FE覚醒~誓いの剣と精霊の弓~ (言語嫌い)
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第1章 陽光の聖女編~紡がれた約束の物語~
プロローグ 


遠い――

 

何もかもが遠い。

体の感覚も、世界とのつながりも、大切な記憶も、その何もかもが遠くに感じる。

 

消える。何もかもが薄れて消えていく。

仲間との出会いや敵との別れ、師との旅や駆け抜けた戦いもすべて。

どんなに手を伸ばしても、どんなに掴んでも、この手から零れ落ちていく。

 

それでも

 

「気が付いた……?」

 

それでも……

 

「――っていうの。不思議な響き。でも、悪くないと思う」

 

それでも絶対に、これだけは……

 

「――強く、なりたいの」

 

これだけは……

 

「いいの!? ありがとう! すごく、うれしい!! ぜったい1人より、2人のほうが心強いって思ってたの。あなたは一人前の軍師! 私は一人前の剣士!! がんばろう! ね?」

 

忘れたくない――

 

この出会いだけは、絶対に……

 

僕を変えてくれたこの出会いだけは、絶対に忘れたくない。

 

消さないでくれ

 

消えないでくれ――

 

頼む……、どう……か、こ……れ、だけ……は、この……で……だけ……は――

 

 

 

 

***

 

 

 

夢を……

 

夢を見ている。

 

いつかの夢を。起こってしまった誰かの夢を。

 

 

 

「俺たちの最後の戦いだ! 大丈夫だ、ルフレ。この絆は……運命なんかよりもずっと強い。お前が共にいてくれる限り……負けはしない。行くぞ、ルフレ! ここで必ず奴を倒す!」

 

隣にいる彼の言葉に、うなずく。そう、これでようやく終わる。だからこそ――

 

「   」

 

ここで負けるわけにはいかない。

 

その言葉とともにクロムと最後の敵に挑む。そして、戦いの末、彼の剣が奴を貫いた。

 

でも……

 

 

 

わからない――

 

わからない。なんで、こうなっているんだ……?

 

わからない。本当に、なぜ……?

 

なぜ彼が倒れるのか、なぜ彼が敵に見えたのか。なぜ彼を攻撃したのかがわからない。

 

「お前のせいじゃない……お前だけでも逃げろ……」

 

「ク……ロム……、な……んで……、あ……ああ……ああああああああああぁ!!」

 

 

その言葉を最後に、僕の意識は闇に落ちた。

 

 

そして、ここでこの夢も終わり、またいつかのように薄れ、消えていく。

 

 

 

***

 

 

風が……

 

風が優しく吹いた――

 

 

朦朧とした意識の中、近くに人の気配を感じた。

 

「おにいちゃん……ねぇ、大丈夫かなぁ……?」

「だめかもしれんな」

「そ、そんなぁ」

 

声が聞こえる。

聞きなれない/聞きなれた……声が。

もうろうとしていた意識が次第にはっきりと覚醒していく。

 

動く。

動かせる。

とてつもなく体は重い。だが、動かせる。

 

意識を集中してようやく目を開けた。

 

 

「あ……」

「気がついたか?」

「平気?」

 

目を開けた僕に二人の人物が声をかけてくる。

あの時と同じように……、あの時のような……、優しい声を。

その声に応えるように僕はうなずく。目の前の少女は安心したように笑い。隣の青年も同じように笑う。

 

「こんなところで寝ていると風邪をひくぞ。立てるか?」

 

苦笑交じりに差し出された彼の手をつかみ立ち上がる。

 

そして、これが彼との最初の/二度目の出会いだった。

 

 

 

***

 

 

 

ここに物語は始まった。

 

神龍と邪龍の住むこの世界において、二つの運命が絡み合い、二人の英雄がここで出会った。仲間を導き、戦いを終わらせた聖王クロムと、彼を支え、世界を相手に戦った神軍師。

 

 

そう、これは神へと抗った彼の物語

 

 

一つは、約束の物語

 

一つは、時間の物語

 

一つは、運命の物語

 

一つは、想いの物語

 

 

そう、そして彼は出会い、選択した。己の未来を……

 

 

そう、それは、陽光の公女との出会い

 

そう、それは、蒼き剣姫との出会い

 

そう、それは、白銀の聖女との出会い

 

そう、それは、蒼穹の少女との出会い

 

 

こうして、物語は語られる。彼と、彼女によって。

 

しかし、その未来を知るものは今はいない。

 

 

だから、どうか、彼らの旅路に幸多からんことを……

 

 

 

***

 

 

 

夢を…‥

 

夢を見ていた。

 

ある日の夢を……

 

 

 

 

出発をする前、彼女は白と黒の二つの剣を持ってきた。色が異なること以外、まったく同じ形をした剣を大切に抱えている。

 

「これを、あなたに……」

 

彼女はそう言って、持ってきた剣のうちの黒いほうを僕に差し出す。

 

「この剣は? 形とかを見る限り二つで一つのようだけど。双剣として使うものじゃないのか?」

 

そういうと彼女は視線を落とし、静かに語り始めた。

 

「これは、ビャクヤ・カティ。あなたの言うように、二つで一つの剣よ。私たち――に伝わる宝剣で、父さんの形見。私は知らないけど、伝承とかもあるみたい。そして、私が――の長である証。でも、私にはまだ重すぎる。だからといって、これを手放すわけにはいかないの。父さんの形見で、父さんの守ってきたものの存在の証だから。だから……」

「片方を僕に。もう片方は――が。君にはその白い剣を、父親の形見として。僕にはこの黒い剣を、――があった証として。君が受け取れるようになるその時まで、僕が預かっておくよ」

 

彼女が紡ぐはずだった言葉を、僕が代わりに繋げた。

そして、遠慮がちに差し出されていた剣を僕は受け取る。

重さは感じなかった。初めて手にするはずなのに、不思議と手になじむ。

 

「それに、僕らはまだ半人前だ。だから、僕らは二人で一つ。いつか一人前になるその時まで、お互いに支えあっていく、そうだろう?」

 

僕はそう言って彼女に微笑みかける。

そうすると、彼女は驚いたように顔をあげて――

 

「……えぇ、そうね」

 

僕に優しい顔で微笑んだ。

 

「私、さっき言ったばかりなのにもう忘れてた……じゃあ、改めてこれをあなたに。そして、私はここに誓うわ。私たちが一人前になるその時まで私はあなたを支えていく」

「僕も互いに一人前になるその時まで、君を支えていくことをここに誓おう。

この剣に懸けて。これからもよろしく、――」

「えぇ、これからもよろしくね。――」

 

 

 

***

 

 

 

そうして、彼らの旅は始まった。

 

これは、彼の記憶――失う前にこれだけは……と願った、はじまりの記憶。

 

薄れ、消えていく中、最後まで抱き続けた大切な記憶。

 

そして、それは形となって今もなお、彼のそばにあり続けている。あの約束の時から今まで変わらずに……その黒き剣は、ただ静かにそこにある。

 

大切なものとともにそこにある。

 

 

 




~あとがき~

読んでくださった皆さんどうもありがとうございます。
この作品はこんな感じで描かれていきます。
まだプロローグのみなので何とも言えないと思いますが……
注意事項にあったように、思いつきで書いたので、更新は不定期です。
そして初めて書いたので短く、ひどい文章です。書いていくうちに腕が上がればなぁ、と思っています。
努力もします。載せてる意味がなくなりそうですので……
また、感想、アドバイス、批評批判、誤字脱字等ございましたらお願いします。
なお、軍師さんの世界移動については、つじつまを合わせれたら、合わせようかなという感じですので。
こんな作品でもよければどうか皆さん最後までお付き合いお願いします。

*作中にでたオリジナル武器
 ビャクヤ・カティ
 干将莫邪(改)のことです。ググったら画像が出てきます。
 本編では、ファルシオンのように刃こぼれのない武器として扱います。ついでに精霊さんにも厄介になる予定です。マーニ・カティみたいな、意思のある武器と なる予定です。まぁ、それ以外は切れ味のいい武器ということでお願いします。


**2017/11/10 若干修正


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第一話 新たな歴史 

風が……吹いていた。

 

 

「……僕は、これからどうなるんだろう?」

 

そうつぶやくと、隣の青い鎧の騎士が答えた。

 

「あなたがどうなるかは、町で話を聞いてからですね。あなたは賊かもしれないので」

「……」

 

記憶のない僕が言うのもどうかと思うが、捕虜……でないにしても怪しい人物を拘束もしないのはどうなのだろう。所持品の検査も無い。

最初の対応を見る限り、この青い騎士ならそれくらいすると思ったけど何もしてこない。楽でいいのは事実なので、こちらから何かを言ったりはしないのだけど。

そんな、騎士鎧よりも執事服が似合いそうな彼を見て、ため息が漏れた。

 

「どうかしましたか?」

「い、いえ、何でもありません。」

「……? そうですか、それならいいのですが」

 

……笑顔を見て恐怖を覚えることになるとは思わなかった。顔は笑っていても目が笑ってない。そんなこともあるのだと……

 

(ふふ、私に黙って、なにしてるのかな?

 どういうことか説明してくれない、――)

 

かつて、一人の少女から教えられていたはずだった。

 

「――――っぁ!!」

 

思い出すな

 /思い出せ、

思い出すな

 /忘れるな。

この記憶は思い出していけない

 /忘れてはいけない気がする。

忘れろ、頼む、忘れさせてくれ……

 

「大丈夫ですか? 何やら顔色が優れないようですが」

 

……忘れろ

  /思い出せ。

忘れろ

 /忘れるな。

忘れろ

 /思い出せ。

忘れろ

 /忘れるな。

 

「……っ!!」

 

消えろ!!

 /---- 

 

「おい!! 大丈夫か! しっかりしろ!!」

 

声が、思考を断ち切る。強く肩を引っ張られる。

脳裏に響いていたわけのわからない声は聞こえなくなり、あたりの様子に目が向くようになる。

 

なったのだが――――

 

「………………」

 

痛い――

みんなの無言の視線がものすごく痛い。何より、騎士の視線が怖すぎる。深く考えずとも理解できる。これは非常にまずい状況なのだと。

 

「だ、大丈夫です。何でもありません。本当に大丈夫です」

「「「…………」」」

 

慌てて弁明するも、余計にその視線は痛くなるばかり。

当たり前だ。僕の行動には怪しいところしかない。僕自身にやましい所は何一つないとしても、この状況からして完全に黒だ。

 

「なんでもないったら何でもありません! それよりも、僕はこれからどうなるんですか。あなた方に、捕まえられたわけですけど」

 

だから、いつまでも現実逃避をしているわけにはいかない。これからについて聞いておく必要がある。こうなってしまったのだからしょうがない。原因は、自分。数十分前の自分。なぜ、あんなことを言ったのだろうか。

 

考えても、答えは出てきそうになかった。

 

 

 

***

 

 

 

 

彼はあきらめて現実を見始めた。

そんな、現在よりも少し前のこと。件の彼の悩みの種となっていることは起きた。

 

 

 

僕は深い眠りから目を覚ました。

そして、目の前の彼の手をつかみゆっくりと立ち上がる。

 

「大丈夫か?」

「あぁ、ありがとう……クロム」

 

心配してくれたクロムに僕は礼を言った。おそらく、また行き倒れていたのだろう。

クロムがいなければどうなっていたことか。考えたくはないが、助かったのは事実。素直に礼を述べたのだが、クロムはこちらを不思議そうな顔で見ていた。

 

「どうしたんだ、クロム」

「……いや、なぜ俺の名を」

「え……い、いや……どうしてだろう? なんだかどこかで会ったような気がして」

 

改めて問われると、クロムのことをなぜ知ってるのかがわからなかった。だが、記憶にはないはずなのに、初めて会った気はしなかった。理由はもちろんわかるはずもない。どうやら、クロムも記憶にないようだ。となると、初対面か。

 

「悪いが……初対面だぞ。お前は何者だ? ここでいったい何をしていた」

「えぇと……行き倒れてました?」

「……いや、それは見ればなんとなくわかる」

 

彼の聞きたいことはわかる。だから、答えようとした。だが……

 

「……僕は誰だ?」

「何?」

 

僕は自分がわからなかった。自分が何か知らなかった。だから、答えが出せない。

怪訝そうに彼がこちらを見ているが今は関係ない。それ以上に、気づいてしまった事実は、僕の根幹を揺るがす大きな問題だった。

 

「ここは、どこなんだ?」

 

そして、周りの景色も見たことがない。わずかに残る記憶と照らし合わせても、このような景色は知らない。

ここがどこかもわからない。自分が何をしていたかも。自分のことは何一つわからないが、僕はこんな状態の人をなんていうか知っていた。

 

「そうか、僕は記憶そうし……」

「えー!? それってもしかして、アレかな! 記憶喪失ってヤツじゃない?」

「……そうだね」

「おかしな話ですね。ではなぜ、クロムという名を知っていたのですか? そのような都合の良い記憶喪失……簡単に信用できる話ではありません」

「それは……なぜだろう」

 

そう、元気そうな彼女も言う通り僕は間違いなく記憶喪失である。そして、青色の騎士が疑問に感じたように、クロムの名前だけを知っている記憶喪失。怪しさ満点である。私は不審者です、捕まえてくださいと言っているようなものである。

 

「自分でいうのもなんですけど、怪しいですね」

「はい、怪しいです」

「たしかに、怪しいかも」

「怪しいな。まぁ、一応聞くがそれ以外何も覚えていないのか?」

「ああ、本当に何も……」

 

何も覚えていない。何も。あ……時の……あいも、それ……のたた……も……、

 

「っ!?」

 

痛みとともに、一瞬頭にノイズみたいなものが走った。あれは、記憶――なのか?ほんの一瞬だったから何とも言えない。そして、彼らもこちらの異変には気付かなかったようだ。彼らはそのまま会話を続けていく。

 

「ふむ、どうしますかクロム様? 先ほども言った通り信用できるものでもありません」

「だが、本当の話だったら、このまま放り出すわけにもいかないな。人々を助ける。俺たちはそのためにここにいるのだからな」

「それはおっしゃる通りなのですが……。賊どもの一味である可能性がある以上、気を許すのは危険です」

「なら、とりあえずこいつを捕まえて町に連れて行くか。そこで取り調べを行う、これでいいか?」

「はい。問題ないと思います」

 

そして、僕の処遇は決定してしまっていた。話についていけず、呆然とする僕に彼らは言う。クロムはこちらの不安を取り除くように、青い騎士はにっこりと満面の笑みを浮かべながら。

 

「ははは。心配するな。話は町で聞いてやる。さあ、行くぞ」

「ははは、心配いりません。少しお話をするだけですから」

「ごめんね……、何もできなくて。でもきっと……うん、きっと大丈夫だから安心して! 何ともないから!! ―――たぶん……」

「え……?」

 

クロムはいいとして、青い鎧の騎士の笑顔が怖すぎる。なんでそんなに無駄にいい笑顔なのか。心配いらないとは言っていたが、無理だろう。そして、金髪の少女のこちらの身を案じるような言葉。

思い至った可能性は一つ。そんなことなんてないよね?と一縷の望みをかけて少女を見る。

 

「……」

 

―――少女は、気まずそうに眼をそらした。

 

「そらさないでお願い!? 君が最後の良心なんだから。頼む、助け……」

「何を騒いでいるんだ。まったく、ただ話を聞くだけだと言っているだろう」

「そうですよ。ただ、少しお話をするだけですよ」

「そこの騎士の言葉が全く信用できないんだけど!?」

「それなら、大丈夫だ。こいつは真面目で優秀な騎士だ」

「さぁ、いきますよ」

「クロム。悪いがまったく安心できる要素がない!お願い、助け――」

 

このようにして僕は彼らに連行された。

 

「だ、だ、大丈夫、かなぁ……? うぅ、生きてたら、一緒に遊ぼうね。あ、一緒にお昼寝でもいいかなぁ? とりあえず、休ませてあげなきゃ。私が最後の良心なんだし。だから、がんばってね」

 

少女の発言はどこか的外れだった。

 

 

 

***

 

 

 

こうして今、僕は過去の自分を恨んでいる。

 

「そう気を落とすな。イーリス聖王国の敵じゃないとわかれば、自由になれるさ」

 

そのイーリス聖王国の敵じゃないとわかるまでが怖いということを、クロムは理解してくれないのだろうか。だが、今はクロムのことは置いておく。人心についてはおいおい学んでいってほしいものだ。

 

「イーリス、聖王国?」

「今あなたがいる国の名です。平和を愛する聖王エメリナ様が統治する国です」

「そうなのか。ありがとう…えぇと」

「そういえば、まだ俺から名乗っていなかったな。俺の名はクロム。このちんまいのは妹のリズだ」

 

そういえば、自己紹介がいろいろあったせいでしてなかったな。クロムの名前を知っていたこともあって、自己紹介した気になっていた。とりあえず目の前の青い髪の青年がクロム、そして金色の髪をツインテールにしているちんまい少女がリズ。

 

「っ!」

「いたっ!?」

「ちんまい言うな! 後、あなたもお兄ちゃんの言うことを真に受けないで! わたしはリズ。でね、えーっと……、わたしたちはね、イーリスを守る正義の自警団なのだ!」

「正義の自警団……?」

「うん!」

 

復唱すると、リズはとてもうれしそうに頷く。最初に会った時の印象通りの元気で、明るい少女のようだな。クロムはちんまいと言っていたが、それも相まって小動物のようなかわいらしさがある。

 

「元気だね」

「うん、そうだよ! 私が元気だと、みんな元気になるんだよ!」

「そうだね。リズの笑顔は暖かい」

「え……、あ、うん。あ、ありがとう」

 

リズが急に顔を赤くしてうつむいた。

 

「ん? どうしたんだ、リズ」

「すこし、そっとしておいてやってくれ。まぁ、とりあえずリズの言った通り俺たちは自警団をやっている。で、この小難しそうな感じの男がフレデリクだ」

「クロム自警団副団長のフレデリクと申します。立場上、どうしても疑いの目から入ってしまうことをお許しください。あなたを全く信用していないわけではありませんが調べることは調べますのでそのつもりで」

 

丁寧な自己紹介とともに騎士は礼儀正しく僕に挨拶をした。さすがに、ここまでされると思っていなかったのもあり、少し気まずい。

 

「わ、わかりました。とりあえず顔をあげてください、フレデリクさん。あなたの立場上仕方のないことですし、誰だってこんな人を見たら疑います。だからあなたが気に病む必要はありません」

「ありがとうございます。それでは、町についたらしっかりとお話しを聞かせてもらいますよ」

 

僕の答えを聞いて、再びとてもいい笑顔で話し始めるフレデリク。藪蛇だったかと思ったが、もう遅い。彼から逃れることはできないとあきらめるしかない。そして、あきらめたついでに、彼らに自己紹介の続きもする。

 

「最後は僕の番なんだけど……」

「名前なら思い出してからでいいぞ。それより、町はもうすぐだ。そこについてからでいい」

「そうか…‥ありがとう、クロム」

 

とりあえず、最悪の事態にはならないだろう。クロムはどちらかといえばこちらより。フレデリクも形式上疑っているが、よほどのことがない限りこちらに何かするということはないだろう。

 

思ったよりも幸先は悪くないようだ。

 

「お、おにいちゃん! たいへんだよ! 見て、あっち!」

 

そんな僕の考えとは裏腹に事件は起きる。リズの指差す先にはクロムの言うとおり、町が割とすぐ近くにあった。常時ならきれいでそれなりに賑わう町なのだろう。だが、その町からは炎が上がっていた。

 

「町に、炎が……!! 例の賊どもか!フレデリク! リズ!」

「クロム様! この者の処遇はどうしますか?」

「町を救うのが先だ! 急ぐぞ!」

「承知しました。リズ様、乗ってください」

「う、うん」

「あ……! あの、僕は?」

「お前はそこで待っていろ!」

 

町に上がる炎を見るなり、クロムはリズとフレデリクを伴って行ってしまった。そして、僕はここに取り残されてしまった。あの時と同じように。僕は安全な場所に一人残された。

 

「ここで、待っていろ……か」

 

何一つ自分のことがわからない。だからこそ、彼の指示は間違っていないし、僕もそうすべきだろう。

だが――

 

だが、本当にそれでいいのか?

そう、かつての記憶が僕に語り掛ける。

 

――あなたは、ここで待っていて

 

おまえは、そこで、ただ待っているだけなのかと。

 

「いや違う」

 

ああ、違う。何が違うかはわからない。けれど、これだけは言える。ここでおとなしくしているのは僕じゃない。

 

「あの時と同じだ。なら、僕のすべきことは一つだ」

 

かつての記憶は僕に道を示してくれた。その道はかつての僕が通った道、手に入れた力。

 

「さあ、行こう。あの時のように、僕は、僕の戦いを」

 

これなら、僕も彼らとともに戦える。あの時のように。あの時、彼女を導いたように。

 

だからいこう、彼らのもとへ。彼らと、町の人々を助けるために。そして――――

 

 

 

***

 

 

 

俺たちが町についたとき、町では山賊たちが暴れまわっていた。

中央の教会の前では賊の親玉と思える輩が広場にいる賊に指示を出している。

 

「奪え! 殺せ! 奪い終わった家には火を放て! 町ごと消し炭にするんだ! これを見りゃ、抵抗しようなんて気が起きなくなるだろうからな!」

 

広場まではまだ距離があるが、町の様子を見る限り火の手はこの広場でしか上がってないようだ。これならこの人数でもいける。

 

「お、おにいちゃん!! 町のみんなが……」

「急ぐぞ! これ以上賊に好き勝手にさせるわけにはいかない! 幸い賊自体は少数だ。一気にたたみかけるぞ! フレデリク!」

「助けて!!!」

 

そういって、速度をあげようとしたとき、目の前で賊が一人の村娘に迫っていた。

 

「へへへ、嬢ちゃん。観念しな。恨むんならこのご時世に生まれた自分の運勢を恨むんだな」

 

そう言って賊は手に持つ斧を振りかぶって、彼女にめがけて振り下ろす。間に合わない。どんなに頑張っても俺では届かない。あと少し足りない。フレデリクですら、ここからでは追いつかない。

 

「やめろおおぉぉ――!!」

 

届かないのか、あと少しなのに……

 

視界に映るすべてがゆるやかに流れていく。自らの抱える槍が届かず悔しそうに顔をゆがめながらも、全速で駆けるフレデリク。フレデリクの腰にしがみついているリズは、顔を彼の背中に押し付け見ないようにしている。そして、伸ばせど届かない俺の手。誰も間に合うことなくその斧は振り下ろされ、そして――――

 

「      」

 

そして、俺とフレデリクの横を駆け抜け、今斧を振り下ろさんとする賊の手を光の矢が吹き飛ばした。

 

「な!?」

「もらいましたよ!」

「くそ……なんだよ……さっきの、は――」

 

賊の腕を吹き飛ばした光の矢の影響で後ろにつんのめっていた賊は、フレデリクによりとどめを刺された。その後、賊が死んだのを確認したフレデリクは村娘を避難させている。俺は村娘が助かったことにホッとする反面、一つの懸念事項が頭から離れなかった。戻ってきたフレデリクにすぐに尋ねた。

 

「フレデリク! 今のは、今のはなんだ!?」

「わかりません。魔法ではありますが、あのような魔法は見たことがありません。火、風、雷、闇と魔法にも種類がありますが、あのようなものは知りません」

「雷の魔法じゃないのか!? じゃあ、あれは、いったいなんだ? それに誰があれを……」

「ですからわからないと」

「くそ!」

 

そう、それは先程の光の矢だ。なんなんだ、あれは。魔法に詳しくない俺はともかく、フレデリクが知らないということは相当マイナーか、新しく作られた魔法。

いや、魔法の正体はどうでもいい。わかったところで動けないのだから。

あれに助けられたのは事実だが、あれが味方とは限らない。あんなものに狙われるとあっては下手に動けない。相手方も同じ考えなのだろう。賊たちも物陰に隠れ、教会前の賊の周りには魔導師と剣士が奴を守るように立っている。

 

「せめて、敵か、味方かさえわかれば……」

「お兄ちゃん……」

 

そんな俺たちの背後から一人分の足音が聞こえる。そして、日に照らされたその人物の影が俺達のもとまで伸びてきた。俺たちが振り返る前にその人物は口を開く。

 

「――――遅くなったけど先ほどの問いに答えるよ。まず、あれは光魔法というもの。理魔法、闇魔法のどちらにも属さない魔法だよ。そして、誰がやったか。これは君たちが先ほど連行してきた名無しさんがやったんだよ」

 

振り替えると、一人の青年がいた。ついさっき町の外で別れた怪しい模様の入った黒いローブを着た青年。彼は左手に見たこともないきれいな弓を持って立っていた。

 

 

 

***

 

 

 

ようやく、追いついた僕はクロムたちの質問に答えた。そんな僕の言葉に驚いたようで、クロムたちがこちらを振り返った。

 

「お前なんで――――」

「僕にもわからないよ。でも、違うって思ったんだ。あのまま、じっとしているのは違うって。そんなのは僕じゃないって。わからないけど訴えるんだ。失ったはずの記憶の中の僕が」

「そうか……とりあえずこれだけは答えろ。お前は俺たちの敵か、それとも味方なのか?」

 

そう言うとクロムは僕に向かって剣を向ける。同じようにフレデリク槍を構えもリズをかばうように前に出る。この距離はクロムとフレデリクの間合い。間合いを完全に潰された僕に出来ることといえば、素直に両手を挙げるくらいだろう。

 

「はぁ、二人とも武器を下ろして。僕は君たちと戦うつもりはないよ。さっきの質問に答えるなら、僕は君たちの味方だ。だから、これ以上被害が出ないうちに賊を倒そう」

「そうか、なら力を貸してもらうぞ」

「あぁ、力を貸すよ、クロム」

 

そう頷き返すと、ようやく二人は警戒を解く。そして、僕はクロムとともに目の前の広場にいる賊を見すえる。賊の隠れた位置など思い出しながら攻め方を考えていると、フレデリクが声をかけてきた。

 

「ところで、あなたは何が出来るのですか? 先ほどの攻撃から魔法職であることは分かるのですが」

「む、そういえばそうだな。弓と魔法が使えるということで、いいのか?」

「あぁ、そうみたいだ。まぁ、だけどここには魔導書もないし、矢もないからどちらも使えるとは言い難いけどね」

「大丈夫なのか、それは。いや、待て。先ほどやったようにはできないのか?」

「あれはそう何度も使えるものじゃないんだ。もともとぼくには魔法の才能は皆無だからね。無理に使うと体が壊れる。だから、できてあと一回か二回だね」

「ならどうするのですかあなたは。弓も、魔法も使えないのでは戦力になりませんよ」

「大丈夫、僕の本職は軍師だから。効率よく敵を撃破できるように指示を出すよ。だから、僕の指示に従ってほしい」

 

弓と魔法に関して嘘は言ってない、僕が今回射るのはあと二回もあれば事足りる。そもそも必要ないし。それにフレデリクの言葉を信じるなら僕の使う魔法は誰も知らないみたいだから、奥の手として残しておきたい。それと、これを多用するのはまずい気がするんだよね。

 

「で、どうする。三人とも」

「……わかった。お前の指示に従おう。おれたちはなにをすればいい?」

「クロム様がそう言われるのであれば仰せの通りに」

「私は戦えないんだけどどうすればいいのかな?」

「挟撃でいく。クロムたち三人は、広場を抜けて左側の屋台の裏に回ってくれ、そこに賊が数人隠れている。僕らの後ろに賊はいないから、そのまま協会を目指して欲しい。その間に僕が反対側にいる魔導師をたたく。わかった?」

「待て、お前は戦えないんじゃないのか? どうやって魔導師を倒すんだ」

 

クロムがもっともらしい質問をしてくる。それもそうだ、僕は自分で弓と魔法は使えない宣言をしたのだから、戦えない。でもね、クロム。僕のできることはそれだけじゃないんだよ。クロムの生真面目な質問に対して、コートの中に隠れていた黒塗りの剣を取り出すという行動で答える。それを見た彼らは、とても驚いた表情をしていた。

 

「心配ないよ、僕は剣も使えるからね」

「先ほどからお前には驚かされてばっかりだな。まぁ、いい。それでは、先ほどの指示通りいくぞ。ついて来いリズ、フレデリク」

「了解です」

「うん、わかった」

 

そういって、先ほどと同じように僕を残して三人は駆けていった。

 

「さてと、僕も自分の仕事を終わらせますか」

 

僕も彼らと同じように駆け出す。手に持っていた弓を消して、その手に黒い剣を携えながら。

 

 

***

 

 

 

「…………!」

 

断末魔をあげて、最後の賊は倒された。

 

「なんとか終わったか……」

 

そう言って、振り返ると三者三様の態度で迎えられた。

 

「町の人たち、無事みたいだね。良かった。ところでさ……意外とすごいんだね! 戦いのことも詳しいし、剣や弓だけじゃなくて、魔法も使えるし!」

「戦いに関して、秘めるものがあるようだな。ただの行き倒れではないということか」

「本当に記憶喪失なのか、さらに疑わしくなりましたが……」

 

無邪気に今回のことを喜び、僕をほめるリズ。僕に対する認識を改めるクロムと、疑いのまなざしが強くなったフレデリク。とはいえ、僕に返せる返答など一つしかない。これが僕にとっての変わらない事実である内は。

 

「すまない、覚えてないものは覚えてないんだ。ここに来るまでに思い出したことが今の僕の記憶のすべてなんだ。だから、疑わしいのはわかる。でも、どうか信じて欲しい」

「町の人たちのために戦ってくれたんだ。疑うものか、俺はお前を信じている」

「……!」

 

そのように言うことしかできない僕に、クロムは信じると言い切った。まだ記憶もあやふやで、疑うべきところがいっぱいある僕に対して。その言葉を聞いたフレデリクは彼に確認を取った。

 

「よろしいのですか? 完全には疑いは晴れていませんが……」

「わかっている。だがこいつの能力こそ、俺が求めていたものだ。賊どもや他国がのさばって来ている現状、有用な軍師はぜひとも欲しい。それに俺は……共に戦ってくれたお前を信じたい」

「……クロム」

「どうだ、俺たちと一緒に来ないか? お前の記憶が戻るまででいい。俺たちに、力を貸してくれ」

 

そう言って、彼は僕に手を差し伸べる。そして、いつかのように僕は彼の手を取った。

 

「うん。もちろんだ、クロム。これからよろしくな」

「あぁ、これからもよろしく頼む」

 

どこか、懐かしい気がした。

 

そして――

 

――黒の剣から彼に記憶が渡される。

 

『――私と一緒に修行しない?』

『いいよ。僕でよければ、喜んで』

『いいの!? ありがとう! ぜったい1人より、2人のほうが心強いって思ってたの。あなたは一人前の軍師! 私は一人前の剣士!! がんばろう! ね?』

『あぁ、互いに頑張ろう。これからもよろしくな、リン』

『うん、こっちこそよろしくね、――』

 

それは、消えていくはずだった記憶のかけら。彼が願い、その剣がかなえたことにより残された小さなかけら。けれど、これこそが彼の始まりにして、最も大切な記憶。自分の中にある数多の記憶が消えていく中、最後まで手放さなかった記憶。その記憶のかけらは、この黒き剣の精霊たちに守られてきた。そして、今、それは帰る。本来の主のもとへと。

 

 

「リン――」

 

そう、僕はつぶやいていた。

 

「ん、なんだ? っておい、どうした。大丈夫か。しっかりしろ」

「どうかしたの、おにいちゃん? って、えー!? どうしたの? なんで泣いてるの? ねぇ、どうしたの? 何があったの? ねぇ、ねぇったら」

「うん? って、あれ? なんで?」

 

リズに言われて頬に触れると、いつの間にか僕の頬に涙が流れていた。気付かないうちに、涙が流れていたみたいだ。けれど、今はそれよりもうれしい。そう、僕は思い出すことが出来た。相変わらずわからないことは多い。でも、彼女の名を、そして何よりも大切にしていたあの時の記憶を。あんなにも忘れないと強く思っていたのに、僕は忘れてしまっていた記憶を。

 

でも――――

 

「やっと……やっと、思い出せた」

 

僕は、黒の剣を優しくなでながらそうつぶやく。記憶を失っていた時間はそんなに長くはない。けれど、僕にとってはとても耐えがたいものだったみたいだ。まだすべての記憶が戻ったわけじゃないからわからないけど、この記憶は決して忘れない、そう誓ったのを覚えている。覚えてないけど、覚えている。

 

なぜかはわからない。

 

だけど、今はそれでもいい。今はただ、こうして思い出せたことを彼女に感謝する。消えてしまった記憶の中、いつの時かに交わした約束。僕が忘れてしまった大切な約束を守り続けている彼女に……

 

「あ、あの、だいじょうぶ?」

 

物思いに耽っていると、おずおずと不安げな顔をしたリズが聞いてきた。彼女だけでなく、クロムやフレデリクもそんな表情で僕を見ている。

 

「大丈夫だよリズ。それに、クロムとフレデリクも。何ともないから安心してくれ」

「本当に? 本当に何ともないの?」

「ああ、本当だ。だから、安心してくれ、リズ」

 

そういって、僕は彼女の頭を撫でた。不安げで泣きそうだった彼女の顔は、次第に穏やかなものになり――――そして、急にポンっと音を立てて真っ赤になり、うつむいた。不思議に思って彼女の顔を見るとますます顔を下に向ける。

 

「……クロム様。これはあれですね」

「ああ、そうだなフレデリク。しかも、無自覚だ」

「ええ。それよりもそろそろ止めましょう」

「もう手遅れな気もするがな! おい! 先ほど思い出したと言っていたが何を思い出したんだ。あと、リズの頭を撫でるのをそろそろやめろ」

「あ、ごめん」

 

リズの行動を不思議に思っていると、クロムが先ほどのことについて質問してきた。ついでにやめろと言われたのでなでるのをやめると、リズが、頬を膨らましてこちらをにらんでくる。リズは、不機嫌だよ、怒っているからね、と意思表示をしているのかもしれない。ただ、リズがやっても……と思わなくわない。

 

「……で、何を思い出したんだ」

「ああ……」

「あ、お兄ちゃん、ちょっと待ってよ」

 

話始めようとしたところで、不満げな雰囲気を隠そうともしないリズが待ったをかける。

 

「なんだ、リズ」

「わたし、この人に聞きたいことがあるの」

「後にしてく……」

「お願い、おにいちゃん。たった一つだから」

 

リズはクロムに胸の前で手を重ね上目づかいでお願いする。

 

「く……、後にしてく……」

「……ダメ?」

 

なおも抗うクロムに、小首を傾げながら再度聞くリズ。クロムにこうかはばつぐんだ。

 

「……わ、わかった。一つだけだぞ」

「ありがとう! おにいちゃん、大好き!」

 

そう言ったクロムに、リズは抱き着いてそのように言うと、僕を引っ張って動き出した。

 

 

 

***

 

 

 

ある程度距離が離れてから僕は彼女に聞いた。

 

「それで、僕に聞きたいことはなに?」

「あのね、記憶が戻ったんだよね? もし、名前を思い出したんなら聞きたいなぁっておもったの。教えてくれる?」

 

少し赤い顔を俯けながら、彼女は僕に問いかけた。どうやらそれを聞くために僕を連れてきたらしい。クロムにお願いするからどんなことかと思えば、こんなことだったなんて。あの場で聞いても問題はなかっただろうに。そう思うとおかしくなって、つい笑ってしまった。

 

「笑ってないで答えてよ――!」

「ごめんね、悪かったよ、リズ。おかしかったからつい、ね」

「むーー」

 

彼女のほうを見れば、頬を膨らましている。どうやら、彼女にとっては大まじめなことだったらしい。

 

「名前、だったね。ごめんね。まだ思い出していないんだ」

「え……。ご、ごめんなさい」

 

そう言うと彼女はすまなそうに、頭を下げた。よく見れば、彼女の左右にまとめられた髪も若干萎れている。

 

「気にしないで」

「うん。その、本当にごめんなさい」

 

フォローするつもりだったのだが、余計に困らせることになったしまった。このまま戻るのはまずい……と、僕の中の何かが告げている。

 

「リズは、名前が知りたかったんだよね」

「うん。あ、あの、無理にして思い出さなくてもいいから。思い出した時でいいから、ね?」

「そうは言っても、名前がないのは不便だからね」

「そうだけど……思い出せるの?」

 

思い出せたら……いいのだが、思い出せそうにはない。と、なると選択肢は一つ。何か、良いものはないだろうか。そう考えていた時に、ふと何かに手が触れた。それを見て、思いついた。

 

「リズ……」

「ん? なあに?」

「ビャクヤ。それが僕の名前だ」

「ビャクヤ……、それがあなたの名前? 不思議な響きだね」

「そうかな?」

「うん。でも、よかった。名前、思い出せたんだ」

「いや違うよ。ないと不便だから、ちょっと借りることにした」

 

どういうことかよくわかってないリズ。そんな彼女に腰の剣を見せる。

 

「これは、ビャクヤ・カティっていう武器でね。名前が思い出せないから、これから名前を借りることにしたんだよ」

「じゃあ、これからは、ビャクヤさんて呼べばいいんだね」

「うん、そうしてくれるかな?」

「うんわかった。それに、これでようやくできるね」

 

うれしそうにそう言うとリズはたたずまいを直して、改めてこちらに向き直った。

 

「わたしは、リズ。これからもよろしくね、ビャクヤさん」

「ああ、これからもよろしく、リズ」

 

あの時も、こうやって自己紹介をしたな。

 

『私はリン。ロルカ族の娘』

『あなたは? あなたの名前を教えて?』

『――――っていうの? ……不思議な響き。でも、悪くないと思う』

 

そしてリンも同じことを僕に言った。懐かしいな。

こうやって、また僕の物語はまた始まるのだろうか。相変わらず名前は思い出せないけど、そんなに悪い気はしない。そう、思えてきた。

 

 

 

***

 

 

 

自己紹介の後、ビャクヤさんはわたしのほうを見て微笑んでいる。それはさっき見た顔よりもずっと素敵な顔だった。けれど、さっきみたいに恥ずかしくなることはなかった。だって、彼はわたしじゃない誰かを見ている。彼の心の中にはわたしじゃない誰かがいる。たぶんそれはさっき、彼がお礼を言っていた人。

 

「ねぇ、ビャクヤさん。もう一つ、もう一つだけいい?」

「ん、なんだい。別にかまわないけど。僕に応えられる範囲でなら答えるよ」

「じゃあ、リンってだれなの? さっきビャクヤさんがつぶやいてたけど……ビャクヤさんにとってどんな人だったの?」

 

そう問いかけると彼は少し驚いた顔をしたのち、先ほどと同じような優しい顔をした。ちくりと胸が痛んだ。なんでかわかんないけど、ほんの少しだけ胸が苦しい。聞いてはいけないと、心が叫ぶ。けれど知りたいとも、心が叫ぶ。そんなわたしの葛藤にきづかないまま、彼は語り始める。

 

「リンについてか……まだしっかりと思いだしてないんだけど。でも、そうだね。正義感が強くて、優しい人だったよ。そして、彼女は僕の仲間であり、ライバルで……」

 

そこで、彼は言葉を区切る。そして、何かを思い出すように、懐かしむように言葉を紡いだ。

 

「ああ、そうだ。うん、そうだった。彼女はとても大切な人。この剣と一緒に大切なものをくれた人だよ」

 

そう語るビャクヤさんはやっぱり、どこか遠くを見てる。ここじゃないどこかを。それに、わたしと向き合ってるのに、わたしじゃない誰かを見てる。彼が語ったリンっていう女の人のことを。とても、優しい顔で見ている。

 

おかしいな? どうしてか、少しだけ苦しい。

 

彼はただ、優しく微笑んでるだけなのに――笑顔は人を幸せにするものなのに。

 

なのに、なんでなのかな? どうして、少し、苦しいの。

 

「リズ? どうかした?」

「……ううん、何でもない。ありがとう。教えてくれて」

「ああ、どういたしまして」

 

だから、そんな彼の言葉にそう返すのが精いっぱいだった。

そして、それを見た彼の不思議そうな顔が、なぜか心に残った。

 

 

 

 




第一話です。原作でいう序章にあたります。
プロローグよりはこの作品がどんな感じに進んでいくのかが分かったと思います。

それでは最後に、ここまで読んでくださった皆さんありがとうございました。願わくば次のお話も読んでくれるとうれしいです。
では、また。次の更新で会いましょう。

2014/4/3 少し書き直しました。

2017/11/14 一部、修正しました。話の流れ自体に変更はありません。


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第二話 砕かれた日常~未知との遭遇~

すっかり暗くなったイーリス郊外の森の中。自警団の一行は野営できる場所を探しながら道を進んでいる。

 

「…………」

 

そんな中、きれいな金色の髪の少女は不満を隠そうともせずに、とある出来事の原因を作った片割れをにらみつけている。睨みつけられているのは、右肩に不思議な紋様を持つ青色の髪の青年で、どこか気まずげな雰囲気でその視線に耐えている。それもそのはず、彼女の嫌がる野営を勝手に二人で決め込んでしまったためである。やむを得なかったのかもしれないが、少しくらい彼女に配慮した行動をとるべきだっただろう。結果、知らぬ存ぜぬで行動を決定してしまった彼の肩身は狭い。

 

「…………」

「そ、そろそろあたりも暗くなってきが、野営地にはまだつかないのか、フレデリク」

 

この空気を何とかしたいという切実な意図が見える言葉を発したのは、この自警団のリーダーであり、大切な妹から何とも言えない視線を背中に受け続けているクロム。

 

「そうですね、そろそろ見えてくるはずなのですが。あたりも暗くなってきていますし、少し急ぎましょうか」

「えぇー、ここで休まないの? ここも十分に広いじゃん。なんで?」

「リズ様。ここも広く野営に適しています。ですが、その前にここは道です。道のど真ん中で野営をするのはどうかと思いませんか? 急ぎの人たちの迷惑にもなります。なので、もう少し歩きましょう」

「うぅ~、でも、わたしが女の子だってわかってる!? フレデリクたちは男の子だから平気かもしれないけど、わたしはそろそろ限界なんだよ。おなかも空いたし、疲れたの」

「なら、馬に乗ってみるのはどうかな。さほど荷物もないから問題ないよ。リズも休めていいと思うけど」

 

黒いコートを着た灰色の髪の青年、ビャクヤの提案に、リズは顔を明るくさせて彼に向き直ったが、すぐに表情を曇らせる。心なしか彼女の特徴でもあるツインテールも萎れている。

 

「どうかした? ――ってもしかして、馬に乗れないのかな?」

「うん。今までだれかと一緒にしか乗ったことなかったから。だからひとりじゃ……」

 

そこまで言って急にリズは顔をあげて彼を見る。そして、彼に恐る恐る質問する。

 

「えぇと、あのね、ビャクヤさんは馬に乗れるの?」

「……わからないな。でも、なんとなくだけど乗れる気はするかな?」

「なんとも、あやふやな答えだな。わからないと言いながら、なんとなく乗れるとはどういうことだ? いいかビャクヤ、馬はそんなに簡単に乗れるものじゃないぞ。そもそも俺だって――」

 

ビャクヤの言葉を聞いたリズは、先ほどと同じように顔を輝かせて彼を見る。そして、クロムの言葉をさえぎって彼に頼み込んだ。

 

「なら、ビャクヤさん。一緒に乗ってくれないかな? さっきも言ったけどひとりじゃ乗れないの。だから、ね。お願い」

「まあいい……」

「だめだ」

「だめです」

 

ビャクヤの言葉にかぶせるように、残る二人がダメ出しをする。それに対し、リズが不満をあらわにするが、彼らもここで引くわけにはいかないらしい。主に、彼女の安全のために。

 

「お兄ちゃん?」

「乗れるか怪しい奴の後ろにリズを乗せるなど言語道断だ。せめて俺かフレデリクの後ろに乗れ。少なくともビャクヤは帰るまで馬には乗るな」

「クロム様の言う通りです。帰ってから馬に乗れるとわかるまでは馬に乗らないでください」

「まあ、確かにそうか」

 

至極まともな正論でリズの説得を試みる二人。その下で何を考えていようと、彼らの言い分が正しいのだが、そんなことは彼女には関係ない。彼女は馬に乗るという自らの希望を通すべく彼らの意見を真っ向からつぶしにかかった。ビャクヤと乗れたらいいなとも思っているのは、ビャクヤを除く者たち共通の認識である。

 

「わたしは、ビャクヤさんにお願いしてるの。二人は関係ないでしょ」

「兄として、お前を危険な目に合わせるわけにはいかない」

「お兄ちゃんの馬の扱いそんなにうまくないじゃん……」

「ぐ……」

 

非常に悔しそうに言葉を詰まらせるクロム。しかし、実は本題と全く関係ないのだが、そのことに気付いていない。弱点を突かれたクロムは論破されてしまった。胸を張り得意顔をしているリズに対し、控えていたフレデリクが説得にあたる。

 

「クロム様については……帰ってから練習しましょうか。まあ、普段通り私の後ろに乗ってください」

「フレデリクは馬の負担になるから、降りてるんだよね? 乗ったら意味ないと思うの。鎧着てて重いんだからちゃんと考えてよね」

「……そうでしたね」

 

フレデリク……自身が乗らない理由について攻撃され、論破。普段の講義があだとなったようだ。いや、教えたことをしっかりと吸収しているということなので、良いことではある。

 

「いえ、でしたら……!」

 

だが、ここで引き下がるわけにはいかない。リズを様々な危険から守るべく、保護者は立ち上がる。だが…‥遅かった。

 

「あ、ビャクヤさん!」

「うん、何とかなりそうかな? 歩くくらいなら問題ないよ」

「……一緒に乗ってもいい?」

「どうぞ」

 

彼らのすぐそばで馬を見ていたビャクヤがいつの間にか馬に乗っていた。特に振り落とされる様子もなければ、非常に安定している。むしろ、クロムより安全であるとフレデリクは判断した。こうなると反対する理由がない。リズが疲れているのは事実であるし、休むことができるのであれば休ませたいのが彼らの本心である。

 

「クロム様……」

「言うな、フレデリク」

「帰ったら、しっかり練習をしていただきますので、お覚悟を」

「く……わかった」

 

嬉しそうにビャクヤの繰る馬に乗るリズを見て、敗者の二人は決意を固めたのであった。

 

 

 

***

 

 

 

リズが馬に乗る際に一悶着あったが、今は目的地を目指してのんびりと歩を進めている。クロムがフレデリクから馬の乗り方について講義を受けている中、僕とリズは野営地を探していた。

 

「ねえ、ビャクヤさん」

「うん? どうしたの、リズ」

 

しばらくそうやっていると彼女が不意に声をかけてきた。興奮を抑えきれないようで、うずうずとしながらこちらを見上げてくる。そんなリズの声を聞き、講義中の二人もこちらに耳を傾ける。なぜかは知らないが、無言の圧力がすごい。

 

「ビャクヤさんって、フレデリクと同じくらい上手に乗れるんだね! お兄ちゃんと比べたら、お兄ちゃんがかわいそうになるくらい!」

「ありがとう、リズ。そう言ってもらえると助かるよ」

「誰かに教わったの?」

「ああ……そうだよ。乗れるようになるまで、ずっと見てもらったんだ」

 

乗っているうちに少しずつ思い出してくることもあった。そのことについて彼女に話すと、彼女はうれしそうにこちらの話を聞いている。彼女も疑問を放っておけないようでどんどん質問をしてくる。

 

だが、悲しいかな。覚えてないので答えられないことが多く、最終的に彼女が頬を膨らませることとなった。だけど、それでも、そこには穏やかな空気が流れていた……後ろの二人とは正反対にだが。

 

「俺は……負けん……」

「クロム様。もう少し、まじめに練習に取り組んでおられれば」

「ぐ……」

「さて、それではもう少し頑張りましょうか」

 

そう、後ろではリズの天然発言により心が折れそうになっているクロムと、なぜか現状の打破を考えているフレデリクがクロムを慰めようとして、さらに追い打ちをかけるという何ともカオスな状況が繰り広げられていた。そんな二人の様子を見たリズは不思議そうに眺めていた。

 

「ビャクヤさん、お兄ちゃんとフレデリクはどうかしたの?」

「気にしなくていいんじゃないかな? それよりもほら、前を見てごらん。横道があって、その先に少し開けた広場があるよね。そこが今回の野営地になると思うよ」

 

野営地を見つけた……その言葉を聞いたリズの行動は早かった。

 

「あ、本当だ。ねぇ、フレデリク。今日の野営地ってあそこでいいの?」

「間違いありませんよ。とりあえず、野営の準備をしましょう。薪と簡単な食料を調達してきましょうか」

「なら僕とリズで主に薪を集めるよ。馬もあるから問題ないと思う。だから、フレデリクとクロムで食料の調達を頼む」

「すみませんがビャクヤさん。ここはあなたと私がペアで動くべきかと。薪を集めつつ今日の食料を探せば問題ありません。クロム様たちには荷物番をしてもらいます」

「いや、二組に分かれたほうが効率がいいと思う。その方が早く休憩できる。リズもつかれているし、馬に乗れる僕が彼女と動いた方がよくないかな?」

「……そうですね。それでは集め次第ここに戻りましょう」

「うん! じゃあ行こうビャクヤさん」

「ああ、行こうか。フレデリク、食料を頼みます」

「はい、任されました。それではいきましょうかクロム様」

「…………わかった」

 

クロムは一気に知識を詰め込みすぎたのか、パンク寸前になっていた。機能停止寸前なクロムを引っ張りながら食糧探しを始めるフレデリク。なにかと、前途多難であった。

 

 

 

***

 

 

 

パチパチと火花が飛び散る焚火を囲いながら、僕らは本日のご飯にありつく。

 

「…………」

「…………」

「火加減はこんなものですかね、焼けあがりましたよ、クロム様。リズ様もどうぞ」

「ああ、ありがとな、フレデリク。リズ? どうした、食べないのか? おいしいぞ」

「あのね、お兄ちゃん……」

「な、なんだリズ。どうした」

 

リズがゆらりと立ち上がりクロムを正面に見据える。その気迫に僕とフレデリクもとばっちりを受けないように一歩下がる。クロムがこちらに対してアイコンタクトで何か伝えようとしているが知らない。誰だって自分の身がかわいい。

 

「あのね、確かに食料を調達して来てって言ったけどね」

「あ、ああ。そうだな」

「でもね……」

 

じりじりと迫るリズの気迫に押され、クロムは肉にかじりついたままみっともなく後ずさる。

 

「でもね、なんで熊なの!!」

「いやだってな、そいつが襲い掛かってきたから……」

「だからって熊を仕留めるの!? ふつうこういうのって鹿とかウサギとかとってくるものじゃない? なのに、なんでクマに襲われて、仕留めちゃうの! そんなの食べられないよ!」

「でもな……取りえず食べてみろって」

 

この場を何とか解決しようと食べていた肉を勧める。だが、いつも食べている肉とはかけ離れたにおいの前にすでに、食欲が失せているリズ。だが、大好きな兄の勧め。一口くらいは……と、勇気を振り絞って口へと運んだが……結果はお察しである。

 

「うー、や、やっぱりダメ! かたいし、獣くさいし。こんなの女の子の食事じゃないよ!」

 

つまり、リズは熊の肉が食べられないらしい。いや、どちらかというと味付けなしの只焼いただけ、というのがダメなのだろう。その微笑ましい光景を横で見ていたフレデリクは、クロムに対して助け舟を出す。

 

「何事も経験ですよリズ様。経験に勝る知識はありませんからね」

「……そういうフレデリクは食べたことがあるの? さっきから全然進んでないんだけど」

「さてと、その話はこれくらいにして、食べ終わったら休みましょうか」

 

フレデリク、お前もか。笑ってはぐらかすフレデリクはリズの言葉通り、手に持っている肉はほとんど食べておらず、思い出したように少しずつかじるだけである。

 

「うー、ビャクヤさん、何とかできないの? とてもじゃないけど熊なんて無理なんだけど……ビャクヤさん?」

「ん?」

 

リズの問いかけに反応して顔をあげると、リズが驚いたような顔をして固まっていた。

 

「ビャクヤさん、そんなにおなかすいてたんだ」

「そうみたいだね。どうやら、行き倒れだったことは事実だったみたいだ」

「ん? どういうこと?」

「なんでもないよ。それよりリズ。熊が無理ならこの木の実でも食べるかい? 少し酸っぱいけど、甘みもあるし、熊肉よりはましだと思うよ」

「え、ほんとう!」

 

嬉しそうに反応するリズと、助かったとばかりに僕を見るフレデリク。

 

「……二人分もないんだけどね」

「リズ様にお渡しください」

 

苦渋の決断……とても苦々しい表情でフレデリクは我慢して熊肉を食べることを決意したようである。フレデリクの決意が揺らぐ前に、手に持っていた木の実をすべてリズに渡す。若干……そう、若干ではあるが羨ましそうにリズの手に渡った木の実を見ている。

 

「フレデリク! ビャクヤさん! 食べていいの? いいなら食べちゃうよ。一人で食べちゃうからね!」

「どうぞ。僕とフレデリクのことは気にせず食べて」

「ええ、そうです。私もちょうど、熊肉を食べたくなったところです」

「うん! わかった! ありがとう、二人とも!!」

 

結果、オーライ。フレデリクの尊い自己犠牲のもと、リズの笑顔が守られた。まあ、なんだかんだ、フレデリクも満足そうにしているから、大丈夫だろう。

 

「割と熊肉も行けるものですね」

「…………」

「空腹は最高のスパイスです。まあ、次からは香辛料を少しくらい持ってくるようにしましょう」

 

……こうして、満足のいく食事が終わった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

夜中、一人で火の番をしていたクロムは急に立ち上がった。彼は警戒して、そのままあたりを静かに見回している。そのようにしていると、眠りが浅かったのか、ビャクヤのコートに身を包んだリズが目をこすりながら起き上った。

 

「お兄ちゃん……?」

「すまん。起こしてしまったか。少し妙な気配を感じてな」

「……気配って?」

「とりあえず少しあたりの様子を見てくる。すまないがビャクヤかフレデリクを起こして火の番をしていてくれ」

「一人で行くの? 危ないよ。わたしも一緒に行く」

「いや、すぐ戻るから問題ない。リズはそこで休んでいてくれ」

「わたしが起きてなかったら火の番はどうしたの、お兄ちゃん。すぐだからってほったらかしにするつもりだったでしょ。ちがう?」

「……はぁ、わかった。そうしよう。離れるなよ」

「うん!」

 

その後、二人は先ほど感じた妙な気配の原因を探るべく、あたりを散策する。しかし、妙な気配は先ほどから全く感じられない。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。どう、何か分かった?」

「いや、わからん。わからん、がそれよりいつまでそれを着ているつもりだ。というよりなんでそれも持ってきた?」

「え? だって、貸してくれたし、夜はまだ冷えるからこれがあると温かいし」

「…………」

 

リズが少し頬を染めながらもそれを脱ぐことはなく、むしろよりいっそうそれを着こむように体に引き寄せながら、クロムに答える。クロムがさしたそれとは、ビャクヤの着ていたコートのことである。いざ寝るという時に、地べたの上に薄いシート一枚というのが無理だったリズに対してビャクヤが貸したもので、見た目よりも生地は厚かったため、つい先ほどまでリズの寝具として使われていた。そして現在は彼女の防寒具として使用されている。

 

「夜が冷えるんだったら、あいつに返さなくて良かったのか?」

「でも、ビャクヤさんは火のそばにいるし、今日一日貸してくれるって言ってたから大丈夫だよ」

「そうか……まあ、いいが」

「……って、それよりもお兄ちゃん今日は少し静か過ぎない?」

 

クロムの疑惑のこもった視線に戸惑う彼女は話題の変更を試みる。しかし、その返答は図らずも、今回のことの核心をつくこととなる。

 

「ん? そう言えば、今日はやけに静かだな」

 

リズの疑問に素直に答えたクロム。だが、あたりを見渡していたクロムはその違和感に気付く。

 

「いや、静かすぎる…………」

「え?」

 

そう、あまりにも静かすぎた。虫の声も木々のざわめきすらも聞こえない。この季節ではありえない状況だった。

 

「リズ、一度戻ってフレデリクたちと相談するぞ」

「う、うん。わかった」

 

クロムが一度戻ることを提案した直後、地面が大きく揺れた。そして、突然の地震に驚く二人をよそに、森の一角から火の手が上がり二人に迫ってくる。

 

「リズ。走れ」

「え、急にどうしたの、お兄ちゃん」

「いいから走るぞ、こっちだ!」

「う、うん。って、きゃあ!」

「くそ、急げ、リズ! 飲み込まれるぞ!」

 

クロムたちが走り始めるのと、クロムたちの近くで地面が裂け、大地が爆発するのはほぼ同時だった。爆発した大地からは熱い溶岩の塊が吹き出し、周囲の森に降り注ぐ。幸いフレデリク達のいる地点には火の手がなく、彼らはそこを目指して火の玉の降る中を走る。

 

局地的な現象だったのか、フレデリク立ち退いた地点に近づくにつれ、森は静かになる。だが、後ろからは確実に日は迫ってくる。

 

「リズ、少し休んだら動くぞ」

「う、うん。ありがとう、お兄ちゃん」

 

走るのに疲れたリズが呼吸を整えるために足を止めた。ここまでくればすぐにでも合流できる。そう思って彼女の息が整うのを待つクロムに対し、現実は甘くなかった。何かに気が付いたようにリズが顔をあげ、クロムの後ろを指さす。

 

「お、おにいちゃん、あれ! なんか空に描かれてる」

「魔方陣……か? それにしても巨大すぎるだろ!?」

 

後ろを振り返ると、空には青色に輝く魔方陣が描かれており、そこからヒト型の何かが落ちてきていた。そのうちの二体が彼らの目の前に落ちてくる。暗闇でも赤く光る眼からは、殺意意外に感じ取れるものはなかった。

 

「リズ。下がってろ」

「う、うん。気を付けてね。なんかあれ、いやな感じがする」

 

リズを下がらせ、クロムはその二体に剣を構えて突っ込んでいく。

それに合わせるように、二体のうち一体がクロムに向かって斧を振り上げ切りかかってくる。クロムは斧が振り下ろされる前に、それの体を袈裟に一閃。そのままもう一体にかかろうとした。だが、不意に後ろから来る殺気に反応し、剣を背中に回しながら体勢を変える。

 

「……な!?」

 

振り返ると傷をものともせずに斧をふるう化け物がいた。しかし、無理に動かしたせいか、右の肩から左の腰のあたりの肉が分断されていて、かろうじて中でつながっているような感じである。そのような傷があるにもかかわらず血さえ流さない化け物に対し、困惑しつつも、クロムは冷静に判断する。

 

一歩下がり斧をいなすと、下がったときの足の勢いをそのまま、前に出る推進力に変え再び切りかかる。異形の化け物も応戦しようとするも、体がおいつかないのかクロムによってとどめを刺された。

 

「やったか……?」

 

そうつぶやくクロムに対し、動きを止めた化け物はそのまま体から黒い煙を出し始め、数秒と経たぬうちに煙とともに完全に消えてなくなった。

 

「消えた……だと? どうなっているんだ、これは――――」

「お兄ちゃん!!」

 

その様子に驚くクロムに対し、リズから悲鳴のような声で呼ばれる。驚いて振り向くと、化け物のうちのもう一体がリズに迫っていた。リズはすでに追いつめられており、背後には大きめの岩があり逃げられない状況である。

 

「くそ! 間に合ってくれ!」

「え!?」

 

目の前の化け物のおびえていたリズが突如驚きの声をあげ、大きく目を見開く。リズへと駆け出すクロムの横を、青い影が横ぎった。その人物はリズと化け物の間に入り、背中に回した剣で斧を受け止める。

 

「はやく!!」

 

かかった言葉は必要最低限のもの。しかし、クロムにはそれで十分だった。化け物は後ろのクロムの気配に反応し、対応しようとした。だが、斧を受け止めていた人物はそれで自由になる。

 

斧から解放された人物の攻撃とクロムの攻撃。それらに対応できず、二人の横に振り抜いた剣を受けて、化け物は完全に消え去った。

 

クロムはひとまずリズのほうを見てけがのないことを確認すると、先ほどの人物に問いかける。

 

「お前は、誰だ?」

「…………」

 

問いかけられた人物は沈黙を貫く。その間にクロムは改めて仮面で素顔を隠したその人物を見る。クロムと同じような青い髪は顎のあたりで揃えられており、青を基調とした服装。そして、線は細く男にしては小柄なイメージである。

 

「リズ様、クロム様! 二人ともご無事ですか!!」

「無事か? 二人とも」

「あ! フレデリクにビャクヤさん! うん、お兄ちゃんとこの人が助けてくれたから、大丈夫」

「そうですか、リズ様を助けていただきありがとうございます。ところであなたは?」

 

そう尋ねるフレデリクに対し彼はまずは目の前のあれを片付けようと言い、戦闘に入る。

 

「あ、行っちゃたね」

「まあ、とりあえずはこの状況をどうにかしようか。クロム、フレデリク。とりあえずはあの人物のことは後回しにして、目の前の敵を倒すよ」

 

その言葉とともに青い異国の服に身を包んだビャクヤは戦場を見据え、目の前の敵に対して戦術を練る。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

さて、時間は少し遡り、比較的平和であった食事も終わり、いざ休憩という時に、またしてもリズが騒ぎだした。

 

彼女曰く地面が硬くて痛いそうだ。このままでは寝れないという彼女にビャクヤは自分の着ていたコートを貸すことに。彼曰く、見かけによらず生地が厚いので地面に引いて寝る際の布団替わりにはなるらしい。また、男性用のコートであり、リズには大きいこともあったので、リズにとってはちょうどいい寝袋となった。

 

「ありがとう、ビャクヤさん!」

「どういたしまして、リズ」

「すまないな、ビャクヤ。リズのわがままに突き合わせて。戻ったらなにかおいしいものを食べさせてやるよ。フレデリク、手配できるか?」

「お任せください、クロム様」

「いやそこまではしてもらわなくてもいいよ。気持ちだけで充分うれしいから」

「いやとは言っても……」

「いやだから……」

 

男どもの不毛な会話が続く中、リズはふと気付いたことをビャクヤに尋ねる。

 

「ビャクヤさんって変わった服着てるね、それにコートのせいでわかんなかったけど、結構細いんだね」

「そういえばそうだな。ここら辺ではどころか、周辺でも見ないような服だな」

「そうなのか? 言われてみれば、クロムたちとは似ても似つかない服装だね。町の人たちとも似ていないし」

「ソンシンのほうから来る剣士の人たちが似たような服を着ていますが、それともまた趣が違いますね」

 

リズの指摘した通り、彼の服装はこのあたりでは見ることのないモノであった。最も特徴的なのは、膝まである青い上着である。彼は腰のあたりをひもで縛り、その上着の下に黒い襟付きの上着と同じくらいの丈の服を着ていて、それに合わせて白いズボンと茶色いブーツを履いている。また、来ている服はどれも丈夫そうでありながらも、布独特の柔らかさを保っていて、着心地もよさそうである。確かにどちらかというと、フレデリクの言うソンシンのあたりで見られるものに近い服装である。

 

「案外、この服のことを調べたらおまえのこともわかるんじゃないか?」

「そうですね、戻ったら調べてみましょう。それよりも、何かこの服を見て思い出すことはありましたか?」

「特にないかな? 思い出しそうなんだけど、嫌な記憶も思い出しそうで。過去のトラウマ的な何かを……」

「…………」

「……まあ、思い出したら言うよ。それよりそろそろ寝よう。最初は僕が番をするから二人とも寝るといいよ」

「そうだな、頼むぞ」

「ではよろしくお願いします」

「すー」

 

声のするほうを見ると、ビャクヤのコートにくるまって穏やかに眠るリズの姿があった。その頬は少し赤くどことなく幸せそうである。

 

「…………」

 

二人は無言でビャクヤをにらんでから横になる。

わけもわからず圧力をかけられたビャクヤは理由を考えながら火の番の交代までの時間をつぶした。

 

「もしかして、リズを襲うなよ、ってことだったのかな?」

 

相変わらず、彼はどうしようもなく鈍かった。

 

 

 

だが、心配しているのは二人だけ。中心にいる二人はいまだ何も気づかないままである。




あとがき
文才がほしい、と思いつつ書き進める作者です。
正直、描写が全然できてない気がする。どうしてもちゃんとした服に関してのイメージがほしい人は、FE封印の剣の剣聖様を調べてください。

一応次回で、一章 砕かれた日常を終わります。とてもローペースです…。二十六章くらいあるのになぁ、本編だけで…。
では次回の更新で。
指摘等ありましたら、お願いします。

2014/4/3 書き直しました。
2018/2/10 書き直しました


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第三話 仮面の剣士と貴族な弓兵

テストってなんだろう?

要するに現実逃避です……


夜、イーリス郊外の森に火の手があった。

 

地の底から噴き出た炎の塊は、周囲に降り注ぎその一帯を赤に染める。燃え上がる森の中、火の気のない、開けた空間があった。炎に囲まれているのは無人の砦。周囲には異形の者たちを照らす炎の演舞……そこより導き出されるは終わりの光景、いつか見た絶望の世界。

 

そんな炎の揺らぎの中、金属のぶつかり合う音が響く。その終わりに抗うように、ただ、音は鳴り響く。先へ、先へとその剣は未来を目指す。望むが故に進み続けるのは、青き仮面の剣士。

 

「……ない。ぜった……めない」

 

そして、抗い続けるが故に、青き仮面の剣士の演舞はまだ終われない。

 

「……あの人と約束した、絶対に変えると。だから――――!」

 

その先にあるのは希望か、はたまた絶望か……それを知る者はいない。

 

 

 

***

 

 

 

青い異国の服を着た青年――ビャクヤはその手にビャクヤ・カティを持ちながら彼らに確認を取る。

 

「――――準備はいいね。僕が仮面の人を連れてくるまでに、砦をまず押さえて欲しい。砦を押さえたら、クロムとフレデリクで防衛をしつつ数を減らす。リズは回復をお願い。僕らが戻り次第、クロムと仮面の人で外の敵を、フレデリクが門の防衛、僕が弓で援護する」

「あぁ」

「問題ありません」

「うん!」

「よし。なら行こ――――」

「少し待ちたまえ、君たち」

 

指示を出し終えたビャクヤが戦いに赴こうとしたちょうどその時、妙に気取った声が聞こえてきた。彼らが声のした方に振り替えると、弓を持った空色の髪の青年がどことなく優雅さを強調しながらこちらに歩いてきていた。来ている服などから推測するに身分はいいほうだということがわかる。

 

ただ、その服は汚れ、髪も少しほつれているせいか、態度と裏腹に優雅さがみじんも感じらえなかった。とりあえず、努力しているらしいことだけは伝わった。

 

そんな自らの姿を気にせずに、というよりはあえて無視して青年は語り始める。

 

「人生というものは長い。そう先を急ぎすぎるものでもない。ここは――――」

「悪いが君と違ってこっちは急いでいるんだ。クロム、フレデリク、リズは砦に急いで。ここは僕が何とかしとくから」

 

指示を受けたクロムたちは、急いで砦へと向かった。残ったビャクヤは素性のわからない変な青年の対応をする。手短に済ませる……そのためにすべきことは、何故か心当たりがあった。

 

「フ……よく聞いてくれた。私はさすらいの高貴な弓使い、その名も――」

「弓使いか、ならクロムたちの援護のために砦に向かってほしい。今ならあの化け物も、仮面の人のおかげでこちらまで接近していない。問題なく行けるはずだ」

 

その方法とは、相手のペースに持ち込ませないこと。簡単なようで難しいが、今回は比較的楽ではある。なにせ、のんびりしていれば命に関わるのだから。

 

「こちらの要望は以上だよ。どうするかは、君が選んでほしい。でも時間がないから、早く」

「……って、ちょっと待ちたまえ君、人の名乗りを中断するどころか、いきなり命令してくるとはなんだね? 常識というものを……」

 

再び言葉をさえぎられた彼はビャクヤに抗議をする。ここで、弓使いの彼とのんびり話をしている余裕はない。そろそろ話をまとめたいビャクヤは剣を突きつける。

それを見た青年は顔を青ざめ、手をあげて降参の意を示す。

 

「もう一度言うよ……ここで死ぬか、僕らの手伝いをするか。選んで? 僕としてはこんなタイミングで現れた君の存在が怪しくてたまらない。切り捨ててもいいのだけど――どうする」

「わ、わかった。君たちの味方をするから剣をしまってくれたまえ。本当はいきなりの事態についていけなくて心細かったのだよ。イノシシに襲われるは、何とかなったと思ったら地面がゆ……」

「砦はむこうだ。頼んだよ」

「私の事情は無視かね!? わかった、なんでも手伝う。だから、助けて欲しい!」

 

そう言った彼に、ビャクヤはにこりと微笑む。

それを見て青年は、何か不穏な空気を感じるももはや時すでに遅し。

 

「名前は?」

「ヴィオールだ……」

「そう。じゃあ、頼んだよ」

「……あ、あぁ」

 

ヴィオールから言質をとったビャクヤは、剣を構え異形の者たちに切りかかっていった。

 

後に残された彼は、一人ぼそりとつぶやいた。

 

「……今日は厄日なのかね? 私の運はそこまで悪くないと思っていたのだが。とりあえず、行くことにしよう」

 

自嘲気味に笑いながら彼はそう言うと、自らの不幸を嘆きながらも弓を構え、指定された砦に向かう。誰かの下に入るということを新鮮に思いながら……

 

 

 

***

 

 

 

炎の中をうごめく異形たちを相手に、彼らは戦い続ける。

 

一方は砦にて陣を敷きながら、一方は平野にて異形に囲まれながら。双方はともに自らの武器を振るい続ける。

そんな戦いの最中、一筋の光が空から降り注いだ。

 

「お兄ちゃん! あれ!」

「!? あれは……」

 

突如、天より降り注いだ光にクロムたちは呆気にとられる。戦いの最中に動きを止めることは致命的な隙となるが、今回ばかりは双方にとってイレギュラーなことだったようだ。

目の前に迫っていた異形もその武器を下ろし、光の降り注いだ方角を見ている。とはいえ、この硬直はそう長くは続くものではない。異形の者のうちの一体が再びこちらを向き武器を構える。

 

「クロム様!」

 

いち早く硬直状態から回復していたフレデリクはそう叫ぶと、動きだそうとしていた異形の者を槍の一撃にて消滅させる。その言葉にて我に返ったクロムは剣を構えると、再び砦の防衛にあたる。

 

「フレデリク、先ほどの光はなんだと思う」

「おそらく、ビャクヤさんの光魔法と呼ばれるものではないでしょうか。どちらにせよ、彼が来るまでわかりません。今は目の前の戦いに集中しましょう」

「ああ、そうし――」

「その通りだともフレデリク君。今は、目の前のあれらを倒すのが先なのだよ。あのようなものに驚いている暇があるなら私のように戦うべきだね。あくまで貴族的に」

「攻撃を始めたのって、ついさっきじゃ……」

「な、何を言っているのかなリズ君。あれは少し考察をしていただけさ、決して呆然となんか――」

「もうなんでもいいから、援護してくれ」

 

こんな時でもとてもマイペースなヴィオールを見て、どこか疲れたようにクロムはつぶやいた。

 

 

 

***

 

 

 

同時刻、仮面の剣士も硬直から立ち直るとすぐに目の前の異形の者たちに切りかかっていった。しかし、その動きはどこかぎこちない。それはほんの些細な違い。だが、見るものが見れば容易にわかるもの。その違いとは、何かを抑えようとしているため思うように動けない……そんな感じである。

 

(あの光はあの人の……。じゃあ、やっぱり、あれは……彼は……間違いなく――)

 

その様に思考していたためだろうか、気が付くと目の前に斧が迫っていた。よけれない。仮面の人物は剣を前に出し、斧による一撃を受け止める。

 

「え……」

 

そして、受け止めた斧は力なく地面へと落下した。斧を持っていた異形は上半身抉られ、消滅を始める。

 

剣士の横を過ぎ去ったのは一筋の光。それは、彼の援護。

 

「少し、いいかな。出来ればこちらと協力してくれると助かるんだけど……話だけでも聞いてくれないかな?」

 

その言葉に、仮面の剣士はゆっくりと振り返り、頷いた。

 

 

 

***

 

 

 

燃え盛る炎の中、仮面の剣士はただ目の前の異形を切り続けていた。

迫りくる異形の者たちの攻撃をかわし、攻撃後にできたすきを確実に仕留めていっている。

 

しかし、ビャクヤにとってその光景は異様だった。

まず明らかに慣れていることがわかる。普通の戦いにではなく、異形の者たちとの戦闘。フレデリクはこのような者たちを見たことがなく、初めて見たというし、動きも独特なものがある。生身の人間のようでいて、それとは違う誤差がわずかだが生じている。

そして、彼がこう思った一番の理由は、仮面の剣士が異形の消滅を見ても全く驚いていなかったことである。いや、正しくはそれを当然のものとして行動していることである。頭でどんなに理解していても、倒したばかりの異形の倒れているところに移動するということはそうできるものではない。意図していなくともそこを避けるように動くはずである、その場所に何もないことを目視できるまでは。

ビャクヤは迫りくる異形の者たちを適当に切り捨てながら、思考を続ける。

 

――どうしてこんなに慣れている? こいつらがこの近辺では見られないだけという存在でもないはずだ。こんな奴らが出てきたら何らかの噂になるし、国単位で問題になる。そうなれば、この周辺に詳しいというフレデリクの耳にも入るはずだ。そうでないとすると、あの人物が召喚者か、それに近しいものになる。そう考えれば同じ魔方陣から出てきたのもわかる。まあでも、あれを倒しているから今は味方だろう。とりあえず、これ以上は合流して話を聞かないことにはわからない。

 

なら――

 

彼は答えの出すことのできない問いに対する思考を切り上げると、本来の目的を遂行するために動き始める。

 

「数は多いけれど、とっとと終わらせて話を聞こうか。気になることは多いし――さてと、いこうか」

 

彼は一度異形たちと距離を取ったのち、小さくつぶやく。

 

「――――」

 

その直後、幾条もの光が空へとのぼり、それらは一筋の光の矢となって再び空から彼のもとへと降り注ぎ、彼の周囲のモノを吹き飛ばす。

そうして、彼は近場にいた異形を一度に吹き飛ばしたのち、仮面の剣士のもとへとさらに進む速度を上げる。

 

その時、彼の剣を持っていない左手には、青いきれいな弓が握られていた。

 

 

 

***

 

 

 

また、会えた。もう二度と会えないと思っていたのに――――

 

違う。本当は二度と会えないってわかっている。だって同じだけど、違うから。わかっていたことなのに――なのに、なんで……私はこんなにうれしいんだろう。

 

ねえ、なんでですか?

 

そう聞いたら、あなたは教えてくれますか?

 

そう聞いたら、あなたは応えてくれますか?

 

そう聞いたら、あなたは私にまた(・・)微笑んでくれますか?

 

 

その人は、誰にも気づかれないようにそっと白い首飾りに触れる。

白い剣の形をしたその首飾りに……




この作品を読んでくださっている皆さんお久しぶりです。
明日テストなのに設定考えながら、書き上げてしまいました。
何やってんでしょうね、ほんと。

今回で一章終わりませんでした。しかし次では……言わないことにします。
原作とは少し違ったお話になりました。赤いあの人は次も出ない予定です。

それではテストが終わり次第また書いていこうと思います。


2018/4/26 修正


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第四話 炎の中で

テストがようやく終わりました。

文は相変わらずあれですが、どうぞ。



「少し、いいかな?」

 

そう僕が声をかけると、目の前の仮面の剣士は敵に向かうのを止め、その場にとどまる。無視されずに済んだことに安堵しながら、僕は次の言葉を紡いだ。

 

「こちらと協力してくれると助かるんだけど……どうかな? 話だけでも聞いてくれるとうれしいかな?」

 

そう問いかけると、しばし考えたのちに仮面の剣士はしっかりとうなずいた。

 

「そうか、助かる。とりあえず、あちらの砦に僕の仲間がこもって、こいつらを迎撃している。僕らもその周囲に行って撃退したい。戦力差がすごいからね、少数のこちらは極力まとまって、撃退したい。ケガは仲間のヒーラーが砦内で癒してくれる。どうかな、そんなに悪くないと思うけど……」

 

こちらの意思を伝えると、仮面の剣士はそのまま再び頷く。

僕はそれを了承と取り、話を進める。

 

「協力感謝する。それじゃ、適当にそこいらの奴を引きつけながら砦に向かおう。その後は僕と一緒に遊撃の役を手伝ってくれるかい?」

「わかった。そのように動こう」

「よし。じゃあ、行くよ」

 

そう言って、僕は砦に向かって駆けだす。少し遅れて仮面の剣士も僕の後を追走する。このほんのわずかなタイムラグ、そのわずかな間に確かに聞こえた言葉……

 

「やはり、あなたは変わりませんね……」

 

その言葉は、戦いの中、記憶の底に埋もれることとなる。

 

 

 

 

 

 

「わかっています。あなたはあなたではない。でも……それでも、また会えてうれしいですよ、――」

 

炎に照らされて、その人物の胸元がきらりと、一度だけ光った。

 

 

 

***

 

 

 

「少しいいかな、クロム君」

 

謎の光が見えてからしばらくすると、砦の上部で弓を射ていたヴィオールが話しかけてきた。

 

「どうしたヴィオール。どうでもいいことなら後にしてくれないか。今は忙しい。お前にかまっている余裕はあまりない」

 

砦の門の構造を利用して1対1の状況を作りながら戦うクロムは、ヴィオールに対し適当に返す。あんまりな返答であるがこれは仕方ない。確かに彼の援護のおかげで比較的楽に動けているが、それとこれは別。先ほどの一件ですでに彼に対しての評価は決まってしまっていた。

 

「なんと、なかなか辛辣な一言じゃないか。先ほども言ったが、あまり急いてもいいことはない――――」

「いいから早く要件を告げてくれませんか?」

「それに手も止まっているんだよ!」

「……私はいじめられているのかね? たまには最後まで語らしてくれて――」

「それで用件はなんだ?」

 

ヴィオールは何か諦めたようにガクッと肩を落とすと、その状態のまま左側を指差した。

 

「……諸君、左方より仮面の剣士とビャクヤ君がこちらに向かってきている。彼らが着き次第何かするように、と言われたことはあるかい?」

「ふむ、そうだな……とりあえず、仮面の剣士を一時中に入れることくらいだな。

リズ! 回復の準備をしておけ!」

「うん! わかったよ! って、私それ以外にすることないから準備も何もないけど……まぁ、いっか! それより、ヴィオールさん、手が止まってるよ! 頑張って援護しないと!」

「あ、あぁ、任せたまえ。貴族的に華麗に援護して見せよう!」

 

それを聞いたクロムは、言われていた指示を再度リズに伝える。そして、落ち込んでいるヴィオールはリズに励まされたことにより、勢いを取り戻し、再び華麗に戦闘に加わる。

急にやる気を出したヴィオールをリズは不思議そうに眺めていたが、やがて考えるのを放棄したのか、自分の仕事に戻った。不幸なことか、はたまた幸運なことなのか、今ここに両者の勘違いを正す者はいなかった……

 

そして、ヴィオールの発言から数分としないうちにビャクヤたちは彼らのもとにたどりついた。ビャクヤは仮面の剣士を砦の中に無理やり押し込むと、フレデリクと変わりクロムの隣に並ぶ。

 

「大丈夫そうだな。クロム、ヴィオールは役に立ったか?」

「まぁな。役に立ちはしてるんだが……あの口調さえなければ完璧な弓兵だな。実際腕もいいし、援護するタイミングや場所もわかっている。戦場を見る目があるのかもしれん。あながち高貴なところの出というのは嘘ではないかもしれん」

「そうか、まぁ、役に立っているならいいかな?」

「そう簡単に済ませるにはだいぶめんどくさい代物だがな……それより、片づけるぞ。もうだいぶ減ってきている」

「そうだね。それに、斧もちのあいつがこいつらの長みたいだし。もう少し倒したらあれを倒すとしよう。いけるね、クロム」

「問題ない。いくぞ、ビャクヤ」

「僕も手伝うよ。遊撃をするんだよね」

 

クロムたちが今後の動きについて確認を終えると、後ろから回復を終えた仮面の剣士が近づいてきた。

 

「もういいのかい?」

「はい。問題ないです。リズさんの治癒の杖のおかげで、しっかり回復しました」

「そう――じゃあ、始めに言った通りに僕と共に遊撃をしようか。

クロム。ごめんけどフレデリクと一緒にここの守りを頼む」

「あぁ、わかった。ここは任せろ。フレデリク! もうひと踏ん張りだ! いくぞ!」

「えぇ、お任せください」

 

クロムの声を聞き、後ろに一時的に下がっていたフレデリクが城門へと出てくる。

それを確認したビャクヤは出る前にヴィオールにも指示を出す。

 

「ヴィオール。周囲にあいつらが見えなくなったら、クロムには砦から出てくるように言ってくれ」

「それくらいなら、任せたまえ」

「任せたよ。さてと――いこうか、倒しきるよ。頼めるかな?」

「はい、よろしくお願いします」

 

指示の終わったビャクヤは仮面の剣士のほうを向き、再度頼む。それに仮面の剣士は頷きながら返すと、彼の隣に並ぶ。ビャクヤは隣に来たのを確認した後、前を向く。そして、鏡写しのように剣を構えた二人は同時に地をけると、目の前の異形に切りかかる。

 

二人が抜けたことによる空白をクロムとフレデリクが埋め、その上からヴィオールが援護をしていく。

 

こうして、炎の中始まった演舞は、幕を下ろそうとしていた。

 

 

 

***

 

 

 

それからしばらくして、遊撃の方へと加わったクロムの活躍もあり、周囲にあふれていた異形の群れを掃討し終えた。

 

「どうやら、もう湧いてこないようですね。お疲れ様です、クロム様、リズ様に、ビャクヤさんも。それとあなた方も……ありがとうございました」

「…………」

「ふ、貴族として当然のことをしたまでだよ」

「そうですか……」

 

フレデリクはヴィオールの返答を軽く受け流し、仮面の剣士の方に振り向く。

 

「ヴィオールさんはおいておくとして、本当にありがとうございました。あなたのおかげでリズ様が助かました」

「あ、うん。さっきはありがとう……」

「俺からも礼を言う。俺はクロム。あんたの名前を聞いてもいいか?」

 

話の主導権がクロムに映る。事後処理についてだけでなく、伝えたいことがこちらにもあった。だが、この調子だと僕の出番がないまま別れることになりそうだ。

 

「でだ……」

「なにかね、ビャクヤ君」

 

意味ありげに僕の肩に手を置くな、嬉しそうに頷くな。無視されたわけではないし、お前の同類ではない。ヴィオールとそんなやり取りを続けていると、仮面の剣士がちらに目を向け……

 

「……ル…………っ」

「ん? なんだ。すまない。聞こえなかったんだがもう一度言ってもらえないか」

 

仮面の剣士は何かをつぶやいて急に口をつぐんだ。クロムは聞き取れなかったみたいで再び聞き返していた。

 

「マルス。僕の名前はマルスだ」

 

マルス、そう仮面の剣士は言いなおした。仮面の剣士――マルスはクロムに向かって自分の名前を名乗る。その様子がどこか引っかかった。なにも、気になるところはなさそうではあるのに……

 

「マルス……古の英雄王と同じ名か。確かにその名に恥じない腕だ。どこで習ったんだ?」

 

違和感があった。それが何かはわからない。なぜか、僕はマルスが……いや、気のせいかな。

 

「僕のことはいい。それよりも、この世界には大きな災いが訪れようとしている。

これはその予兆。だから、気を付けて」

 

そう言ってマルスは僕らに背を向けて歩き出す。そのまま、暗い森の中へと足を踏み入れた。そして完全に姿が消える前に一度立ち止まると顔だけこちらに向けた。

 

「それでは、また――風の導きの先で……」

「それは、またどこかで会う――ということかな?」

 

そう尋ねるとマルスは、静かにうなずく。

 

「……そう、じゃあ、またどこかで」

「うん! 今度会ったらお礼するね! だからまた必ず会おうね! 約束だよ!」

 

僕らの会話を聞いたリズはマルスにそう言う。それを聞いたマルスは小さく微笑み、言葉を返す。

 

「えぇ、約束しましょう……」

 

マルスはそのまま前を向くと今度こそ暗い森の中へと消えていった。

 

「行っちゃったね」

「あぁ、だが、また会えるだろう」

「そうですね。あなたもそう思いますか? ビャクヤさん」

「…………」

「ビャクヤさん……? どうかなさいましたか?」

「……いや、なんでもない。それより、ヴィオールについてはどうする?」

 

僕は思考を放棄すると、訪ねてきたフレデリクに今回一時的とはいえ仲間に加わったヴィオールについて尋ねることにした。

 

「そうですね……変な人ではありますが、悪い人ではなさそうなので、王都につき次第軽い取調べの後、正式に雇うことになるかと」

「ふ、私の実力を見抜くとはなかなかだね、フレデリク君。しかし、私は――」

 

再び調子に乗って話し始めるヴィオールだったが、ここでしゃべらせると長くなるなと思った僕は、彼の言葉にかぶせるようにして話に入った。

 

「あぁ、そのことだけど彼は僕の専属の部下にしてくれないか? 給与に対してもいろいろと融通聞かせれるよ?」

「――って、少し待ちたま……」

「わかりました。そのようにしますのでお願いします、ビャクヤさん」

「だから少し私の……」

「うん、ありがとう。じゃ、そういうことだから、今後ともよろしくね」

「……勝手にしてくれ……」

 

ヴィオールは何やら諦めたようにうなだれると、隅の方で膝を抱えて座り込んだ。

 

こうして僕はとても都合の良い部下(雑用)を手に入れたのだった。

 

 

 

***

 

 

 

何故だろう?

 

それは、記憶の片隅に、もやがかかって見えないけど――

 

なぜか見覚えがあった――

 

「マルス」

 

そうつぶやいたその顔に――

 

 

そして、なぜだろう……

 

「風の導きの先で……」

 

そう僕らに伝えたその言葉が――

 

そう返したその言の葉を、聞いたことがあると思ったのは……

 

どうしてだろう、僕はどこかで、彼女にあったことがあるのだろうか。

 

 

その答えはまだ見えそうにない。




う~ん、だんだん、ひどくなってる気が……

書き直すかもしれません。


それではまた次話で会いましょう。


2018/4/26 修正


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第五話 間章 天空の少女

一つにまとめられなかったので、二つに分けます。

しかし、次の更新が早いわけではないです……

なんというか、すみません。



イーリス聖王国のあるこの大陸には3つの大きな国がある。

 

北部――大陸の上部を占める広大な土地を治めているのが、フェリア連合王国。その下、東側の地方を治めているのがイーリス聖王国――現在クロムたちのいる国であり、逆側である大陸の南西部を治めているのがペレジア王国である。

 

これは、クロムたちが、ビャクヤに出会う前日の夜のことである。

 

 

 

***

 

 

 

ペレジアの辺境の地より、一頭のペガサスがイーリスの方角をめざして飛んでいた。ペガサスには、白い鎧の女性とぶかぶかの黒いコートを着た少女が乗っていた。女性は時折後ろを向くと手に持つ槍を動かしながらペガサスを繰る。女性の前に腰かけている少女は振り落とされないようにと必死にペガサスにしがみついている。

 

そんな夜の闇の中、一頭のペガサスに向けて、再び幾本もの手斧が投げられる。

 

「……くっ!!」

 

女性は斧をかわし、かわせないものはその手に握られた槍で叩き落としていく。

 

「……しつこい! いい加減にあきらめてくれればいいのに……」

 

そう言いながら女性はちらりと後ろを振り向く。後方にはドラゴンナイトが4騎。それぞれが手斧をもち、こちらに攻撃するタイミングを計っている。それから目線を下に、自分の前にまたがっている少女へと向ける。少女は不安な顔で女性を見上げている。

 

「大丈夫。きっと何とかなるから、私があなたを守って見せるから。だから、安心して」

「本当に? 本当に大丈夫なの? 本当に助かるの?」

「えぇ。絶対に助けるから。だから安心して……」

 

女性は少女にそう言って優しく微笑みかける。それを見た少女は、少しだけ笑みを取り戻す――が、その時……

 

「放て!!」

 

鋭い号令とともに、後方より再び手斧が飛んでくる。

 

「……っ!! しまっ……!」

 

ほんの少しできた意識の空白、そこを追手はついてきた。投げられた手斧は回避しきれず、そのうちの一つが女性の肩を深く抉る。そして、笑みを取り戻した少女に、女性の血がかかる。

 

「――母さん!!」

 

銀色の少女は必死に女性に呼びかける。

 

「母さん!! しっかりして、ねぇ、お願い……死なないで……」

 

その間にも、4騎のドラゴンナイトは彼女らに迫ってきていた。

 

長く続いた均衡はあっさりと崩れ去り、今、その幕を閉じようとしている。

 

 

 

 

***

 

 

 

「――母さん!!」

 

娘の呼びかけが、どこか遠くから聞こえた。

消えてしまいそうな意識を必死につなぎ止め、娘を抱き寄せる。

 

そうだ、私は手斧をよけきれなくてくらたんだ。

まだ、国境まで距離がある。

このままじゃ追いつかれる。

どうしようか……

 

そう考えながら、私は手に持っていた槍を捨てる。手綱を握り直し、落ちていたスピードを再び戻す。よく見ると、ペガサスもけがしている。

痛くてつらいだろうに、それでも懸命に飛んでくれいている。

 

「ありがとう。もう少し、お願い」

 

ペガサスが短く答えた気がした。

 

「……ん?」

 

後ろから怒声が聞こえる。どうやら投げた手斧が外れたみたいだ。

良かった。まだ、私もこの子も何とか動くことが出来る。

なら、伝えるべきことを伝えないと……

 

「……母さん。大丈夫なの?」

 

わたしはそれに答えない。いや、答えることが出来ない。だから、私は彼女に微笑む。出来るだけ優しく。

 

この子が耐えられるようにと願いながら……

 

「ルフレ、よく聞きなさい」

「……母さん?」

 

わたしの表情から何か感じるものがあったのか、再び顔を曇らせる。私はそれを見なかったことにして話をすすめる。

 

「今、私たちはイーリス聖王国に向かっているわ。でも、このままじゃ彼らに追いつかれて逃げ切ることが出来ないの」

「……」

 

娘の顔がますます曇る。もともと聡い子だ。私の言わんとすることを悟っているのだろう。

 

「あなたにはペガサスの操縦については教えたわよね?」

「うん……でも、私が戦闘をするにはもっと練習が必要だって、母さんが……」

「うん、言ったよ。でも、操縦は上手、そう言ったのも覚えているよね」

「……うん」

「少し前に、私が言ったことを覚えているわね。あなたについてのこと、なんであの地にいたのかのことも」

「……」

 

娘はもう答えない。いや、答えようとしない。この先の現実から逃避するように、顔をペガサスに押し付ける。

 

「私は……そんなに長くはもたない。このままだとあなたは必ず捕まってしまう。だから、これからいうことをよく聞きなさい」

「……」

「いまから、私があいつらに向かって、雷の魔法を打ち込むわ。この夜闇になれたあいつらの目には、十分な目くらましにもなる。その隙にあなたはペガサスを繰ってイーリスを目指しなさい。いい、わかった?」

 

そう、娘に言い聞かせると、ルフレは顔をこちらに向ける。

 

「母さんは? 母さんはどうするの? 母さんも一緒に来るよね? 一緒に来てくれるよね?」

 

その娘の問いに、私はうなずけない。娘の頭をそっと、できるだけ優しくなでる。

 

「母さん!!」

「私は今から、風魔法で彼らに向かう。その後、雷魔法で彼らの目をくらましてから、出来る限り時間を稼ぐつもりよ。だから、あなたはその間に逃げて。そして、二度と、ペレジアにはこないで。わかった?」

 

娘は、崩れそうな顔で何とか頷く。

我ながらひどいことを言っていると思う。でも、こうしなければ、この子にはもっとつらい未来が待っている。だから――――

 

「じゃあ、行くわよ。ルフレ、しっかり手綱を握って」

「うん」

「ふふ、じゃあ、元気でね、ルフレ。あなたの未来に幸多からんことを……」

 

そう言って私は周りに風をおこし、彼らへと向かって一直線に飛び立つ。

 

「母さん!!」

 

後ろから娘の悲痛な叫びが聞こえてくる。けど、ここで思いとどまるわけにはいかない。私は何としても、やり遂げなければならない。

 

「隊長! 裏切り者がこちらに飛んできています!」

「なに!? まあいい、近づき次第、撃ち落と……」

「食らいなさい! 〈エルサンダー〉!!」

 

私のはなった雷は、隊長と思われる兵士に直撃し、そのままあたりを明るく照らす。その光の余波を、腕を前に出して防ぐ。そして、勢いを殺さずに隊長を蹴飛ばし、ドラゴンを乗っ取る。

 

「貴様! 何をす……」

 

その言葉を最後に彼は闇へと消えていく。

 

「さあ、行くわよ。私の娘には指一本だって触れさせはしないわ。ここから先は、私を倒してから行きなさい」

「なに、ドラゴンに乗れるだと!? 貴様はいったい!?」

 

彼らは私がドラゴンにも乗れることに驚いているみたい。でも、その程度で驚いてもらっちゃ困るな。これでも、そこそこ有名だったんだけどね。

 

「あら、私のことを知らないのね。いや、あなたは知っているのね」

 

私がそう微笑みかけると、彼は顔を青くしながら震える口で言葉を紡ぐ。

 

「……白銀の髪に、同じように白く輝く鎧。槍と魔法を使う異色のドラゴン使い――迅雷の竜騎士ウィンダ」

「正解。なら、話は早いわね。行くわよ」

「くっ! すでに引退した騎士だ! 恐れるな! 各自、かかれ!」

 

彼の合図とともに、私たちは戦闘を始める。

 

 

そして――――

 

 

どうか、うまく逃げ切って、ルフレ……

そう願いながら、私は意識を手放した。

 

 

 

***

 

 

 

「母さん……」

 

私を逃がすために、母さんはおとりになってしまった。

 

「かあ、さん……」

 

どれだけ願っても、もう、母さんには会えない。

 

「う、うぅ」

 

どんなにこらえても、嗚咽が漏れてしまう。

認めたくなくても、認めざるを得ない現実に、私はもう限界だった。

 

「母さん……あいたいよぉ……」

 

そのまま、私の意識をだんだんと遠のいていった。

 

 

 

気が付いたとき、私は森の中でペガサスによりかかって寝ていた。あたりはすでに明るい。前を見れば、あたりには平原が広がっているのが見える。森の中といえど、そこまで深くはないようだ。ペガサスを見ると、翼に怪我があるようで、これ以上動けそうにない。

 

「ごめんね。今何とかしてあげるから。少し待ってて」

 

私はペガサスに背を向け、近くで薬草でも探すために立ち上がろうとした――その時にそれは起こった。

 

「……っ!!」

 

突然、強い頭痛が私をおそった。

余りの痛みに立ち上がることも出来ず、再びペガサスに寄りかかってしまう。

 

「……ぅ、あぁ」

 

うまく言葉を紡ぐことも出来ず、ただ意味もなく声が漏れる。昨夜と同じように、そのまま、私の意識は遠のいていった。

 

 

――死んじゃうのかな……ごめん、母さん。わたし、約束、まも、れ、な……

 

 

 

***

 

 

 

時間は少し戻る。

少女が目を覚ますよりも前に二人の少女が平原に来ていた。二人で一頭の馬に乗る少女たちは、昨日の落雷について調べるためにイーリスとフェリアの間に広がる平原に足を運んでいた。

 

「何か見つかりましたか?」

 

馬に乗せてもらっている少女――スミアが聞いた。

 

「今のところ、そのような痕跡は見つかってないよ」

 

それに対し、馬を繰る少女――ソワレは首を振りながら答える。

 

「そうですか……やっぱり何もなかったんでしょうか?」

「さぁね。でも、それを調べるためにボクたちは来ているんだから……ん?」

「……? どうかしました? なにかありました、ソワレさん」

「スミア、手槍を準備して。向こうの森の方で何か音がした。昨日のことと関係あるかもしれないし、見に行くよ」

「は、はい。わかりました。行きましょう」

 

二人の間に緊張が走る。何があってもいいように警戒しながら慎重に森へと近づく。

森の手前まで近づくと、馬からは降りて、慎重に森の中へと向かう。

 

「え!?」

「……ペガサス?」

 

二人は一頭の怪我したペガサスを見つける。ソワレが聞いたという音はおそらくこのペガサスだろう。

 

「怪我してるな。スミア、連れて帰るよ。このままじゃ、かわいそうだ」

 

ペガサスをいったんスミアに任せ、ソワレは周りの警戒をする。

 

「うん……、ペガサスさん。けがの治療をするから、一緒に!?」

 

スミアが優しく声を駆けながら近づくと、急にペガサスが大きく羽ばたく。お泥利他スミアは、その場より少し下がる。

 

「大丈夫かい、スミア!?」

「大丈夫です。それよりも、なんで、この子がこんなことをするのか分かりました」

「何かあるのかい?」

「人がいます。おそらく、この子の主です。その人を守るために、こうしていると思います」

 

ソワレにそう説明したスミアは警戒しているペガサスに近づく。

 

「大丈夫、私はその人に危害を加えたりしないから。だから、安心して」

 

スミアはそう語りかけながら、ゆっくりと近づき、その顔にやさしく触れる。

ペガサスはそのまま心地よさそうに目を細め、広げていた羽も畳んでいた。それによって、今まで翼に隠れていたペガサスの主の姿が見えた。

 

その主は、まだあどけなさの残る少女だった。目を引くのは長い銀色の美しい髪。白く、きれいな毛をもつペガサスと比べても、遜色がない――むしろ、より美しくきれいな銀の髪。そして、もうひとつ目を引くのが、独特の紋様の入った黒いコート。

 

「……この子がこのペガサスの主かい? こんな子が一人で、ペレジアの方から流れてきたのかい?」

 

その幼さの残る顔や体つきを見る限り、スミアたちより1,2歳下くらいに思われる。ソワレの言うように疑問は残る。だが、それでもスミアは助けることを選ぶ。

 

「とりあえず連れて帰りましょう。あとのことは、クロム様に聞きましょうか」

「うん。そうしようか。それじゃあ、この子は私が運ぶから、ペガサスを頼むよ」

「はい。まかせてください」

 

クロムが帰るまでに、目を覚ましてほしいな――そう考えながら、スミア達は帰路についた。

 

 

 

***

 

 

 

夢を見た。いつか起こったわたし(誰か)の夢を

 

「俺たちの最後の戦いだ! ――――行くぞ、ルフレ!」

 

私は、隣にいる彼の言葉に答えると、彼とともに最後の敵に挑み――――気が付けば、彼が私の前に倒れていた……

 

「え、なんで……? なんで、私が……」

 

徐々に遠のいていく意識の中で、最後に、ひどく、とても悲しい声を聞いた気がした。

 

 

 

夢を見てる……どこかで起こった、誰かの夢を。

 

そこには多くの出会いがあった。様々な別れがあった。

そしてそのどれもが、とてもまぶしいものだった。

 

けれど、その中でひときわ輝いている記憶があった。

 

それは、はじまりの出会い――彼という物語における始まりである草原での出会い、そして、別れ……

 

草原の丘の上、夕暮れの景色を、彼と一人の女性が並んで座りながら見ていた。

女性は彼の肩に、頭を預けながら聞く。

 

「行くのね……」

「うん、僕は行くよ」

「そう。じゃあ、行ってらっしゃい、――」

「行ってきます、リン」

 

女性――リンの問いにそう答えると、彼はリンを強く抱きしめる。その頬には、光るものが一筋あった。

 

そんな彼を、風が優しくなでる。大丈夫だよ、と。私はここにいるよ、と。

 

 

どうして――――

どうして、そんな風に言葉をかわせるの?

なんで?

 

そう思っているうちにも、どんどん景色は流れていき、やがてある一つの場面にたどり着いた。

 

 

黒が視界を埋めた。

 

目の前には黒い世界が広がっていた。

 

記憶に出てきていた彼は、青い服を身にまとい、黒い剣を手に持って、黒く大きな竜の前に立っていた。

 

そして、彼が後ろにいる少年や、少女たちに叫んでいるのが聞こえる。

それに対し、青い髪の少女が何かを言いかえし、彼のもとへ行こうとしたのを、近くの少年が抑え、光り輝く魔方陣へと連れて行く。

その少女は、魔方陣にのみこまれる直前まで、泣きながら彼に手を伸ばし続ける。

行かないで、と。わたしを一人にしないで、と。

どれだけ願っても、光は無情にも彼女の体を包み込み、彼との間を放していく。

それでも、彼女は、彼に手を伸ばし続ける。

すると、彼が首だけを彼女の方に向けた。

 

「さよなら、じゃないよ、――。大丈夫、きっと、また会えるさ。だから、君は、君のなすべきことを……」

 

そう、彼は優しく語りかける。

 

「では、また、風の導きの先で……」

 

その言葉を最後に、彼の姿は、光の中へ消えていった……

 

 

 

***

 

 

 

異形の群れを倒したクロムたちは砦に戻ると、交代で見張りをしながら泊まった。

 

夜が明けて、次の日。彼らは昇る朝日を背に受けながら、移動を始める。

昼になるころ、彼らは一つの大きな街にたどり着いた。

 

「大きな街、だな……」

 

それを見たビャクヤは、何ともあたりまえな感想を言う。とはいえ、記憶のない彼にとって、これが初めての大都市なわけなので、そう言うのも無理はない。

 

「驚いているようだな、ビャクヤ」

「あぁ、すごいな。これは……」

 

ビャクヤが驚いて立ち尽くしていると、リズが彼の前に立ち、手を大きく広げる。

 

「ようこそ、ビャクヤさん! ここが、私たちのいる国の王都、イーリスの城下、クイザイカだよ!」

 

満面の笑みを浮かべ、彼女はビャクヤにそう言った。

 

 

 

ビャクヤたちはこうしてイーリスにたどり着いた。

しかし、彼らはまだ、そこにある運命を変える出会いを知らない。




今回は間章でした。

実際は存在しない章ですが、独自解釈のもといろいろと書かせてもらいました。

さて、完全にといわないまでも、原作は壊れました。軍師さん二人です。

あと、軍師の母親に関する記述がゼロだったので勝手に作りました。再登場はないです。たぶん。
会話くらいにはあがるかもしれません。

前書きの通り、次回も間章を入れる予定です。本編はその次になります。

ということで、次話でまた会いましょう。


2018/9/24 修正


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第六話 間章 少女の夢

続きです。

案外早く書けました。

ではどうぞ。


夢を見ている

 

幼い日の夢を……

何も知らず、きれいで優しい世界しか見ていなかった

あの頃の夢を――

 

 

 

私が生まれて間もないとき、お父様も、お母様も近くにいなかった。理由は簡単だった。戦争に行っていたのだ。

 

だけど、幼い私はそれがわからず、いつも彼に聞いていた。

 

「ねぇ、――さん。お父様は?」

 

そう尋ねると、彼は困ったような顔をしながらも微笑んで、私の問いに答えてくれた。

 

「姫様。あなたのお父上は、今、国の外で戦っておられます。それが終わりしだい、帰られるでしょう」

 

これは、幼き日に何度も繰り返された会話。そして決まって私はこう聞いていた。

 

「いつ帰るの?」

 

そうすると、彼は決まってこう答えた。

 

「わかりません。だから、お願いしましょう。お父上が早く帰られるように、と。

ちょうど、私も仕事が一段落したところです。一緒に礼拝堂に行きますか?」

 

だから私は、それに元気よく返事をする。

 

「うん!」

 

 

 

彼がいつから、私のそばにいるようになったかは、覚えていない。

気が付いたら、彼は、いつも私のそばにいてくれた。

 

「こんにちは、――さん!」

「こんにちは、――姫。どうかしましたか?」

 

彼は、私が声をかけると、立ち止まって、しゃがんで私と目線を合わせ、優しく微笑んでくれた。

 

「こんなところにおられたのですか、姫様」

「ここは、とても日当たりが良いんですよ。一緒に寝転がってみませんか?

少しは気も晴れると思いますよ?」

 

彼は、私が寂しい時や、傍にいてほしいと思った時に、必ずそこにいてくれた。必ず傍で私に微笑んでくれた。お父様と、お母様は私のそばにいてくれなかったが、彼のおかげでさびしくはなかった。

だから、私はいつか帰ってくるお父様を待ちながら、彼とともに楽しい日々を過ごしていた。彼の苦悩に気付かぬまま……

 

 

そして、あの日が来た。

 

 

その日、特にすることのなかった私は、いつものように彼を探していた。けれど、なかなか、彼は見つからなかった。不思議に思って近くの人に尋ねてみると、彼は玉座の間にいるとのことだった。

 

その瞬間、私はそこに向かって駆け出していた。彼がそこにいるということは、お父様に関することが、何か分かった時だからである。私はお父様のことを聞きたい一心で、そこに駆けていき、扉を勢いよく開いた。また、叱られてしまう……そう思いもしたけど、そんなことより早く父の様子が知りたくて、彼のところに一直線に向かう。

 

「――さん! おとう、さま、は……」

 

けれど、私の言葉はそこで止まってしまう。なぜなら、彼が、今まで見たことのない顔をしていたから。いつも、微笑んでいる彼が、とても、哀しそうな顔をしていたから。

彼は、私に向き直ると静かに告げる。

 

「姫様、心して聞いてください。

あなたのお父上は――――戦死されました」

 

一瞬、私には彼の言葉を理解できなかった。だから、私は聞き直した。

 

「――さん。すみません、聞き逃してしまいました。もう一度お願いできますか?」

 

そう言うと、彼は、さらに顔を曇らせて、再び、私にそのことを告げる。

それでも、私にはそれが信じられなかった。認めたくない現実であったが、彼はそんな私に容赦なく現実をつきつける。

彼は報告に戻った兵士からあるものを受け取ると、それを私に見せる。

 

「……っ!」

 

彼が私に見せたのは、一本の剣。この国の国宝である〈ファルシオン〉。そう、お父様が肌身離さず身に着けていた剣が、赤く汚れた蒼いマントにくるまれて、彼の手の上にあった。それを見た私は、現実を認めるとともに、押し寄せる悲しみに耐えきれず、声をあげて泣いた……

 

 

 

しばらくして、私が落ち着いた頃に、彼が私に話しかけてきた。

 

「姫様、よくお聞きください。ここからは、姫様にとってあまり気持ちのいい話ではありませんが、とても重要な話です」

「……」

 

彼は、私が頷いたのを確認すると、手に持つ剣を私に差し出してくる。

 

「姫様――これを、お受け取りください」

 

そう、国宝であり、王位継承の証でもある〈ファルシオン〉を。

 

「お父上が戦死なされた今、王位継承権一位である姫様が次の王になることになります。本来は、いろいろと準備が必要ですが、今は時間が優先です。幸い、城の重臣も全員ここにいます。簡易的にではありますが、儀式を済ませましょう」

 

わからない

 

……なんで? 

 

なんで、お父様が死んだのに、こんなことを話しているの?

お父様のことが悲しくないの?

なんで、誰も、そのことに疑問を抱かないの?

 

なんで?

 

「……姫様? 大丈夫ですか?」

「……っ!」

 

私の様子がおかしいことに気付いた彼は、私に手を差し伸べる。けれど、私はそれを反射的にはじいてしまった。

 

「あ……」

「姫様……」

 

やってしまった。また、彼を困らせてしまった。普段から、彼にはお世話になりっぱなしだ。だから、こういう時くらいは、彼の迷惑にならないように。

そう思っていたのに

 

なのに……

 

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい……――さん」

 

気が付いたら、私は彼らに背を向けて走り出していた。

 

「姫様!!」

 

後ろから聞こえてくる、彼の今まで聞いたことのない悲痛な声から逃げるように――

 

 

 

それから、数日後……

 

 

私は、王になった。

傍には、いつも/あの時と同じように彼がいた――――

 

 

 

音が聞こえる。

 

扉をたたく音が……

聞きなれた/もう二度と聞こえることのない、懐かしい音が。

 

そして、彼は私に言う。おはようございます、姫様――と。

 

だから、私は答える。おはよう、――さん、と。

 

それは、いつまでも変わらないはずだった、優しい日常(世界)

 

 

 

***

 

 

 

「……夢だったんですね……」

 

私は目を覚ますと同時に、思わずそうつぶやいた……

変なところで寝たためか、いつにもまして体が凝っている。

そのため、私は体をほぐすために伸びをしてから、活動を始める。

 

「夢ではありましたが、いつか、また、あなたと過ごしたい。そう思うのは、いけないことなのでしょうか、――さん」

 

そうして、彼女は一人、戦い続ける。

 

傍らに、夢の中に見た、彼の姿はない――

 

 

 

***

 

 

 

小休止を取ったのち、仕事に戻る。

しばらくすると、控えめに、扉をたたく音が聞こえた。いつの間にか、聞きなれてしまった音だ。

 

「エメリナ様、城下の見回りのお時間です。準備をしますのでこちらに」

「わかりました、フィレイン。今向かいます」

 

あなたがいなくても、私は、私のなすことをできていますよ。だから、たまには私の前に顔を見せてください。幼き日のように、私のそばにいてください。

 

そうですね、今度の休みでもいいですね。そのときは、うんと甘えさせてくれますか、フレデリクさん。

 

 

 

***

 

 

 

ようやく王都にたどり着いた一向は、報告があるとのことでかれらの拠点に向かっていた。

 

「それにしても、イーリスの王都はすごいな。人があふれてる」

「ふふ、すごいでしょ! 私たちの国の自慢の都市なんだよ!」

「ふ、確かに、これはいい都市だね。隅々まで整備が行き届いている。街路は舗装してあるし、建物の景観も整っている。そして何より、ここに住んでいる人々は皆、活気にあふれている。これは、いい都市である最大の条件と言っても……」

「うん! そうだよね! そうだよね!」

 

リズが自分の都市について自慢げに胸を張ると、なにやら暴走気味にヴィオールが語り始めた。今まで幾度となく自らのセリフを中断されたうっぷんがたまっているのかもしれない。そして、今回はストッパーとなる存在が全員ヴィオールを無視、そしてリズは珍しく賛同しているため、延々と語り続けている。

 

そして、僕を除く二人はどうしているかとい言うと……

 

「どうやら、地震はあの森だけだったようですね。とりわけ、騒ぎが起こった様子もありませんし」

「その様だな。とりあえず良かった。姉さんにもそのように報告しよう」

「そうですね、王城につき次第、エメリナ様にそう言いましょう」

 

――と、まじめに今回の事変について議論していた。僕にとって非常に聞き逃せない単語を交えつつ。

 

「クロム、フレデリク。少し聞きたいんだけど、なんで王城に報告に? あとお姉さんが王城? たしか、エメリナ様って王様とか言ってなかったけ……」

 

そう僕が矢継ぎ早に聞くと、クロムがうっかりしていたという風な感じで驚き、フレデリクに説明を丸投げした。

 

「頼む」

「はい、わかりました。ビャクヤさんは知らなかったようなので説明しますと、クロム様の姉であるエメリナ様は現イーリス国の国王です。そしてクロム様がその弟、リズ様がその妹となります」

「え゛!?」

「あ、ビャクヤさん! あれが私たちのお姉ちゃんだよ!」

 

リズの指差す先には、件のクロムの姉――現イーリス国王のエメリナ様が、数名の部下を引き連れて街路を歩いていた。リズと同じような金色の髪の女性で、額にはクロムの右肩にある紋様と同じようなものがあった。

 

「王が、こんな街中に?」

「聖王は、この国の平和の主張なのです。古の時代、世界を破滅させんとした邪竜を神竜の力によって倒した英雄……その初代聖王様のお姿を民はエメリナ様に重ねているのでしょう」

「今は、ペレジアとの関係も緊張していてみんな不安だからな。ああやって表に出ることで、民の心を静めているんだ」

「そうか……良い王がいてくれて、この国の人々は幸せだね」

「えへへー! でしょー? でしょでしょー? だって、わたしのお姉ちゃんなんだもんね!」

「そうだね、いいお姉さんだね」

 

乾いた笑いが自然と出てくる。ここまでくると確信に変わる。

 

「話を戻すけどさ。クロムたちって……王族?」

「ん? そうだが、知らなかったのか?」

 

王族がこれでいいのかと思わなくはないが、やはり礼節というものはある。

 

「……知りませんでした。そもそも自警団をやっておられるということなのでそのような人だとは全く思いませんでした」

 

僕が口調を改めると、クロムは露骨に顔をしかめた。

 

「む、王族が自警団をしてはいけないという決まりはない。それと、話し方を無理に変えなくていいぞ。俺としても堅苦しいのは嫌いだ。今までどおりに話してくれ」

 

そんなんでいいのか、王族よ……と思った僕は悪くない。そうであると信じたい。そんな僕の様子を見て、フレデリクは苦笑していた。苦労しているようだ。

 

「クロムがそれでいいなら今まで通り話すけど、リズもそれで構わないかい?」

「うん! というか、絶対に敬語なんか使わないでね! いいね、絶対だよ!」

「わ、わかった。わかったから少し離れて……あと、フレデリク。こんな街中で槍を出さないで、町の人が驚いてるから。クロムも剣をしまって」

「ご、ごめんなさい……」

「……」

「ふむ……なるほど」

 

どこか嬉しそうに僕の近くをくるくると回るリズ。

いつかのように、殺気を振りまくフレデリクとクロム。

そして、何かを悟ったヴィオール。

 

「さて、そろそろエメリナ様も王城に到着します。私たちも向かいましょう」

「そうだな、行くぞ」

 

武器を渋々しまった二人に連れられて、僕らは王城に入った。

 

 

 

***

 

 

 

玉座の間に通された僕らを待っていたのは、先ほど街中で見かけたエメリナ様だった。先ほど違い、その手には先端に三日月をあしらった杖を持っていた。杖は彼女の身の丈くらいあり、三日月の中には不思議な輝きを持つ石があった。

 

「ご苦労様でした、クロム、リズ、それにフレデリクも」

「山賊は無事倒した」

「ありがとう……民たちもみな無事でしたか?」

 

その問いに、クロムは顔を少し曇らせる。

 

「あぁ、大丈夫だ。だがやはり、辺境には賊がはびこっている。それも隣国ペレジアから流れてきた連中ばかりだ」

「申し訳ありません、王子。我々天馬騎士団が動いていれば……」

 

クロムのもたらした情報に、エメリナの後ろに控えている女性騎士が申し訳なさそうに答える。濃い青色の服の上に、暗い黄色の鎧を付けている。ペガサスに乗るために全体的に見て軽装である。

 

「いや、フィレイン。今の天馬騎士団の人数では王都の警備が手一杯だ。でも、これからは、ビャクヤがいる。周辺の賊に関しては任せてくれ」

「ビャクヤとは?」

「あぁ、こっちの黒いコートを着ている方だ。ビャクヤ、彼女はフィレイン。イーリスの天馬騎士団の隊長をしている」

 

事前に聞いていた通りに僕が紹介されたので、一歩だけ前に出て会釈をする。

 

「フィレインさんですね。クロムの紹介の通り、僕はビャクヤ。新しく自警団に軍師として迎えられました。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく頼む」

「ビャクヤは、今回の山賊退治に手を貸してくれたんだ」

「まぁ……弟たちがお世話になったのですね。ありがとう、ビャクヤさん」

「い、いえ!」

 

クロムの説明により、エメリナ様も会話に加わり、場の雰囲気がとても穏やかなものになる。だが、その様子を見て今まで黙っていたフレデリクが口を開いた。

 

「恐れながら、エメリナ様。ビャクヤさんは記憶喪失とのことで……賊の一味や他国の密偵であるという疑いが完全に晴れたわけではありません」

「フレデリク……!!」

 

クロムが驚きとともにフレデリクを見る。僕としてもその事実を忘れていたわけではなかった。フレデリクがあの時、僕のことを不問にした理由は、クロムには認めてもらえたからだ。

 

主であるクロムの意見を尊重しただけで、フレデリクからは認めてもらったわけではない。ましてや、エメリナ様はクロムたちの姉であり、現聖王。騎士であるフレデリクは彼女に忠誠を誓っているだろう。

 

この後はどうなるかわからない。取り調べは当然として、投獄もあり得るか……

 

そんな僕をよそに、エメリナ様は少し困った顔をされた後にクロムの方を向く。

 

「一ついいですか、クロム」

「なんだ、姉さん」

「彼をここへ連れて来たということは、あなたはビャクヤさんのことを信用したのですね」

 

予想していなかった言葉だった。クロムが僕を信じたかどうか? そんなことで判断するのか。フレデリクの説明を聞けばどれだけ怪しいか理解できたはずだ。最低でも取り調べをするべきはずだ。

 

「ああ、ビャクヤは俺とともに民を守るために命がけで戦ってくれた。一緒に戦ったからこそ、わかるつもりだ。ビャクヤは信用できる」

「……そう」

 

エメリナ様がクロムの言葉に相槌を打つ。

そして再び僕の方を向いた。けれど、その口から何か言葉が告げられるよりも早く、僕と、エメリナ様の間に入ったリズの言葉によりさえぎられた。

 

「お姉ちゃん! ビャクヤさんは悪い人なんかじゃないよ! 町の人を助けるために、知恵を貸してくれたし、化け物に襲われた時も、さっき会ったばかりの人を助けるために自分でその人のもとまで助けに行ったの。それに、私が眠れないからって、自分が寝ずらくなるっていうのに、来ているコートも貸してくれた。それにね、まだね、ええと……」

 

リズは、僕をかばうように両手をいっぱいに広げ、僕とエメリナ様の間に立っている。そして、必死に説得している。僕が悪い人ではないと。自分でさえ自分のことがわからない僕のことを、エメリナ様に信じてもらおうと必死に言葉を尽くしてくれている。

 

ふと、目線をエメリナ様に戻してみると、その顔は先ほどのような困った感じではなく、優しい慈愛に満ちた笑顔に変わっていた。というよりは、ほほえましいものを見ているような表情にも見えるのは僕の気のせいだろうか……

 

「リズ……少し落ち着きなさい。別に私は彼のことを信じないとは言ってませんよ」

「え……」

 

計らずも、僕とリズの声が重なり、お互いに驚いて顔を見合わせる。

そして――

 

「リズ……?」

「あらあら……」

「やはりか……だが……」

「……」

 

顔を伏せたリズに対する様々な反応。というか、後ろの二人は殺気立たないでくれ――僕が何をしたんだ。

 

「……同じですね」

「どうかされましたか、エメリナ様」

「何でもありませんよ。それと、あなたのことですが、クロムが信じたのなら、大丈夫でしょう。私はクロムや、リズの信じたあなたを信じます」

 

そう言って、彼女は僕にやさしく微笑みかける。

クロムの信じた僕を信じる。言葉にすればほんの少しのものである。けれど、これがどれだけすごいことか、彼女はわかっているのだろうか。そして、クロムやリズもそうだ。なぜ、こんな僕を……

 

「改めて、これからクロムたちを頼みますね、ビャクヤさん」

「……はい、わかりました。これからは、自警団の一員として、クロムやリズを支えていきます」

 

とりあえず、僕は思考を放棄した。

というより、僕も信じてみることにした。みんなが信じてくれている僕を。そしてもう一つ。僕はここに誓おう。

 

「フレデリク、あなたもありがとう。心からクロムのことを心配してくれているのね」

「……いえ、クロム様とリズ様をお守りするものとしては当然です」

 

エメリナ様の言葉に、わずかながら遅れて返事をするフレデリクと、それを聞いてかすかに表情を曇らせるエメリナ様。

これは、何ということのない主と従者のやり取り。

そのはずなのに、そこに違和感を感じた。エメリナ様とフレデリクの間には、どこか懐かしく、辛く、切ないモノが確かにあった。

 

「……ところでフィレイン。異形の化け物のことは?」

「はい、各地に出没しているようで、目撃談が寄せられています。そのことについてこれより、会議が行われます」

「その対策を話し合う会議に、クロム。あなたにも参加してほしいのです」

「わかった。そうしよう。フレデリクはどうする」

「私もお供しましょう。エメリナ様もそれでよろしいですか?」

「はい。お願いします」

 

クロムたちは、これから会議。残った僕はというと……

 

「私たちは外で待ってよっか? 行こ、ビャクヤさん!」

 

いつの間にか、リズが僕の腕をつかんでいた。そして、そのまま僕の腕を引っ張って外へと向かう。

 

「リズ、ちょっと、待って。わかったから、もうちょっと落ち着こう、ね」

「えへへ、それより、早く行こう! ね!」

 

後ろを振り返って確認するまもなく、僕は彼女に引っ張って外に連れ出された。

その時、彼女の顔はほんのりと赤く、どことなくうれしそうだった。

 

 

 

***

 

 

 

「リズもそういうお年頃なのねぇ」

「とはいえ、相手があれではな。まぁ、相手がだれであれ、認めるつもりはないが……」

「そうねぇ、あの様子ではだいぶ大変そうね。ああいう人は本当に大変。フレデリク、あなたはどう思う? そういう鈍い人について」

「そうですね……正直、なんで気づかないのか、理解に苦しみますね」

「…………」

「どうかしましたか?」

「エメリナ様、大丈夫です。きっと、いつかその想いは届きます」

「その通りだ、姉さん。だからあきらめないでくれ」

「ありがとう、フィレイン、クロム。もう少し、私も頑張るわ」

「……?」

 

人のふり見てわがふり直せ……フレデリクには難しすぎたようある。

 

 

「と、こんなところか。彼らの様子は」

 

少し外れたところで立っている彼は、少し寂しそうだった。

 

「とはいえ、フレデリク君と違って、彼女はまだ気づいてないと思うがね」

 

そして、彼の考察は誰にも聞かれることはない。

 

「さて、いったい、いつになったら気づいてくれるのだろうか」

 

彼はいつの間にか完全にみんなの輪から外れており、誰かに気付いてほしそうに彼らを眺める。

 

 

それから数分後。

忘れられていたヴィオールは応接室で見張り付きで待機することになった。

 

「もう慣れたよ……この扱いにも」

 

見張りの兵士の何とも言えない視線がつらかったと、のちに彼は語ったという。




ということで、次回から本編突入です。

それでは、また次回で

2018/9/24 書き直しました


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第七話 小さな傭兵団~新たな出会い~

とりあえず作者が煮詰まってきたので、更新しました。

設定は……現在進行形です。

……それでは、本編どうぞ。


リズの後に続いて石造りの建物の入り口をくぐる。

 

「ここは?」

「ふふふ」

 

リズは、くるりとこちらに振り向くと、大きく手を広げて、いつもの調子で言った。

 

「じゃーん! ここが、わたしたちクロム自警団のアジトだよ!」

 

あの後、王女である彼女に手をひかれてここまで来たのだが、その時の周りの視線についてはあえて語るまい。あの反応を見るかぎり、うわさはすぐに広がることだろう。まあ、それは今は置いておこう。

 

「アジトって……なにかほかに言い方はなかったの? 拠点とか、本部とかさ。アジトって聞くとなんか悪いことやっている感じに聞こえるよ」

「そうかな? まぁ、いっか! よくわかんないし!」

「リズがいいならいいけど」

「……?」

 

リズは、わかっていないのか、かわいらしく首をかしげている。

まあ、これはクロムのせいかな。それとも僕の感覚がおかしいのだろうか。アジトといえば海賊とか山賊の拠点というイメージが強い。

 

「あ、それよりもビャクヤさん。ここにいるみんなのことも紹介してあげる! それに、この中のことも案内するからついて来て!」

「ああ……」

「リズ! 無事でしたの!」

 

横から来た誰かの声にリズと僕は振り返る。どこかの貴族の御令嬢といった雰囲気の少女がリズへと近づく。

 

「あ、マリアベル!」

 

件の少女はマリアベルというらしい。どうやら、二人とも仲がいいみたいだ。マリアベルと呼ばれた少女はリズに怪我がないかどうかをしきりに確認している。

 

「心配しましたわ! リズったら、もう! お怪我はございませんこと?」

「大丈夫だよ! お風呂とかご飯は大変だったけど、ビャク――」

「よう、リズ。クロムはどうした? 俺様のライバルはビビッて腰を抜かしていたんじゃねーか?」

「大丈夫だったよ。よかったね! ヴェイクはお兄ちゃんのこと大好きだもんね!」

「冗談でもよしてくれよ、そういうことを言うのは……そのせいで俺がどんな目にあっているか」

「ん? どうしたのヴェイク? 頭が悪いの?」

「違うだろ!!」

「よかった、クロム様も無事で……」

「スミアもさらっと普通に流すんじゃねー! 明らかにさっきのはおかしいだろ! というか、今その話題かよ! もう過ぎたわ! 今はそうじゃなくて……!」

「スミアさんは心配のあまり、毎日花占いを――」

「だから、俺を――!」

 

最初の彼女の登場から、リズの周りに多くの仲間が集まってきている。この状況では僕の紹介は難しいだろう。落ち着くまでこの中を見て回ろうか。様子を見る限り久しぶりに会ったみたいだし。

 

そっと、その部屋を後にして扉の向こうに続く通路へと出た。目的地は時間を潰せそうな書庫。歩いてれば見つかるだろうと、お目当ての部屋を探した。

 

探したのだが……

 

「……ない、かな?」

 

空いている部屋の中をのぞいてみる限り、それらすべてが私室であるようで勝手に入るのははばかれる。他にあるのは武器庫くらいだが、特に目を引くものはなかった。後はカギがかかってたため、確認できなかった。

 

「リズと来るべきだったかな?」

 

少なくとも、どこがどの部屋かもわかっただろうし、書庫にもすぐたどり着けたはずである。だが、建物自体はそこまで大きくはない。あと調べて無いのは、二階くらいのはず。

 

「階段と……部屋がもう一つ?」

 

最奥の角を曲がってみるとそこには階段ともう一つ部屋があった。

 

そこで今までと同じようにノックをする。だが、やはり今までと同じように反応なし。となると――

 

「さて、勝手にのぞかせてもらおう……」

 

少しだけ期待しながらドアを開けてみると、そこは救護室だった。木製のベッドが並べて置いてあり、他の部屋と違い独特の清潔感があった。また、見渡せば戸棚には、薬と思われる薬品の入った瓶も見られる。

 

「ここも、違ったか……」

 

そう思って、踵を返そうとしたときに小さな音が聞こえた。

 

気になって耳をすませてみれば、それは人の声。うなされているような感じのものだった。さすがに、目の前で苦しそうにしている人がいるのに放っておくわけにもいかず、声の聞こえるベッドに近寄る。

 

そのベッドに寝ていたのは、リズと同じかそれより下と思われる銀の髪の少女だった。その少女は、苦しそうに顔を歪めている。

 

「わからない…………なんで……行かないで。お願い……」

 

夢見が悪いのか、辛そうな言葉が漏れる。何とかしてあげたいのだが、こういう時にしてあげられることなどほとんど知らない。

 

「逆効果じゃないといいんだけど……」

 

彼女のベッドの横に腰を下ろし、その手に自分の手のひらを重ねた。こういう時は人恋しくなるはず。だから、誰か近くにいると感じることが出来るだけでもだいぶ違うと思う。そう、思いたい。

 

「!? …………」

「良かった。落ち着いたみたいだ」

 

あの状態から悪化することなく、彼女は今とても穏やかに寝息を立てている。表情も柔らかくなり、呼吸も落ち着いている。だけど、困ったことが一つ。

 

「さて、どうやってリズと合流しようか」

 

予想できた事態ではあったが、彼女に手をつかまれて動くに動けなくなってしまったのである。抜け出そうと手を動かすと、彼女は両手でつかんで自分の方に寄せる。

 

離さないように。決して、手放すことのないように、彼女は僕の手を強く引き寄せる。

 

「……はぁ」

 

とりあえず、彼女が起きるまでこうしていよう。

 

 

 

***

 

 

 

数日ぶりに会った自警団のみんなは変わらずとても元気そうだった。というか、スミアさん。また花占いして、部屋の中をお花で埋めちゃったんだ。まったく、マリアベルと一緒で心配性なんだから。

ん? 何か忘れてる気がする。

 

……なんだっけ?

 

「リズ? どうかしましたの?」

「うーん。なんだっけ? 何か忘れているような気が……」

「クロム様! って、あ……!」

 

考えているうちにお兄ちゃんが会議を終えて戻ってきた。お兄ちゃんに駆け寄ろうとしたスミアさんは足元に落ちていた書類に気がつかなくてこけてる。けっこうすごい音がしたけど大丈夫かな?

 

「だ、大丈夫か、スミア?」

「うぅ、大丈夫です。すみません、いつもこうで……」

「ほんとに大丈夫? すごい音したけど」

「えぇ、ひどいようでしたら私が直して差し上げますよ」

「いえ! 本当に大丈夫ですから」

 

少し心配だけど、スミアさんがそう言うなら大丈夫なのかなぁ……

 

「それはそうと、お兄ちゃん。さっきの会議はなんだったの?」

「あぁ、そうだな。それを報告しないとな。みんな聞いてくれ。俺はフレデリクとともにフェリア連合王国に向かうことになった」

「フェリア? お兄ちゃんなんで?」

「なんであんな寒いとこに行かないといけないんだよ。どういうことか説明しろよ、クロム!」

「俺がそれを言う前にお前が遮ったんだろう」

「お前がさっさと話さないのが悪い!」

「あのな」

 

また、お兄ちゃんとヴェイクはけんかを始めた。なにかとヴェイクはお兄ちゃんにぶつかっていく。ヴェイクが言うには、ライバルらしいけど、もう少し仲良くしてほしいかも……

 

「あの~クロム様。それでなんでフェリアに向かうんですか?」

「ん、あぁ、最近イーリス周辺に異形の化け物が出没するようになった。それに対処するには兵力がイーリスだけでは足りないんだ。だからフェリアに助力を求めに行く。本来なら姉さんが行くところだが、今国を離れるわけにはいかないんだ」

「じゃあ、お姉ちゃんの代わりに行くんだね! なら頑張らないとね!」

「そうだ。それと、この自警団からも名乗りを上げたやつを連れていく」

「あ、じゃあ、わたしも行く!」

「当然、俺様も行くぜ! クロムだけじゃ荷が重いだろうからな!」

「……僕も頑張ろう」

「……」

 

お姉ちゃんは普段からしっかりとがんばってるんだから、こういう時くらいはちゃんとお手伝いしたい。そうでなくてもお姉ちゃんは……。

 

いけない、私がこんなところで暗くなっちゃったらみんなまで暗くなる。だから笑顔でいないと。みんなが笑っていられるように。

 

「スミアもどうだ?」

「ク、クロム様!? でも、私はまだ見習いです。もう少し訓練するようにフィレイン様にも言われています。ですから……」

 

わたしが百面相している間に、お兄ちゃんが先ほどから少し下向いているスミアさんに声をかけていました。むぅ、私の役割を持って行かれちゃったな……まぁ、いっか。

 

「見ているだけでも勉強になる。だから、来ないか?」

「……いいんですか?」

「大丈夫だよ、スミアさん! 何かあったらお兄ちゃんが守ってくれるから! ね!」

「あぁ、そのつもりだ。だから、俺のそばからあまり離れるなよ?」

「はい……! 約束します!」

 

良かった。これでみんないっしょに行けるね!

 

みんな?

……なんだろう? 何か忘れてる気がする。

 

そう考えていると、お兄ちゃんが不思議そうに私に尋ねました。

 

「そういえばリズ。ビャクヤはどうした? ここにいないようだが。一緒に行動していたんじゃないのか?」

「あ!!? いけない! みんなに会えたのがうれしくて、忘れてた! って、あれ? ビャクヤさんどこ?」

「だから、そのビャクヤがいないと言っているだろう……少し落ち着いたらどうだ?」

 

あぁあああーーーーーー! ビャクヤさんのことすっかり忘れていた! 

どうしよう。い、いま、どこにいるのかな? とりあえず探さないと。怒ってないといいなぁ。

 

「お、お兄ちゃん……どうしよう」

「ここいらにいるだろうから手分けして探そう――にも、そもそも、顔がわからないか」

「リズの隣におられた灰色の髪の男性のことですか? 黒いコートを着ている」

「あぁ、そいつのことだ。わかっているなら手伝ってくれないか?」

「しょうがねえなぁ、俺様も手伝ってやっか!」

「よし手分けして探そう。そうだな、リズ、屋内を探すか?」

「うん!」

「そうか、じゃあ、後は…………」

 

そんな感じで、ビャクヤさんの捜索を始めようとしたときに、奥の部屋の方から大きな音とともに、誰かの叫ぶ声が聞こえてきました。

 

「そこで君は何をやっている!!」

「……」

 

それは聞き覚えのある声で、ソワレさんの声だった。

 

「ソワレか? くそ、いったい何事だ! 行くぞ、ヴェイク!」

「おうよ! 任せな!」

「お、お兄ちゃん! 待って!」

 

戦場でもないのに、緊迫した声が聞こえた。わたしは、みんな無事でありますように……そう願いながらそこに向かった。

 

 

 

向かった先は、救護室。部屋の前が散乱していて、扉は開け放たれていた。そして、わたしたちの目の前で、ソワレがそこから吹き飛ばされて廊下の壁にぶつかる。

 

「く、くそ……! 強いっ……!」

「ソワレさん!!」

 

わたしは急いで彼女に駆け寄って、治療しようとしたとき、そこで、信じられないものを見た。

 

「ビャクヤさん……なん、で?」

 

扉の向こう側には黒い剣を構えたビャクヤさんが後ろの少女をかばうように立っていた。

 

「クロム、これはどういうことだい?」

 

彼は、そう冷たく言い放って、私の後ろにいるお兄ちゃんに尋ねた。




ようやく、二章に入りました。長かったです。この原因は思いつきで始めたのと、作者の文才の無さが原因なのですが……今更ですね


これからもこんな感じになりますが、どうかよろしくお願いします。


2018/5/17 修正しました


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第八話 小さな傭兵団~小さな誤解~

だいぶ遅くなりましたが、出来たので投稿します。

いや、うん。原因はあとがきで語りましょう。

それでは本編をどうぞ。


夢を見ていた。

誰かの夢を。

彼との出会いを、――を、戦いを、当たり前の日々を。

 

夢を見ていた。

彼の夢を。

彼女との出会いを、別れを、戦いを、過ごした日々を。

 

けれど……

 

消えていく。

何もかも、消えていく。

私の記憶が、(誰か)の記憶が、あの人の記憶が、次々と消えていく。つかもうと手を伸ばしても、わたしの手をすり抜けて光となって消えていく。

 

やめて……

 

やめて…………!

 

……これ以上、私から奪わないで!

 

あ、あぁ……消えていく…………や、めて……

 

周りからは記憶が消えるたびに、世界が光を失っていく。闇に包まれゆく世界の中で、私はひたすら消えゆく記憶()を逃さぬようにと、自分の体を抱く。

 

そして、そんな闇の中に降りた一筋の光は、どこまでも、残酷だった……

 

「ルフレ……」

 

え……!? 母さん……?

 

「ルフレ……、ごめんなさい」

 

か、あさん……会いたかった! 母さん!

 

母さんは少し悲しそうな顔をしていたけど、それよりも会えたことがうれしくて母さんに向かって走り出す。

 

だけど……

 

え……

 

わたしの手は母さんをつかめなかった。私は、その勢いのまま、母さんをすり抜けていた。

 

「ごめんね、ルフレ。あなたを一人にすることになって」

「なんで、なんで、母さん…………やっと会えたのに」

「私はあなたといることが出来ない。でも、忘れないで、あなたは一人じゃないから。必ず、あなたのことを思って、あなたのそばにずっといてくれる人がいるから。どんな時でも……」

「母さん? なに、言っているの? わからないよ…………なんで? なんで母さんは一緒にいれないの?」

「生きて。お願い……無責任だけど。ごめんね……」

「かあさん……? 待って、いかないで!! お願い! 私を置いて行かないで……」

「ごめんね、ルフレ…………さよなら、つよく、生きて……」

「母さん……!!」

 

そのまま母さんは、私の目の前で、光となって消えていき、私の周りはほぼ完全に闇にのまれた。わずかに残った光は、私の体からあふれ出る記憶()だけ。そう、最後に残ったわたしの記憶がどんどん消えていく。消えていくたびに、冷えていく。世界が、体が、心が。私に残るわずかな光でさえも消えていく……

 

「やめて……お願い…………やめて!!」

 

消えていく、どんどん。遠ざかっていく。何もかも。遠く、手が届かない。このまま、私は闇の中へと沈んでいく、そう思っていた。

 

「……」

 

でも、止まった。

 

いつの間にか、私のそばに柔らかな光が集まっていた。記憶が戻ってきたわけじゃない。私のものじゃないけど、とても暖かい。暖かくて、とても安心できる。何かはわからないけど、どこかで、見た気持ち。そう、これは、誰かの想い――あの人の、夢の中の彼の想いに似ている。

 

「……ん」

 

そう気づいたとき、私はその光を抱きしめていた。放さないように、ただ、ぎゅっと抱きしめた。誰もいない暗くて冷たい闇の中、一人になるのが嫌だった私は、その光にどこにも行ってほしくなかった。

 

そして、その光の暖かさを感じながら、私の意識は遠のいく。

 

 

 

***

 

 

 

暖かで、どこか心地よいぬくもりに包まれながら、私は目を覚ました。

だけど、この環境が良すぎて、起き上がろうと思えない。もう一度寝ようか。そうまどろみの中で思う。

 

手に持つそれを体の方に強く引き寄せる。

 

「……!! それ以上は体勢的にもつらい……んだけど」

 

とても暖かい。手の中のこれは、とても心地よいぬくもりを私に与えた。先ほどまで感じていた寂しさ、寒さが消えていく。幸せ……そう思える時間だった。

 

そうやってまどろんでいると、誰かが私の髪を梳いてくれていた。気になりはしたけど、心地よいのでそのまま気にせずに襲いくる睡魔に身を預ける。

 

「目覚める様子はないか。誰か来ないかな? この子のことを聞きたいけど……」

 

……今のは、誰の声? 男の人の声だった気がする。そして、私の髪を梳いてくれたのは誰? そして、私が今握っているのは?

 

様々な疑問が生じ、多少の不安と共に眠気も飛んだ。

 

ゆっくりと目を開ける。

 

目に入ったのは私の両手に包まれている、誰かの手。そして、私の髪をさっきまで撫でていた誰かの手。そのまま視線を上にあげてみると、そこには困った風に微笑む誰か(彼の)顔があった。

 

「……あなたは?」

「目が覚めたみたいだね。おはよう……でいいかな? 体の調子はどう?」

「……はい。大丈夫です」

「そう。起きられそう?」

「はい」

 

私はゆっくりと体を起こした。起き上がった私を見て、彼は少しためらいがちに切り出した。

 

「もし、良ければだけど」

「……??」

「あー、その、ね? 僕の手を放してもらえたらなって」

「え……!! ご、ごめんなさい!」

 

指摘されて、私は彼の手を握りっぱなしだということに気付いた。急いで、手を放したて、頭を下げる。

 

「いや、気にしてないよ。それはそうと、君の名前は?」

「私の名前? 私の名前は…………」

 

名前……? 私の名前は…………

 

「……もしかして、思い出せない?」

 

答えることが出来ず、黙り込んでしまった私に彼はそう聞いてきた。私はうなずくことで答える。自分でも不思議なほどきれいに記憶がなくなっていた。私が誰で、どこにいて何をしていたか、そのすべてが消えていた。

 

「記憶喪失……なのかな?」

「……はい。そのようです」

 

そう私が答えると、彼はそのまま何かを考えるように黙り込んでしまいました。

 

「なにか覚えていることはあるかい?」

「……あの、本当に何も覚えて無いんです」

「どんな些細なことでもいいんだ。それが、自分のことを思い出すきっかけになるかもしれない。まあ、あればでいいよ」

「……わかりました」

 

彼にそう促された私はもう一度何か思い出せることはないかと、もう存在しないと思われる記憶の糸を手繰る。彼の言うように何か、手掛かりになるものがあればと、そう思いながら。

 

「何か、思い出した?」

「……一ついいですか?」

「答えられる範囲でなら大丈夫だよ」

 

彼は、そう言って私に優しく微笑む。

……確認すべきだけど、これを聞くのは少しというか、だいぶ勇気がいる。けれど聞かなければ、私の記憶のこともわからない。今のところこれが唯一の手がかりだから。

 

「あの、おかしなことを聞くかもしれませんけど、笑わないでくださいね?」

「うん? いいけど」

 

私は意を決して彼に尋ねる。

 

「私は、あなたと会ったことがありますか? ……ビャクヤさん?」

「……え」

 

そう私が言うと、彼は固まってしまった。いきなり、動きを止めた理由がわからず、私が彼に再び聞こうと思った時、彼が口を開いた。

 

「そうか……僕と会ったことがあるか、か。驚いたな。まさかそう来るとは……」

「あの……ビャクヤさん? どうかしましたか?」

 

どうやら、彼を困らせるようなことだということだけはわかった。そんな困り果てている彼から私にとってうれしくない答えを出す。

 

「……実を言うと、僕も記憶喪失でね。それも、戦い方とある人の名前だけ覚えているのに、自分に関することは全く覚えていないというとてもおかしな記憶喪失だったんだよ」

「そ、そうなんですか。つまり、自分のこと以外なら覚えていることもあるかもしれない……さっきはそう言いたかったんですか?」

「そういうことだね。僕はそこからいろいろ思い出したから、君もそうだったりして、と思ったんだけど」

 

まさかこんな身近に似たような人がいるなんて、少し心強いかもしれない。でも、私が覚えていたのは、彼の名前であるビャクヤ。つまり、私の記憶がビャクヤさんに関係しているということ。でも、ビャクヤさんが記憶喪失だから。

 

「うん。ごめんけど、僕は君のことを覚えていない。本当に会ったことがあるかも怪しい。だから、君の役には立てそうにない」

「い、いえ。大丈夫です。それに、まだ記憶が戻らないと決まったわけではないですし。それに、これは私の問題なので、ビャクヤさんがあやまる必要はないです」

「そうか。そう言ってくれると助かるよ」

 

そして、彼は最後に一言付け加える。

 

「……それと、すまない。できれば何か羽織ってもらえないだろうか」

「…………」

 

私は自分の格好を見る。次いでビャクヤさんを見る。彼は申し訳なさそうに頭を下げた後、横を向いた。私はゆっくりと立ち上がり、置いてある分厚い本を手に取る。

 

「その……指摘するのが遅くなってすまない」

「ビャクヤさんの、バカ―――――!!」

 

バゴン!という、ひときわ大きな音がその部屋に響いた。

 

 

 

「? 何の音かな? 見てみようか」

 

そして、赤い騎士がここに加わり、誤解が生まれるのであった。

 

 

 

***

 

 

 

「すみません」

「いや、気にしないで、僕も悪いから」

 

何とも言えない沈黙が場を満たす。

 

「ここ、救護室ですよね。薬がないか見てきます」

 

そう言うと彼女は、棚の方に向かう。そして、棚の横の本棚にぶつかり倒れた。

 

「ご、ごめんなさい」

「いや、それくらいなら自分でできるから、君は休んでて」

「はい、ありがとうございます」

 

本を片付ける少女の代わりに、自分でその薬棚を確認し、一つの薬を手に取った。

 

「いや、薬はいらないか」

「……そうですね。冷やせばよかったですね」

 

よく考えると、必要なのは薬ではなく氷嚢。お互いにそう認識したその時、ドアが開いて赤い女性が入ってきた。

 

「お、目が覚めたのかい……っ!」

 

女性は最初は親しげに話しかけてきた。だが、こちらの様子を確認すると、すぐに槍を構える。

 

「そこで、君は何をやっている!!」

「え……? 私は、何も……」

「同じく、何もしていないけど」

「何も? じゃあ、その手の薬は何?」

「うん?」

「それに、その魔導書。ここで何をするつもりなのか答えてもらうよ」

 

そう言うとすぐに彼女は槍を構え、こちらへと攻撃を繰り出す。急な攻撃のため、うまく対応が出来ず、後ろの少女を抱きかかえ横に転がる。そこへ、女性は再び手に持つ槍で攻撃してくる。抱えていた少女とともに後方に下がり、少女を下ろすと剣で女性に応戦する。

 

「いきなり何をするんだ!」

「君こそ何者だ! ここで何をたくらんでいる!」

「それは誤解だ! 僕は、クロムに拾われてここに来た!」

「そう言えば通るとでも? 君がそうだという証拠はない!」

「くそ!」

 

互いの主張は交わらず、平行線のまま進んでいく。そんな中、距離を開けた彼女はいきなり僕の横を駆け抜ける。なんで? と疑問に思いながら急いでそちらを向くと、そこにはあの少女がただ茫然と座り込んでいた。

 

「先に君から、仕留めさせてもらうよ!」

 

座り込む少女に女性の持つ槍が迫り――

 

「え……」

 

衝撃とともに、女性は吹き飛ばされていた。

 

「……ビャクヤ、さん?」

 

静かに剣を構える僕の後ろで、少女が立ち上がり近づく。飛ばされた女性もダメージが大きいのか、うまく動けていない。

 

「さて」

 

僕が女性に近づこうとしたとき、リズが倒れた女性に駆け寄った。信じられないものを見たように驚くリズをよそに、その少し後に現れたクロムに僕は言った。

 

「クロム、これはどういうことだい?」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「――と、言うことで現在に至るわけだが、何かあるかい、クロム」

 

長い回想を終え、クロムたち自警団に事情を説明したわけだが……先ほどの女性は気まずそうに顔をそらしている。

 

「ああ。お前にはないがソワレにはある。そして、ソワレの早とちりだったと詫びよう」

「な! 早とちりって! あそこには危ないものがあるから触れるなって、ミリエルがよく言ってたじゃないか! だから、そこにいて何かしてる人がいたら怪しいって思うのも当然だし……」

「いや、俺様はそんなこと言われてないぜ」

「ヴェイク!?」

 

ソワレと呼ばれた女性はほかの自警団に頼ろうとするが、反応はヴェイクと同じで否定的だった。

 

「ソワレ。おまえ、仮にも救護室にそんな危険なものがあるわけないだろう。あと、お前が触らせてもらえないのは単純にお前の治療が下手すぎるからだ。ミリエル曰く、薬や包帯がもったいないそうだ」

「そんな……」

「え~と。いや、でも、あの状況だと襲われても文句は言えないかもしれないんだけどね。彼女の言う通り不審者ではあったんだし。でも、あの少女が部外者なら監視くらいつけとこうよ。それがあればこんなことにならずに済んだのに。僕はてっきり、この自警団の一員かと思ったよ」

「う……」

「その監視がソワレのはずだったんだが? まあ、おそらく監視に飽きて外で訓練でもしていたんだろうな……」

「……」

 

クロムはそう言い、ソワレをジト目でにらむ。睨まれたソワレはあはは、と笑いながらあさっての方向を見た。あの後、状況が知りたいと言ったクロムに、僕と後ろの少女は自分たちの身に起こったことを説明して、今に至る。

 

また、少女は何でも森で倒れていたところを拾われてきたらしい。体調のことなどから救護室のベッドに腰掛けることになった。倒れていた原因がわからないので妥当な判断であるのだが、なんで僕が彼女の横に座らないといけないんだ? いや、まあ、彼女が僕の服をつかんで離さないからだけど……

 

だけど……

 

「む~」

「……え、あ、あの」

 

誰でもいい、誰かこの状況をどうにかしてほしい。僕はこの状況から目をそむけ外を見る。外は暖かそうだ……

 

「……さてと。ソワレについてはこれでいいとして、ビャクヤ。どこを見ている? お前にはもう一つ聞くことがあるんだが?」

 

青い悪魔は僕に現実逃避の時間を与えてはくれないようだ――間違えた。ソワレへの説教を終えたクロムは僕に向き直り、この状況の説明を求めてくる。そう、僕が銀の少女の隣にいて、リズがそれを頬を膨らませて見ているこの状況についてである。何とも居心地が悪い。リズに睨まれている少女はそれが嫌なのか僕の背中にかくれようとするし、そうするとさらにリズも怒るし……悪循環だ。

 

「この朴念仁めが……」

「ん? どうかした?」

「いやなんでもない。ただ、お前がどうしようもないと思っただけだ」

「え、えと、あの~、クロム様?」

「なんだ、スミア」

「い、いえ。何でもありません」

「……? そうか」

「人のこと言えないですわ。クロム様も。と言うより、ここにいるほぼすべての人が、でしょうけど……」

「どうした。マリアベルまでため息をついて。ヴェイク、なんだそのわかってないな、というのは。やめろ、お前がやると、無性に腹が立つ」

「お兄ちゃん。ごめんけど、お兄ちゃんには言ってほしくないかな」

「な……」

 

リズに否定されたことで、落ち込みそうになるも、一応リーダーの自覚はあるのか、よろめくだけに終わる。うん、その姿にリーダーとしての威厳など皆無だが――とにかく、クロムのおかげで矛先が変わったようなので、このまま流してしまうのがいいだろう。

 

「ところでクロム。さっきの会議の内容はなんだったんだい?」

 

話題を変えようという僕の意志はうまく伝わったようで、こちらの切り出した話に乗ってくる。

 

「ん? ……! あぁ、先ほど、フェリアに向かい軍を貸してくれることを頼みに行くことが決定した。賊以外にも、屍兵の存在が確認されたしな」

 

クロムとのアイコンタクトに成功した僕は、どうにか話をそらすことに成功した。だが、その代償は少しばかり大きかったのかもしれない。主にクロムにとってだが。

 

「逃げましたわね……」

「逃げたね」

「ああ、逃げたな。みっともねぇな、俺様のライバルも」

「クロム様……」

「お兄ちゃん……それに、ビャクヤさんも」

 

露骨に話題を避けたクロムと僕に非難が殺到している。居心地は悪いままだった。そう思っていると、服の袖を引っ張られる。その方向を見ると件の少女がこちらを心配そうに見ている。

 

ああ、ありがとう、リズが敵に回った今の状況においては君だけが僕の味方だよ。そう、感謝の気持ちを込めて少女の頭をなでると、彼女も気持ちよさそうに目を閉じ、こちらに身を寄せる。

 

ゆらり……そんな、音が聞こえそうな感じで出てきたリズが僕の前に立つ。うつむいているせいか、髪に隠れて顔が見えない。隣の少女も怖いのか僕にくっついて震えている。くっついた瞬間に怒気が大きくなったのは気のせいだと思いたい……

 

「ビャクヤさんの……」

「リ、リズ? お、落ち着いて、とりあえず、ね?」

「ビャクヤさんの、バカーーーーーー!!」

 

ふたたび、鈍い音が救護室に響いた。

 

 

 

***

 

 

 

あの後、リズは結局どこかへ走り去っていった。他のメンツもそれを追いかけてどこかへと消えた。

 

「いてて……」

「大丈夫ですか? ビャクヤさん」

「そうだな、大丈夫か? 杖で思い切り殴られただろう」

「まあね、とりあえず、冷やせているから問題ないよ」

 

そして僕は救護室で頭を冷やしている。杖でぶたれたので……

 

「ところで、話を戻すがいいか?」

「構わないよ」

「そうか。なら単刀直入に言うが、フェリアにお前にもついて来てほしい。俺の軍師だから、少しずつでいいからそう言うことも覚える意味でな」

「そうか。いいよ。でも、一つだけお願いがあるんだけどいいかな?」

「なんだ、出来る範囲でならいいぞ?」

 

クロムがそう言ったのを聞き、先ほどから僕の服をつかんでいる彼女に視線を移す。

 

「彼女も連れていきたい。彼女も、僕と同じで記憶喪失だ。わからない土地で、見知った人がいないのはさびしいし、辛いことだと思う。だから、可能ならそばにいてあげたい。もちろん彼女が嫌でなければだけど。ダメかな、クロム」

 

僕がそう提案すると、クロムは少し考えたのち彼女に目を移す。

 

「そうか、お前はどうだ? ビャクヤと一緒に来るか?」

「……は、はい! 一緒に行きます。あの、迷惑にならないようにするのでお願いします!」

「なら決まりだ。ビャクヤ。明日出発するから、今日はここに泊まれ。救護室だからベッドはあるし問題ないだろう。あと、帰るまではお前がしっかり守ってやれよ」

「ああ、わかってるよ」

「え、あ、あの……」

「それじゃ、二人とも、明日までしっかり休んどけよ」

 

そういって、クロムは退出した。部屋に残されたのは、僕と彼女の二人……改めて意識すると、少し恥ずかしいが、気にすることでもないだろう。そう思うことにして外を眺めていると、少女が僕の服を引っ張る。

 

「ん? どうかした?」

「……あの、さっきはありがとうございました。私も連れて行ってもらえるようにしてくれて」

「あぁ、そういうこと。気にしないで、僕がほっとけないと思っただけだから」

「でも……! 何かお礼をさせてください!」

 

少女は必死に僕に頼み込む。もらってばかりなのは心苦しいのはわかる。だから、ふと思いついたことを提案してみる。

 

「僕の補佐をしてくれるかい?」

「補佐、ですか?」

「そう、軍師の補佐。勉強しながらでいいから、手伝ってくれるかい?」

「……でも、結局、あなたにも迷惑がかかる気がするんだけど」

「軍師に一人前なんてものはないんだ。いつも勉強して、少しでも良い結果を導けるように努力し続ける必要がある」

 

少女を説得するためと、もう一度初心に帰るために。半人前で、認めてもらえる状況にすらなかったあの頃よりは進めているけど、それでも……

 

「まあ、僕を助けると思って。僕はまだ半人前だ。だから、二人で一人前に少しでも近づこう」

「……わかりました。じゃあ、これからお願いします。ビャクヤさん」

「こちらこそよろしく」

 

こうして、小さな騒ぎも言ったんの終幕を迎えた。

 

 

 

 

 

―――――夜

 

「すいません、ビャクヤさん。一緒に寝てくれませんか? あの、少し心細くて」

「……聞き間違いかな? 一緒に寝てほしいって聞こえたんだけど」

「は、はい。そう言いました。ダメ、ですか……」

「い、や……常識的に考えてそれはどうかと……」

「……」

「……」

「…………」

「……はぁ、わかった。今日だけだよ」

「! ありがとうございます。え、えと、失礼します……」

「……はぁ」

「暖かい……」

「って、ちょっと! ……寝てる。…………寝よう」

 

 

受難はまだ続くのかもしれない。だが、少女の寝顔はとても安らいだものだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ところで、フレデリク君。知っているかい?」

「何がですか?」

「謁見からこの取り調べまで、私はこの部屋に閉じ込められたままなのだよ」

「……あなたの取り調べが終われば出れるんですけどね」

「ここらでやめるのが楽だと思わないかい?」

「残念ですけど、新たな情報が入ったようなので、もう少し続きそうですね……」

「なんと……これでは今日中にここから出るのは」

「今日中には出れますよ。まあ、牢に移動していただきはしますが」

「……最低限の食事と寝具を所望する」

「安心してください、城の兵士に渡すものと同等のものを用意いたしますよ」

「ふむ、それなら安心だ」

「……ええ、ですから、さっさとはいてください。フェリア付近で見かけられたという情報もあるのですが?」

「…………」

 

ヴィオールの選択は黙秘。それの意味することを、フレデリクは悟る。

 

「「……はぁ」」

 

どちらともなく、ため息が漏れた。この後も、ヴィオールの取り調べは続いた。

最終的に、胡散臭い貴族もどきだが、悪い奴じゃないというクロムの意見をもって取り調べは終わりを迎える。

 




だいぶ遅くなりましたがお久しぶりです。
今回遅くなったのは、単純になかなか書けなかったからです。どうしてもまとまらず書き直しているうちにこんな感じです。
あとは、主に、ゲームとラノベですね。はい、楽しくてなかなか時間が取れませんでした。学校はじまるまでに、二十話くらいとか思っていましたが無理そうです。

遅筆ですみません……

さて、では次回が早く出せることを祈りつつ、ここいらで終わります。次回で会いましょう。

2018/5/18 編集中


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第九話 小さな傭兵団~君の名前~

成績が発表されました……

言語が通ってましたよ! すごいうれしいです。しかし、後期にもまだ、言語(仏語)は残っています。落としたら留年です……泣きそう

言語好きな人には悪いですが……なんで第二外国語なんてあるんですかね?
僕は使わないのに……
一つでいいです。僕は一人で鎖国しています(無理ですけど……)。


勘違いにより一騒動あった翌日、僕らはフェリアに向けて出発するために、自警団の拠点に集合していた。全員が集まったところで、僕はクロムにある提案をした。

 

「なあ、クロム」

「なんだ、ビャクヤ。どうかしたか?」

「簡単にでいいから自己紹介をしてもらうと助かるんだけど? 昨日はあれのせいでそういうことをできなかったし」

「む。確かにそうだな。すまない、今から簡単に自己紹介をしてくれ。名前と使用武器、くらいでいいか?」

「ああ、それで頼む。あと、出来れば兵種も頼む」

 

この自警団の軍師として動くからには、最低限人の名前と、使用する武器、と兵種は知りたい。これがないと作戦の立てようがないからね。そのためにも自己紹介は欠かせない。まあ、欲を言えば、実力についても知りたいところだけど、それはまた今度にしよう。

 

「そうか、なら俺様から行くぜ! 俺はヴェイク。斧使いの戦士だ!」

 

そう力強く紹介してきたのはヴェイクと名乗る浅黒い肌の青年。動きやすさを重視してか、武装は少ないが、これから向かう地の気候をわかってるのだろうか? 寒いぞ。フェリアは……雪が積もっているらしいし。

 

「さて、次は私の番だね。貴族的にかれ「こいつはヴィオール。弓使いだ。それ以外は今はいい。次、誰でもいいから頼む」って、少し待ちたまえ。私の―――――」

 

とりあえず、ヴィオールの自己紹介はとばす。長くなりそうなので。

 

「ビャクヤ君。私だって、時と場合くらいは考えるよ?」

「はい、次」

「ボクはソワレ。剣と槍を使うソシアルナイト。どちらかと言えば槍の方が得意だね」

 

次に名乗ったのは昨日の赤い鎧の女性。男勝りな感じがある……なるほど、印象通りというわけか……家事などが出来ないのは。

 

「私はスミアです。ペガサスナイトですが、まだ見習いで、実戦の経験はないです」

 

そう丁寧に自己紹介をすませたのは、スミアと名乗るペガサスナイトの少女。まあ、この少女については、クロムに任せるとしても、そのことを考慮して動かないといけないか。なお、ソワレとスミアは同年代だそうだ。少女と女性という具合に代名詞を変えたのには、特に深い意味はない、はずだ。

 

「まあ、今更な気はしますが、一応、私も自己紹介をしましょうか。名前はいいですね。兵種はグレートナイト。得意な武器は槍ですが、剣と斧も人並みには使えます。状況に応じて指示をください」

「わかった、ありがとうフレデリク。さて、クロムとリズは何か追加点はあるか?」

「ない」「ないよ」

「そうか、なら最後に僕の紹介を。僕はビャクヤ。クロムに拾われた記憶喪失の軍師だ。武器としては剣と、弓を使う。みんな、よろしく頼む」

「さて、これで一応自己紹介は終わったな。今いないメンバーのものはあとで紹介するとして、ビャクヤ、あともう一人魔導師のミリエルも遅れて合流するそうだから、頭に入れておいてくれ。さて、行くぞ」

 

僕の自己紹介が終わるとクロムは場をまとめ、出発を促す。他のものもそれにならい各々の荷物を背負い外へと向かう。王都を抜けると、馬車とその傍に壮年の男性がいた。彼は? と僕がクロムに問うと、クロムは僕を含めみんなの方を向いて説明を始める。

 

「この人は今後、自警団専属の輸送隊となってくれるフラムさんだ。各々の武器以外の荷物はこの人に預けてくれ」

「フラムです。よろしくお願いします」

 

フラム、と紹介された男性は青みがかった緑色の髪をしており、その瞳は髪の色と違い赤い。また、魔導師のような紺色のローブを着ていることから、輸送隊の名の通り本当に非戦闘要員かもしれない。出来れば自衛も出来るといいけど……

 

「ビャクヤ、わかっていると思うが、彼は戦闘要員ではない。極力、彼の周りにも護衛を置いてくれると助かる」

「わかった。この自警団の軍師のビャクヤです。これからよろしくお願いします」

「あぁ、よろしく頼むよ」

「さて、じゃあ、いくか。スミアと、えぇと、すまん。君の名前は何という?」

「……」

 

いざ出発というところで、クロムがペガサスを連れている二人の名を呼ぼうとして止まった。名前がわからなかったようで聞いてくる。それに答えられず、彼女は僕の後ろに隠れる。僕は昨日の今日でもう忘れたのかと思いながら、クロムに説明をしようとしたところで、街の方から誰かが大きな声でこちらに呼びかけてきた。

 

「おーい。ま、ま、待ってよーーーー!」

「ソール?」

 

声の方を向くと、緑色の鎧を着た青年が事らに急いで向かってくる。先ほどのクロムの発言から彼はソールというのだろう。兵種はソシアルナイト、使用武器は剣か。槍はどうしたんだ?

 

「つ、ついさっき聞いたんだけど、今からフェリア連合王国に行くって本当?」

「ええー! 情報おそっ! てっきりソールは来ないんだと思ってたよー。ていうか…このことヴェイクが昨日のうちに伝えておくって言ってたよね?」

「あ……俺様としたことが忘れてた」

 

おい……ヴェイク、それでいいのか。

 

「んも――――! もぅ。ヴェイクってば、ほんっと適当! 今日はこの前みたいに武器忘れてない!?」

「うっせー! 今日はちゃんと持ってるよ! ……まぁでも、こうして間に合ったんだし、良かったな! ソール!」

「全然良くないよ! 急いで準備したから髪はボサボサだしお腹はペコペコだよ!」

「それに自分の武器を忘れるとはどういうこと、ヴェイク。それで戦えると思っているのか?予備の武器を積んでもらおうか?」

「う、うるせー! 掘り返すな! だから今日はあるって!」

「はぁ……、で君はソールでいいのかな? 僕はビャクヤ。この自警団の軍師になった。これからよろしく頼む」

「よろしくね、ビャクヤ。君が入団したことは、ミリエルから聞いてるよ。あ、後彼女は明日までには合流するって、とりあえず、今日の野営地に向かうって言ってたよ」

「あぁ、わかった。ありがとう。さてと、クロムの言おうとしていたことの続きになるけど、スミアは空からついて来てくれないか。出来れば周りの警戒も頼みたい」

「わ、わかりました」

「後、クロム。彼女のペガサスの傷はまだ完治していない。フェリアに着くころにはよくなっているだろうけど、今はまだ飛べない」

「そうか、わかった。さてと、今度こそ出発するぞ」

 

そう言ったクロムの号令とともにみんなは動き出した。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

その後、僕は彼女と並んで歩きだした。僕個人として彼女に聞きたいことがあったからだけど。

 

「それで、あれから何か思い出せた?」

「ごめんなさい。まだ何も思い出せていません」

「……敬語」

「え、あ、はい。ごめんなさい。気を付けてるんですけど、やっぱり難しくて。もともとこうなのかもしれないんですけど」

「ん~。そうだとしたら下手に変えてもらう必要はないな~。さて、困った。ちなみに、おぼえているのは僕の名前だけかい?」

「はい。それ以外は、必要な知識とかくらいなら」

「そうか…………でも、名前がないというのは不便なんだよな。このまま、君とか呼ぶのは難しいし。二人旅なら問題ないんだけどね」

「……」

「……」

 

困り果て、二人そろって黙り込んでいると、彼女の連れているペガサスの上からリズがひょっこりと顔を出してきた。そう言えば今回はペガサスに乗りたいって言ったから、フレデリクの馬じゃなくてこのペガサスの上にいたんだっけ? 忘れてた。それは置いといて、顔を出したリズは、こちらを不思議そうに見ながら、話に入ってきた。

 

「ねえ、名前がわからないんだったら、ビャクヤさんみたいに、何かから名前をもらったらいいんじゃない? もしくはビャクヤさんに名前を付けてもらうとか」

 

リズ、何かから名前をもらうのはいいことだけど、僕が付けるなんて言う無責任な発言はやめてほしい――――

 

「え、ビャクヤさん。お願いしてもいいんですか?」

「大丈夫だよ! きっとビャクヤさんなら何とかしてくれるもん!」

 

銀の少女は期待に満ちたまなざしでこちらを見てくる。きらきら、という擬音が当てはまりそうなくらいに期待している。そして、リズもリズで何やらこちらに過度な信頼と期待を……

いや、そんな急に言われても無理なものは無理だからね……そう言えたらどれだけよかったことか。正直、この状況でそのセリフがいえる奴は勇者だと僕は思う。はぁ、どうしようか……

 

「名前か……もう少し考えさせてくれないか? さすがにすぐには思いつかない。でも、フェリアに着くまでにはきっと君に合うような名前を付けるから。それまで待ってくれないか?」

「「……」」

 

悩んだ末、僕は問題を先送りにすることを選択した。とはいえ、無期限にすると彼女たちの期限を思い切り損ねることは間違いない。というか、思いつかない限り機嫌を損ねるので、それを最小限に抑えつつ、自分の考える時間を取るとすると、これくらいになる、のだが、彼女たちは目に見えて、落胆している。しかも、それだけでなく、二人とも申し訳なさそうにするから、こちらの罪悪感が……

そう思っていると、銀の少女は再び顔をあげると、こちらに向かって微笑んだ。

 

「ビャクヤさん。無理を聞いてくれてありがとう。名前、楽しみにしているね」

「……あぁ、いい名前を、君に合う名前をきっと考えておくよ」

「ビャクヤさん、わたしも無理を言ってごめんなさい。あの時すぐ思いついてたから、そんな感じでパパッと決めれるかと思ってた」

「自分の名前と違うからね。それに僕は特徴的なものを持っていたから簡単に決まったんだよ。さて、この話はこれでおしまい! 今は、この行軍を満喫しよう!」

「行軍を満喫するのは変だよ、ビャクヤさん。するなら休暇でしょ」

「休暇みたいなもんだよ」

「そうかな? うん! そういわれてみればそんな感じだね! みんなで楽しくピクニックに行っているみたい!」

「君もそう思わないかい?」

「……そうですね。私も楽しむことにします」

 

その微笑みは、どこか、ぎこちなかった。リズの時とは違うぎこちなさ。引っかかる違和感がわからぬまま、そのまま前を見て足を進める。

 

 

―――――

 

 

あれからしばらくして、リズが周りの景色に見とれて楽しそうにしだした頃、服の裾が軽く引っ張られる。そちらを見てみると、不安げな顔でこちらを見てくる彼女の姿があった。

 

「どうかしたのかい?」

「約束……ですよ。私に、名前を付けてください。何もないのは、怖いです……」

「……うん。約束するよ。だから、安心して」

 

彼女の懇願に、僕はそう答えると、彼女の頭を軽くなでる。その答えを聞いて、彼女は少し安心したようで、表情も柔らかくなっていた。

 

「ビャクヤさん。手をつないでくれませんか?」

「ん? いいよ」

「ありがとうございます」

「って、ダメ――――! わたしもビャクヤさんと手をつなぎたい!」

「え、でもリズ。今ペガサスに乗っているからさすがに難しいと思うけど……」

「う! で、でも、とにかくダメなものはダメ!」

「なんでだよ。よくわからな――――」

「べ、別に、リズさんには関係ないです! それに彼はいいと言ってくれました。だから、いいんです!」

「それでも! やっぱり――――」

「いいえ! ――――」

 

僕の隣で何やら二人はヒートアップしている。何をそんなにもめているのやら……

 

「ビャクヤ……少しいいか」

「ん? どうしたのクロム。何かあった?」

「月夜ばかりと思うなよ……」

「ちょっと待った! おかしいよね!? なんで、そんな宣言を受けないといけないの!?」

「ふん! この朴念仁が!!」

「理不尽だ!」

 

ふん! とそっぽを向いてクロムは元の位置に戻る。相変わらず、よくわからん行動をする。って、なんだよ、ヴィオール。そのわかってないね、という仕草は。わけがわからないよ……

 

「ふぅ~。あの二人があまりにも不憫だよ。いや、でもまだ――――」

「何をぶつぶつ言っている?そんなに暇なら、仕事をあげようか?」

「めっそうもない。私は――――」

 

何をするでもなく、ただ取り留めもない話をしていると、突如、上空より声がかかる。

 

「クロム様!! 前方に突如、武装した集団が現れました!」

「! 突如? 屍兵か! 全員戦闘準備を! もうすぐ接敵するぞ!」

 

クロムはそう言いながら、ファルシオンを鞘より抜き放つ。それを聞き、自警団の者たちも、おしゃべりを止め、武器をかまえる。また、聞きなれない単語を聞いた僕は、ペガサスに乗せていた弓と矢筒を背負うと、クロムに駆け寄る。

 

「クロム! 屍兵とは、前回のあの異形の化け物のことか?」

「あぁ、そうだ。幸いむこうはまだ気づいていない。が、じきに気付くだろう。それまでに……」

「あぁーー! 俺様の斧がない!!」

「「……」」

 

スミアからの報告を受け、屍兵との戦いへの準備を各々進めている中、ヴェイクが大きな声を上げる。僕はクロムと目を合わせると同時にため息を着いた。

 

「クロム。僕はこれから、スミアのペガサスに乗って状況を確認する。その間にヴェイクには、輸送隊の中の予備の斧を渡して。頼む」

「あぁ、任された。お前が戻りしだい戦闘、でいいか?」

「うん。他のところに行かれても困るから、こちらから仕掛けて気付かせる。おそらく作戦というほどのものはないから、まぁ、二人ないしは三人に分かれられるようにしてくれ」

「わかった――――スミア!! いったん下りてくれ。話がある」

「は、はい。今すぐ!」

 

クロムの呼びかけに、スミアは上空より下りてくる。クロムより状況を聞いたスミアはこちらに向かってくるが、それよりもまず、彼女に言っておかないと。

 

「リズ。わかっているとは思うけど、フレデリクとタッグを組んでくれ。後、フレデリクには、輸送隊の護衛を行ってもらうことも伝えてくれるかい?」

「うん! わかったよ!」

「後、君は僕と組もう。風の魔法が得意なんだよね?」

「はい、そうです」

「じゃあ、準備しておいて。僕が戻るまでに、ペガサスはフラムさんに預けておいて、あとは馬をお願い。それで移動するから」

「へ? え、ちょ、ちょっと待って。わたしまだ下りて――――」

 

彼女はそれに頷くと自らの天馬を引いて輸送隊のもとへ急ぐ。その際、降りるタイミングを失くしたリズが慌てていた気もするけど――――うん、僕は何も見なかった。

 

「ビャクヤさん。あの、行きましょう」

「あぁ、わかった。お願いするよ」

 

はい、とスミアは返すと、僕とともに天馬にまたがり、空へと飛翔する。

上空から前方を見ると確かに、あの時見た屍兵がいた。どうやら、目の前にあった丘のおかげでこちらにはまだ気づいていないようだ。数は相変わらず多いが、この数なら普通に撃退できる。地形の確認と、屍兵の数の確認は済んだ。さぁ、始めよう。

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

「戻ったか。どうだった?」

 

僕が戻ると、クロムがこちらに尋ねてくる。また、クロムの後ろでは僕の言った通りに、タッグを組んでいるのが見える。ソールとソワレ、ヴェイクとヴィオール、フレデリクとリズ。後は、今下りてきたスミアとクロム、僕と銀の少女となるかな。

 

「数はこっちよりも多いけど、橋のむこうとこちらに分かれている。接敵すれば、橋の向こうの奴らも気付いて向かってくるはずだ。だから、極力、ばれないように五体は倒したい。だから隊を分けよう。クロムとスミア、ヴェイクとヴィオールで、この丘の左から、残りで右から行く。クロムたちが、接敵しだいこちらも攻撃を仕掛け、奴らの隙をついて極力数を減らす。まあ、理想はこの時点で、相手の数の三分の一を削ることだけどね。その後は、極力固まって動こう。数の上では向こうが多い。だから、単騎で囲まれることが無いように動くこと。ソシアルナイトの二人には遊撃を行ってもらう。でも深追いはしないこと。とりあえず、これでいいかい?」

「少し待ちたまえ、ビャクヤ君」

 

僕が作戦を説明すると、珍しく真剣な顔でヴィオールが口を挟んできた。

 

「なんだ、ヴィオール。要件は手短に」

「そうするよりは、せっかくペアを組んだんだから、最初に分かれた後、合流せずにそのまま戦えばよくないかい? その方が効率もいいし、何より数がより速く減る」

「まぁ、それでもいいけど、君たちの実力がわからないから、安全を取るよ。それに、これと戦ったことがない人が半数だからね。下手に分散しすぎて、各個撃破されても困る。まあ、慎重すぎるかも知れないが、もう一つの目的として、今回は君たちの実力を見たいんだ。まあ、だから、この作戦で行かせてくれ」

「ふぅ、確かにその通りだ。下手に動かすべきではなかったね。すまない」

「いや、いいよ。気に入らなくて勝手に動かれるよりは今ここで言ってくれた方がいい。予定外のことが起きなくて済むから」

「ビャクヤ、これでいいか。なら、いくぞ、目的は敵の全滅だ。気を抜くなよ!」

 

クロムの号令とともに、クロムたち四人は丘の向こう側に向かう。僕は少女の手を引き馬の前に乗せると弓を手に取りかまえる。騎馬の二人も僕らの隣に轡を並べる。

 

「僕の合図とともに二人には前にいる、あの二体に向かってもらう。もう一体反対側にいるけど、それは僕たちがやっておく。仕留め次第そちらの援護に回る。奴らのことについてはクロムから聞いてるから問題ないよね?」

「うん、問題ないよ」「説明は受けたからね」

「よし、じゃあ――――!」

 

僕が次に、目の前の少女にもう一度確認を取ろうとしたとき、屍兵の断末魔が聞こえてきた。すぐに飛び出そうと売る二人を一度止めて、屍灰が完全にこちらから目をそらした直後に、指示を出す。

 

「今だ! 行け!」

「はは、待ってたよ!」「うん、じゃあ、行くよ!」

 

合図を聞くやいなや二人は駆けだす。それを確認すると僕も馬を繰り、彼らの後ろを追いかける屍兵に狙いを定める。

 

「今だ! 唱えて!」

「はい! 〈ウィンド〉!」

 

突き出した掌に魔力により生まれた淡い光が風と共に集まり、彼女の紡いだ言霊とともに、集められた風は、屍兵へと向かい、弾けた。彼女の放った風魔法によりダメージを受け止まったところを、僕の矢が屍兵の頭を射抜いた。それにより、それは消滅した。

 

「え? 消えた……」

「不思議かもしれないけど今は置いといて。次、いくよ。あの二人も消えたことに戸惑ってるみたいだし! もう一度頼む。威力よりも早さを! 足止めをしてくれればいいから!」

「は、はい! 〈ウィンド〉!」

 

倒した敵が消滅したことに戸惑っている二人へと向かっていた屍兵に、彼女の唱えた風魔法が直撃する。それにより、彼らは迫っていた屍兵に気付くと、風により体勢を崩した屍兵を一刀のもとに切り伏せる。

 

「ふぅ、危なかった……」

「危なかったじゃないよ。さっき聞いたよね。屍兵のことは大丈夫かって……僕らがいなくても大丈夫だったかもしれないけど、間違いなく怪我してたよ?」

「う……」「……」

「こいつらは普通の兵士とは違う。このことを忘れないで」

「「「はい」」」

「さてと、クロムたちもこっちに来ていることだし、橋のほうまで行くよ。二人はクロムたちの方に行って、指示を伝えてくれ。伝え終わり次第、こちらに合流。周りに屍兵が多いようなら、クロムたちと行動して」

「わかった」

 

そう伝えると、彼らは、馬を繰ってクロムのいる方へと向かう。残った僕らは、フレデリクたちとともに、橋へと向かう。その途中、フレデリクが話しかけてくる。

 

「ビャクヤさん。私は、このまま護衛でいいのですか? 正直、戦力が不足している気がしますが……」

「大丈夫。これで問題ないよ。むしろ、輸送隊が一番狙われて欲しくないところだからね。実力のわかっている人を付けたかったんだ。ごめんけど今回はこれで我慢してくれ、フレデリク」

「わかりました。お任せください」

「さて、もう少しだな。頼むよ」

「はい、任せてください」

 

僕がそう言うと、彼女は元気良くうなずく。これなら、問題ないかな。

 

「じゃあ、馬上から魔法で援護して。僕は下りてあいつらに切りかかるから」

「待ってください! 私、馬は乗れません!」

 

ペガサスに乗れるからと言って馬に乗れるわけじゃないんだ……似たようなものだから問題ないと思っていたのに。

 

「え……。そ、そう。じゃあ、フレデリク。ここら辺で僕の馬と輸送隊を頼む。いずれクロムたちとも合流するだろうから、ヴィオールを護衛に回して」

「わかりました」

「頼むよ。じゃあ、馬を下りてここからは走っていくよ。僕の後ろから来て」

「はい」

 

少女の返事を聞くと、僕は弓を預け、剣を持って屍兵に向かう。こちらに向かってくる屍兵のうちの一体をすれ違いざまに、切り伏せ消滅させる。そのまま、橋の方へと踏み込むと、目の前の屍兵だけでなく隠れていた弓を持った屍兵も現れる。振り下ろされる斧と、こちらを狙っている矢。危険ではある、が……

 

「……! 隠れていたか! だが」

「〈ウィンド〉!!」

 

その攻撃は、後方から唱えられた風の魔法により防がれる。その隙を突き目の前の屍兵二体を切り伏せる。

 

「大丈夫ですか!」

「あぁ、助かったよ。この調子で片づけてしまおう。クロムたちも来たみたいだし」

「あぁ、向こう側の方は片づけた。後はこいつらだけか」

「いや、砦の中もだ……」

 

僕の言葉とともに、また増える屍兵。G並みだな、と思った。何がとは言わないが……

 

「どうする?」

「クロム、スミア、ソールで、中央突破。残りで露払いをしよう。さっさと終わらせよう」

「ふ、そうだな。なら、行かせてもらう! スミア、ソール、来い!」

「わかりました」「わかったよ」

 

クロムたちが最奥にいる屍兵に向かい、残った僕らで、湧いてきた屍兵を倒していった。後は殲滅なので、フレデリクたちにも出てもらい、全ての屍兵を倒しつくしたところで、クロムたちが向こうから戻ってきた。

 

「そっちも終わっているようだな、ビャクヤ。向こうにいた屍兵はすべて倒した。スミアに確認してもらったが、とりあえずこれ以上はいそうにない」

「そうか。こっちも終わったところだ。おそらくこれで終わり」

「ふぅ、いきなり戦闘とは、私も運がない――――いや、初めが比較的優しい戦闘であったことを喜ぶべきか……」

 

状況の確認をしていると、後ろから輸送隊のフラムさんがぶつぶつとつぶやきながら橋を渡ってこちらに来ていた。あなたもお疲れ様でした、と声をかけようとしたところで、重たい羽音とともに、低い咆哮が聞こえた。

 

「!! まだ、残って……っ!」

 

敵の声の方向を振り向くとそこには、一気のドラゴンナイトが、橋を渡ろうとしている少女に迫っていた。今から、弓に矢をつがえているのじゃ時間がかかりすぎる! そう判断した僕は皆の前であることも考えず、手にあの弓を呼ぼうとした……けど、それは意味がなかった。何故なら――――

 

「〈ウィンド〉!!」

 

そう唱えた彼女によりその攻撃が届くことはなかったからだ。周囲から集められた風により彼女にその斧は届かず、その後の風の魔法により屍兵はドラゴンともども消滅した。

 

「…………きれい」

 

その光景を見ていたリズが小さくつぶやいた。

 

「そうだね……」

 

僕は彼女にそう返した。彼女の言う通り、そこには、先ほどまで命のやり取りしていたとは思えない、幻想的な光景があった。少女の起こした風の魔法は、周囲の風を集めると同時に、川面から無数の水しぶきが上げていた。それらが放たれた風魔法により周囲へと舞い、陽の光にあたり輝き、彼女の周りに虹を創っていた。

 

しばしの間、誰もがその光景に見とれていた。ふわりと髪をなびかせながら、彼女がこちら向き、どうしたの? と声をかけるまでの間、ずっと……

 

「うん。決めた……」

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

その夜、食事や、野営の準備を終え、各々自由に過ごしているとき、僕と銀の少女は少し離れたところで見張りをしていた。

 

「今日は、お疲れ様。初めての戦闘だったけど、何とかなったね」

「は、はい。ありがとうございます。役に立ててよかったです」

 

僕の言葉に少し照れたように彼女は答えた。

 

「戦いを始める前はね、君を守りながらどう戦おうかって、そう考えていたんだけど心配なかったね。正直、あんなに魔法が使えるとは思わなかった」

「あ、それは私も驚きました。まさか自分がこんなことできるなんて思ってなかったので。最後に襲われた時なんか、無意識のうちに体が動いていたんです。魔法の訓練をしっかり受けていたのかもしれませんね……でも――――」

 

先ほどまで明るく語っていた彼女は急に言葉を切った。どうしたの? そう僕が尋ねる前に、彼女はポツリポツリと話し始める。

 

「でも、肝心の記憶が全く戻ってこなかったんです。浮かんでくるのは魔法の知識や戦いの知識ばかり。あなたの役に立てるのはうれしいです。けれど――――」

「……ルフレ」

「え……」

 

辛そうな顔で話し続ける彼女を見ていられなくなり、僕は彼女の頭をなでながら、『名前』を呼んだ。僕のつぶやきを聞いた彼女は驚いたように顔を上げた。

 

「君の名前だよ。つける、って約束したからね。古い言葉で、虹。さっき見た光景が忘れられなくてね。僕個人としてはとってもあってると思ったんだ」

「……」

「えぇと、ダメ、かな? 確かに、安直なことは認めるけど――――」

「ルフレ……」

 

彼女の反応がなくて、不安になった僕は必死に弁明を始めるけど、それは杞憂だった。彼女は一度自分の名前をつぶやくと、次第にその顔は喜びに満ちていき――

 

「ビャクヤさん!!」

「ん? って、あーー!!」

 

と、大きな声で名前を呼ぶとともに、抱きついてきた。もちろん急なことだったので踏ん張れず地面に倒れる。まともに受け身が取れなかったので、体中が痛い……

 

「い、いきなりどうしたんだい?」

「ルフレ」

「ん? 僕の言った名前気に入ってくれたのかな?」

「うん! やっぱりビャクヤさんはすごい!! リズさんの言う通り本当に私に名前をくれた!  私の本当の名前を!」

「そうか……え!? 本当の名前?」

 

一瞬、普通に良かった、と返そうとして、返答に詰まった。本当の名前――と彼女は言ったからだ。彼女は、僕のつぶやきにうんうんと頷く。

 

「思い出したのか? 名前を……」

「はい! あなたの言葉で思い出しました。 あなたの言葉とその手のぬくもりで。いつのことかも、誰がしたかも思い出せません。けれど、これだけは思い出せたんです。誰かが、私の名前を呼んでいたんです。ルフレと……あなたと同じように、優しく私の頭をなでながら」

「そうか……よかったな、ルフレ」

 

嬉しそうに語る彼女に、そう返すとともにもう一度その名前を呼ぶ。

 

「はい! ……あ、れ? なんでかな、涙が止まらないよ……」

「……」

 

僕はゆっくりと体を起こすと泣き出してしまった彼女の頭を優しくなでる。空には、きれいな月が浮かんでいて、僕らを優しく照らしていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

けど、ここで終わらないのが僕らしい。

 

「ビャクヤ? 交代だ。もう戻ってもいい……ぞ」

「おやおや、ビャクヤ君。君もなかなかやるね。とりあえず、ご愁傷さま、と言っておこう」

「ビャクヤさん……何してるの……」

 

交代の時間になったらしく、クロム、リズ、ヴィオールが現れる。さて、いま客観的に見て僕らの状況というのは、うん、まずいね。何が、とは言わないけど、彼女は僕の上にまたがって泣いていて、僕は上半身を起こして、頭を撫でている。これは誤解を生むな、間違いなく……というか、ヴィオール。気付いているならどうにかしてくれよ!

 

「すまないがこればっかりは遠慮させてもらうよ。私も命は惜しい」

 

見捨てるのか! そう思ってヴィオールを見ようとするが、チャキ、っと音がして、ブン、と何やら素振りの音も聞こえる。気のせいだと思いたい。けど、目を完全にそらせているヴィオールと、怖くて僕に抱きついているルフレの様子を見ればそれが現実であることがわかる。

 

「クロム、リズ」

「なんだ、何か言い残したことでもあるのか?」

「……」

「僕は無実だ……」

「そうか。リズを傷つけた罪、その身で払ってもらう!!」

「はい?」

 

クロムの言ったことがわからずつい聞き返すが、そんな余裕はなかった。何故なら――

 

「ビャクヤさんの……ビャクヤさんの、バカ―――――――!」

 

リズの杖によるフルスイングが僕の頭を襲ったからである。こうして、僕の一日は幕を下ろした。次の日にもまた一騒乱あることなど思いもせずに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――翌日

 

「すぅ――――」

「なんでさ……」

 

隣でルフレが寝ていた……

 




さて、この話でようやく、彼女――ルフレの名前が出てきました。そして、ミリエルの出番を期待していた人たちへ、すみません、彼女は間に合わなかったようです。次回は登場するはずです。
長いけど、ぐだった感があります。文章が相変わらずあれです……
次回はまた閑話です。翌日から、フェリア到着までですね。たぶん。もしかしたら本編にするかもしれませんが、不明です。
作者の書く量によって変わります。

さて、相変わらず適当ですが、また次回で。

~追記~
忘れていましたが、オリキャラとして輸送隊にフラムという男性を追加です。作者の気が向いたら出てきます。
オリキャラ、オリジナル武器に関しては、ある程度増えてきたら一度まとめるかもしれません。まあ、やるとしたら当分先ですが……
少ない場合はしないと思います。


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第十話 間章 クロムの受難~勘違い編~

皆さんお久しぶりです。

ようやく書き上げた言語嫌いです。だいぶ遅くなりましたが、結局間章です。次で三章……のはず。

それでは本編どうぞ。


朝、俺は昨日の夜に合流したミリエルを連れてビャクヤのいる天幕に向かっていた。昨日の夜、不幸にも倒れてしまったビャクヤに、彼女を紹介することが出来なかったからである。

 

「すまないな、ミリエル。出来れば昨日のうちに紹介を済ませるはずだったのが、今日になってしまって」

「いえ、お気になさらないでください。倒れている人はしっかりと休養を取るべきなので、クロム様の配慮は正しいかと。それに、野宿ではなく、しっかりとした天幕が与えられているのですから、彼の体調もよくなっているでしょう」

「そうだな。俺や、リズが使うはずだった天幕を一人で使えているのだから、しっかり回復しているだろうな」

 

今回、この隊には天幕が支給されていた。このような少人数の移動で、数人で一つとはいえしっかりとした天幕が使えるのはやはり、新たに加わった輸送隊の存在が大きいと言わざるを得ない。また、皆より早く眠らされた彼は、起こすのも忍びないということで、クロム用の天幕を利用している。

 

「さて、着いたな。おい、ビャクヤ。起きているか?」

「へ? ……え!? あ、あぁ。うん。起きてい――」

「そうか。ならよかった。少し用事がある。入らせてもらうぞ」

「――る、って、え! ちょ、ちょっと待って! できれば後で――」

 

どうやら、すでに起きているようなのでミリエルを促して天幕の中へと入ると、そこにはベッドから半身を起こし、ひきつった笑みを浮かべたビャクヤの姿があった。

 

「……」

「……」

「お、おはよう、クロム。それで、用事というのは? 何か不測の事態でも起こったのか?」

「いや、そうじゃない。昨日の行軍中にも聞いたと思うが、今回の行軍に加わる最後のメンバーの紹介を――――」

 

とりあえず話を進めようと用件を切り出したとき――

 

「……バクヤしゃん――」

 

――と、声が聞こえた。

 

「「……」」

 

 

突如、沈黙が場を支配した。

 

……何か、聞こえなかったか? こう、こいつの天幕に居たらおかしい女性、いや、少女特有の高い声が。ビャクヤの顔を見ると、先ほどよりもひどい顔になっており、何やら冷や汗まで書き始める始末。ここまでくれば誰が見てもわかる。こいつは何かやましいことを隠している、と。

そう考えた俺は、あいつが必死に止めようとするのを無視して、大股でベッドに近づくと、その不自然に盛り上がっている、天幕の壁側――すなわちビャクヤの陰に隠れて俺からは見えない位置の布団をめくった。すると――――

 

「ん…………すぅ……」

「あ……」「……」

 

そこには、ビャクヤの服をしっかりとつかんで眠っているルフレの姿があった。初めて見た時と同じように、あの無骨なコートを脱いで、楽な服装でいることがわかる。要するに、完全に薄着である。そのせいか、布団をはぎ取られて寒かったらしく、近場の熱源に引っ付く。そう、ビャクヤに。その際に、今まで布団の中に隠れていた彼女のきれいな足が……!!

 

それが目に入ったかと思うとすぐさま、ビャクヤが布団を引き上げ、彼女の体にかぶせる。気まずい沈黙が流れ、どちらからともなく顔を見合わせる。奴の顔は相変わらずひきつっていて、彼女の寝顔は幸せそうであった。いや、今は関係ないか……とりあえず、これを裁かねば…………

 

「……ビャクヤ」

「クロム。僕は何もしていないし、何も知らない」

「一度ならず二度もその子を襲うとは、いい度胸だな――――覚悟はいいな」

「ふにゅ……?」

 

俺はゆっくりと剣を腰から外す。一応鞘はつけてある。それを見たビャクヤは、ふぅ、とため息をつくとこちらを見てこう言った。

 

「話せばわかる」

「問答無用!!」

 

奴を裁くために、俺は剣を勢い良く振りかぶり――――

 

「だめ!!」

 

俺の振り上げた剣は、そのまままっすぐに奴へと伸びていき、突如視界いっぱいに広がった銀に驚き、その勢いを止める。

 

「な!?」

 

その剣の先では、ビャクヤを守るように抱きかかえるルフレの姿があった。その小さな体で必死にビャクヤを隠し、次に襲ってくるであろう痛みに震えていた。だが、痛みを恐れてもなお、彼女はあいつを守るために、その身を楯にした。その身を――自分ではない、誰かのために、差し出した……

 

ルフレ? と、そうつぶやくあいつの言葉も今は耳に入らない。ただ、目の前にある己の剣と、彼女と彼女に守られているビャクヤから目が離せなかった。

そう、それはまるで――――――

 

 

 

 

――――その後、いつの間にか消えていたミリエルがフレデリクたちと来るまで、俺たちはそのまま動くことも出来ずにいた。

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

日が昇り、やわらかな風がふわりとなでてくる中、彼女の繰るペガサスの背の上で僕はポツリとつぶやいた。なお、彼女のペガサスは怪我のことも考えて昨日と同じように地上を歩いている。昨日と違うのは、リズの代わりに僕とルフレが一緒に乗っていることくらいか……

まあ、それはともかく――――

 

「朝から、ひどい目にあった……」

 

とりあえずこれは言いたかった。そんな僕の声に反応して、彼女がすまなそうにこちらを向いた。

 

「……すみません、ビャクヤさん。私のせいでまた迷惑をかけてしまって……」

「いや、気にしないで……クロムの早とちりが悪いだけだから」

 

そう彼女に返し、クロムをジトっとにらむ。するとクロムは、はははと笑ってごまかし、あさっての方向を向いた――が、その方向にはこれまたジト目でにらんでくるリズ、フレデリクの姿が……

わかってないかもしれないけど、クロム、今回に関して君に味方はいないよ。

そう思っていると、おもむろにフレデリクが口を開く。

 

「……クロム様。現実から目をそむけてはいけません。あれはクロム様が悪いです。そもそも、昨夜のことも早とちりではありあせんでしたか?」

「うぐ……」

 

フレデリクの攻撃。クロムに小ダメージ。

 

「そうだね、クロム君。今朝のは君の早とちり――それと、昨日のことは君も聞いていたはずではなかったかね? ビャクヤ君の看病をするために、ルフレ君が同じ天幕で寝ると言っていたはずだよ」

「その場にいなかった俺様も知っていたぞ? まったく、俺様のライバルは何をやってんだか」

「ぐお……」

 

ヴィオール、ヴェイクによるデュアルアタック。クロムに中ダメージ。クロムは瀕死になった。

 

「お兄ちゃん……私も知ってたよ? ルフレさんとビャクヤさんが同じ天幕で寝てるの」

「……ごめんなさい、クロム様」

「ぐはっ……!」

 

リズの攻撃。クロムにクリティカル。

スミアによる追撃(自覚なし)。クロムにこれまたクリティカル。

クロム撃沈…………まあ、当然だな。

これというのもクロムが僕の話を聞いてくれなかったから悪いんだし、仕方ないな……とは思ったけど、よく考えたら、僕が疑われるようなことしていたからか。なんというか、僕はとことん間が悪いな……はぁー

世の理不尽を嘆き、つい、ため息が出てしまう。

 

「……ビャクヤさん……………」

 

それを聞き、前に座るルフレが心配そうに見てくるので、問題ないよ、と苦笑しながら返事をする。彼女は、そうですか、と返すと前を向いてペガサスを繰る。納得してなさそうだけど、肉体的にではなく精神的に疲れているので、すぐにどうにかできるものではない。ごめんね、と心の中でつぶやきそのままペガサスに揺られながら周りの警戒をする。

 

「すみません。ビャクヤさんでよろしいんですよね?」

「ん? そうだけど、どうかした?」

 

僕がそうして周りの警戒に移ろうとしたところで、魔導師の格好をした女性が話しかけてきた。頭に三角帽を乗せ、黒のローブに身を包んでいるのでそうかと思っただけど。その女性は、目がよくないのか、メガネをかけている――けど、あれ? 名前が思い出せない。メガネという、特徴的なものを付けている女性がいるのは知っている。なのに名前を覚えていないはずがないんだけど。

なかなか思い出せず、う~ん、と首をひねっているのを、目の前の女性は不思議そうに見てくる。そのまましばらくすると、僕のこの行動を見かねてか、彼女が再び口を開く。

 

「何を考えておられるかはわかりませんけど、話を進めます。私はミリエルと言います。この自警団に所属する魔導師です。これからは私も戦力といてカウントしてください。よろしくお願いします」

 

目の前の女性―――ミリエルはそう自己紹介すると、丁寧にお辞儀をしてくる。こちらもお辞儀を返したところで、ようやく目の前の人物のことを思い出した。そう、昨日遅れてく合流すると伝えられていた人で、今朝方、クロムが僕の天幕に連れてきた人だ! 頭の中にあったもやもやがすっきりしたので、ミリエルさんナイス! とそう思っていると、彼女はさらに言葉を続ける。

 

「昨日の夜、あなたが倒れておられると聞いたので、今朝方、自分の紹介のために挨拶に行く予定だったんですが、クロム様の早とちりでいろいろあったため、出来なかったんです。すみません」

「ミ、ミリエル……」

「どうかなさいましたか? 朝のあの騒ぎのせいでできなかったのは事実です。それと、夜の騒動のせいで伸びたのも事実です」

 

さりげなくクロムに悪態をつくミリエル。一度ならず、二度も挨拶を妨害されたせいで思うところがあったのだろうか? クロムはミリエルにそう言われまたもダメージを受けたようで、うなだれている。その後、ふらふらとダメージから立ち直り周りを見るも、味方はおらず、クロムに対し現在何も言っていない二人――ソワレとソールは極力クロムを見ないように視界から外しているため、味方にはならないだろう。完全に四面楚歌な状態なクロムに、最後の味方が彼のもとへと向かう。

 

「クロム様……」

「……お前は、フラムか」

 

そう、彼の現在の状況を見かねたフラムさんがクロムの肩に慰めるように優しく手を置いた。地獄に仏、周り全てが敵である今のクロムにとって彼の優しさはまさにそうというにふさわしいものだった――――が

 

彼は見る人の心を温めるような柔らかな笑みを浮かべてこう言った。

 

「貴重な薬を味方同士の争いに治療に使うのは避けたかったですね。薬は無限にあるものではありません。以後気を付けてください。それと、私もクロム様が悪いかと……」

「お前もか!!」

「さて、何のことですかな?」

 

クロムは最後の味方? に裏切られ声を張り上げる。フラムさんはそれをふらりと流し、再び後方へと下がる。

それにしても甘いね、クロム。最初から彼は僕ら側の味方だよ。ちらと後ろを確認すると、フラムさんはにこりと微笑み手をふってくる。僕は其れに対し軽く会釈し、前を向き、フェリアへと向かうペガサスに揺られながら、無駄に溜まった疲れをゆっくりと癒すことにした。

 

こうして、フェリア到着前日の穏やかな午後は平和に過ぎていった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

時同じくして、某国某所。あるさびれた小屋の中で一人の女性が目を覚ました。女性は目を覚ますと、しばらく呆然と天井を見つめていた。少しすると、あたりを見るために彼女はゆっくりと体を起こした。まず彼女の目に入るのは木。それらは木製の壁、木製の机などであり、このことからこの建物がすべて木でできていることがうかがえる。また、窓の外にはうっそうと木々が生い茂っている。先ほどと同じように彼女はそのまま外の景色をぼんやりと眺めていた。

 

そうしてどれくらい経っただろうか、後ろでドアの開く音が聞こえたため、女性は振り返る。見るとそこには、杖を持った白い服の男性がドアの前で佇んでいた。その男性は女性の意識があるのを見て、少し驚いたような表情をしたが、すぐに元の表情に戻りそのまま女性へと近づいた。男性は女性のベッドの脇まで来ると、椅子を引き寄せ座ると、彼女を見て口を開いた。

 

「君は三日前にこの近くで倒れていたため、私が連れて帰って治療をさせてもらった。そしてその後は君をここに寝かせて意識が戻るのを待っていた。これが今の君の置かれている状況で、君の意識のないうちに起きた出来事だ」

「そう、ですか。その、ありがとうございました。ところであなたは誰ですか? できれば名前を教えてくださいませんか?」

 

女性がそう切り出そうとしたとき、あたりの空気が突然冷たく、重くなる。その状況に目の前の男性はやれやれと肩をすくめると、ため息をついてゆっくりと立ち上がり、服の中から小さな円盤を取り出し、それを女性に渡した。その後、不思議に思っている女性を無視し小さく何かをつぶやくと、彼女を起点に、光る魔方陣が地に描かれる。術式が発動したのを確認すると男性はそのままドアを開けて出ていこうとするので女性はあわてて声をかける。すると男性はそのまま少し振り向いてこう言った。

 

「それは、光の結界。結界の中と外を完全に分断する結界で、いかなる攻撃も通さない。このごたごたが終わるまではその中から出ないように」

「え、ええと、わかりました――――じゃなくて、あの、あなたは大丈夫なんですか? 今外に出るのは危ないと……」

「問題ない」

 

男性は女性の問いに短く答えるとドアに手をかける。そのまま出ていこうとするが、ふと、何を思ったのか手を止めた。彼は女性に背を向けたまま先ほど答えられなかった問いに答えた。

 

「そういえば、私が何者か、だったな。私は、そうだな――かつて不死身と言われたしがない傭兵、といったところか」

 

そう答えると、今度こそ彼は扉の向こうへと消えていく。その女性は扉が閉じられた後もそこを眺めていた。

 

 

数刻の後、どこか疲れと様子の男性が手に温かいスープを持って入ってくるまで、彼女はぼうっと、そのドアを眺めていた。

 




今回はクロムの受難でした。
次回は、ヴィオールの受難です……



嘘です。
次回は三章、もしくは、三章,四章となるのかな?

不定期とはいえ、出来れば次回はもう少し早めにあげれるよう努力します。

さて、それでは次回でまた。


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第十一話 戦士の王国

仏語の勉強をしてました。
確かにしていたはずなのです。
なのに、なぜか、関係のない小説が出来上がってしまいました。これが仏語の魔力。
勉強のモチベーションを下げ、その他のモチベーションを上げる……恐ろしい……

要するに現実逃避してたら出来ました。
それではどうぞ。




さて、道中いろいろあったが、フェリアに到着。

目の前にはフェリアの誇る長城がある。後はそこの代表と話し合い中に入れてもらえばいいだけなのだが……

 

「フレデリク。なんか殺気立ってないか? 僕らはイーリス聖王国の特使としてきているんだよね?」

 

目の前のフェリアの国境兵は、何やらヤル気満々である。話し合いが出来るのだろうか? と聞きたくなるほどに。それを聞いたフレデリクは渋い顔をして答えた。

 

「そうですね。なぜか彼らは臨戦態勢に入っています」

「敵対関係ではないんだよね?」

「そのはずです。ただ、近頃フェリアは他国への警戒を強めているそうです。誤解を生まないような慎重な話し合いが求められます。しかし……」

「話し合いで終わらない可能性も、まあ、あるだろうね」

「はい」

 

さて、ここでこのような推測をした要因の一つとして、クロムが政治関連は苦手、ということがある。あの様子では、並みの駆け引きでは、普通に戦闘に入ることになる。もしかしたら何事もなく終わることもあり得るが、備えあれば憂いなし。とりあえず指示を出しておこう。

 

「クロムには、このまま何も伝えずに交渉を行ってもらおう。たぶん知ったからと言ってなんとかできるわけではないだろうし。教えたせいで変な行動をとる可能性がないわけじゃないし」

「……」

「否定しないんだ……まあ、それ以外のメンバーでクロムを守れるようにしておくから、それでいいかな?」

「はい、それでいいでしょう。あ、私はクロム様の近くに控えておきますので――」

「リズの方は後方に下がらせておくから安心して。一応僕が見ておく。あと、クロムのそばにいる、ソールたちに今回のことを言っておいてくれ」

「わかりました」

 

これで、ここからの簡単な方針は決まった。あとは各自に指示を出せばいい。まあ、まずはリズたちだな。僕のコートにくるまっている二人組に話を付けておこう。あの二人、今戦闘が始まったら間違いなく、簡単にやられる。

 

吹き付けてくる風の冷たさに耐えつつ僕は指示を出しに後方に下がった。

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

「はぁ、やっぱりこうなったか……」

 

そう、ため息交じりにつぶやきながら僕は目の前のフェリア兵を倒す。殺す、ではなくあくまで倒すだけどね。余裕があるなら全員気絶させること、もしくは戦闘不能にすること、といったから死者は出てない。まあ、何人かは足を折られたりしてるから苦しそうに呻いているけど……

 

「〈ウィンド〉!!」

 

ルフレの風魔法がフェリア兵を襲う。風魔法により体勢を崩した彼らに向かって、僕は駆ける。

 

「ほら、仕事だよヴィオール」

「……私は弓兵なのだがね。なんで剣を使わないといけないのかな」

「ほらぼやいていないで手を動かす」

「はぁー」

 

ヴィオールはため息をつきながらも体勢を崩したフェリア兵を仕留めていく。同じく僕も仕留めていく。さて、なんで自称アーチャーであるヴィオールが剣を使っているかというと、彼がボウナイトとしての称号を得ていると自称していたからである(僕が眠っていた夜に、仲間内で自慢していたことを、リズが言っていた)。あくまで自称だが……剣が使えるので今回はこちらに回ってもらった。腕自体は並みの兵士といったところだが、十分役に立つレベルである。というより剣を使えることを吟味すると、フレデリクと並んで戦力になる。要するに、ほとんど完成されている。いまさらだけど、いい拾い物だったな。発言が残念なところに目をつむれば知識もあり、さらに頭の回転も速い。貴族というのもあながちウソではないかもしれないが、なんせ情報がない。はぁ、どこかに腕のいい密偵は落ちてないかな~

 

「あの~、ビャクヤさん? 終わりましたよ?」

 

とか、どうでもいいことを考えているうちに、目の前の敵を倒し終えていた。とりあえず、気絶している兵士の一人からカギを奪い、扉を開け、目の前の重歩兵をルフレと、ヴィオールに無力化してもらう。反対側からはすでにクロムたちが攻め込んでいたらしく、こちら側の兵士の視線はむこう側を向いている。とりあえず、隙だらけだったのでルフレに頼んで吹き飛ばしてもらう。

 

「〈エルウィンド〉!!」

「「「うあああぁぁぁぁぁーーーー!」」」

「さて、受け身も取れてるみたいだし、死んじゃいないだろう。あ、ヴィオールとソールで、確認しといて」

「え、あ、うん。わかったよ」「ま、任せたまえ」

「さて、代表は……まあ、クロムたちなら問題なさそうだね。とりあえずルフレ、お疲れ様」

「は、はい。ありがとうございます。あ、それとビャクヤさんもお疲れ様です」

「ありがとう、ルフレ」

 

そんな僕らの前では、クロムたちにより、この長城の代表が倒され、何やらクロムたちと交渉をしている。

 

「終わったみたいだし行こうか」

「はい」

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

僕らがクロムたちのところへ近づくと、気が付いたクロムが話しかけてきた。

 

「ん? ああ、ようやく来たか、ビャクヤ。とりあえず、フェリア王への謁見を許されたぞ。これから移動するらしい」

「うん、わかった。じゃあ、移動しようか……じゃなくて、その異様に存在感のないアーマーナイトは誰?」

 

そう僕が尋ねると、クロムを含めた全員が僕の視線の先を追い、その存在を見つけて驚く。おい、味方じゃないのか? そう思っているとクロムがばつが悪そうにしながら答えた。

 

「ああ、ええと、こいつはカラム。自警団の一員なんだが……すまない。いつからいたんだ、カラム」

「この砦にクロム様たちが戦闘を始めた時には居たよ。その後もクロム様についていたけど」

「悪い、気が付かなかった」

「ううん。別に気にしてないよ。僕の影が薄いの事実だから」

 

この異様に影の薄くて、でかいアーマーナイトはカラムというらしい。……僕も存在を忘れないように気を付けよう。

 

「カラム、だね。よろしく。僕はクロムの軍師をしているビャクヤだ」

「うん、よろしく。僕がいることを忘れないでね」

「ああ、努力する」

「お待たせしました。準備が出来たので、これから王のもとへと案内します」

 

カラムとの自己紹介が終わったところで、先ほどの代表が現れ準備が出来たことを伝えてきた。クロムはそれを聞くと、全員を集めて、彼女の後に従い、開け放たれた城門より、内部へと入り、フェリア王のいる王城へと向かった。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

城に着くと、クロム、リズ、フレデリクが謁見の間へと招待されるが、軍師と軍師補佐ということで僕とルフレも入れてもらう。僕の存在はまだ他国には知られていないらしく、普通に無視されていた。そういえば、代表である彼女には自分のことを言ってなかったな。

まあ、それより、

 

「王は留守か……」

 

そう僕が言うと、それに反応してリズがクロムに尋ねる。

 

「ねえ、お兄ちゃん。王様はどうしたんだろうね?」

「政治より戦いが好きな人だと聞いている。おそらく訓練場にでも行っているのだろう」

「戦い好きの王ね……」

「なんだい、その間は。何か失礼なことでも考えているんじゃないだろうね」

 

いえ、滅相もございません。何も、筋骨隆々のごつい脳筋だとは考えておりません。って、なんで僕だけ突っ込まれるんだよ! 

 

「あんたがフェリア王か? ……いや、王なのでしょうか?」

「ああ、東の王フラヴィアさ。遠路はるばるようこそ、クロム王子。国境では、うちの連中が失礼したね」

「いや……あ、いいえ。先ほど、イーリスを騙る賊が出没していると聞きましたが……」

 

先ほどのやり取りはなかったかのように二人は話を進める。まあ、その方が僕としてもうれしいんだけど……

 

「ああ、国境沿いの村々を荒らしている。どうやらペレジアが仕組んでいるようだね。フェリアやイーリス、両国を敵対させよう……ってところじゃないかねぇ」

「くそ! あいつら……! ……あ、し、失礼しました。王の御前で……」

「はぁー。クロム王子……しゃべり方無理をしているんだろ? いいんだよ、いつもの調子で話してみなよ」

「あっ……き、気付かれていたか」

 

気付かれないと思っていたのはクロムだけだと思うよ。同じことをリズも思っていたらしく、リズとルフレが後ろでこそこそ話している。はぁ、今更ながらフラヴィア様が気さくな方でよかったよ、本当に。

 

「……さて、本題に入ろうか。……さっそくで悪いんだが、いま、うちの兵をイーリスに貸し出すことが出来ないんだよ」

「え? そんな……どうして?」

「こういった事柄を決定する実権が今の私にはないんだよ」

 

リズの問いに対して、少し困ったようにフラヴィア様は答える。

 

「どういうことだ?」

「うちの国では古来のしきたりで数年に一度、東西の王の闘技大会が開催される。その戦いに勝った方が東西の両方の王になるって寸法なのさ。よその国との同盟を結ぶ決定は、その王様がすることになっている」

「……ということは、今は同盟を結んでもらえないということか」

 

要するに、その闘技大会でフラヴィア様が勝てば、同盟が成立する……しかし、それが終わるまでは同盟を結ぶことが出来ない、ということになる。どのみち今回は不可能、のはずだけど、フラヴィア様が笑っているのが気になる。何を考えているのか……

 

「そう決めつけたもんでもないよ。闘技大会はもうすぐだ。大会であんたたちが勝てば、願いを聞いてやれる」

「俺たちが?」

「報告は聞いてるよ。あんたたちの腕は大したもんだ。東軍の代表として、あんたたちが西軍に勝てばいい。そうすりゃ私が王様になって、同盟を結ぶことができる」

「フェリアのしきたりに、よその国の俺たちが出て良いのか?」

「ああ。王が選んだ戦士ならね。この大会、王が出るのは禁止なのさ。何代も昔…王が大会で殺されちまってから、血で血を洗う大戦争になったもんでねえ。代理戦争で手打ちにするには、うちと縁のない奴を選んだ方が良い。それが他国の王子ってのは初めてだが、どうする?」

 

大戦争にまでなったのか、この闘技大会がきっかけで……誰が考えたんだ、この決まり……

本当に力を重要視している国なんだな。とはいえ、大会と名がついていても、これは立派な戦争。あまり安全な方法ではないけれど……

 

「……イーリスでは戦う力を持たない人たちがフェリアの助けを待っている。いつ化け物たちに襲われるかもしれない人たちのためにももっとも短時間で話がつく方法を選びたい」

「決まりだね。大会は闘技場で行われる。向こうは腕利きの剣士を用意してるそうだよ」

「相手が誰だろうと、やるからには必ず勝つ」

「良い顔だ。気に入ったよ。よっしゃ! じゃあ暴れておいで!」

 

クロムならこうすると思っていたよ。まあ、これが手っ取り早いからね。それに、出なかったことで同盟を結べなくても困る……というより、こうしないとおそらく同盟の話はなかったことになったんだろうな。ふぅ、乗せられたね。まあ、勝てばいいか。

 

 

 

 

こうして、イーリスとフェリアの同盟は二日後にある闘技大会の結果で決まることになった。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

大会前日。

フェリア、西の王城の訓練場。ここには、王宮の兵士だけでなく、城下からも腕の立つものが相手を求めて日々修行に来ている。そんな訓練場に、西の王バジーリオは様子を見にやってきた。彼は目的の人物を見つけると声をかける。

 

「お、やってるな。ロンクー、調子はどうだ?」

「問題ない」

 

ロンクーと呼ばれた青年は振り返ると、不愛想に答える。

 

「それより俺以外はどうするんだ。そろそろ決めた方がいい」

「うーん。そうだな。ちょっと待ってろ、今決める」

 

そういうと、バジーリオは訓練場を歩いて、何人かを指名してこちらに連れてきた。

 

「こいつらでいいだろう。それと、今回は今までとは違って個人戦になる。お前ら全員、気を抜くなよ」

 

バジーリオは集めた者たちにそう釘を指す。それに対し、ロンクーを含む集められた者たちは一様にうなずいた。それを確認した後、満足したバジーリオは彼らに解散を促すが、その途中で、横から声がかけられる。

 

「少しいいかな? 西の王バジーリオ殿。あなたに頼みがある」

 

そう声をかけてきたのは、蒼い服に身を包んだ仮面の剣士だった。その立ち居振る舞いからして、相当な強者であることがわかる。それ故に、バジーリオはその者に答えることにした。

 

「おう、なんだ。用件を言ってみな」

「此度の闘技大会に僕も参加させてほしい」

 

それを聞いて、バジーリオは運がいいと思った。なかなかお目にかかることのできない様な強者が参加してくれるのなら、文句はない。だから――

 

「おう、いいぜ――と、言いたいところだが、その前にお前さんの実力を見せてはくれないか? 俺は納得したが、これだと他の奴が納得しない。つうことで、ロンクーと摸擬戦をしてくれ。こいつの腕はあんたと同じくらい、のはずだ。こいつと打ち合うところを見りゃたいていの奴は納得する。だから、ちょいとばかし頼むぜ、二人とも」

「わかった。ロンクーとは?」

「俺だ。とりあえず始めようか。バジーリオ、合図を頼む」

「おうよ」

 

短く言葉を交わすと二人は相対し、その合図を待つ。二人が対峙したことにより生まれた空気に誰もが息をのんだ。対峙すること数秒、バジーリオの合図がかかり、両社は同時に地をける。

そして――――

 

 

 

 

一瞬の交錯の後、キン、と澄んだ金属音とともにロンクーの剣は弾き飛ばされており、剣が地に落ちた時には、もう終わっていた。

 

「おいおい……まじかよ」

 

バジーリオのつぶやきに周りも騒がしくなる。今彼らの目の前には剣を向けられ身動きのできないロンクーと、彼に剣を向けている仮面の剣士の姿があった。勝敗の結果は明白。彼らの代表は今ここで倒された。

我に返ったバジーリオは試合の終了を告げると、試合をしていた二人に近づく。

 

「見事な腕前だな。お前、名前は?」

「……マルス」

「そうか、ならマルス。お前、この軍の代表として参加してくれないか? お前の強さなら文句なしで代表にできる」

 

そうバジーリオが告げると、マルスからは意外な言葉が伝えられた。

 

「いや、僕は参加できればいい。だから、代表は彼のままにしてくれ」

「へ……? おいおい、普通代表に選ばれて辞退するか?」

「頼む。僕には戦いたい人がいる。その人が向こうの軍の二番手として登場するんだ。僕はその人と戦いたい。だから、代表にはなれない」

「は? まて、お前、相手がわかっているのか? どういう事だ」

「僕は彼の消息を探していた、その彼の情報をここで見つけた。ただそれだけ」

「見つけたって、おい……」

 

どうやって、と問おうとして彼はやめた。おそらくこの条件以外ではマルスは参加しないだろう、そう思ったからだ。いろいろ聞きたいこともあるが、ここは目をつむろう。

 

「よし、わかった。お前の言う通り、二番手で参加させてやる。その代り、勝てよ」

「わかっている」

 

その答えを聞いて、鷹揚にバジーリオはうなずいた。

 

「よし! それはそうと、なんでそいつと戦いたいんだ?」

「あなたには関係ない」

「全部聞こうってんじゃあない。教えれる部分だけでも教えてくれはしないか? こっちが先に譲ったんだ。そっちも少しくらい、なあ」

 

そうバジーリオが聞くと、マルスは少し考えたのち、口を開いた。

 

「あの人に見せたいから。……僕はここまでできると。ただ、それだけだ」

 

マルスはそれだけ言うと口を閉ざした。バジーリオもこれ以上聞き出せないと思ったためそれ以上は聞かず、部屋を指定し近くの兵士に案内するように指示をだし、マルスを見送る。

 

「あの人に見せたい……ね。誰なんだろうな、あのマルスがそこまでいう人は」

 

その姿を見送ったバジーリオはその場でそうつぶやいた。その問いの答えを知る者はこの場にはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

時は流れる。

いつものように、ただ、流れていく。

しかし、少しずつ、その未来/過去を変えながら。静かに紡がれていく。

彼というイレギュラーにより変えられたこの世界のたどる先にあるものは……

 

その答えは今もなお、紡がれ続けている。彼によって。

 




さて、ヴィオールの意外な設定。彼は、この軍内では結構強い設定なんですよ! 最初だけは……
まあ、貴族だし。それに、あのお方もいるからきっとある程度鍛えられているだろう、と思うことにしました。

次回は、原作とは違った形式で大会が進められます。ついでに原作ではちょっとしか出番のなかったロンクーはしっかり出番がある予定。あくまで予定です。出したいですね……
いつになるかはわかりませんが、また次回で会いましょう。

〈ボウナイト〉
剣と弓を使う騎兵です。下級職アーチャーからなることが可能な上位職。
烈火、封印でいう遊牧騎兵


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第十二話 神剣闘技場~二つのファルシオン~

英語なんて大嫌いだーーーー!!

さて、開口一番いきなり愚痴ですみません。でも本当に嫌いなんです。僕には無理です。英語でスピーチとか、なんでそんなものを……

言っても仕方のない愚痴はこの辺にして、第4章、前篇(未定)をどうぞ


そして、その日はやってきた。

この闘技大会は、両陣営ともに6人で編成されたチーム戦で行われ、闘技場内で戦い、先にリーダーを倒すかすべての敵を倒したら勝ちというものであった。ゆえに、個人の武より、集団の力が試されるものであったが、今回は少しルールが変わった。

 

今回の闘技大会は一対一で行うようだ。両チーム5人で編成し、その勝ち星の多さで勝敗をつけることになっている。下手に組むと、リーダーのような強い人に順番が回らない可能性もある。ゆえに、このメンバー選びと、順番決めは重要なものであり、この軍の軍師であるビャクヤの腕の見せ所であった。そして今回、彼の決めたメンバーと順番は以下の通り。

 

リーダーはクロム。これは決まっていて、リーダーは最後にすることになっているため、クロムは最後。次にヴィオール。遠距離、近距離の両方をこなすことのできるボウナイトであるのでもちろん採用。よっぽどのことがない限り、負けない。よって、勝敗を分けることとなる3戦目に。また、技術、経験の面からもフレデリクを採用。一戦目に。やはり初戦を抑えられるかどうかは重要だ。後は、二戦目にヴェイクを。ソールでもいいが、敵が重歩兵だと対応が出来ない。かといって、ルフレでは傭兵、剣士が厳しい。ヴェイクも剣士は厳しいが、まあ、大丈夫だろう。

 

そして、僕は4戦目に、このチームの二番手として……別にフレデリクでもいいけど、押し付けられてしまった。この二番手というのは、大会の勝敗自体には関係ないが、何やら賭けに関係しているらしく申告してほしいとのこと。この賭けは、リーダーと二番手のみで行われ、チームの勝敗とは関係ないため、チームの負けが決定していても戦いは行われる。そして、二番手は4戦目に固定されるため、必然的に僕は4戦目になる。

 

この決定に対し、ルフレには文句を言われた。なんで出さないのか、と。それと、他のメンバーから、ヴェイクを出して大丈夫なのか? とも。ヴェイクを出すことには不安が残るが、これが今の状況ではおそらく一番いい方法……のはずだ。たぶん。ルフレにも文句を言われた。ヴェイクの代わりに出場させて、と。一応、先程の理由で出れないことを伝えたら了承してくれたが、とても不満そうだった。それと、一番わからないのが、なぜかリズも不満そうにしている、ということだ。いったいなんでなんだ? わからな――――

 

「……ビャクヤ? 開始時刻になったぞ? 聞こえていたか?」

「ん? ああ、ごめん。考え事をしていた。じゃあ、行こうか」

 

考え事をしている間に、時間が来ていたらしい。クロムに言われて、そのことに気付いた僕は立ち上がると、皆にの前に立つ。大会前に言っておかないといけないことが一つあるので、それを伝える。

 

「みんな、今回の大会では勝つことが第一の目標であることは言うまでもないけど、勝てそうにない相手と当ったら、降参をするように」

「「「……!!」」」

 

それを聞いたメンバーはひどく驚いてこちらを見る。僕の言うことが理解できなかったようだ。それもそうだろう。勝つことが目的なのに、僕は降参を促したのだから。そんな彼らに僕は補足して説明をする。

 

「今回の戦いは大会だ。戦争じゃない。自分の命を賭してでも、相手を倒す必要はない。そのことを忘れないでくれ」

「それで、負けたらどうするんだ? イーリスの民は、誰が守るんだ!?」

「負けないよ。これは、今考えうる中で最強のメンバーだ。それに、負けた時のことを考えてどうするんだい? それにクロム。君は、勝つ……そう言ったよね?」

 

クロムにそう言うと、クロムは自分の言ったことを思い出したらしく、ふ、と笑った。

 

「そうだな。ビャクヤの言う通りだな。知らず知らずのうちに弱気になっていたようだ」

 

クロムは一人つぶやくと、表情を引き締めてこちらを向き、その後メンバー全員に向き直ると、力強く宣言した。

 

「勝つぞ!」

「「「おう!」」」

「行くぞ、ビャクヤ!」

「ああ、行こうか、クロム。大会の始まりだ」

 

こうして、僕らは闘技場に入った。そして、僕はここで再び出会う。青き仮面の剣士と、

 

敵として……

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

僕らが会場に入ったときにはすでに相手チームのメンバーはそろっていた。彼らは僕らと反対側の出口のところに並んで待機している。並び順からして、あの黒髪の剣士がリーダー。クロムの相手となる。そして僕の相手である二番手は……

 

「クロム……あいつは……」

「ああ、間違いない。あの夜に俺たちを助けてくれたマルスだ」

「マルスはフェリアの人間だったのか……、まあ、でも今のところ倒すべき敵であることには変わりない。リズの命の恩人ではあるけど、それで手を抜いて負けるようなことはいないから安心して。それに、こっちも聞きたいことがあるし」

「そこのところは信用している。それに、お前が負けるとも思えないしな……」

「ありがとう、クロム」

「おい、あんたたち。大会をおっぱじめるよ!! 一戦目は誰が出るんだい?」

 

僕らが話している間に、挨拶は終わったらしく、早くメンバーを出せとフラヴィア様がこちらをせかしてくる。

 

「フレデリク。一戦目は頼んだよ」

「お任せください。必ず勝利します」

 

フレデリクが槍をかまえ、闘技場の中央へと向かうと、向こうからは斧を構えた戦士が出てきた。両者は一定の距離を開けて中央で相対する。両者が所定の位置に着いたことを確認したバジーリオ様は、大きく息を吸い込み、始め!! と言った。その合図とともに、フレデリクと相手の戦士は駆け出す。

 

さて、ここで、武器の相性について話しておこう。近接武器には主に、剣、槍、斧の三種類の武器があり、一般的に剣は斧に強く、斧は槍に強く、そして槍は剣に強い、とされている。これらは武器の三すくみと言われ、軍略に携わるもんでなくとも、戦うものであれば全員知っている知識である。現在の状況は、この武器の面だけで見ればフレデリクが不利である。そのため敵の兵士もこの勝負はもらった、と思っているようだ。

 

また、敵の兵士がそう思っているのにはもう一つ理由がある。それは僕らがイーリスの兵士、ということだろう。現在イーリスは、ほとんど軍を持っていない。また、他国とのいさかいを避け、話し合いで解決するのが今の聖王の考えであることは周知の事実である。それもあって、平和ボケしているイーリスの軍は強くはないだろう、と思われているようだ。

 

まあ、けれどそんな風に思っているから、負けるんだよね。

 

「勝者、東の代表、フレデリク!!」

 

確かに、武器の面で彼は不利だったが、それでもその不利を覆せるくらいの腕があれば別。今回のように、不利な状況であっても、勝つことが可能である。また、平和ボケしていると思われているようだが、軍に関してはそんなことはない。何やら、歴戦の兵士らしき人たちが厳しくしごいていることや、軍の少なさから、比較的仕事が回ってきやすいこともあり、戦闘経験は全員ある。まあ、何が言いたいかというと、なめていると呆気なく負けてしまう、ということが言いたいわけだ。

 

先ほどの彼のように……

 

「お疲れ様、フレデリク。思ったより早く済んだね」

「そうですね。相手が油断していたので隙だらけでした。これなら初戦はルフレさんでもよかったのではありませんか? 次を私にして」

「それでもよかったけど、実際はどうなるかわからないからね。下手に博打をするよりは確実に勝をもらいに行った方がいい」

「それもそうですね……」

「まあ、いいじゃないか。勝ったんだし。後二勝すれば僕らの勝ちは決ま――――」

 

 

 

「勝者、西の代表――――!!」

 

「へ?」「はい?」

 

フレデリクの試合終了から、数分と経たないうちに、いつの間にかヴェイクの負けが決まっていた。いきなりのことに僕とフレデリクは理解が追いつかず顔を見合わせる。普通に考えて、次の準備が整う、両者が闘技場内に入る、バジーリオ様が合図をする。戦闘を始める。ここまでで一分くらいはかかる、はずだ。と、なると、ヴェイクは瞬殺されたことになる。にしてもヴェイクを瞬殺できるほどの相手がいたとはね。予想外だったよ。誰なのかな?

 

とりあえず、どうなったかを見たくて視線を移すと……

 

「は?」

 

ヴェイクは両手を上げて降参の意思を示している。そして対戦相手の剣士は、呆れた顔でそれを見ている。両者の間には結構な距離がある。位置は動いているが、これは間合いを計っていただけとも考えられる。いや、おそらくそうなんだろう。敵を見る限り。となると何で負けたんだ?

 

その疑問を解決してくれたのは頭を押さえながらその様子を見ているクロムだった。

 

「あいつは、武器を忘れていた。それで戦えないから、降参をした。それだけだ」

 

ヴェイク……、またやらかすとはね。今後は監視としてミリエルと組ませようかな? おそらく、一人では無理だろう。ミリエルには申し訳ないけど、あれの面倒を見てもらえるように頼もう。

さて、次はヴィオールだったか……

 

「……ヴィオール。次、頼んだよ」

「ああ、わかっているとも。華麗に勝利して見せよう」

「負けたら……」

「さて、私は行くとしよう」

 

ヴィオールは僕の言葉を最後まで聞かずに、対戦相手のもとへと向かう。微妙にその顔が引きつっていたが、誰も気にしてはいないはずだ。さて、そんな彼の対戦相手は、がたいの良い戦士で、馬に乗っているヴィオールと同じくらいの身長がある。その手には、その体にふさわしい大きな斧が握られており、当たればただでは済まない。

 

しかし、その対戦相手はヴィオールを見て非常に驚いていた。その理由は、彼――ヴィオールの装備にある。馬に乗っていてかつ、剣と弓を持っていたからである。これだけの情報で相手は悟る。敵が上位職になれるほどの実力を持っていることを。対戦相手は気を引き締め、先ほどまでの油断を消し、相手を見据える。

 

「……どうやらフレデリクの時みたいなバカじゃないようだね」

 

補足しておくと、フレデリクも上位職である。相手は気付かずなめ腐っていたが。

 

「その様だな。あいつ、ヴィオールが上位職と分かった瞬間に空気が変わった。おそらく、先ほどのヴェイクの試合で抜けてしまった気を引き締め直したんだろう。最初の二戦のように、簡単に決着はつきそうにないな」

 

クロムの言葉にうなずくと僕は前を見て、彼らの試合の開始を待つ。両者の準備が整ったのを確認したところで、バジーリオ様が開始の合図を告げる。

 

「始め!!」

 

 

 

 

合図と同時にヴィオールは矢をつがえると相手に向かって放ち、そのまま相手の側面に移動しもう一度射かける。相手は一度目の矢を体をそらして交わしたが、回避した先に矢が飛んできたため、もう一度回避をする。すると、今度はその位置に矢が飛んでくる。体勢を立て直す時間もないまま飛んできた三本目の矢を、姿勢を崩しながらよけると目の前に剣を構えてこちらに向かってきているヴィオールの姿があった。

 

「う、うぉおおおおーーー!」

 

相手は雄たけびを上げながら、そのまま体制をさらに崩し、自ら倒れこむように動く。その反動を利用して、手に持つ斧をヴィオールめがけて振り上げる。

 

「な!?」

 

予想外の行動に驚くも、ヴィオールは斧が降りあがるのと反対側に馬首を向け、相手を飛び越えてその向こう側へと駆け抜ける。駆け抜けたヴィオールが振り向いたときには、相手選手はすでに片膝をついて立ち上がろうとしていた。そして相手もヴィオールが振り返ったのを見て行動を止める。しばしの間にらみ合いが続くが、相手を見据えながらヴィオールはその場で静かに矢をつがえ、狙いを定める。相手もそれを見て、いつでも動き出せるように四肢に力を込める。湧いていた観客もこの二人の空気に充てられてか、静かに様子を見守る。

 

そんな張りつめた空気の中、ヴィオールは馬の腹を蹴り、駆けだすとともに、矢を敵に向かって放つ。放たれた矢は敵の頭部へと向かうが、敵は斧を振り上げる動作とともにそれを斧の腹で防ぎ、自身もその勢いで立ち上がり斧を構える。

 

構え終えてところで続いて二射連続で自らに矢が飛んでくる。それらを体をひねってかわすと、そのままヴィオールに向かって突っ込んでいく。それに対しヴィオールは、矢をもう一度つがえ、射る。それを斧を振り上げて防ぐと、敵はそのまま上段からヴィオールめがけて斧をふりおろ――――

 

「これで終わりだよ」

 

――――したが、その先には誰もいなかった。振り下ろした斧は地面にめり込んでおり、目の前には赤い血だまりが出来ていた。そのことを疑問に思う間もなく彼の意識は突然襲ってきた激しい痛みによって消えていく。

 

その一部始終を見ていたヴィオールは相手が倒れたのを確認すると剣をふって血を落とす。それを合図に観客席から大きく観声が上がり、それに合わせてバジーリオ様がそれに負けないくらい大きな声で結果を告げる。

 

「勝者、東の代表、ヴィオール!!」

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

試合が終わり戻ってきたヴィオールにねぎらいの言葉をかけると、彼はいつも通りの口調で返してくる。まあ、今回は彼も頑張ってくれたのでむげにはせず、適当に相槌を打って答える。クロムや、そのほかのメンバーはそれを見てため息をつく。おそらく思っていることは僕も一緒だと思う。そう、このめんどくさい性格がなければ完璧なのにな……と。天は二物を与えない、というが彼を見ていると何となく納得できる気がする。それくらい今の彼は残念だ。

 

「ところでビャクヤ君。次は君の出番ではないのかね? 対戦相手はすでに待っているようだが……」

「へ?」

 

ヴィオールに促され闘技場の中央に目を向けると、対戦相手はすでに出てきていて、静かにこちらを見ている。その対戦相手は、最初の予想通り、仮面の剣士――マルスであった。

 

「やはりマルスが相手か……」

「いけそうか?」

「正直わからない。剣だけだと厳しいかもしれない。けれど、勝てないこともないと思う」

「そうか……勝てよ」

「もちろん」

 

そのつぶやきにクロムが反応した。勝て、という言葉に対し、もちろん、と答えはしたが、先ほども言ったように正直どうなるかわからない。時の運、ということになってくる。だけど今はそんなことを考えていても仕方ない。勝てるかどうか、ではなく勝たないといけないのだから。

 

「じゃあ、行くか」

 

軽く自分に喝を入れて、相手のいる場所に向かう。

 

 

 

 

僕が所定の位置に着くと、僕はマルスに声をかけた。

 

「先日はありがとう。君のおかげでリズが助かった。今ここで改めて礼を言わせてもらうよ」

「気にしないでくれ。僕は、僕にできることをしただけだ」

「それでもだよ。それに、まだ、お礼もしていない。この戦いが終わったらイーリスに来ないか? あ、客人としてだよ。軍に誘っているわけじゃないから」

 

とりあえず誤解を生まないように、慌てて訂正をすると、マルスはあきれたようにこちらを見てくる。仮面をしているのに呆れていることがわかるとは……僕はそんなにやらかしてしまったのだろうか?

 

「……。戦いの前に何を話しているんですか? そういうのは終わってからするものだよ。それとも、僕は眼中にない、そうとらえていいのかな?」

「まさか、僕は君に勝てるかどうかも怪しいっていうのに……」

「……そう」

 

その言葉とともにマルスは腰にある剣を抜く。それを見て僕も剣を抜こうとして止まる。

 

「マルス。一ついいかい? その剣はどうしたんだ?」

「……」

「……それは、イーリスの国宝であるファルシオンのはずだ。何故君が持っている?」

「……今は、関係ない」

「そうだな。まあいい。始めよう」

 

マルスの持つ剣はクロムの持つファルシオンに酷似している。それゆえに尋ねたが、答えはなかった。マルスの言う通り、今は関係ない。今、答える気はないのであるならば、とりあえず終わってからでも聞くとしよう。僕も腰に差してある剣を抜く。

 

「お? もういいか? なら、始め!!」

 

僕らの様子を見ていたバジーリオ様は、会話が終わったのを確かめるとそのまま開始の合図をする。

 

 

 

合図とともにマルスは駆け出し、僕に向けて剣を振ってきた。対する僕は剣をよけるとともにマルスの懐に入り、横に小さく早く剣を振る。それを後ろに飛ぶことでよけ、着地と同時に僕に向かって飛び出し、突きを放つ。それをよけ再び同じように切りかかると、マルスは左側に回り込み、攻撃を仕掛けてくる。それを剣を使い受け流すと、僕はいったんマルスと距離を取る。

 

マルスは距離を取った僕を見ると、再び剣を構え直して僕に相対する。どちらともなく動きだし、また剣を交える。何度も、何度も。

 

しだいに、剣戟の音がこの闘技場を支配した。

 

 

 

 

「すごいな……ビャクヤの奴、こんなに強かったとは。我ながら言い拾い物をしたな、本当に」

「おや、私も結構優良物件ですよ。拾い物としては」

 

いまだ続く剣舞を見て、ポツリと漏らしたクロムにヴィオールが反応した。それにクロムは苦笑しながら、そうだな、と返す。そして再び彼らの剣舞に目を向ける。ヴィオールもそれにならい剣舞を見る。

 

「どちらが勝つと思う?」

「このまま何もしなければ、マルス君の勝ちだろうね? けれど、ビャクヤ君が適切なタイミングで魔法を放てば、彼の勝ちだ。彼とマルスの違いは、魔法を扱えるかの有無にある」

「そうか。なら――――」

 

大丈夫だなと、クロムが言いかけたところでひときわ高い金属音が鳴り響く。剣舞に目を戻すと、マルスの剣がビャクヤの雷魔法によって弾き飛ばされていた。そのまま彼は決着をつけようと剣を振りかぶり、下ろした――――

 

「な!?」

「あれは、まさか?」

 

――――その刃は、マルスの手に突如現れた白い剣に防がれた。

 

「その、刀は……」

「……」

 

突如マルスの手に現れた剣を見てビャクヤは驚き、剣に込めている力がわずかばかり緩む。マルスはその隙をついてビャクヤの剣を押し戻し、数度切り結んだ後に再び距離を取る。距離を取ったマルスは剣を構えるも、対するビャクヤはその剣を見たまま動きを止めている。

 

「ヴィオール」

「なんだね? クロム君」

「あの白い剣はビャクヤの持つ剣に似ていないか? 遠めではっきりとはわからんが、色が白と黒で全く逆ということ以外は、その作りがあまりに似ているように思える」

 

そうクロムが尋ねると、ヴィオールもそれに同意する。その剣は色の違いを除くと本当にビャクヤの剣に似ていた。その剣がどこから現れたかは知らない。しかし、こうも似た剣を持っているのだから、何かしらビャクヤと関係があるだろう。

 

それに、そう思ったのは何も剣のことだけが理由じゃない。もう一つはマルスの剣技。最初、マルスの動きは俺の剣に似ていると思っていたが、違和感が消えなかった。しかし、ファルシオンを飛ばされマルスが白い剣を使い始めてからその違和感の正体を見つけた。基礎の部分が俺とマルスでは違う。あいつの根底にある動きはビャクヤと同じ剣の動きだ。要するに、あいつの剣はビャクヤに似ている。それを考えると、ビャクヤとマルスは同じところで剣を教わった可能性がある。けれど、それでも、ファルシオンを持っている理由がわからない。

 

「……あいつはいったい何者なんだ? 俺やビャクヤの剣を持っているだけでなく、剣技まで似ている」

「さあ、何者なのだろうね? だけど、それをビャクヤ君は知らないようだね。いや、思い出せないようだよ。――と、なると、その答えを知っているのは――――」

 

そこまで言ってヴィオールは急に口を閉ざすと、視線を彼らに移す。見るとビャクヤが剣を下ろし、そのままマルスへと歩み寄っていた。それを見たクロムはつい声を上げそうになるも、ヴィオールに止められる。そのクロムに対し、静かに見ていよう、とそう伝えるとクロムも渋々とそれに従い、彼らの様子をじっと眺める。

 

何の構えもせずに間合いに入ってきたビャクヤに対し、意外なことにマルスは何もしなかった。そうして彼はマルスと向かい合うと、手に持っていた剣を消した。そう、鞘にしまった、のではなく、剣は霧散するように消えたのである。それを見たマルスは特に顔色を変えることなく自然に構えを解いた。お互いに剣を下ろした後に、ビャクヤは静かに口を開く。

 

「――――」

 

しかし、その声は小さくここまで届くことはなかった。

だが、おそらくビャクヤはこういったのだろう、なぜその剣を持っているのか、と。

 

「――――――」

 

そして、それに対するマルスの答えもまた、ここまで届くことはなかった。

 




さて、サブタイトルは二つのファルシオンです。この話題に何行使ったでしょうね

いや、数えないでくださいね。自分でもこれはなかったかもしれない、って思っていますし。でも、これしか思いつかなかったので、これで行きます。

今後もこのように、サブタイトルと中身があまり一致しないことがあると思われます。すべては作者の力量不足なのですが、それでもいい方は今後ともよろしくお願いします。

それでは、次回でまた会いましょう。
語彙不足を深刻に悩んでいる作者でした。


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第十三話 神剣闘技場~黒白の剣~  

さて、皆さんお久しぶりです。

言語嫌いはテストが一段落したので何とか戻ってきました。

気付いておられるかもしれませんがお知らせが一つ

章タイトルが付きました。詳しくはあとがきで……


この二日間、この世界に光魔法が存在しないことを知った僕は一番イメージが近い雷の魔法の練習をしていた。そのおかげで、雷魔法の中では一番下位の魔法ではあるが〈サンダー〉を習得することが出来た。その間に、ルフレは上級魔法に手を出していたが……。同じタイミングで始めたのにこの差はなんだろう? 少し悲しくなってくるよ。

 

 

そして、長く続いた剣戟は僕の覚えた雷魔法でマルスの剣を弾き飛ばすことにより終わりを迎えた。

 

「〈サンダー〉!!」

「……っ!!」

 

剣戟の最中、隙を見せたマルスに向かい僕は魔法を放つ。放たれた雷は狙い通りに剣にあたり、剣がマルスの手を離れていく。今のマルスは武器を持っていないため完全に無防備である。だから、この戦いを終わらせるために僕はマルスに向かって剣を振り下ろした。

けれど――――

 

「きて!!」

 

それはマルスによって呼び出された白いビャクヤ(・・・・)カティ(・・・)によって防がれた。

 

「え?」

「……」

 

僕は目の前の信じられない光景に、動きを止めてしまう。記憶が完全に戻っているわけじゃないからわからないけど、それはリンの剣のはず。なのに、なんでマルスが持っているのかがわからず混乱した。けれど、そんな隙を見逃すほどマルスは甘くはない。動揺して、剣にかかっている力が弱まったのを見るとマルスは僕の剣を押し返し、攻勢に出る。僕は急いで剣を持つ手に力を入れて剣が弾き飛ばされないようにした後、迫りくるマルスの攻撃に耐えるべく、必死に守る。そうしながら、僕が懐の方に手を伸ばすと、マルスは先ほどのことを警戒してなのか、いったん距離を開けた。

 

そのまましばらく相対するも、先ほどからマルスの手に握られている剣のことが気になって仕方がなかった。だから、僕は――――

 

「……っ!」

 

――――僕は構えを解いて、マルスへと近づいた。それをマルスは構えをとかずにじっと見つめている。そして、マルスの剣の間合いに僕が入ったときも、マルスは特に動くそぶりを見せず、ただ、じっとこちらを見据えている。警戒を解いてもらうべく、僕は手に持っていた剣を消した。それを見たマルスは少し驚くそぶりを見せた後、静かにその構えを解く。マルスが一時的に戦闘を中断してくれたことに驚きながらも、僕は聞いておきたかったことを聞いた。

 

「マルス……、なんで君がその剣を持っている?」

 

仮面のためにマルスの表情はわからない。だが、少し動揺しているのが伝わった。ほんのわずかな所作であったが、間違いなく先ほどの言葉で動揺している。その動揺の理由を探るために僕が続けて質問をしようとしたところで、顔を少し伏せながらマルスは口を開いた。

 

「これは、もらった……」

「もらった?」

 

マルスの言った言葉が理解できずに僕はもう一度聞き直す。そうすると、マルスは無言でうなずいた。聞き間違いでもなく、マルスはこれをもらったらしい。けど――――

 

「どういうことだい? なんでその剣がここにある? そもそも、ここのあるのが……」

 

僕はそこまで言って、思いついた。マルスがその剣を持っている理由を。それは、リンが直接マルスに渡したという可能性。その剣は、リンが持っていたはずのもの。そして、彼女の手を離れてかつ、マルスが誰かからもらったんだというのなら、その可能性が高い。だから僕は確認を行う。

 

 

「マルス。その剣は、リンからもらったものかい?」

 

 

そう聞くと、マルスは伏せていた顔をあげる。顔には仮面があるため表情はわからないが、驚いている気がする。先ほどの質問が予想外のものだったんだろうか? 僕が、その名前を出すことを予想できなかったのかな? どちらにせよ、はっきりとはわからないけどリンのことは知っているようだ。なら、聞きたいことがある。彼女のことを知っているなら僕のことを知っている可能性もある。だから、聞けば僕の知らないことを知っていて教えてくれるかもしれない。そして、それが僕の記憶を思い出す助けとなるかもしれない。あくまで可能性の話だ。けれど、僕のことを知っているのは間違いないと思う。初めて会ったとき、僕を見て明らかに驚いていたし。

僕は自分の仮説を確かめるために口を開いた、が――――

 

「リンにもらったのなら、彼女のことを――――」

「違います……」

 

それは、マルスの言葉によってさえぎられてしまう。え? と、驚く僕に対し、もう一度マルスは、違う、とそう告げた。そして、僕がそのことについて考え始めるよりも先に、マルスは続けた。

 

 

 

「もらったんです。シエルという、私の大事な人に…………」

 

 

そして、マルスは僕の目を見てはっきりとそう告げた。

 

 

そんなマルスの言葉を聞いて、そんな彼女(・・)の姿を見て、怪我もないのになぜか少し胸が痛んだ……

その痛みが何か知るのは、まだずっと先のことだった…………

 

だから今はただ、突如発生した胸の痛みに戸惑うばかりであった。

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

フェリア闘技大会、第四回戦。仮面の剣士マルス対イーリス自警団軍師ビャクヤの戦いは誰もが予想もしない形で幕を下ろすことになった。

 

「……ビャクヤ。いったい何があったんだ? 急に降参するなんて……」

「……うん」

 

戻ってきたビャクヤにクロムはそう尋ねた。それもそのはずだ。流れとしては、彼の方が有利であったからだ。確かに、マルスは新たに剣を取り出しビャクヤを押していたが、それでも、魔法の使えるビャクヤの方が有利な状況ではあった。それなのに、ビャクヤは戦闘を止めてマルスに近づいた。そのまま、少し話した後に、急に降参したのだから誰もが驚いたことだろう。そして、誰もその意図がわからなかったはずだ。

 

「それと、なんでマルスまで降参したんだ? ビャクヤ、何か知っていないか?」

「……うん」

 

そして、ここにいる人たちを驚かせたのはビャクヤだけではない。相手であったマルスもだ。それ故に、クロムは近くにいたビャクヤにそのことも尋ねた。そう、ビャクヤの降参と同時にマルスも降参をしたのだ。そのため、この闘技大会において異例の結果である、引き分けが生まれた。しかし、引き分けにした場合、次の試合でクロムが勝った場合は特に問題はないが、西の代表が勝った場合に問題が起きてくる。その場合、トータルで両者ともに二勝二敗一引き分けという結果になり、優劣がつけられないことである。

 

そのため、闘技大会は一時中断。こんなことになると予想もしていなかった東の王フラヴィアと西の王バジーリオは互いに困った表情で話し合っている。この二人の話し合いにけりがつくまでは、再開されることはないだろう。それ故に、今一時的に両方に陣営は控室に戻ることとなった。

 

「あのなー、ビャクヤ。何か言ってくれないとわからないんだが……」

「……うん」

 

控室に向かう途中、クロムは何度もビャクヤに話しかけるも、ビャクヤは完全にうわの空で声をかけても反応がない。結局、何も聞き出せないまま控室へと着いたクロムたち一行だが、そこにはすでに、リズの姿があった。リズはクロムたちが部屋に入ったのを見ると自身の杖を持って彼らに近づく。

 

「おつかれさま!! みんな! 怪我とかない? 大丈夫? 痛いところがあったらわたしが治すよ!」

「安心しろ、リズ。今回こちらにけが人は出ていない」

「本当に?」

「ああ」

「ビャクヤさんはなんか大丈夫そうじゃないけど?」

「……」

 

近づいてきたリズにクロムはそう答えると、リズは今のこのメンバーの中で唯一様子のおかしいビャクヤについて聞いてきた。それに対しクロムは何も返せない――――と、いうより、原因がわからないため、何を言っていいのかがわからないのであった。そんな兄の様子を見て何か悟ったのか、リズはう~ん、と考え始める。

 

「ねえ、おにいちゃん。治癒の杖使ったら治るかなあ?」

「……だめだろうな。きっとそれでは治らん」

「そんなぁ~。ねえ、何かいい方法ないの?」

「……と、言われてもなぁ~」

 

二人でビャクヤのこの状態を何とかしようと試行錯誤しているところに、ヴィオールが何か思いついたらしくその方法を提案した。

 

「ビャクヤ君の頭を思いっきりぶってみてはどうかね? 余り貴族的な方法ではないが、少なくとも正気には戻るだろう。まあ、それ以外にも――――」

「思いっきりたたけばいいんだね!! 任せて! そういうのは得意だから!」

 

その提案を最後まで聞こうともせずに、リズは自分の杖を握ると、ビャクヤの後ろに立ち、おもむろに杖を振りかぶった。もちろん、ビャクヤは気付くそぶりさえ見せない。そして、リズは振りかぶった杖をそのままおもいっきり振りぬいた――――

 

「って、何してるんですか!」

 

――――が、何にも当たらなかったため、最初の勢いに振り回されてリズはその場に倒れこむ。そして、件のビャクヤはというと、先ほどから彼の隣に座り必死に話しかけているルフレによって助けられていた。ルフレは少し前にこの部屋に来ており、その際に様子が変だったビャクヤが心配で声をかけていたが、後ろに誰か来たので確認しようと振り向いた。そしたら、リズが杖を振り上げてビャクヤの頭をいつぞやの夜と同じように狙っているのを見て、急いでビャクヤを抱き寄せたのであった。この結果、杖の軌道上にあったビャクヤの頭はその軌道から消え、先ほどのような結果となった。

知らないうちに助けられていたビャクヤはというと――――

 

「ひゃう!」

「ん? ルフレ? どうしたの? というより、なんでこんなことしてるの?」

 

――――と、ようやく周りのことに目が言ったらしく、自分をだき抱えている彼女に今の自分の状況を尋ねていた。

それに対し、ルフレは先ほどの失態を隠すように努めて冷静に答えた。

 

「え~と、ビャクヤさんがずっと上の空だったので、みんなでどうしようか話し合っていたところなんです」

「そう。ところで――――」

 

ルフレの答えで自分の聞きたかったことを聞けなかったビャクヤは質問しようともう一度口を開くが、それは第三者の介入によってさえぎられてしまう。

 

「ルフレさん!! いつまでビャクヤさんを――――」

「失礼するよ。シ……ビャクヤさんはいる、か……な…………」

 

そう、突如ここに現れたマルスの声によりさえぎられた。ついでに、リズの声もさえぎられた。そのため、彼女は少しむくれている。

マルスは部屋の中の様子――すなわち、ビャクヤの状況を見ると静かに腰の剣に手を添える。その何とも言えないマルスの雰囲気に皆一歩下がった。おそらく、直感的に感じ取ったのだろう、今マルスの近くに居てはいけないと。そんな周りの様子などお構いなしに、そのまま一直線にビャクヤのもとへと向かうと、彼を見下ろして静かにこう告げた。

 

「……二人の王が呼んでいる。僕と一緒に来てくれないかい? 先ほどの試合の結果についていろいろと話があるらしいんだ」

「あ、あぁ。わかった。今から向かうよ」

「それと、いつまで……その人に抱かれているつもりですか? ぼさっとしてないで行きますよ」

 

マルスは事務的に必要事項をビャクヤに告げながら、ビャクヤから彼を抱いているルフレへと視線を移し、ビャクヤに対し再び口を開く。マルスからの視線を受けたルフレは彼を放すと、彼から少し距離を取った。それを見届けるとマルスは、ビャクヤの手を引いて足早にここから出ていった。

後に残された一行はそのひと幕をただ呆然と見ていた。

 

 

それから、少し下のち、帰ってきたビャクヤより大会の再開が告げられた。決勝である西の代表ロンクーと、東の代表クロムの戦いがそのすぐ後、正式に東の王フラヴィアより伝えられ、クロムたちは闘技場へと向かった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

闘技場にて、クロムと西の代表であるロンクーが静かに剣を構える。両者の間に言葉はなく、ただじっとその始まりを待っていた。西の王バジーリオは両者の準備が整ったのを見ると今までと同じように、開始の合図を告げる。

 

「さて、これが最後の試合だ。用意は――――いいようだな。では、始め!!」

 

合図とともにクロムは飛び出し相手に切りつける。それに対しロンクーはクロムの剣を自らの剣でいなしその威力を打ち消し、力を受け流す。クロムはそれにより体勢を崩しそうになるが、立ち位置を変えつつ体勢を立て直すと再び切りかかる。それを再びいなし、クロムのバランスを崩そうとする。それを、先ほどのように対処するともう一度切りかかる。しかし、今回の剣には速さはあれど、その一撃に先ほどのような重さはない。クロムは今回の攻撃もいなされると思い、あえて軽い一撃にすることで次の動作への移行を早くし、そのまま一撃を入れるか、戦いを終わらせようとした。

 

けれど、相手のロンクーもそんなに甘くはなかった。彼は今回クロムの剣を真正面から受け止めた。自らの策を読み対抗してきたロンクーに対しクロムは剣の形状による特性を生かし、そのまま力で押し切ろうと試みたが、クロムが力を入れた直後、ロンクーは絶妙なタイミングで刃を逸らし、彼の体勢を崩した。

 

そのまま、前のめりに倒れそうになるクロムに対し、ロンクーは一気に攻めに転じ、クロムに攻撃を仕掛けた。クロムは前のめりになったのを利用し、前方へと飛ぶことでロンクーの斬撃を躱し、距離を取った。その後、急いで振り向くと目の前にはロンクーがおり、すでに攻撃の態勢に入っていた。そのため、後方へと大きく飛びクロムは再び距離を取るとロンクーがその距離を詰めて攻撃をしてくる。

 

そうしているうちに、始めは攻勢に出ていたクロムはいつの間にか防戦一方になっていた。

このまま、ロンクーが押し切る……誰もがそう思っていたが――

 

「……!?」

「ぐ……!」

 

――その時、ロンクーの放った攻撃を受けてクロムが大きく後方に飛ばされた。否、正確にはクロムが自分から大きく飛んだのである。

大きく後ろに飛ばされたクロムは着地すると同時に体勢を立て直し、目の前のロンクーに剣先を向ける。大きく距離を取られたロンクーも剣先をクロムに向け、立ち止まり間合いを測る。

 

この状況は奇しくも、あの時の状況と同じであったが、誰も気づきはしない。そして、両者はどちらからともなく駆け出し――――

 

 

 

――――  キン  ―――― 

 

 

 

―――― 一際高い金属音が闘技場に響き渡り、彼らは互いに相手の後方へと駆け抜けた。

 

 

今ここに、フェリア闘技大会の最後の試合の幕は下りた。クロムの手にはファルシオンが握られており、ロンクーの手には半ばから折れてしまった彼の刀があった。そんな両者の間に折れた剣先は突き刺さっていた。彼らはどちらからともなくふりかえると、互いにその剣先へと目を向けた。それを見たロンクーは小さく、本当に小さく笑うと剣を腰の鞘に戻し両の手をあげる。

 

「勝者、東の代表クロム!!」

 

それを見たバジーリオが大きく勝者の名を宣言すると、それとともに会場は大きな拍手とともに称賛の声に包まれた。

 

 

 

そんな中、マルスは一人その場を静かに後にした……

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

大会が終わり控室にて休息を取っていると、ものすごく機嫌のよさげなフラヴィア様が訪ねてきた。

 

「おおー!? すごいじゃないか! あんたたち! まさか勝っちまうなんて! とにかくこれで、イーリスとフェリアの同盟は成立だ。約束通り兵を出そう!」

「本当か! 感謝する!」

「それはこっちのセリフさ。なにせ久々の勝利だ。今夜は祭りだよ!」

 

と、それだけ言うと回れ右をして、近衛を引き連れ部屋から出ていった。おそらく祭りの準備をしにいったのだと思う。

機嫌がとてもいいのはよくわかったんだけど、同盟成立みたいな重要な事柄をさらっと流さないで欲しい。まあ、僕らが何を言ったところで同盟はきちんと成立していることには変わりないんだから問題はないんだけど……こういうこと以外の重要なこともこんな感じに流されたらたまったもんじゃない。

はぁー、この人との付き合いは苦労しそうだな…………

 

「やれやれ、盛り上がってるな」

 

嵐のようにやってきて去って行ったフラヴィア様のすぐ後に西の王をやっているバジーリオ様が部屋に来た。傍らには、クロムと戦ったロンクーという剣士が控えていた。突然訪ねてきた西の王を見てクロムは何かを思い出すようにあごに手を当てて考えると、ゆっくりと口を開いた。

 

「あんたは……確か、バジーリオだったか?」

「ああ、西の王をやってるバジーリオだ。改めてよろしくな、王子さん。しかしお前さん、いい剣を使うな。うちの代表のロンクーもいい線いってたんだが……」

「ああ、そうだな。俺も危なかった。どちらが勝ってもおかしくない戦いだったな」

「そうなんだよなー。ま、こればっかりは仕方ない。今回はお前が勝った。終わってからこれ以上何かを言う気はないさ」

「バジーリオ様、一つ質問があるのですが、よろしいですか?」

 

クロムとの会話が一区切りついたところで僕は会話に口をはさんだ。

 

「ん? なんだ、イーリスの軍師ビャクヤ。後、かたっ苦しい敬語はなくていいぞ」

「……マルスについて、知りたい。何か知っていることはないですか?」

 

そう僕が訪ねると、バジーリオ様はやっぱりかー、とつぶやいて僕の方をすまなそうに見てくる。

 

「……じつは俺もよくわからん。もうどっかに行っちまったしな。ふらっと流れてきてうちのロンクーを軽く倒しちまってな。これは……! ってことで無理やり口説いた」

「……要するに身元がわからないと」

「そういうことになるな……って、おい。なんだ、そのダメな王だな、みたいな視線は。これでも人を見る目はある。その俺が大丈夫だと思ったんだから問題はない」

「……」

「ぐ……そ、そういえば、一つ変わったことを言っていた」

 

周りの視線に耐えられなかったのかバジーリオは、苦し紛れに話題を変える。

 

「変わったこと? マルスは何と言っていたんですか?」

「ああ、代表になってくれ、と頼んだら辞退したんだよ。マルスはよ」

「辞退? それは珍しいことなのか?」

「ああ、珍しいというか初めてだよ、こんなことがあったのは。普通、この国の闘技大会に参加したい奴は自分の腕を確かめるためと、その実力を国の王であるやフラヴィアに認めてもらうために来ている。それでもって、俺が認めた奴しかこの闘技大会には参加できないから、これに参加しただけである程度の名声が得られる。だから――」

「代表になろうものなら、それ以上の名声が得られるから今後の生活もしやすくなるし、軍に志願しやすくもなるから、いいこと尽くしだということか。それなのになんでマルスは辞退したんだ?」

 

そう聞くと、バジーリオはあさっての方向を見た……

要するにあれか、知らないと。

そんな僕らの気持ちが伝わったのか、彼は改めてこちらに向き直るとばつが悪そうに答えた。実際のところそうする必要はないにもかかわらず…………いい人だな、バジーリオ様は

 

「マルスは戦いたい奴がいるから、二番手にしてくれと頼んできたんだよ」

「二番手? ということは、僕と戦いたかったのかな?」

「順番だけ見ればそうなる。けどな、肝心のマルスがもうどっかにいっちまったから聞くに聞けないんだよ。本当にお前さんと戦いたかったのかがな」

「……」

 

そこまで話すとバジーリオは口をつぐんだ。どうやらこれ以上は知らないようだ。しかし、彼が最後に伝えた情報は、マルスの正体を知るのに重要なものになりうる情報だった。確定をするのは不可能だが、少なくとも僕との関係があることが分かった。まあ、結局これがあったからと言ってマルスの正体がわかるわけじゃないんだけどね。

結局僕の記憶につながる情報をつかめなかった僕がやれやれ、とため息をつくと、少し場の雰囲気が重くなってしまった。

そんな、重くなった空気を払拭するようにフレデリクが口を開いた。

 

「なにはともあれ、これで我が国を助けていただく同盟は成立しました。すぐに国へ戻って、エメリナ様へご報告を差し上げましょう」

「ああ。そうだな。姉さんもその報告を待っているはずだからな」

「ちょっとまった。帰るんなら、ついでにこいつを連れて行ってくれねえか」

 

そういうと今まで背後に控えさせていたロンクーを呼ぶ。

 

「…………」

「ロンクーってんだ。愛想のねえ奴だが、腕は一級だぜ。剣の才能は、俺の見立てじゃ

あのマルスと互角だ。もっとも……マルスとやらせた時は、なんでかすぐのされちまったがな」

「……そうか。まあ、これからよろしく頼む。俺はクロム。それで、こいつがビャクヤ、この軍の軍師だ」

「ああ、よろしく頼む」

 

紹介されたロンクーは一言だけ挨拶すると、そのまま口を閉ざす。バジーリオの紹介通り、愛想は……寡黙な人物であるみたいだ。

そんなロンクーの様子を見て、彼は何かを思いついたようで、くっくっと笑いながら話し始める。

 

「実を言うとな、ビャクヤ。こいつは女が苦手でな。女に近づくことが出来んのだよ」

「戦力になるのか? それは……」

「まぁ、こう見えて、将来は俺の後継者として考えている男だ。それに、戦いのときは必死に抑えているようだ。まあ、その反動か、お終わったらぶっ倒れてるがな……とはいえ、軍のないイーリスにとっちゃあ戦力はひとりでも多い方がいいだろ。使える駒は多い方がいい。ちがうか?」

「そうだね」

「ま、こき使ってくれや」

 

 

 

こうして、新たにロンクーという不愛想な剣士が仲間になった。

なお、彼の女嫌いはこの後に開かれた祭りという名の宴会にてその全容を垣間見ることになる。主にリズの仕掛けたいたずらによって……

そして、すまないロンクー。そこまで苦手だとは思わなかった。今後はこういういたずらは控えよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

「……わかっています。わかってはいたんです。こうなることは……」

 

フェリアの闘技場から少し離れた平原にてふと立ち止まると、マルスは闘技場の方角を見る。

 

「でも、それでも……見たくなかった。わかっていたからこそっ……」

 

マルスは今は首飾りとなっているビャクヤ・カティに触れる。思い出を懐かしむように。二度と会えぬ人(・・・・・・・)との日々を忘れないように……

 

「そう、これはシエルさん――あなたからもらったんです。私をずっと――――っていう約束の証として、あなたが私にくれたんですよ」

 

そう、哀しげにつぶやく。剣の首飾りをそっと握りながら、ただ、そう小さくつぶやいた。

 

「――――、シエルさん。許されないことかもしれない。けれど、いつか――――」

 

その言葉は、誰にも届くことなく、ただ風に流れて空へと消えていった。

 

このつぶやきを聞いていたのは、マルスの胸元にある白い首飾りだけ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

 

 

「いらない……」

 

少年はつぶやいた。

 

「いらない……」

 

少年は己の手の中を見て、そうつぶやいた……

 

「いらない……、もう、こんなものは必要ない」

 

少年は己のなしたことを見て、そうつぶやいた。目の前で息絶えた/殺した亡骸を見て……

 

「いらない……、そうだ、いらなかったんだ」

 

そう、少年はつぶやく。月さえ見えぬ、曇天の闇夜の天を見上げ……

 

「僕は、変わる……変わらないといけないんだ……」

 

少年は立ち上がるとその手に持つ少女の亡骸を見て決意を持って/悲しげにつぶやいた。

 

「僕は……、僕は、変わる。変わって見せる。変えてみせる。この世界のすべてを。君の望んだ世界にするために。君の理想の世界を創るために。だから、もう、これはいらない」

 

そういうと少年は身に着けていた腕輪を外して、目の前の亡骸に投げる。

 

「仲間なんてものは必要ない。俺は、一人で行く。もう、誰も――――ない」

 

そう、少年はここに誓い、彼女の愛用していた杖を手に取る。そうすると、そのまま歩きだし、近くのオアシスを目指す。

 

「忘れるな。この痛みを、この過去を……。この、約束を……」

 

彼は手に持っていた剣を振りかざす。それに合わせて、彼の目の前の大地は大きく抉られた。そこに、少女を横たえると、静かに土をかけていく。最後に、少女の顔が埋もれるというところで少年は一度手を止めると、少女に語りかける。もう、決して話すことのない少女に……

 

「これで、いいよな……これでいいんだよな――――ルリ……」

 

その少年の声に応えるはずの少女はただ黙するのみ。ただ、声なき声を震わせ、嘆くのみであった。

 

「叶えてみせる。君の願いを。必ず。それが、君とした最後の約束だから……」

 

そして、少年は王になる。すべてを捨てて、壊れたままで……

 

 

 

 

これは、一人の少年と、一人の少女によってつむがれた一つの約束の物語。

 

物語は終焉(バッドエンド)を迎えてもなお、紡がれ続ける。

交わされた一つの約束のために……

今はもう、叶えられることのない壊れた約束のために……

 

 

 

「さぁてと、はじめるかぁ! このくそったれな世界を壊すためによぉ!!」

 

少年は……破滅へと歩みだした




さて、まえがきの続きです。

章タイトルにある通り、これは陽光の聖女(作者が勝手につけました。FE特有の称号みたいなもんです)ルートです。

さて、ルートとあるように他のヒロインのルートもあります。ただし、このルートを含めて4人分ですが……完結までさらに長くなってしまったけど、きっと後悔はしていない、はずだ

それぞれのルートのヒロインのヒントは、プロローグを見てください。今回書き直していますので、ヒントがあると思います。なお、読まなくても問題ないです。物語にはさほど関係ないので。

それと、今回ちょこっと出てきた少女ルリですが、作者の考えたオリキャラであり、故人です。しかし、この物語にしっかりとかかわってくる予定。

さて、それではこの辺で。また次回会いましょう。
ティアモをクロムとくっつけてみたいと、少し妄想している作者でした……
うん、反感をかいそう

〈追記〉
11/26 後半部分を少しだけ書き直しました。


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第十四話 聖王と暗愚王~仕掛けられた罠~

お久しぶりです。

いろいろと、あってなかなか書く時間が持てなかった言語嫌いです。
レポートが怖いです。テストが怖いです……




フェリアとの同盟が成立し、その報告をエメリナにおこなっていたクロムたちのところへ一つの凶報が届いた……

そう、それは――――

 

 

「失礼します! 西のテミス領にペレジア軍と思われる一団が侵入、テミス伯のご令嬢マリアベル様がペレジアに誘拐されました!」

 

 

 

 

――――新たな戦いの幕開け、終焉へとつながる序章の始まりの合図であった……

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

自警団の仲間であるマリアベルが誘拐されたという知らせを受けた後、僕はすぐに自警団のみんなを集め出発の準備を整えた。その間、クロムはエメリナ様と今後の方針を決めるために会議をしていたはずなのだが、自警団の拠点に帰ってきたクロムは何か悩んでいるようだった。

そして――――

 

「クロム……」

「出発の準備はいいな? なら行くぞ。行先はペレジアとの国境がある西の山道だ」

「ああ、わかった」

 

クロムの指示に従い自警団のみんなを城門の外へと向かわせ、僕はクロムと共にその場に残る。その際に、ヴィオールにフラムさんに声をかけてもらうように指示もしておく。

 

「それで、クロム。何かあったのか? 何やら不満のありげな顔をしているけど……」

「……」

「それともう一つ、フレデリクはどうした? 何も言わずともお前やリズのそばにいるあいつがいないようだが、今回の件に関係あるのか?」

「歩きながら話す。時間も押しているからな」

 

クロムはそう言うと、クロムは城門へと歩き出し、僕がついてきているのを確かめると、静かに話し始めた。

 

「ペレジアが起こした今回の事件、解決するために姉さんが直接ギャンレル、今のペレジアの王と話をすることになった」

「それなら、何も問題ないように聞こえるけど?」

 

そう僕が返すと、クロムは首を振り、問題があるんだよ、と答えた。僕が疑問に思っていると、クロムはそのまま言葉を続ける。

 

「話し合いですむ相手じゃないんだ。記憶がないから知らないと思うが、ペレジアはここ数年、何度もイーリスに喧嘩を売るようなことをしてきている。戦争のきっかけを欲しがるかのように。それに今回の件もマリアベルがペレジアに不法侵入してきたから、賠償金を払えと要求してきてさえいる。向こうが勝手に侵入して、誘拐していったのにもかかわらずだ」

「……」

 

クロムはそこで言葉をいったん区切ると、足を止めこちらに向き直った。

 

「ビャクヤ、そんな相手に話し合いが通じると思うか?」

「……通じないだろうね。エメリナ様の主義は立派だけど、これは相手が悪い。むしろ、エメリナ様の性格を逆手にとって、暗殺する計画を立てていてもおかしくない」

 

ここまで説明を聞いて、ようやくクロムの苦悩がわかった。それと共に、そんな相手に対しても話し合いをしようというエメリナ様の姿勢に驚く。エメリナ様とて、一国の王である相手の人柄を知らないわけではないだろうに……

 

「ああ、俺もそう思う。だからビャクヤ、お前の力が必要だ。俺は姉さんを守りたい。手伝ってくれるか?」

「もちろん。僕は君の軍師だからね」

「そうだったな。さて、行くとするか」

 

そうクロムが言い、城門へと再び歩き始めようとしたとき、後ろからあわただしい足音とともに、少年が一人駆け寄ってきた。服装から魔導師であることがわかる。

少年は僕たちに追いつくと開口一番にこう言った。

 

「クロムさん! 僕も連れてって!」

「……」

「……クロム。この少年は?」

 

少年の登場に困った表情をしているクロムに尋ねると、クロムは僕に後で話す、と言った後にその少年と目を合わせて話し始める。

 

「リヒト、残念だが今回はだめだ。お前を連れて行くわけにはいかない」

「ねぇ、お願い! きっと僕の魔法も役に立つよ!」

 

なおも食い下がる少年にクロムは困った顔をするも、ため息とともに立ち上がる。そして、少年の頭に手を置き、しっかりと言い聞かせる。

 

「危険な任務なんだ。わかってくれ。お前にはアジトの留守を任せる。頼んだぞ。さてと、ビャクヤ、行こう」

「わかった」

 

少年を説得したクロムは、少年の頭から手をどけると、少年の反応を見ずに僕に声をかけると、城門へと歩き出す。

 

 

その少年は僕らが立ち去った後もなお、その場で何かを言っていたが、独り言だったのだろう。僕らにはその内容が聞こえなかった。あの少年からある程度離れたところで、ようやく、クロムはあの少年について話し始めた。

 

クロムが言うには、才能はあるらしいが、年齢が年齢だから、まだ勉強中の身らしい。実力でいえば並みの魔導師にも勝るらしいのだが、師であるミリエルからは許しが出ておらず、もう少し修行しましょう、ということらしい。そのため、今回はお留守番。状況的に彼がいなければならないほど切羽詰まっているわけでもない、ということも理由に挙げられるが……

 

「さて、あの少年についてはこれでいいんだけど、結局フレデリクはどうしたの?」

「ん? ああ、言うのを忘れていたな。あいつなら今、姉さんの護衛についている。珍しく姉さんの命令に逆らってな」

「へぇー。あの堅物のフレデリクが、ね。主君の命令に逆らいそうにない印象ないんだけどな」

「そう、だな……。お前の言う通り、フレデリクが姉さんの命令に逆らったことは、今まで一度たりともなかった。今回も本当なら俺やリズの護衛に着くはずだったんだが、かたくななまでに自分の意思を変えようとせずに、姉さんの護衛をする、の一点張りでな。結局、姉さんが折れて、フレデリクが今回姉さんの護衛になった」

「そうか。なら、クロムたちの護衛は僕とルフレで行うとしようか。ルフレがクロム、僕がリズの護衛をするのはどうかな?」

「……ん? いや、俺の方の護衛は必要ない。リズについてやってくれ。それに、ルフレもお前が傍で守ったほうがいいんじゃないか?」

 

クロムの返事を聞いて僕はため息をついた。呆れて何も言う気にならなかった。なんというか、クロムには自覚が足りない。自分が王族だという自覚が。なるほど、フレデリクが常に傍に控えているのにはこういった事情があったからか。こんな状態なら常に控えていないと何をやらかすか分かったもんじゃない。僕に対するフレデリクの必要以上の警戒はこのクロムの自覚の無さが原因だったんだろうな……

 

とにかく、ここは今はいないフレデリクに変わり僕がきちんと言っておかないといけないな。

 

「……クロム」

「な、なんだ、ビャクヤ。どうかしたのか?」

「君は、王族としての自覚はあるかい? 自分がいずれ王位につく可能性がある人間だと自覚しているかい?」

 

その様に追及すると、クロムは、う……、と短くうめいたのちに僕から視線を逸らす。どうやら自覚がなかったようだ。そして、なんで僕が護衛を付けようとしたかもようやく理解できたようだ。

 

「わかってくれたと思うけど、一応説明しておこうかな。クロム、君は王族。エメリナ様が退位されたのちに即位することになる人物だ。さてと、そんな人をギャンレルが狙わないとでも思うのかい? もちろん、リズもだけど」

「……」

「はぁー。クロム、今回はルフレを君の護衛に着ける。彼女の風魔法の威力と錬度については今までの戦いでわかっているから問題はないよね。まあ、一応もう一組ソワレとソールにもついてもらうから安心して戦ってくれ」

「……わかった。そうする。それで、リズはどうするんだ?」

「先ほど言った通り僕が守るよ。こちらは、ヴェイク、ミリエルで固める。後は、エメリナ様の護衛にロンクーとフレデリクを付けて、ヴィオールとスミアには遊撃をしてもらう」

「そうか、なら、頼んだぞ」

「ああ、任せてくれ」

 

あえて、エメリナ様の説得が失敗したときのことについて、僕たちは触れなかった。クロムは自分の姉を信じたいから、その理想を自分も信じるために。そして僕も同じようにエメリナ様を信じたいから、そして何より、クロムの負担を減らしたかったから。だから僕は何も言わず、ただ、彼について行く。

 

前の方に視線を戻すと城門はもう目の前に迫っていて、その向こうでは自警団の一行がすでに準備を終えて待っていた。

 

さあ、行こう。仲間を取り戻すために、大切なものを失わぬために……

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

僕らが国境のある西の峠に着いたとき、そこにはすでにギャンレルの姿があった。ギャンレルはエメリナ様がいるのを確認すると、胡散臭い礼をしながら、こちらに声をかけてくる。

 

「おおう、これはこれは。ご丁寧に、聖王様自らおいでとは」

「ペレジア王ギャンレル殿……。この度の件、ご説明いただけますか」

 

その礼に対しエメリナ様は軽く会釈をすると、本題を切り出した。そうすると、今度はギャンレルの後ろに控えていた妖艶な女性が前に出てくる。

 

「それについては、私から説明いたしますわ」

「あなたは?」

「インバースと申します。以後、お見知りおきを」

「……マリアベルは無事なのでしょうか?」

「んん~? こいつのことかい?」

 

そう言うとギャンレルは捕えていたマリアベルを部下に連れてこさせる。幸いなことにマリアベルには目立った外傷はなく、様子を見る限り元気そうではある。何かひどいことをされた様子はない。

 

「無礼者! 離しやがれですわ!」

「この者は、無断で国境を越えて我が国ペレジアに侵入し、その上それを止めようとした我が国の兵士に傷を負わせたため――」

「わたくし、そのようなことはしておりませんわ!いい歳こいてウソを言うのはやめやがれですわ! この年増!」

 

マリアベルの発言により、ピシリと空気が凍った。何やら、インバースの傍でマリアベルを拘束しているペレジア兵の顔が青い気がする……

マリアベル…………元気すぎるようで何よりだよ。でも、頼むから、敵をあまりあおらないでくれよ。気が変わっていつ君が殺されてもおかしくないんだからね……

 

「…………ふふ……とまぁ、このように騒ぎたてたので仕方なく捕まえた次第ですのよ」

 

一方、罵倒された女性は額に青筋を浮かべつつも、何とか感情を抑え、自らの役目をこなしている。その女性の説明を引き継ぐ形で今度はギャンレルがこちらを煽ってくる。

 

「うちの国に忍び込み、兵を傷つけた……こいつぁ許せねえ大罪だよなあ? しかも、だ。この女があんたらの国の密偵なら……さらにとんでもねえ問題になるぜ。そうなりゃエメリナさんよ、あんたにも誠意ある対応をしてもらわなきゃなあ?」

「嘘ですわ。わたくしは何もしておりません! この者たちはイーリスに侵入し、我が領内の村を焼き払ったのです。そして止めようとしたわたくしを捕え、ペレジアへ連れ去ったのですわ! 襲われた村の…あの惨いありさまを見ていただければわかります!」

「村? さぁて、知らねえなあ? どっかの山賊の仕業じゃねえのか。大勢殺されちまったんだって? おーおー、かわいそうになあ」

「エメリナ様……!」

 

ギャンレルはマリアベルの反論に対しこちらは全く関与していないと主張する。さらに言うに事欠いて、自分の国に彼女が侵入し兵を気付付けたと主張する。クロムの言っていたように、イーリスに喧嘩を売っていることはこの態度からも明白にわかる。だが、なぜこうもギャンレルはこの国を目の敵にするのか……

 

「マリアベル……大丈夫です。私は貴方を信じています。――ギャンレル殿。マリアベルを解放してあげてください。意見の相違があるのなら、話し合いで真実を明らかにしましょう」

「話し合いがしたいってんなら、まず詫びを入れて出すもん出せや。ごちゃごちゃ抜かすんなら、この女、今すぐ処刑したっていいんだぜ?」

「なんだと……! 悪いのはお前たちの方だろうが!」

「ガキは引っ込んでな」

「なに……!」

 

ギャンレルのあまりにも横暴な要求にクロムが怒り、口をはさむも、ギャンレルはそれに取り合わず、そのままエメリナ様に自らの要求をぶつける。

 

「エメリナさんよぉ。こいつを助けて欲しけりゃ、あれだ。《炎の台座》を持ってきな。あれとなら交換してやってもいい」

「炎の台座……。我がイーリスの至宝を……?」

「ああ。伝承じゃそいつの力を使えばどんな願いも叶うんだって? そいつはすげえや。ぜひ試してみてえもんだよなぁ」

「炎の台座の力は、世界が滅びを迎える時……。人々を救うという願いのために使われるべきものです。ギャンレル殿。あなたは炎の台座で何を為そうというのですか?」

「は……! そんなもん決まってんだろ! 俺の願いをかなえるため、憎きイーリスに復讐するためだろ!」

「……!」

「前の聖王……あんたの親父が昔、俺たちにしたことを忘れてねえよなぁ? 邪教の国ペレジアを倒す聖戦だと称して、ペレジアに攻め込み、大量に我が国の民を虐殺していったのを、忘れたわけじゃあないよな……」

 

ギャンレルは先ほどまでのふざけた雰囲気を消して、こちらに淡々と言葉を紡いでくる。言葉の節々に怒りという名の感情をにじませながら……

それにしても、ギャンレルの望みが炎の台座と呼ばれる願いをかなえると言われているイーリスの宝を手にし、それを使いイーリスに復讐をすることだとはね……

それに、過去にイーリスがそのような戦をしていたとは……今の国の状況を見る限り信じられないけど、エメリナ様の反応を見る限り嘘ではなさそうだ。

 

 

「……イーリスの過去の過ちは認めます。その過ちを繰り返さぬため、イーリスは

平和の国になることを誓ったのです」

「んな御託はいいんだよ! とっとと炎の台座をよこせっつってんだ!」

「エメリナ様! わたくしのことなら構いません! 聖王たるあなたが、こんな下衆の

言いなりにならないでくださいませ!」

「……マリアベル……」

「ちっ! あー、めんどくせえなあ! ならエメリナさんよ! てめーをぶっ殺して

ゆっくりもらい受けてやるよ! やれ!」

「……! リヒト! ロンクー!!」

 

ギャンレルの命令を受けたペレジア兵は、エメリナ様に向かって駆け出しその武器を振るう。それに合わせて、傍に控えていたクロムとルフレがエメリナ様へと向かってきたペレジア兵を迎撃しそれを打ち倒す。また、僕も迂回してマリアベルの近くに近寄っている二人に指示をだす。敵は彼らの移動に気付いていなかったらしく、リヒトの繰る風魔法による奇襲は成功し、ロンクーがその場を鎮圧する間にマリアベルを救出できた。これで、戦いの最中に人質をとられる心配も無くなった――が、

 

「姉さんに手出しはさせん!」

「おーおー、やってくれたなぁ。こいつぁ、戦争の意思ありとみなすぜ。出てきな!!」

 

そのギャンレルの一言を待っていたかのように近くの砦から彼が隠していたペレジアの兵士が出てくる。

 

「ビャクヤ!!」

「わかってる! みんな! 言っておいた通りだ。各々の役目を忘れないで!」

「ははは! 準備はいいみてえだなぁ。さぁて、イーリスの屑ども……お待ちかねの、戦争の時間だ! 血が枯れ果てるまで終わることのない、ドロドロの戦いを始ようぜぇ!」

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

ようやくだ……/あきらめない……

 

 

ようやく、叶えられる――――/絶対に、あきらめない――――

 

 

君と僕の願いを/あなたと私の願いを

 

 

やっと、ここまで来た。ここまで来ることが出来た。

あと少し……あと、もう少しで届く――――

 

 

君との約束に……/あなたとの約束に……

 

 

 

もう少しで……

 

 

だから、望んでもいいですか? 願ってもいいですか? 

 

 

――――その先にある、君/あなたとの明日を――――

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

ここに二つの物語は交差した。

終わり(バッドエンド)を迎えたが故に始まったこの物語――――行き着く先にあるのは深淵の淵、底見えぬ暗闇の世界……

 

 

 

王よ……

 

すでに壊れてしまった約束を胸に抱き、壊れたことに気付かぬまま進む王よ…………

 

汝の願いは、今、叶う――――

 

 

 

故に――――

 

 

 

「踊るがいい、暗愚王(ピエロ)よ、我が手の上で。舞台は整った。さあ、戦争(サーカス)を始めよう」

 

 

 

――さあ、始めよう

 

さあ、終わらせよう……

 

 

 

――――壊れた約束の物語を――――

 

 

 




さて、今回でようやくペレジアとの戦争がはじまりました。
そして、ここからは、ギャンレルとエメリナ中心の話になる予定。主に過去話になります……少しずつ、彼らの過去を明かしていきます。
お楽しみに

それでは次回でまた会いましょう。書く時間がほしいと嘆いている作者でした。


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Extra story  In search a place. Place to d--

さて、今年最後の更新です。

第六章まで行くとか言っていましたが、無理でした。
今回はタイトルではわからないと思われるので、一応補足を。
これは、外伝1 弱きもの、それは にあたるお話です。
ただし、90%くらいオリジナル
ドニは……  とりあえずどうぞ。
実は本編にあまり関係ないので読まなくてもいい話だったりする……


 

 

――――某国某所にて

 

 

 

「そうか、もう始まるのか」

 

男は食料を持ってきてくれた村の住人に代金を渡した後にそうつぶやいた。

村人から受け取った食料を室内へと運び込もうとしていた女性はその小さなつぶやきに反応する。

 

「ん? 何が始まるの?」

 

男はその女性に聞かれたと知り、少し顔をしかめる。彼としては彼女に聞かれたくなかった内容のようだ。男はどうごまかしたものかと考えるが、こういった時の彼女にうそを言って見抜かれなかったことがないことを思い出すと、あきらめて話し始める。

 

「戦争だ。つい先日、イーリス聖王国のデミス領のご令嬢が隣国のペレジアに誘拐されたらしい。誘拐した側のペレジアの王についてのうわさはあまりいいものを聞かない。おそらく、高い確率で戦になる」

「戦争に……」

「ああ」

 

男性は女性のつぶやきに短く答えると、彼女の持っていた荷物をその手から受け取り、家の中へと戻る。女性は自分の運ぶはずだった荷物を彼が持って入ったことに気付くと、慌てて彼の後を追いかけて中に入る。

女性は彼に追いつくと、彼の持つ荷物を彼の腕の中から奪い取り、彼に抗議しはじめる。

 

「ちょっと! たまには私にも手伝い位させてよ!」

「そうは言うが、お前は女で俺は男だ。こういった力仕事を私がすることに何らおかしいところはないはずだ。むしろ、普通は女性にさせる方がおかしい」

 

その様に男が世間一般的に見ても当たり前と思われる常識を説くと、彼女はさらに彼に詰め寄って抗議する。何やら彼の一般論にとても不満があるようだ。

 

「またそう言う! そううまいこと言って私に何もさせないつもりでしょ! ご飯作ってあげるって言ったら怪我をすると危ないから駄目だっていうし……」

「いや、実際に危なっかしすぎて見ていられん……それに一回怪我をしている以上、余り……」

「それに、洗濯を手伝うって言ったら、一人で歩くのは危ないっていうし……」

「徒歩5分の距離で迷子になって帰れなくなっていたのはどこの誰だったか……」

「ならと思って、家の中の掃除をしようとしたら、これも怪我をするから駄目って言ってさせてくれないし……」

「俺が帰った時に君が本の中に埋もれていなければ、俺も何も言わなかった……」

「…………」

「わかってくれたか。俺がお前にダメというのには理由がある。俺が言ったことが改善されるまでは少なくともお前には任せ……」

「……バカ!」

「む……」

 

自分が挙げた例すべてにダメ出しされた理由を添えてくる男に反論が出来なくなる。しかし、それで今の気持ちがおさまるわけでもないため、女性は彼の足を思い切り踏むと、そのまま食料を持って奥の方へと去っていく。彼の忠告を無視して……

 

「……え? って、きゃーー」

 

先程女性が去って行った方から、悲鳴と共に何かが崩れ落ちる音と、ちょうど人が一人倒れた音がする。

男性はこうなることを予想していたのか、半ばあきらめたようにため息をついて、彼女のもとへと向かった。彼女を見つけると、そこには予想通りの光景が広がっていた。女性は男の姿を見つけると、ばつの悪そうに眼を逸らす。

 

「……今後も、俺が荷物を運ぶ。絶対に一人では運ばないことだ。いいな」

「……はい」

 

荷物の下に下敷きになっている女性を救出した後、二人で荷物を片付けるとそのまま男の方が荷物を持って倉庫へと向かう。男は倉庫に着くと荷物を倉庫の前で下ろし、倉庫の中からカバンを数個と、見覚えのない木箱を持ってきた。

 

「ねぇ、それなに?」

「見れば分かる。とりあえず、これをこのかばんのうちの二つに分けて入れてくれないか?俺は違う準備をしてくる」

「? いいけど……」

「なら、頼む」

 

男は彼女にそう言うと、そのまま裏口を使い家の外へと出る。残された女性は彼に言われたとおりに、木箱を開けて中のものをカバンへと移す作業をとても慎重に行う。さすがに、任されたことまで失敗して、迷惑をかけたくないらしい。

 

そうして、彼女が箱の中のものをすべて移し終わったころに、男が再び家の中に戻ってきた。その手には何かを入れた包を持っており、女性は今この中にあったものと、男に手の中にあるそれを見て思ったことを男に尋ねた。

 

「どこかに行くの?」

 

訪ねられた男は小さくうなずくと、彼女に包の中に入っていた衣服――外套を一枚渡す。女性はそれを広げて何かを確認した後、そのまま着こむ。男性はそれを確認すると、彼女の荷造りしたカバンのうちの一つを背負うと、彼女にもう一つを背負ってもらう。

 

「戦争になると、この一帯も危ない。ここはイーリスと、ペレジアの境目に位置する森だからな。だから、始まってしまう前にここを発つ。準備はすでに出来ている。馬も用意しているが……乗れるか?」

「わからない……」

 

男はそれに短く、そうか、と答えるとそのまま彼女を促して外へと向かう。外にはすでに先ほど村人からもらった食料と、もう一つ小さなカバンを背負った馬が待機していた。

 

「そうだろうと思っていたから、馬は一頭しか用意していない。馬に荷物を預けて、歩いて移動しよう。」

「うん、わかった。それで、どこに行くの?」

 

「イーリスの南東の端に小さな村があるらしい。国境からも王都からも離れているから戦争に巻き込まれることもないだろう。しばらくはそこで暮らそうと思う。だから、この家ともお別れだ。何か持っていくものがあるなら、今のうちに持ってきてくれ」

「うん」

 

女性はそう答えると、家の中に入っていった。そして数分後、小さな箱と白い槍を持って出てくる。また、先ほどと違い、外套の上から槍と同じように白い鎧を着ていた。男はそれを見てため息をつく。

 

「その手に持っている箱に関してはいい。それは、お前が大切に扱っていたものだから持っていくのもわかる。だが、なぜ、俺が隠していた槍と鎧を持ち出した? その上、なぜ、装備している?」

「…………」

 

黙して答えない女性に対し男はさらに言葉を紡ぐ。

 

「前に行ったはずだ。お前は戦うことに……」

「……戦える」

「何?」

 

答えないと思っていた女性から返事があったため、男は驚いて言葉を途切れさせる。

 

「私だって戦える! 戦って、あなたを守ることが出来る!」

「…………」

 

女性の強い意思表示に今度は男の方が黙した。それに対し女性は一度深呼吸をして男に対し静かに最後の言葉を紡ぐ。これで彼を説得できなければ、彼女には打つ手がなかった。

 

「それはあなたが一番知っているはず」

「…………」

 

男はしばし黙考していたが、結局、女性の言葉に答えず身をひるがえして馬の手綱を握る。そして、動く気配のない女性に対し振り向かずに短く

 

――――行くぞ

 

と答えた。

 

それに対し女性はうれしそうに頷くと、彼の隣に並んで歩き始めた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

――――なあ、お前は知っているか? ある村に現れた白の主従のうわさを……

 

うわさ? なんだ、それは?

 

――――おや、知らないのか? この一帯じゃあもうだいぶ有名な話なんだがな

 

いや、聞いたことがない

 

――お、その噂なら俺も知っているぜ。と、言うか知らないつうことは、あんた旅人かい? 

 

ああ、そうだ。ここには少し用事があって訪れたんだ。それで、その噂とは?

 

――――気になるかい? まあ、そうだろうな。さて、どこから話したものか……

 

ん? そんなに話すことがあるのか? 

 

――――いや、そんなにあるわけじゃないんだがな……なんというか

 

――今じゃ、いろいろとその噂にも尾ひれついていてな

 

なるほど、白の主従の噂もたくさんあると……だが、噂だろう? そんなに困ることはないと思うんだが

 

――――長いんだよ……

 

――ああ、長いんだ、どれも、な

 

……長い?

 

――――始まりが誰かは知らないが、完全に一つの物語になっていてな。この食事の席だけで全部語るのは無理がある。

 

――噂なのに、どれも完結しているんだよ。物語としてな……俺も吟遊詩人から聞いたぐらいだ……

 

――――俺もだ。まあ、他のうわさに関しては大筋を知っていれば後はそのどこかが変わっているだけなんだが……知らんことには話にならん

 

なるほど、だから、長いのか。だが、私も宿の時間があるからできれば手短に済ましてくれるとありがたいんだが。概要でいいから教えてくれないか?

 

――――まとめたら、意味がないんだよ

 

――ああ、意味がない

 

……どうしろと

 

――――う~ん。だから困ってるんだろ。知っている奴と話がしたかっただけなんだが、知らないっていうのも、もったいないしな……

 

――あ! いいのがあるじゃないか

 

――――うん?

 

――歌だよ、歌。誰かが詩にした奴があるだろ? それならそんなに時間かからねえ

 

――――ああ、あれか。そうだな。あれくらいなら、困らないか。よし、俺が一肌ぬいでやっか

 

そうか。頼む

 

――――ノリ、悪いのな……お前

 

すまない

 

――――まあ、いっか。なら始めるぞ……

 

 

 

~これはある村に現れた白い主従の物語~

 

ここは、ある大陸の最果ての地……

 

村がある

穏やかで優しい村が……

 

人がいる

暖かで優しい人たちが……

 

城がある

かつて優しき主のいた城が……

 

そして――

 

賊が来た

力持たぬ民を脅かす賊が……

 

奪っていった

賊はあらゆるものを……その城に集めた

かつて、優しき主のいた城は今はすでに賊のもの

村の象徴は黒く染まる

 

 

少年がいた

ごく平凡な優しき少年が

 

嘆いた

何もできなかった自分の無力に

 

少年がいる

嘆き悲しんだ少年が

 

駆けた

全てを捨て、助けを求めるために

 

そして――

 

賊が来た

逃げた少年を捕まえるため

 

光があふれた

暖かく優しい光が……少年を守った

今、絶望を抱いていた少年は目にする

白く輝く光の主従を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【外伝 想いの始まり ~白銀の騎士の誓い~】

 

 

 

 

 

 

 

――――――あの日、あの時、私は死にかけた。

 

 

 

 

 

ある町に向かう途中、最近になっていきなり現れたという屍兵に私たちは襲われた。

幸い、敵の数は少なく、また動きも鈍かったため脅威と呼べるほどのものではなかった。

簡単に倒せるはずのものだった……、誰も怪我をすることなく終わるはずだった。

そんな戦いと呼べないような戦いだった。

けど……

 

 

 

 

けれど、私は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は動けなかった。

 

 

 

目の前に屍兵が迫ってきているのに、まったく動くことが出来なかった。屍兵の動きが見えるのに、どう動いたらいいかもわかっているのに。なのに、私は屍兵の攻撃にただ怯えて身を小さくすることしかできなかった。かつて、二つ名を関していたころの騎士としての私は完全に死んでいた。もし、屍兵の振り下ろした剣が私の持つ槍にあたってはじかれなかったら、私はあの場所で死んでいたかもしれない。

 

でも、私は助けられた。他でもない、彼によって。

 

振り下ろされた一撃によって無防備になった私へと最後の一撃を放ってきた屍兵は、彼の持つ光魔法によって消滅した。

 

だけど、彼は怪我をした。私のせいで……私を助けたせいで、彼はひどい怪我を負った。

 

私の声を聞いた彼は、自分へと放たれる一撃を無視して目の前の屍兵ではなく、私へと迫る屍兵へと準備していた光魔法を放った。でも、そのせいで彼は自分へと迫る屍兵の攻撃を避けきれずに怪我をした。

 

出発の前、彼に守ると言ったのに……

今度こそ、この恩を返そう、そう思っていたのに……

なのに……

 

なのに、現実は彼が私をかばって怪我をした。守ると言いながら、結局今回も守られていたのは私だった。

 

そんな私を彼は責めなかった。彼は屍兵の攻撃に身をすくめることしかできなかった私に――怪我はないか――と、自分が怪我しているのにもかかわらず、私の身の心配をしてきた。傷口から血がとめどなく流れてるのにもかかわらず、私のことをまず確認した。私は彼に怪我のないことを伝えると、すぐに自分の怪我を治すように言った。それでようやく彼は自分の怪我に意識を向けた。その時になって初めて彼は自身の怪我を自覚したと言った方がいいかもしれない。

 

私はこの彼の行動が少し引っかかったけど、この時は彼が自分の怪我を治したことに意識が言っていたため、特に気にしなかった。それよりも、彼の怪我が治ったのがうれしかったのと同じくらい、自分のことが私は許せなかった。なにもできず、ただ守られてばかりいた自分が。だから、気付けなかった……彼の異常に

 

だけど、この時感じた引っかかりを私が知ることになったのはだいぶ後になってからだった。

 

 

 

 

目的の村の近くで少年を助けたあの日、彼は村に着いてその村の現状を知ると賊の討伐を申し出た。もちろん、一人で……

 

村の者たちは出来るのかと疑ってきたが、彼は問題ないと言い切った。そして、戦うことのできない私をこの村の護衛という名目で、自分を戦場から引き離した。

 

その言葉を聞いて、私は何とも言えない不安に襲われた。不安……いや違う。これは不安なんかじゃない。それもある、けど、これは……

 

これは……

 

そんな風に心の整理のつかないまま、私の頭の中はひどくぐちゃぐちゃだったのにもかかわらず、いつの間にか私の手は城へと向かう彼の腕をつかんでいた。

 

「どうした?」

 

彼がそう不思議そうにこちらに尋ねてくる。

だけど――――私には、私にも……

――――わからない。私にもわからなかった。どうして彼の手をつかんだのか、なんでこんなにも……苦しいのか、寂しいのか、つらいのか…………自分のことなのに、自分のことが何もわからなかった。

 

だから、答えられなかった。彼の問いに。でも、答えた。ひどく小さい声で、ささやくような声で、一言―――――――わからない、と。

 

そう、答えた。そう、答えてしまっていた。そして、彼は少し困った顔でこちらを見てきた。でも、彼は私の手を振りほどこうとはしなかった。そうできるはずなのに、彼は私の答えを待ってくれた。

 

「私は……」

 

彼は私に優しい。彼に言ったらそんなことはないと言って即座に否定してくるだろうけど、彼は間違いなく私に、というよりおそらく身内に優しい。だから、私は彼に甘えてしまう。彼の優しさについ甘えてしまう。今だってそうだ。彼が私の答えを待ってくれるから、私のことを気にかけてくれえるから、私はこうやって自分のわがままで――――わがままともいえないわけのわからない気持ちを理由に、彼を引き留めてしまっている。

 

「私は…………私はあなたを……」

「…………」

「……あなたを守りたい」

 

いつの間にか私の口からは彼への答えが、私への答えがすんなりと出ていた。わからないはずなのに、答えられないはずだったのに、なぜか、彼への答えを私は示していた。でも、わからない。答えが出たはずなのに、なんで、こんなにも胸の中がもやもやしているのかが、私にはわからなかった。だからかな? 彼がこんなにも困った顔をしているのは。

 

「……カーム…………気持ちはうれしい。だが、お前は……」

「…………」

 

彼はそれ以上を言わなかった。いや、言うことが出来なかった。だって、いつの間にか彼の顔が私の目の前にあったから。いや、おそらく、そうじゃなくても彼は言わなかったはずだ。だって私は……

 

「…………」

「…………」

 

そっと、彼から体を離した。さっきから、体が勝手に動いてしまっている。自分の意思で止められない。ほら、今だって、彼がすごく近い。体を離したはずなのに、いつの間にか彼を抱きしめている。

 

「私は、戦えない。魔物にも、先ほどの賊相手にもまともに動けなかった」

「…………そうだな。お前は戦えない」

「うん。わかっている。でも……」

 

彼は周りに気をつかってか、私と同じように小さな声で返事をした。そう、わかっている。戦えないのに、戦いたいことも。そうわかっていた。そう、わかっていたんだ……きっと。ずいぶんと前から、もしかしたら、出会ったあの日から、わかっていたはずなんだ。そう私は……

 

「私は騎士だから」

 

そう、私は騎士だ。だから、私はこんなにも、きっと、彼が大切なんだ。彼に居なくなってほしくないんだ。彼の傍に居たいんだ。だから――――

 

「ずっと、あなたのそばにいて、あなたを守りたい」

「……お前の決意はわかった。だが、今回は残れ。今のお前では戦力にならない」

 

そう言うと思った。だって、彼の腕をつかんだ時、私の槍を持つ手は震えていたから。この先にある戦いに怯えていたから。でも――――

 

「もう、迷わない。私はもう戦いから逃げない。私は戦いを恐れない」

 

そう言って、今度こそ彼の体から離れる。私はいつの間にか地面に突き立てていた槍を今度はしっかりと握りしめると、彼の前に片膝をついて頭を垂れる。

 

 

 

「誓いをここに。これから先、私はあなたの剣であり楯となる。私はあなたの騎士となることをここに誓います」

 

 

 

 

「……はぁ」

 

はい? なんでいきなりため息を? 私は顔をあげて彼を見た……が、彼は片手で頭を押さえていた。先ほどまでの雰囲気は完全に払拭され、何とも言えない気まずげな雰囲気が場を支配した。

 

「あの~、レ……カルマ? どうかしたの? 私けっこう真面目に話していたんだけど?」

「いや、悪かったな。まさか、こんなことを言い出すとは思いもしなかったからな。だが、まあとりあえず、ほら」

 

彼は片膝をついた私に手を差し伸べてくる。私は彼のその手を取り立ち上がる。

 

「それで、カーム。お前はそれでいいのか? お前の気持ちが本当だというのはよく分かった。だが、その誓いはお前自身を縛ることになる。俺がお前を縛らずとも、な」

「? それが、どうかしたの? 騎士とはそういうものでしょ」

「そうか。それでお前がいいのなら、そうするといい。なら、これからよろしく頼むぞ、騎士カーム……いや、騎士ウィンダ(・・・・・・)

「うん!」

「行くぞ」

 

私は彼の隣に並んで二人で賊のひそむ城へと向かった。この村を救うために、ずっと立ち止まっていた私を始めるために。

 

 

 

 

結果だけ言うと、私たちは城にいる賊を殲滅し、私も本来の実力……記憶に残る騎士時代の私の実力を取り戻すことが出来た。そして、彼も認めてくれた。

 

こうして、私は彼の騎士になった。

いや、なってしまった……そう、言った方がいいかもしれない。

私はこの日、変わった。変わることが出来た。

 

でも、知らなかった。

 

騎士になることが、騎士でいることが、こんなにもつらいなんて。私は思いもしなかったんだ……

 

その時の私はそんなこと本当に思いもしなかった。

 

 

だって、側にいられるだけでいいはずだったから…………

ただそれだけで、幸せのはずだったのに……

 

 

 

 

 

静かに、扉をたたく音が聞こえた。この扉をたたく人は一人しかいない。

 

「……ウィンダ、起きているか?」

「はい。今、開けます。お待ちください」

「…………」

 

そして、私の本当の名前を呼んでくれる人もこの人しかいない。そう、彼しか……

 

扉を開けると、そこには彼――レナートがいた。私にとって、とても大切な人で、守りたい人で、守るべき人。そして――――

 

「どうぞ、何も出せませんが、中は暖かいです」

「そうか」

 

そして、私の好きな人。

 

「ウィンダ。夜も遅くすまないな。つい先ほど城下の村に行った時ある噂を聞いた。いや、噂ではなくおそらく事実だろうが……」

「その噂とは?」

「ドニからの情報だ。始まったらしい。イーリスと、ペレジアの間で戦争がな」

 

彼はそう言って、ため息をついた。私はそこから彼の憂鬱の理由を推測して、それを尋ねた。

 

「いつから始まっていたのですか?」

「おそらくは、俺たちが旅立ってからすぐのことだな。話によれば、誘拐されたマリアベル嬢を救出する際に戦闘になり、そこから戦争へと結果的に発展することになったそうだ。まあ、間違いなく向こうの王様の計画通りなんだろうがな」

「それで、主はどうされるのですか?」

「そちらについては特に何もしない。出来ることがないからな。まあ、だが、これを見てくれ」

 

彼は懐から手紙を取り出すと、私に読むように言って渡す。私はその手紙を開くとさっと目を通した。彼は私が呼んだのを確認すると、一言こう言った。

 

「ということで、俺は旅に出る。だから俺の留守を……」

「ドニに任せるんですね。わかりました。明日出発前に頼んでおきます。それで、どこに行くんですか?」

 

彼の言葉にかぶせるように私は言葉を紡いだ。すると、彼はなぜかあきらめたようにため息をつくと、行先を告げた。

 

「平和の村――ペーセだ」

「わかりました。お供します」

 

私が即答すると、彼は困ったように笑った。

 

「お前には残ってここの警備にあたってもらいたいんだがな」

「忘れましたか? 私はあなたの騎士です。あなたの傍にいて、あなたを守るのが私の役目です」

 

そう、私は彼に返したけど、やっぱり少し胸が苦しかった。でも、ほんの少しだけ感じた痛みを誓いの中に隠して、私は騎士になる。

 

彼を守る――――ただその誓いを守る騎士に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

――――話は以上だな……

 

――へえ、お前のところの歌はそう終わるのか。こっちの歌は

……難攻不落の城があるが不可解、その城には王と白き槍使いの騎士しかいない、なのに、そんな奇跡を起こした恋もある……そう終わっているぜ

 

――――ん? お前のところはあの主従の間に恋愛感情があったことになっているのか? 

 

――ああ、そっちと違ってな。騎士としてついてきた彼女が彼に気持ちを伝えた、みたいな感じだな……って、忘れてた、すまねえな。とりあえず、こいつの言った通り、これで以上だ。また詳しく聞きたかったら、来てくれ。いつでも教えるぜ

 

そうか、助かる。なかなか興味深い噂だったよ。さて、連れが来たから、私はここでお暇させてもらうよ

 

――――おう、またな

 

ああ、また…………

 

 

そんな奇跡を起こす恋もある……か。私ももし叶うのなら、せめて、あの人くらいは救ってみたいものだ……

 

へえ、あなたでもそう思うことがあるんだ。天才の名を継いだあなたに不可能はないと思ってたけど?

 

そう思っていた時期もあった。だが……いや、今はいい。私たちにできることを今はしよう

 

ええ、そうね。で、どうするの?

 

向こうに……、海の向こうに行こう

 

そう、なら行きましょう

 

ああ

 

 

 




ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございます。このような作品ですが、出来れば来年もよろしくお願いします。

今回のお話についてですが、クロムたちにこの外伝を拾ってもらうのは時系列的に厳しいものがあったので、自由に動ける方々に動いてもらいました。と、言うことで序盤に起こる残り三つの外伝も彼らに拾ってもらいます。

なお、彼ら――レナートとウィンダの物語は、残り三つの外伝にて完結する予定。

さて、ここいらで終わります。アドバイス、批評、感想等あったらお願いします。
それでは、良いお年を


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第十五話 未来を知るもの~月下の出会い~

皆さんのお久しぶりです
無事? テスト期間を終えた言語嫌いです。

ということで、あけましておめでとうございます。遅すぎるかもしれませんが、どうか今年もよろしくお願いします。このような作品ですが、それでもいいという方は完結まで気長にお付き合いしてもらえたら嬉しいです。

さて、それでは本編です。どうぞ――


テミス伯のご令嬢、マリアベルがペレジアに捕えられた……その知らせから始まった今回の事件。その終わり人々の想像よりも呆気なくおとずれ、そして最悪な結果を残していった。

 

 

 

ペレジアとイーリスによる戦争という最悪の結果を――

 

 

 

「ようやくか……」

 

しかし、それによって、ペレジア王ギャンレル――彼の立てた計画は数年の時を経てようやく実を結んだ。そして、彼の望みどおりに事は進み、イーリスとペレジアの間で戦争が起きた。だが、まだ油断はできない。戦争を起こすことはあくまで計画を始めるためのカギでしかなく、彼の望みを叶えるためにはむしろこれからの方が重要であった。彼が挑むモノは、戦争などという生易しいものではないからだ。

それ故に、ここからの計画はミスできない。小さなミスが己の死へとつながっていく。

 

「ギャンレル。予定通り最高司祭をエメリナの暗殺に向かわせた」

「ちっ! てめーか……相変わらず気配の読めないヤローだな」

 

ここは、ペレジアの王城にある彼の自室。そこで一人静かに思索にふけっていた彼に、黒いコートでその体を完全に隠した人物が話しかける。話しかけられたギャンレルは苛立たしげに振り向いて、殺気のこもった目でその人物の姿をとらえる。視線を向けられた人物は軽く肩をすくめると、彼の殺気を気にせずに言葉を紡いでいく。

 

「おやおや、せっかく報告に来たっていうのになかなかひどい扱いをするね」

「お前の扱いがこれ以上良くなることはねえよ。何を期待しているかは知らねえが、俺たちの関係を忘れたわけじゃねえだろうな」

 

彼の言葉を聞いたその人物はやれやれと言った風に軽く頭を振ると、君も頭が固いねー、と前置きをしてから話し始める。

 

「忘れてはいないさ。僕たちは己の利害が一致しているから協力をしているにすぎない。まあ、でも、君が僕を切り捨てるのは簡単だけどね……」

「よく言うぜ……で、それは置いといてだ。あの餓鬼も向かわせたか?」

 

彼はその人物の軽口を流すと、今回の計画において最も重要なこと――暗殺者の少女のことについて尋ねる。本来の計画を変更し、無理やり組み込むことになった暗殺者の少女。彼女はこの人物の推薦によってギャンレルに拾われ今まで育てられてきた。要するに今回の作戦のかなめと言ってもいい少女だ。ではなぜ、彼女がそんなに重要なのか……

その理由は――――

 

「ああ、その点は抜かりない。ちゃんと彼女にもエメリナ暗殺に向かわせたよ」

「そうか。ならいい。それで、これでてめーの言う通り本当に未来が変わるって言うのか?あんなガキ一人加わっただけで」

 

未来を変えるため……

 

「さあ、どうだろうね。でも、少なくとも彼女の運命は変わったさ。何も持たず、何も与えられず、ただ死を待つだけだった彼女の運命は君が彼女を育てたことによって変えられた。彼女は今やこのペレジアだけでなく、この世界の中でも指折りの実力を持つ暗殺者になれたんだからね」

「……んなガキのことはどーでもいい。俺が言っているのはあの胡散臭い司祭のジジイが生き残るかどうか聞いてんだよ」

 

そう彼が尋ねると、その人物は心底どうでもいい風に語りだした。

 

「別に、彼がどうなろうと僕には関係ないよ。僕にとって今一番重要なのは君の生死だから。まあ、君が見て来いっていうなら彼の様子を見てくるよ、ついでに死にそうだったら生き返らせてから連れ帰ろうか?」

 

その人物はとても軽いノリで生き返らせる、そう彼に提案し――――

 

「……!」

「……ちっ」

 

その直後、後ろへと飛んだ。その人物がさっきまでいた場所を彼の振るったいびつな形をした剣が通り過ぎる。交わされたのを見た彼は舌打ちと共に、剣を腰の鞘に戻し、目の前の人物に向きなおる。

 

「いきなり、危ないじゃないか。僕が死んだらどうしてくれるんだい?」

「その程度で死ぬほどやわなつくりはしちゃいねーだろうが。だがな、次また妙なことを口走ったら、確実に殺してやる……」

「はいはい。せいぜい口には気を付けますよ。それで、僕はこれからどうすればいいのかな?」

「お前の存在はまだ隠しておく。だから今まで通り、見つからねえようについてきな」

「やれやれ、人使いの荒い王様だこと。けっこう疲れるんだけど、あれ」

「知るか。言われたことをこなしてろ。そおしたら、俺も言われたことくらいはやってやる」

「ふふ、期待しているよ」

 

その返事を聞かずに彼は、部屋を後にした。彼にとって、この人物はとても心強い協力者ではあるが、信用に足る人物ではないからだ。また、この人物を彼が受け入れられないというのも大きい。

 

一方、むちゃくちゃなことを言いつけられ部屋に置いて行かれたこの人物は、先ほどまで彼が眺めていた窓より外を眺めながら、小さくつぶやく。

 

「ああ、本当に期待しているよ。僕のピエロさん……」

 

そのつぶやきは何時かのように誰にも届くことなく空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

国境での戦いを終えた僕らは今後のことについて話し合うためにも一度、イーリスの王城へと戻っていた。今回の戦いはこちら側へは特に被害も出ず、攫われていたマリアベルも救出できたので、良い結果に終わったとみることも出来るけど、たった一つ。僕らが戦いを始める直前にペレジア王ギャンレルの放った言葉により、この結末は不幸中の幸い、正直に言ってあまりいいものではなくなった。

 

そう、ギャンレルの言った、イーリスとペレジアの戦争――――この言葉によって……

 

「姉さん……」

 

クロムは後悔の念を隠しきれぬまま、姉であるエメリナ様に話しかけている。今回の戦争のきっかけとなったのは、クロムがエメリナ様に向かってきたペレジア兵に攻撃をしたからでもある。クロムはその責任を感じているようだった。

 

「気にしないでください、クロム。あなたは私を思って行動してくれたのです。それを責めるつもりはありません」

「だが、そのせいで……」

 

イーリス城のとある一室にて、僕とクロム、フレデリク、エメリナ様の4人は今後のことについて話し合うために集まっていた。先ほどのクロムの発言に対しエメリナ様は気にするな、と言われたが実際はその通りだ。あれは僕らには防ぐことのできない戦争だったから。ギャンレルは戦争を始めるために芝居を打ったに過ぎないが、後手に回っている今の現状では、それが罠だとわかっていても僕らには進むことしかできない。

 

「クロム様、今はこれからのことについて考えるべきです。すでに戦争は始まってしまいました。おそらく、ギャンレルはイーリスへの進軍の準備を進めているはずです。まずはこれについて対策を立てましょう」

「そうですね。クロム……フレデリクの言う通りすでに戦争は始まってしまったわ。だから、今はイーリスの民を守ることを第一に考えましょう」

「ああ、そうだな……」

 

フレデリクの言葉によって再び話し合いが始められる。今後イーリスはどのように動くべきなのか、僕らは何をすべきなのかについての話し合いを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなところで何をしているんだ? クロム」

「ビャクヤか……。少し、考え事をな」

「考え事、ですか?」

 

話し合いの後、僕は一度自警団の拠点に戻り、ルフレと明日の準備をしていた。準備が終わるころには高かった日も落ち、周囲は夜の闇に包まれていた。これ以上することのくなった僕たちはルフレの勉強を見るために僕の部屋に戻る途中だったのだけど、何やら呆然と立ち尽くしているクロムを見つけたため、声をかけた。今思うと昼ごろから姿が見えなかったきがするけど、まさかずっとここで考え込んでいたんじゃないだろうな……とどうでもいいことを思いながら。

 

「……明日、俺たちはフェリアへ援軍を求めに行く。だけど、その前にお前たちには知っておいてほしいことがあるんだ」

「それが、今回の悩みの種か」

「ああ。先日ギャンレルの言ったことは覚えているな? あいつの言う通り、姉さんが聖王を継ぐ十五年前まで、イーリスは前聖王の命令でペレジアと戦争を行っていた。その戦争によってペレジアは多大な犠牲を払うことになったが、犠牲になったのはペレジアだけでなくイーリスもだった。国民は皆徴収され、次々に死んでいった。イーリスの国内はひどいありさまだったらしい」

「……!? なんで、前聖王はそんな状態で……」

「ルフレ……今は話を聞こう」

「はい……」

 

クロムの話を黙って聞いていたルフレは耐えきれないと言った風に声を上げた。彼女も僕も記憶がない。戦争というものを知識の上では知っていても、実際にあったことを聞くのはつらいことだったのかもしれない。特に、心優しい彼女にとっては苦痛であったのだろう。だけど、今は静かに聞くべきだ。これは僕らのいる国の目をそむけてはいけない事実なのだから。

 

「すまない、ビャクヤ……。そんな時に前王が急逝し、姉さんが十に満たない年で聖王を継いだ。それからだ。姉さんの苦しみの道が始まったのは。自国だけでなく他国の民の恨みや怒り、それらはすべて聖王である姉さんに向けられた。聖王を憎む群衆から石を投げられ、顔にひどい傷を負ったこともある。それでも姉さんは、俺とリズの前でしか涙を見せなかった……」

「…………」

「俺は姉さんを守りたい。姉さんの理想を。姉さんは兵を家族のもとへ帰し、人々の訴えを聞き、そうして少しずつ、少しずつ民の心を取り戻していったんだ。だが、その理想もギャンレルのような人間には通じない。それでも俺は姉さんの理想を守りたい。姉さんの代わりに、この手を汚してでも……イーリスには姉さんが、聖王が必要なんだ」

 

クロムの中では始めからこの答えは出ていたのだろうし、これを僕らに話すことも決めていたんだと思う。だけど、それを実行に移す――その一歩が踏み出せないでいたのかもしれない。だけどね、クロム。ルフレがどうこたえるかは僕にはわからない。けれど、僕の答えは初めから決まっているよ。あの日、助けられた時から……あの日、エメリナ様の前で誓った時から、ね。

 

僕は隣で聞いていたルフレの方をみて、彼女の意思を確認すると、彼女は静かにこくりとうなずいた。だから、僕は彼に向き直って、告げる。

 

僕らの意思を……

 

「その通りだよ」

「お前は……!」

 

――――はずだったんだけど、どこからともなく現れたマルスによってそれはさえぎられた。しかも、クロムもそれに驚いてマルスの方を向いている。

 

……なんでだろう。こう、いつもタイミング良くというか、悪くというか、僕に対して嫌がらせをしているとしか思えないタイミングで人が来すぎじゃないだろうか? 僕の運はそんなに悪いのだろうか…………

 

そしてルフレ、余計みじめになるから背伸びしてまで僕の頭を撫でなくていいんだよ……慰めてくれているのはわかるけど、気持ちだけいただいておくよ。だから、その手を下ろしてもらえないかな? 一通り挨拶を終えた二人がとても不思議そうにこっちを見ているからね。

 

「ルフレ……」

「? 確か、こういう時にはこうしてもらった記憶があるんですけど?」

「…………うん。ありがとう。でも、もういいからね」

「ビャクヤ? どうかしたのか?」

「いや……なんでもないよ。それで、マルスはいったい何のようだい?」

 

僕は気を取り直して目の前のマルスに向きなおる。それとともにルフレに、他の人に見えない程度に小さく手で指示を出しておく。指示を理解したかは確認出来なかったけど、おそらく問題ないだろう。

 

「聖王エメリナに迫る危機について」

「! 姉さんの! それはいったい……!」

「クロム。落ち着いて。それで、どうしてきみがそれを知っているんだい? それと危機とは何かな?」

 

僕はマルスに掴み掛らん勢いで迫ろうとするクロムを片手で制すと、マルスとクロムの間に立ち、マルスに剣を向ける。僕の後ろではルフレが風魔法の準備をしているのか、魔力の高まりが感じられた。

マルスはそれらを気にした様子もなく、淡々とただ自分の知っていることを述べていく。

 

「僕は未来を知るものだ……といったら信じてくれるかな? 僕の知る未来では今日、エメリナは暗殺される。そして、そこから生まれた絶望の未来を僕は知っているんだ」

「暗殺……!?」

「なるほど、その証拠が……」

「うん。出てきたら? もうばれているよ、とっくに……」

 

そう、言ってマルスは振り向きざまに剣を抜くと、背後の茂みから出てきた暗殺者を一刀のもとに切り伏せた。マルスは軽く剣をふって血を落とすと僕らの方に振り向いた。

 

「これで、信じてもらえたかな? 僕が未来から……」

「避けろ!!」

「え? ……!!」

 

暗殺者を一人倒したことで気が抜けていたのだろう。木の上に潜むもう一人の暗殺者に気付かなかったマルスは、僕の声でもう一人の存在に気付くと無理やり体をねじって何とか剣を躱した。己のかぶる仮面と引き換えに……

マルスを助けるべくマルスへと向かっていた僕は、予想だにしなかった光景を前に足を止めてしまう。

 

「え……」

 

「ビャクヤさん!! 下がって!」

「……っ!」

 

僕はその仮面の下に隠された素顔を見て呆気にとられ、戦いの最中にもかかわらず大きな隙をさらしてしまった。当然暗殺者はその隙を見逃すはずもなく、僕へと標的を変えると手に持つ剣で僕の命を刈り取らんと、攻撃を仕掛けてくる。ルフレの呼びかけで何とか意識を取り戻すも、慌てていたせいか、地面に足を取られみっともなく転んでしまう。これでは間に合わない。一撃を覚悟した僕に、後ろから聞きなれた呪文と共に、一陣の風が吹き荒れた。

 

「〈エルウィンド〉!!」

「彼には指一本触れさせません!」

 

ルフレの風魔法によって僕に振るわれた刃は阻まれ、それによって崩れた体勢を暗殺者が立て直す前に横から着たマルスに切り伏せられ息絶えた。

 

「ビャクヤさん!!」

「ビャクヤ!!」

 

後ろの方から、ルフレとクロムが小走りに近寄ってくるのがわかる。だけど、今の僕にはそれをきちんと認識することが出来なかった。いや、それらについて考えが回らなかった、といった方が正しいだろう。

 

 

 

――――いや、違う。これは言い訳だ。いや、言い訳にすらなっていない。本当はわかっている。なんで頭が回らないかも、なんであんな隙をさらしてしまったのかも……

 

 

 

目の前で暗殺者を倒したマルスは剣に着いた血のりを軽く払うと腰の鞘にその剣を収め、こちらへと体を向ける。先ほどまでの張りつめた顔と違いやわらかな笑みを浮かべて彼女は軽くしゃがむとこちらへと手を差し伸べてくる。

 

 

 

――――ただ、僕は見とれていた。彼女の美しさに。こんな汚れた戦いの中でも輝いている彼女に。ただ……

 

 

 

 

「ご無事ですか、シエルさん……」

 

 

 

 

月明りの中こちらへと手を差し伸べて微笑んでいる彼女に、僕はただ、呆然と見とれていた。

 




と、言うわけで、今年初めの本編はマルスとビャクヤの出会いとなりました。
クロムの見せ場は、む……マルスにとられてしまいました。まあ、マルスにとられたのなら彼も本望でしょう。きっと喜んでくれるはずです。次回は、未来を知るものの後編となります。ここから原作とすこしずつですが違う展開になっていきます。

本当はこの次の話までを去年の間にあげる予定だったのですが……今後はこのような予定は言わない方がよさげですね。ことごとく、失敗してますし。

さて、ここら辺で終わろうと思います。感想等ありましたらお願いします。
次回は「未来を知るもの~暗殺者の少女~」です。お楽しみに……

テスト明けでテンションのおかしい作者でした


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第十六話 未来を知るもの~暗殺者の少女~

今回は前回のあとがきの予告通りのタイトルでお送りします

そして、タイトルにあるこの少女が今回の話の主役です。
この少女によってこの物語は原作から少しずつずれていくことになります。

それでは本編をどうぞ


――――彼女は、ただそこにいた

 

彼女にとって世界とは、目の前に広がる荒れ果てた路地裏がすべてだった。

そこにはあるのはわずかな資源と、多くのニンゲンと、一つの絶対的なルールだった。

そう――――

 

強き者だけが生き残るという、自然界における絶対的な摂理。弱肉強食という、生きとし生けるものすべてに適用される、人が法を定める前よりから存在する唯一のルール。

 

そんな、もはや人としての営みが消え去ってしまった路地裏の一角で、十に満たない少女は一人空を眺める。

 

彼女には何もなかった。誰かを倒すための力も、生き残るための知識も。そして、自分の名前さえ存在しなかった。

 

それもそのはず。彼女にはそもそも記憶というものが存在していなかったのだから。

 

だから、彼女はただ空を眺める。くすんだ路地裏ではなく、頭上に広がる青くどこまでも澄んだきれいな空を。

 

ただ、彼女は眺めていた。

 

死神が来るその時まで、ずっと――――

 

「おい、本当にこんなガキでいいのか?」

「君は僕の言うことが信じられないかな? 僕が大丈夫といったんだから大丈夫さ」

「そうかい。ならこの餓鬼をつれて帰るぞ」

「そうしようか」

 

そして、死神はやってきた。しかし、死神の持つ鎌は彼女の首に添えられたまま、動くことはなかった。今日というこの日までの約6年の間、その鎌は彼女の首に添えられたまま、まるで時が止まってしまったかのように、動かなかった。

 

そして、今日――――ついに、その日はやってきた。

 

 

 

「……きっと、僕の声は聞こえてはいないだろうね。だけど、これだけは伝えておきたかった――――ごめんね。僕は君を捨てる。僕の目的のために、死んでくれ」

「……うん」

 

 

 

ついに、止まっていた時は動き出す。

 

次に彼女に差し伸べられる手は、死神の手か…………

 

 

それとも――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

呆けていた僕に再び彼女が声をかける。今度はどこか心配そうな声音で。

 

「シ……ビャクヤさん? あの、大丈夫ですか?」

「……あ、ああ。大丈夫だよ」

 

僕はそう言って彼女の手を取り、立ち上がる。

 

「ビャクヤ! 大丈夫か!」

「ビャクヤさん!!」

「ああ、大丈夫だよ。ルフレの魔法とマルスの剣で助かった」

 

僕のもとへと駆け寄ってきた二人にも先ほど彼女に答えたように返す。クロムとルフレはそれを聞くと安心したようで、ほっと胸をなでおろした。

 

「それで、マルス。君には聞きたいことがいろいろとあるけど、とりあえずこれだけは答えてくれ。エメリナ様の暗殺はこれで終わったのか?」

 

彼女――マルスには聞きたいことがまだあるのは事実だ。何故未来を知っているのか。何故、ファルシオンとビャクヤ・カティを持っているのか。そして、僕のことを何故「シエル」とよんだのか……だけど、今の状況がそれを許さない。

 

彼女は未来を知っている。それも、ここでエメリナ様が殺されて絶望へと向かってしまった未来を。その彼女の知る未来がどんなものかは知らない。けれど――――

 

「いいえ。まだ終わっていないはずです」

「敵の規模は? あと一人や二人か? それともそれ以上か?」

 

もしも、彼女の言うその未来を回避できるというのなら――――僕は全力を尽くそう。エメリナ様との約束を守るために。あの時の誓いを果たすために。

 

「詳しい数まではわかりません。ただ、一個小隊はいるそうです」

「暗殺に来るにしてはけっこう数がいるな。そうと分かったならここでじっとしてもいられないか。クロム、今、エメリナ様は……」

「クロム様!!」

 

どこにいる? そう聞こうとしたとき、上空より一頭のペガサスが降り立った。クロムはその天馬騎士に見覚えがあるらしく、駆け寄ってくる女性に声をかける。

 

「ティアモか? 急にどうした? 何かあったのか?」

 

クロムの問いに彼女は少し身を固くしたが、頭を軽く降ってクロムに向き直ると事務的な口調で報告を始めた。すこし、その動作は気になるけど今はおいて置こう。

 

「城内にペレジアのものと思われる敵兵が侵入しました。フィレイン様の命令でクロム様と軍師であるビャクヤ様を探していたところです。クロム様は護衛を付けて、エメリナ様のもとへ向かってほしいとのことでした。それ以外の自警団のものと城内に残る騎士でクロム様とエメリナさんの護衛にあたります」

「わかった。ビャクヤ、聞いたとおりだ。俺はこれから……」

「それよりもクロム。エメリナ様の部屋にはペガサスが一頭くらい下りることのできる広さのテラスはあるかい?」

「ん? 確かあったはずだぞ? 翼をたためば何とか降りられるだろう。それがそうした?」

「そうか」

 

クロムからエメリナ様の部屋のことで確認したいことが聞けた。後、するべきことは決まっている。僕は先ほどペガサスから降りてきた赤い髪の天馬騎士――ティアモに向き直ると一つほど確認を取る。

 

「ティアモだったね。君のペガサスでクロムとルフレを運ぶことはできるかな?」

「え……、えぇと、はい。戦闘行為は無理ですが、運ぶだけなら大丈夫だと思います」

 

ティアモは僕の質問に面食らったようで、驚きの声を上げるも僕の言ったルフレを見た後少し考えたのちに答えを出した。僕は望む答えが得られたので、ティアモに今度は指示を出す。

 

「それじゃ、ティアモ。防御のことは考えなくていい。それはルフレがやってくれるから。だから君はクロムに指示に従ってエメリナ様の部屋にこの二人を運んでくれ。それと、フィレインさんからそれ以外の指示がないなら、そこでエメリナ様とクロムの護衛をしてほしい。いけるかい?」

「はい、問題ないです。二人を見つけた後はそこで指示を仰ぐように言われていたので。それではルフレさんと……クロム様。私のペガサスに」

「はい」「ああ、頼む」

 

その後、クロムはティアモの後ろに、ルフレがティアモの前に乗るとペガサスはティアモの指示によってゆっくりと空へと飛び立つ。

いや、飛び立ったのだが…………

 

「ク、クロム様。あ、ああの、そのままでは飛び立つ時に振り落とされてしまうので、ええと、その……」

「ん? なんだ、ティアモ。どうかしたのか?」

「…………クロムさん。ティアモさんの肩でもつかむなり、腰に手をまわすなりして振り落とされないようにしてくださいということです。飛び立つ時に体勢を崩して落ちますよ?」

「ん? そうか、すまない。ティアモ、これで「ひゃい」……大丈夫か」

「だ、大丈夫です…………行きます」

 

…………本当にティアモで大丈夫だったのだろうか。何というか先ほどのやり取りでだいぶ不安になってきた。さすがに飛び立つ瞬間には気を引き締めなおしたようだけど、まだ上空から何やら聞こえる。

 

気にしたら負けだ。今は彼女が無事にクロムとルフレをエメリナ様の部屋に運んでくれることを願おう。

 

「それじゃ、マルス。僕たちもエメリナ様の部屋に行こう。場所はわかるね?」

「……っ! はい。こちらです。ついて来てください!」

「よろしく頼むよ」

 

さて、あっちはうまくやってくれると信じて、僕らは城内から敵を殲滅しながらエメリナ様の部屋を目指しますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――少女は、その男の後ろに控えて指示を待っていた。

 

「狙うはエメリナの首と【炎の台座】。他のものには目をくれるな」

「はっ」

 

指示を受けた暗殺者はエメリナのもとへと駆ける。それでも、少女はそこでじっとしていた。

 

「ん? 何をしている。早く貴様も行くがいい」

 

男の指示に対し。後ろに控えてじっとしていた少女は顔をあげて男を見つめる。その何の感情も移さない瞳に男もわずかにひるむ。じっと男を見つめる少女は静かに口を開く。

 

「どこにいくの?」

「ん? そういえば、そのように聞いていたな。なら、よく聞くがいい。今よりこの城に入り、エメリナを殺してこい。いいな」

「……わかった。ころしてくる」

 

そう言うと少女は男の隣より姿を消す。

 

「む? 気取られたか? 思ったよりも早かったな。エメリナの護衛は手薄だと思ったが。む、この気配は? クク、なるほど、こんなところにおったか。くっくっく、思わぬところで思わぬ土産を見つけたものよ。所詮、あの女がいかに手を尽くしたところで我から逃れることはかなわなかったようだな」

「甘いね。不用心すぎるよ」

「な……、ばかな。この私がこんなところで」

「終わりです」

「ぐ……くそ、貴様ら……なぜ、こんなにも早く動けた……」

 

 

 

 

 

――――少女は駆ける

 

エメリナを殺すという使命を果たすために、ただ、目的の場所へと駆ける。

 

敵を見つけるたびにその者の息の根を止め、味方を見つけるたびに道を聞き、その場所を目指す。

 

「ん? エメリナの居場所? 聞いてなかったのか?」

「? いいからおしえて。どこにいるの?」

「はぁー。こんな子まで聖王エメリナの首を狙って動くとはな……これは、本格的に引き受ける仕事を間違えたか? なあ、おまえ、仕事は宝物庫の国宝を盗み出すってのじゃなかったのか?」

「……わたしはエメリナを殺せとしか言われてない。だから、こくほーのことは知らない。それもころすの?」

「……エメリナの部屋はあっちだ。行きな」

「わかった」

 

少女は何も知らない。これから殺そうとしている人物がどんな人でどんな理想を掲げているか。なぜなら、それは暗殺に関係ないから。少女はただ任務をこなす。ただ、生きるために。

 

「……ペレジアはいったいどうなっているのやら。あんな子供まで利用するなんてな。やめだ。この仕事は諦めよう。と、なると……適当に戦って、さっさと引き上げるとするか」

 

 

 

 

少女は駆ける。己の持つ技能のすべてを用いて。教えられた殺しの技術のすべてを使い、生きるために、エメリナのいる部屋を目指す。

 

そこに待ち受ける避けることのできない、運命()を少女は知らない。

 

 

 

六年の時を経て、添えられた死神の鎌は、今、動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

 

城内に入り、奥へと進むにつれて、ちらほらと敵の暗殺者が視界に入る。それらを二人で倒しつつ、エメリナ様の部屋に向かう。

 

「……マルス。まだつかないのかい?」

「もう、すぐです! この先の階段を上がればすぐに扉があります。そこがエメリナ様の部屋になっているはずです」

「そうか、なら、急がないと……止まって」

「?」

 

マルスは現れた敵兵を切り倒しながら僕の問いに答える。そして、その後に出た僕の指示をいぶかしみながらも一応、足を止める。

 

「数は……前に3、後ろは……わかるかい?」

「……2ですね。今、姿を現しました。魔導師がいるようです」

「こちらもだよ」

 

僕の言葉を聞いて彼女も気付いたようで、注意深く気配を探り、数を報告してくれた。厄介なことに両方ともに魔導師がいるため、うかつに進めない。僕らは背中合わせに立つと、前方と後方の敵に備える。

 

「行けるか?」

「もちろんです。この程度の敵なら恐れるに足りません」

「なら、行こうか。敵を殲滅するよ、マルス!」

「はい!」

 

僕らは同時に駆けだすと、それぞれの敵へと向かって剣を振るう。僕の方にいる敵は三人。一人は魔導師で、後の二人は剣士だった。僕はまず厄介な魔導師を消すために、走りながら魔法を使う。

 

「〈サンダー〉!!」

 

唱えられた魔法は剣士たちの合間を抜け、詠唱中であった魔導師にあたり弾ける。僕はその結果を確かめずに、そのまま迫る剣士のうちの一人をすれ違いざまに切り伏せ倒す。そして、素早く身をひるがえすと、もう一人の戦士がこちらを向く前に駆け寄り、一太刀のもとに切り伏せ倒す。

 

「ビャクヤさん!!」

 

後ろから駆け寄ってくるマルスに軽く視線を送り無事を確認した後に、目の前にいる人物と向き直る。

 

「ビャクヤ? どこかで聞いた名だな……ああ、思い出した。最近雇われたっていうイーリスの軍師の名前か。ちょうどいいな……」

 

そう言って目の前の人物は手に持つ剣の血のりを払うとこちらへと近づいてくる。暗殺者の一人なのだろう。その動きには隙がなく、相当な実力者であることがわかる。わかるのだが、なぜ彼は、あの魔導師を殺した?

 

「何のようかな、ペレジアの暗殺者。仲間割れでも始めのかい?」

「たしかに、仲間割れっちゃ仲間割れだな。なあ、イーリスの軍師さんよ。腕のいい密偵がほしくないか?」

「何? どういう事かな?」

 

僕は彼の一挙一動に気を払いながら目の前の人物と会話を続ける。もちろん、彼に剣を突きつけ牽制することは忘れない。

 

「依頼の内容がいつの間にか変わっていてな。俺が受けた依頼は宝物庫への案内だった。まあ、盗賊の稼業もやっている俺がいれば扉だろうと宝箱だろうとなんでも開けられるからな。だが、エメリナの暗殺なんか聞いちゃいねえ。だから、この依頼は撤回して、さっさとずらかる予定だったんだがな」

 

そこまで話すと彼は手に持つ短刀を腰の鞘に納め、両手を挙げた。敵意のないことを示したいようだ。だが、油断できる相手ではないので、僕の方は剣を下ろさない。

 

「ほー、いいね。これでも油断せずに、相手を警戒するか」

「あいにくと、主があまりにも不用心なんでね。僕やほかの騎士が警戒せざるを得ないんだよ」

「なるほど、ここの王子は噂通りの人物だっていうことか。まあ、そこで頼みがある。帰る予定を変更したのは、この頼みのためだ。俺を雇わないか? 報酬をくれるなら、あんたに仕えるぜ?」

「なるほど、確かに人出は多い方がいい。向こうの事情も知っているのならなおさらだな。それで、いくらかな……」

「そうだな……」

 

そう言って、僕は片腕で今払える金を確認する。前払いのお金としてはこれで十分か?

そう思っていたら後ろからマルスが何やら近づいてきて、おもむろに僕のコートの中に手を突っ込む。

 

「……って、マルス!! いきなり何を!」

「いえ……戦っているときに、少し気になる動きがあったのでその原因を探ろうかと……これはなんですか?」

「……あ! ……え、ええと、それは、今日ルフレが作ったっていうクッキーで、この戦いが終わったら食べようかなー、って思ったんだけど……」

 

マルスがとても冷めた目で僕のことを見てくる。さすがに、この戦いの場において持っているお菓子のことを気にして動きを制限していたなどということを、見逃してはくれないようで、怒っているのが手に取るようにわかる。

 

「くっきー? ……なに! クッキーだと!!」

「はい?」

 

しかも、暗殺者の方は方で何やら僕の持っていたクッキーに無駄に食いついてくるし。もう、ここが戦場だということを忘れていないか?

 

「よし、お前の部下になってやる。だから、そのクッキーをよこせ」

「は? く、クッキーでいいのか!?」

 

暗殺者は鷹揚にうなずくと、マルスの持っているお菓子に熱い視線を送りながら答える。

 

「ああ、それでいい。今回は特別に現物支給で受けてやる。別にその菓子が食べたかったわけではないからな」

「あげるのは構わないけど、一枚だけ僕も食べてもいいかい? 後でルフレが感想を聞きたいって言ってるんだ」

「……かまわない。ただし、その代わりにおいしい紅茶を所望するぜ」

「この戦いが終わったら僕の部屋に来てくれ。そこでクッキーと紅茶を出すから」

「おし、交渉成立だな。これからよろしく頼むぜビャクヤ。俺な名前はガイアだ」

「ああ、よろしく頼むよガイア」

 

何ともしまらない交渉の末、ガイアという密偵を手に入れたのだが……なんだろう、今までで一番疲れた交渉に思える。いや、片手で数えるほどしか交渉していないけれど……

 

「ビャクヤさん。急ぎましょう。エメリナ様の部屋はもうすぐです」

「ああ、そうだったな。行くぞ。ガイアもついて来い」

「わかってるよ」

 

さて、予想外のことがあったけど今はいい。早くエメリナ様のところへ行くとしよう。

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

――――少女はついにたどり着いた。聖王エメリナの待つ部屋へと。

 

部屋のまえでは戦いの始まる前に見た見方が多数集まっている。おそらくここで間違えはないだろう。少女はそう判断すると、味方や敵の合間を縫って部屋へと侵入する。

 

「クロムさん!! 一人抜けてきました! 迎撃、を……」

「なに! まさか、こんな子供まで参加しているというのか!」

 

青い髪の青年と銀色の髪の少女の後ろに、彼女の今回の暗殺対象であると思われる女性、エメリナがいた。少女は青年の剣を自らの持つナイフでいなし前へと進む。

 

また、こちらへと風の魔法を放ってきた少女の魔法を今までより動きを早くすることで躱し、エメリナの前へと迫る。

 

「しまっ……! 姉さん!!」

「エメリナ様!!」

 

少女はたどり着く。エメリナの前へ。そしてその命を刈り取らんと、ナイフをエメリナの首めがけて振るう。

 

一閃――――それで今回の任務は終わり、彼女は生きることが出来る。そのはずだった。だが、その刃は届かない。

 

「エメリナ様には指一本触れさせません。暗殺者の少女よ。何故その年で戦うのかは問いません。あなたがエメリナ様を殺すというのなら、私があなたの相手をいたしましょう。かかってきなさい」

 

そう言ったのは、青い鎧に身を包んだ一人の騎士。槍を短く持つと、もう片方の手で剣を抜き放ちこちらへと向ける。

 

「フレデリク!」

「こちらは任せてください。私がこの少女を止めます。だから、クロム様とルフレさんは目の前に集中してください」

「……任せたぞ!」

 

青い青年と銀の少女はこちらへは干渉しないようだ。その事実を知った彼女は目の前に騎士をどけることにすべての意識を向ける。

 

 

 

少女は戦う。己の持つすべての技術、知識を総動員して目の前の騎士を葬らんとナイフを振るう。その剣を目の前の騎士――――フレデリクは剣を、槍を、時に己の身にまとう鎧を用いてそのすべてを防ぎ少女へと剣を、槍を振るう。少女はその攻撃のすべてを自分の体躯と、そのスピード持ってかわす。

 

両者の均衡は崩れない。少女はその騎士の守りを槍や剣、鎧に阻まれ崩せない。騎士は後ろに守るべき人がいるため思うように動けず、決定打が出せない。

 

戦いは続く。その均衡の終わりが訪れるその時まで。

 

死神の鎌が振り下ろされるその時まで、戦いは続き……今、ここで崩れ去る。

 

「ガイア!! 頼む!」

「おう、任せな!」

 

少女の知らない声が後ろから響いた。それとともに、自分経てまっすぐに向けられた敵意を感じ取るといったん目の前の敵から距離をとり、後ろから迫ってきた敵の攻撃をかわした――――はずだった

 

「甘いな」

「……っ!」

 

横には、ここへ来る前に道を尋ねた青年の顔があった。その青年は手に持つ短刀を素早く縦に振るう。

 

「ぅあ……」

 

間をおかず、少女の鮮血が舞った。こうして、保たれた板均衡はあっさりと崩れ去り、少女はその身に再び青年――――ガイアの刃を受ける。

 

 

 

その時、少女の心に初めて一つの感情が浮かんだ。今まで何があろうと何も感じず、ただそこにあるだけだった少女の心に、たった一つだけ、強い感情が浮かんだ。

 

そう、それは――――

 

「……しにたくない」

「ん?」

 

死への恐怖、生への渇望。

 

「死にたくない!」

 

少女は叫ぶ。少女はこの時初めて己の生を渇望する。ただ、流されるがままに生きていた少女はここにきてようやく、自分の意思を知る。自分の意思を持った。

 

故に少女は行動する。生きるために。生き残るために。

 

少女は手に持つナイフを目の前の青年に投げつけると、先ほどの騎士どころか暗殺対象のエメリナさえも無視して、開け放たれた窓の外へ、テラスへと向かう。

 

「! しまった」

 

後ろから聞こえる青年の声を無視して少女はテラスから飛び降りた。

 

少女の思考は今やただ一つ。

 

「死にたくない。まだ、わたしは死にたくない」

 

だが、それは遅すぎた。あまりにも遅すぎた。すでに死神の鎌は振るわれた。少女へと差しのべられた手は、少女の命を狙う、黒い、黒い死神の手であった……

 

 

それでも少女は願う。

 

 

「死にたくない……しにたくないよぉ」

 

 

名もなき少女は一人そこで倒れる。見守るものは何もない。何も――――

 

 

 

――――ぎぃ……

 

扉が開く音が聞こえた。

それは少女を冥府へと連れて行く死神が迎えに来た音――――

 

 

だが、しかし――――

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は目の前にいる敵を切り伏せて、エメリナ様の部屋へと入る。そこには敵はおらず、エメリナ様、クロム、ティアモ、ルフレに先ほど送り込んだガイアがいた。それと、フレデリクと共にリズもいる。

 

「これで終わりか?」

「ああ、そのはずだ。ここにいた敵はすべて倒した」

「ガイア……」

 

クロムの報告を聞いたのちにガイアに確認を取る。

 

「ああ、一人逃がしたが、ここにいた奴らは確実に倒した。後は怪しい恰好をした魔導師がいたはずだが見たか?」

「ああ、あれがリーダーだったか。あいつなら、最初に見かけたからマルスと一緒に片づけておいた」

「ならこれで終わりだろう。残った奴はおそらくペレジアに返ってると思うぜ」

 

ガイアからの報告を聞いた僕はひとまず戦闘が終わったことを知り、張っていた気を抜く。それと、先ほどから気になっていたことを僕は尋ねることにした。

 

「ところで、そのエメリナ様の傍にいるウサギ耳の女性は誰? 自警団の仲間?」

「彼女はベルベット。ダグエルだそうだ。それを言うなら俺も聞きたい。このガイアを雇ったのはお前か?」

「そうだけど? 聞いてない?」

「聞いたが、またフレデリクにぐちぐち言われるのは俺もなんだぞ。もう少し……」

 

と、僕に文句を言っていたクロムだったが、今まで静観していたフレデリクが割って入ったことによりそれを中断させられた。

 

「特に取り調べもせずにクロム様の名前だけを覚えているという妖しさ満点の記憶喪失で行き倒れのビャクヤさんを仲間にしたクロム様が言えることではありません」

「う……」

「……それで、ベルベットさんだったかな? あなたは自警団なんですか?」

 

そう尋ねると彼女はさほど表情を変えることなく、言葉を紡いでくる。どことなく敵意が含まれているのはなぜだろうか? と疑問を持ちながら。

 

「……ええ、そういう扱いになるわね」

「? ならよろしく。僕はビャクヤ。この自警団の軍師だ」

「……よろしく」

 

彼女はそう短く言うと、口を閉ざす。これ以上話す気はないようだ。……どうやら気難しい人みたいだね。

 

「それはそうと、マルスはどうした?」

「……いないね。おそらく、もう……この城を抜け出しているだろう」

「くそ……!」

「クロム」

 

クロムが僕の隣を通り抜け外へと向かおうとする。僕はそのクロムに一声かけて呼び止める。

 

「彼女に伝えてほしいことがある」

「なんだ」

「“風の導きの先で”と」

「? わかった。伝えておこう」

 

そう言ってクロムはマルスを追って駆けだした。その様子を見ていたリズが不思議そうに僕に尋ねてきた。

 

「行かなくていいの?」

「うん。僕にもやらないといけないことがあるからね。フレデリク」

「はい。とりあえず、ここの片づけと、エメリナ様の新しい部屋の手配を。それと、クロムが戻ってからこれからについてもう一度話そう」

「そうですね」

 

 

 

 

 

 

こうして、マルスの情報によりエメリナ様の暗殺は防がれた。これによってどのように未来が変わるかはまだ誰も知らない。

 

この先に待つ未来は誰も知らない未知のもの。それを紡いでいくイレギュラーたる青年、ビャクヤは知らないうちにまた一つ、大きな選択をしていた。

 

そう、それはとても小さな違い。しかし、これからの未来を大きく変えてしまうほどの大きな選択。

 

しかし、彼がそれに気付くことはない。仮に気付いたとしても、すでに彼にできることは決まっている。

 

だから、私は願う。どうか、彼がつむぐ未来が絶望に染まらないことを……

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――少女は音を聞いた

 

扉の開く音を。その時、少女は悟った。自分はここで死ぬんだと。

 

振り下ろされた死神の鎌は止められることなく、あと数分としないうちに彼女の命を刈り取るだろう。

 

だけど――

 

それでも、少女は願った。強く、強く。

 

 

「しにたくないよ……」

 

 

 

差し伸べられた死神の手を必死に振り払い、生へと縋る。生へと手を伸ばした。誰にも届かないこの手を。それでも生きたいと願い、手を伸ばし続ける。

 

そこに意味などない。

そうして伸ばされた手は、死神の伸ばした手を握るのか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それとも――――

 

「大丈夫かい? いや、これは……」

「しにたくない……」

「……間に合ってくれよ……〈ライブ〉」

 

暖かなヒトの手をつかむのか……

 

 

 

 

 

 

死神の鎌はすぐそこまで迫っている。

 




さて、まえがきの通り一人の暗殺者の少女の物語でした。

何でこんな人物が出てきたか。かたれる限りここで語りましょう。たぶん無理なので活動報告に補足を書きます。いつになるかはわかりませんが……重要なことが書かれるわけではないので活動報告を見る必要はあまりないです。見たい人はどうぞ。


簡単に言うと、物語の展開を変えるためです。どのように変わるかはお楽しみということで。なお、どれか一つのルートは原作ほとんどそのまんまになります。一つで済ませたいです。……頑張ります

ヒロインの一人であるリズがものすごく久々に会話に加わりました。
うん、彼女もヒロインなんだよね。といううか、二人が出しやすすぎて、リズの出番が取れない。……頑張れ、リズ。

ということで力量不足を嘆きながらここいらで終わります。
次の投稿で会いましょう。


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第十七話 間章 与えられたぬくもり

さて、みなさん昨日ぶりです。
珍しくハイペースな言語嫌いです。

とりあえず一言、春休みは最高です!

……本編について。今回主人公の出番はないです。このお話は前回のお話の補足と、この小説内での魔法の設定となります。魔法の設定については、めんどかったら読まなくていいです。適当に流してください。

それではどうぞ


夜、ペレジアのものと思われる暗殺者に襲撃を受けたイーリスの王城は、その一団を撃退したことにより、本来の静けさを取り戻していた。

 

そんな中、一人の少女が中庭にて王城を静かに眺めていた。正確には明りの漏れているとある部屋である。つい先ほどまで、彼女はその部屋の前にいた。そして、ことが終わったのを確認すると、その場を静かに、それでいて素早く離れたのだった。

 

その理由は二つ。彼に自分のことを隠すためと、未練を断ち切るため。彼女は自分の存在を知られるわけにはいかない。いや、自分がいるというのはばれても構わない。だが、自分が何者なのかということを悟られるわけにはいかないのだ。彼女の倒すべき敵【  】はもちろんのこと、味方である彼らにも、とりわけ彼――――ビャクヤに知られるわけにはいかなかった。

 

そう、そしてそれこそが彼女が素早くあの場を離れた二つ目の理由にして、最大の理由。自分の持つ未練を断ち切ること。それは彼女にとって最も厳しいことであった。もし、一度でもその手を取ってしまえば、自分はもう戻ることはできない。そうなれば、自分が何者なのかということがばれてしまう。そうなると、自分の持つ情報をうまく生かせない。いや、もしかしたら、歴史がゆがんだことにより、自分の手では修復できなくなるかもしれない。それ故に、干渉を極力避け、自分の知る未来の通りに事を運ばなければならない。その運命の分かれ道にたどり着くその時まで……

 

だからこそ、彼らとともに居たい。彼に隣にいてほしい、彼にまた支えてほしい……そういった願望は捨てなければならない。

 

「これで、未来は変わる……そうですよね、シエルさん」

 

彼女は誰もいない中庭で一人つぶやく。しかし、彼女は未だ先ほどの部屋を見つめている。その瞳に映るのは、羨望と寂しさ、そして、一つの大きな感情。彼女は動くことのできない自分に、仮面の中にしまいこんでいたはずの感情に縛られる自分に苦笑する。

 

「捨てなければならない……そうとわかっているのに、捨てきれるものではないんですね、この感情は……。だからでしょうか、あなたが私に振り返ってくれなかったのは……」

 

彼女はそうつぶやくと目線をその部屋から外すと、場内からこちらへと向かってくる人物に移す。その姿がはっきりと視認できるようになると、彼女はうれしさと共に少しだけがっかりとした気持ちになった。

 

「この気持ちも、そう簡単には捨てれるものではないですね――――――いえ、どちらも捨てることなんてできないんでしょうね。ですが、やっぱり、あなたは来てはくれないのですか……」

 

そのつぶやきは次第に近づいてくるあわただしい足音にかき消されていった。彼――クロムが彼女の前にたどり着いたときには、すでに彼女の顔には先ほどまであったような感情は消えてしまっていた。

 

「マルス。また、黙って姿を消すつもりだったのか?」

「はい。ここでの私の役目はすでに終わりました。私がこれ以上ここにいる必要はありません」

「必要があるとかないじゃない。俺達はお前にここにいてほしいんだ。それにお前は妹だけじゃなく、姉さんまで助けてくれた。俺はお前に何か返したい。それに、リズだってそうだ。あいつもお前に……」

「その言葉だけで十分ですよ。それだけで、私は救われますから」

 

クロムの言葉をさえぎるように、マルスは自分の言葉をかぶせる。それ以上の言葉を聞くことを拒絶するかのように、彼女は言葉を紡いだ。

 

「今回、私がこの事件に介入したことにより、未来は変わりました。後は、あなたたちの仕事です」

「……もし、お前が来ていなかったらどうなっていたんだ?」

 

クロムのその問いに対し、マルスは少し悩むそぶりを見せるも黙っていてもいずれ思い当たると思ったのか、先ほどと同じように語りだす。

 

「聖王エメリナは命を落とし、【炎の台座】が奪われていたはずです。そして、大きな戦争がはじまり――人々は終末の未来を迎えていく……なんて言っても、信じられませんよね」

 

マルスは己の知る未来を語った後に、自嘲気味に一言付け足して話を締めくくる。クロムは語られた未来が自分の予想していたもの以上にひどかったことに驚きを隠せないようであったが、やがて立ち直ると彼女に言葉を返す――――

 

「いや、信じる」

 

そう、一言返した。マルスは少し驚いた表情になるも、すぐに納得したようで軽く笑みを見せる。先ほどまでの事務的なものや、自嘲的なものではない彼女自身の笑みを……

 

「お前の言葉のすべてを俺は信じる。だから、何かあればいつでも俺を頼ってくれ」

「……ありがとうございます。では……また、どこかで。そう――」

 

マルスはクロムに背を向けて歩き始めながら一言。彼女の知る中で最もふさわしい言葉を紡ぐ

 

 

――――いや、紡ごうとした。

 

 

「いや、少し待ってくれ。ビャクヤからお前に伝言があった」

「……ビャクヤさんから、ですか?」

 

マルスは足を止めてクロムからの言葉を待つ。

 

「ああ、一言だけなんだがな。

 

“風の導きの先で……”

 

あいつはそう伝えてくれって言ったぞ」

 

 

 

 

――――なんで、あなたはその言葉を選んだんですか……

 

 

 

 

「正直、何が言いたいのかさっぱりわからん。挨拶であることはわかるんだが……」

「クロムさん……それは、彼の故郷……いえ、彼の大切な人のいる地方に伝わる言葉です。意味はその言葉の通り、“再会”を約束するものですよ。要するに別れのあいさつの一つです」

「ん? そうなのか。ということはあいつ、俺がマルスを引き留められないって思っていたのか……後で覚えていろよ」

 

――――ええ、本当に、私もそう思いますよ。

 

「それでは、クロムさん。私からもビャクヤさんに伝言を頼めますか?」

 

――――本当に、あなたはずるい。どうして、いつも、いつも……

 

「ああ、なんだ? 言ってみろ」

 

――――私が小さいころからそうでした。あなたはどんなときだって必ず……

 

「“風の導きの先で……”そう、伝えて、ください……」

 

マルスはそう言って今度こそ中庭を後にした。後ろでクロムはその背中が見えなくなるまで、見送り続けた。

 

マルスはクロムから姿が見えないところまで来ると、歩くのを止めて駆けだす。城壁に空いている穴のある場所まで。彼女はそこから外へと出るとそのまま城壁に体を預けて座り込む。

 

「そうですよ……あなたは、いつだって、いつだって…………」

 

彼女は嗚咽交じりに言葉にならない/言葉にしてはならない――――言葉を紡ぐ。

 

「――――――」

 

決して紡がれてはならない言葉は、今、ここで、彼女の感情と共にすべて吐き出され続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして……」

 

それからどれくらいの時間がたっただろう……城壁のそばで体を丸めるように座りながら静かに泣いていた彼女は、ポツリと明確に言葉を紡ぐ。

 

「どうして、こんなにも……こんないも温かいのに……あたたかいのに…………」

 

どこか嬉しそうに、そして、どこか悲しげに、苦しそうに、彼女は言葉を絞り出す。

 

「どうして、こんなにも……苦しいの? うれしい、はずなのに……こんなにも温かいのに……」

 

彼女は知らない。彼女が知っているのは、どうしようもない絶望か、とてつもない大きな悲しみか、どちらにせよ、このような苦しみを彼女は経験したことなどなかったのだから。彼女にはいつも、それ以上のどうしようもない絶望だけが常に降りかかっていた。

 

故に、彼女は知らなかった――――

 

「どうして……あたたかいはずなのに…………どうして、苦しいんだろう……」

 

彼女の答えを知るものはここにはおらず、その答えを導く存在は彼女の傍にもういない。

 

彼女のこの痛みをどうにかできる人物は、今/もう、ここにはいないのだから……

 

 

 

だが――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

「……〈ライブ〉」

 

私はそう言って自分のできる唯一の回復魔法を発動させた。私はほかの魔法はからきしだめなのだが、なぜかこれだけは使えたのだ。母からも、そして、父からも使えるのなら便利なのだから覚えておきなさいと言われ、けいこの合間にこれの練習をしていた。

 

その甲斐あってなのだろうか、私の手の中にいる少女も徐々にぬくもりを取り戻していき、血色もよくなってきている。だが、それでも、それは最初の状態から比べたら、であって決して良い状態ではない。むしろ、これからの治療によって彼女の生死が決まるだろう。

 

私は、夜であるということも無視して、とある青年のいる部屋へと向かう。おそらく彼ならこの時間でも起きているはずだ。それに、私が知っている中では彼が一番回復魔法に秀でている。先ほどの騒動に駆り出されていなければよいが……

 

一抹の不安を抱きながら、私は少女を抱えて全力で彼のいる部屋へと駆ける。

 

「いた……! 待ってくれ、リベラ!!」

「? あなたは、輸送隊のフラムさんですか。どうかされましたか、こんな夜更けに……」

 

ちょうど部屋から出ようとしていたところのリベラを見つけた私は、慌てて彼を呼び止める。ここでどこかに行かれては、この少女はおそらく取り返しのつかないことになる。そう思っての行動だったが、彼はいつものように見る人すべてを引き込むような笑顔でこちらに振り替える。

 

―――― 一応、彼について一言説明しておこう。絶世の美女のような神父様(・・・)である。彼の美貌に、多くの女性が嫉妬し、そして恋した。そして多くの男性が恋をして(女性と勘違いしてだが)、玉砕した(一部の奴らは除外する)。私も初めは女性と勘違いしたものである……

 

まあ、そんな彼であるが神父であるため、回復の魔法を扱うのはもちろん、戦闘もこなせるという万能な青年である。ちなみに学もあるので文武両道だったりする――――

 

私は、彼のもとにたどり着くと、自分が抱いている少女を彼に見せる。彼はその少女を見ると表情を変えて、再び部屋のドアを開けて私に中に入るように促した。

 

「夜分遅くにすまないとは思う。だが、頼む、彼女を治してやってくれ。おそらくこれをどうにかできるのはお前だけだ」

 

リベラは私の手から受け取った少女を布団に寝かせると、彼女の傷を素早く確認した後、私に振り替えり指示を出してきた。

 

「奥から、杖を持ってきます。それまではあなたが回復呪文をかけてください。状態がこれ以上悪化しないように。正直に言って、これ以上ひどくなったら私でもできるかわかりません」

「わかった。……〈ライブ〉」

 

私は彼に言われたとおりベッドに横たわる少女に手をかざし、回復魔法をかける。だが、彼の言っていた通り、杖がないこともあって気休め程度にしかなっていない。わずかに体力を回復させたところで、彼女の衰弱の方が強いため、すぐに意味がなくなる。

 

そして、杖を介さないこの回復方法はすごく魔力効率が悪い。本来、回復魔法を使うのに杖は必要としない。それがなくても治癒の呪文は唱えられるし、素質さえあれば、上級の呪文を使うことも可能である。だが、そうすると、今いる神官のうちの3分の1以上が初級魔法のライブを扱えず、上級魔法である〈リカバー〉を扱えるのはほんの一握りのものになるだろう。私もそうだ。杖さえあれば、上級は無理でも中級魔法の〈リライブ〉くらいは扱える。

 

さて、ここまでの解説でわかった人も多いと思うが、杖とはあくまで回復に使う補助具なのである。そして、杖に使われている、魔石によって魔法の効率を良くし、それに魔方陣を組み込むことでより上位の魔法を扱えるようにしたものである。だが、刻まれた魔法陣の効力も何度も使えば薄れ、いずれ形を成さなくなる。そうなると、それはただの補助具となり、自身の実力以上の術は使えなくなる。自分で魔方陣を書くことが出来ないのだから当たり前であるが……

 

なお、この理論は魔導書にも当てはまる。魔導書とは一般的に二種類あり、簡単に言うと、学習用と実践に使う補助用である。そして、実戦用が先ほどの杖のような役割を果たす。自分で覚えきれない、うまく使えない魔法を魔導書に魔方陣を書き込むことで後は魔力を通すだけで呪文を唱えられる状態へと持っていってあるものが、魔導書である。こうすることで、自分の使えない魔法だけでなく、使うことのできる魔法に関してもより早く唱えることが出来るようになっている。まあ、魔導書に魔力を通すだけだからな……

 

まあ、だが、欠点もあり、一度魔力を通すと二度目はその魔方陣を使えないということだな。それで、本になっているのだが。もちろん、宝石のものもある。値段は十倍以上違うがな……

 

今までの説明でわかりにくいのなら、そうだな……極東にあるというお札を思い浮かべるといいだろう。ほら、陰陽師が使うような使い捨てのあれだ。あれが本になっていたり、杖になっていると思ってくれればいい。

 

まあ、今までの説明で何が言いたいかというと、そろそろ魔力がつきそうだ、ということだ。もともと魔力が少ないというのに、杖を使わない効率の悪い方法を用いているのですぐに限界が来てしまう。……リベラはまだか?

 

「フラム。もういいですよ、後は私が代わります」

「そうか。頼むよ。けっこう限界だったからね」

「それでこの子が助かるのですから、少しくらいは我慢してください。さて、行きます。

〈リカバー〉」

 

そう言って彼は、リカバーの杖を用いて上級の回復魔法を行使する。要するに、最も効果がある回復魔法を最も効率よく使っている。

 

すなわち――――

 

「リベラ。その子はそんなにひどい状況なのか?」

「できれば話しかけないでください……ですが、あなたの質問の答えは、その通り、と言っておきます」

「そうか……」

 

彼にして珍しく余裕のない声でこちらに言葉を返してきた。それだけ切羽詰まった状態なのだろう。よく見れば、包帯と、彼が連れてきたであろうシスターも控えていた。とりあえず、彼女に状況を聞く。

 

「それで、あの少女の状態は聞いているか?」

「……私はそこまで聞いていません。ただ、彼にしては珍しく焦っていました。私へも指示もとても短く、『重症患者に対する治療の用意を』とだけ言った後、彼自身はあの杖を探しに出て行かれました。私が準備を終えるころに戻られると、今度は私の手をつかんで走り出したので本当に驚きましたよ。まあ、それらの様子から患者が相当危ない状態にあるのはわかったのですが……」

「……そうか。こいつに頼って正解だったな」

「そうですね。おそらく彼でなければと取り返しのつかないことになったでしょう」

「ああ」

 

それ以上話すことがなくなった私たちは、彼の治療が済むまで静かにその様子を見守っていた。

 

 

 

それから、大体十分位した後、ようやく彼はようやく呪文を唱えるのを止めて、杖を下ろした。そのまま、静かに一度だけ深呼吸をしたのち、こちらに振り替える。

 

「一応、これでいいと思います。体力もある程度戻ったはずですし、怪我も回復しました。ただ、元がひどかったので、完全に回復とはいきませんでした。これ以上は彼女の自己回復に任せる方が後々のことを考えるとよいでしょう。まだ、この年です。体もまだ発達段階ですし、無理な回復は控えるべきです」

「そうか……なら、後は食べるものを食べてしっかり休息をとればいいということか?」

「そうなりますね。さて、私たちは一度向こうの部屋に行きましょうか。それでは、彼女の着替え等お願いします」

「わかりました」

 

そのまま、私はリベラに連れられて隣の部屋へと移動した。彼は部屋に入るなり、椅子に腰かけると、そのまま背もたれに全体重を預ける。よほど先ほどの治療が大変だったようだ。まあ、普段の治療が長くて5分だというのにあれだけやれば当たり前か。

 

「それで、もう、あの子は大丈夫なんだな?」

「ええ、大丈夫ですよ。私が言うのだから間違いはありません。明日からはあなたの部屋で休ませてください」

「ああ、わかった」

「それと、今日、明日は彼女の様子を見てあげてくださいね。私たちは今回の主劇で怪我した人たちを見に行きますので」

「…………」

「頼みますよ」

 

その後、隣の部屋からシスターに呼ばれた私はリベラに言われたとおり、彼女が目覚めるまで、彼女の傍にいた。

 

まあ、一日二日の徹夜なら体には影響はないから問題はないだろう。私の体は普通のものより丈夫だから……

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

――――少女は夢を見ている

 

黒い死神を倒してくれた彼の夢を、自分を優しく包んでくれた彼の夢を。

 

彼女は知らなかった、この感情を――――人からもらう優しさという感情を

彼女は知らなかった、このぬくもりを――――人との触れ合いがこんにも温かいということを

 

 

だから、少女は思った。これは夢なのだと。

自分にこんな風にしてくれる人がいるわけがないのだから……

 

少女は暗殺者だ。彼女は拾われてからただそれのみを教えられてきた。

それ故に、叱られることはあっても褒められることはない。

教官は厳しくあったが、優しいことはなかった。

だから、少女はこの温まりが信じられなかった。

 

けれど、今の少女にとってそれらはどうでもいいことだ。

なぜなら、彼女はもうじき死ぬ。だから、最後に、こんな暖かな夢をくれた彼に感謝しながら、意識を手放した……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは?」

「ここは、リベラという神父の部屋だ。それと私はリベラではなくフラムという者だ」

「ふらむ? …………あ!」

「ん? どうかしたか?」

「フラム。フラムは……そう、ヒーロー?」

「……何が言いたい?」

「わたしをたすけてくれた。あのくろいのからわたしをすくってくれた」

「? 助けたのは確かだが、黒いのとはなんだ? それとお礼なら私でなく、リベラに」

「わたしにぬくもりをくれた。ほら、わたしの手はこんないもあたたかい」

「いや、これは君が握ってきたからであって、私が与えたものではない……っておい! 聞いているのか?」

「ふふ、やっぱり、あたたかい」

「いや、あのだな……布団から出ると風邪を引くと思うのだが」

「あたたかーい」

「君は話を聞いているのかね?」

「簡単なことですよ。あなたが彼女と一緒に布団に入って寝ればいいんですよ」

「リベラ。いたのなら声をかけてくれ」

「いえ、珍しく困った表情をされていたので、つい……それで、彼女に風邪をひいてほしくないのであればそれがいいと思いますが?」

「そうだな。そうしようか……それではリベラ。私はこれからこの子と一緒に寝る。後のことは任せた」

「……ビャクヤさんに伝えておきましょう。出発の準備に輸送隊も追加するようにと」

「ああ、助かる」

「……それでは、おやすみなさい」

「ああ……さて、寝ようか。私も布団に入るが構わないか?」

「うん。あたたかいから、いい」

「そうか……おやすみ」

「? おやすみ?」

 

 

 

 

 

 

 

隣からは規則正しい少女の寝息が聞こえてくる。昨日の夜に見たような苦しげな表情ではなく、その表情はとても穏やかのものだった。

 

彼は知らない。

彼が当たり前のように行った行動によってこの少女に迫る死神を追い払ったことを。彼にとって当たり前だったこの行動が彼女をどれだけ救ったのかを。

彼はまだ知らない。

 

だから、彼は穏やかな彼女の寝顔を見て、一言小さくつぶやいた。

 

「よい夢を……」

 

 

 

 

――――死神の鎌はついに振るわれることはなかった

 

彼女に伸ばされたのはヒトの手、彼女が掴んだのは温かなヒトの手だった

 

そう、この少女の運命は、彼によって変えられた……

 

 

まだ、この少女の物語は、始まってすらいない――――――

 




まえがきの通り、この物語は、六章 未来を知るもの の補足です。魔法の設定については、ついでに入れました。なお、この設定は作者の勝手の妄想と、想像により造られたものであり、公式とは全く関係ありません。

そして、暗殺者の少女を助けたのは輸送隊のフラム(とリベラ)でした。彼女については、これから間章などで少しずつ語っていきます。なお、主に絡むのはフラムです。

さて、次回は七章で、ティアモが仲間になります。お楽しみに。

と、言ってますが、登場は1章早いので少々フライング気味ですが……
リベラももちろんフライングしてます。

それでは、また次回で会いましょう。
フラムはロリコンじゃない……はずだ。


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第十八話 侵略~裏切りの契約~

前回の投稿からもうすぐ一か月……

今回の話にてこずったのも事実ですが、単純に遊んでいただけな気もします。

……どうでもいいですね。今回は第7章です。それでは、どうぞ


ペレジアからの襲撃を退けた翌日、僕は次の日の準備に追われていた。昨日の時点で大まかに決まった予定をフレデリクやフィレインさんと話し合って詰めていったのが午前中のことであった。クロムはエメリナ様と話があるようで不参加だった。

 

これにより、明日ペレジアからの襲撃に備えるために、フェリアに助けを求めることに決まった。そして、エメリナ様の暗殺に対策するためにエメリナ様にはイーリス城の東にある離宮に移動してもらうことなった。

 

そして、午後になっても僕が忙しいのは変わらなかった。今回の行軍に必要なものを頼もうと輸送隊のフラムさんのもとを訪れようと思ったんだけど、彼は今日、体調を崩したらしく動けないとのこと。そんな予想していない事態もあって、現在僕はルフレと共にその分の準備をしていた。

 

ふと、クロムに今回のことを伝えていないことを思い出したので僕はルフレに声をかける。

 

「ルフレ。それが終わったらクロムのところに行って今回の行動について伝えてきてくれ」

「わかりました。でも、クロムさんとエメリナ様はいったい何の話をしていたんでしょうか? 一応軍議もあったんですけど」

「まあ、おそらく今日中にクロムが話してくれるよ。それよりも、クロムへの報告を忘れないでね。後、それが終わったら自分の準備も済ましておいてね」

「はい。それじゃ、ビャクヤさん少し抜けますね」

 

そう言って彼女は部屋を出ていった。その後、ルフレが部屋を出てからそんなに間を開けず、この部屋の扉がノックされた。

 

「はい。開いていますよ」

「失礼する」

「……って、フラムさん!?」

 

入ってきた人物はフラムさんだった。正直いって意外だった。そもそも彼は今日、体調が悪いから休んでいると神父さまから聞いていたのだけど……その彼がなぜここに? そして、彼の隣で彼のマントをつかんでいるのは誰? その子もマントにくるまっているせいでどこの誰という以前に、男女の区別すら全く分からない。普通に考えれば彼の息子か娘になるんだろうけど、彼は未婚のはずだ。

 

「あの、フラムさん? その、今日は体調がすぐれないから休まれると聞いていたのですが……。あと、その子どもは?」

 

彼は僕の質問を受けたのちに自分のマントの裾をつかむ子供の方を見て少し考えたのち、静かにその口を開く。

 

「…………ビャクヤ」

「はい」

「これから言うことに驚いたとしても、決して声を上げないでほしい。そして、受け入れてほしい。この子のためにも……」

「? わかりました。ええと、それで、その子供は?」

 

フラムはその子の紹介をする前によくわからない条件を提示してきたが、特に拒む理由もなかったので了承する。その答えを聞いた彼は隣の子供に目線を合わせると、優しくその子供に話しかける。

 

「……カナ。了承は取った。フードをとりなさい」

「……でも、みんなのまえではとるなって、フラム言った」

 

ここに来て、その子供は初めて口を開いた。少し舌足らずの言葉から、だいぶ幼い印象を受ける。声からして、女の子かな? でもそんな子供どうしたんだろう。それに、なぜフードを?

 

「この人には知らせないといけないんだ。大丈夫。彼は受け入れると言った。だから、安心しろ」

「…………うん。わかった」

 

彼の説得を受けた少女は僕の前まで来ると、かぶっていたフードをとって、僕を見上げるように顔を上に向ける。僕の予想通り、その子供は女の子だった。マントに隠れていてわからないけど、きれいな黒色の髪の可愛らしい少女だった。

 

けど――――

 

「……!?」

「ビャクヤさん? ええと、わたし、カナ。フラムにたすけられた」

「え、え、あ、ど、どうも。僕は自警団の軍師をしているビャクヤだよ。よろしく」

「うん。よろしく」

 

そう言って目の前の少女――――昨日の夜にエメリナ様の暗殺をしようとしていた少女は答えた。とりあえず、フラムさんに言われていたから、ある程度普通に接することが出来たけど、これはいったいどういうことだろうか……

 

「フラムさん……説明を」

「座るが、かまわないかな?」

「どうぞ。何か出しますよ。あまりいいものはありませんが」

「カナ、おいで」

「うん」

 

フラムさんは椅子に座ると、暗殺者の少女――――カナを呼んだ。そして、カナは彼のもとへ移動するとその隣に座るのではなく、当然のように彼の膝の上に座る。そして、彼も特に気にした様子もなく、その行動を見ている。

 

「…………フラムさん」

「…………言うな。私から離れたがらないんだ、何故か」

「? フラム、どうかした?」

 

これも血なのだろうか? とフラムさんがつぶやいているが、いったいどういうことなのだろう。まあ、それはいいとして、本題に入らないと。僕はお菓子と飲み物を二人に出すと、僕自身も彼らの向かいに座る。

 

「それで……説明してもらえますか?」

「……さほど話すことはないんだがな。とりあえず、簡単に説明させてもらう」

「どうぞ」

「私の部屋の前で瀕死の状態で倒れていたから、助けた。そしたら、それが今回エメリナ様の暗殺に加わっていた少女だった」

「…………」

 

…………なるほど、説明することは確かにほとんどないな。要するに死にそうな子供がいたから助けた、と。うん、僕でも知らなかったらきっとそうすると思う。

 

「そう、ですか。それで、その少女をどうするつもりですか?」

「私が引き取って育てるつもりだ。それと――――」

 

彼は、その先の言葉を続けようとして、急に口を閉ざした。その後、少し悩んだ後、再び口を開く。

 

「いや、これについてはまた後で話そう。とりあえず、今、この子に危険はない。それだけは保証する。それに、彼女もまだ本調子ではないから、当分は戦闘をこなすのは無理だろう」

「わかりました。それではその少女についてはあなたに一任します。その方がその子も喜ぶでしょうし。あなたもそれでいいですか?」

「フラムといっしょにいればいいの?」

「そうだよ」

「うん。そうする」

 

カナはそう言うとフラムさんに抱きつく。心なしか、先ほどよりうれしそうに見える。正直、だいぶ不安だったが、先ほどの表情を見る限り、大丈夫そうだ。

 

この少女は先ほどから、ほとんど表情が変わっていない。どころか、感情がないのではないかと疑いたくなるくらい、声にも浮き沈みがない。まるで機械のようだったから、もしかしたら、ペレジアから指示があれば簡単に裏切るのではないかとも思った。けれど、これほど、フラムさんになついているなら問題はないだろう。

 

まあ、フラムさんの軍内部での今後の評価については、この際無視させてもらう。

 

「それでは、フラムさん。一応、このことはほかの自警団の人達にも伝えておきます」

「ああ、感謝する」

 

それで話は終わったようで、彼は膝の上にいるカナを抱えて立ち上がり、その後、カナを地面に下ろす。その間、抱えられたカナはずっとカップを持ったまま不思議そうにフラムさんの顔を見ていた。

 

 

こうして、いつの間にか敵であったはずの暗殺者の少女――――カナが自警団の仲間になった。

 

 

 

 

「それでは、私はここらで――――」

「あ、すいませんもう一ついいですか?」

「……なんだ?」

 

彼らが退出する前に、僕は途中から気になっていたことをたずねるために彼を呼び止めた。彼はこちらに振り替えることなく、立ち止まる。

 

「体調が悪いというのは?」

「嘘だ」

 

そ、即答とは……いや、それはそれで疑問があるんだけど。

 

「ええと、午前中はどうされていたんですか?」

「…………」

「フラムさん?」

「…………?」

 

彼は黙したまま答えない。どうやら答えるつもりはないようだ。僕は諦めて自分の仕事に戻ろうとしたのだが、カナが不思議そうにフラムさんを見た後に、僕の方を見て衝撃の事実を口にする。

 

 

「あのね、フラムはカナといっしょにねてたの」

 

 

「…………フラムさん?」

 

フラムさんはやはりこちらには振り返らない。だが、しばらくすると沈黙に耐えきれなくなったのか、しぶしぶと口を開いた。

 

「…………事実だが、どうかしたか」

 

どうやら開き直ったようである。カナの方を見ても、何やら昨日何かいかがわしいことがあったようには見えない。見えないだけかもしれないが、とりあえず何もなかったのだろう。いや、そう思いたい。

 

……まあ、別にいいか。これ以降は彼とこの少女の問題だし。

 

「…………いえ、何でもありません。ですが、そのことは僕以外の人には知られない方がいいでしょう」

「ああ、そうだな」

 

こうしてこの会話は僕と、フラムさん、そしてカナの三人の間の秘密となるはず、であった……が――――

 

「…………」

「え、ええと、その、あの、ごめんなさい!!」

 

聞き覚えのある声が扉を開けた向こう側から聞こえてきた。その後、何やら走り去っていった音も聞こえる。

 

「…………あれは、リズの声だったかな?」

「……そうだったな。困ったことになった気がする」

「…………どうしますか?」

「…………なるようになるだろう。後は、知らん」

「そうですね」

 

リズがこの後、誰にも話さないということはないだろう。おそらく、今日中には自警団の全員に知れ渡っているだろうな。

 

「とりあえず、お疲れ様です」

「…………」

 

 

 

 

 

翌日、女性陣が彼に対して少し距離があったのは、おそらく今回のことと関係しているのかもしれない。その他にも、ルフレからもらっていたお菓子について、僕とルフレ、ガイアの間で一悶着あったが、それについては僕の記憶の中にしまっておこうと思う。

 

 

 

こうして、僕らは次の日に、裏街道へと向かった。フェリアへと助けを求めるために、エメリナ様の安全を確保するために……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「…………」

「どうしますか?」

 

イーリス国内には、イーリス城をはさんで大きく二つの道がある。一つは、ペレジアの方面――――すなわち、イーリス城の西側にあるのが表街道。この道は表という名の通り、普段からフェリアなどの他国との交易や旅をする際に利用されている道であり、道の途中には小さな村もある。また、整備も行き届いており利用しやすい道となっている。

 

クロム達自警団がフェリアに行く際に利用した道もこちらのものとなっている。

 

さて、ではもう一つの道はどうだろうか。その道は、主に裏街道と呼ばれており、その名の通り、他国から見るとイーリス城に隠れて見えない道となっている。当然、利用者も少なく、道もそこまで整備されているわけでもない。

 

しかし、そのように表に比べて不便になっている理由もある。そう、この裏街道には、イーリスの王族の立てた離宮が存在するのである。そして、この存在は他国にも知られておらず、緊急の際に隠れる場所となっている。

 

そのため、この度襲撃を受けたイーリスは、フェリアに向かう際の道を表から裏へと変更し、その途中にある離宮に聖王エメリナを連れていくことにした。そうすることで少しでも彼女が暗殺されることを防ぐためである。本来ならクロムと共にフェリアへと行くのが最も良い選択であるが、それは聖王エメリナの意思により不可能となったため、代替案としてこの案を実行することになった。

 

そして、今、この道の入り口にとある白き主従がいた。

 

彼らは道の入り口で立ち止まっている。その理由が、先ほど見たドラゴンナイトの一団である。思考を続けていた司祭の男性は、顔をあげると己に仕えている騎士に尋ねる。

 

「……あれは、どこのに見えた?」

「……飛んで行った方角からして、ペレジアのものと考えるべきでしょう。それにイーリスには天馬騎士団は存在しますが、ドラゴンナイトは存在しなかったはずです。フェリアにはいるらしいですが、あの方角へ向かうのはおかしいと思われますし、何より、裏街道を使うとは思えませんし、ここまで来るはずがないです。普通にイーリス城に訪問すると思います」

「だろうな。俺もそう思う。裏街道で戦闘があったのか、それとも準備をしているのか」

「そこまでは見えなかったので、判断はできませんが、これから行われる場合だと確実に巻き込まれます」

 

彼らのいる場所はイーリスの南側。先ほど女性が話した通り、フェリアの兵がここまで来るのはふつうありえない。それ故に、ペレジアのものと考えるのが妥当である。

 

「…………仕方ない。表の道に行こうか」

「しかし、それでは戦闘に巻き込まれる恐れがあるのでは?」

 

その女性の言葉に対し男は少し顔をしかめる。今回、彼らが裏の道を通るのは、戦闘に巻き込まれるのに避けるためである。それだというのに、裏を通って巻き込まれては意味がない。かといって、表を通れば間違いなく、ペレジアとの戦闘に巻き込まれるだろう。

 

だが――――

 

「表を通るが、イーリス城までは行かない。その途中に小さな村があったはずだ。そこに一日か二日ほど滞在することにしよう。それくらいもすればおそらくあの戦闘も終わっているだろうし、情報も入るだろう」

「……そう、ですね。わかりました。それではそのように」

「…………行くぞ」

「はい、行きましょう――――カルマ様」

 

二人はそう言って来た道を引き返し、表の道へと向かった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

白き主従の会話より数日前のこと、件の裏街道では戦闘が行われていた。

 

だが、本来狙われるはずのない裏街道に何故、ペレジアの軍が侵攻してきたのか。そもそも、他国の認識ではその道には特別な価値はない道である。

 

だからこそ、裏をかいた……その可能性もあるが、今回は違った。

 

 

 

「わ、わ、私だ! ギャンレル殿から話は通っているだろう!? 約束通り、私の身の安全は保障してくれるんだろうな!?」

 

 

 

一人の神官の裏切りによって、エメリナを含むクロム達自警団はペレジアの軍に奇襲をかけられることとなった。エメリナに長年仕えていたという神官の起こした一つの裏切りから、この物語は彼の思惑通りに――――

 

 

 

「もう少しだな……」

「そうだね。これで、イーリスは崩れるだろうね……」

「……け、てめえは黙ってな。だが、その通りだ。これで、全て壊せる。この世界のすべてを」

「…………」

 

 

 

――――そして、彼女の最悪の想定通りに事は進む。

 

 

 

「まだです……まだ、まだ、私は諦めません」

「――エメリナ様…………」

 

 

 

知らぬ間に、壊された想いに気付かぬまま、彼は〈    〉に繰られ、――の未来を担い、彼女は壊れた理想を抱き――の未来を背負わされる。

 

 

――――世界は、破滅へと少しずつ近づいていく。

 

 

 

「…………見つけた」

 

 

 

様々なイレギュラーを含んだままに……

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は目の前のペレジア兵を見据えながら、隣のクロムに話しかける。

 

「クロム……ヴィオールとガイア、ロンクーを借りるよ」

「……ああ、わかった。すぐに加勢する」

「ルフレにある程度指示は伝えてある。彼女の指示に従って動いてくれ。ルフレ、頼むよ」

「……わかりました。気を付けてください、ビャクヤさん」

「うん。それと、フレデリク」

 

ルフレと共にクロムが後ろへと下がった。それに合わせて下がろうとするフレデリクを僕は呼び止める。彼はリズを乗せたまま馬上で首だけで振り返る。

 

「……ここに」

「エメリナ様を頼みます」

「…………お任せください」

 

フレデリクが下がり、僕の周りに残されたのは先ほど僕が指名した三人だけとなった。僕は彼らを一度見ると、もう一度前を見据え、ペレジア兵へと近づく。これで、彼らとの間合いに入ったようなものだ。

 

「とりあえず、エメリナ様の安全の確保と、みんなの準備が整うまでの足止めをするよ」

「はー、私たち4人でかい? 相変わらず無茶ぶりをするね、ビャクヤ君は」

「君一人でやってもらってもいいんだよ、ヴィオール」

 

そう返すと、彼は軽く肩をすくめると弓に矢をつがえ、斜め前に向けて引き絞った矢を放った。

 

「な……!?」

「……ちゃんと仕留めてくれよ」

 

放たれた矢は近づいてきたドラゴンナイトへと吸い込まれていき、落ちてきたところをガイアが素早く仕留めた。それを合図に、全てのペレジア兵が動き出した。

 

「ロンクー」

「……なんだ」

「行くよ」

「ああ」

 

ロンクーとともに僕は駆け出し、魔導書を開くと前方の敵めがけて雷の魔法を放つ。

 

――――〈エルサンダー〉

 

放たれた雷は目の前の敵に当たると弾け、周囲の敵へとその余波をばらまく。その余波にはもちろん威力なんてものは存在しない。少し体がしびれるくらいのものではあるが、それが、彼らの足止めになった。本当にわずかな時間の足止めでも、僕らにとっては十分すぎる時間だった。

 

「ロンクー」

「……ふん」

「さて、俺も行くかな」

 

雷の駆けた後をロンクーが駆け、その後におくれて、ガイアも続き、敵陣へと切り込んでいく。僕はそのまま、ヴィオールと共に、ドラゴンナイトの牽制を続けながら、彼らの様子を確認する。一人、二人と切り倒したところで敵兵も立て直し、迎撃をしようとする。それに合わせ再び僕は彼らに向けて雷の魔法を放つ。

 

「〈サンダー〉」

「……っ!! 下がれ!! 下がって、弓兵を守れ!!」

 

僕ら二人に加え、後方でドラゴンナイトを牽制しているヴィオールたちを含めた4名に完全に抑えられてしまっているためか、ペレジア軍の指揮官は一度軍を下がらせ、魔導師や弓兵による遠距離攻撃に切り替えた。

 

「予定通りだ……下がるよ」

 

僕は当初の予定である時間稼ぎを達成できたので、ヴィオールたちと共に、後方へと下がった。少し下がるとルフレがこちらに声をかけてくる。準備が終わったのだろうか、クロムと一緒にこちらへと来ていた。

 

「ビャクヤさん。準備が終わりました。いつでもいけます」

「そうか。じゃあ、予定通り、攻めようか。クロムも行けるね?」

 

そう、僕はクロムに確認を取ったところ、彼は少し悩むそぶりを見せた後、僕の方を向いてややためらうように口を開く。

 

「ああ。それと、ビャクヤ……一つだけ変更させてくれないか?」

「ん? 何かあったのか?」

 

クロムがこの段階になって作戦に口を出すのは珍しい。いや、作戦の方向性に口をだすことは確かにあったが、よっぽどひどいものでなければ決まった後に口出しをすることはなかったらしい。フレデリクによればだが……。まあ、本人も考えるのは向かないと言っていることより、本当に珍しいと思う。

 

ともかく、そんなクロムが作戦を変更させてほしいと言ってきた。はたして、僕の作戦の中にまずいところがあったのか、それとも――――

 

 

 

「ああ、今回の戦い、地上ではなく空でティアモとともに行動したいんだが、いいか?」

 

 

 

イレギュラーな事態が起こり、クロムのお人好しな性格が発動したかのどちらかだろうね。

 

 




次回は第七章~侵略~の後編となります。

クロムが原作にない道を通るかは、彼女次第になります。

次は早めにあげれたらいいな……と思いながら、ここらで終わります。
誤字脱字、感想等ありましたらお願いします。
それでは、また、次回で会いましょう。


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第十九話 侵略~託された想い~

今回は第七章 侵略の後編に当たる物語です。

所々、本編にはないやり取りが混じってきています。

それでは、本編をどうぞ


 

「……クロム。聞きたいことはいろいろとありはする。けれど、それはどうしてもしないといけないことなのか?」

「……ああ。今のあいつは何か危ない気がする。だから、頼む」

 

こちらに来るなりティアモと行動したいと言ってきたクロムだが、どうやら、彼のお人好しの性格が今回の行動の理由のようだ。

 

こちらとしてはあまり嬉しくないけど、どうせ行っても押し通そうとするんだろうな。度々思うけど、フレデリクは苦労をしているんだな……

 

これからは僕もこれに巻き込まれるわけだけど……仕方ないか。僕もこれのおかげで今があるんだし。

 

「後できちんと説明してくれよ」

「!! ああ、わかった」

 

クロムに許可を出すと、クロムは一度後ろに下がった。おそらく、ティアモのところに行っているんだろうな。

 

僕は隣で一部始終を見守っていたルフレの方を見る。彼女も半ばこうなることを想像していたのか、仕方ないですね――――という感じで肩をすくめ、僕に――行きましょう、と声をかける。その手にはすでに風の魔導書が握られていた。

 

「ごめんね。本当なら、僕と一緒に後方からの魔法攻撃のはずだったのに、前衛にしてしまって」

「気にしないでください、ビャクヤさん。あなたと一緒に戦うということに変わりはありませんから……それに、約束しましたから」

 

そう言って、彼女はこちらを向いて微笑む。僕もそれに――そうだね、と返し魔導書の代わりに、剣を握る。そして、まるで見計らったかのようなタイミングで、ガイアが隣に現れた。

 

「いつでもいけるぜ」

「よし、なら、行くよ。敵を殲滅する!!」

 

敵へと駆け出しながら、僕は今回の襲撃について考えていた。もしもの時のために一応考えていた策が役に立ったことは良かった。けれど、神官の裏切りだけでなく、王都警備とクロムから聞いていたティアモがこちらに来ているという事実が、僕を不安にさせる。でも、それについて考えるのは、とりあえずこの戦闘を切り抜けてからだ。

 

「〈エルウィンド〉!!」

 

聞きなれた彼女の声と共に、僕の周囲に風が吹き荒れ、目の前の敵をなぎ倒す。そうして、体勢を崩した彼らに対し僕は剣を振るい、彼らの命を刈り取っていく。

 

周りでも同じように、弓や魔法の援護を受けながら、僕たち自警団はペレジア兵を倒していった。空ではスミアや、クロムたちが戦っているおかげか、ドラゴンナイトからの襲撃はなかった。

 

次第に敵の数は減っていき、戦局は完全に僕らの方に傾いた。

 

 

 

 

 

 

僕は指揮官の周りのドラゴンナイトたちの間をすり抜け、指揮官に肉薄する。指揮官はドラゴンを繰って上空に逃げようとしたが、ルフレの放った風魔法が頭上を通り過ぎたため、飛び上がることが出来ない。

 

「終わりだよ」

「は! イーリスごときにこのオーリオ様が負けるかよ!!」

 

逃げれないと判断した彼は僕の方を見ると、ドラゴンを繰って僕へと攻撃を仕掛けてくる。それを、前進みながらよけ、ドラゴンを切り付け確実に羽を奪う。これによって、地に落ちた指揮官はドラゴンから急いで降りると、こちらに対し槍を構える。

 

「遅い」

 

それと同時に、彼の腕は僕によって飛ばされ、返す刀で彼を袈裟に切る。僕がこの指揮官と戦っている間に、彼が最後になっていたようで、皆こちらに集まってくる。

 

オーリオと名乗った彼も、自分の部隊が全滅したのを悟ったのか、自嘲気味に笑うと、こちらに最後の言葉を投げかけてくる。

 

「は、俺に勝ったくれーで、いい気に……なんな、よ? お前らのいねー間に、王都の奴らは……皆殺しだ。さー、どうするよ、エメリナ? 自分だけ助かるか……それとも、戻るか? おめーを信じて……」

「そこまでにしてもらおうかな。これ以上は耳障りだ」

 

僕は皆がこちらに来る前に、この指揮官の息の根を止める。僕は死んだのを確認すると、みんなの方に向かいながら、剣に着いた血のりを落とし、剣をしまう。空からはクロムやスミア達が降りてきた。クロムはティアモの繰るペガサスから降りると、こちらへと駆け寄ってくる。そのクロムとは違い、一人思い悩むようなティアモの顔も気になるが、今は急いでみんなに伝えないといけないことがあるから、先に指示を出す。

 

「ビャクヤ!!」

「クロム、エメリナ様と合流するよ。急いで。どうやら、まずいことになっているみたいだ」

「な!? どういう事だ?」

「説明するから、行くよ。それと、ティアモ」

「……っ! は、はい」

 

僕はクロムと共にこちらへと近づいて来ていたティアモに声をかける。心ここにあらず、といった感じだった彼女はその声で我に返ったらしく、こちらへと上ずった声で返事をした。

 

「聞いていたよね。エメリナ様に王都で何があったのか、話してもらうから。そのつもりでいて」

「え……、あ、はい。わかりました……」

「頼むよ」

 

ティアモは僕の言葉にどこか戸惑いながらも簡潔に答えたが、その顔は依然として暗いままだった。ひとまずそれは置いておいて、僕はクロムと協力して自警団のみんなを集めると後方にいたエメリナ様のもとへ移動する。後方では、エメリナ様の周囲にフィレインさんの連れてきた天馬騎士団とフレデリクの姿があった。

 

幸い敵はほとんど漏れていなかったらしく、エメリナ様たちにはこれといって目立った傷はなく、負傷した兵もいそうになかった。いたとしても、杖で完治できるレベルだと思われる。

 

「フレデリク。大丈夫だった?」

「はい。ビャクヤさんたちのおかげで、こちらには敵はほとんど漏れてきませんでした。ありがとうございます」

「そうか。良かった……それと、エメリナ様。一つ……いえ、二つほど報告があります。僕からと――――」

 

フレデリクからの報告を聞いた僕は先ほど手に入れた情報を伝えるために、エメリナ様の方へと向き直る。その際に、ティアモが僕の後ろに来ていることを確認するために一度言葉を区切り、確認してから言葉を再び紡ぐ。

 

「――天馬騎士ティアモから報告があります」

「……続けてください」

「はい。それと、おそらく僕と彼女の持つ情報は同じと思われます。僕が先ほど倒した敵の指揮官から聞いたことは、イーリスの王都はすでにペレジアの軍に攻められている、ということでした。そして、そこの警備に当たっているはずのティアモがここにいるということは……」

「イーリスの王都はすでに落ちている、ということですか?」

「おそらく……ここからは、ティアモの方が詳しいと思います」

 

エメリナ様は僕の言ったことから、想定できるうちの最悪の結果を導き出した。そして、その予想は間違いなく当たっている。ティアモの様子を見る限り、それは間違いではないだろう。

 

僕は話せることをすべて話したため、ティアモに後の報告を任せる。そのため、一歩引き彼女の少し後ろまで下がった。ティアモはゆっくりと顔をあげると崩れそうだった顔を引き締め、エメリナ様に報告を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の報告は僕やエメリナ様の最悪な予想通りとなった。王都にはギャンレルの率いるペレジア軍が攻め入り、王都に残っていた軍は壊滅。王都を落としたギャンレルはそのまま王都に陣を引いて、部下がエメリナ様を連れてくるのを待っているらしい。ティアモのいた隊もまた、同じように襲撃を受け、彼女をかばい全滅し、そのティアモはエメリナ様に報告のために、ここまで必死に逃げてきたそうだ。そして、ここにもギャンレルの追手が迫っているらしく、今すぐフェリアへと逃げないとまずい状況になっている。

 

報告をしていたティアモは仲間の命の重さや、請け負った責任の重さ、失った悲しみに耐えきれなくなったのか、途中で泣き崩れてしまい、一端下がってもらった。

 

そんな報告を受けて、エメリナ様は決意を固めていしまわれたようだった。

 

「戻ります」

「エメリナ様!? それは――――」

 

その言葉を聞いて、天馬騎士団の長であるフィレインさんが驚きの声を上げた。僕を含む自警団のみんなも同じ表情をしている。皆の驚きをよそにエメリナ様は続ける。

 

「私が戻らなければ、多くの民が犠牲になるのです。これ以上、私のために散る命を見過ごすわけにはいきません。フレデリク」

「はい」

「あれをここに……」

「……っ!! わかりました……」

 

フレデリクはエメリナ様の命令を受け輸送隊の方へと向かう。エメリナ様はそのフレデリクの後姿をじっと見つめていた。

 

 

エメリナ様はフレデリクの持ってきたものは受け取るとクロムに近づき、持っていたものを手渡した。

 

「クロム。これをあなたに」

「【炎の台座】? 姉さん、これはいったい……」

「それを持って、フェリアに行きなさい」

「な……!? どういう事だ、姉さん!?」

 

【炎の台座】イーリスの国宝であり、強大な力を持つとされるもの。かつて世界を救ったという英雄マルスの時代からあり、彼を助けたとも伝えられているものである。そんなものを今、クロムに渡すということは――――

 

「【炎の台座】はイーリスの国宝であり、イーリス国王の証。そして、強力な力を持つとされる神器。かつて、【炎の台座】をめぐって多くの血が流れました。どうか、私の代わりにあなたが【炎の台座】を守って……」

「そんな……そんな言い方はやめてくれ! それじゃまるで――」

「クロム……お願い」

「お姉ちゃん!! だめだよ!!」

 

エメリナ様はやはり、クロムに国を今ここで渡すつもりだったようだ。そして、そのことに、僕も何も思わないわけではない。そして、このことに、クロムはもちろん、リズも何も思わないわけではない。普段静かに聞いているリズがクロムとエメリナ様の会話に割って入り、エメリナ様の行動を止めようと口をはさむ。

 

それに対し、エメリナ様はリズの目線に合わせてしゃがむと、彼女の頭を優しくなでながら話しかける。

 

「リズ。あなたもクロムと一緒に行きなさい」

「そんな、なんで……」

「泣かないで、リズ。またきっと、すぐに会えるわ」

 

リズはエメリナ様にそう諭されると、こぼれそうだった涙を拭いて無理に笑顔つくった。何時ものようでありながらも、どこか痛々しい笑顔を……

 

「うん。わかったよ、お姉ちゃん。だから、必ずまた会おうね……約束だよ」

「ええ、約束よ」

「我ら天馬騎士団は、エメリナ様と共に行かせてもらいます」

 

その様子を静かに見守っていた、フィレインはやり取りが終わったのを見ると、エメリナ様の護衛としてついて行くと、伝えた。エメリナ様はフィレインさんのその覚悟を静かに受け止めると、それを了承した。許可をもらったフィレインさんはエメリナ様から視線を外すと、僕の方に向き直る。

 

「ビャクヤ殿……一つ頼みがある」

「……なんでしょうか?」

「ティアモのことを頼みたい。あいつはこちらではなく、クロム様の護衛として自警団に加えてやってくれ」

「……彼女が納得するでしょうか」

 

ティアモはおそらく、フィレイン様と共に行こうとする。そして、ついて行ったが最後、彼女は二度と戻ってはこない気がする。いや、間違いなく、そこで死に場所を探そうとするだろう。

 

仮に、こちらに付いてきたとしても、彼女はきっとこちらでも死に場所を探し続けるだろう。そのような兵は、正直あまり好ましくない。自警団のような少数精鋭ならなおさらだ。それくらいはフィレインさんもわかっているはずだ。

 

「しないだろうな……だから、ティアモに伝えてくれ。“私たち天馬騎士団の魂はいつも共にある”と。たとえどれだけ離れていたとしても」

「……わかりました。そのように、伝えておきます」

「よろしく頼む」

 

僕はフィレインさんからの言伝を受け取ると、静かにその場で一礼する。これから死地へと赴く彼女達へ、今、僕のできる最大の誠意を示しておきたかった。僕が顔をあげた時にはすでに彼女は仲間へと指示を出していた。これが、最良だとわかっていても、僕はやはり心のどこかで納得が出来ていなかった。けれど――――

 

――――僕は、軍師だ。時には、そうせざるを得ないこともある。割り切らないといけないことなんだ、これは。

 

僕は自分にそう言い聞かせてから、フレデリクに今後のことを尋ねる。

 

「フレデリクはどうする? エメリナ様について行くのか、それとも、クロムについてくるのか」

「私はクロム様と共に行きます」

 

フレデリクはその質問を受けると、特に迷うそぶりも見せずに、即答した。その際に、エメリナ様の表情が少し暗くなった気がしたが、一瞬だったのと、視界にたまたま入っただけなのでよくわからなかった。どちらにせよ、フレデリクは今回はこちらに付いてくれるようである。

 

「そう、わかった。お願いするよ。フレデリク」

「私からも、お願いします。……フレデリク」

 

僕がフレデリクの言葉にかけるのに合わせて、エメリナ様もフレデリクに言葉をかける。フレデリクはエメリナ様の方を向くとそのまま、彼女の前に膝をついた。エメリナ様はそれを見るとひざを折り、フレデリクの高さに合わせる。

 

僕はその行動にひどく驚いたが、驚いたのは当然僕だけではなく、フレデリクもだった。フレデリクはエメリナ様のその行動に驚いて顔をあげたが、エメリナ様はその顔を両手で優しく包むと、こつり、と額を合わせて目を閉じる。

 

彼らの関係は王と騎士という主従の関係である。だが、そこには主従関係だけでは表せない、確かな絆があるように思えた。

 

「お願いです……どうか、必ず、無事でいてください」

「――――承知しました。どうか、エメリナ様も、ご無事で……」

「…………ええ」

 

二人は閉じていた眼を開けると、そっと体を離して立ち上がる。その様子を今までじっと黙ってみていたクロムだったが、ついに耐えきれなくなったのか、口を開く。

 

「待ってくれ、姉さん! やっぱり、俺は――――」

「……クロム。私は、あなたを、リズを、そしてこの国の民たちを愛しています。だから、私は行きます。フェリアから援軍が来てくださるまで、王都は私が、私たちが守ります」

「だが……」

 

しかし、それはエメリナ様によってさえぎられてしまった。エメリナ様はそのまま、クロムを優しく諭すが、それでも、クロムは納得できず、異論を唱えようとした。

 

けれど――――

 

「大丈夫。私だって初代聖王の血を引く者ですもの。イーリスで民と共にあなたを待っています」

「…………わかった。必ず助けに行く。だから、無事でいてくれ、姉さん」

 

クロムは、エメリナ様の見せた笑顔の前に引きさがった。いや、引き下がらずを得なかった。エメリナ様の先ほどの顔は聖王としてのものではなく、一人の姉としてのもの。ただ、クロムの姉として、弟を安心させるためのもの。そして、同時にゆるぎない決意の表情でもあった。

 

「ビャクヤさん……クロムをお願いします」

「…………はい」

 

僕は立ち去っていくエメリナ様が最後に言った言葉を胸に深く刻みこんだ。

 

 

 

そして、エメリナ様は僕らに見送られながら、天馬騎士団を率いてギャンレルの率いるペレジア兵の居座るイーリス城へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、僕らは急いでフェリアに移動した。フェリアへの道中において一番不安だった国境地帯でも特に戦闘はなく、ペレジア兵に遭遇することはなかった。

 

そのおかげで、予想しうる限り最も早くフェリアへとたどり着けた。けど、あのギャンレルがここまで何もしてこないというのも気になる。イーリスの攻略に手間取っているとしても、こちらへ兵を派遣するくらいは可能なはずだ。それが一切ないということが、僕を不安にさせた。

 

だけど、今の状況で不安なのは僕だけではなかった。実の姉であるエメリナ様が敵陣へと少数の兵を率いて向かっているクロムやリズも不安で仕方ないんだと思う。リズはその不安を紛らわせるために、様々な人に話しかけて、無事かどうかを尋ねている。帰ってくる答えはリズを安心させるための、不確定要素の多いものであるが、それでも彼女の心にとっては平静を保つことへの助けとなっているらしい。

 

しかし、クロムの方はリズよりひどかった。

 

「お姉ちゃん大丈夫かな……大丈夫だよね? ね? フラヴィアさん、急いで援軍の準備してくれているし、みんなで王都に行けば間に合うよね?」

「…………」

「…………うん、きっと大丈夫だよ。だから、落ち着いて、リズ」

「う~」

 

リズは最初に比べれば落ち着いてきたが、やはりまだそわそわしている。不安で仕方がないのだろう。けれど、クロムはずっと上の空。何を言っても返事をしない。しても生返事で、こちらに意識を向けない……重症だな。

 

「ねえ、お兄ちゃんもそう思うよね? お姉ちゃんは無事だよね?」

 

僕から望む答えを得たリズは、次にクロムに聞き始めている――――のだが、やはり、返事はない。ただ、ぼーっと立ったままである。完全に周りが見えておらず、自分の世界に入っている。反応がないのを不思議に思ったのか、服をつかんで軽く揺さぶりながら再び声をかける。

 

「お兄ちゃん? ねえ、お兄ちゃんってば!!」

「……ん? ああ、リズか。どうかした?」

「もう……しっかりしてよ、お兄ちゃん。お姉ちゃんを行かせたこと、まだ後悔してるの?」

「…………」

 

ようやく、リズの声に反応したかと思えば、やはり全く話を聞いていなかったようだ。そして、リズも聞いていたがエメリナ様を一人で行かせたことをだいぶ後悔しているようだ。おそらく、どうすればエメリナ様を行かせずに済んだのか、というすでに僕らにはどうすることも出来ないことを考えているのだと思う。

 

「クロム様」

 

まあ、クロムの考えが僕にわからないわけではない。そして、僕も出来るのならば、エメリナ様のことを止めたかった。もし、許されるなら、――――を――て、僕が――……っ!

 

「……っ!」

 

「えい!!」

「んな!?」

「スミアさん!?」

「おや」

 

何やら、可愛らしい掛け声とともに鈍い音がその場に響いた。僕はその声に思考の海から現実に引き戻された。状況を見る限り、スミアがクロムを殴ったんだろうな……。それにしてもきれいに決まったんだと思われる。腰も入れて突き出されたであろう拳はきれいにふりぬかれていた。

 

「あ、す、すみません! フィレイン様から教えていただいたんです。気合を入れるときにはこうするのが一番って……」

 

そのスミアさんは自分のしたことを再認識すると、急いでクロムに謝りはじめた。だけど、スミア……普通はそういう時に殴ったりはしないよ。特に女性の場合は、さらに言えば君みたいな人なら、普通は……

 

「あの……スミアさん、それって、たぶん平手打ちだと思うんだけど……今、思いっきりぐーで殴ってたよね?」

「え……? ま、間違っていました」

「……間違っているよ、それは」

「ビャクヤさんまで……」

 

スミアさんは少なからずショックを受けているようで、だいぶ動揺している。クロムはまだくらくらするらしく、頭を押さえている。まあ、だが、どうやらあの状態からは抜け出せているようである。

 

「ははは、いい仲間じゃないか! 嫁にするならそういう女がいいよ」

「いつからおられたんですか、フラヴィア様……」

「ん~、クロムが殴られるとこからだね」

 

一部始終を見られていたわけですね……それにしても、本当に良かった。この場にルフレがいなくて。どうかルフレ、君はこんな変な情報に惑わされることなく、純粋なままでいてくれ……

 

「さて、気合が入ったところでこっちも援軍の準備が整ったよ。うちの連中は戦と聞いて大喜びさ。私も久々に腕がなるねえ」

「フェリア王が自らついて来てくれるのか?」

 

クロム、そこも重要だけど、今はその獲物を狩る目をした目の前の戦闘狂の警戒をしようよ。いや、そんな変なことをするとは思っていないけどね。でも、あれは少し、いやだいぶ怖い……味方だけど、取って食われるんじゃないかって思ってしまう。

 

「ああ、あとはついでにうちのぼんくらも連れて行くよ」

「ぼんくら……ひどい扱いですね」

「ん? あんなのでもいないよりましだろう?」

「おい、ずいぶんな扱いしているじゃねえか」

 

フェリア王フラヴィア様だけでなく、バジーリオ様もどうやら参加してくれるらしい。まあ、そのバジーリオ様はフラヴィア様のあんまりな紹介に少々ご立腹なようだが……当たり前か。

 

「と、そんな場合じゃねえ! クロム! ついさっき密偵から伝令があったんだ」

「何があった?」

 

その後も少しフラヴィア様に愚痴っていたバジーリオ様だったが、ふと、我に返ると慌ててクロムに向き直った。伝令の内容を告げる際に、少しリズの方を心配げに見たが、そのまま、その内容を伝えた。

 

「――イーリスの王城が陥落した」

「な!?」

「それだけじゃない。ペレジア軍はエメリナさんを連れ去り、全軍ペレジアへ戻ったそうだ。ペレジア王ギャンレルは、エメリナさんを公開処刑するつもりらしい」

「そ、そんな!!」

 

バジーリオ様の報告を受けたリズは、膝から崩れ落ちそうになったので、慌てて後ろから支える。無理もない。姉であるエメリナ様との約束を守るために、必死に不安で折れてしまいそうな心を無理やり奮い立たせていた状況に実の姉が殺されるとなれば、耐えられなくなってしまうだろう。

 

少し前かがみになりリズの顔を除くとその顔色は悪く、顔面蒼白だ。だが、すぐに僕が見ているのに気付いたらしく、こちらに顔を向けてくる。その顔は先ほどのように、まだ悪いが顔は普段通りの柔らかで温かい/――――に――笑顔だった。僕は周りの人に聞こえないようにリズの耳元で小さく一言だけ伝える。その言葉がリズに伝わった直後、彼女の笑顔が凍った。

 

「……え、なんで――――」

「スミアさん、リズを連れて下がって。指示があるまで二人とも部屋にいてくれ」

「は、はい。わかりました。リズ、行くよ」

「……うん」

 

スミアさんは急に指名されたせいか、少し驚いていたけれど僕の言ったことの意図を理解したのかすぐに納得したらしく、困惑顔のリズの手を引いて退室していった。バジーリオ様と、フラヴィア様はじっとその様子を見ていたが、リズが退室すると話を再び始めた。

 

「さてと、これは、あからさまに挑発してきているが、どうするんだい?」

「うちの密偵が入っていることはむこうも知った上でのことだ。こちらの動きを誘おうって考えだろう。まあ、罠はって待っているだろうから、うかつに乗るのは危険だぜ」

「そうですね」

 

フラヴィア様とバジーリオ様の言う通り、今回のこれはペレジアからのあからさまな挑発と捉えられるんだけど……

 

「ペレジアへ向かう!!」

「おいおい? 王子さんよ、落ち着けって。わざわざ、見えている落とし穴に足突っ込む馬鹿がどこにいるってんだ?」

「俺がその馬鹿だ!! くそっ、姉さんが処刑されるってのに、じっとなんかしてられるか!」

「動くなってわけじゃないさ。私たちだって気持ちは同じだ。だが、行くんなら敵の罠をだし抜いてエメリナ殿を助けなきゃならない」

 

バジーリオ様もフラヴィア様もクロムの発言に驚いてクロムを諌めている。だけど、僕はさほど驚いていない。むしろ、そう言うと思っていたよ、クロム。だから、これから僕が言うことも決まっている。

 

「行くよ、クロム。策は僕が考えるから、君は前を向いて走ってくれ」

「ビャクヤ……」

「それはいいけど、問題はあんたがちゃんとした策をひねり出せるかということだね。皆の命を……何より、エメリナ殿の命を背負うことになるよ」

 

フラヴィア様とバジーリオ様は試すようにこちらを見てくる。その瞳はこちらのすべてを見透かしているようで、僕の言葉に込められた想いや、重さを見極めようとしている。だから、僕は彼らの目をしっかりと見て肯定の意思を示した。

 

「……あぁ」

 

短く僕の口から出た言葉は目の前にいる二人の王にしっかりと届き、やがて、二人の王はその顔に笑みを浮かべていく。そして、弾けるような笑いがフラヴィア様から漏れ出した。

 

「はははっ!! たいしたタマじゃないか、気に入ったよ!」

「ビビッても気負ってもいねえ。よほどの大物か大馬鹿だな。どっちにしろおもしれえ奴だ。よっしゃ、じゃあ行こうじゃねーか! 少数でペレジアに潜入、エメリナ様を救い出そうぜ!」

 

二人の王は説得できた。後は、僕の言葉に驚いたようにこちらを見てきている、クロムに自分の意思を伝えればいい。いや、正確には伝えなおせばいい。どうやら、クロムは僕がいることの意味を理解できていないようだし。だから、そのクロムに対し、僕は少し笑みを浮かべて向き直る。まるで、わかっていないクロムに伝えるために。

 

 

「クロム。僕は君の軍師だよ。忘れたのかな? 君の考えを実現させるのが僕の役目だ」

 

 

「…………そうだな。そうだったな――――なら、ビャクヤ。俺は姉さんを助けたい! だから、力を貸してくれ!!」

「ああ、もちろんだよ、クロム」

 

僕は差し出されたクロムの手を取った。

 

 

 

 

 

でも、この戦いで僕が手にしたのは――――避けられない、運命という名の死神の手だったのかもしれない。

 

だからこそ、僕は、あのと――、誓ったノニ、モウ、二度ト、――――ないよウニト……

 




どうも、なかなか投稿のできない言語嫌いです。
書きたいことがまとまらず、そして、うまく表現できないために、投稿に時間がかかっています。

次回の投稿もいつになるかはわかりませんが、なるべくはやくあげれるように努力したいと思います。

さて、それでは、次回でまた会いましょう。

そろそろ、クロムの嫁を決めなければと少し焦っている言語嫌いでした。自分の妄想全開で行くのはさすがにまずいかな……


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第二十話 邪龍のしもべ

じりじりと肌を焦がすような砂漠の陽射しが照りつける中、僕は広げられた地図とにらめっこしながら、皆について行く。地図とこれまでの行軍の状況を見るに、今のところ、行軍は僕らの思い描いた通りに進んでいる。

 

「ビャクヤさん」

 

予定を確認できた僕が地図をしまうと、頭上からルフレが声をかけてきた。どうやら、今日の目的地に着いたらしい。僕は、もうじき休憩できるのを嬉しく思うとともに、小さくため息をつく。しかし、いくら現実逃避していても現状は変わらない。ルフレからの報告を受けた僕はクロムのもとまで走り、並ぶ。

 

「クロム、ここらで一度休息をとろう。村も近くにあるようだし、何よりオアシスが近い。水の補給や食料の調達などをすませてから出発にした方がいい」

「わかった……」

 

僕の報告に対しクロムの返した返事はどこか重く、暗かった。この砂漠の移動につかれたというわけではないだろうから、何か別のことなのだろうか。

 

「どうかしたのか?」

「いや、ここまでは何とか見つからずに潜入できたが、国境の警備兵が少ない。あえて俺たちを誘い込むつもりらしいな……」

 

どうやらクロムは敵がいないことに疑問を抱いていたらしく、そのことで不安になっていたらしい。まあ、確かにもうすでにペレジアとの国境を越えてだいぶ進んだが、ペレジア兵との戦闘はなく、誘い込まれている気がしないでもない。まあ、たとえそうだとしても進むしかないのだが。

 

けれど、今回はそれとは近いようで遠いような厄介ごとが、こちらに向かって来ているようだ。

 

「…………そのことなんだけど、実は前方に武装した集団が見えるらしいんだよね」

「何! まさか、罠にはまったのか!?」

 

僕のその報告にクロムは驚きを隠せなかったようで、素早く抜刀すると、僕に敵のことを聞いてくる。僕は其れに対し軽くため息をつきながら、手を水平まで上げて、前方を指さした。

 

「でね、その子が今来たよ」

「……子供? いや、あれは敵襲ではなくて、明らかにただの少女だろう」

 

子供が来たくらいじゃ僕も何も言わないよ。それくらいわかってほしい。その後にいろいろあるからこうして報告しているわけだし。

 

「…………ルフレからの報告によれば前方で何者かが争っているらしい。とりあえず、戦闘準備をしてね」

「ああ、わかった」

 

僕らの会話はそこで途切れ、話を聞いていたフレデリクが後方へと下がり、他の自警団の者たちに戦闘準備を促していく。そして、僕たちはというと……

 

「ビャクヤさん。前方から武装集団が迫ってきます。もうすぐ接敵します」

「うん。わかった。それはそうとして、目の前の光景について君からも意見を聞きたい。女性として、あれはどう見える」

「はい? …………」

 

僕の言葉を聞いたルフレは僕らの見ている方へと視線を向け、次第に、その視線が冷たくなっていくのを僕は隣で感じていた。いつの間にかクロムの隣にいたリズの視線も同様に冷たい。

 

皆の視線がこうも冷たくなっている原因は現在も目の前でくりひろげられている、とある出来事のせいである。おそらく誰が見ても同じ感想を抱くだろう。以下その一部始終である。

 

 

 

小さい女の子がこちらへと向かって走ってきた。長い距離を走ったためか、立ち止まると荒くなった息を整え始める。

 

「はあっ、はあっ、はあっ! こ、ここまで逃げてくれば……」

 

そんな少女の後ろから少女の体を自らの影で覆うような形で傭兵然とした壮年の男性が現れ、呆れたように少女に話しかけた。

 

「まーて、つってんだろ。ほんと、わかんない嬢ちゃんだなぁ」

 

その言葉に少女はびくりと体を振るわせると恐る恐る後ろを振り返り、大声で悲鳴を上げた。

 

「きゃあぁぁぁぁっ! いやぁぁぁぁっ!」

 

その悲鳴に男の方も驚いたらしいが、すぐに立ち直ると慌てて少女をなだめはじめる。

 

「おいおいおい、まずいって! あんた、追いかけられてる自覚ある?」

「うう、ぐすっ! せ、せっかく、ここまで逃げてきたのに。うう~、ノノ、ここで死んじゃうんだ!!」

 

その言葉を最後にその少女――ノノは声を上げて泣き出してしまった。その様子を見ていた男は頭を軽く書きながら、困った表情で小さくつぶやく。

 

「まいったなー、こりゃあ。俺、そんなに悪人面かい? ちょーっと傷付くぜ」

 

 

 

さて、この一部始終を見ていた、我らが自警団のリーダーことクロム団長は、一歩踏み出して、彼らとの間合いを詰めると、その男に向かって抜刀した剣を向けながら話しかける。

 

「目立つことは避けたかったが、黙って見過ごすわけにはいかん! おい貴様!! その少女に手を出すな!!」

 

声をかけられた男はというと、その意味が分からないという感じに首をひねるが、言っていることの意味にすぐに思い至ったらしく、慌てて否定を始めた。

 

「あ? って、待て待て、俺は……」

 

しかし、悲しいかな…………おそらくクロムたちの勘違いなのかもしれないけど、今のその状況で君がどれだけ弁明しても、誰も聞いてはくれないだろうね……

 

男の弁明を聞こうともせず、ルフレ、リズがさらに言葉をかぶせる。

 

「そうですね……今すぐその子の傍から離れてください。そうしないなら、この槍で貫きますよ。それとも、切り刻まれたい?」

「そうよ、かわいそう!! そんな小さい子を狙うなんて、ヘンタイ!!」

「え? なんで初めて会った相手にこんなにひどい扱い受けてんの俺? おい、おたくら勘違いしてない? 俺はこの子をだな……」

「はいはい、そんな変態さんに君たちは近づかないでね。君たちも十分彼に狙われる対象になりかね…………ぐぉ!」

 

男へと特攻しようとするルフレとリズを宥めようとした僕に対しなぜか、ルフレとリズが攻撃をしてきた。しかも、杖の先端と魔導書の角というなかなか攻撃力の高いところで狙ってくるあたり、なにやら不満があることがわかる。わかるのだが、やはりわからない。僕は――――

 

「君たちの心配をしただけなのに……と言いたいんですよね、ビャクヤさん?」

「え……!? なんで、わかるの?」

「…………ビャクヤさんはわかりやすいですからね。こと、こういうことに関しては」

「………………」

「さあ、なんででしょうね。私にもわかりません。でも、なんとなく、わかるんです。かん……ですね。たぶん」

 

「そんな険しい目で……あ、違う!? どこか冷めた目をしている!? ま、まあ、とにかく俺は敵じゃねえ!! いい加減信じろって!!」

「わかった。詳しい話はここを切り抜けてから聞こう。ビャクヤ、行けるな」

「え、あ、うん。大丈夫だよ」

 

そんな会話をしているうちにどうやら、ルフレの言っていた武装集団も追いついたようだ。そして、なにやら、あの男は少女と共にこちらの味方になるらしい。戦場で無駄話をするべきじゃないな。話に全くついて行けなくなってしまう。まあ状況的に見て、あの武装集団を蹴散らせばいいだけかな? さっさと済ませよう。どうやら準備が出来てないのは僕とルフレだけみたいだし。

 

ルフレは素早くペガサスに乗るとこちらに手を差し出してくる。

 

「行きましょう、ビャクヤさん」

「行こうか、ルフレ」

 

僕はルフレの差し出した手を握ると、彼女の騎乗するペガサスへと体を移動させる。それと同時に彼女のペガサスが羽ばたきはじめ、空へと登る。

 

「ペレジア側へ騒ぎが気付かれないように、迅速に片づけるよ!」

 

それを合図に自警団の皆も進軍を開始した。

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

戦況ははじめ、敵陣の方がやや有利だった。それもそうだろう。私たちの中で砂漠での進軍の経験があるものは少なく、ペレジアに入ってからも戦闘というものをしていないため、勝手がわからないのもうなずける。だが、その中でも、天馬騎士や、魔導師といった者たちは特に支障はなさそうだった。天馬騎士はそもそも地形があまり関係ない。そして、魔導師はその身軽さゆえに、砂漠に足をとられにくく、また、後方支援になることが多いため、足場を確保しやすく、移動も他の者たちよりも容易に行える。

 

そして、一番被害を受けているのは剣士や騎馬の者たちだ。その中でも、フレデリクやヴィオールを除く騎馬の者たちはひどかった。慣れない砂漠での戦いだということを指し引いても、危うい場面が多すぎる。まあ、それらは後方からの弓や魔法により何とかなっているのだが。

 

そして、敵は明らかにこの地形になれている。まあ、当たり前だろう。ここが本拠地なのだから。となると、ふつうなら、こちらからも戦死者が出ていてもおかしくないのだが、今のところそれはない。けが人はいるにはいるが、それも戦闘に支障のない者ばかりであり、問題ない。

 

では、なぜこんなにも被害が少ないのか。その理由はやはり、彼にあるのだろうな……

 

私はゆっくりと馬の手綱を引きながら、目の前の戦場を天馬と共にかける二人組に注目していた。なお、カナには危ないので荷馬車の中に隠れてもらい、私自身もいつでも動けるように馬から降りている。

 

「フラム……どう? 勝てそう?」

「ああ、問題はないだろうな。始めは危うかったが、ビャクヤのおかげで何とかなりそうだ。よく見ているよ、彼は」

 

荷馬車からひょっこりと顔だけ出してきたカナの質問に答えると、私はカナに荷馬車に戻るように言いつけ、ついでに、荷馬車の横にくくりつけてある槍に手を伸ばす。

 

さきほど、カナに言った通り、ビャクヤは本当によく戦場を見ている。天馬に乗り戦場を縦横無尽に駆けまわり、時に敵の攻撃や守りを崩し、時に味方の補助をこなす。魔法と剣を使い分け、ペガサスから降りて、敵陣に切り込んだかと思うと、魔法であたりを吹き飛ばし、ルフレに来てもらいまたペガサスに騎乗といった、息があってないとできないような離れ業を繰り出したりもしている。

 

まあ、そんな彼の活躍もあって、戦況はこちらに有利に働いているのだが……いつの世にも、このような混乱に乗じて賊とやらは出てくるのだな。そのことを改めて実感させられる。

 

「フラムさん! 危ない!!」

 

私たちの護衛としてついていたティアモがこちらへとペガサスを急がせて向かってくる。そして、後ろを振り向けば賊が僕に向かって斧を振り上げてきていた。

 

間に合わない――――そう、私と彼女は思った。けれど、私と彼女の中の感情は大きく違っただろうけど……

 

ティアモはきっと、また助けられないと悲観的になっていただろうけど、私はどちらかと言えば、面倒事が増える程度にしか認識してなかった。そもそも間に合わないのは彼女がここに間に合わないだけであって、この攻撃をかわすことに対してではない。

 

私は賊が振り下ろしてきた斧を躱すと、手に持つ槍で賊を貫き、その首をはねた。

 

「え!? うそ……」

 

こちらへと向かってきていたティアモは私の行った一連の動作にひどく驚いているようだった。まあ、それも当たり前か。私はそもそも初級の回復魔法が使えるだけの非戦闘要員としてこの部隊に配属されている。槍の扱いにたけている方がおかしいのだから。

 

ティアモは私の傍に降り立つと、私の挙動に細心の注意を払いながら私に先ほどのことを聞いてきた。

 

「フラムさん……あなたは、いったい…………」

「そこまでだ、ティアモ。これ以上の詮索はしないでくれるかな?」

「ですが!」

「この軍の軍師ビャクヤはこのことを知っている。その証拠にここの警備は君だけと手薄だろう?」

 

ティアモは私の言葉をいぶかしむように聞いていたが、次第に記憶の中の彼の指示と私の言葉が結び付き、そして、今のこの現状を見てしぶしぶ納得した。まあ、一応、上官の指示があるから無理やりそういうことだと思い込むことにしたんだろうが。

 

「納得は出来んかもしれんが、そういうことだ。このことは誰にも言わないでくれ」

「わかりました。ですが――――」

 

彼女はそこで言葉を切ると意味ありげにこちらに微笑んでくる――――経験上、このような笑みを浮かべた女性と相対したときに、良いことが起きたためしがない。そんな私の心情を知ってか、彼女は先ほどの鬱憤をぶつけるように私へと言葉を投げかける。

 

「荷馬車から顔をのぞかせている少女に対する口止めは、あなたのお仕事ですよね。あの少女の世話係はあなたなのですから」

 

ティアモは荷馬車から顔を出しているカナの方を見ながらとてもいい笑顔でそう言い切ると、ペガサスに乗り再び私たちの警護に戻った。そして、私は荷馬車から顔をのぞかせ、きらきらという擬音が似合いそうなほど瞳を輝かせてこちらを見てきているカナに対し、どのように先ほどのことを説明し、口止めをしようかと考え始めた。

 

前方からは次第に戦闘の音が消えつつある。戦闘が完全に終わり、皆と合流するまでには何とか終わらせなければ……

 

私は、はぁー、とため息をつきつつ、カナへの説明を開始した。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「……終わったね」

 

僕は目の前に倒れている魔導師を見ながらポツリとつぶやく。その声に応えるように上空からルフレの繰るペガサスが降り立った。

 

「はい。先ほど倒した敵がこの者たちを率いていたようですし、残党もほとんど片付いています。戻りますか?」

 

どうやら彼女はシャラールと名乗った男の最後の言葉を聞いていないようだった。いや、おそらく、僕と彼の戦闘中にあった言葉を聞いてはいないだろう。

 

「うん。一度クロム達のところに戻ろう。戻るついでにほかの自警団の人たちも回収しながら戻るとしようか。合図を見ていない人もいるかもしれないし」

「そうですね。でも、一応そういう人の相方はしっかりしているので大丈夫だと思いますよ?」

「それでも、一応ね……」

 

僕はルフレにそう答えながら、空に手を向けると初級の雷魔法〈サンダー〉を唱える。唱えられた魔法はある程度の高さまで上るとこめられた魔力が付き自然に霧散していく。とはいえ、せいぜいペガサスが飛んでいる位置くらいまでしか飛ばしはしないが。あまり高いと、見つかりたくないものに見えるからね。

 

「さて、戻ろうか」

「はい、ビャクヤさん」

 

僕は差し出された手を再び握ると、彼女のペガサスに乗りクロムたちのもとへと向かった。

 

 

 

 

 

 

僕らがクロムたちのもとへ戻ると、ほぼすべての自警団の者たちが集まっていた。残る数人も先ほど声をかけておいたのですぐに集まるだろう。そして、クロムと先ほどの少女と傭兵は何やら今後のことや今までの経緯について話し合っているようだった。僕はペガサスから降りるとフレデリクに話しかける。

 

「フレデリク。とりあえず今までの話を簡潔にまとめてくれないか?」

「わかりました。とりあえず、あのノノという少女がマムクートということは知っていますね?」

「ああ、知っているよ」

 

マムクート――――この大陸ではすでに伝説となりつつある存在の竜神族である。その寿命は僕ら人よりもはるかに長く、数千年はゆうに生きるとされている。どこまで長寿なのかはいまだ不明ではあるが。また、竜であるだけあり人よりも強い。竜石と呼ばれる己の力を封じ込めた石に普段は本来の力を凝縮しておくことで人の姿をとり、戦闘の時にはその竜石に封じ込めた力を開放し、本来の竜の姿をとり他者を圧倒する。

 

まあ、要するに小さい少女の姿だからと言って侮っていい相手ではないということだ。おそらく年齢も僕らよりもはるかに上だろうし。この部隊で一番の年長者はおそらくフラムさんだが、彼よりもはるかに上となる。

 

「どうやら、このノノというマムクートの少女はギムレー教徒に狙われているようです。それを放っておけなくなったあの傭兵――――グレゴというそうですが、彼が雇い主の意向を無視し彼女を連れて逃げだしたのが先ほどの戦闘の始まりだそうです」

「そうか……フレデリク、ギムレー教徒とは?」

「千年前に聖王様が倒したとされる邪龍ギムレーを神と信じる者たちのことです」

「…………」

 

僕らの会話はここで途切れた。そして、ちょうどクロムたちの方の会話も終わっていたようで、クロムといつの間にか向こうの会話に加わっていたルフレがこちらに話しかけてきた。

 

「それで、ビャクヤ。お前はどうする。俺としては二人とも自警団の仲間として迎え入れたいのだが……」

「ビャクヤさん、マムクートは人よりも強靭ですし、ギムレー教徒に狙われているのなら、なおさら共に来てもらう方がいいです。それに、傭兵のグレゴ……彼については私も聞いたことがあります。優秀な傭兵です。おそらく人柄についてはバジーリオ様の方が詳しいかもしれませんが、迎え入れて損はないでしょう」

「そうだね……フレデリクの言うこともあるし、二人を仲間に入れるというのは僕も賛成だよ」

 

彼らについての方針が決まった僕らはかねてからの予定通り、このあたりで陣を引き休息をとることにした。自警団のみんなは慣れない砂漠での戦闘で疲れたのか、準備を終えると、各々休息をとりはじめた。中にはすでに寝ている者もいる。まだ日は沈んではいないのだが、まあ、そういう人たちには夜起きていてもらえばいいか。

 

かくいう僕は、グレゴを雇い入れるためにフレデリクと共にお金の話をするとともに、グレゴからギムレー教団についての話を聞き出していた。グレゴを雇うことに対する話はすんなりと決まったけど、ギムレー教団についてはフレデリクがすでに知っていることしか情報は得ることが出来なかった。王都も近いことだし、ガイアを先行させて情報収集に当たろうか。いや、バジーリオ様たちがすでに密偵は放っているって言っていたから、これ以上はいいか。

 

「それでは、グレゴさんのことも終わりましたので、ビャクヤさんもこれくらいにして早く休んでくださいね」

「いや、まだバジーリオ様たちのところに戻ってきた密偵の報告を聞いていない。だからまだ休むわけにはいかないよ……何だい?」

 

僕がテントを離れバジーリオ様のところへ向かおうすると、僕のコートのフードをつかまれ、その動きを制される。僕はフレデリクに文句を言おうと振り返ったが、そこに居たのはフレデリクではなく、ルフレだった。

 

…………何故だろう。彼女のその笑顔に恐怖を感じてしまうのは――――

 

「ビャクヤさん」

「……はい」

「休んでください。報告は私が聞きに行きます」

「いや、でもそれじゃ君が休憩できない。だから――――」

「なら、報告はフレデリクさんに聞いてもらいますから休んでください。いいですね? これなら私も休息をとれるので問題ないでしょう?」

 

有無を言わさぬ口調で彼女はそう言うと僕の腕を引いて僕に割り当てられているテントへと引っ張っていく。フレデリクはそれを微笑ましそうに見た後、バジーリオ様のもとへと向かっていった。どうやら、この状況をどうにかしてくれることはなさそうだ。

 

僕はこの状況をどうにもできないと悟ると、小さくため息をつく。そして、さすがに自分より小さな少女であるルフレに引っ張られているのは恥ずかしいので、ルフレに手をはなしてもらうように頼んだ――――が……

 

「ルフレ。わかった。わかったから、手を放してくれないか? ちゃんと休息をとるから君も自分のテントに戻ると――――」

「今日の私のテントはビャクヤさんと同じテントです。だから、ビャクヤさんが途中で仕事をしないように見ておきますよ。なので、きちんと休息をとってくださいね。ああ、それと、このことはフレデリクさんからそう頼まれたので、本来ビャクヤさんと同じテントになるはずだったヴィオールさんには他のところに移ってもらいました。具体的にはクロム様のところに」

 

ルフレの口から出てきたとんでもない発言に度肝を抜かれることとなる。

 

「え゛……冗談、だよね?」

 

僕と共に寝るって、しかも、フレデリク公認なんじゃ覆せる気がしない。というより、クロムの扱いがひどくないか!? いいのか、フレデリク。一応お前の主だろう!

 

「たまには仲間と共に寝るのも悪くはないでしょうと、フレデリクさんは言っておられましたよ? まあ、クロムさんもあまり気にされないでしょうから、問題はないと思います」

「…………」

 

いつの間にか、退路は断たれていた。

 

「それと、ビャクヤさん。ここのところ夜更かしが続いているようなので、今日は早めに就寝してもらいますよ? 具体的には今から寝ましょう。お昼寝が出来るなんて幸せなことだとは思いませんか?」

「うん……そうだね」

 

これなら、ルフレが寝静まったところで抜け出せば、問題はない。そう思っていたけど、現実はそんなに甘くはなかった。テントに戻ると、テントの中には大きめのベッドが一つ置いてあるだけ、それ以外に就寝に仕えそうなものは何一つとおいていなかった。

 

「さ、寝ましょう。砂漠の夜は寒いのでくっついて寝るといいそうです」

「……そうだね」

 

僕はこの時いろいろと諦めた……

 

 

 

 

 

 

とりあえず、疲れがたまっていたのは事実だったようで、その後に昼間しっかり寝た。そして、昼寝をしたのにもかかわらず夜もしっかり寝ることが出来た――――とだけは言っておこう。なお、ルフレがいたので途中で目覚めても仕事をするのは不可能だったと追記しておく。

 

そして、ルフレに誰かきちんと教育をして欲しい――とも思った。ティアモあたりがいいだろうか……

 

 




さて、次回でついに九章へと到達します。
長かった……主に僕の遅筆のせいですが、長かった。けれど、まだ半分にも到達していない。

先を見ても仕方ないので、これくらいにして、次回持本編の投稿となります。作者の気まぐれ次第で、間章になるかもしれませんが、予定は本編です。

それでは、また次回でお会いしましょう。


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第二十一話 間章 束の間の平穏~絶望の鼓動~

「聖王様の処刑は明後日、ペレジア王城で行われるとのことです。ギャンレル自身が報せを出したもので、間違いありません」

 

密偵からそう報告を受けたバジーリオ様は密偵を下がらせると、僕らの方に向き直った。ここは、ペレジアの王都のすぐそばに建てた拠点であり、二、三日前からここでエメリナ様救出のタイミングを見計らっている。そして、先ほどついにエメリナ様の処刑の日程が僕らに伝わった。

 

「いよいよ、か。今のところはお前の考えた策の予定通りに進んでいるな」

「そうですね。ですが、これくらいはギャンレルも承知の上で行動しているでしょう。何より、僕たちはギャンレルの立てた策に乗っている状況なんですから。むしろ、ここからどれだけ、ギャンレルを出し抜けるかが、カギとなってきます」

 

そう僕が答えると、フラヴィア様は僕のその後ろ向きな返事を良く思わなかったらしく、思い切り背中をたたいてきた。

 

「胸を張りな。あんたの策に全員乗ったんだ」

「……っ! は、はい。そうですね…………」

 

フラヴィア様、気合を入れてくれるのはとてもうれしいのですが、もう少し威力というものに気を使ってもらえないでしょうか……ほら、ルフレやクロムどころか、バジーリオ様まで引いてる。まあ、言ったところで無駄だろうけど。

 

「フラヴィア様の言う通りだ。胸を張れビャクヤ。それに、きっと大丈夫だ。必ず成功する。いや、成功させて見せるさ。姉さんを救出し、みんなで笑って帰るぞ」

 

「……ああ、そうだね。必ず成功させよう」

 

僕は表面上そう取り繕って、クロムやみんなに答えた。けれど、それでも、この胸の内にあるもやもやは消えなかった。何か、何かを忘れている。本来なら関係ない、どころか考慮する必要のないことだけれど、今は考えなければならない、何か大事なことを……

 

 

僕はその何かに気付かないまま、その日を迎えることとなった。そして、その何かこそが、この作戦の成否を変える可能性のある最重要なものだったと気付いたのは全てが終わった時だった……

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

場所は移り、ここはペレジアの王城の玉座の間。今そこにはペレジア王の姿はなく、不機嫌を隠そうともしない女性の姿があった。彼女は報告に入ってきた兵士を一瞥すると、報告を促した。そして、その報告はここ数日の間に聞き飽きたものであり、女性を満足させる答えではなかった。

 

「それで、まだフェリア王たちの足取りはつかめない、ということかしら?」

「はっ、それが、まったく。まるで煙のように消えてしまって……」

「うふふ、素敵な言い訳ね」

 

女性は素早くその兵士に近づくと、兵士の腰に刺さってる剣を引き抜き、彼の胴体に突き刺した。上官にいきなり殺されることになったその兵士は戸惑いの表情を隠せないまま、重力に従いその身を地に投げ出した。女性はそんな兵士を見下すように見つめたまま、ぼそりとつぶやいた。

 

「嫌いなのよねぇ、私。言い訳をする男って。役立たずの証明でしょう?」

 

手に持つ剣を適当にその兵士に突き立てると、女性は玉座の間を後にする。

 

「それにしても、こんな大切な時にギャンレル様はどこに行ったんでしょうねぇ? この報告を一番待ち望んでいるのは彼だと思うのだけれど……そういえば、あの怪しげな司祭も全く見えないわね。普段彼の傍にいるから、また彼に引っ付いて動いているのかしら。まあ、どうでもいいわね。どちらにしてもみんな殺すんだから」

 

女性は先ほど兵士を殺したことで少しは鬱憤も晴れたらしく、先ほどよりも軽い雰囲気で考え始める。しかし、その表情は先ほどのものよりも暗く、そして、醜くゆがんでいた。そのことに気付かない女性はそのまま、思いを口に出していく。

 

「ねえ、そうでしょう、ファウダー様……あなたを見殺しにしたあの屑どもはすべて私が殺すべきよね。ふふふ、待っていてくださいな。いま、あなたの墓前にあいつらの首を並べて差し上げます」

 

女性は気付かない――――否、気付けない。そして、気付けないままに、彼女は進んでいく。そして、壊れ続ける……

 

 

 

 

 

そして、件のギャンレルは自室にて一人、壁に飾られている古びた杖を優しくなでていた。彼が口を開こうとしたその時、部屋の空間がわずかに歪み、その時に発生する特有の不愉快な音を聞いた。

 

「こんなところまで何の用だぁ?」

「ふ~ん。相変わらず君は機嫌が悪いね、ギャンレル。今、全ては君の思い通りに動いているというのに、何が不満なんだい?」

 

ギャンレルは杖に添えていた手を離すと、突如現れたその者と対峙する。その表情は決して味方に、それも、部屋に入ることを許している者に向けるものではなかった。彼は腰の剣を軽く左手で撫でながら、用件を早く切り出すように促す。ギャンレルにお前をいつでも殺せるという意思表示を示された相手はというと、相変わらず冷たいねぇ、君は――と前置きを置くと今回の要件を話し始めた。

 

「まあ、多少予定は狂っているけど、特に問題のないものばかりだよ。そして、あの軍師がいかな策を用いようとも、エメリナは死ぬ。定めれれた運命のとおりにね。ああ、それと、まだ、イーリスの奴らは見つかってないらしいよ」

「へ、そうかよ。だが、そいつらはどうでもいいだろう。あいつらはどうせ明日俺たちの前に姿を現さざるを得ない。それくらいはてめえもわかっているだろうが。だから、さっさと本来の要件を話しな」

 

そう言うとギャンレルは軽く剣に魔力を流し、相手の前に雷を発生させる。しかし、その雷はその者に触れる前に、黒い魔力の放出によってかき消された。

 

「危ないじゃないか。前にも言ったけど僕は本調子じゃないんだから、そういうことはやめてもらえないかい? 僕が死んでしまうよ」

「…………」

「はー、冗談が通じないね。まあ、ちょうどタイミング的にもいいから本来の要件を言おうか。インバースのことなんだけどね。彼女がどうやら――――」

 

その時、ギャンレルの後方で魔力の高まりが感じられた。彼はそれに気付くと急いで身をひるがえし、その射線上から離れる。その時に壁に駆けられていた杖を取り外すのは忘れていなかった。

 

「僕らを殺そうとしているみたいだよ?」

「〈ギガファイアー〉!!」

 

ギャンレルが先ほどまでいた壁を溶かし、魔法により生み出された炎が彼の立っていた位置を貫き、目の前の相手に当たる。しかし、その炎もまた黒い魔力の放出に食われて消滅した。そして、壁を壊した張本人は炎によって空いた穴から悠々と室内に入り、ギャンレルの姿を見つけると恭しく頭を下げてきた。

 

「これは、これは、ギャンレル様。玉座ではなくこのようなところにおられるとは、王の執務をほったらかして何をされているのでしょうか」

「てめえには関係ねえだろう? それより、何の用だ? 俺の部屋の壁を壊してまで侵入してきたんだ、それなりの用事があったんだろう? まあ、どんな用事があったとしてもお前の運命は決まっているがな」

「ギャンレル。先ほど僕が言った通りのことをしに来たんだよ、彼女は。だから、君のするべきことくらいはわかっているよね?」

「…………」

 

「ふふふ、どうやら、準備はいいみたいですね。それでは、死んでください。ファウダー様を見殺しにした罪をその死をもって償ってもらいますよ!」

 

入ってきた女性――インバースは手に持つ魔導書に魔力を通し再び炎を顕現させ、ギャンレルたちへと放ってくる、がそれらはまるで意味をなさなかった。

 

「な!? どういう事、なんであなたたちにはこの炎がきかないの!?」

「…………」

「く、くらいなさい! 〈ギガファイアー〉!!」

 

ギャンレルはその問いに答えない。目の前にいる小柄な協力者の後ろで彼はゆっくりとそのいびつな形をした魔法剣を抜き放つ。そして、再び放たれた炎はやはり、彼の前にいる人物の出す黒い魔力の放出によってかき消されていく。ギャンレルは炎が完全に消える直前に駆け出し、インバースに接近する。

 

「くっ……ここで――――」

「くたばりな。使えねえ奴に用はねえ」

 

ギャンレルの剣の間合いまで接近を許してしまった彼女に勝ち目はもはやなく、彼の剣による一撃を受けて息絶えた。

 

「ふん、やはり――――」

「仲間は信用できない、かな?」

「てめえは黙っていろ。それより、そろそろ、始めるぞ」

「そうだね。先に行くといいよ。僕はこれの処分をしてから追いかけるから」

 

ギャンレルはまたいつかのように適当に会話を切り上げるとそのものを置いて部屋から立ち去る。残されたそのものは倒れ伏したインバースに手をかざすと、その体を自らの黒い魔力で包んでいく。

 

「あなたの力はもらいますよ。そう、すべてね。私が――――として力を取り戻すための糧となってもらいますよ」

 

今までとはまるで違う口調でささやいたその者は、インバースという存在を自らの魔力へと変換し完全に取り込んだ。

 

「さて、僕も彼の後を追いかけようか」

 

その者が去った後、その場にインバースがいたという痕跡は何も残っていなかった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

――――そう、運命は変わらないんだよ。なにも、――を知るものは君だけじゃないからね

 

 

 

「――――っ!!」

「わ!? きゅ、急にどうしたの、ルフレさん? もしかして変な夢でも見てたの?」

 

私が目を覚ますとリズさんの横顔が目の前にあった。どうやら、仮眠をとっていた私とビャクヤさんを起こしに来たみたい。リズさんは私と目が合うとビャクヤさんに近づけていた顔を急いで離し、少し慌てて私と向き合う。……どうかしたのかな?

 

「夢? どうしてリズさんはそう思ったの?」

「え、だって、二人とも、少し苦しそうな顔してたし、ルフレさん途中からビャクヤさんを抱く腕の力が少し強くなってたよ? だから、いやな夢でも見ていたのかなぁと思って」

 

そうリズさんに指摘されて、私は今の自分の状況を確認しはじめる。……確かに、いつもよりビャクヤさんが近い気がする。無意識のうちに力が強くなって距離が縮まったのはリズさんの言う通りね。

 

私は少し体を起こしビャクヤさんの顔をのぞきこんでみたけど、そこもリズさんの指摘通り少し苦しそうな顔をしたビャクヤさんがいた――――私の腕に込める力が強くなったせいじゃないと信じたい。

 

「そう……それで、リズはさんはどうしてここに?」

「フレデリクがそろそろ出発の時間だから起こしてきてくれって言われて。それで、起こしに来たんだよ」

 

なるほど、起こしに来たけどなかなか起きなかったから困っていたのかな。なら急いでビャクヤさんも起こして行かないといけないね。でも――――少しだけ……

 

「そう。リズさん、先に行っていてもらえませんか。私はビャクヤさんを起こしてからいきますので」

「え……、う、うん。わかったよ! 先に行っているから早く来てね。私他の人のところにも行ってくるから!」

「ええ。よろしくお願いします、リズさん」

 

私はそう言ってリズさんが出ていくのを見送った後、再び布団にもぐると今度はビャクヤさんの背中ではなく前の方に入り、彼を抱き占める。先ほど見た何か、嫌なものが消えてくれるように願いながら。

 

「……何か、嫌な夢を見た気がします。とても、とても嫌な夢を……ビャクヤさん。これは私のわがままです。ほんの少しの間だけ、こうさせてください。少しの間だけ」

 

そうつぶやきながら私は彼を抱く力を少し強めながら、彼の胸に顔を当てて目を閉じる。すると、ビャクヤさんが少し身じろぎをするとともに私の体に手をまわしてくる。少し驚いたけど、先ほどよりも心地よい温もりが感じられたのでそのまま私は彼に体を預けた。

 

「ん……」

 

その声と共に彼は薄く目を開ける。どうやらまだ完全に意識が覚醒してないみたい。私は薄く目を開けた彼に声をかける。

 

「起きられましたか? 先ほどリズさんがそろそろ出発だから、早く支度をしてくださいって言いに来られましたよ?」

「うん。そうか、ありがとう、ルフレ? …………っ!!」

「どうかしましたか?」

 

ビャクヤさんは急に驚いた表情をされると、体を起こしベッドから立ち上がる。その際私が手を離さなかったので、私はビャクヤさんのおなかのあたりに顔を押し付ける形となった。

 

「ル、ルフレ! なんでまた僕にくっついて寝てるの!? 前にやめてっていったよね!」

「言われましたけど、結局ビャクヤさんが折れて、寝てもいいことになりませんでしたか?」

「う……でも、確か後ろからにしてって言ったはず!」

「さあ、どうでしょうか」

 

ビャクヤさんは私がこうやってくっついて寝ると、起きた時に必ずこうやって慌てはじめる。なんでかはまだわからないけど、それでも、ビャクヤさんとともに居られる時間が増えるので、ついつい私はこうしている。

 

 

「なかなか来ないからおかしいと思って見に来てみれば……何をやっているんだ、お前たちは」

 

後ろからチャキ、という音共にクロム様の低い声が聞こえてきた。私たちは互いに目を合わせると、急いで身支度をすませて、入り口付近にいるクロム様を押しのけて外に出る。

 

外ではすでに撤収の準備が始まっており、どうやら遅れているのはここだけのようだった。

 

「急ぎましょうか、ビャクヤさん」

「そうだね、ルフレ。僕はバジーリオ様と今後のことについて話しておくから、君はクロムと昨日話し合ったことについて詰めといてくれるかな」

「わかりました。クロムさんは私がここで押さえておきますよ」

 

私がビャクヤさんの言わんとしていることの意図を指摘すると、彼は苦笑してお願いするよと残し、急いでバジーリオ様を探しに出かけた。

 

「ルフレ……すこし、いや、だいぶ話さないといけないことがある。俺からではなく、主にスミアやマリアベルからなんだが……いいな」

「え、ええ。わかりました。その、今からですか?」

 

クロム様は疲れたような表情のまま、首を前後に動かし私の言葉を肯定した。そして、私が次の言葉を紡ぐ前に、後ろから腕をつかまれて引っ張られた。誰だろう、そう思って振り返るとそこにはマリアベルさんとスミアさんの姿があり、ふたりとも何か言いたそうに口をひくひくさせていた。

 

「え~と、二人ともどうかしたんですか?」

「スミアさん。行きましょう」

「ええ、さすがに、ルフレさんは無防備すぎます。これではビャクヤさんも大変です。というより、ビャクヤさんもよく耐えていますよね?」

「ええ、そこは私もそう思いますわ。ルフレさんのような女の子に抱きつかれてよく耐えていると思います。ですが、それとこれとは話が別ですわ。時間はありませんが、一応決行は明日です。それまでにしっかりと教育をして差し上げます」

 

何やら、いきこんでいる二人の姿に少しひきながら私は返す。

 

「ええと、お手柔らかにお願いします」

 

 

 

そしてこの日、私は何でビャクヤさんがあんな風に慌てていたのかを知ったとともに、自分がいかに危険な行動をしていたのか、自分の行動がどれだけ恥ずかしいことかを知った。だから、さすがに今日も彼と同じ布団で寝るということはしたくはなかったけど、今日も夜更かしをされては困るので、今日までは一緒に寝ようということで自分の中で妥協した。けれど、あまり良くないと知っても、また彼と一緒に寝たい……そう思うのは何でなのかな?

 

その疑問だけは結局わかりそうにはなかった。

 

そして、最後の夜を過ごした私たちは、翌日、エメリナ様を助けるためにペレジアの王城へと自警団の皆と、フラヴィア様たちと共にペレジアの国民に混じって侵入した。

 

 

全ては、ビャクヤさんの予定通りに進む――――はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

バジーリオ様のもとへ戻ってきた密偵の報告を聞いた後、明日の作戦について最後の確認を皆で行った。そして、みんなが解散した後、僕は一人この天幕に残り作戦の内容に目を通す。どこかに抜けはないか、間違いはないかを念入りに確かめていった。けれど、特にそれらしいものはなく、敵の策に踊らされている状況を考えると、今の時点では最良の一手であると思う。

 

「ビャクヤ? まだ起きていたのか?」

「……クロムか。ごめん、少し気になることがあってね。見直していたんだけど、気のせいだったみたいだ」

 

それを聞いたクロムは相変わらずだなという風に苦笑すると、明日のためにも早く寝てくれと言い残し、自らの天幕へと戻っていった。僕は広げていた書類をすべて片付け、自らに割り当てられた天幕へと向かった。

 

「これで、エメリナ様が死んでしまうという未来が変わる……そのはずなんだよね、マルス」

 

胸に一抹の不安を抱きながら、僕は空に浮かぶ月を眺めながらそうつぶやいた。そんな僕に夜だというのに昼間のようテンションでリズが声をかけてきた。

 

「あー! ビャクヤさん、まだ起きてる!! ルフレさんがいないからって遅くまで起きていちゃいけないよ!」

「……もう寝るよ。だから、リズも早く寝ようね」

「本当~? 嘘だったらいけないから私が天幕まで送ってあげる!! ルフレさんも待ってるし、早く行こう!」

「え……ルフレが待ってる?」

 

リズは僕の疑問にえへへ~と笑って答えずに腕をとると、天幕までの真っ暗な道を駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そう、何も、何も変わりはしないさ……すべては、運命。たとえ、君というイレギュラーを含んだとしても、この運命に抗うことなどできはしないのだから。それくらいもうわかってるはずだよね、――――さん

 

 

 

動き始めた時は止まることを知らず、ただ、ただ、定められた道筋をたどるのみ……

 

その道筋を決めるのは、世界を創りし神か、それとも破滅を呼びし邪神か、はたまた時空の旅人たち(イレギュラー)か……

 

闇の中、彼はその様子を楽しそうに眺める。誰にも悟られることなく、誰にも気づかれることなく、彼は待ち続ける。今度こそ、その望みをかなえるために――――

 

 

 




前回、おそらく本編をあげると言っておきながら間章を投稿した言語嫌いです。そして、今回でもまた、原作が少し壊れていきました。主に敵陣営で、ですが。

そして、この物語も二十一話ともうすぐ折り返しの地点まで来てしまいました。どうしよう、このルートは50話くらいって思って書いているのに普通にオーバーしそう……。

悩んでも仕方ないですね。それでは次の投稿でまた会いましょう。


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第二十二話 聖王エメリナ

が、学校が始まる。

早寝遅起きという最高の暮らしがもうできなくなった……

どうでもいい作者の嘆きでした。それでは本編どうぞ


その女性は一人、薄暗い地下牢で祈りをささげていた。彼女が信仰する神竜ナーガに、この地で失われた数々の自国の民に、そして先の戦争で失われたペレジアの民たちに、彼女はただ目を閉じて祈りを捧ぐ。

 

彼女を照らす明かりははるか頭上にある小さな天窓のみ。しかし、このうす暗闇の中、こうしてできたわずかな木漏れ日に照らされながら一心に祈りをささげる姿は、まさに聖女、賢王として自国の民の信頼を集めた聖王エメリナを彷彿させるものであった。

 

時間が来たためにこの女性エメリナを呼びに来た兵士はその姿に時を忘れて見入ってしまっていた。この人を殺すことは確かにペレジアの民が受けた痛みに対する復讐として妥当に思われる。なのに、果たしてこの人を殺すことは正しいのか、このような聖人を手に駆けることが許されるのか。ここで、全てを捨ててでもこの女性を生かすべきなのではないのか……そう、一兵士が考えても仕方ないことに彼の思考は支配されてしまっていた。

 

しかし、この時間もそう長くは続かない。かすかに人の気配を感じたエメリナが閉じていた眼を開けて、呆然と立ちすくむ彼を見つけたからである。エメリナは彼がここに来た意味を悟ると、静かに立ち上がり呆然としている兵士に声をかける。

 

「時間……なのですか?」

「……っ! は――――じ、時間だ。これより貴様を処刑場へと連行する。ついて来い!!」

「そうですか……わかりました」

 

兵士は彼女に話しかけられたことで意識が現実へと戻ってきた。だが、先ほど見た彼女の姿が忘れられず、丁寧に答えそうになったのを、必要以上に大きく威圧的な声で命令を口にすることで何とか抑える。この女性は自分たちの敵なのだと言い聞かせることで、自らに課された任務を遂行しようとした。

 

兵士はカギを取り出して、エメリナのいる牢の鍵を開ける。そして、扉が開かれたのを確認したエメリナはその扉から出て、目の前で待機している兵士に微笑みかける。その笑みを見た兵士はエメリナが出た後の牢屋の扉を閉めると、カギを自らの懐にしまう。

 

そして、その場で動くのを止めた……

 

いつまでたっても動こうとしない兵士をエメリナは不思議に思ったが、ここで彼が自分を時間通りに連れて行かなければ罰せられるだろうと思い至ったために、その兵士の声をかける。

 

「行きましょう」

 

しかし、彼はそれでも動かなかった。さすがに様子がおかしいと思ったエメリナは、彼の様子を確かめようと、彼の前へと回り込んだ。そして、その表情を見て、驚くこととなる。

 

 

「……どうして、そんなにつらそうなお顔をされているのですか?」

 

 

 

 

「…………俺の父親はあんたら、イーリスが仕掛けてきた戦争に巻き込まれて死んだ」

 

 

 

長い沈黙を破り、その兵士はぽつぽつと語り始めた。突然始まった独白にエメリナは再び驚く。だが同時に、彼の声から怒りや憎しみが感じられないことに違和感を感じてもいた。それでも、今のこの身にできることは何もない。それ故、彼女は静かに彼の独白を聞き始める。

 

「だから、俺はこの軍に志願したときから、いつか俺の父親を奪っていったイーリスに復讐してやるって思いながら日々の訓練に参加していたよ――――あの日を迎えるまではな」

「…………」

「あの日――――ギャンレル様の命令でイーリスにあるデミス領のご令嬢を誘拐したあの日のことだ。俺はデミス領内の兵士を倒しデミス伯のご令嬢を誘拐しろと聞いていた。俺はついに復讐を果たす時が来た。そう思っていたさ……でもな、結局、俺は、いや俺たちペレジアの人間は何も見えていなかたのかもしれない」

 

「俺は命令を遂行するために、そこで護衛をしていた兵士を殺して回ったさ。そして、仲間の一人がご令嬢の誘拐に成功したらしく、俺たちは引き上げることになった。だが、その途中にことは起こった」

 

「仲間の一人の前に小さな子供が立ちふさがったんだ。恐怖に震えながら、それでもなお俺たちに折れた剣を向けて、涙で歪んでしまった顔をしながら、俺たちの前に現れた。当然、その子供なんて歯牙にもかけず、俺の仲間は一太刀で殺した。でもな、俺はそう言う風に割り切れなかった。あの子供を見て思ったんだ。あれは昔の自分だと。そして今自分のやっていることは昔、自分が憎んだイーリスのくそ野郎共と同じなんだとな。そして、戦争なんてものは、どちらかが始めてしまった時点で、どうしようもない、悲しみと憎しみを生み続けるんだなってな」

 

兵士はそこまで語ると伏せていた顔をあげてエメリナを正面からまっすぐと見つめる。

 

「なあ、エメリナ――――いや、イーリスの聖王エメリナ様。あなたは戦いを好まず、話し合いを第一に行動しておられると聞き及んでいます」

「…………ええ、そうです。それが私の掲げている理想ですから」

「それならば、あなたなら、この憎しみの連鎖を止められましたか?」

 

その兵士はどこかすがるような声で彼女に問いかけた。しかし、エメリナは悲しそうな顔で静かに顔を横に振る。それは、否定を意味するしぐさ。聖女と呼ばれしエメリナの力でも叶えることのできないことであるということであった。

 

「私にはそれをなすことが出来ませんでした。そして、もはや私に残された時間はありません。もう、私にできることは何もないのです」

「……そうですか」

「ですが、一つだけ―――― 一つだけ、私にもできることがあります」

「……それは、なんなのですか?」

「それは、思いを託すことです」

「…………」

「私のこの思想は、私の弟や妹、そして、弟を支えてくれている軍師や仲間たち、そして、いつも傍にいてくれた私の大切な騎士にも受け継がれていきます。私がこの思いを託すことによって。そして、それはあなたも同じです」

 

「あなたは私の思想を知っていました。私の思想を理解してくれました。そして、共にこの世界の不条理に嘆いてくれました。だから、私はあなたにもこの思想を託したい。どうか、あなたや私が望むような、悲しみの連鎖の無い、幸せな世界が実現するように……」

 

彼はその言葉に消えかけていた最後の希望の光を見出す。どうしようもなくなってしまった彼にとって、その光はたとえ、どれだけ小さいものであったとしても、これからのいく道を指し示す、希望であった。

 

「思いを託す……ですか。なら、このペレジアの地にて、私があなたのその想いを継ぎましょう。そして、いずれ必ず平和を実現させて見せます」

「…………ありがとう」

 

兵士はその希望を大事に胸の中に抱え込み、もう一つ、小さな、けれど大きな決意をした。胸の中でその決意を反芻した兵士は気持ちを切り替えると、ぶっきらぼうにエメリナへと語りかける。

 

「……無駄話をしたな。行くぞ」

「ええ、一つだけいいかしら?」

「なんだ」

「あなたの名前は?」

「…………ジェイス」

 

そう、とエメリナは最後につぶやくと処刑場に着くまでの間静かに彼の後ろを歩き続けた。

 

そして、この兵士はエメリナを処刑場の兵士に引き渡すと静かに城を後にする。その後、彼はエメリナの公開処刑を兵士としてではなく、しがらみから解かれた無力な一人のペレジア国民として見るために、武装を解除して広場を埋めるペレジアの国民たちの間に混じった。

 

 

 

 

彼女の思想は今、このペレジアの地で小さく芽吹き始めた。これは誰も知らなかった小さな、小さな物語。決して語られることのない、忘れられた物語である。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

その日、エメリナ様はペレジア王城の近くにある広場にそびえたつ巨大な生き物の化石の一部に立たされていた。その場所は細い、細いがれきの先端で退路を塞ぐように斧を持ったペレジアの兵士がエメリナ様の後ろに控えていた。

 

「良く集まったな、ペレジアの民たちよ!! そんなに見てぇか? 見てぇえよなぁ!? 最高の見せもんだもんなぁ? 最っ高潮だぜぇ?」

 

そして、エメリナの処刑を行うことになったその広間はペレジアの民衆であふれかえっており、老若男女を問わず、すべての民が集結していると思わせるほどの集まりだった。しかし、その中にはちらほらと武装した兵士が混じっているのが気配でもわかった。おそらく、ギャンレルが、エメリナの処刑を止めるために何かを仕掛ける僕らの行動を抑制するために配置しているのだろう。

 

事実、ここに来るまでにもいたるところで、ドラゴンナイトや傭兵、魔導師といった者たちが潜んでいるのが見えた。

 

「おら!! 処刑人! 恨みを込めた斧を振り下ろせ!!」

 

ギャンレルの号令が広場全体へと響き渡り、エメリナ様の背後に控えていた処刑人はその手に持つ斧を高く振り上げ――――そのまま後ろへ(・・・)と倒れこんだ。

 

そして――――

 

「〈エルサンダー〉!!!」

 

魔法の詠唱と共に、僕の周囲に隠れ潜むペレジア兵数人に向けて空より雷が襲い、その兵士たちを仕留めた。それを皮切りに、広場は騒乱の渦に包まれた。集まっていたペレジアの民たちは我先にと広場を後にし始める。

 

そんな中、ペレジア王ギャンレルは広場の高台にてその様子をみて顔を愉悦にゆがませながら、大きく叫ぶ。心底愉快でたまらないといった風に、どこか狂ったように笑いながら彼は腰の剣を天へと掲げる。

 

「はっ! ようやく、お出ましか、イーリス共!! 野郎共! 出番だ!! イーリスの糞野郎どもを根絶やしにしろ!」

 

ギャンレルの号令と共に周囲から隠れていたペレジアの兵たちが出てきた。路地や、建物からは歩兵が、空からはドラゴンナイトがこの広間に集まった僕らをめがけて襲い掛かってくる。

 

だけど、僕らもそう簡単にやられるわけにはいかない。ここを突破して、エメリナ様を救出するために。たとえ、このすべてがギャンレルの思惑通りに進んでいようとも、最後にはそのすべてを僕がひっくり返す。エメリナ様は、イーリスに――――この世界に居なくてはならない人だから。

 

だから、僕は命令を下す。今日もいつものように隣で僕を支えてくれている彼女に向かって、いつものように/いつかのように――その名を呼んだ。

 

「ルフレ!!」

「はい!! 〈ギガウィンド〉!!」

 

僕の隣に控えていたルフレは返事をすると今までためていた魔力を一気に放出し、強大な術式へと替え、空を飛ぶペレジアのドラゴンナイト達を一掃する。そして、今度は僕がその手に持つ剣を空高く掲げ、軍全体へと号令をかける。

 

「さあ、行こう!! エメリナ様を助けるんだ!」

 

その声と共に僕ら自警団に加えて、フラヴィア様たちが連れてきたフェリアの兵士たちが答え、次々と広場へとなだれ込んできた。

 

「ちぃっ! フェリア王の姿も見えねえからある程度そうかとは思っていたが、いやな予想が当たっちまったぜ! はっ! やるねえ、軍師ビャクヤ!」

「悪いけどお前の好きにはさせないよ、ギャンレル。お前の計画のすべてを今ここですべてぶち壊す」

「できるものなら、やってみな!」

「ああ、やってやるさ!」

 

僕とギャンレルの言葉の応酬はそこで途切れ、ギャンレルは先程までと同じように声を張り上げて全軍の指揮をとりはじめる。対する僕は――――

 

「ビャクヤさん、乗って!」

 

フラムさんたちに見てもらっていたペガサスに乗って空より僕に手を差し伸べてきた。僕は彼女の差し出してきた手を握ると、地を蹴った勢いのままに彼女のペガサスへと騎乗した。そして、普段通り空から戦場のすべてを見ながら指示をだしつつ、戦闘に介入していく。

 

「ギャンレルはあとでいい! 姉さんに敵を近づけるな!!」

 

下方ではクロムの声が聞こえてくる。先頭に立ち、無計画にペレジア兵へと切り込んでいくクロムを、背後からミリエルやリヒトといった魔導師が、隣ではスミアやティアモと言った天馬騎士が彼のサポートに回っていた。

 

そして、後方ではロンクーやガイアを筆頭に広間へと押し寄せるペレジア兵を、バジーリオ様たちが連れてきたフェリアの兵士たちとともに押さえていたまた中央から少しそれたあたり、エメリナ様の付近では輸送隊のフラムさんを中心にヴィオールなどの遠距離武器の者たちが主になってエメリナ様へと迫りくる刃のすべてを払っていく。

 

だが――――

 

「……ビャクヤさん」

「…………大丈夫だ。必ず、成功させて見せる」

 

最後の最後まで、この胸の内に巣食う小さな、ほんの小さな不安は消えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

こうして、エメリナ様の救出劇(絶望の序章)が始まった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

「…………クロム、リズ」

 

ほんの数分前までペレジアの民衆でごった返していた広間を悲しげに眺めながら、聖王エメリナはつぶやいた。いま、広間はペレジアの兵士と、彼女を助けに来たイーリスの自警団とフェリアの合同軍との壮絶な戦いが繰り広げられており、平和を唱えてきた彼女にとって二度と見たくなかった地獄がそこにはあった。

 

そんな戦場で彼女の弟であり次期聖王であるクロムや、妹のリズは共に戦っていた。己の持てるすべてを使い、己にできうる限り、彼らは戦っていた。聖王エメリナ――――自分たちの姉を助けるために。

 

「なぜ、なのでしょうか……」

 

彼女はそんな眼下の惨状を嘆きながら、小さくこぼした。

 

「なぜ、戦いはなくならないのでしょうか……」

 

彼女はこんなことを望みはしていなかった。いや、助けに来てくれるのは彼女だって嬉しい。けれど、そのために生まれるこの惨状を彼女は望みはしなかった。願わくば、自分の命で長年続いたイーリスとペレジアの関係に終止符を打つことが出来れば……そう思っていた。

 

「…………どうして、ですか? フレデリク……」

 

すなわち、あの日――――裏街道にて襲撃を受けたあの日に、彼女は自らの死をもってこの醜い戦い、悲しみの連鎖に終止符を打とうとしていたのである。クロムやリズたちをだましてでも、彼女はそうするつもりだった。だからこそ、彼女はあの日、あの場所でクロムに【炎の台座】を渡し、フレデリクにすべてを託したのだから……

 

だけど――――

 

「どうして、あなたは――――」

 

 

「聖王エメリナは処刑される……」

「……っ!」

 

エメリナは突如後ろから聞こえてきた声に驚き、反射的に振り返った。振り返ったその先には、黒いローブに身を包んだ女性が一人静かにたたずんでいた。だが、彼女にはわからなかった。

 

「あなたは……?」

 

そこに、その女性が本当にいるのかが彼女にはわからなかった。いや、目視できているのだから、その女性はそこに居るのだろう。だが、余りにもその女性には気配がなかったのだ。目の前で目視していても、少し気を抜いてしまえば見えなくなってしまうのではないかと思わせるくらいに、彼女の存在は希薄だった。そして、その顔は暗く、曇っていた。

 

そんなエメリナの様子などお構いなしにその魔術師は語り始める。

 

「みんなは恨みを晴らせると喜んでいる…………」

「……そうでしょうね。私は前王の娘。あなたたちの国を自分勝手な理由で攻め込み、多くの兵たちやペレジアの民たちの命を奪ってきた王の娘なのだから、私を殺すことはあなたたちの悲願でしょう」

 

そんな魔導師の言葉に対し、エメリナは感情のあまりのこもらない言葉でつらつらとそう述べた。その表情は完全に無であった。普段の優しげな顔からは想像できないくらいに、何の感情も宿さない顔であった。そして、それが、彼女の心情を隠す、最後の仮面でもあった。

 

「……あなたでもそんな顔をするのね。でも、今は関係ないわ。あなたの言った通りの理由で、このペレジアにいる多くの兵士たちはあなたの命を狙っているわ」

 

そして、事実、彼女の父親である前聖王は歴代の聖王の中でも最もひどいといわれるくらいの暴君だった。前王は政務こそそつなくこなしていたが、それ以外がとてつもなくひどかった。遊びと称して、城下に降りては不当に税を取り立てたてたり、昼間から酒を飲んで大暴れをしたり、進言をしてきた兵士の言葉が気に入らなければ切り捨てたため、たとえ大臣と言えども、彼に何かを言うものはいなかった。

 

そんな王が暇つぶしとして目を付けたのが戦争であったのが運のつきだったのかもしれない。彼は非常に戦を好み、賊を討伐と称しては、隣国へとちょっかいを出していた。

 

そんな折であった、彼がペレジアとの戦争を始めたのは……

 

「あなたの父親は聖戦と称して、私たちの国へと攻め入り多くの命を奪っていった」

「…………」

 

その時、エメリナはまだ幼すぎた。戦とは何か、それを知るにはあまりにも幼すぎた。それ故に、心に残ったのかもしれない。いや、心に刻まれたのかもしれない。

 

大きな、大きすぎるほどの傷として。

 

幼き日の彼女は血の匂いが嫌いだった。いつも笑顔で話かかけてくれていた父親からする、その血の匂いが嫌いだった。同時にわからなくなっていた。なぜ、こんな不快なにおいを振りまいているのに、父さんは笑顔なのだろうと、彼女はずっと思っていた。

 

そして、そんな時にあの日は来た……

 

「そうね、父はあまりにも人の命を奪いすぎた…………戦場でも、国内でも、そして、城内でも……」

 

彼女の目の前で一人の兵士が殺された。実の父によって、ただ、その存在が気に入らなかったというちっぽけな理由で、その兵士は死んでいった。彼女はあまりにも唐突に目の前で起きた出来事に頭が追いつかなかった。そして、目の前でそんな死体を嗤いながら足蹴にしている人物が誰だかわからなくなった……

 

そして、彼女の心には深く、大きな傷が刻まれ、すべてを閉ざしてしまった……

 

「だから、私たちは恨まれても仕方ない……そう思っていました。けれど、それでも、その悲しみの連鎖を止めれるなら、この世界に平和の灯を灯せるならと、私は戦い続けてきた」

「ええ、そうね。でも、全ては無意味だったわ」

「…………それで、あなたはどうしたいのかしら? 私を殺して、復讐しますか? ペレジア国民の望みを今ここで叶えますか?」

 

エメリナは今までのことを思いながら静かに目の前の女性に語りかけた。だが、その女性は首を横に振ると、エメリナの目をしっかりと見て答える。

 

「…………くだらないわ」

「え……? どうして、ですか?」

 

女性はふぅと小さくため息をつくと足元に転移の魔方陣を浮かべた。

 

「イーリスへの恨みなんて、そんなもの自分の気持ちじゃないもの。それは長年続いてきた遺恨という名の呪い……私はそんなものに縛られたくない」

「…………」

 

女性の足元の陣に魔力が注ぎ込まれていき、その光を強くしてゆく。

 

「私は私自身の気持ちで、誰かを思い、誰かを呪うわ。そう思っているの。あなたは、どうかしら?」

「私は――――誰も恨みません」

「……そう」

 

発動直前のその陣の上で女性はエメリナに問いかけた。そんな問いに対し、エメリナは今までのように笑みを浮かべると、まばゆい光に目を細めながら答えた。その答えに対しどこか落胆したように女性は答えたが、エメリナはそんな様子にお構いなしに話し続ける。

 

「私は、誰も恨みません。けれど、あの人を強く想い、あの人との夢を強く抱き続けています。だから、ペレジアのみなさんを縛っている憎しみという名の重き鎖のすべてを解き放ちたい。そのために、今まで戦ってきたのだから」

「そう――――」

 

女性の足元の陣は完成した。後は彼女がキーワードを紡ぐだけでこの魔法は発動する。しかし、女性はエメリナの方を見ながら、今度は小さく微笑む。その笑みはまるで体を縛っていた全てのしがらみから解き放たれたようだった。

 

「あなたも、一人のちっぽけな人だったのね。義務とか、使命とかに縛られない、自分の想いだけを強く抱き、わがままに進んでいく――――私たちと同じような、みじめで、ちっぽけな人だったのね」

「ええ、そうですね」

 

女性はエメリナに背を向けると、静かにゆっくりと魔方陣を起動させる。

 

「ここで、私があなたを救出したら、私は英雄になれるかもしれないけど、あいにく私はまだ一人分の転移しか行えないの。だから、あなたはここで、助けを待ちなさい」

「ええ、そうね……そうさせてもらいます」

 

エメリナもまた女性に背を向け、眼下の戦いを眺める。そんなエメリナに対し、女性は最後の言葉を紡ぐ。

 

「私はサーリャ。受け継がれた理想()を想い、戦いを呪うペレジアの魔女よ」

 

エメリナの背後でそう言い残し消えた彼女は突如自らの弟であるクロムの付近に転移すると、周りのペレジア兵を倒しながらクロムに近づいて行った。おそらく、彼女の弟であるクロムならサーリャと名乗った魔導師を受け入れてくれるだろう。

 

「…………あなたの言う通りですね、フレデリク」

 

エメリナはクロムから目を外し、広間の中央を縦横無尽に駆け回り、敵をなぎ倒しているフレデリクを見つめる。

 

「あなたの言う通り、人の想いというものは強いですね。そして、強く思っていればいつか必ず、届く物なのですね。

だからですか? あなたが、私の命令に背いてまで、行軍を決定したのは……」

 

エメリナにとって、フレデリクとは幼馴染であり、閉ざしてしまった心を開いてくれた恩人だ。

 

そう、父親のあの一件以来ふさぎ込んでいたエメリナを救ったのは、エメリナと同じようにまだ幼かったフレデリクなのであった。彼は仲の良い彼女が沈んでいるのをどうにかしようと試行錯誤し、とある絵本を見つけて、それを彼女とともに読んだ。

 

民を愛し、世界を救い、戦争を終わらせ平和な世を作り出した英雄王マルスの絵本を。

 

 

そして、ここから始まった……彼女と彼の紡ぐ小さな約束の物語は。

 

 

 

「フレデリク……私の愛しき人。もし、あなたが強く、強くそう願うのなら、私もまた願いましょう。ですから、どうか――――」

 

 

 

――――私の願いをかなえてくれる、フレデリク

 

――――うん、任せて! 僕が、エメリナ様の願いを叶えてあげる。だから、エメリナ様は僕の願いを叶えてよ!

 

――――うん。わかった。約束だよ、フレデリク……

 

 

 

 

 

聖王エメリナと聖王に仕えし唯一(・・)の近衛騎士フレデリク――――彼女が王になるその前に交わされ、紡がれ続けてきた二人の約束の物語は今日ここで終わりを迎えることになる。

 

 

その結末はもう、そこまで迫ってきている。

 

 

 




今回はいろいろと妄想詰めまくりであるため、おかしいところがあるかもしれません。いや、一応考えながら書いたのですが、何か変なところがありましたらおねがいします。

それでは、次話九章 聖王エメリナの後編「騎士フレデリク」で会いましょう。誤字脱字、感想等ございましたらお願いします。

学校が始まりそうで若干鬱な作者でした。


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第二十三話 騎士フレデリク

出来た……けど、なんというか

まあ、読んだらわかりますね

今回は短めです。作者は疲労でくたばりそうです。ではどうぞ。


 

 

――――ねえ、私の願いを叶えてくれる、フレデリク

 

 

 

 

敵との交戦中にふと視線を感じ広間の中央付近からその方角、エメリナ様のいる方へと目を向ける。ここからでは離れすぎていて彼女の姿を見ることはできても表情までは読めなかった。しかし、それでも、彼女の言いたいことが伝わってきた。見えなくとも、聞こえなくとも、私には彼女の声が届いた気がした。

 

「エメリナ様……ええ、任せえてください」

 

隙をさらした私に向かって切りかかってきたペレジア兵の攻撃を槍で軽くいなし、反撃した。呻くような声と共にどさりとその兵士は地に倒れ絶命する。それを横目で軽くとらえながら槍を振り、こびりついた血を払い落とす。

 

「あなたの願いは、私の願い。そして、主の願いを叶えることこそが騎士である私の役目なのですから」

 

そう、どこか誇るように寂しげな顔で彼はつぶやいた。

 

――――だから、僕の願いはエメリナ様が叶えてよ!

――――うん、いいよ。それで、あなたの願いは、なあに?

――――僕の願いはね……

 

それは、幼き日に交わした約束…………いつまでも色あせることのない夢、望む未来(定められた絶望)――――

 

そして、再び一つの物語が終わりを迎える――――それは奇しくも、立場の同じ(・・・・・)一人の少年と一人の少女によって紡がれた約束の物語。少女は理想を追いかけ、従者は少女を守った。これは、ただ、それだけの物語。同じ理想を掲げ、同じものを守る二人の少年の夢が砕かれ、絶望の未来へと続く物語の序章。

 

「ようやく、動き始めたか。これで、私は今度こそ――――」

 

大きすぎる災厄を含んだまま、物語は動き出した。

 

 

 

 

「クロム、リズ……皆、愛してます。この言葉を、本当はあなたに伝えたかった、フレデリク……」

 

 

 

 

聖王エメリナが自ら命を絶つことで――――

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

『――――エメリナ様の処刑の日に処刑場に乱入し、空よりエメリナ様を救出する』

 

それが、あの日――――イーリス城が落ちたと知らされた時にビャクヤの示した策だった。そのあまりの簡潔で裏もないような単純な策を聞かされた時、私だけでなくその場に居合わせたフェリアの王達でさえも、呆然と立ち尽くしていた。それも当然だ。こんなものは策と呼べるようなものではない。いや、正確にはこの状況で示すものではないというべきかもしれない。

 

今回エメリナ様の処刑場にされるのはおそらく過去幾度となくペレジアにて処刑に利用された王都にある広場で間違いないと思われる。すなわち、敵の本拠地。そんなところに兵を連れて行きエメリナ様を救出するというのは無謀以外の何物でもない。やるとしても少数精鋭、密かに忍び込んで極力悟られないように動くべきだろう。なのに――――

 

『普通に考えれば、フレデリクの示したように敵に悟られないように忍び込み救出するのが無難だ。戦力差、此度の状況を考えても……だけど』

 

それをギャンレルが考えてないと思うかい? 彼は私の提案に対しそう返してきた。その言葉を聞き、何故彼がこんな策を示したかを今更ながらに悟った。今、私たちは敵の手のひらの上で踊らされている状況にあり、どこに敵がいて、どこに内通者がいるかもわからない状況にあった。この状況に陥ってしまった理由は多々あれど、ひとえに向こうの謀略がうまかったともいえる。その証拠にこちらの行動をまるで知っていたかのようなタイミングで敵が現れ、わたしたちを翻弄していった。

 

『ここでもし、フレデリクの示した無難な策をとったとしよう。その結果はおそらく、少数精鋭として送り込んだ部下をすべて失い、最悪敵側に新たな戦力を与えることになる。それに、怒りうる被害はそれだけじゃない』

 

彼はそこで言葉を切ると、クロム様の方を向き一言。クロムとエメリナ様の死によりイーリスという国は存続の危機を迎える可能性がある……と。この言葉を聞いてクロム様は訳がわからないと首をひねられたが、私にはなるほど納得できた。クロム様の性格なら間違いなくその少数精鋭の軍に加わり、エメリナ様の救出に向かう。そして、ここでギャンレルに捕まればエメリナ様とクロム様二人が殺されることになり、そのショックにリズ様が耐えるのは厳しい。私もどれだけまともでいられるかわからない。そして、そんな状況のイーリスを滅ぼすのはたやすいことだろう。

 

『わかったみたいだね。だから、今回はこの策をとる。おそらくギャンレルが最も警戒していないであろうこの策を。でも、この策をギャンレルが警戒しないのは単純に王都の警備が厚く、そんなバカげた策を通す軍師なんかいない……そう思っているからだ。そこで、僕らはギャンレルの近衛兵をつぶすことのできる必要最低限の兵で行く。要するに、戦争を仕掛けるつもりで向こうに乗り込む』

 

そこで、再び部屋の中に沈黙が落ちる。今度は私たちだけでなく、常日頃彼から知識を学んでいるはずのルフレさんまで驚いて固まっていた。ばれたら終わりの作戦なのに、そんな大所帯で移動する意味が分からない……おそらくここにいるすべての者たちの疑問だったと思う。そして、そんな私たちの様子を気にすることなく彼は言葉を紡ぐ。

 

『大丈夫、きっとばれないさ。そもそも、ギャンレルのことだから僕らの進行してきそうな場所の警備は薄くしてるか、失くしてると思う。それこそ、僕らを誘い込むためにね。ギャンレルは単純なクロムを王都まで誘い込んでついでに処刑しようと考えてるだろうから、おそらく間違ってないと思うよ。それにこっちにもペレジアの情勢に詳しい密偵がいる。警備の全くない砂漠地帯を見つけることなんてそう難しくは――――』

 

要するに彼は最近雇ったというガイアという密偵の情報とフェリアの持つ情報から、国境地帯や周辺地域、とりわけイーリス、フェリア方面の見張りが甘いという。だからこそ、ある程度の軍はばれず、王都の近衛騎士を制圧するくらいの兵を連れて行くのは不可能ではない――――そう言った。

 

そして、この作戦に私たちは乗った。私も賛成した。これで、エメリナ様が救えるのなら、彼女を守れるというのなら、騎士である私が動かないわけにはいかなかった。だから、だからこそ――――

 

 

「私はあなたの言葉に、あなたの命令に背いたのです。あなたが【炎の台座】を手放す意味を知りながら、その時にするべきことを知りながら、私は選択しました。この道を」

 

薙ぎ払っていく敵兵の先には小高い丘の上で高みの見物を決め込んでいるギャンレルの姿が見えた。いまだ私とあいつの距離は離れており、とても討ち取ることは出来そうになかった。そして、その上方にいる彼女のことを再び見つめる。

 

「エメリナ様。私はあの時、あなたの言葉に答えることが出来ませんでした。いえ、その答えを出すことにおそれていました。でも、今はあの時に答えておけばよかった。そう思います。私も――――」

「フレデリク! 周りに合わせて!」

 

エメリナ様の方を眺める私に上空よりビャクヤさんの声がかかった。その声を聞き、慌ててあたりの様子を見ると、ボーっとするな! とか、周りに合わせてください! という声に今更ながら気づく。知らず知らずのうちに、暴走していたようだった。まだまだ精進が足りないと改めて思い知らされる私に、後ろから輸送隊を率いながらフラムさんが近づいてくる。なぜかその手に槍を握っていたが、今はそんな些細なことを気にしている場合ではないと判断すると、彼の隣に並ぶ。

 

「あまり焦ってもいいことはないぞ」

「その通りですね。すみません、気を付けます」

 

 

 

――――エメリナ様。私はあなたを見捨てることはできませんでした。主の命令と割り切ることが出来ませんでした。何故かわかりますか? それは、私も……

 

「私も、あなたのことを愛しているからですよ。エメリナ様」

 

争いの喧騒の中、小さく紡がれた言葉はかき消されていった。そして、そんな私の目線の先で彼女が微笑んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はルフレと共に空の敵を制圧したのちに、エメリナ様の断頭台付近で指揮を執っている兵士へと距離を詰める。戦況はややこちらが不利だった。それも仕方ない。なにせここは敵の本拠地、ペレジアの王都なのだから。そして、あからさまな罠に踏み込んでエメリナ様を救出するという無謀以外の何物でもない作戦を実行しようとしているのだから、むしろ戦果としては良い方だ。

 

「厳しいな……だけど、まだ、まだいける」

「…………」

「下ろして。ここからは敵を殲滅していくから」

「わかりました。〈ギガウィンド〉!」

 

ルフレは風魔法を放ち周囲の敵を牽制しながらペガサスを地上へと近づけ、大地が近づいたところで僕はペガサスより飛び降り、降りた勢いのままに目の前の敵兵へと切りかかる。強力な風魔法を受けた後の襲撃だったためか、敵兵は驚くほど簡単に倒れていく。

そして――――それに加え、強力な助っ人もこちらへと追いついた。

 

「おら!! そんな軟弱な攻撃じゃ、この俺様はしとめられねえ――――」

「はぁ……〈エルファイア〉!」

「うおぅ! ミリエル! 狙うな……あ」

「理解できたのならいいです。あなたが周りを見なさすぎ何ですよ。ほら頭を下げなさい。〈エルファイア〉!」

「って、おい! 当てる気か!」

 

こんな時でも相変わらず主というか友に似て猪突猛進なヴェイクとそんな彼の手綱を握って制御しているミリエルの二人と彼らの連れてきたペレジア兵のおかげで敵の指揮官への道筋が少しずつ見えてくる。それに何も仲間は彼らだけじゃない。

 

「ビャクヤ! 姉さんは!!」

「クロム様! 下がってください! 余り突出しては狙われてしまいます!」

「ク、クロム様! 危ないです」

 

右方からはヴェイクと同じように向う見ずな特攻を続けるクロムとそれのクロムを守るように展開している二人の天馬騎士スミアとティアモ。

 

「なかなかやりますね、フラムさん」

「いえ、フレデリクさんも」

「……ソール、僕らは輸送隊の護衛だよね」

「うん……そうだよ。必要なさそうだけど……」

 

左方からは輸送隊を守りながら進んでくるフラムさんやフレデリクを中心とした騎馬隊が周りの敵兵を倒しながらこちらへと向かってきている。

 

そして、少しずつ敵兵の数は減っていき、流れはこちらへと傾いてきた。そんな中、ルフレと共に僕の隣で戦いながら、ミリエルは僕を横目でとらえると話しかけてきた。

 

「……ビャクヤさん。先にお進みください。今のクロム様はエメリナ様を救うことに気を向けすぎているため、普段の実力が出し切れていません。そんな状態でクロム様が実力者と戦うのは好ましくありません。ここの露払いは私たちと、クロム様でこなします。ですので、エメリナ様を……」

「ああ、わかった」

 

その言葉にうなづくと僕は久方ぶりにあの弓を呼び起こす。

 

――――はるか遠く、サカの地に眠っていた精霊の剣と同じように精霊が宿るとされナバタの里の地下で使用者を待ち続けていた弓を……リンの笑顔を曇らせ、仲間を悲しませることになった……禁じられた秘術の末に生み出された弓を呼び起こす。

 

「来て、【マーニ・フレチェ】」

 

僕の言霊に合わせて僕の左手が淡く輝くとともに僕にとって見慣れたきれいな青い弓が現れる。何もない所から急に現れた弓に敵味方関係なく驚き、唖然とした様子で僕のことを眺める。あのギャンレルでさえ目を見開いて、呆然と立ち尽くしていた。

 

 

「マーニ・フレチェ、一次解放」

 

 

突如として戦場に訪れた静寂の中、僕の声だけが静かに広場へと響き渡る。それと共に、僕の頭の中に再び警告とも思える痛みと共にこの弓に関する知識が流れ込んでくる。そのことごとくを無視して、今必要な情報だけを取り出し、言霊を紡ぐ。脳裏にかすめる彼女の悲しげな顔を幻想だと無視して――――

 

 

「セット」

 

 

弓を引き絞るとともにどこからともなく光の矢が僕の手には握られていた。始まりの日につがえたものよりも強力な光魔法の矢は、寸分たがわず小高い丘にいる敵の指揮官と延長線上にいるギャンレルを捉えた。

 

 

「〈アルジローレ〉!!」

 

 

つがえられた矢は僕の最後の言霊と共に放たれ、一直線に敵の指揮官へと向かい、その分厚い鎧を貫き、威力をそのままにギャンレルへと向かい。そして――――

 

 

――――はぁー、手間をかけさせないでくれるかな、ギャンレル

 

 

どこからとも聞こえた言葉と共に張り巡らされた黒い魔力の障壁にさえぎられ、消滅した。

 

「くっ……、ルフレ! 合図を!!」

 

突如現れた障壁には驚いたが、今はそれどころではなかった。敵の指揮官は倒れ、ギャンレルは未だ呆然と立ち尽くしているだけだ。今、敵の指令系統は完全に機能していない。このチャンスを逃すわけにはいかない。これが、間違いなくこの戦いにおける最後のチャンスなのだから……

 

「〈サンダー〉!!」

 

上空にルフレの雷魔法が放たれ、それに合わせて上空にいた天馬騎士団がエメリナ様へと天馬を急がせる。その光景を見てギャンレルは我を取り戻し、慌てて全軍に指揮をするがもう遅い。エメリナ様の周囲に配置されていた弓兵はカナとフラムさんの暗躍によりすべて事切れており、広間の魔法使いは全て先ほどまでの戦いでつぶした。だから、エメリナ様へと手を伸ばすフィレイン様の妨害をするものなどいない。エメリナ様は救出され、マルスの言う絶望の未来は変えられ、笑顔でイーリスへと帰る……そのはずだった。

 

 

――おいで……死の淵よりよみがえりし兵士よ。汝らの敵は今そこに……

 

 

そう、その地を這うような低く響くような声と共に目の前にありえない光景が訪れるまでは、僕はそう信じていた。この作戦は成功したんだと、全てを覆して見せたんだと、そう勘違いしていた。でも、現実は非情だった。

 

 

「うそ、だろ……なんで、屍兵が…………」

 

 

声にならない雄叫びをあげながら突如として現れた数体の屍兵は空を飛ぶ天馬騎士団の皆へと狙いを定めると一斉に矢を放つ。放たれた先では今更ながら屍兵の存在に気づいたフィレインさんたちが、慌てて矢を回避しようとしていた。しかし、それも遅く彼女たちは屍兵の存在を認めるとともにその愛馬を放たれた矢に貫かれ、体勢を崩してはるか上空から屍兵の待ち構える地上へ墜落していった。彼女たちの生死など確認するまでもなかった。

 

「はっ――――ぎゃっはははーーーー!! 天馬騎士団長フィレイン様のご退場だ! 残念だったな、イーリス共! 形勢逆転、俺の勝ちだなぁ? さあ、はいつくばって負けを認めな!!」

「まだだっ!! まだ、俺たちは――――」

 

ギャンレルの高笑いと共に、認めたくない現実が僕の前に押し付けられた。押し寄せる敵を倒し僕の隣に並んだクロムがギャンレルに叫んでいたが、僕にはどうでもよかった。そう、僕は失敗したんだ。エメリナ様の救出に……だからこそ、僕はもう一つの、考えたくもなかった選択をしないといけない。皆を守るために。

 

「武器を捨てて降伏しな、王子様! んで炎の台座だけ俺に渡せ! そうすりゃ命だけは助けてやる。エメリナ様の命もなあ!」

 

クロムとギャンレルの口論はやはりというかギャンレルの優位な形で終結を迎えていた。そして、決断を迫られたクロムは助けを求めるように僕を見る。いつものようにこの状況を打破する解決策を求めるかのように…………

 

「フレデリク……」

「ここに」

 

そんなクロムの懇願を無視し、僕はフレデリクの名を呼ぶ。そしてそれに呼応するように彼は僕の隣に現れた。そして、ギャンレルや隣のクロムに聞こえないように彼に問いかける。

 

「何か、エメリナ様に伝えたいことはある?」

 

そんな主を捨てるともとれる言葉を告げというのに、フレデリクは顔色一つ変えずに首を静かに横に振った。そんなやり取りをしている間にも、クロムとギャンレルのやり取りは続いていく。しかし、僕はそれに一切の興味を向けず、フレデリクと共に近くに来ていたフラムに伝言を頼むと断頭台にたたずむエメリナ様を見つめる。その最後を絶対に見逃すことの無いように……忘れていた戒めを再び心に刻むためにも…………

 

「さあ、三つ数えうちに武器を捨てな! さもなきゃ聖王は死ぬ! 一つ! 二つ!」

「待て! 今武器を――――」

 

そんなギャンレルの催促を受けてクロムは手に持つ武器を離そうとした――――が、それは寸前で止められる。断頭台の上からすべてを悟ったような顔をしたエメリナ様の言葉によって。

 

「武器を捨ててはいけません、クロム」

 

凛としたその声は殺伐とした戦場に不思議と響き渡り、聞いたものすべてを引き付ける不思議な力を持っていた。そして、ひきつけられたのは彼女の弟であるクロムはもちろん、敵国の王であるギャンレルも同じだった。

 

「あぁん?」

 

不愉快だ。そんな感情を前面に出したままギャンレルはエメリナ様へと向き直る。そして、そんなギャンレルへと、エメリナ様いつものように、けれどどこか寂しげに語りかける。

 

「ギャンレル殿。もう、話し合うことはできないのですね?」

「っ! けっ、まーた得意の説教か? 当たり前だろうが! いつもお高い所からきれいごとをまき散らしやがって……てめーの理想のなれの果てがそのザマだ! お前の理想は周りの足を引っ張るだけなんだよ!!」

 

そう――――とエメリナ様はギャンレルの言葉に返すと、顔をあげてこの広場全体に顔を向ける。隣で何か言おうと口を開こうとしたクロムはそんな自分の姉の姿をみて、口を開いたまま呆然と立ち尽くしていた。そんなクロムの横で静かに僕は弓へと魔力を送る。

 

「ペレジアのみなさん、どうか私の声を聞いてください。戦争は何も生みません。多くの罪なき人々が悲しむことになるだけです。憎しみに心を支配されてはいけません。たった一欠片の思いやりが、気持ちが……世界の人々を平和へと導くのです。心の片隅にでもいい、どうかそれを忘れないでください」

 

 

 

 

 

そして、エメリナ様は皆の前で、必死に助けようと姉に駆け寄る弟の前で静かにその足を何もない空間へと踏み出し……その体を空へと預けた――――

 

 

 

 

 

誰よりも平和を望みすべてを愛した白く美しい鳥は、誰よりも戦いを憎みながらも黒く染まった刃にその翼を断ち切られ、短いながらも確かな飛翔を終えた……

 

 

 

冷たく冷えゆく体は赤に染まり、蒼き王子の前に静かに横たわる。もう、彼女が動くことはない……

 

 

 

ここに、イーリス軍の敗北は決まり、一つの物語が幕を下ろした。

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

――――ねえ、あなたの名前はなんていうの?

 

そう彼女は私に/俺に話しかけてきた。だから、答えた。答えないといけないから。彼女は私の/俺の国のお姫様なのだから……

 

――――……なんで、みんな殺しあうの? なんで、手を取り合って、協力し合うことが出来ないの?

 

そう、僕の目の前で涙を流す彼女に僕のできることはなかった。だから探した。彼女の望みをかなえる方法を、子供ながらに探して、見つけた。

 

――――私、王様になる。皆が笑いあえる誰もが仲良くすることのできる平和な世界を作るために

 

彼女は僕の渡した本を読み終えるとそうつぶやいて、僕に向かって手を差し伸べてくる。

 

――――英雄王マルスにはね、仲間がたくさんいたの。でもね、その中でもいつも傍にいてくれたのが騎士のシーダ。だから、ね。

 

「あなたが私を支える騎士になってよ」

 

だから、僕は答えた。見よう見まねで彼女の前に片膝をつき答えた。

 

「うん。僕は君を守る騎士になる。君の理想の世界が出来るその時まで、僕は君を隣でずと支え続けるよ」

 

 

 

 

一度は心を閉ざした少女は少年によって光を与えられ、再び立ち上がり決して叶うことのない果てなき夢を追いかける。そして、少年は少女とかなうことのない夢を追いかけ、決して終わることのない約束を紡ぎ、知らぬままに壊れゆく。

 

 

これは始まった時から決められていた終わりを迎えるための物語。終わりを始めるための物語。だからこそ、悲しくてつらい、けれど、どこか暖かで優しい物語。

 

そんな、彼らの紡ぐこの壊れた約束の物語はまだ始まったばかりだ。

 

この先に待つ未来(絶望)を彼らはまだ知らない。

 




ようやく投稿です。前回の投稿からもうすぐ二ヶ月が経とうとしていますが、ようやくできました。しかし、クオリティはいつにもましてひどい気がする……

まあ、大丈夫だろうという甘い観測のもと出した訳ですが、後々見直した際に書き直すんだろうな~と、そう遠くない未来が僕には見えます。

あれ、あとがきの文章も文章になってないな……

ともあれ、次の投稿がいつになるかはわかりませんが、そこでまた会いましょう。
このような文章を読んでくださった皆様、ありがとうございます。力尽きたのでここらで筆をおきます。

エタるフラグではありません……と書いたあとがきを見直して慌てて書き足す作者でした。


5/24 本文を書き足しました。


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第二十四話 逃避

皆さんお久しぶりです。
最近月一投稿にまでペースが落ちている言語嫌いです。もう少し頑張ります。

烈火の剣に少し浮気していたという事実はありません。ええ、ありませんとも。それで、結局、書ききれなくてこちらに戻ったという過程もありませんでした。

さて、気を取り直して、それでは本編をどうぞ。


 

馬上で弓を構えながら、僕は一人敵を見据える。

 

「さて、時間を稼ごうかな」

 

僕はそう言うと再び言霊を紡ぎ、弓に矢をつがえる。

 

「ここから先は通さないよ。いけ、〈アルジローレ〉」

 

放たれた矢は敵を貫きながら分かれると次第に太さを増していき、あたり一面を巻き込みながら大きな光の柱となって天を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

喧噪の中、バジーリオの声が広場にやけに響いて聞こえた。

 

「退くぞ! 退路の確保は出来ている。お前らは俺らの後について来い!」

 

俺は上空から降りてきたティアモの天馬に乗せられながら、姉さんが倒れている場所を呆然と眺めながらその声を聞いていた。人はあまりに現実離れしたことや信じられないことがあると、何もできなくなるというのは本当だったみたいだ――と、どこか他人事のように彼女の繰るペガサスに乗りながら考えていた。いや、ビャクヤが言うには逃げているらしいが。

 

「クロム様……」

 

そんな俺の手をティアモは優しく取り、自身の腰のあたりまで移動させた。そのティアモのティアモらしからぬ行動に俺は疑問を持ち、彼女へと意識を向ける。彼女は前を向いているため表情をうかがうことも出来ず、何を思ってこうしたのかはわからなかった。けれど、その状態のまま彼女は何かをこらえるように言葉を紡ぐ。

 

彼女の口から出た言葉はこちらを案じるものでもなければ、咎めるものでもなかった。彼女は俺の行動を認め、ただ道を示すだけだった。

 

「クロム様……今は、認められなくてもいいです。逃げてもいいです。ですから、どうか、今は生きることだけをお考えください。生きて戻ることだけをお考えください。リズ様のためにも……」

 

彼女の言葉が途切れた直後、強大な魔力に気付きふと後ろを振り返ると、後方から光の柱が天に昇っているのが見て取れた。まさか……と思い、急ぎ辺りを見渡してみると、ルフレの後ろに乗っているはずのビャクヤの姿はなく、地上にもビャクヤらしき人物は見られず、指示を出しているのはフェリアの王達とフレデリクだった。

 

「そして、殿を務めておられるビャクヤさんのためにも……」

「なっ……!? どういう事だ、ティア、モ…………」

 

そこまで言うと、ティアモはようやく俺の顔を見た。見たといっても本当に少しだけこちらに顔を向ける程度だったし、すぐに正面を向いてしまった。けれど、たったそれだけで俺は動けなくなってしまった。なんでビャクヤが殿をしているのかとか、リズはどうなっているのかとか、聞きたいことや尋ねるべきことはたくさんあったのに、そのすべてが吹き飛んでしまった。

 

「…………ティアモ」

「クロム様、もうすぐギャンレルが手をまわしていると思われる兵たちとの交戦地帯です。気を引き締めてください」

「ああ……わかった」

 

そう、口では答えたが俺の体は少しも動いてはくれなかった。何かをしようとするたびに、先ほど見たティアモの顔が浮かんできた。忘れろ……そう願っても消えてはくれない。集中しろ……そう言い聞かせてもあの顔が浮かんでくる。

 

「くそ……」

 

自分のことだというのに、どうしようもできない。そんなジレンマと戦いながら、俺は天馬を繰る彼女を見つめる。するとまた、あの顔が浮かんできた。感情を押し殺し無表情だったというのに、どこか悲しそうに、つらそうに瞳を揺らす彼女の顔が。消し去れず、忘れられないあの表情が、ただ俺の心に鈍い痛みを与え続ける。

 

「…………クロムさん」

「っ!? な、なんだ、ルフレ」

「…………」

 

そんな状態だったからかもしれない。俺がペガサスを寄せて近づいてきたルフレに気が付けなかったのは。そして、ルフレにこんな命令をさせることになったのは。

 

「次の戦い――――いえ、この撤退戦においてクロムさんが戦うことを禁じます」

 

そして、俺は初めて戦場で戦力外通告を受けることになった。

 

「…………ル、ルフレ」

「ティアモさん。クロムさんを頼みます」

「わかりました」

 

ルフレの言ったことが呑み込めずにいる俺を無視し、彼女はティアモに俺の護衛を頼むと自身は大まかな指示と情報を伝えるために、フレデリクのもとへと天馬を急がせた。

 

(俺が、俺があんな顔をさせているのか……こいつらに……)

 

俺へと命令をした時のルフレの顔は、ビャクヤが一人で策を練る時にたまに見せていたような冷たく凍てついた瞳と、まるで機械のような無表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

私がフレデリクさんに敵の情報について伝えてすぐに、私たちはペレジア軍と出会った。この軍の現在の指揮権はフレデリクさんとフェリア王たる二人に任せている。後は彼らに任せるしかない。そう、自分に言い聞かせながら私はティアモさんの近くで戦場に注意を向ける。

 

「私はペレジアの将ムスタファー。イーリス軍に勧告する。降参するつもりはないか?」

「降参? 戦わずに負けを認めろってのか?」

 

敵将――ムスタファーは出会いがしらにいきなり降伏をしないかと促してきた。その行動は、対応をしているバジーリオ様だけでなく、私までも驚かせた。イーリスに対し消しきれないほどの憎悪を抱いているはずのペレジアの兵――――それも将からこのような言葉をかけられるとは思わなかったからだ。少なくとも会話が成立すると思っていなかった私たちからしたら、想定外のことだった。

 

そんな、こちらの考えが伝わったのか、それとも読んでいたのかムスタファーは後ろの兵士たちに軽く指示をだし待機させると、自身は一歩前にでて、こちらをまっすぐに見つめてきた。

 

「エメリナの意思は、戦いを望むものではあるまい……と私が言ったところでいらぬ反感をかうだけだな」

 

そう、どこか苦笑交じりに彼は答えた。その姿はまるで戦場には似つかわしくなく、どことなく疲れているようで、まるで覇気というものがなかった。そして、彼の発現に怒りをあらわにしていたこちらの兵士たちも、そんな敵将の姿を見ておかしく思ったのか、起こると思われていた騒ぎも起こらず、イーリスの軍は平静を保っていた。

 

「あなた方が怒るのはもっともだ。それに、私がこのようなことを言うべきでないこともな。だが、私もエメリナの最後の行いに感じるところがなかったわけではない。おそらく、あの場にいた多くのペレジアの民も同じであろう。武器を捨てるのならば、悪いようにはせん」

「信用すると思いますか? あなたの主君があれだけのことをした後で」

 

おそらく、敵側からしたら最大限ともいえる譲歩を見せてきたムスタファーだったが、これがこちらの怒りに火を注ぐような真似だということも、きっと理解しているのだろう。常に平静を保ち、一歩引いたところから物事を眺めているフレデリクが珍しく怒りをあらわに反論した。そして、そんなこちらの反応もわかっていたんだろう。それでも、ムスタファーはこちらに言葉を紡ぐ。

 

「いや、残念だが、無理であろうな。だが……」

 

そこで、ムスタファーは言葉を区切ると、後ろにいる自分兵たちを見やる。その士気は敵側である此方が見ても高いとは言い難かった。

 

「全軍、散開!! 各自拠点の防衛に努めよ! 拠点から出るな! 無駄に兵を失う必要はない!」

「え、しかし、将軍。それでは、王からの命令に……」

「命令違反は死罪だ……忘れたわけではあるまい。お前たちは私の命令に従っておればよい。いいか、王からは何も命令はなかった」

「は、はい」

 

突如、声を張り上げ、全軍に指示を出し始めたムスタファーに私たちは臨戦態勢に入るが、その内容はこちらの予想を見事に外したものとなり、逆に相手の意図が全く読めないものであった。

 

「来たまえ。警備の穴をついてお前たちをペレジアの国境まで連れて行く」

「何がしたいんだ? 命令違反は死罪。自分で言っておいて守らないのか」

「…………ついて来い。道中に話そう」

 

そう言い、彼は無理矢理に話を切り上げると、馬に乗り私たちの前に立つ。そして、忘れていたかのように、止まると、武器を地面に投げ捨てその武器から距離をとる。

 

「急げ、追手が追いつく」

「どうする。ルフレ。正直、罠にしか思えないが」

「…………信じてみましょう。彼の言葉を」

 

きっと、ビャクヤさんもそう言うでしょうから――――そう、バジーリオ様に答えると、

彼はどこか呆れたように、頭をかき全軍に指示を出してからムスタファーの隣に並ぶ。

 

「さて、うちのお気楽な軍師様はあんたのことを信じてみるそうだ。良かったな」

「ふ、そうか。正直、追手に一人で突っ込もうかとも考えていたが、杞憂に終わったようだな」

 

彼は馬を進めながら、地図を開くとある地点を指してバジーリオ様に訊ねた。その地点を聞いたバジーリオ様は驚き、手に持つ斧を振り上げかけたが、後に続く言葉を聞くとしぶしぶその斧を下ろし、進路を微妙に修正しながら二人で進み始める。

 

その道中には兵士が所々にある砦に集まっているのが見えたが、決して打って出ることもなければ、攻撃をしてくることもなかった。その様子を見ながら、少し高度をさげバジーリオ様たちの会話に参加する。どうやら、今、始めたところだったようで、話を蒸し返す必要はなかった。

 

「さて、どこから話したものか。とりあえず、私と王――――ギャンレルについて話そうか……私はこう見えてもギャンレルの叔父でね。あいつのことはよく知っている。あいつが今のような状態になったのはある事件の後からだった。その事件の前は仲間思いで、優しい少年だったよ。信じられないと思うが」

「いや、おい。あのひねくれた様子を見て、そう言われても信じられるわけがねえだろう」

 

残念ながら私もバジーリオ様の意見に賛成だった。正直、信じられなかった。何がどう間違ったら、そんな好青年があんなひねくれ者になるのやら。ため息とともにそんな気持ちが言葉となって漏れた。

 

「まあ、軍師殿の言う通りなんだがな。ある事件とはイーリスのものにとって耳に痛いであろう、聖戦の後に起こった。そう、我らにとっても忌むべき事件である、ギ――――」

 

 

 

突如、空間を裂く音とともに彼の言葉が途切れ、その胸から華奢な腕が生えていた。彼の背後には黒いフードつきのマントをまとった人影があり、空いている手には黒い魔力の塊を握っていた。

 

「ふーん。ギャンレルに言われて見に来てみれば、ずいぶんと愉快なことをしてるじゃないか。君はいったいいつからイーリスの味方になったんだい、ムスタファー」

「くっ……ペレジアに巣食う悪魔が! 行け! イーリスの者たちよ! じきにここも再び戦いの渦に巻き込まれる。その前に早く仲間のもとへ行き脱出するがよい!」

「ふふ、悪魔とはひどいね。僕のおかげでイーリスとフェリアの混合軍を退けられているというのに」

「くたばれ!」

 

そこまで一息に言うと、彼は肩当ての中から短刀を二本取り出すと手に持ち、後方にいる人物に切りかかる。後方にいたその人物はムスタファーから腕を引き抜くと大きく跳躍し彼から距離をとる。

 

「行くぞ! ここからは出会った敵を蹴散らしていく! 国境まで走りぬけ!」

「……っ! バジーリオ様、指揮権を移します。私は上空でクロム様の護衛に回りますので」

「ああ、王子さんを頼んだぞ!」

 

私たちは彼の示した道を一気にかける。後ろを振り向かず、ただ前だけを見て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぽつり、ぽつりと降り始めた雨は次第に勢いを増していき、地面にその身を預ける彼の体を容赦なく穿っていく。

 

「頼んだぞ、イーリスの者たちよ、この世界の希望よ。どうか、奴らの野望を打ち砕いてくれ……」

 

誰もいなくなった戦場で一人、彼はだれにもみとられることなく静かに息絶え、その体は静かに冷たくなっていった。

 

 

 

――そして、本当のペレジアからの逃走戦がここから始まった。まだ、すべては動き始めたばかり……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこか、静けさを取り戻した戦場は厚く黒い雲に覆われ、空からは視界を覆い尽くすほどの雨が降りつづけていた。そんな雨に打たれながら、俺を守りながら戦いぬいてくれたティアモを見る。その後ろ姿は痛ましく、鎧も所々欠け血がにじんでいた。自身の弱さのせいでこうなったと思うと、悔しさや、情けなさと共にまた心に鈍い痛みが走る。

 

「ティアモ……すまない」

 

気が付けばそんな言葉が口から出ていた。しかし、ティアモはそれに対し当然だといわんばかりに返事をする。

 

「いえ、気になさらないでください。これが騎士である私の役目ですから」

 

その後も俺は一人だけティアモにずっと守られながらフェリアまでの道を進む。心に悔しさと、むなしさ、痛み、様々な感情を抱えながら……

 

(遠い、な……こんなにも、自分が小さく感じたのはいつ以来だろうか……)

 

目に映る彼女の背中は空から零れ落ちる雨のせいか滲んでよく見えず、俺の手の届かない所にあるような気がした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でだ……」

 

俺にはその光景が信じられなかった。だからこそ、その姿から目が離せず、ただ落ち往く彼女の末路を見つめ続けた。

 

「死んだのか…………? 自分の弟を助けるために」

 

地に落ちたエメリナの体を呆然と見ていた俺の口から漏れ出たのは、そんな独り言じみた小さな、小さな呟きだった。そんな俺のもとに、誰かが出したであろう連絡兵が俺のもとにやってきた。

 

「ギャンレル様! イーリスの者どもが引き揚げ始めました!」

 

こいつの言葉を聞きようやく俺はエメリナの死体から目を逸らすと、広場に目を戻す。広場はすでに再び争乱の渦に包まれており、撤退を始めたイーリスの軍を俺の兵士たちが必死に打ち倒そうとしていたが、余り戦況は良くない。錬度の差がここに来て悪い方向に手伝っていた。こちらの錬度が決して低いわけではない。しかし、フェリアの精鋭や自警団と比べたなら、実戦経験という埋めがたい実力差が両者の間にはあった。それ故に、便利な伝令の使用を決めるとともに、自身の師であり義父である男にイーリスの始末を任せる。

 

「ほどほどにしろと伝えておけ。後はムスタファーに任せる」

「はっ!」

 

伝令はくるりと身をひるがえすと戦場へと舞い戻っていく。そして、間をさほどおかずして俺の横で空間にゆがみが発生し、歪みの中から見慣れた人物が現れた。

 

「やあ、何かよばれた気がしたから来たよ。それで、一体どんな用件かな、ギャンレル」

 

怪しげな黒いコートを着たフードで顔を隠した人物は常と変らぬ様子でこちらに話しかけてきた。目の前のこれを切り殺したいという自分でもわからない気持ちを舌打ちでごまかすと、手短に用件だけ伝えて、さっさと行くように命じる。だがその人物はいぶかしげにこちらに視線を送ったまま動こうとはしなかった。そして、しびれを切らしたこちらが口を開くより先に、こちらに話しかけてきた。

 

「…………何が不満なんだい、ギャンレル」

「……あぁ?」

「ここに来るまでに様々なイレギュラーはあったが、おおむね計画通りに事は運ばれた。君の望みどおりにエメリナは死に、未来は変わることなく進んでいる。そして、君の望む瞬間ももうすぐ来る。しかも、ほぼ完璧な下準備のもとで、だ。未来は間違いなく君の望む通りのものになるというのに、何が不満なんだい?」

「……んなもんねぇよ。さっさと行きな。不愉快だ……」

 

その人物はなおもこちらのことをいぶかしげに見てきたが、やがて最初に現れた時と同じように空間を歪め、消えていった。それを見届けた後、高台から降り、すぐ目の前にある惨状のもとへと歩み寄る。正直見ていて気持ちのいいものではなかったが、確かめたいことがあった。だからエメリナの傍で片膝をつくとすでにこと切れているであろう彼女の顔を眺める。

 

「……どいつもこいつも、なんで――――」

 

俺が覗き込んだエメリナの顔は恐怖にゆがんでいる風でもなく、ましてや痛みを耐えているものでもなかった。その顔はただ、ただ穏やかであった。そして、どこか悲しげだった。ずきり、と胸が痛み、それと共に一人の少女の顔が思い出される。彼女と同じように、平和を求め、――を目指し、俺を――にしてくれた大切な少女の顔が。

 

「くそ……」

 

浮かび上がった少女の顔を消し、無理やりに気持ちを切り替えた。そして、近くの岩場に隠れ潜む青年の名を呼ぶ。この現状――エメリナが生きているというあり得ない事態を引き起こしたであろう青年の名を……

 

「…………ジェイス」

「やっぱり、ばれていたのか」

 

岩場からため息とともに、簡素な服をまとった青年が現れる。どことなくこの戦場に不釣り合いな雰囲気の青年は諦めたような顔でこちらを見る。

 

「これをやったのはお前だな、ジェイス」

「ああ、そうだよ、ギル義兄さん」

「…………このあと、どうするつもりだった?」

「とりあえず、実家の方で様子を見るつもりだった。この方が帰ることを望まれるのであれば、送り届け、望まないのであれば新しい地での生活を可能な限り助けるつもりだった」

「そうか、なら、俺はお前に相応の罰を与える必要があるな」

「ふーん。それで、ばつは何かな?」

 

俺はその返事を聞き、エメリナがかろうじてまだ生きていることの理由を知った。なぜ、エメリナを助けたのか。エメリナに敬意を払うのか。どうやって助けたのか、聞きたいことは山ほどあった。だが、今はそれについて聞いている暇はない。俺は覚悟を決めると、目の前の義弟に対し剣を抜く。俺の様子が変わったのを見ても、こいつは全く動じることなく、常と変らぬ様子でいた。

 

「命令違反は死罪だ。忘れたわけではないだろ? だから、さよならだ」

「ああ、そうだね。さよなら」

 

手に持った剣を掲げ魔力を通し、周囲に大量の雷を発生させた。そのすべてが地をえぐり、岩をも穿つ強力な雷の魔法。当たれば生きていることは不可能であり、これだけ喰らえば形が残っていることすら怪しい。だが――――

 

「義兄さん? 一体何のつもり?」

「……もう二度とこの地に返ってくんな。そして、表に出ようとは思うな。いいな」

 

結局、俺にはできなかった。そんな俺の言葉を聞き、ジェイスは驚愕に目を見開き、唖然とした様子でこちらを見返してきた。まあ、その気持ちがわからないでもない。要するに、エメリナを死んだことにして見逃すといったのだから。だが、これ以外に俺には解決策が思いつかなかった。

 

「逃げる算段はあるんだろうな?」

「愚問だよ」

 

彼はエメリナに応急処置をすると、彼女を持ち上げこの場を静かに後にする。そんな義弟の後姿を眺めながら、ふと思う。今俺がした選択はペレジアの王たる俺がしていいものではない。だが、なぜか、今はそれが正しい、そう思えていた。とうに失ったと思っていたあの頃の心が、想いがまだ俺の中に残っていたのかと思うと不思議と可笑しくて、笑みがこぼれる。

 

「もう、とっくの昔に無くなっていたと思っていたんだがな。まだ、残っていたとは。まだ、誰かを――――っ!!」

 

空間の避ける音と共に、突如頭痛が襲い意識が急激に遠ざかる。倒れるのはまずい。ただ、それだけを考え、必死に意識を保つ。立っているのもつらく、剣を支えに地に膝をついた。そんな俺の目の前に、見慣れた黒いあいつが現れた。

 

「やあ、ギャンレル。報告に戻ったよ」

「……何の真似だ」

「ん? 何のことかな? 僕は特に何かした覚えはないけど?」

 

間違いなく先ほどの頭痛は目の前のこいつの仕業だ。そして、記憶の一部が、先ほどの思考が全く思い出せないのも、先ほどの頭痛が原因なんだろう。だが、それを問いただしたところで、こいつは答えないだろうし、俺も今そうしてまでこいつに聞こうとは思わない。それに、俺の直感が言っている。今、こいつにそれを尋ねてはいけないと。だから、俺は常のごとくふるまう。

 

「ちっ! まあ、いい。城下の軍をまとめる。編成をし直して、全面戦争の準備をするぞ」

「……ああ、そうしようか」

 

俺は足早にその場を後にした。忘れかけていた何かを、思い出した何かをもう一度手にするために、今はいち早くこいつから離れたかった。だが、どうしてそう思ったかは、結局わかりそうにはなかった。

 

 

 

「……聞き出せなかったね。あの仕掛けだけじゃ、ギャンレルに何が起こったかまではわからないんだよね。かといって、これ以上強力なものはまだ無理だし……いや、アレがうまくいけば…………」

 

その人物はぶつぶつとつぶやきながら歩きはじめ、目の前の空間をゆがませると、その歪みへと足を踏み入れ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公、完全空気の回でした。彼には次回頑張ってもらいます。たぶん。

原作と違い、微妙に話が変わってます。ムスタファーさんとの戦闘はなく、いろいろと、あのお方に暗躍してもらっていた回でした。

次回は十章 再起の後半となります。そろそろ、話の動かし方が難しくなってきてなかなか筆が進みませんが、頑張ります。

それではまた次回会いましょう。なお、タイトルは作者のことを指しているわけではありません、と言ってみる。説得力がないですが。


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第二十五話 再起

二日後はテストとレポート。
……僕は何も見ていない。うん、知らない。

現実逃避の果てにできた第二十五話です。どうぞ




はるか遠い地にて、一人の少女の命が彼の手の中で消えようとしていた。しかし、それは幻。彼の消えてしまった記憶にすぎない。

 

だが……

 

――――ごめん……ね、――ル。私は、ね…………

 

それは時を超える。

 

 

時は少し遡り、クロムがルフレから戦力外通告を受けたころ、イーリスの軍師ビャクヤは未だに市内で戦闘を繰り広げていた。しかも、ひとりで。彼の仲間が聞けば間違いなく激怒するようなことを平然としてしまっている辺り、未だ彼の根幹にある思いは消えてないのだろう。記憶を失っていた彼が彼女のことを忘れていなかったように、この思いも忘れてはいなかったのだろう。

 

――――あなたのことが、好き、な……んだ、よ……

 

その告白をした少女はすでに彼の前にはいない。少女は彼の手から零れ落ちた戦いの犠牲者。旅の連れにして最初の仲間である少女。少女が与えてしまった心の奥底に眠るその想いは、彼を縛り決して放すことはない。そして――

 

 

――――強くなろう。いや、僕は強くなる。もう誰も失わぬように……

 

 

その決意の裏に隠れてしまったもう一つの決意に彼は気付けない。

 

 

 

 

 

 

 

彼は押し寄せてくる敵に対し、一定の距離を取ると魔法で攻撃を加えていく。

 

「セット、〈ディヴァイン〉!!」

 

もう幾度目であろうか。彼の弓から放たれた光魔法はその周囲のペレジア兵を巻き込みながら弾けた。そして、ほんの僅かばかり崩れた隊列に生じた隙を見つけては、素早く距離を詰め、手に持つ剣で敵を無力化していく。

 

(精霊の剣というのは、ほんとにこういう時には便利だな)

 

どこか、的外れなことを考えながらも、彼はその手を休めることなく敵との戦いを続ける。数多の敵を切り裂いたその剣は本来ならすでに使い物にならなくなっているはずだというのに、刃こぼれはおろか、血のりさえも残っていなかった。

 

そう、これこそが彼の持つ剣が普通とは違うところ。精霊の剣と言われる所以でもあった。決して折れることなく、常に最良の状態を保ち続ける剣。持ち主の意思に応じて大きさを変え、持ち主の手に収まる剣。彼の使う弓には劣る部分もありはすれど、本来なら実現不可能ともいえる性能を宿している。その原理は実のところ使用している本人すら知らないが……

 

「さてと、時間を稼ぐとは言ったけど、これじゃきりがないな」

 

そう呟くと、弓に魔力を集め始める。もちろん、この間も手をゆるめるような真似をしてはいない。彼は弓に一定量の魔力を蓄えれたことを確認すると、即座に言霊を紡ぐ。

 

「〈ディヴァイン〉」

 

今まさにビャクヤに切りかかろうとしていた敵は、唱えられた光魔法の直撃を食らい吹き飛ばされた。また、彼の周囲からまるで彼を守るようにして周囲へと拡散する魔法に、彼の周りにいた敵は巻き込まれ弾き飛ばされていく。彼はそんな敵をしり目に見ながら敵の集団の中を走り抜け、ある程度の距離を得たところで立ち止まった。

 

「さて、もう一度見せようか。今度はあの程度の威力じゃないよ」

 

彼はそう言うと弓を引き絞りながら、光の矢をつがえ、魔力を凝縮させていく。つがえられた矢に込められた魔力は先ほどまでの比ではなく、上級魔法に届き、それすらも上回りそうであった。素養のないものであっても、それだけの魔力ともなれば感じ取れる。故にペレジア兵は慌てて我先にとこの場を去ろうとする。近づいても無駄なことが先ほどまでの攻防でわかっているのだから当然の反応である。

 

「逃がすと思うかい? セット! 〈アルジローレ〉!!」

 

彼から放たれた光魔法の矢は逃げ遅れた一人の兵士に当たると、その兵士を中心に広がっていき、辺りを光で埋め尽くした。

 

 

 

 

そして――――

 

「うそ……」

 

この光が一つの奇跡を生む。

 

「なんで、なんで、まだここにいるんですか?」

 

その光は一人の少女の目に留まり、その少女を動かす。彼女は進んでいた道を引き返すと先ほどの光を目指して走りはじめる。その足取りに迷いはなく、一直線に彼のもとへと進んでいく。

 

「お願い、教えて……今、彼はどこにいるの?」

 

そんな彼女の問いに、彼女の手の中で握られた首飾りが淡く光を放つ。しかし、その答えを得てもなお彼女の顔から焦りが消えることはなかった。彼女は知っていたから。いや、彼女しか知らないのだから。このことは――偶然知った彼の秘密。誰も知らないからこそ、彼女にしか救えない。

 

「今、行きます。だから、どうかご無事で……」

 

どこか泣きそうな顔でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

完全に気配を消した少女は一人この部屋の主の帰りを待つ。その手には彼女の愛用する短刀が握られている。

 

「……フラム、しんぱい……するかな?」

 

少女はそう呟くと慌てて口を両手で押さえ、きょろきょろとあたりの様子をうかがう。幸い、部屋の付近には人の気配はなく、先ほどのつぶやきは誰にも聞かれなかった。少女はほっと息をつくと再び気配を殺し、この部屋の主――ペレジアの王ギャンレルの帰還を待つ。

 

少女の名はカナ。元ペレジアの暗殺者でエメリナ暗殺の任務に失敗して死にかけていたところをフラムに助けられ、現在フラムの監視下でイーリスの自警団に所属している。そのため、普段はフラムと一緒にいるのだが、珍しく彼女の隣にはフラムの姿がない。

 

「っ! きた……」

 

――それは何故なのか。

 

部屋の扉が主を向かい入れるために開かれ、そこから彼女の望む人物であるギャンレルが現れた。彼女はその警戒の薄れた元主の姿を視界に収めると即座に動きだし肉薄する。

 

「ん? なっ!? お前がなぜこ……」

 

カナが接近したことで気配に気づいたのだろう。ギャンレルはカナの方に振り替えり少女の姿を目に収め、驚きに身を固める。気付かれると思っていなかったカナは、ギャンレルの実力を過小評価していたことに気付くが、覚悟を決めてそのまま突っ込む。

 

「っ! ……かくご、ギャンレル!!」

 

少女の振るった刃はギャンレルの首筋を切り裂いた――が、浅い。ギャンレルがとっさに少し後ずさったことにより刃は彼の首を深く傷つけることはなかった。だが、それでも十分致命傷と言えるレベルではあった。すぐにどうにかなることはなくとも、このまま戦闘を続ければ確実にギャンレルを殺せるでも、それじゃ足りない。カナはさらにもう一歩踏み出し今度は心臓を狙って、先ほどとは違う短刀を突き立てる。

 

「ぐ……くそ」

「まだ……おわりじゃない!」

「がはっ! てめぇ……」

 

その一撃は彼の左の腕に防がれ通ることはなかったが、そこで攻撃を止めるわけにはいかない。最初に振るった刃を再度振りかざし彼の右胸を貫く。ギャンレルは乱暴に腕を振るいカナを弾き飛ばすと片膝をつく。カナは受け身を取って衝撃を吸収すると立ち上がるとギャンレルに向き直り、とどめを刺すためにもう一度駆けだす。

 

しかし、その攻撃は通らない。再度距離を詰めようとしたカナの前に黒い障壁が現れ彼女のいく手を阻んだ。

 

「ふぅ、間一髪だね。大丈夫かい、ギャンレル」

「そう、見えるっていうなら、今すぐ城にいる司祭たち、を呼んで、お前の目の治療をしてもらうぜ」

「冗談さ、ギャンレル。その証拠に君の治療をしてるじゃないか」

 

現れた人物はギャンレルに近づくと彼に近づきその傷の治療を始めた。しかし、すぐにその顔を歪める。そして、カナの持つ短刀を見て納得したようにうなづく。

 

「やけに傷の治りが悪いと思ったら、その魔剣か。傷つけた部位への魔力干渉を妨げる実に暗殺向けの武器だからあげたけど――――裏目に出たね」

「……」

「さて、君には死んでもらおうかな」

 

そう言って、少女へと手を向けるその人物を片膝をついた状態のギャンレルが止める。ギャンレルはその人物に治療に専念するよう言いくるめると、カナに視線を写す。

 

そのまま、静かに見つめあっていた二人だったが、ゆっくりとギャンレルが口を開き、その沈黙を破る。

 

「まさか、お前が生きているとはな……それで、俺に何の用だ? 向こうの軍師から暗殺でも命じられたか?」

 

その問いに彼女は首を横に振ることで答えた。

 

「それなら個人的な理由で来たってことか。なるほど、俺もあいつも予測できないわけだ」

「…………」

「だがな、詰めが甘い。殺す、なら。確実に息の根を止めろ。そう、教えなかったか?」

「ひつよう、ない。あなたは死ぬ、から……」

「そうか……だが、その結果が今の状態だ。俺は死なず、お前の命はすでに俺の手のひらの中に――――」

「でも、そのまえに、きいてほしかった。決意を……」

 

要領を得ない彼女の言葉とは裏腹に、少女の瞳には今までにない強い意志の光が宿っており、彼の行動を躊躇させる。まるで機械のようだった少女は、意思を持つ人として対等な立場で彼の前に立っていた。だから、彼は聞きたいと思った。何も知らず、何も感じず、ただ朽ちゆくだけだった少女が何を想ったのか。故に彼女に促す。

 

「……言ってみろ」

 

ギャンレルのその言葉にカナはこくりとうなずく。

 

「わたしは、もう、道具じゃない」

「そうか」

「うん。これは、け、けつ……えぇと、なんだっけ。えぇと……」

「…………決別、といいたいのか?」

「うん、そう。けつべつ。過去とのけつべつ」

 

彼女はそっと目を閉じて胸の前に手を持ってくる。何かに誓うように、そっとその手を自身の胸に当て、詠うように言葉を紡ぐ。

 

 

 

「――――わたしは、終わらせる。今までのわたしを。わたしははじめる。殺し屋としてのわたしじゃない、カナとしての私を。だから、そのためにもあなたを超える必要があった。主としてわたし(カナ)わたし(暗殺者)としてうごかすことのできる、あなたを」

 

 

 

ギャンレルはそんな少女の独白をどこか満足そうに/寂しそうに聞いていた。魔法によりある程度体力の戻った体に力を入れゆっくりと立ち上がる。彼の目の前の少女の周りには薄い靄がまとわりついていたが、目を閉じてしまった彼女は気付けなかった。そう、それは、全てを奪う死の靄。彼女が再び目を開けた時、その目に映るのは、絶望だけだ。

 

「ふん、ずいぶんと自分勝手な主張をするようになったな。そもそも、俺はお前が生きてることさえ知らなかった。ここにお前が現れなければ、お前にかかわることはなかったろうよ」

「え……うそ」

 

告げられた真実と、自分を取り巻く状況に少女は愕然とした様子で目を見開く。その様子を見て、ギャンレルはため息交じりにうなだれると、少女に追い打ちをかける。

 

「それこそ、俺にこんな宣言をせずとも、お前を拾ってくれた軍師のもとで平和に過ごしてりゃよかったんだよ、カナとして生きたいんならな。そうやってりゃ、ここで、こうして命を散らすこともなかっただろうな」

「あ…………い、や……」

 

剣を抜き放つ音が部屋の中にやけに響いて聞こえた。少女はおそらく自分(カナ)を手に入れるためにギャンレルを殺そうと思ったのだろう。過去を捨てるために。しかし、それは、実際には意味を持たないことだった。そんなことをしなくとも、彼女は助けられたあの時から、全ての束縛から解き放たれていたのだから。だが、今更そんなことを知ったところで無意味だった。

 

「さて、ギャンレル。あれはどうするんだい? 一応、逃げ場も塞いだし、力も先ほどからすっていたから、もうないだろうし。好きに料理できるよ」

「…………」

「う……や、だよ。まだ、死にたくない……」

 

どこか楽しそうに語るその人物にギャンレルは何も返さずに、黒い靄の中、怯えた表情でこちらを見上げる少女に近づく。すでに立つこともままならず、地べたにぺたりと座り込む少女の瞳からこぼれるように限界を迎えた涙がこぼれ落ち、頬を伝う。

 

「あ……」

「……じゃあな。()を殺そうとしたんだ、その罪はお前の命を持って償ってもらう」

 

少女はなおも生きようとあがく。少しでも、目の前の死から逃れるために後ずさる。だが、ここは部屋の中。いずれ壁にたどり着き、逃げ場を失う。部屋の隅まで何とか移動した彼女が振り返り見たものは、冷たく少女を見つめるギャンレルの瞳だった。

 

「…………もう、いいな」

「た、助けて……」

「…………」

 

少女に突き付けた剣先を振り上げ――――狙いを定めて一気に振り下ろした。

 

「フラム……」

 

少女の視界は黒く染まり、彼の視界には赤い鮮血が舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「構うものか……」

 

男はつぶやく。

 

「終わらせよう」

 

青年はつぶやく。

 

「助けて……」

 

少女は求める。

 

「死なないで……」

 

少女も求める。

 

「「見つけた」」

 

彼らはつぶやく。

 

「生きて……」

 

女はつぶやく。

 

「生きろ……」

 

男はつぶやいた

 

 

 

この日、数多の力が解放され、地上に現れた。そして、彼はその秘密を知る/知られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェリア王城の謁見の間にイーリスの自警団と、フェリアの王達は集まっていた。ペレジアからのあの逃走劇は奇跡的に切り抜けられた。しかし、その代償は大きかった。連れて行った精鋭であるフェリア王の軍勢は大幅に削られ、途中からいなくなっていた輸送隊のフラム、カナの行方が分かっていなかった。そして何より、この連合軍の要たる軍師ビャクヤの不在が大きく影響を与えている。

 

普段なら、何らかの策を出してくれる存在、沈みそうになった皆を引き立て、前へと導いてくれる存在がいない。このことがこの場の雰囲気を重くし、皆の思考を悪い方へと誘導する。

 

そんな中、クロムが口を開く。

 

「ルフレ、みんな……すまない。俺のわがままのせいで、こんなことになってしまった」

 

それはこの状況をどうにかするものではなく、謝罪。その謝罪をフェリアの両王は感情のこもらない瞳で見つめる。

 

「いえ、クロムさん。今回のことは、ビャクヤさんや私の責です。私たちがもっとしっかり策を練っていれば……いえ、ビャクヤさんに任せきりにせずに私がもっと頑張っていたら、変えられた結果だったかもしれないのですから……」

「いや、お前の、お前たちのせいじゃない。お前たちはよくやってくれた……」

 

どこか疲れた顔でルフレの言葉を否定した彼は、そのまま顔を逸らしうつむく。心なし握られた拳にはいつも以上に力がこもっていた。

 

「俺は……自分の無力さをこの戦いで感じた。それこそ、いやというほどに、強く、強く感じた……!」

 

握られた拳は色を失くし、その指の隙間から血がこぼれ落ちる。そんな彼の姿を仲間は静かに見つめる。その瞳に様々な感情を乗せながら。

 

「俺が……! 力不足だったから……愚かだったからっ! 何も変えられなかった! 姉さんを失ったっ!」

 

絞り出すように語られる彼の独白は続く。いつからか、彼の足元を染めていた赤にきれいなしずくが混じりはじめていた。

そんな中、こつりと小さな靴音が独白に混じって聞こえた。

 

「強くなった……そう思っていた。姉さん、みんなを守れるくらいに、強くなれたと思っていた……! けれど、実際に守られていたのは自分だった……! 姉さんに、仲間に、ビャクヤに守られながら……くそっ! 俺は、どうして、こんなに無力なん――――」

「クロムさん!!」

 

ぱしん、と乾いた音が謁見の間に響いた。彼女を除くここにいるすべてのものは驚いた表情でクロムたちを見つめる。たたかれたクロムは呆然と自身をたたいた相手を見つめていた。彼らは皆、くやしさに顔を歪め、悲しさからくる涙をこぼすまいと必死にこらえている少女――ルフレを見つめる。

 

「前を……前を見てください、クロムさん!」

「ル、ルフレ……?」

 

クロムは訳が分からないといった様子で目の前の少女の名前を呼ぶ。

 

「私だって、自分の無力が許せません。いえ、私だけじゃないです。ここにいるみんな、自分の無力さを感じています。私たちはみんな、完璧じゃないんです。いいえ、完璧な人なんていないんです…………だからこそ、私たちは手を取り合うんです! もし、クロムさんが立ち上がれないのなら、何度でも私が、いえ、私たちが手を差し伸べ、立ち上がらせます。絶望しか見えないのなら、希望の光を作り出しましょう」

 

彼女の言葉に根拠なんてないし、出来るかどうかなんてわかりもしない。しかし、それでもルフレは目の前の彼に語りかける。根拠がないなら、これから作ればいい、出来るかわからないのなら、これから、成し遂げればいい。そう、強く、自分に言い聞かせながら。そして、そんなルフレの言葉の一つ一つがクロムに力を与えていく。消えかけていた炎を灯し、彼の瞳に光を与える。

 

「ですから、クロムさんはエメリナ様がつかめなかったものをしっかりとつかんでください。エメリナ様と同じやり方でなくてもいいです。クロムさんのやり方で、全ての人に希望を与えてください。これは、クロムさん。あなたにしかできないことなんです」

 

「俺に、そんな力が……資格があるのか? 俺に……できるのか?」

 

「ええ、出来ます。力が足りないなら、みんなが補ってくれます。資格をためらうなら、ふさわしい人間になればいいのです。少なくとも、ここにいるみんなはあなたのことを信じています」

 

クロムが俯けていた顔をあげ、仲間を見渡す。あるものは鷹揚にうなずき、あるものは任せろと声をあげ、あるものは武器を静かに掲げる。そして、目の前の少女は静かにうなずく。クロムは一度目を閉じ呼吸を整えると、皆をしっかりと見据え決意を持って告げる。

 

「ルフレ、みんな……俺は、姉さんの敵を討ちたい。ギャンレルを倒し、イーリスの民を守りたい。ついて来てくれるか?」

「お兄ちゃん。いまさらだよ、そんなこと。もう、みんな決めてるから……ね!」

 

いつもと変わらぬ様子でクロムに話しかけてきたリズはみんなの方を振り返り、問いかける。その太陽のような笑顔は曇ることなく、彼らに希望と元気を与える。そんな彼女につられるように、けれど確固たる意思を持って皆頷く。

 

「クロム様……」

 

そして、そんなクロムを先の戦いでずっと守っていた騎士はどこか辛そうに、けれど、嬉しそうにクロムの名をつぶやきながらうなずいた。そして――――

 

「…………っ!」

「……ク、クロム様?」

「い、いや、何でもない! 気にするなティアモ!」

 

ティアモの顔を見て、赤面し狼狽するクロムが先ほどまでの雰囲気を完全にぶち壊していった。そんなあたふたとするクロムを眺め、あるものは声を上げて笑い、あるものは温かい目で見つめた。

 

「ふー。相変わらずですね、クロムさんは……」

「そうだね。だが、あれくらいがちょうどいいさ。変に気を張っているよりは何倍もいい」

「ああ、復讐にとらわれた奴は、自分でも気が付かねえうちに破滅への道を歩みだし、気が付いたときには終わっている……」

 

声を上げて笑っていたフェリア王達はルフレの言葉に反応すると、笑うのを止めて会話に加わってきた。先ほどまでと違いその表情は柔らかく、優しくクロムたちを見つめる瞳の中にはそれでいて強い意志を感じさせるものであった。

 

「さて、クロム。もう頭を冷やせとは言わないさ。我がフェリア軍もあんたの激情ごとギャンレルにぶつけてやるよ!」

「それと、今回の戦いの指揮はそっちに移すぜ。クロム、しっかりとやれよ」

「俺が、指揮を?」

 

 

おうむ返しにバジーリオに聞き返したクロムに答えた声はバジーリオではなかった。

 

 

 

「要するに、今回はフェリアの王様たちも大暴れするっていうことだよ。まあ、それだから、全体の指揮をする余裕がないってことさ」

 

 

 

そして、その人物こそ、皆が待ち望んだ人物――――

 

「クロムの決意は聞かせてもらったよ。さあ、ここから、もう一度始めよう!」

 

イーリスの軍師ビャクヤ……殿を務め、生存が絶望的だった彼はこうして戻ってきた。傍らには行方の分からなくなっていた、フラムとカナ。そして、蒼い剣士の姿があった。

 

 

 

こうして、ここに新たな希望が生まれた。さあ、抗おう……この定められた絶望を打ち砕くために。

 

 




今回の話で本来ならあり得ない人物の合流が確定しました。だれかは読んでたらわかりますね。ここから、大きく原作を離れる予定。たぶん。おそらく。そう何度言ったかは気にしない。

さて、そろそろ、外伝を挟む予定。と、いうより一回はさむタイミングを逃したので結構やばいです。次回からはおそらく間章、外伝と続くと思います。間章と外伝にて本編の補足を少しずつ行います。

さて、それでは、また次回お会いしましょう。
おそらく、今回の話も書き直すんだろうな~と思う作者でした。うん、2,3日したら見つかる誤字脱字やミス。なぜだ……


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Extra story In search a way. way to d--

テスト前でかつ、レポートに追われている言語嫌いです。
いつものごとく、現実逃避の果てにできた作品ではない…と強く言えたらいいな~。まあ、言えませんけど。

今回の話はタイトルはわからないと思われるので補足を。外伝2 秘密の行商人のお話をものすごく変えたものです。行商人? いません。ハンサム? もちろんいます。前回と同じで95%くらいオリジナル。いや、原作要素皆無に近い……

前回も書きましたが、本編にはあまり関係ないお話なのでスルーしてもらっても構いません。

読もうと思われた方は本編をどうぞ


 

 

男は地平線へと姿を消しつつある太陽を見つめながら、同行者である白い騎士に声をかける。

 

「……カーム、次の街まではどのくらいだ?」

「このまま歩けば、夜明け前には着くと思われます」

 

カームと呼ばれた騎士は簡潔に自らの主の求める答えを示した。その様子をどこか寂しげに眺めながら、男は背負っていた荷物を道から少し外れた場所にある小さな洞窟に置いた。騎士は主のその行動を見ると、たいまつを手に持ち薄暗い洞窟の中へと潜る。

 

「カルマ様、どうやら使用されている様子はありません。岩盤も頑丈ですし、十分な広さもあります……寝る前に入り口に光の結界を施せば、特に危険もないと思います」

 

中の様子を見てきた騎士は、たいまつに灯る火を消しながらそう報告した。それを聞いたカルマと呼ばれた騎士の主は、荷物を持って洞窟の中に入りそこで火を起こし、携帯食料等を用いて簡単に料理を作る。その間、騎士は洞窟の入り口に立ち、一人、沈みゆく太陽を静かに眺めながら見張りをしていた。

 

「日が沈む……また、こうして一日が終わるのね…………」

 

騎士は洞窟の入口にて静かに呟く。その際にちらりと洞窟の中にて料理をする主の姿を確認した。彼女の主であるカームはそんな彼女の様子に気づいた様子もなく、その作業を続けていた。あれなら、しばらくはこちらに意識を向けることはないと、彼女は経験上そう悟った。

 

「いつまで……いつまで、こうしていられるかな…………」

 

騎士は鎧の中に隠してある首飾りを取出し、そっと手でその首飾りを撫でる。それは、もはや効力を失い、なんの力も持たない魔法具。これは彼女が村人に頼んで首飾りに加工してもらったものである。あの幸せな日々の中、彼からもらった唯一の形ある贈り物。そして、悲しき決意の証。

 

「ううん、違う。いつまでも……そう、この命が尽きるその時まで、私は彼を守るって誓ったんだから。だから――――」

「……カーム。食えるぞ」

 

予想よりもずっと長く物思いに耽っていたことに気付いた彼女は小さく自嘲気味に笑うと、わかりましたとカルマに返し、首飾りを再び鎧の中に隠して主のもとへと向かう。

 

彼女が見張りに立つ時には沈みかけていた陽は完全に落ち、あたりは夜の闇に包まれた。

 

「先に食べていてくれ、俺がその間は見張る」

「……わかりました。それでは先に食べさせてもらいます」

 

そう言うと彼は杖を持って洞窟の入り口へと動いた。その背中を見送りながら、胸中に生まれてきた一つの気持ちに気付く。それは、もう、叶わない願い。いや、彼女が捨ててしまった幸せ……

 

「……やっぱり、まだ、望んじゃうな。捨てないといけないのに……そう、だって私は、騎士だから。彼を守るために騎士になったんだから」

 

騎士は一人洞窟にて寂しげにつぶやいた。

 

「私はあなたを守るために、ずっとそばに居たい。騎士でいい、従者で構わない。対等な立場なんていらない。あなたから想われなくても構わない。あなたが生きて、私が傍にあれるなら……」

 

――――だから、どうか、お願いします。私の想いには気付かないでください。私が死するその時まで、あなたの側に、あなたの隣においてください。そう、ただ、あなたを守る騎士として、誓いに縛られた騎士として、どうかお傍においてください。

 

「私はそれ以上のことは望まないから」

 

騎士はそう呟き、近くてとても遠い距離にいる彼と温かで幸せだったあの時へと思いをはせる。

 

――――そう、それは彼女が騎士になりきる前の彼との幸せな生活。

 

それと共に一つの事件を想いだし自らの中で決意を再び固めた。

 

――――そう、それこそが彼の異常性に気付き彼女が騎士になったとある事件。これにより、白き主従の運命は望まぬ方向へと少しずつ、少しずつ闇へと堕ちてゆく……

 

 

 

 

これは白き主従の最も幸せな一時の物語であり、悲しき二つの決意の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【見つけた想い ~白き騎士の仮面~】

 

 

 

 

 

 

 

私はある部屋の前に立つと、一度小さく深呼吸をした。服装もさっき見直したし、寝癖もなかったからおかしい所は何もない。後は、落ち着いて行動すれば何も問題ない。

 

私は自分の行動を確かめるように小さくうなずくと、意を決して目の前の扉をノックして扉の向こうの人物へと声をかけた。

 

「レナート、起きてる?」

 

……よし! ちゃんと言えた! 後は、出てきた彼と一緒にご飯を食べるだけ。

 

私はそうこれからの予定を反芻しながら扉の向こうからの返事を待ち続けた。待って、待って、待ち続けた……

 

「……レナート?」

 

返事がない。普段ならここで返事があってすぐ出てくるのに、どうしたんだろう? 

ここで悩んでいても仕方がないと思った私は、もう一度ノックをして彼の名を呼んで返事を待ってみた。しかし、返事はない。仕方ないので、私は最終手段に出ることにした。

 

「レナート? 朝だよ?」

 

そう言いながら、ドアを少し開けてその隙間から顔をのぞかせて中の様子をうかがった。部屋の中は相変わらず本で埋もれていた。この数日の間にまた増えてる気がする。本棚にしまえなくなった本が机や床に並べて置いてあった。きれいに整頓されている辺りが微妙に腹立たしい。

 

「…………この城中の本を集めて読んでいるってのは聞いてたけど、まだ増えるのかな。それにしても、何でこんなに本を読んでるの、レナート」

 

本棚や床の本たちを見つめながらベッドの中にいる彼に語りかけてみたけど、返事はなかった。どうやら、本格的に眠っているみたいだ。レナートのベッドの脇までよって彼の寝顔を覗き込む。

 

反応がない。

 

それならと思い、彼の顔の前で手を振ったりちょんちょんと顔をつついたりしたけど、少し顔を歪めるだけで起きるそぶりを全く見せなかった。

 

「起きないなら、いたずらしちゃうよ。いいの?」

 

彼の枕元に肘をつきながらそうつぶやいた。そして、相変わらず彼の返事はない。私は起きそうにないことを確認すると、いそいそと布団の中にもぐりこみ彼の隣に寝転ぶ。

 

驚くかな? そう思いながら私は彼の横顔を眺めつづけていた。

 

 

 

 

 

 

 

「起きろ……」

 

う~ん。あともうちょっとだけ寝かせて~。そう思いながら布団にもぐりこんだ。布団の中は私と()の熱で温められており、寝るのにとても良い温度となっていた。そのため、私はその布団の誘惑から逃れることが出来なかった。

 

「ウィンダ、起きろ。朝だぞ」

 

再び眠りに着こうとした私へとまた声がかかった。どこかで聞いたことがある声だな~、とのんきに考えながらもやはり誘惑には勝てず、布団の中に潜り込む。幸せーと感じながらも、寝ぼけた頭の中で疑問に思ったことがたくさん浮かんできた。

 

「? ふにゃ?」

「はぁ……まったく、起こしに来たお前が寝てどうするんだ」

 

頭上から降りかかる声を聞きながら、まだ寝たいと思っている私の意思とは正反対に脳は正常に働き、寝る前の記憶が少しずつまとまっていった。そして、私は一つの結論へと達した。

 

――――そう、朝食の用意が出来たから、彼を起こしに来たという一つの事実を思い出したのである。

 

この結論に到達した直後、眠気は完全に吹き飛び、慌てて布団から起き上がった。ベッドの脇には、先ほど私がいた位置にレナートが着替えをすませた状態で立って私のことを見下ろしていた。

 

「ようやく起きたか」

「う……ごめん、レナート。起こしに来たのに、寝ちゃって」

 

どこか呆れたような顔をしているレナートから私は目を逸らしながら謝る。決して気まずかったから目を逸らしたわけじゃない……はずだ。そんな私を見ながらレナートはため息をついて私に布団から出るように促した。

 

「眠気も吹き飛んでいるようだし、問題ないな。ほら、朝食に向かうぞ。私たちのためにご飯を温め直してもらっているようだ。あまり待たせるのもよくない」

「そうね。うん! ほら、レナート。早く行くよ! 待たせたらいけないからね!」

 

私は先ほどの失敗をなかったことにするべく、精一杯元気に振る舞いレナートの手を引いて食事の準備がされているリビングへと向かった。

 

 

 

その後、料理を作りに来ているおばさんに手をつないでいることを指摘され、恥ずかしくなって暴走したせいで、また私の黒歴史が増えることになった。

 

 

 

その日のお昼にレナートと一緒に城下に行ったとき、街での話題が私とレナートが今朝同じ布団で寝ていたということで持ちきりだったため、一人赤面しながら彼と共に買い物をした。どうやら、レナートを起こしに行ったわたしの帰りが遅くて不思議に思ったおばさんが部屋の中をのぞいたらしく、その時に目撃されたようだ。レナートはおばさんの気配で目を覚ましたと、後でおばさんが教えてくれた。けど、だからって言いふらさないでほしかった……

 

そして、恥ずかしさのあまり、レナートにくっつきまくっていた私を彼は優しく、どこか幸せそうに見ていた。

 

 

 

 

 

そう、今思えばこれが私の……私たちに与えられた唯一にして、最後で最高の幸せだったんだと思う。このときは間違いなく私の人生の中で、幸せなひとときだったから。町の人は優しくて、隣には無愛想だけど、たまに笑ってくれるようになったレナートがいて、戦いなんてなかったから、この生活がいつまでも続くんだと思っていた。そう、いつまでも。

 

でも、現実はそんな幸せを許してくれなかった。彼が聞いたら自分の業のせいだって言いそうだけど、きっとそれだけじゃないんだと思う。私がもっと、自分に向き合えていたら、もっと強かったら、もっと素直だったら……きっと、こんな結末にはならなかったはずだから。

 

 

 

 

その数日後、この村は再び争いの渦に巻き込まれる。双子の山賊の片割れ、ハンサムが部下を引き連れて、この村を襲撃にきた。そして、この戦いからすべてが崩れていった。

 

 

 

 

「本当にすてきな村があるね、ジョージ。まるで僕に襲われるために作られた村だね。あそこを襲って手に入れたものを送るよ。ジョージにね」

「あの、ハンサムの兄貴……いかないのですかい?」

「ああ、行こうじゃないか。ジョージのためにね」

「…………新入り、慣れろ。これが普段のハンサムの兄貴だ」

「お、おうよ」

 

そんなやり取りを村の手前で聞いていた主従は顔を見合わせ、どちらともなくうつむく。その内心は、きっと同じだった。

 

「カルマ。私たちはアレと戦わないと行けないの?」

「不本意ながらそうなるな。カーム、お前は下がっていてもいいぞ。ああいう奴らには関わらない方がいい」 

「……とても魅力的な提案だからそうしたいけど、さすがに村に近づけないようにあの人数を相手取るのは、いくらカルマでも厳しいと思うよ?」

「……すまないな」

「気にしないで。だって、私はカルマの騎士だから!」

 

そう、彼を見て微笑む彼女を見て、カルマと呼ばれた男性はそうか、と短く答えると彼女から顔をそらした。そらした横顔は常とは違い、少し嬉しそうに見えた。そんな彼の反応に気付かず、彼女は槍を構えると彼の隣に立つ。

 

「行けるな」

「ふふ、もちろん」

「なら、始めようか ――――〈ディヴァイン〉!」

 

前方でのんきに村を襲った後の取り分について相談している(バカ)共に、カルマの放った光魔法(・・・)が放たれる。そして、その光に隠れるように、カームは槍を構え敵へと駆ける。敵の前列を吹き飛ばすように発動した光魔法は、周囲の賊をそのまま焼き尽くし、難を逃れた者たちはその余波により吹き飛ばされる。

 

そうして崩れ去った一角へとカームが突撃し、その勢いのままに親玉――――ジョージと思しき人物の前に立つ賊三人を蹴散らし、ジョージの首めがけて槍を振るった。しかし、その刃は、彼の持つ斧によって防がれ届くことはなかった。間一髪、彼女の攻撃を防いだハンサムは倒れた部下などそっちのけで、目の前にいる彼女をじっくりと観察し始める。

 

「おっと、なかなか危ないね。彼らがいなかったら、あのまま、死んでいたかもしれないよ」

「…………〈エル、ウィンド〉!!」

 

カームは襲撃に失敗したことを悟ると、槍に埋め込まれている魔石に魔力を流し、風魔法を放つ。無理やりにハンサムから距離を取った彼女は、その場でもう一度風魔法を唱え、さらに距離を取り、完全に賊の集団から抜けた。

 

「カーム、大丈夫か?」

「え、ええ。だけど、あいつにはできれば近づきたくないわ」

 

カルマは下がってきた彼女の言葉を不思議そうに聞いた。多くの記憶を取り戻し、賊のすることなどとっくに知っているはずの彼女が、戦闘中において嫌悪感をあらわにし、まして自分にそのことを言ってくるとは思っていなかったからである。しかし、続くハンサムの言葉でなんとなくではあるが、その意味を察する。

 

「おや? 引くのかい。でもさせないよ。君みたいなきれいな女は高く売れるからね。その売れたお金で、花を贈るよ。ジョージにね」

「……カーム。確かに、あれとは戦いたくない。出来れば、近づきたくないのもわかる」

「やっぱり、わかってくれるよね。だから……」

「ああ、さくっと倒して、帰ろう」

「それじゃ、解決になってないじゃない!!」

「ああ、その通りだ」

 

そんなバカげた会話を繰り広げる主従をよそに、賊たちは体勢を立て直すと、ハンサムのもとに集まっていく。先ほどの奇襲で7、8人削れたはずだけど、まだ十人以上いた。

 

「いいかい、あの女は殺さずに捕えるんだ。ジョージのために高く売る必要があるからね」

 

その言葉を聞いた賊どもは一斉にカームに目を向ける。そのあまりに欲望丸出しの視線を受けたカームはたまらず、役目さえ忘れてカルマの後ろに隠れた。それをどこか呆れたように彼は眺め、ため息交じりに彼女に話しかける。

 

「気持ちはわからんでもないが、今は前に出てくれ」

「……今日、一緒に寝てくれるなら出る」

 

なぜ、そこでそんな提案が出てくるのか彼には理解が追いつかなかった。しかし、その程度のことで彼女が戦えるようになるならいいかと思い、彼は了承する。約束よ! と念を押すとカームは再び彼の前に立つ。どことなくうれしそうな彼女とは正反対に、目の前の賊ども――ハンサムを除く――は、カルマを恨みがましい目で見つめる。涙を流しながら睨みつけている者もいれば、地に膝をつき、地面をたたき続けるものまで現れる始末。

 

「や、野郎共! あのすかしたリア充神父を完膚無きまでに叩き潰すぞ!!」

「「「「おー!!」」」」

 

その内、賊の一人がそう叫ぶと、他の賊もどこか血走った目で叫びカルマとカームに目を向ける。いつの世も、彼女のいない男どもの考えることは似通っているようだ。さて、そんなことはおいて置いて、彼らは目的がどうであれ、一様にカルマとカームをめがけて駆けだした。

 

「……っ!」

「……カーム?」

 

しかし、ここで彼――――カルマの予期せぬ、そして、カームの隠そうとしていた異常は起こった。迫りくる彼らの姿を見て、一瞬、カームが身をすくめる。それはほんの一瞬であったが、確かに迫りくる彼らに怯えてしまっていた。そして、そんな彼女を見て彼は目を一度閉じた。

 

そして、彼がもう一度その目を開いたとき――――すでに、そこからはあの日々の中で生まれたぬくもりが消えていた。

 

「カーム!!」

「っ! は、はい! 〈エルウィンド〉!!」

 

カルマの呼びかけに応じた彼女は即座に風魔法を放ち、近づいてくる賊たちを吹き飛ばす。そして、今度はカルマが同じように光魔法を唱えながら彼らに接近していった。後衛職が接近戦を行うというあまりに異常な光景に、一瞬、彼女は我を忘れる。

 

「え!? って、ちょ、ちょっと、カルマ!」

「〈ディヴァイン〉!!」

 

そんな彼女の反応など全く気にせずに彼は賊たちの中に突っ込み、そして彼が接近してから二度目にはなった光魔法は賊どもにではなく、その後方にある林に打ち込まれた。

 

「え、なにしてるの、カルマ!」

「な、何故気付いた!!」

 

賊に近づきながら彼を心配するカームの声とハンサムの近くにいた賊の驚愕の声が被った。そして、着弾した光魔法が辺りを強く照らすとともに、その付近から賊どもの断末魔とうめき声が聞こえ始めた。

 

「気付かないとでも思ったのか?」

 

カームという前衛の存在など忘れたかのように突き進む彼はそのまま魔法と杖を用いて手早く、そして正確に賊を制圧していく。

 

――その身に躱しきれなかった数多の刃を受けながら……

 

けれども、彼はそれを気にすることなく進み続ける。彼の身を包む純白のローブはいつしか地に染まり、その色を赤に変えていた。そして、そんな彼の姿を見て、カームも、そして賊も驚き、恐怖に身をすくませる。中には武器を捨てて逃げだすものまで現れていた。

 

「な、なんで、動けるんだ! お前は痛みを感じないのか! 体を引き裂かれてるんだぞ! なのに、なのに、なぜ、平然とこちらに向かってこれる! 顔色一つ変えずに、動きを鈍らせることなく、なぜ、進むことが出来るんだ!」

「…………」

 

どこかおびえた様子の賊などお構いなしにカルマは突き進み、その賊を奪った剣で切り伏せた。その剣の一閃は迷いがなく、研ぎ澄まされたものであり、とても後衛職である神父の放つものとは思えない一撃であった。

 

そして――――

 

「あれ……なんか、お花畑が見えるよ、ジョージ…………」

 

そんな、言葉を残し、賊の親玉であったハンサムはカルマの放った剣の一撃のもとに切り伏せられた。ゆらりと体を傾け地に倒れ伏すハンサムをカルマは感情のこもらない無機質な目で見つめる。

 

「レ、レナート……」

 

今まで呆然とその光景を眺めていた彼女は、気が付けば彼の名をつぶやいていた。その声に反応し、カルマはカームのことを見る。ようやく、此方のことに気付いてくれた彼に安堵するも、彼のその顔を見て再び彼女は愕然とする。こちらを見つめる彼のその瞳は初めてであった時と同じように無機質で冷たく、どこか人を遠ざけるような殺伐とした雰囲気に戻っていた。

 

「俺のことは外でカルマと呼んでくれと言ったはずだが……」

「え、あ、ごめん……って、カルマ!!」

「……」

 

カルマはカームにそう注意しながら彼女のもとへと移動する。近くにきたことで改めて彼の怪我の具合がはっきりと確認できた彼女は、慌てて彼を支えようとする。服のあちこちが引き裂かれ、そこからおびただしい量の血が流れ出ており、いち早く治療を施さないとまずい。彼女の知識はそう訴えていた。

 

「なんで、こんなになるまで……」

「…………気にすることはない。俺はこう見えても聖職者だ。自分の傷くらい治せる」

 

少しの間支えていてほしい、そう言うと彼は持っている杖に魔力を流し、回復魔法を唱える。彼の唱えた上級の回復魔法の効力は凄まじく、彼の負っていた深い傷全てを治癒しつくした。彼は動作に問題がないことを確かめると、カームにもういいと伝え、支えるのを止めさせようとした。

 

「カーム、もういいぞ」

「…………」

 

だが、彼女は彼の言うことに反してやめようとはせず、そのまま彼を引っ張って歩き始めた。彼女が放しそうにないことを悟ると彼は軽くため息をつきながら彼女のなすがままに従った。

 

 

 

こうして、村を襲ったもう一つの争いは白の主従たちの手により再び幕を閉じた。

 

 

 

 

しかし、村に平和が訪れても、彼らに幸せが訪れることはなかった。その夜、彼らの仮の住まいである小さき城の一室から洩れる明かりは月がてっぺんを超えても消えることはなく、時折騎士の女性の声が外に漏れ聞こえていた。

 

部屋の中で騎士たる女性ウィンダは彼の隣に座り懇願するように、それでいてどこか責めるように彼に向けて己が感情を吐き出す。彼はそれを静かに受け止め、そして、的確な答えを返していった。

 

「レナート」

「なんだ」

「お願い、もうあんな無茶はしないで……」

「…………」

「私は、もう失いたくはないの…………一人になるのはイヤ。だから――――」

 

長い口論の末、彼にすがりつくようにしてベッドに腰掛ける彼女は震える声で彼にそう言った。けれど、そんな彼女の懇願から目をそむけるようにして返した彼の答えは、どこまでも残酷で、彼女から希望を奪っていく。

 

「すまない、ウィンダ」

「なんでっ! どうしてなの、レナート!!」

 

それはすでに幾度となく繰り返された問答。彼女が頼み、彼が拒絶する。そんな彼はせめてもの償いとしてか、泣き止まない彼女をそっと抱き留め、その背を優しくなでる。

 

「もう遅い、今夜は寝よう」

 

彼はそう言って無理やりこの話を終わらせようとした。その発言を彼女はどこか諦めた様子で聞き入れる。そして、自分からもう一つ、先ほどとは違うお願いをする。

 

「明日、一つだけ、お願いを聞いてくれる? たった、たった一つでいいから。もう、この先、お願いなんて二度としないから。だから、一つだけ、聞いてほしい」

「なんだ」

「明日……」

 

そのお願いは彼女の決意の表れ。そのお願いは終わりの始まり。そのお願いは手に入れたすべての幸せを手放すもの。それでも、彼女はその願いを取り消そうとはしない。そうしなければ、彼女の本当に欲しいものが二度と手に入らなくなるから。彼女の手から零れ落ちて消えてしまうから。だから、彼女は決意した。

 

そして、そんな彼女の決意も知らず、彼は特に何も考えることなく、その願いを聞き入れた。彼女はそれを満足そうに、どこか寂しそうに聞くと、彼と共に布団に入る。

 

「お休み、レナート」

「お休み、ウィンダ」

 

どちらともなく、そう告げると彼らは眠りにつく。

 

 

 

 

その翌日――――彼女の顔から笑顔が消えることを彼はまだ知らなかった。これは彼が手紙を受け取る数日前の出来事。白き主従の送る幸せの日々はこうして静かに終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

彼もまた一人、洞窟の外であの日のことを思い出していた。それと共に、彼女が一日なぜか傍を離れようとしなかった日のことも。そう、それは賊のくる前日のことであり、彼女の様子が朝からおかしかった日だった。頑なに自分の傍を離れようとせず、武器を取ることもなかった日。その日は特に何とも思わず無視していたが、賊の前でひるんだ彼女を見てその理由を悟る。

 

「あの日、まだあいつはトラウマを克服できてはいなかった……」

 

だからだろうか。柄にもなく彼が彼女を守ろうと思ったのは。いや、それも違う。彼は守ろうと思ったんじゃない。彼はただ、――――と思っただけなのだから。そうすることで守れるのなら、こんな自分でも許されるんじゃないかと、心のどこかで思っていたんだろう。だが、それがきっかけとなった。もう、二人はあのころには戻れない。

 

「俺には何もできないか……」

 

騎士の主たる彼は、洞窟の中でかなしくひびいた従者の独白を聞いてそう呟いた。そのつぶやきは誰にも聞き届けられることなく、夜の闇へと吸い込まれていく。

 

「これが、お前にとっての望む幸せの形の一つであることは知っている。けれど、ここには無いんだ。俺の望んだものが。こんな俺に人のぬくもりを教えてくれた、幸せを与えてくれた、お前の笑顔が――――」

 

主は騎士に悟られぬように悲しげに呟いた。

 

二人の主従の想いは決して交わらず、ただすれ違い続ける。それが彼女の望みだと知るが故に、彼は何も出来ず、ただ彼女を静かに見守り続ける。

 

 

 

すべてが終わるその時まで……

 

 

 

 

エメリナの処刑日まで数日となったある日の出来事だった。

 

 

 

 




今回のお話は外伝1の最後でどうしてあんなにウィンダがよそよそしくなったかについて書いたお話です。説明不足であろうと、そうです。次回でも補足しますが。正直、この外伝は外伝でまとめて投稿すればよかったなんて思っている作者です。

まあ、しかし、彼の本編での出番は後のルートになるのですが。

なお、この外伝の目的はレナートがこちらの世界にいること、ルフレの親が生きていることを書くのが目的です。それと、レナートにハッピーエンドを!! というのが最大の目的だったりする。そう、ハッピーエンドが目的。

……次回、「Hope to tomorrow with y--. Don’t say d--
【言えない想い ~Departures~】」 で外伝3をお送りいたします。

それでは次の投稿で会いましょう。


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Extra story Hope to tomorrow with y--. Don’t d—

どうも、久しぶりです。
前回の投稿から、もうすぐ2ヶ月が経とうとしている言語嫌いです。
いろいろと紆余曲折を得た結果、とりあえず、完成したので投稿します。

今回の話は前回の外伝の続き。原作でいう、外伝の3、4の話です。ついでに言うと、外伝3の要素は皆無。そして、原作要素は投げ捨てるもの……という内容です。

本編にはあまり関係ないため、読みたいと思われた方はどうぞ。



 

 

 

 

それは、何気ない日常――――

 

「ねえ、レナート。今、あなたは幸せ?」

 

そう、どこか不安げに尋ねてきた彼女に俺は答えられなかった。

 

だから、気付かれたのだろう。それ故に、決意してしまったんだろう。その結果、彼女はいつの間にか俺の手の届かないところに行ってしまっていた。

 

だが、今なら、はっきりと答えを返せる。今の俺は――

 

「きっと、幸せじゃない」

 

なぜ、気付けなかったのか。なぜ、もっとあいつのことを気にかけてやれなかったのか。なぜ、あいつに何も返してやらなかったのか。そんな後悔ばかりが俺の胸の中を駆け巡り、堂々巡りの末に、きまって最後に思い出すのは、彼女の太陽のような笑顔ではなく、最後に見せた、泣くのをこらえて必死に作り上げた張りぼての笑顔だった。

 

「俺は、また、失うのか?」

 

月明かりの下、隣でおだやかに眠る彼女を横目につぶやく。少し前まで当たり前のようにあふれていた彼女の安らいだ顔。これを見ることができるのは、この時を除いて他にはなくなってしまった。しかし、これさえも、すこし間違えていれば、見ることもかなわなかっただろう。

 

「気付いていたはずだっだ。だが、ごまかしたのは俺だ」

 

そう、気付いていたはずだった。いや、気付かないわけがなかったんだ。これはこいつのことじゃない。俺自身のことだから。だけど、俺はそれを認めることが出来なかった。それに、認めずともこいつは俺を受け入れてくれていた。だから俺はそれに甘えていたんだ。

 

その結果が、これか……

 

「今となっては、伝えることすら叶わないだろうな」

 

彼女が最後にしたお願いという名の決意。俺はその寂しげな笑顔の下にあったそれに気付かなかった。そのお願いが終わるその時まで、ずっと。もし、なんて言いだしたらきりがない。けど、思わずにはいられなかった。

 

「嫌な、空だな」

 

ふと、見上げた空は暗く、雲に隠れた月は見えそうになかった。

 

 

 

 

――――ウィンダ、もう俺は求めてはいない。望んでもいないんだ。だから、お前が騎士である必要なんてもう無い。俺の望みは変わってしまったのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【言えない想い ~Departures~】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦場を鋭い叫び声がつらぬく。

 

「危ない、カルマ!!」

 

その光景を目にした瞬間、私は血の気が引いていくのを感じた。

 

「レナート!!」

 

 

 

頭の中が真っ白になって

 

 

 

呼んじゃいけないはずの彼の本名を叫んで

 

 

 

 

気が付いたら

 

 

 

 

私の体は彼を突き飛ばしていた。

 

 

「っ、ぁあ……」

 

 

そして、私は自分に待ち受ける運命を悟った。だから、重力に従い崩れゆく体をなんとか彼の方に向け、最後の言葉を紡ぐ。そう、どうせ最後なのだから、彼に自分の本当を伝えたかった。

 

「ごめ、ん、ね――レナート……

 

 

 

私はあなたと会えて、幸せだったよ――

 

 

 

鈍い衝撃が体全体を襲った。視界の端で、何かを叫びながら前へと駆けていくレナートが目に映った。届かなかったのかな? それとも、彼にとって、私なんてどうでもよかったのかな? そんな、わからないけど、わかりきっていた事実が胸の中に重くのしかかってきた。でも、次第に薄れゆく意識の中、そんなことどうでもよくなってきた。

 

 

 

「……ろうな…………お…………を……」

 

 

 

だから、私はこう答えた。

 

 

「わ、たしも、だ、よ……」

 

 

 

 

 

 

最後に感じたのは、あの日手にしたやわらかな温もりと確かな命の鼓動だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カルマ様」

「ああ、屍兵だな」

「どうされますか?」

 

私は前方を徘徊する屍兵を見つけると、彼に指示を仰ぐ。個人的にはあれらは排除しておいてしまいたい。今夜、宿をとる村の近辺に不安要素を残しておきたくはなかったから。それに、彼にとって守るものは少ない方がいい。

 

「倒してしまおう。今回の要件の最中に乱入されても困るからな」

「わかりました」

「俺が援護する。あまり離れるなよ」

「はい」

 

念を押すように傍にいることを命じた彼の言葉に私は心の中で苦笑する。そのようなことを言わずとも、私があなたの側から離れることなんてないのに。だって――

 

「私はあなたの騎士です。あなたの傍にいて、あなたを守ることが私の役目です」

 

 

――――――行くぞ

 

 

彼はそう言うと杖を構えなおし、屍兵めがけて魔法を放った。感情を押し殺したように全くの無表情から放たれた光は、どこか冷たく、いつにも増して鋭かった。

 

 

屍兵との戦いはいつかの日に聞いた言葉と同じ言葉から始まった。でも、私の顔も冷たく凍ったままで、胸を指す痛みは増していくばかり。あの時よりもずっと、ずっと強固な関係で結ばれているのに。

 

「っ! 〈ウィンド〉!!」

 

全てを吹き飛ばすように叫びながら唱えた風魔法は、私と周囲の雪を巻き上げながら前方へと突き進む。

 

白く染まった視界の先に見えたのは死してなお動き続ける亡者の群れと、黒い粉塵にのまれつつある自分の槍だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――― ねえ、苦しいよ……レナート ――――

 

 

本当に届けたい思いは知られたくない想い。漏れ出た言葉は雪の様に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりね、カルマ。元気にしてた?」

「ああ、まあな」

「相変わらずね。そんなんじゃ、寄ってくる人も逃げちゃうわよ? 現に、あなたは司祭だっていうのに、護衛の一つも……って、あれ?」

「カーム、こいつが今回の手紙の差出人のアンナだ」

「そうでしたか。よろしくお願いします。私はカーム。彼の騎士です」

 

屍兵の討伐を終えた私たちはそのまま村へと向かった。そして、村が目視できるところまで来たとき、私たちと同じように屍兵を倒していた女性――手紙の差出人と合流した。彼女の名はアンナ。彼が言っていたとおりなら、行商人として世界各地を旅しているらしい。

 

「へ? って、え!? え、あ、あれぇ?」 

 

けど、なにやら、彼女にとって想定外のことが起きたらしく、今は完全に固まってしまっている。ためしに目の前に手をかざしてみるも、動きはない。どうしましょう? と彼の方を見ると、彼は見なかったことにして村に入るつもりらしく、彼女に背を向けていた。まあ、彼が放置しても問題ないと判断したのなら私もそれに従うまで――――と、思っていたのだが、後ろから、ものすごい勢いで件の行商人、アンナが駆け抜け、彼の行く手を阻んだ。

 

「すこし、待ちなさい」

「どうした? 話なら、宿に着いてからするはずだろ?」

 

突然のアンナの行動に彼は不思議そうに首をかしげた。もちろん私も何がしたいのか、さっぱりわかってないので、彼と同様に首をかしげながら、小走りで彼に駆け寄る。そんな私たちに、彼女はとびっきり大きな爆弾を投下した。

 

「それとこれとは別。あなた、騎士なんて連れて無かったし、邪魔になるから仲間はいらないんじゃなかったの?」

「……記憶にないな」

 

……その間はなんなのかすごく気になる。そして、アンナは騙せても、私は絶対に騙されない。その顔は絶対自分の言ったことを覚えている。

 

「カルマ、できればその話を私も詳しく聞きたい。あなたが許してくれるのならば」

 

でも、私はこれでも彼の騎士。これまでのように、彼に無茶を言うわけにはいかない。だから、お願いする。あまり変わってないけど、仕方ない。だって、とても気になるから。だいぶ下手に出た言い方をしたせいか、アンナの彼を見る視線の温度が急激に下がった。

 

「何とも従順な人を見つけたものね。あなた、彼女に何をしたのかしら? 事と次第によっては、ただじゃおかないわよ」

 

腰の剣に手をかけながら彼女は彼に迫る。それに対し彼はため息とともに、軽く目を閉じると、杖を振り上げ彼女の頭を小突く。

 

「いたっ! 何するのよ!」

「とりあえず誤解を解いておこうと思ってな。彼女は自分から騎士になると言った。俺が勧めたわけでもなければ、強制したわけでもない」

「ふ~ん」

 

話しは以上だとでも言いたいのか、いぶかしげに自分を見るアンナを放置して彼はそのまま村へと向かう。

 

「カルマ。それだと、なんで彼女と一緒に行動してたのかの説明がつかないわよ? さすがに、出会ってすぐ騎士になりたいって言ってきたわけじゃないんでしょ?」

「……はい。私が彼の騎士になったのは、とある村へと移住したのがきっかけです。それまでは特に理由もなく、彼の傍にいました」

「あ……、べ、別に、そんな自分を卑下しなくてもいいのよ? 責めているわけじゃないんだから」

 

どうなの? とこちらへ問いかけてきた彼女に素直に答えると、何故かカルマからはうっすらと怒気が漏れ、それに充てられたのか彼女はあたふたと慌てはじめた。

 

何か気に障る事でもしたのかな? そんなとりとめもないことに意識を割いている間も彼からの無言の圧力が消えることはなく、結果、宿に着くまでアンナさんがカルマに怯え続けることとなった。もちろん、周囲からの目は痛かったけど、気にしたら負けだってわかってるから気にしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え~、その、あの、と、とりあえず、今回の依頼について手短に話すからね」

「そうだな」

 

未だカルマと目を合わせられない彼女はどもりながらも何とか今回の目的の話を切り出した。さすがに彼も仕事にまで私情を持ち込む気は無いらしく、常の状態に戻り彼女に話を促す。

 

「手紙にも書いていたけど、ここら一帯の賊が戦争で国が動けないのをいいことにのさばりはじめてね。道行人から通行料だとか言って、金品を巻き上げるようになったの。数もあるし、何よりトップが強いから、地方の役人程度じゃ手が付けられない状態。治安も悪くなるし、何より商人が寄り付かないからここの人たちの生活が危ういわ」

「それで、賊退治を手伝えと」

「まあ、要するにそういうことね」

「そうか。それで、向こうの人数は?」

「ざっと、30人くらいじゃない?」

「こちらは?」

「3人ね。私と、カルマと、そこのカームさん」

「ほう……3人、か」

「ええ、3人よ」

 

冷や汗を垂らしながらも不敵に笑うアンナに対し、再び無言の圧力と共に睨みつけるカルマ。まさに一触即発と言える雰囲気を最初に崩したのは、意外なことに仕掛けてきたアンナの方だった。まあ、そうなると思ってましたけど。

 

「さ、さすがに策がないわけじゃないのよ? もともとあなたと二人で殴りこむ予定だったし」

「無策なら、聞かなかったことにして帰る予定だったんだがな」

「あ、あはは。まあ、策っていっても簡単なのよね。ただ、彼らに酔っぱらってもらって、そこをカルマの魔法で、ズゴンとかまして、難を逃れたのを適当に制圧していくつもり。彼らは力があっても、賢いわけじゃないらしいわ。多くの賊と同じように」

「それで、その酒はどうするんだ?」

「明日、仲間がこの村に持ってくる酒を彼らに渡して、しっかりと酔ってもらうわ。大丈夫、賊なんて単純だから手に入れた夜には宴会騒ぎになってるわよ。なにせこの一帯じゃあ、彼らにかなうものなんて今はいないのだもの」

 

アンナの言う方法なら確かにこの人数でも制圧可能でしょう。彼の光魔法の威力は凄まじいですし、室内で逃げ場のない状況でくらえば倒せずとも、深手を負わせることは可能。まあ、なんにせよ、私のすることに変化はありません。

 

「それもそうだな。カーム、こんなことになってしまったが、共に戦ってくれるか?」

 

こちらを見てそう尋ねてくる彼に、私はいつものように答えた。

 

「先ほども申しました。私はあなたの騎士です。あなたの傍にいて、あなたを守るのが私の役目です」

「そう、だったな」

「…………」

 

歯切れの悪い彼の返事と、どこか悲しそうに私たちを見るアンナの様子が不思議で、納得いかなかった。その後、悪い雰囲気を払拭するかのようにアンナが親睦を深めましょう! とやたら元気に私たちを引っ張って食堂へと移動することにより、この件は一応の終わりを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は彼女の言っていることが理解できず、問い返す。

 

「……なにか、おかしいでしょうか?」

「おかしいわよ!!」

「そう、なのか? 旅に出てからはいつものことだが」

「二人旅ならそうだけど、今の男女比を考えなさい! 男はカルマだけで、女は私とカームがいる。どう考えても、私とカームさんが一緒になるべきでしょう! そのために二つも部屋を借りたのに! なのに、なんで――――」

 

部屋の中で、アンナがふるふると体を震わし、怒りをあらわにしている。対する私たちは何がいけないのかわからず、二人そろって首をかしげる。そんな様子を見て、ついにキレたのか、彼女は爆発した。

 

「なんであんたたちが一つの部屋で寝るのよ! おかしいでしょ!」

 

どこが、おかしいのだろうか? 騎士が主の傍にいることに何かおかしな所でも――――などと考えていると、こちらをしっかりと見据えながら、彼女は言う。

 

「同じ部屋に必要もないのに男女が一緒になるのがおかしいって言ってるのよ!」

 

肩で息をしながらこちらを見る彼女に対し、私たちは何をそこまで必死になっているのかがわからず、二人同時に顔を見合わせ、首をかしげる。

 

「まだ疑問があるっていうの!?」

「そもそも、部屋も一つしかとらないものと思っていたのだが」

「二つ取るに決まってるじゃない!」

「私も一つだと思っていたので、今日はカルマ様と共に就寝させてもらおうかと思っていました。そうすれば、あなたもベッドを使えますし、カルマ様が遠慮する必要もないので」

「なんで、そうな……」

「やはり、そう考えていたか。だが、そこは私が床で寝ればいい話だと思うが」

「いや、少し待ちな……」

「いけません。主が床で寝るのに騎士が布団を使うなど、考えられません。それに、カルマ様ならそのように言うと思っていたので、妥協案として考えたのが先ほどのものです」

「妥協も何もそれがおかし……」

「そうか、まあ、俺が彼女と同じ布団で寝るわけにもいかないし、妥当なところか。とはいえ、今回は二つ部屋があるようだから、互いに布団で眠れるだろう。お前も変に気をまわさずにしっかりと休むといい」

「はい。そうさせてもらいます。それでは、私たちは隣の部屋に行きますので、ゆっくりと休んでください」

「アンナ。あまり夜更かしせずにしっかりと体を休めろ。それでは、また明日」

「…………ええ、おやすみ、二人とも」

「行きましょう、カルマ」

「ああ」

 

自然な流れで会話を終えた私たちは、脱力し机に突っ伏す彼女をそのままに部屋を移動して隣の部屋で就寝の準備をする。もといた村からここまではなかなか距離もあり、その道中は基本野宿だったため、今日はよく眠れそうだ。念のため、光の結界も張ってあるので万が一ということもないだろうし。

 

「おやすみなさい、レナート」

「ああ、おやすみ、ウィンダ」

 

いつものやり取りのはずなのに、とても久々な感じがしたというその意味から目を逸らしながら、私の意識は眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の夜。すべてのことは計画通りに運び、賊はアジトの一室で宴会をしており、数人の見張りを除くと、アジトは完全に無防備な状態だった。

 

「なんというか、ここまで計画通りだと拍子抜けするわね。まあ、楽な方がいいけど」

 

そんな風にどこか呆れ交じりに話す彼女だが、その表情にはわずかながら安堵が見え隠れする。彼女によれば、ここのボスも今はその一室で酒を飲んでいるらしいので絶好のチャンスのようだ。

 

「まあ、頼んだわよ、カルマ」

 

手早く見張りを倒した私たちは先ほど見た中の様子に苦笑しながらも、後を彼に任せる。彼は静かにうなずくと、呪文の詠唱を始める。

 

そして――――

 

「〈アルジローレ〉」

 

静かに紡がれた言霊と共に、上空から光が降り注ぎ、その一室の中を照らし、焼き尽くす。

 

「さて、後は残党狩りね」

「カーム」

「行きましょう、カルマ」

「ああ」

「そういうのは、帰ってから私のいないところでやってほしいわね! いくわよ、カーム、カルマ!!」

 

彼女の言葉にうなずくと、私たちは未だ混乱している賊の中へと突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、これが、私が彼と駆け抜けた最後の戦いになった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

戦いはこちらが押していた。最初の攻撃で賊の大半が壊滅。残ったものも決して小さくない傷を負い、また、突然の奇襲により、アジトの中は大混乱になっていた。しかし、敵もさるもので、難を逃れたボスが声を上げて手下をまとめ、こちらへと迫ってきていた。

 

そんな中、俺は二人によって開けた道をたどり、一気にボスへと肉薄する。そして、目の前にいるこの賊のボスに向けて俺は一撃で仕留めるために、溜めていた魔力を使い魔法を行使する。

 

「ディヴァイン!!」

 

放たれた光魔法はそのまま敵に激突し、破裂した。その影響で巻き起こった粉塵を軽く払うと、踵を返し、彼女のもとへと向かう。

 

 

正直、油断していたのだろう。

 

 

本来なら、確実に仕留めるまでは敵から意識を逸らすことなどありはしなかったというのに。だがその時、柄にもなく俺は焦ってしまった。ウィンダが敵に囲まれているのを見て、あの程度なら問題ないと知りつつも、それでも、どこかで、心配だったんだ。あいつがまた、トラウマを思いだしてしまうんじゃないかと。

 

そして、敵から目を離したその一瞬のすきが命取りとなった。

 

「これでおしまいだよ。神父様」

 

その声に振り替えると、目の前の粉塵が急に晴れる。粉塵を突き破り、出てきた賊は魔法によるダメージは受けているものの、まだ意識はしっかりとしており、戦闘に支障が出ている様子はなかった。

 

「危ない、カルマ!!」

 

遠くから注意を促すアンナの言葉もすでに意味をなさない。

 

俺は今更ながらに、悔やむ。何故、宴会の場にいて、高位の光魔法を受けたこいつが戦闘を行えていたことに疑問を持たなかったのかと。何故、そこから魔法に対する耐性を強化している可能性を考えなかったのか、と。

 

「……っ!!」

 

賊の手に握られているのは、敵をより殺しやすくするために作られた威力よりも技を重視した斧――キラーアクス。振り下ろされた刃は寸分たがわず俺の体へと吸い込まれ、その命を刈り取っていく

 

 

 

 

 

「レナート!!」

 

 

 

 

 

 

――――はずだった。

 

俺の体は刃が通り過ぎる寸前に横からの力によって飛ばされ、地面へと倒れこむ。

 

 

そして、

 

そんな俺の目の前でカームは……

 

 

 

 

「あ………………ごめ、ん、ね――レナート……」

 

 

 

 

俺の代わりに鋭き刃をその身に受けて――――

 

崩れ落ちるその体から大量の血を流し――――

 

俺の方を見て、哀しく微笑みながら――――

 

 

 

「今まで、あり、が、と…………」

 

 

 

どこか満足したような笑顔で、礼を言いながら――――

 

その横たえた体からすべての力を抜いた……

 

 

 

 

「…………っ――――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後、世界は白く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、一応、レナートとウィンダによる extra story は残すところ後一話です。

ですが、先に本編の間章をはさむかもしれません。ものすごく今更ですが、間章と言う形をとってますが、おまけではなく、原作の章と章の間に起こったことを(作者の妄想で)補足するといったものです。外伝と違い、本編にしっかり関わるのでとばさないでください。最初の間章に書くべきですね、この説明。

それでは、次回(間章でないなら)、


『Last extra story
 告白 ~To my dearest~
【あなたにおくるアイの歌 ~I’m Yours~】』


お楽しみに……



ぱ、パクリじゃな――と必死に言い訳する作者でした。そうです、思いつかなかっただけなんです……タイトルが


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Last extra story 告白 ~To my dearest~

タイトル通りです。前回の予告通りです。

それでは、どうぞ


 

 

 

――――もしも 僕のため 君が身を挺して

 

 

 

 

 

最後の一人、この山賊たちの親玉を倒したのを確認すると、すぐさま振り向いて彼女のもとへと向かう。距離はそんなにない。同じ建物の中なのだから、本来ここまで急ぐ必要はない。

 

そう、普通なら……

 

「……俺は、そんなことを望んでいるんじゃない。俺は…………俺はただ――――」

 

アンナは俺の姿を見ると、こちらに向かって叫ぶ。

 

「カルマ!! 早く!」

「杖をこちらに」

 

俺はウィンダの様態を見ていたアンナからリライブの杖を受け取るとウィンダの横にしゃがみ込みすぐに呪文を唱えた。

 

「〈リライブ〉」

 

傷が予想していたよりも更にひどい……元からわかっていたことではあるが、この杖での治療には限界がある。いや、この杖では彼女を救うことが出来ない。だが……

 

「カルマ……ごめんなさい。これ以上の杖は今ここにないの」

 

知らず知らずのうちにアンナの方を見ていたらしい。それを最上級の杖を出してほしいという要望と彼女は思ったようだ。どうやら自分で考えている以上に俺は気が動転しているようだ。

 

「いや、すまない」

 

 

 

 

 

――――僕の代わりに死んでしまったなら

 

 

 

 

 

「……アンナ」

 

覚えているだろうか。お前が騎士になると言った日のことを……

 

「何?」

 

お前は俺の言ったことを不思議に思ったまま、深く考えずに騎士になると誓った。騎士とはそういう者だと自分に言い聞かせて。その結果、その誓いがお前自身を縛り、俺たちの関係を変えた。

 

「これから――――」

 

そして、その立場にお前が苦しんでいることも、俺は知っていた。だが、俺にはどうすればいいかなど、わからなかった。それとなく、神父という立場を利用して尋ねても、お前は迷惑をかけるほどのものではないと俺を拒む。

 

「これから行うことは誰にも言うな。守れないようなら――――俺はお前を殺さないといけなくなる」

「!? …………いいわ。誰にも言わない。もしそれで彼女が助かるというなら、その方法を試して」

 

だが、お前は俺に自分のすべてを差し出してくる。私はあなたのものだと。自ら立てた騎士の誓いを利用して、お前は俺に尽くしてくれた。俺の意思に気付いてしまったが故に、彼女にそうさせてしまった。そのくせ、お前は自分の気持ちを勝手にあきらめている。いや、俺に尽くすことで、俺の傍に居続けることでその気持ちをごまかしていたというべきなのだろう。

 

「〈起動〉」

 

――――これは、この世界において、いや、数多の次元に存在するすべての世界において禁じられた魔法。世界の理さえも変えてしまうような、そんな魔法。その起動式を思い描きながら、彼は最初の言葉を紡いだ――――

 

 

「……!? この魔方陣は、いったい? 回復や補助魔法のものとは違う……かといって攻撃魔法のものとも似ていない」

「カームをこちらに。そして、お前はこの魔方陣から離れろ」

「え、ええ。わかったわ」

 

いや、ごまかしていたのは俺も同じか。そのせいで、こんなことになってしまったのだから。俺がもっと早く、気付いていれば、こんなことにはならなかった……

 

「〈万物を創る素なるものよ 我は理に背き 力を行使するもの〉」

 

お前は知らないだろうな。お前と出会う前の俺にとって、お前とあの小屋で過ごした日々やお前が騎士になりきる前の日々。これらの日々が、俺にとって望むことのできないものだったことなど、もう二度と手にすることのできない幸せだったなどとは。

 

「〈契約をここに 我を創るすべての素なるものよ 答えよ〉」

 

俺は自分が罪深い身だと知っている。そして、俺は幸せになることを拒んでいた。そうなるべきではないから。それは、許されることではないと思っていたから。

 

 

 

 

 

―――― そんな世界に残された僕は

 

 

 

 

 

なのに、お前は俺の中に入ってきた。俺の張り巡らせた壁のすべてを超えて、俺の心へと踏み込んできた。誰にも踏み込ませなかった俺の中にお前は入ってきた。そして――――

 

「〈我の言霊に従い すべてを無へと返し 全てを創れ〉」

 

そして、お前のその笑顔に俺は救われた。だから、お前が本当の騎士になった日、俺はお前の顔から笑顔が消えたのがつらかった。それからだ、俺はお前にもう一度笑ってほしいと思うようになった。気付かなかったかもしれないが、俺はお前の笑顔が見たくていろいろ試してみた。自分のできる限り。村にいるときも、旅をしているときも、ずっと……

 

 

 

けれど、お前に笑顔が戻ることはなかった。それどころか――――

 

 

 

だから、ここからは全て俺の勝手な願望だ。

 

 

 

お前の気持ちなんて考えない。

 

 

 

お前が今までそうしてきたように、俺も自分の望むように行動する。

 

 

 

「〈すべてを我の望むままに リクレイト〉」

 

 

 

 

 

 

 

―――― 一人 何を思えばいい

 

 

 

 

 

 

 

お前が俺にすべてをささげるというのなら、俺もお前にすべてを捧げよう。

 

だから、お前は――――生きろ

 

 

俺の最後の呪文により魔法は完成し、地面に描かれた魔方陣が強く光を放つと、俺とウィンダの二人を包みこんだ。

 

 

 

 

 

「知らないだろうな、お前は――――俺の気持ちなど。俺は、お前のことが――――――」

 

 

 

 

 

 

そして、彼は世界の理を超えた。己が望みをかなえるために……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もっと、しっかりと計画を練るべきだったわね」

 

私は借りた宿の部屋から出るとそうつぶやいた。先ほど出てきた部屋には未だ目を覚ますことのないカームと、看病のために残ったカルマが居る。

 

「いや、違うわね。かつて、禁忌を犯した者――レナートと、ペレジア国のお尋ね者――迅雷の竜騎士ウィンダ」

 

ウィンダに関してはペレジアとイーリスの戦争が始まったあたりから広まり始めた情報だけど、レナートのうわさは違う。そもそも、噂になるような人物でもなければ、ここにいることがすでにおかしい。

 

それも、そのはずだ。なにせ、伝説として語られているような人物だ。それも、英雄王マルスのような歴史としてではなく、異世界の物語として、知る人ぞ知る伝説。

 

その伝承の名を――――

 

「【人竜戦役――神降ろしの儀】、確かそう呼ばれていたわね」

 

イーリスを含む大陸の南側に浮かぶ島より伝わりし伝承。異界で起こった世界を巻き込んだ争い――人竜戦役の末に、その地の者たちが迫りくる脅威を躱すために行った儀式。それが、神降ろしの儀。人柱として捧げられた女性に神を降ろそうとした者たちがいたと伝えられている。だが、この儀式は失敗する。途中で乱入してきたものにより、儀式は未完全な状態で中断され、神は消えたらしい。

 

そして、この物語自体はここでは終わるが、人竜戦役の物語の最後に彼の名が出てくる。そう、戦いの後、英雄達のそれぞれの行方として、少しだけ。それこそ、記されていたのは名前とその二つ名。それも、誰かのおまけ程度でしかなかった。

 

破滅の儀を止めたもの――――と、後の彼の協力者にして禁忌を犯した者レナート。誰に協力したかは名の部分が読み取れないため不明らしいけど、彼の名前が出てきていることには違いない。

 

「ずいぶんと古い伝承に乗っているのね。そもそも、この伝承が記された本自体も何百年前のものかもわかってないのに。まあ、冒頭を読む限り、神降ろしの儀自体はそのさらに千年前に起きているみたいだけど……」

 

そこで、彼女は引っ張り出してきた古い本の表紙に書かれているなに目を通す。相変わらずこれだけは読めない。汚れすぎて……

 

解読をできる限り行った結果によれば、著者名はエ―ウ――らしい。うん、まるで、わからないわ。ため息とともに軽く伸びをし、入ってきた人物に声をかける。

 

「そこのとこどうなのかしら? 禁忌を犯した者――レナート」

「…………」

 

反応はない。ま、まあ、名前が同じで、私が知らない魔法を使用したということにだけで決めつけようとしているのだから、外れている可能性もあるのはわかっている。むしろその可能性の方が大きい。でも、あまりにも彼の呪文と、ここに書かれている内容には共通点がありすぎる。

 

「悪いけど、少しだけ調べさせてもらったわ。とはいっても、わかったことの方が少ないけどね。でも、これだと納得のいく説明が出来る。あなたが使った魔法についても――どうして、死の淵にあった彼女を助けることができたのかも」

 

そこまで言っても、彼はこちらに対し何も返さない。ただ黙してこちらを見据えるのみだった。しかし、このまま、彼の返答を待っていてもらちが明かないし、逃げられる。だから、私は自分の考えを今ここで勝手に話させてもらう。

 

「あなたの魔法はこの本に書かれているエネルギー体、【エーギル】を用いたもの。ちがうかしら?」

「…………」

 

これはあくまで、彼が協力していた人が使用することが出来たに過ぎないが、彼が使える可能性がないわけじゃない。

 

「あくまで黙秘を貫くのね。まあ、それでも構わないわ。先ほどの魔法はあなた自身のエーギルを用いて自分と彼女の体の再構成を行ったもの。自身のエーギルを彼女へと与え、生命力と体の治癒を共に行うことで、あの場をしのいだ。あらゆるものの素であり、何にでもなれるという【エーギル】の特性を利用した回復魔法、と言ったところかしら?」

 

本によれば、【エーギル】とは体力や精神力など、人や生き物が生きる力そのもの。これを失うことは死を意味する。エーギルの量は個体ごとにまちまちで、心身の鍛えられた人物ならば常人の数百倍もの量に達することすらある。また、エーギルは生きているうちに、少しずつ蓄えられていくもので、生きようとしているものはみな、エーギルが日々増え続けている。逆に、生への執着のない者は、増えることがない。また、生きる気のない者、生を諦めた者たちはむしろエーギルは徐々に減少していく。エーギルは、体の概念的な構成要素でもあり、これが自然消滅ではなく、外部的な要因で完全に奪われ、消えてなくなると、その人物の体は光の粒子となって完全に消えてなくなる。また、これを消費することはまずない。常以上の力が出るときに、エーギルが消費される。いわゆる、火事場の馬鹿力。しかしこういった機会は人生において一度あるかないか。そのため、常人は普通使い切ることはない――――らしい。ほんとかは知らないけど……

 

「……その知識はどこで?」

 

彼が返したのは私の問いに対する答えではなかった。けれど、これは要するに――

 

「あら、そう言うってことは当たりと取っていいようね」

 

直後、目の前にいた彼の姿がぶれた。そして、そう感じた時には、すでに私の首には冷たい鋼の感触があった。痛みは、まだない。でも、これ以上は……

 

「アンナ。世の中には知るべきだは無いことがある。これはそのうちの一つだ」

「忠告としてありがたく受け取っておきましょう。でも、これだけは教えてくれない?」

 

彼の言葉と共に体から発せられた圧力は今までの比ではなく、少しでも気を抜けばこちらが倒れてしまうのではないかと思えるものだった。これ以上は聞くな、ということなのだろう。それこそ、これ以上の詮索はこちらの命にかかわってくる。けれど、ここで引くわけにはいかない。最後に、どうしても確認したいことがあったから。

 

「なんで、ウィンダと一緒にいるのかしら? 仲間と共にいることを拒んでいたあなたが」

 

そう、本当はそれだけが聞きたかった。今までのことも、もちろん知りたくなかったわけじゃない。それこそ、許されるなら彼の二つ名の由来についても知りたかった。でも、初めて会ったときに全てを拒絶していた彼がどうして、彼女と共にあるのかを知りたかった。自分の成しえなかったことをした彼女のことをどう思っているのかを聞いておきたかった。その結果、自分が傷つくことになっても……

 

「……お前に言う必要はないのだが、どうせこれが最後だからな」

「最後? そう、やっぱり、そうなのね……」

 

どうやら、私の最悪の予想は当たったみたいだ。

 

「ああ、それに、お前にも頼みがあるから、これはその報酬の先払いと言ったところだ」

「頼み? まあ、いいわ。それで、どうしてか、教えてくれる?」

「ああ、それは、――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、彼は懐から手紙を出すと、これに頼みが書いてあるといい部屋を出ていった。残された私は、その手紙を読んだ後、そのまま、布団へと飛び込む。

 

「……なによ、まったく。これじゃ、まるで、勝ち目なんてなかったじゃないの……」

 

読み終わった後、つい握りつぶしてしまった手紙には一言だけこう書いてあった。

 

『ウィンダを頼む』

 

こんなことを書いている暇があったら、一日でも長く彼女と共に過ごすことを考えようとはしないの? そう、努力しないの? 悲しげに笑う彼女にもう一度笑顔を与えようとは思わないの? いまなら、出来るのに……

 

けど、これが彼の望みだというなら――

 

「良いわよ。やってあげるわ。あなたの頼みだから。彼女を支えて、彼女が幸せって言えるようなこれからを提供してあげるわ。私のすべてにかけて」

 

本当なら、彼女にはもっとたくさんの幸せがこの後に待っていただろうに……と、決意した後にふと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

「俺たちが借りている宿の一室だ。俺の代わりに攻撃を受けたお前はかろうじて一命を取り留め、さっきまで意識不明だった」

 

布団に寝かされた状態から顔を横に向けると、そこにはベッドに腰変えた状態でこちらを見る彼の姿があった。怪我らしい怪我はなく、少し疲れが溜まっているようには見えるものの、無事な姿で彼はそこにいた。

 

「レナート、無事だったんだね。良かった」

「……ああ、そうだな」

「アンナは?」

「あいつも無事だ」

「そう、みんなで戻ってこれたんだ」

「ああ、そうだ」

 

私の言葉に、彼は短いながらもいつものように返してくれていた。でも、彼の口調は固い。せっかく、賊を倒し、みんな無事に帰れたっていうのに。どうしてなのかは知らないけど、彼は苦しそうだった。

 

「レナート? どうか、したの?」

「ウィンダ、動けるか?」

「……まだ、難しいかも」

「そうか」

 

血を流しすぎたせいか、少しボーっとする頭で自分の体をチェックしながら彼に返す。そんな私を見て彼は、私の手を優しく握りながら語りかけてくる。いや、そうしようとして、口を開いては、閉じ、言おうかどうか迷った末に、私の目を見てしっかりと告げた。

 

その言葉を――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウィンダ。あの時、お前に俺の声が聞こえたかどうかは知らない。だから、もう一度言おう。俺は、俺はお前のことを愛している」

「え……、レナート? 何を言っているの?」

 

私は、レナートの言っていることが理解できなかった。いや、彼がそんなことを言うというその現実を認めることが出来なかった。でも、彼の表情が、彼の雰囲気が、その言葉を真実だと語っていた。そして、握られたその手から感じる温もりが、これを現実だと肯定していた。

 

そうとわかると同時に、私の目からぽつり、ぽつり、と涙が頬を伝っていく。

 

「な、んで……? なんで、今になって、そんなこと言うの?」

 

それは、ずっと、ずっと、私が望んでいた(拒絶していた)言葉。彼を守るために、彼とずっと一緒にいるためにと、我慢し続けてきた感情を呼び戻してしまう言葉。

 

「お願い、レナート。私の立場のことも考えてよ……私は……私は、あなたの騎士なんだよ?」

 

大切なモノのためにはその命さえも惜しまない彼だから伝えることが出来なかった。ずっと死に場所を探していたであろう彼と一緒にいたいから、諦めた。伝えたら彼が居なくなる、そう、わかってしまったから。村を賊が襲ったあの日に……

 

「私は、レナートの傍に入れるだけでいい。それだけで幸せなんだから……だから、お願い

 

――――これ以上の幸せを、私に与えないで

 

懇願するように、私は彼に言う。そうして、彼が私に向けて放った言葉は、私に希望(絶望)を与えた。

 

「お前にとって、俺はただの主なのか?」

 

答えたくなかった――きっと、うそを付けないから。その質問に答えることは私にはできなかった――――嘘を言いたくなかったから。

 

「その質問は、ずるいです……」

「そうだな。この質問は、ずるかったな。だが――――」

 

だから、結局、そう、答えてしまった。そうしたら、彼は苦笑交じりに答えた。

 

「これがお前を苦しめることは知っていた。お前にとって一番恐れていた事態ということもわかっている。でも、それでも、俺はこの関係を壊したかった。お前の笑顔が見れなくなってしまう、この関係を……」

 

どこか辛そうに告げる彼に、私は首を振ってこたえた。それを認めることが出来ないから。たとえ、もう後に戻れなくとも、それだけは認めたくなかった。

 

「私は、この関係を壊したくなかったです。だって……」

 

認めたら、あなたの死を肯定しているみたいでいやだったから。だけど、その言葉は、結局、紡がれることはなかった。だって、彼が先に言ってしまったから。

 

「俺は、もう死にたいと願ってない。死に場所を求めているわけでもない。今はただ、お前と共にありたい。そのために、少しでも長く、生きていたかった」

「え……」

「本当ならもっと、早くこのことをお前に伝えるべきだった」

「おそ、すぎるよ……なら、私のしていたことは何だったのよ」

「すまん」

「もっと、早く言ってよ。わかってたら、こんなに、こんなにあなたのことを遠ざける必要なんてなかったのに――――」

「ああ、そうだな――――」

 

嬉しかったはずなのに……彼が私と共に生きてくれるって言って、嬉しいはずなのに、出てくるのは、そんな素直な言葉じゃなくて、ひねくれたような愚痴ばかり。それを彼は静かに、受け止めてくれた。

 

そして、全てを吐き出した私に残っていたのはやっぱり、一つしかなくて、ずっと、ずっと、表に出さないように耐え続けていた、たった一つの言葉だった。

 

「レナート……」

「なんだ?」

「愛してる」

「ああ、俺もだよ、ウィンダ」

 

そんな一言がずっと言えなかった。

 

でも――――

 

これからは、もう、我慢しなくてもいい。だって、彼はこれからもずっと一緒にいてくれるから。私の隣に――――主従関係じゃない、ただのレナートとして。私はただのウィンダとして、共にあることが出来る。

 

そう思ったら、うれしくて、本当にうれしくて――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あり得ない……そう、思った……

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、目を覚ました。そのすべてが壊れるとわかっていても……彼はこんなこと望んでないとわかってるから。

 

 

 

 

「そう、だってこれは、ただの夢」

 

 

 

 

そう、それは、私が求めてやまない幸せな夢。

 

「…………レナート」

 

もう、私の隣には彼はいない。

 

 

 

 

 

 

 

【あなたにおくるアイの歌 ~I’m Yours~】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日、彼は私に向かって、こう言った。

――ウィンダ。俺はもう、お前の隣にいてやることはできない――と、そう、どこか辛そうに彼は私に言った。

 

その瞬間、私は必死に守ってきた世界が音を立てて崩れていくように感じた。でも、それは現実だって、認めないといけなかった。ここで逃げたら、もう、彼に会えなくなってしまう。そう、思ったから。

 

だって、そういって、壊れそうになった私を優しく抱きしめてくれたのは彼だったから。そんな彼の体は温かいのに、こんなにもしっかりと感じられるのに、どこかからっぽでとても冷たかったから。

 

そうして、私が落ち着いた頃に、彼が教えてくれた彼の苦悩。彼の目的。この世界にいた理由。そして、彼の本当の気持ち。

 

本当に、なんで、あの時になって告白するのかな? でも、後で聞いたら、彼のわがままだった。今まで、お前のわがままを聞いたから、一つくらいはいいだろ? というのが彼の言い分で、つい、釣り合ってないよ!! って、言いそうになったけど、それでも、こうやって、またあの時のように笑いあえるのがうれしくて、結局、許してしまった。

 

翌日、アンナはしばらく出かけると言って宿を立ち、彼は私にタイムリミットを告げるとともに、何か望みはあるかと聞いてきた。正直意味が分からず、つい問い返したところで、彼はついでのように付け足して、実はあと数日くらいは生きていられるという事実を説明した。一番最後にこれを聞いた私がレナートを思いっきり殴ったとしても誰も怒らないはず。

 

そうして、彼と最後の日々を過ごした。

 

あの時のようにはしゃいで、笑った。

 

彼も隣でいつものように優しく微笑んでいた。

 

 

そして、何もかも忘れて過ごし、賊を退治してから二日後にすべてが終わった。彼は私の前で光となって消えた。最後に、お別れだ、とそれだけを残して。その時から、私の周りの全てのものが色あせていった。どうせなら、私も彼とともに消えてしまいたかった。でも、それが出来なかった。

 

託されたから、彼の形見と、その想いを。それを成すまでは消えられなかった。

 

「でも、それでも彼ともっと一緒にいたかった。そう、思うのはいけないのかな、アンナ」

「……わからないでもないわ。でも、ムリを言って、一日だけ伸ばしてもらえたんだから、これ以上を望むのは、贅沢よ」

「そう、だね……」

「ええ、そうよ」

 

私の持つエーギルは常人よりは多い。だからこそ、死にそうだった私を助けることが出来たらしい。でも、彼の持つエーギルは常人並み……いや、むしろ少なかった。だから、私を助けるので精一杯で、本当なら次の日には消えてしまうところを、彼に無理を言って、彼の反対を押し切って自分の寿命を縮める代りに彼と共に過ごす一日を手にした。

 

「それで、見つかったんだよね?」

 

私は軽く首を振って先ほどの思考を放棄すると、今、すべきことをするために彼女に向き合う。彼女は昨日戻ってきた。その彼女の持つ情報が今は必要だから。

 

「ええ、見つかったわ。本人かどうかはわからないけど、レナートの言っていた条件に合いそうな人が。経歴としては、イーリスで拾われる前のことは不明。記憶喪失の軍師。名前はビャクヤ」

「シエル……ではないのね。でも、たしかに、可能性があるんでしょ?」

「ええ、そうよ。レナートから聞かされた特徴の中に、彼の武器があるんだけど、その武器のうちの一つに、【ビャクヤ・カティ】という武器があるわ。どうやら、その武器を持っているらしいのよ」

「と、なると、行くしかないね。それで、彼はどこにいるの?」

「フェリア」

「そう、じゃあ、行きましょう! 残された時間は少ないんだから!!」

 

そう言って、私は勢いよく立ち上がった。彼の好きな最高の笑顔と共に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【助けられた少年 ドニ】

村を救ってもらった後、彼はウィンダに頼み込み、他の兵士に混じって武器の扱いを学んだ。才能があったのか、彼はすぐに周囲の兵士を追い抜き、彼女が旅から戻った時には村一番の槍使いになっていたらしい。

 

 

 

【誓いを果たすもの アンナ】

レナートから頼まれた彼女は、ウィンダが死すその時まで、傍でウィンダを支え続けた。ウィンダの死後、「彼らに見られてもはずかしくないように、後はあなたたちでがんばりなさい」と告げると、また旅に戻ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勢いよく立ち上がり外の出ていく私を彼女はどこか呆れたように眺める。でも、こうやって、何かに向かって動いてないと、思い出しちゃうから。彼がいないっていうことを。まだ、やっぱり、整理しきれていない。だから、今はほんの少しだけ忘れていたい。私がこの現実を受け入れられるその時まで。

 

でも、それでも、あなたとの約束は守らないよ、レナート。あなたとした約束。あなたのことを忘れて幸せになるなんていう、無茶な約束。そもそも、承諾してないんだから、別にいいよね?

 

「はあ、まったく、彼はどうやってこれを制御していたのかしら? その辺も、聞いておけばよかった」

 

後ろから追いかけてきた彼女のため息交じりのぼやきを無視して、私は村を出て、雪原をかける。魔法を駆使して駆けだした私に後ろから今度はするどい怒声が飛んできた

 

「方角が逆よ!」

 

さすがにこれは無視できないので仕方なく立ち止まり、彼女が来るのを待つ。

 

「私はもう誰にも縛られない。ただ、気の赴くままに自由にどこへでも行ける。時に、疾風の如く何よりも速く、時にそよ風のようにゆったりとあなたのいないこの世界を私は生きる」

 

 

 

だけど――――

 

 

 

今も、そして、これからも、あなたには縛られていたい。あなたへの想いに、あなたからの想いに。

 

 

 

だから、この杖を彼に届けるまでくらいは、許してね。あなたに縛られることに。

 

 

 

 

「いつまでも、ずっと、ずっと、愛してるよ、レナート」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【理を超えし者 レナート】                 【気まぐれな風 ウィンダ】

レナートの死後、彼女は約束を果たすために、アンナと旅に出た。後に、目的を果たした彼女は再び村に戻り、そこで、村の護衛兼城主として働くが、一年後に彼女はレナートと同じように光となって消えた。

その後、彼らが救った村にある城の玉座には誰も座ることなく、空白の玉座を抱え、村人たちの話し合いによって統治される領主のいない村として有名になる。また、玉座の間には、とある行商人が作成したという二人の絵が今も静かに飾られている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 ~ Fin ~

 

 

 

 

                       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて、彼らの物語は完結。次からは本編を書いていきます。
まあ、この外伝は本編の補足的なもので、作者の妄想が爆発しすぎたものだったんですが、補足どころか、原作要素が消えすぎたために、ほとんど本編に関係ないという事態に陥ってしまいました。

うん、気を付けないといけないな。

次回からは本編です。一応、ウィンダとアンナの出番も少しだけあります。
このルート完結目指して、頑張ります。目指せ、年内完結!!

……ハッピーエンドってなんだっけ? 少し定義がわからなくなってきている作者がお送りしました。幸せ、だよね……たぶん


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第二十六話 間章 主従と少女、少女とヒト、人と少女

前回の投稿からすでに一月以上たちました。
週一で書く!! な~んて意気込んでた時期が懐かしいです。

……更新速度をあげられるように、もう少し頑張ります。

それでは、外伝が終わり本編です。

間章ですけど。


フェリア城の城外の林に一騎のドラゴンナイトが降り立った。騎乗していた騎士は主の姿を確認すると、ドラゴンから降り主のもとへと向かう。

 

「ふむ、久しぶりだね。別れてからいったいどれくらいたったかな?」

「だいたい、半年といったくらいでしょうか。まあ、ですが、いつもと変わらぬ様子で安心しましたよ」

 

彼――ヴィオールを見て懐かしむように語りかけてきたのは、彼の家に仕える騎士であり、メイドでもあるセルジュという女性。主である彼と比べると、どことなく疲労が見て取れ、来ている鎧にも傷や汚れが目立っていた。おそらく、鎧の下には見えないだけで少なからず傷を負っているのかもしれなかった。

 

「そうか。私としても、君がこうしてきてくれたことを嬉しく思う」

「ありがとうございます」

 

だが、彼はそのことに触れず、騎士もかけられた言葉に謝辞を返すのみ――――で、あるならば、とある騎士が憧れた理想の形であるが、そこで終わらず一言多いのがヴィオールである。

 

「どうだね、久々に会ったのだからお茶でも……」

 

一言余計なことを言ってしまうが故に、彼女の後ろでドラゴンがにらみを利かせる羽目になる。誰に対してかは言うまでもないことだが、もちろん、セルジュの主であるヴィオールに対してである。

 

「じょ、冗談だ、だからドラゴンを落ち着かせてくれたまえ」

「ふふ、冗談が過ぎるとミネルバちゃんに食べさせますよ?」 

「…………」

 

その笑顔に恐怖を感じつつ、彼女の後ろで顔を持ち上げ自分をにらんでくるドラゴンに対し、軽く後ずさる。そんなあまりにいつも通りで情けない主に嘆息しつつ、騎士は話を進めるために、ドラゴンをひとまず鎮める。

 

「私もあなたの冗談に付き合っている場合ではないですね。行きましょう、軍師ビャクヤのもとへ」

「ああ、行こうか。おそらく自室にいるはずだ」

 

そこまで言うと、彼はおもむろに懐からナイフを取り出し、後ろの木に向かって投げつけた。もちろん、人の気配がしたからである。おそらく、尾行されていたのだろう。

 

もちろん、つけられていることには気付いていた。だが、余りにもその尾行がずさんであり、殺気が感じられなかったため今まで放置していたが、さすがに彼も確認する気になったらしい。そちら側へ向かうのだから当たり前と言えばそうだが。しかし、その木の裏に隠れている人物からの反応は彼の予想の斜め上をいくものだった。

 

「きゃあ!」

 

そんな悲鳴と共に、木の陰から姿を現したのはクロムの妹である、リズだった。急に投げられたナイフに驚き、しりもちをついてしまっている。

 

「…………もしかしなくとも、そこにいるのはリズ君かな?」

 

そんな彼女の反応を見て、予想だにしていなかった人物の姿に現実を飲み込めず、思わず本人に確認をとりはじめるヴィオールと、どこか冷めた目で主を見つめる騎士。

 

「リズ……ヴィオール様、仮にも自分の仕える主の妹様の気配に気付けないのはいかがなものかと」

「うっ、痛いところをついてくるね」

 

従者からの冷たい視線に再び冷や汗を流しながら、彼は今の現状について考える。ビャクヤからは、こちらへの行動の制限は駆けられていないはずだし、彼女がわざわざついてくる必要もなければ、隠れて見張る意味もない。そもそも、仮にヴィオールのことを見張るにしても、ビャクヤがそんな危険なことを彼女に任せはしないだろうし、せっかく自分の直属の密偵であるガイアがいるのだから彼に任せるはずだ。

 

では、何故……

 

「……考えても仕方がなさそうだ。さて、リズ君。いったい、私に何のようかな?」

「…………」

 

問いかけに対し、彼女は体をこわばらせたまま、黙して語らない。むしろ、警戒心をあらわにし、こちらを見据えてきている。

 

そんな常とは違う彼女の姿を見て彼は小さくうなずくと、いつものような笑顔で、調子で彼女を誘う。

 

「ふむ、人生相談というなら、そうだな、お茶でも飲みながら……」

 

お茶に……

 

「ミネルバちゃん」

 

空気がピシリと凍ったのが感じ取れるくらいに、底冷えのするような声だった。彼はそんな従者の声に振り向けず、リズはそんな笑顔の彼女にここに来てから最大の恐怖を覚えた。

 

「冗談だ。だから、ドラゴンを使うのはやめてくれたまえ」

「なら、まじめにやってください」

「いや、やっているのだがね……」

 

さて、彼にとってわりと命がけの茶番に対しても彼女の反応はない。むしろ、余計に警戒心が高まった気がする。そして、隣にいるセルジュからの視線がかなり痛い。これは、関係ないか。

 

だが、彼女に答える気がないのであれば、こちらが彼女の考えを当てるしかない。それに、誤解があるのならば解いておかなければ、安全に城に戻れるかさえ怪しい。故に、彼は一番考えたくはない、しかし、可能性としては極めて高い予想を口に出した。

 

「はあ。聞きたくはないが、私のことを見張っていたのかね?」

 

その結果、リズはびくりと体を震わせると、先ほどよりもさらに警戒心を高める。また、こちらへ恐怖心を抱き始めたらしく、その感情が顔に表れてきていた。

 

ここでやめてしまっても正直問題はあまりない。このことをビャクヤに問いただせば、彼が何らかの説明をしてくれるだろう。しかし、今のヴィオールにその選択肢はなく、ただ、自身の疑問を解決するために彼女を問い詰める。

 

「その反応からすると、当たりのようだね。さて、どうして私を見張っていたのかおしえてくれないかね? リズ君」

「ヴィオール様。それだと、脅迫しているようにしか聞こえません。と、いうより、聞き方が完全に悪役です」

 

彼の質問を受け、余計に体をこわばらせるリズ。その反応が理解できず首を傾げる彼に呆れながらも、騎士は今の状況を客観的に見た感想を述べる。それに対し、申し訳程度にリズも賛同の意思を示すために首を縦に振る。

 

「……さて、リズ君。どうして私を見張っていたのかな?」

 

どうやら、彼は先ほどのやり取りを観なかったことにするらしく、改めて聞き直したが、それにリズが答える様子はない。お手上げだとばかりに後ろを振り返り、騎士に彼女のことを丸投げしようとするも、その彼女も首を静かに横に振る。どうやら、どうにかできるものはここには居ないようだった。

 

「リズ君。とりあえず、私たちはビャクヤ君に用事があるのだが、そこを通してもらってもいいかな?」

「…………だめ」

 

ようやく言葉を発した彼女は目の前の主従に怯えながらも、両の足でしっかりと立ち上がり、手を広げることで、ここから先は通さないということを体で示した。小さき者の精一杯の抵抗に彼は小さくため息をつくと、理由を尋ねた。

 

 

なぜ、私たちのいく手を阻むのか、と。

 

 

彼女は答えた。

 

 

失いたくないから、と。

 

 

 

 

 

「もう、誰かを失うのはいや……」

 

 

 

 

 

度重なる悲劇に、笑顔を保つことさえできなくなってしまった少女の独白が、静かにその場に響き渡った。

 

 

 

 

 

光だけの世界などない。

 

光あるところに、どんなに小さくとも闇は必ず存在する。

 

閉ざされていた少女の闇は、絶望と疑心暗鬼の末に、今、溢れ出した。

 

 

 

 

 

「あなたは、何者なの? ヴィオールさん」

 

 

 

 

 

 

信じることのできなくなった少女は暗い瞳でそう彼に尋ねた。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、フェリア王城の一室で彼らは静かに時を過ごしていた。

ふと、ベッドに横たわっていた少女は顔を横に向けると自身の容体を見ている男性に声をかけた。

 

「ねえ」

「なんだ?」

「フラムは、なんなの?」

 

そう尋ねたのはペレジアの王城にてペレジア王ギャンレルの暗殺を試みて、失敗してしまった元暗殺者の少女カナであり、尋ねられたのはエメリナに拾われるまでの経歴が一切不明の輸送隊のフラム。

 

「……気になるか?」

「うん」

 

彼は彼女の問いに対し少し間をおいてから返したが、明らかに乗り気ではなかった。どうやら、答えたくない類の質問のようだが、少女は特に気にすることなくうなずき、疑問をさらに述べていく。

 

「ゆそーたいは、にもつをはこぶんだって、ティアモさんが言ってた。たたかわないんだって。でも、フラムはたたかってた。ティアモさんがびっくりするくらいつよかったし、きっとわたしよりも ―――― 強い」

 

少女は砂漠で起きたあの一場面を思い出す。完全に死角から来た攻撃を躱しながら、襲ってきた敵をカウンターの要領で倒した彼の動きは、ほんの数年の研鑚で見に着くようなものではなく、長年培ってきた経験と修行の賜物であるような洗練されたものだった。もちろん、彼女がそう思うようになったのはその出来事を見たからという理由だけではない。

 

ペレジアへエメリナの救出に行った際もそうだった。彼は輸送隊であるにもかかわらず、フレデリクと肩を並べて、ペレジア兵を倒していっていた。本来守られるはずの立場のものが戦っていたため、騎士の負担は減ったが、あからさまにおかしな光景であるのは間違いなかった。

 

いや、そもそも、フレデリクというイーリスの誇る最強(・・)の騎士とただの輸送隊が肩を並べている時点でおかしいという事実に気付いている人間が、果たしてどれだけいるだろうか。おそらく、この軍の軍師である二人は気付いているだろう。上空から戦場を見ていたのだから。いや、彼ら以外にこの異常に気付いた者はいないだろう。誰もが、エメリナ救出のために必死だったのだから、そこまで気が回ってなかったのだから。

 

だが、その事実にたどり着けずとも、カナのした質問はいずれ彼のことを不審に思ったビャクヤがするであろうものであり、彼自身もそれに対する回答は持ち合わせていた。

 

「輸送体をする前は私も戦っていた。父と母と共に。両親のもとで戦いの術を学び、学を身に着け、生きるために必要な知識を学んだ。そして、流れに流れて、ここ、イーリスに流れ着き、前王であるエメリナ様に拾われた。ただ、それだけのことだ」

 

嘘は一つも言ってはいなかった。この少女は勘が鋭いから、嘘をつけばすぐにばれて追及されるのがおちだからだ。それに、軍師であるビャクヤにも通じはしないだろう。だから、本当のことだけを語った。ある程度事実を語っておけば、無理に追求しようというものも減る。

 

だが、真実をすべて語ったわけでもなかった。語る必要もなければ、知らぬ方がよいことでもあるからだ。それに、すでに敵側には知られてしまっているし、あの少女にも感づかれかけている。以前にその少女に、私と同類? と聞かれた時には表面上は何とか取り繕いはしたものの、本当に彼は焦っていた。

 

「ほんとう?」

「本当だ」

「そっか。わかった」

 

わりと彼女に対しごまかすことが多いため、疑問を持たれはしたがそれ以上のことを追及されることはなかった。そのことに彼は安堵を覚えたが、先ほどの言でごまかせたのは彼女だけであり、近くに控えていた彼まではごまかせなかった。

 

その人物は話が途切れたのを見ると、彼が言葉を紡ぐよりも先にこちらの疑問を口に出す。

 

「確かに、本当のことしか話していないだろうが、すべて語ったわけじゃないだろ。違うか?」

 

先のエメリナ暗殺の際に仲間に入った密偵のガイア。彼に聞かれてしまったのが、フラムの運のつきなのかもしれない。

 

「……ガイアか」

「軍師殿からの命令を届けにきただけのつもりだったんだがな。ちょっとばかし、興味深いことを話してたものだから、気になったんで加わらせてもらう」

「好きにしろ」

「そうか。なら、聞かせてもらうが、お前は何を隠している?」

 

ガイアは、先ほど彼が隠そうとした事実を白日の下にさらさんと、会話に割り込む。ガイアもこの輸送体という立場にいるのがおかしいくらいに強いフラムのことが気になっていたので渡りに船と言ったところだろうか。

 

だが、これはフラムにとって非常にうれしくない状況だった。今のこの場で、ガイアに後で話すからと言って、帰ってもらうのは簡単だ。だが、そうなるとカナへの対応が困る。一度、ばれてしまえば、ごまかすのは不可能に近いだろう。そもそも、この件については彼女に真実をごまかすのはすでに2度目。次もごまかせるとは思えなかった。

 

そもそも、この事実をこの少女に伝えたくないと思う自分がいた。

 

「用件はなんだ?」

「……仕事の追加と、今後の輸送隊の扱いについてビャクヤから話があるそうだ」

「そしてお前の用事は、私の正体についてか」

「その通りだな」

 

だが、もう、限界なのだろう。むしろ、ここまでよくもったと思うべきか。自身の正体を明かすことになったあの日から、すでに数ヶ月。どこか疲れたようにため息をつくと、布団で横たわるカナに向き直る。

 

「……知りたいか?」

「……うん。しりたい。フラムがなにものなのか」

「そうか」

 

ごまかせないが故に腹をくくった彼に対し、彼女がかけた言葉は予想もしなかったものだった。

 

「でも、フラムがはなしたくないなら、べつにいい」

 

そんな少女の言葉に呆気にとられるフラムとガイア。

 

「おいおい、まじか……」

 

ガイアは驚きのためか、思考が口から洩れてしまっていた。そもそも、ガイアはこの少女を利用してフラムの情報を抜き出そうとしていた。今まで何も知らなかったためか、彼女は自分の知らないことは様々な手段を用いて知ろうとする。そのため、フラムの言った言葉の揚げ足を取れば、何もせずとも彼女が追求し始めると思っていた。しかし、その要となる少女が妥協してしまったのでは情報を得ることは難しくなる。

 

「それと、フラムをこまらせるのはだめ」

 

そんな彼の思考を読んだのか、彼女はガイアをしっかりと見据えたうえでそう言い切った。若干の殺気がこもったそのまなざしを受けたガイアはしぶしぶと引き下がる。こんなところで内部分裂を起こしても仕方ないし、何より自身の主であるビャクヤもクロムも彼のことを信用しているのだから、これ以上の詮索は諦めた方がいい。今まで通り、意識の片隅において置いて監視すればいいだろうと彼は結論付けた。

 

「はあ、わかったよ。俺が悪かった。この件はお前が話すまではこっちからも聞かない。これでいいか?」

「ああ、そうしてもらえるとこちらとしても助かる」

「了解した。それは置いといて、ビャクヤの件は忘れるなよ? 手が空いたら……ってのは無理そうだな」

「いや、リベラを呼んでもらえるか?」

「ああ、それくらいならお安い御用だ。ここに来るように伝えておこう」

 

頼む――と彼がガイアに返したときにはすでに彼は姿を消していた。おそらく礼拝堂にいるリベラを呼びに行ったのだろう。この調子な10分もしないうちにリベラがここに来るはずだ。相変わらず、あのような交渉で手に入れたとは思えないくらいに優秀な密偵である。まあ、このような仕事が彼の仕事かと言ったら違うのだが……

 

そんなどうでもいいことを考えながら、自分のことをカナに伝えずに済んだことに何故か安堵を覚えた。

 

そして――――

 

「フラム……」

「なんだ」

「わたしはただのカナ。だから、フラムもただのフラム。それだけわかって、そばにいられるなら、ほかはなにもいらない」

 

そんな、カナの言葉に、

 

「そうか」

 

彼女が命を懸けてまで手に入れたその言葉に、

 

「それも、そうだな」

 

彼は柔らかく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

そして、新たな火種を生みかけた件の軍師は中庭の一角にて彼らに発見された。そう、用事を終えたガイアと、一悶着の後にとりあえずともに動いているヴィオール達に。

 

なぜ、部屋にいるはずだった彼がこんなところにいたのか。それはガイアが彼の命を受けて部屋を出た少し後、あの会話の十数分前の出来事である。

 

控えめなノック音とともに扉の前の人物が名乗り、用件を告げた。

 

「ビャクヤさん。マルスです。今、大丈夫ですか?」

「マルスか。ああ、大丈夫だよ。どうぞ」

 

彼の許可を得て入ってきたのは、ペレジアからの撤退戦の際にビャクヤと合流した未来を知る剣士マルス。彼女は相変わらず散らかっているのか、片付いてるのかわからないくらいものであふれている室内を見ると、わずかに眉をひそめたが、今回の要件とは関係ないので、無視する。

 

「部屋の中が相変わらずなのは別につっこみはしません。自室はきれいですし」

 

いや、しようと思ったのだろうが、やはりできなかったようだ。彼の部屋に入るたびに繰り広げていたいつものやり取りであるが故に、脊髄反射で答えてしまったところもあるだろう。

 

「そうしてもらえると助かる――――って、あれ? マルスはここに……」

「剣の稽古をしてもらえませんか? ビャクヤさん」

 

ビャクヤの言葉にかぶせるように、慌てて、けれど表面上は落ち着きを保ったまま彼女は用件を告げると、彼の腕を引いて部屋を出た。

 

「え、ちょ、ちょっと待とうか、マルス。僕はここでまだ仕事が……」

「どうせ、ここ最近まともに寝てもいなければ食事もしてないし、訓練も必要最低限しかしてないのでしょう? なら、ここでしっかり訓練してご飯を食べて、そのまま果てるように睡眠をとってもらいます」

「う……、なんかルフレが二人になった気分だ。と、言うか、マルス」

 

――――なんで僕のことをそんなによく知ってるんだ?

 

今のやり取り、初めて出会った時の違和感、フェリア闘技場での疑問やイーリス城での戦い。それぞれの出来事における彼女の言動から彼のことを知っているだけでなく、そこそこ親しい仲だったのではないかという推測が出来る。

 

そして、この推測は間違ってないと彼は確信していた。そう、自らの失われた記憶のカギを目の前の少女が持っている。なら、教えてもらえるのなら知りたいと思うのは当然である。

 

「私に勝ってください。そしたら、話しましょう。私のことを。そして、私が知っている限りのあなたのことも」

 

そんな軍師の疑問に彼女は条件を提示すると、目的の場所まで歩き始めた。その横顔はどこか寂しげであった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、じゃあ始めようか。準備はいいかい」

「はい。問題ないです」

 

僕もマルスも訓練用の木刀ではなく、白と黒のビャクヤ・カティを構えていた。それについても聞きたいね、と僕がつぶやけば、なら私に勝ってください、と彼女は返した。それもそうか、と思いながら、ようやく僕の記憶の手がかりが手に入るのかと、どこか感慨深く思っていた。クロムたちと出会ってから、そう、長く時間が経っているわけではないが、その間に起こったことが濃かったせいか、もう何年も過ごした気になっているせいでそう思うだけで、実際はそんな風に思うのは少しおかしいのだが。

 

まあ、そんなことはどうでもいいか。

 

――――勝利条件は負けを認めさせること

 

僕はその条件をクリアして、彼女から僕のことを聞き出す。今はそれだけを考えていよう。

 

剣を自分の後ろに隠すように構えていた僕らは、静かに腰を落とすと体を反転させビャクヤ・カティをお互いに向ける。

 

合図はなかった。

 

向かい合った僕らの間を一陣の風が吹き抜け、降り積もった雪が舞う。

 

それに合わせるように僕らは駆け出し、白雪の舞う舞台で剣を重ねあう。

 

あの時のように、何の小細工もなしに、ただ剣技だけを用いて。

 

ひたすらに雪原の上を舞い続けた。

 

 

 

 

そして、終わりは唐突に訪れた。

 

なんてことはない。彼女がらしくない隙をいきなりさらしたからだ。あまりにも無防備だったから罠だろうかとも思ったが、そうではなかった。そこを突くと彼女は慌てたように武器を戻し防いだが、その防ぎ方は甘く、続く二の太刀を防ぎきれなかった。

 

僕によってはじかれた剣は後方へ飛び、彼女は勢いに負けて倒れた。正直、消化不良だ。こんな形で決着がつくとは思っていなかっただけに、先ほどのことを咎めるように口にする。

 

「……らしくないね。でも、負けは負けだよ」

「はい。そうですね」

 

僕の後方に飛ばされた自身の刀を見て彼女は目を伏せながら小さな声で答えた。僕が刀をしまい彼女に手を差し伸べると、彼女はその手を取り立ち上がり自分もまた剣を回収しに行った。

 

僕と同じように剣を片付けた彼女はこちらを振り向くと、何から聞きたいですか? と尋ねる。

 

だから僕は答える。

 

――――君は何者なのか

 

彼女も答えた。

 

――――私はイーリス国の聖王代理、ルキナ。

――――あなたと神竜ナーガにおくられて未来からこの時間軸にきた。

 

 

 

 

 

「あなたはイーリス国の摂政であり、私の補佐を務めていた軍師シエル。公の場では今と同じようにビャクヤと呼ばれていたのは変わりませんし、その名を知っている者もあまりいませんでいたけど、今は関係ないですね」

 

 

「そして、滅び行く世界の中、あなたはイーリスという国を守り、私たちに希望を託してギムレーに一騎打ちを挑んだ、絶望の未来に取り残されたはずの私の育て親で、こことは違う世界の人でした」

 

 

「信じられませんか? 自分がこの世界とは違う世界から来たということが。でも、それは、あなた自身が証明したことです。それを示すのがこの剣です。彼女からもらったという、このビャクヤ・カティ」

 

 

「あなたも彼女を知っているはずです。たとえ、どんなことがあっても、彼女のことだけは忘れないと言ったのはあなたなのですから。覚えているはずです。サカの血を引くキアランの公女にして、ロルカ族の唯一の生き残りであり、あなたと旅をした女性――――リンディスさんのことを」

 

 

 

 

――――そうですよね?

 

 

 

 

僕の持つ黒いビャクヤ・カティと彼女の持つ白いビャクヤ・カティがその言葉を肯定するように淡く光った。

 

 

 

 

 

失われた記憶、閉ざされた未来、変えられゆく過去。今、それらを繋ぐ鍵は彼の目の前に提示されている。ルキナという少女の持つ記憶(思い出)が新たな未来をここから紡ぎだそうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




原作との相違点として、まず、マルスことルキナがすでに仲間になっていること。セルジュもこちらに来ていることが挙げられます。

なんでさ……と、思われるような状況ですが、次回はルキナ。それ以降でセルジュ側についても語りたいと思います。また、依然悩んでいたクロムの相手については一応決めました。もう、趣味全開で突っ走ります。

ついでに言うと、作中に出てきたルキナとビャクヤの構えはFE烈火の剣のソードマスターのグラフィックを参考にしてもらえれば、と思います。まあ、ここのところも本来は文章でしっかりと書き表すべきなんでしょうね……

最近書いていて思うのですが、なかなか思うように書きたいことがかけません。文章にもやはり何かが足りないと思いつつも、わかりません(元からいろいろと足りていないのは承知の上ですが)。とはいえ、更新が遅くなりすぎないように気を付けていこうと思います。

悩みすぎて作品に手を付けないのは良くないですし……

それでは次回の更新でまた会いましょう。
早くあげれたらいいなぁと、遠い目でつぶやく作者でした。



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第二十七話 間章 空虚な青年と堕ちた太陽

支援会話は楽しいです。烈火だとマシューとギィの会話や、バアトルの会話はすごく面白いので好きです。
ただ、FE覚醒はあまりに多くて挫折しました。
軍師よ、もう少し人を選びなさい。

まあ、それでも面白いから少しずつ集めてるんですけどね。



 

 

フェリア城近郊の森の中。彼女は青年を疑い、青年は従者と共に疑いを解こうとする。

 

「私が何者かとは、どういう意味で聞いているのかな? 私はさすらいの弓兵ヴィオールであり、今はイーリスの自警団の一員なのだが?」

「ヴィオールさん……そんなこと聞いてない」

 

彼――ヴィオールはリズの問いにどこかとぼけるようにそう答えたが、リズはそれを一蹴する。そして、彼女の声にあった皆を照らす太陽のような明るさはすっかりとなりを潜め、低く、今にも消えてしまいそうな小さなつぶやきとなって彼女の闇が彼の前にあふれだしていた。

 

「その女の人は誰なの?」

「おやおや、彼女が気になるのかい? まさか、主の妹君までも魅了してしまうとは……」

「答えて」

 

そんな彼女に対し、彼は常と変らぬ対応をした。この状態がよくないものであることくらい彼にもわかる。故に彼としては、普段の彼女なら赤面して慌てはじめるようなことを言うことで彼女の反応を見るつもりだったが、その結果はまったく反応がないどころか、むしろ逆効果だった。

 

むしろ、さらに距離を取られた。今、リズとヴィオールの両者の間にあるわだかまりは埋めようのないものとなり、凄まじい勢いで広がっていっている。主に彼の対応ミスのせいだが……

 

「彼女はセルジュ。私の――――知り合いだ」

 

少しの間をおいて紡がれた彼の言葉を、彼女は見逃さなかった。

 

「……それ、嘘だよね」

 

いつもと違い今日の彼女は妙に鋭い。先ほど返答する際に詰まってしまったことを悔やみながら、いつものように彼は今の状況を分析していた。そして、自身の考えとは別に、ここでありのままの真実を告げるのは良くないと彼の直感がささやいていた。故に、彼はごまかす。その行動が危ないものだと知りながら。

 

「ヴィオール様……」

 

セルジュのこちらを案じるような声に軽く手を挙げることで答えながら、彼はリズと向き合い、その暗くよどんだ瞳を見つめながら答えた。

 

「いいや、嘘ではないさ」

「そう……」

 

嘘は通じない。今の彼女に対しそれはさらなる確執を生むだけだから。しかし、真実は告げられない。それをすれば、きっと彼女は二度とこちらに戻っては来ないだろう。ならば隠すしかない。彼は告げることのできない真実をより大きな事実で覆い隠した。

 

「なら、ヴィオールさんが普段から隠れてこそこそ出していたあの手紙は何なの?」

「そう言えば、以前リズ君も見ていたね。あの時も言ったと思うがあれは……」

 

ここで、彼女が訊ねてきたのはまだ彼らがイーリスにいるときのこと。彼が隠れるようにして出していた手紙が気になったリズがその手紙について質問したことがあった。その時のリズの心にあったのは、誰に手紙を出しているのだろうというただの興味。そして、彼はそれに対し、祖国へ手紙を送っていると伝えた。

 

ただ、それだけの会話。なんてことはない会話のはずだった。それ以上のことを彼は話さなかったし、彼女もそれで納得した。彼を、いや、仲間を信じていたから。そもそも、そこまで彼女は考えてはいなかった。

 

だが、リズはそれを疑った。信じていたはずの仲間からの言葉を、行動を疑った。

 

「本当に?」

「ああ、本当だ」

 

そして、今日、ヴィオールが誰の目にもつかないように一人で城から抜け出すのを彼女は見てしまった。そこから、彼女の思考は良くない方向へと連鎖し、一つにつながってしまった。その先にあったその答えは、今の彼女だからこそ導き出されたもの。

 

「じゃあ、なんで武装した女の人がこんなところに来てるの?」

 

そう、ヴィオールが祖国から手勢を連れてリズたちに奇襲をかけ、ペレジアに寝返るのではないかという最悪の予想が彼女の中によぎり、不安に駆られた。

 

「それは、彼女が……」

「ヴィオールさんも、神官様のように裏切るの?」

「リズ君? 君はいったい何を……」

 

ペレジアのイーリスへの侵攻におけるギャンレルの非道。イーリスにいた信頼できる神官は寝返り、彼女たちを危機に陥れた。その神官とは彼女も仲が良く、勉強を教わったりもした。温かく優しい人だった。

 

それ故に信じられなかった。なんで彼女の姉――神官の主である前王エメリナを裏切ってまでペレジアに寝返ったという事実が。そして、そんな彼を哂って平気で仲間になった人物を殺すペレジアの人たちの裏切りも彼女には理解できなかった。

 

「あの人のように私たちをだまして、奪うの? 私から……私の大切な人たちを」

「…………」

 

裏切りは彼女に疑いを持たせ、悲劇は彼女の笑顔を奪いさり、失うことへの恐怖を与えた。そして、そんな不安定な彼女の精神に打撃を与えたのがビャクヤであったが、そんなことはリズ以外の誰も知らないことであり、もちろんヴィオールが知っているわけもない。

 

だが――

 

「リズ君。すこし、昔話をしようか――――」

 

放っておけることではない。自分のすることではないと思いながらも、彼はできる限りのことをする。だが、こういうのはクロムやビャクヤの仕事だろうに、と内心愚痴ったヴィオールを責めることはできないし、あながち間違ってはしなかったりする。

 

「昔話をするなら、答えてよ……」

 

そう、自身をせかしてくる彼女に、彼は残酷な真実を告げる。ごまかさねばならないはずの、真実を。

 

「私がその気になれば、君一人を消すことなどたやすいのだが?」

「っ!!」

 

ヴィオールのその発言に、リズはいまさらながら自分がどれだけ無謀なことをしているのか理解する。突発的に何も考えずにした行動が自分をどれだけ危険な状況においているかを悟った。そして、そんな誤解を生むような発言をした主にセルジュが進言しようとしたが、彼に言葉をかぶせられその言葉は伝えられることはなかった。

 

――――では、ビャクヤとリズ(彼ら)の間に何があったのか。

 

「今ここで君を消す……いや、殺していない(・・・・・・)ということがすでに証拠になりうると思うのだが、それでは納得してくれないのだろう?」

 

――――二人の間にどのようなことがあり、何が彼女の笑顔という仮面を砕いたのか。

 

「ならば信じてもらうために、すこし自分のことを明かすといっているのだよ。君たちには貴族的な弓使いとしか話してないから、知らないだろう?」

「そう、だけど……」

「ならば、聞きたまえ」

 

――――始まりはエメリナと別れた後のこと

 

「私を敵として見るかどうかはそれからでも遅くはないだろう。それに、そんなに長い話でもない。歩きながら行こうか」

 

そう言ってヴィオールは歩き始めた。その背を追うように、リズが追従し、最後にセルジュがドラゴンを伴いながら後に続いた。彼はリズが隣に並んだのを確認すると静かに語りはじめる。

 

――――そして、決め手になったのは、彼がフェリアに無事帰還してから少ししてからのことであった。

 

「まずは、私の身分について語ろうか……私はヴァルム大陸のロザンヌという地方を治めている。一応、これでもヴィオール家の現当主で爵位としては侯爵だが、まあ、気にすることではない。君は王族であり、私の方が下なのだから」

 

「私は貴族として生まれ、当主となるために必要な教養を受け、その最中にセルジュに出会った。彼女との関係はどちらかと言えば、知り合いというくくりの中でも幼馴染と言った方がいいだろう」

 

「私自身についてはひとまずこのくらいにしておいて、私がここにいる理由を教えよう。なに、そんなたいそうな理由ではない。私は、自分の領地を捨ててここに逃げてきた、ただそれだけなのだから」

 

そう、軽い自虐を混ぜながら彼は語りはじめた。自分の物語を――――

 

 

 

 

 

――――知る者の少ない物語は語られずとも、今を壊していた。

 

 

 

 

壊れそうな/

壊れた彼女を救うために彼らは最善を尽くす。

 

ここにいる誰もが彼女の笑顔を求めているのだから。

 

(ビャクヤ)が壊し、(ヴィオール)が手を取り、彼女が導き、彼に救われる。

 

これはそんな過程の途中。

 

だが、道は一つとは限らない。

 

せめて、私は彼女達の進む道が意味のあるものであることを願う。彼女達の命が意味のあるものであることを願う。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

そう、道は一つではない。

 

彼が、気付くというのも、また一つのありえたかもしれない可能性の未来。そして、数多の次元において、これはありえなかった未来(過去)

 

しかし、過去は未来を変え、未来は過去を変えようとした。

 

そして、イレギュラーの介入により、数多の時空、次元とは異なる未来(いま)がここで紡がれる。

 

そう、これは彼が掴んだ一つの未来。

 

彼女の約束は形を変えて守られることになった。

 

 

 

 

 

 

自分のあずかり知らぬ場所で周囲の状況が二転三転とする中、クロムは一人、自室で暇を持て余していた。

 

「…………はぁ」

 

いや、見た感じとても暇そうだが、彼自身は自分のことで手一杯だったりする。そして、そんなクロムの様子を見たこの軍の軍師二人と、フェリアの王達はクロムに割り当てる仕事を極端に減らした。まあ、軍師二人は仕事ができないなら仕方ないと、フェリアの王達は暖かい視線を送りながら、彼にそう指示を出した。

 

「クロムさん」

 

その様な事情から、とりあえず、今日も今日とて暇を持て余している――もとい、悩み続けているクロムは自室に入ってきたルフレの存在に全く気が付いていなかった。当然彼女の同行者にも気付くわけがない。

 

「……相変わらずなんですね、クロム様は」

「ええ、そうなんですよ。少し前までの暗いものではないだけましと言ったところでしょうか。いえ、時折鬱が入ることもあるので、あまり良いとは言えませんね」

 

クロムが自分の殻にこもっているのをいいことに、外野は好き放題言い始めるも彼の反応はない。ルフレは諦めていつも通りに実力行使に出ることにした。

 

まず、抱えていた書類の束を同行者に託し、手に炎の魔導書を出すと呪文の詠唱に入った。実際のところ、彼女ほどの実力があれば詠唱など必要ないのだが、魔力調整の精度をより正確にするために唱えざるを得ないだけである。さすがに、ボヤ騒ぎを起こすのは良くない。

 

「……〈ふぁいあ~〉」

 

何とも気の抜けた調子で紡がれた言霊に合わせて彼女の手のひらから直径4センチ程度のスカスカの火の玉が現れ、彼に向かってふよふよと漂っていき、彼の肩にあたると軽く燃えた。

 

こう、ひゅぼっ、って感じに。

 

まあ、威力は無いとはいえ、自分の体が急に燃え始めれば、誰でも外に意識を向ける。向けなかったら、本格的に重症なんだが。とりあえず、普通の人の例にもれず、クロムも急に肩のあたりが燃え始めたので、一通りとても面白い反応を見せた後に、ルフレ達の存在に気が付いた。

 

「……ルフレ、頼むから普通に呼んでくれないか? 毎回こうされると心臓に悪い」

「なら、私がノックして時に気付いてください。もしくは呼びかけた時に気付いてください」

「……呼んでいたのか? 全く聞こえなかったが」

 

同行者もクロムの部屋を訪ねる前に聞いていたとはいえ、半信半疑だったが今のこの会話を聞いて、クロムが冗談ではなく本当に気の抜けた状態になっていることがわかった。

 

「クロム様。ルフレさんは今話しているのと同じくらいの大きさの声で呼びかけていましたよ? 私も呼びかけたのですが全く気付いてもらえませんでした」

「ん? スミア? いたのか?」

「え?」

 

そして、同行者――スミアは今の今まで自分が視界にすら入っていなかったことにさらに驚く。普通なら悲しくなるのが先なのだが、今は何よりもまず驚きが彼女を支配した。

 

彼に限らず、自警団全員に言えることだが、一部の例外を除いて人の気配には鋭い。個人差はあるが、さすがにこの距離まで来て気付かないのは以上である。そもそも、彼女が視界の外にいて、気配を隠していたならまだしも、ルフレの隣で書類を持って立っているだけだったのだから、気付かないわけがないのだった。

 

「重症ですね、クロムさん。とりあえず、何が原因か教えてもらえませんか?」

「そう、ですね。クロム様、さすがにこれはまずいです」

 

だが、尋ねられたクロムは腕を組みうつむくと悩みだした。しばらく返事を待っていた彼女達であったが、このままではらちが明かないと思ったのか、ルフレが適当にあたりを付けて追及する。

 

「クロムさん。原因がわかっていないのですね」

「ああ、よくわからないんだが。どうしても、な。気になって離れないんだ。どうしてなのかはわからないのだが」

「……はぁ。どうして、自警団の男性陣はこうもみんな鈍いんでしょうか」

「あ、あの、ルフレさん? 何が言いたいんですか?」

「ルフレ? 何が言いたいんだ?」

 

ルフレは一人悟ったようにしみじみとつぶやいたが、スミアとクロムはその意味が分からず、首をかしげていた。若干の天然が入っているスミアが感づかないならまだしも、自分のことだというのに全くもって理解できていない彼はやはり鈍感だと彼女は認識し直した。

 

帰還直後に見せた動揺は何だったのかと彼女は声を大にして言いたいが、隣にいるスミアのことを考えると言うに言えなかった。これ以上問題ごとが増えるのはさすがに彼女も困る。せめて、ペレジアとの戦いにひと段落ついてから――そう思っていた彼女は隣の彼女に悟られないように、それでいて彼が気付けるように注意して言葉を紡いだ。

 

――はずだった

 

「クロムさん。とりあえず、鈍すぎです。自分のことなのですから、いい加減気付いてください。解決しろとは言いませんが、せめて、これくらいはしてください」

「…………」

 

そうしてくれないとこちらから何もできません。そう、最後に彼女は付け足すと、スミアから書類を受け取り、彼の作業机の上に置いた。そのまま、スミアを伴って部屋を出ようとしたが、ルフレの意に反して、彼女はそこから動こうとはしなかった。

 

「クロム様……」

 

否。彼女は動くことを拒んでいた。今、ここで退くことを良しとはしなかった。おそらく、彼女は直感的に理解していたのだろう。ルフレの言った言葉の意味が分かった際に。すなわち、クロムが気付かない彼の悩みに気が付いた際に。

 

そして、知らぬうちに彼女は決意した。自分でも驚くほど唐突に、それでいてすんなりと固まっていた決意は、近くにいた軍師に悟られることはなかった。故に、この決意をさえぎるものはなかった。

 

「ん? どうしたスミア。急に改まって……」

「どうしても、お伝えしたいことがあるんです」

 

語りかけられたクロムはその意図をつかめず、先ほどと同じように首をかしげながら彼女を見る。そして、スミアの発した言葉を聞いて、その言葉に込められた意思を感じて、ことここに至ってようやく軍師が気付き、行動する。

 

「!? スミアさん! 待ってください! 今は、今だけは……」

 

悟られてしまった。最悪の事態が起こってしまったことに、彼女は慌てて、その行動を修正し、なかったことに――気のせいだったことにしようとする。だが、それは遅すぎた。あまりにも遅かった。スミアより少し小さいルフレが彼女の口をふさいで止めることは叶わなかった。そして、せめてその言葉を遮ろうと発した言葉はまるで意味をなさなかった。

 

 

「クロム様……私は……」

 

 

外から聞こえてくる風のざわめき、人の営み、この部屋で必死に言葉を発するルフレの声。それらすべてを置き去りにして、その言葉はクロムに届いた。

 

 

 

 

「私はあなたのことが好きです」

 

 

 

 

 

 

止まっていた青年の時は動きだし、空っぽの器には他者の強すぎる感情が注がれるとともに、色を取り戻し、中を満たしていく。

 

そして、満たしていく色の中にあった、今にも擦り切れて消えてしまいそうな記憶がふと蘇った。

 

――――なら、私はいつか必ずクロム様を守れるような騎士になる!

 

幼き日に紡がれた約束。守られることを良しとしなかったクロムに対し、無理やりとってつけた約束。出来るものならやってみろと言う挑戦と共に紡がれた約束。

 

そう、約束したのは――誰だったのだろう。

 

守られたくなかった。誰か――大切な誰かが傷付くなら、守りたい。あの人がそうしてくれたように、自分もそんな誰かを守るための盾になりたい。そんな思いを否定し、剣を、何かを貫く意思を教えてくれた――守るための盾ではなく、守護の剣となることを決意することになるきっかけを作った約束を交わした彼女は……

 

「……スミア?」

 

果たして、彼女だったのだろうか。

 

ふと頭の中によぎったのは、やはりあの笑顔で、どうしてか彼女(・・)の笑顔と重なった。

 

 

 

残るはずもなく、記憶の中に埋もれて消えていくはずだった小さな、小さな一つの約束。それは今になって彼の中に蘇る。その約束をした彼女の意に反して蘇ったその記憶には何の意味があるのか。

 

 

 

その意味に気付けるのは()だけである。

 

 

 

忘れるな/

思い出すな

 

思い出せ/

忘れろ

 

彼女のために……

 

滅び行く世界を救うために

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

昔話をしながら城へと戻ってきた彼ら――ヴィオール達が最初に目にしたのは、何やら隠れるようにして建物の陰からどこかを見ているガイアの姿だった。密偵だけあって人の気配には聡いのか、彼らがガイアの姿を見つけた時にはすでに、彼もまたヴィオール達の存在に気が付き、静かにするようにジェスチャーをした。

 

その彼の行動に疑問を抱きながらも、極力足音を立てないように彼のもとへと近づいた。

 

「それで、ヴィオールとリズに……誰だ?」

 

十分に近づき、小声でも声が通る距離まで来るとようやくガイアは口を開いた。それに合わせるようにヴィオールも小声で彼に返す。

 

「彼女はセルジュ。私の知り合いで、重要な情報を持っている。ビャクヤ君を探しているのだが、知らないかな?」

「あー、今は無理そうだな。取り込み中だ」

 

ガイアは少し困ったように言って体をよけ、自分の視界の先にいる二人を見せる。そして、彼の昔話が始まってからというもの、ずっと言葉を発しなかった彼女が困惑した様子でポツリとつぶやいた。

 

「え……なんで?」

 

その視線の先ではビャクヤと彼とともに帰還した剣士マルスがいた。

 

それだけなら、ガイアがこのような言い回しをする必要性は皆無であり、リズの発言もなかっただろう。問題はその二人の状態にあった。距離があるためここからでは会話は聞こえない。だが、ビャクヤの胸にすがりつくようにして泣きじゃくるマルスと、それを優しく抱き留めながらなだめている彼の姿を見間違えることだけは無い。

 

不幸なことに、それを見間違えるほど視力の悪いものはここに存在しなかった。

 

故に起こってしまった。

 

「どうして……」

「リズ君? どうかしたのかね」

「うそ……そんな」

 

リズの様子がおかしいことに気付いたヴィオールは目線を彼らから外すと隣にいるリズを見る。その顔は先ほどの会話の最中に少し陰りが消え、明るくなり始めたなったものではなく、ヴィオール達の前に立ちふさがった時より深い絶望と負の感情が色濃く出ていた。

 

彼はリズがこうなってしまった理由を察する共に、もう少しガイアの言葉を注意深く聞いておくべきだったと後悔した。彼女の今の支えとなっているものは実の兄であるクロムと、自分たちの近衛騎士であるフレデリク。

 

そして――――

 

「リズ君? 落ち着きたまえ。とりあえず、彼に後から……」

 

彼女が仲間内で最も信頼している人物であり、彼女がいまだ気付かない感情を抱いている相手であるビャクヤであった。そのことに彼は気付いていたし、そのことに考慮しながら行動していたつもりだった。だが、こと、ここに至って、彼は失敗してしまった。

 

慌てて、何とかしようとするも、もはや壊れた器からあふれだすものをせき止めるのは不可能だった。転がり始めた石は止まることを知らないのと同じように、どこまでも、止まることなく彼女は堕ちてゆく。

 

「な、んで。どうしてなの? どうして、苦しいの?」

「おい、リズ、大丈夫か?」

 

今、彼女にはビャクヤたちしか見えていなかった。それ以外のことはすべて意識の外にあった。周りでガイアやヴィオールが心配して声をかけるもそれらはすべて彼女に届かない。

 

「やめて……」

 

彼の腕の中にいたマルスが顔をあげてビャクヤを見上げる。

 

「やめてよ……」

 

そっと伸ばした手が彼の顔に添えられ、

 

「これ以上、私から――――」

 

彼が驚いているのがわかる。そして、驚き固まっている彼に顔を近づけ、

 

「私からビャクヤさん(大切な人)をとらないで!!!」

 

彼女の唇はそっと彼のそれと重なった。

 

「リズ君!!」

「くそ、ここは任せたぞ!! 俺は後を追う!」

 

そこまでだった。それ以上、彼女は彼らを見ていることはできなかった。

 

彼女はがむしゃらに走った。

 

走って、

 

走って、

 

必死に走りつづけ、気が付けば自分のベッドの上でうつぶせに寝転がっていた。

 

 

 

 

「落ち着いたら声をかけろ。俺はこの部屋の外にいる」

 

誰かの声が聞こえた気がした。柔らかな布団がかけられた。開けっ放しだった扉が閉まる音がした。でも、どうでもよかった。そんな些細なことは別に今はどうでもよかった。

 

「どうしよう……とられちゃうよ、ビャクヤさんが」

 

意味も分からず呟いた言葉に、彼は答えない。今はただ、彼女を助けてやれないことを悔しく思いながら、扉の向こうから聞こえてくる声に心を痛めながら黙して待っていた。彼女が落ち着きを取り戻すのを。

 

彼が来るのを……

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……どこでしょうか?」

 

そう、少女たちは待ち続ける。城で、遺跡で。自分に与えられたそれぞれの場所で。

 

彼女たちは待ち続ける。

 

 

 

 




ルキナが合流してたり、セルジュが居たり、そもそもに軍師が二人いる時点で原作から物語が離れていくのはわかっていたことですが、最近どんどん離れて行っています。外伝については触れるまでもありません。

面白いと思える方向に離れて行っていたらいいな~と、毎度不安に駆られながら投稿していますが、どうでしょうか。楽しんでもらえているのであれば嬉しいです。

さて、次の次辺りで、原作中、唯一男軍師が攻略できない彼女が出てきます(出来たらいろいろとアウトですが)。まあ、烈火の軍師は誰も攻略できないので、それに比べたら覚醒の軍師殿はやりすぎなのですが。

烈火のリメイクが来ないかなーと日々妄想している作者です。覚醒みたいな感じだとうれしい。ついでに、封印まで繋がるとすごくうれしい。リン×軍師があるとなお嬉しい。

それでは、ここいらで終わります。次回でまた会いましょう。

妄想を爆発させた作者でした。頼む、出してくれ……烈火のリメイク


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第二十八話 間章 主と騎士

なぜか、ハイペースな言語嫌いです

単純に、以前5話くらい同時進行で書いていると言っていた話が一気に仕上がっただけですが

今回はあまり物語が進みません

主に、二人の少女のお話

それではどうぞ


 

 

青い騎士は言っていた

 

「スミアさん。告げることのできない想いほど辛く、悲しいことはありません。そして、告げるべき人を失うと、その喪失感にずっとさいなまれることになるんです」

 

白銀の少女も言った

 

「なんで言わないのか、ですか。それはですね。彼の気持ちは私に向いてはいないからですよ。彼の気持ちはずっと、ずっと、彼女に向かっています。おそらく、彼も気付いていないんでしょうけど」

 

納得できなかった私はさらに踏み込んで聞いた。

 

「私は臆病です。ずっと、おそらく、彼女よりも近くにいました。でも、それでも、届かないんですよ。気付くのが遅すぎたんですよ。それに、状況が状況です。今、彼にこの想いを伝えることはマイナスにしかなりません。私のこの気持ちは邪魔でしかないんです」

 

どこか寂しげにつぶやく彼女に私は何も言えなかった

 

「これは絶対に語ってはいけない気持ち。告げてはならない想い。これは誰にも知られることなく、私の胸の中で静かに痛みが消えてなくなるまで待ち続けるしかない気持ちなんですよ」

 

今にも泣きだしてしまいそうな少女は、必死に笑顔を作り上げると見ているこっちが辛くなるような表情で言いました。

 

「スミアさん。どんなに伝えたくても、伝えることが出来ない恋もあるんですよ」

 

彼女の気持ちが誰に向いているのか、誰に対する気持ちなのかはわからなかった。それでも、彼女の気持ちが報われることがもうないことを悟った。

 

だから、決意した。

 

後悔する前に、この気持ちを彼に伝えようって……

 

 

 

 

 

 

 

気付いてしまった

 

おそらく、彼女が必死に隠そうとしていた事柄なんだと思う

 

幾度となく彼を訪れ

 

彼の世話を焼き

 

そして私の親友の想いを汲みながら彼だけに気付かせようと努力していた

 

そのことが今になってようやく理解できた

 

でも、それでも私は気付いてしまった

 

そして、おそらく彼女は私の気持ちに気付いていた

 

だから、あんなことを言ってくれたんだと思う

 

だから、必死に私を止めようとしているんだと思う

 

今は仮初めの平和を享受しているに過ぎない

 

この平和はいつ壊れてもおかしくないくらいに危うい均衡を保っている

 

そんな時だからこそ、彼の抱える問題を減らすために頑張っていたんだと思う

 

彼女も、そして、彼と二人の王も

 

けれど、それらの想いは私の自分勝手な気持ちのせいですべて無為になろうとしている

 

彼女が私を止める理由は、これ以上彼に負担をかけないようにするため

 

いつ始まるとも知れないペレジアとの戦争に最高の状態で挑むために彼女たちは日々動いている

 

でも、やっぱり、私にはそんなことできなかった

 

おそらく、彼が気付いてしまったら私にチャンスは無い

 

彼の心にあるのが何か私は知っているから

 

それはすでに彼女に教えてもらっているから

 

二人の間に何があったか知っていたから

 

だから、私はこれがよくないことだと知りながらも

 

自分の気持ちを彼に伝えるために

 

彼に振り向いてほしくて

 

彼とずっと一緒にいたいから

 

皆の努力を踏みにじると知ったうえで

 

私はこの恋を彼に伝えた

 

「クロム様……」

 

「私はあなたのことが好きです」

 

 

そして、自分のことしか考えなかったから

 

「!? 誰ですか!!」

「え……、ティアモ」

 

落ちこぼれの私をいつも気にかけてくれた

 

「スミア――――すみません。また、後日来ます」

 

こんな私や私の想いを支えてくれた

 

「っ! スミアさん。ここは任せます」

 

大切な親友を傷付けることになった

 

私は彼女の気持ちが誰に向いているかまでは考えていなかった

 

だから、こんなことになってしまったんだと思う

 

「……スミアさん。一度起きてしまったことはもう消え去りはしません。ここで尻込みすることは許しません。あなたは決意して行動してしまったのだから。だから、しっかりと告げてください。あなたの気持ちを」

 

その様に最後に告げると、彼女はもう振り返ることなく、この部屋を出て走り出していった。

 

残されたのは自分のしてしまったことの重さにつぶされそうになってしまった私と、先ほどから呆然と私を見つめるクロム様だけで、静かで重たい空気がこの部屋を覆い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

それは唐突に起こった。

 

故に、彼らは今抱えている問題を一度置いて、新たに生まれたすぐ前に差し迫った問題に立ち向かう。

 

 

 

 

 

僕は集まった人の中に見たことのない女性が混じっていたので彼女についての説明を求めた。

 

「さて、今回のことを話す前にヴィオールの隣にいる女性についても詳しく聞きたいけど、とりあえずは名前と用件だけ伝えてくれるかな?」

 

今この場に集まらなかったのは少数で、リズとその監視についているガイア、そしてカナの面倒を見ているフラムである。クロムも来ていて、今までの腑抜けた様子が嘘のように気を引き締めていた。

 

何があったかは知らないが、いい傾向だ。空元気であれ、きちんと問題に向き合えているのは助かる。

 

「私はセルジュ。彼――ヴィオール様に仕える騎士です。伝えるべきことがあったのですが、今はそちらの方が優先です。それに対する対策を立てた後に説明します」

「わかった」

 

僕はその女性――セルジュから必要最小限の情報だけ手に入れると、目の前の机に広げられている地図の上を見つめる。その地図の上には一つの駒が置いてあった。駒の置いてある場所は何もないただの森林。しいて言えば、おいしい木の実が落ちているくらいの場所である。

 

しかし、今回そこにおかしなものがあった。僕は駒を指さし、皆の顔を見ながら報告を始めた。

 

「つい先ほど、偵察の者たちからこの何もないはずの森の中に今まで見たことのない遺跡が現れたのを確認したそうだ。内部の状況は良くわからなかったらしいが、屍兵が闊歩しているのが確認されている」

 

フェリアの偵察隊から告げられたのは、屍兵の存在とそれらが歩き回る謎の遺跡。

 

「今のところその中から屍兵が出てくることはないそうだが、出てきた場合の被害を考えると今のうちにつぶしておくべきだ。それに、僕たちは屍兵についての情報が一切ない。少しでも情報を手に入れるために遺跡の爆破ではなく、今回は内部で戦闘をしながら情報を集める」

 

内部に何があるか、そもそもどんな遺跡なのかさえもわからないというのに、突入して調べる。正直、今のこの不安定な状況では取りたくない策だが、そうしないわけにもいかない。ペレジアとの全面戦争の最中に後方で何かあった場合に困るのはこちらなのだから。

 

「みんなも知ってると思うけど、現在、ペレジアとは休戦中だ。向こうから持ちかけてきたこの休戦協定もいつ破棄されるかわからない。僕らが遺跡にいる間にペレジアが攻めてくる可能性も十分にある」

「なら、なんでその遺跡を今調べる必要があるんだ? 別に無理しなくてもフェリアの兵で抑えてもらえば問題ないだろう」

 

クロムの疑問はもっともだ。わざわざ僕らが出向かなくてもフェリアの兵にそこを見てもらっておけば問題ない。だが、そうもいかない。今回だけは、そうも言ってられない。

 

「その理由を今から話そうとしてたんだけど、クロムが遮ったから言えなかったんだよ」

「む、そうか、すまない」

「まあ、いいよ。先も言ったけど、ペレジアも怖いから少数精鋭で攻める。フェリアの兵力は温存する方向で行く」

「そうかい。で、誰が行くんだ? わかってると思うが、クロムや、リズは動かせないし、もちろん俺たちもフェリアの王としての任務があるから動けん。それに、軍師が二人ともそっちに行かれても困る」

「その通りです。だから、僕が一人で――――」

 

殲滅してきますと、遺跡の調査のことについて告げようとした。だが、その言葉は言い終える前に、横に静かに控えていた彼女にさえぎられる。未来を知るという少女。絶望の未来からこちらに来た、孤独な少女はどこかすがるように言葉を紡ぐ。

 

「ビャクヤさんと、私で行きます」

 

態度は毅然としたもので、声も凛とした上に立つものとしてふるまっていた名残があるものだった。だが、ここにいるだれもが、その言葉に込められた彼女の不安を感じていた。彼女は僕一が人で遺跡に行くことを恐れていることを感じているように思えた。

 

「……それは、未来を知るものとしての忠告かな? そこいらの屍兵程度にやられるほど僕は弱くはないよ。それはここにいるだれよりも君が知っているはずだけど?」

「……っ! それでも、だめ、です。一人では行かせません」

 

僕の言葉にここにいるマルスを含む皆が驚き、動揺を隠せないでいた。マルス――ルキナはおそらくそのような切り返しが来ることを想定していなかった、いや、そこまで考えていなかったんだろう。そして、それ以外のみんなは彼女が未来を知っているということに驚きを隠せなかったんだと思う。それ故に、皆動揺した。

 

だけど――どちらにしても、彼女の情報は意味をなさない。それは彼女も知っている

 

「そもそも、君の持つ未来の情報は今の状況ではもうほとんど役に立たない。そう、過去は変えられてしまった。()ナーガ様(・・・・)の望んだように」

 

すでに、彼女の知らない人物の介入により過去(未来)は変えられている。そう、輸送隊のフラム、ペレジアの元暗殺者カナ、そして、かつての仲間の死を告げに来たペレジアの竜騎士ウィンダ。それとともに本来僕らが解決するはずだった事件を解決していたというかつての仲間レナート。そのどれもが、彼女の記憶になく、未来ではめぐり合うことのなかった人たち。そして、何よりも大きいのがこのペレジアとの停戦。

 

おそらく、カナとフラムがいたことによって手にすることができた彼女の未来になかった空白の期間。ギャンレルを瀕死に追いこんだことによって生まれたこの表面上の平和。この時点で彼女の知る未来はもう来ない可能性が大きい。それ故に出てきた言葉だった。

 

「だからこそです!! 未来が見えないからこそ、あなたを一人にするわけにはいきません! ここで、あなたを失うということがあってはならないんです!」

 

それでも、彼女は叫ぶ。僕の言葉を否定するわけではなく、僕を一人で行かせたくない、いや、一人になりたくないがゆえに彼女は僕を引き留める。僕のことを知っているなら無意味だと分かるはずだ。そもそも心配ないことも分かるはずだ。

 

なのに、彼女は僕を止める。彼女の中にある何がそうさせているのか、そのように訴えているのかはわからない。

 

そして――――

 

「もう、一人は嫌です……お願いです。私を置いていかないでください」

 

僕には彼女がどうしてそんな顔で嘆願してくるのかがわからなかった。

 

戻ると、必ず戻ると彼女に告げても、彼女は静かに首を横に振るだけで、頷いてはくれない。繋ぎ止めれるようにつかまれたその手を放してはくれない。

 

そんな僕と彼女の姿を見ていい加減痺れを切らしたのか、フラヴィア様が声を荒げて入ってきた。

 

「ああ、もう! じれったい!! あんたが一人で行くのが理想でも、その子が一人いなくなった程度でここの守りは揺るがない! それに人数が増えたほうが殲滅のスピードも探索も楽になるだろ! 違うかい!」

「いや、そうですけど、今言っているのはそういうことではなくてですね」

 

そんな風にフラヴィア様に説明しようとしたが、それはフラヴィア様の横にいるバジーリオ様の無言の圧力の前に封殺された。と、いうより、ここに集まっている皆が僕とルキナを向いている。そしてその誰もが僕に対してバジーリオ様と同じようにこちらを見ていた。

 

いや、クロムは何か思うところがあったのか、途中から一人だけ首をかしげているけど。

 

「ほら、クロム! あんたもぼさっとしてないで、さっさとこのわかっていない軍師に命令しな! マルスと二人で遺跡の調査をしてこいってな!」

 

思考の海に沈みかけたクロムはフラヴィア様の声によって現実へと戻され、訳が分からないまま周りの空気に合わせて、僕に命令をした。

 

「お、おう。と、いうわけだ。ビャクヤとマルス二人で遺跡の調査に行ってきてくれ。これは命令だ」

 

マルスと共にその遺跡の調査をするようにと……

 

「……わかった。とりあえず、準備が出来たら出発する」

 

そして、その命令にどこか不安を感じるのは、心のどこかで何かが引っ掛かり心配になる理由が、僕にはわからなかった。そんな僕を見て安堵するように、けれども何とも言えないどこか複雑な表情を彼女たち(・・・・)は浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「ビャクヤ君、重要な話がある。少しだけ時間をもらえるかな?」

 

その後、僕とルキナが準備を終え、いざ遺跡に向かうとなった時に、ヴィオールがセルジュを伴って僕らのところに来た。彼にしては珍しく前置きをせずに、単刀直入に話を切り出してきた。

 

「用件は?」

「セルジュ君からの情報だが、隣の大陸で勢力を広げていたヴァルム帝国の進行がなぜか止まったらしい。理由は不明。王が重傷を負ったとか、内乱が起きたとか、ギムレーが復活したとか、噂が飛び交っていて真実はわからない。だが、全てのうわさに共通して言えることが、どことなくペレジアの影があることだ」

 

ヴァルムといえばルキナの話の中に出てきた国の名前だ。未来では、その国が隣の大陸を支配し、その力を持ってこちらに攻め込んできたらしい。だが、この時期にその進行が止まるのはおかしい。そして、ペレジアがその国に介入しているというのも、驚きだった。

 

「ペレジアの? 何故、隣の大陸に? ギャンレルは動けないはずだろ?」

「わからない。だが、火のないところに煙は立たないという。気を付けた方がいいのは確かだ」

「そうだね。気を付けておこう」

 

彼の言う通りではある。意識しておく必要はあるのだろう。そして、彼が口を閉ざしたので話はこれで終わりなのかと思い、出発しようとしたところで再び彼が顔をあげ、僕を呼び止める。

 

「いや、すまないビャクヤ君。もう一つだけ、用件がある」

「ん? もう一つ? なにかな?」

「ああ、それは――――」

 

そう言って呼び止めたのにもかかわらず、彼はその先を言うのを渋る。そして、またしばらく唸っていたが、意を決したのかようやく口を開いた。

 

「すまないが、その件が終わったらリズ君の様子を見てあげてもらえないだろうか」

「リズの様子を? そういえば、会議に来てなかったけど体調がすぐれないのか?」

「……このことについては、ビャクヤ君、君自身が答えを見つけるべきことだ。君の身に覚えがあるかどうかわからないし、君が原因かもわからない。だが、君は今の彼女に多大な影響を与えうる存在だということを意識しておいてほしい」

 

…………

 

「わかった」

「話は以上だ。無事を祈ってるよ」

 

僕はヴィオールに背を向けながら告げる。

 

「それなら、心配は無用だよ」

「ビャクヤさん……」

 

彼と、彼の心配する彼女を安心させるために。

こちらを不安げに見つめる彼女を安心させるために告げる。

 

そのために、使いたくはない彼の力を借りる。彼の偉業を借りる。僕でない、彼の力を。

 

でも、

 

けれど、

 

「向こうの僕はイーリスの城を覆う屍兵の群れを突破して彼女をこの地まで連れてくることが出来たらしいからね。彼にできて僕にできないはずはないさ」

 

彼にできたのなら、僕にできないわけがない。

 

彼は僕で、僕は彼なのだから。

 

そうだろ、ビャクヤ(シエル)

 

 

 

 

だけど、それでも、彼女の顔から憂いが消えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

彼は彼じゃない

 

 

けど、彼はやっぱり彼だった

 

 

あの日、私に声をかけてくれた彼だった

 

あの日、私と一緒にいてくれた彼だった

 

多くを失って壊れそうだった私を救ってくれた彼だった

 

誓いと共にこの剣――ビャクヤ・カティを授けてくれた彼だった

 

最後にすべての希望を託して消えていった彼だった

 

 

でも、彼は私が――――私がずっと、ずっと一緒にいてほしいと思った彼じゃない

 

 

彼はこの世界の彼だ

 

あの人が愛して、多くの人から慕われている彼だ

 

けれど、それは、彼も同じだ

 

何が、何が違うというのだろう

 

世界が違う? ―― 彼はもともとこの世界の人じゃない

 

時間が違う? ―― ここは過去だから彼と彼は一緒だ

 

 

じゃあ、何が違うんだろう? 

 

 

……本当は、問いかけなくてもわかってる

 

積み上げた時間が、出会った人が、起こった出来事が、そして、彼の持つ思い出が違う

 

 

彼はこんなにも近くにいるのに、こんなにも遠い

 

 

 

 

―― 向こうの僕 ――

 

彼が彼を知ってから言うようになったその言葉

 

 

 

あなたは知らない

 

その言葉が私の想いを終わらせるものだと

 

私の想いを断ち切るものだと

 

あなたが、彼とは違うと示すものだと

 

 

どうすればいいの?

 

彼は彼じゃない

 

彼を想うことは、彼を想うこと

 

自分の中の彼を想ってるだけで、彼を想ってるわけじゃないことになるのかな?

 

そもそも、今、私の中にあるこの気持ちは、彼に向いてるのだろうか?

 

それとも、彼に向けられたものなのだろうか?

 

 

 

わからない

 

わからない

 

 

私には、この答えが見つけられない

 

苦しくて、

 

辛くて、

 

私はこの()()ビャ()()()()ティ()を握った

 

 

 

でも、

 

一つだけ、

 

一つだけ、確かなことがある

 

たとえ、彼が彼じゃなくても

 

彼が彼であっても

 

関係ない

 

 

彼の隣はあたたかい

 

彼の傍は安心する

 

そして――――

 

 

「ん? ルキナ、どうかした?」

 

私は、

 

「お願いです、もう二度と私の前からいなくならないでください」

 

私は、彼に死んでほしくない

 

 

「ああ、わかった。約束するよ」

 

 

そして、誓いが欲しくて、

 

あの時みたいに、誓いが欲しくて、

 

 

 

気が付いたら、私と彼の距離はゼロになってた

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

僕は

 

僕らは彼女に出会う。

 

あの遺跡で

 

彼女は彼女(大切な人)の刀を携えて、僕らの前に現れた。

 

 

 

「え、父さん? どうして……っ!」

 

 

 

こうして、過去(せかい)未来(セカイ)現在(世界)は交わる

 

 

 

 

 

 

「そう、これで私はやっと目的を果たせる。過去、未来、現在、そして、異界これらすべてが私には必要だから」

 

独り、寂しげに彼女はつぶやいた。

 

その瞳に、彼を写して……

 

 

 




本来、あともう二組書く予定だったのに、書けていなかったりする。完全に作者の力量不足ですが……

とりあえず、もう二組については次回以降に回します。

はー、うまく書けないよ……こういう時は、勉強をするといいんですけどね
現実逃避でこちらに逃げてくるから。
良くないですね。まったく解決になってない。

さて、最近書いてて思うのが、ルキナが少し病んでるような……
…………
気のせいだね、きっと
向こうで疲れてるんだよ、精神的に。だから、仕方ない。うん、仕方がないんだ。

さて、それではまた次回会いましょう。もうしばらく間章が続きます。そして、ここからラストまではほとんどオリジナルです。

このフラグはきっと回収できる!! そう新たなフラグを立てる作者でした。
大丈夫だ、(今度こそ)問題ない


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第二十九話 間章 時の迷い子

ネクロス怖い、ネクロス怖い……

除外、EX殺し……やめて、もうスクラップのライフはゼロよ!

まあ、ダークロウさんがいないからいいやー

以上、先週のショップ大会でネクロスをぼこり、それ以上にやられた作者の愚痴でした

それでは本編どうぞ


「ここだね。突如現れたっていう謎の遺跡は……」

「そうみたいですね。屍兵が内部にいるそうなので気を付けて進みましょうか」

「ああ、そうだね」

 

フェリアの城を出てから北西の方角へ進んだところに、フェリア兵の言っていた遺跡はあった。ただ、予想していたものよりも大きく、また、どちらかといえば遺跡群といった方がよさげな広さがあるように見える。

 

「野営の準備をしておいてよかった。日も傾いてきているし、今日は野営に適した場所を探しながら内部を散策しようか」

「ええ」

 

本来ならこのまま遺跡に入らないといけない。日が暮れる前にとりあえず野営に適している場所を探さないといけないため、あまり悠長にしている時間が無いからだ。だが、さすがに、目の前で何か考えるように足を止め遺跡を見つめる彼女を放っておくわけにはいかない。

 

「……ルキナ、少しいいかな?」

「なんですか」

「この遺跡に見覚えがあるのかい?」

「…………わかりません」

 

僕の問いかけに対し、少しの逡巡の後、彼女は結局首を振りながら答えた。

 

「すみません、時間はあまりないですよね。行きましょうか」

「ああ、とりあえずは、手前の方から少しずつ見ていこう」

 

何かを振り切るように彼女は告げると、遺跡へと歩き出した。そんな彼女を見て僕は小さく呟いた。

 

「わからない……か」

「ビャクヤさん、どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ」

 

ここで、結局、彼女が何を感じたのかはわかることはなかった。だけど、彼女が知らないということはこの遺跡は未来のものではないということ。ならば、僕はこの遺跡をこの世界でない、すなわち、元の世界で見たということになる。

 

「ここに、きっと、何かがある。ただ、そう思っただけだよ」

 

どこで見たかは知らない。いつ訪れたかもわからない。でも、きっと、ここに僕はいた。だから、ここには僕の失われた記憶を取り戻すカギとなるものがある。そんな感じがする。

 

不思議そうに僕を見る彼女に苦笑しながら、あの時のように(・・・・・・・)二人並んで遺跡へと踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

ため息とともに彼はつぶやいた。

 

「……間が悪いな」

 

会議が終わり、ビャクヤとルキナが遺跡へと向かった後、相変わらずいつもと同じようにクロムは暇を持て余していた。普段と違うところを挙げるならば、自室ではなくどこか疲れた様子で城内を歩き回っているところかもしれない。

 

「どうして、こうもあいつに会おうとするとことごとく失敗するんだ……」

 

いや、本当は暇ではない。彼にはすべきことがあるのだから、こんなところで止まっているわけにはいかなかった。自分の中にある何かの答えを見つけるために彼は彼女を探していた。そして、何度も見つけていた。

 

だが、その度に彼は彼女と話せずじまいだった。理由は先の彼の独り言にあるように、間が悪かったと言うしかないだろう。会議の後、彼は彼女を引き留めようとしたが、バジーリオとフラヴィアに捕まり、訓練をさせられた。

 

その後にすれ違ったルフレから彼女の居場所を聞きだし、その場所に向かおうとしたところで今度はヴィオールに捕まり従者の女性――セルジュの紹介と現在隣の大陸にて起こっていることについて聞かされた。この軍のトップである彼がこのような重要な情報を知らないというのもまずいだろうから、ヴィオールは珍しく前置きもなくクロムにその要件を告げたが、そのせいで最初にルフレに聞いた場所には彼女はいなかった。すれ違いになったらしい。

 

ならと、その人物に彼女の行先を聞き、彼女を追いかけたが、こんどは彼女に話しかけようとしたところでヴェイクが現れ用件を告げていき、そのせいでまた見失う……といった具合に、彼は彼女と話すことが出来ずにいた。

 

「……だれかが、俺とティアモと会話をさせないようにしているのか? だが、そんなことをして何のメリットがあるんだ?」

 

当然、普段人を疑うということをしない彼がそのようなことを考えたところで答えにたどり着けるわけがないのだが、その推測は間違っていなかったりする。

 

「ここにも、いないのか……いったいどこに行ったんだ?」

 

すでに、城の中はほぼすべて回っており、また彼女の部屋も訪れていた。だが、肝心の彼女の姿を今は見つけることすらできていなかった。彼は疲れたようにため息をつくと、苦笑する。

 

「ため息をついた分だけ幸せが遠ざかる、か」

 

最近悩みが多いせいかため息をつく回数も増えてきたことに気付く。これでは自分はどんどん幸せから遠のいていっていることになるのかと、ぼんやりと考えながら自室へと向かった。

 

晩御飯には会えるだろうか……その視線の先に彼女を探しながら、彼は自室までの道をゆっくりと歩いた。自分の気持ちに向き合い、答えを探すきっかけをくれた彼女とのことを思い出しながら。

 

 

 

あの時、スミアが彼に告白した後のこと――

 

その場を支配した空気を破ったのは意外なことにクロムだった。彼女の突然の告白を受けて呆然としていた彼はふと急に思い出した記憶のことが気になり、気が付けば呟くように声に出していた。

 

「……スミア?」

 

その声はとても小さく、それこそ普段なら周りの喧騒にかき消されてしまうくらいのものだった。しかし、今、この時だけはそうならなかった。その声は彼と同じように呆然としたまま部屋に取り残された彼女に届いた。

 

そう、届いたのである。彼の言葉が……

 

そして、彼女はその言葉にびくりと反応を示した。彼女がおそるおそる振り返るとそこには先ほど告白したときと変わらぬ様子で、呆然とこちらを見る彼の姿があった。彼は彼女と目が合うとどこか視線の定まらないまま囁くように言葉を紡いでいく。

 

「スミア……お前なのか? 俺にこの道を示してくれたのは……」

 

紡がれた言葉はあまりに抽象的で要領を得ないものであった。彼が何を聞いているのかがわかるのは当事者である彼と彼女と……

 

「道……もしかして!」

 

それを知ることになった彼女だけである。だが、彼はそんな彼女の都合など知らない。彼女が反応を示したということの方が彼にとって重要だった。なぜなら、忘れていた大切な約束をした、彼にとって――――人なのだから。

 

「……知っているのか? なら、スミア、お前があの時の……」

 

今となっては思い出すことすらできない少女の顔。だが、何故か覚えていた彼女の見せた最後の笑顔。頭の片隅でずっとくすぶって消えることのないその顔が、自分の中にある何かと重なる。心から消え去ってくれない、この悩みの中にあるその笑顔とそれが何故か重なる。

 

「あの時、姉さんを助けようとして無茶ばかりしていた俺に、力のないことを嘆いてばかりだった俺に、守られてばかりだった俺に――――」

 

彼の心を占めているものは歓喜。思い出せたことへの、再び会えたことへの、そして、こんなにも近くにいてくれたことへの喜びだった。あの時から、ずっと彼女は自分の傍で約束を果たしていたことが彼にとってとても嬉しかった。

 

それ故に

 

その言葉が彼には理解できなかった

 

「違います」

 

彼女の否定が……彼にはわからなかった

 

「それは、私じゃ、ない、んです」

 

顔を俯け、胸の前で苦しげに手を重ねる彼女に彼は次第に覚めていく。そして、絞り出すように吐き出されたその言葉の先を

 

「私じゃ、ないんですよ。あなたを導いたのは……かつての約束に縛られて何もできなくなっちゃったのは……何より、その時からずっと、ずっとあなたのことを想い続けているのは」

 

「スミア?」

 

「思い出してください、彼女のことを。忘れないでください、彼女とした約束を。そして、気付いてください、あなた自身の気持ちと、彼女の気持ちに」

 

そう言いながら彼女はゆっくりと顔をあげた。泣かないように、彼を安心させるために必死に笑顔を作り、語りかける彼女を見て――――

 

――――なら、私を守ってよ!! 私に守られるのが嫌なら、そうすればいいじゃない!

できないなら、言わないで!! 

 

ゆっくりと、何かを紐解くような彼女の言葉を聞いて、

 

――――強くなってよ……守られなくてもいいくらいに、誰かを守ることが出来るくらいに、強く、何よりも強くなって……

 

そのはかなげな笑顔を見て……

 

「……騎士……守るための剣……」

 

あの時の笑顔と、記憶の彼女の笑顔が重なり

 

「そうか……だから、お前は俺の騎士でいてくれるんだな。自警団としてではなく、俺の騎士としてあるために」

 

ここに、全てがつながった。

 

「……ティアモ」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

「妙だね……」

「ビャクヤさんもそう思われますか?」

「ああ、屍兵の行動がおかしい」

 

先ほどから遺跡の中で遭遇する屍兵の錬度は、フェリア周辺やイーリスによく出てきている奴らに比べて高かった。まあ、苦戦するほど強いわけではないけど。そして、問題なのはそこではなく、何かを探しているのか僕らを見つけても全員では襲ってこず、必ず1、2体はどこか別の場所に去っていくことであった。

 

「私の世界でもあのように行動する屍兵を見たことがありません。普通なら私たちを見つけるとそこにいる屍兵はすべて襲ってきていたので」

「向こうの僕からこういうことも聞いたことはない、っていうことでいいかな?」

「はい」

「そうか……とりあえずは探索を続けよう。何か分かるかもしれないから」

 

彼女自身はそれ以上何か疑問に思ったことはないようだが、僕は屍兵の行動以外に気になったことが一つあった。そう、それはこの遺跡そのものについてだ。先ほどから小さな遺跡の中をいくつか散策したが、そのどれもがこの一つの場所に集まっていることに何故か違和感を覚えた。

 

遺跡の装飾や内部の状況を見て判断したわけじゃない。むしろ僕に気付けるのなら彼女も同じように違和感を感じているはずである。だけど、彼女は感じていないし、僕もそれらを見て違和感を覚えたわけじゃなかった。

 

「……あれは」

「あの建物がどうかしましたか?」

「……とりあえず、あの中を探そうか。規模もそこそこあるし、今日の野営場所も見つかるかもしれない」

「わかりました」

 

遺跡の内部に入るたびに感じる懐かしさと、それらがここに集まっていることへの違和感。そして、目の前の遺跡から感じる強烈な何か。

 

「ですが、どうしてあの場所から?」

「勘」

「……そうですか」

 

ごめん、ルキナと心の中で謝りながらも、僕は彼女に本当のことを告げないでいた。

この遺跡から向かう理由は彼女に答えたように勘でしかないが、それはただの勘じゃない。僕の失った何かがあの場所の重要性を訴えていた。あの場所に何かあると、あの場所は大切な場所だと、そう教えていた。

 

そして、遺跡に入った時にその予感は確かなものへと変わった。

 

「…………」

「ビャクヤさん? どうしたんですか、急に立ち止まって」

「力……」

 

僕はそう呟くと、はじかれたようにその場を後にして内部のある場所を目指して走り出した。何かに導かれるように、ただ知らないはずのその場所だけを心に描いて走り出していた。

 

――――ここには、人竜戦役時代の闇魔道使いが住んでいたようですね

 

そうだ、ここには古い時代、そう、僕らの時代よりも千年ほど昔にとある闇魔道使いが暮らしていた場所だ。あいつはここには興味深い古文書が多々あると言っていた。闇魔道の研究のすえにここにいたものがどうなったかは知らない。だが、あいつはここでそれを欲した。

 

――――何故、力が欲しくなるか、ですか……そんなこと私に聞かなくてもあなたならわかるはずですよ? たとえ、何かと引き換えにしてでも力が欲しいと思ったこと……それは誰にでもあると思います。もちろん、私にも……

 

あいつは僕に一つの道を示した。その生きざまを見せることで……

 

――――もちろん、あなたにも。そうですよね。我らを殺すべく力を欲する剣士よ

 

そう、最初の出会いはあの遺跡の入り口で、そして別れはこの最奥部にある玉座の間で。彼は自分に突き立てられた剣を見て静かにこぼした。

 

――――こんな時に……思うのですよ。もっと、力があれば、と

 

僕がたどり着いた玉座の間の近くには赤黒い跡がいまだに残っていた。そう、ここであいつは倒れ、僕はそれを看取った。最後にどうしても知りたいことがあったから。

 

――――ふ、そのようなことを知りたいのですか? ですが、それを語る時間はもう、残されていません。なので、先達者から一言だけ、アドバイスをしましょう

 

そう、どこか空虚な目で僕を見るそいつは口にした。

 

――――強大な力を求めるのなら、何かを犠牲にすることになります。これは闇魔法に限った話ではないのですよ……覚えておきなさい、我らにはむかう白き牙よ

 

後ろからルキナが僕の後を必死に追ってきているのか、慌てて走る音が聞こえる。そう時間もかからずにここまでたどり着くだろう。

 

「……テオドル。お前の言ったことを僕はどうとらえたのだろうか。僕はここで何を思ったのだろうか」

 

誰もいない玉座に向かって僕は問いかけた。もちろん答えはなく、すべては闇の中にのめれて静かに消えていった。だが、彼がここにいれば間違いなく、またその引き込まれそうな暗い瞳で僕に告げたのだろう。

 

「お前はそれすらもきっと見透かしていたんだろうな」

 

全てを見透かしたうえで、きっと問いかけるように僕にその答えを示していたのだと思う。

 

「ビャクヤさん!!」

 

慌てた様子で彼女はこの部屋にたどり着くと、走っていた勢いのまま僕に抱きついてきた。

 

「ちょ、ル、ルキナ!? いきなり、どうし――――」

「どうしたの? はこちらのセリフです! いきなり私を置いて走り出したので何事かと思ったんですよ! それにここぞとばかりに直線では魔法を使って加速するせいで全く追いつけませんでしたし。そもそも、私がいるのに――――」

 

彼女は僕に抱きついたまま、僕を責める。顔を伏せたまま、彼女の手に握られていた剣はいつしか地面に落ち、弱弱しい拳が僕の体を撃った。

 

「ルキナ……ごめん」

「どうして、ですか……どうして、あなたはいつも私を置いていくのですか。どうして、隣には立たせてくれないのですか……?」

「…………」

 

彼女の言葉からはいつしか激しい濁流から今にも消えてしまいそうな感情の波へと変わっていた。彼女が僕に伝えたいことは、きっと、あの時から変わっていはいない。彼女が向こうの僕とともにいた、その時から、きっと、変わってはいないのだと思う。

 

「お願いです……一人は、嫌です。おいて行かないでよ……シエルさん」

「……ごめん。約束したばかりなのに――」

 

彼女が一人だったことはないと思う。でも、彼女はきっと独りだったんだろう。そんな、彼女の心中を分かっていたはずなのに、何をしているんだろうな。

 

泣き出してしまった彼女を宥めながら、静かに考えていた。

 

でも――――それは、長くは続かない。突如としてこの部屋に響いた声によって、僕らの意識はそちらへと向いたから。

 

「……え、父さん? どうして……っ!」

 

声のした方向には身の丈ほどもある刀を背負った一人の少女が、僕らを見て驚いたような顔をして立っていた。そして、その少女は背負っているその刀は僕にとってはとても懐かしく、思い出を揺さぶるものだった……

 

だから、僕はその少女の言った言葉について問いただすよりもその疑問が先に出た。

 

「……【ソール・カティ】。どうして、その武器がここに?」

 

【マーニ・カティ】と対になる精霊の宿った刀、【ソール・カティ】

 

かつて、リンが――――の時に使用していた刀だった。

 




今回もあまり話が進みませんでした……いえ、もう少し書こうと思ったんですけど、切りがよかったのでここら辺で切りました。

出す、出す、と言っていた彼女がようやく出てきました。ほんとうに、ようやくですけどね。そして、知っている人は知っていると思われる懐かしいキャラも出しました。

このキャラは結構好きですね……敵だけど。味方にして支援会話を聞きたいとすごく思う人物でした。

なお、原作においてこの章に出てくる遺跡は元からあるものですが、今回は諸事情ありご都合主義的な何かによって存在を書き換えました。理屈云々についてはまた、あとで……

……うまいこと書けないな。書きたいことはあるのですが、うまく織り交ぜられず、悩んでいる作者です。しかし、このルートの終了のめども立ってきたので、頑張らないと。目指せ、年内完結!! 

去年も似たようなこと言った気がする。

さて、次回の投稿がいつになるかはわかりませんがここらで終わります。次回で会いましょう

12/3 11:41 やらかしたー! 伏せるはずのとこの文字を書いたままにしてた。見てしまった読者の方は出来れば忘れてくれるとうれしいです。は、はは、ははは……
まあ、見られても問題ないっちゃないけど……次からは気を付けます 


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第三十話 間章 軍師の娘

さあ、年末が近づいてまいりました。

このルートの終わりまで残すところ10話前後の予定。

年末まで残り14日。一日一話投稿すれば終わります……厳しそう

とりあえず、目標が達成できるよう努力します。それでは本編をどうぞ


 

目の前の少女――ソール・カティを背負った少女は先ほど僕のことを父さんと言ったまま黙して語らない。僕もまたあまりに予想外の事態に驚いてしまい、うまく目の前の事柄を飲み込めていなかった。そして、ルキナも僕と同じように呆然と目の前の少女を見つめていた。

 

「……君は、いったい――――」

 

僕の口から洩れたその疑問は、強烈な殺気と共に現れた複数の屍兵と、

 

「ミツケタ……、トキノコ……」

 

それらの中心にいる屍兵の長らしき固体から放たれた言葉により掻き消された。そして、平時であれば聞き逃すことのない重要な言葉を、僕は何気なく聞き流していたことに気付くことはなかった。

 

「ルキナ」

「はい、前衛はお任せください」

「ああ、頼む」

 

ルキナと簡単に言葉を交わすと僕は魔法の準備に、彼女は屍兵の注意を引くべく部屋の中に入ってきた屍兵へと向かう。そして、いつの間にか隣に立ち、背中に背負ったソール・カティを抜き放ちかまえている少女に問いかける。

 

「……君、名前は?」

「……マーク」

「いけるか?」

「うん……まかせて――――父さん」

 

静かに、それでいて確かな芯をもった声が彼女から届いた。彼女が何故僕のことを父さんと言うかはわからない。彼女が何者で、どうしてここにいたのかもわからない。でも、その刀を持ち、抜き放つことが出来たというのなら、それは精霊に認められたということ。あの時のリンのように精霊に認められたというのなら、彼女は大丈夫だろう。

 

君もそう思うだろう?

 

窓から入った柔らかな風が僕をやさしく撫でた。

 

「行くよ、マーク、ルキナ。目の前の敵を殲滅する!」

 

中央、僕の目の前に迫ってきていた屍兵の攻撃をよけながらそう告げると、その屍兵は振り向きざまにソール・カティを振るったマークにより切り伏せられた。そして、手のひらに魔力を収束させると手をつきだし構える。そして、驚いている僕を横目に彼女は淡々と言葉を紡ぐ。

 

「私も、手伝います……あの人には下がってもらってください」

「ああ、わかった――頼んだよ」

 

彼女はソール・カティを器用にくるりと回すと背中の鞘にしまう。そして、僕にとっては懐かしい、久々に他者の口から聞くことになった光魔法を彼女は唱えた。

 

「はい。行って、〈ライトニング〉」

 

その光はルキナの周囲にいた屍兵数体を吹き飛ばし、彼女に後退の時間を与えた。その時間を無駄にするつもりはもちろんない。僕も同じように光の矢を放ちながら、彼女に後退するように指示を出した。

 

「手伝う、と言ったということは君も持っているのかな? それとも使えるのかな?」

 

後退してきたルキナを視界に捉えつつ、彼女に問いかける。

 

「来て〈マーニ・フレチェ〉」

 

言葉少なに彼女は僕の問いに行動で返し、僕と同じように矢をつがえた。

 

「「セット」」

 

利き腕は違うのか……右手に構え、左手で弓を引くさまを見て場違いだと知りつつも僕はそう思った。

 

「行け」

「行って」

 

同じように引き絞り、同じ言葉を紡ぐ。

 

「「〈アルジローレ〉」」

 

ああ、この少女は僕の娘なんだな……彼女を見ながら何故か不思議とそう思えてきた。

 

 

……未来では結婚してないはずなんだけど。

 

 

ルキナから得た未来の知識との齟齬に疑問を持ちながら屍兵たちに炸裂した光魔法を眺めた。とりあえず、殲滅を確認したら僕の娘だという少女――マークに問いただしてみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「……これで、ようやく三つ集まった」

 

その人物はそう呟くと転移の準備を始める。あまりのんびりしていると騒ぎを聞きつけたヴァルム兵(馬鹿)どもが来るためである。

 

「見つかったら面倒だし、さっさと帰ろうか」

 

だが、実際のところ、別に見つかったところで問題はない。その程度なら倒すのに指して労力を消費することはないからである。だが、今この人物はあまりペレジアの王であるギャンレルから目を放している時間を長くしたくは無いと思っている。

 

「さて、今、彼は何をしてるかな? そろそろ怪我の具合もよくなってきてるし、リハビリも済んでる。半年たってないけどこちらの準備は今回のこれでもう大丈夫だ。そろそろ、始めてもいいんだけど……」

 

この人物の言うようにペレジアの王であるギャンレルの傷はもう癒えており、リハビリと称した訓練でもだいぶ調子を取り戻しており、あと2,3日すれば本調子に戻ると思われる。だが、彼は全くと言っていいくらいにイーリスのことを放ったらかしにしている。

 

以前の彼ならこんなことはなかっただろう。

 

いや――――

 

「僕と出会った後の彼なら、間違いなく体を休める時間を惜しんでイーリスを滅ぼすことを考えていたはずだ。少なくともそうなるように(・・・・・・・)仕向けてきた」

 

だが、今の彼は時折思い出したように部下に対策を伝えるだけで、イーリスへの事柄にはほとんど当たってない。むしろ、心ここにあらずと言った感じである。この人物と話しているときも表面上は取り繕っているが内心ではほかのことを考えていることが読み取れていた。だが、さすがに何を考えているかまではわからないが。

 

「まったく、以前の君からするとずいぶんとずる賢くなったもんだよ。何かをこそこそと嗅ぎまわっているみたいだけど、それらを記録して残しておくこともなければ、報告書もその場で燃やしているみたいだし。そもそも報告書を出している人物が僕に特定できないというのも、驚きだ」

 

自分のあずかり知らぬところで暗躍するギャンレルの行動にこの人物は不快感を示すことはなく、むしろ楽しそうにつぶやく。もしかしたらギャンレルの行動によって自分の計画が崩れてしまう可能性があるというのに、一度崩れたら取り返しのつかなくなる計画だというのに、この人物はその状況すら楽しんでいた。

 

「……さあ、あがいてみるといい、僕のピエロさん(王様)。あの日、あの時、全てに絶望し、忌むべきはずの僕の力にすら縋ってしまった君が、僕の力に頼らず、独りでどこまでできるか見物だよ」

 

転移の陣が完成し、この人物は転移の魔法を使う。目指す場所は自分に与えられた一室。そして、その人物はこともなげにヴァルム大陸からペレジアの自室への転移を終える。通常ではありえない距離の移動をしたというのに、その人物に疲れは見えず、力の消耗も感じられなかった。そして、最近――休戦をしてから遠巻きに監視されるようになった部屋に堂々と転移し、その監視者をついでのように喰らった(・・・・)

 

「……少ないね。まあ、仕方ないか。彼も言ってたけど、そういう固体はめったにいないらしいから当然か」

「当然だな。そのような雑兵を食らったところで満ち足りるわけがなかろう」

 

誰も答えるはずのない独り言に闇は答えた。そして、何もないはずの空間が歪み、黒い影がゆらりと現れる。見た目はその人物と同じだが、決定的に影とその人物の間にあるのはその身長と体格。明らかに、その人物の方が大きかった。言ってみれば、大人と子供と言っても間違いではない。しかし、突如現れた影を見ながらその人物は茶化すように問いかける。

 

「へー、表に出てくるなんて珍しいね。足りなくなったのかい?」

「その通りだ。それと、そろそろ動くのだろう? その際の手駒が必要だからな。お前の言う通り、いろいろと足りなかったが、一体だけ簡単にではあるが作成させてもらった。使者にでも使うといい」

「そうかい。僕もそろそろ行こうと思ってたからありがたく使わせてもらうよ。それで、いつやる?」

「私の準備もあるし、それの最終調整もある…………明後日くらいが頃合いだろう」

「そうか。なら、そうしようかな。僕もそれに向けて準備を整えるよ」

 

そして、影は出てきた時と同じように闇に溶け込むようにして消えた。その影を見送ったその人物は、口元に暗い笑みを浮かべながら思う。

 

そして、影は自室にて暗い笑みを浮かべながら思う。

 

「「ふ、利用されているとも知らずに……まあ、時が来るまで愉快に踊るといい」」

 

互いに譲れない目的のために両者は利用しあい、そして相手のもつ全てを狙う。

 

「お前の力は僕の/私のものだ」

 

三者三様の思惑が渦巻き、微妙なバランスにより保たれていた均衡を崩す。

 

「……お前らの好きにさせると思うなよ。ここからが、俺の反撃だ」

 

タイムリミットまで、後二日……ビャクヤたちが遺跡にてマークと出会った日のことであった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

屍兵を退けた僕らはマークが出てきた階段の下――地下の書斎へと降り、入り口にとある騎士からもらった光の結界を施すと野営の準備を始めた。その書斎は僕の記憶通りの場所で、入り口はあの一か所しかなく、また、他にどこかに通じている様子もなく安全と言える場所であった。

 

簡単に野営の準備と食事を終えると、先ほど気になったことを目の前の少女に尋ねる。

 

「さて、マーク。君のことを教えてもらえるかな?」

 

そう僕は切りだし、そして、彼女の隣に横たえてある一振りの巨大な刀に目を向ける。

 

「もちろん、その刀――ソール・カティについても教えてくれるとうれしい」

 

その問いかけを受けた少女は顔を俯け、表情を悟られないようにするためか、はたまた、気まずいからなのかはわからないが、こちらから目を逸らす。そんな少女の様子を僕とルキナは静かに見つめ、答えを待つ。

 

そんな沈黙がしばらく続いた後、目の前の少女――マークはゆっくりと顔をあげると僕の方を見つめ、ぽつり、ぽつりと少しずつ語りはじめた。

 

「…………私は、マーク。最初に出会った時に言ったようにあなたの娘です」

「え!?」

 

この言葉に反応を示したのはやはりと言うべきか、未来の知識を持ち、目の前の少女を除き僕のことを一番知っているであろうルキナだった。まあ、それもそのはずだ。彼女は未来において僕の最も身近にいた家族(・・)だからだ。ある意味この少女と同じように僕の娘と言えるかもしれない。彼女の未来の知識を信じればだが。

 

「それは、あり得ません! 未来では彼は結婚していませんし、誰かの間に子をもうけていたとも聞いていません! そのような浮いた話が全くないせいで、そっちの人かと疑われるくらいだったんですよ!」

「うん、ルキナ。とりあえず最後のは余計じゃないかな? まあ、それはともかく、僕の知りうる未来の情報、すなわち滅びの未来から来たルキナの話では僕は結婚してないし、誰かの間に子をもうけたわけでもないみたいなんだけど?」

 

どういうことかな? と暗に僕には娘がいないと告げる僕らに対し、その少女は小さく、起動、とつぶやくと戦闘中に使ったマーニ・フレチェを出現させた。

 

「まず一つ。私は……ルキナ、さんの言っている未来とは違う未来から来た。そして、その未来で私は父さん――――シエルさんって言った方がわかりやすいかな? ともかく父さんに、この弓を譲ってもらった。これからの助けになるからって」

「私のいた未来とは違う未来? そんなものがあるの?」

「……二つ目。このマーニ・フレチェは本来一つしか存在しない武器。それが二つも同じ時空、時間軸にあるということ。それの本来の所有者が現在二人しか確認されていないこと。一人ははるか昔にこれを授けられた古の弓聖。そして、もう一人が父さん」

「すなわち、その僕が現在マーニ・フレチェを持っていて、君の持つマーニ・フレチェは僕から譲ってもらったものだから自分はこの時間軸とは別の時間軸から来たと言いたいのか。でも、それじゃあ、僕の娘だという証拠にはなりえないな」

「…………うん。わかってる」

 

僕の言葉にどこか寂しげにそれでいて懐かしそうに少女はつぶやいた。その口ぶりからすると、僕を説得できないことを分かっていたみたいな反応だった。けれど、口ではこのように彼女を否定しているが、心のどこかで彼女は自分の娘だと認める自分がいた。何故かはわからない。でも、本当はこんな問答なんていらないと訳も分からないのに確信していた。

 

「これ以上私にあなたの娘だと証明する手段は残されていない。私が提示できるのは私が父さん――あなたの知り合いで、この弓を譲ってもらい、あなたが生存している未来、ルキナさんとは違う未来から来た人物であるという証明しかできない」

「…………」

「だから、ありきたりな言葉だってわかってるけど、私にはこう言うことしかできない。お願い、信じて」

 

そんなマークの切実な懇願を僕は無下に扱うことは出来そうになかった。そして、隣で心配そうに見つめるルキナに確かめる意味で問いかけた。

 

「ルキナ……君は」

「私は――――」

 

どう思う? そう、彼女の意思がどんなものかわかったうえで、本当に確認の意味を込めての問いに、彼女は僕の予想していた答えを返した。

 

「私個人の意見で言わせてもらえれば、彼女が味方だということは信じられますし、信用できます」

「そうか、なら……」

「ですが、ビャクヤさんの娘だというのは少し信じれません。あなたの言う通り証拠が少ないというのもありますし、理由はほかにもあります。けれど、ここで私が何を言っても意味はないです」

 

半ばあきらめたような表情で彼女は語る。その言葉の所々にとげがあるのは気のせいだと思いたい。

 

「これはビャクヤさんの問題ですから。だから、決めるのは私ではありません。それに、血のつながりのない私を本当の家族のように扱ってくれたのはほかでもないビャクヤさんです。だからこそ、マークを娘として、家族として扱うかどうかはビャクヤさんの意思次第です」

 

ルキナは自分の意見を述べたうえで僕に決定権をゆだねてきた。だから僕は自分の答えを告げる。

 

「さて、マーク。彼女はああ言ってるけど、僕の答えはこんな問答をする前から実はもうすでに決まってる。だから、さっきのあれはいらないって言ったらいらなかったんだよね」

「知っていましたよ」

「うん、知ってたよ。父さん」

 

マークは特に表情を変えずに、ルキナはため息交じりに即答する。そんな二人の少女に僕は肩を落としながら聞いた。

 

「……そんなに僕の思考は読まれやすいのかい? これだと軍師失格なのだけど」

 

そんな風に落ち込む僕を見て二人の少女はくすりと笑みをこぼし、どれだけ一緒にいたと思ってるんですか? と告げる。少なくとも僕の考えがわかるくらいには一緒にいて、それでいて近くにいたことはわかった。そして、彼女たちに隠し事の類をするのがとても難しいこともよく理解できた。

 

「はあ、なんかしまらないけど、僕は君が娘だと信じるよ、マーク。何故かなんて理由はいらないし、どうしてそう思ったのかも説明できない。でも、僕は信じるよ。だから、これからよろしく、マーク」

「はい……ありがとう、父さん。こちらこそ、これからよろしくお願いします」

 

静かに頭を下げるマークに僕は手を差し伸べた。差し伸べられた手に少女は気恥ずかしそうに触れると、小さいけれど確かな笑顔と共にしっかりと握り返してきた。こうして、遺跡で出会った少女マークは僕の娘となった。それが彼女たちのとってよいことだったのか、悪いことだったのかは彼女達しか知らない。

 

 

 

――だが、少なくとも、この少女は幸せを感じていた。小さな、小さな幸せを……

 

そして、彼女は不安と共に、小さな希望を抱いていた。彼が消えてしまう不安と、彼と共にあることのできる希望を……

 

そして、そんな少女たちの内心を知ってか知らずか、彼は最後に特に何も考えず興味本位でこう目の前の少女マークに聞いた――

 

 

 

「ところで、君のお母さんは誰なんだい?」

 

その問いをした瞬間、場が凍ったのを悟った。それとともに、僕自身もこの質問は無いなと思った。これが僕の娘でないならまだしも、さすがに未来の僕が誰と共にあるかなんて聞くのはさすがに野暮だった。

 

「……父さん。それは禁則事項です」

 

そんな中、尋ねられたマークは人差し指を軽く自身の口に当ててそう返した。マークの機転のおかげで場の空気は何とか穏やかなものになったが、微妙にルキナの視線が痛い。

 

「ビャクヤさん……」

 

ルキナがそんな底冷えするような声で僕の名前を呼んでくるはずがない。だから、呼ばれてなんてないはずだ……軽く冷や汗をかきながら不思議そうに僕らを見てくるマークを何とか笑ってごまかす。

 

「はあ、大丈夫ですよね? 信じてますから」

 

そう言いながらも寝るときにはちゃっかり僕とマークの間に入る当たり信頼されているのかされてないのかわからない。普通は離れるよね? その疑問は口にしない方がいいだろうから僕の心の中でつぶやくにとどめておいた。

 

「私にもまだチャンスあるのかな?」

 

そう隣から聞こえてきたが、眠気の方が勝っていた僕は無視した。なにか、考えたらいけない気がしたので……

 

そして、マークの持つソール・カティについて全く聞けてなかったことにルキナも僕も全く気付くことはなく、マークは人知れずあの父親相手にごまかすことが出来たことを助かったと安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

遠い、遠い地の異なる場所で、二人の人物はそれぞれの場所で静かに伏していた。

 

一人はヴァルムの地の玉座にて、一人はソンシンの一室にて彼らは共に倒れていた。しかし、死が近いわけではなかった。確かに、このままいれば間違いなく死んでしまうだろう。だが、すでに司祭が呼び集められているため、じきに彼らの傷は癒され、休養の後に復帰が可能であった。

 

そう、彼らは生きていた。あれを相手に彼らは生き残ることが出来ていた。

 

故に――

 

「これが、師が勝てなかったという邪龍の力の片鱗か……我ではまだ遠く及ばぬな。師よ、あなたとの約束はまだ果たせそうにない……」

 

どこか悔しそうに王はつぶやく。

 

「……ふ、まだ私も未熟だな。これでは妹を守ることなど到底無理だ」

 

どこか諦めたように王はつぶやいた。

 

「だが……!」

「しかし……!」

 

けれど、二人の心は折れていなかった

 

「「だからこそ」」

 

いや、むしろより強く今まで以上に闘志を燃やしていた。そして、新たな決意と共に鋭く言葉を放つ。

 

「打ち砕く!!」

「貫き通す!!」

 

己の武器を握りしめながら確かに彼らは誓う。その瞳にそれぞれの守るべき約束を思い描きながら、互いに同じ敵を見据えて彼らは叫ぶ。

 

「届かぬなら届かせよう!」

「足りぬなら、補おう!」

 

呼応するように同じ時刻に違う土地で紡がれる言葉は確かな力を持って世界に響く。

 

「我は……」

「私は……」

 

「負けてはいない!!」

 

立ち上がり、その先を見つめる彼らは二人同時に踏み出し、怪我を無視して歩き始める

 

 

 

はずであった……

 

「ヴァルハルト様!!」

「兄者!!」

 

そして、慌てて駆け付けたそれぞれの身近なものに止められる。二人の王は杖で、鞘で殴られるとその場に頭を抱えてうずくまり、何とも言えない空気の中駆けつけてきた司祭たちに傷をいやされるのであった。

 

ヴァルムとソンシンの地に少なくとも、久々に平和な日々が訪れそうであった。

 

余談ではあるが、二人の王は駆けつけた身近な者たちに武器を取り上げられ、一室にてその者に監視されながら療養することになる。隙を見て抜け出そうとして取り押さえられるのもいつものことであったとか、なかったとか……

 




原作でも謎の存在であるマークの登場です。そして、この作品でも謎の存在になってもらいます。マークはほんと何者なんでしょうね。考えるのはとても楽しいですけど。

前書きにある通り、終わりまで10話前後になると思っています。プロットも出来たので後は書くだけです。それが一番苦労するんですけど……

なるべく早く更新できるように努力します

それでは次の更新で会いましょう。

レポートから目を背けつつあとがきを記す作者でした


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第三十一話 王と暗殺と囚われた騎士

活動報告にて投稿が厳しいとか言いました。投稿してるけど

テスト前だけど気にしない。勉強してたらいつの間にか出来てたんだから仕方ないよな

うん、僕は悪くない。

それではどうぞ


数か月前、フェリア王城にペレジアから一人の使者が訪れた。それに対し、決死の逃走を遂げたばかりであった彼ら――イーリスとフェリアの者たちはその知らせを聞きいぶかしむとともに、最悪な状況を想定して、その使者を迎えた。

 

しかし、使者からもたらされたその知らせ意外なものであり、彼らはそれが罠ではないかと疑った。むしろ、それ以外に考えられなかった。

 

「……ペレジアの使者よ。ギャンレル殿はすなわち停戦を申し込んできており、その準備も出来ていて、この書状と共に貴殿にこの場の裁定を任せた。これでいいか?」

「はい。その通りです」

 

このような不測の事態において交渉をしていたのはバジーリオとルフレとクロムの三人で、ビャクヤは疲労が原因で寝込んでいたため不在だった。何故、彼ほどの人物が倒れることになったのかという疑問を誰もが抱いたが、その原因を輸送隊の二人は知らず、知っていると思われる青い剣士マルス――未来の聖王代理ルキナは黙して語らなかったため、その原因を知ることはできなかった。

 

そして、この件について考える時間を取る必要があり、彼の回復を待つ意味でも即答するわけにはいかないと判断した彼は使者に部屋を与えて下がらせた。

 

「さて、クロム。むこうさんはこちらとの争いをいったん止めたいと言ってきているが、どうする? 正直、罠の可能性が大きい――いや、むしろ罠じゃない可能性の方が低い。だが――――」

「ああ、わかっている。だが、こちらには時間が必要だ。たとえ、罠であろうと、その間に向こうの戦力が増えてしまおうと、乗らないわけにはいかない。失った物資やけがをした人員は多く、戦力が落ちているからな。そして、何より……ビャクヤがいつ目を覚ますかわからない」

 

バジーリオの言葉にクロムは賛成の意思を示す。そもそも、こちらは天馬騎士団を含め少なくない犠牲をだし、その上聖王エメリナを失った。それに対して向こうは被害と言えば広場や逃走戦の時に出た兵くらいであり、向こうの方が圧倒的に有利である。それ故に、この局面で向こうから停戦を申し込んでくるなどまずありえない。それならば、何故申し込んできたのかと考えれば、こちらが油断したところをつくためと考え、これ自体が罠ではないかと考える。

 

だが――――

 

「少し、待ってください。もしこれが罠だとしても、あまりにもわかりやすすぎます。今まで相手をしてきたギャンレルと言う男はこんな安易な策を持ち出したりはしないはずです。もっと、水面下で動き、こちらの足元から一気に崩していくような感じの策だったはずです。ならば、これは目に見えているものではなく、もっとほかの何かへの布石だと考えるのが妥当です」

 

そう、これは誰もがそう考える。もしこれが罠だとするならば、軍略に詳しくなくとも簡単に思いつくくらい、杜撰なものだ。ルフレの言う通り、ここまでのギャンレルの動きにもまるで合っていない。

 

「そうだが。他に考えられることがないってーのも確かだ。それで、何の足がかりだと思うんだ?」

「……それは、わかりません」

「……そうか。ルフレがわからないなら、ビャクヤに意見をもらいたいが」

「まあ、軍師殿は未だ夢の中だからな。どうしようもない」

 

考えても答えが出ない。そして、答えを出しうる可能性のある人物は現在動くことが出来ない。故に、話し合いは完全に詰まっていた。だが、何もこの問いに答えを出すことが出来る人物は彼だけではない。

 

「ふむ、話は大体カナから聞いた」

 

向こうの事情を知り、今回の休戦の理由を推測できる人物はほかにもいるのだから。

 

「今回の休戦の申し込みの理由は、おそらく、ギャンレルの負傷が原因だろう」

「フラム? どういう事だ?」

「ああ、それについては詳しく聞きたいな――――」

 

突然現れ、ペレジア王ギャンレルの負傷を告げるフラムに驚きを隠せないクロムだったが、バジーリオはそれ以上に警戒を強めて目の前にいる輸送隊のフラムを見据える。

 

「もちろん、お前についてもな」

「……」

 

バジーリオはフラムのことを以前から知っているが、それは輸送隊としてのフラムであり、騎士たちと肩を並べて戦えるほどの強さを持つ人物だとは知らなかった。そして、今まで黙っていた理由についてもわからない。故に、イーリス内部にもぐりこんだ向こうの手のものかもしれないと考えていた。また、バジーリオにとってフラムという男は珍しく読めない(・・・・)人物であることも、この態度をとる原因となっている。

 

だが、それは言い出したらきりがないことでもある。フラムでなくても怪しい人物なんてたくさんいる。そもそも、疑いだしたらきりがない。

 

「バジーリオさんは少し落ち着いてください。それで、フラムさん。いくつか聞きたいことがあるんですがいいですか?」

「ああ、構わないよ」

 

だから、ルフレはバジーリオを止める。今の自分たちに必要なのは疑うことよりも仲間を信じることのはずであるから。

 

だから、信じましょう、フラムさんを、皆を。

 

諭されたわけではないけれど、バジーリオは彼女の視線からそう感じ取った。やれやれと言った感じで首を振りながら肩をすくめるバジーリオを横目にルフレはフラムを見る。

 

「カナは怪我で休んでいるはずでは?」

「……私が目を放したすきにいつの間にか消えていた。おそらく、ペレジアから使者が来たという会話が聞こえたのだろうな。そのまま、ここで会話を盗み聞きしていたらしい。しっかり叱っておいたし、今は、リベラを監視につけているから大丈夫だろう」

 

どこか疲れたようにため息交じりに答えたフラムに、彼女はお疲れ様ですと反射的に答えてしまっていた。先ほど警戒を強めていたバジーリオも何か共感できるものがあったのか同情するような眼で彼を見る。

 

「こほん――ええと、どうしてギャンレルが負傷していると知っているのですか?」

「ああ、それだが、カナがギャンレルを暗殺しようとしたからだ」

「え!?」

「な!?」

「まじか!?」

 

一様に驚く彼らに対しフラムは鷹揚にうなずき話を続けた。

 

「気が付いたらカナが居なくてね。急遽、敵兵から奪ったドラゴンに乗って空から探していたんだ。そしたら、運よく大きなテラスのある一室でギャンレルと黒いフードをかぶった人物に返り討ちにあっているのを見つけてな。そのままドラゴンごと突っ込んでカナを回収したんだ」

「なるほど、その際にギャンレルが大きなけがを負っていたんですね」

「まあ、そんなところだな」

 

フラムの報告に、ルフレは努めて冷静に答えた。だが、それは表面上だけで、あまりに予想外のことが起きていたことが分かったせいか、本来なら聞き流せないような事柄を聞き逃してしまうくらいには、動揺していた。そして、それは彼女だけでなく、バジーリオやクロムもである。彼らはフラムがドラゴンに乗れない(・・・・・・・・・)ことを知っているにもかかわらず、そのことを聞き流してしまっていた。

 

そして、本来なら理由づけとして通用しないはずの嘘をついた彼はそのまま、先の発言を消し去るかのように言葉を続ける。

 

「そういうことだ。カナの持つナイフは傷の治癒を遅らせる特殊な魔法が付与されている。製造者は知らされておらず、どこで手に入れたかもわからん代物だが、それで首と腕をやられていた。腕はともかく、首の傷も深かったから治療には時間がかかるだろう」

 

賭けには勝ったか……内心で安堵するフラムとは裏腹に、ルフレは彼の言葉を聞いて、眉をひそめながらポツリとつぶやいた。

 

「それでも……死んではいないんですね」

「ああ、側にいた奴が治癒していた。腕としては恐ろしい腕だな。まあ、そいつでも現状維持だけで精一杯だったようだが」

「……わかりました。どう思いますか? これが理由になるでしょうか。私個人としてはありえなくはないと思うんですけど」

 

そう、訪ねてくるルフレに彼らはうなずくことで肯定の意思を示した。口には出さないが、ギャンレルの性格を考えれば自分が動けない時に最後の総攻撃を仕掛けてくるとは考えづらい。それゆえの判断だった。

 

「ビャクヤさんの意見が聞きたいですけど、仕方ないですね。とりあえず、この申し入れは受けるということでいいですか?」

「ああ、それでいいだろう。フラム、ギャンレルの傷はどれくらい治癒に時間がかかる?」

「2,3か月だろうな。とりあえず、最初の一か月くらいは安心できる可能性が高い。だが、警戒を怠るべきではないだろう」

「ええ、そうですね。動ける人たちにはすぐ出られるようにしておいてもらいましょう」

「わかった。そっちの方は任せな」

 

バジーリオはルフレの言葉を受けるとフラムにフラヴィアへ言伝を頼み、ついでに使者を呼んでくるように伝えた。

 

それから十数分後、使者と再び面会した彼らは条件を詰めながら話し合いを進め、一時間と経たないうちにすんなりと交渉を終える。

 

こうして不気味なほど簡単にイーリスとペレジアの間に停戦協定がむすばれ、両者の間に仮初めの平和が訪れた。

 

 

 

 

 

「これで、時間が出来た――君はそう思っているだろうけど、それは僕にとっても同じだ」

 

そして、誰にも見えぬところで嗤う不気味な影の存在がすべてを狂わせる

 

 

 

 

 

停戦協定から半年と経たないうちに、事は起きる。

 

ペレジアの軍はイーリスとの間の協定を無視して攻め込んできた。

 

「くそ!! どういう事だ! なんで戦争が始まってやがる!」

 

停戦を申し込むことにした本人の意思とは違うところでことは進み、物語は流れてゆく。

 

 

 

 

 

そう、これは、イーリスの軍師ビャクヤが遺跡の探索から戻った次の日の出来事。マークについての報告をするために、一同が集まっていた時に起こる。

 

ビャクヤがマークを自身の知り合いと紹介し、バジーリオがマークの存在を豪快に笑いながら認めた直後、彼の胸から見覚えのある細い腕が生えた。その黒い靄で包まれた腕は貫いた先でボールをつかむように軽く指を曲げると一気に腕を引き抜く。

 

「もらった」

「……がはっ、てめ、え…………いった、い、どこから、入って――――」

「やはり君が持っていたか、フェリアに託された赤の宝珠」

 

腕が引き抜かれるのと同時にバジーリオが地に倒れ、彼を襲った人物は血のように赤い宝玉を手に握っていた。

 

「さて、あとは、君の持つ白の宝珠だけだね。それも、もらおうか。君の命と共に!!」

 

その言葉と共にその人物は空いていた距離を一気に縮めるとクロムへと接近し腕を伸ばす。

 

「な!? 速い!!」

「違うよ、君が遅いだけさ」

 

だが、その凶手は一筋の赤い閃光に阻まれた。

 

「させません」

「へえ、なかなかやるね」

 

伸ばされた手は横合いから来たティアモの槍の一閃によって防がれ、続く攻撃もすべて彼女によって叩き落されクロムへと届くことはない。そして、彼らの応酬は続き、双方にとって予期せぬ形でこの場は硬直した。

 

そして、それを見逃すほど、軍師たちは腐ってはいない。

 

「《ライトニング》!!」

「ちっ!! 《ミィル》!!」

 

その人物の行動の、思考のすきを突くようにして放たれた光魔法をその人物はかろうじて迎撃する。だが、防がれることくらい軍師(ビャクヤ)もわかっている。彼の狙いはそこではなく、保たれている均衡を崩すことにあるのだから。

 

「もらいました!」

 

ビャクヤの攻撃によりできてしまった隙に付け入るようにティアモが攻撃を仕掛けてくる。だが、まだ対応できない速度ではない。

 

「くそ、だけど、まだまだ、甘いよ!」

 

口ではそう言いつつも、ここにきてその人物は焦りを覚え始めていた。軍師ビャクヤの行動により、バジーリオの治療とこちらへの攻撃の準備が整い、そして、狙っていたクロムは人の壁に阻まれて攻撃できそうになく、隙を見てマークとビャクヤの光魔法が来るため、この人物の限界が来ようとしている。

 

(まずい)

 

表情には出さずとも、その人物はこの状況のまずさを感じている。すぐに負けることはない。だが、詰将棋のように、一手一手確実に敗北へと近づいているのを感じ取れる。

 

(くそ、一度に二つ奪うのは無理だったか)

 

ここを切り抜けるため、回収をひとまず諦めざるを得ない。だが、ただ、諦めることはできない。白の宝珠を手に入れるための材料くらいは確保する必要がある。故に、失敗したときに考えていた、もう一つのプラン――白の宝珠のかわりに、彼の大切なモノを奪うことにした。

 

(彼の大切なモノは昨日までの観察で何か分かっている。ならば――――彼女には人質になってもらおう。彼をおびき出すための餌としては十分すぎるだろう)

 

その人物は気付かれないようにここに仕掛けておいた魔法を起動させ、目の前の人物に対しても魔法を仕掛けはじめる。時間はぎりぎりではあるが、間に合うだろう。

 

(さあ、賽は投げられた。君たちはどう踊ってくれるかな? 僕の用意したこの舞台で)

 

かつて、使者としてこの城を訪れた際に設置した一つの魔法。聖王エメリナの救出を失敗させる要因となった魔法にして、この人物にしか使役できない魔法。

 

(さあ、出ておいで。僕の兵士たち)

 

そして、それからすぐに彼らのもとに知らせが届いた。

 

「て、敵襲!!! 突如として城内に表れた屍兵の群れに城の防衛線が崩壊寸前です!!」

「何!? どういう事だ!? 何もない所から屍兵が現れたとでもいうのか!」

「は、はい。本当に、突然現れて我々に襲いかかってきました。幸い正面からのみ来ているようなので、今は残った兵たちと近くにおられたフラヴィア様の指揮で何とか食い止めている状況ですが、援軍が来るまで持つかは……」

 

見張りの目をかいくぐって突如として城内に表れた屍兵の群れ。それらを前に歴戦のフェリア兵もさすがに列を乱した。現在戦列が崩れていないのは、フラヴィアの助力で持ち直し、なんとか耐えれてはいるからであり、戦線の崩壊は時間の問題である。

 

「くそ!! ビャクヤ! 出るぞ!」

「待て、クロム!!」

 

そして、注意はそがれ、軍師の作り上げた陣はクロムの動きによりほころびを見せ始める。もちろん、軍師同様に、かの人物もその隙を見逃すほど甘くない。外へと意識を向けたクロムへと、闇魔法を放つ。もちろん、彼の大切な(・・・)騎士がぎりぎり間に入ることが出来るくらいのスピードで。

 

「クロム様!!」

 

ティアモのその叫びにクロムは足を止め振り向き、悟った。これは避けることが出来ないと。発動した闇魔法はすでにクロムの周囲に踊っており、そのまま駆け抜けることも出来そうにないほどに迫ってきていた。

 

「しまっ……!」

 

そして、覚悟を決めた彼の体は意図せぬ衝撃によって、いつの間にか魔法の射程から外れていた。

 

 

――――そして、物語は繰り返す――――

 

 

「ティアモ?」

「どうか、ご無事で……」

 

彼の目の前でティアモはそれだけを口にすると漆黒の闇にのまれていった。

 

「決戦の舞台で、また会おう」

 

そして、闇が去った後には誰もいなかった。闇魔法を受けたはずのティアモも、その術を放ったはずの人物も……ただ、そこには、主を失った槍が寂しげに音を立てて転がっているだけであった。

 

「……ティアモ…………そんな、嘘、だろ?」

 

 

――――かつて、一つの戦いによって狂わされた主従がいた――――

 

 

「消えたのか? 俺の、せいで……俺が、俺が弱かったから? だから、また、失ったのか……?」

 

先ほどまでの勢いが嘘のように消え、ふらつくような足取りで彼は残された槍に近づき、膝をついた。虚ろな瞳からは意志の光は見えず、ただ壊れた機械のようにうわ言を繰り返しながら、その槍を静かに握る。

 

 

――――彼らもまた一つの戦いから狂い、そして、今ここで別れを知る―――――

 

 

そんな主の様子を彼は冷静に分析すると他の者たちに素早く指示を出す。

 

「ルフレは先にみんなを率いて前線へ。ルキ――マルスはルフレについて行って。マークは僕と共にもう少しここに」

 

ビャクヤの指示にルキナを除く二人はうなずいたが、彼女はうなずかない。その理由を彼はわかったうえで、もう一度指示――命令をした。

 

「マルス。僕は大丈夫だ。だから、今は君の成すべきことを――」

「っ! わ、かりました……行きましょう、ルフレさん」

「はい。それではビャクヤさん。無茶はしないでくださいね」

 

二人の少女は皆を率いて駆けだす。一刻も早く、戦場へと駆けつけるために。

 

そして――――

 

「バジーリオ様」

「……治癒は、もう、いらねえ。自分の、ことだ……俺が、一番よくわかる」

「わかりました……マリアベル、君も戦線に出てくれ。ソール、彼女を頼む」

 

何か言いたそうに口を開くマリアベルを制してソールは彼女を抱えると、ビャクヤ達に一礼した後、戦場へと向かった。

 

「バジーリオ様、あの宝珠のことは……」

「……フラヴィアは知らねえ、はずだ。ほんとは、俺が――――」

 

その言葉は最後まで続かない。開きかけた口、向けられた視線は一向に動かないまま、彼の時は永遠に止まった。ビャクヤはそっと彼の目を伏せると、クロムとリズ、その護衛として残ったフレデリクに目を向ける。

 

「クロム」

「…………なんだ」

「立つんだ」

「どうして?」

「まだ、終わってないからだ」

「……」

「まだ、間に合う。だから……」

「そう、か」

「…………」

 

槍を抱えてうずくまるように座るクロムに彼は手を差し伸べながらそう告げた。だが、その言葉は彼の心の壁を壊すことはなく、彼を動かすことのできるものでもなかった。ビャクヤはもう一度、彼に何かを言おうと口を開きかけるが、それをやめた。そして、静かに手を彼に向けると魔力を集める。

 

時間はもうあまり残されていないのだから……心の中で言い訳のように彼は呟く。

 

「〈ウィンド〉!!!」

 

言霊と共に巻き起こる旋風にクロムの体は宙を舞い、壁際へとたたきつけられる。何が起きたか理解できていないクロムに彼は近づくと、胸ぐらをつかみ彼の体をもう一度壁へと押し付けた。

 

「がっ……! ビャ、クヤ……?」

「聞こえなかったか? 僕は、立てと言ったんだ」

「ビャクヤさん、いきなり何をして――――」

 

急にクロムを攻撃しだしたビャクヤに対し、近くで見守っていたリズはたまらず声を上げた。だが、全てを言い切る前に、控えていたマークに口を押えられ、次の句を紡ぐことが出来ない。そんな光景をフレデリクは静かに見つめる。

 

「クロム。君はいったい何をしてるんだ? ティアモが攫われたというのに、君は何でこんなところで浮抜けているんだ?」

「…………」

「守るんだろ……イーリスの民を、みんなを。灯すんだろう……希望の光を」

 

言の葉を紡ぐたびに、ビャクヤの腕に力が込められていく。だが、対するクロムは顔を伏せたまま答えない。

 

「クロム。君はまた失いたいのか?」

 

それでも、なお、ビャクヤは語りかける。

 

誓いを聞いていたから、彼と彼女の――クロムとルフレの間に交わされた誓いを。

 

そう、それは大切な仲間であり、主であった彼女から授かった剣と共に、かつて彼が彼女と交わした誓いであり、あの日、彼がルキナに剣を渡すとともに交わした誓い。

 

だから、彼は手を差し伸べる。無理やりにでも立ち上がらせるために、絶望の先にある希望を見せるために、彼はクロムの手を引く。

 

そして、その言葉が、クロムに届く。

 

「……だが、俺には、守るだけの力がない」

 

届いた言葉は彼を動かした。壊れたまま、崩れた決意を抱えたクロムを……最悪な方向へと導いてしまった。

 

「もう二度と失わないと誓った。あの約束を思い出してから、さらに強く心に刻んだ。今度こそ、叶えることができるようにと。でも、結局、それだけじゃ足りなかった。いや、そんなものでは何もできなかった。俺にはだれも、守れなかったんだ」

 

もう、立ち上がれない……暗にそう告げるクロムにビャクヤは背を向けると、マークを伴い部屋の外へと向かう。

 

結局、彼の示した光は届かなかった。ならば、彼にできることなどすでに限られている。

 

「……その程度か」

「…………」

「なら、僕は僕のやり方で未来を救う」

 

軍師ビャクヤは戦場へと向かい、マークは残り、うなだれるクロムに視線を向ける。少し迷うそぶりを見せたのち、彼女は小さくうなずくと体の向きを変え、呆然とこちらを見ているクロムをしっかりと見据えた。

 

「もし、クロムさんが立ち上がれないのなら、何度でも私が、いえ、私たちが手を差し伸べ、立ち上がらせます。絶望しか見えないのなら、希望の光を作り出しましょう」

「…………」

 

呆然とマークを見上げるクロムの傍でフレデリクとリズが驚きに目を見張っているが、彼女はそれを気にせずに続ける。

 

「私の尊敬する人たちがあなたへと送った言葉です」

「…………」

「忘れないでください。あなたは一人ではないということを」

 

踵を返した彼女はそのまま戦場へはむかわず、一人の少女――リズへと近づく。

 

「辛いことであるのは知っています。悩んでいるのも、苦しんでいるのも知っています。けれど、それでもお願いしたい。どうか、私たちに光を与えてはくれませんか?」

「……そんなこと、私には」

「いいえ、出来ますよ。あなたにしか使えない、あなただけの無敵の魔法があるのですから」

「え?」

「ふふ、忘れましたか? あなたのお姉さんが言っていたことを……何もできないと泣いていたあなたへと示した言葉を」

「え? どうして?」

 

マークのその言葉にリズは先ほどとは違う意味で驚いた。自身の兄であるクロム以外に知る人のいないはずの過去の記憶……その中で姉の示した言葉を今日会ったばかりのマークが知るはずがないのだから。

 

「どうして、あなたがそのことを」

 

そう、普通なら。

 

「……秘密ですよ」

 

彼女はマークが未来の人間であることを知らない。そして、ここにいるだれもが、マークのことを知らず、どこでそのことを知ったかさえもわからない。

 

「ああ、それともう一つ」

「なに?」

「伸ばさなければ、伝えなければ、届くことはありません。諦めるのはまだ早いですよ」

 

そう、どこか寂しげな笑顔で彼女は微笑む。そして、彼女もまたビャクヤを追って戦場へと向かった。

 

「…………」

 

マークの出て行った扉をいつまでも見つめるリズにフレデリクは心配そうに声をかける。

 

「リズ様……」

「……うん。大丈夫。わたしにはできる。それに――――」

 

少女は小さく拳を握ると心に確かな光を灯して前を見据える。リズは思い出す。マークに言われるまで、忘れていた姉の言葉を……

 

「それに――――なんですか?」

 

振り返ったリズの顔を見たフレデリクは驚きに目を開き、少女はそんな騎士の様子などお構いなしに笑顔で言い切った。

 

「私にはお姉ちゃんに認めてもらった最高の魔法があるんだよ!!」

 

少女は再び立ち上がる。

 

――――リズ。何もできないなんてことはないわ。少なくとも、私はあなたのその笑顔に救われてる。あなたのその太陽のような笑顔にいつも力をもらってるわ。ふふ、言ってみればその笑顔こそがあなたのもつ最高の魔法よ――

 

今は亡き、姉の言葉を胸に抱きながら

 

 

 

「は、ようやく来たかい。さあ、行こうじゃないか!!」

「ええ、遅れました。ビャクヤさんは遅れてきます」

「おや、一人でも大丈夫なのかい?」

「……私だって、半人前とはいえ彼と同じ軍師です。それに、足りないところはみんなが補ってくれます」

「はっ! 言うようになったじゃないか!」

 

王は報せを知らず、軍師と共にただ目の前の敵を殲滅する。

 

 

 

「父さん……」

「ああ、行こう。君の言葉通りなら、きっとそこにアレはいるはずだ」

「……記憶は?」

「悪いけど、そうだった気もするくらいだよ」

「そう」

 

軍師と娘はただひたすらに前へと駆ける。

 

 

 

「…………ギムレーさまからの伝言です。返してほしければ炎の台座と白の宝珠を持ってペレジア城まで来い……ギムレーさまからの伝言です。」

 

そして、意思なき人形は与えられた職務を全うする。

 

 

こうして、彼の望まぬ形で戦いは再び始まった。

 

 

 

 

「……さて、そろそろ私は退散するとしよう。楔は打ち込んだ。後は奴らしだい」

 

某所にて、影は誰にも悟られることなく、忽然と姿を消した。

 

「さあ、私の手の上で踊れ」

 

本当に踊らされているのは誰なのか……その答えを知る者はいない

 

 

 




みなさん、明けましておめでとうございます。今年もどうかこの作品をよろしくお願いします。

クロムが腑抜けすぎて、こんなのクロムじゃない! と思われる方も多数おられると思いますが、仕様です。と、言い切るのは良くないですが、まあ、彼にもいろいろと負担がかかっているということです。

そして、原作キャラが一人退場してしまいました。しかも、重要人物のバジーリオ。物語の進行上仕方がなかったのですが、注意書きするなりやタグ増やした方がよかったですかね……

さて、次回はから再び戦争がはじまります。作者はテスト前で死にそう……

おい、勉強しろよ……そう、突っ込まれそうな作者ですが、また次回の投稿でお会いしましょう。


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第三十二話 笑顔を・・・

相当遅くなりました。不定期更新でかつ遅筆な言語嫌いによる最新話の投稿です。

そして、見てる人がいるかは知らないですけど、最後にあげた活動報告に合ったタイトルとは違うという、微妙な詐欺……

あのタイトルなのだから……と期待していた方には申し訳ありません。

ああ、そろそろ学校が始まる……



それでは本編どうぞ


 

 

『いつの間にか、彼はわたしのすべてになっていた……でも、遅すぎた。いや、気付いちゃいけなかった。でも、知ってしまった。なら、どうすればいいの? そう悩んだ。けれど、その答えはとてもすぐそばにあった。だから、私はその人の想いと共に、今を進む』

 

少女はわたしをまっすぐに見つめる。壊れそうなこの世界で……

 

『だから、わたしは――――』

 

少女は選んだ

 

後の人々は彼女のことを「未来を知る者」と呼び、書物に記されることなく人伝に語り継がれていった。

 

「……これで、よかったよね。私は私のできることをきちんとできたよね」

 

少女は今日も風と共にあり、空を見つめる……その未来が良きものになることを願って

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

ビャクヤさんの寂しげに呟いた言葉がわたしの仮面をいともたやすく崩していった。

 

――――リズ……無理に笑おうとしなくてもいいんだよ

 

その言葉を聞いて、なんで? そう思ってしまった。

 

お姉ちゃんが敵に捕まって、死んじゃうかもしれないのに。自分の住んでいた国がなくなっちゃうかもしれないのに――――どうして、笑えていたんだろう? どうして、笑顔を見せようとしたんだろう? どうして、笑顔でいつづけようとしていたのだろう……その疑問は消えなかった。

 

自分がわからなくて、考えて、疑った。

 

それで、どうしようもなくなって、ビャクヤさんにもう一度聞いてみた。どうして、無理に笑ってるのがわかったの? と。

 

――なんでって……

 

ビャクヤさんは困ったようにわたしを見ていた。

 

今になって思えば、それは誰が見てもわかるくらいに明白だったんだと思う。でも、その時のわたしにはそれがわからなかった。普段通り(皆のために)笑えてると思ってたから。

 

……ちがう。ほんとはそんなことすら頭になかった。

 

だから、言われて初めて自覚した/

疑い始めた……いや、疑い始めてしまった――自分を……

 

――――わかるよ。それに、そんな顔で笑っていたら、僕じゃなくても心配する。

 

心配そうにこちらを見る彼のそのまなざしに/

こちらを疑うような視線に――自分はほんとに、皆の仲間なのか……

 

――――リズがどうして笑顔でいようとしているのかは僕にはわからない。でも、ね。誰かのために無理に笑おうとしなくてもいい。自分のために、笑ってもいいんだよ……

 

こちらを案じるように紡がれた言葉が/

こちらの嘘をあばくかのような言葉が……自分がうそつきに思えてきて

 

わたしを/

ワタシヲ、ウタガッテイルヨウニシカ、キコエナクテ……ワタシガ、シンジラレナクテ

 

壊した/ワタシハコワレタ

 

「ウ、ン……」

 

かろうじて紡がれたその言葉を最後に、気が付いたら私は笑えなくなってしまっていた。信じられなくなってしまっていた。自分を、仲間を……そして、お兄ちゃんやフレデリクでさえも……

 

そして ――――

 

「ガイア、ヴィオールにこそこそするなと伝えてくれ」

 

彼のその言葉が私を動かし、また壊す。

 

――――あなたは、何者なの? ヴィオールさん……

 

壊れたまま、わからないままヴィオールさんに連れられて城に戻った。

 

そして今度はビャクヤさんとマルスが中庭に二人でいるのを見たら、なぜか心が苦しくなって、また自分がわからなくなった。

 

なんで? ―――― ビャクヤさんがとられるなんて思ったんだろう……

 

どうして ―――― 皆を疑っているのに、彼の言葉は簡単に信じてしまうのだろう……

 

わからない ―――― なんで、彼を疑わないのかが……彼をオモウと心が締め付けられるような気がするのは

 

だからかな?

 

――その程度か……

 

お兄ちゃんがひどいことになってるのに、何にも思わなかったのは……マークさんに止められたから仕方ないって、ビャクヤさんは正しいからって諦めてもう何もしようと思わなかったのは。彼の信じるマークさんの行動にも疑問を持たなかったのは……

 

……でも、

 

――――どうか、私たちに光を与えてはくれませんか?

 

その彼女は私を見て、彼のように(・・・・・)悩むと、彼のように(・・・・・)私を見て言葉を紡ぎだした。

 

――――忘れましたか? あなたのお姉さんが言っていたことを……

 

「どうして、あなたがそのことを」

「秘密ですよ」

 

どこか諦めた様に微笑む彼女は、その後に不思議なことを言い残して部屋を出ていった。

 

伸ばさなければ、伝えなければ届かないということを……

 

その言葉の真意は、私にはわかるようで、まだ届きそうになかった。

 

「リズ様……」

 

けれど――――もう、大丈夫。

 

「わたしにはできる。それに――――」

 

そして、黙り込んでしまった私に対するフレデリクの心配も今ならわかる。思い返してみれば、フレデリクはいつもわたしの傍で静かに控えて、こちらの身を案じていた。お城が奪われた時も、お姉ちゃんが殺されてしまった時もそうだったし、私が不安定になっていた時も、近くで控えていた。

 

それだけじゃない……こんなことになる前からずっと

 

いつも、いつも――――

 

フレデリクだけじゃない。私が疑っていただけで、皆がわたしの身を案じていた。皆がわたしを支えてくれていた。

 

「それに――――なんですか?」

「わたしにはお姉ちゃんに認めてもらった最高の魔法があるんだよ!!」

 

だから、今度はわたしがみんなを支える番だ。

 

「…………リズ様」

「さあ、行くよ!! 私の魔法をみんなに届けるために!!」

「……ええ、行きましょう。皆のもとへ」

 

行こう。私はもう迷わない。こんどこそ、私は私のできることをする。誰かのためにではなく、自分のために、皆に笑顔を届けよう。

 

きっと、その先に、答えがある。私が求める、探し続けていた答えが……

 

だから、その一歩をここから始めよう。

 

「さあ、お兄ちゃん。立って。一緒に行こう!!」

 

呆然とするお兄ちゃんの手を引き、わたしはフレデリクと共に優しい風に導かれながら、ビャクヤさんたちのいる戦場へと向かった。

 

 

 

 

 

「……これで、よかったよね。私は私のできることをきちんとできたよね」

 

風は一人――皆を繋ぎ、風は独り――空を仰ぐ

 

「まだ、完成はしてない。だから、私はこれが出来ないことを願う。たとえ、私の想いが届かなくても」

 

空を想う風は意志を――遺志を継ぎ、独りさまよう

 

「あなたの幸せをわたしは願うよ」

 

 

 

 

 

戦場についたわたしたちの前には全体に指示を出しているルフレさんが見つかった。

 

「ルフレさん!!」

「リズさんに、クロムさん!?」

「話は後だよ、ルフレさん。私たちは何をすればいいの? わたしの笑顔を届けるにはどうすればいいのかな?」

 

ルフレさんはわたしの言葉を聞くと驚きから納得へとその表情を変えた。その後、優しく微笑むとフレデリクさんのための馬を手配しだした。

 

「あなたの思うように、今は前へ進んでみてください。きっとその先に求めるものがあるはずです。フレデリクさん、リズさんのことは頼みましたよ。クロムさんは……私が見ておきましょう」

「承知しました」

「現在、マークさんとビャクヤさんの遊撃により少しずつこちらが押している状態です。守りの方は立て直しているので、後は攻めていくだけです。なので、リズさんは……」

「うん。フレデリクと一緒に前線付近を回るね」

「……まあ、それでもいいですけど。頑張ってください」

 

馬に乗ったフレデリクとわたしの方を見て苦笑しながら彼女はそう告げると、クロムさんの手を引き、移動しはじめる。おそらく、見通しの良い場所に移動するのだろう。

 

――――わたしたちも行こう

 

わたしがそう告げるとフレデリクはいつものように槍を構えながら、前線へと向かう。前線では、迫りくる屍兵をフェリアの人や、自警団の皆が必死になって止めている。傷つきながらも、敵を切り裂き、貫く。倒れた人も最後まで戦おうと、前のめりに屍兵へと向かいながら、彼らの足を止めていた。

 

ここ数か月の間に見慣れたはずの戦場……目を逸らしながら駆けていた戦場が目の前に広がっていた。人が死ぬのは見たくない……怪我をするのも見たくない。けれど、戦わなければ、生き残れない。

 

縮こまりそうな体に喝を入れ、わたしは馬上で杖を高く掲げ、唱える。

 

「みんなを癒して!〈リザーブ〉!!」

 

杖の先端から光が広がり、皆の傷をいやしていく。それとともに、わたしにどっと疲労がのしかかってきた。自分の思っている以上に魔力を消耗するみたいで、息が荒くなる。戦えず、回復しかできない未熟な自分が悔しい。

 

「リズ様……」

「大丈夫、だよ。ちゃんと、わかってる」

 

フレデリクの言葉で沈みかけていた思考を消し去ると、私は前を見据える。せめて少しでもみんなを救えるように、わたしは戦う。わたしの戦場で――

 

「さあ、みんな!! もう少しだよ! 今、ビャクヤさんたちが敵将のもとへ切り込みに行っているの! ここをしのげば、勝てるよ!」

 

わたしの言葉には魔法のようにみんなに傷をいやすことや、みんなの力を強くするようなすごい力はない。けれど、お姉ちゃんが言っていたように、言葉はきっと届く――皆の心に。わたしの気持ちを乗せて。希望という光を乗せて、みんなに届く。

 

「だから、もうちょっとだけ、がんばろう!」

 

直後、皆の声が合わさって世界が揺れた。

 

 

 

 

 

「おお、やってるなー。どうやら嬢ちゃんは持ち直したようだぜ、軍師殿。ここはいっちょ、俺らもがんばんねーといけねーよなー」

「くっく、その通りだぜ、軍師殿。サクッと切り込んで、敵将を仕留めてきてくれないかな?」

「……なら、ここの守りから抜けるけど、大丈夫なんだな、ガイア、グレゴ」

 

混沌とした戦場の喧騒の中、不思議とリズの声は響き渡り、疲弊しきっていた皆に活力を与えていった。そして、マークと共に最前線で敵を食い止めていた僕に近くのグレゴ達はにやにやしながら発破をかけてくる。

 

「ふ、ひさびさに、サービスしてやるよ」

「まあ、俺も前線に出るから、多少は持つさ。それに、目の前の屍兵くらいは吹き飛ばしていってくれるんだろ?」

 

いつも通りの二人をみて、軽くため息をつく。そんな僕をマークは苦笑してみながら、目の前の敵を風魔法で吹き飛ばす。示し合わせたわけではなかった。けれど、二人同時に弓を構えると、矢をつがえ、同じ言霊を紡ぐ。

 

「セット〈ディヴァイン〉」

 

戦場に光があふれ、光に触れた屍兵は元から存在しなかったかのように音もなく消えていく。

 

「行くよ、マーク」

「うん、任せて、父さん」

 

正面にできた道の先にいるであろう敵将めがけて僕らは駆けだす。難を逃れた屍兵たちはそんな僕らを止めようと襲いかかってくるが、切り倒しながら進み、無理なところはマークの風魔法で無理やり吹き飛ばす。

 

そして――――

 

「…………ギムレーさまからの伝言です。返してほしければ炎の台座と白の宝珠を持ってペレジア城まで来い……ギムレーさまからの伝言です。」

 

 

『***様からの伝言を伝えます。私は【***】でお前たちを待っている

***様からの伝言を伝えます。私は【***】でお前たちを待っている』

 

 

「父さん。あれだと思う」

 

マークの言葉と共に先ほど浮かんでいたおぼろげな思考が消えていく。そして、視界の先には弓でこちらを攻撃しながらも、同じことを壊れたように呟き続ける兵士がいた。

 

「屍兵じゃなさそうだな。だが、あそこまで壊れている奴がいるのも珍しい。ペレジアではこれが普通なのか?」

「……わからない。でも、あれを倒さないとおそらく、また屍兵が湧いてくる。あいつの足元にある魔方陣を壊さないといけないから」

 

マークの言う通り、あの弓兵の足元には巨大な魔方陣がありそこから一定間隔で屍兵が吐き出されていた。あれを壊さないことにはこの戦いに終わりはこない。

 

「マーク。一撃でいけるかい?」

「うん」

「よし、なら、任せる」

 

マークを抱え風魔法を使いながら少し下がると、迫りくる屍兵を倒していく。彼女の背後は建物と建物の角。後ろから襲われる心配もなく、僕が屍兵を通さなければ怪我をすることもない。そして、詠唱の時間などたかが知れている――――そんな僕の考え通りに、彼女から声がかかる。

 

「下がって、父さん」

「ああ」

「行って、〈アルジローレ〉」

 

上方に向かって放たれた矢は、件の弓兵の頭上まで駆けるとそこから一気に魔方陣を巻き込みながら巨大な光となって降り注ぐ。

 

「ひとまず、僕らの仕事は終わりだね。とりあえず、下がろうか」

「うん」

 

光の去った後には何も残っておらず、気味の悪い兵士の足元の魔方陣も完膚無きにまで壊れていた。後は残りの屍兵を倒しきるだけ。わざわざ最前線で戦っている必要性はない。

 

マークの唱えた風魔法に乗りながら僕らはとりあえず、ルフレの場所まで下がることにした。

 

「ここからが、大変なんだけどね……」

 

そんな僕のつぶやきにマークは少し顔をしかめつつ、僕の手を優しく握った。

 

 

 

 

 

遠くで――――視界の先で、また光があふれた。ビャクヤたちの使う光魔法だと、わずかに残る意識が告げている。

 

――――敵将はビャクヤさんたちによって倒されたみたいですね

 

ルフレのつぶやきが聞こえた。それとともにまた、目の前に光が広がる。そこに目をやる。

 

近くで――――目の前にはリズが懸命に皆の傷を癒しながら、皆を応援している。リズの声を聞いた者たちは、再び立ち上がる。目の前に迫ってくる屍兵の群れを打ち砕くために。

 

リズの声がまた戦場に響いた。

 

――――がんばって!!

 

そんなありふれた言葉が力を与える。閉じかけていた意識は外へと向き、沈みかけていた思考はどんどん冴えていく。

 

――――〈ディヴァイン〉!!

 

また、光があふれた。今度はビャクヤによる光魔法。ビャクヤはマークと共に前線で戦う彼らのもとへ降り立つと、そのまま、指示を飛ばしだす。

 

――――敵将は倒した。そして、屍兵を呼び出していた魔方陣ももうない。ここを乗り切れば僕らの勝利だ!!

 

その声を皮切りに、あちこちで歓声が上がる。その勢いのままに彼らは目の前の屍兵へと切りかかり、敵を圧倒していく。

 

――――さあ、あともうひと踏ん張りだよ!! 行くよ、〈リザーブ〉!!!

 

治癒の魔法の力が再び戦場を包み、リズの声とともに不思議な力が流れ込んでくるような感じがした。

 

「これが、リズさんの届けたかったものなんですね」

「どういうことだ?」

 

俺がそう返すと、ルフレは驚いたようにこちらを見返す。

 

「……そう、ですね。リズさんはこちらに来た時に、笑顔を届けたいと言いました。わたしにはその意味が分からなかったんです。けれど、きっと何とかなる。あの笑顔を見るとそう思えてきたので、彼女を前線に出しました」

 

ルフレはそこで一度区切ると今もなお、前線でみんなに声を届けようと頑張るリズに目を向ける。つられて俺もそこへ目を向けると、こちらを振り返ったリズと目が合う。

 

――――負けないで、お兄ちゃん

 

きれいに微笑むリズはそう告げると再び前を向く。いや、そう告げたような気がしただけで、実際に声までは聞こえなかった。

 

けれど、

 

「クロムさん。私の勘違いかもしれませんけど、リズさんの声には力があります。私たちが知っているような魔法じゃない、魔法みたいな不思議な力が。そして、彼女の笑顔は温かい。いえ、それも違う気がします……ですが、クロムさんならわかるのでは?」

 

ああ、わかっている。あいつの言葉が俺の心を前へと向ける。心へと流れ込むこの温かいモノが俺達をまた立ち上がらせる。

 

「エメリナ様なら何か知っていたかもしれません。けれど、そんなことはどうでもいいです。クロムさん、あなたのすべきことは目の前に示されています。ありとあらゆる人が行動で示しています」

「……」

「クロムさん――――」

 

呆然と――ただ、前を見ていた俺に彼女は向き直る。俺もそれに合わせて彼女の顔を久々に見た。今まで逸らしてばかりいた彼女の眼は、最後に見た冷たい機械じみた光ではなく、確かな決意と柔らかな(どこか見覚えのある)光を灯していた。

 

そう、たしか、これは――――

 

「――――あなたに問います」

 

『クロム様――――あなたに問います』

 

ああ、そうか。あの時、なんで止まってしまったかわかった。なんで、ルフレの言葉が耳に入っていたかがわかった。

 

似てるんだ――――

 

「あなたはここで何を成すのですか?」

 

『あなたはどんな王様になりたいんですか?』

 

きっと、こんなことを言ったらルフレには怒られそうだな。だから、俺の言うべきことは一つしかない。

 

「ここで成すべきことはもうない」

「……では、なにを?」

 

そして、俺のすべきことは、世界を救うなんていう大層なものじゃなくて、もっと身近な、けれどとても大切な約束を……

 

「忘れていた約束を果たす」

「約束……ですか」

「ああ」

 

あの日、まだ幼かった俺達が交わした約束――――身を挺して俺を守ってくれた彼女と交わした約束。

 

「俺はティアモを救う。忘れていた約束を……今度こそ叶えるために」

 

だから――――俺はルフレに手を差し出しながらもう一度、頼む。陰ながら俺を支えてくれていた彼女に再び力を求める――――俺に力を貸してくれないか? ただ一言、そう告げた。

 

「世界ではなく、ティアモさんと言うあたりクロムさんらしいですね」

 

彼女はふっと軽く頬を緩めると、俺の手を握る。

 

「それに今更ですよ、力を貸してくれなんて。私は――いえ、私たちはもう誓った。クロムさんが立ち上がれないのなら、何度でも手を差し伸べ、立ち上がらせると、絶望しか見えないのなら、希望の光を作り出すと。その代り――――」

「俺は俺のやり方で姉さんのつかめなかったものをつかむ。そして、みんなに希望を……そうだろう?」

「わかってるじゃないですか」

 

いつものように微笑む彼女につられて俺も笑みを返した。

 

 

そして――

 

 

「さて、何やら僕らが必死に屍兵を退けている間に、いつの間にか復帰したようだね、クロム」

 

やれやれとでも言いたげな風体で彼女の後ろからビャクヤたちが近づいてくる。その後ろからはマークがとてとてと小走りについて来ていた。おそらく急に消えたビャクヤの後を急いで追いかけてきたのだろう。

 

「さて、クロム。軍師である僕は次に何をすればいいのかな?」

 

そう、どこか茶化すように問いかけるビャクヤに俺は先ほどと同じことを繰り返す。帰ってくる返事など分かりきっている。だが、これは一種の儀式――俺が、俺であるための、もう二度と大切なモノを見失わないようにするための。

 

「俺はティアモを救いたい。今度こそ、約束を果たすために」

「ふ、その言葉を待っていたよ、クロム」

 

ビャクヤはそう告げると、踵を返し、再び兵士たちが集まっている前線の付近を目指す。

 

「どこに行くんだ?」

 

その問いに対し、ビャクヤはあきれたように振り返ると、声を潜めて伝える。

 

「報告だよ。バジーリオ様の最後を看取ったものとして、フェリアの王に伝えにいくんだ」

 

そして、忘れていた事実が、目を逸らしていたが故に認識できていなかった現実をあいつは告げる。

 

「そして、戦争が始まる。これからはそのことについても話さないといけない。停戦により造られた偽りの平和はもう終わりを告げた。マルスの言うペレジアとの全面戦争が始まる」

「!? まて、マルスの言っていたというのは……」

「本人から聞くといい。ちょうど、こちらに来たことだし」

 

ビャクヤの言うようにマルスが顔を伏せながらこちらに近づいてきた。どうやら話は聞いていたようだ。ビャクヤはそんな俺たちの様子などお構いなしに、フラヴィアを探しにまた前線付近へと戻る。

 

「……話します。私の経験したすべてを……そして、私が聞いてきたこと全てを。だから、一度みんなを集めてください」

「ああ、わかった。ルフレ、頼めるか?」

「はい」

 

こうして、この場には俺とマルスとマークが残された。状況を何とか飲み込んだ俺はマルスからもたらされたという情報――ペレジアとの全面戦争について思考を巡らせ、マルスは俺から顔をそむけ、うつむいていた。

 

そして

 

「……すこしだけ、先にあなたには話しておきます」

 

うつむいたまま、マルスは言葉を紡ぐ。

 

「なんだ?」

「私についてです……正確には私とあなたとの関係、そして、ビャクヤさんとの関係について」

「……なに?」

 

彼女の口から洩れた情報は以前闘技大会があった時にヴィオールと共に疑問に思ったことであり、仲間になった時から頭の隅に合った疑問だった。まあ、その当時はそれどころではなかったが。

 

何気なしに、その先を促した俺はその後に告げられた真実に驚き、固まった。

 

「私は……未来から来たあなたの娘――――名はルキナ。未来で死んだあなたの代わりに聖王の代理を務め、宰相であるビャクヤさんに補佐されながら絶望の未来を歩み、定められた未来を変えるために、こちらへとビャクヤさんとナーガ様に送り出された者の一人」

 

そして、顔を俯けたままそう告げたマルスを、マークは横から心配そうに眺めていた。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「戦争が始まる。僕の望まない、けれど定められていた戦争が――そして、おそらくすべてはここで決まる。だから、僕は僕の望む未来のためにこの力を振るう」

「そう、未来は変えられない。起こるべくして戦争は起こり、来るべくして未来はおとずれる。あがくだけ無駄だというのに、まったく、愚かしい存在だ」

「ああ、戦争がはじまっちまいやがったか……だが、まだ、打つ手はある。要はあいつの邪魔さえできればいいんだ。すべてがてめえの思う通りに動くと思うなよ。俺たちの(・・・・)力を見せてやる」

「ふむ。まあ、ここまでは想定通りか。あとは、どう転ぶか……」

「……まだ、ですね。ですが、諦めはしません」

 

それぞれの思いを胸に、彼らは進む。

 

「……これで――この戦いですべてが決まる」

 

全てを覆す可能性を秘めたモノは何も言わず、静かにそこにある。

 

「願わくば――――」

 

全ては――――のために……いまだ、このモノの心に気付く者はいない。

 

 

 

 

 




さて、次回から戦争がはじまります。

こんな調子だといつ完結できるのだろう……と不安になりますが、とりあえず、書いていきます。まあ、こんな文章で大丈夫か? 大丈夫だ問題ない……と言うフラグすら立てれない文章……

まあ、次回更新も出来れば一月以内にしたいところです。

本編の内容はいろいろな人たちが立ち直りました。そして、正直あまり触れてはいませんでしたが、現在マルスの事情を知るのはマークとビャクヤ以外にはいません。なので、この話の最後でようやく全体にマルスのことが知られます。

そろそろ、終盤なのでいろいろと回収しながらラストまでがんばります。放置されたものは次以降で回収ですけど……

さて、ここらで終わります。最近は九十九姫のキノクルにはまりつつ、海皇にワンキルされる作者でした(おい、小説書けよ

そして、アイギスの神級がマジキチ……☆3とかどうしろと?(無課金感

ではまた、次の投稿で会いましょう


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第三十三話 新たな決意

フェリア城の一室……こちらに居を構えるようになってから何度も使用している会議室に、戦いの後、僕らは集まっていた。

 

「で? 私まで集めて報告しないといけないことってのはなんだい? ペレジアとの戦争が始まることくらいは知っている。こっちはバジーリオの奴とさっさと予定を詰めないといけないんだよ」

 

フラヴィア様は僕がペレジアとの戦争が始まるということを告げると、苛立ったように口をはさむ。

 

「…………いえ、これは本題ではありません」

「なら、とっとと本題に入りな。時間は無いんだ」

 

フラヴィア様は行方をくらませているバジーリオ様を罵倒しつつ、こちらに先を促す。だが、本当は違う。バジーリオ様はもう、ここにはいない。ペレジア側の暗殺が成功し、殺されてしまったから。そして、そのことを僕は結局フラヴィア様に真実を伝えないまま、ここまで連れてきていた。

 

人の死は今まで何度も見てきたし、この手で数えきれないほどの人の命も奪い、報告した。なのに、たった一人の死を告げることが出来ない。ただ一言伝えることが出来ればいいというのに、その一言が言葉にならない。

 

そんな僕の様子を見てか、フラヴィア様は苛立ちを抑えて、いぶかしげに僕を見る。

 

「……どうしたんだい、ビャクヤ。そんなに、悪い報告なのか?」

「そう……」

「フラヴィア様の考えるように悪い知らせです」

 

なんとか返事をしようと紡いだ言葉は、僕の前へと進み出たマークの言葉によってかき消された。戦いの前の自己紹介したマークだったが、その場に居合わせなかったフラヴィア様は彼女のことを知るはずはない。当然の問いかけが彼女へと向けられる。

 

「……あんたは誰だい?」

「私はマーク。軍師ビャクヤの娘です」

「娘!? あんた、結婚してたのかい?」

 

驚いたようにこちらを見るフラヴィア様に、どう返したらいいかわからず、困っていると、単刀直入にマークは僕の言うことのできなかった真実を告げる。

 

「報告が二つあります。一つは、未来の知識について。もう一つは、バジーリオ様の死についてです」

 

感情のこもらない平坦な声で告げられた真実はフラヴィア様の耳へと届き、また、ここにいるすべてのものに改めて現実を突きつけた。

 

「バジーリオ様はペレジアのものの手により暗殺され、先ほどの屍兵の混乱の最中、私たちの看取る中、息を引き取られました」

 

そして、再び確認することになった真実は重く、残酷なものだった……

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

手元の書類をめくる輸送隊のフラムは部屋で穏やかな時間を過ごしていた。彼の保護した少女――カナも部屋の中でゴロゴロとしている。何があってもいいように動きやすい服装なのは先ほど戦いがあり、戦争が始まったと知らされたからだろうか。

 

「ねえ、フラム」

 

フェリア城の一室……客室として開放されているこの部屋で、フラムは手に持つ書類――ペレジア戦争に向けての準備をするために集められた道具類の資料を念入りに確かめていた。とはいっても、すでに必要なものは手配されており、現在は不備のチェックと、この戦いで消費したものの準備、進行ルートの確認をしているだけで、輸送隊としての彼らの仕事はほとんど済んでいた。

 

「……なんだ?」

 

戦争が始まるとは到底思えない、穏やかな空気に包まれた部屋で幼き少女は自身の保護者にふと疑問を投げかけた。

 

「わたしたちはもうたたかわなくていいの?」

「……ああ、そうだ」

 

少女の力を考えれば当然と言える疑問。彼女は裏のものなら聞いたことのある実力者で、ギャンレルの持つ暗殺者の最高峰と言っていい実力を持つ。それだけの力があれば、普通なら戦争に使う。しかし、彼女の決意を考えるならばする意味のない質問。

 

「お前の決意はあの日、あの場所で聞いた。それは、この軍の軍師であるビャクヤも聞いている。たとえ、おまえにどれだけの力があろうと、おまえが戦う必要はない」

 

そして、彼女の保護者である彼が彼女を戦わせようとはしない。戦い以外を知らず、ただ殺しのためにだけ生きた少女がやっと手に入れた平穏に、再び血なまぐさい戦場の香りを、戦いの興奮を持ち込みたくはないと彼は考えていた。

 

故に、諭すように彼は彼女に語りかける。

 

「お前はもう戦いの道具じゃない。命令を受け、人形のように動いていた時とは違うんだ。お前には意志があり、願いがある。俺はそれを尊重する」

 

カナの頭に手を置き優しくなでると、カナは気持ちよさそうに頬を緩める。

 

あたたかいな――――そう、男は思った

これが、しあわせなのかな?――――少女は自身の感じる温かさに名前を求めた

 

「フラム……わたしはね、いま、とってもしあわせだよ」

「そうか」

「おいしいごはんがたべれて、ふかふかのふとんでゆっくりとねれて、しらなかったことをたくさんしれて――――そして、フラムといっしょにいれる」

「……」

 

少女は何も考えない……だから、自分の思うままに行動し、言葉を紡いだ。

 

「ねえ、フラム」

「なんだ?」

「おしえてっていったらおしえてくれる? あのときのこと」

「ああ」

「もし、わたしがいなくなったらさがしてくれる?」

「……ああ」

「たすけて――――そういったらたすけてくれる?」

 

少女の最後の問いに、彼はすぐに答えることはできなかった……そして、最悪の未来が頭をよぎる。

 

少しの沈黙の後、彼は最善の手を考えながら言葉を慎重に選ぶ。

 

「……カナ。何を考えている?」

 

カナはフラムから距離を取ると素早く彼の机に近づき隠されているナイフを手に取る。完全に油断していた彼は動きについて行くことが出来ず、呆然と少女の行動を見つめていた。

 

「フラムのひみつをしっているのはわたしだけじゃない。いやなのと、ギャンレルもしってる」

「それとその行動にどういう関係があるんだ?」

「わたしはフラムのそばにいられない」

 

彼女は距離を保ったまま自分の外套を着ると、窓へと近づき、そこに腰かける。逆光のため彼女の顔を見ることが出来ず、まぶしい光に目を細めながら彼はカナを見る。

 

「ギャンレルはきっとあなたのちからをほしがるし、おそれる。もし、おそれられたら、あのいやなやつがフラムをころしにくる」

「……そうだろうな」

「そのときにわたしがちかくにいたら、きっとあしでまといになっちゃう」

「…………」

「だから、せめられるまえに、わたしからいく。こんどこそ、あいつらをころす」

「!?」

 

日が雲に隠れ、部屋全体が暗くなった時、告げられたのは驚くべき決意。そして、光が消え、ようやく見ることが出来るようになった少女の顔に浮かんでいるのは、どこか満足げな顔で、見たことのある嫌な表情だった。

 

「フラム……わたしはあのときあなたにあえなかったらしんでた。フラムにあえなかったら、わたしはこんなことをかんがえれなかったし、あえたから、いっしょにいれたから、とてもしあわせになれた」

「…………」

「フラムのことをかんがえるとむねがあったかくなって、フラムがいないととてもくるしくて、さむいの。でね、わからなかったからルフレさんにきいてみたら、おしえてくれた。これがなんなのか、このきもちをなんていうのか……」

 

フラムは彼女との距離を見て、何度目かわからない計算をする。だが、結果は変わらない。彼女の俊敏さがあればこちらが距離を詰め切る前に、彼の前から姿を消してしまうだろう。力があっても、何もできないことがある――――力だけでは解決できないことなんて、この世にはたくさんある……そんなこと、知っていたはずだった。聞かされていたのに、結局は自分の身に降りかかってみるまでそのことに気付けなかった。

 

「フラム。わたしね、フラムにいいたいことがある。きっと、いまいわないといけないことだとおもう」

「なんだ?」

 

彼はわかっていた。彼女のセリフが。彼女の想いが――――親愛の情から変わっていたことに。彼としてはそのことに気付く前に、他の誰かにその想いを向けてほしいと願っていた。彼では、彼女を幸せに出来ないから。彼と彼女ではあまりにも違いすぎるから。それ故に、その想いを他の誰かに、彼女と共に幸せになることのできるだれかに向けることを願った。だが、事態は急速に変化し、彼女の気持ちもルフレにより確かなものとなっていり、その想いは彼へと向かった。

 

そして、その結果がこれだ……

 

「わたしはね……」

 

もしも……普段ならたくさん考え付くそれさえも今の彼には思い付かない。きっと、彼がどのように行動していても、彼女はこうした。彼がどのように彼女を扱おうと、彼の与えるものは今まで彼女の得たことのないものなのだから……それに、彼女の感じた温もりは、最初の時点で与えられているのだから。その温もりがある限り、彼女は彼に尽くそうと思うだろう……彼を大切に思うだろう

 

故に、彼が彼女を助ける限り、この未来は変わることのない――――普遍的なものなのだろう。

 

「―――――――――――」

 

告げられた言の葉は風に乗り彼へと届き、少女は風のように消えていった。

 

後には再び差し込んできた西日が寂しくこの部屋を照らすだけ……

 

「運命を変える、か……あのような小僧が言った言葉がこんなにも頼もしく聞こえるとはな。ふ、おもしろい。これが運命というのなら――――そんな運命を私は認めない。このふざけた運命を変えてみせる。」

 

彼は開け放たれた窓へそう告げると、部屋を出る。

 

「あの槍を継いだ時からそう決めていた。たとえこの先に何があろうと、()は決して折れない。どこまでも、己の意思を貫き通すだけだ」

 

向かう先は定まっている……夢見がちな王子と、どこか詰めの甘い軍師の集まっているあの部屋をめざし、彼は歩き出す。

 

 

 

「……たとえ、フラムのけついがそうだとしても、わたしはわたしのできることをするよ」

 

「だから……まってるね、フラム」

 

少女は彼の姿を見送ったのち、姿を消した。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

マークの告げた真実が場を支配し、嫌な沈黙が流れる。そして、その沈黙を最初に破ったのは、フラヴィア様だった。

 

「バジーリオが死んだ? なんだい、その笑えない冗談は……嘘だろ? あのでくのぼーがそう簡単にくたばるわけが……」

「……」

「どうなんだい? あんたの娘が言ったことが本当なのかどうか……」

 

フラヴィア様はマークの後ろで固まる僕に視線を向ける。その目は信じられない現実を否定してくれることをどこか期待するようだった。だけど、これから僕が告げないといけないのは、バジーリオ様が死んだという非情な現実。

 

「マークの言った通りです。バジーリオ様はペレジアのものに殺されました。背後から心臓を貫かれ、回復魔法を使用することさえも出来ずに、亡くなりました」

「……あんたらがそろっていながら、暗殺者に気付けなかったのかい? あの部屋の構造で」

 

フラヴィア様は怒りに身をまかせず、自身の疑問を言う。さすがは王と言うことか。不測の事態でも、しっかりと自分の成すべきことをわきまえている。こういうところはクロムにも見習ってほしい。

 

「城の警備の者たちが言っていたのと同じ現象が起きたというしかないです。気が付いたら、バジーリオ様の背後にいたんです。音もなく、気配すら感じませんでした」

「……」

「付け加えるならば、その暗殺者にティアモが攫われました。理由に関しては、関係を悟られたのだと思います」

「関係を、ね」

 

フラヴィア様はちらりとクロムをうかがい、その後考え込むように腕を組む。そのまま数分が経過し、軽く頭を振るとフラヴィア様は考えるのを止めたのか軽く肩をすくめながらこちらを向く。

 

「あー、考えたところでわかんないねー。向こうさんの考えなんて」

「……一応、仮説はあります」

「ほー、聞かせてもらおうかな?」

「ですがその前に、もう一つの話があります」

 

僕がそう告げて、ルキナに目配せをする。彼女はうなずき、前に出て言葉を紡ぐ。

 

「わたしから……」

「いや、君の話の重要性もわかっているが、先にこちらの話を通させてもらおうか」

 

その言葉は途中で遮られ、誰もがこの会議の場に来た予想外の人物に目を向ける。戦いをきらい、自身の救った少女と共に輸送隊として行動することにした壮年の男性――フラム。

 

「輸送体のあんたがいったい何のようだい? いまは、あんたの出る幕じゃない」

「ふ、フェリアの王も落ちたな……少なくとも、バジーリオは私のことに疑問を持ち疑っていたぞ? それに、あんたと違いうちの軍師はどうやらこちらの話に興味がるようだが?」

 

フラヴィア様が彼を一蹴しようとしたところ、それを彼はこともなげに流し、あまつさえ、挑発を混ぜて返した。普段の温厚な彼の姿からは考えられない態度に当事者を除く自警団の皆が驚きを隠せていなかった。

 

「ああ? いい度胸だね……」

「ふ、やるか?」

「やらないでください」

 

慌てて止めに入ると、フラヴィア様は不満を顔に示しながらしぶしぶと、フラムさんはいつも通りの態度で軽く一礼すると下がる。バジーリオ様というフェリアの支えともなる人を失い、ただでさえもろくなっている結束をぶち壊すような真似はやめてほしい……そう思うのだが、その原因のフラムさんは涼しい顔でこちらに発言を求めている。

 

「……それで、フラムさんの要件は?」

「事情が変わったから、わたしも前線で戦う。そこいらの兵士よりは強いから不通に使えはするだろう」

「はい?」

 

思わず聞き返してしまった。

 

「武器については自前で用意してある。そこのところは気にしなくてもいい」

「いや、そうではなくてですね……」

「なぜ、戦うかを知りたいんだろ?」

 

直後、彼はリズの後ろに回り込み、隠し持っていたナイフを首に付ける。余りに予想外な出来事に誰も反応できず、リズが人質となった後に声を上げることしかできなかった。

 

「!? フラム! 一体どういうことだ!?」

「……用件を聞きましょう。ですから、リズを開放してください」

「悪いけど……保険だ。これから話すことは、正直そこのフェリアの王や、君たちの神経を逆なでするようなことだからな」

「くっ」

「まあ、それにしても……」

 

そこで区切ると先ほど保険と言い、人質としてとらえたリズへと視線を向ける。そして、僕らもリズを見て、彼の言葉の先を知る。

 

「リズ。君は動じないな」

 

告げられたリズは不思議そうに彼を見返し、ごく自然に、当たり前のように返した。

 

「ん? だって、フラムさんだもん」

「何がだ?」

 

そして、いつものように微笑みながら、彼へと告げる。

 

「フラムさんだから、大丈夫なんだよ」

「……君は自分の状況がわかってないのか?」

 

フラムさんの当然の疑問に全力で賛同する。と、いうか、ここにいるすべての者たちの疑問であるためか、一部を除いてみな一様にリズを不思議そうに見る。ただ、ルキナとマークだけが何かを懐かしむようにリズを見ていた。

 

「わたしは信じるよ。フラムさんを――――敵であるカナちゃんを助けた優しいフラムさんを……わたしは信じる」

「…………」

「それにね、きっと、こんなことをしなくても、みんなフラムさんを信じる。フラムさんから見たら、お兄ちゃんはお姉ちゃんみたいに立派じゃないし、頼りがいのない王様かもしれない。でもね、これだけは言えるよ」

 

突きつけられたナイフを気にせずにリズは体をひねり、フラムと正対する。そして、呆気にとられるフラムをしっかりと見据えながら、優しく(強く)語りかけた。

 

「お兄ちゃんはね、絶対に、仲間を傷つけることはしないんだよ。誰よりも、ずっと、絆の強さを知ってるから。仲間の大切さを知ってるから。だから、信じてくれないかな? わたしを。わたしたちを……」

 

自身の前へと差しのべられた小さな手を彼は無言で見つめる。

 

そして――――

 

「……やれやれ、まさか、同じ日に二度も君のような少女に負けるとはな」

 

彼はため息をつきながらナイフを下ろすと、降参と言った感じで両手を挙げた。それを見たリズは嬉しそうに笑うと、そのままフラムさんへと抱き着く。

 

――――よかった……

 

その一言に込められた想いがどんなものだったかはわからない。けれど、彼女もまた一つ前に進めたのだろう。

 

「さて、では、話を戻すか……結局先程のは私の独り相撲だったようだしな」

「そうですね……して、用件とは?」

「カナがペレジアへと旅立った」

「!?」

「なに? ということは、あんたのとこの――――」

「落ち着いてください。クロムもだ。一度話を聞こう」

「すまん……」

 

なるほど、確かにこの話題は今の僕らにはタブーだ。特に、犯人の姿がフードで隠れて見えなかったことや、体系的に少女のものだったことも含めると、誰もがその推測にたどり着く。

 

混乱を避けるために、僕に先に話を通さなかったということは、ほんとうについさっき起きたことなのだろう。故に、あのような手段に出た。

 

「さて、話を進めるぞ。カナは先ほどの襲撃の後、わたしがギャンレルに暗殺されるのを恐れ、独りペレジアへと向かった。目的は……」

「少し待ってください。どうして、フラムさんが暗殺される必要があるんですか? まず、その理由が知りたい」

「語る必要はない」

「どういうことだい? 納得のいく理由もなしにそう言われても困るんだけどね。それに、王族でもない、ただの輸送隊のあんたが何故ギャンレルに目を付けれれた上に、命を狙われるんだい?」

「カナの勘違いじゃないのか? 正直、理由がなさすぎる」

 

僕だけでなく、フラヴィア様やクロムも同時に疑問を口に出した。そして、クロムの言うことはもっともかもしれないが、その勘違いの原因が何であったのかも気になる。強いというのはわかるが、それは所詮一個人のもの。ギャンレルが恐れるほどのものではないはずだ。

 

「カナの目的は、一度しくじったギャンレルの暗殺――――そして、あいつの傍に使えている司祭を殺すことだ」

 

そして、カナの目的である司祭を殺すことの意味も分からないし、そもそももう一つ疑問が残る。

 

「フラムさん、なぜ、カナは一人で出たのですか? あなたから逃れるのは容易ではないと思うのですが」

「不意を打たれた……カナの速さがあれば、不意を突けば私を撒くくらいたやすい。責めてくる方が正直対応には困らんのだがな」

 

やれやれと言った風に彼はぼやくが、事はそんな単純なことではない。そもそも、未だわかっていないことが多すぎて、これで話を終わらせることなんてできるわけがない。だから、僕は彼に問いかける。

 

「フラムさん、待ってください」

「さて、本題に入ろうか……そこの少女――――ルキナが話そうとしていた本題」

「!?」

 

そして、彼は唐突に話を元に戻す。誰もが気になっていた未来に関する情報。そして、知らされていないはずの名前――――ルキナという本名を口に出した。

 

「え? 待ってください。どうして、あなたが私の名前を……」

 

その当然すぎる疑問に彼は視線だけ送ると、そのまま話を強引に引っ張り、先ほどの話題から放していく。

 

「なぜ、バジーリオが狙われたのか、どうして、クロムが狙われ、交換材料としてティアモが攫われたのか……それらは、すべて、ある一つの目的を遂行するために行われている。そして、その目的が完遂されてしまったのが、そこにいるルキナのいた未来」

 

違うかい? 彼は最後にそうルキナに語りかけ、彼女は静かにうなずく。そして、その先の言葉を紡いだ。

 

「フラムさんの言う通りです。わたしのいた未来ではその目的が完遂され、世界は破滅へと向かいました」

 

未来、破滅……どちらもありふれた言葉で、実際に自分たちの恐れていた言葉。それらがルキナの口から事実として語られる。

 

「その目的とは邪神ギムレーの復活。私はそれを阻止するべく未来から過去……ここへと送られてきました」

 

伏せていた顔をあげ、確かな意志を持ってルキナは語りはじめる。自分たちのいた未来のことを。これから起こる数々の絶望を。

 

「もう、私は失いたくないです。だから、お願いです。あなたたちの力を貸してほしい」

 

そして、それらを覆せるという希望を……少女は語りはじめた。

 

 

だが――――

 

 

謎は謎のまま……真実は隠され、かすみがかった視界のままに残酷な、それでいてわずかな希望の残された未来が語られる。そして、フラム()の存在など本当に些細なこと……本当に重要な少女たちは巻き込まれ、運命に翻弄されながらも、確かな意志を持ち、己の願いへと進みつづけている。

 

だから――――

 

「信じましょう……この先にある未来が、良きものへと変わることを」

 

風は今日も一人……静かに、そこにある

 




みなさん、お久しぶりです。

今回のお話でも正直あまり話が進んでいません。と、いうよりか、オリキャラを掘り下げることが今回のお話の中心でしたので……

本当は絶望の未来とか書こうかなーと思ったのですが……諸事情によりカット。次回、簡単な説明にて終わらせていただきます。そうしないと終わりが見えない……

終わりまでの道筋はあるのにうまいこと書けていません。日々、時間を取りながら地道に書いていこうと思います。

それでは、このあたりで。また次の投稿で会いましょう

さらりと、娘宣言をしたマークは意外としたたかである。学校が始まり生活リズムが良くなった作者でした。

追記:FE新作……二本セットでかつ、続編付きってどうよ。まあ、全部買いますけど


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第三十四話 幕間 愚王ギャンレル

とても短いですが、これ以上は蛇足になりそうだったので切りました。

それではどうぞ。タイトル通りの人物のお話です


「始まったよ……君の望む戦争が」

 

部屋の片隅から音もなく表れたそいつはそう告げる。だから俺も普段通りに返す。

 

「ああ、そうだな……始まったな。さぁて、こんどこそ、あの憎たらしいイーリスを滅ぼすぞ!」

 

そう言って俺はそいつを伴って部屋を出ようとした。

 

だが――――

 

「ああ、そうだね……君の役目はもう済んだ。だから、君の持つその黒の宝珠をもらうよ」

「!? お前……」

 

それは出来なかった……その声が届いたときには俺の体から見慣れた腕が生えていた。幾度となく俺を救い、そして、俺の計画を進めるために利用してきたそれ(・・)は、突如として牙をむく。

 

「君がこそこそと動いているのは知っている。まあ、正直、君が何をしようがこちらには関係ないんだけど……邪魔されたくないからね。君はイーリスに暗殺されたことにさせてもらうよ」

「ぐ……てめぇ……」

 

やられた……まさか、ここまで早く対処してくるとは思ってもいなかった。まだ、俺は何も変えれちゃいない。だが……

 

「く、はははは!!!!」

 

だが、それが何故かとてもおかしかった。気付いてないのが、こいつが自分の計画を邪魔されていることに気付いてないのが……自身の計画が最低限達成(・・)できたことが……こいつらを相手に、出し抜くことが出来たのが、たまらなくうれしかった。

 

「……何がおかしいんだい?」

「は! 気付いてねーのか? それとも、目を逸らしてんのか? どちらにしろ、もうすぐわかるだろうよ……ここに、おまえの求める黒の宝珠はねえよ」

「な!?」

 

初めて、こいつが驚いたのを見たな。まあ、それだけ、こいつにとってはありえないことなんだろうな。俺が、いや、王族が――――宝珠の守護者が護るべき宝珠を手放すなんて普通はありえない。

 

いや、あり得ないからこそ、利用した。今、ここに黒の宝珠は無い。その宝珠は図らずも、こいつと同じように、俺を殺しに来たやつに渡したから……

 

あの時、あいつらが俺達の前から逃げ出す時に投合したナイフ……きまぐれで作ったあのナイフにはめ込まれた宝玉こそ、こいつの求める黒の宝珠。

 

「いったい、いつ……!? まさか、あの時投合したナイフか! 装飾用のナイフだと油断していたが、あの形状、そして束の部分に埋めこまれていたあの宝石は……」

 

ちっ……気付きやがったか。だが、あれは投合にしか使えない上に、そんなに性能もよくない。いくらなんでも戦場に持ってくることはないだろう。下手したら、すでに売り払われて市場に出ている可能性もある。そもそも、あいつには暗殺に必要な知識を渡している。だから、あいつがあのナイフを使うことはない。

 

「くく、ざまーみろ。黒の宝珠はイーリスに渡った。先の襲撃で力を消耗したおまえが手を出すのは不可能だ……」

「ギャンレル……まさか、あの時からすでに動いていたとはね。やるじゃないか」

「はっ! 言ってろ! どのみち、これでお前はイーリスを倒すまでそろえることは出来ねぇ。そして、今ペレジア王城付近にはほとんど兵が以外のこっていない。ヴァルム対策に海側へと集結させたからな……」

 

ああ、そうだ。ペレジアの持つ戦力の大半を海からの襲撃に備えさせている。もちろん、俺らが鍛えた精鋭の兵士たちもあちらにいる。本来ならまだ戦は始まる時期じゃない。そう、目の前のこの馬鹿が勝手に動かなければな。

 

「これで、ペレジアがイーリス、フェリアに勝つのはまず無理だ。数の上では互角でも、兵士の錬度はあちらが上だからな。お前がどんだけ急いで集めても、あいつらが来るのには2週間以上かかる。その間に決着はつくだろうさ」

「……なるほど、国境付近の兵の動きまでは盲点だったな。僕も忙しかったし、さすがに兵の入れ替えまでは気付かない」

「知ってるさ。てめえが忙しく飛び回ってるからこそできたことだからな。それに、万が一、イーリスを滅ぼしてもお前に勝利はこない。まだ、希望は残っている」

 

そう、ここまでして、まだ彼には希望が残っていた。命令違反として、ペレジアの奥地に飛ばしたあいつが救った聖王エメリナ。あれが残っている限り、聖王の系譜は途絶えない。そして、聖王の系譜が残り続ける限り、俺たちはまだ負けていない。

 

「聖王が残っているからまだ負けない……とでも思っているのかい?」

「…………」

「ふふ、沈黙は肯定と取るよ。まあ、どちらにせよ、エメリナも君が手引きした反逆者ももう生きてはいない。いくら正規兵とはいえ、戦力にならない女性をかばいながら賊の襲撃を退けるのは無理だ。もちろん、屍兵と混ざっての襲撃。彼らに勝ち目はないよ」

「ち、最後の策はつぶされていたか。だが、な」

 

何故、エメリナが生きていることに気付いたかは知らない。いや、これに気付いていたから他の策が通ったと考えるべきか。もし、そうだというのなら、あいつには悪いことをしたな……

 

「まあ、いい。君の力は僕がもらう。だから、安心して逝くといい」

 

結局……最後も裏切られて終わりか……あの時も、そうだったな。あいつを助けようとしたときも、結局裏切られた。国に、親に、そして、親友に……

 

誰もが、あいつではなくあいつの持つ力に目を付けて、誰もがあいつの願いを聞かず、自分のことだけを考えていた。

 

そして、こいつもそうだろう。俺の王としての力に目を付けていた。そのことは知ってたし警戒もしていた。けれど届かなかったな……

 

「ばいばい、僕のピエロさん」

 

ここまでか……だが、やることはすべてやった。ペレジアの力を下げ、宝珠を拡散することで復活を遅延させた。本当は、もう少し頑張りたかったが、もう無理だ。だから、あとは、てめーらの仕事だぜ、イーリス。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「へえ、思ったより回復できたね。やはり腐っても王族。そして、傀儡にしたとはいえこの国の王までのし上がった男。常人とは違うね……」

 

すでにこと切れたギャンレルを見ながらその人物はそうつぶやいた。

 

「それに、ギャンレルのしたことは確かに痛いけど、君にも誤算がある。僕がイーリスの持つ宝珠を手に入れるために何の策も用意してないと思うのかい?」

 

その人物はクロムから白の宝珠を奪えなかった際に、彼の大切にしているであろう人物の一人――ティアモを攫い、城の一室に幽閉している。正直、ティアモである必要はなかった。リズでも問題はなかったが、フレデリクが立ちふさがっていたために諦めただけであった。

 

「おそらく、彼には見捨てることが出来ても、あのクロムにはティアモを見捨てることなんてできないはずだ。ならば、彼とクロムを別行動にすればいい。そうしてから、クロム本人に交渉すれば簡単に白の宝珠は手に入る。それさえ手に入るのであれば、ティアモなんてどうでもいい」

 

その人物は考察を続けながら、適当に自分の私兵を捕まえるとその人物を殺し、ギャンレルを殺した暗殺者に仕立て上げるために、軍上部のものを集める。もちろん、それらも自分の私兵である。

 

「さて、クロムの傍には私がいるだろうけど、問題はないね。だって、あの時の()はとっても甘い……仲間を見捨てるなんて言う決断ができるはずないんだもの」

 

その人物――――少女はフードの下で嗤う。愚かな自分を……何も見えてなかった、夢見がちな自分を。

 

「だから、あの時、何も救えなかったのよ……でも、今回は違う。必ず、あなただけは助けてみせる。あなたの未来だけは私がつむいであげる……」

 

少女――――かつて、ルフレと呼ばれた少女はその身に邪なものを宿しながらも、ただ一つを想い続ける。

 

「待っててね、ビャクヤさん。あの時の誓いを守るために、私は全力であなたたちを滅ぼすよ」

 

その思考が内なるものに誘導されていることにも気付かずに、少女はとても純粋に笑う。あの時のように、いつもの笑顔で、彼を想う。

 

「わたしがあなたを守る……だから、それ以外はいらない」

 

かつての少女の笑顔に光は無い。あるのは底の見えない暗い闇だけ……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「ばいばい、僕のピエロさん」

 

痛みはすでになかった。けれど、彼の意識は一気に遠ざかり、目の前が真っ暗になる。これで終わりか……と彼は思う。

 

 

――ああ、でも、

 

 

薄れゆく意識の中、叶わないと知りながら、彼は願う。

 

 

――もし、できるなら……

 

 

様々な罪を犯してきた。願いのために、たくさんの人の願いを踏みにじってきた。戦争を嫌いながらも、それを利用し、押し付けた。

 

当初の思い描いていたものとは正反対のことをし続けてきた。故に、彼は自分を許せない。自分が大罪人だと知っている。

 

だが、それでも、彼は願ってしまう。どんなに歪んでいても、どんなに間違ったとしても、彼の想いは常に彼女へと向いていたのだから。彼女との約束のために彼は動いていたのだから。

 

 

――あいつと同じところに逝きてえな……

 

 

終わりになって、もう、取り返しのつかない状況になってからではあっても、思い出すことが出来たから。彼女との約束を。奇しくも、自分が敵対視していた聖王と同じ願いを。

 

だから、彼は願う。たとえ、叱られることになってもいい。もう、昔のように戻れなくてもいい。せめて、もう一度会いたい。そして、謝りたかった。

 

約束をたがえてしまったことを……そして、守れなかったことを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お疲れ様……』

「……ありがとう、そんなことを言ってくれるのはきっとお前だけだ。それと、ごめんな。約束は――」

『……そうね。でも、違うでしょ。まず、最初に言うことはそれじゃない』

「……」

『違う?』

「……そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、ルリ」

『おかえりなさい。ギャンレル』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【暗愚王 ギャンレル】

自身の参謀兼司祭に不意を討たれて死亡。

後の書物には兵を散らしたのに戦を仕掛けたこと、平和を掲げるイーリスに無意味に攻め込んだこと、XXXの復活に手を貸した愚王として記され、彼の本当の願い、意図は誰も知ることなく、闇へと葬られた。

だが、どの書物にも等しく書かれているのは、戦の場であろうと常に一つの杖を大切に持っていたことが小さく記されていた。

 

 

 

【   の少女 ルリ】

詳しく記されることなく、歴史に消された少女。

親しいものの裏切りの末に犠牲となった。

ギャンレルとの関係を記した書物は無く、後の世に何故か名前だけ語り継がれた。

 

 

 

 

 

 

 




章と章の間に起こったことを間章としてきましたが、幕間は一つのお話の中で省かれたお話を拾う形で使おうと思っています。

次に書くとしたら、省いたエメリナのところですが、本編を更新すると思います。

それでは、また次回の更新でお会いしましょう。


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第三十五話 少女の想い

さて、前回の投稿から半年が過ぎようかというところまで来てしまいました。
大変遅くなりましたが、一応本編の投稿です。

それではどうぞ。


 

 

ルキナは語った。自分の知る未来を……彼女が見聞きした物語を

 

この時間とは違いクロムとルフレが僕より先に出会ったこと。そして、その先で事件を解決し、仲間として迎えられた。

 

エメリナ様が最初の暗殺の時に殺されてしまい、その際にクロムも殺されそうになり……それを僕が救い、ここで初めて僕とクロムは出会ったらしい。

 

そこから、復讐のためにペレジアとの戦争が始まり、ギャンレルを倒したことで戦いは幕を閉じた。

 

戦いの後、落ち着いたクロムは結婚し、娘としてルキナが生まれ、そのルキナの指導役として先の戦いで戦果を挙げた僕が任命された。

 

それからは比較的に穏やかに日々が流れ、彼女7歳になるころ、ヴァルムとの間で戦争が始まり、僕を除く自警団の皆が駆り出された。奇跡的に自警団の内部からは犠牲者はなかったらしいが、その戦いは長く続き、終わるころにはルキナはすでにだいぶ大きくなっていた。

 

ヴァルムとの戦いから数年してからもう一度ペレジアとの間で戦争が起きた。きっかけは、黒の宝珠を引き渡したいという交渉だったそうだ。その際に、炎の台座が奪われ、それを取り戻すべく、クロムたちは再び戦いを挑む。そう、これが人同士で争った最後の戦いだそうだ。

 

僕はその際にイーリスを守るため、数人の自警団と共に国に残ったらしい。そして、残された者たちと共にいつもと変わらぬ日々を送ってた。きっと、クロムたちは無事に帰ってくる。誰もがそう信じていた。そう、あの日まで……

 

その日、暇を持て余したルキナはいつものように僕を探していたらしい。そして、やっと見つけた僕から報告を受けたそうだ。彼女の望まない――――いや、誰にとっても想定外で、最悪の報告を。

 

クロムが……いや、クロムを含む自警団の皆が全滅したと。

 

その後、僕の推薦で彼女が聖王の代理となり、復活したギムレーとギムレーが生み出す屍兵に立ち向かうべく全世界に声をかけ、戦い始めた。

 

だが、全ては遅すぎた。人々の希望の象徴たる英雄と呼ぶべき人々は先の戦いで失っており、また、フェリアの王達もいつの間にか死んでいた。隣の大陸に至っては混乱が収まっておらず、どうあがいても勝てる未来が見えなかった。士気は上がらず、戦力差も歴然。また、向こうは不死身に近く、疲れを知らない上に、神出鬼没でこちらの気が休まることはなかったらしい。当然のことながら、時間がたつにつれてこちらが不利になり、気が付けば、世界は屍兵にのまれ、おそらく人類最後の砦であったイーリスの城も落とされようとしていた。

 

そんな中、僕はルキナと未来の自警団の子供たちを率いて城を抜け出したらしい。城を囲う屍兵の群れを退け、道中の敵すべてを薙ぎ払い、虹の山という神竜ナーガに最も近い聖域まで彼女たちを連れて行った。

 

そこで、ナーガ様の力を使い僕らは過去に行くはずだった。

 

そう、そのはずであった……ギムレーがその場にいなければ、向こうの僕(イレギュラー)もこちらに来ていたらしい。ナーガ様が力を使い弱ったところを狙いギムレー達は襲撃してきた。

 

そして――――

 

「魔法の完成までの間、ビャクヤさんは一人でギムレーと屍兵の軍団の相手をし続けました。そして、魔法が完成し、移動を始めても彼はこちらへと来ませんでした。『ギムレーをこちらへとこさせるわけにはいかない』。彼はそう言って、ギムレーの足止めをしていました」

 

向こうの僕は最後まで、戦ったみたいだ。そして、その末に死んだのだろう。

 

「彼が……どうなったかは、わからないです。ただ、最後に見た彼は満足そうにこちらを見て微笑んでいました。また会えるって……ぼろぼろで、魔力も使い果たしていて、勝ち目なんてちっとも見えないのに……そんなことを言いながら、私の前から消えました」

 

そう、向こうの僕は約束を守れなかった。ただ、側にいる……そんな約束を守ることが出来ず、仲間とも離れ離れになり彼女は独りになった。

 

「私は今、ナーガ様とビャクヤさんのおかげでここにいます。そして、ギムレーの復活を防ぎ、滅びの未来を変えるためにここに来ました」

 

こうして、彼女の知る滅びの運命は皆に知れ渡った。そして、ギャンレルたちがしようとしていることも、おのずと理解できた。

 

「だから、お願いです。力を貸してください。ギムレーを倒し、世界を救うために。絶望の未来を、希望へと変えるために……あなたたちの力をわたしに貸してください」

 

 

誰かが、頷いた。誰かは静かにその意志を示した。

 

そして、彼はそれらの意思を受け取り、少女へと手を差し伸べた。

 

「ああ、戦おう。そして、俺は運命を変える。絶望の未来なんて絶対に訪れさせはしない」

 

そんな彼の手を、少女はしっかりと握る。

 

「ありがとう……」

 

 

 

 

 

こんな風にあの時も助けを求めた……

 

――――ああ、約束するよ。僕は必ず君の傍にいる。ずっと、君の味方でいよう

 

壊れそうだった私に、彼はそう言って微笑んだ。

 

――――確かに、この世界に希望なんてないのかもしれない。世界の理は崩れ、死者が生者の世界に顔をだし、日は陰り、明けることのない夜が続いている

 

そして、彼は一つの剣を私にくれた……

 

――――この世界は確かに壊れている。だけど、それでも僕らは生きている。いや、生きていかないといけない。でも、僕一人の力では限界がある。そして、ルキナの力でも。それは、クロムだってそうだったし、ルフレだってそうだった。だから……

 

そして、一つだけ誓ってくれた。彼が私にした初めての誓いで、もう二度と果たされることのない誓い

 

――――共に……僕は君のために、君は僕のために。戦おう、この壊れた世界で

 

その誓いは今も私の中で生きている。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

ルキナの話しの後、一度軍議は終了し、解散とした。主な理由としてはルキナの気持ちの整理もそうだが、各々ルキナから語られたことをもう一度しっかりと理解してもらうためだ。

 

あの場の雰囲気だけでなく、しっかりと自分で考え、現実として受け止めてほしかった。それ故に、時間を作った。今が一刻を争う時であることなど百も承知であるが、それでもこれはみんなが受け止めるべきことで、これから挑むものがどういうものなのかを認識することにもつながることだから。

 

「どうぞ。開いているよ」

「…………」

「来るとは思っていたけど、思ったよりも早かったね……リズ」

「うん……聞きたいことがあったから」

 

リズは僕をまっすぐに見据えながらそう告げる。少し前までに見えた陰りは消えており、その瞳には確かな意志が宿っていた。これなら、もう心配はいらないだろう。彼女はきっと一人で歩いていける。どんな困難が立ちふさがろうとも、どんな絶望を前にしようとも、自分の意思をしっかりと持ち、進んでいける。

 

「そうか、それで、なにかな?」

「うん……どうして、ビャクヤさんは前を向いていられるの?」

 

だからもう大丈夫だ。

 

「なんでだろうね……」

 

ルキナの言う絶望の未来も、彼女ならきっとすべてを変えられる。悲しみを喜びに、絶望を希望に……それだけの力を彼女は持っているから。

 

「はじめてあった時のことを、リズは覚えているかな?」

「覚えているよ……お兄ちゃんのことだけを覚えていたとても怪しい人だったからね。すごく印象に残っているよ」

「ははは……そりゃそうか」

 

無敵の魔法とは、エメリナ様もいい例えをしたものだな……

 

「それにね、あの時の戦いは今でも心に残ってるよ。街が賊に襲われて、目の前で助けられたかもしれない命が消えそうになってて、何もできない自分が悔しくて、目の前の現実を受け止めることのできない弱い自分が嫌で、それで戦いが本当に怖かった」

「…………」

「でもね……そんな、わたしにね、光をくれたのはビャクヤさんなんだよ? あの時、わたしたちを助けに来てくれたから、届かなかった命に手が届いた。戦いが怖かったわたしに、たくさんの敵を前に勝てると言ってくれたから、わたしは進むことが出来た。前を向けなかったわたしに、どうしようもなく弱かったわたしに一歩踏み出す勇気を与えてくれた」

 

彼女は気付けた……だから、これ以上はもういらない。言わせてはいけない。

 

「一歩踏み出せたから、あなたと共に戦えた。あなたがわたしに役目を与えてくれたから、わたしはあの後も戦うことが出来た。だから――――」

 

理由はわからない。でも、それだけはわかる。確信できていた。

 

「わたしはね、すごく感謝してるんだよ。たしかに、ビャクヤさんのことで迷ったりもしたし、ちょっと悩んだりもした。けどね、そのおかげで見つかったこともあるの」

 

それに、僕はここにいてはいけない。おそらく、ここにいること自体が間違っている。

 

「ビャクヤさん……」

「なにかな?」

「聞いてくれるかな?」

「……」

 

それならなぜ、僕はここにいるのか。

 

「わたしは……」

 

その答えは、きっと……

 

「父さん……すこし、いい……で、すか?」

「マークか。どうかしたのかな?」

 

彼女が知っているのだろう。ルキナと似た雰囲気を持つ、僕を父と呼ぶ少女。精霊の剣ソール・カティに選ばれたこの少女が……

 

「いえ、なんでもありません。また、来ますね」

「ああ、待ってるいよ。僕もマークに聞きたいことがあったから」

「そうですか……夕食の後にでもお邪魔しますね」

 

ルキナから聞いた()の未来……そして、マークの知っているであろう未来の僕のことと、おそらくリンのこと。

 

「ビャクヤさん……」

「そういえば、リズは何を言おうとしていたんだ?」

「何でもないよ。でも……」

「でも?」

 

そして、ごめんな、リズ。君の気持ちをないがしろにして……でも、いつか、きっと

 

「すべてが終わって……また、みんなで笑いあえるようになったら、その時にはきっと伝えるよ。今、言えなかったことを」

「そうか……わかった。楽しみにしとくよ」

「うん! 楽しみにしておいてよね!」

 

君の言う通りに、何もかも片付いて、みんなで笑えるような世界が作り出せたら、その時は……

 

「負けられないな……」

「 ? 何か言った?」

「いや、何でもないよ」

 

僕も自分の気持ちと向き合うことが出来るだろうか。君の気持ちに応えることが出来るだろうか……

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

リズが去ってしばらくすると、再び部屋の戸をたたく音が聞こえた。僕は作業を止めると戸の向こうにいる人物に向かって声をかけた。失礼します――と告げ、僕の了承を得た彼女は部屋に入ると、僕一人しかいないのを知り、ほっと胸をなでおろした。

 

「それで、なにかようかな?」

「……これを、返そうと」

 

入ってきた少女――ルキナは僕に一つの装飾品を手渡す。それは僕のよく知るものであって、まったく知らないもの。

 

「たしかに、僕はこれを持っていない。だけど、いいのかい? これは君が()から渡されたもの……形見と言ってもいいモノのだと思っているのだけど」

 

手渡されたものは首飾りの状態になっている白い『ビャクヤ・カティ』。向こうの僕が彼女へと渡したもので、彼女と向こうの彼を繋ぐ唯一のものだと聞いていた。それをどういうわけか僕へと返却しているのだけど……全くもって、彼女の考えがわからない。いや、仮説はあるけど、正直、ここに至って、そのように考えるとは思えないし、もしそうなら大変なことになる。

 

ここに来てまた新たな問題が増えるのか。落胆と共に、ため息がこぼれる。そして、彼女はその反応を分かっていたのか、懐かしそうに眼を細める。

 

まあ、わからないのなら、聞けばいい。間違っているのなら諭せばいい。ただそれだけだ。

 

「ルキナ。僕と彼は同じであって、きっと違う存在だ。君が僕に何を期待しているかは知らない。けれど、僕は彼の代わりになることはできるかもしれないが、彼自身にはなれない。そのことを、君は――――」

「わかっていますよ」

「なら、どうして?」

「しっかりとした証拠はないですし、どうしてかも説明できません。でも、これは私よりもあなたが持っているべきものだと思った。ただそれだけです」

「……そう、か。なら、これは僕が持っておくよ」

「ありがとうございます」

 

部屋を出た彼女の気配が消えてからも、しばらくの間、僕はその剣を見つめていた。

 

彼女がこの剣を渡した理由は考えるまでもない。先ほどの言葉から推測できることは一つしかないから。けれど、だからこそ、わからない。彼女はおそらく確信している。どうしてかはわからないし、そもそも、僕はその疑問に対する答えを持ち合わせていない。けれど、それでも、彼女は確信していた。

 

「考えても仕方ないか。自分のことさえ分からない僕にルキナの気持ちがわかるわけもない。なら、僕は普段通り、信じるとしよう。彼女の信じた僕を」

 

どこか手になじむ白い『ビャクヤ・カティ』をいじりながら、そうつぶやいた。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

夕食の後、マークはそのまま僕の部屋までついてきた。僕は普段の椅子に腰を下ろすとマークは遠慮なくベッドに腰を下ろす。

 

「それで、話ってのは何かな?」

「『ビャクヤ・カティ』。それを見たかった」

「? まあ、それくらいなら」

 

マークの言葉に僕は特に疑問を持たず、そのまま彼女へと手渡す。白と黒(・・・)両方とも。マークは僕から受け取ると、それをそっと握りしめた。

 

「これ……」

「ん? どうかしたのかい」

「……父さん。この白い『ビャクヤ・カティ』、借りてもいい?」

「構わないけど、何に使うんだ? 剣ならソール・カティがあるだろ?」

「ごめん。それは父さんにも言えない。でも、これが必要」

「そうか。まあ、終わったら返してくれ」

「……うん。すべてが終わったら、必ず、父さんに返す」

「ああ、それでいい。今は目の前の戦いに集中しよう」

「うん、そうだね。じゃあ、おやすみ、父さん。わたしは戻るけど、夜更かししちゃだめだよ」

 

マークの要件はそれだけだったらしく、そのまま用意してあった飲み物に手を付けずに帰った。

 

いや、訂正。飲まずに帰りはしたが、ちょっとばかし細工をしてから帰っていった。そして、その細工には心当たりがある。むしろ、ないはずがなかった。

 

「……まあ、マークもばれているとわかったうえで入れていたけど、なかなか、策士じゃないか」

 

その細工とはミリエルに頼んで調合してもらった睡眠薬。飲めば割とすぐに睡魔が襲い掛かってくる。そして、この時間帯に飲めば間違いなく朝までぐっすりといけるだろう。もちろん、これを飲まないという選択肢もある。けど、喉が乾いたら新しいものをいれずに僕はこれを飲むだろう。何故かって? もったいないから。

 

故に、いずれ僕はこれを飲んで寝ることになると思う。せめて、飲む前には寝る支度だけでも済ませよう。

 

「はぁ……まあ、諦めて早く寝ようか」

 

 

 

その後すぐにマークは僕のところにまた戻り、ちょっとしたつまみを片手に僕にこれを飲むように勧めてきた。唯一の抵抗として、寝れる格好にしてから飲んだけど、その後のことは良く覚えて無い。

 

ただ、親子仲がよいと周りに認識されるようになった。少しばかり恥ずかしかったが、マークもまだまだ子供。きっと甘えたい年頃なのだろうと本人の様子を見て納得した。

 

 

 

けど、それは違う。彼女のことを知らない僕はただそう勘違いしていた。そして、彼女もそう勘違いされることを望んでいた。こうして、彼女の望みどおり、僕は何も知らないまま、終わりまで迎えることになった。でも、それを知るのはもう少し先のことだった。

 




『僕は君のために、君は僕のために。戦おう、この壊れた世界で』

上の言い回しを知っている人はいますかね? これは僕が最初に買ったラノベの宣伝?(他のラノベに入っているスニーカーNAVIとか、電撃の缶詰とかに書いてある新作の紹介のフレーズ)の言葉で、この言い回しが個人的にツボで、つい買ってしまいました。

ああ、とても懐かしいです……

さて、今回の話は題名の通りです。以上。まじめに終わりが見えてきています。そして、当初の計画よりも人物に対する掘り下げがなっていないのは自覚できています……てか、書いていてなんですが、登場人物絞らないと作者の技量ではとても厳しいです。

さて、次回の投稿についてですが、明日か、明後日にはあげたいと思います。めずらしく早い理由は次回の投稿にて……

それでは、また次回の投稿で会いましょう。


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第三十六話 ペレジア戦争~王の決断と軍師の戦い~

さて、続きです。ちなみに次の話はまだ一筆もかけていません……

それでは本編をどうぞ


「……そうか、わかった。さがっていいよ」

「はっ!」

 

両陣営の士気は高い。僕らの所属するフェリア・イーリス連合軍は自分たちの王を殺された恨みから。そして、それはペレジアもまた積年の恨みが晴らすべく多くのものがこの地へと集まっていた。また、彼らが戦う理由はそれだけではない。彼らの王であるギャンレルもまた、何者かに暗殺されたようだ。

 

カナが成功したという可能性もあり得るが、それが真実とは限らない。ギャンレルの傍には神出鬼没と言って差し支えない、謎の司祭がいる。あれがいる限り暗殺はそう簡単には成功しないとみるべきだ。だが、仮に違うとした場合は本当にどうしてか理由がつかめない。ギャンレルは少なくとも自国の民や兵士の心をある程度つかんでいた。そういった者たちで固めれば身内に殺されるということはまずないはずだし、カナがその隙をつくのも可能ではあるが、非常に難しいはずだ。

 

密偵によれば大きな反乱があったわけでもなく、目立った騒ぎもなかったらしい。だが、気になるのは、ギャンレルの死後、ギャンレルの思想を受け継ぐと宣言した件の司祭がペレジアのトップへとおさまり、そのまま軍も国もまとめ上げてしまったことだ。

 

ギャンレルがそういうことを想定していてすでに準備をしていたのか、それとも司祭の方が手をまわしていたのかは定かではない。でも……

 

「ビャクヤさん、考えるのは後です。もう、みんな準備が整いました。いつでもいけますよ」

「そうか。なら、行こうか、ルフレ」

「はい!」

 

ルフレの言う通り、今考えても仕方ないこと。正直、判断を下すには情報が足りない。だから、今は目の前のこれらをどうにかしないといけない。

 

報告の通り、数だけ見れば向こうの方が多い。また、地の利も向こうにあるだろう。そして、仲間であるティアモはペレジアにとらえられたまま。あからさまに、こちらの分が悪い。けれど、そんなこと最初からわかっている。不利であることなど、百も承知。僕らのすべきことは一つだ。目の前にいる敵を討ち、自分たちの正義を貫き通す。

 

それを成すために、僕ら軍師はいる。

 

「さあ、行くよ! 敵を討ち、僕らの未来をこの手に!!」

 

動き出した以上、もう止まることはできない。

 

 

 

そう、坂を転がり落ちる石ころのように……止まることなく、ずるずると終着点へと進み始めた。そう、誰も気付くことなく、わたしたちは終わりを目指す。

 

「だから、わたしがいるんです。終わらせないために。終わりを始まりへと変えるために。生あるすべての者たちの希望を絶やさないために……そして何より」

 

『……よろしくね』

 

「あの人との約束を果たすために……」

 

『ですが、忘れないでください。これは――』

 

「でも、どうか、わたしにこれをさせないで。わたしのこれを完成させないでください」

 

もしかしたら……そんな、淡い期待を抱いたまま、わたしもまた進み続ける。もう、後戻りなどできない。ならば、わたしも、わたしの成すべきことをする。

 

いつの間にか、風はやんでいた。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

戦いの最中、ふと、昨日のことが頭をよぎる。

 

『クロム、何故、僕が呼んだかわかるかい?』

 

そう告げたあいつの言葉が思い出されていた。そして、それがとても大切なことだったと今になって実感した。

 

 

 

昨日の夜、俺は珍しくビャクヤに呼び出されていた。そして、呼び出された場にはルフレやマークの姿はなく、代わりにジェロームやガイアといったあいつが信用し、よく使っている者たちがいた。そして、普段なら最終確認のために見回りをしているはずのフレデリクや、輸送隊のフラムという古参の者も集まっている。そして、不思議なことにルフレの姿はなかった。

 

だが、正直な話、すでに軍議は終えている。後は明日に備えてしっかり休むくらいのはず。だというのに、こいつはそれ以外で俺を呼んだ理由があると言う。

 

『……まあ、わかっていたらこんな風にわざわざ呼ばずに僕が確認をしにいけばいいだけなんだけどね』

『まあ、それもそうですね』

 

ため息とともにビャクヤは疲れたようにフレデリクへと言葉を投げかけ、フレデリクもまた同じように返す。そして、他の者たちも呆れたようにため息をついていた。

 

……さすがに、失礼ではないだろうか。仮にも、俺はこいつらの主なのだが。

 

『まあ、いい。僕がここにわざわざよんだのは、最終確認として釘を刺すためだ』

『何をだ?』

『明日、クロムにはフレデリクと共に行動してもらう。そして、はぐれた場合も、今ここにいる者たちの誰かが極力クロムの傍に護衛として張り付くことになっている。さて、何故だと思う?』

 

そこまで言われて俺もさすがに気付いた。

 

『暗殺の防止か』

『それもあるが、本命は違う』

『ん? それ以外に何かあるのか』

 

これが違うと言われると見当もつかない。そして、ビャクヤの方も俺がそう考えていることがわかったようで――――と、いうか、わかっていたみたいで、念を押すように、告げる。

 

『これはクロムの暴走を防ぐための見張りだ』

『…………』

『わざわざ、実力者をここまで集めたのにはそれなりの理由がある。暴走して突出しすぎたクロムを回収するためと、その抑止力となってもらうために、みんなには事情を話し納得してもらった。もちろん、ここにいる僕ら以外でも、できる限りクロムのフォローに回るように言ってある』

 

ビャクヤの言いたいことはわかる。俺はどうしても前に出すぎるところがある。だが、それなら、今まで通りでいいはずだ。けれど、そうしない。むしろ、今までよりもしっかりと対策を立てている。そこの理由がわからない。

 

『ここまでする必要があるのかと思うかもしれないけど……今回、向こうに人質としてティアモが囚われているというのが一番の原因だ』

『…………』

『落ちつけ、クロム。ただの事実確認にすぎない。さて、ここからが本題なんだが、向こうの手口として、確実にからめ手を使ってくる。ただの真っ向勝負だけで終わるはずがない。となれば、情に流されやすく、突出しやすく、そして、最高の交渉材料である炎の台座を持ち、こちらの士気を一気に下げることのできるクロムが狙われる。何に……などとは言わなくてもわかるよな』

『ああ……よく、わかる』

 

ビャクヤのように軍全体を見るものからすれば、俺はあまりにも弱点が多い。たしかに、俺がいるということで軍全体の統率がとりやすく、また、士気も上がる。だが、それは逆を言えば、俺さえ討ち取れれば崩壊するともとれる。そして、向こうのあの司祭も気付いているが、俺にとってティアモは……大切な存在だ。確実にティアモを交渉材料にされたら、俺はうなずいてしまう。きっと、ビャクヤのように切り捨てることなんてできない。

 

そこまで考えて、ルフレがいない理由にも見当がついた。ここにいる者たちならティアモを……切り捨てて俺や炎の台座の守護を行うだろう。だが、あいつはおそらくそれができない。おそらく選択ができず、その間に俺が決断すれば間違いなく――

 

『クロム。絶対に一人になるな。おそらく、おまえが孤立したところをあれは狙ってくる。そうなれば、こちらが戦争に勝っても結果的には負けたことになる』

『そう……だろうな。ルフレがいないのもそれが理由か?』

『……そうだ。ルフレは僕と行動することになる』

『そうか』

 

たとえ、戦争に勝ち、ティアモを取り返したとしてもギムレーが復活することになってはどうしようもない。そうなれば、イーリスの国だけでなく、世界が滅亡の危機に陥る。

 

『……僕の伝えたいことは以上だ。それじゃあ、明日に備えて解散しよう』

『いや、待て。もう一つ聞いていない』

『なんだい?』

『もし、おまえの考える最悪の状態に俺が直面したら……俺は、どうすればいい?』

 

片づけを始めたビャクヤに俺は問いかける。ビャクヤは片づけの手を止め、こちらを見ると苦笑しながら答えた。その顔はどこかあきらめたようで、悟ったものだった。

 

『クロムの望むように。クロムが望んだ結果なら、どんな結末が訪れたとしても僕は構わない。でも、だからこそ後悔だけはするな』

『…………』

『僕の言いたいことはそれだけだよ』

 

それだけ言うと、ビャクヤは片づけに戻り、俺も明日に備えて自分の天幕へと戻った。

 

 

そして――――

 

 

最悪の予想というものは、こういう時に限って起こるもの……今、クロムの隣には誰もいない。クロム自身、気を付けて動いていたというのに、気が付けば周りには誰もおらず、戦場からも少し離れた位置にいた。

 

「……ビャクヤの、予想通りだな」

 

俺は近くの遺跡跡地にいつの間にか移動させられていて、その時連れていた部下は全員、目の前にいるあいつの放った範囲魔法の前に倒れた。そう、敵味方関係なく放たれたため、あいつの部下も巻き添えとなった。

 

「予想できても、回避できなければ意味はないよ。それに、この状況をどうにかできる切札が君にはあるのかな?」

「…………」

 

結果、この場にはあいつと俺と、そして、あいつが連れてきたティアモしかいない。この状況下で、向こうの言いたいことなど分かっている。だからこそ、ティアモが生かされ、俺の前にいるのだから。

 

「さて、予想できたのならこちらが何を要求しているかもわかるよね」

「さあな? 教えてくれないか?」

「……なるほど、軍師の入れ知恵か。まあ、いい。こちらの要求は一つ、【炎の台座】を渡してもらおうか? もし受け入れるのなら、この捕まってしまった哀れな騎士を開放しよう」

「…………」

「さあ、どうする?」

 

要求されたものも、その代わりに受け取ることが出来るものも想定通り。そして、向こうは確信している。俺がどちらを選ぶかを……

 

「クロム様!!」

 

俺が楯代わりに使っていた台座に手をかけると、捉えられているティアモが声をあげる。こっちに関しても、何を言いたいのか理解できてしまう。そして、それ故にもう止まることも出来ない。

 

「わたしのために、そのようなことをする必要はありません! あなたのすべきことは、この交渉を拒み、台座を持ったまま、ビャクヤさんたちと合流することです!! 違いますか!!」

「ああ、そうだろうな。そうするのが正しい」

「ならっ……!!」

 

ああ、そうだ。ティアモの言っていることは正しい。一人の王として、国を守る王として、世界を救う聖王としての行動なら間違いなくお前は正しい。

 

「クロム、彼女の言うことは正しい。どこまでも正しく、正論だ。だが、だからこそ、君はそれにあらがう。違うかい?」

「クロム様!!」

 

そうだ、ティアモの言うことは正しい。でも、俺は――――

 

「ああ、そうだ。俺はそれを選べない。俺は世界ではなく、ティアモを選んでしまう」

 

俺はそう言いながら盾代わりに用いていた炎の台座を目の前に放り投げた。それを見た司祭は捕まえていたティアモを解放し、炎の台座をつかむとあの時のように黒い霧となって消え去った。残されたのは俺と呆然とその場に座り込んだティアモだけだった。

 

「無事か? ティアモ」

 

地面に座り込むティアモに差し出された手は彼女の前で止まり、そして、勢いよくはじかれた。呆然としていた顔には確かな感情が浮かんでおり、その感情は全て俺へと向けられている。

 

「……無事か? ではありません!! 何をしているんですか!! あれはイーリスの象徴であり、守るべき宝。そして、ペレジアに渡ればどうなるかわかっているんですか!」

「ああ、わかっている」

「なら! どうして!!」

 

ティアモは感情の赴くままにこちらを責める。だが、こいつがそうなるのも十分にわかるし、もし逆の立場なら俺もこいつのように怒っていただろう。どう考えても、理屈の上では、王として、未来を担う英雄の子孫としてすべきことはこれではないだろう。

 

だが、それでも、わかっていても、俺にはそれが出来なかった。

 

一言、告げればよかった――――お前を捨てると。世界のために、犠牲にすると。

 

一言、謝ればよかった――――犠牲にしてすまないと。気付けなくてすまないと。

 

ただ行動すればよかった――――彼女に背を向け、みんなのもとへ向かうのが正解だった。

 

「だが、できるわけがないだろうっ……!!」

「……クロム様?」

 

ああ、出来るわけがない。選べるわけがなかった。

 

気付いてしまった以上、思い出してしまった以上、ティアモを見捨てることなどできるわけがないのだ。

 

「俺には、おまえのいない未来なんて選べない……たとえ、その結果、ギムレーが復活してしまうとしても……お前を見捨てて世界を救った未来を俺は選べない」

「どうしてですか!! わたしはクロム様に仕える騎士にすぎません!! わたしの代わりは誰にでもつとまります! ビャクヤさんやルフレさん、フェリアの王の様な代わりのきかないものでは――――!!」

「お前の代わりはほかにはいないんだよ!!」

 

ティアモの言葉を聞いていられなくなった俺はかぶせるように言葉を紡ぐ。そして、座り込んだままのティアモを乱暴に引き寄せて、抱きしめた。突然の俺の行動にティアモが驚いて声をあげる。だが、それだけで、こちらを拒む様子はなかった。

 

「ティアモ……今まですまなかった。俺は、スミアに告白されたあの時まで、おまえとの約束を忘れていた」

「…………」

「身勝手な言い分だというのはわかっている。これは俺のわがままだし、本来優先させるべきものではない。だけど、それでも、この約束を破ることなんてできなかった」

 

静かに俺の独白を聞いていたティアモは小さく、ぽつりと呟いた。その声にはどこか後悔するような響きと、その冷たさの中にある温かな感情が込められているように感じた。

 

「……その約束は、思い出してほしくなかったです。そうすれば、このような事態を避けることが出来ました」

「そうだろうな……だが、思い出さなければ、俺はずっと腐ったままだったと思う。そして、思い出せたから、こうして自分の意志で前へと進むことが出来た」

「…………」

「ティアモ」

「はい」

「遅くなったが、約束を果たしに来た」

「……はい」

 

――――なら、私を守ってよ!! 私に守られるのが嫌なら、そうすればいいじゃない!

できないなら、言わないで!! 

 

――――ああ、わかった

 

――――強くなってよ……守られなくてもいいくらいに、誰かを守ることが出来るくらいに、強く、何よりも強くなって……

 

――――俺は強くなる。お前に守られなくてもいいように……そして、その力で誰かを守れるように。俺を守ってくれたお前を守れるように強くなる。

 

――――……なら、私はそれまであなたを守る。いつか私やほかの誰かを守れるまで強くなるその時まで、あなたの騎士として、あなたを守る。だから、あなたはいつか必ず、誰かを守れるくらい強くなってね?

 

――――ああ、約束する。必ず、強くなる。強くなって、いつか、必ず……

 

 

 

「お前を助けに来た」

 

――――人々を守るために、戦い続ける、おまえを助ける。

 

「……はい、本当に遅いですよ。クロム様……」

 

あいつが今どんな顔をしているかは俺にはわからなかった。だが、きっと泣かせてしまったのだと思う。ティアモから回された腕は彼女から零れ落ちる温かなものと共に、俺にこいつを守り切れたんだという実感をゆっくりともたらした。

 

 

 

 

王子と騎士の小さいころからの約束はこうして果たされた。だが、それは一つの結末を定めたことと同義でもある。避けなければならなかった、一つの結末はこうして彼らの予想通りに決まった。

 

「これを見る限り、炎の台座は奪われたと考えるべきか。だが、ようやく通じ合えたのだ。いましばらくの間くらいは、この逢瀬に目をつむるとしよう。それに、生憎、私一人では無防備な彼女を護衛しながらというのはなかなか厳しい」

「なら、私も手伝いますよ」

「……君は、呼ばれてはいないと思うのだが」

「人出は欲しいでしょう? それに、時間が残されているわけではありません。ここに、あれがいないということは、次に狙われるのは――――」

「そうだな……感動の場面ではあるが、仕方ない。馬に蹴られてくるとしよう」

 

男はため息をつきながら、彼らへと歩み寄る。

 

「そう、時間はもう残されていないんですよ。だから、どうか死なないで、父さん……」

 

そして、未来はまた一歩、彼女の望まない方向へと進む。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

戦いの最中、突如として僕らの前に現れたそいつは周囲を敵味方関係なく吹き飛ばし、僕らと対峙した。そして、僕とルフレがともに行動してるのを確認したあり得ないものを見たとでもいうかのように、驚きに目をみはる。

 

「さて、まさか、あなたがわたしの傍についているなんてね……正直なところ予想外だったよ、ビャクヤさん」

「自分の正体をそんな簡単に明かしていいのかい? 邪龍ギムレー……それともルフレと呼んだ方がよかったかな?」

「どちらでもいいよ。でも、私としては昔のようにルフレって言ってほしいな」

「そうか……」

 

そんなやり取りをしながらも、僕とそいつ――――ギムレーは戦いの手を止めはしなかった。ギムレーも驚きはしたものの、すぐに立ち直ると僕へと切りかかり、それに僕も応戦した。そして、この場で一人、ルフレだけが状況を理解できずに、呆然としている。

 

「それで? どうして、わたしの傍にいたんだい?」

「君がクロムから炎の台座を奪った後に狙われるのはイレギュラーである僕か、最も高い素質を持つルフレのどちらかだからね。そして、どちらを狙ってもイーリスの軍にとっては大打撃になる。さらに言えば、ルフレを君が使う可能性もあるし、成り済ます可能性だってある。そうなると、ほとんどの者が君とルフレが入れ替わったことに気付かずに誤った指示を受けることになる。そうなれば、敗北は必須だ。だからこそ、僕はルフレの傍にいる。君が彼女に何をしてもすぐに対応できるようにするために」

 

魔力の高まりを感じた……それとともに、僕は察した。こいつの術中にはまっていたことを。だが、だからといってどうにかできるわけではない。

 

「……その情報をどこで手にしたんだい? ルキナから……というわけではないだろう? あの娘はそこまでのことを知らないはずだから」

「それを君に教えると思うかい?」

「そうだね……なら、無理やりにでも聞きだすよ!!! あなたの持つ、黒の宝珠と共にね!!!」

「やれるもんならね!!」

 

僕はギムレーの打ち込みに合わせて斜め後方へと大きく飛び、風魔法を行使して一気に加速してギムレーから距離を取る。そして――――

 

「〈レクスカリバー〉!!!!」

 

僕とギムレーがいた場所へと強力な風魔法が撃ち込まれ、周囲の砂を巻き上げ、辺り一面を風の刃が切り刻んだ。完全に目から光を失ってしまっているルフレを見据えながら、こちらをニヤニヤと眺めるギムレーを見る。先の発言からするに、ギムレーは黒の宝珠が足りないはずだ。そして、それの所有者が誰であるかについても検討が付いているはず。だからこそ、ここに姿を現し、ついでとばかりに、イレギュラーたる僕を殺そうと考えたのだろう。

 

「さて……本当にどうしようかな」

 

だが、ここまでならある意味、想定内だ。限りなく最悪に近い状況ではあるが、まだいける。僕を殺すために力を残しておきたいはずだから、クロムはおそらくではあるが生きているだろう。そして、未だに黒の宝珠を手に入れてないということは、ギムレーは僕が黒の宝珠の持ち主であると誤解してしまっている。ならば、この状況はチャンスだ。今まで後手に回り続けていたが、この一瞬だけは、ギムレーを出し抜くことが出来る。

 

だからこそ――――ここで奴を倒し、未来を変える!

 

「何度目になるかは知らないけど、挑ましてもらうよ……絶望の象徴――邪龍ギムレー!」

 

 

 

 

奇しくも、あの時と同じように、僕の隣には誰もいなかった……

 

こうして、ギムレーとの一騎打ちが始まった(運命は定まった)

 




さて、早く投稿できた理由ですが、実は35話が2ヶ月以上前に完成していて、ここのところ忙しくて、それを投稿するのを忘れていました。申し訳ありません。

さて、終わりに向けてそろそろ風呂敷をたたみ始めているところですが……以前お話ししたように、物語がいくつかのルートに分けられる都合上、あえて回収しないものも多々あります。まあ、もしかしたら、バレバレなのかもしれませんが、なんで回収してないの? と思われましたら、作者のことを微笑ましい眼で見ながら、いつか回収されるのを待っていていただけたらうれしいです。

それでは次をいつ投稿するかはわかりませんが、ここいらで終わります。

また次回お会いしましょう。


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第三十七話 暗殺者の一撃

本当は、この少女についてもっと語る予定でした。掘り下げる予定だった……

それでは、どうぞ。

最終話(40話)まで、残り3話です


『父さん……これ』

『ん? もう、いいのか?』

『うん、だから、返すね』

『そうか……それで、目的は達成できたか』

『できてないよ……でも、それでいい』

『…………まあ、いい。出発は明日だ。今日は決戦前の最後の休暇だ。時間を無駄にするなよ』

『大丈夫。父さんこそ、しっかり休んでね。確認しに行くから』

 

そうして、私は父さんの部屋から出た。目的が達成されることがこないこと強く願いながら、私はわざと父さんに【ビャクヤ・カティ】を返す。

 

『そう、これでいいんです。これで……これで、正解なんです』

 

でも、こんなことではどうしようもないことくらい、分かっているべきだった。私はそのことを悟っていなければならなかった。でも、その時の私にはそれがわからなかった。

 

だから、目の前にあるわずかな希望にかけた――――

 

その先に待つのが絶望だと、心のどこかでわかっていたはずなのに……

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「早く!! 時間がないんです!」

 

私はクロムさんたちと共にある場所を目指す。いや、まだ探している最中ではあるけど、そこを目指す。急がなければ、全てが終わってしまう。焦る気持ちを抑えながら私は必死に探していた。でも、やはり、余裕がないというのは自分でもわかる。

 

「わかっている! だから、俺達も探している。だが、どこにいるんだ? こうも広いとさすがに難しい」

「クロムさん、細かく見る必要はないです! 戦場の中でぽっかり穴の開いている場所があればそこです! 父さんのことだから、間違いなく戦場から外れた位置にいるということはないです!」

 

愚痴を言いながらも、必死に探すクロムさんにも焦りが見えている。隣ではそんなクロムさんを諌めながら、ティアモさんも同じように探していた。さすがに、クロムさんも自分がしたことがどういう結果を導くことになるかくらいは理解しているみたいだ。そう、彼がもしもあそこでティアモさんを見捨てていれば、事態はここまで悪化することはなかっただろうし、あの場でもしかしたらギムレーを仕留められていた可能性もあった。

 

だが、それは、もしもの話。

 

ティアモさんは助かり、炎の台座は相手の手中に収まっている。そして、さらに最悪なのはここで軍の要といっていい父さんがギムレーを一人で相手している可能性があるということ。本来の力を出し切れていない状態であるとはいえ、相手はギムレー。父さんが負けるとは私は思わない。でも……でも……最悪な予想というものはどうしてもぬぐえない。

 

「お願い……どうか、無事でいて、――――」

「ん? すまん、悪いが、寄り道するぞ」

「フラムさん? いきなり何を……!?」

 

突如として、フラムさんは方向転換をして、急降下を始める。向かう先は激戦区から少し外れたイーリスよりの場所。そして、そこでペレジアを相手に戦いながらある一点を目指して進む二人の少女が目に入る。

 

「!? ルキナ! それと、カナ!?」

 

驚きの声をあげたのは果たして自分だったのか、それとも、他の者だったのか……そこには、ほんのりと光る【白いビャクヤ・カティ】を握るルキナさんと、短刀で彼女の補佐をしているカナの姿があった。どうして、父さんに返却したはずのビャクヤ・カティをルキナさんが持っているかは分からないけど、今はそんなことを考えている暇はない。

 

「マーク! 吹き飛ばすぞ!」

「っ!! わかりました、いきますよ!!」

 

私はフラムさんに合わせて魔力を集める。そして、フラムさんの繰るドラゴンにまたがったまま、私は弓を引き、光の矢をつがえる。そして、彼のタイミングに合わせて放つ。

 

「いきなさい、〈アルジローレ〉!!」

 

私の放った光魔法により彼女が相手をしていた敵は消え去り、そうして空いた空間に私たちは降り立つ。唖然とした様子でこちらを見上げる彼女達には悪いけど、今は時間が惜しい。詳しく説明している暇はない。だから、簡潔に、こちらの要件を伝える。

 

「ルキナさん! カナ! 二人とも、乗って!」

「カナ! 話は後だ、とりあえず、乗れ!」

 

私とフラムさんはほぼ同時に言葉を発した。そして、それで通じた。通じたが、カナはそれでも呆然としていた。

 

「カナ……いきますよ」

 

ルキナはカナの返事を待たずに彼女を抱えると、こちらへと飛んで、ドラゴンの背に乗る。彼女が乗ると、フラムは急いで空に上がり、彼女の指示を仰いだ。

 

「わかるか?」

「はい! あっちです!」

 

ビャクヤ・カティを握りしめたまま、ルキナは答える。私たちのようにしらみつぶしに探すのではなく、確信をもって彼女はその方向に父さんがいると告げた。何らかの意図があって返却されたであろうビャクヤ・カティのおかげで、私たちは彼のもとへと向かうことが出来る。

 

だから、無駄なことは考えずに、私たちは今できる最大限の努力をしよう。

 

「マーク、あまり時間はないが、どうする?」

 

私へとどのように襲撃するかを尋ねたクロムさんに、私は手に出したままの弓に魔力を込めながら答える。

 

「簡単ですよ。私が魔法を打ちます。それと同時に着地、襲撃です。それに、ギムレーとて完璧ではないです。これだけ人数がいるからこそ、生きてくる切札(ジョーカー)がこちらにはあります」

「ジョーカー? 何のことだ?」

「クロムさんは何も考えずに、いつものように突っ込んでもらえればいいので気にしないでください」

 

私はクロムさんの疑問を突っぱねて、その件のジョーカーを見る。そして、ジョーカーはそれだけで察したのか、小さくうなずいた。

 

「ジョーカー。たしかに、そうだが、大丈夫なのか?」

「ええ、ですから、わずかな間ですが、そっとしておきましょう。彼女にとって実力を発揮するうえで大切なことですから」

「……そう、だな」

 

ドラゴンの上では大切な人との再会を果たした二人の姿を見て、クロムさんは静かに頷いた。

 

「フラム……ごめんなさい。ギャンレルは……」

「知っている」

「それと、あの嫌な奴も……」

「ああ、知っている」

「あと、もう一つ」

「なんだ?」

「ありがとう……たすけにきてくれて。わたしをみつけてくれて」

「こちらこそ、生きていてくれて良かったよ、カナ」

 

あの二人の間にあったことはもうすでに周知の事実だ。だからこそ、私はあの二人が再び出会えてよかったと思う。

 

そして、これは史実においては叶わないと思われていたこと……ならば、きっと――――

 

「ギムレー。あなたの思い通りには絶対にさせない。あなたの見た(描いた)未来は私が壊す」

 

運命は変えられる。

 

一抹の不安を胸に抱いたまま、きっと未来は変えられる……そう強く何度も自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

「〈レクスカリバー〉!!!!」

「くっ! 〈ウィンド〉」

 

もう、幾度目かわからない攻防が続く。ギムレーとルフレ二人による攻撃は苛烈で一つミスをすれば反撃の余地さえないまま殺されるであろうことがわかる。それだけ、二人の攻撃のタイミングは完璧だった。そして、少しずつ確実に追い詰められているのがわかる。

 

「ふふ、そろそろ、チェックメイトですか?」

 

どこか挑発するようにギムレーの言葉に僕は何も答えない。そして、仕切り直す意味も込めて、光魔法を放つ。

 

「〈ディヴァイン〉!!!」

 

放たれた光魔法は空高くまで上り、僕の周囲を焼き尽くした。だが、それだけだ。僕はこれにより体力を消耗し、ギムレー達はたいしたダメージを受けてない。もちろん、ルフレの支配も解けておらず、僕の魔法が途切れるタイミングを狙って魔法が飛んでくる。

 

「〈エルウィンド〉」

「ちっ!」

 

放たれた魔法をビャクヤ・カティで切り裂いて(・・・・・)凌ぎ、こちらへと攻撃を仕掛けてきたギムレーを返す刀で防ぐ。そうして突き出した刀をギムレーはそのまま素手でつかんだ。

 

「!?」

「これで、終わりですよ!」

 

ギムレーの手に魔力が集まり、黒い魔力球を手に作り出し、ルフレもまた魔力を集めてこちらへの攻撃の準備をする。避けようにもギムレーにつかまれているため、剣を引くことができない。だが、まだ終わりではない。ルフレ(ギムレー)は知らないかもしれないが、この剣は、ただの剣ではない。

 

「いや、残念だけど……まだ、終わらないよ」

 

僕はビャクヤ・カティを剣から小さなペンダントへと変える。それにより対象を失ったギムレーの手は空を掴み、力を入れていた体は前のめりに倒れる。倒れ込んできたギムレーを僕とルフレの間に蹴り飛ばし、僕はその背中へと用意していた魔法を打ち込んだ。

 

「〈ディヴァイン〉!!」

「〈レクスカリバー〉!!」

 

そして、僕の目論み通りに、ルフレの魔法がちょうど完成し、僕へと―——すなわち、間にいるギムレーへと向けて放たれた。そして、光と風の魔法が衝突して爆ぜた。

 

ディヴァイン(上級魔法)レクスカリバー(最上級魔法)のぶつかり合いの余波は、当たり前のようにこちらへと流れ込む。その余波に対し僕は風魔法を唱えることで防ぎつつ、勢いに逆らわずにそのまま流される。

 

これで決まってくれればいいのだけど、相手はギムレー。そんな簡単に倒せるとは思ってもいない。だが、さすがに先ほどの攻撃はきつかったらしく、肩で息をしており、衣服の所々が裂けたり、焦げたりしている。

 

「やってくれましたね……!!」

「いや、賭けだったよ。向こうのルフレが僕の件の秘密を知っていたら攻撃を食らっていたのは僕だったし、おそらく君の目的も達成できただろうさ」

「そうですね……でも、同じ手は二度も通じませんよ」

「ああ、そうだね。同じ手は通じないし、使うつもりもない。もちろん、君が過去にしてやられたであろう手も使う気はない」

「……でも、それを判断することはできないはずですよ」

「できるさ。僕には君と違って仲間がいる」

 

仲間がいる……その言葉を聞いた途端、ギムレーはこちらを嘲るように薄く笑った。

 

「仲間? 今その仲間に殺されそうになっているのはどこの誰でしょうね? 仲間なんて信用できない。友達は裏切る。大切な人は簡単に手のひらからこぼれ落ちてしまう。信じることができるのは自分だけ……違いますか?」

「…………」

「そんなことはとうの昔にわかっているはずだと言うのに、なぜ仲間などというくだらないものに縛られるのですか? あなたが割り切ってさえいれば、私を切るときに躊躇したりはしないでしょうに」

「…………」

「そこのところどうなんですか? ビャクヤさん?」

 

その問いへの答えを示すことは簡単だ。だが、わからない。なぜ、僕を殺す手を止めてまでそのことを聞くのか。ギムレーへと吸収された彼女の意思はもう残ってはいないはずだというのに、いや、仮に残っていたとしてもこのような質問をする理由が理解できなかった。

 

「答えることさえできないものに、なぜあなたは従うのですか? そうする意味があるんですか?」

「ああ、ある」

「…………」

「たしかに、君の言うように仲間だからといって必ずしもずっと味方でいてくれることはないかもしれない。友達もそうと言い切れたりはしないのかもしれない。そして、大切であればある程、いとも簡単に僕の手のひらの上から零れ落ちていく。そうして、結局残るのは自分だけ。そう考えれば、自分しか信じられないというのも理解できる。けれど、だからといって、仲間を、友を信じないなんてことはない」

「どうして……ですか?」

「理由なんてない。そこに理屈なんてものもない。ただ、僕が信じたい。だから、信じるんだ。仲間を、友を……そして、なにより————未来からきた彼女たちを信じている」

「!? まさか……」

 

今更、気づいても遅いよ。僕にとってはさして意味のない、けれどおそらく、彼女(ギムレー)にとって意味のある会話は、自身の首を絞める結果になった。ギムレーにしてみれば完全に追い込んだ獲物。確実にしとめることができると踏んでいたからこその行動だったのだろう。

 

だけど――

 

「〈アルジローレ〉!!!!」

 

そのおかげで間に合った。僕の残した一つの希望につながった。

 

「どういうこと!? どうして、ここがわかるの!?」

 

ギムレーが驚く理由は推測できる。そして、それがあるからこそ、あの様にのんきに戦場であるにも関わらず僕へと問いかけたのだろう。

 

「僕らの戦いが周りには見えてなかった」

「!?」

「図星みたいだね。まあ、だから、安心していたのだろうね。僕を助けにくる人は誰もいない。二人で挑めば確実に倒せる。そう思っていたからこそ、君はこういう手を取った」

「…………」

 

黙り込むギムレーへとクロムとルキナが切り掛かる。ギムレーはそれを避けると、二人へと闇魔法を打ち込む。実際に受けたことのなかったクロムは避けきれず食らってしまうが、ルキナは戦ったことがあったのか問題なく避ける。そして、そのまま、攻撃へと移る。

 

「邪魔を、するな!!」

「それは……」

「無理な相談ですよ。〈ディヴァイン〉!!!」

 

ルキナの攻撃をさばきながら反撃へと移ろうとしたギムレーの初動を止めるべく、マークはギムレーが少し下がった直後に光魔法を打ち込む。そのまま僕の隣まできた彼女はその勢いのまま拳を振り抜く。

 

「父さんの……ばか!!」

「ちょ……待って、マーク。さすがにそれはシャレにならないよ」

「何が対策してあるから大丈夫、よ! 思いっきりピンチだったじゃない!!」

「最悪の予想が当たってしまっただけだよ。大丈夫、多分、ギリギリ間に合うと思っていたから。それに、間に合ったからよしとしようよ」

「それは結果論! 〈ディヴァイン〉!!!」

「なかなか器用なことをするね、ていうか、僕とそこは全く似てないのか。いや、いいことなんだけどね……〈ディヴァイン〉!!」

「この……っていうか、マークって誰!? ビャクヤさんに子供なんていたの!?」

 

少しばかり、もとの人格がもろに表に出ているギムレーだけど、そこのところは置いておく。今すべきことは、ギムレーについて考えることではなく、可能なら滅ぼすことだ。だから、手を抜いたりはしない。

 

「くっ……ルフレ!! 援護を……!?」

 

ギムレーは焦ったようにそう告げるが、その直後に悟る。

 

「まさか……」

「残念だが、彼女には眠ってもらったよ。イレギュラーなことがあったとはいえ、周りを見なさすぎたな」

「フラム……そうね、あの場所からの移動なら、あなたに頼るほかないですよね。クロムさんがきていた時点で察するべきでした」

 

ルフレを抱えた状態でフラムは現れ、その隣にはティアモが槍を構えたまま油断なくギムレーを見ていた。ギムレーは闇魔法を唱え、無理矢理にクロムたちから距離を取った。

 

「どうして……ここがわかったの? あなたの推測通り、ここの場所は隠蔽していた。私の持てる力の多くを使って隠し通していたのに、どうして……」

「それでもわずかながら揺らぎというものができる。それで認識されたんだよ」

「たとえ、そうだとしても、それはよっぽど近くに来ないとわからない。あの遺跡からここまでどれだけはなれていると思っているんですか? あの短時間でくるのは不可能に近いです」

 

だから、どうやったのか……ギムレーは尋ねてくる。いや、これはもしかしたら彼女の質問なのかもしれない。

 

「それは君の知らないことだよ。未来の僕と君との関係はそこまで深くはなかったみたいだし、どちらかと言えばクロムとともに行動することが多かったのも聞いている。それならば、知らなくても仕方ない。僕自身、ルキナが生まれてからは彼女の隣にいることが多かったみたいだし、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないね」

 

ルキナから聞いた話では、向こうの僕とルフレは今の僕らよりも一緒にいる時間自体は少なかったそうだ。僕の方が後から入ったことが原因なのか、クロムはルフレを軍師として一番に信用しており、その結果、クロムとの行動時間が増えた。また、僕は僕でリズの護衛や第2部隊の指揮と言った感じで戦場では別行動も多く、ともにいる時間は休憩のときか、軍議、もしくは僕から軍師について学ぶときくらい。ならば、彼女がこの秘密を知らないのもうなずける。そもそも、こちらのルフレだって知らないのだから。

 

だけど、そのことを聞いたギムレーの反応は僕の想像とは違った。自らの策の失敗を悔やんだり、その結果に憤ったりするものではなく、静かに一人へと向けて負の感情を向け始めた。

 

「……そう、またルキナ(あの娘)が邪魔をするのね」

「ギムレー?」

「ねえ、どうして?」

「……ビャクヤ」

「わかっている。何か、様子がおかしい」

「ビャクヤさん……どうして、あなたは……いつも、そっちを優先するの? どうして、他の人ばかりを見るの? どうして、同じ仲間である私のことを見てはくれないの?」

 

ギムレーの様子が明らかに変わった。先ほどまでの様子とは一変している。纏う空気がかわった……というべきか。もともと、扱う属性が闇だということもあり、暗く禍々しいオーラを纏っていたのは事実だし、闇の方面を司る神様であるという強さがあった。けれど、今のギムレーからはそういったものがことごとく消えて、ただの人……。そんな様子を見ていられなくなったのか、マークはギムレーの言葉を切り捨てる。

 

「くだらないですね。そのような嫉妬のせいでそこまで落ちるとは」

「……あなたに何がわかるというの? あの娘がいなければ……何度もそう思いましたよ。アレさえいなければ、わたしは、もっと……」

「だから、下らないというのです。それはあなたの努力不足。その感情はただの逆恨み」

「黙りなさい!」

 

マークの言葉にはじかれたように飛び出したギムレーに対し、マークは冷静にその攻撃を対処する。

 

「いいえ、黙りません。そのような感情に縛られたまま、何もできなかったあなたはやはり、くだらない。そして、そのせいで判断を誤ったのですから、やはり、下らないです」

「何が? どうして、そう言い切れるのですか?」

「その疑問を抱いている時点で、あなたの負けです」

 

マークはギムレーの攻撃を大きくかわすと、僕の目の前からどいた。そして、僕はギムレーへと向けていた矢を引き絞り、言霊とともに放つ。

 

「〈ディヴァイン〉!!!」

 

今度の攻撃は確実に通った。防がれることも、躱されることもなく、確実にギムレーへと当たった。だが、それでも、ギムレーは死んではいない。まだ、生きている。自身の苦手とする光に身を焼かれてなお、その力は消えてはいない。

 

「マークが攻撃するべきだったか」

「くっ……惜しかった、です、ね。もう少し、深く攻撃できていれば、私をここで倒せたのに」

「べつに、今仕留めれば問題ないですよね」

 

マークが静かに弓を構える。だが、それを見ても、満身創痍のギムレーは薄く笑うだけで、避けようとすらしなかった。いや、あの目は、諦めたものの目ではない……あれは……

 

「マーク、詠唱を中断しろ!!」

「え?」

 

あれは、あの目は知っている。かつての敵が見せたもの……確実に仕留めたと思ったアレが最後の最後に見せたあの目……

 

マークの足元から急にギムレーの唱えたと思われる闇魔法が現れた。さすがのマークもこの攻撃は予想外だったようだ。けど……させない。

 

「父さん!?」

 

闇魔法に今まさに飲まれようとしているマークを抱きかかえると、その勢いのまま、一気に魔法の効力外へと駆け抜けた。だが、そのせいで道が開いてしまった。ギムレーとフラムさんを一直線につなぐ道が……

 

「ルフレ!! さあ、私のもとへ! それを届けなさい!!!」

 

その言葉を受けて、フラムさんの腕の中で眠っていたルフレは急に眼を開けた。そして、闇魔法を放ち彼を地面へと押し倒すと、懐からあるものを取出し、ギムレーへと投げる。それはそのまますんなりとギムレーの手の中に納まった。

 

「はは、あはははは!! そんなところにあったんだ! 黒の宝珠!! 通りでビャクヤさんからは何も感じないと思った。まさか、彼が持っているとは思いもしなかったよ!」

「くそっ!」

「クロムさんも、いまさら焦ったように攻撃したところで、どうにかなると思っているんですか? ギムレーである私の復活の条件がすべてそろった今の状況において、それがどれほどの意味を成すと思っているんですか? 〈ノスフェラート〉!」

 

クロムへと向けられた闇魔法はそのまま僕らへと降り注ぎ、攻撃の機会を奪う。僕もマークも、降りかかる闇魔法に耐えるのが精一杯で、ギムレーの復活を只、見ていることしかできない。

 

「見ましたか、ルキナ! 歴史は変えられなかった! あなたという異分子がいたところで、歴史は進むべき道をたどる!」

「く……」

「さあ、始めましょう! 復活の儀を! 神官も、()の素体となるその贄もすべてがそろっている!! 【炎の台座】……いえ、【ファイアーエムブレム】よ! 全てを解き放ち、今こそ、私の前に、そのち……」

 

だが、ギムレーの言葉はそこで不自然に止まった。

 

 

「な……どうして……」

 

 

胸からは赤く染まるナイフの刃が突き抜けていた。

 

 

「……こんどこそ」

 

 

そして――――

 

 

「……こんどこそ、しとめたっ!!」

 

 

その後ろには行方のわからなかったカナがいた。

 

 

「お前は……あのときの……」

 

驚きに目を見張るギムレーをよそに、マークと僕はビャクヤ・カティを呼び出すと風魔法を使い距離を詰め、そのまま二人で切り掛かる。それにあわせてカナもナイフを抜くと後ろから首筋を狙う。

 

三つの剣線は重なることなく、ギムレーのその小さな体を確実に切り裂いた。

 

「あ……」

「これで、おわって!!!」

 

 

 

 

 

自らの幸せのために堕ちた彼女()は、自らの幸せを願った暗殺者の一撃によって殺される。

 

「あ、あ、ああああ、ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

そして、後に残るのは、深い、深い、闇。

 

壊れた器に納まりきらなくなった闇は新たな憑代に宿り、本来の姿を取り戻す。

 

 

――――礼を言うぞ、小さき暗殺者よ

 

 

 

歴史は繰り返す……

 

 

そうして、ソレはひとりで嗤う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この暗殺者の少女の設定は……いろいろとあったんだけどなー(遠い目

気が付いたら、簡単にさくっと触れて、話が進んだので、結局思ったよりも絡んでない。ついでに言うとギャンレルも……ほんのちょっとだけ、同情してやろうかね~程度のことしか書いてない気がします。てか、書いてないです……まあ、そこまで目新しい設定ではなく、ああ、やっぱり?程度のものですけど

ファウダー? 知らないです。あれは噛ませです。少なくとも僕の作品においては噛ませです。彼が好きな読者の方々へ……申し訳ありません。彼の活躍はあるとしても数行で消えると思われます。

さて、今回触れれなかったカナとかギャンレルについてはまたどこかで触れたいと思います。具体的には次の次辺りの章で……

さて、前書きにも書きましたが、この章は40話で完結!!! あとエピローグとなります。随時更新していきますので、どうか気長にお待ちください。

一気にあげようと思っていたのですが、誤字脱字が怖いので、チェックをいれながら少しずつあげることにしました。まあ、まだ、39話と40話は書けてないんですけどね。

頑張って書きます。それでは、また次回……

「こうして、絶望の物語は幕を開ける。これはただの序章。そのことに、気付けない

次回 第三十八話 絶望の始まり~定められた序章~

気付いたとき、その者は抗うことが出来るだろうか……それとも――」


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第三十八話 絶望の始まり~定められた序章~

後、2話です。少し急ぎ足な気もしますが、ここのあたりは語ることがありませんので、このような形になりました。

それではどうぞ。



 

「な……あれが」

 

目の前に現れた余りにも大きすぎるソレに誰もが目を奪われる。

 

「そうです、あれが、私の世界を壊した元凶……私が時間を遡って、歴史を変えることで倒そうとしたものです」

 

ルキナは淡々とその事実を口にする。

 

「邪神ギムレー……あれこそが、私たちが未来で戦い続けた相手であり、ビャクヤさんが最後に戦った相手」

「あれが、邪神ギムレー」

「あれを相手にするのか……? 山と戦うようなものだぞ」

「たとえ、そうだとしても……あれを倒さないと、私たちに未来はありません」

「……っ! くそ、考えるのは後だ! 今は撤退するぞ!!」 

 

クロムたちも踵を返し、撤退を始める。そんな中、僕は頭上に表れたそれを見て小さく呟いた。

 

「……さすがに、これだけでは難しそうだな」

 

全軍が撤退する中、僕は最後までギムレーのその姿を見続けた。

 

「でも、だからといって、諦める気はないよ」

「ビャクヤさん?」

「いや、何でもない、行こうか。フレデリクも、すまない。急いで離脱しよう」

「ルフレさんは、あなたが?」

「ああ、僕が運ぼう。時間がない、急ぐよ」

「はい。リズ様も行きますよ」

「うん、お願い」

 

ギムレーの復活は止められなかった。だけど、まだ、終わりじゃない。あれを倒すことさえできれば、未来はルキナの言うような絶望に包まれることは無い。

 

「まだ、僕は諦めない」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

ペレジアとフェリア・イーリス連合軍の戦いは両者の思惑から外れ、1日と掛からずに決着がついた。その結果、両軍の被害は軽微であり、こちらもほぼ無傷といっていい状態で戦場から撤退することが出来た。

 

だが、それは戦争による被害に限った話だった。ペレジアの被害はそれだけに収まらなかった。ペレジア国内には大昔に倒され、封印されたとされるギムレーの骸があり、その周辺にいた住民や、戦闘中だった兵たちがギムレー復活の際の贄となってしまった。それにより、相手側の被害は甚大で、またギャンレルの代わりに王となっていたギムレーが消えたことで玉座は空席となったことなどが重なり、ペレジアは大混乱。とても戦争をしている状況ではなくなった。もちろん、戦争をしている場合でないのはこちらも同じ。一番避けたかった結果――【炎の台座】が奪われ、ギムレーが復活した。

 

だが、チャンスはまだある。ギムレーは復活の直後はその強大な力になれるために数日から数週間を要するという。それもそうだろう。千年以上眠りについていたのだから、うまい具合に力が使えず、移動も難しい。

 

そして、その時間が最後のチャンス。

 

 

 

 

「それで、ビャクヤ。あんたは、どうする気だい? みんなで避けようとしていた最悪の結果が訪れちまったわけだが……。それと、聞いたよ。決戦の前夜にクロムに対して自由にするように言ったらしいね。こうなることも予期していたんだろう? なら、何らかの対策があるんだろう?」

 

イーリスへと向かう道中の軍議で、フラヴィア様はそう聞いてきた。そして、それはこの場に集まった者たちの総意なのだろう。一部を除いて、皆、フラヴィア様と同じように僕に視線を向ける。

 

「……本当は、ギムレーが復活した後にでも頑張って【炎の台座】を回収する予定だったんだけど、それは不可能だった。ギムレーに吸収されたのかどうかはわからないけど、どちらにせよ、今それは手元にない。だから、もう一つの策が使えるかどうか、ナーガに聞きに行く」

「神竜ナーガに?」

「ああ、そうだ。この世界に存在するギムレーと対になるような神――――ギムレーが破壊と絶望を司るなら、ナーガは創造と希望を司る。そして、初代聖王にギムレーを倒すために力を分け与えたのもナーガとされている。ならば、きっと、知っているはずだ」

 

とはいえ、これは僕の考えではない。そして、策なんてものでもない。だが、この事実を僕が知っていればこの手を取るだろう。だって、これを提示したのは、もとはといえば、僕なのだから。

 

「今回、戻る先をイーリスにしたのもこのためだ。一刻も早く、虹の山にたどり着くために、僕らはこの道を選んだ」

「そこに行けば、ギムレーを倒すこと方法がわかるんだな」

「ああ……とはいっても、おそらく、クロムかルキナにしかそれは実行できない」

「どういうことだい?」

「ファルシオンが必要になるから、その担い手であるクロム達にしか実行できないんだ」

 

それを聞くと、フラヴィア様は納得したように、クロムたちの持つファルシオンに目を向ける。イーリスの王族のみが使うことを許された剣。僕の持つビャクヤ・カティと同様、剣が使い手を選ぶ。そのため、正規の使用者以外が使うことはできない。それを知っているからなのか、フラヴィア様も納得はしたものの、やはり苦い顔をしている。

 

「父さん、訂正があります。正確には、たどり着く必要があるのはクロムさん――では、今回は難しそうですね……ルキナさんだけで大丈夫です。ルキナさんさえたどり着ければ、そこで試練を受けることが出来ます」

「……どういう、ことかな」

「クロムさんの持つファルシオンはまだ眠ったままです。そして、その覚醒に必要なのが、【炎の台座】なんです。ナーガ様の儀式はあくまで覚醒したファルシオンにギムレーへと対抗する力を与えるだけで、剣自体を覚醒させるのは別なんです。だから、過去で既にファルシオンを覚醒させているルキナさんにしか、この役は出来ません」

「…………ルキナ」

「はい……私もそのように聞いています」

「そう、か」

 

 

 

 

 

その後、未来の知識を持つマーク達の言葉が決定打となり、これからの方針は決まった。連合軍の本体はこの近辺にある砦で野営。その間に、別働隊としてルキナとマークとフラムさんとカナの4人で虹の山に向かい、そこで覚醒の儀を行うことになった。時間との勝負になるため、これ以上人数を増やすのは厳しいため、僕と同じ光魔法により屍兵に対し有利に戦えるマークをついて行かせることにし、あとは移動手段の関係から、フラムとカナが選ばれた。

 

本当は僕も向かいたかったが、ルフレは今とても不安定な状態にある。だから、ここをおいそれと離れるわけにはいかなかった。そして、それはクロムも同様だった。クロムもまた、僕と同じようにルキナ達と共に行こうとした。だが、ただでさえ、ギムレー復活により空中分解しかけているこの軍からクロムが抜け、さらに道中に何かあって命を落としたなどあれば、勝てる勝負も勝てなくなる。軍全体の士気を保つ意味でも、クロムにはここにいて、軍内部の見回りをしてもらう必要がある。そのように、僕はクロムを諭す。そのおかげか、クロムも踏みとどまり、最終的にルキナ達を見送る側に素直に立った。

 

「……待つのは、思っているより辛いものだな」

「それがわかったのなら、無理をしないことだよ。その気持ちをいつもエメリナ様は味わっていたのだから。そして、前線にいる君のことを後方で待つリズもまた同じように思っている」

 

見送った後も、ルキナ達が向かった方を見続けるクロムはぼそりと呟いた。そして、返答が帰ってくるとも思ってはいなかったのか、少し驚いたように僕の方へと振り返る。

 

「……お前は――――」

「愚問だよ、クロム」

「いや、まだ、俺は何も――――」

「僕は軍師だ。今はこうして前線で戦うことが出来るけど、もともとは力のない、頭を働かせることしかできなかった、無力な男だよ」

 

クロムのその問いに僕は即答する。僕も同じではないのか? そう思っての質問だろうけど、僕は生粋の戦士ではない。だからこそ、何度も味わってきた。

 

「悪い……」

「気にしなくていいよ。それより、僕らは僕らの仕事をしよう」

「ああ……そう、だな」

「……ティアモ、あとは任せる」

「はい」

 

その際に、強く、強く握りしめられた拳からは血がにじみ出ていた。クロムの性格から、仕方ないとさえいえるが、まあ、良く耐えた方だろう。精神面が若干不安ではあるが、そこは、フラヴィア様やフェリアの戦士たち、僕らイーリス自警団もいるし、なにより、リズやティアモがいれば、大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

「それで、ビャクヤ君はこんなところでのんびりしていていいのかい?」

「今の僕にできることは、特にない。ギムレーとの戦いにおいて最も注意しなければならないのは神出鬼没の屍兵の存在。だが、それに関してはみんな対応できる。ルフレは、今のところ大丈夫。ギムレーに繰られるということもないみたいだし」

「まあ、それもそうだが……」

「それで? ヴィオールは何のようだい?」

 

どこから持ってきたのか、僕のテントで優雅に紅茶を飲んでいるヴィオールと、その後ろで先ほどまで給仕をしていたセルジュは澄ました顔で自身も紅茶を飲んでいる。話があると言って僕のもとに来たはずなのだが……いったい何をしに来たのだろう。

 

「まあ、ビャクヤ君も飲みたまえ。これはわざわざ取り寄せてもらったものだから、おいしいぞ」

「まあ、取り寄せたのは私ですけどね……しかも、現地へと買いに行ったのも私なんですよね」

「うっ! そ、その件は、また、あとでゆっくりと話し合おうじゃないか」

「そうですね……あとで、じっくりと、話し合いましょう」

 

……漫才をしに来たわけじゃないよな? そうだよな? さすがに、今の状況でそんなことをしに来たとは思いたくはないのだが……大丈夫だよな?

 

「ああ、すまない。そろそろ本題に入るとしよう」

「……それで? 用件は?」

「難しいことじゃない。ただ、一つだけ、聞きたいことがあったんだよ」

「何かな?」

 

紅茶を置いて、ヴィオールはこちらへと向き直った。まじめな顔も作れるのだな、と場違いに思った僕は悪くない。

 

「マーク君と今度お茶を飲みたいのだが……」

「却下」

「ミネルバちゃんを呼んできますねー」

「許可します」

「まて、早まるな。話せばわかる。私が悪かった。最近、思い詰めているようだったから少し冗談で場を和ませようと思っただけだ。悪気はない。いや、場違いなことはさすがの私でもわかっているが、どうしても……」

 

予想通りに、ふざけたことを言い出したヴィオールの要件を却下し、セルジュさんにヴィオールへの罰を与えることを即座に許可した。さすがのヴィオールもここまでされるとは思ってなかったようで、セルジュを引き留めながらこちらへと必死に謝ってくる。そうなることくらい予想できただろうに……僕はため息をつきながらセルジュさんにストップをかけた。

 

「セルジュさん……とりあえず、折檻の方はあなたにまかせますので、話を聞くことにします」

「はい、そうしてくださると助かります」

「……私が言うのもなんだが、本題に入る。聞きたいことは先ほどのように、マーク君のことだ」

「マークの? 何か気になることでも?」

「無ければ聞かないよ」

「それで、何が聞きたいんだ?」

「マーク君は何を隠しているんだい? もちろん、君もだ。二人して、何を隠している?」

「……へー、さすがは、落ちたとはいえ貴族。領地を治めていただけはあるか」

 

あの少ない情報でそのように判断するとは思わなかったし、ましてや直接聞いてくるとも思いはしなかった。これは、ガイアも噛んでいるとみるべきかな? だけど、残念だが、その問いには答えられない。

 

「悪いけど、その問いには答えられない」

「……理由を聞いても?」

「まず、第一に、マークの隠し事は僕も知らない」

 

予想外の答えだったのか、ヴィオールは呆気にとられたようにこちらを見ていたが、すぐに立ち直ると、こちらへと再度問いかける。

 

「……待ちたまえ。確か君たちは親子だろう? 少し前からたまにマーク君の相談も受けているという話も聞くし、一緒に寝ているという話も聞いているのだが、その時に何も聞いていないのかい?」

「残念だけどね……僕が聞いているのは主に未来の情報。ルキナからはもう聞いたから、それでマークから情報を集めていたんだ。あー、そうなると一応秘密の正体が一つはわかるな」

「それは?」

「マークが僕と誰の間にできた子供なのか。すなわち、僕が結婚することになった人のこと」

 

……とても、予想通りの反応だな。いや、うん、そうなるのはわかるし、聞きたいのはそれじゃないというのも理解できている。だが、それ以外のことは僕も知らないのだから勘弁してほしい。

 

「……さすがに、それを聞けないのはわかる。だが、それではないだろう?」

「さて、そっちの方は僕も知りたいんだけどね……無理なものは無理だ」

「そうか、それで? 君の方はどうなんだい? 何故、言えない」

「…………知らない方がいいこともある。ただ、それだけだよ」

 

その様に告げると、ヴィオールはそれ以上追及することを諦めたのか紅茶を再び口に運ぶ。ヴィオールの質問も一段落したようなので僕も紅茶を飲む。悔しいが、ヴィオールが自慢するだけはある。とても、おいしかった。

 

「さて、それでは、私の方の用件は済んだ。結局、何もわからなかったがね」

「そこは、諦めてくれ。こればっかりは話すわけにはいかないんだ。いつどこで誰が聞いているかわからないからね。少なくとも、ガイアは聞いてるし、このお菓子を狙っている」

「そのようだね……はー、ガイア。入ってきても構わんよ。君も一緒にどうだね?」

「お! 気が利くな、ヴィオール。とはいえ、こっちも仕事があるから、あまり長居は出来ないけどな」

「……ここでやれとは言ってないんだけど」

「気にしたら負けだよ」

 

その後、結局、どこから広まったのか、マリアベルやスミア、リズなどの自警団のメンバーが集まり、僕のテントはとても賑やかになった。久しく感じてなかった温かな団欒にヴィオールの言う通りに僕の精神的な疲れはだいぶ癒された。

 

――だが、そういう時間ほど長く続かない。

 

「ビャクヤ」

「なんだい、ガイア。仕事に戻ったんじゃなかったか?」

「帰ってきた」

「……なら、僕はいかないといけないね」

「私もお供します」

 

終わりは突然にやってくる。そして、間が悪いことに、隣にはルフレがいた。彼女もガイアの言葉が聞こえていたのか、こちらへと意識を向ける。

 

「ここは使わないのか?」

「……せめて、ほんの少しの間ではあるけど、皆にも体を休めてほしい。そう思っただけだよ」

「ついて来てくれ」

 

そう、儀式を行うために出ていた4人が帰ってきたのだ。

 

結果として、儀式は成功。ルキナはナーガからギムレーへ対抗する力をもらったらしい。そして、その際に、詳しくギムレーへの対策を聞かされた。そして、僕らではどうあがいても、ギムレーを滅ぼすことが出来ないというのが結論だった。曲がりなりにも、ギムレーも神と呼ばれるような存在である。同格の存在であるナーガでは完全に滅ぼすことは出来ず、封印が手一杯ということだった。そして、ギムレーの滅びは自分自身の手によってでしか成しえない……それ以外の方法をナーガは知らないという。

 

その後、夜に再びみんなを集めて今回のことの結果を伝えた。

 

「……時間を稼ぐことしかできない。それが今回の結論か。倒すことはできても滅ぼせないのであれば意味がない。結局は今までと変わらない。それに、今回のように封印できるところまで持って行けるとも限らない」

「だが、滅ぼす方法がないんじゃ仕方ない。私たちがあれに死んでくれと頼むのかい? そんなことは絶対に聞き入れちゃくれないだろうさ」

「……あの」

「ルフレ? どうかしたのか?」

 

軍議の間、静かにしていたルフレの言葉にかぶせるように、僕は彼女の名前を呼んだ。僕の声の方が大きかったためか、突然僕が彼女の名を呼んだように聞こえただろう。だが、数人ほど、ルフレの声を聞いていた。彼らは一様に僕のことをいぶかしげに見ている。

 

「いえ、何でもないです」

「そうか……クロム、今はこれしか策がない。それに、封印であろうとしなければこの世界が滅ぶ。たとえただの延命でしかなくとも、僕らは出来る限りのことをしなければならない。そして、伝えないといけない。知りうる限りの全てを」

「そう……だな。ルキナもそれでいいか?」

「はい……」

「それじゃあ、解散しよう。明日からギムレーがいる場所へと移動を開始する」

 

そうして、僕は軍議を半ば無理やり終わらせると、ルフレを伴って移動する。フラムや、フラヴィア様、フレデリク辺りは、何かあると察しているのか、僕らが二人になりやすい状況を作るのに協力してくれていた。だが、その目は後で話せと語っていた。話せることじゃないから、ルフレと二人になれる場所を探しているんだけど……わかってもらえそうにない。

 

そして、これまたルフレが気付いているかは知らないけど、なんだかんだで、ガイアとマークが後を付けている。そこまでしっかりと気配を消せてないマークはおいといて、ガイア……忍べよ。いや、見張っているアピールをしているのはわかったから、あとでお菓子出すから、もう少し気配を消しくれ。気が散る。

 

そのまま、しばらく歩いて、野営地から少し外れたところまで来ると、僕はルフレの方に向き直る。

 

「……さて、大体何を言おうとしたのかは理解できるつもりだけど、さっきは何を思いついたんだ?」

「その前に、確認したいことがあるんですけど、いいですか?」

「なんだい?」

 

先も言ったように、彼女が何を思いついたのかはだいたいわかっている。だから、この質問も何が聞きたいのかわかる。おそらく、自分が――――

 

「私はヒトであると同時に、ギムレーでもありますか?」

「――――その答えは君が一番知っているはずだよ。もっとも、確信を得たいのであれば、ナーガに問いただすといい。自分がギムレーなのかどうか」

「そうですか」

 

そして、この答えが僕らの推測通りであるなら、ある一つの仮説のもとに、ギムレーを倒す可能性が生まれる。だが、確証はない。ほぼ確実に滅ぼせるが、出来ない可能性もある。そのような部の悪い賭けでもある。だが、彼女は聞いてくるだろう。

 

「ビャクヤさん。もし、ギムレーを倒す方法を思いついたと言ったら、賛同してくれますか?」

 

僕がその方法を良しとするかどうかを。もし自分が彼女の立場なら間違いなくそうしているであろう方法だけに、強く否定することが出来ない。いや、どこかでそれが最善と決めつけてしまっている自分がいる。だからこそ、否定をしなかった。口止めをしなかった。わざわざ、こんなところにまで連れてきて、その内容を聞こうとした。

 

どうか、自分の予想が外れていますように……そう願いながら。

 

でも、悪い予感や予想というものは何故か当たる。当たってしまう。だから、僕は答えざるを得ない。最善(最悪)の手を……

 

「するよ。ギムレーである君自身がギムレーを倒す。そうすることで、ギムレーが自身の消滅を望んだのと同じ結果を作る。まあ、簡単に言えば、手の込んだ自殺だね」

「……やっぱり、わかるんですね」

「困ったことに、良くも悪くも君は僕に似ている」

「目が覚めてから、ずっと――――ビャクヤさんを見てきましたから。記憶のなかった私を導いたのはほかでもない貴方です。だから、そうなるのも仕方ないですよ」

「そうだね。ルフレの言う通り、僕ならこうするだろう、そう考えれば、君の行動もある程度理解できるんだよ。だからこそ――僕にはそれを否定することができない。それによって、どのような結果が生まれるのかわかっていても、それを止めることが出来ない」

「そう……ですよね。でも、もしも、そうだとしても、私は……」

「わかっている。だから、ごめん」

「いえ、でも、少しだけ、わがままを聞いてください」

 

 

 

ほんの少しだけと――彼女が僕へと要求したわがままによって、少しだけ、予定していた時間を延長することになった。だが、それのせいで、わかってしまった。気付いてしまった。でも、僕は言ってしまった。彼女へと告げてしまった。だから、これは僕の贖罪……こんなものじゃ足りないだろうけど、せめて、こんな小さな望みくらいは、叶えたい。

 

そう、思った。

 

「今日は、寒いな……」

「そう、ですね……だから、あなたの温かさがよくわかります」

「僕は、そんな……」

「私が勝手に思っているだけですよ」

 

そう、彼女は何時かのように笑う。だから、僕もそれに対し何時かのように微笑んだ。

 

 

 

 

「…………戻ろう」

「はい」

 

 

 

 

 

次の日、僕らはナーガ様の加護を受けながら、ギムレーのいるペレジアを目指してイーリスを出た。

 

これが、僕の最後/最初の旅となった。

 

 

 

 

 

 

 




これは少女達の決意のお話。


これは少女の決意が受け止められたお話。
これは少女の決意を支えるお話。
これは少女の決意が受け継がれたお話。
これは少女が決意してしまったお話。


FE覚醒~誓いの剣と精霊の弓~ 第39話

『幕間 誓いと決意とこぼれた涙』

誓いはここに……あの時のまま、今もそこに残っている


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第三十九話 幕間 誓いと決意とこぼれた涙

次がこの章の最終話……


 

これは決戦前夜のお話……彼らがギムレーに挑む前日のお話。ほんの少しの小さな希望を胸に、大きな絶望へと挑む……そんな決意をしなければならなくなった日のお話。

 

そして、私は願います。

 

どうか、私の願いが叶いますように……と

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

それは突然現れた。僕らが最後の話し合いをしているときに突如としてそこに現れた。

 

「ナーガ様!?」

「驚かせてしまったようですね……人の子らよ。ですが、少し話しておかねばならぬことがあります」

 

僕らの前に現れたナーガはそう前置きをして話し始めた。

 

「ギムレーと戦う……そう、言われたところで、あれにどのように攻撃を与えればいいかがわからないと思います」

「たしかに、あの山のような巨体に対し、どのように戦えばいいのかなんて俺達にはわからない」

一部の例外(・・・・・)を除き、あれと真っ向から戦うのは無謀であり、不可能です。ギムレーの後頭部……首の後ろの方なら可能性が高いです。あそこへと攻撃を通す……すなわち、ファルシオンにて攻撃することによりギムレーの封印を行うことが可能です」

「だが、そこまでの移動はどうすればいい? ドラゴンや、ペガサスに乗れるものは軍全体を見ても多くはないぞ? 近づけたとしても、どうやってあれに飛び移り、攻撃をするんだ?」

 

クロムの疑問はもっともだ。あれだけのサイズになると、ギムレーの動き一つ一つが僕らにとっては脅威になる。ギムレーにとって何気ない動きが、僕らには必殺の一撃に等しい威力を持つ。それに、ギムレーの背中に乗れたとしても、ギムレーが反転しただけで、僕らはそこから振り落とされてしまう。

 

「そこのところは心配いりません。私があなたたちをそこまで運びましょう。そして、あなた方が戦っている間、可能な限り、私がギムレーの動きを止めます。ただ、私にできるのはそこまでです。復活を果たし、力を取り戻しつつあるギムレーに対し、未だ霊体にすぎない私では力の差がありすぎます。相性の良し悪しだけで補えるレベルではありません。ですから、そこからはあなたたちの仕事です」

「なるほど、それなら、問題はないな」

「ええ。ですが、ギムレーのその位置にはそこを守護する機能を持つものが存在しています。こちらへと来たギムレーが器として使っていた少女が屍兵と共に、そこの守護にあたっています。あなたたちはそれらを突破し、ギムレーの器であった少女を消滅させる必要があります」

「どれくらいなら移動させることが出来ますか?」

 

僕はそう質問した。もとからルキナだけで行かせる予定はなかったけど、屍兵もいるなら予定は変わってくる。それらの相手をしながら、ギムレー……器である魔導師のルフレを倒すとなると、厳しい。出来れば自警団とフェリアの精鋭たちを連れて行きたい。

 

「30……それ以上になるとギムレー討伐後に地上に下ろす際に支障が出てきます」

「そうですか」

 

30人……自警団の者たちと一部のフェリアの精鋭が連れて行ける。これなら、屍兵の相手を任せて、僕らがギムレーへと集中できる。これならば、不可能なことでもないし、十分に可能だ。

 

「ビャクヤ、行けそうか?」

「十分だよ。20人以上も屍兵に当てれるのだから問題ない。むしろ、ある程度、余裕をもって対策が出来るかもしれない。まあ、それも、器の強さしだいだけど……」

「もし、強さに変化がないのであれば、私と父さんで押さえられます」

「……頼もしいな」

 

どこか、ひきつった笑顔でマークに言葉を返すクロム。うん、気持ちはわかる。でも、不可能ではないだけで、余裕じゃないからね……さすがにそんな少人数で挑む気はないからね?

 

「マーク。その人数はさすがに厳しいから、ルキナ、クロム、ルフレ、あとはリズと、フレデリク。そして僕を含めた7人で挑むよ」

「そうかい、それで? あとはどうするんだい? 指揮系統がすべて集中しているようだけど、それで大丈夫かい?」

「ええ、大丈夫です、フラヴィア様。フラムさんとヴィオールに一時的に全体の指示をしてもらいます。フラムさんは、出来るはずですよね?」

「……お前はいつそのことを?」

「カナに聞きました」

 

ヴィオールの返事に関しては聞くつもりはない。どうせ、それくらいなら出来るのだから。あとは、ナーガの言葉に疑問を持ってしまったクロムをどうするかと言うこととアレ(・・)が可能かどうかを確かめる必要がある。

 

「そういえば、一部の例外とは?」

「精霊の武器を担いし者――――いえ、こういった方がいいかもしれませんね。理に背き続ける者と」

「理に……背き続けている? 誰なんだ?」

「……今はそのことは重要ではありませんし、ギムレーを打ち倒すことには関係ありません。ですから、あなたたちはただ、ギムレーを倒すことだけを考えてください」

「その、ギムレーを倒すことで質問があります」

「どうかしましたか? ギムレーの血を引き継ぎし少女よ」

「……さすがに、わかりますか」

「私たちと同じ力を感じますから」

 

この時点で、僕とルフレの聞きたいことの答えは得ることが出来た。だから、ルフレもそこで質問を終える。そして、この策は僕らの最終手段として残しておく……はずだった。

 

「そうですか。それなら……いいです」

「自分がギムレーを倒せば、ギムレーが消滅するかどうかを聞かなくてもいいのか?」

「ガイア……」

 

予想外のところから、その予定は崩れ去る。あの時のことを口止めしていなかったこちらの落ち度ではあるが、まさか、ここで聞いてくるとは思いもしなかった。そして、そのようなことを言われれば、当然、誰もがそれについて興味を持ち……

 

「ナーガ様。ルフレがギムレーを倒せば、ギムレーは消滅するのか?」

 

クロムが代表して質問し直すのは仕方がないことだろう。でも、その結果は確かに、僕らにとって希望をもたらすだろう。だが、同時に、クロムも思い知る。現実はそんなに甘くはないということを。

 

「……可能性はあるかもしれません。ですが、ルフレ。あなたにはすでにもう一人のあなた――ギムレーの心が流れ込んでいます。人と竜の心は混ざり合い、もはや分かつことはできません。あなたがギムレーを殺せば、あなたもまた死ぬことになるでしょう」

「…………」

 

そこまでは予想通りだった。周りが驚いている中、僕とルフレだけが冷静に、その言葉を聞いていた。けど、続く言葉だけは、さすがに予想できていなかった。

 

「ですが、あなたが生き残る可能性も皆無ではありません。あなたはこの世界で多くの人々と出会い、絆を育んできました。もし彼らを思う人の心がギムレーの心に勝れば、あなたは、この世界に留まることができるかもしれません。ですがその可能性はごくわずか。人の身で叶うことではないでしょう。おそらく、あなたはこの世界から消えることになります」

 

可能性は低い。だけど、その可能性がゼロでないのであれば、僕らは戦っていける。だけど、クロムがそんなことをさせてはくれないだろう。クロムは、誰よりも仲間を思っている。いや、失うということを恐れている。だから、反発する。

 

「そんなことはさせるわけにはいかない! 

 誰かの犠牲のもとに成り立つ平和を認めるわけには――――」

「だけど、どうするんだい、クロム。これが一番確実にギムレーを倒せる方法だよ」

「くっ……だが……」

「私はそれでいいですよ。こうしようと、ビャクヤさんと前から決めていました。そして、こういう結果が生まれるであろうことも、予想が出来ていました」

「……ルフレ、だが……」

「それに、クロム。可能性はあるんだ。誰もが帰ってきて、幸せになる。そんな可能性が」

 

ここまで伝えても、なお、クロムはこちらの言い分を認めない。否、認めるわけにはいかないと、こちらを見ている。だが、僕もこの意見を曲げるつもりはないし、そしてなにより――――これ以上、負担を増やすわけにはいかない。

 

だが、そんな考えは彼女の前では無意味だった。その少女はため息をつくと、そっと杖を振りかぶり、軽く振り降ろす。

 

「えい!」

「!? い、いきなり、何を」

「お兄ちゃん……ビャクヤさんをもう少し信じようよ」

 

呆れたように自分の兄を見ながらリズはため息をついた。軍議では役に立てないからと、普段はフレデリクに教えてもらいながら、静かに見守っているリズが珍しくクロムを杖で軽くたたきながら介入してきたことに、僕は少しばかり焦る。

 

というより、まずい気しかしない……

 

「リズ……どういうことだ?」

「ビャクヤさんはね。お兄ちゃんと同じくらい、仲間を大事にするよ。そして、そこに可能性があるなら、それがどんなに不可能に思えても、可能に知るのがビャクヤさんだよ? そんなビャクヤさんが、ルフレさんを見捨てると思うの?」

「……ビャクヤ?」

「ノーコメントだ」

「父さん……隠せてないですよ」

 

そうなのか? そう言いたげに、クロムはこちらを見てくる。だが、止めてほしい。そもそも、確実性のないことを出来るというのはしたくないんだ。可能だということになれば、クロムも賛同し、クロム自身の言葉でルフレに言うだろう。この命令を。もし、それでだめだったら、責任を感じるのはクロムだ。だから、これは僕の考えで、僕が軍師として割り切って命令したという事実が、形だけであれ、重要だった。ほんの少しの違いだけど、クロムにかかる負担はとても少なくなる。だからこそ、あえて、あのように対応していたというのに……

 

「わかりやすいね、ビャクヤさんは」

 

ふふ、とリズは僕を見て笑うと再びクロムへと向き直った。

 

「ね! お兄ちゃん! ビャクヤさんは、ちっともあきらめてないでしょう? だから、大丈夫! きっと、誰もが助かるよ!」

「……そうだな。俺もどうかしていた。仲間を――俺たちを何度も導いてくれたビャクヤを信じないなんて、おかしい話だよな」

「そうだよ! それに、ルフレさんも心配しないでよ!!」

「なにが、ですか?」

 

リズはいつものように――見る人の心を優しく包み込むような笑顔でこう告げた。

 

「私たちが、ルフレさんを繋ぎとめるから! この世界に、必ず! だから、ルフレさんは必ず帰ってこれるよ!」

「……ほんとに?」

「うん、絶対に、大丈夫だよ!!」

 

だから、心配しないで――彼女はそう、告げた。

 

「……ありがとう」

 

 

 

 

一度は曇った太陽は、彼女のため、皆のため、そして、大切な人達のために再び輝くことを決める。もう一度、今度は決して曇らぬようにと……いつか、皆が笑い合える日を作るために、彼女は皆を照らす。

 

「フレデリク」

「なんですか、リズ様」

「私ね……がんばるよ! こんどは、無茶はしない代わりに、皆にたくさん迷惑かけちゃうかもしれないけど、でも、それでも、一生懸命、がんばるよ! 絶望に負けないために!」

「……では、私も、精一杯、リズ様を支えましょう」

「うん、お願いね!」

「ええ、お任せください。私の全てを持って、あなたを支えます」

 

青い騎士は再び誓いを立て、太陽はその支えのもと空へ。暗雲を裂き、光を地上に届けるために、彼女たちは、彼女たちの舞台で戦いを始めた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

『ルキナ――――少し、いいかい?』

『はい? 何でしょうか?』

『僕が以前ペレジアの方で無茶したときのことを覚えているかい?』

『……はい、覚えていますよ。あの時にも言いましたけど、とても心配したんですよ。あなたは、いつも無茶ばかりしますから』

『はは、なるほど……どの世界でも、僕は僕なんだね』

『そう、ですね。そのせいで、私たちはいつも心労が絶えませんでしたよ』

『それは、申し訳ない。まあ、それについてはまた今度にするとして、本題に入るけど、君は、これ(・・)にいつ気付いたんだ?』

『……覚えてはいないんですね』

『なるほど、これも、僕が知っていたことで、君に教えたのか』

『はい、そうです』

『どこまで可能だ?』

『あれくらいの範囲なら、可能だと聞いていました。それは実際に証明できています』

『そうか……なら――――これを、君に』

 

そう言って、彼はあの日のように私に向けて【白いビャクヤ・カティ】を差し出しました。

 

その意味は、あの日のモノと違う。

 

でも、それで、いい。そう、思える(諦める)ようになった自分がいた。

 

『ごめん』

『謝らないでください……それに、私に渡したのにも何か考えがあるのでしょう? マークではなく、私に渡す意味が』

『悪いけど……意味はない。だけど、しいて言うなら、その方がいい。そう思ったんだ』

『どういう事ですか?』

『いや、忘れてくれ……それと、これは勘でしかないけど、マークはそれについて何か知っている』

『……? あやふやですね』

『そして、それは、きっと僕らの最後の希望になる』

『…………』

『それじゃあ、明日はいよいよ決戦だ。あまりゆっくりはできないけど、休めるときに休むものだ。体をしっかり休めてくれ』

 

彼の最後に言った推測は、正直、私にはよくわからなかった。でも、それはきっと、最善なのだろう――――私はそう思った。その結果、私は彼のもとへとたどり着くことが出来た。託されたこのビャクヤ・カティのおかげで、彼を失うことは無かった。彼は生きて、私たちのもとへと帰ってこれた。

 

なら、きっと、彼の推測も正しいのだろう。だから、私は、これを彼女に託した。

 

「マーク。すこしいいですか?」

「ルキナさん?」

「これを、あなたに…………きっと、あなたが持っていた方がいいから」

「はい……わかり、ました」

 

その時のマークの顔は、どこか、諦めたような顔だった。でも、私がその意味を知ることは無い。これは、決して私たちが知ることのないもの。

 

彼女が望み、彼が作り、彼女へと渡ってしまった――――希望/絶望

 

「マーク?」

「大丈夫です、きっと――――運命は変えられます」

 

その言葉の重みを知ることになるのは、私ではない。その言葉の重みを知ることになるのは、彼だけだった。

 

これは、最後の夜の話。二人だけしか知らないお話。

 

 

そして――――

 

 

私たちの作戦は始まった。みんなもそれぞれ、決意を固め、明日へと挑む。そんな中、私も決意する。ことここに至って、ようやく決意した。

 

いや、しなければならなくなった。

 

「シエル。私はあなたを……助ける。何があっても、どんな敵が立ちふさがろうとも、必ず、あなたを助けてみせる。幸せにしてみせる。たとえ、そこに私がいなくとも、私のすべてをもって、あなたを救います」

 

だから、どうか、この先の未来に光を……闇に負けることのない、強く、優しい光を照らし続けてください。

 

独り――――ただ、独りで寂しく、少女は月を見上げる。その瞳に映る月はいつもよりも少しだけ、まぶしく、どこか、遠くに感じた。

 

 

 

 

 

 

風が吹く。

 

きらりと、月明かりの下、光が躍る。

 

誰も見ることのない、誰も知らない、その景色。

 

彼女は独り、寂しく、決意した。その心は誰にも聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 

 






「そして夜は明ける
空を覆う絶望へと希望の光を携えて、彼らは挑む
引き絞られた弓から放たれるものはキボウ
絶望の担い手が放つ魔法はキセキ
少女がもたらすものはヒカリ

――――こうして、陽はまた昇る

次回『最終話 陽光の聖女』

少女は照らす。絶望の未来を希望へと変えるために
誰もが笑い合える未来を作るために


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最終話 陽光の聖女

……活動報告を書くと、数日後には仕上がるということが多々ある。

まあ、いいか。

最終話です。どうぞ

今更ですが、戦闘描写って苦手


 

頭上には巨大なギムレーがいる。そして、僕らの目の前には大量の屍兵がいる。僕の後ろには頼れる仲間がいる。隣には……

 

「クロム。覚悟はいいかい?」

「もちろんだ」

 

隣にはクロムがいる。力強く頷くと彼はゆっくりと前に出る。そして、そのクロムに寄り添うように、ティアモが歩を進める。

 

「フラヴィア様も……」

「は! 誰に言っているんだい? こっちのことはあたしらに任せて、あんたらはあのデカブツを何とかしてきな!」

 

隣にいたフラヴィア様もまた、一歩進みでると、剣を掲げ、フェリアの兵たちを率いて前進した。その様子を静かに見守っていたナーガは僕らに最終確認をしてくる。

 

「人の子らよ……よろしいですね」

「ああ、これで全員だ」

 

クロムは僕らの方へと向き直ると、静かに告げる。

 

「みんな、いくぞ! ギムレーを倒し、運命を変える!」

 

クロムの言葉に皆それぞれの方法で答える。剣を掲げる者、言葉で表す者、静かに頭を下げる者、ゆっくりとうなずく者。そして……

 

「クロム様」

「ああ、行くぞ、ティアモ」

 

共に歩むもの。ここにいる、誰もが絶望に抗い、希望を掴もうと立ち上がった。僕はそれを眺めながら、少しだけ思う。いや、その考えが捨てられない。捨てることができない。

 

そう ―――― なにか、忘れている

 

でも、それが何かはわからない。そもそも、これには根拠がない。だからこそ、言えないし、わからない。そんな僕の心中は誰にも察せられることなく、全ては順調に進んでいく。

 

「それでは、転送の魔方陣を起動します……」

 

僕らの足元が淡く光りはじめたかと思うと、その光は一気に模様を描いていき、魔方陣を完成させる。この魔法を実際に受けるのは初めてのはずなのに、どこか懐かしい。あの遺跡を見た時と同じような、確かな違和感と懐かしさ。そして、遺跡の時と同じできっと忘れてはいけないもの。だが、その思考は袖を引かれる感触とともにさえぎられる。

 

「父さん……いまは、目の前のことに集中して」

「……ああ、そうだね。でも、あとで、聞かせてもらうよ」

「……うん」

「…………」

 

鎌をかけるような意味ありげな僕の言葉にマークは素直にうなずいた。そんなマークを少しおかしいと思ったが、あとで聞けばいいだろう。僕はそう考えて、目の前のことに集中する。

 

その間にも光はどんどん強くなり、密度を増していく。そして、光がはじけた時、不思議な浮遊感を伴って、僕らはギムレーの上へと移動した。

 

「それでは人の子らよ……どうか、世界を――――頼みます」

 

そんな、ナーガのつぶやきは誰にも聞こることはなかった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

空の上へと移動した僕らを出迎えたのは、予想と違い、静かにたたずむルフレ(ギムレー)だけだった。

 

「よく来たね、ですが、残念です。あなたたちは油断しすぎですよ」

 

そして、移動と同時に僕らの足元は爆ぜた。ギムレーの行動はほぼすべて封じられている。だからこそ、本体からの攻撃が来ることは無い……その油断が招いた結果であることは明らかだった。

 

「確かにあなたたちの考えは悪くない。でも、ナーガの力だって万能じゃない。この一撃を通すくらいなら、あれの支配を逃れることはできる」

「く……そ、まさか、ここまで力の差があったのか……」

「その通りですよ、クロムさん。あなたとギムレー(わたし)の間にはこれだけの力の差があります。そもそも、あなた方が立っている場所は私の体の上なのですから、当たり前じゃないですか」

 

そんなことわかりきっていた。そんな当たり前のことは言われるまでもなくわかっていた。だからこそ、ナーガの協力でギムレー本体の動きを封じる予定だった。それにより、少なくとも、目の前の器と屍兵のみに集中することが出来る……そう考えての作戦だったのだが、ナーガが僕らを転移させる際に生じたわずかな隙を突かれた。

 

いや、その隙くらいならカバーできる。それくらいなら、問題はないだろう。そう、油断していた。

 

「クロムさん! みんな!」

「そして、ルフレ(わたし)。これで終わりですよ。どのような希望を持っていたかは知りませんけど、これ以上はもう、抗えません」

 

ルフレは無事だったのか。後は、似たような状況にあるな。もちろん、僕も例外じゃない。そんな僕らを楽しそうに眺めながらギムレーは嗤う。ルフレへと嗤いかける。

 

「さて、そこで提案ですよ、ルフレ(わたし)

「なんですか?」

ルフレ(わたし)の周囲にだけ何もないのにも訳があります。以前、言ったように、そして、あなた自身が確信しているように、あなたは私です。だからこそ、問いましょう」

 

なるほど……そう、来るか。だけど、まだ、だ。まだ、ここではない。自分にそう強く言い聞かせる。ギムレーの狙い自体はわかる。もし、僕らが万全であれば、ルフレはこの条件を呑まないだろう。でも、この状況でなら話は違う。天秤にかけられれば、彼女は捨てられない。僕らを捨てることが出来ない。

 

(ギムレー)と共に来なさい。そうすれば、あなたの仲間を見逃しましょう」

「断れば……?」

「皆殺しです」

 

その二択はすでに、選択肢の意味を持っていない。彼女なら、どちらを取るかなどわかりきっている。そして、僕や、ギムレーの推測通りに、彼女は動く。

 

「……わかりました」

 

ルフレはかすれるような声で、そう告げた。それを見たギムレーは今度こそ、本当に、心の底から笑う。愉快だと――――自分の描いた通りの未来が来たことを悦んでいる。そして、悔し気にうつむくルフレを見ながら、倒れている僕を見ながら嗤う。嗤いながら告げた。

 

「見ましたか? ビャクヤさん。あなたの信じた絆は、仲間はこんなにももろい! そして、あなたのすがった希望はこんなにも簡単に砕け散ってしまうんです! わかりましたか? これが、あなたとギムレー(わたし)の差です。結局、最後にものをいうのは、個人の力なんです! ここに、あなたと私の勝敗は決しました。未来には破滅と絶望しかないんですよ!!」

「…………」

「くそっ」

 

誰もがその言葉に反論できなかった。クロムも、ルキナも、リズも……ここにいる仲間の誰もが、その言葉を受け入れていた。その先にある未来を受け入れるしかないと諦めていた。

 

でも、だけど、だからこそ、僕は抗おう。この絶望に――――

 

「そんな……ことは、ない」

「そんな体で言っても、強がりにしか聞こえませんよ? 少なくとも、もう、あなたが戦うことはできません」

「そう……だな」

「そして、あなたの仲間が戦うことも出来ません」

「ああ、そう、だ」

「ならば、あなたに打つ手はありません」

 

そう、その通りだ。クロムやリズ、ルキナ、そして自警団の仲間たちも、皆、最初の攻撃で満身創痍だ。むしろ生きているのが不思議でもある。いや、ギムレーによって生かされた……という方が正しいだろう。そして、僕も同様に動ける状況にない。でも、一つ忘れている。

 

「ですが、私もそこまで鬼ではありません。あなたが、私の下につくのであれば……」

 

ギムレーは自身の言葉が肯定されたことで勝ちを確信したのか、僕にも何かしらの交渉をしようとしてくる。だけど、僕は、まだ、負けを認めたわけじゃあない。

 

「いや、あるさ」

「……いったい、何を根拠に」

 

君がこの一撃を切り札として用いたように、こちらにも、君に対する切札がある。そちらがほんの一瞬のスキをついて攻撃したように、こちらもその一瞬で成せたことがある。

 

「チャンスは一度だけ……そして、欲しいのはわずかな時間。数秒程度のわずかな時間」

「何が……まだ、立てたのですか」

 

痛む体に鞭打って、僕は立ち上がる。その際に、するりと僕の着ていたコートが脱げ、満身創痍の体が皆の目に映った。

 

「……何を考えている?」

 

そんな僕の様子に、ギムレーもさすがにおかしいと思ったのか、いぶかしむ様にこちらを見る。そんな視線を無視して、前にいる茫然としていたルフレをこちらへと無理やり引き戻す。

 

「ビャクヤ……さん? いったい、何を考えて……?」

 

不思議そうに僕を見上げるルフレをよそに、僕は左手に弓を呼び出すと、静かに構える。

 

「その体では、満足にそれを扱うこともできないでしょうに……いったい何がしたいんですか? そもそも、それをうつことができるとでも?」

 

ギムレーが呆れたように僕に言う。それを無視して、僕は弓に力を籠める。極力大きな力を集め、周囲を明るく照らす。そう、なぜなら、この切札を使うための条件はばれないことだから。そして、ナーガが僕らの意志を理解してくれること。

 

「……歯向かうのなら、仕方ないですね」

 

この切札は、僕もルキナもギムレーも知らなかったもの。誰も知らなかったからこそ、未来の知識を持ってしまっているからこそ、今、ここで生きてくる。そして、あの一瞬で自分よりも優先して守った大切な存在()

 

「さあ――――行くよ」

 

誰かに呼びかけるように紡がれた言葉とともに、僕の集めた力がギムレーに向かって爆ぜた。

そして――

 

「はい、行きます、父さん」

 

そんな僕の声にコートの下に隠れていた彼女は答えた。立ち上がるとともにコートを払いのけ、そのまま、矢を構え弓を引いた。

 

突如として聞こえたその声に誰もが、驚いた。そして、訪れた一瞬の空白。その空白こそ僕らの望んだもの。僕の力に隠れるように静かに集められていた力が、爆発するかのように解き放たれたのちに、彼女のもとへと収束していく。そして、終息したそれらをマークは解き放つ。

 

「〈アルジローレ〉!」

 

放たれた光の矢はギムレーへと突き進む。そして――――

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「くっ!?」

 

呆気なく、あまりに、呆気なく、当然のように防がれた。攻撃を防いだギムレーは失望したように僕を見つめる。そして、さらに、首をかしげながら、問いかける。

 

「……いったい、何がしたかったんですか? ただの一撃のために、いったい何を」

「いえ、ギムレー。この一撃にはあなたが思っている以上の意味があります」

 

だが、その問いに答えたのは僕ではない。そして、予想外のところから来た答えにギムレーが驚き、戸惑っている隙に、彼女は再起した。

 

「ナーガ。君が何かをしたと? たしかに、あの一瞬だけは僕も他に気が回らなかった。だが、僕を封じるので精一杯な君に何ができるんだい?」

「その一瞬が、欲しかったんですよ。あなたと同じように」

 

ギムレーは気付かない。先ほどの一瞬、自身の視界がふさがれていた一瞬の間に起きた出来事に。ある一人を優しい光が包んだのを、ギムレーは見ることができなかった。

 

倒れ伏す僕らの中から一人の少女が体を起こし、手に持っている杖を高く掲げる。そして彼女はいつかの時と同じように、再び、僕らを優しく照らす。

 

「みんなを癒して! 〈リザーブ〉!!!!!」

 

ナーガの加護を受け、最初に回復した彼女は、その受けた加護をそのまま呪文にのせて僕らへと渡す。弱っているとはいえ、神と呼ばれるモノの加護……その効果は大きく、僕らの怪我は一瞬のうちに完治された。

 

「さて、ギムレー。これで、仕切り直しだ」

 

さも不愉快だと僕を見つめるギムレーは吐き捨てるように告げる。

 

「……君には手心なんて加えずに、確実に倒しておくべきだったね」

「加減するなら、もう少しして欲しいけど」

「父さん、ギムレー相手に何を言っているんですか?」

 

呆れたように僕へと告げるマークから目をそらすと、茫然としているルフレに手を差し出す。その隙を埋めるようにマークはギムレーに攻撃を再開し、ギムレーは後退しながら屍兵を呼び、本来の位置……守護するべき場所へと戻った。

 

「ルフレ……君に、頼みがある」

「はい。どうぞ」

 

僕の手をそっと取りながら、彼女は僕へと微笑む。もう、なにもかも、わかっている。そう、ここにいる誰もが、彼女の役割を知っている。

 

「ギムレーを滅ぼしてほしい」

「はい、お任せください」

 

そんな、もしかしたら最後になるかもしれない命令を、彼女は快く承諾する。

 

「……行くよ、みんな。やるべきことは一つ。ルフレとギムレーの戦いを有利に進めること」

「ああ、そうだな。行くぞ! ここでギムレーを倒し、未来を変える!」

 

クロムの声に自警団の皆が答える。それとともに、ギムレーも指示を出したのだろう、屍兵たちがこちらへと押し寄せてくる。

 

「父さん……」

「ああ、わかってる。これが、最後の戦いだ」

「……うん」

 

こうして、最後の戦いが始まる。世界を滅ぼすギムレーと世界を救おうとする僕らの戦いはついに終わりを迎える。

 

 

 

 

いや、違う

 

「これが、始まり……」

 

そう、どこか、確信した。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「たどり着いたぞ! ギムレー!!!!!」

「クロムか……だガ、君程度ではワタシにはカテナイ!!!」

 

クロムの振り下ろしたファルシオンとギムレーの強化された腕がぶつかる。均衡は一瞬――クロムの持つファルシオンはあっけなく、鱗に覆われたギムレーの腕を切り裂いた。

 

だが、浅い。

 

「!? きサマ!!」

「下がれ! クロム!!!」

 

僕の声を聴いて交代するクロムと入れ替わるように僕がギムレーの前に出る。そして、ギムレーの魔力により爆発寸前の地面に向けて光魔法を放つことでその攻撃を相殺する。

 

「援護します!」

「クソ! もう、辿りついタか!!」

 

僕の隙を埋めるように上空からティアモとともに来たルキナがファルシオンを振り下ろす。今度はそれを受けずに、避ける。そして、僕に向けて放とうとしていた魔法はそのままルキナへと放たれるが、そんな攻撃を通すほど僕は甘くない。

 

「マーク!」

「はい! 《ディヴァイン》!!!」

 

ギムレーの闇魔法はマークの光魔法により相殺される。それに小さくギムレーは舌打ちをすると、左右から切りかかるファルシオンを避けるためにあえて前進し、僕へと突っ込む。ギムレーの右手には闇魔法により作られた純度の高い魔力の刃が、そして、左手は広範囲の闇魔法。

 

「っ! くそ、《アルジローレ》!!!」

「ハっ!《ノスフェラート》!!!」

 

放たれた魔法は再び相殺される。そして、振りかぶられた魔力の刃を僕はビャクヤ・カティで受け止める。押し切る! そんな気迫とともに、ギムレーは自身の出すことのできる力をフルに使い、周りを足止めし、僕を攻撃する。

 

右手で敵の剣をさばきながら、左の手で魔法を繰る。そして、ギムレーは動くたびに周囲の地面を変形させ無数の棘を放ち攻撃を仕掛ける。だが、ここまでギムレーが動いて、ようやく五分でしかなかった。それほどまでに、ナーガによる制約は強い。時間がたてばたつほど、こちらが有利になり、ギムレーが不利になる。その証拠に、ギムレーの顔には焦燥が浮かび始めた。おそらく、そう長くは続けられないのだろう。だからこそ、僕は口を開いた。

 

「ギムレー。これが、僕らの力だ」

「ダマレ!!! 結局は、ワレラと同ジ、神のチカラデハないカ!!」

「たしかに、そうだ。でも、ナーガ様だけでは、ギムレーに勝てない。もちろん、僕だけでも勝てないし、自警団だけでも勝てない」

「ソウだろうナ!! そして、お前サえタオシテしまえば、この均衡はクズレルだろウ!! ソレほどマデに、お前たちはモロイ!!!」

「確かに、僕たち弱いし、脆い。僕ら個人ではお前にはどうあがいても届かない。だからこそ、力を合わせるんだ。そこに、神様も、人も竜も関係ない」

「ダマレ!!!!」

 

吠えるように告げられた言葉とともに、ギムレー大振りに剣をふる。僕は余裕をもって避けると、いったん距離を開けた。

 

「キサマ!! だが、ドレだけツヨガロうと、最後にモノをいウのはコジンの力だ!!」

 

そうして、ギムレーを中心として再び地面が爆ぜる。だが、それはあまりにも悪手。意味をなさない攻撃でしかなかった。僕は光魔法を前方に放ちながら言葉を続けた。

 

「いいや、違うさ。個人の力は脆い。今の君が追い詰められているように、独りではどうしても限界がきてしまう。だからこそ、僕らは力を合わせたんだ」

「そして、力を合わせることで生まれたものを、俺たちは絆と呼んだ」

 

上空へとティアモとともに退避していたクロムが僕の言葉の先を紡ぎ、忌々し気に空を見上げたギムレーの後方で闇をかき消すように光が爆ぜた。

 

「ナニッ!!!」

「今です! 決めてください、ルフレさん!!」

「これで、終わりです!!」

 

ルフレの手から放たれたギムレーの闇魔法に似た黒い魔法はマークによって作られた道を一直線に突き進み、ギムレーの体を寸分たがわず貫いた。

 

「ア……そんナ……」

「これが、絆の力だよ、ギムレー。決して、一人では生み出すことのできないもの。孤独しか知らない君にはわからない力だ」

「……イやだ……ヤメロ……ワタシを……」

「一人がだめなら、二人で。二人がだめなら三人で。それでもだめなら、さらに増やせばいい。そうして、絆を紡いだ分だけ、わたしたちはさらに強くなれるのだから」

 

そうして、マークの言葉が終わると同時に、ギムレーの体はきれいに消滅した。そして、本体の方も大きく体を揺らしたかと思うと、端の方から徐々に崩壊していく。それとともに、目の前にいた少女の体にも変化が現れた。

 

「……やっぱり、こうなるんですね」

 

こぼれた言葉に僕は何も言えない。そして、目の前のルフレも何も求めていなかった。ただ、僕らを見て静かに微笑む。そうしてる間にも彼女の体は光をまき散らしながら空気に溶けていく。

 

「……また、会えますよね」

「ああ、大丈夫。きっと、また会えるさ」

「……そう、ですね」

「いや、帰ってきてもらわないと困るんだけどね」

 

最後の時間はもうそんなに残されてはいない、周囲から仲間が集まるが、みんながそれぞれ別れを告げるのは厳しいだろう。

 

そんな中、息を切らすように駆け寄る小さな光が消えそうなルフレの手を掴む。その後ろでは青い騎士が静かに控えている。そして、小さな光はルフレに対していつものように微笑む。

 

「心配しないで、ルフレさん!! もしルフレさんが迷子になってもいいように、わたしが道標になるから!」

「みちしるべに?」

「うん! だから、安心して! ルフレさんは必ず、ここに戻れるよ!!」

 

リズの手が空を掴んだ。そう、彼女が認識したときにはルフレはもう、空気に溶けそうなほどに薄れていた。それでも、僕らに柔らかく微笑んでいるのは分かった。

 

「そうですね……それなら、安心しました」

 

そんな言葉を残して、彼女は僕らの前から消えた。そして、僕らの周囲にも光があふれる。

 

「転送します」

 

ナーガの言葉とともに、僕らはその場を離れる。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

……戦いは終わった。邪竜ギムレーは消滅した。もう邪竜が人々を脅かすことはない。だが、一人だけ欠けてしまった。皆で帰ってくることだけはかなわなかった。

 

「ここまでついて来てくれた皆にはどれほど感謝しても足りない。そして、ルフレ……あいつが、この世界を救ってくれた。俺たちのために……自分の命を……」

「犠牲にしてないからね、お兄ちゃん」

「……ああ、そうだな」

 

戦いの前に、ナーガは言っていた。人の思いが強ければ生き残れると……なら、僕らにできることは彼女の帰りを信じて待つくらいだ。そんな想いを思いっきり無視して話を進めようとしたクロムはリズからお叱りを受けている。

 

「すまん、すまなかった、リズ。いや、な。言葉のあやというか……」

「お兄ちゃん……」

「すまん」

 

リズはため息をつきながら、正座しているクロムを見る。そして、僕らもようやく取り戻せた平和を見て、頬を緩めた。

 

「お兄ちゃん。ここが、この場所こそが、ルフレさんの帰る場所なんだから!」

「ああ、そうだな」

「だからね、ルフレさんが迷子にならないように、わたしはここでわたしらしくここにある!」

 

正座をするクロムの前でリズは両手を広げながら宣言する。目の前のクロムに、僕らに、そして、このやり取りを見てるであろう、ナーガや世界のどこかにいるルフレに向かって。

 

「そうか……なら、俺はお前がそうあれる場所を作らないとな」

「でしたら、わたしがクロム様を支えましょう。倒れてしまわないように。道を見失わないように」

「ティアモ……」

「私もいますよ。まあ、わたしはもっぱら、リズ様の護衛になるでしょうけどね。馬にけられるような無粋な真似をするつもりはありませんので、ご安心ください」

「言うようになったな、フレデリク」

「さて、何のことでしょうね」

「そんなことより、ティアモさんが顔を真っ赤にして……」

「リズ様っ!」

「ティアモ……幸せになってね……」

「スミア……あなたまで……」

「はははは!! いいじゃないか! 式を挙げるなら、私もちゃんと呼ぶんだよ! 今回来たフェリアの戦士たちとともに精一杯祝ってあげるから!!」

 

……こんな日常的な光景も未来では見れなかった。こんな風に笑いあうことすらできなかった未来を確かに僕たちは変えたんだ。みんなで、笑いあえる。明日があることに希望を見いだせる未来を、僕らはつくった。

 

「ルキナ。これで……」

「はい、これで、未来は変えられました。これからのことは、わたしにはもうわかりません」

「そうか……」

「ですが、きっと、良いものになるはずですよ」

 

これからは僕たちが紡いでいかなければならない。僕たちの未来を。絶望ではない、希望に満ちた未来を作り上げるために……

 

「あーー! ビャクヤさん! まだ、難しい顔してる!!」

「……見つかってしまいましたね」

「そう……だな」

 

苦笑交じりに、こちらを見るルキナに、とりあえず、僕は返事を返す。

 

「ビャクヤさんも、お兄ちゃんと同じように、心配してるの?」

「まあ、そうだな」

「なら、大丈夫! きっと、彼女は帰ってくるよ!」

「そうか……」

「うん! だから、絶対に、大丈夫だよ!!」

 

太陽はそう言って微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「未来は変わりました。誰もが望んだ、平和なものへと。そして、私の役目が果たされることはなかった」

「そうですね。でも、それでよかったと思いますよ」

「…………」

「ですが、万が一ということはあります。保険だけかけておきましょう」

「拒否権は……ないですよね」

「ありますよ。ですが、あなたは拒否しないはずです」

「……」

「それでは、頼みますよ」

「はい」

 

風は少し、冷たく、どこか寂しげだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて、一区切りです。ですが、ここからが始まりです。(てか、最後のほう走った感が半端ない)

さて、反省をば……正直な話、リズ主体の話のはずが、全然いかせてないです。はい。そして、ほかの個性あふれるメンバーについてもほとんど触れてない。とても悔しいです。途中までは本来の物語の大筋をなぞるような形でしたが、後半はいくつか、オリジナルで書きました。こういう場面こそ、キャラを動かすチャンスだというのに……次章以降の教訓にしたいです。また、子供たちの出番を極端に絞ったというよりか、ルキナとマークしか出さなかったのも、これ以上キャラを増やして回せなかったのが大きいです。子供たちは、次こそはしっかりと書きたい。そして、ヒロインにしっかりとヒロインさせたい。あと、オリキャラも今回ではいろいろと断念したけど、次回以降はしっかりと触れていきたい。そして戦闘描写も。しっかりと構成を考えて、キャラを動かすべきところでしっかりと動くようにしていきたいです。

挙げていくときりがないです……今後はすこしでも、良いものにしていきたいです。この物語はまだまだ続きます。そのための、この章、最後のお話が残っています(まだ書けてない)。その話をもってこの章が終わり、次章に移ります。

それでは、最後に、次回予告。先ほど言ったように、この章の本当に最後のお話です。

*****

『次回予告』

男は嗤った
少女は笑った
男は悟った
少女は諦めた
青年は抗った
少女は絶望した

風は悲しみの詩を詠い、希望の歌を奏でる
青年は精霊の弓を引き、誓いの剣を託す

そして――――

太陽が堕ち、青年は倒れた

後に残るのは絶望

運命に抗い、全てを捨てた少女は嘆き、最後の唄を紡ぐ

次回、『終わりの始まり』

女は託した……自らの未来を

******

それでは、こんな作者ですが今後もどうかこの作品をよろしくお願いします。


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終わりの始まり

** BAD ENDです **
ですが、タイトル通り、始まりでもあります。それでは、どうぞ


 

ギムレーとの戦いから数か月がたった。あれから、国同士の争いは起きておらず、大陸の向こうからの進軍もない。多くのものが復興へと力を注いでいた。そして、やっと訪れた平和に誰もが心から喜んでいた。

 

でも、それはまやかしだった。いや、嵐の前の静けさ……そう、言ったほうがいいのかもしれない。ギムレーが倒されたことで、未来は替えられたと誰もが信じていた。誰もが、ここからルキナの経験したような絶望の未来が始まるなどとは思ってすらいなかった。

 

そして、あまりにも大きな力が使われたその日に、僕らは気付く。

 

「……まさか!?」

 

まだ、戦いは終わっていなかったことに。

 

「……父さん。始まりました」

 

僕の驚きに、マークは静かに答える。ルキナが持っていたはずの白いビャクヤ・カティを握りしめた彼女は僕のそばに近づき、問いかける。

 

「私はここで負けたくないです。だから、勝てますか?」

 

それに、僕は答えることはできなかった。もう、そんな時間なんて残されてはいなかったのだから。

 

「行くよ。最善を尽くそう」

「……はい。みんなに知らせてきます」

 

部屋を出た僕はみんなへの指示もせずに急いで外へと向かう。急がないといけない。急がなければ、取り返しのつかないことになると、僕の中に眠る記憶が強く訴えっている。思い出せなくとも、覚えていなくとも、きっとこの直感は間違ってはいない。

 

「ならば、僕のすべきことはひとつだ」

 

もう一度、未来を変えるために、僕は一人で絶望へと向かった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

男は嗤った――――愚かな軍師を。自分を見つけることすらできなかった、府抜けてしまった軍師を。

 

そして、自分の予定通りに事が運んだことに対して笑いが止まらなかった。

 

だから、動き出す。最後のピースはつい先ほどそろった。ならば、あとは実行に移すだけであった。

 

「くくく、よもや、私が生きているとは思いもしなかっただろうな。いや、そもそも、覚えてすらいないか」

 

男はそっとギムレーの亡骸に手を当てる。まだ、これには利用価値がある。男はその亡骸の一部を削りとり、それに力を流し込みながら詠唱を始める。

 

「起動……

万物を創る素なるものよ 我は理に背き 力を行使するもの

契約をここに このものを創るすべての素なるものよ 答えよ

我の言霊に従い すべてを無へと返し 全てを創れ

すべてを我の望むままに リクレイト」

 

こうして、再び禁じられた術式は唱えられる。その力の余波はあまりに大きく、誰もが、その存在を再び感じ取ることになった。

 

もちろん、神と呼ばれるナーガや、かの軍師もそうである。

 

「さて、先ほどの力の行使で確実に感づかれたであろうな。まあ、それも問題ない。こやつの力を引き出すことに成功した私に、果たして敵うかな? かつて私の野望を打ち砕き、仲間とともに世界を救った軍師――――シエルよ」

 

男は復活した絶望を従えながら嗤う。男の周りにはあまたの屍兵が蘇り、ふたたび武器を取る。

 

「さて、時間をかける気はない。蹂躙を始めようか」

 

こうして、新たな絶望は生まれた。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

少女は笑った。

 

「みんな、あきらめちゃダメだよ! 私たちは一度あの絶望を打ち破ってるんだから! だから、もう一度、もう一度、頑張ろう!」

 

少女は笑った。迫りくる絶望にひるみながらも、怯えながらも、皆の希望であるために、皆に光を分け与えるために、彼女はいつものように振る舞う。

 

「さあ、行こう! 今度こそ、本当の勝利を掴むために!」

 

少女は知らない。自分の役割が大きくなりすぎていたことを。出来る範囲で頑張ろう。その思いが強すぎたがために、背負いすぎてしまったことを、彼女はまだ知らない。

 

だからこそ、そばに仕えていた騎士は静かに想う。今度こそ、守り抜くと。

 

 

 

男は悟った。

 

ここまでだったかと。これ以上はどうしようもないことを、どこかで悟っていた。そして、それは少女にも伝わる。

 

だから、少女は諦めた。諦めたからこそ、選択した。

 

「フラム……お願い」

「……ああ、わかっている。私はもうどこにもいかないさ。お前を一人にはしない」

 

彼らはいつものように時を過ごす。この時が、永遠になればいい――――そんな、叶わない願いを胸に秘めながら、彼らはただ待っていた。迫りくる、終わりのときを。

 

 

 

そんな中、青年は抗った。

 

彼の妹がそうであったように、彼もまた迫りくる絶望に抗う。

 

「ナーガ様! どうにかできないのですか!」

 

彼は先の戦いのように、神にすがる。自分たちの力だけであれを倒すのは不可能だと知っているから。だが、返答は――

 

「人の子らよ……私にはもうあれを抑えることはできません。今の私にできることは、一瞬だけあれを止めることか、一人だけ過去へと送ることしかできないのです。そのためには、私を構成するすべてを使わねばならない」

「な!? では、どうやって……」

「……どうしようもありません。私の力が回復していれば、あれを抑えることもできました。ですが、今の力ではそれも叶いません。あと、あなたたちがあれに立ち向かう手段は、2つしか残されていない」

「その二つとは……?」

 

彼は嫌な予感がしながらも、ナーガに尋ねる。そのナーガもどこか悲しげな顔をしながら王となったクロムへと答えた。

 

「ビャクヤの命を犠牲にすれば、あれを倒すことができるかもしれない。ですが、これは不可能に近いでしょう。彼の命をもってしても、それほどの奇跡が起こせるかは怪しい。おそらく、大きく弱体化させることしかできないでしょう」

「そんな……」

 

少女は絶望した。

 

やっと、変えることができたはずの未来が、再び絶望に染まっていくのを見て、彼女は絶望した。そして、ナーガの言う、もう一つの方法にも見当がついてしまっていたがゆえに、彼女はもうどうすればいいのかが分からなくなっていた。

 

「もう一つの方法とは……」

 

そんな言葉を虚ろな瞳で彼女は聞いていた。もう、彼女には限界だった。再び味わうことになった絶望に、彼女の心は押しつぶされてしまった。たとえ、もう一つの方法に可能性があったとしても、彼女はそれを成し遂げることはできないだろう。

 

そんな彼女を仲間に任せると、彼は自らの責を果たすために戦場へと向かう。隣には赤い髪の騎士が付き従う。王と騎士は共に最後の戦場を駆ける。絶望に負けないために。自分たちの娘に、光を見せるために。

 

 

 

そんな中、風は悲しみの詩を詠い、希望の歌を奏でる。

 

「……やっぱり、こうなってしまったんですね」

 

悲しげに……けれど、どこか悟ったように風はつぶやく。

かつて、ある少女から託された剣を握りしめながら、彼を想う。

 

「それでも、わたしは諦めません。あの人を……シエルを救うと決めたのだから」

 

風は飛び出す。彼を守るために。彼を救うために。彼女は絶望を打ち砕くために今一度、力をふるう。

 

「絶対に、完成させない。あんな未来を彼に託すわけにはいかない。彼を巻き込むわけにはいかない。だから、ここで、何としても止める!」

 

風は絶望へと立ち向かうために詠唱を始める。

 

「受け継がれし太古の魔術よ。悠久の時を越え、闇を払う至高の光を今ここに!」

 

風は迫りくる絶望を視界に収めると貯めた力を一気に解き放つ。

 

「〈アーリアル〉!!!!」

 

そして、風の放った光は絶望へと直撃し、決して小さくない傷を絶望へと叩き込む。そして、その余波は多くの闇の配下を巻き込んだ。だが、それだけだ。それ以上の成果は出ていない。絶望はいまだ健在であり、配下は無限に湧いて出る。

 

「急ごう、時間は残されていないのだから」

 

そのわかりきっている結果を見ることもせず、風はその場を後にする。大切な人を救うために。

 

 

 

かつて、青年は精霊の弓を引き、誓いの剣を託した。

 

そして、歴史は繰り返される。彼は絶望へと一人で突撃していた。誰が見ても、無謀に見えるだろう。それは実際そのとおりであり、その行動はあまりに意味をなさない。

 

だが、それでも、彼はわずかでも時間を稼ぐ。

 

「……待っていたよ」

「ほう……この私に対して、たった一人で挑みに来るとは……正気か? それとも、すでに狂ってしまったのか?」

「残念だけど、正気だよ」

「……貴様ではこの私を止められん。その行動は何の意味も持たない」

「そうだね。でも、この行動には意味がある。新たな希望を生み出すために、僕はここにいる」

「……なるほど。そういうことか。だが、それならお前をさっさと倒せばいいだけだ。違うか?」

「させると思うかい?」

「ならば、してみせよう」

 

かつて世界を救った英雄は、かつて世界を変えようとした英雄と再び己の望みのために戦う。

 

――終わりのときは近い。

 

 

 

そして――――太陽が堕ち、青年は倒れた

 

「え……んな……」

 

そんな言葉を残して、太陽は沈む。騎士の背後で太陽はどこからともなく放たれた矢を受けて崩れ落ちる。そして、守れなかったことを悔いた騎士にも無数の矢が降り注ぎ、太陽と同じように馬上から崩れ落ちた。戦場を駆け、人々に希望を与えていた少女とその少女を守護する騎士はここに倒れる。

 

風は忌々し気にその弓兵部隊を率いていた長を睨み付ける。馬に騎乗し、独特の衣装に身を包む男は、生気の感じられない目で次々と仲間を正確に射抜いていく。

 

「……飛鷹のウハイ。やっぱりギムレーを復活させたのはあいつですか。でもいまは、そんなことも言っていられない。この戦いは、もう……」

 

風が悲しげにつぶやいた。そして、風の予想通り太陽の消失は多くのものに混乱と絶望を与えた。その混乱を鎮めるはずの王もまた、怒りにとらわれ、もはや、軍としての体裁を保つことができていない。

 

「ルフレさんの不在が痛いですね。そして、クロムさんのそばにフレデリクがいないのもつらいです」

 

風は魔力の高まりを感じ、急いで、射程の外へと逃げる。だが、気付けなかったものも、また、退避の間に合わなかったものも多数いた。そんな彼らのもとへ、無情にも、雷は降り注ぐ。

 

「……今のは〈サンダーストーム〉。理魔法の超遠距離攻撃。牙のウルスラの攻撃。でも、どこからかを探し当てるのは……」

 

そんな推測をしてる間にも、雷は降り注ぐ。また、それに交じって、闇魔法もまた展開され、人々の合間を縫うように黒い暗殺者が次々と人々の命を刈り取っていく。

 

「ジュルメに、テオドルですか……随分と豪華ですね……」

 

この調子だと牙はすべて蘇っていると考えた方がいい。彼らを相手取ることができるものは少なく、また、彼らを相手にしていれば屍兵を抑えられない。そして、そのバランスを取るべく、指揮をするはずのクロムはとてもじゃないが出来そうにない。また、ヴィオールでは全軍の指揮はできない。

 

「チェックメイト……ですね」

 

風は急ぐ。最後の一手を打つために。つながりが急に薄れ始めた、彼を救うために。

 

 

 

****

 

 

 

最後に残るのは絶望だけだった。

 

「ふん、まさか、あのもの一人にここまで削られるとは……」

 

戦いの結果、すでにギムレーは満身創痍で体を動かすのさえ厳しい状態であった。だが、それを男は無理やり動かす。男にとって、ギムレーとただの駒にすぎない。目的が果たせればそれでいいのだから。それに、ギムレーの力は、敵を倒せば倒すほど大きくなる。

 

「これで、私の行く手を阻むものはいない」

 

男は立ち向かう者たちをギムレーの力で使い薙ぎ払う。そして、絶望が生れれば生まれるほど、ギムレーは力を増し、破壊を繰り返す。もはや、止めることはかなわない。

 

 

 

ギムレーたちに敗れ、倒れる僕を誰かが抱き起す。

 

「……まだ、生きてるのね」

「……まあ、ね。でも、もう長くはないよ」

「…………」

「それで? だれが過去に戻ったんだ?」

「まだ、誰も……」

 

その言葉に隠された意味を、僕は自然と悟った。

 

「そうか、僕なのか」

「……」

「ナーガは?」

 

そう尋ねると彼女のもつ石が光り始める。そして、見覚えのある姿を形作った。

 

「私ならここです。これより、最後の儀式を始めます」

「始まりの間違いでしょ? 私たちにとってはここから始まってしまうのだから」

「そうですね。ですが、私にとっては最後です」

 

こうして、運命に抗い、全てを捨てた少女は嘆き、最後の唄を紡ぐ。

 

「ビャクヤ……いえ、シエルと呼ぶべきですね。あなたにはこれから過去へと渡ってもらいます。そして、未来を変えてください」

「…………」

「必ず、成功するとは限らないでしょう。ですから、こちらから保険をかけておきます」

「保険を?」

「はい。大丈夫です。あなたには危害は及びません。そして、このことをあなたが覚えていることはない」

「…………」

「それでは、始めます

起動……

万物を創る素なるものたちよ 我は理に背き 力を行使するもの

契約をここに 世界を創るすべての素なるものよ 答えよ

我の言霊に従い 理を歪め 世界の時を壊せ

すべてを我の望むままに この者たちに時空を超える力を リクレイト」

 

僕の体を光が包む。そして、僕の体がどこかへと引っ張られていくのを感じた。視界は急激に白く染まり、意識はだんだんと薄れていく。そんな中、何かが僕の体に入ってくるのを感じた。嫌な気配のするものではない。むしろ、暖かなもの。そして、それは……

 

 

**

 

 

「……これしか、無かったんですね」

「はい。これが、最善です」

「……わたしは、これから――」

 

私の言葉を遮るようにナーガから声がかかる。

 

「…………準備はいいですか?」

「はい」

 

素直に答えると、私の前に懐かしいものが現れる。ナーガは時空の扉と呼んでるが、扉というよりは穴であり、私の背丈以上もある大きな楕円状の穴。その中へと私は迷わず足を踏み入れる。

 

「……ナーガ。私は必ず救います。シエルを」

「そうですか。では、そのついでに未来も救ってください」

 

 

 

こうして、女は託した……自らの未来を

 

この世界のこれからに希望はない。生かされた者たちが絶望をしながら命をつないでいく。ただそれだけの世界。だからこそ、こんな世界を変えるために、彼女は彼らにすべてを託す。

 

絶望に覆われたこの世界の未来を……彼らに託した

 

「どうか、彼らの旅路に幸多からんことを……」

 

旅が始まる。長い、長い旅が……

 

 




これにて、この章は終わりです。次からは新たな章が始まります。
本当は、もう少し明るい終わりを書きたかったな……

それでは、次の章へどうぞ

珍しく、連続投稿ですので……


2016/5/6 前半部分を修正


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第2章 蒼の剣姫編~移ろい往く時間の物語~
プロローグ


新たな章の始まり。

それでは、どうぞ。


 

 

――――君たちは今日から明日までしっかり休んでくれ。その間の守りは僕らが対応する。

 

とりたてて、おかしな命令ではなかった。

 

屍兵は昼夜を問わず、かつ神出鬼没にこちらへと襲撃を仕掛けてくる。奴らの前には城壁など意味をなさない。どこからともなく突然その姿を現し、そして塵となって消えていく。最高位の結界が施された教会の中だけは現れることはなかったため、そこが唯一の安全な休息場所となった。だが、当然のことながら屍兵はその結界を壊そうとする。結界があるからといって手放しに安心することは出来なかった。

 

そのため、ありとあらゆる場所で常に誰かが見張っていなければならなかった。そうしなければ、満足に休憩を取ることすらできない。そして、休憩が出来なければ戦うことすらできなくなる。だから、二、三日に一度、私たちにはしっかりとした休息が与えられる。協会という気を張る必要がない場所で心身ともに休め、次へと備える――いつ終わるともしれないこの戦いを制し、生き残るために。

 

故に、私たちは休めと言われたらしっかり休む。だからこれもそんなにおかしな命令ではないはずだった。でも、それでも、英雄の子供として戦っている私たち全員が休むのはおかしい。

 

「めずらしいよな。俺たちが全員一緒に休憩を取るなんて。基本、どんなに重なっても半分くらいなのに」

 

彼もまた同じように疑問を持ったらしい。そう、かつてペレジア、ヴァルムとの戦いを勝利へと導いた英雄たちの子供がすべて一緒に休息をとっているというこの状況に。そもそも、私たちはある種の希望としてこの軍の士気を揚げるのに役立っている。かつてこの国を救った英雄の血を引く者として、皆の前に立つことがわたしたちの使命でもある。これは、彼の出した指示であり、彼もそうなるように皆を動かしてきた。

 

「ええ、そうですね。ビャクヤさんは何を考えておられるのでしょうか」

「まあ、あの人のことだから、私たちには想像もできないことを考えてるんだよ」

「ずいぶんと投げやりな言い方だが、まあ、あながち間違っちゃいねえだろうな」

「それに、ビャクヤさんもこの国を救った英雄なのですから問題ないんじゃないですか?」

「それもそうですね」

 

つい、わたしは忘れそうになるが、彼だってイーリスを救った英雄なのだ。あまりに身近にいたためによく忘れるけど、普通ならめったに会うことのできない英雄なのだ。そもそもに、わたしの傍にいることが多いせいで彼らとの接触機会が減っているというのが原因なのだけど。

 

「まあ、明日にはわかるでしょう。私たちにできるのは言われたとおりしっかりと体を休めることです」

「そうだね。それじゃ、おやすみ。僕らは部屋に戻るよ」

「うん、おやすみ」

 

わたしたちは、英雄の子供たちがこうしてまとまって休みをとっていることに対する疑問をそのままに、次の日に備えて眠る。だけど、わたしたちが知らないだけで、外ではビャクヤさんによる最後の演説が行われていた。そう、消えかけた希望をつなぐために彼らに最後の作戦を伝えていたのだ。

 

 

 

*****

 

 

 

「ビャクヤ、主要な奴らは全員集まったぞ」

「そうか、わかった」

 

彼はグレゴからの報告を聞くと目を通していた本を閉じ立ち上がる。そして、皆が集まる玉座の間へと向かった。彼がそこに入ったとき、目に飛び込んできたのは疲れから立つことさえも辛そうな将たちの姿だった。当たり前だ。満足に休息をとれていないからだ。だが、だからといってそのことに彼は触れない。そして彼らも触れられることを良しとしなかった。彼は痛む心に蓋をして彼らの前に立つ。普段のように、この国を率いるものとして。

 

「集まってくれたみんな、ありがとう。おそらく、なぜ、子供たちが皆休息をとっているのか疑問に思っているだろうから、まずはそれに答える。明日、僕と子供たちはこの城を出て虹の山へと向かう。そこで神竜ナーガ様と聖王継承の儀を行う――言うまでもないことだが、これは僕らに残された最後の希望で、この状況を覆すことのできる唯一の方法だ。そして、これ以上は先延ばしにすればするほど、成功確率も下がり、僕らが戻るまでにこの城が落ちる危険性も高まる。だから――――」

 

そこで彼の言葉は止まる。そして、止まる意味を理解できないものはここに集まるものの中にはいない。故に、彼らの中から代表の一人が前に出て言葉を紡いだ。

 

「宰相殿……命令をください。我々はそのためにここに集まりました。そして、あなたには亡き聖王クロム様の遺志を継ぎ、現聖王であるルキナ様を導く使命があります。だから、どうか、我らのことで悩まないでください。我らの意志はこの任を受けた時から既に決まっております」

 

静かに首を垂れる老兵に倣い、目の前にいた者たちもみな静かに膝を付きこちらへの忠誠を示す。

 

「……明日、子供たちとともに僕はここを出る。お前たちにはその間の城の防衛を頼む」

「「「御意!」」」

 

これがある種の死刑宣告に近いものであることを彼らは知っている。そして、もちろん彼も知っている。けれど、誰もそのことに触れない。当たり前だ。彼は知っている。彼らがそれに触れてほしくないことを。彼らは知っている。心優しい彼がそのことを辛く思っていることを。

 

集会はそのまま静かに終わりをつげ、誰もいなくなった玉座の間で、年老いた傭兵は静かに語る。

 

「子供たちはただの象徴じゃない。あいつらは英雄の血を引き、それにふさわしい才能を持っている。そして、その才能に見合った力を発揮し、戦線を維持している。だからこそ、ほかの者たちよりも休息を多く与えられ、その力を最大限に発揮できるように注意されてきた。だが、その子供たちが一斉にここからいなくなるということは、すなわち、城の防衛ラインが崩壊することを意味する」

 

彼は誰もいなくなった玉座を後にし、ある場所を目指して歩き始める。おそらく、彼の人生で最後に目にすることになった玉座は、聖王クロムが即位した際に初めて目にした時と違い、とても冷たいものになっていた。

 

「だからこそ、俺とビャクヤでその際の防衛ラインの再構築をしてきた。守る場所を最低限に絞り込み、その周囲に簡易の砦を築いてきた。だが、それでも足りない。普段の攻勢なら防げるだろうが、たまにある一斉攻撃ともいえる数の暴力による襲撃。あれが来たらここはいともたやすく落ちるだろう」

 

最後の防衛拠点にして、現在子供たちが休息をしているこのイーリス……おそらく、全世界の中で最も安全な場所の周りにはしっかりとした造りの砦が設けられ、教会を囲むように簡易的な濠や塀が多数設けられている。

 

「そして――――いや、いいか」

 

老兵はそこまで語ると静かにその場を後にする。

 

「俺たちの未来をたのむぞ、ビャクヤ」

 

この言葉の意味を子供たちが知るのは、イーリスの城から火の手が上がってからだった。彼らはそれを虹の山の上から眺めることになる。それとともに、自分たちに課せられた使命の重さに気付いた。

 

そして、彼らは大切なものを失う。

 

「さあ、行くんだ。ここは僕が抑えるから」

 

最後に、彼らが見たのは自分たちをここまで導いてくれた優しい宰相の傷だらけの姿だった。

 

 

 

*****

 

 

 

気が付くと、そこは虹の山ではなく、どこかの草原だった。遠くを見れば虹の山らしき山が見える。そして、どことなく見覚えのある風景の一部。イーリスの城はさすがに見えないが、イーリスの領土内であることは間違いはなさそうだった。

 

私は身に着けているものを一応確認する。譲り受けたファルシオンは腰にあるし、首にはビャクヤ・カティがちゃんとあった。二人の形見ともいえる大切なものはとりあえず、無くしてはいないようだった。

 

「まずは、情報収集ですね。今がいつの時代なのかくらいは把握しないと」

 

そう思い立った私は、近場の街を目指して歩き始める。いや、歩き始めたのだが、その足はすぐに止まる。

 

「……あれは」

 

わたしは目の前で倒れている人物に見覚えがあった。いや、見間違えるなんてことがあるわけがない。最後に見た時と違い、体に目立った傷はなく、また年齢も私たちと同じくらいに見えた。

 

だが、わからない。異世界に人物である彼がここにいる理由がわからない。そして、彼がビャクヤ・カティを一つしかもっていない理由もわからない。

 

「どうして……ここに…………」

 

彼はギムレーの足止めをしていたため、絶対にこちらに来ることはないはずだった。だというのに、今、私の目の前にいる。そして、彼の持つ黒のビャクヤ・カティが本物であることは、私が持っている白のビャクヤ・カティが証明している。異世界から、こちらに渡った時に彼はビャクヤ・カティを2本持っていたという。ならば、この彼は異世界から来た直後の彼ではないと考えられる。となると、彼は私が聖王を引き継いだ後もずっと宰相として私を支えてくれていた彼である可能性が高い。

 

でも、それなら、どうやって時空を超えたのか……そこだけがわからない。

 

「……わからないなら、聞いてみればいいんですよね」

 

どれだけ考えても思考は一向にまとまらず、答えは見えてこない。でも、それでも一つだけわかっているのは、彼が目の前に存在しているということ。

 

だから、わたしはいつものように声をかける。

 

「起きてください、シエルさん」

 

彼の横に座り、優しく声をかけながら、目覚めを待った。

 

「シエルさん、起きてください。こんなところで寝ていると風邪をひきますよ?」

 

わたしの声が届いたのか、彼はゆっくりと目を開けた。

 

「おはようございます、シエルさん――――と、いっても、もう昼過ぎですけど」

「ああ、そうか、すまない」

 

彼は体を起こしながら私に謝る。そして、彼は至極当然のように疑問を投げかけた。

 

「ここは、どこだい?」

「おそらく、イーリス聖王国の南側に広がる平原だと思います」

「そうか、僕はどうしてここに?」

「いえ、わたしが見つけた時にはここで倒れておられたので、どうしてかまでは」

「……それじゃ、あと二つほど質問があるんだけど、いいかな?」

「はい。なんでもどうぞ。答えられることならお答えします」

 

どこか困ったような彼の顔を見て珍しいと思いながらも、私は彼の質問を待っていた。

 

「君は、誰だい? それと、僕と親しい間柄であったことは君の態度でわかるんだけど、僕のことを知ってるのかい? もしそうなら、教えてくれ、僕が誰で、何をしてきたのか」

 

そして、最後に私へと投げかけられた疑問は私のすべてを砕いた。

 

 

 

*****

 

 

 

同じ時刻、違う場所で目を覚ましたものがいた。

 

「……また、はぐれた」

 

少女はそうつぶやいた。

 

「早く、見つけよう。早ければ早いほど、選択肢が増えるから」

 

少女はそのまま、歩きだし、たまたま通りかかった馬車を止めた。

 

「おう、どうしたんだ、嬢ちゃん」

「お願い、近くの町まで連れてってほしいの」

「そうかい、ならお安い御用だ。ほら、乗りな!」

「ありがとう」

 

少女はそのまま馬車に乗ると、町に着くまで男とつかの間の会話を楽しんだ。

 

「ほら、着いたぞ」

「お代は……」

「なあに、嬢ちゃんみたいなかわいい子と話せただけで十分だよ!」

「…………」

「……うーん、そうだな。俺はこの近辺で働いてるんだ。もしよければ、また訪れて話し相手になってくれよ!」

「はい、わかりました」

「ところでよ、嬢ちゃんはどうしてこんなところに?」

「すこし、人を探していて」

「ほー、そうかい。差し支えなければ、教えてくれないかい? あ、できれば嬢ちゃんの名前も教えてくれると助かるんだが」

 

物静かな少女と対象に元気のいい男はそう少女に尋ねた。多少の下心があったのは確かだが、この少女がそうまでして探している人物に純粋に興味がわいた。

 

「私は……マーク。ビャクヤさんを探してる」

 

こうして、彼女は彼らとは別の場所から旅を始める。

 

ビャクヤとマーク。この二人の物語が絡み始めるのは、まだ先のことであった。

 




本当に導入だけです。過去編に少しだけ触れて、導入部分をほんとに少し書いただけです。

物語はまだまだ動きません。

少しずつ動かしていきます。前回では活躍できなかった子供たちをしっかりと活躍させて、一人一人の個性がしっかりと出るような章にしたいです。

それでは、今後もよろしくお願いします。

**実はこのプロローグだけは8割がたできていたのであった。
まあ、でなければ、こんなに早く投稿できないんですよね……

誤字脱字、または感想等あればお願いします。



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第1話 新たな関係

新しい章の始まり

それでは、どうぞ

前回の投稿から一ヶ月以上経っている……もうすこし、頑張ります


『……たすけて』

 

私は逃げ出した。目の前の現実から――――

 

『もう……むり……なんですよ』

 

その日、私が知ることになった事実はあまりに大きく、私にはとうてい受け入れられるものではなかった。

 

――聖王である父さんが戦死した。最後の戦いへとついていった自警団の人達も、もういない。そんな報告を私は彼から聞いた。そして、同時に私が次期聖王とならねばならないことも。悲しむ暇はない。立ち止まることは出来ない。私は皆の希望にならないといけない。

 

でも、それは、あまりにも重い。

 

だから、私は逃げた。みんなの前から……そして、彼の前から。

 

『お願い……助けて……』

 

私は彼から逃げた。どのような理由があっても、そのつもりがなかったとしても、私はそうしてしまった。だけど、どうしても求めてしまう。無意識のうちに、彼の助けを私は求める。差し伸べられた手を自分から振りほどいておきながら、それでも求める。

シエルさん()の助けを。

 

『ここにいたんですね、姫様』

『……え?』

 

そして、どうしてか、こういうときは必ず彼はそばにいてくれた。どこにいても、私が彼の助けが欲しいときには、気がつくと隣にいてくれる。いつものように、どこか困った顔で彼はこちらを心配してくれている。

 

『私には……無理です』

『…………』

 

隣にそっと腰を下ろした彼の方を見ずに私はぽつりとそう切り出した。そして、口から出てしまえば、それは止まること無く、どんどん溢れ出していく。

 

『私には、父さんの代わりなんてできません。私は聖王の娘でしかない。それ以外には何もないです。父さんと違って、剣よりも杖の方が得意です。でも、リズさんのようにもできません。治癒魔法はある程度覚えました。でも、肝心な魔力量は低いから、一度の戦闘で何度も使えません。また、魔力の放出量も少ないから、一度の回復量も少ないです。平和な時ならそれでもよかったと思います。でも、今はそうではないです。ギムレーと戦わないといけないんですよ。そう考えると、私は司祭として誰かの傷をいやすことすら出来ないんです。逆に、足手まといになってしまいます。ましてや、剣なんてとてもじゃないですけど、無理です。実戦の経験なんて無いですし、模擬戦でもなかなか勝てません。それに、私が王になったとして、誰がついてきてくれるんですか? リズさんや、エメリナさんたちのようなこともできなければ、父さんのように前線に出てみんなと戦うこともできない』

 

剣の腕はウードたちには到底かなわないし、軍師が本職のシエルさんから一本もとることが出来ていない。ヒーラーとしてもそんなに才能がある訳ではなかった。使える魔法の種類は増えても、使える回数が、一度の回復量があまりに少なすぎた。

 

だから、できるとは思えない。

 

父さんたちのようにみんなの希望になって、ギムレーと戦うなんて、とてもできるとは思えなかった。

 

『姫様……手を出してください』

 

そんな、私の独白を彼は静かに聞いていた。そして、おもむろに立ち上がると、彼は私にあるものを差し出す。

 

『これは……?』

『それはビャクヤ・カティ。私が使っている双剣の片割れです。剣の持ち主たちをつなぐと言われている、精霊の宿った剣です』

『どうして、これを? これは、シエルさんの武器ですよね』

『ああ、そうだよ』

『なら、どうして……』

 

私の疑問は当然のものだった。彼の戦闘スタイルは父さんの話では双剣と弓と魔法を使ったものだと聞いていた。そして、近接面を担っている双剣の片割れを差し出す理由が見当もつかなかった。

 

『確かに、戦闘用としても使えます。ですが、本来の用途は別にあるんですよ』

『本来の用途?』

『ええ。これは本来、ある一族の儀礼のために用いられたものです。誓いを立てた二人を結ぶ役割を果たす精霊の剣です。ですから、その一族の間では【誓いの剣】とも呼ばれていました』

『誓いの剣……』

『姫様。あなたに降りかかった運命はとても重たいものです。そして、背負わなければいけなくなったものもとても大きい。そのことは理解しています。ですが、それでも、あなたでなければ聖王はできません。皆を導き、希望の光を照らすことのできるのは、あなたしかいません』

『わかっています……』

 

わかっている。彼の言うことは理解できる。聖王の名を継ぐことのできるのは、妹ではなく、私であることも理解していた。そして、これから彼が言うであろうことも、なんとなく予想ができた。

 

『姫様だけに背負わせたりはしませんよ』

 

優しくこちらに微笑んでくる彼を見て、その予感は確信へと変わった。また、私は彼に迷惑をかけてしまうようだ。

 

『私が、今までと同じように姫様を支えます。今度はこの国の摂政として、あなたの軍師として、聖王の右腕として、あなたの背負うべきものをともに背負い、あなたを支えていくことをここに誓いましょう』

『シエルさん……でも……』

『あなたは自分の弱さから王には相応しくないと思っているのかもしれませんが、初めから完璧な王はいません。自分の王としての器に疑問を抱くのであれば、それにふさわしい王を目指せばいい。力が足りないのならば、仲間に助けを求めればいい。少なくとも、あなたの周りの仲間は力になってくれます』

『シエルさんも……?』

『ええ、もちろんですよ』

『……うん、ありがとう』

 

そんな私の言葉に、彼は面食らったようで、しばらく固まっていた。だが、急にため息をついた。そして、私の頭を優しくなでながら、疲れたように再びため息をつく。

 

『……こんなときくらいは、役職にとらわれるべきじゃないな』

『シエルさん?』

『気にしないでくれ。僕も、ずっと気を張っているのは疲れるってことだよ。幸い、ここには僕とルキナしかいない。多少の無礼は許してくれるかい?』

『はい』

『そうか、なら、よかった』

 

彼の笑顔に私もつられて笑う。そうして、すっと口から言葉が出てきた。それとともに、先ほどまでの悩みが一気に晴れていく。そう、何も心配することなんて無かったんだ。困ったときは、いつでも彼がいてくれた。そして、それはきっとこれからも変わらない。

 

『シエルさん』

『なにかな?』

『ずっと――――ずっと、私のそばにいてくれる?』

 

先ほどと同じように彼はまた固まった。そんな彼を見て、私は小さく笑う。やがて、彼は先ほど私に差し出した剣をもう一度差し出した。

 

『ああ、約束するよ。僕は必ず君の傍にいる。ずっと、君の味方でいよう』

 

差し出された剣を受け取るために、私も立ち上がる。

 

『今、世界はギムレーに滅ぼされつつあります。英雄と呼ばれる人たちは、もういません。多くの人が希望を見失い、絶望しています』

『確かに、この世界に希望なんてないのかもしれない。世界の理は崩れ、死者が生者の世界に顔をだし、日は陰り、明けることのない夜が続いている』

『…………』

『この世界は確かに壊れている。だけど、それでも僕らは生きている。いや、生きていかないといけない。でも、僕一人の力では限界がある。そして、ルキナの力でも。それは、クロムだってそうだったし、ルフレだってそうだった。だから……』

『ええ』

 

私は彼の差し出した剣を握ると、そのまま受け取る。その際に、彼の瞳が静かに問いかける。覚悟はあるのかと。そう、これは誓い。この剣を受け取るということは、彼とともにこの世界の希望となることを誓うことだ。そして、いつ終わるかわからないギムレーとの闘いの始まりを意味する。

 

『いいんだね……』

 

彼からの最後の確認。それに静かにうなずく。そして、今度は私から続けた。

 

『誓いをここに』

『共に……僕は君のために、君は僕のために。戦おう、この壊れた世界で』

『はい。絶望に打ち勝ち、希望の光を照らすために、あなたとともに、この世界で戦い抜きます』

 

そして、このとき交わした誓いは、いつしか私の中でとても大きなものになってしまっていた。

 

そう、私はかつて彼と誓った。ともに、戦うと。絶望に打ち勝ち、希望を紡ぐために。私は王になり、彼は宰相となって私とともに国を支えるために戦ってくれた。だからこそ、彼を見つけたとき、嬉しかった。また、彼が支えてくれる。迷ったとしても導いてくれる。希望を私たちに示してくれる。そう、思っていた。でも、そんな彼との再会は私に大きな絶望をもたらした。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「え?」

 

私には、彼の言葉がわからなかった。いや、その言葉を理解するのを拒んでしまっていた。だけど、どれだけ、否定しようとしても、彼の口から出た言葉は消えることは無い。そして、不思議そうにこちらを見ている彼の態度がその言葉が真実であると告げていた。

そう、彼が何も覚えていないということは間違いなく現実だった。

 

「大丈夫かい?」

「いえ、大丈夫です。すこし、混乱しているだけです」

「それは、大丈夫じゃないよね……」

 

ものすごくこちらを心配そうに見る彼の言葉を無視して、とりあえず、今の状況を整理する。

 

目の前にいる彼は間違いなくシエルさんだ。それは間違いない。でも、彼が異世界から来た直後の彼なのか、それとも何らかの方法で私たちの未来から過去へときたのかは区別がつかない。それと重要なのは、彼が記憶喪失だということ。そして、親しそうに話しかけてきた私に情報を求めていること。そして、さらに重要なのはものすごく開いていた年の差がほとんどなくなっていること。おそらく、2、3歳くらいしか違わないはず。これはある意味うれしいことである。

 

……いや、それは重要じゃない。喜ぶべきことだし、うれしいことだけど、それはいま関係ない。伝えるべきは彼と私の関係。さすがに宰相で聖王代理だったなんてことは言えない。それを言えば、未来の事も言わないといけないし、どうして未来から来たのかも伝えないといけない。だから、もっと軽い関係を伝えよう。ひとまずは、名前とそれだけ伝えれば何とかなりそうだし、あとはどこかゆっくりできる場所で話そう。

 

とりあえず、暴走しかけた思考をまとめた私は不安げにこちらを見るシエルさんに向き直る。

 

「あなたは、シエルです。私の剣の師匠で軍師をしていたんですよ」

「なるほど、それでなぜここで寝ていたのかはわかるか?」

 

そんなこと私が聞きたいです! そう思いはしたけど、口から出たのは別の言葉だった。

 

「……行き倒れたんじゃないですか?」

「なぜだろう……本当のことじゃないだろうということはわかるのに、どこか説得力があるな」

「…………」

「僕は、よく行き倒れていたのか? 弟子である君がとっさの理由に使うくらいに」

 

実際に、私は彼が行き倒れているところを目撃したことは無い。だが、彼が行き倒れたことがあるという話を聞いたことがあったので、とっさに言っただけだった。なのだが、記憶をなくしていても、心当たりがあるくらいに行き倒れていたのかと、少し心配になる。

 

「そこは、わからないですけど……すみません、シエルさんがここで倒れていた理由は私にもわかりません」

「そうか。まあ、名前や自分のことがわかっただけでもよかったよ。ありがとう」

 

わたしは、どういたしましてと答えづらくて、曖昧に笑ってすませた。そもそも、ほとんど何も伝えてないのだから、ありがとうと言われても困る。だけど、すべてを伝えるのはせめて、私と彼の心の整理がついてからでもいいかなと思う。先ほどはゆっくりできる場所についてからと思ったけど、もう少し先延ばしにしよう。それに、私も、今すぐに未来のことをすべて話すのはつらいものがある。

 

「さて、この近辺の地理もよくわからないんだけど、町はどの方向かな?」

「それなら、こっちです。もう少し話すことはありますけど、それは、町についてからにしましょう」

「それもそうか」

 

問題を先送りにしただけでしかないけど、この瞬間くらい辛いことを忘れて、彼との楽しい時間を過ごしたい。そんな思いから、私はあえてゆっくりと歩き始めた。彼も私に合わせるようにゆっくりと進む。

 

「それで? 僕は君の剣の師匠で軍師なんだっけ?」

「はい、そうですよ」

「軍師で剣の師匠って、どういうことなんだ? 常識的に考えて、軍師が前線にいるのはおかしいだろう……」

「あ、そういう常識は持ち合わせていたんですね」

「……記憶喪失には2種類ある。本当に何も覚えていない場合と、人との関わりや思い出を忘れている場合の2種類。僕はどうやら後者の方だから、一般的な常識はわかるよ」

「…………そう、なんですね」

「その間が非常に気になるんだけど?」

 

一般的な常識がわかる人は行き倒れたりはしないのではないでしょうか――そう、思いはしたけど、笑ってごまかす。きっと、言っても意味のないことだと思うから。

 

「まあ、そのあたりは置いておきましょう。町までは少し時間がかかりますけど、日が沈む前には着くと思いますよ」

「そうか、それならありがたいかな」

「あの、それで、シエルさん? もう一つだけお伝えしたいんですけど」

「なにかな?」

 

つい、伝え忘れていたけど、彼は普段から本名を使っていなかった。だから、この名前も伝えないといけない。

 

「あなたは外ではビャクヤと名乗っていました。理由は知りませんけど、私に対しても二人きりの時くらいしか、本名で呼ばせてもらえませんでした。なので、普段はビャクヤと名乗るのがいいかと思いますよ」

「なるほど。わかった。それと、こちらからの提案なのだが、君の師匠と言いやすくするためにも軍師ではなく傭兵をしているとしておくのがいいと思うのだけど」

「そのほうが、動きやすいかもしれませんね。軍師という肩書きは邪魔になることもありそうですし」

「僕が軍師として動くとなると、出来ればどこかの傭兵団や軍隊に所属する方がいい。でも、今後の方針がわからない以上、身軽な傭兵のほうがいいはずだからね。あー、記憶を失う前の僕は今後について何か言ってなかったかい?」

「ええ、聞いていますけけど……」

 

彼からの予想外の問いかけに内心でガッツポーズをしていた。少なくとも、最初の行動の主導権はこちらが握れる。情報を収集するという名目で、彼との気楽な二人旅をするという小さい頃のちょっとした願望も実現可能になる。ならば、少しくらいならわがままを言ってもいいはず……

 

「あの……ですね……」

「うん? すまない、その話は後だ。前方に何者かの気配がある。あれらの対処をしてからにしよう」

「…………」

 

――落ち着くんです、私。たかだか、一度妨害されただけです。あまりにタイミングよくこのようなことが起こることに世の不条理を感じますが、とりあえず、落ち着きましょう。落ち着いた上で、不届き者を片付けましょう。

 

「どうかしたのかい?」

「いえ……さっさと、片付けましょう」

 

私は彼の前に出ると彼からの指示を待つ。彼は私の後ろでいつものように何かしらの魔法を使っている。風魔法の応用だよ――と、語っていたのを聞いたことがあるけど、そのようなことができる人を彼とルフレさん意外に知らない。ロランやミリエルさんに聞いてみたことはあるけど、あんなことができるのなら教えて欲しいと逆に聞かれる結果になったので、その時は適当にごまかした。これも、彼が軍師として重用されていた要因の一つらしい。

 

「これは……」

「どうかしたんですか?」

「いや、なんでもない。敵の総数は4体。いずれも近接型の屍兵(・・)のみだ。知能の高い個体が紛れているかどうかまでは分からないが、各個撃破していけば問題なく倒せるはずだ。行けるな?」

「はい。お任せ下さい」

「僕は援護に回る。前衛は頼むよ」

 

彼はそう言いながら手に弓を持ち出し、矢をつがえた。そう、それは今までと同じ的確な指示。彼に背中を預けるという安心感。時を越えたとしても、変わることはないもの。

だから、あまりに自然に使われたその言葉を聞き逃していた。

 

「行け、〈ディヴァイン〉!」

 

彼の光魔法が前方に迫ってきていた屍兵に当たる。その攻撃で周囲の屍兵にはこちらの存在を知られることになったが、攻撃を受けた直後で体勢を崩している目の前の屍兵はこちらに気づいたとしても、今更私の攻撃をどうにかすることなど不可能に近い。ならば、これは必殺の一撃となり、大した抵抗もなく屍兵は切り裂かれ、その体を黒い霧へと変えて姿を消した。

 

「あと、3体……」

 

迫ってきていた屍兵の剣を余裕をもって交わし、少し距離を取る。その直後、その屍兵を光が包み込んだ。誰の攻撃なのか――などということは調べるまでもない。振り返ったそこにはこちらへと近づいてくる彼の姿があった。

 

「いや、あと2体だよ」

 

光が消えた時には屍兵の姿はなく、残りはこちらの様子を伺いながら、少しずつ距離を近づけている。互いの視線が少しだけ交差した。それだけで、わかる。わからないはずなのに、わかる。私たちは視界にそれぞれ屍兵を一体ずつ収めた。ならば、することはひとつ。

 

「……行けるね?」

 

彼からの指示は一言だけ。ただ、確認するような言葉に私はいつものように答える。

 

「はい、お任せ下さい、シエルさん」

 

彼からの返事はない。私も求めてはいない。そして、同時に地を蹴る。敵との距離を一気に詰め、相手がこちらの動きに反応する前に一刀のもとに切り伏せる。

屍兵はなんの抵抗もなくあっさりと倒れ、大気へと溶けていく。

 

「…………」

 

……おかしい。そんな違和感が生じたが、私はとりあえずもう一体を相手していたシエルさんの方を見る。彼もまた、一撃で倒していたのか、既にこちらへと歩いてきていた。

 

「問題はなかったかい?」

「はい。さして強くない個体だったのか、苦戦することなく倒せました」

「そうか、ならよかった」

 

彼は手に持っていた剣と弓を消すと再び初めに使っていた索敵用と思われる魔法を使う。私は周囲を警戒しながら彼の魔法の結果を待つ。

 

「うん、あの4体だけのようだね。この周囲にはもう同様な敵はいない」

「そうですか」

「さて、時間は限られているから、急ごうか」

 

戦いが終わり、移動を始めた彼の隣を並んで歩く。周囲には敵の気配もなく、穏やかな日差しの中、草原を歩いているとつい世界の危機が迫っているということを忘れそうになる。

 

でも――――

 

「それで、話を戻すけど、今後の方針について何か聞いているかい?」

「修行でこもりがちだったので、世界情勢の確認も兼ねて旅をしようという話で出発しました。まあ、どうしてシエルさんがあの場所で倒れていて、記憶喪失なのかはわかりませんけど」

「……それについては置いておこうか」

「ふふ、そうですね」

 

町に着くまで、いや、彼に本当のことを告げるまでのほんの少しの間くらい、何もかも忘れて、年相応に彼に甘えてもいいですよね。自分に言い聞かせるように私は心の中で呟く。

 

そして、もう一つ。伝え忘れていたこと、聞きたい事があった。聞く前から答えがわかってる。でも、それでも聞いてみたい事。伝えること。

 

「シエルさん」

「ん? なんだ?」

「私の名前って覚えてます?」

 

そんな質問に彼は困ったように微笑む。だから、彼の答えを聞く前に自分から教える。伝えた。

 

「私はルキナ。今度は忘れないでくださいね」

「……すまない」

「いいですよ」

「それじゃあ、ルキナ」

「はい」

「行こうか」

「はい、行きましょう」

 

こうして、私たちの旅は始まり、かつては姫と軍師、最後の時には王と宰相だった私たちの新たな関係も始まった。

 

そう、今は傭兵ビャクヤとそんな彼の弟子ルキナ。

 

記憶をなくした彼と、思い出に縋る私の旅はこうして始まった。

 

 




過去については少しずつ明かしていきたいと思います。いや、過去というよりは未来というべきなのか。

……まあ、絶望の未来だけで一本書くのは無理なので上記の形やストーリーの展開に合わせて間章、幕間などの形で語って行こうと考えています。書くなら、烈火の剣を書きたい。主人公が主人公になる前の物語……設定だけが出来て、ストーリーはスルー。いつものことです。

それではまた次回。

「紆余曲折を経て、小さな砦で野宿をすることになった僕とルキナ。
だが、その野宿は平和に終わることはなかった。

次回、炎の中の出会い

この出会いだけは決して誰にも変えられない。僕らは必ず出会う」



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第2話 炎の中の出会い 前編

第2話です。ルキナは可愛い。ですが、作者の力量ではその可愛らしさを伝えられない悲劇……

……それではどうぞ


 

ある日の昼下がり、イーリスにある小さな町に珍しい格好の旅人が来ていた。また、人々の注目を集める要因になっているのは格好だけでなく、男女のペアであることと、僕の弟子である彼女の整った容姿にもあるだろう。要するに、注目を浴びているのは僕とルキナということなんだけど、その視線は一部を除けばどこか生暖かい。

 

その理由は、現在進行形で繰り広げられているこのやり取りのせいなのだろう。

 

「……師匠、なにか私に言うことはありますか?」

 

昼食を取るために僕らはある酒場に来ている。昼間から酒場にいるのはどうなのかと思うかもしれないが、そんなに大きくない町であるため、昼間は町の人々の憩いの場みたいな雰囲気もある。そんなお店なので、もちろんご飯も出してくれている。そのご飯を食べに来てる人もたくさんいる。僕らを見てる人もたくさんいるわけだ。

 

「……その、すまない」

 

そんな中、僕は目の前で冷めた目をしてこちらを見る彼女へと平謝りをしている。いや、せざるを得ないというのが現状だ。食事はとうに済んでいる。今はルキナも僕も互いにゆっくりと食後のお茶をしている所で、本来なら和やかに会話をしているべきなのだろう。

 

「昨日の話では、朝のうちに準備を済ませて、出発。昼は道中で簡単に済ませて、夜までにイーリスの城下町に着くという予定だったはずだったはずですけど?」

「返す言葉もない」

「……今は?」

「昼だね」

「準備は?」

「終わっているわけがないね」

「出発予定は?」

「これから、準備を終え次第直ぐといったところかな?」

「野営ですか?」

「そうなるね」

 

何度目になるかわからないやり取りが終わる。ルキナはどこか疲れたように頬杖をついた。そして、不満げにこちらを睨んできているのだが、もともと可愛らしい彼女がやってもあまり効果はない。いや、気まずさはあるのだが、迫力というものはどうしても無い。そのためか、彼女の顔を見ることのできる男性陣がノックアウト寸前である。一部はおかしいテンションになっているが、全力で無視する。

 

「とりあえず、少しでも遅れを取り戻そう。まあ、急ぐ旅でもないし、のんびりと行こうよ」

「……遅れた原因を作った師匠が言いますか?」

「…………」

「ふふ、冗談ですよ。本当は、そんなに怒っていません。すこしだけ、困らせてみたかっただけです」

 

反論できずに困った顔をする僕を見て満足したのか、彼女はいたずらに成功した子供のような無邪気な笑みを浮かべると、僕の手を引いて立ち上がらせる。

 

「それに、あなたと一緒なのですから、野営でも問題ないですよ」

「そう言ってもらえると、僕も助かるよ」

「……そういうところは変わらないんですね」

「うん? どういうこと?」

 

一転してふてくされたような顔をする彼女の言葉の意味が分からず聞き返したが、答えは得られなかった。外で待っていますとだけ残して、そそくさとお店から出てしまう。残された僕はそんなルキナの行動がわからず、首をかしげながら会計をするために、お店の奥に居るおばさんに声をかけた。

 

「お兄さん。あんたが悪い」

 

会計をしてくれたおばさんはルキナの見方なのか、そう一言だけ付け加えて僕を見送った。何が? とはもちろん聞いてみた。だが、答えは得られなかった。自分で考えなさいと言われても、僕では答えが出せそうにない。

 

ルキナの機嫌が治っていることを祈りながら、お店の外で待っている彼女と合流した。

 

「さあ、行きましょう。野営の準備もするんですよね!」

「うん、そうだね。まあ、さきに野営の準備をしようか。そのあとに簡単な食べ物を仕入れておこう」

「わかりました」

 

先ほど不機嫌だったのはどこに行ったのか、どちらかといえば上機嫌な彼女がそとでは待っていた。そして、そんな上機嫌な彼女に手を引かれながら僕らは買い物を開始する。お店で買い物をするということが珍しいのか、彼女は目をキラキラさせながら、並んでいるお店に突撃していく。

 

「……そっちじゃないからね」

 

そんなことを言いながら、最初とは違いあちこちいろんなところに行きたがるルキナを引っ張りながらなんとか買い物を進めていく。あまり荷物が多すぎても移動に困るので、戦闘に支障が出にくい、僕が着ているのと同じようなコートをルキナに買い与え、それとともに丈夫な袋を二つほど購入し、その中に保存食を入れる。本当は食材を買って、その場で料理と行きたかったが、僕には料理の知識が乏しく、ルキナもそこまで自信がないというので保存食という形で落ち着いた。

 

「……ふふ、お揃いです」

 

どこか嬉しそうにコートを着た彼女は呟く。ただ、彼女には少し大きいため袖が余っている。もちろん裾もあまりまくっているが、腰にあるベルトで長さをなんとか調整しているため、裾を引きずって歩くという自体にはなっていない。ただ、それでも大きすぎる感じはする。

 

「これでいいんですよ」

 

彼女は僕に微笑みながらそう告げる。ルキナの真意はわからないけど、当人が満足しているようなので、諦めることにした。

 

「これなら、ビャクヤさんのと交換してもバレにくいですし……」

「……?」

 

そんな言葉は幸か不幸か僕には届かなかった。そして、この時の言葉を知るのはだいぶ後になってからであり、その時になってようやく僕は彼女が大き目のサイズを買った理由を知る。まあ、大きな問題ではないんだけど。

 

そんなこともあったりはしたが、それ以外にも町にあるすべてのお店に顔を出しては中を見ていたため、街を出発したのはお昼を食べてから数時間が経過していた。予定通りに進んでいれば一時間もかからないはずだったが、そんなルキナのおかげで色々とおまけがもらえたので良しとする。

 

いらないものの方が多かったのは、ルキナにも言えないのだが。

 

 

**

 

 

そろそろ、日が落ちる。そんな時間帯に僕らはちょうど今日の目的地についていた。目の前には使われなくなった小さな砦。地図には載っていないが、ここはイーリス聖王国の演習場としても使われることがある場所で、野営をするにも適しているであろうといったのはルキナであった。僕らは目の前にあった砦の中に入り、松明に火をつける。中は思ったよりも綺麗で、二階なら色々と安心できるということで、二階にて野営に準備を始めた。

 

「火は、こんなものか。結界も簡易的にだが出来たな」

「はい、とはいってもどちらも料理ができないので町で勝った保存食が晩御飯になりますけど」

「そこは仕方ないよ。まあ、料理は互いに練習しておこう」

「そうですね」

 

ルキナと簡単に食事を取った後に火の番を交代でしながら寝ることにした。明日は朝一番に出発して、次の町でしばらくはゆっくりする予定だ。城下町だから情報を収集しやすいというのもあるが、腰を落ち着けて料理を学ぶ必要性もある。そうしなければ、いろいろと不便になる。

 

「それじゃあ、先に寝ていいよ」

「はい、わかりました。何かあったら起こしてくださいね」

 

残してあった天幕をロープでくくり部屋を区切り、その向こう側にルキナは移動した。僕はルキナとは反対側で火の番をする。何事もなく、今日という一日が平和に終わることを願いながら。そして、何事もなく明日が来るはずだった。

 

 

 

けど、それだけでは終わってくれなかった。

 

もしも、運命というものがあるのなら、これは運命なのだろう。僕とルキナが昨日の昼に屍兵と戦ったのも、僕らがあの街を昼過ぎに出たのも、城下町にたどり着けないからとこの砦で野営したのも――もしかしたら、すべて運命という大きな流れによって定められていたのかもしれない。

 

そして、僕と彼の運命は交差し、一つの物語が始まる。これはそんな物語の序章。始まりの出来事でしかない。

 

 

 

「……っ!?」

 

僕が二度目の火の番をしているときにそれは起きた。いきなり、大気を震わすほどの大きな音が静かな森に響き渡る。

 

「ビャクヤさん!? なにが……っ!?」

 

あれだけ大きな音だったため、仮眠をとっていたルキナは天幕の向こう側から急いで出てきて僕に説明を求めたが、その言葉は途中で途切れた。説明なんて求めるまでもなかったから。

 

「……ごめん、これは天変地異としか言いようがない。突如として大地が割れた理由は説明できない」

 

大地からは灼熱の溶岩が噴出しており、それらが森を燃やしていく。でも、彼女が口をつぐんだ理由は、あまりにひどい惨状に呆気にとられているというわけではなかった。

 

「ビャクヤさん。お願いがあります!!」

「……お願い?」

「何も言わずについてきてください! 説明している暇もありませんし、説明することも今はできません。でも、急がないと……」

「わかった。それと、ごめんね」

 

僕は焦る彼女を抱きかかえると砦の窓から部屋を出て、屋根に移動した。抱きかかえられた彼女は先ほどの様子が嘘のようにおとなしくなり、振り落とされないようにするためか、僕の服を軽く握っていた。

 

「それで、どこに向かえばいいんだ?」

「……たぶん、あちらの方角です」

「わかった」

 

僕はルキナが指示した方角へと風の魔法を駆使して走った。空には巨大な魔法陣が描かれつつあった。

 

 

 

***

 

 

 

砦からそう遠くない場所でルキナの探しているであろう人たちは見つかった。そして、それと時を同じくして、空に描かれていた巨大な魔法陣も完成する。そして、完成した魔法陣から屍兵が吐き出され、地上へ落ちてくる。

 

「ビャクヤさん、もう一つだけ!」

「ルキナ、しゃべると舌を……」

「私のことはマルスとしてください。それだけです」

 

その言葉の意味は分からなかったが、とりあえず頷いておいた。そして、ルキナを下ろすと、僕は杖を持ち屍兵から距離をとろうとしている少女に、ルキナは剣を持って屍兵と交戦している青年に近づいた。

 

ルキナの方は青年自身が戦えるが少女の方はとても戦えるようには見えない。普通に近づいていたのでは間違いなく間に合わない。ならば――

 

「セット、《ディヴァイン》!」

 

放たれた光魔法は上空から降り注ぎ、少女を狙おうとしていた屍兵を貫き、その存在を消滅させる。目の前にいた屍兵が急に消えてしまったことに少女は何が起きたか分からず、困惑しているが、彼女を狙う屍兵は先ほどの一体だけではない。だから、目の前の危険がなくなったからと言って安堵して、気を抜いてしまうのはよくない。

 

「ごめんよ!」

「うん? え!? あ、あれ!? あなたは!?」

「後で説明するから、おとなしくしていてね」

 

無防備に立ち尽くす少女を抱き上げると急いでその場所を離れる。そして、つい先ほどまで僕がいた位置を屍兵から放たれた矢が通り抜ける。それを見て少女は自分が狙われていたこと、助けてもらわなければ自分が死んでいたことを悟った。

 

「あ、ありが……」

「動くからしっかりとつかまって!」

 

お礼を言おうとした少女にそう告げると、少女は口をつぐんでこちらにしっかりとつかまる。助けてもらったことにたいするお礼を言いたいことはわかる。だけど、今は忙しいから、聞くのは厳しい。せめて、ルキナたちと合流してからにしてほしいと思いながら、少女を片手でかかえなおして、左手に弓を呼び出す。

 

「セット、《ディヴァイン》!」

 

もう一度、同じように光魔法を行使する。少女を抱えているから近接戦は厳しい。だからこそ、使いたくなくとも、この魔法を使わざるを得ない。理魔法はお金がかかるのでできれば使いたくはない。

 

だが、このままではジリ貧だ。周囲の屍兵はなかなか減らず、ルキナたちとの合流も厳しそうである。僕一人なら抜けられそうだが、この少女を抱えてとなると厳しい。あと一手欲しい。

 

「《エルウィンド》!!!」

 

そんな僕の願いが通じたのかどうかは知らない。けれど、望んでいた一手は上空から来た一人の天馬騎士により叶えられた。天馬を繰る少女は魔法で周囲の屍兵を吹き飛ばすとこちらへと近づく。僕らの前で天馬から降りると、僕の抱えているリズに話しかける。

 

「リズさん! 無事ですか!」

「ルフレさん!! うん、大丈夫だよ」

「よかった」

「ルフレさんも無事でよかったよ。いきなり、地面が割れるし、森は燃えちゃうから、心配だったんだよ!」

「その言葉、そっくりそのままお返しいたしますよ」

 

安心したとでもいうかのように、ルフレと呼ばれた少女は胸をなでおろす。また、僕が助けたリズという名の少女も仲間と合流して、少し落ち着きを取り戻したようだ。そして、もう一つ。

 

「リズ!!」

「リズ様!」

 

異なる方向から僕の手の中の少女を呼ぶ声が聞こえる。一人はルキナが助けに行った青年。彼の後ろからルキナも同じようにこちらへと向かってきている。もう一人は騎馬に乗り鎧を身に包んだ青年である。

 

「お兄ちゃん! それに、フレデリクも!! よかった、みんな無事だったんだね」

「お前と同じように、俺も助けてもらったからなんとかな……」

「お兄ちゃんも?」

「ああ」

 

そこで、ようやく彼らの視線は僕とルキナへと向かった。まあ、当然なのだが、一人を除いて少し警戒するようにこちらを見ている。彼らの聞きたいことはわかっているし、はぐらかす意味もない。むしろ、この時だけでもいいから信用してもらい、共闘するべきだろう。だからこそ――こちらのことを伝えるべきだろう。

 

「僕は傭兵のビャクヤ。それで、彼女は弟子のマルス。傭兵業をしながら各地を旅している」

「そうか。それで、これとの関係は?」

 

リズという少女にお兄ちゃんと呼ばれていた青年は、この異変と何か関係があるのかと聞いてきた。いや、おそらく、何か知らないのか? と聞きたいのだろう。だが、正直なところ、彼の聞き方は良くない。彼の後ろでルフレと呼ばれた少女と、フレデリクと呼ばれた青年の顔が微妙に引きつっている。

 

「いや、わからない。突然の出来事だったから、僕らは原因を探るために二人で森の中を移動していた。そのときに、君たちが襲われているのを見つけたから助けに入ったんだ」

「そうか……」

 

とりあえず、彼らが聞きたいであろう答えを返す。彼は短くこちらに返答すると少し考え込む。その考え込んでいる彼にルフレと呼ばれた少女は近づくと、二、三言何かを告げた。青年はそれにうなずくと、こちらに向き直る。

 

「周りにはまだ先ほどの敵が多くいる。出来れば、あれらを殲滅するまで協力してもらえないか? 報酬は払う」

「いえ、クロムさん。そうではなくてですね……」

 

こちらへと切り出してきた青年の提案は僕らが何かを言う前に却下された。クロムという青年の後ろで控えていたルフレが、彼の言葉にため息をつきながら答えた。

 

「すみません、クロムさんは周りの警戒を頼みます。私が彼らと交渉しますので。フレデリクさんもそれでいいですか?」

「そのほうがいいと思います。私の意見も概ねあなたと同じです」

「……仮にもお前たちの主なのだが、扱いがひどくないか?」

「なら、もう少し勉強をしてください」

「クロム様。私もルフレさんと同じ考えです。帰ったら今まで適当に済ませていた分のつけをしっかりと払っていただきますので、お覚悟を」

「……リズ」

「お兄ちゃんならできるよ!!」

「…………」

 

四面楚歌とでも言うのだろか。彼の味方はいない。クロムと呼ばれた青年はあの3人の主らしいが、どうやら、立場的にはすごく弱いようだ。まあ、僕も人のことを言えないので、少しばかり同情する。

 

「すみません、話を戻しますね。こちらからの提案なのですが、イーリスの城下町までの護衛を頼めないでしょうか? 報酬は要相談ですが、法外な値段でなければ概ねそちらの要求通り支払えるかと」

「……そうか、なら報酬として、2000と向こうについてからの宿の手配を頼む。出来れば、1,2週間滞在させてもらえると嬉しい」

「……宿の方は確約できませんが、お金の方はなんとかお出し致します」

 

ふむ、だいぶ吹っ掛けたけど、お金は貰えるのか。なら、最低限の収入は手に入る。それに、見たところお金は持っていそうだ。これなら、当日の宿くらいはいけそうだ。交渉中に一応あたりも探ってみたが、これくらいの屍兵なら僕らだけでも上手くやれば倒せる。敵の個体の強さが不明だけど、この人数なら万が一ということはないだろう。それに、少し進んだところに砦がある。あの中に篭れば、より安全に迎撃できる。

 

そこまで考えたところで、ルキナの方を見る。彼女の考えがどういったものかはわからないけど、彼女も今回の件に関しては賛成のようだ。こちらに対し、頷いて答える。

 

「わかった。協力する。どちらが指揮を執る? 一応、僕は軍師見習いだから、僕も指示を出せるよ?」

「そうですか……そこは、とりあえず、移動してから決めましょう。それでいいですね、クロムさん」

「え、あ、ああ。わかった。とりあえず、ルフレと、ビャクヤ……だったか? お前たちのどちらかが指揮をするかを決めるんだな?」

「ええ、そうです」

 

クロムは考え込むように腕を組んだが、彼の答えを悠長に待っているつもりはない。ルフレと僕の考えはおそらく同じだろう。なら、そこまでは、まず移動すべきだ。

 

「クロムだったね」

「ああ、そうだが」

「とりあえず、ここから近くの砦に移動する。そこで一先ず守りを固めよう」

「私たちはともかく、リズさんの安全は確保しておくべきです。ですから、砦まで急ぎましょう。幸いなことに、砦付近には屍兵はいません」

 

僕はルキナを再び抱き抱え、ルフレはクロムの手を引き、ペガサスに載せる。そして、リズはいつの間にかフレデリクの後ろに乗っていた。移動はこれで問題ない。ルフレたちに先行してもらい、僕らはフレデリクの速度に合わせて、砦へと移動した。

 

 

 

*****

 

 

 

「……ところで、この状況をどう思う?」

「どうって、なんだよ?」

「森の中で、偶然出会った私たちは突然の災害に巻き込まれ、命からがらこの――――」

「……ふっ!!」

 

ズドン!! そんな音が響くとともに彼の耳のそばをヒュッと何かが通りすぎる。何が通り過ぎたのかなど確認するまでもない。

 

「……」

「…………」

「……さて、見張りにもどろうか」

 

彼は、あくまで華麗に、そして優雅に振る舞い、窓の外へと目を向ける。そんな彼の姿をため息混じりに彼女は見る。

 

「……なんで、こんなのに助けられたんだろう」

「ん? 何か言ったかね?」

「なんでもない!」

 

いらだちを紛らわすために放たれた槍は、再び彼の顔の横を通り抜ける。

 

「わ、私が何を!」

「う、うるさい!! しっかり見張ってろ、このバカ!」

「わ、訳がわからない」

 

困惑する彼は某書物にあった家訓を思い出し、落ち着こうとする。慌てるな、慌てるな、そう、常に余裕を持って、優雅たれだろ? ――そんな風に自分に語りかけながら、彼は平静を保つ。

 

だが、同時にこうも思わずにはいられない。

 

「まったく、どうして、私が関わる女性というものはこうも一癖も二癖も強い人たちばかりなのだ」

 

彼のため息はそれを聞いた少女の槍の一撃によりかき消される。どこにいても、彼の女性との関係だけは変わらないようだった。

 

 

 




物語は前章とは微妙に変わってきます。明確に変わるのはもう少し後ですが、そこから、前章で触れなかったとこに触れていきたいです。

……いや、これからの展望よりも、以前の話を書き直したい今日この頃。ただ、それをすると、間違いなく新しい話が書けないことが分かる。

水面下でぽちぽちと(前章の書き直しを)進めていけたらなーとか思ってます。いや、最新話を優先しますけどね。

さて、以下、ちょっとした番外編。

それではあとがきは終了です。次回でまた会いましょう。そして、この作品を見てくださってるみなさん、ホントにありがとうございます。どうか、続きを気長に待っていただけたら嬉しいです。



――――番外編 ルキナの幸せな一日

今日はシエルさんが寝坊したので、彼の寝顔をゆっくり見れた。いつも見ていた顔よりも若いせいか、いつもよりもかっこよく見えた気がする。ううん、もともとかっこいいけど。

そうやって、眺めていたら、彼が目を覚ましたのはお昼前だった。起こさなかった私も悪いけど、さすがに遅すぎるので、ちょっとだけ不満を言う。それに対して、どこか困ったように対応するシエルさんの姿が新鮮だったので、少しからかいたくなって、ちょっとだけ意地悪した。でも、彼が鈍感なところは変わってなかったみたいで、少しだけ、不満の残る結果になった。

お昼を食べてから、確実に野宿できるようにするためにお買い物をしっかりする。……決して、彼とのお買い物を楽しみたかったわけではない。うん、だから、彼とお揃いのコートを買ったのも、お揃いのカバンを買ったのにも深い意味はない。うん、やっぱり、でも、嬉しいな。

そうして、野宿をした。こんなときに、私がなにか作れればいいけど、そんなことをしたことなどないので、もちろん出来ない。次のために、料理だけはしっかりと学ぼう。そう決意した。

そして、この夜に、わたしは運命からは逃げられないことを知った。
わたしはそれと同時に、今日みたいな日々を送るのは、すべてを解決するまで無理だということを悟った。

でも、彼に俗に言うお姫様抱っこをしてもらえたのが嬉しかったです。非常事態とは言え、一種の憧れでもあったことが叶ったので……きっと、セレナが聞いたら呆れるでしょうけど、ちょっとだけ、幸せを感じれました。




****


前章から気づいておられるかもしれませんが、このルキナのビャクヤ(シエル)に対する好感度はMAXです。支援で言うなら、支援S手前です。支援Sにならない理由は、察してください


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第3話 炎の中の出会い 後編

炎の中の出会い 後編です

謎の弓兵がビャクヤたちの前に立ちふさがります。前の章よりはかっこいいはずです……たぶん


「みんな、止まって!!」

 

砦が目の前に迫ったところで上空からルフレの声は届いた。それと同時に僕らに鋭く殺気を向けてくる存在から3射、上空のルフレたち、地上にいる僕とフレデリクに向かって矢が飛んでくる。僕とフレデリク、ルフレは素早くそれらを避ける。攻撃は目の前の砦から。その砦の窓には人影がある。こちらへと矢を射掛けたのはおそらくあの人物であろう。思考を続ける間に再び目の前の弓兵から攻撃が行われた。射程から逃れたルフレは狙わず、未だに射程内にいる僕らへと矢は飛んでくる。

 

「ビャクヤさん」

「ああ、ごめん」

 

腕の中にいるルキナが僕の名を呼ぶ。目の前にはこちらに敵意を向ける弓兵が一人。そして、近くにはいないが、こちらへと向かっている屍兵が多数周囲にいる。今の状況では一人でも動ける人員が欲しい。僕は目の前の弓兵に注意しながら、ルキナを降ろす。

 

「動くな」

「っ!?」

 

鋭く射抜くような言葉が放たれ、それとともにルキナを降ろした僕に対して再び矢が飛んでくる。その矢を寸でのところで避けると、さらに2本の矢が僕の移動した先に飛ぶ。

 

「くっ! 《ライトニング》!!」

 

かろうじて唱えられた光魔法により迎撃して体制を立て直す。そして、とどめと言わんばかりに飛んできた最後の矢はルキナによりたたき落とされた。あちらもこれ以上は意味が無いと踏んだのか、こちらの隙をうかがいはするものの攻撃は止まった。

 

「名乗れ」

 

砦にいる人物は油断無く、こちらに照準を合わせたまま問いかける。だが、その問いかけに違和感があった。あちらの要求は立ち去れではなく、この異変について言及するものでもない。ただ一言、名乗れ。となれば、希望的で都合のいい考えではあるが、曲解すれば僕らのように共闘を望んでいる可能性もわずかだがある。そのように決めつけるのは早計だが、もしも、その可能性があるのなら共闘する方がいい。それに、もう一つの砦までは距離があり、できればここで戦いたいというのもある。会話ができるならするべきだろう。

 

「僕はビャクヤ。隣にいるのはマルス。共に傭兵をしている」

「ビャクヤに、マルスか。聞かない名だな。上にいる奴らと、お前たちの後ろにいるのは?」

「ペガサスに乗っているのがルフレとクロム、僕の後ろの騎兵はフレデリク、その後ろの少女はリズだ」

「……クロム、リズだと?」

 

僕ら全員の名前が向こうに伝わった。だが、クロムとリズの名に対してのみ彼は反応を見せる。それは驚いているようであり、同時に喜んでもいた。そして、彼が続く言葉をすべて紡ぎきる前に、彼は窓の付近から飛ばされる。

 

「クロムとリズか。君たちに……ぐはっ!」

「……飛んでいったな」

「ええ……」

 

横合いから強い衝撃を受けたのか、砦の内部から何やら痛ましい音が聞こえる。そして、窓からは赤い髪の女性が現れ、先ほどまで対応していたであろう人物はおそらくこの女性に飛ばされたのだと推測できる。御愁傷様……そんなことを考えていると、窓から身を乗り出した人物はリズとクロムを見て、よかったとでも言うかのように安堵の表情を見せる。対するクロムたちも驚いて入るものの、そこに警戒の色はない。先ほどの弓兵とは違い、彼女とは仲間なのだろう。

 

「クロム! それに、リズも!」

「ソワレ! お前、どうしてここに?」

「中で詳しく話す。だから、とりあえず、砦の中に来てよ!」

「わかった」

 

それだけ言うと、彼女は砦の中に戻る。少々戸惑いながらも、僕らは砦の内部へと移動を始める。

 

 

 

***

 

 

 

クロムの仲間が内部にいるということで、砦からの攻撃はなく安全は確認された。そのため、まず上空からルフレが砦内部にペガサスを降ろす。そして、内部に降り立ったクロムたちにより閉じられていた砦の門はあけられた。僕らは急いで内部に入ると最初と同じように砦の門を閉める。フレデリクに門の見張りを任せ、僕らは砦の建物内部に入った。

 

「お、おい、しっかりしろって!」

 

砦内部に入り、先ほど女性が顔を出していたと思われる場所まで移動したのだが……

 

「…………なにこれ?」

「……なんでしょうね?」

 

目の前の惨状を見て思わず漏れ出た僕のつぶやきにルキナも同じように疑問系で返した。先ほど窓から顔を出していた女性は砦の壁にもたれかかったまま気を失っている青年を揺さぶっている。他に人はいないようだから、僕らの足止めをしていた弓兵は彼だと推測できる。割と腕の立つ優秀な弓兵であることは先ほどの戦闘からわかるのだが、さすがの彼もまったく敵意も悪意の欠片もない味方からの不意打ちには対応できなかったようだ。

 

「ん? って、あ」

 

そして、そんな僕らのつぶやきを聞いて、ようやく女性は僕らが砦の内部にまで来たことに気づいたようだ。壊れた人形のようにぎこちない動きで振り返る女性。どことなく、気まずげな表情なのは目の前の惨状が原因だろう。

 

「ソワレ……」

「お兄ちゃん、ソワレだもん。仕方ないよ」

 

そして、またやったのか……そう言いたげなクロムやリズたちの姿を見ると慌てて言い訳を始めた。

 

「い、いや、確かに、これはボクがやったからだけど、これの報告があまりに予想外のもので驚いたせいであって、ボクが悪いわけではなくて、こいつがボクに隠れるように言ったから悪いんだし……か、感謝はしてるんだけど、助けてくれたし、それに怪我したボクのあ、安全のためとか言ってたけど、そのせいでクロムたちを見つけられなかったし、だから報告に驚いて、そ、それで何も考えずに動いた結果、突き飛ばしてしまったのはボクが悪いけど……」

 

普段はもう少しまともなのだと信じたい。あまり状況の説明にもなっていない彼女の言い訳をまとめると、弓使いの青年に怪我をしているところを助けられて、砦内部に移動。そのあとに僕らを見つけた青年は安全のために彼女にはいったん隠れてもらって僕らの対応をしていた。そして、そこからは僕らの知る通り、クロムとリズの名前を聞いた女性が青年を突き飛ばし、今に至ると。

 

「……」

「…………リズ」

「お兄ちゃん……とりあえず、治してあげればいいんだよね?」

「ああ、ソワレの後でいいから治してやってくれ。状況的に見て、怪我をしたソワレを守ってくれたのは事実だろうし」

 

ほかの人たちも同様の結論を導けたようだ。そして、あまりに想像通りの展開に頭を抱えたクロムは、リズに二人の治癒を頼んだ。弓兵の青年の方は目立った外傷は見当たらないが、意識不明の状態。ソワレの方は左の肩を怪我しているようで、自分でしたのか、そこでのびている青年にしてもらったかは不明だが丁寧な応急処置がなされていた。なんとなくだが、おそらく後者だと思う。

 

「じゃあ、治すね」

「あ、ああ、お願いするよ」

 

リズは手に持つ治癒の杖を掲げてソワレの傷を治していく。杖の効力は問題なく発揮されたようで、腕を回したりして怪我の回復具合を確認しているソワレの表情からもそのことは伺えた。そして、問題はもう一人の青年の方だ。どのような理由があれ、彼はこちらに対して敵対していた。目を覚ました際に、僕らが内部にいれば攻撃してくる可能性がわずかだがある。だが、リズは特に何も考えずに彼に向かって治癒の杖を使う。少しは警戒して欲しい。まあ、彼の武器はこちらで預かってはいるのでそこまで危険はないと思う。

 

「く……気を、失っていたのか?」

「あー、大丈夫か?」

「大丈夫だ……確か、君がクロムであっているのかな?」

「ああ、俺がクロムだ。そして、お前を治してくれたのがリズだ……」

「君が治してくれたのか、ありがとう」

「ううん、どういたしまして!!」

 

目を覚ました青年は冷静だった。目を覚ましてすぐに周りをさっと見渡し、一人で納得したのか小さくうなずいてからクロムの問いに答えながら、自分自身の疑問も同時に解決している。そんな様子を僕とルキナは静かに見つめる。

 

「共闘できますよね?」

「できると思うよ。それに、弓兵の彼はソワレがこちらの仲間だから間違いなくこちらの手伝いをするはずだ」

「私も、そう思います」

 

そんな僕とルキナの予想は当然のようにあたった。彼はクロムたちとともに行動するようで、とりあえずは城下町まで、それ以降は城下町についてからということになった。そして、現状を切り抜けるために砦の門の片方をフレデリク、リズとともに担当してもらう。もう片方は僕とルキナで担当し、クロムとルフレが砦の外から遊撃をすることになった。

 

「と、言う訳でよろしく頼むよ、マルス君にビャクヤ君」

「……一気に胡散臭さが増しましたね」

「いや、それだけじゃない。これは面倒臭さも増している。まあ、雇ったのはクロムだ。僕らが雇った訳じゃないからそこまで気にする必要もないよ」

「それもそうですね」

「本人を前にして、なかなか言うね、二人とも」

 

どこか引きつった笑みを浮かべながらも、彼はとりあえずの目的を果たすために僕らに対して話を続ける。

 

「……時間もあまりないようだから、手短に伝えるとしよう。私はヴィオール。しがない弓兵だよ。ルフレ君とともに援護に回るので、背中は任せてくれたまえ。私が優雅に――かつ!! 余裕を持って君たちを守ろうとも!」

「あ、ああ。うん、よろしく頼むよ」

「任せたまえ」

 

彼はそれだけ言うと満足そうに頷いてからこちらから離れていく。おそらく自分の持ち場に移動するのだろう。そんなどことなく後ろからグサッと刺されそうな彼の後ろ姿をため息まじりに見ていた僕に、先ほどの会話で思うところがあったのか、ルキナが不思議そうに尋ねてくる。

 

「ところで、ビャクヤさん。今回、私たちは砦に引きこもって戦いますよね? 攻撃は遠距離主体。近接しかできない私とフレデリクさんは門の近くで待機でしたよね?」

「そうだよ。基本的には砦の門が壊されるまでは、砦内部からの遠距離攻撃に徹する予定だ。屍兵の数は確かに多いけど、それほど密集して動いている訳ではない。2、3体が群れになって動いている程度だ。群れごとの距離はさっき言ったように、ある程度はなれているから、こちらの対処が追いつかずに砦の門が破られるなんてことはまずないだろうけどね」

「……彼は、話を聞いていたんですか?」

「さあ? 道化なのか、それとも道化を演じているのかは僕らにはわからないよ」

「そうですね……」

 

ルキナは納得したのか、そこで言葉を切った。そして、僕とともに自分の持ち場へと移動する。僕らと共闘することになったヴィオールについてわかることは少ない。いや、そもそも、今一緒に戦っている人について僕が知っていることの方が少ない。

 

だから、これから知っていこう。彼らの持つ戦いの強さだけでなく、それ以外の一面を多く知っていくべきだ。僕はあまりにも知らなさすぎるのだから。そのためにも、この戦いに勝つ必要がある。

 

「油断なく、確実に倒していくよ」

「はい」

 

隣に控えているルキナに声をかければ、彼女はそれに答える。

 

 

 

***

 

 

 

その後の戦闘については特に言うことはない。作戦通りに事は進み、イレギュラーなこともなく、無事にすべての屍兵を退けることができた。ただ、森の火の鎮火に関してはどうしようもないことは事実だったので、引きこもっていた砦を出て僕とルキナが最初に使っていた砦へと移動することにした。もちろん、移動先へと飛び火しないように、道中の木々のいくつかは切り倒した。

 

こうして、僕らやクロムたち、ヴィオールを含む8人で砦の一室に集まった。

 

「さて、今からだとあまり寝ることはできないけど、とりあえず女性陣は上で休憩を取って、僕ら男性陣は交代で見張りをしようか」

「ふむ、妥当な考えですね。幸い、私たちは4人います。2人は最低見張りに付ければ問題なく対処できるでしょう」

「まあ、それでいいか。ヴィオールもそれでいいか?」

「構わないとも。もとより、そのつもりだったさ。それに、ソワレ君には……」

「だまれ……」

「イエスマム。だが、しか……」

「もう一度殴られたいみたいだね」

 

ソワレとヴィオールは二人ともとても元気なようだ。

 

「……それじゃあ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい、ビャクヤさん」

 

僕の意見に対して特に反対はなさそうだった。すこしだけ、女性陣が申し訳なさそうにしていたが僕らの厚意に甘えることにしたようで軽く頭を下げると上の階へと移動していった。そのあと、話し合いの結果僕とクロム、ヴィオールとフレデリクの組み合わせで見張りを行うことにした。最初は僕とクロムで行う。だが、見張りを行う前に砦内部で元気よく鬼ごっこを始めてしまった二人を止めなければならない。彼が何を言おうとしたかはわからないが、それがソワレの琴線に触れたのだろうことはさすがにわかる。僕はため息をつきながら、二人の間に割って入り、とりあえず暴走を止める。

 

「さて、ソワレ……その辺にして君も上で休んだほうがいい。ヴィオールに関してはフレデリクが見張るからそんなに気にしなくてもいいよ」

「そうかい? なら、このくらいにして、ボクも休もうかな。後をお願いするよ」

「ええ、お任せください。ヴィオールはこの私がしっかりと見ておきますので」

「ああ、おまかせするよ」

 

安心できたからか、ソワレはヴィオールへの折檻をやめて、彼をフレデリクに任せるとほかの女性陣と同じように上の階に移動した。先ほどまで折檻を受けていたヴィオールはフレデリクに引きずられて、休息に入った。

 

「さて、移動しようか。外付で弓兵用にはしごが用意してあるから、屋上に行くことが可能だ」

「ああ、わかった」

 

外に移動した後、クロムにはしごを使わせ、僕は風魔法を用いて屋上に移動した。屋上へと移動してしばらくすると雨が降り始める。最初はぽつぽつと降っていた雨は次第に強くなっていき、森の火をかき消そうとするかのような土砂降りとなった。もちろん、そんな状況の中で見張りなど普通はできないのだが、幸いなことに矢避けとして置いてあった大きめの板を使い屋根を作り、見張りを続ける。

 

「そういえば、聞きたいことがあったんだが、いいか?」

「ん? まあ、別に構わないけど、何が聞きたいんだ?」

「いや、軍師見習いとか言ってたからな、誰に師事していたのかを聞きたかったんだ」

「あー」

 

そういえば、そんなことも言っていた気がするな。だけど、僕にはその質問に答えることができない。本当なら答えられるかもしれないけど、少なくとも今の僕の記憶にはその質問に対する答えがない。

 

「すまない、僕にはここ数日以前の記憶がないんだ」

「記憶が、ない? いや、なら、どうしてマルスとの関係や自分が軍師だということはわかったんだ?」

 

……もうすこし、頭を使ってくれ。そんな言葉が出そうになったが、ぐっとこらえる。考えるよりも先に疑問が出てきているのだろうけど、少し考えればルキナに教えてもらったということを推測できるはずである。まあ、これについては彼に仕えているという騎士のフレデリクに任せるとしよう。

 

「……僕が意識を取り戻したら、近くにマルスがいたんだよ。そのまま、彼女に僕がだれなのかということと何をしていたのかを教えてもらった」

「そうだったのか……それじゃあ、マルスが知らないお前については何も知らないんだな?」

「まあ、そうなるね。とはいえ、記憶喪失といっても、思い出だけが消えている状態だから、戦い方とかは覚えているよ」

「なるほど、それなら、戦えていたのも納得できる」

 

一人で納得するクロムだったが、その表情はどこか曇っていた。まだ、これ以外にも懸念事項があることがわかる。まあ、こちらから聞かなくても勝手にクロムが話すだろう。そう思って見張りに専念していると、やはりクロムから再び声がかかる。

 

「……先ほどの話の続きといえば続きなんだがな」

「歯切れが悪いね。話しにくいことなら、別に話さなくても……」

「いや、もしかしたら、何かしら関係があるのかもしれん。だから、お前も知っておいてほしい」

 

切り出しは言いづらそうにしていたクロムだが、最終的に腹をくくったのか、しっかりと自分の言葉を紡ぎだす。僕は見張りの仕方を一時的に魔法感知に完全に切り替えてクロムのほうへと向き直った。

 

「それで、知っておいてほしいことって?」

「俺たちの仲間にも軍師がいる。さっきの戦闘のときにお前と話していたルフレがうちの軍師になる予定だ」

「予定? まあ、それは置いておくけど、あの子がどうかしたのかい?」

「あいつも、お前と同じで記憶喪失だ。そして、不思議なことに自分の名前と俺の名前だけを知っていて、お前のように軍師として動くことができ、戦い方も覚えていた。そして、あいつを拾ったのは今日の昼頃だ」

「……偶然にしては、出来すぎている。だから、僕に何か関係がないか。もしかしたら、ルフレのことを知っていないか――そう聞きたかったんだね」

「いや、さすがに、俺も初対面のお前が記憶喪失かどうかまではわからん。ただ、お前が軍師だというから、もしかしたら同じ師匠の下で学んだのかもしれないと思っただけだ。とはいえ、ルフレのことを話そうと思ったのはお前の言った通り、あまりにも境遇が似ていたからなんだが」

 

クロムの言う通り僕とルフレの境遇は似通っている。ルフレの記憶喪失がいつからなのかは知らないが、もしかしたら、僕と彼女は同じタイミングで記憶を失っている可能性もある。そして、その要因も同じである可能性が高い。

 

「まあ、それ以外にもお前たちの共通点があったから、もしかしたらと思ったんだけどな」

「共通点? それは?」

「右手の甲を見せてくれ」

「ん? いいけど……あれ? これは……」

 

クロムに言われて僕は右手の甲を見せる。だが、そこには奇妙な紋様があった。入れ墨か何かなのか軽くこすっても消えそうにはない。

 

「それと同じものがルフレにもあった。まあ、ルフレのは今にも消えそうなほどに薄くて、お前のと比べるとところどころ欠けていはいたが」

「それでも同じものが右手の甲にあったのか」

「ああ、だから、俺はお前たちが同じ場所で学んだんじゃないかって思ったんだが……」

「そうか、だが、僕にはその記憶がない。悪いけど、僕はそれにこたえることが出来ない」

「わかっている。だが、何か思い出したら、ルフレにも教えてやってほしい」

「ああ、わかった」

 

それに安心したのか、クロムは見張りに戻った。だが、僕としてはいくつか疑問ができてしまう。それとともに、なんとなくわかったこともあったのだが。まず、クロムとしては僕らを雇いたいと考えているようだ。それも長期的に。そうでなければ、ルフレに知らせてほしいなどと言わないだろう。まあ、何も考えてなかったという可能性もあるだろうが、さすがにそれはないだろう。無いと思いたい。

 

そして、もう一つ。僕の手の甲にあるこの不気味な紋様。ルフレの手にもあるみたいだが、僕とルフレの記憶に関係していることは確かだろう。だが、クロムたちは見たことがないという。ルキナには聞いてみないとわからないが、知らないのではないだろうか。記憶喪失のことといい、この紋様のことといい、突如起こった今回の異変といい、わからないことだらけだ。

 

憂鬱になりそうな気持ちをため息とともに外へと吐き出した。考えてもわからないことを考えても仕方ない。なら、いまは目の前の見張りに優先するべきだろう。思考を切り上げ、気持ちを切り替えて、僕はもう少しで終わる見張りを続けた。

 

 

 

 

――夜中に降り始めた雨は結局、日が昇ってからもしばらくの間降っていた。そして、森の火はそれのおかげか完全に沈下されていた。

 

雨がやんでから僕らは移動をはじめ、日が暮れる前にどうにか目的地である、イーリスの城下町につく。

 

「大きな街、だな……」

 

それを見た僕は、何ともあたりまえな感想を言う。知識ではこのような都市の存在を知っているのだが、実際に見ると少し圧倒されてしまう。城へと伸びているであろう大通りには多くのお店が開かれており、もうすぐ日が暮れるというのに、いまだに活気に満ち溢れている。いや、この時間こそが書き入れ時という店もあるのだろう。客引きを頑張っている店が多々見られる。

 

「驚いているんですね、ビャクヤさん」

「あぁ、すごいな。これは……」

 

立ち尽くしている僕に声をかけるルキナにとりあえず相槌を打った。そして、そんな僕の前にリズは立ち、手を大きく広げる。そんな彼女をクロムとフレデリクは仕方ないなと苦笑交じりに見ている。

 

「ようこそ、ビャクヤさん! ここが、私たちのいる国の王都、イーリスの城下、クイザイカだよ!」

 

リズは満面の笑みを浮かべ、あの時のようにそう言った。

 

 

 




後編になりました。前章や原作と比べてもそこまで大きな変化はありません。まあ、変化が出てくるのはフェリアに行ったあたりからになる予定です。

……特に、書くこともないので、このあたりで。

次回もできる限り早く上げれるように努力します。それでは、次回で会いましょう。


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幕間 赤い騎士の受難

2話と3話の間に起きた出来事です。

間に投稿しようかと思いましたが、テンポが悪くなるかなと思い後付けにしました。蛇足的な物語の気もしますが、支援会話的なものだと思って楽しんでいただけたらと思います。

それではどうぞ。


鍛錬をしていたボクが受けた命令はクロムを連れて帰ること。詳しくは、用事ができたので、クロムたちにできるだけ早く帰るように知らせ、連れて帰ってくれとのことだった。そして、それを伝えに来たのはこの国の王であるエメリナ様。

 

「それでは、ソワレ。お願いできますか?」

「はい。お任せ下さい」

 

そう、エメリナ様である。この国の聖王であり、国の象徴たるエメリナ様。そのエメリナ様は何故かボクら自警団が拠点としている王城内部にある施設にいた。なんでも、日課である城下町の見回りの帰りに寄ったとのことらしいけど、それくらいなら部下に任せて指示を出せばいいのにと思う。クロムといい、リズといい、聖王家の人たちは民や臣下に対してとても近い存在でありすぎると思う。いや、悪いことではないけど。ただ、近すぎるため、警備のフィレイン隊長やフレデリクが大変そうにしているのをよく見る。

 

……まあ、ボクが考えていることはみんな考えているだろうし、頭を使う人々に任せよう。ボクは今回出された指示をこなすとしよう。

 

自警団の施設を出て行くエメリナ様を見送ったあとに、暇そうにしていたヴェイク……ではなく、ソールを見つけて捕まえる。もちろん、自分の出る準備はすませてある。

 

「見つけた……ソール!!」

「はい!? って、ソワレ。どうかしたの?」

 

鍛錬をしていたソールは僕の声に驚いたのか、なんともおかしな声を上げた。ただ、そのあとの少し安堵したような声はどういうことなんだろうか。ボクを何と間違えたのか、少し、いや、とても気になるけど、今回は見逃す。

 

「ソール。エメリナ様の指示でクロム達を迎えに行ってくるから、今日の夜にでもみんなに知らせてくれ」

「うん、わかったよ……って、どうして、夜なんだい?」

「ヴェイクとか、スミアがついてくるだろ? 二人がいるよりも、ボク一人で行く方が早いからだよ」

「あー、うん、そうだね」

 

ヴェイクは単純に騎兵ではなく歩兵であるのが問題だ。騎兵と歩兵ではどうしても移動速度に差が出てしまう。スミアは……どちらかというと性格面で不安が残る。あと、一応、見習い扱いだから、クロムかフィレイン、フレデリクの許可ができれば欲しい。

 

と、いう理由なのだが、ソールはなにか違う理由を思い浮かべている気がする。いや、これは予感ではなく、確信だ。絶対になにか失礼なことを考えているに違いない。

 

「……ソール?」

「な、何でもないよ。とりあえず、夜まではなんとかごまかしておくから、ソワレはクロム達のことを頼むよ」

「ふーん、なにか釈然としないけど、まあいいや。それじゃあ、頼んだよ!」

「うん、任せて」

 

とりあえず、これで大丈夫だろう。後ろで手を振って見送ってくれているソールにこちらも軽く手を振りながら、城を出て外を目指す。今回、クロムたちは南の方に向かったらしいから、とりあえず、その移動経路を辿っていけば、奥へと進んでいるクロムたちと合流できるはず。

 

「うーん、でも、今日は出たのが遅かったから野宿かな? たしか、途中で通る森の中に砦があったはずだからそこを使わせてもらおう」

 

そうと決まれば、できるだけ急いで砦に向かおう。まあ、このままいくと砦に日があるうちにたどり着けるか怪しいけど、まあ、道なりに進めば夜でも大丈夫かな。幸い、月は満ちてる最中だし、夜道もそこまで暗くはないはずだ。それに、砦が近くなったら脇にそれればいい。

 

「まあ、大丈夫かな」

 

ボクはそう思った。そう、普段なら全く問題はないはずだった。でも、今回は問題が起きてしまった。普段通りに進むはずの事柄は、イレギュラーな出来事により起きた非日常に飲み込まれていく。

 

 

 

***

 

 

 

道を外れ、砦へと向かっている最中にそれは起きた。

 

「っあ……」

 

油断なんてしてなかった。いや、するわけがなかった。突如として起こった地震に続いて、いきなり火を吹く大地。そんな余りにもおかしなことが起きたというのに、油断なんてするわけがない。むしろ、普段以上に気を引き締めて、周囲を警戒しながら進んでいた。そのはずだった。

 

でも、この痛みは消えてなくならない。さきほどまで誰もいなかったはずの位置に不気味な存在が弓を構えていた。そして、そいつから放たれた矢はボクの左肩へと命中する。

 

「あ……クソ……」

 

左肩に深々と刺さった矢の痛みで馬から転げ落ちてしまう。そんなボクめがけてさらに矢を番えてソレは狙いを定める。だが、その動きはひどく緩慢で無駄が多い。ボクは痛む体に鞭打って、次が撃たれる前に体を起こし、その射線から逃げる。その直後に風切り音が聞こえ、ボクの居た場所に矢が突き刺さる。

 

「こんなところで……」

 

目標を外したことに気がついたそいつは再び矢を番えるが、先ほどので矢を打つまでの時間は大体分かっている。だから、ボクは一気に攻める。右手のみで槍を構え、軽く横にずれてからそいつへ向かって一気に突っ込んだ。

 

「遅い!!」

 

相手の対応も遅い。あの動作なら、ボクのほうが確実に早くあいつへと攻撃を通せる。そして、その攻撃は寸分たがわず、そいつの心臓を貫いた。

 

そう、心臓の位置を貫いたのだ。そのはずだ。だけど、手応えがなかった。いや、貫いたという感触はある。だが、どこか、それは軽い。嫌な予感がした。

 

「そんな!?」

 

そして、嫌な予感というのは総じてよく当たるものだ。ボクは目の前のそいつの蹴りを防げずにモロに食らってしまった。軽く見えた蹴りは思ったよりも威力があった。いや、強すぎる。あのような体制から出したとは到底思えず、ボクの体は宙に浮き、地面へと叩きつけられた。

 

「うっ……あ……」

 

顔を上げたボクの視界に映ったのは、ボクへと狙いをしっかりと定めているそいつの姿だった。避けないと、いや、避けろ。動け、動かないと、ここで終わる。だから、動け!!!

 

でも、ボクの意思に反して、体はちっとも動いてくれない。先ほどのダメージが残っているせいで、体がうまく動いてくれない。いや、全く動かなかった。

 

「う、うご……け……」

 

体は動かない。そして、矢は放たれる。横向きに倒れたまま、ボクはそいつが放った矢を見つめていた。それはとても遅かった。ひどく、ゆっくりに感じられた。放たれた矢はそいつの弓から一直線にボクへと向かってくる。初めは細長い線だった。だが、それは徐々に縮んでいき、少しずつ菱形へと近づいていく。

 

そして、怖くなって、ボクは目を閉じた。最後の瞬間を見るのが怖かった。ここで終わってしまうというのを認められず、その終わりを見たくなかった。もしかしたら、これは全部質の悪い夢で、目を開けたら全てなくなっていないだろうか、そんなことを思いもした。

 

 

でも、終わらなかった。

 

まだ、続いてくれた。

 

 

「……大丈夫かね?」

 

声が聞こえた。うっすらと目を開ける。

 

「ああ、よかった。なんとか間に合ったみたいだ」

「…………」

 

景色はちっとも変わっていなかった。周囲は焼けた木々に囲まれていて、ボクの肩からは未だに矢が生えている。痛みは多少ましになっていたけど、それだけだ。これは、現実だ。そう、ボクがこの訳のわからない出来事に巻き込まれて、いきなり攻撃されて、怪我をして、死にそうになっていたのも現実で、どうしてか、生きているのも現実だった。そして、目の前には水色の髪をした青年がこちらを見ていた。

 

「キミは……?」

「私はヴィオール。とりあえず、君の肩の手当をしよう。少し痛むけど我慢して欲しい」

 

彼はそう言うとボクの肩から矢を引き抜く。不幸なことにというべきか、幸いなことにというか、全身の痛みのせいで声を上げることも、暴れることもできなかったため、彼の治療はすんなりと終わる。傷口を塞ぐと、痛み止めと言いながら、神職の人々が力を注ぎ込んで作った傷薬をボクに飲ませる。それのおかげか、肩の痛みもマシになり、全身の痛みは感じなくなっていた。

 

そう、傷薬とはそれほどすごい治癒能力がある飲み物なのだ……市民でも手が出ないことはないが、高価でものすごい貴重品だ。そんな、傷薬が簡単に出てきたことにも驚くのだが、その疑問は解決できそうになかった。

 

「この馬は君のだね?」

「あ、ああ。そうだ」

「いい馬だ。それはともかく、この近辺に身を隠すのに良い場所はあるかい?」

 

ボクが乗っていた馬を優しく撫でながら、そいつは聞いて来た。とりあえず、自分の疑問は置いといて、彼の質問に答えた。

 

「そうか、この近くに砦が……」

「ああ、あっちの方向に」

「わかった」

 

彼はボクの馬に乗るとボクへと手を伸ばす。その意味をわからないわけではない。正直、普段なら怒るし、反発するだろうけど、今のこの状況では彼のほうが正しい。渋々、その手を取って、彼の後ろに乗る。それを見た彼は、背負っていた矢筒を腰のあたりに移動させ、右の腰付近で固定させる。また、弓も同じように矢筒へと結びつけ、もともと腰につけていた剣を抜き放つ。

 

「少し飛ばすからしっかり捕まっていてくれ」

「あ、う、うん」

 

彼の言葉に素直に答えると、彼にしっかりと抱きつく。それを確認した彼は、馬を走らせ、一気に砦へと駆ける。途中で先ほどであったのと似たような奴らと遭遇したが、彼は無視して進み、当たりそうな矢は全て叩き落としていた。

 

こうして、ボクと彼は一番近くの砦にたどり着く。

 

 

 

***

 

 

 

「私が外を見張っているから、君はゆっくりとしていてくれ。まだ、怪我は完治していないからね」

「うん」

「…………」

 

砦の内部を静寂が包む。ボクはなんとなく、彼の言葉に逆らう気も起きず、おとなしくしていて、彼は彼で外を警戒していた。

 

「ところで……」

「なんだい?」

 

でも、コイツは……

 

「いや、君みたいな美しい女性が一体何故、このような場所に……」

「……」

 

気がついたら、手元にあった石を投げていた。

 

「…………それで、どうして?」

「人を探しているんだ」

「ひとを? ふむ、その探し人はとても恵まれているな。なにせ、君のような」

 

ヒュ! そんな音とともに、再び石が彼の横を通り過ぎる。

 

「ヴィオール……」

「は、はいぃ!! い、いや、暴力的な手段に訴えるのは……」

「…………」

 

彼は再び黙った。

 

「話を続けるけど、いいかい?」

「あ、ああ、構わないとも」

 

こうして、いつの間にか、ボクはコイツに対する遠慮をやめていた。そのあと、ヴィオールへと僕の目的を話し終えるまでに、石をいくつか投げ、それがなくなったので、最終的に槍が彼の顔の横を何度も通り過ぎることになった。

 

彼は聞きたいことを聞いたからなのか、再び見張りに戻っている。その表情は真剣そのもので、先ほどの情けない感じは一切なかった。いや、先ほどのあれが嘘なんじゃないかと思えてくる。それほどまでに、今の彼は……

 

「……ところで、この状況をどう思う?」

「どうって、なんだよ?」

「森の中で、偶然出会った私たちは突然の災害に巻き込まれ、命からがらこの――――」

「……ふっ!!」

 

ズドン!! そんな音が響くとともに彼の耳のそばをヒュッと何かが通りすぎる。何が通り過ぎたのかなど確認するまでもない。なにせ、ボクが投げたのだから。

 

「……」

「…………」

「……さて、見張りにもどろうか」

 

彼は再び窓の外へと目を向ける。そんな彼の姿をため息混じりにボクは見る。本当に、こうして外を見張っている姿や、ボクを助けてくれた時の彼は真面目で……だというのに。

 

「……なんで、こんなのに助けられたんだろう」

「ん? 何か言ったかね?」

「なんでもない!」

 

いらだちを紛らわすために放たれた槍は、再び彼の顔の横を通り抜ける。それに対して彼が焦ってボクに弁明する。正直、その姿はとても情けない。

 

「わ、私が何を!」

「う、うるさい!! しっかり見張ってろ、このバカ!」

「わ、訳がわからない」

 

困惑する彼はため息混じりにボソリとつぶやいた。いや、本当は口に出すつもりはなかったのだろうが、それでもボクにはしっかりと聞こえた。

 

「まったく、どうして、私が関わる女性というものはこうも一癖も二癖も強い人たちばかりなのだ」

「…………」

 

お前には言われたくない。そう思った。手元にあった槍は気が付けば再び彼の横の壁に当たり、ボクの近くに戻っていた。

 

――――どうして、こんな軟弱なやつにボクは助けられたんだろう

 

虚しくなって、自然とため息が漏れた。

 

 

 

 

 




ソワレの一人称は「ボク」。変換ミスは無いと思いたいですが……まあ、見つけたら、直そうと思います。

次回は、早めに本編の更新ができればと思っています。


はい、そう、思っています……

それではまた次回お会いしましょう。


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第4話 懐かしき平穏

王都についた夜、割り当てられた部屋のベッドに僕は飛び込んだ。

 

「疲れた」

 

正直、昨日から色々ありすぎた。記憶はなくてどうしようかというところに、天変地異が起こって、変なのがたくさん出てきて、襲われていた人と共闘したかと思えば、その人たちは実は王子と王女とその部下たちで、この国の王様にいきなり面会することになるとかふつう思わないよね。

 

「ふつうは思わないよね、ルキナ」

「その……お疲れ様です、シエルさん」

 

一緒の部屋に割り当てられたルキナも困ったように返すのだが、この時点でおかしいと思うのは僕だけだろうか。僕とルキナはなぜか同室となっている。師匠であるシエルさんと違う部屋というのはおかしいですよね? とはルキナの談。町で宿をとった時には一部屋だったことを引き合いに出してきたのだが、それとこれとは違う気がする。せっかく一人一部屋与えられる予定だったのに、それを断る必要はなかったと思う。思うのだが、本人は嬉しそうだったので、何も言わないことにした。

 

「その、いろいろとありましたが、王城の一室を借りることも出来ましたし、お金も手に入りました。今の世界情勢についても説明してもらえましたので、今後どうするかについては、明日からゆっくり考えていけばいいと思いますよ」

「そうだね。まあ、そのあたりは明日以降ゆっくり考えよう」

「とりあえず、明日は観光でもしませんか? そのあとは、フェリアの方にでも行ってみるのもいいかもしれません?」

「うーん、どこに行くかは明日、観光しながら決めようか」

「はい。そうしましょう」

 

だが、明日の予定は、あくまで予定。こういう時に限って、何かしら向こうからやってきてしまうものらしい。

 

 

 

***

 

 

 

翌朝、部屋でくつろいでいると、クロムが訪ねてきた。

 

「突然で申し訳ないが、フェリアについてきてもらえないだろうか」

 

そして、申し訳なさそうにクロムはそう切り出した。

 

「断りましょう、ビャクヤさん。今日は観光をする予定ですし」

 

クロムの入室と同時に僕の布団を頭からかぶり、背中に隠れているルキナは間髪入れずにそう答えた。ちなみに、顔は少しだけ出している。さすがに、すっぽりかぶると息苦しいのだろう。

 

「その、だな。フェリアと同盟を組む必要が出てきたんだ。それで、可能ならついてきてほしいんだが……もちろん、報酬は払う」

「断りましょう、ビャクヤさん」

 

そして、ルキナは即答。一応、決定権は僕にあるようだが、選択肢はないに等しい。クロムの要求をのめばルキナは非常に不機嫌になることだろう。考えなくてもわかる。わかるが……クロムについていくメリットもある。

 

「マルス。二人で国境を超えるよりも、クロムたちの自警団についていった方が安全ではあるよ。それに、フェリアに……」

「嫌です」

「いや、その……」

「嫌です」

「その……」

「嫌です」

「……」

 

クロムはじっと待っている。ルキナは全身で抗議している。ここから動きませんと僕の膝を占拠している。ヴィオールがなぜか楽しそうにこちらを眺めている。とりあえず、ヴィオールは処す。華麗に避けた。無駄に身体能力が高いことに腹が立つ。

 

「それで、どうするんだビャクヤ」

 

ため息交じりに切り出したクロム。答えはわかっているのだろうが、一応聞いてくれる当たり、人間出来ている。

 

「クロム。申し出はありがたいけど、断るよ」

「そうか。まあ、そうなるだろうな」

 

また会おうとだけ残し、クロムたちは去っていった。結局、ヴィオールはどうして付いてきたのかわからなかった。何か目的があったように思えるが、道化のようにふるまう彼からその真意を見出すのは難しい。

 

「さて」

 

そして、部屋には僕とルキナだけが残った。ルキナは布団にくるまるのをやめて僕の対面に腰掛ける。

 

「それで、どうして断ったんだ? 王族である彼らとのつながりが築けたと思うけど?」

「……その、ですね」

 

ルキナは言いにくそうに目を伏せる。あの自警団もしくは王族である彼らに対し、何かしらあるのだろうことくらいはわかる。今日までの行動を見る限り、あまり関わりたくないようにも見えた。

 

「わかった。彼らとは一度距離を置こう。これでいいかい?」

「ありがとうございます」

「いいよ、気にしないで」

 

ルキナが彼らに関わりたくない理由はわからないけど、今はそのままでいいだろう。申し訳なさそうに縮こまるルキナの手を引いて、外へと出る。出立前のクロムたちに軽く挨拶をして、僕らは城の外、すなわち城下町へと降りた。

 

「あの、ビャクヤさん? どちらに?」

「ははは、そうだね。どこに行こうか」

「あの、ならどうして?」

 

状況をあまり理解できていないのか、困惑顔でルキナが聞いてくる。そんなルキナに、僕は努めて明るく答える。その不安を、申し訳ないと思う負い目を吹き飛ばせるようにと願いながら。

 

「ついさっき、君がクロムに言ったことだよ」

「私が?」

「うん。さあ、観光をしよう。どこを見て回ろうか?」

「あ……」

 

ルキナに笑顔が戻る。いつも見ていた、こちらの疲れを吹き飛ばしてくれるような、本当に幸せそうな笑顔。

 

「行きましょう、ビャクヤさん」

「うん、行こうか」

 

彼女は僕の手を引いて、弾むような足取りで城下町を進む。

 

「昨日、城の方が教えてくれた場所がたくさんあるんです。一つ一つ回りましょう」

「うん、時間はあるからね。今日の宿を探しながら、ゆっくり回ろう」

「はい!」

 

 

 

そして、数日かけてゆっくりと城下町を楽しんだ。イーリスという街の営みは暖かく、活気に満ちていた。ただただ、居心地の良い場所だった。本当に、ゆったりと時間が流れていた。

 

 

だが、それはいつかのように唐突に終わる。

 

 

「シエルさん。お話があります」

「なんだい、ルキナ」

 

その日、僕らはクロムたちがフェリアから帰ってきたの確認した。昼過ぎだったと思う。ルキナは突然、僕の手を引いてその場を離れると、借りている宿まで急いで戻った。

 

「今日の夜、イーリス城は暗殺者たちの襲撃を受けます」

 

彼女は前回と同じく、詳しいことを説明しなかった。

 

「……そうか」

「暗殺対象は、王族です」

 

だから、僕も聞かなかった。

 

「ルキナはどうしたい?」

「暗殺を止めたいです」

 

強い意志を宿した瞳だった。

 

「わかった。行こう」

 

僕は短く告げると、彼女と共に宿を出た。日が暮れ、夜の闇が迫る中、僕は彼女を抱えて素早く王城へと駆けた。

 

 

運命の歯車は少しずつ動き始めている。形を変えても、あるべき終わりを求めて回り始める。

 




エタるかと思った!!


自分が最大の敵でした。申し訳ない。


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第5話 強く優しい想い

彼は示した

確かな想いを


日が落ちる前に、僕らは城へとたどり着いた。

 

「それで、どうやって城に入るんだ? 知り合いではあるが、この時間に入れてもらうのは厳しいと思うけど?」

 

腕の中にいるルキナに尋ねる。目の前には閉ざされた城門はなく、そびえたつ城壁だけが存在していた。ルキナの指示を受けてたどり着いたこの場所にどんな意味があるのだろうか。

 

「ここを飛び越えてもらえますか? この先に中庭があります」

「そうか。じゃあ、行くよ」

 

風魔法を使い、城壁を超える。その先にはルキナの言っていたように中庭があり、そこにルフレが一人、気難しい表情で空を見上げていた。そして、そんなルフレのもとに、クロムがゆっくりと近づく。

 

「ルフレ、こんなところで何をしてるんだ?」

「クロムさん……少し、考え事をしていました」

「明日からのことか?」

「はい」

 

二人の表情は暗いままだ。彼らはぽつりぽつりと確認するように言葉を交わす。フェリアはうまくいったが、そのあとにペレジアと小競り合いがあったようだ。だが、それがきっかけでペレジアに戦争の口実を与えてしまったらしい。

 

だが、二人の悩みはそこではないようだ。

 

「クロムさん。ここイーリスが過去にペレジアに侵略したのは……」

「ああ、姉さんに聞いた通りだ。そして、そのあとのことはフレデリクが話してくれた通りだ。姉さんは苦しい道を歩むことになってしまった」

「はい……私は可能ならエメリナ様の役に立ちたいですし、クロム様の助けになりたいです。でも……ペレジアの人々の気持ちも……その」

 

彼女は優しいのだろう。本来、戦いには向いていないのだろう。だが、軍師としてみるならその考え方は甘く、その精神は未熟だ。いつか、取り返しのつかない失敗をするだろう。でも、クロムの軍師としては良いのかもしれない。

 

さて、行こうか。隣のルキナに目配せをし、ゆっくりと彼らに近づく。このまま、放っておいたら、今日の戦いでそれこそ取り返しのつかないことをしてしまうだろう。

 

「え、ビャクヤさんとマルスさん?」

「な!? どうやって、ここに」

 

やはり非常に驚いている。そして、警戒すらしていない。いや、顔見知りだし、悪い奴じゃない認定されているからなんだろうけど。クロムはフレデリクに説教してもらうとして、急ぐとしよう。

 

「ルフレ。誰かを思いやるその気持ちは尊いものだ。決して忘れてはならないものだ。でも、それだけじゃダメなんだ」

「ビャクヤさん? 何を……」

「ルフレ、君は何を守りたい?」

 

ルフレは揺れている。記憶がないが故に、基準がないのだろう。それは自分がないともいえる。だから、考えて見つけて欲しい。たとえ、

 

「ビャクヤさん。来ます」

 

ルキナの言葉に呼応するかのように闇の中から複数の影が近づいてくる。それぞれ、ターゲットの死角を突いて、音もなく近づく。

 

「セット、〈ディヴァイン〉」

「行きます! 〈ライトニング〉」

 

僕のはなった光魔法はクロムに近づく暗殺者を打ち抜き、ルキナの光魔法はその光量をもって、暗殺者たちの足を止める。

 

「魔法、使えたんだね」

「威力はないですし、発動に時間がかかるので実践向きではないんですけどね」

「そうか。まあ、一掃しようか……〈ディヴァイン〉」

 

唱えた光魔法は複数の矢となって動きを止めた暗殺者を正確に貫いた。そして、驚いているクロムたちのもとへ、一頭のペガサスが近づいてきた。

 

「クロム様!!」

「何かあったのか、ティアモ?」

「敵襲です!! 城内に突然魔法陣が現れて、そこから敵兵が!」

「なに!?」

「敵の目的はエメリナ様。そして、王族であるクロムとリズだ」

 

ティアモと呼ばれた赤い髪の少女の報告にかぶせるように僕の知る情報を彼らに伝える。ティアモは僕とクロムの間に立ち、その槍でこちらを牽制する。ルキナもまた、それに合わせるように、僕らの間で剣を抜いた。

 

「ティアモ、待ってくれ」

「ですが!?」

「援軍は来ない。だが、もたもたしているとエメリナ様の暗殺が成功する」

「ビャクヤ……どうして」

「クロム。僕らは未来を知っているんだ。今は、それ以上伝えることができない」

 

僕らは非常に怪しいだろう。暗殺者の襲撃に合わせるように場内に進入している。そして、極めつけに未来を知っているとか言ってる。はっきり言って、やばい奴だ。でも、クロムはきっと僕らのことを信じるのだろう。

 

「わかった。お前を信じる」

「クロム様!!?」

 

再び天馬騎士のティアモが諫めるようにその名を呼ぶ。だが、クロムはまっすぐとこちらを見たまま、続けた。

 

「ティアモ、ビャクヤ達は俺たちを助けてくれた。その時の思いは偽りのないまっすぐなものだった。だから、俺は信じる」

「クロム様……」

「ビャクヤ。それで、俺はどうすればいい」

 

一度信じると決めたらクロムはその意思を曲げない。それが、彼の良いところなのだろう。だから、誰もが彼を慕った。誰もが彼の後に続いた。続くことができた。その在り方が正しく、まぶしいものだったから。

 

「ティアモ、だったね。エメリナ様の部屋にペガサスで降りれるかい?」

「……」

 

彼女は黙して語らない。いまだ、槍の穂先は僕に向いたままだった。だが、クロムがそれを諫める。

 

「ティアモ、教えてくれ」

「……」

「ティアモ」

「……降りれます」

 

ティアモはしぶしぶ答える。ここで問答を続けてもクロムは望む答えを得るまで折れないであろうことを理解していたのだと思う。

 

「クロム、急いでティアモと一緒にエメリナ様のもとへ」

「わかった。ティアモ、行けるか?」

「はい。お任せください」

 

クロムたちはペガサスに乗り込むとエメリナ様の部屋へと向かう。そして、この場には僕とルキナとルフレが残された。ルフレはまだ迷っている。だから、彼女の手を引いて城内へと向かう。そんな僕にルキナは何も言わず付いてきてくれた。

 

僕らは城内を進む。ルフレの手を引いて、ただ前へと進む。立ちふさがる敵は、僕とルキナで撃破し、エメリナ様の部屋に向けて一直線に向かう。迷い、立ち止まる彼女の手を引いて、ただ、前へと進む。

 

言葉はいらない。いや、言葉を投げかけてはいけない。これは彼女が考え、見つけなければならないこと。だから、僕はただ前へと進む。

 

そして、目的の場所へとたどり着く。

 

「ここです!!」

「わかった。派手に飛ばすよ!! 〈エルウィンド〉!!」

 

迷うことなく、風魔法を部屋の前に集まる暗殺者へとたたきつける。そして、体勢を崩した暗殺者へとルキナや、城の兵士たちが接近し次々と仕留めていく。

 

「さあ、行くんだ」

「え、どこに……」

「それは、君が決めればいい」

 

そっとルフレの背中を押す。押した先はエメリナ様の扉の前。開け放たれた扉からは中の様子が見えるはずだ。そこで、彼女は決めなくてはならない。

 

「クロムさん……」

 

彼らを助けるか、それとも……見捨てるかを。

 

「…………」

 

彼女は走り出す。彼のもとへ。

彼女は手を伸ばす。その先の彼へと向かって。

 

「ルフレ!?」

 

彼女は飛び込む。彼を押し倒すように。

フレデリクがそんな二人を守るように剣を振るう。

そして、クロムは目の前の少女の行動の意味を知る。

 

「戦場ではもっと周りを見ないといけないですよ、クロムさん」

「ああ、すまない。助かった」

 

かくして、幼き暗殺者の一撃は迷い続ける少女が抱いた強い意志に阻まれる。

 

こうして、今夜の襲撃は終わった。

 

 

 

***

 

 

 

「シエルさん、一ついいですか?」

「なんだい?」

「もし、ルフレさんがあの時動けなかったら、どうするつもりだったんですか?」

「僕がクロムを助けたよ」

「ルフレさんはどうするんですか?」

「クロムに任せたさ」

「もし、そうなっていた場合、それで……大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ」

「どうして、ですか?」

「どうしてって、そんなもの決まってる」

「?」

「クロムだからだよ」

 

彼はまっすぐに疑うことなくそう告げた。そんな風にまっすぐな信頼を寄せられるお父様がだいぶうらやましかった。ものすごくうらやましかった。

 

「さて、これからどうしようか」

「……エメリナ様を秘密裏に助けないといけないと言ったら、どうします?」

 

でも、今はそれを少しだけ置いておく。

まだ、私たちにはしないといけないことがある。

エメリナ様を必ず助けなければならないのだ。

 

「そうか、どこに行けばいい?」

 

彼は何も聞かず、ただ次を求めた。私は心の中で謝る。彼の優しさに甘え続けていることを理解している。でも、もう少しだけ……

 

「シエルさん」

「なんだい、ルキナ」

「もう少し、もう少しだけ、時間をください」

「うん、わかったよ」

 

そんな私を彼は優しく抱き寄せた。とても暖かかった。

 




感想をもらえるとやる気がアップする作者です。

書くのをやめると、投稿できなくなるのでは?と考えてしまう作者です。

ただ、思うままに書いています。

止まるんじゃねえぞ……ってなノリで

少し駆け足すぎる気がする


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第6話 近くにある温もり

この温もりがある限り、私は前を向いていける。

だから、どうか……どうか、私の隣にいてください




イーリス城での暗殺を防いだ僕らは、とりあえず今後について話し合うために宿へと戻った。本来ならここでエメリナ様は暗殺されているはずだからだ。だが、それは阻止した。ならば、相手は次の一手を打ってくると考えるべきだ。

 

ルキナが言うには、王家に近しいものしか知らない別荘があるから、ひとまずそこに避難するのでは? とのことだ。山に囲まれた場所であるため、見つけづらく攻めづらい。別荘とは名ばかりの小さな砦のようなものだ。内部の裏切りがない限り、まずばれないとのこと。

 

だが、内部に裏切り者がいた場合、彼らにとって最も責めやすい場所に兵を配置できるということ。逃げにくく、囲い易い地形。前準備があれば隠れるのも不可能ではないだろう。まあ、それでも兵の多くは空からということになりそうだが。

 

さて、僕らとしてはエメリナ様に限らず、王族が死ぬ未来は回避しなければならないこと。そのためにも、できれば彼らに同行するか、尾行するかしたい。しかし、ルキナの方に事情があるため同行することはできない。ならば、尾行するしかない。

 

だが……

 

「ルキナ。僕らがばれないように、彼らを追跡するのは不可能に近い。ペガサスナイトもいるし、前回の襲撃の際に腕利きの密偵を雇ったとも聞いた。切り立った山道に加え、前後の視界は良好。空も山の上も十分警戒しているだろうから、彼らに同行する以外の方法はとれそうに無い」

「……それでは、どうすれば」

「月並みな言葉だけど、祈るしかない。もしくは……」

「もしくは? 何か、策があるのですか?」

「敵はおそらく、空から来る。だから、そこを狙撃するとか……かな?」

 

ルキナが呆れたようにこちらを見る。意図は伝わっているはなのに、どうしてそうなるのか。敵の戦力をそぐことが可能でかつ敵に見えない伏兵の可能性を与えることができ、精神的な余裕を奪うことが可能だ。クロムたちに同行できない以上、これが最適解な気もする。

 

「どこから、どうやって狙撃するんですか?」

「城の一番高いところに陣取って、敵が見えたら打ち抜く」

「魔法の有効射程って、わかってますよね?」

「わかってるよ。そして、それが可能な魔法もある」

 

有効射程……まあ、ようするに魔法が力を十分に発揮できる射程のことだ。使用する人物の力量にもよるけど、基本的に狙撃ができるような超長距離魔法は存在しないのが、この世界の常識だ。まあ、超長距離魔法自体は存在するのだが、非常に制御が難しく、狭い室内や混戦状態ならともかく、移動中の飛兵を狙い撃つのには適していない。

 

まあ、それはこの世界の常識であり、僕の魔法の常識ではない。少し負担は大きいが、僕なら狙撃することができる。できるのだが……なぜか、ルキナの表情は冴えない。

 

「……たとえ、可能だとしても私はその魔法を使ってほしくないです」

「ルキナ?」

 

ルキナはそれ以上語らない。うつむいたまま、何かに耐えるように、その小さな手を強く握り締めている。

 

「そうか」

 

何があったかは分からない。もしかしたら、僕が何気なく使おうとしたこの魔法がきっかけで、僕は記憶を失うことになったのかもしれない。少なくとも、彼女にとって最悪の魔法なのだろう。たとえ、どれだけ強力で戦況を変えてしまうようなものだとしても。

 

「なら、仕方ないね」

「……ごめんなさい」

「気にしなくていいよ。それに、確実性はないけど、もう一つだけ策はある」

「……」

 

ルキナが不安げにこちらを見る。だが、今回の作戦はそこまで危険ではない……はずだ。だから、とりあえず説明しよう。もし、ダメだと言われたら、その時はどうしようか。

 

「敵が近づいたら、空を飛んで、ドラゴンを奪って、せん滅する」

「……ビャクヤさんはいつからドラゴンに乗れるようになったんですか?」

「……」

「……」

 

さて、どうしようか。

 

 

 

***

 

 

 

翌日、僕らは街を歩いていた。情報を集めるためだ。いろんな人に話を聞いた結果、昼前にクロムたちは出発したと幼い少女を連れた男性から教えられた。

 

「いつ戻るかまではわからんが、君たちがしばらくここに滞在するのであれば、君たちの宿にでも連絡を入れるようにしよう」

「ありがとう、フラムさん」

「なに、気にするな。クロム様の危機だけでなく、エメリナ様の危機を救ってくれた恩人だ。無碍にはしないよ。輸送体のフラムに会いたいと、言えば取り次ぐようにしておくから、気が向いたら、遊びに来てくれ」

 

彼は輸送体のフラム。今回は諸事情あって城に残っているらしい。まあ、その諸事情というのは彼が連れている感情の乏しい少女のことだろう。

 

「ビャクヤさん……先ほどの少女は」

「うん。まあ、でもあの状態なら大丈夫だと思うよ。あとは、彼とその周りの人次第だね」

「……いい方向に進めるといいですね」

「ああ、そうだね」

 

さて、どうして僕らが街で情報収集をしているかについて語ろうと思う。

結論から言うと、僕の示した策はすべて却下された。僕の策が使えないということは、何も妨害ができないということ。妨害ができない以上、暗殺がないことを祈るしかない。仮にあったとしても失敗することを願い、情報を集めることくらいしかできない。可能な限り次のアクションを早くするためにはそれくらいはしなければならない。

 

もちろん、外に出る準備自体はできている。ペレジアでもフェリアでもすぐに出発はできる。だから、僕らは再びつかの間の休息を取っている。今の彼女には、少しでも多くの休息が必要だから。もちろん、それは肉体的な疲労を癒すためだけではなく、精神の安寧のため。

 

「お城への伝手ができたので、今後はエメリナ様たちの状況の把握が容易になりますね」

「ああ」

「それで、今日はどうします? 少し外に出て、模擬戦でもしますか?」

「……」

 

そうしないと、今にも壊れてしまいそうだった。彼女はそのことにおそらく気付いている。でも、彼女は止まれない。立ち止まることができない。まだ、何も守れていないから。そして、止まることが怖いのだろう。止まったまま、進めなくなるのを恐れている。

 

「……? ビャクヤさん?」

 

彼女には守りたいものが多すぎる。それこそ、僕一人の助力ではどうしようもない。それこそ、なりふり構わず、とることのできる手段をすべて試す必要がある。だが、それを成すには、あまりにも制約が多い。彼女自身の気持ちと、世界の理の二つの鎖が彼女を縛る。

 

世界の理――それを打ち砕く、未来の知識。

それは、過去を改変すればするほど、役に立たなくなってしまうもの。

でも、その知識こそが僕らの希望。

捨てることのできない希望。

そして、いつか手放さなくてはならないもの。

 

果たして、その時に彼女はどうするのだろう? 彼女は前に進めるのだろうか?

 

「ルキナ」

「ビャクヤさん。人前では……」

 

そっと、彼女の手を握る。

 

「もう少し、頼ってもいいんだよ」

「……はい」

 

彼女は小さくそう答えた。

 

 

 

***

 

 

 

「フェリアにいない」

 

少女は振り返ることなく歩き始める。

 

「クロム様たちと一緒に行動してなかった。もしかして…… 一人?」

 

少女は考える。彼の行動を予測する。可能な限り予測し、先回りをする。

 

「いや、そんなことはない。必ず誰かと一緒のはず。ペレジアで誰かと一緒にいることはめったにない……はず。なら、やっぱりイーリス?」

 

歩いていた少女は小さな村を見つける。

 

「情報を集めましょう。そのあと、どうするか決めます」

 

少女は探し続ける。その道がいつか交わることを信じて。

 

 

 

 

 

 




つないだその手はとても温かくて

優しかった



***

なんてこった、同じものを投稿していたなんて……

7話が同じ内容だったため、削除しました。
気付くのが遅くて申し訳ないです。


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