね。それと、退院おめでとう」

「うん、ありがと。さて、体育館いかないとだね」

 

翌日。学校に行って、昨日学校に言ったことを言ったら驚かれた。それから、集会があったり、千歌さんが遅刻してきたり、ラブライブの開催が伝えられたり。

そんな感じで時間が流れ、放課後。

 

「鞠莉さん、弓道部って廃部しちゃってますか?」

「ん?今は確か一人いたわね。でも、その子は三年だし、週に一回三島の方の弓道場で練習してるだけよ。それに、夏休み終わったからもう受験を見据えているだろうから活動しないでしょうし」

「なるほど。その人に会えますか?」

 

僕はとある事情で今日は部活を休んだ。そして、鞠莉さんにそんな質問をした後、その先輩さんに会った。その後、鞠莉さんの許可を取って、体育倉庫や学校の物置を探索して、使えそうなものを漁って過ごした。あっ、使われてない台車だ。それに、壊れたバスケットゴール?なんで処分しないんだろ?あっ、他にもいい物あった。あとで、鞠莉さんに聞こっと。

それから、僕はホームセンターで木材やねじなどを購入した。買った物を浦女に運び終えた頃には、もう日が暮れ始めていて、流石に今日作るのは難しいし、作るのは明日になるのかな?

準備は整えたから、どんどん進めて行かないとねぇ。みんなはみんなで練習中だけど、今のところ仕事はないし、時間があるうちに進めないとー。

 

 

「今日、ちょっとやることあるから休みますね」

「え?昨日も休んでなかった?」

 

翌日。みんなは沼津の方で練習できそうな場所探しだとか。流石に最近までこの辺りに居なかった僕は知らないし、伝手もないわけで今日も不参加。

そして、僕は早速事前に作っておいた設計図に合わせて木材を切り出して、ねじを締めて組み立てていく。その中に廃棄されることになっていたけど許可を貰って手に入れたパーツを組み込んでと。

気づけば日がだいぶ落ち始め、でも完成までこぎつけることはできなかった。うーん。明日に残りは回すかな?

そう言えば、皆の方はちゃんと練習できてるのかな?

 

 

「今日は休みにするわね」

「少しは気持ちの整理の時間も必要でしょうね」

 

さらに翌日。説明会が中止になることが集会で伝えられた。あれ?統廃合決定しちゃったの?うーん、そうなると、僕の計画が~。まぁ、ここまで来たから続けるんだけど。みんなはこの辺りに住んでいたから思い入れがある訳で、統廃合問題の影響で、みんな気持ちに大小差があれどその整理の為に今日は練習が休みになった。僕は最近戻って来たばかりみたいなものだから、仕方ないっちゃ仕方ないと思う。でも、統廃合に異論がないかと言えばもちろんある。そもそも、統廃合とか書類関係が面倒そう。

そんなわけで、本日は青空満開の作業日和な訳で製作を昼過ぎから始めた。いくら考えたって、僕にできることは限られてるしねー。

 

「ふぅ。完成っと。明日からでいっか。あっ、バスが行っちゃう」

 

昨日の残りの作業を行い、無事完成する頃には日が暮れ始めて終バスの一本前が来る時間が近づいていた。と言う訳で、試射は明日からかな?

僕は体育倉庫にしまうと、鍵を閉めて学校を後にした。

みんなは諦めるのかな?それとも続けるのかな?きっと、平気だよね?

 

 

「がおぉぉー!!」

「なにごと?」

 

翌日。朝早くにやって来て、昨日完成させた移動可能の弓道の的と保護の壁を出し、体育館の中で弓道の練習をやっていた。体育館の端から端を使うと割といい感じの距離なんだよね。流石に穴を開ける訳にはいかないから、的と矢に磁石を取り付けて、壁や床を貫通しないようにして何発も打ってみた。結果から言えば、予想通りいい感じに練習が出来ていた。

そんな中、外で響いた謎の咆哮?というか誰かの叫び?

ちょうどいい感じの時間だし、もしかしたら動物かもという望みに賭けて、的とかを片付けると体育館を出て、声のした校庭の方に行く。そこには、Aqoursの皆がいて、千歌さんは制服で逆上がりをして、その前をしいたけちゃんが跳んでいた。状況がよくわからない……。

 

「あれ?皆こんな時間に何してるの?朝練……にしては早いような?」

 

そんなわけで皆のもとに行くと、僕はみんなに声をかけた。すると、みんなが一斉に振り返り、僕を見て驚いていた。

 

「あっ、沙漓ちゃん、おはよー」

「はい。おはようございます」

 

千歌さんが挨拶をしたから僕も挨拶を返す。というか、状況がまだつかめない。みんなも僕がここにいる理由が分からないような表情をしていた。

 

「それで、沙漓は何してる訳?」

「それで、みんなはここで何を?」

 

僕とヨハネが同時に質問を口にする。おお、こんなところでシンクロした。みんな制服だからまだ朝練をしているわけではないと思うけど。

 

「いや、他の部が使うと、邪魔になるかもと思って。この時間なら誰もいないから邪魔にならないので」

「確かにそうかもだけど、こんな時間にいるって……私たちはなんとなくだけど」

「皆だってここに居るんだから大差なくない?それで、統廃合を覆すでいいんですよね?」

「あっ、うん」

「沙漓?」

 

どうやらみんなは統廃合も説明会中止も納得したわけじゃなくて、どうにかしようと考えているみたいだった。そうなれば、僕も頑張らないと。



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二期三話の内容です。でも、たた違う部分があったりします。


「えーっと、説明会とラブライブの予選の日が被ったと?」

「ええ。昨日の雨の影響でね。説明会を一週ずらさないとまずそうってことになっちゃって」

 

二学期のとある日の早朝。僕たちは十千万の前で困ったことになっていた。

廃校に待ったをかけるために鞠莉さんが鞠莉さんのお父さんを説得して、入学希望者を十二月、ちょうどラブライブの地区予選が予定されている日の日付が変わるまでに百人集めれば来年の入学試験を行うということになった。

それによって、昨日は説明会と予選に向けて新曲を二曲作ろうということで、二年生組で一曲、一・三年生組で一曲作っていた。その結果、一年と三年の間に絆が深まったり、果南さんの弱点が発覚したり、電気の点かないお寺で一泊したりと大変だった。

 

「説明会を土曜日にずらすのは無理なんですか?」

「残念ながら無理ですわ。場所によっては土曜日にも授業のある中学校もありますので」

「ダイヤの言う通りよ。それに加えて中学校の教師の方々もいらっしゃるから……」

「そうですか……」

 

せめて予選の前日に組み込めればどうにかなりそうだったけど、それは学校の事情的に無理で諦めるしかない。

 

「で、予備予選の会場がここだね」

 

外でいつまでも立ち話は旅館の迷惑になりそうということで、千歌さんの部屋に集まると、千歌さんのノートパソコンで地図を表示させて、会場の場所を全員で確認する。場所が山奥なだけに流石に移動は難しい。電車もバスも本数が少ないし。

 

「うーん。空でも飛べればずら」

「ふっふふ。なら私の堕天使の翼で……」

「あれ?堕天使の翼ってお好み焼きじゃなかったっけ?」

「そっちじゃなくて」

「それでも、ヨハネ一人じゃ八人を運べないから却下ね」

「そうだよ!ヘリコプターで!」

「なるほど!その手なら……って、却下よ!パパには自力でどうにかするって言ったから力を借りられないわ」

 

小原家の力を借りられないからヘリで移動という案は却下となった。流石にヘリに九人乗るのも無理だと思うんだよね。その後、なら船でってことになったけど、そもそも会場は山奥なのだから船は使えない。

 

「となると、取れる手段は一つですわ」

 

するとスマホで何か調べていたダイヤさんがそう言う。僕たちはダイヤさんの方に一斉に視線を向けると、咳払いをした後話し始める。

 

「予選の順番が一番になれれば、ぎりぎりその時間にあるバスに乗ることで間に合いますわ」

「それに乗り過ごしたら他はないの?」

「ありませんわ。その次は一時間後ですので」

「でも、それに賭けるしかないよね。それで、順番の決め方はどうするの?」

「それは――」

 

 

~ヨ~

 

 

「まことに面目ない!」

「あはは」

 

予選の順番決めが終わり、私はみんなに謝った。

予選の発表順の決め方がくじ引きであり、代表者が引くということで今こそ私の力で窮地を越えようと皆を説得して引かせてもらった。結果は“24番”と中途半端な順番になってしまい、両方のライブを行おうという希望は絶たれてしまった。

皆は苦笑いを浮かべて「仕方ないよ」と言ってくれたけど、意気揚々と言った手前私は罪悪感がすごかった。

 

「となると、どっちか選ぶしかないよね」

「うん。でも、私どっちかだけを選ぶなんて嫌だなぁ」

「私だってそうだけど。でも、どちらか選ぶしかない……」

 

こうなってしまった以上、どちらかを選ばなくてはいけなくなり、でも誰もそんな簡単に割り切ることはできない。私もどちらも切り捨てたくなくて何も言えない。

 

「すぐには決められないよね。私もそうだし。だから、一日じっくり考えて、明日決めよ?」

「ですわね。うじうじとここで考えている時間もありませんから」

「そうだね。じゃぁ、練習始めよっか」

 

それから、私たちは家で考えようということになり、とりあえずは走り込みやダンス練習などなどをすることになったのだった。

 

 

 

そして、あれから日は過ぎていき、一週間後が予選の日となり、私たちは練習をしていた。結局どちらも捨てたくなくて、四人と五人で別れて両方のライブを行うことになった。Aqoursが分かれてしまって本当にいいのかわからないけど、それ以外に選択肢はなく、みんな反対することは無かった。

学校説明会は私と花丸と果南と鞠莉の四人でやることになった。流石に理事長か生徒会長のどっちかは説明会にいないとまずいし、リーダーである千歌は予選の方にいないとまずそうということでこうなったけど。

 

「今日はこれくらいにしておこっか」

「そうですわね。あんまり詰め込むのは怪我のもとですし」

 

だいぶ陽が暮れてきたことで、今日の練習が終わり私たちは着替えて帰り支度を進める。

そして、着替え終えると浦女を出ていつも通り坂を下る。

 

「はぁ。本当にこれで良かったのかな?」

「善子はまだそんなこと言ってる訳?みんなで話し合って決めたでしょ?」

「そうだけど……」

 

私は本当にこのままでいいのか心配。みんなも口にしないだけで本当はそう思っているはず。鞠莉もそう言うけど、きっと。

 

「はぁ。せめて車を出せればよかったですけど……」

「私は誕生日に免許は取ったけど無理よ。レンタカーを借りても乗れて六人だろうし。家のやつを使う訳にもいかないし」

「うーん。果南ちゃんとダイヤさんは……まだ誕生日を過ぎてないから無理か」

「うーん。千歌さんのお姉さんに車出してもらうのはダメなんですか?東京行った帰りには出してもらえましたけど」

「ごめん。その日はお父さんがあれ使うらしくて、軽トラックしかないの」

「じゃぁ、荷台に!」

「交通法であそこに乗るの無しじゃなかったっけ?」

「無しですわ。交通法違反になりますから」

「うーん。手詰まりか」

「じゃぁ、自転車で」

「えーっと。十数キロですね」

「一時間あれば着けそうだね」

「山道だし、場所によっては登るよ?」

「それに、着く頃には皆バテバテになってそうよね」

 

一応、案は出すもどれもいい手とはいい難かった。せめて、もう一人車を運転できる人がいればよかったんだけど。

 

「さすがにレンタカーを借りてもらって出してもらうって訳にもいかないよね」

「ええ。都合よく車を運転できる人がいれば行けなくもないけど」

「はぁ。じゃぁこのままやるしかないね」

 

結局このまま四と五に別れてやるしかなさそうだった。他にいい方法があればいいのに。

そうして、バスに揺られてみんなそれぞれのバス停で降りていき、私と沙漓もいつものバス停で降りる。

 

「ヨハネは諦められない?」

「ええ。私が一番を引けなかった手前責任は感じてるし」

「そっか。でも、一番でも厳しい気もしたけどね?」

「どういうこと?」

 

私が一番を引いていれば、九人全員でやることができた。でも、私が引けなかったから。もしあの時、私が出しゃばらずに曜が引いていれば一番だったかもしれない。

それなのに、沙漓は一番でも無理だったかもしれないと言う訳で、私は首を傾げる。

 

「だって、予選だよ?他の学校の生徒も来れば、その親御さんも来る。その場合は車使うでしょ?」

「ええ」

「そして、番が終われば帰っていく。そしたら渋滞が起きる気がしてね。車線もそれぞれ一本だから混み易いよ」

「あっ」

 

沙漓に言われて納得がいく。確かに山奥ならそうだろうし、混めばバスも遅れる。つまり、どっちみち九人でやるのは無理だったって訳か。

 

「沙漓はそれわかってたの?」

「うん。あの翌日には公共の交通機関を全て調べ上げたからね。最終手段としてタクシーも考えたけど、乗れて三人ずつで計三台必要だから部費の残り的に無理だったけど」

 

沙漓はあっけらかんとしてそう言う。やっぱり手詰まりじゃない。

 

「というか、沙漓はどうしてそんなあっけらかんとしてる訳?」

「だって、誰も諦めてないじゃん。しっかり、九人バージョンも練習してるし」

「それは、今後のことも考えて」

「学校が統廃合すれば今後もないのに?」

「なによ!沙漓は何が言いたいわけ?」

 

沙漓の考えていることが分からない。というか、沙漓はもう諦めてるってこと?だから、そんな反応を。

 

「まぁ、何とかなると思ってるからね」

「ん?」

「今はレンタルサイクルで電動自転車が無いか調べ中だし」

「待って……沙漓は諦めてるんじゃないの?」

「なんで諦めるの?皆諦めてないのなら、諦める理由はないよ。じゃなきゃ弓道部を復活させたりしないし。最後まで足掻くんでしょ?」

「ええ。じゃぁ、さっきまでの軽いノリは?」

「ん?だって、そんな重たく考えても疲れるし、自分のペースでね。一応、エントリーは九人で出してあるし」

「え?でも、確かに千歌は五人で出してなかった?」

「うん。だから出す前に確認させてもらって書いといた」

 

私は額を抑える。沙漓の自由すぎるペースにいちいちツッコんでたら疲れてきた。そもそも、沙漓が普通じゃないのはわかってはいたけど。

 

「ん。電話だ」

 

すると、沙漓のスマホに着信が入り、沙漓は足を止めてスマホを取り出したので私も足を止める。

 

「お姉ちゃん?なんだろ?……もしもし」

 

電話の相手は海未さんのようで、首を傾げながら通話し始める。ここからだと、向こうの声は聞こえない。

 

「うん。そうなの!?……あっ、うん。わかった、後で聞いてみるね……じゃっ」

 

数分程であっさりと電話を切ると、沙漓は「うーん」唸る。

 

「何があったの?」

「日曜日にお姉ちゃんがこっちに来る……」

「はい?」

「で、十千万に泊まれないかって?」

「待って。どういうこと?」

 

 

~☆~

 

 

「と言う訳で、その日って空き部屋ありますか?」

『えーっとちょっと待ってて』

 

僕は千歌さんに電話をして、旅館の空き状況を聞いていた。お姉ちゃんだけが来るのなら、僕の部屋でもいいけど、他にも来るだとか。誰が来るのかは教えてくれなかったけど。

 

『もしもし。一部屋はちょうど空いてるって』

「なるほど。じゃぁ、予約お願いします」

『どうしたの急に?沙漓ちゃんの部屋で何かあったの?』

「あっ、そう言う訳じゃなくて、お姉ちゃんがこっちに来るとかで、十千万に泊まりたいって」

『へぇ、沙漓ちゃんのお姉さんが……え!?それって』

「と言う訳で、予約名には園田海未で泊まる人数は三人でお願いします」

『あっ、うん』

 

千歌さんは驚いているみたいだった。まぁ、そうなるだろうけど。

さて、ここからはもう一個の本題だね。すでに、確認は済ましたし。

 

「で、ここからが相談なんですけど」

『ん?』

 

だから僕は千歌さんにとある提案をする。やっと巡ってきたおそらく最初で最後の大チャンス。うまく行けば、一番いい状況になるはず。

 

 

 

「遂に来ましたね」

「うん。まさか、予備予選を九人でできるとは思わなかったよ。ありがとうね」

「お礼はまだ早いですよ。言うとしたら全部終わったその時に」

「それもそうだね」

 

あれから日は経ち、日曜日。やれる限りのことをして臨む予備予選。みんなこの日のために作った和風の衣装に身を包み、皆綺麗だった。

あの日、千歌さんに提案するとすぐに乗っかってくれたので、そこから皆にチャットアプリで連絡を取り、千歌さんに伝えた提案を伝えた。皆そんなことをしていいのか疑問に思ったりしたけど、ちゃんと説明したことで全員賛成してくれた。

 

「では、僕は皆の荷物を運び終え次第、客席行きますね」

「沙漓ちゃん、お願いね。よし!皆行くよ!」

「うん!」

「最高のライブにしましょう」

「ずら!」

 

皆を皆の荷物を持つと更衣室を出る。そして、会場の外に出ると辺りを見回す。

 

「沙漓」

「あっ、お姉ちゃん!」

 

すると、向こうから声を掛けられた。声の方を見ればお姉ちゃんがいて、お姉ちゃんの方に行く。お姉ちゃんはニット帽と眼鏡を付けていて、これはたぶん身元ばれを防ごうとしてるのかな?元µ’sがいればまぁファンに囲まれる未来しか見えないし。

お姉ちゃんのそばには一台の車があり、ドアを開けると荷物を突っ込む。

 

「ごめんね。今日はお姉ちゃんの友達と沼津観光って言ってたのに」

「問題ないですよ。元からここに来るつもりでしたから」

「そうなの?あっ!お姉ちゃんのその友達の人にもお礼を言わないと……あれ?他の二人は?」

 

お姉ちゃんたちが元からここに来るつもりだったのなら、それはそれでいいけど、それでも御礼は言いたいからそう言うと、お姉ちゃんは小さく笑う。どうして笑ったのか分からず、僕は首を傾げる。

 

「二人とも中にいますから、私たちも中に行きますよ」

「はーい」

 

お姉ちゃんの友達が二人来てるらしいけど、誰なのかは教えてくれなくて知らない。たぶん大学の友達と思うけど。

僕とお姉ちゃんは中に戻ると、客席に行く。

客席には浦女の生徒は僕を除いて誰もいない。皆浦女で説明会の準備や受付などをしてくれている。生徒会長も理事長もいないのは説明会的に問題な気もするけど、仕方ないから気にしない方向で。

 

「だーれだ?」

「ふぇ?」

 

辺りを見回していると、いきなり僕の目元を背後から手で覆われて視界が真っ暗になる。いきなりのことで声を漏らすも、離れてはくれなくて真っ暗。お姉ちゃんが動かないってことは背後の人はお姉ちゃんの友達の人……って。

 

「穂乃果ちゃん、そろそろ離れてよ」

「あはは。もうばれちゃった」

 

声に聞き覚えしかなくてはっきりと言うと、サッと離れて僕は振り返る。そこには苦笑いをしている穂乃果ちゃんが居て、穂乃果ちゃんもお姉ちゃんと同じく帽子と眼鏡を付けていた。

 

「やっほー。夏休みの時振りだね」

「あっ!沙漓ちゃん!」

「あれ?ことりちゃん?」

 

すると、人をかき分けるようにことりちゃん(帽子+眼鏡装備)が現れた。まさかのことりちゃんの登場に僕の思考は追いつかず、少し考え、全て納得した。

 

「久しぶりだね。お姉ちゃんの友達って二人の事だったんだ。教えてくれないから謎だったけど、そう言うことなら色々納得かも」

「穂乃果ちゃんがサプライズしたいって言ってね」

「だって、サプライズって楽しいでしょ?」

 

二人がお姉ちゃんと一緒なら、全てのつじつまが合う。三人とも生でAqoursのライブを見たいって言ってたし、僕の無茶に乗ってくれたことにも。

 

「まぁ、こういうサプライズなら。それと、ありがとうね。僕の無茶なお願い聞いてもらって」

「ううん。それは別にいいよ。沙漓ちゃんに頼まれなくてもここに来るのは予定に入れてたし。移動もね」

「うんうん。それに私たちが泊まる十千万に予約してもらったしね」

「なら良かった」

「続いては、ナンバー24。Aqoursの皆さんです!」

 

お姉ちゃんと話しているうちに準備が整ったのか視界の人がそう言い、ステージが明るくなる。ステージには皆が立っており、立ち位置に着く。

 

「踊れ 踊れ――」

 

そして、曲が始まる。今回の曲は一年と三年で作った曲で、ダイヤさんの「お琴を入れたい」や果南さんと鞠莉さんの「激しめ(hard)な感じ」、マルちゃんとヨハネの「無」といった意見が合わさった結果、和ロック調の曲になった。あの時は曲中で曲調が変化しまくる物になるのか心配だったけど、そうはならなくてよかった。いや、別にうまくはまってるのならそれでもかまわないんだけども。

そうして曲は終わり、会場は拍手に包まれAqoursの番が終了した。皆のAqoursらしさが出せていたから良かった。たぶん、これなら予選は突破できるかな?

 

「わー、やっぱり生で見るといいよね」

「ですね。それに、皆楽しそうでしたし」

「うんうん。衣装も可愛いよね」

 

三人ともAqoursのパフォーマンスに満足したのか感想を口にしていた。

 

「って、準備しないと!」

「あっ、それもそうだね」

 

僕はハッとしてそう言うと、お姉ちゃんたちも気付き動き出す。客席を後にして外に出ると、まっすぐにさっきの車の前に行く。

 

「あっ、向こうの車の鍵貸して」

「ん?はい、どうぞ」

 

穂乃果ちゃんに言われて、隣に止めていた鞠莉さんから預かっていた鍵を取り出すと、穂乃果ちゃんはそれを受け取り、ドアを開けて運転席に座る。

 

「何してるの?というか、免許持ってたの?」

「まぁね。海未ちゃんとことりちゃんと一緒に勉強して一緒に取ったからね」

「穂乃果に教えるのは大変でした」

「あはは。でも、途中からはすごかったよね」

 

穂乃果ちゃんが車を運転する流れになり、まぁいいやと思う。

 

あの日、お姉ちゃんから日曜日に沼津に来ると聞いたことで、一つ聞いてみた。レンタカーを借りた場合、送ってもらえないか。もし、無理だと言われれば諦めるけど、事情を説明したらあっさりと承諾してくれ、皆に伝えた結果、お姉ちゃんと鞠莉さんでレンタカーを二台運転すれば全員浦女に移動することが可能となった。心配だったのは、お姉ちゃんと一緒に行く人が拒否しないのかが心配だったけど、そこもあっさりといった。今なら、二人だったからOKが出たのだと納得だけど。

 

「あっ、沙漓ちゃんいたよー」

「ほんとだ!って、海未さん!?それに穂乃果さんにことりさん!?」

「あっ、時間が無いのでパパッと、分かれて乗ってくださいな」

「あっ。道わからないところもあるから、誰か助手席乗ってね」

「あれ?一台は私が運転するはずじゃ?」

「そんな恰好じゃ、運転しづらいでしょ?」

「と言う訳で、この前の四人と五人で別れるってことで」

 

バタバタしながら、それぞれの車に乗り込む。僕はちゃっかり、お姉ちゃんの運転する車の助手席に乗っている。まぁ、誰も気にしないはず。こっちの車にはヨハネ達旧説明会組が乗っている。こっちには荷物類も詰め込んでるから四人じゃないと厳しいし。終わってすぐに出てきたからみんな衣装のまま。あの衣装で運転はさすがにね。

 

「では、行きましょうか」

「うん。あっ、そうだ。向こうの車に、拝」

「沙漓は何してるの?」

「いや、たぶん向こうは曜さんとルーちゃん辺りがことりちゃんに衣装のことを聞かれまくってたり、千歌さんとダイヤさんがハイテンションになってそうなので」

「なるほど?」

 

ヨハネは首を傾げながら、納得?していた。ちゃんと納得しているのかは謎。そうしているうちに敷地の外に出て公道を走り出す。さっさか出てきたから割と道は空いていた。

 

「それにしても、本当に良かったんですか?今日は観光しに来たって聞いてましたけど」

「沙漓にもさっき言いましたけど問題ないですよ。もとから、皆さんのライブは見るつもりでしたし。どうせならこのまま説明会のライブを見ますし」

「え!?」

「これは、けっこうプレッシャーかも」

「そんなに身構えないでくださいね。先ほどのように楽しくやれば結果はついてきますよ」

「お姉ちゃん、カーナビの設定できたよ」

 

みんなとお姉ちゃんの会話を聞きながらカーナビのセットを終え、のんびりと浦女に向かって進んでゆく。

どうしてこの時期に~とかこの辺りの観光スポットの話とかわりと和やかな感じで話が進んで行く。

 

「ふぅ、着きましたね。皆さんは先に降りていてください。準備があるでしょうから」

「あっ、はい。ありがとうございます」

「沙漓はまだ残っていてくださいね。車をどこに止めればいいかわからないですから」

「はーい。部室にちゃんと衣装は置いてあるんで」

「了解。じゃっ、また後で」

 

四人が車から降り、後ろからも五人が降りると校舎に入って行き、僕たちはとりあえず来賓用の駐車場の方に行く。鞠莉さんには許可は取ってあるから問題ない。

 

「おーい、海未ちゃん、沙漓ちゃん」

「さて、無事着いたことですし、ステージに行きますか」

「そうだね。次の衣装も可愛いの?」

「うん。可愛いやつだよ」

 

ことりちゃんの質問に自信満々に答える。それくらいの自信作だと思うし。現に衣装合わせの時はみんな可愛かったし。

ステージに行くとまだ準備中のようだった。まぁ、予定してた時間よりは早く着いたしね。念には念を入れて説明会のラストのイベントに組み込んでおいて良かった。

 

「さぁ、皆さんお待ちかねのAqoursのステージです!」

 

視界の声で歓声が沸く。今日の説明会のラストを飾る訳だし、盛り上がるよね。

 

『今…みらい、変えてみたくなったよ!――』

『想いよ、ひとつになれ――』

『光になろう――』

 

そうして始まったAqoursのミニライブ。新曲+二曲と短いモノではあるけど、歌い終わると再び歓声に包まれた。やっぱり、前回は予備予選を突破してたからこの辺りの人たちには知られてるからね。それに、お姉ちゃんたちに見られていてプレッシャーを感じていそうだけど、それ以上に楽しそうだった。今日のライブもいい感じだなぁ。

 

 

「予選終了と説明会の成功にかんぱーい」

『『『かんぱーい』』』

 

ライブが終わり、ステージの撤去は明日以降にやることになったからやることを済ませて、十千万で打ち上げをしていた。まぁ、お姉ちゃんたちの宿泊する部屋だから騒ぐのはほどほどにしないとだけど。

 

「今日は本当にありがとうございました」

「ううん。気にしなくていいよ。沙漓ちゃんにも言ったけど、ラブライブは見に行くつもりだったし、説明会のミニライブも見れたから」

「うんうん。私たちもあの頃のこと思い出したねー」

「ですね。私たちも説明会でライブをしましたし、懐かしいですね」

 

お姉ちゃんたちはあの頃のことを思い出しているような目をする。そう言えば、お姉ちゃんたちも説明会で歌ったからなぁ。

それから、皆でいろんなことをしゃべった。特にµ’sが好きな三人が穂乃果ちゃんに聞きまくったり、ことりちゃんが衣装のことを曜さんに聞きまくったり、果南さんが効果的な練習をお姉ちゃんに聞いたりなどなど。

そうして時間が経ち、僕たちはそろそろ帰らないといけない時間になっていた。流石に客じゃない僕たちが泊まることはできないし、明日は学校が普通にあるし。

ちなみに、終バスは終わってる……。

 

 

~海~

 

 

「ありがとうございました」

「また明日~」

 

曜さんの家の前に着くと、お辞儀をしてから家の中に入って行った。

終バスが無くなったから、私たちはそれぞれの家に送っていた。穂乃果たちには淡島に住んでいるという二人を。私は沙漓たちを送る。レンタカーの一台はもう使わないから返却しに行きがてらなので問題は無い。

 

「さてと。では行きますか」

「レッツゴー」

「お願いします」

 

続いて沙漓が住んでるアパートの方に車を走らせる。善子さんは沙漓のアパートの隣に住んでいるからこのまま走らせればいい。

 

「沙漓はあいかわらずですか?」

「あっ、はい。マイペースですよ」

「ヨハネに聞かないで、僕に直接聞けばいいじゃーん」

「他の人から見た印象を聞きたかったんでしょ?」

「そんなの分かってるよぉ」

 

ぼやく沙漓に冷静に突っ込む。気兼ねなく言い合える関係になっている辺り、やはりこちらに来てから変わりましたね。秋葉に居た頃はどこか人と距離がありましたし。

 

「そう言えば、沼津でここだけは押さえた方がいい場所ってどこでしょうか?」

「うーん。三津シーとかマリンパーク?」

「あとは、びゅうおや大瀬埼ですかね?」

「やはり、その辺りですか」

 

観光だとその辺りが無難なようですね。一応来る前に調べていましたけど、地元の声が一番ですし。

それから、たわいのない話をしていると、目的地の二人の家の前に着く。

 

「送ってくれてありがとう。お姉ちゃん」

「ありがとうございました」

「では、二人ともちゃんと休んでくださいね」

 

二人を降ろすと、二人は歩き出す。

 

「ヨハネ、今日泊まっていい?」

「ん?いいわよ」

「さて。車を返して二人を待つとしましょうか」

 

 

 

「おまたせー」

「待ってませんよ。ちょうど手続きが済んだところですから」

「じゃぁ、宿に帰ろっか」

「ですね」

 

手続きが終わって外で数分待つと二人が乗っている車がやって来た。私が座席に座ると走り出す。

 

「良かったの?沙漓ちゃんの所に泊まってもよかったんだよ?」

「いえ、今日は三人での旅行ですから」

「ふーん。やっと海未ちゃん、妹離れできたってこと?」

「別に私はシスコンじゃないですよ。沙漓がひっついていただけで」

 

なんで、わたしがシスコン呼ばわりされるんですか!納得がいきません!あれくらいは普通の姉妹のそれですよ……たぶん。

 

「それにしても、沙漓ちゃん楽しそうだったね」

「そっか。穂乃果は春以来でしたね。沙漓と会うのは」

「私は夏に一回会ったけど、皆といるところは初めて見たし、楽しそうだったね」

「あの頃を知ってる私たちからすると感慨深いねぇ」

「穂乃果ちゃん、おばあちゃんみたい」

「穂乃果はそんな歳じゃないよ~」




鞠莉のあの車はオハラグループのものだから使えないということにしておきます。さすがに鞠莉の所有物じゃないはず。いや、そうなのだろうか?
では、ノシ


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MIRACLE WAVE

四話と五話の内容はもうやっちゃったので割愛。
基本的に六話の内容です。
ただ、違う点が多々あります。


「1,2,3,4.1,2,3,4。そろそろ休憩しましょうか」

「うん、そうだね」

 

地区大会まであと二週間になった今日。沼津の練習場所で練習していた。で、休憩に入るところ。予備予選の結果は無事突破して、かれこれ一ヶ月。何故か千歌がSaint Snowの鹿角聖良さんと連絡し合う仲になっていたり、善子ちゃんと梨子ちゃんが迷子の犬を拾って世話したり、梨子ちゃんの絵が独特なことが判明したり、練習をしたりして過ごしていた。結果から言えば梨子ちゃんがしいたけちゃんに触れるようになった。スクールアイドル関係ない……。

休憩中に曜がスマホでラブライブの優勝候補を予想するサイトを見つけ、その中には前回決勝や地区予選に出ていたグループが挙げられていた。

 

「あっ、Saint Snowさんだ!」

「……」

「ん?」

 

その中には夏のイベントの時にあったSaint Snowの名前もあったらしい。

そして、私はそっと外に出て行く。いつもなら何かしら言って出て行くけど、ちょっと一人になりたい気分だからね。

手洗いで顔を洗うといくつか考えていたAqoursのフォーメーションノートを手に取り、パラパラめくりながら廊下に出る。。

今まで以上のパフォーマンスをしないと地区大会を突破するのは厳しいと思う。そして、可能性はだいぶ上がると思うモノはいくつかある。

でも……。

 

「かーなんさん」

「ん?沙漓ちゃん?どうしたの?」

 

いきなり声を掛けられたから勢いでノートを身体の後ろに隠して振り返る。

お手洗いに来たと思うのに中の方に行かずに私の前で立ち止まる沙漓ちゃん。てことは、私に用があったのかな?

 

「なにか悩みでもあるんですか?もしかして、そのノートに秘密が?」

 

どうやら、ノートの存在は見えちゃっているみたいだった。まぁ、身体で完全に隠せるサイズではないけど、あまり気にして欲しくはないかな?これの存在を知られれば、間違いなく決行されてしまう。

そして、あの時の二の舞になってしまう。

 

「ううん。悩みなんてないよ。あるとしても、練習どうしようかなぁとか地区予選突破できるかなぁとかだよ」

「確かに心配ではありますよね。今回は前回の地区予選と違って一曲勝負な訳ですし」

「そうなると、もっとダイナミックなパフォーマンスにしてインパクトを与えるのが無難だろうね」

「ですね。となると、ステージ上でバク転とか君ここみたいに馬跳び系の何かをするとかが……まぁ、バク転はそうそうできる物じゃないですし、ダンスが前後にあるときついか」

 

バク転と聞いた瞬間、反応しちゃったけど、たぶんばれてないはず。そもそもこれの中身を知ってるのは鞠莉とダイヤだけ。沙漓ちゃんが言ったのは偶然。落ち着いて。

 

「まっ、悩みがあったらこんな僕ですが相談くらいは乗りますので」

「うん、ありがと。じゃっ、戻ろうか」

「あっ、僕はお手洗いに来たのが目的ですので~」

 

沙漓ちゃんはそう言って中に入って行った。結局どっちが目的だったんだろ?

 

~~

 

「ほんと、どうしよ?」

 

練習が終わって、夜。私は悩んでいた。沙漓ちゃんには相談してと言われたけど、これは相談していいものとは思えない。相談しても困らせるだけ。

 

「やっぱり、それしかないかもね」

「ですわね」

 

でも、二人はこれに賭けてるみたい。確かに、これならお客さんにインパクトは与えられる。でも……。

 

「ダメだよ。みんなへの負担が大きいし、特にセンターの負担が大きすぎるよ。忘れたの?あの時のことを」

 

またあの時の繰り返しになるのが怖い。もしかしたら、今度こそ事故になるかもしれない。それが心配。

 

「忘れるわけないわ。でも、今は九人いるわ」

「わたくしも今回は鞠莉さんの意見に賛成ですわ。それくらいの覚悟が必要だと思います」

「わかってる。でも、怖いんだよ!誰かが怪我をするのが」

「私あの頃と気持ちは変わってないわ」

「それに、これはラストチャンスですわ」

 

ラストチャンス。今回のラブライブが終われば、私たちはもう卒業するから次が無い。でも、そうそう割り切れる物なんかじゃない。

 

「でも、できることじゃない。これはできないこと」

「そんなことは無い。あの時だってもう少しで……」

「でも、できなかった。ダメだよ。届かないものに手を伸ばして……そのせいで誰かを傷付けて。それで、また失うのは嫌なの」

 

無理をしたって、いい事なんてない。また、二年前の様になってしまうだけ。だったら、やらない方がいい。やっちゃいけないんだ。

 

「果南……でも!」

「こんな物!」

 

鞠莉は諦めきれないのかそう言う。たぶん、いつまで経っても、私と鞠莉は平行線。

だから、ノートを海に投げる。これさえなければ、千歌たちに伝わらない。そうなれば、あのフォーメーションをやることは無くなる。これでいいんだ。

なのに、

 

「鞠莉!」

「鞠莉さん!」

 

ノートを掴もうと鞠莉は海に飛び込んでしまった。鞠莉はすぐに浮かんで来て、その手にはノートがあった。良かった、鞠莉に何事も無くて。ダイヤに引き上げられて鞠莉は海から上がって来る。

なんで、そんなに無理をするの?どうして、そこまでこだわるの?

 

「否定しないで。あの頃の事は私の大切な思い出。だからこそ、やり遂げたい。あの頃の夢見た私たちのAqoursを完成させたい」

 

あの頃。あのフォーメーションを考えた頃はできると信じていた。私だって、本当は……。

 

「果南……」

「果南さん……」

「ごめん。考える時間頂戴」

 

だから、考える時間が、自分の気持ちに整理を付ける時間が欲しくて、二人にそう言って家に戻る。二人の気持ちはわかる。そして私の気持ちは。

 

~~

 

「教えて!」

「そのせいで鞠莉が足を痛めた。みんなへの負担も大きき。今無理するのは……」

 

翌日。千歌が“Aqoursらしさ”とは何だろうかと口にした。それを形にしたいと言ったところ、ダイヤが話してしまった。あのフォーメーションのことを。

千歌は興味津々でそう言った。わかっていた。千歌が聞けばそうするって。

 

「なんで?今そこまでしないでいつするの?あの時、みんなで足掻こうって決めたよね?」

「でも……」

「今こそ足掻いてやれることを全部やりたいんだよ!」

「あの時は私がセンターだった。でも、千歌にできるの?」

「大丈夫!絶対にやってみせるから!」

 

千歌はそう言う。千歌の言ってることはわかる。私だって、本当はやりたい。でも……それでも、私は一歩を踏み出せない。

 

「果南さん。あのノートを渡しましょう?」

「今こそ、Aqoursをbreak throughする時なのよ」

 

二人も千歌に期待しているらしい。私だって、千歌に期待したい。

みんなの方を見ると、みんな私をじっと見ていた。その目はみんな諦めたくないという意思が感じられた。

 

「わかった。でも、無理だと判断したら止めるからね。どんな手を使ってでも」

「うん!」

 

だから、私は千歌に賭けることにした。千歌なら、みんなならあの時の私たちにできなかったことができるかもしれない。

 

 

~千~

 

 

「わぁ!」

 

果南ちゃんからノートを見せてもらって数日。私は砂浜で練習していた。部屋でやってたら美渡姉に怒られちゃったから。でも、砂浜の方が転んでも痛くないからこれで良かったのかも。

 

「うーん。うまくできない」

 

あのフォーメーションができれば、決勝に進める可能性が上がる。それに、進めれば入学希望者が増えるかもしれない

だから、諦める訳にはいかない。

 

「やっぱり、果南ちゃんに言った方が……」

「ダメ!どうにかするって言っちゃったんだから!」

「僕はできないですし、こうなると出来る人のやつを見るのが一番なんでしょうけども」

 

この場には三年生を除く七人がいた。

でも、みんなあれはできないから、見て覚えることもできない。動画とかで見ても、それはちょっと違くて、できれば生でみたい。

無理だろうけど。

 

「ずら丸、頑張りなさい!」

「善子ちゃんだって、できてないでしょ?」

「一緒に頑張ろ?」

「こう、都合よくあれができて、教えてくれる優しい人がいればいいんですけど、正直あれをまともにできる人はそういないですよね」

 

ルビィちゃんたちはドルフィンの練習をしていて、沙漓ちゃんは階段に座った状態で仰向けに寝転んでそんなことを言う。あの頃の果南ちゃんもできなかったわけだから、今のチカにできるのかはわからない。

教えてくれるような人に期待することはできないから、こうして頑張るしかない。

 

「かよちん。次どこいこっか?」

「うーん。時間が時間だし水族館とかはもうすぐ閉まっちゃうだろうし。あっ、ここからの景色綺麗だよ」

「あっ、ほんとだにゃ!」

「ん?」

「ピギッ!」

 

すると、道を大学生くらいの二人組が歩いていて、その途中でここからの景色を眺めて立ち止る。その二人を見て、沙漓ちゃんとルビィちゃんは反応していて、私もあの二人に見覚えがあるような?

 

「花陽さんに凛さん?なんでここに?」

「あっ、沙漓ちゃん!」

「そう言えば、沙漓ちゃんこっちに引っ越してたんだったね」

「私たちは今日が大学の休校日だったから、遊びにね」

「さっきまであそこにいたから」

 

その二人組はµ’sの小泉花陽さんと星空凛さんだった。沙漓ちゃんとはやっぱり面識があるらしく、三人はそんな話をする。

花陽さんは三津シーを指差してそう言ったから、さっきまでそこにいたらしい。

 

「それで、沙漓ちゃんはここで何をしてるの?それに、その子たちは……」

「もしや、Aqoursの皆さんですか!あっ、あなたは高海千歌ちゃん」

「あっ、はい。私たちのこと知ってるんですか?」

「もちろん。スクールアイドルの情報は日々集めていますから!予備予選のMY舞☆TONIGHTも良かったです」

 

花陽さんは私たちのことを知っていたらしく、テンションが高い。というか、知ってもらえていることがうれしい。

 

「そうだ!よければサインを……あっ、まさか会えるなんて思ってなかったから色紙持ってない!」

「なんというか、想像していたのと違う。もっと大人しい人だと思ってたよ」

「うん。映像とかインタビュー記事でもそんな感じだったし」

 

花陽さんの持っていたイメージが違うからか、曜ちゃんと梨子ちゃんはたじろいでいた。たしかに、想像と違ったかも。

 

「凜はこんなかよちんも好きだよ」

「あっ、花陽さん。色紙どうぞ」

「えっ、何処から出した?」

「うん、ありがとう。ぜひこれに」

「あっ、はい」

「もちろん五人もちょうだいね」

「花陽さん、こちらを」

「だから、何処から出したし」

 

何故か、チカ達はサインを書くことに。ダイヤさんに前にサインの一つくらいは作っておけと言われて作っておいて良かった。みんなも何故かサインを書き、花陽さんは満足そうだった。

ルビィちゃんはµ’sの中で特に大好きな花陽さんに会えたことで、終始テンションがおかしくなっていて、二人にサインを貰おうとしていた。

そして、沙漓ちゃんは何処からか色紙を取り出し、その度に善子ちゃんが突っ込んでいた。結局八枚持っていたことになるけど、本当にどこから出したんだろ?

それから、少し落ち着き、千歌たちが何をしているのか話した。予選に向けて、あるフォーメーションを練習していること、上手くいかないこと。

 

「なるほど。すごいことをしようとしているわけですね。確かにこれなら予選突破できる可能性は高い……でも、それ故に難しい。そもそも、これができる人は限られているかも」

 

フォーメーション自体は花陽さんもそう言ってくれたけど、やっぱり厳しいものらしい。

 

「ふむふむ」

「凛さん、どうですか?」

 

その隣では果南ちゃんが貸してくれたノートを凛さんと沙漓ちゃんが見ていて、沙漓ちゃんがそう聞いていた。

沙漓ちゃんは何を考えてるんだろ?

 

「うん。できるかな?」

「ん?」

 

凛さんはそう言ってノートを沙漓ちゃんに渡すと、軽く準備体操を始める。この時点で、凜さんが何をしようとしているのか予想がついた。

 

「まさか、凛さん」

「いっくにゃー!」

 

凛さんはそう言うと共に走り出し、

 

「にゃにゃにゃ、にゃー!」

 

謎の掛け声と共にロンダートからのバク転をしてみせた。一発で成功したことに私たちは驚いた。こんなに頑張って練習しているのに……。なんだか、自信がなくなってきたかも。

 

「千歌ちゃん。凜ちゃんの運動神経がすごいだけで、練習すれば千歌ちゃんもきっとできるよ」

「花陽さん……」

「どう?何か掴めそう?」

 

花陽さんに励まされ、凛さんは首を傾げてそう私に聞いた。

凛さんは私の為にわざわざやって見せてくれたんだ。だったら、がっかりしないで、ちゃんとしないと!

それに、きれいな物を生で見たことで、なんとなくできそうな気がしてきた。

 

「はい!うまくは言えないけど、なんというかできそうな気がしてきました!」

「そっか。良かった」

 

凛さんは安堵したような表情をすると、花陽さんの方を見る。

 

「かよちん。提案なんだけど……」

「うん、いいよ。せっかくだからね」

 

凛さんが最後まで言う前に、花陽さんは凜さんが言いたいことが分かったのかそう言って、二人は私たちを見る。一体何を?

 

「と言う訳で、凜たちが見てあげる。まぁ、明日は授業があるから、少しの間だけどね」

「いいんですか?沼津には遊びに来たはずなのに」

「これも何かの縁ってことで」

「なら、お願いします」

「じゃぁ、凜ちゃんは千歌ちゃんの方お願いね。私は向こうをね。二人はこっちだよ」

 

二人の気持ちに甘えて、お願いする。せっかく来たチャンスだから。

花陽さんはそう言って、曜ちゃんと梨子ちゃんを連れて、練習に戻ったルビィちゃんたちの方に行った。

 

「さて、千歌ちゃん。海と山どっちが好き?」

「ふぇ?えーと、海ですけど」

「わかった。じゃぁ、海未コースね」

「ん?気のせいかな?今、お姉ちゃんの名前が聞こえた気が」

 

凛さんの質問の意味が分からず、とりあえずそう答えると、海未コース?が始まった。沙漓ちゃんは沙漓ちゃんで何か言っていたけど。

まさか、私の選択があんなことになるなんて、この時の私は知らなかった。

 

~~

 

「千歌。明日の朝までに出来なかったらこのフォーメーションはやめてもらう」

 

花陽さんと凜さんに会った翌日。もう少しのところなのに一向に成功せず擦り傷が増えた夕暮。果南ちゃんにそう言われた。

これ以上やっても結果は変わらない可能性が高い。時間的にこのフォーメーションの代わりを練習しないといけない。ライブの出来に影響してしまう。

果南ちゃんとの約束がある手前、拒否することはできない。だから、私は夜通し練習する。

何度も練習しても、この二つを連続してやることができない。

砂浜でとにかく練習する。梨子ちゃんと曜ちゃんが見てくれてるけど、どうもうまくいかない。

もう少し。あと少しでできる気がする。

 

「何処がダメなんだろ?」

 

砂浜に寝転がって呟く。

どうしてできないんだろ?どうやったらうまく行くんだろ?

 

「千歌ちゃん、焦らないで。練習通りにやればきっとできるよ」

「できるよ。絶対に千歌ちゃんならできる!」

「うん!」

 

二人に励まされて私はもう一度立ち上がる。

できるかどうかじゃない。やるしかない。

 

「「「「千歌(ちゃん)(さん)!ファイトー!」」」」

 

いつの間にかルビィちゃんたち四人がそこにいて応援してくれている。

皆がいればきっと……。

 

「うわっ!」

 

でも、ロンダートの着地の度に踏み込みが甘くてうまくバク転につなげられずに尻餅をつく。

みんなに応援されて、やったら成功。これってよくあるやつ。

でも、

 

「あー。できるパターンだろ!?これー!」

 

曜ちゃんも、梨子ちゃんも、みんなが応援してくれてるのにできない……。

どうしてできないの?このままできずに時間を迎えちゃうの?

 

「嫌だよ!私、まだ何もできていないのに!」

 

私はまだ何もできていない。こんなんじゃ、みんなに申し訳ない。せっかく私を信じてくれているのに。

 

「千歌ちゃんはまだ自分が普通だと思ってる?」

「普通怪獣で、リーダーなのに、みんなに助けられてる。だから何もできてないって思ってる?」

「それは……」

 

私は何もできていない。今までだって皆がいてくれたからどうにかなっている。私がいなくたって……。

 

「今こうしていられるのは誰のおかげ?」

「それは……学校の皆に、街の人たちに、曜ちゃんに梨子ちゃんに、みんな……」

「一番大切な人を忘れてませんか?」

 

一番大切な人?それって誰?皆がいて、学校のみんながいて、街の人たちがいて。他に誰がいるんだろ?

 

「今のAqoursができたのは誰のおかげ?」

「それは……」

「千歌ちゃんがいたから私はAqoursを始めた」

「私もそう。みんなだって。千歌ちゃんがいたから、今があるんだよ?」

「曜ちゃん、梨子ちゃん……」

 

私がいたから、二人が、みんなが始めてくれた。でも、私じゃなくてもみんなはきっと。

 

「自分のことを普通だと思っている人が諦めずに挑み続ける。それはすごいこと。勇気がいる事」

「だから、みんなも頑張ろうと思えた。やろうと思えた」

「確かに、みなそれぞれの理由があってAqoursに入った」

「でも、千歌ちゃんが始めていなかったら、マルはずっと図書館の中だったずら」

「千歌ちゃんのおかげで、ルビィたちはこうしていられるんだよ?」

「みんな、千歌ちゃんと一緒に自分たちの輝きを見つけたいんだよ?」

「みんな……」

 

てっきり、私は何もできていないと思っていたけど、ちゃんとできてたんだ。それなのに勝手に何もないって思い込んで。そのせいで、みんなに心配をかけた。でも、もう大丈夫。私にはちゃんとあった。今なら多分できる気がする。

私に足りなかったのは、たぶん自信。

私が心の中でできないんじゃないかって疑ってた。私は普通だから、できないんだと。でも、それじゃできるわけがないんだ。

 

「新たなAqoursのWAVEだね」

 

振り返ると、鞠莉ちゃんたちがそこに立っていた。そして、陽が昇り始める。

 

「千歌、時間だよ。準備はいい?」

 

果南ちゃんはそう言って笑みを浮かべる。大丈夫。今ならできる!

 

「もちろん。行くよ!」

 

私はそう言って果南ちゃんのもとに駆けだし、

 

「千歌、ありがと。諦めないでくれて」

 

地面に手をついてロンダートをし、そのままバク転をした。

結果は成功。

 

「やった。できたよ!」

「千歌!」

「わっ!」

 

綺麗に成功して喜ぶと、果南ちゃんは私にハグをした。果南ちゃんは笑顔で、成功したことを自分の事のように喜んでくれた。

 

 

~果~

 

 

「大成功だよね?」

「うん。やれることはできたよ。それに、だからこそ突破できた」

 

地区予選のステージで千歌も私たちもあのフォーメーションを失敗することなく成功させることができた。その結果、私たちは地区予選を突破することができた。

 

結局、私の心配は杞憂だった。千歌に、みんなに負担があるからって、ダイヤと鞠莉の言葉に耳を逸らして、一人拒絶して。そのくせ、心の中では千歌ならもしかしてと期待して。もっと素直になっていた方がよかったのかな?

今更なことだし、過去は変えられないから、まっいっか。結果として乗り越えられたんだし。

 

~~

 

「99人……あっ」

 

予選を突破したけど、入学希望者の数は足りていなくて、鞠莉がお願いして期限を五時まで延ばしてもらった。でも、それでも届かなかった。あと一人。無情にも募集は終了してしまった。

諦めきれず、期限を少しでも延ばしてもらおうとするけど、それを止める。私だってできればそうしたい。でも、ただでさえ期限を二回も延ばしてもらったのに、さらに頼むのはもう無理だと思う。これ以上やれば、鞠莉の立場も危うくなる。

 

浦女の廃校は決まってしまったんだ。

 

 

~☆~

 

 

「じゃぁね。二人とも」

「じゃぁね」

「うん。沙漓ちゃんも弓道頑張りなよ?」

 

二人が沼津に来ていた夜。二人が付き合ってくれたおかげで、みんな前よりもだいぶよくなって来ていた。千歌さんももう少しで完成しそうなところまで来ていた。

終バスが終わっちゃったから美渡さんにお願いしてどうにか駅に帰還。もうすぐ終電が来るから二人を見送る。

まさか、凜さんがうまく説明できないからって、擬音多めの説明をして、それが千歌さんに伝わってしまったのは驚きだった。あと、花陽さんも五人に的確にアドバイスもしていた辺り、本当にスクールアイドルが好きなのと凜さんの幼馴染だなぁって感じた。

 

「もちろん!そう言えば、どうだったの?沼津観光は。何か掴めた?」

「あれ?なんの事?」

「流石にこんな時期に来る時点で何かあったと思うよ。それで、気分転換になんとなくここに来た。陸上で何かあった?」

「あはは。流石沙漓ちゃん。海未ちゃんと同じでよく見てるね。ちょっと記録が伸び悩んじゃって。それで、海未ちゃんに相談したら、一日思いっきり遊べば何か変わるかもって言われて」

「そして、おすすめの場所でここを紹介されたの。結果的には何か見えたかな?」

「ならよかった。次はもっとゆっくりしていってね」

「うん。じゃぁ、そろそろ行くね」

「では!」

 

僕たちはそう言って別れた。

 

「なんで、お姉ちゃんは沼津を進めたんだろ?」

 

そんな疑問もあったけど、これは気にするべきじゃないよね?

 

~~

 

「今日は練習、やめておこうか」

 

ラブライブの地区予選を突破したけど、廃校は覆せなかった。鞠莉さんが掛け合って、期限を五時まで延ばしてもらったけど、届かなかった。

今までのことは無駄だったのかな?結局足掻いてきたのに、廃校は阻止できなかった。

それでも、ラブライブの決勝はあるから練習は行われる。

でも、みんな明るく振る舞っているけど、気持ちの整理には時間が必要だった。

 

「どうして?平気だよ」

「ごめんね。無理にでもやるべきだと思ったけど、気持ちの整理が必要だよね?」

「やっぱり考えるべきだよね?決勝に出るかどうか」

「どうして?決勝だよ?それに、三人が卒業しちゃうから最後のライブだよ?」

「本当にそう思ってる?ちゃんと考えよ?ここにいるみんなで」

 

そう言って、今日と明日は練習が無くなり、それぞれ家に帰った。僕は特に何も言うことが出来ず、ヨハネと別れた。

 

~~

 

「はぁ、どうしたものやら。僕は裏方だから、みんなの意志に任せるべきなんだろうけど……」

 

翌日、屋上で塀に身体を預けて悩む。

僕はサポートするのが役目。だから、決勝に出ろとか、諦めないでとか言う訳にはいかない。本来ならそういうことを言うべきなんだろうけど、これはみんなが決めること。

でも、期待したいこともある。僕としても願いたいことはある。

 

屋上から眺めれば、そこには廃校が決まったのに、部活をする生徒の姿。練習しても何も変わらないのに。みんな、浦女での思い出を少しでも作ろうとしている。残り僅かな時間を悔いが残らないように。

だから決めた。確かに、廃校は覆らない。浦女は無くなる。でも、あったことは、思い出は皆の記憶に残る。

みんなに決めてもらおうと思ってたけど、やっぱりわがままは言いたい。少しでも皆が足掻く気持ちが、輝きたいという気持ちがあることに賭けて。

思いつけば行動にさっさか移す。正直、どうなることやら?でも、僕だけの声じゃ足りない。みんなの声が、力が必要になる。

だから、僕はそこに行く。

 

「先輩。ちょっと相談とお願いがあります。Aqoursのことについて。Aqoursの皆にどうして欲しいですか?」




入学希望者数が違ってますが、その辺はなんとなくですので。
そして、μ´sが全員登場した。にこが一瞬だったり、のぞえりが番外編の方だったり、真姫がAqoursと絡んだりしてないけど。


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Awaken the power

基本的に八話と九話です。


浦女の廃校が決まって、一時は決勝を辞退しようとも思ったりもしたけど、浦女の皆が言ってくれたことで、ルビィたちは前に進むことになった。

ラブライブの決勝で優勝して、浦女の名前を歴史に残す。これが、これからの目標。今まで支えてくれたみんなの願いで、ルビィたちのやりたいこと。

目標が決まったことで、練習の日々を送っていたある日。一通のメールが来た。

 

「嘘……Saint Snowが敗退?」

「あんなことが起これば、仕方ないのかな?」

「じゃぁ、私たちもあぁなりかねないってこと?」

 

ルビィたちはSaint Snowさんに呼ばれてはるばる函館にやってきました!なんでも、決勝進出が決まったからゲストだとか。

そして、地区予選の結果はSaint Snowの予選敗退。ダンス中に二人がぶつかったことで転倒して、その後踊れなくなったのが原因だった。

ルビィたちももしかしたらあんなことになるかもしれないんだよね。

理亞ちゃんは始まる前から緊張した表情だったから、それが出ちゃったみたい。終わった後に挨拶に行ったけど、二人はすでに帰っていて控室にはいなかった。

 

「一日観光してから帰るって感じでいいよね?」

「ええ。せっかくここまで来たことだしね。それに、こういうところを見て回ると決勝の曲のイメージが浮かぶと思うわ」

「鞠莉の言う通りかな?それに、こっちの海の幸食べてみたいし」

「私は早く帰りたいかも……寒い……」

「僕も……もう辛い……何処か暖かい場所に……」

「じゃぁ、あそこ寄ろっか」

 

函館の街を歩いていると、曜ちゃんと沙漓ちゃんが寒さで震えていて、なんだか辛そうだったから、近くにあったお店に入ることになった。

 

「くじら汁?」

「おいしいのかな?」

「うぅ、暖かい場所ぉ~」

「あっ、やってるか確認せずに入っちゃった。でも、扉が開くってことは営業中だよね?」

 

沙漓ちゃんが突入しちゃったからルビィたちも中に入る。中は和風な感じで、外と比べるとだいぶ暖かかった。

花丸ちゃんがだいぶ着込んでいるからみんなが脱がせるのを手伝っている中、小さく何かの音が聞こえ、気になって音のする方に行く。花丸ちゃんのお手伝いはみんなに任せれば平気だよね?

 

「うっ、うぅ」

「……あっ」

「……誰?」

 

扉を少し開けて中を見ると誰かの部屋みたいで、ベッドの上で泣いていた。その子は理亞ちゃんで、見た瞬間に声を漏らしちゃったから向こうにも気づかれちゃった。

 

「アンタ!」

「あっ、ごめんなさい!」

 

勝手に覗いちゃったことをすぐに謝る。予選の結果が振るわなかったから泣いていることはすぐにわかったから、そんな姿を誰かに見られたくなかったと思う。

 

「誰にも言わないでよ」

「うん」

「お店はこっちだから」

 

理亞ちゃんはそう言って部屋を出て行った。ついて来いって意味だと思うからついて行く。

 

「あっ、ルビィちゃんどこ行ってたの?」

「あー、うん」

「お手洗いの場所がわからなくてさまよってたのよ」

 

花丸ちゃんに聞かれて言い淀んでいたら、理亞ちゃんがフォローしてくれた。たぶん、余計なことを言わせない為だと思う。

それから、ここが二人の実家だったらしく、二人はスクールアイドルをする傍らここで仕事もしているらしい。あんなにすごい演技ができて、さらに仕事までしているなんて。

それぞれが注文したものを食べ終えると、ルビィたちはお店を後にした。さすがに、気まずかったから。

理亞ちゃんはスクールアイドルを続ける気はもう無いらしい。聖良さんと一緒じゃなくなったらもうやめようって思うのはルビィにもわかる。ルビィもお姉ちゃんがいなくなったらどうなるんだろ?

その後は観光をして、陽がだいぶ傾いてきたからホテルに行った。

 

~~

 

「綺麗ですわね」

「うん……お姉ちゃんは決勝が終わったらどうするの?」

 

ホテルの近くの海の見えるベンチで一人考えていると、お姉ちゃんがやってきて隣に座ったからそう聞く。

Saint Snowは解散する。じゃぁ、Aqoursは決勝が終わったらどうなるんだろ?お姉ちゃんたちが卒業していなくなる。そうなったら、ルビィたちはどうなっちゃうんだろ?

 

「私たちは卒業する。これは決まっていること」

「でも……」

「わたくしは十分満足していますわ。一度は解散したのに鞠莉さんと果南さんともう一度できて、二年生と一年生、そしてルビィと一緒にスクールアイドルができましたから。それに、ラブライブの決勝に出られることになって、夢のようですわ」

「お姉ちゃん……」

 

お姉ちゃんの気持ちはわかる。ルビィだってお姉ちゃんと、みんなと一緒にスクールアイドルができて良かった。

でも、せっかく一緒にできたのに、決勝が終わったらもう終わってしまう。

 

「お姉ちゃんと一緒にもっとスクールアイドルをやりたい!」

「ッ!……そうですわね。でも、これは変えられないこと。決勝が終わったらどうするかは、今はわかりません。ルビィは?」

「それは、ルビィにもわからないよ」

「そうですわね。一つ言えるとしたら、私は後悔したくない。スクールアイドルができて良かったと思いたい」

「うん」

「ただ、私はスクールアイドルを一緒にして良かったと思っています。ルビィが悩んで、その上でわたくしにスクールアイドルになりたいと言ってくれてうれしかった。あなたが自分の意思で考えて、それを口にしてくれて」

 

お姉ちゃんはそう思ってくれたんだ。後悔したくない。それはルビィも同じ。でも、やっぱりお姉ちゃんと一緒にできなくなるのは寂しい。

 

「きっと、聖良さんもわたくしと同じことを理亞さんに思っていると思いますわ。妹の成長を喜ばない姉なんていませんから」

「お姉ちゃん、知ってたの?」

「まぁ、なんとなくですけど。さて、そろそろ戻りましょうか。いつまでも外にいたら風邪をひきますよ?」

「うん」

 

聖良さんもお姉ちゃんと同じ気持ちなら、きっと。ルビィがすることは決まった。これは私のわがまま。でも、私がそうしたいと思って決めたこと。

 

~~

 

「ちょっと出かけて来るね」

「ん?こんな時間にどこ行くの?」

「ちょっとね」

「そっか。いってらっしゃい」

「気を付けてね」

 

ホテルで少しのんびりしてから、三人にそう言って外に出た。

目的は理亞ちゃんに会うこと。どうなるかはわからない。でも、理亞ちゃんと話したい。その上で、一緒に。

 

 

~☆~

 

 

「ねぇ、沙漓。姉ってどんな感じ?」

「ん?そうだねぇ。居ることが普通で、目標の人って感じかな?まぁ、僕の場合は黒澤姉妹とか高海姉妹みたいに純粋な姉妹じゃないから参考になるかわからないけど」

「そう」

 

ルーちゃんが出かけてすぐにヨハネにそう聞かれて答えた。みんなみたいに生まれた時からの姉妹じゃないからヨハネの望む答えかはわからないけど。

 

「でも、お姉ちゃんとは普通の姉妹にも負けないからね!」

「張り合わなくていいから」

「沙漓ちゃんって、本当に海未さんの事好きだね」

「ん?お姉ちゃんが嫌いな妹なんているの?」

「なに、さも当然なように言ってるのよ。千歌と美渡さんの関係はどうなの?よく喧嘩してるじゃない」

「あれは愛ある喧嘩だよ。喧嘩するほど仲がいいって言うでしょ?嫌いなら喧嘩なんて起こらないよ。互いに無干渉だろうし」

「なるほど、確かにそうかもね」

 

千歌さんたちの場合、あれはあれで普通の姉妹のそれだと思う。大体、千歌さんに甘い志満さんがいる以上、美渡さんがあぁなるのは仕方ないと思う。二人して甘々だと、千歌さんがダメ人間になりかねないような?

というか、急にヨハネはどうしたんだろ?まさか、姉が欲しいのかな?

 

「梨子さんに頼んでみれば?」

「なんの話?リリーがどうかしたの?」

「あれ?お姉ちゃんが欲しいから聞いたんじゃないの?」

「ううん。単純に姉ってどんな感じなのかなって」

「なるほど」

「マルは果南ちゃんがお姉ちゃんだったらいいなぁ」

「果南だと、毎朝ランニングに付き合わされるわよ?」

「やっぱり、梨子ちゃんがいいかな?」

「現金なやつね。それに、夕飯食べた後なのによく入るわね。太るわよ?」

 

マルちゃんはやたら大きなハンバーガーを食べながらそう言い、ヨハネがツッコむ。確かに、果南さんは優しいけど、ランニングに付き合わされるのは辛い。そう考えると、梨子さんが一番インドア派だからいいかも。あっ、僕はお姉ちゃん一択だけど。

それからしばらくのんびりしていると、ルーちゃんが帰ってきた。

 

「ただいま」

「おかえりずら」

「おかえり。それで、どうだった?ちゃんと話せた?」

「うん……って、沙漓ちゃん、どこ行ってたのか知ってるの?」

「ん?理亞さんのとこでしょ?あそこ行ってから考え深そうな感じだったし」

「なるほど。それなら、そう考えられるわね」

 

ルーちゃんに驚かれたけど、なんとなくそう見えたしね。それにしても、人見知りのルーちゃんがここまで行動するとは。

 

「それで、理亞ちゃんと一緒にクリスマスイベントにでてライブをすることになったんだけど、手伝って欲しいなって」

「なるほど。マルは協力するずら。善子ちゃんと沙漓ちゃんは……」

「ごめんね。弓道の大会が23日にあるから残れないや」

「ふっ、私は儀式があるので」

「そっか。沙漓ちゃんは無理っぽいね」

「何かあったら連絡してね。手伝える範囲なら手伝うから」

 

ルーちゃんと理亞さんのライブ。できれば手伝いたいところだけど、もうすぐ弓道の大会があるからあっちに戻らないといけない。いや、廃校が決まった訳だから、今更な気もするけど、夏にした約束もあるから出ないわけにはいかない。

 

「うん、ありがとう。それで、明日の朝会うことになってるんだけど」

「行くずら」

「僕もそれついてく~。さわりだけでも聞いておけば、何かあった時にも動きやすいしね」

「じゃぁ、四人で行くって伝えておくね」

「私は行くなんて一言も」

「来ないの?リトルデーモンを見捨てるの?」

「それは……仕方ない、力を貸してあげる」

 

こうして、明日理亞さんに会うことになりました。帰りの飛行機どうするんだろ?

 

~~

 

「三人もついて来るなんて聞いてない。というか、あなた誰?」

「あっ、Aqoursの色々な手伝い、主に衣装作りと映像編集をしている園田沙漓です。以後、お見知りおきを」

「あっ、そうなの?」

「まぁ、三人の付き添いなので気にしなくていいので」

「というか、なんで、二人まで。私こういうの苦手なんだけど」

「あー。問題ないですよ。四人とも人見知りなので」

「問題しかなく無い?」

 

翌朝。ファミレスに集まった僕たち。そう言えば、理亞さんとは全く話したことないわけで、僕のことは知らなかったらしい。知ってたら逆にびっくりだけど。PVとかスクールアイドルの活動日誌とかに登場してないし。

ちなみに、席の都合で理亞さんの隣に座ってる。何故こんなことに?

その後、マルちゃんの口癖やらヨハネの事やらで少し親睦を深め、

 

「と言う訳で、マルたちはもう少し残るね」

「ここに残るの!?」

 

三人は北海道にしばらく残ることになりました。一緒に曲を作る都合上一緒に居た方がいい。さすがに冬休みになってなかったら危なかったけど。皆に説明(理亞さんを励ますためにということに)してどうにか残れる許可を得ましたとさ。

ちなみに、どこ行っていたのか聞かれて、お土産を買いに行っていたことにしていた。お正月は実家に戻るから、お土産は買いたかったし。

 

「あっ、ヨハネ。体重管理はしっかりとしてね」

「私よりずら丸の方が心配じゃない?」

「マルちゃんは……この世の不条理によってどうせその心配はいらないから」

「ん?」

 

~~

 

沼津に戻って来て数日後。マルちゃんから連絡が来た。

ここ数日は決勝の為に曲作りをしたりしていた。鞠莉さんとダイヤさんはそれぞれ仕事をしているから、どっちみちそこまで練習時間が取れない状況が続いていた。

僕の方も、弓道の練習であまりいなかったけど。

マルちゃんたちはみんなに「数日で戻る」って言ってたのに帰る日程を延長してたわけだし、曲作りが難航してたみたいだね。

 

「もしもーし」

『あっ、沙漓ちゃん。お願いがあるんだけど』

「うん、何?」

『ルビィちゃんと理亞ちゃんでクリスマスのイベントで歌うことになって、できたら二人に衣装を作りたいんだけど』

「あっ、流石に聖良さんにばれずに作るのはそっちだと厳しいか。それに、ルーちゃんはダンスで忙しいだろうし」

『そうなんだけど、できたら二人にもサプライズにしようって善子ちゃんと話してて』

「確かにそれはいいかも。わかった~。曜さんにも聞いてみるね。断られたら一人でも作るよ。まぁ、断らないだろうけど。じゃぁ、後でまた連絡するね」

 

どうやら、マルちゃんとヨハネは完全にサポートで、あの二人でイベントに出るつもりらしい。本当はマルちゃんたちで衣装を作りたかったらしいけど、それは二人にもサプライズにしたいらしいからこっちに連絡が来た感じ。

 

「面白いことになりそうかな?」

 

僕一人だと厳しいから、ダイヤさんにばれないのならと許可を得て、僕は動き出す。

結果として、曜さんは了承してくれて二人の衣装製作が始まった。定期的に曲のことを聞いてイメージを固めると製作を始める。ダイヤさんにばれる訳にはいかないから、放課後の練習をした後の夜の時間に曜さんの家で作ることになった。僕の方も夜はさすがに練習に使えなかったから時間的にはちょうどよかった。それに、曜さんの家が近かったおかげで、遅くまで作業もできたし。

 

「ねぇ、沙漓ちゃん――」

 

衣装を作っていると曜さんはある提案をした。それは面白そうだし、拒否する理由はどこにもない。問題があるとすれば。

 

「僕は賛成です。問題は」

「どうやって呼ぼうかな?まぁ、それは終わってから考えよ?」

「なるほど。先に外堀を埋める訳ですね。なら、あの四人以外には話を通しておきましょうか」

 

 

~ル~

 

 

「お姉ちゃん」

「姉さま」

「「私たちのライブ聴いてください!」」

「よろこんで」

「もちろん」

 

クリスマスライブ当日。お姉ちゃんたちにメッセージカードを渡し、ルビィたちは控室に行く。お姉ちゃんたちにルビィたちの成長を見てもらう。みんなも見に来てくれたから、より一層頑張らないと。

衣装は作っている時間が無かったから、学校の制服でやろうと思ってる。だからそこまで準備に時間はかからない。

すると、花丸ちゃんと善子ちゃんが紙袋を持ってやってきた。

 

「ルビィちゃん、理亞ちゃん。これどうぞ!」

「え?なにこれ」

「サプライズよ」

「衣装?」

 

袋の中には、私と理亞ちゃん用に衣装が入っていた。私の方は淡い緑色、理亞ちゃんの方は紺色を基調としたものだった。いつの間に用意したんだろ?それに、お店で売ってる感じじゃなくて一から作られたみたいな……。

 

「曜と沙漓にオーダーしたら作ってくれたわ。やるからには妥協は無しよ!」

「善子ちゃんの案ずら」

「ありがとう、善子ちゃん」

「ありがと」

「お礼なら、二人に言ってちょうだい。少ない時間で仕立ててもらった訳だから」

「うん」

「なら、最高のライブにして返すわ」

 

お姉ちゃんたちに伝えたい。私たちがちゃんとできるって伝えたい。その為にも、このライブを成功させてみせる。

一緒に手伝ってくれた花丸ちゃんと善子ちゃん、衣装を作ってくれた曜ちゃんと沙漓ちゃんの為にも。

 

「行こう、理亞ちゃん」

「うん。頑張ろう」

 

衣装に着替えると、ステージ袖に立つ。

二人きりのステージ。いつもは九人で立つから少し心配。でも、それ以上にわくわくしている。ここまで来られたのだから。それに、理亞ちゃんも一緒だから大丈夫。

 

「私たちの精一杯の輝き」

「見てください!」

「「メリークリスマス!」」

 

~~

 

「ルビィ、成長しましたね。いい曲でしたよ」

「理亞、ありがとう。私たちの為にこんないい曲を作って、歌ってくれて」

 

私たちは大きな失敗もなくやり切ることができた。二人ともルビィたちを褒めてくれて、改めてやってよかったと思う。

みんなもルビィたちの曲がいい曲だと言ってくれた。

ちゃんとお姉ちゃんに伝えることができたと思う。まだ、ラブライブが終わったらどうしようかは決めてないけど、お姉ちゃんを安心して送り出せるように、これからもがんばルビィしないとだね。

 

「さて、いい思い出ができた所で、提案があるんですけど」

 

すると、ルビィたち四人を除いた七人が集まり、ある提案をしたのだった。

 

 

~理~

 

 

ルビィと一緒にやったクリスマスライブ。

あれのおかげで、姉様にちゃんと自分もできるんだと伝えることができた。そして、私は新たな輝きを探す目標を立てることができた。

本当にあのライブをやってよかったと思う。

 

「あの、この衣装作ったのってあなたよね?」

「うん。ダイヤさんには秘密だったから沙漓ちゃんと一緒に作ったけど、どうかしたの?」

 

年が明けた数日後のある日。私と姉さまはこの前のお礼に沼津の魅力を伝えたいってことでお呼ばれされた。

ルビィの家が網本だから新年早々は家がバタバタしているらしくて、このタイミングになった。あと、あの沙漓って人も実家に戻ってるからだとか。別にあの子は踊らないんだからいてもいなくても関係なくない?

ホテルは向こうが取ってくれるらしくて、明日は姉さまと富士山のふもとの遊園地に行くことになっている。こっちにはなかなか来れないから、一度は行ってみたかったし、今までずっとラブライブの為に頑張ってきたから、あまり遊んでなかったから少しくらいわね。

そして、ただお呼ばれされるだけだと悪いから、良い特訓メニューを考案してやってもらい、それが終わった午後に数度確認して私たちで作った“Awaken the power”を十一人でやることになった。どうも、せっかくならAqoursとSaint Snow全員で何か形になることをしたいってことでこうなった。

そして、終わった後に衣装を作ったという渡辺曜さんに話しかけた。前の時も気になったんだけど、あの時はバタバタしてて聞きそびれたから。

 

「いえ。サイズが私も姉さまもぴったりだったので、気になって。身長とか測っていないのに、どうやったの?」

「ああ。それなら、沙漓ちゃんがこのサイズですよって。二人に聞いたんじゃないの?てっきりそうだと」

「いえ。そんな話していないわよ?Aqoursの皆さん誰にも言っていないはずだし……」

「えーっと……」

「「どういうこと?」」

 

 

後日。宅配便でDVDと大量のミカンが送られてきた。この量のミカンをまさか送って来るとは。

DVDを見ると、この前取った映像のようで、姉様と一緒に再生してみた。といっても、体育館のステージの上でやったから背景は寂しかった記憶があるけど、その映像は……

 

「なにこれ?」

「どういうことでしょうか?」

 

背景が雪国の街になっていて、やたらと凝っていた。いや、何をどうしたらこうなる訳?

 

「そう言えば、Aqoursで作った曲は時々謎の編集が為されているんですよね」

「あっ、そう言えばそんなこともあったような……」

 

『主に映像編集をしています』

 

「あっ」

「どうかしたの?」

「ううん、なんでもない」

 

そう言えばあの子、あんなことを言ってたような。まさかね。



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果南バースデイ

果南ちゃんの誕生日ってことで久しぶりに投稿です。
時系列は二期の10話と11話の間のはず。


「「「「「「「「果南(ちゃん/さん)誕生日おめでとう!」」」」」」」」

「ありがと」

 

二月十日。もうすぐ卒業の前に訪れた私の誕生日。毎年千歌と曜が私の家にやって来て祝ってくれたけど、今年は浦女の部室でAqoursの皆が祝ってくれた。

 

この一年間はいろんなことがあった。喧嘩別れでアメリカに留学でいなくなったこと鞠莉と仲直りしたり、三人一緒にスクールアイドルをしたり、ラブライブの決勝に進んだり、浦女の廃校が決定したり。

今日も仕事があったんだけど、千歌達が先に根回しをしてたのか父さんと母さんには「行って来い」って言われちゃった。まぁ、今日の予約は一団体だったから問題なさそうだったけど。

 

私の誕生日だけど、決勝が控えている訳だから練習をあまり無くすわけにもいかない。仕方ないっちゃ仕方ないかな?

一応、今日は午前中に基礎練習をするだけってことになっている。体を休めるって意味と午後から私を祝ってくれるだとか。だから、お弁当とかは持ってこなくていいって言われてる。鞠莉とか千歌の性格だとサプライズパーティをしたがりそうだから意外っちゃ意外かも。

そうして、屋上に行って練習が始まる。屋上に向かう途中で気になっていたことが一つ。

 

「そう言えば沙漓ちゃんは?」

「えーと……」

「沙漓なら用事があるから後から来るってさ」

「そっか」

 

沙漓ちゃんの姿を今日は見ていないからそう聞くと、善子ちゃんがそう教えてくれた。

用事って何なんだろ?もしかして弓道の大会?いや、それだったら教えてくれてるか。

そんな疑問を持ちながらも練習を始める。いつも通り、怪我をしないようにそれぞれストレッチをしていく。秋の頃は身体が硬かった善子ちゃんもだいぶ身体が柔らかくなって来て、腕立てが一回しかできなかった花丸ちゃんもだいぶできるようになってきたから成長を感じる。って、なんでほのぼのしてるんだろ?

ストレッチを終えるとダンス練習に移る。沙漓ちゃんがいないからリズム取りは私が行い、ずれてるところを注意していく。

 

「善子ちゃん、すこし遅れ気味だよ」

「承知」

「千歌は少し走り気味かな?ペースを合わせて」

「はーい」

 

注意するとみんなすぐにそこを治していくからどんどんよくなっていく。ある程度終えると、それから坂をダッシュしたり、校庭を何周もしたりした。走りすぎ?まぁ、基礎体力は大切だよね?

 

 

~~

 

 

「果南さん、お誕生日おめでとうございます」

「わー。これどうしたの?」

 

今日予定していた練習が終わって、十二時を回ったから部室に戻って来ると、そこには沙漓ちゃんがいて、祝ってくれた。

でも、それ以上に朝の段階ではいつも通りだった部室が、今じゃ様変わりしていた。

壁には折り紙で作られた飾りや装飾品で飾られていて、机の上にはチキンやらコロッケやらサラダやら色々な食べ物が並べられている。飾り付けも料理もけっこうな量なだけに、それなりに準備したように見える。

私の為にここまでしてもらえるのはうれしいなぁ。でも、この短時間でどうやったんだろ?

 

「果南ちゃん、冷めちゃうから早速食べよ」

「うん。そうだね」

『『『いただきます』』』

 

そう言って、みんなで食べ始める。ワカメが好きってことを知ってか、サラダはワカメサラダで、焼きサザエもあった。というか、こんなにいっぱいだとお金かかってそうかも。

 

「あっ、ケーキが冷蔵庫に入ってるから、その分は空けといてくださいね」

「ケーキもあるんだ」

「誕生日なんだからケーキもちゃんと用意してるよー」

 

食べていると、沙漓ちゃんが思い出したようにそう言う。そう言えば、ケーキが机に無かったからすっかり存在を忘れてたや。

 

「こんなにいっぱいあるけど、お金は大丈夫なの?そうとうかかってそうだけど」

「大丈夫です。野菜系は近くの農家と交渉して安く仕入れ、サザエとかは曜さんが潜って取って来てくれたので」

「え?」

「えーと、どこまでほんと?曜が驚いてるけど」

 

冗談なのか事実なのかわからない物言いに、疑問が。潜って取りに行ったと言われて曜が驚いてるって事は潜ってはいないってことは分かるけど。

 

「海産物やチキンなどは買ってきた物ですよ」

「だよね……ん?ケーキは?」

「「「あー」」」

「ずらー」

 

ダイヤの言葉で安心しかけたけど、物言い的にケーキがどうなのかが気になる。“海産物やチキン()買ってきた”ってことは買っていない物もあるってことになる。サラダとかいくつかは作ったってわかるけど、ケーキだけはわからない。そもそも見ていないからどんなものかもわからない。聞いたら沙漓ちゃんを除く八人が視線を外すし。

 

「マルたちもどんなケーキなのかは知らないんだ」

「うん。私たちが練習してる間に家庭科室で作ってたから。食べる時のお楽しみってことでどんなものを使ったケーキなのかも知らないし」

「わたくしが心配なのは、果南さんの好きなものがワカメだからワカメケーキにしていないかだけが気がかりですが」

「あー、無いとは言い切れない」

 

残念ながら、ワカメケーキの可能性が0でない。というか、その可能性の方が高い。沙漓ちゃんはニコニコしていて、この子の考えてることの何割かはわからないし。

本当に大丈夫だよね?ワカメケーキでも私は構わないけど、できたら普通のケーキの方がいいかな?

 

 

~~

 

 

「さぁ、果南ちゃん。どっちを取る?」

「んー。こっち!」

「わー、果南ちゃんがあがっちゃったー」

 

ケーキも食べ終え、私たちは何故かババ抜きをしていた。

ちなみに、ケーキはやたらとフルーツが挟まってたり、乗ってたりしている事を除けば普通のショートケーキだった。もう、普通が何なのかわからないけど。

 

ババ抜きをしている理由は、タダでプレゼントをあげるのは面白くないとかで、私が勝ったらもらえるだとか。で、千歌からキングのカードを取って、見事勝ちぬけに成功した。これでみんなからプレゼントがもらえるだとか。

少しして、ババ抜きはもうすぐ決着しようとしていた。善子ちゃんとダイヤの一騎打ち。まぁ、ダイヤは顔に出やすいせいでババじゃない方を取られ、善子ちゃんは持ち前の不運で普通に取られ、他の皆はあの後すんなり終わったんだけど。しかしながらその後が長い。ダイヤが自分が顔に出やすいことに気付いて善子ちゃんが引くたびに目を瞑って、善子ちゃんがババを引き、ダイヤは普通に引くも善子ちゃんに踊らされてババを引いてを繰り返していた。結局ダイヤが勝ったけど。

 

「はい、果南ちゃん。改めてお誕生日おめでとう」

「曜ちゃんと一緒に作りました」

「果南ちゃん、お誕生日おめでとう!」

「いい物にしようと思ったら値段がすごくなっちゃったから千歌ちゃんと一緒に買ったんだけど」

「マルもどうぞ」

「果南にプレゼントでーす」

「改めてお誕生日おめでとうございます」

「ヨハネが与える最高の供物よ」

「つまらぬものですが」

「ありがと。早速開けてみていい?」

「うん」

 

九人からプレゼントをもらい、早速開けさせてもらう。

曜とルビィちゃんからはイルカの刺繍がされた手編みの黄色いマフラーと手袋、千歌と梨子ちゃんからは値が張りそうな双眼鏡、花丸ちゃんからはお勧めの小説、鞠莉からは高そうな紺のコート、ダイヤからは厚めの英語の参考書、善子ちゃんからは善子ちゃんが好きそうなフリルの付いたスカート、沙漓ちゃんからはイルカのぬいぐるみ。

 

「鞠莉さん、やたらと高いのは気を使わせるから無しって言ったでしょう」

「千歌っちたちだって高そうよ」

「二人は割り勘ですが、あなたは一人ですし、余裕で数万はするものですよね?」

「マリーの愛はプライスレスでーす」

 

ダイヤが鞠莉にそう言って喧嘩を始め、千歌達がなだめにかかる。どれも、私のことを考えてくれているからうれしいんだけど……

 

「なんで、ダイヤからは参考書?」

 

それだけが気になる。

 

「あなた、卒業したら海外に行くのでしょう?ちゃんと喋れないと苦労しますよ」

「あっ、そういうことか」

 

納得。たしかに言葉が通じないと色々と大変だもんね。でも、誕生日に参考書ってなんというか。いや、ありがたいけども。

 

「あと、流石にもうすぐ高校を卒業する私にこれはちょっと」

 

善子ちゃんがくれたスカートにも困った。こんなフリフリしたのは似合わないだろうし、大学生の年齢でこれは抵抗がある。

 

「そう?似合うと思うけど」

「きっとcuteよね」

「ごわごわしてるから温かそう?」

 

なんでかみんな肯定的。善子ちゃんも悪気があってというよりは純粋な気持ちで選んだみたいだし。沙漓ちゃんは着眼点がおかしい気がする。たしかに温かそうという点は同意だけど。

 

「確かに温かそうだし、これはこれでありか」

「あれ?そんなつもりで選んだわけじゃないけど……まっいいか」

「いいんだ」

「果南の好きに使ってもらえればそれでいいもの」

「なるほど」

 

それからトランプをした。七並べ(人数が十人だから一人五枚くらいのせいですぐ終わった)、大富豪(やっぱり人数多すぎ)、真剣衰弱(やっとまともにできた)といろいろやった。

流石に真剣衰弱を繰り返すのも飽きたことで身体を動かしたくなってドッジボールを提案したら誕生日だからと一部渋々の人がいたけど賛成してくれた。ルビィちゃんたちはあの時のことを思い出してか怯えていたけど。

十人だったことで、五人ずつに別れ、同じくらいのレベルの人同士でペアになってじゃんけんの勝った方と負けた方で分かれた。こうしないと、パワーバランスが狂うからね。

 

「鞠莉、今日こそ勝つからね」

「ふっ、枕投げの延長戦ね」

「では、私も本気で行きましょう」

「枕投げの延長戦ってなんの話?」

「お姉ちゃんたち、一時期誰が枕投げで一番強いかで戦ってたことがあったから」

「誰が一番強いのよ」

「たぶん、果南ちゃんかな?」

「でも、二人もことごとくそれをキャッチしてたから、最終的にスタミナ切れで果南ちゃんの勝ちだったけど」

「あまり関わりたくないずら」

「当たったらいたいのかな?」

 

チームに分かれたことで早速始める。私のチームは、私と千歌、善子ちゃん、梨子ちゃん、沙漓ちゃん。正直、鞠莉とダイヤ、曜の三人が向こうにいるのは辛い。こっちはインドア派が三人いるし。外野にはそれぞれ梨子ちゃんと花丸ちゃんがいる。完全に内野同士でつぶし合う未来しか見えない。

 

「いくよ、鞠莉」

「かかってきなさーい」

 

最初は正面から鞠莉を名指しして投げる。最初は小細工なしで投げるのはいつものこと。

投げたボールはまっすぐに鞠莉のもとに飛んで、鞠莉はそれをキャッチする。

 

「くっ、流石果南ね。いいボールよ。くらいなさい!」

 

鞠莉からのボールをまっすぐに受け止める。鞠莉のボールは重く、何回も受けていたら手が痺れそうかも。

なら、短期決戦で。

 

「ルビィはわたくしが護りますわ!」

「やっぱり、ダイヤが護るんだ」

 

一人でも減らしておこうと思ってルビィちゃんに投げたけど、ダイヤが前に出て護るようにキャッチする。ルビィちゃんに当てるにはまずはダイヤを倒さないとダメか。

 

「せいっ!」

「あっ」

 

ダイヤが投げたボールをキャッチしようとすると、触れた瞬間カーブがかかっているのかいきなり右方向に回転して手から抜ける。このまま地面に落ちたらアウトになる。

 

「とぉー」

 

すると、飛び込むように飛んできた千歌がそれをキャッチする。そのおかげでアウトにならずに済んだ。

 

「ありがと、千歌」

「どういたしまして、果南ちゃんっ!」

 

千歌はまっすぐに曜に向かって投げると、曜は回避する。確かに絶対に取らないといけない訳じゃないからこの選択は正しい。それに、外野には梨子ちゃんしかいないから梨子ちゃんが投げるしかない。

そして、梨子ちゃんのボールは私たちと比べたらそこまで強くないからキャッチされてしまう。

その後は一進一退の攻防が続いた。

 

「何このスポコンみたいな状況」

「完全に僕たち蚊帳の外だねぇ」

 

善子ちゃんと沙漓ちゃんの姿が途中から見えないと思ったら、コートの端に座って見ていた。なんで、二人は端っこに座ってるの?これじゃ、実質三対二になっちゃってる。ルビィちゃんも端に逃げてるし。

 

「チャーンス!」

「あっ」

 

二人に気を取られた一瞬をつかれてボールに当たってしまった。これで、実質一対三になっちゃった。

 

「まだ大丈夫だよ。千歌がどうにかして見せるよ!」

 

千歌は私が当たったボールを拾ってそう言った。こっちが勝てるかは千歌に託された。

 

「おりゃー」

 

 

「果南ちゃん、ごめんね」

「ううん。千歌は善戦したよ」

 

結果としては、千歌は頑張ったけど当たってしまった。一応、曜は倒せたけど、これで内野は善子ちゃんと沙漓ちゃんというインドア二人。これはもう無理かな?

 

「善子、覚悟!」

「ちょっ、マジ投げはやめて!」

 

善子ちゃんはあの時のことを思い出してか完全に怯えていた。

 

「問答無用!せいっ」

「よいしょ」

『『『え?』』』

 

完全に怯える善子ちゃんに向かって一切手加減なく鞠莉は投げた。正直、それで怪我したらまずいから手を抜いてほしかったけど、結果としては善子ちゃんに当たることは無かった。

 

「もう。こんなに強く投げたら怪我しちゃいますよ。ドッジボールをやって怪我したから出場できませんでしたなんて笑えませんよ」

 

鞠莉のボールをキャッチした沙漓ちゃんはごくごく普通にそう言った。待って、なんで沙漓ちゃん普通にキャッチしてるの?鞠莉のボールけっこう本気だったよね?インドア派だからさっきまで端にいたんじゃないの?

 

「とぉ」

「なっ」

 

ダイヤに向かって投げられたボールはやたらと速く、ダイヤの身体をかすめていた。だから、ダイヤはアウトとなる。まさかの伏兵に驚いた。

 

「そう言えば、ルビィ、沙漓ちゃんとじゃんけんしたような。てっきり、全くできないものだと思ってた」

「ふぅ。ヨハネ、あとお願いねぇ。疲れた」

「マイペースか!」

 

ペタンとその場に腰を下ろす沙漓ちゃんに、善子ちゃんのツッコミが校庭に響いたのだった。

 

 

~~

 

 

「果南ちゃん、どれがどれ~」

「毎年のようにやってるんだからそろそろ覚えてよ」

「うーん。どれも一緒に見えるから覚えられないよ~」

「あはは、確かに。シリウスとかベテルギウスとか星の名前はなんとなく覚えられたけど、見分けるのは無理かも」

「えーと。あれがおおいぬ座のシリウスで、あれがこいぬ座のプロキオン、そこから横に移動して輝いてるあれがオリオン座のべテルギウスね」

「それを繋ぐと三角形に見えるから冬の大三角形って呼びますね」

「あれ?善子ちゃんと沙漓ちゃんって星の知識があるの?」

「ちょっとかじった程度よ。一時期星のことを調べたこともあったから」

「有名な物だけですよ。知り合いにこういう知識も持っている人がいたので」

「どれがどれかはいまいちわからないけど、きれいずら」

「うん、東京だったら明かりのせいでほとんど見えないし」

「確かにこれくらい明かりのない場所でないと良く見えませんわね」

「うゅ。ここはすごく見えるね」

 

ドッジボールはあの後、ダイヤという盾を失ったルビィを優しく当てて、元外野の花丸ちゃんは中に入るもすぐに当てられたことで、鞠莉と一騎打ちをした。沙漓ちゃんと善子ちゃんは完全に蚊帳の外にして、投げ合った結果、私たちの勝利に終わった。

その後はバスで家に帰り、夕飯を両親と食べ、お風呂に入ろうと準備をしていたらやってきた鞠莉に拉致られた。

あれ?それだと微妙に語弊があるか。正確には家に来た鞠莉に船に乗せられて、車に乗せられ十千万の前の砂浜に連れてこられた。車の中には曜と善子ちゃんと沙漓ちゃんがいて、砂浜には千歌達がいた。さらに、何処から持って来たのか大きな望遠鏡もあった。それで、天体観測するのが目的なのだと分かった。

望遠鏡をとりあえず月に合わせながら会話をする。

鞠莉とダイヤは昔からの付き合いだから割と星の知識があって、千歌と曜は覚えられない、梨子ちゃんとルビィちゃんと花丸ちゃんは少し知っているくらい、善子ちゃんと沙漓ちゃんは三人よりは知っているみたいだった。

 

「それにしても寒い……」

「うぅ、寒い……」

「まぁ、冬だから」

 

望遠鏡でくっきり月が見えるようになったから顔を上げると、コート+マフラー+手袋と重装備の曜と沙漓ちゃんが肩を震わせていた。この二人は典型的な寒がりだから仕方ないか。

 

「うぅ。あれ?向こうにパト○ッシュが……」

「いや、あれはしいたけだから!」

「あっ、しいたけに抱きついたら温かいかも」

 

しまいには旅館前にいるしいたけを某物語の犬と見間違える状況に。曜は曜でフラフラした足取りでしいたけの方に行ってしまった。鞠莉は鞠莉で寒いからって車に戻るし、これが学級崩壊って言う奴なのかな?

 

「果南ちゃん、あっちに見えるのって北極星?」

「あっ、うん」

「たしか北の空で位置が変わらないから目印になってるって本で読んだずら」

「たしかポラリスって呼んだかしら?」

「うん、そうだよ。よかった。三人は真面目に星を見てくれて」

「私たちだってちゃんと見てますわよ」

「うゅ」

 

三人が真面目に聞いてくれるから、そう呟くと、ルビィちゃんを抱きしめて互いに暖を取っているダイヤが文句を言う。いや、二人はそもそもまじめな性格だから心配してないよ。

 

「果南ちゃん、他の星見ていい?」

「せっかくセッティングしたんだからもう少し待って」

「はーい」

「あっ、私見たい」

 

少し離れたうちに望遠鏡をのぞき込んだ千歌がそう言ったから返答すると、梨子ちゃんたちが望遠鏡のそばに寄って、順番に見て行く。

 

「あれ?沙漓ちゃんは?」

「曜さんと一緒に千歌さんの家の方に行きましたけど?」

「ふぅ。志満さんにお茶を貰って復活しました!」

「うーん。しいたけは暖かいけど、沙漓ちゃんが近づいたら家の中に逃げちゃったね」

 

ダイヤに聞いているうちに二人が帰って来てそう言った。手にはカイロがあるから貰ったみたい。

それから、砂浜に腰を下ろして星を見る。みんな望遠鏡で星を見たり、喋ったりと色々なことをしている。

 

「どう?みんなでやる天体観測は」

 

車にいたはずの鞠莉が隣に座るとそう聞かれた。いつもは一人で見るか、鞠莉と見るか、千歌と曜と一緒に見るかだから、とりあえず率直な感想として、

 

「にぎやかだね」

 

そう返す。天体観測は静かにやるイメージが強いから、単純にそう思った。まぁ、千歌達と一緒にやると騒がしいけど。

 

「卒業したら私たちは離れ離れになっちゃうけど、またこんな感じにみんなで騒げるわよね?」

「私はそうしたいかな?海外に行ったらこうして集まるのは大変だと思うけどね」

「そうね……」

「でも、みんなでまた集まりたいっていう、その気持ちがあれば絶対叶うよ。ううん。自分たちで叶えてみせるよ」

「そうね。それが私たちらしいわね」

 

なんとなく浮かんだ言葉を口にする。これに関しては願うんじゃなくて自分たちでやることだと思うから。

 

「今こそ、ヨハネの魔力で星を降らせましょう」

「「わぁ」」

「善子ちゃん、そんなことできるの?」

「ヨハネ!私に不可能は無いわ!」

「じゃぁ、流れ星にお願いする準備をしないと」

「そうだね。願うのはもちろん」

「「ラブライブ優勝!」」

「二人とも、それは願うのではなくて、自分たちの手で掴むものですわ!」

 

海を背に手を夜空に掲げている善子ちゃんにみんなは言葉をかけていく。ほんと、みんなでいる時間は好きだなぁ。目を瞑れば思い浮かぶのは、みんなと一緒に居る日常の風景ばかり。だからこそ、こんな時間をまたやりたいとつくづく思う。そして、最高の思い出を残したい。

目指すはラブライブ優勝。きっとそれが最高の思い出になるはず。

 

「一緒に掴み取ろうね。みんなで」




とりあえず、こっちも落ち着く所に落ち着けないとなぁ。
では、ノシ


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浦の星女学院

トンッカンッ、トンッカンッ

「これくらいで平気かな?」

「たぶん大丈夫かと」

 

二月の終わり。浦女がもうすぐ閉校すると言う訳で、閉校祭が行われることになった。なんでも、よいつむ先輩方を筆頭に鞠莉さんに提案して、鞠莉さんが承認したんだとか。

と言う訳で、今日は授業もなく、生徒全員で準備をしていた。僕は校門前のアーチの設置現場にいた。まぁほとんど曜さんたちがやったから僕の仕事はほぼ無かったけど、アーチの柱を掴んで揺するととりあえず、勢いよくぶつかったりしない限りは問題なさそうだった。

 

「では、僕は次の現場に行きますね」

「次の現場?」

 

千歌さんが首を傾げているのを他所に、僕はここを後にする。

 

~~

 

やってきたのは、二階の隅っこにある、ヨハネがやろうとしている占いの館。

 

「やっほー」

「あっ、沙漓」

「戻ってきたずら」

 

占いの館の装飾はまだまだで、というかみんな他の教室をやっているから、ヨハネとマルちゃんしかいなかった。

これは大変そうかな?

 

「さて、ペースを上げないとね。とりあえず、暗幕つけてるね」

「うん。お願い」

「あー、なんでルビィはいないのよ!」

「ルビィちゃんは人気者で引っ張りだこずら」

 

暗幕を付けているとヨハネがぼやく。

ルーちゃんは裁縫ができると言う訳で、色々な場所で仕事をしているらしい。僕もいろんな場所をフラフラしているから人のこと言えないけど。

 

「ここは人気のないマルたちが地道に頑張るずら」

「突貫工事だね。そもそも、こういうのって普通数日かけて準備するものじゃないの?」

「まぁ、無理やりねじ込んだから仕方ないずら」

「それもそっか」

テッテテッテ

「うちっちー?だよね」

「うん」

「ええ」

 

喋りながら作業していると廊下をうちっち二体?二頭?二匹?うちっちーって単位なんだろ?まぁ、新旧揃って走っていた。安定した走りであり、転ぶ気配も無いあたり中の人はそれなりに運動ができる人かな?

 

「うちっちーならモフれる気がする」

「まぁ、中身は人間だしね」

「誰が入ってるんだろ?片方は曜だろうけど」

 

とりあえず、準備がまだまだだけど気になるから追跡する。二人も気になるらしくついて来る。途中で見失ったけど、同じくうちっちーを追いかけていたらしい千歌さんたちと合流し、視界の片隅で白い何かが通り過ぎた。

 

「うちっちーの次はお化け?」

「お化けってモフれるのかな?」

「沙漓ちゃん怖くないの?」

「暗闇が無理なだけで、明るければお化けは平気だよ」

「明るい所にお化けは出ないような?」

 

とりあえず、お化け?が消えた方に行ってみる。その結果、使われていない空き教室に行きつく。

ルーちゃんとヨハネは怖がって扉の前で止まり、廊下からお化け?が走って来て僕たちの足を縫って中に入る。二人はそれで怯えて中に入ってこず、千歌さんを先頭に四人で中に入ると、ヨハネが扉を閉めた。

 

「シーツだよね?」

 

部屋の片隅でもぞもぞ動くシーツ。動いてるってことは中に何かがいる?

 

「確かめてみよう……とりゃぁ!」

 

千歌さんはそう言って、シーツの端を持って引き上げる。その結果、シーツの中からしいたけちゃんがこんにちは。

なんだ、しいたけちゃんだったのか。お化けじゃなくてよか……

 

密室の部屋+しいたけちゃん=逃げ場がないからモフれる

 

……これはっ!

 

「大丈、夫?」

 

千歌さんの声でヨハネがドアを開け、途中でしいたけちゃんの存在に気付いて疑問形になっていた。そして、二人の後ろにうちっちー。

 

「ふにゃぁ!」

「ぴぎゃぁ!」

「ワンッ!」

 

二人は驚いて声を上げて、その声でしいたけちゃんが三人の足を縫って廊下に出ようとし、

 

「させるか!」

 

僕はドアを閉めた。良かった、ドアの近くにいて。

その結果、しいたけちゃんは逃走経路を失い、僕はにじり寄る。

 

「今日こそモフモフする時!」

「まだ、諦めてなかったんだ……」

 

みんなに呆れられている気がするけど気にしない。今までは逃げられてきたけど、ついにこの時が来たのだから。

 

「ウゥー」

「かつてないほどしいたけが警戒してる!?」

「おりゃ!」

「ワンッ!」

 

普段は大人しいしいたけちゃんが僕を威嚇する。ここまで敵意を向けられると……余計にモフりたくなる。あっ、Sじゃないですよ。真理ですよ。

そして、僕としいたけちゃんは地を蹴った。今こそこの長い因縁(大体半年ぐらい)に終止符を打つ時!

そうして、僕はしいたけちゃんを……。

 

~~

 

「触れなかった……」

「顔を蹴られたんだからある意味触れたじゃない」

「おかわりずら!」

 

頬にくっきり残ったしいたけちゃんの肉球スタンプをさすりながらぼやく。

しいたけちゃんとの一騎打ちは、しいたけちゃんのストレートが僕の顔にあたり転倒させられた。まさか、逃げることを止めて攻撃に出るとは思わなかった。

結局しいたけちゃんは千歌さんに確保され、散歩に出ようとしたところで逃走を図ったという訳で美渡さんが引き取りに来た。

そして、お詫びにみかんを貰い、みんなに“みかんちゃんこ”が振る舞われた。

マルちゃんは高ペースで食べていく。良くたくさん食べているのにダイエットする状況に至らない謎。これが経済格差なのだろうか?

うちっちーの中には果南さんと曜さんがいて、曜さんはうちっちーをキャストオフすると、再び胴と顔をくっつけて教室を出て行った。それをみんなは見ていなくて、はたから見ればうちっちー(中身無し)が座っている形に。なんで変わり身の術みたいなことしてるんだろ?

 

「もう、それ着て動き回らないでくださいね」

「はいはい」

「それにしても、果南だったとは。こっちは曜なのよね?」

「……」

「そうだよ。曜と一緒に内浦の海を紹介する展示をするから」

 

ヨハネはうちっちー(中身無し)に声をかけるも返答がなく、果南さんが代わりに返答する。あっ、果南さんは曜さんがいないことに気付いているみたい。

 

「そんなことしてたのね。というか曜はいい加減脱ぎなさいよ!」

バンッ、ゴトッ

「あっ、マミった」

 

返答がないことでヨハネがうちっちー(中身無し)を小突くとそのまま倒れ、うちっちー(中身無し)の胴と顔が離れた。

 

「え?曜が入っていない?まさか元からいなかったというの?」

「曜ちゃん、普通に脱いで何処か行っちゃったよ?」

「あっ、千歌さんも見てたんだ」

「と言う訳で私もぶらぶらしてくるね」

 

千歌さんはそう言って教室を出て行った。

たぶん何処かに行った曜さんを探しに行ったのだろうけど。

 

「さて、そろそろ作業に戻ろっか」

「そうね。まだまだ準備ができていないし」

「と言う訳で」

「さらばッ!……ずら丸行くわよ!」

「マルはまだ食べるずら~」

「じゃぁ、先行ってるね」

 

まだ占いの館の準備が終わっていないからそう言ったものの、マルちゃんは“みかんちゃんこ”にご満悦な様でまだまだ食べる模様。

そんなわけで僕とヨハネは教室を後にした。

外はもう日が落ちて暗くなっている。結局大体の場所が下校時刻までに準備が終わらず、小原グループによる送迎によって、しばらく学校に居られることになった。やっぱり、一日で作るのは無茶だったか。人数がもっと居ればたぶんできたんだろうけど。

 

「スクールアイドル部でーす!あなたも!あなたも!スクールアイドルやってみませんかー!」

「ん?」

「どうかした?」

「いや、今スクールアイドルという単語が」

「私には聞こえなかったけど」

 

廊下にでたら不意に聞こえたスクールアイドルという単語。ヨハネは聞こえなかったらしいけど、聞き間違いには思えないから声が聞こえた方に歩き出す。急に方向転換したことで、ヨハネはどうしたものかと悩んだ後ついて来た。

 

「ずっとこのままだったらいいのにね。そしたら……」

「私ね。千歌ちゃんにあこがれてたんだ。千歌ちゃんが見てるものが見たいんだって。ずっと同じ景色を見ていたいんだって。このままみんなでお婆ちゃんになるまでやろっか」

「うん!」

 

声が聞こえた場所――校門前には曜さんと千歌さんがいて、足元には寿太郎の箱。

 

「これはとんでもない場所に来てしまった……」

「ん?なにが?普通にあの二人が話してるだけじゃない」

「お婆ちゃんになるまでやろっかということは、ずっといっしょ。つまりあれは告白……」

「いや、単純にお婆ちゃんになっても仲良くしたいって話でしょ?」

 

確かにそういう見方もできる。でも、それはそういう側面があると言うだけで、もしかしたら僕の考えている方が正しい可能性もある。

 

「果たしてそうなの?本当にないと言い切れる?」

「いや、無いでしょ。リリーの同人誌じゃあるまいし」

「いやいや、梨子さんの持っている同人誌みたいな展開が現実で本当に無いと言い切れる?」

「仮にあったとしても、あの二人に限ってそれは……」

「いやいや、逆にあの二人だからこそ。なら、梨子さんの見解も聞こうよ。さっき、一冊持ってるの見かけたし、数冊あるはず」

「私のなんだって?」

「「あっ……」」

 

話が逸れていると、いつの間にか梨子さんがそこにいた。隠しているはずのあれの話を二人でしていたせいか、笑みの裏に影が見える。

まずい。このままでは消される……。

ヨハネも自身の身の危険を感じているのか、暑くも無いのに頬に汗がつたう。

 

「梨子さん。えーと、ご機嫌いかがかなん?」

「ん?だいぶいい感じだよ?さて、二人は何の話をしてたのかな?」

「あはは、はは……」

 

にじり寄る梨子さん。後退する僕たち。しかし、いた位置が悪く、校舎の壁にすぐに追い込まれた。

 

「さぁ、教えてもらおうかしら?」

 

梨子さんは不敵な笑みを浮かべてそう言った。

というか、何されるの僕たち?

 

「沙漓逃げるわよ!……あっ」

「えっ……にゃぁー!」

 

その後、周囲に謎の鳴き声が響いたとか響いていなかったとか。

 

~~

 

「あれ?倉庫が開いてる」

 

あの後、気が付いたら二十分くらい経っていて、何故かヨハネに膝枕されていた。たしか、ヨハネが躓いて、僕が壁ドンされて、そのまま頭突きを喰らって……ヨハネにやられたのか。

その後、ヨハネは梨子さんと一緒に何処か行っちゃったから、僕が気を失っている間に何があったのかはわからない。追いかけようにも、二人ともやたら速くてすぐに見えなくなった。

千歌さんと曜さんの姿も見え無くなってたから、一人でふらふら歩いていると、倉庫の扉が開いていることに気付いて中を覗き込んだ。

 

「あら、沙漓さん」

「どうかしたの?」

 

中をのぞき込むと、ダイヤさんと鞠莉さんがいた。こんなところで何してるんだろ?

 

「なにしてるんですか?」

「ん?ちょっと、使えそうなものないかなってね」

「まぁ、ガムテープなどがまだ必要になりそうなので」

「なるほど。では、僕も」

 

二人がいる理由が分かって納得すると、中に入って一緒に物色する。

 

「そう言えば、閉校祭なんてよくできましたね。こんな時期にねじ込むとは」

「そう?まぁ、割となんとかなるものよ。どのクラスも授業の時間は十分足りていたしね」

「それに、一応参加は任意にしていますから、受験がまだある人はそっちを優先してもらえますし」

「でも、全員参加してるような?」

「それだけここが愛されてるってことよ」

 

それから物色を進め、いくつか気になるものがあったから手に取る。

 

「鞠莉さん、これ使っていいですか?」

「クリスマスの電飾?いいけど、何に使う気?」

「もちろん、閉校祭の一部に」

「まぁ、頑張ってくださいね」

「はい。では、僕はそろそろ準備に戻りますので」

 

そう言って、手近なところにあった大き目の袋に詰め込むと倉庫を出た。

 

~~

 

「わぁ、だいぶできてますね」

「まっ、みんなも手伝ってくれてるから」

 

教室には果南さんの他にも数名の生徒がいて、ペンキで板が青く染まって行く。千歌さんと校門前にいた曜さんはもうすぐ戻って来るはず。

 

「手伝うことありますか?」

「んー、特に無いかな?それよりも善子ちゃんの方が大変なんじゃないの?なんだかんだで四人でやってるんでしょ?」

「あー、ルーちゃんがやっとこっちに来れるようになったので」

「渡辺曜、帰還したであります!」

 

果南さんと話していると、曜さんが戻って来て敬礼した。何故敬礼?いや、いつも通りだけども。

曜さんの手には袋があり、何か入っていそうだけど中は見えない。

 

「あっ、曜さん」

「あっ、沙漓ちゃん。さっきは大変だったね」

「まさかしいたけちゃんが攻撃するとは思わなかったです」

「あっ、そっちじゃなくて」

「ん?何かあったの?」

「いろいろあったよ。まぁ、いいや。そうだ。ペンキの追加持って来たよ」

「ありがと」

 

袋の中から曜さんがペンキを取り出して、板のそばに置く。

てっきり、しいたけちゃんとの戦闘のことだと思ったけど、違ったみたい。

 

「それで、さっきの事って?」

「ううん。気にしないで」

「はぁー。あっ、そろそろ戻って来いって来ちゃった」

 

曜さんに話を聞こうとしたら、ヨハネから帰還命令が来てしまった。そう言う訳で戻らなくてはならない。まぁ、曜さんが話さないのならそれはそれでいっか。見た感じここは手伝えることは無さそうなのかな?人は足りていそうだし。

 

「まぁ、特に無いようなら行きますね?」

「明日来てね」

「時間があれば来ますね」

「そこは絶対来ますじゃないんだ」

「まぁ、世の中絶対はないので。もしかしたらヨハネの占いが大盛況でいなくちゃいけなくなるかもなので」

「まぁ、それくらいになった方がいいよね」

「では、さらば!」

 

二人に一応約束をしたら教室を後にする。梨子さんの贄にしたヨハネ戻って来てるかな?

 

 

「それで、沙漓ちゃん何かあったの?」

「あー。ちょっと色々あって……」

 

~~

 

「戻って来たよ~」

「あっ、沙漓……」

「あー、ヨハネ……」

 

占いの館に戻って来ると、三人とも準備を進めていて、ヨハネは僕に気付くと目を逸らした。僕もヨハネを見たら、なんというか……だから、あの空白の時間に何があったのか聞く。

 

「ねぇ、なんで僕ヨハネに膝枕されてたの?」

「覚えてないの?」

「うん。ヨハネがこけて、その拍子に壁ドンされて以降の記憶が無い。気づいたらヨハネの膝の上だったし」

「覚えてないならいいわ」

「いや、でも……」

「二人ともこのままじゃ間に合わなくなるずら」

「あっ、うん」

 

マルちゃんに言われて渋々この話を止めて作業に取り掛かろうとし、

 

「そうだ。魔方陣のバージョンアップしない?」

「なにする気?って、それ……」

「イルミネーション?」

「なんで疑問形な訳?」

 

僕が持ち込んだのは、倉庫の中にあったクリスマスのイルミネーション。数年前には中庭の木を装飾していたらしくて、今は経営難なせいで使われなくなっていたとのこと。

鞠莉さんに聞いたら使っていいって許可も出たから使う。気がかりがあるとすれば、数年前だから使えるのかだけど。

 

「作業が増えるずら……」

「まぁ、パパッとやるから」

 

パパッ

 

「おー、それっぽいずらね」

「うん。なんというか雰囲気が寄りそれに近づいたかも」

「沙漓、よくやったわ」

 

てきぱきとヨハネが描いた魔方陣をなぞるように設置して、光らせてみると、好評だった。どうやら成功みたい。

 

「じゃぁ、この調子でがんばろー!」

「「「おー!」」」

 

そうして、僕たちは準備を一気に進め、生徒全員が鞠莉さんの家の力で家に帰されたのでした。

 

~~

 

翌日。無事、準備が終わって閉校祭が始まった。

 

「では第一問。第二回ラブライブにてµ’sが二回の予選と決勝で歌った曲を順番に答えてください」

 

僕は特に持ち場が無いからフラフラしていた。持ち場としては占いの館なんだけど、ヨハネが占うから僕とマルちゃんは準備くらいしかすることが無かった。

そして、僕はダイヤさんとルーちゃんがやっているというスクールアイドルクイズの会場に来ていた。まぁ、僕は回答者の席に着かないけど。ルーちゃんとダイヤさんは出題者の役割をしている。

これは、ユメノトビラ、Snow halation、KiRa-KiRa Sensation!、僕らは今のなかで、までで正解かな?回答者はどこも、フリップに最初の三つだけ答えて、僕らは今のなかでが無くて不正解になってるけど。

 

「ぶっぶーですわ!アンコール曲の僕らは今のなかでを忘れていますわ!」

 

そして、ダイヤさんがそう答えると、何故かダイヤさんにポイントが入ってた。いや、なんでダイヤさんに入ってるの?ダイヤさんは出題者じゃないの?

 

「続いて第二問――」

 

~~

 

「二人とも似合ってますね」

「ありがと。それで、何頼む?」

「じゃぁ、みかんどら焼きで。あと、写真撮っていいですか?」

「いいよぉ」

「ダメ!」

「どっちなんだろ?」

 

ラブライブクイズの会場を抜け出して、千歌さんたちがやっているという喫茶店に来た。ここの衣装が可愛いから写真を撮っていいか聞いたら、千歌さんはよくて、梨子さんはダメという反応。うーん、この場合はどうすればいいんだろ?

 

パシャッ、パシャッ

「いいって言ってないのに、写真撮らないでよ!」

「個人用ファイルなので、モーマンタイ」

「大丈夫じゃないからね」

 

とりあえず、欲望に負けて二人の写真を撮ったら梨子さんに怒られ、みかんどら焼きを食べた。うん。やっぱりみかんどら焼き美味しい。

 

「それにしても、その衣装いいですね。和服寄り好きですし。誰の提案なんですか?」

「ああ、梨子ちゃんの提案でね。ほら、わざわざこの本まで持ってきてくれたんだよ」

 

そう言って、先輩は梨子さんの本を出して見せた。それは“壁クイ、大正ロマン編”だった。梨子さん、ついに隠すの止めたのかな?昨日はてっきり間違えて持って来ただけだと思ってたけど。

 

「え?なんの事?あれはたまたま家にあっただけで」

「あれ?でもあれって梨子さ、むぐっ」

「沙漓ちゃん、ナンノコトカナ?」

「あっ、はい」

「余計なこと言わないで」

 

梨子さんに口を抑えられて、渋々そう言うことにすると解放された。でも、離れる際に小声でそう言われてしまった。

隠したいのならなんで持って来たのやら?

 

~~

 

「みんなー、浦の星AQUARIUMにようこそー!」

「ここは広くて暖かい内浦の海!」

 

続いて浦の星AQUARIUMにやって来た。まさか、一日でここまでの完成度に至るとは

あっ、照明眩しい。

 

「内浦には三つの水族館があり、それぞれの水族館には特徴があるよー」

「僕たちうちっちーがいる三津シーにはイルカさんやアシカさんがいるよ」

 

浦の星AQUARIUMって、水族館の紹介をするんかい!と思って聞いていたら、果南さんのところのダイビングについても話し始めてた。まさか、ここで集客に走るとは……。つづいて、プロジェクターで内浦の海の映像が流れ始めた。

で、終いにはうちっちーヘッドを外して子供たちと遊び始める。結局ここはどういう目的だったのやら?

いや、内浦の海の魅力を伝えるという目的は果たされたけども。

 

「やっほ、沙漓ちゃん」

「こんにちは、果南さん。一日でよくここまで準備できましたね」

「まぁ、みんなのおかげかな?」

「そうそう。私たちだけじゃ無理だったよ」

 

一回目が終わったことで、二人と喋っていた。教室の板の数は結構あって、本当に準備は大変そうだなぁと思う。実際大変だったみたいだけど。

 

「そう言えば、よくうちっちー装備借りれましたね」

「ああ、意外と何とかなるものだよ。頼んだら快く貸してもらえたし。夏にやったあれが良かったみたい」

「なるほど。確かにあれけっこう評判になりましたしね」

 

いつしかやった三津シーの仕事のおかげらしかった。それで借りられるってすごいなぁ。あれ?じゃぁ、今日三津シーにうちっちーは不在ってこと?

 

~~

 

占いの館に戻って来ると、閑散としていた。

 

「人がいない……」

「やっぱり、隅っこというのは無茶だったわね。それに隣に客がとられてこっちまで来ない……」

「せっかく光るようになったのに、これじゃ意味ないね。そういえばマルちゃんは?」

「ずら丸ならお腹空いたって屋台の方に行ったわ」

「なるほど」

 

占いの館は残念ながら今はお客が0人。まさか、また0が立ちはだかるとは。

そうなると暇だなぁ。

 

「ヨハネ、僕を占って~」

「ん?いいわよ。どんな悩みもズキューンと解決してあげるわ!」

 

暇だからヨハネに占いを頼む。ヨハネはそう言って、水晶に手をかざし、

 

「わかりました恋の悩みですね」

「あー。それもあるかも」

 

なんとなく乗っかっておく。別に恋してないけど。あっ、でも近くにいると他の人と違う感じになるのはいるか。

 

「えっ?」

「どうしたの?」

「いや、まさか当たると思ってなかったから。てか、沙漓恋してるの?」

「うーん。恋なのかわからないんだけど、その人の近くにいるとドキドキするというか落ち着かない?」

「なるほど、一般的には恋と同じ症状ね。それで、何を占えばいいの?その人とうまくいくか?それとも、その人に好きな人がいるかどうか?」

 

ヨハネは真面目に僕のことを占ってくれるらしくてそう問う。おー、本格的かも。こっちがそこまで真面目にしてないから申し訳ないけど。

そもそも男の人との会話なんて、お父さんかコンビニとかのバイトさんくらいだし。

 

「たぶん、不整脈だと思うけど。まぁ、いいや。その人に好きな人がいるかどうかで」

「不整脈って……まぁ、いいわ。じゃっ、その人の顔を浮かべてちょうだい」

「ん、わかった」

「では、ミュージック、カモーン!」

 

ヨハネがそう言った直後、昨日設置したイルミネーションが輝き、きれいなピアノの演奏が流れ始める。というか、超聞き覚えのある演奏。音の方を見れば梨子さんが弾いていた。あれ?さっきまで隣の教室にいなかったっけ?AQUARIUMの方に一回行ってたからその間に交代したのか。

 

「見えます。これは……白い。どうやら誰もいないようですね。さすれば、道はとにかく当たってみることです!」

「ほえー。すんごいそれっぽい」

「ぽいって、これでも占いは放送でやってるんだから!」

「それもそっか。うーん。とにかく当たるか……」

 

ヨハネの占いは割とガチだったけど、よくよく考えればいつも放送でやってるからそれくらいにはなってるか。

それにしても当たってみるって、どうするべきなのやら?

 

「それで、どうするの?告白でもすんの?」

「んにゃ、まだ不整脈の可能性もあるし」

「そう……」

「まぁ、のんびりと考えるよ。というわけで、お腹空いたから表出てくるね。ヨハネと梨子さんは欲しいものある?」

「ん?適当にお願い」

「私もそんな感じで」

「了解!……それにしても、ヨハネって好きな人いないんだね」

「え?」

「まっ、冗談だけど」

 

~~

 

「おーい、千歌こっち来てー!」

 

表の屋台でたい焼きや焼き鳥などを手に入れていると、屋上の方で声がした。声に釣られてそっちを見ると、よしみ先輩たちが“浦女ありがとう♡”という巨大なバルーンアートを建設させて完成させていた。

 

「まだまだこんなもんじゃないよ!」

 

そして、掛け声と共にばらけて風船が空に舞う。

すごいけど、あんなにいっぱいの風船を空に上げちゃって、後で問題が起こらないといいけど。

 

それから時間は経って、閉校祭が終わろうとしていた。最後はキャンプファイアを囲んで鞠莉さんが話し出す。

 

「これで浦の星女学院、閉校祭を終わりにします。この学校がどれだけ愛されていたか、みんなにとって大切なものだったのか。私に取って何よりも大切で、何よりも温かくて……ごめんなさい」

「鞠莉さん……」

「ごめんなさい……ごめんなさい。もう少し頑張れれば……」

 

鞠莉さんは謝る。でも、鞠莉さんは十分に頑張ってくれた。鞠莉さんがいなければ、夏休み前には統廃合が決定していただろうし、今日の閉校祭も開催できなかったと思う。

だから、鞠莉さんは謝る必要なんてない……。

 

「Aqours!Aqours!――」

「「Aqours!Aqours!――」」

 

すると、辺りにAqoursコールが鳴り響き、どんどん拡散して増していく。

 

『『『Aqours!Aqours!――』』』

「鞠莉さん」

 

次第にこの場にいる生徒全員、地域の人たちにまで広がっていく。

ダイヤさんは鞠莉さんの背を押すと、鞠莉さんは一歩前に出る。この場にいる全員の視線が鞠莉さんに集まる。それらは全て鞠莉さんへの賛辞のような温かいものだった。

 

「みんな!ありがとう!じゃぁ、ラストにみんなで一緒に歌おう!最高に明るく!最高に楽しく!最高に声を出して!」



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WATER BLUE NEW WORLD

タイトルの通り12話のやつです。


「ここまで来たんだ」

 

明日に控えたラブライブ決勝に向けて、私達は浦女に集まっていた。私は教室であの夏のイベントの時の紙を眺める。

あの時は“0”だったけど、今はラブライブの決勝にまで来れるようになった。

 

「ちーかちゃん、そろそろだよ」

「うん。全力で挑まないとね」

「そうだね。この時の為にすっごく練習したもんね」

 

曜ちゃんと梨子ちゃんに言われて、そろそろだから席を立つ。ここまで来たからには、全力で挑んで優勝する。その為に、十分練習はしてきたと思う。

 

「毎日朝早くから夜遅くまで」

「がんばルビィしたもんね」

 

教室を出て下に降りようとすると生徒会室の前にダイヤさんとルビィちゃんが待っていてそう言う。毎日のように朝練をして、終バスが近づくまで練習に明け暮れてきた。だから大丈夫なはず。

 

「それでも皆一度もサボらなかった」

「弱音は言ったけどね」

 

階段を降りると、果南ちゃんと鞠莉ちゃんが理事長室の前に待っていた。果南ちゃんが言う通り、誰もサボろうとすることは無かった。練習が辛かったことは何度もあったけどね。

 

「とにかく朝は眠かったずら。ねっ、善子ちゃん」

「ヨハネ!流石我がリトルデーモン達!褒めて遣わす」

「ヨハネ、今日はそう言う方向で行くの?」

「ありがと」

 

そして、昇降口前に行くと三人が待っていた。三人は相変わらずの調子で、こうして全員そろった。

校門前に出ると、振り返り校舎を見る。

もうすぐここは無くなる。だから、ラブライブで優勝して、この学校の名をラブライブの歴史に残す。そして、私たちの輝きを見つけてみせる。

 

『『『行ってきます!』』』

 

私たちは校舎にお辞儀をして、出発するんだ。

 

 

~☆~

 

 

「ふぅ、久しぶりに戻って来た~」

 

電車に乗ってやってきました東京。まぁ、明日が決勝だから今日はのんびりとしつつ最終確認をしていくんだけど。ちなみに、電車が事故ってたどり着けませんでしたじゃあれだから、一日前に来てたりする。

 

「それで、これからどうするんですか?」

「とりあえず、あそこ行こっか。神田明神に!」

 

千歌さんに聞くと、やっぱりまずはそこだった。まぁ、祈願はしないとね。

と言う訳で、秋葉原まで電車に揺られて、なんだかんだで神田明神にたどり着く。時間が良かったのか他に人の姿は見えない。

とりあえず、境内に行って横一列に並ぶと祈願する。

 

「みんながライブを楽しんで。そして、優勝できますように!」

 

それぞれ願いを言う中、僕もそう願う。みんなが楽しそうに歌っているのが一番好き。だからこそ、楽しんでほしいし、さらに言えば優勝してほしい。

祈願が終わって絵馬を見るとそこには浦女の皆の“Aqours優勝”を願うものがあった。でも、他のグループも同様に優勝したいという思いがそこにあった。

 

「お久しぶりです、みなさん」

「聖良さん」

「理亞ちゃん」

 

すると、Saint Snowの二人がやって来た。やっぱり二人はここに来たんだ。

ラブライブの決勝のステージはまるで雲の上のよう。聖良さんはそう言ったけど、いまいち実感はわかない。ルーちゃんたちは理亞さんに色々言われていた。

 

「千歌さんは勝ちたいですか?それは誰のためのラブライブですか?」

「……」

「きっと、それをはっきりさせないで臨めば後悔すると思います」

「はい……」

 

そして、千歌さんは聖良さんの言葉に返すことができなかった。

 

 

~曜~

 

 

「すぅすぅ」

「前来た時もこんな感じだったよね」

「うん。注目されて行けると思ったのに実際は……」

「なに弱気になってるのよ」

「練習する?」

 

泊まる旅館にやって来て、夕飯を食べ終えて今はゆっくりしていた。沙漓ちゃんは「眠い」とか言って枕を引っ張り出してきて机の上に置いて寝ている。

前来た時は沙漓ちゃんの実家だったけど、前と違って三人増えたことと、この時期はちょっと家がバタついてるとかで、今回は旅館に泊まることになった。

七人で来たイベントの時もこんな感じで和気あいあいとしてたっけ?

千歌ちゃんは心配そうな顔をしているからそう聞く。私も心配ではある。

 

「大丈夫だよ。十分頑張ってきた。後は今までの私たちを信じよ?」

「うん……そうだね」

 

でも、果南ちゃんはそう言う。果南ちゃんの言う通り、確かに今まで頑張ってきた。それに、もしかしたら無理にやりすぎて怪我でもしたらそれこそまずいよね?

それでも千歌ちゃんの表情はすぐれない。たぶん、明日の決勝に緊張しているのと、私たちの輝きがちゃんと形として見えていないからだと思う。

そんな千歌ちゃんの表情を見ていると、やっぱり笑っていてほしくなる。

 

「曜ちゃん?」

「おりゃ!」

 

だから、私は押入れから枕を引っ張り出すとそのまま投げる。こういう時は身体を動かすに限る。身体を動かせば自然と落ち着くと思うし。私はそうだし。

飛んで行った枕は千歌ちゃんに当たり、続いて鞠莉ちゃんと果南ちゃんに向けて投げて二人に当てる。

 

「シャイニング、トルネード!」

「うわっ!」

 

そしたら、鞠莉ちゃんから反撃が来てしまった。その際に持ってた枕が鞠莉ちゃんの方に飛んで行っちゃった。それを起点に三年生三人が投げ合い始め、その流れ弾がみんなに当たり、みんなも投げ始める。投げていないのは怯えているルビィちゃんと花丸ちゃん、枕を盾にして身を護る梨子ちゃんに、寝ている沙漓ちゃん。

 

「枕を盾にしてからの、曜ちゃん!」

「任せるであります!」

 

鞠莉ちゃんが千歌ちゃんに向けて投げると、持っていた枕を盾にし、千歌ちゃんの声と共に後ろにいた私が反撃する。でも、いとも簡単に避けられてしまう。

それからも枕投げは続き……。

 

「くらいなさい!堕天黒炎弾!」

「シャイニーシュート!」

「とりゃ!」

「甘い!」

「おりゃ!」

「くらえ!」

 

六人が同時に枕を投げたことでその全てが空中でぶつかり、その結果、勢いがなくなって落下する。

 

「あっ!」

ボスッ!

「ん、ん~」

 

枕は寝ていた沙漓ちゃんの頭に直撃する。それも六発あるから枕に埋もれる。というか今までよく当たらなかったな。その結果、沙漓ちゃんは目を覚ました。

沙漓ちゃんはもぞもぞと枕の山から出てくる。

 

「ふわぁ、もしかしてお風呂の時間~?で、なんで僕は枕に埋まってるの?」

 

沙漓ちゃんは寝ぼけた状態でお風呂の時間かと思っているようだった。確かにお風呂には今の時間なら行って問題無いはずだけど。

でも、枕に埋もれている現状に気付くとそう聞いた。

 

「えーと……」

「まさかとは思いますけど、この部屋で枕投げなんてしてませんよね?明日が決勝というこの状況で」

「それは、まぁやってたけど」

「なるほど」

 

言い淀んでいるうちに、善子ちゃんが自白した。でも、ここは白を切るべきだったんじゃ?

沙漓ちゃんは善子ちゃんの言葉で納得すると、手近なところにあった枕を手に取る。

そして、

 

ビュンッ!

「わっ!」

 

その枕は一直線に善子ちゃんのお腹に当たり、善子ちゃんが倒される。

 

「待って、今見えなかった……」

「そう言えば、ドッジボールの時も球が速かったような?」

「安眠妨害の恨み」

 

えっ、怒ってるのそっち?予選前にこんなことしてたのに対してなのかと思ったのに。

それから、沙漓ちゃんの枕に果南ちゃん、ダイヤさん、鞠莉ちゃん、千歌ちゃんと倒されていった。みんな反撃したけど、何故か全部キャッチされてしまった。ルビィちゃんと花丸ちゃんは部屋の隅に逃げていたから被害にあわず、私と梨子ちゃんは運よく標的にここまでされなかった。三人は枕投げに参加してないから冤罪だけど。

 

「嘘……みんながこんな簡単に……」

「さて、次は誰が眠る?」

 

沙漓ちゃんは私たちに向かってそう言い、誰も返答できなかった。そもそも、三人は枕投げに参加してないし。でも、ここで私が名乗り出たら餌食になっちゃう。

 

「とりあえず、枕を持っている曜さんを」

「え?私?」

「かく、ご」

パタンッ

 

沙漓ちゃんは枕を投げようとしたところで突然ぷつんと倒れ込む。その後ろには枕を投げた体勢の梨子ちゃんがいた。

えーと、梨子ちゃんが倒したってこと?

 

~~

 

「ふぅ、危なかった。梨子ちゃんが倒してくれて助かったよ」

「まさか、梨子さんまで投げるとは」

 

あの後、みんなすぐに起き上がって、私たちはちょっと外の風にあたりに来ていた。

 

「もともとは曜ちゃんが始めたことだけどね」

「あはは。でも、少しは気が晴れたでしょ?」

「まぁ、たしかにそうだけど」

「梨子ちゃん?」

 

梨子ちゃんは浮かない顔をしていて話に入って来ようとしない。どうかしたのかな?

やっぱり、音ノ木坂に寄っておきたかったのかな?

千歌ちゃんもそう思ったのか梨子ちゃん聞いたけど、梨子ちゃんは首を振った。でも、嘘ついてることは一目で分かる。

 

「明日は会場集合にして、それぞれ行きたい場所に行こっか」

「でも……」

「私ね。自分を見つめ直す時間が欲しいの」

「私も賛成であります!きっとみんなも必要だと思う!」

 

だから、千歌ちゃんのその提案に乗る。私も明日の決勝に向けて気持ちを整理したいし。

 

 

~花~

 

 

昨日の夜に決めた大会前に自分の行きたい場所に行く。マルの行きたい場所、落ち着く場所は本のある場所。だからこそ、この図書館に来た。

図書館みたいに静かなこの空気が好き。でも、今はみんなといるあの空気も好き。

 

「花丸ちゃんは勝ちたい?」

「うん。マルは今までずっとルビィちゃんと二人で本を読んでいれば幸せだったけど、みんなのおかげで外の世界を知ることができた。みんなと一緒なら色々なことができることを知れた。だから勝ちたい!それが今一番楽しいずら!マルをスクールアイドルに誘ってくれてありがとう」

 

昨日千歌ちゃんにそう聞かれてマルはそう答えた。

スクールアイドルをしたことで色々なことが出来た。スクールアイドルを始めるまではマルの世界は狭かったけど、今は世界が広がった。だからこそ、もっともっと色々なことを知りたい。優勝したらマルはどんな気持ちになれるのか、その後みんなとどうなって行くのか。きっと、そうなれば楽しいに決まっている。

 

「あっ、そろそろ時間だ」

 

マルは本を閉じると席を立って本を元の場所に返す。もう大丈夫。ラブライブの決勝を前にして緊張してたけど、この気持ちがあれば大丈夫。本を読んだからか自然と気持ちは落ち着いた。

 

見に行こう。マルの未来を、輝きを。

 

 

~ル~

 

 

昨日の夜に決めた大会前に自分の行きたい場所に行く。ルビィの行きたい場所はここ、アイドルショップ。Aqoursに入る前からスクールアイドルが好きだった。

スクールアイドルを見ていればそれだけで気持ちがわくわくしていた。でも、今はみんなと一緒にスクールアイドルができている。気持ちがわくわくしている。

 

「ルビィちゃんはラブライブ勝ちたい?」

「うん。ルビィは、一人じゃ何もできなかったけどスクールアイドルになれてる。もちろん勝ちたい気持ちもあるけど、今は大好きなみんなと一緒にステージに立てることが、歌えることが一番うれしい」

 

スクールアイドルをするまでは自分の殻に閉じこもっていて、やりたいことがあってもできなかった。でも、今は違う。スクールアイドルになりたいとお姉ちゃんに言えた。理亜ちゃんと一緒にイベントで歌えた。

スクールアイドルになれたからこそ、この一年で成長できたと思う。まだ、頼りない所はあると思うけど……。

ラブライブで他のグループに勝ちたい。その気持ちはある。でも、それ以上に、大好きなスクールアイドルをしていること、みんなと一緒にあのステージに立てることがうれしい。

 

だから、見つけるんだ。私自身の輝きを。

 

 

~ヨ~

 

 

昨日の夜に決めた大会前に自分の行きたい場所に行く。私の行きたい場所……は特に思いつかなかった。だから、歩いていてそこを見つけた。

この街が見渡せる橋の上。この街にはたくさんの人がいる。その中には私のリトルデーモンもいる……はず。

 

「ラブライブ勝ちたい?」

「勝ちたいに決まってるでしょ!世界中のリトルデーモンたちに私の力を知らしめるために。優勝するために私の力は必要不可欠。くっくく、まっ、仕方ない。もうしばらくAqoursに堕天して、力を貸してやらんことも無いわ」

 

私がスクールアイドルを始めたのは、ヨハネとしての自分を生き生きと出せると思ったから、リトルデーモンが増えると思ったからっていう理由だった。現にAqoursに入って以降は放送の視聴者数も増えたし。だから、これからもそう思っていた。

昨日の夜に千歌に勝ちたいか聞かれた。勝ちたいかなんて、もちろん勝ちたいに決まっている。千歌にはリトルデーモンを集めるためにって言ったけど、どっちかといえばみんなと最高の思い出を作りたいって思ってる。まっ、正直に言うのが恥ずかしかったからあんなこと言っちゃったけど。

私たちの存在を見てくれる人全ての胸に刻み付けて、永遠のものにする。そうなれば、浦の星女学院のスクールアイドル、つまり浦の星女学院の名も刻まれる。

 

それができれば、私はもっと強くなれる。その時、私の輝きもきっと。

 

 

~果~

 

 

「果南ちゃんは明日勝ちたい?」

「私はせっかくここまで来たからには勝ちたいよ。でも、それ以上に楽しみたい。鞠莉とダイヤと、みんなと一緒に最後のステージを楽しみたい。本当は清々してるよ。やっと終わるんだから」

 

昨日の夜に決めた大会前に自分の行きたい場所に行く。私はやっぱり海を見ると落ち着く。だから、海に来た。海は私の気持ちを落ち着かせて、軽くしてくれる。不安だった気持ちを包んで癒してくれる。海は私の大切な場所。

二年前にした鞠莉との仲たがいが解決して、ダイヤと三人で今のAqoursに入って、遂にここまで来られた。ここまで来られたからには、やっぱり勝ちたい。そして、これがラブライブに出られる最後の機会だからこそ、すがすがしい気持ちで終わりにしたい。楽しかったって気持ちで終わりにしたい。

ラブライブという大きな海に飛び込んだら、きっと楽しい。優勝すればもっと楽しいと思える。ううん、今この瞬間もわくわくしている。みんなと大きなステージで踊れるのだから。

 

「だからこそ勝ちたい。今をもっともっと楽しみたいから」

 

掴んでみせる。私の輝きを。

 

 

~鞠~

 

 

昨日の夜に決めた大会前に自分の行きたい場所に行く。私はこれといった場所が思い付かなくて、果南について行こうかとも思ったけど、一人になる時間がやっぱりほしくてこの街を見て回った。そして、この街と川が一望できるこの橋で立ち止る。この街には多くの人が行き交っている。動き続けている。

 

「鞠莉ちゃんはラブライブで勝ちたい?」

「もちろんよ。理事長としては全校生徒の為に勝たなきゃいけないと思ってる。でも、少しわがままを言うなら、Aqoursとして勝ちたい。このメンバーでこんなことが出来るなんてなかなかないしね?」

 

千歌っちに「勝ちたいか」と聞かれて、私はそう答えた。あんなにも私たちのことを思ってくれるみんなのためにも勝たなきゃいけない。私は浦の星の理事長なのだから。

でも、やっぱりAqoursのメンバーとして、Aqoursの為に勝ちたいって思ってる。果南とやっと仲直りをして、こんなにも大きなステージに上がれる。思い浮かぶのはAqoursの皆との日々、果南とダイヤと始めたあの日々。

 

「シャイニー!」

 

だからこそ、輝いてみせる!私の、私たちの輝きで。

 

 

~ダ~

 

 

「ダイヤさんは明日の決勝勝ちたい?」

「もちろん勝ちたいですわ。浦の星全校生徒の想いを背負っていますから。勝ってみせますわ。それとAqoursの黒澤ダイヤとして、誠心誠意歌いたい。どこにいても歌を届ける。それが誇りですわ!」

 

昨日の夜に決めた大会前に自分の行きたい場所に行く。わたくしの行きたい場所で思いつくのはやはりここ、神田明神。µ’sが練習していた場所の一つにして、スクールアイドルの聖地の一つ。

ここでお祈りしてから、決勝に臨みたかった。それと、絵馬に願いを書きたかった。わたくしの書く願いは現実になるのだから。

 

鞠莉さんと果南さんの喧嘩が終わり、再びスクールアイドルをすることができた。ここまで来た以上、ラブライブで勝って優勝したい。浦の星の生徒全員の想いを背負って臨むのだから。でも、わたくしはわたくし。浦の星女学院の最後の生徒会長にしてAqoursのメンバーの一人、黒澤ダイヤ。スクールアイドルは聴く人に歌を、想いを届けるモノ。だからこそ、わたくしは届ける。それが届いたからこそ、ここまで来られたのだから、わたくしの信念にして誇りを貫く。

 

一度は諦めた輝き。今こそ再び手を伸ばすために。

 

 

~曜~

 

 

「千歌ちゃん、どうぞ!」

「曜ちゃん?どうしてここに?」

「ん?だって、始まりはここだったからね」

 

昨日の夜に決めた大会前に自分の行きたい場所に行く。どこに行きたいか考えたら思いついたのは全ての始まり、春休みに来たここだった。ここで千歌ちゃんがµ’sを知って、始まったんだ。

さっきもらったチラシを千歌ちゃんに渡す。そして、強風が吹いてチラシが空を舞う。あの時もこうやって渡されて、チラシが風に飛んで行った。あの時は地面に散らばったチラシを私は拾ってたけど、

 

「曜ちゃん!」

「千歌ちゃん!」

 

今は一緒に走り出す。そして、UTXの前の画面までたどり着く。今は千歌ちゃんと一緒。

 

「見つかるかな?あの時見つけたいって思った輝き」

「きっと見つかるよ。あとすこしで、必ず」

 

千歌ちゃんはあの時のことを思い出しているのか、モニターをじっと見てそう呟く。輝きが見つかるかはわからない。でも、信じれば繋がる。きっと見つかる。

 

「勝ちたい?ラブライブ、勝ちたい?」

「もちろん。やっと一緒にできたことだもん。勝ちたいよ。でもね。千歌ちゃんと、みんなと一緒に楽しみたいって気持ちもある。だから、いいんだよ。いつもの千歌ちゃんで。大丈夫。未来に臆病にならなくて、いいんだよ?」

 

千歌ちゃんの背中に顔を当てて、私は気持ちを口にする。

千歌ちゃんと一緒に何かをやり遂げたいってずっと思っていた。そして、やっとスクールアイドルで叶えることができる。優勝できてもできなくても、私の夢は叶う。でも、だったら勝って、優勝して、最高の形でやり遂げたい。そうすれば千歌ちゃんの探している輝きも見えてくるって信じてる。

 

「一人じゃないんだよ?千歌ちゃんは!」

 

私の輝き、みんなの輝き、千歌ちゃんの輝き。全部が同じとは限らない。でも、きっとそれぞれの輝きが見つかるって信じてる。

 

 

~梨~

 

 

昨日の夜に決めた大会前に自分の行きたい場所に行く。

もちろん、行きたい場所は音ノ木坂。私はここが好きだったのだと気づけたのだから。ここでの辛い記憶も今の私の大切な思い出。その記憶があったからこそ、私はより強くなれた。

沙漓ちゃんが手を回してくれたのか、すんなりと中に入らさせてもらえた。だから、思いっきりピアノを弾くことができた。

ピアノを弾いていると、音色と共に今までのことが思い出される。気持ちが落ち着いた。

 

「梨子ちゃん、ピアノ弾けた?」

「うん、弾けたよ」

 

待ち合わせ場所はここじゃなかったけど、なんとなくここに居る気がして来てみれば、やっぱり二人はそこにいた。

千歌ちゃんに聞かれて、ちゃんと頷くことができた。

 

「そっか。梨子ちゃんはラブライブ勝ちたい?」

「うん。私、自分が選んだ道が間違っていないって心の底から思えた。辛くてピアノから逃げた私を救ってくれた、みんなと出会えたことこそが奇跡だったんだって。だから、勝ちたい!この道が本当に良かったって証明したい!今を精一杯全力で、スクールアイドルをやりたい!」

 

私がスクールアイドルをしてきたことが正しいと思える。だからこそ、ピアノともう一度向き合えた。スクールアイドルが、みんなとの出会いが私を救ってくれた。だからこそ、私みたいな人に届かせたい。諦めないでと。

そして、私たちがここまで来られたのだから、全力でスクールアイドルをして、ラブライブに勝って、優勝して証明したい。

 

私の輝きがそれなのだと証明するために。

 

 

~千~

 

 

「千歌ちゃんはどう?勝ちたい?」

 

聖良さんの言葉に対する答えは、皆に聞くまではよくわからなかった。でも、みんなに聞いた今なら分かることがある。

ポケットに入れていたあのイベントの紙を取り出す。

あの時は0だった。でも、あれから1になって、10になってどんどん増えていった。一歩一歩をみんなと進んできたんだ。

 

「0を1にして一歩ずつ進んできた。そのままでいいんだよね?普通で、怪獣でいいんだよね?だから、私も全力で勝ちたい!勝って、輝きを見つけたい!」

 

スクールアイドルをやりたいと思った全ての始まりは、µ’sみたいに輝きたいって想いだった。私が普通だからどうなるか不安だった。でも、曜ちゃんと、梨子ちゃんと、みんなと一緒にスクールアイドルをしてきたことでわかった。

誰のためのラブライブか。みんなの為にって思ってたけど、やっぱり私たちの為のラブライブなんだ。私は輝きを見つけたい。

普通の私でも、諦めずに足掻き続ければ届くのだと。途中で廃校騒ぎになったりして目的は変わっちゃったけど、やっぱりこれだけは譲れない。譲りたくない。きっと全力で挑めば私が探し求めていた輝きが見つかるって信じてる。

 

絶対に輝きを掴んでみせるんだ!

 

 

~☆~

 

 

「沙漓ちゃんは私たちに勝って欲しい?」

「ん?もちろん勝ってほしいですよ。でも、それ以上にライブを楽しんでほしいです。前にも言った気もするけど、みんなが楽しくないと、聴く人は楽しくなれない。だから、楽しんで、その上で優勝してほしいです。それが僕の気持ちであり、願いですよ」

 

昨日の夜に千歌さんに聞かれた。僕はステージに立つわけじゃないし、これは僕の願い。みんなが楽しくやってくれればそれでいい。きっと、そうすればいい結果が来ると思うから。そして、僕はそんなみんなの歌を聴きたい。

 

みんながそれぞれ行きたい場所に行く中、僕は家にいた。まぁ、お姉ちゃんは何処かに行ってるし、お母さんたちもバタバタしてるんだけど。

ここが一番落ち着くし、部屋にいれば邪魔にもならないだろうし。

そう思いながらパラパラと昔のアルバムを眺めて過ごす。アルバムを見ていると改めて思う。

 

「ほんと、僕。写真に写って無いなぁ」

 

そのほとんどがお姉ちゃんや穂乃果ちゃんたち。よくよく考えると、こっちにいる頃はそんなに写真撮ってないか。あるのは中学の頃の弓道の大会で撮られた写真くらい。

そう考えると、内浦に行った後の方が……あっ、写真撮ってばかりで僕自身は撮られてないや。それからAqoursのPVを見たりしながら過ごしているうちに集合時間が近づいてきた。

 

「そろそろ行かないと」

 

そんなわけで、家を出てAKIBA DOMEに向かっていると三人の姿が見えた。

 

「ライブが終わり、学校が統廃合になっても」

「心配いらないずら。統廃合になってもマルとルビィちゃんと善子ちゃんと――」

「僕も混ぜろ~」

「沙漓ちゃんの契約は絶対ずら」

「うんうん。新しい場所になっても」

 

なんか、僕の名前が聞こえなかったから混ざりに行くと名前が加えられた。被せる前に“と”って聞こえたから杞憂かもだけど。

 

「なによ。人のセリフ取って」

「ありがと」

「感謝すルビィ」

「もう!」

 

そう言って、二人は走り出す。

ヨハネは二人を追いかける。

 

「置いてくな~」

 

だから、三人を追いかける。大通りに出るとちょうど千歌さんたち三人が横切り、道路の向こう側では三年生三人の姿も見えた。

そんなわけで、AKIBA DOMEに向かって全員走り始める。

 

「さぁ、行くよ!1!」

「2!」

「3!」

「4!」

「5!」

「6!」

「7!」

「8!」

「9!」

「10!」

 

歩道橋を登りながら掛け声を言い、歩道橋の中心で僕たちは順番にそれぞれ親指と人差し指を立てて“0”を作り、

 

「0から1へ」

 

“1”に変える。

これから、みんながラブライブに勝つために。優勝するために。そして、輝きを掴むために。

 

「今、全力で輝こう!Aqours。サーン――」

『『『シャイン!』』』



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WONDERFUL STORIES

「優勝はAqours!」

 

ラブライブ決勝で全グループが踊り終えると、その場で優勝グループが決まった。

優勝したのはAqoursだった。まさか、本当に優勝しちゃうとは。でも、それくらいいいライブだった。みんな楽しそうだった。だからこそ勝てたんだと思う。

 

僕たちは電車に揺られて内浦に帰る。みんな優勝の余韻に浸っているのか静かな時間が流れた。

 

「ねぇ、海見て行かない?」

「賛成です」

 

すると、いつかの時に行った砂浜が目に入り、千歌さんはそう言い、みんなも頷くと電車を降りて砂浜に立つ。

夕日が海を染め上げていて、やっぱり綺麗だった。

 

「優勝できたんだよね?」

「うん。実感わかないけどね」

「でも、私たちはやり遂げられた」

「うん!」

 

千歌さんはまだ実感がわかないのかそう言う。実感がわかないくらいすごいことだから、そう思う気持ちはわかる。それぞれそんな反応をすると千歌さんの顔が綻ぶ。

 

「ラブライブは終わった。そして、もうすぐ私たちは卒業する。だから、これからのことを決めよっか」

 

そして、ラブライブが終わった以上、ずっと考えずにいた、先送りにしていた問題にぶつかることになった。いつまでも曖昧なままにすることはできない。だからこそみんなで決めなきゃいけない。

 

「Aqoursをどうする?」

 

~~

 

「ヨハネ……盛大にやらかしたね」

「うぅ、最後の日だから気合入れてやったらこうなっちゃった」

「はぁー。時間もそんなにないし、バスに乗りながら直したげる。道具取ってくるね」

「うん。お願い」

「それまで帽子でもかぶりなよ」

 

卒業・閉校式の日の今日。ヨハネの髪が大惨事になっていた。まさか、ここまでやらかすとは。

髪を戻すために道具を取りに戻る。うーん、寝癖直しとブラシ……切る場所は切らないとダメだろうからハサミもか。

そんな感じで適当に見作ろうと部屋を出る。

 

「沙漓、今更ながらできるの?」

「まぁ、なんとかなるでしょ?」

「疑問で返さないでよ」

「もちろん、なんとかするよ」

 

バスに乗ると一番後ろの席に行って、ヨハネの髪を直しにかかる。できればほぐしてブラシをするだけで直ればいいけど。

 

~~

 

「ふぅ、疲れた」

「ありがと、沙漓」

 

浦女の近くにたどり着く頃にはヨハネの髪はいつもの状態に戻すことに成功した。非常に厳しいモノだったけど割となんとかなるものだなぁ。

浦女の校門をくぐると、すでにだいぶ生徒とその親が集まっていて、閉校式もあるからか浦女のOBらしき人たちもいた。

その中にはルーちゃんとマルちゃんの姿が見えたから二人の元に行く。

 

「おはよう。ルーちゃん、マルちゃん」

「おはよう」

「おはようずら」

「おはよ。それにしても、今日で終わるのね」

「うん。だからこそ、ちゃんと終わりにしたいね」

「うまく行けばいいけど」

「うまく行くって信じよ?」

 

三年生の卒業式に、浦女の閉校式。今日の予定は詰まりに詰まっている。そして、“あれ”の準備はほとんどできている。まぁ、式が終わったら最終調整だけど。

 

「あっ、千歌さんたちだ」

「おはよう。みんなは知ってる?」

「ん?何がですか?」

 

千歌さんたち二年生三人と合流すると、会ってそうそうそう言われた。なんの事だろう?

 

「鞠莉ちゃんの提案で中庭を解放して校舎に寄せ書きするんだって」

「校舎に寄せ書き?」

「わぁ、面白そうかも」

「そんなことしていい訳?まぁ、鞠莉が言ってるから平気なんだろうけど」

 

校舎に寄せ書きなんてしていいのかな?そんな疑問があるけど、中庭に行ってみるとすでに始まっていた。窓に、壁にペンキで描かれていく文字や絵。ここまでやっちゃってると、本当にいいみたい。

と言う訳で、僕たちもそれに加わる。

 

「ヨハネ、ここはこうした方がいいかも」

「あっ、確かに」

 

ヨハネの描く魔方陣に手を加えてより禍々しいものにする。寄せ書きとはいったい?気にしたら負けな気がするから気にするのを止めて描き進めると、いつの間にかダイヤさんたちも描いていた。

 

「これから式なのにこんなに汚れてしまってどうするんですか?」

「いいんじゃないの?私たちらしくて」

 

結果として、皆どこかしらにペンキが付いちゃってる状態。校舎には“ありがとう”の文字や虹の絵などなど。これから、二つの式があるけど、果南さんの言う通り僕たちらしいのかな?

 

 

~千~

 

 

卒業式と閉校式が終わって、私は校舎を見て回っていた。みんなそれぞれ大切な場所に行っている。

 

『千歌ちゃん!水泳部と掛け持ちだけど』

『私にもできるのかな?』

『ルビィね、スクールアイドルをやりたい!』

『マルにできるかな?』

『リトルデーモンになれって言うかも!』

『千歌、ありがと。諦めないでくれて』

『ええ。こちらこそお願いしますわ』

『千歌っち、ごめんね』

『こんな僕ですがよろしくお願いします!』

 

教室、屋上、体育館、そして部室。どこも思い出が詰まった場所。あの頃の思い出がたくさん蘇って来る。

もう、あんな日々は送れない。今日でここは終わりだから。

 

「私は嘘つきだ。泣かないって決めたのに……どうして思い出しちゃうんだろ?どうして聞こえて来ちゃうんだろ?どうして……」

 

廃校することは割り切れたと思ってた。でも、やっぱり割り切れていない。もっと頑張っていればって思えてきちゃう。

思い出すとやっぱり辛くなる。

 

「ちーかさん」

「ん、沙漓ちゃん?」

 

声をかけられて涙を拭うと、沙漓ちゃんが外側の入り口に立っていた。どうして沙漓ちゃんがここに?てっきり善子ちゃんたちと一緒だと思ってたけど。

 

「思い出しますね。浦の星で過ごした日々が」

「うん」

「楽しいこともあったけど、辛いこともあった。でも、すべて含めて思い出になって行く。きっと、今はまだ割り切れなくても」

「そうなのかな?」

「きっとそうですよ。そして、そんな思い出が、日々があったから今がある。思い出になるくらい大切な日々だったからこうして思い出せる。だから思い出していいんですよ。そして、泣きたくなったら泣いていいと思います。その度に誰かと共有すれば。僕もいますし、みんなだって」

 

思い出があるから今がある。大切な日々だから思い出すことができる。

沙漓ちゃんがそう言って、私から目線を外し、それにつられて振り返るとみんながそこにいた。

みんなも今までのことを思い出したのか目は潤んでいる。

 

「千歌さん。探していた輝きは見つかりましたか?」

 

そして、沙漓ちゃんは私に聞く。私のずっと探していた輝きが見つかったかどうか。

 

春休みに曜ちゃんと一緒に秋葉に行って、スクールアイドルを知った。µ’sはキラキラしていて、普通な私もµ’sみたいになりたくてスクールアイドルを始めた。

 

なかなか集まらない中、曜ちゃんが一緒にやってくれた。水泳部と掛け持ちだったけど、曜ちゃんと久しぶりに何かを一緒にできることがうれしかった。

 

梨子ちゃんを何度も誘って、一緒に海の音を聞いて、梨子ちゃんが加わってくれた。あの時は必死だったけど、全力で梨子ちゃんと向き合ったから加わってくれたと思う。

 

三人で嵐のような日に体育館でライブをした。最初は少なかったけど、開始時間を間違えただけで、満員になった。そこからの景色はキラキラしていた。

 

ルビィちゃんと花丸ちゃんが体験入部して、その後に二人が入ってくれて、勝手にアイドル研究会に入った。やりたいことがあるなら、隠さずにそれを表に出すべきことを知った。

 

善子ちゃんを誘って、堕天使系アイドルになった。まぁ、一日で終わっちゃったけど、言いたいことを言ったことで善子ちゃんが加わった。それで、好きなことを好きって言えることが大切なのだと分かった。

 

浦女が廃校になるという話が出て、µ’sみたいに廃校を阻止したいって思った。その結果、内浦の温かさを再確認できた。

 

東京でイベントに出た。あの時は浮かれていたのかな?

その結果、誰の投票もなく“0”だった。悔しかった。誰かは見てくれると思ってたのに。そして、みんなで“0”を“1”にしようと決めた。あの時から私たちはやっと走り出したんだ。

 

果南ちゃんたちの拗れが解けて三人が加わって、夏祭りでライブをした。あのライブは大成功だった。今までで一番のライブになったとあの時思った。

 

夏休みの合宿中、予備予選と梨子ちゃんのピアノコンクールの日程が被っていることを知った。梨子ちゃんと一緒に予備予選に出たかった気持ちもある。でも、誘ったあの時から梨子ちゃんがまたピアノと向き合えるようになることを願っていたから。これがいい機会だと思ったから私は梨子ちゃんを送り出した。

 

梨子ちゃんの代わりに曜ちゃんとのダブルセンターになった。最初はうまく合わなかったけど、曜ちゃんが梨子ちゃんの歩幅に合わせたらうまくいった。その時は良かったと思ったけど、どこか違和感を感じて、そして気づいた。梨子ちゃんとは梨子ちゃんの、曜ちゃんとは曜ちゃんのそれぞれの形があるんだと。梨子ちゃんの真似をしたんじゃ、曜ちゃんの曜ちゃんとしてのそれが失われてしまう。そして、曜ちゃんとやり直した。その結果、チカと曜ちゃんだけのステップになって、予備予選を突破することができた。

 

Aqoursらしさが何なのかわからなくて、みんなで東京に行った。音ノ木坂に行って、海未さんの話を聞いて、それで分かった。µ’sを追いかけるんじゃなくて、Aqoursとして私たちらしく走るべきなんだと。

 

地区大会を迎え、結果は敗退だった。悔いはある。でも、あの時私たちは私たちのパフォーマンスができた。だから、“0”が“1”になったんだ。

 

二学期を迎え、説明会が中止になるという話になり、統廃合もほぼ確定だという話がされた。でも、私たちはまだ何もできていなかった。だから、足掻こうと決めた。奇跡を起こそうと。

 

鞠莉ちゃんがお父さんを説得して、どうにか十二月にある地区予選の日まで伸ばしてもらうことができた。そして、予備予選と説明会用に二曲作ることになった。その結果、一、三年生の間にさらなる絆が深まり、無事二曲とも完成した。

 

説明会と予選の日が被った。どうにかしようと色々頑張り、でもどうにもならず、二手に分かれようとした。だけど、内浦に遊びに来た海未さんたちのおかげでどうにか、全員で両方のライブをすることができた。

 

地区予選を突破するために昔果南ちゃんたちが作ったというフォーメーションの練習をした。いっぱい練習したのにどうにもうまくいかず、諦めかけたりもした。でも、みんなが応援してくれて、凜さんと花陽さんに助けてもらい、私は何もできていないと思っていたけどそんなこと無いのだと分かった。だからこそ、完成させられたんだ。突破できたんだ。

 

廃校が決まってしまった。あと少しだったのに届かなかった。だからこそ、諦めきれなくて。でも、もう足掻くこともできなかった。ラブライブの決勝をどうするかわからなくなった。でも、浦女の皆が願ってくれた。浦女の名前を残してほしいと。その為に優勝してほしいと。だから、私たちは再び走り出したんだ。

 

ゲストとして函館の予選に呼ばれた。Saint Snowが突破すると思ってたのに、結果は敗退で驚いた。その後、ルビィちゃんたちが函館に残って、理亜ちゃんと一緒に、ダイヤさんと聖良さんのために曲を作った。あの曲はいい曲だった。だから私たちも頑張らないとと思った。

 

お正月に聖良さんたちを内浦に呼んだ。色々おもてなしたり、私たちの為に練習メニューを作ってくれたり、十一人で歌ったり。その夜、鞠莉ちゃんの運転する車に乗って出かけた。雨が降っていたけど、みんなで願ったら、空は晴れて星空が広がっていた。それでわかった。願えば叶うんだって。願わなければ何も変わらないんだって。

 

閉校祭をした。みんながそれぞれやりたいことをして、最高の思い出になった。浦の星はこんなにも愛されているんだ。だからこそ、優勝したいと改めて思った。こんなにも暖かい場所があったんだって残したいって。

 

ラブライブ決勝。私は聖良さんに言われた「誰のためのラブライブなのか」の答えがわからなかった。ラブライブに勝ちたい。その気持ちはあるけど、それでいいのかわからない。だから、みんなに聞いた。そして、わかった。ラブライブで勝って優勝したい。それと同時にあの瞬間を楽しみたい。そして、私の、私たちの輝きを見つけたいって。

その結果はAqoursの優勝。私たちはやり遂げたんだ。でも、私の輝きが何なのかはわからなかった……。

 

この一年で色々なことがあった。目を閉じればやっぱり思い浮かぶのはそんな日々。特別な日もあれば何でもないような普通の日もある。でも、それら全てキラキラ輝いていて、そんな日々があったからこそ、今の私があるんだ。前まで私は普通のどこにでもいる普通怪獣だと思って、そんな普通な私が嫌だったけど、今はもう大丈夫。普通の私が精一杯頑張って、みんなと一緒にここまで来られたんだから。

 

私が、私たちが探していた輝き。足掻いて、足掻いて、やっとわかった。初めてµ’sを見たあの時から始まって、何もかも一歩一歩私たちが過ごした時間の全てが。それが私たちの探してた輝きだったんだね。

 

「うん!見つけられたよ!」

「なら、良かったです。っと、そろそろ時間ですね」

「うん」

 

もうすぐ時間が迫っている。

 

「ここがあったから」

「みんなで頑張ってこられた」

「ここがあったから前が向けた」

「毎日の練習も」

「楽しい衣装作りも」

「腰が痛くても」

「難しいダンスも」

「不安も緊張も全部受け止めてくれた」

「帰ってこられる場所がここにあったから」

「だからここまで来られましたね」

 

みんなはそう言って部室を出て行く。

 

「千歌ちゃん先行くね」

「うん」

 

この部室が一番Aqoursの思い出が詰まってる。だからこそ、ちゃんとお礼を言ってお別れしないとね。

 

「ありがとう……よっと」

 

そして、お礼を言ってプレートを外す。

これで終わり。でも、最後に私たちはやるって決めたんだ。浦女にお礼をお別れするために。

 

 

~☆~

 

 

「私はAqoursを解散させようと思う」

「いいんですか?せっかく優勝できたのに解散しちゃって。µ’sの真似って訳じゃないですよね?」

「別にいいんだよ?私たちは卒業するけど、千歌たちにはまだ時間があるんだから、沼津の方に移ってからもAqoursを続けても」

「ううん、これで終わり。ちゃんと理由もあるよ」

 

東京からの帰りに寄った海での果南さんの問いに千歌さんは解散を提案した。千歌さんが憧れていたµ’sも三年生が卒業したら解散したから、もしかしてと思ったけど、違ったみたい。そう言えば、µ’sの背中を追いかけるのは辞めたんだから、それは無いか。

 

「Aqoursは浦の星女学院のスクールアイドル。そして、浦の星女学院ももうすぐなくなるからAqoursも一緒に終わりにしようって。Aqoursは浦の星女学院のスクールアイドルだから、ここ以外の場所じゃ何か違うかな?って。だから、ちゃんと終わりしたい。ダメかな?」

「うん……私もそうしたい。それに、やっぱりこのメンバーがAqoursであって、それ以外じゃたぶんAqoursじゃなくなっちゃうと思う」

「そうだね。いつか終わりが来るなら、このタイミングが一番いい」

 

千歌さんの言葉とみんなそれぞれの想いの結果、全員がその結論に至った。みんなで決めて、これで終わり。

 

「でも、突然終わらせるのもあれですし、最後に大きな事しません?」

 

でも、ただ終わらせるのはつまらない。最後の最後まで輝いていてほしい。まぁ、それは僕のただのわがままなんだけど。

 

「ん?ライブでもする?」

「ですね。浦女のスクールアイドルとして終わらせるのなら、やっぱり最後は浦女で終わらせる。支えてくれた浦女の皆に、内浦の人たちへのお礼に」

「うん、それいい!」

「そうね。最後に盛大にやっちゃいましょー!」

「ならやるのは閉校式の終わった後にしましょう。そのタイミングなら、閉校式の流れなので人も集まるでしょうし」

 

「どの曲やろっか?」

「その辺りどうしよう?」

 

「衣装どうする?」

「制服でいいんじゃないの?浦女でやるんだし。それともさっきのにする」

「いろいろ考えることがあるわね」

 

こうして、浦女でラストライブをすることになり、どんどん話を詰め込んでいった。それからの日々はあっという間だった。

 

~~

 

「準備万端、いつでも行けますよ」

「うん」

 

閉校式が終わって、ある程度時間が経った頃。僕たちは体育館の舞台袖に集まっていた。僕は音響とライトの確認をしつつみんなにそう言う。

Aqours最後のライブ。今日の朝に告知したのに、体育館にはたくさんの人が集まっていた。ネットじゃなくて張り紙で告知したけど、満員になっている。たぶん、今日浦女にいた人全員がそこにいる。

結局制服でやることになった。これが一番Aqoursらしいってことで。そして、この日の為に新曲も一曲。決勝から数日しか経っていないのに、完成度は今までのに引けを取らないものになっている。

 

「本当に今日で終わりにするんだよね?」

「じゃぁ、今日をラストライブにしないでおく?」

「ううん。ちゃんと終わらせるよ。みんなでそうしようって決めたんだから」

「そうだね。なら、全力で楽しもっか」

「そうですわね。このライブを楽しんで」

「最高の形で終わりにする」

「そして、見てくれるみんなにありがとうの気持ちを届ける」

「これから頑張ろうって人の背中を押す」

「µ’sが私の背中を押してくれたみたいに!」

「きっと、私たちならできる」

「みんなが一緒なら」

「うん。じゃっ、始めよっか」

『『『うん』』』

「ラストライブ、全力で輝こう!Aqours」

『『『サーン シャイン!』』』

 

今、Aqoursのラストライブの幕が上がる。

 

 

~~

 

 

「ヨハネー、今年はどうする?」

「去年はスクールアイドルをしてきたけど、今年は……」

 

四月。僕たちは沼津の高校に転入した。今は放課後でだいぶ落ち着いたけど、朝はすごかった。みんなはラブライブを優勝したわけだから、みんなのもとにはファンの人やら、勧誘しようとする人やらいっぱいいた。たぶん、表に出ればみんなは勧誘の嵐だろうけど。ちなみにそんな光景を僕ははたから見てた。人混み辛い。

ヨハネはもうスクールアイドルをやる気は無いのか、勧誘は断っていた。たぶん、千歌さんだったからこそヨハネがスクールアイドルをやったんだと思う。だから、こうなることはなんとなくわかっていた。

曜さんは飛び込みに、梨子さんはピアノに専念するらしく、千歌さんは……よくわからないけどスクールアイドルをする気は無いらしい。たぶん、受験があるからだと思うけど。まぁ、これはただの予想。この前そんな感じのことを言ってた気もするし。

ルーちゃんとマルちゃんはどうしようか悩んでいる状態。というか、けっこうプレッシャーが強いから困ってるみたい。

ちなみに今は、たくさんある蔵書を見に二人は図書室に行っている。

 

「そっか」

「そう言う沙漓はどうなの?もう激しい運動をしても問題ないんでしょ?」

「まぁね。でも、僕は見る専門だから。踊るのはパスかな?それに弓道続けるつもりだし。今年は弓道をのんびりやってくよ」

「はぁー、沙漓がもっと早くに始めていれば廃校に待ったをかけれたんじゃないの?」

「いやいや、さすがにそれは無いよ」

「あっそ」

 

流石に僕が頑張ったって廃校は覆せたなんて思わない。それに、終わったことを言うのもどうかと思うし。

 

「ヨハネはこうして、またボッチの道を進むの?」

「ボッチじゃないでしょ?契約があるんだから」

「まぁ、そうだけど。どこかの部活入らないの?一覧だと占い部とかオカルト研とかあるけど」

「パスかな?占いは一人でやる物だと思うし。私が好きなのは堕天使とか黒魔術だし。だから、特に入らないわ」

「オカルト研、黒魔術の研究もしてるみたいだよ?」

「うっ」

「あ、揺らいだ。さて、いつまでも駄弁ってるのもあれだし、そろそろ行こうかな?弓道部の設備がどうなってるのかも気になるし。あっ、今気づいたけど、二年で入るって、すでにコミュニティが形成されてるから、けっこう辛いかも。浦女じゃ弓道してる人いなかったし」

 

今気づいたけど、その心配があった。絶対浮くやつだ。あー、一気に入る気力が~。どうしよう一人でまたやる?でも、浦女の時みたいにはいかないか。あの時は鞠莉さんだったから許容されてたわけだし。

 

「ヨハネー、一つ提案――」

「弓道部に一緒には入らないわよ」

「まだ言い終わってないんだけど」

「なんとなくわかるわよ。沙漓の考えてることくらい」

 

ヨハネと一緒に入ろう作戦も、始まる前に終わってしまった。いい作戦だと思ったのに。

 

「まっ、それは諦めるとして、どうする?一応部活見て回る?」

「はぁー、一応付き合ってあげるわ」

「ありがと」

 

ようやく今日の予定が決まり、僕たちは立ち上がり廊下に出る。とりあえず、弓道部を覗きつつ他の部も見ようっと。

 

「あっ、沙漓ちゃんと善子ちゃんいたー」

 

廊下に出ると、千歌さんの声が聞こえ、こっちに向かって猛スピードで来ていた。

 

「千歌ちゃん、走らないの!」

「まぁまぁ、あれはギリギリ早歩きだから」

「いや、ほとんど走ってると思うずら」

「うーん。まぁ、人にぶつからなければ平気じゃないかな?」

 

その後ろから四人も追いかけていた。えーっと、何事?あと、千歌さんのは見る人から見れば走っているし、注意した梨子さんもだいぶギリギリのラインだと思う。

 

「善子ちゃん、沙漓ちゃん。一緒にスクールアイドルやろう!」

「え?」

「はい?スクールアイドルはもうやらないんじゃ?」

「ふぇ?なんで?私はまだまだ輝きたい!だから、またみんなでやろう!この七人で!」

 

どうやら、千歌さんは受験とか関係ないみたい。ヨハネを見るとポカーンとしていて、でもその瞳は楽しそうに輝いていた。みんなも同様にまだまだやりたいみたい。

うーん。今年もまたのんびりとした生活は送れなさそうかな?まぁ、面白い事にはなりそうだけど。

さてさて、今年はどんな輝きが見られるのやら?




と言うことでこれで終わりです。だいたい半年間の間ありがとうございました。ノシ


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番外編1 メタ発言な沼津旅

なんとなく番外編です。

先に注意点として、メタ発言やらネタがありますのであしからず。そして、今回でのキャラの発言は真実か否か知りませんので。猫犬のただの疑問ですので。
あと、番外編と割りきってくださいな。


「ヨハネー。外で遊ぼうよぉ」

「嫌よ。外は灼熱の業火に焼かれているのだから」

「えー。家に引き籠ってたら身体に悪いよぉ」

「いいのよ。練習で外には出ているのだから」

 

夏休み。Aqoursの練習が休みで暇だったからヨハネの部屋にやってきた。でも、ヨハネに拒否られた。まさか、拒否られるとは思ってなかったからどうしよう。

 

「いいじゃん、暇でしょ?」

「暇じゃないわ。今日はこのモンスターを狩らなきゃいけないのよ」

「ヨハネ、なんでこの時期にイーターなの?しかもバーストって、それだいぶ前じゃなかったっけ?」

「いや……久しぶりにやったらはまっちゃって」

「はぁ。まぁ、いいや。じゃぁ、手伝うから、目的が果たされたら外行くよぉ」

 

僕は仕方なくそう言うと、バッグからvitaを取り出す。ヨハネは僕がおもむろに出したからか、なんで?みたいな表情をしていた。

 

「なんで、vitaが出てくるのよ。というか、沙漓やってたの?」

「ん?大抵外行く時は入ってるよ。バスの移動とかの暇な時にやってるし。いやー、ノリで始めた感じだよぉ。そして、データ保存だからメモリの中に残ってるし」

「なんで、入ってるのやら。まぁ、いいわ。手伝ってくれるのなら」

「で、何狩るのぉ?」

「そうね。ピターよ」

 

とりあえず、ヨハネのベッドに腰を下ろして起動させると、ヨハネも起動させる。ピターなら、神属性だからあれだねぇ。

 

「沙漓……なんで黒熊なの?」

「気分!で、ヨハネはキャラ名もヨハネなんだね。それに格好も堕天使だし」

「それを言ったら、沙漓だってサリエルじゃない。敵と同じ名前って……まぁ、いいわ。で、その武器は?太鼓にステッキって……」

「レアアイテムが出やすくなるスキルが付いた装備だよ。どうせ、ピターの素材で出ないのがあるんでしょ?」

「ええ。神帝翼がね。でも、それのスキルって自分だけでしょ?」

「そんな不運な方にこちら!強化パーツにはパーティー付与の物を搭載」

「通販のノリはやめなさい」

「はーい」

 

そうして、僕たちは準備を整えて出発した。とりあえず、NPCを一人ずつ連れて敵の策敵を始める。マップが大きくないとはいえ、狭い場所で戦うと雷ビリビリだから気を付けないと。

 

「ところで、今更だけど、果南さんの家ってどうなってるの?あっ、5番に移動した」

「どうしたのよ、唐突に。何度も行ってるじゃない。了解よ」

「いや、淡島ってそこ全部で淡島マリンパークじゃん。そうなると、果南さんの家に行くのには、淡島マリンパークの入園料を払わなきゃいけない訳で……。くらえ、爆発系の弾丸」

「言いたいことは分かったわ。つまり、今まで私たちはどうやって淡島に来ていたかという謎ね。果南さんに会いに行くのにいちいち入園料は払っていないわね。って、そんな大きな爆発しないでよ」

「そうなると、どうなってるんだろ?いつも気づいたら果南さんの家の前な訳で……。あっ、ごめん。ソロだといつも周りを気にしなかったから……弾丸を変えないと」

「でも、定期船に乗ってたわよね?そうなると……後で行ってみる?真実を知りに。あっ、翼壊れた、後は爪と頭ね」

「あれ?家から出たくないんじゃなかったの?あっ、キレた。ぴよらせるね」

「別にいいじゃない。沙漓のせいで気になったのよ。ぴよったから一気に叩くわよ」

「人のせいにしないでよ。ほいほーい、どんどん行くよぉ」

 

僕たちは関係のない話をしながらピターと戦っていて、あっさりと倒すことができた。部位破壊は全部完了したし、これで出ればいいけど。というか、久しぶりにやったけど感覚は残ってたなぁ。あっ、超伝導体でなかった。

 

「ヨハネ、どう?」

「あっ、出た」

「なんと。やったね」

「ええ。最後の一個が何回やってもでなかったのに、沙漓とやったら一回で出るって」

「良かったじゃん。こっちは欲しいのが出なかったけど」

「え?じゃぁ、もう一回やる?」

「ううん、いいや。素材交換でもらうから」

「そう。それにしても、沙漓の装備ふざけているのに強いわね」

「一応最終段階だからね。それにヨハネの装備だって強いよ。で、どうする?出かける気になった?」

「まだよ。他にもほしい素材があるんだから」

「ほーい。まぁ、まだどこも開いて間もないか開いてないからもう少し付き合うよ」

 

ヨハネがまだ出る気が無いみたいだから、付き合うことにする。それに、もうちょいこれで遊びたいし。

 

「で、次は?」

「サリエルよ」

「あれ?これに対戦機能あったっけ?」

「沙漓じゃなくて、敵の方のサリエルよ」

「うん、知ってた。ボケを入れてみただけ」

 

そういう訳で、強化パーツは変えずに、装備をまともにしてと。では、またしゅっぱーつ。あ、回復アイテム入れ忘れた。

 

「ヨハネ、悲報」

「どうしたの?」

「回復アイテムも一緒に倉庫にしまって入れ忘れた」

「回避ね」

「はーい。バースト化して自然回復するね」

「それ付けてるならなんとかなるわね。それに最悪回復弾撃つから」

 

ヨハネに聞いたらこっちでなんとかしろ的なことを言われてしまった。でも、最悪回復弾は撃ってくれるってツンデレさんかな?放置と見せかけて一応助けてはくれるって。

 

「そう言えばさっきの疑問の続きなんだけどさ」

「ん、果南さんの家のこと?それとも淡島のこと?8番に来たみたい」

「ほーい。果南さんの家の方。現実とかドラマパートだと果南さんの家の位置にカエル館あるじゃん」

「あるわね。あと、現実とかドラマパートとかメタ発言はやめなさい。銃乱射で落として斬るのがやっぱりベタね」

「果南さんの家があるってことは、カエル館はどこに消えたんだろ?淡島マリンパークの特徴の一つってカエル館でしょ?たーまやー」

「確かにカエル館は……でも、それ言ったら果南さんの家のダイビングショップはどうなる訳?この世界以外だとあそこにダイビングショップは無いわよ。だから、大爆発はこっちも吹っ飛ぶからやめなさい」

「うーん。謎が謎を呼ぶねぇ。ブラストに変えたら爆発系じゃないと意味ないでしょ?」

「そんなに気になるなら後で行けばいいでしょ?沙漓はそのハンマーでガンガン叩いて麻痺らせなさいよ」

「やっぱり一緒に行ってくれるの?どんどん叩くよぉ」

「どうせ、何かと理由を付けて無理やり連れてく気でしょ?てか、こっちの独壇場だからダメージ全く受けないわね」

 

やっぱりゲームとは関係ない会話をしながら戦っていくと、すんなり終わった。ふむ、やっぱり一人プレイより多人数の方が早いね。それからも何体も倒していった。

 

 

~☆~

 

 

「シーラ、カンス!」

「急にどうしたのよ」

「いや、ここに来たらやらなきゃいけない電波が」

 

無事?ヨハネが満足したことで外に連れ出すことに成功し、僕たちは深海水族館にやって来ていた。来て速攻で屋内に入った理由は外が暑かったから。それを口にしたら、ヨハネに怒られた。うん、まさか白熱して予想よりも長い時間イーターをやることになるとは思ってなかった。それでも、九時に行って十一時前には出たからまだマシかもだけど、夏だからこの時間でも暑い。

そして、近場で涼しくて尚且つ、こっちに来てから一度も行ってなかったからここに来てみたかったのもある。

深海水族館は三津シーとか淡島マリンパークと比べると小さいし、居る魚も地味だった。まぁ、これはこれで味があるってことで。

シーラカンスを見たら、なんとなくそんな感じのことを言わなくちゃいけない気がしたんだけどなぁ。

 

「それにしても、魚はけっこういるねぇ」

「そうね。久しぶりに来たからあまり覚えてないだけに新鮮な感じだわ」

 

ヨハネは以前にも来たことがあったみたいだけど、だいぶ前みたいだから一応楽しめてはいそうだった。あれ?ドラマパートで来てなかったっけ?世界線微妙に違うけど。それにしても、シーラカンスって地味に大きいなぁ。それにしても白目で怖い。

 

「さて、ヨハネ。困ったことがあるの」

「なに?」

「魚を見てたらお腹が空いた」

「……なにそれ」

「いやー、カニを見てたらねぇ」

 

お腹が空いたことを言ったら、呆れられた。でも、時間も十二時を過ぎてるわけでお腹が空くのは仕方ないと思う。

 

「まぁ、いいわ。じゃ、外に出ましょ」

「うん、そうだねぇ」

 

こうして外に出ようと出口に向かい、

 

「あっ、でも、その前にシーラカンスのぬいぐるみを」

「お昼はいいの?」

「すぐ終わるから待ってぇ」

 

僕はお土産コーナーでシーラカンスの小さめなぬいぐるみを買うと、ようやく外に出た。ヨハネは呆れた様子で僕を見ていた。

 

「さて、何食べる?」

「そうね……高すぎなければ問題ない……」

「ん?どうしたの?」

 

どこでお昼を食べようか悩んでいると、ヨハネは言葉の途中でとまった。だから、どうしたんだろ?と思いながらヨハネの視線をたどると沼津バーガーがあった。そして、商品一覧に、

 

「堕天使の宝珠?」

 

やたらヨハネ作の“堕天使の泪”感のある名前の物があった。まさか、ヨハネは商品経営にまで乗り出したというのか?

 

「ヨハネ、リトルデーモン集めの為にこんなことにまで手を伸ばさなくても……」

「いや、私は何もしていないわよ」

「ふーん。まぁ、ヨハネがそういうのなら偶然か。ここでいい?」

「いいの?」

「うん。他のお店は寿司屋とか丼ものとかだし、ここの鮫バーガーを食べてみたい」

 

ヨハネはここに興味を持ったみたいだから、それに僕もちょっと興味はあるし。そういう訳で早速入店。

僕は鮫バーガーを、ヨハネは深海魚バーガーを選び、割り勘で堕天使の宝珠を一個買った。

席に座って早速食べ始めたのだが、

 

「あつっ」

「そう?確かに温かいけど暑いほどじゃなくない?」

「うぅ……猫舌」

「そういうことね」

 

まさかのフライの中が熱くてすぐに口を離し、水を飲む。危なかった。できたてだから温かいとは思ってたけど、ここまでとは。

 

「さて、熱いから少し待つとして、こっちを」

「あっ、私も」

 

冷めるのも待つ意味を込めて、堕天使の宝珠に手を付けようとすると、ヨハネもそう言って堕天使の宝珠に手を付ける。そして、同時に食べる。最初は普通のたこ唐揚げだけど、後から辛みがやって来る。

 

「うーん。辛いっちゃ辛いけど、誰かさんのあれの方が辛い……」

「まぁ、私の堕天使の泪と比べれば辛さの量が違うからね」

「それもそっか。と、では鮫バーガーに戻るとして……というか、鮫を食べたこと無いけど、なんだか白身魚みたいな感じなんだよね」

「そうなの?」

「うん、食べてみる?」

 

鮫バーガーが普通の白身魚みたいな感じで、こうピンと来ない。すると、ヨハネが興味を示して、僕はヨハネの方に向けてみる。いわゆるあーん状態?でも、ヨハネは気づいていないようでそのまま食べる。ここで、爆弾発言を落したら噴き出す未来が見えるからやめておこぉと。

 

「ねぇ、ヨハネ。ヨハネのも少し食べてみたいなぁ」

「仕方ないわね。はい」

 

頼んだらあっさりとバーガーをこちらに向け、僕はパクッと食べてみる。ふむ、こちらもなかなか。

 

「間接キスだね」

「あんた、わかっててやってたでしょ。大体、別にあまり気にしないわよ」

「あれ?てっきり取り乱すと思ったのに」

「あんたにあれだけ振り回されていれば、ある程度のことじゃ驚かないわよ」

 

さて、今までヨハネをいじった結果、まさか耐性が付いていたとは。びっくりだなぁ。そうしてのんびりと食べて、食べ終えると店を出た。

 

「さて、じゃぁ、淡島行こっか」

「そうね。真実を確かめに」

「ヨハネノリノリだね」

「沙漓のせいで気になったんだから、沙漓のせいよ」

 

僕のせいにされちゃった。でも、僕から振った話だし事実ではあるか。バスの時刻表を見るとちょうど来る時間であり、すぐに来たので二人で乗り込む。定期があるから向こうまでのお金はかからないしねぇ。使える時に使っておかないと。

 

「そう言えば、今日はみんな何してるんだろ?」

「さぁ?ルビィとずら丸はどっちかの家にいそうだし、ダイヤさんは稽古だろうし。千歌さんは手伝わされてるとみた」

「ありうる。梨子さんと鞠莉さんは家でのんびりしてそうだし、果南さんはダイビングショップかな?あれ?そういえば曜さんは?」

「さぁ?聞いてないわね。千歌さんのところに行ってそうだけど」

 

みんなの今日の予定を予想するも、曜さんだけは予想ができなかった。飛び込みの日程とかはあまりわからないし、練習ができる日は一応聞いているけど、今日は元から休みの日だから聞いてないし。

まぁ、淡島帰りに千歌さんのもとに行けばわかるか。

 

 

~☆~

 

 

「ヨハネ、これはどういうことだろ?」

「さぁ?」

「なんで果南さんに会いに来たって言ったら簡単に乗せてくれたんだろ?」

「そうね。そして、定期船を降りるとそこにはイルカプールだし。水族館前には柵があるし」

「というか、こんな柵あったっけ?」

 

淡島にやってくるとよくわからないことが起きた。すんなりは入れたり、柵があったりなどなど。しかし、他の誰かはそれがさも当然のようにしていた。うん、よくわからん。

 

「とりあえず、果南さんのところ行こっか」

「そうね。果南さんならきっと」

「ん、私がどうしたって?」

「「わっ!?」」

 

いきなり果南さんが現れたから僕たちは驚いた。まだ、果南さんの家の前に行ったわけじゃないのに現れたから。というか、何故ここに?と思ったけど、ウェットスーツを着てるし、濡れてるからちょうどダイビングのお客さんの対応したところかな?

 

「ん?二人ともどうかしたの?」

「あっ、いえ。遊びに来ただけですよ」

「なるほどね。二人で遊びに出かけるって仲良いね。っと、お客さんが着替えてるから今のうちにやれることをやんないといけないから、またね」

「あっ、はい」

 

果南さんは慌ただしく去って行き、僕たちはその場に残された。結局、なんで果南さんが船着き場に現れたのやら?果南さんの所の船なら家の前から出してるからここによる理由は無いはずなのに。

 

「って、見送る必要なくない?果南さんに会いに来たんだから」

「あっ、それもそっか。と言う訳で追いかけよぉ」

「ええ」

 

果南さんを追いかけて行くと、お客さんがまだいるみたいなので邪魔にならないようにテラスの椅子に座って待つことにする。

うーん。やっぱりカエルは見当たらないよなぁ。

そうして待っているうちにお客さんは帰っていった。そして、入れ替わりに果南さんがこっちにやって来る。

 

「それでどうしたの?わざわざ待って」

「あれ?もうお客さんはいないんですか?」

「うん。今日の予約分は終わったよ。あとは駆け込みで来ない限りは無いだろうけど、たぶんいないから今日は閉めちゃうかな?行く場所があってどうせ今日は仕事できないし」

「なるほど?僕たちは淡島の謎を調べに」

「淡島の謎?」

 

僕たちがここにきた理由を言ったら、果南さんは首を傾げた。言ってなんだけど、これだけで通じたらびっくりだね。

 

「ええ。沙漓が今更ながら、なんで淡島マリンパークが営業してるのに、果南さんに会いに来たって言っただけで来られるのかとか、カエル館の有無とか」

「そういうことね。私に会いに来たって言った時、生徒手帳見せなかった?」

「あっ、そう言えば見せたような。いつも聞かれて見せてましたけど……」

「まぁ、そういうこと。それで生徒なら本当に会いに来たってわかるからね。でも、それでマリンパークの施設には行かないでよ。そしたら、もう会いに来るためにいちいち入園料払うことになるからね」

「まさか、果南さんとマリンパークでそんな契約をしていたなんて」

 

とりあえず、淡島の謎その1が判明したことに安堵するも、まだ謎はあった。

 

「とりあえず、わかりました。果南さんに迷惑はかけたくないですし。ところで、この世界にカエル館は?」

「ああ、カエル館なら一時期併設してたけど、カエルのエサが大変で向こうの方にある空き家に移設されたよ」

「なんか、世知辛い理由だった」

「あの子たちなら、そこに行けばみられるよ」

「いえ、別にカエルはちょっと……そもそも、僕の動物避けの前に逃げますよ」

「えっ?あれってカエルにも効くの?」

「カエルはわかんないけど、イルカのプールにいたイルカは沙漓から距離を取っていたわね」

 

ヨハネは残念な物を見るかのような目を僕に向けてそう言った。残念ながら事実で、船から降りた所で覗きこんだら、一目散に逆側に逃げ、果南さんを追いかけて逆側に行ったらまた元の位置に逃げられた。つまるところ、イルカには効いてしまう模様。いと悲しい。果南さんはそんな僕にどう声をかけたものかと苦笑いを浮かべていた。

 

「というか、そんなことが知りたくてわざわざ来たの?」

「まぁ、気になっちゃって」

「主に沙漓のせいで」

「なろほどね。そう言えば、二人はこの後どうするの?」

「この後ですか?」

 

話が一段落したところで、果南さんがそう聞いた。この後は特に決めてないけど、適当に過ごそうとは思っていて、特に決まってはいなかった。というか、定期船の中で決めるつもりでいたから。

 

「特に決めてないわね」

「そっか、じゃぁ、一緒に行かない?」

「「何処に?」」

「曜の飛び込みを見にね」

 

 

~☆~

 

 

「というか、今日が大会なんだったら言ってくれれば普通に見に来たのに」

「まぁ気恥ずかしかったんだろうから」

「それか、休みの日だから気を使ったか」

 

果南さんに連れられて淡島を後にしてバスに揺られて曜さんがいるというプールに来た僕たち。今日が大会らしく、僕たちはそれを知らなかった。果南さんは幼馴染だからか、飛び込みの大会があることを知っていたらしい。千歌さんも知っているらしく、たぶん来るとのこと。きっと梨子さんも連れて来そう。

 

「っと、曜の番はまだだね」

「みたいですね」

「みんなの姿は見えないわね」

 

ヨハネは辺りを見回しているけど、どうやらまだ来てはいなさそうだった。といっても、誰が知ってて誰が知らないのかわからないけど。

 

「あっ、次曜さんの番ですね」

「うん。曜の飛び込みは綺麗だからね。見とく価値はあるよ」

「そう言えば、初めて見るような」

 

曜さんが飛び込み台に上がったことで、僕たちは曜さんの方に視線を向ける。

そして、曜さんは飛び込む。確か曜さんは“前逆宙返り3回半抱え型”とやらができるらしいけど、見たことが無いからよくわかんない。

曜さんは飛び込むと体を丸くしてその状態で回転してほとんど水飛沫が無い状態で着水した。何から何まできれいだったから目を奪われていると、直後周りの人たちが大きな拍手をする。

 

「えーと、よくわからないんですけど、成功なんですか?」

「うん。成功だよ。飛び込みだと、着水までの時間で行ったことと、着水時にいかに水飛沫を立てないかがポイントだから。それで、今回はどっちも綺麗に行ったから大成功だよ」

「ほー」

 

飛び込みに関しては全く知らないから、さっきまでの人たちと比べて拍手が多いことを疑問に思ったらそう教えてもらった。ヨハネも知らなかったようでそんな声を漏らしていた。

 

「それに、曜ちゃんは大会の常連だから結構の人に知れ渡ってるからすごいんだよ!」

「あっ、千歌さん。いつの間に」

 

すると、いつの間にかそばにやって来ていた千歌さんがそんなことを言った。いつの間に。あっ、梨子さんもやっぱりいた。

 

「まさか、大会が今日だったなんて。先に言っておいてくれればよかったのに」

「ですねぇ」

 

それから、喋っていると全員の審査が終わり、結果発表になった。結果は、曜さんが入賞だった。

 

「やったよ、梨子ちゃん!曜ちゃんが入賞だよ!」

「うん!そうだね」

 

千歌さんは梨子さんに抱きついて曜さんの入賞を喜ぶ。そうしているうちに大会は閉幕して会場を後にし、

 

「曜ちゃん!入賞おめでとう!」

「わっ、千歌ちゃん!?それにみんなも」

 

会場から出てきた曜さんに千歌さんが抱きついていた。曜さんは僕たちが居ることに驚いているが、千歌さんを抱き留めて笑みを浮かべた。

 

「入賞おめでとうございます。初めて見ましたけど、綺麗でした」

「うん、ありがと。でも、どうしてみんなここに?」

「沙漓と一緒に果南さんについてきただけよ」

「千歌ちゃんと一緒にね」

「そっか。来てたなら言ってくれればよかったのに」

「知られたくなくて隠してたのは曜でしょ?」

「まぁ、そうだけど」

 

曜さんは隠していたからそんなことを言うと、曜さんは苦笑いを浮かべた。とりあえず、いつまでもここに居るのも邪魔になるので歩き出す。

 

「ところで、なんで千歌さんと果南さん以外には伝えなかったんですか?」

「ん?今日は練習休みだからみんなにも休んでもらおうと思って言わなかったんだよ。あと、二人にも言ってないよ?」

 

てっきり、幼馴染だから二人にだけ伝えたのだと思ってたけど、どうやら二人にも伝えていなかったようだった。じゃぁ、二人はどうして知ってたんだろ?

 

「私も千歌も何度も曜の大会は見てたからなんとなく予想は付くんだよ。それで、あとは調べれば簡単に日時はわかるしね」

「そういうことー。曜ちゃんの秘密は全部知ってるもんねー」

「なんと!曜さんの秘密を全部知ってるんですか!」

「私と曜ちゃんの仲だもーん」

「千歌ちゃん……」

 

千歌さんはドヤ顔でそう言った。曜さんは千歌さんの言う秘密をどこまで知っているのかと困惑していた。そんなに秘密があるのかな?

 

 

~☆~

 

 

「さて、そして戻って来た」

「なんか、今日は色々あったわね」

 

僕はみんなと別れてヨハネの部屋に来た。本当はもう少し居たかったけど、曜さんが疲れてるかも的な感じの雰囲気になったから、こうなった。そして、ヨハネのお母さんは、今日は帰りが遅いとのこと。その結果、

 

「ヨハネー。夕飯何にする?」

「沙漓も食べてくの?」

「あれ?だめ?」

「いや、ダメじゃないけど」

 

どうせだからとヨハネの家で夕飯を食べていくことにした。その後ももう少し遊ぼうと思うし。

 

「そうね。私の新作“堕天使の業火”は?」

「明らかに夏に食べるモノじゃなさそうだから却下」

「じゃぁ、“堕天使の翼”?」

「ごめん、普通の名前でお願い」

「ヨハネ式お好み焼きよ。ちなみに“堕天使の業火”は激辛鍋よ」

「じゃぁ、“堕天使の翼”で」

 

ヨハネのよくわからない名称シリーズに困ると、あっさりと普通の名称を口にした。だったら、最初からそう言えばいいのに。

とりあえず、ヨハネが小麦粉を取り出し、ボールに入れて作り始める。その隣で、家から持って来た食材を使って僕も簡単な物を作り始める。

 

「って、黒くしてたのイカスミだったの?」

「ええそうよ。お菓子の時はココアパウダーとかで黒くするけど……」

「別に黒くしなくても……」

「これが堕天使シリーズの由縁よ。で、沙漓は何してるの?」

「焼きそばだよ。お好み焼きだけじゃ足り無さそうだし」

 

そう言いながら、ちゃんと手は動かしていく。そして、ホットプレートの電源を付けて少し待った後、調理を始める。ホットプレートの半分で

“堕天使の翼”をもう半分で焼きそばを作って行く。ヨハネはよく作っているのか手慣れていた。合宿の時にも思ったけど、ヨハネって意外と料理できるのかな?って、お母さんの帰りが遅くて自分で作ってるのか。

 

「ヨハネ。そのタバスコをどうするつもり?」

「入れるつもりよ」

「ヨハネ。なんでタバスコ入れたがるの?」

「気分?」

「気分で辛くしないで」

「仕方ない。後でかけるわ」

 

ヨハネは仕方なさそうにそう言ってタバスコを戻し、ひっくり返す。その間にこっちも進める。そうして、作って完成させるとお皿によそる。

 

「「いただきます」」

 

僕たちはそう言って、食べ始める。ヨハネはさっき言った通り自分の分にタバスコをかけ、僕は普通にソースとかをかける。“堕天使の翼”はほとんど普通のお好み焼きと変わらず、見た目が羽みたいな形をしていた。味はイカスミを入れたはずなのにイカスミ感はあまりなかった。

 

「沙漓の焼きそばもなかなかね」

「そりゃ、どうも。ヨハネのもおいしいよ」

「そう。さて、どんどん焼くわよ」

「ヨハネ、種作りすぎ。まぁ、まだまだいけるけど。それに具材を足したりすればいい感じだし」

 

そう言って、焼きそばを挟んでみたり、ソースを変えたりなどしてみた。そして、食べ終えると洗い物をして、ヨハネの部屋で遊んだ。

 

「あっ、もうこんな時間。そろそろ帰るね」

「そう。じゃ、また明日」

「うん。また明日ー」

 

気づけば夜の十時を過ぎていたからそろそろ帰ることにする。流石にヨハネの家に泊まるのも悪いしね。

さて、明日は……あれ?なにか通知が来てる。

 

“曜ちゃん、入賞祝いを考えようの会”

 

ふむ。つまり……どういうこと?




淡島の仕様は勝手な設定であり、真実は知りませんのであしからず。

ではでは、ノシ


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番外編2 AQUARIUM

番外編パート2。
今回は恋アクのPVに寄せた感じです。でも、友情ヨーソロー後の設定なので、違う点は多々あります。
あと、時系列は番外編1の後です。


「三津シーの紹介?」

「ええ。この前のライブで興味を持たれたらしくて、オファーが来たわ。メインは三津シーの宣伝だけど、それなりの人の目に触れるからAqoursを知ってもらうにはちょうどいいと思うわ」

 

練習の休憩中に鞠莉さんが唐突にそんな話を持って来た。知名度を上げるのなら確かにこういう方法はありだと思う。

 

「ちなみに何をするんですか?」

「基本的には仕事体験とそこにいる生き物の紹介をする感じね。前者は雑誌に載るし、後者は地方の番組のコーナーに流れるわ」

「なるほどね。確かにそれならスクールアイドルを知らない人の目にも留まるね」

「私は賛成だよ。一人でも多くの人に知ってもらいたいし」

「私も賛成であります!」

 

内容もわかり、みんなはやる気満々のようだった。こうして、僕たちは三津シーに行くことになりました。

 

 

~☆~

 

 

話があった週末の朝七時半。僕たち九人は三津シー前に集まっていた。なんでも、普通にお客さんは来るから、開業時間前に行うとのこと。まぁ、それは基本だよね。お客さんの居る中じゃやりづらそうだし。

 

「それで、どうするんですか?曜さんがまだですけど」

「予定時刻ですし、先方に迷惑がかかりますから着き次第合流しかなさそうですわね」

「だね。まさか、曜ちゃんが今日に限って寝坊するなんて」

 

この場には曜さんがおらず、なんでも寝坊したとのこと。曜さんが寝坊なんて珍しいなぁ。そうこうしているうちにスタッフの人がやって来る。といっても、対応は基本ダイヤさんと鞠莉さんがするんだけども。

 

「それで、次のバスはとうぶん先ですけど……」

「うん。だから、曜ちゃん自転車こいでるって。さっきまでは静浦漁港辺りだってさ」

「なんでわかるんですか?」

 

二人がスタッフと話している間に曜さんの状況を聞いたら「あのへんかな?」じゃなくて割とピンポイントな場所で返された。まさか、千歌さんには曜さんの居場所が察知できる能力が?

 

「ラインでそう返されたよぉ。さっきから信号で止まるたびに現在地を打ってくれてるしねぇ」

「なるほど。ということは、まだ三十分近くはかかりそうですね」

「うん、そうみたい。あっ、更新された。今淡島の近くだってさ」

「あれ?なんか、一気に移動してません?」

「あっ、前の更新時刻がそもそも二十分近く前だよ」

 

千歌さんの曜さんの現在地が分かったのはいいけど、場所がズレてると思ったら、梨子さんがのぞき込んでそう言った。更新が数十分前ってことはそれまでは信号に捕まらなかったってことなのかな?

 

「それにしても曜さんも不運だね。寝坊して慌てて家を出たらちょうどバスが行った後だったって」

「もしかして、善子ちゃんの不運が移っちゃったのかな?」

「不運って移る物なの?あと、ヨハネ!」

「でも、ヨハネがここに居るってことはやっぱり不幸が移っちゃったんじゃないの?」

「皆さん、雑談していないで行きますよ」

 

曜さんの不運をヨハネの不運の影響説を提唱していると、スタッフとのやり取りが終わったようだった。しまった、一切話を聞いてなかった。といっても、僕は裏方だから説明を聞きたところであれなんだけども。

 

「本日はよろしくお願いしますね。まずは、みなさんにはここの掃除を体験してもらいます。そして、どの動物の紹介をやるか決めておいてくださいね。決まり次第撮影を始めるので言ってください」

「わかりました」

「と、その前に汚れてもいいようにここの制服を着ちゃってください」

 

スタッフに連れられて僕たちは中に入り、スタッフルームで制服に着替える。そして、それぞれ数人のグループに別れて掃除が始まったのだった。さて、僕はフラフラしながら掃除をするかなぁ。

 

 

~屋内エリア~

 

 

「こちらのセイウチは――」

「って、沙漓が来た瞬間奥に引っ込んだ?」

「ここで沙漓の能力が発動したのね」

 

とりあえず、順路に従って屋内エリアから掃除を始めようと思い、来てみると、梨子さん、ヨハネ、鞠莉さんのギルキス組が早速撮影を始めようとしていた。でも、僕が来た瞬間、セイウチが奥に行ってしまい中止になってしまった。

これって、僕のせいなのかな?

 

「あ、ウミガメも奥に引っ込んでく」

「やっぱり、僕のせいか。と言う訳で退散しますね」

「あ、すぐにどこか行っちゃった」

「そして、沙漓ちゃんの通った直後に動物たちは水槽の奥に逃げていく」

「あっ、セイウチが戻って来た」

 

僕は三人の撮影の迷惑になりそうだからモップで床を磨きながら退散した。うーん、まさか水族館の動物たちにすら僕の動物避けが発動するとは。撮影時は近づかないようにしないとだなぁ。

 

 

~ペンギンの前~

 

 

「ペンギンが奥に逃げだした!」

「あ、こっちでもか」

「沙漓ちゃん?」

 

続いてペンギンの檻の前にやって来ると千歌さんとルーちゃんが地面を掃いていた。そして、やっぱりペンギンは逃げていった。今回は撮影がまだだったから問題は無かった?はず。二人とも目の前で起きた惨状を見てポカーンとしていた。

 

「なんで、こう動物は逃げていくのやら」

「さぁ?何したの?」

「いえ、特に動物に対してやらかした記憶は無いんですけどね」

「うーん。謎だね」

「と言う訳で次の場所に行きますね」

「じゃぁねぇ」

 

ここは人数的に足りていそうだから、僕は別の場所に向かった。その際に隣のフラミンゴに威嚇されたけど気にしない。気にしたら負けな気がする。

 

 

~いそあそび~ち~

 

 

「あうっ!」

 

いそあそび~ち前にやって来ると直後に後方からイルカによって水をぶっかけられた。まさか、逃げるでもなく、威嚇でもなく、攻撃されるとは。

 

「大丈夫?沙漓ちゃん」

「まさか、攻撃される事態になるとは」

「ほんと、何やったの?」

「うーん。ここには初めて来たから特に関わりはなかったはずなのに」

 

そんな僕を近くで掃いていた、マルちゃん、ダイヤさん、果南さんが声を掛けた。正直、僕が何をしたのか僕自身が一番聞きたいのだけど。

 

「と、そんなことより、沙漓ちゃんはずぶ濡れだから更衣室に行って拭いてきなよ。風邪引くし、また水かけられちゃうよ」

「ですね。行ってきます」

 

果南さんの提案に乗って僕はその場を避難した。もう少し居たらまたイルカに水をかけられそうだし。

 

 

~更衣室~

 

 

「あれ?沙漓ちゃん?」

「あっ、曜さん」

 

更衣室に行くとそこには無事たどり着いた曜さんが着替えていた。時間を見るとなんだかんだで二十分は経っているから、居ること自体はおかしくはなかった。

 

「おはヨーソロー。沙漓ちゃんは……なんでずぶ濡れなの?」

「おはヨーソローです。イルカに攻撃されまして」

「なるほど?それは災難だね」

「ですね」

 

曜さんは苦笑いを浮かべ、僕は手近にあったタオルで水を拭きとる。そうしているうちに曜さんは着替え終える。

 

「さて、戻りますか」

「あれ?服濡れたままだけど?」

「いいですよ。どうせ、外にいるスタッフは全員女性ですし、Aqoursの皆も女子なんですから。それに、すぐ濡れる未来しか見えませんし」

「そうなの?」

「そうですよ。この後はショースタジアムの掃除で水を撒くらしいですし」

「そっか。それなら濡れるかもだね」

 

曜さんは納得すると一緒に外に出た。まぁ、言わなかったけど、外なら日の光で乾くしねぇ。

外に出ると、みんなショースタジアムに集まっており、千歌さんがホースで水を撒いていた。

 

「みんな楽しそうですね」

「だね。私がいなくても」

「ん?どうかしました?」

 

八人の様子を見て呟くと、曜さんはどこか浮かない顔をしていた。

まぁ、なんとなく予想はつくけど。

 

「もしかして、遅れたことを気にしてます?」

「うん。まぁね」

「そうですか。でも、誰も気にしてませんよ。曜さんは別に完璧超人じゃないんですから、こんなことだってありますよ。それで申し訳なく思ってるなら、ここから挽回ですよ」

「うん、そうだね!」

 

すると、曜さんの表情が戻り、僕たち二人は皆のもとに行く。そして、千歌さんが僕たちに気付いて身体の向きを変えた。

 

「曜ちゃーん」

「わぷ!」

「きゃっ!」

「うわっ!」

 

千歌さんは手をぶんぶん振り、ホースの水が周囲に散り、みんなに水が飛んで行った。その結果、被害の大きさに差はあれど全員が濡れた。本当に濡れることになろうとは思わなかった。

 

「ちーかーちゃん!」

「あっ、ごめん」

 

そして、梨子さんは怒って千歌さんに詰め寄った。千歌さんは謝るけど、こういった不注意の被害を何度も受けてきたせいか、梨子さんは完全に怒っていた。これは、日頃の行いのせいかな?

 

「まぁまぁ。梨子ちゃん、落ち着いて。千歌ちゃんだって悪気があった訳じゃないんだから」

「曜ちゃん。でも、今回で何回目かわからないのよ」

「まぁ、それは否定できないけど……」

 

曜さんが仲裁に向かい、僕はその場で眺めていた。

 

「沙漓、そんなところに突っ立ってないで掃除しなさい」

「うん」

 

眺めていたらヨハネに言われたから、返事をして階段辺りの掃除をする。といっても、この辺りは毎日掃除されているはずだから、そこまで汚れもなくすぐに終わりそうな勢いだった。

 

 

~曜~

 

 

「曜ちゃん、私たちCYaRonはペンギンでいこうと思うの!」

「うん。いいんじゃないかな?ギルキス組はセイウチ、アゼリア組はイルカだし、ペンギンが無難だよね」

「ルビィも賛成です!」

 

私たちは掃除を途中で切りあげて、動物紹介の撮影に入った。開場前に済ませないといけないらしいし。というか、私のせいで待たせちゃったんだよね。

 

「見てください。このペンギンたちはケープペンギンという種類で――」

 

それから撮影が始まり、資料の内容を簡単に要約して紹介をした。本当は檻の中に入りたかったけど、くちばしで突かれる可能性があるとのことでそれはできなかった。触ってみたかったなー。

 

「終わったし、掃除に戻らないと」

「そうだね。遅れた分はこれから挽回するであります!」

「曜ちゃん、張り切ってるねー」

 

遅れた分はちゃんと取り戻さないと皆に申し訳ないしね。という訳で、甲板磨きの要領でどんどん掃除していくであります。

そんなことを考えながら、私は二人を置いてどんどん掃除をしていく。結果として掃除は予定していた時間よりも早く終わり、あとは開場した後に来たお客さんにインタビューするのなどなど。今更ながら、これってスクールアイドルのやる内容なのかな?

とりあえず、それまでの間は休憩していていいとのことで、私たちは更衣室に行って椅子に座ってのんびりとする。

 

「あれ?千歌ちゃんと梨子ちゃんは?」

「さぁ?お手洗いでは?」

 

さっきまで二人がいたはずなのに、いつの間にか居なくなっているから聞いたら、みんな知らないようでそう言われた。うーん、なんでだろ?

 

「そう言えば、なんで今日に限って寝坊したんですか?」

「ああ、実は目覚ましをセットし忘れちゃってね。起きたらギリギリで間に合わない時間だったの」

「なるほど。よくありますよね」

「沙漓は何回私に起こされているっけ?」

「その節はお世話になり、ありがとうございます」

 

善子ちゃんにジト目を向けられた沙漓ちゃんはお礼を言っていた。見た感じ、今日も起こされたってところかな?

すると、何処かに行っていた二人が戻って来る。千歌ちゃんの手には袋があり、中身はよく見えなかった。

 

「千歌ちゃんそれ何?」

「あ……うん。あはは」

「まぁ、気にしないであげて」

「ん?」

「皆さん、この後の予定の確認をしますわよ」

「そうずら。この後は?」

 

あれ?なんでか二人は中身を見せたくないのかそんな反応をした。うーん、よくわかんないけど、追及はしない方がいいかな?

ダイヤさんがそう言ったから流れがぶった切られてしまった。ん?なんか、みんなの反応もおかしいような。まるで、あの袋から意識を放そうとしているような?

一人ずつ分散してインタビューして、最終的にそれを編集するらしかった。つまり、一部のインタビューだけが流れる感じか。

それにしても、みんなチラチラ袋と私を見ていて、視線が合うと慌てて逸らすのが繰り返される。なんだろ?

 

「曜さん、どうかしました?」

「ううん、なんでもないよ」

 

そんなことを考えていたら沙漓ちゃんが私の顔を見てそう言った。しまった、これじゃまた変な心配をかけちゃうね。

 

「ちょっと、手洗いに行って来るね」

「いってらっしゃーい」

 

私は気持ちを切り替えるために部屋を出た。といっても、それが理由で本当に手洗いに行く気は無いかな?

だから、私は一人になりたくてクラゲの水槽に行く。ここはカーテンで区切られているから、一人になるにはもってこいかな?

 

「それにしても、なんかみんなよそよそしいんだよなー。なんでだろ?」

 

一人呟くけど、今はここに一人だからそれに答えてくれる声は無い。

うーん。やっぱり、遅れちゃったことが関係しているのかな?それに、今日はみんなでいる時は大体千歌ちゃんと梨子ちゃんが二人でひそひそ話していたような?私に秘密があるのかな?

 

「考えても分かんないし、ここは当たってみるしかないか」

 

でも、考えても答えなんてわからないし、だから聞くしかないかな?また、勝手な勘違いで変な感じになるのも嫌だし。

とりあえず皆の元に戻ろうと歩いていると、事務室のそばでスタッフの人が困ったような顔をしていた。

 

「どうかしたんですか?」

「ん、君は……」

「あ、体格的にちょうどいいかも」

「はい?」

 

 

~☆~

 

 

「曜ちゃん、どこ行っちゃったの?」

「完全に消えましたね」

「皆さん、曜さんが心配なのはわかりますが、ここでの仕事も……」

「ダイヤさんは心配じゃないんですか!?」

「もちろん心配ですよ。ですが、何かあればすぐに連絡も来るでしょうし……だから、探しつつインタビューも進めましょう」

「それしかないですね。曜ちゃんを探していたせいで仕事を放ったら、曜ちゃんが戻って来た時に自分のせいって自分を責めちゃうだろうし」

 

開場時間になり、スタッフの人が来たけど、曜さんが戻ってこなくて、みんな困惑していた。正直、僕も心配な訳で探しに行きたいけど、ダイヤさんと梨子さんの言うことももっともだから、とりあえず……って、僕は裏方だからインタビューしないんじゃん!

とりあえず、みんながインタビューで表側を探して、僕は裏側を探すかな?他にも仕事はあるし。

 

「じゃぁ、適度に探してくるね」

「うん。沙漓ちゃんも何処かに消えないようにね」

「気を付けるねぇ」

 

と言う訳で、僕は施設の裏側にやってきた。と言っても、掃いたゴミをゴミ捨て場に運んでるだけだけど。

でも、そこにはおらず、今更気づいた。手洗いに行くって言って出たんだから、まずはそこに行かないと。しかし、一番近くの手洗いに行ってもそこにはいなかった。そうして、探しつつ、荷物を運んだり、落とし物を届けたりなどしながら捜索をした。

その結果、施設の裏側で行ける範囲は回り終え、みんなの方に行ってみた。もしかしたら見つかったかもだし。

 

「ルーちゃん、曜さん見つかった?」

「ううん。見当たらないよ。みんなもそんな感じだったし」

「うーん、もしかして外のプールに落ちた?」

「それはないずら。落ちた場合は動物たちが何かした反応をすると思うよ」

「それもそっか」

 

ルーちゃんとマルちゃんと合流したけど、どうやら発見はできてい無さそうだった。どこに行ったのやら?

 

「とりあえず、僕はイルカとかの方に出てみるね」

「うん、ルビィたちはもう少しこっちにいるね。入れ違いで現れるかもだし」

「まかせたずら」

 

曜さん捜索の為、僕はイルカプールの方に出てみて、そのままショースタジアムに行くとそこにいた。うちっちーが。おお、初めて見た。あれ?うちっちーから海のような水色が見える?てか、着ぐるみでこれはありえないし……まさか、僕の能力進化した?

そんなことを思って、向こう側にいる果南さんを見るとエメラルドグリーン、鞠莉さんからは紫色が見えた。あれ?初めて会った人じゃなくても見える……。まぁ、いいや。とりあえず、この色から中の人が誰なのかは察しが付く。同じカラーの人他に見たこと無いし。

 

「曜さん、なんでうちっちーやってるんですか?」

 

理由は後回しにして、とりあえず曜さん?がうちっちーの中に入っている理由を聞くと、うちっち―はぶんぶんと手を振った。たぶん、着ぐるみで声を出すことに抵抗があるのだと思う。それに、周りには人もいるしね。

 

「まぁ、行方不明になってないのならいいので。きっと、事情があってその中にいるんですね」

 

そう言うと、うちっちーはぶんぶん首を縦に振った。しかし、着ぐるみに基本首が存在しないから、身体全体で縦に振ってる感じになって、頭が飛びそうで地味に怖い。

 

「では武運を」

 

とりあえず、曜さんの無事?を確認したので敬礼をすると、うちっちーも敬礼をした。腕が短いのと顔がでかいせいで頭まで届いてないけど。

 

そうして、うちっちーは風船を子供たちに配り、ショースタジアムのイベントがまだだからか人はいなくなった。それと入れ替わるようにみんながやって来る。たぶん、それなりの人数のインタビューが終わったようだった。そして、うちっちーは逃げるように階段を登って影を潜めた。

あれ?曜さん、何がしたいんですか?なんで、逃げるんですか?

 

「曜ちゃんいないねー」

「そうね。沙漓ちゃん、本当に曜ちゃん見つかったの?」

「見つかりましたよ。別の仕事で見当たらなくなってるだけですよ」

「そうなんだ……あれ?」

 

みんな近くの椅子に座ったりして休んでいると、千歌さんはうちっちーを見て、首を傾げた。おや?

すると、うちっちーに近づき、目をのぞき込むように見る。直後、うちっちーは驚いたのか逃走をはかり、いや何故に?階段を踏み外して転がり落ちた。そして、柵の近くで止まるもうちっちーの頭が飛んだ。

 

「曜ちゃん!」

「曜さん!あと、うちっちー!」

 

僕と千歌さんの声がはもった。転がり落ちた曜さんに怪我がないかという心配が。そして、千歌さんは瞬く間に曜さんに駆け寄り、抱きついた。曜さんは苦笑いを浮かべ、僕もてくてくと走り寄り、曜さんの状態を見ると、着ぐるみがいい感じに緩衝材になって怪我は無さそうだった。そして、慌てて僕はうちっちーの頭を手に取り、曜さんの頭にはめた。みんな、なんで?みたいな表情をしていた。

 

「おかあさん、うちっちーだー」

 

でも、すぐにその理由は伝わった。子供がやってきたから。流石に頭が飛んだ状態を子供に見せるのは色々アウトな訳で。それで、抱きついてる千歌さん共々起こして立ち上がらせる。

その後は、それぞれ仕事をし、なんだかんだで仕事体験は終わった。

曜さんがうちっちーをやっていた理由は、なんでも元々うちっちーに入るはずの人が怪我をしたから曜さんが入ることになったらしかった。そして、うちっちーは唐突にランダムで登場する設定とのことで、本日のうちっちー業務は終わったとのこと。

 

 

~千~

 

 

「曜ちゃん、今日はごめんね」

「え?何が?千歌ちゃんが謝るようなことなんて……」

「ううん。今日途中まで曜ちゃんから距離取ってたでしょ?」

「あっ、うん」

「実はね……帰りまでこれを隠しておかなくちゃで。チカ、顔に出やすいからばれない為にはこうするしかなかったんだ。曜ちゃん、この前の大会、入賞おめでとう!」

 

三津シーからの帰り、曜ちゃんをチカの部屋に誘い、みんなと別れると、今日よそよそしくしちゃったことを謝って、それから休憩時間に買った曜ちゃんの入賞祝いを渡す。今までこういうのをあげてなかったから今までの分も込めてね。みんなにも協力してもらって、サプライズにしたかったしね。

曜ちゃんは、それで、休憩時間に私がもっていた袋の正体に気付いたようで驚いた顔をする。これはサプライズ成功かな?

 

「ありがとう、千歌ちゃん!開けてみていい?」

「うん!」

「……あっ、綺麗なクリスタルだ」

 

曜ちゃんにあげたのは三頭のイルカが中に入ったクリスタル。一目見た瞬間、これだ!ってなって選んじゃったものだけど、きっと曜ちゃんなら気にいってくれるはず!

 

「どう?もしあれなら、別の物を探すけど……」

「ううん。これでいい……いや、これがいい!こんなきれいなもの、うれしいよ!」

「そっか、なら良かった」

 

思った通り、気にいってくれてよかった。お世辞じゃなくて本当に喜んでくれてるみたいだしね。

 

 

~曜~

 

 

「曜さーん、行きますよー」

「うん、ちょっと待ってー」

 

あれから数日後。私たちは新しい曲を作り、今日アップする予定で、その前に全員で完成したものを見るとのこと。なんか、編集が凝ってるとか?

私はクリスタルを見てから、バッグを手に取って階段を下りる。

 

「いってきまーす」

「いってらっしゃい」

 

ドアを開けて出ると、そこには沙漓ちゃんと善子ちゃんが待っていた。

 

「おはヨーソロー。二人とも……って、沙漓ちゃん、目に隈ができてるよ?」

「おはヨーソローです。曜さん。昨日徹ゲーしちゃって」

「おはよう、曜さん。っと、早くしないとバスが来ちゃわね」

「おっ、じゃぁ、誰が一番にバス停に着けるか勝負だね」

 

私はそう言って駆け出し、善子ちゃんが若干遅れて走り出し、沙漓ちゃんは呑気に歩いていた。あれ?そんなゆっくりしてたらバスが来ちゃうんじゃ?そんなことを思いながらも足を止めずにバス停にたどり着き、遅れて善子ちゃんも到着する。時間的にはバスが来てもおかしくないのに、沙漓ちゃんはのんびり歩いていた。そして、

 

「ふぅ、ちょうどですね」

 

沙漓ちゃんが着いたタイミングでバスもやってきた。まさか、予知能力?まぁ、疑問はあるけどとりあえず乗り込むと、一番後ろの席に座る。

 

「沙漓、前のバスが若干遅れたからその要領で予想したわね」

「まぁね。生まれてこのかたバスに時間通りに乗れたこと無いもん」

 

なんというか、悲しい理由だなぁ。でも、バスって大体数分遅れで来ることの方が多いか。なんというか、沙漓ちゃんなら予知能力とか持っていてもおかしくないのに……識別能力?はある訳だし……あっ、そういえば。

 

「沙漓ちゃん、あの時なんで私がうちっちーの中にいたのにわかったの?千歌ちゃんは勘だったみたいだけど、沙漓ちゃんもそうだったの?」

「そう言えば、私もそれについて聞きたいわね」

 

すっかり忘れていたけど、あの時の疑問を思い出したからそう聞いた。善子ちゃんも興味があるようで、対して沙漓ちゃんは困った顔をしていた。

 

「うーん。正直よくわからないんですよね。あの時、うちっちーの中から曜さんの色が偶然見えて……それで分かった感じで。初対面の人だけに発動するはずなのに、あれ以降いつの間にか見たいと思いながら見ると、見えるようになってました。と言っても、今まで全く意識していなかったですけど、たぶん、あの日より前からできるようになってたんだと思います」

「そっか。沙漓ちゃんの能力でわかった感じなんだ」

「あいかわらず、その能力は謎ね。いつの間にか進化してるみたいだし」

「まっ、正直この能力そんなに使ってないから」

 

沙漓ちゃんの能力の謎が深まった気もするけど、本人があまり気にしていないのなら、私たちも気にしない方がいいのかな?

そして、なんだかんだで部室につくと、みんな揃っていた。

みんなが集まったことで、早速完成した曲のPVを見ることになり、沙漓ちゃんがノートパソコンを開き映像を流す。その際、三津シーの映像も先に見せてもらえるとのことで一緒に見た。

三津シーの映像は、いつの間に撮ったのか仕事風景も流れ、それぞれ一人分のインタビューの短い物だった。でも、地元のニュースの一コーナーに流れる訳だから、知らない人の目に触れるはずだし、これでいいはず。

 

続いて新曲“恋になりたいAQUARIUM”のPVに移り、なんというか、善子ちゃんと沙漓ちゃんの本気を見た感じだった。所々で三津シーの一コマが挟まっていたり、体育館でダンスシーンを撮ったはずなのに、背景は巨大な水槽になってるし、私のソロで青い光の道ができたりなど、本当に凝っていた。というか、いつの間に私がクラゲの水槽の前に居るの撮ったんだろ?

 

「なんかすごいね」

「ヨハネの編集技術の賜物ですね。僕は隣でいじってただけですから」

「え?」

「さすが、善子ちゃん!」

「まさか、善子ちゃんの編集技術がここまでだったなんて」

 

みんなが善子ちゃんを褒め、沙漓ちゃんは徹ゲーのせいか突っ伏していた。私がセンターだったから本当に平気か心配だったけど、思っていた以上にちゃんと踊れたし満足かな?この調子で頑張るであります!




今更ながら思ったのですが、沙漓が水族館に行けば動物が逃げるから沙漓は楽しめるのだろうか?

では、ノシ


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番外編3 HAPPY PARTY TRAIN

番外編パート3。
今回はHPTのPV寄りの仕様です。と言っても、やっぱり多々違う点がありますけど。

時系列は秋のある日であり、ラブライブの結果などは知らないので一切触れません。


夏休みも終わり紅葉が綺麗になった秋のある日。

Aqoursの練習が今日は休みで、みんな各々好きなことをしていた。といっても、千歌さんは作詞、梨子さんは作曲をしているらしいけど。

 

「さて、今日は何しようかなぁ」

 

そして、どっちのお手伝いもできない訳で、僕は暇して沼津の街をフラフラしていた。正直なところ家でゴロゴロしていればいいのかもだけど。

でも、それはそれで面白みに欠けるし……。あっ、ちょうど見たい映画があったんだった。って、三島の映画館が一番近いのか。まぁ、あっちまで行こうかな?上映までの時間もあるし。

終ったら、今回の曲は列車・電車がコンセプトだから、そういうのでも見に行こうかな?編集のヒントになりそうだし。

 

 

~果~

 

 

「はぁー、なんで今回は私がセンターなんだろ?」

 

練習のないその日。私は教室の椅子に座って項垂れていた。新曲を作るからって話になって、私も賛成だったんだけど、今回のセンターが私になってしまった。私よりもみんなの方が可愛いんだから、他の皆の方がいいんじゃないの?

 

「うーん、といっても決まったものはもう変更できないだろうし諦めよ。どうしようかなぁ」

 

千歌と梨子ちゃんが作詞作曲を始めている訳だから、ここで待ったをかけるのはあれなんだよね。でも、こんな状態じゃ。気分転換にどこか遠くにでも行こうかな?

まぁ、日帰りできる範囲にしないとだけど。

と言う訳でバスに揺られて沼津駅にきたけど、どこ行こう。うーん、長岡の方でいっか。

行き当たりばったり感があるけど気にせずに電車に乗り、三島に行く。そして、たどり着くと伊豆箱根鉄道に乗り込み席に座る。お昼過ぎという微妙な時間なだけに人は少なく、この車両には私だけだった。

一人の方がのんびりできるから、これはこれでいっか。こうやって揺られていれば何か思いつくかもしれないしね。

 

「はぁ、あてもないわけだけど、どうしよ。というか、やっぱりセンターをやる自信がないよ」

 

なんて思ってたけど、座席に座って外の景色を眺めなていると、すぐにセンターという名のプレッシャーで心配になる。千歌も曜もなんで、センターでちゃんと踊れたんだろ?

 

「はぁー、こんなに悩むのなら、海に潜ってた方が良かったかな?」

 

電車に揺られている間にも悩んでしまい、こんなことならいつも通り、海に潜った方良かった気がする。海の中なら気も紛れただろうし。

そうして考えているうちに窓からこぼれる日の光の温かさに私は眠りに落ちた。

 

 

~☆~

 

 

「小説で読んでいたとはいえ、音と動きが付くとやっぱりいいねと、予定を詰め込んでるし、そろそろ行かないと」

 

目的の映画を見終え、感傷に浸っていた。とりあえず、満足したので次の予定に移らないといけないなぁ。あっ、バスがちょうど行った後だ……ちょっとの距離だし歩くかな?運動は大切だよね

 

「うーん、電車とか見てもあんまり案が浮かばないなぁ。こんなことなら誰かと一緒に来ればよかった」

 

映画館から駅まで歩いて行き、着くとパシャパシャとデジカメで電車の写真を撮っていた。でも、こうPVで使う案としてはピンとくる感じがなくて困ってる感じ。はてさて、どうしよう。駅周りでも見てみるかな。駅とかからも着想が得られるかもだし。

 

「うーん、やっぱりもう一回のんびりと電車に揺られるしかないか」

 

そして、駅周りを見て行ったけど、ピンとくる感じが無くて、外装だけじゃなくて内装もという訳で電車に乗ってみようかな?

 

「あら、沙漓じゃない。こんなところで一人で何してるの?」

 

そんなことを考えていると、突然僕に向かって声が掛けられた。声の方を向くとそこには、

 

「あれ?絵里さん。なんでこんなところに?」

 

絵里さんがいた。こんな場所で会うとは思わなかったから意外だった。絵里さんも僕がここに居ることに対して驚いている様子だけど。

 

「あっ、そう言えばこっちの方に越してきたんだっけ」

「そうですね。絵里さんはどうしてここに?」

「ええ。希と遊びに来たんだけど、ちょっと目を放したら希がふらっと消えちゃって探してるところなの」

「電話すればいいんじゃ?」

「……充電を忘れてね」

「なるほど。使います?」

 

絵里さんがここにいる理由が分かり、とりあえず僕のスマホを手渡す。絵里さんはお礼を言って希さんに連絡を取る。すると、どうやら連絡が付いたようで数言話すと電話を切った。

 

「ありがとね。希なんでかそこの電車の終点の駅にいるみたい」

「なんで、伊豆箱根鉄道に乗ってるんでしょうね」

「さぁ?どうせ、カードの導くままに行ったんでしょ。じゃ、希が伊豆長岡駅とか言う場所に行くらしいから私は行くわね」

「あっ、僕もそっちに行きます。希さんにも久しぶりに会いたいし」

「そう?じゃぁ、一緒に行きましょう」

 

こうして、絵里さんと一緒に行くことになりました。絵里さんと喋りながら時々窓からの景色を撮って過ごした。時期が時期なだけに紅葉が綺麗であり写真の撮りがいはあるからいい感じ。

さて、外だけじゃなくて中も撮らないと。生憎時間が時間なだけに他に乗客はいないから迷惑は掛からないしね。椅子に吊革に……なんかこれじゃ電車好きの人みたいな感覚だけど気にしないでおこうかな?

 

「ほんと、海未から聞いてたけど楽しそうね」

「はい!皆といると楽しいですよ」

「そう。沙漓が楽しめてるのなら良かったわ。私たちや亜里沙たち以外だと心の底から楽しめて無さそうだったから」

「まぁ、そんなこともありましたけど、みんなはあの頃の皆さんと同じ感じなんです」

「なるほど。沙漓がそこまで言うのなら、見てみたいわね」

「明日もまだこの辺りにいるなら見られるかもですよ。いつも砂浜とか淡島とかでも練習してますし」

「そう。なら、明日にでも希と一緒に見に行こうかしら。一泊する予定だったし」

 

絵里さんと積もる話をしている間になんだかんだで伊豆長岡駅に着いたのだった。

 

 

~果~

 

 

「おねえちゃん、おきてー」

 

私はそんな声で目を覚ますと、そこには……

 

「え?私?」

 

何故か幼い私がそこにいた。そして、近くの座席には幼い千歌や曜、それにダイヤたちまでいた。どうなってるの?それに、ここは電車の中だけど、空飛んでる?あっ、きっと夢だね。うん。

 

「お姉ちゃん、今は楽しい?」

「ん?今?」

「うん。アイドルをしている今!」

 

幼い私にそう聞かれて私は悩んだ。私が次の曲のセンターになるって聞いてから心配で練習にも中途半端にしか力が入らず、楽しかったかと言えばそう言えない。

でも、それまではみんなと練習して、ライブをして、目標に向かって全力で走っていて楽しかったかもしれない。

 

「果南ちゃん!チカに言ったよね?海に飛び込むときに、“ここでやめたら後悔する”って。果南ちゃんは後悔しない?」

「それは……」

「絶対できるんでしょ?」

 

幼い日に千歌に向かって言った言葉をまさか返されちゃうなんてね。でも、確かにそうだね。きっと、ここで投げだしたら後で後悔する。千歌も曜もこのプレッシャーに打ち勝ったんだろうから、お姉さんな私が負ける訳にはいかないね。

 

「……うん!楽しいよ。だから私は頑張るよ」

「うん!頑張ってね」

 

私ははっきりとそう言うと、幼い私たちは笑顔を浮かべて頷いた。直後、この電車が光に包まれ、私は一旦意識を手放した。

 

 

「んんー」

「おや、やっと起きたやん」

 

幼い私たちを見たのは夢だったようで、目を覚ました私を上から見ている人がいた。って、この体勢……。

 

「わっ、いきなり身体を起こさんでも」

「ひ、膝枕!?」

「うん、グッスリやったからね。偶然見かけて、うちが運んだんよ」

 

やたらと物腰が柔らかそうな、年上なお姉さんは呑気な様子でそう言った。どこかで見たような?いや、気のせいか?というか、なんで私は膝枕されてるの?私は身体を起こしてそのまま立ち上がった。それに対して苦笑いを浮かべていた。

 

「そんなに驚かんでも。うちは怪しいもんじゃないんよ。それに、変なことをするなら、起きる前に退散しとるよ」

「あっ、それもそっか」

「見た感じ疲れてるようやったけど、悩みでもあったん?Aqoursの松浦果南ちゃん」

「えっ?なんで私の事を」

「うちも昔はやっててな。それで、最近友達の妹がスクールアイドルのサポートを始めて、久しぶりに興味を持って知っとったんよ」

 

お姉さんが私のことを知っていることに驚くけど、一応PVをネットにアップしたりしてるから知ってる人は知ってるか。

それにしても、変な夢だったなー。そう思いながらベンチに腰を下ろす。

 

「お姉さんは一体……」

「うち?うちはただの元スクールアイドルや。それよりも、悩みなら聞いたげるよ。スクールアイドルの先輩として、びしっと解決したるよ」

 

お姉さんは胸をバンッと叩いて、任せろみたいな雰囲気を出す。なんでだろ?初めて会ったけど、この人は平気そうかな?

 

「実は新曲で私がセンターをやることになっちゃって」

「なるほどなー。でも、それなら問題あらへんよ」

「え?」

 

私が相談すると、お姉さんはそう言った。問題しかないと思ったから悩んでたのに。

 

「うちがいたグループはな。いつもライブの時は全員がセンターのつもりで踊ってきたんよ。果南ちゃんは、今までの曲だと目立たないように踊ってたん?」

「いえ、少しでも印象に残るように……」

「そういうことなんや。センターなんてただ単に真ん中で踊ってるだけで、結局いつもと変わらんよ。それに、一人じゃないんよ。メンバーが、仲間がおるんやから問題あらへんよ」

「……そうですね。皆がいるから」

 

お姉さんの言葉を聞いて、私はどこか納得した。センターなんてただ真ん中で踊ってるだけって言葉には驚いたけど、そう思えばいつもと何も変わらない。それに、みんなもついているから。

すると、お姉さんの電話が鳴り、お姉さんは「ちょっと待ってな」と言って通話をする。その際に画面に書かれた相手を見て驚いたような顔をしていた。

 

「どうしたん、急に……って、えりち?うん、うん。じゃぁ、長岡駅で待っとって」

 

お姉さんはそう言ってあっさりと通話を終わらせると立ち上がる。

 

「うちは連れが待っとる場所に行くけど、どうするん?」

「えーっと、悩みも解決しましたし、私も帰りますね」

「そうなん?じゃぁ、途中までいっしょやな」

 

お姉さんはそう言うと駅の方に行き、私も駅の中に行く。

そして、電車に乗り込むと、お姉さんがスクールアイドルだったころの話を聞いたりした。電車に揺られて目的地の長岡駅に着くと、私たちは下りる。ここからバスに揺られた方が家からは近いからね。

 

「じゃっ、うちは連れを探しに行くから――」

「あっ、希さん発見しましたよ!」

「あっ、ほんとだ。ほとんど同じタイミングだったようね」

「え?沙漓ちゃん?」

 

ホームに降りて改札前でお姉さんと別れようとすると、沙漓ちゃんの声がして、声の方を向くと沙漓ちゃんと金髪の年上のお姉さんがいた。

それと同時に、お姉さんを“希さん”と言ったことと、そこから記憶が繋がり、

 

「東條希さん!?」

「あっ、最後の最後にばれてもうたな」

 

お姉さん、もとい希さんは苦笑いを浮かべていた。まるで、ばれなければばれないでいいやみたいな感じだった。

そして、金髪のお姉さんが希さんににじり寄る。

 

「希!勝手に何処か行かないでよ」

「ということは、こっちは絢瀬絵里さん!?」

「あら、あなたはAqoursの」

 

私がそう言ったら、絵里さんは私に気付いてそう言った。そして、沙漓ちゃんがとことことやって来る。

 

「果南さん、奇遇ですね。まさか、希さんと一緒に居たとは。希さん、お久しぶりです」

「うん、久しぶりやな。わしわししたげよか?」

「いえ、遠慮しときます」

「うーん、無理にやったら海未ちゃんが怒るからやめとくかな」

 

沙漓ちゃんは二人とも知り合いだったようで普通に会話をしていた。海未さんの妹だから面識はあると思ってたけど、本当にあったとは。

 

「と、話に花を咲かせてる場合じゃないやん。えりち、行くで」

「ええ、そうね。じゃぁね、二人とも」

「あっ、はい。では」

「はい。淡島とかに来てみてくださいね」

「うん、明日にでもな。じゃぁ、またなー」

 

そう言って、二人は去って行った。何というか、µ’sの二人にこんなところで会ったんだなぁ。

 

「さて、果南さん。僕たちも帰りましょ?」

「ああ、うん。そうだね」

 

私たちもそう言って改札を抜けて外に出る。なんだか無性にみんなに会いたい気分だけど、こんな時間に集まれないか。

 

「果南ちゃん!沙漓ちゃん!」

「あっ、千歌さん」

「千歌」

 

なんて考えていたらそこには何故か千歌がいた。どうしてここにいるんだろ?

 

「おかえり」

「よくわかったね」

「なんとなくね」

 

どうやら、千歌の勘のようだった。そして、千歌の後ろには皆がいた。

 

「待ってたよ」

「お芋焼けたずら」

「いい曲ができたよ」

「練習もばっちりです!」

「くっく、全てのリトルデーモンの行動はお見通しよ」

「生徒会の仕事がたっぷりありますわよ」

「一緒に帰るでーす」

 

どうやら、考えることはみんな一緒だったみたい。皆の顔を見ると安心するなー。それに、みんなといるとさっきまでの心配も薄まってく感じがあるし。

 

「さぁ、帰ろ?」

「うん」

「ですね」

 

私たちはそう言って歩き出し……

 

「沙漓!スマホ返し忘れてたわ」

「あっ、完全に忘れてた。ありがとうございます、絵里さん」

『『『えっ?』』』

 

その直後、さっき別れたはずの絵里さんが戻って来て、その後ろから呆れた様子の希さんが歩いてきた。

そして、沙漓ちゃんは普通に受け取るも、みんなは驚きの声を漏らす。まぁ、µ’sのメンバーが現れればこうなるよね。

 

「あら、Aqoursのメンバーがそろってるわよ、希」

「やな。でも、えりちは落ち着きなよ。みんな困っとるよ」

 

その後は、µ’sの二人にみんな興奮しなんか収集が大変だった。特に、あこがれていた絵里さんに会えたことでダイヤが暴走した辺りで。

さらには、二人が泊まるのが十千万だと判明し、ダイヤたちが突撃しようとしたり、色々あった。流石にその日に私たちが泊まることはできない訳でなんとかダイヤを止めることはできたけど。

 

 

~☆~

 

 

「1,2,3,4,1,2,3,4」

 

あれから時間が経ち、新曲の製作は順調に進んでいた。いつもは難航する作詞も今回はすんなりと進んで、それによって作曲も進んだ。それに伴って衣装案もすぐに決定して衣装作りも進んでいた。

大まかにできた衣装にこまごまとした装飾を加えながら、みんなのダンス練習を眺める。

絵里さんたちに会ったからか、みんなのやる気は満々でそれはひしひしと伝わって来る。

結局あの日の翌日には二人は内浦を見て回り、なんかみんなといろいろ話していた。

そうして、さらに数日が経ち、なんだかんだで撮影をした。練習をちゃんとやっていたおかげで、ミスはなく撮影自体はあっさりと終わった。

 

「果南さん、お疲れさまでした」

「うん、沙漓ちゃんもね」

 

撮影が終わって、みんな各々休憩していて、果南さんは屋上から海を眺めていたから近寄ってそう言った。

 

「センターと言われた時は果南さん困り顔でしたけど、あの日以来吹っ切れた感じでしたね」

「まぁね。希さんに言われたこともあったし、皆がいてくれるからセンターであることを心配する必要がないって分かったからね」

「なるほどぉ。何より完成してよかったです。まぁ、こっからは僕の仕事なんで一気にやっちゃいますよ」

 

無事、撮影は終わった訳だから、ここからは裏方の僕の仕事。PVの編集をしなきゃ!

 

「うん、ほどほどにね。恋アクの時みたいに徹夜で作業はしなくていいからね」

「あれ?ばれてたんですか?」

「みんな知ってるよ。私たちもいるんだから一人で抱え込まないでね」

「もちろんですよ。あと、今回は前回よりは楽ですよ。前回ので慣れましたし。ヨハネも手伝ってくれますから」

 

前回のことは誰にもばれていないと思っていたから、僕は驚いた。といっても、ばれない方がおかしい気もするけど。

それに、果南さんはみんながいるから頑張れたと言ってるんだし、僕だってやるべきことはやりたいかな?大体、一人じゃなくて皆にも手伝ってもらうし。

 

 

~果~

 

 

そうして、さらに数日が経ちPVの編集が完了したと聞き、今回もまたみんなが部室に集まってお披露目となった。前回とは違って、沙漓ちゃんの目には隈はなかったから無茶はしていなさそう。

今回の衣装は駅員みたいな感じのイメージで、本当に電車っぽい感じだった。

PVは体育館で撮ったけど前回同様背景に手を加えられていたため、電車と花畑が背景になっていた。そして、私のソロの辺りで暗くなるとそれぞれの服の一部が光り、線路も輝いたりと相変わらずだった。最後に電車を飛ばすのはいいのかな?

 

「うん、今回もいい感じだね」

「そうですわね。インパクトもありますし、またAqoursの名前が知られますね」

「よかった。ちゃんとできて」

 

みんなそれぞれ感想を言い、こうして本当に完成した。センターでプレッシャーはあったけど、やっぱりみんなと一緒ならなんとかなったね。この調子で頑張らないとね!




絵里と希がまさかの登場。そして、幼いaqoursメンバーも。基本ノリですので。
では、ノシ


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