浅見君は告らせたい (fukayu)
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映画に誘わせたい

かぐや様は告らせたいに事情を知った第三者が居ればどうなるかという二次創作です。


 人を好きになり、告白し、結ばれる。

 それはとても素晴らしい事だと誰もが言う。

 

 だが、それは間違いである。

 恋人たちにも明確な力関係が存在する。搾取する側とされる側。尽くす側、尽くされる側。

 そして、勝者と敗者。

 

 もし、貴殿が気高く生きようと云うのなら決して敗者になってはならない。

 恋愛は戦。

 好きになった方が負けなのである。

 

 

 

「――――と、誰かが言いました」

 

 私立秀知院学園。

 嘗て貴族や士族を教育する機関として創立された由緒正しい名門校である。

 

「みなさん……! ご覧になって!」

 

「生徒会のお二人よ!」

 

 貴族制が廃止された今で尚、富豪名家に生まれ将来国を背負うであろう人材が多く就学している。当然そんな彼らを率いまとめ上げる者が凡人であるなど許される筈も無く、

 

「ああ、すいませんね。通りますよー」

 

 キャーキャー五月蠅いギャラリー達の間を天才と呼ばれる二名が涼しい顔で通り過ぎていた。

 

 秀知院学園副会長 四宮かぐや。

 総資産二千兆円。鉄道、銀行、自動車。優に千を超える子会社を抱え、四大財閥の一つに数えられる『四宮グループ』。その本家本流四宮総帥の長女として生を受けた正真正銘の令嬢である。

 その血筋の優秀さを語るがごとく、芸事音楽武芸いずれの分野でも華々しい功績を残した正真正銘の『天才』。

 それが四宮かぐやである。

 

 そんな彼女が支える男こそ、両家の御曹司やご令嬢が集まる秀知院の中でも極めて珍しい一般からの進学者でありながら、学園模試において不動の一位を死守し、多才なかぐやとは対照的に勉学一本で畏怖と敬意を集め、その模範的な態度で生徒会長に抜擢された秀才―――秀知院学園生徒会長 白銀御行である。

 

 秀知院生の頂点を位置するこの二人が同時に歩けば自然と人々の視線は彼らに集まる。そんな人々に気圧された様子も無く、普段と同じように雑談しながら歩く二人には最早脱帽するしかない。

 

「いつ見てもお似合いな二人ですわ」

 

「ええ、神聖さすら感じてしまいます」

 

 趣味や経歴は違えど、どこからどう見てもお似合いの二人。生徒達の間で噂が広まるのは無理からぬ話である。

 

 もしかして二人は付き合っているのか? 

 式はいつ頃なのか?

 オレ達のかぐや様をよくも!

 白銀会長カッコイイんだけど怖いのよねー。

 

 様々な憶測や希望が飛び交いながらも二人に近づく事すらおこがましいと謙遜する一般生徒達に真実が伝えられる筈も無く、秀知院生徒会は今日も割と暇なお金持ち達によってある事無いこと噂されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか、生徒達の間ではお二人が付き合っていることになっているらしいですね」

 

 噂とは人為的に作り出す事が出来る。

 情報とは人間社会で生き抜くために必要不可欠なものであり、その精度に関わらず凝り固まった現状を打破する為に大きく役立つ爆薬である。

 それは学園という決して狭くはない世界でも同じであり、生徒間の噂でさえもそれが全校生徒に広まっているものであれば殆ど事実として扱われる。

 実は先程の場面、白銀とかぐやの他にもう一人、生徒会役員が居た。ひたすら生徒達の視線を集める二人の影に隠れ、彼らの通る道を整備し、それとなく二人の仲を演出する。そんな途轍もなく地味な作業を行っているものが存在した。

 秀知院生徒会庶務 浅見徹である。

 

「あらあら、浅見君。そのような話に流されてはいけませんよ? あくまで噂は噂。それくらい私たちといつも一緒にいるあなたなら知っているでしょう?」

 

「そうだぞ、浅見。仮にも秀知院生徒会役員である俺たちがそのような噂話で浮ついていては生徒達に示しがつかん」

 

「ですよねー。お二人が付き合っているわけないですよねー。我が生徒会は清く正しい紳士淑女が通う秀知院の模範となるべき存在。下らない色恋沙汰とかある訳ないですよねー」

 

 嘘である。

 白銀とかぐやはもう半年以上お互いに意識し合っており、その事は余程鈍い者かとんでもなく空気を読めない奴じゃない限り、この空間にいれば嫌でも気付く。当然そのどちらでもない浅見はもう半年以上もこの微妙な距離感を保っている二人を見ながら毎日のように思っていた。

 

 もういい加減くっつけよ、と。

 

 だが、しかし!

 この一応は全国トップクラスの頭脳を持つ二人は様々なすれ違いとその高すぎるプライドから互いが互いに告白してくるのを待っているという泥沼の頭脳戦をこの半年間続けていたのである。

 

(ふっざけんなよ! 今日も石上帰っちまったじゃねえか! 藤原ちゃんは可愛いけど役には立たねえんだよ! いい加減どっちか告って付き合ってくれないとこっちが持たねえっての!)

 

 二人の頭脳戦に巻き込まれ、被害を被った者は数知れず。

 そして、彼らの抜けた穴を埋めるのは庶務である浅見の仕事であった。通常、秀知院生徒会における庶務職の役目は他の生徒会役員だけでは手の回らない作業のサポートであり、ここ数十年を見ても極めて優秀と言える二人が会長と副会長を務める近代ではその役目は殆ど無い者と思われたが、現実はこの有様だ。

 今ではこの部屋に入るのに胃薬は必須。他の学校とは比べ物にならない激務に全身は悲鳴を上げている。

 

(確かに初めは内申もよくなるし、二人が居るなら楽ショーとか思ってましたよ? 実際二人とも自分の仕事だけじゃなくとんでもないスピードと精度で仕事をこなしてくれるから楽なんだけど、毎日毎日こんな空間で仕事してたら身体以前に精神が壊れるっての! ええ、だから二人には悪いけどこっちも手を打たせてもらいました)

 

 今回浅見が利用したのは一般生徒達に広がっている『会長と副会長が付き合っているらしい』という噂だ。それを秀知院内外の友人や知りあい、学校の表裏に存在する掲示板を使い過激なものや二人に対する誹謗中傷を可能な限り取り除いた上でそれとなく、あくまでそれとなく拡散し二人に伝えたのである。

 

 名付けて、『周りがそう思ってるんなら、もう本当に付き合ってもいいんじゃね?』作戦。仕込みを含めて発動までの期間、半年を超える一大作戦である。

 そして、今回はもう一つ。

 

「それはそれとして、この前バイトしてたところで貰ったんですけど、この映画知ってます?」

 

 取り出したるは映画のペアチケット。

 今話題の()()()()()()()()()()()()()()である。

 

「ほう、この映画か。確か俺の妹も話していたな。確か、メインの動物たちのシーンが人気なんだとか」

 

「奇遇ですね。私も先日藤原さんから勧められました」

 

 この二人は普通に映画に行こうとしてもまずその通りにならない。互いが互いを牽制し、どちらかが誘ってくれるのを待っている間に上映期間は過ぎているだろう。

 

 大体半年にわたって恋愛合戦を繰り広げたこの二人が素直に恋愛映画などに行く訳が無い。そんなもの相手を意識していると言っているようなものであり、プライドの高い二人は何かにつけて断るだろう。

 また、白銀の特性――ドケチもそれに拍車をかけており、自分でチケットを購入する事は無いというのもあり、今回は浅見が彼らの橋渡しをすることにした。

 

「オレが行ってもいいんですけど、もうスタッフとして試写会に参加させてももらってるんで、まだ見ていないというならお二人で行ってみたらどうですか?」

 

「あら、浅見君もこの映画に関わっているの?」

 

「ええ、まあエキストラですが、探してみるのも面白いかもしれないですね」

 

「ふむ、我が生徒会の一員が参加しているというなら仲間として一度は見てやらんとな」

 

 もう、この二人にどちらかを誘えなどという無茶ぶりは諦めた。

 この天才達を動かすにはこちらもそれ相応の覚悟を決めなければならない。その為に浅見はこの映画に早くから様々な策を弄して参加し、二人の面倒見の良さまで計算に入れて何としても目立って画面に映らなくてはという思いから。製作終盤からの参加にもかかわらず、血も滲むような努力を経て見事二時間弱のフィルム内に潜入することに成功したのだった。

 

 二人の趣味はよく知っており、この映画の良さを白銀の妹が所属する中等部を中心に二人の共通の知り合いである藤原書記に至るまで事前に広めており、予行練習を兼てこの映画を見た秀知院の生徒の何組かを陰ながら支援しくっつける事でこの映画を見た者は結ばれるというジンクスを局地的に作り出す事にも成功している。

 

 ネックとなる他の生徒会役員だが、藤原書記には事前にこの映画を見てもらい、もうひとりは本日体調不良で早退済み。二人の邪魔をするものなど存在しない。

 

(さあ、オレには気にせず映画に行くといい。そしてもれなく付き合ってしまえ! そうすればこの胃薬ともおさらばだ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな浅見の思惑を知ってか知らずか、この状況にほくそ笑む者達が居た。

 白銀とかぐやである。

 

(全く、事前にこの日を開けておいて正解だった。浅見が参加している以上、元々見に行くつもりだったが本人から話があるとはな――。それも四宮と二人っきりという最高の条件。感謝するぞ、浅見!)

 

(浅見君。本当に貴方はよくできた友人ですよ。バイト先を探しているという貴方を我が家の伝手であの映画の監督に紹介した甲斐があったというモノです)

 

 そう、二人はこの時を待っていた。

 この半年の間に二人の思考は『付き合ってやってもいい』から『如何に相手に告白させるか』という思考へとシフトしており、その為には他人を使う事も躊躇わなくなっていた。

 今回の方法なら、活躍する仲間の姿を見る為という大義名分がある上に第三者からの誘いという自分の手を汚す事の無い自然な流れで二人で映画に行く事が出来る。

 そして、ここからが重要。

 

「約二時間か。その中に素人の浅見が出てくる時間は恐らく一瞬。四宮、ここは一つ勝負と行かないか?」

 

「勝負、ですか?」

 

「ああ、日頃ともに仕事をしている身として浅見の活躍している姿を見つけたいという思いは恐らく同じだろう。しかし、如何に俺達と言えど、たった一度の上映で確実に見つけることは困難―――」

 

「なるほど。それでどちらが早く浅見君を見つけるかという勝負をすることで集中力を高めると言う事ですか。いいでしょう。ですが、手加減はしませんよ?」

 

「ああ、そんな事をしてはつまらない。そうだな、勝った方は一つ相手にお願いをさせるというのはどうだ?」

 

 無論、この勝負の本当の目的は相手に如何にして告白させるかである。

 故に、白銀は勝った方が命令するでは無く、相手にお願いをさせるというルールにした。普段はプライドで言えずとも、このような勝負事の結果としてならかぐやはその分厚い鎧を脱がざるを得ないだろう。そして、その先に待つ『付き合ってください』の一言。それさえあれば白銀はいつでも答えるつもりであった。

 

「わかりました。私もこの映画は初めてですのでちゃんと見つけられるかわかりませんが会長も一緒であれば心配はいらないでしょう。頼りにしていますよ?」

 

 嘘である。

 既にかぐやはこの映画については調べつくしている。件のシーンも独自に入手した試写会時の映像から、上映開始何分後に来るか暗記しており、既に白銀が見つけるよりも早く見つけた事にするシミュレーション段階に移行しているほどだ。

 今回に関してはかぐやの方がその財力と手回しによって僅かに白銀の上をいっていた。

 

「じゃあ、このチケットは二人にお渡しすると言う事で―――」

 

 二人の思惑は兎も角、さっさとくっ付いてくれればそれでいい浅見はこの流れが変わらないうちにと、さっさとチケットを渡してしまう事にする。

 この場にいる三人。それぞれの目的は違えど、思いは一つでありこの勝負は一見順調に進んでいたように思えた。

 

 しかし、白銀は知らなかった。

この庶務が自分とは違ったベクトルの天才であり、製作後期から参加したにもかかわらず監督に気に入られていたことを。

 

 また、かぐやは理解していなかった。

自分の紹介した映画監督が業界でも有名な気分屋であり、試写会で流した映像から更に大幅に編集を加え、それが現在話題を呼んでいるものだと言う事を。

 

 そして、浅見は甘く見ていた。

メインの動物たちを躾けた事であの監督と仲良くなり、なぜか打ち上げでは主役達に交じって喋っていた気がするがそんな事はどうでもいい。

 それ以前の問題として浅見は失念していたのだ。

この場で最も注意すべき人間は白銀でもかぐやでもない。この半年、一体どうしてこの二人の仲が進展しなかったのか。その原因の一つを甘く見ていたのだ。

 

「あ、浅見君! 見ましたよ、あの映画! 大活躍だったね!」

 

 ガラガラガラ、と音を立てそこで行われている駆け引きなど一切気にせずに室内に入ってきたのは我らが生徒会書記 藤原千花。

 空気が読めない、テンション高い、胸デカいでお馴染みの全ての駆け引きを終わらせるデウス・エクス・マキナである。

 

「あー、えーと、藤原さん?」

 

「まさか、最初から最後まで出ずっぱりだなんて思わなかったよ! 特に最後のシーンなんて―――――」

 

(あ、終わった……)

 

 こうなったら藤原書記は止まらない。

 監督の強引なねじこみにより、いつの間にか動物達による感動モノから。彼らと友情を紡ぐ一人の少年のドキュメンタリーモノに公開何週目からか入れ替わっており、それが話題を呼んでいたとか。俗に言う制作裏話を公式で映画にしちゃったらしい。

 

 当然、浅見は知っていたがその気になればかぐやが試写会の映像位入手できるのを見越した上であくまで両者がフェアになるように黙っていた。勝負なんてのは上映が始まってしまえばどうとでもなる。だが、これでは。

 

 目の前で盛大にネタバレをかます藤原書記を見ながら、勝負どころでは無かった三人は一瞬にして無に帰した自分達の計画を立て直すため、再び頭脳戦を繰り広げその日一日を費やす事となるのであった。

 

 

 

 

 

 

 




本日の勝敗結果
引き分け


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せめて手くらいは握らせたい

 今回は原作よりも早いですが、早坂さんの登場です。
 今原作読み直しているんですが、石上会計と早坂さんが本格登場するのが三巻とかでビックリ。


「よし、いくか」

 

 藤原書記の登場で勝負が有耶無耶になってから数日。

 何とか二人を映画に行かせることに成功した浅見は街に繰り出していた。

 

 生徒会において庶務とは雑務全般を行う下っ端のイメージがあるが、秀知院においてもその認識は残念ながら変わらない。華やかな生徒会メンバーの中でただ一人、いい意味でも悪い意味でも目立たず黙々と仕事をこなしていく。誰に褒められるわけでもなく、ただほんの少し、自分の仕事を見てくれている人が居ればそれでいい。

 浅見にとって生徒会における自分の役割は彼らの影であり、常に彼らの補助に回る事こそが自分の役目だと確信している。

 

 そんなわけで、本日も生徒会メンバーを陰ながらサポートしようと思う。決してデバガメでは無い。

 

「1,2,3……今日は多いな。まぁ、噂は流れていたし当然か」

 

 早めに来ていて正解だ。

 二人が本日映画を見る劇場近くには見知った顔がいくつもあった。

 

 

 普段、第三者から見るとどう考えてもバレバレの好意を示し合っている二人だが、その道は意外にも厳しい。お互いに名門秀知院の中でもトップクラスに優秀な人材。お似合いと言える二人であり、そういう噂もあるにはあるが、それを面白く思わない人間は沢山いる。

 

 あの生徒会の中にいると忘れがちだが、元々秀知院では初等部から在籍する者を『純院』、中途入学の者を『混院』と言い、純院の生徒が混院の生徒に対し横暴な態度を取ると言った行為が日常的に起こっている。

 その理屈で言うと混院である白銀と純院であるかぐやが付き合う事を面白く思わない人間は当然存在するわけだ。それでなくても人気のある二人を振り向かせようとあの手この手を使って二人の仲を引き裂こうとする輩が後を絶たない。

 

「全く、振り向かせたいならこんな手を使わずに真っ向勝負で行けばいいのにな。まぁ、あの二人を見ているとそんな気持ちすらなくなるわけなんだが……」

 

 ともあれ約束の時間まであと二時間。

 恐らくあの二人は性格的に一時間前くらいには来て互いに相手の出方を伺うはずなのでそれまでには戻りたい。

 

「一時間か。雑用係の腕の見せ所だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー、流石に引くわー」

 

 露払いを済ませ、二人にばれないように変装した浅見が目にしたものは想像を絶する光景だった。

 天気のいい休日の昼下がり、普通なら買い物や遊びに出かける人々で賑わうはずの街の景色は一時間前とはすっかり様変わりしていた。

 何人かにお灸を添えたとはいえ、人が居なくなったわけではない。問題はその内訳だ。

 

『……こちらB地点、対象が現れました。現在ママチャリに乗ってC方向へ進行中』

 

『こちらC地点自転車置き場。対象はシネマ方向へ向かうと推測される』

 

 左耳に付けていたイヤホンが電波を拾う。

 彼らも恐らく自分と同業だろう。既に多くの邪魔ものが処理された後だと思われる街道には浅見と同様に変装したエキストラ達が至る所に配置されていた。見る者が見ればわかるその仕草は完全にプロのそれであり、彼女が今日という日にどれだけの覚悟で臨んでいるか想像できる。

 これこそが世界有数の大企業『四宮グループ』の実力。懸けている人材と労力が庶民とは一味違う。

 

 そうとは知らずしっかりと待ち合わせ一時間前にママチャリを駐輪所に止め、何食わぬ顔で待ち合わせ場所に向かう白銀には涙を禁じ得ない。今のところ彼は手のひらの上で踊らされている憐れな獲物だ。同じ男としてどうにかしてやりたいが、それで二人がくっつくのなら心を鬼にして見守ろう。

 

「会長も憐れよなー。あれ、付き合っても自由とかないぞ。あ、石上からメールだ。なになに? 『束縛してくる女とかありえないですよね』? はは、お前ここにいたら多分死んでたぜ。後、オレはギャルゲーなら全ルートやって全員愛すから、そういうの甲斐性次第だし」

 

『対象進行中! ランデヴーポイントまでカウント――――』

 

 そうこうしている間に白銀が目的地に着いたらしい。

 

「貴方達はもう引き上げて構わないわ」

 

 近くに高級車で待機していたかぐやも車を降り、そのまま周囲の人間を引き上げさせ―――

 

「かしこまりました」

 

「って、おい! 帰るんかい!?」

 

 頭がいいくせに今一詰めが甘くていつも失敗する主人の指示に素直に従い撤収しようとする集団の元へあわてて向かう。仕事を終え、テキパキと帰宅の準備を進める黒服たちの中でも「はい、てっしゅーでーす」と、やる気の無い声をあげる金髪のギャル風の少女へ駆け寄る。

 

「おい早坂、本気で帰るのかよ!」

 

「はい、そういう指示ですし」

 

 早坂愛。

 四宮家使用人にして、かぐや専属近侍(ヴァレット)。現在は動くたびに『キャピ☆』とでも効果音が付きそうな軽い見た目をしているが、本当の彼女は冷静沈着主人の無理難題に応える付き人のプロである。

 そして、日夜白銀に『告らせたい』かぐやの相談に乗り、こうして実働部隊の指揮を執る彼女を浅見は親しみを込めて心の中で同志早坂と呼んでいる。

 だが、この早坂。普段は低血圧なのか、どうもテンションが低い。

 

「待ち伏せまでしといて、会長が来たら撤収とか普通ないだろ。最後までやれよ!」

 

「はぁ、でも私はあくまで仕事をしているだけですので。どこかの誰かの様に休日の朝から待ち構えて態々雑草まで抜いておくような真似はしませんよ」

 

「お前さ、見てたんなら手伝えよな。なんか変なのいたんだけど、明らかに学生じゃないどっかの組織に雇われたロシア人が居たんだけど……」

 

「それはご苦労様です」

 

 何気ない会話。

 しかし、この二人が普段こうして話す機会はあまりない。

 

 なんだかんだ言って初等部からの付き合いではあるが、片やかぐやの付き人、片や生徒会職の中でも最も地味な雑用係。その待遇には天と地ほどの差がある。

 同じ影を生きる者同士かち合うことは有るが、こうして同じ目的を持って職務に当たる事は割と珍しい。

 

「で、このまま帰って上手くいくと思うのか?」

 

「流石に大丈夫なんじゃないですか? 無事に合流できたみたいですし、あとは映画を見るだけでしょう?」

 

 早坂の言う事にも一理ある。

 通常、この手のデートは待ち合わせまでが一番の難関であり、白銀が制服できているのはぶっちゃけありえないが、かぐやが流している以上これ以上それが問題になる事は少ないと思われる。

 

 だが、しかし!

 あの二人は今まで生きてきた世界が正反対ともいえるコンビだ。通常の同じ価値観を持つカップルなら起こりえない事態を高確率で引き起こしてきた様を浅見はもう何度も見ている。合流できたから安心しろというのは無理な話だ。

 

「オレの予想では手を繋げればいい方だな」

 

「そんなにですか」

 

「そんなにだ」

 

 この半年間における二人の進行具合を見るとこれでもマシな方だ。恐らくその段階までは進まないだろう。だが、せめて手を握るくらいはというのは今まで見守ってきた中で浅見の中に生まれた二人に対する親心が暴走した結果の希望だ。同じポップコーンを食べようとして手が触れあってしまう。そんな恋人イベント位は起こって欲しい。……そもそもあのケチな白銀にわざわざ二人用のポップコーンを買うという選択肢があるかが微妙だが。

 

「そもそも、かぐや様って映画とか見に行ったことあんの?」

 

「ないですね。見たいものがあれば我々が用意しますので、こうして一人で街に出かけるのも初めてなくらいですよ」

 

「……一人で?」

 

 浅見が先程見た至る所に配置された黒服たちは見間違えだったのだろうか。

 まあ、いい。そんな事は問題じゃない。今、問題なのは――

 

「何であの二人一緒にチケット買わないんだろうな」

 

 何故か一緒に並んでいたのに別々のカウンターに入っていく二人。

 今回見る映画は仮にも今話題と名の付く人気作。当然そこには『座席指定』の文字がある。

 一般庶民の白銀と違い、四宮かぐやは国内屈指の最富裕層である。当然、このようなシステムに明るい筈も無く。未知との遭遇に完全に思考停止に陥っていた。

 

「……早坂、会長のほう頼めるか?」

 

「わかりました」

 

 隣にいた同志早坂に素早く目配せを行い、浅見は静かにかぐやの後ろに並ぶ。普通にどちらかが先に買い、相手に座席を伝えればいい話だが、この二人に限ってそんな当たり前の事はしないだろう。

 

(G-12か。了解了解)

 

 早坂から送られてきた白銀の座席を確認し、その隣の席を確保する。途中白銀が自分の座席のヒントを出していたが、かぐやは何を勘違いしたのか彼の斜め後ろの席を購入していた。そのまま不正解のチケットと白銀の隣の席のチケットを気づかれないようにすり替え、ミッションコンプリート。

 

(危ない危ない。このままだと手を握るどころか上映中一切顔を合わせないところだった)

 

 まさかこんな初歩的な段階で失敗しそうになるとはこの二人、やはり予想できない。

 だが、これで最低限の目的は達成できるだろう。

 

「ふ、勝ったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でお前もここにいんの?」

 

「この映画、一回見たかったんですよ」

 

「いや、まあ、オレもチケット結局買っちゃったからいいんだけどさ」

 

 その後、何故か本来のかぐやの座席の隣を買ってきた早坂と一緒にデートの行く末を見守ることになったのだが、当の二人は上映が終わったにもかかわらずその場で口論に発展していた。

 

「犬ですよ! 絶対犬の方がいいに決まっています!」

 

「いいや、猫だな。猫以外はありえない!」

 

 肝心の二人は互いに似ているという理由で犬猫論争に発展し、既に手を繋ぐどころでは無く浅見たちは自分達の努力が水泡に帰すいつもの感覚を感じながら劇場を後にするのだった。

 

「ポップコーン食べる?」

 

「あ、私ショコラチョコ派なんで」

 

「何それ、俺にも頂戴」

 

 同志早坂の小さいのに値段は割高なポップコーンは美味かった。

 




本日の収穫。
ちょっと割高なポップコーン。


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浅見徹は引き止めたい

 新キャラの伊井野さんいいですね。クラスメイトの名前すら覚えてないのに相手からは不良認定されている石上会計と速攻で裏切る藤原書記に笑いました。


 秀知院生徒会室にある開かずの扉と呼ばれる場所の奥。

 学園でもごく一部の者だけが知るその場所にそれはあった。

 

『浅見なんでも相談所』

 

 次代の日本を背負っていくであろう人材が多数通うこの秀知院においても思春期特有のデリケートな悩みを持つ生徒は多く、彼らの話を聞きより良い方向へ導いてあげるのも生徒会役員の務めである。

 相談者の情報は決して漏らさず、学園に関わる事ならどんな事でも的確に助言することをモットーとしたこの場所には特定の手順を用いてしか入る事は出来ず、またここにいると言う事はそれだけ大きな悩みであることを意味する。

 

 所長である浅見の前には今日も迷える一人の少年が座っていた。

 

「すみません、先輩。こんな時間に呼び出して」

 

「別に構わないさ。でも珍しいな、お前が俺に相談なんて。いつもは会長とかに行くのに」

 

「いえ、今回は会長には相談しづらい内容でして――」

 

 秀知院生徒会第五のメンバー会計 石上優。

 彼が今まさに、満を持して――――

 

「会長と四宮先輩って付き合ってるんですかね?」

 

 物語の核心に触れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 石上優!

 彼はデータ処理のエキスパートである!

 

 この秀知院学園は会長のみ選挙で選出され、他の役員は能力に応じて任命されるシステムである。彼は入学間もない一年生にも関わらず白銀のスカウトにより生徒会に加入した優秀な人材である。

 

 普段仕事は持ち帰り生徒会には打ち合わせ程度でしか顔を出さないが、彼もまたれっきとした生徒会メンバー。

 紛れも無い秀知院生徒会会計である!

 

 その彼を今、秀知院生徒会は失おうとしていた。

 

(ヤバい、どう考えても石上が消される……)

 

 一見、興味本位で聞いているように思えるが、対応を間違えば取り返しのつかない事態になる事を数々の経験から浅見は確信していた。

 

 浅見自身、能力によってこの役職に任命されたその道のプロと呼ばれた男。

 相手の眼とその仕草からどの程度の深刻さなのかは想像がつく。しかも今回は良く知る後輩が相談人である。自分の返答によって起こりうる未来が浅見には手に取るように見えた。

 

「で、なんでそう思ったの?」

 

「いや、この前ですね。お二人が今話題の映画に見に行くところを偶々見まして……」

 

「ふーん。いいんじゃね? 別に、同じ生徒会の仲間同士なら映画位行くだろ? オレも藤原ちゃんとたまにB級グルメツアーとか行くし、お前も会長とよく遊ぶだろ?」

 

「それはそうなんですけど……あの二人ですよ? 行くにしてもどちらかから誘わないといけない訳じゃないですか。その光景がどうしても思い浮かばなくて」

 

 そういえば映画のチケットのくだりの時コイツ居なかったな、と思いながらも浅見は軽く流しつつ、ルートの選定に入る。

 

 まず、大前提としてこの石上会計は秀知院生徒会というヒエラルキーにおいて最下位に位置する。

 尊敬する白銀御行(キング)には逆らわず、冷酷な四宮かぐや(クイーン)にとって彼は道端に転がる石ころ。恐らく虫けら程度にしか思われていない。

 

 そして、これが一番問題なのだが、

 

「それに、気になってそのまま見てたんですけど、一緒に行ったなら一緒にチケット買えばいいものを二人で別々に買ってるんですよ。―――――やっぱり会長()脅されてるんですかね?」

 

 この男、致命的に空気が読めないのである。

 

「いやいや、どうしてそんな考えに行きつくのさ。別にチケット位別々に買うだろ。大体()ってなんだよ。()って」

 

「実は黙ってたんですけど……僕、四宮先輩に脅されてるんですよ。何があったかは……脅されているので言えませんけど」

 

「いや、うん。それは知ってる」

 

 以前、かぐやがケチな白銀を誘う為に喫茶店の割引券をテーブルの下に隠していたのを石上が見つけてしまったところを目撃していた浅見は知っていた。そしてその際、背筋の凍るような形相で警告されていたのも。

 

「多分あの人、既に2、3人は殺ってますよ」

 

「それな」

 

 時に強すぎる視線は凶器にもなりえる。

 事実、かつて『氷のかぐや』と呼ばれていた四宮かぐやはその冷たい眼差しだけで対抗勢力の御令嬢を登校拒否にまで追い込んだ。最近ではだいぶ丸くなったものの、白銀が関わる事例に関してだけは『氷のかぐや』時代の片りんにさらに殺意の波動的なものを混ぜ合わせた強化版の殺人光線を放つことがある。その主な被害者である石上がそれを心配するのは無理も無いだろう。

 

「でも、かぐや様に限って会長を脅すなんて事は無いんじゃないか? あの二人あれで結構仲いいし」

 

「僕もそう思って先週四宮先輩に会長が好きなんですかって聞いてみたんですよ」

 

「お、おう。聞いたのか……」

 

 流石石橋を叩いて渡るどころかそこに埋まっている地雷に片っ端から突っ込んでいく男だ。怖いもの知らずにもほどがある。

 因みに、その時浅見は残念ながらその場にいなかったが二人の会話はある程度予想が付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

『私が会長をっ!? 馬鹿な事言わないで頂戴! そんな訳ないでしょう!』

 

『恋愛対象として見ていないんですか?』

 

『え……ええ、勿論』

 

『本当に?』

 

『むしろそんな噂されてメーワクなくらいです!!』

 

『あ、わかりました。じゃあ、会長に伝えてきまーす』

 

 石上デッドエンド。

 

 

 

 

 

 

「多分、暗殺術極めてます。ソファの角使って締めに来るとかプロですよ」

 

「ある意味そのデリカシーの無さは尊敬するよ……」

 

 そこで「お二人はお似合いだと思ったので」とか口に出していればよかったものを、的確に地雷だけを踏み抜き自爆する姿は流石は石上クオリティ。後、彼女は彼女で四宮財閥の御令嬢なので護身用にある程度実戦的な武術を極めているのだが、これ以上こじらせないようにここでは黙っておこう。

 

「あんなこと言っていた四宮先輩が会長と一緒に映画に行くとは思えないですし、会長は会長でまずペア用のチケットを用意している時点でありえないですよ。しかも、二人用のポップコーンを買わされていたんですよ?」

 

「お前、会長のこと尊敬しているとか言ってるくせに結構辛らつだな」

 

「そういう所も含めて尊敬していますので。で、ここから先は脅されているんで言えないんですが、四宮先輩まるで会長がチケット買う瞬間を見届けるまで動かないぞって様子だったんですよ。あれって完全に途中で会長が逃げないか見張ってました」

 

 いえ、座席指定システムを知らなくて助けを求めていただけです。

 どうやら彼はここに来る前にまた余計な事を言って彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。

 

(ここから石上が生き残る為には……)

 

 正直なところ間が悪いとしか言えないが、こんな彼でも秀知院生徒会には必要不可欠な存在である。

 確かに彼は最弱で白銀御行(キング)四宮かぐや(クイーン)には勝てないが、そんな彼でも我が秀知院生徒会において天然発言とその圧倒的なリア充力によって白銀御行(キング)四宮かぐや(クイーン)すらも翻弄する藤原千花(ジョーカー)に対しては勝つ事が出来る。空気を読まず、正論で殴りつける彼はあの天然少女に打ち勝つ事が出来るのだ。石上優(スペードの3)藤原千花(ジョーカー)を牽制するために必要不可欠な切り札である。

 

「いいか石上。あの二人の事はオレに任せろ。お前は何も心配せずにお前に出来る事をすればいい。必要なものは先輩であるオレが全部背負ってやる」

 

「浅見先輩……」

 

 そう、これこそが石上会計の生き残る唯一の道。

 真実を知ってしまえば彼に残される道は貝の様に閉じこもり口を閉ざすか勇気と胃薬を握り締めて立ち向かうかの二択。そんな困難な日々を先輩として後輩に歩ませる訳にはいかないのだ。

 

「石上。お前にはお前にしか出来ない事がある。それを見つけるんだ。そうすれば、きっと現状も打開する事が出来る」

 

「僕、浅見先輩のこと勘違いしていました。影が薄いだけじゃなかったんですね!」

 

「あ、うん。そうなんだ。……オレってそんなに影薄いかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって生徒会室。

 相談が終わる頃にはすっかり夕日が暮れ、普段は遅くまで残っている筈の白銀の姿も今日は無かった。

 

「相談事は終わりましたか?」

 

 そんな中、浅見が帰るのを只一人待っていた彼女は夕日を背に思わず見とれてしまうような笑顔で語りかけてきた。

 

「ええ、まあ。何とか……」

 

「それはよかった。いつだかのように彼がまた生徒会を辞めるとか言っているのかと心配していましたが……その様子なら問題なさそうですね」

 

 四宮かぐや。

 普段の会長とのやり取りからあまり想像は出来ないが、本来の彼女はとても勘の鋭い人間である。中学時代は周囲を寄せ付けない孤高と言った彼女だったが、現在は下の者にも気を掛ける様になってきており、普段は色々とありつつも石上が最近何か悩んでいると気付き、浅見に相談に乗ってあげて欲しいと言ってきたのも彼女であった。

 

(悪いな石上)

 

 だから、浅見はあえて知らぬふりをした。

 彼女がなぜこの時間まで生徒会室に残っていたのか。何故一部の人間しか知らない筈の相談室の事を知っていたのかを。そして、何故石上が以前生徒会を辞めたがっていたことを知っているのかを浅見は断腸の思いで全身全霊を以て気付かないふりをした。

 

「で、私や会長に黙ってこんな部屋を作って一体貴方は何をしているんです?」

 

(実は――――オレも脅されてるんだよ……)

 

 浅見徹。

 なんだかんだ言って四宮かぐやとは十年来の付き合い。『氷のかぐや』時代から今に至るまで長い年月を掛けてその身に染みついたかぐやに対する恐怖と忠誠心は石上の比では無かった。




今回の勝敗
かぐやの勝利(白銀陥落の為の新たな拠点と人材を入手)

次回、中等部時代のかぐや達の秘密が……


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昔話を語りたい

この作品に出てくる全盛期かぐや様はチート性能ですが、当時から割とポンコツ。煽り耐性とか皆無です。


 秀知院生徒会副会長四宮かぐや。

 同生徒会書記藤原千花。

 同じく、浅見徹。

 

 この三人は俗に言う幼馴染の関係にある。それぞれ初等部からの顔なじみであり、当然ながらその結束は他の役員よりも固い。

 

「あ、会長! そのお弁当一口もらってもいいですか?」

 

「あ、ああ。構わないが」

 

「わーい! あ、これ美味しいです! お礼にこれどうぞ!」

 

(藤原さん。どうやら、私たちの関係もここまでのようね)

 

(うわー。また藤原ちゃんのこと虫を見るような眼で見てるよ。近づきたくねー)

 

 ……そう、その結束は何よりも固いのだ。

 

 

 

 

 

 三人の運命がはっきりと交わる様になったのは中等部時代。

 当時、四宮かぐやは四宮家の厳格な帝王学を叩き込まれた影響により、ナチュラルに他人を見下す傾向にあり、周囲との関わりを拒絶していた。

 入学以来成績では常に首位を独走し続け、何をやらせても華々しい功績を残し続ける正真正銘の『天才』の存在に周囲の者も初めの内は大いに喜んでいた。が、どれだけ尽くしても決して心を開かず他人を寄せ付けようとしない彼女に対し次第に恐れを抱き離れていく人が次々と現れた。

 そうして、いつしかまるで別世界の人間のように扱われるようになった彼女を人々はその氷のような雰囲気も相まって『氷のかぐや姫』と呼ぶようになり、誰も近づこうとしなくなっていった。

 

 そんな彼女の側にいたのはどんなに冷たい態度を取って拒絶してもいつも笑顔で付き従ってくれた藤原千花くらいであり、それ以外の人間は彼女の顔色を伺って機嫌を損なわないようにするばかり。あまりに次元の離れた実力に同調する者も現れず、ましてや彼女に突っかかってくるものなど存在する筈も無かった。

 

 だが、どんな事柄にも例外は存在する。

 それこそが中等部時代、ある意味でかぐやと双璧を成していたと言われる男、浅見徹である。

 

 当時、彼は今とは違いかなりキレていた。

 

「何故いつも一人なのかって? それはオレがプロのソロプレイヤーだからさ!」

 

 『孤高のソロプレイヤー』を自称し、「異世界転生に役立つ参考書」という怪文書を普段から持ち歩く彼を周囲の人々は生暖かく見守り、決して近づこうとしなかったという。そういう意味ではかぐやとは別の意味で彼は孤独だったと言えよう。

 

 だからこそ、生まれながらに孤高の存在である彼女と周囲からの干渉を嫌い孤独を愛する年頃であった彼が出会うのは必然であった。

 

「…………おい」

 

 きっかけは本当に些細な事だった。

 

「なんですか?」

 

「これはオレが先に取ったものだ。手を離せ」

 

「何を言っているんですか。先に目を付けたのは私です。離すのは貴方の方でしょう」

 

 ある日の放課後、とあるパーティー会場でばったり出くわした二人はまるでそれが当然かのように衝突した。

 

 しかし、今と違い他人との軋轢など気にすることなく周囲を拒絶し続けてきた彼女にとって他人に物を譲るという考えは無かった。そもそも周りが自分を勝手に避けていくため何かを真剣に争うという経験すら皆無だったかぐやはこの時初めて浅見徹という少年を認識する。

 

 そして、肝心の少年はと言えば。

 

(ソロプレイヤー。それは決して集団には属せず、風の向くまま気の向くままに行動する男の中の男の職業……)

 

 そもそもかぐやなど眼中には無かった。

 一人でいる事に固執する彼にとってこの程度の事相手が引いてくれればそれでよい話だったのだ。何か言っているようだが先に手に取ったのはどう考えても自分。どれだけ理屈を並べてもその事実は変わらない。故に自分が譲る必要はない。一度そう自分の中で決めてしまった以上それをたしなめてくれる友人のいない彼にはそれでこの話は終わり。

 だが、なぜか相手は引く様子が無いらしい。よろしい、ならば戦争だ。

 

 互いに自分から引くという選択肢が存在しなかったが故に起こった悲劇。

 一触即発だったその場を収めたのは意外な人物だった。

 

「仲良し警察ですっ! 喧嘩する悪い子はここですか!?」

 

 藤原千花。

 当時の彼女は――――当時から彼女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トランプとは物事の勝敗を公正に決めるうえで非常に適している玩具である。

 誰もが知っていて一組で様々な種目を遊ぶことの出来る多様性は他にはないと言えよう。

 

 そんな数ある種目の中、二人が選んだのは神経衰弱であった。

 言わずと知れた定番ゲームであり、伏せられた52枚のカードから2枚のカードを捲り同じ数字であればそれを獲得しもう一度トライが可、揃わなければカードを伏せて次のプレイヤーに。全てのカードがとられた時最も獲得枚数が多かったものが勝者となる。

 一般的にこの種目は記憶力がカギとされ、ある程度カードが出揃うまでは勝敗が見えない為自分だけでは無く相手のターン内でも気を配る事が重要とされている。

 

 しかし、この二人に限ってはその法則は当てはまらない。

 

「勝負は2ポイント先取制。先に2本取った方が勝ちとする。いいな?」

 

「異論はありません。さっさと終わらせましょう」

 

「二人とも頑張ってください!!」

 

 因みに、この時点で二人の仲裁をした藤原千花は仲裁した側の人間にも拘らず! 開始数秒でイカサマを二人に見破られた結果この時点ですでに脱落していた!

 

「……私の先行ですか」

 

「お手並み拝見だな」

 

 どんなときでも驚くことはおろか感情を動かすことすらない四宮かぐやという存在に流石のソロプレイヤーも興味が湧いたらしい。そういうと出会ってから初めて彼はかぐやの方を向いた。

 対して、かぐやが抱いていた心情はなんだっただろうか。その時の彼女はまるでそれが最初から決まっていたかのようにそう言った。

 

「心配しなくてもいいですよ。……もう、貴方のターンは回ってきませんから」

 

「何っ!?」

 

 かぐやが最初に捲ったカードはハートのエース。次に迷う事無く対になる様にクラブのエース捲られる。

 

「わ、凄いです。かぐやさん! 幸先がいいですよ!」

 

 自分がイカサマをした挙句バレて失格になった藤原女史もこれにはにっこり。全ての配置が不明な状態で偶然当てるとは確かに運がいい。そう思っていた時期もあった。

 続いてダイヤのエースに、スペードのエース、ハートの2にクラブの2、ダイヤの2にスペードの2……!?

 

「26ペア。これで全部ですね」

 

「なん……だと!?」

 

 全盛期の四宮かぐや伝説。

 現在とは違い、駆け引きや出し惜しみをすることなくただひたすらに勝利に向けて進む彼女には常に幸運と勝利の女神が味方していたという。

 そんな彼女に掛かればこの程度の奇跡は日常茶飯事。大抵の相手はそれで折れる筈だった。

 

「まずは1ポイント取られたか。なら、次はオレからだな」

 

「……まだやるんですか?」

 

 この時点で勝敗は見えている。

 例え後攻であろうとかぐやは残っている全ての札を取りきるだろう。先手で過半数を取るなど本来はなら限りなく不可能に近い所業であり、目の前の少年にそれを行えるとは思えなかった。

 だが、浅見徹はそんなかぐやの予想を覆す。

 

「こ、これで14ペア。お前と違って1から順番にとはいかなかったけどこれで今回は俺の勝ちだぞ!」

 

 それはかぐやの才能とは違い、たぐいまれな集中力と日々の鍛錬によるもの。

 日頃から自分にはサイコメトラーの才能があるのかもしれないとたった一人で何度もこの競技を行ってきた浅見だからこそできる芸当。日々の努力は決して嘘は付かないものだ。

 だから、もう一度同じことをやれと言われれば浅見は迷う事無く頷くだろう。

 

「も、もう二人とも! 何でそんなに強いんですか!? これじゃイカサマと同じじゃないですか!」

 

「ああ、藤原さん。まだ居たんですか?」

 

「イカサマをやっといてよくそんな事が言えるよな」

 

「う、うう」

 

 極度の集中状態にある二人にとって最早藤原の仲裁も意味をなさない。彼らの間にあるのは相手がイカサマをやっているのではないかという疑心とそれを見抜けない事による苛立ち。そして、相手のトリックがわからない以上次の勝敗の行方はどちらかが先行を取った時点で決まるであろうと言う事のみ。

 

「最初に言っておく、オレは相手の視線や手の動き、汗のかき方などでどの手が出てくるかある程度分かる。……まあ、要するにオレは生まれてこのかたじゃんけんで負けたことはない! ……この勝負オレの勝ちだ」

 

「そんな事、天地がひっくり返っても有り得ません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、まあそんな訳でオレ達はその後なんだかんだあって当時の生徒会役員に選ばれて今の関係に落ち着いたわけ」

 

「結局、最後は藤原さんのせいで台無しでしたけどね」

 

 放課後、いつもより早く仕事を終えた面々は当時この秀知院では無く、別の一般校に通っていた白銀も交えて昔話に花を咲かせていた。因みに石上は既に途中でかぐやの逆鱗に触れノックアウト。藤原に関してはイカサマの件になると周囲から集中砲火を受けて最後に「そういえば、二人はあれから仲良くなったんですよね!」と、いつものようにお花畑な思考回路からの爆弾発言を残してそそくさと逃げだしていた。

 

「ちょっと待て! 今の状況から一体何があったらこうなるんだ!? 藤原書記が何かやったというのはわかるが、それで犬猿の仲だったらしいお前達がこうして仲良くケーキを食べてる姿なんて思い浮かばんぞ!」

 

「そこはほら、色々あったんだよ」

 

「そうですね、色々ありました。当時の生徒会の先輩がなかなか酷い人でしてそれどころじゃなくなったのが大きいですが……」

 

「本当に何があった!? というか二人とも今とキャラが変わり過ぎじゃないか!?」

 

「白銀、世の中には色々な価値観があるんだよ」

 

 『この世は金が全てです。え、ボッチ? 孤高を気取る痛い奴? だいじょーぶ! どんなに性格に問題があってもお金があれば無問題っ! お金がある人なら私は暖かく迎え入れましょう。そう、結局この世は金ですよ金』(意訳)。という、ヒトとしてどうなのかと当時の二人ですら思った人格者が当時の生徒会を牛耳っていたのだ。

 

 人の振り見て我が振り直せ。

 自分から誘ったくせに会計しかやりたくないからと二人に会長と副会長を押し付けた上に無駄にスペックの高いその先輩に対抗する過程で共闘・裏切り・別離など様々な経験をした結果、浅見とかぐやは当時とは違い衝突する事も無く笑い合うようになった。

 そこにはもう『氷のかぐや姫』と言われていた彼女も『孤高のソロプレイヤー』を自称していたキレていた頃の彼の姿も無い。

 

 今では想像もつかない生徒会の仲間たちの昔話を聞いてふと、白銀はどうして当時そこまで接点の無かった彼らが争うことになったのか気になった。

 

「で、結局お前達二人がそうまでして取り合ったものって何だったんだ?」

 

「「………………ショートケーキ」」




今回の勝敗
引き分け ショートケーキは藤原書記がおいしくいただきました。


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かぐや様は止められたい

今回は原作のラブレター会。生徒会フルメンバーで臨みます。


 恋文!

 現代ではラブレターとも呼ばれるそれは我々人類の長い歴史の中でも意中の相手に気持ちを伝える際に使われる表現として最も有名と言っても過言ではない。

 好きな相手の事を思い、自分が持てる文章力の全てで数枚に書き留めたそれは正に青春の結晶。

 

「ラブレター!? かぐやさんラブレター貰ったんですか!?」

 

 そんな青春爆弾がここ秀知院生徒会にも投下されようとしていた。

 

「そ、それでなんて書いてあったんですか?」

 

「その…………直接的に付き合ってくれとかは書いてなかったのですが、とても情熱的な内容で一度食事でもどうかって」

 

「えー! つまりデートのお誘いってことですか!」

 

 この手の話題に目が無い藤原書記はやや興奮した様子で今回爆弾を受け取った四宮かぐやへと質問する。それに対するかぐやだが、意外にもラブレターを受け取った経験はあまりないのか満更でもないと言った様子で返答していた。

 盛り上がる女性陣。それに対して、男性陣の反応は対照的だった。

 

(四宮にラブレターだと……? 莫迦な男もいるんだな……普段この俺を見て過ごしている四宮だぞ? その辺の男など喋る雑草程度にしか映らんことに気付かなかったのか? 四宮が相手にする筈もなかろうて)

 

 この男、白銀御行。

 元来メンタルが弱いにもかかわらずテンションが上がると恥ずかしいセリフを連発し、黒歴史を量産して後でもだえ苦しむサイクルを繰り返すこの男は一体どこからその自信が来るのかこの状況を楽観視していた。今日中に終わらせなければならない書類と向き合いながら聞き耳を立て続ける技術は日々のかぐやとの恋愛頭脳戦の中で培われたもの。

 情報収集を行いながらも仕事に向き合う姿勢は正に生徒会長の鑑。意中の相手に恋文が届いたとしても日々積み重ねたかぐやとの駆け引きの成果が絶対の自信となってこの男を揺るがすには至らなかった。

 

「それで……デートするつもりなんですか……?」

 

「もちろんです」

 

 が、その自信。一瞬で決壊!

 かぐやの発したたった一言で白銀の積み重ねてきた絶対の自信は脆くも崩れ去る!

 

(ち、血迷ったか四宮!? そんな顔も知らない相手の誘いにホイホイ乗るなんて……!!)

 

 握っていたシャープペンをへし折り、白銀の本日の業務は終了!

 生徒会長として書類に注いでいた全リソースを聴き耳に割り当てる。

 

「やはりどんな優秀で容姿のいい人だろうときちんと好意を形で示してくれる方でなくては駄目ですよね……勇気を振り絞って情熱的な恋文をくれる人です。きっと好きになってしまうに違いありません」

 

(!? そんな事が許されて堪るか! どうにかして四宮を止めなくては……!! だが、どうすれば!)

 

 残念ながら白銀に出来る事は限られている。

 もし、ここで引き留めようものなら――

 

『俺以外の男とデートなんて行くな四宮!』

 

『あらあら、私が他の人に取られちゃうのがそんなに嫌なのですか?』

 

『う、そんな訳では……』

 

『お可愛いこと……』

 

『!?』

 

 瞬間、白銀の脳内にこちらを哀れんだ表情で見下ろすかぐやの姿が写りだす。

 

(くっ、これでは俺が四宮を好きだと言っているようなもの! 告白同然の行為!)

 

 ようなものも何も実際にそうなのだが、彼にも男の意地というモノがある。自分から相手に好きだと伝えればその瞬間二人の力関係は確立する。そうなってしまえばその後どれだけ威厳を見せても『この人の方から告白してきたんですよ』の一言で白銀の威厳は影も形も無く無力化される未来が待っているだろう。

 男として、それだけは絶対に避けなければならない!

 

「かぐやさん本当に行っちゃうんですか……っ?」

 

「ええ、とても楽しみですわ」

 

 一見節操のないただの恋愛脳にも見えるかぐやの行動……

 

(行く訳無いでしょうが。この子、脳に花でも咲いているのかしら?)

 

 無論ブラフである!

 

(この私をデートに誘いたいなら国の一つでも差し出して初めて検討に値するのよ。誰が好き好んで慈善活動なんてするものですか!)

 

 かぐやとてどこぞの馬の骨とも知らぬ男とデートに行くなど御免である。これはあくまで白銀に引き留めさせる目的の戦略。

 

 恋愛頭脳戦!

 恋愛関係において≪好きになった方が負け≫は絶対のルール!!

 

 好きになる、好きになられるというのは明確なパワーバランスの序列であり、ガンダムとザク、ガブリアスとフライゴン、第9期とそれ以前! 

 両者の間には越えようのない明確な差が存在する。好きになると言う事は魂の隷属であり、告白とは魂の降伏宣言に等しい!

 

 プライドの高い両者において自ら告白するなど有ってはならない!! ならば己の知略と技術を以て相手に告白をさせる以外にない!!

 

(自然に四宮のデートを阻止する方法は無いか? 考えろ何か手はある筈だ!)

 

 問われる知性!

 

(無駄です会長……私は会長が頭を垂れて素直にお願いしない限り絶対に取り消したりしません)

 

 巧妙な策略!!

 

 それが恋愛頭脳戦! 二人の間で繰り広げられる決闘なのである!!

 

(何か! 何か手段は無いのか!? このままでは、このままでは四宮がっ!!)

 

 追い詰められる白銀、持っていた半壊状態のペンを落とす!

 それを拾い上げたのは彼の頼れる仲間たちだった。

 

「大丈夫ですか、会長。ペン落としましたよ?」

 

「おいおい、これ壊れてるぜ? ったく、一体どんな筆圧で書いてるんだか?」

 

 生徒会会計石上優。

 同じく、庶務浅見徹。

 静観していた彼らがついに動いたのだ。

 

「さっきから聞いていたけど。かぐや様、そういう話題は少し配慮に欠けるんじゃないですか?」

 

「あら、浅見君。どうしてかしら、私は初めてもらった恋文をどうしようかと藤原さんに相談していただけですが」

 

「オレにはそうは聞こえませんでしたね。全く、今時ラブレター如きで…………オレ達に対する自慢ですか!?」

 

 この男、浅見徹。

 中等部時代『孤高のソロプレイヤー』を自称し、周囲との距離を取ったり取られたりしていた彼に当然ながら恋愛経験は無い。

 しかし、その手の病は時と共に緩和していくもの。現在の彼は恋愛に憧れる一介の男子高校生であり、その想いは先程から素知らぬ顔をしながらSNSに拡散するという暴挙に出るほどであった。

 

「大体それ、本当にラブレターなんですかね? ……こんな事あまり言いたくありませんが、四宮先輩がからかわれているという線も考えられますよ」

 

 この男、石上優。

 高等部への進学当初、不用意な発言で女子生徒を傷付けてしまって以来、クラス内で孤立している彼に当然ながら恋人はいない。

 だが、それ故にモテに対する負の感情は最早ヒトのそれでは無く、自前のノートパソコンで仕事をこなしていると思われていた彼にハッキリとした意識は無く、既に私怨によってのみ動く亡者と化していた。

 

(よぅし、よくやった!! ……石上は何か様子が変だが、とにかくよくやった!)

 

 思わぬ増援に余裕を無くし、機能不全に陥りかけていた白銀の脳に再び活気が戻る。

 

「会長、ここはオレ達に任せておけ」

 

「ええ、必ず破局に追い込んでやります」

 

「お、お前達!!」

 

 思わぬ形で深まる男子達の結束。それに対し、かぐやは予想外の伏兵にやや表情を引き締めていた。

 

(っく、会長や藤原さんは兎も角、この二人が私に盾突くとは……思わぬ邪魔が入りましたね)

 

 戦力比的には1対3。藤原がどちらに付くかわからない以上最悪一人で彼らを相手取らなければならない必要があるかもしれない。

 

(どうやら私もリスクを負わなければならないようですね。例えこの場の全員が敵に回ろうとも……このまま貫き通す!!)

 

 だが、かぐやに退く気は無かった。

 

「あら、あらあら、みんなして私のこの手紙が気になるのかしら?」

 

「む、それは……」

 

「ええ、気になりますね。これでも僕達は生徒会なので、これが万が一悪戯だったとしたら生徒達を守る為にも調査しない訳には行きません」

 

 かぐやの発言に尻込みをする白銀を余所に石上が突っ込む。

 

「まぁ、まだそんな事を言っているのですか? 石上君、貴方がどうしてそれほどムキになるかわからないけれど、そんなに気になるならどうぞ自分の眼で見てみたらどうかしら。名前も書いてないですし、こんな紙切れ1枚で何かがわかるとは思えませんが……」

 

 そう、この手紙には肝心の送り主の名前が無い。あるのはデートの日時と待ち合わせ場所だけだが、そもそも行く気の無いかぐやにとってはどうでもいい事だった。彼女の目的は白銀の気を引く事のみ、その為の手段でしかないこのラブレターの事などそれ程気にしてはいない。

 

(まぁ、この私に惚れたと言う事は別におかしなことでも無い寧ろ普通の事ですから悪戯という線は有りませんけどね。一応送り主の方には利用させてもらった手前、あまりこの件は大事にしないように気を付けませんと)

 

 既に半分用済みという扱いなのか割とぞんざいな扱いで石上にラブレターを渡し、次なる白銀の行動に対する策を巡らせようとするかぐやだったが、

 

「差出人不明ですか。ますます怪しいですね……浅見先輩、筆跡鑑定ソフトの起動お願いします」

 

「わかってる。今先日行った生徒会アンケートから全校生徒の筆跡を入力し終えたところだ。悪い、会長勝手に生徒の個人情報を使って」

 

「構わん、許可する!」

 

「えぇ!?」

 

 彼女は何も理解していなかった。

 モテない男達の苦悩とリア充撲滅に対する執念を――。

 

(ひ、ひっせきそふとって何? 語感から筆跡を調べるみたいだけど、そんなの1人1人調べてたらいつまで掛かるかわからないじゃない! こんな事は早く終わらせて私は次の段階に進みたいのに!)

 

 四宮かぐやは基本的にアナログ人間である!

 暗算が出来るので電卓は使わない。グーグルマップは使わず『MAPる』を使う! 物を調べる時はググらず百科事典を用いる!

 広辞苑に乗っているものだけがこの世の中で知りえる全てだと信じている彼女は驚くべきことに今の今までネット環境を必要としなかった。天気予報やニュースを調べる時は幼稚園の頃から愛用しているガラケーを使えば済む。

 

 普段生徒会でパソコンは使っても使用するのはあくまで書類作成などの必要最低限のソフトのみ。彼女の認識では筆跡鑑定などは書道の達人等一部の専門家が使用する事の出来る技術でしかなく、当然ながら筆跡鑑定ソフトの存在など知る由も無い。

 

「か、会長? お二人は時間が掛かりそうですからこの話はまた後日にしませんか? ほら、それこそデートが終わった後にでも――」

 

「いや、このまま続行する」

 

「会長!?」

 

 一見、白銀の言動はラブレターの相手が気になると言っているようなものだ。

 だが、しかし!

 

「どうした、四宮。俺はこいつらと同じでこの学園に悪質な悪戯が広まっていないか調べているだけだ。何かおかしい事でもあるのか?」

 

 白銀は現在の状況を利用する事にした。これはあくまで生徒会長として生徒の安全を守るために調べるのであって断じてかぐやの事が気になっている訳では無い。そんな大義名分を持った彼は一切躊躇する事は無かった。

 

「構わん二人とも、全校生徒とは言わず世界中から送り主を特定してやれ!」

 

「了解!!」

 

「特定、終わります!」

 

「ええ、もう!?」

 

 男子の私怨を原動力にした3人の行動力は凄まじく、かぐやの予想をはるかに超えるスピードで今回の元凶を突き止めようとしていた。

 3人とかぐやが固唾を飲んで読み込み中の画面を見守る中、いよいよ下手人の正体が明かされようとしていた。

 

「こ、こいつが」

 

「四宮先輩を」

 

「嵌めようとした極悪人か!!」

 

 最早男子の中に本当にかぐやに対してラブレターを出した者がいると考える者はいなかった。

 

「さ、3人とも、待ってください!」

 

 天才と言われる四宮かぐやと言えどもこんな状況は予想していなかった。

 ただ、白銀の心を揺さぶれればよかった。ここまで大事になっては流石のかぐやと言えども覚悟が鈍る。

 

(こ、こうなったら仕方ありません。本当はデートなど受ける気はないとハッキリ言うしか……)

 

『そんな事をして俺の気でも引きたかったのか? お可愛い奴め』

 

(駄目、出来ない!!)

 

 瞬間、かぐやの脳裏に溜め息を付きながらこちらを見下ろす白銀の姿が再生される。

 この間、わずか0.1秒。極限状態によって引き伸ばされた体感時間の中でかぐやは自らのプライドによって発言を阻止されるという無駄に器用な事をやってのけていた。

 

 誰もが自らの煩悩と私怨の赴くままに行動する中、その場にいた最後の1人が動き出したのに気づく者はいなかった。

 

「えい!」

 

 可愛らしい掛け声とともに石上のノートパソコンの電源が切られる。

 その声の主こそ最初にかぐやの話を聞き、誰よりも本来の意味で驚いていた藤原だった。

 

「みんな最低です! 顔も知らない誰かがかぐやさんの事を思って本気で書いたラブレターを悪戯じゃないかって疑うなんて! 人間性を疑いますよ!!」

 

「っう!?」

 

 石上優、ノックアウト!

 私怨でのみ動く生ける屍であった彼には藤原が放つ純粋な意思に耐えられるだけの力は無かった。

 

「だが、藤原書記。悪戯じゃないにしろ、持ち主位は突き止めた方がいいんじゃないか?」

 

「これは本人達の問題です。かぐやさんと過ごせる時間が少なくなるのは悲しいですが、私達にどうこう言う資格はありません!」

 

「ぐはっ!?」

 

 白銀御行、手詰まり!

 本人達の問題と言われた以上、これ以上の介入は相手に気があると言っていると同義。恋愛頭脳戦において実質の降伏宣言に白銀の脳は拒絶反応を起こし、機能停止にまで追い込まれる。

 

 そして、一瞬のうちに二人を撃破した藤原の矛先は最後の一人に向けられる。

 

「藤原ちゃん、オレに何言っても無駄だぜ。これでもかぐや様との付き合いは長いからな、安全かどうか確かめるためにも調べさせてもらう」

 

「浅見君、心配するだけが友情じゃありません! 友達ならどうして応援してあげられないんですか! 昔は誰に対しても冷たくて他人を寄せ付けなかったあのかぐやさんがこんなに前向きなんですよ!?」

 

「ともだち? オレとかぐや様が?」

 

 瞬間、浅見の脳内に蘇るのは中等部時代の記憶。

 

『私に関わらないでくれますか?』

 

『浅見さん、貴方は私にとってただの他人です』

 

『そこにあるの私のショートケーキですので決して食べないように』

 

 数年間に渡り、地道なコミュニケーションを続けた結果、常に感情を露わにしない氷時代のかぐやの思考をある程度読み取れるようになった浅見だったが、実際に親しくなれたと実感したのはここ半年の事だ。

 例え原因が別にあるとはいえ、彼女がこうして明るくなったのを素直に喜ばないほど天邪鬼では無い。

 

(そうだった。オレの目的はこの恋愛頭脳戦を終わらせること。今迄は二人がくっつけばいいと思っていたが、どちらかに恋人が出来ればその時点でこの戦争は終わりを迎える。先日のデートを経験してもさほど二人の仲が進まないところを見るとこのままでは一体いつ終戦を迎えるのかわからない。ここは一旦様子を見る上でも……)

 

 一瞬の逡巡の結果、

 

「そうだよな。本人が嫌と言っていない以上、()()()()()応援してやるのが一番だよな。()()()()()!!」

 

「浅見!?」

 

 浅見徹、まさかの裏切り!

 本来の目的を思い出した彼は、今回様子見という選択肢を取る。別に友達という言葉に揺り動かされたわけでは断じてない!

 

 男子メンバーが黙り込む中、敵が倒れ喜ぶべきはずのかぐやの両肩に浅見と藤原の手が載せられる。

 

「かぐやさん、最初は驚きましたが私は応援しますよ! 大丈夫、かぐやさんなら心配いりません」

 

「ああ、こっちは告白された側だ。自信を持って大丈夫です。何かあれば相談してください。協力は惜しみませんよ、()()()()()!!」

 

 付き合いの長い二人の言葉と一度口にした発言の撤回を許さない自身のプライドを前に流石のかぐやと言えども嘘だと言い出す事は出来なかった。

 

「え、ええ。……ありがとう」

 

 四宮かぐや、週末デート決定!

 

 

 




今回の勝敗
藤原の勝利 史上初の4人抜き達成! このまま生徒会最強の座に君臨か?

Q.原作では最後まで反対派だった藤原書記がなんで寝返ってるの?
A.白銀の教師へのチクリからの退学云々のくだりが無くなったので恋愛警察のリミッターが無くなったからです。つまりなんもかんもアイツら(石上、浅見コンビ)が悪い!

白銀「援軍かと思ったら瞬殺されたり寝返ったりした何を言っているのかわからんと思うが――――」


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浅見徹は叫びたい

祝、アニメ放送開始!

約1年半ぶりの更新です。色々設定も練り直したので前の話も修正を加えるかもしれませんが、よろしくお願いします。


 白銀とかぐやが映画を見に行った次の日。

 雑務をこなし、いつもより早めに生徒会室にやってきた浅見が見たのは、

 

「恋愛相談?」

 

「はい! 恋愛において百戦錬磨との呼び名の高い会長なら何かいいアドバイスいただけるのではないかと思って……!」

 

 交際経験の無い童貞が恋愛相談を受けている光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

「いいか! 女ってのは素直じゃない生き物なんだ! 常に真逆の行動をとるものと考えろ! ――つまり、その一見義理に見えるチョコも、」

 

「逆に本命……!?」

 

(いや、義理だろ)

 

 生徒会室。

 

 本来、この秀知院学園で最も厳粛かつ神聖であるはずのこの場所で学園最高の頭脳を持つ男、白銀御行は「バレンタインにおけるチョコボール三粒は本命に値するか」という難題に対し、見当違いの回答をしようとしていた。

 

 

 

 わからない。

 何故こんなことになっているのか本当にわからない。咄嗟のことで反射的にソファの裏に隠れたはいいものの、抜け出すタイミングを完全に見失った生徒会庶務 浅見徹は自分の隠れているソファに座る男子生徒とその体面に座る白銀に心の中で突っ込みを入れつつ、入り口で半開きになっているドアの様子をうかがっていた。 

 

(どうして!? チョコボールですよ!?)

 

 生徒会副会長 四宮かぐや。

 白銀に心を寄せながらもそのプライド故に告白するのではなく、告白させるために日々策略を巡らす彼女はこの日、偶然にも白銀の恋愛観を探る好機を得ていた。

 

―――バレンタインとは女性から男性へと能動的に想いを告げるチャンス!

 

 普段こそ白銀に告らせたいと思っているかぐやだが、バレンタインばかりは話は別。彼女の中では来年のその時期までにはすでに白銀から告白されている予定だが、仮に恋人同士になっていたとしてもバレンタインは特別。白銀に想いに応えるためにそれ相応の物を手作りしようとしていたのだが……

 

(会長にとってそのレベルでも本命ということは―――もし、私が手作りチョコなどを渡してしまえば…………)

 

『なんだ、四宮。態々俺の為に手作りのチョコを用意するとは、告白は俺が先にしたとはいえそこまで思っていてくれたとは―――――――お可愛い奴だな』

 

(ふぁぁぁぁぁぁ!?)

 

 かぐや、妄想の中とはいえ白銀との恋人同士のシチュエーションを想像し悶絶!

 

(こ、これは危険すぎますね。いくら会長から告白された前提とはいえ、会長の考える本命以上の物を渡しては私の方が惚れていることになります! 来年のバレンタインの贈り物は今からでも考え直さないといけませんね)

 

 

 

 

 

 

(なーんてことを考えているんだろうなぁ)

 

 ソファの裏に隠れつつも,四宮かぐやの思考を正確に読み取った浅見徹は悩んでいた。

 浅見徹と四宮かぐやは俗にいう幼馴染の関係である。本格的に言葉を交わし始めたのは中等部に上がってからではあるものの、同じ上流階級に生まれたものとして幼い頃から互いの情報は頭に入っており、交流をするようになってからもとある事情から直接ではないものの冷戦状態にあった彼らには無意識の内に互いの思考を読み合う癖がついていた。もっとも、『氷のかぐや姫』、『孤高のソロプレイヤー』と呼ばれていた二人にとってはそれくらいは想定済みで相手に簡単に考えを読み取らせない術をいくつも用意していた為、その技術が生かされることはあまりなかったのだが……。

 

(いけないわ! はやく早坂に連絡してカカオの買い占めを辞めさせないと! 今からでも間に合うかしら?)

 

(聞こえる聞こえる。聞きたくないのに心の声が聞こえてくるよ。つーか、準備早いよ!? 大手カカオメーカーの買収の話お前だったの!?)

 

 半年ほど前からかぐや側の対策が甘くなってきており、時折こうして心の声が読み取れるようになったのである。当初は『氷のかぐや姫』の心の氷が解けたと喜んでいたのだが、長年の読み合いによる弊害かはたまた反撃と称して与えられたいくつものトラウマによるものか、浅見徹の『対四宮系女子結界』はいつの間にか自分の意志ではオンオフが出来なくなっていたのである。

 まあ、氷が解けたとはいえそれはあくまで解けかけ。警戒するのに越したことはないのでそれはいいのだが……。

 

 恋愛頭脳戦!!

 先に告った方が負けという誰が最初に作ったのかさえ分からないルールに従い、この生徒会室で繰り広げられる二人の水面下の争いに巻き込まれたことこそが最大の誤算だった!!

 

(それにしてもバレンタインか。まだ早いが、半年続いたんだ。このままいけば来年になっても二人が付き合わない可能性が高い。そうなれば、この無意味な恋愛頭脳戦が再び繰り広げられるとして本命を渡すにしても義理になるにしても、その基準はチョコボール3粒!!)

 

 人によって恋愛観は様々。ある人にとっては本命の高級チョコもまたある人には義理となる。

 恐らく、このままいけば白銀の来年のバレンタインは良くてチョコボール一箱。四宮かぐやとはそういう女だ。白銀にとってチョコボール三粒が本命扱いなら確実にそれに近しい物を渡す筈。彼らの恋愛頭脳戦は告った方が負け。自分から相手に好意を持っているから付き合ってほしいと取れる行動は絶対に取らない。

 

(そもそもオレは来年のバレンタインまでこの状況を続けたいとかは全く思っていない訳だが、流石にそうなったら会長が可哀そうだよな……)

 

 同じ男として一箱百円前後のモノを渡されて『それが貴方に対する私の気持ちです』と言われる場面を想像し浅見は絶句する。バレンタインチョコに関して値段と想いは等価ではないというのは最早男女共に暗黙知のようなものだが、それが義理ではなく両名にとっては心からの本命というのはあまりにむごい。

 

 

 

―――このままいけば四宮かぐやと白銀御行の初めてのバレンタインはチョコボール!! どうにか方向修正をしなければなるまい!!

 

 

 

 

「話は聞かせてもらった!」

 

「……お前、モテ期来てるな―――ッて浅見!? いたのか!?」

 

「何、ちょっと石上の真似をしていてな……」

 

「いや、確かにたまにそこから出てくるけども!?」

 

 実のところ、石上も先程の浅見と同じようにやむを得ない事情により出てこれない場合があって隠れていることが多いのだが、そんな事はどうでもいい。

それよりも重要なのはこの危機的状況を白銀に理解してもらうことだった。

 

「いいか会長。今俺が言うべきことは一つだ。この部屋は―――ッ!?」

 

―――監視されている。

 

 そう言おうとした浅見の背筋に冷たいものが走る。

 いや、そんな生温いモノじゃない。それは中等部時代何度も感じた絶対零度の殺気。触れるどころか近づくだけで体の内側まで凍り付いてしまうような純然たる殺気!!

 

(――まさか!?)

 

 他の者に気付かれないように入り口を見る。

 そこには、血も涙もない暗殺者のように四宮かぐやがこちらをヒトとして見ていないような眼で見ていた。

 かつて、四宮かぐやが『氷のかぐや姫』と言われていた時代に纏っていた瘴気を何倍にも殺意で濃くしたような視線に思わず浅見の口が止まる。

 

(こ、これは知らねえ!? こんな殺気は知らないぞ!? こ、この女まさか会長の恋愛観を知るためにここまでッ――)

 

 冷戦時代にも感じたことのない殺気。

 四宮かぐやは一度は解けたと思われた氷を何倍にも鋭利にして今まさに浅見徹に突き立てていた。

 

「この部屋は、なんだ?」

 

「い、いや、なんでもない」

 

「どうした、冷や汗が凄いぞ? 熱でもあるんじゃないのか?」

 

「だ、大丈夫だから。それよりも白銀くん何か相談に乗っていたんじゃないのかい?」

 

「白銀くん!? お前、本当におかしいぞ!?」

 

 浅見に向けられたかぐやの視線はこの生徒会で唯一の一年である石上後輩の心臓を既に三度止めるほどの威力を未だ放っている。

 そして、その意味するところは。

 

(このまま――このままオレに続けろというのか!? そして、相談に乗る振りをして会長の恋愛観を聞きだせというのか!? そ、そこまでするか、四宮かぐやァァァァァ!?)

 

(フフフ、浅見君。最初からあなたが居る事は気付いていました。会長とのルール上、私が直接聞きだす事は出来ませんが、偶々聞いてしまったのなら仕方ないでしょう。そう、これは仕方のない事なのです!)

 

 浅見がかぐやの思考を読むようになったのと同じように、かぐやもまた浅見を意のままに操る術を身に着けていた。

 それこそが腹心の早坂に探らせて手に入れた秘密の手帳。そこにはかぐやの政敵となりうるあらゆる人物の弱みが記入されており、以前その一部を読み上げられそうになった浅見のトラウマが蘇る。

 

 瞬間、白銀への同情は呆気なく消え失せた。

 

「そ、それで、なんだっけ? そこの彼にモテ期が来てるとか」

 

「あ、ああ、どうやら彼は複数の女子に好意を持たれているらしい。だが、あくまで彼の本命は一人! 我々は彼がどうすれば本命であるクラスメイトの柏木さんと付き合えるかアドバイスすればいいわけだ」

 

「なるほど、因みに会長ならどうする?」

 

「俺か? そうだな、俺なら―――ふむ、例えばこの扉の前に件の女がいるとしよう」

 

 そうして近づくのはかぐやが覗き見ているあの扉の前。

 そして白銀はあろう事かその扉を思い切り叩いた。

 

「っ!?」

 

「俺と付き合え……」

 

「!?!?」

 

 当然、扉一つ挟んだその先にはかぐやの姿があり、

 

「……と、突然壁に追い詰められ女は不安になるが、耳元で愛をささやいた途端不安はトキメキへと変わり告白の成功率が上がるわけだ。俺はこの技を『壁ダァン』と名付けた」

 

「なるほど、『壁ドン』ってやつだな」

 

 まさかの展開だが、これはポイント高いのではないか。

 その証拠に先ほどの迄浅見の首に突き刺さりかけていたかぐやの殺気が霧散している。少なくとも四宮かぐやに対しては有効な手段と言えよう。一度使ってしまったことで次は少し工夫が必要だが、彼女の反応を見れば成功率は高い。

 しかし、当然ながら一つ扉を挟んだ向こう側にかぐやがいることを知らない白銀がそんな事を考える筈もなく、

 

「? いや、『壁ダァン』だが?」

 

「いや、それもうあるやつだから――まさか知らずにやったのか?」

 

「なるほど、近い名称のモノがあるのか。世の中には俺に近い頭脳の持ち主が居るんだな。だが、『ドン!』より「ダァン!!』の方がインパクトがないか?」

 

 自らの編み出した恋愛必勝術の有用性を説明し始めるのであった。

これでは折角のインパクトもすべて扉の向こうのかぐやに筒抜け。効果も何もあったものではない。

 

「と、兎に角その『壁ダァン』についてはもういいから、相談者に参考になったかどうか聞いてみたらどうだ?」

 

「む、そうだな」

 

 きっと暫く『壁ダァン』は使えないだろう。

そもそもこの方法は相手の思考力を奪った状態で告白するという一歩間違えれば脅迫まがいの行為ととられかねないもの。実行する本人にその気がなくとも相手の気分を害した時点で告白は犯罪へと姿を変える。

 そのリスクを理解したうえで、相談者の彼はどうするのか。一人の男として男子生徒の覚悟を確認しようとすると、

 

「天…才…」

 

(お前もか!?)

 

 そこには白銀の出した提案をまるで天啓を受けたかのようにワナワナと、震えて驚く箱入り息子の姿があった。

 

(そういえばそうだった! こいつ、よりにもよって会長に恋愛相談しに来るようなバカだったよッ!? 第一、トップが相手に告らせるためだけに半年掛けるような学園の生徒が『壁ドン』も『壁ダァン』も知るわけないよなぁ!?)

 

―――駄目だこいつら早く何とかしないと!

 

 恋愛頭脳戦という無駄に高度な駆け引きを見ている内に浅見の中の恋愛観もだいぶおかしくなっていたようだ。

この場に普通に告白をしようなんて考える者はいない。

 

 このままでは確実に彼の告白は失敗する。

 

「失礼しまーす」

 

「あのなぁ、そもそも告白ってのはある程度好感度を上げたうえで行うもので、上げる前にするものでも上げてからされるのを待つものでもないんだよ!」

 

「あ、浅見先輩。この前貸したギャルゲーどうでした? 結構難しかったでしょう?」

 

「毎日の挨拶から話題づくり、更には相手の好みを把握したうえで適切なプレゼントやデートを積み重ね――」

 

「結構ヒロインごとに好きなものとかシチュエーションが作りこまれているんで、攻略サイト見ないと何回もストーキングして一つ一つ埋めてかないとですし――」

 

「最っ高のタイミングで自分の考えた自分だけの言葉で語ってこそ――」

 

「ああ、告白の時期ミスるとバットエンドですもんね。でも、流石に告白のシーンでセリフを入力するのはクソですよね。一気にあそこで冷める人もいるんじゃないかなぁ」

 

「告白っていうもんなんだけどなァァァァ! 石上ィィィィィィイ!!??」

 

「え、なんですか先輩!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 告白。

 

「浅見君。貴方まさか……」

 

 恋愛って何だろう。

 

「さ、流石にゲームで学んだ知識をガチの恋愛相談に持ち込むのはどうかと思うぞ?」

 

「僕、会長の案でやってみます!」

 

 友情って何だろう。

 

「せ、先輩? ま、また僕なんかやっちゃいました?」

 

 人生って何だろう。

 

「この、恋愛脳どもがああああ!!??」

  

 それはその年、一番の叫びだったという。

 




本日の勝敗結果
浅見の負け 

しかし、彼はまだ知らない。これが後に続く苦悩の始まりだということを。

次回、四条眞妃は告られたいにつづく。


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