TS転生してまさかのサブヒロインに。 (まさきたま(サンキューカッス))
しおりを挟む

「てんせー!」

ラブコメを目指して頑張ります。


「なあ、聞けよ親友。オレはな、異世界に転生するってのが、ずっと前からの夢だったんだ。」

「知ってるよ。俺達二人で、夜通し語り合ったじゃねぇか。」

 

 人々が行きかう往来のど真ん中で、オレは何を言っているのだろうか。世間でいうところの引きこもりだったオレにとって、友人と言えるのは目の前にいるこの男くらいだった。コイツは小学校以来の幼馴染で、オタク仲間で、親友だった。

 

 お前が女の子だったらよかったのに、とは互いに共有する願望だった。それくらい、オレ達は仲が良かった。

 

「きっとオレはさ、凄いハーレムを作ってやるんだ。全員がオレの事大好きでさ、一人ひとり性格は違うけどみんないい娘でさ。ちょっとくらいの浮気は大目に見てくれるけど、ちょっとやきもちは妬いてくれる。」

「お前さ、そんなに都合良くいくと思ってるのかよ。バッカじゃねぇの?」

「いくさ。なんたって異世界のオレは、超イケメンで超強くて、お金持ちで、皆の憧れの的なんだぜ。」

「だから、それが都合よすぎだって言うんだよ!」

 

 こんな話を、TPOも弁えずに、多くの人の視線の中、公道で馬鹿笑いしながら語り合っていた。女子高生が、オレを見て引いているのが目に映った。傷つくなぁ、まったくもう。

 

 ピピー、と笛の音が鳴る。音の方向を振り向くと、青色の制服を着たおじさんたちが大慌てで駆け寄ってきていた。さてはもう、通報されちまったのかな?

 

「そんでさ、世界最強の存在になったオレは各地に現地妻作りながら世界中を旅してさ。何処に出かけても、皆がオレを歓迎してくれてさ。」

「ああ、良いな。そうなったら最高だなオイ。残念だが、そんなことあり得ねぇけどな。」

「あり得るさ。だからよ、親友。」

 

 

 

 

───────そんなに、泣くなよ。

 

 血塗れで倒れたオレの前にしゃがみ込み、大粒の涙を流す親友に、オレは諭すようにそう告げるのだった。

 

 

 

 

 こんな、楽しい馬鹿話ももうすぐ終わり。オレの意識は、徐々に遠のいていく。

 

 つま先の感覚がなくなった。足の感覚がなくなった。指先の感覚がなくなった。手の感覚がなくなった。

 

 だんだん寒くなってきた。頭がぼぅとしてきた。俺が寝そべる汚ったねぇ道路は、赤黒く彩られていた。

 

 

 

 オレの腸は、公道に散乱している。オレの腹は、半分以上が削り取られている。いきなり銃を構えた馬鹿が、いかにもヤクザなオッサンを狙って発砲し、たまたま後ろを歩いていたオレに鉛弾を撃ち込んだ。しっかり狙えよな、まったく。

 

 悲しいかな、オレは助からないだろう。父さん母さんには申し訳ない気持ちもある。だが、両親はオレの死なんぞ気にしないかもしれない。ヒキニートが事故で無事死亡なんて、彼らにとって良いニュースに他ならない。2chなら間違いなく煽られる。

 

「おい、黙るんじゃねぇよ! バカ、寝るな、寝たら二度と起きれねぇぞお前!」

「・・・まだ、起きてるよ。なぁ、聞いてくれ親友。」

 

 なんか、既にオレは全身の感覚を失っていた。そしてとても、耐えがたいほど眠い。だが、今の親友の声ではっと意識が戻ってきた。グッジョブだ。死ぬ前に、親に最期の言葉を残すくらいは、やっとかなきゃな。

 

「どうした? なんだ、言ってみろよ。」

「悪いがオレはさ、今からちょっくらハーレム作りに行ってくるわ。両親には、そうだな。一言、ありがとうって伝えてくれ。余計な言葉は何もつけない。ただ、息子がありがとうって言ってたって、伝えてくれ。」

「おい、待てってば! ほら、見えるか? 救急車だ、救急車が来たぜ。お前だけにいい思いはさせねぇ。もうちょっとこの現実で頑張ってもらうからな!」

「ははは・・・。オレ、現実とかいうクソゲーは一足先に卒業みたいだわ。お前も、何十年かしたらこっち来いよ?」

「馬鹿言ってんじゃねぇ! ほら、救急・・・人が出てきた、今・・・前を病院に運・・・れるんだ。だから、・・・!」

「何だよ、何言ってるんだお前。よく聞こえねぇわ、はっきり喋れ。」

「こ・・・・! ・・・・・ば・・・・!!」

「だから、聞こえねぇってば。・・・ああ、そっか。もうオレの聴覚、無いんだな。」

「・・・!」

「分かった分かった。聞こえねぇけど。」

「・・・・・・・・・・・・。」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、言うのがオレの前世の死に様だった。表題を付けるなら、「ヒキニート、暁に死す」。いや、そんなにかっこいい死に様ではなかったな。せいぜい「ヒキニート、無事ひき肉になる」くらいだろうか。

 

 正直に言おう。オレはネタだと思っていた。異世界転生なんてものが実際に起こるなんて、信じていた訳でも狙っていた訳でもない。俺TUEEEEEEとかハーレムとか、完全に創作ネタだと思い込んでいた。

 

 この剣と魔法の、いかにもな世界に生を受けたオレは、二、三歳頃から変な皮疹が胸に浮かびあがった。なんだコレ? とか疑問に思いながらも特に気にせず居たのだが、有る日、水浴びをしてた所に司祭に皮疹を見咎められて、そのまま王宮へ拉致された。

 

 そこで聞かされた話によると、どうやらオレは神に選ばれた勇者とかいう存在らしい。そこで問答無用に、同じく変な皮疹(聖痕と言うらしい)を体に宿した七人の仲間と共に、この世界で魔族を束ねる魔王とか言うのを倒す旅に出る羽目になった。

 

 ・・・ドラ〇エ? ファ〇ナルファンタジー?

 

「アルト様! 今日はどこでお食事しましょうか?」

「おいアルト! 飯なんか食いに外に出かける暇があるなら私と鍛錬しろ! 魔王軍はいつ襲ってくるかわからんのだぞ!」

「貴様はアルトを独り占めしたいだけだろう、駄剣士。アルトの手を煩わせず一人で素振りでもしてろ。」

「ねぇアルト・・・。ウチとあそぼ?」

 

 そして今、前世でオレが夢見ていた、色とりどりの美少女たちがオレの目の前に確かに存在している。前世で妄想に妄想を重ねた、俺TUEEEEとハーレム展開が、現実のものとなっている。全員が間違いなく、自分と恋仲になってくれとアピールしている。そう、自分と一緒に時間を過ごしてほしいと、健気におねだりしているのだ。まさに、ハーレム。これが、今・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・オレの座っている、一つ隣のテーブルで実現しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇフィオ。君はアルトのとこに行かなくて良いの?」

「・・・いや、あそこに割って入るのは無理だろ。ホラ、よく見たら、アルトが見えない机の下で、互いに足踏み合ってんじゃん。物凄い修羅場じゃん。」

「あははは・・・。」

「畜生。アルトだけ何故あんなにモテるんだよォ・・・。俺も女の子とイチャイチャしてぇよお・・・。」

 

 全八人で構成される勇者一行のうち、五人は女性で、そしてその殆どは今代の勇者である「アルト」に惚れ込んでいるというお約束展開だ。「アルト」という奴は、寡黙で黙って仕事をこなすタイプの色男で、旅の中で何度も仲間の危機を救い続けてきた。実際頼りになるし、オレ自身も助けてもらったこともある。まぁ本当に良い奴・・・ではあるのだが。

 

 そんなかっこいい事、女性の方が多い閉塞したコミュニティでやっちゃえばそりゃモテモテになるわ。まったくもって羨ましい。いやはやまったく怪しからん。

 

「俺も! 可愛い娘と! イチャイチャしてぇんだよ!」

「バーディ、うるさい。そんなにゴネても、もう色街に行くのは禁止だからね。」

「お前だって一緒に来たじゃねぇかルート!」

「知らなかったんだからしょうがないだろう! 君がいいところに連れて行くとしか言わなかったからだ!」

 

 「アルト様を取り巻く修羅場テーブル」の隣で、そんな寂しい話をしているのはオレ、ルート、バーディの三人である。まずオレの右に座っているルートと言う奴は、ぱっと見性別不詳だが、中身は立派に男の子だ。具体的には、男の子の部分が大層立派だった。前世のオレと比べても、僅差で勝ってるかもしれない程度にはデカかった。しかも風読みや星読みの達人で、来たことのない土地でも道を指示したり、少し先の危機を事前に察知したりする、パーティのナビゲート担当でもある。

 

 次にオレの左に座っている男はバーディ。厳つい、髭、顔に斬り傷と勇者側と言うよりは盗賊とかそっち系統の人間だと言った方が説得力の増す男である。少しばかり女好きで、色街めぐりが趣味。パーティの三枚目担当だ。槍を用いた近接戦闘はこの国屈指の腕なのだが、如何せん近接戦ならアルトの方が強い。だから戦力としては地味な感じだ。行動はいつも派手で目立つのだが。

 

「それに、ここにもフィオっていう可愛い女の子がいるだろう。」

「・・・まぁアルトの毒牙に掛かってない貴重な存在ではあるが、俺は貧乳を女と認めん。」

「・・・胸がちっこくて悪かったなオイ。二度と怪我治してやらねぇぞバーディ。」

 

 そして、オレは今世ではフィオと名付けられている。本名、フィオ・ミクアル。このパーティにおける回復担当、金髪ロング、童顔貧乳で白魔道服の・・・カワユイ女の子だ。解せぬ。

 

 前世の親友よ、頼むからオレを助けて。このままだと下手したら、ハーレムを作るどころか逆にハーレムメンバーにされかねん。




次回、5/26の17:00に更新予定です。
支援絵を頂きました! 画・とりまる様

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「夜遊びっ!」

皆様、キャバクラはお好きですか?


 オレ達がこの町に滞在して、一月が過ぎた。

 

 魔王の侵攻からこの地を護るために、一月前に王都から派遣された最強の勇者パーティたるオレ達は、未だにこの辺り一辺を根城にする魔王軍の尻尾すら掴めていないのだった。

 

 王都で偉いヒトから受け取った資金は既に半分。追加で貰いに行くにも、せめて何かしら成果を上げないと面目がつかない。そう言った焦りから、アルトは魔王軍が出現してからの迎撃では無く、全員で魔王軍の探索を行うと宣言したのだった。

 

 オレやバーディは、この案に反対した。何せ、敵を探索をすると言えば聞こえは良いが、逆にその隙を突かれて、街を襲撃された時にオレ達が何も出来ない可能性が出て来るからだ。

 

 重要なのはメンツでは無く、市民を護ることだろう。そう説得するとアルトも納得し、最終的に防衛と索敵の二班に分かれるという落とし所になった。

 

 

「で、アルトと一緒に索敵するのは当然私だから。近接戦闘能力皆無なんだもの、一番強いアルトに守って貰うのが当然よね。私は探査魔法も使えるから、敵を見つける可能性が高いわ。アルトと一緒以外に考えられない」

「いや、お前も近接戦闘出来るだろ。前にガンガン土人形(ゴーレム)出してただろうが、むしろお前は味方を護衛する側だろ。」

「アルト様! わ、わた、私はアルト様と一緒が良いです!」

「・・・アルトに抱き付くな、女狐。アルトは、・・・ウチのだ。」

 

 そんなことになったら、それはそれは当然荒れる。全員で八人だし四人ずつに分かれよう、なんてアルト(バカ)が言い出した結果、四人娘が慌てて騒ぎ始めたのだ。何せ、アルト班から必然的に一人あぶれる計算になる。醜い争いが始まった。オレ達はソレを、生暖かい目で眺める事しか出来ない。

 

 と言うか、バーディ(槍使い)オレ(ヒーラー)ルート(ナビゲーター)の三人でパーティを組むのが確定なら、こちら側が明らかに戦力不足だ。だからこっちにアルトが来てくれれば全て丸く収まる気がする。四人娘のうち、誰も抜け駆けしたことにはならないし。

 

「と、思うんだが一応オレも女だ。今のをオレの口から言えば更に修羅場になること請け合いだろう。・・・お前ら、それとなく提案してこい。」

「・・・そうだね、確かにそれが無難かな。僕、アルトに言って来るよ。」

「頼んだぜ、ルート。はぁー、何でオレ達がいちいち気を遣わなきゃならねぇんだ。」

「そりゃバーディ、お前がモテねぇからだろ。」

「ぶっ殺すぞ。」

 

 ルートがピョコピョコ頭を揺らして、修羅場に割って入っていく。スゲぇよな、ルートは。あんなキッツい目線の中を突き進む度胸なんて、オレには無い。ほら、ルートが話し始めただけで全員の目が釣り上がってきたじゃん。絶対ブチ切れる五秒前じゃん。

 

「・・・と、言う訳でどうかな? アルト、たまには僕らと一緒に行動するのは。」

「別に、構わない。よし、ルート。よろし────」

「「「良くない(わ)(よ)(です)!!」」」

 

 まぁ、やっぱりゴネるよな。

 

「油断してたわ・・・女の子みたいな顔付きしてる時点で、警戒しておくべきだった。」

「ルートさん、まさか貴方までライバルだったなんて・・・負けられません!」

「・・・このガチホモ。ウチの恋路を邪魔するな。」

「しゅ、衆道とは、なんと非生産的な! けしからん! 実にけしからん!」

「君達は一体何を言ってるんだ。」

 

 バーディに逝かせるべきだったかな。ルックスが中性的なルートが行ったせいで、面白い誤解が広まっている。実に尊い犠牲と言えるだろう。

 

「おい、早く逃げるぞ。こっちにも飛び火しそうだ。」

「了解。逝くのは一人だけで良いもんな。」

 

 即断即決。勇者には、時として冷徹な判断を求められる事がある。

 

 オレ達の事を薄情だと思うな、ルート。熱くなった四人娘に関わると、非常に面倒臭いのだ。

 

 絶対に音を立てぬ様に気を遣いながら、オレ達はソーッと修羅場から部屋の外へ脱出した。よし、これでもうオレ達は自由だ。

 

「・・・折角だし、行っとくか?」

 

 意味ありげに、バーディがクイッと小指を立てる。

 

「よし、行こうぜ」

 

 その問いにニヤリと笑って答える。男二人、・・・では無かった。男女が二人、夜の街に消える。その足の向かう先は・・・色街。

 

 誤解しないで欲しいのだが、オレとバーディがそう言う関係な訳では無い。オレは、前世の名残も有ってか、女として生を受け十と余年、未だに女の子の方が好きなのだ。本番は出来ずとも、楽しくチヤホヤして貰う分には女の子が良い。

 

 手持ちの財布の額を確かめながら、いやらしい2人は夜の闇に消えたのだった。

 

 

 

「ちょっと! 僕はホモなんかじゃ・・・フィオ! バーディ! 助け、って居ないし!?」

「・・・アルトを衆道へ引き込む異端分子・・・。その判決に、慈悲は無い。」

「あ、アイツら逃げたな!? 違う、誤解だ、僕はちゃんと女性が好きで・・・、やめろ! 君は女性だと言うのに、なんて場所を狙っているんだ!」

「もぐだけで済ませてやるから安心しろ。」

「も・・・もがれてたまるかぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 この街の色街は、少しばかり特殊な文化がある。

 

「今日は私なんて如何かしらー?」

「おっ! そこのおにーさん! 私と楽しくお喋りしよーよ!」

 

 街に入ると、すぐさま道端で女の子が寄ってくる。

 

 この街ではなんと、店と嬢が完全に別々なのだ。店に所属する嬢なんてモノは居らず、路傍や紹介所で先に好みの娘を探し、フラフラと連れて街を彷徨い、そこで気に入った店に入る。

 

 いわば街ぐるみで提携した一つの巨大なお店、と言った形式だ。この街の全てが、既にキャバクラであり、風俗なのだ。

 

「バーディ、今度は紹介所まで我慢するんだぞ? 路傍で売りこむ奴に当たりは殆ど居ない。オレ達は、学習する生き物なんだ。」

「馬鹿言え。オレ達は今、資金の使い込みがバレて今殆ど金持たせて貰えねぇじゃねぇか。バイト代だけで良いもの食うなら、嬢は路傍で当たりを探すしかねぇだろ。」

「嬢と遊ぶのに、肝心の嬢に金をかけないでどうするんだよ! ブサイクと飲んでも飯が不味くなるだろ!」

「せっかく良い嬢を指名できても、殆ど飲み食い出来なきゃすぐ帰られちまうだろーが! 飲食代にこそ金をかけるべきだよ、路傍嬢だって当たりはいるはずだろ!?」

 

 この街にいる嬢は、人気が出て来ると紹介所にスカウトされ、ここに所属すれば定期的に給料も貰えて仕事の斡旋もされるというシステムになっている。人気の有る嬢なだけは有って、紹介所に居るのは美人や気立ての良い話しやすい娘が多い。

 

 一方、新人や人気の無い嬢は、街の所々でセクシーな衣装を着て立ち、自分を売り込む。比較的安めの値段で同伴してくれるから、敢えてこちらを選ぶ人も多い。当たるかどうかは、運次第。金だけ欲しいブサイクから、未来のNo.1クラスの美女まで様々な出会いが有る。

 

「いーや、ここは全財産はたいてでも良い娘を探すべきだ。前みたいに、見た目はソコソコでも性格最悪だと話にならん。特にウチの女性陣は美形揃いなんだ。ソコソコの美女程度だと霞んじまう。」

「そうだよ、性格最悪なのを選んだのが前回の失敗だった。今回は性格重視で行く、絶対に失敗しない。俺に任せろ。」

「・・・性格良くても、ゴリラは嫌だぞ。」

「まぁ見とけ。・・・お、良いのが居るな。行ってくる。」

 

 そう言ってバーディはいやらしい笑みを浮かべながら道端でセクシーなポーズを取る無数達の中に入っていった。果たして鬼が出るか蛇が出るか。

 

 道端に設置されたベンチに腰掛け、バーディをそわそわと待つ事十分。

 

「は、初めまして! 私はパ、パルメと言います!」

 

 やがてバーディが連れてきたのは、少し癖毛でそばかすの可愛らしい、色街の嬢にしては少し地味な服の女の子だった。やや緊張していて、あたふたとしている。

 

 ・・・こ、これは!

 

「もしかして、新人さんかな?」

「は、はい! 今週から働き始めました、よろしくお願いいたします!」

 

 バーディの奴、とんでもない賭けに出やがった! ド新人なら確かにフレッシュで、性格も捻ていない事が多い。けれど、その分口下手だったり、こっちが気を遣わなければならないと言うリスクも有る。

 

 話が合い、会話が上手く弾めば良いが、逆にひたすら無言が続くハメになる事も多い。だが、バーディの方を見ると勝ち誇った顔をしていた。勝算が、有るのだろうか?

 

「・・・今日は、よ、よろしくお願いいたします! その、今から本番と伺っていますが、私はまだ慣れていないので色々とご迷惑をおかけするかと・・・。」

「・・・待て、いきなり本番だと!?」

 

 バーディ、お前まさか! 酒も入れずいきなり本番申し込んだのか!? 新人に?

 

 酒というのは本番の前の潤滑油だ。水仕事に慣れている嬢でも、やはり酒が有るか無いかで行為の感度は変わってくる。

 

 コレは、かなり悪手だぞ? 間違いなくこの娘に痛い思いをさせるだけになってしまう。

 

「落ち着けフィオ。お前の考えていることもよく分かる。だが、オレを信用してほしい。」

「つまり、お前には何かしら考えがあるんだな?」

「ああ、その通り。じゃあパルメちゃん、一緒に行こうか。」

「はい! お供致します!」

 

 そう言ってにへらと笑う嬢。まだ多少に緊張は見て取れるが、ハキハキと話すし口下手では無さそうだ。美人・・・と言えるかの境界くらいのルックスでは有るが、こういう娘こそが話していて楽しい娘なのかもしれない。

 

 では、バーディ。お前の「考え」とやら、見せて貰おうか。




次回、5/28の17:00に更新予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「朝帰りっ!」

ハーレム組の娘の紹介は、次回になります。


 久しぶりの夜の街は、喧騒の光に包まれ昼間より幾分か活気づいていた。この街は、日本に居た時の歓楽街のような昼間並の明るさは無いけれど。光魔法でネオンのように彩られた看板が立ち並ぶその通りは、この世界では珍しい「明るい夜道」である。

 

 その光に満ちた怪しい夜道を、縮れ毛の新人嬢と腕を組みオレ達は歩いて行く。三人で簡単な食事を露店で取った後、街の中心部から少し外れたソコソコの値段の休憩室をバーディが手際よく借りた。

 

 この休憩室はベッドは固いし部屋も狭く、水回りは屋上に共用のモノが有るだけだ。が、設備だけは素晴らしいらしい、とはバーディの弁。

 

 オレ達はボロい石造りの、ところどころ修復されたオンボロなドアを開けて、いよいよバーディが借りた部屋へと足を踏み入れた。・・・その部屋の中身は、悪い意味で予想外であった。

 

「あ、あわわわわ・・・。」

 

 オレとバーディの腕の間で快活に笑っていたパルメちゃんは、可愛らしいそのくりっとした目を左右へと大きく揺らし混乱している。そりゃ、真正面に三角木馬(あんなもの)目に入ったらビビるわな。素晴らしい設備って、そう言うことかよ。

 

「バーディ、お前そう言う趣味だったの?」

「いやいや、そうじゃない。この部屋なら話のネタには事欠かんだろう? アレを実際に使うかは、その場のノリで決める。」

「あぁ、そういうことね。」

 

 話のネタでこの部屋を借りたのか。成る程、多少は考えて居るらしいな。コレを使ってパルメちゃんに欲望をぶつける、とかなら殴っていたけど。

 

「パルメちゃん、こういうのやったこと有る?」

「い、いえ、その。初めてです。」

「だよねー。まさか本番自体初めてとかじゃないよね?」

「あ、はい、本番の経験はソコソコ有ります。初めての時は、親友の弟を押し倒しました! 可愛かったなぁ・・・。」

「この子思ったよりヤバイ娘だった。」

 

 この娘、ぱっと見純朴そうに思えたけれど、やはりそう言う資質も有ったから色街なんかに居るのだろう。・・・その親友と、気まずくならなかったのだろうか。

 

「さーてーと! ここで秘密兵器を使いたい。・・・アッパーって薬、知ってるかパルメちゃん。」

「えっ・・・? 確か、戦士職の方が好むドーピング剤ですよね? 一時的に筋力が上がるとか。」

「そう、戦闘中にヤバくなったら飲んでおく、オレ達のお守りみたいな薬だ。だが、使用制限があり一日に飲めるのは一瓶まで。何でか知ってるか?」

「いいえ、分からないです。」

「副作用で興奮が止まらなくなるんだわ。一瓶だけでも、夜に悶々として眠れなくなる。二瓶飲んだら、女を見るなり突進する猿になる。」

「おいバーディ、お前何考えてる。」

「なあパルメちゃん? ちょっとコレ飲んでみない?」

 

 まさかとは思ったがコイツ、嬢を薬漬けにするつもりか!?

 

「こんのドアホ! 確か媚薬はこの街で禁止されてる筈だろーが!」

「確かに媚薬は禁止されてるな。だーけーど、これはあくまで戦闘補助薬だし。この薬、一瓶くらいなら健康に問題もないし。」

「でも媚薬として使う気じゃねぇか! この街で嬢に危害加えたなんて話がバレたら、怖いお兄さんがうじゃうじゃと来るぞ?」

「俺なら勝てるし。」

「そんな話広がったらパーティの皆に殺されてしまうわ!」

 

 コイツ、金さえ払えば嬢に何しても良いとか思ってやがるのか? そもそも勇者一行がそんな乱痴気騒ぎ起こしたら、次から資金ガッツリ減らされるわ!

 

「いえ、良いですよ? 媚薬じゃ無いなら問題ないですし!」

「パルメちゃん!?」

 

 ところが、当の本人のパルメちゃんと言えばケロリとして了承したのだった。

 

「この薬結構危ない奴だよ? 前コイツ(バーディ)が飲んだ時なんか、風俗に直行して三、四人一気食いしたくらいだし。」

「うふふ、この街でお薬禁止なのは知ってますけど、私は割と好きなんで、激しいの。だから、飲んじゃいましょう! その代わり、滅茶苦茶(めっちゃめちゃ)にしてくださいね?」

「おいおい! この娘大当たりだぜフィオ! 真面目そうに見えて実は好き者だなんて、サイコーじゃねぇか。いかん、滾ってきた。」

「お、おお・・・。信じられん。良いのか? 派手にやっちゃうよ? 理性ぶっ飛ばして襲っちゃうよ?」

「バッチ来い! です!」

「「うおおおお!?」」

 

 こ、今夜は最高の夜になるかもしれん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、よく寝ました・・・。」

 

 少し湿った三角木馬に、朝日が差し込む時間。

 

「あ、昨日はご指名ありがとうございました。名残惜しいのですが、着替えて今日の営業に行かないといけないので私はもうお暇しますね? また見かけたら、是非ご指名ください!」

 

 朝日が窓から差し込み、本当に後ろ髪を引かれてそうな表情の、パルメちゃんの横顔を鮮やかに照らし出す。ニコリと微笑んだ彼女は、オレ達が用意して机に置いておいた指名料を、遠慮がちに鞄にしまったのだった。

 

 それに対する、オレ達の反応は、無い。二人して、死んだようにベッドでうつ伏せとなりピクリとも動かない。

 

「つ・・・疲れた・・・。」

「戦士職の俺より体力有るってどう言うことだよこの嬢・・・。最後の方、動いてたのパルメちゃんだけじゃねぇか・・・。」

 

 昨日、アッパーを飲んだパルメちゃんはトロンと目を垂らし、貪るようにオレ達の体を求めてきた。最初はウハウハだったのだが、徐々にオレは異変に気付いた。

 

 パルメちゃんが、ダウンする素振りを見せないのだ。それどころか、彼女の要求はエスカレートしていき、プレイが激しくなっていく一方だった。後衛職で体力のないオレは、情け無くも二時間もたずに寝息を立てるハメになる。

 

 だが、眠りについた直後に叩き起こされて、再びオレの小柄な体躯は目が血走ったパルメちゃんに思うまま貪られた。どうやら、バーディがへばったからオレをヤりに来たらしい。せっかく休んで僅かに回復した、オレの貴重な体力はまた彼女に全て食い尽くされる。彼女の蹂躙はオレが再び気を失うまで続いたのだった。

 

 バーディはバーディで、もうタマが空になった! と何度も叫んでいるのにパルメちゃんに跨がられて容赦なく抜かれていた。男じゃなくてよかった。パルメちゃんはバーディを重点的に狙っていた。やはり男の方が好きなのだろう。

 

 一晩を通じ、オレは理解した。この娘は当たり、なんてモノでは無い。大魔王みたいなモノだ。

 

 彼女は持参した布で軽く自らの体を拭き身支度を調える。外まで見送る元気はなかったので、オレはあいさつ代わりに片手を立てたのだが。何を思ったのか、彼女はそのオレの手を取ると、そのままオレを肩へと担ぎ上げたのだった。やめろ、まだ何かヤるつもりか、このド淫乱! と、そう思ったのだが。

 

 ・・・彼女の口から出てきたのは、想定外の言葉だった。

 

「あ、フィオ先輩。私、送りましょうか? 先輩ってば凄い美人ですし、話しやすいですし絶対どこかの紹介所に所属してらっしゃいますよね! 近ければ運びますよー。」

「・・・はい?」

 

 オレと、紹介所に何の関係が? ・・・と言うか、フィオ先輩?

 

「取りあえず近くの寄宿舎までおぶりますね。何にせよ1度体を洗いましょう。ではバーディさん、ご指名ありがとうございましたー。」

「ちょっ・・・オレは嬢じゃな・・・!?」

 

 まさかオレは、この娘に客じゃ無くて御同業(お水)と思われてたのか!? まぁ確かにこの街で男女のペアの客なんてそうそうおらんわな。

 

「昨日は楽しかったですねー。あんなにハッスルしたのは久し振りですよ! 先輩、よろしければまた一緒に仕事しましょーね。」

「待て・・・待ってくれって・・・。」

 

 そのままパルメちゃんにおぶさられてオレは、香水の匂い厳しい、仕事帰りの嬢がひしめく寄宿舎まで運ばれていく。疲れ果てて声すら出せないオレは、徹夜明けなのにエネルギッシュな彼女の背中で呻き声を上げることしか出来なかった。無力な自分が、憎らしいぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたた、腰が痛ぇ・・・。舌使いだけで腰抜かさせられるとか、どんなテクだよパルメちゃんは・・・。」

 

 まだギシギシと痛む腰をさすりながら、昼だというのに閑散とした昼の道を歩き、オレはようやく帰路に就いた。

 

 パルメちゃんに拉致された後、寄宿舎でオレは客だと説明するとそれはそれは大変だった。客に見られたら不味いモノとか沢山有ったらしく、寄宿舎が阿鼻叫喚に包まれ、即座に客間に案内(隔離)され、そこでかなり大袈裟に謝られた。そして、後から入ってきた怖いお兄さんに、ここで見たモノは他言無用と念を押された。

 

 オレ達がパルメちゃんに渡した指名料は、迷惑料代わりだと全額返されそうになったがそれは固辞しておいた。その代わり、嬢の紹介所の優待券を貰ったけれど。パルメちゃんは新人嬢だし、指名料を全額没収されるのは辛かろう。

 

 そのパルメちゃんはと言えば上の人に散々に怒られて酷く気落ち・・・しているようには見えなかった。なんか頬を染めて、怒られてるのに明らかに悦んでいた。どうしよう、彼女底が知れない。

 

 そんなこんなでオレが怖いお兄さん達から解放されたのは、昼を過ぎてから。へとへとになりながら、オレはパーティの仲間達が滞在している宿へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、か、え、り? フィオ?」

 

 宿の入口には、何かの肉塊が道端に転がっており、笑顔のルートがその傍らで腕を組んでいる。

 

 ・・・成る程。

 

「ねぇフィオ、昨日は何処へ行っていたのかな? 何で帰宅はこんな時間になるのかな?」

「・・・昨日、実はオレ一人で索敵に行ってました。そして、なんと大魔王みたいな奴を発見しました。褒めてくれ、ルート。」

 

 オレの決死の言い訳は残念ながらルートに受け容れて貰えず、道端に転がる肉塊が二つに増えたのだった。

 

 




次回、5/30の17:00に更新予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「金欠っ!?」

ハーレム組の紹介回ですが、別に名前も覚えなくても構いません。大まかに僧侶(ユリィ)、盗賊(リン)、剣士(マーミャ)、黒魔道士(レイ)がいるとだけ理解して頂ければ。


「金銭的な問題が、そろそろ出て来た。」

 

 アルトが、重苦しい声で会話の端を切る。オレ達の懸命な索敵の甲斐も無く、魔王軍の手がかりを何も掴めないまま遂に今日、手持ちの資金が底を尽く計算となった。

 

 皆、神妙な顔をしている。

 

「一度誰かが、王都に戻って援助要請をせねばならない。・・・俺が、やってもいいが。皆、どうする?」 

 

 それは皆が薄々と感じていた、誰かがやらねばならない面倒な仕事の話だった。文無しになれば、仕事どころでは無い。だが、この街から王都まで、足の速い奴が夜通し移動しても最低三日はかかるだろう。しかも向こうで貴族に媚び、へつらい、資金を出して貰わねばならない。よしんば資金を得ることに成功しても、今度は重い金を担いで盗賊に怯えながら再びこの街まで戻る必要がある。

 

 アルトも、その面倒事を自分がやってもいいとは言っている。が、それはあまりにも愚策であろう。ここらを仕切る魔物の長が出て来た時、アルト無しで闘うのは愚の骨頂だ。

 

 それをアルト自身も理解しているから、言いにくそうに、遠回しにオレ達の誰かにやって欲しそうな言い方になっている。

 

「アルトは残っていた方が良いだろ? 最大戦力が使いぱしりって言うのは効率が悪い。」

 

 それを察したバーディが、アルトの残留を口に出した。こう言う空気はよく読める男なのだ。男女の機微については全く読めない奴でもあるのだが。

 

「逆に、オレとルートも残っておいた方が良いだろうな。戦闘能力が無いから野盗に襲われたらそれでお仕舞いだ。」

「そうだな、お前らも残ってた方が良い。となると、俺か、お前ら四人のウチ誰かが行くことになるな。」

 

 オレは弱いぞ、と遠回しにアピール。

 

 本音を言うと、オレはお偉いさんに頭を下げて回るのが嫌なだけである。ぶっちゃけ野盗とかオレ一人で対処できなくも無い。・・・逃げるだけなら。

 

「私は嫌だぞ、バーディ。私だって近接戦闘には自信が無い。魔道士の一人旅は危険だと思わないかね?」

「私も、王都に迷わず辿り着ける自信が無いです・・・。それに、私も野盗さんに囲まれたら勝てませんし。」

 

 近接戦闘が出来ない後衛組2人も、ここぞとばかりに便乗してきた。コイツらの本音は、愛しい愛しいアルト様を置いて1人だけ王都に戻るなんて、そんな抜け駆けされ放題な状況が許せないだけなんだろうけれど。

 

「俺は、この前に国の偉いさんとこの令嬢にちょっかい掛けて睨まれてるから無理なんだわ。つまりリン、マーミャのどっちかに頼むことになるな。」

「バーディお前、そんなことしてたの!?」

 

 そんな話は聞いてないぞオイ。それが本当ならコイツを派遣する訳にはいかない。・・・今のは作り話な気もするけど、コイツなら実際やりかねないしなぁ。

 

「・・・イヤ。アルトと離れるの、イヤ。」

「わ、私だってそうだぞ! と言うかレイ、お前は近接戦闘も出来るだろうと何度言わせるんだ!」

 

 リンとマーミャは当然、必死で抵抗する。なんて醜い厄介事の押し付けあいなんだ。

 

 口をへの字に曲げてアルトの手を握って離れない、この無口な少女はリン。ロープレ的にはいわゆる盗賊職に当たる、主に斥候や工作、闇討ちに情報操作とパーティにおいて戦闘以外の場において活躍する存在だ。勇者一行では最年少で、オレより年下の十二歳。普段は、アルトに甘える様な場面がよく見られる。本人はアルトに対して恋愛感情を持っているつもりらしいが、実際のところ、アルトの事を異性と言うよりは頼れる兄としてみているのかもしれない。

 

 長い茶色の長髪を背に纏めているもう一人の女性は、マーミャ。剣士としてバーディと共にこのパーティの前衛を支える近接戦闘要員で、これまた残念なことにメインの近接戦闘でもアルトより弱い。戦力としての立ち位置はバーディと似通っている。もっとも、これはアルトが強すぎるだけであり、王都の道場では「神域の剣」と呼ばれていた天才剣士である。この国で最強剣士と名高い彼女も、残念ながら現在はアルト様ハーレムの一人に落ち着いている。

 

「そもそもだ! 今、私達のお金が無いのは、どこかの阿呆がいかがわしい店で散財したのが発端だろう? ソイツらに責任を問わせるべきではないか!」

「ついこの間も、また夜に出掛けてたみたいだしね。君達、本当に反省しているのかい?」

 

 ・・・げ、こっちに来た。

 

「馬鹿言えよ、前のはちゃんと小遣いの範囲だってば。」

「そーだぜ、そもそも最初の時も散財って程使ってないだろ。精々500Gくらいだろ。」

 

 因みに、500Gは現在の日本の貨幣価値にして5万円ちょいくらいである。王都から出るとき、確か10000Gは有った筈。つまり、オレ達が使った額なんてたかがしれているのだ。色街で遊んだ額は、二回合わせてもバーディと二人で1000Gもいかない。

 

 ・・・待て、じゃあ何でそんなすぐにパーティの資金が尽きたんだ? 節約して使えば、10000Gなんて八人だとしても数ヶ月は持つ額だぞ?

 

「・・・なぁ、女性陣。ここって色街が近いからか、香水の名産地らしいな。お前ら最近、すげぇ良い匂いしてるけどひょっとして・・・?」

 

 バーディのその一言で、サァーッと四人娘共の顔色が悪くなった。

 

「おお、おい、バーディ! 女性に対して匂いとか、立派なセクハラ行為だぞ!」

「・・・ウチ、最後に香水買ったし。他の皆、コッソリ自分だけ買っててズルかったし。」

「リンちゃん! 違うんです、その、これは必要経費と言いますか・・・。」

「まぁ、つまりだな。女性と言うのは色々と気を遣わねばならぬ生き物だと言うことだ。うん、仕方がなかった。」

「お前らの方が使い込んでたんじゃねーか!」

 

 これは酷い。なにしれっと資金難の責任をオレ達になすりつけようとしているんだ。そんなにアルトの前では良い格好したいのか。

 

「君達までそんなことを!? 道理で資金の減りが異常に早いと思ったんだ!」

「「ご、ごめんなさい」」

「ごめんなさいじゃないだろう! 民の懐から分けて貰った貴重な国庫から、僕らが仕事のために必要だからと分けて頂いた大切な資金だぞ? それとは別に、君達にも給与は出ているだろう!」

「そ、そうなんだがここの香水はかなり高価でだな・・・。」

「だからって資金に手を付けるのか!?」

 

 これには流石のルートも激おこだ。やーい、怒られてやんの。

 

「・・・で、どうする。結局、誰が行く?」

 

 ルートのお小言が長くなる前に、しれっとバーディが話を戻した。本当に、普段は空気を良く読める男なんだがなぁ。男女の事となるとなぜあそこまでデリカシーが無くなるのか。

 

「た、確か最初に資金抜いて香水付けて来たのはレイだったぞ! アイツ、土人形で近接戦闘もこなせるし、適役じゃ無いか!?」 

「はぁ!? 巫山戯るな駄剣士、資金を抜いたのは全員一緒だ! 知ってるぞ、お前は一人だけ更に髪留めも買っただろう。新しい髪留めを付けて、随分ご満悦で見せびらかしていたじゃないか!」

「そ、それは自分の金を使って買ったものだ! 貴様にどうこう言われる筋合いは無い!」

「・・・ウチ、香水買ったけど匂い苦手だったからあんまりつけてないし。だから、悪くなくない?」

「買った時点で同じです! リンちゃん、貴方が一番早く往復出来るでしょう? こう言うのはリンちゃんの仕事では!?」

「何を抜かすこの女狐・・・! そう言うお前こそ、弛みきった体を引き締めるため王都まで走れ・・・。」

「弛んでないです!」

 

 ああ、また始まった。四人が顔を付き合わせると、最後にはこうなってしまう。こう言う時のアルトは、四人の顔を見てオロオロしているだけで頼りにならん。ルートとバーディは、溜息をついて諦め顔だ。コイツら、割って入って仲裁してもなかなか止まらないんだよなぁ。

 

 

 先程から怒鳴る時にずっとクルクルと前髪を弄っている、上から目線で偉そうな口調の少女の紹介もしておこう。オレと同じデザインの黒い魔道服を纏って短い青髪を揺らす、クッキリとした赤目が可愛い彼女の名前はレイと言う。世にも稀な全属性の魔道士で、炎、雷、土、水、風などを複合し独自の魔法を使う大魔道士だ。彼女の出せる遠距離火力は国内でもトップクラス。国内で唯一彼女に比肩する遠距離火力を出せるのは・・・我らがリーダー、アルトくらいだ。アルトの強さは本当におかしい。

 

 そしてレイとは対照的に丁寧な口調の、フードを被り修道服を着た美女と言える女性は、ユリィと言う名だ。彼女は多くの男を悩ませる素晴らしい胸部をお持ちの、多くの人々の悩みを解決するべき存在、すなわち修道女(シスター)だ。役割としては、聖属性の攻撃魔法に加えて簡単な回復魔法に補助、結界魔法など幅広い魔法を使いこなすこのパーティの補助担当だ。実戦では、オレと一緒にバーディ(槍使い)マーミャ(剣士)の後ろで守って貰っていることが多い。

 

 因みに、互いが傷付けば即座に互いを回復出来るようにとユリィに回復魔法を教えたのはオレだったりする。この娘は四人娘の中では、比較的オレと仲が良い娘だと言える。

 

 

 この四人娘が、このパーティのある意味で核と言えるだろう。コイツらが戦闘中に上手く連携出来れば、オレ達のパーティに勝てるような組織はおそらく存在しない。この国で最高峰のスペックを持つ八人が完璧に連携出来るだけで、今すぐにでも魔王を相手取れる筈だ。

 

 だが、そう上手くはいかない。コイツらも、流石に戦闘中は口喧嘩などをしないのだが、やはり心の底から信頼しての連携は取れていない様に思える。心の何処かで、互いを敵対視しているのだろう。・・・アルトへの恋愛感情のせいで。

 

 つまり、アルトがこのパーティの最大戦力であると同時に、最大の枷にもなっている。・・・もういっそ、アルトが誰かとくっつけば万事解決なのに。一方でアルト本人はクソ鈍感だし、どうしたものか。

 

 この醜い論争は、この日の夜、オレ達の事情を言わずとも汲んでくれていたこの地方の領主さんが、わざわざ出向いてきて追加資金を運んできてくれるまで続いた。

 

 ここの領主さんは、マジで良い人だった。頬が痩せこけていて微妙に幸薄そうだったけれど。




次回、6/1の17:00に更新予定です。


追記
前書きにて名前を覚えなくても良いと書かせていただきました事に対し、せっかくキャラとして出したのに4人もモブ扱いするなというご指摘をうけました。ご指摘はごもっともです。

結論から言うと彼女たちをモブ扱いするつもりはございません。

4話はあくまで説明回であり、現時点では彼女たちのキャラはお世辞にも立てられているとは思っておりません。

この段階で覚えて頂かなくても、そのまま読み進めて頂ければ自然と覚えて頂けるよう執筆させて頂きますのでまだ覚えなくても良いと書かせて頂いた次第で有ります。

紛らわしい記載をしてしまい申し訳有りませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「バイトっ!」

ラブコメ成分はもう少しお待ちください。


  時計は深夜を示している。

 

 普段であれば皆が寝静まっているこの時刻に、今日だけはオレの部屋は依然と灯りをともしたままであった。

 

「それでですね、フィオさん。またアレをお願いしたいのですが・・・。」

「オーケー、ユリィ。ご存じの通り、オレは君の恋路を応援する存在だ。遠慮せず言いたまえ、詳しく話を聞こうじゃ無いか・・・。」

 

 机の上で腕を組み、意味深に笑うオレ。机の上の蝋燭台が、真剣な面持ちでオレを見つめるユリィを照らす。

 

 空に星々がきらめくこんな時間に、敬虔な修道女である彼女が、わざわざオレの部屋を訪れて一体どんな頼みが有るというのだろうか?

 

 少し躊躇った後、やがて意を決したかのように、彼女は口を開いた。

 

「明日、レイさんを、朝の10時からお願いします。その、一時間程で良いので・・・!」

 

 その彼女のその頼みとやらは、客観的に聞くと理解に苦しむ、大事な述語の欠けたモノだった。だが、オレにはコレだけで十分に理解が出来る。彼女の頼みを聞くのは、初めてでは無いからだ。

 

 彼女もハッキリと口に出しにくいのだろう。仮にも仲間に対して、嵌める様な事をしろとオレに要求しているのだから。だから、出来るだけ笑顔を作ってオレは彼女に応対した。

 

「ふむ、良かろう。オレに任せたまえ、ユリィ。・・・でだ、となるとオレには必要なモノが有るのだが?」

「えっと、その。・・・20Gでは、足りませんか?」

「20G!? なんだ、随分と今回はお安いな。まぁ、ならオレの働きもお安くなるかもしれんな。」

 

 彼女の口から零れたその報酬額に、眉をオーバーに上げ、いかにも「ビックリしました!」と言った表情をオレは作った。

 

 ふむ、この女はもう少し気前が良いと思っていたが。ダイナマイトでグラマラスな彼女のその見た目ほど、彼女自身は太っ腹では無いらしい。

 

「その、ご存じかも致しませんが、私、香水の件でお小遣いをスッゴく減らされてしまいまして・・・。その、上手くアルト様を誘えても肝心のデート資金すら厳しい状況で・・・。」

「それは大変だな。で、それがオレへの頼みごとに何の関係が?」

「え? えっと、でも・・・。」

 

 彼女のその甘えた言い訳を、オレは冷たい目で一刀両断した。・・・そして、なるべく感情をこめないように、ユリィを諭す。

 

「心配するな、ユリィ。デート資金くらい出してくれるさ、アルトなら。だから気にせず、ユリィはアルトをデートに誘って、きっちり約束をして来ればいい。なんだったら、本番の際にはオレが少し融通してあげてもいい。だから、分かるね?」

 

 オレの態度にあたふたと困惑しているユリィに、言葉が終わった後、オレはにこやかに笑いかけた。貰うものは貰う。一度でも、負けてあげると付けあがるのだ。

 

「わ、分かりました・・・。50Gで、如何でしょう。」

「・・・まぁ、ユリィの懐が厳しいのも事実だろうし。今回だけは、それで良しとしてあげますか。」

 

 よし、なんとか今回も予定通りの額を引き出すことに成功した。まったく、女というのはいちいち駆け引きをしないとまともに商談にならない、本当に怖い生き物だ。この、一見して真面目でおとなしそうなユリィですら、隙あらば値段を負けさせようとする。生まれながらの交渉人、それが女という生き物なのだろう。

 

「ど、どうかよろしくお願いします、フィオさん。」

「任せてください。依頼は完遂する、それがビジネスという奴ですよ。くくく・・・。」

 

 幸いにも今回の商談は綺麗にまとめる事が出来た。ユリィは比較的やりやすい部類ではあるのだが、毎回こうやって駆け引きをするのも一苦労だ。もっと楽にお金を稼げる手段(バイト)は無いものかねぇ?

 

「・・・って、君達は一体何をやってるんだ!?」

「きゃっ!」

「うおおおお!?」

 

 うわ、びっくりした。

 

 なんと、突然にバタンとオレの部屋のドアはノックも無く開かれ、怖い表情のルートがノックもせずに乗り込んできたのだ。

 

「なんだよルート、大声出して。驚かすなよ。」

「び、びっくりしましたぁ。ルートさん、どうしましたか?」

「ビックリしたのは僕の方さ! なに、とんでもなく怪しい会話をしているんだ君達は!?」

 

 ああ、なるほど。さっきのオレとユリィの会話を聞かれてしまっていたのか。

 

「何って、そりゃビジネスの話だよ。」

「なにやら不穏な雰囲気だったぞ。ユリィ、君、ひょっとしてフィオに何か騙されていたりしないかい?」

「人聞きが悪いな!?」

 

 何故ルートの中ではオレが悪者になってしまっているのか。むしろオレは、彼女の汚い欲望を聞いてあげている側だって言うのに。

 

「その、本当に違うんです、私の個人的なお願いで・・・。」

「ルート、わざわざ女二人がこっそり部屋で話していたんだぞ? その内容を根掘り葉掘り聞くんじゃねぇよ。」

「うっ・・・。それは、確かに僕も配慮不足だった。ごめん。」

 

 よし、上手い事誤魔化せそうだ。

 

「でも、本当に騙されちゃいないんだね? このフィオって奴は息を吐くように嘘を吐く腐れ外道だから。」

「おいルート、その喧嘩買うぞ。」

「その、大丈夫です。・・・明日、少しレイさんの足止めをしてもらうだけなので。」

「足止め?」

 

 あ、ユリィってば言っちゃうんだ。せっかく、気を使って誤魔化そうとしていたのに。

 

 ・・・まぁ、オレに被害はないからいいか。

 

「次の休日、アルト様は予定が無いご様子なので、明日のウチにデートにお誘いしたいのですが・・・。リンさんとルートさんは買い出し当番だし、マーニャさんは10時頃はお外で鍛錬してますし。後はレイさんさえ上手く足止めしていただけたら、その、アルト様と私は二人きりに・・・。」

「あぁ・・・。そういうことか。」

 

 ユリィの言葉を聞いて納得した、といった表情のルート。若干、白い目をしているけれど。

 

「そういうことだ。つまりさっきのオレ達は、二人でガールズトークと言うヤツをしていたんだ。男のルートが不躾に入ってくるなよな。」

「いや違うフィオ、さっきのアレは絶対ガールズトークに分類される話ではなかったと思う。」

 

 なんだって? 女の子が二人で話してる話は全てガールズトークではなかったのか?

 

「その、ルートさん。このことは、お願いですので他言無用で・・・。」

「うん、分かった。フィオがお金を受け取ってるのが気に入らないけれど、ユリィが納得の上なら僕は何も言わないさ。」

「お、いつになく話が分かるなルート。色々ねちねちと小言を言われると思ったが。」

 

 本人が納得しているなら、自己責任だから口をはさむべきではないと、そういう事だろうか。

 

「ありがとうございます。では私は明日に備えてもう眠りますね? おやすみなさい、フィオさん、ルートさん。」

「おーおやすみユリィ。こんな中途半端な時間を指定しちまって悪かったな。」

「いえ、フィオさんにも用事があったなら仕方ありませんよ。では、失礼します。お二人とも、よい夜を。」

 

 彼女はそう言って微笑み、バサリと長いフードを靡かせて部屋を出て行った。癒されるなぁ。シスターさんの笑顔って、何か心を満たすモノがあるよな。

 

「・・・。」

 

 ユリィも帰ったし、そろそろ寝巻に着替えたいのだが。なぜか、先ほどのユリィの言葉を聞いて黙りこくったルートは、部屋から出て行くそぶりを全く見せない。

 

 ・・・おかしいな、コイツってこんなに非常識な男だったか?

 

「どうしたルート、まだオレに用事でもあるのか? 腐ってもここは女性の部屋だ、こんな時間にまで男に居座られるのは良い気がしないんだが?」

「・・・なぁフィオ、一つだけ聞かせてくれ。ユリィがここに来る時間は、フィオが指定したのかい?」

「え? あ、ああ。そうだけど?」

「・・・。」

「な、なんだよ。」

 

 ルートの奴、突然考え込みやがって。一体なんだって言うんだ。

 

 

 

──トントントントン。

 

 

 

 この時にまた、オレの部屋のドアがノックされる。恐らくは、例の件でリンが訪ねてきたのだろう。

 

 あ、だとしたら、ひょっとしなくてもマズイ。今の状況、リンは追い返さないとやべぇ!

 

「すまん、リンか!? 悪い、今少し立て込んでいて──ッ!!」

「・・・あ、まさか!? おいリン、そこに居るのかい? 部屋に入ってきたまえ!」

「分かった、入る。・・・ん? なんでルート、いるの?」

 

 オレの咄嗟の静止の甲斐なく、部屋のドアは開かれ、眠そうな顔のリンが入ってきてしまった。くそ、早く追い返さねば。

 

「リン、悪いが今はルートと話の途中でな、また後で来てくれ。な?」

「ん、そうなん? 分かった。じゃ、ウチもう眠いしお金だけ置いて出て行くし。・・・バイバイ。」

 

 ちゃりーん。彼女はオレのベッドに、50Gほどを投げ捨てる。その瞬間ルートが、目を剥いたのが見えた。コイツ、本当に頭良いんだよなぁ。戦闘時には頼りになるけれど、こういうバレたくないこともアッサリ看破してしまうのは勘弁してほしい。

 

「・・・ねぇリン、少し聞きたいんだが。これは一体何のお金なんだい?」

「これ? ・・・フィオに、女狐(ユリィ)を1時間ほど足止めして貰ったお礼のお金。これでウチ、上手くアルトをデートに誘えたし・・・。」

 

 ・・・喋っちまいやがった、この幼女。そう、ユリィからの依頼の交渉をこんな深夜に指定したのは、リンからのユリィを足止めせよと言う依頼を同時に達成する為でも有ったのだ。この時間、ユリィさえ足止めできればリンとアルトは二人きりらしい。そこで上手く、リンはデートの約束をこぎ着けたようだ。

 

 つまり、明日ユリィがアルトと二人きりになって、次の休日をデートに誘おうとも無駄なのである。既にリンが先約なのだから。

 

 ルートの目じりが吊り上がっていく。どうやら爆発寸前のようだ。

 

「こんの!! 息を吐くように嘘を吐くド腐れ外道が!! 結局君はユリィを騙してたんじゃないか!!」

「騙してねぇし!? オレ、ちゃんとユリィの依頼は達成するし!」

「騙す? ・・・フィオ、またなんかあくどい事したの?」

「しーてーまーせーん! オレはオレの成すべきことを成しただけです!」

「どうやら一度僕が、君の性根をたたき直してあげないといけないようだね! 勇者としてふさわしい立ち振る舞いをしろと僕は日頃から常々思っていたんだ、君とバーディに対しては!」

「うわーん、このままお説教コースか畜生!」

 

 これと全く同じこと、バーディの奴もやってるってのに! 結局、オレはその日ルートと、熱く濃厚な夜を過ごす羽目になったのだった。

 

 腰が砕けて立てなくなったぜ。主に正座の痺れで。

 

 




次回更新は、6/3の17:00です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「逆襲っ!」

誤字脱字を丁寧に指摘して下さった方、本当にありがとうございます。
そして、思いもかけない程沢山の方に読んで頂き、沢山のご感想も頂けて筆者は感無量でした。 本当にありがとうございました。


「いくらなんでも、これはおかしい。」

 

 勇者は呟く。

 

 この地に、か弱き民に狼藉を働く魔王軍を討伐するため派遣されて、今日で早三か月目に差し掛かろうとしていた。未だに、魔王軍は姿を見せる気配がない。自分から魔族の痕跡を追って探しても、尻尾すらつかめない。

 

 だが、町の至る所では戦闘痕が見られた。この地に魔王軍が巣くっていることは疑いようがない。では、自分達がこの地に来てからピタリと魔王軍が姿を見せなくなったのは何故だ? 敵に、ルートのような危機察知に優れた魔物がいて、警戒されているのだろうか?

 

 彼は勇者特有の勘と言うヤツで、もうすぐ何か良くないことが起きるのを察していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルート、だから小遣いの範囲だってば! たまには羽目を外すことも重要なんだぜ?」

「そうとも。お前さんは毛嫌いするかもしれんが、娯楽は人間というモノには必要不可欠なんだぞ。」

 

 夜、性懲りもなくまたコッソリと宿を抜け出そうとしたオレとバーディ(バカコンビ)は、予めルートの星読みでその行動を予知されあえなく捕まっていた。

 

「少なくとも、君達が使い込んだ資金を補填するまでは、絶対色街に行くことは許さないから。」

「「そこをなんとか!」」

「くどい!」

 

 2人でタイミングを合わせて渾身の土下座を決め込むも、どうやらルート(堅物)には効果が無さそうだ。彼等はルートに服の襟をガッチリと掴まれ、ずるずると部屋まで引き摺られて行く。二人の楽しい楽しい夜遊びは、残念ながら中止らしい。

 

「女の子と、イチャイチャしないと何もやる気が出ないんだぜ。」

「以下同文。」

「君達って奴は・・・。」

 

 宿の個室まで連れ戻された二人は、グデーっと死んだように机に突っ伏する。その手には、紹介所の優待券とそこそこの額の紙幣が握りしめられていた。まだ彼等は、夜の街に未練たらたらなのが見て取れる。

 

「普通の酒の席なら付き合うからさ。そういった不健全な場所に頻繁に出入りされると、僕らの沽券にも関わってくるんだ。少なくとも遠征中くらいは、我慢したまえよ。」

「ううう・・・。こうなりゃウチの四人娘の誰でもいいからお酌とかしてくれんかなぁ。」

「で、その後アルト様のノロケ話をタップリ聞かされるのがオチだぜフィオ。どこかに可愛くて気立ての良くて俺を褒めて癒してくれる美女はおらんものか・・・。」

「オレを甘やかしてくれる女の子はいないのか・・・。」

「「・・・はぁ。」」

「フィオ、君自分が女だって時折忘れていないかい?」

 

 ルートがふぅ、と悩ましげに溜息をついてそんな事を言った。

 

─────その時、二人に電流走る。

 

───閃きッ!! 圧倒的、閃きッ!! それはまさに、悪魔の知恵ッ!!

 

「そうだ・・・。いるじゃねぇか! ここに美少女が!」

「なんてこった・・・。何でオレ達はこんな簡単なことに気が付かなかったんだ!」

「・・・フィオ、本当に君、自分の性別を忘れてたのかい?」

 

 ルートは呆れ顔でオレの方を見ている。隙ありだ。

 

 そのルートの両腕を、逃がさないように今度はオレ達がガッツリと握りしめた。

 

「・・・ん?」

「なぁルート、お前・・・。」

 

────よく見たら結構、可愛い顔してるよな?

 

 オレたちの声がハモって、中性的な少年の顔から血の気が引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかしいだろおお!!」

 

 目の前には、オレの私服を着て、ユリィの部屋からパチってきた化粧品でメイクした美少女(?)が涙目で睨んでいた。何これ可愛い。

 

「ああ・・・。オレ、ルートのこの姿ストライクかもしれん。」

「俺はもうちょい胸が欲しいな・・・。フィオ、お前の胸巻きでもうちょいサイズ大きいのは無いか?」

「ねーよ、てか平然とオレの下着触んな! デリカシーねーのかバーディ、全くお前は!」

「僕をこんな姿にしてる時点で、フィオもデリカシー無いよね!!」

 

 おお、ルートたんは怒った顔も可愛い。

 

「こう、アレだな。中性的で、きりりとした美人系の顔の人が涙目で顔真っ赤とかすごくそそるな。」

「まったくだ。意見が合ったなフィオ。こんな美女がお酌をしてくれたら、俺達は色街に出かけなくてもいいだろう。まさにwin-winだな。」

「いや納得しないからな!? そんな戯言で僕は絶対納得しないからな!」

 

 羞恥か、激怒かは分からないが、ルートの目尻には涙が浮かんできていた。うーん、眼福である。

 

 力づくにバーディに押さえつけられ、無理やりオレの女モノの私服を着せられた彼(彼女?)は現在、凄い美女に転身している。胸も詰めたし、髪型は髪留めでちゃんと女性的にまとめてみた。それだけでもう、ルートちゃんは完全に女の子になってしまっていた。やばい、凄いそそる。

 

「俺達は魔王討伐という重大な使命を背負っているんだ。そのためには、多少の犠牲もやむを得ない。」

「女の子に癒されたいという、ありふれたどこにでもある願いだが、オレ達にはとても重要なんだ。分かってくれルート。」

「君はまず鏡を見たまえよフィオ。自分の性別を確認して、自分に化粧を施して、鏡やバーディと好きなだけイチャイチャしとけば万事解決ではないのかい!!」

「「あん? 馬鹿言うなよ。」」

 

 やれやれ、ルートは分かってないな。

 

「「どうせイチャつくならマトモな女の子がいい。」」

「僕はフィオよりマトモな女の子だとでも言いたいのか君達は!!」

 

 その通りだな。悔しいが、今のルートの姿を見せつけられてしまっては女の子として負けを認めねばなるまい。

 

「せっかくだし、ルートをこのまま四人娘の修羅場に放り込んでみないかバーディ?」

「Hoo! そいつはとてもクールだぜフィオ。」

「この人の皮を被った悪魔共め! 僕は君達が実は魔王軍じゃないかと思えてきたよ!」

 

 上手くいけば、これ以上の酒の肴は無いだろう。オレ達が色街に行ってはならないと言うなら、代わりの娯楽が必要になってくる。

 

「そーだ! パーティグッズに5分間だけ性格が変わる飴玉有ったろ? アレを飲ませてから修羅場に投げ込もう。それで何分後に、この美少女がルートちゃんだって奴等が気付くか賭けないか?」

「お、いーな。だったら薬の効き目が切れる5分以内か以上かで賭けようか。そうだな、俺は5分以内で。」

「いーぜ、ならオレは5分以上だな。よっしゃ、取り敢えずルートをツンデレにしてみるか。」

「コイツら、本当に勇者パーティなのか? 僕は、この先コイツらを味方と信じて闘っても良いんだろうか?」

 

 いかん、オレ達とルートと間の固い信頼関係が揺らぎ始めている。でもまぁ、仕方ないね。

 

「オラオラ、口開けろ! ツンデレルートちゃんにしてやるよ!」

「待て待て、ウチは我が強い奴が多いからな、弱気なルートちゃん(美少女)がみたいぞ俺は。こっちを飲み込めオラァ!」

「やめろー! は、離せ! 君達のしていることは立派な犯罪だぞ!」

「うるっせぇ、カマトトぶるんじゃねぇ! 口開けて飲み込め、とっとと飲み込めよオラァ!」

「んんーー!!」

 

 無理矢理ルートちゃんの口をこじ開け、ブツをねじ込む。どうやら、弱気な飴玉の方が入っていったらしい。

くそぅ、オレはツンデレなルートちゃんが見たかったのに。バーディは風情を解さぬ男だな、全く。

 

「・・・お前ら、さっきから騒いで何をしてい・・・る・・?」

 

 

 突如パタンとドアの開く音が部屋に響き、我らが勇者様がひょっこり部屋に顔を出した。

 

 おや、珍しい。アルトがオレの部屋を訪ねてくるなんて。何か、オレに用でも有るのだろうか? 当然のように後ろには四人娘もついてきているし、色っぽい話では無さそうだが。

 

 何故かアルトは言葉を続けず絶句している。何の話かと黙って待っているとやがて、ユリィが声を震わせながら尋ねてきた。

 

「フィオさん、バーディさん。その娘、どなたです? お二方は、彼女の手足を押さえて、馬乗りで何をなさっているのですか?」

 

 ・・・おお、成る程。そう見えるのか。

 

「ヒクッ・・・ヒクッ・・・。」

 

 おお、ルートちゃんは弱気になっちゃって、泣き出している。これは、成る程。

 

────この状況でどう言い訳しても、弁明は無理だな。

 

「「誤解だ! これは全部(バーディ/フィオ)って奴がやったんだ!!」」

 

 オレは咄嗟に今の状況を的確に判断し、自分だけが無実である事を声高に叫ぶのだった。ところが、親友であると信じていたバーディは、俺一人に罪をなすりつける様な台詞を絶叫しているでは無いか。なんと友達甲斐の無い男だろう。

 

「フィオてめぇ!! なに自分だけ逃れようとしてるんだこの糞野郎!」

「見損なったぜバーディ!! お前はもっと正直な男だと思っていたぜ!」

 

 

 

───────ちゃきん。

 

 

 

 オレ達の口喧嘩の端に立つ男から、剣を抜く音が聞こえた。

 

 そう、勇者パーティ最強、いや人類最強とも名高いリアルチート、歴代最強の魔法剣士“アルト”が。

 

 オレ達に向けて剣を抜いていた。

 

「おおお落ち着けアルト! 無実だ、これは罠だ。バーディが仕組んだ巧妙な罠なんだ! まずは話を聞いてはくれないか!?」

「アルト、俺達は仲間じゃねぇか! 信じる力って言うのは、奇跡を起こすんだぜ! その為には、対話が必要だとは思わないか!?」

 

 ヤバイ、怒ったアルトに勝てる訳が無い。どの距離でも闘えば最強。いわば、人間側の魔王みたいな奴だ。

 

 幸いにも、アルトはコクリと頷いた。頷いてくれた。

 

「・・・分かった。そこのお嬢さん、君はこの2人に何かされたかい? どうして泣いているのかな?」

 

 ほっ。流石アルトだ、話が通じる。言い訳も聞かず問答無用で説教してくるルートとは大違いだぜ。これで誤解が解ければ、無事に笑い話に・・・。

 

「街で歩いていたらいきなり拉致されて、部屋で乱暴されそうになりました・・・くすん。」

 

 ・・・ルートちゃん? 何言ってるの?

 

「ちょっとまて今ふざけるのは止めろルートォォォ!! ホラ、見て! アルトが構えたから! 剣を構えてこっちを睨みつけてるから!」

「悪かった! 女物の服を着せたのは悪かったから! 説明して! ちゃんと事実の説明をォォォ!」

 

 こ、このカマホモ野郎!! ここぞとばかりに普段の復讐をしてきてやがる! なんて性格の悪い奴なんだ!

 

「無理矢理服を脱がされて、変なモノを口の中に突っ込まれました・・・くすん。」

「いやそれは事実だけども!! ソレより先に説明することがあるでしょ!?」

「オイィ!! ブツブツ何か唱えてる、アルトが魔法詠唱始めてる! この宿ごと吹っ飛ばすつもりだぜあの馬鹿! ルート、頼むから────」

 

  このままだと死人が出る。きっかり、2名ほど。

 

 頼むルート、そろそろ薬も解ける頃だろ!? 早く元に、いつものお前に戻ってくれ!

 

「くすん、あんなにイヤだっていったのに無理矢理に・・・(ニヤリ)」

「おい今笑ったぞコイツ! 解けてるだろ、そろそろ弱気の薬も解けてるんだろルート!」

「やめろ、やめろ、その構えはヤバいから! 俺それ知ってる、この前の魔将軍を一刀で切り捨てた技の構えだろ!? 俺じゃソレ見切れねぇから!」

「黙れ。そして、散れ。」

「「ぎゃぁぁぁああ!!」」

 

 数分後、一月前の様にオレ達はまた、肉塊となって道端に投げ捨てられたのだった。

 

 ルートめ、ゆるさん・・・。




次回更新は6/5の17:00です。

次回、急展開。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「危機的!?」

いよいよ、最初のイベントです。


 オレは今、目前に迫り来る悪夢に怯えながら、小さなあばら屋の壁にチョコンと腰を掛けていた。今、オレが纏っているのは簡素な下着だけ。小屋の窓からは隙間風が吹きすさび、小屋の外からはカァカァと鳥の鳴き声が木霊する。

 

 時間は既に、深夜と呼べる頃合。オレが昼まで着ていた白い魔道服は魔族の血で真っ青に汚れきってしまっていた。仕方なく、オレは簡単な水魔法でこの服を洗浄し、壁の柱に引っかけて乾かしている。

 

 オレには火属性の適性が無いので、服は洗えても火を使って手早く乾かす様な真似は出来ない。全ての属性を操れると言うレイ(黒魔道士)が羨ましい。

 

 ミシリ、と小屋の床が軋む。思わずオレは目を瞑って足を抱き締めた。奴に向かい合って三角座りをする事で、一応は肌を隠せているのだが、相変わらず奴の鼻息は荒いまま。もうやだ。

 

 オレは元々、下着姿になることに大きな抵抗など感じるような性格では無かった。前世の男成分が強いまま育ったため、裸体を晒す事にそこまで大きな羞恥は無い。ただ、じぃっと異性にガン見されるとなると流石に嫌悪感が湧く。

 

 そう、ガン見されているのだ。オレは、男に。一つ屋根の下、2人きりと言うヤバイ状況で、異性に半裸姿を凝視されている。

 

 ・・・どうしたもんかなぁ。

 

 我らが頼れるリーダー、魔法剣士アルト。

 

 オレは今、奴に心底怯えている。血走った目でオレの体をずっと無遠慮に眺め続ける、この男に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日の昼に、一体何があったのだろうか?

 

 それは魔族の痕跡が掴めぬまま、2カ月を過ぎたある日。王都のお偉いさんは、何時まで経っても現れぬ敵の存在そのものを訝しみ始めた。元々魔王軍などいなかったのではないか? 仮に敵が居たとして、もうとっくに逃げだしたのではないか?

 

 やがて王は、魔族の群れがオレ達を恐れこの街から撤退したと判断したらしい。つまり、ようやくオレ達に王都へ帰還命令がでたのだ。

 

 久々の王都だ、また王宮のメイドさんと遊べる。と、バーディやオレは大喜びだったのだが、アルトの顔は渋いままだった。何やら、妙に嫌な予感がするらしい。

 

 考えすぎだろう、魔族共はアルトの強さを恐れたのさ、やれやれこのザマじゃ魔王討伐も時間の問題だな、などとオレとバーディの2人でフラグを連発したのがいけなかったのだろうか。

 

 

 

 

 魔族はオレ達がこの街を離れた瞬間、奇襲をかけてきたのだった。

 

 

 

 

 街は阿鼻叫喚に包まれ、オレ達が愛した色街も炎に包まれる。黙って見過ごすわけにはいかない。

 

 慌てて、火の手が上がる街へと引き返そうとしたその時。次に魔族が奇襲を仕掛けたのは、オレ達勇者パーティ御一行だった。

 

 恐らく、街への奇襲は囮だったのだろう。オレ達への襲撃が、どう見ても敵の本隊で、本命だ。

 

 油断をした相手にこそ奇襲と言うのは効果を発揮する。連携が完全に取れていないオレ達のパーティには、まさに 効果覿面だった。

 

 不意を突かれたオレ達にいつもの陣形を取る暇も無く、それぞれ個別に迫り来る魔族共を対処するハメになった。

 

 いつも安穏と味方に守ってもらっていたオレに、迫り来る魔族の対処など、出来るはずも無い。

 

 バーディは、魔族の将軍格を何人も相手取っている。オレを護って闘う余裕など無いだろう。

 

 マーニャは上手くユリィを護って闘っているが、オレからの位置が遠い。戦場の反対側だ。ここから助けて貰える位置では無い。

 

 レイはルートを護りながら、必死で戦線を維持している。近接戦は得意でないレイがオレと言う荷物まで抱えるのは厳しいだろう。

 

 アルトとリンは、相手のボスであろう超デカいオークと激戦を繰り広げている。割って入れば、邪魔をするだけだ。

 

────オレは今、戦場で完全に孤立してしまっている。

 

「誰か!! フィオのカバーを!!」

 

 バーディが大声で叫ぶ。が、他のパーティメンバーにそんな余裕は無い。

 

 このパーティの連携は、まだ未熟だった。オレは、情け無く転げ回り、這いつくばり、なんとか近くの味方まで辿り着こうとして、

 

────背後からオークにガシリと、掴み上げられたのだった。背骨が、砕ける。ジーンと鈍い刺激がはしり、下半身の感覚が消え失せ、そのまま足はビクリともと動かなくなった。ああ、これでオレはもう逃げられない。

 

 オレを掴んだまま、オークはその豪腕を振りあげる。オークは器用に腰を捻り、魔族の強靭な全身のバネによりオレは投げ出され宙を舞った。バーディが、ルートが、仲間の皆が、どんどん遠くなる。オレの着地するだろう位置に目をやると、無数のゴブリン共がひしめいていた。

 

 オークの野郎、仲間がうじゃうじゃと居る方向にオレをぶん投げやがったな。後処理は手下に任せるぞって事かよ。

 

────無傷での着地は、無理だ。なにせ足が動かない。なんとか頭から落ちるのだけは避けないと。この高さからでは、頸がへし折れて即死だ。

 

────いや、即死を避けてどうする? もう既に半身不随なんだ、着地後も生き残ったってそのまはまゴブリンに嬲り殺されるだけだろう? だったらこのままグシャリと逝った方が、幸せじゃ無いか?

 

 地面が、近付いてくる。やがて、ぐしゃりと嫌な音がして────

 

 

 

 アルトさんが着地点のゴブリンを蹴散らし、オレを間一髪受け止めたのだった。

 

 す、スゲエェェェェ!! これがハーレム勇者の実力か! 女の子のピンチ絶対救うマンは伊達じゃないぜ! 褒美にオレの胸をラッキータッチする権利をやろう! 受け止められた時点で既に鷲掴みにされてるけれど。

 

 ・・・アレ? でもアルトさんが相手してた敵のボスは?

 

 

「アルトォォォ!! 敵さん全員そっちに行ってるぞ、早く逃げろぉ!」

「一時散開だ! ルート、そっちは任せた! 俺はフィオと共に潜伏した後合流する! 王都で待ってろ!」

「了解! アルト、どうか無事で!」

 

 うわぁ、結局オレってばアルトのボス戦を邪魔しちゃったみたいだ。さっきまでアルトと剣を打ち合ってた超デカいオークがこっちに突進してきている。アルトは、オレを抱えているので剣が振れない。完全にお荷物だな、今のオレ。

 

 オレを小脇に抱えたまま、疾風のような速度でアルトは駆け続けた。超デカいオークを始めとした奇襲部隊の魔族共は、ここぞとばかりにオレ達を追い縋る。何としてもここでオレ達を殺してやるぞという、恐ろしい気迫を感じた。

 

 だが、アルトは冷静だ。突進してくるオークの振るう斧に、かする気配も無い。そして奴等の放つ矢を、魔法を、石礫を後ろに目があるかの如くひょいひょいオレを抱えて躱していく。やっぱ凄いな、勇者様は。

 

 やがて辺りに敵影も見えなくなってもなおアルトは走り続け、空が暗くなってきた頃、小さな小屋の前でようやく彼は止まった。

 

「寝床を見つけた。取り敢えずお前はここで、体を治せ。」

「おー、すまねぇ。助かったわ・・・。」

 

 実際、アルトがボス戦投げ捨ててオレを受け止めに来てくれなかったら死んでいた。オレはまた、命を失っていた。

 

 普段はムカつく鈍感ハーレム野郎では有るが、今日はキッチリ感謝しておかないとな。

 

「ありがとうな、アルト。全く、今日は死ぬかと思ったぜ。」

「ああ。だがもう大丈夫だ、敵はいない。」

 

 ぽん、と頭に手を置かれた。コイツは、何というか、ホント主人公してやがるなぁ。助けた女の子を撫で撫でして身も心も攻略していくのは基本中の基本だが、ソレをオレにやってどうする。

 

 もう四人も美女を引っかけてるのに、まだ足りんのかコイツは。だが、助けられたし黙って撫でられておこう。コイツがやりたいようにすればいいさ。

 

「だからそろそろ泣き止め。」

「・・・はい?」

 

 奴の言葉を聞き、思わず口から零したその疑問符と同時に、つうーっと頬に一筋の冷たい線が通った。

 

 ありゃあ? まさかオレは、泣いているのか?

 

「あれ? オレ、泣いてなんか・・・。」

「・・・そうか。なら、俺の見間違いの様だな。すまない、勘違いだった。」

「そーだぜ、お前の勘違いだ。」

 

 これは、恥ずかしい。死の恐怖で凍り付いた状態から、九死に一生で助かった安堵感で、改めて目頭が熱くなってきた。

 

「ちょっと、あっち見てろ。」

「・・・分かった。」

 

 自覚すれば真っ逆さまだ。目や鼻から汁が溢れ出て、気付けば顔面がズルズルになっていた。男の子的にも、女の子的にも、今の自分の顔を人に見せたくない。ピューっと、水魔法で顔を洗い流し終えるまで、アルトはずっとそっぽを向いていた。

 

 クソ、イケメンめ爆発しろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自慢の回復魔法を用いて、自らの背骨の骨折を治療し再び歩行能力を得たオレだったが、ここに来て新たな問題に直面していた。

 

 アルトの奴、敵を撒く為に右へ左へと方向を気にせず突き進んだため、現在位置が分からない。しかも時間は、既に深夜。辺りは、よく見えない。

 

 だからこそ、アルトは小屋を見つけるまで走り続けたらしい。一晩明かした後、明るくなってから近くの村を探すと言う予定だそうだ。

 

 そう、アルトと、二人きりで一晩。一つ屋根の下。

 

 ・・・コレがバレたら、まぁミンチにされるだろうな。四人娘に。

 

 だが、精神的にも肉体的にも疲労が溜まっていたオレは、小屋でそのまま一泊する事を選んだ。今から探索とか冗談じゃねぇ。オレは寝るぞー!

 

 

 

 と、まぁここまではたいした問題は無かったのだが・・・。

 

 アルトが小屋の床に腰掛け、マントを床に脱ぎ捨てた時に事件が起こった。と言っても、襲撃されただとか血を噴いて倒れたとか、そんな致命的なモノでは無い。うっかりとアルトがマントを脱いだ際、一緒に荷物も床へ落としただけだ。

 

 問題なのは、そのブツだった。

 

────ゴトン。

 

 アルトのマントから出て来たのは、なんとアッパーの空瓶だった。アルトの奴、使ったのか。この劇薬(ドーピング)を。

 

「アルト、お前。コレを飲んだのか?」

「すまん、あの巨大オークの筋力はオレとほぼ互角だった。押し切るには、コレを飲まざるを得なかったんだ。」

「いや、オレこそスマン。そこまでやったのに、結局逃げるハメになっちまった。お前と奴の闘いの邪魔したのは、オレだ。」

 

 そうか、あのオークはアルトと互角の筋力だったか。・・・なんであのデカいオークと人間のアルトが、力比べでタメ張ってるんだろう。気にしないようにしよう。

 

────ゴトン。

 

 遠い目でアルトのチート振りに感心していると、アルトのマントからなんとアッパーの空瓶が更にもう一つ転がり出てきたでは無いか。まさかアルトの奴、使ったのか。この劇薬(媚薬)を二瓶も。

 

「おいおい、コレは一日一瓶までと聞いたぞ。」

「奴等から逃げる際、未熟にも俺は途中で息が切れかけた。立ち止まらず逃げ切る為には、コレを使わざるを得なかったんだ。」

「いや、オレこそスマン。こんな劇薬を二瓶も使わせてしまったのは、オレを抱えていたから闘えなかったからだろ? つまり、お前が逃げざるを得なかった元凶はオレだ。」

 

 オレを小脇に抱えて戦闘なんて出来る訳がないからな。これはかなりデカい借りになってしまった、アルトにどう返せば良いものか。

 

 ・・・確かアッパーは二瓶飲んだら、女を見ると突進する猿になるとかバーディは言ってた。

 

 確かに、今のアルトは若干挙動不審だ。ひょっとしたら、今のアルトはよく耐えているといった所なのだろうか。

 

 ・・・そう言えば、さっきから全然アルトと目が全く合わない。

 

────ゴトン。

 

 僅かに身の危険を感じ、警戒しているとアルトのマントから、なんと更にアッパーの空瓶が転がり出てきたでは無いか。

 

 まさか使ったのか。この劇薬(バイア〇ラ)を、三瓶も。

 

 

「・・・アルト?」

「すまん、走った後、異様に喉が乾いて、つい飲んでしまったんだ。いや、飲まざるを得なかったんだ。」

「いや流石にその行動には文句言うよ!? 何でこんな劇薬を水代わりに飲むんだよ! 言ってくれれば水くらい、魔法で出せるから!」

「正直さっきからお前の顔がまともに見られない。」

「水で顔洗った後も、ずっとお前がそっぽを向いてたのはそう言う理由だったのかよ畜生!」

「ここにいるのがお前で本当に良かった。お前じゃなかったらヤバかった。ルートでもヤバかった。」

「喧嘩売ってるのかこのハーレム野郎!」

 

 オレの、受難の一夜が始まろうとしていた。

 




次回更新は6/7の17:00です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「暴走っ!!」

少々性的な描写があります。
ご注意ください。


 ベトベトとした魔族の血で汚れたオレの白魔道服を脱ぎ、水で洗い、乾かす。この行程は、オレにとってまさに命懸けだった。

 

 人類最強の男が、股間を膨らましてオレの地味な下着を凝視している。こうも注視されると、流石に恥ずかしい。さっきまで目を逸らしていたのに、今はなんか開き直って凝視してやがる。くそう、顔が赤くなってきたじゃねぇか。

 

 時刻は既に深夜。半裸の女と、理性が溶けかけている男。隙間風の吹くあばら屋で、一組の男女が無言で向かい合う。

 

 今のこの状況は、女としてもう詰んでいるのでは無いか? このままハーレム野郎の攻略棒で、子宮に好感度をドクドク注入されて、オレもあの四人のようにハーレムメンバー入りさせられてしまうのでは無いか?

 

 流石ハーレム主人公だ、ヒロインの一人が靡いていないなら強引に仕留めにいく。あれ、と言うことはまさかオレってばヒロイン枠だったのか。イロモノ枠だと思っていたぜ。

 

 ・・・さて、現実逃避もこの辺までにしよう。足で体のラインが隠れるよう、体育座りで奴の正面に陣取っているけれど。奴の理性がプッツンした時、オレは終わる。色々な意味で。

 

 座して死を待つ趣味は無い。死中に活を求め、やれることは何でもやる。それが、オレだ。

 

 よし、生き残るために幾つか脳内でシミュレーションしてみよう。冷静に、最善の手段を取り続けれたならその結果がどうであろうと悔いは無い。

 

 

 まず、発情した(アルト)を拒まずに、そのまま流れに身を任せるとどうなるか。

 

 真面目なアルトは、間違いなくオレを娶るなりヤッた事の責任を取ろうとするだろう。その場合、抜け駆けをされたも同然な立場の四人娘に、オレは惨殺される事は間違いない。

 

 結末:ミンチよりひでぇや。

 

 つまり、流れに身を任せるのは論外だな。これでは、ゴブリンに殺された方が肉片が残る分幾分かマシだろう。となると、他の手段を考えねばならない。

 

 

 ならば先手必勝、いっそのことヤられる前に不意打ちでアルトを殺ってしまうのはどうか。アルトは残念な事に魔王軍にでもやられた事にすれば良い。突然のオレの裏切りなど、アルトに察知できる訳が無い。オレは足を忍ばせ奴の頸を締めれば────その後、奴の魔法剣で消し飛ばされるだろう。

 

 結末:ミンチよりひでぇや。

 

 どうやら強硬手段もやめた方が良さそうだ。そもそも人類最強に喧嘩を売るという発想自体が間違っているだろう。だいたいオレは戦闘要員では無い。不意を突けたとして、勝てる訳が無い。

 

 

 ならアルトを、オレの補助魔法で眠らせるのはどうだろう。

 

 ・・・アホみたいな魔力量を持つアルトに、オレが専門外の補助魔法を使ったところで効くだろうか? よしんば効くとして、魔法をかけようと奴に近付いても無事で済むだろうか? ラッキースケベの化身だぞ、奴は。うっかり倒れ込んで乳でも鷲掴みにされて、そのまま本番が始まるのがオチだ。無事子宝を授かり、四人娘に殺される未来が見える。

 

 結末:ミンチよりひでぇや。

 

 おかしい。さっきからミンチよりひでぇ結末以外に何も思いつかない。折角、アルトの活躍で九死に一生を得たと言うのに、結局オレはミンチよりひでぇ事になるのか。いや、何か上手い手が有るはずだ。

 

 オレ一人だけ、アルトを置いてこの小屋から逃亡するのはどうだろう。

 

 魔王軍が彷徨い歩いてるかも知れない外に、一人で逃げ出してどうなる。殺されるのがオチだろう。

 

 結末:ミンチになる。

 

 

 

 

 

 以上の結果を纏めると、現在のオレの取るべき最善の手は、今すぐ外を彷徨い歩いて魔王軍にミンチにされることか。おかしいな、なんで魔王軍に捕まった方がマシなんだろう。

 

「・・・そう、警戒するな。何もせん。」

 

 アルトに声をかけられ、オレは思わずビクッと肩を揺らした。何もしない、とアルトは言うものの。目の前のアルトの様子は既に一触即発で襲ってきそうである。

 

 全然信用出来ないぞ、そんな血走った目で言われても。

 

「お前は色々と問題児だが、大事な仲間だ。決して傷付けたりしない。だからそう怯えた目で見ないでくれ。」

「オ、オレは別にビビってねぇし!」

 

 ギリリ・・・。

 

 奴の手が自らの腹を摘まんでいるのが、マントの上から見て取れる。大した理性だ、バーディの野郎とは大違いだ。

 

 これ、ひょっとしたら朝まで奴の鋼鉄の理性が持つんじゃないか? バーディと違い、アルトは何だかんだ約束は守る男だ、信用してみても良いかもしれない。

 

「・・・分かったよ、お前を信じて寝るわ。明日から、また頼むぜリーダー。」

「おう、おやすみ。」

 

 うん、いつも皆を護ってくれる、オレ達の頼れるリーダーを信じよう。瞼を閉じて、思い切って疲れ切った体に意識を投げ出す。

 

 目を閉じるとすぐに、強烈な眠気に襲われた。やっぱり今日は、疲労がかなり溜まっていたみたいだ。自分を回復する分には人にかけるより魔力を食うし、そもそも回復魔法を受けるだけでも相応に体力を失う。傷を治すというのは、身体にとってやはり負担になるのだ。

 

 うつら、うつら。全身から筋肉の緊張が抜け落ちて、オレは意識を手放し───

 

 

 ガツン!! ゴンゴンゴン!!

 

 

 

────凄まじい轟音に、叩き起こされた。

 

「ふぁっ!? な、何の音だ!」

「すまない、俺だ。少し、寝惚けて倒れてしまったんだ。」

「何だ、アルトかよ。気を付けてくれよ・・・。」

 

 寝惚け眼を擦り、オレはアルトに向けて文句を言う。せっかく、気持ちよく眠れそうだったってのに。気を付けて欲しいもんだな、まったく。

 

────瞼を開き、目が合ったアルトの顔は、血塗れだった。

 

「ってうわあぁぁぁ!? アルト、何があった!?」

「倒れてしまったんだ。」

「嘘だろ! それだけで顔面血塗れになる訳ねーだろ!」

 

 ビックリした! マジでビックリした! 眠気が一気に吹き飛んだわ!

 

「あー、治してやるからちょっとこっちに来いよ。」

「いや、遠慮しよう。何というか、コレが心地よい痛みと言うべきか・・・。」

「何突然ヘンな性癖に目覚めてるんだお前。・・・ふぅん。」

 

 今のでオレは、何となく察した。コイツ、さては理性を保つ為に顔面を打ち付けやがったな。全然大丈夫じゃねーじゃねーか。風前の灯火じゃねーか、オレの貞操。

 

 まぁ、オレは貞操とかは別にどうでも良いんだがな。コイツと関係を持つと、死ぬほど面倒な事になるからイヤなだけで。ユリィとは友人で居たいし、常にあの4人を相手取り続けると胃に穴が開くだろう。

 

 ・・・まったくアルトに苦労させっぱなしだな、今日のオレは。この無敵の勇者様は、体に鞭打ってオレを助けに入り、とんでもない距離を人1人背負って走り続け、今はドーピングの副作用で独り苦しんでいる。

 

 オレは、アルトに守って貰って、ぐーすか寝るだけ。本当に良い身分だ。

 

「・・・。アルト、良いからこっちに来い。顔の傷だけ塞いでやるから。」

「今の俺に近付くな・・・! どうなっても知らんぞ!」

「痛い妄想してる人みたいな事言うなよ。ほら、大丈夫だから。」

 

 せめて、傷は治してやろう。そう思い、立ち上がって奴へ一歩近付いた。そのせいで、オレは気付いてしまった。夜の暗闇で見えなかった、その血痕に。

 

────奴の腕は、肉がえぐれていた。オレを背負っているときにこんな傷は無かった。恐らく、自制の為に自分でやりやがったんだ。

 

「・・・腕も、診せろ。大した自制心だよ、お前は。」

「・・・いや、来ないでくれ。正直、近付かれる方が、ずっと辛い。」

「そうかい。」

 

────なんでコイツは今、こんなにも苦しんでいるんだろうか。

 

 今日のコイツは、まさにヒーローだった。仲間(オレ)の窮地を救い、危機的状況を一人でひっくり返したんだ。そんなの、皆に褒められて然るべきだろう。

 

────何故、コイツは独りでもがいているんだ?

 

 ・・・そんなの、決まってる。全部オレのせいじゃねぇか。

 

「なぁ、今日は、色々有ったな、アルト。」

「すまない。今は話し掛けないでくれ、女の声を聞くことすら辛いんだ。」

「大して戦果を上げられていないオレですら、疲れ切ってヘトヘトだよ。お前は言わずもがなだよな。」

「頼むから、今はオレに声を聞かせないでくれ。頼むから!」

「つまりさ、こんな夜は、何があっても疲れのせいで記憶に残らねぇと思うんだ。」

 

 そうだ。コレが、きっとオレの取るべき最良の方法だ。

 

「多分、今から何があってもオレは覚えてねぇだろうな。お前もそうだろ? 疲れてるからな、仕方ねぇ。」

「フィ、フィオ? お前、何を言ってるんだ?」

「だからさ、コレから何があっても。お前も、オレも、何も覚えちゃいられない。そうだろ? アルト。」

「いや、い、いいい意味が分からんぞ!? フィオ、お前は何を────」

「・・・だから、忘れてやるって言ってんだよ。好きにしろ。」

 

 一夜だけの、関係。きっと、コレは墓場に持っていく話になるだろう。オレにとっても、アルトにとっても黒歴史になること請け合いだ。だから、忘れちまえば良い。

 

 何も無かった。お互いがそう認識するだけで、問題は無くなる。こんなに簡単な話だったんだ。

 

────ガタン。

 

 オレは床に仰向けに倒れた。いや、倒された。アルトの目が、怪しく光る。ああ、こりゃ大分キてたんだな。オレを押さえる手が、ガクガクに震えてやがる。

 

「悪い、そんなこと言われたら我慢はしない。覚悟は良いんだな?」

「忘れるからな。覚悟もクソもねぇよ。」

 

 深夜のあばら屋で、女は男に身を預け、男は女に咆哮する。そしてコトが、始まった。

 

 この時点ではなんとか、オレには作り笑いで強がる余裕は有った。だが、オレはとある事実を綺麗さっぱり忘れていた。

 

 目の前でオレに跨がっているのは、人類最強の男だぞ。体力も、当たり前だが相応のモノだ。そんな奴が薬で暴走している今の状況を、ただの回復術士(やせたガキ)一人で受け止めるということの意味を、オレはまるで理解出来ていなかった。

 

 蹂躙が、始まった。快感だとかそんなモノは微塵も無い。暴力と言って差し支えなかった。

 

 情け無く泣き喚いたら、更に行為が激しくなった。声がかすれるまで叫び続けて、いつしか激痛でオレは気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あ、朝か。あれ、俺は一体何でこんな所にいるのだ? 確か、昨日は・・・っ!!」

 

 虫のさざめく声が小屋のまわりに響き始め、朝日が天高く昇った頃。一人の男が、目を覚ました。すぐ隣で寝ている(気を失っている)少女が視界に入り、彼の顔から血の気が引く。

 

「・・・おい、生きてるか。大丈夫か、フィオ。」

 

 乾いた血でベタベタの尻を突き上げた体勢のまま、死んだように動かないその少女は。

 

「・・・朝が、やっと、来てくれたか。」

 

 かすれた声で、そう呻いた。

 

「フィオ、本当にスマン。その、夕べだが・・・。」

「何も無かった。」 

「い、いやその、昨日は本当に悪いと・・・」

「何も、無かった。だろう?」

「・・・そうだったな。」

 

 尻を突き上げた、昨日の蹂躙行為の体位のまま彼女は微動だにせず。

 

 ばつの悪そうな男と、目が死んでいる少女が小屋を出たのは、それから数時間経った後だった。




次回更新は、6/9の17:00です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「転機っ!!」

初の他者視点、アルト視点です。
サブタイトル修正しました。スミマセン。


 俺は仲間を傷つけたくなかった。そんな男になりたくなかった。勇者と呼ばれるような人間は、人々の模範で無ければならない。それが、俺の1つの信念だった。

 

 だから、必死で耐えていたというのに。オレが傷付けまいとしていた目の前のこの女は、そんな俺の葛藤を全部無駄にしやがった。

 

 だからこれは、因果応報と言うヤツだ。

 

「悪い。そんなこと言われたら我慢はしない。覚悟は良いんだな?」

「忘れるからな。覚悟もクソもねぇよ。」

 

 そう言って、彼女は笑った。その口元は、やや引きつってはいたけれど。

 

 こいつは、バーディとよく色街に出かけているらしい。ひょっとしたら、もう何度も経験していて、本当に気にしないような娘なのかもしれない。本人が良いと言っているんだ。何をためらう必要がある。

 

 俺は、そう自分に言い訳して、欲望の赴くまま彼女で楽しむ事に決めた。

小柄な彼女の体躯を本能のままに舐めまわし、全身で味わった。細い彼女の腰を掴み、やりたかった事、やってみたかった事を全てぶつけた。 

 

 彼女からは、嬌声の様なモノは上がらなかった。その口から零れたのは、苦痛に満ちた、悲痛な叫び声だった。薬の影響だろうか、普段なら有り得ないのだが、彼女のその悲痛な声を聞いて、俺はどこか気分が良かった。

 

 程なくして、彼女はとうとう泣き始めた。痛いから、もう止めてほしいと。血塗れだから、許してほしいと。

 

 だが、この惨状を明日になったら忘れると彼女は宣言しているのだ。何を今さら。俺の理性の楔はとっくに解き放たれている。オレはソレを聞いて、敢えて彼女を、更に激しく責め立てた。やがて彼女の泣き声は、すすり泣くようなか細いものとなった。

 

 俺の体も、何時しか血塗れになっていた。膣の中のどこかが、切れてしまったのかもしれない。それで、彼女は泣き叫んでいたのだろうか。ならば、穴を変えてやろう。

 

 そうしたら、彼女の反応が変わった。戸惑うような声の後、抵抗が一層激しくなった。彼女の声に、必死さが乗った。それは、俺にとっていい刺激となった。暫くはここを楽しむことにした。

 

 だが、その後間もなく彼女は反応がなくなった。気を失ってしまったようだ。だが、俺はまだまだ物足りない。泣き叫ばないなら都合がいい。意識を失ったせいで緩くなってしまった彼女の体を、俺は夜が明けるまで貪った。

 

 ・・・とうとう、俺も満足して、意識のない彼女の尻を突き上げさせる。一晩かけて味わった、彼女の秘部は赤く腫れ上がっていた。ソレを満足げに眺めた後、伸びをして俺は眠りについた。長い夜が、終わった。

 

 これが、昨夜の記憶。忘れるべき、記憶なのだが・・・。

 

「・・・。」

「・・・。」

 

 朝から、フィオがほとんど口を利いてくれなくなった。普段は色々と騒がしい彼女が、無言のまま既に数時間。

 

 これは、鈍感と言われた俺でもわかる。間違いなく、彼女は怒っている。と言うか、怒らない訳が無い。昨夜の俺はあろう事か、彼女を完全に性具としてしか見ていなかった。

 

 昨日の記憶は、無かったことになった。他ならぬ、被害者の彼女からの提案だ。昨夜の俺は、自分でもどうしてああなったか分からないくらいに狂暴だった。あんな扱いを受けては、彼女が激怒するのも当然と言える。

 

 だが、忘れると約束したことを話題にする訳にはいかない。・・・謝れない。朝、勢いで謝っておくべきだった。気まずいなんてレベルではない。

 

 そして、最初の挿入の際に血が零れたあたりを鑑みるに、まさか彼女は昨夜が初夜なのではないか? 彼女の大事な初夜を、俺は無茶苦茶にしてしまったのではないか? と言う疑惑もある。

 

 普段がいくらキチ・・・エキセントリックな彼女とはいえ、女性には変わりない。俺は女性を、深く傷つけてしまった。これでは、最低野郎だ。

 

「・・・。」

 

 口下手な自分が、憎い。何と話し掛ければ良いのか。普段から、俺は周りが話している内容に相槌を打つだけだ。自分から話し掛ける事はあまり得意では無い。ましてや、あんな事があった後に彼女にどう話し掛ければ良いかなんて、分かりっこない。

 

 だが、何とか機嫌を取らないと。フィオからの信頼を取り戻さないと。俺は、思い出す。バーディが自慢気に話していた、女性の機嫌の取り方を。

 

 

『まずは、容姿を褒めるんだ。お前さんなら、気にせずどう褒めても喜んでくれるだろうよ。俺みたいな厳つい奴だと褒め方に気を遣わんとセクハラだのなんだの言われちまうが。ああ、胸とか褒めるのは駄目だぞ。髪とか、アクセサリーとかを褒めるのが鉄板だ。香水付けてるなら、それを褒めても良い。』

『・・・成る程。』

 

 容姿を、褒める。フィオは香水やアクセサリー等は付けていない。髪型は・・・ボサボサになっている。俺がヘンな姿勢で夜通し動かしたせいだろう。困った、何処を褒めようか。

 

 無言で俺についてくるフィオ。俺は意を決して、彼女に話し掛ける。

 

「あー、フィオ?」

「・・・何だよ。」

 

 褒める、褒める・・・。胸は駄目、胸は駄目・・・。

 

「フィオ、君は素晴らしい腰つきをしているな。」

 

 

 

 

 彼女の顔が真っ青になり、距離を取られた。しまった、何か選択肢を間違えてしまったらしい。

 

 

「フィオ、そう距離を取らないで欲しい。」

「あんな事言われたら警戒するなって方が無理だろ! オレに近付くな!」

 

 どうやら、俺は言葉選びを誤った様だ。

 

 そう言えばバーディは女心を理解できていないと、フィオがよく陰口を叩いていた。俺としたことが、頼るべき人間を完全に間違えてしまった様だ。

 

 だが、まだ挽回は不可能では無いだろう。今からバーディ以外の、他の仲間の言葉を思い出すんだ・・・。

 

 そうだ、そう言えばユリィはこんなことを言っていた。

 

『愛に勝る事はありません。例えば、貴方が誰かを怒らしてしまったとしても。その人との間に愛が有るならば、きっと心は通じます。貴方がその人を愛していれば、その人の為にすべきことが分かります。』

 

 敬虔な修道女である彼女の言葉は、バーディの言葉よりきっと役に立つだろう。

 

 俺がフィオを愛していたら取るべき行動が分かる、か。・・・いや、仲間としてフィオは大事な存在だが、俺は彼女に何をすればいいか分からない。どうやら俺は、フィオを愛していないようだ。

 

 となれば、フィオが俺を愛している可能性に賭けるしかない。 フィオは、俺をどう思っているのだろうか。残念なことに、俺には分からない。

 

「なぁ、フィオ。聞きたい事が有るんだ。」

「・・・なんだよ。後、それ以上近づくなよ。」

 

 だったら本人に聞けばいいか。

 

「フィオ、お前は俺を愛しているか?」

「ブッフォォォォォオオオオオ!!?」

 

 

 

 

 俺の問いに対しフィオは顔を土気色に変化させ、光速で俺から遠ざかった。

 

「何、何なのお前!? さっきからどうしたんだよ気持ち悪いよ! 嘘、お前ってばオレの事好きなの?」

「いや。どうやら俺はフィオの事を愛してはいないようだ。」

「お前本気でぶっ殺すぞ。」

 

 俺の言葉を聞くがすぐに、俺の顔面目がけて目の据わったフィオがそこそこのサイズの石を全力投球してきた。筋力は常人と変わらないフィオの投げる石程度なら、躱すのは造作もないけれど。

 

「どうした。何を怒っている?」

「避けんなゴミ屑野郎! そうだった、コイツはこういう奴だった・・・。一瞬だけ真に受けたオレがアホみたいじゃねーか!」

「フィオは普段からアホみたいに見えるぞ。ところで、何故俺がゴミ屑野郎呼ばわりされるのだ。」

「うるっせぇバーカ!」

 

 おかしいな。フィオはこんな理不尽な怒り方をするような奴じゃなかったのに。こういった怒り方は他の仲間の女性陣によく見るのだが。

 

 となるとやはり、フィオには昨日の事で激しい怒りが有るのだろう。それで俺に対する怒りが、理不尽なものとなって表出しているのだ。ならば彼女の怒りを黙って受け容れよう。それがせめてもの贖罪だ。

 

「・・・おい、アルト。なんか急にお前に対して更に腹が立ってきたんだが。何かよくわからない勘違いをされている気がして、無性に腹立たしくなってきたのだが。」

「・・・そうか。ならば俺は黙って非を受け入れよう、すまなかったフィオ。」

「あれ? 謝られたのに余計腹が立ってきたぞ!? なんだコレ!?」

 

 と彼女が理不尽な怒りを表出するのに付き合っている時、俺は遠くに何かの気配があるのを察知した。

 

「む、複数の人の気配が30㎞ほど先にあるな。町かもしれない。行くぞ。俺に乗れ、フィオ。」

「こいつ・・・さっきのをまるで何もなかったかのように流しやがって・・・。あの4人の気持ちが初めて理解できたぜ畜生。」

「早く乗れ。」

「・・・覚えてろよアルト。」

 

 そういって、彼女は昨日と同じく俺の肩に乗った。今日は、昨日と違いしっかりと彼女の両手両足がしっかりと俺に抱き着いているけれど。

 

 昨日の彼女は、虫の息だった。満足に俺の服を掴むこともできなかった。だが今日は、もう十分に元気だろうから昨日より多少スピードを上げても大丈夫だろう。

 

 俺は、自身に身体強化魔法をかけ、ほぼ本気の加速で一歩目を踏み出して・・・

 

 

 

「どわぁぁぁ!!」

「っ!! フィオっ!?」

 

 慣性の法則により空中に置いて行かれたフィオを、思いっきり落としかけた。間一髪、俺は空中に居る間に彼女の足を掴めたので、フィオは顔を地面に強打する程度で済んだ。

 

「おま、おま、お前ぇぇ!! 殺す気か!!」

「すまない。間に合ってよかった。」

「間に合ってねぇよ!! めっちゃ地面に顔ぶつけたわバーカ!! なんだあの加速は!! いや、そもそもなんでオレをしっかり持ってないんだ!」

「いや・・・。ああ、すまなかった。」

 

 俺は忘れていた。彼女の身体能力は一般人のソレと大差がない事を。「死神殺し」などと呼ばれた世界最高峰の癒し手である彼女も、素手で殴り合えばそこらに居るゴロツキ1人すら倒せない、か弱い女性である事を。

 

「今度はしっかりと掴む。」

「頼むぜ全く・・・。」

 

 彼女は自分の顔をサラリと癒した。傷跡一つ残らなかったのは、彼女が国一番の回復魔法の使い手だったからだ。フィオがもし普通の人であれば、また俺は女性に大きな傷をつけるところだった。

 

 フィオが再び、俺の背に乗った。今度はヘマをしないよう、しっかり両手で彼女の足を持ち、布で彼女の体躯を俺に縛りつけた。・・・あぁ。気付かなかった。

 

 俺の背で、昨夜たった一人で朝まで俺を受け止め続けた少女は、こんなにも柔らかく、か細く、軽い存在だったのか────────

 

 罪悪感が、胸を締め付けてきた。




次回更新は、6/11の17:00です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「追撃っ!?」

沢山のご感想、誤字報告等頂きまして本当にありがとうございます。


 オレの隣を歩く男がいる。無口で不愛想で、昨日までは紳士だとオレが勝手に思い込んでいた男だ。

 

 昨夜のオレは愚かだった。男だぞ、アルトは。オレは処女だからだとか、そんなもんが関係あるか。あんな風に、責任請求権を自分から放棄してしまったら無茶苦茶されるのは目に見えていただろう。

 

 別に初体験がどうとかは気にしない。・・・オレの性別は、この世界で産まれた瞬間から既に中途半端すぎたのだ。今さら、まともな恋愛が出来るなんて思ってはいない。

 

 ただ、ただ疲れていた。

 

 ただでさえ、奇襲を受けたり死にかけたりと昨日は散々だったっていうのに、一晩中アルトの欲望に付き合わされてロクに眠れていないのだ。疲労はピークに達している。

 

 この世界の回復魔法では、傷は癒せても疲労までは回復しない。むしろ魔法使うたびに疲れていく。

 

 だから、黙ってアルトの後を付き従って安全地帯まで早々に移動したかった。一刻も早く、寝床に付きたかった。

 

 だが、オレは多大な心労を背負い込む羽目になる。主に道中に話しかけてきた、アルトのせいで。

 

「フィオ、君は素晴らしい腰つきをしているな。」

 

 舐めまわすような、奴の目線。純粋に、嫌な気分になった。まだ何かされるのだろうか。

 

 だが奴の顔を見ると、困ったような表情をしていた。どうやら、いやらしい目でオレを眺めていた訳ではないらしい。そして、

 

「フィオ、お前は俺を愛しているか?」

「ブッフォォォォォオオオオオ!!?」

 

 その、突然浴びせかけられた意味の分からない言葉にガラにもなく、オレは動揺してしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「機嫌を直せ、フィオ。」

「・・・いいから。オレに話しかけるな。」

 

 コイツが超絶鈍感なのは「知って」いた。だが、オレはコイツが超絶鈍感だという事を「理解」していなかった。

 

 普通、人に「自分を愛しているか?」等とシラフで聞けるか? 頭のネジが何本外れているんだコイツ。

 

「ほら、フィオ。街が見えたぞ。」

「そうだな。オレにも見えてる。」

 

 

 

 確かにコイツには、何度も命を助けてもらったりと恩はあるが、昨晩で大体返した。と言うか差し引きでもオレの過払いだろ、あんなに酷い目に遭わされたんだぞ?

 

 あん・・・なに・・・。

 

「うわあああ!?」

「どっどうしたフィオ!!」

 

 ・・・はっ!! あまりの凄まじい体験だったせいか、昨夜のアレがトラウマになってやがる。自分よりずっと強い男に組み伏せられる屈辱。恐怖。激痛。その挙句、失神。

 

 オレはプライドが高い方だとは思わないけれど、流石に傷ついた。

 

 街に入ると、そこら中に宿の看板が出ていた。ここは、旅人の一晩の宿り木のような集落なのだろう。だから、ここに沢山の人の気配が有ったのか。

 

 ・・・と言うかアルトの奴、遠距離から人の気配を読むって、それナビゲーターのルートの仕事をかなり食ってないか?

 

 もう魔王退治は全部アルト一人に押し付けてしまえないかな。そう、割と真面目に考えている間に、アルトがささっと宿を取ってきた。

 

 あまり豪華とは言えない、小さめなボロ宿であった。この際、寝られたら何でも良いので宿のデカさには文句は言わなかった。文句を言うべき場所は、他にある。

 

 ・・・なんと奴が借りてきた部屋には、同じサイズのベッドが二つ隣に並んでいたのだ。

 

「・・・なんで相部屋取ったお前。やだよ、お前の近くで寝るの。」

「すまん、金がなかった。王都でみんなと合流するとして、数泊は必要だ。とっさの事でパーティ資金は持ってきていない。オレの手持ちだと、個室で数泊は厳しい。」

「・・・。分かった、ただ絶対妙な真似すんなよ。」

「当然だ。」

 

 ・・・何が当然か。コイツに対する、オレの信用度は氷点下に下がっている。今からブービートラップでも仕掛けておいてやろうか。

 

 ・・・いや、それよりも睡眠だ。今は眠くて仕方が無い。昨日の今日だ、流石に奴の精力も尽きている筈だ。寝た瞬間に襲われるような事は無いだろう。

 

 よし、今日だけは、泥のように眠ろう。

 

 ふらふらと、オレはベッドまで歩み寄り、体をベッドに倒しながら意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィオは、借りた部屋のベッドに倒れるやすぐに寝息を立て始めてしまった。すぅ、すぅと彼女の静かな寝息だけが部屋に響く。

 

 しまったな、また謝罪を切り出せなかった。なんとか王都に戻るまでに、彼女の信頼を取り戻せないだろうか。

 

 フィオと俺は、普段はあまり積極的に話したりする仲では無い。何せ彼女は、バーディやルートとの三人組で行動することが多い。

 

 むしろ、俺は普段フィオに避けられていると感じるくらいだ。このまま皆と合流したら、今後フィオとの関係修復は不可能だろう。

 

 昨夜俺は、フィオを女性として深く傷つけた。何とかして、最低でも彼女に以前の元気を取り戻して欲しい。

 

『女性の機嫌を損ねたなら、僕はプレゼントを贈るのが良いと思うよアルト。何かを貰って、更に怒る人は滅多にいないからね。きっと皆、溜飲を下げてくれるんじゃないかな?』

 

 ・・・この前ルートが教えてくれた、女性陣を怒らせた時の相談内容を思い出す。

 

 そうか、プレゼントか。この集落は小さいけれど、ひょっとしたらフィオに似合う装飾品の類が売っているかもしれない。

 

 フィオが寝ている間に、この集落を少し探索してみようか。そして良いものが有れば、フィオに買ってきてやろう。今の俺の手持ちは心許ないけれど、小さなモノなら何か買える筈だ。

 

 俺は部屋のドアを魔法でロックし、この集落をふらりと歩き始めるのだった。

 

 

 

 この集落は、人々が永住し生活しているようなものでは無い。小さな、旅人達の立ち寄る休憩所のような村であり、この集落の建物の殆どは宿である。

 

 この村で宿以外の建物となると、宿を運営している人の住居か、立ち寄った旅人を相手にしている商店だけだ。その商店も装飾品はあまり扱わず、携帯食料であったり衣類であったりと実用的なモノが多い。

 

 だが、装備品や装飾品を売る商人がこの集落に泊まっている可能性もある。もしかしたら、商人に金を融通して貰えて、明日以降は個室の宿を取れる余裕が出るかもしれない。フィオの今のストレス状態を考えると、やはり個室を取ってやりたい。

 

 手持ちの何かを売ってもいいかも知れない。確か、この手甲は割と高級品だった。そこそこの額になるかもしれない。こんなもの、王都に行ってまた購入すればいい。

 

 よし、まずは商人を探そう。

 

 俺はそう決めて、集落の探索を始めた。だが、プレゼントを贈るよりも、俺は更に仲直りに有用な情報を得る事が出来るとはこの時にはまだ思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が、少し寂れた村をふらつくこと1時間。ある大きな民宿の敷地内に、フリーマーケットのようなものが開催されていたのを俺は発見した。どうやら、この民宿に宿泊すれば出店できるシステムらしい。

 

 昼間に宿を探す時、ここだけ妙に割高だと思ったがそういう事か。

 

 そのフリーマーケットは、まずまずの賑わいを見せていた。4,5店舗が並んでおり、人々は各地の珍しい物産を交換し合っていた。ここなら、何かあるかも知れない。

 

 何か贈呈品として手頃なものはないかと店を順番に覗いてみたが、どれもなかなか値段が張りそうだ。やはりまずは、手甲を売る交渉をせねばならないか。

 

 ・・・こういった交渉事は苦手だな、こういうのは普段バーディやフィオがやってくれていた。自分で売らずに、明日あたりにフィオに頼んでみた方がいいだろうか。

 

 となると、困った。商人に資金を融通して貰うような交渉も、俺に出来るか分からない。下手をして、妙な契約を結ばされたらたまらない。

 

 ・・・フィオが眠りこけている原因は俺なのだから、起こすわけにもいかない。

 

 仲間たちがいなくなった途端、これだ。俺は、やはり一人じゃ何もできない存在なのか。前世の様に、また誰にも必要とされないまま、独り誰にも看取られず死にゆくことになるのだろうか。

 

 それが嫌で嫌でたまらないから、誰もを守れる力を身につける為にあんなに努力したって言うのに。まだ、足りないって言うのかよ。仲間を傷つけ、嫌われて、また独りになってしまうのは絶対に嫌だ。

 

 

 

 俺は仕事の出来ないサラリーマンだった、この世界に生まれ変わる前の自分を思い出す。女性社員には見向きもされず、仕事の出来る同期がどんどん出世していく中、俺はいつまでたっても雑用をしていた。

 

 何をすればいいのか、一度聞いただけでは理解できない要領の悪さが原因だった。上司の命令を理解できず、余計なことをしたり重要なことをしなかったりと、俺は自分で自覚できるほどに会社の足を引っ張っていた。

 

 だから、せめて真面目であろうとした。どんなに夜遅くなっても、ずっと会社に残り続けて、やれることを探して、必死で働いた。自分の体調がどんどんと崩れていくのが分かったけれど、それでも働き続けた。皆に、見捨てられないように。

 

 ある日から腹痛が、止まらなくなった。だが、腹痛なんかで休めるわけがない。ただでさえ、足を引っ張っているんだ。もっともっと、働かないと。仕事は人手がいくらあっても足りない。無能な俺も、頑張らないと。

 

 腹痛が、鋭くなった。腹の一部が、刺すような痛みになった。体の危険信号だ。体が休め、休めと叫んでいる。これは精神的な痛みじゃない。物理的な、はっきりとした痛みだった。

 

 大丈夫、まだ俺は頑張れる。痛んでいるのは腹の右下だけだ。腹全体が痛いわけじゃない。つまり、まだ重症じゃない。そう自分に言い聞かせた。

 

 ある夜、今日も俺は一人だけ残って残業していた。誰にでもできるような事務仕事は、全て俺に振られるようになった。仕事は終わる気配がない。きっと、俺の要領が悪いからだ。

 

 腹が、痛い。刺すような痛みで、俺の体が俺自身を責めたてる。許してくれ、そのうち休暇を貰うから。頑張って、認めてもらって、出世して、休みを取ったら、病院にいってやるから。

 

────そして何かが、破れる音がした。

 

 誰も居ない、深夜の会社のオフィスで。焼けるように痛む腹を押さえながら、電話で救急車を呼ぶことすらできず、俺は床に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 前世の死に様が、フラッシュバックした。違う、落ち着け。俺はもう、無能なんかじゃない。

 

 必死で勉強したんだ、あの難解な魔法体系を。時間が有れば苛め抜いたんだ、この俺の肉体を。この世界の俺は、魔法剣士アルトは、きっと誰かに頼られる存在になれたはずだ。

 

 昨日の俺の仕出かした事は取り返しがつかない。せめて俺は、心の底から誠心誠意謝ろう。それ以外に、俺に出来る事はないだろう。

 

 大丈夫だ、フィオにきちんと誠意をこめて謝れば、許してくれる。以前のごとく、彼女がまた笑ってくれるかは分からないけれど。

 

 ならば何か、彼女を元気づける手段も考えないと。

 

 

 

 

「だから、お前はいつまでたっても女が出来ないんだよ。女の子を思い通りにするなんて、案外簡単だぜ?」

「でもよぉ、兄貴。オレは兄貴と違ってブサイクだし、口下手だし・・・。」

「顔も口も関係ねぇよ。要は、女の悦ばせ方を知っているかどうかって話だ。」

 

 考え込みながらフリーマーケットを歩いていると、自慢げに話す若いやせた男と、それにうんうんと頷く小太りな男の会話が耳に入った。どうやらこの村の人間らしく、宿の従業員の服を着ている。

 

「従業員が客に手を出したら当然オヤジに怒られるけどよ、向こうさんも後腐れがないから案外いいところまで行けるんだぜ。」

「兄貴はやっぱすげぇな。」

「簡単簡単。コツさえ掴めば女と仲良くなるなんて、ほんっとうに簡単よ。まぁ、じっくりお前にも教えてやるさ」

「あ、兄貴! オレ、一生兄貴について行きますぜ!!」

 

 その男の話を聞いて、俺は思った。

 

 女の、()ばせ方だと? ひょっとして、俺が今必要なのは、この男の持つ情報ではないのか?

 

 ならば、何としてでも聞き出さねばならない。

 

「なぁ、そこの村の若者。どうか、未熟な俺に教えてほしい。」

「・・・うお、何だアンタ。」

 

 腹を決めると、即座に俺はその若者に話しかける。これはきっと、神様がくれたチャンスだ。

 

「女性の()ばせ方、と言うさっきのお前の話についてだ。どうか、俺に女性の()ばせ方を指導してほしい。」

「な、なんだよ、変な兄ちゃんだな。いきなり話に入ってくるなよ」

「厚かましい事は理解している。だが、分からないのだ。女性をどう扱えばいいのか、俺はどうしたら許してもらえるのかが! 頼む、どうか教えてくれ!」

 

 地面に手をつき、俺はその若者に頼み込んだ。フィオを元気にできるなら、俺は何だってしよう。

 

「・・・ふぅん、よし良いだろ! お前、なんか真面目そうだし、それで女で苦労してるんじゃねぇの? だったら特別に俺様が、女性の悦ばせ方って奴を完璧に伝授してやるよ!」

「お、おお本当か。今まさに、とても困っている。是非、俺の取るべき道筋を教えて欲しい。」

 

 その男は、ぽんと俺の肩をたたき快諾してくれた。

 

 そして実に色々と教えてくれた。女性の機嫌の取り方や、女性を元気づける方法。そして女性を、悦ばせる方法を。女性経験など、昨夜まで皆無だった俺には非常に刺激的で、神の文言にも思えた。

 

 ・・・そうだ。この男の話をそっくり鵜吞みにしてしまったのは、きっと俺も追い詰められていたからに違いない。この時の俺は、間違いなく前世の様に無能だった。

 

 

 

 俺が男の話を聞いて宿に帰ると、既に空は赤味がかり、フィオは目を覚ましていた。

 

 相変わらずフィオは、言葉の上では普通に話してくれているが、節々の態度から俺に対して怯えているのが見て取れる。このままでは、今後ずっとフィオに避けられ続けるだろう。

 

 何としても今日のうちに、彼女との関係を修復せねばならない。彼女を笑顔にせねばならない。

 

 

 

 その為に俺は、今夜彼女を。

 

 なんとしても、もう一度抱いて見せると、俺は固く決意した。

 

 

 




本番回、おかわりです。
次回更新は6/13の17:00です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「りぷれい?」

ストックがそろそろヤバイです・・・。


 目が、開く。

 

 金色のよれよれになった髪が、オレの視界を封じる。バサ、と手で髪を後ろに薙いで、視界を開きパチパチと目をしばたたかせた。ふむ、どうやら良く寝れたらしいな。

 

 欠伸をかまして、背筋を張って伸びをする。コキ、と腰骨が快音を鳴らした。

 

 首を曲げつつオレが辺りを見渡すと、部屋には誰も居ない。おや、アルトの奴はどこかに出掛けているらしい。

 

 寝ボケ眼をこすりながら、ボサボサの髪を手櫛で簡単に整える。見た目に気を遣わない方では有るが、身嗜みには気を遣う女なのだ、オレは。あまりにも見苦しいと、相手に失礼だしな。

 

 窓から外を見ると、赤みがかった空が今は夕方で有ることを教えてくれた。どうやらかなりの時間、寝てしまった事が分かった。躰が、軽い。心なしか、頭もスッキリとした。

 

 やはり、朝のオレはイライラしていたのだろう。思い返す度に異様に腹が立ったアルト(ヤツ)の顔だったが、今は幾分か収まってきた。今朝のオレは、どうしてあんなに怒ってしまったのだろうか。自分の口で好きにしろ、と言ったじゃ無いか。

 

 散々な目に遭わされたせいか、アルトへの態度を刺々しくし過ぎしたかもしれない。よく考えたら、魔王軍討伐の旅の中で、何度も命を助けられている男だ。

 

 1発や2発ヤられた程度で目くじらを立てることも無いよな。

 

 ふぅ、と一息ついてオレは心の整理をした。うん、大丈夫。オレはもう、変に意識しない。オレとアルトは、ただのパーティーメンバーだ。今後、普通に接していけば問題は無い──

 

 

 

 

「帰ったぞ、フィオ。お、目が覚めていたか。」

「わひゃう!」

 

 ・・・突如、部屋に帰ってきていたらしいアルトに声をかけられ、思わず変な声がでた。

 

 なんだよ、わひゃうって。

 

「・・・フィオ、どうした。」

「な、何でもねぇよ! 今まで、何処行ってたんだ?」

「金策だ。この集落にはフリーマーケットが有った。この手甲あたりを売れば、今後は個室を借りる程度の金は稼げるかもしれない。明日、お前に交渉を頼んでいいか?」

「そ、そうか。了解だ、任せろ。」

 

 成る程、朝のオレは結構ごねたっけな、相部屋に。本当にイライラしていたらしい。常識的に考えて、薬も何も入っていないアルトが、わざわざオレなんかを相手に襲ってくる訳が無いだろう。その気になればより取り見取りの美女を抱ける男だぞ。

 

「・・・そう、怯えないでくれ。フィオ、少しお前と話がしたい。夜、俺に時間をくれないか。」

「んあ? あ、ああ。分かった。別に、怯えてなんかいねぇけど。」

「・・・そうか。」

 

 アルトのオレへの態度が、固い。今朝、拒絶的になりすぎたか。

 

 ・・・ちゃんと謝らないとな、アルトに。奴が薬でああなった事も、元を辿ればオレを助けるためでも有るのだし。オレが、その処理してやるのは、筋が通っている。

 

 それにアルトは、オレが許可を出すまで自らの腕を抉ってまで自制していた。昨夜のアルトの行動に、何も反省すべきことは無い。

 

 ・・・強いて言えば、奴が加虐趣味のクソヤローだって事くらいだ。いやまぁ、性癖に関してはどうしようもねぇけど。

 

 

 

 

 オレとアルトは、その後も無言で宿の中で食事を取った。今朝のオレの態度について謝罪を切りだそうにも、アルトは何やら思い詰めているように見えて中々切り出せない。

 

 先程、アルトが夜に時間をくれと言っていた。恐らくだが、奴からもオレが切りだそうとしているのと同じ話があるのだろう。その時に、オレからも謝ってしまおう。

 

 それで、互いに笑って水に流す。うん、これだ。

 

 我らがリーダー、アルトさんと仲が悪くなるとパーティに居場所も作りにくくなる。王都に戻ったら四人娘が四六時中付いてるから話は出来んだろう。なら今夜のうちに、関係を清算しておこう。

 

 

 

 無言で宿で出された芋粥を啜りながら、オレはそんな寝惚けたことを考えていた。

 

 奴の、アルトの目は思い詰めていたから釣り上がっていた訳じゃ無かった。それを夜、オレは思い知るハメになる。

 

 ・・・この身を以て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その、近いんだが。なぁ、アルトさん?」

「近くない。適切な距離だ。」

「え、えぇ・・・?」

 

 夜、アルトに言われたとおりオレは二人でアルトと話をする席を設けた。安い酒を買い、部屋でアルトの座る椅子の、正面のベッドに腰掛ける。オレとアルトが、向かい合う形だ。

 

 ・・・のだが、自然な動作で奴は席を立った。わざわざオレの隣まで移動して、当然の様に腰を落とす。

 

 めっちゃ近い。肩とか当たりまくっている。距離感!! 距離感考えろ!!

 

 ・・・。

 

 アルトは、オレの隣で何やら真剣に考え込んでいる。恐らく、今から話す言葉を選んでいるのだろう。ちょっと距離が近いからって、押しのけられる様な雰囲気では無い。

 

 待って、この距離で今から話し合うの? コイツ、いくら何でも鈍感過ぎない? 何で気にならないの?

 

 鍛えられた体幹のアルトの肩は、オレの丁度耳くらいの高さだった。今、力を抜けば、コテンと奴の肩を枕に体を預けられる。そんな身長差だった。

 

 ・・・なんか、オレの思考回路がヤバい。落ち着け。

 

 その、無言で凍り付いた時間を砕き、アルトはやがて口を開いた。

 

「・・・今から、フィオと腹を割って話したい。昨日の件についてだ。忘れると約束したのに、蒸し返してすまない。」

 

 来た、ずばりオレの想定通り。アルトも、昨日の件でどうやら悩んでいたんだな。とっとと、こんなくだらない話は清算してしまおう。

 

「気にすんな、アルト。その、なんだ。昨日のアレは、仕方なかったんだろ?」

「・・・なぁ、フィオ。1つ聞いて良いか?」

「ん、何だ?」

 

 

────お前、昨日が初めてだったか?

 

 

 そう問うてくる、奴の眼差しは真剣だった。この質問は予想していなかった、果たしてどう答えるべきか。

 

 肯定して、変にアルトの責任感を刺激するのは良くない。かと言って、嘘を吐くのも真剣なアルトに悪い気がする。ならば、

 

「・・・黙秘する。」

 

 答えなければ良い。

 

「・・・分かった。すまん、フィオ。」 

「何で謝るんだよ、だからアレは仕方ない事だったって話だろ?」

「いや。薬の影響は有ったかもしれないが、途中からはオレは自分の意志で動いていた。」

「自分の意志?」

「途中から、お前を抱くのが愉しくて仕方なくなっていた。あの薬も、深夜には大分抜けてきていた。だが、自身の欲望を抑えきれず一晩中お前を傷つけた。」

 

 まぁ、お前はヤってるとき凄い愉しそうにしてたもんな。いかん、なんか思い出して腹立ってきた。落ち着け、落ち着け。

 

「俺に責任を取らせてくれフィオ。本当に悪かった。」

「うげっ。そ、そう言うのは止めてくれ、マジで。責任とか取らんでいいから。お前の奥さんとか絶対ヤだぞ、オレ。」

 

 やっぱり言いだしたよ、責任。

 

 好きでも無いオレを娶る気か? そんなの、その日のうちにオレが四人に挽き肉にされてジ・エンドだよ? 誰も幸せにならねぇ。

 

「いや、お前が望むなら娶るが・・・、そうじゃ無い。」

「お?」

 

 他に責任を取る方法・・・? はっ!? 成る程、コイツが言いたいことは!

 

「そうか、つまり金で解決か!? よし、乗った。幾ら出すんだ? 許そう許そう、ただしお前がオレの貞操に幾ら価値を付けるかによっては謝罪は受け容れねぇぞ?」

「急に元気になったな。」

 

 何で今まで思い付かなかったんだ。オレがアルトに金を請求すればwin-winじゃねぇか。定期的にアルトを脅せば、何度も何度も金を引き出せるだろう。奴は罪悪感が薄れ、オレは色街に行く資金が貰える。

 

 アルトの奴、オレのことがよく分かってるじゃねぇか。金で解決する問題は、金で片をつける。これは、中々いい額が貰えるんじゃ無いか?

 

 そうと決まれば、交渉開始だ。

 

「実はオレ処女だったんだわー。マジ痛かったわー。」

「そうか、処女だったのか。」

「昨日のアレ、一生に一度の初夜だったんだけどなー。なぁ勇者様よ、一晩当たりの値段の相場っていくらくらいかご存じ? 初夜だと中々に跳ね上がるんだけど。」

「知らん。そうか、初夜だったんだな。」

「おう。」

 

 最高ランクの嬢が一晩当たり4000-5000Gと考えて、その初夜となると4倍。15000から20000G!?

 

 待て、あんなに特殊なプレイされたんだし特別料金も入ってくるだろう。勇者アルトはあまり金を使わない性格だ。これは、たんまりと頂けるのでは?

 

「・・・フィオ。」

「どうした? 計算は済んだのか? オレのお値段は、いかほど?」

「言い値で良い。」

「ほ、ほほー!! 言い値で良いと来たか。分かってるじゃねぇか、アルト。そう言った方が、案外安く済む事が多いんだぜ? さてさて、ではお値段だが──」

「お前の言い値の、倍をだそう。」

「────え、倍!? え、何で? アルト、お前そんな気前良かったの?」

 

 目の前の男は、何故かオレの予想を遙かに超える金を出すと言っている。な、何を考えているんだコイツ?

 

 ────奴の手が、おもむろに、オレの肩を抱いた。

 

「・・・ん? アルト、どうした?」

「倍出すと言った。二回分だ。」

「・・・んん!?」

 

 オレの髪が、奴の手で優しく梳かれる。思わず奴と目を合わせると、奴はジッとオレを見つめたままだった。

 

「ま、待て。お前、何言ってんの? 何やってんの!」

「動くな、フィオ。」

「いや、だから! お前は何をする気なのかと、聞いて──!!」

 

 ぞくり。今度はアルトに、太股を撫でられた。

 

 これは、非常にマズい。

 

 慌てて逃げだそうとするも、既に肩をガッツリ抱きすくめられている。そして、奴の顔が近い。このままではいかんと、必死で腰をくねらせ、奴から逃れようとしたが。

 

 オレがくねらせた方向に、あえなくもそのまま押し倒された。

 

「い、嫌だ!! あんな経験はもう嫌だ!! オレは二度とあんな事されたくない! 離せ、離せアルトォ!!」

「落ち着け!!」

 

 アルトが、怒鳴った。恐怖とか、衝撃とかでオレはびくりと体を震わせ、動けなくなった。

 

 近い。ヤられる。近い。嫌だ、助けて、もうあんな思いは──。

 

 

 

───そのまま、オレは抱き締められて、優しく頭を撫でられた。

 

 

「一度だけで良い。俺にチャンスをくれ、フィオ。」

「は、はい? チャンス?」

「お前の初夜を、今日頂く。あんな、凄絶な体験のまま、お前の初夜を終わりにしたくない。」

「いや、初夜はもう昨日で終わったって話で、その──」

「昨日の記憶、忘れるんだろ? 今日こそ、初夜だ。」

「いや、それは屁理屈だろ? え、ちょっと、何処を触った今!?」

 

 

 アルトは、昨夜とは違い優しくオレを包む。奴の息が、オレの頬を熱く濡らす。

 

 押しのけるのは、無理だ。体格も筋力も違いすぎる。そして、見られている。アルトの眼に、逃がさないぞと釘付けにされている。

 

 どうすれば良いのか、分からない。アルトが何をしたいのか、分からない。

 

 頭を真っ白にしたまま、オレは目をつぶり、顔を背ける事しか出来なかった。

 

────オレの受難の夜は、続く。

 




次回更新は6/15の17:00です。
お師匠にアウトを宣告されたため、R-18と全年齢版に分けて投稿いたします。全年齢版のみでも話は通じますのでご安心ください。
因みに「TS転生してまさかのサブヒロインにR18。」がR-18版のタイトルとなります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「淫夢!!」

R-18版はアルト視点になります。


 アルトに抱きすくめられ、どれだけの時間がたっただろうか。一瞬のようにも思える。1時間はこのままだったかのようにも思える。

 

 オレは、今、全身を押さえつけられている。筋肉質な腕に、鍛え上げられた体幹に、射貫くようなその眼光に、あらゆる行動を封殺されている。両手を胸の前で繋ぎ、仰向けで神に祈るような姿勢のまま、オレは固まってしまっていた。脳内は、疑問符が湧き出ては沈み、膨れては萎む。

 

 一体、何が起こった!? なんで、どうして、こうなった!?

 

 真剣な奴の目をまともに見れない。せいいっぱい顔を逸らしても、アルトの視線は外れない。

 

 感じる。何か、強い意志で、オレを押さえつけているのを感じる。

 

 この膠着状態は、いつまで続くのだろうか。オレはいつまでこの男に、こんな状態で拘束され続けねばならないのか。

 

 だがこの均衡は、直ぐに崩れ落ちた。

 

 奴が、動いた。いや、元々この状況では奴しか動けなかったのだけれど。

 

「・・・ッ!」

 

 アルトは何の断りもなく、無言でオレの大腿部を撫で上げた。ぞくり、と悪寒が背筋を走る。

 

 奴の息が、どんどん荒くなってきた。奴の手が、少しずつ乗降してくる。どんどん、オレのアレへ向かって進んでいく。

 

 どうしよう、オレはこのまま昨日の様にヤられるのか? また、凌辱が始まるのか? 嫌だ! 二度とごめんだ、あんな屈辱は!

 

 ・・・噛みついてやる。それ以上手を進めてみろ、お前の鼻っ柱を嚙み千切ってやる。覚悟しろよこの色情魔。勝てないまでも、せめて一矢報いてやる・・・。

 

 

 

 すり、すり。

 

 

 

 ところがアルトの手は、太腿の付け根で止まったのだった。それ以上、進んでこない。ポタリ、と汗がオレの頬を打つ。横目で見ると、アルトの顔は、大丈夫かというくらい真っ青だった。

 

 よく見るとオレの肩を押さえる腕は震えているし、下半身に置かれた手先は既に汗でビッショリだった。アルトの手は、ひんやりと冷たい。

 

 ・・・ふむ、さてはビビッてるのか、アルトの奴。昨夜はあんなに傍若無人だった癖して、今更になってチキってやがる。まったく、情け無い奴だ。

 

 いくら待っても、手は先へは進まない。そのまま太腿を撫でられ続けるだけだ。少し、くすぐったい。

 

 ははん。コイツ、さてはテンパってやがるな。

 

 オレは奴の惨状を前に、少し余裕が持てるようになった。絶体絶命な状況ではあるけれど、アルトより精神的に優位に立てるのは気分がいい。

 

 さて、次はどうするんだ? とうとう、ヤバイ所に手をやるつもりか? 迂闊にもアルトは、オレの肩を抱いてはいれど腕を押さえてはいない。両手はフリーだ。

 

 さあ来やがれ、渾身のビンタをお見舞いしてやる。

 

 

 

 

 ぐい。

 

 

 

 

 突然に頬を撫でられ、オレの目の前には先程まで思いっきり張り倒すつもりだった(アルト)の顔が現れた。

 

 アルトが手を伸ばしたのは、オレの顎。心の準備も無く顔面を向き合わされ、迂闊にもオレは思考を一時的に止めてしまった。

 

───近い。

 

 ちょ、待って。何でコイツ、今日に限ってこんなに的確に揺さぶりかけてくるの? 実は女慣れしてるんじゃねぇか、コイツ!?

 

 息がかかり合う距離。

 

 蛇に睨まれた、蛙。

 

 まな板の、鯉。

 

 ああ、駄目だこれ。どうしようもないじゃないか。

 

「・・・いいな?」

 

 奴は真顔で、そんなとんでもない事を問う。

 

 ・・・良い訳があるか!? 頼むからここから逃がしてくれ! 

 

────止めろ、オレを見るな。

 

 肩を掴まれている。体は覆いかぶさられている。顔は吐息のかかる距離。

 

 何かを期待した表情のアルト。乱れた呼吸音。顎を掴まれ、外せない視線。

 

 

 

 

 

 

────何故か、オレは、頷いていた。

 

 

 おい、何をやってるんだオレは。馬鹿じゃねぇの。意味が分からない。何頷いているんだ、この妙な空気に流されたんだろうか? ああ、そういえばオレってば前世(むかし)からせがまれると断れない性質(タチ)だっけ───

 

「分かった。行くぞ、フィオ。」

「・・・。」

 

 もう、自分で自分の考えていることが分からない。奴の顔が近づく。思わず、目を閉じる。そして、

 

 

────唇を奪われた。舌を入れたりとかは無かったけれど、数秒間はタップリと吸われた。唾液の糸が引かれ、オレの頸を冷たく刺激した。

 

 そう言えば、昨日はキスとか無かったな。これ、ファーストキスか。

 

 奴がオレを抱きすくめている間に、オレはぼんやり、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、コイツが何なのかよくわからない。

 

 気が付いた時には、丸裸になっていた。いつの間に脱がされたのか、覚えていない。

 

 気が付いた時には、体が熱く火照っているし、頬が真っ赤に上気していた。

 

 初夜の時が嘘みたいに、快感しかない。コイツ、鈍感糞野郎だと思っていたが、こりゃ童貞じゃねーな。流石に上手すぎる。コノヤロー、女に興味ないふりして、コッソリやることはやってるんじゃねーか畜生め。

 

────脚が、大きく跳ねる。

 

 ・・・あ。今、凄い声出したな、オレ。こんな声出せるのか、初めて聞いたぞ。

 

 なんだコレ、何も考えられない。今、何をされてるかもわからない。体が自分のモノじゃないみたいに跳ね回っているのだけが、分かる。どんな体勢で、どんな顔をしているんだろうか、オレは。奴に、どんな景色を見せてしまっているんだろう。

 

 ああ、ああ。堕ちていく。これは、抗えない。

 

 そして、物凄い快感と共に背筋がピンと跳ねて、そのままオレの意識が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、朝日が照り付ける。まどろみと光彩が安い宿の相部屋に混ざり合い、心地よい朝を演出した。

 

「・・・はっ! なんだ、ただの淫夢か。」

 

 オレはいつものように、起床時間にスッキリと目を覚ました。寝起きがいいのが、オレの自慢の一つなのだ。

 

 それにしても、随分と悪い夢を見たものだ。本当、妙に生々しい夢だったな。心なしか、身体が暑苦しい。風邪でも引いて、熱でうなされたのだろうか。ボディチェック、ボディチェック。風邪ならちゃちゃっと治さなきゃな。

 

 もぞり。暑苦しくオレを圧迫してる何かが、動いた。何だ? 野良犬でも潜り込んできたか?

 

 

 

 

────いや、違う。オレってば、誰かに抱き着いてない?

 

 

 

 

 

 

 ・・・バシーーン。

 

 心地よい朝に、少女の悲鳴と気持ちいい炸裂音が響き渡る。

 

 覚醒したオレは混乱の極致で、布一枚身に着けず抱き着いてしまっていたその男を、全力で張り倒したのだった。 

 

 汚い小さなその民宿に居た全員が、少女の悲鳴と叫び声で昨夜に何があったのかを理解したという。

 

 




次回、更新は3日後の6/18の17:00です。
記載ミスで17日になっていました。
お間違いのないようご注意ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「綺麗な回」

朝ビンタされた日の、昼頃のお話です。


ひょいひょいと、立ち並ぶ木々を躱し森を駆け行く俺の背中には、軽く小さな少女が振り落とされぬようにしがみついていた。昨晩、裸のまま俺に抱き着いて離れなかったように。

 

 ・・・言い訳のしようがない。昨日の俺は、どうかしていた。何をどう考えてたら、フィオを襲うという結論になるんだ?

 

 あんなに乱暴に、無茶苦茶にした相手だぞ。間違いなく、フィオは昨夜、俺に怯えていたじゃないか。恐ろしく凶暴な男に、非力なフィオが強引に迫られたなら、恐怖に負けて頷くに決まっている。内心ではどれだけイヤだったとしてもだ。

 

 これでは、俺はただの性犯罪者だ。いや、実際その通りなのだが。

 

「・・・。」

 

 朝からずっとフィオが無言だ。正直、怖い。

 

 朝、思いっきり頬を張り倒されて以来、一言も口を利いてくれなくなった。ただし、朝からじぃっと睨まれ続けている。

 

「・・・。」

 

 なのに、何も話し掛けてこない。これは無言の抗議、という奴なのだろうか。

 

 ・・・フィオの視線が、痛い。俺は彼女に、どう謝ったものだろう。

 

 いや、何も言えるわけがない。彼女にとって俺は、残虐な強姦魔で、恐怖の対象に他ならないのだから。

 

「・・・はぁ。」

 

 溜息が漏れる。何とかして、この2日をやり直す方法はないだろうか。

 

 いや、よしんば過去に戻れたとして、俺はあの夜、一体如何すれば良かったのだろうか。欲望に負けた時点で、男として失格だったとしたら、何度過去に戻ろうと結末は変わらないだろう。

 

 記憶が、蘇る。か細く、折れてしまいそうなこいつ(フィオ)の体躯の隅々が、頭の中に鮮やかな映像として呼び起こされた。

 

 フィオは、確かに女だった。2日かけて、俺は彼女の身体の至る所までを知った。知ってしまった。

 

 彼女から承諾を強引に奪い、彼女の初めてを心ゆくまで味わった。頬を赤らめ、全身を汗で濡らしたフィオの到達を、恐らく初めて見た男は俺だろう。

 

 フィオへの罪悪感が、冷たい汗となり首筋を滴る。俺の背で、無言のまま髪を揺らす少女は俺の背負うべき十字架と同義なのだ。

 

 だというのに。俺は未だに、心の片隅で、なんとか昨日の行為の続きが出来ないものかと必死で画策していた。最低過ぎるだろう、俺って男は。

 

 忘れられないのだ。あの、鮮烈すぎる記憶が。背後にいる、童顔の女の凄まじいエロスが。

 

 

 

 ・・・オレはフィオを背負ったまま、何の会話もなく走り続け、夕暮れ時に閑散とした鉱山のふもとの街に辿り着いた。なんとか、目標としていた街に日が沈みきる前に着くことが出来た。これ以上昏くなると、方向感が狂うのであまり移動したくないのだ。

 

 砂埃の舞う、寂れた街へと俺達は入る。その、宿へ向かう道すがら、フィオは俺の背を降りて無言でついてきた。二人きり、並んで歩く赤焼けの道。

 

────隣に、目が行く。

 

 昨夜、俺の腕の中であんなにもあられも無い姿を見せつけていた女が、澄ました顔して、堂々と街道を闊歩している。俺は、何故かその光景に見とれてしまい、振り向いたフィオと目が合った。

 

 ぶかぶかとして、ほとんど肌を見せぬ、野暮ったい白魔道服を着たまま怪訝な目を俺に向けている彼女は、今の俺にとって酷く性的だった。

 

 いかん。このままでは、今夜も彼女に手を出してしまいそうだ。今の俺は、性に目覚めたばかりの猿のようじゃないか。自重だ、自重。

 

 俺は耐えきれず彼女から目を逸らす。彼女の服の、その中身が、頭の中で浮かんでは消える。

 

 昨夜は、結局最後までできなかったのだ。今日、なんとか隙を見て処理しないと。もう、絶対に彼女を傷つけるわけには行かない。

 

 俺は、固くそう決心した。

 

 

 

 唯一見つけたこの町の宿泊施設に、俺達は足を運ぶ。受付嬢なんてものはおらず、老齢の男が一人受付で眠るように座っているだけだ。

 

 そしてこの街の宿は、安かった。旅人はめったに立ち寄らないらしく、古ぼけた小さなねぐらの様な薄汚い宿があるだけなのだ。料理なども出ないし、寝床も堅いが、部屋はいつも余っているらしくかなり安値だ。

 

 ・・・これなら相部屋を借りずとも、個室でも支払いは何とかなる。フィオの為にも、個室を用意してやるべきか。

 

 いや、でも。この先の街で宿代が跳ねあがっている可能性はないか? ここで個室なんて贅沢をして、明日は宿がないなんて事態になれば、目も当てられない。

 

 いや、馬鹿か。安いんだから、個室を借りてやれば良いだろう。今、俺は何を考えた? また相部屋を借りて、何かが起こる事を心の片隅で期待してはいなかったか!?

 

「・・・どうかしたか? 早く、部屋借りろよアルト。」

「ああ。す、すまん。」

 

 少々、頭が硬直してしまったようだ。いかんいかん。

 

「もういい。爺さん、二人部屋の鍵をくれ、支払いはコイツがする。」

「お、おいフィオ?」

 

 フィオは、そう言って無言で受付の老人から、鍵をひったくった。毎度、と老人の嗄れた声が聞こえるか否かで足早に、フィオは鍵の番号と同じ扉へと入っていってしまう。

 

「アルト、お前は少し外せ。悪いが夜まで、一人にして欲しい。絶対に、扉を開けるんじゃねぇぞ。」

「フィオ。・・・分かった。」

 

 俺がボケッとしていたせいで、フィオは相部屋を勝手に借りてしまった。俺の顔を一瞥すらせず、彼女は俺の傍らを去って行った。

 

 俺は、何も言えない。俺が彼女にしでかしたことは、きっとどうしようもなく重い。

 

 ・・・ガシリ、と胸に重い感触が加わる。

 

 見ると受付の老人が、俺の胸を拳でドンと叩いていた。

 

「若いの。悩んどるようじゃの。」

「・・・ご老人。」

「おなごから部屋から締め出された若者よ、よければワシの出す茶の席に付き合わんかの? この街にわざわざ泊まるやつなんてなかなかおらん。お前さんみたいに道すがらの、ひと晩限りの旅人が殆どよ。そういう奴らの話を聞くのが、ワシの数少ない老後の趣味でな。」

「はぁ。」

「すまんのじゃが、老い先短い爺のわがまま、聞き届けてくれんか?」

「・・・俺で、宜しいのでしたら。」

「ホッホッホ。」

 

 カタン。老人は杖を振り、イスがすぅっと俺の前に滑ってきた。机の上にコトンと置かれた木のマグカップに、茶渋の浮いた、臭みのあるお茶がコポコポと注がれる。

 

 あまり、美味しそうに見えないな。

 

「かけなさい、若いの。ワシのわがままに付き合ってくれて、ありがとうの。」

「いえ。・・・何も、俺にすることはないので。」

「いや、有るじゃろう? ワシには、そう見えたがの。」

 

 キラリ、と皺の寄った目から光彩が動めく。おや、俺は何かすべき事があっただろうか?

 

 いや、そうだ。この人の言うとおりだった。

 

「はいあります、ありました。馬鹿な俺には、どうすればいいのか、わからなかっただけでした。」

「カカカッ! じゃろう?」

 

 可笑しそうに、眉をピクリと上げて老人は呟く。

 

「彼女、随分と怒らせてしもうたようじゃの。」

「俺は、自分の欲望に負けました。いえ、自分の意志だったのかもしれません。彼女を、傷つけました。」

「そんなことだろうと思ったわい。お前さん、この村に来るのは始めてかい?」

「え? は、はい。そうです。」

「ナルホドの、なーんも知らんかったんだの。この街には何故、宿がここしか無いかとか考えなんだかい?」

 

 老人は、少しからかうように笑う。そう言われてみれば、確かにおかしい。ここは王都への通り道の街だぞ? 当然、旅人だって多いだろう。

 

 だったらなぜ、宿泊施設がこんなに少ないんだ?

 

 老人は自らの茶を飲み干した後、空いたマグカップを机に置く。そして、ニヤリと唇を歪め、

 

「この街はの・・・」

 

 

────答えを告げようとした、その時だった。

 

 

 クラリ。

 

 老人が、笑みを浮かべた笑顔のまま、全身の筋力を失った。椅子からずるりと滑り落ち、皺の寄った目がぐるりと上転し、横向きに倒れ込む。

 

 その口からは、飲んだばかりの茶が滴り落ちていた。

 

「────え!? ご、ご老人! 気を確かに、私が分かりますか!?」

 

 俺は間髪入れずその老人を抱きかかえ、その顔を注視する。

 

 事起こりから僅か、数秒間。既に老人の息は、止まっていた────。

 

 

 

「フィオォォォォッ!! 出て来てくれ、急病人だぁぁぁ!!」

 

 

 

 俺は声の限り、がなり声を上げた。即座に、老人の胸を体重をかけ断続的に圧迫し続ける。前世の薄れた知識だが、確かこういう感じだったはず。

 

 今、何が起こったというのだろうか。俺は今、何をすべきなんだろうか。

 

 分からない。勇者だと言うのに、このままでは目の前の老人一人助けられない!

 

 戻れ、戻ってこい! 心臓マッサージを続け、もう一分は経っている。老人の息は戻らない。一応、習得しておいた回復魔法をかけてみるも、まったく効果が無い。

 

 目の前の老人の血色は、ドンドンとわるくなっていく。これは、死の兆候だ。

 

────フィオ、早く来てくれ。

 

「あーもう!! なんだって言うんだよアルトッ!!」

 

 扉の開く音と共に、頼りになる俺の仲間、フィオの声が聞こえた。ボサボサとした白魔道服を着た彼女が、扉を開け姿を見せる。

 

 何も出来ない無能な俺を、何度も酷い目に遭わせた憎い俺を、目の前の老人一人助けられない俺を。助けてくれるべく、彼女は場を把握し、すぐに俺の隣に駆け寄ってきた。

 

 彼女の目は、既に回復術士(死神殺し)のモノに変わっていた。

 




次回更新は3日後の6/21の17:00です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「汚い回」

前話の、フィオ視点のお話です。


 

 随分と不愛想なアルトの背中で、オレはちょこんと居心地悪そうに体を預けていた。風がオレの髪を揺らし、金糸の如く靡いている。

 

 ・・・昨夜、オレは何故かまたアルトに夜這われてしまった。これで、奴に良い様に2日間続けてヤられたという事だ。

 

「・・・。」

「・・・。」

 

 無言。

 

 そして現在、オレはアルトに背負って貰って目下高速で移動中なのであるが。

 

 朝のアレから、アルトが口を利いてこない。怒ってるんだろうか? と、じぃーっと顔色を窺うも目を逸らされる。ふむ、やっぱりアルトのヤツ、機嫌悪いな。

 

 色々と昨夜のコトを思い出してきたオレは、そういやアルトに抱き付いたのは自分からだったなと気付いた。それなのに寝起きでいきなりビンタされたら、そりゃあアルトも怒るわな。

 

 しかも多分、昨夜は奴の挿入前に寝落ちしちまったし。軽く確かめてみたが、昨夜は何か突っ込まれた様子は無い。

 

 本当、アルトに悪いことしたわ。お預けがどれだけ萎えるかは、オレも良く知っている。隣で、静かに一人処理する虚しさよ。

 

 でもさ、あれじゃねぇか。朝、目の前に全裸の男が居たら、そりゃ誰だってビビるだろう。

 

 うん、オレは悪くない。悪くなくない?

 

「・・・。」

 

 それに、そもそもアレだろ。アルトもアルトでなんで襲ってくるんだ、あんな無茶苦茶した次の日に。普通の女ならブチ切れてその場でビンタだぞ? 少しだけ良い思いした上で、翌朝ビンタされるくらい許容しろよ。

 

「・・・。」

 

 さっきから無言が辛い。ひたすら走り続けるアルトにおぶさりながら、気の利いたジョークの1つや2つ普段なら飛ばしているのだが、今はとてもそんな雰囲気では無い。

 

「・・・はぁ。」

 

 思わず、溜息が漏れた。

 

 ────結局、きまずい無言のまま、オレはアルトにおぶられたまま目的地と言っていた街に無事到着した。

 

 

 

 オレは街に着くと、するりと奴の背中から飛び降りる。アルトは、相変わらずオレの顔を見ない。

 

 ・・・さっきから全然目を合わせてくれない。まだ怒ってるのかな? きょ、今日はそれとなく気を使ってオレから誘ったほうがいいのか? いや、それはおかしいだろ落ち着け。オレとアルトはただのパーティメンバーだぞ、そもそもなんで自分からヤられにいかなきゃいかんのだオレが。

 

 というか四人娘に、オレから誘ったとバレた時点でこの世に原子一つ残すことも出来ない。せめて炭素一粒くらいはこの世に生きた証を残したいものだ。

 

 ・・・ふと、アルトと目があった。そろそろ、何か話しかけてくるのだろうか?

 

 そう、期待込めて奴を見るも、すぐにアルトはオレから目をそらす。さ、流石に傷つくなこれは。

 

 ひょっとしてアルトは、昨日オレが頷いた時点で、オレ達が恋仲になったとでも思ったのだろうか?

 

 それで朝イチ拒絶されて不機嫌モードなのかもしれない。それはまずい誤解だぞ、いや確かにオレは頷いたけどアレは完全に場に流されただけであって!

 

 というか「良いか?」に省略されてたのって、恋仲とかそういう話だったのか? ソレをうっかりokしちゃったから、昨日の時点でアルトの中でオレが恋人になってたりして。

 

 

 ・・・昨日の体験がフラッシュバックしてくる。まるで、硝子細工を扱うような手つきでオレを抱き、優しく包み込む様にオレを刺激した。

 

 

「・・・っ。」

 

 あれ? なんかこう急にムラってしてきた。落ち着け、なんでオレが発情する側になってる! というかアルトを発情対象にするって相当ヤバイだろ! 男相手に発情ってまるで女の子じゃないか!! あ、そういや女の子だったわ。

 

 ・・・昨日の、奴の指の感触が、ゾクリとオレの体躯の起伏に、生々しく想起された。

 

 

 こ、これは不味い。なんでこんな急にエロモードになってるんだオレ! うお、ちょっと濡れて来とる。あれか? これが発情期って奴なのか? 

 

 

 

 

 

 

 必死で自身の肉欲と戦っているウチに、オレ達は無事に宿に着いた。無事に、というのはなんとか今オレが発情していることをアルトに悟られずに済んだ、という意味である。バレたら奴に何をされるかわからない。

 

 呼吸を落ち着ける。だ、大丈夫だ。この街の道すがら、そういうお店を幾つか見かけたのでコッソリ抜け出して・・・と、思ったが金がないんだった。畜生。

 

 あ、こりゃやばい。オレからアルトを襲ったなんて事になればシャレにならない。

 

「もういい。爺さん、二人部屋の鍵をくれ、支払いはコイツがする。」

 

 宿を借りる交渉に何故かもたついていたアルトを無視して、オレは一人先に部屋へ行く。

 

「アルト、お前は少し外せ。悪いが夜まで、一人にして欲しい。絶対に、扉を開けるんじゃねぇぞ。」

「フィオ。・・・分かった。」

 

 そして、アルトが絶対入ってこないように念押し。一応、全力で扉をロック。

 

 

 

 ・・・よし、ムラムラするし一発抜くか。

 

 

 

 オレはささっと服や下着を脱ぎ散らかし、自家発電の態勢に入った。とりあえず、満足するまで続けよう。アルトとのアレはおかずに出来ない。気まずくなること請合だ。よし、まずは大魔王パルメちゃんで一発抜くか。

 

 

「お、おほー・・・。」

 

 

 小声を漏らし、オレはひと時の平和な自家発電を楽しむ。女性の体になって最初は戸惑ったものだが、何だかんだ生きるということは性と共にある。自然と、こういうのは習得していくものだ。慣れた指使いで自分を慰めながら、一息つく。

 

 さて、そろそろ激しくイきますかねぇ・・・

 

 

 

「フィオォォォォッ!! 出て来てくれ、急病人だぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 ・・・えぇー。

 

 

 

 

 急病人と言われたからには回復術士として駆けつけねばなるまい。ただ、股間はビショビショである。このまま下着を履く訳にはいかない。ぐぬぬ、ノーパンでいくか。迷っていて手遅れになったらシャレにならん。

 

 仕方ない。ノーパン魔導師、出撃する。

 

 

 

 

 

 ドアを開けると、受付の爺さんが倒れていた。アルトの奴はバカみたいな魔力で回復呪文をかけてるが意味がなさそう。外傷ではないようだ。

 

 因みにアルトの回復魔術は、出力だけならオレより上である。アルトがそこらのパーティで回復術師専門でやっても普通に食っていけるだろう。つまり、アルトにオレの役割も若干食われている。ぐぬぬ。

 

 つまりまぁ、アルトの回復魔法であっても無意味ということは、オレの魔法も無意味という事だ。

 

 原因を調べんとな。

 

「フィオっ!! ご老人が会話中、いきなりっ!」

「落ち着けアルト、そのまま胸をドンドン押してろ。いきなりぶっ倒れたんだな、よし。」

 

 サーチ。老人の体の中を魔法で検索する。お、やっぱり心臓だな。

 

「ちょっと心臓の血管綺麗にしたら治るわ、心配すんな。」

「本当か。」

「おう、不整脈も起こしてるから電撃欲しい。軽くだぞ? この心臓めがけて、弱い電撃を出してくれ。」

「分かった。」

 

 ズドン。アルトが割といい感じの電撃を出してくれた。これなら丁度よかろう。心臓の動きが再開するまでに、ささっと心臓も治しておくか。

 

「ヒール、ヒール。こんなもんかね。」

「フィオ、これでいいのか?」

「おう、バッチリ。あともう少し胸を押しといてくれ。意識もどるまで。」

「あ、ああ。」

 

 コレでこの爺さんは助かるだろう。うむ、爺さんの体に生命力的なアレが戻ってきている。よしよし。

 

「じゃ、オレは部屋に戻る。もう呼ばないでくれ。」

「お、おい? 爺さんまだ気を失ってるぞ。」

「すぐ戻ってくるよ、心配すんな。この爺さんの身体は完璧に治したから、100歳までだって生きられる。」

 

 オレはそう言い捨て、奴の手を振り払い部屋に戻る。そう、オレにはまだやることが残っているのだ。つまり、さっさとオナ○ー再開したい。

 

「アルト。すまんが、放っといてくれ。今はお前の顔、見たくないんだ。」

「・・・っ!」

 

 ホント、アルトの顔見たら昨日のアレとか色々思い出しちまう。今はパルメちゃんの気分なんだ。許せアルト。

 

 立ち尽くすアルトを捨て置きオレは部屋に戻る。そして再び、オレは自分を慰め始めた。

 

 

 

 おほー・・・。パルメちゃぁぁん・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────どれほど、時間が経っただろうか。

 

「ぐ、ぐっ・・・ケホッ。」

「ご老人! 気が付かれましたか。」

 

 俺の前で気を失い倒れた老人が、咳き込み息を吹き返した。流石は、フィオだ。

 

「ぐ、何じゃ。ああ、ワシは気を失ってしもうていたかの?」

「ええ、ご無事の様で何よりです。」

「ほっほっほ。ご無事、のう。ワシはもうさほど長くないで、今日ポックリでも良かったんじゃがな。」

「そんな、事は。」

 

 このご老人は、なかなか重い病気だったようだ。フィオの言い口からも、いつ死んでもおかしくなかったように思える。

 

「いんや、ワシの心臓はもうボロボロらしくての。だからこそ、いつでも逝けるよう、毎日毎日を楽しんで生きとる。今日、絶対明日に後悔しないように。明日は、絶対明後日に後悔しないように。だからこそ、ワシはいつでも死ねるんじゃよ。」

「は、はぁ。」

 

 ・・・だがもう、その病気は完治したと伝えてあげるべきだろうか?

 

「さて、若いの。すまんが、何の話だったかの?」

「あ、ええと。」

 

 そうだ、俺はフィオに謝らなくちゃいけなくて────

 

 

 

「顔も見たくない、かぁ・・・。」

 

 

 

 思いっきり、拒絶されてしまったのだ。

 

「──若いの。何か、言われたようじゃな?」

「・・・えぇ。」

 

 恐らく、もう関係修復は不可能だ。後は少しでも、彼女の気持ちが楽になるよう、出来ることをやるしか無い。

 

「それで、お前さんは何をどうするんじゃ?」

「俺は・・・。彼女に、誠意を見せます。彼女に死ねと言われたら死にます。彼女にどんな無茶を命じられてもこの身の全てを賭けてやり遂げます、そして彼女に許しを・・・。」

「・・・違う。やり直し。ちゃんと考えんか、この馬鹿もん。」

「へ?」

 

 ところが、目の前の老人は眉をへの字に曲げて渋い顔だ。俺の取れるべき道は、他にあるのだろうか?

 

「お前さん、頭を下げたか?」

「────いえ、まだです。」

「地面に頭をつけて、彼女に拝み倒したかの?」

「────それは。」

「最初は、それじゃ。いきなり重たいこと言われても迷惑なだけじゃろうに。ワシの見たところ、彼女はさほど怒っちゃおらんよ。」

「そ、そんな訳は!」

 

 フィオが、怒っていない? そんな訳は無い。現に、彼女は一言も口を利いてくれなくなった。ついさっきだって、明確に拒絶された。

 

「それは、お前さんが決めることじゃない。彼女が怒ってるかどうかは、彼女が決めることじゃろ。」

「・・・。」

「頭を下げて拝み倒す。これで、男女の事なら何とかなるもんじゃ。当然、男から頭を下げるんじゃぞ?」

 

 ・・・この老人の言う通りかもしれない。そうだ、俺はあろうことか、今の今まで彼女に謝っちゃいない──っ!!

 

「ありがとうございますっ! 俺、今からフィオにっ!」

「待ちんしゃい。一つ、教えといちゃる。」

 

 老人はそこで、ニタッと悪戯っぽく笑って。

 

「──この街はの、アッパーっちゅう薬の原産地での。常に催淫作用のある気体が、この街には溢れとる。」

 

 ・・・はい?

 

「この街に住んどる連中はの、ワシみたいに枯れとるか機能が無いかどっちかじゃ。男同士で泊まっても、間違いが起こる街。それがここ、アッパーガーデンっちゅう村よ。」

「つまり?」

「お主が間違いを犯すのも、無理がなかったと言い訳してきんしゃい。」

 

 成る程。妙に、朝からムラムラとすると思った。

 

 ・・・この老人は、この街付近で間違いが起きたと思ってるんだろう。だが俺がしでかしたのは前の街、残念なことにその言い訳は出来ない。

 

 それでも、この老人は俺のために色々と助言をくれているのだ。お礼は言わないとな。

 

「ありがとうございます。俺、今からフィオのところに行ってきます。」

「行ってきんしゃい。フィオっちゅうのか、ええ名前の娘じゃの。最後に、老婆心じゃが一つ教えといちゃる。お前さんの、心の奥底から出てきた、一番素直な言葉を彼女に伝えなさい。それできっと上手くいく。」

「・・・本当に、何もかも、お世話になりました。」

 

 俺は老人に背を向け、一人フィオの居る部屋の前に立つ。

 

────ごくり。

 

 入ってくるな。顔を見たくない。

 

 フィオの拒絶の言葉が頭に反芻される。怖い。この部屋の戸を叩くのが、とても怖い。フィオに拒絶されてしまう事が、どうしようもなく恐ろしい。

 

「・・・ぉー。」

 

 部屋の中からは、フィオの声がする。フィオは、この部屋にいる。

 

 だったら、俺はいかなければっ・・・。このまま彼女と疎遠になるのは嫌だ。オレは、フィオに許してほしい。許されたなら、仲良くなりたい。そして・・・っ!!

 

 はっきりと伝えるんだ。オレの、何も飾らない、一番素直な気持ちを。

 

 俺は覚悟を決める。扉の前に手を置き、戸を叩こうとしたその時。

 

 

 

 

「あっあぁん!!」

 

 

 

 ・・・変な、声が聞こえてきた。

 

 

 

 俺は高速で戸を離れる。まさか、まさか。

 

「のう、若いの。お前さんのお連れさんも若いらしいの。」

「こ、これはそう言うことですよね!? ど、どどどどどうすれば! これは、この状況で俺はどうすれば!?」

 

 この街の催淫作用にフィオもやられてしまっていたのか!! こ、この状況は流石に想定の場外ホームランだ!

 

「落ち着きなさい、若いの。少し頭を回せば分かるじゃろう、今扉を開けては絶対にいかん。それだけじゃよ。そして、お前さんのやることはさっきと何も変わらん。」

 

 そんな俺に語り掛けてくれた、老人の言葉は正確だった。

 

「はっ・・・。そうでした、確かに俺のする事は変わらない。ご老人、落ち着きました。ありがとうございます。」

「良い良い。」

 

 老人は、そう言って微笑んだ。そして、意味ありげに廊下の壁の、床近くを指差す。

 

 そこには、小さな穴が空いていた。

 

「若いの、お主のやることは変わらない。だのう?」

「はい? それは、どう言う・・・はっ!?」

 

 普段は察しの悪い俺だったが、この時ばかりは老人の言わんとすることがすぐに理解できた。

 

 俺のする事。それは頭を下げて、拝み倒す事だ。

 

 

 

 

「ふぁああん!!」

「・・・ゴクッ。」

 

 

 

 俺は、壁に空いた穴の高さまで頭を下げ。

 

 俺は、乱れるフィオを暫くの間、こっそり拝ませて頂くのだった。

 

 




次回更新は6/24の17:00です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「王都前にて」

前振り回です。


「もうすぐ日暮れだぜアルト。」

「・・・そうだな。大丈夫だ、ここまで来られたならもう迷わん。王都は目の前だ。」

 

 冷たい紅空が、うっすら陰る。アルトの背に乗り、少女は男の背に身を預け、無人の草原を駆けていた。

 

  アッパーガーデンを出てから、早二日。オレ達はついに、皆との合流地点である王都へと到着しようとしている。

 

 無言で疾走する勇者の上でオレは独り、追憶していた。奴と二人で過ごした、この四日間を。奴との距離が劇的に変化した、この逃走劇を。

 

────オレは結局のところ、アルトに対してどんな感情を持っているのだろうか。奴の誘いに頷いたあの夜、オレはハッキリとアルトの腕の中で眠る事を許容したのだ。

 

 朝、思わず奴を張り倒してしまったのが、オレの本音だったのだろうか。

 

 夜、奴の下で嬌声を上げている姿が、オレの本性だったのだろうか。

 

 オレ自身の感情が分からない。結局、昨日からオレは何もヤツと話せていない。もうすぐ、オレ達は王都に着くだろう。そしたら、もうきっと、アルトと二人きりで話し合う機会なんてなくなる。その事実は、しっかりと頭の中に自覚しているというのに。

 

 ・・・ヤツと話すのが、気まずかった。まともに顔を合わせられない。

 

 何が気まずいってそりゃあ、目が合ったのだ。

 

 

 

────アッパーガーデンの宿部屋で、オ〇ニー中に。 

 

 

 

 一人で盛り上がってる最中に、なんか視線を感じて。

 

 ボロい宿の壁にあいた穴から、キラリと何かが光って。

 

 

「・・・。」

 

 

 アルトの奴、ノゾキとかするようなキャラだとは思ってなかったんだけどなぁ。いや、あの村には催淫作用のある気体が充満していたというのは聞いたけれど。それでアルトの奴も発情しやがったんだろう。

 

 ・・・だからって人の自慰行為ノゾくか畜生。金払え、マジで。

 

 まぁ、途中から声を普通に漏らしまくってたオレもオレだけど。あんあん卑猥な声出してたな。いや、でもだからと言ってさぁ。

 

 アルトと二人きりになって分かった。コイツ、普通にエロいわ。アルトは朴念仁だとか勝手に思い込んでたけど、いや実際そうなんだろうけど、同時にかなりエロいわ。

 

 一昨日の夜の、オレを存分に翻弄した指捌きは一朝一夕に身に着くもんじゃない。明らかに百戦錬磨の手管だった。

 

 つまりこいつ、こっそり隠れてそういうお店に行ってやがる。だったらオレ達を誘ってくれればいいのに。

 

 あるいは、まさかとは思うがハーレム組の四人を順番に毎日お愉しみしてらっしゃるとか。だったら殺すけど。絶対殺すけど。

 

 

────ふと、風がやんだ。いや、風がやんだのではない、アルトが立ち止まったのか。

 

 まだ、オレ達は王都の門をくぐっていない。

 

 ここで、何かすべき事が有ると、そういう事だろう。

 

「おい、フィオ。もうすぐ王都に着く。いや、着いてしまう。」

「そうかい。」

「すまん。少し、改めて、お前と話がしたい。」

「・・・あいよ。まぁ、ソレは必要だよな。」

 

 そうだ。オレは色々と、聞いておかねばならない。アルトは、オレをどう認識しているのか。恋人と思われているのか? はたまた、ヤれそうだったから迫っただけの、都合のいいメスとして扱われているのか。

 

「・・・、フィオ。本当にすまなかった。」

 

 だが、そんなオレの疑惑は露と消えた。振り向くや否や、アルトはその場で綺麗な土下座をしたのだ。 

 

「・・・何に対する謝罪だよ。」

「お前に強引に迫ったこと、お前を無理やりに襲った事、部屋の秘め事を覗き見た事、そして。」

「そして?」

「それらで、お前を深く傷つけた事だ。許してくれ、この通りだ。オレが間違っていた。」

 

 おや、こいつはオレを無理やり襲ったと認識しているのか。一応、オレの中では二回とも和姦のつもりだったんだがなぁ。まぁヤってる途中からは完全にレイプだったけど。

 

「・・・一つだけ、正直に答えてほしい事が有る。アルト、聞いていいか?」

「なんでも答えよう。」

 

 オレは腹を決める。何故、あの日、コイツはあんなことをしたのか。何故、勇者アルトともあろう人間が、オレなんぞに自分から手を出してきたのか。それが分からないと、この話の決着はつかない。

 

「お前、本当に何がしたかったんだ?」

 

 その場の勢いと言うヤツなのだろうか。いやそれにしてはコイツは最初から戦意満々だった。露骨に、肩が触れ合う程の距離に座ってオレのパーソナルスペースをあっさり破ってきた。

 

 奴がそんな行動に至った、そのワケが知りたい。

 

 返ってきた奴の答えは、非常にシンプルだった。

 

「お前を、落としたかったんだ。」

「・・・はぁ。」

 

 実にわかりやすい答えだ。一昨日のアレは、つまりオレを落としに来てたのか。

 

「って、はぁぁぁ!? お前、正気!? と言うか、鈍感キャラどこ行った!?」

「・・・俺は別に鈍感ではない。」

 

 そして、この衝撃発言である。あれ、まさかコイツ・・・、鈍感系じゃなくて鈍感擬態系?

 

「この野郎!! この野郎、つまり今までのテメーの鈍感は演技だったのかよ!? ぶっ殺すぞ腹黒ハーレム野郎!!」

「・・・演技? とにかく、お前と仲良くなりたかった。」

「・・・っ!」

 

 そういって奴は、頭を地面に擦りつけた。奴の言葉からは、オレに対する確かな、想いの様なものが感じられた。

 

 つまり、奴は本気だった。

 

 

───なんだよ、オレの事、愛して無いとか言ってたくせに。話がめちゃくちゃじゃねーか。

 

「とはいえ、最近の俺は自分でも分かるほどに暴走していた。本当、すまなかった。」

「え、あ、そう、だよ。そう、お前いきなり襲ってくるか!? いや、一昨日は結局何もなかったみたいだけど。」

「ああ。お前の寝顔に、見とれていた。」

「・・・ヒェッ!?」

 

 気付けば、アルトの腕はオレの肩を抱いていた。オレがアルトの言葉に混乱しきっている間に、立ち上がり抱きこまれてしまったらしい。

 

 ど、鈍感アルトは何処に行った!! この様子だとマジで演技で鈍感の振りしてやがったなコイツ! ハーレムメンバーを四人も維持できてるのには、こんな理由があったのか畜生。 

 

 夕焼けが、アルトの横顔を朱く染め上げている。肩を抱かれ、吐息が触れ合うような距離で、奴の顔が迫る。ひ、ひぃぃぃぃ!

 

「その、フィオ。厚かましいとは思うが、どうか水に流してこれからもオレと共に闘ってほしい。もう、二度とお前を傷つけたりしない。そして、お前を傷つけんとする奴らから、オレが絶対にお前を守り抜いて見せよう。」

「お、おぉ? うん、ありがとう?」

「だから、フィオ。どうか俺と、」

「え、えと・・・。」

 

 ま、待て。なんだ、今のこの状況。いきなり何を言い出す気だコイツ?

 

 アルトは、思いとどまるように、躊躇うように、次の句を告げない。まるで、愛の告白・・・待て、これって、この空気って、まさか本当に?

 

 やばい、ここで流されたら四人娘に殺される。落ち着け、自分を見失うな。動揺するな、絶対に頷くな。アルトは良い奴だとは思うけど、四人も姑がいるのはきつすぎる。特に、ユリィみたいな元友人にいびられるのは勘弁してほしい。大丈夫、別にオレはアルトを好きでも何でもないんだから断るのが筋だろう、そうだよな?

 

 多分、アルトの事を特別に意識した事は無いハズ。ああ、でも、一度肌を重ねてからは流石に少し意識はしちゃったりそういうのは無い事もないけど待ってココで頷いたら間違いなくパーティ崩壊して人類は魔王軍に屈することになってこのオレともあろう女が魔王軍に捕らわれくっ殺展開に!?

 

 お、落ち着け。思考が逸れた、今は目の前に迫りくるこの大きな問題に対処するんだ。

 

 冷静に断ろう。一度や二度寝たからって彼氏面するんじゃねぇぞって言って、振ろう。それで・・・

 

────オレの腰骨が、アルトに抱き寄せられ僅かに踵が浮く。互いの鼻の先が、掠る。

 

 あわわわ、近い近い近いって! やばい、またクラクラしてきた、このままだとまた惰性で頷いちまう! 意識をしっかり持て、流されるな、ああでも、アルトは悪い奴じゃないし、でも別にオレはコイツ好きじゃないし、でも、でも!

 

 オレの耳元で、アルトは、囁いた。

 

「フィオ、俺と・・・俺とちょくちょく寝てほしい。」

「ぶっ殺されてぇのかテメェ!!!」

 

 それは最低の告白だった。いや、そもそも告白じゃなかった。自らに眠る性欲を表明しただけだ。 

 

「・・・すまない。言葉選びを間違えたようだ。俺の腕の中で眠れフィオ。」

「よし、いい度胸だ。ぶっ殺す。」

 

 この日、オレの中のアルト像が180度変わった。アルトは、無口鈍感ハーレム野郎から性豪腹黒ハーレム野郎に進化した。

 

「・・・フィオ?」

「二度とオレに話しかけるな。」

 

 後衛職を舐めるなよ。白魔導士のオレだって、物理攻撃位くらい持っている。

 

 ・・・その日、王都の門をくぐるアルトの横顔には、大きな赤い紅葉が咲いていた。

 

 

 

 




次回更新日は6/27の17:00です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「急襲!!」

前半最後のイベントです。


『オレは今、とてもとても怒っています。』

 

 口には出さずとも、フィオの心の声が耳に聞こえてくる。

 

 そう、フィオの表情は今、わかりやすかった。つんと顔を背け、口をぷいと尖らせる彼女。見るからに、不機嫌ですよと全身で表現していた。

 

 

 宿のご老人よ。一番素直な気持ちを伝えたら、大失敗してしまいました。

 

 村の若者よ。言葉をソレらしく言い換えてみたら、思いっきりひっぱたかれました。

 

 

 いや、フィオを怒らしてしまったのは、別にこの二人のせいではないだろう。俺が、正直にフィオの体に興味を示しすぎたのが原因であることは明白だ。何というか、昔から俺は一度何かに集中すると、うっかり常識的なことを見落として大失敗する悪癖がある。今回もそのパターンだ。

 

 素直な気持ちを伝えるにしろ、性欲を前面に押し出してどうする。

 

 王都の門をくぐり、夜の都を二人で歩いて行く。王都ともなれば、この時間でもちらちらと道行く市民が目に入る。あの時俺は、フィオをどう思っているのか、きちんと伝えないといけなかった。だというのに、俺がぶつけたのは自分本位な欲望だ。

 

 もう一度、頭を下げよう。謝って謝って、拝み倒そう。

 

 俺は王都の、俺達のアジトへと帰る道すがら、そう決心していた。

 

 

 

 俺達のアジトは、王都の中心部にある大きな屋敷だ。貴族たちの邸宅が立ち並ぶ中、俺達勇者パーティが所有する巨大な一軒家が道沿いにぽつんとそびえたっている。この屋敷は、元々はとある貴族の邸宅だったらしいのだが今は俺達が譲り受けて使わせてもらっている。

 

 ようやく帰り着いた俺達のアジトには、明りは灯っていなかった。どうやら、ルート達はまだ王都に戻ってきていないらしい。

 

 それもそうか。俺は全速力でフィオをおぶって王都まで走ってきたが、向こうは6人で足並みを合わせて戻ってくるのだ。身軽な俺達の方が早いに決まっている。

 

 魔法でアジトの入り口のロックを外し、俺達は数ヶ月ぶりのアジトへ帰宅する。今回の撤退戦の報告は、明日で良いだろう。この時間に起きている貴族連中はいないはずだ。今日は、もう休もう。

 

 フィオにもそう告げようとしたのだが、彼女はさっさと俺を無視して居間へと歩いて行った。

 

 相変わらず、つーんと顔を背けるフィオに若干傷つきながら、俺は溜息を吐き彼女についていくのだった。

 

 

 

 数か月ぶりのアジトだったがきちんと手入れがなされていたようで、多少埃っぽいところは散見されるもののベッドや居間などはすぐにでも使える状態だった。王都から出発するとき、王宮のメイド達が確かアジトの管理してくれるという話だったな。彼女たちは、しっかりと自分の仕事をこなしているようだ。

 

 俺はソファに腰を落とし、体重を預ける。この4日間、背負って走ったフィオは羽のように軽かったが、彼女から発されていた重圧は金剛石の様だった。ひたすら、走り続けだったこともある。この時少々、俺は疲れていた。

 

 

 

────だからだろうか。

 

 息を殺す、ナニカの気配。この屋敷に潜む、第三の存在。

 

────こんな至近距離になってまで、俺は侵入者の存在に気が付いていなかった。

 

 ぶかぶかした白魔道服を揺らし、眠そうな目で部屋に置いてあったワインボトルを握りしめるフィオ。そんな彼女に見とれていた俺は、僅か壁一つ隔てた距離だというのに捉えられていなかった。彼女の立つその壁の向こうで、息を殺し潜む“暗殺者”の気配に。

 

 俺が気が付いた時にはフィオは、次の瞬間にでも命を落としてしまう位置にいた。

 

 壁越しに誰かを殺す時、取れる手段はいくらでもある。俺達は英雄であると同時に、一部の貴族からは嫌われている。何処ぞの馬鹿から暗殺者を差し向けられる可能性はあると聞いてはいた。

 

 まさか、まさかとは思うが、奴は俺達の帰宅をずっと待っていたとでもいうのか。油断した俺達を、一瞬であの世に送る為に。

 

 フィオは、ワインボトルを開けようと力み顔を真っ赤にしている。暗殺者の存在に気付いている様子は無い。このまま、やつの潜む壁の前へと歩みを進めてしまえば、彼女はどうなるか。

 

「そこを動くな、フィオ」

 

  この距離ではフィオを庇えない。そう判断した俺は即座に彼女と壁の間に割って入り、彼女の肩を掴む。

 

「は? いきなりなんだよアルト・・・、ッ!?」

「すまん。」

 

 そのまま俺はフィオをソファへと押し倒し、あらゆる攻撃から庇えるように覆いかぶさった。

 

 誰かが忍び込んでいる今の状況下で、棒立ちは非常に危ない。壁の向こうの賊を一突きで倒せればいいが、この侵入者があえて気配を晒している陽動であり、本命はさらに気配を殺すことに長けた暗殺者、という線もある。今は、フィオの周りを固めることが重要だ。

 

 俺はまだ、この屋敷全体の気配を探知しきれていない。いつ、予期せぬ位置から毒針が飛んでこないとも限らない。俺ならまだしも、フィオが昏倒すればもう手の打ちようはなくなる。

 

 逆にもし、俺ですら耐えきれぬ攻撃を貰っても、フィオさえ無事なら何とかなるのだ。ここでフィオを庇うのは、当然の選択と言える。

 

「な、な、な、な・・・何を! 何をする気だこの変態糞勇者ぁ!!」

「・・・今は黙れ。」

「にゃっ!?」

 

 フィオは依然として侵入者の存在に気が付いていないようだ。だが、今のような大声を出されてしまっては、賊の気配を見失ってしまう。悪いが、少し静かにしてもらいたい。

 

「・・・っ!」

 

 フィオは俺の指示通りに黙った。後は奴の気配を見失わず、俺がフィオを守り抜けばいい。俺達の大切な仲間であり、俺が罪を償うべき少女であり、そして俺にとって・・・。

 

 俺にとって、何なのだ? フィオは、俺の中でどのような存在なんだ? 俺の体の下で、微かに震えるこの少女は、俺の何なんだ?

 

 いや、今考えるべきことはそれじゃない。奴の気配に集中しろ。

 

 ・・・いる。間違いなく、この部屋の外の廊下に、忍び込んでいる。先ほどのフィオの大声で、賊は俺達の存在には気付いているはずだ。賊の狙いがこの屋敷の金銭なら、このまま逃げようとするだろう。狙いが俺達の暗殺なら、こっちに近づいてくるはずだ。

 

「放して、くれよぉ・・・。」

「ああ、後で話してやる。」

 

 フィオが、か細い声を上げた。いきなり押さえつけられて、確かに彼女からしたら説明が欲しいところだろう。だが今は危機の真っ最中。外敵に集中している俺に、そんな余裕はなかった。

 

 

 ・・・かたん。

 

 

 ドアの向こうで音がした。反射的に俺はフィオを抱きすくめ、衝撃に備える。彼女の全身を、俺の体で覆う。幸いにも、爆発などの攻撃は無かった。まだ、仕掛けてこないようだ。

 

 この状況、俺一人なら何とでもなるが、フィオがいる状況なのが本当にまずい。彼女はとてもじゃないが、一人で暗殺者に対応し身を守れるほどに戦闘行為に熟達していない。

 

「や、やだ、やめろって。」

「大丈夫だ、心配するな。」

 

 得体のしれぬ敵に怯えるフィオを、なんとか宥める。安心してほしい、なんとしてもフィオを傷つけさせたりなんかさせない。俺は腰を浮かし、何時、何処からの襲撃にも対応できるように全身を集中させる。目の前の、小さな少女を絶対に守り抜くために。

 

 そうだ俺は、勇者だから彼女を守りたいんじゃない。俺は、俺は。

 

 

 俺は、きっとフィオが好きだから守りたいんだ。

 

 

「フィオ、聞いてくれ。」

「何だよ、早く放せよ。」

 

 彼女が泣きそうになりながら、こちらを見ている。その表情があまりに切なくて、思わず言葉に詰まる。

 

「こんなこと、今言うべきじゃないかもしれん。だがフィオ、聞いてくれ。」

「・・・。」

 

 じぃ、とフィオの目が細まった。きっと、彼女はまだよく事態が呑み込めていないのだろう。

 

 だが俺は、言葉を止めない。思考の大半を、迫りくる外敵に向けてしまっている。会話の内容が、脳を通過していない。ただただ純粋な俺の感情が、外界へと零れ堕ちていた。

 

 そう、俺は命を狙われ、暗殺者と相対しているこの現状で。俺の口は勝手に、フィオへ思いを告げる。

 

 

「フィオ、俺はお前が好きだ。」

「・・・。は?」

 

 

 直後、がたん、と一層大きな音が廊下に響いた。賊は最早、気配を隠す気は無いらしい。だが、まだ姿を現さない。 

 

 

「・・・は?」

 

 そして、廊下の賊の気配が、ゆっくり遠のくのを感じた。だが、油断するわけにはいかない。俺がまだ捕捉しきれていない、新たな暗殺者が潜んでいないとも限らない。

 

「って、おい! は、何だ、何じゃこりゃああ!?」

 

 俺の言葉を聞いてパニックになったのか、フィオは突如暴れだす。しまった、また色々とやってしまった。いきなりそんなことを言われてもフィオは混乱するだけなのは分かりきっているだろう! 

 

 まだ、安全の確保が出来ているとは言えないというのに、フィオにまで暴れられたら対応しきれない。このままではいかん。

 

「────おとなしくしろ。フィオ。」

 

 できるだけ落ち着いて貰えるよう、俺はフィオの目を見て、はっきりとそう告げた。勿論、意識は賊に向けたままであるが。

 

 少しずつ、部屋から賊の気配が遠のいている。だが俺は去りゆく賊を追ったりはしない。これが誘導である可能性も否めないからだ。屋敷の中の安全が確認できるまで、俺はフィオの傍を離れるつもりはなかった。

 

 

「・・・。」

 

 

 そしてフィオはと言うと、いつしか静かになり、目を閉じていた。まだ恐怖感があるのか、小さな肩を震わせているがひとまず落ち着いてくれたようだ。

 

 そのまま、無言で。俺がフィオを庇い続ける事、数分。

 

────全身の感覚を研ぎ澄ます。賊はやがて俺達のアジトを去り、夜の人込みへと消えてしまった様だ。さっきからずっと気配を探っているが、アジトの中にさらなる賊の存在は感知できない。奴は単なる金銭目当てだったのだろうか。何れにせよ、危機は去ったと思って良いらしい。

 

 

「あ、あのさ・・。」

 

 俺は肩の下で震える少女に、もう安心だ、いきなり押さえつけて申し訳ないと、そう告げようとした時。フィオは、潤んだ目を逸らしながら、こう呟いたのだった。

 

「最初はキスから、その、シてほしい・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・ん!?




次回更新は6/30の17:00です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「告白。」

一つの節目的な回です。


 ありのまま、今起こったことを説明します。

 

 

────俺が好きな女の子が、何の脈絡もなくキスを求めてきた件。

 

 

 

 あれ。あれ? あれぇぇぇ!?

 

 状況を、整理してみる。

 

 まず俺達がアジトに戻ると、暗殺者が潜んでいた。か弱いフィオを迫り来る脅威から護るため。俺は彼女の傍で暗殺者を警戒し、しっかり暗殺者が立ち去るのを確認した。

 

 ・・・では何故、フィオはキスをせがむ? まるで意味が分からない。

 

 

 

 俺の鼻孔を、彼女の吐息が暖かく湿らせる。俺は彼女の肩を抱き、のしかかり、腕も足もガッチリ抑えていた。2人きりで、アジトの居間のソファに、俺は彼女を拘束していた。

 

「いきなりは嫌なんだよぉ。・・・分かったから。シていいからせめて最初は・・・。」

 

 フィオは瞳を揺らしながら、懇願するように俺の顔を見上げている。目が合うと、頬を染め、ぷいと顔を逸らした。

 

 

 俺に覆いかぶさられ、身動きを封じられ、その体勢のまま俺の告白を聞いた少女は、恥ずかしそうに眼を合わせない。

 

 

 ここまで認識して、ようやく俺は事態の一端を理解した。うん、なるほど。

 

 

 

 フィオは、無言のまま目を閉じ、何かを待っている。観念したのだろうか、抵抗らしい抵抗も見せず、全身の力を抜いて俺に身を任せている。

 

 

 

 当然だ。今の状態を客観的に見てみろ! 男に押さえつけられ、告白され、じっと見つめられる。こんな状況、夜這い以外の何物でも無い。しかも、有り得ないくらいに強引な。

 

 

 どうしよう。どうしようこれ。

 

 完全に申し開きも出来ない、レイプ行為だ。彼女の意思も気にせず力で捻じ伏せ、行為を迫ったド畜生だ。

 

 間違っても、このまま彼女を襲う訳にはいかない。いや、そもそも襲っていたつもりではなく、俺は未知の外敵に備えて彼女を庇おうとしただけだ。こんな状況になることを、俺は狙った訳ではない。

 

 そうだ、ならばそれをフィオにちゃんと伝えれば良い。俺も新たな罪を犯さずに済むし、フィオも・・・。

 

 

 そこで、ふと気付いた。

 

 

 そんなことを言えば、ここまで覚悟を決めたフィオが恥を搔くことになるんじゃないか?

 

 そうだ、きっとフィオのプライドを傷つけてしまうだろう。

 

 どんな状況であれ女性に恥を掻かすなと、あの村の若者も言っていたでは無いか。なんとか上手く、この場を収める手段は無いものか。

 

 ・・・そもそもフィオの言動も不可解に思える。彼女がそう簡単に、男に迫られて了承するだろうか? 実はこれは、フィオの罠なのでは? そうだ、きっとそうに違いない。

 

 ・・・まずは、キスと言っていたな。フィオの望み通り、キスを迫ってみよう。

 

 俺がまんまとキスに応じ目を閉じた瞬間、彼女の渾身のビンタが飛んでくるというオチだろう。フィオはとても気の強い女性だ。いきなりキスを要求したのも、その狙いがあっての事なのかもしれない。俺は晴れて性犯罪者になるが、彼女は傷つかない。

 

 この一件が表に出ると、今後俺は一生重い十字架を背負う事になる。パーティの中でも、針のむしろだろう。

 

 ・・・それでも、フィオを傷つけるよりずっとマシだ。俺が馬鹿を見て済むなら、それで構わない。

 

 

「目を閉じてくれフィオ。唇を重ねよう。」

 

 

 ちゃんと、フィオの両手を開放する。その気になれば、すぐにでもフィオはスルリと俺の腕から抜け出せるよう力を緩める。

 

 そして俺は迫りくるだろう衝撃に備え、目を閉じたままゆっくりとフィオに顔を近付ける。

 

 さっきのフィオのビンタは、とても痛かった。身体的な痛みじゃなく、心がすごく痛くなるのだ。

 

 ・・・だが、もう覚悟は出来た。来るなら、来い。

 

 

 

 

 

 はむ。

 

 

 

 

────フィオからは何も、抵抗が無かった。

 

 

 やがて彼女は、貪るように俺の口を求めだす。フィオ自ら、俺の首筋に手を回す。見れば、恍惚とした表情になっていた。

 

「・・・っは、ん。」

 

 お、おい、フィオ。ビンタはまだか。

 

 彼女のキスは、濃く、激しい。駄目だ、そんなに吸われてはムラムラと来てしまう。

 

 たまらず、一度フィオと顔を離し息を整える。フィオは、本気なのか? ああ、何が起こっているんだ?

 

「やだぁ、もっとぉ。」

 

 頬を染め、目をとろんと細める彼女は首に手を回したまま再度、唇を求め迫ってきた。唾液が糸を引き、唇を妖しく輝かせる。フィオの表情は、見たこともないほどの快楽と安堵に満ちていた。

 

────ああ、彼女は、どうやら本当にキスが好きなのか。

 

 甘えるように、俺にしがみついて口の中を激しく求める彼女は、演技には見えなかった。フィオは純粋に、俺とのキスを求めていた。

 

 舌と舌とが絡まり合い、たっぷり数秒は息を止め彼女の口腔を貪る。そんな俺の行動に、フィオは嫌がる素振りはなく、むしろどこか甘えているような仕草で。両手で俺の頭を抱え込んだまま、離そうとしない。

 

 明らかに彼女は、発情していた。

 

 

────ならば責任を取ろう。俺は、腹を決める。

 

 

 ここまでやっておいて、もうフィオとの距離を曖昧なままになんてしておけない。今、彼女を、落とす。

 

 そうだ。今までは、薬の影響だったり、焦りすぎての行動だったりと彼女を抱く時の想いは純粋なモノじゃ無かった。

 

 今回もそうだ。流され、彼女の返事も聞かず、強引に肉体関係を迫っただけの形。きっと、このまま朝を迎えても、彼女とは微妙な距離感のままだろう。

 

 俺は、これ以上流されて彼女と関係を持ちたく無かった。たまたま侵入者がいて、勘違いした彼女がたまたま受け容れてくれたから、彼女を抱く。

 

 それは、きっと違うと思うから。

 

「フィオ、聞いてくれ。今から、俺はお前を抱くだろう。」

「・・・うん。」

「お前が好きだフィオ。俺は、お前を誰にも渡したくない。」

「・・・。」

「だから今日から、俺のフィオになってくれ。」

 

 きちんと、気持ちを伝えて。きちんと、フィオと向き合いたい。

 

 

「・・・うん。」

 

 

 彼女は、相変わらず目を逸らしたままだったが。

 

 俺の告白に、しっかりと頷いてくれたのだった。

 

 

 

 そこからの時間は、まさに天国だった。何も嫌がるそぶりは見せず、フィオは俺と共に快楽の波に堕ちた。今度は一人寝かさぬよう、フィオの体力を考え程々に彼女と楽しむ。

 

 コトを始めるとフィオは、普段とは打って変わって静かになる。今までは、きっと内心では嫌がっていたから、俺との行為の際には口数が少ないのだと思っていたけれど。

 

 それは、間違いらしい。彼女は、きっと元々おとなしい少女なのだ。普段は明るく、快活に振舞っているし、それも偽らざる彼女の姿だろう。だけど、きっと俺の目の前にいる、儚くしおらしい甘えん坊な少女もまた、彼女の本性なのだ。

 

 ここからはまさに、二人だけの時間だった。

 

 昼間の不機嫌は何だったのだろうか。普段からは想像もつかないような、切なくも蠱惑的な表情のフィオ。彼女は今、俺の前で、俺の為だけに、身体を揺らしていた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちゅん、ちゅん。

 

 アジトの外で囀る鳥の、その鈴の音のような鳴き声につられて俺は目を開く。

 

「・・・。そっか。」

 

 朝日が部屋に輝きを満たし、少女の悩まし気な裸体を照らす。居間のソファの上で、ほのかな熱源を感じながら俺の意識は覚醒した。

 

 頭を俺の肩に乗せ、体にしがみついて寝息を立てている幸せそうなフィオを眺めながら。俺は昨日の出来事を改めて想起し、思わず口元が緩む。

 

 どうやら、二度の生を通じて、俺に初めて恋人が出来たようだった。

 

 寝ている彼女のさらりとした金髪を、穏やかに梳いて俺は彼女の目覚めをゆったりと待つ事にした。この何でも無い時間が、とても幸福に思えた。




次回更新日は7/3の17:00です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「ヒロイン!」

王都に着く前あたりからの、フィオ視点です。


流石に、無神経なアルトの「あの言葉」にはイラッと来た。

 

 俺とちょくちょく寝て欲しい、だなんて。本当に、ヒトを馬鹿にしている。

 

 あの時、オレは別に告白を期待していた訳では無い。むしろ、アルトからの告白なんぞ、迷惑極まりないと感じている。処刑場への片道切符を渡されて喜ぶ奴がいるものか。

 

 だけど、あの雰囲気で、あの場面で。

 

 ちょくちょく寝てくれ? そんなふざけた言葉を掛けられるとは、予想だにしていなかった。何を考えて生きてるんだ、コイツは。

 

 

 

 

 今思うと、アルトと話していたらこの程度は何時ものことの筈なのに、この時のオレは心の奥から苛立っていた。

 

 その意味に、押し倒されてしまうまでオレは気付けない訳だけれど。

 

 

 

 

────酒と言うのは本来、こういう理由も分からず苛立ってしまっている時の為に存在する、百薬の長なのだ。

 

 今のこのささくれ立った精神状態でアルトと話を続けると、目も当てられない結果になるだろう。酒で、気を紛らわせて寝てしまおう。明日には、またアルトと落ち着いて話ができるだろう。

 

 久方ぶりに帰ったアジトの居間には、バーディが買い置きしていたワインが残っていた。確か半年前位のヤツなので少し古いが、仮にこれを飲んで腹をぶっ壊したところで治せば問題ない。

 

 ・・・コルク抜きを厨房まで取りに行くのが面倒だ。だが、アルトに抜いてもらうのも気まずい。

 

 

 そんな考えから、オレは自分の手でワインボトルを開けられないかと、コルクを摘まんで四苦八苦していた。

 

 そんな折だ。本当に唐突に、オレはアルトに押し倒されたのだった。

 

 

 

 

 

 そこからの展開は、あらゆる意味で予想外だった。

 

「フィオ、俺はお前が好きだ。」

 

 そんな戯けたことを、大真面目に目を見てほざく我らが勇者サマ。

 

 何で、このタイミングで襲ってくるんだよとか。何でその言葉を、王都の前でぶつけてくれなかったとか。いや、お前いつの間にオレに惚れてるんだよ、チョロ過ぎるだろとか。

 

 その言葉を聞いた時、オレには言いたいことが山ほど有った。

 

 

「・・・。」

 

 

 一般的に、人はテンパると二通りの反応を示す。

 

 大騒ぎして、普段より口数も増えて、余計な行動を取り失敗する者。

 

 そして目の前の事態に対する解決策が思い付かず、口数が減り流されていってしまう者。

 

 

 

 オレは後者だった。

 

 強引に身体を押さえつけられてからの、直情的な奴の告白。腕ごと抱きすくめられ、体躯はアルトに覆われる。次に何をされるかを悟るのに、時間は殆どかからなかった。

 

 ・・・頬が、熱くなる。鼓動が早くなり、息が出来なくなっていく。

 

 この時のオレには、抵抗する気力が全く湧いていなかった。いや、そもそも抵抗しようという考えが、頭から消えていた。二日前、体に深く刻まれた快楽の記憶が蘇り、奴に蹂躙される悔しさが、ゾクゾクと下腹部を締めつける。

 

 そう。身体は、悦んでいるのだ。アルトに屈服することを、求めている。

 

「────おとなしくしろ。フィオ。」

 

 だって、こんなにも強引に。自分を求められ、そして奪われてしまうなら仕方がない。それは、自然の摂理なのだ。男女の関係性は、どれだけ強引であろうと、受け入れてしまった側の負けで。気付けばもう、勝負の決着がついていたのだ。

 

 

 ・・・やっぱり少し悔しいな。今夜、オレはまたも奴の腕で情けなく踊り狂う事になるのだろう。アルトの思うがままにされると言う、謎の高揚感と少しばかりの不満が込み上げてきて。

 

────気付けば、オレの口からも欲望が漏れていた。

 

 ・・・オレは体を触られ、性感を刺激されるより。誰かの温もりを感じながら、抱きすくめてもらいながら、濃い口づけを交わしてみたい。人肌を感じながら、誰かにしっかりと愛して貰いたい。

 

 そんな、オレのちょっとした性癖を包み隠さず吐露していた。

 

 何も、隠す気になれなかったのだ。

 

 それにしても、信じ難い。このオレが、いつしかアルトを意識していたとは。今、こうやって強引に襲われても不快に感じなかったのは、そういう事だったのだろう。

 

 いつか、こんな日が来ることは覚悟していた。女性として産まれたその時から、男に組み敷かれ、男に寄り添う日が来ることは分かりきっていた。

 

 もういい。アルトで構わない。このふざけた腹黒ハーレム野郎に、オレは好感度を子宮から注入されヒロインの一人へと落ち着く日がとうとう来てしまっただけだ。 

 

「フィオ、聞いてくれ。今から、俺はお前を抱くだろう。」

 

 知っている。ここまで迫ってきておいて、何かの間違いなんてあり得ない。

 

「お前が好きだフィオ。俺は、お前を誰にも渡したくない。」

 

 それは、さっき聞いた。アルトは、この言葉をあと何人に言っているのだろうか。ユリィや、リンや、レイにマーニャ。あるいはメイドさん達、果ては王女殿下にまでも言っているかも知れないな、この腹黒ハーレム野郎なら。

 

 ・・・アルトが本当に、オレ一人にだけ、好きだと言ってくれているのだとしたら。今オレは、随分と失礼なことを考えている。

 

「だから今日から、俺のフィオになってくれ。」

 

 でも、それを問い詰める勇気はなかった。だって、もう、負けたのだ。さっきからまともにアルトの顔が見られない。

 

 あぁ、何時からだろう。オレは、アルトを、はっきり意識していた。

 

 あぁ、どうしてだろう。アルトに騙されているかもしれない。何股も掛けられているかもしれない。

 

 それでも、何故かアルトを拒む事が出来なかった。

 

 少し悔しかったけれど。それ以上にビリビリと、女性としての悦びを身体に刻みつけられ、アルトの女性へと堕とされていく今の状況が、刺激的で、背徳的で、退廃的で、被虐的で。

 

 ああ、悪くないかもしれない。そう、思ってしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルトの腕の中で、存分に愛を注ぎ込まれ、猛々しい肉体に包まれたまま。

 

 夜が明けて、空は明るみ。のどかな風が流れゆく朝になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱちくりと目を覚ますとそこには、雄々しい筋肉。水をはじく肉壁。モリモリまっする。

 

 ・・・そうだね、プロテインだね。

 

 

 

 

 ばしーん。

 

 

 

 

 朝から、張りの良い音が響き渡る。

 

 ・・・びっくりした。寝起きにいきなり暑苦しくむさ苦しいいモノを見せつけないで貰いたい。思わず手が出ちゃったじゃないか。

 

「・・・なぁフィオ。目が覚めたら、とりあえず俺の顔を張り倒すのは癖か何かなのか?」 

「あ、あれぇ・・・? お、おお! おはようアルト。良い朝だな。」

「お前は、何というか・・・。いや、良いか。」

 

 いきなりぶん殴られたというのに、アルトは苦笑してオレの頭を撫でてきた。怒っている様子は無い。

 

 ふむ、さてはアルトの奴、ドMなのかな?

 

「なぁ、フィオ。」

「なんだ?」

 

 もう一発ぶん殴ったら案外喜ぶかもしれない。まぁアルトだしそんなに怒らないだろ。

 

 特に意味もなく暴力を振るおうと、オレはアルトに振りかぶり、

 

「これから、よろしくな。」

 

 

 

 

 そう、声をかけられた。

 

 ・・・。昨夜の、記憶が、鮮明に蘇る。

 

「・・・。アル、アルアルトさん?」

「アルトだ。アルアルアルトではないぞ。」

「昨日のアレ、現実? 夢?」

「アレとはなんのことだ? 俺の可愛いフィオ。」

「あっ・・・。」

 

 察した。

 

 

 

 

 

 

「やっちまったあぁぁぁぁぁ!!」

「うぉう!?」 

 

 やばいやばいやばいってアホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

 オレは昨日何故に頷いた!? オレはどこで間違った!?

 

 今の状況、四人からアルトを完全に抜け駆けして奪ってるし!? こんなの、パーティ崩壊して人類滅亡案件だよ!? 

 

「フィオ、どうしたんだいきなり大声だして」

「え、あ、なんでもない。」

 

 ・・・落ち着け、ここで騒いでも何も進展しないだろ。落ち着いて解決策を模索しろ。

 

「あ、いや、その、なぁアルト。昨日のアレなんだがな?」

「アレとは何のことだ。」

「ほら、アレだよアレ。こう、すんごい・・・」

「ああ。昨日は、凄かったな。」

 

 ま、まぁ。確かに昨夜は盛り上がった、って違う。

 

「そっちじゃなくて、その、オオオオレとアルトの関係性についてだがな!?」

「昨日やっと、恋人になった。それがどうかしたか?」

「えっと、えっと。その、その事を皆にどう伝えるかなんだが!!」

「おう。」

 

 落ち着け。考えをまとめろ。

 

 

 ケース1:ストレートに伝える

「オレ達付き合うことになりましたー。皆、祝福してくれよな!」 

「フィオさん、ご存知ですか? 隣の国には、嫉妬に狂って浮気相手の女性の四肢をもぎ、目を焼き、鼻をそぎ、耳をお薬でつぶした後便所の中に放り投げて、人豚と呼んで嘲った女王がかつていらっしゃったそうですよ。」

 

 ・・・いかん。そんな古代中国の拷問みたいな事をされるなんて冗談じゃない。

 

 ケース2:自分からは誘ってないことをアピール 

「アルトがー、どうしてもって言うからさ? オレからは何も誘ってないけどー、口説き落とされちゃってー、とうとうオレら恋人になりましたー!」 

「よっし、塵一つ残さねぇぞ。覚悟しろアバズレ。」

 

 これでは完全に煽ってるだけだ。普通に伝えるより俺の生命予後は悪いだろう。

 

 ケース3:さりげなく伝える

「腹減ったなぁー。この辺にうまい定食屋あるらしいんだけどさ、後アルトと付き合い始めたんだけどさ、夜みんなでその定食屋に食いに行かない?」

「・・・メニューは、メス豚の挽肉。ウチらの、食材持ち込み・・・。」

 

 いや、駄目だ。これで見逃してもらえる程、彼女達の知能指数は低くない。

 

 ケース4:歌いながら伝える

「あぁーーー! ララララー! オレがアルトとぉー! 恋人にぃぃぃぃぃ!」

羅羅羅羅(ララララ)ー、羅羅羅羅(ララララ)ー! 怒霊身不亜曽羅死怒(ドレミファソラシド)ー!」

 

 おや、言葉が通じなくなった。これも駄目みたいだな。 

 

 

 

 

 

 思考時間、わずか数秒。結論が出るのは早かった。

 

「アルトルト、聞いてくれ。」

「俺はアルトだ。で、なんだフィオ?」

 

 オレがこの先生きのこる為に取る道は1つだけだ。分かりやすい。

 

「実はぁ、オレ達の関係を、皆に知られるのってぇ、フィオとっても恥ずかしーい! だからぁ、この事は二人だけの秘密にしちゃおうよー?」

 

 オレは精一杯媚びながら、アルトに上目遣いでお願いしてみる。オラオラ、オレのことが好きなんだろアルトさんよぉ。ここまで下手に出てやったんだ、早く黙って頷きやがれ。

 

 今のオレは、まさに命懸けなのだ。体裁なんか気にしていられない。

 

 

 

 

 アルトは何やら、凄く気味の悪い生き物を見る目でオレを見ていた。そんなに似合わないか、オレのぶりっ娘。




次回更新日は7月6日の17時です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「再会!」

────もにゅん。

 

 

 

「フィオさん、よくぞ、よくぞご無事でした!」 

 

 聖女が喜びの声を上げ。たわわに実った胸部が、ムニムニとオレの顔に押し当てられ。

 

────ないすおっぱい!

 

「・・・ぐすっ。フィオさんの背中がポッキリした時から、気が気じゃ無かったんですよぉ・・・。よく無事で、本当に、フィオさーん!」

 

 昼を過ぎ、アジトでやっと王都に辿り着いた仲間達と感動の再会を果たしたオレは。目を赤く腫らしたユリィに抱き締められ、素晴らしい程百合百合していた。

 

────おっぱい万歳!

 

「おいルート、見ろよフィオのあの顔。全力で仲間の乳を堪能してやがるぞあのゲスロリ。」

「・・・僕の心配も返して欲しいもんだ。」

 

 ごちゃごちゃと、この予想外な再会イベントを妬む男連中の声が心地よい。

 

 揺れる。波打つ。ユリィの乳袋で隠れているオレの顔には幸せが詰まっていた。この感触、もう2度と失いたくない。

 

「おいユリィ。フィオをそれ以上喜ばせる必要は無いぜ。そろそろ離してやれ。」

「え、あ、そうですか?」

 

 ところが、サービスタイム終了! とでも言わんばかりにあっさりとユリィは離れていってしまう。オレは豊満な感触を失い、胸にポッカリと穴が出来たような寂しさを覚えた。

 

 ぐぬぬ、そんなにオレの幸せが憎いかバーディ。

 

「バーディこの野郎、余計な事を言ってんじゃねぇぞ! ・・・そもそもテメェはきちんとオレを護りやがれ。回復術士を一人放置とかおかしいだろ、前衛の仕事しろコラ。」

「奇襲に対応するので手一杯だったっつーの。お前こそ一瞬でやられてんじゃねーぞ糞雑魚ナメクジ。俺んとこまで逃げて来られなかった癖に。」

「「あぁん!?」」

「け、喧嘩は良くないですよ!?」

「ああ、これは無視して良いよユリィ。この2人は、いつもこんな感じだ。」

 

 久しぶりのバーディなので、取り敢えず煽っておく。うん、コイツとはこう言う距離感で良いのだ。

 

「で、ユリィも心配してくれたみたいで、ありがとな。」

「いえ。・・・フィオさんも、大事な友達ですから。」

「お、おうそっか。たはは、照れるな。」

 

 ユリィの暖かな笑顔に癒される。本当、この娘は性格良いんだよなぁ。アルトさえ絡まなければ。

 

 同じハーレム勢でも、レイみたいなオレと並び称されているド畜生はこの娘(ユリィ)の爪の垢を煎じて飲んで欲しいものだ。

 

「ところでユリィ。お前はオレに抱き付いてくれてるけどさ、愛しのアルト様のとこに行かなくて良いの?」

「良いんですよ。私が心配してたのは、フィオさんなんですから。」

「ユ、ユリィ!」

 

 本当に、なんて良い娘なんだ! アルトハーレムの一員だって言うのに、負傷した仲間を優先的に気遣えるなんて中々出来ることじゃない。

 

 アルトは4人の中でユリィを選んておけば、もっと幸せになったんじゃねぇかな。マジで。

 

 ・・・オレ1人抜け駆けしちまった今の状況は、かなり心が痛いぞ。うん、(アルト)が隠れてユリィと浮気していることを祈ろう。奴はかなり腹黒だし十分有り得そう。

 

 オレが、恋人が浮気しています様にと謎の祈りを捧げていると、馬鹿がまた話し掛けてきた。

 

 

「おいフィオ、良いこと教えてやるよ。」

「バーディ。なんだ言ってみな。」

 

 このタイミングで何の話だ?

 

「四人娘がさっきジャンケンして、勝ったヤツだけがアルトに抱き付きに行けるとか言う話を聞いたな。そこに居るユリィは、最後の勝負に負けて凄く悔しがってたぜ。」

「クソ! バーディてめぇ、よくもそんな要らない情報を!」

 

 アルトに視線を移すと、リンが一人アルトに抱きついていて、遠巻きにレイとマーミャが無表情でその様を凝視している。

 

 なんだあの絵面。

 

「ユリィ、でもアレだよな。ユリィがジャンケン勝ってたとしても、オレの所にも来てくれてたよな。勿論、アルトの後で良いからさ。」

「・・・。」

「何で目を合わせてくれないんだユリィ?」

「・・・フィオさん! よくぞご無事で!」

 

────もにゅん。

 

 

  再び、幸せな感触が顔面を直撃した。マシュマロが、ましゅまろが・・・。

 

 

「ユリィの奴、逃げたな。」

「あ、でもフィオの顔がまたいやらしくなってる。上手く誤魔化したね、ユリィ。」

 

 

 

────おほー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。再会を喜ぶのはここまでにしよう。皆、集まってほしい。」

 

 ユリィのけしからん弾力に目を白黒させつつ鼻を膨らませて深呼吸していると、リンを肩に乗せたままアルトが集合をかけた。そろそろ、真面目な話をする時間らしい。

 

「おいリン。そろそろ降りな。アルトも重たいだろう。」

「・・・いや。アルト、もうちょっとこのまま。」

「俺は構わん。では話を始めよう。」

 

────チッ。

 

 四方から舌打ちが聞こえてきた。うん、うん。この空気。やっと皆に再会できたことを実感するなぁ。

 

 表情をこわばらせたまま、三人娘は居間の長いソファに腰を落とす。

 

 腹立つ表情でニヨニヨしているリンと、彼女を肩に乗せたアルトは、ソファ沿いの窓側の居間の壁にもたれかかっている。オレとバーディとルートの三人はその近くの、オレ達の指定席である小さな円形テーブルを囲む3つの椅子に座った。

 

 これで、オレ達勇者パーティの作戦会議の準備が整った事になる。 

 

「皆が揃った今日、国王に今回の闘いの報告に行かねばならないだろう。だから、俺達が別れた後に何があったかの情報交換をしておきたい。」

「了解、アルト。」 

 

 アルトのその問いに答え立ち上がったのは、ルートだった。ルートはオレ達パーティーのサブリーダーみたいな立ち位置に居るから、彼が答えるが自然なのだ。

 

「僕たちには、逃げ出した後に殆どオーク達の追撃はなかった。逃げ込んだ山の中で結界を張って一晩過ごした後、再度僕らの滞在していた街に戻ったよ。オークの襲撃は既に終わっていて、魔物一人いなかった。幸いにも、街に大きな被害は出ていないようだったね。その後、念のため1日ほど町に滞在した後、占っても危険は無さそうだったから当初の約束通り王都に戻ってきた。」

「成る程。ルート、ありがとう。では、こっちの報告だ。」

 

 続いて、アルトがオレ達の旅を振り返る。

 

「では、別れた後、オークの追撃は苛烈を極めた。一日中追いかけまわされたな、撒くのが大変だった。その後、・・・。え、えっと。」

「アルト? どうしたの?」

 

 ・・・あの野郎。何か思い出してやがるな、若干挙動不審になってんじゃねーよ。オレが無残に死んじゃうからそういうの本当にやめろ。

 

「いや、すまん。奴らを撒いた後は、特別報告することが思いつかなくてな。逃げ出した先で商人に道を聞き、まっすぐ王都へと戻ってきた。」 

「そっか。アルトもお疲れ様。」

 

 ふぅ。アルトの奴、約束を守ってくれたようで何よりだ。これでオレの命は保証されるだろう。

 

「それにしても、お金もないのに良く王都まで戻ってこれたね。大変だっただろうアルト。」

「まぁ、俺の財布は有ったからな。宿泊も相部屋なら何とかなった。」

「「「ほう、相部屋。」」」

 

 アルト様の不用意な一言で、オレに仲間(約四名)の冷酷な視線が突き刺さる。思わず冷や汗が滝の様に噴き出した。

 

 ・・・あの馬鹿野郎おおお!! 何であっさり口滑らせた!? まさか、付き合ってること以外は喋ってもいいとか思ってるのかアイツ!? 仮にもオレを恋人と呼んだならしっかり守れバーカ!

 

「フィオさーん。相部屋でお泊りですかぁ? フィオさんと、アルト様がぁ?」

「けけけけしからん! 二人きりで、一つ屋根の下だと!」

「おーい金髪ビッチ。テメェ、何そんな美味しい展開になってるの? まさかベッドも同じとか言わないよな? 殺すぞ?」

「・・・ふふ、調子に乗ると人は早く死ぬ。ふふ・・・。」

 

 おお、もう。なんで優しいユリィも、アルトが絡むと豹変するかなぁ。

 

 

 ・・・焦るな。まだ慌てる時間じゃない。オオオオレには、秘密兵器がある。落ち着いて、自分の正当性を主張するんだ。

 

「ああ。オレとアルトは、不幸にも相部屋で寝ないといけなかった。その時、アルトと色々話もしたんだが。」

「「「・・・で?」」」

「取引と行こうじゃないか。君達はアルトの好みのタイプ、知りたくないか?」

 

 秘技! 興味がありそうな話題を提供して、うやむやにするぜ大作戦!

 

「随分、陳腐な言葉だが乗ってやろう。アルトは自分の事をあまり話してくれないからな・・・。それが本当に有益な情報であれば、今回だけは見逃してやるぞ金髪ビッチ。」

「ウチ知りたい・・・。教えてフィオ。」

 

 案の定、食いついてきた。アルトはこの手の話題はあまり乗ってこないのだ。だからこそ貴重な情報と言える。

 

「・・・ありがとよ。さて、流石に相部屋にはオレも身の危険を感じてだな、色々とアルトに文句言ったんだ。そしてこれは、その時の奴の返答なんだが。」

「ふむ。聞こう。」

 

 ・・・別に嘘じゃないし、良いよね。許せ。

 

「ここに居たのがルートならやばかった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィオォォォォォ!! 図ったな、ド畜生ォォォォォォォ!!」

 

 罵声と共に、我らが男の娘ルートに目をぎらつかせた女性陣が殺到する。

 

 無言で敬礼を掲げるのは、オレとバーディ。きょとんとしているのは、全ての元凶(アルト様)

 

 長い旅を終えたオレ達勇者パーティのNo2は、再び命がけの逃走劇に身を投じる羽目になるのだった。

 




次回更新日は7/9の17:00です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「執行猶予」

 幾十の城壁を越え、王都全てを一望出来る高さの丘に築き上げられた建物。ここは、この国で最も権力のある人間の住む宮殿。

 

 オレ達勇者パーティは、揃って正装を纏い王宮へと訪れていた。目的は、国王に今回の遠征任務の報告を行うためだ。

 

 ・・・今回の任務は、どう評価しても失敗だからなぁ。足が重いぜ。

 

「どうぞ、謁見の間へお入りください。我らが王が、お待ちです。」

 

 一際大きな扉の前で、ペコリと頭を下げ短くまとめられた銀髪を揺らす、黒を基調としたメイドが微笑む。彼女は恭しく頭を下げたまま、ゆったりと扉を開いた。

 

 このメイドの名前はクリハさん。常に自信に溢れた表情の、まつげが長く猫目がクールな王宮のメイドである。常に冷静な物腰で、王宮では的確にオレ達をフォローしてくれている大変ありがたい存在だ。

 

 クリハさんは王宮付きの専属メイドで、今回みたいにに王様への取次とか、王族の身の回りの世話の指揮を担当している凄い人。オレ達の屋敷の管理責任者をしてくれた人でもある。

 

 そして、彼女はどうやら年上趣味らしい。

 

 このクリハさんのクールビューティな雰囲気は、かなりオレ好みなのだ。オレと2人きりの時、酒の席でしこたま酔わせてベッドに誘った事がある。

 

 その結果、逆にオレとバーディの間には何も無いのだなと念押しされる羽目になった。つまり彼女の言う年上趣味って言うのは、バーディの事なのだ。

 

 ・・・バーディ(あのゴミ)が好みって。それは流石にドン引きだわ。胸の有無で魅力の有無を測る色ボケだぞ。

 

 ちなみに彼女の胸部装甲は残念無念。今後成長してもバーディの射程に入る事は恐らく無いだろう。

 

 そう、一晩飲み交わし彼女と胸の内を明かし合ったその日から、オレは彼女に優しく接する様にしている。

 

 まったくもって、不憫な娘なのだ。

 

「・・・。」

 

 ところで、なんでクリハさんは、今日に限ってオレとアルトをチラチラ見てるんだろう。聞いてみても良いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、クリハさんにアポ取ってもらってから数時間後。

 

 国王様との謁見は、特に問題なく始まった。多くの貴族共がずらりと並ぶなか、威風堂々アルトが経過を報告し、聞き終えた表情をピクリとも変えず国王が「大儀であった」とだけ述べる。だいたいいつもこんな感じだ。

 

「よくもおめおめと逃げ帰ってきたな!」

「仮にも勇者だというのに情けなく敗走とは、片腹痛い。」

 

 ・・・などと、変に面倒な文句を付けてくる貴族はいない。いや、内心言いたそうにしているヤツはいたけどこの場で悪目立ちしてまで口に出す奴は現れなかった。

 

 まぁ、オレらはぶっちゃけ国王のお気に入りだしな。今回は確かにやられたけれど、オレ達の活躍で勝利した闘いも幾つかある。戦力としては結構信頼されているはずだ。だからこそ、今回あんまり責任追及をされずに済んでいる節もある。

 

 多少わがままを言っても、今までは国王さんが許してくれたし。王宮のメイドさん達と遊ぶ許可くれるとは思わなかった。

 

 ・・・まぁ、オレ達の好き勝手を忌々しく感じている貴族さんも多いから、余り調子に乗らないように気を付けてはいる。誰だって、ぽっと出の若い奴らが偉そうにしてたら腹が立つからな。

 

 カン。

 

 王の傍で槍を持ってる守護兵が、床を叩き金属音を響かせた。これは、王様が今から話すから静かに! の合図だ。

 

「・・・アルトよ、いや我が勇者たちよ。帰り着いて早々ではあるが、貴殿らに、新たな任を与えねばならぬ。」

 

 相変わらず無表情のまま、王はオレ達に告げる。

 

「その新たな任については、日を改めて下知しよう。今宵は下がってよい。次なる任に向け、英気を養っておけ。」

「了解です。」

 

 王様がなんか偉そうに意味深な事を言っているが、これはいつもの決まり文句みたいなものだ。

 

 勇者パーティであるオレ達も王都に帰ってきたら、流石に毎日食っちゃ寝とはいかない。王様からの命令と言う形で、適当に雑用を押し付けられてしまう。

 

 雑用と一言で言っても、兵の訓練指導であったり、領土内へのお使いだったりと内容は多岐にわたる。その代わり、給料とは別に報酬金が貰えたりするから手は抜けない。

 

 

 

 ようするに、帰ってきたならまた働いてもらうぞーと言いたいだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー肩凝った。アルトお疲れさん。」

 

 謁見の間を出た後、オレはポンとアルトの肩を叩いた。いつもあの場は息が詰まってしまう。あーいう、権力とかしがらみとかの世界は、オレの性には合わない。

 

「思ったよりお咎めがありませんでしたね。」

「まぁ、一回の失敗を鬼の首取ったみたいに追及されまくったら、逆にぶっ飛ばしてたけどな。」

「バーディ、それ反逆・・・。」

 

 バーディの不穏な発言をクリハさんは特に気にせず、彼女に導かれオレ達は王宮の正門に戻った。これでやっと肩の荷が下りた、久しぶりにパーティの皆を飲みにでも誘おうかな。また、アルトの隣の席の奪い合いでギスギスする空気を、久々に堪能したい。

 

「みんな、今回の遠征はこれで任務終了だ。俺の力が及ばず、ふがいない結果になって申し訳なかった。」

 

 何やら妙に生暖かい目のクリハさんに見送られながら、正門の扉がゆっくり閉まると、そこで皆が立ち止まった。

 

 大抵ここで、アルトが締めに入るのだ。戦闘や任務の後、アルトが総括的な事を言うのが恒例行事となっている。ここら辺は本当に真面目なんだよな、コイツ。

 

「今回は皆の働きに不備は無かっただろう。俺が手早く、奇襲してきた魔王軍の長を仕留めれていればそこで済んでいた任務だ。力の強いオーク相手に、正面から筋力で張り合った俺の失策だ。搦め手を用いるべきだった。」

「アルトのせいじゃないさ。むしろ、アルトが奮闘したから最悪の事態にならなかったと、そう考えていいと思う。そもそも、あの状況でいきなり搦め手を思いつくなんて無理もいいところだ。フィオかレイくらいさ、戦場で奇策が常に頭に浮かぶのは。そもそも本来、奇襲の探知は僕の領分だ。・・・みんな、奇襲を察知できなくてごめん。」

 

 パーティの上位二人が頭を下げ、少し暗い雰囲気になる。この二人、割と本気で責任を感じているんだろう。馬鹿だな、オレなんて今回一番足引っ張った癖に微塵も罪悪感を感じていないぞ。だって闘いは時の運なのだ。負ける時もあるさ、そりゃ。

 

「お前ら、謝るの止めろや。誰かのせいじゃねぇよ、今回のは。」

 

 皆が暗い雰囲気になりかけた時にさっと割って入ったのは、やはり空気を読む達人のバーディだった。奴はこれに加え女心を読めれば天下無双なのだが。

 

「誰かが謝って、それで何か変わるかよ。ハッキリ言ってやる、今回の敗因は俺達パーティの連携が悪すぎた事だ。誰か一人がフィオを庇いに行って、誰かが咄嗟にその穴埋めをして。それが出来ればこうはならなかっただろう? 違うかお前ら。」

 

 奴にしては珍しく、真剣な表情で話している。皆も心当たりがあるのか、少し表情が硬くなった。このままではへらへらしているのはオレだけになってしまう。よし、オレも真面目な顔をしよう。

 

 キリッ。

 

「アルトが強かったら、奇襲が探知できてたら、みたいな個人の技能より先にチームとしての動き方を会得する。それが、今回の教訓だろ。謝って終わらせちゃ意味がない。きちんと次に生かさねぇとな。」

「おお、バーディの癖に的確なこと言いやがる。」

「ちゃかすなフィオ。・・・お前、オークにぶん投げられた時に本来死んでたんだぞ。アルトの強さがたまたま突出してたから、お前は今そこで立ってるんだ。それを分かってるか?」

「お、おう。」

 

 なんだ。いつになくバーディが真面目だ。

 

「つまりだ。今後、パーティの日課として決まった時間に連携の訓練を取り入れたいと思う。何か、異論ある奴はいるか?」

「それに賛成だ、バーディ。君らしからぬ、素晴らしい意見だと思うよ僕は。」

「ああ。俺も異議は無い。」

 

 ウチのトップ二人が頷いた事で、バーディの提案は本決まりになった。まぁ、ぶっちゃけソコだよな、今回の敗因。特に被ハーレム四人娘の間で連携がほとんど取れてないのが致命的だ。

 

「よし、決まりだ。それともう一つ、俺から提案がある。今回の敗北に個人の責任があるとすれば、それはアルト、お前の優柔不断さだよ。」

「ゆ、優柔不断ですか? アルト様、即断即決に行動してたように思うのですが。」

「・・・アルト、悪くない。適当言うなブサイク・・・。」

 

 バーディがいきなりアルトを非難し始めたため、四人娘がざわざわし始める。でもユリィの言う通り、戦闘時は迷わず動く印象だけどな、アルトは。

 

「いや、聞こう。俺の決断は今回の件でどう問題だっただろうか。教えてくれバーディ。」

「違う、そうじゃねぇ。・・・お前は、女関係で優柔不断だって言ってんだよ。無自覚かどっちかは知らねぇけども、そのせいで連携が取れてねぇ部分もあるんだぞ? 早く恋人作りやがれ、この女たらし。」

 

 

 ・・・。

 

 

「女関係だと? バーディ、からかっているわけではないよな。それと今回の件に、何の関係があるんだ?」

「大いにあるんだよ糞鈍感野郎。良いか。お前、来月までに本命の娘を一人決めろ。そして、そいつに告れ。」

 

 

 ・・・何ヲ言イダシテル、コノ馬鹿?

 

 

「まて、バーディ。本当に意味が分からないぞ。いきなり俺にどうしろと言うのだ。」

「恋人作れって言ってるんだよ。お前が誰かと恋仲になりゃ、少なくとも今より連携が楽になる筈だから。」

「・・・バーディ、君はなんと大胆な・・・。それ、逆に大荒れしないかい? 見守っておいた方が良いような、でも、うーん。言われてみれば一理あるような。」

「4人組、お前らにも言っとくが振られた奴はビシッと諦めろよ。こんな、こんなにも下らねぇ事でフィオが死にかけたんだ。今までは、他人の恋路だと流していたが、流石にもう黙ってられねぇ。」

「・・・うん、それはまぁその通りだ。と言うかバーディ、実は君、今回の件についてかなり怒ってるかい?」

「まぁな。」

 

 

 バーディのいつになくシリアスな顔で熱く語っている言葉を聞いて、ちらり、アルトと目が合った。何かを聞きたそうにしている。

 

 ・・・間髪入れず、全力で首を横に振っておく。

 

「・・・ああ。事情は分からないけど、それが必要な事なんだというのは分かった。約束しよう。」

「頼むぜ、アルト。ふぅ、これでやっとパーティが過ごしやすくなるってもんだ。」

 

 アルトがそう宣言したことで、ハーレム勢の空気が変わった。四人から山を揺らし世界を覆うほどの凄まじい気迫を感じる。もしこの状況で「残念! 実はオレ達付き合ってまーす!」なんて宣言した日には即座に世界が滅んでしまう。

 

 ・・・バーディめ。この男は、そんなにオレを殺したいのだろうか。何でそっとしておいてくれないのだろうか。いいじゃん。連携訓練すればそれでいいじゃん。

 

 こんな、こんなくだらない事で死にたくない。何かしら、生き残る手段を考えないと。

 

 執行猶予(1か月)付きの死刑判決。ここから何とかして、オレは無罪を勝ち取らねばならない。

 

 

 オレの、魔王軍より恐ろしい強敵との戦いが、今幕を開けるのだった。




次回更新日は7/12の17:00です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「アイドル!」

 ・・・俺は今、悪夢のような光景を目撃してしまっている。これは夢か、幻か。

 

 フィオ・ミクアル。

 

 勇者パーティの仲間であり、愛すべき俺の恋人である彼女が。

 

 

────随分と親しげな様子で、兵装を纏った爽やかな青年と二人きりで歓談していた。街の片隅の、小さな喫茶店で。

 

 

「・・・っ!?」

 

 

 目の前の光景が信じられない。彼は気安く、フィオの髪を撫でているしフィオはフィオで気にも留めずケラケラと笑顔を見せている。その髪を、誰の許可を得て触っているのか。

 

 フィオはやがて、彼の肩をトントンと叩いて立ち上がり、笑顔で別れを告げた。男は名残惜しそうに敬礼している。その顔からは、フィオに対する何らかの感情を感じた。憧れ、だろうか。懸想、だろうか。

 

 ・・・さて。一体誰だ、あの男は。

 

 

 

 

 

 

 

「と、いう事だバーディ。お前はフィオのことはなんでも知っているだろう? 情報をくれ。」

「面倒くせぇ奴が面倒くせぇ話を持ってきたなオイ。」

 

 俺はすぐさま、真相を究明すべくバーディの部屋を訪ねた。乱雑に武器や防具が散らかるこの部屋を訪ねる奴は少ない。ここなら、バーディと二人きりで話せる。

 

 ・・・直接フィオに問い質しても、恐らく完璧にはぐらかされるだろう。だから、最初から彼に話を聞くのだ。口の上手さでは、フィオには勝てないからな。

 

「というか何でそんなことを気にするんだお前が。フィオが男捕まえたって良いだろ別に。それともお前、フィオ狙いなの?」

「ああそうだ。凄く気になるから、教えて欲しい。」

「だよな、だったらなんでフィオのことなんか知りたがるんだ?」

「・・・いや、だから俺はフィオが気になるから知りたいと言っている。」

「分かった分かった、フィオにもプライバシーが有るから興味本位で・・・。ん? 今なんて言った?」

 

 ・・・真面目に相談したいのに、肝心のバーディと会話が全く噛み合わない。どうしたと言うのか。バーディはまさか、この前の戦闘で頭に傷を負ったんだろうか? だとしたら、早めにフィオに相談するべきかもしれない。

 

「スマン、アルトよ。お前は、フィオに、なんて言った?」

「気になっている。」

「確かに、やつの行動はいつも想定外だ。よくよく注視して警戒しないといけない。そういう意味だよな?」

「いや。フィオを女性として、気にしている。」

「HAHAHA! いや、ちょっと待て、ええええ?」

 

 バーディは珍獣を見るような、困惑に富んだ目で俺を凝視した。

 

「いや、確かに本命を一人決めろといったけどさ・・・。よりによってソコかよお前。」

「よりによって、とはどういう意味だ。」

「いや・・・。ああ、もういいや。」

 

 バーディは頭痛をこらえるような仕草で首を振る。さっきからなんなのだ、この態度。

 

「その、聞くぞ。フィオのどこが好きだ?」

「・・・。えっと、その。顔?」

「天下の大英雄アルト様が、思った以上にゲスい思考になってるぞオイ。フィオに影響されたか。」

「いや、気付けば好きになってたからな。だから、いきなりそんなことを言われても分からなかった。」

「オイオイ、オイオイ。これ、マジな奴? フィオに唆されて罰ゲームドッキリとかじゃなくて?」

「俺は、仲間に嘘は吐かん。」

 

 俺がフィオを好きになることが、そんなにおかしいだろうか。彼女は普段はアレだが、実は優しく快活で、とても魅力ある娘だと今は思える。俺は胸を張って、フィオが好きだと宣言しよう。

 

 ・・・可愛いフィオの頼みだし、彼女と付き合っていることは口には出さないようにしているが。出来るならば、俺にはパーティのみんなの前で恋人を宣言して堂々とイチャつきたい気持ちもある。

 

 それに、バーディと例の約束も有る。それとなく、フィオを説得していかないとな。

 

「・・・お前さ、ただでさえ妬まれまくってるってのに。ここからフィオまで掻っ攫ったら、城中の兵士敵に回すぞ? その覚悟はあるか?」

 

 ところが、当のバーディは渋い顔をしていた。彼との約束を守っている形なのに、何が不満なのだろう。

 

「・・・と言うか、城の兵士がフィオと何か関係あるのか?」

「大有りだよバカヤロー。」

 

 バーディは両手を上げ、やれやれと肩をすくめた。俺に呆れているのがよくわかる。それにしても、さっきからオーバーリアクション過ぎないかコイツ。

 

「そもそも、俺達がどうして高額な報酬で雇われていると思う? その資金源はどこだ? 全て王様か?」

「・・・む、国王では無いのか?」

「違うよ。お前さん、政治面はホント疎いよなぁ。」

 

 それは、バーディの言うとおりかもしれない。俺は資金のやり取りや交渉事は確かに苦手だ。この辺はバーディやフィオ、ルートに任せっきりだ。

 

「よく聞け、俺達勇者パーティはな、主に三つの支持母体がある。一つ目は民衆。彼等は、この国の最大戦力である俺達を好意的に支持してくれている。だから、寄付金が集まったり道中で協力関係を結べるんだ。そして、民衆からの1番人気はお前さんだアルト。なんてったってウチのパーティの核だからな。」

「・・・いや、まだ俺には力が足りない。核などと、過大評価だ。」

「そんなことねぇんだがなぁ・・・。まぁいい、次の支持母体の話だ。王族貴族、コイツらが主な俺達の資金源。民衆の寄付金も有り難いが、コイツらの出す額は桁が違う。その代わり、隙あらば婚姻関係を結ぼうと一族の若いのを押し付けてきたり、俺達を政治や外交に利用しようとしたりと色々面倒な奴等でもある。」

「俺もたまに令嬢を紹介されたが、殆どの娘は俯いてばかりで何も喋らず、心の底では嫌そうに見えた。出来れば、ああいったことはやめて欲しいな。」

「いや、あの娘らが俯いてたのは四人からプレッシャーが・・・。いや、もういいや。最後の支持母体は、この国の軍部だよ。そして、ここでの人気は民衆とは大きく異なり、お前さんが1番嫌われている。何でか分かるか?」

「・・・俺が、弱いからか?」

「アホ、しょっちゅう手柄を持っていかれるからだよ。更に、軍部は大半が男性が占めている。日常的に女に囲まれてる俺達が妬ましくて仕方ないんだろ。特にお前。」

「何故、特に俺なのだ?」

「うん、死ね。んで逆に、軍部から人気が高いのはウチの女の子5人衆だな。女日照りの軍部では、訓練の合間にアイツらに会うのが数少ない癒しなんだろう。彼女らが主催する合同訓練は、俺達の合同訓練と比べても人気が段違い。皆、女の子に飢えてるのさ。」

「成る程。」

 

 と言うことは、フィオも兵士から人気が有るということか。そういえば、あの男も兵装だった。

 

 ・・・何と言うか、意外だ。彼女と一晩共にするまで、フィオからは女という印象を殆ど受けなかった。

 

 フィオとの会話は、まるで同性と話すような気分になるのだ。だが、その様な気安さも、一つの魅力になるのだろう。現に今、俺は彼女のすべてに惚れ込んでしまっている。

 

 それにしても、フィオの魅力に気付いている奴は俺くらいだと思っていた。まさか他にもフィオ狙いの男がいるとはな、少し不安になってきたぞ。今既にフィオが浮気をしているとは思えないが、彼女は案外押されると弱い。強引に迫られれば、場に流されて受け入れかねない。そんな事、絶対に許すわけにはいかない。

 

 彼女の人気がどれほどかは分からないが、男の影が有るなら早々に介入して・・・。

 

「因みに、軍ではフィオがぶっちぎりで1番人気だぞ? 8割くらい、フィオ派じゃねぇかな。」

「・・・え?」

 

 フィオが、他の四人を抜いて1番人気? 8割!?

 

 ・・・何を言っているのだバーディは。そんな訳が無いだろう。

 

 だってあの、フィオだぞ?

 

「そんなに怪訝な顔をしてやるなよ。まぁ、気持ちは分かるがな・・・。ほらアイツ、見てくれは可愛いだろ? んでもって、アイツは闘いが起こる度に何してた?」

「・・・俺達と共に最前線で闘っていた。」

「それじゃ半分だな、50点。アイツはいつも、魔王軍との闘いの終わった後も、真っすぐ兵舎に行って重傷な兵士達を夜通し治療してやがるのさ。」

 

 ・・・それは、知らなかった。フィオがそんなに献身的な事をするとは思っていなかった。

 

「何気なく、飲み仲間の一般兵が負傷したって聞いて見舞いに行ったんだよ。そしたらさ、兵舎ではフィオの奴が深夜だってのにせっせと働いてた。オレじゃなきゃ助けられない奴が居る、なんて格好つけた事言ってな。」

「・・・。」

「軍部には、直接フィオに命を救われた奴も多い。戦闘前に兵舎に行くと、大概フィオが居て気軽に兵士達と笑い合ってるんだ。“大丈夫だよ、そうビビるな。どんな状況だろうと、命さえ有れば助けてやる。ここにオレが居るから安心しろ。”なんつって。」

「フィオは、そんなこと一言も・・・。」

「そう言う奴なんだよ、アイツ。寝る間も惜しんで自分達を癒やしてくれるフィオが、兵士達に好かれない訳が無い。彼等にとってフィオは完全にお姫様、戦場に咲く花、地獄に現れた女神だ。お前さんが殺したいくらいモテモテな現状でも、背後から刺されてない一番の理由は“フィオを毒牙に掛けてないから”、これに尽きる。」

 

 ちょっと待て。そこまで妄信的に兵士達に慕われているのか、フィオは!?

 

「奴ら、なんとフィオのファンクラブまで組織してるんだぞ? 聞くところによると、鉄の戒律があるらしく1人で抜け駆けしようものなら地獄を見るとさ。ついさっきも一人、金玉つぶされた奴が出たと聞いたぞ。なんでも、フィオと2人で喫茶店で飯食ったんだとよ。」

「・・・ふむ。ではもし、俺がフィオに手を出したらどうなる?」

「奴らを甘く見るな。相手がお前であろうと、一歩も引かず襲い掛かってくるぞ。・・・まぁ、捕まれば即座にミンチに加工されるだろうな。」

 

 ・・・。

 

「まぁ、そう言うことだ。そもそもフィオは攻略難易度も超高いぞ? 大人しく他の四人から選んでおけ、それが一番無難だから。」

「・・・そうか。すまん、失礼する。」

「あいよ。じっくり悩め、少年。」

 

 そうか、フィオはそんなに大人気な兵士達のアイドルだったのか。

 

 ふむ、俺って奴は、フィオに何をしでかしたっけ?

 

 

 

 

 

 恐喝、強姦、覗き、買春etc・・・。

 

 

 

 

「・・・。」

 

 

 

 

 

 

 ・・・今後は、俺もフィオと付き合っていることを隠していこう。それに、多人数相手の戦闘訓練も増やしておくか。

 

 誰だって、ミンチになりたく無いものだしな。




次回更新は7/15の17:00です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「でぇと。」

ヤマ無しオチ無しほのぼの回


 ・・・気のせいだろうか。

 

王都に帰って来てから、パーティの皆の様子がおかしく感じる。何というか、前よりピリピリしている気がするのだ。

 

 特に、フィオ以外の女性陣の空気が良くない。彼女らには以前から小さな口論はあったのだが、最近ますます顕著になってきている。何というか、険悪さが増した、という感じだろうか。

 

 

「この地味盗賊、何故ついてきているのだ。私が、今日アルトと買い物に行く予定なのだが。」

「・・・レイ。ウチの目を騙くらかせると思うたか? ・・・その妙な薬を置いていけ。」

「健康に問題が有るモノじゃ無い。お前みたいな乳臭いガキには理解できない薬もあるんだよ。」

「・・・理解しているから置いて行けと言ってる。」

「は。なんだ、ガキの癖にそう言うことには興味津々か。この淫乱。」

「・・・鏡を見て言うと良い。ド淫乱。」

 

 

 買い出しに出掛けると、なぜか仲間同士で口喧嘩が勃発。

 

 

「アルトは忙しいのだぞ! 私と剣を振っている最中に、何の用事だユリィ!」

「そろそろ疲れたのでは無いかと、差し入れを。アルト様、お菓子を心を込めて作りましたので、ここで休憩にしませんか?」

「邪魔だ! 剣の道というのは、甘味片手に休みながら成せる道では無いのだぞ! とっとと下げろ!」

「アルト様は既にお強いです。少なくとも、休みもせず剣を振り続けているどこかの人より。」

「・・・それは誰のことを指している。」

「うふふ。」

 

 

 剣の鍛錬をしている傍らで、睨み合いが勃発。

 

 

「これでは良くないと思うんだ。フィオ、俺は仲間同士で諍いはなるべく避けたいと思っている。だから、彼女らが喧嘩を始めたら、お前に仲裁に入ってもらいたい。」

「死ねってか? そんなにオレを精肉加工したいのかお前は?」

 

 最近の仲間同士の険悪さを悩んだ俺は、人の機微に詳しく恋人でもあるフィオに相談することにしたのだった。

 

 今まではこう言う時は1人悩む事しか出来なかった。だが、フィオと親密になれたので今はこう言った相談も出来る。フィオの存在は、本当にありがたい。

 

「何とか、ならないだろうかフィオ?」

「無理・・・いや、恋人である事を公表すれば何とかなるんだが、そうするとオレ死んじゃうしな。やっぱ無理だな。」

「そうか、フィオでも無理か。」

 

 何やら含みのある言い方をしているけれど、フィオにもどうやら無理らしい。残念だ。

 

「ところでさ、アルト。」

「どうした? 俺の可愛いフィオ。」

「その、なんだ。今から始めますって時の話題じゃねぇよなソレ。」

 

 因みに、今俺達のいる部屋はベッドが一つあるだけの、簡素な部屋だ。人目につかぬようわざわざ城下町の外周まで来て、そういう場所を借りた。俺は実に数日ぶりに、フィオとイチャイチャしている。

 

 下着のみを身に着け、膝の上に座っている彼女の肩を抱きながら、俺はとても幸せな時間を過ごしていた。

 

「・・・ヒャッ!! お、おい。」

「そうだな。すまん、タイミングが悪かった。今はキチンと、目の前のお前に集中する。」

「違う、そう言うことを言いたいんじゃ・・・、待って、・・・ッ!」

 

 そうだ、二人の時に他の女性の話題はNGだった。いかんいかん、フィオが優しいからと言って何でも甘えていると、いずれ愛想を尽かされてしまう。俺も彼女の恋人として、ふさわしい男にならないと。

 

「そ、その。」

「さぁ、目を閉じろフィオ。」

 

 俺は、自分の相談事を打ち切って優しくフィオと唇を合わせる。王都に戻ってから、二人きりの時間をあまり作れていなかった。恋人との時間は、しっかり確保しないとな。

 

 最近分かったことだがキスを交わすと、フィオにもスイッチが入ってくるらしい。少し顔を赤らめながら、彼女はキスの最中から既に全身の力を抜いて俺に体重を預けてきた。

 

「夜までに戻らないと怪しまれるからな。フィオ、そろそろ始めよう。」

「・・・う、うん。」

 

 そして、事が始まる。

 

 ここでしか見れない、頬を赤く染めた静かな彼女を愛おしみつつ俺はゆっくり肩に手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・。」

「会計だ。これで、足りるな?」

「毎度。今度は是非泊まってくだせぇ。」

 

 まだ、体が熱い。異物感があるし、ジンジンする。

 

 オレとは対照的に随分とスッキリした顔のアルトは、手早く会計を済ませ、オレの手を優しく包みこんだ。そのまま手を引かれ、オレは熱に浮かされたようにアルトに寄り添い夕闇の街を歩いていた。

 

 ・・・この駄勇者め、女は普通にしんどいんだぞ、事後は。なんでデートプランの最初に本番を持ってくるのか。馬鹿じゃないの。

 

 久しぶりの、恋人とのデート。プランをアルトに任せていたら、まさか開幕逢引き宿へ直行するとは。この勇者、本当にブレない。

 

「こっちだ、フィオ。」

「・・・うん。」

 

 一応この後は食事と聞いているが、頭がぽわぽわして何も考えられない。どんな店なのだろう。

 

 道案内をアルトに任せ、身体の火照りをなんとか誤魔化そうと集中する。これ、回復魔法で何とか出来ないのかな。うーん、解熱魔法? いや、なんかそれは違う気がする。

 

 ・・・さっきから殆どアルトと会話がない。オレ側に話を振る余力がなく、アルトもあまり話しかけてこない。貴重なデートが、こんなんでいいのか。

 

 いや、アルトが相手だしこんなものか。元々寡黙な奴だし、急にベラベラと喋られても反応に困るな。ちゃんと手を握って歩いているし、及第点にしておこう。

 

 最初から求めすぎるのもアレだしな。開幕で抱きに来た事だけ、ほんのり注意しとくか。

 

「なかなか時間を作れなくて済まなかったなフィオ。本当は、毎日でもこうしたいのだが。」

「・・・いやそれは、キツイわ。」

 

 一方アルト側は毎日ヤりたい模様。こういったデートは、王都に戻ってから今日までの二週間で、大体4-5日周期くらいで誘われている。今日は4回目の王都お忍びデートだ。

 

 オレ達は普通の恋人程度には会ってると思うんだが、アルトからしたらまだ足りないのだろうか。

 

 因みに、このデートの追跡者はいない筈。念のため、アルトにガッツリ探知して貰っているから安心だ。見つかったらシャレにならん。ここの警戒だけは絶対に手を抜けない。何故かアルトも、妙に協力的だった。

 

 また、アルトには「人前で絶対に誘うな!」と固く言いつけてあるので、奴がオレを誘う時はこっそり腕を引く様にしてもらっている。アルトに腕を引かれたその夜に、オレがアルトの部屋に忍び込んで密会して、デートの日時を話し合う。毎度、なかなかのスリルを味わっている。

 

 夜の密会に向かう途中、アルトの部屋の前でユリィとニアミスしたときはビビったな。「ユリィには言いにくいのだが、色事を嗜みに行くのさ」と言って上手く誤魔化せたからよかったモノの。いやはや普段、エッチなお店に通ってて良かった。あの時の顔を赤くしたユリィは可愛かったなぁ。

 

 

 

「着いたぞ、フィオ。」

「・・・うわ。」

 

 

 そしてアルトと並んで歩くこと10分、アルトに連れられて到着したのは小さな庶民向けの定食屋だった。デートに使う店にしてはどう考えてもショボい。いや、高い店じゃないと嫌とかそんな厚かましい事を言う気はないが、正直かなり安っぽい印象を受ける。「夕食」って、言葉通り普通に飯食いに来ただけなのか。

 

「ああ、誤解するなフィオ。この店は今日貸し切ってある。設備を借りただけで、ちゃんと料理の腕のいい人が来てくれる手筈だ。出張料理人と言うヤツだ。」

「おお、そうなのか。」

「王都近辺だと、美味い店も多いが俺達の顔も知られている。知人に見られ噂になるかもしれないからな。俺達の事、まだ隠しておきたいんだろう?」

「アルト・・・! 気が利くな、最高の配慮だぜ。」

 

 なんだ。この男にしては珍しく空気が読めている。完璧な配慮に感謝する反面、何股かかけられてるんじゃないか疑惑もわずかに強まった。

 

 いや、一応アルトを信じる事にしてはいるんだが・・・。こいつ、腹黒なのか天然なのか未だに判断しきれないのだ。付き合う際は腹黒野郎にしか思えなかったが、最近の言動から自分を鈍感じゃないと思い込んでるド鈍感にも見えてきた。

 

 どっちだ、分からん。

 

 胡散臭い目をアルトに向けたままその定食屋の戸を開けると、中は思ったより綺麗な店だった。そして厨房にはスラリとした美人が厨房に立っており、すっと彼女はオレ達を一瞥し優雅に礼をする。

 

「おお、もう来てくれていたのか。」

「お待ちしておりました、アルト様、フィオ様。」

 

 彼女はメイド服を纏い、覇気のある猫目をゆっくり細めながら歓迎してくれた。銀髪をいつもの様にサラサラと揺らし微笑む彼女に思わず見とれ────

 

 って。

 

「クリハさんじゃねーか!!」

「はい、フィオ様。」

 

 噂になるからわざわざ遠出したのに、自分から顔見知り呼んできてどうするんだこの馬鹿!

 

「フィオ。彼女の料理の腕は王宮でも随一だと聞く。今日は、特別に奮発して休日の彼女を雇ったんだ。」

「いや、いや! クリハさん、これはだな、その、アルトとは何でもなくて、その、たまたま一緒に食事する展開になったアレで・・・。」

「ご安心を、フィオ様。お二人の関係を他言するつもりはございません。私の、メイドの矜持に賭けて。」

「あ、いや、ちが・・・。」

 

 あふん。まぁこの人なら口は堅いと思うけど・・・。

 

「心より祝福しますよ、フィオ様。では、只今より腕によりをかけて調理させていただきますので、ごゆるりとご歓談ください。」

 

 クリハさんはそう言って、ワインをグラスに注いだ後厨房へと消えていった。テーブルにはおしゃれなマットが敷かれ小さなチーズが皿に盛り付けられており、高級店さながらの雰囲気となっている。

 

「彼女、早めに来てわざわざ内装も弄ってくれたのか。やっぱり彼女を呼んで正解だな。」

「うう、出来れば知人にも知られたくなかったんだよなぁ。」

「そうか、済まなかった。だが、俺の交友範囲で出張料理を頼める相手なんて彼女くらいしか居なかったんだ。」

「そっか。お前人気ある癖に結構ボッチだもんな。」

「・・・。」

 

 あ、しまった。地味に傷ついた顔をしてる。

 

「ま、まぁ乾杯と行こうぜアルト! なんだ、今日は楽しもうぜ。もう楽しんだ後だけど。」

「あ、ああ。なら乾杯だフィオ。」

 

 慌てて空気を戻そうと、カチン、硝子の器を揺らしオレとアルトはワインを煽った。

 

 ヤッた後の微妙な気怠さを癒すべく、熟達した料理の腕を持つと言うクリハさん手作りの夕食に舌鼓を打つとしよう。王宮で随一の腕と呼ばれているだけあって、前に国王主催の宴会の際に食べた彼女の料理は本当に絶品だった。

 

 ・・・彼女は厨房に戻る時オレとアルトを意味深に見ていた事だけが気になったけれど。

 

 

 

 オレとアルトは向かい合い、2人きりの店内で寛ぐ。アルトは相変わらず寡黙なままだ。少し会話を振ってみるとしよう。 

 

「なぁ、アルト。1つ聞いても良いか?」

「ああ良いぞ、フィオ。何でも答えよう。」

「その、最初の夜の日な。お前、もしあの奇襲で死にかけたのが別の娘でさ。例えばユリィだったとして、ユリィと二人で逃走劇かまして、ユリィと同じ様にあの小屋で一線超えてたら、ここに座ってるのはユリィだったのか?」

 

 デートで開幕ヤられた腹いせに、少し意地の悪い質問を投げてみる。さて、どう答えるかな?

 

「いや、それはないな。」

「ほう。何でそう言い切れるんだ?」

「あんな事をしでかしたのに、許してくれた上恋人にまでなってくれるような女神はフィオ、お前くらいさ。」

「・・・どうだろうな。」

 

 おお、思ったより良い返し。ただオレ以外の四人のウチ、四人全員が責任取らせる方向で恋人になってくれそうだけどな。

 

 1度会話が始まると、ソレを皮切りに話が弾んでいく。今度はアルトの方から会話を振ってきた。

 

「その、すまんな。最近までお前の事を誤解していた。」

「誤解?」

「あー、なんだ。お前はどうしようもない問題児で、常に迷惑をかける存在だと思っていた。自分が恥ずかしいよ。」

「ん? 大体それであってるぞ。オレは、自分が楽しければそれでいい快楽主義者だからな!」

 

 いきなり何を謝っているんだコイツ。

 

「・・・そっか。フィオはそう()う奴だって、バーディも言っていたっけか。」

「ほほう。バーディの野郎、相変わらずオレに喧嘩売ってやがるな。明日、奴の槍先を煮干しにすり替えておいてやる。」

 

 こういう事は自分で言う分には構わんが、人から言われると腹立つな。

 

「なぁ、フィオ。俺はさ、お前のそう()う所、好きだぞ。」

「そっか、変な奴。」

 

 珍しいな、アルトは人間の屑が好きなのか。ダメンズ好きの性別逆バージョン的な?

 

「だから、フィオ。お前に、ずっと一緒に居てほしい。俺の隣に居てほしい。」

「はいはい、分かったよ。」

「約束だからな。」

 

 そういって奴は静かに目を閉じ、オレの頬に手を当てた。オレもそれに乗っかり、目を瞑る。

 

 二人はメイドの存在を頭から消しつつ、唇を重ね合わせて絆を深め合うのだった。




次回更新日は2017/7/18の17:00です。
次回、メイド視点。

感想返信がままならず、申し訳ありません。頂いた感想は全て読ませていただいております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「おにいちゃん」

 まさか、まさかと半信半疑ではあったが。目の前で二人、隠れ家的な料理店で逢引きをしている、何とも言えぬ空気の男女の様子を見て私は確信する。

 

 どうやら二人は、本当に恋仲となった様だ。

 

 今日は、ここに来て本当に良かった。王宮のメイドとしては最高位に位置し、私が滅多に貰えない休みを消化してまで、確かめる価値が有った。

 

 「死神殺し」などと呼ばれる最高位の白魔導士「フィオ」。彼女と、勇者アルトが交際関係にあるならば私にとってこれ以上都合の良い事は無い。

 

 彼女は何やら城内で随分と人気が有るらしいが、私からしたら彼女は単なる「男殺し」にしか見えない糞ビッチだ。色狂いと言い換えても良いだろう。同じ女性として、実に唾棄すべき存在と言える。

 

 初めて会った日からまるで理解できなかった。彼女の、あの異性に対する気持ちの悪い馴れ馴れしさが。

 

 彼女が足しげく兵舎に通い、兵士連中に媚び口説いてまわっている事を聞いた時は怖気が走った。どれだけ、好き者なのだろうか。その一見して無垢な外見で、何人の男を手玉に取ったのだろか。

 

 そんな腐った女が。バーディ(お兄ちゃん)にまで媚び始めて、ケツを振りいやらしい街へ誘っている姿を見た時の私の心境と言ったら筆舌に尽くしがたかった。全身の血が指先まで凍り付くのを感じた。

 

 ・・・あの腐れビッチめ、なんて、羨ましい事を! 実の妹である私を差し置いて、赤の他人であるお前がお兄ちゃんと色街に消えるなんて、絶対おかしいだろう!

 

 そう。

 

 大事な大事な私の兄。強く、頼れる私の兄。そんなお兄ちゃんを・・・あんな売女には、とてもじゃないが渡せない。

 

 

 際限なく高ぶる怒りを抑え込み、手際よく料理をこさえながら、私は思い出していた。幼き日の、私がまだ子供の頃、両親が死んだ私と兄が二人で暮らしていた時の事を。

 

 貧しかったが、とても幸せな日々だった。兄は、とても優しかったからだ。私は、間違いなく兄に深く愛されていた。

 

 今でも覚えている。私の誕生日に、私を喜ばせる為だけに山を一日中駆け回った挙句、しょんぼりとしながら小さな花を持って帰ってきたこと。

 

 私が高熱を出した時、よく分からない薬草を口移しで飲ませてくれたこと。ファーストキスの、苦い思い出だ。

 

 私が兄の布団に潜り込んだ時、何も言わず頭を撫でてくれたこと。

 

 そうだ。不器用ながらも私をいつも守ってくれていた兄は、間違いなく私の憧れだった。

 

 

 

 だが。相思相愛だった私と兄は、生きながらに散り散りになってしまった。村に襲撃に来た魔族どものせいで。

 

 いつものように、私の事が大好きなお兄ちゃんは、私を逃がす為だけに槍を持って単騎で魔族に突っ込んでいった。一言私に、「逃げてくれ」と言い残して。

 

 ・・・逃げない訳にはいかなかった。私は兄と一緒に死んでも良かったが、兄がそれを望まないとをよく知っていたからだ。遮二無二生き延びるために走り続けた。兄がいない世界など興味がなかったが、兄が望んだから兄の為だけに生きようと最大限の努力をした。

 

 そして、逃げながら私は泣いた。もう兄と会えないと思ってしまったから。

 

 

 

 王都まで逃げ延びた私は、乞食でもなんでも行って必死で生計を立てた。時にはルックスを買われ従業員として、時には手際の良さを買われ使用人として。

 

 やがて、旅亭の使用人としてとある貴族をもてなした際に、私は貴族付きのメイドとしてその場で雇われた。料理の腕やたたずまい、仕事の機敏さなどを痛く気に入られたそうだ。私は農民出身と即座に分かってしまう名前だったためクリハと名前を変え、メイドの基礎を叩きこまれた。

 

 その貴族の家で1年ほど働いた後、やがて私は侍女としてその貴族から王宮へ捧げられた。その貴族は、国王に気に入って貰えたと喜んでいた。初めから、質の良い侍女を贈って王の覚えを良くするのが狙いだったそうだ。

 

 またその貴族には、王宮で私を害するような計画を聞いたら知らせてくれとも頼まれた。彼の私に対する様々な厚意が全て打算なのは分かっていたが、私を見出して貰い、生きていく上で必要な仕事を教わったりと恩があるのは事実なので頷く事にした。

 

 私の答えを聞きホッとした表情の彼を見て、貴族をやるというのはなかなかに大変なのだろうと同情した。

 

 そう、まさにトントン拍子だった。ただの庶民出身の、貧しい家の娘が今や王宮住まいの侍女である。かつての店の同僚達の誰もが私をうらやんでいたし、当然妬まれもした。だが、私の心はポッカリと穴が開いたままだった。

 

 大好きな兄が、私が生きることを望んだのだ。私は兄が死んだ今も、兄の為に生きている。自分がいかに出世しようと、興味は無かった。これは、兄の死を無駄にしないために、常に最善と思われる行動を私が選び続けた結果に過ぎない。

 

 人生とは、死ぬまでの暇つぶしである。そう考えていた矢先。

 

 

 

 

 ・・・まさかその兄が、勇者として召集されるとは思わなかった。

 

 魔族の活動が活発となり始め、再び魔王軍との戦争が始まると予期された時。国王お抱えの占い師が、命を絶ってまで占ったというその結果は、「体に聖痕浮かびし勇者を八名集めれば、この国は滅びる事は無い」というモノだった。即座に王の命令で各地の捜索が行われ、様々な年齢層の8人の勇者が特定された。

 

 私は彼らの世話役を仰せつかった。いつも通り、そつなく淡々と与えられた仕事に対して最大限の成果を発揮する。それだけの筈だった。

 

 彼らを初めて出迎えた時は、我が目を疑った。この私が見間違えることはあり得ない。死んだと思い込んでいた兄が、不敵に笑い確かにそこに立っていたのだ。

 

────嗚呼。

 

 頭が真っ白となり、世界に彩りが戻ってくるのを感じる。数年ぶりに再会したバーディ(お兄ちゃん)は、私を庇った時の傷を顔に刻み付けたまま、数百倍は格好良くなっていた。筋骨隆々百戦錬磨、槍を振るえば国内に右に出るものなし。私を守り行方知れずとなり、私が再会を諦めてしまっていた兄は、まさに理想の王子様となって再び私の前に姿を現したのだ。これが、運命の再会と言うモノなのだろうか。私と兄は、結ばれる定めだったのだろうか。

 

 ところが。

 

「おお、これは随分とべっぴんなメイドさんだな! だが実に残念。あんた致命的に魅力(おっぱい)が足りないな!」

「バーディ、このアホ! す、すまん可愛いメイドさん。実はこいつ、頭が残念で出来ているんだ。」

 

 数年ぶりに再会したお兄ちゃんの隣には、既に女の影があった。

 

「ん、何だメイドさん。俺の顔に何かついてるか?」

「・・・いえ、バーディ様。王がお待ちです、只今ご案内いたします。」

 

 そして、あろうことかお兄ちゃんは私に気付かなかった。数年前のお兄ちゃんなら、どんな変装をしてもすれ違い様に匂いを嗅いだだけで妹だと見分けてくれたのに。

 

 そうか。そんなに、そこに居る女に夢中になってしまっているのか。

 

 だから、お兄ちゃんは私に気付いてくれないのか。

 

 

 そこに居る、糞みたいな女が悪いのか。

 

 

 

 

 

 勇者パーティを詳しく調べていくにつれ、一つの事実が明らかになった。パーティを構成する六人の女性の内、四人は勇者アルトに懸想している。一人は、自分を男と言い張っている。こいつらは捨て置いて問題ないだろう。

 

 問題はこの白魔導士だ。最後の一人であるフィオ・ミクアルが、お兄ちゃんと常に行動を共にし、いやらしいお店にお兄ちゃんを連れまわしていると言う事実を確認した。まさに、彼女こそ諸悪の根源だったと言う訳だ。

 

 ・・・お兄ちゃんが、愛していた筈の(いもうと)に気付いてくれない理由。それは全てこの女が原因だったと、確信した。

 

 

 そこで私は、虎視眈々と彼女の暗殺計画を打ち立て始めた。パーティの一行が遠征に出かけている際にわざわざ屋敷の管理を買って出て、正確に屋敷の内部構造を把握した。完璧な隠ぺい工作で、決して疑われぬままにあの女の命を取る。優秀な私なら、それが出来る筈だ。私は、絶対に兄をこの手に取り戻す。

 

 勇者パーティ敗走の報を受け、真っ先に私は彼等の家に忍び込んだ。戦闘と言う極限状態から、ホームへ帰宅し気を緩めたその一瞬が狙い目。武の心得なき私でも、気付かれず奴の命を狙えるその瞬間を虎視眈々と待つ。

 

 

 幸いにも、帰宅したのは勇者アルトと糞ビッチの二人のみ。出来る限り気配を隠しつつ、廊下に出た瞬間にヤツの頸を跳ね飛ばそうと鉄糸を指に構え部屋の外で待ち構えていると。

 

 

 

 偶然にも勇者アルトの、糞ビッチへの熱い告白の場面を聞いてしまう事になる。

 

 

 

 どうやら、尻の軽いこの女は見事に勇者アルトを口説き落としたらしい。彼は現在、この国最強の戦士と名高い。お兄ちゃんより資金的な価値を見出し、あんなに仲良くしていたお兄ちゃんを捨てて口説きに行ったのだろう。何時ものように男に媚びた、馴れ馴れしい態度で。

 

 吐き気がするような邪悪な思考回路だ。可哀想な兄。だがこれで、お兄ちゃんはヤツの魔の手から救われる。

 

 きっと、目を覚ましたお兄ちゃんは私に気付いてくれる。

 

 きっと、子供の時の様に私を愛してくれる。

 

 

 

 私は、すぐさま方針を転向した。最初から彼女を殺すのはリスキーだとは理解していたから、殺さなくて済むならそれに越したことは無い。

 

 

 今日だけは、全力で支援してやろう糞ビッチ。本当は、お兄ちゃんに食べて貰う為に鍛え上げた料理の腕だが。今だけは勇者アルトとお前をより強固にくっ付ける為に、全力で腕を振るおう。お前も全力で感謝して貰いたい。

 

 陳腐な店の設備なので、料理の仕込みにすら苦労したが。自前の魔法を補助的に使い設備を補う。私の数少ない魔力を大盤振る舞いし、逸品と自信の持てる料理の数々を精魂込めて作り上げるのだった。

 

 

 

 

 

 計画は順調だった。

 

 出来上がった料理を、二人の世界を邪魔せず静かに並べ、余計なものをタイミングを見て下げる。ゲストの二人が気分よく食事ができるよう、最大限に気を配る。私が、メイドとして普段から当たり前のようにこなしてきた仕事だ。

 

 二人の頬はワインにより赤みを帯び始め、テーブルには甘い空気が流れ始めている。良い感じだ。そのままもっと親密になって貰いたい。この私が、全力で料理をしているのだ。

 

 

 

 次に運ぶのは、いよいよメインデッシュの粗挽き肉ハンバーグ。会心の出来だ。きっと会話も弾んでくれるに違いない。

 

 私は静かに、今まで通り厨房から料理を運び。

 

 

 

「ん、ん。」

 

 

 

 

 無言で抱き合う二人を視認し、即座に音を立てず厨房に引き返した。

 

 ・・・なんともタイミングが悪い。危ない所だ、もう少しで気付かれるところだった。まさかキスの真っ最中だとは。念のため気配を消していて良かった。

 

 なかなか盛り上がっているようで何よりだ。もう少し待ってから、さりげなく邪魔をしないように料理を運ぶとしよう。

 

────少し、羨ましいな。私もいつか、お兄ちゃんに素敵な雰囲気のお店で二人きりの食事に連れて行って貰おう。そして、今まで頑張ってきたことを褒めて貰おう。

 

 さて、そろそろキスは終わっただろうか?

 

 ・・・ちらり。物陰に隠れ、料理を出すタイミングを測るべく2人の様子をうかがう。

 

 

「フィオ、フィオ!」

「や、どこ触って、ちょっ!」

 

 

 無言で物陰に戻る。

 

 はだけていた。服が、ビッチの服が良い感じに半脱ぎになっていた。

 

 待て。私もいるぞ、料理を運んでいただろう!?

 

 キスだけなら、ギリギリ理解する。だがまさか、ここでおっ始める気かあの二人は。私の事を忘れているのか、見せつけているのか。どちらにせよ、頭がおかしいだろう。どれだけ股が緩いのだあの女!

 

 いや、きっと悪ふざけに違いない。キスの延長の、ちょっとしたボディタッチ。非言語的コミュニケーション。うん、それだ。

 

 そろそろ運ばないとせっかくの料理が冷めてしまう。私は意を決し、料理をもって厨房を出て、

 

「待てって! さっきもッ・・・! ・・・ッ!」

「ふっ・・・! ふっ・・・! ふっ・・・!」

 

 音を立てずバックステップで華麗に厨房へターン。

 

 どうして二人とも脱いでいる!? どうして此処でおっ始めてるの!? 

 

 おかしいでしょ。やっぱ頭おかしいでしょ。本当にヤツがアルトとくっついて良かった。あんな色狂いがお兄ちゃんの嫁になんて、想像するだけで頭の血管が破裂する。

 

 

 やがて、店にはもの凄い声が響き出した。な、何をやっているのだろうか。

 

 

 思わず、欲望に負けこっそり覗いてしまう。私は悪くない。こんなとこで始める奴が悪い。

 

 ・・・いや、ちょ、うわ。なにあれ凄い。あんなに軽々と人の体は持ち上がるものなのか? ビッチがいくら小柄だとは言え、絶対腰痛めそう。あ、自分で治せるからあんな無茶が出来るのかあの女は。

 

 やがて、唐突に勇者アルトが立ち上がり、ビッチを抱き抱え妙な体勢を取った。何をする気だ?

 

「フィオ、大車輪いくぞ。」 

 

 ・・・大車輪?

 

 いや、ちょっと待て。なんだアレ? 行為の最中にビッチがくるくる回ってるぞ。え、回るの!? 近頃のビッチは回るのが主流なの!? なんでそれでちょっと気持ちよさそうなの!?

 

 流石は勇者。女との合体方法も、色々と格が違う様だ。来るべきお兄ちゃんとの初夜の参考に・・・全くならない。

 

 ・・・どうしよう、この会心のハンバーグ。仕方ないし、あの謎行為が終わるまで冷めない様にかまどの近くで保温しておくか。

 

 

────暫くして。

 

 

 謎行為が終わった後、素知らぬ顔でメイドが料理運びを再開した際、白魔道士は我に返って大絶叫したのだった。




次回更新日は3日後、7月21日の17時。
感想返し、殆ど出来なくて申し訳ありません。、


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「独白?」

注意:今回は残酷な描写を含みます。


 これが、魔王軍の暴威。

 

 村には火の粉がそこら中にくすぶっている。古いけど芯の強い作りだった僕らの家は、轟轟と燃え盛って中から悲痛な叫び声が木霊している。

 

 父の声だ。兄の声だ。

 

 油を引かれ、生きたまま焼かれる苦しみを僕の家族(兄と父)は味わっている。首筋に刃を当てられ這いつくばっている僕は、震えながら焼かれゆく家族を涙を流し見つめる事しか出来ない。

 

 

 

 

 曇り無く晴れた夏のある日。平和だった村に、何の前触れも無く猿に似た醜い魔族達が襲い掛かってきた。ギチギチと壊れた鳴き声を上げながら、醜悪な笑みを浮かべ奴等は蹂躙を始めた。

 

 恐ろしい速度で駆ける、鋭い爪を持った魔族達。ロクな戦闘経験の無い村の若者は、為す術無く殺されるか捕らえられてしまった。

 

 やがて僕達は抵抗を諦め、魔族共に首を垂れる。奴等の襲撃から半日も経たず村が制圧され、僕らは捕らわれの身となった。

 

 奴らは、次に人間の選別を始めた。

 

 魔族の長らしき、老いた巨猿が指示を飛ばし村人達は縛り上げられ、乱雑に並べられていく。僕ら村の住人は、縛られたまま家の中へ放り投げられる人間と、外の広場に山積みにされる人間へと分けられたのだ。

 

 姉と僕は縛られ、広場に転がされていた。辺りを見渡すと、広場に居る人間の全てが女性だった。中には、服を裂かれた女性も居る。僕にはその意味を、容易に理解できてしまった。

 

 魔族にとっては、人間は繁殖行為の対象だという事だ。僕はまだ子供だから服までは奪われていなかったが、ゆくゆくはそういう事をさせられるために捕らえられたのだろう。

 

 ・・・男の僕が捕えられる側な事に関しては、本当に遺憾だ。

 

 一方、魔族は男や老人などを次々と家に放り込んでいく。彼等は、女ではないから村に放置されるのだろうか? だとしたら、父や兄は助かるのだろうか?

 

 ・・・そんな訳が無かった。奴等は家に放り込んだ後に油を父や兄に撒き散らし、そのまま火を放ったのだ。

 

 村中で絶叫が木霊した。悲痛な、家族を呼ぶ声。魔族達に対する、怨嗟の声。聞くに堪えぬ禍禍しい慟哭が、広場に響き渡った。燃え盛る僕の家の玄関に、顔中を赤黒く腫らした父と兄が悶えているのがよく見えた。

 

 縛られたまま思わず駆け寄ろうとするも、即座に刃で脅され。その場からぴくりとも動けないまま、父と兄の声がか細くなっていくのを僕はただ傍観していた。ジュウジュウと嫌な音がして、鼻を突く嗅いだこともない不快な臭いが漂う。

 

 人の焼ける臭いだ。胸が悪くなる、油を焦がしたような臭いだ。

 

────絶望する。何もできない自分に。こんな理不尽を放置する国に。そして誰も助けてくれない、この世界に。

 

 

 

 

「・・・お、可愛い娘。今助けてやるぜ、水よ散れ(ミスト)!!」

 

 

 

 そう、この世の全てを恨んだ時だ。突如視界が真っ白く染まって、村中に冷たい風が吹き付けたのは。みるみるうちに、そこら中の家屋を燃え盛らせていた炎は鎮火されていく。

 

 コレは、どんな異常気象だ? 僕は今、夢を見ているのだろうか。

 

 いきなりの濃霧に、魔族達も困惑した声を上げている。コレは、魔族達の起こしたものでは無いらしい。

 

 まさか、援軍か。味方なのか。つい先程聞こえた幼い少女の声は、ようやく現れた僕達への福音なのか。

 

「ど、何処だ? そこに誰か居るのだろう、どうか僕達を助けて────」

「シッ、今は静かに頼むぜお嬢さん。おーい、敵はこっちだぜ村長(ボス)! とっとと蹴散らすぞ!」

 

 声のする方を振り向くと、いつの間にやら少女が魔族に向かい合い立っていた。快活そうな、金髪をはためかせる同い年くらいの少女だった。

 

 同時に、魔族達も彼女の存在に気が付いたらしい。奴等は彼女が濃霧を起こした犯人だと悟ると、猪突猛進、うなり声を上げ不敵に笑う少女目がけて迫り駆ける。ところが、少女に慌てる様子は無い。何かしら、奴らに対処する目途があるのだろう。

 

 だが、僕は気付いた。少女の死角の背後に1人、霧に隠れていた魔族の存在に。何という事だろう、彼女は自分の背後の敵に気付いていない!

 

「さぁてカワイコちゃん達、オレから離れるなよ?」

「き、君、後ろ! 気を付けて、魔族が槍を振り上げて襲ってきて・・・!」

「あ、へーきへーき。」

 

 その絶体絶命な筈の少女は、振り向きもせず笑顔で僕と姉を撫でる。後ろの魔族はどんどんと迫ってきているというのに。このままでは、彼女は死んでしまう。必死で彼女にそれを伝えようとして、

 

村長(ボス)、来てるしな。」

 

 直ぐに彼女が振り向かなかった意味を悟った。「村長」と呼ばれた漢が咆哮し、霧の中からその巨体を現す。

 

 とんでもないスピードだ。彼女の背後にいた魔族は逆に虚を突かれる形となってしまい、一息にその男に踏み潰されてしまった。

 

 呆然。村長(ボス)と呼ばれた大男は、攻撃の手を緩めない。再度咆哮し、勢い良く大地を殴ると土石流が彼の周囲から沸き上がる。

 

 彼の産んだ土砂は、地面と同化したままねずみ花火の様に四方へ散っていき、接触した魔族を地面の中へと引きずり込み始めた。鎧袖一触、逃げる間もないまま奴らは、叫び声と共に1匹残らず大地へと飲み込まれた。やがて、奴らの痕跡は引きずり込まれた奴らの手が蠢きながら地面から雑草の様に生えるのみとなった。

 

 僕は、その現実離れした凄まじい展開に呆然としていただけだった。一方、事態の収束を悟った姉は我に返ったかの如く絶叫する。

 

「お、お父さん! お兄ちゃん! ああ、お父さんがこんな姿に!! お兄ちゃんはどこなの!? どれがお兄ちゃんなの!!」

 

 色を失いながら、姉は崩れ落ちた家に駆けよった。そう、僕と違って姉は目を背けていなかったのだ。父や、兄のこの惨状に。

 

 鎮火した家に目を戻すと、焼けただれた人体が二つ転がっていた。特に、兄が酷い。顔ははれ上がり、腕はもげている。皮膚は赤く腫れあがり、苦痛に満ちたうめき声をあげている。

 

 その光景を見て、思わず吐き気が込み上げてきた。お調子者で、いつも母さんに怒られていた気さくな父。からかわれることも多かったが、何時も良く遊んでくれた兄。

 

 その二人が、まるで人間だとは思えない姿に変貌している。顔のパーツは確かに彼らだ。だからこそ、脳が正常に認識してくれない。

 

「あ、あ、あ。」

「・・・マジか。まさか、燃えてる家の中全て、人が縛られて置かれてたのか。この糞ったれ。」

 

 少女の顔がゆがむ。それはそうだ。目の前にあるのは、非現実的で、あり得ないほどに残酷な光景だ。だけど、この人は紛れもない、僕の大切な家族なのだ。ふらふらと、僕は父と兄の前に歩く。そして、命尽きようとしている彼らを、せめて抱きしめようと座り込んだその時。

 

エクス・ヒール(ふざけんな畜生)!!」

 

 僕は、おもむろに光に包まれた。いや、僕だけではない。眩く柔らかな閃光が、僕らの村全体を包み込んだのだ。

 

「・・・フィオ。お前、それは無茶だろう。手分けして回復魔法をかけに行けば良かったのではないか。」

「アホか!! 燃えてる家全てに、死にかけの人がいるかもしれなかったんだぞ! 1分1秒が惜しい時にそんな悠長なことしてられっか!」

「だが、お前も魔力切れの怖さは知ってるだろう。二度と魔法が使えなくなるやもしれん。もしお前が倒れたら、誰がミクアルの里を守るのか。」

「村を守るのはお前の仕事だろーが、オレはただの一般村民だよ駄村長!」

 

 ・・・先ほどまでの光景は、幻か何かだったのだろうか。

 

 光が消え去り、僕が抱きしめていた腕の中には。すやすやと、傷一つないまま眠る父と兄が穏やかに息をしていた。

 

「・・・っと、ふらふらする。背負え、糞村長。」

「言わんこっちゃない。村全体に高位回復魔法など、正気の沙汰ではないぞ。」

「うっせ。間に合わない奴が一人でも減る方法が正義だろ。」

 

 まさか、今の光はこの娘がやったというのか。僕と年の変わらないような少女が、こんな奇跡を成し遂げたのか。

 

「そ、その! 貴方達は一体?」

 

 気付けば、僕はそう問うていた。僕はこの一言を暫くの間後悔する事になる。

 

「その問いに答えよう、少女よ。我らはミクアルの里の者。古き時代よりこの地の守護の任につき────」

「君ら可愛いな、オレとお茶しない? あーそうそう、今さっき君らの家族を治してあげたのはこのオレな、オレ! それでさ──」

「ふん!」

「痛い!」

 

 目を爛々と輝かせ、急に僕と姉へと迫ってきた少女に、巨漢は容赦なく拳骨を落とした。ほ、本当に何者なのだろうか、この人達は。

 

「まぁ、我らの正体なぞ君達は気にすることはない。この村周辺の魔族は我らが引き受けよう。・・・村は酷い有様だ。大人達と共に、再建に集中し給え。」

 

 そう言って、大男がタンコブを作り目を回してる少女を背負った。そして、僕らの問いに答えないまま背を向けて手を振り、歩き出す。

 

 この世の地獄に現れ、颯爽と僕達を助けた二人。彼らは何も要求せず、そのまま静かに駆けて行った。まるで、今の出来事は夢だったのだろうかと思うくらいに、あっさりと僕らの前からいなくなってしまった。

 

 まだ、お礼すら言えていないというのに。僕は、彼等に話し掛ける貴重な機会を自分の疑問に使ってしまったのだ。

 

 第一声は、お礼にすべきだった。僕はまだ、今日に至るまでこの日の感謝を二人に伝えられていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁルート、俺の槍先知らねぇか? 朝起きたら、俺の相棒たる槍の先端が煮干しにすり替わってるんだが。」

 

 僕の隣室の住人である粗暴な男の声で、僕は眠りから覚めた。久しぶりに思い出した、子供の時の記憶。

 

「なあ、ルートよい、お前さんの魔法でちゃちゃっと見つけてくれよ。頼む。あ、この煮干し旨いな。」

 

 日本で生きた経験からか、ヒーローなんてものは実在しないと勝手に思い込んでいたけれど。この世界では、誰にでも当たり前の様に「死」が迫ってくる。だから当たり前の様に、ヒーローも実在するのだ。

 

「おいルート、聞いてるのか?」

「煩いなバーディ。君は少し待つという事を覚えたまえ。」

 

 あの日、救われた僕は誓った。この恩を、きっと誰かに返そうと。僕が誰かを守れる程に成長した時に、次の世代を守れる誰かを守って見せようと。

 

────生まれ変わった僕の、生きる道筋を作ってくれたヒーローに胸を張って会える様にと。

 

 ・・・あーあ。あの時は本当、格好良かったんだけどなぁ、彼女(フィオ)

 

 数年越しに再会した彼女は、僕のことなんか覚えていなかった。無理も無い、数年前に2.3言だけ会話した相手など思い出せるものか。

 

 僕にとっては、鮮烈すぎる記憶だけど。彼女にとっては、アレがごく当たり前の日常だったのだろう。でも、例え記憶に無かろうとも、僕にとって幼き日の英雄だった彼女と再会し仲間として闘えることが当時は嬉しくて仕方が無かった。

 

 そしてパーティ結成後間もなく。毎晩のように歓楽街へ赴き、隙あらば僕へ女装を強要してくるフィオに、幼き日の憧れを粉砕される事になる。

 

 普段はどうしようもない彼女だけれど。フィオの、そんな隠された1面を知っているのはパーティ内では僕だけだろう。だからこそ、僕はフィオの友人であり続けるのだ。

 

 彼女が無茶をやらかしそうな時は、精一杯止めて見せる。彼女が影ながら悩んでいたなら、そっと手を差し出す。それが、僕なりの恩返し。素直にお礼を言っても、フィオはきっと受け取ってくれないからね。

 

 ・・・でもまあ、女装だけは本当に勘弁して欲しいのだけれど。

 




次回更新は7月24日17時です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「任務!」

「失礼いたします、勇者様方。国王より依頼を預かってまいりました、メイドのクリハでございます。」

 

 昼を少し過ぎた頃。槍先を煮干しに変えた罪で地面に正座をしているフィオを尻目に、僕はバーディと顔を突き合わせながら新たな戦闘用のフォーメーションを考えていた。連携訓練を提案したバーディに、具体的な方法を出す為の知恵を貸してくれと頼まれたのだ。

 

 彼にしては珍しく真面目に取り組んでいるので、僕も思わず議論に熱が乗っていた。普段からこうであれば、バーディとはもっと気持ち良く付き合える気がするのだが。

 

 さて、そんな折に僕らのアジトの戸を叩く可愛い来客があった。メイドのクリハだ。

 

 別段、彼女がここに来るのは珍しい事ではない。国王、というか政府の細かい言伝や依頼などは、殆ど彼女を通じてやり取りされるからだ。今回も、例にもれず依頼の話らしい。 

 

「了解、クリハ。今は時間があるし、話を聞くよ。」

「感謝を。では、今回の依頼のメンバーは3名。ちょうど今居らっしゃるバーディ様、ルート様、フィオ様への『とあるお方』の捜索依頼となります。期限は無期限ですが、出来るだけ早期の解決が望まれます。」

「捜索? 行方不明者でも出たのかい?」

「ええ。その通りでございます。しかも、失踪されたのはこの国の行く末を左右する程のお方。是非とも、精霊の導き手たるルート様のお力をお借りしたく。」

「そっか、なら僕が出張った方がよさそうだね。受けるよ、その依頼。」

 

 今回の依頼のメンバーは、ここに居る3人の様だ。フィオ以外の女性4人はアルトと離れたがらないから、チームでの依頼は必然的にこの組み合わせが多くなる。

 

 とはいえ、遠征や戦闘以外で3人も勇者を投入する依頼は久しぶりだ。失踪した人物というのは、何者なのだろうか。正座をやめてフィオも机に座り、僕らの定位置である丸いテーブルを囲む。

 

「依頼を受諾いただき誠にありがとうございます、バーディ様、ルート様、フィオ様。では、改めてご説明します。」

「まぁ断る選択肢なんてアンタらくれねぇけどな。」

「バーディ黙ってろ! すまんクリハさん、続けてくれ。」

「・・・はい。繰り返しになりますが、先日重要人物が失踪したとの情報が入りましたので、皆様にはその方の捜索をお願いしたく。ルート様のナビゲートが、今回の依頼の肝となるでしょう。」

「僕の風読みがメインな訳だね。バーディは僕の護衛として、今回フィオが来る意味は?」

「フィオ様にも、捜索の折に案内をお願いして頂きたいのです。何せ、今回失踪したのはフィオ様も良くご存じでしょう、”流星の巫女”様ですので。」

 

 流星の巫女。バーディは聞いたことが無さそうで首をかしげていたが、僕にはその人物に心当たりがあった。

 

「それって確か、フィオの故郷の・・・。」

「はい、ミクアルの里にいらっしゃった筈のお方です。」

 

 そう、流星の巫女とはかつて魔王軍の切り札であった大魔法「星落とし(メテオ)」を、ただ一人で食い止めたと呼ばれる伝説の持ち主。彼女の血族は代々「流星を操る秘術」を継承し、その存在自体が魔王軍に対するけん制となっている人間側のキーパーソンの一人だ。

 

 現在は、古来より人族の守護を生業としてきた「ミクアルの里」に保護されていると聞く。僕は、幼き日の経験からミクアルの里について自分で調べており、それで流星の巫女についての知識もあったのだ。

 

「ほーん、ルートは相変わらず物知りだな。俺は聞いたことないから説明してくれや。」

「僕に聞くよりフィオに聞いた方が早いよ。彼女の里の伝説なんだから。」

「そっか。フィオ、教えてくれ。」

 

 とはいえ、僕が持っているのは所詮書物に記されてあった程度の知識。ミクアルの里の住人だったフィオの方がずっと詳しいだろう。

 

 問題は、流星の巫女の失踪を聞いた瞬間から、フィオは難しい顔で目を閉じて考え込んでしまった事だ。里の住人であった彼女が一番、事の重大さをダイレクトに理解できるからだろう。

 

 とはいえ、僕達もきちんとした情報が欲しい。

 

「フィオ、考えるのは後にして、まずは僕達に流星の巫女伝説について詳しく教えてくれないか?」

 

 僕はそう彼女に頼むと、フィオは、真剣な面持ちでゆっくりと顔を上げ、重苦しく口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・流星の巫女ってなんだったっけか?」

 

 

 無言でバーディがフィオをビンタした。

 

「クリハさん、今ある巫女についての情報を教えてくれ。」

「は、はぁ。申し訳ありませんが、私も書物で読んだ伝説の概要くらいしか存じません。」

「それで良いです。何も知らない馬鹿よりよほど役に立ちますねクリハは。」

「では・・・。」

 

 そこでメイドは語ったのは、この世界に伝わるおとぎ話だった。

 

 魔王軍の幹部格の一人が生み出した、流星を降り注がせる魔法「星落とし(メテオ)」は、大量の魔力を消費する反面その威力は絶大であり、たった一度の行使で国を亡ぼせる程の破壊力を秘めていた。

 

 魔族はこの魔法を開発すると、人間側はなすすべもなくいくつもの国を滅ぼされた。だが遂に、ある里の大魔導士が星の進路を操る呪文を創り出す。

 

 いつもの様に「星落とし(メテオ)」を使ったその魔族は、いつもと違い自分たちに流星が降り注ぐことになる。突如窮地に陥った魔族側は「メテオ(メテオ)」の使用で既に魔力を消費しており、ロクに防ぐこともできずあっさり壊滅した。

 

 そして人類を救ったその大魔導士は「流星の巫女」と呼ばれ今日もその秘術を継承し続けている。

 

「ほほう。」

「僕が知っているのもそんな話かな。」

「あー。聞かされたわ、そんなおとぎ話。」

 

 クリハの語った情報は僕の知識と一致した。その「流星の巫女」とやらが失踪したとなれば確かに一大事だ。「星落とし(メテオ)」を使う魔族がまだ生きているかは分からないが、流星の巫女がいない今その魔法を使われてしまってはひとたまりもない。

 

「最悪の事態に備え、星を操る秘術の次世代への継承をミクアルの里に依頼しております。ですが、出来れば今代の巫女を見つけ出して頂きたく。」

「成る程、話は分かりました。では、何時何処で流星の巫女が失踪したのか教えて頂けませんか?」

「はい。時期は、およそ2週間前程と伺っております。詳しい情報はまだ王都に届いていないので、里に赴いて現地で聞いて頂けるとありがたいです。」

 

 失踪したのは2週間も前なのか。これは、間に合わない可能性もあるな。急がないと。

 

「ああ、そうでした。皆様のサポートとして、微力ながら私も同行させていただきます。」

「おお、クリハさん一緒に来てくれるの? やった、旅が楽しくなるぜ。」

「あー良かったなフィオ。俺はどうでもいいや、胸の大きさがフィオとどっこいだし。」

「・・・お前さ、まず女性と話すときに胸を凝視するの止めろよホント。凄い失礼だからなそれ。」

 

 クリハが同行してくれるのか。これはありがたい、勇者パーティは強力な使い手が多い代わりに性格に一癖も二癖もある連中ばかりだ。特に、今僕の目の前にいる二人。僕の精神的健康の為にも、彼女のような良識的な人がついてきてくれるのは本当に助かる。

 

「今回の依頼は急いだほうがいいね、明日朝一で出発にしよう。今から旅支度を整えるよ、二人とも。」

「では、私は明日の夜明け前までに馬車を用意しておき、皆さまをお待ちしております。」

「サンキュークリハさん。じゃ、一時解散だ。」

 

 こうして僕達は、ミクアルの里へ向かうことになった。事態は重篤で、不謹慎なのはわかっているが、僕はどこかでワクワクとしていた。

 

 また、会えるかもしれない。幼いころ、僕と僕の家族を救ってくれたヒーローに。

 

 僕の幼き日の目標であり、今の僕を形作った原点に。今一度、会いに行く事が出来たら、それはきっと素敵な事だと思うから。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日は早いので、手を放して頂けるとありがたいのですが。」

 

 

 メイド服を着た少女は、困惑したように呟いた。

 

 勇者一行へ王よりの依頼を告げ、王宮へと帰還するその道すがら。不幸にも彼女は屈強な男に絡まれ、力尽くに路地裏へ連れ込まれてしまう。

 

 

 

「私が、何か貴方の不興を買うような事をいたしましたか?」

 

 

 体格差は歴然。腕力では決して敵わない相手であるが、メイドは一歩も引かず淡々と対応する。それは、彼女が生まれ持つ強気な性格に起因する態度だったのだろうか。

 

 だが、そんな彼女の態度は悪手に他ならなかった。その言葉を聞いた男の目つきが変わる。メイド服の少女クリハは、男に路地裏で乱暴に肩を掴み上げられ、壁へと叩きつけられた。

 

「・・・気付いていないと、思ったか?」

「何を、でしょうか?」

 

 ギラリ。非力で無抵抗な彼女を射殺す様に睨みつけるのは、人類最強と呼ばれる男。

 

「俺は鈍感だとよく揶揄されるが、あいにくと第六勘だけは鋭くてな。」

「ですから、何を仰っているのか理解できません。勇者アルト。」

 

 メイドは困惑していた。いきなりこの男(アルト)に激怒される理由が思いつかなかったのだ。彼の次の言葉を聞くまでは。

 

「フィオに手を出すな。クリハ、意味は分かるな?」

 

 メイドの顔色が、変わった。

 

 

 

 

「・・・申し訳ありません、意味がよく分かりま────」

「気付いていた。そう言っているメイド。」

「何を、でしょうか。私は彼女に危害を加えるつもり等は────」

「俺が、激高してお前の首をねじ切る前にその口を閉じろ。気付いていた、と。そう言っているだろう?」

 

 勇者アルトは、静かにメイドの肩を握る力を強めた。彼の全身からは、その輪郭がゆがむ程に強い殺気が滲み出ている。

 

 完全に、看破されている。これ以上白を切るのは逆効果だと、即座にメイドは判断した。

 

「・・・はぁ。で、私を殺しますか?」

「そのつもりだったが。昨日のフィオとの逢瀬で手を出してくる気配がなくて予定が狂った。まだ貴様を殺す大義名分がない。」

「あらら、罠だったんですか昨日のアレ。方針を転換して正解だったという事でしょうか。」

 

 メイドは一息吐く。だが、彼女の頭の中では、必死に生き延びる道が無いかと模索していた。最悪、バーディの妹であるという自分の出自を明かせば、仲間思いである勇者アルトが私を殺すことは無いとは考えている。

 

 だが、出来るならこの事実は胸の内にしまっておきたい。兄自身に気付いてもらって、より劇的な再会を演出したいのだ。こんな形でバラされてしまっては、兄に嫌われてしまうかもしれない。

 

「ご安心ください。今は彼女を殺すつもりはありませんよ、勇者アルト。」

「で? 俺はその言葉をどう信用すればいい? あんな暗殺者染みた真似をしでかしておいて、今さら信用を得られるとでも?」

「それも気付かれていましたか。ですが現に、昨日私は手を出していませんわ。あんなに隙だらけだったというのに。」

「単に、俺が警戒しているのに気付いただけではないのか?」

「気付いてませんよ、バレてたなんて。これっぽっちも想定しておりませんでした。」

 

 とはいえ、このままだと即座に打ち首にされてもおかしくはない。仮にも勇者の一人の暗殺を企て、看破されたのだ。メイドは、ここが正念場だと気合を入れる。

 

「勇者アルト、宣言しておきましょう。貴方が彼女を手放さない限り、私は彼女に決して手は出しません。」

「・・・何を企んでいる。」

「分かりませんか? 私はただ、貴方がフィオ嬢と婚約するなら味方となる存在、それだけです。」

 

 そういって、クリハは不敵に口元を歪めた。少しアルトが腕に力を籠めたら、頸を捩じ切られるこの状況で。

 

「勇者、アルト。フィオ嬢をせいぜい大事にしておきなさい。」

「貴様に言われるまでもない。」

「そうですか。では、早くフィオ嬢の元へ向かっては?」

「・・・、貴様まさか! 他にも刺客を送っているのか!」

「違います、言っているでしょう。今は彼女を殺す方針ではないと。」

 

 そう言って悩まし気に、首を振るメイド。微塵も、最強の男アルトを前に委縮する気配もない。

 

「頬にまだ、紅葉の跡がうっすら残っていますよ。昨日のアレは、流石に彼女が怒るのも無理は無いかと。」

「うぐっ・・・、油断を見せて貴様を釣り出すためだったのだが。」

「だからと言って、あれは無いと愚考いたします勇者アルト。早く謝ってきなさいと、そう言っているのです。」

 

 ・・・メイドも、昨夜恋人(フィオ)からのビンタで四つん這いになり落ち込んでいたこの男を、そこまで怖がることが出来なかったのだ。

 

「今回の、私の旅への同行は決してフィオ嬢を害する目的ではありませんとも。ですから、ご安心ください。」

「・・・嘘ではないな?」

「自信がお有りな貴方の勘は、どう言っているのです?」

「・・・。それは嘘ではない、とは思う。だが、貴様に企みが全くない訳では無いだろう?」

「無論です。ええ、私にも別の目的があって同行するだけでございます。」

「分かった。だが万一、旅の最中にフィオが何か危険に晒されたら貴様の思惑だと断定して貴様を殺す。精々、フィオを守れ。」

「横暴ですね。・・・っと、分かったので殺気を向けないでください。心臓に悪いんですよ、それ。」

「フィオには殺気を向けた癖に、何を今更。いけ、準備を万全に整えろ。」

「仰せの通りに。」

 

 肩を掴む勇者の手を払い、メイドは銀髪を揺らしくるりと身を翻す。

 

「ではごきげんよう、勇者アルト様。」

 

 そう言って微笑み、彼女はアルトからゆっくりと歩いて逃げ出した。

 

 こうして、内心では冷や汗を滝の様に流しながら、表面だけ取り繕っていたクリハは無事に帰路へ着く事が出来たのだった。

 

 彼女は、やっと私室に帰り着いた時、ヘタリとその場で座り込んだと言う。

 

 




次回更新日は7月27日の17時です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「不運!」

────クリハさんは、本当に可愛いなぁ。

 

 

「フィオ様。どうして先ほどからずっと、私を抱きしめているのです?」

「────そこに、メイドが居るからさ。」

 

 

 無表情のまま、オレのセクハラを気にも留めず御者席に座る、猫目のメイド。馬を御する彼女の銀髪は日照りを受け、肌にうっすら浮かぶ汗と共に眩く光彩を乱反射していた。

 

 そして、今の彼女はまな板の上の鯉。オレは無抵抗なクール系美少女クリハさんを、ここぞとばかり全身を以て愛でている。

 

「フィオ様。申し訳無いのですが、手元が狂うので腕は放して下さると有り難いです。」

「君は、オレの心を捕まえて放そうとしない癖に。」

 

 実は最近、あまり色街に行けてないのだ。

 

 それは先日、折角恋人になったことだし趣味を共有してみようと、アルトを一度いやらしいお店に誘ってみた時の事。

 

 物凄く、哀しい顔をされてしまった。それは筆舌に尽くしがたい表情で、まさにこの世の悲劇全てを一身に纏った様な顔だった。

 

 何でも、オレが女性相手とは言えどいやらしいお店に行かれるのは嫌だとのこと。うん、当たり前だ。

 

 それでも我慢できず、王都に戻ってからバーディに誘われた日に一度こっそり色街に行ったけど、次の日のアルトは随分機嫌が悪かった。胸に手を当てて考えろと言われ、半日ほど口を利いてくれなくなった。

 

 ・・・明らかにバレていた。

 

 何だよ、何で分かるんだよあの野郎。まさかとは思うが、ストーキングとかされてないよな。いや、流石に奴にそんな暇なんて無いか。じゃあアレか、勇者の勘とか言う奴か? なんて心の狭い奴だ、自分は女の子(オレ)に好き放題する癖に。まったく以て不平等である。

 

「その、フィオ様。いつもよりスキンシップが激しくないですか?」

「ああ。今日の君は、今までで一番美しいからな。」

 

 そんなこんなで、オレの女の子に対する渇望は強くなる一方だった。こうなってしまっては仕方がない、代わりにルートに女装して貰えば浮気じゃないよね、等と追い詰められたオレは邪な計画を立てていた矢先。

 

 目の前に現れた、砂漠のオアシス。任務に同行してくれる、クールな美少女。オレのテンションがアゲアゲになるのも当然だろう。ああー、良い匂ひだ。

 

「気持ちええわぁ・・・。女体って、最高やぁ・・・。」

「は、はぁ。」

「・・・フィオ。クリハがドン引きしている、嫌われたくなければそこらで止めて起きたまえ。」

 

 嫌だね。せっかくアルトの目を逃れて好き放題できる貴重な機会なんだ。何者であろうと今のオレを止める事などできない。

 

「そんなに飢えてるなら、旅先でどっかそういう店行くか? なんか最近行く機会少なかったし。」

「お、そうだなバーディ。今日は久々にぱーっと遊ぶか!」

「・・・、はぁ。どうしてこうなるかなぁ?」

「何だよルート、ちゃんと自分の給料の範囲で遊ぶ分には文句ねぇだろ。それともなんだ、お前も行きたいのか?」

「行かないよ!」

 

 オレは既に、前回の遠征時に調子に乗って使い込んだ額はキッチリ補填してある(させられたともいう)。今のオレがいかなる店でお金を散財しようと、文句を言われる筋合いはないのだ。

 

「・・・バーディ様。そう言ったお店に行かれるのは、その、王宮としても風聞が悪いので出来れば御自制頂ければ。」

「ほら! クリハもこう言っている、君達も少しは自制という言葉の意味をだね────」

「あーあー聞こえなーい!」

「おう貧乳メイドちゃん、良いのかい? そこまで言うなら、代わりに俺達の今夜の相手はアンタにしてもらうことになるぜい?」

「成る程、天才かバーディ。クリハさん、今夜オレ達と情熱的な夜を過ごさないかい?」

「この二人の戯言は無視していいですよ、クリハ。」

「え、あ、はぁ。」

 

 こうしてオレ達は馬車の中を騒がしくも、楽しく過ごし移動の1日目を終えるのだった。ミクアルの里に到着するのは、恐らく明日。この日は我が故郷ミクアルの里に向かう中間地点の、森の中に隠れた小さな集落にオレ達は無事に到着し休むこととなった。

 

 

 

 

 

 

「それでだね、フィオ。僕に内緒の話とは何だい?」

 

 そして夜。残念ながらこの村は規模が小さかったからか、そういうお店が無かった。

 

 ならば、選択肢は一つだ。目の前にいる可愛いメイドさんを何とかして爛れた遊びに付き合わせようと、色々画策していた矢先。クリハさんは一言、「あの方と二人になりたいです」とオレに耳打ちしてきたのだった。

 

 畜生・・・、畜生! 奴め、なんとまぁ羨ましい。だが、メイドさんの健気なお願いを無下にする訳にもいかない。オレは、仕方なくルートを連れ出して彼女の恋を支援することにしたのだった。

 

「随分と悔しそうな顔をしているけど・・・。何なのさ。僕に用があるのではなかったのかい?」

「聞いてくれルート。実は、オレは今のお前に用があるのではなく、女装したお前に用があってだな・・・。」

「帰らせてもらう。」

「わ、待て、冗談だ!」

 

 本当にジョークを解さない奴だ。

 

「何だ、ルートと二人きりってのもなんか珍しいからな。何となく散歩に誘っただけだよ。」

「はぁ。それならそうと言いなよ、フィオ。君が妙な真似をしないなら、幾らでも付き合うさ。」

 

 そう言ったルートは幾分か柔らかい表情となり、オレの隣に歩いてきた。よし、ルートを疑似的に頭の中で女の子に変換して、夜の同伴を楽しむとしよう。オレ達は灯りのない村の中を二人、笑いながら月明かりを頼りにふらふらと探索して回るのだった。時に、ルートをからかいながら。時に、ルートに説教されながら。

 

 うん。たまには、男の娘も悪くないな。などと風情を感じつつ、二人の気楽な夜の散歩は続いたのだった。

     

────闇の中にかすかに響く、幼い子供の泣き声を聞き取るまでは。

 

 

 

 

 

「・・・今の、聞こえたかいフィオ。」

「おう。だが何処で泣いているかはオレにゃ分からない。案内頼めるか?」

「任せてくれ。僕の探査魔法に、その子は既に引っかかっている。」

「相変わらず仕事が早いねぇ。」

 

 オレ達はすぐさま駆けだした。子供が泣いている、それだけでオレ達が走る理由には十分だ。問題は、オレ達に問題を対処できるかどうかだけ。

 

 何にせよ、判断するには情報収集が先。泣いてる子供の近くに、絶対勝てないようなやべぇ奴が居たら、ルートが気付くはず。

 

「いたね、あそこだ。周りには誰も居ないようだが・・・。」

 

 走るルートに付いて行くと、通路として舗装されていないような森の中に、小さな女の子が一人泣いているのが見えた。

 

 転んで足首でもくじいたのだろうか? それとも、この時間に1人でいる事を考えると迷子になったか。

 

「おぅい、お嬢ちゃん。何があったよ?」

「もう安心したまえ、僕達は味方だよ。」

 

 そう声をかけ、オレが笑顔で近づいてやると。その子はバッと顔を上げ、ものすごい勢いでオレに駆け寄ってきた。随分と、心細かったようだ。

 

「よしよし、何があった?」

「お願いっ! お兄ちゃんを、助けてぇ!」

 

 そしてオレの腕の中で震えるその子は、相当に錯乱していた。目を赤く腫らし、オレの服をギュッと握りしめて、懇願を始めたのだ。

 

「お兄ちゃん、ね。お兄ちゃんがどうしたんだい?」

「襲われて、逃げようとして、私コケて!! お兄ちゃん、1人で、向かっていって!」

「ふむ、何に襲われたんだ? ルート、この辺にもう1人くらい子供の気配無いのか?」

「・・・いや、何も居ない。少なくともこの周囲には、人の気配はこの子だけだ。」

「嘘!! だって、襲われたの、すぐそこだもん! お兄ちゃん、ソイツに石ぶつけて、それで私逃げてきてっ!」

 

 少女の話は途切れ途切れで、何が起こったかのかの全容が分からなかった。だが、何かに襲われたという事だけは理解できる。

 

 獣か、人間か、魔族か。何れにせよ、敵と戦闘になる可能性が高い。不味いな、戦闘職のバーディを置いてきてしまったのが痛い。ルートは戦闘力が皆無だし、オレの貧弱な水魔法で対応するしかない。いつもの様に霧状に撒き散らせば、逃げだすことくらいは出来る筈。

 

「ルート、警戒を続けてくれ。オレはこの子にもう少し詳しく事情を聞いておく。」

「了解。まだ、敵意の類は感知できない、生物の気配も無いよ。」

 

 ルートは、真剣な表情で、索敵を続けてくれていた。彼が、手を抜いている様子は全く無い。仕事にはいつも一生懸命なのだ、この男の娘は。

 

「なぁルート、敵がお前の探知に引っかからない可能性は?」

「え、考えたくはないけど・・・。完全隠蔽型のアンデットとかの探知は出来ないかな、そもそも修道女(ユリィ)がいないと対応も出来ないだろう。それか、よっぽど高位の魔族なら僕の目を欺ける可能性はある。それこそ、魔王クラスの腕が必要だとは思うけど。」

「そっか。」

 

 オレはそのルートの言葉を聞き、泣きわめく子供を静かに抱きしめた。

 

「アンデットには見えないよな・・・。となると、後者だな。」

「・・・え?」

 

 

 

 気付いたのは、つい先ほど。まるで最初からそこに居たかのように、ソイツは立っていた。

 

 長いコートを被り、ドス黒い肌の顔を凄惨に歪め静かに笑う、一人の巨大な魔族。ソイツは、ルートのすぐ後ろで、片手に少年をぶら下げながらニヤニヤと口を歪めて俺達を見下ろしていた。

 

「え、え。嘘──だろう? そこには、何も居ないって、精霊がそう言って────」

「だが。己が目で見たものが真実である、そうだろう? 未熟なる人族よ。」

 

 その魔族は、オレ達へそう語りかけた。

 

 感じない。殺気も、敵意も、存在も、魔族なら必ず持っているはずの魔力さえも。

 

 だが、彼の周りには虹のような輪郭が蜃気楼のように蠢き、強固な防壁を作り上げている。魔力を使わねばあんな真似は決してできない。

 

 完璧だ。至近距離で顔を突き合わせて理解できる、理不尽なまでの隠ぺい能力。そこから理解できる、圧倒的な実力差。

 

 ルートの言葉を信じるならば、魔王クラスの使い手────

 

「抵抗せぬならそれで良し。抵抗するなら相手になるぞ。選べ、結果は変わらぬ。」

 

 ミクアルの里に辿りつく以前の段階で。早くもオレ達は、絶体絶命のピンチに陥ったのだった。




次回更新日は7月30日の17時です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「誘拐」

 魔族。

 

 それは人間の天敵であり、この世界における死の象徴。

 

 本来なら魔族と、人間領で出会うことは殆ど無い。だが、ごく稀に魔王軍に属さない野良魔族がうっかり人間領に迷い込むことがある。その場合、強力な魔族と言えど数で勝る人間に為す術無く殺されてしまうのがオチだ。

 

 だが、目の前にいるこの個体はどうだ。間違っても、迷い込んできた間抜けな魔族には見えない。その気になれば、この村ごと一人で滅ぼせるくらいの力量を間違いなく持っていやがる。

 

 つまり、何か明らかな意図を持って。コイツは、人間領に潜伏している上位魔族────

 

「ほう。我の姿を見て、即座に逃げ出さぬ事は賢明だと褒めてやる。痛みを感じずに済むだろうからな。」

「逃げないって言うより、逃げれないんだけどね。悔しいが僕達じゃ撤退すら危うそうだ。」

「勘弁してくれよな、全く。アルトの居る時にして欲しいもんだ、こういうのは。こうなっちまえば────」

 

 まさに、絶体絶命。青天の霹靂を直撃食らって感電死しかけている気分だ。その降って湧いた不幸をぼやきながら、腕を払い空間に陣を描く。

 

「とっておきを使うしかねぇじゃねえか!」

 

 だが、こんな程度の絶体絶命、今まで掃いて捨てるほど経験してきた。駄目なら駄目で死ぬ覚悟はとっくに出来てる。だからこそ、生きるために、オレは最善を選び続ける。それだけの簡単な話だ。

 

 ここで使うべきは、正真正銘オレの切り札。魔王相手で有ろうと、逃げ出す隙くらいは作れるかもしれないまさに初見殺しの極地。

 

 オレの指がなぞった通りに紅く空中に描かれた二重の魔法陣は、やがて白い霧を渦の様に巻き始め、

 

「いや、使わせんが。」

 

 魔族の呟きと共にそのまま、何も起こらず霧散してしまった。

 

「・・・ウッソだろお前。」

 

 これが、彼我の戦力差か。オレの魔法形態は見切られ、分析された挙句、既に掌握までされている。初見の筈だというのに。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

「リア! 無事だったか!」

「ルート、何か逃走手段あるか? こりゃ手に負えない。」

「無い。フィオこそ、なんとか隙を作れないか?」

「無茶言うなよ・・・。あの切り札が一瞬で打ち消されたんだぞ。魔方陣見られただけで。」

「お兄ちゃん! 痛いところない? ぶたれたりしてない?」

「うん、大丈夫。むしろお菓子貰った。」

 

 どうやらルートにも、現状打つ手はないらしい。マジでか、こんな理不尽な最期ってあるかよ? 

 

 いや、そうだった。この世界は日本じゃないんだ、理不尽な死で溢れきっている世界だという事をを忘れていただけだ。アルトが、村長(ボス)が、皆が、いつも守ってくれていたから。

 

「さて、そろそろ観念したかな若き人族よ。おとなしく、此処で頭を垂れよ。」

「あーあ、くっころエンドかぁ・・・。こんないきなりラスボス級に遭遇した挙句、いきなりのくっころとかこの世界酷すぎない?」

「くっころ? よく分からないけど、諦めちゃだめだフィオ。何とか逃げる道を・・・。」

「これなあに? 凄い甘い。」

「クッキーだよ。あのおじさんの手作りだって。」

 

 悔しいな、自分の力不足が。自分の身が守れないのが悔しいのではなく、オレの後ろで震えている、二人の子供を────

 

 ・・・今見ると特に震えてないけど、何故かお菓子をほおばっているか弱い子供二人を守れないことが悔しいのだ。魔族から貰ったらしいお菓子を貪る、純粋なこの兄妹だけでも何とかして────

 

「・・・なぁ、一つ聞くぞ魔族。お前、クッキー焼くの?」

「我の高尚な趣味の一つである。」

「「甘ーい!」」

 

 ・・・アレ? コイツ、そんなに悪い奴じゃないのか?

 

 ・・・いや、騙されるな。相手は魔族だぞ、きっと気まぐれで余ったお菓子を与えただけだ。最期のお菓子ですよ、と言うヤツだ。

 

「僕からも質問させて欲しい。あなた程強力な魔族となると、さぞ名前が知られているのでは? 一つ貴殿の御名を、ここで聞いていいだろうか。」

「くくく、構わんよ。最も、聞いたことを後悔するのではないかと、我としては気がかりでならないが。」

 

 ルートは諦め気味のオレと違い、口先でなんとかしようと未だ打開策を探していた。その眼は鋭く、ヤツは欠片も諦めていない。クソ、オレも弱気になっている場合じゃなかったな。何か考えないと。

 

 幸いにも腕を組み、不敵に笑う魔族は機嫌良さげにルートの質問に答えていた。

 

「我はすなわち旧魔族、バルトリフである。200年前、前王国を焼き払った正真正銘の魔公バルトリフその本人よ。さて、我が名はご存じだったかな?」

「・・・そりゃ、聞いたことあるよ。“裏切りのバルトリフ”、歴史の本で見た名前だ。」

「お兄ちゃん、そっちの袋は何?」

 

 その名は、確かに有名なものだった。歴史に疎いオレですら、聞いたことのある名だ。人族の中でも、1、2を争う程に悪名を轟かせている、この世界の昔話になった最悪の魔族の名だった。

 

 確か奴は、かつて人間に取り入り、前王朝の時代に貴族として爵位を得た唯一の魔族。だが最後には、人族から信用を得た後に、内部から国を焼き払ったと言う卑劣としか言いようのない所業で前王朝を滅ぼした。

 

 裏切りによる内部からの攻撃とは言え、たった一人で国を滅ぼした事を考えると、当時の魔族で最も強力な個体の一人だったと思われる。そのおとぎ話に出てくる最悪の魔族が、今日まで生き延び成長を続けているとしたら、危険というレベルではない。下手をしたら、現魔王より遥かに強い可能性すらある。

 

「裏切りの、と頭につけるな小童。裏切られたのは、我の方だ。次にその名で呼べば。即座に首を飛ばす。」

 

 奴はその言葉に、ひどく不快そうに声を低めルートを脅した。ただそれだけで、大地に亀裂が走り奴の足元の草木が枯れてしまう。あまりの圧力でルートの額に、じんわりと汗が滲んだ。

 

「・・・失礼。それほどの魔族が、ここで何をしている?」

「さてな? それを貴様に話しても、意味のない事だ。何せ貴様らはすぐに・・・」

「リア、こっちは飴って言ってたよ。食べる?」

「うん。わ、わ、凄い、クリーミー!」

 

 ゴクリ。オレ達を射貫く様ににらみつけた魔族は、一歩づつオレとルートの間に歩いて来た。その足が大地を踏みしめる度、ギシリと草木が歪み逃げるように曲がっていく。

 

「貴様らはすぐに、全てを忘れることになるからな。記憶を消した後、そこらに放り出してやる。」

「なんだ殺さないのか? 随分と寛大なんだな。」

 

 完全に死を覚悟したオレ達に対する処遇は、思った以上に軽いものだった。

 

「フィオ、違う。コイツの目的は潜伏なんだ、人を殺して目立つ訳にはいかないだけだ・・・。」

「ご名答。では、さっさと貴様らの記憶を頂くとしよう。」

 

 だが、ルートの言葉でオレは再び思考を凍り付かせた。

 

 人の中に紛れ、爵位を得るまでに社会に馴染み切った後、王国を火の海へと沈め国を滅ぼした悪魔。そんな逸話を持つ魔族が、再び人族の住む街に潜伏している、この意味は。

 

────推し量るのに、決して苦労しない。恐らくは前王朝の、無残な滅びが再び現世に再現される。

 

「クソ!! 何とか出来ねぇのかルート?」

「甘くて、クリーミーで、何というか美味しい!」

「バルトリフ・・・、バルトリフ、何か弱点のような伝承は残ってなかったっけか? 分からない、思い出せない、僕に出来る事なんて考えることくらいなのに、畜生!」

「また貰いに行ったらあのおじさん飴くれるかな?」

 

 非力な自分が嫌になる。普段ならぽんぽんと出てくる奇策の類が、こんな肝心な時に何も思いつかねぇなんて。

 

 ・・・苦しい言い訳になるのだが、さっきからあの子供たちが煩いのが大体悪い。くそ、集中できない。

 

「おじさーん、この飴もっと欲しい!」

「私クッキー欲しい!」

「フハハ! 我が菓子を求めるのはうれしいが、余り食べると、晩の食事が食べられなくなるぞ。そこにある分で満足しておくがいい童べ。」

「じゃあ、明日また会いに行ったらお菓子くれる?」

「それは困るのぅ。我はひっそりと暮らしている、あまり人族に出入りされるのは・・・。」

 

 と、言うか。

 

 さっきからこの魔族の良い奴オーラが凄まじいのだが。あんなに怯え泣いていた子供が、今やすっかり彼に懐いた挙句抱き着いている。何だコレ。悪魔の代名詞だぞ、その魔族。

 

 ・・・いや、待てよ? そんな有名な魔族だって言うのに、今まで戦場で見たことないような。何か妙だぞ?

 

「なぁルート、こいつの名前、襲撃してきた魔族のリストに有ったか? バルトリフなんて名前(ビックネーム)がありゃもっと大騒ぎされてるだろ。」

「・・・ふむ、確かに一度も戦場で報告されてないね。この実力なら、隠れたりせず堂々と闘われた方が人族にとって遥かにヤバい筈なのに。まさかコイツ、魔王軍と関係ないのか?」

「む? 現魔王との関係か? 我が従っていたのは前魔王だからの、今は特に魔王軍とつながりは無いぞ。」

 

 はい?

 

「・・・この国を滅ぼそうとしてるんじゃないのか?」

「いや、何でそんな面倒なことをせにゃならんのだ。現魔王とはそもそも面識無いし。」

 

 え、そんな、嘘。まさかこんな強い癖して、コイツただ迷い込んだ野良魔族だって言うのか?

 

「えっと、魔王軍関係ないなら何でこの地に潜伏を?」

「そんなに知りたいか、小童! なら答えよう、ぶっちゃけただ余生を過ごしているだけである。隠れているのは、国に報告されて討伐部隊とか組まれたら面倒だからである。」

「えぇ・・・。」

 

 ・・・ソレが本当なら、何もせずとも万事解決なのだが。曲がりなりにもコイツは「裏切り」で有名な魔族だからなぁ。確かに雰囲気も良い人っぽいが、オレには逆に不気味に思えて仕方無いぞ。

 

「そ、そうだったのですか。なら安心しました、魔族バルトリフ。」

「ってルート!? おいおい、敵さんの言うことを鵜呑みにして信じるなよ。おいバルトリフ、それが本当だって証拠はあるのか?」

「うん、フィオ落ち着いて。この魔族の言うことは多分本当だから。だって、今ここでこの魔族が嘘を吐く必要が無いの、分かるかい?」

 

 一方ルートはと言うと、何故かアッサリ魔族の言う事を信じ込んでしまった。ルートには、どうやら信じられるという確信があるらしい。

 

「考えたまえ、フィオ。この魔族が僕達の記憶を消せるとしたら、今嘘を吐いて僕達を騙す意味は無いだろう? そしてこの魔族が他人の記憶を消せないとしたら、僕達を生かして返す訳が無いだろう? そして、この魔族が僕達を殺すのに、いちいち不意を突く必要なんか無いだろう。僕達を嘘を吐いて罠に嵌めるまでも無く、この魔族は既にこの場の勝利者なんだから。」

「うむ、未熟な人族にしては頭が良く回っておるの。そう言うことだ、安心せよ。ここで貴様らが記憶を無くし街に戻ったところで、現魔王による被害がこの街を襲うことは無い。」

 

 ああ、成る程。例えこの魔族が嘘ついていたとしても何も状況が変わらないから、オレ達は信じるしかないのか。警戒しても無駄ならば、奴の言う事を信じてやった方が相手の心象も良いだろう。

 

「あー、そっか。ならこの魔族のオッサンは見たまんま良いオッサンと思って良いのかね。」

「我はかつて、国を滅ぼしたって言わなかったかの?」

「うおっ、そうだった! この極悪魔族め、今回は負けといてやるけど次はケチョンケチョンだ、覚えてやがれよ!」

「カッカッカ! 威勢が良いの、小娘。その真っ直ぐさ、大変好ましい。」

 

 ・・・この野郎、何が面白いんだ。

 

「僕は大人しく降伏しますよ、魔族バルトリフ。僕としては、貴方ともう少し話をしてみたかったのですがね。」

「ほう? 我と何を話す?」

 

 一方ルートは、魔族相手に歓談を始めた。ルートはまだ何か、情報を聞き出すつもりのようだ。あわよくば打開策を、等と考えているのかもしれない。

 

「貴方は裏切られた、と仰ってましたね。僕の知っている歴史とは違う。ならば事実を当事者から聞いてみたい、それだけです。」

「ほー、聞きたいなら構わんぞ? なら、ウチに来るかの?」

 

 ・・・え、良いの? 流石に無警戒すぎないか、オレ達の事。

 

「なぁ、ルート。このオッサンひょっとして・・・。」

「・・・うん、一応警戒はしておいた方が良いかなと色々気を張っていたんだけれど、この魔族は多分・・・」

「ただの暇なオジサンみたい、かの? 聞こえとるぞ人族共。」

 

 げ。耳打ちした内容すら筒抜けかよ。どんな知覚能力してるんだ。

 

「だがぶっちゃけその通り、我は暇で仕方ない。たまに我が家に迷い込んできた子供に菓子を与えて記憶を消し返す、それが最近のマイブームじゃ。」

「本当にただの暇なオジサンだった!!」

 

 ・・・ここら辺でオレには、バルトリフが嘘を吐いているようには見えなくなった。子供に異様に懐かれ、遊具の如くぶら下がられているこの魔族を、警戒するのは無駄に思えてきたのだ。

 

「お前ら、茶菓子くらいは出してやる。ただし記憶を消すから味は覚えてられんだろうがの。どうじゃ、一杯ほど話に付き合わんか?」

「・・・、そうですね。貴方の話に興味があるのは本音ですし。お邪魔します。」

「よく分からんがお菓子くれるならついて行くぜ。」

 

 こうしてオレは「お菓子をあげるからウチにおいで」と言う暇なオジサンの深夜の家に、ノコノコついていく事にしたのだった。




次回更新は3日後、8/2の17:00です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「孤独。」

 無心で甘味を頬張る子供達の髪を、魔族が優しく撫でる。撫でられた彼等は目を細め、魔族の腕に体を任せていたがやがて虚ろな目になりゆっくりと立ち上がった。

 

 ふらふらと夢見心地の二人は、そのまま街への向かって兄妹で手を繋ぎながら歩き出した。魔族バルトリフが記憶を操作出来るというのは、どうやら嘘では無かった様だ。

 

 街の冒険心豊かな子供が森をうろつくと、道に迷い人避けの結界を抜け魔族の隠れ家に迷い込んでしまう事があるらしい。そして大概の場合、バルトリフを見るや否や怯えて逃げ出されてしまうそうだ。自分の存在を国に報告されては困るから、毎度この様に捕まえて記憶を消してから街に返しているとのこと。

 

 逆にバルトリフを見ても怖がらない子供には敬意を表し、バルトリフお手製のお菓子を贈呈するそうだ。この子も、妹を護るため果敢にバルトリフに向かっていったのでお菓子が貰えたらしい。

 

 ・・・本当に暇な事してるなコイツ。

 

 そしてオレ達は、この暇なおじさんに案内され、彼の隠れ家へと歩き出した。わざわざ隠れ家というからには、ひっそりして地味な住まいを想像したのだが。

 

「この庭。随分と丁寧に手入れされていますね。」

「我の数少ない日課である。手を抜くと、暇を持て余すのだ。」

 

 彼に導かれ辿り着いた先には、花畑、野菜畑といった絢爛な風景が広がる開けた丘に、古く趣のある屋敷がぽつんとそびえたっていた。隠れる気が無いのかと思う程、堂々とした家だった。

 

 その開けた空間に入ると、ピリリと何か膜のような魔法からちょっとした圧力を感じた。その膜に触れるまで、オレは魔法の存在に気付けなかった。かなり高度な魔法らしい。

 

「・・・これは、結界?」

「うむ。しっかり人避けをせんと、この場所はすぐ見つかりそうだからな。」

「だったらもうちょい、森の奥とか人目に付きにくいところで住めばいいのに。」

「それは出来ん。」

 

 魔公バルトリフは、そんなオレの軽口に、なんとも言えない表情で答えるのだった。どうやら、此処に拘る理由があるらしい。

 

「さぁ、入るが良いぞ。他人が我が家に足を踏み入れるのは久しぶりだの、大概はすぐさま我を見て逃げ出すでな。」

「はぁ、お邪魔します。」

 

 バルトリフは上機嫌に、その屋敷の戸を開けた。古ぼけた家ではあるが掃除は隅々まで行き届いており、所々にある朽ちた部分がなんとも言えぬ風情を醸し出している。供えられた調度品も、質が良いものの様だ。時代を感じる古いデザインだが、まだまだ壊れそうに見える物は無い。

 

 ふと、壁に掛けられた人物画に目が行く。その人物は、給仕服を着た女性だった。多分、女性だ。

 

 

 

「・・・これ、ルートの絵か?」

「え? な、何だこれ?」

 

 

 そこに描かれた女性は、なんとルートにそっくりだったのだ。生き写しと言っていい。この描かれた人物が女性で良いのか、オレが確証が持てなかった理由はそれである。

 

「ふふ、驚いただろう。姿を消していた我が思わず、貴様の傍へ近づき声をかけた理由が此れである。」

「・・・お前、まさかルートのホモストーカーだったのか・・・?」

「違うわ!!」

 

 なんだ、良かった。ルートが怯えてオレの後ろに隠れてしまったじゃないか、紛らわしい事を言うなよ。

 

「彼女は、我が娘であり、妻であった女性だよ。それも人族の、な。」

「ルート、お前・・・。」

「だからこの絵は僕じゃないよ! 僕は男だし、結婚なんてしてないし!」

 

 うん、知ってる。一瞬ルートそっくりで見分けがつかなかったが、この女性の瞳孔の色は蒼く、ルートとは別人だと途中から気付いた。

 

 バルトリフは二つコップを出すと、鮮やかなオレンジ色の茶を煎れてくれた。日本で飲んだ紅茶に近い匂いがする。ひょっとして、外の庭で栽培したものなのだろうか。

 

「さて、では貴様の質問に答えてやろうかの、未熟な人族よ。確か、我が裏切られたと述べた詳細を知りたいのよな?」

「ええ。興味本位で、申し訳ないのですが。」

「構わんよ、我も、誰かと話すことが貴重な娯楽なのだ。さて、掻い摘んで話そうか。そもそも我が、魔族を裏切り人族に味方したのは我が妻レイネのきっての頼みだったのだよ。妻への情に負け、前魔王を裏切り、人と共に魔王と闘った。その功績で、我は爵位を得たのだ。それが、200年前の話であるな。」

「・・・なら貴方は、元々前王朝を裏切る気はなく、本心から人間に味方していたのですか?」

「・・・そうではない。私が本心から味方したのは、後にも先にもレイネただ一人よ。まぁ、前王国を滅ぼすつもりなど無かったのも事実であるが。」

 

 そして、魔族は語りだした。200年前の、国が滅びた一夜の詳細を。

 

 

 魔族バルトリフは、幼い子供だったレイネを魔王より褒美として貰ったらしい。レイネは、ある国の姫だったという。魔族には、高貴な人族の捕虜を気晴らしの道具として扱う慣習があったそうな。最も、バルトリフは人族に興味は無いし世話をする手間も面倒だったから、最初はそのまま餌も与えず閉じ込めて殺すつもりだったのだとか。

 

 そんな彼がレイネを殺さなかった理由は、ただの気まぐれに過ぎなかった。復讐心に駆られた幼い子供の突飛な言動が、娯楽と感じたから彼女を飼うことに決めたに過ぎない。だが、彼女はすくすくと成長を続け、その様を見守っていく間に、バルトリフは徐々に心境を変化させていく。

 

 そう、気付けば魔族(バルトリフ)は、人族(レイネ)に恋をしてしまったのだ。その想いを自覚した後、彼の猛烈なアプローチが始まった。最初は渋っていたレイネもやがてその熱意に負け、遂に二人は恋仲となった。彼女も幼き頃よりずっと過ごしてきたバルトリフに、復讐心よりいつしか愛情を強く感じていたのだ。

 

 そして、その事実が前魔王に知られてしまう。当然のことながら、即座にレイネは殺されかけてしまった。バルトリフが人族への情にほだされる事を、前魔王は心配したのだ。

 

 それが、決め手だった。

 

 その日のうちにバルトリフは魔王を裏切り、人族の国へ亡命する。戦争中、バルトリフは魔族側きっての猛将として多大な功績を挙げ続けており、人族側からしたら逃げて来たバルトリフは脅威でしかなかった。そんな怨敵が、今度は味方となるなど最初は誰も信用しなかった。

 

 だが、彼に追従し、彼の妻となったレイネが人々を説き伏せた。貴族を、将軍を、国王を。彼女の努力の甲斐あって、バルトリフは孤独にも一人で戦うという条件を付けた上で人側で戦う事を許された。

 

 人族の考えは見え透いていた。バルトリフは、味方として扱わない。一番危険であり、一番防衛面において意味のない戦場にのみバルトリフを派遣した。

 

 ていの良い、使い捨ての駒として扱ったのだ。魔族であった、かつての怨敵バルトリフを。あわよくば、同士討ちして死んでくれとさえ、願われていた。

 

 だが、バルトリフはそんな扱いを気にしなかった。むしろ、当然だと納得すらしていた。自分はかつて人間を大量に殺した敵。レイネの為戦場に立っているだけで、彼自身が人間に入れ込んでいる訳でもなかった。興味もない人族に、どう扱われどう思われても、気にする意味が無いのだ。

 

 重要なのは、レイネの身の安全。人族の国ならば、魔族である自分が害されることはあってもレイネは安全だろう。その1点だった。バルトリフは王都の外れの村にポツンと一軒家を用意され、たまに来る王からの命令に従うだけが義務だった。バルトリフはその家でレイネと二人きり、やっと静かに仲良く暮らす事が出来たのだった。

 

 そして人族側にとって、何より予想外だったのはバルトリフの戦闘能力が魔王軍でも随一だった事だ。彼は行く戦場全てにおいて圧倒的な戦果を挙げ続け、やがてバルトリフの功績により魔王軍はどんどん追い詰められ撤退していく。

 

 無理もない。バルトリフは、魔族にしては珍しいストイックな性格をしていたのだ。他の魔族に見られるような、弱者をいたぶったり虐げたりするような趣味は無かった。彼は、惜しみなく自己の鍛錬に時間を費やし、やがて魔王軍きっての武闘派として名を挙げていたのである。

 

 そんな魔王軍の中でも突出した実力の持ち主であったバルトリフは、人族の思惑を大きく外れ快進撃が止まらない。人族はそんな彼の活躍を認めざるを得ず、バルトリフに好意的だった貴族の協力も得て、ついには魔族の身でありながら人の社会で貴族の一員として爵位を得るにまで至った。

 

 ところが、コレこそが、全ての終わりのきっかけとなった。

 

 魔族が、貴族位を得る。そんな事実を受け入れられない連中もまた、多かったのだ。運が悪かったのは、バルトリフに好意的な貴族の殆どが、軍務にて身を立てる武官だった。実際に戦場で戦う身なればこそ、バルトリフに対し敬意を持つことが出来た。

 

 政務を生業とする文官にとっては、厄介で、反乱の種でしか無いバルトリフの存在を、許容すると言う選択肢は有り得なかったのである。

 

 

 愚かだとしか、言い様がない。

 

 

 バルトリフの功績有っての人族優位な戦況だったというのに。文官達の下した結論は、“不利な状況ならいざ知らず、人族優位な今の戦況ならばバルトリフは必要ない”とまったく現実(リアル)が見えていないモノだった。

 

 彼等の失策は、コレだけに留まらない。

 

 バルトリフの暗殺と言う手段を選択する為に、何も工夫を凝らさなかったのだ。彼等にとって「暗殺」とは、「如何に命令者を隠し抜くか」この1点のみが重要だった。

 

 王家所有の、この国最高の暗殺部隊を放った時点で、確実に標的は殺せる。それが、彼等の常識だったのだ。相手が、単騎で戦況をひっくり返す化け物で有ろうとも、彼等は思考を停止したままに暗殺者を放った。

 

 

 

 殺せる訳が無かった。人より遙かに強い魔王軍が、躍起になっても殺せない裏切者バルトリフを。暗殺者は、戦場帰りの彼を襲った後、ただの一人も雇い主の元へ戻らなかった。

 

 

 

 だが、ここまでされてなおバルトリフは怒っていなかった。どうでも良かったのだ、暗殺者程度の事など。蚊が飛んでいたから、叩き殺した。彼にとっては、ただそれだけの不快感なのである。殺意を向けられるのは面倒ではあれど、人族如きまったく脅威とは思っていなかった。 

 

 

 結論から言うと、文官共の最後にして最悪の失策が、彼の逆鱗に触れる。

 

 

 

 

 

 バルトリフが暗殺者を皆殺しにして家に戻ると、妻のレイネは全裸で地べたに横たわり、冷たくなっていた。

 

 

 

 

 バルトリフの暗殺が失敗に終わるなどと想定すらしていなかった、戦場を見たことのない愚かな文官たちは。死ぬであろう魔族の蓄えた資産を、我先にとバルトリフの屋敷に乗り込み、言い争いながら醜く奪い合っていたのだ。家を守ろうと、彼らの前に立ちふさがったレイネもまた、彼らにとっては資産でしかなかった。あまりに激しく抵抗され、面倒になった彼らの取った方法は、残酷だった。

 

 この日、バルトリフは修羅となり、国中の貴族を殺して回る。慌てた文官たちは軍部に助けを乞うも、バルトリフの実力を良く知る彼らは文官たちの所業を聞いた瞬間に国を捨て逃げ出していた。

 

 国を、いや文官たちを守る者など一人もいなかった。

 

 

 

 

 この日、国は滅んだ。政治を運営していた文官は一人残らず虐殺され、国を守っていた武官は皆逃げ出してしまっては、国に秩序は無くなるのも時間の問題だった。国王とその一族は、国が崩壊した責任を取らされ処刑され、前王朝は滅んだのだった。

 

 

 だが、国の結末がどうなったかなんてバルトリフには興味が無かった。彼は泣き叫び、喚き、妻の亡骸が朽ちるまで延々と彼女の名を呼び続けた。その慟哭は途切れる事無く数年の間続いた。やがて彼の屋敷の周囲からは人が立ち退き、ぽつんと一人、バルトリフは屋敷に籠っていた。

 

 数年に渡る激情が落ち着いた後も、彼はレイネを想い、彼女の遺体と共に生活をつづけた。食事は必ず2人分用意したし、寝る時も必ずレイネの傍らで寝た。

 

 やがて、長い年月の末レイネが人の形を保てなくなった頃。彼はレイネの為に、ようやく彼女の遺体を埋葬することにした。何時までも醜い姿を晒し続けるのは辛いだろうと、死んだ妻の心情を慮ったのだ。

 

 彼女を土に埋め、これで二度と会えなくなると考えたバルトリフは、再び慟哭を始めた。

 

 

 

 

 彼女を埋葬した後、バルトリフは抜け殻の様だった。何をする気力も沸かず、ただ無為に生き続けるだけだった。

 

 日の照る間は掃除、洗濯といった日々の日課を機械のようにこなし、夜になると夢の中で亡き妻との日々を追体験していた。彼にとっては最早、寝ている時間こそ現実に思えていたのかもしれない。

 

 

 だが、ある日バルトリフは驚愕する。妻の、レイネの顔が、記憶から薄れてきていた事実に気が付いたのだ。死後、何年も経って夢でしか会えなくなったレイネは、やがて夢の中ですら色彩や輪郭が失われていく。

 

 

 

 その日から、彼は絵を描き始めた。妻の記憶を永遠にするために。

 

 また、長い年月が経った。彼の家には、無数の妻の絵が飾られることとなった。どれも、レイネが生きていた時の記憶だけを頼りに描かれた、まさに集大成と呼べる傑作ばかりだ。

 

 この頃から、バルトリフ自身の心にも変化が訪れていた。無為に生きるのではなく、死後も妻レイネの為に生きようと、そう前向きに考えられるようになったのだ。

 

 彼は、最初に妻レイネの残した衣類の解れや屋敷の修復に取りかかり、やがてレイネとのエピソードを綴った書籍、レイネに捧げる為の鎮魂歌の作曲と言った創作活動を積極的に行うようになる。

 

 そのころから、屋敷の周囲に慟哭が響くことは無くなった。やがて、魔公バルトリフの逸話を伝える世代が死んでしまった頃になると、悪魔(バルトリフ)が住む事を知らぬ人間が屋敷に迷い込む様になる。

 

 バルトリフは、人族がこの屋敷に足を踏み入れる事を好ましく思わなかった。彼はその後人避けの結界を周囲に張り、そのまま屋敷に籠もって創作活動を続けることにした。

 

 それでもなお。子供は探究心豊かに迷い込んでくることがあった。人避けの魔法の欠点は、この屋敷を目指す者からは存在を隠せても、たまたま迷い込んだ人間には効果が無い事だった。

 

 バルトリフは何とかして結界を改良しようと考えていたが、迷い込んできた子供が騒ぐのを見てチラリと幼き日のレイネを想起してしまう。結局バルトリフは、迷い込んできたその子供を持て成し、記憶だけ抜き去って人族の村へと返した。

 

 その後も、数年に一度ふらりと子供が迷い込んでくるが、バルトリフはその都度小さな御客を持て成す様になった。日常を彩る、数少ない刺激。彼にとって丁度よい、娯楽になったのだ。

 

 バルトリフの趣味に、お菓子作りが加わった。レイネの思い出が色濃く残るこの家で、彼は一人、余生を楽しむことにしたのである。

 

 それが、魔公バルトリフがここで暮らし、ここで生きる理由であった。今もなお彼は、この屋敷に根を下ろしてたまに来る来客(こども)に備え、彼等のために食材や花を育てているのである。

 

 

 

 




次回更新日は8月5日17時です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「200年越しの、ありがとう」

「とまぁ、こんな話じゃな。どうだ、人族。貴様の期待に応えれたかは知らんが、我が裏切られたと言ったのはそういう事だ。我が国を滅ぼしたのは、妻の仇を討った結果にすぎんのだ。」

「・・・。」

 

 重い。何というか空気が、ただ重い。

 

 実は、奴の話を聞くまでこの魔族を半信半疑くらいに思っていたけど。

 

 流石に目を見れば分かる、彼の過ごしてきた切なくも永い悠久の時間が、嘘なんかじゃないって事くらい。

 

 何て言うか、凄いな。この暇なおじさん。

 

 ここまで愚直に、誰かを愛せるなんて本当に凄い。ルートも、いつしか涙ぐんでる。ここまで来ると羨ましさというか、妬ましさすら湧いてきてしまった。

 

 だって、疑問を感じたのだ。

 

 果たしてアルトはここまで、オレを想ってくれるのだろうか。オレが殺されたとして、200年もの間想い続けてくれるだろうか。正直なところ、奴はオレの体目当てにしか見えないでも無い。

 

「ごめんなさい。何というか、興味本位で聞いて良い話じゃ有りませんでした。」

「いや、全く構わんぞ。何せ他者に最愛の妻を自慢をすることが、我の1番楽しみな時間なのだ。ここまで話を聞いたからには、今から夜明けまでずっと我が妻の自慢話に付き合って貰うぞ。」

 

 そう言ってバルトリフは、嬉しそうに目の皺を寄せ、穏やかに微笑んでいた。本当に、妻が好きなんだなバルトリフは。会ってから一番無邪気な顔で、彼は妻の思い出話を始めようとしていた。今まで警戒していたのが馬鹿に思えてくる程、優しい顔だ。

 

 ・・・よし。どうせなら、貴重な話の礼も兼ねて、ちょっと彼に良い思いをして貰おうか。

 

「なあ、魔族バルトリフさんよ、聞いてくれ。ここに居るルートには、ある特技が有ってだな。」

「むむ? 何だいきなり。今からいよいよ、我が妻との出会いの話なのだが?」

「良いから聞けオッサン。つまりだな・・・?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いんだけどね。いや、あんな話されたらそりゃ協力するけどね・・・。」 

「おお、おお─────」

 

 ルートに生き写しの妻。女装が趣味のルート。この2つの事実を重ね合わせ、オレは天啓を得た。

 

 つまり、バルトリフの奥さんが残したと言う衣服をルートに着て貰えば、ここに居る皆が笑顔になれる優しい世界と言うことだ。オレはやはり天才だな。

 

「フィオ、何でだろうか。無性に君を殴りたい。」

「ん? 今はその衣服を着てるんだからキャラを壊すなよ。もっと清楚な感じに振る舞って、そのままオッサンとイメージプレイでもしてろ。」

「良し分かった。フィオ、覚えてろ。」

 

 わ、めっちゃルートが怖い顔している。折角二百年振りの奥さん(のそっくりさん)なのに勿体ない。もっと心の奥からレイネさんとやらになりきってやれよ。

 

「レイネ、レイネ────、すまなかった、我は、レイネ────」

 

 一方バルトリフはと言うと、完全に壊れていた。何というか、今のルートは魔族の描いた絵(おもいで)からそのまま出て来た姿だ。夢と現実がごっちゃになってしまうレベルで、ルートとレイネさんが似ているらしい。

 

 皺が寄った目を大きく見開いたまま、魔族(バルトリフ)はポロポロと大粒の涙を流し、懇願するようにルートにもたれ掛かった。

 

「すまん、すまん人族。我は正気なのだ。だが、1度で構わん。1度だけ、我を────“とうさん”と。そう、呼んでくれないか・・・。」

 

 それは、きっとレイネのバルトリフに対する、呼び名だったのだろうか。その嘆願を受け、ルートは困ったような顔をしつつ、静かに目を閉じた。

 

 

「・・・とうさん。」

「あ、ああ。レイネ、我は────」

 

 

 バルトリフは、ルートの呟く様な呼び掛けを受け、ふらりと彼の前へと立ち上がる。

 

 200年振りの、妻との擬似的な再会。バルトリフは、如何なる心境なのだろうか。彼は、手を震わせながら、ソロリソロリとルートを抱き締めようとして────

 

 

 

「・・・一体、何時までクヨクヨしてる気だ! こんの唐変木が!」

 

 

 

 目をつり上げたルートに、思いっきり引っ叩かれたのだった。

 

 

 ────え?

 

 

「は? お、おいルート何やってる!?」

「とうさんお前さ、元々魔族の方が遙かに寿命長いことは分かってただろ!? 確かに不意打ちで死んじゃって悪かったけど、何年引き摺ってんだこのお馬鹿!」

「レ、レ、レイネ? 嘘だ────。レイネ、なのか。」

「あん? よく見ろ、私はレイネじゃないぞ。つか私はとっくに死んでるっつうの!」

 

 何が起きた。ルートが、突然人が変わったみたいに魔族バルトリフを説教し始めたでは無いか。

 

 

「な、な、な。何で、お前は、レイネなんだな? 我は、お前に、もっと────」

「違います、ホラ、似てるけど別人。OK? てかこの子男の子だろ。」

「あ、ああ、レイネ、レイネ、我はお前を! 守れる筈だったのに、守る事も出来ただろうに、あの時、あの時! すまん、すまん、すまん────!!」

「・・・謝んなくていいから黙って聞け、とうさん。良いか? あのさ、頼むからそろそろ、私を忘れて生きてくれ。十分、もう十分あんたの気持ちは伝わってるから。」

 

 ルートが、普段の彼とは違う、全く別の喋り方でバルトリフを諭している。

 

 これは、何だ。まさかルートがレイネになった? それともルートにレイネが乗り移った?

 

 そんな筈はない。だって、200年も前に死んだ人物だぞ。アンデットと化したとして、自我なんて残っている訳が無い。

 

 つまり、考えられる答えは1つ。

 

 きっとこれは、ルートの演技なのだろう。レイネの物真似をして、バルトリフを元気付けようとするルートの企みなのか。

 

 ・・・待て、だとしてもレイネと言う少女の性格をルートが知りうる術など無い。本当に、何が起きているんだ?

 

 いや、ウチの頭脳担当の彼ならば、脳内でシミュレーションしてレイネの性格を擬似的に再現出来たのかもしれない。現状、そうとしか考えられない。

 

 何にせよ、バルトリフはルートを(レイネ)と本気で思い込んでいる。つまり、ルートは限りなくレイネさんに近い性格を再現したと言うことだ。

 

「ほ、ほら見てくれレイネ。これは、お前と湖畔に行った時の思い出の絵で───」

「ああ、良く描けているな。私も楽しかった。」

「この詩は、お前へ想いを告げたときの、その言葉を元にして書いてだな、」

「聞いた聞いた、何度も聞かされたよ。作詞作曲に精魂込めたのは伝わったが、何も毎晩歌うことはないだろうに。」

 

 ルートは、彼の言葉に頷きながら子供をあやすかのようにバルトリフの頸を撫でた。さながら、愛しい恋人の様に。

 

 ・・・おかしい。とても、演技には、見えないぞ────?

 

「でもさ、私はもうこの世界に居ないんだ。だからとうさんもさ、私と決別する時が来たんだよ。」

「だが、我は。」

「だがも、しかしも、要らない。どうか頷いてくれ、とうさん。」

 

 レイネを演じるルートは、先程叩いたバルトリフの頬を、優しく、穏やかな表情で擦っていた。

 

 つう、と。ルートの頬に一筋の雫が滴り落ちる。

 

 普段の冷静な表情を大きく崩し、真っ赤に腫らした目に大粒の涙を浮かべながら。

 

 ルートは満面の笑顔で、バルトリフを腕一杯に抱き締めたのだった。

 

 

 

「────今まで私を愛してくれて、ありがとう。とうさん。」

 

 

 それは、純粋な感謝の表出。

 

 

 バルトリフは、ルートのその言葉に。崩れるように膝をつき、しっかりとルートを抱き締め返しながら。

 

 涙でグシャグシャになった口元を振るわせ嗚咽をもらしながら、何度も何度も、大きく頷いたのだった。

 

 魔族の慟哭が、久し振りに屋敷に木霊する。しかし、その声色は、決して悲嘆なものでは無く。

 

 永い時間、生きる歩みを止めて呆然と立ち尽くしていたバルトリフが、やっと前へと足を進める為の決別の咆哮だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルート、やっぱりお前は凄いわ。」

 

 

 

 

 バルトリフとルートの抱擁後。時が止まったかのように暫く二人は抱き合っていたが、やがて、バルトリフはそっと立ち上がり赤い目を拭った。

 

 ルートの顔を優しく布で拭いた後、ゆっくりとルートの背から腕を放し、湿った声で「こっちこそ、ありがとう」と一言だけ告げたのだった。

 

 結局、その日バルトリフはオレ達の記憶を消したりせず、そのまま手を振って帰してくれた。もう、この屋敷に住み続ける事には拘らないのだとか。ルートの言葉で、しっかり過去と決別出来たらしい。

 

 屋敷を出てバルトリフと別れる頃には、随分と吹っ切れた顔をしていた。背負い続けてきた重荷から、ようやく解放されたかの様だった。

 

 そう、ルートは、たった1人でバルトリフを救ってしまったのだ。

 

「僕は何もしていないけれどね。」

「馬鹿言え。お前が心の奥からレイネを演じきったからこそ、バルトリフに届いたんだろうよ。」

 

 ルートがどうしてレイネの人となりを掴んだのかは分からないけれど。バルトリフは間違いなく、あの時ルートをレイネと思い込んでいた。それ程までに、完成度が高かったのだろう。

 

 バルトリフを救ったのは間違いなく、ルートの筈だ。

 

 

「僕の、風読みだとか星読みは精霊を介して行っている。知ってるだろう?」

「ん? まぁ、そりゃあ。ソレが何だ?」

「精霊化していたんだよ。彼女。」

「・・・え?」

 

 

 ところが、そのルートが話した内容は、オレの予想を遙かに超える奇跡だった。

 

「精霊って言うのは、人から変化して生まれるようなモノでは無い。本来はね。」

「まあ、だって精霊って、自然の中で勝手に生まれるんだろ?」

「違う。精霊は、どうやら死んだ人の魂の一部が合わさり形成されるらしい。だから当然、精霊は死んだ人々の性格に影響をモロに受ける。飢饉の起こった地方で生まれた精霊は悲観的な性格になるし、栄華を極めた街で産まれた精霊は意地悪く人を見下したような性格になるのだとか。」

「ほーん。つってもよ、ここら辺は人っ子1人居なかった筈だ。バルトリフのオッサンがこの屋敷でオンオン泣き続けたせいで、しばらくの間人族は寄りつかなかったって────」

 

 そう。ルートの言うことが事実ならここで精霊が産まれるはずが無い。魔族のオッサンが1人で200年近く過ごし続けたこの地に、人族はいな──

 

 ・・・まさか。

 

「もしも。本来は、沢山の人族の魂から産まれる精霊が。たった1人の人族の、その深すぎる感情により産まれたとしたら?」

「────嘘だろ、オイ。レイネさんって娘は200年も前に死んでるのに、それは。」

「居たんだよ、彼女。魂となり、肉体を持たないまま。泣き続けたバルトリフを置いて行く訳にいかなかったレイネは、200年もの間、決して気付かれず、聞こえないのも承知の上で、彼の傍らに立って慰め続けてたんだ。」

 

 強い感情を持って魂だけとなった人族は、いずれ自分を見失い、アンデットとなり果てる。強い感情を持っていなければ、魂は霧散し即座に消えてしまう。

 

 なのに、レイネと言う少女は。正気を保ちながら、延々魂のみとなって200年もの間存在し続け、たった1人で精霊へと昇華したのだ。

 

「僕はあの時、屋敷の中に居た精霊に気付いてね。何か言いたそうだったから、そのまま僕の躰を少し貸してあげた。つまり正真正銘、あれはレイネの言葉だしレイネの行動だ。バルトリフだってそれが分かったはずさ。彼がレイネ本人かどうかを判断出来ないわけが無い。僕がしたのは、躰を貸しただけ。彼を救ったのは、誰が何と言おうと、レイネなんだ。」

「何とまぁ、壮大な・・・。」

「凄い話だよね、本当に。ずっと200年もの間、自分を孤独だと思っていたバルトリフは、今まで200年もの間ずっと最愛の恋人と二人きりで過ごせていたという事を知ったのさ。そりゃ、救われるに決まってる。」

「・・・愛が凄いのは、お互い様だったって話か。」

 

 魔族と恋をしたレイネと言う女性もまた、バルトリフに負けぬほどに深く相手(バルトリフ)を愛していたのだろう。だからこそ、精霊に昇華してまで200年も自我を保ち続ける事が出来たのだ。

 

 そして、ずっと待っていたのだろう。いつかルートのような、精霊と会話できる人間が迷い込んでくるその時を。

 

「彼女に躰を譲った時、様々な感情、記憶、想いと言ったレイネの全てが流れ込んできた。そこに有るのはただただ、純粋な愛だったよ。人同士ですらあそこまで愛し合う事は難しいと言うのに、人と魔族の異種族カップルの方が仲睦まじく有り続けただなんて皮肉なもんだ。」

「何というか、なぁ。いい話だな、本当スゲェや。」

 

 ミクアルの里に行くついでに寄っただけの街だって言うのに、凄い体験をしてしまったもんだ。帰って二人に自慢してやろう。

 

 ・・・こんな話、信じてくれるか分からんけどな。実際に見て、実際に聞かないとこの何とも言えぬ感動が分からないだろうし。

 

「ただなぁ。よく分からない記憶もちょくちょくあるんだ、思い出す度に気持ちが悪くなる様な。」

「あん? 何だ、二人がヤってる場面でも見ちまったのか? この助平。」

「違うよ! そんな記憶わざわざ読んだりしないよ!」

「じゃあ何だってんだ?」

 

 気持ちが悪くなるよく分からない記憶、ね。まさかとは思うが、見たり知ってしまったりしたら正気度を失ってしまうようなおぞましい記憶なんだろうか。

 

 仮にも古代の大物魔族だ、超宇宙的な体験くらいしている可能性も────

 

「よく分からないんだけどね、バルトリフに跨がってひたすらクルクルと裸のままで回ってる記憶なんだ。バルトリフとそう言う行為をしているようにも思えないし、魔族特有の儀式か何かなんだろうか。」

「忘れろルート。それは、お前に必要ない知識で、お前とは生涯無縁の儀式だ。」

「・・・フィオ? 何か心当たりが有るのかい?」

「良いから、早く忘れろルート。それは、お前を不幸にする知識で、お前が知ったところで何も得がない知識だ。」

「う、うん。うん?」

 

 あのプレイ、アルト特有の謎体位と思っていたけど。実は由緒ある正式なまぐわいの型だったのか。

 

 オレはこの日、生まれ変わったこの世界の闇の深さの一端を垣間見た気がした。

 




大  車  輪

次回更新日は8月8日の17時です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「事後?」

「随分と遅い帰りだな、お二人さん。どっこでシケ込んでやがったか?」

「アホな事を言うなバーディ。・・・悪いが、今はそんな冗談に付き合ってやれる気分じゃないんだ。実は今、愛の素晴らしさって奴を噛み締めているのさオレは。」

 

 老いた魔族に出会い、とても心の温まる体験をしたオレ達が宿へ帰ると。へべれけに酔ってメイドを侍らせている人間の屑がいきなり下世話な冗談を飛ばしてきやがった。せっかくの晴れやかな気分が台無しである。

 

「くだらねぇ男だな、お前は。バーディもオレみたいにもう少し高尚な精神で生きていくべきだ。ああ、愛って素晴らしいなぁ。」

「おいルート。コイツ、何か悪いものでも食べたのか? フィオはいつだってクレイジーな生き様してやがったが、今日のコイツは輪をかけて気が狂ってやがる。」

「いや、フィオはいつも通りだと思うよ。何というか、僕達はまぁ、凄い体験をしたものでね。バーディ、君達は何をしていたんだい?」

「ん? クリハに巨乳のメイドの娘の情報を根掘り葉掘り聞いていただけだが。」

 

 バーディもどうやらいつも通りの様だ。こんな美人と2人きりだって言うのに、何やってんだこの馬鹿は。心なしか、クリハさんがしょげている様に見える。この糞野郎・・・。

 

「貧乳の何が駄目なんだ? 良いじゃねぇか。女の胸の体脂肪率が高かろうが低かろうが。」

「そうだけどよ、こればっかは好みの問題だからな。生理的に駄目なんだわ、貧乳は。トラウマもあるし。」

 

 バーディはこんな感じで、頑として胸のない女性に興味を示そうとしない。もっともオレとしては、興味を示されても困るので安心ポイントなんだが。嗚呼、クリハさんが不憫でならない。

 

「貧乳にトラウマねぇ・・・。どうせこっぴどく振られたとかそんなんだろ?」

「・・・。その程度ならよかったんだがな。まぁ、アレだ。触れられたくない過去って奴なんだ、そっとしておいてくれ。」

「いやに気になる言い方するなオイ。アレだ。好きだった貧乳の女の子の前でパンツずらされてトラウマになったとか?」

 

 或いは好きな女の子の前で貧乳な娘にパンツでも脱がされたか。いずれにせよ、コイツ自身の粗末なモノ(ポークビッツ)に対するコンプレックスが関わっているに違いない。

 

 

「いやさ、ストーカーされてたんだよ。村の根暗な貧乳女に。」

「ストーカー? それはあれか? お前にしか見えない女の子にか?」

「ちげぇよ! 幻覚だった方が遥かにマシだよ! ・・・お前に分かるか、独り暮らしの筈のオレの家にいつの間にか料理が二人分並んでて、背後からお兄ちゃんと声をかけられたときの恐怖が!?」

「・・・うお、マジなのソレ。」

「マジだよ! 子供の頃にさ、熱で死にかけてた村の娘に薬草探し出して持っていってやったら・・・。次の日からずっと視線感じてさ。どうやら惚れられ・・・、いや取り憑かれちまったみたいでな。ああ、思い出すだけで当時の恐怖が・・・。」

「バーディ様は、そのような恐ろしい目に遭われていたんですか? お可哀そうに、まったく気付いておりませんでした。」

「ああ、しまいには村中で視線を感じるようになってだな、恐怖とストレスで気が狂う寸前だった。魔王軍の襲撃のドサクサで、ソイツとはうまく散りじりになったが、ヤツが恐ろしくていまだに故郷の村に顔を出せん。村長とか世話になったし、また会いたいのだが・・・。」

「あー、なら誰かに伝言だけでも頼むか、手紙とかを送るかだな。世話になったのに音信不通はマズいだろうよ。」

「・・・アイツに俺の生存が知られたら、また奴の影に怯える生活になる。それだけは、絶対に、絶対────、いや、もうこの話はやめよう。酒が不味くなるぜ。」

「ええ、そうしましょうバーディ様。嫌なことは皆、お忘れになられる方が良いです。」

 

 そう言って、クリハさんが笑顔でバーディにお酌をしていた。愚痴を聞いて貰って、あんなに優しくして貰ってるのにクリハさんに興味を示さないとはバーディは頭の大事なところがイカれてるんじゃないか?

 

「すまんなメイドちゃん。ああ、酒が美味い。」

「今の勇者様方のお屋敷は我ら王宮のメイド隊が徹底して管理しております。我ら以外の者が侵入した形跡等有れば即座にお知らせ致しますので、どうかご安心ください。」

「頼むぜクリハ。まぁ流石のアイツも厳重に警備されてるアジトに忍び込めるとは思ってないけどな。」

 

 ずずい、とクリハさんの注いだ酒を飲み干すと、赤い顔でだらしなく頬を緩めたバーディは、ぐぅぐぅと寝息を立て始めてしまった。すかさずクリハさんは椅子へもたれ掛かるバーディを抱きとめ、ふわりとバーディを抱きかかえる。流石は王宮のメイドさん、身体強化魔法まで使えるのか。

 

 ・・・なんだかなぁ。好き放題に酒飲んだ挙句、自分より一回りは小さい娘に愚痴り、介抱され、意識を失い運ばれるこの男を見ると凄く情けなくなってきた。何でオレはこの男の友人やってるのだろう。至高の愛を見た直後にこんな人間の屑を拝まされるなんて、どんな拷問だ。

 

 カツカツと、再び足音が聞こえクリハさんが部屋に戻ってきた。

 

「バーディ様はベッドにお連れいたしました。フィオ様、ルート様も一献いかがでしょうか? 酒類に限らず、果汁飲料やミルク等もご用意できますが。」

「・・・ごめんなクリハさん。あんなのの相手をさせてしまって。」

「いえ。非常に心地よい時間でしたよ。お二方がこのままお休みになられるなら、机を片付けさせていただきますが。」

「・・・。なぁクリハさん、ちょっとオレとも酒に付き合ってくれや。さっきの体験をさ、誰かに話しちまいたくてしょうがないんだわ。」

「駄目だよフィオ、アレはあんまり言いふらす事じゃないだろ。あの男はそっとしておいてあげなよ。」

 

 先程の体験を、ベラベラとオレは酒の肴にするつもりだったがルートはあまりいい顔をしない。確かにそうなんだけどな、でもこう、喋りたくて仕方ないんだよなぁ。

 

「やめた方がいいかな? うーん、本当に良い話だったんだがなぁ。」

「うん、やめておく方がいいよ。あの切なくも暖かい物語は、僕らだけの胸にしまっておこう。」

「何でしょう、ルート様までそう仰られるという事は、本当に何か壮大な事でもあったでしょうか。少し気になってきたのですが。」

 

 クリハさんも少し興味を持ってしまったようだ。だが、ルートの言うことも至極もっとも。

 

 そうだよなぁ、魔族と敵対してる王国の、王宮勤めのメイドさんに潜伏する魔族の話は出来ないよなぁ。

 

「いや、すまんクリハさん、何でもないんだ。この晴れやかな気持ちを共有出来ないのは非常に残念だが、どうか忘れてくれ。」

「うん、クリハには悪いけど、あの凄まじい感動は人に伝えて聞かすモノでは無いと思う。勿体ないけれど、僕達だけで話を留めておく方が良いのさ。」

「これは新手の苛めか何かなのでしょうか。いえまぁ、立場を弁えておりますし私から詮索は致しませんが。」

 

 そう口では納得しつつも、少し不満げな顔になったクリハさんが可愛い。

 

「まぁまぁ、許してくれよ。そうだクリハさん、手頃なワインを持ってきてくれ。今はなんだか一杯やりたい気分なんだ、飲もうぜルート。」

「うん、いいよ。クリハも一緒に飲もうか、もう仕事モードはやめていいよ。君とも友人として酒を酌み交わしてみたかったのさ。」

「・・・はぁ。そう仰られるなら、ご相伴にあずかりましょう。王宮からの持ち出し品で味が良いものがございますので少々お待ちくださいませ。」

 

 すっ、と一礼するとクリハさんはどこからともなくワインボトルを取り出して、机に手早くグラスを並べた。流石、本職のメイドは動きにキレがある。

 

 救済された魔族の想いを肴に、オレ達3人は杯を交わして盛り上がった。ルートなんかは先程の体験を思い返したらしく、静かに泣き出していた。意外とコイツ涙もろいんだな。

 

 だが、流石に疲れていたのだろうか、オレもルートも3人で飲み始めて間もなくウトウトと眠くなってしまい、結局1時間も経たぬうちにクリハさんに支えられ、オレはあの屑(バーディ)同様ベッドへ運ばれたのだった。

 

 また明日も捜索の仕事があるし、早めに寝るのに越したことは無いのだが。

 

 おかしいな。オレ、こんなに酒に弱かったかなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 

 

 

 

 

「・・・神よ。」

 

 オレが目を覚ますと、隣にはすやすやと寝息を立てるルートが居るではないか。嗚呼、諸行無常。まさに八難辛苦、絶体絶命、百花繚乱。

 

 ────思い出せ。記憶の糸を辿れ、狼狽えるな、昨夜のオレは何をしていた!?

 

 うん、大丈夫だよな。そう、昨夜は確か飲みすぎて、それで眠くなってきて・・・? よし、ルートとヤった記憶はない。大丈夫、大丈夫。

 

 で、でも待て。酔い潰れる程酒が入ってるし、前後不覚で記憶が残ってないだけかもしれない。念のため、確かめておいて方が良いよな、身体。

 

 寝起きの回らない頭で、考え得る最悪の事態を想定しつつ。オレは覚悟を決め、ズボンに手を伸ばし下半身を露わにした。ちょっと恥ずかしいが、事実確認は重要なのだ。

 

 

「う、うーん・・・。」

 

 

 その、まさに最悪と言えるそのタイミングで。オレが躊躇いつつも一気にパンツをずらし下ろしたその瞬間に、ルートの奴がパッチリ目を覚ましてしまった。

 

 ・・・向こうも寝起きで、ぼんやりとしていたルートと、相対する。そして、だんだんとルートの目は焦点が合ってゆき、奴の顔はカァァッと赤く染まっていく。

 

 マズイ。言い訳を早く考えねば。この状況、オレはただの痴女じゃないか。いや、まて違う、取り繕った言い訳なんて必要ない。

 

 だって、別にオレは悪い事をしていた訳じゃないんだ。正直に事情を話せばいい、それでルートはきっと納得してくれる筈だ。

 

 オレもテンパっていたのだろう。そんなこんなと色々頭で考えている間に、完全に覚醒してしまったルートから先に声をかけられてしまった。

 

 

 

「・・・おはよう、フィオ。君は僕のズボンをずらして、何をする気だったんだい?」

「お、起きたかルート。すまん、悪いがお前の処女膜見せてくれ。昨日、性欲爆発したオレがうっかりヤってないかの確認なんだ。」

「僕に処女膜が有ってたまるか!!」

 

 朝っぱらから男の娘のパンツをずらしていたオレは、勢い良く拳骨を落とされ悶える羽目になったのだった。

 

 

 

 

「・・・そもそも。なんでフィオが男部屋で寝てるのさ?」

「知らねえよ、昨日は確かクリハさんが運んでくれたまま爆睡した筈だし。クリハさん、ひょっとしてお前を女の子認定してるんじゃないか?」

「そんな訳ないだろう、どうせフィオが寝ぼけて男部屋に入ってきたんだろ。」

 

 ヒリヒリと痛む頭を押さえながら、オレはルートと宿の部屋を出る。バーディとクリハさんを探すためだ。特に、クリハさんは昨夜の俺達の状況を理解してるはず、ルートと同じ部屋で寝ていたことの説明もしてくれるだろう。

 

「全く、男女が一つ屋根の下なんてパーティの風紀が乱れるぜ。・・・と、悪い。間違えた、オレは女の子だったか。じゃあ問題ないな。」

「いや、合ってるよ。僕とフィオは男女で合ってるよ。何で頑なに僕を男に分類しようとしないんだ君は。」

 

 朝からズボンをずらされて機嫌が悪いルートを尻目に、オレはオレ達が借りたもう一つの部屋の扉に手をかける。

 

「開けるぞルート。昨日バーディの言ってた男部屋はこっちだったよな、つまり女部屋で寝ていた自称男のルートの方こそやばい奴だってことだ。」

「う、本当だね。おかしいな、僕は昨夜起きた記憶もないんだが・・・。」

 

 そう、腑に落ちない顔で返事をするルート。昨日、果たして何があったのだろうか、オレ達はそれを知るために扉を開けて。

 

 

 

 

 

 全裸でベッドインしている、美女と野獣を目視し。

 

 

 

 

 

 そっと、部屋の扉を閉めたのだった。




次回更新日は8月11日の17時です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「巫女。」

「違う、無実だ・・・。ヤってないんだ、本当なんだ・・・。」

 

 

 朝の衝撃映像の後、オレ達と目が合った筈のメイドは、何もなかったかのように宿にあるオレ達の荷を整理し、黙々と馬車へと積み込んでいる。どう対応して良いか判断に迷ったオレとルートは小声で話し合って、出来るだけ普段の態度のまま接する方針で行こうと結論付けた。つまり、「そっとしておこう」である。

 

 少し生暖かい目で二人を眺めながらオレとルートは再び馬車に乗り、ミクアルの里を目指し旅を続ける。意外にも、一人のどんよりとした男を除き、馬車の中は昨日同様に和気あいあいとしていた。

 

 まるで、昨夜に何もなかったかの様だ。自然、つられてオレとルートも普段の様に話し始めた。いや、オレは少しだけテンションが高めではあったけど。

 

 どうやら久々の里帰りに、オレも少々浮かれているらしい。いつも以上に激しい身振りを交えながら、際どい冗談を飛ばしてルートに怒られたりクリハさんに苦笑されたりと楽しい旅路だった。

 

 半日ほど馬車に揺られ、やがて、青々とした木々が広がり、草の香りが胸いっぱいに広がった。つまり、ミクアルの里が近づいてきている。

 

 

「いや、その、マジで。いや、マジで俺ヤってないって。だって、ほら、記憶にないもん。」

「っと、ここらで車は置いて馬だけ連れて行こうぜ。これ以上は道が細くて車が邪魔になるだけだ。」

「了解しました、フィオ様。」

 

 

 ついに、人用に整地された道が無くなり、長く険しい獣道に差し掛かった。驚くべき事に、ミクアルの里は入り口が断崖絶壁とか言う昭和の漫画みたいな場所なのだ。この細道を超えると、目の前に崖がそびえ立っており、看板がぼつんと刺さっている。

 

“崖の上にある我らがミクアルの里を目指す旅人よ。里の住人にとっては、この崖は緩やかな坂道に他ならない。この坂道を越えられぬ者に、里に入る資格無し。”

 

 そしてこの看板を真に受けた馬鹿が、しばしば数日がかりで崖を登ってくる。・・・実は、普通に抜け道があって、里の住人は皆そっちを使っているのだけれど。

 

 因みにこの看板が出来た時の里の住人は、出入りの際いちいち崖を越えてたらしい。昔の奴等は馬鹿じゃねぇの。オレ、こんな崖1回たりとも登り切る事なんか出来んぞ。

 

「ん。あの崖は無視だ、こっちに来てくれ。」

「分かった。・・・成る程、やっと君の言う抜け道とやらを把握できたよ。かなり分かりづらいな、案内が僕一人だと少し迷った可能性がある。フィオ、君が居てよかった。」

「・・・一応、結構高度に隠蔽されてるから、入り口教えただけで把握されちゃ困るんだが。」

 

 ・・・ルートが異常と諦めるべきか、里の隠蔽技術が未熟だと悔しがるべきか。オレも結構関わったんだけどな、この道の隠蔽。

 

 さて、崖を目前にしてオレ達一行は道を脇にそれ、見難い所に有る小さな洞窟をオレの案内で進んでいく。この洞窟の抜けた先に、里の住人が裏道を作っているのだ。

 

 

「え? 人生の墓場? ウッソだろ、オレが貧乳の女の責任取らなきゃダメなの? ウッソぉ?」

「・・・そっか、ミクアルの里って、こんな所に有るんだ。」

 

 

 ルートは、何やら感慨深そうに洞窟を見渡していた。ここはまだミクアルの里とは言い難いのだが。見たとこルートは、ミクアルの里に深い思い入れがあるらしい。何か、個人的な因縁でもあるのだろうか。

 

「ん、ここ登るぞ。あの岩陰の後ろが里の裏に通じてるんだ。」

「ありがとう、フィオ。これでいよいよ、僕達はミクアルの里に入れるんだね。」

「あああ・・・。チ〇コ抜き差ししただけで結納とか罪が重すぎる・・・。減刑を、減刑を。」

 

 洞窟を歩くこと30分。やっとオレ達は洞窟の出口へと辿り着いた。

 

 後は目の前の2メートル程の巨大な岩をよじ登り、岩壁の間の小さな横穴を潜るだけだ。横穴の大きさは、大柄なバーディでも四つん這いになれば潜れる程度の隙間である。

 

 オレ達は一息に岩を登り、その横穴へと辿り着く。さて、あとはこの小さな抜け道を抜ければよい。

 

「よし、ついてこい。」

 

 すかさずオレが先頭になり、最初に横穴を潜り進む。後ろから3人が追従してくる形にするのだ。

 

 ミクアルの里は色々と人族にとって重要な拠点なので、割と警戒網が強固である。オレが暮らしていた頃と変わらなければ、この裏道を抜けたところに一人か二人、見張りが居るはず。その見張りが短絡的な奴なら、里の住人以外が現れた瞬間に攻撃されかねない。

 

 オレが先頭になるのが、無難だろう。

 

 

「了解だフィオ、僕達もここを潜れば、────っ、い、良いんだね?」

「ボサボサするなルート、早くついてこい。」

「いや、待てよ? 子供さえ出来てなけりゃ、別に責任とる必要なくないか? だよな、俺はまだ未婚で突き進めるよな。」 

「ほほう、成る程。ではルート様の次は私が入りましょうか。バーディ様には、辺りを警戒して頂いて最後尾をお願い致します。」

 

 

 オレは後ろ手で“こっち来い”とハンドサインすると、なにやら妙に慌てたルートがメイドに横穴へ押し込まれている所だった。どうしたのだろうか。

 

「ルート、どした?」

「う、何でも無い。フィオ、良いから早く進んでくれ。」

 

 少し歯切れの悪いルートが気になりつつ、オレはさっさと小さな横穴を潜り進む事にした。少し離れて、ルートがモゾモゾとついてきている。

 

 なんでそんなに距離を離して────はっ!?

 

 

「ルート貴様! パンツだな、オレのパンツ見えてるな!?」

 

 

 ああなんて事だ、迂闊だった。

 

 

「う、悪い。でもさ、でも不可抗力だったんだよ! 次に僕が入らなかったとして、結局クリハか君のどちらかは後ろに男性が続くことになるし、その。」

「うるさい、不覚、このフィオ一生の不覚!」

 

 オレは思わず地面に突っ伏する。たまにこういうポカをやってしまう癖を、早いところ治さないと。

 

 嗚呼────。

 

「先頭をクリハさんにしたら、オレが生でパンツ覗けたのに────!」

「・・・は?」

「ぬう、合法的に四つん這いメイドさんの尻を思う様視姦する絶好のチャンスがぁ。ちくしょぉぉぉ。」

「え、フィオ、ストップ。待って、悔しがって顔を地面に擦りつけるのをやめてくれ。その体勢だと、君の下着がより見えてしまう。」

「あー? 好きなだけ見ろよオレのパンツくらい、金なんて取らねぇよ。クッソォ、萎えるなぁ。」

「あぁ・・・。良いじゃねぇか、1発ヤるくらい。責任なんて取ってられねぇよ。クソ、萎えるわぁ。」

 

 

 自分の頭の回転の鈍さを心底後悔しながら。オレは微妙に初々しい反応を示すルートをからかいつつ、モゾモゾと横穴を抜けたのだった。

 

 オレは別にパンツどころか、どこかのエロ勇者みたいに凝視するような真似をしないなら、全裸見られたって特に気にならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、横穴を抜けると、辺り一面に広がる岩盤がオレ達を出迎える。里を覆う岩場は、そのまま城壁のような役目をはたしているのだ。この、岩場に四方を囲まれた、森の中の高台にある小さな集落こそ、我が故郷「ミクアルの里」である。

 

 久々に里に戻ったオレは、抜け道の周囲を軽く見渡してみる。今日の見張りはどこかな? 

 

 ・・・おっと、やっぱり居るな。岩盤に腰掛ける、野暮ったい服の少女。うん、懐かしい顔だ。

 

 パタンと手に持った本を閉じ、ジトーっとした目で此方を見ている馴染み深いその少女に、オレは大きく手を振った。

 

「久しぶりだなメル!! おっぱいデカくなったかー?」

「頼むから帰ってくれド変態。」

 

 うん、相変わらずの毒舌。見張り番として入り口に居たのは、里でオレが可愛がっていた妹のメルだった。不機嫌そうな釣り目に、小柄な体躯に腰までかかったポニーテールを靡かせ、彼女はオレ達に近付いてくる。

 

「・・・4人いるのか。そこの変態(アホ)が連れてきたと言うことは、お前ら敵では無く客なんだな? よし、まずは名前と性別とここに来た目的と、最後にそこの痴女との関係性を述べてくれ。里に入っていいか審査してやる。」

「・・・前は審査とか無かったよなメル。良いから早く村長(ボス)呼んできてくれよ。」

「黙れ、人の形をしたカス。各自、先程の問いに答えてくれ。」

 

 メルは、何というか相変わらずだった。見た目も美しく成長してるし胸だって膨らんでいそうなのに、中身はまったく変わっていない。最後に見た時は確か、メルが10歳の頃だったか? そろそろ礼儀と言う単語を知っても良いと思うんだがなぁ。 

 

「フィオ、君は彼女に何をしたんだ? 毛虫の如く嫌われているじゃないか。」

「馬鹿言え、オレとメルはラブラブだぜ。なぁ、メル?」

「鳥肌立つからおぞましい事を言うな変態。こら、お前らもとっとと名乗れ!」

 

 この妙にオレへの当たりが強い少女は、オレより二つ下の妹だ。まぁ、妹と言っても異母妹であるけれど。

 

 オレやメルの父親である村長(ボス)は、妻が複数人いる絶倫オヤジだ。とはいえ、オレは別に村長を父と呼ぶ気はない。

 

 ミクアルの里では、夫婦単位ではなく里丸ごとを家族とみなす文化があるからだ。だから、この里の人間は皆兄妹扱い、そして村長が所謂家長の立ち位置に居る。

 

 だから、オレを生んだ本来なら母親に当たる人間も、オレは姉さんと呼んでいる。村長(ボス)だけが、その役職で呼ばれているのだ。

 

「・・・えっと。僕はルート、性別は男で、此処には流星の巫女の情報を聞きに来た。」

「流星の巫女の話だと? おかしいだろ、ならば何故フィオに聞かない?」

「オレ? 殆どその話忘れちまっててさ。あはは────」

「何も覚えてねぇよ・・・。忘れたなんてチャチなもんじゃねぇ、ヤッた事実なんて存在してねぇよぉ。」

 

 一瞬の油断が、命取りだった。

 

 目で追えぬ疾さの、えぐり込むようなこぶしの軌跡。この技は、まごう事なく前世で言うコークスクリューブロー。

 

 岩場に鈍い音が鳴り響き、オレは目を見開いて、打ち抜かれた腹を押さえ無言でうずくまった。

 

「はぁ、事情は分かった。このポンコツのせいでここまで足を運ぶ羽目になったんだな?」

「え、ええ。流星の巫女は現在失踪していると伺っています。彼女の所在の捜索が、僕達の目的です。」

「・・・ふぅん、あっそ。因みに何で巫女が女性と思ったの?」

「はい?」

 

 腹が、やばい。冷や汗がダラダラ出てる。メルの奴、流石にやりすぎだろ。集中できなくて回復魔法が使えん。

 

「先代も、先々代も男だよ、流星の巫女。初代が女の人だったからその名前で今まで来てるだけで、里で最も魔力の素養に優れた者が選ばれ、流星を操るその秘術を継承していくんだ。彼女の血は、既にこの里に混ざりきっているからね。」

「そ、そうだったんですか。成る程、では今代の巫女も男性だったり?」

「・・・いや、今代は女性だ。おいフィオ? お前さ、10歳の誕生日を覚えているか?」

 

 メルが何かを言っている。

 

 何だ、話しかけるならいきなり鳩尾を穿つような真似すんなよ。メルは戦士職になったとは聞いたけど、オレより年下の女の子の出す物理攻撃力じゃないぞコレ。

 

 えっと、何の話だっけ?

 

「あー、オレの10歳の誕生日? ああ、なんか派手なお祭りしてたっけ。オレの生誕祭だけあって、妙に盛大だったなあの歳だけ。」

「ふん!!」

「痛い!!」

 

 メルの二発目のボディブローにより、オレの体はくの字にへし折れ、再び地面を舐めた。じんわりと目に涙が浮かんでくる。

 

 ・・・さっきから何なの!? メル、昔から毒舌だったけどこんなに暴力的じゃなかったじゃん。何? 今日は機嫌悪い日なの? マジで吐きそうなんだけど。

 

「なぁ、フィオ。この里でお前以上に魔力の扱いがうまい奴、居るか?」

「馬鹿言え。このオレは、人外のはびこるこのミクアルにおいても随一の回復魔術の使い手でだな!」

「おう。それが認められて、10歳の時に継承式やったよな。」

「・・・継承式?」

 

 うーん。そう言えばそんなこと有ったような? なんかおぼろげに記憶が戻って来たような。

 

 

 

 

 

 

 ────────あ。

 

 

 

 

 

 

「さっきから、何を仰られているのでしょうかメル様。王宮といたしましては、一刻も早く巫女様の捜索に取り掛かりたいので里に入れていただけるとありがたいのですが。」

「クリハ。大丈夫、心配しなくてよさそうだ。そっか成る程成る程。その可能性は考えてなかったな。」

「ルート様? それは一体どういう・・・」

 

 うっはぁ。思い出してしまった。そーだ、そーだった。

 

 

 

 

 

 

「あー、皆すまん。今代の流星の巫女って、確かオレだったっけ。」

「フィオォォォォ!! そこに正座しろ、この大馬鹿! 君は、君と言うヤツはどうしてそんな重要な事を!」

 

 本日2発目。男の娘の渾身の拳骨を貰い、その場で手ひどく説教される事になったのだった。

 

 ・・・成る程。そりゃ、メルの奴も怒るわ。

 

 

 

 

「だってさ・・・。流星魔法、何年も修行して身に着けるもんじゃなくて2,3日でさっと教わっただけだもん。何年も前にサクっと習っただけなのに覚えてるわけねーよ。」

「普通は覚えてるぞ無能。さんざん村長(ボス)に教えられたよな? 流星の巫女の重要性について。」

「だって巫女服着て授業するんだぜあのオッサン。記憶に残すことを脳が拒否したに違いない。」

「・・・いや、一応継承式の正装だから。村長(ボス)も好きで着ていた訳じゃ────」

「スゲェノリノリだったぞあの糞オヤジ。」

「いやまぁ、そこは同情するけどさ。」

 

 

 メルの冷たい視線が少し同情的なものに変わった。オレは結構適当人間で、今回みたいなデカいポカやらかすけれど、村長は真面目な変人だから本人の意思通りに変な事をしでかすのだ。あんなのが何でモテてるのかよく分からない。

 

 ミクアルの里特有の、強い奴=モテるという風習。村長は戦闘力と言う面ではこの里でぶっちぎりだ。オレ達のパーティと戦うことになっても、多分バーディやマーミャ辺りなら互角以上に戦えるだろう。アルトとタイマンだと分が悪そうだが、搦手を使えばなんとか勝てるだろうし。

 

 だからって禿で髭モジャの筋肉達磨がモテモテなこの里はどう考えてもおかしいけど。

 

 

「・・・王宮へ、流星の巫女様が失踪したと王宮には連絡があったのですが。」

「あー。2週間前、確かオレとアルトが魔王軍から逃げてた時に2日ほど失踪してたからじゃないか? ソレを聞いた里に居る誰かさんが、オレを心配するあまり即座に王宮に捜索するよう提訴したんだろう。」

「馬鹿馬鹿しい話だ、本当に。この二日間、完全な無駄足じゃないか・・・。」

 

 ルートは随分疲れた顔をしている。確かに皆に悪い事したな、今回は。何かしら埋め合わせ考えないといけないだろう。

 

「・・・ウチの馬鹿が悪かったな。お前ら一応、村長に会っていくか? せっかく来たんだし、今日は遅いから泊まってくだろ。」

「あ、そうだね。よろしくお願いするよ、えーと、メルさんと言ったかな。どうか取り次いでいただきたい。」

「だな、オレもフィーユ姉さんに顔出さないと。まぁ、流星の巫女は見つかったし任務達成だな! めでたしめでたしだ!」

「申し訳ありませんが、フィオ様には報奨金を渡さないよう報告いたしますので。」

「何だと!?」

 

 そんな殺生な!?

 

「・・・報奨金貰う気だったのか、君は。今回の依頼は、僕も褒賞金は辞退します。こんなの流石に受け取れない。」

「・・・金。そうか慰謝料、か。それで済ませる手もあるのか。うん、結婚しないで済むなら・・・。」

 

 

 そんなこんなで。今回の依頼は思いかけず終了となり、オレは雷を落とされる覚悟を決めながら村長(ボス)の元へと向かうのだった。

 

 気が重いぜ。




次回更新日は8月14日の17時です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「魔境?」

「フィオ、貴様には呆れ果てたぞ。流星の秘術を継承していく意義を、何故貴様は理解していないのだ。」

 

 

 村長。その男は、筋肉達磨の2mはあろうかと言う大男で、今は老いて髪は薄くなっているが、その顎髭は轟々と気ままに伸ばし放題になっている。ミクアルの里を統べる、この里の権力者だ。

 

 太古は里の長は族長と呼ばれ、ミクアルの一族を統べるものとされていた。だが今は、ミクアルの一族と移民が半々くらいの割合になっている。里の血が濃くなり過ぎた事が1つ、自らをより高めるため、里の外から猛者を受け入れる様になった事が1つ。里はどんどん拡大し、村と呼べる規模にまで発展した。

 

 やがて、族長と呼ばれていた里の統治者は、村を統べる存在として村長と呼び名を変え、また昔の一族のみで里を形成していた名残で、村の民は皆家族であると言う風習のみが現在まで残っている。

 

 村長が死ぬと、次の代は前村長に指名されていた者がその任を引き継ぐ。ただし指名は絶対的なモノでは無く、村長としての能力を示せないと判断された時は、里の人間による投票などで選び直されることもあったという。ミクアルの村長は、人族にとっても重要な立ち位置で有るため、その選定は慎重に行われるのだ。

 

 

「せっかく里に戻って来たのだ。今一度、秘術について学び直して貰わねばな。よし、継承の祠に来い、今夜一晩みっちり貴様の根性を叩き直してやる。」

 

 

 そして、この男が村長に選ばれた理由は、ただ一つ。里の危機を単独で対処し得るその圧倒的な戦闘力である。幼い頃この男に連れられ四方へと飛び回ったオレもその腕は良く知っていた。

 

 何故、オレは幼き日よりこの男に連れまわされていたのか? 

 

 実はオレが齢10にも満たぬうちから、回復魔術のセンスに溢れ里一番の魔術の使い手と評されて、次期村長に指名されてしまい英才教育を受けていたのだ。この男があっさり死ぬとは思えないが、名指しで次期村長を言い渡されたオレは、万一の時は里に戻り皆を纏める長として行動せねばならない。

 

 オレ程度が、この里を纏めきれる気がしないけれど。結婚まで行ったら、アルトに上手い事押し付けてやろう。

 

 そんな風に現実逃避していたオレに、村長は容赦なく雷を落とす。

 

 

 

 

「返事はどうした!!」

「・・・うぷ。気持ち悪い。」

 

 

 

 怒鳴られ、ついその男を直視してしまった。

 

 汗を光らせ、生々しく漲る、村長(ボス)の鋼の肉体。声を張り上げ、オレを射殺すように睨むその男の衣装は、紅白に彩られ、男性が着る想定では無かったのか丈が膝までしか届かない、フリフリの巫女服だった。

 

 その異様に丈の短い巫女服を着た、筋骨隆々のマッチョがオレを正論で罵倒し言葉で殴ってくる。当然、何も頭に入ってこない。目の前の光景の破壊力で、頭がどうにかなりそうだ。

 

 

「よし、復習だ。まず! このように力をためて・・・ふぬぅぅぅぅぅ!!」

 

 

 巫女服の変態が、うなり声を上げ全身の筋肉が盛り上がっていく。と、同時にオレの目が死んでいくのが分かる。

 

 そうだ、思い出した。オレが流星の巫女について何も覚えてなかった理由はこれだ。

 

 

 パァン!!

 

 村長の汗でぬれた凄まじい腹筋が、目の前に現れる。

 

 村長(ボス)の鍛え上げられた凄まじい肉厚により、フリフリした巫女服が大きくはだけ、腰回りの紐が弾け飛んだのだ。嗚呼、また姉さんが巫女服を縫い直さないといけない。

 

「この、ようにぃぃぃ!! 高ぶる魔力をぉぉぉ!! 一身に集めてぇぇぇぇ!!」

「やめろ・・・、やめてくれよ・・・」

 

 そして穢れた股間のふくらみが、オレの顔の前でぶら下がり、ぷるぷると揺れる。

 

 そう。ついに、腰紐を失った袴がずり落ち、オレの胴より太い太腿と少し汚れた赤いふんどしが露わとなったのだ。アルトに褒められた、オレの自慢の碧い目が、どす黒く濁って腐り落ちそうだ。

 

「全身でぇぇぇぇぇ!! 祈りをささげるのだぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 ビリビリ。

 

 

 ・・・全裸。

 

 そんなオレの気持ちを知ってか知らずか。村長の全身の筋肉はどんどんビルドアップし、やがて唯一村長(ボス)が身に纏っていた赤いふんどしすら裂けてしまった。一糸まとわぬ姿になった初老のマッチョが、目の前で大きく手を掲げ、片足を曲げグリコのようなポーズを取った。

 

 

「これぞぉ!! 代々伝わる神聖なる儀式ぃぃぃ!! 即ち、流星の祈りだぁぁぁぁぁぁ!!」

「・・・ヒグッ。・・・ヒグッ。・・・もうやだあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 意識が、遠のいていく。

 

 

 やがて、頭でぷつんと嫌な音がなり、オレの脳がシャットダウンする。人体の防御本能が、目の前の景色(じごく)を認識し、記憶することを拒絶したのだろう。

 

 その直後、オレは眠るようにこてんと横に倒れ、泡を吹いて気を失ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィオの奴、随分疲れていたようだな。講義を始めてすぐに寝落ちしよったわい。こりゃ、明日も補習じゃな。」

「・・・。良いから服、着てください。」

 

 

 

 おかしい。

 

 僕の、もう一人の目指した先。その背中を追い続け、今の僕を形作ったヒーロー。幼い日の、憧憬の果て。

 

 その人(ヒーロー)は、何故か巫女服を装備し現れフィオを人気のない祠に連行したかと思うと。次は全裸となり、気を失ったフィオを抱きかかえ祠から出てきたのだ。

 

 この人、この短時間でフィオに一体何した!?

 

「・・・。」

 

 フィオを散々に罵倒していた、メルと言う少女は顔を真っ赤にして手で覆っている。意外にも初心な反応だ、少しだけ安心した。ミクアルの里はフィオやこの老人のようなキチ・・・エキセントリックな人物ばかりではないらしい。

 

「おお、これは失敬。メル、我が家にこのお三方を案内しておいてくれ。ワシもすぐに着替えて向かおう。」

「・・・はぃ。」

 

 彼女は顔を赤らめたまま、くいくいと僕の服の袖をつまんで引っ張った。ついてこいと言いたい様だ。

 

 ガハハと全裸で腕を組み笑う男から目を伏せ、僕は彼女について歩き出した。これ以上、僕の幻想を壊されたくなかった。

 

 世界はいつだって、こんな筈じゃ無かったって事でいっぱいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないな、お前ら。村長(ボス)の奴、客人になんてモノを見せるんだ・・・。」

 

 そう言ってため息を吐く、フィオを背負った小柄な少女。彼女に追従し、やがて一際大きな屋敷を僕達は視認した。庭には全裸のマッチョの石像が気持ち悪いポーズを取っている。間違いなく、先程のお爺さんの家だろう。

 

「メル様。確認なのですが、本当にあのお方が、このミクアルの里を束ねる長なのでしょうか? ならば我々は少々、この里に対する認識を改めた方がいいかもしれません。」

「待って止めて。違うから、アイツとフィオがぶっちぎりで頭が狂ってるだけで、ここはのどかで平凡な里だから。」

 

 流石のクリハさんも、半目になって呆れている。無理もない、彼女のような常識人からしたらこの里はきっと人外魔境にしか見えないのだろう。

 

 かくいう僕も、本音を言うとこの里に対し不信感でいっぱいになっている。

 

 あの二人だけがおかしい、そう納得しようとし、

 

 

 

 ────高速で飛行する何かが、僕の頬をかすめた。

 

 

 

「幼女は、いねぇかぁぁぁぁ!!」

「消えろ。」

 

 一閃。

 

 何の前触れも無く突然飛んできた「何か」を彼女は反射的とも言える反応で痛打する。飛んできたソレは、断末魔の声を上げながら岩にめり込み、土砂に埋もれ視界から消えた。

 

 

「・・・。今の、何です?」 

「恐らく魔王軍です。ここまで1人で攻めてくるなんて、度胸有る魔族ですね」

「いや、人に見えましたけど。厳かな修道服を着ていたように見えましたけど。」

「きっと信仰心のある魔族です。」

 

 

 嘘だ。絶対この里の危険人物か何かだ。メルの目が濁って、突然敬語になったのがその証拠だ。

 

 ・・・違うよね。まさか、ミクアルに滞在していると言う、王国の司祭様じゃないよね。さっきのはただの修道服を着た変態で良いんだよね。

 

 

「・・・ここは村長の家だし、中にさえいれば安全は確保されると思う。大丈夫、里の兄弟たちには私からしっかり言い聞かせておくし。」

「・・・外を出歩くのはまずいの?」

「お前は・・・ルートと言ったか? その、なんだ。別に散歩したいなら止めないが、何が起こっても自己責任で頼む。」

「ここは危険地域か何か?」

 

 せっかくの機会なので、ミクアルの里を見て回るつもりだったけど。この里を散歩するだけで、何故か危険が伴うらしい。

 

「バーディ、そろそろ正気に戻ってくれたまえ。君が来てくれたら、大抵の事態には対応できるから。」

「・・・その戦士、強いの? さっきからブツブツと最低な事しか言ってないけど。」

「ああ。人間性は置いておいて、彼は僕達のパーティの頼れる前衛職さ。」

「ふぅん。だったら後で手合わせでもしてみるかな。フィオのパーティメンバーがどれ程のモノか知っときたいし。良いよ、そんなに出歩きたいなら私が案内したげる。勝手に歩き回られて死なれても困るし。」

「死の可能性まで有るのか。何だこの里。」

 

 

 僕が今まで憧れて、そして成長した後に。1人でお礼に来ようと決めていたミクアルの里。

 

 その実態は、深い闇に包まれた魔界のような場所らしい。

 

 僕はまた一つ、大人になった気がした。

 

 

 

 

 

 

 気を失ったフィオはメルがベッドに寝かせ、何とか正気に戻ったバーディと僕とクリハの3人は、メルの案内の元ミクアルの里を見て回る事になった。

 

 この里は一見すると、確かにメルの言う通りのどかで平和な場所だ。道は石でしっかりと舗装され、排水機構などこの世界にしては先進的な設備が整っている。

 

 風に揺れる風車の、脇に備わった風見鶏の音が心地良い。里の中央を横切る河川は補強され日本の土手のようになっていた。前世を思い出す様な里の風景に、少し切なくなってくる。良い場所だ、ここは。

 

 ただ唯一、問題があるとすれば。

 

 

「はい! はい!! はいはいはいぃ!!」

「舐めるな小僧ぉ!!! ワシの魔偽裂殴打を受けてみろぉ!!」

 

 

 道端で決闘が行われ、やんややんやと楽しそうに野次馬が酒を飲んでいたり。

 

 

「うふふ、お医者さんごっこー!」

「やめろ、それはアイツだから出来た遊びでお前が真似しちゃ・・・ぎゃあああ!!」

 

 

 幼女が年の近い男の子の腸を素手でぶちまけた挙句、駆けつけてきた大人にこずかれて涙目になっていたり。

 

 

 

 

 

「・・・のどか?」

「うん。うん、これで、いつもよりのどかなんだ・・・。」

「えぇ・・・?」

 

 

 成る程。こんな場所で育ったら、フィオがエキセントリックに成長するのも無理はない。彼女生来の人間性に問題があるのではなく、成長過程における環境要因が彼女の性格をあんなに歪めてしまったのだろう。

 

 フィオも被害者なのかもしれない。

 

「なぁ、メルさんとやら。この里では、女とヤったら責任取らなきゃ不味いの?」

「うっさい、死ね。私はまだその辺良く知らない年頃だっつの。でも、外でそれが常識ならばそうだと思うぞ。この里は色々非常識らしいから。」

「ん? 色事を良く知らない割には、随分と正確な回答だなお嬢ちゃん。さてはムッツリだな? けしからんな、このエロ幼女め。」

「おいルートさん、こいつやっぱり人として最低じゃないのか? 私は今この男と会話したことを、心底後悔してるんだが。」

「人間性は置いておいておく、と言っただろう。あのフィオと一緒に色街に行くような男だぞ、バーディは。人としてはフィオ並に歪んでいる男さ。」

「・・・は? え、え、え!? フィ、姉ちゃんと、色街!! はぁぁ!!?」

 

 あ、しまった。言い方が悪かったか、メルに誤解を与えてしまったかもしれない。

 

「妙な誤解すんなよ、メル。俺とフィオとはそういう仲じゃないからな?」

「じゃ、じゃあなんで姉ちゃんとそんなとこ行ってるんだよ!!」

「あー、ただの遊び? とにかくフィオとは何ともないから安心しろや。」

 

 すかさずバーディが、誤解を訂正すべく割って入って来たけど。おい、その言い方だと・・・。

 

 

 

「・・・ス。」

「あん?」

 

 

「ぶっ殺ス!!」

「のわぁ!! いきなり何するんだ、この幼女が! 胸デカくして出直せ、お前は結構見込みありそ────」

「姉ちゃんを返せ!! この●●●!!!」

「うーわ、ブチ切れてやがる。よっ、ほっと、やるじゃねぇか。結構動きが早いな、胸が膨らむ前のガキにしちゃ。」

 

 ・・・どうやら、彼女は案外フィオに懐いていたようだ。顔を真っ赤に上気させ、バーディを射殺さんばかりに睨んでいる。フィオに対する口が悪いのも、照れ隠しだったのだろうか?

 

「お、珍しいな。おーい皆、メルの奴が見かけない顔と喧嘩してるぜ!」

「マジじゃねーか。ホラホラ、張った張った!」

 

 そして、がやがやと人が集まってくる。目の前で突如勃発した殺し合いを、誰も止めようとはしない。この程度の喧嘩は日常茶飯事なのだろうか。

 

「うう、遊びだ!? 姉ちゃんはな、ああ見えて繊細で乙女なところあるんだぞ!! 男っぽいからって、そんな、そんなふざけた扱いを────!!」

「ほほう。フィオの乙女っぽいところだと? そんなモンが本当にあるなら是非知りたいぜ、言ってみろよ嬢ちゃん。」

「本当だっつの!! アレは確かラント兄が姉ちゃんに告った時にだなぁ!!」

「止めろぉぉぉ!! メル、その話は忘れろと何度も言った────モガモガ!!」

「うるせぇ、ラントは黙ってろ!! よし良いぞメル! 続けろ!!」

 

 

 嗚呼、まさに阿鼻叫喚。

 

 

 哀れにも、ラントと言う村の青年の初恋話はメルとバーディの喧嘩の流れ弾で包みなく暴露され、ついでに人生初の告白に対し随分と乙女らしい反応を吹聴されたフィオが微妙な被害をこうむっただけでこの喧嘩は終わった。

 

 

 

 ・・・フィオにも、顔を赤くして人を避けるなんて常識的な感性が備わっていたとは。しかもそんな反応をラント少年に見せて期待させておいて、いざ返答フェイズでバッサリ振るなんて鬼か。

 

 ふむ。たがしかし、今度フィオが女装を強要して来た時に、良いカウンターになりそうな話だ。一応、覚えておくとしよう。

 

 

 

 この、バーディとメルの喧嘩は暫く続き、やがて息を切らせ地面に倒れ込んだメルの顔に、バーディが高笑いしながら尻を向け屁をぶっかけるという非人道的侵略行為をもって終結した。

 

 そのあまりに無残な結末に、僕はバーディへ個人的な制裁を加えておくことを決意するのだった。

 

 




※注意 次回の更新について
皆様にお詫びを申し上げます。
私生活の多忙が続き、次話のストックが完全に消失いたしましたので、申し訳ありませんがお盆休みを頂きたく思います。
次回更新日は1週間後の8月21日の17時となります。それまでにはなんとしても書き上げますので、しばしお待ちいただけると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「成長。」

 それは、姉想いの幼き少女が、人間の屑(バーディ)の尻に蹂躙されるというとても哀しい事件だった。

 

 ぷるぷると体を震わせ、真っ赤に目を腫らし起き上がったメルは、そのままバーディを口汚く罵倒したかと思うと。お姉ちゃん、と嗚咽を漏らし何処かへと走り去ってしまった。

 

 その様を、実に嬉しそうに腕を組んで、ニヤニヤと満足げに見守るバーディ。

 

 ・・・この男、まさしく最低である。大人げ無い、と言う言葉の化身とも言える。

 

 クリハは、本当に相手がこの男でいいのか。今の外道行為の一部始終を見ていた彼女は、幻滅していないのだろうか。

 

「やはり、バーディ様はお強いお方・・・。」

 

 ・・・残念ながら、クリハは全く気にしていないようだ。

 

 だが、僕は今の行動を見過ごせない。勇者と呼ばれる存在としてはもっての外、人間としても品性を疑われる行為だ。明日までに絶対、バーディに謝らせに行かせないと。

 

 いや、その前に。今の所業を見て野次馬達は激怒していないだろうか? 身内があんなに酷い目に遭わされたんだ、僕達はこのまま袋叩きにされたりしてもおかしくない。

 

「あんた、メルをあそこまで簡単にあしらうとは出来るな。よし、俺と命を懸けて試合しよーぜ? 誰か司祭呼んでくれ司祭。」

「司祭は今幼女ウォッチング中に、運悪く事故ったって聞いたぞ。勢い余って東の大岩に激突した後、地中深くに埋もれてしまい重体らしい。今日は自分の治癒で手一杯だそうだ。」

「今日、確かフィオが里帰りしてたぜ。」

「お、本当か。今日の回復役はフィオに頼むか、誰か呼んできてくれ。おっしゃ、じゃあ殺し合おう。」

 

 僕の心配は、完全な杞憂だった。バーディの、神域と呼ばれるその槍の腕を見て、わくわくとした表情で次々と村の男が彼に挑みだす。先程走り去ったメルの事など誰も気にしていない。

 

 フィオの話によると、確かこの里の住人は皆家族なんじゃなかったっけ。少し、薄情すぎないだろうか? それとも、形だけの家族なのだろうか。

 

 ────この里は、本当にどうなってるんだ。

 

 僕はメルの走り去った方向を見ながら、ため息を吐く。

 

「メルの事が心配かい、お客人。」

「え、あ、ええと、あなたは。」

「改めて、俺はラントだ。フィオのパーティメンバーなんだってね、君達。よろしく頼むよ。」

 

 そんな暗い表情をしていただろう僕に、僕とそう年が変わらなそうな若い青年が話し掛けてきた。どこかで見覚えのある顔だ、と思ってすぐさま記憶を辿る。

 

 うん、そうだ。確か喧嘩の真っただ中、メルに初恋話を暴露された哀れな青年だ。確か口を塞がれ、野次馬に飲み込まれしまったからチラリとしか顔が見えなかったけれど間違いない。

 

「この里の常識は、外での非常識。あまり、君達の枠組みに当てはめてこの里の人間に接しない方がいいよ。一応言っておくとメルは、心配されたいなんて思ってないからね。」

「・・・そうですか。ですが今の所業は目に余るので、後で注意をしておきます。メルの為ではなく、バーディの為にも。」

「それも、残念だが余計なお世話さ。バーディと言ったかい? 彼はなかなか優れた男だよ。この里では、先程の彼の行動で正解。この里では喧嘩の勝者は、高笑いして敗者をなじる。そういう文化なんだ、外では考えられないだろう?」

 

 ふふ、とラント青年はにこやかに笑った。そんな文化は今まで聞いたことが無い。里の住人である彼の話なのだから、間違った情報ではないとは思うけど。

 

「・・・随分と、意地の悪い村なんですね。」

「ああ、その通り。それでこの里が嫌になって、外へ出て行く連中も少なくはない。」

「だったら止めましょうよ、そんな風習。」

「この村が普通の村なら、止めればいいのだと思うけどね。」

 

 ラントは言った。“この村が、普通の村なら”。

 

 ここは、ミクアルの里。太古の昔より人族の守護役として君臨し続けたという、人族の聖地。確かに、普通の村とは言えないのだろう。

 

 だが、それが先程のバーディの下劣な行為と何の関係が有るのだろうか。

 

「この村ではね。諦めないことを、最初に学ぶんだ。」

 

 ラントは、目の前で繰り広げられるバーディと村の連中の殺し合いに微笑みつつ、僕に語り掛けた。

 

「この村の連中は、たとえどんな劣勢でも。たとえどんなに屈辱的でも。負けたくない、その気持ちを忘れないよう教えられる。」

「それは・・・。素晴らしい事だと思います。」

「だろう? 次に、負けたくないならどう行動すべきかを教えられる。負けたくないの一心で、格上に死ぬまで突撃するのは馬鹿の所業だからね。」

「はぁ。成る程、理解できます。」

「そろそろ分かったかい? ミクアルの里の人間の行動原理が。」

 

 ・・・僕は、こんなに頭が鈍かっただろうか。この人の言っていることは分かるが、言いたいことが分からない。

 

 この里には負けず嫌いが多い、と言いたいのか? だったらなんで態々、敗者を愚弄し挑発をする文化が有る?

 

「簡単に言うとだね。メルはまだ勝つ事を諦めていない、という事さ。」

「まだ、彼女は先程の勝負で負けを認めていないのですか?」

「いや、認めているとも。でも、1回負けたってそこで終わりじゃないだろう? 次が有るからこそ成長する。むしろ失敗する事程、人を成長させる出来事は無い。」

「はぁ。」

「だからこそ。闘いに負けた人間に、勝った人間が発破をかけるのさ。次に闘う事が有れば是非とも自分に勝ってくれ、そして自分に成長する機会をくれと、そんな願いを込めてね。また次に、自分に敗れた敗者が成長し、今度は自分を倒してくれるように。」

 

 そのラントの話を聞いて、僕はようやく合点がいった。敗者を愚弄するのは、また次も自分に挑戦してきてくれるようにと言う狙いなのか。何とまぁ、捻くれた文化も有ったモノだ。

 

「・・・成る程。では、最初に諦めない事を教わるのは────」

「その通り。もし、負けた人間が不貞腐れて諦めるような奴なら、この成長のスパイラルは発生しない。この村の1番大事の掟が、“自らの成長を止めるべからず、歩みを止めるべからず”。この村の人間は常に誰かに勝負を挑むし、負けた相手に発破をかける。」

「・・・ですが、バーディはそんな風習を知らない。単に彼の人間性が、腐っているだけなんです。後で説教して正してやらないと、彼自身の為にも良くない。」

 

 うん。この里に来たことのないバーディが、そんな風習を知っている筈がない。色々と文献を調べた僕ですら知らなかった情報だ。

 

「いや、確かに知らなかったのは事実だろうけれど。バーディと言ったか? 彼、さては空気を読むことに非常に長けているんじゃないかな。あの素晴らしい放屁の一寸前、チラリと野次馬を見渡して、自分の取るべき行動を決めたように見えたけれど。」

「・・・・そ、そうなんですか。」

 

 ・・・そういえばバーディは、場の空気を読むことに関しては確かに天才的だったっけか。

 

 ああ、猛省。ラントの言う事が事実なら、僕は随分と余計な事をするところだった。

 

「さて、俺もバーディとやらに挑んでくるかな。フィオが来たら、久しぶりと言っておいてくれ。俺が気を失ってたり死にかけてたりしたら、ロクに話せないだろうし。」

 

 土地が変われば、住人は変わる。人が変われば、文化が変わる。

 

 見知らぬ土地では、自分の中の倫理観・道徳観が必ずしも正しいとは限らない。ましてや閉鎖的で特殊な環境であるこの里なら尚更じやないか。

 

 そんな当たり前のことを失念していたとは。僕は、自分を恥じた。

 

 

 

「さーて、もう一発。と、流石にもう屁が出ねぇな。ふんぬぅぅぅぅ・・・。ふぅ、なんとか出たぜ。」

 

 

 ラントがバーディの前に立つころには、集まっていた野次馬の殆どが地に伏してバーディに尻を向けられていた。

 

 その、なんとも言えぬ間抜けな光景に僕はため息を吐く。どんな理由が有ろうと、この里の空気は僕の肌に合わない。絶対にココにだけは、住みたくないものだ。

 

 でも。こんなにも、自分の成長にどん欲な人達だからこそ、常に強くあり続け、太古の昔から人族の最終防衛ラインとして存在し続ける事が出来たのだろう。

 

 だから僕は、彼等に敬意を持ち続ける事にした。例え、どんなにエキセントリックだったとしても。彼等は、彼らの道徳観に従って行動してるだけで、余所者の僕が非難出来る事なんて何もない。

 

 

「ラント、っつったかな。コイツで最後か。持ってくれよオレの下部直腸括約筋、残存する腸管ガスを全てひりだしてやれ。ふぬぅぅぅぅぅ!!」

 

 

 ついに、道端に立っているのはバーディだけになった。野次馬たちは、悔しそうに、それでいてどこか嬉しそうに、皆地面に寝そべり空を見上げている。

 

 

 この、なんとも逞しい男達が、僕達人類を滅亡から守り続けてきた、ミクアルの戦士たち。

 

 

 

「ふぬぅぅぅぅぅぅ!! ────あっ。」

 

 

 バーディの尻から聞こえて来た汚い音は、聞かなかったことにして。ラント青年が地に伏す事により、この馬鹿騒ぎは無事に幕引きとなった。

 

 そう言えばだれもフィオを呼びに行ってなかったな。そう思い当たり、僕は一人、彼女が寝ている村長の家に戻った。やられた人のウチ、何人かの呼吸がヤバそうだったから急がないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なはははは!! ウチの連中は馬鹿ばっかりだのう!」

「オメーはその筆頭だからな、村長(ボス)。はぁ、帰省して早々、なぜオレは山盛りの患者と格闘する羽目になるんだ?」

 

 夕刻。

 

 僕達は村長の家に戻り、家に居た彼の愛人さんから異様に美味い手料理を振る舞って貰った。その愛人さんはと言うと、僕達と共に食卓を囲むこと無く、作り終えて早々に村長に投げキスをして帰って行った。

 

 村長の話だと、彼女は家事担当の愛人らしい。そんな家政婦みたいな扱いで良いのか? と聞いたら、むしろ彼女は羨まれている立場なんだぞと老人は快笑した。

 

 日中、村長の家に出入りできる権利は皆が欲しがってやまないらしい。

 

 ・・・成る程この男、如何に自分がモテるかを嬉々として語るタイプか。

 

 そして、話題はメルとバーディの対決に移り。そのまま村中の男を叩きのめしたと話したバーディは、村長にいたく気に入られていた。

 

 是非ともフィオの嫁に来い、と村長が笑い、二人仲良く真顔で首を横に振ったのにはクスリときた。

 

 フィオとバーディ。お互いを全く意識していないまま、あそこまで仲良くやれるのは凄い。少しだけ、羨ましいな。

 

 その後、フィオだけは実家に顔を出したいと言って、僕達と別れ村長の家から出て行った。残された僕らは、老人に持てなされ夜遅くまで飲み明かしたのだった。

 

 子供の頃からの憧れだったミクアルの里で過ごす1日は、僕にとっては未知の事ばかりでとても疲れたけれど。今、僕達が背負っている“無辜の民の命”を、太古より背負い続けた逞しい彼等に、改めて敬意を感じる事が出来て、少し嬉しかった。

 

 

 僕の目指したヒーロー達は、間違いなくここに居た。




次回更新日は8月24日の17時です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「天丼。」

「あれま。帰ってたのかいフィオ。」

 

 懐かしい、声がする。

 

 オレが踏みしめた地面のその向かいには、何年も前から殆ど変わらないままの姿の母親(フィーユ)が、当たり前の様に笑いかけていた。

 

 

 

 

 ミクアルの里に到着後、いつの間にか気を失っていたらしいオレは、何かを悟った顔のルートに叩き起こされた。

 

 その理由はと言うと、負傷した馬鹿どもの蘇生の為。この里は、オレが居た頃と何も変わらない様で安心した(あきれた)

 

 

 

 

 ・・・だが。ルートに叩き起こされたのはむしろ好都合で、オレには何としても、今日中に会っておきたい人がいた。オレの生みの親であるフィーユ姉さんだ。

 

 一言挨拶した後、村長(ボス)の家に宿泊することになった3人と別れ、独り彼女の家へ向かう。

 

 ・・・因みに、オレがいつから気を失っていたかの記憶はない。頭を打ったのかと色々検査したが、特に問題はなかった。きっと貧血か何かだったのだろうか。気にしないでおこう。

 

 ────久しぶりの、我が家。風の味も、路傍の色彩も、記憶のままに広がっていく。

 

 生まれ育った場所と言うのは、やはり特別な思い入れが沸くらしい。得も言えぬ感傷に身を包まれ、心が寂寥感にささくれ立つ。ああ、早くフィーユに会いたい。

 

 昼間見た時メルの奴は、今夜オレと一緒に泊まりたそうだったけど。結局、彼女は嫌なことがあったらしく、オレが意識を失っているウチに走り去ってしまったと聞いた。きっとそのまま気まずくてオレに会いに来られないのだろう。

 

 ・・・ホント意地っ張りだな、昔からオレにべったりだった癖に。仕方ない、明日たっぷり愛でてやろう。

 

 でも。今日はフィーユと二人きりで、久々に孝行してやりたかった。

 

 

 ガキの頃に何度も通った砂利道を、ガキの頃の様に石を蹴飛ばしながら、少しばかりセンチメンタルな気分になり闊歩していく。道すがら、知己に話しかけられ、老けた兄弟たちに驚きながら、笑顔で別れる。

 

 

 

 その家は、里の中心から外れた場所にぽつんと立っていた。

 

 

 元々オレが居た時も、フィーユと二人でこの家に暮らしていた。ここはあまり大きな家ではなく、大きな寝室が一つと、水回りやキッチンと言った最低限の設備が備え付けられているだけの、実に質素な家だった。家具だって殆ど最低限で無骨なモノしか置いていない。部屋の真ん中にぽつんとある、赤いベッドだけがこの家唯一の彩りなのだ。

 

 とても、この里の権力者である村長の愛人(つま)が住むような家ではない。他の愛人さんは、もっといい暮らしをしていたというのに。

 

 

 

 その、我が家の玄関付近には機嫌の良さそうなフィーユが掃き掃除をしており、遠くに居たのにあっさりとオレに気付いて手を振ってくれた。こっそりと隠れて脅かしてやろうというオレの企みは、どうやら不発の様だ。

 

 オレとよく似た髪型で、オレと同じく小柄な体格の姉さんは。地味なローブを揺らし、ぱたぱたと金髪を靡かせ、胸へ両手を当てゆっくり歩み寄って来た。

 

 

「ただいま、姉さん。」

「あいよ、おかえり。・・・なんだい、早く上がっておいで。」

 

 

 そうオレに微笑む彼女は、記憶と何も変わらなかった。もう、40歳に近い筈なのにオレと姉妹としか見えぬ程に、若々しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さん。なんだ、なかなか顔を出せなくて悪かったな。」

「ガキんちょがそんなこと気にしなくて良いの。あんたが好き勝手やってパーティの人に迷惑かけてないか、それだけが心配だよ私は。」

「・・・そんな訳ないだろ? オレは常に清廉潔白に生きている、この里の希望だぜ。」

 

 母親(フィーユ)はオレのそんな強がりを聞き、頭を押さえやれやれと首を振った。まるで、全て見透かされてるみたいだ。

 

「それより姉さんこそさ。ちゃんと村長に面倒見て貰ってるのか? あんまり人が来た形跡ないぞこの家。」

「私は良いの。あの人だって、若い娘が良いみたいだしね。オバさんはひっそり暮らしていく、それでいいの。」

「いや、何というかなぁ。姉さんはもう少し積極的に行っても良いと思うが。なんであんなの選んだのか、そこだけが疑問だけど。」

「村長の事? ふふ、昔はね、カッコよかったのよあの人も。質実剛健、腕白だけどいざという時は頼れる年上のお兄さん、て感じ。私の幼い頃からの憧れの人でね、何人かいる恋人の一人だったとしても、彼が私に振り向いてくれた時は嬉しかったなぁ。今しか知らないフィオには想像し辛いでしょうけど。」

「・・・いや知らないけど。だったらさ、もう少し自己主張をさ。」

 

 フィーユは気風が良い、やや童顔の美人だ。彼女の体格は、今のオレをやや成長させた程度で止まってしまっている。お世辞にもグラマラスだとは言えない、貧相なボディだ。しかし、彼女は人を元気にさせるというか、話していて心地よいというか、そう言った不思議な独特の安心感を持っている。

 

 だが、そのハキハキとした雰囲気とは裏腹に、フィーユはなかなかに恋愛下手らしい。オレが幼い頃はいつも、寂しそうにボスが誰かと歩いているのを見ている、そんな印象だった。オレはその様を、いつもヤキモキとして見ていたからよく覚えている。

 

 フィーユだけないがしろにされている訳じゃないとは思うけど、少し彼女は自分から身を引きすぎだと思うのだ。遠慮しすぎて損をしている、そんな気がする。

 

「私の事はどうだっていいの。あんた、何で帰って来たのさ。」

「ああ、それはだな・・・」

 

 

 そう問われ、オレはここまで来ることになった経緯をフィーユにざっと話した。流星の巫女であったことを忘れていたくだりで、流石のフィーユも呆れた顔になる。仕方ないだろう、忘れていたんだから。慌ててそう言い訳したら、ふふ、と苦笑されてしまった。

 

 話を聞くとどうやら、オレのうっかりはフィーユ譲りらしい。ちゃんとメモを取る癖を付けなさい、きっとまた何かやらかすから。そう頭を撫でられ、優しく叱られて。何も言い返す事が出来ず、オレは素直に頷いた。オレは彼女に、逆らえないのだ。

 

 

「それで、アンタは相変わらず女の子の尻追っかけてる訳? 別に止めやしないけどさ、ちゃんと男の人も追いかけるんだよ? 女の子同士じゃ孫は出来ないんだからね。」

「・・・えっと。」

 

 突然に、話はオレの恋愛話へと移り、思わず言葉に詰まってしまう。これはフィーユにとって、何気ない雑談のつもりなのだろう。現に、オレが男と付き合ってるなどとは微塵も考えていないようだ。最後にフィーユにあてた手紙にも、”女の子への出会いに飢えている”とか書いてたしな。

 

 ・・・さて、どうしよう。アルトの事は、きちんと報告しないといけないだろうか。一応、フィーユはこの世界で唯一の肉親と言っても過言ではないし。

 

 村長はどうしたって? なんかアイツ、性格がぶっ飛んでるし、身体の臭いがキツいからあまり肉親と思いたくない。

 

 ・・・さて。

 

「その、だな。今、オレさ、そういう人が居てだな・・・?」

「ほほん? 男? 女?」

「・・・男。」

「マジで!?」

 

 とりあえず、彼氏報告。俄然元気になったフィーユは、燦々と目を輝せ身を乗り出してきた。うう、やっぱそういう反応だよな。娘の恋バナなんて、良い酒の肴だよな。

 

「一応言っとくぞ! だ、誰にも言うなよ里の連中には!」

「分かってる分かってるって。よし、全て話せ。なになに、ひょっとしてもう結婚済? 何時から? ちゃんと手紙に書けよな! そっか、もう完全にラントの奴は脈無しか! あっはっはっは!」

 

 フィーユはそれはそれは嬉しそうに、オレを抱きしめ笑っていた。ぐぐぐ、何だこの芯から湧いてくる異様な羞恥心は。

 

「わー、ストップ、話を聞け! 奴とはまだ付き合って2週間くらいだっての!」

「おお、つまりホヤホヤか!! 一番、恋愛してて甘酸っぱい時期か! 良いなー。聞かせて聞かせて、その代わり困ってること有るなら何でも相談に乗ったげるから。」

「フィーユは、そっち方面は消極的過ぎてアテにならん。」

「ぐっ・・・。」

 

 幼児にヤキモキされるレベルの恋愛音痴に、どんなアドバイスが出来るというのか。

 

「オレにこんな舐めた口利かれたくないなら、もっとアピって来いって。ぶっちゃけ姉さんはまだ若いから。むしろ幼いのレベルだから。」

「うっさい、アンタに言われたくない。・・・はぁ、それが出来たら良いのにねぇ。ま、そのうち分かるわ、あんたもさ。」

 

 母娘の、数年ぶりの夜は。他愛のなく、人外魔境のミクアルに似つかわしくない穏やかでありふれたモノだった。アルトとの話を根掘り葉掘り突っつかれ、オレは生まれて初めてガールズトークらしい事をした気がする。とりあえず女の子二人で話せば何でもガールズトーク、では無かったんだな。

 

 それにしても。久しぶりに会えたフィーユの笑顔が見れて、良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うーん。

 

 僕は、今、何をしている? ここは・・・、空?

 

 そう。ふと気がつけば僕は、澄み切った空を自由気ままに飛び回っていた。背に羽でも生えたかのように、変幻自在に虚空を疾走し、風を切り尽くし、雄たけびを上げる。今の僕はまるで、スーパーマンの様だ。

 

 そうか、成る程。これは夢なのだろう。

 

 背に轟音を轟かせながら、僕は燕の様に地面すれすれを滑空する。目の前にいくつもの家や木々が並んでいるが、すいすいと当たり前のように避け、躱し、廻り、そして進む。

 

 気持ちが良い。本当に空を自在に飛び回れるのなら、きっとこんな景色が見られるのだろう。景色が凄まじい速度で、僕の背後に吹っ飛ぶ。やがて僕は、一つの目標を見つけた。

 

 あそこだ。あそこに行けば、目的は達成される。

 

 そう思うだけではぁはぁと息が荒くなり、抑えきれぬ興奮で僕の口元がゆがむ。・・・ん、興奮? はて、僕は何を興奮しているのだろう。

 

 近づく。近づく。より鮮明に、目標物が視認される。

 

 少女だ。フィオより小柄でまだ幼い、ポニーテールの少女だ。そう、僕の目標は昨日、哀れにもバーディの尻に散ったメルだ。

 

 メルを目がけ、ロケットの様に加速していく。危ない、このままではぶつかる。今の僕は、凄まじいスピードなのだ。なんとかして避けないと、彼女に大怪我を負わせてしまう。

 

 そう考え、なんとか僕が進路を変えようとした時には。僕の飛行速度はさらに加速し、もはや一筋の矢のように直進していた。

 

 メルとの距離は、わずか数メートル。僕の判断が、遅かった。いや、状況の把握が、遅かった。

 

 嗚呼、ぶつかる。彼女は、きっと大怪我を負ってしまう。せめてメルに一言警告しようと僕は口を開き、大声で叫んだ。

 

「幼女は、いねぇかぁぁぁぁ!!」

「消えろ。」

 

 僕は、一体何を叫んでいるんだ。・・・これは、この景色は、まさか。

 

 直後、こめかみに凄まじい衝撃が走り。滑空しながらにバランスを崩し、意識を失ってしまった僕は。目の前の障害物を避けきれず、何かに激突し、パラパラと土砂に埋もれ目の前が真っ暗になった。

 

 この景色は、まさか。司祭・・・様・・・の・・・?

 

 

 

 

 

 

 

「ルート様。」

 

 ────朝。僕は誰かに揺すられて目を覚ました。なんだかよく覚えていないが、凄まじい夢を見た気がする。

 

 窓を背に立つその人物に、朝日がその人物を照らしつける。逆光で顔が暗い影となり、寝惚けた僕の眼では彼女に声をかけられるまで、誰に揺すられているのか分からなかった。

 

 

「おはようございます、ルート様。そろそろ、御起床されることをオススメ致します。」

「・・・クリハか、おはよう。」

 

 そうか、もう朝か。

 

 

 

 昨夜、僕達はフィオを除いた3人が、村長の家に泊めていただくことになった。

 

 彼の家は広く、何部屋も用意されていた。なんと、この家にはご老人の愛人全員分の個室が有るそうだ。そこには、部屋の主の私物だの、村長の好みの服だのが置いてあるそうな。

 

 だが、用意された部屋は基本的に彼女達が家に来たときのみ使われる。普段は空き部屋になっており、僕達はそこに泊めて貰った。

 

 見知らぬ女性の部屋に泊めて貰うのは少々気が進まなかったけれど、どうやら僕らの泊まった部屋は「お客さんに使って貰っても良いよ」と言う部屋主の許可が貰えている部屋らしい。遠慮せず使ってよいと、老人は笑った。

 

 僕が貸して貰った部屋は、随分と質素で飾り気のない部屋だった。真ん中にぽつんと赤い色のベッドが置いてある、ただそれだけだ。こんな部屋だからこそ、この部屋の主は使用を許可してくれたのかもしれない。

 

 きっと、とても奥ゆかしい人が使っている部屋なのだろう。

 

 

 

「申し訳ありませんルート様。バーディ様がどちらにいらっしゃるか、ご存じ有りませんか?」

「バーディ? 昨夜彼の寝ていた部屋なら覚えているけれど、案内しようか?」

「いえ、バーディ様の部屋は覚えております。先程ルート様と同じ様に起こしに伺ったのですが、既にバーディ様は部屋にはいらっしゃいませんでしたので。」

「ああ成る程。なら、庭で槍を振っているか、訓練がてら道端で喧嘩しているかのどちらかだろう。自己の鍛錬に手を抜かない男だからね。」

「まぁ・・・。左様でしたか。」

 

 

 今日のバーディは、珍しくも早起きらしい。僕の言った通りに、実際に鍛錬してくれていればいいのだが。内心ではナンパか鍛錬か半々の確率だろうなぁ、と僕は寝ぼけた頭で予想していた。

 

 

「では、私達2人で村長様にご挨拶に伺いますか。」

「一宿一飯の恩義だね。うん、僕等からお礼を言いに行くのが筋だろう。バーディも連れて行きたかったが、いないなら仕方ない。」

 

 実際、村長は僕等を割と普通に持てなしてくれたし、部屋まで借りることが出来た。彼の少々アレな人柄は兎も角、礼には礼を尽くすべきだろう。

 

 

「村長さん、失礼します。今、お時間はありますか?」

 

 トントントントン。

 

 小さく4回戸を叩き、返事を待つ。間もなく、

 

「入って構わんよ。」

 

 軽やかな老人の声が聞こえた。どうやら今朝の彼は、機嫌が良いらしい。

 

 僕は、その言葉を受け扉を開き、

 

 

 

 

 

 

 全裸で、シクシクと体育座りをして泣いているバーディと。

 

 彼に肩を回しゲハゲハ笑っている同じく全裸の村長を瞳に映し。

 

 そのまま無言で扉を閉めたのだった。




次回更新日は8月27日の17時です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「帰路。」

 クリハの1件は、昨日の今日だと言うのに。

 

 今朝起きたら、バーディ(ヤリ使い)がまたも派手にヤらかしていた。彼の下半身はどうなっているのだ、そんなに欲求不満なのか。前の街やこの里には風俗がなかったせいで、溜まりに溜まっていたのだろうか。

 

 いや、問題はそこではない。そこも問題ではあるのだが、もっと僕に直接的にかかわる問題がある。

 

 ────バーディは、そちらの趣味もある男だったのか。

 

 そう言えばフィオも性別に拘らない奴だったな。うん、僕も気を付けないと。取り合えず、今後僕は、バーディとの相部屋を避けた方が良いだろう。

 

 だが、人の性癖に罪が有るわけではない。彼との接し方はそのままに、寝床の距離だけを開こう。その方が、お互いの為になるはずだ。

 

 

 

 

「・・・きゅぅ。」

 

 間もなく隣で、可愛らしい声がしたかと思うと。顔の表情筋をピクリとも動かさないままクリハが、白目をむいてばたりと床に倒れ、小刻みに痙攣し始めた。

 

「無理もないか。」

 

 昨夜、クリハはホモに襲われたのだ。いや、彼はかなり女好きだったな、ならばバイセクシャルと呼ぶべきだろうか。何にせよ、彼女の貞操は無駄に散っただけと言える。

 

 このような節操なしに、きっちりと責任を取ることなど出来はしない。王宮という、礼儀作法のキッチリとした世界で生まれ育った彼女には、こんなゲスが存在するなどと想像もつかなかっただろうに。

 

 後で彼女を、しっかり慰めておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガハハ!! ナイスジョークだったろ?」

「ふざけんな!! ふざけんな!! 自分で自分の頸を捻じ斬りかけたわ糞爺!!」

 

 その後僕は、動かないクリハを背負って自分の部屋に戻った。赤いベッドに白目を剥いた彼女を寝かせ、今後のバーディの対応について里の精霊に相談をしていた折。

 

 部屋の外からご老人に朝食へ呼ばれ、居間に来るように声をかけられる。フィオはメンタルヘルスも守備範囲だったっけか? 合流したらこの壊れて白目になったクリハについて相談してみよう。

 

 居間に着く。

 

 よく聞こえないけれど、居間には激高したバーディと、ニヨニヨと笑う村長、顔を背けて笑っているメルが居た。こんな朝っぱらだというのにメルは、何の用事だろうか。

 

 

「くくく、私はやられたらやり返す女だし。性格の捻じれ狂ったフィオ直伝の復讐法、如何だったかな人間の屑(バーディ)さん。」

「お前、また俺にボコボコにされたいの? 買うよ? 喧嘩なら買うよ?」

「すまんな、旅の戦士よ。可愛い娘の頼みとあっては、乗らざるを得なかったのだ。勿論、何もしとりゃせんよ。」

「当たり前だ糞爺! それに、アンタも随分と楽しそうだったけどな!!」

 

 朝っぱらから、バーディと村長はイチャイチャしていた。バーディの方はぎゃあぎゃあ騒いでいるが、痴話喧嘩だろうか。

 

「おい、ルート。その気持ち悪いものを見る目を止めろ、朝のアレは誤解だからな。」

「・・・ふふ、心配いらないさ。僕は、偏見とかないから。大丈夫、君はそのままの君で良いんだ。」

「違うっつってんだろこのカマホモ野郎!」

 

 気を遣ってなるべく優しく語りかけてあげたのに、バーディの興奮は止まらなかった。きっとまだ熱が冷めていないのだろう。

 

「ホモだなんて、酷い誤解だ。その、すまないけど僕にそっちの趣味はないから、期待されても困る。」

「期待してねぇよ畜生!!」

「ガハハハハ!!」

 

 こういう輩には1度はっきり告げておかないと期待させてしまう事を、昔から男性に告白される性質だった僕はよく知っている。自分にそっちの趣味は無いと先手を打って宣言しておかないと、後々拗れるのだ。

 

 すまない、バーディ。君に対して、僕は友誼以上の関係を結ぶつもりは無い。

 

 

「だからその妙に意味深な目を止めろぉ!! ルートォォォ!!」

「くはっ・・・くはははははは!! ココまで綺麗に決まるとかサイッコー! ざまぁ見ろってんだ、バーカ。」

「こんの糞ロリがぁ!! 真っ裸に剥いて縛って発情させたフィオの前に転がされてぇのか!!」

「ふえっ・・・っ? じゃ、じゃなくてやれるもんならやってみろよ変態!」

「なんで今ちょっと期待した顔になったお前。」

 

 ああ。どうして僕の友人たちはみんな、こうも性欲に素直なのか。まともなのはアルトくらいだ。勇者パーティの殆どが色恋と性欲に溺れているとは、今の現状は酷すぎる。

 

 まともな人しかいなかった僕の故郷が懐かしい。少なくともあそこには、人に女装を強要するような奴は居なかった。

 

 ああ、諸行無常。

 

「オラ! 捕まえたぞこの糞ロリィ!! はっはっは、全裸に剥いてやるから覚悟しやがれ!」

「わ、ちょ、マジ!? ふざけんな、コラ、ちょ、本気で脱がす気かお前!! ウチの里でもそれはかなりの非常識・・・ぎゃあああああ!!」

「幼女はいねぇかあああああああああああ!!」

「うおおおお!! 殺気!? 何だ、今の飛行物体は? こっちめがけて凄まじい勢いでかっとんできたから、思わず叩き斬っちまったぜ。」

「・・・うわ、グロ。私の肌を察知して出現したのか、この変態は。」

 

 生まれ育った故郷を望み、感傷で目を細めていると。いつの間にか、居間はおびただしい量の血で赤く染まり、この里以外ならきっと大事件として扱われるような非常識な光景が広がった。

 

 

 僕の瞳が、映すのは。

 

 

 上半身と下半身が分離し、血塗れでもぞもぞと動いている修道服の男性。

 

 縛られて半脱ぎになった幼女と、全裸でその幼女を縛る悪人面の男。

 

 無表情で先程から一言も喋らなくなった、返り血で真っ赤なメイド。

 

 そして、面白そうにそれらを眺める初老で全裸のマッチョ。

 

 

 

 ────まさかこれもミクアルでは日常風景(よくあること)なのだろうか。僕の確固として存在していた常識が、再び大きく揺らぎ始める。

 

 

 

「ただいま、戻ったぜ。おーいお前ら、何処に・・・。おい、な、何じゃこりゃあああ!!?」 

 

 

 丁度、僕達と合流しに帰って来たらしいフィオが、この光景を見て絶叫してくれた。嗚呼、よかった。ミクアル出身の彼女にとっても、この光景は非常識なものなのか。あはは。

 

 

「お、おいルート? なんか目が虚ろだぞ、大丈夫か?」

「うん、大丈夫サ。僕の事ハ良いから、早く怪我人を治してあげなよ。」

「成る程、全然大丈夫じゃねぇな。放っといたらもうすぐ死ぬ司祭の後に、ちゃんと治してやるから待ってろよ。」

「ん? だかラ僕ハ大丈夫だヨ。」

「・・・はぁ、お前にこの里はまだ早かったか。よしよし、ゆっくり休めルート。」

 

 

 フィオが信じられないほど、慈愛に満ちた優しい目で僕を見てくる。どうしたのだろう、フィオらしくもない。何時もの不敵な表情はどこへ行った。

 

 

眠れ、我が声に導かれ(ねんねんころり)。」

 

 

 そうこう彼女を訝しんでいると。フィオが何かを呟いて、僕の意識はすとんと闇に堕ちたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・はっ!? 僕は一体?」

「目覚めたか? 気分はどうだ?」

 

 長い金髪が、僕の頬をくすぐる。暖かい枕が、僕の肩を挟んで包む。

 

 ここは、ゆらりゆらりと揺れる馬車の上。どうやら僕は、フィオに膝枕されて眠っていたようだった。なんだ、どういう状況だコレ。

 

 

「あ、アレ? えーっと、ここは?」

「帰りの馬車だよ。もう、オレ達は王都に向かって戻ってる途中だ。」

「・・・そ、そのフィオ? なんでさっきからそんなに優しい顔してるのさ。」

「うんうん、心配するなルート。お前は間違ってないさ、だからそう思い詰めるなよ。」

「なんか変なフィオだな。えっと、あれ? 僕はいつから寝ていたんだっけ────」

「よしよし、思い出さなくていいから、もうちょっと休んでな。」

 

 そう言って目の前の女性は、聖母の如く微笑み優しく僕の頬を撫でた。

 

 ・・・誰だコイツ? どうやら僕の目の前に居るのはフィオではなく、初対面の優しい白魔導士らしい。ミクアルの里に住む、フィオの親戚とかだろうか。

 

 空を見ると、夕焼けが空一面を染め上げており。馬車に揺られ、膝枕の上に僕を抱いたままのぞき込む、慈愛に満ちた彼女の頬を照らしている。まるで、有名な名画を現実に落とし込んだかのような、そんな印象的な景色だった。

 

「ねぇ、フィオによく似た人。僕はどれくらい寝ていたのか教えて貰えないかい?」

「・・・大丈夫か、まだ意識がはっきりして無いのか? オレはフィオ本人だっつの。あ、ルートは半日くらい寝てたんだぜ? ・・・主に治療のために。」

「治療?」

「ああ、いや。何でもない気にするな。」

 

 僕は何か怪我でもしたんだろうか。まぁだとしても、フィオ本人がここに居るなら心配はないだろう。フィオの隣に居て、怪我で苦しむ事など無いからね。

 

 何時までも彼女の膝を借りている訳にもいかない。僕はフィオに礼を言って顔を上げ、ゆっくりと辺りを見渡す。

 

 何故か異様に多い荷物、そして白目を剥いたまま静かに御者をしてくれているクリハ。ふむ、不審な点が多いな。

 

「少し、馬車の荷物が増えていないか、フィオ?」

「ああ、皆からお土産貰ったんだ。それとバーディだ。」

「へぇ、ミクアルの里には何か名産品でもあるのかい?」

「ねぇよ? あそこは観光スポットじゃねぇんだから。お土産っていってもオレの姉さんの手料理とかさ。」

「成る程、通りで良い匂いがする訳だ。・・・それであの、でかくてモゾモゾ動いているのも手料理なのかい?」

「いやだから、あれはバーディの簀巻きだが。」

「あ、そう。ならどうでもいいや。」

 

 何故彼が簀巻きにされているのかは分からないけれど、どうせまた何かやったんだろう。

 

「人の妹を真っ裸に剥くとか何考えてるんだあの馬鹿。さて、もうちょっと寝てろよルート。今のお前には休養が一番の薬だぜ。」

「・・・本当に君はフィオか? 本物はもっと悪魔的思考と悪魔的行動をとるはずだけど。」

「あはは。いや、その、本当に悪いと思ったんだぜ? お前さ、治療中にちょこっと寝て貰ったんだけど、その・・・。」

「僕がどうかしたのかい。」

「あっはっは、その、どうせ気付くだろうから言うけどお前ちょっと失禁しててさ。スマン、パンツ履き替えさせてもらった。」

「・・・な!?」

 

 慌てて僕は、フィオに替えられたという下着を確認しようと、上に羽織っていたローブを脱いで。

 

 

「・・・何で服まで女物?」

「オレの私服だ。お前が漏らしたのは里を出た後でな。バーディのはブカブカ過ぎてすぐずり落ちるしでオレのが丁度よかったんだわ。」

「ぐっ・・・、な、なら仕方ないけど。ってまさか僕が今履いてる下着って!」

「ああ、洗ってるから大丈夫。オレのだ。」

「うぅ、今度からそういう場合は僕の荷物漁っていいよ。着替えを探すくらい、簡単に出来るだろう。」

 

 今の僕は女物の下着と、女物の服を着ている男という事か。まるで変態じゃないか。

 

 というか、普通女ならほかの男性に下着を履かれるってかなり嫌なんじゃないのか? フィオが特殊すぎるだけだろうけど。

 

「その、自分のに着替えたいから少し向こうを向いていてくれるかい?」

「もう一つ残念なお知らせだ、ルート。お前の替えの服は止血に使ったから血塗れになっていてな、もう全滅してる。」

「止血!? ぼ、僕はそんなに重傷だったのか!?」

「あ、その。お前じゃないんだが、かなりの重傷者が居てな。それで、近くにあった布がたまたまお前の服だったもんで。洗って返す、すまん。」

「・・・分かった、理解した。成る程、それでフィオの服なんだね。」

「似合ってるぞ。」

「止めてくれ。」

 

 色々と諦めた僕は、そのままドカリと馬車に腰を下ろした。僕の腰に巻かれたスカートがはためき、すっと反射的に手で覆い隠す。危ない危ない、見えるところだった。

 

 手で押さえたままスカートの裾をさっと手で直して、上手く中が見えないように足を組み直し、再び僕はフィオに向かい合う。これがあるから、スカートは嫌いなのだ。

 

「・・・いや、お前の所作はなんでそんなに完成されてるんだよ女子として。」

「どっかの誰かがしょっちゅう女装を強要してくるからじゃないか?」

「いや、それにしては凄い自然だったような。ま、いいけど。」

 

 いかん、前世の癖で無意識にやっていた。これではますます女扱いされてしまう。

 

 精神が男で身体が女、いわゆる「性同一性」を持てずに前世を生きた僕にとって、生まれ変わって男性になれたときの嬉しさはひとしおだった。世間体を気にして職場では普通の女性として振る舞っていたが、自分を偽る苦しみにずっと悩みながら生きていたのだから。

 

 

 ただ、ここまで女顔に成長するとは思わなかったけれど。それでも身体が男性なだけ、前世より全然マシだ。

 

 

 

 

 何にせよ、これで今回の任務は終わった。僕達はそのままゆっくり、時間をかけて王都へと戻って行くだけ。

 

 白目を剥いたメイドの操る馬車に揺られ、僕達はのんびりと王都へ旅をつづけるのだった。




次回更新は、8月30日です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「吹雪?」

「大事な話が有るんだ、アルト。悪いが、俺に時間をくれねぇか。」

 

 それは、フィオ達が依頼から帰って来て早々の事だった。快活剛胆を体現している天下無双の槍使い、俺の頼れる仲間のバーディが、何時になく真剣な面持ちで俺の肩を掴み頭を下げた。ひどく、思い詰めている様子でだ。

 

「それは、急ぎの話なのか。」

「出来れば、今日中に話をしておきたい。」

「・・・分かった。今夜は、開けておこう。」

 

 彼がココまで真剣な表情になったのは、先々週の俺達パーティの連携訓練の話以来である。普段は羽目を外す事が多くとも、大切な事ならば誰より真剣に話すこの男。無碍には、出来ない。

 

 ・・・本音を言えば。旅を終え王都に戻って来た恋人(フィオ)に早く会って、クリハを呼んだ時のデートの無作法を謝罪しておきたかったのだが。

 

 今夜は、仕方ないだろう。仲間の危機が、自らの色恋より優先なのは当然なのだ。

 

 今日の所はフィオに口頭で謝罪して、後日にゆっくりデートに誘うとしよう。最近の俺は、フィオに迫ってばかりだったな。次はゆったりと、フィオに任務の疲れを癒してもらえるようなデートプランを考えておこう。

 

「・・・おい、アルト。聞いてるのか?」

「え、あ。すまない、上の空だった、何の話だったか?」

 

 む、いかん。可愛いフィオの事を考えていると、ついつい目の前を疎かにしてしまう。こんな様ではフィオに笑われる。

 

 自重だ、自重。

 

「はぁ、今夜の話だよ。ゼア・グロッセ・ブラスタ。俺達が集まる店の名前だ、覚えたな? 夕刻8時に予約を入れとく。出来れば誰にも見られず、来てほしい。」

「ああ、分かった。場所は?」

「このチラシをもっておけ。地図も載ってる、迷うなよ。じゃあ、また今夜。」

「ああ。」

 

 バーディは俺に小さな紙きれを渡し、そのまま暗い表情で鍛錬場に向かっていった。今から、兵士達との合同訓練の筈であるのだが、あの様で指導など出来るのだろうか。

 

 こつん、と何も無いところでバーディがよろめく。

 

 重症だ。あの男が、あんなにも覇気が無い姿を晒したことなど今までなかった。これは、気を引き締めて夜の相談に臨まなければならない。

 

 ヤツの渡してきた紙切れに書かれた地図を頭に入れながら。俺もバーディと別れ、割り振られた兵士との合同訓練に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ・・・アルト、ヤった女から責任取らずに済む方法を教えてくれぇ・・・。」

「帰って良いか?」

 

 夕刻8時。約束の時間。

 

 店に向かう途中嫌に客引きに合うし、約束の店が嫌に派手な装飾の店でとても嫌な予感はしていたのだが。

 

 まさか、呼び出されたのが前世でいう所のキャバクラだとは思わなかった。セクシーな衣装を着た娘たちが、俺にその豊満な身体を摺り寄せてくる。

 

 ・・・香水の匂いがキツイ。ああ、何でこんな事に。

 

「何だよぅアルト! お前まで俺を見捨てるって言うのかよ!」

「見捨てない理由があるか。誰を押し倒したのか知らないが、ヤった事には責任をきっちりとだな・・・。」

「覚えてないんだよ! 酒に酔い潰れて前後不覚になってだな、気付いたらお互い全裸で寝てたんだぞ、そんなんで責任なんかとれるかよ!!」

「・・・いや、取れよ。明らかにヤってるじゃないか。」

 

 ああ。フィオとのデートを先延ばしにして、俺はここで一体何をやってるのだろうか。と言うか、あんなに覇気が無かった原因は好みじゃ無い女性をヤった後悔なのか。コイツ、ここでぶっ殺してやろうか。

 

「酒だってそんなに飲んでなかったはずなのに! 糞、旅の疲れなのか? 異様に酒が回るのが早くてだな、うぅぅ。」

「なら、今回の任務中の話なのか。」

「そうだよ、畜生。なんで俺が貧乳の責任なんぞ・・・!」

 

 ・・・待て。

 

 今回の旅に同行した、女性だと? しかも貧乳で、バーディと、仲が良かった女性って・・・?

 

「オイコラ貴様ぁ! 誰に手を出したか言え! 言え、早く!」

「オア!? や、止めろ頸が閉まってる、は、放せアルトォォォ!!」

「言えバーディ。貴様、誰に手を出した!!」

「クリハだよ!! あのメイドの!!」

 

 ・・・そういえば、今回の旅にはあのメイドも同行していたのだったか。なんだ、そっちなら何も問題ないな。

 

「なんだ、なら初めからそうと言え。」

「ゲホ、ゲホ。何だっつぅんだよアルト───あ、そっか。お前さんフィオ狙いだっつってたな。」

「まぁ、そういう事だ。」

「はぁ、まだ諦めてなかったのかお前。無理無理、アイツが男に靡くとか想像も出来ん。」

「・・・そうか。」

 

 もう、俺と恋仲なんだがな。まぁ、今はそれを語るまい。

 

「ヘーイ、バーディサン。ズイブン元気、ナイネー?」

「来てくれたかジェニファー!! 傷付いた俺を、君の胸で慰めてくれぇー!!」

「HAHAHA! バーディサンは甘えん坊サンネー!」

 

 宴もたけなわ、店の奥から出て来た異様に彫りが深い、爆乳の女性がバーディの隣に腰を落とす。彼女はそのままバーディに抱きつかれ、快活に笑っていた。

 

 ・・・大の男が、若い娘の胸に顔を埋め、泣きつく様は筆舌に尽くしがたい見苦しさだ。バーディめ、誰かに慰めて欲しいならジェニファーさんとやらで良かったんじゃ無いか。俺がここに居る意味はあるのか?

 

 ああ。本当に何をやってるんだろう、俺。今すぐにフィオに会いたい。フィオに癒されたい。

 

「ソコの、格好いいオニーサンも、ズイブンションボリネー?」

「・・・ああ。自分の存在意義について、悩んでいるんだ。」

「オーゥ、それはイケマセンネー。ソレは誰シモ、一度はマヨウ事でショー。ケレド、誰にも必要とサレナイ人間はイマセーン。元気、出してクダサーイ。」

 

 ジェニファーさんは優しい目で、盛大に俺を慰めてくれた。いや、そうだけれどそうじゃない。

 

「何だよアルト、俺からジェニファーまで奪うのか!? お前はもうモッテモテなんだから自前で我慢しろ畜生め!」

「いや、その。なんだ、俺が今悩んでいる原因はお前なんだが。」

「うるっせー! あんなに4人からチヤホヤされてる男に、モテない俺の気持ちが分かるか!」

「本当に面倒くさいな、この男。」

 

 要するに、バーディは自分のヤやらした事の責任を取りたくないと、愚痴る相手が欲しかっただけなのか。

 

「喧嘩は、良くないデース。ジェニファーは、皆のジェニファー。リピートアフタミー?」

「ジェニファーは皆のジェニファー・・・。うおお! ジェニファーちゃーん!」

「HAHAHA! お触りは、NOデスよ?」

 

 ・・・バーディの奴、ジェニファーが来て随分と機嫌がよくなったな。俺、要らないだろコレ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーディはその後も最低な事を愚痴り、泣きつき、飲み続けた。ジェニファーは流石と言うべきか、そんなどうしようも無い(バーディ)の話をうんうんと頷いて慰めている。奴をぶん殴らないプロ意識が、凄い。

 

 いつしか、酔い潰れたバーディは机に突っ伏して呻いていた。彼の周囲には、高価そうなワインの瓶が散乱している。

 

 これは、かなりの金額になるんじゃ無かろうか。まさか、俺も半分払うのだろうか。やっていられない。

 

 ・・・嗚呼、早くフィオに会って謝りたい。

 

「アルトサン、トッテモ難しい顔、シテマスネー。何か、悩みが有るナラ、聞きマスヨー」

「ジェニファー・・・。」

 

 悩みと言うか、疲れというか。フィオに会いに行きたいというか。

 

 ああ、そうだ。どうせ金をとられてしまうなら、少しでも利を得る行動をとらねば勿体ない。せっかく、バーディの奴も酔い潰れている事だ。パーティの誰にも相談できないし、彼女にフィオについて相談してみようか。

 

「その、ジェニファーさん。怒らせてしまった恋人に対して、1番誠意ある謝り方は、何でしょうか。」

「ンー? ハハァ、アナタにはキュートなガールフレンドが居るのですネー。ツマリ、アナタがウッカリ、ハニーを怒らせてシマって、今トッテモ悩んデル。オーライ、オーライ。」

 

 俺の相談を受けたジェニファーは、ニカリと白い歯を光らせ、グッと親指を立てた。

 

「謝るヨリ、喜ばせマショー。サプライズ・デートで彼女のハートを取り戻しテ、ソコでグッと彼女を胸に抱イテ、情熱的に謝リナガラ、ベッドに誘う。これで、万事オッケーよ!」

「いや・・・、彼女はベッドがあまり好きじゃ無い。と言うか、この前怒らせたのは調子に乗って迫ったからなんだ。」

「オーゥ、シット! それはダメネー。無理矢理迫るの、1番良くナイ。ソンなんじゃ、百年の恋も冷メチャウヨー。」

「ウッ・・・。ですよね、なら俺はどうしたら良いだろう?」

「紳士的に、信用を取り戻すマデ、彼女をエスコートするノデース。王国の、お姫様を扱うヨーニ、彼女を大事にシテアゲマショー。彼女の機嫌が直ってカラ、次からは更に紳士的にアプローチして、ベッドに優シク、誘うと良いデース。」

 

 女性(フィオ)への対応は、やはり女性(ジェニファー)に従った方が良いのだろう。今後、丁寧に紳士的にフィオに接して、失った信用を取り戻していくしかないという事か。なら暫くは、我慢だな。

 

「そうか。ありがとう、ジェニファーさん。」

「ドウイタシマシテー。」

 

 そう言って彼女は、豪快にワインを煽り、笑顔になった。ジェニファーは、凄くパワフルな女性の様だ。笑顔がまぶしい。

 

 彼女の笑顔は、確かに他人もつられて笑顔にしそうな、そんな明るさを持っている。その笑顔をもってこの店で、彼は疲れた冒険者たちを癒しているのだろう。だが、俺は個人的にもう少し慎ましい笑い方をする女性の方が好ましいな。

 

 少し、照れながら。ニシシと口元を曲げ、甘えたように身体を寄せてくる、フィオの笑顔が頭に浮かぶ。本当に、フィオに惚れ込んでしまっているな俺は。隣に居るのがフィオなら、どれだけ今日は幸せだったか。

 

「ヘイ、ホールドミー!」

 

 最近ほとんど会えていない恋人に想いを馳せていると。ジェニファーは、豊満なバストを惜しげ無く広げ、腕を開き唐突に俺の前に現れた。

 

「え、えっと、その。」

「彼女に、謝ル元気、分けてアゲマース。ハグミー、ドーユゥアンダスタン?」

「えっと、その。俺には、恋人が居て・・・。」

「ノンノン、ハグは、挨拶。カモン、腕を開きっパナシはシンドイデース。」

「え、ああ。」

 

 ふむ、挨拶ならば仕方ない。彼女に急かされるまま、俺は体を預けジェニファーに胸いっぱい抱き締められた。

 

 その豊満な弾力はまさに宇宙的な神秘を秘めた超新星爆発であり、俺が今まで体験したことの無い理想郷(アルカディア)へと誘う扉であった。

 

 顔にピッタリと吸い付いて、形を変えズブズブと肉の中に埋もれていく感触。母体の中のような温もりと、男の下半身をくすぐる刺激が混ざり合い、弾け飛ぶ。

 

 まさに、ビックバン。

 

 ・・・そうか。これが、巨乳か。これが、女性の胸か!

 

 

「────っ、ぷはっ!!」

「オーウ、少し元気出た顔になったネー。アルトサン、グッドラック! 私は、応援シテマスヨー。」

 

 凄まじい、体験だった。俺は、目の前で微笑むジェニファーと、その胸を。

 

 取り敢えず、両手を合わせ無言で拝んでおいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。

 

 

 結局、酒の入っていた俺はその後もジェニファーさんにフィオの相談を続け、気付けば朝になるまで話し込んでしまった。

 

 目を覚ましたバーディと、お会計の紙を見て目玉が飛びててしまったが、中々に良い経験が出来たと思う。

 

 水商売といえば、あまり良い印象は無かったけれど。毎日毎日、疲れた人間の心を癒すと言うのは並大抵の精神力では出来ない。彼女達は、少なくとも目の前に居る人を救っている。だからこそ、商売が成り立つのだ。

 

 もう来ることは無いだろうが、良い社会経験になったと思っておこう。

 

 

「ふぃー、財布がスッカラカンだぜ。アルト、お前さんが夜通し嬢に付き合わせるなんて意外だな。背負って帰って貰おうと思ってお前を呼んだんだが。」

「2度とそんな目的で俺を付き合わせるな。まぁ、良い社会勉強になったから今回は良しとしておこう。」

「プックク、まさかアルトがキャバにハマるとはな。次からあそこに行く時は、声かけるようにするぜ。」

「いや、結構。確かに良い経験になったが、1度経験すれば十分だ。もう行くことは無いだろう。」

「照れるなって、ボンヤリとだが一応見てたんだぜ? お前がジェニファーちゃんに・・・」

 

 

「なぁバーディ、何を見てたんだって?」

 

 

 バーディと並び。アジトへと戻る道すがら。

 

 俺が聞きたくて堪らなかった、愛しい少女の声がした。

 

 

「うお、フィオか。珍しいな、こんな朝っぱらから。」

「ん? まぁな、ちょっと野暮用でな。それよりお前ら、珍しい組み合わせだが何処に行ってたんだ?」

「昨日お前も誘っただろうが、ゼア・グロッセ・ブラスタだよ。愛しのジェニファーちゃんに、久々に会いに行ったんだ。相変わらず、すんごい爆乳だったぜ!」

 

 

 ・・・。

 

「ふぅん、珍しいな。アルトも行ったのか、ゼア・グロッセ・ブラスタ。」

「ああ。コイツ案外楽しんでた様だぞ? 俺が寝た後、夜通し飲んでたみたいだし。朝起きたらさ、アルトがジェニファーちゃんに膝枕して貰ってて流石にキレそうだったわ、わはは。」

 

 

 あれ? 確か、俺は、フィオに2度とそう言う店に行くなと、懇願したんだったよな。

 

 なるほど。ソレで、昨日フィオは、バーディの誘いを断ったのか。

 

 

 

 

 チラリと、目が合う。愛しい、恋人と。

 

 

 

 

 無邪気な笑顔で人懐っこくバーディに微笑む、金髪を揺らす純白の少女。

 

 その彼女の瞳だけは、ブリザードが吹き荒れる荒野の如く、冷徹で無感情な眼だった。




次回更新日は9月2日です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「鼓動?」

※本話には怪電波が飛んでいる恐れがあります。すかさず目を滑らせて、即座に読み飛ばすことをお勧めいたします。


「全く、フィオも来れば良かったのによ! 昨夜のジェニファーちゃんは、かなりの大サービスでおっぱい祭りだったんだぜ!」

「あはは、惜しいことをしたな。昨夜はちょっと用事があってな。」 

「お前、最近ソレばっかだな。バイトか?」

「そんなとこだよ。」

 

 

 フィオが、バーディと、表面的にはいつも通りに楽しく会話している。だが、その内心はどうなのかなんて見ただけでは想像もつかない。フィオはまさしく、普段のまま自然な態度で俺達と笑っていた。

 

 ────俺には分かる。勇者の勘と言うのだろうか、今世の俺には悪いことが起こりそうな時に、前もってソレを察してしまう能力があるらしい。

 

 今、まさに。俺の頭にはアラートがけたたましく鳴り響いていた。恐らく今、ここの対処を誤れば取り返しのつかない事になるだろう。

 

 

「あー、フィ、フィオ? こ、これはだな。」

「何だ? アルト。」

 

 

 ああ、その仕草はいつもの彼女だ。

 

 不敵な笑顔のフィオのその目。にやりと歪めたその口元。だというのに、彼女から湧きだすこの底冷えする冷徹さはなんだ。

 

 何故バーディは、気付かないのか。彼女の所作は間違いなく平時のものだが、この凍てつくような瞳の奥の揺らめきは尋常なモノでは無い。

 

 この俺の頭が凍り付いて、二の句が継げない。もしかしたら魔王より怖いかもしれない。駄目だ、馬鹿な事を考えていないで何かを言わないと、今度こそフィオに愛想を尽かされる。

 

「アルトがテンパってやがる、凄いウケる。大丈夫だってアルト君、俺もフィオもこの事を言い触らしたりしねぇよ? ケケケ、お前の出す袖の下次第だけどな。」

 

 黙ってろバーディ。もう、1番知られたら不味い女性(ヒト)に知られているんだよ。

 

「それより聞かせてくれよバーディ、お前さ、何か面白いモノ見たんだろ?」

「ああ、半分寝てたがハッキリ見たぞ、すげぇ爆笑映像を。あのアルトがよ、ジェニファーちゃんの爆乳に顔を埋めてさ、物凄い鼻の下伸ばしながらハグされてたんだぜ。ソレだけでも十分に笑えるってのに、コイツ、その後目の前の巨乳を有難そうに手を合わせて拝みだしたんだ! 巨乳を崇める謎宗教に入信でもしたのか!? ブハハハ!」

「アッハハハ! 何だソレ!」

 

 

 ・・・Oh、ジーザス。見られてしまっていたのか、アレを。くそ、ちゃんと意識が無いか確認しておくべきだった。

 

 ────あ、ヤバい。遂にフィオの表情が崩れてきた。あのフィオが、表面上ですら平静さを失いつつある。

 

 

「本当、ウケるだろオイ? ガハハハ・・・。ん、あれ、どうかしたかフィオ?」

「ハハハ・・・ハハ、ハハ。」

 

 

 フィオの笑い声が、徐々に萎んでいく。と、同時に顔が俯き、笑顔が消える。

 

 ぺたぺた。口元を噛みしめながら、自らの慎ましい胸を触るフィオ。

 

 違う、聞いてくれ、誤解だ。何とかソレを伝えようとして、俺の口だけは魚のようにパクパクと開くが、肝心の言葉が何一つ出て来ない。頭が真っ白で、次の句が継げない。

 

 ────ヤバい、ヤバい、ヤバい。

 

「ハ、ハ、ハ・・・。」

「・・・フィオ、どうしたお前、なんか様子が───」

 

 落ち着け、考えるな、行動しろ。言葉が出て来ないなら、態度で示せば良い。動け、動け俺の身体!

 

 俺は即座に、フィオに向かい合ってその場に正座をし、そのまま地面にぶつかる程の勢いで顔を激しく擦りつけた。

 

「は、は、ふ。・・・ふぇぇぇぇん、バカァァァァ!!」

「え、ちょ、フィオ!? 何で泣き出して、て、えええ!?」

「本当に、申し訳ありませんでした!!」

 

 あたふたと、右往左往するバーディ。

 

 足の指まで見事な左右対称性(シンメトリー)を形成し、深く土下座する俺。

 

 大声を上げ立ち尽くし、子供のようにわんわんと泣き出すフィオ。

 

 

 

 此処が早朝の人気の無い道で良かった。昼間なら大騒ぎになっていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拝むなよ・・・、拝むなよ、馬鹿じゃ無いのかお前。そんなに不満だったか? あんなに好き勝手してた癖に、ずっと内心で物足りないなーとか思ってたのか? 言えよ、だったらそう言えよ、そんな当てつけみたいなことしないでさ。」

「誤解だ。違うんだ。俺が愛しているのはお前だけで、ジェニファーに関しては、その、相談に乗って貰っただけなんだ。」

「お前は相談する度に乳に顔を埋めるのか?」

「その、アレは、ハグで、挨拶みたいなモノで、その。」

「うっさいバカ。良いよ、分かってるよ、デカい方が良いもんな。オレだって気持ち分かるもん。だよな、それが正直なお前の気持ちだもんな。」

「本当に違うんだ。俺が好きなのは、お前で、フィオだけで、その。ゆ、許してくれ、この通りだ。」

 

 平身低頭。

 

 場から完全に置いてけぼりになったバーディの存在を無視し、俺はひたすらにフィオに詫びていた。

 

 俺は馬鹿じゃ無いのか。昨日、酒が入っていたとは言え、一体何をやっているんだ? なぜ乳を拝んだ? フィオの言うとおり、馬鹿じゃ無いのか。

 

「言えよ、本当は嫌なんだろオレと付き合うの。ヤった責任取ってるだけなんだろ? 良いよ、そんな気持ちで付き合わなくても。」

「聞いてくれ、俺が愛しているのはお前だけなんだ。どうか、幾らでも謝るから、俺を捨てないでくれ。」 

「ふん、どーだか。どうせ、オレのことを体の良い性処理道具とでも思ってるんだろ。デートの度にさ、それはそれは嬉しそうに好き放題しやがってさ。」

「うう、申し開きも無い。だが、信じてくれフィオ、本当にお前だけが────」

「無理、しなくて、良いんだって、オレ、分かってたし、どうせ、そんな、オチだって、その、その、」

 

 フィオはいつしか、大粒の涙を溢し始めその場にへたり込んでしまった。これは、イカン。

 

 胸が、軋む。心が、痛い。どうして俺は、フィオをこんなに悲しませているんだ? 俺はフィオと付き合って、こんな顔をさせたかったのか?

 

 ────違うだろ。彼女が一番可愛いのは、笑顔の時だ。

 

 

「頼む、聞いてくれフィオ。今から、俺がどれだけお前を愛しているかを語るから。心の底の、素直な俺の気持ちを全て吐露するから。だから、どうか、泣き止んでくれ。」

「何だよ、ほっといてくれよ、お前さ、そもそも本当にオレ一人だけなのか───」

「フィオの碧い瞳は、ライトブルーに輝く母なる大海原をも見劣らせる、まさに美の象徴だ。」

「・・・は? 何だ、いきなり────」

 

 フィオは落ち着く気配が無い。ならば、もう俺に出来ることは───

 

 両手を広げる。身に着けていた甲冑をガシャンと落とし、身軽になった俺はトントンとつま先でリズムを取り、剣の鞘で地面に落ちた甲冑を軽快に叩き、音楽を奏でだす。そう、俺に出来る事とは、

 

 ───愛を唄う、これしか無い!!

 

 

 ・・・フィオに、伝えるんだ。俺の、本心を、思いの丈を、この誰にも負ける気がしない全力の愛を! 全て包み隠さず、ここで曝け出してやる!

 

 

 

 

 

フィオを称える賛頌歌

作詞・作曲 アルト

 

フィオの碧い瞳は

ライトブルーに輝く

母なる大海原をも見劣らせる

まさに美の象徴だ

 

フィオの金色に靡く髪は

月明かりを思わせるその切なさと

太陽のようなフィオの笑顔を想起する

まさに明の象徴だ

 

フィオの慎ましい胸は

本質的な奥ゆかしさが表出し

連なる山脈、遠く及ばず

まさに優の象徴だ

 

ああ、俺は知っている

フィオの幼さに隠れたその美貌を

フィオの人を勇気づける明るさを

フィオの溌剌さに潜むその優しさを

 

ああ、俺は耐えられない

フィオと会えぬ寂寥に

フィオの哀しいその顔に

フィオの居ない世界など

俺には考えられないのだ

 

~間奏~

 

フィオの華奢なその腕は

多くの命をすくい上げてきた

降臨した女神の成す奇跡

まさに癒の象徴だ

 

フィオの柔らかなその足は

今まで踏みしめてきた戦場を────

 

 

 

 

「もう止めて!! 分かった! 分かったからいきなり謎ポエムを公道で垂れ流すな大馬鹿野郎!!」

 

 俺が、その場でノリノリに歌い始める事数分。いよいよ2番に入りかけた辺りで、フィオに両手で口を塞がれてしまった。

 

 2番以降の歌詞も、自信が有るのだが。

 

「何? 何なのその歌!? いつ作ったの、馬鹿じゃねぇの!?」

「フィオを称える歌だ。お前に信じてもらう為、俺が今ここで作り上げた愛の鼓動(ビート)だ。」

「いや、何で今歌を作ったんだよ! そして何でそれを今歌うという選択肢が出て来るんだよ!」

 

 フィオは顔を真っ赤にして怒っている。どうやら、俺渾身の1曲は彼女にイマイチ伝わらなかったようだ。やはり、付け焼刃のメロディでは信頼を取り戻せないという事か。俺の音楽に関わる才能の無さに、思わず絶望する。

 

「違うからな! その顔は勘違いしてる顔だ、別にお前の歌のセンスの話じゃ無いからな!? お前の謎行動に対してオレは文句言ってるからな?」

「なあ、フィオ、アルト。そろそろ状況を説明してくれ。話にまるで付いていけないのだが。」

「うるせぇバーディ、引っ込んでろ。これは、オレとアルトの間の問題でだな────」

「え。いや、だからお前ら、まさか付き合ってんの?」

 

 凄く今更な質問を、バーディが飛ばしてくる。

 

 ・・・まぁ、こんなにバーディの目の前で騒いだら、流石に俺達の関係もバレるわな。

 

「・・・あ、えっと、そのだな。あは、あはははは。」

「フィオ、諦めよう。俺のあの歌を聞かれてしまっては、最早誤魔化すのは無理だろう。」

「いやあの歌は、意味不明すぎて全然誤魔化せるポイントなんだが。むしろ、あー、しまった。オレのあの反応は言い訳出来んよなぁ。」

「否定しないのか? マジ? マジかよお前ら。」

「えっーとだな、ナ、ナハハハハ!」

 

 

 取り敢えず笑って誤魔化そうとしているフィオ、物凄い複雑な顔で俺達を交互に見つめるバーディ、そして歌った時の両手を広げたままのポーズで棒立ちしている俺。

 

 

 王都の街道は、朝っぱらから混沌としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、何だ。つまり・・・」

 

 結局俺はバーディに対し、前回俺とフィオが敗走した後、身を寄せ合うに至った経緯を説明する事になった。

 

 勿論フィオが恥を掻かぬよう、暗殺者(クリハ)の件は伏せて、フィオに告白した日は俺が暴走したことにしたけれど。

 

 そして、その後。俺は、泣き止んではくれたものの、未だ暗い表情のフィオを元気付けるため。今回と前回の件をしっかり謝った上で、改めてフィオをデートに誘う事に成功した。

 

 しかも隣にいたバーディに、デート当日は仲間たちを上手く誤魔化しておいて貰えるという確約も貰えた。今後も、それとなく俺達をフォローしてくれるとのこと。

 

 ・・・随分と頼りない協力者だな。あまりアテにはしないでおこう、女性関係で此奴はロクでもない奴だという事は昨夜の愚痴でよくわかっている。彼の助言は何の役にも立たないだろう。

 

 秘密だった俺達の関係を知る、一人の協力者を得て。フィオと俺の関係は、なんとか維持する事が出来たのだった。これ以上やらかしたら今度こそ愛想を尽かされそうだ、もっとフィオを大事にしよう。そう、心で決意した。




次回更新日は9月5日です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「魔本。」

・・・あの浮気者。

 

 それは、休日の昼下がり。アジトの居間でのんびりと横になりゴロゴロ転がっていたオレは、凄まじく暇だった。

 

 

 

 事の始まりは、昨夜の早朝。急患がでたと朝一に貴族屋敷へ呼び出されたオレは、特に急でも重症でもなかったデブ貴族の腰痛を無言で治療して、寝惚け眼を擦りながらアジトへと戻っていた。

 

 その帰り道である、浮気者(アルト)が巨乳パブに行ったその帰り道にたまたま遭遇したのは。予想外の事態に混乱したオレは、アルトに思わず色々と文句を言ってしまった。自分の事ながら、かなり面倒臭い事を言っていた気がする。

 

 そして、今日。ヤツは機嫌取りのつもりか、オレをデートへ誘い少し高めの店に連れて行ってくれる予定だった。まぁ、そこまで言うならついて行ってやらんでもない、とひそかに楽しみにしていたのだが。

 

 ・・・今朝、魔王軍の邪悪なコボルトの群れが北の街付近で確認されたとかで、アルトは朝一番に遠征に行ってしまった。当然デートは延期、人命優先である。

 

 しかも、オレはアルトについて行けずクソ貴族の腰痛管理の為にお留守番ときた。おかしいだろ、もう治したっつの。いつまた痛くなるか分からないって、アホかこの国。

 

 まぁ、コボルトの群れ程度なら確かにアルト1人で何とかなるだろう。オレがついて行ったところで、護衛対象が増えるだけアルトが不利になる可能性すらある。でも、魔族が出たなら貴族の腰痛管理よりそっちに向かうべきじゃないのか、勇者パーティって。一応、今回の遠征にはバーディとルートもついて行ったみたいだしそんなに心配はしていないけど、モヤモヤする。

 

 4人娘に絡もうにも、今日は彼女達と兵士達の合同訓練の日。皆出掛けてしまって、今アジトにはオレ1人しかいない。寂しい。

 

 オレは合同訓練に行かなくていいのかって? 回復術師の合同訓練は別の日にやってるから良いのだ。

 

 回復術師だけ何故別の日にやるのか。その理由は今日の軍属ヒーラー達が、合同訓練で出た怪我人を治療するため駆り出されていて忙しいからだ。合同訓練で出た怪我人の治療は、軍属のヒーラーにとって貴重な実践経験となるので、迂闊にオレが出張って治して回ると逆に迷惑な顔をされてしまう。最初にそれをやって、次からは新人の回復術師に任せてやって欲しいと注意されてしまった。

 

 つまり、今日のオレはひたすら暇だった。アルトとデートのつもりだったから何の予定もいれていない。日も高いし、やらしい店にも行けない。アジトで、せっかくの休日を無為にゴロゴロするだけに留まっている。

 

 何か、良い娯楽は無いかね。

 

 そう考え、アジトの居間を見渡すと、さりげなく置かれた小さな本棚に目が行った。ふむ、読書。暇つぶしには、悪くないかも知れない。

 

 見たところ20冊前後はあり、本棚の下2列ほどは本で埋まっている。今まで気に留めたこともなかったが、どんな本が置いてあるのだろう。ユリィなんかがよく本を読んでいたが、ココにあるのはユリィの本なのだろうか。

 

 何気なく一冊、手に取ってみる。赤いハードカバーの一冊だ。

 

「聖書・友誼の章」

 

 そう表紙には書かれており、協会の紋章がペタンと判されていた。

 

 成る程、これは宗教書か。暇つぶしに読むにしても、眠くなるだけになりそうだ。小説とか、冒険記録とかそう言った書物はないかな。どうせなら、読んでいて楽しいものが良い。

 

 少し汚れた、あまり硬くなさそうなカバーの本を手に取る。

 

「本格黒魔術論・基本は物理に有り」

 

 ・・・これは、レイの本だろうか。魔術も物理法則と関わりが深い、と言う理論書の様だ。オレは攻撃魔法はあまり得意ではないけれど、雷とか火とか操るには物理知識が必要という事か。むむ、少し興味あるな、これは机に置いておこう。他に良いのが無ければ読むとしよう。

 

 隣の本は、随分と薄いな。何だろうか?

 

「ひと夏の淫夢・男色勇者編~アルト×バーディ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひょ?」

 

 ・・・変な声が出た。まって、何これ。

 

 ひと夏の淫夢・男色勇者編~アルト×バーディ~。その、気色悪すぎる表紙には、微妙に美化されたバーディらしき男と、顔の輪郭が狂った現実よりブサいアルトらしい男が二人、全裸で抱き合っている絵が書いてあった。

 

 嫌な予感がしつつも。オレは好奇心に負け、恐る恐るオレはその魔本を開く。開いてしまう。

 

 そこに描かれていたのは、快感に満ちた表情のバーディがアルトに跨って回転しており、アルトは不敵に笑いながら腕を組みバーディを腰で回していた。その、あまりに禍々しいイラストはオレの嘔吐中枢をヘッドショットで粉砕し、オレは沸き上がる胃酸を堪え洗面所に駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・今アルトが帰ってきたらどうしよ、口がゲロ臭くてキス出来ないじゃねーか。」 

 

 何とか洗面所までリバースを食い止めたオレは、綺麗に便所に吐瀉物をぶちまけ、口をゆすぎ胃酸の酸っぱい味を忘れるべく水をガブガブ飲んでいた。おなか、タプタプ。

 

 なんだあの恐ろしい本。誰だ、誰の所有物だ。いや、そもそもアレって売られてるのか? 妙に薄かったし、ひょっとして手作りじゃないのか? と言うかこんな危険物、共用スペースの本棚に置くなバカ。

 

 この本の持ち主を暴いて、説教せねば気が済まない。オレは突如襲い掛かってきた”びぃえるショック”から立ち直りつつ、所有者が誰か特定するため再びあの魔本に立ち向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅむ・・・。」

 

 取り合えず、読破に成功。女性の身に生まれたし、“ホモが嫌いな女子はいない”と聞いた事が有るから頑張って受け入れてみようとしたが、残念ながらオレにはBLの素養は無かったようだ。なんとかイラストを直視できるまでに耐性はついたが、やはり見ていて心地よいものではない。オレに前世の男の記憶が有るのも原因かもしれない。

 

 だが、読破して分かった事が有る。これは、市販品ではない。

 

 市販品の本は魔法による印刷が行われる。水魔法の応用であり、手作業ではないため水の勢いが強く、次のページにインクが滲まない様に印刷品は紙が分厚いのだ。

 

 だが、この本は薄い。ページが少ないだけでなく、紙自体も薄いのだ。恐らくは、手書きの逸品。

 

 

 

 ・・・あの4人の中で、同人活動しそうな奴は誰だろう。マーミャ? ユリィ?

 

 レイはこういうのに興味は無さそう・・・と言うか男好きだって宣言してるしな。リンはまだ子供だし。有るとしたらマーミャかユリィだろうな。

 

 何にせよ、これでうまく弱みを握れたら、それをたてにムフフな事を要求できるかもしれない。ユリィだったら最高だな、背徳感とか、あのデカいおっぱいとか。俄然やる気が・・・。

 

 ・・・。

 

 お、おお? 何だ、今の感じ。胸のサイズとか今までそんなに気にした事は無かったが、前の一件のせいか凄くユリィの乳にイラっときた。

 

 ま、まさか、このフィオが。凡弱なテンプレ貧乳キャラの如き反応をしてしまっただと・・・!?

 

 マズい、このままじゃマジでヒロイン堕ちしてしまう。落ち着け、オレはアルトがどうしてもって言うから付き合ってる感じなんだ。オレから好き好き光線出すのは違うだろ。

 

 ────アルトはきっと、自分を好いてくれる女の子なんか辟易してるだろうし。これでオレに興味持ってくれなくなったらどうする・・・、って違う。

 

 何だ今の思考回路、怖!?  落ち着け、オレはアルトに仕方なく付き合ってやってるってスタンスを忘れるな。オレが、アルトより上の立場。うん、オッケー。

 

 さて、気持ちをキッチリ整理したし。そろそろ捜査開始と行きますか、手始めは────

 

 

 

 

 

 取り敢えず容疑者の有力候補、ユリィの部屋に侵入(はい)ると、何時もの通りキッチリ整頓されて小綺麗な部屋に、小さな飲みかけのマグカップが放置されていた。コレ、ユリィの口付け済みだろうか。・・・ゴクリ。

 

 いや、じゃなくて。オレが探すべきは、筆記用具だ。あの本の著者は恐らく、インクと羽ペン、紙等を纏めて置いているはず。そんなデカイ物なら、部屋に入れば分かるだろう。

 

 わざわざ本棚に自作の本を置くような奴だ。いちいち筆記用具を隠したりしてない筈。

 

 

 

 部屋の入口のドア付近から動かずにグルリと部屋を見渡したが、ユリィの部家には特に怪しいモノは見当たらない。あの本の著者はユリィでは無いのか、それとも何処かに隠しているのか。流石に家探しまではする気は無い。先に他の容疑者の捜査をしよう。

 

 そう考え、ユリィの部屋の扉を閉めようとしたその時。ふと目が行ってしまったベッドの下と言うベタすぎてスルーしてた場所に、オレは謎の箱を発見してしまう。

 

 ・・・どうしようか、コレ。開けちゃっていいのか? ユリィのプライバシーを守ってやるか? 

 

 ────バレなきゃ大丈夫だよな。ココで逃げちゃ捜査の意味が無い。よし、開けちゃおう。

 

 

 

 

 

 

 中に入っていたのは、際どい下着。何時だったか、アルトは完全にスルーしてたけど誕生日祝いの席でユリィが身に着けてたモノだ。変な形の下着が修道服から浮いていてドン引きしたのを覚えている。こんなモノまだ持ってたのかユリィ・・・。

 

 静かに、箱を閉じて再びベットの下へ滑らせる。

 

 

 よし、この部屋には怪しいモノは無かった。

 

 

 

 その後、捜索を続け他の3人の部屋も軽く探ったものの、特に怪しいものは見当たらなかった。強いて言うなら、リンの部屋に入った瞬間目の前に短剣が飛んできて死にかけたくらいだ。

 

 

 仕方ない、今夜4人が帰ってきた後に問い詰めるとしよう。流石にアルトたちは今夜帰っては来ないだろうし、キッチリこんなもん読まされたことに対して文句をいわにゃ気がすまん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ふむ、ふむ。バーディが受けか、成る程。確かに奴は受けで光るキャラクターだな。」

「妙な納得してんじゃねーよレイ!! ていうかお前じゃないんだな本当に!」

「無論だ。私はこういうのに理解が有るだけで好んではいない。竿を穴に出し入れする方が好みだ。」

「本当かよ・・・。」

 

 4人が帰宅後。飯の前に集まって、パーティ会議にて問い詰めたところ、この本の著者は名乗り出て来なかった。犯人は爆発物(薄い本)を自ら本棚に置いた癖に、作者バレするのは嫌らしい。

 

「・・・気持ち悪いし、この絵。何なの?」

「リンは見ちゃいかん、教育に悪い。はぁ、誰だこんなバカなモノを・・・。」

「え、ええ。怪しからんです。本当に、これは尊・・・素晴ら・・・怪しからんです。」

「ユリィ? 君も本当に違うんだよね? 凄い鼻息荒いけど。」

「いえ、その、こんな世界が有ったとは、知らなかったですし、その、素晴らしいです。」

「せめて、言い繕ってくれユリィ。」

 

 ・・・ユリィはかなり適性がある模様。でも、この反応は著者と言うより読者の反応だな。まだ犯人とは言い切れない。

 

「と言うか、何故アルトとバーディが男色として書かれているのだ?」

「さぁな。と言うかフィオ、お前こそ実は真犯人じゃないのか? こんな卑猥なモノを私らに見せて興奮してるんじゃないか?」

「レイ? 馬鹿にすんじゃねーぞ、オレのセクハラはもっと直接的にやるんだよ、こんな風に。」

「あひゃ!! フィオさん、何を!」

 

 無言でBL本に没頭し始めたユリィに、突っ込みを兼ねて尻を撫でてみる。

 

「成る程、一理あるな。疑って悪かったフィオ。」

「気にするな。さりげなくユリィの尻を撫でれて役得だったよ。」

「さりげなくないです!!」

 

 セクハラされた修道女の可愛い抗議を無視し、いよいよ本題に移る。

 

「で、だ。誰だと思う?」

「断定は出来んが・・・。フィオ、私に意見が有る、聞け。この本の内容だが、アルトが妙にサディスティックに描かれていないか?」

「・・・それが何だよ。」

「くく、考えるがいい。こういったモノは筆者本人の願望が現れる、だろう? つまり、この本の作者はアルトにドSで合ってほしい人物、即ちマゾッ気の強い奴だ。」

「おお、成る程!」

 

 凄いな、言われてみればその通りだ。話の内容から、著者の性格を分析するとは流石はレイ。

 

「さらに、微妙にバーディが美化されている。つまり、バーディとの関係がさほど悪くない人物だ。アルトがメインなのに、脇役バーディまでわざわざ美化して書く必要はないからな。」

「ふむふむ。」

「バーディは巨乳とフィオには優しい。逆に私やリンへの当たりは強い。そう、この本の作者は恐らくバーディと良好な関係が築けている巨乳!」

「なんと!」

「最後に、この本に描かれたアルトの剣を見てくれ。これを見て何か変と思わないか、マーミャ。」

「む? ・・・なんだコレ、バランスが無茶苦茶だ。魔石も無いし、重心が先端過ぎて使い物にならないな。」

「そう、この剣は正直他のオブジェクトと比べデッサンが甘い。と言うか、武器に対する理解の甘い奴が書いた剣だという印象を受ける。つまり、この作者は後衛職の人間・・・!!」

「・・・はっ!! ってことは!」

 

 すげぇ、すげぇよレイは! 本を読んだだけで、一瞬で犯人を特定しちまった!

 

「ユリィ!! 巨乳で、マゾっぽくて、後衛職の人間はお前だけだ!!」

「・・・え?」

「ユリィが書いた本だったのか!! 幾ら誰かに読んで欲しいとはいえ、流石にこの本を居間に置くのはどうかと思うぜ。」

「あ、いや、私じゃ・・・。」

「・・・気持ち悪。変態雌豚修道女。」

「ち、違います!! 誤解です、冤罪です、再度調査を要求します!!」

「・・・ユリィ、君は比較的まともだと思っていたんだが。残念だ。」

「誤解ですってばぁぁぁぁ!!」

 

 

 こうして、この難事件は名探偵レイの活躍で幕引きとなった。真犯人のユリィは、泣きながらBL本を抱えて私室に戻り、閉じこもってしまった。うむ、そこでしっかりと反省したまえ。

 

 

 ────その日の夜。アジトのユリィの部屋からは深夜まで「すん、すん。」とすすり泣く声が聞こえ、深夜を過ぎてからは「フヒッ・・・フヒヒ・・・」と不気味な笑い声が響いたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 

「クリハさん、どうかしたか?」

 

 朝っぱらから別の貴族の腹痛で今度は王宮に呼び出されたオレは、猫目の可愛いメイドさんに廊下で壁ドンされていた。やだ、キュンと来る。

 

「一生のお願いが有ります、フィオ様。どうか、その、うっかり、貴女方のアジトの居間に置いてきてしまった私の本を、誰にも見られずに回収してきて頂きたいのです。」

「・・・え。」

 

 ・・・クリハは、話を続けた。昨夜、定期の掃除にアジトに来た際に、とある貴族のわがままに振り回され昨夜から寝られず働き詰めだったクリハは半分寝惚けていた。

 

 そしてついウッカリ、自分の鞄から落としてしまったであろう本を、そうと気付かずアジトの居間に並べて帰ってきてしまったのだとか。

 

 その本とは、即ちオレの想像したとおりの魔本だった。

 

「ク、ク、クリハさん。その、そっちの趣味、ある人なの?」

「ち、違います。その、私もそんなに興味が有ったわけでは無いのですが!」

 

 オレの問いに対し、ふっ、とクリハさんは俯いた。やがて彼女の目は濁り、悲哀に満ちた表情となって話を続けた。

 

「私なりに、受け入れて、消化していこうと。そう、決意したんです。」

「駄目だ、クリハさん。そんなモノ消化しちゃダメだ。」

 

 

 ミクアルの里の残した爪痕は、未だ彼女に色濃く残っているようだった。今度、もっとしっかりメンタルケアしておこう。

 

 ・・・あ。後で、ユリィにも謝っておかないとな。




次回更新は9月8日です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「死出。」

ストーリー上どうしても必要なので、数話シリアス展開に入ります。


 男が泣いていいのは、親が死んだ時だけだと、前世ではそう教わった。

 

 女に生まれた今世は、たとえ男に泣かされても、一応は言い訳が出来るだろう。

 

 しかし涙にも、色々な種類がある。

 

 悲しい時の涙。悔しい時の涙。眠たい時の涙。嬉しい時の涙。

 

 オレが今、流している涙は一体、どの涙なのだろうか。

 

 空は昏く、夜は深く。闇に解けゆく、父の肌。訣別の時は、いつだって突然にやってくる。

 

 季節外れの時雨が、オレの頬を伝い水滴となって、泣いていることを誤魔化してくれているけれど。

 

 オレの目は紅く腫れ、口からは嗚咽が漏れ、感情の高ぶりが止まらない。ああ、そうか。オレの、この涙は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────この日、オレは。再びこの人外魔境ミクアルの里へ、1人舞い戻っていた。

 

「おお、来たかフィオ。悪かったな、王都へ帰ったばかりだというのに。」

「全くだぜ村長(ボス)。」

 

 流星の巫女を捜しに此処を訪れたのは、つい4日前のことだったか。あの時はただ無駄足に終わったが、今回は此処に来た意味はありそうだ。

 

「ボス、それでどうなんだ今の状況。」

「ん? 見ての通りだぞ、そうとしか言えん。」

「ふぅん。」

 

 オレが昨日受け取った、王都に届いた故郷からの手紙には、一言。“里の危機”とだけ書き留められていた。事情も分からぬままに遮二無二馬を飛ばしてきたオレを出迎えたのは、自宅のベッドで情けなく横たわる村長(ボス)の姿だった。

 

 

「フィオ!! お願い、お願いだから早く何とかしてあげて! 見ていられない、こんな・・・。」

 

 

 そんな無様な村長(ボス)を囲む、フィーユ姉の擦れた涙声。その他村長(ボス)の愛人達の、罵声じみた叫び。

 

 成る程、確かにこれは、紛れもなく里の危機だろう。

 

 だが、しかし。

 

 

 

 

 

 

 目を離したのは、僅か数日間。

 

 自分のベッドに仰向けに寝かされた村長は、既に息絶え絶えといった様子だった。頬は削げ落ち、目はくぼみ、数日の間に随分とやせ細っていた。

 

 そして、何よりも。村長の皮膚が、体幹が、顔が。ことごとく赤黒く腫れあがり、血が滲み、熟れた果実の様に溶けている。異臭が漂い、乱れたボスの呼吸音が、村長の家の居間に木霊している。

 

 

 ────このまま放っておけば、死。

 

 

「何をボっとしている、フィオ!! 村長(おとう)様がこんな状況なんだぞ、早く治せ、お前じゃないと────」

「なぁ、ローシャさん。司祭も、先に診てくれたんだろ。なんて言ってた?」

「あのロリコンじゃ治せないからお前を呼んだんだっつの! 良いから早く、これ以上見てられない!」

 

 やっぱりな。オレと同様に、高いレベルで回復魔術を収めている司祭も、村長の容体には匙を投げたようだ。そりゃそうだ、コレはそういうモノだ。

 

「皆、静かにしてくれ。なぁフィオ、俺の体は、もうダメか?」

 

 取り乱し喚いている女性陣とは対照的に。ボスは、既に自身の状況を悟っているようだった。

 

「・・・ああ、駄目だな。こりゃ流石にどうしようもない。余命はもって3日だな。」

「ふざけんな!! フィオ、あんた死神殺しとか言われて調子乗ってるくせに!! なんで肝心な時に役に立たねんだ!」

 

 4日前。美味しい夕食を振舞ってくれた、村長の愛人の1人のローシャが、オレをなじりながら眉を吊り上げて詰め寄ってくる。目に大粒の涙を浮かべ、髪を振り乱しながらオレの頸を締めあげる。

 

「やめて、ローシャ!! ねぇ、フィオ。本当に、駄目なの? どうしようもないの?」

「無い。だって、こりゃさ。」

 

 オレは、目の前のローシャから黙って目を逸らした。

 

 ・・・オレは今の村長の、体が醜く腐り落ちていくこの病態を知っていた。いや、正確にはこれは病ではないのだ。

 

 要は、細胞の分裂機能の限界がきたという話だ。少しづつ失われた染色体の塩基が、ついにエラーを起こしタンパクの再構成が不可能になるまで摩耗したこの状態を、

 

 

 

 オレ達人間は、寿命と呼んでいるのだから。

 

 

 

 人間の、いや生物の全ての細胞は。分裂する事により数が増え、多様な臓器を形成するに至る。だが、分裂を繰り返すたび、染色体に刻まれた遺伝情報は少しづつ失われ、いずれその分裂能は失われてしまう。これが、細胞そのものの寿命である。

 

 そして回復魔術は、何もないところに肉体を形成する魔術ではない。あくまで、自己治癒能力を促進し患者の体に働きかけ「体細胞の分裂を急激に促進し」治療を行っている魔法だ。本来は修復できない様な、神経細胞であったり心臓であったりをも再生するこの魔術は、「細胞に定められた分裂できる回数」を消費して行使されている。

 

 命の危機を救い、どんな欠損が有ろうと強引に身体を再構築できる回復魔術の最大の欠点。この魔法は患者の寿命を少し、縮めてしまうのだ。

 

 本来ならば、細胞の寿命は150年を優に超えている。細胞の寿命より先に、身体か脳かどこかにエラーが起きて死ぬのが普通の生き方だ。

 

 だけど、若い頃より戦場で生き抜き、年老いてなお戦場から離れなかったボスは。その身をもって弱きを守り、結果として何度も何度も傷つき、そして何度も何度も回復魔法に頼ったのだろう。

 

 その結果。まだ、初老の身だというのに。彼の全身の細胞は、もはや再生することを忘れてしまったのだ。

 

 

「・・・それで? オレはココで村長襲名か? まさか命が惜しくて、オレに助けてくれって理由でココに呼びつけた訳じゃねぇんだろ、ボス。」

「アホ、お前さんいま国の最大戦力じゃろ。無辜の民を守るために存在する我らが里が、国の防衛の要を村長としてこの里に縛ったら本末転倒だろう。司祭殿に暫く村長代理を頼むつもりだ。お前さんは自分のやるべきことをやった後、この里に戻ってこい。」

「だったら何で呼んだ。オレは暇な身じゃねぇんだぞ?」

「フィオ!! お前な、自分の父親の────」

「ローシャ、静かに。・・・すまん、本当にスマン。かなりの数の魔族が、西の自治区を襲撃しておるのだ。俺はもう動けん、だから未来の村の長たるお前が、鎮圧して来い。」

 

 ボスは、そう言って少し咳き込んだ。肺も、結構キてるらしい。

 

「あいよ、それが用事だな。分かった、村の闘える奴を集めてくる。オレの雄姿と戦果を武勇伝としてたっぷり聞かせてやるから、ちょいと死ぬの待ってろボス。」

「ああ、楽しみだな。頼むぞフィオ。」

 

 奴はそう言って、口からタラリと血を垂らし、弱々しく笑った。オレはそんな村長を一瞥だけした後、黙って片手をあげて応え、部屋を後にする。

 

 

 ・・・なんて冷たい奴だ。誰かのそんな呟きが、背後の部屋から聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィオ、村長はどうだった?」

「ああ、もう死ぬなありゃ。そんな事より、襲われてる西の自治区行くぞ。闘える奴は準備して里の裏口前に集合な。」

「あいよ。」

 

 村長の家から出てきたオレに、ラントが声をかけて来た。今から闘えるメンツを呼び集めようと思っていたのだが、既にぞろぞろとオレの周りには武装した里の兄妹が集ってきていた。どうやら、話は通っているらしい。

 

 戦争が、始まると。

 

 ・・・今回は、いつもとは勝手が違う。何せオレがリーダーとなり、彼らを指揮し魔物共と戦うのだ。

 

 そういや誰かに追従し戦闘をサポートすることは多かったけど、自分で指揮を執って魔王軍と闘うのは初めてだったか? まぁ、アルトやボスがやってたことを思い出してやりゃあ良い話だ。

 

 ・・・フィーユやローシャさん、少し怒っていたな。村長を蔑ろにした様に見えるオレの態度が、とても薄情な奴に見えたのだろうか。

 

 でも村長は、絶対に求めてなんかいなかった。オレの涙なんて。

 

 彼が求めていたのは、安心。死んだ後、ミクアルの里を継いだオレが、十全に戦果を上げられるかと言う不安を、サッパリ拭い去ること。それ以上に、オレが奴に示せる孝行を知らない。

 

「集まってるぞ、フィオ。全員に声かけたし、今闘える連中はこれで全部だ。」 

「サンキュー、ラント。ようし、お前らよーく聞け!」

 

 集まったのは、数十人と言ったところか。幼い頃より見知ったミクアルの里の戦士達が、オレをグルリと囲み立つ。オレの様な若い小娘が指揮を執るというのに、誰も不満そうな人間はいない。良かった、一応はオレの実力も信頼されているらしい。

 

「3日だ。3日程度なら、あのハゲもしぶとく生きてやがる筈だ。奴が臨終するまでに、戦果を上げるぞ!」

 

 オレは叫ぶ。この、今回の戦闘の目的を。

 

「闘って、勝つのは当然だ。オレ達は人族の最終防衛ライン、ミクアルの戦士なんだから! 今回のオレ達の目標は、その強さを偉大なる戦士に示すこと!」

 

 そう、これはオレなりの供養だ。

 

「今日にいたるまでその身を以て闘い抜いた、痩せこけた軍神(ボス)に! オレ達はやれる、心配要らないから往生しろと、言葉じゃ無く実力で示す。それが、ミクアル流の香典だ!」

 

 

 

 奴は、一人で闘うことを好んだ。

 

 村民を率いて戦う時、常に最前線に立ち、常に一人で突撃し続けた。

 

 それは、決して味方を信用していなかったからではなく、仲間が背中を守り続けてくれると信じての突進であり。彼の戦闘技法が十全に生かされるのは、周囲に味方がいない状況での大乱戦であったからに他ならない。

 

 そんな彼の勇敢な後姿は、多くのミクアルの戦士達の目標であった。

 

 

 

 

「これより葬式の準備に行くぞ、野郎ども! 指揮は、今代の勇者にして次期村長、”死神殺し”のフィオが執る! 死人が笑って逝ける、そんな式にしてやろうじゃないか。」

 

 どうしようもなく自由奔放で、ワルガキがそのまま歳食ったかのような男だったが。

 

「オレ達の英雄の、新たな旅立ちだ! 絶対に、絶対に成功させるぞ!」

 

 変な臭いするし、馴れ馴れしいし、面倒だから出来れば長時間相手したくない、そんな男だけれど。この村の誰もが、彼を父と崇めその背中を追った。

 

 ヤツは紛れもなく偉大な男だ。それはここに居る皆の、共通認識だから。

 

 

 

 ────うおおおおおぉぉぉぉっっ!!!

 

 

 

 オレの、青臭い演説に反応するかのごとく沸き上がった戦士達の咆哮は、ミクアルの大地を大きく揺らした。

 




シリアス展開は苦手なので、4日ほどあけさせてください。
次回更新は9月12日の17時です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「決断。」

4日空いた分、文字数はやや多めとなっております。


 村長の生前弔い合戦、そしてオレの指揮による初の大規模戦闘。正直な事を言えば、オレに緊張がなかった訳では無い。むしろ、皆の前で叩いた大口に対して、内心ではビビりまくっていたと言える。何せオレの失策で、家族達(みんな)が死んでしまうかもしれないのだ。

 

 何時ものように他の誰かの指揮下なら、例え死んでも本望だと割り切って闘えた。何せ、自分が背負っているのは自分の命だけなのだから。

 

 ああ、なんと身勝手な覚悟だろうか。

 

 誰かを指揮して闘う時、こんなにも声が震えるモノだと知らなかった。アルトや村長(ボス)は、何時もこんな重圧を背負って戦っていたのか。自分に従う人の命を背負う重さは、患者の命を背負う時とは全然違う。重い、重すぎる。

 

 

 

 ・・・とまぁ、2回の人生合わせて今までで1番怯えていたオレだったが、結果から言うとオレはこれ以上ないと言える大戦果を挙げてしまう。

 

 それも、特に奇策や搦手を用いた訳ではなく正々堂々の正面突破で、である。

 

 普段は積極的に搦手ハメ手を好むオレだったが、今回の目的は勝つことだけじゃなく、ハゲ爺に安心してもらうための闘いだ。実力勝負でも十全に戦えると、そう伝わられなければ意味が無い。

 

 とは言え、ミクアルの戦士達は数十人程で、所詮は小勢だ。オレは奇策に頼らずとも、勝つための戦略はキッチリ練っていた。稀代の回復術者である自分や、ミクアルの戦士の強みを考えて最も有効な陣形で挑んだのだ。

 

 ミクアルの戦士はその一人一人が千人将以上の実力を持っていて、かつ身内同士で日常的に闘いに明け暮れた結果互いの技や動きを知り尽くしている。まさに軍を一己とした動きが可能なこの国で右に出る部隊は無い究極の精鋭達だ。

 

 軍を構成する兵士全てが阿吽の呼吸で動ける。こんな戦士達だからこそ、オレの描いた馬鹿みたいな戦法がまかり通せた。

 

 

「フィオだけは何としてでも守り抜けぇぇぇぇ!!」

 

 ────見敵必殺。

 

 森と平原の風土とした自然豊かな西の自治区近域に到着したオレ達は、集落へ進撃していた牛のような魔族の群れを発見するや否や、隠れもせず全速力をもって側面から突撃した。

 

「フィオの糞ったれ!! なんて馬鹿な戦略考えやがるんだっつの!」

 

 おびただしい魔族とその死体が溢れかえり、戦場は大混乱である。味方はみんな必死でオレを庇いながら罵声を飛ばす。

 

 無理もないだろう、千を数える大軍を相手にたった数十人で切り込んでいるのだ。皆気が立っているに違いない。

 

「死んだ!! また死んだ! あーもうヤだ!」

 

 血飛沫が上がった方向に、生命力が抜け落ちる家族の気配。右後方で、誰かの命が尽きんとしている様だ。

 

 ────だが残念、そう簡単にあの世へ逃がしはしないぞ? もう少し、この現世でオレのために闘って貰わないと困る。

 

 倒れたラントが地面に倒れ落ちるまでの間に咄嗟にハイ・ヒールで蘇生し、彼はそのまま足で踏ん張って転倒すること無く戦線に復帰した。よし。

 

 今回のオレの作戦は、シンプルで単純だった。即ち、「オレを中心とした円陣を組み、敵陣を縦断する」と言う守り重視の超攻撃的戦術だった。

 

 オレや司祭の馬鹿げた魔力容量にモノを言わせ、ミクアルの戦士達を半永久的に回復させ続けた状態で円陣を組み敵に突っ込む事により、背後の憂いを無くし円状に接敵した正面の敵だけを地力の差で殲滅する。

 

 実は大軍が相手の場合、敵と正面衝突するよりこの様に円陣を組んで敵陣に潜り込んだ方が安全なのだ。味方への誤射の心配がある為に敵から飛び道具で封殺されることもなく、変に敵に勢いを付け突進されたり、回り込まれて奇襲を受けたりもしない。

 

 ただし、その円陣を維持できるならと言う条件は付くけれど。この作戦は回り込まれる心配が無いのではなく、既に囲まれているだけだ。本来なら非常にリスキーで、狂気の沙汰である。何せ少しでも陣形が崩れれば、そのまま散りじりに突き崩され壊滅するのだ。

 

 異常な練度のミクアル兵と、回復チートのオレが合わさったからこそ今回は実用に至った。

 

 傷ついた戦士の傷は即座に癒やせるので、陣が崩れる可能性は非常に低い。それに、そもそも敵の雑兵如きにそう何度も負傷するようなミクアルの戦士ではない。戦闘からしばらく経って敵魔族の動きの特徴を理解するや、戦士たちの負傷はどんどん少なくなっていく。オレが当初考えていたより、戦士達の受傷者は遙かに少なかった。

 

 想定以上に強固な陣形を構築していたオレ達は、魔王軍を側面から真っ二つに引き裂いた後も、敵が壊滅に陥るまで何度も何度も突撃を繰り返し敵軍を両断し続けた。その結果、半日と経たず西の自治区に出没していた魔王軍は殲滅される事となった。因みにミクアルの同胞に死者や負傷者は無し、オレが全員治したし。

 

 そう、オレの初陣は、これ以上ない戦果を挙げて意気揚々の凱旋となるのだった。

 

 

 

 なる、筈だった。

 

 

 

 

 

 戦闘を、実戦を、オレは舐めていた。そのツケが来たのだろうか。

 

 牛の魔族共を蹴散らした後、意気揚々と来た道を引き返すオレ達は、またしても敵に遭遇してしまう。たまたま土煙を上げて自治区の方向に進軍している魔王軍を、オレが 発見したのだ。

 

 ただ先程戦った魔王軍と比べ、数はそんなに多く無かった。アレは、後詰めの別働隊なのだろうか。何にせよ、放っておく訳には行かない。

 

 連戦にはなるがオレ達の士気はむしろ高揚しており、むしろ嬉々としてその小数の魔王軍にむけ突進する事になった。オレ自身、先の勝利に気をよくし、あの程度楽勝だろうと甘く考えていた。

 

 その敵軍は、牛の魔族では無かった。遠目から見るにゴブリン達のようだ。つまり、雑魚の代表格である。

 

 先程と同じように、オレ達は勢いを付けて敵の真っ只中に斬り込もうとした。ゴブリン如き、オレ達の敵では無い。軽く蹴散らして、爺が死ぬ前に聞かせる土産話にしてやろう。そう、考えていた。

 

 オレ達の襲撃に気付いたゴブリン達の中から、隊長格らしいオークが出て来きてすぐさま敵は陣形を整えた。整然と統率されたそのゴブリン達は、高度に連携した動きを以てオレ達を迎撃する。そのあまりに強固な敵の陣を、オレ達は打ち破る事が出来ず結局正面から打ち合う形になってしまった。

 

 堅い、堅すぎる。ただのゴブリンがココまで強いなんて、そんなまさか。予想外の強敵に内心で焦って居ると、突然に既視感(デジャヴ)に捕らわれ、記憶が揺さぶられる。

 

 ────ああ、思い出した。そうだ、オレはコイツらに見覚えがある筈だ。ゴブリンなんて、そこら中に沸いてくるからいちいち気に留めていなかったけれど。

 

 コイツら、半月前にオレ達勇者パーティに奇襲を仕掛けて来やがった、知恵の回る魔王軍だ。ゴブリンを束ねるオーク共のうち、一際大きなその1匹が、あの時オレを掴みぶん投げた奴と重なった。

 

 オレがヤツを見紛う訳が無い。今でも、あの時の光景は夢で見るのだから。

 

 

 ────と、言うことは。

 

 

 地響きがなり、獰猛な唸り声が聞こえてくる。相手にするのも馬鹿らしい、ひたすらに巨大な魔族の長。この軍を率いる、敵の総大将。

 

 あの時、あのアルトと互角に斬り結んでいた超巨大なオークが、岩陰からその姿を現した。

 

 

 

「撤退だっ!! 退け、逃げろ!」

 

 

 そんなオレの叫びに呼応し、戦士達はオレを担ぎ平野を駆ける。オークは本来、鈍重な種族だ。これで普通に逃げきれるのが、常識の筈だ。

 

 ────逃げた先には、既に敵のボスオークが回り込んでいた。コイツは、あのアルトが撒くのに苦労したほど俊敏なオークである。いくら精強なミクアルの戦士と言えど、速さでは一歩上を行かれている様だ。

 

 

「良いから突っ込め! このボス格のオーク以外はオレ達に追い付けていない、死んでも何とかしてやるから徹底的にあの群れから距離を取れ!」

 

 

 オレの指示は、直進。ボスオーク1匹を強行突破する方が、後ろの大軍を突破するより容易い筈。

 

 直後、ラントがグシャリと、ボスオークの投げた棍棒に叩き潰される。

 

 即座に蘇生してやると、その間にボスオークは既に眼前へ迫ってきており、勢い良くミクアル兵を踏み潰した。その踏み込みと同時にボスオークは棍棒を拾い上げ、踏み潰れた仲間の蘇生が終わる頃にはもう上段に振りかぶっている。

 

 ・・・ヤツの攻撃が激しすぎる! このままでは、とても回復が追い付かない。しかもボスオークは、回復術者(ヒーラー)の存在に気付いたらしく、その鋭い眼光がオレを射ぬいた。

 

 マズイ。オレが死んだら、ミクアルの戦士達は終わりなのだ。

 

 ソレを理解しているから、皆が死に物狂いにオレを庇い、結果潰され、血飛沫を上げ吹き飛んだ。ダメだ、本当に回復魔法の供給がギリギリだ。あと少し遅れていたら死んでいた、そんな奴が何人もいる。

 

 戦場で潰れ死にかけた人間はその瞬間に蘇生しないと間に合わない。肉片が地面にばらまかれ血肉と混じりきってしまうと、蘇生の対象が地面に居る虫だの植物等と混ざり合い回復魔法がエラーを起こすのだ。そもそも、回復魔術は何故か死後数秒間で使用できなくなる。死人は蘇らないモノらしい。

 

 そう、次々致命傷を負っていく周りの仲間の蘇生でオレは手一杯であり、辺りを見渡して攻撃を躱す余裕なんぞ無かったのだ。動けないオレを庇い仲間が次々と肉片になっていく。

 

 そして遂に。オレの周りの闘える人間が全て倒れ、庇ってくれる戦士がいなくなったその瞬間。

 

 ボスオークは、オレを目がけ棍棒を大きく振りかぶり、そのまま亜音速で回避不能の一撃をオレに叩きつけたのだった。

 

 

 

「さて。オレのとっておき、蜃気楼爆弾(ミラージュボム)。食らって吹き飛んでろ。」

 

 

 

 直後、ボスオークが叩きつけた“蜃気楼に映るオレの幻影”が大爆発を起こした。これぞ初見殺しの極地、オレの数少ない戦闘用の切り札。「自らの姿を蜃気楼へと映し、そこに水蒸気爆発を引き起こす設置罠を仕掛ける」自前で開発したオリジナルの水魔法。

 

 流石に面食らっただろう。ボスオークの右腕は吹っ飛び、握り締めていた奴の棍棒が遠くへ転がっていく。

 

 この隙を逃す手は無い。即座に森に紛れ、オレは奴らの前から姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死人は、居るか?」

「ん、多分いない。」

 

 森に逃げ込み奴らを撒くことに成功したオレは、疲労困憊だった。あと少し、魔法陣(とっておき)の完成が遅ければオレはボスオークにペチャンコにされていただろう。

 

 ゴブリンとか、オークとかは本来大した敵じゃない筈なのだが、あの巨大オーク率いるオーク軍は格が違う。アレが魔王軍の精鋭の標準の実力なのだろうか。それとも、あのオーク軍がひと際ヤバいのだろうか。

 

 今回は命からがら、運よく逃げ延びただけだ。しかも、虎の子で出来れば最終決戦まで隠しておきたかった”蜃気楼爆弾(ミラージュボム)”を使わされての撤退だ。

 

 あの切り札を、強敵を仕留める為でなく撤退目的に使う羽目になるとは。風で霧を散らされたらおしまいなこの初見殺し魔法は、恐らく次から対策されて使えなくなるだろう。

 

「・・・で。あのオーク、どう倒しますかフィオ殿。」

 

 厳かな修道服を纏った司祭が、オレに次なる作戦を聞いてくる。他の戦士達を見渡すと、皆が疲労困憊ではあるが諦めてる目をした奴いなかった。ここから逆転の方法はあると、そう信じ込んでいる。

 

 確かに正面突破に拘らなければ、確かに勝てる策は幾つかある。ただヤツ等は非常に頭も回る様だし、仮にここでオレが何か奇策を出しても読まれたら終わりなのだ。

 

 安全な撤退か。危険な勝利か。

 

 そんなモノ、悩む必要は無い。オレの心はとっくに決まっている。 

 

 

「いや、せっかく奴らから逃げ出せたんだ。このまま里まで退くぞ。」

 

 

 ────当然撤退、それしかないだろう。

 

「は? フィオ、何言ってるんだ? まだ戦えるぞオレ達は。」

「おいおい、魔力切れでも起こしたか? 少しくらいなら休んでいいから、こんな無様な戦果で帰れるかよ。」

「この結果を村長に何て言うつもりだ。フィオ、お前本気なのか?」

 

 不平爆発、避難轟々。兄妹達から文句が山のように浴びせられ、少し辟易とする。

 

「このまま闘っても分が悪すぎるんだよ、この雑魚共。村長に全滅しましたって伝えるのと負けましたって伝えるの、どっちがマシだよ。」

「まだ負けてねぇよ!」

「・・・バーディに伸される程度の腕のお前らでは、正直あのオークの相手はキツい。奇襲とは言え、勇者パーティと正面から闘って押してた連中だ。あのボスオークが強すぎるんだよ、絶対魔王クラスだろアレ。」

 

 残念なことにオレが今思いつく奇策の殆どは、あのボスオークにアッサリと潰される未来しか見えないのだ。ショボい落とし穴だの水攻めだの窒息だの毒殺だので、あのボスオークを殺せるとは思えない。

 

 

「・・・なら見捨てるのか? 自治区の連中を。」

 

 

 だが、此処での撤退はすなわち。ミクアルの戦士達の守り続けてきた”無辜の民”を見捨てるのと同義である。

 

「ああ、見捨てる。」

「ふざけんな糞ロリ!! 何の為にミクアルの里があると思って・・・っ!!」

 

 そう、見捨てる事になるのだ。オレの判断で、多くの罪なき人間が命を奪われるだろう。オレに力が無いから、きっと村長なら助けられたかもしれない、そんな人々が、死ぬことになる。

 

「・・・すまん、フィオ。悪かった、言い過ぎた。」

 

 それが、悔しくて、辛くて、とても背負いきれなくて。何時からだろうか、オレは目頭を押さえ歯を食い縛りながら泣いていた。

 

 勝てるかもしれない、だが分が悪すぎる。そんな理由で挑戦すらせず、オレは守るべきモノを見捨てるのだ。

 

 オレは、最低の人間だ。

 

「泣かないでください、フィオ様。それで、正解なのでございます。」

「・・・司祭。どういう意味だよソレ。」

「村長は仰っておりました。フィオ様は頭が切れるお方。そして、引き際で引けるお方であると、無謀と勇気をはき違えていないお方だと、そう言っておりました。貴方の回復術の腕だけを買って、村長はフィオ様を次期村長に指名した訳ではありません。」

「・・・つまり?」

「万一我らが窮地に陥り、そしてフィオ様が引き際を誤りそうなら、私が代わりに指揮を執って撤退させろと。村長はそう私に命じていたのですよ。ですがフィオ様は引き際を誤ることなく撤退を選択された、つまりあなたは見事村長様の期待に添えたのです。だから、ご安心ください。」

 

 村長(ボス)の野郎、そんなことを司祭に命じていたのか。つくづく食えないオッサンだ。

 

「くそったれ、要は俺達の実力不足かよ。ああフィオ、了解した。撤退する、良いな皆。」

「フィオと司祭がそう言うなら仕方ない。フィオは充分過ぎるほど戦果を上げてる。それに応えられなかったのは俺達だもんな。」

 

 オレと司祭の話を聞いて皆も、一応は撤退する事に納得してくれたようだ。

 

「負けても命ある限り、何度でもやり直せる。今日の処は負けを認めて、次に生かそうぜ。死んじまう自治区の連中には気の毒だが、諦めて貰おう。どうしようもない理不尽な事なんて、この世界に溢れてるんだから。」

 

 そういってオレは涙を拭いた。隠れたまま奴らの動向を追い、無事に撤退するための道筋を探す。

 

 そのまま様子を伺うと、オークやゴブリン達は再度結集し、西の自治区へと進軍を再開した。このままいけば間もなく、自治区では虐殺や略奪が行われることになるだろう。だが、オーク共が自治区に攻め込んでくれるなら、オレ達の撤退は間違いなく安全だ。

 

 あそこの民は、危機を察知して既に逃げているだろうか? ああ、ああ。オレは、オレのせいで、彼らの故郷は、更地にされるだろうがこれは仕方がない事で────

 

 

 

「────それが、お前(フィオ)の本心か?」

 

 ・・・だって、仕方が無いじゃないか。勝てない相手に勝てないと知って殺されに行くのは馬鹿の所業だろ。

 

「────勝てないと決めつけるのは、何故だ?」

 

 それは、戦力差が大きすぎるから。特にあのふざけたボスオークを何とかしない事には勝ち目がない。

 

「────つまり。あのデカいオークの首を取れば何とかなるんだな?」

 

 そりゃ、敵のトップを落とせればどうにでも出来るけど。問題はどうやってあのオークを倒すか、って話で。

 

 

 

 

「なら、俺に任せて貰おうか。」

 

 ・・・いつから、コイツは此処に居たのだろうか。

 

「え、誰だコイツ?」

「ひっ!? いつの間に現れやがった、気配無かったぞオイ。」

「と言うか何で森に紛れ完璧に隠れてる俺らに気付いたんだ?」

 

 おかしいだろう。だってこいつは確かコボルト討伐に行ってたはずで、あそこから王都に戻ってここまで来るとなると相当時間がかかるはずで。

 

 なら、コイツは偽物か? いや、そんな訳はない。オレがコイツを見紛うはずがない────

 

「ああ、俺の自己紹介をしようか、フィオの里の戦士達よ。聞いてくれ。」

 

 そう不敵に笑い、いつの間にやら俺の隣に来て、そのまま流れるようにオレの肩を抱きすくめる、その男の名前は。

 

「俺の名はアルト。姓はない。ただ勇者アルトと、そう呼んでくれ。」

 

 一見すると完璧超人に見え、付き合ってみるとただの色情魔。はた迷惑なオレの恋人、即ち勇者アルトその人だった。




次回更新日は、ごめんなさい、ストックが無いのでまた4日ください。9月16日までに書き上げます。
普段は定時に帰れる土日でストックを書き溜めていたのですが、今週は忙しくて書き溜め出来なかったのです。
土曜の朝、8時に出勤するでしょう? 帰宅できたの、23時半なんです。

・・・日曜日の。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「花嫁に祝福を。」

シリアスはこの話で最後です。


 いる筈がない、ここに来てくれる筈がない、最強の援軍。オレが欲してやまなかった、無辜の民を守る究極の戦力。その男がいる事を認識した時、オレの口から思わず乾いた笑いが零れ堕ちた。

 

「はは、おかしいだろ。何故お前がここに居るんだ?」

「嫌な予感がしたから、何となくここまで駆けて来たらお前が居た。それだけだ。」

「相変わらず全然理解できねぇわ、お前の行動。ホント、無茶苦茶だ。」

 

 ・・・うん。だけどこの意味の分からなさ、間違いなく本物のアルトだ。それを実感し、安堵で全身から力が抜けた。へなへなと情けなく腰が砕けてしまい、仕方なく奴に抱かれた肩に体重を預ける。

 

 そんなオレの髪を、いつもの様に撫でながら、アルトはオレの耳元でそっと囁いた。

 

「それに言っただろう、フィオ。」

「・・・あん、何をだよ。」

「ついこの前。ずっと隣に居て欲しいと、そう言ったはずだ。忘れるな。つまり、お前の隣には、」

 

 

 ────いつだって、オレが付いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日。間違いなく魔王軍の精鋭の一角であったオレの怨敵、巨大オーク軍は壊滅する。

 

 ボスオークはオレのとっておきで片腕を失っていたし、何よりアルトが一度戦った相手に対する対策を怠っている訳がない。ありえないほどに強かったあのボスオークは、アルトと数合打ち合った後、バランスを崩した一瞬を突かれアルトにあっけなく首を跳ね飛ばされていた。

 

 その混乱に乗じ円陣を組んだオレ達は再度突撃し、頭を失い統率の乱れたゴブリンどもを散々に打ち滅ぼす。何匹かには逃げられてしまったけど、この期に及んで略奪を出来るだけの余裕はないだろう。恐らくこれで、自治区の民を守れたはずだ。

 

 オレの手からは零れ堕ちた、守りたかった大事な約束は。

 

 オレの手を握った英雄が、掬い上げてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「以上が、今回の事の顛末だな。よし村長(ボス)、安心して死ね。」

「負けておるじゃないか。」

 

 その後自治区の民とは接触せず、ひそかに彼等の危機を救ったオレ達は黙ってクールにミクアルの里へと帰還した。オレ達は報酬や感謝が欲しいから闘っている訳ではないのだ。

 

 そして今回の華麗な逆転勝利を、死にかけたジジイにアレコレと面白おかしく聞かせてやったのだが、ヤツの顔は渋かった。何が不満なんだ。

 

「いや、勝ってるし。敵全滅してるだろ、何を聞いていたんだ?」

「フィオ、お前が後ろからぶら下がっとる、その、貴様は勇者アルトと言ったか? コイツが来なけりゃ西の自治区は壊滅しとるじゃろ。」

「初めまして。アルトです。」

「そーいうの含めて、オレの実力だっつの。コイツってばオレにベタ惚れしてるし、呼べば多分いつでも来るし。」

 

 と言うか、呼ばなくても勝手に危機を察知して現れたし。オレの恋人が人外じみているのを、改めて実感する。

 

「はぁ。いや、お主が悪いと言うよりも、村の若い奴で良いのが育っとらんのが問題じゃな。修行が足りん。」

「いつも村長(ボス)が単騎で突っ込んでた弊害だな。もっと育成に力を入れるべきだった。」

 

 今回、何度死にかけても闘志を失わずに健闘したミクアル兵だというのに、散々な言われようである。でもなぁ、アルトとかバーディとか見てるとやっぱり他の兄妹達は見劣りしちゃうんだよなぁ。

 

「で。その若い衆は今どこじゃフィオ?」

「家の外でアルトに喧嘩吹っ掛けて、今全員ノされてる。」

「あいつ等、今日が俺の命日だって忘れとらんよな・・・。」

 

 ”ベッドに横たわり死にかけている自分達の首魁”より”俺より強い奴”の方が興味あるのが、ミクアルの里だからなぁ。

 

「ローシャ、外でバカやってる皆を広場に集めてくれ。フィオ、馬鹿どもの怪我の治療を頼む。」

「はいよ。で、皆を集めて何するんだ?」

「決まっとるだろう。俺の葬式だよ。派手にやるから取っておいた俺の秘蔵の酒、全部持ってこい。今日で全部開けてやる。」

「・・・酒の味分かるのか? そろそろ味覚もやられてるだろ。」

「酒の楽しみ方がわかっとらんな、フィオ。粋がっていてもガキんちょか。」

 

 ゴボリ。そう言って笑おうとした村長(ボス)は、ドス黒い血を吐いた。グロいなオイ。

 

「酒飲んでも良いが、多分死を早めるだけだぞ? ただでさえ残り僅かな命なのに。」

「今更、ちょっと時間が増える事に意味なんかないわ。それにな、酒の味が分からんとしても、大事な家族と時間を共有して、共に同じ酒を同じ席で酌み交わす。これ以上に旨い酒なんて存在せん。」

 

 そう言って弱々しく、震える手で村長(ボス)は杯を握った。

 

「やるぞ、お前ら!! 宴会だ!!」

 

 こうして大空の下、里の偉大なリーダーの最期を飾る大宴会が、ここに幕を開けた。 

 

 

 

「アーッハッハッハッハ!! 見ろよ、ラントが地面に突き刺さってるぜ!!」

「どうしたもう終わりかラント!! 10年越しの恋が終わった気分はどうだ? ここで目の前の男に勝てば、フィオも振り向いてくれるかもしれねぇぞ!!」

「・・・無理だろーがよぉ、何だよコイツの強さ。」

「悪いがフィオは渡さん。」

 

 この里の宴会は、豪胆な気質の人間が多いせいで、いつも混沌としている。

 

 宴のさなか、いきなりアルトとラントがオレをめぐっての大喧嘩を始め、大いに場を盛り上げていた。死にかけの村長(ボス)も、下半身がきれいに地面に突き刺さったラントを見て血反吐を吐きながら爆笑している。

 

 ・・・と言うか、ラント。お前まだ、その、オレ狙ってたのかよ。

 

「ラント、意地を見せろ!」

「覚醒だ、ここで覚醒して最強になって、そのいけすかねぇ勇者をボコればお前の天下だ!」

「フィオがお前に股を開く日も近いぞ!!」

「ちくしょーー!! やってやらぁ!!」

 

 ・・・いや開かねぇよ。

 

 確かにラントは性格も顔も良い好青年だし、話していて親しみの持てる良い奴ではあるんだが。生まれ持っての3枚目としか言えない、何故かいつも面白いネタに見舞われる男でもあるのだ。今だって、自分の斬撃で出来た地面の穴に、たまたまアルトに吹っ飛ばされて受け身を取ったらスッポリ嵌るという奇跡を成している。こんなに面白い奴を異性として意識するのは中々に難しい。

 

「ラント兄、殺れ!! どさくさに紛れて殺っちまえ!! 証拠隠滅だ!」

「メル、証拠隠滅の意味わかってるか?」

 

 一方で村長(ボス)のもう一人の娘であるメルは、異様に物騒なヤジを飛ばしていた。何でああなったかなぁ、礼儀とか誰も教えなかったんだろうか。昔から口悪かったけど、根は良い子なんだがなぁ。

 

 オレは何となくそんなメルを背後から撫で愛でて、勢いよく蹴飛ばされた。浮気者、てなんだそりゃ。

 

 

 

 

 そして、長い(多分アルトは手加減してた)剣劇の末ラントを下したアルトは、村長(ボス)に呼ばれ二人で向かい合って何やら話し込んでいた。妙に真剣な顔でだ。

 

 もしかして、あそこでもうすぐ”娘さんを俺にください”が始まるのだろうか? なら、オレも行った方が良いかな? 

 そう考え席を立ったけど、フィーユに肩を引っ張られ引き留められた。今は、男同士の話らしいから近付いたら駄目らしい。ぐぬぬ。

 

 仕方なく、遠目からその様を眺める。熱く何かを語り合う、男二人。やがて、アルトが村長(ボス)に頭を下げ、泣きだした。・・・一体何の話なのだろうか。

 

 ただ、話し終えたアルトは何かを決意した、そんな顔をしているのが少し気になった。

 

 

 

 

 ────楽しい時は、何時だって早く過ぎゆくモノだ。楽しい楽しい宴会も、やがて終わりはやってくる。

 

「おう、聞けぃ! 皆の衆! そろそろこの宴も、お開きの時間だ!」

 

 笑い声が響いていた話し声が、少しずつ静まり始め。それは辺りはすっかり暗くなり、酒瓶も空いて皆が程々に楽しんだ頃。とうとう村長(ボス)が声を張り上げ音頭を取り、いよいよ締めの挨拶が始まった。

 

「名残惜しいが、皆も充分に楽しんでくれただろう! この俺の秘酒を全て一夜で飲み切ったんだ! 不味い酒だったなんて抜かす馬鹿はいねぇな?」

 

 愛人達に支えられ、ふらふらと立ち上がりながら震える手で村長(ボス)は杯を月に掲げる。そうか、遂に来てしまったようだ。

 

 ────最期の時が。

 

「これより遺言を述べるから、各自耳をかっぽじって聞けよ。ああ、大事な俺の妻たちには、昨夜のうちに言うべきことは全て言った。だから後は、大事な家族であるお前らに俺から薫陶を授けるのだ。」

 

 震える手で杯を掲げたまま。その男は、吠えた。

 

「手段と目的を取り違えるなよ、馬鹿な俺の家族達よ! 我らが何故無辜の民を守るのか。それは、守られている無辜の民の為では無い! 我らが、我らの為に、彼らを守るのだ!!」

 

 バシャン、と音がして杯が地面に落ちる。村長(ボス)は手を掲げたまま、拳を握りしめた。

 

「俺は、憧れた!! 偉大な先代の長である、あの女性(ヒト)の様になりたいと。華麗な用兵を以て、何度も王国の危機を救った聖女の様に生きたいと!! だが俺はあの人の様に頭が良くなかった。だから、代わりにこの体が朽ちるまで戦い抜くことにした。それがこの無様な結末よ!!」

 

 そう言って村長(ボス)はニヤリと口をゆがめ笑った後、力が抜けたように手をだらりと下げた。

 

「だが、勘違いするなよ! 俺は幸せだった! 何せ方法は違えど、俺はあの人の様に無辜の民を守れたのだ。憧れだったあの人の歩んだ道を、俺の足が受け継いで前に進めた。俺は幸せで仕方が無かった。」

 

 徐々に、村長(ボス)の声に張りが無くなっていく。目の焦点がふらつき始め、少しづつ息が乱れて来た。

 

「自分の為に戦え!! お前ら、間違っても人の為に生きようとするんじゃねぇぞ! 自分の中の理想の為に! 自分が憧れた何かの為に、自らの武を振るえ!! その無辜の民を救うのは、あくまでその結果だ!」

 

 そう里の家族へ言い終わると、偉大な男はゆっくりと腰を下ろし、囁くように二人の少女を呼んだ。

 

「フィオ、メル。お前ら、こっちにこい。」

「うん。」

「おう。」

 

 名指しで呼ばれたオレは、もはやなぜ生きているか分からないほどに弱りはてた父親の前に歩み寄る。

 

「これから話す事は、里の長としてじゃない。お前らの親として話す。」

 

 そして、今生で最後の話になるだろうと、男はそう続けた。目の焦点も少し怪しい、顔にはとっくに死相が出てる。もう、確かにこの男は、限界だ。

 

「まず、メル。お前には、ここ一年で俺の技を散々に教えたな? 今後もその研鑽を絶やすな。いや、今よりもっと努力を重ねろ。」

「分かってる。」

「・・・技の型は、ラントにでも見て貰え。お前は周囲にフィオと比べられ、常に劣等感に苛まれているのは知っている。だが、お前こそ正統に俺を継ぐ者だ。・・・俺ははっきり言って凡才だった。同世代に俺より強い奴はたくさん居た。だが、先代への憧れの気持ちだけは誰にも負けなかったから、自己研鑽だけは絶やさなかった。まさに、今のお前みたいにな。居るんだろう? お前にも、自分には無いものを持った憧れの人間が。」

「・・・別にフィオになんか憧れて無いし。むしろ気持ち悪いと感じてるし。」

「そうか。その気持ちを忘れない限り、お前はきっとその憧れを形にするだろう。もう、稽古をつけてやれなくなってすまん。だがな、この里の家族達が皆お前の師となってくれる。じゃあなメル、強くなれよ。」

 

 そういって村長(ボス)はメルに笑いかけた後、今度はオレの方へ瞳を向ける。

 

「フィオ。お前は、間違いなく天才だった。童女の内から司祭の持つ回復魔術全てを習得し、弱冠5歳にして里の未曾有の危機をたった独りで救ったお前は、紛れもなく100年に1人の英雄の器だ。正直な話、俺の血が入っている事が信じられなかった。フィーユに浮気をしてないか詰め寄ってしまったくらいだ。」

「何やってんだ糞ジジイ。フィーユ泣いただろそれ。」

「馬鹿もん、土下座したら許してくれたわい。そんな天才のお前さんだったから、目の前で苦しむ人間を救う手段に困らなかっただろう。そしてお前は優しい子だ、目の前に居る人間を救うのに理由を求めなかった。ミクアルの精神を生まれながらに体現していた、そんなお前こそ俺は一番気がかりだった。」

「何がだ、善良で有能で完璧なオレに何が不満なんだ。」

「自分の幸せには無頓着すぎるんだよ、お前。献身も、度を過ぎると周りを不幸にするぞ。だから、嬉しかったなぁ、お前に男の恋人が出来たと知った時は。死ぬ前に、酒を酌み交わせてよかった。」

「・・・うるせぇな。」

「これで安心して逝ける。ああフィオ、お前さんに渡すものがあったんだ。」

「遺品か?」

「そんなとこだ。・・・フィーユ、アレを。」

 

 その言葉に呼応して、村長(ボス)を支えていた一人だったフィーユが、無言でオレに箱を突き出した。

 

 ここで開けろと、その目で言っていた。ゆっくりと、オレはその箱を開けてみる。

 

「・・・白い、布?」

「それはヴェールって言うんだよ、フィオ。」

 

 意味がよく分からず混乱していると、フィーユ姉が小声でその謎の贈り物の正体を教えてくれた。

 

「何に使うんだコレ。」

「女の子なら知っときなさいよ、コレくらい。」

「すまんの、フィオ。本当はドレスやら何やら用意して驚かしてやるつもりだったのだが。」

 

 ・・・ドレス? そう言えばこれ、何処かで見たことが、あるような。

 

 ────あっ。

 

「花嫁衣裳かよ、コレ。おいフィーユ姉、さては前もって村長(ボス)に話してやがったな? アルトの事。」

「馬鹿言うな、話してないさ。私は約束を違えたりしないよ。」

「だったら、何でこんなもんが既に用意されてるんだよ────」

「あんまり親を舐めるなよ、フィオ。」

 

 その少し怒ったような声は、目の前の男から聞こえて来た。

 

「実の娘の事だぞ? 恋人が出来てたことくらい、察せていない訳が無かろう。く、くく。丁度、フィーユが俺と付き合いだした頃の雰囲気にそっくりだったぞ、お前。」

 

 くぐもった声で、その男は微笑う。呆気にとられ、ぼぅとしていたオレの頭に、フィーユがヴェールをさっとかけた。

 

「あっ、フィーユ?」

「うむ、うむ。よく、似合っとる。死ぬ前に見られて、満足だ。じゃあなフィオ、幸せになれよ。」

 

 

 ポツリ。季節外れの時雨が、ヴェールからはみ出たオレの肩を打つ。満足そうにオレを一瞥した後、その男はゆっくりと腰を落とし脱力した。

 

 ああ、命の灯が、消える。

 

「さて、もう言い残すことは無いな。」

 

 そう呟いた後、男は大きく息を吐き、

 

「ああ。今まで色々あったなぁ。俺、頑張ったぜ。だから今そっちに行くよ、姉さん。」

 

 その言葉を最期に、目を開いたまま、その男は静かに旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時雨が、しとしと、肌を濡らす。

 

 父から贈られた花嫁衣装が、雨に濡れる。慌てて、フィーユが箱にしまったけど、オレは微動だにしない。

 

 顔を隠すものが無くなって、雨に濡れたオレの頬を、熱い何かが通り過ぎたから。

 

 目の前の老人は、もう動かない。幼い頃から迷惑な男で、フィーユを泣かせたり子供のオレを戦場に連れまわしたりとロクな事をしなかった、そんなヤツだけど。

 

 

 ───ほら、フィオ。欲しがってた王都の菓子だ、買ってきてやったぞ。

 

 

 子供の頃、この世界にもケーキが存在すると聞いて、村長(ボス)にねだった事があった。その日は確か、4歳の誕生日の前日だったと思う。

 

 ケーキなんてものは王都にしか売っていなくて、そして店まで往復でどれだけ時間がかかるかなんて、当時のオレには知る由もなかった。

 

 でも次の日のオレの誕生日の席には、すこし形の崩れたケーキが並んでいた。どれだけのスピードを出して、往復してくれたのかなんてオレは理解しないまま、満足そうに平らげたのは覚えている。

 

 

 ・・・オレは、コイツを親として蔑ろにしてたかもしれない。でもコイツは、紛れもなくオレの親をやっていた。

 

 

「────、ぅ、あ。」

 

 

 男が泣いていいのは、親が死んだ時だけだと、前世ではそう教わった。女に生まれた今世は、たとえ男に泣かされても、一応は言い訳が出来るだろう。

 

 しかし涙にも、色々な種類がある。

 

 悲しい時の涙。悔しい時の涙。眠たい時の涙。嬉しい時の涙。オレが今、流している涙は一体、どの涙なのだろうか。

 

 空は昏く、夜は深く。闇に解けゆく、父の肌。訣別の時は、いつだって突然にやってくる。

 

 季節外れの時雨が、オレの頬を伝い水滴となって、泣いていることを誤魔化してくれているけれど。オレの目は紅く腫れ、口からは嗚咽が漏れ、感情の高ぶりが止まらない。

 

 ああ、そうか。オレの、この涙は────

 

 

 

「あ、りが、とう。父ざん────」

 

 

 

 今まで、育ててくれた親への、感謝の涙だ。

 




次回更新日は9月19日です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「新技!」

 それは、本当に何となくとしか言いようのない、衝動的な行動だった。

 

「アルト、どうやらコボルト本隊は撤退していくみたいだ。追撃をかけるかい?」

「・・・必要ないだろう。深追いしても大した戦果にはならん、罠だったら目も当てられん。リスクと釣り合わない。」

 

 王都の北に位置する街に現れたという、コボルトの群れ。たった3人での遠征であったが、こいつらの殲滅にさほど時間はかからなかった。

 

 王都の王国軍本隊が俺達に随伴してくれていたので、俺の仕事は敵の将軍格の撃破のみで良かったからだ。コボルトリーダーは確かに動きが早く強かったけれど、魔法で足止めしてから一太刀に袈裟切りで葬れた。

 

 後は逃げ惑う雑兵の後始末である。追撃せず、周りに居るコボルト達を油断せず丁寧に葬っていたその時、俺の勘が告げた。

 

 ────フィオが傷つきそうな、そんな気がする。

 

 

 

 

 

 

「おい、アルト? どこ行くんだお前!」

「すまないバーディ、用事が出来た!! 後は任せる、すまないが戦後処理はルートと一緒にやっておいてくれ!」

「・・・うん? え、ちょっと、まさかアルトお前戦線離脱するの? じゃあ俺も戦後の書類仕事やるの!? 俺今日は帰りにボインな店を予約────」

「任せた!!」

「ちくしょおぉ!!」

 

 いつも戦場帰りは全力で仕事をサボるバーディに、今日は俺が全ての仕事を投げて。一心不乱に、俺の勘に従い日の沈む方向へ駆けだした。この方向は・・・確かフィオの故郷、王国不干渉のミクアル自治区域だったか。 

 

 こういった勘は、今世では何故か絶対に外れないのだ。きっと、フィオが困っているに違いない。ならば、俺が駆けつけない理由はない。

 

 風を切り、空を翔け。俺は一筋の矢の如く、彼女の元へと疾走して。

 

 そして、数十里は駆けただろうか。辿り着いた先に居た、血にまみれ、涙でくしゃくしゃになった顔のフィオを。俺は安心させるため、優しく抱きすくめたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、フィオを困らせていた因縁深きオーク共を斬り倒し。

 

 なんとか笑顔になってくれたフィオをいつかのように背に抱いて、俺とミクアルの戦士達は悠々里へと帰還した。

 

 断崖絶壁のその上の、彼女の故郷の人々の出迎えの先に居たのは、息絶え絶えとなった巨漢だった。どうやらこの老人はフィオの父親らしい。

 

 彼の命脈はまさに尽きようとしており、フィオであっても助けられないと聞いた。そんな彼の最期の望みは、家族みんなとの大宴会だった。

 

 せっかくなので俺も、席を用意して貰いその宴会に参加させてもらった。愛するフィオの父親であるし、世のため人のために、自ら好んで戦い続けていると言うこの里の住人とも1度交流してみたかったのだ。

 

 ところが葬式が始まって間もなく、唐突に若い男にフィオを賭けた勝負を挑まれた。周りの雰囲気から宴会の余興の一種だと察する事が出来た俺は、場の空気を読んでいい感じの闘いを演じて見せた。

 

 いつまでも空気を読めない俺ではないのだ。

 

 ラントと言う青年は中々に盛り上げ上手であり、自分の斬撃孔に見事に下半身を嵌らしたり、俺の斬撃を躱しつつ見事にズボンだけ斬られパンツ姿になったりと実に素晴らしい面白芸を見せていた。きっと盛り上げ担当の宴会奉行なのだろう、ウチでいうとバーディの様な立ち位置に居る男か。即座に切り倒さなくて本当によかった。

 

 彼等にとって、きっと息絶えんとしているこの老人は特別な存在なのだろう。羞恥心をかなぐり捨て身体を張って、式を盛り上げようとするその心意気には脱帽だ。

 

「ねぇ。君はアルト君、って言うんだよね。」

 

 俺の斬擊の受け身をとった後、次はすっぽりと頭が地面にハマり、パンツ姿で頭を抜こうともがいている愉快なラント青年を感心しながら眺めていたその最中。たしかフィオがフィーユ姉と呼んでいた、フィオによく似た女性が話しかけてきた。

 

「初めまして。アルトと呼んでください。俺に姓は無いので。」

「ええ。初めまして、私はフィーユって呼んで頂戴。聞いたわよ、フィオに色々ヤったみたいじゃない。」

「・・・う、その。」

「良いの良いの。それくらいされないとあの娘、きっと男に転がる事なんかなかっただろうし。」

 

 フィオの姉であろうその女性は、悪戯っぽく愉快そうに笑った。

 

「隠せてるつもりなのかしらね、フィオったら凄い幸せそうな顔で貴方のこと話してたの。だから、私はあなたを信用してあげる。裏切ったら、この里全員敵に回すから注意しなさいね?」

「無論、彼女が泣いたなら俺の寝首を刎ねに来ても構いません。俺は絶対にフィオを離さない、彼女に全てを捧げる覚悟です。」

「・・・あらら。あの娘の彼氏にしては随分と真面目ねぇ。ま、不真面目よりは良いか。」

 

 少し変なものを見る目で、彼女は俺をニヤニヤと眺めながら俺の手を引っ張った。

 

「さて、村長がお呼びよ、アルト君。あの娘の父親だから、気合入れて話してきなさい。」

「・・・分かりました、フィーユさん。」

「因みに、私の旦那様でもあるから。面倒な事を言ってきたら呼んでね、私が叱ったげる。」 

「それは、助かります。では行ってきます。」

「うん、うん。」

 

 唐突な呼び出しだが、彼がフィオの父親と聞いているし納得出来る。死ぬ前に、俺と話をしておきたいのだろう。それにしても、随分若そうだったがフィーユさんは村長の奥さんなのか。成る程、それで俺を呼びに来てくれたんだな。

 

 うん? 確かフィーユさんはフィオの姉で、村長はフィオの父親だったような。

 

 ・・・あれ?

 

 

 

 

 

「貴様が、フィオの恋人だの?」

 

 目の前に居る、今にも命尽きようとしている大男。俺の考えが正しければ、実の娘に手を出した男でもある。

 

 フィオの姉に手を出してるってことはつまり、そういう事なのだろう。それとも、フィーユさんは連れ子なのか? いやまて、どっちにしろ娘に手を出してるじゃないか。

 

 ひょっとしてフィオも狙われているのじゃないか?

 

「初めまして、村長殿。フィオは渡しません。」

「お前がソレを言うのか。つまり、フィオをくださいじゃなく、既に奪っておると、そう言うのか。カカカ、それもよし!」

 

 何やら妙な納得をしている老人から、俺は警戒を解かない。死にかけとは言え、それにかこつけ何を要求してくるか分からないからだ。

 

「そう敵視するな、少年よ。別に反対などせんよ、あのフィオの様子を見てたらの。それに、なかなか強いらしいじゃないか。俺とも、腕比べしてもらいたかった。」

「・・・いえ、俺はまだまだ未熟者です。自らの研鑽の為にも、是非とも貴殿と手合わせがしたかった。」  

「ほほー! 成る程、その若さ、その練度でなお増長せず向上心を持つか。ああ、今代の勇者で1番の腕と聞いたが、納得だの。」

 

 老人は何かに納得した様に、俺を見ながらかすかに微笑む。そして少しだけ、寂しそうな顔になって、穏やかに話を続けた。

 

「フィオはの、案外視野が狭い。小局を見て最適解を出すことに長けるが、目先の人間を助けようとして大局を見失いがちなのだ。だから、アルト少年よ。俺の娘を、フィオを、どうかよろしく頼む。」

 

 その男は、微かにだが、はっきりと頭を下げた。フィオを貰い受ける立場の俺より先に、頭を下げさせてしまった。

 

 その老人の言葉は、紛れもなく純粋で、真摯なモノだ。大事な娘を他の男へ預ける、父親の目だった。

 

 ・・・また、俺は間違えてしまったようだ。先程まで、俺は何を考えてこの偉大な老人を疑っていたのか。嫉妬心に駆られ、なんと情け無い思考に陥っていたのか。

 

 自分の浅慮を、痛烈に恥じる。

 

「どうか、お任せください、義父上。あなたの御遺思は、このアルトが確かに承りました。例えどんな危機に陥っても、俺が彼女の障害を一太刀に叩き切って見せましょう。」

「うむ、うむ。君の言葉は虚が無く、実に気持ちが良いな。お前に任せたぞ、アルトとやら───」

 

 この時、確かに。俺とこの老人は、心の奥底で堅く繫がった。フィオを大事に思う、その心意気で互いに共鳴しあったのだ。

 

 そして、

 

 

「ところでの、フィオの●●●の具合はどうだったかの?」

 

 

 即時にその繋がりは断ち切れた。

 

 

「・・・ご老人?」

「まぁ、良いから照れずに付き合え。なかなか子宝に恵まれんかったでな、こういった話をしたことが無かったのだ。うむ、俺も娘の下世話な話というモノをしてみたいのよ。」

「いえ。その、申し訳ないのですが遠慮します。」

 

 躊躇無く娘の●●●の具合を聞いてくる、この男。やはり、実の娘の●●●に興味がある変態なのだろうか。

 

「そう、良い子ぶるでないアルト。男同士、絶対に秘密は漏らさんよ。それに、ホラ。なんならフィーユの具合と好きな事と、色々教えてやるぞ?」

「結構です! そ、それはフィーユさんに悪いのでは無いかと。」

「構わん構わん。アイツ、人に見られるのが好きな女でな、たまに、外でヤるとそれはそれは昂ぶってだなぁ。」

「・・・そ、そんな風にはとても。」

「いや。アイツはな、何だかんだでかなり好き者よ。普段は飄々としておる癖に、ベッドの上では変貌して、そりゃあ何とも激しくて、のう。」

「ご、ごくり。」

 

 待て。俺は、何の話をしているのだ。

 

「そ、その辺りで話を終えませんか村長殿。」

「何じゃ、内心では興味津々の癖に。貴様、死にゆく老いぼれの我が儘に付き合う事すら出来ん、性根の冷たい男なのか?」

「え、いや、その。」

「ほれほれ、言ってみ? フィオの奴も、何だかんだベッドに乗ると変貌して大暴れするんじゃろ? どんな抱き方しとるんじゃ?」

「い、いえ。フィオは、彼女はその、凄くおとなしいですよ?」

 

 ぐ、しまった、迫られてつい喋ってしまった。フィオの性格を考えたら、こういった事を吹聴されるのは嫌だって分かりきってるのに。

 

 ところが、そんな俺の焦燥は、次の老人の一言で消し飛んでしまう。

 

「何ぃ? ・・・ふむ、つまりまだ遠慮されとるんだな、お前。心の底から信頼されとらんのじゃ無いか?」

「────なっ!?」

 

 俺が、フィオに信用されてない? そ、そんな。俺は心の底からフィオを愛しているし、フィオに対してやましい事は何もしてな────

 

 

 この間はデート開幕に、ベッド直行して嗜められ。ジェニファーさんの1件で、とても哀しい思いをさせ。挙句、お詫びのデートは仕事ですっぽかす。

 

 

 ────そう言えば今の俺って、フィオに何時捨てられてもおかしくなかったっけか。

 

 

 

 

 

「ど、どどどうしましょう村長殿。俺は、このままだと愛想を尽かされるかも・・・!?」

「カカカ、面白いのぅ。」

 

 もしフィオが、俺に対して元々大きな不信感を感じていて。その上で、俺があんなに色々とやらかしているのだとしたら。

 

 今のこの状況はもう破局秒読みでは無いか。不味い、不味いぞ。

 

「安心しろ、アルト少年。俺はお前が気に入った。それとなく、俺からお前を推しておいてやろう。」

「ほ、本当ですか。」

「その代わり、何だ。貴様とフィオの近況を聞いておかねばならん、さて、キリキリ話せ。的確にアドバイスしてやるから。」

「は、はい!」

 

 そんな風に諭されてしまっては仕方が無い。俺は、このやむを得ぬ事情により、村長殿へフィオとの情事をつまびらかに説明する運びになったのだった。

 

 話す事、数分。あの村の若者から伝授された伝説の大技“大車輪”に関しては、流石の村長も唸りを上げ感嘆してくれた。大車輪を現代にまで、正しい型で継承している男は少ないらしい。

 

 だが、同時にそれくらいしか俺の“奥義”が無いと知るや、彼の顔は一転して渋いモノとなった。

 

 如何に強力な体位であろうと、何度も繰り返してしまえば徐々にその力は失われていくのだ。だから常に、男は新しい刺激を求めて●●●の研鑽をせねばならないらしい。

 

「仕方ない男じゃの。よし、フィーユの様な小柄な女を抱くときの秘奥を、1つ口伝してやろうじゃないか。」

 

 そういって、フィオの父たる目の前の老人は、俺にとある必殺技を伝授してくれた。ミクアルの里に伝わる由緒正しい型の一つだそうだ。

 

 この奥義はある程度修行していないと大怪我をしてしまうそうだが、幸いにも俺の肉体なら耐えうるだろうと太鼓判を貰った。

 

「つまりだな・・・、───するじゃろ?」

「そ、そんなことが可能なのですか。」

「無論。お主ほどの性豪なら、俺のこの奥義を授けても惜しくは無い。」

 

 

 

 その老人の熱い信頼のこもった言葉に、思わず俺は涙を流して頭を垂れる。この老人の信頼に応える為にも、次のデートでフィオの気持ちを取り戻し、授かった新たな力を以てフィオを快楽の海に叩き落すことを決意したのだった。

 

 そんな、周りを気にせず夢中に語り合う、助平男二人の最低な猥談は。その話題の張本人たるフィオが此方に近付こうと立ち上がり、同じく話題の張本人たるフィーユの手によって留められ、奇跡的に事無きを得ていたコトを二人は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その夜。偉大な老人は逝去する。

 

 彼は家族に見守られる中、満足そうな笑顔をもってその生涯に幕を下ろした。葬式で流された涙の数が、その人間の人望を示すというならば、この男はどれだけ慕われていたのだろうか。

 

 そんな大英雄が俺に残した、その最期の言葉は。

 

「●●●を舐めるとき、キチンと股を開かせて羞恥心を煽るのだぞ、アルト少年。」

 

 

 

 俺の隣で号泣してるフィオにはとても話せない、卑猥で最悪な遺言だった。

 




次回更新日は9月22日です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「陥落!」

2話を1話に纏めたのでちょい長めです。


「なぁ、アルト。その、もう一日くらいこっちに居ないか?」

 

 偉大な男の旅立ちから、一夜明けて。朝日が照り付け目を覚ました俺に、話しかける少女の声がする。まどろみながらも寝ボケた眼を開くと、そこには柔らかい頬を俺の肩に預けてにこやかに微笑む、柔らかな金髪を寝癖で乱した、愛すべき恋人(フィオ)の姿。

 

 おかしいな。俺は昨夜、村長殿の家を借りて寝たが、彼女は自分の家で寝ると言ってフィーユさんと一緒に帰ったはずだ。

 

「おはよう、フィオ。どうして、ここに居るんだ?」

「・・・ここに居ちゃダメか?」

 

 少し不安そうに、上目遣いに彼女は俺を見上げ。

 

「無論、そんなことは無いぞ。」

 

 俺の返答を聞くや否や、フィオは花が咲いたかの如く満面の笑顔になり、ゆっくりとこちらへ体重を預けてきた。じんわりと暖かい、フィオの体温を胸で感じる。

 

「なぁ、アルト。その、何だ。この前のデート、流れたから、今日ずっと一緒に居て欲しい・・・。」

「任せろ。」

 

 そんないじらしい彼女の雰囲気にのまれ思わず即答してしまったが、コボルトの戦後処理とか大丈夫だろうか。バーディはあまり働かないだろうし、ルートに大きな負担をかけてしまうかもしれない。

 

 だが、である。今のフィオの態度は、どう考えても妙だ。何というか、目がトロンとして、ボディタッチが激しい、普段の彼女はここまでベタベタと近づいてきてくれない。

 

 ・・・やはり、今のフィオは親が死んでしまって寂しいのだろう。うん、ルートには悪いけれど、やっぱり今はフィオを優先しよう。心が弱っている時に支えてこそ、恋人だ。

 

「そっか、今日はずっと一緒かぁ。」

 

 俺は、彼女を優しく抱きしめ返すと。彼女は、小さくそう呟いて、嬉しそうに微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・うわぁ。本当にアルト君のとこに行ってたのアンタ。」

「悪いかよフィーユ姉。」

「いや、まぁ。うん、ごめんなさいねアルト君、ウチの馬鹿がいきなり乗り込んで。」

「いえ、昨日の今日です、まだ気持ちの整理がついていないのでしょう。フィオも、貴女も。何なら今胸に抱えている事、俺に話してみませんか? 俺で良ければ、受け止めますよ。」

「ありがと、でも私は大丈夫。もう、一昨日に十分とあの人と話して、一応感情に折り合いは付けてるから。それに私はフィオの母親だよ。子供に情けないところなんか見せられますかっての。」

 

 ・・・母親?

 

「・・・え。え、あ、若いですね・・・。」

「そいつはどうも。」

 

 フィオの姉じゃなかったのか、この人。そうか、村長の奥さんだもんな。そう言えば、ミクアルの里では親であろうと姉呼びする風習があるんだったっけ? 全員が対等な家族である、そんな文化だったか。

 

 穏やかに微笑むフィーユさんを、思わずマジマジと見つめてしまう。・・・若い、フィオと数歳しか離れているように見えない。

 

「・・・おい。何、フィーユ姉に色目使ってんのお前。」

 

 見つめ合う事、数秒。ぎゅー、俺の肩にくっついて離れようとしないフィオが、背中から強く俺を抱きしめた。柔らかく慎ましい何かが、俺の背にむにゅりと押し付けられ、フィオの吐息が俺のうなじを湿らせる。

 

 ・・・いかん、落ち着け。変な感覚になるんじゃない、まだ朝だぞ。

 

「あらまぁ。・・・これはこれで面白いわね、後でからかってやろ。ふふ、フィオもやっぱり女の子かぁ。」

「からかいたいなら好きにしろ、今オレはこうしていたいんだ。」

「うんうん、これは重症ね。」

 

 それにしても、やっぱりおかしい。フィオが、何というか、いつも以上に甘えん坊と言うか、キャラが壊れているというか。

 

 これも気が弱っている証拠だろう、親の死と言うのはやはり耐え難い感傷を与えるものだ。フィオが心の支えを求めて俺に甘えて来てくれるというなら、恋人として、いや彼女を愛する男として、全身全霊を以て応えるのみ。

 

「その、さ。今日はオレが案内するからさ、里を見て回ろうぜアルト。」

「分かった。よろしく頼む、フィオ。」

「うん、いってらっしゃい。今日も泊まるんでしょう? 食事は用意しておくから、夕方には戻ってらっしゃい。」

 

 クスクスと、様子が変なフィオを面白そうに眺めるフィーユさんに手を振られ、俺とフィオは朝日が昇るミクアルの里を散歩することにしたのだった。

 

 これで少しは、フィオの気が紛れると良いのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何してんのフィオ。」

「あん? アルトにぶら下がってるんだが。」

 

 朝から俺の背に引っ付いて離れる気配のないフィオを背負って、俺達は彼女の指さすままに里をのんびりと散歩していた。フィオが鼻歌交じりに機嫌よく首を揺らしていた、その時である。

 

 ひょっこりと、小柄な黒髪の少女が通りかかり声をかけて来た。・・・この娘は確か、あの老人のもう一人の娘さんだったっけ? という事は、フィオの妹さんか? また、勝負を挑まれたりするのだろうか。

 

「・・・。あんた、暇? 強いんだよね、私と勝負しろ。」

 

 ふむ、案の定。この里の文化なのだろう、目が合うと挨拶をするかの如く手合わせを要求されるのだ。俺としても、彼らの様な猛者と手合わせできる機会は貴重なので非常にありがたい。

 

「ああ、構わんぞ。フィオ、少し離れてくれるか?」

「やだ。」

 

 ・・・だが、今日はフィオが離れてくれない様だ。

 

「ね、ねぇー、フィオ? 邪魔なんだけど、そんな男とベタベタしないで欲しいんだけど?」

「うっさい。・・・今は離れたくないんだ。」

 

 これは弱ったな、今の状態のフィオを無理に引きはがすなんて選択肢を俺は持ち合わせていない。今日は彼女の為に尽くす日と決めたし、勝負を断ろう。

 

「だ、そうだ。すまないな、少女よ。また挑んできて欲しい。」

「・・・駄目。ここでアンタをぶっ殺す事は確定してるし、逃がさないし。」

「・・・すまんが、フィオに危険が及びそうな状態で手合わせを受ける気は無い。」

「なーにカッコつけてんだ、フェミニスト気取りか? 良いから闘え、ビビってんじゃないぞ優男が。フィオ、良いから早く離れて。ソイツ殺せない────」

 

 だが、目の前の少女は諦める気配がない。弱ったな、どうす────

 

「メル。その、なんだ。・・・空気読めよ。」

 

 聞いた事が無い、低く不機嫌なフィオの声。

 

 それだけじゃない。フィオが喋ったその瞬間、背後から凄く禍々しい気を感じたような、冷気が湧き出たような、世界が滅びるような、そんな恐ろしい幻覚が見えた。思わずビクリとして振り返ったが、俺の背にはとろけた表情のフィオが居るだけである。

 

 ・・・今のは、何だったんだ?

 

「違、いや、わたっ・・・。う、うう、畜生覚えてろ、この糞剣士!! ち●こなんてこの世から一本残らず消え去ればいいんだ!! うあああああん!!」

 

 メルと呼ばれた少女は、なぜか男の象徴に対する恨み節を高らかに、涙をこぼしながら逃走した。彼女に何があったのだろう。

 

「なぁ、アルト。次は川辺に行こう、川辺。こっちの方向な。」

「・・・良いのか、さっきの娘。」

「少し礼儀知らずに育っちゃったみたいなんだよなぁ、アイツ。良い薬になるだろ。」 

「ふむ、そんなものか。」

 

 フィオがそう言うなら、そうなのだろう。 尋常でない殺意のこもった眼で俺の股間を眺めていたあの少女を少しだけ気に掛けながら、俺はフィオの指さすままに、可愛いお姫様を背に乗せて幸せに里を行脚するのだった。

 

 

 

 

 ────この世には凄い奴がいる。

 

「・・・アルト、と言ったかい君。フィオと手を繋いで、どこへいくんだい?」

 

 川辺沿いにある、小さな家を通りかかったその時に、声が聞こえた。

 

 振り向いた先には昨夜の飲み会で剣を交えた、宴会奉行の男。最終的にパンツ1枚で首を地面に埋もれさせ窒息しかけていた、正真正銘の天才芸人。

 

 その男が、今。

 

「・・・助けて、欲しいのか?」

「必要ない、俺の事は放っておいてくれ。それより、フィオの話だ。」

「いや、その。本当に助けなくて良いのか?」

 

 とある住宅の壁から、首だけ生えていた。

 

「心配ない、この家は俺の家だ。」

「自分の家だからといって、壁から首を出す理由にはならんと思うが。」

「高速で飛翔するロリコンに跳ね飛ばされて、たまたまスッポリ嵌まっただけだ。この程度、自力で抜け出せる。」

「そうか。」

 

 本人がそう言うのであれば、仕方あるまい。

 

「それよりだ。俺は昨日お前に敗れた、当然このまま男らしく身を引く覚悟はある。だが、貴様に大事な幼馴染を任せるに足るか、一つ話をしておきたいんだ。少し時間を貰いたい。」

「む、構わんぞ。・・・なら、やはりお前を壁から抜いてやった方が良いのでは? この程度の壁、切り倒すのは訳ないぞ。」

「結構だ、このまま話をすれば良かろう。立ち話で悪いが、お前も時間をそんなに取られない方が良いだろう?」

「お前がそれでいいなら、俺は何も言わんが。」

 

 本当にフィオに気が有ったらしいこの男は、俺と真剣な話をしたいらしい。だが、壁から顔だけ生やした今の状況では、どんな話をしてもネタにしかならないぞ。

 

「その前に、フィオ。その、お前の気持ちを、最後に聞いておきたい。俺の、何が駄目だったんだ?」

「・・・言っていいのか? 家の外壁に真顔で生えてる、今のお前の状況にだ。誰も違和感を感じないと言う、その天性のネタキャラな所じゃないか。」

「ぐ、好き好んでこんな星の下に生まれた訳じゃないのだが。だが、それもまた俺だ、受け入れよう。デートの邪魔して悪かったな、フィオ。」

「そう思うなら今の状況で真顔のまま話しかけてくるなよ。面白いんだよ畜生、既にデートの空気台無しじゃねーか。」

 

 まったくその通りだ。狙ってやってるんじゃないかと、疑わずにはいられない。

 

「おい、アルトとやら。お前は、フィオが好きなんだな? どれくらい好きか、俺に話してみろ。」

「よし、任せろ。・・・フィオの碧い瞳は、ライトブルーに輝く母なる大海原をも見劣らせ────」

「待って、その歌止めて。本当に止めて。背筋がむず痒くなる。」

「むぅ。」

 

 せっかくリクエストが有ったというのに、フィオは俺の歌があまり好きではないのかすぐさま口を塞いできた。

 

 せっかくの渾身のラブソングも、愛を唄う本人に気に入ってもらえないなら意味はない。本格的に、誰かに音楽を習うべきだろうか。

 

「いや、少しだけだが良く伝わったよ、アルト。お前の気持ちは、本物なんだな。」

「おお、伝わったか。分かってくれて何よりだ。」

「なんで分かり合ってるんだコイツら・・・。」

 

 歌いだしだけだが、彼にはあの歌に込めたハートが伝わったようだ。という事はつまり、こいつもまたフィオの魅力に気付いていたという事。この男のフィオを想う気持ちもまた、本物なのだろう。

 

「案外にか弱いフィオを支える仕事は、オレにはもう出来ない様だ。いや、元々俺の役目では無かったというべきかな。心底悔しいけど、お前に任せるとするよ。」

「ああ、承った。何時だって俺はフィオの隣に居て、全力で支える事をお前に誓おう。これで、満足してくれるか。」

「ああ、後は俺の気持ちの問題だけだ。吹っ切って見せるさ。」

 

 そう言って、涙をこらえ必死で笑顔を作ろうと口をゆがめるその男の顔は、やはり壁から生えている。どうにも、シリアスになりきれない。

 

「もう既に、アルトにはすっごく支えられちまってるけどな。ごめん、今日は色々と甘えて。」

「気にするな、むしろ役得だった。むしろ、もっと遠慮せず甘えてきて欲しい。」

「ありがと。」

 

 フィオは、そんな面妖なラントの姿に動揺することなく、俺の方へと向き直った。そして、何か言いたそうにオレを見上げている。

 

 うん、聞こう。俺はそんな彼女に向き合って、無言で話を促した。

 

「その、さ。聞いてくれるか。」

 

 彼女の瞳が、静かに揺らめき、ジッと俺の顔を覗き込む。それに小さく首肯し、俺はフィオの言葉を待つ。

 

「オレはさ、もう甘えちゃ居られない立場なんだ。今は司祭が取り仕切ってくれるらしいけど、魔王との闘いが終わったら俺がこの里の長だ。」

「らしいな。流石はフィオ、その年で皆に信頼されているとは。」

「重てぇよな。オレはさ、あの男の歩んだ道をそのまま引き継ぐ事の意味を、全く分かってなかったよ。この里を継ぐってのは、つまりは今まで通り目の前の人間を助け続ければ良いと、そう思ってた。」

 

 そう、呟いたフィオの顔は、酷く寂しげだった。

 

「フィーユ姉も。このラントも、メルも、司祭も、この里の皆が全てオレの肩に乗ってるんだ。皆、オレが引っ張るべき存在になっちゃったんだ。」

「・・・フィオ。」

「アルト、お前はスゲえよ。何時だって先頭に立って、オレ達パーティを引っ張り続けてる。お前にも出来るんだから、オレだって出来るって、そう思ってた。」

 

 不意に、彼女の肩が震える。何かに怯えるような、そんな顔のフィオは、更に俺の胸に身を寄せてきて。

 

 彼女の小さな心音が、とくんとくんと脈打つのが分かる。

 

「怖いんだ。怖かったんだ。オレのせいで誰かが死んじゃうなんて、耐えられない。でも、村長(ボス)が託してくれたオレの使命を、蔑ろになんかしたくない。」

「・・・そうか。」

「だからさ、オレ、頑張るから。でもさ、ずっとずっと気を張ってるのは、どうしようも無くしんどいからさ。」

 

 きゅう、と。

 

 肩にしがみつくフィオの、その力が強くなる。

 

「ごめん、ごめんなアルト。お前にだけは、甘えても良いか?」

「言った筈だ、役得だったと。お前の隣に居る時より、俺に幸せな時間なんて無い。」

 

 そんな、どうしようも無く愛おしい彼女を、出来るだけ優しく安心させるように、俺は両手で抱き締めた。

 

「忘れるな、何時だってお前の隣には俺がいる。」

「・・・うん。」

「ねぇ、俺のこと見えてる? ねぇ、ねぇって。」

 

 ・・・この場所では、どう頑張っても甘い空気が作れないな。場所を変えよう。 

 

「アルト、あっちに行こう。大崖の宿り小屋、って場所があるんだ。」

「分かった。」

 

 フィオも同じ気持ちだったようで、その喋りかけてくる面妖な壁から俺達は距離を取る。変な空気になってしまったが、此処から離れればまた甘い雰囲気に戻れるだろう。

 

「あ、行っちゃうんだ。いや、良いんだけどね、あのさ。自分で断っておいてなんだけど、思った以上に綺麗に嵌ってるみたいで壁から抜けれないわコレ。ゴメン、やっぱりちょっとだけこの壁斬ってくれない? ねぇ、ちょっと。聞こえてる? ねぇ、ねぇって。」

 

 無言で、足早に、俺達はその場を疾く歩き去る。うん、俺には何も聞こえない。

 

「ちょっとー?」

 

 うるせぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィオの示した方向に行くと、崖の前にそびえたつボロく小さな小屋が目に入った。小屋の周りは岩に囲まれており、ぱっと見では人目に付きにくい。そして、その古ぼけた小屋の中には6畳ほどのスペースがあり、中に小さな寝床が用意されている。小屋の後ろには、大自然が一望できる断崖絶壁。

 

 ・・・ふむ。ここって、どういう場所なんだ?

 

「その、さ。ここ、この里での、逢引きスポットの1つでさ。ほら、良い眺めだろ?」

「ああ、成る程。確かに崖下の森や平野が一望できる、素晴らしい景色だ。」

「・・・そんで、人気もないんだ。一応、入り口んとこに立て札があってな。それを立てとくと、他の村民は立ち入り禁止。二人だけの空間の出来上がりって寸法だ。」

 

 する、と衣擦れの音がした。フィオは片手でするりとローブの前紐をほどき、彼女の細い右肩が露わとなる。

 

「フィ、フィオ?」

「・・・なぁ。その、今日は何でもしていいから。」

 

 そう言って、彼女は服をはだけたままに、俺の方を切なそうに眺めている。まて、いきなり彼女は何故、えっと。

 

「まだ日が高いけどさ、ああ、駄目だわ。ああ、そっか、これが人を好きになるって奴なんだな。」

 

 ゆっくりと、頬を真っ赤にした彼女は、俺に向かって歩き出す。一歩一歩、ぼぅとしていて足取りは確かに、なまめかしく吐息を吐きながら。

 

「なぁ、アルト。変なこと言うけど、いいか?」

「お、おう。何だフィオ。」

「お前にさ・・・。使ってほしい、お前のモノになりたい、このカラダ好きにして欲しい。」

 

 ・・・俺の前で、フィオは発情していた。紛れもなく、どうしようもないほどに倒錯していた。

 

「ぁ、はぁ。なぁ、アルト、キス、駄目か。」

 

 流石にこの状況では、俺の鋼鉄の理性が吹っ飛んだのも仕方が無いと、そう思う。

 

 ジェニファーさんに言われた通り、暫く致すつもりはなかったのだが。フィオから誘われ、こうもお膳立てされてしまった状況で断るのはフィオを傷つけるだけ。

 

 いや、本音を言うと、昨日村長殿に教わった秘奥を試したくてウズウズしてはいた。必死で自分の欲望を押さえ、平静を保っていたが。

 

「なぁ、フィオ。何でもしていいんだな?」

「え、その。・・・うん。良いよ。」

「よし。なら今日のはすんごいからな、気合入れておけ。」

「わ、その。え、いつもより凄いの? え、アレより上があるの?」

「あるさ。空を翔けよう、フィオ。」

 

 

 その日。

 

 小柄な女性が相手の時に使える、究極の奥義「大天空」が早くもその姿を現す。

 

 俺が亜音速で足を動かし、その結果発生した上昇気流の様な上へのベクトルにより、俺とフィオは空に舞う。

 

 まるで無重力。まるで宇宙。せっかく小屋があるのに、俺とフィオはその小屋の上でプカプカ浮きながら、存分に行為を楽しむのだった。




次回更新日は、9月25日17時です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「依存?」

「おい、アルト。お前、今度はフィオに何やった?」

「む。バーディ、フィオがどうかしたのか。」

「どうかしてるだろ。何だコレ。」

 

 粗暴な男の声が、気持ち良い微睡みから俺を覚醒させる。

 

 昨夜、フィオの故郷デートを経て王都に戻った俺は、コボルトの戦後処理をルート(と、バーディ)に丸投げしたことを深く詫びた。

 

 ルートは笑って、“気にするな、君の事は信用してる。どうしても必要な用事だったんだろう?”と許してくれたのだが、バーディは笑顔で金銭を要求してきた。普段は書類仕事を全くしていない癖に。

 

 そのバーディが、今度は朝っぱらから俺の部屋に訪ねてきたらしい。一体何だって言うのだ。

 

「フィオは、普段通りに見えるが。」

「これが普段通りって、目玉腐ってんのか? つか、フィオすらこうまで堕とせんのかよ。正直、俺は今かなり戦慄してる。」

 

 頭痛を堪えるように首を振りながら、バーディはベッドに寝そべる俺を見下ろしている。

 

「・・・んー、朝かぁ? アルト、何処?」 

「俺は此処だ、フィオ。バーディが来てるから、布団から出て来るなよ。」

「ん。まぁ今更バーディに裸なんて見られてもどーでも良いけど。」

「いや、俺が妬けるんだ。」

「ふ、ふふ、そっか、アルトが妬いちゃうかー。ふふ、ふふ。」

「お前ら人の話聞いてる? 殴るよ? 突くよ? 神域の槍技と呼ばれた俺の本気、受けてみる?」

 

 いきなり部屋に押し掛けてきたかと思えば、勝手に激怒しているバーディ。人の幸せな朝を邪魔して、何のつもりなんだ一体。

 

「良いから起きてとっとと着替えろ、昼から連携訓練だって言ったろーが昨日。」

「昼からだろう? まだ朝だぞ。」

「アルトを起こしに行こうと4人娘が居間で睨み合い始めたから、公平を期して俺が来たんだよ・・・。俺以外だったら死んでたぞお前ら。」

「お、そうか。ご苦労だバーディ、そのままもう少し誤魔化しておいてくれ。オレ、アルトともう少しこうしていたい。」

「良いから起きろやゲスロリ。この光景を4人の誰かに見られたら、その時点でパーティ崩壊だからな?」

 

 ああ、そう言えばバーディには俺達の関係の隠蔽を手伝って貰ってるんだったか。確かに、パーティの仲間と言えど今の光景を見られたくは無いな。

 

「アルト様ー、まだでしょうか?」

 

 あ、噂をすれば陰。ユリィの声が扉の外から聞こえて来て、同時にドアがノックされる。

 

「おぉーう!! ユリィ嬢ちゃん、まだ少し開けないで欲しいかなぁ! アルトは着替えの真っ最中で全裸なんだぁ!?」

「ぜ、全裸ですか!? は、はい分かりました・・・アレ? だったらバーディさんは何で出て来ないんですか?」

「俺はアルトの着替えを手伝ってるんだぁ!?」

「着替えを手伝ってるんですかぁ!?」

 

 ・・・おお。バーディが何やら必死で叫んでいる。思った以上に、俺達に協力してくれている様だ。

 

「ぜ、全裸のアルト様と、その着替えを手伝うバーディさん。え、え、ソレって、ソレってまさか!?」

「アルトの着替えを手伝うのは俺の日課なんだぁ!? この事は内緒にしておいてくれると助かるなぁ、ユリィ嬢ちゃん!」

「は、はひ!! え、わ、ひゃ、ごゆっくり、どうぞごゆっくり!!」

 

 バーディの懸命な説得により、部屋の外のユリィの気配が離れていくのが分かる。ただ、嫌にカクカクとした動きで遠のいているが、何故なのだろう?

 

「よくやったぜバーディ。・・・アルト、そろそろ起きなきゃだなぁ。寂しいから、キスして。」

「あぁ。目を瞑れ、フィオ。」

「ぶっ殺すよ? マジでぶっ殺すよ? 良いからとっとと起きろやバカップル!」

 

 むぅ、空気の読めない男だ。今からキスをするんだから、静かに退室しておいて欲しいもんだ。

 

 

 

 ・・・結局俺は、バーディに急かされるままに床を離れ、居間へと向かわされる事になった。フィオは、自室に帰って身体を清めて来るとのこと。

 

 部屋に戻るフィオは、どこか切なそうに此方を見ていた。胸が痛い。

 

 うーん、やはりコソコソとするのは性に合わないな。兵士達には内緒にして貰うよう説得しつつ、パーティメンバーには俺とフィオの関係を暴露しておくべきだろうか。

 

 フィオは嫌がっていたけれど、俺は皆の前で堂々とフィオを愛でたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、皆集まって!」

 

 照りつける太陽の下、ルートが号令をかけ、ゾロゾロとパーティメンバーがアジトの庭に戦闘服で現れる。

 

 本日は初となる、パーティの連携訓練の日。バーディやルートがかなり綿密に計画を練っていた様だが、俺は忙しく訓練内容についてあまり関われていない。

 

「お前ら、良く集まってくれた。訓練の指揮は立案者である俺、バーディが執らせてもらう。だが連携訓練、と一言で言っても、お前らは何をすれば良いか良く分からんだろう? 今から説明しよう、主にやっていくことは2つだ。」

「僕も訓練内容については、バーディとよく協議して納得している。いつものバーディの悪ふざけでは無いから安心して欲しい。」

 

 その、中心人物であるバーディとルートが俺達の前に立ち説明を始めた。 

 

 彼等の提案する、訓練のその中身とは。

 

「基礎と、実戦?」

「そう。基礎とは、即ち陣形、フォーメーションを増やそうって事。今のところは単に前衛、後衛で別れて闘ってるだけだし。輪形陣、魚鱗陣に雁行陣など王都軍の使用している陣形を僕等の人数に落とし込んで、フォーメーションを組んでみよう。」

「コレばっかは実際にやってみないとシックリ来ないからな。意見があればドンドン出してくれ。全員が動きやすい陣形を作り上げる為にもな。」

 

 ふむ。確かにあらかじめ各自の動きを綿密に決めておけば、咄嗟の状況でも対応しやすいだろう。

 

「2つ目は、実戦。クジで4人ずつのチームに別れ、その4人でフォーメーションをアドリブで組む。戦場で常にフルメンバーなんて有り得ないからな。」

「クジを引いた後は、別れて即座に戦闘開始、前相談は無し。これは奇襲された想定での訓練だ。そして、決着がついた後にミーティングを行って反省点を洗い出す。これで訓練終了だよ。」

 

 ・・・おお、随分と実践的な訓練だな。

 

「質問や意見のある奴は居るか?」

「フォーメーションを増やすって言ったって、その仮想敵は用意できるのか? 想像上の敵相手にフォーメーション組むのは危険だぞ。」

「うん、王都軍が協力してくれる手筈になってる。仮想敵は今のところ、対軍団を想定してる。一体の強敵相手のフォーメーションも、後々作るけどね。他は何か、あるかい? ・・・無さそうだね。じゃ、始めようか。」

 

 皆が納得した様で、俺達は訓練を開始する運びとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実戦訓練の後。反省会が終わり、空が赤味がかってきた頃、俺は身体の汗を流しに水場へ都向かっていた。

 

 まさかフィオが敵に回るとは。心理的に、やりにくいったら無かった。しかし、彼女はやはり頭の回転が速いな。即座に指揮官を買って出て、マーミャやリンに的確に指示を飛ばしていたのには感嘆した。

 

 イヤに堂に入った指揮だったが、その内容は奇抜で独特。少し空回りした指示も有ったけど、彼女は元々指揮官向きの性格なのだろう、十分に彼女の描いた作戦は機能していた。

 

 フィオは俺の様に、戦術書を読んだり指揮官としての訓練を積んでいないはずなのに。これが才能の差、という奴なのか。

 

 そんな、俺に沸いた僅かな嫉妬心は、反省会の場でチラチラと俺を見ながら“誉めて誉めてオーラ”を出していた彼女の愛嬌で全て消し飛んだけど。

 

 思わず、その場で抱きつきそうになってしまった。危ないからそう言う可愛いの止めて欲しい。

 

「お疲れ、アルト。」

「ルートか。すまんな、連携訓練の事を任せきって。」

「良いさ。戦場で君には何時も、大きな負担をかけてしまってる。せめて日常くらいは、僕達を頼って欲しい。」

 

 そう言って笑うルートは、俺の隣で服を脱ぎ始めた。彼も、今から汗を流すようだ。 

 

「今回の訓練は、とても実のある内容だった。ありがとうルート。」

「それ、バーディにも言ってあげると良い。彼にしては珍しく、真剣に取り組んでたから。」

「だな。・・・なぁ、ルート。バーディは、フィオの事が好きなのだろうか?」

「それは、女性として? だったら、それは無いと思う。でも、人間としてって話なら、バーディはフィオに惚れ込んでるんじゃないかな。」

「・・・理由は?」

「彼が好意的に接してる胸の慎ましい女性は、それこそフィオだけさ。強いトラウマがあるらしいのに、それに打ち勝つほどには好きなんだろう。だからあんなに真剣に、訓練に取り組んだんでしょ。」

 

 ・・・そうか。バーディは俺達パーティが結成して以来ずっと、馬が合ったフィオと連んでいるんだっけか。

 

「何だかんだ、あの2人は仲が良い。戦場でも、彼等だけは阿吽の呼吸で動いていたし。男女としても、今は意識して無いだけでちょっとしたきっかけで・・・、なんて事も有るかもね。」

「それは無い。」

「・・・なんで断言?」

 

 何故なら俺が、そんなことは絶対に許さんからだ。

 

「奴にこの間、水関係の店に連れて行かれ散々に愚痴られたよ。貧乳の女の責任を取らねばならないと。」

「・・・クリハの件か。そう言えばそうだったね。」

 

 ばしゃり、と水の音が響く。ルートは衣を1枚も纏わぬ姿で、髪を水で濡らし目を細める。

 

 何でこんなに色っぽいんだこの男?

 

「ねぇ、アルト。話は変わるけど、あの噂は本当なのかい? 宮中では既に結構広まっていたけれど。」

「あの、噂? すまない、なんの事だろうか。」

「君の恋人の話さ。隠さなくって良いよ、もう既に付き合ってるんだろう? 婚約はまだみたいだけれど。」

 

 ・・・な!? 

 

 そんな、馬鹿な。俺とフィオの関係は綿密に隠蔽している筈、追跡者が居ない事は何度も何度も確かめたのだから。なのに、フィオとの関係がもう王宮で広まっているだと? 

 

 ならば、誰かが漏らした以外に考えられない。俺と、フィオの関係を知る人物、そして王宮に勤める人物が────っ!!

 

 ────あの、メイド!!

 

「・・・ルート、隠していて悪かった。だが、その噂の出所が分かるか?」

「え、えっと。ゴメン、王宮のメイドさん達が普通に話してるのを聞いただけさ。」

「そうか。その噂は、どれくらい広まってる?」

「・・・多分、まだ城の中までと思うよ。兵士達には広まってるっぽい。」

 

 あわわ。

 

「そうか。コレからは夜道に気を付けねばならんな・・・。常に気配探知を使っていくか。念のために、抜刀したまま城内を移動するのも手だな。」

「それにしても、意外だったね。いや、剣士同士通じるところが有ったのかな? 興味本位で悪いが、話してくれないかい?」

 

 脂汗が額に滲む俺とは裏腹に、涼しそうな顔のまま流し目で悪戯っぽく笑うルートは、華奢なその腕を布で拭きながら爆弾を落とす。

 

「君が、マーミャを選んだ理由をさ。」

「・・・は?」

 

 俺はどうやら、知らないうちに浮気をしているらしい。

 




次回更新は9月28日です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「スラム?」

4人娘掘り下げ回。


「バーディ、頼みがある。少しフィオを連れ出してくれないか。」

「あん? 何だいきなり。」

「・・・俺は、フィオに傷ついて欲しくないだけなんだ・・・!!」

「本当に何なんだよいきなり。」

 

 シャワーを浴びるルートから、俺の浮気の情報を得た後の、俺の行動は早かった。

 

 昨日、ミクアルの里から帰ってきたオレとフィオはずっと一緒だったから、俺とマーミャとの不貞の噂を聞いている可能性は低い。

 

 ならば今夜はフィオをバーディに連れ出しておいてもらい、その間に手早く誤解を解いてしまえば良い。そんな事をしなくともフィオはきっと俺を信じてくれると思うけど、少しでも彼女の心に負担をかける真似はしたくない。

 

 彼女の涙は、俺にとって純金よりも重いから。それに、あの老人に誓った、決してフィオを泣かさないと言う約束もある。絶対に、俺は彼女の笑顔を守って見せる。

 

「後で俺も行くと言ってフィオを飲みに誘っておいてくれ、店も任せる。ああ、会計は俺が出そう。だから、頼むバーディ・・・っ!!」

「お、おう分かった、何か事情があるんだな? つってもな、俺達が行く店でお前が場所分かりそうなのは・・・、ああゼア・グロッセがあったな。ジェニファーちゃんの店だ、そこで良いか?」

「構わん、遅くなるかもしれないが後で絶対に合流する。それと、フィオをなるべく早く誘い出しておいて欲しい。任せたぞ!」

「ああ、了解。」

 

 俺はバ-ディに愛する恋人を託し、噂の詳細を聞くべくマーミャを探して話を聞くことにした。彼女なら、何か知っているかもしれない。知らなかったとして、噂の火消しに協力して貰えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マーミャを探すなら、この時間なら彼女の私室か道場を訪ねるべきだろう。

 

 まずは私室へ向かおうと足早に歩く最中、アジトの居間から、金切り声が鳴り響いているのが聞こえ俺は足を止める。誰か数人で騒いでいるようだ、中にはマーミャも居る気配。彼女は私室ではなく、居間に居たか。

 

 出来ればマーミャとだけ話がしたかったのだが致し方ない。こっそりと連れ出すしかないか。

 

 そう判断し、カタリと扉を開くと、散らかった居間には凄まじい罵声、甲高い叫びで溢れかえっていた。頭がキーンとなり、思わず耳を塞ぐ。

 

 ・・・何事だ?

 

「間違いない、そんな気がしてきたぞ! わた、私告白された気がする!」

「嘘です!! だってさっきまで“そんな嬉しい事、有ったっけ・・・?”って呟いてたじゃ無いですか!」

「わー聞こえない、聞こえない! 気が付いたらそうなってたんだ、もうどうしようもない事だ諦めろ! どうだ、悔しいかぁ!?」

「頭沸いてるのかこの駄剣士は!! 事実と妄想の区別もつかなくなったのか!」

 

 喧々諤々とは、まさのこの様を表す言葉である。髪を纏い何時もの胴着姿で、やや困惑しながらも全力のドヤ顔を披露する俺の推定浮気相手、マーミャ。彼女に掴み掛りガクガクと肩を揺さぶっているユリィに、遠目から腹立たしそうにその様を眺めるリンとレイ。

 

 ・・・また喧嘩しているのか。タイミングが悪い、マーミャに話を聞きたかったのに。

 

「あ、アルト様!! な、なんですかあの噂! 嘘ですよね、事実無根ですよね、私は無実ですよね!!」

「ユリィ、落ち着いてくれ。何だ、皆もあの噂を聞いていたのか。」

「今聞いたところですよ!! 私はぜんっぜん信じてませんけど! アルト様が、アルト様が・・・!!」

 

 目に涙を浮かべながら、俺の肩を揺さぶってくるユリィ。何やら随分と混乱しているなぁ。俺が誰かと付き合ったくらいで、何故そんなに動揺しているのだろうか。

 

「アルト様がマーミャさん一家の女性全員を合意なく孕ませて、責任取って婿養子入りだなんて!!」

「俺は一体何をやってるんだ!?」

 

 そりゃ、ユリィも動揺する。何だその意味不明なデマは?

 

「挙句、王様に呼び出され、王の面前でマーミャに告白したのだと私は聞いたぞ。」

「アレ? 私の一族の女性が皆孕まされたのであれば、私にも子供が出来ているのか!? うわぁ、どんな名前にしよう。」

「何を悩んでるんだこの馬鹿は。マーミャ、貴様は事実無根だって知ってる立場だろ。お前が噂流した事くらい、見え見えなんだよ。」

「そんな遠回りな事、私がする訳ないだろう! きっと事実に違いないぞ!!」

「事実なら”きっと”って使わないと思います・・・、くすん。この、泥棒猫!!」

「・・・はぁ。馬鹿ばっかりだし。」

 

 これは、どういう事だ? パーティの間で、俺の信用を落とさせる離間策あたりだろうか。噂の出所が分からない事には、事実を突き止められない。リンに情報収集を頼むべきか。

 

「・・・それより先に、確認する。アルト、噂は事実?」

 

 他の3人と違い1人冷静な盗賊少女、リンが疲れた目で俺に噂の真偽を聞いてきた。当然そんなもの、答えは決まってる。

 

「いや、真実ではない。俺はマーミャの一家に関わったこと自体殆ど無いし、マーミャに告白なんてしていない。」

「・・・だよね。うん、馬鹿ども早く落ち着け。」

「ほら、ほら!! 良かった、やっぱりアルトさんは女の子に無理やり行為を迫るような人間じゃないですから!!」

「・・・うん、アルトが嫌がる女の子相手に孕むまで何度も襲う様な真似する訳ないし。」

「当然だな。私もアルトの女性関係は清廉だと信じていたぞ。」

 

 ・・・3人の言葉で、すっごく俺の耳が痛い。

 

「そんな・・・。噂は噂でしかなかったというのか。」

「お前はそれを知ってるはずだろ、馬鹿か。くだらない真似をするなよ、正直失望したぞお前には。」

 

 がっくりと膝をつくマ-ミャと、彼女を冷たい目で見下すレイ。どうやらレイは、この一連の騒動はマーミャの起こしたものと考えているらしい。だが、だとしたら一体何が目的だったんだ?

 

 ・・・まさか、俺はマーミャに嫌われていたのだろうか。だとしたらショックだ、彼女とは良好な関係を気付けていると思っていたのに。

 

「その、マーミャ。何だ、あの噂は君が流したのか?」

「・・・え? いや、その、私は知らないぞアルト。本当なんだ、気付いたらそんな噂が流れていたんだ。」

「それは不思議だな。で? そんな戯言を信じる人間が、この場に居ると思うか?」

 

 レイが、顔を険しくしたままマーミャに詰め寄る。ユリィも、リンも怖い顔をしたままだ。

 

 何だろう、急に底冷えがしてきたぞ? 誰も冷却魔法を使っていないのに、部屋の温度が氷点下に下がってしまっている。

 

「え? え? 私は、ち、違うぞ!! 私はそんな噂流していない!!」

「・・・。」

「マーミャさん、ごめんなさい信じられません。その、それはズルいと言うか、しちゃダメだと思いますよ。」

「なぁマーミャ、ハッキリ言おうか。私はさ、最初から噂が嘘だと知ってたんだ。だってさ、その噂を離してるメイドの大半が・・・。」

 

 ────お前の実家の息がかかった、メイド達だったんだから。

 

 レイは、心底侮蔑した目でそう言い放った。

 

 

 マーミャの実家は、確か武で身を立てる大貴族だったな。当然、武官としての重要な護衛対象である王宮においても、彼女の家は大きな影響力を持っている。

 

 そんな大貴族の権力があれば、王宮で噂を流すことくらい造作もないだろう。逆に、彼女以外に王宮に噂を流せる人間は限られてしまう。

 

 裏工作の達人、侵入扇動破壊調略なんでもござれ、盗賊少女リンか。王宮に勤める、冷徹な殺人者、警戒対象クリハ。この二人以外に王宮で噂を広めるのは不可能だ。

 

 だが、この中で一番手軽に噂を流せるのは間違いなくマーミャに他ならない。

 

 そもそもクリハの、俺に対する離間策の線は薄い。犯人がクリハならば、フィオの名前を出した方が効果的だからだ。リンも彼女の能力上で犯行は可能と言うだけで、状況証拠的には非常に弱い。

 

「・・・え。知らない、私は、本当に・・・。」

「もういい、これ以上は見苦しいぞマーミャ。」

「・・・。」

「マーミャさん。素直になられた方が、その。」

 

 つまり、普通に考えれば犯人はマーミャ以外にあり得ない。だが、何だろうこの感じは。

 

 俺には、今にも泣きだしそうなマーミャの顔に、嘘があるようには思えないのだ。そもそも、彼女がそんな噂を流して何の得があるというのだ? 

 

 違う、きっと犯人は彼女じゃない。マーミャは、シロだ。だが、その根拠は俺の勘でしかない。どう言えば信じて貰える? そもそも、誰が流した噂かを突き止めないと────

 

 ・・・俺が、足りない頭を絞ってマーミャを救おうと考え込んでいる、その時。

 

 ────リンが動いた。

 

「・・・元気出すし、マーミャ。私は、信じるよ。」

「リ、リン?」

「うん、うん。辛かったねマーミャ、言われもない罪を押し付けられるのは。」

「お、お前は信じてくれるのか?」

「・・・信じるよ。だって。」

 

 幼い少女は、普段の眠そうな瞳を釣り上げ、紅く光らせてマーミャの前で庇うように立ち上がった。隠せぬ怒りを目線に込めて、ジロリと黒い服の魔導士を睨む。

 

「・・・レイ。流石にこのやり口は、酷過ぎるし。」

「いきなりお前は、何を言い出す?」

「頭の弱いマーミャを狙い撃ちで貶めにかかる、そのやり口。ウチが最も嫌いなやり方の一つ。」

「・・・ハッ! 意味が分からんぞリン、いきなり何を────」

「────3日前、王都西通りのバー。マーミャの家の執事に、お前がその噂を吹き込んだ。いや、正確には”その噂を流す事”の依頼をしたと言うべき? ご令嬢マーミャの為に、なんて耳触りの良い事を吹かしてね。」

 

 リンは、ポツリポツリと話し出す。しゃがみ込んでしまったマーミャを撫でながら、レイから庇うように立ちふさがって。

 

「裏、取れてるよ。バーのマスター、従業員、その場にいた客。全員、連絡取れるし。」

「ああ、成る程。そういう事か、つまりリン、貴様はこの噂は私が仕組んだ”マーミャを陥れる謀略”だと、そう言いたいのか?」

「・・・違うか? この外道。」

「見損なったよ、リン。貴様はそんな訳の分からない嘘をついてまで、私を貶めたいんだな。アルト、こんなデマ信じないでくれよ?」

「・・・違う、事実。なんなら、証人を全員呼んでやろうか?」

「そんなもの、金払えば何でも言わせられるよなぁ。いくら払ったんだ、その偽の協力者に。」

「・・・レイ、いい加減にしろ。」

 

 ゴゴゴ、重苦しい音が聞こえた気がした。

 

 さっきまで氷点下だったこの部屋の空気が、遂に絶対零度にまで凍り付く。怖い、今の彼女たちは魔王より怖い。

 

「え、えっと? マーミャさんがあの噂を流したって言うのは、デマなんですか?」

「・・・いや、それで合ってるよユリィ。この駄盗賊は、どうせ貶めるなら頭の弱いマーミャより私の方が効果的だと考えたんだ。リン、薄汚い暗殺者の貴様が考えそうなことだ。」

「レイィィィ!! お前か、この妙な噂の黒幕は!! クソったれ、私を嵌めてまで蹴落としたいのか!?」

「・・・レイ、最近のお前の行動は目に余る。仲間としても、信用出来なくなる・・・。」

 

 4人がその場で睨み合いを始め、再び場は膠着する。・・・どうしよう、こうなるとどう仲裁しても大概止まらないんだよな。だがいつも以上に4人の間の空気が悪い、やはり此処は俺が何とかしないと。

 

「アルト、こんな奴の戯言を信じないでくれよ? コイツらは自分の欲望に走った、汚い女だ。そもそもリン、貴様がもしそれを事実だと知ってたと仮定して、なぜ最初から口に出さない? その場で考え付いたんだろう? 私を嵌める手段としてさ。」

「・・・お前がマーミャとアルトの噂を流す意味が分からなかったから、あの場で言っても誰も信じなかったから黙ってた。まぁでも、さっきハッキリとお前の狙いが分かったから口に出した。」

「レイ、いい加減にしろ! こんな腐った真似をして、私の実家を敵に回して本当に良いんだな?」

「あらら、とうとう実家の権力頼みか。けっ、私は今までさんざん権力持った人間を潰してきたんだよ、今さら私がビビるとでも思ってるのか?」

「え、えっと。アレ? どっちが言ってることが正しいんですかぁ!? アルト様、これは、どうしたら。」

 

 場が混沌として、口汚く言い争う、俺の大切な仲間たち。その表情は険悪で、きっとここで何もしなければ、パーティに大きな亀裂が走るだろう。

 

 ・・・嫌だ、俺はこんな状態を望んでなんかいない。大丈夫、俺ならきっと出来る。素直に、俺の気持ちを皆に伝えれば。

 

「待ってくれ、皆。落ち着いてくれ、つまりはこういう事だろう?」

 

 皆が、俺に視線を集めた。よし、此処だ。此処で説得する!

 

「オレとマーミャが付き合ってる、なんて噂を流す悪戯を誰かがやった。その被害者は俺とマーミャだけ。俺達二人が王宮でデマだと説明して回れば、万事解決だろう。」

「・・・アルト。でも、レイは・・。コイツ、かなり信用出来ない事をやった。」

「違うね。リン、お前が大噓つきだ。」

 

 やはりこれだけでは納得しないか、だがそれも想定内だ。まずは、この水掛け論を終わらせる。

 

「・・・悪いがレイ、俺はお前が疑わしいと思ってる。」

「・・・、そうかアルト。」

 

 犯人はどちらか何だから、キッチリ特定してやればいい。マーミャは嘘を吐いて無さそうで、リンの言葉も真実に聞こえたがレイは違った。こういった勘は今世では何故か外れない。

 

 レイが冤罪ならば申し訳ないが、きっと犯人を特定しないとこの言い争いは終わらない。

 

「信じてやれなくてすまない、レイ。だが、何だ。俺は・・・」

「────いや、そうか。アルト、お前の目を誤魔化すなんて最初から無理だったか。私は、馬鹿だ。」

 

 俺の言葉に、小さく俯いたレイは。少し震えた声で、ゆっくりと自白を始めた。

 

「・・・だって。もう、約束の期限も近いし。私は見ての通り、虚弱で貧相で穢れてて。普通にやっても、私じゃ勝てないじゃないか。」

「レイさん、やっぱり貴女が。」

「お前らは良いよな。体も綺麗なまま、親が居て、まっとうなお日様の下を歩いていればそれだけで生きていけたんだからさ。何時襲われるかと恐怖に怯え、何時殴られるか分からないボロボロの娼館で、泥水すすって過ごした私にはコレしかないんだよ。」

 

 レイは何かを諦めた表情で、俺の方をすがるように見ながら、話を続ける。

 

「そんなに悪い事か? ボンクラを蹴落とす事はさ。蹴落とされる方が悪いだろ。」

「・・・悪いに決まってる。ウチ達は、背を預け共に闘う仲間。信頼関係が最も大事だし。ここはスラムじゃない。」

「信頼関係、ねぇ。それ守るために指咥えて、アルトが取られるのを黙ってみてろってか!? 絶対に嫌だね、私はそんなの。」

「でしたら、正々堂々と戦えばいいではないですか!! そんな卑劣な手を使わないで、正面から・・・。」

「正々堂々って、何だ!? 私の生きていた世界では、流言も窃盗も強姦も殺人も、全て正々堂々さ! 幸せな世界で生きて来たお前の価値観を押し付けるなよユリィ・・・!! 私にはコレしかないんだよ!!」

 

 叫ぶ。あの日、スラム街でボロキレみたいな姿で俺と出会ったこの黒魔導士は、吠えるように絶叫した。

 

「私にはアルトしかないんだ!! こんな穢れきった私を気にせず抱きとめてくれたのはアルトだけなんだ!!」

「黙れ!! そんなの全部、お前の自分勝手な欲望だ!」

「何が悪い! 欲望に生きて何が悪い! それが人間の生きる活力だろう!?」

「・・・見苦しいし、レイ。それ以上は、止めた方がいい。お前自身が、傷つくだけだし。」

「だって、だって。私には、こんな方法しか、勝ち方を知らないんだ。普通に恋をした事なんて無い。私には、コレしかないんだ・・・。」

 

 黒い服を着た青髪少女は、そう言うとドサリとその場に崩れ落ちた。目に涙を浮かべ、そして怯えるようにチラチラと、俺を見ている。

 

 俺は、そんな彼女に声を掛けねばならない。そう思い。一歩彼女の方に進む。ビクッ、とレイの体が震えたが俺は歩みを止めない。

 

 皆が、俺の動向を見守っている。そのまま俺はレイの正面に立ち、彼女を見下ろして。

 

 

 ────軽く、レイの頭を小突いたのだった。

 

 

「子供じゃないんだから、人の恋ネタのデマを流すなんて悪戯は止めなさい。」

「・・・ん?」

 

 つまり、全ては彼女の壮大な悪戯だったという事だろう。まったく、恋愛ネタが苦手そうなマーミャをからかうなんて、確かに性質が悪い。

 

 確かに、こんな悪戯をしても許してくれそうな人間なんて、”俺しかいない”のだろうけど。マーミャを巻き込んだのはやり過ぎだな。

 

「聞いてるか? こういう悪戯は案外に人を傷つけるもんだ。マーミャだって、俺と変な噂を立てられて迷惑だっただろう?」

「・・・あ、そうだな。」

「ちゃんと、噂の火消しには付き合ってもらうからな、レイ。悪いが、マーミャも付き合ってくれないか? 俺一人で誤解を解いて回るより、二人で回った方が説得力が出るだろう。」

「・・・お、おう。」

 

 あれ? 何だろう、急に皆の目が死んだぞ? 俺は何か、外してしまっただろうか。

 

 

 

 

「・・・どうしたんだい、大騒ぎして。」

 

 皆が急に静かになったその瞬間。風呂上がりで薄着になったルートが、居間へと入ってきた。

 

「おお、ルートか。何、レイがくだらない悪戯をしたんでな、少し説教しただけさ。さっき水場で話していたマーミャの件なんだが、アレはレイが悪戯で流したデマなんだ。」

「ふぅん? ・・・ああ、そういう事。よし、大体全部分かった、何か重い罰則を考えておくよ。」

「そうか、やはりルートは頼りになるな。」

 

 だが、彼は俺の話を聞いてすべてを把握してしまっているらしい。流石は俺達の頭脳、実に頼りになる男だ。

 

「ルート、どうやら皆の反応を見るに俺は少し状況が読めていないみたいなんだ。また、任せて良いか?」

「うん、任せて。むしろ君が今の状況を理解していたら、偽物じゃないかと疑ってしまう所だ。」

「よく分からんが、助かる。なぁ、ル-ト。」

 

 いつもこの男には助けられっぱなしだな。

 

「ありがとう、俺はお前無しで生きていける気がしないよルート。」

「・・・ん? え、ああ、ありがとう。でも、その言葉に他意は無いんだよね?」

 

 他意? 何を言っているんだろうかルートは。

 

「アアアアルト様。その、まさかアルト様の本命は・・・!?」

「その、アルト、率直に応えて欲しい。その、ルートの事をどう思ってる!? どんな印象なんだ!?」

 

 汗をダラダラと垂らしながら、女性陣が俺に問う。

 

 

「そうだな、(男にしては)妙にセクシーな、(仲間として)大切な人かな。」

「・・・アルト? ワザとじゃ無いんだよね? 君は僕を破滅させたいわけじゃないんだよね? 君の言葉の省略した部分は、僕は理解できるけどこの4人は・・・!!」

 

 

 ブチッ。その時、何かが切れる音がした。

 

 

「アルトォォォ!! 僕の事を、取り合えず何でもいいから貶せ!! 良い、何を言ってもいいから早く!!」

「え、ええ? わ、分かった。ルート、随分と女っぽくなったよな最近。」

「あああああ違うそうじゃない!! 皆落ち着いて、これはアルトが良くやる・・・ギャアアアア!!」

「少しルートを借りるぞ、アルト。」

「水場? まさか抜け抜けとシャワー浴びていたんじゃないだろうな。アルトと二人で。」

「レイと同じくらい質が悪い・・・。無害そうに装って、その実は誰よりも淫乱。男を弄ぶ生粋の遊女・・・。」

 

 おお。ルートが4人にズルズルと引きずられていく。ふむ、ちょうどいいか。予定通り、女性陣への対応は彼に任せよう。俺は早くフィオ達に合流しないと。

 

 

「たす、助けてアルトォォォ・・・。」

 

 

 ・・・ん? 何か聞こえたような。

 

 ルートの声に振り返ると、既に居間には誰も居なくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「・・・でさぁ? アルトがな、ぎゅーってしてくれたんだ! ぎゅーって!!」

「・・・そうか。良かったな。」

「エクセレントデース!!」

 

 巨乳パブ「ゼア・グロッセ・ブラスタ」のカウンターには、酔っ払いが一人、盛大に惚気ていて。

 

「アルトがさ、もう一刀両断にオークを切り倒してさ!」

「・・・そうか、良かったな。」

「ビューティフォー!!」

 

 その隣の席には満面の笑みの巨乳美女と、疲れ果てた目で機械の様に同意を繰り返す悪人面の男が居たそうな。

 




次回更新日は10月1日17時です。

・おさらい
リン→盗賊
レイ→黒魔道士
マーミャ→剣士
ユリィ→修道士

正直そんなに覚えなくて良いです。一応設定は作ってたのですが・・・、投げるタイミング無かった。
本編終わってから、個別で過去回投げる形にしますので興味の有る方だけどうぞ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「衝撃!」

「駄目だ、このままではもう勝ち目がない。私は、私は諦める訳にはいかないのに。」

 

 一人の少女の、悔しそうな呟きが深夜の個室に木霊する。

 

「約束の期限までアルトと会話禁止だと? そんなの、実質諦めろって事じゃ無いか・・・クソったれ! ルートの奴、悪魔みたいな罰則言い渡しやがって。」

 

 先日、黒魔道士(レイ)はアルトによって“仲間を虚言で貶める”という最悪の謀略が暴かれてしまい、事態を重く受け止めたルートから「想い人(アルト)との会話禁止」と言う厳しい罰則を言い渡されたのだった。

 

 因みにそのルート自身も既に裁かれた後だったりする。彼は罰として今後女装を禁止されてしまい、その判決にむしろ嬉々としていたとか。

 

「まだだ・・・。アルトと二人っきりの状況なら、アルトと何をしても分からない筈。だが恐らく、同じ手は何度も通じない、皆を出し抜けるチャンスは一度だ。その一度で、決めてやる。」

 

 そして、青い髪の少女は決意した。元々、彼女には己が幸福のためならどんな手でも使う覚悟はある。

 

「何度も何度も、男は経験している。悦ばせ方も、愉しませ方も、全て熟知している私なら。一度でアルトを骨抜きにしてやれる、して見せる。」

 

 汚れきった自分の、その半生で培った全てを使って、女の戦いに勝利する事を。

 

「問題は、アルトが同性愛者の可能性なのだが・・・。うん、よし。だったら逆にそれを利用してやればいい。」

 

 暗闇の中、ニヤリ、と外道少女は独り笑う。

 

「アルトの童貞は・・・私が貰った!!」

 

 

 くちゅん。

 

 どっかの部屋で想い人(アルト)の腕の中スヤスヤ寝ていた白魔導士が、その時くしゃみをしたとかしないとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、俺とマーミャの噂の件はすぐに終息した。すぐにマーミャ本人が実家に事情を説明し、その圧力をもって俺達の関係を訂正させたからだ。

 

 噂を広めていたその元凶が、噂の火消しを行ったのだ。当然、迅速に事は進み、一連の騒動はその日のうちに終息した。

 

 一部のゴシップ好きのメイドが未だにあれこれと噂をしているらしいが、俺とマーミャの関係についての信ぴょう性はほぼ無くなったと言っていい。これで、一件落着である。

 

 まったく、最近のレイには困ったものだ。悪戯がどんどんと激しくなっている。どこかで叱った方が良いだろうか。

 

 一応その日はルートに彼女の処遇を任せる事にして、約束通り俺はジェニファーの店に行って合流しへべれけに酔ったフィオのお守りを楽しんだ。

 

 俺を見て嬉しそうに鼻歌を歌う彼女を愛でながら、その日はバーディ、ジェニファーを合わせ4人で飲み明かし、彼等と別れた後2人愛し合ったのだった。

 

 

 その、翌日である。

 

 

「大変だ、アルト・・・。今朝起きたら、私にチ●コが生えてしまったんだ・・・っ!!」

 

 昨日仕出かしてくれたばかりの俺の仲間、青髪の黒魔導士レイがとんでもない事になっていたのは。

 

 

 

「すまない、レイ。もう一度言ってくれないか? 何だって?」

「朝起きたらチ●コが生えてた。」

「は、え、ええ!? と、とにかく女の子が何度もそんな言葉を口にしちゃダメだ!」

「アルトが言えって言ったんじゃないか。」

 

 朝っぱらから俺は、大混乱である。

 

 今日は休日でフィオに贈り物でも買おうと町を探索していたその折。

 

 たまたま出会った顔色の悪いレイが、開口一番にそんな意味不明の症状を俺に訴えて来た。生えるって、どう言うことだ。

 

「その、一応さっき町中の回復術師に診て貰った。フィオには恥ずかしくて相談できなくてな。」

「そ、それで?」

「魔力の強い女性にたまに起こる事だそうで、病気ではなく回復術が利かない。外科的に切り落とすくらいしか手はないそうだ。」

「は、はぁ。不思議な事はこの世にまだまだ溢れているんだなぁ・・・。」

 

 だったらフィオにも生えたりするんだろうか? なんとか受け入れる覚悟は有るけど、正直ヤだなぁ。

 

「その、突然の事で私にもどうしたらいいか判断しきれなくて。アルト、少し相談に乗ってくれないか。こんなことを笑わず真面目に相談に乗ってくれそうなのはアルトしか思いつかないんだ。」

「ああ、分かった。俺で良ければ力になろう。」

 

 話で聞いただけの俺ですら大混乱なんだ。朝目覚めた時にそんなモノが生えていた彼女の驚きの方が、遥かに凄まじいだろう。

 

「それじゃ、その、悪いがあまり人に聞かれたくない話なんでな・・・。」

 

 レイは、少し恥じらった表情で、こう言った。

 

「二人きりになれる場所、いこっか。」

 

 ・・・その時、ピン、と。俺の中の嫌な予感センサーが何かを察知したけれど。

 

 困っている仲間を放っておくという選択肢が取れなかった俺にはどうしようもなく、何が起こってもすぐに対応できるよう警戒心を最大限に持ちながら、魔道服を揺らして歩くレイについて行くのだった。

 

 この、胸騒ぎは何なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「生えてないじゃないか!!」

「ははははは!! 今更気が付いても、もう遅いわ!!」

 

 誰にも見られたくないから・・・、と言う彼女について行き、何故か逢引き宿に入る事になった俺は、部屋の中で全裸となったレイに襲い掛かられていた。

 

「くく、アルトォォ? どうだ、生の女体は。怖がらなくったっていいんだぞ? 男より女の方がずっとずっと気持ちが良いんだ。」

「レイ! いいから服を着ろ、服を!!」

「照れるな、照れるな! 良いんだ・・・、この私を好きに抱いていいんだ。どうだ、やや華奢とは言え私も出るところは出ている、女性としての機能は果たせる。」

「コラ、女の子がそう簡単にそういう誘いをしちゃいけません!!」

「そうはいっても顔は真っ赤だぞ、アル・・・、あれ? あんまり赤くないな。」

 

 つまりは、これはまたしても彼女の悪戯だったのだろう。心配をして損をした。

 

 にしても、コレは俺をからかっているのか、そう言った行為に対する彼女のモラルが低いのか。何にせよ、こう言う事を恥ずかしげも無く迫るのは良くない。

 

 性行為と言うのは、愛した人間に対し同意を持って行うモノだ。昨日のフィオなんかは何でも受け入れてくれて正直たまらんかった・・・、じゃなくて。

 

 特にそんなつもりの無い人間を騙して逢い引き宿に連れ込み、強引に迫るなど許してはいけない。

 

 ・・・フィオは、よく許してくれたなぁ。本当は俺に説教出来る資格は無いのだが、彼女の為にもココは心を鬼にして雷を落とそう。

 

「え、嘘? アルト、お前は今、結構冷静だったり? その、えーと、興奮してすら無い・・?」

 

 ・・・それに、最近のレイは少しやりすぎである。ココで叱ってあげるのも、彼女に対する愛情か。

 

 俺は手加減しつつ、それでいて痛いように彼女の頭に拳骨を落とした。

 

「ふん!!」

「痛っ!? え、ちょ、私脱いでるぞ? 脱いでるのに何でそんなに冷静・・・?」

「座れ、レイ。最近のお前は、ちょっと悪戯が過ぎる。」

「・・・今、裸で、その。」

 

 昨夜、俺はフィオに出し尽くしているのだ。今の俺の精神性は、もはや賢者と呼べるだろう。

 

 ・・・じゃ、無くて。説教だ、説教。

 

「良いから、正座。流石の俺も少し腹を立てているぞ、レイ。人の信頼を裏切るような真似は、何時かお前に跳ね返ってくると、あの時に言わなかったか? それを覚えてくれていないなら、俺は悲しいぞ。」

「え、あ、その。」

「正座は、どうした。」

「・・・ヒッ!」

 

 少し睨みを利かせてやると、レイはビクンと怯えてその場で正座した。とはいえ全裸は目に毒だ、彼女に寝床に有った布をかけ、ユックリと説教を始める。

 

「そもそもだな。お前は昔から悪戯の加減が出来ていないのだ。マーミャの件もそうだし、以前の軍資金の着服だって────」

「・・・はい。」

 

 よし、今日はみっちり叱ろう。

 

 この後、3時間は彼女を正座させたまま、俺は滾々と彼女に道徳を説くのであった。

 

 スラム出身とは言え、何時までもその場所の倫理観に縛られていてはいけない。俺達は、今いる場所の倫理観に適合し、生きていく必要がある。

 

 結局。彼女の目が死んできた辺りで解放してあげたあたり、俺はまだまだ甘いのだろうけれど。

 

 帰ってからはルートに任せて、もう一度説教が待っているのだから俺は多少甘くしてやっても良いのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ほう。アルト、ありがとう。レイの奴、またやらかしたのか。」

「違うんだ、これは、その。」

「ふ、ふふふふふ。どんな厳罰がいいでしょうかねー、うふふふふふ。」

「・・・コイツは、そう言う奴だし。見張っておくべきだった、ごめんアルト。」

 

 アジトに戻るとルートが居なかったので、女性陣3人に引き渡すと、それはそれは獰猛な笑みを浮かべて皆がレイを受け入れてくれた。

 

 うん、皆レイの悪戯には辟易しているんだな。タップリ反省して貰おう。

 

「待て、それは何だ。やめろ、そんなモノ付けられたら・・・!」

「私の実家は貞淑な貴族だからな、こういったモノも渡されたりした。まさか他人に使う事になるとは思わなかったが。」

「鍵、誰が預かります?」

「・・・ウチ、持っておく。絶対に分からない場所に、置いておくし。」

「やめろ!! 待って、本当にそれだけは、それだけは!」

 

 酷く怯え、許しを乞うレイ。うむうむ、反省してくれている様子で何よりだ。

 

 ・・・ところででマーミャが持っている、鍵付きの下着は何なのだろう?

 

「やめろォォォォ!!」

「アルト様は少し部屋から出ていてくださいねー。」

「おう、分かった。」

 

 まぁいいや。気にしないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は、街の喧騒の中を1人歩いていた。

 

 その道の先には、彼女の目的地は無い。ただ、ボンヤリと歩みを進めているだけである。

 

 

「いや、あはは。まぁ、薄々そんな気はしてたんだが。」

 

 

 金髪を揺らし歩くその白魔道士に話し掛ける人は居ない。誰かが、彼女に話し掛けられる雰囲気では無かったのだ。

 

「そっかー・・・。」

 

 彼女は思い出す。コソコソと辺りを気にして、仲間の黒魔道士と2人逢い引き宿に入る、恋人の姿を。

 

 呆然とその場に立ち尽くす事数時間、着衣の乱れた黒魔道士が、疲れた顔で恋人と宿から出て来る姿を。

 

「・・・。」

 

 何かの間違いかもしれない。何かの誤解かもしれない。だったらいいな。

 

 彼女は衝撃でシャットダウンした脳の片隅に、わずかに残った思考回路でそんな夢を見ながら、フラフラと明後日の方向へと歩き出していた。

 

 1人、怯えながら。

 

「嫌だなぁ。知りたくなかったなぁ。でも、アイツ、格好いいもんな。そりゃそうだよ・・・。」

 

 元々、そんな気はしていたのだ。でも、何時しか頭からそんな可能性は除外していた。自分だけの彼であって欲しいと、そう願ってしまったから。

 

 もし、浮気をしてないかと、帰ってアルトに問い詰めたらどうなるだろう。

 

 謝ってくれるのだろうか? 誤解だと、誤魔化すのだろうか? それとも────

 

 

 

『ああ、なんだフィオ、気付いちゃったか。じゃあもう良いよ、別れよう。』

 

 

 

 あっさりと、捨てられてしまうのだろうか。

 

 

「あ、はは。どうして今、知っちゃうかなぁ。もう、遅いっつーの。」

 

 彼女の身体は、アルトだけを覚えている。彼女の心も、既にアルトに預けきっている。

 

 今更彼女に、アルト以外の選択肢は残っていない。

 

「成る程なぁ、こうやってハーレム維持してるんだなアイツ。感心するよ。」

 

 この白魔導士は、元々視野が広い人間ではない。そんな彼女が、生まれて初めて男性に恋をして、更に視野は狭くなり。

 

 すれ違いで始まった2人の恋模様は、更に混沌としていく。




次回更新は10月4日17時です。
これでやっと最終局面に入りました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「身売り?」

 誰かに心を預けられると言うことは、どれだけ幸せなことだろう。

 

 誰かを愛することが出来るのは、それだけできっと幸せな事だから。だから、気付かない振りをして現状維持する事は、間違った選択では無いはずだ。

 

 

「・・・何か、有ったのか?」

「どうしたアルト、いきなりそんな事聞いて。」

「いや、その。何だ、フィオが元気が無いような。」

「そんな事ねぇぞ? 気のせいだろ、変なアルトだな。」

「そうか。・・・そうか?」

「ああ。気のせいだ、気のせいだとも。ただちょっと────舞い上がっていたのかもな。」

 

 だから、オレは、このままで良い。

 

 誤魔化されてあげよう。騙されてあげよう。アルトの言うことを鵜呑みにさえしていれば、きっと上手く隠してくれるはずだから。

 

 

 

 

 

 

 白魔道士は一人、悲しい覚悟を決め今日も恋人に寄り添う。もうすぐ、バーディの示した恋人発表の期限であり、きっとアルトは上手く誤魔化す手段を考えているんだろうなと予想をしつつ。今この瞬間だけは自分に向いているその視線を、いじらしく享受していた。

 

 全て、つつがなく誤解である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・と、言う訳なんだクリハさん。どうしたらオレ、捨てられずに済むかなぁ。」

「その展開は予想しておりませんでした。」

 

 オレの恋人が何股かけているかわからない件。その事実に気づいて枕を涙で濡らしたオレだったが、面と向かって問い詰める度胸もなく、一人で抱え込んでいたその矢先。

 

 クリハさんからバーディについて相談があると飲みに誘われ、その場で逆にオレが相談に乗ってもらっていた。

 

「私としては、その、バーディ様にくっつかれる恐れがあるので勧めたくないのですが、流石に勇者アルトと別れたほうが良いのでは? この先きっと、不幸な目に遭うだけですよ。」

「・・・クリハさんなら別れるのか? 相手をバーディに置き換えて、オレの立場だったら。」

「いえ、私なら監禁と闇討ちで対応します。」

「はは、面白いなクリハさんは。それ、本気で言ってそうに聞こえたよ。」

 

 クリハさんの冗談で、少しだけ和んだ。彼女も、鈍感クソ野郎バーディの件で相談があったはずなのにオレばっかり話を聞いてもらって申し訳ない。

 

 でも、誰かに相談しないと、やりきれなかった。

 

「私たちメイドにも、よくある事なのです。貴族の坊ちゃんに誑かされて、都合のいい夜の相手として扱われる。そういった娘は大抵周りが見えていなくて、その悪い男に何でも言いなり。」

「・・・アルトは、オレの事をそんな風に見てるのかな。」

「さぁ? ですが、何股もかけている時点でそんな風に見てる人間であってもおかしくはないかと。そして、最後には・・・。」

 

 クリハさんは、少し脅すように、こう続けた。

 

「娼館で、体を売らされる娘もいました。貴族の坊ちゃんに、金がどうしても必要だからと頼み込まれ、騙されて。その娘は、今も身売りされたままです。今もその貴族が迎えに来てくれると信じて、娼館で働いています。貴族の方は、その娘を身売りした金で新しい女を囲っているのに。」

「そ、そんなのって!」

「殿方は、時にどこまでも女性に残酷なのです。愛情より、性欲が前面に出ている方は、特にそう。」

「でも、アルトは、そこまでするような奴じゃ・・・。」

「・・・剣士マーミャと、勇者アルトが婚約した。そんな噂が、数日前に王宮で流れていましたよ? 即座に火消しされ、もう箝口令が敷かれていますけれど。勇者アルトは、レイ様だけじゃなく、マーミャ様にユリィ様、場合によってはリン様やルート様にまで手を出していてもおかしくはない。」

「・・・嘘。」

「残念なことに、事実です。・・・流石に同情しますよ、同じ女性として。」

 

 猫目のメイドは、ポンとオレの頭を撫でて、優しく抱き締めてくれた。

 

「また何かありましたら、私に気軽にご相談ください。力になれることであれば、協力しますので。」

「・・・あり、がとう。クリハさん。」

 

 そう言って彼女は、席を立つ。これから仕事に戻らないといけないらしい、貴重な時間を潰してまで話を聞いてくれたクリハさんには感謝だ。

 

 なんとか笑顔を作って彼女に手を振り、オレは独り酒場に残る。

 

 ・・・別れる、か。それも、選択肢の一つなのかもしれない。でも、でも。

 

 アルトが、今更隣に居てくれないなんて考えたくない。奴ならきっと、オレを騙したまま、幸せにしてくれる。うん、大丈夫。

 

 アルトに抱かれた感触は、アルトを受け止めたこの体躯は、色濃く記憶に刻まれている。もう、遅い。もう、別れるなんて、考えられない。

 

 オレはアルトの所有物(モノ)だ。

 

 だから、どう扱われたって彼の傍にさえいられれば、それで幸せで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼みがあるんだ、フィオ。」

 

 その日の夜、アルトはこっそり、オレの部屋へと忍び込んできてくれた。今日もするのだろうかと、笑顔を作り服に手をかけたその時。

 

 彼は部屋に入るや、真剣な表情で頭を下げた。何でも、オレにして欲しいことがあるのだとか。

 

 ・・・別に頭なんか下げなくても、やれと言ってくれれば良いのに。何でもする覚悟はある。

 

 何なら本当に、身体売らされたってかまわない。それがアルトの隣に居る条件なら耐えて見せる。

 

「・・・いいよ、アルト。何でも言ってくれ、何でもやるから。」

「助かる、その、何だ。」

 

 だってオレは、アルトが好きだから────

 

「ちょっと一肌脱いでもらって、日頃の慰安を兼ね兵士連中の相手してやって欲しい。何、すぐ終わるから。」

 

 どんな、事だって。

 

「・・・アルトは、それでいいのか?」

「ん? ああ、そうしてくれると助かるな。大丈夫、俺も近くで見ててやるから。」

「あ、そう、なんだ。お前、近くにいて見てるんだ。」

「勿論。それにフィオ、お前はこういうの、好きだろ?」

「え、あ、あ。は、はい、好き、かな。」

「じゃ、頼んだぞ。」

 

 顔から血の気が引いていく。いきなり、アルトはどうしてそんな残酷な事を? 昨日までそんな素振りなんて無かったのに、何で。

 

 気付いて、居たんだろうか。オレが、アルトとレイの現場を見ていることを。奴が探知魔法を使ってさえいれば、オレの存在に気付くことなど容易な事だ。

 

 それでなお、気付かない振りをするオレを見て。自分に従うと踏んで、それでいきなり────? やっぱり、ココで別れておかないと、ココでアルトから逃げないと、オレはきっと不幸な目に?

 

 ・・・でも。

 

 でも、実は、そんな目的じゃ無くて、単にアルトがそう言う趣味なのかもしれない。NTRと言うのだろうか、前世のオレには理解できないジャンルだったが、恋人が別の男と寝るのに興奮するのだとか。変態なアルトの事だ、そうであってもおかしくない。

 

 うん、きっとそう。アルトは、他の男に抱かれるオレを見て、興奮する性癖なだけ。だったら、ちゃんと応えないと。

 

 応えないと、捨てられるかもしれないから。

 

「なぁ、アルト。」

「どうした?」

「オレ、頑張るから。一生懸命頑張るから、見ててくれよ?」

 

 声の震えを押さえて、オレはなんとかアルトの前で笑う。

 

「ああ、楽しみにしてるぞ、フィオ。」

 

 そう言ってアルトも、残酷に笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘーイ!! 皆ノってるかい!?」

「「イエェェェェェェイ!!」」

 

 その、翌日。一晩悶々と決意を固めていたオレは、アルトに手を引かれ、大げさな舞台に連れてこられていた。

 

 オレはもっと、小規模だと思っていた。奴の言い方から複数相手なのは覚悟していたが、精々軍属の偉方か、金持ってる人間数人に囲まれる程度だと思っていた。目の前に一面に広がるのは、視界を埋め尽くさんばかりの大群衆。ざっと数百はいるだろう。

 

 ・・・まさか、全員相手しろなんて言わないよな? ボロキレになるぞ、オレ。

 

「皆の期待に応えて、なんと彼女が来てくれた!! ヒュー!! 信じられるかい、オレ達のアイドル、勇者フィオちゃんだ!!」

「うおおおおお!!」

「踏んでくれ!! 舐めてくれ!!」

「娘になってくれぇぇぇぇぇ!!」

 

 何より、この兵士たちのテンションがおかしい。知ってる顔もチラホラ、一緒に酒飲んで騒いだ奴もいるし、共に戦場で背中付き合わせた奴もいる。

 

 顔見知りの前で、そういうコトさせられるのイヤだなぁ。と言うか、アルトお前は・・・。

 

「イエエェェェイ!! 下品なヤジは、NGだぜ野郎ども!!」

 

 逆三角形の変なグラサンをかけ、黒いシルクハットを被った派手なタキシード姿で、異様なテンションのまま司会をやっているオレの恋人に目をやる。キラリ、とオレの視線に気づいたヤツは歯を光らせ笑った。

 

 何やってんの。コイツ、マジで何やってんの? イエエェェイ、じゃねぇよ。

 

「さぁて、今日はみんなのリクエスト通り、勇者フィオのオンステージ!! 忙しい彼女が、時間を割いてまでここに駆けつけてくれた!! さぁ皆、まずは拍手だ!!」

 

 その、アルトの掛け声とともに割れんばかりの拍手音が、せまい劇場に鳴り響く。と、同時にパァンと舞台の脇からクラッカーが鳴り、更に熱狂し大興奮する兵士たち。

 

 何だコレ。このテンションでヤられるのか、オレ。どういうプレイなんだ。

 

「えっと、その、アルト?」

「ノン、ノン。俺は謎の司会者、Mr.ART(アート)さ! さぁて、なんだいフィオ? 聞きたい事でもあるのかい?」

 

 山ほどあるわ。さっきからのその、妙にアメリカンなキャラは何だ。いや、そもそもの話、

 

「この催しは、何なんだ?」

「おいおい、ココにきて今さら何を言ってるんだい? フィオトークショー IN 王都城! 今日のチケットにはプレミアがついてるんだぜ、皆が給料をはたいてここに来てる! 皆フィオのファンさ、凄い熱狂だろ?」

 

 そう言ってアルトは再びキラリと歯を光らせた。

 

 ・・・トークショー? 相手、して欲しいって、そう言うアレ?

 

 オレが昨日、涙をこらえて固めた覚悟のやり場は、何処?

 

「・・・ろ。」

「・・・ん? 何だい、フィオ────」

 

 ぷるぷると、怒りで頭が震える。良いよな、これはキレて良いよな、オレ。

 

 正中に拳を構え。変なテンションの恋人の鳩尾めがけ、(メル)直伝、渾身のブローを放つ。

 

「依頼の内容は! 一言一句正確に! 伝えろお馬鹿ぁ!!」

「ノォォォォォ!?」

 

 もうちょっとで脱ぐところだっただろーが!! この大馬鹿野郎!!

 

 

 

 その日。日々訓練を頑張る兵たちの慰安の為に呼ばれていた旅芸人がたまたま遅刻し、代わりに急遽開催された白魔導士フィオのトークショーは、兵士の間でチケット争奪戦が発生する程の騒ぎとなった。

 

 そのプレミアショーは、フィオとMr.ARTのドつき漫才により開幕。劇場は彼らが期待した以上に盛り上がり、兵士たちにとって忘れられない伝説の一日となるのであった。

 

 

 

 

 




もうしばらくシリアスが続きます。
次回更新は10月7日の17時です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「流星?」

職場の配属が変わり、残業は増えたもののなんと日曜が休みになりました。
嬉しさのあまり、友達に日曜が休みだと自慢して回ったら可哀想なモノを見る目で見られました。


 此処は王国より遙か彼方、魔族領の最前線。薄汚れた陣地の中で魔王軍の重鎮たるメンバーが一堂に会し、如何に人族を滅ぼすかと話し合っていた。

 

「魔王様、この好機を逃すは愚策と存じます。」

「ミクアルの長の死は確実だと、何度も確認されております。」

「更に流星の巫女は失踪しているとか。今こそ、天機ではありませんか。」

 

 会議に参加している魔族達は口々に、無謀な強硬論を叫んでいた。彼等は一体一体がそれぞれの種族の長であり、それぞれの一族を代表し出席している。当然、彼等は皆その立場に恥じぬ実力を有している。

 

 そんな怪物達の不平を聞くは、齢は10を越えぬだろうかと言った、眠そうな顔の童であった。幼さの残る顔付きの、その小さな人族の少年へ猛り詰め寄る異形の魔物達。

 

「・・・で?」

「今こそにっくき人族を、根絶やしにしましょうぞ!」

「僕も人族なんだけど?」

「魔王様はもはや魔族でございます。」

「・・・まぁ、そこは良いけど。君達の意見に僕は反対、賭け(ギャンブル)にしても分が悪い。まぁ、大口叩いてたあのデカオークも死んじゃって、僕等は確かに劣勢だ。君達が賭けに出たくなるのは分かる。」

 

 魔族の一人に詰め寄られた幼い少年は嘆息し、傍らの魔物を一体意味も無く足蹴にする。

 

「でもさ、流星魔法(メテオ)は無いだろ。返されたらお前らが滅ぶんだぞ? 流星の巫女以外にも、流星を操る秘術の使い手が居ないと言い切れるのか? そもそも、巫女は本当に失踪しているのか? 失踪していたとして、人類滅亡の危機に対し姿を現さないと断言出来るのか?」

「ですが、それでも。一発逆転を狙う機としては、これ以上は無いかと。」

「────まぁ、どうしてもやりたいなら止めないけど。君らが滅ぼうと、人族の僕には関係無い。いざとなったらお前らに捕らえられた憐れな子供を演じるだけだし。魔族に勝ち、地上の覇者となった人族の一人として平凡に生きるだけさ。」

「・・・お戯れを。魔王様が人族の中で生きていける訳が無いでしょう。兎も角、止めないと言うことはご賛同頂けるのですね?」

 

 その魔族の説得に、魔王と呼ばれた少年はふわぁ、と欠伸で返事をする。

 

「好きにすれば?」

「ふむ、ご了承頂けたと。では、戦の準備をして参ります。流星魔法の発動に先駆け、唯一秘術を継承している者のいる可能性があるミクアルを奇襲致しまする。ミクアルを落とし憂いを除いて、万全を機し流星魔法を発動しましょうぞ。」

「あー、良いんじゃ無い? 今なら楽に堕とせるでしょ、ミクアル。ただ、襲撃と流星魔法の発動は同時が良いと思うよ。勇者共がミクアルに派遣されたら、お前らだけで勝てるの? 王都に星が降ってきて国がもたついた隙に、ロクな戦力が居ないミクアル攻め落としてチェックメイトした方が分の良い賭けになる。自分が死ぬかもしれない時に、大事な戦力をミクアルに派遣できるほど度胸ある男じゃ無いしね、今の国王。」

「・・・了解しました。では、そのように。」

「頑張ってね。」

 

 少年は心底どうでも良さそうに、手をヒラヒラと振って出て行く魔族を追い払った。

 

 部屋に残ったのは、僅かな穏健派の魔族と、その長である魔王のみ。

 

「はぁ、本当馬鹿ばっか。そりゃ魔族が毎回負ける訳だよ。」

「魔王様。今回は、我々が勝ちますよ。」

「まぁ流星魔法(メテオ)通れば勝てるだろうけどね。本当、バッカだなぁ。」

 

 短い黒髪を切り揃え、貴族の幼い嫡子と見紛うその風貌に、似合わぬ大きな肩幅のマントをだらしなく羽織ったその少年は、呆れたように呟いた。

 

「そんな分の悪い賭けに出るより、この僕に本気で闘うよう説得した方がずっと効率良いのに。流星魔法(メテオ)なんて分かり易い力に頼りたがる、それが魔族の愚かな所だな。」

「魔王様。ならば何故貴方は、本気で闘ってくださらないのです?」

「だって、そりゃ理由も無いしね。あーあ、こんなことなら────」

 

 ぐしゃり。機嫌悪そうな声をだし、少年は話し掛けてきた魔族の足を踏み潰す。悲鳴を上げる穏健な魔族を尻目に、つまらなそうに少年は嘆く。

 

「────魔王なんて、殺るんじゃなかったなぁ。」

 

 ひょんな事から魔王となる事を押し付けられた少年の、怠惰で憂鬱な日々は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局。アルトの言う“兵士達の相手をしてくれ”は、つまりオレのトークショーを開いてくれという意味だったらしい。

 

 兵達の慰安目的として定期的に開かれる旅芸人の舞台。今回は芸人側の不備により急遽開催できなくなった為、オレが呼ばれたそうだ。緊急依頼と言うことで、王様からタンマリと報酬が貰えた。

 

 ・・・いや、勇者パーティの1人を見世物にするなよ。一応この国の最大戦力だよ? それともオレが、皆に芸人枠と認識されていたのか? オレはラントみたいな扱いだったなんて、流石に凹むぞオイ。

 

 とは言え、依頼されたからにはキッチリやり通すのが筋だ。何をすれば良いか正直よく分からなかったが、適当に盛り上げるため色々頑張った。

 

 結果、トークショーはつつがなく終わり、適当な流行の歌を歌わされ、漫談させられ、結局一日中見世物にされたけれど。厳しい戦いに身を置く兵士連中が喜んでくれたなら、オレの羞恥心の犠牲も報われるだろう。

 

 そんなこんなでかなり消耗していたオレは、幕舎に戻った後、精神的疲労でグデーと倒れ込むようにソファに寝転がった。

 

「フィオ、素晴らしいステージだった。」

「うるせー。何故、依頼の内容を正確に伝えないんだお前は。こんな大人数相手に歌わされるなんて聞いてないぞ。」

「む、すまん。」

 

 無責任な謝罪をしながらポリポリと頬を掻く、想い人(アルト)。こいつ、どうしてくれよう。

 

「もう良い、とっととご褒美くれ。」

「ご褒美?」

「・・・早くしろよ。」

 

 ・・・ここまで身体を張ったんだ。相応に貰うモノは貰いたい。目をつぶり、奴を待つ。

 

「────あぁ。分かった、分かった。」

 

 アルトはそのまま唇を重ねてくれた。今、この瞬間だけは、アルトはオレの恋人だ。 

 

 その唇の感触を確かめながら、そのまま微妙にオレのイヤラシい所へ行くアルトの右腕を、少し切ない気持ちで見送った。本音を言えば、キスだけが良かったな。別に触りたいならそれで良いが。

 

 ただ、ココは仮設営された壁の薄い幕舎(テント)だし、人の耳もあるから本番は出来ないぞ。 

 

 そう注意しようとしたが、流石にその辺の良識は有るらしく、アルトは服を脱がそうとはしてこなかった。

 

「・・・ん。」

「声、出すな。力抜いてろ?」

 

 それでも奴の右手は、存分にヤンチャで。前から疑問だったのだが、人に見せつける趣味でもあるのだろうか、アルトは。何かと羞恥を煽るプレイが多い気がする、股開かせたり空飛んだり。

 

 アルトが好きなら付き合うけども。

 

 

 

 

 

 夜。会場には人っ子一人居なくなり、アルトは嬲られるオレの反応に満足したのか、くたくたになったオレを解放した。

 

 そしてオレは今アルトと二人並び、アジトを目指しのんびり帰っている。1日喋り通しだった訳で、疲れてオレは話を振る気も起きず、帰り道は会話も無く静かなものだった。

 

 もうすぐ、アジトに着く。アジトへ戻ると、オレとアルトの時間は終わり。散々今日は一緒に居てくれた、だからきっと今夜は、別の女の部屋に行く日。

 

 今までもオレの部屋に来ない日は、別の女性(ヒト)の部屋に行っていたのだろう。それが誰かは分からないし、知りたくも無いけど。

 

 

「お、空見ろよフィオ。」

 

 

 ふと。アルトは呟くように、オレの隣から静かに語りかけてきた。

 

「何だ?」

「流れ星だ。」

 

 その言葉につられてアルトと同じ様に空を見上げる。そこには一筋の光の線が、夜空に余韻を残してうっすらと消えていた。

 

「また、流れたな。」

「ああ、オレも見えたよ。」

 

 頭上に輝く流れ星は、それだけで終わらなかった。次から次へと、星が燦めく。

 

 流星群、と言うのだろうか。この世界にも、そう言うのが有るらしい。

 

 幾つもの流星が夜空に現れては消え、現れては消え。

 

「綺麗だな、フィオ。」

「そうだな。」

 

 流れ星は、確か地球の大気層に突っ込んできたデブリがその正体だったっけか。僅かな期間だけ輝き、その代償として燃え尽きる、宇宙に漂う塵芥。

 

 でも、その燃え尽きる僅かな時間だけ、夜空のどの星よりも目立ち、輝く。

 

「オレ、流れ星、結構好きだわ。」

「ほほう、フィオは案外ロマンチストだな。」

「まぁな。」

 

 アルトが見てくれている時だけ。オレは、アルトの恋人で居られる。

 

 夜空に輝く星々より、ずっと小粒で、ずっと脆い流れ星は。

 

 誰かが見てるその時だけ、主役になれる。

 

 それは、まるで────

 

「そうか。オレは、最初からそう言う立ち位置だった。」

「・・・いきなりどうした?」

「こっちの話だ。」

 

 物語の主役は、アルト。

 

 そして、奴にとってオレは沢山居るヒロインの一人。

 

 元々、オレに女性らしさなんて無かった。半分男みたいな自意識で、好き放題やっていたオレはさながら路傍の石。

 

 そんな塵芥みたいな奴が、ちょっと地球(アルト)に近付き過ぎて、舞い上がって眩く光っている。

 

 ────流星の巫女、か。言い得て妙だな、オレを指す言葉としては。

 

「・・・本当に、最近元気が無いな。まだ、俺に理由を話してくれないのかフィオ。」

「────ん、すまん。」

「分かった。待とう。」

 

 言える訳が無い。きっと、言ってしまえば、オレは恋人じゃ無くなってしまう。

 

 今のままで良い。騙されていたとしても、やがて燃え尽きてしまうとしても、アルトの隣に居たいから。

 

 アルトの1番で無くても良い。オレが隣に居る時だけ、1番に見てくれればそれで良い。

 

 所詮、オレは、

 

 ────サブヒロイン、なんだから。

 




タイトル回収。
次回更新は10月10日です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「冒険?」

 流星の巫女の伝説を、詳しく紐解くと哀しい悲恋の物語なのは知っているか? お伽話では、流星の巫女が魔族をやっつけて、皆が幸せになって、めでたしめでたしで話は終わっている。

 

 めでたくなんて、あるものか。流星の巫女様は、はっきりと泣いておられた。愛する人と添い遂げられぬ我が身の不幸を嘆き、悲しんでいた。

 

 ゆめ、忘れるな。

 

 この魔法は決して万能では無い。一人の悲壮な覚悟を持って成し得た奇跡に他ならぬ。

 

 後世に伝えて欲しい。あの女性(ヒト)の想いを。無念を。慟哭を。

 

 初代の巫女様の、その献身を。人族の未来のため、いやきっと、愛した人に生きて貰うため。

 

 その身を捧げ、成し遂げた奇跡を。我らミクアルが、いつまでも伝承して行かねばならぬのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流星群を見た後、オレはアルトと別れて一人、アジトへゆっくり歩き出す。

 

 アジトに戻る時、念のため時間をおいてアルトと別々に帰る事にしたのだ。一緒に帰ったとこを目撃されたら修羅場勃発のリスクがある。

 

 何せ、アルトの奴は本来は今日オフであり、近場で修行をしている事になっているのだとか。Mr.ARTとか言う司会者は、アルトと別人として公的に扱われているらしい。意味が分からん。

 

 そんな理由でオレは謎の司会者ARTと別れ、一人アジトへ帰った。居間で駄弁っていたルートに軽く手を振り、私室へ戻り着替えを済ませる。

 

 今日はアルト、誰の部屋に行くのだろうか。いや、気にしちゃダメだ、オレはアルトが何処で何をしようと、ただただ信じる。信じて、騙されてあげる。それがオレの、唯一出来る自己防御だから。

 

 アルトの一番じゃなくたって、オレと居てくれている間だけ構ってくれればそれでいい。

 

 ああ、何だ。オレもフィーユの事を笑えなくなったなぁ。

 

 

「ただいま。」

 

 丁度着替え終わった頃、玄関でアルトの声がする。奴も帰ってきたようだ、だがオレは出迎えに行かない。

 

 今までもアルトが帰ったくらいでいちいち出迎えになんか行かなかったし、今頃玄関には4人娘が押しかけているはずだ。アイツらと一緒に居るのは少し辛い。

 

 

 フィーユ、そう言えば言ってたな。男は気が多いものだから、贅沢言っちゃいけないって。

 

 自分を大事に思ってくれるなら、他の人に目が行っても耐えてあげなさいって。

 

 ・・・辛いな、恋愛って。前世だと倫理観が違ったから、浮気に対してオレも文句を言いやすかったけど。今世は多妻の人も割かしいるもんなぁ。貴族とか殆どそうだし、ウチの村長もそうだし。

 

 もやもやするけど、郷に入りては郷に従えと言う。この世界がそういう倫理観なら、オレが我慢しないといけないのかね。

 

 ・・・よし、ワインでも飲んで寝るか。酒に逃げよう、そうしよう。バーディの買い置きならパクっても文句言われんだろ。

 

 そう考え、居間に出向きワインボトルを1本入手する。バーディの伝手で安く美味いワインが大量に入手できるので、わがアジトでは酒には困らないのだ。最も、好んで酒を飲むのはオレ、バーディ、レイくらいだけど。

 

 つまみも欲しいな、誰かの部屋にアテが無いか聞きに行こう。確かルートの部屋にまだ焼き菓子かチーズの在庫があったはず、ついでにルートにも女装してもらって肴にするか。

 

 女装したルートなら浮気じゃないし、アルトの機嫌も損ねないだろ。

 

 丁寧にラッピングされた旨そうなワインを握りしめ、オレはルートの部屋に向かう事にした。この胸にぽっかりと開いた寂寥を癒せるのは、可愛い女の子か女装したルート以外にあり得ない。

 

 そんなこんなでオレは適当に私服を見繕い、奴に着せるべく手に持ってプラプラと廊下を歩いていると。

 

 

 

「アルト、今日は僕に時間をくれないか?」

「む、分かったルート。シャワーを浴びたら、すぐお前の部屋に向かおう。」

「待ってるよ。」

 

 

 

 怪しい会話をする二人をたまたま目撃してしまう。シャワー・・・。

 

 ・・・あ、そっかぁ。今日はルートの日かぁ。

 

 

 

 知りたくなかった事を知ってしまったオレは、零れる涙を堪えながら、ひっそりと部屋に戻るのだった。

 

 ─────どっちが攻めなのかなぁ?

 

 

 

 

 

 

 空のワインボトルが、床に転がる。

 

「・・・ダメだぁ、頭がモヤモヤして、苛立ちが消えてくれねぇ。」

 

 アルトは、今何をしているのだろうか。

 

 ルートにキスでもしているのだろうか。

 

「────ヤだなぁ。でも、受け入れないと。」

 

 ルートは実際可愛いもんなぁ、オレから見てもそうだもん。ブツが生えてるのが不思議で仕方ない。

 

「・・・アルトォ。」

 

 眩暈がする。クラクラと精神を蝕む、ルートの顔。

 

 でも、この不快感に解決策なんて無い。何とかして、自分で心に折り合いを付けないと。

 

 せめて、何処かに吐き出してしまいたい。何かぶつけるモノが欲しい。そんな、八つ当たり的な思考に陥っているオレに、

 

 

 

 突如、天啓が舞い降りた。

 

 

 

「そうだ、あの手があるじゃないか。」

 

 何故忘れていたのか。似たような悩みを持った人間が身近にいたことを。ルート以外にも、ちゃんと頼れる仲間が居る事を。

 

 修道女(シスター)たる彼女なら、きっとオレの相談に真摯に応じてくれる。オレのこのモヤモヤを、全て受け止めてくれる。

 

 この時はワイン一瓶も飲んでいて、流石のオレも少し判断力が落ちていたのかもしれない。そのままオレは思い付きの通りに、ユリィの部屋に押しかけた。

 

 アレを、得るために。

 

 今思えば、とんだ愚行だが、この時のオレは全く自覚出来ず、ただユリィの部屋へ真っ直ぐ突き進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレに必要な道具である、紙と筆はユリィがたまたま持っていた。オレは、これ幸いとばかり貸してくれと頼み込み、無事に笑顔の彼女(ユリィ)から譲り受けることが出来た。

 

 ・・・そう、オレの悩みを打ち明けると、修道女たる彼女は優しく明るく受け止めてくれて。

 

 そして喜んでと、大切な宝物である“例のブツ”を貸し出してくれたのだ。

 

 オレの私室の机の上に置かれている、ユリィから借りたモノ。

 

 ────「ひと夏の淫夢・男色勇者編~アルト×バーディ~」

 

 

 

 

 まさか、またこの魔本を開くことになるとは思わなかったな。以前クリハはバーディの男色を受け止めるため、丹精込めてこの本を執筆したという。ならばオレも、同じ様に魔本を精製すればアルトとルートの情事を受け止められるのでは無いかと考えたのだ。

 

 ・・・とは言え、オレは今世でロクに絵を描いたことは無い。前世の引きニート時代に培った、パソコン作画の知識が有るだけだ。この世界の筆を用いた絵なんて描いたこと無い。

 

 だが、だからこそ。ジックリと満足いくまで作業に没頭し、それでこのモヤモヤを晴らす事が出来るのだろう。

 

 初めての同人活動。初めての薄い本作り。

 

 姿勢を正し、クリハ本(おてほん)を参考にしながら、オレの冒険(どうじん)は始まる。その日、オレは徹夜で寝ることを忘れ、夜が明けるまでルート×アルト本の精製に勤しむ事にした。

 

 やがて額には汗が滲み、指には墨がこびりつき、机には所々に墨の零れた痕跡が残る。そんな過酷な執筆環境の中、オレは実物(アレ)を思い出しながらカリカリと静かにアルトのブツをデッサンしていく。

 

 朝日が差し揉む時間、最後のスジを書き込む。そして、オレはやり遂げたのだった。

 

 目の前には、ルートの巨大なブツを頬を染め受け入れるアルトの絵。我ながら、渾身の作画だと思う。あまりの威力に吐き出しそうだ。

 

 最後の見開きにペン入れが終わり、作業が終了して。日が照りつける中、かすかな達成感と心地よい微睡みに誘われ、オレは机の上で意識を手放すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルート、部屋に入るぞ。」

「うん。ゴメンね、夜遅く呼び出して。」

 

 ステージは終わり、プロデューサー兼司会としての仮面を脱ぎ捨てた俺は、何処か哀しそうなフィオと夜道を共にアジトへと帰った。

 

 フィオは、最近何処か寂しそうだ。父親が死んだ事を今になって感じだしたか、はたまた他に何か悩みがあるのか。無理に問いただすのは良くないが、だからと言って無視できない。

 

 ゆっくりと、話してくれるのを待つしか無い。

 

 

 フィオの事を気にかけつつもアジトへと戻ると、ルートは俺に話したいことか有るらしく、帰って早々に呼び出されてしまった。

 

 真剣な顔だった。バーディと違い、ルートの事だからきっととても重要な話なんだろう。

 

 

 

 

 

「その、結論から言うよ。魔王軍が動きを見せてる・・・いや、正確には明日から動きを見せるだろう。」

「本当か。」

「うん、精霊の占いだから信頼度は高いと思う。」

 

 ゴクリ、と唾を飲む。また、戦争が始まるのか。

 

「それと、何だか嫌な気配。強大な魔法の予兆かもしれない、魔力の渦を感じるよ。こっちも多分、明日。」

「魔王軍も遂に、全面攻勢に出て来た訳か。」

「その認識で良いと思う。この件は王様には報告してるよ。・・・ここからは、内緒の話。」

 

 ルートは声を落として、耳打ちするように俺の耳に囁いた。

 

「流星魔法かもしれないんだ、その魔法。」

「────何だと?」

「あの魔力の渦が魔法だとしたら、明らかに空に向けて放てる術式っぽい。あんな大規模で、空に向けて打つとしたら流星魔法(メテオ)位だと思う。────フィオには内緒にしておいてね。」

「む、何故だ?」

「ああ、アルトは知らないのか。フィオは流星の秘術の継承者なのさ。流星の巫女(フィオ)の扱う魔術は、流星魔法に対する最強のカウンターなんだよ。」

 

 ・・・いや、説明されるまでも無い。フィオのその立場については、既に知っている。ミクアルの里でその話は聞いていた。

 

「だったら尚更、話しておいた方が良くないか?」

「ただの憶測だからね。もし本当に流星魔法(メテオ)だったとしても、発動から隕石が引き寄せられるまで3日はかかる、慌てる必要は無い。」

「そうか。ではわざわざ内緒にしておく理由は?」

「────それだけどね、流星魔法の術者は・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重要な話を教えてくれたルートにお礼を言い、俺は部屋を出た。

 

 正直、オレは今とても戸惑っている。ルートから聞かされた話は、想像していた以上に深刻だった。流星の秘術にそんな秘密があったとは。成る程、フィオに聞かせられない話というのは納得だ。

 

 流星魔法であった場合はなるべく考慮せず、その他の大魔法の場合を想定して動いておこう。ただでさえ弱っているフィオに、これ以上負担はかけられない。

 

 ・・・彼女は、何を悩んでいるのか。俺では相談相手足りえないのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その、翌朝。早朝、剣を振り鍛錬していた俺に、ゴミを見る目でクリハが話しかけてきた。王宮から呼び出しがかかったようだ。恐らく、何か魔王軍に動きがあったのだろう、ルートの予知通りに。

 

 身支度を整え、俺はフィオを起こすべく、彼女の私室へ向かった。流星魔法の話を彼女にしておくべきか、否か。俺にはその判断がつかなかったが、ルートの話を聞いて無性に彼女に会いたくなったのだ。朝起こしに行くことを口実に、フィオを愛でたいという下心もあったかもしれない。

 

 フィオの部屋をノックし、外から呼びかけてみる。中にフィオの気配はあるのだが、返事はない。おそらく眠っているのだろう。

 

「開けるぞ、フィオ。」

 

 朝から王宮へ呼び出しもかかっている。ここは体を揺すってでも起こしてやらねばならない。俺は彼女の部屋に入り、そして、

 

「おーいフィオ?」

 

 机の上で突っ伏しているフィオを見つけた。何か作業をしていたのであろうか、近づくと彼女の腕は黒く汚れ、机には本が置かれていた。

 

 きっと魔本の解読でもしていたのだろう。この世界の魔術書は難解で、読むだけでも精神をすり減らす。自分に必要な部分だけ解読しメモしていくのが、この世界の主な魔本の読破法なのだ。

 

 熱心だな、彼女は。昨日は疲れ果てていただろうに、研鑽を怠らないとは。そういえばレイの黒魔術書に興味があるって言ってたような、きっとその本を・・・。

 

 

 

 

 

『良いのか? 僕の股間の怪物が鎮まる頃には、君のケツに赤い薔薇が咲いているぞ?』

『大丈夫だルート・・・。俺のケツは強靭だ、安心してその男の娘キャノンを解放すると良い。』

 

 

 

 

 

 フィオの机の上の本をうっかり確認してしまった俺は、無言で部屋の外に出て、部屋の外から再びフィオに起きるように声をかけるのだった。

 

 ・・・腐ってても、フィオはフィオ。可愛い恋人だ、多少の欠点は受け止めてやろうじゃないか。俺だってフィオに邪な劣情を抱くんだ、フィオだって邪なことを考えていても気にしない。

 

 フィオの股間からアレが生えてくる現象よりずっとマシだ。頭にこびりついた自分であろう男の濃厚なプレイの絵を、記憶の彼方に消し去ろうと努力しながら、オレは部屋の外からフィオに声を掛け続けるのだった。




次回更新日は10月13日です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「決心!」

 ────恋人の声がする。

 

 

「フィオ、起きてくれ。」

 

 

 甘い恋人の声と、戸を叩く野蛮な音により、オレはゆっくりと意識を取り戻す。ううむ、眠い。

 

 昨夜はあまり眠れなかったと言うのに、こんな時間に起こされては寝不足だ。

 

「────何だよ、今日は休みだろ?」

「すまない、召集だ。起きてくれ、王宮へ向かうぞ。」

「ウゲェ・・・、了解。」

 

 机に突っ伏していた頭を上げると、タラリと涎が垂れた。髪もぼさぼさ、目もクマが出来ているだろう。こんな日に限って招集とはついていない。早く身嗜みを整えんと。

 

 寝惚け眼を擦りながら、オレはボンヤリと視界を手元へ移し、

 

 

『どうだいアルト・・・、僕のルートソーセージの咥え心地は・・・?』

『太くて肉汁タップリで・・・太いッ!!』

 

 

「おえぇ・・・。」

 

 寝起きからとんでもない絵面を目にいれてしまい、静かに吐くのだった。

 

 

 

 

「王宮へ、緊急招集ですか?」

「ああ、マーミャ。昨日ルートから聞いたかもしれないが、とうとう魔王軍に大きな動きがあったそうだ。」

「・・・じゃあ、いよいよ最終決戦?」

「かもな。」

 

 よく掃除に来てくれるメイドさんが作ってくれたらしい朝餉のスープを、ちゅるちゅると吸う。

 

 二日酔いとかBLショックとかの吐き気で頭がグワングワンとしていて、朝食の場で真剣な顔をして話し合ってる皆をぼーっと眺めてオレは意識の回復にいそしんでいた。自慢の回復魔法も頭が痛けりゃ使えない。

 

 回復術師の欠点は自分が思考力低下してる状態だと使い物にならない事なんだよな、今みたいに。

 

「メシ食ったら、すぐ行くぞ。」

「分かった。」

 

 アルトはそう言うと、黙々と担当のメイドさんが作ってくれた食事を頬張る。むぐぐ、オレも出されたものは食わないと・・・だが今食べたら吐くかも。もう少し目が覚めて自分を治してから食おう。

 

「・・・フィオ? 食べないのか? 何やら顔色も悪いぞ。」

「こりゃ二日酔いしてる顔だ、ほっとけ。」

 

 そんなオレを心配そうに見つめている、ソーセージを頬張るアルトを見てほんのり頭が腐る。いかんいかん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食が終わるとオレ達は用意された馬車に乗り、直ぐに王宮へと向かった。

 

「どうぞ、謁見の間へお入りください。我らが王が、お待ちです。」

 

 ココに来るのは、何度目だろうか。いつもの様に澄ました顔で待機していたクリハさんが、オレ達を出迎えて先導し王宮を闊歩する。そんな彼女の案内のまま、オレ達は扉をくぐり貴族共のひしめく部屋の真ん中を歩き、国王の座している王座の前へと歩み、その場で静かにしゃがみ込む。

 

 カツン、と。オレ達全員がしゃがんだ後に守護兵が槍で床を叩き、王宮が静まり返った。

 

「よく来たな、我が勇者達よ。」

 

 王が言葉を発したので、オレ達は深く頭を下げる。

 

「此度の招集は、他でもない魔王軍のことだ。先に精霊術師ルートの予言も有ったのだが、強大な魔術反応が北東の方角に確認された。何かしら強大な魔術が行使されたのは確実だろう。」

 

 むむ、動きがあったとは聞いていたが強大な魔術だと? 待て、そんなの聞いてないぞ。昨日オレが歌って踊って漫談してる間に一大事になってるじゃねぇか。

 

「更に、だ。・・・その魔術は流星魔法であろうと、そう解読されたそうだ。確かだな侯爵?」

「ええ、我が魔術の名門たるグレイ家の名に賭けて。その魔術が空を裂き、天を射貫いた事。術式が100年以上前の古式魔術であった事。そして、感知した術式から星に関する記述が読み取れたこと。これらを鑑みるに流星魔法に間違いありますまい。」

「うむ。とならば、此度の我が頼みの想像もつくであろう。」

 

 しかもすっごく聞き覚えのある魔法じゃねーか。

 

 嘘だろオイ。何で流星の巫女が生きてるのにぶっ放してきたの魔族共。アホじゃねぇの? そんなに滅びたいの? 

 

「・・・勇者フィオ。これは、決して貴殿への命令ではない。私個人としての、あくまで願いなのだ。このままでは国が亡ぶ。国民たちは皆屍を晒し、この地から人の笑顔が永遠に失われてしまう。」

 

 厳かな表情のまま、王はオレの前へ歩き、膝をついて頭を下げた。どういう事だ? 王の頭ってそうホイホイ下げる物じゃないだろう。万が一にもオレの機嫌を損ねたくないって事かね。

 

「断ったとて、決して恨んだり責めたりはしない。だが、私は私の守るべき民の為、貴殿に頭を下げよう。どうか、フィオ殿の秘術を以てこの国を救ってくれないか。」

 

 いや、言われなくとも別にいいけど・・・。何でそんなに仰々しく頼み込むんだ、この王様は。こんな時の為にちょいちょいっと習得しているんだし、流星の秘術。

 

 今回の戦果は絶大だろうなぁ。きっと報酬もたんまり貰えるし、オレの名は英雄として代々伝承されていくクラスの名声も得られるだろう。

 

 これはまた、かなり旨い依頼来たなコレ。徹夜で薄い本書いてて眠い中、頑張ってこんなところまで来た甲斐があった。くく、アルトより有名になっちまうなコレは。

 

「りょ――――」

「・・・待てフィオ、こんな依頼を受ける必要はない。王よ、口をはさむ無礼を許してくれ。魔族が使ったのが流星魔法である事は確かなのか?」

「王の発言中であるぞ、この無礼者!!」

「構わんよ、続けなさい。勇者アルトよ、魔法を検分したのはわが国で最も魔術の解析に優れたザスト・グレイ侯爵である。恐らく彼の言に間違いではあるまい。」

「・・・で、あったとしても。流星魔法は俺が何とかしましょう、フィオに秘術を使わせるまでもない。俺がカタを付けます、俺が星を砕けばそれで済む話だ。」

「勇者アルトよ、すまぬ、その言を受け入れる事は出来ぬ。私は貴殿が非常に強力な使い手であることをよく理解しているよ、だが。」

 

 オレが二つ返事でOKしようとしたその瞬間。予想外にもアルトが王に食ってかかり、オレを庇うように割って入ってきた。

 

 何なんだ一体。ひょっとしてオレの報酬を横取りするつもりか? そんなことしなくても、言ってくれたらお金なんて幾らでも用意するのに。

 

「アルトよ、貴殿が星を砕いたとて、飛び散るであろうその破片はどうする? そも、人に星が砕けるのか?」 

 

 王の言葉に、アルトはウッと言葉を詰まらせる。

 

「これは、由緒ある歴史書に残された記載であるのだが。迫りくる流星魔法に対し、300年前の当時の勇者が全員で力を合わせ、反動だけで山が消し飛ぶほどの強大な魔術で流星を迎撃した記録が残っている。」

 

 王はそう言って、静かに顔を横に振った。

 

「狙い通りに流星へと直撃した、勇者全員の結束の証たる人知を超えた大魔術は、わずかに隕石のハジを割っただけでその進路すら変えられなかったという。人が、星を相手取るというのはそういう事だ。」

「・・・ですが!」

「そして、これは千載一遇の好機でもある。勇者フィオが星を操り、魔族領へと流星をたたき込めばこの戦争は人族の勝利ぞ。もう我が民は、魔王軍の暴威に怯える事無く生活できるのだ。分かってくれ、我が勇者アルトよ。」

「ぐ、でも、そんなっ・・・!」

 

 アルトがすごく辛そうな目でこっちをチラチラ見ている。何をそんなに熱くなってるの、コイツは。

 

「勇者アルト、貴殿の仲間思いはよく分かる。流星の秘術は、術者の命を奪う事は私もよく理解している。だからこそ、私は命令したりはしない。王として、いや一人の個人として頼むのだ。私はこの国が大好きだ。私にはこの国を守る義務がある。どうか、その命をわが臣民の為に使ってくれないか勇者フィオ。」

 

 名声とかを気にしてるのかな? 別にオレがどういう立場になろうとアルト以外を求める気なんて無いし、そもそもアルトは現時点で最強の勇者みたいな称号得てるし。軽く国を救ってオレはヒーローになったらお似合い・・・。

 

 ・・・ん? 術者の命を奪う?

 

「断ってくれても、恨みはせん勇者フィオ。貴殿の、その心に任せる。」

「・・・フィオ。」

 

 此方をジッと、目を逸らさず見つめる国王。焦燥した顔で、オレを庇うように立つアルト。

 

 その時、うっすらと亡き父の声と記憶が、フラッシュバックした。

 

 

 

 

 

『なぁ、村長。流星の秘術ってもっと真面目に教えなくていいのかよオイ。巫女服しか記憶に残ってねぇぞ。』

『本当はいかんが、この秘術には秘伝書もあるし失伝することは無かろうて。後でしっかりおさらいするようにの、フィオ。・・・よく聞け、お前にこの秘術を教える意義は、秘術の存在が魔王軍の流星魔法に対する牽制となるからに他ならぬ。お前の仕事はいざという時にこの秘術を使う事ではなく、正しい型で後世にまでこの技法を継承させる事だ。』

『使っちゃいけないの?』

『・・・術者が死ぬからの、この技法。命を賭して、初代の巫女様は国を救ったのだ。その志には確かに敬意を感じる。だが俺は、家族に命を捨てろなんて言う気は無い。あくまで、牽制としての技法であることを忘れるな。フィオ、貴様の命は俺のどんな宝より重いんだ。変な献身欲にかられ、自己犠牲で死んだりしたら許さんぞ。』

『・・・ふぅん。』

 

 

 

 

 あ、そうだ、確かに村長の奴も言ってた言ってた。あの秘術使ったら死ぬじゃん、オレ。

 

「やめろ、フィオ。やめてくれ、頼む・・・。」

「・・・ああ、勇者フィオよ。私は強制はしない、いや、私に貴殿へ死を強制する資格なんてない。だが、だが、私は王なのだ。この国の民の為、貴殿に頭を幾らでも下げよう。靴をも舐めよう、どうか、その命を使って貰えないか。」

 

 

 成る程、妙にみんな真剣な顔でオレを見てる訳だ。

 

 

「・・・が。」

 

 オレの命で、たくさんの人の命が助かる。

 

「フィ、フィオ?」

「・・・すまぬ、聞こえなんだ。その、申し訳ないがもう一度言って貰えないか、フィオ殿。」

 

 オレが死ねば、もう魔王軍の脅威に怯える事のない、平和な世界がやってくる。・・・オレがこの話を断れば、この国の人たちは皆、隕石により死滅してしまう。

 

「・・・だが。」

「その、フィオ殿? もう少し大きな声で・・・。」

 

 答えなんて決まっている。オレがオレである為に、選ぶ答えに悩みはしない。自分の中に湧き出る感情が止まらないのだから仕方が無い。

 

 ・・・恥ずかしいな、こういうのは。柄にもなく照れてしまい小声で返事をしてしまったので、案の定王様には聞こえていない。仕方ない、ちゃんと腹から声を出して返事するか。

 

 オレは腹をくくって顔を上げ、王の視線をしっかり見返し答えを返す。

 

 

 

「死ぬとか、絶対嫌なんだが・・・。」

 

 当たり前だよなぁ?

 

 




次回更新日は10月16日です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「魔王?」

「やめろー!! 死にたくなーい!!」

 

 誰か助けて、誰か。

 

 王の要請を、両手でバッテン作りながら決め顔で断ったオレは、抵抗むなしくその場で守護兵に取り押さえられていた。両手を後ろに押さえ込まれ身動きがとれず、その場で見苦しくジタジタと藻掻く事しか出来ない。

 

「勇者フィオ。本当に申し訳ない、私の頼みを聞いてくれないか。」

「とっととオレを放せ!! 間に合わなくなっても知らんぞ!!」

「どうか、その命を王国の為・・・捧げてくれはしないか?」

「やーめろめろめろやめろめろ!!」

「・・・。勇者フィオ、どうか話を聞いて欲しい。命令はしない、どうかこの国の為────」

「王様こそオレの話を聞けー!!」

 

 同じ話を繰り返す王へ、思わずツッコミを入れたその瞬間。ガツン、と守護兵から拳骨が落とされ無礼者となじられた。

 

 王様、酷ぇよ。さっきまで“断ってくれても良いですよー”的な言い方してたのに、いざ断ったらこの始末だよ。

 

「良い加減にしないかフィオ殿!! 貴殿は何のために秘術を継承したのだ!」

「そんなもん、親父に教えられたからちゃちゃっと覚えただけだ! 習得するの簡単だぞあの魔法、魔術の名門名乗ってるアンタならすぐ会得できるくらいにな。どうだ、今から覚えてみるか?」

 

 髭面をしたオッサンがオレの醜態に我慢でき無かったのか、とうとう怒鳴りつけてきた。これはチャンスかもしれん、上手く押し付けてしまえないかね。

 

「その技術はミクアルの管轄だろう! 何故私がわざわざ継承せねばならぬのだ!」

「そう言った態度だから! 初代の巫女様の一族は、王国から逃げてミクアルに来たんだぞ、馬鹿!」

「何をでたらめを!! そんな嘘八百を並べてまで命が惜しいか臆病者!」

「臆病で悪いか、だったらお前に秘術教えてやるから臆病でないところ見せてくれよバーカ!!」

 

 駄目だ、話にならん。コイツも結局自分が可愛いんじゃねーか。 

 

 王様の野郎、さては最初からオレが引き受ける前提で考えてやがったな。変に王様が譲歩しまくってたのも、理解のある王として振る舞う為の三味線か。

 

 そうだよな、オレに死ぬよう命令なんかしたら今後勇者パーティにそっぽ向かれる可能性高いしな。いかにも俺が自主的に引き受けましたよー、的なアレが欲しかったんだろう。

 

「・・・すまん、もう我慢の限界だ。」

 

 その時やっと、後ろから愛しい恋人の声がして。

 

 

 ────オレを差し押さえていた守護兵が壁まで吹っ飛び、王の首に剣が突き付けられていた。

 

 

「ゆ、勇者アルト、何を!? これは反逆・・・!」

「フィオは王の言葉に従い、秘術の使用を拒否した。これはその手伝いだ、反逆ではない。違うか、王。」

 

 

 ・・・うわーお。ブチキレてるな、アルトの奴。仮にも目上の人物の首に剣をかけるなんて、温厚なアイツらしくもない。

 

「だが! 彼女が引き受けてくれないと、この国の民が!」

「そうか、大変だな。」

「何を他人事の様に! アルトよ、お主もこの国の戦士であり、この国の民であるのだぞ。迫りくる魔王軍を壊滅させ、わが臣民が助かる術はもはや一つのみ! ともにフィオ殿の説得を────」

「────選べ、王よ。」

 

 王に剣を突き付けたアルトは、周りの貴族がざわめく中、一歩前へと歩む。剣の切っ先が、王の目前へ迫る。

 

「今、迫りくる魔王軍だけを相手取るか。此処に新たに、俺に魔王を名乗らせ二人の魔王を相手取るか。このままフィオへの威圧を続けるのであれば、俺は魔王となって貴様に反旗を振りかざそう。」

「アルト殿! 貴殿は、この城の兵士全員を相手取って勝てるつもりか? 貴殿を失うには惜しい、ここはどうかおとなしく────」

 

 王が剣を突き付けられてなお、強気にアルトを説得する。

 

 ・・・うわぁ、この王様はそんな認識だったのか。成る程、オレを脅せば無理やり引き受けさせられると考えてた理由は、オレ達勇者パーティをそこまで軽んじていたからか。

 

 昔も今も、王様ってのは変わらないんだな。

 

「・・・アルトがこの国を裏切るなら、ウチは追従するし。魔王アルトの幹部になるし。」

「わた、私だって! 司祭様ごめんなさい、国に雇われた修道女の立場ではありますが、やっぱり私は友達が大事です! フィオさんを渡しません!」

「フィオとか関係ないが、私はアルトの居るところにしか存在する意味が無い。元々私はこの国嫌いだしな。」

「・・・お父様、すみません。貴族として恥ずべき事ですが、今の王には私は従えません・・・っ!」

 

 へたり込んでいるオレの周りには、魔王になりかけている恋人(アルト)と、4人の頼りになる仲間が集まってきてくれた。まぁ当然、この4人はアルトに付くよな。この4人娘だけで戦力的にはこの城の兵全員を相手取れるくらいなのに、そこにアルトまで敵に回して勝てるつもりなのか、この王様は。

 

「アルト、出口は押さえたよ。退路も10通り以上は安全なものを指し示せる。」

「なっはっは。魔王アルト様よーい、何時でも逃げられるぜ。なんなら国王の首だけでも取っていくか?」

 

 うん、仕事の速い奴は違うぜ。状況を先読みして、ルートにバーディは入り口の守護兵を転がし退路を確保していた。・・・と言うか、あの入り口の守護兵、倒れる時に一瞬笑ってたな。アイツは一緒に飲んだことのある奴だ、ワザとやられた振りしてくれたのかもしれん。

 

 そんな不甲斐ない状況を見て国王はチラリ、と軍の総司令官なオッサンに何かを言おうとした。・・・が、そのオッサンは既に涙目になって首を振っている。

 

 さんざん戦場で一緒に戦ったからなぁ、あの人。

 

 最初は偉そうに”貴様らの様な素人などアテにはしておらん! 精々、我々の邪魔だけはしてくれるなよ!”と強気だったのに、共同戦線を繰り返すたびに目が死んでいって”もう全部お前らだけで良いんじゃないかな、俺達邪魔しかして無いんじゃないかな”と嘆いていた可哀そうな人だ。

 

 “勇者達パ―ティを敵に回すのは、無謀です”と、オッサンは必至でハンドサインで国王にアピールしている。それを苦々しく見た国王は、躊躇いながらも剣を突き付けるアルトにこう答えた。

 

「わ、分かった。フィオ殿の意見を認める、認めようじゃないか。だから、剣を下ろしてくれないか我が勇者よ。」

「それで良い。」

 

 す、とアルトが剣を下ろす。まだオレはアルト含めた5人に周囲を守ってもらっているままだし、出口を確保した2人もそこを動く気配はないけれど、これでようやく場の緊張が弛緩した。ここで王様が突っ張ったらこの国滅んでたよな、多分。怖え、ウチのパーティ怖え。

 

 

「で、ですが流星魔法(メテオ)に他の対策など・・・。」

「勇者アルトよ、そこまで言うからには貴殿が何とかするのであろうな!?」

「無論。言質を取ったぞ王よ、ならば俺にこの一件を任せて貰おうか。」

「む。・・・分かった、任せよう。」

 

 おお、一件落着しちゃったぞ。

 

 生き残り!! ゴネ得、ゴネ得!! アルトの事だから、きっと何か良い考えがあるのだろう。

 

 

 

 

 

 

「御注進!!」

 

 場も落ち着き少し安穏とした空気になったその瞬間、バタンと王座の間の扉が開かれる。開かれたその扉からは汗を垂らした兵が駆け込んできて、大きく声を張り上げた。

 

「報告でございます!」

 

 彼は既に息も絶え絶え、と言った様子だ。なんだか嫌な予感がする、せっかく生き残ったのにそれがふいになりそうな・・・。

 

「確認されていた魔王軍が全軍、戦線を捨ててミクアルの里方面へ進軍! 恐らく敵の本隊であろう部隊も確認されており、ミクアルの里と言えど数日以内に陥落するかと。」

「何だと?」

 

 ・・・ゲ!? 村長の居ない隙をついてウチを落としに来やがったのかアイツら。いや、流星の秘術の継承者潰しか? どっちにしろなんと間が悪い。

 

「ぜ、全軍で魔族共がミクアルに進軍? ・・・成る程。ふうむ、ふむ。」

 

 国王は唸りを上げながら、頭を抱え込む。・・・だが、彼の口元が少しばかり吊り上がったように見えた。嫌な予感がする。

 

 

「・・・ミクアルの里が陥落してしまっては、辺境の民が危なかろう。アルト殿、流星魔法の対策は良いからミクアルへ救援に向かってくれないか?」

「何だと?」

 

 王が、下したその命令は。現状、流星魔法を何とかできる可能性がある唯一の存在アルトを王都から遠ざけるというモノだ。何を考えているのか?

 

「・・・待ってください王よ、流星魔法はどうするのです?」

「勇者フィオ、彼女だけは王都に残り我が配下の魔導士に流星の秘術を伝授してもらいたい。その魔導士は志願により募集し、その家族には厚い援助を行う約束の元、その命を以て国を救ってもらう。勇者パーティの他の者は、ミクアルを救援せよ。これならばアルトよ、貴殿に異論もあるまい?」

「おお、成る程。」

 

 思ってたよりまともな案が出てきて安心する。

 

 はぁ、オレが死にたくないって言ったから随分面倒なことになったな。でもよぉ、そりゃ死んだらアルトがオレを見てくれなくなるもん。嫌なモンは嫌だ。

 

 ・・・でも、結局のとこは他の人に代わりに死んで貰う訳だ。うう、自分が嫌になりそうだ。

 

「・・・待って、駄目だアルト。」

「分かってる、ルート。王よ、その提案は断ろう、俺が流星を何とかする。そう言った話の筈だ。」

「・・・何だと?」

 

 だが予想に反して、ウチのリーダー格二人はキッパリと王の命令を拒否した。

 

「何故だ、勇者達よ。何が不満なのだ?」

「彼女を一人置いて行ったら、フィオを守る人が居なくなるだろ。それに、もう流星魔法は発動しているんだぞ? 志願者を募って、魔法の適性をあるものを探して、そして伝授するまでの時間があると思うのか。考えるに、間に合わなければフィオに秘術を強要するつもりだろう? 王よ。」

 

 そうか、秘術の継承が間に合わない可能性か。言われてみればオレでも3日はかかったのに、志願して集まってくれた魔導士がオレより才能あふれていてオレより少ない時間で習得できるとは考えにくいか。

 

 もう流星魔法が発動しているとしたら、猶予は2日とちょっと。少し厳しいだろう。

 

「・・・間に合わなければ、確かにフィオ殿をもう一度説得することもあるだろう。だが、現状それ以上の手は無い筈だ。かつての記録では、勇者全員で力を合わせて迎撃しても効果は無かったのだぞ? 更にミクアルの救援に人数を裂いてしまっては、上手くいく可能性など皆無だろう。もう勇者アルトに流星魔法を任せるのは現実的ではない。」

「ですが、わざわざミクアルへ全員で行く必要はないでしょう? 僕が1人で行きますよ、国王。」

「勇者ルート、貴殿が一人でだと?」

 

 1人? 何を言い出すんだこの鬼畜攻め男の娘は。

 

「その、勇者ルートよ。貴殿が一人で援軍に向かったとて、そこまで大きく戦況が変わるとは思えないのだが。」

「僕一人で十分。これまで幾たびも戦いに勝利して来た僕達のその戦術眼を、お疑いか?」

「王よ。これまでルートが自信満々に示した策が外れたことは無い。彼は一度ミクアルの里に行った事もあるはずだ、恐らく必勝の策があるのだろう。」

「・・・その提案を断れば、また勇者アルトが魔王になるだとか言うのだろう。好きにしろ、はぁ。」

 

 王様は疲れた顔になり、シッシとルートを追い払うように手を振った。

 

「疾く、任を遂行せよ我が勇者達よ。」

「了解。では王よ、良い旅路を。」

「・・・早く行け。」

 

 不快そうな王のその声に従い、オレは仲間に周りを固められたまま、ゆっくりと王座の間から外へ出た。入り口で待機していたクリハは、何とも言えないような顔でオレ達をそのまま外へ案内する。

 

「・・・なぁ、ルート。本当に一人で大丈夫なのか?」

「まぁ、君の故郷は僕に任せてくれフィオ。今度は僕が、彼らを救う。・・・君こそ、よくよく気を付けて。多分あの手この手で誘拐して秘術を使わせようとするはずさ、あの王は。」

「火を見るより明らかな展開だろうな。フィオは暫く、アジトに籠っていてくれ。レイ、ユリィ。悪いがアジトの結界の強化を頼む。」

「任されたよアルト。ああいう、自分の保身にしか興味のないゲスが私は心底嫌いなんだ。どんな手でフィオにちょっかい出そうとも、私の禁呪で全て返り討ちにしてやるよ、クク。」

「うわぁ、頼もしい。」

 

 オレは誘拐されるかもしれないから、暫くアジトに引きこもりらしい。レイが良い笑顔でやばそうな魔方陣を構築し始めているけど、恐らくオレに放たれるであろう裏の部隊は無事に帰れるのだろうか。

 

「にしても、アルト。君が皮肉とは意外だね、よっぽど腹に据えかねたのかな。」

「・・・まぁな。」

「良い旅路を、って奴か。成る程、あの王の事だ。今頃荷物を纏めて、流星魔法の効果圏から逃げ出す準備の真っ最中だろう。」

「あー、そういう意味だったのか。」

 

 そんな意味を込めて言ってたのか。アルト、本当にブチ切れてるな。性格変わってない?

 

「よし皆、ブリーフィングを行う。今回の勝利条件は、ミクアルを守り、流星を防ぎ、そしてフィオを守り抜くことだ。」

「おお。」

「ミクアルに関しては、ルートに一任する。レイとユリィは、アジトの結界を強化した後、流星魔法を迎撃する魔方陣の生成をして欲しい。リンとマーミャは流星魔法の資料を集めてくれ、マーミャは実家を頼って正攻法で、リンは多少暗い事をしても構わないから古今東西様々な記録を集めて欲しい。バーディはフィオの護衛を頼む。オレは、1日だけ修行の為に山に籠らせてくれ。」

「了解、頼んだよアルト、皆。僕はすぐにでも出発するさ。」

「そっちこそ気をつけてな。」

 

 かくして、オレ達の魔王軍との戦いが再び始まった。なお、オレは皆に守られるお姫様ポジションなのだが。

 

 この戦いが、決戦となるだろう。敵は戦線を放棄してまで、ミクアルへと押し寄せてきている。魔族としては、色々投げ出してこの流星魔法(メテオ)で決着を付けに来ているはず。つまりここさえ乗り切れば、人族側に一気に形勢が傾く筈だ。

 

 俺の仕事は、待機だけど。うん、みんな頑張れー。 




次回更新は10月19日です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「落星。」

※注意
前半には残酷描写が含まれます。苦手な方は▽▽▽▽▽の間を読み飛ばしてください。
後書きに、読み飛ばした部分の内容を短く纏めて記載しておきます。


▽▽▽▽▽

 

 魔族に、ロルバックと言う者がいた。

 

「魔王様、どうかお願いがございます。」

「なぁに?」

 

 彼は竜をその身に宿した魔族であり、筋骨隆々のその肩からは翼を生やし、鱗に覆われたその肉体はどんな強力な剣戟をも防ぐと言う。

 

 彼は、先代の魔王が目の前の少年に殺されてしまうまでずっと、魔王軍の切り込み隊長として働き続けていた。

 

 魔王の座が、人族の少年に乗っ取られてからもなお、彼は魔族全体のために奮戦し続けた。それは、彼の種族が”実力主義”でかつ”全体主義”と言う動物的な性質を持つからである。

 

 そんな龍族の長であるロルバックは、齢10にみたぬ人族の少年に頭を下げ続けていた。

 

「どうか、魔王様もご出陣を。」

「やだ、面倒くさい。」

 

 他の、好戦的な魔王軍は皆ミクアルを落とすべく出撃していった。自分達も彼らと共に出陣したかったのだが、ロルバックはグッとこらえ、魔王となった少年に必死で懇願する事にした。

 

 この少年が参戦してくれれば、きっと魔王軍の勝利は揺るがない。例え勇者達が出てこようとも、この少年一人で返り討ちにできるだろう。彼は、そう信じていた。

 

 ただし問題は、この魔王の戦意である。魔王となってからこの少年は、傍若無人に好き勝手に振る舞い、ロクに戦いに参加しようとしない。それを咎め、食ってかかった魔族は皆ボロ雑巾のようになるまでいたぶられ、しばらくの間魔王の玩具として扱われた。

 

 この少年は、人族でありながら、弱者をいたぶり快楽を得ると言う魔族の性質を体現していた。生まれついての勝利者で、生まれついての人格破綻者。

 

「このロルバックに出来ることなら、何でも致しましょう。玩具が欲しいのであれば、俺を存分にいたぶっても構わない。どうか、魔王様のご助力を。」

「ふぅん。」

 

 だが、この少年の実力は本物だった。ロルバックは、自分たち魔族のため、魔王軍のため、一人頭を下げる。本来なら蔑み、虐げてしかるべき人族の子供に、手を地面について頼み込む。

 

「・・・つまんないんだよなぁ。覚悟した人間をいたぶってもさぁ。あ、そうだロルバック、君には妻がいたよね?」

 

 その情けないロルバックの様を見た魔王は、加虐的な目でニンマリ笑う。どうやら彼の嗜虐心に火が付いたようだ。

 

「ソレ、ちょっと僕に貸してよ。何でもするって言ったよね?」

 

 ロルバックの顔が、ここで初めて動揺を見せた。

 

 

 

 

 

 

「うーん、やっぱ魔族の女にはあんまり興奮しないなぁ。僕、人間だしね。」

 

 ロルバックは、黙って見守る。彼の妻が、人族の少年の玩具となり痛めつけられるその様を。

 

 ロルバックの妻は、気丈にも受け入れたのだ。自分が魔王の玩具となることで、彼が戦意を高められるのなら耐えてみせると。魔族全体の為を想い、自己を差し出したのだ。

 

 それを聞いた少年は、それはそれは楽しそうに彼女の腕を引きちぎった。龍族である彼女の強靭な体を、まるでスルメを裂くかのごとくバラバラに裂いていく。

 

 辺りには蒼い血の海が広がり、彼の妻は目を虚ろにしながらも、悲鳴すら上げず懸命に、唇を噛み耐えていた。

 

「ま、魔王様。これ以上やると、妻は蘇生すらできなく・・・。」

 

だが、妻の生命力はどんどん弱っていく。 思わず、ロルバックは呻くように魔王に嘆願した。このままだと、一分持たずに妻は失血で死ぬだろう、だからどうかそろそろご容赦を、と。

 

「それが?」

 

 ・・・だが。魔王と呼ばれる少年に、そのような些細なことは関係ない。青ざめたロルバックの顔を嬉しそうに眺めながら、どさりと痙攣する彼の妻を地面に落とし、そしてその顔面を、嬉しそうに踏みつぶしてしまった。ぐしゃりと血飛沫が舞い、呆然としたロルバックの頬を濡らす。

 

「ねぇ、僕もうコイツに飽きちゃった。そういえばロルバック・・・。」

 

 機嫌良さげに笑う少年は、彼にあどけなくおねだりする。

 

「君、息子がいたよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、日が暮れる。

 

 ロルバックの目の前には、次期頭領として大事に育てた才気あふれる我が子の、その千切り取られた四肢で乱雑に組み上げられたオブジェ。

 

 顔を踏み潰され物言わぬ骸となった、ともに生涯を誓い合った妻。

 

 それを楽しそうに眺めながら、魔王は血塗れになって遊んでいた。

 

「ちち、うえ。」

 

 彼の息子の口から、細い声がこぼれる。それは怨嗟か、懇願か。ロルバックの心境は、如何なるものか。

 

「なぁロルバック。この血まみれで苦しんでいるかわいそうな子供をさ、殺してあげなよ。」

「・・・魔王様。ど、どうか。」

「そしたらさ。僕も出陣するのを、考えてあげてもいいかな?」

「・・・あ。」

 

 妻は既に死んでいる。ここで拒否をすれば、きっと魔王は闘いには出向かないだろう。それでは何のために妻が死んだのかわからない。

 

 だが、息子は、我が子は既に自らの半身と言える。自分を継いで一族を纏め上げる、未来への希望なのだ。

 

「・・・息子よ、すまん。愛していたぞ。」

 

 ロルバックは、その半生をかけ育て上げた我が子を。血の涙を流し、震える手でグサリと串刺しにした。

 

 

 

 

「あーあ、本当にやっちゃった。」

「・・・。」

「いいねぇ、その顔。んー、僕も高ぶってきちゃったかな。」

「・・・。」

「抜け殻みたいだね、いいねぇいいねぇ。ああ、疼いてきちゃった。」

 

 少年は、無垢な笑顔で立ち上がり、大きく一度伸びをする。

 

「強者は他者を虐げてこそ、生を実感するのさロルバック。ああ、いい気分だ。盛り上がってしまった。これじゃ戦場に行かなきゃ収まんないよ。よかったね、君の奥さんと息子さんの死は無駄じゃなかったよ。」

「・・・。闘って、くださるので?」

「うん、良いよ、戦ったげる。ああ、ミクアルの人達が苛めがいのある連中だといいなぁ。このモヤモヤした欲望を受け止めてくれるような、そんな反応を見たいなぁ。ああ────」

 

 頬を染めて、ワクワクと何かに期待する少年。魔王は立ち上がり、そして歩き出す。

 

「楽しみだなぁ。」

 

 それは魔族にとっての闘いの転機となり、人族にとって最悪の顕現となる。

 

 ミクアルの里へと向けて、魔王が、出陣した────

 

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 

 我が故郷、ミクアルの里に魔王軍が接敵しているらしいこの状況。流星魔法が発動し、王都を直撃せんとしている今の状況。

 

 そんな時、ミクアルの里の(次期)村長で流星の秘術の継承者たるオレは。

 

「やっぱりユリィの作るブラウニーは美味ぇなぁ。」

 

 自分の部屋でまったりしているのだった。オレの部屋の周囲には十重二十重に防御結界が敷き詰められており、誰も出入り出来ない様になっている。そして食料も3日分もう既に部屋の中に備蓄されており、アルトが流星を何とかするまでオレの役割は自室謹慎である。

 

 ・・・何というか、暇です。やる事がなさすぎてユリィが作り置きしていたお菓子をボソボソと食べています。自分がゴネたせいでこうなった罪悪感というか、自分だけみんなが修羅場ってる時に何もやってない焦燥感というか、様々なアレで今の状況が針のむしろです。

 

 でもなにか手伝おうにも、攻撃魔法は専門外でそのへんの魔道士と知識量変わらないんだよなぁ。資料を入手できるようなツテもない。精々、修行から帰って来たアルトが怪我してたら癒してあげられる程度。

 

 やべぇ。勇者パーティの無能担当とか言われかねんぞオレ。

 

 まぁ、万一。万一アルトでもどうにもできなさそうなら・・・。ほっといても流星魔法で死ぬこの状況で命を惜しむ意味はなく、アルトの為に秘術使うっていう割と大事な役割もあるけど。どうせ死んじゃうならアルトだけでも生き残って欲しい感情はある。アルトはオレ以外にも恋人いるし、その人と睦まじく生きていくだろう。

 

 ・・・うわぁ、そう考えるとすっごいヤダな。アルト、マジで何とかしてくれよ?

 

 

 

 その日は、アルトが修行に出かけたまま結局帰ってこず。4人娘も忙しそうにワタワタと走り回っており、バーディも部屋の外で一日中見張りをしてくれていた。

 

 その日の、夜。暇すぎて昼間にごろごろ寝ていたオレはまるで寝付けず、暗い夜を一人寂しく耐えていた矢先。突如、部屋にしかけられた結界が発動した。即座に飛び起きて、戦闘態勢を取る。

 

 結界魔法の発動後、俄然として部屋の外が騒がしくなり戦闘音が木霊していた。部屋の中に敵が入ってきた気配はない。念のため数分の間構えていたが、やがて音は鳴りやむ。

 

「・・・バーディ、どうなってる?」

「起きてたのかフィオ、心配はいらん。案の定、誘拐目的の裏の人間が襲ってきやがったのよ。だがもう鎮圧してるぜ?」

「そっか、ありがとな。・・・本当にスマン。」

「何だ、らしくねぇな。いつもなら”うるせぇんだよ、音もなく始末しろ”とか意味わからねぇ文句垂れる癖に。」

 

 戦闘直後で高ぶっているであろうバーディは、含み笑いをしながら何時もの様に冗談を飛ばした。

 

「オレは恩知らずじゃないんでな、義理と人情に生きる清廉潔白なフィオちゃんなんだ。」

「性欲と金銭欲に生きるゲスロリがなんだって?」

「・・・はは。もう寝るよバーディ、おやすみ。」

「ああ。あんま、気にすんなよフィオ。」

 

 明らかに、気遣われている。本当に良い奴だ、バーディは。いやアルトも、あの4人だって今日は一日中オレの為に奮闘してくれていた。ルートなんか非戦闘員なのに、たった一人でミクアルへ行ってくれた。

 

 みんな本当に良い奴だ。死ぬのが怖くて、部屋に篭ってるオレは何なんだろう。

 

 結局その日は、よく眠れなかった。

 

 

 

 

 

 次の日。昼前にアルトは帰ってきた。

 

 部屋の窓から見下ろすと、外の庭で何やかんやと皆が騒いでいる。何やら、4人娘とアルトがかなり複雑な紋様の魔法陣を描いている様子だ。

 

 オレはあまり攻撃魔法に詳しくは無いのだが、一応は魔法使いだ。見るからに難解なその術式の、その意味の端くれなら理解できる。

 

 相反する属性の魔力をかち合わせ暴走を意図的に引き起こし、その結果生まれる大規模な爆発に指向性を持たせた上で、更にソレを歯車のような回路で威力を増幅させる。・・・正気の沙汰では無い、あんな複雑な魔法をオレが起動したら、間違いなく制御しきれずに此処ら一帯を更地にするだろう。

 

 目と耳を塞いだ状態で平均台の上を全力疾走しつつ、片手で針に糸を通しながら、もう一方の手でジャグリングし、同時に口で長々と暗記した漢文を諳んじる。

 

 例えるなら、そんな馬鹿げた作業。あのアルトとは言え本当に出来るのか、疑問ではある。まぁ奴なら成功させるんだろうけど。

 

 有り得ない難易度の術式を呆れながら眺めていたら、更にレイが悪ふざけとしか言えないような魔力のブースト機構を外付けし始めた。それにユリィが乗っかって、別の回路で魔法陣を補強していく。

 

 アルトはソレを満足そうに頷きながら、魔法陣の中心にドサリと腰を下ろし瞑想を始めた。集中力と魔力を高める心算だろう。何せ、あんな術式、少し失敗しただけで王都丸ごと吹っ飛ぶからな。

 

 ・・・何でレイはニヤニヤしながら、そんな超危険な回路を弄り倒せるの? そもそも、本気であんな核兵器染みた魔法陣をウチの庭で行使するの?

 

 攻撃魔法オタクの考えることはよく分からん。その日は、いつ魔法陣が暴発するか恐ろしくて寝られなかった。

 

 

 

 

 

 そして、3日目。昼間だというのに、空には巨大な光が燦々と煌めいているのが見える。あれが、タイムリミットの権現。遂に流星が、この星の目前へと迫ってきてしまった。

 

 朝日が照りつけた頃に庭を見下ろすと、魔法陣は更に難解になっていた。その術式は既にオレの理解できる範疇を遙かに超えており、場所が足りなかったのか庭から魔法陣がはみ出して公道にまで広がっている。

 

 何だあれ。仮に成功しても、余波だけでこのアジトごと吹っ飛ぶだろ。

 

 レイとユリィは、その魔法陣の外郭にやり遂げた顔でぶっ倒れていた。リンとマーミャは、二人を介抱している。

 

 そしてアルトは一人、庭に座り、空を見上げていた。昨日からアルトの位置が変わっていない、恐らく一日中瞑想していたのだろう。奴から、凄まじい魔力を感じる。人間の蓄えられる魔力のその限界を、二回り位超えている気がする。

 

 凄まじいな。あんな馬鹿魔力をマジで制御できるのか。しかも、そんな馬鹿魔力を複雑難解な魔法陣に、正確無比に流せるのか。

 

 

 

 そしてアルトが、ゆっくりと立ち上がった。奴の周りに、見ているだけで気が遠くなりそうな魔力の渦が立ち込める。

 

 そして、詠唱が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ヒヤヒヤするなぁ、本当に。所々、魔法陣が焦げ付いてるじゃねーか。」

 

 その様子を窓から眺めているだけで、冷や汗が止まらない。膨大過ぎる魔力を、クモの糸の様に繊細な陣に正確に走らせるその制御力は、オレでは真似できん。魔力制御には自信ある方、と言うか王国トップクラスの実力はあるつもりなんだが、アルトは本当に格が違う。

 

 所々魔法陣がショートしかけてはいるが、今のところちゃんと制御は出来ている。我が家の庭全体にに凄まじいほどの魔力が濁流の如く這いまわり、庭の草木がボロボロに舞い上がっている。うちの庭をいつも手入れしてくれているメイドさんが見たら発狂しそうな状況だ。

 

 そして、最後の回路となるアルトを中心とした魔法陣に差し掛かり、アルトが光に飲まれ、

 

 

「天元は我の定めに従わん・・・星砕き(スターブレイク)!!」

 

 

 その詠唱と共に、一筋の極光が流星を包み込んだ。人知を超えた、現代の魔術師に出せる最大火力であろうその大魔法は、この庭のみならず王国全体を眩く照らしあげる。

 

 特筆すべきは、発動したその魔法が完璧な指向性を持っている事だ。太古の勇者が失敗したときの様な、反動で山が消し飛んだりする不細工な術式ではない。完全に統制され、制御されたその魔力の奔流は正確無比な一筋の光となって流星と相対した。

 

 地上より空へ飛ぶ流れ星。アルトの放ったその魔法は、例えるならばそんな大魔法。流星に流星をぶつけたのだ、アイツは。

 

 

 そして、その結果。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────あ。」

 

 

 その大魔法により、迫りくる流星の外殻の、その僅かな体積が削り取られ蒸発した。

 

 ほんの少し流星は小さくなり、勢いもそのままにアルトの放った魔法を貫いて、魔族の放った流星は空に妖しく君臨している。

 

 

 

 ────失敗。

 

 

 

 庭を窓から見下ろすと、アルトはドサリと気を失う所だった。無理もない、あんな馬鹿げた魔法を制御したら、誰だってそうなる。

 

 これが流星魔法。かつて、数多の人族の国を滅ぼした、魔族の究極技法。

 

 結局、アルトの大魔法は、300年前の勇者達の迎撃記録の再現となっただけだった。

 




次回更新は10月22日です。

☆前半の内容☆

上半身裸、筋骨隆々のイケメン魔族ロルバック(新キャラ)は、魔族全体を慮り、魔王に出陣を嘆願していた!

ロル「お願いします! 出陣してください! 何でもしますんで!」
魔王「ん? 今何でもするって言ったよね?」

 迂闊に何でもすると言ったばかりに魔王の欲望をそのまま受け止める事になったロルバックは、そのあまりの激しさに白目を向いてビクンビクンしてしまう。

 だが、そんなロルバックにエクスタシーした魔王は「しょうがねぇなあ」と慈悲の心満載でミクアルの里へ出陣を決意するのだった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「司祭!」

 所変わって、ミクアルの里では。

 

 

 

「ボディが甘いわ!!」

 

 獰猛に牙を剥き少女に飛びかかった魔族は、呻き声をあげ宙へ舞っていた。

 

 狼によく似た4足歩行のその魔族は、牙を剥いたまま黒髪の少女を狙い跳躍したのだが。その刹那、魔族をちらりと視認した少女は上体を僅かに捩り、魔族の特攻を躱しながら音速のアッパーカットを狼のどてっ腹に叩き込んでいた。

 

 その衝撃で、ふわりと彼女の腰布がめくれ、質素で慎ましい下着が覗き見える。

 

「うーん流石村長の娘。眼福眼福。」

「チラチラ見てるんじゃないわよ!」

 

 魔族を一体行動不能にする代償として変態にパンツを見られた少女は、縦横無尽に飛び回り自身を見守る司祭に怒鳴り。

 

 その騒ぎの横ではラントが手を叩きながら、里の少年少女に手取り足取り丁寧に魔族の倒し方をレクチャーしている。実に微笑ましい光景が戦場に広がっていた。

 

 実践不足の若手の戦士達は、嬉々として戦場へ出陣し魔族を屠り。実戦経験のない子供たちは、指導役の熟練の戦士に見守られながら”初めての魔族討伐”に勤しんでいた。

 

 

 

 

 彼等の正直な感想は、“楽勝”。

 

 大地を覆いつくさんばかりの大量の魔族に囲まれ、絶え間ない襲撃を受け続けているミクアルの里の戦況は、王国に届けられた予想と大きく異なり早くも楽勝ムードが漂っていた。

 

 彼らは普段、遠征して魔族と闘っており、攻められることには慣れていない。したがって敵の全軍に侵略されているという情報だけでは、王国の人間たちがミクアル側の苦戦を予想するのも無理はないと言える。

 

 だが、そこに大きな誤解があった。彼らは確かに、殆ど攻められることが無い。

 

 その最大の理由は、

 

「魔族の奴ら、入り組んでいて高く険しい断崖絶壁に守られた、天然の要塞のミクアルを攻めるとか正気かよ。」

「地の利がある闘いって楽だなぁ。普段もこうならいいのに。」

 

 ミクアルの里の立地は、守りが堅すぎるからだ。ミクアルの里は、その時代の武人が俗世を逃れ人を避ける目的で集まった地である。複雑な広い森の中を抜けた先にある里の入り口は断崖絶壁で、裏道を知らなければ大抵の魔族はそもそも侵入など出来ない。防衛する兵士がいなくても、そもそも襲撃自体が困難なのだ。

 

 そんな場所に、この国最高峰の兵士たちが高度に連携して守りを固めてしまえば、この里を落とすことは不可能に近くなる。

 

 結果、我先にと出陣していた魔王軍の大半は、道に迷い、奇襲に怯え、陣形は崩れ、仲間割れを起こし壊滅状態。無事なのは遅れて来た連中ばかり。無様、ここに極まれり。

 

 今、王国から馬を飛ばし救援に向かっているルートだけはこの状況を予想していた。彼らの強さと、ミクアルの立地を知っていれば自ずと考え得る話だ。

 

 防衛戦である事から、彼らは積極的に攻撃する必要が無い事も大きいだろう。普段の様に、残りの兵糧を気にして無茶をせずとも、時間を稼ぐだけで敵はどんどん追い詰められていく。

 

 ルートが王に「自分一人で十分」と言った理由はそこにある。下手をしたら、彼は救援として到着した時に、もう戦いは終わっていると考えていた。だが、王がミクアルに救援を差し向けないと文句を言うのは目に見えていたし、ルートが王都に残っていても流星魔法関係で貢献できることが少ないので、一人ミクアルへの援軍を買って出たのである。

 

 救援と称してはいるが彼の仕事は魔族に見つからずにミクアルの里の兵士たちと連絡を取り、魔王軍壊滅後に王都へ帰ってその報告をするだけ。ミクアルが苦戦しているなんてあり得ないだろうと、そう考えていた。

 

 実際その通り、ミクアルの軍勢は余裕綽々である。統率すら取れず逃げ惑う魔王軍は、格好の実践訓練の場。誰が言い出したのか、里は完全に若手の育成モードに入っている始末。こんなに有利な状況の実戦なんて、今後ありえないだろうとは司祭の弁。

 

 そう、かつてないほどに、楽な戦いであった。

 

 ────奴が、戦場に姿を現すまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君達は本当に、考えるって事が出来ないのか?」

 

 死屍累々たる魔族達に、呆れた顔で話し掛ける残忍な表情の子供。

 

「ミクアルの住人に、ミクアルの地で正面から闘う馬鹿しか居ないとは。僕より何十年何百年も長生きしてるのに、僕より頭悪いって救いようが無いね。」

 

 所詮は頭の足りない、力とデカさだけがウリの魔族。知恵の回る人族には、化かし合いで決して勝てない。

 

「仕方ない、少しだけ教えてあげる。」

 

 少年は、掌を断崖絶壁へとかざす。

 

「少しは考えなよ。敵に地の利があるなら、地形を変えれば良いだけだろう。」

 

 ────魔王が他の魔族に遅れて戦場に到着する事、2日。この日、戦況が大きく動く。

 

 突如として、ミクアルの里の戦線を支えていた巨大な岸壁は、何の前触れもなく蒸発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────嘘?」

「お、オイオイ。」

 

 

 ソレはまさに、青天の霹靂。

 

 たまたま、メルを含めた部隊は実践訓練で魔王軍の討伐をするために崖下へと降りていた。その結果、ミクアルの里の蒸発には巻き込まれなかった。

 

 裏を返せば。里で休んでいるだろう、自分の兄弟姉妹達は恐らくもう────

 

 いや、それよりも先に、目の前の大岩だ。

 

「し、司祭?」

 

 メルは里の蒸発の直後、誰かに吹き飛ばされていた。咄嗟に受け身をとって上手く着地し、自分を吹き飛ばした下手人を確かめようと振り向いたその先には。

 

 大岩が突き刺さっており、その下には赤く濡れた修道服の切れ端と、トマトが弾けたような赤い液体が飛び散っている。

 

 メルを見守り、指導していた司祭は。里の崩壊と同時にメルの頭上から落ちてくるその大岩を察知し、間一髪メルを庇って身代わりに死んだのだ。

 

「・・・マジかよ。司祭、潰れちまったのか? いやそれどころじゃねぇ、そもそも里が綺麗さっぱり無くなってやがる。何が起きた?」

「ラ、ラント兄。」

 

 へたり、とメルはその場に座り込む。ラントに指導されていた子供達も、不安げに辺りを見渡している。

 

 しわじわと、岩の下から流れる血が赤い水溜まりを作り。メルはそのおぞましさに、罪悪感に、恐怖に思わず目を塞いでしまう。

 

 いくら、変態の司祭とは言えど。自分を庇って死んでしまった事を受け止めきれるほど、メルの精神は成熟していないのだ。

 

「馬鹿、ココは戦場だぞ!? 戦闘中に目をつぶる奴があるか!」

 

 そんなメルの愚行を見て、慌てたラントの叫びが響く。当然だ、此処にはまだ先ほどまで相手していた狼型の魔族が居る。

 

 目を塞いでしまったメルには気付けない。背後から、魔族が襲ってきていることを。

 

 ラントが庇う暇もなくメルの足が、あえなくその魔獣の爪に吹き飛ばされた。

 

「チッ、消えろっ!!」

 

 ここでラントによる魔法の援護が入り、その魔族は即座に吹き飛ぶ。だが、既にメルは魔族から一撃貰ってしまった。

 

 これで彼女の足は、もう使い物にならないだろう。足を失ったと言うことはつまり、自力で動くことが出来なくなったと言うこと。

 

「い、痛い、私っ足が!?」

「取り乱すな! 誰でも良いからメルの足を縛ってやれ。撤退して、里の他の回復術者を────」

 

 辺りを見渡し、他にもう魔族がいなくなったことを確認しながらラントは指導していた子供達に指示を飛ばす。この場で最年長で指揮を執るべき存在は、司祭亡き今ラントになるのだ。

 

「────へぇ、だったら僕が治してあげようか?」

 

 子供達やメルの命を背負う立場となったこの状況で、ラントの下した判断は”撤退、そして生き残った仲間と合流”だった。冷静で、無難で、実に理にかなった判断だろう。ラントは激変した想定外の状況下において、即座に冷静な指示を飛ばし集団のリーダーを買って出る事が出来た、これはファインプレーであると言える。

 

 何が悪かったのかと問われれば、それは運だ。魔王が、生き残っているミクアル兵のうち最初にラント達のもとへ出向いてしまった間の悪さだ。

 

 ラントは決して間違った判断や行動をした訳ではない。ただ、現実は正しい行動をとったものが最良の結果を得るようには出来ていない。

 

 混乱する子供達を纏めようと必死なラントの前に現れたのは、あどけない表情をした10歳の子供。どう見ても、彼等にとっては守るべき無辜の民にしか見えない。

 

「・・・子供? 男の子?」

「な、何でこんな所に子供が? 君、こっちに来なさい。此処は危ない。」

「うん、分かったお兄さん。でも、僕はこれでも回復魔術を扱えるんだ。先にその娘、治してあげるよ。」

「え、あ、そうなんだ。ありが────」

 

 何故、此処に一人小さな子供が居るのか。何故、この子は回復魔術を使えるのか。

 

 だが、彼の気配は魔族のモノでは無く、紛れもなく人間である。まだ幼いメルはその不思議な少年を信じ、無警戒に彼が近付くのを眺めていた。

 

 一方、ラントは嫌な予感を感じてはいた。少年の出現するタイミングと言い、場所と言い、不可解な点が多すぎる。だが、人族の幼い少年を疑うという発想を持てず、ラントはこの少年をおとりとした魔族の奇襲を警戒していた。

 

 ゆっくりと、回復魔術を使うと称したその少年の掌が、メルに向けられ。回復魔術とは明らかに違う、どす黒い魔力の渦が顕現する。

 

 その子供の皮を被った魔王の狂気に、気付いたのはこの場で一人だけだった────

 

「危ない、メル殿!!」

 

 再び、メルは誰かに突き飛ばされる。なんと魔王が掌から放ったその回復魔術を、間一髪、血塗れた修道服の男が代わりに受けとめたのだ。

 

「・・・ぐ、やはり貴様、敵か────っ!!」

 

 神に仕える身なればこそ、真の邪悪を感じ取る。敬虔な信仰者であった司祭は、この場で唯一その少年の所作に宿る残忍性を敏感に感じ取った。そして、見事メルを庇ったのだ。

 

 だが、その代償は大きかった。なんと魔王の魔法が直撃した司祭は、その場で苦しそうに呻き、断末魔の声を上げて爆発四散してしまったのだ。南無三!!

 

「・・・えっ?」

「し、司祭ィィイ!!」

「な、何てこった!! また司祭が死んじまった!!」

「くそ、何をしやがった!?」

 

 突然、目の前で人が爆死する。そのあまりの衝撃に我を忘れ、何が起こったのかすら理解できず混乱するメル。思わず、先程メルの頭上に落ちてきた大岩を二度見した。

 

「・・・えっ?」

「あーあ、残念。きっと、おねぇちゃんが爆発した方が皆イイ反応してくれただろうに。」

 

 少年は、そこで初めて言葉に感情を乗せる。その瞬間、今までの善良に装ったその雰囲気は霧散し、獰猛な笑みを浮かべてメルを凝視していた。

 

「良いなぁ。ヒトの女の子。殺して剥製にして飾りたいなぁ。操り人形にして、玩具にしたいなぁ。」

「・・・ヒッ、なんだお前!?」

「メル、離れろ!! ソイツはやばい奴だ、見た目に惑わされるな、敵だ!」

「っふふ、もう魔族を虐めるのも飽き飽きでね。・・・決めた、おねぇちゃんは生きてていいよ。それ以外にめぼしそうな人肉は・・・、うん、より取り見取りにいるね。どれが良いかな?」

 

 自分の目の前にいる年下の子供にしか見えない、明らかに異質な存在。その声を聞き、メルは気付いた。

 

 この少年はメルに向けて話しかけているようで、話しかけていない。この少年は、相手から返事を求めていない。

 

 この少年の言葉は、全て自身の欲望が口から零れただけの、独り言なのだ。

 

「そこの男は、要らないかな。弱そう、面白くなさそう。」

「っ!! やめろ、逃げてラント兄!」

 

 少年は腕を軽く振りあげる。詠唱も、魔法陣も何も使っていない。それだけで、大地はえぐれ地が裂けた。ラントが立っていた所は、ほんの一瞬で大きなクレーターとなる。

 

 これは、恐らく魔法ではない。術式も何もない。ただ呆れた量の魔力を、無造作に放出しただけ。それだけで、この少年は人を殺し得るのだ。

 

「っと、何だよソレ!」

「ラント兄、生きてた!」

 

 間一髪。ラントは魔王の放ったほぼノーモーションの衝撃を、持ち前の戦闘勘だけで回避していた。しかも、ラントは既に魔王から庇うべくメルの前へと割って入っている。

 

 この男、実はフィオさえ居なければ村長の跡取りの最有力候補だった存在なのだ。その実力は、村の若手の中では頭一つ抜き出ている。彼はただ、面白いだけではないのだ。

 

「お、躱すのか。うん、弱そうだけど、言うほど弱くは無いんだな。」

 

 その洗練された動きには、魔王もご満悦。少しは骨がありそうだと、嬉しそうに笑う。

 

「ラント殿、メル殿。遅くなった、私もここに。」

「おお、やっと来てくれたか司祭。メルの足を見てやってくれ、重症みたいなんだ。」

「うむ、任されよ。」

 

 そして、運のよい事にこのタイミングで司祭が合流してくれた。メルが自分の足で動けるようになれば、ラントも積極的にメルを庇う必要がなくなり少しは状況がマシになる。

 

「・・・えっ?」

「もう安心召されよ、メル殿。エクス・ヒール!!」

 

 吹き飛ばされたメルの足は司祭の魔法により光に包まれ、そして綺麗な傷一つない足が姿を現した。その時間を稼ぐため、ラントは一人、果敢に魔王へ切りかかる。

 

「ん、さっき・・・? いやまぁ、いいか。」

「子供だって容赦しねーぞ! その首、貰い受ける!」

 

 司祭を見て訝しそうに首をかしげる魔王のその一瞬の隙を突き、亜音速の踏み込みで見事ラントはその首を一刀のもと斬り付けた。

 

 魔王とはいえ、人なのだ。いかに強力な魔法を用いようと、彼が命ある人間である限り首が飛べばむなしく死ぬ。

 

 里で将来を期待されていたラントの剣は、かなりの業物だ。その切れ味は、持ち主の技量次第で鋼をも両断する。

 

「ああ、言い忘れたけど。」

 

 だというのに、彼の剣は魔王に通らなかった。首を斬られたその本人、魔王その人がラントと目を合わせ一言、嘲笑いながら助言をする。

 

「僕はね、生まれつき物理攻撃を一切受けないらしいんだ。それ、無駄だからやめた方がいいよ。」

 

 直後、ラントは魔王に殴られ尋常ではない距離を吹っ飛ばされた。魔王の首を斬りつけたその剣はボロボロと刃こぼれしている一方、魔王には傷一つついていない。ハッタリの類ではない様だ。

 

「ああ、勿論だけど僕からの物理は通るよ。」

「────信じられん、お前さんは本当に人か?」

 

 その理不尽ともいえる能力に相対している司祭は冷や汗を流し、メルは唖然とする。一切の物理が効かないという事は、無造作に魔力を放出するだけで地面をえぐる魔法使いと魔法の土俵で勝負しないといけないという事だ。

 

「・・・生まれは特殊だけどね。さて、次はアンタだご老人。老いぼれ虐めても楽しくないし、逆に良心が痛んで仕方がない。だからここで、殺すとするよ。」

 

 魔王が、ゆったりと司祭に向け拳を構えた。魔王の周囲の空間が蜃気楼のように揺らぎ、おぞましいまでの魔力が噴き出る。

 

「分かった、来るが良い。これでもミクアルに身を置いて数十年、既に私も一人の戦士。そうやすやすと────」

 

 それを受け司祭が魔王に相対し、杖を構えたその瞬間。魔王は笑い軽く拳を握り締める。と、同時に司祭がしめやかに爆発四散した。南無三!!

 

「嘘だろ、あの司祭がこんなにあっさり!!」 

「そんな・・・。」

「・・・本当に死んだんだよね?」

 

 爆発四散した司祭を満足そうに眺めた後、魔王は残されたミクアルの戦士達に向かい合った。皆、年若い少年少女達だ。彼等にはどうすればいいか、どう動くべきかの判断が出来ず、ここから逃げ出してすら居なかった。何せ今日が初の実戦。ラントの指導の下、闘いの研修に来ていただけなのだから。

 

「これで大人はいなくなったかな。さて、次は君達の選別だ。慈悲を乞い、僕に少しでも気に入られる様必死でアピールしたまえ。」

 

 残された子供達に待ち受ける運命は、死か、魔王の玩具か。厳しく理不尽なこの世界には、突然の死が溢れている。

 

 ・・・しかし、メルはそんな魔王より爆発四散した司祭を凝視していた。今度こそ何が起こっているのかを確認すべく、魔王の話を聞き流しながら司祭の死体を見守る。

 

 ピクン。司祭の肉片が、小さく動いた。

 

「・・・ヒッ!?」

「ん? ああ、君はもう気に入ったから生かしてあげるよ。そこで情けなくへたり込んでいると良いさ。」

 

 ちがう、そうじゃない。メルは魔王の後ろでにょきにょきと集合し、人の形を形成していくおぞましい司祭を見て怯えているのだ。

 

 司祭、あんたこそ人間なのか? やがて魔王がベラベラと楽しそうに子供を選別している最中、アルファベットのYの字のポーズを取りながら司祭の身体が再び形成された。なんと冒涜的な光景だろう。

 

 だが、司祭の行動はそれで終わらない。Yの字のポーズのまま、彼は足を動かさず滑るように魔王の背後へと近づき始めた。音も気配もない、完璧に無音な平行移動。流石の魔王も、司祭に気が付いている様子はない。

 

 そしてそのまま、司祭は機嫌良くしゃべり続ける魔王の、その背後を取ることにあっさり成功してしまった。魔王も、確実に殺したという油断があったのだろうか。

 

 ・・・メルはゴクリ、と唾をのむ。不意打ちで仕留めるには、これ以上ない好機。この機を逃せば、恐らくもう逆転の手筈は無い。何とかして司祭を援護できないだろうか。

 

 そもそも、司祭の攻撃手段を予想しないと。物理攻撃は無効だと言っていた、ならば魔法による攻撃だろう。

 

 とはいえ、詠唱したら即座に気付かれる。魔方陣を使ったとして、魔力を行使したらその時点で気付かれる可能性が高い。つまり、司祭がやるとしたら反応しきれないほど出の速い魔法弾!!

 

 と、なればメルに出来る援護は一つ。メルは攻撃魔法を使えないが、補助的な肉体強化などは習得している。何かしらの魔法を発動させ、メルに注意を向かせればそれが最大の援護になるはずだ。

 

「我が肉体よ、風を纏いて鋼と化せ!!」

「ん?」

 

 メルは肉体強化魔法を、なるべく魔王の気が引けるように派手に魔力を発散しながら発動する。釣られて、反射的に魔王もメルの方向へ振り向いた。

 

 千載一遇の、好機。

 

 

 司祭は、何時の間にやら両手で白い布を持ち魔王の上から被さるように構える。そうか、司祭の目論見は魔法弾ではなく窒息狙い。わざわざ魔法を発動する危険を冒さず、布を以て気道を塞ぎ呼吸できなくする算段か。

 

 

 

 ・・・あの、布。なんか見覚えがあるような?

 

「ねぇおねぇちゃん、何のつもりソレ。僕と戦う気?」

「だったら何よ。」

「うーん、せっかく生かしてあげるって言ったのに。馬鹿な奴。」

「生かされる命なんてまっぴら御免。私は生かされるんじゃなくて生きるのよ、このクソガキ!」

「贅沢だね。命より大切なモノなんて無いだろ? 命を投げ捨ててまで、僕と相対して君が得るものは何だい? ちっぽけなプライドか? 勘違いした高揚感か?」

 

 魔王は、完全に挑発に乗っている。さぁ、これで存分に気は引いたぞ。ロリコン司祭め、とっとと決めろ、その手の布で────っ!!

 

 ・・・ん? 司祭の手に持ってる布。よく、よくよく見たら、もしかしてそれ、嘘だろ?

 

 構えた手を片方だけ下ろし、恐る恐る腰に手を当てる。無い。それって、さっきまで履いていた、私の────

 

「私のパンツ!!」

「パンツ!?」

 

 思わず叫んだ私を見て、魔王の顔が困惑に染まる。そして、その隙を逃す司祭ではない。

 

 ズボリ、とメルのパンツは魔王の顔面を覆った。あの変態(バカ)は、少女のパンツを魔王の顔面に被せやがったのだ。

 

「・・・。」

「・・・。」

 

 魔王は振り向き、司祭と目を合わせる。顔面に少女の下着を纏ったまま。

 

 司祭はと言えば気安く魔王の肩に手を置いて、グッと親指を立てる。一応言っておくと、彼のこの行動は真面目なモノだ。

 

 司祭の目論見は即ち、亜型の治癒魔術により魔力の持つ限り無限に再生する事が可能な自分へ魔王のヘイトを集めること。彼は自身の攻撃力ではどう不意を突いても魔王を倒せないことを悟り、その身と命を以て、里の子供達が遠くへ逃げるだけの時間を稼ぐつもりだった。メルのパンツを盗んだのは、死にゆく行きがけの駄賃である。

 

 そして、狙い通り魔王の口元が苛立たしげにピクリと歪む。憐れ、司祭はそのまま断末魔を上げて艶やかに爆発四散した。南無三!!

 




次回更新日は10月25日。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「天命?」

 寒い。少女は、そう呟いた。

 

 人気の無い、真っ暗な街並。金髪童顔の白魔道士は、目にうっすら涙を浮かべて虚空へと手を伸ばす。その手は空を掴み、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。

 

 

 空には眩く輝く、巨大な流星が浮かんでいる。既に王都の民はこぞって国を捨て近隣の里へと逃げだしており。

 

 王国に残っている人間は、頼る伝手も移住する財力もない貧しい民のみ。逃げ出した先に居場所が無いなら、逃げても仕方が無いのだ。

 

 彼等の胸中や、如何か。失意の中、最期の時を家族と共に過ごしているのか。自棄になり、好きなことを好きなだけ楽しんでいるのか。

 

 いや、それとも。流星の巫女の、その御業を最後まで信じ続けているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────部屋に書置きを残し、オレは一人、静かな街の中をトボトボ歩いている。

 

 馬鹿げた威力の迎撃魔法の後、アルトは気を失ってしまった。流星はまだ空に残っているし頼みのアルトは泡吹いてるしで皆は大慌てだ。そのどさくさに紛れ、オレが窓からアジトを抜け出した事に誰も気付けない程に。

 

 話し声のない街の細道を一人ポツンと歩きながら、オレは私室から持ち出したワインを瓶ごと豪快に煽った。酸っぱい喉越しが、鼻につんと付く。

 

 何かデカい祝い事があったときに開けようとしまっておいた、秘蔵の一本。まさか、自分の死への手向けの酒になろうとは。芳醇な味わいが、今はただただ虚しい。

 

 

 ────今夜オレは、流星の秘術を使う。

 

 

 ・・・それは誰にも、知られたくない事だった。

 

 どうせ逝くなら、一人が良い。周りに仲間がいる状態で死ぬのは、嫌だ。

 

 恥ずかしいのではない、意地を張っているのでもない。自分の死に顔を、アルトにだけは見せたくないのだ。きっと、情けなく号泣しながら、絶望と後悔に溺れ死ぬだろうオレの顔を、アイツにだけは見て欲しくない。アイツの一生の重荷にしてしまう。

 

 王国の壁外には、国民の水源となっているデカい川がある。オレは、川にかかったその橋の上を最期の場所に選んだ。秘術を行使した後、オレが命を失い力が抜けた後は柵に寄りかかって川へ身を投げる。きっと、オレの亡骸は誰にも知られぬまま魚の餌となりこの世から消え去り、公的には行方不明と扱われるだろう。

 

 ・・・それでいい。きっとそれが一番、人を傷つけない死に方だ。勇者フィオは、1人行方不明となって。流星は、魔族領へと軌道を変えて。

 

 アルトは、国を救って、幸せに誰かと・・・。

 

 

 

「・・・良い、それで良いって決めただろ。ビビるな、オレ。」

 

 

 オレが死んだ後に起こるであろうイベントを想像し、声が震えるほど鬱屈となる。

 

 だが、オレは止まる訳にはいかない。今からどこまで逃げようと、流星魔法の範囲内からは逃れられない。

 

 オレが死ぬ事は、すでに確定している。秘術を使おうと使うまいと、死は避けられないのだから。だったらアルトを、この国を秘術で救ってやるさ。

 

 きっと最初から、この終着は決まり切っていたのだ。流星魔法をそう簡単に破れるのなら、初代の巫女様は命を投げ捨ててまでこの魔法を使っていない。ここまでがきっと、この世界の神様の筋書き通り。

 

 

「・・・。」

 

 

 ・・・理不尽だよな。どうしてオレが、オレだけがこんな目に遭う? 一人で死ぬのは嫌だ、皆を道連れにしても誰も文句を言わないんじゃないか? いや、オレにはその権利があるんじゃないか?

 

 

「────何てな。」 

 

 

 随分と、馬鹿な考えが頭をよぎったものだ。一人だけ死ぬのは嫌だけど、それ以上にアルトに生きて欲しい。だからレイの仕掛けた結界を破ってまで、オレは前に進んでいる。

 

 ・・・死。ソレは既に1度経験した出来事の筈なのに、オレはまだ怯えているのか。なんとまぁ、情け無い。

 

 目頭が、熱くなってきた。

 

 自己嫌悪、嫉妬、倒錯、孤独、寂寥、そして絶望。様々な負の感情が溢れ出て、一筋の涙となってオレの頬を濡らす。そんな自分が、嫌になる。

 

「ああ。この世界でも結局、オレは早死にする運命なんだな。」

「だな。本当に、お前って運が無いよな。」

 

 

 ポロ、と涙が頬を伝った時に。ちょんとオレの肩を叩く奴が居た。それは見慣れた髭面で、悪人顔の男。

 

 

「・・・バーディ。」

「よぉ、フィオ。聞いてくれよ、フラフラ護衛対象が散歩に出かけたモンでな。こっそり尾行してたんだが、とうとう一人で泣きだしやがった。だから仕方なく、声かけてやったんだ。」

「ほっとけ。」

 

 良いだろ、泣くくらい。

 

「なぁ、歩こうぜフィオ。何処目指してんのか知らんけど、お前は立ち止まってて良いのか?」

「良くない。けど、お前についてきてほしくない。」

「馬鹿言うな、王国内とは言え何処に魔族が入り込んでるかもわからねぇんだぞ。いや、そもそも人間の中すら敵が居るんだ。護衛として、悪いが付いて行かせてもらうぞ。」

「・・・はーいはい。好きにしろよもう。」

 

 ・・・確かに、ここで秘術を使う前に魔族に殺されましたじゃ死んでも死に切れん。

 

 それにバーディだし、別に何見られても良いか。一生夢に見るほど、バーディの前で醜く泣き叫びながら死んでやろう。

 

 死に顔を見られたくないのは本音だが、1人で死ぬのはあまりにも寂しい。これもまた、紛う事無きオレの本音だったし。

 

「なぁ、フィオ。聞いていいか?」

「何だ?」

「お前さ。ひょっとして、最初から死ぬつもりだったか?」

 

 そんな意地の悪い事を考えていると、オレの隣を歩くバーディはふと眉をひそめ、そんなことを言い出した。

 

「何を意味の分からないことを。だったら最初から、王様の頼みを了承してたっつの。」

「そしたらよ、アルトが必死で引き留めたはずだぜ。下手したら、お前を気絶させてまで秘術を使わせなかっただろう。」

「・・・。」

「アルトの事は、お前が一番よくわかってるだろ。アイツが仲間を、ましてや恋人を犠牲に生き残るなんて絶対に選ばない男だって事くらい。無理やりにでもお前を引き留め、自分が流星と相対する方向へ持っていったはずさ。アルト自身の立場を悪くしてまでな。だからお前は、敢えて死にたくないと言い張った。」

 

 バーディは、ここでこぶしを握り締め、オレの目の奥を視線で射ぬく。

 

「むしろ、あそこでお前が死にたくないとアピールしない限り、お前に流星の秘術を使うタイミングは生まれなかっただろ。だからこそあの醜い命乞いだ、違うか? ・・・まぁ、半分はアルトが何とかしてくれる可能性に期待もしていたんだろうけど。で、アルトが失敗した時点で、お前は最初の予定通り秘術を使う為こっそりアジトを抜け出した。」

「お前って、心読める魔法とか使えたっけ?」

「抜かせ。俺が何年、お前と親友やってると思ってんだよ。バレバレだ、バーカ。」

 

 ・・・コイツの言う通りだ。

 

 実際、あの時には既に自分の命とアルト達仲間や国民全員とを天秤にかけ、万一の時は流星の秘術を使う覚悟は出来ていた。ただ、あそこでオレを庇うように割って入ったアルトの顔を見て気付いたのだ。

 

 ああコイツ、何があってもオレに秘術を使わせないつもりだって。

 

「・・・初めてお前と会ったのは、2年前だっけか? 長いようで短い付き合いだったなバーディ。」

「このバカロリが。お前さ、何でいつまでたっても気付かない訳? アルトの事を鈍感鈍感と揶揄してたけど、お前も相当に鈍感だからな?」

 

 ・・・ん、いきなり何を言いだすんだバーディは。

 

「俺は、最初から気付いたぞ。女に生まれ変わっちゃいるが、行動や言葉遣い、仕草に至るまで前世のまんまだからなお前。」

「・・・前、世?」

「おうとも。お前、生まれ変わる前の記憶あるだろ?」

 

 な、え? 何故、それを。オレは生まれてこの方一度も、前の人生を匂わすような発言をした事なんて────。

 

 

 

「何年、お前と親友やってると思ってるんだ? 2年、そんなちゃちなモンじゃねぇだろ、オレ達の関係はよ。」

「・・・オイ、まさか。お前、バーディ、お前!」

 

 言われてみて、ハっと気付く。そう言えばおかしかった。コイツとは初めて会った時から、10年来の相棒の様に馬が合ったのだ。そう、まるで、

 

「親友、なのか?」

「気付くのおせーよ、ハーレム野郎。」

 

 コイツの仕草、性格、言葉遣い。何で気が付かなかったのか、コイツは前世でずっと一緒だった、オレの幼馴染にしてたった一人の親友だった男だ。

 

「あ、お前、何で、なんで言わなかった?」

「言わずともいずれ気付いてくれると信じてたのによぉ、友達甲斐の無い奴め。」

「あ、すまん。いや、いや気付けるかぁ! お前オッサンになってんじゃん!」

「お前こそロリになってるじゃん。それでも俺は気付いたけどな、と言うか一目で確信したわ。女の癖に、会って間もない4人娘に言いよって、即座に振られるあの玉砕の早さはお前以外有り得ない。」

「・・・ぐっ、そういやそんなことも有ったか。」

 

 そういや勇者パーティ結成の日に4人に速攻フラれたんだっけ。きっとあの時点で、皆アルトにベタ惚れだったんだろう。

 

「なぁ。行こうぜ親友。どこ目指してんのかしらんけど。」

「・・・ああ、行こうか親友。お前には一度死に顔を見られてんだ、お前ならオレの死体の処理を任せられる。」

「はは、それは勘弁して欲しいがな。」

「おい、聞かせろよ。あのあと、オレが死んで家族はどうなったのか。お前は、あの後どう生きたのか。」

「おう、いいぞ。やっとこの話ができるのか、2年たっても気づかれないとは思わなんだ。」

「悪かったよ。」

 

 オレよりずっと歳を食ってこの世界に転生していた、無二の親友と並んでオレは歩く。前世のように、ベラベラとくだらないことで笑い合いながら、王都の外、デートスポットにもなっている架橋の上の、オレの最期の場所へと。

 

 夜空にはいくつもの流星が飛び交い、そして空で燃え尽きて消えていく。オレもまた、ゆっくりと命を燃やすべく親友と共に夜の王都を進む。

 

 オレは今宵、流星の巫女としてその使命を果たすんだ。その死の間際、かけがえのない親友と再会できた事を、いや再会出来ていた事を神様に感謝して。

 

 ────オレは空に浮かぶ流星を、ボンヤリと見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ミクアルの里近辺。

 

 

「さっきのは、本当に魔法なのか?」

「ああ、魔法だの。ふむ、今代の魔王とやらは前魔王よりか攻撃魔法に秀でているようじゃ。」

「・・・そうか。念の為、あなたに声をかけておいて正解だった様だ。」

 

 突如として爆音と共に蒸発した、ミクアルの里。その地を目指して駆ける、一組の男達。

 

「捕まっとれ、人族。少し急ぐぞ。」

「ええ、本当に感謝するよバルトリフ。姿を眩ましている身だというのに、力を貸して貰えて。」

「何を、水臭い。貴様から受けた恩、どう返せば良いか日々悩み抜いていた所だ。我がこうしてまた、前へと進めるのも貴様の手柄よ。」

 

 ニカリと、ルートを背に乗せた魔族が笑う。

 

「・・・魔王軍と闘うのも、久し振りである。魔公バルトリフ、かつて戦場で最強と呼ばれた悪鬼となりて、久方振りに腕を振るおうぞ。」

 

 その魔族は、背の人間を大事に抱いて戦場へ向け加速した。

 

 魔族側の切り札(ジョーカー)、魔王は既に戦場へと君臨している。

 

 そして人族側の切り札(ジョーカー)、バルトリフ。彼がルートと共にミクアルに到着するまで、あと半日────()




次回更新日は10月28日です。
クライマックス近いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「決着!」

 司祭、と呼ばれた男の半生を短く語ろう。

 

 彼は教会において若い白魔術師の筆頭であり、信心深い模範的な教徒として青年時代を過ごした。

 

 そんな彼は、ミクアルへ派遣されていた父親の戦死をきっかけに、ミクアルの里へと赴任する。王国とミクアルの里を繋ぐパイプの役割を、亡き父から引き継いだのだ。

 

 人類の最終防衛線、ミクアル。彼は亡き父への哀悼と、新天地への緊張と怯えと、僅かな期待を持ってその地に赴任した。今から、30年以上前の事である。

 

 そこで、彼は様々な経験をした。後の村長となる男と3日間ぶっ続けで殴り合いの喧嘩し、結局和解した事。隠していた幼女性愛(ロリコン)を酔った村長に暴露され、吹っ切れて里中の幼女を追いかけ始めたこと。里の女性、フィーユへ恋心を抱き、そして彼女の村長への気持ちを知り身を引いた事。

 

 その思い出の殆どが、司祭にとって無二の親友であった村長という男の関連であり。その全てが、色濃く記憶に刻まれた良い思い出だ。彼はいつしか王国の司祭ではなく、1人のミクアルの住人として生きていた。

 

 そして今。親友の忘れ形見を守るために。一族代々、勤め続けたミクアルの地を奪われないように。その半生をかけて習得した回復魔術の奥義を以て、彼は人族最悪の敵“魔王”へと闘いを挑んでいる。

 

「グワーッ!!」

 

 何度吹き飛ばされようと、司祭は何度も何度も蘇った。自分の“死”を契機に発動する無限回復魔術は、聖属性の素養が必要な為にフィオですら習得しきれなかった究極の回復魔法だ。

 

 だが決して、痛みを感じないわけではない。彼は、死ぬ度に文字通り”死ぬほど”痛い思いをしている。それでも彼は闘いをやめようとはしなかった。

 

 すべては、未来の為。自身が愛し、愛で、愛おしんだ次世代を担う子供達。彼らを逃がす時間が稼げるのなら、この命惜しくはない。

 

 司祭はロリコンである。

 

 だが司祭は決して、ただ穢れた欲望の対象として子供を見ているのではない。真剣に、真摯に、純粋に、子供を人間として愛しているのだ。里の未来を築き上げる、後世へ紡がれていく「子供達(きぼう)」を、何よりも大切に思っているのだ。

 

 その情熱は、紛れもなく本物である。

 

「・・・頑張るねぇ。」

 

 一方魔王は、そんな司祭に飽きていた。

 

 覚悟を決めてしまった人間を嬲るだけでは、自身の加虐性癖は満たされない。既に、下着をかぶせられコケにされた怒りは収まっている。目の前に司祭しかいないから、彼を相手取っているだけだ。

 

 四散しても、再生する。再生途中に攻撃しても、吹き飛んだ後に同じように再生が始まる。アンデットを相手取っても、神聖魔法で消滅する分まだやりやすいだろう。まるで、こびりついて取れない頑固な錆を淡々と磨き落とすような作業だ。

 

 幾ら殺しても暖簾に腕押し、豆腐に鎹。これでは面白くもなんともない。

 

「そろそろ新しい遊びをしようか、おじいちゃん。ロルバック、連れて来て。」

「御意。」

 

 連れてきて。その言葉にハッとなった司祭は、魔王の視線の先へと目をやる。そこには、先ほど逃がした子供達が、ボロボロになって魔族に捕まっていた。

 

 魔王には最初から、子供達を逃がすつもりなど無い。辺りに竜族で囲んでおり、逃げだした子供を捕らえろと命じていた。

 

 司祭が命懸けで稼いだ時間が無意味であったと嘲笑う為だけに、魔王は逃げる子供を見送っただけだった。

 

 ────子供を愛した老人の、絶望が始まる。

 

「この娘、僕に楯突いたんだよね。今思えば、貴方への援護だったのかなおじぃちゃん?」

「やめろ。」

 

 顔を打撲痕で青黒く腫らした、村長の忘れ形見メル。彼女は一人、ロルバックに首根っこを掴まれて左右に力なく揺れていた。その後ろにも、沢山の子供達が乱雑に積み上げられている。

 

「いっぱいいるよね、この子供達。ねぇ、取引しようおじぃちゃん。この僕に楯突いた馬鹿な娘を殺してよ。」

「やめてくれ。」 

「そしたらさ、他の子は解放してあげる。このクソ生意気なメスガキをさぁ、おじぃちゃん自ら殺すんだ。」

 

 魔王は、加虐主義者だ。他人の絶望で、慟哭で、悲哀で快楽を得る生粋の人格破綻者だ。

 

「ああ、ただ殺すだけじゃつまらないから、ナイフで皮を剥いで殺してね。皮は剥製に使うから、丁寧に切るんだよおじいちゃん? この娘は芸術品に仕立て上げてやるんだ。」

「あ、ああ、神よ、どうか。」

「それで、全身の皮を剥いた後、この娘は生きたまま塩漬けにしてやるんだ。きっと良い声を上げて泣くぞ、この女。僕に害意を向けた事、タップリ後悔させてやる。」

 

 そう言うと魔王は、優しく老人の肩を叩き、耳元で囁いた。メルを殺せば他の子供は見逃してあげる、と。

 

「他の子みーんな死んじゃうのと、1人死ぬだけで皆助かるの。どっちが良い?」

 

 ────悪魔。それは魔王の、魔族の間における呼び名。魔族にすら、畏怖と侮蔑を以て呼ばれる程の圧倒的な悪意。他人が絶望する様にのみ、性的興奮を覚える真性のサディスト。

 

 

 

 そんな生粋の加虐主義者である彼が、目の前の老人を長い時間いたぶった理由は3つ。

 

 1つ。老人にコケにされた報いを味わせたかった。

 

 2つ。長い時間苦痛を与えたことにより、司祭が命懸けで稼いだ時間が無意味に終わった絶望を、より大きくしたかった。

 

 3つ。老人の精神的疲労を溜め、味方殺しの敷居を下げさせたかった。正気に戻った後、少女を殺した老人を大声で嘲笑い、目の前で子供達を一人一人縊り殺すつもりだった。

 

 つまり全て、彼自身の下らない性癖に基づいた、大きな意味を持たない暴虐である。目の前の老人が絶望する顔を見たいがために、無駄に戦闘時間を長引かせてしまったのだ。

 

 

 

 ────その結果。司祭は、半日と言う時間を稼いだ。まさに大金星。

 

 貴重過ぎる、半日と言う時間。魔王が最初からその気ならば、ミクアルの里の住人を根絶やしにしてなお、お釣りの来る時間。

 

 彼はそんな途方もない時間を、裏切りの悪鬼(バルトリフ)が戦場に辿り着くまでたった1人で、一人も死者を出さずに守り抜いたのだ。

 

 彼は知らず知らず、心の底から護りたかった子供を守り抜いていた。

 

 

「────助けに来た。」

 

 司祭は震える手で、ぐったりと動かないメルを刻もうと手渡されたハサミを持ったその時。静かで怒気に満ちた、少年の声を聞く。

 

「貴方達に救われた、この僕が。今こそ10年越しに、恩を返そう。」

「おや、新手か? これまた随分と弱そうな援軍が来たな。」

 

 ローブを羽織った中性的な顔の少年が、たった一人で司祭と子供達を囲む魔王軍の正面に立ち、鬼の形相で魔王を睨みつけた。

 

「弱そう? それは君の方だろう、魔王。」

「・・・まぁ、否定はしない。でも、あくまで弱そうってだけであって僕は────」

 

 予定外の敵襲だったが、魔王は焦らない。もし援軍が来るとしたら、そろそろかなと考えてはいたからだ。彼はルートを見ていつもの様に、無造作に手に魔力を集めた。

 

 ラントを攻撃した時のように、彼は術式を用いず純粋な魔力をぶつける攻撃を好む。完全なノーモーションであり、上級魔法並の破壊力を秘めた透明な攻撃。

 

「この世界で最強だけどね!!」

 

 勿論、普通に術式を組んで魔法を行使した方が高い威力を叩きだすだろう。何故、彼はこんな燃費の悪い攻撃方法を選択しているのか? 

 

 その理由の一つは、彼の持つ魔力量が大きすぎる事。普通の魔法使いの数百倍、フィオやレイの様な王国トップクラスの魔法使いと比べても、軽く十倍以上の魔力を彼は保有している。多少燃費が悪かろうと、透明でノーモーションな攻撃方法の方が敵に当てやすいと言う実利的な理由。

 

 そしてもう一つの理由は、

 

「・・・お主。さてはあまり詳しく魔道を修めておらんな?」

 

 彼は、10に満たぬ子供である。まだまだ、魔法に関して初心者なのだ。

 

 何時から、そこに居たのか。魔王は驚く暇もなく、誰にも気づかれず接近していたバルトリフに横腹を思いっきり蹴飛ばされた。

 

 だが、その初撃は無意味に終わった。彼の魔王たる所以の一つは、一切の物理攻撃を受け付けない理不尽な防御力にある。魔王は、気配も無く現れたバルトリフに驚きはしたものの、自らの横腹でピタリと停止しているバルトリフの足を見てニヤリと哂う。

 

「・・・なんとも無粋な障壁よな。だが解析は終わったぞ、魔王────っ!!」 

 

 そして魔王が、見下した目でバルトリフを罵ろうとしたその瞬間。バリン、と何かが破ける音がした。

 

 戦場に、すさまじい轟音が鳴り響く。

 

 魔王を名乗る少年は、口を開き言葉を発する前に、バルトリフに数十メートル以上の距離を蹴飛ばされたのだ。

 

「物理障壁だけは、一人前に使いよってからに。だが、この物理障壁の術式はお主のモノではないな? 魔法の初心者が扱うには高度過ぎるのぉ、誰かに施して貰ったと言ったところか。」

 

 そう、生まれつき物理攻撃を受け付けない存在なんてあり得ない。魔王の言う物理無効の正体とはつまり、彼が常時展開していた有り得ない強度の物理障壁だったのだ。

 

 そしてバルトリフは、蹴り飛ばした少年に妙な障壁がある事を感知し、即座に分解したのである。以前、フィオの奥の手を破った時の様に。

 

 彼の十八番であり、彼を200年前から最強たらしめた、敵の魔法術式に介入し霧散させるその技法。バルトリフは魔法使いに対して、ほぼ無敵に近い存在なのだ。

 

「な、何の話だ? と言うか、お前は何をした!? 生まれてこの方、僕が打撃を受ける事なんて一度も無かったのに!」

「・・・ほう、自覚無しで展開しとったのか。成る程、その障壁を施した術者は中々の魔法使いだったらしいの。お主が魔力を込めるだけで発動する、魔法陣か何かを体に刻んだのだろう。」

「ッチ、気味の悪い奴め。魔族の癖に、この僕に盾突くとはいい度胸だ。」

 

 吹き飛ばされた魔王。彼は口元に血を滲ませながら、ふらりと立ち上がった。

 

「もう許さないからな・・・。」

 

 同時に、彼の周囲の空気が歪み、冷たい風が吹き荒れる。自分に届く刃を持つバルトリフに脅威を感じた魔王は、本気の本気で魔力を練り上げたのだ。その凄まじい魔力量は、疑いようもなくこの世界に存在するすべての生命の頂点。

 

 彼はその恵まれた魔力を強大な塊として空高く練り上げて、そのまま地上に叩き落す。これではバルトリフだけではなく、ミクアルの子供達や、味方の竜族をも巻き込んでしまうだろう。それはまるで、癇癪を起こした子供の様な攻撃。

 

「・・・凝縮が甘いわい。経験が足りん。」

 

 だがその一撃は、バルトリフにあっさりと防がれる。攻撃をいち早く察知した彼は魔王の攻撃を容易く躱し、ミクアルの子供や魔王軍といった最低限守るべき存在だけ障壁を張って守った。

 

 必要最低限の魔力だけで、魔王の渾身の鉄槌は防がれてしまったのだ。

 

 何せ降ってきたのは術式も何も組んでいない、ただの魔力の塊。せっかくの膨大な魔力が泣いている。きちんと魔道を修め、正当に魔法を行使されたら防ぎようが無かったというのに。

 

 

「魔王ごっこはもう終わりだ、人族の魔王よ。おとなしく頭を垂れ、無残に死ぬが良い。」

「気に入らない。本当に気に入らないよ、魔族の裏切者め。貴様には生まれたことを後悔させてやる。」

 

 人族側の切り札たる、裏切りの魔族。魔族の切り札たる、人族の魔王。

 

 魔王は憎しげにバルトリフを睨み、バルトリフは飄々と魔王を眺めている。そのまま両者は、時が止まったかのごとく睨み合った。

 

 ────だが彼らの闘いは、実にあっさりと決着する。

 

「ああ、残念だ。貴様の弱点は見えたぞ、老いぼれ魔族。ロルバック! ミクアルの連中はどうでも良いから、その裏切者の魔族を殺せ!」

「・・・ほう?」

 

 魔王も、決して頭の回転が悪いわけではない。彼は少しバルトリフと交戦しただけで、既にバルトリフと言う魔族の存在を分析し、見抜いていた。

 

「貴様は相当に魔力の扱いが上手いが、魔力量そのものはかなり乏しいだろ? さっき僕の一撃を防いだ時、お前自身は躱していたな。あそこでお前も障壁で防いでいたら、僕に反撃できた位置に居たのというのに。魔力を惜しんだだろ?」

「うむ、肯定しておこう。今の我は全盛期の魔力量には程遠い。」

「そう、お前の乏しい魔力では僕の一撃を躱すしかなかった。お前の弱点は継戦能力。おいロルバック、僕は今から何度も何度も魔力を叩きつけるから、お前はその老いぼれを足止めしてろ。僕には絶対にその魔族を近付けるなよ、それで僕の勝ちは揺るがない。」

「おお、聡いの。その通りだ、今代魔王。それで汝の勝利は揺るがないだろう。」

「何を余裕ぶってる。待っていろ、お前はこの世で最も無残な方法で処刑してやるから────」

「ただ、他者の心の機微を知らぬ。部下はモノではないのだ。あんまり好き勝手をすれば”裏切者”が出るかもしれぬぞ?」

 

 バルトリフはそう言って。ニッコリとボロボロの少年の傍に控える、ロルバックに笑いかけた。

 

「ロルバック、貴殿に命ずる。そこの魔王を名乗る人族を、殺すがいい。既に障壁は破ってある。」

「────は? 貴様、何を、」

「────了解した。死ね。」

 

 バルトリフのその”命令”に従って。ロルバックは魔王の背後から、人族の脆弱な肉体を拳で突き破った。

 

 目を見開いた魔王の口から、ゴポリとどす黒い血が垂れる。

 

「お前さん、部下を労わったこと無いじゃろ。お前が魔王たり得た理由は、単にお前さんが強かったからにほかならん。」

「ロル・・・バック、貴様、何を・・・。」

「お前は我に負けを認めた。我に一人では勝てぬことを悟り、情けなく部下に助けを求めた。そんな雑魚に部下が付き従うモノか。」

「違う・・・、僕は、貴様に勝つ為に、コイツさえいう事を聞いていれば、」

「我に障壁を破られ、血反吐を垂らし、部下に頼った時点で貴様は魔王の座を失っているのだ。お前さんが慕われてさえいれば話は変わっただろうに、哀れよな。とどめを刺せ、ロルバック。」

「御意。」

 

 腹に穴が開き、血反吐を垂らす魔王だった人族の少年。そんな彼を前にして、ロルバックの瞳に憎しみが燃え上がる。

 

「妻の、息子の、俺の家族の、仇!!」

 

 最期に魔王の顔に浮かんだ表情は、恐怖。

 

 魔王を名乗った人族の少年は、竜族の長ロルバックにより顔面を踏みつぶされ、そこであっけなく息絶えた。

 

 闘いは、決着した。

 

「・・・ロルバック、と言ったか。魔族は、どの程度生き残っている?」

「残り僅かです。魔族領に帰っても、もうほとんど・・・。」

「左様か。生き残った連中に通達せい、撤退すると。我が、魔王を継ごう。我が、生き残った魔族を纏めよう。この惨敗ぶりでは、もはや魔族の勝利はない。退くぞ。」

「・・・分かりました。我ら竜族は、貴方を王と認めよう。貴方に従おう。」

「うむ、それでよい。」

 

 竜族達は皆、バルトリフに跪く。現魔王を打倒したバルトリフは、晴れて魔王となる権利を得たのだ。ロルバックも、このまま少年を魔王と立てて付き従うよりバルトリフに寝返ったほうが魔族の未来にとって良いと判断した。

 

 そもそもロルバックが人族の少年に従っていた理由は、彼が魔王だったからに他ならない。魔王たる立場を失った少年は、ロルバックにとってただ憎いだけの家族の仇。

 

 それを、魔王だった少年は読み切れなかった。

 

「と、言う訳だルート。我は、生き残った魔族を纏めねばならん。人族としては嬉しくないだろうが、彼等もまた我が同胞である。ここは見逃してはくれんかの?」

「・・・人族側としては複雑だけれど、うん、魔族が退くなら追わないよ。そもそも僕達はミクアルの人達を救助しないといけない、君達を追撃する余裕は無い。」

「感謝する、我が親愛なる人族ルート。・・・いつか、互いに歩み寄れる日が来ると良いの、人族達よ。では、さらば。」

 

 バルトリフはそう言い残し、竜族を率いて立ち去った。彼が魔王の座にいるうちは、きっともう人族領に魔族が攻め込むことは無いだろう。

 

 ルートは、呆然としているミクアルの子供達へと近付く。魔王を倒す際にこそ何もしなかったが、彼の仕事はこれからなのだ。

 

「・・・司祭、さんだっけ。さぁ、今から忙しいよ。」

「私は、夢を見ているのか? 魔族に助けられて、魔王が死んで、勇者ルート殿がここに、あれ?」

「混乱するのも無理は無いけど、今はそんな余裕はない。僕と一緒に、埋まったミクアルの住人の救出を手伝って貰う。要救助者の探知は僕がやるから。」

「・・・おお、おお? だが我らが故郷は、蒸発して、もう────」

「生きているよ、皆さん。咄嗟に危機を察知して、逃げたり障壁を張ったりしたみたい。瓦礫の下深くに埋もれてはいるけどほぼ全員無事かと。」

「・・・なんと、流石は我が故郷の住人達。」

 

 我に帰った司祭は子供たちの治療を始め、その間にルートは精霊術によって埋もれた人々の位置を割り出していく。

 

 これにて、人族と魔族の戦争はひとまず決着となった。今後しばらくは、魔族が侵略してくる可能性は限りなく低いだろう。

 

 残る問題は、流星魔法。ルートは空に燦然と輝く流星を眺めながら、仲間を信じてミクアルの住人の救助を続けるのだった。




最終話まで、あと2話。
次回更新日は、10月31日17時。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「親友。」

フィオ側のシーンになります。


 バーディが前世の親友だった。

 

 なぜオレは気付かなかったのか、言われてみて思い返せば、納得できることが多々あった。前世からコイツは空気を読むのが上手かったし、その反面デリカシーが全くない奴だった。一度死んでもソレは治らなかったらしい。

 

 歩きながらバーディは、前世でオレが死んだ後のことを簡単に纏め話してくれた。ヒキニートだったオレなんかの死でも、両親は凄く悲しんだらしい。ゴメンよ父さん、母さん。

 

 そしてオレの死後数年たって、事故で親を失った孤児を養子に引き取ったのだとか。よほど寂しかったのだろう。

 

 一方前世のバーディは、オレが死んでからも普通に生きサラリーマンになったらしい。そしてオレの死後10年ほど経った頃には、コイツにも可愛い恋人が出来たのだと言う。

 

 だが、その恋人と婚約まで済ませまさに幸せの絶頂と言うタイミングで、以前から付きまとわれていたバーディのストーカーに3人がかりで襲われ、結婚式の前日に刺し殺されたと無念そうに語った。

 

 今世でも、子供の頃は故郷の村の貧乳ちゃんにストーカーされていたんだっけ? ストーカーを惹き付ける、そう言う厄介な星の下にでも生まれているのだろうか。

 

 これでバーディがストーカーを過剰に怖がる理由もわかった。本来のコイツの実力と性格なら、ストーカー程度自分でとっ掴めてお巡りの前に叩きつける筈だ。未だに前世の苦手意識が消えないのだろう。

 

 そんな懐かしい前世の話をしながらオレ達は歩き続け、気付けばオレ達は深夜のデートスポット”王都架橋”へと到着していた。 

 

「・・・着いた、ココだ。」

「ふーん、橋の上ね。」

 

 そう。ついに到着してしまった。

 

 自分の命が終わる場所へ。自分が存在していられる、最期の場所へ。

 

「ああ、流星が近い。」

「だな、フィオ。もうすぐ終わりだ。」

 

 夜空に大きく輝くこの国を滅ぼす絶望を見上げて、バーディと短く言葉を交わす。

 

 ────ゾクリ。

 

 この時オレははっきりと死を意識したからか、急に身体がガクガクと震えだし止まらなくなった。必死で目を背けていた恐怖心が溢れ出し、凍り付くような孤独感に苛まれドサリと地べたに崩れ落ちる。

 

「・・・会いたい。」

「どうした?」

「嫌だ、やっぱり、アルトに会いたい。」

 

 我慢して口を瞑ろうとして、やっぱりダメだった。オレの口から、どうしようもなく情けない泣き言が零れてしまった。

 

 部屋を抜け出す時の、オレのあの覚悟はどこへ行ったのか。自分で望んだ最期の場所にたどり着いて、今から命を燃やそうとするこの場面で、オレは情けなくもビビっていた。

 

「なぁ、なんでここにアルトは居ないんだ?」

「そりゃあお前が黙って抜けてきたからだろ。」

「だよな、何やってるんだオレは。死ぬ時くらい、人目を気にせず思いっきり甘えても良かったのに。アイツに甘える最後のチャンスだったかもしれないのに。」

「泣くな泣くな、自業自得だ、親友。お前さんは変に自分を蔑ろにする悪癖がある、それも前世からだ。その結果がコレだよ。」

 

 バーディは呆れた顔で、そんなオレを罵った。死ぬ間際くらい優しくしろや、このブサイクが。

 

「なぁ、バーディ。今から戻れば、少しくらいアルトに抱きつく時間あるかなぁ?」

「うーん、見た感じ流星が地上に激突するまで10分くらいじゃね? 俺がお前を背負って全力でダッシュしても厳しいかな。」 

「・・・だよな。もう、間に合わんよな。」

 

 ・・・当然、実際にバーディに背負って走ってもらうつもりはない。さっきの言葉は半分本気だが、残り半分くらいは言ってみただけだ。死ぬ間際にそんな見苦しい真似をする気は無い。

 

「ああ。そうだな、じゃあそろそろ始めるかぁ。」

「お、いよいよやるのか。」

 

 そもそも、既にオレに残された時間はない。激突する直前に流星を操っても恐らく間に合わないだろう。今すぐ秘術を使って進路を変えても、ギリギリくらいだ。

 

 空を見上げ、いつか村長(ボス)に習った通りオレは両手を広げ片足を上げ、それぞれに魔力を集中させる。

 

「・・・グリコ?」

「ちげーよ。グリコのポーズに見えるけど、これちゃんとした秘術の型だから。魔術的にも意味があるし。」

「なんかソレ、色々諦めて匙を投げてるようにしか見えねー。超ウケる。」

「ぶっ飛ばすぞ。」

 

 最期まで、コイツは人を小馬鹿にしたような態度でオレを見送るつもりか。まぁ、その方がガン泣きされるよりマシだが。

 

 前世でオレが死ぬ時はコイツ、ガン泣きだったからなぁ。思い出すと超ウケる。 

 

「なあフィオ、聞いていいか?」

「何だよ、もうあんま時間ねーんだ。手短に頼むぞ。」

「おう、2つだけだ。お前はこの世界に生まれて良かったと思えるか?」

 

 そう言ってバーディは、グリコポーズで魔力を高めているオレの髪を、乱暴にくしゃくしゃと撫でた。瞑想の邪魔だ、地味に痛ぇし。何するんだこの野郎。

 

「また随分と妙な事を聞くなぁ。そうだな、前世通して初めて恋人が出来たってのは楽しかったかな。最期の、ほんの一瞬だけだけど。」

「そっか。じゃあ、もうちょっと生きられるなら何したい?」

「・・・そりゃあ、色々。ヤメろよ、そういう残酷なこと聞くなよ。未練が湧いてくるじゃねぇか。」

「罰だよ。勝手にアジトを抜け出して、一人で寂しく死んじまおうなんて考えた罰。こりゃ仲間に対する裏切りだぞ? お前を助けるために散々に手を尽くしたってのに、別れの挨拶もなしに消えるって馬鹿にしてんのか。」

「う、まぁ。でもよ、死に際の顔をどうしても見られたくなくて、それで。」

「本当にお前は、追い詰められると視野が狭くなるな。もうちょっとアルトを信じてやれよ。アイツは言ったじゃねぇか、流星魔法は俺に任せろって。」

 

 バーディは呆れ顔で、オレの髪を撫でるのを止めようとしない。集中できねぇ、邪魔すんな本当に。

 

「・・・でも、失敗したじゃん。」

「してねぇぞ? 今のところかなり上手くいってる。アルトが気絶したのは少し計算外だったけど、すぐ意識戻ったみたいだし許容範囲内だろ。」

「・・・は?」

 

 上手くいってる、てそんな訳あるか。あんな大魔法ぶつけておいて、空には未だデカイ流星が輝いてる時点でもう終わってるだろ。

 

「フィオ。お前アレだろ、さては昼に撃ったあの魔法が本命と勘違いしてるな?」

「え、は、はぁ? だって、あんな大魔法使ったらアルトの魔力もカラになるし、もう2発目を撃つ余力なんて無い筈だし、違うのか!?」

「お前、あの王様の話聞いてた? 何も考えずただ流星を砕いたりしたら、尋常じゃない量の星の破片が降り注いで国が滅ぶわ。だから、アルトはあの魔法で星を砕くつもりなんか無かったんだよ。あの魔法はあくまで流星の勢いを殺して、星の真ん中に切れ込みを入れる狙いのただの下準備にすぎない。」

「き、切れ込み? 下準備?」

「そう。ほら、空に浮かぶ流星を見ろよ。真ん中に1本、うっすら線が入ってるだろ。フィオ、あの線の意味は流石に分かるよな?」

 

 バーディにそう言われ、空に浮かぶ流星を注視する。

 

 本当だ。よくよくみれば1本、流星のど真ん中に小さな線が走っている。バーディの言う切れ込みとは、アレの事なのだろう。

 

「・・・待って。まさか、アルト、あの馬鹿!」

「ホントあいつの考える事ってスケールが違うよな。流星を砕いたら破片が降り注ぐ。だったら────」

 

 呆れたようにバーディが笑ったその時。突如湧き上がった凄まじい剣気が、王都の風を揺らした。

 

 それはアジトの方向から吹き出ている、オレにとって慣れ親しんだ、安心感のあるアルトの剣気。それに加え、マーミャやリンの気も乗っている。アルトに気を譲渡したのだろう。

 

 そういえばアルトの奴、オレが部屋に閉じ込められたその日に山に修行に行くとか言ってたけど。まさか、まさか、1日修行しただけで身につけやがったのか? 

 

「おっ。アルトの奴、いよいよ始める気だな。」

「・・・っ。」

 

 バーディの言葉が終わると同時に、何かが星に向かって地上から飛び出した。小さすぎて見えないその矮小な存在は、凄まじい剣気をまとい一直線に空を駆け上がっていく。

 

「ははは、奴はすげぇよ。アイツに任せておけば何とかしてくれる、アイツならやってくれる。そう思わせるだけの成果を今までずっと積み重ねてきただろ?」

「アル、ト。」

「だからよ、今回も信じようぜ。俺達の頼れるリーダーを。お前が大好きだっていう恋人を。」

 

 

 ────オレは夢を見ているのだろうか。だって星だぞ、相手は自分の何十何百何千万倍の質量を持った、その墜落だけで国を滅ぼす流星だぞ。

 

 アルトの奴は、そんな相対することすら馬鹿らしい巨大な存在を相手取って正面から突っ込んで、そして。

 

 一筋の光を纏った剣戟が、夜空ごと流星を真っ二つに引き裂いたのだった。

 

「斬り、やがった。」

「本当にアイツ、人類なのかね。」

 

 なんて、馬鹿らしい。夜空に君臨していた流星は、地上から飛び出した小さな一人の人間によって綺麗に両断されてしまったのだ。

 

 その結果、流星の軌道が大きく変わる。両断された星のそれぞれの断片は、左右へと進行方向を分ち、墜落先が王都からズレていく。そのあまりに非現実的な光景に呆然としている間に、流星は王都の東西へと別れ激突し、轟音を上げ地響きとともに大きなクレーターを形成した。

 

 だが。その被害は、ギリギリ王都の城壁の外に留まった。街の中に、被害は一切及んでいない。王都の東西に大きな大きな穴が開いたものの、そのクレーターが国を巻き込むことはなかった。

 

 流星魔法(メテオ)は古来よりいくつもの国を滅ぼし、初代流星の巫女様がその身を捧げて秘術を使うまで、決して破れる事が無かった伝説の大魔法。

 

 だというのにアルトはたった1日修行しただけで、流星を斬る技を編み出しやがったのだ。

 

「おうおう、やっぱりアイツはやる時はやる男だぜ。さぁて、満足したか家出娘。」

「・・・は、ははは。何だよコレ。まるでバカみたいじゃねぇか、オレ。」

「何だ、今気付いたのか自己陶酔野郎。良いからとっとと帰るぞ、俺達のアジトへ。こんな日はいくら酒を飲んでも飲み足りん、宴の準備だ。」

 

 ぽかん、と雲一つない満面の夜空を眺めているオレの腹を掴み上げ、米俵でも担ぐようにバーディは自分の肩に乗せた。

 

 ゴツゴツとした肩が腹を圧迫し、オレは思わず小さな呻き声を上げる。

 

「ぐぇ、いきなり何しやがる。」

「よぉし急いで帰るぞ。今頃、アルトの奴は大喜びでお前の部屋に報告に行ってる筈だ。だと言うのに、部屋にお前さんがいないともなれば、目の色変えて大騒ぎするだろ。早く帰って顔見せてやらなきゃな。」

「それと、このオレの体勢に何の関係がある。え、マジで? このまま運ぶ気?」

「さぁ、しっかり掴んでろよ親友。」

「待て、ならせめて背負ってくれ、こんな不安定な体勢・・・おわあああぁ!?」

 

 そして。

 

 大笑いしながら、女を抱えた男は疾走する。生き延びた喜びで所々で歓声が沸き上がり、陽気な笑い声が木霊する夜のメインストリートを、彼らの帰るべき場所を目指して一直線に。

 

 

 

 

 

 

 かくして。王都に迫る流星は両断され、迫り来る魔王軍は壊滅し、王国に平和が訪れた。

 

 長きにわたる魔族と人族の戦争は、これにて終結となる。そして、選ばれた勇者達はその功績を称えられ永く語り継がれる事となるだろう。




次回、感動の最終回(バッドエンド)「挽肉。」
更新は11月3日の17時です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「挽肉。」

「は? 何寝言ほざいてんの? 脳味噌えぐり出して糞と一緒に炊き込んでやろうか?」

「・・・うるさい。レイ、お前はとっくに対象外だから諦めろ。アルトはウチのだ。」

「わ、わた、わたたしと! 私に、私にアルト様がぁぁ!!」

「何をドサクサに紛れて抱きつこうとしてる淫乱修道女!」

 

 

 ああ。オレは、帰ってきた。

 

 もう2度と味わえないと思っていた日常。諦めるしかないと、1度は投げ捨てた平和な光景。

 

 感無量である。

 

 

「・・・女狐。ウチのアルトから離れろ。」

「駄シスター!! 不快な乳袋をアルトに押し付けてるんじゃ無いぞ殺すぞ!」

「その、その、私は離れません!!」

「良し分かった。その脂肪の塊をゴッソリ切り落としてやる、ソコに直れ。」

 

 オレが座る円形テーブルの隣では、いつもの様に4人がアルトに詰め寄ってギャアギャアと騒いでいる。

 

 以前は煩くて仕方が無かったこの言い争いも、今のオレにとっては生を実感出来る貴重な光景だ。むしろ、この険悪な空気でこそ勇者パーティと言えるだろう。

 

 だからオレは、このかけがえのない日常をを生きて過ごせる喜びを一杯に噛み締め、万感の思いを込めて呟いた。

 

「・・・あぁ。なんて平和な光景なんだ。」

「フィオ、お前の目玉腐ってるんじゃねぇか?」

「おかしいなぁ。味方の筈なのに、魔王より禍々しいオーラ放ってるんだけどあの4人。」

 

 ううむ。ルートとバーディは風情を介さぬ奴らだな。このギスギス感が良いのに。

 

 

 3日前、流星魔法がアルトに叩き切られた事でオレは九死に一生を得ることが出来た。

 

 案の定、星を斬ったアルトは結果を報告すべくオレの部屋に飛び込んできたらしい。そこで、部屋に残してたオレの遺書やら何やらを見られてしまい、全員が色を失ったと言う。

 

 そんな修羅場にノコノコとバーディに担がれ帰って来たもんだから、オレは凄まじい勢いで怒られた。

 

 ・・・でも、その時オレは言い訳もせず、嬉し涙を流しながら素直に説教を受け入れた。 

 

 死なずに済んだ事、コレからも皆と一緒に笑えること、またアルトの隣に居られること。 

 

 いくら泣いても、泣き足りなかった。やがて皆の怒りも収まったのか罵声が止み、号泣しているオレをユリィが微笑みながら抱き締めてくれて、その日は泣き疲れてそのまま寝てしまった。翌日、皆にからかわれたのは少し恥ずかしかった。

 

 

 

 その数日後、ルートが帰還し、魔王軍撤退の知らせが王都に届いてからは本格的にお祭り騒ぎとなった。アルトが流星を叩き斬った日にも国中で宴会をやっていたのに、どこに酒が隠してあったのか民衆はまたそこら中で酒盛りが始まっている。オレ達勇者一行はそこら中で宴に誘われ、軽く参加し先々で酒を分けて貰った。

 

 このペースで酒が消費されると、国を捨てて逃げた連中が帰ってくる頃には王都に一本も酒が残っていないだろう。

 

 

「アルト様、怖いですー。」

「ああ!? アルトに隠れてんじゃねぇぞ年増駄乳デブが!」

「・・・殺せる。女狐が次の呼吸を終えるまでに、187通りの手段で暗殺が決行出来る。」

「あはは、今宵の我が剣は血に飢えている様だ。シスターの血を吸えば、さぞかし美味であるだろうなぁ!」

 

 オレ達パーティも、気の良い民からお裾分けいただいた酒類をアジトに持ち帰り、ルートの帰還祝いと魔族撤退を祝しての宴を始めた。

 

 その結果がコレである。宴のさなか、”そう言えば、バーディが指定した恋人を指名する期限って今日までだったよね”とルートが呟き、4人娘が豹変し大舌戦が始まったのだ。酔って口が滑ったのだろう、ルートは喋った直後に”しまった”と言った表情で頭を掻いた。可愛い。

 

 さて、以前までのオレならここでさっと部屋を出て、口を滑らせたルートを言葉責めしつつ女装を強要したのだろうが。

 

 オレは、アルトを信じる。今回でアルトの奴は、決める時には決める男だと改めて再認識したのだ。もうオレはアイツを疑わない。そう、だから。

 

 

 ────アルトなら、この凄まじい修羅場も難なく切り抜けて見せるに違いない。

 

 

 どんな手段で誤魔化しにかかるかはちょっと読めないが、オレを誤魔化しにかかる時はうまく乗っかってやらないとな。アイツ、少なくともレイとマーミャには手を出してるっぽいし。

 

 リンとユリィはどうなんだろ。とっくにヤられてんのかなぁ。2年もパーティ組んでるもんな、オレの攻略が最後でパーティ女子全制覇とか普通にあり得るよな。

 

 別にそれでも良いよ、惚れた方の負けなんだ。オレは黙って見ててやるから、うまくこの場を収めてくれアルト。

 

 

「ユーリーィ? はーなーれーろ? 顔を剥いでマスクにしてコレクションしてやろうか?」

「ふ、ふふふ! 嫌です、アルト様は私と、私と結婚するんです! 今日はそれを宣言する日なんです!」

「おやユリィは気が狂ったようだ。我が剣で頭を両断して治してやろう。」

「・・・女狐、嘘は自分を傷つけるだけ。具体的には、私が治癒不能の攻撃で顔面をズタボロにしてやる。」

 

 おお、こわいこわい。

 

 アルトの浮気に気付いていると気が楽だなぁ。胃が穴だらけになりそうな仁義なき女の争いを、のんびり野次馬根性で眺められる。

 

「・・・おいフィオ、良いのか?」

「あん? ああバーディ、大丈夫大丈夫。」

 

 オレとアルトが恋仲だと知ってるバーディが、こっそり耳打ちして来た。良いのだよ、オレはいちいち浮気に目くじらを立てたりしない女なのだ。都合が良い女ともいえるけど、アルトと恋人で居られるならそれで十分。むしろ、アルト程の色男なら浮気して当然ってもんだろ。

 

 

「ほら! はっきり言っちゃってくださいアルト様!! 私とはもう結婚を約束した仲だって!!」

「は?」

「・・・はぁ?」

「・・・・・・・はぁぁぁぁ!!?」

 

 ほほう。

 

 成る程、アルトの本命はユリィだったのか。意外な所だが、冷静に考えるとまぁ納得だな。ユリィは何だかんだあの4人では一番優しいし愛嬌あるし、乳もデカいし。

 

 ・・・アルトは真性のおっぱい野郎だ。忌々しい脂肪の塊であるユリィを選ぶのは当然の帰結だったか。

 

 

「まままままままままままままみゃああああああ!!」

「・・・嘘嘘嘘。ねねねぇぇぇアルト、どう言う事ととととととと?」

「」(白目)

 

 

 とはいえ、誤魔化す暇もなく本命がバレちゃったなアルト。この場をどう言い繕う気なんだろう。3人とも、顔面に力が入りすぎて見たことない表情になってるぞ。

 

 

「・・・ユリィ。」

「はい、アルト様!」

 

 

 アルトは真剣な顔で、ユリィと見つめ合う。

 

 ・・・ここでキスとか始めないでくれよ。流石に我慢できず妬くぞ、オレも。

 

 

「・・・その、本当にすまない、何の話だ?」

「ええええええ!?」

 

 

 だがアルト、ここでまさかの全否定。これは酷ぇ、つまりユリィは本命じゃなかったって事か? 結婚をチラつかせておいて、本妻は別に居るとかなかなかの外道よな。

 

「その、すまない。本当に覚えが無いんだ。」

「だって、その、この前アルト様私に買ってくださったじゃないですか!! リリィの花飾り!!」

「え、ああ、そんな事もあったな。それがどうかしたのか?」

「リリィの花は、婚約者に渡す花じゃないですか! え、あれ、そういう意味じゃ・・・?」

 

 ・・・って。リリィの花飾り貰った? それだけ?

 

「・・・確かにリリィの花には婚約する時に渡す、結婚の象徴という文化の土地もある。・・・でもそれ、かなりマイナーな文化。女狐、王都ではリリィは単なる綺麗な花に過ぎないぞ。」

「何だ、くだらない。勘違いして舞い上がるとは、何て恥ずかしい女だ。」

「ふぅ。良かった、ユリィが馬鹿で本当によかった。」

「そ、そんにゃあぁぁ。」

 

 へたり、とユリィがその場に崩れ落ちる。

 

 確かにそんな文化が有るのはオレも知ってるけど、それ確かかなり遠い森の部族の文化とかじゃなかったか。王都でそれは無理があるぞユリィ。

 

「よし、これで雑魚が一人消えた。さてアルト・・・。っておい、離れろ駄ロリ。私のアルトに抱きつくな。」

「・・・嫌。アルト、だっこ。」

「おいリン。お前のボディではアルトの誘惑は無理だからやめておけ。ついでにレイのボディでも誘惑は無理だ。つまり、2人ともとっとと離れろ。」

「殺すぞ脳筋剣士。」

 

 1人が脱落し、残り3人のデットヒートが始まった。別にフラれた訳ではないのに、ユリィが完全に敗北した扱いになっていて笑える。不服そうにへたり込んでいるユリィが愛くるしい、撫でてあげたい。

 

「・・・アルト。ウチ、アルトの為にあんなにシたんだよ。だからウチを選んで。」

「なーに盛ってやがる根暗ロリが。意味深な言葉使いやがってどうせ下らない事なんだろ。」

 

 頬を染め、恥ずかしそうにアルトへ肩を寄せるリン。随分と意味深なこと言ってるけど、リンはアルトに手を出されてるのかね?

 

 さて、アルトの反応は、と。うわぁ、めっちゃ目が泳いでる。

 

「・・・アルト?」

「おいアルト。なぁ、何で今、顔を背けた? 何で今、リンが”シた”とか言った瞬間に顔を背けた?」

「・・・ふふ、アルト、思い出しちゃった? そんで照れてるん?」

「このクソガキ何しやがったぁぁぁぁ!?」

 

 おっとぉ。やっぱリンの奴も、アルトに手を出されてたのか。リンに抱き着かれたまま、アルトが冷や汗をダラダラ流してて超ウケる。

 

「・・・リン。その、ああいう事はあまり他人にはだな。」

「・・・アルト以外にはしないし。」

「え、待ってアルト冗談だよな? リン如きに発情するような奴じゃないよな? それは犯罪だぞアルトォ!」

「リン、に。出し抜かれた、だと!? この剣術の名門貴族たる私が、リンに!?」

 

 おお、4人娘で最弱と思われていたリンの、まさかの肉体関係に皆大焦りだ。残念だったな、アルトの奴はオレの貧相ボディでも興奮して獣になる変態さんである。リンが守備範囲でも、全く不思議ではない。

 

「・・・その、ウチ恥ずかしいの我慢して、お風呂場で裸で。」

「なんで私はこのクソガキを放っておいたんだ! 私の馬鹿! 昔から盗賊職は淫乱って決まっていたじゃないか! 身体で情報を抜いてくる色狂いしかいないに決まってるじゃないか!」

「アル、アルト、犯罪だ、これは性犯罪だ、実家の権力を頼って懲役ににににににに!」

「待て、落ち着いてくれレイ、マーミャ! これは違うんだ、俺にイヤらしい下心が有った訳じゃなくてだな!」

 

 リンと風呂場で裸になって二人きりの時点で、イヤらしい下心が無くて何だというのか。どうせ大車輪でもしてたんだろ。

 

「俺はリンが、死んだ兄を思い出して恋しいって言うから、たまに一緒に風呂に入ってるだけで! それ以外は神に誓って何もしていない!」

「それだけじゃなく、ウチ、洗いっことかもいっぱいシたし・・・。」

 

 ・・・って、それだけかい。

 

「お、驚かせるなよオイ。所詮、お子様か。」

「なぁ、リン。貴様、確かに死んだ兄がいたんだろうが、お前はその家族の事を毛嫌いしてなかったか? 実家が嫌で逃げ出したんじゃなかったか?」

「・・・ふふ、ウチ、嘘は吐いてない。兄が死んだのも、一人でお風呂が寂しいのも、嘘じゃない。・・・くくく、もう遅い。ウチとアルトは裸の関係・・・。」

 

 結局、一緒に風呂入ってたのは事実だけど結局リンと肉体関係無い様だ。なーんだ。

 

「いや、単に異性として見られてなかったから一緒に風呂入ってたんじゃね?」

「女性として意識されてたら風呂とか断るだろう、アルトなら。」

「!?」

「確かに、俺もリンなら一緒に風呂入っても気まずく無かったから、許可したしな。」

「!!?」

 

 若干目が泳いだままアルトはロリコン疑惑を切って捨てる。その残酷な言葉にリンは目を見開き、喀血して果てた。

 

 ・・・絶対嘘だ。アイツ、間違いなくイヤらしい目でリンの事見てたぞ。オレとリン、体型そんなに変わんねーじゃねーか。自分に降りかかりそうなロリコン疑惑を躱すために、敢えて強い言葉を使いやがったな。

 

 ついでにチラチラと、焦りながらオレの方見てんじゃねーよ。オレまで巻き込まれるからやめろ。

 

「・・・馬鹿、な。」

「駄ロリが死んだか。くく、これで貴様を倒せば私の勝利だな。」

「お前はもう対象外だと気付けレイ。必然的に、残った私がアルトと婚約するんだ。」

「そもそも、生き残ったら勝者と言うルールなんて無いと思います・・・。」

 

 でもアルトが、リンに手は出していなかったようで安心した。体型がオレと変わらないとはいえ、リンはまだ子供だ。犯罪性では、オレに手を出すより遥かに重いと言えるだろう。

 

 リン、精神年齢は小学生くらいだしな。

 

「私はホテルでアルトと裸の付き合いをした女だぞ、既成事実と言っても過言ではない。」

「レイ、流れるように自分の都合の悪い話を伏せるお前の悪辣さには反吐が出るぞ。」

「とは言っても、事実として私は生まれたままの姿をアルトに見られてしまっている。これは責任を取って結婚してもらうしかない。」

「・・・ウチもお風呂一緒だし、見られてるし。と言うかレイ、お前は無理やりアルトをホテルに連れ込んで裸を見せつけただけ。・・・ただの痴女。」

「そもそも、その件でアルトに凄く怒られたんじゃなかったか?」

 

 ・・・おや。

 

「アルトの人の好い所につけ込んで、相談があると言ってホテルに連れ込んだんだっけか。」

「レイ。俺は正直、あの件に関してはまだ怒ってるからな。」

「え、えっと。でも、私の裸見れたんだし、それでおあいこって────」

「人の信頼を裏切るな、と。何度言わせる? きちんと反省はしているのかレイ。」

「・・・ごめんなさい。」

 

 お、おや? ホテルって、今の話って、ひょっとしてあの日の事か?

 

 アルトは単に、レイに騙されてホテルに連れ込まれただけ? ちょ、ちょっと待って。じゃあ何か、ひょっとしてオレの勘違いなのか、レイとアルトの関係って。

 

「こうなるとやはり、残された私がアルトの相手にふさわしいと、そういう事だな。」

「待ってください、それは納得できません。生き残り制で勝負を決めるのは間違っているでしょう!」

「とはいえ、なぁ。私は、自分でいうのもなんだがそこそこの家柄と地位のある女だ。強大な力には、嫉妬や煩わしい権力争いが常に付きまとう。だが、勇者パーティで最強の存在であるアルトが、この国に根付いた貴族である私と婚姻することで、色々と面倒が無くなるだろう。」

「ぐぎぎ、ここぞとばかりに権力を使ってくる。駄剣士の癖に、駄剣士の癖に。」

「・・・コイツは、馬鹿の癖に昔からちゃっかり美味しい所を持っていく。」

 

 となると、マーミャはどうなんだ? 確か王宮で、一瞬だけアルトと婚約の噂が流れたんだっけ。

 

「以前レイが、とても有りがたい噂を流してくれたしなァ。噂の下地が有れば、王宮で私とアルトが婚姻しても誰も文句を言わず祝福してくれるだろうなァ。どうもありがとう、レイ。」

「ぐ、ぐぎぎ、おのれ糞剣士。」

「・・・レイ、本当にタチの悪い事をしてくれたな・・・。」

「なんて、なんて余計な事をしでかしたんですかレイさん! そんなの、そんなの絶対認め────」

 

 レイが噂を流しただと? マーミャとアルトの? ああ、成る程。マーミャを貶める狙いか。

 

 え、じゃあ、アルトとマーミャの間にも、肉体関係とか無いのか? 根も葉もない、噂?

 

「4人とも落ち着け。マーミャ、すまないが君と婚約するつもりはない。」

「な、何故だアルト!」

「・・・実は、王宮内の教会で噂の火消しをする時に、誤解を解くため金輪際マーミャと男女関係にならないと言った旨を神に誓っている。それを破ってしまえば、教会にどんな顔をされるか・・・。」

「あ!! そう言えばアルト様、そんなこと言っていました!」

「ちょ、えええええ!? アルト、馬鹿、どうしてそんな事を!?」

「すまん、噂の火消しに必死でな。・・・すまん。そもそも、打算で好きでもない男と婚約するなど良くないぞ?」

「そん、な。」

「駄剣士が死んだか。」

「・・・無事全滅。何となく予想出来てたけど。これどうするの?」

 

 そうか。全て、誤解だったのか。

 

 アルトは浮気なんかしていなくて、ちゃんとオレだけを見てくれていたんだ。何てオレは馬鹿なんだ。

 

 何が有ってもアルトを信じるって決心したその日から、アルトを信用して無かったなんて。そうだよ、あんなに真面目で真摯な奴が、恋人を裏切るような真似をする訳が無いじゃないか。

 

 ゴメン、ゴメンよアルト。お前は浮気なんてしてなくて、ずっとオレ一筋で、それで・・・。

 

 それで・・・。

 

 

 

 

 

 ・・・それで、この状況は不味いんじゃないか。さっきからアルトがチラチラ、許可を求めるかのようにオレを見ている。つまり、それって、バラしても良いかって事?

 

「お、おいフィオ。本当に大丈夫なのか、ここに居て。」

「む? バーディ、フィオがここに居ると何か不味いのかい?」

「・・・はっ!?」

 

 隣に座ったバーディが、珍しく心底心配した表情で声をかけてくる。そうか、さっきの大丈夫かってそういう意味か。間もなくオレとアルトの関係が暴露されるであろうこの状況で、ここに居ても問題ないのかとそう聞いていたのか。

 

 さて、此処で問題です。今、オレとアルトの関係が発覚するとどうなるでしょう。

 

 

 解答:ミンチよりひでぇや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こ、ここ、こんなところに居られるか! 逃走だ、オレの明日の為に、せっかく拾った命を長らえる為に、すぐさま戦略的撤退だ!

 

 馬鹿か、馬鹿なのかオレは。どうしてオレは悠長に、4人の言い合いを眺めていた? この状況、地雷原でタップダンスしている方がまだ生存率が高いわ。

 

 いかん、一刻も早く脱出せねば。そうと決まれば、自然に、かつスピィーディーにこの部屋を抜けるぞ。そして、ひっそりとミクアルの里に実家帰りして、ほとぼりの冷めた頃にアルトを呼びよせよう。

 

 そして、一生ミクアルから出ずに幸せに暮らす。めでたしめでたし。よし、このプランだ。

 

 ・・・あばよ、4人娘。色々と申し訳ない気持ちで一杯だが、オレは命が惜しいんだ。まだアルトとイチャイチャしたり子供を産んだりとやり残したことが山のようにある。ここで死ぬ訳にはいかないんだ。

 

 よし、ここは音もなく気配もなく移動できるY字平行移動法を使おう。司祭直伝、本来は女湯覗きの為の奥義だが、脱走にももってこいの技なのだ。

 

 

 

 

「ま、待ってくれフィオ!!」

 

 

 おろ?

 

 

「ご、誤解なんだ! 本当に違う、俺はあの4人とは本当に何でもないから、信じてくれ!」

 

 こっそりと部屋から逃げ去るべく、立ち上がったオレの肩をギッシリと掴む奴が居る。

 

 背中にイヤな汗をかきながら頬をヒクつかせて振り返ると、かなり焦った表情のアルトがオレの肩を掴んで嘆願していた。

 

「俺が、俺が本当に好きなのはフィオ、お前だけなんだ。だから、見捨てないでくれ!」

 

 ・・・知ってる。と言うか、さっき気付いたよアルト。お前は、浮気なんかしない一途な男だったってな。だから、オレの肩を放してくれ。ヤバいってこれ。今、尋常でない悪寒が走ったから早く逃がしてくれマイダーリン。

 

 

 

 

「・・・どういうことですかー? フィオさーん?」

 

 

 

 聞こえない。オレは何も聞こえない。

 

 

「・・・は(威圧)? はぁ(疑問)? ほほぉ(理解)」

「・・・・・・。■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■────!!!!」

「めけーも!! めけーも!! クッキー冷やしといたん食ったやろブーン!!」

 

 

 何も感じていない。オレの背後が阿鼻叫喚な気がするけど、きっと気のせい。

 

 ・・・ああ。短い人生だったなぁ。やり残したこと、やり忘れた事、まだまだいっぱいあるのになぁ。なぁ村長、オレもうすぐ、そっちに行くみたいだ。

 

 とんとん、と。アルトに掴まれた腕の反対側を突っつかれる感触。やはりオレは、逃れられなかったようだ。

 

 

「フィオさん。」

「何だいユリィ。ふふ、今日の君は一段と可愛いね。ただ、目にハイライトを忘れてるよ。早く付けてきなさい?」

「ねぇフィオさん・・・。」

「何だいユリィ? 一つ忠告だけど、髪の毛を口にくわえるのは不衛生だからやめた方が良いぜ?」

「うふふ、フィオさん。────おめでとうございます。」

「へ?」

 

 オレの耳に流れて来たのは、罵倒や呪詛ではなく、まさかの祝福だった。

 

「え、あ・・・。ユ、ユリィ?」

 

 ニコニコと、ユリィはオレに微笑みかける、まるで、聖母の如く。

 

「・・・おめでとう。」

 

 そして。音もなく現れたリンが、やはりオレに祝福の言葉をかけてきた。ま、まさか。許されるのか、オレは。

 

「おめでとう。」

「おめでとう。」

「おめでとう。」

 

 何時の間にやら、である。

 

 気付けばオレは、4人娘に円状に囲まれながら、パチパチと拍手をされ祝福を受けていた。

 

 ま、まさか、このオレが祝福されるだと? 全員の目にハイライトが無いのが気になるけど、どうやらオレは許されてしまうようだ。

 

「おめでとう。」

「おめでとう。」

「おめでとう。」

「おめでとう。」

 

 おや。いつの間にかオレの肩を掴んでいたアルトだけが、4人娘の外に弾き出された。おかしいな、こういう時に祝福するならアルトもセットじゃないの? オレばっかり祝福して貰って悪いなぁ。

 

「おめでとう。」

「おめでとう。」

「おめでとう。」

「おめでとう。」

 

 まぁ、祝福されてしまったものは仕方が無いな。きちんと、お礼を言わないと。パチパチと手を叩く4人娘にオレは満面の笑みを作り、そして、

 

「ありがっ────」

 

 

 

 

 

 

 

 お礼を言いかけたその瞬間、オレの意識が暗転したのだった。アルェー?

 

 

 

 

 

 

 

 

「南無。」

「南無南無。」

「フィ・・・フィオォォォォォッ!?」

 

 

 完




【あとがき】




本話にて、「TS転生してまさかのサブヒロインに。」は完結となります。まず最初に、ここまで読んで頂いた読者の皆様に、長期にわたりお付き合い頂いたことを厚く御礼申し上げます。

そして、中盤からあまり返信できませんでしたが、連載中にたくさんのご感想・ご評価をいただき本当にありがとうございました。頂いた感想は全て目を通しております、執筆をつづける1番のモチベーションになっておりました。

最後に、投稿前の原稿を目を通して頂いたり助言してくださったりした師匠や兄弟弟子にも感謝を。R18チェックと称してエロ小説を元同級生の男から送信される苦痛に耐え、編集の様な事してもらって本当にありがとうございました。


さて、まずは本編のQ&Aをさせていただきます。感想で頂いた質問とか、裏設定とかをそれとなく解説させていただきましょう。

Q結局魔王に障壁を施した奴は誰? 
A魔王の母親です。愛する子供を守るために施した障壁なのですが、その愛する魔王によって殺される可哀そうな人です。

Q結局魔王の正体って?
A転生者です。本来なら勇者の一人でした。彼の前世がサイコパスなので、自分の欲望の赴くまま生きて行こうと考え両親を殺し資財を根こそぎ奪って旅に出ます。真性の畜生です。

Q勇者って全員転生者?
Aその通りです。転生者は、何かしら1芸に秀でた才能を持って生まれる性質が有ります。

Q4人娘の前世の性別は?
A実は決めてません。少なくともレイは、前世は女性です。

多かった質問はこの辺りでしょうか。他にも質問などあれば、感想にいただければ返信いたしますので、ご気軽にどうぞ。



次に、今後の執筆についてです。本作の外伝として、4人娘の過去とかバルトリフの話とかを不定期に更新する予定です。
本編中に投げる予定で、結局投稿するタイミングが無かった話です。あまり内容に期待はしないでください。


最後に、少し自分語りを。本作は元々、師匠に前作の1章の投稿を終えた際に

「こいつがメインヒロイン? モブかと思った。」

と作者的には激萌えキャラだった「エルメ」と言うメインヒロインをディスられ、女キャラを可愛く書くための修行として見切り発車で始まったラブコメです。

終着点も何も用意してませんでした。ランキング入りして、焦ってようやくプロットを組み始めた作品です。なので、序盤では4人娘のキャラは全く定まっていません。レイの挙動がツンデレっぽかったりして、見返すと結構恥ずかしいです。

中盤以降もかなり展開が迷走して、読者の皆様も読み辛い点など多かったかと思います。ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。村長の死とかはその顕著な例ですね。かなりの急展開で驚かれた方も多いと思います。

実は終盤の展開だと、村長が生きてたら老い先短い彼が秘術使えば万事解決すると気付いて急遽死んで頂きました。本当ゴメン村長。

私はまだ小説投稿と言う趣味に手を出して、半年ほどの若輩です。色々と拙い部分もありました。ですが、こんな私の作品をここまでたくさんの方に支えていただいた事に心から感謝いたします。少しでも、この作品を呼んでクスリ笑って頂けたなら本望です。

それでは、次回作でまたお会いできることを祈って。
ご愛読ありがとうございました、サンキューカッスの次回作にご期待ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後日談「男の意地」

「貴殿を勇者アルトとお見受けする。拙者、王宮警備隊12番副隊長、豪炎のガルドと申す者。」

「そうか。」

「勝手は承知している。だが、どうか拙者の挑戦、受けて頂きたい。返答や、如何に?」

「・・・分かった、受けよう。」

 

 オレの返答を聞き剣を構える、熟練した戦士。

 

 俺は無言で剣の柄を握り、その男に応える。緊迫した空気が、訓練所を包み込む。そして、多くのギャラリーが見守る中、闘いが始まった。

 

 何故、こんなことになっているのか。それには、バーディの流した根も葉もない噂が、多分に関係しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バーディ、少し尋ねたいのだが。」

「何だよ、英雄様?」

 

 これは、つい昨日の話だ。俺は最近、妙に兵士からの挑戦が多い事が気になって、真相を知ってそうなバーディの部屋を訪ねていた。

 

「・・・俺を英雄と呼ぶのはやめろ、仲間全員の力を借りてフィオを救った、ソレだけだ。仮に俺が何も出来なくても、世界はフィオに救われていた。」

「はいはい。で、聞きたい事って何だ?」

「ああ。その、何だ。最近、妙に試合を挑まれることが多くなってな。それも、全員がフィオのファンらしい連中だ。バーディ、お前はその辺に詳しいだろう? 心当たりはあるか?」

「あー、心当たりしかねーわ。」

 

 以前、バーディは兵士達のフィオ人気について話してくれた。そんな彼なら、何か知ってるのではと考えたのだ。

 

 案の定、バーディは何かを知っている様だ。

 

「ああもひっきりなしに挑んで来られると、フィオといちゃつく時間が取れない。何とかしたい。」

「そりゃ無理だ。むしろ、今の状況はかなりマシなんだぞ? お前とフィオの関係が公になったら、内乱勃発まで有り得たのに。」

「そんなにか。フィオの人気はそんなレベルなのか。」

「ああ、そんなにだ。ところがどっこい、奇跡的にデモすら起きてない。尤もこれは、お前さんの功績だけどな。」

 

 少し呆れた表情のバーディは、トンと俺の胸を叩いた。

 

「俺の?」

「ああ。お前さんがフィオを命を懸けて救った事は、兵達に知れ渡っている。その結果、お前とフィオの関係が明るみになった時、城のフィオファンの約半分は受け入れてくれたんだよ。」

「半分・・・。」

「ああ。そいつらはフィオの事を恋愛対象(あこがれ)として見てた連中ではなく、可愛い娘(マスコット)のように可愛がってたオッサン世代の兵士だ。歳を食ってるだけあって、地位も発言力も高い。軍部の上がフィオの恋愛を受け入れたんだ、自然と下っ端も押さえつけられるって訳だ。」

「成る程。それは・・・ありがたい話だ。」

 

 そうか、ファン全員がフィオを恋愛対象に見ている訳ではないのか。あのライブにも、娘になってくれと絶叫している将軍格が来てたな。部下の手前、取り繕えとは思ったが。

 

「この半分ほどの連中は穏健派と呼ばれ、今のフィオファンの主流だな。お前が余程やらかさない限り、今後この連中がお前に手を出してくることは無いだろ。」

「それは良かった。安心した。」

「だが、穏健派は半分だけだ。他にもいくつか派閥が有るぞ。例えば、”フィオがNTRされた事に興奮する派”の連中。コイツらは、お前とフィオの情事を想像して興奮しているらしい。近寄らない方が良い。」

「王都兵は大丈夫なのか?」

「最も危険な連中は、”力ずくでフィオを襲って寝取ってしまえ派”の奴らだろう。フィオが一人になった瞬間、複数人で襲う計画を立てていた犯罪者同然の連中だ。」

「・・・何だと? おいバーディ、そいつらの名前と居場所を教えろ。分かってる範囲で構わん、今すぐ皆殺しにしてやる。」

「落ち着け、こいつ等はもういない。穏健派の連中が、血祭りにあげて山に埋めたらしいから。」

「穏健派とは一体・・・。」

 

 ・・・もうフィオを脅かす奴がこの世に居ないなら、それで構わんが。

 

「だが穏健派にも属さず、フィオも諦めきれない派閥も当然存在している。そういった連中が、お前に模擬戦を挑むんだ。」

「何でまた、模擬戦?」

「ソレなんだがな。力ずくで襲いかかる様な連中を俺も放っておけず、“お前に勝てたら、強い男が好きなフィオも振り向いてくれるだろう・・・”って噂を、兵士の間に流しておいた。」

「・・・お前が?」

「感謝しろよ。連中がフィオにどんなことするか想像つかない状況より、お前に挑んでいく様に行動を固定してやったんだ。その方が安全だろう。」

「・・・道理で、道を歩くだけで山のように果たし状を手渡される訳だ。だが、ナイス判断だバーディ。フィオにどんな迷惑がかかるか分からん状況よりずっと良い。」

「だろ? 穏健派の連中も、そいつらの気持ちは分かるからお前への挑戦は容認している。比較的健全な行動だしな。」

 

 ・・・まぁ、フィオに被害が行く可能性も無いしな。

 

「と、言う訳だ。暫くは忙しいだろうが、惚れた相手がフィオなら黙って受け入れろ。」

「分かった。恩に着るぞ、バーディ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、言う話を聞いた俺は、せっせと現れる挑戦者を撃破し続ける日々を過ごしていた。

 

 魔王が居た時より、ずっとハードな日常になっている。だが、腕利きがこぞって挑みに来てくれている現状は、鍛錬環境として理想的であると言えるだろう。

 

 今闘っている男も、親衛隊の副長クラスだ。太刀筋も鋭く、見切りもうまい。後ろに挑戦者の列が出来てしまっているのが惜しくて仕方が無い、この男ともう少し打ち合って自身の糧にしたかった。

 

 ・・・案外にも、俺は現状を楽しんでいるのかもしれない。毎日のように猛者達(けいけんち)が、途切れなく押し寄せてくるのだ。

 

 倒すべき敵はいなくとも、自らの剣の上達はやはり嬉しいモノである。

 

 だから、これは幸運な状況だと考えておこう。何事もポジティブに受け止めるのが人生を楽しむコツだ、2度の生を通じて到達した俺の真理である。

 

 やがて剣戟の弾く音は鳴り止み、俺は副隊長と名乗った男の武器を両断した。そのまま彼の首筋に剣を突きつけ、決着。

 

 悔しそうに押し黙った男に俺は一礼すると、床に伏したまま俺に「手合わせ、感謝する」と一言だけ呟いて、その場を去った。

 

 少し声が震えていたな、泣いていたのだろうか。いや、野暮なことは考えないでおこう。俺にはまだまだ挑戦者が待っているのだ、切り替えねば。

 

 

 

「我こそは王都親衛隊9番隊小隊長、ラオ。いざ尋常に手合わせをお願いしたい。」

「わかった。受けよう。」

 

 

 ギャラリーの中から、一人の男が姿を現す。彼が次の挑戦者だろう。

 

 俺は、その男に向き合い、再び剣を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、バーディ。最近アルトが構ってくれないんだが。」

「うるせぇフィオ。暇なら一人で色町にでも行ってろ。」

 

 アルトが星を斬り国を救って1月ほど。オレ達勇者一行はなんか勲章だのをたくさん貰って、貴族的な立場になったらしい。

 

 その結果、王国各地に行かされて、凱旋という名の羞恥プレイを強いられる日々を過ごしていたのだった。来る日も来る日も社交パーティの毎日。ストレスで胃が焼け爛れるかと思った。

 

 最近になってようやく凱旋ラッシュも収まり、自由な時間が出来た・・・のだが。アルトは何故か恋人を放ったらかしにして来る日も来る日も修行に明け暮れている。

 

 おかしい、こんなことは許されない。

 

「お前からもアルトに言ってくれよ、魔王軍も撤退したし今更修行する必要なんかねぇだろって。」

「自分で言えばいいんじゃねぇの? まぁ、もう少ししたら落ち着くから待っててやれ。つまりアレだ、兵士連中も男の子なんだよ。」

「男の子だぁ? ・・・ああ、成る程。これからは大規模な戦闘もなくなるだろうし、アルトの腕も衰えていく一方。つまり、アルトが最強であろうこのタイミングでこそ勝負を挑みたいんだな。全盛期のアルトと試合したとなれば、そりゃあ良い自慢になる。」

「・・・お、そうだな。そんな感じのアレだ。アルトが女にうつつを抜かしてるならともかく、兵士の想いに真面目に向き合ってるんだ。恋人ならどっしり構えて、黙って見てろ。」

「むぅ。でもなぁ、最近あんまり話せてないし、1日くらい・・・。」

「そんなの自分で言えハゲ。」

「だって、面倒くさい奴と思われたらヤだし。」

「大丈夫だ、お前は既にかなり面倒くせぇ。」

「良いから、お前からアルトに上手いこと言えよバーディ。お前に面倒がられた所でオレは痛くも痒くもねぇ。」

「そしてタチ悪ぃ・・・。」

 

 何でもいいから、アルトとイチャイチャしたい。上手くアルトにこっち見てもらう方法はないものか。

 

 バーディの部屋でワインを貪りながら、オレはウンウンと頭をひねっていた。

 

「あ。そーだ、良い事思いついた。」

「あん? ・・・よく分からんが止めた方がいいと思うぞ。こう言う時のお前の思いつき、ほぼ空回るだけだから。」 

「空回らねーよ。なんで思いつかなかったんだろ、こうしちゃ居られねぇ。よし、アルトに会いに行ってくるわ。」

「あっ。・・・変なことしなきゃいいんだが。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無念・・・」

 

 これで本日、7人目の相手を撃破。訓練場で俺に挑もうと並んでいる人間も、大分少なくなってきた。だいたい挑戦者は日に10人前後である。何やら彼等も話し合って、一日に挑む人数を調整してくれているらしい。地味にありがたい。

 

 さて、次の挑戦者は・・・?

 

「やっほアルト。」

「・・・む。」

 

 随分と意外な顔だった。何時もの様に気さくに笑いかけてくる次の挑戦者は、使い慣れない新しい剣を片手で抱えていた。

 

「ルート? 何故お前が・・・、いや。まさかとは思うが、そういう事なのかルート?」

「うん。意外かい、アルト?」

「正直な所、意外だった。・・・ルートお前、剣振る事なんて出来るのか? 近接戦は、事故ると死ぬぞ?」

「余計な心配は要らない。君は、君の出せる全力で僕を迎え撃って欲しい。付け焼き刃だが剣術の基礎は学んだし、急ごしらえだが剣も打って貰った。僕は、君に挑む剣士としてここにいる。」

 

 ルートは、新品であろう剣を抜き、悠然と構えた。その構えは少し粗は目立つが、成る程、基本的な事は出来ている様だ。構えを見れば、その剣士の練度はだいたい分かる。

 

「そうか。無粋な事を聞いてすまないルート。」

「良いよ。正直、君とフィオの関係はすごく意外だったけど・・・。うん、君ならまぁ納得出来るかな。僕は踏ん切りを付けに来てるんだ、手を抜かないでくれ。」

 

 そう、複雑な笑顔を俺に向けたルートは、後ろ足に体重を乗せ、重心を低く落とした。

 

 ・・・来るようだ。

 

「いざ、尋常に。」

「ああ。来いルート。」

 

 その一言を合図に、女顔の剣士は1歩、鋭く踏み込んで来た。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、数合打ち合った後。

 

「・・・参った。あーあ、やっぱりアルトは強いな。」

 

 俺の目の前には剣が折れ、地面にしゃがみこんだルートが居る。

 

 正直、かなり強かった。失礼なことに、まだ俺はルートを侮っていたらしい。

 

 ルートは片手で剣を握り、もう片方の手で小さな球を放り投げると言う独特の戦闘スタイルだった。精霊のアシストによって球の軌道が複雑怪奇に捻り狂い、正確に俺の剣技を妨害してきた。 

 

 初めて見る、初めて戦う戦闘技法。俺と戦う為だけに新たな技法を習得してくるという、ルートの本気ぶりが伺える戦いだった。

 

 彼は何度も俺達のパーティの危機を救い、支え、そしてパーティで魔王討伐に最も貢献した勇者。そんなルートが、苦手な近接戦だからといって弱いはずがないだろうに。

 

「いい試合だったルート。」

「よしてくれ、慰めは。ああ、案外クるな・・・悔しさ。戦ってくれてありがとう、アルト。」

「ああ。」

 

 ルート裾を軽く払っては立ち上がる。その頬には、一筋の光が走っていた。

 

 ・・・これ以上言葉を交わす必要はないだろう。俺はルートから顔を背け、次の挑戦者へと目をやる。

 

 

 本日最後の相手であろう、その男は無言で壁にもたれ佇んでいる。

 

 全身フードの小柄な男だった。凄く不気味なその兵士は、体から剣気のかけらも感じない。さては、魔法使いだろうか。

 

 

「次の挑戦者はお前か。」

「・・・おう。」

 

 そのフードの男は一言だけ喋り、オレの前へと歩んできて。

 

 俺の正面に立ったかと思うと、バサリとフードをまくりあげ、その正体を現した。

 

「剣士だと思ったか!? 残念、オレだ!」

 

 

 

 

 ・・・その怪しいフードの中から出てきたのは、ドヤ顔ってるフィオが腕を組んで笑っている姿だった。

 

 

 

 

「フィ、フィオ!?」

「ちょ・・・?」

「踏んでくれ!」

「舐めてくれ!!」

「結婚してくれぇぇぇぇ!!」

 

 場が阿鼻叫喚に包まれる。そりゃそうだ、何故ココに来たのだフィオは。

 

「え、フィオ? 俺と戦いに来たの? と言うか、お前はこの催しの意味を理解しているのか?」

「意味? あれだろ、全盛期のお前と戦っときたいって言う熱い催しだろ? ルートまで来てるとは驚いたぜ、お前もやっぱ男の子なんだな。」

「・・・嗚呼。この場面だけは、君に見られたくなかったんだが。何で来るかなぁ、空気読んでよフィオ。」

「え、何で凹んでるのルート。あ、あれ? あんまりオレは歓迎されてないかんじ?」

 

 ・・・まぁ、この場の連中からしたらそうだろうなぁ。

 

「な、何だよ! オレがアルトに喧嘩売ったら悪いのかよ!」

「悪いというか、何というか。俺に喧嘩売りたいだなんて、フィオ、何か俺に不満でもあるのか?」

「あるよ! 最近全然遊んでくれないじゃんか、もっとオレに構えよ馬鹿やろー。」

「うおう、急に部屋に殺気が沸き立った。」

 

 可愛くプリプリ怒ってるフィオのせいで、この部屋の俺へのヘイトが際限なく高まっている。これはよくない。

 

 そうか、彼らはフィオのファンだ。フィオを怒らしたから彼等も怒ったのだろう。確かに最近、殆どフィオに時間を取ってあげれなかったな。明日くらいは兵士たちに我慢して貰って、フィオとデートしてもバチは当たらないだろう。

 

「わ、分かったフィオ。明日は、そのなんだ、一緒にどこかへ出かけないか?」

「そうだよ! その言葉が欲しかったんだよ! もー、たまには二人の時間作ってくれないと拗ねるぞ。」

「わ、悪かった・・・。」

 

 彼女は口ではまだプリプリと怒っているが、俺の答えを聞くと嬉しそうにニヘラーっと笑顔になった。

 

 よし、上手くフィオの機嫌を戻せたようだ。これでフィオファン達の怒りも収まってくれるだろう。俺だって本当は、もっとフィオと一緒に居たかったのだ。

 

 

「「・・・。」」

 

 

 ・・・あれ? 殺気がむしろ増してきたな。どうしよう。

 

「なぁルート。この状況はまずい、どうすれば上手く治められるだろう?」

「僕が知るもんか。」

「あれ、ルート。お前まで怒ってないか?」

「煩い。」

 

 残念なことに頼れる俺達の案内人ルートも、今日は機嫌が悪いようだ。

 

 

「よっしゃ、じゃあ今日はこれで手打ちにしてやるぜ。明日、絶対だからな! 嘘吐いたら泣くぞ?」

「あ、ああ。」

「そんじゃあ引き上げるわ。皆、無粋に割って入って邪魔して悪かった!」

「あ、フィオ帰るのか。この状況で俺を放置していくのか。」

 

 

 嬉しそうに鼻歌を歌いながら、俺の彼女は訓練所を去っていった。

 

 

「「・・・。」」

 

 

 

 どうしよう。フィオが去った後の、訓練場の空気が凍てついている。あのルートですら、無表情な顔で俺を直視している。

 

 俺が何か、言葉を掛けないといけないか。そして、この場の空気を取り戻さないといけないのか。

 

 何やら酷い悪寒がする、このままだと明日俺はデートに行けるか分からない。

 

 ・・・よし。ここは一つ、小粋なジョークで場を和ませよう。

 

 

 

 

 

 

 

「と言う訳だ。皆、オレとフィオに免じて明日は俺との勝負を控えて欲しい。そう・・・」

 

 

 俺は、決め台詞を言う為にカッと目を見開く。

 

 

 

 

 

「明日の勝負は、日を改(フィオアルト)めてくれ! 俺とフィオだけに!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、多対一とはいえ俺は久しぶりに敗北しボコボコにされた。こんなに手酷い敗北は、幼い日に師匠に鍛えられていた時以来かもしれない。

 

 俺の激うまジョークを聞いた後、あの場にいた全員が激高して襲いかかってきたのだ。俺は爆笑を期待していたから、反応が遅れてしまった。

 

 次の日、俺は瀕死の重傷でフィオとの待ち合わせ場所に辿りつく。久々のデートは、“死神殺し”モードのフィオによる俺への救急治療から始まった。




後日談、もう少しだけ続きます。


【ステマ】
以前私が参加したクトゥルフTRPGを、師匠がリプレイとして投稿してます。興味のある方は「キチガイが行くクトゥルフ」で検索してみてください。
ただ、私以外の全員キチガイなので、ルーニープレイが苦手な方にはお勧めできません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後日談「刺激的な一夜」

「なはは、本当にさ、その、悪かったって。」

「・・・いえ、理性では受け入れたんです。理性面だけでは。」

 

 今日は、待ちに待ったアルトとのデート前日。オレは絶縁状態だった友達(ユリィ)と共に、王都でショッピングを楽しんでいた。

 

 この前、アルトが何故か重傷を負った後、定期的にオレをデートに誘ってくれるようになった。この事件にどんな因果が有るかは知らないが、わがままは言ってみるモノだ。

 

 だが、小さな問題も発生した。度重なるデートにより、オレの私服レパートリーが遂に尽きたのだ。

 

 オレは元々、男とのデート用服なんか用意してない。最近やっと1、2着買っただけで、元々は気合の入った勝負服なんて持っていなかった。同じ服を着回すのも、そろそろ限界だろう。

 

 新しい私服を入手せねば。とはいえ自分のセンスで選ぶと、白が基調の服ばっかで面白みに欠けている。

 

 誰かの意見が欲しい。キャピキャピギャルの、ファッションセンスが欲しい。

 

 こんな時、バーディは糞程も役に立たない。ルートは1度誘ったが、にべもなく断られてしまった。最近、ヤツから距離を置かれている気がする。

 

 そんなこんなで、オレはほぼ絶縁状態だったユリィに頭を下げ、宥めすかし、ようやく一緒に買い物に出かける事に成功したのだった。何時までも絶縁状態はイヤだったし。

 

 今回の外出の目的の半分は、ユリィとの関係改善を兼ねていたりする。

 

「分かってたんですよ。アルト様が私を見てなかったことくらい。でも、アルト様はただただ朴念仁なだけだと思っていました。何時か女性に興味を示したら、その時は私も正面から想いを告げるつもりだったんです。」

「・・・そっか。」

「それを・・・、それを、アルト様に媚薬盛って、強引に身体で女と意識させるとか。フィオさんはズルいです。」

「ごめんな。」

「もー良いですよ。私は諦めません、フィオさんをアルト様が意識したのはただの事故ですから。私も事故を起こしてアルト様の奥さんが二人に増えても、フィオさんは納得するんですよね?」

「あー・・・。本当にアルトの口から、そう言われたら納得はするけどな。だけど、悪いがオレはやだぞ、ユリィがアルトに迫ってきたら妨害はさせてもらう。」

「ええ。その妨害をはねのけて、私はお妾さんの座を獲得します。」

「はぁ、諦めが悪いというか、ユリィらしいというか。」

 

 こうして久しぶりに話してみると、ユリィは欠片も諦めていない様子だ。これは気が抜けん、巨乳好き(アルト)巨乳(ユリィ)に鼻の下伸ばしてコロっと行ったら目も当てられん。

 

 ・・・こっそり見張ろうかな?

 

「それで、今日は何処に行くのです?」

「そーだな、服買って、そんで・・・。あ、そーだ、エッチな店行ってみるか?」

「わ、私はそういうお店にはいきません。お酒もあまり好きではないですし・・・。」

「違う、酒場じゃなくてエッチなモノを売ってるお店。結構面白いんだぜ。」

 

 それはそれとして、ユリィに少し寄り道を提案してみる。今日で、ユリィとギクシャクするのは終わりにしたい。下ネタで腹を割って、以前の関係を取り戻すとしよう。

 

 アダルトショップとか、ユリィは行った事ないだろうし。下世話な話は、人間関係を潤滑にするのだ。

 

「え、エッチなモノ? それっていったい、うぐぐ・・・」

「あの魔本生成にも、そーいう資料が必要なんじゃないか?」

「う、うう。」

 

 くるくると目を回し、何かに葛藤しているユリィ。可愛い。

 

「その、えっと。男同士で使う道具とかも売ってるのでしょうか?」

「売ってるんじゃね? 何使うのかは知らんけど。」

「で、では少しだけ・・・。」

「よっしゃ。」

 

 こうしてオレは、エログッズで思う存分ユリィに合法的なセクハラする権利を話術だけで勝ち取ったのだった。やったぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら。これ、見ろよ。アルトのデカさは丁度こん位だ。」

「は、はわわわ!」

 

 店に入ったオレはとりあえず、男の象徴を模した張り子を手に取りユリィにグリグリと押し当ててみた。開幕のセクハラとしては、これくらいがちょうどいいジャブだろう。

 

「こ、こ、こんなサイズなんですか?」

「おう、割とデカめだぞアイツ。因みにルートはこん位。」

「コレよりおっきいんですか!?」

「戦闘態勢は見たことないから推定だけどな。平常時はアルトよか大きいぞルート。」

「へ、へぇーっ! へぇぇー!」

 

 少し興奮気味のユリィ。なんだ、下ネタ苦手かと思ったら案外食いつくじゃん。

 

「・・・因みにバーディはこんなもん。」

「あ。可愛いですねコレ。」

「それ、絶対に本人に言ってやるなよ。まぁ平均チョイ下ってとこだ、他二人がデカすぎるだけだ。」

「フィオさんは男の〇〇〇に詳しいんですね!」

「そんなに褒めるなよ。」

 

 まぁサイズの平均は前世の知識だから、この世界の平均かどうかは知らんけど。

 

「あんまり騒ぐなよユリィ、こう言う店には静かに一人で買いに来たい奴も多いんだ。」

「あ、そうでしたね。」

 

 そんなこんなで、少し店内を見て回った。因みにこの世界でも、オナ〇は赤と白の縞々だ。

 

 ユリィは、そのTEN〇Aもどきを疑問符を浮かべて持ち上げ訝しんでいる。オナ〇は知らないらしい。

 

「まぁ、良い魔本のネタになったか? そろそろ新しい服でも買いにいこーぜ。」

「はい、分かりました。・・・この店に居るところ、なるべく知り合いには見られたくないです。」

「まぁ、ユリィのイメージでは無いな。撤収するか。」

 

 ────ピタリ。

 

 ユリィに声をかけ、店の外に出ようとしたその瞬間。

 

 オレは入り口から見覚えのある奴が入って来た事に気づき、オレはユリィの腕を引っ張って店の奥へ逃げ込んだ。

 

 不思議そうにきょとんとしたユリィに、シーっと指を口元に充てるジェスチャーをした後、店に入って来たある男を指さす。

 

「・・・な! アル・・・」

 

 そこに居たのは、見覚えのあるイケメン。

 

 どうやら、我らが頼れるリーダーアルト様が、オレを虐めるエログッズを物色しに来店なさったようだ。

 

「静かに。この距離だ、探知魔法されたら一発でバレる。静かに店の奥で、堂々と物色するふりをしよう。奴が出て行くまで、此処を動かん方が良い。」

「ア、アルト様が、こんな下品なお店に?」

「ああ、アイツ、結構エロいんだよ。」

 

 この店、一回アルトと一緒に来たこと有るしなぁ。そうか、アイツがこの店に何か買いに来てもおかしくなかったのか。盲点だったぜ。

 

「なんか、スッゴイ真剣な顔で商品探してますね。」

「ああ、ラッキーだ。こっちに欠片も意識が向いていない、上手くやり過ごせそうだ。」

「・・・何見てるんですかね?」

「ん? 確かにな、何見てるんだろ。」

 

 ユリィにそう言われ、オレはアルトの見ているものが気になる。もしかしたら明日使われるかもしれないんだ、オレにダイレクトに関係ある事じゃねーか。

 

 バレぬようにこっそり、オレはアルトの手に持つ商品を覗き見て・・・。

 

「猫耳?」

「猫耳ですね。」

 

 凄く真剣な顔で猫耳を握りしめる恋人がそこに居た。

 

「・・・オレに付けて欲しいのかな。猫耳。」

「そうか、アルト様は猫耳フェチ。ふふふ、良い事を知りました・・・。」

「そんな素振り無かったんだがなぁ。でも、あの集中ぶりはマジでフェチっぽいな。」

 

 特に前触れもなく知ってしまった、アルトの隠されたフェティシズム。うーん、そんくらい言ってくれたら付けるのに。恥ずかしかったのかな?

 

「お、籠に入れたな。買う気だアイツ。」

「むぅ。フィオさんに先に猫耳使われたら効果半減です・・・。」

 

 さっきから、堂々と寝取るつもりの発言やめてくんねーかなユリィ。

 

「次に手に持ったのは、瓶ですか?」

「あー・・・、使ったことあるわ。ネトネトの液体なんだよ、瓶の中身。」

「・・・ああ、ふーん。」

 

 何かを察した様なユリィの顔。おや、ユリィって純粋に見えて結構知識有るのかね?

 

「仲睦まじいようでよろしいですね、ネトネトのフィオさん。」

「急に毒吐くの止めてくれよムッツリィ。」

「誰がムッツリですか。」 

 

 お前以外誰がいる。

 

 アルトはその二つを買い物かごに入れると、そのまま会計に向かった。

 

 ホ、特に変なものは買わない様だ。精々猫耳くらいか、特殊なモンは。そう、安心しかけたその時。

 

「店主、会計を頼む。それと、例のモノは出来ているか?」

「ああ、英雄さんいらっしゃい。アンタに相応しい、いい出来に仕上がっているよ。」

「中身を改めても?」

「好きにしな。」

 

 アルトが、店主と怪しい会話をしている。例のモノってなんだ? 妙な商品に手を出すつもりじゃねーよなアイツ。

 

「・・・何でしょうか、アレ。服?」

「に、しては布が少ないぜ。下着・・・?」

 

 

 店主の許可を得たアルトは、ゆっくりと、その例のモノとやらを広げた。

 

 紐と僅かな黒い皮で出来た、明らかに大事なところが隠せない、むしろ局部が強調されたとんでもなく卑猥な下着がそこにはあった。しかも、紛れもなくオレが着る用のサイズで。

 

 ・・・エ、エロ下着?

 

「・・・は、はわわわわ。」

「ア、アルト様、そういう趣味なんですか!? あんな変態チックな下着が良いんですか!」

「ちょ、待って、あんなの着る勇気ないぞ? 着せられるの? オレあんなの着るの?」

 

 まさかの爆弾に、流石に動揺が隠せない。羞恥系プレイが好きなのは知っていたが、そこまで堕ちたかアルト・・・っ!?

 

 アルトは、その危ない下着を食い入るように見つめたかと思うと、満足そうに籠へ加えた。やっぱり買うんかい!

 

「・・・痴女さん、今度から普段の下着はアレになるかもしれませんね。」

「止めて!? アルトの奴、本当にそう言うプレイ要求してきそうで怖いからやめて!?」

 

 あんなの着て、日常生活なんてできるか! 下着無しより恥ずかしいわ!

 

「これで、会計を頼む。」

「あいよ。そうだ英雄さん、オススメがあるんだがついでに買っていかないか? 安くするよ。」

「オススメ?」

「オクスリ系さ。ちょっと材料が値下がりして大量に仕入れすぎてね、在庫余ってるの。ちょっとの間性格変わる飴玉とか、その程度だけどね。」

「性格が変わる、ね。悪いが俺には必要ない、今のままのフィオが好きなんだ。」

「それは、怠慢だよ英雄さん。」

「何だと?」

 

 ・・・あー、前にルートに飲ませたヤツか。なりきりプレイ用のアダルトグッズだな。

 

 にしても、そのままのオレが好き、かぁ。くふふ、嬉しいこと言ってくれるなぁ、アルトってば。

 

「男性と比べ、女性の方が性行為の負担は大きい。ならば、男性側から少しでも飽きさせないよう、多彩なプレイを取りそろえておくべきとは思わないかい?」

「むむむ。」

「相手に嫌がられたなら、捨てればいいさ。僅かな刺激が良いエッセンスになる。あくまでお遊び用としてどうだい?」

「む・・・、ならそうだな、高潔な騎士の性格になる飴玉が欲しい。」

「毎度あり。ソレ、人気商品なんだよ。いい趣味してるねぇ。」

 

 お前、やっぱりそういうの好きなんだなオイ!

 

「・・・騎士? 何でまた・・・?」

「畜生、くっころだ! アイツ、俺にくっころさせる気だ!」

「・・・くっころ?」

「うう、上手にくっころ出来るかなぁ。自信ないぞオレ。」

 

 隠れSのアルトの事だ。くっころか、それに準じたプレイを要求してくるに違いない。

 

 ただ、くっころは相手がノリノリだと逆に萎えるプレイだ。更に、心底嫌がってしまうとアルトを傷つけてしまう。

 

 上手く程々に嫌がってやらないと・・・。

 

「それと・・・、英雄さん。騎士の飴を買った方にはコレもお勧めしてるんですがね?」

「む?」

 

 オイ止めろ店主、これ以上変なものをアルトに売りつけるな。割食うのはオレなんだぞ。

 

 

「この身体の感度を200倍にする媚薬、一緒にどうでしょう。」

「お、おお! 買った!」

 

 

 ちょっと待てえええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!?

 

 

「か、かか、感度200倍って! アルトはバババ馬鹿じゃねーの!?」

「フィ、フィ、フィオさん。感度200倍って、200倍ってつまり・・・?」

「つまりアイツは、オレに卑猥な下着と猫耳付けてヌルヌルの状態でくっころさせた挙げ句、媚薬を盛ってアヘアヘにするつもりなんだ!」

「な、なんですってー!?」

 

 

 

 明日の未来予想図が、鮮明に浮かぶ。

 

 

 

 エロ下着を着て縛られ、騎士みたいな台詞を吐きながらビクンビクンさせられる自身の姿。

 

 

 

「・・・ど、どうしよう。」

「なんでちょっと嬉しそうにしてるんですかフィオさん?」

「し、してねーよ!?」

 

 

 

 とは言え、愛する相手の求めなら仕方ないな。ドギマギした興奮を抑えつつ、オレはその日の夜を悶々と過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────翌日。

 

 予想通りと言うべきか、アルトはデートの際に謎の鞄を持っていた。

 

「待たせたか?」

「だ、大丈夫っす・・・。」

 

 間違いなく入ってる。昨日アルトが買った、危険物の数々があの鞄の中に入っている。

 

「なら行こうか、フィオ。」

「う、うん。」

 

 今から若干緊張しながら、オレはアルトに手を引かれ、王都の道を歩んでいく。オレは今夜生きて帰れるのだろうか。

 

 その日のデートは身が入らなかった。何をしてもスゲー顔が赤かった気がする、アルトに風邪かと心配されてしまったくらいだ。

 

 風邪程度、即座に直せるっつーの。 

 

 

 

 ・・・そして、遂に来てしまった、夜。

 

 

 

「フィオ。今日は少し趣向を変えてみたいんだが構わないだろうか?」

「お、おう。良いぞ、覚悟してる!」

「覚悟? そうか、よく分からんがありがとう。どうしてもイヤなら、そう言ってくれ。」

 

 当然のように、締めに逢い引き宿に連れ込まれた。始まるようだ、エロエロヌルヌルのアヘアヘタイムが。

 

「その、何だ。まずはこの猫耳を付けてみて欲しいんだが・・・どうだろう?」

「へ、へへ。そのくらい、どうって事無い。」

 

 まずは、ジャブのつもりか。軽いオプションである猫耳をオレに手渡してきた。

 

 特に抵抗する事も無く、ピョコンとオレの頭から猫耳を生やす。

 

「・・・。」

「魅入るな魅入るな。」

 

 その途端、アルトの目つきが大きく変わった。野獣の如く、鋭い目だ。

 

 ホント好きなんだなー、猫耳。オレにはよく分からん属性だ。

 

 確かに可愛いけど、コレに欲情するもんかね。

 

「そ、それとだなフィオ。き、着て欲しい下着が有ってだな。」

「・・・あー。はいはい。」

 

 続けてヤツが取り出したのは、昨日見た例のエロ下着。

 

 正直、身に着けるのはかなり抵抗がある。でも、アルトのヤツ結構大金払ってたしなぁ。

 

「い、一回だけな? 何度もコレ着るのは恥ずかしいから今日だけな?」

「お、おお! ありがとうフィオ。」

 

 妥協案として、とりあえず一回だけと強調。間違っても、普段からコレを身に着けろなんて羞恥プレイはお断りだ。

 

 猫耳エロ下着を身に着けている現状だけで、羞恥心は限界ギリギリである。

 

「そ、それで最後にだな・・・。」

「お、おう。」

 

 ごそごそと、アルトは紙に包まれた飴玉を取り出した。見覚えのある、性格の変わる飴玉。

 

 姫騎士気質になったオレが、くっころされる時間の様だ。

 

「これは、性格が変わる飴玉らしくてな。今回は誇り高い騎士のような性格になる飴だ。」

「・・・そうか。」

「その、あくまでもプレイの一環というか、マンネリ対策というかだな。それで、この飴玉を使って・・・」

 

 真剣な顔でアルトは飴玉をつまみ、そして────

 

 

「フィオ。生まれ変わった俺を見てくれ!」

 

 

 アルトは自分で飴玉を食ったのだった。

 

 お前が使うんかい!!

 

「ふふ。どうだ、この誇り高い騎士に生まれ変わったこの俺は。」

「・・・うん。普段よりちょっと活発になったな、アルト。でもゴメン、あんまり大差ない・・・。」

 

 自分の性格を変える為かよ、それ買った理由は。アルトのヤツ、騎士になりたい願望でもあったのだろうか?

 

「更に、この感度が200倍になる媚薬を使って・・・」

 

 ・・・遂に来たか。今日1番の爆弾、対魔忍(アヘ顔)まったなしの超媚薬が。

 

 怖い反面、少し興味もある。

 

 感度200倍と言う言葉だけでは、ピンと来ないしな。痛覚とかその辺も200倍になるんだろうか? 快感だけなのだろうか?

 

 まぁ、じきに分かるだろう────

 

 

「フィオ。新たな境地に達した俺を見てくれ!」

 

 

 ところがアルトは、自分でその媚薬を飲んだのだった。

 

 お前が使うんかい!!

 

「な、何がしたいんだアルト。」

「いつも、フィオが先に気を失うからな。たまには俺の方が先に失神する程盛り上がってみたかった。」

「・・・あっそ。」

 

 どうすんだコレ。いつもよりキリッとしてるアルトが、服の擦れで興奮して頬を染めビクビクと小刻みに痙攣している。

 

 どうすんだコレ。

 

「・・・てーい。」

「んほぉぉぉぉ!? フィオ、何をする!?」

 

 取りあえず、突っ突こう。

 

「てーい、てーい。せいやっ!」

「んほぉぉぉぉぉ! そんにゃぁぁぁあ!? ら、らめぇぇぇぇぇええええ!!!」

 

 オレがアルトを突くのに合わせアルトは甲高い声を上げ、顔をアヘらせながらビクンビクンと体をよじっている。

 

 オレが真顔のまま、しばらくアルトをツンツンしていたら、アヘ顔の恋人はそのままラメェと鳴いて失神してしまった。

 

 

 

「・・・誰得だよ!!?」

 

 アルトは時々、何をしたいのか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。

 

 オレが“普通、あの薬は女性側に使うんじゃないのか?”とアルトに突っ込みを入れたせいで、結局アヘらされる羽目になったのは別のお話。




後日談・過去編は不定期に更新いたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後日談「異世界からの訪問者」

作者すら忘れていた登場人物おさらい

黒魔導師(レイ) 性格悪い。卑怯。
修道女(ユリィ) BL好き。フィオと仲良し。
剣士(マーミャ) 馬鹿。今回は空気。
盗賊(リン)   ロリ。今回は空気。


 それは、平日の真っ昼間。

 

「アルトの心を操るような真似はしたくなかったが……、最早こうなれば手段は問うまい」

 

 平和な世界になったものの、未だに引く手数多な勇者達は忙しなく仕事をしている中。彼女だけは、ずっと自分の部屋に籠りきりだった。

 

「……この催眠飴を使えばアルトは私の思うままっ! あのクソビッチからアルトを取り返せる!」

 

 くくくく、と不気味な声で笑うのは、黒魔導師のレイ。そう、彼女はフィオとアルトの関係が明らかになった今でも、アルトを全く諦めていなかったのである。

 

 他人のものは奪うもの。幼い頃よりスラムで過ごしてきた彼女には、それが至極当然な価値観だった。

 

「やっと完成する! 私の、魔術の極意を詰め込んだ絶対に解除できない操り薬────」

 

 アルトを取られたことを知ったレイは、すぐさま外法に手を染めた。禁忌とされている、永久に他人の心を歪めてしまう薬の開発を始め、独り部屋にこもった。

 

 そして一月ほどを要し、その禁呪薬はようやく完成の時を迎え────

 

 

 

 

「よーし、到着ー」

 

 

 

 

 不幸にも、彼女がその薬を仕上げた瞬間。何故かレイの部屋に凄まじい爆音が響き渡り、そして何かが現れて彼女の研究成果ごと部屋を吹き飛ばしたのだった。

 

「あ、部屋にレイが居た」

「大丈夫かアレ? 死んでないか?」

 

 能天気な口調で、こんがり焦げて死にかけのレイに話しかける謎の人物。

 

 レイは恨みがましく、いきなり奇襲を仕掛けてきたその存在を睨み付け────

 

「安心しろ、すぐ手当てしてやるよ」

「大丈夫です、私達は別に危害を加えるつもりでは無くてですね……」

「……は?」

 

 間抜けな声が彼女の口から漏れた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「そうデカイ声を出すな。見知った顔だろうが」

 

 やがて。レイはその未知の存在に囲われて、思わず大絶叫したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平行世界のオレ達だぁ!?」

 

 その日の晩。

 

 各自が仕事を終え帰りついたオレ達勇者パーティを待っていたのは、自分達とそっくりな7人組の少年少女だった。

 

「……」

「……」

 

 仕草も雰囲気も何もかもそっくりな二人。

 

 アルトの正面に、アルトが向かい合って無言で睨み合っていて。と、思うと同時に頭を下げて会釈し、再び黙り込んで睨み合った。

 

 なんだ今のシュールな絵面。

 

「あーあまり混乱せず聞いて欲しい。事情はパーティを代表して僕が話す」

「……どうぞ」

「僕達は今、とある事情で色んな世界を回っていてだね。今回の僕らの目的は、ただ君達と話がしたいだけさ。誰かに危害を加えるつもりも無いし、干渉するつもりもない。すぐに別の世界に旅立つから安心してくれ」

 

 平行世界(むこう)のルートっぽい奴が、そう言って笑いかけてくる。いや、平行世界って何だよ。そこから説明しろよ。

 

「あー、こっちも代表立てるか。みんな色々聞きたいことがあるだろうが、それぞれが思い思いに質問したら収拾がつかん」

「そうだね、バーディ。なら、こっちも僕が……」

 

 そう言って、こっちもルートが立ち上がったのだが……。オレ達もルートに任せたら、どっちのルートの言葉か分かりづらい。よし、ここは。

 

「待てルート、こっちの代表は取り敢えずオレだ。ルートが二人で話してると混乱するからな」

「そっか。じゃよろしく、フィオ」

 

 オレが先んじて立ち上がり、向こうのルートに向かい合った。アルトは口下手だし、オレが妥当だろ。

 

 さて。オレ達が聞きたいことは、山のようにある。一つ一つ丁寧に潰していこう。

 

「まずは聞かせろ、平行世界って何だ」

「あー、要はよく似ているけどちょこっと違う世界? 詳しくは後で説明するよ」

 

 最初の返答は、要領を得ない曖昧なものだった。まぁ、後で説明するならそれでいい。

 

「なら次の質問、何でお前らは平行世界を旅している?」

「……それが、凄く馬鹿馬鹿しい話なんだがね」

 

 次の問いに対しては、向こう(ルート)は凄く微妙な顔をして溜め息を吐いた。何だっていうんだ?

 

 

 

 

 

「私達4人のうち!!」

「誰が一番、アルトに相応しいか!!」

「……実際にこの目で見てみようと考え」

「アルト様がそれぞれと付き合っている世界に行って、調べてみよう大作戦です!!」

 

 

 

 

 

 ────そこに、アホが4人いた。

 

「え。それだけ?」

「そうなんだ、それだけなんだ。……ごめん、迷惑かけて本当にごめん」

 

 向こう(ルート)が凄く申し訳なさそうな顔をしている。

 

 そっか、向こうのアルトは誰とも付き合っていないのか。そしてあの4人に同時に告白されて困ったから、平行世界に調査に来たのね。

 

 ……そんな下らない事の為だけに、わざわざ世界を越えてきたのかコイツら。バカじゃねーの?

 

「割ってすまん、質問なんだが。わざわざそんなしょーもない事のために、平行世界に行く魔法を開発したのか?」

「そうだよ。僕達の世界の(レイ)がね」

「いや、そっちの私どーなってんだ。そんな複雑怪奇な術式、いくら魔力あっても足りないだろ。どうやって解決した?」

 

 こちらの黒魔導師(レイ)は頭を抱え、ぼやいている。そりゃそうだ、どんだけ物凄い魔法をどれだけ下らないことに使ってるんだコイツら。

 

「え? レイ、君は無尽蔵に魔力を扱えるじゃないか」

「使えてたまるかぁ!!」

 

 その問いに帰ってきたルートの反応は、呆れんばかりのものだった。

 

「何だ? この世界の私は【邪龍覚醒】していないのか」

「【邪龍覚醒】って何!?」

 

 え、何その聞いたこともないワード。こっちのレイが困惑しきった声を上げている、無理もないが。

 

「まぁ、私は特別な血を引いているんだよ」

「レイは古代から竜をその身に宿らせることができる一族の末裔なんだって。そして最恐にして最悪の『邪龍デスドレー』を宿して生まれたレイは、忌み子として人里に捨てられたんだ」

「唐突に私の出生の秘密を明かされた!? そんな秘密あったのか私に!?」

 

 レイはいきなり秘められた過去を明かされ仰天している。そりゃ、そう言う反応になるわな。

 

「魔王に追い詰められて全滅しかけたその間際、私は龍の声を聞き覚醒したのさ」

「で、その邪龍を操る能力に覚醒したレイが、大陸を両断するほどの威力の魔法で魔王を焼き殺したんだ」

「何その超展開!? てかそっちの魔王退治の主役私かよ!!」

 

 すげぇ、そっちはそんな熱い展開だったのか。ピンチで覚醒って主人公かな?

 

 ……こっち、そういや魔王とまともに戦ってねぇな。アルト居るのに全滅しかけるとか、そんなに強かったのか魔王。

 

「いや、むしろレイが覚醒してないのにどうやって魔王に勝ったんだよ、お前らは。あいつ、物理攻撃一切効かなかっただろ」

「え、そーなの!?」

 

 向こうのオレが、呆れた声で尋ねてくる。物理攻撃無効って何だそりゃ。

 

「私も気になります。こちらでは、どうやって魔王を倒したのです?」

「魔王そんなに強かったんだな。こっちはなんかルートが一人で魔王処理してたから知らなかった」

「いやこの世界のルート何者だよ!?」

 

 向こうのパーティ全員が衝撃を受けていた。そうなの、こっちは魔王に関してはルート一人に任せてたの。

 

「え、そっちのルートは何か覚醒とかしてるの? 【邪龍覚醒】みたいな」

「あー……その、正確には僕一人で倒した訳じゃなくて。とある魔族を味方につけたというか」

「同士討ちさせて勝ったのか!? ……こっちのルートやべぇぞ」

「化け物だ……化けルートだ……」

「……君、本当に僕?」

 

 向こう(ルート)が若干怯えをはらんだ目で、こっちのルートを見ている。自分に怯えられる機会って中々ないぞ、良かったなルート。

 

「いや僕は、本当に大したことはしてないんだ。ただ、凄く強い魔族を味方につけただけで」

「その時点で相当ヤバイことしてるよ!?」

「ルートが物凄く頭が切れる世界か。こっちのルートには警戒しとかないとな」

 

 酷い言われようだなオイ。まぁ、オレはバルトリフのおっさんが力を貸してくれたって知ってるけど。

 

「他の世界の魔王はどうだったんだ?」

「あー、今までの世界では大体レイが【邪龍覚醒】してたな」

黒魔導師(レイ)が覚醒しないと、物理攻撃が無効の魔王相手に決まり手がないからね」

修道女(ユリィ)が魔族堕ちして魔王を食べちゃった世界も有ったけど、あれはレアケースだし」

「まさか策1つで魔王を倒した世界があるとは驚いた。今までで一番平和な世界だな」

「いやちょっと待ってください。ちょっと聞き流せない世界が有ったんですけど」

 

 オレも今凄く気になる話があった。ユリィ魔族堕ちって何。

 

「あー、ユリィって実は魔族でな」

「ユリィは自分を人間と思い込んでるみたいだが、実は人間に寄生して生まれるタイプの魔族なんだ。魔王がそれに気づいて魔族として手下にしようとしたら、逆にユリィに食べられたらしい」

「あの話は衝撃だったなぁ」

「衝撃的過ぎるんですけど!? え、嘘、嘘ですよね!? 私って人間じゃないの!?」

 

 修道女(ユリィ)が顔を真っ青にして涙目で叫ぶ。

 

 ユリィ、魔族だったのか……。いや、だからといって友達やめたりしないけど。バルトリフだって友達だし。

 

「や、やべぇぞこの連中……。凄く雑に俺達の自分すら知らない秘密を暴露してきやがる」

「ユリィが真っ白に燃え尽きちまった。油断したら、オレ達も同じ目に遭うぞ」

 

 とはいえ、向こうのオレがどんな秘密を握っているか分からない。実はオレも魔族でしたとか、そんなオチがあるかもしれん。

 

「あー、落ち着いてください私。あの世界の(ユリィ)は魔族だったって話で、殆どの(ユリィ)は普通に人間ですよ?」

「そ、そうなんですか!?」

「はい。少なくとも私は人間です、その話聞いて調べましたし」

「よ、良かったぁ……」

 

 あ、そうなんだ。

 

 平行世界でユリィが魔族だったからといって、他の世界で必ずしもそうじゃないんだな。

 

「平行世界はよく似た別の世界だからな。……だから、こちらのレイが本当に【邪龍覚醒】出来るとも限らない」

「そう言うものなのか」

「そ。だからこそ、オレ達も色んな世界で話を聞きまわってんの」

 

 向こうのオレが、ニヤリと笑う。ふむ、こうしてみるとちんまいなオレ。

 

「あのよ。そろそろ聞きたいんだが……」

「バーディ、どうした?」

「なんで、お前らの中に俺だけ居ないの?」

 

 あ。こいつ、ついに聞きやがった。

 

 さっきから、気付いていたけどスルーしていた質問に。

 

「バーディは、その……」

「良い奴だったよな……」

「やっぱりか!? やっぱりそっちの俺、死んだのか!?」

「まさか【邪龍覚醒】したレイの魔法に巻き込まれるなんてな……」

「肉片すら残らなかったな」

「俺そんな死に方したの!?」

 

 そうか。そっちのバーディは、中々に悲惨な末路を辿ったんだな。合掌。

 

「……単に興味ないから、僕達に着いて来ないで女漁りに行っただけだよバーディは」

「あ、ばらすなよー」

「心臓止まったわ!! ビビらせんな糞ロリ!!」

「だはははははっ!!」

 

 向こうのオレは、バーディをからかいゲラゲラ爆笑している。

 

 なんか新鮮だ、他人がバーディからかってるのを見るのは。いや、他人というかオレなんだけど。

 

「そろそろこっちの質問にも答えてくれよ、アルトの恋人の件。オレ達はさ、いわば遥々(はるばる)異世界から恋バナしにきた訳だぜ」

「そうそう。この世界、アルトは恋人居るだろ?」

「何でそんなの分かるんだ?」

「『魔王討伐後』で、『アルトの恋人が一人』と言う条件の平行世界にだけ飛んでるからな。私の魔法が失敗するはず無いし」

「めっちゃ高度な魔法使ってる……。めっちゃくだらない事に……」

 

 レイの目が死んでいる。平行世界のお前の技術だぞ。

 

「で、どーなの? ここのアルトは誰を選んだ?」

「今のところ、確率的には(ユリィ)が選ばれる可能性が高めでして、最下位はレイさんですね」

「殆ど誤差範囲だろうが! あと、間違いなく私を選んだ時のアルトが一番幸せそうだ!」

「ルートさんと付き合ってる世界も有りましたね」

「おお!? その話詳しく!」

 

 ルート×アルトだと!? まじか、そんな世界も有るのか。ほうほう、成る程。

 

「そりゃ、ルートが女の子だった世界の話な。圧倒的な正妻力だったぞ、女の子ルート」

「……なーんだ。ルートが女の子なら、そりゃ勝つわな」

「ちょっと待って、どういう意味さ」

 

 気配り抜群、真面目でいじり甲斐のある美形少女とかモテるに決まってるんだよなぁ。

 

「で、この世界はどうなんだ? アルトの恋人は私か!?」

「いえ、確率的には私だと思いますよ」

「……順番的には、そろそろ私の筈」

「いや、【邪龍覚醒】してない私と言うのも乙だろう」

 

 そんな感じで、こちらのアルトに詰め寄る4人。それを、心底愉快といった表情で傍観している向こうのオレ(フィオ)

 

 そっか。あっちのオレは、アルトの事を何とも思っていないのか。……ちょっと、悔しいような?

 

「……あー、ついに聞いちゃいますか。私達の世界のオチを」

「すげぇくだらないオチだがな」

「……あのオチはない」

「私、未だにあのオチ受け入れられて無いんだが」

 

 誰がオチやねん。

 

 

 

「ああ、俺はフィオを愛している」

 

 

 

 そして我が愛しのアルト様の言葉に、オレ(フィオ)を含めた異世界5人娘が凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 沈黙が痛い。

 

 凄く冷ややかな異世界組の目線が、オレとアルトに突き刺さっている。何だよ、悪いのかよ。

 

「フィオは……初、だな」

「……凄い世界に来ちゃいましたね」

「色々おかしいな、ここ」

「何やってんのお前ぇ!?」

 

 向こうのオレ(フィオ)が物凄い形相で、ガクガクとオレの肩を揺する。そう興奮するなよ、シワが増えるぞ。

 

「なぁ、そっちの(アルト)。何でフィオを選んだんだ?」

「答えよう、異世界の(アルト)。彼女は、フィオは天使以外の何者でもない。優しく快活で可愛いフィオと共に居るだけで、俺は幸せの絶頂なんだ」

「かつてない程アルトがデレてる!?」

「今までで一番ベタ惚れしてるぞこのアルト!!」

 

 惚けーとした表情で歯が浮くような事を仰るアルト様。照れるからやめろよ、もう。

 

「何でまんざらでも無い表情してんだこのオレ(フィオ)はぁ!!」

「だって、オレもアルトにベタ惚れしてるしな。相思相愛だぞ」

「うわぁぁぁぁあ!? 何だよこのオレ(フィオ)!?」

 

 おお。異世界のオレが困惑しきって頭を抱えているぞ。面白いなこれ。

 

「そ、そんなに良いのかフィオは」

「間違いない。確かに第一印象はエキセントリックだが、その中身は誰よりも清く優しく愛らしい。お前が誰を選ぶか迷っているなら、フィオを選ぶと良い」

「そこのアホ!! 変な布教するな!!」

 

 向こうのオレが、こっちのアルトにキレていた。何だよ、良いじゃん。すごく幸せだぞ、オレ達。

 

「……見ての通りだ。お前と違い、こちらの世界のフィオは欠片も俺を好いていない。それは無理だ」

「いや、いけるぞ。フィオは押しに弱いからな、多少強引に迫ればすぐ恋仲になれる。……そしてその先に、天国がある」

「おい誰かこの馬鹿止めろ!!」

 

 熱烈にオレをお勧めするアルト様。その勢いに押されてか、向こうの鈍感野郎も悩み始めている。

 

 これ、向こうのアルトもオレに転がったら面白いな。

 

「なぁ、そろそろ次の世界に行こうレイ!」

「そうだな、これ以上この世界に留まっても誰も得しないな!」

「いや、ここまで幸せそうな(アルト)は初めてだ。もう少しこの世界の(アルト)と話を────」

「良いから行きますよアルト様!!」

 

 結構本気で悩み始めた向こうのアルトは、周囲の5人娘によって囲まれて連れ去られていった。

 

 その様子を見て苦笑いしながら、向こう(ルート)はオレ達に会釈する。

 

「ご協力ありがとね。フィオを選んだのはこの世界だけだよ、今のところ」

「そうか」

「でも。うん、この世界のアルトが一番幸せそうだ。流石フィオだね」

「あいあいどーも。じゃ、またな異世界のルート。もう会うことも無いだろうけど」

「そうだね、バイバイ」

 

 そう言って奴等は、光の中に包まれて消え去った。

 

 最初から、誰も居なかったかの様に。

 

「……あー!! このオチ(フィオルート)、凄くレアだったのか!! 私も頑張れば普通に可能性有ったのか!!」

「私が確率的には一番高かったんですね……。そんなぁ」

「……改めて、この不条理にフツフツ怒りが沸いてきた」

「てか【邪龍覚醒】って何だよ……」

 

 この場に残ったのは、改めて灰になった4人の女。

 

 そっか、オークの襲撃の後のアレさえ無ければ、アルトはあの4人のうち誰かと付き合ってたんだな。

 

 ……うん。アルトと恋仲になれたのはこの世界だけか。本当にオレは、ラッキーだった。

 

「フィオを射止めた世界は、此処だけか。本当に俺は、幸運だった」

 

 そんなオレの心の声と、アルトの呟きが重なって。

 

 オレは悪霊のごとく呻き声を上げている4人からの報復(やつあたり)を恐れ、静かにアジトの広間から逃げ出したのだった。




いつか時間が出来たら書こうと思ってた、4人娘の裏設定の供養です。過去編書こうとしたら全く筆が進まない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後日談「まさかの温泉回」

最新作「TS衛生兵さん」は書籍、コミカライズを展開しております。どうぞよろしくお願いいたします。


「お前ら全裸になるぞ!」

 

 それは遠征任務の帰り道。

 

 雑草で湿った大地を、心地よい山風が吹き抜ける中。

 

「フィオお前……」

「脳みその中、ソレしかないのか」

「全裸……」

 

 遠征を終えた勇者パーティ一行が、山道をショートカットして王都に戻る最中。

 

 思いもかけず見つけた「ソレ」に、オレのテンションは大きく上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「温泉かぁ」

「天然モノですね」

 

 オレ達が見つけたのは、火山都市の河口付近に出来た天然温泉だった。

 

 ユリィを背負って走っていたバーディが突如「アッツゥイ!!」と飛び上がり、温泉が湧いていることに気が付いたのだ。

 

 

 

「毒は無いかユリィ」

「大丈夫っぽいです。んーっと、硫黄系ですが人体に有害なレベルではありません」

 

 その温泉は川と温泉の合流部にあり、自然に円形に形作られていた。

 

「温度は?」

「水魔法で調整すれば、いい感じになりそうです」

「いいじゃんいいじゃん!」

 

 その温泉は河口に流入しているおかげで、パーティ全員で入れる大きさだった。

 

 独特の鼻をつく硫黄の香りが、温泉街のような風情を漂わせていた。

 

「よっしゃ全員で入ろうぜ!」

「ふざけんな、男に肌を見せてたまるか。アルト以外」

「そうですねぇ、いくら皆さんとはいえ殿方に裸は見せれません。アルト様以外」

「その通り、フィオの肌を見せてたまるか。俺以外に」

 

 オレは温泉が結構好きである。

 

 でっかいお風呂にテンションが上がらないヤツはいないのだ。

 

 だもんで全員で混浴しようと提案してみたのだが、却下されてしまった。

 

「じゃあレイ。僕たちは食事の準備をしているから、その間に土魔法で仕切りを作ってくれないか」

「仕切り?」

「温泉を仕切るんだよ。男女で別れて入るなら問題はないだろう」

「ま、それが無難だな」

 

 結局オレ達は、ルートの提案で別れて入浴することになった。

 

 ルートの恥じらい顔が見えなくて少し残念だが、仕方ない。

 

「わかった、作ってやるよ」

「ありがとう、レイ」

「じゃあオレは水魔法で温度調整しとくわ」

「じゃあお願いするよ、フィオ」

「……ならば俺はその辺の木を切り、桶と手すりを用意しよう」

「器用だねアルト」

 

 こうして勇者パーティは総力を挙げて、臨時温泉の建築に取り掛かった。

 

 大まかな温泉の形はレイが土魔法で整え、オレが人数分の入浴衣と温度調整を担当した。

 

 アルトは木材を使って、器用に湯浴み道具を人数分作り上げた。

 

「何でアイツ魔法剣抜いてるんだ?」

「丸太を桶や椅子の形に斬るとき使ってたぞ」

「何でもできるなアイツ」

 

 みんなはしゃぐオレを生ぬるい眼で見ていたが、ノリノリで温泉建築に付き合ってくれたのを見るに、きっと内心で皆テンションが上がっていたのだろう。

 

 夕方になる頃には土と石で良い感じの温泉が形作られ、大工と化したアルトがベンチだの手すりだのを楽し気に設置し、バーディはサボって寝ていた。

 

 まるで銭湯のようなクオリティに仕上がった天然温泉を見て、オレはとても満足だった。

 

 

 

 

 

「さて」

 

 夕食はルートが野菜鍋を用意してくれた。

 

 リンマーミャが狩った野兎とユリィが焚いた火で、バーベキューも行った。

 

「美味しかったですね」

「ごちそうさまユリィ、ルート」

「お粗末様でした」

 

 楽しい食事を終えた後は、いよいよ待ちに待った温泉タイムだ。

 

 オレは手ぬぐい代わりに用意していた布を手に、銭湯準備を整えた。

 

「バーディ、わかってるな」

「おう」

 

 温泉に入る流れになった後。

 

 オレはアルトにバレないよう、さりげなくバーディに目配せを行った。

 

 ヤツは俺の視線の意味を理解し、小さく頷いた。

 

「そこの木陰で落ち合おう」

「わかった」

 

 そう、オレは確かに温泉が好きだが、それはただ入浴するのが好きなだけではない。

 

 オレとバーディの真の目的、それは……。

 

 

 

 

 

「覗くぞバーディ」

「お前はそう言うよな、そりゃ」

「そう褒めるな」

 

 覗きである。

 

「アルトの様子はどうだ」

「かなり警戒してるな。フィオを覗かれたくないらしい」

「クソ、愛が仇になったか」

 

 オレはアルトから距離を取って、バーディと作戦を議論した。

 

 ウチのパーティは美少女ぞろいである。

 

 不愛想なレイ、ほんわかユリィ、ジト目リン、脳筋マーミャ。

 

 ぶっちゃけ全員ストライクゾーンだ、できればそのあられもない姿を見たい。

 

「そもそもお前は、普通に入ればいいんじゃね?」

「アイツら着替える時とか、露骨に隠すんだよ。オレの視線がいやらしいって」

「実際いやらしいから仕方ねぇ」

 

 風俗通いをするオレは、女性陣からの警戒度は高めだ。

 

 ヤツらはオレの事を、エロガキだと思っているらしい。

 

 そのせいで温泉に入っても、無警戒に裸体を拝める可能性が低いのだ。

 

「アルトにバレたら絶対怒られるからな……。最悪、分から(・・・)される」

「そうか、なら俺に任せろ。名案がある」

「ほう、聞こう」

「お前がアルトを誑かして気を引いてる隙に、俺が覗くってのはどうだ」

「は? オレが覗けないんだが? お前がアルトを男湯に連れ込んでる隙にオレが覗くプランはどうだ」

「は?」

 

 相棒のバーディは頭が悪く、ヤツの提案ではオレが桃源郷を満喫できなかった。

 

 実に使えない男だ。アルトを見習ってほしい。

 

「ようし分かった。じゃあお前がアルトの気を引いてくれたら、その代わり俺が責任もってアルトを男湯に連行する」

「む」

「等価交換だ。人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。何かを得るためにはそれと同等の代価が必要になる」

「確かに」

 

 結局、オレ達はお互いが提案した作戦をそれぞれ実行することになった。

 

 これぞギブアンドテイク。人は人同士で支えあって生きていく。オレとバーディは運命共同体なのだ。

 

「アルトが男湯に入ったらフィオは介入できないからな。先に気を引く役目を頼むぞ」

「任せておけ。アルトを誑かすことにかけて、オレの右に出る者はいない」

「だろうな」

 

 オレはバーディと腕を酌み交わすと、底意地の悪い笑みを浮かべあった。

 

 くくく、バーディも悪いやつよのう。

 

「よし、温泉覗き作戦」

「決行だ!」

 

 

 

 

 

 

「おいどうしたフィオ、速攻帰って来て」

「ふゃー」

 

 そんなこんなで、オレが先んじてアルトを誑かすべく話しかけに行ったのだが。

 

「えへ、えへへへへ」

「……フィオ?」

「アルトが、こっそり、今夜一緒に過ごそうってさ。ふふ、ひひひ」

「逆に誑かされとる!」

 

 オレがニヤニヤしながらアルトの近くに行ったら、耳元で夜の逢瀬を囁かれたのである。

 

 確かに、欲を言うならアルトと二人きりで温泉を楽しみたかったのだ。

 

 でも皆の手前だし我慢して何も言わなかったのだが……。それを何となく察してくれたらしい。

 

「覗きとかぁ、やっぱり良くないよな。やめようぜバーディ。アルトにバレて機嫌損ねるのはマズいし」

「使えねぇ。コイツ、本当に使えねぇ」

「オレは正気に戻った。覗きよくない。ふひひひひ」

「むしろ今が正気じゃねぇんだけどな」

 

 ついでに少しだけイチャイチャもした。

 

 遠征中はみんなの目があるから、イチャイチャしづらいんだよな。

 

 というかイチャついた時の、4人娘の目がヤヴァイ。養豚場の豚を見る目をしている。

 

「じゃあオレは普通に女湯に入ってくるわ。お前は一人でマスかいて寝てろ」

「ちぇっ、アルトが見張ってるなら覗きは無理か。しょうがねぇ」

「残念だったな諦めろ。悪いけどアルト以外に肌を見せるわけにはいかねぇんでな」

「誰がお前なんぞ見るかボケ」

 

 こうして正気を取り戻したオレは、聖人フィオとして晴れやかな気持ちで女湯へと向かった。

 

 もうオレは仲間に欲情したりしない。覗き見なんてもってのほか。

 

 低俗な心は捨て去り、清らかな心で仲間と向き合おうじゃないか。

 

「おーす、邪魔するぞ」

 

 こうしてオレは魔導服を脱ぎ去ってすっぽんぽんとなり、手ぬぐい1枚で女湯へと乗り込んだ!

 

 

 

 

 

 

 

「まだか……アルトはまだか……」

「おいもっと詰めろ」

「……」

「ぎぎぎぎぎ、何か私の覗き穴だけ小さくないですかぁ?」

 

 なんと女湯では、男湯側の壁に4人娘(バカ)が張り付き、小さな穴を覗き込んでいた。

 

「あ? フィオも来やがったか、残念だがお前の分の穴はねぇぞ」

「アルトの裸……アルトの裸……」

「フィオはいつも見てるからいいだろ! お前は普通に湯につかっとけ」

「悪いですねフィオさん、この覗き穴4人用なんですよ」

 

 ……酷い光景である。

 

 もしオレとバーディが当初の予定通り作戦を決行しても、こんな見苦しい光景しか見れなかったのか。

 

 もっと、温泉でリラックスしたキャッキャウフフな光景を期待していたんだが。

 

「穴開けていいのか、逆に向こうからも覗かれるだろ」

「ふっ、アルト様の目をかいくぐってお覗き出来る人がいるはずありません」

「逆に言うとアルトの勘は鋭いんだから、お前らの覗きもバレるぞ」

「気配探知は対策済だ。向こうからは、私たちが温泉につかっているようにしか感じないはずだ」

「流石レイさん」

「……悪い事をするときだけは有能」

 

 美少女たちが身を隠さず、堂々と肌を晒してくれているのは嬉しいのだが……。

 

 少なくともこれは、オレが見たかった光景ではない。

 

「オレがチクることは考えないのか」

「はっ、逆に私たち全員で『フィオが覗こうとしていた』と口裏を合わせたら勝てる」

「本当にゴミだなコイツら」

「ふっふっふ、フィオさんはそこで愛しのアルト様が覗かれる姿をただ見ているがいいです」

「……」

 

 成程、これは結構腹が立つ。

 

 アルトの肌を見ていいのはオレだけである。

 

 このような姑息な手段で、盗み見られたら腹立たしい。

 

「おーいアルト。オレのピンチだ、女湯の方を見てくれ」

「どうした何があった!!」

「ひゃあああ!!?」

 

 という訳で、アルトを召喚してみた。

 

 俺がアルト召喚呪文をつぶやいた直後、女湯の仕切り上にアルトの生首がニュっと生えてきた。

 

「あ、アルトォ!! お、お前、こっちは女湯だぞ!」

「すまん、フィオが窮地だと聞こえてな」

「すまんアルト、見ての通りだ。このアホどもが男湯を覗こうとしててな」

「フィオ貴様ァー!! チクったな!」

「ち、違うんですアルト様これは」

 

 アルトはこういう男だ。

 

 たとえ女湯でも、呼べば容赦なく入り込んでくる。

 

「……むう? 何故、皆が男湯を覗くんだ?」

「これはその、あれだ! ちょっとした悪戯というやつだ」

「……ごめんなさい」

「そうか、悪戯か。出来ればそういうのはやめてくれ」

「は、はいぃ」

 

 アルトに決定的瞬間を見られた4人組は、しどろもどろだった。

 

 くく、いい気味だ。

 

「それでフィオ、何がピンチだったんだ?」

「そりゃあお前が覗かれそうになったことだアルト。オレ以外に肌を見せたくなかったんだ」

「成程、その気持ちは理解できる。フィオを盗み見られたくないのは、俺も同じだからな」

「アルト……」

 

 4人娘に見せつけるように、オレはアルトとイチャイチャし始めた。

 

 ふっふっふ、これぞ完全勝利。4人の雑魚どもの死んだ魚のような目が心地よい。

 

 アルトはオレのだからな! 

 

「事情は分かった、ではそろそろ俺は降りよう。いつまでも女湯を覗くわけにはいかない」

「おう。風呂上ってからも、少し話そうぜ」

「わかった。楽しみだ」

「「「……」」」

 

 オレは4人に向けて嘲る様な笑みを向けた後、フィオスマイルを作ってアルトに手を振った。

 

 4人には悪いが、オレにも譲れない部分があるのである。

 

 ……というかやっぱり覗きって良くないな。オレも反省しよう。

 

 

「いやアルト。もう少しそのままこっちを見ててくれないか?」

「何?」

 

 オレは自らの行いを反省していると、唐突に怖い顔をしたレイに右腕を掴まれた。

 

 ん?

 

「アルトはまじめな男だから、まさか女湯に飛び込んできたりはしないよな?」

「え? あ、ああ。流石に女湯に押し入るつもりはないが」

「じゃあちょーっと、そのまま様子を見守ってくれ」

「え、何? レイお前、何すんの?」

「みんな集合。ごにょごにょごにょ」

「「成程」」

 

 オレに聞こえないよう小声で、4人は内緒話を始めた。

 

 え、何これ怖い。ひょっとしてやり過ぎた?

 

「いつもフィオには世話になっているからな。たまにはマッサージでもしてやろう」

「え?」

「アルト様はそこで見ててくださいねー」

 

 レイはとってもいやらしい顔で、4人にガッツリ拘束されたオレの前で手をワキワキしている。

 

 ……唐突に、貞操の危機だと理解した。

 

「オイィ!! お前ら何するつもりだ!」

「だから感謝のマッサージを」

「ちょ、アルト助けて! オレ今からとんでもない事される予感!」

「え、えっ?」

 

 レイ、こいつ……さてはえっちな事をするつもりだな!!?

 

 よりによってアルトの前で! 

 

「フィ、フィオに何をするつもりだ……?」

「それは見てのお楽しみ。大丈夫、ただのマッサージさ」

 

 力いっぱいもがいてみたが、脱出できそうにない。

 

 レイのヤラしい手が、俺の腹部に少しづつにじり寄ってくる。

 

「アルト様見てますかーw今からフィオさんがとんでもないことになりまーす」

「やめろー!」

「お、俺はどうしたらいいんだ?」

「……いえーい、アルト見てるー?」

 

 コイツらまじだ。

 

 真剣にやべーことをするつもりだ。

 

 このままだとお嫁に行けなくなってしまう。

 

「じゃあ行きまーす!」

「ヤメロー!!」

「……ねえ」

 

 そんな感じでノリノリに、じゃれあっていたら。

 

 男湯の方から、ひどく冷たい声が聞こえてきた。

 

「少し悪ノリが過ぎるよ、不愉快だ」

「ご、ごめんルート」

「せっかくの温泉なんだ。騒ぐなとは言わないけど、少しは節度を持ってくれないか」

「わ、悪かった」

 

 勇者パーティの裏番長、ルートさんの真剣ギレだった。

 

 普段おとなしい人が真剣ギレしたら、物凄く怖い。

 

「アルトもそろそろ降りなよ」

「あ、ああ」

「バーディ、君はドサクサで覗こうとしない」

「だってそこに穴があるから……」

 

 こうして温泉騒動は、屈指の常識人ルートさんのお説教で幕引きとなった。

 

 ……確かにテンションが上がり過ぎていて、変なノリになっていたな。

 

「ちょっとやり過ぎましたね」

「悪ノリも、ラインは超えないようにしないとなぁ」

「……ルートは怒らせたら怖い」

「正直、ちょっと身を任せてみようか迷ってた」

「最後の方、抵抗弱くなってたよなフィオ」

 

 落ち着きを取り戻したオレ達は、この後のほほんと湯浴みを楽しんだ。

 

 お肌がしっとりすべすべになった気がした。




本作「TS転生してまさかのサブヒロインに」が、コミカライズ決定しました。
どうぞ応援のほどをよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。